異端の武具職人が神の領域を目指すのは間違っているだろうか (のん野のん太郎)
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1話

 

 迷宮都市オラリオ。

『ダンジョン』と通称される地下迷宮を保有する、いや迷宮の上に築き上げられた巨大都市。

 都市、ひいてはダンジョンを管理する『ギルド』を中核にして栄えるこの都市は、ヒューマンも含めあらゆる種族の亜人(デミヒューマン)が生活を営んでいる。

 そしてヒューマンや亜人、ダンジョンに出現するモンスター達とも異なる、一つ次元が違った超越存在(デウスデア)。所謂『神様』が天界から、下界にあたるこの地へと降り立った。理由は天界が退屈で仕方なく、無駄を作りつつ文化や営みを発展させる下界の俺たち、彼らの言うところの『子供達』に娯楽を見出したらしい。

 だが『神様』が天界にいるまま『下界』に来ると大変なことになるし、『神様』も地位や能力を俺たちと揃えることで俺たちと同じように暮らすことにしたのだ。まぁ神様は『神の恩恵(ファルナ)』を俺たちに授けることが出来るが。

『恩恵』とは神様達が扱う【神聖文字(ヒエログリフ)】を、神血を媒介にして対象の能力を引き上げる、神様達のみに許された力。言うなれば敵を倒したり訓練すると【経験値(エクセリア)】を得、成長の糧にすることができる。

 そして『恩恵』を受けた子供達は『恩恵』を授けた神の家族、【ファミリア】となる。

 神様達はゲームのような感覚で暮らしているらしく、楽しくて仕方がないらしい。

 ただそれだけの為だけに下りてきたのかは疑問が残るが、知っていることはその程度。

 

 そんな神様も鍛冶の神や悪戯の神、豊穣の神など多種多様だ。

 そして俺が所属するファミリアの神様、所謂主神様はヘファイストス様。武器や防具を作る鍛冶系ファミリアの中で最も有名であり、世界中にその名が知られている。

 それだけ大きいファミリアだから抱えている戦力もオラリオ内でトップクラスだ。

 

「カルロ……あんたそろそろ【ステイタス】更新したら?」

 

 声がした方を向くと、赤髪の少し癖のあるショートヘア、顔の右半分を覆うような眼帯をした女性が立っていた。少し前に入った先輩といい感じとの噂。

 

「ん? あぁ、主神様。わざわざこんな空気の悪い場所に。でもまぁそうですね……じゃあよろしくお願いします」

 

 そういえば最近全くステイタスの更新をしていなかった。

 そう思いながらノミを置いて作りかけの作品を壁際に置く。そして煙が舞っている作業場の窓を開ける。

 そのまま服を脱いで作品が置いてあった場所に座る。主神様もそこでステイタス更新することをわかっているため、既に椅子に座っている。

 

「それにしても面白いわね。あんたの作品は」

 

 慣れた手つきでステイタス更新をしながら言う。

 

「鍛冶師を名乗っていいのか微妙なところですよねぇ」

 

 作りかけの作品を見ながら呟く。それを聞いた主神様はクスリと笑って揶揄うように言った。

 

「それを入団するときに見せてきたのは誰かしら? 『これが俺の作品だ! アンタといえどコレは作れねぇだろ!』って見せてきたじゃない。そんな事気にするようなタマじゃないでしょ?」

 

 入団希望時のことを言われて少し顔が赤くなる。

 ヘファイストス・ファミリアは入団希望のときに主神様が神の力を使わずに打った、人間が打てる最高峰の武器を見せられる。

 入団希望者はほとんど全てが鍛冶師であり、見せられた作品の圧倒的な完成度に魅せられると共に折れる。自身が生涯かけても作れる領域に無いと悟ってその道を諦めるマトモな奴は入団を諦め、届かないと気づきながらもどうにかして最高の武具を作りたいイカれた奴や、主神様に認められる程の武器を作りたいと思う比較的マトモな奴が入団する。

 しかし俺はあろう事かその武器の素晴らしさに気づくことなく、自分の作品を見せながら張り合ったのだ。なんとも恥ずかしい話だ。

 鍛冶をロクにしないといってもものを知らなさすぎた。

 

「いやぁ、その節はホントすんませんでした……」

 

「いいのよ。見たことないタイプだったから面白かったわよ? ……っと出来た。相変わらず変なスキルね」

 

「それは俺も自覚あります」

 

 更新ステイタスの用紙を受け取ると、その内容と変化に目を通す。

 

 

 カルロ・ヴァリ

 Lv.1

 

 力:E495→D502

 耐久:G235→G236

 器用:B758→B776

 敏捷:I98

 魔力:D590→C604

 

《魔法》

 

【】

 

《スキル》

【武具彫刻】

 ・あらゆる素材、金属の彫刻武具作成可能。

 ・彫刻武具使用による経験値補正

 ・経験値補正は武具の完成度により上昇

 

 

 

「レアスキルではあるんだけど、絶妙に噛み合ってないのよね……武器作れって言ってるのに使わないと補正入らないなんて、ダンジョンに潜れって言われてるようなものじゃない」

 

「試し斬りでボーナス入るくらいに考えてますよ。てか最近全く潜ってないから敏捷上がってないのウケますね」

 

 カラカラと笑いながら言う。

 すると主神様は呆れた顔をしながら、たまには外に出なさいよ、と言って立ち上がる。

 

「ではまた! ありがとうございましたー!」

 

 少し声を張って言うと、主神様は右手を軽く上げた。

 それにしてもステイタスの上がり方が面白い。何回か手をザックリいっちゃったからか、耐久が伸びてる。失敗の数が目に見えるというのは恥ずかしいものだ。

 そして作りかけの作品を持ってきて再開する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 どこかの彫刻家は「素材の中に完成品があり、私はそれを彫り出すだけだ」と言っていた。

 最初は何を言ってんだって思ったが、ファミリア入団の数ヶ月前にその意味を理解することが出来た。

 尤も俺は像ではなく武具だったのだが。

 うっすらと完成系が見え、細部も脳内に浮かび上がってくる。

 それにどれだけ近づけるか、無駄な肉を削げるかの勝負だ。

 削りすぎないように細かく削る。

 

 ヘファイストス・ファミリアの作業場と思えないような火が全くない、ハンマーで金属を打ち付ける大きな音もない。ただノミを石頭と呼ばれるハンマーで細かく叩く音だけだ。

 

 

 そして数時間後……

 

 

「よっしゃ出来たァァァァ!」

 

 両手を上げて、そのままノミとハンマーを手放し、それはカランと軽い音を立てて転がる。

 目の前の作品を見る。そこには土台に繋がれたハルバードがあった。頭の中の完成品と比べると、やはり粗が目立つ。だが今までの中ではかなりいい出来……というか一番の出来だ。

 後は土台と切り離すだけ。ここで雑にすると欠けたりして台無しになる。

 固定器具を持ってきてハルバードを固定する。

 そして土台とハルバードの境目を、少し余らせるように切り離す。

 ハルバードの柄の端に出来た余り箇所をノミで慎重に削る。

 そして……削りきった。欠けることなく、綺麗に取れた。

 最後に名前を彫ると少し光る。これが完成の合図。光ると同時にただ彫られた鋼鉄の塊ではなく、鋼鉄でできた武器になるのだ。ただ尖っているだけの刃も切れ味を手に入れ、重心すら調整される。

 鍛冶師が見れば口を大きく開けて、次に問い質したくなるような光景だろう。

 

 固定具を外してハルバードを手に取って外に出る。隣接されている鍛冶場の中で鉄を打つ背中を見ながら少し開けた広場に着いた。

 そしてそこで軽く振ってみる。多少重いが、ハルバードはそういうものだろう。

 作業場に戻って試し斬りをしていない武具をバックパックに詰め込んでダンジョンに向かう。

 最近は作ってばっかりだったからファミリアの敷地外に出ること自体が久しぶりな気がする。

 

 

「お? 久しく見ないと思ったら、やはり篭っておったか」

 

 黒髪でポニーテール、褐色の肌をした、主神様とは対照的に左眼の眼帯を付けた女性が立っている。珍しく俺と話すことが多いメンバー、ファミリア団長の椿・コルブランドだ。

 俺が浮いているというのもあるが、武具の作り方が特殊だから用具などの貸し借りや相談が無いから話す機会が無いのだ。鍛冶師は話し下手も多いというのもあるだろう。

 

「そうですね。最近はずっと作業場でした。今から試し斬りです」

 

 簡単に答えると、団長はバックパックからはみ出してる剣やハルバードを手に取ってまじまじと見る。

 

「ふむふむ……中々いい出来ではないか? 特にハルバードだが、レベル1とは思えんな。レベル2が作ったと言われても不思議に思わん」

 

「え? マジですか!? 確かにかなりの自信作ですけどそこまでとは!」

 

 まさにベタ褒めだ。レベルの壁というのはまさに越えられない壁。どれだけ頑張っても敵わないというのが常識だ。

 それを越えられたとなると、正直めちゃくちゃ嬉しい。それに団長も武具を作る者としては格上も格上、伝説に片足踏み入れている傑物だ。武具に関しては一切の忖度無く評価する。

 そんな人に褒めてもらっている。それはもう嬉しい。

 

「ああ。だが相変わらず面白い。どれも同一人物が打ったとは思えん」

 

「作り方が普通じゃないですもんね。鍛冶出来ないとそのあたり変になりますよね」

 

「だが悪いことばかりではない。それもお主の才能だ。才能があるならそれを最大限使うべきだ。そうでもしなければ神の領域など…………ああ、話しすぎたな」

 

 少し険しい表情になったかと思うと、パッと表情を変わった。

 

「いえ、ありがとうございました。では失礼します」

 

「ああ、暇が出来ればまた作業場に行く。また手前に見せてくれよ」

 

「是非」

 

 そう言ってダンジョンに向かう。

 すると前から真っ赤な人影が向かってくるのが見えた。

 その人物は走って向かってきており、目は輝いている。てかアレ血か。

 血でズブ濡れになってるにも関わらず、何であんなに嬉しそうな顔してるんだ? あー、血が飛び散ってるよ。

 

 血がかからないように道の端を歩いてすれ違ってダンジョンに入った。



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2話

評価感謝です。
話が進まぬ……


 ダンジョンの中は天井から点々と燐光が差しており、陽の光が全く届いていないにも関わらず常に明るい。それは夜だとしても変わらないため、時間を忘れて潜りすぎる奴もいるらしい。

 本格的な探索ではなく、試し斬りを目的とすることで潜りすぎることもない。

 潜れば潜るほど強くなっていくため、最初の方はあまり出来の良くなかった妥協点ギリギリくらいのものから使う。

 

 ゴブリンやコボルトは多少ずる賢い動きをするがステイタスによるゴリ押しが出来る。そのため先手必勝、俺に気づいて驚いている顔を鉄爪を付けた手で殴りつける。すると鉄爪はすんなりと刺さり、ゴブリンは反撃する暇もなく地面に叩きつけられる。

 そしてすぐさま絶命すると豆粒ほどの小さな魔石を落として消える。

 

 その後数匹の雑魚を倒して鉄爪の使用感を確認すると、次は短剣、その次は直剣と、代わる代わる試していく。

 

 

 そして10階層に着いた頃にはほとんどの武器を試し終わっていた。

 残るは大剣とハルバードだけ、今回の自信作トップ2だ。俺としては使う武器だけ作りたいのだが、顧客を持たないペーペーは様々な武器を作って見てもらう機会を増やす。

 そうでもしなければ金欠で材料すら買えなくなるのだ。というかダンジョンに潜って稼ぐことも必要になる。

 それに、俺の作り方は普通の鍛冶師よりも金がかかる場合が多い。必要以上の材料を用意しなければならないためだ。

 余った金属は鍛冶師ならばもう一度溶かせば使えるため、お隣さんには安値で売ったりもしている。

 霧が深くなってきたためバックパックを下ろして大剣を持つ。

 すると霧の向こうで薄らと大柄なシルエットが揺らめいている。近づいてくるにつれて足音と地面の振動が大きくなっていく。

 

「ブゴオォォォォォ!」

 

 大きな雄叫びとともに大型級のモンスター、オークが現れた。茶色い肌の豚頭、身長は三Mを越えている。丸く太ったずんぐりむっくりした体型だ。黄色い目は脂肪からか潰れている。

 

『ブギッ、ブォフオオオオッ……!』

 

 黄色い目が俺から外れて枯れ木へと移る。そして俺の肩周りと変わらないほど太い巨腕でその木を引き抜いた。

 

迷宮の武器庫(ランドフォーム)』。生きているダンジョンが迷宮内にいるモンスター達に提供する天然武器。10階層以降はあの枯れ木や霧など、モンスター達の能力を後押しする地形効果が増えていく。

 わざわざ枯れ木を砕いて回るというのは可能だが、気がつけばまた生えている。そのため暇があれば破壊するといった感じ。

 

 オークの荒い呼吸の間隔が狭まってきて、その音もやたらと大きくなっている。

 何度か戦ったことのある大型級モンスターとの戦闘。オークは動きが遅く、予備動作が大きいため、俺の敏捷でも対応出来る。

 

『ブゴオォォォォォォォォォォッッ!』

 

 オークが枯れ木を大きく振り上げる。

 その大袈裟な予備動作を見て余裕を持って躱し、腕を下ろして両手で大剣を構える。

 真横に枯れ木が叩きつけられ、衝撃が地面を通じて足を揺らした。枯れて脆弱になった木はそれに耐えることなく無惨に折れて炸裂する。枝の何本かが身体に当たるが、軽い上に勢いも弱いため気にならない。

 そして構えていた大剣を全力で振り上げる。

 良し悪しがわかる程度にしか技術は持っていないが、それでも狙った箇所に刃が滑り込む。

 その大質量はオークの骨を持ってしても勢いを止めることはなく、そのまま肉と骨を断ち切った。

 胴体が斜めに深々と切り裂かれ、その軌道にある枯れ木を持っていた右腕も切り落とされる。

 そしてそのまま灰になった。

 

「結構いい感じだな……」

 

 地面に大剣を突き刺して魔石を探すが、無い。おそらく魔石ごと斬ってしまったのだろう。

 それにしても良い出来だ。この大剣は装飾がやたらと多かったため、ミスが多かった。だが装飾が多い分完成度が高く判定され、出来が良くなったのだ。

 

 そして次はハルバード。今度は足音を頼りにオークの場所を割り出す……いた。

 オークは気づいた様子もなく、だらしない体を揺らしながら呑気に歩いている。

『迷宮の武器庫』を使う素振りも見せないまま、後ろから忍び寄って飛びかかる。

 そして飛んだままほぼ一周回して首にハルバードを叩き込む。

 元々重量があり、重心も外寄りのハルバードはステイタス以上の威力を発揮し、先程の大剣を凌駕する破壊力を有した。

 当然会心の一撃に耐えられるはずもなく、オークの首は高々と飛んでいく。そして体が弾け飛ぶように灰に変わり、紫紺の魔石が落ちた。

 

 使ってみると分かる。このハルバード、切れ味が良いだけでは無い。重量や重心が絶妙なバランスで噛み合っており、非常に扱いやすい上に威力を出しやすい。

 

 ハルバードの出来に満足したし、そろそろ帰ろう。

 あ、ギルドで魔石を売る前にバベルに行くか。

 

 

 特にトラブルが起こるわけでもなく地上に戻り、そのままダンジョンの上に(そび)え立つ塔、バベルを登る。

 そしてそこにある【ヘファイストス・ファミリア】のテナントに入ると久しぶりに見た人間(ヒューマン)のオッサンがいた。

 

「こんちはー」

 

「ん? カルロか。久しぶりだな。随分と多いが、全部武器か?」

 

「ああ。取りあえずハルバード以外全部売りに出す」

 

 店の裏に入ってハルバードをカウンターに立てかけ、武器がびっしり詰まったバックパックを床に下ろす。

 するとおっちゃんは紙を渡してくれた。

 ありがとうと簡潔に礼を言い、名前を書き込む。そして樽に武器を入れて紙を貼り付けておいた。

 そうすることでファミリアの経営陣が値踏みをして値をつける。そして八階のレベル1の鍛冶師がアピールする場所に置かれるのだ。

 そして手に入ったヴァリスはファミリアが少し持っていき、俺の元に残りのヴァリスが入ってくる。

 

 高値で売れますようにと願いながら、ギルドの魔石換金所に向けて歩き出した。バベルにも換金所はあるのだが、換金所が少ない上に利用する人が多いため、結局ギルドに行った方が早い場合も多い。

 

 

 

 12000ヴァリス。それが今日の稼ぎだった。大量のモンスターを倒した訳でもないのに、中々いい値段だ。やっぱりオークはあの強さにしては稼ぎがいい。

 試し斬りは荷物が多くなるため、稼ぐ量が減りがちだ。

 

 本拠地(ホーム)に戻って鍛冶に使う材料売り場で材料を見るが、武器を作る為に必要なものは買えそうにない。

 武器が売れるのももう少しかかるだろうし、久しぶりにダンジョンで稼ぐか……

 

 その後ファミリアの食堂で夕飯を食べ、風呂に入ると久しぶりに見たと驚かれた。そういえば食堂とかに入るの一ヶ月ぶりくらいだったか。風呂も水浴びるくらいだったしなぁ……

 ここで心配にならないあたり、鍛冶師がどんな生活をしてるかがよく分かるだろう。寝食を惜しんで槌を打つ。そんな生物だ。

 

 久しぶりのマトモな食事とベッドによって心身共に清められ、気絶するように眠りに落ちた。

 

 

 

 そして翌日、朝イチに動きを阻害しない程度の大きさのバックパックを持ってダンジョンに潜り、魔石でいっぱいにして戻る。

 一日だけなのに、30000ヴァリスと少し稼ぐことが出来た。

 小さく鼻歌を歌いながらギルドを出ると街道は薄暗くなっている。上機嫌なまま本拠地に向かって歩き出すと、『豊穣の女主人』が目に入る。冒険者の中ではかなり有名な、値段の割には量を食える店だ。当然ファミリアで食べると無料なので、比べるまでもないが。

 だがそうだな……久しぶりに外食するか。

 

 

 薄暗い街道から眩しく感じるほど明るい、賑やかな店に入った。



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3話


評価ありがとうございます。
ヘスティアの格好に慣れてしまった自分が怖い。



 店に入ると外に聞こえていた通り冒険者たちが酒を飲みながら耳障りにならないギリギリのデカい声で騒ぎあっていた。それもそのはず、騒ぎすぎると超怖い店主が怒る。見回すと満員ではないが、空いてる席は数える程度。

 テーブル席は一つだけ予約済みのようでぽっかりと空いている。

 カウンター席もひとつ飛ばしに座られており、両隣が空いてるような席がない。まぁ気分も悪くなかったし、隣の人と話して仲良くなるのもこういう冒険者が多い店特有のものだ。そう考えてカウンター席に座る。

 レベルで判断するような人じゃないことを祈りながら真っ白な毛をしたヒューマンの隣に座った。

 ヒューマンは店員さんと話しており、物腰の柔らかさから人の良さが伺える。

 

 ミア母さんと呼ばれている店主に肉とパン、酒を頼み、未成年だろアホンダラと言われて水を置かれる。しばらくすると隣が話し終えたようで、手持ち無沙汰にキョロキョロしだした。こういう店自体初めてって感じかな? 

 

「なぁ、この店初めて?」

 

 軽い雰囲気を心がけて話しかける。すると白髪のヒューマンは怯えたような顔をした後、おそるおそる、はいと答えた。

 

「マジで? てことは冒険者始めてそんなに経ってないんじゃないか? ……っとそうだ。俺はカルロ・ヴァリ。よろしく」

 

「あ、僕はベル・クラネルです! カルロさんの言う通り、この間ダンジョンに潜り始めたばかりです」

 

 予想通りダンジョンに潜り始めて日が浅いようだ。

 

「敬語はいいよ。俺もレベル1だし、敬語使われるとむず痒くなる。カルロでもヴァリでもカルロヴィ・ヴァリでも好きなように読んでくれ」

 

 そう言ってニコリと笑い、右手を差し出す。

 

「はい……いや、うん。わかったよ、カルロ」

 

 少し固い気もするが、ベルも笑って握手に答えてくれた。

 その後戦い方や探索準備に始まり、やれ稼ぎが少ないだの武器の準備や手入れも大変だというような愚痴を吐く。

 そしてメシも残り半分、話も英雄譚に入ってベルが盛り上がってきたころに、予約していた客が訪れた。【ロキ・ファミリア】だ。無表情な金髪美人(アイズ・ヴァレンシュタイン)顔の整った金髪ショタ(フィン・ディムナ)緑髪の高貴なエルフ(リヴェリア・リヨス・アルーヴ)覇気を纏うドワーフ(ガレス・ランドロック)。顔は似てるが体つきは全然違う双子アマゾネス(ティオネとティオナ)狂犬(ベート・ローガ)赤髪糸目絶壁神(ロキ)。他にもヒューマンやらエルフやらが数人……

 その誰もがオラリオにおいて超有名人。ウチのファミリアを懇意にしてくれている大ファミリアだ。まぁ俺みたいなペーペーは関わることなんて無いんだが。

 まぁ、そんな連中がいきなり大所帯で店に入ってくる訳だ。当然喧騒も一瞬ではあるが静まり返る。格上を見て顔を顰める者や、整った顔を見て鼻の下を伸ばす者、その迫力に圧倒される者など様々だ。美人が多いから口笛を吹かすバカもいるが。

 

「まさかの有名人だな。幹部勢揃いなんて久々に見た。ベルは知ってる……か?」

 

 ベルの方を向きながら話しかけると、ベルは鼻の下を伸ばす……とも少し違うが、完全に見蕩れていた。

 肩をポンポンと叩くと、ハッとした顔をして誤魔化すようにこちらを向く。

 

「え!? ナニカナ!? あぁぁ……えっと、もちろん!」

 

 顔を真っ赤にしながら答える。なんとまぁウブな……隠そうとしてるつもりなのだろうが、目線がチラチラとロキファミリアの方に行ってるぞー? 憧れてるヤツでもいるのだろう。

 

「ほーん? で、誰のファンなんだ? 男らしさを求めてガレスとかか?」

 

 そう聞くと、予想外の反応が返ってくる。

 

「え!? いや、僕はそういう趣味はないっていうか……じゃなくて!」

 

 それを聞いて思わずキョトンとした顔をしてしまう。まさかコイツ……

 

「え、まさか惚れちゃったの?」

 

 そう聞くとベルはただでさえ赤かった顔をもっと赤くした。もう茹でダコを貼り付けたような赤さだ。

 だがしかし、違うファミリアの構成員(メンバー)同士の恋愛は基本的にご法度だ。それも大幹部ともなるとそれは100%ムリと言ってもいい。

 なぜなら結ばれてしまった場合、どちらかが改宗することが多い上に、その子どもはどちらのファミリアに所属するか揉める。

 他にもファミリア同士の繋がりが深くなってしまうことや、主神同士の仲が悪い場合は取った取られた、誑かした誑かされたで、最悪戦争が起こる。主神に祝福されない場合は所属ファミリアとケリをつけて、永遠に無所属になるくらいの覚悟が必要だ。

 そんな無謀な恋愛を目の前のベルはしようとしている。

 

「……まぁ、悪いことは言わん。やめておいた方がいい。あの中の誰であれ、全員が幹部。ロキ神の超お気に入りだ」

 

「で、でも……!」

 

 顔は赤いままだが決意の表情で食い下がる。多分思ってるよりもデカい壁ということは知らないらしい。でも相手もそれをわかってるからなぁ……

 でもこんな純粋な恋心を無理に折るのも忍びない……

 

「たとえ振り向いてくれたとしても、だ。無事に結ばれたいならベルが超絶強くなって、ロキファミリアと同格以上になって、運が良ければワンチャン…………それか、かなり無理くさいけどロキ神を納得させるか。どっちにしろ達成は超困難だぞ?」

 

 ちょっと真剣な顔をしてほぼ実現不可能な難題を言う。

 すると、ベルも想像していた以上だったのか、顔色を赤から青に変える。面白い奴だ。

 ちょっと弱気な表情になったが、それをすぐさま誤魔化すように笑う。

 

「で、でも僕、最近成長期に入ったから! ステイタスなんて」

 

「ストップストップ!」

 

 いきなりとんでもない事を口にしだした。

 

「え?」

 

「いや、え? じゃねぇよ。ステイタスなんざいくら秘密にしても足りないくらいだぞ? 伸び盛りとかも出来れば言わん方がいい。それで悩んでる奴とかもいるしな。よっぽど親しくなきゃ話さねぇし、ましてやこんな耳のあるところでする話じゃない。俺とベルは今日、それもここで会ったばっかりだろ?」

 

 そう言うと、笑顔が固まった。そして顔から汗を流しながらカクカクと壊れた玩具のように頷く。

 表情がコロコロと変わって面白いが、シャレにならない程オラリオの常識がない。ステイタスは絶対人に言わないなんて事も知らない。

 

「……そうだな。ここで会ったのも縁ってやつだ。絶対にやっちゃいけないことは今教えてしんぜよう」

 

 ニヤリと笑いながら言う。時折チラチラとロキファミリアの方に目線を送るのは変わっていないが、目を輝かせてありがとうと言ってくれた。

 それに俺も気を良くし、店員さんから紙を一枚貰う。そしてポケットに入れてある、引っ掻けば色が出る石で要点を書いていく。

 

 ・ステイタスに関しては基本的に絶対秘密。知られればカモにされる事がある。

 ・別ファミリアの内部事情には首を突っ込まない。最悪戦争になる。

 ・(ポーション)の効果(濃さ)や相場を知っておく。カモられる。最初の方はギルド直轄の所で買うべし。

 ・パーティーを組むときは同じファミリアメンバーか、ギルドの紹介がオススメ。自分で選ぶ際は相手をよく見極めること。基本的に見極めることは難しいから、主神様や他のメンバーともしっかり相談すること。

 ・報酬など、金が絡むことは事前に明確に決めておく。揉める。

 

「他にも……」

 

 そう言ってベルの方を向くと、何やら悔しそうな顔をして下を向き、震えている。

 どうしたんだと聞こうとすると、その前に呂律が曖昧になった大きな声が聞こえてきた。

 

「それでそいつ、くっせー牛の血を全身に浴びて……真っ赤なトマトになっちまったんだよ!」

 

 と、笑いながら言う。

 あれか、この前すれ違ったロキファミリアの被害者。それにしても胸糞悪い。

 

「自分たちの失態を笑い話にするとはなぁ……上層に潜ってる奴がミノタウロスに勝てるわけねぇだろうが」

 

 吐き捨てるようにベルに言うが、反応はない。どうにも様子がおかしい。

 

「どうした、ベル? 大丈夫か?」

 

 体を揺らすが、歯を食いしばり、目を瞑っている。まるで拷問でも受けているような苦しそうな表情。

 流石にマズイのではないかと思って揺すったり、呼びかけるのを強くする。しかし、目を開いても下を向いたまま表情が変わらない。顔は血が上ったように赤い。

 そんな中でも酔った狂犬(バカ)の無様な暴言は止まらない。そして……

 

「雑魚じゃあ、アイズ・ヴァレンシュタインには釣り合わねぇ」

 

 と言うや否や、突然椅子を飛ばして立ち上がり、突然集まった注目を振り切るように外へ飛び出した。

 

「おい、ベル!?」

 

「ベルさん!?」

 

 俺や店員さんが呼ぶが、それどころではないといった様子で気に止めることも無く走り去った。

 

「あぁン? 食い逃げか?」

 

「うっわ、ミア母ちゃんのところでやらかすなんて……怖いもん知らずやなぁ」

 

 そんな呑気な声が店内で広がる。

 

「……あぁー、すんません。ベルの分は俺が払います」

 

 そう言って残ったパンと肉を一口で平らげ、そしてベルが残していった少しのパスタを食べ切る。

 

「ふん。あの坊主に払わせる。アンタは自分の分だけでいい」

 

「いえ、パスタも食ったので。それと、多分金返しにくると思うので、その時はベルにコレ渡しといてくれませんか?」

 

 ベルのパスタも食ったし、まぁ俺も食ったってことになる……ハズ。あぁ、顔怖ぇなぁ。

 そう思いながら途中までしか書けていない常識リストに名前とファミリア名を書いて差し出す。

 あんな純粋なベルなら多分金を払いに来るはずだ。

 

「……まぁいいさ。ウチとしては金が入る。シルにでも渡しておくさ」

 

 険しい顔をしていたミアさんはため息をついてから笑う。どうやら了承してくれたみたいだ。

 

「……ありがとうございます」

 

 内心ビビり散らかしたが、なんとか表に出さずにすんだ。

 そして素早く代金を払って店を出る。

 ロキファミリアに文句の一つでも言ってやりたかったが、ベルがああなった理由もわからないし、それよりもベルが心配だ。

 そう思ってベルが去っていった方に走り出すが、どの店にも路地にも姿がない。あんな防具一つ装備していない状態で、ダンジョンに行くとは露ほども思わなかった。

 

 

 そして夜更けまで見つけることが出来ず、半ば自棄でダンジョンに入る。防具はなく、手持ちは常に持ち歩いているナイフひとつというダンジョンを舐めてるとしか思えない装備でだ。

 すると、6階層でボロボロのベルを見つけた。全身から血を流しながら戦っている。どれも致命的ではないようだが、それでも尋常ではない。

 ベルを後ろから襲いかかっていたウォーシャドウを仕留める。

 

「ベル!」

 

 声をかけるとコチラに気づき、糸が切れたように倒れこんできた。

 

「ごめん……カルロ……」

 

 掠れた声でベルは言う。

 

「何があったかは知らんけどな、命あっての物種だ。説教は主神様にしっかりして貰え」

 

 フゥと息をついてベルを背負い、ダンジョンから出る。6階層程度ならベルを背負っていても問題ない。

 

「ほらベル、地上だ。ファミリアの名前は? 本拠地(ホーム)どこだ?」

 

「う……ヘスティア、ファミリア……ここを真っ直ぐ……」

 

 ヘスティア・ファミリア。聞いたことが無いファミリアだ。そのため当然本拠地も知らない。

 そのためベルに案内させる。

 本来は小さなファミリアの本拠地なんて教えるべきでは無いし、聞くべきでは無いのだが、やむを得ない。

 バベルで薬を買い、案内のまま進んで辿り着いたのは街から少し離れた廃教会。その頃には夜も明けてきていた。

 前を見ると服を紐で止めている、痴女寸前の神様がいた。あの格好で神様じゃなければただの痴女だな。神様ならそういう神様としてまだ納得出来る。

 ともあれ、その神様らしき人は俺が背負ったベルに気づいたようで、駆け寄ってきた。

 

「ベル君!? だ、大丈夫かい!?」

 

「あー……ヘスティア様、ですか?」

 

「あ、あぁ。ボクがヘスティアさ。これは一体……」

 

「とにかく、ベルが寝れる場所ありますか?」

 

「う、うん! まずはそうだね! コッチだよ!」

 

 ヘスティア神はそう言って廃教会の中から地下に案内した。

 地下は思ったよりも狭く、一つだけあるソファーにベルを下ろし、(ポーション)を飲ませる。

 その後酒場での出来事やダンジョンの6階層で見つけたことなどの経緯をヘスティア神に説明し、しっかり叱るように言ってから帰った。ヘスティア神も引き止めることはせず、本当にありがとうと言って送り出してくれた。

 もう朝だし、起きている団員も何人かいるだろう。

 そう思い、朝帰りになったことをつつかれないように静かに作業場に入り、ぐっすりと眠りについた。



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4話

誤字報告ありがとうございます。なんて便利な機能なんだ……
評価もありがとうございます。超うれぴー
今回は物凄く文字起こしが難しかった上にしっくり来てません。
不甲斐ない私を許しておくれ……


 朝に寝たため、起きるのは当然遅くなった。昼飯時が過ぎ、間食を挟む頃に起きた。

 ググッと伸びをしてゆっくりと作業場を出る。

 鍵を閉めもせずに本拠地に戻ると、皆ダンジョンに行ったり売り込みに行ったり、鍛冶場に籠っているようで人がほとんどいない。

 食堂で取ったやたら甘い果物を食べ、主神様の部屋にノックすると少し間を空けて返事が返ってきた。そして部屋に入ると珍しく机に腰を下ろしている。いつもなら大量の書類と睨めっこしているが、今なら時間をとってもらえそうだ。

 

「失礼します。ステイタスの更新お願いできますか?」

 

 そう言うと主神様は少し驚いたように目を見開いた。

 

「珍しいわね。二日連続なんていつぶりかしら?」

 

「昨日頑張ってる子に会って気合い貰っちゃいました。そろそろもう少し下の階層にも行こうかなと思ったので、できるだけステイタスを上げておきたくて。それに、もうレベルアップ圏内ですし」

 

 レベルアップ。それは強敵の打倒などの偉業によって得られる特別な経験値によって可能になる。ベルのやる気に当てられて、俺も早くレベルアップがしたくなったのだ。

 それを聞いた主神様は真剣な表情で語る。

 

「鍛冶師は武具作りで偉業を成し遂げた場合でもレベルアップするのよ? 強敵を打ち倒すのも良いし、多少の無茶はいいけど命が最優先。そこは厳守できる?」

 

「はい。入団して九ヶ月、そこに関しては徹底してます。無理そうなら引き返しますし、無理するなら先輩に付いてきてもらいます」

 

「……ならいいわ。ほら、背中出して」

 

 主神様が一度目を伏せ、そして立ち上がる。

 それに心の中で礼を述べ、上衣を脱いで椅子に座って主神様に背中を向けた。

 そのまま主神様は背後に立ってステイタスの更新を行う。相変わらず迷いのない手つきだ。

 すると主神様から、「え!?」と珍しく驚いた声が聞こえた。そしてその直後に俺は主神様から聞かされた言葉に絶叫することになった。

 

 

 

 

 

 

 

「あ、ありがとうございました!」

 

 本拠地から出て作業場の入り口に着いたときに、ベルが来ていた。どうやら入り口で待ってくれていたらしい。暇な時に来てくれればいいのに、やっぱり真面目だなぁ。

 

「いや、いいんだ。それより体は大丈夫か?」

 

「うん! カルロのくれたポーションのおかげだよ。カルロがいないと僕どうなってたか……」

 

「まぁ、そこは反省しなきゃだよな。ヘスティア神にちゃんと怒られたか?」

 

 そう言うと、ベルはその光景を思い出して顔を一瞬だけ青くして、その後すぐに真剣な表情になった。

 

「うん……神様には絶対心配かけないって決めたよ」

 

 その表情と言葉からはハッキリとした揺るぎない『決意』を感じる。

 

「ああ、それがいい。無茶は厳禁、だな」

 

 ベルが持ってきていたオラリオの常識を書いた紙を指差しながら言う。

 

「うん。心得の紙も本当にありがとう。それにこれ、昨日の払ってくれた分のヴァリスです」

 

 両手で袋を渡された。心なしかちょっと多いような気がする。

 

「コレちょっと多くないか?」

 

「ポーションの分と、お礼の分! 本当に、命を助けられたから……」

 

 やはり申し訳ないという気持ちがあるのだろう。先程からベルが少し弱気だ。

 

「よし、じゃあコレは貰っとく。だからこれで貸し借り無しだな」

 

「え!? いやいや、まだまだカルロには……」

 

「借りは今返してもらったからな」

 

 そう言って無理やり話を切り上げようとするが、それでも何度か食い下がってきた。変なところで頑固だな。

 だがそれでも譲らないでいると、何か困ったことがあったら言ってくれとだけ言って折れてくれた。

 そしてダンジョンの話を少ししてから別れる。

 そうすると時間も過ぎ、空も茜がかる時間になっていた。

 

 今日はダンジョンに潜るのは諦めて、明日にしよう。そう決めて作業場の鍵を開け、ゆらりと中に入った。すぐさま入口の鍵をしっかり閉め、窓も全て締め切る。

 そして一箇所に纏められたバックパックと防具の場所にハルバードを立てかけ、作業場をグルグル回ったり、ソファーに座っては立ち上がったり。

 そして全てを放り投げるようにソファーに飛び込んで突っ伏し、先程の主神様とのやり取りを思い出す。

 

 

 

 

 

 

「え!? ……あなた、もうランクアップ出来るわよ?」

 

「……うえぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!???」

 

 主神様が更新の作業をしているのを忘れて奇声を上げながら振り返る。まさかそんなはずがないという信じられない思いと、知らぬところから出てきた朗報に喜ぶ思いがごちゃ混ぜになって口角を上げながら眉を下げ、目を煌めかせるという半分変顔状態。

 そして主神様も唖然とした様子で、いつもの冷静な表情とは全然違う。

 しかし……

 

「思い当たることがない……」

 

「え? いやいや、そんなハズないわよ? ランクアップするくらいなんだから、何か偉業を成し遂げたはず」

 

「ですが思いつくことが……」

 

 二人して首を傾げていると、突然大きな音を立てて扉が開かれる。

 大きな音に細めていた目を開いていくと、そこには我らが団長が腕を組み、ニヤリと笑いながら立っていた。

 

「それならば手前が理由を教えよう!」

 

 ドン! とでも効果音をつけたくなる登場に、俺は驚きのあまり動くことが出来ない。

 主神様も少し固まっていたが、すぐさま立ち直ってため息をつく。

 

「ノックくらいしなさいよ。というか、理由ってカルロの?」

 

 主神様がそう聞くと、団長は嬉しそうに笑って答えた。

 

「応とも! そしてその理由は……これにある!」

 

 大きな声で言うと共に、団長は手に持っていたハルバード……ってあれ俺の作ったやつ! を掲げた。

 

「何で団長がソレ持ってるんですか!?」

 

「なに、主神殿たちが大声で騒いでいるのを聞いて、急いで持ってきたのよ。ピンと来てな。それにしても鍵を開けていては不用心だぞ? 誰かが盗みに入るやもしれん」

 

 盗んだのはお前だよ的なツッコミはなんとか飲み込む。いや確かに鍵開けてたのは不用心だったけど、ファミリアの敷地内だから大丈夫だと思うじゃん。俺の周りはレベル1しかいないし、ほとんど顧客が来ない。そもそも部外者が来ることなどほぼないのだ。それに入ったところでめぼしい物も特にない。

 ウンウンと頭を唸らせていると、それを無視して話は進む。

 

「これを見ればわかるというものよ」

 

 団長の差し出したハルバードを主神様は静かに受け取り、まじまじと眺める。

 そしてしばらくしてようやく口が開く。

 

「これをカルロが打ったの?」

 

「は、はい」

 

 恐る恐るそう言うと主神様は納得いったように頷くと話してくれた。

 

「このハルバードはレベル2になってようやく作れるような品質のものなの。それは理解できる?」

 

「は、はい。団長から昨日聞いたところです……でもまさかそれが!?」

 

 ニヤリと笑いながらうんうんと頭を振る団長を気にしないようにして主神様に問う。

 

「そうね。レベルの壁を超えて作るっていうのはとても難しいことなの。おそらくあなたが思うよりもずっと、それこそ不可能とも言えるほどに」

 

「確かに越えられない壁みたいな認識ではありましたが、たまに聞きますよ? レベルの壁超えた武器を作ったって話」

 

 そう、俺でもたまに聞こえてくるのだ。会心の出来だ、レベル2レベルの作ってやった、というような叫びがご近所から。

 

「アレは出来のいい武器を作った直後にテンションがハイになってるだけね。人によってしばらく寝てなかったりもするし。だけど実際のところ、見ればレベル1の子が作ったってわかるの。それほどレベルの差は大きい。特に1と2はね。作った子のレベルを上に思ったのはコレで二人目よ」

 

「ほ、ほぅ……」

 

 俺は伸びそうになる鼻と、上がりそうになる口角を抑えることが出来ずみっともない返事が出る。

 

「将来有望ではある。だがまだまだヒヨっ子だな!」

 

 ハッハッハと笑いながら団長が言い、俺の緩んだ心を引き締めてくれた。

 おかげで兜の緒が締まったような感覚だ。

 

「はい。ファミリアを引っ張るくらいの気合いで頑張ります!」

 

「応とも! その意気だ! ハッハッハッ!」

 

 それでも気分は上がっており、団長と共鳴したように盛り上がっていく。

 すると主神様がパンッと手を鳴らし、流れを変える。

 

「じゃあレベルアップするのでいいかしら?」

 

「あ、そうでした。是非、お願いします」

 

 そう言って椅子に座り直し、背中を向けた。

 

「経験値を補正するスキルがあるにしても早いわね。ロキの子の記録を大幅更新なんて、大したものよ」

 

「む? お主はいつ入団したんだったか」

 

「九ヶ月前です」

 

「ほう! それはそれは……!」

 

 またしても盛り上がっていると肩をポンと叩かれる。

 

「発展アビリティに【鍛治】と【神秘】、【狩人】があるけどどうする? 鍛冶師の定石通りなら【鍛治】だけど、あなたのスキルに【鍛治】が適応されるかどうか、確実なことは言えないわ」

 

 そういえばランクアップすれば発展アビリティが発現するんだった。

『発展アビリティ』

『スキル』や『魔法』、『基本アビリティ』とは違い、【ランクアップ】時にのみ手に入れることが出来る可能性がある能力だ。基本アビリティとは毛色が異なり特殊的(スペシャル)、あるいは専門職の能力を開花、強化させる。

 つまり発展アビリティが複数出現するのは珍しい。そして積み重ねてきた【経験値】によって発展アビリティが出る。つまり十中八九【鍛治】は有効だ。

 そして発展アビリティは成長させることが非常に難しい。レベルが上がっても発展アビリティはそのまま、なんてこともザラにあるそうだ。

 そんな発展アビリティの内容は

【狩人】が一度倒したモンスターと戦う際能力に補正。

【鍛治】が作る武器に属性を付与。これで最終的に魔剣を作れるようになる。

【神秘】が奇跡を発現させる。曖昧でよく分からないが、レアだ。

 鍛冶師は主神様が言った通り【鍛治】を取るのが定石。しかし俺はマトモな武具の作り方をしていないため、【鍛治】の能力が武具作成に乗るかが分からないのだ。まぁ選択可能な『発展アビリティ』に出てくる時点で使えることはほぼ確実なのだが。

 

「そうですね……【鍛治】は多分次回も出ますけど、【神秘】って結構珍しいですよね?」

 

 既に【狩人】という選択肢はキレイさっぱり消えていた。

 

「そうね。【神秘】持ちは【ヘルメス・ファミリア】の【万能者(ペルセウス)】くらいね。『レアアビリティ』と言っても過言じゃないわ」

 

 それを聞いて今一度考えた。定石通りに行くなら【鍛治】。魔剣を作らないとしても、不壊属性(デュランダル)武具を作るためには【鍛治】は必須。

 でも、【神秘】というレアアビリティも捨て難い。

 

 

 うんうんと足りない頭を捻り、あーでもないこーでもないと言いながら悩み抜き、ついに結論を出した。

 それは今回【神秘】を取り、次回に【鍛治】を取る、ということだ。

 それを伝えると主神様も団長も異論を唱えることなく、頷いた。

 そして渡されたステイタスの紙は、

 

 

 カルロ・ヴァリ

 Lv.2

 

 力:I0

 耐久:I0

 器用:I0

 敏捷:I0

 魔力:I0

 神秘:I

 

《魔法》

 

【】

 

《スキル》

【武具彫刻】

 ・あらゆる素材、金属の彫刻武具作成可能。

 ・彫刻武具使用による経験値補正

 ・経験値補正は武具の完成度により上昇

 

 

「あれ、ランクアップ前のステイタスとの変化は……」

 

「さっき途中で中断しちゃったせいね」

 

「あぁ、なるほど……」

 

 更新の最中に振り向いてはしゃいでしまったもんだから、更新だけ終わってしまったようだ。

 そして団長からランクアップ、それに加えて最速記録更新について、いくらか注意点や忠告を受ける。絡まれることが増えることや、無駄に客が来ることなどだ。

 それを聞いてから主神様に深く礼をして主神部屋を出る。

 団長も主神部屋から出ると、用事の途中だったようで凄い勢いで去っていった。

 

 

 

 

 

「ついにレベル2か……」

 

 ソファーのクッションに押し付けていた顔を上げ、ハルバードを見る。

 立体的な装飾は控えめで、彫り込みによる装飾は多いが、それ以外は普通のハルバードと何ら変わらない。

 しかし、そのハルバードは昨日と比べて輝きが一層増して見えた。



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5話

評価ありがとうございます。
毎日投稿が厳しくなってきやがったぜ……


 ランクアップしてから数日経った今、やれることが増えた俺は今日も新しい武具を彫る…………ということはなく、ダンジョンに毎日潜っていた。

 その理由は、レベル1→2のランクアップ最速記録を叩き出したことにある。

 大記録は他所(よそ)の神の興味を引き、勧誘の嵐。そして、今まで俺の武具に興味を示したことも無い奴らが作ってくれと押し寄せた。

 知名度が上がったが故の弊害だろう。団長にも言われてたし。

 しかしそこは天下の【ヘファイストス・ファミリア】所属ということに助けられた。【ヘファイストス・ファミリア】から公式に、無理な引き抜きに対する報復や俺への直接の注文は禁止が発表されたのだ。

 報復を恐れた神様の勧誘は遠回しなものになり、俺に直接接触してくる神や人は減った。

 だが作業場に忍び込んで来る者や入口で大声で依頼する者は未だにいる。

 そのため武具を作るどころではなくなってしまった。だから俺はダンジョンに潜り、素材を買うための金を今のうちに稼いでいる。

 パーティーを組むのも考えたが、今の俺では邪魔になるだろうし、ランクアップにも体を慣らしたい。

 よって今は一人で上層と中層を繋ぐ階段の近くで、中層のモンスターを狩ってまわっていた。

 深入りせずにヘルハウンドやアルミラージをちまちまと狩る。

 ヘルハウンドは口から繰り出される火炎攻撃を落ち着いて躱し、ナイフを投げて動きを阻害。そして怯んでる隙に近づいてハルバードで両断する。

 また、使ったナイフは魔石と共に拾って使い回す。

 アルミラージは手斧を投げてくるなら掴み取って投げ返し、近づいて攻撃してくるなら左手の手甲と一体化した盾で受け、すかさずハルバードで串刺しにする。

 それにしてもそろそろ盾にガタがきたな。接続部が危うい。また作るか。

 中層でも一対一ならまず負けないし、多対一でもナイフを使えば一匹ずつ削り潰すことが出来る。

 やはりランクアップの影響は凄まじい。今やっている戦法のどれもがレベル1では出来なかった。

 力、速さ、正確さの全てが底上げされている。

 

 

 ……よし、これでバックパックが満タンだ。水を飲んで喉を潤し、地上に戻る。

 すると丁度【ガネーシャ・ファミリア】がモンスターを地上に運び出すところだった。

 そういえばそろそろ怪物祭(モンスターフィリア)か……【ヘファイストス・ファミリア】も出店を出す予定のはず。

 その日くらいなら作業場で落ち着いて新しいナイフでも作れるだろう。

 怪物祭(モンスターフィリア)はオラリオ内でも有数の大規模な祭りだ。冒険者や神たちもメインイベントや出店回りに夢中になるだろう。

 それに円形闘技場(アンフィテアトルム)からかなりの距離があるし、出店が出る大通りからも離れている。

 寝る前の日課、腕を錆びつかせない為の武具作りも短時間だし、今のペースだと完成にあと一週間かかる。だからこそ久々の長時間作業に心が弾む。

 

 あ、祭りといえば確か次の神会(デナトゥス)はあと一ヶ月くらいだったか。

 その時に俺の二つ名が決まるんだな。なんか良さげな二つ名が貰えることを祈っておこう。

 そう思いつつ、食料を買い込んで作業場に戻った。

 

 

 

 

 

 

 怪物祭当日。

 早朝に起きて買い込んでおいた食料の中でも足が早いモノを選んで食べる。そして扉や窓を閉め切って外からの音を可能な限り遮断。まぁそれでも隣の鍛冶場の扉の開閉音は聞こえるんだが。

 そして作りかけのナイフを持ってきてノミとハンマーで彫っていく。

 ナイフの大まかな形は出来上がっているが、後は削りの甘い部分を調整し、頭に浮かぶ装飾を彫る。そして刃を付けて終了だ。

 脳内シミュレーションを済ませると、ナイフと繋がっている台を固定してノミを入れていく。

 

 

 トントンと音が響く。ノミの角度、そして叩く強さを慎重に、慎重に調節する。

 よし、これで側面や持ち手は完成だ。

 ランクアップによる力の上昇を調整するのには時間がかかったが、ランクアップによる器用の上昇によって力の調整やハンマーの打ち込む場所の正確さは飛躍的に上達した。

 これを体感するとわかる。たしかにレベル差を覆すことは非常に難しい。それ程作業がスムーズに行くのだ。

 だが力の加減や角度を間違えると刃なんてすぐに欠ける。先端も気がつけば折れている。ここはランクアップしても変わらない。

 そのため刃や先端は後回し。先に装飾を彫っていく。

 今回頭に浮かんだ模様は珍しく幾何的だ。なんというか、未来的。初めてだし、ちょっと楽しみだな。

 

 小さめのノミとハンマーに持ち変えてノミを入れる。

 ナイフの柄側から先端に向けて数本線を伸ばし、線を途中でカクリと折る。そして元の方向に戻す。また、途中で線を止めるようなものもある。

 彫り進めていくと、段々と未来の武器のような雰囲気が醸し出てきた。

 形も通常のナイフとは大きく異なっており、刃と持ち手の境目がほとんど無く、投げナイフをそのまま大きくしたような見た目だ。

 そして裏側も同様に彫り進める。

 

 ふぅ……なんとか模様は彫り終わった。そして後は刃と先端の調整だ。

 今までとは大きく違う、低い頻度の小さな叩く音。何よりも繊細に、一ミリのズレもなく。

 滲む汗を拭うこともせずに彫るが、眉に汗が溜まってきたのを感じたため、中断して汗を拭き取ってタオルを額に巻く。

 そしてもう一度彫り進める。

 

 

 そして一時間程が経って刃が完成した。

 これでナイフ自体は完成。

 後はナイフを切り離して名前を彫るだけだ。ちなみに今名前を彫ると台を含めて完成品になる。つまりは持ち手の端に刃が付いたタダの鈍器、大失敗作だ。多分斬れ味は無いに等しいだろう。

 

 そしてナイフを無事に切り離し、【カルロ・ヴァリ】の名を刻む。

 するとナイフは光り、銀色だった刀身や持ち手は色を変えて持ち手が黒く、刀身は少し青みがかった銀色になった。

 そしてそれと同時に今までとは違ってゴッソリと魔力を持っていかれる感覚。

 

「なんだ、これは……」

 

 三十六(セルチ)程のナイフを手に取ってまじまじと見つめる。

 魔力を取られるのも、色が変わるのも初めてのことだ。

 これもランクアップの影響か……? 

 いや、もしかして『発展アビリティ(神秘)』の影響か? 

 持ってみた感じでは特に違和感もないし、振っても何も無い普通のナイフ。また今度ダンジョンで試すか。

 

 

 ふぅと息をついて窓を開けて日の昇り具合を見る。昼過ぎってところか。

 思ったよりも時間食ってしまった。『生でも食える! 絶品野菜!』という触れ込みだった野菜をボリボリ齧る。

 いやコレ食えんことは無いけど、別段美味いって訳でもないな。

 

 ソファーに深く座って野菜を齧りつつ、先程のナイフを手に取って眺める。うーん、綺麗だ。よく見ると刀身の銀青色にある彫り込みの中は時間と共に色が変化している。魔剣ではないが、確実に普通のナイフでもない。

 俺は基本的には武器に名前はつけない。

 武器の性能が落ちるという理由ではなく、ピンとくるモノがなかったのだ。

 武器の性能は俺の名前を彫った時点で武器として完成するため、完成後に彫れば問題ない。そうじゃなければ手入れも出来んしな。

 

 そうだな……気に入ったし、名前を付けよう。今までは作ることに夢中だったが、よくよく考えれば作った武器に名前を付けるのは一般的だ。それに名前がついてると『名刀』っぽい。

 ……そうだな、名前を付けるにしても最初はやはりハルバードだろう。レベル1の最高傑作、俺のランクアップの象徴にしてメインウェポン。

 

 ハルバードを作業台に置き、文字を書く用の彫刻刀を手に取る。そして持ち手の端、俺の名前が書いてる下に記す。

 

始天(してん)

 

 天の領域へ辿り着く為の道の始まり。それを思って彫る。

 何か変化があるかと期待したが、どうやら銘を刻むことでは変化は無いようだ。

 ダメ元だった訳だが、少し残念。

 

 よし、次はナイフだ。

 えーと……『雪鋼(ゆきはがね)』っと。これは見たときからピンと来ていた。

 うん、やはり変化はない。まぁそれは良い。

 

 

 気分転換も終えた所で縦横五十(セルチ)、高さ二十(セルチ)の鋼鉄塊を取り出す。

 今度は手甲と盾を一体にした防具の作成だ。おそらく今から作り始めると出来上がるのは夜中か翌日の朝。

 中をくり抜くことや、手にフィットさせる為の開閉機構も彫らなければならない。

 まぁそういう機構はそれっぽく彫れば自動的に機構として完成させてくれる。しかし完成度を高めるためにはより精密に彫らなければならない。

 あれ、下手をすると明日の朝では済まないかもな……

 

 頭の中で思い描いた防具を全ての面に、その面から見たものを彫刻刀で描く。

 そして大きなノミを使って余裕を大きく持たせて削り、徐々にノミの大きさを小さくしていって段々と脳内の防具の形に近づける。

 そして時間をかけてシルエットはほぼ完璧に削り取った。

 そこからは盾の装飾や機構を彫っていく。そして手甲内部に入れるクッションを固定する為の反りも作る。

 

 

 

 俺は当初の予想を遥かに超えて超長時間彫り続けることになり、出来上がった頃には次の日の陽も沈む間際だった。

 装飾や機構を彫り終わっても集中が途切れることなく、音と色が消えた世界で土台と切り離す。

 そして最後に名前を彫り込むと、フッと一瞬で意識が飛び、防具と共に床に転がった。

 




未だに決まってない二つ名、神会は目前。やべぇ……


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6話

評判ありがとうございます。
誤字報告めちゃ助かる。ありがとうございます。
文字数が安定しねぇ……ちょい長めです


「……ぃ……おい! 生きてるか!?」

 

 ぺちぺちと頬を叩かれて意識が浮上していく。そして目を開けると目の前には人間にしては珍しい、主神様と同じ赤髪をツンツンさせている男。そいつが俺の事を心配そうに覗き込んでいた。

 

「あぁ、大丈夫、大丈夫……」

 

 防具を完成させてから倒れたのを思い出し、ゆっくりと体を起こしてキョロキョロと辺りを見回す。すると使った器具や完成した防具がまとめてソファーの上に置かれていた。男はそれどころじゃないといった具合に水を差し出してきており、有難く受け取って一息に飲み干す。

 

「ふぅ、ありがとう」

 

 大きく息を吐くと、目の前の男は豪快にニカッと笑う。

 

「いいってことよ。今日の見回り番は俺だったからな」

 

 見回り番。鍛冶をしていて今回の俺みたいに寝食を惜しんで作業を進めてぶっ倒れる奴は一定数いる。

 そして誰にも気付かれずに病院送りになるほど衰弱したという事件があってからは一日に一度、作業場の外付けの鍵から中の様子を確認する見回り番という役割ができた。

 見回る時間はいつでもいいが、見回り番になった日は必ず一度見回らなければならない。

 そして今日の見回り番がファミリア内で浮いている男筆頭のヴェルフ・クロッゾだったという訳だ。主神様とワンチャンあると噂されている。

 敬語を使われるとむず痒いらしく、後輩で年下の俺に敬語禁止と言ってきた人だ。その結果すごく軽い敬語になったんだけど。そして多分俺以上に同期の友だちが少ない。

 

 まぁそれも妥当と言えば妥当。彼はクロッゾという『魔剣を作れる一族』であり、レベルや特殊アビリティ関係なしに『魔剣』を作ることが出来る。その才能は大きなアドバンテージであり、羨む者も多い。

 しかし彼は多くの鍛冶師が目標とする『魔剣』を作れるのに作らない。才能があるのに、それを活かさない。

 才能を持っているから許せないのではなく、才能を活かさないから許せない。しかも事情は他人からの評価と来た。

 家名の評判で足踏みするくらいなら鍛冶師じゃなくて冒険者にでもなれと思った者もいたらしい。

 対抗心を持つメンバーからの印象は当初そんな感じだったが、魔剣を作らない頑なな態度と本人の性格によって険悪ではなくなったらしい。今もよくは思っていない者が多いようだが。

 

 しかし先輩方は違い、事情を抱えた世話の焼ける奴という認識で親切にしている。だがやはり勿体ないとも思っているようだ。

 それは後輩の俺も変わらず、勿体ねぇなという思いと不器用な人だなという思いがある。

 魔剣作れば素材集めも捗るだろうし、ランクアップする機会も増えただろう。そうすれば鍛冶師としてのスキルも上がるし、至高の武具へ近道出来る。

 普通の武具に拘るのは別にいいが、もう少し器用に立ち回ればいいのに。

 そういう微妙な感情は俺にもあるが、悪い人ではないから邪険にするのは忍びない。

 今もニカッと笑いながら俺のランクアップを祝ってくれている。

 そして俺の体調が万全だと確認すると、安心したように座り込んだ。

 

「それで、だ。これからダンジョンに潜るつもりか?」

 

 そして、ズイと体を近づけてきた。

 立ち上がり、少しジャンプをしたり首を回したりして体調を確認すると、久しぶりに爆睡できたからか絶好調だ。

 

「ああ。今日は面白そうな武器が作れたので試し斬りに行くつもり」

 

 手をグーパーさせながらそう言う。

 

「階層は?」

 

「13階層の入口でちまちまと」

 

 どうしてそんなことを聞くんだろうかと頭にハテナを浮かべながら返すと、ヴェルフは弾かれたように素早い動きで手を合わせ、頭を下げる。

 

「頼む! 俺も連れて行ってくれないか!?」

 

 

「…………はい?」

 

 間の抜けた声が出た。

 

 

 

 

 

 

 

「つまり、ランクアップして『鍛冶』アビリティが欲しいということ?」

 

「ああ。そのせいで同僚にも実力を離されていってる。だから頼む! 礼なら俺に出来ることなら何だってする!」

 

 必死そうな顔で訴えかけてくる。まぁそれ自体は(やぶさ)かではないのだが。一応先輩だし、さっきボロクソに言ったが人間的には筋を通す尊敬できる人物だと思ってる。

 そんな人が俺に手を合わせてお願いするとか、正直見たくない。

 

「……まぁ、いいぞ。いいからそれやめろ。お礼は今度武器作ってるの見せてくれたらそれで良いから。ただし、中層にも着いてきてもらうから結構キツいと思うぞ?」

 

「当然、そこは覚悟の上だ! だがお礼はそれだけでいいのか!?」

 

 拳を胸に当てそう答える。

 それに対して頷くと感激したように手を掴んでくる。鍛冶をしないといっても、武具を作っているのは同じだ。何かインスピレーションを貰えるかもしれない。興味もあるし。

 

「恩に着るぜ!」

 

 掴まれた手を何とも言えない顔で見つめながら、今から準備するからダンジョン前集合と伝えると、了解だと言って物凄い速さで作業場を出ていった。

 

 

 

 

 

 

 準備をしてダンジョン前に向かう。手甲は機構が完璧に機能しており、手を通して装着するのではなく、蓋を開けるように手甲が開き、腕の形ピッタリに閉じる。中のクッションもその役割を十全に果たしており、装着感はかなりの好感触だ。

 

 バベル前に着くと既にヴェルフが待っており、大剣の柄が口からはみ出ているバックパックを背負っている。

 俺に気づくと嬉しそうに笑いながら手を振ったので、少し恥ずかしいと思いながらも軽く手を上げる。

 

「よし、じゃあ行くか!」

 

「俺も一人じゃないのは久しぶりだし、ペースを探りつつ行きますか」

 

「応! 頼むぜ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつもよりはペースを落としてダンジョンを潜り、ヴェルフの目的の11階層に到着した。

 そして今はヴェルフが戦っているのを横で見ている。

 ヴェルフは戦える鍛冶師を自称しており、大剣を用いて戦う。戦法はとても堅実で、攻撃を確実に受け、その後の隙に攻撃を仕掛ける。

 少し前のめりではあるが、オークを倒したヴェルフは十分戦えているし、戦える鍛冶師、というのに間違いはないようだ。

 

 そんなことを考えていると、横からオークが数体向かってきているのを察知する。

 三体か。その旨をヴェルフに一声かけて三体の方に向かう。

 今回はオークだし、ナイフは使いにくいだろう。並んでやって来るオークを見ると、一匹先行しており、浮いている。

 すぐさま近づいて『始天』と銘打ったハルバードを両手で握りしめ、オークが攻撃を仕掛けてくる前に頭に刃を叩き込む。

 格下であるオークは当然受け止めることも避けることも出来ずに首の付け根まで割られた。当然即死。瞬く間に灰に変わってハルバードの刃先のすぐ傍から魔石が落ちる。

 

 後ろのオークたちはそれを見て怒り狂い、いつも以上に大きな声を上げながら突っ込んで来る。

 先に突っ込んでくるオークに合わせてハルバードを横に薙ぐと一体目のオークは上半身と下半身が泣き別れしたが、二体目のオークには当たらずに地面に突き刺さる。

 そして振り抜いた体勢の俺に好機を見出したオークはそのままタックルを仕掛ける。

 レベル2に上がったから当たったとしても致命傷にはなり得ないが、ポーションを使う羽目になるだろう。万年金欠の駆け出し鍛冶師の感覚が強い俺にとってはポーション代もバカにならないため、攻撃は喰らいたくない。

 瞬時にそれを考えるとハルバードを手放し、腰に装着しておいたナイフ『雪鋼』を抜く。

 そして背面跳びのように跳んでオークを跳び越えると、オークは止まること叶わず勢いのまま地面に転がる。

 その隙だらけな背後に走り寄り、すかさずナイフで首チョンパ。

 灰に変わるオークを横目に『雪鋼』を見つめる。すんなり刃が通ったし、斬れ味はいい。だが、確実にこれだけでは無いはずだ。斬れ味以外の、普通の武器とは違った性能が。

 

 考えるが、わからない。普通の攻撃じゃない特殊攻撃……そう、例えば魔法とか、毒とか……? 

 若しくは敵を倒すほど強化する、的な? 

 頭の中で膨らむ期待。だがその途中で警戒していたセンサーがオークの再来を告げる。

 ヴェルフを見ると、まだオークとタイマン中。いや、あれは次の個体か。

 ハァとため息をついてハルバードを抜き、やってきたオークがヴェルフの戦闘に乱入しない為に走る。

 

 

 

 

「よし、じゃあこれから中層入口に行くから、離れないように」

 

 肩を揺らしてゼーゼー言ってるヴェルフに告げる。あれから常にオークとタイマンしている状態にするように調節していた為、ヴェルフは息絶え絶えと言った様子だ。まぁ実力が近い敵と戦いまくった後だしな。

 危なくなれば休憩、回復してきたら再開。それを繰り返していると遂にヴェルフの限界が来たのだ。

 だがここで帰るほど俺は優しくない。キッチリ守るから、ちゃんと着いてきてもらう。俺のメインの目的は中層モンスターだしな。

 ヴェルフの息が整うと、行きよりもペースを落として進んだ。

 

 

 

 

「よ、よし……着いたぜ……中、層……」

 

 息も絶え絶えといった様子で階段の横に座り込むヴェルフ。少し休んだとはいえ、流石にまだキツかったようだ。俺はヴェルフにポーションを渡し、その傍にバックパックを置く。

 

「よし、じゃあこの近くで試し斬りしてくるから、荷物任せた!」

 

 そう言って走り出す。

 やっと出来る試し斬り。オークではやはり物足りなかったあたり、俺も立派なレベル2と思っていいのだろう。

 心を弾ませながらも深入りしないように、いつものように引き付けて戦うのを心がける。

 

 まず見つけたのがアルミラージ。手斧による攻撃も見慣れたもので、いつものように盾で受け止め、弾かれて丸見えになった腹に攻撃する。今回はナイフで。

 だがやはり、うんともすんとも言わない。模様は変わらず虹色に揺らめき、刃は銀青色のまま。斬れ味も変化なし。

 オークも何度かナイフで倒したし、やはり敵を倒すことで発動するようなものでは無いか。魔法に期待が持てる。

 

 

 そして大本命のヘルハウンドを遂に見つけた。吐き出す炎は魔法由来。今までの敵とは明確に違う、魔法を扱うモンスターだ。ここで『雪鋼』の真価を見る。

 ヘルハウンドはこちらに気づくと口に炎をため、火炎攻撃を繰り出そうとする。

 それを俺は放つのをナイフを構えて待つ。

 そしてヘルハウンドから炎が放たれた。

 目で追える速さで迫るそれを躱し、炎を斬るようにナイフを沿わせる。

 

 すると炎がナイフに、ナイフの模様に吸い込まれていく。まるで風呂の栓を抜いた時の水のようにみるみる炎が減る。

 そして終には火炎球全てを吸収し、『雪鋼』だけがそこに残った。

 その現実離れした光景に俺は唖然とし、ヘルハウンドは動きを止め、後ろの方にいるヴェルフも大きな声で驚いている。

 そこに居る全員が動きを止めている中、俺はナイフの模様を覗き込む。

 模様の三割ほどが赤く染まっている。

 

「すげぇ……」

 

 ポツリとそう零すとヘルハウンドがハッとしたように動き出し、今度こそはと連続して何発も火炎球を放つ。

 この模様が全て赤く染まればどうなるのかはわからないが、先程の光景を信じてもう一度炎にナイフを突き立てる。

 すると先程と同様に炎がナイフの内に収まっていく。

 一つ、そして二つとナイフで炎を受け止めると、魔法など無かったかのように掻き消える。

 だが放たれた四つ目の火炎球にナイフを差し込むと、途中で吸収が止まり、残った炎がナイフを素通りした。

 ナイフを見ると、銀青色だった刀身が赤熱した鉄のような色に変化し、模様を見ると全てが赤く染まって揺らめいている。

 この状態のナイフがどうなっているのか、それはまだ分からないが予想はつく。

 

 残りの火炎球を避けた後に、ヘルハウンドに向けてナイフを振り抜く。10M離れているため、普通なら絶対に当たらない距離だ。

 するとナイフから炎が放たれる……なんてことは無く、何も起きない。空振りだ。

 ビームとか出るかと思ったが、出なかった。

 

 もう一度ナイフをチラと見ると、模様の赤が少し減っている。じっくり見ると、徐々に減少しているようだ。

 

 今度はヘルハウンドに近づいていき、直接攻撃する。

 火炎攻撃を止めて襲いかかってくるヘルハウンド。その体を盾で受け止め、隙のできた横っ腹をナイフで刺す。

 すると焼けるような音と臭いがヘルハウンドの横っ腹から広がった。受け止めている左手を横に流すとヘルハウンドはそのまま投げ出され、地面に叩きつけられる。

 そのままナイフの傷を見ると、やはり焼けている。悶えている隙に首を斬ると、ナイフが通った後に小さな炎が纏わりついて傷を燃やしていた。

 

 そしてしばらく経って模様の赤が全て無くなると、先程までの斬れ味のいいナイフに戻っていた。

 

 それから何度かヘルハウンドを使ってナイフの機能を試す。火炎を吸収して溜め、赤熱した色になれば攻撃する。

 繰り返すことで確信へと変わった。

 このナイフは、一定時間吸収した魔法の属性の武器になる。炎しか試してないから分からないが、おそらくそうだ。初めて作る、普通じゃない武器……! 

 

 

 ヴェルフの元に戻ると信じられない様子でナイフを見ている。

 そこで俺はこのナイフについて尋ねた。

 

「これって、魔剣……?」

 

 その言葉にヴェルフは一瞬顔を顰めるが、今回はクロッゾが何も関係していないため、すぐに戻り、少し考えるような様子を見せた後にこう答えた。

 

「いや、『魔剣』ではない。魔剣ならチャージする必要が無いし、見た目が変わることもほぼ無い。それに、『魔剣』というよりも『属性武器』って見た目だった。あんだけ使って壊れてないしな。少なくとも俺は見たことがない」

 

「なるほど……じゃあ『発展アビリティ(神秘)』が武器に乗ったってことか……よくわからんし、団長か主神様行きだな」

 

『魔剣』ではない不思議武器なんて聞いたこともない。こういう時は武器のエキスパートの団長か主神様に聞くに限る。

 

「ああ、それがいい……ってか、カルロお前『鍛冶』取らなかったのか!?」

 

 ヴェルフが驚いた声を上げる。そういえばステイタス言ってなかった……てか口が滑った。俺もベルに説教出来ねぇな。まぁ、ヴェルフだし問題ないだろう。

 

「いや、『神秘』って珍しいから次は出ないかもしれない。でも『鍛冶』なら次でも出るだろ?」

 

 そう言うと、ヴェルフはキョトンとした直後に笑った。

 

「ハッハッハッハ! いやなるほど。それもそうだ。レベル2の次は3もあるからな!」

 

 笑いながら背中をバシバシ叩いてくる。どうしたんだコイツ? 

 それからしばらく『雪鋼』について話し、ダンジョンから帰る。

 しばらくオークを狩っていたし二人だった為、得られたヴァリスはいつもより少なかったが中々に充実した探索だった。

 作業場に荷物を置いて本拠地に戻ると既に日が沈んでいた為、ヴェルフと共にいつもよりも美味い夕飯を食べた。

 




ヴェルフはほんの少しだけ原作よりも強くなりますが、ぶっちゃけ誤差。ベル君の伸び方ヤバすぎる。
アンケートは明日の投稿が終わったあたりで締め切り、明後日の18:30の投稿で結果を言います。
アンケートの結果通りの時間で投稿するのは明明後日、6月30日からになります。


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7話

評価、感想ありがとうございます。
日間ランキングにおりました。踊り狂う程嬉しいです。読んでいただいている方に感謝を。
『雪鋼』、別名ゲーミングナイフ


『雪鋼』の試し斬りをした翌日の朝。

 主神様、若しくは団長に会いに行く前に気づいた。手甲の銘を打っていない。そういえば完成してすぐぶっ倒れたから、完全に忘れていたな。

 

 手甲を作業台に置く。これは『雪鋼』とは異なり色が変わることもピカピカ光る部分もなく、使った鋼鉄と同じ色だ。

 盾の形は手の甲に近づくほど先細りになっており、先端は爪のように三つの山が出来ている。そして反対側はシンプルな三角状。盾の表面は腕と平行に鱗のような模様が彫られており、手甲部分は機構以外はその辺にある手甲と変わらない。

 そうだな……この手甲は、【鱗手(うろこで)】にしておこう。

 

 盾の裏に【鱗手】と彫り終わるとそのまま装着してナイフを持ち、本拠地に向かった。

 最初に主神様の部屋に行くが、何も反応が帰ってこない。どうやら出かけているようだ。

 ならば、と団長の鍛冶場に向かう。

 

 団長の鍛冶場は扉が開いており、中からは話し声が聞こえてくる。様子をちらりと見るとロキファミリアの団長、フィン・ディムナが団長と話していた。あの酒場以来か……

 団長は俺に気づいたようで少し待てと言ったため、扉のそばの入口で立って待つ。

 しばらく経つとフィンが出てきて、団長からもういいぞと声がかかる。フィンとすれ違う時に軽く会釈して部屋に入った。

 

「どうした? お主が手前に訪ねてくるとは珍しい」

 

「あ、はい。この前作った武器なんですけど、面白い能力があって……」

 

 ナイフがヘルハウンドの火炎攻撃を吸収し、ゲージが溜まると赤熱して炎の属性武器になったことを覚えている限り説明した。当然『神秘』が出たことに原因があるのではないかという推測も加えて言う。話が進んでいくと共に団長は興味深そうな顔をした。そしては説明を終えるとナイフを団長に差し出す。

 

「ほう! ほうほうほう! これがそのナイフか!」

 

 団長ははしゃぎながらナイフを受け取り、ナイフの虹色に揺らめく模様などをじっくりと観察した。

 

「どうですか……?」

 

 迷宮都市(オラリオ)一、世界一の鍛冶師が俺の作品をじっくりと見ている。それは何度されても慣れないし、緊張する。

 そして喉の渇きを自覚し始めた頃。

 

「分からんな、これは!」

 

 ハッハッハッと笑いながら俺に告げる。

 俺は予想外の返答に驚きつつも微かに安心していた。酷評されなかったことに。そして直ぐに大きな疑問が浮かび上がる。

 

「団長でも分からないなんてことなんてあるんですか?」

 

 そう聞くと団長は少し難しい顔を浮かべた。

 

「このナイフは武器として見ればレベル相応。そこまでは分かるが、そのような機能が付いている理由が分からぬ」

 

 そう言うと団長は鍛冶場の奥にある箱をガサゴソと探り、中から白銀のカッコイイブーツを取り出した。

 

「……それは?」

 

「『フロスヴィルト』という武器の試作品だ。これには魔法を吸収して威力を高める能力がある。そう、そのナイフと同じような能力だ」

 

 まじまじとブーツを見る。見蕩れそうになるほど美しい。それに俺が扱ったこともないような素材だ。オリハルコンとかか……? だが……

 

「それならこのブーツと同じなんじゃ?」

 

「いや、『フロスヴィルト』はそういった機構を作り、そう機能するように作ってある。手前が作ったからというのもあるが、どうやって魔法を吸収して威力を高めているかの説明ができる。だがそのナイフはてんでわからん。手前からするとただの光るナイフだ。『神秘』については主神様に聞くのがいいだろう。行くぞ!」

 

 団長は立ち上がって歩き始める。遅れないようについて行きながら、主神様は部屋に居なかったと告げると方向転換してバベルの方に向かい始めた。

 そしてバベルにあるヘファイストス・ファミリアの店に入ると主神様がいた。

 

「あら? どうしたの」

 

「うむ。主神様に是非とも見て欲しい武器があってな。手前ではよくわからん」

 

「あなたでも?」

 

「ああ。『神秘』については手前の専門外だ」

 

 それを聞いてから俺の方を見て、主神様は納得したような顔をする。

 

「なるほどね。じゃあ店の裏に行きましょうか」

 

 主神様と団長、俺でバックヤードに入る。

 そして団長は握りしめていたナイフを主神様に差し出した。

 そしてそれを受け取ると、主神様は軽く眺めた後に少し笑う。

 

「これは『人の武器』と言うよりも『神の武器』に近いわね。技術も奇跡もまだまだちっぽけなものだけどね」

 

 それを聞いて目が飛び出るのでは無いかと思うほど驚く。団長も少なからず衝撃を受けたようだ。

 俺たちの反応を見ながら主神様は続ける。

 

「『神秘』は奇跡を発現させ、この武器にはその“奇跡“が捩じ込まれている。『神の武器』というには素の性能も奇跡の質も比べるまでもないけど、本質は『神の武器』の方が近いわ」

 

 団長は意外にも目を輝かせており、俺はその衝撃を受け止めきれずに固まった。

 正直『人の武器』だの『神の武器』だの言われてもハッキリとは分からないが、『神の武器』が俺たちの言う『至高』とは別ということは分かっている。

『至高』は鍛冶神が純粋な技量のみで作成される、まさに神業の結晶ともいえる到達点を指すものであり、俺たちが目指すものだ。だがその先があった。

 

 

「主神様! つまり『神秘』があれば神の力を使って造った武器に到達しうる、ということか!?」

 

「ええ。そうね。レベルを上げて技術を極め、『神秘』も最高レベルに到達して、その上で奇跡を起こせば可能性はほんの少しあるわ」

 

 子どもの頃に想像した、まさに御伽噺や英雄譚の世界。それを徐々に理解していく。そして高揚していく心。

 

「おおっ! まさに手前が目指す高みのその上! 道が示されたような気分だ!」

 

「よし、絶対に極めてやります! 至高も超えて、神も超えてやります!」

 

 団長も俺も、目を輝かせて子どものようにはしゃぐ。蒙が開かれたかのような、狂気を孕んだ哄笑。

 主神様はすかさず団長と俺の頭にチョップを落とす。

 ダメージは無いが、その衝撃によって団長も俺も我に返った。

 

「はい、もう大丈夫?」

 

「う、うむ……何やら精神が揺さぶられたような感覚だった」

 

「高揚感が凄まじかったですね……」

 

「ふぅ、それだけ高みへの憧憬が強烈だったのね。そこに魅入られると危険よ。ゆっくり休んで落ち着かせなさい。わかった?」

 

「はい……」

 

「了解した」

 

 膨らんでいたテンションはチョップによって穴が開き、みるみる低くなっていった。

 俺は下がったテンションとは対照的に武具作りへの熱意が大きく上がり、言葉少なに作業場に帰った。

 

 

 それからのこと。『至高』の更に上を知った俺は狂ったように武器を作った。

 

 

 武器を作り、防具を作り、道具を作る。そしてダンジョンに潜る。

 その頃は周囲の声も耳に入らず、ただ上を見つめる求道者へと変貌していた。安全第一の探索は何処へやら。鍛える為の乱暴な探索になり、命の危機に陥ったのは一度や二度では無い。しかし記憶は薄ぼんやりとしており、どこか夢の中を歩いているような感覚だった。

 

 それが三週間ほど続き、遂に武具完成による魔力消費で『精神疲弊(マインドダウン)』になり、倒れた。

 そして目覚めると、取り憑かれたように武具を作っていた頃が嘘のように晴れやかな気分になっている。

 身体はボロボロだが、自身でも分かるほど成長を感じられる。なんというか、力が漲るような感じだ。視野が広がり、周囲の状況がよくわかる。

 隣の鍛冶場の構成員に聞くと、俺は話しかけても返事をしないし、目が血走っていてそれはもう怖かったらしい。

 

 

 そんな話を聞いて団長が心配になり、すぐさま鍛冶場へと向かう。俺と同じように無茶をしているかもしれないし、大怪我を負うかもしれない。

 団長の鍛冶場に駆け込むと、鉄を打っている背中が見えた。

 

「団長!?」

 

 大きな声で呼びかける。すると、団長はゆっくりと振り返る。

 

「なんだカルロ? お主、作業中に話しかけるのは非常識じゃぞ?」

 

 いつもと変わらない顔だ。少し不機嫌な顔なのは、邪魔をしてしまったからだろう。

 

「え、あ……無事なんですね。あの、この間のナイフの」

 

 安心して大きく息を吐く。どうやら俺みたいに精神汚染じみたことにはならなかったようだ。

 

「あぁあれか……手前は気合いが入ったが、お主は違うのか?」

 

 不思議そうな顔で言う。本当に団長は何ともなかったようだ。

 

「あぁいえ、なんでもないです。邪魔してすみません」

 

「そうか? ならばまたな」

 

「はい」

 

 ペコリと一礼して鍛冶場から出る。

 

 外は雲ひとつない快晴であり、今日はダンジョンを潜る気にも武具を作る気にもならない。

 大きく伸びをして作業場から魔石でパンパンになったバックパックを持って出かける。

 そして買い食いをしながら散歩をして、陳列された高価な素材を眺める。

 あんな状態でも魔石を回収していた自分の意地汚さに苦笑してしまったが、正直有難い。

 いつもよりも高い、鋼とミスリルの合金さえ買える程の金が手元にあるのだ。しかもギルドに預けている金もある。

 久しく味わっていなかった富豪気分に足取りを軽くしながら散策を続けた。




なんかやべぇ感じになってしまった。
18:00~19:00投稿希望の人が一番多い(100/205)ので、今まで通り投稿します。締め切り時点で結果わかったので言っちゃった


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8話

評価ありがとうございます。
ゲームや映画などの他作品を参考にした武器が登場すれば、注釈を用いて解説するつもりです。


 どうやら俺が暴走していた三週間の内に様々なことがあった。

 大きなもので言うと、【ロキ・ファミリア】との『遠征』が決定したようだ。

 そのせいでバタバタしていて、俺を止められる奴の手が空かなかったそう。

 そして遠征メンバーなのだが、俺はほぼ100%選ばれない。立候補しても、恐らく無いだろう。

 武器の手入れなど、【ヘファイストス・ファミリア】に求められることは『鍛治』のアビリティが無ければ出来ないためだ。

 武器を素材に見立てて新たな武器を作り、初期化することは出来るが、【ロキ・ファミリア】レベルなら俺の武器はいらないし、他の鍛冶師と用具を共有できない。

 

 

 まぁそれはいい。俺にとっては『遠征』よりもこっちの方が重要だ。

 それは、三週間で作った武器や防具の数々。

 大量の投げナイフと胸当て、そして最後の、倒れた時に作った小さなクロスボウ。

 

 15(セルチ)程の薄い投げナイフが10本。

 鈍色のシンプルな胸当て。

 そしてクロスボウの弓は小さく、弦受けと台尻の距離が非常に短いため、全体的に小さくなっている。おそらく射程もかなり短めだろう。

 そして見たことも無い球もいっぱいあった。半径1C程度の小さな球。材料は鉄で、彫られている模様が緑色に薄く光っている。

 この小さな球には一つ一つ、俺の名前がイニシャルのみ彫られていた。

 いや、イニシャルだけで仕上げられるのか!? 

 これは今後も小さな物を作る時に使えるな……

 というかこの球をひたすら作った日があった記憶がある。

 それにこれをダンジョンで投げて使っていたことは覚えている。どんな効果があるかは覚えていないが。

 

 記憶の俺はそれらの武器を自在に使いこなしていた。一つの群れ程度なら余裕を持って捌けていた光景を薄らと思い出す。球も投げてたようだが、どうなっていたか……

 何はともあれ、あの技術と安全な立ち回りの両立出来ればソロでもっと深く潜れる。

 ステイタスが成長すれば18階層の『迷宮の楽園(アンダーリゾート)』に辿り着くのだって夢じゃない。まぁ階層主が居ない時に限るが。

 

 投げナイフの入ったホルスターを両脇に、球の入ったポーチを右側の腰に巻き、胸当てを着ける。そして左側の腰にクロスボウを着けようとして気づいた。矢が無い。

 仕方がない。ダンジョンに行く途中で買っていくか。

『始天』を右手に持ち、『雪鋼』をバックパックに取り付けたホルスターに挿して作業場を出る。

 

 

 

 

 どこかスッキリした気分のままダンジョンに潜っていき、ハルバードでモンスターの首を斬り、腹を突き、横殴りにして吹き飛ばす。

 やはり前よりも手に馴染んでるような気がする。前はハルバードの斧刃で攻撃するばかりだったが、今は自然と刺先や柄、穂先の横面すら使うようになって攻撃に様々な色が出た。

 

 目の前のオークの顔を横殴りにして怯ませ足を突き刺し、膝をつかせてから一回転してハルバードを加速させて首を飛ばす。

 

 そしてヘルハウンドには火炎攻撃を仕掛けようとするタイミングで口の中に投げナイフを投げ込む。

 すると高い器用の恩恵を受けたナイフは狙いを外すことなく口に吸い込まれていき、深深と刺さる。火炎攻撃は魔力の供給が止まって掻き消え、そのまま灰になって魔石と投げナイフが落ちた。

 

 13~14階層では記憶のまま、投げナイフと『雪鋼』を主軸にした戦闘をする。ハルバードはバックパックに固定して『雪鋼』を構えながら戦う。

 中層のモンスターはすばしっこく、小さなモンスターが数多く出現する為、ハルバードでは不利なのだ。それに加え、中距離攻撃をするモンスターがいる為中距離攻撃が出来ることで戦闘が非常に楽になる。

 

 だが投げナイフの扱いは記憶のものと比べるとなっていない。

 狙ったところに投げることは出来るが、ナイフを使うタイミングがまだまだ。回収が間に合わず、投げナイフが尽きて近接戦闘のみになってしまうことが多かった。

 

 特にアルミラージの群れが相手だと、すぐに投げナイフが無くなる。

 だが、アルミラージの群れ相手には謎の球が非常に有効だった。

 謎の球は使い切りだが、投げつけて強い衝撃を与えると球を中心に球体状に暴風が吹き荒れる。

 アルミラージのような軽いモンスターは吹き飛ばされて球体内でシェイクされ、目を回す。そしてその隙にトドメを刺す。

 しかしヘルハウンドやオークのようなある程度重さのあるモンスターは動きを阻害され、球体内に閉じ込められる程度。そんな実験をしていると球、名付けて『暴風球』は残り二つになってしまった。

 

 

 記憶では13階層を踏破出来ていたが、今日は途中で断念。やはり投げナイフの扱いに慣れていないのが大きく、群れ相手になると最終的に今まで通りの逃げながら削る戦法になってしまう。

 そうしていると投げナイフの回収に手一杯になり、気がつけば12階層への階段近くまで押し戻されたのだ。

 それに、クロスボウだって使えていない。ゴブリン相手には試したのだが、装填に時間がかかるため使い所が分からなかった。

 

 

 そうしてしばらくは新たな武器と立ち回りの練習をしていった。

 遠征間近ということもあって主神様も忙しく、遠征組しかステイタス更新を受けられないのは非常に残念だが、次の更新でどれだけステイタスが伸びるのかが非常に楽しみだ。

 遠征までダンジョンに潜っては投げナイフを練習し、投げナイフや暴風球を複製する。頭の中に浮かぶ設計図通りに作るのではなく、以前作った物を見ながら彫るのでも作ることが出来るのが知れたのは大きな収穫だろう。

 

 

 

 

 

 そして団長を含め、主力メンバー殆どが遠征に出る日になった。

 今日もダンジョンに潜ろうとバベルに着くと、【ロキ・ファミリア】団長のフィン・ディムナが演説をしていた。遠征組はこれから何組にも分かれて複数班で潜り、下で合流するのだ。最近ランクアップした【剣姫】もいる。お、丁度演説が終わったようだ。

 彼らの横を通り過ぎ、見知った顔と目が合えば軽く会釈し、そのままダンジョンに入る。

 

 

 

 

ヴォオオオオオオォォォォォ!!!!! 

 

 

 いつものように階層を下りていると、迷宮内の壁がモンスターの雄叫びによって震えた。今まで聞いたことが無い程迫力がある咆哮に驚き、一瞬体が硬直する。その威圧感から、13階層や14階層に出てくるようなモンスターでは無い事がわかる。ましてやここ9階層にいる訳がない。

 尋常な事態ではない。それを確信して咆哮の聞こえた方向に走り出す。

 すると道中でパーティと出会う。基本的にダンジョン内では不干渉だが、そのただならぬ様子に声をかける。

 

「おいアンタ! 何があった!?」

 

「ヒィッ!? な、なんで……なんでこんなところにミノタウロスが!!!」

 

「ミノタウロス!?」

 

 ミノタウロスは15階層で初出現する、中層のモンスターの中でもレベル1では絶対に勝てないと言われているモンスター筆頭だ。

 レベル1ならほぼ確実に強制硬直させられる咆哮(ハウル)。それがこんな所で。

 

「それはヤベェ……おい! 他に誰かいたか!?」

 

「白髪のガキと……小人族が!」

 

「わかった! お前らは逃げとけ!」

 

 すぐさま走り出す。幸いこの先は一本道、迷うことは無い。

 邪魔なバックパックを放り投げ、全速力で走る。

 

 そして広間に出ると、怪物が待ち構えていた。

 広大な長方形の空間。モンスターも同業者も存在しない場所で、彼は一人、悠然と立っていた。

 背が低い訳では無いはずの俺が大きく見上げる程の身の丈に、鋼鉄と見紛う筋肉で編まれた強靭な四肢。その上に最上級の防具。

 錆色の短髪からは獣の耳、獣人の、その中でも獰猛と知られる猪人の証が見えている。

【フレイヤ・ファミリア】団長、オッタル。【猛者(おうじゃ)】と呼ばれる迷宮都市最強の男(唯一のレベル7)

 その両の目は閉じていたが、全身から溢れ出す圧倒的な存在感と『武』の気配に、俺の足は知らずのうちに完全停止していた。

 

 だが、その先に命が危うい奴がいる。止まる訳にはいかない。

 道を塞いでいる訳では無いことを祈りながら再び歩みを進めると、腹を響かせるような低い声が目の前の怪物から放たれた。

 

「引き返せ」

 

 ただ声を掛けただけなのだろう。だがそれだけで足が止まり、震える。

 

「その先に……ミノタウロスがいる。そしてミノタウロスに襲われてヤバい奴がいるはずだ……」

 

「承知の上で、ここは通さない。それでも進むというのなら、相手になろう」

 

 そう言うと【猛者】は威圧感を体から噴き出した。その瞬間、【猛者】の体が何倍にも大きくなった。実際は違うのだろうが、それ程までに実力の差を感じられる圧だ。

 

「……だがなぁ。命あっての物種だろ……それを危険にさらされている奴がいるなら…………やるしかねぇだろうが!!!」

 

 大声を張り上げて自分を鼓舞する。実力が遥かに離れた相手だ。手加減を間違えるだけで簡単に命を落とすだろう。

 だが、俺と【猛者】、ミノタウロスとレベル1の冒険者ならば俺の方がマシだ。実力差ではなく、命の危険という意味で。

 

 歯を食いしばって走り出す。暴風球を投げ、そこに投げナイフをありったけぶち込む。

【猛者】は暴風球を避ける素振りも見せずに受け止め、そのまま暴風域に包まれる。そしてそこに投げナイフが巻き込まれ、鎌鼬が頻発する超危険空間に進化した。思い付きから生まれた一対一の切り札を初手に繰り出す。

 すると【猛者】が持っていた袋が破られ、辺りに寄せ集めのような質の大剣が大量に散らばった。

 その非現実的な光景に驚くが、そんな場合ではない。

 暴風域が解除されるタイミングに合わせて『始天』を体ごと回転させながら最大威力の攻撃をぶつける。

 それで多少でも怯んだのなら、通り抜けて暴風球で即席の壁を作る。そうすればミノタウロスの元に行ける、助けられるはずだ。

 

 そして高速で流れる景色の中で、見た。

 投げナイフを全て掴み取り、空いた手でハルバードを受け止めようとする豪傑を。

 その直後、凄まじい力でハルバードが完全停止して、勢いのまま柄が体にめり込む。

 腹が目を疑うほどめり込み、持っていた手が砕ける。そしてそのまま地面に叩きつけられた。

 胃から血が逆流し、息を吸うことすら難しい。

【猛者】を見るが、傷一つ無い。先程と変わらず、無表情でこちらを見向きもしない。

 相手にされていなかった。

 

「ぐっ…………く……っそ……!」

 

 道の先にいる冒険者を助けたいという思いは、まだある。だが、それ以上に羽虫のように払い落とされたことに怒りを覚えた。

 

「て……めぇ!」

 

 息絶え絶えといった感じだが、無理やり体を動かしてボウガンを撃ち、ナイフを足に突き立てる。

 超至近距離で放ったボウガンは避けられたが、ナイフは足に突き刺さっていた。

 

「ほう…………」

 

 ようやく、こっちを見た。

 それを見てざまあみろと笑い、意識が暗転した。




オッタル戦、こんなの勝てるわけない
今日は書き終わったのギリギリだったので、誤字脱字やら変な部分が多いと思います。許してヒヤシンス


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9話

評価ありがとうございます。
不意打ちの30分早めの投稿!
そしてサンブレイクが始まりました。毎日更新の危機だぁ……


「……! ……は…………だ!」

 

 遠くから聞こえる声を追いかけるように意識を浮上させていく。段々と声がはっきりと聞こえるようになり、靄がかかっていた思考も徐々に回復してきた。

 たしか俺は……

 

「っ……!!!!」

 

 無理矢理体をたたき起こし、跳ね起きる。そして『始天』……『雪鋼』……投げナイフ……クソッ何も無い! 

 慣れない素手の戦闘を想定して前を向くと、そこには【猛者(オッタル)】の姿はなく、今朝見た【ロキ・ファミリア】の幹部たちの背中が見えた。体は傷一つないが、胸当ての大きな歪みが夢ではないと証明している。

 状況を飲み込みきれないでいると、口の中の血と砂の感触に気づいて思わず咳き込み口から吐き出す。すると砂の混じった血の塊が口から零れ、べチャリとダンジョンの床に落ちた。

 

 彼らはその音で俺が起きたことを感じ取り、【怒蛇(ティオネ)】はチラリとこちらを向いたがすぐに前を向き、【九魔姫(リヴェリア)】と【勇者(フィン)】だけが振り返ってこっちに歩いてきた。

【九魔姫】はローブが血で濡れた小人族(パルゥム)を抱えており、一つ一つの丁寧な所作からその小人族への慈しみを感じ取れる。

 

「起きたかい? オッタルがいた部屋に君は倒れていたんだ。説明しても、いいかな?」

 

【勇者】はいつもの爽やかな笑みで俺に話しかけてくる。相違点が見つからない程いつも通りの笑み。裏で考えていることが分からないそれが俺は苦手だった。そんな彼を真正面に見据え、居心地の悪さを感じながらも頷いた。

 

「はい……いや、ミノタウロスは!? ミノタウロスはどうなりましたか!? 犠牲者は!?」

 

 頷いてすぐにミノタウロスに襲われている冒険者がいたことを思い出す。

 声を荒げながら聞くと、【勇者】が答える前にこちらを見向きもしなかった【怒蛇】が口を開いた。

 

「団長に大きな声出すな!今、丁度戦ってるわよ」

 

 まさかそんな事があるのかと【勇者】と【九魔姫】の顔を見ると、首を縦に振った。

 何を呑気に、コイツら馬鹿じゃないかと思いながら急いで前に進む。血が減った為か少しクラクラするが、歩けない程ではない。少し時間をかけて【ロキ・ファミリア】の幹部たちが見る戦いの見れる場所に着く。

 そしてそこで信じられないものを見る。

 片角のミノタウロスと白髪の冒険者、ベルが命を削った戦いに身を投げている光景だった。

 ベルはレベル1の筈だが、ミノタウロスと互角に戦っている。どちらが勝ってもおかしくないと思える程に拮抗した死闘。

 地面はミノタウロスの攻撃によって凸凹が目立っており、戦闘の苛烈さの証明だ。

 自分では経験のない、英雄譚の山場のような戦いに目が釘付けになり、魅了される。

 あらゆる技を。

 あらゆる駆け引きを。

 あらゆる機転を。

 あらゆる武器を。

 あらゆる魔法を。

 この一戦に、そそぎこむ。

 そしてミノタウロスも通常のモンスターと異なり、力任せな攻撃だけでなく確かな技術と駆け引きを感じ取れる。

 ミノタウロスは既に全身から血を流しているが、致命的なものはなく、ベルは体の各所から血を流しており、その傷は一つ一つが軽くない。どちらも長期戦は出来ない様子だ。

 手を突き出し、ノータイムで放たれる炎雷。

 観客たちはその無詠唱魔法に驚くが、決定打になり得ないという評を下す。中層でも並外れた耐久を持つミノタウロスには威力不足と。

 そして決定打を持たないベルは攻められる時間が長くなっていき、ミノタウロスがそのまま押し切ると思われた。

【勇者】も冷徹なまでに淡々と言う。

 

「彼には、武器がない」

 

 ベルが衝撃波に踊らされながらも地面に着地する。

 そして、 折れたバゼラートを牽制に使って白いナイフで斬り掛かり、ミノタウロスは不安定な体勢のままそれを大剣の腹で受け止めようとする。

 しかしベルはそれを予期していたようで、右手の白いナイフを手放し、左手に隠し持っていた漆黒のナイフが逆手に持って大剣の柄を握るミノタウロスの右手に叩き込まれた。

 漆黒のナイフは光が当たって紫紺に煌めき、ミノタウロスの強靭な筋繊維と骨を断絶して大剣ごと腕を斬り飛ばした。

 

 そしてすぐさま大剣を両手で掴み取り、武器の重さ、そして肉厚の刃を駆使してミノタウロスを追い詰める。

 大剣に振り回されているような下手くそな戦い方だが、流れは完全にベルにあった。その怒涛のごとき勢いはミノタウロスを圧倒し、ナイフのような浅い傷ではない、確かなダメージが裂傷として蓄積されていく。

 

 そしてミノタウロスは吹き飛ばされ、間合いがおおよそ5Mになった。

 ミノタウロスは両手を地面に振り下ろして地面を踏みしめ、頭を低く構える。臀部の位置は高く保たれ、猛牛を彷彿とさせる姿になった。

 ミノタウロスの必殺技とも言える強力無比なラッシュ。

 ミノタウロスが大きく吼えて走り出すと、ベルはそれに応えるように大剣を構えて突っ込む。

 多分、ヤバい。あの大剣は決して良質なものでは無く、もう既に限界だ。今までの激戦で砕けなかったことが奇跡とも思える程に摩耗していた。

 そんな状態の大剣がミノタウロスの全力の一撃に耐えられる道理はない。

凶狼(ベート)】からは罵声が、【九魔姫】に抱えられていた小人族からは悲鳴が響き渡るが、ベルとミノタウロスは加速を続ける。

 一気に間合いが縮まり、大剣の振り下ろしと残った片角のすくい上げが衝突した。

 そしてブレーキにならない程簡単に大剣が砕ける。ミノタウロスの角は傷一つ付いておらず、ミノタウロスは自らの勝ちを確信して剛毅な笑みを浮かべた。

 しかし、砕けた大剣に紛れてベルがミノタウロスのすぐ後方でナイフを突き立てる。

 右手を斬り飛ばした時のように、 天然の鎧を貫いて右脇下にナイフが突き刺さった。そしてそのまま砲声した。

 ファイアボルト、と。

 ドゴンッ、とミノタウロスの全身が痙攣し、胸板が膨張する。体に走った無数の傷からは火炎の息吹が溢れ出し、ミノタウロスの目が限界まで見開かれた。

 ミノタウロスはこれはマズイとベルを引き剥がそうとするが、ベルは何度も何度も続けた。

 ファイアボルト。ファイアボルト。ファイアボルト。

 魔法を繰り出す度にミノタウロスの上半身が膨れ上がっていき、遂には鼻腔や口腔、目からも炎が噴出した。

 そしてミノタウロスの超強力な肘鉄がベルに到達する直前に唱えた速攻魔法。

 それによってミノタウロスの上半身は限界を迎え、空気を入れすぎた風船のように爆散して粉々に弾け飛ぶ。そして体内で暴れ回っていた炎は押さえつけるものが無くなって大きな炎の花を咲かせた。

 

 そして最後に残ったのは気絶しながらも未だに立つベルと大きな魔石が一つ。誰がどう見てもベルの勝利であった。

 

 

 

 

 

 

 

 その後、俺とベル、ベルのサポーターの小人族リリルカ・アーデは【九魔姫】と【剣姫】によって地上に連れていかれた。

 武器は大剣以外の落ちていたものを纏めてくれており、『始天』以外は無事に回収出来た。だが『始天』はオッタルとの攻防の際に柄が歪み、斧刃には【猛者(オッタル)】が掴んだ箇所に小さくヒビが入っている。これではもう使えない。修復しようにも正直不可能だ。それでも大切な俺の相棒。俺はこれ以上ヒビが広がらないように穂先を布で包んで持って帰った。そして【猛者】を10回泣かすと心に決める。

 その後帰り道で俺にあったことを言い、俺が気絶した後のことを教えてもらった。

 俺が倒れた直後に【剣姫】は広間に到着。【猛者】の足に突き刺さったナイフを見てそれはもう驚いたそう。

 そして【猛者】は俺を抱えて壁際に寝かせ、万能薬を使って俺を完治させたらしい。

 そして【猛者】は【剣姫】も足止めしようとしたそうで、しばらく戦った後追いついた【勇者】や【凶狼】たちによって撤退した。

【猛者】は去り際に俺への謝罪としてこれを届けてくれと【ロキ・ファミリア】に言い残し、去っていったらしい。

 誰が許すかよと思いながらその包み紙を受け取って開けると、中には見たことの無い色の薬が1ダース。

 瓶をつまみながら頭の上にはてなマークを出していると、【九魔姫】が微笑みながらこれが万能薬だと教えてくれた。

 そのとき、俺は18年の人生の中で一番驚いた。口を大きく開け、目が尋常ではない程泳ぐ。

 万能薬は一つあたり約50万ヴァリス。それが1ダース。俺の1年ダンジョンに潜って稼ぐ金額以上だ。多分目がヴァリス模様になっていただろう。

 許すわけはないが、【猛者】を泣かすのは5回にしてやろう。

 




『あらゆる』が5行連続するところ、ソード・オラトリアの中で一二を争うくらい最高に好きです。
改めて思うこと…………ベル君つっよ


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10話

評価ありがとうございます。
誤字報告も助かります。
読み直して気づいた、万能薬をダースで持ち歩くオッタルのおかしさ。
そんな感じでやっております。
名前被りがあった為、ハルバードの『始高』を『始天』に改名しました。
教えて下さりありがとうございます。


 ミノタウロス事件から三日、神会の日だ。そしてギルドからベルのランクアップが発表され、神と人問わずお祭り騒ぎになり、【ヘファイストス・ファミリア】の下級鍛冶師たちも自分の顧客にしようと意気込んだ。

 レベル1にも関わらずミノタウロスを死闘の末に破ったあの少年は、所要期間約一ヶ月半という前代未聞の圧倒的な速さでレベル1を駆け抜けた。

 おそらく俺と同じような経験値補正のあるスキルを持っているのだろうが、効果は俺と比べて段違い。

 巷ではズルをしただの囁かれているが、ミノタウロス戦を見た俺は実力で昇ったと断言出来る。

 あの命を削り合う戦いは瞼を閉じればその光景が浮かぶ程鮮烈に心に刻まれた。

 特性を活かし、確かな技術を持って武器が振られる。あれは素晴らしい戦いだった……互いに高め合うような、限界を超えた戦い。

 (ふけ)りながら、俺は昨日受け取ったステイタス更新の紙を眺める。

 

 カルロ・ヴァリ

 Lv.2

 

 力:I0→E427

 耐久:I0→G256

 器用:I0→C607

 敏捷:I0→H184

 魔力:I0→D583

 神秘I

 

《魔法》

 

【】

 

《スキル》

【武具彫刻】

 ・あらゆる素材、金属の彫刻武具作成可能。

 ・彫刻武具使用による経験値補正

 ・経験値補正は武具の完成度により上昇

 

【天啓】

 ・天啓を得る。

 

 

 約一ヶ月ぶりのステイタス更新のステイタス上昇値は圧巻の二千弱。

 ここまで急上昇すると、「力が湧き出てくる……!」って感じになり、口をあんぐりと開けて石像のようになった主神様もその様に失笑していた。

 溜まった経験値には中層デビューから暴走した3週間、オッタル戦までの全てが詰まっており、それに経験値補正が重なることによって経験値が爆発的に上昇したのだろう。団長案の自作ののみとハンマーを使ったことも大きいはずだ。

 それよりも気になるのは【天啓】という謎のスキル。スキル説明も簡潔に『天啓を得る』とだけ。

 主神様に聞いても聞いたことがないうえに効果もわからないそうだ。

 そもそも『天啓』とは天の神が人に何かを教える事を言うが、迷宮都市では『天啓』を与える神は地上にも存在してコミュニケーションが取れる。

 つまり、【天啓】なんてスキルが無くても俺たちは『天啓』を受けているのだ。

 態々スキルとして現れるくらいだから何かあるはず。主神様はそう言ったが、能動的に発動する【スキル】ではない為いつ発動したのか、何度発動したのかがわからない。

 使いづらい【スキル】を得たものだ。

 

 そして二つ名、か。物珍しさから、武具を彫って作る者がいることは迷宮都市内では都市伝説のような扱いではあるが、冒険者以外にもそこそこ知られている。

 冒険者なら【ヘファイストス・ファミリア】にいると知っているし、鍛冶師に詳しい奴ならば名前まで知っている。多分彫刻に関した二つ名を付けられるのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 神会とはその名の通り、神のみが集まる集会だ。元を辿れば退屈しのぎに企画した歓談のための集会だったが、参加する神が増えるにつれて円卓と集会の規模を広め、時代と共に目的も変化していった。

 ただの歓談は迷宮都市に入ってくる最新情報の共有となり、【ファミリア】間の意見交換はギルドと提携して『催し』を企画するまでに至った。

 そんな神会は諮問機関として認められ、影響力は冒険者達にも及んでいる。

 その中でもメインイベント、称号の進呈、所謂命名式もその一端であり、恒例のものとなっていた。

 そして現在、情報の交換を終えて命名式が行われている。

 

『──決定。冒険者セティ・エルティ、称号は【暁の聖竜騎士】』

 

「イテェエエエエエエエエエッ!?」

 

 性根の悪い神達は酸欠に陥りかねない程の笑いを得る為に『痛恨の名前』を量産する。

 悶絶する主神と称号を誇らしげに授かる子供。そんな価値観の相違から生まれる悲劇を指をさして彼らは床を笑い転げるのである。

 

「酷すぎる……」

 

 涙を流す神とそれを見て笑う神。それを見てヘスティアは呟く。

 

「あんたの気持ちはよーくわかる……私も最初そうだったし」

 

 どこか遠い目をしながら同調するヘファイストス。

 神会では新参の神の扱いは大概酷い。特に二つ名の命名式では上位【ファミリア】を率いる格上の神達が一日の長があるのをいいことに、新人嬲りを始めるのだ。

 今の格上の神達は過去に同様の嬲りを受けた経験があり、その時の鬱憤を何の関係もない格下の神にぶつけて笑う。そんな最悪の伝統が出来上がりつつあった。

 

 絶叫して崩れ落ちる者達と笑い崩れる者達、両極端な様相を見て神会初心者のヘスティアは目を背けた。

 

「ほい次。タケミカヅチんとこの……おおぅ、めっちゃ可愛えぇ、この子。ヤマト・命ちゃんやな」

 

 資料には名前の他に人物情報、そして写実的な似顔絵が貼り付けてある。

 

「こいつは……レベル高いぞ」

 

「こんないたいけな娘に残酷な真似をすると、胸が熱く……じゃない。良心が痛むな」

 

 神会におけるまともな二つ名を得る方法はいくつかある。

 手っ取り早い方法は買収だが、標的になるのが発展途上の【ファミリア】であることが殆どである為非常に難しい。

 だが比較的多い、条件さえ満たせば簡単な方法がある。それは今のように構成員の人物像が気に入られた場合だ。明け透けに、直接的に言うと、顔が整っていれば、もっと言うと女性の方が見込みは高い。

 しかし……

 

「だがタケミカヅチ、てめーがダメだ」

 

「天然ジゴロがぁ……」

 

「女神だろうが子供達だろうがぞっこんにさせやがって……」

 

「な、何言ってんだ、お前等!?」

 

 神ほど気まぐれな存在はなく、主神に恨みがあれば掛けた梯子を外される。ヘスティアやヘファイストスは意見を口にするが、まともな提案など相手にされるはずもなく。

 そして主神の抵抗虚しく、トドメを刺される。

 

「じゃあ命ちゃんの称号は……【絶†影】に決まりで」

 

『異議なし』

 

「うわぁ、うわぁあああああああああっ!?」

 

 阿鼻叫喚の光景はしばらく続き、中小【ファミリア】があらかた出つくすと、都市上位の【ファミリア】の出番となる。

【ヘファイストス・ファミリア】や【ガネーシャ・ファミリア】、【イシュタル・ファミリア】、【ロキ・ファミリア】など、そうそうたる【ファミリア】の団員名が列挙されていく。

 それらの団員の二つ名はまともであることが多い。

 それは迷宮都市最強の【ファミリア】の主神ロキに謝る神達を見ればわかるだろう。

『あの【ファミリア】は敵に回してはいけない』といった認識を持たせることが出来ればいいのだ。

 

「んで次、ファイたんのとこの子やな……九ヶ月でランクアップした、カルロ・ヴァリ」

 

 ロキが探るようにヘファイストスを見る。【ロキ・ファミリア】が誇る【剣姫】ですら一年かかったランクアップにこの少年は鍛冶師にも関わらず、九ヶ月という短期間で成し遂げた。

 

「ウチのアイズたん越えの記録とは大したもんやなー」

 

 口だけを笑わせて問いかける。

 

「えぇ、相当頑張ったと聞いているわ。命が危ういから注意もしたんだけどね」

 

 それに対してサラリと答えるヘファイストス。これは決して嘘ではない。

 武具作りは心身共に消費し、長時間休憩無しに続けると命に関わる場合もある。

 そしてカルロも時間を忘れて倒れるまで作業を続けることが多く、ヘファイストスからも数度注意を受けていた。

 

「……そっか。じゃあ二つ名決めてこかー。なんかええの奴おるかー?」

 

 切り替えるように神達に問いかける。何とか納得はした様子だ。何かあるとは思っているが。

 

「ヘファイストスのとこかー」

 

「鍛冶関係の二つ名も増えたし、ネタがなぁ」

 

 先程の狂乱の宴とはうってかわり、盛り上がりに欠ける様相で命名式は進んでいく。

 

「あれ、この子って例の武器彫る子じゃね?」

 

「あぁーなんか聞いたことあるわそれ」

 

 ギルドからの資料を見ながら気づく者が現れた。前例のない珍しい子供、それは退屈な神達の興味を非常に引く。

 期待の眼差しで神達はヘファイストスを見ると、ヘファイストスは一つ息を吐いて頷いた。

 

「そうね。カルロは武器を彫って作ることが出来るわ」

 

「つまり……まさか……!?」

 

「えぇ、彫刻武器を作れるっていう【スキル】よ」

 

「「「【レアスキル】きたぁああああ!」」」

 

「「うっひょぉおおおおお!!!」」

 

【絶†影】と命名したとき並の盛り上がりを見せる神達。経験値補正を隠したとはいえこのままいけばカルロが大変なことになる、それを知るヘファイストスはすかさず釘を刺す。

 

「ちょっとでもちょっかい出そうものなら、ウチの武器を金輪際持たせないわよ?」

 

 片目でギロリと周りを睨みつけ、威圧する。『ヘファイストスを怒らせるとヤバい』というのは神ならば周知である上に、【ヘファイストス・ファミリア】は迷宮都市を語る上で欠かせないほど大きな【ファミリア】だ。

 単純な戦力ならば【ロキ・ファミリア】に軍配が上がるが、影響力という面では【ヘファイストス・ファミリア】に軍杯が上がるだろう。

 そんな【ファミリア】の二つ名命名式だ。

 ヘファイストスの性格上簡単には怒らない為、多少の悪ふざけは挟まるが決まった二つ名は真面目に考えられた物となった。

 

 そして最後に残った【ヘスティア・ファミリア】のベル・クラネル。

 ロキがカルロ・ヴァリについてヘファイストスに対して問い質すことをしなかった理由は彼にもあった。

 所要期間一ヶ月半の、【剣姫】やカルロ・ヴァリを遥かに超える、まさに次元の違う大記録。

 問い質すならばこちらだろう。

 そうしてロキはヘスティアに対して隠していることを引き出そうと言葉で追い詰めた。

 そして【ロキ・ファミリア】と双璧をなす【フレイヤ・ファミリア】の主神フレイヤによってそれは防がれ、命名式を終えることとなった。

 



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11話

評価や誤字報告ありがとうございます。
名前被りがあった為、『始高』が『始天』に改名しました。
カルロくんの見た目の描写を希望しない人も結構いるみたいなので、そのうち後書きに書きます。その際は前書きと後書きの最初に注意書きをするのでお気をつけください。


 

 神会から既に五日経ち、俺は壁にかけてある『始天』の後継たるハルバードを作っていた。

 元となる素材は鉄鋼よりも質の良いミスリルと鉄の合金であり、神会の日からずっと彫り続けている。

 素材が変わった為ノミの進みが緩やかになり、ハンマーを叩く力はより必要となったが、最近の好調にも助けられて音や色といった無駄な情報を排除した最高の集中力の中で作業を進める日々が続いた。

 限界が来ればポーションを飲み、ソファに倒れ込んで眠りにつく。そして起きると最低限の食事と飲み物を腹に入れて作業を再開する。

 

 

 大まかな形は初日と二日目に出来上がり、三日目は柄を完成させた。

 完璧な円柱にし、柄の端に小さな槍を付ける。刃は最後の作業のため刃が潰れている状態だが、控えめな装飾と小さな直槍。

 

 そして四日目と五日目の今日はハルバードの穂先の形の調整と装飾、模様の仕上げ。

 刺先も直槍だが装飾やサイズは柄の尻よりも長く大きく派手に。

 斧刃は半円状で耐久性を保つことを意識しつつ、装飾も兼ねた肉抜き。

 そして錨爪も手を抜く事無く慎重に削り取った。

 錨爪は引っ掛けることを目的とした部分であるため爪は柄の方を向いており、小さな鎌のようであった。

 装飾は柄舌、斧刃、錨爪、刺先へと蔦模様を立体的に彫る。渦巻き状の模様が連なり、斧刃、錨爪、刺先へと違和感なく続いていた。

 それに加えて柄のほとんど持たない部分、穂先近くにも蔦模様を這わせる。

 

 それらの装飾や形の最終調整を終えると最後に刃先や切っ先を彫ってハルバードの仕上げをする。

 今回は刃が多いため、大変な時間がかかるだろう。

 息をついて用具を持ち直し、頭に巻いたタオルを締め直す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カンカンカン、カンカンカンと以前よりも少し高い音が作業場に響き、叩く度に小さな光を発していた。

 素材が変わったことで叩く度に小さな火花が発生していたのだ。

 火花を防ぐ為の透明なゴーグルをしているとはいえ急な光の明滅に目は焼け、ノミを持つマメだらけの手は度重なる小さな火傷によって黒くなっており、ポーションを使えば元に戻るとはいえ非常に痛々しい見た目になっていた。

 しかし、この作業は素手で行う必要があった。

 以前軍手やグリップのついた手袋を試した事はあるが緻密な作業を必要とする為、手元の違和感が少しでもあると刃は毀れ、装飾は思うようには作れなかったのだ。

 

 瞬きすら忘れて刃を作っていく。

 今までで最も長い時間をかけた武具。装飾や大きさも最大であり、220C程だった『始天』に対して今回のハルバードは250Cはある。

 そして最後の刃を完成させ、今までにない最高の出来の予感に緊張で震える手で名前を彫っていく。ノミとハンマーをカランと落とし、彫刻刀を手に取る。

 そして柄舌にある蔦模様が無い部分に小さく『大樹(たいじゅ)』と書き、その下に『カルロ・ヴァリ』と記す。

 

 すると『大樹』が以前よりも強く光って体内の魔力がゴッソリと持っていかれ、耐える暇も無く即座に『精神疲弊(マインドダウン)』した。

 

 

 

 

「……ら、起きなさい。ほら」

 

 体を揺すられて目を覚ます。以前も同じようなことがあった気がするが、今回はヴェルフでは無く主神様だった。

 それを認めると目を大きく見開いて跳ね起き、そしてすかさず謝る。

 

「すみません! 武器作ってたらつい……いや、でも完成のタイミングで魔力が……」

 

「それは、まぁいいわ。最低限の補給はしてたみたいだし」

 

 俺の食事、安くで売ってある干し肉や大量の水差し、そしていくつか空になった大量のポーション、それを見て呟く主神様。

 そして目線を俺に戻して告げる。

 

「それよりも、あなたの『二つ名』が決まったわよ」

 

「!!!」

 

 そういえばそうだった。作り始めたのも二つ名を待つ時間がもったいないと思ったからだ。長丁場になるとは思ったが、あそこまで集中出来るとは思わなかった。

 しかし遂に俺の二つ名が……

 胸の高鳴りに身を任せて主神様に問う。

 

「それで、どんな二つ名を……?」

 

「そうね、あなたの二つ名は『彫刻職人(スカルプター)』。シンプルね」

 

「それは何というか……普通? というか、まんまですね」

 

『混沌たる鍛治職人』みたいな二つ名を考えてたから、『彫刻家』というシンプルな二つ名を呆気ないと思ってしまう。

 だが長いのは呼びにくいし、短めなのは良かったか。

 

「それじゃ、私はこれで失礼するわね。悪くない武器が出来たみたいだし、ゆっくり休みなさい。お風呂に入ってからね」

 

 主神様はそう言って手を挙げながら作業場を出る。

 ……え? 悪くないのが? 出来た? 

 

「はっ、はい! ありがとうございました!」

 

 大きな声で感謝を告げる。主神様、鍛冶神ヘファイストス様は武器に関して嘘は決して言わない。レベルに関係なく、武器に関する評価は揺るぎない。

 まあまあならばまあまあと言うし、素晴らしい物ならば素晴らしいと言い、出来の悪い物ならば容赦なく出来が悪いと言う。

 レベル1にしてはとか、成長したとかは言うが、そういった言葉が無ければ完全なる『ヘファイストス』の評価だ。

 

 そんな主神様が俺の作った武器を、『大樹』を「悪くない」と言ったのだ。今の俺にとっての最大級の褒め言葉。感動で涙が出そうになるのをグッと堪えて作業台に向き直る。

 

 そして作業台に固定されたままの『大樹』をゆっくりと手に取る。

 やはり『始天』と比べてかなり重い。しかしステイタスの伸びた現在ではその重さが丁度いいと感じられた。

 自画自賛にはなるが、ほとんどミスのない美しい蔦の装飾はまるで本物の蔦のようであり、白銀の合金は蔦部分が緑色に変化して武器というよりも芸術品のような見た目だ。

 蔦の絡まった白銀のハルバードは冒険者が使うには少々派手すぎる気がするが、持って軽く振れば即座にコレが“使う為の”武器であり、非常に実用性のあるものということが理解出来る。

 

 肉抜きをしたことによって重心が穂先に寄りすぎず、『始天』よりも小回りが利かないとはいえ遥かに高威力で攻撃することが出来るはずだ。

 

 手に取った『大樹』を買ってもらった玩具のように眺めてはポーズを取る。それを十数分繰り返してから我に返り、壁に立てかける。そして手が黒くなっているのを見るや否や思い出したかのように痛み始め、すかさずポーションを呷る。

 そして次に自分の臭いが気になった。しばらく風呂に入っていなかったか。

 着替えを持って作業場から出て鍵をしっかりとかけ、風呂場に行く。

 外は日が昇る途中、昼飯前くらいで陽の光がとても眩しく感じられ、目を細めながら大きく伸びをした。

 途中ですれ違い、一瞬顰めっ面を晒してお疲れ様と声を掛けてくれる同僚。

 彼らは俺の様子について不思議に思うこともおかしいと思うことも無く、陰口を叩くことも無い。なぜなら彼らも同様の経験があるためだ。それも一度や二度ではなく、多い者ならば月に三度や四度経験する。

 たとえ馬鹿にしたところで、だからどうしたと返されるだけなのだ。

 

 

 

 

 

 風呂を済ませて作業場に戻ると、部屋の中の臭いが鼻についた為窓や扉を全開にする。明日まで全開でいいだろう。

 そしてソファを水で濡らしたタオルでしっかりと拭く。使った合金のカスや余った部分を纏めて隣りの同僚に売りつけてから荷物を持って本拠地に戻る。

 荷物をベッド以外ほとんど何も無い自室の隅に置き、財布を持って出発。ジャガ丸くんのプレーンと小豆クリーム味を食べた。最初に食べた小豆クリーム味は正直口に合わずに苦戦したが、プレーンは美味しく食べることが出来た。

 ギルドに寄ってモンスターの資料を見ながら明日の試し斬りの相手を吟味するが、やはりオーク、若しくはシルバーバックが最適だな。インファントドラゴンが出てきてくれれば最高ではあるが、俺はまだ出会ったことがない。

 

 明日の予定を決めてから本拠地に戻ってもう一度風呂に入り、自室でゆっくり眠る。

 やはりベッドはソファよりも遥かに寝心地がいい。目を閉じて全身の力を抜くとすぐさま眠気に満たされ、心地よい眠りへと落ちた。




二つ名は感想で頂いた案を参考に、というかほぼそのまま使わせていただきました。シンプルで最高だァ……
ありがとうございます。


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12話

今回はちょっと短めです。


『大樹』の試し斬り、そこで俺はその圧倒的な威力に打ち震えていた。

 ステイタスの上昇と新調した主力武器。その全てが威力を底上げし、振り下ろされた斧刃はオークの骨身を容易く掻き分け両断した。

 頭頂部から股まで、魔石ごと斬られたオークは断末魔を上げる隙もなく灰に変わる。

 シルバーバックやハード・アーマード相手でも上から力で捩じ伏せることが可能となり、ステイタスと武器両方の成長を実感した。

 先端よりの重心を活かし、体の捻りと遠心力によって繰り出される一撃は相当な威力だ。

 高い攻撃力を得た分取り回しが難しくなり、中層序盤の小さな敵や素早い相手には『始天』よりも難しくなっている。

 ダンジョン内は上層、中層共に通路が狭く、長柄武器が扱いづらくなっていて使用者も多くない。直剣の扱いやすさを考えれば当然とも言えるが。

 その為長めのハルバードを担いでいる俺は多少注目を集める。へー、あんな武器使うんだ、と言ったように。

 

 その後13階層で魔石を稼ぎ、14階層までは自力で行けるようになったことを確認して帰還する。もう少し進めるような感触はあるが、今回は『大樹』の試し斬り。ポーションの準備も十分でない為今日はここまで。

 

 そうして階層を上がっていくと、ベルとヴェルフ、リリルカ・アーデと出会った。丁度ハード・アーマードと戦っている最中で、ベルの素早さと手数の多さを生かした戦いはミノタウロス戦よりも一段上の強さを感じさせる。

 ランクアップしたての筈だが、俺よりも速いんじゃないかと思う程速い動きだ。当然危なげなく躱し切りつけ翻弄しており、攻撃も上層最硬の防御を貫く。

 少し迷ったが、戦闘が終わったのを確認してから声をかけるとベルとヴェルフは明るく返してくれたが、リリルカ・アーデはどこか警戒した様子。そういえばあの時気絶してたし、起きてもベルに夢中だったから一方的にしか知らないのか。

 

「カルロ・ヴァリです。よろしく」

 

 相手にとって初対面ということもあり、少し丁寧に言ってしゃがんで手を差し出す。

 すると少し戸惑った様子でベルの方を向き、ベルが笑顔のままはてなマークを浮かべているのを見ると溜息を吐いて握手に応じてくれた。

 

「リリルカ・アーデです。カルロ様はベル様とはどのように?」

 

 どうやらまだ警戒を解いていない様子で色々聞いてくる。それに対して俺が答えたり、ベルが答えたり。どこで会ったとか、何か売りつけられていないかとか。

 

「もう良いじゃねぇか、リリスケ。カルロは良い奴だ」

 

「ヴェルフ様は黙っていてくださいっ!」

 

 何でも信じるようなベルとはうってかわり、非常に疑り深いリリルカ。ベルのお目付け役としては最高と言えるだろう。

 その後何度か質問を投げかけられ、正直に答えると警戒レベルが下がったようで、謝罪をした後普通の態度に変わった。俺が書いたオラリオ常識メモを見たことと、その後ベルを連れ帰ったことが決め手となったようだ。

 そしてベル達も帰るところだった為、話しながら地上に戻る。

 ヴェルフはベル争奪戦に無事勝利したようで、ベルを顧客にした上でパーティにも入れてもらったそうだ。武器を作ることを引き換えに、パーティメンバーとしてレベルアップの手伝いをしてもらう。『鍛冶』目当てだな。

 

 ちなみに俺は顧客を持っていない。作る武器にムラがある上に、顧客の求める条件通りに出来上がる場合が非常に稀なためだ。申し出はあったのだが、その旨を説明すると皆口を揃えて「やっぱりやめておく」と言う。

 リクエストに応えられる武器を作ること、それが俺の今後の課題だ。

 その為俺は売るのを【ヘファイストス・ファミリア】に任せている。

 有難いことにほぼ全て売れているが、お得意様はまだいないのが悔しいところだ。

 

 ヴェルフがパーティに入った経緯を話した後は中層についての話となった。

 まだ中層に足を踏み入れていないベル達は中層の様子などを聞いてくる。

 ベルはモンスターの強さやどんなモンスターがいるか。

 リリルカは警戒すべきことや今のパーティでどこまで通用するか。

 そしてヴェルフは中層の時に見た『雪鋼』について話した。

 正直なところベル達のパーティに中層はまだ早い。ベル一人で逃げながら戦うとかなら大丈夫だが、リリルカやヴェルフがいて、向かってくるモンスターを全て捌かなければならないとなると話は別。

 ヴェルフは大剣を使う為そもそも相性が悪く強さ半減といった具合で、リリルカはほぼ非戦闘員。そんな状態ではモンスターを捌く前に次のモンスターが現れ、逃げることすら出来ずにジリ貧になるだろう。

 ベルとヴェルフの他にあと一人戦える奴がいれば安定するだろう。欲を言えばモンスターの注意を引き付けられる、タンクが欲しい。

 そう言うとベルはヴェルフやリリルカに何かを聞く。ヴェルフの「あいつ……ソロ……」みたいな声が聞こえる。そしてこちらを向くベル。

 

「あの、さ。カルロ、僕達のパーティに入ってくれないかな!?」

 

「あぁ、確かに中層のガイドは出来るな……」

 

「ならっ!」

 

 目を輝かせるベル。

 

「だが断る。すまんな」

 

「そ、そんな……」

 

 今度は顔を青くするベル。

 

「いや、な。俺としては時間の制限無しに武器を作って、好きな時にダンジョンに潜りたいんだ。パーティに入って好きな時に武器を作ってメンバーに気を使ってもらうみたいな中途半端にはなりたくないんだ」

 

 そう説明する。パーティに入れば少なからず制限が増える。探索メインのベル達ならば尚更だ。

 好き勝手に動きたい自分勝手な俺にとっては今のところソロが一番。どこかでパーティに入った方がいいとは思うが、今はそのときでは無い。

 

「まぁ、中層の初挑戦(ファーストアタック)の時だけなら寧ろ歓迎するが」

 

 俺としても将来の為兼興味本位の為、パーティの立ち回りの勉強をしてみたいし、win-winってやつだ。

 そう言うとベル達は少し考える様子を見せた。臨時でメンバーを増やすことに抵抗があるのだろうか。

 初挑戦の際、臨時でパーティメンバーを増やして戦力を上げるのはよくあることだし、【ファミリア】によっては上位レベルを連れていくことを義務にしているところもある。

 あまり気にすることでもないと思うが。

 そうしているうちに地上に出た為、返事は了承するときだけでいいと言って別れる。

 




次回、『臨時パーティ結成!四人で中層初挑戦!』絶対見てくれよな


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13話

評価ありがとうございます。
文字数安定しねぇ……


 あれから数日後、壊れた胸当てを簡単に作った後に売る為の武器を作り、クロスボウの矢を作っていると作業場のドアを叩く音が聞こえた。

 ドアを開けるとベルが緊張した面持ちで立っており、傍にいるヴェルフが「よっ」と手を挙げて軽い挨拶を投げかけてくる。

 俺もそれに応えて手を挙げ、周りをチラチラ見るベルに向き直る。

 

「なんの用だ……っていうのは冗談にして、中層初挑戦(ファーストアタック)で同行させて貰えるのか?」

 

「そっ、そう! 是非カルロに来てもらいたくて……」

 

「それは良かった。いつ初挑戦するかはもう決まってるのか?」

 

 特に外せない用事が無いことを頭の中で確認しながら言う。

 

「それなんだけど、カルロの予定も聞かなきゃと思って。みんなで集まって日程と作戦を決めたいんだけど、いいかな?」

 

「ああ、もちろん」

 

 そうして俺とベル、ヴェルフ、リリルカ、そして何故かヘスティア神もテーブルに加わって中層初挑戦の日取りや作戦、準備などを話し合って決めた。

 火の精霊(サラマンダー)が関わる『精霊の護布(ごふ)』、『サラマンダー・ウール』の着用や陣形、持っていくポーションの量やバックパックを一つにするか二つにするかなど。

 そして決行日は明明後日(しあさって)。それまでに簡単に使えるような小道具を作る。無いとは思うがいざという時に使える切り札を。

 

 

 

 

 

 

 

 中層に行く途中、俺はベル達の普段の編成を見せてもらっていた。

 

「ふッッ!」

 

 ベルが俺たちを置いていく形で先行する。

 威嚇の声を放つモンスターに、ベルは『敏捷』にものを言わせて奇襲をしかけて群れを崩壊させ、紅の短刀と紫紺のナイフの二本を巧みに使いこなし、ハード・アーマードを、オークを灰に変える。

 混乱した群れのモンスターが凄まじい勢いで灰に変わっていき、灰の山が出来上がった。

 そしてベルの討ち漏らしたインプをヴェルフが大刀でまとめて斬り倒し、向かってくるオークも迎え撃とうと構えたそのとき。

 

『キィイイイイイイッ!』

 

 宙を飛行する『バッドバット』による殺人的な怪音波でヴェルフの平衡感覚が一瞬破壊されてよろめく。

 そんなヴェルフに構うことなくオークは全身を続けて枯木の天然武器を振りかぶった。

 あの様子では躱す所では無い。このままだと直撃するだろう。

 

「ヴェルフ様!?」

 

「任せろ」

 

 リリルカの悲鳴を聞いて投げナイフをオークに投げる。

 投げナイフは狙い通り棍棒を持った手に突き刺さり、オークは堪らず棍棒を手放した。

 そしてそのままオークに肉薄し、『大樹』でオークの手を斬り落として怯んだオークの横腹を蹴る。よろけてヴェルフや俺から距離が離れ、丁度いい距離になったオークの首を飛ばす。

 平衡感覚が回復したヴェルフと急いで向かって来ていたベルを見て、普段の探索が少し不安になった。今回は俺がいたからいつもよりも突っ込んだのだろうか。

 

「ヴェルフ! カルロ! 大丈夫!?」

 

「……あー、悪い。カルロ」

 

「こっちは大丈夫。ヴェルフも気にすんな。アレは上層で最強クラスのコンボだ。だがベル、ちょっと突っ込みすぎだ」

 

「う、うん」

 

 バッドバットによって硬直させられ、そこに他モンスターからの攻撃を受ける。他に攻撃する者がいないソロではダメージを受けてそのコンボを止められず、抜け出せない連鎖に嵌ってそのまま命を落とす、なんて事もあるそうだ。

 そう言いながら投げナイフを投げると、スパァンッ、と。

 俺の放った投げナイフとリリルカの放った矢が、バッドバットを撃ち落とす快音が響き渡った。

 

 

 

 

「では、最後の打ち合わせをします」

 

 ルーム内のモンスターを一掃して床に膝を着き、土の地面に絵を描きながらリリルカが口を切る。

 

「中層からは事前に話し合った通り、隊列を組みます。まず、前衛はヴェルフ様」

 

「ああ」

 

「ベル様は中衛を。ヴェルフ様の支援です。前衛と後衛の戦況を把握して支援に行く必要がありますが……よろしいですか?」

 

「うん、大丈夫」

 

 頷くベルを見て、リリルカは最後に「カルロ様とリリは後衛です」と最後尾の丸を指した。

 

「カルロ様はバックパックを背負っていますので基本的に戦闘は少なめになりますが、中層での単独探索の経験を生かして指示をお願いします。リリの護衛もお願いします」

 

「ああ、任せろ」

 

 あくまでパーティの補助ということで、俺はあまり戦わない予定だ。その為バックパックはリリルカと俺が背負っている。それに四人分に増えた荷物をリリルカ一人で持つのは難しく、俺はバックパックで戦うことに慣れている。

 

「わかっていると思いますが、このパーティで中層にどこまで通用するかはわかりません。一人でも役割を果たせなくなると取り返しがつきません」

 

「一度でも判断を誤れば命取りか」

 

 ヴェルフがそう言うとリリルカが煽り、ヴェルフがハッと笑う。その距離感の近いやり取りにヴェルフが馴染めていることを感じて少し嬉しくなった。

 

「なんで笑ってるんだ、お前?」

 

「ベル様、緊張感が足りていないのではないですか?」

 

 一瞬俺かと思ったが、ベルのようだ。黙っていたベルを見ると、確かに頬が緩んでいる。

 ベルは慌ててごめんと謝罪した。

 

「すごいパーティらしくなってきて、嬉しいというか。それに、さ。こういうのワクワクしてこない? 冒険って感じがしてさ」

 

 ベルは少し興奮したように小さく笑って冒険への思いを馳せ、少年のように瞳を輝かせていた。

 俺とヴェルフ、リリルカは互いに顔を見合った後、ヴェルフは豪快に笑い出し、リリルカも苦笑を浮かべながら目尻を和らげ、俺も気持ちが分からない訳では無い為、ニヤリと口角が上がる。

 そしてベルはそれを見て笑みを深めた。

 

「それでは、準備はよろしいですか?」

 

「ああ、問題ない。行こうぜ」

 

「こっちもオッケーだ」

 

「うんっ」

 

 俺には見慣れた、黒々とした中層への入口に入り、下り坂を下りていく。三人の緊張感が高まっていくのを感じながら、しっかり補助しようと心を引き締めて中層へと進出した。

 

 

 

 

 

「じゃあまずは事前に言ってた通り、俺がヘルハウンドとアルミラージの相手するから、速さとか見といて」

 

「うん、よろしくね」

 

 そう言って『大樹』をバックパックに固定し、『雪鋼』を抜く。

 そのまま俺を先頭にしばらく歩くと、ヘルハウンド三匹を50M程先に確認した。

 

「よし、じゃあ行くぞ」

 

 三人に声をかけて走り出す。その足音に三匹はすぐさま気づき、威嚇を放ったヘルハウンド達もまた、こちらに突っ込んできた。

 そして二匹が途中で立ち止まって口に炎を溜め始める。その開いた口に投げナイフを投げ込み、そのまま飛びついてくるヘルハウンドを下顎からナイフで串刺しにした。

 ヘルハウンドの脳天からナイフの先端が顔を出す前にヘルハウンドは灰に変わり、投げナイフの当たった一匹も灰に変わる。

 そして投げナイフに反応した一匹は即死はしなかったが、右顎の内側から投げナイフが外に飛び出る大きな傷を負っていた。

 そのまま半狂乱になって突っ込んでくるヘルハウンドに落ち着いて投げナイフを額に叩き込み、三匹目も灰にする。

 

「す、すごい……」

 

「凄まじい手際ですね……」

 

「慣れてるからな。とにかくヘルハウンドとの戦闘のキモは火炎攻撃をさせないことだと俺は思ってる。『サラマンダー・ウール』を着てるとはいえ無傷じゃ済まないからな。ちなみに俺は投げナイフを使ったが、その辺に落ちてる石ころでも口に投げ込んだら火炎攻撃を遅らせることが出来るぞ。あと相手にするのは基本的に一匹だ」

 

 尊敬の眼差しで見てくるベルにむず痒さを感じながら、投げナイフを灰の中から拾いながら言う。

 慣れればベルも簡単に出来そうだがなぁ。

 

「それにしても、やっぱり派手だよな、コレ」

 

 ヴェルフは『サラマンダー・ウール』を摘みながら軽い口調で言う。光沢のある赤い生地。確かに派手だし、目を引くからダンジョンに入る前は多少恥ずかしがった。

 

「リリはこんな立派な護布を着れる日が来るなんて、思いもよりませんでした。ありがとうございます、ベル様。大切にしますね?」

 

「あははは……割引してもらったけどね」

 

 ひょい、とベルの後ろから顔を出して嬉しそうに微笑むリリルカ。

 

「精霊が一枚噛んでる装備なんて、とんでもない値段だったろ? 四人分でいくらだ?」

 

「えーと……簡単にゼロが五つ並んだくらい……」

 

「ヴェルフ様、その分のお金はしっかり返してくださいね?」

 

 ベルから値段を聞くや否やすかさず言うリリルカ。

 

「ほんと清々しいくらい現金な小人族だよ、お前は。というかカルロはいいのかよ!?」

 

「俺はもう払った。金の貸し借りはすぐ返すようにしてるんだ」

 

「なっ……」

 

 ヴェルフは驚き、ガーンとした様子で肩を落とす。

 そのまま談笑していると、前方に白い影が見えた。

 

「お、アルミラージだ」

 

 兎の外見をした三匹のモンスター。長い耳に白と黄色の毛並み、赤い瞳にふさふさの尻尾、額にある鋭い一角。

 

「あれは……ベル様!?」

 

「ベル相手か……冗談きついぜ」

 

「今まで俺はベルを……!?」

 

「違うよっ!?」

 

 何言ってんの!? とベルから突っ込みが入る。

 ベルみたいに大人しそうな外見だが非常に好戦的であり、小型の石斧を持っている場合が多い。

 

「じゃあ俺に任せてくれ」

 

 アルミラージも近づいてきていた為、ふざけた流れを断つようにスっと前に出る。するとベル達も真剣な表情に変わった。

 アルミラージはこちらに気づくと走り出し、俺も同様に肉薄する。そして石斧が投げなくても当たるほど接近してから後ろに下がった。当たりそうな位置で石斧を振らせる。

 そして石斧を空振った先頭のアルミラージに『雪鋼』を突き刺し、そのまま残った二匹のうち一方を蹴り飛ばす。

 体躯の小さなアルミラージは吹っ飛んで壁に当たって落ち、もう片方は石斧を振り下ろそうとしていた。

 それを左手の『雪鋼』で受け止めて右手で殴り、仰け反った体に『雪鋼』を振り下ろす。

 その流れのまま床に落ちたアルミラージにトドメ。

 いつもは投げナイフを使っているが、今回は石で替えがきかない為ナイフをメインで戦った。

 

「すごいっ!」

 

「ヘルハウンドの時といい、複数相手でも難なく捌くなんて……」

 

「大したもんだ」

 

「……いや、それはいいんだ。見てわかったと思うが、アルミラージは小さいから殴ったり蹴ったりするのも有効打になる。基本は引きながら一体ずつ処理していく感じだな」

 

 その都度褒められるのに小っ恥ずかしく思いながら、戦うコツを話す。

 

「そうですね……基本的に全員で一匹を集中攻撃して数を減らすのが良さそうです」

 

「ああ、それがいいだろうな。じゃあ次からは事前に決めた隊列を組んで行くか」

 

 そう言って懐からクロスボウを取り出す。後衛ではリリルカの護衛をしつつ、投げナイフやクロスボウで援護する。

 

「そうだね……!」

 

「やるか!」

 

 そして俺はリリルカと同じ位置、後衛に下がり、ベルは中衛、ヴェルフは先頭、前衛に出て歩き始める。中層初挑戦ここからだ。

 

 ベル達の冒険が、今始まった。



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14話

評価ありがとうございます。
今回は後書きにカルロ君の容姿を書きます。
解釈不一致でショックを受ける人は見ないことを推奨します。
見た目で何かしらのイベントが発生する訳では無いので、見ても見なくてもOK
書くのは
肌の色、髪、顔、身長、体格
です。


「ぐぉ!?」

 

「ヴェルフ!」

 

 ヴェルフはアルミラージの小さな体に翻弄され、大剣を当てることが出来ずに攻撃を受ける。やはり大きな武器とアルミラージは相性が悪い。厳しいか。

 横から追撃を繰り出そうとしているアルミラージをクロスボウで射抜きながら考える。

 陣を組んでからしばらく経つと、徐々に弱点が明らかになってきた。ヴェルフが苦戦する分ベルのカバーしなければならない範囲が広く、それに加えて絶え間無く襲来してくるモンスターによってベルは体力を着実に削られ、ヴェルフは傷を増やしていった。

 だがそれにしてもモンスターの数が多い。異常とも言える程に。今も後ろからヘルハウンドとアルミラージが二匹ずつ湧いた。

 それをすぐさま投げナイフで潰し、投げたナイフを回収する。

 今のところ大きな負傷こそないが、現状維持で手一杯といった具合で、ヘルハウンドの火炎攻撃や追撃の妨害が遅れると危険な状況だ。

 

「一旦壁際に下がろう。俺とベルが相手するから、ヴェルフはポーションを飲んでくれ」

 

「うんっ!」

 

「そうしましょう!」

 

「悪いな……」

 

 壁際に下がると目を離した隙にモンスターが増え、夥しい数となって俺たちを囲んでいた。マジでこれ異常だぞ……今も後ろの壁で湧いてる。

 この量を一回リセットしないと数で潰されるな。

 

「ベル、右をしばらく抑えてくれ。すぐにカバー入る! リリルカはポーション渡したらベルの援護頼む」

 

「了解!」

 

 そう言うとポーチに入った暴風球を適当に投げる。そして暴風域の間に挟まっている、動きが制限された群れに向かって『大樹』を薙いだ。

 その威力にものを言わせた斬撃はほぼ全てのモンスターを両断し、灰になる。そのまま暴風域に投げナイフを投げ入れると暴風域の中のモンスターも切り刻まれて灰へ変わった。そして討ち漏らしは『雪鋼』で即座にトドメを指す。

 ベルの方を見ると着々とモンスターを減らしているが、ベル側からモンスターが湧き出ている。

 やはりマズイな……投げナイフの回収する暇が無いし、ナイフだけで捌くのもキツい。このままだとジリ貧だ。

 

「ベル、ちょっと下がれ!」

 

「う、うん!」

 

 ベルに群れから離れてもらい、間に暴風球を投げ込んで壁を作る。

 当然俺に向かってモンスターが進んできた。

 

「ここからしばらく戦えなくなる。悪いが階段まではベル達が戦ってくれ。」

 不本意ではあるが全滅の危機に出し惜しみをしていられない。

『大樹』の特殊能力を使うしかない。

 前に使った時は『精神疲弊(マインドダウン)』ギリギリまで精神力を喰う、一度きりの切り札。ここから探索を再開するには時間が必要になる為、ほとんど仕切り直しになってしまうが。

 

『大樹』に意識的に精神力を流し込み、構える。すると巻きついた蔓がみるみる伸びていき、生き物のように揺れた。

 そして伸びた蔦が複雑に重なり合って絡まり、一本の巨大な鞭となる。

 巨大な鞭は意志を持っているかのように凄まじい速さでモンスターを横薙にし、叩き潰す。そして生き残ったモンスターへ蔦が伸びて胸に突き刺さり、直接魔石を砕くことによって灰に変えた。

 今も尚吸われている精神力を塞き止めると蔦が戻っていき、元ある場所に戻る。

 

「あーやっべぇ……」

 

 ふらつく体を『大樹』を杖がわりにして何とか耐え、バックパックのポケットに入っている精神力を回復させるポーションを飲む。

 

「カルロ、大丈夫!?」

 

「ああ。足を引っ張るようで悪いがしばらく休憩するか、一度戻るかした方がいい。さっきも言ったが今日のモンスターの量は異常だ。もう少しで動けるようになるが、多分今日はやめといた方がいい」

 

「そうですね……カルロ様やヴェルフ様も万全とは言えません。一度帰還するべきです」

 

「そうだね。リリとカルロの言う通り、一度退こう」

 

 そう言って一旦戻ろうとした時、事件は起こった。

 明らかに万全とは言えない様子の俺達の間を一つのパーティが走り抜ける。複数のモンスターをつれて。

 

「やべぇ、押し付けられた!」

 

「……え?」

 

「リリ達は囮にされました! すぐにモンスターがやって来ます!」

 

怪物進呈(パス・パレード)』。

 ダンジョン内で度々行われる作戦、戦術の一つだ。自パーティが遭遇したモンスターを退却の際に様々な方法で別パーティへ押し付ける強引な緊急回避。

 他者に対する不干渉が暗黙の了解としてあるが、命の危険が迫っている時など、背に腹はかえられない切羽詰まった状況に行われる。不慮の事故が何度も起こるダンジョンは、パーティ間で頻繁にやり取りされる、常套手段とさえ言われるものであった。

 だがそれはあくまで相手に余裕がある場合に限る。

 俺達のような余裕が無い状態のパーティに押し付けるのは『間接的殺人』と言われることさえあった。

 それを今やられた。

 

「クッソやべぇぞ。構えろ! 俺が殿、ベルが先頭、階段まで下がりながら戦うぞ。ヴェルフは俺の援護、リリルカはガイドを!」

 

 頭を強く振ってふらつく頭を覚醒させる。

 そしてやってくる群れを暴風球で足止めし、飛び出してくるアルミラージを『雪鋼』で魔石ごと貫く。

 ヴェルフも大刀でヘルハウンドの頭を斬り落とし、ヴェルフの魔法で火炎攻撃を暴発させる。

 そのまま逃げていると足が止まった。

 

「カルロ様、前にも!」

 

「ヴェルフ、前頼む!」

 

「応!」

 

 前からもモンスターが現れ、完全に挟み撃ちの形になる。

 このままではすり潰される、そう考え、最後の暴風球を投げて風の壁を作ってベル達側を突破。

 投げナイフを使って俺が出来る最速の殲滅。

 風の壁が消える前にこの場を離脱しようと走る。

 

 そして逃げた先にモンスターに遭遇。息をつこうとすれば咆哮によって警戒させ、地面を揺らすことで動揺させる。

 それを何度も繰り返した俺達は徐々に余裕が無くなっていき、張り詰めた精神と疲弊した体では練った作戦も機能しなくなっていた。

 まさに砂の城、あと一押しで崩れる程に崖っぷちだ。

 そんな中で、狡猾なダンジョンは満を持して牙を剥く。

 

 ビキリ

 

 息をついた途端に不穏な音が通路に響き渡る。壁を見渡すが、何も無い。

 しかし、ビキリ、ビキリとモンスター出現の合図が続く。

 最初に気づいたのはベルと俺だった。頭上を見上げると、蜘蛛の巣のような大きな亀裂。

 それが今いる通路の天井に広がっていた。頭上だけでなく見える範囲全ての天井に、だ。

 

「広すぎる……」

 

 思わずそう漏らし、ベル達の顔から血が引いていく。ここからモンスターが。

 そう思ってバックパックに手を突っ込み、天井に向かって投げる。

 

「こっちに寄れ!」

 

 そう叫ぶと呆気に取られていたベル達が近づいてくる。

 すると投げられた黒い辺のみの四面体は形を変えて俺達全員を覆う防護壁に変わった。地面に三つの柱が突き刺さり、四面体の面部分が透明な壁で覆われる。

 

 そして遂に天井が決壊した。盛大な破砕音を撒き散らし、天井が見えなくなるほど夥しい数の『バッドバット』が生まれ落ちる。

 

『キィァァァァァァ!!!』

 

 甲高い産声を発しながら散っていくバッドバット。周囲が一切見えなくなる程群がられるが、防護壁の展開が間に合った為視界が塞がれるだけで済んだ。

 

「危なかったな……」

 

「ええ、本当に」

 

 そう言っていると、モンスターが湧いたことによって穴だらけの天井が、崩落した。

 バッドバットで見えない中で、突然の落盤。降り注ぐ殺人的な岩の雨。

 凄まじい轟音と体を削り取る大岩、そして滝の如く降り注ぐ土砂。

 それに防護壁は耐えきれずに柱が一つ折れる。おそらくあと二本も時間の問題だ。

 

「みんな、僕が穴を開けるから、そこに逃げよう」

 

 徐々に暗くなる防護壁の中でベルの手がリンリンと鈴の音を響かせながら淡く光っている。

 何かあるのか、そう問う暇もなく、信じるしかない。

 

「わかりました」

 

「ああ、頼むぜ」

 

「やろう」

 

 ベルが頷くと、カウントダウンが始まる。

 

「三──二──」

 

 柱がもう一本折れた。あと一本だ。

 

「一…………ファイアボルト!!!!」

 

 ベルが咆哮すると巨大な炎雷が壁を突き破り、積もりつつある瓦礫を吹き飛ばして道が出来る。

 その穴にリリルカ、ヴェルフ、俺、ベルと飛び込み、我武者羅に逃げる。岩が落ちてこない方へと、仲間を気にする余裕など微塵も有することが出来ないまま。

 体に岩を受けつつ、耳に響く怒号を聞きながらもがき続けた。

 そしてようやく落石の雨が収まった頃。

 通路全体の土煙が漂い、誰かの呻き声がどこからか漏れてくる。

 誰であろうと少なからず負傷しているだろう。

 

「ぐっ、うぅっ……」

 

 身体中に出来た打撲と擦り傷を庇いながら立ち上がると、額から血を流すベルを確認できた。

 しかし。

 

『ガァ……!』

 

 唸り声が響いた。すかさず音の出処を向くと、犬の影がいくつも。ヘルハウンドの群れ。

 ベルも声を失い、唖然としている。

 

「マズイ……!」

 

 全てのヘルハウンドが地に伏せた。火炎攻撃の予備動作だ。

 すかさず周囲の石を拾って口に投げつける。

 口内が赤熱し、火気が迸る口に石が命中したヘルハウンドは中断したが、頭を強く打ったためか、数体は石が当たらず。

 そして一斉に頭を振り上げて炎の塊が放たれた。

 幸いと言うべきか、倒れているリリルカやヴェルフには向かわずに俺とベルに炎が突っ込んできている。すかさず炎の塊に大きめの石を投げると、着弾点で爆発して炎を撒き散らす。

 そして周囲を見渡すと『大樹』の柄が土砂から顔を出しており、手に取る。

 バックパックも見えているが今はいらない。

 

 石をいくつか拾って走り出すと三匹のヘルハウンドは突っ込んできて、二匹は火炎攻撃の予備動作を開始した。

 火炎攻撃をする二匹には石を投げ、向かってくる相手は『大樹』で叩き潰す。

 先頭のヘルハウンドを突き刺し、横の一匹を強かに叩きつける。そして残り一匹の攻撃を避けて首を落とす。

 そこから二匹のヘルハウンドも屠って座り込んだ。

 

「はぁ、はぁ……生きてるか……?」

 

「ぼっ、僕は大丈夫……」

 

「リリも、生きてます」

 

「俺も生きてる。負傷しちまったがな……」

 

 辺りから声が上がる。何とか凌いだようだが、これからどうするか……

 痛む頭を押さえながらベルと協力してヴェルフ、リリルカを助け出す。

 その後回収出来る装備は回収して座る。

 そしてこれからどうするかを話し合った。




ここから下カルロ君の容姿
























肌─めっちゃ薄い褐色
髪─ダークブロンド。伸びれば括って、それでも邪魔になればバッサリ切る
顔─整ってるけどエルフの顔面暴力には及ばない。瞳は薄い緑。笑顔はニコリと言うよりニヤリ
身長─178C(ヴェルフよりちょっとだけ大きい)
体格─オッタルを100としてベル君を50とするなら、70くらい。


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15話

評価ありがとうございます。
今回はキリがいいところまでと思ったら、めっちゃ長くなりました。
いつもの倍くらいあります。
読む場合はご注意ください。




 迷宮は静かだった。先程までの大逃走が嘘だったかのようにモンスターの気配もなく、俺達全員の荒い息遣いだけが薄暗い岩窟内に響いている。

 全員が砂にまみれ、受けた傷周りには流れ出た血液が赤黒く凝固してこびりついていた。

 ただ進む事に精一杯で誰一人として言葉を発さない。

 

「すまん……」

 

「気にすんな……」

 

 俺の耳元で呟かれる弱々しい声に、簡潔に返すことしか出来ない。

 肩を貸しているヴェルフの表情は苦痛に満ちており、痛みによって汗が滲んでいた。

 隣で歩くリリルカも息を切らしており、ベルと俺だけが辛うじて戦闘可能な状態だ。

 

 崩落後のヘルハウンドを倒した俺達は、話し合っている真っ只中に乱入してきたモンスターの大群によって大きく戦力と道具を削られた。

 一匹減らしても変わらないほどの大群には逃げることしか出来ず、崩落によって足の潰れたヴェルフを半ば引きずるように撤退したのだ。

 そして撤退の最中にバックパックが齧られ、破られたことによって多くの道具を失った。

 

「リリ、カルロ、残ってる道具は……?」

 

回復薬(ポーション)が四つに解毒剤が二つ、高等回復薬(ハイ・ポーション)はありません……」

 

「回復薬二つに精神力回復薬(マジック・ポーション)が一つ、あとはクロスボウの矢と投げナイフが五本だな」

 

 この状況でこの道具の所持品(アイテムのストック)はあまりに心許ない。ベルとリリルカは体力を大きく削られ、ヴェルフは自分で歩けないほどの重傷を足に負っている。ヴェルフの左足の膝下は骨が砕かれているようで、半ば潰れたようにひしゃげて赤黒く変色していた。これを治すには回復薬では叶わない。高等回復薬や万能薬でなければ。

 それにしてもこの状況はマズイ……

 撤退中に縦穴から落ちた。つまり、今俺達がいるのは14階層、若しくはもっと下。

 ダンジョンにここまで上手く嵌められ、ダンジョンの悪意を強く感じるのは初めてだ。

 小石の音にさえ敏感になっているベル達に深呼吸を促すが、それでも不安はかき消すことなど出来ない。極度の緊張は体力の減少を加速させた。

 

「……っ。行き、止まり」

 

 そして、再び行き止まり。やはり記憶にある迷宮の地図と照らし合わせても、一致する部分がない。

 

「一度、休憩しよう」

 

 そう声をかけるとベル達の焦燥を色濃く写し、熱を持った瞳が少し冷める。

 そして全員が荷物をドサリと下ろして座り、ダンジョンの一角で堂々と話し合いを始めた。

 

「まずは、パーティの装備を確認しましょう。治療用の道具ですが、リリは回復薬が四、解毒剤が二。カルロ様は回復薬が二、精神力回復薬が一ですね?」

 

「ああ」

 

「ベル様達は?」

 

「俺は何も残っちゃいない」

 

「僕はまだ、レッグホルダーに回復薬がいくつか」

 

 リリルカのバックパックから取り出された水筒を手渡され、回し飲む。

 量が少ない為口に含む程度だが、それだけで随分と頭がスッキリした。

 

「次に武器です。リリはボウガンを先の崩落で失いました。ヴェルフ様の大刀は無事で……」

 

「ベルは大剣に、後は短剣と小型盾をなくしたか」

 

「う、うん。でもナイフはどっちも無事」

 

「俺はハルバードとナイフ、投げナイフとクロスボウだな。リリルカ、クロスボウは任せる。黒い筒は普通の矢で、白い筒は刺さった箇所を吹っ飛ばす特殊な矢だ。使い所は任せる」

 

 そう言ってリリルカにクロスボウを押し付ける。先程まで使っていたものと比べてグリップや引き金の距離が少し大きいだろうが、我慢してもらおう。

 リリルカはありがとうございます、と言って受け取る。

 

「『サラマンダー・ウール』も、まだ生きてるな」

 

 その言葉にただの布切れとなっているマントを触る。まぁ俺の手に渡った時からそうだったんだが。

 

「わかりました……今後の方針ですが、生きて帰還する為には出来る限り接敵、そして戦闘を避けるしかありません。逃げられるならば、逃げの一択です」

 

 俺はあぐらをかき、ベルは片膝をついた体勢で、ヴェルフは腰を地面に落としている。

 ヴェルフの背中にバックパックを置いて支えながら、異論は無いと頷く。

 

「カルロ様、確認したいのですが、今の階層はわかりますか?」

 

 そしてリリルカが見計らったように口を開いた。

 

「……いや、わからない。ただ、14階層のこんな道は知らない」

 

 立て続けに行き止まりに当たったが、そんなものは知らないのだ。

 それを聞いたベルは顔を青くし、ヴェルフは眉間の皺を更に深くした。

 だがリリルカはそれが分かっていたかのように続けた。

 

「そうですね……これはリリの主観にはなりますが、縦穴から落ちた時間を顧みるに、15階層の可能性が高いです」

 

「そうか……」

 

 15階層。俺がソロでもまだ足を踏み入れていない領域だ。それを負傷者のいる、誰も万全に戦えないパーティで帰還する、そんなことは不可能と言ってもいいだろう。

 思考が止まり、生きるための模索が漂白されかけたその時。

 

「ここからが本題です。上層への帰還が絶望的なことは間違いありません。ですからあえて、下の階層、18階層に避難するという手があります」

 

 リリルカが説明する。

 その瞬間、止まりかけていた思考が再び動き出した。

 

「リ、リリッ、待って。これ以上下の階層へ向かったら……」

 

「いや、『迷宮の楽園』、『遠征』、縦穴……! 無理じゃない。それどころか上を目指すよりは効率的な上に現実的だ……!」

 

 目を見開き、希望を見つけた興奮に任せて言う。それなら、いける。不可能じゃない……! 

 それにベルは驚き、ヴェルフは薄く目を開いた。

 

「カルロ様のおっしゃる通りです。リリ達の現在位置がわからない以上、数え切れないほどある縦穴の方が上層の階段よりも発見することが容易です。それに加えて【ロキ・ファミリア】の『遠征』は約二週間前。階層主を確実に仕留めている筈です」

 

「な、何で確実なの?」

 

「17階層の階層主、『ゴライアス』は18階層に続く道の前で陣取るんだ。遠征組にはレベル2の連中もいる。それなら倒してしまった方が安全だ」

 

「『ゴライアス』の次産間隔は二週間前後……まだギリギリ産まれ落ちてない可能性があります」

 

 つまり、今なら階層主を相手取ること無く17階層を越えられる、かもしれない。

 

「正気か、お前ら……?」

 

 上ではなく下という提案に、ヴェルフは呆然としながらそう零した。

 それも当然だろう。危険度は下れば下る程大きくなっていく。効率的、現実的と言葉で示されても信じられないはずだ。

 

「……あくまで選択肢の一つです。素直に上層を目指した方が差し当って安全ではありますし、他所のパーティと出会って助けを請えるかもしれません」

 

 リリルカはそう言うがそれは全て運任せであり、中層の冒険者パーティは上層と比べて非常に少ないことを考えると博打がすぎる。下も博打ではあるが。

 

「このパーティのリーダーは、ベル様です。ご判断は、ベル様にお任せします」

 

「……リリルカが言った通りだ。俺もベルに任せよう。どちらも間違いではない」

 

 ベルがこちらを向いた為、そう返す。本音を言えば下を目指す方に賛成だが、事前にリーダーはベルと決めてある。こういった二択の最高決定権は、ベルにある。

 そしてベルは次にヴェルフへ振り向くと、顔を歪めながらも笑いかけた。

 

「いい、決めろ。俺はお前を恨みはしない」

 

 しばらくの沈黙の末、重責から湧き出る汗を垂らしながら、ベルは手を握りしめて口を開いた。

 

「進もう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 汗が、再び首筋を伝ってシャツに呑み込まれた。

 生温い湿った空気に辟易としながら、重たくなった服で顔の汗を拭う。

 先頭はベル。次にリリルカ、そして俺とヴェルフで歩いている。

 バックパックを一つにまとめてリリルカが背負ってくれている為先程よりは楽になったが、それでもキツいことには変わりない。右肩をヴェルフに貸し、左手で『大樹』を杖がわりにして歩く。

 それにしても、臭い。

 

「っ……リリスケ、その臭いはどうにかならないのか?」

 

 リリルカの背中に目を向けて声を飛ばすヴェルフ。

 それに対し、背中からでもわかる程体をふらつかせながら、リリルカは返した。

 

「お言葉ですが、リリの方がこの悪臭の発生源に近いんです。それに、これが続く限りはモンスター達は近寄ってきません」

 

 憔悴しているのではと心配したが、声色を聞くにまだ気力は残ってそうだ。

 リリルカの言う通り、『強臭袋(モルブル)』という道具はモンスターの毒となる悪臭を放つことでモンスターとの遭遇を回避することが出来るらしい。

 今まで聞いた事もない道具だが、効果は今まさに実感しているところだ。先程からモンスターが近寄ってこない。

 

 すると30M程先にヘルハウンドが現れ、火炎攻撃の予備動作を行う。

 マズイと思い、ヴェルフを下ろして投げナイフを取り出そうとした時。

 

「任せろ……」

 

 すぐ隣でヴェルフがそう呟き、ヘルハウンドへ掌底を真っ直ぐ向ける。

 

「【燃え尽きろ、外法の業】」

 

 ヴェルフの口から発せられたのは、超短文詠唱。

 たちまちヴェルフの掌からヘルハウンドへと陽炎が放たれた。

 

「【ウィル・オ・ウィスプ】」

 

 そして次の瞬間、ヘルハウンドの口の中で爆発が起こり、自爆した。

 

魔力暴発(イグニス・ファトゥス)!?」

 

 リリルカから驚愕の声が出る。

魔力暴発(イグニス・ファトゥス)』という、『魔力』を制御し切れずに暴走させて爆発させる事故現象。今日び中々見ないそれが今起こった。

 

「成功したか……」

 

「ヴェルフ、今のは魔法か?」

 

「俺の魔法は特殊らしくてな……一定の魔力の反応を爆発させるらしい。モンスターで試したことはなかったんだが……上手くいったな」

 

 そう言って無理矢理笑うヴェルフ。

 

「ああ。助かった」

 

「うんっ。助かったよ、ヴェルフ」

 

 そうしてヘルハウンドの攻撃はヴェルフに、それでも近づいてくるモンスターはベルに任せていると、遂に縦穴を見つけた。気づかせないような巧妙な縦穴は、13階層で見るものよりも深く、恐ろしいものに見える。

 

「リリルカ、下の階層の床が見えたら白い筒に入った矢を地面に飛ばしてくれ」

 

「は、はい。わかりました」

 

 少し不思議そうな顔をしながら、クロスボウに矢を装填するリリルカ。

 そして合図と共に俺はヴェルフを抱えて全員で縦穴を飛び降りる。浮遊感と共に加速していく感覚。そして薄らと床が見えた瞬間、リリルカの持つクロスボウから一本の矢が放たれた。

 矢は俺達よりも早く地面に突き刺さり、一拍置いて爆発する。すると強い爆風が落下の勢いを緩め、負傷することなく着地した。

 

「ダメ元だったが、上手くいったな……」

 

 そう呟く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして16階層をしばらく歩いていると、異変に気づいた。

 

「臭い袋が、なくなりました……」

 

 リリルカの、少し震えた、緊迫した声。

 その宣告と同時に、周囲にあった気配が一斉に向かってくるのを感じた。

 そこから放たれる重圧。

 前方と後方、両側から同等の圧力が襲いかかる。

 

「……リリルカ、任せる」

 

 そう言ってヴェルフをリリルカに任せると、俺は背後を向く。そしてベルも前方を睨めつけ、臨戦態勢に入った。

 ベルの方は分からないが、俺の方に現れたのは『ミノタウロス』。9階層で見た時と比べると圧力は少なくなったように感じるが、それでも大きな体躯と膨大な筋肉は凄まじい迫力を持っていた。

 

『ヴォオオオオオオオオオオッ!』

 

 背後から咆哮が聞こえる。

 そしてすぐに。

 

『ヴォオオオオオオオオオオッ!』

 

 それに答えるように目の前のミノタウロスも咆哮を放った。

 初戦がこんな形になるとはついてない。頭の中で悪態をつきながら、走り出す。

 手に持っている天然武器のリーチは『大樹』と比べて非常に短い。

 荒い鼻息を吹き出しながら腕を振り上げるミノタウロスを観察する。

 そして振り下ろす直前に足を止めることで躱すと、いきなり首を狙わずに落ち着いて武器を持つ腕を斬り飛ばす。

 腕を失ったミノタウロスはその痛みから声を上げながら、体重をのせていた腕の支えを失い、体勢を崩した。当然その隙をついて背後から穂先で首を貫いてトドメを指す。

 そして息をつく暇も無く、奥からミノタウロスが三体現れた。

 想像していたよりもミノタウロスの筋肉は断ちやすく、速さも対応出来る。

 無謀ではない。そう確信して三体に向かった。

 三体のうち中央と右は天然武器を持ち、左は素手。右手で『大樹』を持ち、左手で投げナイフを持って近づくと、ミノタウロスは攻撃を仕掛けてくる。やはり技を感じない。

 攻撃前の明確な隙に投げナイフを差し込むと、吸い込まれるように両目に投げナイフが突き刺さり、暴れ始める。

 その無我夢中の暴力は隣のミノタウロスに命中して怯ませた。

 そこで浮いた素手の一匹を狙うと、大きく両手を振り上げて叩きつける。それを躱さずに『大樹』を下から上に突きつけると、ミノタウロスと俺の力で首を穿ち、行動不能となった。

 そして俺を忘れて争い合うミノタウロス達は背後から落ち着いて首を飛ばす。

 その直後。

 

 

 ドガァアアアアアアアアアン

 

 と、背後から轟音が鳴り響いた。何事かと見ると、肩を揺らしなから佇むベル。モンスターの姿はなく、通路が崩壊していた。

 

 

 

 

 そして遂に、17階層へと到着した。その頃には既に回復薬も精神力回復薬も尽き、全員が辛うじて歩けている状態。

 しかし、モンスターからの襲撃がパタリと止んだ。不気味に思いながらも長く、だだっ広い一本道を歩いていくと、先程までとは比べ物にならない大広間に出た。

 広大で、長大で、足が竦む程高い大広間。

 凹凸一つ無い、『嘆きの大壁』と呼ばれる『ゴライアス』のみを産む、巨大壁。

 ダンジョンは、静かだった。

 

「なんで……」

 

 ベルの呟きがやけに大きく、響いて聞こえる。

 足音も、転がる石も大きな音を立てている。

 そして、モンスターが現れない。

 気配はあるが、こちらに向かってこないのだ。先程から不自然なまでにモンスターとの遭遇がない。

 嫌な予感がした。

 背筋が冷たくなり、悪寒が走る。

 先頭のベルも同様らしく、歩みが徐々に速くなっていた。

 奥に見える洞窟、そこに辿り着きさえすれば俺達の勝ち。

 そんな俺達を、焦燥と希望を嘲笑うかのように。

 左からバキリ、と、鳴った。確かに鳴った。

 ベルは思わず足を止めて壁を見ている。

 その表情から、全てが察せられた。

 

「ベル、走れ! リリルカを頼む!!」

 

 あらん限りの大声を飛ばすと、ベルがハッとしてリリルカを横抱きにして走り出す。

 そして俺もヴェルフを担ぎ上げて走る。

 左耳の鼓膜を揺さぶる轟音を気にしないように、左から転がってくる破片に足を取られないように。

 徐々に大きくなっていく破壊音に、飛んでくる破片に急かされるように速度を上げていく。

 そして遂に、ズンッ、と、何かが、巨大な何かが大地に足を着けた音が。

 

 見てはいけない。見ると、足が止まる。

 そう叫ぶ理性とは裏腹に、首が独りでに回っていく。それはベルも同様であり、俺達は縫い付けられたかのように足が止まり、それを見た。

 

 生物としての規格が違う。太い首に太い肩、太い腕に太い脚。シルエットは人型だが、灰褐色の肌と七Mにも届こうかという巨躯。

 今まで見た中で、最も巨大で強大な生物。

 

 言葉を何一つ発せられず釘付けになっていると、土煙の中で、巨大な目玉がギョロリと動き、こちらを見据えた。

 そして巨体をゆっくりと動かしてこちらに向き直る。

 

 その瞬間、止まっていた時が動き出した。危険を知らせる信号が、警鐘が大きく鳴り響いた。

 

『オオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!』

 

 駆け出す。けたたましい咆哮を上げてゴライアスは追ってくる。

 巨大な足が地面にめり込む度に地面が大きく揺れる。

 巨大な圧力と殺気が自身の肩を今にも捕まえるのではないかという焦燥感。

 立ち向かう気など露ほども思わなかった。

 肺が痛くなり、血の味が口の中に広がる中で、徐々に大きくなっていく洞窟の入口にひた走る。

 

 届け、届け、届け、届け、届けぇええええええ! 

 

 轟音に掻き消されながら、口から血を吐きながら足を回す。

 そして、ヴェルフを全力で投げ、続くように地面をあらん限りの力を込めて蹴った。

 そのまま空中に投げ出される。飛んでくる破片が背中に突き刺さり、それを次に来る岩が押し込む。

 だが洞窟に飛び込むことは成功した。

 受け身も取れずにベチャリと着地する。

 その直後、洞窟の入口で、すぐ後方で衝撃波が発生した。

 

「がっ!?」

 

 捲れ上がる地面と衝撃波に抗うことが出来ずに吹き飛ばされ、石の壁に叩きつけられながら洞窟を下っていく。

 薄れていく意識の中で、高速で動く視界の中にベルとリリルカ、ヴェルフを確認すると、意識を手放した。




長ぇ……明日は更新お休みするかもです。


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16話

評価ありがとうございます。
箸休め回です。


 最初に感じたのは、今までにない体のだるさだった。

 手足が思うように動かず、泥の中を動いているかのような倦怠感。意識が浮上しては沈んでいくのを繰り返し、目を開けて体を起こそうとしても中々うまくいかないもどかしさを感じていた。

 しばらくそれと格闘していると「すいませんっ!?」という聞きなれた声に引き上げられ、意識がゆっくりと浮上していく。

 そして何かが俺の体に当たった。

 目を薄らと開けると、ぼやけた視界ではあるが、布地の天井が見える。

 抜けきらない倦怠感に包まれながらゆっくりと顔を上げると、頭に包帯を巻いたベルがいた。

 

「カルロ、ヴェルフ、リリ……」

 

「おう」

 

 寝起きの乾ききった声で返すと、ベルが驚愕の声を上げ、すぐに笑みを浮かべた。

 

「カルロ!」

 

「その人の怪我、岩の刺さった場所が少しズレていたら危なかったって……」

 

 ベルの奥から知らない女性の声が聞こえ、目線を奥に移す。

 すると、【剣姫】がいた。最近ランクアップした、人からも神からも超有名な【剣姫】が、いた。

 

「は!? なんで【剣姫】がここに……って痛ぁ!?」

 

 大きな声を出した直後、背中に激痛が走る。

 その突然の大きな痛みに目を大きく開いて声が上がった。

 

「だ、大丈夫!?」

 

「あ、ああ。悪い」

 

「……私達は、『遠征』の帰り。休憩してると君達を見つけて」

 

「なるほど、そういう事ですか……ありがとうございます」

 

 そう言うと【剣姫】は「ううん」と顔を横に振る。

 そして俺に「君は休んでいて」と言った後、おもむろに顔を上げてテントの出入り口を見た。

 

「もう、動けそう?」

 

「あ……は、はいっ」

 

「フィンに、私達の団長に、連絡するように言われてるから、付いてきて?」

 

 ベルは咄嗟に頷き、【剣姫】は腰を上げる。

 それに追従するようにベルも立ち上がると、下を向いたベルの目が大きく見開かれ、冷や汗が出ていた。やっぱり体が痛むんじゃねぇか。

 

「カルロ、ちょっと待っててね?」

 

「悪いな……そうさせてもらおう」

 

 ベル達がテントを出るのを見届けると、再び脱力する。隣をちらりと見るとヴェルフとリリルカが眠っており、上下する胸が無事であることが分かった。

 身動ぎ一つで痛む体に苛立ちながらも、どうにも出来ない為天井を見つめながら中層初挑戦について思い返す。

 パーティを無事に返す為に参加したというのに、この体たらく。ヘスティア神とリリルカの主神に合わせる顔がねぇな。

【ヘファイストス・ファミリア】も参加してる遠征組がいるし地上に帰るのは簡単だろうが、心配してるだろうなぁ……

 行ったとしても道が分かる14階層までって約束だったのが、今は18階層。

 運が悪かった事が大きいが、すぐに退かなかった俺にも責任はあるだろう。誰も命を落とさなかったことは個人的にも、【ファミリア】的にも良かった。

 

 ベル達が一命を取り留めたことに感謝しながら、頭の中でどう謝罪するか、償いをするかを熟考する。

 そうしていると次第に睡魔が大きくなっていき、瞼が徐々に落ちてきた頃。

 

「起きたと聞いたぞ、カルロ!」

 

 大きな声を出しながら団長がテントに入ってきた。

 その声に脱力し切った体が大きく跳ね、体が痛んだ。

 

「痛っっ…………ふぅ。いきなりなんですか、団長?」

 

 少し非難するような声色で言うと、笑いながらすまんすまんと言いながら近づいてくる。

 そして俺の傍にドサリと座り、回復薬と色が違う、高等回復薬の入った瓶を差し出してきた。

 

「ほれ、飲め」

 

「え、あぁ、はい」

 

 渡された瓶を受け取って飲むと、高等回復薬特有の甘みが口の中に広がらないように喉に流し込む。

 そうすると次第に背中の痛みが引いていき、身体中にあった細かな痛みも消えた。

 

「おお……ありがとうございます」

 

「なに、そのままだと歩くこともままならんからな」

 

「え? そんなにデカかったんですか、傷?」

 

 驚きながら、問う。かなり痛むとは思ったが、そこまでのものとは思わなかった。

 

「ああ。岩がかなり深くまで刺さっておった。一度の高等回復薬だけでは治らなくてな、手前が高等回復薬を持ってきたという訳だ」

 

「そうだったんですか……ありがとうございます」

 

「構わん構わん。それよりも手前が直接持ってきたのは、コレだ」

 

 そう言って団長は『大樹』をテントに持ってきた。

 最後の全力疾走の時には手放していたと思ったが……

 

「これは普通のハルバードとして見ればレベル2の最上級品に一歩届かないといったところ。だがそれだけでは無いと見た。違うか?」

 

「はい。魔力を通すと蔦による中距離攻撃が出来ます」

 

 体の調子を確かめるようにゆっくりと立ち上がりながら言う。

 よし、どこも痛くない。寝床が固かったからか、体が凝ってる感じがするが。

 

「おお! やはりそんな効果があるのか! 是非とも手前に試させてくれ」

 

 ニコニコと笑いながら『大樹』を持ってテントを出ようとする団長。

 

「いや、ちょっと待ってください。俺もついて行きます」

 

 流石に範囲も知らずにブッパなされると他所のテントに当たるかもしれない。

 

「そうかそうか。体は動くな? ならば手前についてこい!」

 

 上機嫌な団長に続いてテントを出ると、噂以上の絶景が目に入ってきた。

 まず最初に驚くのはその明るさだ。終始薄暗い迷宮内とは打って変わって、地上の昼のような明るさ。『嘆きの大壁』よりも高い天井は水晶で覆われており、眩しいほど光り輝いている。

 そして目の前には迷宮内では滅多に見ることの無い、青々とした木々。一見すると地上では無いかという光景だが、所々から生えている水晶が迷宮内ということを思い出させた。

 

「ではカルロよ。ここで構わんか?」

 

『迷宮の楽園』に見惚れていると声がかかる。

 団長が立っているのは、テントとテントの間に出来た小さな空き地。

 ……狭い。狭い上にあたってはいけないものが多すぎる。

 そう告げると、ではこっちだ、とご機嫌そうに木々の間に進んで行った。

 しばらく進むと木々が疎らになっていき、視界が開かれる。

 そして眼前に飛び込んでくるのは、超巨大な一つの水晶。『ゴライアス』にも匹敵するのではないかというサイズだ。

 天井からの光を中で乱反射させて虹色に輝いており、麓の木々とのアンバランスさが美しさを際立たせていた。

 

「よし、では始めるか」

 

 団長の声が聞こえて向き直ると、既に『大樹』を構えていた。

 周りに何もないようだし、問題ないだろう。

 そう思って見ていると『大樹』の蔦がうねうねと動き始めた。

 

「お、おおっ!? これは、中々……!」

 

 そして一本の大きな蔦を作り、操って遊び始める団長。

 

「はっはっは! 中々楽しいな、これは!」

 

 そう言いながらはしゃいでいると、突然動きが止まり、パタリと倒れた。

 

「え、団長?」

 

 走り寄ると普通に気絶してた。というかこれ。

 

「『精神疲弊』だ……」

 

 その呟きは蔦が縮まる音に虚しく吸い込まれていった。




椿さんの魔力ステが伸びてる事にしました。
魔力無かったとしても使用直後に『精神疲弊』するから結末は変わらないってことで許してヒヤシンス


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17話

評価ありがとうございます。
箸休め回その2です。
映画を観に行ったのでかなり急いで書きました。


 団長をテントまで運んでテントに戻った頃には天井の照明も暗くなってきており、さながら日暮れといった様子だ。

 団長の様子を見た団員が悲鳴をあげ、それを聞いて事態を重く見た団員がパニック状態になったという事件はあったが、経緯を話すといつものやつね、と言った感じで納得して収まった。

 

 俺達の、では無いが俺達が休んでいたテントの前に立つと、外まで話し声が聞こえている。どうやらもう起きたようだ。

 

「ヴェルフ、リリルカ、調子はどうだ?」

 

 中に入るとベル達三人が全員揃っていた。

 

「あっ、カルロもおかえり」

 

「おう。万全って訳にはいかねぇが、いい感じだ」

 

「リリも問題ありません」

 

 その口ぶり通り全員の顔色は良いが、巻かれている包帯が負傷を示していた。

 それを見て少し深刻な顔になると、それを感じとった三人も少し背を正す。

 俺はそれを見ながら膝を着いて頭を深々と、最大限の詫びる意を伝えた。

 

「今回の中層初挑戦、本当にすまなかった。無事に地上に返すって約束なのに、この体たらく」

 

 それを見た三人からは戸惑いの声と視線が発せられる。

 

「いや、僕達も見通しが甘かったっていうか、事故みたいなものだよ! それにカルロに助けられた場面もたくさんあったから、謝るなんて!」

 

「カルロ様には状況に応じた的確な意見を出していただきました。最善を尽くした上での結果ですので、リリには文句なんてありません」

 

「そうだぜカルロ! 今回はお前が気に病むことじゃない」

 

 思っていた通りというか、それ以上の励ましを受ける。だが俺は中層経験者として、パーティを無事に返すことを約束した身だ。運が悪かったとか、事故とかそういう話ではない。

 

「いや、今回の臨時加入は無事に中層初挑戦を終わらせる、という『契約』だった。正式なものでは無いといえ、ベル達と俺の『契約』だ。それを破ればペナルティが与えられるべきだ。使える道具をいくらでも提供する。そうじゃないと『筋』が通らない」

 

 頭を下げながら捲し立てるように食い下がる。

 すると、ベルから顔を上げて、と声がかかった。

 顔を上げると困ったような顔をした三人。

 

「本当に助けられたから、ペナルティなんて言わないよ。それに臨時加入とはいえ仲間なんだから」

 

「だな。仲間同士で言いっこなしだ!」

 

「ですね!」

 

 そう言って許しを与えてくれるベル達。悪どいパーティとのトラブルだと最悪【ファミリア】間の問題になる場合すらあるというのに。

 正直納得がいかないし、申し訳ない気持ちが溢れてくるが……これ以上は逆に迷惑、俺の我儘だな。

 

 目を閉じて大きくふぅっと息を吐き出す。

 そして地面に頭をガンッと強く打ち付けてから顔を上げ、笑顔で言う。

 

「よし、わかった。ありがとう。それと、本当に無事でよかった」

 

 ベル達は顔を引き攣らせながら頷き、返事を返す。これに関しては自分から自分への罰であり、切り替える為だ。勘弁してもらおう。

 

 そして夜、天井の水晶の光が小さくなって星のようになった頃。

 俺達は【ロキ・ファミリア】と【ヘファイストス・ファミリア】の遠征組で出来た集団の一部に入って晩飯を食べていた。

 ベルは【ロキ・ファミリア】の幹部、それも女子達に群がられて傍から見ればハーレム状態。ミノタウロス戦を見ていた面子だ。

 そしてそこに負けじとリリルカが参戦するというカオスな状況になっていた。

 それを見る男子共の視線は目線だけで射殺そうとするかのように鋭く、殺気が篭っている。

 そんな中俺はというと、【ヘファイストス・ファミリア】の遠征組が固まっているところで談笑していた。いかにもゲスト席といったあの場所が少し居心地が悪かったのもあり、ベル達に声をかけてから離脱した。

 そして先輩と両手に花なのに冷や汗が止まらないベルを笑いながら、何があったのかを話し、遠征の様子を聞ける範囲で聞きながら、本拠地でたまに見るクソ甘い果物を食べる。雲菓子と言う瓢箪の形をした果実は18階層で採ったものらしく、甘味が好きな俺でもギリギリ美味しいレベルの甘さをしていた。甘味が苦手な人からすれば、吐き出しそうになること必至だ。

 あ、ヴェルフに団長が絡みに行ってる。回復したんだな。ヴェルフの本気の悲鳴を肴に貰った干し肉と雲菓子を交互に食べていると。

 

「──ぐぬあぁっ!?」

 

 突然の悲鳴。そこそこ距離があるはずだが、ハッキリと聞こえてきた。聞いた事があるような無いような声だな……

 先輩と顔を見合わせて首を傾げていると、ベルとリリルカが突然悲鳴の聞こえた方向、17階層へと続く洞窟の方向へ走り出した。少し遅れてそれを追うヴェルフ。

 それを見て何事かと更に遅れてベル達を追うと、既に到着していた【ロキ・ファミリア】の団員によって見えなくなっていたが、聞こえてきた。

 神様、ヘスティア様、と。

 神が迷宮に潜ることは禁止されており、バレると【ギルド】から【ファミリア】に罰則が下るはず。神達がたまに言う、バレなきゃオッケーというやつか? 

 どうやら怪我人もいないようだし、折角の再会だ。野次馬のようになっていた俺達はいそいそと元の場所に戻っていくが、その途中で呼び止められた。

 

「カルロ、ちょっといいかな?」

 

 振り向くとベルの奥には、ヘスティア神と橙黄色の瞳と髪を持つ男性……あれは多分神か。と『豊饒の女主人』で見た顔と、水色の髪と眼鏡をかけた女性冒険者。

 そして、東国の意匠を思わせる防具を身に纏う三人の冒険者が立っていた。

 ……『怪物進呈』の際に見た背中とそっくりだな。

 

 

 

 

 

 

「誠に、申し訳ありませんでした!」

 

【ロキ・ファミリア】に借りた一つのテント内。

 そこで少し前に俺が見せた謝罪とは比べ物にならない程、美しい東国の謝罪ポーズを見せる黒髪の女性冒険者、命と視線を受けて忙しく頭を下げる女性冒険者、千草。

 そのポーズの完成度と誠心誠意の謝罪に一種の迫力を感じた。

 だが、ヴェルフやリリルカは険しい口調で返す。

 

「……いくら謝られても、簡単には許せません。リリ達は死にかけたのですから」

 

「まぁ、確かにそう割り切れるものじゃないな」

 

「あの、その、本当に……ごめん、なさい……」

 

「その怒りはごもっともです。いくらでも糾弾してください」

 

 そして平謝りする命と千草。

『怪物進呈』自体はある事だし、俺も何度かやられた事はある。『怪物進呈』自体はそこまで大問題になり得ない。

 だが今回は珍しく、俺達が死にかけた。そしてそうなると分かるような状況で押し付けられた。

 それが問題となっている。

 

「あれは俺が出した指示だ。そして俺は、今でもあの指示が間違っていたとは思っていない」

 

 そんな落とし所を探ろうとしている中に態々油を注ぐ巨漢、桜花。

 

「それをよく俺等の前で口にできるな、大男?」

 

 それを聞いて眉を釣り上げて睨みつけるヴェルフ。一触即発といった空気だ。そらそうなる。

 収拾がつかなくなるような気配がした為、口を挟む。

 

「それで?」

 

「だから、俺が……」

 

「そういう事じゃない」

 

 変わらずに非難の的を集めようとする桜花に被せて言う。心意気は買うが、それをするのは謝ってからだろうに。

 

「謝らないのは論外として、だ。謝ってからどうするかが問題なんだよ」

 

 それを聞いた【タケミカヅチ・ファミリア】の面々はハッとした表情を浮かべた。

 

「自分の失態を棚に上げて言うが、何をもって手打ちとするかを考えるべきだ」

 

 そう言うと命と桜花が重なるように自分がどんな事でもすると申し出る。

 俺はベルに向き直って、どうする? と問いかけた。

 ベルは無条件で許そうとするかもしれない。

 それでもこんなに詰めるのは彼らの為でもある。

 

「いやいや、もっと単純でいいじゃないか。命ちゃん達がベル君達にでっかい借りが出来たって事でいいんじゃないかな?」

 

 えっと……とベルが悩んでる中で、いつの間にかテントに入ってきていた男神、ヘルメス神がそう提案する。

 まぁ、ヴェルフやリリルカに不満がある中での落とし所はその辺か。

 ベルはその提案にすぐさま了承し、ヴェルフやリリルカも不服ながらもベルの決定もあって納得した。

 

 

 

 

 

 そして次の日、俺達は『世界で最も美しいならず者の街』と言われているリヴィラの街に来ていた。リリルカは駄目になったバックパックを買いに。ベルは好奇心と【剣姫】とのデートの為に。ヘスティア神とリリルカによってその願いは叶わなかったようだが。

 ちなみに俺は観光だ。バックパックに詰める物は全て落とした為、『大樹』と装備品を着るだけでいい。

 

 それにしても何もかもが高価だ。地上と比べてはいけないとは聞いていたが、ここまでとは思わなかった。バックパックだけで一回の探索分近いヴァリスが取られる。

 だが地上で見ないような非合法品がそこかしこにあるのは中々面白い。金さえあれば『更新薬』でも……いや、主神様に怒られそうだな。買えたとしてもやめておこう。

 

 

 そして午後、俺はヘスティア神を呼び止め、ベル達を命の危機に晒したことを謝罪した。

 最初は驚いた様子だったヘスティア神だったが、話し終えた頃には真剣な表情で聞いてくれた。

 ヘスティア神は俺は役目を果たした、今回の事は事故みたいなものであり、それは防ぎ得ないことだったと言う。そしてその上でも罪悪感に苛まれるのであれば、ベルが困った時に力になってくれと頼まれた。

 断るはずがない。

 俺はその身から溢れる神の慈悲に深々と頭を下げ、感謝を捧げた。

 主神様以外の神で、本当に神様なんだな、と思ったのはこれが初めてだ。

 




カルロ君(17歳)は柔軟そうに見えて頑固、その上ちょっと達観してたりと微妙にめんどくさい性格です。


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18話

評価ありがとうございます。
繋ぎ回ですので、非常に短いです。
何故か凄く難産でした。


 

「……何やってるんですか」

 

 テントを出て、しばらく進むと吊るされてるヘルメス神に出会った。正しくは吊るされているのを下ろされている最中の、だが。

 顔をニコニコと笑わせながら礼を言っているが、下ろしている女子達は完全無視。

 

「おや? 君はカルロ君、だったね? 聞いてくれよ!」

 

 身体が自由になった途端肩を組んできた。初対面の時も思ったが、距離詰めるの早いなこの人。

 

「はい、何でしょう?」

 

「君は極上の果実が手に届く場所にあるとすれば、手に取ろうと……せめて一目見ようとするだろ? 例えそれが許されないことでも……!」

 

「話がよく分からないんですが、駄目なら駄目なんじゃ?」

 

「いやいや、そんな事では…………おっと、そろそろ時間だ。じゃオレはこの辺で」

 

 一つ一つの動作が演劇のワンシーンのようだ。そうして呆気に取られていると、さっさと服を整えて眷属のメガネをかけた人と去っていった。

 軽い会釈を受けたので、俺も会釈して返すと奥の森へと消えていく。

 ……っとこんな事してる場合じゃない。

 

 ベルがいると聞いたテントの前に立ち、中で話し声が聞こえた為声をかける。

 

「ベル、いるか? カルロだ」

 

 すると、テントの中からすぐに入って大丈夫、という返事が返ってきた。

 そのままテントに入ると、ヘスティア神も中にいる。

 そしてお邪魔します、と礼をしてベルに向き直った。

 

「俺の前行部隊への参加の許可を貰いに来た。本当に申し訳ないのだが、俺の怪我の様子を医療系【ファミリア】で一度診たほうがいいらしい。今は動けても、岩の破片次第では重大な事故になる場合があるとかで」

 

「そんなっ、大丈夫なの?」

 

 事情を聞いたベルは顔を青くさせ、眉を下げて悲鳴をあげる。

 

「いや、そこまで大したことじゃないんだ。万事をとってってだけで、現状体は普通に動かせるし。だが最悪を考えて、前行部隊の二陣で帰ることを提案された。またしても不義理を重ねるようだが、どうか許可を貰えないだろうか?」

 

 頭を下げて頼む。ベル達の前行部隊への編入も申し込んだんだが、その枠は俺みたいな負傷者で埋まっており、俺を入れるのでギリギリらしい。

 助けられている身でそれ以上の我儘は言えなかった。

 すると、ベルは当然のように許可をくれる。

 それにありがとうと礼を言って頭を下げて、ベルとヘスティア神に地上で奢らせてくれ。と約束してから挨拶をする。

 その後、ヴェルフやリリルカに挨拶をしてから前行部隊の二陣で帰還した。

 前行部隊の一陣が『ゴライアス』を瞬殺したのには顎が外れる程驚いたし、格の違いを感じた。

 そして【ロキ・ファミリア】と【ヘファイストス・ファミリア】の万全の護衛は揺らぐことなく、俺はモンスターを見ることすら無い。

 地上に上がると主神様がダンジョン前で待っており、迎えてくれた。

 ヴェルフや俺含めたパーティ全員が無事であると報告すると表情を緩める。

 

 そして【ディアンケヒト・ファミリア】で背中の怪我を診てもらうと破片が残っているらしく、再び背中を開いて破片を取り除いた。

 取り除いた破片は岩の先端部分で、そのままでいると突然下半身が動かなくなる、なんて事が起こったかもしれないそう。それを聞いて冷や汗と悪寒が走ったが、もう大丈夫らしいので、一安心だ。

 治療を終えてから眠り、一夜明ける。

 

 朝早くに起床し、完治を告げられてから本拠地に戻り、詳細を主神様に報告する。

 モンスターの異常な湧き方や『怪物進呈』含めて全てを。

 それを聞いた主神様は何かを考える素振りを見せた後に俺を労い、しばらく休むように告げた。

 その言葉に従って自室に戻り、ベッドに座って今回の反省点を考える。

 一つ目だが、一番大きいのは実力不足だ。

 だからそれを細分化していこう。

 まずはステイタス。これは余裕を持ってモンスターを倒せている為、力や器用は問題無いだろう。強いて言うならば魔力と敏捷が足りない。俺の戦闘スタイル的に敏捷は伸びにくいし、それは現実的ではないか……

 ならば武器か。モンスターと『大樹』の相性が悪かったが、『雪鋼』があった為問題無い。

 だが投げナイフが回収出来ずにジリ貧になったという所は明確な弱点として反省すべきだろう。

 そしてそんな状況になる原因は武器を扱う技量が足りなかった。

 

 次は指示の遅さか。

 モンスターの異常な量を見た時点で撤退を考えるべきだった……というのは結果論になるかもしれないな。

 

 

 

 色々考えた。これから俺がすべきことを。

 そしてそれはやっぱり、武具を作ることでは無いだろうか。

 なんでそうなるんだよ、と思われるかもしれないが、俺は武具職人である事は変わらない。だから、色々な武具を作って強くなる。

 技量は本職に対抗してもいい事がないし、中途半端な技量を身につけるよりも何でも操れる程度でいい。

 そう結論づけた。

 何でもできる必要は無い。俺がすべき事はモンスターを沢山倒すのではなく、モンスターを沢山倒せる武器を作り、それを主力に渡す事だ。

 

 多少迷走しかけたような気がするが、出た結論は武具を作る者としての王道に戻った。

 確かに最近はダンジョンに潜りすぎていたな。

 これからは武具作り強化月間だ。

 

 

 その翌日にベル達との打ち上げをしたが、どうにも様子がおかしかった。何かあったのかと聞くが、バレバレの嘘でナニモナカッタヨと言う。

 少し気がかりには思ったが、まぁいいだろう。程よく騒げたし、いいストレス解消になった。

 区切りもついたし、やる気も出た。明日から本格的に武具作りを開始する。

 大量の食料を買い込んで作業場に到着。

 明日からは素材を買いこんで籠るぞ。

 ありとあらゆる武器を作り、あらゆる状況に対応出来るようになってやる。




はい。黒ゴライアス戦はやれること皆無だったのですっ飛ばしました。
今までダンジョン多めだったので、ここからは武器いっぱい作ります。クロスオーバーのタグが火を吹くぜ!


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19話

評価ありがとうございます。
最近筆があんまり進まない……自分のペースで頑張ります
今回はBloodborneの武器が出ます。
武器の紹介メインなので、後書きだけでも可。
後書きに簡単に書いてます。


 カンカンカンと、軽く鉄を打つ音が響く。

 徐々に必要最低限の骨組みが浮かび上がり、多少湾曲した柄で先端部分が枝分かれ。

 そして引っ掛けるように半円状の刃。

 

 最初に完成した武器は、大きな鎌であった。死神が持っているという、人間にとっては草刈りで使用するもの。

 武器としては非常にマイナーで神が見れば興味を示し、小さな女性冒険者が持っていれば『ロリ死神コスきたぁあああ!』と大声を上げて発狂するだろう。

 

 まぁそれは置いておいて、だ。

 何故鎌を作ったのかと言うと、折り畳むことが出来る武器、コンパクトに持ち運びできる武器を作ろうとした為だ。そう、湾曲している柄は折り畳むことが出来る。

 そして鎌の刃部分は剣のようになっており、それだけでも武器として使える様になっているのだ。

 背中に柄を背負っている場合は柄の枝分かれしている箇所に刃部分のハンドルを叩きつける事で柄と強力に噛み合って一体となる。

 その反動で畳まれていた鎌の柄も開かれて一瞬で鎌に変形。そして柄の曲線が体に沿っている為、開かれた際に発生する力によってスルリと手元に収まった。

 また、鎌から剣を取り外すのは柄を折り畳んで捻るように引っ張ると取れる。

 剣状態では柄を背負わなければならないというのは難点であるが、武器を二つ持つよりは嵩張らないだろう。

 

 これは『大樹』と『雪鋼』を使い分けていた以前のスタイルを一新する為に編み出した、仕掛け武器という新たなブランド『可変』シリーズだ。まんまだが、分かりやすい方がいいだろう。

 第一弾の短剣と鎌の組み合わせ、銘を『可変・大鎌』。この武器はこれから作る『可変』シリーズ全ての根幹となった。

 

 

 そして次は鎌と同じ形の両刃に、折り畳むことが出来る短めの柄を取り付けた形。

 そうすることで威力重視の大振りの曲刀、そして刃を折り畳むことでリーチの短い、振りの速い戦闘スタイルを可能とする連撃モードを使い分けることが出来る。

 大鎌とは違い、ダンジョン内でも使いやすい事を意識した武器だ。それに加えて柄を取り外す必要が無いというのも魅力の一つ。

 銘は『可変・曲刀』

 殴るように斬る事が出来る連撃モードは想像以上に振りやすい為、今後の武器にも活用できそうだ。

 精神力を焚べる事で強制的に変形させる事を可能にし、変形による攻撃を可能とする。

 

 

 三つ目は完全なる挑戦作。偶然出会った神から聞いた、蛇腹剣というロマン武器の作成だ。

 作成の際は蛇腹剣の伸びた状態であった為、素材の中から曲がりくねった状態で彫り出した。鉄糸部分がいつ折れるか気が気じゃなかったが、何とかやり遂げたのだ。

 糸を縮めると分厚く重量のある大鉈であり、流麗に斬るというよりは力任せに叩き斬る感じ。

 その大質量によって威力は倍増し、生半可な敵は力で捩じ伏せる事を可能となっているだろう。

 そして蛇腹剣では鉈の刃を鉄糸で繋ぎ、鞭のように敵に刃を叩きつける事が可能だ。鞭というには重く、強く、振りが遅すぎるが。

 だがそのままでまともに扱えるはずもなく、蛇腹剣を自在に扱う為には精神力の使用による補助が必要となった。

 下手な中距離魔法よりも速く、強く攻撃する事が出来る点は大きなアドバンテージになるが、扱いづらく、隙が大きい所は要注意だ。

 銘は『可変・大鉈』。作ったはいいが、使い所は非常に限られる難しい武器になってしまった。

 

 

 

 四つ目は二種の武器の性質を併せ持つ『可変』シリーズとは別物。

 嵩張る投げナイフや回収出来なくなった場合の解決策になる『秘密道具』を作成する。

 

 最初はナイフではなく、針を作った。

 小指程度の大きさの針に魔力を纏わせ、その針を投げることで投げナイフの代わりとするものだ。

 しかしこれは投げにくい上に射程が短く、回収が困難な上に弾数が限られる。量を持てるとはいえ今まで使ってきた投げナイフと変わらない。それに、精神力を使う点も頂けない。

 ボツだ。

 

 次に投げた後に戻ってくるナイフを作った。

 投げるナイフと、自分に戻ってくる為の指輪。

 蛇腹剣で用いた鉄糸を参考にし、投げナイフに鉄糸を繋げる。そして魔力を指輪から鉄糸に通して手元に戻す。

 針に比べて射程は長くなったが、一度に使用出来る数が限られる。それに加えて鉄糸がある為干渉されやすく、逆に利用される場合もあるだろう。

 これもボツだな。

 

 そして最後に作ったのは一本のナイフだ。

 見た目は本当にハンドルのみだが、柄に仕舞われた刃を引き出すと普通のナイフのような見た目に変わる。『雪鋼』と比べて没個性な、どこにでもあるようなナイフ。

 しかしこのナイフには刃がない。おそらく紙一枚斬ることが出来ないだろう。

 そのまま使えば何の役にも立たない玩具だが、魔力を使用することで真価を発揮する。

 魔力を込めることで刀身が緑色に光り、振ることで風の刃が飛ぶ。

 使用する精神力が思いの外少なく出来たのは素晴らしいが、威力は投げナイフと比べると少し心許ない。

 これは保留だな……銘を付けておくか。見た目は普通のナイフだし、『飛嵐』とするか。

 

 うーむ、投げナイフの代替品が思いつかない。

 改めて投げナイフの使い勝手の良さを実感したな。

 暫くは投げナイフと『飛嵐』を併用するのがいいか。

 

 

 

 

 

 ここまでにかかった期間は四日。そろそろ寝るか……

 ほぼ寝ずに精神力回復薬を使用して作っていたが、そろそろ集中力にも限界が来た。

 投げナイフの代替品案も湧いてこないし、一度休んでから考えるか。

 フラフラとソファに倒れ込むと、何を考える間もなく眠りに落ちた。

 

 

 

 

 目が覚めると作った武器達が目に入る。

『可変』シリーズは完全新作の、手探りで作成した武器である為荒削りな印象。今まで作ってきた武器と比べると耐久性は明確に劣っており、装飾も無い為無骨な見た目だ。

 煌びやかな美しさは無いが、ただ獲物を狩る機能のみが備えられた機能美は確かにそこにあった。

 一、二回振った覚えはあるが、『可変・大鉈』に関しては練習が必要だと思ったはず。

 続きを作りたいが、練習しにいこう。

 

 

 そして辿り着いたのは、いつもの場所(11階層)。オークやシルバーバック、ハード・アーマードの出現する試し斬りのベストポジションだ。

 部屋が広くどんな大きい武器でも振りやすい点。そして攻撃を当てやすく、威力も確認しやすい最高の場所だ。

 

 周囲にモンスターはいないが、バックパックを地面に置いて素振りする。

 大鉈状態では片手で振れるギリギリで体全体を使って振る。

 足を踏み締めて横に薙ぎ、体重移動と遠心力を用いて地面に叩きつける。叩きつけた地面は大きくめり込み、破片は大きく飛び散った。

 おそらく『大樹』の全力に匹敵するレベルの威力だ。

 そのまま斬りあげるとブォン、と鈍く大きな風を切る音が響き渡る。横幅がある為剣やハルバードでは出ないような低い音だ。

 

 そして次に魔力無しの蛇腹剣モードの練習。

 柄にある留め具を指で弾くと固定が外れ、衝撃で外れるようになった。

 肩に担いでいた大鉈を振り下ろすとガイン、ガインと大きな音を鳴らしながら刃が分かれていき、一・五M程度の射程が五M近くまで伸びて地面に叩きつけられる。

 手前側から波のように地面にめり込む刃達。

 それを全力で引っ張ることで再びガイン、ガインと音を鳴らして大鉈状態に戻す。そして横薙ぎすると段々に射程を広げていき、超広範囲の斬撃を繰り出すことが出来た。

 だが水平に降ると止められなくなる。斜め下に振らなければリカバリー出来ないな、これは。

 

 そんな風に音を鳴らしまくっていると、当然モンスターが寄ってくる。

 オークが三体、目をギラつかせながらやってきた。

 歩くように近づいてくる為、射程が長い蛇腹剣で隙だらけな体を狙う。

 一撃殲滅、横薙ぎで全滅狙いだ。

 先程のように全力で振るうと並んだオーク達の横っ腹を直撃するが、命中した刃が他の刃に置いていかれることによって足並みが乱れ波打ち、反動が俺を襲った。

 全滅狙いだったが結果は一体のみで、俺にもダメージ。

 ……肩が痛ぇな。魔力で誘導出来るようになっているのはコレがあるからか……

 頭の中に浮かんだ通りに作る彫刻武具には、俺でも知り得ない特殊な機能やその意味がある。

 その為試し斬りは他の武具職人と比べてもより重要と言えるだろう。

 

 精神力を流し込むと鉄糸が緑色に薄らと光り、力を込めていないにも関わらず宙に揺らめく。

 動かしたい通りに動く為操作性は非常に良く、まるで生きているみたいだ。

 近づいてきているオーク二体に腕を大きく引いて初速を稼ぎ、一回転して遠心力が乗りに乗った状態で横薙ぎ。

 先程は一体目で総崩れになったが、精神力を使って補助することで二体纏めて真っ二つにする事を成功させた。

 精神力の消費は馬鹿にならないが、切り札としては威力と射程は最高級だ。

 

『可変・大鎌』と『可変・曲刀』も威力重視の戦いとスピード重視の戦いが出来る上に使いやすかった為、文句なしだ。

 このシリーズはアリだな……新しい発想を思いつけば随時更新していこう。




『可変』シリーズ……Bloodborneに登場する仕掛け武器は全てこのシリーズにぶち込みます。
『可変・大鎌』……モチーフはBloodborneの『葬送の刃』。仕掛け武器の原点とも言える武器。剣モードと鎌モードで使い分けられる。剣モードの時は柄と分離する為、ちょっと邪魔になる。
『可変・曲刀』……モチーフはBloodborneの『獣狩りの曲刀』。古い狩人が用いた武器で、獣を狩るにしては振りが遅い。大きな曲刀モードと、取り回しの効く刃を畳んだモードがある。刃を畳んだモードでは殴るようにして攻撃する。
『可変・大鉈』……モチーフはBloodborneの『獣肉断ち』。古い狩人が用いた武器で、振りが遅い。唯一変更点があり、かなりの魔改造を受けている。蛇腹剣モードの射程がかなり伸び、精神力を使って自在に操れるようになった。もはやBLEACHに出てくるやつの方が近い気がする。


精神力と魔力の使い分けを間違えることが多いです。未だに精神力って単語に慣れないぜ……


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20話

『可変』シリーズの試し斬りを終えた翌日の朝、俺は素材を買う為に財布を持って作業場を出た。日の高さを見るに、少し寝坊してしまったようだ。

 それでも午前中に起きることが出来たのは、外から大きな破壊音が聞こえてきたからだろう。

 キョロキョロと見回すが、作業場に遮られて遠くまで見ることが出来ない。俺にも野次馬根性があったのだろうか、気になった為作業場エリアの出口に向かう。

 するとそこには人だかりが出来ており、先輩や同期など見知った顔も数多くあった。

 

「何かあったんですか?」

 

 先輩に並ぶように立って観客の視線の先を見つめると、屋根が欠け、道路が抉れ、壁が崩れていた。

 明らかに尋常な事態ではないし、冒険者によるものだ。見た感じ色んな魔法で襲われたっぽい。

 

「ん? ああ、カルロか。なんでも神様抱えた冒険者が大勢に追い回されてたらしい。ここまでガッツリ襲われるなんて、何やらかしたんだか」

 

「それにしても一般人なんてお構い無しって感じの暴れ方、これギルドに怒られますよ」

 

 無関係という立ち位置なこともあり、暢気に先輩と談笑する。体験した訳では無いが少し前にとんでもない大抗争があったらしいし、先輩慣れた様子。

 

「こういった揉め事って、良くあるんですか?」

 

「いやー……ちょっと前まではあったんだけど、最近はまぁ見なかったな。久しぶりに起こったからほら、こんなに野次馬が来てる」

 

 周囲を見回すようなジェスチャーをしながら教えてくれる。

 

「そうなんですか。あっ俺素材買いに来てたんでした。なのでここらで失礼します」

 

「おう、最近お前の武器のファンも出来たらしいし、頑張れよ!」

 

「俺の武器にファン!? マジですか、超嬉しいです! 気合い入りました。では!」

 

 一礼して体を翻し、素材売り場へ走り始める。道中にも破壊痕が目立ったが、怪我人が出たような様子はない。流石に一般人を巻き込もうものならギルドも本格的に介入してくるしな。

 

 そのままミスリル鉄鋼などを購入して作業場に送ってもらう。

 ギルドの職員が調査に来ているのを横目に見ながら買い食いして作業場に帰ると、作業場横に素材が積まれていた。流石【ヘファイストス・ファミリア】のスタッフ。仕事が早いな。

 

 作業場に運び入れて端に積み、武具作りを再開する。

 そう、だな……今回は変わり種じゃなく、純粋な武器を作ってみるか。うーん、王道のロングソードでも作ろう。

 

 丁度いいサイズの鉄鋼ブロックを作業台に置き、ノミとハンマーを手に取る。

 すると薔薇の装飾が凝ったロングソードが頭に浮び上がる。武器としては王道だが、貴族の剣みたいになるな……

 よし、やるか。

 最初は豪快に、大まかなシルエットを作る為に大きなノミとハンマーで削っていく。そして徐々にノミとハンマーのサイズを小さくしていき、ロングソードの形を彫り出していく。

 薔薇が巻き付くような装飾が付いている鍔は手をつけずに塊を残して、柄頭や握り、刀身は丁寧に。

 すると突然、火花を散らしながら、鉄の削り節が舞った作業場に男が飛び込んできた。扉が蹴破られたかのような勢いと音が作業場に響く。

 

「カルロ! 頼む。力を貸してくれ!」

 

 ノミを打つハンマーが寸前で止まる。危ねぇ、丸ごと駄目になる所だった。

 ノックも無しに飛び込んできた失礼な男を睨みつけるように振り向くと、そこにいたのは先輩ヴェルフ。こんな事をするような奴では無い筈だが。

 

「ヴェルフ……流石に今のは無作法だろ。駄目になる所だったぞ?」

 

 ジロリと睨みつけながら非難するが、ただ事ではないその表情を前にしては怒るに怒れなかった。

 ボロボロだし、一体何があったんだろうか。

 

「うっ、すまねぇカルロ。だが、話を聞いてくれ。ベルとリリルカが、【ヘスティア・ファミリア】がやべぇんだ!」

 

「…………何があった?」

 

 異常事態を察した俺は怒気を横に放でて回復薬を差し出し、ヴェルフに聞く。

 するとヴェルフは回復薬を飲み干し、ベル達に何が起こったのかを話し始めた。

 四日前に酒場で【アポロン・ファミリア】とのトラブルが発生し、神会でそれに関するイチャモンをつけられて『戦争遊戯』を申し込まれるも、それをヘスティア神は拒否。

 その翌日、つまり今日【アポロン・ファミリア】が【ヘスティア・ファミリア】の本拠地を襲撃し、ベルがヘスティア神を抱えて逃走。

 ヴェルフとリリルカ、【タケミカヅチ・ファミリア】や【ミアハ・ファミリア】の加勢を得たものの【アポロン・ファミリア】にも【ソーマ・ファミリア】の加勢があり、苦戦。

【ソーマ・ファミリア】はリリルカがベルに誑かされたと嘯き、ベル達の為にリリルカがその身を差し出すことに。

 最終的にベル達は【アポロン・ファミリア】の本拠地に乗り込んでアポロンに『戦争遊戯(ウォーゲーム)』を申し込んだ。

 

「……ってことだ」

 

「成程、今朝の騒動はベル達だったか。だが、俺達に何が出来る? 理不尽とはいえ【ファミリア】間の問題だし、下手につつくと主神様にまで迷惑がかかる」

 

「だ、だが……!」

 

「ちょっと待て。一度考える」

 

 そう言って顎に手を当てて考えを巡らせる。

『戦争遊戯』。

 対立する神々の派閥が総力戦を行う神の代理戦争。今回はヘスティア神とアポロンだな。

 勝った派閥の神が相手に対する要求を通し、負けた派閥はそれを受けなければならない。

 これはギルドの許可を得て行われる迷宮都市でも有数のお祭りであり、不定期である為盛り上がり方が凄まじい。暇を持て余している神は最高の娯楽に心躍らせ、飲食店の経営者は書き入れ時だと意気込む。

 グッズまで作られることがあるらしい。

 

 そんなギルド公認のイベントは観客の神々によって邪魔をされないように監視されている。

 ちょっかいを出した【ファミリア】は袋叩きに会うこと間違いなしだ。

 その為【ヘファイストス・ファミリア】である限りは手出ししづらい。

 

「…………しゃあねぇか」

 

「な、何か思いついたのか?」

 

「ああ。まぁ、な」

 

「どんな方法なんだ!? ベルとリリスケを助ける為なら、俺は何だってやってやる!」

 

 ふぅ、と息を吐く。

 

改宗(コンバート)することだ」

 

「改宗……!?」

 

「ああ。【ヘファイストス・ファミリア】では動けないからな。【ヘスティア・ファミリア】に入る必要がある。戦力を欲してる筈だしな」

 

 だがそれは、【ヘファイストス・ファミリア】の恩恵を失うことを意味する。武器を売る場も、素材の身内価格、そして後ろ盾など、それら全てを最低一年失ってしまうのだ。

 

「……ああ、俺も覚悟を決めるぜ」

 

「そうか。なら主神様に改宗を頼みに行け。俺は準備を済ませてから行く」

 

 ヴェルフが出ていくのを見送ってソファに座り込む。

 なんでこんな事になってんだか。

 武器を作りたいが、ベル達を無視して続けられるほど図太い精神を持っていない。武器を作りたいという思いは変わらず大きいが、今がヘスティア神との約束を果たすときだ。

 筆舌に尽くし難い、荒れ狂うような怒りが体の中を暴れ回る。

 その怒りに身を任せ、発散するように作りかけのロングソードを彫り進めた。

 いつもとは違って軽い音ではなく、ガンガンと強い音が作業場に響き渡る。

 先程までの丁寧なものでは無い、荒々しい削り。

 

 それは翌日の朝まで続いた。

 名前を彫って完成したのは頭の中に浮かんだ美しい品のある真っ直ぐなロングソードではない。

 薔薇の装飾を削り落とした、無骨で触れるだけで怪我をするような妖気を放った剣だ。

 王道からは大いに外れた剣だが、妙に目を惹かれるそれを作業台に置く。

 この状況に対する怒りは収まらないが、暴れ回るような怒りは静かな怒りに変わり、覚悟も決まった。

 貯めた水で顔を洗い、眉間の皺を戻して主神様の元へと歩き出した。




前回の後書きで書き忘れていた分の武器
『飛嵐』……投げナイフの代わりとして作ったナイフ。刃は無く、精神力を使って風の刃を飛ばす。精神力の消費は少ないが、その分威力も少なめ。投げナイフと一緒に使うことで投げナイフの消費を減らすつもり。


アポロンをアポロン神と呼んでないのは尊敬してないから。
基本的に神様は尊敬してるけど、闇派閥とか難癖付けるような神は呼び捨てで嫌いな相手はとことん嫌うタイプ。仲直りが難しい系男子


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21話

評価ありがとうございます


 ヘファイストスは机の上に置かれた曲刀を見下ろしていた。

 腕はまだまだ未熟だが、無骨で異質なその武器は目を引くものがある。それは『可変』と銘打たれたシリーズの二作目であり、誰も使った事の無い変形武器だ。

 誰も買い手がつかないと思われ展示されていたが、その妖しい魅力に魅了されて買いたいという冒険者は多かった。

 その横にある、『熱』が入った短剣の作り手と並ぶ才能の持ち主、宝石の原石だ。

 

 そんなヘファイストスの耳に、ノックの音が入った。

 

「入りなさい」

 

 ヘファイストスが促すと、開けられた扉からよれた服を着た青年、カルロが現れた。

 

「今度はあなた……何の用?」

 

 尋ねると彼は部屋の中央、ヘファイストスの前で立ち止まって頭を下げた。

 

「【ヘスティア・ファミリア】の元へ、助けに行くことを許可して頂きに来ました。どうか、お願いします」

 

 それは前日に現れた青年とは違って固まりきっていない、迷いを感じる意志から来る懇願であった。

 ヘファイストスは息を吐き、厳しい目で尋ねた。

 

「理由を、話しなさい」

 

「恩のある【ヘスティア・ファミリア】が危機なんです。今駆けつけないと、俺は多分後悔する」

 

「この【ファミリア】を抜けることよりも、後悔する? 最低でも一年は戻れないし、私が戻ることを許可するとも限らない」

 

 揺らいでいる心を容赦なく突くヘファイストス。

 

「それは当然! …………わからないです」

 

 勢いよく顔を上げるが、すぐに歯を食いしばり目を伏せるカルロ。神の前では嘘が通用しない。目が合った瞬間、自身の迷いが見破られていることを悟ったのだ。

 それを見たヘファイストスは目を閉じ、嘆息して考える。

 カルロはまだ17歳。働き手として大人の括りには入れられるが未成年であり、半人前と言われる程若い。

 自身の感情と、じっくりと向き合うことを知らない。幸せな家庭で苦労無く育ったともなれば尚更だ。

 

「今のあなたには、許可できない。一度時間をかけてじっくりと考えなさい。あなたが【ヘスティア・ファミリア】に出来る事が改宗(コンバート)する事だけなのかどうかも含めてね」

 

 決意して入ったはずなのに、一瞬にしてそれが崩れ去るカルロ。ベル達と話している時は大人びて見えていたが、今は年相応だ。

 その光景は神と子ではなく、親と子のよう。

 

「承知しました。ありがとうございます」

 

 ヘファイストスは小さくなった背中を見送り、腰を深くおろす。

 手のかかる子ほど可愛いとは言ったものだが、やはり厳しく接するのは心が痛む。

 ヘファイストスは曲刀を優しく撫でた。

 

 

 

 

 

 

 俺は、どうすればいいんだ……? 見ないようにしていた部分をつつかれて直ぐに揺らいで、何も言い返せなくて。

 かっこ悪ぃ。

 

 本拠地の廊下を自責しながら歩いていると、背後から声がかかる。

 

「どうしたカルロ。そんなしょぼくれた顔をして。何があったか手前が聞いてやろう」

 

【ヘファイストス・ファミリア】団長、椿・コルブランドが立っていた。キョトンとした表情で、上機嫌で。

 

「え? いや、何もないですよ」

 

 努めて明るく返すが、その声色は明らかに普段のものとは異なる。表情を見てもどこがやつれているように見えた。

 

「……仕方のない奴だ。それならいい。だが手前に付き合ってくれ」

 

「え、はい。わかりました」

 

 そうして案内されたのは、団長の鍛冶場。団長は「見ていろ」とだけ言ってそのまま鉄を打ち始めた。

 炉の火がジリジリと肌を焦がし、煤と炭を吹き出す。

 普段見慣れない赤熱した鉄を叩く団長を見ているとポツリと言葉が溢れだしてきた。

 ベル達を、【ヘスティア・ファミリア】を助けたい事。そして、自分に出来るのが何かが分からなくなった事。

 なぜ口に出したのかはわからない。団長の技術に感動したからか、火の炉を見て感傷的になったからか。

 一度溢れた言葉は全て吐き出すまで止まらず、団長には苦悩も、迷いも、望みも、感謝も、全て話した。

 団長は口を挟むことなく黙って鉄を打ち続ける。

 洪水のように溢れた言葉が止まると、作業場が再び鉄を打つ音と火のはじける音で満たされる。

 張り詰めたような沈黙ではなく、どこか安心感のある沈黙が続いた。

 そして暫く経つと、団長は手を止めてこちらに向き直る。

 

「なに、お主は武具を作れば良い。お主の宿願を、手前らの高みへの渇望を思い出せ。そもそも手前らは鍛冶師だ。義理も道理も、武具で返せば良い」

 

 真っ直ぐな瞳で俺に語りかける団長。

 そうだ。俺は神の領域へ踏み入れる、神の武器を作るんだ。最近のゴタゴタで目標がブレていたかもしれない。

 そして武器で返す。【戦争遊戯(ウォーゲーム)】で使える武具を、リリルカを助けられる程強力な武具を。

 

「…………ありがとうございます。久しぶりにいい武器が作れそうだ」

 

 生気を取り戻してきた俺の瞳を見て、団長は笑う。

 

「よし、それならば早速打ってこい。鉄は熱いうちに、だ。期待しているぞ」

 

「はい。ありがとうございます。いってきます!」

 

 そう言って俺は団長の鍛冶場を飛び出す。

 

「奴もまだまだ子ども、ということだな」

 

 そして一人になった鍛冶場に、団長の優しい呟きが染み渡った。

 

 

 

 

 

 

 作業場に駆け込み、ミスリルブロックを床にどさりと置く。

 そしてノミとハンマーを手に取ったその瞬間、頭に白い閃光が弾けた。

 今までに無い程荘厳で、秀麗で、流麗で、不気味で、洗練された力強いロングソード。それが頭の中に、どこからともなく湧き出るように浮かび上がってきた。

 ロングソードを作りたいと思った訳でもない。それなのに浮かび上がってきた。

 目と口を大きく開いて目が血走るが、思考は正常で意識はハッキリとしている。

 そして導かれるように、しかしあくまで自分の意思でノミを入れていった。

 脳内に浮かび上がる体験を、溢れかえったインスピレーションを余すことなく、一打ち毎に注ぎ込む。

『始天』で突き詰めた基礎を、『雪鋼』と『暴風球』で知った神秘を、『鱗手』と『可変』シリーズの機構を、『大樹』で手にした破壊力を全て詰め込む。

 脳内のロングソードと比べて『神秘の格』と『技術』が圧倒的に不足していることを自覚しながらも、それでも食らいつくように彫り進めた。

 

 

 

 

 

「……ぃ……おい! カルロ、大丈夫か?」

 

 目を薄らと開けると、そこにはヴェルフの顔。真剣な表情で俺の頬を叩いていた。

 既視感があるな……

 

「悪い。大丈夫だ。それよりも伝えておかないといけない事がある」

 

「おう、なんだ?」

 

 ヴェルフから受け取ったポーションを飲み、告げる。

 

「俺、やっぱり改宗出来ねぇ。借りは俺のやり方で返させて欲しい」

 

「え? いや、いやいやちょっと待て。なんでカルロが改宗って流れになってんだ? その借りってのも……」

 

「え? だって昨日話した─」

 

「改宗するのは俺で、良い案が思いついたら教えてくれるってことなんじゃ? カルロが改宗するなんて聞いてねぇぞ?」

 

「え?」

 

「は?」

 

 沈黙が訪れる。

 

「……どうやらすれ違いがあったようだな」

 

「…………ああ。そうみたいだな」

 

「と、とにかく! リリスケを助けに行くんだが、作戦のアドバイスが欲しいんだ。今まで作戦を練っていたリリスケがいない今、頭の回る奴の意見が一つでも多く欲しい」

 

 切り替えるようにヴェルフが言う。

 

「あ、ああ! 任せろ! 案内してくれ」

 

 そう言って誤魔化し、出来上がったロングソードを手に取る。

 ロングソードの握りと柄頭は白銀色で普通のものと変わらないが、鍔は流れ星の軌跡のような流線状の装飾が複数本、沿うように付いてある。

 白銀の刀身には一つ巴と呼ばれるマークが両面に一つずつ鍔近くに刻まれている。

 単純な武器としても俺の作った中では最高。そして込められた『神秘』も最大。銘を『落陽(らくよう)』、太陽(アポロン)を落とす剣だ。

 新調したバックパックに突っ込み、ヴェルフの後を追った。




という訳で、カルロ君は【ヘファイストス・ファミリア】のままです。この件を書くか悩みましたが、カルロ君ならこう動くかなと。
そして望みを押し殺して筋を通したいって理由だとヘファイストス様は許可しないと思いました。それを自覚出来ずに迷ってるなら尚更。
アンジャッシュは一回書いてみたかっただけです。

これからは不定期更新になります。多分。


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22話

お待たせ致しました


「じゃあ、サポーター君救出作戦、作戦会議だ」

 

 幼い女神と様々なファミリアの混合部隊がテーブルを囲んでいる。ヘスティア神に【タケミカヅチ・ファミリア】、【ミアハ・ファミリア】のナァーザ、【ヘファイストス・ファミリア】の俺という集団。

 

「これが【ソーマ・ファミリア】の本拠地の地図です。内部構造はわかりませんが、リリ殿のいるのはここ、管理塔と思われます。その前にある十の建物は酒蔵。ここは無視でいいでしょう」

 

 命が広げた地図の四角を指さしながら言う。

【ソーマ・ファミリア】は主神、ソーマが作り出した『神酒』で名を馳せたファミリアであり、知名度はそこらの中堅ファミリアよりも高い。そしてその分ファミリア構成員も多い。

 そんな【ファミリア】が今、警戒状態になっている。

 

「忍び込むってのがベストだが、見張り番が多すぎて厳しそうだな」

 

「だが戦闘すればすり潰される。一人一人の強さは大したことないが、なにぶん数が多い。やるなら短期決戦だ」

 

「じゃあ、囮使えばいいんじゃない?」

 

 それぞれが意見を出していく。人数も出せる手札も少ない分、出来ることは限られている為結論は大まかに二つに分けられた。

 一つは戦力を一箇所にまとめて一点突破。前方の敵を薙ぎ倒して管理塔に突撃する作戦だ。

 そしてもう一つは二手に分かれて片方は囮、もう片方は潜入という作戦。

 俺達冒険者だけで突入するのであれば前者の一点突破になっていただろうが、 ヘスティア神がリリルカの主神ソーマと直接話をつける為に同行する危険性を考えて後者の囮潜入作戦となった。

 

 

 

 

 

「時間だな。よし、じゃあ暴れるか」

 

 時を告げる鐘の音と共に『可変・大鉈』を握り直して小声で言う。

 路地裏に出来た小さく開けた空間には装備を固めた冒険者が集まっており、全員が穴の空いた麻袋を被って顔を隠していた。こんなショボイのは顔を隠す仮面やらを作る時間が無かったからだ。

 まぁこの程度の抗争ならギルドも大きなペナルティを課したりしないらしく、それを聞いても被るのはぶっちゃけ俺の気休めだ。

『落陽』は正真正銘一発屋だから今回は使わない。普通の剣としてなら使えるが。

 潜入組は命とヘスティア神、ヴェルフの三人で、派手に暴れる組は命以外の【タケミカヅチ・ファミリア】の助っ人とナァーザ、俺。

 

 小声で三、二、一、行くぞと言い、路地裏から飛び出して【ソーマ・ファミリア】の本拠地に向かって走り出す。思っていた通り警戒してる奴らが多い。

 バックパックから武器の柄が飛び出した針山のような見た目で麻袋を被った武器を振り回して突っ込んでくる俺に固まった【ソーマ・ファミリア】の構成員だったが、来たぞと叫びながら応戦してきた……いや、我ながら凄い格好だな。

 四人が真っ先に俺に向かって来たが、どうやらヴェルフの外見が伝わっているらしい。赤髪の長身というワードが耳に入ってくる。

 突っ込んでくる四人を余裕をもって躱し、鳩尾を蹴りつけて気絶、残り三人も顎を掠らせることで沈黙。

 それでも次々と襲いかかる構成員を大鉈形態で峰打ちし、次々と襲いかかってくる奴らを気絶させていく。

 

「くそっ! 囲んで数ですり潰せ、コイツレベル2だ!」

 

 俺を指さしてそう叫ぶ奴も、手頃な石を投げつけて武器を持つ手を砕いた。

 桜花たちと別々に戦う、なんてことはしない。二手に分かれると敵の視野が広がるからだ。

 

「よし、じゃあ派手派手にいくぞ!」

 

「頼む!」

 

 近く寄ってくる敵が減ってきたあたりで、大鉈から蛇腹剣に変形させる。

 ガイン、ガインと鉄と鉄が弾かれる鈍い音を周囲に響かせ、蛇のように、生物のようにうねりながら伸びていく。鉄の塊同士を繋ぐ鉄糸は薄く緑色に光っており、宣言通りの目を引く長大な見た目だ。

 その武器の見た目に【ソーマ・ファミリア】の構成員は怯んだ様子を見せるが、幹部のような人物から厳しい言葉を受けて向かってくる。

 

「減らせば減らすほど、増援が来れば来るほどあっちが楽になる」

 

「ええ、任せて……閃光弾」

 

 ナァーザが小さく呟き、クロスボウで閃光弾を射出する。

 それを聞いて俺たちは全員目を伏せ、地面に反射する光を受けてから見上げると目を抑える構成員が何人も。数人は防げたみたいだが、ほぼ全員が隙だらけ。

 当然そんな隙を見逃すはずもなく、蛇腹剣で纏めて吹き飛ばす。強かに酒蔵の壁に叩きつけられた連中は潰れたカエルのような声を上げて地に伏せた。

 桜花達をちらりと見れば確実に一人一人気絶させている。一つ一つの動作が洗練されており、襲いかかる構成員を次々と捌いて気絶させた。

 武器を正面から受け止めるのではなく受け流し、足を払って床に転がす。対人戦の経験値の差を強く感じるな。

 一通り倒したのを確認してから大鉈形態に戻す。幹部っぽい奴は倒さない。増援を呼べるのはアイツだけだろうし、なまじ連絡網を麻痺させると警備に揺らぎが出来ない。

 

 そしてレベル1の連中を倒しきる頃には桜花たちの息は切れ、俺も小さなダメージが蓄積されて万全とは言えなくなっていった。そして【ソーマ・ファミリア】の本拠地方向からかなりの数の増援。いいぞ、狙い通りだ。

 

「ここが踏ん張りどころだ。やるぞ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

【ソーマ・ファミリア】の本拠地は大通りには面していない。路地裏の先にあるその場所は悪どいことをしても露呈することはなく、隠れ家のようだった。

 そんな路地裏には酔い潰れた数人よりも明らかに多い倒れ伏した人々。オラリオの住人ならば厄介事の気配を瞬時に察知して逃げるであろう光景だ。

 そしてその奥では未だに金属がぶつかり合う音、戦闘音が鳴り響いていた。

 明らかに疲弊した様子の麻袋を被った集団を取り囲む冒険者たち。

 ふらついた女を狙った一撃は大柄な男に防がれ、獣人に足を射抜かれる。

 そして唯一と言っていい程珍しい武器、蛇腹剣を振り回す男は周囲の敵を次々と叩きつけ、吹き飛ばして気絶させた。

 戦闘が始まってから変わらず屋根の上から観戦に徹してした男は変わらず、忌々しく睨みつけるだけ。

 

 

「どうした? 【ソーマ・ファミリア】は構成員が多いって聞いていたが、大した事ないんだな?」

 

 息を切らしながら挑発するが、それを受けた男は大きく舌打ちをし、顔を歪ませて笑った。

 

「息が切れてるぞ? お前はもう少し戦えるかもしれんが、お仲間は満身創痍。あと一押しで崩れるぞ?」

 

「……ハッ! この程度、大した事ない。武術を欠片も知らない連中なんざ、何人来ようが、話にならねぇよ!」

 

 息を切らしながら返す桜花に、そうだと息巻く【タケミカヅチ・ファミリア】の面々。闘志が再燃し、もう一度衝突しそうになったその時。

 

「やめろ。もう、終わった」

 

 低い声が響き、双方が立ち止まった。

 その場にいる全員が声の発生源に顔を向けると、短髪で髭を生やした大柄なドワーフが不機嫌そうな顔で立っていた。

 

「チャンドラ! どういう事だそりゃあ!?」

 

 幹部っぽい奴がチャンドラと呼ばれたドワーフに吠える。

 

「言葉の通りだ。リリルカ・アーデは改宗した」

 

「なっ……チッ! ちゃんと仕事しろよテメェ」

 

「否定はせん。だが、これ以上戦って被害を増やすのも馬鹿な話だ」

 

「……ハッ、そうかよ。普段偉そうなザニス様も役に立たねぇなぁ!」

 

 意識のある【ソーマ・ファミリア】の構成員は悪態をつきながら去っていき、俺達とチャンドラ、そして気絶した構成員だけが残った。

 

「……ではな」

 

 そしてチャンドラは何も言うことらなく、ただ一瞥してから踵を返し、本拠地へと帰っていった。

 

「……ふぅ、とりあえず、作戦成功か」

 

 麻袋を脱ぎ捨て、新鮮な空気を大きく吸い込みながら言う。

 

「ああ。上手くいったようだ」

 

「はぁ、割に合わない仕事だった」

 

 続いて桜花、ナァーザ、千草と麻袋を外していく。その誰もが汗だくで、顔に髪がピッタリと引っ付いていた。

 その様子に少し気恥ずかしくなり、目を逸らす。

 ゆっくり歩いて合流地点に向かうと、既にヴェルフやリリルカ、命にヘスティア神がいた。

 潜入組は全員がほぼ無傷で、ピンピンしている。

 警備がかなり手薄になっていたらしく、後ろから気絶させるのは容易だったそう。

 

 合流してからリリルカやヘスティアから礼を言ってもらい、小さな打ち上げをしてから『落陽』をヘスティア神に渡して作業場に戻った。



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