湖の求道者 (たけのこの里派)
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プロローグ 始まりの一閃

*注意事項。
・この作品は物語の作者の技量不足のため「アーサー王物語」をかなり曖昧且つ適当に描写してる。
・「そこはちゃうんやで」という致命的な相違、無理な展開が発覚した場合は出来るだけ修正しますが、どうしようもないところは生暖かい目でスルーしてください。
・亀歩且つ不定期更新である。
・「俺TUEEEEE」「ハーレム」などの地雷要素を含む目を覆いたくなるような駄文である。
・新設定の開示に伴い、原作との大幅な乖離が発生している。

以上の点が受け付けられない方は素直にブラウザバックを推奨します。
また注意事項が増えたりするかもしれませんので


 『――――せせこましい、狡すからい。理屈臭く概念概念、意味や現象がどうだのと、呆れて我は物も言えぬわ。それで貴様ら、卵を立てたような気にでもなっておるのか。

 ――――嘆かわしい。くだらない。なんと女々しい。男の王道とは程遠い』

 

                            ――――――――――中院冷泉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――聖杯戦争。

 

 万能の願望器たる『聖杯』を求める七人のマスターと、彼らが召喚し、契約した七騎の霊長の守護者と呼ばれる英霊(サーヴァント)が、その覇権を競うたった七組による“戦争”。

 他の六組を悉く排除し、最後に残った一組にのみ聖杯を手にし、願いを叶える権利が与えられると言われている。

 

 その戦争の舞台である冬木の街の、二つ目の魔導の館。蟲にまみれ、魔術師として最早破綻した間桐家に、その男は居た。

 

 間桐雁夜。

 

 つい先日に四度目となる聖杯戦争に参加するため、魔力消費の激しい英霊召喚に備え消耗を抑えようと、自室の床に倒れている。

 

 否、既に消耗を通り越して死相すら浮かんでいる。

 

 そう、もう彼の命は長くはない。

 彼は殆んどの衰退した間桐家でありながら、確かに普通の域だが魔術回路を持って生まれた。

 しかし彼は魔導の一切を捨て、間桐家を出た。

 

 それも当然である。

 魔術を学び、魔術師として純粋にいられるならば話は違っただろうが、しかし間桐家は違った。

 

 間桐臓硯。

 間桐家は、その500年を生きる妖怪に支配されていた。

 仮に誰かと結婚すれば、その女性は蟲に体を凌辱され、改造、ただ間桐の跡継ぎを産む胎盤としてだけの肉塊にされてしまう。そして子を産んだら自分達は蟲の餌だ。

 誰がこんな家に居たがるのだろうか。

 

 雁夜はそんな魔道とは何の関係も無く、一般人として生きてきた。

 誰かを好きになり、しかしその初恋の女性は自分では無い男性を好きになり、だが娘に囲まれて幸せそうだった。

 

 

 ―――――彼女の娘が、間桐に養子にされると聞くまでは。

 

 

 彼女が嫁いだ家は魔術の家系だった。それも間桐とは数百年前に盟約を結んだ家。

 勿論臓硯の様な存在は居らず、彼女の夫――――時臣もそんな外道では無いと彼女から聞いていた。

 

 しかし彼女の娘は間桐に居ると聞く。

 

 そして彼女も、悲しみながらそれを受け入れている。

 

 ――――だが、よりにもよって何故間桐に!!?

 

 そう叫ばずには居られなかった。いや、きっと彼女は知らないのだろう。

 あの家がどんな地獄か。

 そして恐らく、彼女の娘を臓硯が欲した理由も解る。

 雁夜には魔術回路が自分より少ない兄が居るが、その兄の子供は魔術回路が全て閉じていたそうだ。

 跡継ぎが居ない間桐は、当然それを外部に求めるだろう。ならば何処からだ?

 聞くまでもなく、間桐家と同じ彼女が嫁いだ御三家の内の一つ――――遠坂家だ。

 彼女の娘は姉妹。そしてその両方が凄まじい才能を持っているらしい。それを見逃す臓硯ではない。

 つまり――――――

 

 

 

 ―――――雁夜が家を出たから、彼女の娘――桜が間桐の養子なんかになったのだ。

 

 

 

 元凶は臓硯だ。

 その片棒を担いだのは時臣だ。

 しかしその原因の一端は雁夜にもある。

 

 そして今、雁夜は間桐家に居る。

 臓硯と取引をし、近々行われる聖杯戦争に勝利し、聖杯を持ってくる事で、桜を解放するという物だ。

 

 魔術師とは幼い頃からの鍛練を重ねることでその実力を得る。しかし雁夜自身にはその積み重ねた時間が無い。故に雁夜は、自分の命を捨てた。

 彼は体に刻印蟲を埋め込み、無理矢理急造の魔術師になり、令呪を得てサーヴァントを召喚しようとしているのだ。

 

 

 その代償が、余命一ヶ月。

 

 

 (……構わない。)

 

 

 桜を助けるためなら、この命を捨てよう。

 それが彼なりの桜への償いだった。

 

 

 (帰すんだ……桜を、あの頃の様な場所へ……)

 

 

 思い出すのは、昔葵達に会いに行った時。

 離れた場所で葵と話していた雁夜には気付かなかったろう、姉妹で仲良く遊んでいる二人。

 花の様な笑顔を向ける桜と、恥ずかしそうにツンとしている凛。そしてそれを微笑ましく見守っている葵。

 あの光景を雁夜は忘れない。

 あの光景こそ、桜が帰るべき場所なのだから。

 

 

 ――――しかし、

 

 

 「遠坂……時臣ィ……」

 

 

 それとは別に、雁夜の目が憎悪に染まる。

 

 何故、奴は桜を間桐なんかに養子に送った。

 何故、奴は葵さんを哀しませた。

 何故、奴は……桜をこんな地獄へ追いやったッ!!?

 

 常人なら容易く発狂する、拷問とも言える間桐の業は、刻印蟲に体を蝕まれる苦痛は。雁夜から理性を少しずつ奪っていった。

 

 ――――奴さえ居なければ。

 

 人は愛情を知ると、憎しみのリスクを負う。

 

 胸のうちに仕舞っていた時臣に対する嫉妬が、殺意に変わっていたのだ。

 

 雁夜は気付かない。

 

 時臣を殺すと言うことは、想い人の愛する夫を、救うべき少女の父親を奪うことを意味するのを。

 その矛盾に気付かなければ、雁夜は破滅するだろう。

 そして彼は起き上がる。

 聖杯を勝ち取るための戦いに向かうために。

 

 そしてその時は来た。

 

 「―――されど汝は、その眼を混沌に曇らせ侍るべし。汝、狂乱の檻に囚われし者。我はその鎖を手繰る者―――」

 

 普段は雁夜や桜を嬲っている蟲蔵には、今は夥しい程の蟲は姿を消し、英霊召喚の為の魔法陣と英霊召喚の触媒があった。

 その場にいる人間は雁夜唯一人。そして元人間にて、現在文句無しの人外である500年を生きる老獪、間桐臓硯。

 

 その醜悪な老人の姿は、更に醜悪な蟲の塊による端末である。

 間桐臓硯が人外足らしめている要因は、人の体を捨て魂を蟲に移し人を食らって生き永らえている事だ。

 

 故にこの臓硯を粉微塵に粉砕しようが無駄であり、殺すには魂を納める核となる蟲と、本体の代用に成りうる魔力ラインに繋がっている蟲全てを殺し尽くすか、魂そのものを何らかの方法で浄化、又は殺すしかない。

 

 『雁夜よ、お主は他のマスターと比べ、些か以上に劣っておる。故に、召喚の際詠唱を一節加えるのじゃ』

 

 ソレは、狂戦士のクラスでサーヴァントを召喚する事を意味する。

 成る程、魔術師としての格は、急造の魔術師である雁夜と、幼少から魔術の鍛練を行っている正規の魔術師とは比べ物にならない。

 

 そしてサーヴァントのステータスは魔力量と魔術師としての技量に左右される。どちらも劣っている雁夜が召喚しても、どれだけ優れた英霊でも弱小に堕ちる。

 

 故に、狂化によりステータス補正がある狂戦士を選ぶのも一手であることは確かだ。

 

 ソレが、マスターが雁夜でなければの話である。

 バーサーカーはステータス補正の対価である燃費が最悪というデメリットがあり、強力なサーヴァントには先ず使えないクラスだ。

 精々弱小の英霊に宛がう、キャスタークラスに次ぐ外れクラスなのである。

 それは偏に、歴代のバーサーカーの敗退原因が全てマスターの魔力切れによる自滅だからだ。

 

 故に、規格外の魔力保有量を持つマスターとはとても言えない、寧ろ既に半死半生で、一ヶ月保てば御の字である雁夜が絶対選んではいけないクラスだ。

 

 そんなことがわからない臓硯ではない。

 この老害は、ハナから雁夜に期待などしていない。

 寧ろ臓硯にとって雁夜がもがき苦しむ事こそが目的なのだから。

 

 そして、魔術行使の代償である体内の刻印蟲が雁夜の身体を喰らい、至るところから血が吹き出しながら英霊召喚は行われた。

 

 

 

 

 現れたのは、二十代の黒い美青年だった。

 真ん中で分けられたサラサラな漆黒の短髪に非常に整った容姿。

 

 黒い貴族服を纏い、更に黒い外套を着流している。

 腰にはこれまた黒い軍刀の様な剣が刺してあり、纏う雰囲気は人間を超越していた。

 否、既存のサーヴァントすら超越していた。

 

 そして男の閉じられた目が開かれ、暗く輝く宝石のような紫の瞳が雁夜を映し、雁夜は心臓を掴み取られる感覚に襲われた。

 ソレだけではない。震える身体は強制的に固められ、指一本動かせない。本来魔術行使による刻印蟲の肉体の捕食活動すら止められた。

 

 一睨み、いやこの英霊はそんなつもりは無いのかもしれない。異様な間桐に対するほんの少しの警戒からかもしれない。

 なのに、雁夜の身体は蛇を前にした蛙の如く動かなくなった。

 

 「――――なんじゃと」

 

 故に、その召喚されたサーヴァントを視て漏らした驚愕の声の主は、雁夜ではなく臓硯だった。

 

 臓硯の疑問は2つ。

 1つは、バーサーカーとして召喚したサーヴァントの、理性的な面貌だった。

 それはバーサーカーとしてあり得ない。いや、狂化ランクが低ければ有り得るかも知れないが。

 そして2つ目が、そのステータスの高さ。

 

 別に膂力や宝具のランクが高いのは納得がいく。しかし魔力ランクが高いのはどういうことか。

 

 本来魔力のランクはマスターに依存し、比例する。

 魔力量が低い、それこそ刻印蟲が必要になる雁夜がマスターだというのに、A++というあり得ない数値が出ていたのだ。

 

 ―――――無尽蔵に魔力を内包しているとでも言うのか、この英霊(バケモノ)は。

 

 これはマスターが規格外だとしてもあり得ない数値だ。それこそ才能溢れる桜がマスターでもこの数値には届かないだろう。

 幾ら触媒通り、アーサー王伝説の円卓の騎士最強と称される、あの湖の騎士といえどあり得ない。

 このような数値、生前の、それこそ英霊の全盛期である肉体を持っていた頃でしか―――――

 

 「――――――臭いな」

 「!」

 「臭い、鼻が曲がる」

 

 その言葉が、臓硯の聞いた最期の言葉だった。

 

 一閃。

 その一太刀は、雁夜にも臓硯にも剣を何時抜いたのかすら解らないまま、臓硯の身体が縦にズレた。

 

 「――――――は?」

 

 雁夜が思わず呆けた、信じられないと声を吐く。

 本来ならば、端末である目の前の臓硯など、幾ら斬ったところで直ぐ様蟲を補充すれば幾らでも再構築可能な蟲の木偶。

 だというのに、崩れ落ちた臓硯の姿をしていた蟲群の残骸は、ピクリとも動かない。

 そして長年暮らしていた雁夜には常に聞こえていた、屋敷の中を蟲が這いずる音すら聞こえなくなっていた。

 

 ――――――まさか、まさかまさかまさかまさか。

 殺したというのか。

 間桐の人間にとっての恐怖の権化を。五百年生きた魔術師を。

 たった一太刀で――――!!?

 

 「何故、どうやって」

 

 思わず恐怖も忘れて口にした疑問を、怪物は意外にも律儀に答えた。

  

 

 

 

 「生き物は、両断すれば死ぬだろう」

 

 

 

 

 ―――――――――意味が分からない。

 返って来た答えは、常識的なようで何一つ雁夜の求める答えになっていなかった。

 成程、生き物は頭から両断されれば普通死ぬだろう。

 しかしそれはあくまで常識。

 そして魔術師とは常識に対する脅威だ。そんな理屈は通じない。

 だからこそ、本来蟲の群体たる臓硯の端末を両断したところで意味は無い筈なのだ。

 

 ――――――だが臓硯は死んでいるではないか。

 

 そしてもう一度忘れかけた恐怖が思考を占めるも、予感が時間が経つにつれ確信に変わるその前に、バーサーカーとおぼしき謎のサーヴァントは、もう一度雁夜を視た。

 

 「………ッ、お、お前は」

 

 今度は何とか口を動かす事ができたが、再び振るわれた黒い刃が雁夜を何度も切り裂いた。

  

 混乱し、混濁する意識の中で、雁夜は確かに聞いた。

 その言葉の意味も解らないが、念話越しに確かに聞いた怪物のようなサーヴァントの言葉。

 

 もしかしたら雁夜が、このランスロット・デュ・ラックの本当の声を最初に聞いた人間だったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 『―――――ッべー。マジヤッベー。ずっとモンハンかバイオハザードしてたから伝奇ものだって忘れてた。でも仕方無いね、俺虫苦手だもの』

 

 




本当は0時に投稿したかった……。

次回の更新はストックが五話溜まってからになりますので悪しからず。
修正点は随時修正します。
感想待ってまする(*´ω`*)





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円卓時代編
らんすろ日記01


未だストックが予定の五話に届いてませんが、もうすぐ期末テストなので投稿。

一話しか投稿してないのに、たくさんの感想とお気に入り登録、有難うございます。

感想欄で書いていたように、円卓時代編の主人公の視点は最後以外は日記形式に。
後半のBANZOKU編は三人称でいきます。
初めての日記形式なので変な感じになってるかも知れませんが、ご了承ください。


◆月■日 晴れ

 

 

 三歳の誕生日と、ペンを持つことが出来るようになったのを記念して、日記を書くのを始めようと思う。

 尤も、インクが無いので他の物で代用しているが。

 

 我輩は幼児である。前世は日本人で、今生の名前は知らない。

 ………とある有名な名無し猫の真似をしてみたものの、やはりしっくり来ない。

 まぁ取り敢えず、自分の身の上を話そう。

 

 俺は、気が付いたら赤ん坊に成っていた俺を育ててくれている『彼女』と大きな湖に住んでいる。

 少なくとも、俺が『俺』である事を自覚した時は既に、俺は『彼女』と共に湖に住んでいた。

 

 『彼女』はファンタジーである。

 

 いや、確かに女体はファンタジーで小宇宙(コスモ)だが、そういったものを抜きにしても、『彼女』は物理的にファンタジーなのだ。

 

 彼女は湖の精霊である。

 

 精霊。しかも水の精霊である。

 ファンタジーな加護を与えたり、試練を与える超自然的神秘。ウンディーネとかスピリット・オブ・レインとかのファンタジーの代名詞である。

 

 そこで確信した。この世界は物理法則を無視したファンタジーの、剣と魔法の異世界だと。

 

 

 

 

 

 

 

*月※日 晴れ

 

 

 俺は『彼女』に、自分が魔法を使えるか聞いた。

 異世界に生まれたら、やはり魔法を使いたくなるのはエンターテイメントが発達した日本を前世に持つ者としてどうしょうもない。

 ロマンとはそういうモノである。

 

 しかし残念ながら、俺には『彼女』の加護を与えられてはいるものの、魔法を使う才能は無いらしい。

 そう、『彼女』が申し訳無さそうに教えてくれた。

 

 俺は落胆こそしたが、寧ろ加護とやらをくれた『彼女』に感謝した。

 『彼女』の加護は水関係なら多岐に渡り、水の中で呼吸が出来、水の上を歩き、身体を清潔にし病に掛からなくする等の、清潔環境が現代と比べて酷すぎるこの世界では最高の一言な物ばかり。感謝してもしきれない程だ。

 

 そんな俺の感謝に、『彼女』は溢れんばかりの笑顔を見せてくれた。

 どの世界でも、美人の笑顔は最高である事を知った。

 

 

 

 

 

 

 

★月£日 曇り

 

 五歳になった俺は、木刀を振るっていた。

 『彼女』曰く、俺の剣の才能は人類最高クラスらしい。

 なぁにそれぇと、思わず気の抜けた声を出してしまった。

 

 人類最高クラス。何だその才能。バケモンジャマイカ。

 という事で、四歳の頃から木の棒―――というよりは木刀を振るい、『彼女』の指導を受け続けている。

 

 

 

 

ゐ月ゑ日 晴れ

 

 

 正直、人類最高クラスの才能を舐めていた。

 テレビで見たことのある剣道の試合とか、そんなレベルじゃない。

 ありのまま起こった事を話せば、落ちてくる大量の落ち葉を全て落ちるまでに打ち落とせるのだ。

 

 ということで予定を変更し、よくあるバトル漫画の動きが出来るので目標を漫画の中に求めることにしようと思う。

 

 剣士に於いて、俺の中の最強は複数ある。

 例えば某海賊漫画の世界最強の剣豪や、某鋼の兄弟漫画では対戦車爺、某人斬り抜刀斎、某マダオボイスの死神と様々である。

 これだけ目指せるモノがあるのだ。目標には事欠かない。

 俺はこれ等の目標の中で、彼らに一人でも辿り着くことが出来るのだろうか。

 

 取り敢えず、剣が音を置き去りにするまで振り続けよう。

 

 

 

 

 

ゑ月※日 雨

 

 なんと神々が俺に武器を造ってくれるらしく、『彼女』にどんな武器が良いか聞かれた。

 俺は世界最強の美術品である刀が良いと答えたが、『彼女』がどれだけのコネと交遊関係が有るのか非常に気になる話だ。

 

 尤も、『彼女』は刀を知らなかった為、機能に製法、果ては種類に歴史まで語ってしまった。

 何故製法処か歴史まで知っているか? 若さゆえの過ちだ。察してくれ。

 

 今まで十二分に世話になっているというのに、神様から得物まで貰えることに申し訳無く思う。

 俺は彼女に施しばかり受けているのに、俺は一体何を『彼女』に返せば良いのか解らない。

 俺は『彼女』に対し何を返せばいいのだろう。

 

 その旨を『彼女』に伝えたら、大きくなったら、一つだけお願いを聞いてほしいと言われた。

 俺に叶えられるのなら叶えたい。こんな右も左も解らない世界で、様々な事を教えてくれた『彼女』に恩を返したい。

 

 

 

 

 

£月※日 晴れ

 

 六歳の誕生日、俺は刀を手に入れた。刃が紫紺色の美しい黒刀である。

 何でも神造兵装という、決して刃毀れせず折れもしないらしい。神造兵装パナイ。

 

 銘は『無毀なる湖光(アロンダイト)』というらしい。

 

 

 ……………、アレ?

 

 非常に聞き覚えの有る、知っているのと色合いだけは同じな刀を持ちながら、俺は改めて『彼女』の名前を聞いた。

 『彼女』の呼び名は数多く有り、ダーム・デュ・ラック、ヴィヴィアン、ニミュエ、エレイン、ニニアン、ニマーヌ、ニニュー、ニヴィアン、ニムエと、パッと出てきただけでこれだけ有るのだという。

 俺はこの中で『彼女』の事をヴィヴィアンと呼んでいるが、俺はこの時初めて自分の名前をヴィヴィアンに聞いた。

 

 

 ――――――ランスロット。

 どうやら俺は異世界に生まれた訳では無いらしい。

 

 

 というかアロンダイトは仲間の騎士を斬ったから魔剣と化して黒く染まったのではなかっただろうか?

 

 

 

 

 

★月■日

 

 ネトリ騎士じゃないですかヤダー。という事実を知った俺は、取り敢えず型月世界のネトリ騎士――――ではなく、同じく型月世界の五次アサシンこと佐々木小次郎を目指すべく鍛練を始めた。

 

 尤も、あのチート農民を目指すと言っても燕返しをそのまま習得するつもりではない。

 ようは剣技による魔法(ファンタジー)への到達である。

 

 スーパーNOUMINである佐々木小次郎は、最高速度がマッハを超えるTUBAMEを斬るために全く同時に三つの斬撃を放つ多重次元屈折現象――――つまりは第二魔法にただ純粋な剣技のみで到達したのである。

 

 ならば、この世界が精霊や神々が存在するのならば。ヴィヴィアンに人類最高クラスの才能を持つとまで言われた自分でも、純粋な剣技でファンタジー現象を起こせるかも知れないのだ。

 

 ロマンが広がり、やる気が出てくる。俺は一層修練に打ち込んだ。

 

 

 

 

 

 

×月×日 晴れ

 

 十五歳の誕生日を迎え、いつの間にか刀以外の槍とか剣とか弓とかの扱いも上手くなっていた俺なのだが、ふとランスロットについて思い出した。

 

 確かランスロットは赤ん坊の頃母親から、湖の精霊に強奪されている筈なのだが、何故ヴィヴィアンは態々俺を育ててくれているのだろうか。

 勿論、拐かされた事などは彼女に対する恩や信頼でどうでも良いのだが。

 もしやそれが最近彼女の俺を見る目が野獣の様なのと関係あるのだろうか?

 

 そのまま聞いてみると、物凄く挙動不審になっていた。

 

 おそらく彼女には俺には想像も出来ない考えがあるのだろう。

 俺は未だにイメージ出来ていない剣技による魔法の修練を続けている。

 

 『ぼくのかんがえたさいきょうのけんし』には、未だ程遠い。

 

 

 

 

 

■月ゐ日

 

 十六歳の誕生日を迎えた俺は、斬撃を飛ばすことが出来るようになった。ハッキリ言って、佐々木小次郎と云うよりも某鷹の目の様な事が出来るようになっていた。何故だ。

 そのお陰か、ヴィヴィアンとの模擬戦も勝ち星を挙げられる様にもなり、自身の成長が感じられる。

 

 この辺りから気付いたのだが、前世の思い出は殆ど思い出せなくなったのに対し、漫画知識は忘れない事が解った。

 十年以上読んでいないのに、忘れる様子が感じられない。不思議だ。

 俺はインなんとかさんとは違うというのに。

 

 

 

 

 

*月□日

 

 対人経験がヴィヴィアン以外に皆無なことに気付いた。

 そもそも俺はこの湖周辺から出たことすらない。これは不味いと思いこの事をヴィヴィアンに相談するも、十八歳にならないと武者修行の旅は認めないと言う。

 

 そうか、武者修行があったか。

 俺はヴィヴィアンの見通しの凄さに感嘆するばかりだった。

 

 何故か俺の答えに、ヴィヴィアンが呆然としていたが、どうしたのだろう。

 

 

 

 

 

£月※日

 

 十七歳の誕生日を過ぎてから、俺はヴィヴィアンに模擬戦で負けることが無くなっていた。何故か飛ぶ斬撃も、この間湖から見える山を切り裂く事が出来るようになるまで成長し、そして遂に俺が思うぼくのかんがえたさいきょうのけんしの姿が見えてきた。

 

 要は斬ればイイのである。

 

 どんな屈強の戦士でも、どんな難攻不落の城塞でも、どんな素早い動きの戦士でも、どんな魔法でも、どんな攻撃でも――――― 一刀の元に斬り伏せる、そんな魔法(ファンタジー)を。

 

 己が想像する最強は決まった。俺はそれを目指すのみである。

 

 

 

 

 

・月ゐ日

 

 どうやら俺は狼に狙われた子豚だったようだ。

 直接的な描写は避けるが、十八歳の誕生日の前夜に俺は彼女に美味しく頂かれた。

 まさか赤ん坊の時から逆光源氏計画を立てていたとは、流石ヴィヴィアンである。

 そして俺は、艶々に潤った肌になったヴィヴィアンに見送られながら武者修行の旅に出たのだった。

 

 数時間後に追い剥ぎらしき連中と遭遇するも、熊や狼を狩るのと同じだったと感想を述べておこう。

 

 

 

 

 

 

 




アーサー王物語の作品群とTYPE-MOONの設定を抽出して、ことさら適当に纏めておりますので、かなり曖昧です。ぶっちゃけBANZOKU編のために描いてる感じですので、そこを念頭にして頂ければありがたいです。
次回はちょいと三人称が入ります。

修正点は随時修正します。
感想待ってまする(*´ω`*)




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らんすろ日記02

今回と次回は短い。

いつもの半分しか文字数がありませんが、キリの良い所で分割するとこうなりました。


 ――――――――――その男は生まれながらの強者だった。

 

 星という絶対者により産み出され、人間を律するために生み出した『自然との調停者』。『星の触覚』。

 精霊の一種として誕生した男は、俗に魔王と呼ばれる存在に成り果てた。

 

 律する対象である人間の血を吸いたいと欲する「吸血衝動」と呼ばれる唯一の欠陥によって。

 

 その吸血衝動に負け、血を吸った堕ちた真祖───魔王に成り果てたのだ。

 欲望のまま、無差別に人の血を吸う。力の抑制から解き放たれ、本来吸血衝動を抑えるための力を解放し、真祖として全力を発揮できるようになっており、勿論人間では太刀打ちできず同じ真祖でも吸血衝動に縛られていては対応できないほどの強大さを存分に振るった。

 

 男はそんな魔王の内の一人だった。

 街を幾つも襲い、一人残らず血を啜り、幾百幾千もの死者を、元々人であった者が真祖もしくは他の死徒に噛まれ吸血されたことで変異した吸血鬼───死徒を生み出した。

 それは最早軍勢であり、勢力だ。

 この時こそ、男にとって絶頂だった――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 「何だ! 何なのだ貴様はッ!!?」

 

 ─────────フラりと、黒刀を携えた剣士が現れるまで。

 

 

 

 

 

 その真祖の男が居城にしていた街に訪れ、当然生者に反応した死者に襲われ、蹴散らしていく。

 そして男は歩みを進め、また反応した死者が一人残らず斬り殺される。

 死屍累々。死体の軍勢をまるで薄氷を叩き割るかの様に、容易に皆殺しにする。

 淡々と、無表情を張り付けて。

 

 

 『―――――感染拡大は阻止せねばならん』

 

 

 死徒達はついぞ理解出来なかったが、そう言いながらそれの繰り返しが三十を超えた辺りで真祖の男に辿り着き、そして全能感に酔いしれていた真祖の男は、何時ものように男を惨殺しようとし──────こうして、悲鳴をあげている。

 

 「あり得ない……あり得ないィッ」

 

 どうして自分は這いつくばっている?

 どうして人間(ムシケラ)風情が真祖である自分を見下している?

 

 「真祖だぞ!? 貴様らムシケラを支配する絶対者だ! ソレをッ、何故貴様のような……ッッ!」

 

 到底受け入れられる現実ではない。何かの間違いだ。

 しかし目の前の悪夢は何一つ変わらずソコにある。

 

 「お前が大将か? 大将だな。大将だろう」

 「わ、ワタシは真祖のッ……」

 

 真祖の動体視力でも視認困難な刃が、断末魔と共に煌めいた。

 

 

 

 

 

 

 

 「────────────首置いてけ」

 

 

 

 

 

 

 今思えば、これが唯でさえ逸脱していたランスロットを、彼処まで変質させてしまう出来事の始まりだったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

£月ゑ日

 

 村々を巡り、ならず者退治をしながら生活を続けている内に、又もや世界観がブチ壊される出来事に遭遇した。

 大きな街が丸ごとラクーンシティみたいな状況だったのだ。

 

 そんなバイオ災害的事件に巻き込まれたのだが、翌々考えてみればバトル漫画の住民がゾンビ程度に臆するだろうか?

 

 結果として、ゾンビ諸君を縦に両断して全滅に追い込んだ。

 悪いが、Tウイルスを拡散させると人類が世紀末に突入してしまう。ここは皆殺ししなければならないのだ。

 

 そして最後に知ったことなのだが、彼らゾンビはゾンビと云うよりも食屍鬼(グール)という死体らしい。まぁどっちにしてもゾンビなのだが。

 重要なのは、感染源がTウイルスではなく吸血鬼だということだった。

 

 吸血鬼が存在していたこと自体は驚かなかった。本来はアーカードの旦那ことヴラド公爵が現代の吸血鬼のイメージモデルなのだが、俺自身がネトリ騎士やってて精霊に育てられた者としてはそれぐらいの差異はスルー出来る。

 

 問題なのが、俺が細切れにした吸血鬼が真祖を自称していたことである。

 

 真祖。つまりは吸血鬼の始まりであり、咬まれる以外の方法で為った、基本的に最強の存在である。

 

 例えるならアーカードの旦那。

 エターナルロリータのエヴァにゃん。

 そしてアーパー吸血鬼である。

 旦那とエターナルロリータは、世界でも唯一にして最強の称号を持つリアルチート。

 武者修行中の若僧が無傷で勝てる相手ではない。

 

 ならばアーパー吸血鬼だ。

 型月世界の設定では真祖は月の王さまを参考にした星の最強生命体の失敗作で、アーパーしてなかったアーパー吸血鬼が態々潰しにいく程多かった筈。

 

 ならばこの世界は型月世界なのか…………?

 これからは鬱陶しい吸血鬼は魔王と呼ぼう。

 型月の原作でも堕ちた真祖は魔王と呼称されてたし。

 

 

 

 

 

 

★月◆日

 

 吸血鬼マジウゼェ……。

 一人バイオハザードごっこしていたヤツをブチ殺してから、自称魔王の吸血鬼が1週間毎に大群引き連れて襲って来るのだ。

 

 お陰で最近の趣味が真祖狩りになってしまった。武者修行的にはイイのだろうが。

 アーパー吸血鬼にさっさと生まれて駆除してほしいのだが、残念ながら今は大体五世紀あたり。

 アーパー吸血鬼の成人式が現代から800年前なのを考えても、後7、800年掛かる。

 まず無理だ。

 

 というか連中、真祖にしては弱すぎるのだが。

 最近は一太刀で仕舞いとかどうなってる。アーカードの旦那並みのしぶとさを見せんかいやと述べたい。

 

 こんな様ならコッチから斬りに行ってやろうか、と考えてしまう始末だ。

 どうせなら殺した分だけパワーアップぐらいしたい。某ニートの術式は殺せば殺すほど強くなれるのだが。

 

 まぁ永劫回帰の世界とか嫌すぎだから要らんのだけど。

 

 

 

 

 

 

 

ゐ月*日

 

 ヒャッハー! 皆殺しじゃボケェッ!!

 逃げる魔王はただの魔王だァーッ! 向かってくる魔王は良く訓練された魔王だァーッ!!

 

 

 

 

 

 

 

※月£日

 

 ……最近吸血鬼を見なくなった。

 実に良いことであるのだが、しかしやることが無くなってしまった。

 用心棒の仕事も、俺の顔を見ただけで逃げる始末。全くもって武者修行になっていない。

 森を少しずつスライスするのにも飽きた。

 魔法は未だ程遠い。せめて一刀で地形が変わらねば到達には程遠い。

 TUBAMEでも探そうと思ったが、十八年近く生きてるが見ていない。雄鶏は居るのにね。

 

 遠出でもしてみようか。

 

 

 

 

 

 

 

~月Ц日

 

 徒歩で海を渡り、ブリテン島に着いた。

 アーカーシャの剣とかあったら良いな。ギアス的な、と、そんなノリでブリテン島に到着したのだが、またもや吸血鬼と速攻で遭遇した。

 

 テンションが駄々下がりになりながら、最早作業になった魔王狩りを決行。

 何やら騎士みたいな人達が襲われていたみたいで、俺がメッチャ適当に吸血鬼を殺しまくっているせいで呆然としていたが、遠目から見たパツキンのお嬢ちゃんが逸早く再起動。加勢してくれた。

 正直助かる。マゾゲーとか俺大嫌いだし、レベルアップしない作業とか本当に面倒なのだ。

 お蔭で口調がどんどん軽くなってしまう。ストレスだろうか。

 

 

 

 

£月〒日

 

 就職先が決まった。なんと俺が助けたあのパツキンのお嬢ちゃん、王様なのだと。

 その王様が是非に側近騎士になって欲しいと言ってきたのだ。 

 

 返事は勿論OK。美少女が雇い主とか最高すぐる。それにそろそろ一つの場所に落ち着きたかったのだ。良い機会だろう。

 

 

 お嬢ちゃん王様の名前は、アーサー・ペンドラゴン。

 現在領地を平定中なのだと。

 ちなみにアホ毛の様なクセ毛がある。

 

 ……………………。

 やっぱり異世界に生まれたようだ。

 

 




この時点で主人公のアレ具合を伝えられたら幸いです。
ちなみに主人公が蹴散らした真祖は並のサーヴァント二体分と考えて頂ければ。


修正点は随時修正します。
感想待ってまする(*´ω`*)


修正*
死徒二十七祖級×
並のサーヴァント二体分○

×アルトリア
アーサー・ペンドラゴン○


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らんすろ日記03

……お、お気に入りが三話投稿時の五倍以上になっちょる……!?
あれ?自分卍解しました?

未熟で拙い当作品に非常に多くの評価を頂き、誠に有難う御座います。







 ―――――――――――――――――――最初に『彼』と出会ったのは、戦場だった。

 

 私を王と認めない有力貴族とは違う、蛮族に襲われた民を守るべく、少ない騎士達で応戦するも、しかし数の暴力というものは残酷だ。

 如何に私が王の剣とその鞘を持っていても、民や騎士達はただの人。その暴虐に蹂躙される。

 その筈だった。

 

 そんな時に、『彼』は現れた。

 まるでお伽話の騎士のように颯爽と現れた『彼』は、まるで慣れた事のように謎に包まれた侵略者を討ち倒した。

 

 美しい相貌に、静かな湖を彷彿させる双眸。

 後に得るエクスカリバーと同等以上の美しい、芸術品のような見たこともない鮮やかな黒の剣。『彼』は刀と呼んでいたか。

 何よりも、その演舞を思わすような戦いに、見惚れた。

 

 『彼』を側近騎士に招き入れたのは、『彼』の力を求めた王としての私か。

 

 成る程、『彼』は常に私の味方だった。

 私を女と知った一部の騎士達が私を見下していたのは知っている。

 しかし『彼』は私が女と知っても尚、私に仕えてくれた。

 いや、思慮深い『彼』の事だ、そもそも初めから知っていたのかもしれない。

 

 蛮族との戦いのために、村一つ犠牲にした時、騎士達は私を批難した。

 なのに一人『彼』だけは私の為に怒ってくれた。

 『彼』だけが、私を王としてだけではなく、私の全てを見てくれた。

 その時私は、『彼』の姿にどう思った?

 

 流石、私の友? 最優の、最高の騎士だ?

 

 違う。違うだろう。

 

 『彼』そのものを側に置きたかったのは、『女』としての私ではなかったか──────?

 

 

 そして何時も想う。

 どうしてもっと、早くに気付いていれば、と。

 であればモードレッドは反逆(復讐)せず、ブリテンは滅びなかったのではなかったか。

 

 『彼』は良く言っていたではないか。

 人は、喪ってからではないと本当に大切なものには気付けない時がある、と。

 

 だというのに、なんたる体たらく。

 その答えに。王ではなく『女』として彼を、ランスロットを欲していたのに気付いたのは──────

 

 

 

 

 

 

 

 ──────戦場で、彼を目の前で喪った時だったではないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ЦЦ月◆日

 

 紆余曲折の末に円卓入りしたのだが、アーサー王伝説の時系列がメダパニ状態なのが良く理解できた俺である。

 と言っても、俺はアーサー王伝説を殆ど知らないと言っても良い。

 精々伝説内でギネヴィア王妃がランスロットと浮気したのがバレて、その騒ぎの間にモードレッドが反抗期かましてブリテンが終わった程度にしか知らない。

 

 そしてこの世界は、アーサー王が女体化してアホ毛晒して青を基調にした騎士甲冑着てる時点で、型月世界決定してるので、まだ円卓にいないモードレッドが王様のクローンなのやガウェインが爽やかイケメンの癖にオープンスケベなのは知っているのだが……。

 

 というか謎なのだが、何故どいつもコイツも王さんを男だと勘違いしているのだろうか。俺なんかそもそも腹ペコ王と判る前には美少女にしか見えなかったというのに。

 

 円卓には馬鹿しかいないのか?

 それとも性別とかどうでもイイのか?

 コイツら―――――ガウェインや王さんの兄のケイの兄貴以外、全員ホモなのか?

 

 そう思うと、俺を慕ってくれている騎士達が怖くなってくる。

 俺はケツを守るために周囲に気を配ることにした。

 

 その事をアル―――これは彼女が二人の時には呼び捨てで構わないとの事――――に報告したらとても心配され、ケイの兄貴とベディヴィエールとガレス、アル以外にコンビを組むことが無くなった。

 ちなみにコレは後で知ったのだが、彼女が女であることを知ってる人間は居るには居たらしい。

 心なしか、アルの騎士達に向ける視線がゴミを見る目になった気がしたのだが、皆気が付いてないから善しとしよう。

 

 

 

 というか、ムッツリ顔のアグラヴェインがモルガンのキャメロットへ差し向けた刺客だったので釘差しとかねば。

 この時代ホモと対峙してもホイホイついて行っちまう可能性があるから、その手の脅しができないし意味はないか……(錯乱)

 

 

 

・月★★日

 

 マーリンに会った。

 あのアンちゃん駄目だわ。性格が壊滅の度し難い人間のKUZUだわ。半魔だっけ?

 

 魔術――この時代なら殆ど魔法なのだが、魔術使って悪戯するとか面倒な事この上無い。

 この間アルが泣き付いて来るほどだ。ナニやったんだあのKUZU。

 その所為でアルが魔術師見た瞬間、即座に戦闘態勢に入るようになってしまった。

 

 その時にそれなりにフォローしていたのだが、その所為かデレ始めてきた。

 

 何してくれてんだKUZU、お陰でウチの王さんがどんどん可愛くなってるだろうが。

 俺がクーデレ好きなのを知っての所業か。

 

 良いぞもっとやれ。

 

 

 

 

 

〒月ゞ日

 

 アルに、実は俺だけ自分で料理を作って食べている事がバレた。

 いやまぁ、自前の畑拵えといてバレなかった方が不思議かもしれないが。

 それは良いのだが、一度ギネヴィア王妃と三人で一緒に食べてから俺の料理の事が国家機密になっていた事に、この国の将来が不安になった。いや滅んでたんだけどね正史では。

 

 軽い男料理なのだが、如何せんこの国の料理が不味すぎた所為か二人が涙を流しながら俺の料理を食べていた。

 ソレ食っちまうと、対比で泣くほど不味く思えるものなこの国の料理。というか、蒸かしたポテト単品を料理とは言わねぇよロリコン(ガウェイン)

 

 その日から彼女達の誕生日に振る舞う事を約束した。それまでにこの時代でも作れる料理の数を増やそう。

 その為には、味噌と醤油の生産量を増やさねば。大豆を育てねば。

 

 今度、幻想種でも狩ってバーベキューでもしてみようか。

 

 

 

 

 

 

(* ̄∇ ̄)ノ月(。・ω・。)ゞキリッ日

 

 アルの選定の剣が折れた。

 カリバーンは王として相応しくない者が振るえば折れるらしい。

 

 

 ………俺の料理か? 俺の料理がぁ!?

 

 

 別に俺の料理関係なかった。

 何でも故郷の湖でペリノアとか言う王さまが見掛けたヤツと闘いまくってるらしく、円卓の騎士の一人のグリフレットが決闘して負けたんだと。

 そんで見兼ねたアルトリア嬢が闘ったんだが、その時に折られたらしい。

 曰く、魔力を込め過ぎた為カリバーンがもたなかったらしい。

 

 そこで俺がペリノアと闘う事になった。

 

 何でだ。

 いや上司命令だからやるけども。

 

 彼女はどうやらヴィヴィアンに新しい剣を貰うよう頼みに行くようだ。

 良い機会だ。一度故郷に帰るとしよう。

 

 しかし彼女が初対面の人間に何かするのだろうか?

 子供の頃は彼女を女神の様に思っていたが、アレは美女の皮を被った狼だろうに。

 せめて無理難題を吹っ掛けられなければ良いのだが。

 

 

 

 

 

 

■■月■日

 

 

 取り敢えずペリノアさんを倒した。

 戦闘描写? 日記に書きはしない。

 

 まぁ強いて言うなら、勝利方法はアレである。「知ってるか? 剣ってのは両手で振った方が強いんだぜ」だ。

 つまりはゴリ押しです。

 ペリノアさんは少なくとも魔王よりは強かったと明記しておこう。

 

 ちなみにペリノアさんがキャメロット入りした。

 曰く、顧問監督官だとか。

 王務はどうした。

 

 

 

 

 

( _ )ポポ月ポーーーー( ゜Д゜)ン日

 

 久しぶりに、ヴィヴィアンと会い、語り合った。

 用心棒から近衛騎士に出世したこと。

 吸血鬼がウザイ事。

 最近山を斬れる様になった事。

 

 吸血鬼の話を聞いてるヴィヴィアンの顔が引き攣っていたのだが、何故だろうか。

 丁度その時、アルの為に剣を与えて欲しいと願えば、酷く素直に了承してくれた。

 

 その夜彼女に喰われるのを引き換えにして。

 

 

 

 

 

£月ゑ日

 

 

 アルがヴィヴィアンとの話を終え、エクスカリバーを手に入れた様だ。

 しかも、俺ほどではないにしろ彼女の加護まで与えられたらしい。

 なんかヴィヴィアンはニヤニヤしてたが、何故だろうか?

 

 ちなみに新しい剣だが、ビームの出る剣だ。

 出たビームを相手に叩き付けるのを主な使用方法にしている。原作通りなのだが。

 

 「――――俺が、ガンダムだッ!!」とか言い出さないか心配で仕方がない。

 

 まぁ、アルトリア嬢が嬉しそうに自慢してくるので良いだろう。

 良かったね。新しい剣貰えて。

 

 

 

 

(´・ω・`)月(´;ω;`)日

 

 

 気付いたのだが、カリバーンを抜いて不老になったことで、成長を止めたアルの身体が成長していた。

 

 

 

 

 具体的には、バストが成長していた。

 

 

 

 

 俺とケイの兄貴は、思わず涙した。

 特にケイの兄貴は号泣ものだった。

 不老になり、王として女を捨てなければならなかった生き方を押し付けたと自分を責めていたのか、もう酷い男泣きだった。

 良かったね。コレで少しは赤にオワコン言われる可能性が減り、セイバーで随一の貧乳と言われる事がなくなったぞ。

 

 

 あん? 貧乳も可愛いから良い? 希少価値だ? 

 成程そういう考えもあるだろう。だが決して俺はその考えを口にしない。

 女性のバストサイズは、女性の尊厳の一つだと俺は考える。

 そしてそれは、男も同じだと。

 

 男性諸君、よく考えてみて欲しい。

 もし女性から「小っちゃいけど、可愛いよ。希少価値だよ」とナニを見ながら言われるの想像してほしい。

 

 ―――――――つまりは、そういうことだ。

 

 

 

 しかし原因がわからない。

 誰だろうか? 何であるのだろうか?

 ………育ての親しか思いつかない。

 

 しかしいい日だ。妹の成長を見守る兄の心境とは、こういうものか。

 その日の酒は旨かった。

 

 

 

 

 

 

 ■月 ■日

 

 

 遂にアルがブリテンを平定した。

 これで一段落すると思っていたのは束の間。2年後に海の向こうから侵略者との戦いが待っていた。

 

 

 ずっと疑問だった。作中でAランク以上の宝具を持った英雄十三人率いる屈強な騎士団を苦しめたBANZOKUとは一体何者なのか。

 

 俺はその侵略者を見て、その長年の疑問に答えが出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───────────BANZOKUってオマエ、コレ吸血鬼じゃねぇか。

 

 

 




おぱーいが大きくなる加護……ッ!
これはヴィヴィアンの老婆心だったりします。

さて、明かされたBANZOKUの正体。
吸血鬼です。死徒や真祖です。ゲルマン人の方々には退場して頂きました。もしくはエキストラで出てくるかもです。死体ででけど。
あと一・二話挟んで円卓時代編の最終決戦へ行きたいと思います。

ストックはこれで終了。テスト勉強もありますので、しばらく更新は後になりますので、ご了承ください。

修正点は随時修正します。
感想待ってまする(*´ω`*)







早く『王様』かきてーなー。


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らんすろ日記04

息抜きにちょいちょい書いて出来たので投稿。
沢山の評価と感想有難うございます。
ただ、感想量が本当に多いので、これからはちょびちょびしか返信しない方向で行きます。
数多くの感想、本当に有難う御座います。

今回はモードレッド回。


 ───忌々しい夢を、視た。

 

 母が、今となっては死体となって何処ぞで果てているであろう忌々しい母が、幼い、何も知らなかった幼い自分に囁いて(呪いを漏らして)いる。

 

 “私の愛しい息子よ。貴方は騎士となり、王を倒しなさい。私の息子である貴方には王位を継承する資格がある”──────と、オレが王をどんな風に見ていたかまるで理解せず雑音を垂れ流している。

 

 不可能だ、と思った。

 

 だって母に連れられ物陰から観た王は、美しいくらいに完璧だった。 

 裁定も、戦術も、何もかもが完璧過ぎるほど完璧だった。

 

 ──────その仕える騎士も。

 

 だから■■ことは諦めた。

 せめて騎士として憧れようとして、しかし憧れたのは違う者だった。

 

 騎士王と称される王だが、やはり王としての気質があるのか、オレは王に仕える、王を更なる至高に押し上げた黒い騎士に憧れた。王になるのを諦めた故に。

 勿論、王に憧れてもいる。

 

 成る程、王は騎士を統べる長。

 しかし黒騎士は騎士の頂にいる。

 

 信じられないことに、黒騎士本人は自分が騎士をしていること自体が幸運と迄自身を卑下している。

 謙遜にしても過ぎるが、しかしオレは不思議と美徳に感じた。

 

 礼節を守り、国を護り、王を支え、外敵を討ち滅ぼす。

 

 彼以上の騎士は考えられなかった。

 

 やがて、人造生命のホムンクルスであるが故に瞬く間に成長したオレには兜が与えられた。

 自分の顔を知る者が見れば、全てが破綻する、と。

 そう母に言いくるめられ仮面を被ったオレは、ソレでも尚剣技と騎士道精神は完璧で。

 

 だから、オレは王から剣を賜り騎士となった。

 末席とはいえ、それでも憧れの王や騎士と同じ円卓の席につく資格は与えられたのだ。

 

 母の弄した姦計など知らんと言うように、オレは王に仕え彼と共に王の敵を退けた。

 そんなオレに業を煮やした母により、己の出生が明らかになった。

 

 このホムンクルス(オレ)はアーサー王の仇敵モルガンの子どころではなく、アーサー王の嫡子でありクローン(生き写し)なのだと。

 

 歓喜したオレは、全てを王に語った。その場に二人の騎士が居たが、彼等にも聞いて欲しかったのかもしれない。

 

 己がアーサー王の後継に相応しい理由を、全て語り──────それでも、王はいつもと変わらぬ冷淡な態度で告げた。

 

 「────なるほど、姉の奸計とはいえ確かに貴公は私から生まれたもの。だが、私は貴公を息子とは認めぬし、王位を与えるつもりもない」

 「ッ────」

 

 “息子として認めない”。

 その言葉が、深く深くオレに突き刺さり────

 

 

 

 

 

 パァン! と、あの王の頭が(はた)かれた。

 

 

 

 

 

 「──────な」

 

 恐らく、王と被ったその驚愕の声。

 呆然した。

 己の目は当然疑い、現実を疑った。

 

 叩いた手は二つ。

 一つは王の義兄のサー・ケイ

 前回の蛮族の侵略の際に負傷し、前線を退いたものの、その智計は健在。

 

 もう一人は────── 

 

 「失礼するモードレッド、少々時間が欲しい」

 

 円卓最古参の一人で、唯一戦場で鎧を纏わずに返り血すら浴びず敵を討ち倒す、円卓最高の剣。

 こと戦いにおいては王すら凌ぐ一騎当千、無敵無双のブリテン最強の騎士。

 

 反乱も同時に起こった先の二度目の大規模蛮族侵攻を、たった一人で殲滅した武神。

 

 王を更に完璧以上に輝かせる者。

 王として憧れたアーサー王と違い、オレが騎士として憧れた男。

 湖の騎士、サー・ランスロット。

 

 王はサー・ケイに玉座の奥に連れられて行った。

 

「何をする、サー・ケイ!?」

「何をするだぁ? テメェこそ何をしたか分かってんかオラ。成る程、確かにアレは不義で人道すら叛いた出自であることは確かだ。オマエに責任どうこう言うのは筋違いだろう。だがどんな事情があろうがアイツのツラ見りゃオマエ血ィ引いてんのは確かだろうが。それで今の対応たぁ、反逆してくださいッつってんのと同じだろうがボケ」

「い、いや。しかし」

「しかし何だ、あ? モルガンのクソの思い通りに、オマエへの反感が生まれることをホイホイやってんじゃねぇよ」

「ぐっ、うぅ……」

 

 奥から聞こえる声は、王と臣下のそれではなく、兄弟の会話、という説教だった。

 呆気に取られた。思考が停止すらした。

 幾ら義兄弟と言えど、不敬極まりない。おそらく、この場に王と自分、ランスロットしか居ないからこその行動なんだろうが。

 

 しかし目の前の騎士は、満足げにしていた。

 

 混乱の極みに達していた俺を世界に戻したのは、オレの考えを完全に否定する言葉だった。

 

「モードレッド、完璧な存在など居はしない。それは王であろうと例外ではない」

 

 何をバカな、王は完璧だ。

 勇ましく、冷徹で、穏健で、鋼鉄である、完璧過ぎる故に王に仇なした者すら居たというのに。

 しかし、恐らく誰よりも王を知っている男は否定した。

 

「それはお前が、王のことを何一つ知らないからだ」

 

 お前は知っているか?

 王の好む剣の型を。

 王の好む指揮の型を。

 王の好む憩いの場を。

 王の好きな料理や食材を。

 

 何も、知らない。

 何一つ、オレは王の内面を知らなかったのだと、そう宣告された。

 

「今すぐに親子として接することは出来ないだろう。それを行うには事情が複雑すぎる。だが少しずつ、少しずつ距離を近付ける努力をしろ。少しずつ、王を知ることがお前に必要な事だ」

 

 彼は幼子に接するように、オレの目に視線を合わせる様に屈み、兜を脱いでいるオレの頭にその手を乗せて撫でた。

 常に兜を被っている俺にとって、初めての体験だった。

 

「モードレッド、円卓とは何だ?」

 

 上座下座のない円卓が用いられたのは、王が卓を囲む者すべてが対等であるとの考え方からである。

 つまり円卓の騎士とは──────王と対等であるという事。

 

 彼は言う。

 王とて人だ。失敗もすれば間違いもする。そう王自身が考えたからこそ作られたのが円卓なのだと。

 

「故に我々は、場合によってその命を賭してでも王に諫言しなければならない。でなければ王は人ではなくなる。王ですら無くなる。それは一種の舞台装置に過ぎん。民を治める王は、民を幸せにする以前に、自らを幸せにしなければならん。お前も王を志すなら覚えておけ」

 

 そしてその言葉を、オレは死しても忘れない。

 

 

 

「──────自分を幸せに出来ない奴が、誰かを幸せに出来ると思うな。王を目指すならまず、自らの幸せを掴める様になってからにしろ」

 

 

 

 

 ホムンクルスであり、故に寿命が他者と比べ短いオレに、それでも幸せになれと。

 オレの幸せとは何だ?

 王位を継ぐことか?

 否、それはオレにとって夢であり、ある種義務だとも感じている。

 王の息子として生まれたからには、それはオレが遣らねばならない義務だ。それに幸せを想像できない。

 そもそも幸せを想像することすら出来ない。

 

 何故なら王の円卓の末席に名を列ねていた今こそ、幸福を感じていたのだから。

 故に問うた。彼にとっての幸せとは何かを。

 それを聞けば、己の更なる幸せを見出だせるのではないかと──────

 

「……結婚して子供を作って子供より早くに死ぬこと、か?」

 

 思わず笑ってしまった。

 円卓最強の騎士の夢が、あまりにありふれていたことを。

 そしてそれでいいとも思った。

 同時にオレは、この騎士こそに幸福を見出だせるのではないかと──────

 

 時が経つにつれ、それは確信に変わる。

 

 彼と剣を交えるのが好きだ。

 彼と戦場で背中を合わせるのが好きだ。

 彼と共に歩くのが好きだ。

 彼の料理を食べるのが好きだ。

 

 自分が王になり、彼を自分の騎士に出来ると思うと、頬が緩む。

 そして気付く。彼と共にあることに、幸せを感じるようになって居たことに。

 

 

 

 

 

 ──────しかしその幸福は、三度目の蛮族の侵略で全て終わった。

 王の命令で殿を務めた彼は、もう二度とブリテンに戻ってこなかった──────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(-.-)月(´Д`)日

 

 襲い掛かってくる吸血鬼(BANZOKU)達。

 

 その一度目の侵略は、正直俺にとって大したことはなかった。

 どれだけ数を増やそうが、構成される軍のメンバーが死徒や真祖の混成部隊のみなら、文字通り一蹴できる。

 

 サッカーしようぜ! お前ボールな!!

 

 だが問題は、ブリテン各地に複数の群体で襲ってきたのだ。

 流石にニンジャではないので、分身出来ない。

 

 取り敢えず全速力で殲滅していた時、何かに見られている感覚に襲われる。

 

 例えるならエロ動画を観ている時に感じる悪寒!

 ストーカーに追われる時に感じる視線ッ!

 女性が局部を男にガン見されているような感覚ッ!!

 

 ……いや、最後のは野郎なんで自分は解らんのですけど。

 鬱陶しいがネタに走れる機会に、俺は万感の思いで叫んだ。

 

 

 ──────貴様、見ているなッ!! 

 

 

 戦場でポーズ取れないので代わりに斬撃を飛ばしておいた。

 

 その斬撃も勿論ネタに走った。

 敵は遥か上空。山を斬るときの斬撃では届かないかもしれない。

 故に俺は考えた。

 だったら凄い速くて超々遠距離の技を。

 

 

 

 「『神殺槍(かみしにのやり)』」

 

 

 

 

 ──────1 3 キ ロ や(ドヤァ)

 

 いや、勿論13キロも斬撃飛ばせないです。

 斬撃速度もマッハ500には及ばない。

 しかしキッチリ手応えを感じた。

 

 ……鳥さんだったらごめんなさい。

 

 それきり視線を感じなくなったので、俺はそのまま死徒を全滅し、治療部隊以外の率いていた部隊を帰らせて、他の戦場へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

(;・ω・)月(*≧∀≦*)日

 

 良いニュースと悪いニュースがある。

 今回のBANZOKU侵略の際にケイの兄貴が負傷し、前線を退いた。

 それに被害も大きい。

 

 まぁあの人、どう見ても話術サイドの人間だから仕方無いんだけど。

 日常生活や文官としての仕事には支障がないから、不幸中の幸いだろう。

 

 そして吉報。

 なんとモードレッドが円卓入りした!

 

 アレは見事な俺ッ子ツンデレだ。

 アレだね。アルに向ける視線がキラキラしてるね。デレ期だね。

 デレツンとは此れ如何に。

 

 

 

 しかし俺は、彼女の出生がブラックすぐる事を知っている。

 

 姉が女のアルトリア嬢を魔術で一時的に男にして造ったホムンクルスとか。

 彼女の母親のモルガンは、なんでも王位が欲しいのが犯行目的なんだと。

 

 そんでもって史実ではアルトリア嬢は血縁関係否定するし、不憫すぎる。

 下手したら十歳位なんだよねあの娘。

 

 という事でメンタルカウンセリングを俺がしているのだが、現在モードレッド嬢に関してはアルを随分尊敬している。

 アレだ、『コイツを馬鹿にして良いのは俺だけだ』みたいな感じのデレだ。

 べシータ?

 

 可愛いねコレ。何て言うか、野生の狼? 獅子? 猫だね。

 なので稽古に付き合ったげたり、ご飯作ってあげた。

 麦ご飯と牛肉の角煮。

 お蔭で唯でさえ黒い服装に、更に黒い外套で顔を隠して極秘の村に行くのに慣れてしまった。

 

 ちなみにこの極秘の村とは、フランスの生まれ育った湖近くに作ったもの。

 此処に住んでいる人間は、先の大規模侵攻でどうしても犠牲にしなければならなかった村人達だ。

 以前は一人用だったのでソレほど広い生産地は必要無かったが、蛮族侵攻が始まってからアル、ギネヴィア王妃、モードレッド、ケイの兄貴と食べる人数が増えてしまったのと食糧問題がシャレにならなくなったので人手を投入して拡大。村にしたのだ。

 そこで起用したのが上記の村人達だったわけだ。

 

 そしてやはり親子か、モードレッドの餌付けに成功した。

 しかしアルが拗ねてしまった。

 子供かッ! と思いながら、やはり親子だと感じながら交互に稽古に付き合った。 

 

 結論、この親子べらぼうに可愛い。

 

 

 

 

 

 

ε=ε=(((((((( *・`ω・)っ月( ′Д`)┌┛)`д) ;∴日

 

 二度目の蛮族侵攻。

 尤も、小競り合いは結構あり、大規模な侵攻が二度目というだけなのだが。

 そしてなんと、それに乗じてアルや円卓に明らさまに不満タラタラだった連中が一斉蜂起した。

 

 どうすんべ、と思ったが、今回吸血鬼連中は群体を分散しておらず、軍隊みたいに悠々と侵攻している。

 

 と言うことで俺一人が凸って吸血鬼の相手をし、残りは反逆者を狩りに行って貰いましたよっと。

 

 反逆者との戦いはあんまり知らないが、今回死徒やグールだけじゃなくて、真祖もいた。

 何より少し毛色の違う奴が一人。

 

 白髪の貴族っぽいウザいのがドヤ顔晒していたので、取り敢えず全力で潰しに行きました。

 顔面をサッカーボールに見立てて執拗に、ボール(蹴り)を相手のゴール(頭部)へシュゥゥゥーッ!! 超! エキサイティン!! してやった。

 

 ふざけすぎたのか、残念ながら逃げられたけども。

 ちくせう。怒られるのやだなぁ。

 

 

 

 

 

 

( ̄^ ̄)月(ノ-_-)ノ~┻━┻日

 

 モードレッドが自分の父親? がアルだと知り、俺とアル、ケイの兄貴の前で素顔を見せながらその事を告げた。

 そして史実通り、アルはモードレッドを息子と認めなかった。

 

 

 

 ──────横合いから思い切り殴り付ける!

 

 

 横に侍っていた俺とケイの兄貴がアルを叩いた。

 そんな子に育てた覚えはありませんぞ!

 

 まぁ、俺の言いたいこと全部ケイの兄貴がSEKKYOUしてくれたからエエねんけども。

 その間にモードレッドにフォローを入れる。

 

 願わくば、この親子が笑っていられる結末が欲しい。

 

 「嫁さん貰って子供作って死にたい」という俺の夢が、モードレッドに笑われた。

 俺が落ち込んだのは、言うまでもない。

 言うまでも、ないッ!

 

 

 

 




オカン最強説。

BANZOKU侵攻で円卓でケイ以外にも数人脱落者が出るくらいには苦労しています。
でも一番の解決方法は一人ランスロットを凸らせること(白目)
やられた方々は次回に分割した閑話で出ます。

ちなみにランスロットの外見イメージは「PandoraHearts」のオズワルド=バスカヴィル。
描いてみたのがこんなん。

【挿絵表示】


ケイ兄さんの口調を修正。こんな感じかな?

修正点は随時修正します。
感想待ってまする(*´ω`*)




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閑話 難易度を上げていくスタイル

今回の話以降、円卓時代編は多大な独自解釈要素が含まれます。
そして作者はTalk.とthe dark six(仮名)/Preludeを読んでいません。
ご注意ください!!!


 とある秘境に存在する、美しい城の中。玉座の間へと続く道を歩く白髪の貴族然とした男が、本来非常に整った顔を盛大に腫らして歩いている。

 “原液持ち”の死徒である彼が、顔を腫らす事自体が極めて異常なのだが。

 

 そんな男を待っていたかのように壁へもたれ掛かった、十二歳ほどの少年が男の腫れた顔を見て明らかな嘲りの笑みを深めながら、声をかける。

 

 「やぁトラフィム。随分御機嫌斜めみたいだけど、その様子じゃあ君も返り討ちにあったみたいだね」

 「黙れ! 次こそはこの屈辱、必ずや晴らしてくれるッ!!」

 

 白髪の男の瞳にあるのは憎悪の一言。

 そして頭に浮かぶのは、原住民の一部も呑み込んだ数万の死徒の軍勢を気軽に蹴散らし、執拗に男の顔面を蹴り続けた黒い剣士。

 その場で生き残っていた死徒全軍を足止めに徹させて命からがら逃げ延びたが、彼の高かったプライドは嘗て無いほどにズタズタである。

 

 そんな様子を解りきって居ながら、煽るようにその脅威を示す名を少年は口にする。

 

 「で、あの『黒』は出たかい?」

 「……ッッ!」

 「あははははっ! その様子じゃ辛酸舐めさせられた訳だ。アレだけボクを馬鹿にしてたって言うのに!」 

 

 最初はただの趣味だった。

 古今東西の秘宝コレクターである少年が、ブリテンの宝剣宝具を欲したのが始まりだった。

 彼は彼の『左腕』と『左足』によって送り込んだ死徒を囮にし、その財宝の是非を確めようとしたのだ。

 

 「……でもまぁ仕方無いね、幾らなんでもアレは無い」

 

 が、地上から人間では視認不可能な遥か上空に居たというのに、地上のランスロットに斬られたのだ。

 

 何より剣とは間合いが全て。

 剣を振るわないこの少年(死徒)でも、それぐらいは理解している。

 

 本来、魂に刻まれた復元呪詛がとっくに傷を癒している筈なのだが、不可解な事に傷の治りが普通の人間の様に遅い。

 まるで、神秘を否定するかのように。

 流石に少年もその理不尽さには恐怖した。

 

 かつて神(・・・・)だった彼が言うのも何だが、常識と言うものを知らないのかあの男は。

 

 そしてその事を聞き付けた、自分より早くに『我が君』の従者になったこの白髪の男は少年を侮蔑し、少年の目的としていた宝物を少年の『我が君』に献上するのだと意気揚々と出陣していき──────、この様だ。

 

 滑稽だと笑いたくもなるが、それ以上にその人間の国を危険視した。

 

 「で、調べは付いたかい?」

 「……あぁ」

 

 現れたのは三人目の化物。

 先の二人とは違い、半人半鳥という明らかな異形の姿をしていた。

 しかし異形の口からは少年に向けた負の感情を隠すことの無い、流暢な言葉が出る。

 

 余裕のあるランスロットが彼を見たら、心の中で確実に「ガッチャマーンッ!!」と叫ぶだろう。

 

 「『黒』の名はランスロット。奴等の国で最高の騎士との話だ。なんでも、フランスを根城にしていた『王』の出来損ない諸君が、一匹残らず狩られたらしい。また攻めるのならば気を付けたまえトラフィム」

 「なッ……!? バカを言うなグランスルグ! 幾ら奴等が失敗作の乱造品と言えど、陛下の失敗作だぞ!? 人間如きに全滅させられるなどとッ……!」

 

 真祖は全てたった一人の絶対者を模倣した贋作。

 しかし、贋作と言えど彼等の王を模しているのだ。

 唯でさえ自分のことで既に業腹だというのに、忠義を誓った王に対しても行われた蛮行。

 

 「侮辱だ……、私はおろか、陛下に対してへの侮辱だ!! 許さんぞ、今度こそ我が配下総てで滅ぼしてッ──────────!」

 

 

 

 

 

 『──────善い、赦す』

 

 

 

 

 

 その者達の魂に響く、聴いただけで魅了し尽くし、圧砕するような声が響く。

 

 「「「ッ───!!!!?」」」

 

 三人は何時の間にか玉座の間に立っていた。

 三人が移動した訳ではない。主の意志一つで、周りの城が形を変えたのだ。

 何故ならこの城────千年城ブリュンスタッドは、主によって創り出されたモノなのだから、自由自在なのは当然。

 

 そしてその玉座に座っていた男は、例えるなら月だった。

 

 『いやはや、ここまで興が乗る事は初めてだ。排斥される側の私が、まさか排斥する側に回ろうとは』

 

 淡く光る金髪に、人体の黄金率を兼ね備えた容姿。

 万華鏡の様な虹色に輝く双眸が、三人を映していた。

 そして何より、ソレが人の形をとって人の言葉を口にすること自体が、人の感性からすれば余りに違和感があった。

 

 三人は即座に臣下の様に跪く。

 

 白髪の貴族たる白翼と、烏頭の怪人たる黒翼は絶対の忠誠を。

 神だった少年は憧憬と恋慕を携えながら。

 

 『クククッ、アレ等を甘く見るな。あのヒトという種は星すら恐怖させた程だ。それに白翼、黒翼。汝等も元はそうであろう?』

 「それは……」

 『しかし『移し身』の失敗作を壊せるとなると、些か以上に興が沸く。もし私の眼に叶うと成れば、その者も私の眷属に加えるのも悪くは無かろう?』

 

 それぞれ思惑はあれど、一度『王』がタクトを振るえば、彼等は『王』の忠実な爪牙に生まれ変わる。

 

 「全ては我が君の望むがままに」

 「我々は『王』の従僕なれば」

 「我等は陛下の爪牙であります」

 

 『善い、全て赦そう。ヒトの足掻きも汝等の忠義も何もかもを赦そう』

 

 星に抑圧されながら今回ばかりは例外の様で、あらゆる枷から解き放たれる。

 それほど焦っている様が何とも滑稽。愛おしさすら感じる。

 

 我は王。常闇の夜に光輝く、月光の主なり。

 そして必ずやこの■を掌握してみせる。

 我は原初の一故に。

 

 『故諸共壊して見せよう。我が月の宿願の礎として』 

 

 凡百の真祖や死徒など我にはただの有象無象に過ぎない。

 英雄? 神? 

 良い、我はその全てを下してやろう。悉く我の前に跪くがいい。

 

 もしその者が井の中の蛙ならば、その増長をたしなめ人知未踏の天蓋を見せてやるのも良いだろう。

 

 

 『──────ヒトの身でありながら、星から拒絶されるほどの強者。是非とも私に人の可能性の極地というモノを魅せてくれ』

 

 

 ──────月の原初の一(アルテミット・ワン)

 真祖の原型。月世界の王、朱い月のブリュンスタッドが、その腰を上げた。

 

 

 

 




感想で当てていたひとが多くいてニヤリとなりました。

修正点は随時修正します。
感想待ってまする(*´ω`*)




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訪れる決戦

今日は父親の介護しなくてもいいぜヒャッハー! と喜んでたら熱出てた。
皆さん無理なことをすればキッチリ体は悲鳴を上げます。気を付けてください。

というか滅茶苦茶評価を頂き、困惑しながら喜んでおります。
感謝を。

というわけで今回。他作品からカッコイイセリフをリスペクトしまくっております。
ご注意を。
最近一話5000文字いかねぇなぁ……


 アーサー王の王国、ログレスの都のキャメロット城の裏庭。

 そこへ歩いている少女が一人。

 

 アルトリア・ペンドラゴン。この国の王である。

 彼女が目指している場所は、とある騎士のお気に入りの場所である。

 

 彼女が歩みを進めること数分。森の奥に少し広げた場所に辿り着き、其処で一本の木にもたれ掛かっている男を見付けた。

 

 男は眠っているのか、肩や頭などに小鳥が止まっている。

 その姿に一瞬アルトリアが見惚れ、呆然と立ち尽くす。

 

「────アルトリアか」

「お、起こしてしまいましたか。済まないランスロット」

「構わない」

 

 体勢や体に止まった小鳥をそのままに、薄く開けた目線をアルトリアに向ける。

 自らの主君に対し明らかな不敬だが、しかしアルトリアは微笑みを浮かばせる。

 彼女はそのままに静かに、ちょこん、と隣に腰掛けた。

 この場において主従関係は無く、アーサー王が数少ない『王の貌』を脱ぐことのできる相手。

 ランスロットは友人関係と認識し、アーサー王は最愛の朋友と口にして憚らないが、本音は如何に。

 王として夢と現を共に王として育てられたアルトリアは、人としての情緒は聖剣によって成長の止まった外見より幼いものだった。

 それこそ『マーリンに恋をしているのかもしれない』と真顔で口にし、マーリン本人を思わず青褪めさせるほどだ。

 自身の人としての感情を、彼女が十全に把握している訳が無かった。

 

「……、何だ」

「いっ、いや、何ですかその。良く此処に来ているのを知って、何故かと思っただけです」

「大したことではない。ただ、俺の育ったあの湖の畔と、此処が少し似ていただけだ」

「そう───、ですか」

「お前こそ、王務は良いのか。アグラヴェインがいるとはいえ、奴にばかり負担を掛けてやるな」

 

 現在ブリテンは、お世辞にも余裕が有るとは言えない。

 

 蛮族(吸血鬼)による二度の大規模侵略。唯でさえ戦争は金が掛かるというのに、物資を生産する民がそのまま蛮族に呑み込まれている。

 尤も、被害が拡大する直前に殲滅しているため致命的な被害は出ていないが。

 しかし、それでも十二分なほどに危機だ。

 何より死徒の軍勢相手に、並の騎士では話にならない。

 

 とある決闘でランスロットに敗北したペレノア王が顧問監督官としてキャメロットに入ったのだが、だからといって円卓だけでも保たないのも確か。

 ケイは負傷により前線から退き、他の円卓の騎士も人なのだから消耗して当然。

 だいたいランスロットを除いて。

 

 しかもブリテンは内部にも様々な問題は存在する。

 虎視眈々とアーサー王の失墜を狙う諸侯は勿論、先に挙げた円卓の騎士サー・アグラヴェイン。

 その正体はモードレッド同様先王ウーサーの娘にしてアーサー王の姉、妖姫モルガンの子にして刺客である。

 

 だが彼は円卓の騎士処か王の秘書官にまでなった。

 

 偏に「国を存続させる」という彼の目的故に、国家の危機的状況で反逆の可能性が無いのだ。

 何より彼は国家の忠臣。

 そして彼の知る限りアーサー王を超える王は居ない。

 その国家に捧げる忠義を、アルトリアに捧げるのは道理だった。

 彼がアーサー王を裏切る時は、彼女が王に相応しく無くなった時だろう。

 故に彼は、ブリテン内部における最大の疾患たるモルガンを逆に監視することが出来るのだ。

 

「必要な仕事は済ませています。マーリンは次が総力戦と見ました。だから、その。そう! 少しでも休もうとも思いまして!!」

「そうか」

 

 何故か詰まった言葉を、彼女は無理やり吐き出す。

 そんな主君を特に感情の見えない瞳で眺めているランスロットに気勢を折られたか、咳払いで頬の紅潮を隠した。

 本題は、次。

 

「恐らく次は、奴等の『王』が出てくるでしょう」

「それは、マーリンの千里眼ではないだろう。直感か?」

「────えぇ」

 

 マーリンの持つ、世界を見通す最高位の千里眼。しかしそれは覗き見である以上、観られた者が神々の様な超越存在ならば、逆に存在を把握されたり報復などといったリスクが存在する。

 であるならば、『王』の動向を断言するアルトリアの様子から、彼女の直感であるとランスロットは理解した。

 

 アルトリアの直感は未来視の域に到達している。

 その直感が、次が決戦と教えていた。

 同時に、とてつもない嫌な予感も。

 次の戦いで、何か嫌なことが起きると告げている。

 アルトリアがランスロットに会いに来たのは、その不安を払拭するためでもあった。

 

(何故だろう。貴方と共にいるだけで、こんなにも安心する)

 

 戦場で彼と共に戦っている時に、どれ程の騎士がこの感情を有したことか。

 彼の戦いはお伽噺の様な、一騎当千という言葉すら役者不足のソレ。

 あらゆる艱難辛苦を、その一刀にて両断する出鱈目のようなその様は、戦場で誰もが惹き付けられる。

 

 本来地獄の具現たる戦場で、場違いのようにたった一人で蹴散らす姿にどれ程の人間が救われたか。

 

 本人が聞けば勘違いや錯覚と答えるかもしれないが、アルトリアにとってランスロットには不思議な安心感を与える力があった。

 子どもが物語のヒーローに焦がれるような、そんな感覚。

 

 そうして会話は終わり、再び静寂が訪れ二人とも目を閉じる。

 ほんの少しの、しかし訪れる戦いを前に、只管闘志を溜め込むために。

 

 

 

 

 

 

 

(──────────アレ? 吸血鬼の王さまって、朱い月じゃね? 無理ゲーじゃね?)

 

 そして、漸く気付いたお馬鹿が一人。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてその三度目の蛮族による大規模侵略が確認された。

 数は今までで最大の十万。ブリテン原住民を呑み込みながら更に数を増やしている。

 

 一体一体が復元呪詛によって再生能力を持ち、膂力は人のソレを超える死徒の、まさしく前代未聞の軍勢。

 流石の円卓の騎士も、所詮人。たった一人で万軍と戦い、その数の暴力に勝利することは出来はしない。

 だいたいランスロットを除いて。

 

「多い……!」

「これほどの数、一体どう対処するつもりだ。マーリン」

「ふむ、策はあるにはあるよ」

 

 おぉ! と、虹色の長髪の美青年の姿をした魔術師──────マーリンの言に沸き立つが、黒い鎧を身に纏う騎士──────アグラヴェインは冷静に現状を分析した。

 

「あるにはある。しかし成功させるには難しいと?」

「吸血鬼────奴等の能力は非常に高い。しかしそれに比例して弱点も多い。この策が成る鍵は、ガウェイン卿とランスロット卿だね」

 

 白銀の騎士とそれに対照的な鎧を着ていない、貴族と言われれば納得しそうな漆黒の衣の男に視線が集まる。

 白銀の騎士────サー・ガウェインはマーリンに視線を向け、漆黒の剣士────ランスロットは閉じていた目を開けた。

 

「ソレが王の命ならば、私はそれを全うするのみです」

 

 忠義の騎士と名高いガウェインは、ただ盲目的に王を崇拝する。

 それが騎士の本懐であるのだと云う様に。

 それこそ友に最愛の弟妹を理不尽に殺されでもしない限り、太陽の騎士の忠義に曇りは無い。

 

 そんな絵に描いたような白騎士とは対照的な、風来坊染みた雰囲気さえ感じさせる黒衣の男は、胡散臭い笑みを浮かべるマーリンに毒を吐いた。

 

「回りくどい言い回しは老人の癖か? それとも性格の悪さか?」

 

 ランスロットの言葉に、しかし老人と言うには若々しい外見のマーリンは苦笑し、(アルトリア)は静かに微笑んだ。

 尤も、彼の本音は誰も聞こえなかったのだが。

 ────眠たくなるから早よ。作戦内容早よ。

 

 この男に言語補正があって良かったと、後に間桐雁夜は答えた。

 

「ランスロット卿には一つの役割を所望しよう。我等は彼の役が終えるまで、奴等を押し止めるのみ。そして止めはガウェイン卿とアーサー王が刺す。この圧倒的物量を覆すのには、コレしかない」

 

 単純な剣の技量で、ランスロットに並ぶ騎士は王であっても有り得ない。

 それにその任は、ランスロットが一番心得ていた。

 では、その役割とは。

 

「頼めるかな? 誉れ高き湖の騎士」

 

 マーリンの向けた言葉に、ランスロットは王へ、アーサー王へと視線を向けた。

 

「…………命令(オーダー)を。命令(オーダー)を寄越せ我が主」

 

 それは、王との何時ものやり取りだった。

 騎士も人だが、一度戦場に足を踏み入れれば、全て王の走狗として戦場を駆け抜けなければならない。

 故に、チェス盤の上で命を待つ騎士(ナイト)の様に。

 

「命令だ。その任を全うせよ、我が騎士」

 

 命は下った。後はソレを実行に移すのみ。騎士は、兵はその為にあるのだから。

 

了解した、我が主(Yes,Your Majesty)

 

 戦いの布告はとうの昔に過ぎている。

 此方は騎士王率いる、最強最高の黒騎士を筆頭とした十二の一騎当千の英雄達。

 そして彼等に付き従うブリテンの兵達。

 

 対するは化外の軍勢。

 ただ一つの命令に従う哀れな死体の群れ。しかしソレを統率する三体の化外の将が、ソレを人への猛威と変革させる。

 

 円卓の騎士すら上回る魔獣の主と黒翼の魔術師、そして大群を軍に仕立て上げている白翼の将。

 そしてその頂に立つのは世界の条理すら覆す月の王。

 

 真正面からぶつかるにはあまりにも危険だ。

 しかし起死回生の策はある。

 ランスロット(ジョーカー)は存在する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして両軍は対面する。

 自分達の数倍の化外の群れを目にしても、人の騎士の軍に畏れは無く。

 

 化外の群れの大半は、そもそも自意識すら怪しい本能の亡者。

 畏れは無い怒りも無いあるのはただ『喰いたい』という獣の欲求。

 手足もがれようとも、その歩みは止まらない。

 

 そこに、白翼の貴将が高らかに告げた。

 王の望みは忌々しき『黒』との対面と裁定。

 

 

 

「────────潰せ」

 

 

 

 故に、周りの有象無象を片すは臣下の役目。

 

「陛下は最強。この月明かり届く地上との狭間にて無双! ならばッ!! 弱者の弄する小賢しい足掻きの前にして何を恐れ、何を迷い、何を惑うッ!」

 

 それは、主のたった一つの命じられた神意を為すための自らへの、誓いでもあった。

 

「憎悪を喜び憤怒を貪り叛逆を赦す! その愚かさを愛でるのが陛下であり、その走狗にてその系譜たる我等は、主の決定に魂捧げて示すが己が使命と知れッ!」

 

 陛下の何たるかを知らぬ蒙昧共に──────

 

「気の赴くままに────ただ蹂躙するが『強者』と!!」

『『────────■■■■■■■■■■■■■■ッッッッッ!!!!』』

 

 死徒の軍勢が、滾らせたその暴力を解放していく。

 それは王に下った真祖も同様で。

 

 彼らの望みはランスロットただ一人。

 超越者たる真祖を狩り続けた────そんな自分たちのプライドを、地に叩き落とした不届き者を八つ裂きにせんが為に。

 

 それに呼応して、最高の騎士団は士気を高める。

 語るに及ばす、開戦の狼煙(ことば)は必要無く。

 

 騎士の背中にのし掛かるは家族や友の笑顔。

 蹂躙された村々を彼等は決して忘れない。

 もう二度と喪わないために。奪わせない為に。

 騎士の誇りを胸にし、誉れ高きその姿を体現する王に付き従うのみ。

 

 全ては国を護るために。

 

「──────────勝負(コール)だ」 

 

 運命がカードを混ぜた。

 数奇な運命から始まった、吸血鬼と騎士の国との戦いの最終決戦が始まった。

 

 

 

 

 

 




Q:「なんで真祖まで戦線に加わってんの?」
A:「ランスロットのせい」

というわけでオリ設定を追加。
トラフィムの死体(グール)を死徒に変えて従える能力。この当時彼はあんま強くないんで、設定を追加しました。
形式上死徒の王らしく、かつ吸血鬼らしい能力を考えた結果です。
元ネタは屍姫のヴァルコラキ。



修正点は随時修正します。
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槍衾に対峙する化物共と英雄達

独自解釈orツッコミ処満載ですが、よろしくです。


 化外の軍勢と英雄の騎士団。

 開戦と共に、死徒やグールの群れが咆哮と共に爆発したかのような勢いで進軍した。

 

 膂力が違う。如何に円卓の騎士の率いる軍勢といえど、中身は人。

 勿論円卓の中でも上位に位置する者達ならば蹴散らせるだろうが、一般騎士には恐怖を与えるだろう。

 

 「『約束された(エクス)』────」

 

 ソレを希望で払拭するように。

 人類最強の幻想が戦場を染め上げる。

 後の聖杯戦争において、超一級の魔術師である遠坂凛ですら、一度に精々二回しか撃たせることのできない聖剣の中の聖剣。

 

 神霊レベルの魔術行使を可能とし、所有者の魔力を光に変換、集束・加速させることで運動量を増大させ、光の断層による斬撃として放つ。

 聖剣というカテゴリーの中で頂点に位置し、『空想の身でありながら最強』とも称される一撃。

 

 「────────『勝利の剣(カリバー)』ッ!!!」

 

 後にランスロットはその情景を間桐雁夜に語った。

 

 

 

 『開幕ブッパは気持ち良いよね』

 

 

 

 雁夜は白目だったそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 槍衾に対峙する化物共と英雄達

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 聖剣エクスカリバーが、『連続』して吸血鬼達を襲う。

 アルトリアは、アーサー王は竜の因子を持っている。その力は、呼吸するだけで魔力を無尽蔵に生み出すことができるのだ。

 聖剣の使い放題。更には聖剣の鞘という、五つの魔法すら寄せ付けない絶対の防御によってその身を守っている。

 

 最強の矛と最強の盾を併せ持つ。ソレが大英雄アーサー王だ。

 

 そんなアルトリアの今やるべき事は、ただひたすらに最前線にて聖剣を撃ち続ける事だった。

 

 悲鳴すら上げること無く蒸発していく死徒達に、しかし聖剣の一撃から逃れた他の軍勢は目もくれない。

 元々仲間意識など皆無。他の死徒が死んだところで何とも思わない。

 

 「ぐがッ!?」

 

 そこに、ブリテン一の弓の名手。トリスタンの魔射が殺到する。

 

 琴の弓であるフェイルノートに矢は合わない。

 故に放たれるのは音の刃。

 それは聖剣の一撃から逃れた死徒達の体を次々に切り裂いていく。

 

 「くっ。いけません……やはり、決定打に欠けますか」

 

 不可視の刃は、しかし受けた吸血鬼にも痛手を与えるものの、何処までもそれは刃。

 復元呪詛を持つ死徒達にとって肉体欠損など、容易に復元する掠り傷でしかない。

 爆殺できる壊れた幻想(ブロークンファンタズム)を扱える英霊エミヤの投影宝具の矢なら兎も角、常人ならば即死の刃も頭部でなければ効果は薄い。それは死徒達が一番理解している。

 幾ら名手トリスタンといえど、只管に頭部を守る彼等相手では足止めにしかならなかった。

 

 しかしソレで十分。

 体勢が崩れていた吸血鬼達の前線に、騎士達の突撃が食らい付いた。

 

 

 「さあ、行こうかグランスルグ。我等が君の為に」

 「忠義のためだ。貴様の下賤なソレと同列にするな」

 「心外だなぁ。ボクはボクなりの忠誠を誓って此処にいるんだよ?」

 「貴様……」

 「ははッ!」

 

 最初に気付いたのは、戦場を離れた場所で観ていたマーリンだった。

 

 「アレは……、悪魔使い!?」

 

 突如出現したのは、約200メートル近い怪物だった。

 

 

 

 

 ────メレム・ソロモンは悪魔使いである。

 『デモニッション』とよばれる第一階位の降霊能力で、人々の願望をモデルにして使用者の憧憬で彩色し、類似品を作る能力。

 

 かつて彼はこの力を持つが故に、四肢を切断され生き神として小さな集落で神として祀られていた。

 その境遇は、拝火教のとある少年(アンリ・マユ)と酷似しているが、その違いは彼は本物の神子だった事。

 

 朱い月に戯れで拾われて死徒となってからも、ソレは変わらず。 

 彼の喪われた四肢は、彼の作り出した四つの大魔獣によって与えられたもの。

 そして最初に現れたのは、右足に対応している神罰と大海嘯の具現。

 

 「────陸の王者!」

 

 鯨と犬を掛け合わせたような姿の、四大魔獣のうちの一体。破壊の黒犬。

 特殊な能力など無い、しかしその圧倒的な膂力を兼ね備えた巨体が、音圧だけで人間を粉砕する咆哮と共に騎士達を死徒諸共蹂躙した。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 「何だあの怪物は!?」

 

 前線から離れた本陣で、ケイが叫ぶ。

 当然だろう。イキナリ全長約200メートルの鯨と犬が混ざった様な怪獣が現れれば。

 

 陸の王者の出現で、前線は崩壊したと言っても良い。というよりかは、崩壊させて騎士達を撤退させたと言った方がいい。

 あれに一兵卒を突っ込ませるのはあまりにも無駄というものだ。

 

 しかし前線には我等がアーサー王が完全武装で戦っている。かの黄金の聖剣ならあの怪物も倒せるだろう。

 

 問題は周りの死徒の数だ。

 幾ら円卓の騎士総出で当たっているとは言え、数の暴力は圧倒的だ。

 

 「くっ…………頼むぞ、ランスロット…………!」

 「おや、中々興味深い話をしているではないか」

 「ッ!?」

 

 その声に、本陣の誰もが空を見上げる。

 其処には、頭部が烏の様な異形達が黒い翼をはためかせていた。

 

 「馬鹿な、翼の生えた────」

 「戦争に於いて、頭を先に潰すのは定石では無いのか?」

 

 そして同様の異形のキメラが、本陣の周囲の上空を囲んでいる。

 

 「くっ────!」

 「貴公らには興味は無いのだが、主の命だ。────殺れ」

 

 子である彼の死徒達異形が、ブリテン一の口達者のケイが何かを語る前に襲い掛かる。

 

 

 

 

 

 

 「頭を先に潰すのは定石。なら、その頭を誰も護ってないなんて考えねぇよな?」

 「────!?」

 

 

 

 

 

 

 そんな彼等を、赤雷が悉くを撃ち落とした。

 

 全身甲冑の騎士の持つ、この戦いの為にとアーサー王から賜った信頼の証であり、且つ謀叛を起こさないよう極めて例外的に与えられた、王の後継に与えられる筈の宝剣、燦然と輝く王剣(クラレント)

 

 「使えるものがあるなら使え。余裕を残して負けるのは愚図のやること」というランスロットの言により、奪い取ったせいでランクが下がった正史のソレとは違って、極めて例外的且つ限定的にとはいえ与えられたソレは、エクスカリバーに勝るとも劣らない価値を宿している。

 そして宝剣によって威力を底上げされた赤雷は、雷速をもってして異形達の翼を貫いた。

 

 勿論復元呪詛で再生するだろうが、その前に本陣の近衛がトドメを刺す。

 

 「これは…………」

 「お前、ランスロットの敵か? 敵だな? ならオレの敵だ、死ね。王とランスロットの敵は全てオレの敵だ、駆逐してやる皆殺しだ」

 「────コレはコレは、恐ろしいな」

 

 アーサー王のクローンであるが故に、モードレッドは莫大な魔力を持っている。

 その常人に比べれば無尽蔵とも言える魔力が、魔力放出という出力端子をもってして赤雷という形で全身から迸っている。

 グランスルグは既にマジギレしているモードレッドに、素直に驚いていた。

 コレほどの人材を、ただ敵であるだけでここまで言わせるランスロットを内心称賛した。

 

 「故に、手加減するなど愚の骨頂か」

 

 グランスルグの半人半鳥の異形が、更に変貌する。

 ソレは最早、全長数キロの巨大な大怪鳥だった。

 前線を崩壊させている陸の王者すら圧倒する巨体に、モードレッドの戦意は些かの衰えも無い。

 

 

 

 

 「がはははははは!! 良いぞ良いぞー!」

 

 

 

 

 其処に、円卓の騎士が一人加わる。

 

 「一人でコレを相手にするのは不味かろう? 勝手ながら助太刀させてもらう!」

 「ペレノアか…………構わないぜ。ランスロットの敵をより早く殺せるなら文句はねぇ」

 (…………ランスロットが聞けば頭を抱えるな)

 

 モードレッドのアレっぷりに、何処で育てかたを間違えたッ!? と頭を抱えるランスロットが、ケイの脳裏に浮かんだ。

 

 「騎士として一応名乗っておく。キャメロット円卓の騎士の末席、モードレッドだ。死ね」

 「同じくキャメロット顧問監督官、ペレノアである! いざ!」

 「グランスルグ……ブラックモア……何でも良い、好きに呼べ」

 

 元魔術師の黒翼に、ブリテンの狂犬共が激突する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 トラフィムは死徒の群れが騎士達とぶつかり合い、ソレをメレムの陸の王者が踏み潰し、ソレに円卓の騎士達が襲い掛かるその戦場を、死徒本陣から眺めていた。

 

 ソレだけ見ればやや陸の王者が押されているのが解るが、直にメレムも新たな四大魔獣を追加投入するだろう。

 

 敵の本陣もグランスルグがその巨体で襲い掛り、張り合う赤雷が見える。

 

 そして長期戦になればなるほど此方が有利に運ぶ。

 何せ数は此方が圧倒的に勝っており、敵の騎士を喰らえば更に増える。

 

 敵の円卓の騎士が予想以上に手強いのが予想外だったが、所詮人間。限界はある。

 故にこのまま行けばブリテンの崩壊は確実だった。

 

 

 

 

 

 「────────待て」

 

 

 

 

 

 そこまで思考し、トラフィムは違和感を覚えた。

 何かを忘れている様な。

 

 「奴は」

 

 『王』までも出陣する迄になった、そもそもの原因は何だった?

 この身に嘗て無いほどの屈辱を与えた怨敵はどんな奴だった?

 この総力戦で、何故出てこない!?

 

 「────奴は、あの黒騎士は何処にいるッッ!?」

 

 トラフィムが違和感に気付いたと同時に、凄まじい衝撃が走った。

 具体的には、戦場から見える山の登頂部が吹き飛んだ。

 

 「なッ……!?」

 

 死徒の軍勢すら動きを止め、呆然と土煙を上げる山を見上げた。

 

 「やれッ! ガウェインッッ!!!」

 

 ソレが合図だった。

 

「我が聖剣は太陽の具現。王命のもと、地上一切の化外を焼き払いましょう────」

 

 それは、アーサー王の持つ『約束された勝利の剣』と同じく、騎士王が妖精湖の乙女によって賜った姉妹剣。

 そして最も適正のあったガウェインに与えられた、太陽の灼熱を具現する日輪の聖剣。

 

 『聖者の数字』にならぶ、ガウェインが『太陽の騎士』と謳われるもう一つの所以。

 

「この剣は太陽の映し身。もう一振りの星の聖剣────『転輪する勝利の剣(エクスカリバー・ガラティーン)』ッ!!」 

 

 死徒最大の弱点。

 それは常に起こっている肉体の劣化、損傷の速度を急激に早める日光。紫外線といっても良い。

 血を吸うのも、血に含まれる遺伝子を取り込み肉体の劣化を補うために行っているのだ。

 

 平原で遮蔽物は皆無であるこの場で、擬似太陽を具現化するガラティーンはまさに最悪の聖剣だった。

 

 発動し、掲げるだけで良い。

 月が輝く真夜中にあり得ない、死徒にとって致死の猛毒である太陽は、化外の体を一片の容赦無く焼き尽くす。

 

 「────ぎっ、がぁあぅぅぉぉぉおおおおおおおおおっっっ!!!?」

 

 白翼は崩壊寸前の死徒を使い、死した騎士達の肉壁を積み上げ、黒翼は魔術で、魔獣王は獣でもって日光を防ぐ。

 日光に対して耐性を持つ死徒もいるだろうが、ダメージは不可避。

 だが、ただの死徒が浴びれば一瞬で肉体が崩壊するほどの直射日光だ。

 

 しかしメレムの魔獣―――――つまり悪魔である陸の王者は死徒では無い為、その巨体で日光を容易く防ぐだろう。

 故に悪魔使いであるメレムは日光に注意を向けてはいたものの、それを完全に防いだ彼は油断していた。

 

 

 

 

 「────────『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』ッ!」

 「なっ!?」

 

 

 

 そんなメレムに、黄金の聖剣が食らい付く。

 自らを盾にするように陸の王者が阻むも、直撃を喰らってしまった。

 

 胴体を大きく抉られた陸の王者は耐え切れず、顕現が解ける形で戦線から離脱する。

 要の陸の王者が屠られた前線に、死徒など一匹たりとも立っていなかった。

 

 化外の軍勢は文字通り崩壊した。

 

 「────馬鹿な!? 真祖に日光など効かん筈だ!」

 

 完全な不老不死である真祖には、日光など何の意味もない。ガラティーンを掲げるガウェインを集中的に狙わせれば良い。

 故に軍勢が崩壊するなどあり得ない筈である。

 しかし崩壊した軍勢に、百余人居た真祖は戦場に立っていなかった。

 

 否、最後の一人が、今まさに噴き出す血飛沫と共に崩れ落ちた。

 そして、ソレを殺った犯人である────黒い刀を持った男が一人。

 涼しい顔をした、手傷どころか返り血すら無いランスロットが其処に居た。

 

 「貴様ァッ…………!」

 

 そう、軍一つを一人で蹴散らせるランスロットが一体今まで何をしていたか。

 コソコソしながら軍勢内の、バラバラに配置されていた百余人いた真祖をコッソリ皆殺しにしていただけである。

 そして最後の一人を捉えた時に、合図として山を斬撃を飛ばして斬ったのだ。

 

 「化け物がァッ!!!」

 

 トラフィムは心の底からそう叫んだ。

 アレを人間だと断じて認めない。

 

 真祖はサーヴァント約二体分に匹敵する力を持っている。

 死ぬ以前の、生きている英雄ならば単体で互角に相手をできるだろうが、単純計算でも12対100。

 アルトリアやガウェインなどの力も計算に入れても、ソレにメレム達も含めればブリテンに勝ち目などなかった。

 

 「戦いが始まってから、まだ15分も経っていないのだぞ…………!?」

 

 というかそもそも、トラフィム達にバレずにとか関係無く、『コッソリ』真祖を殺すなど、あらゆる面で常軌を逸している。それを百余体。

 埋葬機関や執行者が聞けば、間違いなくその不条理に発狂するレベルだ。

 

 しかし現実は待ってくれない。

 

 「今だッ! 一気に押しきれ!!」

 

 アーサー王の号令に、騎士達がトラフィム達三人に雪崩れ込む。

 アルトリアは再び黄金の聖剣を放つため輝かせ、ガウェインもガラティーンを構える。

 日光を防ぐのに手一杯の三人に、それを防ぐ手だてはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「────────『沈め』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかしその一言で、出現していた擬似太陽は消滅した。

 日の光が消えると同時に、誰もがその方向を見た。

 見て────騎士達の心が折れた。

 

 「────がッ」

 

 突然の出来事によって生まれた静寂が支配する中、全身から血を吹き出したガウェインが崩れ落ちる。

 その鎧はひしゃげ、一瞬の内に何が起きたかを全く理解させなかった。

 

 コマが飛んだような理解不能の中で、ソレは現れた。

 

 超越者たる真祖が塵芥のソレに堕ち、他者を生物レベルで圧砕する威光と神威。

 傲岸に不遜に微笑むソレは、ランスロットだけを視ていた。

 

 「────今宵は月夜、月が天を統べている時は太陽は沈むべきだ。日の光など無粋極まりなかろう?」

 

 歩むのは天。制するは地。

 天体の王者であるアリストテレス。

 そして月の最強種(タイプムーン)を冠するアルテミット・ワン。真祖の王、朱い月のブリュンスタッドが降臨した。

 




まーりん「作戦のために、真祖ばれない様に潰してちょ」
らんすろ「ぶ、ラジャー」

マーリンェ…()

という感じに前哨戦終了。そして基本円卓組の出番もほとんどなくなります。
次回からはランスロと朱い月とのガチンコが始まります。

修正点は随時修正します。
感想待ってまする(*´ω`*)




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星の最強種

リアルがキツすぐる…。夏休みが全部介護or家事(家族全員分)で終わった。
ネギまじゃなくてこっちを更新した理由は、活動報告(多分)に書くのでそちらを確認してただければ。


 ────────アリストテレス。

 現代と呼ばれる時代から遥か未来に、星の死と共に現れた人類を絶滅させた存在。

 

 正体も生態も明らかになっていないが、星に住む人間種や亜麗百種たちからは便宜上、とある哲学者から名前をとって『アリストテレス』と呼称されている。

 

 その正体は、他天体という異常識の生態系における唯一最強の一体『原初の一(アルテミット・ワン)』。

 

 星の意思の代弁者であり、その星全ての生命体を殲滅できる能力を有する。

 それぞれ『タイプ』の頭文字を天体名に冠しているのが特徴だ。

 

 ソレがやって来る切っ掛けとなるのは、自らの死の上でなお生存する生命体に恐怖を覚えた地球が死に際に発した「どうか、いまだ存命する生命種を絶滅させて欲しい」というSOSを星が受信したこと。

 

 彼等には死という概念がなく、故に『直死の魔眼』は通じず、物理的に破壊されない限り活動停止することはない。

 

 その中で『約束の時』より早く地球に飛来したのは二体。

 

 一体目は、純粋にタイムスケジュールを間違えた、後に死徒二十七祖の第五位を瞬殺、捕食したことからその序列を受け継ぐ水星のアルテミット・ワン。

 ランスロット曰く、地球上で最も働いて欲しくないヒッキー。

 通称『ドジッ蜘蛛』。

 

 まぁ、コレはそもそも本当は地球の発したSOS信号を受け取る最強種では無いという説も有るのだが、今は関係無いので省こう。

 

 二体目は地球が人間の誕生に不安を覚えた時、その意思を受信して地球を守るためという名目で地球に降り立って協力を持ちかけたアリストテレス。

 

 無となった自分の国()の代わりに地球を自らの領地として掌握することを目的とした侵略者。

 

 それが朱い月のブリュンスタッド。月の王(タイプ・ムーン)である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 星の最強種

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鼠が猫に、天敵に遭遇した。という訳ではなかった。

 そんなレベルではなく、蟻が恐竜に遭遇した。そんな次元のお話。

 

 圧倒的なまでの生命としてのレベルの差。

 象ならば蟻が群れれば倒せるだろう。

 しかし蟻がどれだけ足掻いても、恐竜には勝てない。

 絶望的なまでの死のイメージを叩き込まれる。

 

 誰も、動けなかった。

 指先を動かす関節の音すら、瞬きの立てる音すら怖れた。

 心臓ですら、止まってくれと願った。

 

 

 

 

 

 ────────悠然と朱い月へ進む、ランスロットを除いて。

 

 

 

 

 

 「────そう易々とッ!」

 「主の前に立てると思うなッ!!」

 

 その様子が不敬だと、巨大過ぎる怪烏と魔を従える神子がその行く手を阻んだ。

 しかし、黒騎士は歩みを止めることもなく、

 

 「邪魔」

 

 その一言と共に、全長数キロの怪烏は一振りで巨体ごとその片翼を切り裂かれる。

 

 「ゴガッ……!」

 「ッ……!!? 空の王者!」

 「遅い」

 

 一騎打ちに特化した解放の具現、四大魔獣のうちの一体。

 あらゆる動物たちの集合体。空を泳ぐ獣の王様はその姿を顕現すること無く、メレムはその体の斜めに咲いた血飛沫と共に崩れ落ちた。

 

 「クッ……ソ……!」

 「化、物が………」

 

 戦場を蹂躙した二人の怪物は、たった数秒で敗北した。

 

 「メレム……グランスルグ……!」

 

 強すぎる。

 心の中でそう呟き、呆然としながら二人の名を呼ぶトラフィム。

 

 メレムは血溜まりに倒れ伏し、グランスルグは姿を半人半烏に戻し、両腕を切り落とされながら胸を切り裂かれていた。

 神秘を否定するランスロットの刃を受けながら生きているのは、ランスロットがこの場からの退場を優先させたからか、もしくは奇跡か。

 

 そもそも眼中に無かったか。

 

 「クッ……」

 

 遥か未来の現代ならば兎も角、トラフィムは死徒としての戦闘能力は最古参に恥じないものだが、あくまで死徒。

 一度文字通り一蹴され、更に武闘派であるメレム達が一瞬の内に文字通り瞬殺される様をまざまざと見せられ、ランスロットに挑む蛮勇は持ち合わせていなかった。

 

 「────素晴らしい」

 

 そんな臣下を尻目に、朱い月は喜色の声をあげた。

 

 「へ、陛下ッ」

 「善いトラフィム、許す。二人を連れて下がれ。汝等ではアレの相手は辛かろうて」

 「なッ!? しかしそれはッ」

 「────二度は言わぬ」

 「ッ……!!」

 

 有無を言わさぬ絶対者の命令に、トラフィムは頭を下げて即座に二人を回収して姿を消す。

 

 ソレを追える者は、追おうと思える者は誰も居なかった。

 例え一歩たりとも動けずとも、ただ目の前の理解不能の何かから眼を離すのを恐れた。

 そして、その何かはランスロットだけを見る。

 

 「星の排斥対象である汝は、云わば有り得たかもしれぬ私だ。ヒトの身でその境地まで辿り着ける者などそうは居るまい。私が許す、名乗るがいい」

 「……ランスロット。ランスロット・デュ・ラック」

 「ランスロット……うむ。星に抗う者の名、しかと刻み付けた。では戯れようか、ランスロット」

 

 その、人外の美しさを持つ一見人にも見える怪物との会話が成立する。

 ソレだけで、周囲の騎士達はランスロットを紛れもない英雄だと誉め称えるだろう。

 

 ソレだけの圧力が、自然体の朱い月から放たれていた。

 

 「────────しかし、ふむ……」

 

 そして王者は、その虹色の双眸で周りを睥睨する。

 

 

 

 「少し雑多が過ぎるか」

 

 

 

 周囲に群がる蟻を鬱陶しいと思う巨竜の心理。

 朱い月の心境を例えるならソレだった。

 

 美しい掌を掲げ、一言呟く。

 

 その迫り来る脅威に気付けたのは、直感が極めて優れたアルトリアとモードレッド、そしてランスロットだけだった。

 

 「ッ!! 皆逃げッ────」

 「────────『廻れ』」

 

 真祖の中でも、後に『ブリュンスタッド』を名乗れる者だけが扱える、空想通りに自然を変貌させる能力『空想具現化(マーブル・ファンタズム)』。

 

 『────────ッ!!!!!?』

 

 その原型たる、鏡像によって星を侵食する月の王の御業。

 ソレが『風速数百メートルの神秘を纏う暴風』として、戦場を蹂躙した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆ 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天を突かんばかりの高さの竜巻は、しかし中心点から放たれた斬撃によって消し飛ばされる。

 

 「ククク……」

 「……チッ」

 

 朱い月は当然として、朱い月に最も近かったランスロットも無傷ではいるものの、ソレ以外の被害は甚大だった。

 

 朱い月によって齎された暴風はブリテン島を易々と呑み込み、猛威を振るった。

 台風の目ともいえる場所に立っていた二人は兎も角、戦場は目も当てられない惨状になっていた。

 

 壊滅という表現が正しいだろう。

 

 唯一健在なのは、評価規格外である護りの宝具(アヴァロン)を持つアルトリアのみ。

 英雄たる円卓達は辛うじて堪えたが、騎士は軒並み全滅だ。

 

 何よりの問題が、朱い月にとって今のが戯れの一撃に過ぎないこと。そうなれば、円卓といえど保たない。

 

 「良い、よくぞ耐えた。誉めてつかわす」

 

 朱い月にあるのは、純粋な賞賛。しかしソレは圧倒的強者だからこその物。

 

 「────────な、め、てんじゃねぇッぞっっっ!!!」

 

 そんな朱い月に、全身装甲のお蔭である程度ダメージが軽いモードレッドの、赤雷が食らい付く。

 

 「ほぅ」

 

 ソレを、朱い月は腕を振るって弾き飛ばした。 

 腕を振るう余波ですら、満身創痍の騎士達には強烈なものだった。

 

 「チィ!?」

 「見所のあるのは解るが、今人形遊びに興じる気は無いのでな」

 

 断頭台の刃のように、振り上げられたもう片方の腕がモードレッドの命を刈り取る前に、ランスロットが腕を弾きその一撃を防ぐ。

 

 「!」

 「ら、ランスロット」

 「下がれモードレッド」

 「で、でも────ッ!?」

 

 ランスロットの言葉に戸惑うも、ランスロットの刀がモードレッドの意識のみを刈り取る。

 気を失ったモードレッドを抱えてランスロットは跳び、アルトリアに預けた。

 

 「アルトリア、退け。奴は俺が相手をする」

 「なッ────!?」

 

 無茶だと思った。アレはコレまでのあらゆる生き物を超越している絶対強者。

 幾ら常勝無敗のランスロットと言えど、戦う土俵が違うのではないか。そう思わざる得なかった。

 

 「何も無駄死にするつもりはない。一度下がり傷を癒せ。特に、ガウェインは直ぐにだ。アレは国に必要だろう」

 「しかしッ」

 「お前は王だ。ならば、王として優先すべきものを見失うな」

 「ッ」

 

 この場にいるのはアルトリアとモードレッド、ランスロットだけではない。生き残った円卓や残り少ない兵は、もうこれ以上戦えない。

 この場に残っても、確実に死んでしまうだろう。

 

 ならば、王としてやるべき事は一つ。

 

 「……必ず、必ず戻ってくる。それまで耐えてくれ!」

 

 苦虫を噛み潰した様な表情で、騎士達を率いて退いた。

 彼女の事だ、全ての兵を避難させたら、一人でも来るだろう。

 

 ランスロットは、その前に決着を付けると決めた。

 

 「すまん、待たせた」

 「善い、許す。余計なものがいれば汝も集中出来ぬだろう。ソレは私の望むところではない」

 

 朱い月がその白い手を振り上げ、ランスロットが居合いを構え、

 

 「いざ」

 「戯れようか」

 

 ────────両者は激突し、天が割れた。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 叩き付けられた朱い月の腕を受け流すように体を捻り、そのまま朱い月の腕へ滑らすようにランスロットはアロンダイトを引き抜いた。

 

 刀とは、引くことによって人を斬る武器。

 ソレだけならば単純だが、ソレを音の何十倍もの速度で行われれば話は違う。

 何より驚異なのは、ランスロットの剣速は朱い月の挙動より遥かに速かった。

 

 「おぉ」

 

 朱い月の腕から、鮮血が舞った。

 しかし、その傷はかなり浅い。

 

 「成る程、傷がすぐ治らぬ。私でコレなのだ、トラフィムらが汝に勝てぬのは必然か」

 

 そう感想を述べながら、朱い月が飛翔する。

 

 「『轟け』」 

 「!」

 

 生じるのは爆音による、全方位への衝撃波。

 人の肉体を容易く粉砕する不可避の音の壁を、

 

 「(ぬる)い」

 

 一太刀で切り払う。

 音の壁がランスロットの場所のみ割けて、周囲を蹂躙していくも、ランスロットはそれに気を取られている暇は無い。

 

 切り開いた衝撃波の向こうから、朱い月が翔んできた。

 

 「ふはははッ!!」

 「ッ!」

 

 その拳を紙一重で躱すも、地面と共にランスロットを吹き飛ばした。

 

 「『奔れ』」

 

 空中ならば避けられまいと、エクスカリバーに匹敵する極光という形で、力の奔流がランスロットを襲う。

 だが、

 

 「……なんだ、空を歩く術を持っていたのか。汝は」

 

 ランスロットは地面と同じように、一瞬で虚空を踏み込んで極光を切り裂いた。

 そしてランスロットは、空中を踏みつけ当たり前の様に空に立っていた。

 

 「俺は湖の精霊より、水上を走れる加護を得ている。そして水分は大気に満ちているのだから、大気を歩けるのは当然だろう」

 

 ────────その理屈はおかしい。

 

 同じく湖の精霊────ヴィヴィアンより同じ水上歩行の加護を得ているアルトリアは、必ずこう答えるだろう。

 アルトリアはそんなことは出来ないし、しようとも思わない。

 その異常さを、勿論朱い月は理解した。

 

 理解して、笑いが止まらなかった。

 

 「ははははははははッッ!!!! そうであったな! 星に畏れられるのだ、それぐらいやって貰わねばな! 愉快愉快。いやはやどうして、中々に堪能させてくれるではないか!!」

 「そうか」

 

 漸く笑いが治まった朱い月は、美しすぎるその髪を一本引き抜き、剣に変えた。

 

 「だが足りぬ。汝はその程度では無かろう?」

 「……」

 

 それから両者は再び激突し、天地を揺らす。

 戦いはまだまだ加速するのみ。

 朱い月は万象を操り、怪物の膂力で星を震わせ、ランスロットはその総てを切り伏せる。

 

 拮抗している両者だが、しかし徐々にランスロットは押され始めた。

 

 幾ら剣速と剣技が神域に達していようとも、肉体は人類の域を越えない。

 

 どれだけ負担を最少最低限に抑えても、朱い月の力は英雄の肉体を容易く上回り、足元すら見せることを許さない。

 生き物としての性能(レベル)が、初めから勝負になっていないのだ。

 

 だからこそ朱い月はランスロットを賞賛する。

 ヒトの身で、よくぞここまで練り上げた、と。

 

 戦場を戦いの余波で更に変貌させながら、ランスロットは追い詰められていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────公式ラスボス強すぎワロタ。

 なんやねんコレ、出演する作品間違ってるって絶対。

 

 宝石のお爺ちゃんどないしてコレに勝ったんだよ。

 うん、チート武器持ってましたねあの人。

 

 俺のアロンダイト、対人宝具よ? ビームも出ないし無制限のエネルギー供給も無いでゲス。

 

 彼方さんめっちゃニヤニヤしてるし、メッチャ楽しそうだし。

 何で俺だけ辛い目に遭わなくちゃいけないんだ(キレ気味)

 

 メッチャ光ってる髪メッチャ逆立ってるし。よく聞けばべーさまボイスに聴こえないこともないし。

 ロンギヌスとか持ち出したらマジでキレるぞオイ。神座シリーズに帰れよ。

 

 水銀補正は無いし発狂するレベルの渇望も持っとりません。内なる虚も居ねぇ。

 なんかピンチになったらパワーアップしそうな気もするけども、一向にその予兆は見えず。

 

 俺ができるのも剣振るだけだスィ?

 使うしかないから使うけど、コレ使うと厨二病再発するから嫌なんだよねぇ。

 でも、仕方ねぇか。

 

 

 

 ────────界王拳、四倍だ。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆ 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「これは────────」

 

 その変化に、朱い月は直ぐ様気付いた。

 アロンダイトの黒い刀身を見せ付けるように添え、その枷を外す。

 

 

 「────()きろ、『無毀なる湖光(アロンダイト)』」

 

 

 ランスロットの解号と共に、アロンダイトの漆黒の刀身が淡く光る。

 常闇に輝くアロンダイトを持ち、ランスロットは構えた。

 

 その変化は、劇的だった。

 

 「────」

 

 朱い月がふと胸を見ると、ソコには一筋の傷と血飛沫が噴き出している。

 今までと違い、決して浅くない傷だ。

 

 「ッ!」

 

 驚愕に思考を染めながらも、朱い月は前に出て力を振るう。

 出なければ首を落とされていただろうからだ。

 

 見えないランスロットの剣と、朱い月の力が激突する。

 

 「――――――くくくくくッ」

 

 髪で形作った剣も、影もなく斬り落とされる。

 同時に、肩や足から血が噴き出す。

 

 「ははハははははハはははッッッ!!!! 見えぬ! 見えんぞ!! この私が! まるで見えんッ! 私が戯れる余裕が無いなど初めてだ!」

 

 ────────神秘とは、ソレを重ねる毎にその強度を増していく。

 

 例えば概念武装。

 能力や機能が全く同じ概念武装でも、積み重ねた神秘の強度が違えば自ずとその性能には差が出てくる。

 ソレと同じだ。

 

 アロンダイトは正史と違い膨大な神秘を取り込み続け、その強度を上げていた。

 神秘、具体的に言うと神秘そのものである真祖を屠り続け、その強度と性能を大幅に上げていたのだ。

 

 先ずは一つ。

 新たに付与した力は、神秘を否定する『異形の毒』。

 

 復元呪詛は意味を成さず、仮に端末を操っているに過ぎずとも、肉の一つであり魂が繋がって人の姿をとっていれば、強制的に人としての、生き物としての死を押し付ける。

 「俺が斬ったんだから死ね」と、自分勝手過ぎる意思の押し付けを成す、理屈も道理も無視した反則のソレ。 

 尤もコレはアロンダイトの特性というよりランスロットの特性の様なもので、アロンダイトだけの特性とは言い難いのだが。

 

 そして二つ目は、性能面の変化。

 本来────全てのパラメーターを1ランク上昇させ、また、全てのST判定で成功率を二倍にする────という性能を、ランク上昇値を四倍に。ST判定は八倍という数値を叩き出していた。

 

 唯でさえ人知未踏の剣速剣技を持ち、個として最強の英雄たるヘラクレスと同等以上のステータス────つまりは大半がAランクを超えるランスロット。

 それがアロンダイトの補助を受け、その内の一つはEX(評価規格外)すら超越した。

 

 地上の何者よりも強く、月の王たる朱い月と並ぶ強さ。

 何故星が朱い月にランスロットの排斥を頼んだのか。その理由はここに有るのかもしれない。

 アリストテレスは全ての星に連動し、星の代弁者だ。寧ろそうでなければならない。

 地球上でソレ等を兼ね備える存在こそ、アルテミット・ワンの失敗作たる真祖だ。

 

 しかしランスロットはどうだ。

 真祖を容易く蹴散らし、アルテミット・ワンたる朱い月相手にまともに戦っている。

 

 星はこう思っただろう。

 これではまるで────────

 

 

 

 

 

 

 

 ────────ランスロットこそが地球の最強種(タイプ・アース)の様ではないか、と。

 

 

 

 

 

 

 

 戦いは終幕へと進む。

 終わりは、すぐそこまでやって来ていた。

 

 しかしその終わりは、朱い月もアルトリアも望まない結果であると。

 その時は誰も知らなかったが────────

 

 

 

 

 




らんすろ「一体何時から――――無毀なる湖光を使っていると錯覚していた――――?」

というわけで対朱い月戦前編でした。
星がらんすろを排斥対象にした最大の理由は、星に属さない最強種というどこぞのドジッ蜘蛛(不確定)みたいにいう事聞かない最強種に成っちゃうかも。という懸念からのものでした。
必死こいて最強種作ろうと頑張ってるのにこんなん出てきたら釘撃ちたくもなるかもですね。

感想で朱い月が獣殿っぽいって言うもんだから、外見イメージが獣殿で固まってしまった……。
性格は崇神魔縁と獣殿と更木剣八を足して割った感じを思い描いて今回は書きました。

ちなみにらんすろの現段階のステータス(白目)はだいたいこんな感じです。

筋力B耐久B敏捷EX魔力C幸運B+宝具A++
↓無毀なる湖光使用時
筋力A+++耐久A+++敏捷★(表記不可)魔力A++幸運EX宝具A++

保有スキル:剣技:EX、精霊の加護:A、無窮の武練:A+、異形の毒:EX、圏境(偽):A、自己暗示:EX、心眼(偽):A、信仰の加護(偽):A+++、宗和の心得:B、直感:A









なぁにこれ。
まあ、こんなけしないと朱い月とは戦えないって考えて頂ければ。

修正点は随時修正します。
返信遅れるかもですが、感想待ってまする(*´ω`*)


異形の毒の描写を加筆修正しますた。申し訳ありませぬ(;´д`)
ステータスを更新修正しました。


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幕引き

嬉しいけど感想返しが大変で笑ってしまったw
という事で早目に更新。元々一部は前から出来てたので。

なんか不安になったので注意。
この作品は頭の螺子が外れた主人公が過剰に成長し、その為問題が発生するお話です。
ですのでパワーインフレが発生します、ご注意下さい。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒い剣閃が、最早見る影もない戦場を縦横無尽に駆け回る。

 

 朱い月の瞳に追えるのは残像の様な黒い光だけ。尤もそれが、視覚だけならば。

 

 「『拉げ』」

 

 空間が歪む。

 太陽の騎士を容易く沈めた空間歪曲がランスロットを襲うも、ランスロットはその歪曲させんとする神秘そのものを切断して進む。

 ランスロットの進む場所だけは朱い月の影響から切断され空間が歪まず、それ故に朱い月はランスロットの居場所が解る。

 

 それだけではない。

 空気の移動による反響定位による索敵、そして何より直感によって視認不可能なランスロットを知覚する。

 

 その方向へと、鏡像化した先程斬られた剣が千の刃と化して飛来する。

 

 だがそんなもの、ランスロットの一振りで悉く粉砕した。

 

 アロンダイトの基本能力は不変。

 決して歪まず、刃毀れが無いが故に無毀。

 それにST判定が八倍になった為、神域に片足処か潜水しているランスロットが握ればそれだけで槍が千だろうが万だろうが当たることはない。

 

 「『墜ちよ』」

 「ッ!?」

 

 そんなランスロットを襲うのは不可避の圧倒的重力の束縛。

 上からの重力が加重されるのではなく、全ての重力の向きがランスロットに集中しているのだ。

 

 「コレ、はッ……ぐッ!」

 「今、空は汝に向かって墜ちている。汝とて無傷でコレを解くのは難しかろう」

 

 岩や千の刃がランスロットを粉砕せんと引き寄せられるが、朱い月によって最も向きを変えられたものは空気。

 気圧や風圧、それは今まで戦場において決して傷付くことのなかったランスロットの身体を、ミシミシと圧砕していく。

 

 「クッ……ぉオオォオオァッ!!」

 

 ソレを振りほどくようにアロンダイトを振るい、重力の檻を切り裂いていく。

 その刃に呼応して、脱出する挙動と共に斬撃を攻撃として飛ばし、刃を微塵に、朱い月の腹部を深く削り取った。

 

 「ぐぅッ!」

 「ごぼッ!」

 

 朱い月は抉られた脇腹から、ランスロットは口から大量の血を吐き出す。

 朱い月は身体中に切り傷を負いながらも、しかしその圧倒的なまでの生命力が揺らぐ様子など微塵も見せずその体を支えている。

 

 「くくく。臓物が幾つか潰れる音がしたな」

 

 肉を切らせて骨を断つ。

 しかし朱い月の脇腹に対し、ランスロットが内臓では余りにランスロットの代償が大きすぎた。

 

 「ハッ……ハァッ」

 「……ランスロットよ、汝は何故戦う?」

 「何?」

 

 突然投げ掛けられた言葉に、思わず疑問符を上げる。

 

 「護国の為か? あの娘に対する忠義か?」

 

 何のために戦うか。

 そもそも朱い月にとってランスロットがアルトリアに仕えている理由が解らなかった。

 

 次が最後の一手と成りうる為、その前に何となく知りたかったのだ。

 月の頂点たる自身と並ぶ男が、何故誰かに従うのか。

 

 

 

 

 「────仕事だ」

 

 上司と部下可愛いし。

 

 

 

 その返答に朱い月の何かに触れたのか、笑い出す。

 そもそも、ランスロットは自分に関して笑いすぎコイツ、とすら思った。舐めとんのか。

 

 「────ふはッ! 仕事か! それも良かろう。ではそろそろ幕引きと征こうか────『縮』」

 

 そう締めると、朱い月は距離そのものを縮めたように一瞬の内に天空高くに移動し、高らかにその腕を掲げた。

 

 「────『星よ』、『星よ』、『星よ』、『集え』」

 

 鏡像によって映し出され、この世界に出現したのは、直径百メートルに達する、月に酷似した隕石だった。

 

 ────────『月落とし』。

 

 本来の歴史で、朱い月が魔法使いゼルレッチに対して使った切り札。

 そして彼の魔法使いは、此処には居らず。

 何より、朱い月の攻撃はコレだけでは終わらなかった。

 

 「『弾け』よ……!」

 

 ブリテン島を跡形もなく押し潰す隕石が、朱い月の意思に呼応して光の玉に分解される。

 

 ────────『エネルギー = 質量 × 光速度 の 2乗(E=mc²)』。

 

 この時代から遥か未来に定められる物理法則が、神秘によって形成される。

 エネルギーの転換ロスも無く、アインシュタイン公式の通りに質量を光速度の二乗の倍率でエネルギーに変換された。

 

 たった一キロの質量でブリテン島と周囲の小国を消滅して余りある、その圧倒的エネルギー。

 ソレが百メートル近い隕石によって行われた。

 

 刹那に行われた分解をランスロットが目にしても、その意味は理解できない。

 しかしもし朱い月の行った事を知れば、ランスロットはその技の名をこう呼ぶだろう。

 

 

 

「さあ打ち勝って見せよ。でなければ諸共死ね」

 

 ────────『質量爆散(マテリアルバースト)』、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幕引き

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「────……」

 

 迫り来る破滅と破壊の光。

 避けるのはブリテン島だけでなく、恐らくユーラシア大陸全土に致命的な被害を出す為不可。

 回避という選択肢は存在しない。

 

 しかし、ならばどうする。

 

 斬るにしても、切断しようが規模が違いすぎる。

 二つに両断しようが、アレは大地を蹂躙するだろう。ランスロットだけ生き残るだろうが、そんなものに何の意味がある。

 故にランスロットに打つ手はない。

 それは自明の理。

 

 「────」

 

 しかしランスロットの表情に浮かぶのは────笑みだった。

 

 「……何?」

 

 朱い月が疑問符をあげるのも仕方の無い様な、感謝に満ちた微笑みだった。

 

 剣技が神域に到達しているという点に於いて、かの亡霊はランスロットと同じだった。

 では、伝説の農民たる亡霊との違いとは何か。

 

 一つは膂力。

 一つは精霊の加護。

 一つは武器。

 そして何より────経験。

 

 とある世界で『旧全能』の名を冠する少年は、ある自論を持っていた。

 

 ────自己鍛錬だけでは限界がある。

 強敵と戦闘を行い、『経験値』を得ることで大きく成長する。

 ランスロットがここまで成長することができたのは、偏に『経験値』を取得出来たからだろう。

 

 果ての朱い月のブリュンスタッド。

 これ以上の経験値を得る機会などそうはない。

 戦いの中で、ランスロットは確実に成長していた。

 

 「感謝する────」

 

 この出会いに。

 何、やることは変わらない。何時も通りに、刀を振るえば良いだけだ。

 

 「来るか英雄!! ならば魅せてみよ! 汝の生がその価値を背負うに相応しいのならッ!!!」

 

 そして月は落ち、刀は振るわれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「なんだ────アレは」

 

 生き残った騎士達を戦いの余波が届かない所まで避難させたアルトリアが、輝く空に向かって呟いた。

 

 アルトリアはその未来予知に匹敵する直感で、あの光が墜ちれば何処に居ようが終わりだと理解した。

 アルトリアの直感など必要ないほど、天上を覆う光はそれだけの不吉を帯びていた。

 

 アレはまさしく世界を滅ぼす光であると。

 

 「ッ!? 王! 何処に行かれるのです!!」

 

 そんな異常状況で、走り出そうとするアルトリアに、円卓古参の一人ベディヴィエールが制止の声を出した。

 

 「……ランスロットの元へ行く」

 「いけません! それよりも、一刻も早くお逃げ下さい!!」

 「私にはアヴァロンがある! それに何処へ逃げようとも同じだ!! ならばアレが落ちる前に、ランスロットと共に戦うのが私の役目だ!! 私の騎士を独りで死なせて堪るものかッ!!!!」

 

 その凄まじい剣幕に、ベディヴィエールが気圧される。

 彼とてランスロットには死んで欲しくない。

 彼が居なくなれば、王の笑顔は間違いなく曇ると容易く予想出来る故に。

 

 「……っ」

 

 アルトリアは聖剣に風を纏わせ、自らを弾丸の様に吹き飛ばしてランスロットの元へと跳んだ。

 

 「世界の終わりを無視して男に向かって走る青春ドS! 悦いぞ悦いぞー!!」

 「元気ですねペレノア……というか何ですかソレ」

 「湖のに教えて貰ったのだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────朱い月は確かに聞いた。

 

 その一太刀の名を。

 自身の最高の技を打ち破る、今までのランスロットの人生の到達点を。

 

 とある農民の至った必中の殺人剣ではない。

 良くも悪くも、ランスロットが今まで戦ってきた者達は人間ではなかった。

 

 故に目指したのは剛の必殺。

 望んだのは幕引きの一撃。

 

 どんな敵もどんな壁もどんな能力も関係無く、あらゆる障害を一刀の元に斬り伏せる。

 一撃で何もかも一切合切決着する一振りを。

 

 故に、技の名がソレになるのは必定だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「──────『刃世界・終焉変生(ミズガルズ・ヴォルスング・サガ)』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朱い月が気が付いた時には、斬られていた。

 

 「────」

 

 大地を消滅せんと迫っていた第二の月光は、両断されたと同時に幕引かれたかの様に(・・・・・・・・・)砕け散り、霧散した。

 

 「見事……」

 

 切り裂かれずり落ちる肉の音を聴きながら、朱い月は思わず言葉を漏らしていた。

 

 目を奪われた。魅せられた。

 一瞬訪れかけた終わりを前にしても、その一振りを見ていたかった。

 例え半身を切り落とされていようとも。

 

 「くくく、ははは……良い、見事だ。防御処か避ける気すら忘れさせた、私の目を奪う程の秀麗とは……」

 

 確かに魅せた人の行き着く一つの極致。究極の一。

 それに至るまでの努力と鍛練。その総てを、今両腕が揃っていれば抱き締めて礼賛したかった。

 

 『おぉ────』

 

 何も知らないブリテンの民は己の正気を疑った。

 端から見ることも叶わず天変地異としか認識できない戦いの果てに、突如月が現れ、輝きながら墜ちてきたと思ったら両断され、硝子細工の様に砕け散ったのだから。

 

 湖の騎士が成した、人界(ミズガルズ)に語り継がれる英雄譚(ヴォルスング・サガ)

 

 「成る程、確かに汝は英雄だ。この様で無ければ喝采を贈り祝福したいところであるぞ、ランスロットよ」

 

 体の半分を失っても、自身に勝った人間を見ていたかった。目に焼き付けていた。

 だからこそ──────

 

 「────────ランスロット!」

 

 喜色と安堵に染まった声が響く。

 その声に反応した、残心をしていたランスロットが振り向く。

 

 そこには彼の王がいた。

 余程急いでいたのか、息も絶え絶え。加勢に来たのであれば色々不味いだろうに。

 

 しかし、勝ったのだ。

 あの怪物から、月世界の王から。

 

 世界の終わりから救った英雄を労うために、迎え入れる為に、アルトリアは満面の笑みを浮かべながら────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だからこそ────残念だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────その笑みが、凍り付いた。

 

 歪な孔の様な、ランスロットの胸を中心に黒い亀裂が走っていた。

 その亀裂は、暗黒体(ブラックホール)の様に狭間となってランスロットを呑み込まんとしていた。

 

 「────何、だ、何だソレは、ランスロット……?」

 「……」

 

 ランスロットは答えない。

 しかしその表情をアルトリアは知っていた。

 それを、アルトリアは戦場で何度も、何人も見てきた。

 別れの、表情。

 

 「星による排斥。しかしこの様な直接的な行動を取れるとは、初めて知った」

 「排、斥?」

 

 肩口から足まで切り落とされ、文字通り半身と成りながら朱い月はランスロットに対して筋を通す。

 ランスロットと戦った者として。

 

 「元々私が彼処まで強権を振るえたのも、星によるバックアップがあったからこそ。危険分子を早々に排斥しようとした例は過去あったようだが、しかしただ“強い”というだけで排斥対象になるとはな」

 「──────」

 「だが、私の『月落とし』を斬ったことが駄目押しであったな。抑止力も本腰を入れたという訳だ」

 

 アルトリアには理解出来ない域の出来事。

 

 「残念だ。月ではなく私を“幕引け”ば、私を殺せたろうに」

 

 しかし仮に理解できたとしても、理解などしたくなかっただろう。

 しかし、アルトリアの都合にあわせて時が止まる訳ではない。

 

 「い、嫌だ」

 

 ランスロットの胸は、既に狭間に呑み込まれていた。

 

 「め、命令だ、ランスロット。手を、伸ばせ」

 「────」

 「まだ、私は貴方に何も返せていない……ッ」

 

 ランスロットの、アロンダイトを持った片腕が剣ごと呑まれた。

 

 「────────消えるなッ!!!!」

 

 ランスロットは、アルトリアの求めに応えるように、呑み込まれていない方の腕を伸ばす。

 

 だが、その手をアルトリアは掴むことが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

「────(いや)、さよならだ。我が主(アルトリア)

 

 

 

 

 

 

 

 そう残して、湖の騎士はこの世から消失した。

 この世界から、この宇宙から。

 

 「ランスロット?」

 

 伸ばした手は空振り、ランスロットを呑み込んだ亀裂も無くなった。

 

 「──────あ」

 

 戦場で、しかも敵の御大将の目の前で。アルトリアは親とはぐれた子供の様に。

 

 「────ああ、あぁあ」

 

 ブリテンの剣が、己の剣がこの世界の何処にも居ない事を漸く認識し。

 

 「────────あぁッ、ああああァああアあああ!! ァあああぁああああああああああァあああアああああッッっっっ!!!!」

 

 愛した者を喪った少女の様に、泣き崩れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────円卓最強の騎士の死。しかも実質王よりも支持を集めていたランスロットの死に、国は揺れた。

 朱い月はブリテンからいつの間にか姿を消し、しかし未だに蛮族の与えた爪痕は深く、そして死徒の生き残りは存在していた。

 

 ランスロットの死については、王自らが殿を命じたと公表し、王は直ぐ様死徒の残党狩りに身を乗り出した。

 まるで何かに迫られるように。

 

 その為残党の死徒も程無く残らず狩られるも、国は再び混乱に陥る。

 死徒狩りの為に王の代わりに摂政を命じられていた、円卓の騎士モードレッドの反逆によって。

 元々ブリテンの過半数はランスロットを支持しており、ランスロットは一人で殿をしたことから、王に貶められたとしその敵討ちとして支持を得ていた。

 

 主を失った狂犬は、ブリテンを一年以内に終わらせた。

 

 ブリテンは史実通りに崩壊し、モードレッドもアーサー王に致命傷を与えるも、ブリテンの聖槍に貫かれて息絶える。

 最期の時まで、喪った男を求める声と、それを奪った王への憎悪を吐きながら。

 

 半死半生の王は思う。

 何が間違いだったのだろうか。

 考えるまでもない。

 

 ランスロットを喪った事で、全てが狂い始めた。

 ならば、だからこそ悔やむ。

 

 彼が居てくれたなら、そもそもモードレッドは結果的に彼を奪った私に復讐などせず、ブリテンはより強固になっていた筈だ、と。

 

 ならばあの月の王がこの国を襲わなければ?

 世界が彼を奪わなければ?

 

 悔やんだところで過去は覆らないし、ランスロットは戻ってこない。

 

 しかし彼女は知っていた。そんな荒唐無稽の願望を実現する杯を。

 あらゆる願いを叶える願望器を。

 

 彼女は世界と契約する。

 この手に聖杯を。

 

 そして物語は移ろい、舞台は極東の国、日本に。

 聖杯を求め、魔術師と英霊の戦場へと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────時に皆様は、第二魔法の使い手キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグ本人からも「病気か?」と突っ込れるほどにスーパー良い人、遠坂家初代当主である遠坂永人。

 

 そんな彼が当初、どうやって根源に到達しようとしたか────ご存知だろうか?

 

 

 

 

 




星「ウサギガニゲテル!」


刃世界・終焉変生(ミズガルズ・ヴォルスング・サガ)
ランク:EX
種別:対界魔剣
レンジ:-
最大捕捉:- 
 ランスロットの「某ウンコマンの様に、神秘とか概念とか能力とか法則とか一切合財鼻で笑って、障害と思ったモノを一撃で斬り伏せたい」という狂気に等しい渇望(ミーハー精神)が為した、純粋な剣技を魔法の域に昇華させた究極の斬撃。言っちまえば斬撃版マッキーパンチ。
 別名、というか使用者本人の付けた本当の名前はマッキー☆スラッシュ。
 概要は「刀身を含めた斬撃に触れた物体を切断、更に明確な目標を決めていた場合、その目標を消滅させる」事であり、その対象が人でも魔術でも神だろうが世界だろうが概念だろうが、それこそ星すら切断し、消滅させる幕引きの一閃。
 距離の概念すら斬られているので、外れることはまず無い。
 また佐々木小次郎の燕返し同様剣技であるため、魔力消費はゼロで連撃すら可能。
 ただし、一振りで複数の物体を『幕引き』にすることは出来ず、例えば汚染された大聖杯を消滅させようとするならば、中身のアンリ・マユのみ残ったり、アンリ・マユを消滅しようが聖杯は残ったり。


今回は朱い月ではなく『月』を消滅させたため朱い月は千年クラスの致命傷を負うも生存。
ゼルレッチの勝利フラグ成立。

名前もアレンジを加えようかと考えたけど、そもそもマッキーパンチの元ネタが「人界(ミズガルズ)に語り継がれる英雄譚(ヴォルスング・サガ)」。円卓時代編の幕引きとして相応しいと思ったので、そのまま使用。ただし「人世界」から「刃世界」に変更。

さて、次回はらんすろに何が起きたか、その後を閑話やります。
修正点は随時修正します。てか加筆修正するかもです。

返信遅れるかもですが、感想待ってまする(*´ω`*)




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閑話 行き着く先は

実は既に出来てたので投稿。内容的にあんまり時間を開けたくなかったからでもありますが。

数多くの感想本当に有難う御座います。
全て拝見しており、本当はすべて返信したいのですが、前話分の感想数が既に100を超えたので残念ながら諦めました。
申し訳ございません。


しつこいようですが、この作品は頭の螺子が外れた主人公が過剰に成長し、その為問題が発生するお話です。
ですので激しいパワーインフレが発生します。
また、今回の話は独自解釈が過剰に含まれています。ご注意下さい

開き直って読むのをお勧めします。


 消えてゆく意識の中で、ランスロットは思考の渦に呑まれていた。

 

 果たしてあの戦いは自分の勝利と言えるだろうか。

 成る程、後一振り出来れば確実に勝利出来ただろう。幕引きの斬撃を使うまでもない。

 

 それにしても喜ばしかった。

 長年追い求めていたものに手が届いたのだ。喜ばないわけがない。

 

 この、己の武の極致さえあれば、あの死徒二十七祖の第五位すら屠れるかもしれない。

 そんな領域に辿り着いたのだ。

 何れ程の命を抱えてようとも、仮に死しても転生できる手段があろうとも、ソレが仮に手足だろうと神秘的な繋がりさえあれば確実に斬り伏せることができる。

 

 正しく自分が求めた、「あらゆる障害を一刀の元に斬り伏せる」という目標を達成することができたのだ。

 

 星すら斬れた。まぁお蔭でこの様らしいのだが。

 

 上も下も解らない、背景描写すら碌な表現が出来ず、しかし笑いが止まらない。

 

 愉快だ! はは、はははははははははははははははははははははははは!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────アホか。

 

 

 呆れて思わず笑ってしまう。

 必殺技が出来て悦に浸るとか、中学生か。

 自分の幼稚さに呆れてモノも言えない。

 必殺技? あらゆる障害を一刀の元に斬り伏せる技?

 

 

 

 

 

 

 

 そんなの当たり前だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 剣士に、剣に必殺は当然。

 業とは、一振り一振りに宿る基本や積み重ねこそが揃って漸くのモノ。

 

 基本こそ奥義という言葉を知らんのか俺は。

 つまり型はあれど技など本来存在しないのだ。

 故に真の剣士とは、振るう刃全てが必殺でなければならない。

 

 

 振るう剣に牽制など、それは弱者の武術。

 別にソレを悪とは言わない。何故なら武術とは、生まれながらの絶対強者に対するコンプレックスによって生み出された業。

 

 しかしソレでは何処ぞの農民と何ら変わらない。

 そして自分は、その農民には持ち得ないものを持っている。

 

 故に俺の到達点とは、その農民とは違う答えでなければならない。でなければ、持ち得なかったその農民に対する侮辱なのだから。

 今の自分は、言ってしまえばレベル100まで上がったが、自分にはその先のレベル101以上があると知ったゲーマーの様なもの。

 

 故に寄越せ。

 時間を、修練を、獲物を、闘争を。

 何一つ自分は満足していない。

 

 その問い掛けに答えるように、ランスロットの眼前に六つの扉が顕れる。

 勿論、それはランスロットが認識しやすいように情報化されたもの。

 この場に来たもの全てに、その扉が顕れる訳ではない。これはあくまで比喩なのだから。

 

 六つの扉の内、四つは開かれている。

 その四つの奥には、否。その開かれていない五つ目の扉も、ランスロットが望むモノへの扉ではないとランスロットは本能的に理解した。

 

 故に向かうは六つの目の扉。

 その扉は鎖や錠前等で、固く閉ざされている。

 お前に、ランスロットにはこの扉を開く権利は無いと言うように。

 これでもかと言わんばかりの拒絶があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「フリですね解ります」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────違います。

 

 そんな扉の訴えなど聞こえないランスロットは、扉を切り裂いた。 

 この男、迷宮に陥ったら壁をブチ抜いて進むタイプである。

 

 本来その資格を持ち得なかったランスロットが得たその第六の奇跡。世界を改変する御業は必然、その形を歪ませる。

 

 外ではなく内に。

 体現するは個の極限、覇道ではなく求道の太極。

 世界法則からも自由だが、世界法則を覆すこともない。

 『歩く特異点』とも称される、天であり、人間大の宇宙そのもの。

 

 その変異、その到達を、その流出を、ランスロットは後にこう語った。

 

 

 『サヨナラ厨二病。こんにちは高二病』

 

 

 まるで理解出来なかった空間を抜けた先に待っていたのは────────赤だった。

 

 「ゴフッ!?」

 

 正確には、赤としか形容できないソレによって殴り飛ばされたのだ。

 なんじゃなんじゃ! カチ込みか!? と、そんなことを心の中で喚きながら起き上がり、ソレの全貌を見た。

 

 「────」

 

 赤。刺々しい赤い鱗に覆われた、既存の生物を遥かに超える巨躯。鋭い爪牙に、爬虫類のような縦に割れた瞳孔を持つエメラルドの瞳。

 大空を支配する大いなる翼。

 

 幻想種の頂点に座する神秘の究極の、更にその中で二番目に位置する二天の一翼。

 

 「グルルルッ……」

 

 赤き竜(ウェルシュ・ドラゴン)ア・ドライグ・ゴッホ。

 偉大なるブリテンの赤き竜王が、唸りを上げてランスロットを見据えていた。

 

 常人なら塩の柱になる程の威圧と殺気。

 全ての生命を恐怖させ、魂を蒸発させる生命の頂点。

 

 それを殺すだけで英雄とされる、霊長最高の功績となる竜殺し。

 その血を浴びた英雄は、不死身になったとされる神秘の塊。

 

 そんな存在の一撃を受けてもほぼ無傷の自分の異常に気付かずに、何も変わらず刃を向けた。

 ほんの僅かな邪念を溢して。

 

 「お腹減った」

 

 そう、竜の血を浴びて不死身になるのなら────────食べたらどうなるの?

 東洋では毒です、と答える者は誰もいなかった。

 

 バーベキュー? 野菜が足りない。

 ならば塩焼き? 塩胡椒と特製ダレは何時でも常備している。

 朱い月との戦いや尻尾の一撃を経たが、塩とタレはなんとか無事のようだ。

 …………。

 

 

 「────────こ、胡椒がっ……!!?」

 

 

 オノレ蜥蜴ノ分際デ。

 

 調味料の一つの消失に嘆きながら、その行き場の無い怒りを赤竜へと向ける。

 ――――――その激突は、一瞬で決着した。

 

 

 

 

 

 世界の外側と裏側を行き来し、幻想種(モンスター)をハントし続けている馬鹿が世界の内側に帰還する、約十五世紀前のお話である。 

 

 

 

 




抑止力に排斥×
根源に到達○


「これの使い手が現れるとき、世界に根本的な改変がもたらされるとか。」「また、ワラキアいわく「この世の果て」=「秩序が第六に敗れるその日」。」

という第六魔法の事を調べ、『秩序』=『世界法則』と妄想、「これ神座シリーズの覇道太極じゃね?」と考えました。
また既に使い手は決まっている事と、覇道より求道寄りのらんすろを魔法使いにすることを決めました。
あくまで二次創作での妄想設定なので、普通に間違ってるかもしれないことを念頭に置いて下さい。
詳しい設定はまた今度。

さて、取り敢えず円卓時代編終了とのことで、少し一段落。
他の作品の更新を優先させて頂きますので、時間が空くと思います。

修正or加筆点は随時修正します。
返信出来ないかもですが、感想待ってまする(*´ω`*)




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番外編
Fate/EXTRA 月にて踊る斬神の神楽


また感想返しで心折れたぜ……。



 ────────男の話をしよう。

 

 剣士と名乗るには余りに飛び抜け、騎士と名乗るには余りに精神がそぐわぬ男の話を。

 

 男がいる場所が、青き星の何処でもない虚数の海底だと気が付いたのはいつ頃だろうか。

 漆黒の貴族服と闇色の外套に身を包んだその男は、そんな異常な状況に対して奇妙に首を傾げるのみであった。

 かつて世界の外側に弾き飛ばされた―――――正確には自分から根源の渦に突っ込んだ際の感覚に似ており、覚醒したばかりだというのに意識を閉ざそうという感覚に襲われる。

 

『なんぞコレェ』

 

 凛々しく、憂いに彩られた美貌に反し、その思考は能天気なそれ。

 そんな問いに答えるように、虚数の海が男に答えを与えた。

 

 月の聖杯ムーンセル・オートマトン。

 太陽系最古の遺物。

 地球の誕生から全てを克明に観察・記録すること。全ての生命、全ての生態、生命の誕生、進化、人類の発生、文明の拡大、歴史、思想――そして魂。

 全地球の記録にして設計図にして神の自動書記装置。

 

 七天の聖杯(セブンスヘブン・アートグラフ)

 それによって構成される、霊子虚構世界『SE.RA.PH(セラフ)』。

 

 元々は異星の文明が地球の生物を記録する為に設置した観測機だったが、「地球の全てを余す所なく観測するには、地球の全てを掌握出来る程の性能が要る」という考えによって、情報だけで宇宙の物理法則を書き換えられる程に収束された光を中枢に蓄えた、万能の器と化した。

 

 この虚構の大河は、そんな聖杯が己の担い手を選ぶため開催される聖杯戦争、そこに出場するには不適格な英霊が廃棄される、云わば月の裏側と言える無限の廃棄場だった。

 

『……あぁ、成る程EXTRA時空か。そして此処はAUOがブチ込まれてたトコな』

 

 その知識が切っ掛けで忘我に放り投げていた記憶の断片を引っ張りあげ、己の状態を把握する。

 

 月の聖杯戦争。

 規格外のアーティファクトと、それを手に入れんとするマナと魔術を喪った魔術師(ウィザード)。そして彼等と共に聖杯を掴まんとする、セラフによって完全再現された英霊(サーヴァント)達のトーナメント。

 

『確かザビーズが立川の聖人相手に頑張る話だっけ?』

 

 大体合っているが、根本的に間違っている事を指摘する者は此処には居なかった。

 

 当然だろう。

 その月の聖杯に、聖杯戦争には不要と断定され裏側に封印されているのだから。

 理由は簡単。先に男が脳内で垂れ流していた様に、この男が参戦した時点でマスターの力量に関係無く勝利が確定する────という、どうしようも無い物だった。

 

 原初の英雄王が財宝によってその力が依存される様に。

 この男は如何にマスターが未熟でも、あらゆる英霊を斬り捨てる程の力量を持っていると判断されたのだ。

 

 ────そんなことはない。

 

 己は未々未熟であり、そんな己を倒す者は数多く居る筈だ。

 そう男は否を唱えるも、虚数の海に返答は無く。

 というか有るわけがなかった。

 

『……抗議は何処にすれば良いのだろうか?』

 

 男の知識の中で、ムーンセルに直接文句を言いに行くのに適した場所。

 通常のサーヴァントならば、聖杯戦争の最中にムーンセルの管理AIにでも聞けるのだが、如何せん男は封印された身。

 気軽に質問できる相手が居ない。

 

『居ないんだったら、此方から向かえば良いんじゃね?』

 

 ────そうだ、京都行こう。

 そんな軽いノリで男は漆黒の刃を抜き、虚数の大海を切り裂いた。

 目指すは月の聖杯が座す、本来聖杯戦争の勝者のみが辿り着ける熾天の座。

 男の目的は一つ。

 

『そこでヤクザばりの抗議をしてやるのだ────ッ!』

 

 ムーンセルの失敗は、男の技量とその吹き飛んだ思考回路をそのまま完全に再現してしまった事に他ならない。

 

 

 

 

 

 

番外編 月にて踊る斬神の神楽

 

 

 

 

 

 

「────『刃世界・終焉変生(ミズガルズ・ヴォルスング・サガ)』」

 

 初手にて万象を終焉に帰す、極限の斬撃が無限に広がる虚数の海を両断する。

 本来無限を両断しようが何の意味も無いが、この斬撃は幕引きの一撃。

 虚数の海は有り得ぬことに一瞬で干上がり、問答無用で廃棄用の世界を砕き尽くす。

 

 そして虚空を当然のように踏みつけ、次元すら跳躍する領域の縮地でもって月の中心、聖杯へと突き進む。

 

 勿論、ムーンセルはその男の行動を察知。

 四〇四光年障壁と呼ばれる、全長3.82205348×10^15Kmの空間と思わせて実際は何百年かけても突破できない無限距離が作られている。

 そんな中枢への無断侵入者を防いでいる絶対の防壁が、男の前に立ち塞がるが────

 

「薄いぞ」

 

 男の斬撃に距離など無意味。

 幕引きの一撃に間合いという概念は無く、更に極めた彼のその振るう刃全てが終焉を与えるご都合主義の刃(デウス・エクス・マキナ)

 男に対して防御という選択肢は死路でしかなく、故にムーンセルは男のデータを削るという選択肢を選んだ。

 

 しかし時間があれば兎も角、縮地という次元を跳躍する術を持つ男は己が削られていくのを完全に無視して、目的地へ全力で駆ける。

 

 そもそも男が熾天の座に向かおうと考え、それを防壁で止めようとした時点でムーンセルは詰んでいた。

 男と戦うには男の力を削り合い、奪う類いのものでしか相対する事はなく、そもそも防衛という時点で極めて不利。

 こと単騎で攻めることに関して、男は余りに長けていた。

 

 月の聖杯は戦争を前に一人の手に落ちる。

 それはムーンセルが諦めるほど、確定した未来だった。

 ただし、

 

「────」

 

 それは、男の戦力のみを計算した場合のお話。

 後一息で熾天の座に届く寸前、男の卓越した知覚能力は一つの事象を捉えた。

 

 場所は月で行われる聖杯戦争のマスターが、そのマスター権を得る為の最初の試練場の学園。

 其処で余りに見覚えのある少女が、下駄箱の様な場所で倒れる瞬間を男は認識した。

 

「桜?」

 

 すると男は足を止める処か踵を返し、何を思ったか少女の元へ走り出したのだ。

 

 ムーンセルは理解できなかった。

 その倒れた少女はムーンセルが用意した管理AIに過ぎず、外見も元となった人物のモノで男の知人では無い。

 そしてそんな彼女はムーンセルにすれば幾らでも替えの利く、それこそ「石ころ」程度の価値しかなかった。

 

 しかし男は彼女に向かった。

 何故?

 真実万能の釜、至高の願望器を前に、何故振り返る? あまつさえ背を向けて走るなど。

 そんな疑問も、男の本体を良く知る者ならば、簡単に答えるであろう。 

 

 ────ソイツは真性の馬鹿なのだ、と。

 

 そんな事は知るよしもなく、ムーンセルは疑問を提示しながら男のデータを削り続ける。

 少女を気遣うが故にムーンセルによる削除は進み、太極の具現は崩れ去り膂力も大幅に落ちてしまう。

 

「……『己が栄光の為でなく(フォー・サムワンズ・グロウリー)』」

 

 しかし男が呟いた瞬間、ムーンセルは男を見失った。

 正確には、ムーンセルの脅威を見失った。

 男は己の最大の武器を封じる代わりに、その隠蔽用宝具によってムーンセルから男を脅威とする認識を無くしたのだ。

 

 弱体化した男は、己の現状など興味が無いように、消滅寸前の少女を抱えて、保健室に直行する。

 その後少女はAIとしての矛盾に苛まれながらも、己を救った男とのほんの僅かな時間をシステムを弄ることで繰り返し、そんな許されざる甘美な記憶をバックアップに封じ込むだろう。

 

 廃棄されるべきサーヴァントである彼が、何等かの方法で熾天の座に至ろうとも、異常を察知したムーンセルが削除する可能性は高い。

 

 何故なら、幾ら彼とは言え弱体化した今の状態では、熾天の座に居座る哀れな残骸と、ソレに慈悲を与える救世主と戦うのに、己を隠蔽して得物も出さずに勝つのは流石に不可能だからだ。

 そして勝つのは己の廃棄用サーヴァントとしての正体をムーンセルにバラす事と同義。

 

 ムーンセルは、救世主に勝った男を即座に消去するだろう。

 故に『恋』を知りAIの枠組みから超越した彼女が、男を救わんと月を掌握するのは必然であり────。

 

 結果的に見れば、どう足掻いてもムーンセルが詰んでいた事に変わりが無いのだが。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 男は校舎を歩く。

 180はあった体躯は少年のソレに縮み、歳も20代の美丈夫から14歳ほどの少年となっていた。

 肉体を構成するデータの大半がムーンセルによって削られたのが原因だ。

 

 しかし己の宝具によって認識データすら隠蔽した。

 『己が栄光の為でなく(フォー・サムワンズ・グロウリー)』。

 

 抑止力すら欺くこの宝具は、ムーンセルの眼を容易に欺いた。

 故に彼は、その存在をムーンセルが許容する異物と化している。

 

 即ち、聖杯戦争に参加するマスター候補として。

 

「……さて」

 

 ────どないしよ。

 

 しかし、男には目的が無かった。

 先刻までの保健室での管理AIの少女との語り合いで、己の疑問は解消されてしまった。

 即ち、男が月の裏側で廃棄封印されていた理由。

 

『────えっと、ソレは恐らく神霊に匹敵するサーヴァントと判断されたからではないでしょうか? 事実、神霊をサーヴァントとして召喚する事は出来ませんし』

 

 つまり、己より強い存在は居るが、しかし自身は聖杯戦争を行う規準に合わなかった。

 ボクシングで無差別級の試合でも無い限り、ライト級とヘビー級のボクサーがマッチングしないのと同じ様に。

 

 男はそう解釈した。

 そんな具合で、男が無理に熾天の座に向かう理由は無くなってしまった。

 元よりそこまで死に物狂いに目指す目的でもなかったのだから。

 

 しかし、そうなると本格的に目的が無い。

 軽く学園に存在するマスター候補を見回ったが、しかし未だに記憶を取り戻したマスター候補は居らず、何より月の聖杯戦争の勝者となりうる『アムネジアシンドローム』を発症した人間を元とした少年、又は少女は存在しなかった(・・・・・・・)

 

『なしてザビーズ居らんのよ。どないすんのコレェ』

 

 果たして、此れはどうするか悩む事態である。

 今から熾天の座に向かうのは、スペックの劣化が激しすぎる為不可能。

 いや、もしかしたら根性で突破する事もひょっとしたら可能なのかもしれないが、不粋だからやるべきではないと判断した。

 ではどうする?

 

 学園の校舎を回り、男曰くザビーズを探すついでに生徒達を見て回ったが、どうやら選別初日なのか記憶を取り戻したマスターはやはり居なかった。

 尤も、先刻少女が男との時間を繰り返していた時に感じた視線の主(・・・・)とは、本能的に鉢合わせにならない様に立ち回ったが。

 

「……戦うか」

 

 そして結局、聖杯戦争に参加する事を決めた。

 結局、男は戦う事しか能がなかった。

 ぶっちゃけた話、男が弱体化した今頼れる術は己の技量のみ。

 ムーンセルの眼を欺く為に隠蔽宝具を使っている代償に、本命たる『無毀なる湖光(アロンダイト)』が使用できない。

 しかしソレもまた一興。難題だが挑む価値はある。

 

 仮に勝ち抜き聖杯を手に入れたとして、心底の願いなど無いが、ソレはその時考えれば良い。

 「アストルフォが女だったら良いのに」とか、「聖杯戦争の参加者の生存」でも「一個の生命として受肉」だろうと何でも良い────と。

 

 そんな風に考える間に、男は目的地へと足を踏み入れた。

 

 ソコの入口はただのコンクリートの壁に見え、しかし男が正面に立つと突如扉らしき穴がポッカリと空いていた。

 

 ソコはマスターを選出する予選の出口。

 本選会場へ向かうマスター候補にとって最後の関門。

 

 扉は暗い廃棄場にあり、其処には一体のつるりとした肌の人形が立っていた。

 

【────ようこそ、新たなるマスター候補よ】

 

 何処からともなく声が響く。

 

【それはこの先で、君の剣となり盾となる人g】

「要らん」

 

 謎の声の主の助言らしきものを切り捨て、何の躊躇もなく扉の奥へと歩みを進めた。

 扉の先にあったのは教会の様な荘厳さを感じさせる、丁度戦える広さの部屋だった。

 

「…………」

 

 部屋の中心に立つと、背後からカタカタと音を立てて先程の人形が男を屠らんと襲い掛かってくる。

 

 本来マスター候補だけでは太刀打ちすることは不可能であり、先程の人形を用いて現れる敵を倒すか、この場に於いてサーヴァントを召喚することによって、候補から脱しマスターになる権利が与えられるのだ。

 

 ソレに比べて、男は従え操る人形を不用と捨て、本来ならば絶体絶命の状況と言える。

 

 だが如何せん、男は規格が違った。

 幾ら弱体化しようとも、男は月の裏側で廃棄封印されるほどのサーヴァント。

 この様な人形、ガラクタ以下の脅威も無い。

 

 男は剣士である。

 刀を以て敵を斬る。

 しかし現状では刀を抜くことは出来ない。

 なら、どうするか?

 

「────」

 

 人形は殴ろうとした男を見失い、歪な拳は空を切る。

 ソレ処か、そのまま上半身だけがズルリ、と地に落ちる。

 人形の背後で残心を取る男は、素手で人形を切り裂いていた。

 

「切りが無いな……」

 

 人形を瞬殺した男は、しかし再び現れた人形を見て嘆息した。

 しかしまぁ、現状の弱体化した身体のならしに丁度良いか、と割り切りながら二体目の人形を切り裂いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 現れる人形を次々に切り裂き、倒していく男の姿を、彼女は視ていた。

 その戦う姿は余りに流麗であり、まるで壇上で踊る役者のように美しかった。

 

 ソレを観て、惹かれた者が居た。

 舞う様に戦う男を観て、焦がれた者が居た。

 男にとって、聖杯戦争を共に戦う相棒たるサーヴァント。

 それは────────

 

 青と銀の甲冑を着た見目麗しい少女

 重厚な全身鎧の白銀の騎士

 剣を携えた男装の少女

 妖艶な半獣の女性

 禍々しい鎧に身を包んだ槍持つ昏き少女

 

 ────────さぁ、月の聖杯戦争を始めよう。




欠片男「……遮られた」

と云う訳で、本編の龍之介の描写に詰まった&衝動的にextraを描きたくなった為の突発的番外編でした。

プロローグのみなので、サーヴァントすら決まってません。候補は以下の四名です。

候補
 セイバー・アルトリア
 セイバー・モードレッド
 セイバー・ネロ・クラウディウス
 キャスター・玉藻の前
 ランサー・アルトリアオルタ

と、以上が候補です。
赤セイバーとキャス孤はextra勢として。青セイバーとモー、乳上は縁者としての選択肢ですな。

どのサーヴァントを選んでも、ゲームでは弱体化したサーヴァントが徐々に力を取り戻す話が魔力供給は十分だけど弱体化したらんすろを元に戻していくお話になります。

らんすろの弱体化スペックは以下となります。

ステータス  スキル
 筋力:C    剣技:EX  
 耐久:E    無窮の武練:A+
 敏捷:A     自己暗示:EX 
 魔力:A     信仰の加護(偽):EX
 幸運:A++   異形の毒:EX
 宝具:A(EX)  縮地:A+   

ステータス的にはフランスの竜殺しと同じレベルですね。神霊クラス以上からの弱体化としたらこんなもんですかね。

ステータス回復は、立川の聖人戦には第六法以外の能力が元に戻る感じですね。まぁ本格的に描くにしても、色々変更あると思いますが。
まぁどっちにしろ第六法無しじゃ輪廻転生アタックはアロンダイト抜かないと防げないので、ザビーズと同様削除不可避です。
つまりCCC編不可避です(無慈悲)
CCC編じゃあ、大欲界系痴女さん戦には第六法も完備状態で戦えるかなーとか妄想しました。

アルトリアがサーヴァントならガウェインとの勝負が熱くなるのと、乳上がサーヴァントならガウェインが精神ダメージがマッハとなります。
モードレッドがサーヴァントならガウェインと衝突不可避。だからと云ってネロや玉藻でも、らんすろが原因で空気悪くなりますね。
ハッハァ! ロリコンは消毒だぁ!!

アルトリアがサーヴァントになったら、初々しくイチャイチャしようと試みるセイバーと変態紳士視点のらんすろが見られます。
モードレッドがサーヴァントになったら、終始モードレッドがわんこみたいに尻尾振りまくり飼い主と忠犬が見れます。
乳上がサーヴァントになったら、拗れまくった結果反動でシッポリとイチャイチャ爛れたおねショタが見られます。

赤セイバーとキャス孤はゲーム通りですかね。

とまぁ突発番外編でしたが、本編は五割ほど出来ているので、出来次第更新させていただきます。
問題はネギまがなぁ……。
中々忙しくて進まないのなぁ。

キチンと、感想返せるか分かりませんが、感想待ってます。


※追記
勘違いさせて申し訳ありませんが、アンケートではありません。


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Fate/Apocrypha 外典にて踊る■の雛

 ―――――――――――――日本の繁華街の路地裏を、ホストのような風貌の男が一心不乱に走っていた。

 その整った顔立ちを自身の様々な汁にまみれさせ、盛大に青ざめながら歪ませながら。

 

 男の名は相良豹馬。

 とあるモノを象徴に掲げ、魔術協会からの離反、独立宣言を行ったユグドミレニア一族の一人である。

 

 かつて、冬木と呼ばれる街で執り行われていた、七人の魔術師と英霊たちによる聖杯戦争と呼ばれた魔術儀式。

 

 しかし二次大戦の最中、ナチスドイツの手を借りてとあるマスターが聖杯戦争の舞台装置『大聖杯』を強奪したことで儀式は終了した。

 結果、聖杯戦争の術式の一部が拡散し様々な小規模聖杯戦争、亜種聖杯戦争が多発するが────。

 

 ナチスドイツからも大聖杯を隠匿し、60年間隠し続けた件のマスター────ダーニック・プレストーン・ユグドミレニアが大聖杯の所有を表明。

 魔術協会である時計塔からの一族の離反を表明、奪った大聖杯による聖杯戦争でもって宣戦を布告した。

 

 聖杯戦争のシステムによる、七騎対七騎というかつてない規模の戦争。

 斯くして、ルーマニア・トゥリファスを舞台に空前絶後の規模の戦争────『聖杯大戦』が勃発した。

 

 そう、彼は聖杯大戦に於けるユグドミレニア側のマスター()()()

 今夜はその最重要過程である、英霊召喚の実行に移す夜。

 彼の一族が継承してきた魔術は暗示や潜伏、諜報など地味な方面に特化しており、他の魔術師からは『ネズミ』と呼ばれていた。

 

 実際に彼はそれをコンプレックスにこそしているが、それは紛れもない事実だった。

 サーヴァントが14人存在することで大聖杯からのバックアップが半分になっている今回の聖杯大戦では、ジャックの信仰面での弱さも相まってサーヴァントの召喚すらできないほど脆弱な、まさしく二流の魔術師である。

 

 三騎士やライダーの様に高位の英霊が召喚されやすいクラスではなくアサシンのサーヴァントの召喚を狙ったのも、自身の力不足を考慮してのこと。

 また、情報の少なさを重要視してジャック・ザ・リッパーが実際に使用したとされるナイフを触媒に用意し、召喚に挑まんとした。

 

 だが、それでも不安はあった。

 

 故に故郷の日本にて実際にジャック召喚の可能性を最大限に高めるため、その凶器を使ってジャック・ザ・リッパーの犯行現場を再現しようとした。

 一般人の女を、生贄にしようとしたのだ。

 

 日本式の呪術系統と西洋の魔術が混合された代償(いけにえ)を利用する魔術系統。

 人命を代償に建築物やあるいは人命そのものの安全を確立させる搾取型の防護魔術の使い手だ。

 人を生け贄に捧げるのに、躊躇などなかった。

 

 その結果────彼は今、一心不乱に逃げ出すように走っている。

 その手にはマスターの証したる令呪は、無い。

 それ処か、今の彼は魔術師ですらなかった。

 

(何故、どうして、こんな────)

 

 彼は最早、道標を喪った迷子に等しい。

 

 今の彼の身体には、本来魔術師が持つ筈の魔術回路が無かったのだ。

 魔術師が自身の魔術回路を喪うなど、鳥が翼を失うのも同然だ。

 疑似神経とは云え、本来は魔術回路を失ってすぐにまともに動けるわけが無いのだが。

 

 兎に角、相良豹馬は魔術師としては死んだのだ。

 彼は言語として体を成していない叫び声を上げながら、路地裏の暗闇に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

Fate/Apocrypha 外典にて踊る魔境の無空

 

 

 

 

 

 

 

 

 中世ヨーロッパの面影を色濃く残しているヨーロッパ有数の都市────シギショアラに二人の男女が訪れていた。

 

 一人はほんの少し憂いを帯びた表情を浮かべただけで、男を狂わせるような蠱惑的な美女。

 声も容姿も浮世離れした甘い響きがあり、すれ違っただけで声を掛けようと思う男達が大勢いた。

 だがそんな甘い考えの男達は、彼女の隣に立つ男を前にしてそそくさと踵を翻した。

 

「うふふ」

「ん? どうかしたか」

「いいえ、何でもありません」

 

 それこそ女すら並ぶには相応しくない程の、黒髪に極めて整った容姿の長身の美丈夫。

 それでいて体幹や足運びが素人目にも異常と思えるほど精錬されている、武人の雰囲気を醸し出している男が原因だった。

 

 彼は、自身が男避けになっている自覚は無い。

 同時に、女が男に対する女避けになっていることが嬉しくて堪らなかった。 

 女は、嬉しそうに自身の手の甲に刻まれている、聖杯戦争のマスターの証したる(令呪)を撫でる。

 

 女───────六導玲霞は魔術師ではない。

 故に、本来マスター以前に聖杯戦争になど関わる筈の無い人間だった。

 彼女が暗示を掛けられ、ジャック・ザ・リッパー召喚の生け贄にされることがなければ。

 

 彼女は生きる活力の欠けた人間だった。

 幼い頃から家族は事故死し、養子に出された先では虐待を受けていた。

 それが理由か、元々生きるという自覚が希薄で自分の命にも他人の命にも価値を見出せていなかったのだ。

 

 だが、それでも彼女は『生きたい』と願った。

 儀式の生け贄として豹馬に致命傷を負わされ、流れる血と共に己の命が真に喪われようとした時、彼女は初めて自身の存命を強く願った。

 それが切っ掛けなのだろうか、彼女にとっては奇蹟や運命としか呼べない出会いによって、彼女の切なる願いは聞き届けられた。

 

「しかし、ここがルーマニアか」

「えぇ、どうですか? 生前はフランスやイギリス出身だと学んでいますが、ルーマニアの首都はパリのソレと称されるほど美しいそうです」

「……聡明だな。ルーマニアの言葉などさっぱりだからな、君が居てくれて本当に助かった」

『いやマジで、ホントマジで。青褪めたのなんて本気で何時振りだコレェ。大聖杯のバックアップは何処に行ったんですかねぇ? 召喚形式が違いました本当に有り難うございます』

「うふふ」

 

 男の賛辞に本当に嬉しそうに玲霞が笑う。

 彼と出会ってから世界は別物に見えていた。

 

 有り体に言えば、彼女は今とても充実していた。

 不幸のドン底から命を救ってくれた、心底からの願いを叶えてくれた彼に玲霞は本当に感謝してたのだ。

 

 サー・ランスロット。

 かのアーサー王伝説の名高き円卓の騎士でも、最強と称される湖の愛し子。

 

 彼は何等かの使命を帯びてこの世界に現れ、自分を助けたのだという。

 過去の英雄が召喚され、万能の願望器たる聖杯を求める七騎対七騎の聖杯大戦。

 正確にはそれによって起きるかもしれない世界の危機を防ぐため、彼は顕現したのだと言う。

 

 しかし当たり前だが、玲霞は魔術師としては無能である。

 魔術師の大前提である魔術回路も、魔術の知識も無いただの一般人。

 本来ならば魔力供給ができない玲霞がマスターであるということは、サーヴァントにとって致命的な筈である。

 

『それは単独────まぁ、魔力に関しては問題ない。寧ろ真っ当な魔術師の方が場合によっては都合が悪い場合もある。気にするな、俺は君こそを選んだんだ』

 

 その言葉がどれだけ彼女を救ったか、ランスロットは理解していないだろう。

 六導玲霞の過ごした日々は、誰にも必要とされずただ流されて生きてきた彼女にとってまさに夢の様なのだから。

 

「これからどうしますか?」

「今から教会に向かうつもりだ。あの相良という男の言うことが確かなら、トゥリファスに面しているこの都市の教会が聖堂教会直下でないわけがない」

 

 事実、シギショアラの都市には聖杯大戦の監督役が居り、ランスロットの予想は当たっていた。

 玲霞が被害者であり一般人であることを告げれば、聖堂教会としては配慮せざるを得ない。

 尤も、ランスロットは教会に玲霞を連れていくつもりは無かった。

 全てが、とは言わないが聖杯戦争に関わる聖職者に碌な奴はいない────というのは、ランスロットの偏見である。

 

 だから玲霞には宿にでも待機してもらうつもりであった。

 万が一彼女へ何かが迫っても、アサシンによる暗殺でもない限り玲霞が令呪でランスロットを呼べば対処可能である。

 

「玲霞────」

 

 ランスロットがそれを口にする前、曲がり角を曲がろうとした玲霞と、角の奥から誰かが出てくる。

 二人がぶつかる前に、ランスロットが彼女を抱き寄せる様に手を引いた。

 

「きゃっ」

「うおっ」

 

 曲がり角から、随分と大柄な男性が驚いたように立ち止まった。

 顔に三本の疵痕に、サングラスで隠した剃刀のような目つき。

 他者を威圧する強面と筋骨隆々とした肉体、服装も革の黒のジャケットも相俟って、マフィアの懐刀や凄腕の殺し屋と思ってしまっても不思議の無い人物だった。

 

 玲霞がぶつかっていれば、女性として凹凸に優れても華奢そのものである彼女は容易に倒れてしまうだろう。

 ()()()()足音を絶っていた事もあり、ランスロットの様な例外でない二人は気付けなかった。

 

「あら、御免なさい。有り難う」

「あぁ。そちらも大丈夫か」

「お、おう。いや、そっちが無事なら何よりだ」

 

 強面の男は意外にも二人を気遣う様に笑みを浮かべる。

 それに無表情であった玲霞も先程の笑みを取り戻した。

 

「────────オイ何やってんだマスター!」

 

 男の後ろからからかうような、呆れるような高い声が響く。

 金髪の髪のボーイッシュな服装に身を包んだ少女が顔を出した。

 

 マスター、と呼ぶ少女に玲霞が笑みを絶やさず最大の警戒をするが、それは完全な杞憂だった。

 

「ん。モードレッドか、久しいな。壮健そうで何よりだ」

「────────────────────────────────────────────────────ぴやッ?」

 

 ここから一騒動が起きるのだが、些細なことなので割愛させてもらう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 聖杯大戦の舞台としてユグドミレニアが選んだ土地であるトゥリファスと最も近く、ソレでいてユグドミレニアの監視の眼からギリギリ逃れるボーダーライン。

 それが、シギショアラである。

 

 そしてシギショアラ山上の教会で聖杯大戦の監督役とそのサーヴァントであるアサシンと会合し、決別した赤のセイバーのマスター、死霊魔術使い(ネクロマンサー)の獅子劫界離。

 

 彼はシギショアラにあるカフェの一席で、珈琲を飲みながら先程遭遇した男女をサングラス越しで眺める。

 

 勝ち気で女扱いすれば喉元に鋒を突き付けるような己のサーヴァントが、戦争帰りの飼い主にじゃれまくる飼い犬を幻視するほどに先程出会った男に懐いている。

 反骨精神の塊の様な叛逆の騎士(モードレッド)が、笑える位『普通の少女』に見えたのだ。

 

 敵対している陣営のサーヴァントとマスターとかち合った後の光景なのが信じられないのは仕方がないだろう。

 

 かち合った直後は大変であった。

 

 セイバーがランスロットと呼んだ男に大粒の涙を流しながらすがり付く様は、召喚からの彼女に対する印象を吹き飛ばす程のインパクトがあったからだ。

 そんなセイバーを宥め、ひとまず喫茶店を訪れたのがつい先程。

 

「なぁなぁランスロット、コレ超旨いぞ! ホラ、口開けろって!!」

「あぁ」

「あ、でもランスロットの料理の方が旨いからな!」

「そうか」

 

 髪を撫でる手に頭を押し付ける光景は父娘か、はたまた兄妹のソレか、あるいは忠犬とその主か。

 何にせよ、思わず目元が緩んでしまうモノなのは確かだった。

 

「というか、セイバーお前そんなに真名連呼したらヤバイだろう」

「あ? あっ」

「何より、アンタもサーヴァントなんだよな?」

「あぁ。黒の……………アサシンだ」

「言い淀み過ぎだろ……」

「アサシン適性があるのは本当だ」

「………」

 

 イレギュラー、少なくとも事情持ちか。

 そう確信した獅子劫は、隣のマスターらしき玲霞に視線を移す。

 実際にマスターなのだろう。

 手に刻まれた令呪を隠そうともしない。

 

「黒のアサシンって言ったよな? つまりそのマスターであるアンタは黒の陣営────ユグドミレニアの人間って事になるが……」

「いや、玲霞はただの巻き込まれた一般人だ。ユグドミレニアの人間ではない」

「だろうな」

 

 しかし、肝心の魔力が欠片も感じられない。

 完全に魔術回路を閉じている魔術師など魔術師ではない。

 となると完全な一般人と判断すべきだろう。

 

 ならばどうやってサーヴァントを維持しているのか。

 セイバーの様子から、このサーヴァントが円卓の騎士ランスロットであることは明白だ。

 即ち、大英雄かそれに準じる能力は最低限持っている筈。

 魔力供給など、出来るわけが無いというのに。

 しかし自称黒のアサシンには魔力が満ち充ちている。

 何等かのスキルだろうか。

 しかしマスターの魔力供給が必要の無いサーヴァントなど反則にも程がある。

 

「アンタ達はこの後どうするつもりだ?」

「……玲霞が一般人ということで、場合によっては令呪を無意味に使用させて教会での保護を考えたりもしたが────」

「駄目だっ、アサシン────って、何でランスロットがアサシンなんだよ!? セイバーだろ普通!」

「まぁクラス云々は兎も角、あの神父の所に行くのは不味いだろうな」

「と、言うと?」

 

 玲霞が首を傾げる。

 教会の監督役は具体的業務は予備の魔術師を用意したり、戦闘によって引き起こされた事件の隠蔽、サーヴァントを失ったマスターの保護など。円滑に儀式を遂行するために存在する。

 する、のだが。

 

「今回の監督役の名前はシロウ・コトミネ。赤のアサシンのマスターだ」

「行くって言うなら止めるぜ。母上みたいなキナ臭さ垂れ流してるようなアサシンだった。あんな奸物にお前を会わせる訳にはいかないからな」

「あら、どうしようかしら」

 

 今回の監督役(審判)がゲームに参加する。

 加えて従えているサーヴァントが、マスター殺しのアサシンである。

 加えて直感の優れたセイバーの発言。

 

 最早言い訳のしようがない。

 そんな情報に、玲霞の中のシロウ・コトミネの第一印象が『漁夫の利を狙って最後には大聖杯を掻っ攫おうとしている第三勢力の輩』に決定した。

 

 尤も、彼女はあくまでランスロットの決定に従うだろう。

 己の意見を言い、彼の決定を仰ぐのだ。

 

「シロウ、コトミネ────……」

「……ランス?」

「おまっ、ランスロットを愛称でッ」

「どうどう」

『んー、何だったけ。一時外道麻婆が士郎を拾ったifとか言われてて、結果正体へのツッコミが中々のものだった筈。うーむ、思い出せない。日記にメモってたんだけど、もう残ってないだろうしなぁ』

 

 1500年も彷徨っていた弊害か、ルーラーのサーヴァントである天草四郎時貞は覚えていても、シロウ・コトミネと繋げることが出来なかった。

 

「しかし、モー────セイバーがそこまで言うのなら、教会に行くのは止めておこう」

「では、どうしますか?」

「俺に策を考えさせるのは得策ではない。経験もなければ素養もない。以前は俺が考えずともマーリンやアグラヴェインが策を練っていたからな」

 

 ランスロットは過去に想いを馳せる。

 常時しかめっ面の黒騎士と、最近再会したクソ野郎。

 アグラヴェインの文官としての能力はもちろん、世界を見渡す最高位の千里眼を保有するマーリンに策を練らせて勝てる者は、それこそ同等以上の千里眼保有者である魔術王(ソロモン)英雄王(ギルガメッシュ)位のものである。

 

 だからこそ、ランスロットが出せる策は、マーリンやアグラヴェインがランスロットに出した命令を繰り返すだけである。

 

 ────あっ、ランスロット。ちょっと蛮族の軍勢を蹴散らしに行ってくれるかい?

 ────OK(ズドン!)

 

 ────各地の豪族が王に対して不穏な動きを見せている。軍も集めている様だ、行け。

 ────OK(ズドン!)

 

 マーリンは言うだろう。

『いやー、彼は本当に便利だったよ。ホントホント』

 

 アグラヴェインは言うだろう。

『個人に頼らざるを得ないという状況は些か不本意だが、それが一番金が掛からず手間が無いのでな』

 

 故に、ランスロットは小細工など出来ない。

 即ち、彼が取れる方法は一つしかない。

 

「────────ミレニア城塞(本丸)に向かう」

 

 単身によるカチコミである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

「─────────ふむ、上手くいったようだね」

 

 星の内海、妖精郷にて佇む星見の夢魔が花畑に死んだように眠る一人の男を見下ろしていた。

 

「今の君は僕の眼でも観えないから、塔から出られない身としては苦労したよ。人だからこそ素養こそ皆無ではないとは言え、まさか君が()()()()とは思いもしなかった」

 

 ランスロットがジャック・ザ・リッパーを押し退けてでも召喚────否、顕現した理由。

 それはこの花の魔術師の介入だった。

 

 最高位の千里眼を持つ冠位魔術師(グランドキャスター)である彼には、本来マスターのみが知覚することが出来るサーヴァントの霊基パラメータを世界の裏側から視ることが出来る。

 そして今、マーリンの瞳には眠る男の意思を宿した分霊(サーヴァント)の姿と、その本体に比べれば著しく弱体化したパラメータが見えていた。

 

「君は世界の内側に帰れない、それは何となくだが自覚しているようだ。良かったよ。流石に今の君が地上に戻ったら何が切っ掛けで『成る』かわからない」

 

 ────ランスロット・デュ・ラック。

 筋力B

 耐久B

 敏捷EX

 魔力C

 幸運 B+

 宝具 A++

 

「でも、このまま放置しているとこの偏光線(せかい)が剪定されるかも知れなくてね」

 

 保有スキル────。

 魔境の無空A+

 超越の特権EX

 斬神の秩序(ゴドー・オーダー)C(EX)────

 

「だから君には、その原因となる聖杯戦争に参加して貰ったんだ。守護者の真似事をさせて申し訳無いけどね」

 

 ────ネガ・ファンタズムA++

 

「ただ、参加するに当たって君自身は此処に居て貰うよ。行くのは君の分霊だと思ってくれ。君本人が行くと、星のテクスチャーが破けるか特異点が発生しちゃうからね」

 

 クラススキル────

 

「では、武運を祈るよ。我等が円卓最強の剣、我等が王が愛した湖の騎士よ。願わくば────君が獣に成り果てない事を祈る」

 

 ────単独顕現B

 

「流石にそれを見逃せば、本気でアルトリアに顔向けできない」

 

 ────────────()()()()()()()

 

「フォーウ」

 

 花の魔術師の足元にいる星の獣が、自身と同じ理を持つ男を見ながら小さく鳴いた。

 

 

 

 

 

 

  




翌々考えれば、アポクリファに於ける天草四郎の人類救済って、おもくそ剪定事象案件だよね? という発想による番外プロローグ。
どんな終わりになるか、まるで考えてない。


らんすろ
 偶々世界の裏側で彷徨っている最中に派遣したフォウによって妖精郷に案内され、マーリンによって単独顕現を教わって天草四郎の人類救済を防ぐために分霊を作って顕現。本体は妖精郷で爆睡中。
 ビーストの幼体である為、暫定的にクラスがそれになっているが、聖杯大戦に参加した分霊はキアラのアルターエゴのソレに近い。

六導玲霞
 本編の桜ポジ。ジャックちゃんではなくらんすろを召喚した(風にらんすろが顕現)。
 ランスロットに助けられてから良い空気吸い始めたエンジョイ勢。
 どう足掻いてもハッピーエンド確定。

相良豹馬
 原作よりはマシ。
 魔術回路を斬られたせいで魔術師として完全に終わったけど、まぁ大分マシ。

モーさん
 セイバーとして召喚された為、願望はらんすろの蘇生とシンプルに。
 早々にらんすろと再会してテンションが天元突破し忠犬化。

GOライオン
 自分のサーヴァントが偉くエンジョイしているのに驚きつつ、らんすろについでのように呪いを斬られて願いが成就する。
 その後は借りを返すため、らんすろに協力する。


■パラメータ■
真名:ランスロット・デュ・ラック
クラス:ビースト(幼体)
■ステータス
筋力B耐久B敏捷EX魔力C幸運 B+宝具 A++
■クラススキル
単独権限:B
獣の権能:E-(完全にビースト化していないため)
■保有スキル
魔境の無空:A+
 空位に達した剣士が世界の外側と裏側で自身を磨き続けたことで得たスキル。
 斬れぬものなど、最早無い。

超越の特権:EX
 窮地に於ける限界突破。
 所謂、主人公補正。「ピンチになったら覚醒して相手より数段強くなる」究極の自己強化。
 強化のほどは降り掛かる難題に比例して段違いに向上、強化の方向性は難題の性質により変化する。

斬神の秩序(ゴドー・オーダー):C(EX)
 第六魔法の亜種、求道太極。
 歩く特異点として既存の秩序から脱し新たな根源として自己を変性する御業。
 対界宝具以外の干渉の一切を無効にし、他生物を内在宇宙に取り込み従えることができる。
 これを突破するには上記の対界宝具か、彼の質量を上回る威力の攻撃だけである。それでも罅を入れるのが限界であり、倒しきるには相手が強ければ強いほど威力が上がるカルナの『日輪よ、死に随え(ヴァサヴィ・シャクティ)』か『比較』の理を持つの獣(キャスパリーグ)だけである。
 サーヴァントとして召喚された場合、このスキルはランクが著しく低下し、スキルや宝具効果を無効化するに留まる。

ネガ・ファンタズム:A++
 幻想の否定。神秘のことごとくを捩じ伏せる概念蹂躙。
 これを帯びたランスロットは、神秘に属するあらゆる幻想と権能に極めて強い耐性と特攻効果、神秘による治癒の阻害効果を獲得する。

■宝具
無毀なる湖光(アロンダイト)
刃世界・終焉変生(ミズガルズ・ヴォルスング・サガ)』(サーヴァントによる弱体化により連続発動不可)
己が栄光の為でなく(フォー・サムワンズ・グロウリー)

セイバー
 基本的には完全装備だけど、気配遮断の類いが使用不可。幻想種召喚不可
アーチャー
 上同。加えて戦闘スタイルが遠距離メインに。
ランサー
 アロンダイト使用不可。代わりにエレインにあげた槍を装備。
ライダー
 武器を所持不可。ただし全クラスで唯一幻想種を召喚可能。
アサシン
 幕引きが使用不可。アロンダイトの真名解放が不可。
キャスター
 武器全装備不可。ただし太極がフル回転して手の付けようがない。
バーサーカー
 基本的にはセイバーと同じ。ただ言動が内心のソレになる。
ビースト
 全装備幻想種太極全開状態。ただし星のテクスチャが破れて星が自重で潰れる。






ということで、アポクリファTVアニメ放送記念で番外編の投稿。
アポクリファは別のオリ鯖で構想練ってたので(投稿作品を描かずに)、らんすろを主人公にした場合は先がまるで見えない。作者が。
 ルーラー支援ルートか、まーた大聖杯破壊するために全陣営から狙われるルートか、はたまた天草四郎ぶっ殺して赤の陣営を乗っ取るのか。

とまぁあくまで番外編。本格的に書く予定はありません。



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Fate/Zero編
第一夜 帰還、そして始まってもいないのに多発する問題


多くの感想と評価、いつの間にかお気に入り 7000件突破感謝します。
返せてない感想もキチンと読んでおりますので、ご安心なく。



―――――――――――考えた。
細かい所のプロットは曖昧で、終わり方すらまだ迷ってる最中。
纏め切れるかも解らない。でも――――――思いっきりカオスにしたいじゃん?
ソレがコレだ。


 肌寒い冬の空。

 雪こそ降っていないが、それでも吐く息は白く。

 

 冬木の街で、一人の少女────幼い私は走っていた。

 特に大した理由ではない。友人の家に遊びに行く途中なのだ。

 

 その過程で、通学路のショートカットになる事から、近所の花壇の植え込みを飛び越えたりもした。

 コレが将来足腰を鍛える下地を作っていたのだろう。

 

 だがその飛び越えた所で、野良猫の尻尾を踏んでしまい、そのせいでこっ酷く引っ掻かれた。

 

 左手の甲を引き裂かれ、血が溢れ出す。

 幼い私は情けなく泣き出すが、その頃から捻くれていたのか、声は上げまいと耐えた。

 

 雑菌が入れば大変だろうに、そのまま友人の家に向かった。

 尤も涙で視界が歪んでいたのか────

 

 「キャッ!」

 

 曲がり角で、私は誰かにぶつかった。

 とても大きな壁にぶつかったと錯覚するほど、とても大きな衝撃だった。

 

 「────大丈夫か?」

 

 ソレが、私の運命が変わった瞬間だった。

 

 テレビや雑誌で見てきたどの男性よりも優れた容姿に、何処か気品すら感じられる雰囲気が、物語の挿絵か何かから切り出した様な、現実離れした感覚だった。

 

 幼い私が容易く一目惚れし、十年経っても尚心惹かれ続けている魅力。

 フェロモンとでも謂うべきモノを持った男性だった。

 

 「ッ!? ギネヴィ────」

 

 心底驚いた様な顔をするその人に、しかし幼い私は心奪われていた。

 私の魂が惚れ込んでいた様に、前世からの想い人の様に。

 

 その人は怪我をした私の左手を壊れ物を扱うように丁重に掴み、もう片方の自分の手の指を噛んだ。

 皮膚を千切る程強く噛んだのか、当然血が流れる。

 その血を、私の左手の患部に垂れ流した。

 

 するとみるみる内に傷は癒え、痛みもなくなった。

 それ処か、私の何か根本的なモノが片っ端から補強された様な感覚に襲われた。

 痛みはなく、ある種心地好い快感すら覚えた。

 

 「コレで痛くはないか?」

 

 その人は優しく微笑む。

 冷静な思考などまるで出来ず、顔を真っ赤にして頷くだけだった。

 

 痛みなど無い。

 寧ろ麻薬をやらかした様に私の心は浮わついていた。

 

 その人は懐から、今思えば凄まじい神秘を宿した少し赤い包帯の様なモノを取り出し、私の既に傷の無い患部を巻き、頭を一撫ですると呆然としている私を尻目に、その場を去っていった。

 

 浮ついた頭で、ゆらゆらと目的の場所へ歩き出す。

 包帯の下の、浮かび上がった『ソレ』に気が付くことも無く―――――

 

 

 

 

 

 『いやー、輪廻転生ってマジなんだな。ビビったわー、つか俺もか。仏教パネェわ。セイヴァーで出てきはったらサイン貰って説法して貰お』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第一夜 帰還、そして始まってもいないのに多発する問題。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────長い、永い間、男は戦い続けていた。

 

 生きる事は闘争である。

 ソレが現代文化に於いてそうであるように、人の営みがその男のモノ以外に皆無なこの世界の外側でも、それは同じであった。

 

 「    」

 

 幾百幾千幾万幾億幾兆幾京────、その男が斬り続け糧とした幻想種は、最早数えきれるモノではない。男も百を超えた辺りから把握などしていなかった。

 

 凡そ十五世紀。

 1500年もの永き時、男にとっては瞬きの様なモノだった。

 実際男の体感では一年にも満たなく感じられた。ソレほどの時だった。

 

 その日────そもそも日没以前に太陽が存在しないので、日数と表現するのは正しくないが、その日も男は歩いた。

 

 何かを探していた訳ではなく、特に意味もない散歩を行い、怪物そのものの幻想種を斬り殺し、或いは助けていた。

 そんな時だった。

 

 何か、自分に干渉しようとして失敗した感覚を覚えた。

 何かが、自分に向かって手を伸ばした気がした。

 

 男はその直感に従い、感覚を覚えた場所を求めて刀を振るう。

 ソレだけで空間は裂け、道が出来る。

 男はその裂け目に足を踏み入れ、姿を消した。

 

 ────その男の帰還に、星が悲鳴を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「…………………………………………………………………………………………………………………………」

 

 

 雁夜が目覚めたのは、そこまで観てからだった。

 

 「……コレは酷い」

 

 自分が観た夢が何なのか理解しつつ、不自由な半身を押して起き上がり、自分がソファーで寝ていたのに気付いた。

 そして、壁際に腕を組ながら凭れ掛かっている男にも。

 

 「……ランスロット、なのか」

 「あぁ、そういうお前は間桐雁夜」

 『オイちゃんも夢観たぞー。何か、面倒な女に惚れたなぁ』

 「…………………………………………のぉッ……!!!!!!!」

 

 男の口から発せられたモノ以外に頭に響く声に、頭を抱える。

 それは羞恥か、この男の出鱈目具合か。

 

 夢を、多視点から観た雁夜はランスロットの中身を熟知した。熟知してしまった。

 そしてその経緯を。

 

 「……あれ?」

 

 そこで気付いた。

 黒い外套を着ていないランスロットのサーヴァントのステータスが見えない。

 しかし逆に言えば、見えないのが当然なのだ。

 サーヴァントとは、英霊をクラスという鎖で縛り、マスターが御しきれる様にした存在。

 

 そして霊体であるサーヴァントは大聖杯とマスターによって現世に留まることが出来るのだ。

 必然サーヴァントとマスターには魔力的なラインが出来るのだが、この男は違う。

 

 何故ならこの男がサーヴァントな訳が、英霊な訳がない。そもそも死んでいないのだから。

 

 「じゃあ、何でそもそも念話が────ラインが繋がってるんだ?」

 「俺が斬ったからだろう」

 「?」

 『いやね、なんか俺が斬ったヤツは俺の中に取り込まれるっぽいの。変わらないただ一つの吸引力的な。ダイソン的な』

 

 第六法────求道太極の特性は、言ってしまえば担い手の単一宇宙化。一つの宇宙を創ることだ。

 ランスロットの中には一個の宇宙があり、世界がある。そしてランスロットが斬った者はその魂がランスロットの宇宙に取り込まれる。

 

 例えば幻想種がその大半……というか99%が、ランスロットという名の宇宙を占めている。

 ランスロットがその気に為れば、魂の物質化が可能な幻想種ならばランスロットの意思一つで自由に体外にも具現可能だ。

 そしてマキリ・ゾォルケンの魂も今、ランスロットの内在宇宙に居る。

 

 ────さて、ランスロットの内在宇宙ってどんな所?

 

 『なんか暗黒大陸やグルメ界みたいになってるらしいよ?』

 

 肉体が無く、魔術回路も無い。

 例え内在宇宙に昆虫に類するものが居て、霊体のみで蟲を操れる術を臓硯が持っていようとも、そこにいるのは幻想種。確実に不可能だ。

 

 しかし決して消滅することの出来ないマキリ・ゾォルケンにとって、それは生き地獄だろう。

 

 「俺は雁夜、お前の蟲を斬った。あの害虫が死んでお前の制御下にある蟲を」

 

 つまり第六法は雁夜の刻印蟲を雁夜と認識し、しかし雁夜自身は取り込まれていない事で擬似的なラインが発生したのだ。

 

 『────たぶん』

 「いい加減だなッ!?」

 「あまり大声で叫ぶな。近所迷惑だ」

 

 古代人であるランスロットに諭される。

 雁夜の沸点が超えそうになるが、寸でのところで我慢した。 

 というより、そんなことが気にならないほどの衝撃が雁夜を襲った。

 

 光を失った瞳を持つ少女、間桐桜の登場だ。

 

 「おじさん、起きたの?」

 「あぁ、桜も無理はするなよ」

 「うん」

 

 いつの間にか仲良くなってるのが激しく気になるが、それ以上に気になるのが、

 

 「さ、桜ちゃんの髪が元の黒髪に……!」

 『どうよ?』

 

 ドヤァ……! と、念話の声色からドヤ顔を晒しているのだろうが、現実では胸を張っているだけ。

 腹立つ、ものっそい腹立つ。

 

 だがそんなことより、桜の事が肝要だ。

 

 「お、おまっ、桜ちゃんに何した!?」

 「血を与えた」

 「は?」

 

 ────とどのつまり、幻想種ごった煮の出汁と表現できる、天体にも匹敵する質量のランスロットの血を。

 

 宇宙と同等以上のスケールの神霊から、肉体の一部を媒介にして加護を与えられたようなものだ。

 とある世界に於いてコズミック変質者が自らの血を与えて『息子(神格)』として加工したように。

 

 それによって桜の生命としての段階が跳ね上がり、桜本来の『色』が間桐の拷問によって上書きされようとしていた魔術特性を塗り潰したのだ。

 

 肉体は彼女本来が持つ最良の物になり、様々な力を得た。

 その一つが生命力。それは内部に巣くっていた蟲を一匹残らず駆除出来るほどの人の規格を大きく超えたモノだった。

 尤も、蟲はそれ以前に残らず斬り殺され、消滅していたが。

 

 兎に角、間桐によって変えられた髪や瞳、性質は彼女本来のソレに戻った。

 

 尤も、ランスロット自身は自分の血を便利なポーション扱いをしていて、深いことは全く解っていないが。

 

 「――――では、行ってくる」

 「……はぁッ!? イキナリ何処にだよ!? ていうかお前霊体化出来ないだろ!」

 「大丈夫だ、問題ない」

 

 すると何処からともなく出現した黒い外套がその形を変え、コレまた黒を基調としたコートへと姿を変えた。しかも下の貴族服も、現代のソレへと変わっていた。

 そして、消えていたステータスも復活していた。

 

 (あの外套でステータスを模しているのか……?)

 『記憶形状型ローブッ! なんか変なカメレオンっぽいのブチ殺したら出来るようになった!! 凄くね? 便利じゃね?』

 「うぜぇ……」

 『何処にと聞いたが、スーパーに決まってるだろ。ていうかオマエさん、桜嬢の御飯作れんの? 出前とかコンビニ弁当は無論論外で』

 「ぐぬぅ……!」

 

 ランスロットの問いに、雁夜はぐうの音しか出なかった。

 体内の蟲が居なくなっても、点滴で栄養補給してる半身不随の病人に料理など夢のまた夢。

 

 「湖の精霊の加護で、俺が手に入れた食材はその品質と鮮度を最高のモノとする。俺が買いに行くのは妥当だ。あぁ、それと金銭については屋敷から拝借しておいた」

 『なんかワカメがトランクに札束大量に入れてたから半分ぐらい』

 

 雁夜は、十五世紀ぶりの現代に心躍らせるランスロットを、手を振る桜と共に見送るしか無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────『己が栄光の為でなく(フォー・サムワンズ・グロウリー)』。

 

 ソレは、円卓時代ランスロットが唯一自重した、食文化の崩壊を招かないために極一部の民と自身が、湖の精霊の加護で育てた土地で採った食物を極秘でブリテンに持ち込んだ際の隠密行動のエピソードを由来とした、『無毀なる湖光(アロンダイト)』以外では唯一の宝具。

 

 ざっくり述べると、自らのステータスと姿を偽装、隠蔽する能力だ。

 

 故に、ランスロットのマスターが視認できるステータスは全て偽り。

 適当に見繕ったものでしかない。

 

 その隠蔽能力────実は抑止力すら欺く力を持っていた。

 

 人の枠を超え、二つの抑止両方から排斥される可能性を持ったランスロットを隠す力だ。

 勿論脱げばその力は意味を成さないが―――――――――雁夜と談話していた時、ランスロットはその宝具を脱いでいた。

 裾が地面に引き摺るからという理由で。

 

 つまり、全てが動き出すという事。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「────……」

 

 この世の何処でもない場所の、曰く英霊の座と呼ばれるコミュニティーの一つである、墓標のような剣と大地。

 空に錬鉄場の歯車が占める哀しい世界で、一人の男が顔を上げた。

 

 またか、と。

 

 その男は磨耗しきった心が凍りつく感覚に襲われる。

 何度も何度も繰り返した、永遠に脱け出せない地獄が始まる前触れだと知りながら、それに慣れ始めている自分を極限に憎悪して。

 

 奴隷となった紅い外套を纏った男は、硝子の心で体を顕す。

 

 ────I am the bone of my sword.(体は剣で出来ている。)

 

 男は思う。

 願わくば、犠牲となる者が一人でも少ないことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 そして彼も、聖杯の中に留まる意思が自己保存の為、ソレ以前に聖杯戦争をマトモに行わせるため行動する。

 彼女を、送り出した。

 

 

 

 ────検索開始。

 

 ────検索終了。

 

 ────一件該当。

 

 ────体格適合。

 

 ────霊格適合。

 

 ────血統適合。

 

 ────人格適合。

 

 ────魔力適合。

 

 ────憑依による人格の一時封印及び英霊の霊格挿入開始。

 

 ────元人格の同意獲得。

 

 ────素体の別領域保存開始。

 

 ────霊格挿入完了。体格と霊格の適合作業開始。

 

 ────クラス別能力付与開始。

 

 ────全英霊の情報及び現代までの必要情報挿入開始。

 

 ────別領域保存完了。クラス別能力付与終了。スキル『聖人』……聖骸布の作製を選択。

 

 ────適合作業終了。

 

 ────必要情報挿入完了。

 

 ────適合作業終了。

 

 ────全工程完了。

 

 

 

 ────サーヴァントクラス、『裁定者(ルーラー)』。現界完了。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――そして、死都となった村で、元凶となる肉体を乗っ取られた少女が討滅された直後、『彼女』は目覚めた。

 

 「五感の獲得、意識の交換、生命視点の矮小翻訳────」

 

 彼女の『姉』に奪われた金糸のような髪は、腰よりも長い長髪に戻り。

 機械のような無表情さを象徴する一本に閉じられた口は、感慨の深い笑みへと変わる。

 

 「────ふむ、こんなところか。少々不自由だが、この窮屈さも心地好い」

 

 金と白を基調としたドレスを纏った後継の姫の身体を借りて、大いなる意志が降臨する。

 

 「ざわめきに心が弾む。頬を撫でる風すら愛おしい。これでは足取りも軽くなるというもの」

 

 末端ではなく大本。

 真祖とは本来星の出力端子、代弁者故に。

 

 「済まぬな幼き姫よ。この器、しばし借りるぞ」

 

 では、何故『彼女』は目覚めたのか?

 問うまでもない。

 

 「懐かしいな。肉を持つ以前では、何時地表(はだ)を裂かれるのかとあれほど戦々恐々としていたが、今となっては強く惹かれる。そなたの引力というヤツか、離れていても感じるぞ」

 

 対抗する手段がそれこそ『彼女』しか居ないというだけの話。

 しかし、ヒトとしての器を持ったが故に、その目的は歪曲し、外敵に対しての感情は反転する。

 

 「雌はより強い雄に惹かれるというが……フフッ、今や(ソラ)となったそなた相手に出来ることは限られるが────悪くない。折角人型の器を得たのだ、女を疼かせた責任というモノをとって貰わねばな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、考えうる限り動く可能性のある問題は殆どが発生した。

 その異常に世界は混乱するだろう。

 下手をすれば滅びが不可避だ。

 当然だろう。

 

 では────一体何が悪いのか? 

 コレまた問うまでもない。

 

 

 

 

 「────今征くぞ、湖の愛し子よ」

 

 大体ランスロットのせいである。

 

 

 




あらや「イカン」
がいや「価値観変わるわー」
聖杯くん「アカン」
おると「ZZZZ」

という事でカオスにしてみました。
反省も後悔もしていない。
例えAUOに神風魔法少女がディスられようとも!

ちなみにこの後オリキャラ、及び複数の原作キャラに対する設定追加が行われますのでご注意を。



~第六魔法(バグ発生)~

第六法・求道太極(レベルを上げて物理で殴れ) 
ランク:-
種別:魔法
レンジ:0
最大捕捉:1人
 己の願った法則・世界を自分の内側に永久展開する事で、自身単体でなら世界法則から自由になり、世界法則を覆すことも可能な、謂わば「歩くもう一つの根源」。人間大の宇宙そのものへと変質する魔法。
 宇宙という超高密度の肉体は、吹き飛ぶ肉片がどれだけ僅かな質量だろうと神の欠片で、宇宙の欠片。 血の一滴でも天体に匹敵する、在り方としては個の究極といえる存在。
 故に人間の形をしてはいるが、人間なら死ぬような傷でも単純な耐久力で死ぬことは無い。
『異形の毒』が最強の矛なら、この魔法は戦闘における最強の盾。
 また内在宇宙にランスロットその気なら斬った者はその魂がランスロットの宇宙に取り込まれ、従僕する。尚、取り込めば取り込むほどランスロットの質量は増大する。
 従僕し、かつ霊体で何らかの形で物質界に干渉可能ならランスロットの意思で現界も可能。

 もしランスロットが世界を変質、世界を塗り替える方向性の願いを持っていたら、その願い通りに世界が改変されていた。今作における第六法とは「根源化」と言える。
 本来なら新たな根源として流れ出る力を全て自身という内側に向けているのでその強度はお察し。
 彼に挑むことは即ち一つの“宇宙”そのものを相手取るということであり、対人、対軍、対国、対城、対神、対星宝具に至るまでほぼ全ての攻撃を無効という、無敵とも言える防御力を発揮する。
 事象改変や因果を操る大権能を行使しても、純粋に質量が違うため本人が了承しないものは一切を捻じ伏せる。
 云わば小石程度の引力で星を動かそうとしているようなものである。

 一方で世界という特性上、乖離剣エアや破壊神の手翳のような世界を傷付ける類の対界宝具にだけは相性が悪い。
 仮に乖離剣の一撃をモロに食らえば傷こそ負わないがこの太極の具現は崩れ、一時的に彼は人の身に戻るだろう。
 その時こそ、彼を打倒する唯一の機会である。
 
 元ネタは『神座万象シリーズ』の求道神を型月世界に上手いこと適用したもの。


修正or加筆点は随時修正します。
返信出来ないかもですが、感想待ってまする(*´ω`*)




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第二夜 私は魔術師だと言ったな? アレは嘘だ。

最初に感じたのは憧憬。(es fragt und führt aus.)
求めしものは研鑽(Habend sich zuerst gefühlt hat eine Sehnsucht.)
究極の才、至高の剣。(Äußerst Talent Höchstes Schwert.) ならば高め求めよう己が限界を(und eine Sache verfolgt seine Studien.)
此処で終わり? 否(Schließlich ist es nicht hier.)
まだ斬れるまだ終わらぬ(Es kann immer noch schneiden.)
相対する全ての敵手に感謝を。(Alle werden mit Fleisch und Blut als Essen benutzt.)
全てを糧に血肉とし、(Laß alles Fleisch und Blutessen sind)
この命が尽きるまで(Bis dieses Leben erschöpft wird)挑み続けるのだ(Es setzt das Herausfordern fort.)
この果てること無き求道の彼方へ(Zu dieser Richtung, die Wahrheit ohne ein Ende verfolgt)

――――――――――――求道踏破(Das Streben nach Wahrheitreise)



とまぁ、頂いた感想のものを思わずドイツ語に翻訳して載せてみました。
えがったです。有難う御座います。
今回はオリヒロインのお話。例によって原作から変化してます。




 

 ────────初めて彼に会ったのは、私が身分を隠すために変装して槍試合に参加しようとした時だった。

 

 我ながら安い女と思ったが、一目惚れだった。

 彼は彼の王が主催した槍試合で、優勝した者に賞金を与える役として。

 私は槍試合の選手として。

 

 私は彼とまた会いたい、言葉を交わしたい一心で、槍試合で優勝した。

 すると彼は、賞金だけでなく彼の所持品である短槍をも与えてくれた。

 

 天にも昇らんばかりの気持ちとやらを、私は初めて知った。

 

 このまま槍の腕を磨いていけば、また彼と会える切っ掛けになるのではないかと。

 

 しかしカーボネックに戻った私を待っていたのは、幽閉の時だった。

 自分で言うのもなんだが、私が『この国で最も美しい』という評判を立てられた為に、かの王の異父姉であり魔法使いから教えを受けた魔女に幽閉されてしまったのだ。

 幾ら槍の腕があろうと、魔女の魔術に私は抗えなかった。

 それから何れ程の時が経ったか、突然私の幽閉の時は終わった。

 

 それは斬撃だった。

 

 幽閉されていた塔を文字通り真っ二つにした斬撃が、私を助け出したのだ。

 その時私が眼にしたのは、腕を斬り落とされ逃げようとする魔女と、私が恋して止まない彼だった。

 それから彼は、私の国の王である祖父の決して癒えない呪いも斬り捨て、国を救いすらした。

 

 彼は、私にとって間違いなく英雄だった。

 

 私の恋は愛に昇華され、より一層彼に惹かれていた。

 彼が彼の国に帰還する数ヶ月間、それが私の今生で最も幸せな時間。

 

 彼が帰還した後、彼の国が侵略者に襲われたと聞いていた。

 彼が居るならば何の問題も無いと思いつつ、国の魔法使いが止めなければ彼のくれた槍を持って戦場へと駆け付けた程だ。

 その際遠くを見る魔法で、状況を見守った。

 

 しかし私が見たのは、国を覆う大嵐を始めとした天変地異。

 荒れ果てた戦場に人知を超えた神々の如き戦い。

 そして──────狭間へと呑み込まれる彼と、崩れ落ちる彼の王だった。

 

 それからだ。私が、後に侍女となる魔法使いに魔術を学び始めたのは。

 彼を育てた湖の精霊と契約すらした。

 彼は決して死んでいないと、取り戻せるのだと信じて。

 

 事実湖の精霊と契約した際、彼は世界の外側に跳ばされたのだと知った。

 

 世界の果てに行こうとも、彼は存在しない。

 ならば私も世界の外側に往こう。ソレができなくとも、彼を連れ戻そうと。

 

 そして見付けたのは、聖杯という願望器による彼の救出だった。

 

 だが私は、その生で聖杯へと辿り着けなかった。

 

 まだだ。まだ諦めはしない。

 寿命程度で、彼を諦めてたまるものか──────!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二夜 私は魔術師だと言ったな? アレは嘘だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ランスロットが間桐雁夜の召喚にビビっと来て、その場のノリで世界へと帰還する数日前。

 

 魔術協会の拠点である時計塔。

 其処にある一室に、二人の男女は椅子に向かい合って座っていた。

 男女といっても、二人の関係は異性のそれではなく教師と教え子のソレだったが。

 

 薄く青のグラデーションがかった美しい白銀の長髪。抜群の美貌にスタイルの絶世の美女。

 そんな彼女のルビーの如き紅眼で、目の前の男─────少年の提出した書類(レポート)を読んでいた。

 

「悪いことは言わん。今すぐ自分で処分しろ」

「なッ!?」

 

 淡々と告げられた言葉に、二十に届くか届かないかの、背の低さと童顔で更に幼く見える少年の顔が歪む。

 ウェイバー・ベルベット。

 彼はどうしようもなく未熟で、若かった。

 

「どっ、どうしてですか!?」

「お前の論文は此処の老人達や貴族共にとって鬱陶しい思想だ。もう一度言うぞ、邪魔だと思われる前にお前自身の手で処分しろ」

「っ……!」

 

 彼は祖母から数えて三代目と、魔術師としての歴史が浅い家柄の出身で、それを努力と才能でどうにか補おうと奮闘していた。

 白銀の美女に渡した論文も、また血筋ではなくそれ以外のアプローチに関する物だ。

 

「魔術協会上層は、残念ながら腐敗しきっている。唯でさえ百年単位で席は決まっていて、そしてお前のような考えを持っていてはその内潰されるからな」

「で、でも……」

「以前言っただろ。お前はお前の立場を覆せるほどの魔術の才能は無い。お前にはお前にしか出来ない事をやれ」

 

 教師。

 ウェイバーには人にモノを教える才がある。

 しかし魔術は学問であるとされると同時に、先天的な物だ。

 ウェイバーがどれだけ術式に改良を施そうとも、魔術に関しては凡才極まりない彼では彼の思う理想には程遠い。

 彼は、それを認められないだけだ。

 

「ケイネスの助手をしてから、奴の評価も良いだろう」

「しかしッ……!」

 

 最近の好評価も、魔術師としての物ではない。

 ただそれが不満なのだ。

 

 そんな中、ドアをノックする音が鳴る。

 

「入るぞユグドミレニア」

「アーチボルト先生!」

「丁度良い。ケイネス、コイツを連れていったらどうだ」

「何?」

 

 イキナリ話題を振られたオールバックの金髪の、プライドの高そうな男性が部屋に入ってくる。

 

 九代続いた由緒正しい魔術師の家系・アーチボルト家の正式後継者。

 天才の誉れも高くロード・エルメロイの二つ名で知られ、若年ながら時計塔での一級講師の地位についている神童、ケイネス・エルメロイ・アーチボルト。

 

「戦争に、コイツを連れていったらどうだと言ったんだ」

「えぇ!?」

 

 そして、此度の聖杯戦争に参加するマスターに選ばれた魔術師の一人である。

 

「……足手纏いだ。確かに彼の教鞭の才は認めよう、だが魔術師としては二流がいい所だ。聖杯戦争に於いて彼を連れて行く意味がない」

 

 傲慢に、しかし的確にウェイバーの事を評価する。

 一流の魔術師の競い合いには邪魔だと。

 

「英霊などの人を超える存在との接触は、得難い影響を与えるだろう。お前にとっても、ウェイバーにとってもな」

「貴様の才能探しは莫迦に出来んが……」

 

 それを差し引いても、ウェイバーは不要だと判断する。

 折角婚約者と二人きりになれるのに、という私情も入っていた。

 

 「それと、ソフィアリ嬢は絶対に連れて行くな」

 「どういうことだ」

 

 そんなケイネスの心情を知ってか知らずが、彼女はケイネスに一冊の資料を見せる。

 タイトルは『魔術師殺し』。

 それはアインツベルンのマスターであろう人物を調べたものだった。

 問題はその戦術。 

 

「何だコレは!?」

 

 狙撃、毒殺、公衆の面前で爆殺。標的が乗り合わせた旅客機ごと撃墜と、とある単一宇宙体が聞けば「流石ブッチーワールドのゴルゴ」と述べるだろう。

 

「錬金術専門のアインツベルンが選んだ此度のマスター候補だ。君がソフィアリ嬢を連れていけば、間違いなく人質に取られて詰みだろうな」

 

 そしてそのままサーヴァントの自害を命じさせられれば、ケイネスは呆気なく敗退する。

 そんな光景を脳裏に浮かばせ、憤怒と侮蔑に顔を歪ませる。

 

「魔術師の面汚しめが……!」

「恐らく魔術使いだ。お前とは違う価値観の人間に何を言っても無駄だろうな。それに他には代行者まで参戦するようだ。お前は確かに魔術師としては天才だが、異端討伐のプロとまともに戦って死ぬ可能性がないとは言い切れないだろう」

「むぅ……」

 

 代行者。

 教義に存在しない「異端」を力ずくで排除するスペシャリスト。

 法王を支える百二十の枢機卿たちによって立案された、武装した戦闘信徒。

 その戦闘力は、サーヴァントにすら届きうる。

 流石に、神童と呼ばれるケイネスでも100%勝てると断言できる自信は無かった。

 

「そこでコイツ(ウェイバー)だ。万が一君が敗北した後に、君の魔術刻印をアーチボルトに持ち帰る人間が必要だ」

「…………成る程な。しかしそれは貴様もそうだろう」

 

 ケイネスは彼女の右手に視線を移す。そこには聖杯戦争の参加者の証したる令呪が確かに刻まれていた。

 

 ケイネスが彼女に会いに来たのも、牽制する為だ。

 ケイネスが好敵手と認める、唯一の存在であるが故に。

 

「ソフィアリ嬢にまともなアプローチが出来てから出直してこい。どうせ自分が何れだけ優れているかや、高価な贈物しかしていないんだろう馬鹿者」

「ぐふぁッ!?」

 

 図星に胸を押さえるも、そこには好きな女性に対して及び腰な男しか居なかった。

 こうなると魔術師の才能とかは関係がなく、ケイネス個人の魅力の問題になる。

 ケイネスの資質や才能、そして経歴は完璧である。

 問題はその性格だった。

 傲慢でプライドの高い性格。

 魔術師以外の人種を完全に見下しており、同じ魔術師でも血筋の卑しい者は歯牙にもかけない。

 彼としてはあらゆる結果がついてくることが「当然」であるという認識であり、その為の努力もそれに伴うあらゆる結果がついてくることが「当然」。

 故に自身の意に沿わぬ事柄など世界に一切ないと信じていた。

 目の前の、本物の鬼才を前にするまでは。

 

 そんな彼のアプローチなど、目に見えている。

 

「まぁ、お前とは決闘形式でするつもりだから安心しろ。私に勝ったらソフィアリ嬢へのエスコートのやり方の一つでも教えてやる」

「…………フン。来いウェイバー・ベルベット。今から聖杯戦争の算段をする。勿論、君にそれだけの覚悟があるのならばな」

「─────! はいっ!!」

 

 一流の魔術師同士の戦い。それを観る事が出来る幸運。英霊と対面でき、何よりあの神童のケイネスが自身を連れて行くという事実が、ウェイバーは嬉しくて堪らなかった。

 コレで自分は更に成長できると予感して。

 

 ケイネスに付いていく、喜色に染まったウェイバーは、自身の才能を見出だしてくれた恩師の名前を、感謝を込めて呟く。

 

「ありがとうございます─────」

 

 彼女の名は─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────エレイン・プレストーン・ユグドミレニア?」

 

 ドイツの雪の降る山奥に建てられた城の中で、色素の抜け落ちた白髪の美女─────アイリスフィール・フォン・アインツベルンが、話題を振った己の夫に問いを投げ掛ける。

 

 彼女の夫─────衛宮切嗣は、令呪の刻まれた手でキーボードを叩き、プリンターで資料を印刷した。

 

「ユグドミレニアという、かつて北欧からルーマニアに渡ってきた魔術師でね、歴史も決して浅くなく、事実当時の長は時計塔で『色位』。下手をすれば『冠位』に登り詰めたであろう政治力を持っていたようだ」

 

 ある魔術師が流した噂が広まり、周囲は掌を返し彼を冷遇するようになるまでは。

 『ユグドミレニアの血は濁っている。五代先まで保つことがなく、後は零落するだけだ』というありもしない、しかし呪いのような風評。

 

「彼───彼等はそれから一族の血を一つに束ね、更に他の魔術師の僅かな力も取り込み続け、そうして出来た集大成が彼女という訳だ」

 

 ダーニックから魔術刻印を受け継いでいる、くだらない噂を排した五代前(ダーニック)を遥かに超え色位に登り詰めた鬼才。

 

 その美貌と、才能を探し当てる事から生徒達からは好評。

 縁談も数多く持ち掛けられたが、悉くを断っており、また単独で死徒二十七祖の『混沌』を屠った功績も存在する武闘派魔術師。

 その姿と美貌から、『戦姫』という二つ名すらあるほどだ。

 

「単純な戦闘力ならサーヴァント並だろう。だが、彼女が魔術師である限り、僕に勝算が十分ある」

 

 魔術師相手なら切嗣は百戦錬磨だ。

 格上は当然。それを覆してこその魔術師殺しだ。

 何より油断している頭に死角から鉛玉をブチ込むのだから、まともに戦うわけではない。

 逆にこれだけ魔術の技量が高ければ、ある程度戦術も予測できるというのもある。

 

 だが、切嗣は一つだけ勘違いしていたことがある。

 尤もそれは、恐らく彼女のサーヴァント以外は知らないため、調べても精々経歴しか調べられない現状仕方のないことなのだが。

 

 彼女、エレインは根源の渦など欠片も興味がなく、己の最も信頼する武器は魔術ではないことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────どうだったか? ランサー」

『結界も設置できたぜ。後はバレない範囲で地脈から魔力を集めるようするだけだな。つかアンタ、召喚するの早すぎだろ』

「時は金なり、時間は正しく価千金だぞ? もし拠点にする場所がバレていれば、地雷を仕掛けられていたかも知れないしな」

『どんな魔術師だソイツは』

「魔術使いだからな、敵のマスターの一人は」

 

 ランサーと呼ばれた、姿なき男は自身のマスターの徹底ぶりに呆れた声を出す。

 何せ冬木まで一瞬で移動し(・・・・・・)、目立たない一軒家を買い取り拠点としたのだから。

 

「私が一体何年聖杯の研究をしていると思う? 冬木にあらかじめマーキングしておけば転移とて容易い」

『たぶん他の奴が聞いたらキレると思うぜ? ソレ』

 

 エレインは個室の机の引き出しから取り出したノートパソコンを起動させ、ケイネスが取り寄せた触媒に関する運送データを立ち上げる。

 

『ほぉう、コイツは便利だな』

「征服王イスカンダルのマントの切れ端か……ケイネスが御しきれると思うか?」

『そりゃ無理だろ。そもそも英雄、それも大英雄を魔術師如きが従えようって考えが間違ってる』

「私も魔術師だが?」

『俺と槍で打ち合える奴がただの魔術師であってたまるか』

「まぁ、コレも努力の賜物だ。何せそれこそ魔術で人でありながら伸ばせるだけ伸ばした前世で、欠かさず振るい続けてきたのだからな。それに、彼女の力(・・・・)でもある」

『はッ。折角極上の女に召喚されたってのに、そこまで惚れた男が居るんじゃしょうがねぇな』

 

 彼女はキーボードを叩き、新たなページを立ち上げる。

 「害虫」という項目の下に、彼女によって一文が加えられた。

 

「は、彼の遺品をマキリが手に入れたようだが……ご苦労な事だ」

『あん? 好きな男の触媒だろ。もっとリアクション取るかと思ったが』

 

 そんなランサーの言葉に、エレインは白けた表情を作りながら『アインツベルンの聖杯』と名付けられたファイルを開く。

 其処には、冬木の聖杯の全てがあった。

 

「冬木の聖杯の英霊召喚では、世界の外側に行った彼を呼び戻すことは出来ない。仮に召喚出来たとしても、個人的には複雑極まりない、くだらないフランス人が作った創作物が召喚されるだけだろう。彼の偽物など唾棄すべき汚物だ。もし居たら宝具を連射してでも確実に殺せ。私もアレを使う」

『でも、まだソイツが生きてるって保証はあるのか? だったら英霊の座に召しあげられる可能性の方が高いだろ』

「あるとも。それなりに信用を置ける相手からのな。それに彼のことだ、幻想種の血肉を喰らいうっかり幻想種にでも成ってそうでな」

 

 間違ってはいない。

 実際彼女の想い人は「バーベキューしようぜ! オマエ肉な!!」を実行した。

 しかし流石に、魔法を得て単一宇宙と化してるとは想像も出来なかったが。

 

『どんだけ出鱈目だったんだソイツ』

「まさしく出鱈目だったよ。何せたった一人で吸血鬼の万軍を相手にして、無傷で返り血一つ浴びず殲滅した。何より凄まじいのは、ソレが仮に神霊相手でも同じ様に斬り伏せる姿が容易に想像出来るということだ。今思えば神話出身じゃないのが不思議でならない。お前とて正面からコノートの軍勢相手に戦い、無傷で殲滅することなどできまい?」

『流石に正面かつ無傷は、()()()の勇士相手じゃ無理だ。つか、蛮族とやらが吸血鬼だってことに驚きだわ』

 

 彼女は、一度だけ見たかの英雄の雄姿を思い出す。

 戦場に於いて、彼は出鱈目で無敵で不敗で最強で何とも馬鹿馬鹿しい。

 一撃で何もかも一切合切決着するその姿。

 

「彼が居ると、不思議と負ける気がしない。そう思わされるんだ」

『へぇ………!』

 

 彼女はとてもとても愛しげに、何もない空間に手を突っ込み、西洋の発掘品のような体の、しかしそれに反して日本語で『らんすろ日記』と書かれた古びた本を取り出して撫でた。

 

「彼が聖杯戦争に参加すれば勝てる気がしないな」

『それはそれは。大歓迎じゃねぇか』

 

 姿を見せない槍兵は獣のような笑い声を漏らす。

 そんな自身のサーヴァントに苦笑しながら、次は「うっかり」と名付けられたファイルを開く。

 

「問題は遠坂の得た触媒だ。古代ウルクの、世界で最初に脱皮した蛇の脱け殻の化石など、どうやって手に入れたのやら」

『人類最古の英雄王ねぇ……』

「間違いなく最強の英霊だ。ただ戦っても勝機はない、私の許可なく戦うなよランサー」

『ハイハイ、判ってるぜマスター』

 

 ここ数日で、姿なき槍兵は自身のマスターがどういう人間か見て取っていた。

 

 元より初期から情報を集め続け、まるで知っていたかのように魔力消費が低燃費である自分を召喚した。

 

 自らのマスターは間違いなく最強だと、ランサーは確信する。

 そもそも自分と渡り合う武を持っているこの女が、他のマスターに負けるとも思えず。

 少々不服だが、仮にサーヴァントの自分が敗退しようとも勝てる札を用意した。

 

「戦う前に勝負を決める。成る程それは戦争だ。だが戦わずして勝つのも戦争だ」

 

 その為なら、目的のためなら聖堂教会丸ごと敵に回すモノを引き摺り出した。

 

 征服王? 騎士王? 英雄王?

 何故そんなモノを相手に莫迦正直に戦わなければならない。

 そもそもこの戦いが丸ごと茶番だというのに。

 

「連中は私を勝利者にする。せざるを得ない」

 

 この戦争の勝利条件は何だ? 優勝賞品を手に入れることか? 否。

 目的を達した者が勝利者だ。

 

 精々聖杯を求め合い争うが良い。

 そして何も出来ず、手に入れた聖杯を奪われるのを指を咥えて見ていろ。

 

 私は必ず願いを遂げて見せる─────

 

 

 

 

 

 

 

「─────待っていてくれ、ランスロット。必ず貴方を救いだしてみせる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃間桐邸。

 

「そういえば、何でその血での治療を俺にしてくれないんだ」

「受け止めるだけの器が穴だらけだ。中身がこぼれるが、良いのか?」

「?」

『普通ないわーそんな状態。其処にドライグ達の出汁ブッパしたら北斗神拳喰らったみたいになるぞ? 頭パーンて』

「おにいさん、食器並べたよ」

「偉いぞ桜、じゃあ食べようか」

 

 間桐は今日も平和である。

 

 

 

 




全部原作でもモテモテだったらんすろって奴の仕業なんだよ!

というわけでオリジナルヒロインのエレインさんは『Fate/Apocrypha』のダーニックの子孫という設定です。彼女の前世については名前の時点でバレバレかと。
外見イメージは絶賛アニメ放送中でMF文庫とは思えないほど確り面白い『魔弾の王と戦姫』のエレオノーラ=ヴィルターリア。
理由は髪のグラデの色と、何か全然わからんと思うけど武器の属性から。

思いっきりチートに設定したのに、主人公と比べると全然大したことがなさそうに見える。これ不思議。最初はエインズワースも加えようと考えたんですけど、流石にケリィが泣くんで却下。
そして全然関係無いけどドリフターズ四巻発売おめ。

修正or加筆点は随時修正します。
返信出来ないかもですが、感想待ってまする(*´ω`*)




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第三夜 哀れな、弱々しく泣き伏せる童の様に

あ、ありのまま起こった事を話すぜ!
─────ネギまを描いてるつもりが、いつの間にかfateを描いていた。
何が起こったか分からねーと思うが、俺も分からなかった……!
アニメ効果や二次創作効果だとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。
もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…

そしてライダーが実にエロかった。劇場版が楽しみだ。


「─────これからの話をする」

 

 桜が寝静まったであろう深夜に、ランスロットと雁夜は談話室で椅子に座って向かい合っていた。

 

「これからって……」

「聖杯戦争。雁夜、お前には令呪がある。翻ってそれ即ち、聖杯戦争に巻き込まれることが確定だ」

 

 ランスロットの言葉で、身体に電流が流れた錯覚に雁夜は陥る。

 

「今後の方針を決める必要がある」

 

 すっかり忘れていたのだ。

 桜との静かで、穏やかに過ごした数日間で。

 苦しみ抜いた地獄から脱け出した事でどうしようもなく記憶の奥底に追いやっていたのかもしれない。

 

 しかし思い出したのなら、再燃するものがある。

 

「俺は……遠坂時臣を許さない」

「……」

 

 許せるものか。

 

 なるほど、桜はランスロットが救ってくれた。

 この出鱈目極まりない、あの自分にとって恐怖の象徴だった臓硯を唯の虫の様に殺した英雄がだ。

 

 しかしランスロットが現れなければ? そもそも雁夜が間桐に戻ってこなければ?

 桜がどうなっていたなどと考えたくもない。

 

 そして桜は今も心を病んでいる。

 彼女を地獄に追いやった時臣を、雁夜は許すつもりもなかった。

 

「俺は……、時臣に思い知らせてやりたい。自分がどれだけ罪深いか!」

「具体的には?」

「─────」

 

 そこで、雁夜の思考が停止した。

 

 今まで考えていたのは、時臣を“殺す”事だけ。

 だが刻印蟲が無くなり、臓硯も死んだことで、彼は余裕を、彼本来の理性を取り戻した。

 故に理解した。

 

「あ─────」

 

 自分の遣ろうとしたことが、桜の父親を、想い人の夫を。家族を奪おうとしていたことに。

 コレでは時臣と、臓硯と変わらないではないか。

 

 だからと云って許せるのか?

 放置するのか?

 

「俺は……っ、俺はッ!」

『魔術回路剥ぐ? まぁソレは確定だな。髪を切り落としてついでにナニも切り落とす? 性転換という手もあるな。魔術刻印を破壊するのは娘が苦労するだろうし、蟲を一掃するのは早まったか? いや、今の聖杯くんに突っ込む……生きて帰れないな。最後はドライグ達にも相談するか──────────雁夜はなんかイイ考えない?』

「………………」

 

 え、ナニコイツ怖い。

 

 雁夜はドン引いた。

 この英霊、雁夜以上にヤル気だ。

 具体的な拷問方法を考えてやがる。 

 

 この英雄。意外という訳ではないが、この手の理不尽には一瞬でブチギレる男だったりする。

 

「こういう時、自分の能力の幅の狭さを再確認せざるを得ないな……」

竜の娘(エリザベート・バートリー)殺人鬼(ジャック・ザリッパー)みたいに拷問スキルが有ったり、ローマ皇帝(ネロ・クラウディウス)みたいな万能ならえがったんやけど。キャスターなら爆笑必至のオブジェに変えつつ生かす方法もあるだろうに。背骨ソードすると即死だしなぁ。(なか)の連中のこともソコまで把握してる訳じゃないし、吸魂鬼でもいたら便利なんだけども……ん? そういや幻覚使えるヤツが居たな? よーし月読ゴッコでいこう』

「─────まぁ、それは追々考えるとしよう。今は聖杯戦争での目的を確認する」

「アッハイ」

 

 とんでもない単語が連発した様な気もするが、雁夜は聞かなかったことにした。

 唯でさえボロボロの体が、心労で潰れかねない。

 

「先ず一つ。雁夜、お前の治療だ」

 

 元より余命一ヶ月の雁夜の身体は死に体だ。

 ソレこそ高位の魔術師の治療が必要不可欠。ソレで十年生きれたら御の字だろう。

 

「二つ目の事もある。聖杯戦争に参加するマスターの内、優秀な魔術師と取引する必要があるだろう。お前のソレが魔術によるものである限り、俺の方法は最後の手段と考えるべきだ」

「……だが」

 

 魔術師に頼る、という点で雁夜の表情に険が浮かぶ。

 当然だろう。

 雁夜が満足に知っている魔術師は、外道極まりない臓硯とそんな外道に娘を捨てた時臣だけ。

 

「雁夜、お前の知っている魔術師像を否定するつもりはないが、あの害虫は極めて極端な例だ。アレが魔術師のスタンダードなら、世界はもっと地獄になっている。勿論、魔術師が外道なのは変わらないが」

「それは……分かっている」

「そして二つ目は、桜の後見人となる魔術師の確保だ」

「なッ!?」

 

 葛藤していた雁夜が、今度こそ驚愕の声を挙げる。

 

「封印指定という魔術協会の、希少能力を持つ魔術師を一生涯幽閉し、その能力が維持された状態で保存する、というものがある。桜はソレに十分該当する魔術属性、『架空元素』だ」

 

 例えば遠坂時臣の魔術属性は五大元素の一つである『火』。雁夜は『水』。ケイネスならば『風』と『水』の二重属性。

 

 そんな中、桜の魔術属性は時臣が匙を投げる『架空元素・虚数』。

 

「異端は異端を引き寄せる。桜が魔術師に捕まればホルマリン漬けは逃れられないだろう。だからこそ遠坂時臣は自身では育て上げられない桜を他家に養子に送ったんだろうな」

 

 ソレこそが、時臣が桜を間桐の養子にした理由。

 凄まじい魔術の才を潰すには惜しいと考える、娘の才能を伸ばせる環境を作り出そうとした、魔術師としてだが父親の愛だった。

 

「遠坂時臣の罪は三つ。一つは桜の同意も無しに勝手に養子縁組みを行ったこと。二つ、碌に調べもしないまま桜を養子に出した怠慢。三つ、何より間桐(ここ)の養子に出したこと」

 

 何も知らずに養子にされた桜は、父親に捨てられたと思っただろう。

 そして唯でさえトラウマになる事態に加え、この地獄だ。

 父親として時臣のソレは間違いなく大罪だろう。

 

「桜に魔術を教えるかどうかは兎も角、高名な魔術師の庇護が必要だ」

『俺の事バレたら確実にちょっかい掛けてくる奴居るだろうし』

 

 主に、今は亡き朱い月の元従者達が。

 

 この世界に於いて、朱い月は正史通りキシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグが殺害した。

 しかし結果は同じだが、過程が違う。

 

 朱い月はゼルレッチと対峙した時、ランスロットから受けた傷が満足に癒えていなかった。(ハナ)から満身創痍だったのだ。

 ゼルレッチは半死半生の朱い月にトドメを刺した形になり、ランスロットも彼等にとって紛れもなく怨敵極まりないのだ。

 

 桜関係無く、ランスロットが問題になっては本末転倒。

 外敵の排除はランスロットが幾らでも出来るだろうが、ランスロットを矢面に出す訳にはいかない。

 

 現代に甦った英霊、処の話ではない。

 最上位の、神霊クラスの英雄が魔法を習得して幻想種を大量に引き連れ、根源から帰還したのだ。

 魔術を主にした神秘の一切が効かず、抑止力にすら縛られない。

 

 最早理解不能の域だろう。

 

 故に各機関はランスロットを放置できない。

 少なくとも二千年以上爆睡かましている死徒二十七祖第五位と同じく。

 だからこそ適度な影響力を持つ魔術師が必要なのだ。

 

「だが、もし見つからなったらどうするんだ?」

「その時はお前を仮死状態にして時間を稼ぐしかないだろう。そのレベルで氷漬けに出来る奴が俺の中に居る」

『フェニックスの涙は異常箇所が広すぎるし、血は雁夜の身体が持たねぇ。ユニコーンの糞が使えれば良いんだが……あの処女厨、野郎の非処女とか死んでも御免だそうだ。マジでブチ殺してやろうか』

「いや、もう死んでるから。というかお前が殺してるから」

 

 ちなみに世界の外側でのユニコーンの末路は、ユニコーンが男を嫌っている為早々に喧嘩売られた事でブチギレたランスロットによる、撲殺の末の斬首だった。

 

「(─────あれ? ランスロットはサーヴァントじゃないんだろ?)」

 

 その時、何か重大な事に気が付きかけた。

 

『じゃ、桜と一緒に流動食買ってくるわー。久方ぶりの空中旅行だ愉しいなー』

「行ってきますおじさん」

「ちょっと待てや」

 

 が、その思考は内心『桜も無関係じゃないスィー話に交ざるのは当然だスィー寝静まったと断言した訳ではないスィー』とはしゃいでる馬鹿とそれに付き合っている、しかし以前と違い何処か生気が感じられる少女の所為で直ぐ様打ち切られた。

 

 

 

 

 ――――――――――――その夜、本来の歴史なら行われていた遠坂邸での、アサシンとアーチャーによる仕組まれた初戦。

 しかし、その出来事は起こらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三夜 哀れな、弱々しく泣き伏せる童の様に

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日本のとある空港に、一組の男女が居た。

 

 一人は白髪紅眼─────人間味の薄い、まるで人形のような端整な容姿の美女。

 アインツベルンのホムンクルスであり、聖杯の器。

 アイリスフィール・フォン・アインツベルン。

 

 もう一人は金髪碧眼のシークレットサービスのような(てい)の黒いスーツ姿。これまた類稀な美しさを持つ美男子─────ではなく、男装の麗人。

 聖杯戦争で召喚されたセイバーのサーヴァント。

 

「此処が日本……」

「行きましょうアイリスフィール。冬木まで距離があります」

「えぇ、分かってるわセイバー」

 

 アイリスフィールはマスターではない。

 アインツベルン本来のマスターは、彼女の夫の衛宮切嗣だ。

 なのに彼女がマスターの様に振る舞っているのかは、勿論作戦であった。

 

 衛宮切嗣の、魔術師殺しの戦術は魔術師のソレとは大きく逸脱しており、云わば暗殺者かテロリストのソレに近い。 

 勝つためにあらゆる手段を用いる彼の戦術は騎士のセイバーとは相性が悪いと切嗣は判断したのだ。

 

 事実“ある程度許容出来るものの”、セイバーにとって気分のよいものではなかった。

 

 故に切嗣の妻であり、聖杯の器であるアイリスフィールを矢面に出し敵の意識を集中させた。

 気を取られた隙に切嗣が死角からスナイプする為に。

 

「でもちょっと寄り道していかない? 折角日本に来たんだもの」

「……はぁ、仕方ありませんね。冬木に着いて日があるまでは善しとしましょう」

「ありがとうセイバー」

 

 普通なら許可しないアイリスフィールの要望に、セイバーは渋々容認する。

 

 アイリスフィールはホムンクルスである。

 アインツベルンが造り出した聖杯の器。

 

 彼女が生を受けてから九年間、ドイツのアインツベルンの館から出たことはない。

 そして聖杯の─────聖杯そのものである限り、彼女が聖杯戦争後に人間として存在することもないだろう。

 

 後者は知らないものの、前者の理由を知っているセイバーは彼女の最初の自由を必要以上に制限することが出来なかった。

 

 そんな道中、昼食に寄ったレストランでの事だった。

 

「これは─────」

「どうかしたの? セイバー」

「いえ、大したことではないのですが……」

 

 ソレはセイバー自身にしてみれば、全く以て大事であった。

 

「生前、私はこの料理を食べたことがある─────?」

 

 そう、その料理とは、炒飯であった。

 かつて、ブリテンの王であった頃。セイバー(アルトリア)は、幾ばくか雑――というよりも男臭い作り方で、幾つかの調味料も違ってはいたが、ソレはまさしく炒飯だった。

 

「そ、それは有り得ないわセイバー」

 

 アイリスフィールが否定した様に、1500年前のブリテンに炒飯が存在する訳がない。

 常識的に考えてあり得ないのだ。

 

「……ソレも、ランスロット卿が?」

「はい」

 

 アイリスフィールは何度目かの想いにふける。

 セイバー─────アーサー王の生きた歴史に、伝説と比べ大きく逸脱した存在が居た。

 

 ─────サー・ランスロット。

 有名なアーサー王伝説上では、王妃ギネヴィアとの不義の愛でブリテン崩壊の切っ掛けを作った裏切りの騎士。

 

 以前自分で確認するようにソレを口にした時、アイリスフィールは直ぐ様後悔した。

 

 

『――――――――アイリスフィール。それ以上、彼の誇りを虚実で侮辱するのは止めていただきたい』

 

 

 凍り付くような冷たい瞳。しかし万物を燃やし尽くすような憤怒が、セイバーの瞳に渦巻いていた。

 もしソレ以上アイリスフィールが続けていれば、セイバーは彼女の喉を切り裂いていただろう。

 その後調べてみれば、ランスロットは非常に奇妙な英雄だった。

 

 伝承に於いて、ランスロットは二人存在していたのだ。

 

 前者は先程語った通り。

 しかしセイバーの話が確かなら、これはフランス人の創作だろう。

 

 本題は後者。

 

 幾万の蛮族の軍勢をたった一人で全滅させる武勇を誇り、しかし一方で度々姿を消していた。

 それに数多の武具を使いこなしながら、自身の愛剣アロンダイトはセイバー曰く、これまたあり得ない刀だとか。

 姿を消していた理由が、食材を自分の統治している地からコッソリキャメロットに持ち込んでいた等と、アイリスフィールは思いもしないだろう。

 

 生き証人? であるセイバーの話からは、ランスロット曰く蛮族は死徒、または堕ちた真祖である魔王という話であり、最後に至っては真祖の王すら出張ったのだとか。

 

 英傑揃う円卓が手こずる訳だ、と切嗣はこの話をアイリスフィールから聞いたときは驚愕を通り越して呆れ果てた。

 更に真祖の王を退けた話を聞いた時は、アインツベルンの八代目当主のアハト翁が、知っていれば彼こそをサーヴァントに、と惜しむ程に。

 

「ねぇセイバー、もしランスロット卿が参戦していたら、貴女は勝てる?」

「……全盛期の私でも難しいでしょう。しかも鞘が無く、魔力をマスターの魔力供給に依存しているこの身では彼の剣戟を防げない」

「でも、もし召喚されていれば、サーヴァントなのは彼も一緒でしょう?」

「彼の恐ろしい所は、彼の戦闘力のほぼ全てが彼の剣技によって支えられている事でした」

 

 アキレウスのような不死の加護は無く、ギルガメッシュの様に無尽蔵の宝具も無く。

 ランスロットをアーサー王を超える英雄足らしめる理由は、彼の剣技と精神なのだと。

 その剣技のみで、聖剣とその鞘を持つアーサー王を容易く凌駕するのだ。

 セイバーはそう断言した。

 

 そして何より、このもう一人のランスロットが有名にならない最大の理由。

 月を斬った、という神話クラスの逸話だ。

 

 この逸話はアーサー王を主人公とする英雄譚として余りに不都合な為に、出鱈目荒唐無稽とされていた。

 しかしセイバーの言によって、かの真祖の王の『月落とし』と解った。

 

 そして月を斬った直後に真祖の王が語った『星からの排斥』という理由でこの世から消滅したランスロット。

 おそらくこれが彼の死なのだろう。

 この話をこれまたアイリスフィール経由で聞いた切嗣も─────抑止力だ、と言ってある程度納得していた。

 

 アイリスフィールは戦慄すると同時に安堵する。

 彼がサーヴァントとして召喚されていれば、この逸話を宝具として所持しセイバーの対城宝具を上回っていただろうからと、彼がこの逸話を振るえるとしたら剣士(セイバー)枠だけだと考えたからだ。

 

 セイバー枠は既に自陣が得ている。可能性はバーサーカーだが、セイバーが本物のランスロットは狂戦士とは最も遠い存在であると断言した。

 

 ならばバーサーカーとして召喚されることはないだろう。

 そう、思ったからだ。

 

 アイリスフィールは自身をエスコートするセイバーの背中を見ながら、彼女の聖杯に捧げる願いを思い出す。

 

「セイバー、貴女の望みは変わらない?」

「? 愚問です。私の望みは変わらない」

「……」

 

 あの時、望みを口にしたセイバーの顔を忘れない。

 まるで迷子になった子供が親を追い求める様な、見ていられない表情を。

 

 

 

 

『ランスロットが世界から排斥されるという出来事を、無かったことにする。ソレが、私の聖杯に捧げる望みです』

 

 

 

 

「─────ソレが、私が此処に存在する理由なのだから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ─────その顔を覚えている。

 憎悪と死に濡れた、自身と同じく道標を見失った者の顔を覚えている。

 

『何故だッ! 何故貴方は!?』

 

 その悲憤と、喪失の共感を覚えている。

 私は道標を、彼女(息子)は彼女が定めた主人を。

 

『アーサー! 貴方は!! お前がッ!!! あの人を見捨てた! 見殺しにした! 死に追いやったッ!!!』

 

 そうだ。

 そうとも。

 私が彼を殺したのだ。

 彼を、彼だけで戦わせなければ、私は彼を喪うことは無かったかもしれない。

 

『俺は! お前をあの人の王だとは認めない! 絶対にッ!!』

 

 そうとも。

 私が王であることを優先したからこそ、彼を喪う羽目になったのだ。

 

 何が悪かった? 

 彼を一人戦わせたことか? そもそも彼が私に仕えたことか? いやソレ以前に、私が王になったからか?

 

 ただ解ることは、あの時私が王でなければ、彼を独り戦わせることだけはなかった。

 そうすれば、確実に何かが変わった筈だと。

 

 

 

 なら、ならば――――――――――――――王で在ることなど、要らない。

 

 




自分で描いててなんだけどキャラ崩壊激しすぎると思うの。
次回くらいには倉庫街いけるかな?

修正or加筆点は随時修正します。てかしました。指摘感謝!
返信出来ないかもですが、感想待ってまする(*´ω`*)



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第四夜 開幕

他作品の執筆の合間にちょくちょく描いてたら先に出来てしまっていた。最近ポルポル現象に良く陥るでござる(白目)

今回の話は難産。シリアス99%らんすろ1%でお送りいたします。


 冬木の倉庫場の奥、太陽が沈みきった夜にこれでもかと主張する獣のような殺気が発せられていた。

 

 ─────来い、俺は此処にいる。

 

 まだ見ぬ英傑を引き寄せんとする強烈な闘気に、必ずや同類が引き寄せられると。

 常時であってもソレなのだ。ソレに加えあらゆる時代、あらゆる英傑が集い争う聖杯戦争の開催の場なら尚更。

 

 ただ一つの聖杯を求める英霊を召喚し戦わせる、魔術師による闘争。

 

 アインツベルン、間桐(マキリ)、遠坂の御三家に、他四人の魔術師に聖杯が令呪を与え、それぞれ七つのクラスに該当する英霊をサーヴァントとして使役し、戦わせ、聖杯を勝ち取る魔術儀式。

 

 今宵、冬木にて開幕する。

 

「─────漸く一人釣れたな」

 

 倉庫街の開けた場所に、赤い魔槍を携える青い装束の青年がいた。

 その紅い双眸が捉えるのは、二人の女。

 

「その槍、ランサーのサーヴァントと見受けるが」

「そういうお前はセイバーか? アーチャーって柄でも無さそうだしな」

 

 しかし彼女の清澄な闘気と雰囲気から、三大騎士クラスであることが容易に察せられる。

 

 自身がランサーであるならば、目の前の女はセイバー以外にありえない。

 ランサーはそう見切りを付けた。

 

 そして視線を横にずらし、マスターと思しき女性に目を向ける。

 

「その白い髪に紅い目……つまりアンタがアインツベルンのホムンクルスか」

 

 槍兵に見据えられた瞬間、白髪の美女─────アイリスフィールは凍りつく。

 ランサーから滲み出す莫大な魔力が、敵対者に対して指向性を持った。

 ソレに浴びせられるだけで、アイリスフィールからまともな思考を奪い取る。

 

 金髪の男装の麗人─────セイバーが、アイリスフィールを庇うように前に出るまでは。

 

「大丈夫です、アイリスフィール」

「あ、ありがとう。セイバー」

 

 それだけでアイリスフィールは思い出す。

 自らの頼れる騎士を、常勝不敗の騎士の王を。

 その姿にランサーはフン、と鼻を鳴らし、

 

「こんだけ待って釣れたのはお前だけだ。全く、ホントに英雄が俺以外に居るか怪しくなってた所だぜ。まぁその分、骨のありそうな奴が釣れたが」

「ならばその身にたっぷりと刻んでやろう」

 

 セイバーから蒼い魔力が風のように迸り、黒い男装様のスーツから白銀と青の鎧姿に変わる。

 

「ハッ、抜かせセイバー!」

 

 ランサーも臨戦態勢になったセイバーに呼応するように、槍を構える。

 二人の英霊が睨み合い、殺気と闘気をぶつけ合い、それに堪えきれなかった空気が、ミシミシと悲鳴をあげる。

 

 両者が音速を超えて激突し、此処に第四次聖杯戦争の幕が上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 第四夜 開幕 

 

 

 

 

 

 

 

 その激突を観戦していた者達は、英傑は、様々な感想を吐露していた。

 ある者は強い、と単純な力量に恐怖を覚えた。

 ある者は面白い、と戯れに参加した事に僅かながらの悦びを覚える。

 ある者は是非とも臣下に、と騒ぎ己のマスターとその助手の胃を攻め立てた。

 ある者は己の運命を嘲笑し、天を仰いだ。

 ある者はカップ担々麺を啜りながら、コレはコレでうまうま。

 

 それはマスターでも同様。

 例えば遠坂と言峰陣営。

 遠坂時臣は自分の工房に引きこもり、同盟─────というより弟子扱いの部下の様な言峰綺礼の報告と、自身の使い魔で情報を得ていた。

 綺礼は自身の召喚したアサシンの視覚共有を用いて、正史とは違い教会とは別の場所で戦いを観る。

 

「第四次聖杯戦争の公式第一戦。流石というか、両者ともパラメーターは高く、特にセイバーは大半がAランクです。宝具はまだ判明しませんが、恐らく相当の物かと」

『流石は三大騎士クラス、凄まじいな。だが、それでも英霊であるかぎりギルガメッシュには敵わない』

 

 あらゆる英雄譚の原典であり、あらゆる宝具の原典を集め尽くしたギルガメッシュは、ほぼ全ての英霊に対して弱点を突くことが出来る。

 星の数ほどの宝具の原典を有し、それを矢のように無造作に無尽蔵に撃ち放つ。

 故にアーチャー。

 故に最強。

 

 それが遠坂時臣が召喚した、英雄王ギルガメッシュだ。

 

 だがその力は如何に現代で一流の魔術師であろうと御しきれることなどあり得ない。

 王としての在り方を体現する、我が強すぎるギルガメッシュならば尚更である。

 臣下として礼を取り、この世に現界するのに必要な魔力を時臣が供給しているからこそ、ある程度便宜を図っているに過ぎない。

 故に、サーヴァントに対する絶対命令権である令呪が無ければほぼ制御不能に近い。

 実際には、令呪ですら与えられている三つ全て使われても下手をすると抵抗することが出来るのだが。

 

 聖杯戦争とは、本来根源への道を開く為の魔術儀式だ。

 故に冬木の聖杯はキリストの血を受けた杯ではなく、贋作だ。

 しかしアインツベルンは聖杯の器を造り上げる偉業を成し遂げた。

 地上で現存する最も真作に近い聖杯を作り上げたのだ。

 

 だがアインツベルンはソコで行き詰まった。

 アインツベルンは器を造ることは出来ても、中身を用意することができなかった。

 その為の聖杯戦争。

 その為の七体のサーヴァント。

 彼等の魂を焚べる事で中身とし、根源へ辿り着く。

 願望器など副産物に過ぎない。

 魔術師として根源への到達を目指している遠坂時臣は、全てのサーヴァントを聖杯へ捧げなければならない。

 七体全て。

 つまり最後には己のサーヴァントを、令呪を以て自害させなければならない。

 

 しかし時臣は不安に思った。

 もし、令呪を以てしても最強の英雄王が抗った場合、自害させることができなかったのなら? 

 だからこそ、時臣は保険を欲した。

 

()()は大切な保険だ。成功するかどうかも怪しいが、令呪が有れば話は別だろう。偵察は必要だろうが、決して深追いをさせてはならない』

「心得ております」

 

 言峰綺礼は自身の召喚したアサシンの事を考える。あれは文字通りの意味で毒婦であった。

 

 綺礼は自らに刻まれた令呪を見る。

 その令呪は既に一つ喪われていた。

 あのアサシンは触れるだけで毒を盛れる。万が一にも時臣と綺礼を裏切る真似ができない様に二人に対しての『不触』を命じたのだ。

 

 しかしその毒は喰らえば英雄王すら殺すだろう。

 通常の状態なら蹴散らされるだけだが、令呪に縛られ、それに抗っている最中ならばギルガメッシュすら殺せるだろう。

 時臣が勝ち進み敵のサーヴァントを殺し尽くした後には、必ずギルガメッシュも殺さなければならないのだから。

 綺礼は時臣を勝利させる。その為だけに聖杯戦争に参加したのだ。

 

 だがしかし、そんな綺礼もこの戦争に拘るものがある。

 

 言峰綺礼は自他に問う。己の中身とは何だ、と。

 あらゆる苦行に身を置いても、その当たり前の回答を出すことが出来ない。

 皆が幸せを感じている中、自身だけが取り残されている感覚に襲われるのだ。

 父の璃正の教えに従い、信仰の道へと進むも答えは出ず、主はその答えを授けてはくれない。

 そして、自身の中身を理解したと言った聖女のような妻を喪っても尚、その空虚は拡がるばかり。

 そんな綺礼の空虚な人生に現れた切っ掛けが、聖杯戦争だ。

 父親、璃正が懇意にしている遠坂の誘いに乗り、聖杯への願望など無いのに参加したが、ソコで同類を見付けた。

 

 衛宮切嗣。

 自身と重なる男の解答を、空虚なこの身の答えを知るかもしれない。

 

 問わねばならない。

 この身の意味を知るために。

 綺礼は、問い続ける他に方法を知らないのだから。

 ─────綺礼がそんな思考に囚われている時、視覚共有で繋がっているアサシンの眼にあるモノが映った。

 

 

「これは─────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 セイバーとランサー。両者の力は拮抗していた。

 パラメーター的にもほぼ同格。

 刀身を隠すセイバーの風王結界での補助によって序盤は押していたものの、流石は英霊。慣れたのか今では互角の戦いを演じていた。

 

 剣戟は衝撃波を、踏み込みは地面を蹂躙した。

 彼等が、特に魔力放出を持つセイバーは剣を振り上げるだけで地面を捲り上げる。

 しかしそれを加えてまだ互角に持っていけるほどランサーの動きは速く、鋭かった。

 お互い未だ無傷であるものの、此処から先は宝具の使用も視野に入れなければ埒があかない。

 そんな時だった。

 

「─────あ?」

「何!?」

「あれは、サーヴァント……?」

 

 倉庫の上に、一人の少女が立っていた。

 紫を基調にした鎧を纏い美しいブロンドの長髪を三つ編みに纏めた、明らかにランサーやセイバーとは違った毛色の雰囲気のサーヴァントの気配を漂わせている少女が立っていた。

 

 少女はセイバーとランサーが止まった事がおかしいのか、二人に喋りかける。

 

「どうしたのですか? 私を気にせず続けてください」

「いや、それは流石に無理じゃねぇか?」

 

 先程まで獣のような殺気を帯びていたランサーが、殊の外まともな事を言う。

 

 実際問題、他の正体不明のサーヴァントが横に居る中、警戒するなというのが無理な注文だ。

 未だマスターの姿が見えないランサーなら兎も角、セイバーはアイリスフィールを守る必要があるのだから。

 

「それなら問題はありません。私は『裁定者(ルーラー)』のサーヴァント。余程のルール違反を犯さなければ、聖杯戦争には介入しません」

「ルーラー? 確か聖杯からの知識にそんなクラスがあったが……」

 

 裁定者のサーヴァント。

 

 それは聖杯自身に召喚され、『聖杯戦争』という概念そのものを守るために動く、聖杯戦争に於ける絶対的な管理者。

 部外者を巻き込むなど規約に反する者に注意を促し、場合によってはペナルティを与え、聖杯戦争そのものが成立しなくなる事態を防ぐためのサーヴァント。

 

「私が此処に来たのは役目の一環です。貴方達の戦いがもし一般人に影響を及ぼすほどならば、それを防ぐのが私の役目ですので。特にセイバー、貴方の宝具はそれだけの威力があります」

「……私の宝具を知っていると?」

「正確には貴方の真名です。ルーラーのサーヴァントには、サーヴァントの真名を看破するスキルが与えられますので」

「……!」

 

 セイバーの顔が強張る。

 姿を見るだけで真名を見破る能力など、聖杯戦争にとって反則に近い。

 

「ルーラー、私の記録では今まで召喚されたことなんて……」

「そもそもルーラー()が聖杯によって召喚されるには二つの条件が存在します」

 

 一つは『その聖杯戦争が非常に特殊な形式で、結果が未知数なため、人の手の及ばぬ裁定者が聖杯から必要とされた場合』。

 もう一つは、『聖杯戦争によって、世界に歪みが出る場合』である。

 つまり、今回は後者によって召喚されたのだ。

 

「故に私はルール違反が無いか監督する役目と、ルーラー()が召喚された理由を調査するために此処にいます」

 

 ルーラーのその言葉を聞いて、真っ先に反応したのはアイリスフィールだ。

 何故ならルーラーの存在は、聖杯戦争が世界を滅ぼす可能性がある証拠。

 自身も地面が無くなった様な不安に陥るものの、今この場でこの話を聞いたであろう、聖杯に全てを賭けている夫を何より心配したのだ。

 

『─────クククッ』

 

 そして、何もかもを知ってる者が、もう一人。

 

『─────ふ、ははは、はははははははッ!!! 成る程成る程、そうなるのか! 形振り構わずとはこの事だな!!』

 

 そんな張り詰めた空気を切り裂くように、どこからか笑い声が響く。

 

「ここまで直接的な戦力を投入してくるとは、そこまでして()()()()()()()()。いやはや恐れ入る。まぁ、私も人の事は言えないが」

 

 同時に、ランサーの背後の空間が歪み、ベールに隠された存在が姿を現した。

 白銀の長髪に、女らしさをこれでもかと強調している豊満な肢体を動きやすい冬服で覆っている。

 

「オイオイマスター、お前はまだ姿を見せないんじゃなかったのか?」

「予定が変わった。ルーラーが出てきた時点で、間違いなく誤差が生じている。聖杯を私のやり方で手に入れる場合、アレはかなりの確率で妨害に出るだろう」

 

 その会話が気に入らなかったのか、ルーラーが会話に加わる。

 

「……それは違いますランサーのマスター。私は中立の審判、貴方が聖杯を手に入れたのなら、この世界を崩壊を招く願いで無い限り私が何かをすることはありません」

「ハッ、残念ながら信頼は出来ても信用は出来ないな。フランスの聖女、お前が如何に高潔な精神を持とうともアレがその気なら貴様の意思など関係がない」

「─────」

 

 ランサーのマスター─────エレインの言葉で、今度はルーラーの顔色が変わる。

 

「どうやって私の真名を……」

「情報集めは戦いの基本だろう? 尤も、私の情報源は反則だが」

 

 何故ならエレインが口にした言葉は、ルーラーの真名を言い当てるのと同義なのだから。

 フランスの聖女で有名な英雄とくれば、真っ先に一人の女性の名前が来る。

 

「フランスの……まさか、ジャンヌ・ダルク!? エレイン・プレストーン・ユグドミレニア、貴女は一体……?」

「それは企業秘密だアイリスフィール・フォン・アインツベルン」

「私の名前まで……っ」

「どうした? 君の娘の名前でも無いのに、そこまで動揺されても困るぞ」

 

 イリヤの事まで─────

 

 全てお見通しだ。

 そんな(てい)のエレインに、アイリスフィールは絶句し背筋が凍るような恐怖に襲われる。

 

 イリヤスフィールの存在は、アインツベルンにとって最重要機密。

 次回の小聖杯の存在は何よりも秘匿しなければならないモノだ。

 何より衛宮切嗣の最大の弱点となる存在を、他者に知られるわけにはいかなかった。

 

 言峰綺礼を知った夫の心境は、この様なモノだったのか─────と、アイリスフィールは切嗣と言峰綺礼と同様、エレインを会わせてはならないと確信した。

 

 

 

 ルーラー、ジャンヌ・ダルクは考える。

 

 確かに自分の真名を言い当てたのは驚異だ。

 彼女の情報源は気になるが、ソレについてはルール違反には当て嵌まらない。 

 彼女の言動も気になる。彼女は何を知っている? 

 それは彼女の情報源とやらと関係があるのか? 

 

 だが何故、エレインはそこまで自分を危険視しているような発言をする? 

 まるで自分に、ルーラーが召喚された理由があると言わんばかりに。

 

 本当にエレイン自身に理由があるなら、隠れれば良い。

 ルーラーの存在を知っているのなら尚更だ。不自然が過ぎる。

 

 疑問は尽きないが、不自然でもある。

 だが、しかし注意するに越したことは無いだろう。

 

 そうルーラーは締め括る。

 エレインは一マスターに過ぎず、氷山の一角かもしれないのだから。

 

 ルーラーとアイリスフィールが最大限の警戒を払いながら、遂に我慢できないとばかりにセイバーが問い掛ける。

 

「なぜ……何故、貴女が此処にいる……!? ランサーのマスター? サーヴァントならまだしも、貴女は人間だ!」

「セイバー……?」

 

 セイバーの反応に疑問を感じたのはアイリスフィールだ。

 アイリスフィールの認識上、この場でエレインの顔を知っているのは二人。

 

 一人はランサー。

 当然と言えば当然。

 彼女は彼のマスターなのだから。

 

 一人はアイリスフィール。

 切嗣が調べた魔術師の一人に、彼女の顔写真が存在していたからだ。

 彼女にはエレインの情報は与えても、顔写真は見せていない。

 

 1500年前の人間であるセイバーが、彼女の事を既知のように語るのはあり得ないのだ。

 

 だと言うのに、彼女の表情はまるで死人を見たかの様なソレ。

 セイバーはまさしくこの時代に存在する筈の無い者を見た顔で動揺していた。

 

「そう、私は人間だ。前回の聖杯戦争で召喚されてそのまま残ってるとか、別のマスターが召喚したサーヴァントとか、そんな勘繰りは必要無い完璧な人間だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ─────アーサー王伝説に、エレインという名の女性は数多く登場する。

 特に、ランスロットの周囲には多くのエレインが登場する。

 

 一人は湖の乙女の名前の一つにコレがある。

 一人はベンウィクのバン王の妻であり、ランスロット卿の母親である。

 一人はアーサー王の異父姉。

 一人は槍試合でランスロット卿との悲恋で有名な、アストラット・シャルロットの乙女エレイン。

 ペレス王の娘にて漁夫王(ペラム王)の孫、アリマタヤのヨセフの末裔であるカーボネックのエレイン。

 そしてこの世界に於いて、エレインは一人に収束された。

 

「─────それにしても、貴方が私のことを覚えてくれているとは光栄だな。それとも『彼』の遺品を盗んだことを根に持っているのかな騎士王?」

「『彼』が槍の腕を認めた御仁だ。忘れるものか」

 

 それこそがエレイン・プレストーン・ユグドミレニア。

 本来の正史ならば、ランスロットの息子である円卓の騎士ギャラハッドの母親となる女性だった。

 

「エレイン姫。貴女は一体、どうやってこの時代に─────?」

「何、湖の精霊の手を貸して貰って死徒二十七祖番外位(アカシャの蛇)と似た方法を取った、と言っても分からないか……? まぁそんなことは今どうでもいいだろう。私が貴方の敵として此処に居る、ただそれだけで充分だ。やれランサー」

「ッ!」

 

 エレインの命令でランサーが、セイバーを襲う。

 咄嗟に槍を切り払うが、ソコで違いに気付いた。

 

(コレは……膂力が向上している!?)

 

 ランサーの身体を見ると、淡く刻まれたルーンが光っている。

 恐らくこの場に居るであろう切嗣の眼には、膂力に関するステータスが上がって映っているだろう。

 

「悪いなセイバー。ウチのマスターは惚れた相手以外にはせっかちでな、()()()()()()()()()()()()()

「何をッ……!?」

 

 ランサーは地面を捲り上げる様に槍を振り上げ、土煙を巻き上げる。

 土煙から逃れるため、セイバーは槍の衝撃を受け流しながら後方に跳び退く。

 

()()()()()()。ヤれ」

 

 土煙の向こうからそんな声が聴こえると共に、セイバーの直感が悲鳴を上げた。

 マズいマズいマズいマズいマズいマズい! 

 

 アレを放たれれば、ランサーの宝具の真名解放は、間違いなく自分の心臓を貫くだろう。

 

 しかし、ソレを知覚しながらセイバーはどうしようもなかった。

 

 元より防ぐ方法が聖剣の解放以外無く、下手をすればソレでも防ぐ事は叶わないかもしれない。

 それこそ令呪で回避を命じられない限り。

 だがもし自身と似たタイプの対軍宝具以上の威力ならば、アイリスフィールを背後に立たせている現状、セイバーに回避という選択肢はなかった。

 

 だからこそ、敵側は土煙を上げて此方のマスターから令呪の使用をさせないために、その姿を隠したのだろう。

 

 念話で自身のマスターに知らせるのも間に合わない。

 セイバーが念話をし、ソレからマスターが令呪を使うその前にアレが放たれれば終わりだ。

 

 土煙の中に赤い光と、ほんの僅かに()()()()が煌めく。

 

刺し穿つ(ゲイ)───────』

 

 聴こえない。

 ランサーの声が、何かに遮られる様に聴こえない。

 

(エレイン、彼女が何らかの方法で声を届かなくしたのか─────)

 

 こうして思考する時間すら致命的だと気付きながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

『─────AAAALaLaLaLaLaie!!!』

 

 宝具が放たれる直前、雷鳴が轟く戦車の疾走が割り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




後書き描く前は色んな話が浮かぶのに、いざ書こうとしたら何も浮かば無ーい。
ちなみに自分は感想からネタを回収していくスタイルなです。
今後の展開と返信内容が変わっていく可能性があるので、くれぐれもご注意ください。

ていうか皆が某オレっ娘をバサカ枠って言いまくってるので、そんな感じになりそうな予感。
自分もそれで良いかなって思い始めたし。

修正or加筆点は随時修正します。てかしました。指摘感謝!
返信出来ないかもですが、感想待ってまする(*´ω`*)








ネタバレ:当初の願いが叶うのはランサーとアサシンだけ(多分)



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第五夜 八時だよ! 全員集合!!

最近よく感想返しに心折れてる気がする(確信)
返信できなかった方は申し訳ない。毎回楽しく拝見してます。
ネギまの方も結構出来上がった来たけど、当初の優先順位が反転したる気が。

でも人気の方のが速く描けるのは仕方がないと開き直りました。

というわけで今回はすべてのサーヴァントを描写します。


 倉庫街のコンテナの重なり合う影で衛宮切嗣はワルサーWA2000を構えながら、AN/PVS04暗視スコープ越しで乱入者を眺めていた。

 

『我が名は征服王イスカンダル! 此度の聖杯戦争においてはライダーのクラスを得て現界した!!』

 

 堂々過ぎて最早阿呆の領域になっている、自身の真名の暴露。

 自己主張が激しいとか、そういうレベルではない。

 あのルーラーですら呆け顔だ。

 

「あんな馬鹿に世界は一度征服されかかったのか?」

 

 どうやらサーヴァントの独断なのか、戦車の上に乗っている二人の男が顔色を真っ青にして絶叫している。

 内一人の顔は知っている。

 ケイネス・エルメロイ・アーチボルトだ。

 

「チッ」

 

 思わず舌打ちをする。

 ライダーの構図は切嗣の戦法にとって最悪に等しい。

 あの戦車が宝具だとすれば、恐らく弾丸は届かないだろう。

 空から乱入した事から、飛行も出来ると見て良い。

 

 切嗣の戦法は、サーヴァント同士が戦っている最中にアイリスフィールに気を取られている敵マスターを狙撃すること。

 もしくはサーヴァントとマスターを分離してマスターの撃破だ。

 

 だがあの様にサーヴァントとマスターがくっつかれたら切嗣には手出しができない。

 空を飛ばれたら論外だ。

 

 問題はそれだけではない。

 ルーラーという、聖杯自身が召喚したイレギュラーサーヴァント。

 

 ペナルティとやらの概要は分からないが、一般人への被害を恐れているのだろう。

 これで敵を一般人諸共殺害する方法は難しくなった。

 勿論、魔術の一切絡まない方法ならばまだ可能性はあるだろうが、しかし可能性に過ぎない。

 

 それに聖杯戦争に世界の歪みが生じる可能性があるなど、切嗣には見過ごせる話ではない。

 

 そしてエレイン・プレストーン・ユグドミレニア。

 聴こえた話の内容を鑑みるに、セイバーと面識があるようだ。

 年月を重ねた魔術師ほど、その恐ろしさは増す。

 1500年前もの過去、現在とは比べ物にならない神秘が溢れていたであろう時代の魔術師だ。

 その力量はキャスタークラスのサーヴァントに匹敵するだろう。

 

 幸いなのはセイバーと既知であること。

 セイバーからアイリスフィール経由で情報を聞き、戦術の練り直しになるが、何も分からないよりマシだろう。

 よって現状はまだ切嗣が動くモノではない。

 だが─────

 

「─────どうやって、イリヤの事を……」

 

 銃を握る掌に、冷や汗が滲むのを切嗣は自覚した。

 同時に、不味い、とも。

 

 衛宮切嗣は機械ではない。

 勿論人間なのだが、本当の暗殺者というものは機械の如き無機質さを有している。

 切嗣はそれを模す事は出来るが、成る事は決してできない。

 出来るのならばそもそも正義の味方など、聖杯を望みなどしない。

 

 いや、以前のアインツベルンに訪れる前の切嗣ならば、限り無く機械に近く成ることも出来たかもしれない。

 だが、今は無理だと断言できる。

 現に、娘の事を敵が知っているというだけでこの様である。

 

 今の内に殺しておくか?

 

 切嗣の脳裏に浮かび上がる選択肢を直ぐ様否定し、それが安易な逃避だと切って捨てる。

 

 勝たなければならないのに。

 最愛の妻を代価にしているというのに、ここで負ければ最愛の娘すら喪ってしまう。

 

 衛宮切嗣は、世界を救済しなければならないのだから─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第五夜 八時だよ! 全員集合!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何をやっているかライダァアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!???」

「何を考えてやがりますかこの馬鹿はぁぁあああああああッッッ!!!!??」

「はっはっはっはっ、喧しい」

 

 バチンッッッ!!! と、ライダーの巨腕が繰り出すデコピンが二人の額を捉え、吹っ飛ばす。

 

 ─────憐れ。

 この場にいる殆どの人間がその思考を同じくした。

 ルーラーは十字を切っている。

 

 聖杯戦争に於けるサーヴァントの真名の看破は、最も防がなければならないものの一つ。

 

 何故ならサーヴァントは全てが歴史や神話、伝承に伝わる英霊。

 例えばジークフリートだった場合、不死身の力はその背中だけ適用されない。

 例えばアキレウスならば、神の加護はアキレス腱だけ適用されない。

 伝承に伝わるからこそ、その死因は、弱点は瞭然なのだ。

 

 だがこのライダーのサーヴァントは、それを自ら勝手に暴露(バラ)したのだ。

 そんなサーヴァントのマスターの心境は、彼等の形相を見れば察する必要すらない。

 特に酷いのがケイネスだ。

 先程までは生徒と一緒に叫んでいたのだが、なまじ失敗と縁がなかったのか許容量を超え、顔面が崩壊している。

 

 食べ終わったカップ麺をゴミ箱に捨てて漸く観戦に加わろうとしている同じ馬鹿なら、こう述べるだろう。

 

『─────FXで有り金全部溶かした人の顔』

 

 特にその行動をするであろうと、予め知っていたランサーなど、憐れでならないと、感じるしかなかった。

 少なくとも、

 

「ブッ、くく、むぐぅ……ゴホっ! ブはッ」

 

 頑張って笑うのを必死に堪えて失敗してる自分のマスター程、気楽にはなれなかった。

 

「うぬらとは聖杯を求めて相争う巡り合わせだが……、矛を交えるより先に問うておくことがある─────」

 

 ─────ライダーが言ったのは、つまり勧誘だった。

 自分の下に付き、その上で自分に聖杯を譲れと述べたのだ。

 

「さすれば! 余は貴様らを盟友として遇し、世界を征する快悦を共に分かち合う所存である!!」

 

 極めて得意気に言い放つ。

 断られると思っていないのだろうか。

 

「クックックックッ」

「…………」

 

 ランサーは笑ってはいるが、セイバーにいたっては青筋を浮かばせている。

 

「─────確かに、俺自身に聖杯に捧げる望みなんざねぇ。ソコのセイバーは兎も角、俺は聖杯戦争それ自体が目的だからな」

「ほぅ?」

 

 そのランサーの言葉に、少なからず驚きの声があがる。

 聖杯戦争で聖杯が要らないと言うのは、聖杯を求めるサーヴァントにとっては考えられないことだからだ。

 

 ランサーの望みは強者との戦い、其れだけである。

 故に聖杯戦争に召喚されれば殆ど叶ったも同然だ。

 

 

 尤も、正史や平行世界に於いては、その願いが叶わないという状況が多発する羽目になるのだが。

 

『ランサーが死んだ! この人でなし!』

 

 この場にすら居ないどこぞの馬鹿が、誰にも聞こえない心の声で突っ込みを入れる。

 

「だがよ、マスターには絶対に譲れねぇ願いがある。アンタを優先してやる理由は無ぇよ」

「……、主に捧げる忠節か?」

「そんなんじゃねぇよ。良い女が頑張ってんだ、手を貸したくなるのが男ってモンだろ?」

「むぅ……」

 

 ランサーの言葉にライダーが呻く。

 極めて共感できる答えだったからだ。

 

「ランサーのマスターよ! お主はどうだ?」

「残念ながら私が傅き身を委ねるのはこの世界で……いや、世界の外側を含め唯一人のみ。それに私の願いは世界征服(そんなもの)と同列に扱ってもらいたくないな」

「ほぅ? ではお主の願いとは何だ?」

戦場(ここ)で口にすることではない。滑らせたいのなら酒でも用意するんだな」

「おぉ! それは道理だ!! そうだのぅ、ならばセイバー─────」

 

 ライダーはこの場においては二人を言葉で従えるのは不可能と判断し、セイバーの方を見て─────諦めた。

 

「─────どうした征服王? 戯言を述べたてるなら早くしろ。まぁその頃には、貴様は八つ裂きになっているだろうがな」

 

 先程から殺気しか無い。

 完全にキレていた。

 これではどんな言葉を投げ掛けたところで逆効果にしかならないだろう。

 その殺気にウェイバーが正気を取り戻したのが幸いか。

 

「ソコのルーラーとやらは」

「私は聖杯戦争において完全中立。有事の際以外で、貴殿方の戦い自体には一切関わることはありません」

 

 当然だろうが、ルーラーも断った。

 

「ぬぅ……こりゃー交渉決裂かぁ。勿体無いなぁ、残念だなぁ」

「らいだぁ、どうすんだよぉオマエ、征服とか何とか言いながら総スカンじゃないかよぉ」

「はっはっは。いやぁ『ものは試し』というではないか」

「そんな理由で真名バラしたのか!?」

 

 悪びれもなく頭を掻くライダーにウェイバーが突っ込みを入れるが、その言葉に遂にケイネスが限界を迎えた。

 

「あびゃー」

「先生ッッッ!?」

「オイオイ情けないぞマスターよ、この程度で音を上げる様ではこの先保たんぞ?」

 

 精神面からマスターを殺しに来るサーヴァントなど想定すらしていなかったのだろう。

 だがサーヴァントをただの使い魔扱いすれば待っているのは王のビンタである。

 しかしそんなくだらないことで令呪を使うのは、粉微塵に粉砕されたなけなしのプライドが許さなかった。

 

 英霊は奴隷(使い魔)ではない。ケイネスは認めた。好敵手(エレイン)と出会ったことで、ケイネスは認めることが出来た。

 

 征服王イスカンダルはその事実をケイネスに刻み付けたのだ。

 そして、刻みすぎたのだ。

 

「まぁなんだ、折角こんな機会に出くわしたのだ。全員纏めて征服せずにはいられんかったのよ」

「は?」

 

 ウェイバーはライダーの言葉の意味が分からなかった。

 だが、その答えは直ぐ様出る。

 

「セイバー、それにランサーよ。うぬらの真っ向切っての競い合い。まことに見事であった。あれほどの清澄な剣戟を響かせては惹かれて出てきた英霊が、よもや余一人だけということもあるまいて」

 

 ビクリ、とウェイバーとアイリスフィールの肩が跳ねる。

 ライダーの言っている意味が理解出来たからだ。

 

「おいこら! 他にもおるだろうがッ!? 闇に紛れて覗き見しておる連中は!!」

 

 ライダーの声は最早怒号に近かった。

 

「聖杯に招かれし英霊ども! 今ッ!! ここに集うがいいッッ!!!!」

 

 セイバーとランサーの、大英雄の剣戟はそれほどまでに見事だった。

 ならばこそ、英雄としての矜持を持つものならば、己のように誇るべき真名を掲げて現れるのが英雄だろうと。

 

 

「─────なおも顔見せを怖じるような臆病者は、征服王イスカンダルの侮蔑を免れぬものと知れッ!!!」

 

 

 衝撃波に近い、ライダーの咆哮の様な煽りは、ビリビリと周囲に響き渡る。

 

 それを見ても、聞いても。暗殺者故に誇りなど持ち合わせていないアサシンは姿を見せず。

 

 そして、ライダーの挑発に乗った、というよりは面白がった者が、黄金の礫を集めて身体を創るように実体化したサーヴァントが姿を現した。

 

「何……!?」

 

 その姿を見て、エレインの目が見開かれる。

 

 

 

 

 

「────────────あははは、凄い啖呵ですねライダーさん。それに声も大きい」

 

 

 

 

 

 

 其は、黄金の子供だった。

 その服装は現代風のソレであり、ノースリーブのダウンジャケットを身に纏っている。

 

 特徴的なのは、黄金の髪と爬虫類の様に縦に割れた瞳孔の紅瞳。

 何より身に纏うそのカリスマは、ライダーすら上回っていた。

 

「でも残念ですが、セイバーさんやライダーさんもそうであるように、僕も王としての矜持があります。誰かに仕えることはありません」

「ほぅ、やはりお主も王であったか。まぁ当然であるわなぁ。その滲み出る王気(オーラ)、この征服王に全く劣っておらん」

 

 目の前の小さな幼い少年は、大王すら超える王だという証だった。

 

「……チッ、最悪だな」

 

 エレインが思わず愚痴を漏らす。

 当然だろう。唯でさえ最強の存在、が更に強固になったのだから。

 

「おや、お姉さんは僕の事を知っているんですか?」

「少なくとも真名はな。英霊の召喚に使う触媒を手に入れる為のルートを探れば、簡単に知れる。特に御三家なら丸分りだ。そして世界で最初に脱皮した蛇の脱け殻の関係者など一人しかいないからな、英雄王ギルガメッシュ」

 

 エレインの言葉で、周囲に戦慄が走る。

 この世界の神秘は、古ければ古いほどその力を増す。

 

 神話の英雄は神の存在した時代に生まれている、ただそれだけで過分な神秘性を有する。

 後に神や神の一部となったヘラクレスやカルナなどがその最たる者だろう。

 

 目の前の少年は、原始の英雄譚の主人公。

 あらゆる英雄の原典。

 原初の神殺しの王である。 

 

 それが敵として存在するという事実の重さは計り知れない。

 そして自ら国を滅ぼしたギルガメッシュだが、幼少の頃は名君として国を統治していた。

 

 『らんすろ日記』という別次元の知識を得たエレインだからこそ知ることだが、ギルガメッシュの最大の弱点は強すぎるが故のその慢心。

 だが名君として名を馳せた少年時代のギルガメッシュに、そんなものは存在しない。

 

 ギルガメッシュの全ての能力を有しながら、決して慢心しない。

 場合によっては撤退すら受け入れる度量の広さ。

 

 らんすろ日記にはこう記されている。

 ─────子ギル最強説。

 

「全く、最古の英雄をどう御すつもりだったのか。遠坂時臣は何を考えていた? まぁどうせ召喚した時点で勝ちだとか、後の事はあまり考えてなかったんだろう?」

「あはははー、僕のマスターはうっかり性ですから。まぁ、色々あって大人の僕は僕に丸投げしたんですけどね」

「それは遺伝だと聞いている。まぁ今代の当主はそれが顕著らしいが……もし貴様と同格のサーヴァントを誰かが召喚した場合の被害を考えていないのか」

 

 ギルガメッシュの同格のサーヴァントといえば、例えば施しの聖者カルナ。

 核攻撃に例えられる対国宝具を持つ彼が、それ以上の対界宝具を持つギルガメッシュとぶつかれば冬木など日本諸共消し飛ぶだろうに。

 

管理者(セカンドオーナー)としての自覚があるのか? 奴は」

「いやー、ぐうの音も出ない正論ですね」

 

 遠坂邸で、一人の魔術師が膝を突いた。

 

 勿論遠坂時臣である。

 綺礼は無自覚に笑みを浮かばせながら、エレインとギルガメッシュの会話を一字一句漏らさず伝えていたのだ。

 魔術師として誇りを持っていたからこそ、彼らの会話は突き刺さった。

 

 まぁ召喚された成年体のギルガメッシュは、現代の堕落加減に嫌気がさして若返りの霊薬を用いて幼い自分に(聖杯)の回収を全て任せたのだが。

 遠坂時臣のせめてもの救いは、子ギルがかなり寛大で自重も融通も利く人物であったことだろう。 

 しかしこれで五騎が集まったのだが、それで終わることはない。

 セイバーの未来予知に匹敵する直感が、己の危機を察知した。

 

 それが、自分にとって決して忘れられないモノだと気付きながら。

 

「─────ッ!!」

 

 直後、宝具と見紛う程の巨大な赤雷がセイバーを襲った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻、倉庫街から少し離れた浜辺で、ローブの様に変化した外套(フード)を深くかぶり顔を隠した男が、その赤雷を見た。

 

「…………」

 

 顔を隠した男は何も語らずに、その場へと向かう。

 

『……気まずい』

『いや、寧ろ会ってやるべきじゃないのか』

『だって敵前逃亡よ? 軍属としては銃殺モンだよ銃殺モン』

『はよ行け』

 

 混沌は、深まるばかり。

 

 




全員が顔見せするとは言っていない()

一体、誰が子ギルの登場を予想しただろうか(感想見ながら)
ちなみに子ギルなのは演出上の都合がかなり大きいので、そこらへんはご了承くだせい。
ちなみに自分は「Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ」の子ギルを参考にしております。ご注意をば。

それと活動報告に弱音を吐きました(そんな報告をするな)
良かったら意見を頂ければありがたいです。

修正or加筆点は随時修正します。
返信出来ないかもですが、感想待ってまする(*´ω`*)














しかしそろそろ他の作品も描きたくなってきやがったぞぅ。
HSDDとか。

追記

皆さんの感想や意見から、素直に今の作品の完結を目指そうと思います(´・ω・`)


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第六夜 乱入者複数。ただし頭のおかしい奴に限る

何とか年内に間に合いました。
それ故に微妙な終わり方になってるかもです。
ご注意を。

Fate/Apocrypha最終巻発売おめ。
そしておもしろかった。


「ランスロットは、王に成りたいと思ったことはないのか?」

 

 ─────生前の話。

 幾度となく観た夢がある。

 

「……どうした。まだ寝ていなかったのか」

 

 何か書き物をしていた彼の邪魔をしてしまったか気になったが、彼は「日記だ」と軽く質問の解答を返す。

 

「あり得ないな」

 

 その返答にオレは、やはり、と思った。

 彼は何処までも騎士なのだと。

 

「俺には能力がない。俺を慕ってくれるのは有り難いが、仮に俺が王となってもアーサー王程には出来んだろう。俺は人を纏め上げる事はできない。俺は、戦場で敵を斬るしか能がない」

 

 違う。

 オレは咄嗟に答えるも、彼は否定する。

 

 王を超え、国の過半数の支持を集めている彼に王の資質がないとは思えない。

 彼が王で、自分が騎士として侍る、という妄想をしたことがないと心の中では否定できない。

 

「王には、自国をあらゆる手段を用いて防衛しなければならない義務がある。ソレこそ必要を迫られればどれだけ悪逆非道な所業も行わなければならない状況もあるだろう。その点に於いて彼女は優秀だ」

 

 お前なら出来たのか。

 もっといい具体案があるのか。

 

「余り好む理論ではないが、国という10を護るためには村一つといえど犠牲にしなければならない。その判断を、決断を俺は否定しない。誰にも否定させはしない。寧ろその程度で済んだ彼女の力量を誉める程だ。犠牲になった村には気の毒だがな」

 

 彼は王を批判した騎士に問いつめた。

 そして、王はそれだけの重責を背負っているのだと説いた。

 お前にソレが出来るのか、と。

 

「如何に王が優秀であろうとも、その手足が言うことを聞かないのであれば国は終わる。ソレが統治者としての王道を選んだアーサーなら尚の事だ」

 

 自分を含め、ブリテンの要である円卓の騎士は良くも悪くも個性が過ぎる。

 

「恐らく俺が王になれば、確実に偏りが出てくる。俺には統治者としての能力は無い。暴君の治世になるだろう。国を治めるというのは、それだけの能力と責任を問われるからだ」

 

 その点において、騎士王は凄まじい。

 暴君でなく名君として、騎士という極めて面倒な連中を治めているのだから。

 

 にも拘らず、自分の理想を王に押し付ける。

 ソレを受け止めるのも確かに王の役目だろう。

 だが、だからと云って王とて人。

 限界はある。

 ソレを見ずに、ただ理想(我が儘)を押し付けるのは堕落である、と。

 

 彼は、民や騎士によくそう説いていた。

 

「───────────────……モードレッド。お前は、王のことが好きか」

 

 オレの答えは是。

 そもそもその王道に、そんな貴方と共に立つその姿に憧れて騎士になったのだから。

 でも、

 

 

 『─────オレは、えと……ランスロットも、そのっ、大好きだぞ!!』

 

 

 羞恥に震えながらも、思ったより大きい声を出してしまったのか。

 ビクッ、と彼の体を震わせ、静かに微笑んだ。 

 

「……フッ」

 

 オレは思わずその微笑みに見惚れ、見蕩れ。

 

「……そうか、そうだな」

 

 彼は噛み締めるように呟き、オレと背を並べる様に腰を下ろし、

 

「俺もこれ以上、誰も喪うこともなく」

 

 ソレは、在りし日の幸福の思い出。

 

「共に在り続けたいものだ─────」

 

 オレの、替えのない至宝。

 そして、思い出でしかない。

 

 ランスロットはもう居ない。

 国もオレが滅ぼした。

 

 ランスロットの居ない国など、オレが唆すだけで容易く王を裏切る屑の群れなど死して当然。

 

 寧ろ彼と引き換えに守ったモノが、こんなものかと絶望すらした。

 

 こんなものを彼と天秤に掛けコレを選んだのかと、王の正気を疑い、憎悪した。

 彼を踏み台に存在している、国そのものが憎かった。

 

 その願いを踏みにじったのは誰だ。

 彼の想いを裏切ったのは誰だ。

 

 赦さない。

 オレは、アーサー・ペンドラゴンを絶対に赦さない。

 

 彼を奪ったこの怨み、晴らさでおくべきか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第六夜 乱入者複数。ただし頭のおかしい奴に限る

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 血に濡れた様な赤雷が、倉庫街を蹂躙した。

 コンテナは吹き飛び、破壊を余波という形で周囲に撒き散らしていた。

 

 ライダーはその余波を神牛の雷で相殺し、ランサーとエレインは跳躍して避けた。

 

「チッ、気を付けろエレイン!」

「言われるまでもない!」

 

 エレインは涼しい顔を憤怒に変え、襲撃者を睨み付ける。

 まるで怨敵に向けるように。

 

「あらら、これは随分手癖の悪い狂犬だ」

 

 ギルガメッシュはコンテナの上で笑みを携えながら、出現させた透明な壁で容易く防ぐ。

 

「うわぁぁあっ!?」

「ハッ! これは─────!?」

「ふむ」

 

 イキナリの襲撃にウェイバーは悲鳴をあげるも、代わりにケイネスが正気に戻る。

 そしてライダーは顎に手を当てながら襲撃者を見定める。

 

 襲撃者────それは、赤雷を迸らせている、重厚な全身鎧に身を包んだ血色にまみれた白銀の騎士だった。

 その騎士が纏う魔力はこの場の大英雄達に決して劣っていないことを示していた。

 

「セイバー!?」

 

 アイリスフィールが灰になっていなかったのは、赤雷がセイバーを呑み込む前に、彼女がアイリスフィールを突き飛ばして庇ったからに他ならない。

 お蔭で彼女は傷一つ無い。

 

「ぐッ……!」

 

 セイバーは軽傷ではないものの、赤雷を聖剣で受け止め、直撃を避けていた。

 片腕が特に酷く、籠手は熔け火傷に苛まれている。

 即座にアイリスフィールの治癒魔術が戦闘に支障が無い範囲まで癒そうとするも、傷は浅くは無い。

 

「な、なんだよ今のは!」

「ほぅほぅ、あやつも中々。この場に負けず劣らずの英雄だのう」

 

 兜でその表情こそ見えないが、憤怒、憎悪といった負の感情を撒き散らす。

 

 つまりあの狂犬は、騎士王と顔見知りであるということ。

 アイリスフィールは事前の話から、ランスロット卿は彼女を恨んでいないと察していた。

 ならば、騎士王に敵対的な英霊など一人しか居ない。

 

「まさか、まさか貴様もこの戦争に参加していたとはな……アーサーッッ!!!」

「モードレッド……っ」

 

 激烈な憤怒を込めて狂獣が吼え、王が苦々しく受け止める。

 

 喋りさえしなければ即座に狂戦士(バーサーカー)と断定するべきだろう騎士は、只々セイバーを冑で素顔を隠しながら親の仇とばかりに睨み付けていた。

 だが、今のやり取りで真名はハッキリした。

 

「叛逆の騎士、モードレッド……!」

 

 大英雄アーサー王を殺害した反英雄。

 セイバー(アーサー王)の実力は、そのままモードレッドの実力を顕す。

 だが身に纏う魔力は、明らかにセイバーのそれを上回っていた。

 ソレはモードレッドの実力か、それとも未だ見ぬマスターの実力か。

 

 真名を隠す聖杯戦争の大原則が悉く覆されるが、今回は異例なのだろう。

 故にセイバーがモードレッドの真名を隠す必要は無い。 

 

「ぉおおおおおおァアアアッッ!!!」

「ぐッ」

 

 よろめきながら体勢を立て直したセイバーに、狂犬は吼えながら突貫する。

 ランサーのソレとも違う、餓虎のような乱撃がセイバーを襲った。

 

 アーサー王とモードレッド。

 二人は両者ともの実力を理解している。

 

 宝具の性能は最強の聖剣を持つセイバーに軍配が上がる。

 直感も、戦闘経験も技術もセイバーはモードレッドを上回っているだろう。

 年の功と言うヤツだ。

 

 その点については、アーサー王のクローンであるモードレッドは勝てはしない。

 

 だが、モードレッドはアーサー王たるセイバーを斃す為にモルガンが造り出したホムンクルス。

 その膂力は、アーサー王を上回っていた。

 

 加えて両者ともその身はサーヴァント。

 その現界の為の魔力をマスターに依存している。 

 ステータスも同様だ。

 

 そして今、モードレッドのステータスは平均Aランク。そして一部はA+。

 ケイネスが戦慄する程の数値だ。

 

 だが、強者であればあるほど戦意を燃やす者こそ英雄。

 強者との戦いを求めて現界した男は喜んでマスターの命に従った。

 

「邪魔するぜェッ!」

「!?」

「ランサー!?」

 

 蒼き槍兵は狂獣へと魔槍を突き立てる。

 

「邪魔だテメェ!」

「ワリィな! 横槍はあんま好きじゃねぇんだが、マスターの命令でなァ!!」

 

 赤槍で赤雷を引き裂き、今セイバーに振り下ろさんとするモードレッドの血濡れの宝剣(クラレント)を弾き上げる。

 そのまま懐が空いたモードレッドに最速を誇る英霊(ランサークラス)に相応しい蹴りを叩き込む。

 

「ほぉう」

 

 ランサーが感心の声を漏らす。

 しかし鎧越しか、蹴りの瞬間後ろに飛び退いた為かダメージは無きに等しかった。

 モードレッドは直ぐ様体勢を立て直し、獲物を逃さんと()を構え、

 

「─────死ね」

 

 ゴウッ!!!!! と、更に横合いからの戦姫(エレイン)の放った収束魔力砲撃に呑み込まれた。

 

「─────らァッ!!!」

 

 しかし流石はアーサー王を討った叛逆者。

 魔力の奔流を切り裂いて吹き飛ばした。

 

「ウッゼェ。手前……、確かあの人に色目を使っていた売女か」

「喚くな畜生風情が。彼の守った物をブチ壊しておいて、一丁前に怒りなど抱くな。不快だ」

「オレが少し煽っただけで簡単に王を裏切る糞の山と、あの人を等価だとでも言うつもりかテメェは。あの人に対する侮辱だ、殺すぞ」

 

 ケイネスとウェイバーは、その見たこともない程の怒気を纏ったエレインの姿に絶句する。

 エレインのエーテル砲で、モードレッドの鎧がかなり焦げていたのだ。

 モードレッドの鎧は魔力で編まれたモノ。

 故に直ぐ様魔力で直せるが、問題は明らかに対魔力が高いサーヴァント相手にダメージを負わせたという事。

 

 ケイネスは好敵手がどれだけ先に居るのか再確認し、しかし秘かに熱意を燃やしていた。

 

 ただし、女怖い。

 その点に於いて、自らの生徒と同意した。 

 

「待て……ソレを斬るのは、私の責務だ」

「セイバー!」

 

 コンテナの瓦礫から、セイバーが現れる。

 アイリスフィールが駆け寄るが、ソレを片手を出して止める。

 

 その表情は諦観でも憤怒でも悲哀でも無く、無表情だった。

 

 舞台装置と成り果てた騎士王。

 それは、かつて彼女が黒い騎士を喪った後の姿に他ならなかった。

 

 叛逆者を斬る。

 王としての役割を為す為に。 

 何より、道を違えた自分の騎士の始末の為に。

 

 セイバーは、結局モードレッドを子供としては愛していなかった。

 当然だ。腹を痛めて産んだ訳でもなく、身を削って育てた訳でもない。

 

 だが如何に歪な関係であろうと、ソレが『親』としての役目なのであらば。

 愛した男の言葉を、無碍にはしない。

 

「─────『風王結界(インビジブル・エア)』」

 

 セイバーは静かに、その不可視の鞘を解き放つ。

 風が消え去った、否。

 魔力の暴風を纏う黄金の聖剣が姿を顕す。

 

「私は聖杯を獲る。如何に貴公といえど、邪魔立てされる訳にはいかない。ランスロットの為にも─────」

「─────貴様がその名を口にするなッッ!!!!」

 

 それに対するように主の激昂に呼応し、その血に濡れた叛逆の宝剣が血色に煌めきながら、その暴力を尚増幅していく。

 それと同時に隠されたセイバーと瓜二つな、そして憎悪にまみれた顔が現れた。

 そして彼女のクラス─────復讐者(アヴェンジャー)が開示される。

 

 同じく莫大な量の魔力を纏いながら、各々の最強をゼロ距離で振るわんと凄まじい速度で激突する。

 

「イカン!」

 

 ─────勿体無い。

 

 その成り行きを見守っていたライダーが、何ともくだらない理由で性懲りもなく動こうとしていた。

 そもそもランサーとセイバーのどちらも脱落させたくないが為に、絶妙なタイミングで乱入したライダーだ。

 

 かのアーサー王の命を奪った騎士モードレッドも、是非とも臣下にしたかった。

 故に先ずモードレッドを鎮める為に、神牛の雷を奔らさんと手綱を握る。

 何れだけ強力な宝具といえど、横合いから殴り付けられれば止められる、と。

 

 だが、その行為は不発に終わる。

 

 

 

 

 

 

 ─────突如現れた黒い外套(ローブ)を被った男に、激突寸前の二人が投げ飛ばされたからだ(・・・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドゴンッッ!! と、二つ同時に生じる音と共に、セイバーとモードレッドがそれぞれの方向のコンテナを吹き飛ばしながら突っ込んだ。

 

「へっ……?」

「はぁ?」

 

 アイリスフィールが驚きの声を漏らす。

 同時に、ウェイバーからも同様の物が零れる。

 

 先程の、二人の上級以上のサーヴァントによる魔力放出で溢れ乱れていた暴風と赤雷が、今にも宝具を解き放たんとしていた二つの剣士がいつの間にか消えて。

 

 代わりに、黒い外套で姿を隠した男が立っていたのだから。

 

 セイバーとモードレッドはコンテナを瓦礫に変え、呆然と虚空を見上げている。

 投げ飛ばされた二人は何をされたか理解し、驚愕の余り固まっていたのだ。 

 

 その事実を他の面々が理解した瞬間、戦慄が走る。

 

 ランサーは新たな強者の出現に笑みを深め、ライダーは興味深く乱入者を見る。

 アーチャーは浮かべていた笑みを消し、遊びの一切が消えた無表情に変えていた。

 

「な、何が起こった」

 

 現代の魔術師としては非常に高い能力を持つものの、あくまで人間の知覚しか持たないケイネスが何度目となる冷や汗を垂らしながら口を開く。

 

「……あの黒いローブの男は二人の剣戟を受け止め、二人を投げ飛ばした様だな。信じがたいが、な」

 

 それに答えるように、エレインが語る。

 二人の衝突点に立っている黒い男に、セイバーとモードレッドは魔力放出を纏った聖剣と宝剣を素手で受け止められ、そのまま宝具ごと投げ飛ばされた。

 

「何者だあやつ」

 

 手綱から無用な力を抜きつつ、ライダーが全員の意見を代弁する。

 

 つまりあの乱入した黒いサーヴァントは、爆心地に両手を突っ込んで振り回したのだ。 

 にも拘らず、ローブから覗く両手は、着けている礼装用手袋(ドレスグローブ)にすら焦げ目はない。

 並みのサーヴァントではあるまい。

 

「おそらく宝具だろうな。あの低ステータスでただ止められるなど到底思えん。だとすればライダー、奴が此方に近付いてきたら直ぐ様宝具を走らせろ。何の宝具かは分からんが、近付かれるのは不味い」

 

 ケイネスが外套のサーヴァントのステータスを視て、己の判断を口にする。

 ケイネスの眼には、全てのステータスがCを下回っている、英霊としては下級極まりない数値が映っていたからだ。

 

 だが、エレインの言葉で直ぐ様その考えは覆る。

 

「……私には全てがAランクを超える化物に視えるが、どうやらそういう宝具のようだな」

「何!?」

「ふむ、ステータスの偽装か。ただ隠すより尚厄介であるな」

 

 対してエレインの瞳には全てのステータスがAランクを優に超えている恐ろしい数値が視えていた。

 

 この場に姿を現していない切嗣や言峰綺礼にもその影響は出ており、其々異なった数値が視えているだろう。

 それにローブで隠された顔がどうやっても見えない。

 

 恐らく隠蔽か認識阻害か、正体を隠す宝具でもあるんだろう。

 ステータスまでは隠せないモードレッドの『不貞隠しの兜(シークレット・オブ・ペディグリー)』より、幾分かランクが上の宝具だと予想できる。

 

「っ、がぁあああああああッッ!!!」

 

 崩れたコンテナ群を更に融解した瓦礫の山に変えながら、モードレッドは咆哮と共に外套の男に突っ込んだ。

 

 モードレッドは自身を超える存在を唯一人のみと定めており、それを覆す存在は決して認めない。

 先程のセイバーならば、アーサー王ならば互角と許容できた。

 

 生前からの怨敵。

 自身の父。

 嘗て目指した至高の王。

 致命傷を与えたとはいえ、それが死因だとしても、モードレッドを屠った騎士王ならば。

 成る程、互角でも許容できただろう。

 

 だが目の前の、どこの馬の骨とも知らぬ者に自分が、文字通り手玉に取られた。

 彼女はその存在を認めない。

 存在を許しておけない。

 

 だが、先程の戦いよりも尚絶大な雷を纏った宝剣が掠りもしない。

 

 魔力放出に全霊をつぎ込んだ、凡百のマスターならば数秒で残らず魔力を搾り取られる程の魔力を込めた一撃。

 しかし正体不明の『黒』は、それを容易く避ける。

 

「……はぁ」

「な─────」

 

 それ処か、素手で容易く止められる。

 それは、モードレッドの理解を超えていた。

 

「何なんだ手前は!?」

 

 外套の、フードに隠されその面貌を見ることは出来ない。

 だが、明らかにノイズに乱された声がハッキリとモードレッドの耳に届く。

 

「────少し頭を冷やせ」

「なっ─────ッあああああああッッ!!!!」

 

 投擲した。

 宝剣を掴んだまま振りかぶり、モードレッドを遥か遠くに投げ飛ばした。

 

 ギルガメッシュを除く全員を呆然(ポカン)とさせながら。

 戦場を文字通り荒らした狂獣は、山彦の様な残響音(エコー)を残して呆気なく姿を消した。

 

 




不貞隠しの兜(シークレット・オブ・ペディグリー)「誠に遺憾である」

>モードレッド
 イキナリ乱入した割には一話で戦場から退場した残念さん。
 ステータス的には召喚されているサーヴァントの中では最高だったり。更に赤雷を纏うことを覚え、その間は対魔力がAと極めて優秀です。ただしセイバーに対して暴走機関車ですが。
 真名を隠蔽する宝具としては中々の性能を誇るのに、セイバーのお蔭で初っぱなから真名がバレたサーヴァント。『不貞隠しの兜(シークレット・オブ・ペディグリー)』は泣いて良い。
 クラスは何度も変更しましたが、復讐者(アヴェンジャー)に再変更しました。バーサーカーにしてはアレだなぁと思った次第。


クラス:復讐者(アヴェンジャー)
ステータス
筋力A+
耐久A
敏捷C
魔力A++
幸運D
宝具A+
保有スキル:対魔力:A、直感:B、魔力放出:A+、戦闘続行:B、カリスマ:C-、忘却補正:D、自己回復(魔力):A+、 復讐者:B

ステータスはセイバーオルタを参考にしています。
魔力の数値がおかしいのはマスターが理由です。

修正or加筆点は随時修正します。
返信出来ないかもですが、感想待ってまする(*´ω`*)
来年もよろしくお願いいたします。


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第七夜 初戦を終えて

卒業作品展も終わりレポート期間も終わり、残すは卒業だけ。
親が両方倒れて六月ぐらいに介護の為中止した就活を、漸く再開できます。

皆さんはキチンと就職しましたか? 
そうであるならお仕事頑張って。
まだなら一緒に頑張りましょう。
ただし無理は禁物。
父親母親の順で倒れたので次は俺だと確信してます。



という事で今回は優雅()を貶めたみた。


 ─────第一回にて、現存する全てのサーヴァントが一同に会する異常な初戦は終わった。

 尤も、アサシンはその場に居たものの姿を現さなかったが。

 

 アヴェンジャーの退場後まるでソレだけが目的だったと言わんばかりに、正体不明のサーヴァントは周囲を一瞥した後姿を消した。

 ソレに呼応するようにアーチャー、ライダーがその場を退き、そしてエレインとランサーも退場した。

 

 そうなればセイバーとアイリスフィールも、傷を癒すため郊外の森にあるアインツベルン所有の城へ帰還する他無かった。

 

 ─────謎の黒いサーヴァントの乱入。

 

 その謎のサーヴァントの乱入に一番驚いたのは、他ならぬエレインだった。

 

 らんすろ日記には、第四次聖杯戦争の全てが記されていた。

 勿論、ソレが確定した未来とエレインは思ってはいないし、何より日記の冒頭にランスロットが残した─────『これは可能性の物語である』という言葉により、「あくまで平行世界の一つの可能性」としか認識していない。

 

 セイバー、アルトリア・ペンドラゴン。

 アーチャー、ギルガメッシュ。

 ライダー、イスカンダル。

 

 セイバー陣営は記された通りの面子であり、手の内も知れている。

 ライダー陣営はマスターがケイネスになるという変化があるものの、手の内は変わらない。

 精々ライダーの地力が上がる程度だろう。

 

 ギルガメッシュが幼児化するという大きな変化があるものの、寧ろ名君と名高い幼少期の英雄王だ。

 言峰綺礼が遠坂時臣を裏切るという、日記に記されていた事が起きないかもしれない。

 

 それは寧ろエレインにとって都合が良かった。

 言峰綺礼より魔術師らしい遠坂時臣の方が御しやすかったからだ。

 

 アサシンはその性質上強力な英霊はほぼあり得ない。

 切り裂き魔や中国拳法の達人が召喚される可能性は、成る程確かにある。

 

 だが前者の暗殺はとある魔術を永(・・・・・・・)続的に使用している(・・・・・・・・・・)為エレインには効かず、後者も自身が召喚したランサーの宝具で確殺出来るだろう。

 エレインも切り裂き魔程度に殺されてやるほど弱くはない。

 

 モードレッドというイレギュラーは発生したものの、他のエクストラクラスだとしても彼女の能力はエレインの邪魔にはならない。

 仮に日記通りに間桐雁夜がマスターだとすれば、あの戦い方では自滅必至だろう。

 

 エレインは彼の境遇には同情するものの、聖杯戦争に於ける彼女の最優先事項は揺らがない。

 最悪間桐雁夜は、間桐桜さえ解放すればエレインに付くことだってあり得る。

 元々聖杯への願望でこの戦争に臨んでいる訳ではないのだから。

 

 彼の大元である妖怪は面倒ではあるものの、彼女の切り札(・・・・・・)を用いれば蟲の大群とて烏合の衆。

 塵がどれだけ集まろうと、所詮塵でしかない。

 

 

 遠坂時臣の望みである根源の渦への到達は、そもそも既にアンリ・マユが大聖杯に居座っている時点で不可能だ。

 聖杯が真に完成すれば、根源への孔を穿つ前に60億の人類を皆殺しにする宝具(能力)を携えたサーヴァントが誕生する。

 それは抑止力が動くレベルの災害だ。

 

 ケイネスは聖杯への望みはオマケ程度。聖杯戦争の勝利という名誉が目的だ。

 戦争そのものが破綻してしまえば、彼が無理に戦う理由は無い。

 ライダーがごねるやも知れないが、聖杯が汚染されていることを知れば容易く諦めるだろう。

 

 言峰綺礼は場合によっては邪魔をするかもしれないが、サーヴァントを含めて勝てない相手ではない。

 正史に於いても、相性最悪の衛宮切嗣を除けば、第四次最強のマスターはケイネスとされており、如何に代行者と云えどサーヴァントクラスであるエレインには勝てはしない。

 

 そして衛宮切嗣の願いは、仮に聖杯が汚染されて無かろうと叶うことはない。

 所詮副産物に過ぎず、過程を飛ばして結果を得る無色の願望器に、人を殺すことでしか救う手段を知らない衛宮切嗣が世界平和など叶えられる訳がない。

 

 ルーラー、ジャンヌ・ダルクは恐らく、いや確実にエレインの邪魔をするだろう。

 何せエレインのやり方は聖杯戦争を脱している。ルール違反というレベルではない。

 聖杯戦争がその時点で終わってしまうからだ。

 

  懸念はルーラーとしての最大の能力、全てのサーヴァントに対する令呪の保有(絶対命令権)

 それは一度使われればエレインのサーヴァントであるランサーとてどうしようもない。

 

 だが、かのフランスの聖女が聖杯の汚染を知れば話は変わる。

 

 汚染されたままの聖杯が七体全てのサーヴァントの魂を用いて完成すれば、絶対悪の化身が受肉する。

 あの聖女はソレを絶対防ぐだろう。

 抑止力に所属している疑いのある彼女は、防がざるを得ない。

 

 そして聖杯の汚染を除去できるのは、超一流のキャスターのサーヴァントクラスだけ。

 もしキャスターが日記通りのキャスター(青髭)ならば、本格的にエレインをルーラーは排除する訳にはいかなくなる。

 

 ─────何せ、エレインには聖杯の汚染を除去する手段があるのだから。

 

 問題は、七騎目であろう謎の黒いサーヴァント。

 その実力はアーサー王とモードレッドを子供扱い出来るほどの反則級だ。

 もし命を複数ストックするヘラクレスのような宝具を持っていたり、超回復の不死性を有するのならばランサーではほぼ勝てない。

 

 だがソレを言うなら英雄王も同じ。

 エレインの場合、何も倒す必要は無い。

 そもそも残りのクラスはキャスターとバーサーカーのみ。

 しかし様子を観るに魔術師とはとてもではないが思えない。理性も存在するであろうことから、イレギュラークラスに該当するのだろうことが容易に想像できる。

 

 つまり、キャスターが存在しない可能性が高いのだ。

 

 後はただ、日記に記されていた場面をエレインによって再現することが出来れば、エレインはもう戦う必要は無い。

 キャスターが居ないこの戦争は、その時点でエレインが聖杯を掴むことが確定する。

 

 だからこそ彼女は、ランサーを召喚したのだから。

 

 しかし現実は小説より奇なり。

 やはり状況は彼女の予想を超えて、大体らんすろの所為で別の形で戦争は破綻するのだが─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第七夜 初戦を終えて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 闇夜の空を、金の少年は何も無い虚空を悠然と歩いていた。

 その足取りは軽い。

 

「─────は! はは! ははは! はははは! ははははは! はははははは! は―――――!」

 

 原初の裁定者は高らかに笑う。

 本当に、冗談に笑ってしまうように嗤う。

 

 

 ─────────何だアレは、と。

 

 

 英雄王ギルガメッシュ。

 彼は抑止力に望まれ、神と人の間に生まれた存在だ。

 生まれながらに人と神の裁定者であり、人と神とを併せ持つが故に遥かに広い視点を有している。

 つまり、人を見極める眼力・洞察力が恐ろしいほどに優れているのだ。

 幼年期の姿とてそれは変わらない。

 

 寧ろ、溢れんばかりの傲慢さと慢心が無い今の幼年期こそ、膂力を除けば青年期を上回っていた。

 

 そのギルガメッシュが、英雄王が計れなかった。

 ローブに姿を隠す臆病者の分際で、その蓋を開ければ宇宙の暗黒点のように底無しだったのだ。

 

「……大人のボクに仕事を押し付けられたと思ったら、いやはやどうして──────面白い!」

 

 自分のマスターの思惑を、彼は大体想像できていた。

 アレは最後の最期に自分を裏切るだろう、と。

 

 理由もこの戦争の裏にある仕組みを仄めかすエレインの言葉で、容易く予想できる。

 だがそんなことよりも、自身の全力をぶつけたい存在が現れたことの喜びに比べれば些事も同然。

 

 征服王に騎士王。

 半神の槍兵に、聖人(アリマタヤのヨセフ)の系譜で輪廻を渡った『槍』を持つ娘。

 主を求めて啼き続ける哀れな狂犬に、神に殉じた悲しき聖女。

 そして(ソラ)の体現者。

 

「ははッ、この感情は何だろうね」

 

 彼は初めて沸き上がる未知の感情に戸惑いながらも楽しむ自分に、喜んでいた。

 

「彼に聞けば、この感情の名を教えてくれるかも知れないね」

 

 幼き英雄王は笑う。

 自らの心躍らせる存在との会合を待ち望みながら。

 

「どうせ戦うなら、今夜みたいに全員が良いだろうね」

 

 彼が溢した、ほんの少しの希望。

 それが叶うのは、あと少し先のお話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────……フゥ」

 

 遠坂邸にて、遠坂時臣は椅子にもたれ掛かりながら大きな溜め息を吐く。

 

 今回、遠坂陣営の受けた被害はほぼ皆無に等しい。

 勿論アーチャー(ギルガメッシュ)の真名を衆目に晒されたのは予想外だったが、そもそも初戦の時点で真名が明らかになっていないサーヴァントが残り二騎という事を考えればそこまで問題視する必要も無いだろう。

 

「よもや触媒の入手ルートから真名を知られるとはな。万全を期したと思っていたが、流石『戦姫』と言うべきか」

 

 だが、アーチャーは最強のサーヴァント。

 真名を知られたからといって、その能力は他を逸脱する最上級を超える超級サーヴァントだ。 

 しかも真名こそ暴かれたが、アーチャー自身は宝具はおろか戦闘すらしていない為手の内は全く晒していない。

 その点に於いては、同じく戦闘をしていないが戦車という宝具を晒しているライダーより手の内を隠せただろう。

 

「しかし……ステータスのみならギルガメッシュを超えるあのセイバーとエクストラクラスのアヴェンジャーを軽くあしらった、あのサーヴァントは問題だな」

 

 その様子を観ていたアサシンと言峰綺礼。そして彼から状況を聞いていた時臣は、流石に三度目故かソレ自体にそこまで驚きはしなかった。

 勿論、最上級のサーヴァントを彼方に投げ飛ばしたのは驚嘆したし絶句したものの、なんとかこの混乱の渦にサーヴァントを投入したマスターの神経を疑うに留まった。

 

 余裕を以て優雅たれ。

 遠坂の家訓に従って、冷静に問題を認識できていた。

 

「しかし、せめてマスターが誰なのか確認せねば」

 

 幸い謎の、恐らくはキャスターと思しきサーヴァントは霊体化せずに帰還しているようだ。

 そして時臣は弟子に指示して、既にアサシンに追跡させている。

 黒のサーヴァントが一体何者かはまだ分からないが、少なくとも拠点は確認しなければ。

 

「あれほどのサーヴァント、触媒無しに召喚するなどは不可能だ。だとすれば、恐らく間桐だろうな」

 

 そうなれば、所詮落伍者、と見下していた考えを改めなければならないだろう。

 

 だが、外来の魔術師という可能性も見落としてはならない。

 なのであくまで拠点の捜索のみ。

 アサシンは後々に必ず必要になる。

 時臣はそう確信していた。

 

 己の弟子にも、決して深追いさせず必要なら令呪で帰還させるよう伝えてある。

 大丈夫、問題ない。

 

 召喚したアサシンは、暗殺者とは思えないほどの幸運値に、ランサーに並ぶ敏捷値を持っている。

 仮にバレたとて、逃げに徹すれば逃れるのは容易だろう。

 

 ─────だが、そんな彼は遠坂時臣。

 致命的な場面に必ずやってしまう、家系譲りのモノがある。

 

『─────師─────……師よ──』

 

 別に使い魔でよかっただろうに、大丈夫だろうと楽観視して態々保険としていたアサシンを向かわせてしまった。

 

『─────時臣師!』

「はッ!?」

 

 思考に没頭していたのか、時臣は弟子の声に漸く現実に戻ってくる。

 

『師よ、至急報告が』

「あ、あぁ……済まない。何かあったのかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『キャスターを追跡中のアサシンが、消滅しました』

 

 遠坂時臣は、思わず椅子から転げ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 




らんすろ『懐かれたから拾ってきた』
カリおじ「犬猫アサシンを勝手に拾ってきちゃ駄目でしょーがっ」


アサシンのお話はまた今度に。
でも就活再開するのでまたしても遅れるかもです。申し訳ない。

修正or加筆点は随時修正します。
感想も多く頂けて本当嬉しいのですが、あまりに多く心が折れて返信出来ないかもです(*´q`*)


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第八夜 腹ペコキャラにとって空腹は絶対悪

思った以上に早く書けたので、更新しやした。
そして最近総合評価がおかしいと思うの。
有難うございやすッ


 ─────苦しみや悲しみ……喜びも、他の誰かと分かち合うことができるのだと……。

 たとえそれが“悪”だと分かっていても。人は孤独には勝てない─────

                      ─────我愛羅。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 言峰綺礼のサーヴァント、アサシン。

 

 正史に於いては『百の貌のハサン』を異名を取った、山の翁の一人である暗殺者の英霊。

 その宝具は、多重人格が原典となった人格分割による複数個体化。

 

 個々の戦闘能力こそ低いが、その性能は創造神(ウロブッチー)曰く『反則ギリギリ』。

 哀れにもマスターである言峰綺礼が、当初聖杯を得ようとしなかった為、文字通り蹂躙され最初の脱落者となった暗殺者達。

 

 だがこの宇宙では、正史とは違う出来事が起きていた。

 

 湖の騎士が根源に到達し、世界の外側へ堕ちていった事。

 

 湖の騎士に影響を受けた者が、それによって転生し超一流の魔術師として第四次聖杯戦争に参加した事。

 

 ソレを知った遠坂時臣がアサシンにも聖遺物を求めた事。

 

 “令呪を無効化する宝具”という万が一を考え、ギルガメッシュに対しての保険を欲した事。

 

 それによって─────、アサシンとして彼女は召喚された。

 

 彼女の真名は『静謐のハサン』。

 

 褐色の肌を覆う黒衣は体にぴったりと張り付いており、美しく均整の取れた肉体のラインをありありと見せている。

 しかしそれらは暗殺のために身に付けたものであり、彼女の能力は肉体そのもの。

 

 ─────『妄想毒身(ザバーニーヤ)

 

 爪、肌、体液、吐息さえも猛毒の塊という“死”で構成されており、彼女の全身こそが宝具。

 その毒性は強靭な幻想種ですら殺し、特に粘膜の毒はなお強力。

 人間の魔術師であればどれほどの護符や魔術があろうと接吻だけで死亡し、英霊であっても二度も接吻を受ければ同じ末路になる。

 

 それは例え英雄王とて例外ではない。

 

 複数の令呪でギルガメッシュを縛り、そして令呪の補助で強化された彼女の毒が有れば、英雄王の首すらその毒牙に喰い千切られるだろう。

 

 だというのに、そんな采配をした遠坂時臣が何を間違えたかと言うと、迂闊にも全てが狂った元凶へ彼女を向かわせてしまった事に他ならない─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第八夜 腹ペコキャラにとって空腹は絶対悪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カハッ─────」

 

 衝撃と共に肺の中の空気が吐き出され、声が漏れる。

 そうして漸く、彼女─────アサシンは自分が組伏せられている事に気が付いた。

 

「(な─────何、が)」

 

 視界はぼやけ、意識が混濁する。

 思考を定める為に、何より何故こんな状態に陥ったかを確かめる為に記憶を辿る。

 

「(そう、あの謎のサーヴァントの追跡を……)」

 

 マスターである言峰綺礼の、ひいてはその師である遠坂時臣の命令で正体不明の、ルーラーを含めれば八体目のサーヴァントの追跡をしていた。

 深追いはせず、しかし拠点が何処なのかを確認するために。

 

 幸い標的は霊体化せず、充分追跡できる速度で動いていた為、それなりの距離を問題なく追跡出来た。

 何よりの彼女の敏捷ランクはランサーと同等のA+。

 気配遮断も相俟って、見付けられるなどという不覚は取らない筈だった。

 

「(そう、目標が突然姿を消して─────)」

 

 そんな彼女の目に映った光景は、たった今歩いていた場所から消えたという、自分の目を疑うもの。

 そして同時に背中への衝撃。

 そう、背後から斬られた、という紛れもない感覚。

 用心して数百メートル以上離れていたというのに、一瞬で背後を取られたという驚愕が彼女を支配した。

 

 だが斬られた感覚は確りした筈なのに、血の流れる痛みは感じられない。

 しかし、自身にとって致命的な事に気が付いた。

 ソレは、言峰綺礼との魔力ライン。

 魔力供給はおろか、ラインすら感じられない。

 

「(まさか、マスターとのラインだけを斬った─────!!?)」

 

 アサシンの背中に怖気が走る。

 目標である謎のサーヴァントに対しての恐怖が、しかし彼女の霞む視界を取り戻させた。

 彼女にとってあり得ない光景を。

 

「(組伏せ、られている……?)」

 

 そして標的らしき存在が、自身を押さえ込んでいる。触れている。

 

「は─────?」

 

 ソコで、アサシンの思考が完全に凍り付いた。

 

「アサシン、だな」

 

 口元しか見えないローブから、問いが投げ掛けられる。

 声色に、毒による影響は見られない。

 まるで、アサシンの毒そのものが全く効かないかのような─────

 

「(──────────ッッッ!!!?)」

 

 その事実と、地面に縛り付けられている手袋越しに伝わってくる体温が、天地が逆転するが如き衝撃をアサシンに与えた。

 

 ─────サーヴァントは何等かの理由で、聖杯の召喚を受け入れる。

 

 騎士王は喪った騎士との暖かな日々を求めて。

 蒼き猛犬は未だ見ぬ強者との死闘を味わう為。

 英雄王は自身の財を護る為。

 征服王は今度こそ世界を踏破する己の肉体を求めて。

 赤雷の狂犬は─────。

 

 其々多様な理由で世界へ現界する。

 そしてアサシンたる彼女の願いは一つ。

 

 ─────自分に触れても死なず、微笑みを浮かべてくれる誰か─────。

 

 触れただけで他者を毒殺する彼女が聖杯に捧げる願い。

 だというのに、その肉体にこうも容易く触れて。

 

 死なず、倒れず、それどころか苦悶の様子すら見えない、美しい瞳だけがフードで隠された貌から覗ける男。

 朱き月光を切り裂き、世界の外側で幾千幾万もの幻想を喰らい尽くした求道の第六法。

 

 暗殺者の女は震え、確信した。

 目の前の、暗闇を切り裂く一振りの刃の様な男こそ。

 

「あぁ─────」

 

 己が真に縋れる、唯一の存在なのだと。

 

 

 

 

 

 ─────アサシンは知らない。

 

 彼がマスターとのラインだけではなく、聖杯との繋がりすら断ち切ったこと。

 そして聖杯がアサシンを死亡したと判断したことで、言峰綺礼の令呪すらもが消えたことを─────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 杖を突き、蹌踉めきながら玄関に立っている間桐雁夜は混乱していた。

 

 聖杯戦争を、正確には桜の後ろ楯となり、雁夜の身体を治せる魔術師を探しに行ったランスロットが、アサシンと思しき少女をおんぶして帰ってきたのだ。

 

「お前何しに行ったんだ?」

「聖杯戦争だ、決まっているだろう」

『あ、そうだ雁夜。令呪くれない? この娘今魔力供給受けてないから消えそうなんよ。令呪あったら御三家以外でもナニしなくてもライン繋げれるっぽいし』

 

 ふざけた事を抜かしてる馬鹿の言を信じるならば、ぐったりと、しかし幸せそうに寝ている髑髏仮面の少女は、何か希薄であることが見て取れた。

 単独行動スキルを持っているアーチャーでもないアサシンは、成る程マスターからの魔力供給が無ければその日の内に消えてしまう。

 

 しかも雁夜とランスロットは知らないことだが、彼女は大聖杯のバックアップすら受けていない。

 この男、自分でやっておいて完全に理解していないのだ。

 

「何で消えかけなんだ。マスターを殺したのか?」

「彼女のラインだけを斬った。念話されても都合が悪いしな」

『アサシンって事はキレイキレイのサーヴァントだから、最期は自害せよランサーされるから可哀想じゃないの』

 

 ランスロットは「ハサンズの中にこんなキャラ立ちする娘居たっけ?」と疑問に思いながら、聖杯戦争の真実と最終的に自害させられる事を教え、彼女を自陣営に勧誘した。

 

 流石にランスロットも、元々虚覚えの知識も磨耗したのか彼女の事は覚えていなかった。

 

「それと、どうやら彼女の全身が毒のようでな。触れると簡単に死ぬから気を付けろ」

「なんつーモン拾って帰ってんだお前はッッ!!!?」

『ON-OFF制御出来ねぇのかね? 濃縮したり圧縮したりと。ワンピースやトリコ的な毒人間みたいに出来たら夢が広がリング。グルメ細胞は見付からんかったし』

 

 当のアサシンは異常にランスロットに対して従順で、聖杯に捧げる願いも「今はない」と答え、寧ろランスロットのサーヴァントになることに涙すらした程だ。

 彼女はランスロットと共に居られるだけで、願いは叶い続けるのだから。

 

「急を要する。直ぐ様令呪を貰いたいのだが」

「令呪を渡すったって、俺にはどうしたら良いか解んないぞ。どうするつもりだ」

「問題ない─────妖精(ハーレクイン)

 

 スルッ、とランスロットの影から小さな光球が現れた。

 正確には、正しく現代の妖精のイメージ通りの、美しい蝶の様な翼を携えた小人が、ランスロットの肩に乗る。

 

「は?」

「ハーレクイン、雁夜の令呪を俺に置換してくれるか」

『─────♪』

「うおっ!?」

 

 ニッコリ、とランスロットの願いを快諾し、杖で身体を支えている手の甲─────令呪の上に降り立つ。

 瞬間、刻まれた令呪が消え去った。

 

「なッッ!?」

「此方だ」

 

 驚愕する雁夜を尻目に、ランスロットが自分の右手の甲を見せる。

 其処には、雁夜の令呪が確かに刻まれていた。

 

「ハーレクインはピクシーだ。チェンジリングの応用でな、要は置換魔術(フラッシュ・エア)の真似事だ」

『等価交換ガン無視の、何処ぞのエインズワースが見たら発狂するヤツだがなー。まぁ幻想種にしてみれば、魔法の真似事も専門分野ならこの通り』

 

 ピクシーはイングランドのコーンウォールなど南西部諸州の民間伝承に登場する妖精である。

 洗礼を受けずに死んだ子供の魂が化身した存在だといわれており、直接人目につく場所には出て来ないが、人間と様々な点で共生関係にある存在。

 故に自身に恵みを与えた者には正しく報いるという。

 

 ハーレクインと名付けられた小さな妖精は、かつて世界の外側で、他の幻想種に殺されかけた際ランスロットに助けられたパティーンの幻想種の一体である。

 

「あー……。俺は良く解らんが、上手くいったのなら良い。どのみちソレはもう用済みだからな」

 

 妖精(ハーレクイン)はランスロット達に手を振ると、再び光となってランスロットの影に飛び込んでいった。

 

「……前も思ったが、どうなってんだお前の影」

『四次元ポケッツ? てか、そっちは問題あったか?』

 

 現在、間桐邸は結界こそ残っているものの、ソレを剥がせば丸裸同然。

 御三家は外来の参加者と違って様々なメリットを持つが、同時に拠点が判明しているというリスクを抱えている。

 

 遠阪邸の様に、魔術工房として侵入者を排する機能を持つのが一般的であるが、間桐そのものであった間桐臓硯は地獄の底で炙られ続けており不在。

 体内の刻印蟲こそ消したが、それ故に半人前極まりない技量と魔術回路を持った雁夜では、防衛以前に寿命が尽きるだろう。

 

 だから、ランスロットは護衛をつけた。

 

 

「問題ない。ていうか、サーヴァントでない限り問題なんか起きないさ─────アレのお蔭で」

 

 雁夜は冷や汗をかきながらチラリと屋敷内に目を向けると、其処には主の帰還を察知して出迎えに来た護衛役が居た。

 

「ご苦労、灰狼(シフ)

「がう」

 

 灰色の体毛に被われた、狼と言うには巨大な体躯。

 ハーレクインと同じく、世界の外側でランスロットに助けられ自ら刃に斬られる事で、彼の宇宙を望んだ幻想種。

 ランスロットに撫でられているシフと名付けられた彼女は、ランスロット不在の間桐邸を護る守護者だ。

 

『シフを見付けた時は、フロムの悪意の存在の有無を真っ先に探しました』

「お前は何を言っているんだ」

 

 このあとメチャメチャ再契約した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜が明け、聖杯戦争二日目が始まった最中。

 ランスロットと桜は冬木の街を歩いていた。

 桜は小さくなったシフを目で追いながら散歩をしている。

 

 先日の桜は、正に心此処に在らず。

 桜の心的外傷は深く、しかし自然の体現と言える幻想種と昨晩常に一緒に居たためか、ランスロットとシフにはある程度心を開き掛けていた。

 シフが先頭を進み、ソレを桜が追い掛け、ランスロットが傍で見守る。

 そんな状態が続いていた。

 

 桜には昨日に全てを話してある。

 遠坂時臣が何を以て間桐家に桜を養子にしたのか。

 何故、間桐雁夜が間桐家に戻ってきたのか。

 間桐臓硯が何をし、これから何をしようとしたのか。

 そして今何が起こっているのか。

 彼女の身の上の話は全て話した。

 

『私は、捨てられた訳じゃないんだ─────』

 

 彼女はソレを無言で聞き、ただ一言漏らした後はシフとランスロットに縋り付いて離れなかった。

 散歩という手段も、事情が事情な為に簡単に医者に桜を見せる訳にはいかないが故の応急処置。

 虐待─────と説明するには事情ややこし過ぎる。それにそうなれば司法の手が必然的に伸びてしまい、かといって拷問とも言える魔術的改造処置(蟲による凌辱)などと、内容をそのまま話すという選択肢も論外だ。

 

 そういう意味では、優秀な魔術師の存在は不可欠であると、雁夜に再認識させることになった。

 

 ─────いっそ、あの一角獣(処女厨)の角を圧し折って使うか?

 

 一度使ってしまえばもう一度使うのに時間が掛かる方法も、あるにはある。

 だが、かつて世界の外側でのユニコーンとの遭遇のように、浴びせられた罵詈雑言によって怒り狂った状態か戦場で重傷を負ったのなら兎も角、普段のランスロットは流石にソレを強行するには早いと考えた。

 

 ──────────純粋に、死にかけの人間相手にあの淫獣の力を使うのも不安だしな。

 

 そんな不信感も、ユニコーンの角の使用を躊躇わせた。

 

「……」

 

 最終的に行き着いた公園で、ランスロットは桜がシフを追い掛ける姿を見守りながら昨夜見たサーヴァントと魔術師のメンバーを思い出す。

 

 ─────何でやねん。

 

 ランサーはシャインフェイスではなく狗兄貴で、マスターはエレイン姫らしき女性。

 ケイネスとウェイバーが、仲良さげ? に通販王のチャリオッツに乗っている姿。

 

 そしてAUOが子ギルとなって此方をガン見していたのに加え、ダメ押しの妹分であるモードレッドの激おこプンプン丸だし。

 唯一の救いは、なんか悲壮感漂わせてる相変わらずストレスマッハな我が王。

 

 エレインについても転生だったり記憶の引き継ぎだったりと幾らでも想像できる。

 後ろ盾役としても、ケイネスより同じ女性であるエレインの方が桜に対する精神的にも保護者として相応しいのではないか。

 ランスロットはまだ直接会話していないため決めかねてはいるものの、それ故にエレインとの会合を望んでいた。

 遠目から見えたモードレッドの魔力放出を見て、嫌な予感がして帰ろうとした選択を、ランスロットは間違っていなかったのではないかと思い返す。

 

 ─────敵前逃亡かました俺へのイジメか。

 

 勿論、ランスロットを責める者は居ないのだが。

 雁夜には会った方が良いと言われたのだが、残念な事にこの残念な英雄、自己評価がカスな上にアホである。

 会ってボロカス言われるのが怖かったりする。

 

 問題は妹分モードレッド。

 どうやら自分が去った後の親子間の関係は悪い意味で白熱していた。

 昨夜のランスロットの乱入は、二人が宝具の真名解放寸前であったればこそ。

 

「というより、随分身内が多いな……」

 

 ―――――――――アルトリア一人なら、カイシャクされるだけで済んだものを……。

 

 今思い返せば、ランスロットがこの街にやって来てぶつかった少女も、嘗ての知己に良く似ていた。

 まだ見ぬキャスターが同郷だった場合、八つ当たりで大聖杯を問答無用で破壊しに行ったであろう。

 

 ――――――――メンドクセェから、明日の深夜辺りにアンリ・マユ(聖杯くん)叩っ斬ってやろうか。

 

「ん?」

 

 そんな風に思い耽っていると、シフと桜がランスロットの服の裾を引っ張っていた。

 

「どうした?」

「人が倒れてる」

「ワォン」

 

 どうやら行き倒れらしい。

 だが、現代日本で行き倒れなどあり得るだろうか。

 雁夜やホームレスでもあるまいに。

 

 そんな疑問を抱きながら、シフと桜の案内に従う。

 

 

 

 

 

 

「…………………………………………………大丈夫か」

 

 其処には、長い金髪を三つ編みにした安物の冬服を着たこれまた美少女が、倒れ伏していた。

 問題は、ランスロットにはその少女に頗る覚えがあったということ。

 

 この世界の最高神(武内社長)の、「ジャンヌは女子高生がよくない?」という戯れ言が怨念となり紆余曲折、奇しくも誕生した神風魔法少女。

 

「立てるか?」

「─────あ、あの……すみません。お腹が空いて、一歩も動けません……」

 

 

 裁定者のサーヴァント、ジャンヌ・ダルクが、空腹のあまり行き倒れていた─────。

 

 




アサシン―――――真名:静謐のハサン(ハサン・サッバーハ)

筋力D 耐久D 敏捷A+ 魔力- 幸運A 宝具C
保有スキル:気配遮断、単独行動、投擲/短刀、変化、対毒

備考
 全身の猛毒が宝具だが、それ故に人肌恋しい可哀そうな娘。
 尤も、ヒュドラの毒風呂に入っても湯加減を確認するレベルで効かないらんすろには意味がなかった。
 らんすろと出会うだけで救われる人その一。
 ハサンの中で最も幸運な人だが、召喚者が幸せな訳ではない。
 報告を聴いた優雅のキョドり様に麻婆が無意識に愉悦したとか何とか。


次回はルーラーとちょいちょい話した後に第二戦ですかね。
ケリィをボコボコに出来れば幸いでさぁ(ゲス顔)



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第九夜 薄い本的展開阻止系男子  

アニメのランサーの兄貴が強すぎてニヤニヤが止まらなかった。
戦闘描写の参考が増えてウハウハ。
ちなみにサブタイは何の意味もありません。



「サーヴァントを喪ったマスターとして、教会の保護を受けます」

「受諾した。これより教会が君の安全を保証しよう─────まさかこんなことになるとはな、綺礼」

 

 冬木市の新都、その町の外れの集合墓地付近に存在する冬木教会。

 その聖堂内部に二人の人間が居た。

 

 一人は言峰璃正。

 若き日に第三次を経験し、今回の第四次聖杯戦争の監督役として聖堂教会から派遣された第八秘蹟の司祭。

 八十の高齢ながら、その肉体を包む筋肉は彼の苛烈な修行を垣間見せる。

 何より、彼は遠坂時臣の協力者だ。

 

「いえ、自分は何も出来ずに終わった無能もいいところ」

「そう言うな。アサシンを偵察に向かわせたのは時臣君の采配。綺礼、お前には何の責任もない。何、疲れただろう。奥で休んできなさい」

「……分かりました」

 

 もう一人の名は言峰綺礼。

 璃正の実の息子であり、元は聖堂教会の異端討伐の代行者まで務めた戦士。

 此度の聖杯戦争で令呪を得てしまったが故に、時臣の弟子として魔術協会へ異動。

 その後師弟の袂を別った様に装い、アサシンのマスターとして遠坂へ協力していた。

 

 だが、その腕にマスターの証したる令呪の姿はない。

 アサシンが謎のサーヴァントを追跡中、視覚の同期を行っていた綺礼の眼には、謎のサーヴァントが一瞬で消え失せた様にしか見えなかった。

 

 その瞬間、アサシンとのライン諸共サーヴァントとの繋がり、果ては令呪までもが消え去った。

 

 使用してもいない令呪の消失。

 それはサーヴァントの消滅に他ならない。

 故に敗退したマスターとして、教会の保護を受けるべくやって来たのだ。

 

「……」

 

 与えられた、しかし綺礼の私物が溢れた部屋のソファーに座り込む。

 

「これで……」

 

 これで良いのか? 

 

 言峰綺礼は自問する。

 此処へ来たのは必定だった。

 遠坂時臣の指示でもあり、そして気遣いでもあったことも判る。

 他のマスターは自分の事も調べているだろう。

 特に綺礼が執心のあの男ならば間違いなく。

 もしサーヴァントを喪った状態で遭遇すれば、マスターとして間違いなく襲ってくるだろう。

 

 敵がマスター単体なら兎も角、サーヴァントと共に襲われれば流石の綺礼も一溜まりもない。

 故に言峰綺礼が教会へ保護されたのは最適解であると。

 

「衛宮、切嗣─────……」

 

 父にも時臣にも告げていない、綺礼の聖杯戦争に臨んだ理由。

 彼と同じ破綻した行動原理の経歴を持つ、言峰綺礼の望む“答え”を得た可能性を持つ男。

 問えば解ると、問わねばならないと。

 そう思って聖杯戦争に参加した。

 しかし接触することなく脱落。

 外出が許されない教会に居る。

 

「─────汝の欲する所を為せ、それが汝の法とならん」

 

 沈黙を破ったのは綺礼でも璃正でもない、金髪紅眼の幼き英雄王だった。

 どうやら、己がマスターの元には帰らなかった様だ。

 ─────『単独行動』。

 遠坂時臣が要塞としている遠坂邸に引き籠もりながらマスターとして戦えているのは、偏にこのクラススキルが有ってのこと。

 

 それが最高のAランクであるギルガメッシュが必要としているのは、宝具の使用の際の魔力のみ。

 

 更に時臣はアーチャーに対して臣下として礼をとっている。

 縛ることなど出来はしない。

 時臣の元へ帰らず綺礼の元へ訪れるのも、ギルガメッシュの勝手だった。

 

「なかなかに面白い考えを持った人間だね。このアレイスターという男は」

「『法の書』か……かの英雄王が、その様な魔術師の言を口にするとはな。一応言っておくが、その言葉を教会で口にするなアーチャー」

「民の言葉を受け止めるのも王の仕事だよ」

「ほとほと成年時とは人が違うな、ギルガメッシュ」

 

 一度だけ、召喚に立ち会った時だけだが綺礼は成年時のアーチャー、ギルガメッシュと会っている。

 

 傲岸不遜、唯我独尊。

 こと傲慢がアレほど似合う存在を綺礼は見たことがなかった。

 それがどうだ。

 若返りの霊薬を飲んだと思えば、別人の如く様変わりしている。

 

「僕があの人の事を知っていたなら、間違いなく成長を止めてたよ」

 

 思い出すのも不満なのか、不機嫌そうに唇を尖らせる。

 

 幼少期は名君と謳われ世界を治め、青年期は暴君として国を滅ぼした。

 国という概念、人に善悪の軛を敷いた偉大なる世界王。

 如何に代行者といえど、本来一神父が対峙できる存在ではない。

 

「そういうキミは、随分と消化不良のような顔をしている」

「……」

「聖杯なんて願望器より、僕にはそちらの方が肝要だ」

 

 図星だった。

 どうやらこの小さき英雄王には隠し事が出来ないらしい。

 

「衛宮切嗣……キミは余程その男に御執心の様だ。このままで良いのかな? キミが君の本質を知る良い機会だと考えたからこそ、こんなくだらない争いに興じたんじゃないのかい?」

「何を……馬鹿な」

 

 この英霊に対して湧き上がる不気味さを感じるのは何度目だろうか。 

 人の本質を容易く見抜くその瞳は、一体何を映しているのだろうか。

 

 綺礼は聞かんとしていた問いを、黄金の英霊に対して口にする。

 

「……ギルガメッシュ、お前は私の答えを知っているか?」

「それが君の欲している答えかは解らないが、君の本質を教えるのは簡単だ。しかし、それはキミに対して不実が過ぎるだろう?」

 

 アーチャーは綺礼と対面するようにソファーに座り、覗き込むようにその真紅の瞳を輝かせる。

 

「キミ自身が手に入れ、学ばなければ意味はない。そして安心するといい。その答えが善でも悪でも、世界はキミを許容する」

 

 ─────外道でも外道なりに生きられる。

 聖杯戦争の最後に与えられる言葉を、この小さな王は既に用意していたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第九夜 薄い本的展開阻止系男子

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルーラー、ジャンヌ・ダルク。

 彼女は大聖杯によって召喚されたイレギュラーサーヴァント。

 その異例さは、召喚形式にも及ぶ。

 

 彼女は、生きた人間を触媒に『憑依』という形で召喚された。

 故に彼女はサーヴァントでありながら、マスターを兼任する。

 勿論肉体本来の持ち主─────レティシア本人の人格はジャンヌ・ダルクとの共存に納得済みであり、両者の関係は良好である。

 

 さて、今回そんな彼女達が行き倒れた理由を述べよう。

 

 ジャンヌ・ダルクことルーラーがレティシアに憑依した場所は、フランス。

 レティシアがフランス人なので当たり前である。

 しかしレティシアは学生だ。

 聖杯戦争に参加するため、日本に彼女は赴かねばならない。

 それ故に、旅費が掛かった。

 

 尤も、それについては彼女が持つスキル『啓示』によって、聖堂教会関連の教会に辿り着き、更にスキル『聖人』によって選択したスキル『聖骸布作成』により、彼女の事情を信じさせ聖堂教会の人間から旅費は得ていた。

 

 冬木到着後は、派遣されている監督役と連携しながら聖杯戦争を管理していく予定であった。

 しかし冬木に到着した途端、彼女の『啓示』が反応した。

 

 スキル『啓示』は、戦闘に於ける第六感の『直感』とは違い、目標達成に関する事象全てに適応される。

 そのスキルが、遠坂と組んでいる教会に行かせなかったのだ。

 

 彼女は見事教会に取り込まれるのを回避したのだが、問題は生活費。

 ルーラーはマスターの肉体に憑依している為、マスターを護る必要が無い代わりに彼女(レティシア)の肉体を維持する必要がある。

 即ち本来サーヴァントに不要な食事の必要がある。

 

 旅費の残りもやがて尽き、燃費の激しいサーヴァントを抱える彼女達は容易に倒れた。

 空腹で。

 

 そんな彼女を、他の聖杯戦争陣営ではなくランスロット達が見付けたのは僥倖だった。

 彼女は、ランスロットが縮地まで使って近場のバーガーショップで山のように食品を買い、ルーラーに与えたソレを残らず平らげ、近くの公園で一息つける。

 食事代の出所は勿論間桐であるのだが、幸いにもランスロットの取り込んだ幻想種の中に金を生み出す精霊(金霊)が存在する為、金の価格が激変しない限りランスロットが金銭面で困ることはないだろう。

 

「感謝します。まさか、空腹がこれほど辛いとは思いませんでした。そろそろ、食べられるなら木の根を齧ってもいいとすら思えてきていました」

「そうならず何よりだ」

 

 それを見過ごすのは、ランスロットの持つ人道に反していた。

 

「私は……レティシアと言います。食事の件、本当にありがとうございました」

「ランスロだ。あの子は間桐桜」

「間桐─────」

 

 ベンチに座るルーラーとランスロットから少し離れた場所で、無表情ながら子狼と戯れる桜。

 彼女の御三家の一角の名に、ルーラーの顔色が変わる。

 そんなルーラーに対して、ランスロットは目を細め─────

 

「間桐の名前で反応したか。見たところ留学生だろうと思っていたが、この地の資産家のことも調べていたのか?」

「…………はい?」

 

 彼女にとって見当外れの返答をした。

 

「……失礼ですが、貴方と彼女の関係は?」

「俺は居候でな。雁夜───彼女の保護者の友人が病で動けない代わりに、彼女の面倒を見ている」

 

 啓示が反応した桜と共に居たから、てっきりランスロットも魔術関係者、若しくは聖杯戦争関係者か当事者と思ったからだ。

 

「(……本当に居候? それに、()()()()()()()()()()()()()。少なくとも聖杯戦争関係者ではない? この時期に野良の魔術師がこの街に居るとは思えない────本当に一般人?)」

 

 しかし啓示は反応しない。

 故に、ルーラーは目の前の男は無関係な一般人だと判断した。

 判断してしまった。

 

「病……ですか」

「ただの医者では何ともならないらしくてな。今俺が伝を当たっている」

「そうなん、ですか」

 

 雁夜という名には、キッチリ啓示が反応する。

 十中八九その友人がマスターなのだと判断した。

 聖杯戦争に臨む理由も、その病が関連しているとも。

 その後は他愛もない会話をした。

 どうやら彼も元はフランス生まれで、旅をしている時に就職。

 その後事故に遭い、彼の友人と出会ったのだと。

 

「君は、この後どうするつもりだ?」

「この後?」

「泊まる所、頼れる宛は有るのか?」

「…………えっと」

 

 これにはルーラーも沈黙した。

 そんな所があるのなら行き倒れてはいない。

 故にランスロットへの返答には沈黙しかなかった。

 彼はその様子を見て大きく溜め息を吐き、懐から万札を二十枚ほど取り出して、ルーラーに押し付けた。

 

「なっ……受け取れません!」

「喧しい」

 

 ズドンッッッ!!!!! と、轟音がルーラーの額から、ランスロットのデコピンによって響く。

 ルーラーがそのサーヴァントとしての能力を総動員したのか、それともランスロットの加減が絶妙だったのか。

 幸い悶える時間は少なかった。

 

「ッ!? ……ッ!!?」

「同郷の誼みだ。その金でホテルに泊まれ。それとも、まさか俺に年頃の娘が無謀にも野宿しようとするのを見逃せと?」

「うっ……!」

 

 ジャンヌではなくレティシアの人格が表に出るほどの衝撃であったが、ランスロットの有無を言わさない眼光で黙らせる。

 ランスロットのオカンマインドが発動した。

 ニュースで連続殺人犯が捕まったと報道していたが、それでも冬のこの時期に年頃の、しかも彼女の様な美少女が野宿など正気の沙汰ではない。

 

「……お人好しなんですね」

「大人として当然の事をしたまでだ。出来れば俺自身が面倒を見るのが一番だが、生憎居候の身でそれは出来んのでな」

「それでも、普通ここまでしませんよ?」

「だったら、俺が困っていたら助けてくれ」

 

 勿論サーヴァントであるルーラーが不届き者にどうこうされる訳は無いが、それを一般人だと判断した人間に言うわけにもいかない。

 故に、ルーラーはランスロットの施しを受けないわけにはいかなかった。

 

「……っ、本当にありがとうございます。この恩、必ず御返ししますから!」

「いつかな。─────シフ、桜。そろそろ行くぞ」

「うん」

「ワウッ!」

 

 桜達を呼び掛けてその場を去っていくランスロットに、ルーラーは見えなくなるまで感謝の祈りを捧げ続けた。

 

 尤も、そんなルーラーに背を向けて歩く男の心の声を、血を与えられたからこそ知ることが出来る桜達は聴いていたが。

 

『─────JKが野宿なんかして、薄い本が厚くなる展開お兄さん許しませんのことよ! どうせ雁夜の金だしなッ!!!』

「薄い本?」

「わふ?」

 

 近い内に、戦場で対峙するとも知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして日は沈み、戦いの夜がやって来る。

 

 冬木の街郊外の森の奥に聳え立つ、セイバー陣営の拠点アインツベルン城。

 其処に向かう、これまた美男美女が一組。

 しかし二人には異性のソレを感じられず、戦友のソレに近かった。

 

 その内の一人の銀髪の美女─────エレインは、懐から取り出した骨董品のような羊皮紙の束を本にした様な物を、愛おしげに開く。

 

「アンタ、何時も暇さえあれば読んでるな、その日記」

「何、彼が直に触れていたと思うとな。要は妄想しているだけだ」

「言い切りやがったなテメェ」

 

 青い髪に青い装束、赤い瞳に赤い槍を持った男─────ランサーがニヤニヤとからかうも、エレインは堂々と言い返す。

 開き直った女は、ある種無敵だ。

 

「(ったく、女の(ツラ)しやがって)」

 

 しかしそんな彼女に、ランサーはこれまた嬉しそうに、この戦争への戦意をたぎらせる。

 

「(湖の騎士……だったか? いい女をこんなツラにしてやがんだ。責任取らせねぇと気が済まねぇぞ?)」

「ハァ……。そろそろ準備出来たぞ」

「そうか。なら、手筈通りに」

 

 エレインは徐に地面へ手を伸ばし、当たり前と言わんばかりに影へ突っ込んでいく。

 

「使うのかよ、ソレ」

「当然だ。勝てないと思わせなければ意味はないだろう?」

 

 影の中から取り出したのは、聖骸布が巻かれた一本の槍。

 彼女の切り札。

 そして前世に於ける聖杯探索の唯一の成果。

 

「セイバーは任せた。私は大馬鹿者の相手をする」

「了解。まぁソレ使えば、アンタに勝てるのは英霊の中でも限られるだろうな」

 

 その槍を持ったエレインは、大英雄クー・フーリンと渡り合う程。

 六百六十六の命と因子を持つ獣の巣をただの一撃で屠ったソレを、魔術師とはいえ人間相手に振るう。

 準備は万全、後は実行に移すのみ。

 

「(……だが、戦場では不測の事態は付き物)」

 

 エレインはかつて己の師であり、恋慕し心奪われた愛しい男の言葉を思い出す。

 

『─────あり得ない事などあり得ない。人間が想像できる事は、全て現実でも起こり得る事象だ』

 

 あの不敗を誇ったブリテンすら滅びた。

 あらゆる外患を退けながらも、内患によって容易く崩れ去ったのだ。

 吸血鬼の王すら退けた、あの無敵のランスロットすらこの世界にはもう居ない。

 

()()には全力を尽くす。故にランサー、事を成す前に負けてくれるなよ?」

「ハッ、抜かせ生娘」

「喧しい、私はランスロット専用だ。ホットドッグ喰わすぞ」

「ちょっ!?」

 

 勿論ホットドッグに犬肉は使われていない。

 戦場を前にして喧騒は絶えず。

 それは決して慢心などではなく、二人の余裕を表していた。

 

「さぁ─────詰みと征くぞ、アインツベルン」

 

 

 

 

 

 

 

 




ケリィボコまでいけなかった件について。

取り敢えずフラグを撒いておいてみたはいいが、回収できるか不安でありんす。
ちなみに今作の子ギルは善人臭というか、麻婆をエエ感じに導く予定です。
そしてジャンヌとの会話がおかしくないか不安で仕方ない。

次回にケリィフルボッコとエレインの持ち札を全バレ話したいのですが、正直アニメのUBWが面白すぎるので、ちょっといつ書くかすら分からないstaynight編のプロローグというか導入を先に書くかもしれません。
ufotableのクオリティの高さが悪いのです。

いつもこのような趣味全開の駄文数多くの指摘、感想本当ありがとうございます(*´ω`*)


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第十夜 ゲイボルグは今作でも心臓に当たらない模様

やっとこさ更新できやした。
あれだね。半年振り運転は逆に緊張しすぎるとコケやすいですね。
まぁ、久しぶりに救急車で運ばれやした。詳しくは言えないけど(恥)
皆さん、信号が変わったからといって急ブレーキはお気をつけください。
それが20年ものの年季ものバイクや原付きなら尚更です。

久しぶりだから場面展開が多いかもです。


 

 衛宮切嗣は英雄が嫌いである。

 

 英雄とは旗印であり、栄光であり、憧れであり、そして幻想であるからだ。

 世界は英雄譚のように綺麗でもない。

 英雄という灯りに飛び込む蛾の様に、数え切れない若者が戦場に身を投じ、そして命を落とす。

 

 悲劇は最短でなければならない。

 被害は最少でなければならない。

 

 しかし衛宮切嗣の思想と真逆に、戦場は、戦争は泥沼だ。

 嘆きと哀しみに満ちた、どうしようもない人の作り上げた地獄の具現。

 だが英雄は、その事実を脚色し本来最大限忌避しなければならない戦場の在り方を勘違いさせている。

 

 衛宮切嗣は英雄が嫌いである。

 

 英雄は切嗣のできないことをやってのける。

 悲劇を英雄譚に、切嗣が思い続ける大団円を引き寄せる。

 

 人を殺して、後味の悪い結末しか得られない自分と違って。

 

 そんな強烈な羨望と嫉妬と、犠牲になっている人間がいるにも拘らずそれを覆い隠し続けることに対しての圧倒的な吐き気すら催す嫌悪。

 故に世界平和を成就させるだけの道具として喚び出されたサーヴァントは、切嗣にとって嫌悪の対象でしかなかった。

 しかも召喚した名高き騎士王は、彼にとって見れたものではない。

 

 国によって捧げられた生け贄。

 民にその責務を押し付けられ、漸く得た理解者も喪い守った騎士達に滅ぼされた。

 過去の時間に戻る────と、騎士王は己の願望についての問いについてそう答えたらしいが、あの暗い瞳を見る限りそれすら本音か怪しい。

 あれは断罪を求める罪人の眼だった。

 

 繰り返す。

 衛宮切嗣は英雄が嫌いである。

 こんな、親とはぐれたただの子供の様な小娘が、英雄をさせられていること自体が腹立たしくて仕方がないのだ────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第二十夜 ゲイボルグは今作でも心臓に当たらない模様

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 冬木郊外の森奥、アインツベルン城のテラスで、セイバーはアイリスフィールと衛宮切嗣に己が知る事を語っていた。

 

 エレイン・プレストーン・ユグドミレニア。

 その正体がアーサー王伝説に度々登場した女性エレイン────正確には、聖人ヨセフの子孫であるカーボネック城の姫エレインであること。

 槍の名手であり、その腕はかの湖の騎士に手解きを受けたものらしいこと。

 

 それが記憶を持ち、新たな生を得てマスターとして聖杯戦争に参加していること。

 

漁夫(ペラム)王の孫、か」

 

 衛宮切嗣にとって難敵とは何か。

 

 先ず言峰綺礼。

 戦争前に感じた怖気と、言い知れぬ不安感。

 ソレ抜きにしても代行者という戦力。

 そして追加された脅威。

 エレインに対して感じた恐怖は、底知れないモノ。底の見えない暗闇を覗き込んだかの様にすら感じた。

 それはアイリスフィールの服に仕込んだ盗聴器から聴いた会話からでも、切嗣は十二分に身に染みている。

 

「イリヤの事を彼女は知っていたわ。それはつまり、切嗣のことも調べあげている可能性が大きい」

「十中八九調べられているだろうね」

 

 アイリスフィールはあの時の底知れない怖気を思い出し、両腕で自身の体を抱き締める。

 イリヤスフィールは、今回失敗した時にアインツベルンが用意する次回の聖杯の器。

 即ち彼女はアインツベルンにとって間違いなく最重要機密だ。

 それを敵の魔術師が知り得るなどあってはならない。

 

 故に、イリヤスフィールよりも何倍も調べやすい切嗣の経歴も調べ上げられていると考えるのが妥当である。

 

「じゃあ、切嗣の戦術は通じないの?」

「いや、逆だ。彼女は必ず僕の戦術に乗ってくる」

 

 エレインは魔術師である前に、武人。

 サーヴァントならいざ知らず、魔術師相手に引くなど彼女自身が許しはしない。

 

「どんな手段を用いたか知らないが、人間であるならば僕でも殺せる。魔術師であるというなら尚更だ」

 

 サーヴァントに現代兵器は通用しない。彼等の神秘は現代兵器を寄せ付けない程に高純度であるからだ。

 切嗣の切り札は、魔術師であれば命中した時点でほぼ確殺可能だ。

 

 問題はどう当てるか。

 だがそれは切嗣がこれまでやって来た事をすればいい。

 切嗣がテーブルの上のPCで、アインツベルン城に設置した罠を確認している─────その最中だった。

 

「ッ──────!」

「アイリ?」

「……キリツグ、来たわ」

 

 身を固めたアイリスフィールが取り出した、水晶体による透視に不敵に笑いながら此方を視ている、蒼い装束を纏った槍兵が映っていた。

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 アイツベルンの城を囲む郊外の森。

 ソレには結界が張り巡らされており、侵入した者を即座に探知する。

 故にランサーの侵入は容易く知られ、そうなれば対抗するためにセイバーを投入しなければならない。

 

 そして衛宮切嗣が罠を張り巡らせた城内に陣取り、聖杯の器であるアイリスフィールをランサー達とは別方向に逃がすのは道理。

 

「だが結界といえど、所詮人の編んだ魔術。掌握すれば、逆に私に誰が何処に居るのかを知らせる結界に成り下がる」

 

 エレインは、神代の時代とまでは言わないものの、それでもこの時代の魔術師とは比べ物にならない力量を持った魔術師だ。

 加えてキャスター適性も持つクー・フーリンの手を借りれば、現代の魔術師が作った結界を掌握するなど容易い。

 

「さて、場所の把握も済んだことだし……少し派手にいくか」

 

 エレインは手元の『槍』に眼を向ける。

 彼女の切り札。

『彼』の槍と混ぜ合わせる事で漸くエレインでも使うことが出来るようになった究極の一。

 しかしまだ、巻かれた聖骸布を解くことは無い。

 これは『もう一押し』の時にのみ使うと決めていた。

 

 故に別の、もう一つの奥の手であり、主兵装を振るう。

 魂を────燃やせ。

 

 エレインの異質さを理解できる人間が、一体何人居るだろうか。

 少なくとも彼女の知り合いの中では、優れた魔術師でもあるランサーか、今尚幽閉されている世界全てを見通す瞳を持った花の魔術師だけだろう。

 掌を掲げ、エレインの魔術回路がうねりを上げる。

 星の魔力たるマナを結晶にする要領で収束、圧縮を繰り返し、

 

「さぁ────第二幕、開戦の号砲だ」

 

 解き放たれた魔力の奔流が、城壁を粉砕した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

「!」

 

 轟音が切嗣のいる部屋にまで響く。

 仕込んだ場内のクレイモア地雷や銃も根刮ぎ吹き飛ばす程の暴風が城で駆け巡った。

 

「……チッ」

 

 手元のノートパソコンに目を向けるも、仕掛けたカメラを丸ごと吹き飛ばされれば、精密機器はひとたまりもない。

 彼はサロンを出ようとし、ドアノブに手を掛けようとして────背後に跳んだ。

 

「!」

 

 ドア付近の空間が、ゴガッ!!! と魔力砲によって削り取られる。

 サロンが崩壊し下の階に落とされた切嗣を、銀色の戦姫が見下ろす。

 

「どうした? アーサー王や妻を囮に、マスターを討ち取るのだろう? その様ではただの魔術師しか殺せまい」

「…………」

 

 切嗣の返答は無い。

 そんな事をしている余裕は一切無く、全霊を以て観察してなお隙がない。

 成る程。確かにセイバーの言った様に、魔術師というよりかは武人だ。

 正面から突っ込んでも、刹那の間に心臓を穿たれるのは必定だろう。

 

 だが、元より切嗣は闘うものでは無い。

 

 切嗣の本領は狩人。

 成る程確かに時には正面から戦うこともあるだろうが、本来は暗殺が基本だ。

 しかも英霊御墨付きの武人相手に、馬鹿正直に正面から戦う様な蛮勇さを切嗣は持ち合わせてはいない。

 

「『time alter(固有時制御)────double accel(二倍速)!』」

「ぬ」

 

 切嗣が取った戦法は、一時撤退であった。

 

「……まさかあぁも堂々と姿を隠すとはな。それに場所が悪かったか」

 

 彼は常人からしたら信じられない速度で疾駆し、エレインの視界から消え去った。

 その仕掛けのタネは知っている。

 

 ──────固有時制御。

 衛宮家の家伝であり、切嗣の父衛宮矩賢が封印指定されるまでに至った『時間操作』の魔術。

 それを切嗣が戦闘用に応用したものだ。

 

 本来儀式が煩雑で大掛かりである魔術であるのだが、「固有結界の体内展開を時間操作に応用し、自分の体内の時間経過速度のみを操作する」ことで、たった二小節の詠唱で発動を可能とする。

 それによって切嗣は己を加速、減速することが可能だ。

 

 尤も、体内に固有結界を展開するだけなら兎も角、時間を操作した為に世界の世界足らんとする修正力によって凄まじい負担が掛かるのだが。

 それを見て、エレインの目を細める。

 

「ふむ、知っていたが────成る程。『混沌』然り、()()()()()()()()()()()者は居るにはいるのだな」

 

 一陣の風が、城内を走る。

 それだけで、切嗣の居場所をエレインは特定した。

 

「まぁ良い。貴様には、万策尽きて貰わねば困る」

 

 衛宮切嗣は己が狩られる側に回っているのに、まだ気が付かない。

 そしてエレインは、結界を傍聴して複数の侵入者を知覚した。

 

 一人は聖杯戦争の管理者であるルーラー。

 そしてもう一人は、エレインにとって本命。

 

「さて、頼むから心臓は壊してくれるなよ? 流石に直すのは手間だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はははははッッ! やるなセイバー!!」

「ほざけランサー! 今度こそ決着を付けるぞ!」

 

 閃光が奔る。

 その光は、赤と銀の二つ。

 赤き魔槍と風に隠された聖剣が音速を超えてぶつかり、火花が散る。

 

 セイバーとランサーの戦いは既に始まっていた。

 倉庫街での戦いでは双方ともに互角の戦いを演じ、ライダーの乱入で勝負はつかなかった。

 

 だがこの勝負、ランサーは初めから勝つ気は無かった。

 

 彼の宝具────『刺し穿つ死棘の槍(ゲイボルク)』は因果の逆転によって、心臓を穿つ必中の魔槍。

 それを逃れるには、因果の逆転を超えるだけの幸運とそれを察知する高ランクの直感が必要だ。

 

 直感のみなら、このセイバー────アーサー王は申し分無い。

 未来予知にすら届くAランクの直感を持つ彼女は、正史における五度目の戦争においてこの槍を凌いだ実績を持つ。

 

 だが、此度の聖杯戦争。この第四次聖杯戦争に限って彼女はランサーの魔槍を躱せない。

 

 サーヴァントのステータスはマスターの素養と魔力によって変動する。

 その点において、彼女のマスター衛宮切嗣はかなり優秀であり、そして悲しいほどに運が無かった。

 起源から愛した女性を悉く死に至らせた魔術師殺しの不運は、そのサーヴァントであるセイバーにも振りかかる。

 

 出来損ないの半人前ですらBランクだった本来A+の幸運は、最低に最も近いDランクにまで落ち込んだ。

 故に、本来の幸運と聖剣の鞘を持たないこのセイバーは、ランサーの宝具から逃れる為に令呪でも使わない限り不可能だった。

 

 そしてそれを、ランサーのマスターであるエレインは知っている。

 

 かの湖の騎士(アホ)が遺した日記。

 それは彼が前世の知識を忘れない様にと、彼の有する知識全てを己が血を使って記された日記。

 本来、それを見ることは、間違いなく抑止力が動く程の知識の貯蔵庫。

 そしてその圧倒的な神秘性と1500年の歳月で概念武装に至り、知識を常に更新するにまで至った魔書。

 

 らんすろ日記、相応しい名は────―『高次元の断片書(アカシアピースブック)』。

 

 エレインは、アカシックレコードすら上回りかねない世界の知識の山を得ている。

 そこには正史と呼ぶべき世界の、第四次聖杯戦争の全てが記されている。

 

 仮にセイバーが宝具を、黄金の聖剣を使おうものならすぐさま全力で回避に徹するだろう。

 何より平野なら兎も角、ここは森。

 

 ランサーはセイバーの能力の情報全てを、マスターから得ている。

 撃ち合おうなどとは考えず、構えた途端森の中へ姿を消すだろう。

 

 通常時ですらA+の敏捷性は、彼のルーンの強化も合わされば更に一ランク向上する。

 面攻撃の龍殺しの黄昏の宝剣なら兎も角、直線上への破壊であるアーサー王の聖剣では仕留めるのは至難の技だ。

 

 また宝具の件を除いても、セイバーはランサーに勝てないだろう。

 ステータスはほぼ互角。

 技量はランサーが僅かに上で、しかしセイバーのその直感が彼女をランサーと互角せしめた。

 

 しかしランサーのサーヴァント、クー・フーリンは生還にこそ優れたサーヴァント。

 肉体面に於いて最強のサーヴァントである、大英雄ヘラクレスと令呪で弱体化した状態で戦って尚、生還。

 加えてかの英雄王ギルガメッシュと不利な閉鎖空間で戦い、半日以上持ちこたえた英霊だ。

 そして今回、彼は「戦いを楽しみつつ、()()()()()()()()」と命令を受けた。

 

 故にこの戦いは、又もや第三者によって中断されるだろう。

 それこそが、エレインの策とも知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




高次元の断片書(アカシアピースブック)
 正式名称「らんすろ日記」。
 らんすろが残した原作知識or漫画ゲーム知識満載の、本来抑止力によって誰の手にも渡らない筈の日記。
 しかし、とある方法で抑止力の対象外となったエレインが手に入れた。
 千五百年の年月によって概念武装化。TYPE-MOONが新作を出したりして新たな情報を作者が認識次第更新される()。
 抑止力が全力で働く為、実質らんすろとエレイン以外が読むこと処か、手に取ることすら不可能である。


シリアスばっかりで物足りないでゲス。
真面目に戦争してる最中にらんすろブチ込んで、何もかも台無しにもしたくなる衝動に襲われますわぁ。
まぁ台無しにするのはこの後だけども。

という訳で、別作品で描いた絵が好評につき感想でらんすろのイラストを希望する声があったのでちまちま描きました。
らんすろというより、外見イメージのパンドラハーツのオズワルド描いてるイメージでした。
オリ主とは一体……{IMG10294}


それと、衝動的に書いた為ひどく杜撰な出来だった続編候補は削除しました。
ぶっちゃけstay nightの二次は別案が浮かんだので。
その内短編集に投稿するかもですね。
軽くプロット書いたら10話いかなかったんで。

次回、ケリィフルボッコ予定。


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第十一夜 あからさまにフラグなのだ

やっっと書けたぁ!
いやはや、更新をお待ちしていた抱いている感想やメッセージを頂いて尚スランプが続いていたのですが、父親のくも膜下出血の後遺症の病名が発覚してから書けるようになって、漸く出来上がりました。

あと、気分転換に名前変えました。
GOのネームですね。
玉藻出ねぇ……。


 それぞれが戦いを繰り広げている最中、アイリスフィールと切嗣の助手である久宇舞弥は、戦場と逆方向に逃げていた。

 偏に、アイリスフィールが聖杯の器であるからだ。

 

 小聖杯。

 敗退したサーヴァントの魂を納め万能の願望器へと完成していく為の、聖杯戦争の要の一つと言える物。

 聖杯戦争に於ける賞品。

 

 第三次聖杯戦争で破壊され、それ故に「破壊されない様に、聖杯の器自身が自衛手段を取れるように」産み出されたホムンクルス。

 それがアイリスフィールの存在意義だ。

 

 勿論、衛宮切嗣によって心を与えられ、恋を成就させ母親にすら成った彼女には、そんなモノ二の次なのだが。

 しかし愛する夫の願いを叶える為に、娘を自分と同じ不可避の死の運命から逃がすために。

 彼女の身体は決して損なわれてはいけないものだ。

 それでも────

 

「(エレイン・プレストーン・ユグドミレニア……彼女を切嗣と遇わせてはいけなかったのに……!)」

 

 アイリスフィールが感じるのは後悔と不安。

 得体の知れないあの戦姫が、一体何を知っているのか彼女は知らない。

 

 だがそれでも、彼女の女の直感がどうしようもなく訴えていた。

 彼女と切嗣を会わせるのは、どうしようもないほどに致命的であると。

 切嗣の何かが崩れさってしまう。そう予感させた。

 

 だが、小聖杯であるアイリスフィールは逃げるしかない。

 言うに及ばず、戦いに巻き込まれれば一溜まりもないからだ。

 

 拠点をただ直感という確証の無い物で、何の抵抗もせずに放棄するなど戦略的にあり得ない選択だ。

 敵が来たのなら迎撃する。

 当然だろう。

 

 そして、衛宮切嗣は逃げられない。

 聖杯を勝ち取り、世界を平和にしなければ壊れてしまう。

 

「(今からでも遅くない)」

 

 目の前を走る舞弥に声を掛けようとして、

 

「────ッッ!!」

 

 そんなアイリスフィールの脳裏に警報が閃いた。

 森に展開された結界が、アインツベルンの城に近付いている者達を察知したのだ。

 尤も、既にエレインによって掌握されているのだが。

 

「どうかしましたか? マダム」

「新手の侵入者よ。一人は……これはルーラーね」

 

 コレは不思議ではなく、昨晩の言では聖杯戦争の真の監督役。

 ならセイバーとランサーの戦いを放っておく訳がない。

 

 だが、アイリスフィールは一人は、と言った。

 ならば────

 

「…………もう一人は?」

「……言峰綺礼。丁度私達の進む先にいる。このままだと鉢合わせになるわ」

「────!!」

 

 氷のような舞弥の美貌が、ほんの僅かに怒りと焦燥に歪む。

 ソレを見て、アイリスフィールの腹は決まった。

 

 言峰綺礼。

 切嗣が恐れ、エレインと同じく彼と会わせてはいけないと最初に思った男。

 

 何故、とは思う。

 この世界では切嗣によるビルの爆破解体は行われていない。

 何故なら本来ビル最上部に魔術工房を構えるケイネスが、ライダーの軍略によって即座に別の場所に移動したからだ。

 故に切嗣は言峰綺礼が自身を狙っていることを知らない。

 唯でさえエレインがやって来ているのだ。

 これ以上、愛する夫を窮地に追いやるわけにはいかない。

 

「舞弥さん。提案があるのだけど────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第十一夜 あからさまにフラグなのだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────────(おかしい)」

 

 エレインから逃げつつも仕掛けた罠で反撃していた切嗣は、荒れ果てた城内の物陰に隠れながら疑問符を上げる。

 

 エレインは今城の二階廊下で、何らかの方法で此方を感知しているのか真っ直ぐ向かってきている。

 だが詳細な感知魔術ではないのか、何度も笑みを浮かべながら辺りを見渡している。

 今までにエレインを襲った罠の数は二十四。

 その総てが殺傷能力の極めて高い危険な兵器だ。

 にも拘らず────

 

「(傷一つ、服すら傷付ける事が出来ない……!)」

 

 エレインが魔術を使って防いでいるのだろうが、それが切嗣には判別が付かない。

 ソレを確かめようと、身を乗り出してキャリコM950で試してみた。

 監視カメラが無ければ肉眼で、だ。

 

 しかし距離があれば魔力砲で蹴散らされ、距離が近ければその前に手に持つ聖骸布で全貌を隠された槍で撲殺せんと迫る。

 固有時制御と置き土産の手榴弾でその時は逃げられたものの、恐らく二倍速は見切られただろう。

 ソレだけなら言峰綺礼にも出来るだろうが、武の才能だけならエレインは綺礼の比ではない。

 使用するだけで死にかける三倍速すら、次は初見で対応するだろう。

 仮に三倍速で、二倍速で上手くいっても、通用しなければ意味がない。

 

 解り易い障壁など使ってくれればまだ理解出来るが、魔力の気配だけで魔術を使う素振りが見えないのが厄介だった。 

 切嗣の切り札は相手の魔術行使に呼応して発動する。

 つまり相手の魔術、正確には魔術回路に流している魔力をそのまま攻撃力に変えるようなものである。

 故に出来るのなら相手が最大魔術を使用している時に、最大の効果を発揮できる状況がベストである。

 

「(だが、見えていたぞ)」

 

 手榴弾で爆発した瞬間、波紋の様なものがエレインの周囲で歪んでいたのを。

 後一度、確かめれば解る。

 故に切嗣が取るべき戦法はエレインが魔力砲で消し飛ばさない可能性の高い武装で、最速最大火力であるトンプソン・コンテンダーを用いた固有時制御でのヒットアンドアウェイ────! 

 

「!」

 

 固有時制御で二倍速になった切嗣が柱の影から飛び出し、ガゴンッ!! と、コンテンダーの銃口が火を吹く。

 すると弾丸は、エレインの顔の前で透明なクッションの様な何かに阻まれて止まる。

 

「(これは────!)」

「足が止まっているぞ?」

 

 エレインはサーヴァントを彷彿とさせる速度で切嗣に踏み込み、手にした槍を振るう。

 

「ごッ────がぁあああああああああああッッ!!!?」

 

 咄嗟にキャリコを盾にして防ごうとするも、ソレを見たエレインが打撃ではなく槍で切嗣を押し飛ばした。

 壁が陥没するほど強く壁に叩き付けられながら、切嗣は確信する。

 エレインの膂力はおかしい。

 昨夜のアヴェンジャーに傷を付けた魔力砲もそうだ。

 幾ら魔術師とはいえ異常が過ぎる。

 

 強化の魔術を重ねがけしても、この膂力にたどり着く前に肉体が耐えきれない。

 ただ強化しているのではない。何か絡繰がある筈だが────重要なのは、常に魔術を使用していること。

 ならコンテンダーの弾丸を防いだあのクッションは何か。

 答えは出ている。

 

「風……ゴホッ、大気をクッションにしているのか……!」

「ご明察だ」

 

 恐らく探知も風を用いた物だろう。

 エレインの魔術は風を用いたもの、ならば切嗣の切り札────起源弾は効果を発揮する。

 

 痛みを堪え、体勢を立て直す。

 否、切嗣はそれよりもコンテンダーの弾丸の装填を優先した。

 幸い体の影でエレインは気付いていない。

 出来ればより効果の高い状態で使用したかったが、彼我の戦力差が大きすぎる。

 躊躇はせずに、迅速に殺害するべきだ。

 

 背後に近付いているエレインに向かって振り向き様にコンテンダーを突き付け────! 

 

「ほぅ、それが起源弾か?」

「────────」

 

 引き金を引く前に、切嗣が固まる。

 

「起源弾、衛宮切嗣の用いる魔術師殺しの礼装。効果は魔術回路にまで及び、魔術回路は『切断』『結合』される。結果、魔術回路に走っていた魔力は暴走し、術者自身を傷つける───────成程。仕様上相手が強力な魔術を使っていればいるほど、殺傷力が上がる訳だ」

 

 まさしくソレは、衛宮切嗣の切り札の概要であった。

 

「まぁ本気で調べればどうという事はない。貴様がソレで殺した魔術師の死体はその効力を如実に現していた。そしてその作用が己の起源を応用したのには、死体の傷と名前を知っていれば容易く知れる」

 

 ────そんな訳があるか。

 切嗣は腹部の激痛が無かったら、頑として否定する言葉を叫びたい気分であった。

 

 名は体を表す。

 切って繋ぐ────衛宮切嗣の切断と結合の起源から、父親の衛宮矩賢は名付けたのだから。

 だからと云って、そんな名前を付けた衛宮矩賢を恨むのは筋違いである。

 普通ソレだけで他人の起源など解りはしない。

 

 反則極まりない大前提があったからこそ、ここまで切嗣の手の内を暴けたのだ。

 尤も、暴くも何も最初から彼の日記に記されていた。

 エレインはその確認をしただけ。

 

「さぁどうする? 撃たないのか? 魔術師が目の前に居て、既に魔術を使っているのに? ────早く次の手を打て。でなければ殺すぞ」

 

 切嗣の顎が、噛み締めた力に軋みを上げる。

 この女は、確実に起源弾に対する対抗策を用意している。

 

 だからここまで魔術師殺しの魔弾に対して悠々としていたのだ。

 にも拘わらず数に限りがある起源弾を用いるのは愚策でしか無い。

 

 その銀の美貌の女を睨み付けながら、突き付けたコンテンダーを力なく下ろす。

 

 衛宮切嗣は、エレイン・プレストーン・ユグドミレニアに及ばない。

 魔術師殺しでは目の前の魔術師を殺せないと、そう自認してしまった。

 

「────────令呪によって、我が傀儡に命ず!」

「ッ!」

 

 だが、これは聖杯戦争。

 切嗣が無理に勝つ必要は何処にもない。

 マスターで勝てなければ、サーヴァントを当てれば良い。

 

 コンテンダーではなく投げ飛ばされた故に無事だったキャレコを放ち、本来時間稼ぎにもならない刹那を、不意討ちで繋げる。

 武人としての癖なのか、本来避ける動作すら必要がないにも拘わらず、至近で撃たれた弾丸を弾き飛ばすためエレインは槍を振り上げてしまう。

 そして、令呪が発動する前に切嗣の腕を切り落とすには、もう遅い。

 

「来い────セイバー!」

「────フはッ」

 

 しかしエレインの溢した笑みは、切嗣の令呪が魔力の奔流と共に溢れる輝きに隠れ。

 その瞬間、黄金の聖剣を携える蒼銀の騎士王が出現した。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 令呪による空間転移。

 ソレによって切嗣の目の前に出現したセイバーは、直ぐ様エレインの首を刈り取らんと聖剣を振るう。

 エレインがランサーを令呪で呼ぶ隙を与えない為に。

 ここで倒さなければならないと、未来予知にすら匹敵するセイバーの直感が警告していた。

 

 いくらサーヴァントと渡り合えるエレインと云えど、その肉体は人間のソレ。

 サーヴァントなら耐えられる攻撃も、人間のエレインが喰らえばその美しい肢体はいとも容易く砕け散るだろう。

 実際、エレインが15世紀前からこの時代に持ってこれたのは、その魔術と槍術の技量と、『槍』とらんすろ日記のみ。

 人間の反射神経では、仮に認識できたとしても音速を超えるセイバーの聖剣を防ぐ事など出来はしない。

 故にエレインは完全なる不意討ちによって敗北する。

 

「グッ……フンッ!」

「な────」

 

 ────筈だった。

 セイバーの聖剣を、エレインは危なげながらキチンと防ぎ切ったのだ。

 

 避けたのでは無い。

 捌いたのでは無い。

 真っ正面から膂力で受けとめ、ギャインッ!! と弾き返したのだ。 

 

「……なんだその呆けた顔は。鳩が豆鉄砲でも喰らったのか?」

 

 サーヴァントの、しかも超級には届かないものの一級品のステータスを誇るアーサー王の一撃を、人間が止める。

 魔術師が聞けば、笑い飛ばされる光景があった。

 

「何をした。貴女は一体何をしたのだ、エレイン!」

「さて、自分の魔術を教える魔術師がいると思うか?」

 

 エレインが槍の名手であることは知っている。

 だが、だからと云ってサーヴァント────それもアーサー王の振るう聖剣を防げる人間など存在するだろうか? 

 腕力という一点のみなら、エレインの細腕では論外。

 では技術? 

 単純な技量でセイバーの剣を防ぐことの出来る存在など居るか? 

 

 ────居るには居るだろう。

 並行世界で、暗殺者のクラスで召喚された『佐々木小次郎』として現界した亡霊が。

 

 かのランスロットが剣を振るう者として、この世界で唯一尊敬した剣士。

 だがあの農民は例外中の例外。

 エレインの槍術が、かの農民の剣技と同等などと、口が裂けても言えない。

 寧ろ足元にも及ばないだろう。

 

 ならカラクリがある筈だ。

 魔術に対して門外漢のセイバーでは、全く理解できない。

 だが、ここに居るのはセイバーだけではない。

 

「固有結界か……?」

「む」

 

 同じく体内に固有結界を展開する切嗣なら、その概要を知ることができた。

 エレインの、正確にはプレストーン・ユグドミレニアの魔術。

 ソレは『魂の運用』に他ならない。

 

 先代であるダーニック・プレストーン・ユグドミレニア。

 彼は魔術において変換不能、役立たずの栄養分と言われる魂に着目し、他者の魂を己の糧とする魔術を編み出していた。

 だがこの術は限りなく禁忌に近い呪法で、少しのミスが即座に自らの死を招くため、編み出してから60年の間でも魂を喰らった回数は三回しかなかった。

 しかも、その三回の使用でさえ肉体と魂の適合率が六割を切るほどのズレを引き起こしており、それによって生じた自分ではない“誰か”に彼は己を支配されつつあったという。

 

 その魔術を受け継いだエレインが辿り着いたのは、魂を自身の魂に取り込むのではなく固有結界というタンクに収納するというモノだった。

 勿論ソレだけでは意味がない為、一工夫加えている。

 

 ここで出てくるのがらんすろ日記である。

 日記と原作知識の記憶媒体とは別に、もう一つの役目。

 

 即ち、ネタ帳である。

 様々な既存作品の様々な設定や能力が書き記されたソレの中に、それはあった。

 ────他者の魂を取り込み、燃料とし己を昇華させていく外法。

 新世界の神を生み出し、永劫回帰の法を定めた旧神を打ち倒すための術理。

 

 勿論、あくまで参考だった。

 慢性的に殺人衝動などに襲われておらず、聖遺物など必要ではない。

 聖遺物を固有結界に代用し、抑止力を抑えるために、何より燃焼・昇華機構を体内に固有結界として展開。

 その結果あらゆる能力が向上した。

 膂力はサーヴァントの、英霊の域に昇華され、魔術は現代魔術では突破できない対魔力を貫けるほどに。

 

 そして名付けられたその魔術の名は────『魂魄兵装(エイヴィヒカイト)』。

 

「────ま、種がバレてしまえばこんなものだ。魔術師ならば足りない物は余所から付け足せば良い。当然だろう」

「一体貴女は……どれだけの魂を取り込んだのだ……!!」

「さて、具体的な数値は解りかねるな。何、善人や一般人は喰らっていないぞ? 私の燃焼となった者達は死徒や畜生以下の魔術師ぐらいだ」

 

 死都となった街の死徒を皆殺しにした場合、一度で取り込める魂の量は百を易々と超えるだろう。

 今エレインが固有結界に抱える魂の総量は英霊に匹敵する。

 だが、セイバーの疑問はまだ残っている。

 

「ハッ!」

「ぬっ────!」

 

 聖剣を振るえば、今度はエレインの持つ槍で辛うじて打ち合う。

 だが、そもそも宝具であり神造兵装であるエクスカリバーと打ち合える槍など、ソレこそ宝具のみだ。

 

「しかし間合いが測れないのは厄介だな。流石に私も、聖剣の刃渡りなど覚えていない────邪魔だな、その風」

 

 だが、その槍こそが肝要なのだ。

 

「────────なッ!!?」

 

 エレインが槍を廻す。

 槍に巻かれていた聖骸布がほどかれ、その真価を発揮する。

 ソレだけで、セイバーの聖剣を隠す『風王結界』は解かれた。

 

「馬鹿な」

 

 溢したのは切嗣だ。

 切嗣はその槍を知っている。

 そのレプリカだけなら、ネットで画像検索すれば直ぐ様その姿を知れるだろう。

 

「私も前世に於いて、聖杯を探したが……ついぞ見付けることは出来なかった」

 

 今まさに、英霊を引き摺り出してまで獲ようとしている聖杯と同じ、世界最大級の聖遺物。

 曰く、持ち主に世界を制する力を与えるとされる、聖杯同様に救世主の血を受けた聖なる槍。

 

「代わりに、蛮人によって奪われたコレを発掘することに成功したがな」

「ロンギヌスの槍だと────!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目の前で死合っていた剣士が消失するのを、ランサーは溜め息と共に見届けた。

 それと同時に、ルーラーの気配が消える。

 

 ルーラーは聖杯戦争の監視者。

 ならば一人になったランサーよりも、呼び出されたセイバーの元へ向かうのは必然。

 冬木全域に及ぶ気配察知能力を持つ彼女ならば、アインツベルンの城の場所など一目瞭然だろう。

 

「計画通り────ってか。面白くもねぇ」

 

 まんまと逃げられ、己がマスターが危機に陥っているというのに、アイルランドの光の御子の表情は、退屈だった。

 サーヴァントを物理的に離れさせ、一人となったマスターにサーヴァントをぶつける。

 ソレすら、想定通りだった。

 余りにも彼女の、エレインの思うがままだ。

 勝機の見えない、敗戦の色の濃厚の戦いこそ、たった一人で国を護りきったケルト神話に並ぶものの無い大英雄たるクーフーリンの所望する戦いである。

 

「でも……何でかなぁ。どうもこれで終わりそうに無いんだよな」

 

 大英雄の直感、腹の虫、経験。

 理由を挙げればキリがなく、確証は無かった。

 だがそれでも、なんとなく確信があった。

 

『ランサー、ソコから五時の方向2キロ程だ』

「了解っと。ま、俺は俺の仕事をするとしますか」

 

 ランサーは全力で、念話の指示で足を運ぶ。

 恐らくソコには、二人の女が居るのだろう。

 一人の男が居たのだろう。

 何もかもが、全知の如く想定通りなのだろう。

 

「でもまぁ。なんだかなぁ」

 

 エレイン・プレストーン・ユグドミレニア。

 今回の聖杯戦争最強のマスター。

 サーヴァントにすら匹敵する実力と、『聖槍』によってほんの一部とは云え世界を制する女。

 単純にカタログスペックで語るならば、サーヴァントがマスターやっているに等しい彼女が勝利しないほうがオカシイ。

 だが、それでもランサーは思うのだ。

 

 ────────彼女、最後でしくじるアレな女の匂いがする。

 主に、男の所為で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回はしつこい位のエレインtueeeeeee回でした。

そして切嗣を上手く書けたか今一不安だったりします。
切嗣って基本的に先手とって圧倒するイメージがあるので(言峰綺礼戦以外は)。
では各キャラの補足をば。


セイバー
 ランサーには不利な戦場で翻弄され、チートガン積みのエレイン相手に上手く攻めきれずドヤ顔される。

切嗣
 チートガン積みのエレインに終止圧倒される。
 大体切嗣がサーヴァントと戦う事になったら、をイメージしとります。

じゃんぬ
 らんすろにご飯奢って貰いお腹一杯になってキチンとお仕事遂行中。

ランサー
 切嗣がセイバーを令呪で呼んだため戦闘中断。
 エレインに失敗フラグを建てる。

エレイン
 チート武器にチート魔術に原作知識と、もうコイツがオリ主で良いんじゃねぇの? と言わんばかりにチートガン積み。槍のことはばれたら余程のことがない限り聖堂教会と戦争不可避。
 ただしキチガイが居る上、更にランサーがフラグ建てた。

『魂魄兵装』
 他者の魂を魂で取り込むのではなく、体内に魂を燃料に変換する擬似的な固有結界を生み出して其処に貯蔵する方法を執っており、自滅のリスクをゼロにしあらゆる魔術や感覚を含む身体能力や防御能力を向上させている。
 仮に肉体が損傷・欠損しても、魂を糧に瞬時に再生することが可能。なので、宝具がショボい弱小サーヴァント程度なら普通に勝つことが出来る。霊的装甲とかはない。
 死徒狩りは魂集めが目的。
 ちなみにエイヴィヒカイトと銘打っているが、聖遺物とかは必要無いし、渇望で変わる位階とかも無い(迫真)。なので創造とか流出とかは無理。文字通り武装なので。必殺技は槍が担当。
 元ネタは『Dies irae』の永劫破壊。

言峰綺礼
 原作通り切嗣の元にスネークする。ただしアサシンではなく子ギルを連れて。
 だからと云って何かが変わるわけでも無い為、主要役にはなれない。


ちなみに吃驚しましたが、ランスロ五次参戦ものを短編に載せて欲しいとの要望がありました。
申し訳ありません、削除してしまったのでできませぬ。



修正or加筆点は随時修正します。
返信出来ないかもですが、感想待ってまする(*´ω`*)


  


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第十二夜 奴はとんでもないものを盗んでいきました。貴女の心です(物理)

 外は風が寒すぎて、自転車乗りながら呼吸困難に陥りかけますた。
 やべぇ。どのぐらいヤバイかというと、誤字修正機能というスーパーやべぇのと同じぐらいやべぇ。



 

 

 

 姫エレインとロンギヌスの槍。

 この両者の縁は、二人の英傑の存在無くしては語れない。

 

 即ち、彼女の祖父であるカーボネック城の主、ペラム王。

 そして彼が漁夫王と呼ばれる原因となった、かつてアーサー王の騎士の一人であったベイリン卿である。

 

 前者が挙げられる理由としては、そもそもロンギヌスの槍を管理していたのはペラム王であるからだ。

 彼はアリマタヤのヨセフの子孫。

 聖槍を管理していたとしても何らおかしくはない。

 

 だが、問題は後者であるベイリンであった。

 彼はかつて『双剣の騎士』と呼ばれたほどの騎士。

 だがアーサー王の従兄弟を殺害した罪で追放、各地を彷徨っていたのだ。

 

 旅の途中、ガーロンという姿を消す魔法を使う騎士によってベイリンの道連れが、行く先々の人々が次々と殺されていく。

 被害者に、そして遺族たちに敵討ちを懇願されその報復としてベイリンはガーロンを探してペラム王の城を訪れた。

 

 ガーロンは、ペラム王の弟であったが故に。

 

 このペラム王の城では、客人は武器の携帯が禁じられていたのであるが、ベイリンは短剣を隠し持ちガーロンを暗殺することに成功する。

 しかしガーロン暗殺が明るみになり、当然弟を殺され激怒したペラム王とも戦うことになる。

 

 しかしベイリンの剣はペラム王の猛攻に耐えられず、ポキリと折れてしまった。

 不利と悟ったベイリンは武器を探して城内を逃げ回り、やがて寝室の壁に奇妙な槍が立てかけられているのを見つけた。

 

 それこそが、ロンギヌスの槍である。

 

 コレを用い、嘆きの一撃と呼ばれる力によって、カーボネック城と三つの国は滅ぼされる。

 尤も当時エレインは幸か不幸か、ブリテン島の主である妖姫モルガンによって囚われていたため、この被害には遭わなかったが。

 

 また辛うじて生き残ったペラム王ではあるが、しかし聖槍で傷付けられた為、癒えることのない呪いに苦しむことになるのであった。

 

 カーボネック城崩壊の報を受けてアーサー王が遣わした、「最近の趣味は斬魔剣・弐の太刀です」と脳内で自己紹介していたとある湖の騎士(アホ)が訪れるまで────。

 

 そして瓦礫に埋まったとは言え生き延びたベイリンは、しかし聖槍を手放し後に悲劇の死を迎えた。

 そんなベイリンの末路は兎も角、ソコで槍は一度紛失した。

 

 だがもし仮に、誰かがひっそりと見付け出していたのだとしたら?

 その誰かが、力を求めたエレインだったのだとしたら?

 

 斯くして数多のレプリカを残す聖槍は、本来の管理者(聖人の系譜)によって保管されていた。

 そして、現代に至るまでソレは変わらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第十二夜 奴はとんでもないものを盗んでいきました。貴女の心です(物理)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ロンギヌスの槍だと……!?」

「あの蛮人に奪われたカーボネックの秘宝、私が持っているのはおかしいか?」

 

 余りにも有名なその槍の輝きは、信心など皆無に等しい切嗣をして目を奪われる物だった。

 

「尤も、世界を制する能力は莫大な負債を世界に生み出す。その負債がどうなったか知れているだろう? 故に思うがままには使えんがな」

 

 持ち主に世界を制する力を与える槍。

 しかし世界を自在とする程の力には確実にリスクが伴う。

 第五の魔法が、その行使によって世界に対する負債を莫大に生むように。 

 よってエレインは槍の世界を制する範囲と負債を、もう一振りの槍を合わせることによって最少に抑え込んだ。

 

「フ……」

「!」

 

 エレインが槍を突き付けただけで、暴風の壁が城内の廊下を駆け抜ける。

 セイバーならば耐えられるが、その風圧は人間でしかない切嗣を押し潰すだろう。

 

「セァッ────!」

 

 渾身の魔力放出で加工した聖剣で、その壁を切り裂く。

 

「やはり瞬間的な魔力放出なら、世界の大気ではなく個人と認識されるか。なら、コレはどうだ?」

 

 呟きと同時に、エレインの周囲から九ツ首の竜巻が発生した。

 その暴風は咄嗟にセイバーが切嗣を抱えて飛び退いた場所を、削岩機の様に塵に粉砕する。

 それどころか、城に大穴を開けた。

 

「く……!」

「マスターを抱えていては、御得意の聖剣は真価を発揮できんぞ?」

 

 エレインが聖槍をくるりと廻すだけで暴風の槌が複数、しかも同時にセイバー達を襲う。

 セイバーは魔力放出で相殺、または直感で何とか掻い潜る。

 

 しかし切嗣を抱えながらでは、じきに避けられなくなる。

 

 自在に振るわれる暴風の檻を突破する手段は、セイバーの聖剣の解放のみ。

 しかし彼女の宝具は、使用に両手を使う。

 故に切嗣を抱えた状態では、全宝具中最上位の威力を誇る聖剣も使用に漕ぎ着けられないのだ。

 

「それほどの宝具、本来の担い手(聖ロンギヌス)以外の人の身が扱うには相応のリスクがある筈だが……!?」

「これの発生させる負債、最少に抑え込むのに苦労した!」

 

 世界を操るというのは極めて重大な問題を発生させる。

 ソレは世界の滅亡のカウントダウンを速める様なモノだ。

 それを大気に限定し、発生する負債を最少に抑え込む。

 

 だが、それをどうやって成したか。

 

「尤も、これは偉く便利なモノでな。溜め込んだ負債を破壊で清算するのだが────やはり、彼は私を助けてくれる」

 

 そう、エレインが本来得物としていた、ランスロットから贈られた短槍だ。

 合わせると言っても溶かして打ち直した訳ではなく、概念置換なのだが。

 

「故に、今の私が操れるのは精々世界に遍く大気だけだよ」

「私の風王結界を(ほど)けたのは、それが理由か……!」

 

 だが相対し、マスターを守らねばならぬセイバーは城の屋上で歯を食い縛る。

 成る程、確かに伝説の神の子の聖血を受けた槍ならば、星に鍛えられたセイバーの聖剣にも耐えうるだろう。

 

 風を統べることが出来るなら、空気の流れを伝って探知することも大気のクッションも作るのも容易い。

 魔術によって起動する切嗣の起源弾も、宝具相手では話にならない。

 だが、思わずにはいられない。

 

 かつてセイバーが保有していたブリテンの聖槍と、同等以上のこの槍が『あの時』あれば、結末は変わっていたのではないか?

 

「その槍……」

 

 聖杯に並ぶ世界最大級の聖遺物。

 ならば、ならばならばならばならばならば。

 

「?」

「ソレは彼を取り戻せるのか?」

「────ッッ!?」

 

 突如眼前に現れたセイバーに耳元で囁かれたエレインは、背筋を襲う殺気に本能的に半歩下がった。

 瞬間、セイバーの聖剣が鼻先を掠める。

 

「な────」

「その槍は彼を……」

 

 絶句し、エレインが下がりながら聖槍を構えるも、セイバーはエレインから離れずに先程とはまるで違う動きでエレインを捉え続けた。

 

(何だ、まるで動きが別人だ!? それに、この動きは────)

 

 エレインは忘れもしない己の師、愛しきランスロットと同じ歩法────!

 

「ランスロットを取り戻すことは出来るのか?」

「────ぐぁッ!!」

 

 莫大な魔力を纏わせ、先程は耐えたエレインを一撃で吹き飛ばした。

 壁に叩き付けられた衝撃に、しかし風のクッションで無傷のエレインは顔を顰めながら己の目を疑った。

 セイバーの瞳が、一瞬黄金色に染まっている様に見えたからだ。

 

 もう一度セイバーを見据えて────ゾクリ、という怖気が走る。

 

 あの麗しい騎士王は、しかし光を喪ったドロドロに濁った瞳でエレインを、感情が削ぎ落とされた顔で見据えた。

 

「────答えろ」

 

 万能の願望器たる聖杯。それに並ぶ聖遺物である世界を統べる聖槍ならば、かつて目の前で消えたランスロットを取り戻すことが出来るのではないか、と。

 

 だが当のエレインは未知への恐怖を呑み込み、表情を苦悩に染めた。

 

「……そんな単純な物ではないんだ、彼の現状は……!」

「何……? それはどういう────」

 

 エレインの答えの真意を問う前に、タイムリミットは訪れた。

 

『準備完了したぜ、マスター』

「……そうか」

 

 ランサーからの念話が、この場にいる理由を無くした。

 

「時間切れだ。如何にその聖剣に耐えうるとしても、やはりサーヴァント相手に白兵戦は肝が冷える。それに、どうやら彼の真似事も付け焼き刃でも無いらしい」

「逃げるのか」

 

 踵を返すエレインをセイバーが止めに入るのに、切嗣は令呪の使用を思案に入れる。

 唯でさえ脅威極まるエレインに、此処に居ないランサーが追加されれば本気で勝ち目が無くなる。

 絶対にここで倒さなければならない。

 セイバーが聖剣に黄金の魔力を束ね、真名解放をしようとするも、

 

「いや、退かせて貰う。だがアーサー王、今度はこの戦争の真実を教えてやろう。そして、彼を取り戻す私の方策もな」

「な────」

 

 その瞬間、エレインの姿が霞の様に掻き消える。

 空間跳躍。

 セイバーの直感が、エレインがもうこの場に居ない事を告げた。

 

「……すみません、逃しました……」

「……」

 

 セイバーは感情を無くした表情で力無く剣を下ろし、切嗣は歯を食い縛る。

 魔術師殺しの魔弾は通じず、絶好の好機でも聖槍という鬼札でもってセイバーの猛攻を凌ぎきった。

 

 アインツベルン陣営は負けたも同然なのだ。

 そしてまだ気付かない。

 

 エレインが、この場でチェックメイトを掛けていたことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 エレインが姿を消す数分前、アイリスフィールと舞弥は地に伏していた。

 舞弥は体のいたる所が重傷、アイリスフィールも腹部を刃で貫かれて血溜まりを作っていた。

 

 下手人はカソック姿の偉丈夫。

 呆然としながら、言峰綺礼はアイリスフィールを見下ろしていた。

 

 此処では戦いがあった。

 言峰綺礼と、切嗣に執着する彼を止めんとするふたりによって。

 

「おや、すごいスピードでサーヴァントがやって来るね。この速度はライダーか、いやランサーかな?」

「…………そうか」

 

 三人しか居なかった空間に、黄金の少年が姿を顕す。

 教会で保護されていた綺礼をこの場に(いざな)った、遠坂陣営のサーヴァントアーチャーだ。

 

 綺礼は既にサーヴァントを失い教会で保護を受けている身。

 そんな彼がアインツベルンの者達を害している姿を見られれば教会の監督役、即ち綺礼の父の信用を疑われる事となる。

 そうなれば教会と遠坂の協力関係まで明るみになりかねない。

 

 そうならないよう、綺礼はこの場を後にする。

 

「何か、満足のいく答えは見付かったかい?」

 

 イヴを誘惑する蛇の様に、しかし迷える子羊を導く聖者の様にアーチャー────ギルガメッシュは問い掛けた。

 

「…………」

 

 走りながら、綺礼は思考し続ける。

 彼を足止めに来たあの二人の行動が、不可解極まりなかったからだ。

 

 あの女の内一人は、恐らく今回の聖杯の担い手。

 この聖杯戦争でアインツベルンの悲願を叶えるためには、絶対に死ぬわけにはいかない人材である。

 故に衛宮切嗣が言峰綺礼を止めろ、などと彼女達に命令する訳が無い。

 

 それなのに、あの二人は命を賭して言峰綺礼を止めようとした。倒そうとした。

 元代行者である綺礼を倒すことが出来ない事など、解り切っていただろうに。

 ならば、言峰綺礼を止めようとした行動は、彼女達の意思ということ。

 

 義務感でも職務意識でもない、信念を以て。

 

「何故だ……」

 

 衛宮切嗣が言峰綺礼の同類であるならば、誰にも理解されない空虚の筈。

 肯定は勿論、何かを託せる様な存在であってはならない。

 理解し、その為に命を賭す者など居る筈が無いというのに。

 

 虚無なる男、衛宮切嗣。

 そうでなければならない。その果てに尚、闘う理由と意味を見出した、言峰綺礼の望む答えを知る者であると。

 

 故に衛宮切嗣は孤高でなければならない。

 誰にも理解も肯定もされず、他者と隔絶した存在でなければならなかった。

 言峰綺礼がそうであるように────────

 

「────────本当に?」

「────」

 

 魂の奥底まで暴き出すようなギルガメッシュの問いに、思わず脚が止まりそうになる。

 

「本当に居なかったのかな? 君の為に命を賭した人間が、誰一人として居なかったのかな?」

「…………」

 

 その問いの意味が理解出来ない。

 居ないからこそ、こんな所にいるのではないか。

 そんな安直な答えに逃避しようとして、そんな言峰綺礼を自身で侮蔑する。

 

 ────居たのだ。

 

 言峰綺礼にも、ただ一人彼の本質を理解し命を賭した女が。

 言峰綺礼が最も奥底に留めているモノ。

 己を真に理解した、あの病弱で白い聖女の様な女が────────

 

「ぐッ……!」

 

 頭痛が綺礼を襲う。

 まるで答えを出すのを拒否しているかのように。

 

「…………質問はここまでにしておこうか。何、夜は長い。ゆっくりと己に問い掛けると良い。衛宮切嗣とやらに会うのは、それからでも遅くはないさ」

 

 黄金の小さき王は、布で形作られた帽子を綺礼に被らせ、彼の姿を消した。

 ────ハデスの隠し兜。

 ギルガメッシュは頭痛に歩を緩めた彼を、教会まで隠し続ける。

 

 振り向き、二人の女がいた現場に向かって笑みを浮かべながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────……! アイ……! ────アイリスフィール!」

「……セイ、バー?」

 

 アイリスフィールが目を覚ましたのは、エレインが姿を消した数分後。

 セイバーが救援に来た、その直後だった。

 

「ッ! 御無事ですか!?」

「え、えぇ……」

 

 セイバーに抱き上げられた彼女は、月明かりで美しく輝かせる金髪を見て安堵のあまり再び意識を手放す所であった。

 そしてセイバーの存在が愛する夫の存命の証拠であるのも大きかった。

 

「良かった、切嗣が何度も連絡しても、一向に繋がらなかったので私が向かいましたが……何があったのですか?」

「そうね……ソレは切嗣が一緒にいる時に話しましょう。今は舞弥さんの治療を……!」

 

 首を締め上げられ、腹部を三本の黒鍵で刺されて尚、アイリスフィールは無傷だった。

 その要因を彼女は知っている。

 

 別に彼女がホムンクルスとしてそういう能力を持っている訳でも、アインツベルン秘伝の奇跡が彼女を癒した訳ではない。

 

 ────『全て遠き理想郷(アヴァロン)』。

 セイバーを召喚した触媒であり、所有者の傷の悉くを癒し老化すら停滞させる、アーサー王を戦場に於いて不死とした、聖剣エクスカリバーの鞘である。

 

 勿論、本来ならばその能力は本来の担い手であるアーサー王のみを癒す魔法の鞘。他人が持とうがなんの効力も発揮しない。

 ただし、アーサー王であるセイバーとの縁が有れば話は変わってくる。

 

 本来ならば致命傷を受けたアイリスフィールが無傷なのは、アヴァロンの効力によるもの。

 概念武装として体内に封入している彼女の傷を、直接セイバーと接触していれば魔法の鞘は宝具の呪いも無視して傷を癒すだろう。

 

 だが、それはアヴァロンを切嗣から託されたアイリスフィールのみ。

 

 それほどまでに言峰綺礼は彼女達にとって怪物だった。

 言峰綺礼の肉体破壊の暴威に晒された舞弥は、瀕死とまではいかないものの当然のように重傷の筈である。

 

「いえ、彼女もアイリスフィール(・・・・・・・・)同様(・・)、意識は失っているものの無傷の様です」

「────────え?」

 

 にも拘らず、アイリスフィールの視線の先で倒れている舞弥のたてている息は安らかだった。

 直ぐ様駆け寄ったアイリスフィールは彼女の容態を確認する。

 すると彼女は傷はおろか、口から流れていた血反吐すら綺麗に無くなっていたのだ。

 

(────どうして? まさか、セイバーが来る前から私は無傷だった? じゃあ、アヴァロンが理由じゃない!? なら、一体何が────)

 

 舞弥の傍からゆっくりと立ち上がったアイリスフィールは、何かとてつもない見落としをしているのではないか、と不安に己の手を胸元で握る。

 それは、セイバーの片方の瞳が僅かに金に染まっていた(・・・・・・・・)事も含んでいた。

 

 どうしようもなく取り返しの付かない事態に陥っているのを、彼女が知るのはもうすぐの事。

 

 聖杯戦争の全てが集結する夜。

 サーヴァントたる英霊達は勿論、そのマスターも。

 抑止に縛られる哀れな守護者も、

 星の意思が操る月の姫も、

 誕生せんと足掻く人類悪すら。

 

 彼等を迎えるのは聖杯戦争三日目にして、最後の夜である。

 

 

 

 

『なぁ、明日の桜の晩飯は出前取ってくれる?』

「ん? 何でだ」

『いや何、ちょっくら────聖杯くんブチ壊しに行くから』

 

 ────────そして当然、この阿呆も。

 




阿呆「知ってる? 聖杯戦争って、サーヴァントやマスター殺さずに終わらせる方法があるんやで(剣構えながら)」
大聖杯「待てや」

 という訳で、今作品に於いてロンギヌスとロンゴミニアドは別物、とさせていただきました。
 エレインがロンギヌスを持っていたのは作中の説明通りです。
 ロンギヌスの詳しい説明は真名解放した回にさせていただきますです。

 そしてセイバーのオルタ化。
 これは彼女の精神状態の悪さと考えて頂ければ幸いです。
 オルタ化が進めば進むほど戦闘技能は徐々に嘗てのランスロットに近付き、精神が不安定(ヤンデレ)になっていきます。
 仮に完全にオルタ化するとランスロットを求める悪鬼に堕ちてしまい、分かりやすい闇落ちエンドですね。
 まぁ大丈夫ですが。

 まぁそんな感じでアイリスフィールとか阿呆とか伏線貼って行き、聖杯戦争第二戦目はお開きです。

キチンと、感想返せるか分かりませんが、感想待ってます。



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第十三夜 YESロリータNOタッチ

ようやく時間ができて書き上げられました。
時系列が前後しますのでお気を付けください。


 聖杯戦争三日目の朝、ウェイバー・ベルベットは凡庸なビジネスホテルの一室で目を覚ました。

 しかしそれは清々しい目覚めではなく、隣に眠る同居人のイビキによる最悪に等しいものである。

 

「何でこうなったんだよぉ……」

 

 ウェイバーの不条理への小さな抗議も、同居人────ライダーの盛大なイビキによって掻き消される。

 

 聖杯戦争に於いてライダー陣営、イスカンダルとケイネス、助手のウェイバーは当初ハイアットホテル最上階に陣営を敷いていた。

 

 最上階を貸し切って敷かれた、神童と称されるケイネス自慢の魔術工房による迎撃システムは、一流と呼べる魔術師でも攻略は困難を極めるだろう。

 

 彼は己を何処までも愚弄する────様に思える────ライダーの行動に対するストレスの発散を、己の賛美によって解消しようとしていたのだ。

 しかし、

 

『しかしのマスターよ。セイバーやアヴェンジャーのあの対魔力では、正面から叩き潰されるであろう。それにこの様な目立つ場所、かの名高き騎士王とその子の宝具ならばこの最上階ごと横合いから消し飛ばされるのではないか? 少なくとも余の戦車ならばそうするぞ?』

 

 至極真っ当な指摘により、彼の魔術師としてのプライドは正しく叩き潰された。

 如何にケイネスが現代の魔術師として超一流だとしても、サーヴァントにとって現代の魔術師など何ら脅威では無い。

 実際、対魔力の極めて高いセイバークラスや今回のアヴェンジャーならば、正面から突破されるであろう。

 

 アーチャーのギルガメッシュの力量は解らないが、それでも彼は原初の英雄王。

 神秘が古ければ古いほど強くなるのならば、原初の英雄たる彼は間違いなく最強のサーヴァントだ。

 仮にキャスターの造ったものだとしても、工房一つに梃子摺るなどあり得ない。

 

 ランサーに至っては、彼自身キャスタークラスで召喚されてもおかしくないレベルの魔術師だ。

 ステータスに表記されていたスキルである原初のルーン魔術は、凡百のキャスターのサーヴァントを圧倒するだろう。

 

 未だ姿を見せないアサシンは解らないが、同じく姿を見せていないキャスターが現代の魔術師の工房に梃子摺るとは思えない。

 それがライダーの見解であった。

 

 それに御三家と違い、外来のマスターの利点はその拠点が解らない点だろう。

 ケイネスの工房場所はそれを台無しにしていた。

 

 ライダーは悪意など欠片もなく、征服者として戦略の基本を説いた。

 優しく、それも丁寧に。

 

 そもそも現代の魔術師と、人間を超えた英霊とを比較すること自体間違いである。

 徒競走で例えるなら、現代の魔術師が全力で走っているのに対し、英霊は始めから最高速のジェット機でブチ抜ける様なものなのだ。

 

 しかしケイネスはそうは取らなかった。

 偏に、己が勝手にとはいえ、好敵手と定めた相手(エレイン)がその英霊に食らい付くであろう事が解るからだ。

 それがどれだけ異常な事なのだとしても、彼は比較するのを止められない。

 

 故に彼は早々に工房を引き払い、適当なビジネスホテルを貸切り、其処にひたすら隠蔽と感知、そして時間稼ぎのみを重視した物を設置した。

 その後は工房の核と呼ぶべき部屋に引きこもり、出ては来なかった。

 

 解りやすく言えば、彼は挫折したのだ。

 正史と違い英霊同士の戦いを唯観るだけでなく、ライダーの傍で直に体感した。

 英霊と渡り合う好敵手と己を不相応にも比較していた彼は、どう足掻いても少なくとも聖杯戦争中にあの領域に追い付けないと悟ったのだ。

 それは彼の、マスターではなく魔術師としてのプライドを完膚なきまでに破壊する出来事だった。

 故に引きこもった。

 

 ウェイバーや、現界したがりのライダーを残して。

 

「先生が何か悩んでるのは分かるけど、だからと云って僕に丸投げは酷いじゃないかよぉ」

 

 自身より腕力も背丈も遥かに上回る問題児の面倒を見させられるのは、勘弁して欲しいのだ。

 先日はテレビに食らい付いていたが、相応の服装を通販で手に入れた。

 今日のライダーの行動範囲は、冬木の町に広がる。

 

 ライダーの行動を、おそらくケイネスはある程度許容するだろう。

 縛り付けようとした結果が初日の醜態だ。

 逆効果と知っているのならば自分は工房に引きこもり、都合の良い弟子にライダーを丸投げして必要になったら令呪で呼び出せばいい。

 アサシンなどの暗殺は怖いが、その為の感知に優れた工房を用意したのだ。

 

 問題は、その弟子の負担が半端では無いという一点に尽きるが。

 

 

 

 

 

 

 

第十三夜 YESロリータNOタッチ

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────突然だが、少女の話をしよう。

 かつて女であり、一人の男を求めた少女の話を。

 

 少女はかつて女だった時、許されざる恋をした。

 女は妃だった。

 王に嫁ぎ、王の理想に共感し同調し、共にその理想を遂げようと心に誓っていた。

 

 王は女だった。

 度々魔術によって性別を偽っていたが、王に嫁いだ女は女に嫁いでいたのだ。

 現代ならばあり得ざる状況だが、当時は如何せん男尊女卑の時代。

 女が王として国を統べるのは些か不味いものがあった。

 

 王に同性を好む趣味は無く、かといって女もそんな趣味は持ち合わせていなかった。

 しかし王は、その衰退した国に襲来する蛮族を撃退し国を建て直すには必要不可欠の存在であり、おそらく他の誰が王の代わりに頂きに就こうとも、国は護れないだろうと容易に察する事が出来るほどに優れていた。

 そして妃はそんな王を尊敬していた。

 

 凡そ、子供を生む以外に女に価値が無かった時代に於いて、彼女の覚悟は相当なものだった。

 当初は実際よくやっていた。内外共に問題を多く抱え、時代の変化によって神代最後の国として徐々に滅びへと流されながらも、しかし本当に良くやっていた。

 彼女も、王も。

 

 ────────変化の切っ掛けは、黒い男だった。

 

 王の危機を救い、蛮族を斬り捨てたが故に王に気に入られ、妃である女を護衛する程に取り立てられた。

 それほどまでに男は出鱈目であった。

 

 それこそ万軍を蹴散らし、王やその騎士達がひたすら梃子摺り、突破口を見付けることすら困難なブリテンの魔龍を、ただの一振りで殺し尽くした。

 まるで御伽話の中から現れたかのように、空想染みて男は凄まじかった。

 

 ────覚悟を決めた女が、心奪われる程に。

 

 王妃が王の騎士に恋をする。

 許される事ではない。下手をすれば国を割る大事だ。

 その男が、王よりも民や騎士から支持を得ていたこともソレを助長していた。

 

 もしもここで男が野心を抱き、謀反にて王を打ち倒し妃を奪ったのなら話は変わっていたかもしれない。

 もしも男も妃に惹かれ、許されざる関係を紡いでいれば話は変わっていたかもしれない。

 

 しかし男にはそんな野心は欠片も持ち合わせていなかった。

 何故なら男は日々のライフワークに満足していた。

 

 男風に言わせるならば────上司(アルトリア)は可愛い。

 妹分の部下二人(モードレッドとガレス)可愛い。

 王妃(ギネヴィア)眼鏡属性感じる可愛い。

 取引先の令嬢(エレイン)可愛い────もう最高じゃないか。

 ビバ、リア充サイコー────と。

 

 何とも言えないが、男はある種馬鹿で、阿呆だった。

 誰も彼も精神的に年下だったこともあったのか、保護者っぷりが堂に入っていた王兄の存在もあってか恋愛対象には入らなかったのだ。

 

 外見だけならJCを三十路目前の野郎が恋愛対象とか、お巡りさんを呼ばれるか毒舌ツンデレシスコン兄貴に殺されます────などと、本気で考えていたのだ。

 

 外面だけはいっちょ前な彼は、あろうことか一般的な倫理観とやらを都合の良いときに持ち出す悪癖があった。

 吸血鬼の群だの、魔龍(ヴォーティーガーン)だの、天体の最強種(アリストテレス)の悉くを伐り伏せておいて、空腹に倒れた聖女に手を差し伸べる程度には常識人だと事もあろうに自負しているのだ。

 

 先程例えに挙げられていた取引先の令嬢(エレイン)ならば、この事を知ればキョトンと惚け、ソレもまた彼だと微笑むだろう。

 男がこの世界に再び足を踏み入れる切っ掛けを作った半死半生の男(雁夜)は、何とも形容出来ない表情で頭を抱えることだろう。

 

 さておき、あり得たかもしれないifならば兎も角、この物語に於いて女は妃に甘んじた。

 恋は総じて求めたがりだが、ソコはたまの男との食事で満足していた。

 それこそ、そんな日常で満ち足りてしまうほど。

 

 しかし、そんな幸せな日常も男の消失で破綻する。

 王は機械の如く冷徹になることで、男の護った国を守ろうと悲嘆から目を逸らした。

 王の子は尊敬し依存すらしていた男を犠牲にして残った国を憎み、あっという間に滅ぼした。

 

 男の死が何もかもを破綻させた。

 否、ソレほどまでに男の存在は尊かったのだと女は思った。

 誰も彼も男に依存していたのだと。

 

 悲嘆に暮れ、妃という肩書きすらも喪った女は────同じ男を想う女と出会った。

 女は妃に問い掛けた。

 

 ────彼を取り戻したくはないか?

 

 国が滅び、枷の無くなった妃は有らん限りの思いで女に縋った。

 もう一度、一目会いたい。

 かつて妃が拐われた際に颯爽と現れ、その身を案じてくれたように。

 

 女は妃に共感し、妃は女に同調した。

 

 女は万能の願望器を追い求め、妃は男を育てた神秘に願った。

 もし仮に女が願望器を見付けられなかった場合、男を求め続ける為に。

 

 斯くして神秘は女と妃に手を差し伸べた。

 女はその素養故に、来世に於いても記憶と人格、能力を保ち続けた。

 妃は女程優れておらず、来世に於いて記憶は喪われた。

 

 そして妃は少女となり、そして奇跡は起こったのだ────────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────雨生龍之介は生粋の殺人鬼である。

 最初は五年前、好奇心から人の「死」の意味を知るために姉を殺害し、以来地方を転々としながら殺人を繰り返してきた。

 

 殺して殺して殺して殺して殺して────聖杯戦争が始まる時点で42人に達していた頃、彼はモチベーションの低下を自覚していた。

 

 そんな彼は原点に立ち返ろうと、姉の遺骸のある雨生家に戻り────見付けた。

 魔導書、それも魔術師だった彼の幕末時代の先祖のもの。

 幕末、翻ってそれ即ち第二次聖杯戦争の資料だった。

 

 完全な一般人としての常識を有している龍之介には、その内容はまるで創作物のように胡散臭く、荒唐無稽のソレだった。

 しかし龍之介にとって、その魔導書の正否など関係がなかった。

 要は、ソレが刺激的かどうか。

 

 ────儀式殺人。

 彼が行い、四度起こした事件の名だ。

 

 ソコに至る道筋は、別に魔術だの異能だのは関わっていない。

 龍之介、彼の神憑り的な犯罪能力によって、一度、二度、三度目と犯行を続けていった。

 最早病み付きになり、完全にその刺激の虜になっていた。

 

「みったせー、みったせー。みた……何回言うんだっけ? 四度? 五度? えーと、満たされるトキをー破却する……だよなぁ?」

 

 そして四度目に押し入ったのは、四人家族の民家。

 本来ここで最後の一人の末っ子である少年を召喚された悪魔──と龍之介は思っている──の生け贄として生かしているのだが、如何せん事情が変わった。

 

「ねーお嬢ちゃん、悪魔って本当にいると思うかい?」

 

 その家に遊びに来た少女の存在が、末っ子の死を決定付けた。

 勿論正史においてその少年も惨たらしく殺される末路なのだが、しかし目の前で友人の死体とその弟が殺される瞬間を見せられれば、当時年相応(・・・・・)の少女は混乱の渦中にいた。

 

「メディアでよく俺のこと悪魔やら何やら言われてるけど、失礼しちゃうよね。俺一人が殺してきた人数なんて、ビルとかを爆弾で吹っ飛ばしただけで簡単にトんじゃうのにさ」

 

 無理もないだろう。

 とある阿呆とぶつかった所為で、心ここに在らずといった(てい)で友人の家に向かったら、初めて見る男にあっという間に拘束され、この惨状だ。

 少女は手足を縛られ、呆然と怯えることしか出来ない。

 

 そんな様子に龍之介は益々機嫌を良くし愛嬌を振り撒いた。

 

「それにもしオレ以外にモノホンの悪魔がいたりしたら、ちょっとばかり失礼な話だよね。それ考えたらさ、もう確かめるしかないじゃない?」

 

 男────龍之介は血に塗れた死体を少女に見せ付けると、愉悦と純真な子供のような喜色に染まった笑顔で死体をバケツの様に振り回し、召喚陣を描き終える。

 満面の笑みも、頬に付いた返り血で狂気に変わる。

 それが死屍累々を形成し、自身の生殺与奪を握っているとなれば、少女が正気を保っているのは一般的に見れば奇跡だろう。

 

「でももし万が一? モノホンの悪魔さんが現れてただ話すだけの手持ちぶさたってのも、無いじゃない? だからね、もし悪魔サンがお出まししたら、一つ殺されてみてくれない?」

「……────」

 

(────死、ぬ?)

 

 そもここに至ってそれを考えない程、彼女は幼くても馬鹿ではない。寧ろ頭は良い方だろう。

 死を意識したことの無い日本の小児とはいえ、これだけの惨状と狂気を見せ付けられて思い至らない訳がない。

 

(い、嫌だ)

 

 そんな彼女を支配した感情はしかし、死の恐怖ではなかった。

 死に直面した事で、作り替えられた彼女の身体が、現状を打破する様に魔術回路を形成する。

 

(だって。だってようやく)

 

 奇跡だと思った。天文学的数値以下の確率を、少女は引き当てていた。

 

(漸く『彼』に、もう一度逢えたんだから────)

 

 未だ、少女は想い人の顔を思い出せない。

 黒いベールに覆われた様に、彼女は唯一人の記憶の一切を思い出すことが出来ない。

 だが、理屈ではないのだ。

 

 記憶が未だに戻って居なくとも、つい数分前の記憶すら曖昧になろうとも。

 彼女の魂が叫んでいた。

 

(────こんな処で、死んでなんていられるものかッッ!!!!)

 

 そして、此処に契約は完了した。

 

 英霊召喚は、場合によってはその詠唱を省く場合がある。

 とある並行世界の第五次聖杯戦争に於いて、衛宮士郎が詠唱無しにセイバーのサーヴァントを召喚せしめた様に。

 血で描かれた召喚陣が魔力を帯び、目も眩む程の光と暴風を撒き散らして己の役割を果たす。

 即ち、英霊を召喚する。

 

「────」

 

 召喚者である少女も殺人鬼である龍之介も、呆然としながら召喚陣の中に顕れた存在に釘付けになる。

 

 光の中から顕れたのは、血臭を撒き散らす白銀の全身甲冑(フルプレートアーマー)

 刺々しい、まるで他の一切を拒絶するような圧迫感と、それ以上に見るものを圧倒する威圧感を纏う姿。

 

「────サーヴァント・アヴェンジャー、推参した」

 

 そんな姿に、しかし少女は泣き叫ぶ子供の姿を幻視した。

 それは正しく、とある黒い騎士のみが有していた視点でもあった。

 

 かつて少女がキャメロットでその兜の下を見せた時も────

 

(キャメロット?)

 

 無意識に口が動いたのを、少女は自覚していなかった。

 

「……モード、レッド?」

「あん?」

 

 少女が溢した名前に騎士が怪訝そうな言葉を呟くも、

 

「手前、まさか────」

「────COOOOLッ!!!」

 

 龍之介の歓喜の叫びに遮られてしまう。

 ゆらりと、騎士が龍之介の方を見ると、更に瞳を輝かせて言葉だけでなく手振りで感動を伝えんと近付いて行く。

 

「すっげぇすっげぇ!! 鎧も凄いけど何よりそのデッカイ剣がやべぇ! ソレ絶対人斬ってるでしょ? 俺も相当切り刻んでるけど、そんなレベルじゃないっしょ御宅!」 

「………………」

「なぁ、アンタなら知ってるかな! 俺も何十回も何十人も切り開いて来たけど、なんかしっくりいかないんだよね。いや、みんな綺麗だったよ? バイオリンにした子はとても良い音色を奏でてくれたし、他には────」

「ッ……!!」

 

 龍之介の口から出てくる狂った言動に、未だに拘束されている少女が何度目かわからないほど息を呑む。

 

 ────死の探究。

 テーマだけならば龍之介はまさしく魔術師らしいモノだった。

 しかし僅かに記憶が戻りつつあると言っても、感覚だけなら常人のソレである少女には理解したくもない内容だった。

 

「オイ」

 

 そんな龍之介に、騎士は何の感情も込められていない声で問い掛けた。

 

「コレをやったのは、テメェか?」

「おっ、そうそう! 最近ハマってるやり方なんだけど、取り敢えずこう言うのって生け贄必須じゃない。だからまぁ、一つご一献どう?」

 

 兜によって頭が覆われている為、その表情を窺うことは出来ない。

 それに、龍之介自身も目の前で起きたことに興奮していたこともあった。

 

 だから分からなかった。

 目の前の騎士が凄まじい怒気を撒き散らしていたことに。

 

 瞬間、龍之介の視界が衝撃と共に瞬いた。

 

「…………へ?」

「テメェのハラワタでも切り裂いてろ、外道」

 

 地面に倒れた龍之介は、自分の下半身を見上げていた。

 全身甲冑の騎士は、英霊の中でも非常に強い膂力で以て龍之介の腹部のみを消し飛ばしていたのだ。

 

 龍之介の上半身は地面に落ち、物言わぬ下半身はグラつき傷口を落ちた龍之介に見せ付けるように倒れ、その中身をぶちまけた。

 

「……うわぁ……! キレイ……だ────」

 

 それを見た龍之介は目を輝かせ、そして満足そうに目を閉じた。

 

「……ッ」

 

 惨殺としか言えない末路、しかし満面の笑みの死に様に戦慄する。

 殺人鬼の凄惨な、しかしあまりに穏やかな死に顔に、友人やその家族を殺された恨み言すら絶句した少女は言えなかった。

 そんな彼女に、騎士は近付いて一振り。

 

「あ……」

 

 器用に少女の身動きを封じていたテープを切り裂き自由にすると共に、少女の包帯に包まれた手の甲に刻まれた令呪の魔力を確認する。

 

「オイ、王妃紛い」

「お、王妃紛い!?」

 

 記憶を取り戻しつつある少女はあんまりな呼びように思わず復唱してしまうが、騎士は構わず宝剣を虚空に溶かすように消し、その兜を解いた。

 

「あ────────」

 

 そこには、流れる様な金糸の髪と非常に整った美しい容姿。

 そして、光を喪い深い絶望に溺れ狂気に身を浸す事で心を保たんとする昏い瞳があった。

 

「手前、名前は」

「わ、私の名前は────」

 

 そして少女は自身の名前を口にする。

 

 朧気に、しかし数日後に復讐者が宿敵である騎士王に食らい付く頃には、唯一人の顔を除いて全て思い出す前世の名ではなく。

 今世に於ける、王妃でなくただの少女としての名を。

 

「────氷室、鐘」

 

 ギネヴィアという一人の王妃の人生を背負った少女が、何もかも狂った聖杯戦争に参戦した、その瞬間であった。

 

 

 

 

 

 




聖杯問答への導入とモーさんのマスター回でした。

ケイネス先生は初めての挫折でヒッキー化。ケリィに狙われる確率がひたすら上がりましたが、ケリィ本人がダメージを負ってるので数日は大丈夫。
その代わりライダーから枷が完全に外れましたか。

そしてモーさんのマスターはギネヴィアこと氷室鐘ちゃん。ちなみに独自設定です。
何故氷室なのかは、「氷室の天地 Fate/school life」より前世占いによれば────某国のお姫様で、望まぬ婚姻をさせられそうになったが、祝宴の席で料理に睡眠薬を混ぜて全員眠らせた後、目をつけていた美形の騎士を拉致して逃亡。しかも、騎士の誓いで手を出さない彼を手篭めにしてしまった。最終的に彼は非業の死を遂げたとのこと。
すなわち『グラニア姫』であります。
そして原典的にはギネヴィアの元ネタであり、ならグラニア→ギネヴィア→氷室という発想から彼女が選ばれました。

モーさんが全盛期以上のステータスに魔力放出を全開以上の出力で出せたのは、彼女がらんすろから血を受けたからです。
つまりらんすろの所為です。

という訳でやっとこさ描けたバーサーカー陣営。
次回は聖杯問答へと移行します。
勿論、そこまで次話だけで行けるか分かりませんが。

修正or加筆点は随時修正します。


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第十四夜 最後の日 

まだストックが溜まりきってないけど、流石に三ヶ月は時間空きすぎだと感じ、投稿。



  

 

 ────────裁定者(ルーラー)のサーヴァント、ジャンヌ・ダルクは想起する。

 

 昨夜の、郊外の森での聖杯戦争第二戦目。

 セイバーとランサーの二度目の戦いは、しかし地形を活かしたランサーが優勢に進めていった。

 流石、唯一人で国を護り切ったケルト神話一の大英雄、光の御子クー・フーリン。

 ゲリラ戦の達人の縦横無尽の戦い振りは、騎士ではあるが王でもある騎士王アーサー・ペンドラゴンを翻弄していた。

 本来凡百の英雄ならばこの時点で勝機は無いだろうが、それを両者ともとは言えこれといった傷を負わずに凌いでいたセイバーは間違いなく、大英雄に相応しい存在なのだろう。

 

 しかし戦いは突如終わりを告げる。

 セイバーがランサーの目の前から消えたのだ。

 その光景に思い当たるモノが、ルーラーにはあった。

 

 令呪による空間転移。

 サーヴァントに対しての絶対命令権である令呪は、使い方によって魔法級の事象である空間転移すら可能にする。

 

 恐らくセイバーのマスターが行ったのだろう。

 ルーラーの気配探知に、アインツベルンの城にセイバーの存在を知覚することが出来た。

 そして、エレインの気配も。

 

 サーヴァントを手元に戻したマスターと、サーヴァントが側に居ないマスター。

 勝敗は決したと言えるだろう。

 

 しかし、ルーラーは城へ足を進めた。

 エレインの異様な知識、謎の情報源。異様な自信。

 

 この危機的状況で彼女がどう振る舞うか。

 この聖杯戦争で自身が召喚された理由を知ることが出来るかもしれないと、彼女は向かわずにはいられなかった。

 裁定者の、聖人固有のスキル『啓示』。

 それが働かなかったのも、助長していた。

 

「それがまさか、聖ロンギヌスの槍だなんて……」

 

 エレインが持ち出した切り札。

 世界最大級の聖遺物の輝きは、思わずジャンヌでさえ思考を停止させて魅入っていた。

 しかし、だからこそ疑問が生じる。

 

「彼女は何故、聖杯戦争に参加したのか────?」

 

 あれほどの聖遺物があるのなら、聖杯を求める必要があるのだろうか。

 

 曰く、持ち主に世界を制する力を与える伝説の聖槍。

 それは聖杯を求めるという、戦いの大前提を壊すものだ。

 聖杯を武器に聖杯戦争に挑むレベルで意味がない。

 

 とある阿呆なら、「立川市の聖人の相対的に見てダメな方を連れて、聖杯戦争に参加するレベル」で意味がない、と例えるだろう。

 正確には、この冬木の聖杯戦争の聖杯の願望器としての機能は副産物に過ぎないのだが、それでも意味がわからない。

 

 そう、分からないのだ。

 エレインの望みが、目的が見えない。

 情報が圧倒的に足りないのだ。

 

 それこそ、一瞥で万象を見通す英雄王の精神性が昇華された宝具────『全知なるや全能の星(シャ・ナクパ・イルム)』があれば別なのだろうが、ルーラーはあくまで聖女でしかない。

 思考が袋小路に嵌まっていた、そんな時。

 

「前方注意だ」

「えっ」

 

 ルーラーはただの娘のような声を漏らし、肩に手を掛けて押し留められていた。

 

(────────ッッ!??)

 

 驚愕がルーラーを襲う。

 霊基盤を上回るほどの精度がある半径十キロに及ぶ気配感知を持つルーラーが、肩を押し留められるまで気付かない。

 それは余りに異常である。

 

「貴方は────」

 

 そんな異常な化物。

 ソレはしかし、つい先日彼女を空腹から救ったランスロと名乗った男だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第十四夜 最後の日 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「また会いましたね」

「まぁ、昼は基本的に桜と散歩しているからな」

 

 道を歩きながら、前を歩く桜と彼女と寄り添うように歩く灰色の狼────シフを眺めながら、ルーラーとランスロットは話す。

 本当ならば彼女は男────ランスロットに対して警戒し、その正体を詰問すべきである。だが、連れている少女────桜の存在がそれを躊躇させた。

 それに彼に対して啓示が何の反応もしなかったのと、ランスロットがルーラーに対して敵意や悪意を一切抱いていなかったのが大きかった。

 

「あの、失礼ですが彼女は……」

「────解るか」

 

 ルーラーは前を歩く、表情が一切無く、瞳に光が無くなっている少女について尋ねた。

 似たような瞳をした人間を、彼女は生前で見たことがあるからだ。

 何度も、何度も。

 

()()()()()()()()()()……あの子は養子に出された家で、つい最近まで虐待を受けていた。心を護るために、桜は心を閉ざすしかなかった」

「……ッ」

 

 痛ましい、ありふれているとは言え桜は間違いなく不幸な境遇であった。

 しかし、ルーラーは短い時間しかランスロットと過ごしていないが、それでも彼がそんな状況を見過ごす訳がないと確信している。

 行き倒れた自分に、あれほどの慈悲を見せたのだから、と。

 

「彼女は、貴方が救ったのですね」

「俺がこの街に来たのも、彼女の今の保護者が俺を呼んだからだ。その辺りは少し面倒な事情があるのだが……まぁ、今は虐待自体はもう無い」

 

 それに一息つける。

 幼い少女の地獄は、一先ず終わったのだと。

 しかし、そこからが本番だと最も人権の価値が低かった時代を駆けた聖女は知っている。

 

「だが、桜の負った傷は大きい。身体の傷はまだしも、心に負った傷はそう簡単には癒えない」

 

 百も承知。

 そう言わんばかりにルーラーは頷き、同意する。

 身体の傷は場合によっては簡単に治るが、心の傷だけは絶対に時間が掛かる。

 桜を連れて散歩をするのは、彼女の気分転換であるのだが。

 

「シフ────あの仔を側に置くのも、それが理由だ」

動物介在療法(アニマルセラピー)、ですか」

「あぁ。気休めだろうが、な」

 

 それでもシフは幻想種、その親和性は抜群だろう。

 何より、桜の周囲から昆虫類を悉く排除する為の措置でもある。

 

「本来なら、これも雁夜────あぁ。桜の保護者なんだが。ソイツがやりたがっていたが、あの男自身、点滴が手放せない身体だ。俺はその代わりだな」

「それは……貴方は、雁夜さん――でしたね、彼とはどういった出会いを? 居候と先日仰っていましたが……」

 

 ランスロの言う雁夜。

 彼は間違いなく間桐家、即ち聖杯戦争のマスターだろう。

 そしてその居候である目の前の男は何者なのか。

 疑いたくは無い。

 何よりルーラーにとって恩人を疑うという選択肢は苦渋のそれだ。

 

 しかしここまで一切姿を見せず、アーチャーという明確な動きが見える遠坂と違い痕跡すら残さない間桐。

 順当に行くのなら、初戦に現れたキャスターと思しき姿を隠した、ルーラーの『真名看破』すら防いだ謎のサーヴァントの情報も得られるのではないか────と。

 

「ふむ、言いにくいのだが……先に言った虐待をしていた雁夜の祖父から、桜を助けるために何か準備をしていた所に遭遇してな。流石にアレを見過ごすという選択肢は無かった」 

 

 ランスロットは思い出す。

 全身から血を吹き出しながら、遠坂時臣への憎悪で隠れた本心である、桜の救済の願いを。

 アレを見過ごしては英雄などと呼ばれる資格は無い。

 

「丁度宿無しの根無し草だったからな。それで解決に協力している」

「そう、ですか」

 

 その話を聞いた時、前を歩く桜を見ながらルーラーの顔に笑みが浮かぶ。

 そして、ランスロに対して間桐を探るのは止めた。

 このような人情に溢れ、救いを施せる男を疑う自分を恥じた。

 

 そして再度、聖杯戦争で一般の人々から犠牲を出すまいと誓った。

 喪われてはいけないのだと。

 

「そう言えば、君は何故この街に?」

「え、えっと……私は────」

 

 慌てて言い訳を考えるルーラーに────────緊張が走った。

 

 彼女の感知能力が、複数のサーヴァントが集まっているのを捉えたからだ。

 

(馬鹿な……ッ!? 今は昼下がり、サーヴァントが集まる道理など────)

 

 こんな日中にサーヴァント同士の戦闘。

 神秘の秘匿もそうだが、何より巻き込まれ生み出されるであろう被害者の数に青褪めた。

 

「申し訳ありません、急用が出来ましたッ!」

 

 そう言い残し、ルーラーは踵を翻した。

 颯爽とその場を後にする彼女に、ランスロットは心の中で静かに呟いた。

 

 

 

 

 

『────────大変だねぇ。問題児多すぎんよ』

「?」

「わふっ」

 

 この場に雁夜が居たら、その半死半生の肉体を酷使してでも叫んだだろう。

 

 ────お前が言うな、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルーラーは走る。

 日中ということで全力疾走は出来ないが、それでも路地裏や影を使ってさながら三次元駆動のように壁や住宅街の屋上を駆け抜ける。

 

(────サーヴァントが二人……いや、四人!? そんな数のサーヴァントがこんな昼の真っ只中でぶつかり合えば……!!)

 

 被害者は十や二十ではきかない。

 しかも今回召喚されているサーヴァントは、正体不明のキャスターを除き全員が対軍以上の宝具を持っている。 

 そんなものがぶつかり合えば、この街は間違いなく消し飛ぶだろう。

 

「もうすぐ────!」

 

 そうして、そのサーヴァント達が集まってる場所に辿り着いた。

 其処は────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おぉ! ルーラーではないか!! 丁度良い、お主も共に食わぬか!? お好み焼き屋とやらめ、とんでもなく旨そうな匂いを出しとる!」

「うぉいッッ!!? 何言ってるんだよオマエ!!!」

「まぁまぁそう言うなよ小僧。別に此処は戦場じゃねぇんだからよ」

「お金はボクが負担しますから大丈夫ですよ、ルーラーのお姉さん」

「…………チッ」

「コラ、折角御馳走になるんだ。そんな舌打ちしては失礼だろう」

 

 高らかに豪快な笑い声を鳴らしながら手招きしてくるライダー。

 ライダーのマスターと共にいた、喚く少年を諌めるランサー。

 カラカラと笑いながら金貨を虚空に現れた黄金の歪みから取り出すアーチャー。

 不機嫌極まり無い表情で舌打ちし、恐らくマスターであろう眼鏡を掛けた少女に諭されるアヴェンジャー。

 

「……………………はい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────事の切っ掛けはライダーがウェイバーを連れ回していた時にまで遡る。

 

 先に確認しておくが、サーヴァントの気配は極めて特徴的である。

 何せ現代では本来あり得ないほどの神秘の化身。それは霊格が高ければ高いほど顕著になる。

 魔術師ならば、その身に纏う超然とした魔力で一目で分かるだろう。

 更に言えば基本的に英霊になった人物は極めて個性的であり、十中八九外見が特徴的である。

 

 ライダー、イスカンダルは極めて分かりやすい二メートルを超える筋肉隆々の大男である。

 それに未だ素顔が明らかになっていないキャスターと、一部の例外を除いて姿すら見せないアサシンは別として、セイバー・アーチャー・ランサー・アヴェンジャーの悉くが容姿端麗眉目秀麗。

 止めに全員が日本人では無い。

 

 これで目立つなという方がおかしい。

 必然、人だかりが出来、一目瞭然。

 更に運悪くそんな面々がそれに気づけば────こうなる。

 

「いやー美味いッ! このお好み焼きとやら、今まで食べたことの無い旨さだ!! これが元々粉だと? 何という柔らかさだ!」

「……何でこんなことになったんだよぉ」

「あん? そりゃ間が悪かったんだろ。つーか飯時にいつまでも辛気臭ェツラしてんじゃねェよ。ホラ飲め飲め! このナマチューってのヤベェなぁオイ!!」

「ガツガツガツガツガツッッッッ!!!!」

「コラ、もうちょっと落ち着いて食べないか。あぁ、溢れてるだろう。全く……」

「────────はぁ」

「アハハハハ」

 

 そのサーヴァント集団に合流したルーラーは、カリスマAという人間の限界値であるランクを持つライダーに強引に巻き込まれ、さらにそれに乗った征服王すら超えるA+という呪いに等しいカリスマを持つアーチャーが、笑いながら後押しした。

 

 幾らルーラーもカリスマをCランクで保有しているとはいえ、前述の征服王と英雄王がコンビを組んで巻き込めない人間など存在しない。

 

「それで、何故このような状態になっているのですか」

「先ず、余がアヴェンジャーとそのマスターの娘と会ってな。最初は噛み付いておったが、流石に真っ昼間からやり合う訳にもいくまい? 其処に英雄王めとランサーが合流しての?」

「御昼時に丁度良いと、ボクが食事を提案したんです」

「俺は誘われれば断れねぇしな」

「彼女も落ち着いたしな。それに、折角の誘いを断るのも悪いだろう」

「………………………………なるほど」

 

 神秘の秘匿やその『食事』というワードでアヴェンジャーは何故か静かになり、そんな彼女のマスターはそれに便乗。

 ルーラーにはランサーの真名を『真名看破』で知ることができ、彼が誘われた食事を断れないのはまだ納得がいく。

 

 クー・フーリンは様々な誓約(ゲッシュ)で縛られており、目下の者からの食事の誘いを断れない。

 今回は王族たる彼より目上の人間────王からの誘いであるため実は断ることも出来たのだが、今回は彼の主人からの命令も有り、乗ったのだ。

 

 そしてルーラーの啓示スキルにも、このメンバーから目を離してはいけない事を直感させられた。

 今日、何かがあるのだと。 

 

「そう言えばお主の名前を聞いておらなんだな、アヴェンジャーのマスターよ」

「こんな小娘に興味があるのか? ライダーのサーヴァント?」

「うむ! 余から見ても中々の佇まい、一国の姫君の様ではないか」

「────……氷室鐘。魔術師でもないただの小娘だよ」

 

 ライダーの言葉にアヴェンジャーのマスター────氷室が目を見開き、しかし自嘲気味に嗤う。

 まるでそう呼ばれるのが辛いように。

 その姿は10にも届かないような幼い姿には、あまりに不釣り合いな感傷。

 そんな彼女に、先程からの凄まじい勢いの食事の手が止まり、アヴェンジャーが細めた瞳で見遣る。

 そんな二人をふむ、とライダーが見据え。

 

「何やら訳ありかの。所でアヴェンジャーよ、あの夜には言わなんだがお主、余の傘下に────」

「死ね」

 

 ピシャリと、ライダーの言を切り捨ててアヴェンジャーは再びどんぶりをかっ喰らい始めた。

 あっさりとフラれたライダーに、ウェイバーとランサー、ルーラーから呆れた視線を向けられる。

 

「お前……よりにもよって今ソレやるか?」

「何を言う坊主。昨日のてれびとやらに、『かもしれない運転』というのをやっておったのを忘れたのか?」

「それは車の運転の話だろ!?」

 

 ワイワイガヤガヤ。

 そんな擬音が見えて来るようなライダーとウェイバーのやり取り、それこそサーヴァントからしてみればじゃれ合いの様な光景。

 そんな二人に視線を向けるのは二人の騎士クラスのサーヴァント。

 

「随分とまぁ愉快な主従だなぁオイ。いや? マスターの助手だったか? 穴蔵決め込んでやがるお前のマスターと比べてどうよ?」

「アハハ。ボクのマスターはお堅いですから、あぁいった掛け合いはしませんね。ランサーさんの方は?」

「あー……惚気話を時々聞かされてるわ。見てて微笑ましいぜ全く」

 

 カラカラと笑うアーチャーに、ランサーは切り分けたお好み焼きを箸で器用に摘まみながら、生ビールを煽る。

 目の前の一心不乱に食事を取るアヴェンジャー。そんな彼女を復讐の狂気に陥れ、エレインに輪廻すら超えさせた男。

 その悲劇とも言える結末を、ランサーは生前殺してやる事が出来なかった己が師と重ねずにはいられなかった。

 

「それだランサー、お主のマスターは何処で何をしておる。こういう場でこそあやつの聖杯に捧げる願いを聞かねば!」

「…………そうですね。私も『裁定者(ルーラー)』のクラスで召喚された者として、貴殿等の願いを知っておく必要があります」

「ほう?」

 

 そのライダーの言葉に、ルーラーも便乗する。

 基本中立の立場である彼女にも、例外が存在する。

 その一つが「世界を崩壊に導く願望」の絶対阻止である。

 そして、その結末が理論的に成立すると見做されたからこそ、彼女は召喚されたのだから。

 

「そうだな、これ以上は集まりようが無さそうだしな」

 

 ランサーが確認する様に目配せし、ニヤリと悪巧みに協力する悪童の様に笑う。

 

「そろそろ俺のマスターからメッセージが届いてる頃だろ」

「……メッセージ?」

「俺の目的はそれを出来るだけ他の陣営に伝えることだ。協会の監督役とやらが、お前らにキチンと伝えるかどうか怪しかったんでな」

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻。

 冬木教会に一個の小包と共に一枚の手紙が、使い魔によって届けられた。

 

『────大聖杯に異常あり。全陣営に休戦と招集要請を』

 

 御丁寧に、その異常の証拠として厳重に封印された『泥』をも揃えて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

「聖杯の、異常……!?」

 

 ランサーが告げたエレインが教会へ行った要請。

 それに愕然とした言葉がウェイバーから呟かれる。

 

「ふむ……」

「あらあら」

「異常だと……?」

「────」

 

 それぞれのサーヴァントは、ライダーは顎を手で持ち。

 アーチャーはあまり興味無さげに曖昧な苦笑を。

 アヴェンジャーは食事を止め苛立ちの声を漏らした。

 

「聖杯の異常……まさか」

 

 ルーラーは己が『啓示』が反応するのを理解した。

 正しく、己が役目はその異常に関係するのだと、彼女に直感させたのだ。

 

「まぁ詳しい理由は教会に向かってからだ。俺のマスターは一応全陣営に招集を要請したが、だからと云って教会が早々そんな要請を認めるとは思えねぇ」

「うむ、当然ではあるな」

 

 聖杯の異常。

 それが御三家の人間が行った報告ならば兎も角、外部の魔術師のモノ。

 そう簡単に信用など出来ないだろう。

 だが監督役を自称する者として、聖杯の異常など決して無視することは出来ない。

 

「だとすると教会が招集するのは、先ず御三家のマスターだろう」

「まぁ、そうでしょうねー。どうやらボクのマスターも教会に向かうようです」

 

 御三家のサーヴァントであるアーチャーが同意する。

 それは同時に、殆どの外来マスターを余所に自分達だけで話を進める事を意味している。

 

「ルーラー、オマエは俺のマスターの目的が何なのか知りたかったんだよな? 何故こんな真似をしたかったか」

「……えぇ」

 

 

 第四次聖杯戦争、その最後の日は教会から発せられた一報と共に幕を開けた。

 

 

 

 

 

「――単純だ。御三家(連中)が俺らに隠してる事を全部バラして、お前ら全員に聖杯を()()()()()ことだとよ」

 

  

 

 

 




らんすろ「モノを食べるときはね 誰にも邪魔されず自由で なんというか救われてなきゃあダメなんだ」

モードレッドが大人しくしていたのは、戦闘になったらマスターが巻き添えを喰らうからとらんすろの言い付けが理由です。
モードレッドにとってらんすろの言葉は絶対でありまする。

そしてサーヴァント集結。偶然もありますが、基本ランサーが気配と魔力撒き散らして誘いました。ディルが原作でセイバー相手にやったのと同じことですね。
ウェイバーとイスカンダルは散策。
氷室とモードレッドはモードレッドが現界したがりなので服を買いに外出する際にライダーとかち合いました。殺気立ちましたが、ライダーが戦う気が無いことと秘匿的な意味合いでそのまま流されました。
子ギルはイスカンダル同様散策を行っている最中見つけ、面白そうなのでやって来ました。

聖杯問答は次々回になります。というか現在執筆中です。
なので今度こそ、次回はキリの良いところまで連続投稿できればと思っちょります。
次回はらんすろ始動と切嗣の現実逃避。そして冬木教会集合をお送り致します。

修正or加筆点は随時修正します。


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第十五夜 英傑集合

 至福の一時、という表現がある。

 

 とっても幸せ、これ以上ないほどの幸福の時間。

 腹一杯ご飯を食べる事がそうだと答える者はいるだろう。

 極上の酒を飲むことをそうだと答える者もいるだろう。

 絶世の美女を抱くことだと答える者もいるだろう。

 戦場で強者と鎬を削ることだと答える者もいるだろう。

 その幸福の定義は千差万別様々だ。

 

「────毒で触れられない? まぁ、問題無いようだが」

 

 ──────そして、そんな彼女の至福の一時とは、誰かと触れている時である。

 

 暗殺者(アサシン)のサーヴァント、静謐のハサン。

 瑞々しくしなやかで均整の取れた褐色の肢体は、ハサン特有のピッタリとした薄い黒衣に覆われている。

 

「────しかしまた、やってしまったなコレは。無力化を優先しすぎてしまった。他に手段がなかった訳でもないだろうに、失態だ」

 

 しかしそれは許されざる行為。

 彼女の持つ毒がそれを許さない。

 幻想種すら屠る毒牙が、彼女の幻想。彼女の宝具、彼女の武器であり彼女の肉体の全てである。

 

 そんな不触の毒華と呼ぶべき彼女は誰にも触れることが出来ない。

 その事を寂しく思う事は無い。

 ただ哀しいのだ。

 

「────仕方無い、雁夜の令呪を使うか。立てるか? 手を貸そう」

 

 故に万能の願望機へ捧げる祈りは一つ。

 浅ましく思う。

 寄り添う者を悉く死に誘う毒として在った、彼女の願い。

 

 ────私に触れても、

 死なず、倒れず、微笑みを浮かべてくれる誰かを────────。

 

「自己紹介がまだだったな。私の名はランスロット。ランスロット・デュ・ラックだ」

 

 そんな願望の具現が、今己を包んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第十五夜 英傑集合

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────『聖杯に異常が発生している可能性有り。御三家に対して緊急招集を』────

 

 その報せは、当然全ての御三家に正しく監督役の手の者によって知らせられた。

 間桐、遠坂。

 そして勿論、アインツベルンにも。

 

 エレイン、そして言峰綺礼の襲撃によって様々な被害が出た。

 久宇舞弥は外見上無傷であるものの内臓にダメージが残っているらしく、今日は動けないだろう。尤も、その程度で済んでいることに違和感は拭えないが。

 

 それに比較する訳ではないが、切嗣の傷は案外軽傷だった。

 骨を二・三本折ったが既に治療魔術で戦闘続行可能レベルにまで回復し、そもそもセイバーはこれといって傷を受けていない。

 

 それよりも精神的なダメージが大きい。

 

 エレインのサーヴァントクラスの戦闘能力に、聖杯に匹敵する聖遺物たるロンギヌス。

 それは、切嗣の戦術が彼女に通用しない事を意味していた。

 そこに訪れた教会の使者。

 

「────聖杯に、異常……!?」

 

 恐らく、聖杯に掛ける願いへの執念や強さはどの陣営よりも深かった衛宮切嗣は、その報せを直ぐ様受け止めることは出来なかった。

 

 そもそも敗けの許されない、許してはいけない戦いの舞台装置に問題が発生した。

 そんな可能性、万に一つだろうとあってはならない。

 

「アイリスフィール。その異常というのは、発生した場合はどの様な事態が起こりうるのですか?」

「その異常に依るけれど……既に聖杯戦争が始まっている段階で舞台装置に問題があったとしても、聖杯に異常がある、なんて言い方を教会がするかしら……?」

 

 既に聖杯戦争に必要な物は全て揃っている。

 そして聖杯の担い手であるアイリスフィールが察知できない異常とはそもそも何だ?

 教会が態々連絡をしてきたのだ、余程の可能性でなければ起こり得ないだろうに。

 

「どう思うかしら、切嗣」

「…………」

「切嗣?」

「────あぁ、済まない。そうだね……教会が遠坂と組んで他の御三家を誘き出す罠、というのがまだ考えられるかな」

 

 遠坂は御三家で唯一の元隠れキリシタン、即ち聖堂教会と繋がりうる存在だ。

 そして事前情報で今回の監督役の息子である言峰綺礼がアーチャーのマスターであろう遠坂時臣に一時期師事していた事実もある。

 現在は仲違いし敵対しているということになっているが、信じられたモノではない。

 故に切嗣には、コレが教会を使い他の御三家を潰す遠坂の罠にしか思えなかった。

 

 それ以上に切嗣にとって縋るべき奇跡に不備が存在するということは、奇跡に捧げるべき生け贄そのものであるアイリスフィールの献身すら無駄になってしまう事を意味している。

 それだけは、絶対にあってはならない。

 想像すら恐ろしい。

 そうなればもう────切嗣は、戦えなくなる。

「どの道僕達の作戦に変わりはない。遠坂が教会と組んで罠に掛けるとしても、遠坂時臣が窖から出てくるのならチャンスでもある。舞弥が動けないのは痛いが、想定内だ。寧ろ言峰綺礼が襲撃して来て命がある分良くやってくれた」

「えぇ、彼女の分も頑張りましょう」

 

 エレインという、魔術師殺しの戦術が効かない相手。

 正体不明という意味ならばエレインに並ぶ、何故か己を付け狙う代行者、言峰綺礼。

 

 護るべき物が無かったからこそ脅威だった衛宮切嗣という機械は、最早故障寸前であった。

 故に、彼は無意識に『聖杯が使い物にならない可能性』を思考から追いやっていた。

 

 切嗣はその部屋を離れ、準備に取り掛かる。

 部屋にアイリスフィールとセイバーだけになった部屋で、アイリスフィールにはどうしても気になった事があった。

 

「セイバー、貴女は────」

 

 眼の色が、金色に染まっていた。

 いや、それよりも切嗣は気付いていただろうか。

 特に近くで接していたアイリスフィールは解ったのだが、唯でさえそのサーヴァントには危うさがあった。

 まるで贖罪の為に罰を求めて邁進する罪人のように、彼女は何かを欲していた。

 

 それが更に歪に、以前アイリスフィールに見せた弱々しい、しかしなんとか作れていた笑みが無い。

 表情に感情が薄く、モードレッドは己が倒すと宣言した時と同じ様に。

 

「問題ありません、アイリスフィール」

「! ……セイバー」

「視覚は万全、寧ろ力が増しています。瞳も聖槍による何らかの影響でしょうが、すぐ元に戻ります」

「────」

 

 自ら舞台装置となり、盲目的に国を守らんとした守護の王。

 

『────ランスロットが世界から排斥されるという出来事を、無かったことにする。ソレが、私の聖杯に捧げる望みです』

 

 夢の続きを望むのだと、彼女は確かにそう言った。

 嘘ではないと思う。しかし、それは本当なのだろうか?

 

 モードレッドを仮に『王としてのやり残した役目』として、セイバーは彼女を斬らんとした。

 そう、王の役目故に。

 

 しかしそれが愛する人間を喪った悲哀からの逃避だとするならば。

 アイリスフィールの眼には、彼女が贖罪を求める罪人の様に見えた。

 

(手前勝手かも知れないけど────恨むわよ。サー・ランスロット)

 

 願わくば、夫の勝ち取る聖杯が彼女に少しでも幸があることを。

 アイリスフィールは祈らずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────ふむ、熱も無い。脈拍も問題無さそうだな」

『いやー、前例が無かった訳じゃないけども、問題無さそうで良かった良かった────素人目には』

「何処が大丈夫なんだ」

 

 そして今、彼女は恐らく生まれて初めて至福の最中に居た。

 

 アサシンが横になっている側に寄り添うランスロットと、離れた場所で点滴片手に車椅子に座っている半身が歪んだ白貌の病人の念話と会話に呆然とする。

 目覚めた彼女は、ジャンヌと別れたシフと桜との散歩を終えたランスロットから、風邪を引いた少女の様に甲斐甲斐しく扱われた。

 

 額に手をやり熱を推測し、食べやすい食事を持ってあーん等────大凡、彼女が経験したことの無い対応であったのは間違いない。

 唇を奪い獲物の脳髄を破壊する彼女が、脳髄を溶かされる様な刺激に襲われた。

 

 有り体に言えば、ブリテンに於いて数多の淑女の心を奪った湖の騎士(阿呆)に骨抜きにされたのだ。

 ヒュドラの毒沼に突っ込み、温度調整を求める次元違いの頑強さを持つ阿呆によって彼女は至福を得ていたのだ。

 

『魔術師じゃねーんだから解るわきゃねーべよ。それかアレか? あのエロエロぼでーに触診してお医者ごっこしろと?』

「オイ」

 

 昨夜のやりとり。

 マスター処か舞台装置である大聖杯との繋がりすら断ち斬り消滅寸前の彼女を救う手段としてランスロットが行った方法とは────『全令呪による受肉』である。

 

 故に先程ルーラーと遭遇した時点でランスロットは雁夜から譲り受けた令呪を全て使用していたのだ。

 彼女を受肉し、一個の生命として再誕させる為に。

 

『この手段を考えた伊勢三少年マジ現代の聖人。ん? 魔性菩薩? 知らんなぁ、そんなワールドビッチ』

 

 とある並行世界に於いて常人ならば容易く発狂する激痛の中、しかし会ったこともない人々の幸福を願った少年が、己がサーヴァントを受肉させた様に。

 ランスロットがやったのはそれと同じ事。

 

 しかも前例である死に際の少年とは違い、命令したのは単一宇宙。

 令呪による霊体の固定程度の不完全な受肉ではなく、完全な物だ。

 

『しかたねーなぁオイ。俺はそんなつもり無かったけど、家主の命令たぁ断れねーしなぁ。後々セクハラで訴えられても「初恋拗らせた人妻好きに無理矢理命令されました」て言うしかねーわ。かーっ! つれーわー! マジつれーわー! ────いざ』

「やめろォ!」

 

 そんな時、間桐邸のチャイムが鳴る音が響く。

 それに対して車椅子に乗る雁夜と、それを押す桜が対応する。

 アサシンは本職の、ランスロットは真祖すら欺いた気配遮断を用いて影に潜み、荒事になったら即座に対応できる様に。

 

 しかして来客は、聖堂教会からの使者であった。

 

 『聖杯に異常が発生している可能性有り。御三家に対して緊急招集を』────と。

 

「聖杯に、異常……だって?」

『今更……?』

「え?」

『え?』

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして逢魔ヶ時は過ぎ、闇に潜む者達が蠢き出す時間。

 冬木教会に男女の一団が現れた。

 ウェイバーの連絡を受けて合流したケイネスを引き連れるライダー。

 そのライダーが操る空駆ける戦車に乗る、一人の少女。アヴェンジャーのマスター、氷室鐘。

 そして黄金の少年王。アーチャーのサーヴァント、ギルガメッシュが意味深な笑みを浮かべている。

 

「というか、氷室さんも良く他のサーヴァントがいるこんなところに平然と座っていられるね」

「別段平然と言うわけでは無いさ。それに私を殺しても横合いからアヴェンジャーの宝具を喰らいたくは無いだろう?」

「当然であるな。それにお主の様な童を殺すなど余のマスターがする訳があるまい?」

「……それは私に対する挑発か? フン、私とて魔術回路を持つだけの子供を殺すなど寧ろ恥だ」

 

 ケイネスの聖杯戦争での目的は正当なる決闘による勝利。

 それを魔術師処か魔術を使えない、しかも両手で足りる歳の少女を不意討ちで殺した等と不名誉極まりない行動をする筈がなかった。

 

 そんなケイネスの言に霊体化しているアヴェンジャーからの殺気が弱まる。ソコで鎮める事なく断続的に殺気を放っているのは復讐者たる由縁か、それとも元々の気質か。

 とある義兄騎士は後者だと口汚く罵るだろう。

 

「おう、此処かマスター」

「着いたか……」

 

 冬木教会。

 聖杯戦争の監督役の居る地であり、基本的に不可侵の場所である。

 そんな冬木教会の門に凭れ掛かるように立っている銀髪の美女が居た。

 

「成る程、随分良く遣ってくれたみたいだなランサー。大凡理想の面子だよ。遠坂時臣は既に来ている」

「ソイツは重畳だ」

「うむ、後は────」

 

 ライダーの戦車が止まると同時に、霊体から実体化したランサーとアヴェンジャー。

 そして遅れて到着したルーラーが集う。

 

「エレイン・プレストーン・ユグドミレニア……」

「そんな眼をするな紅蓮の聖女(ラ・ピュセル)。私の目的はお前にとってもそう悪い話では無いかも知れんぞ?」

「その目的とやら、是非ともお教え願いたいですね」

 

 不敵に笑うエレインに静かに視線を向けるルーラー。

 そんなエレインが何かに気付いたのか、驚愕に眼を見開く。

 

「いや……まさか、ギネヴィア王妃か────!」

「……また汝に会えるとは。私が彼女を召喚した事といい、本格的に運命とやらを感じざるを得ないよエレイン姫。どうやら湖の乙女(ヴィヴィアン様)は大凡私達の願いを叶えてくれた様だ」

 

 旧友との再会。

 そしてギネヴィアと呼ばれた氷室に周囲から驚きの視線を向けられるが、ドリフトの轟音を響かせ現れた一台の車に一堂は警戒する。

 

 現れたのは人形めいた美しさを持つ銀髪紅眼の美女と、金髪の男装の麗人。

 即ちアイリスフィールとセイバーである。

 

「ッ………」

 

 セイバーの姿に氷室が息を呑み、令呪を抱き締めながら己のサーヴァントを盗み見る。

 もしここで暴走するようならば、必ず止めるのだと。

 

「……チッ」

 

 これで剣士(セイバー)弓兵(アーチャー)槍兵(ランサー)騎兵(ライダー)復讐者(アヴェンジャー)。そして裁定者(ルーラー)が揃った。

 

 残るは暗殺者(アサシン)、そして魔術師(キャスター)狂戦士(バーサーカー)

 だが冬木教会を常に監視していたエレインは、言峰綺礼が教会の保護を受けていることを知っている。

 しかし、彼女はアサシンは脱落していないのだと確信していた。

 

 だが、仮にアサシンが脱落していようがいまいが、現段階では最早関係がなかった。

 仮に気配遮断が評価規格外(EX)のハサンがアサシンだったとしても、本来冬木の聖杯で喚べない筈の八極拳の暗殺者だとしても。

 暗殺者である以上、エレインの札を覆す事は出来はしない。

 問題はキャスターだが────

 

「────────さて、これで残るは間桐だけ、か」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間は少し遡り、場所は間桐邸。

 眠りについた桜を除き雁夜、ランスロット、アサシンが集まっていた。

 雁夜は相変わらず車椅子に座り、ランスロットはソファで顎肘を置いている。

 そんなランスロットに侍る様にアサシンは片膝をついて跪いている。

 

「聖杯の異常って何なんだ?」

「具体的な話は長くなるから省くが、聖杯が完成したら全人類が呪い殺される程度には異常だ。間違いなく抑止力が発生する案件になるだろう」

「な────」

「……!?」

 

 ランスロットの言葉に、雁夜とアサシンが絶句する。

 そんな二人に溜め息を吐きながら続ける。

 

「まぁ解決策は様々あるが、俺には聖杯が汚染されていようが関係がない」

「関係がないって……」

 

 全人類が巻き込まれるレベルの問題に対し、ランスロットは関係がないと断言した。

 確かにランスロットは今、ただの人間とは言い難いが、だからといって人類を見捨てるような悪ではない。

 それは雁夜とて理解している。

 

「じゃあ、どうするんだ。教会からの招集は?」

「教会の招集など無視しておけ。どの道その身体で冬木教会に向かうのは自殺行為だ。唯でさえボロボロの身体に止めを刺すわけにはいかん」

 

 ランスロットは徐に立ち上がり、いつの間にか現れていた灰色の狼を見る。

 

「シフ。桜と雁夜を頼む。ハサン、最悪の事を考え毒を物理的に防げる何か越しに物を掴める用意をしておけ」

「仰せのままに」

「えらく従順だな……」

 

 訝しむというよりも呆れる様に、頭を撫でられ恍惚としているハサンを見る。

 まるで長年の恋が叶った少女の様だ。

 

「……で、お前は?」

『雁夜雁夜、出前は取ったか?』

「…………は?」

「昨夜はアサシンを保護したから出来なかったが、安定したなら良いだろう。これ以上聖杯戦争を長引かせる訳にはいかない」

「……まさか、昨日のアレ本気だったのか?」

『バグを調整できる奴がいれば良いんだけど、キャスター何処にも居ねーし。そもそもキチンと整備しなかった奴等が悪い。しかたないね』

 

 彼に纏わりつく様な闇が召喚時の貴族服と外套を形取る。

 即ち、戦闘態勢である。

 尤も、隠蔽宝具『己が栄光の為でなく(フォー・サムワンズ・グロウリー)』発動中は得物である『無毀なる湖光(アロンダイト)』は使えないのだが。

 

 

「【“AMEN(そうあれかし)”と叫んで斬れば、世界はするりと片付き申す】───か。ならば諸共斬ってみせよう」

 

 

 こうして、聖杯戦争は核心へと至る。

 舞台装置から壊れたこの戦争に、刃が斬り入れられる。

 役者達はその終わりの渦に巻き込まれていく。

 

「いい加減、俺も腹を括らねばな。アルトリア」

 

 唯一人、何もかも台無しにする制御不能の宙の剣神を除いて。

 

 

 

 

 




FGO六章開幕のPVでテンション上がったのでここで連続投稿開始。聖杯問答で思った以上に手間取りました。
一応三日連続投稿予定です。五話分は行きたかったんだけどなぁ。

ちなみにモードレッドのクラスをアヴェンジャーに再度変更。何度も変更して申し訳ありません。多分もうこれについては変更しませんので。
ただし六章のトリスタンやらの設定で円卓編やらを修正すると思いまする。

アサシン以外で現在存在するサーヴァントが全員教会に集合。多分教会出るまでがエレインの天下。
ちなみに氷室は召喚前後の記憶が曖昧で、らんすろと再会したのを都合良く忘れています。

修正or加筆点は随時修正します。


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第十六夜 王の問答

連続投稿二回目、聖杯問答開始。

そしてモードレッドのクラス修正指摘、ありがとうございます。
申し訳ありません。


 

 御三家による会談。

 しかしエレインの策と偶然の積み重ねによりほぼ全ての陣営が冬木教会に集まっていた。

 

「さて……間桐から連絡があり、当主が体調上この場に出席できない為、報告者であるエレイン・プレストーン・ユグドミレニアと主催側の遠坂、アインツベルンのみで、会談を行う」

「おや、集まった彼等は全面的に無視か? 何か聴かれては困ることでも?」

 

 冬木教会内部、聖堂の中心に今回の聖杯戦争の監督役の白髪の男性が大半と言って良い参加者達の注目を浴びる。

 八十という年齢でありながら、老いを感じさせない鍛え上げられた筋肉がカソックを張り詰めている。

 アサシンの元マスター言峰綺礼の父、言峰璃正である。

 

「……無用な混乱を与える必要も無いでしょう。それで貴女の言う『聖杯の異常』とは具体的には一体何なのですかな?」

「まぁ待て。『兵は拙速を尊ぶ』とは言うが、同時に『急がば回れ』とも言うだろう」

「……では何を」

 

 するとエレインは聖堂にいる他の陣営を仰いだ。

 

「折角大多数のマスターとサーヴァントが揃ったのだ。彼等の聖杯に捧げる願いを聴いてからでも遅くは無いではないか」

「何のために?」

 

 反論の言葉を口にしたアイリスフィールが、エレインを睨む。

 全く以て意味がわからない。エレインの目的も、その為の道筋も。

 

「『納得』が必要だからだ」

「……納得?」

「そう、『納得』だ。理解では足りないと、『彼』はよく言っていた。【────『納得』は全てに優先する】。全て話して、それでも戦いを続けると言われれば面倒だ」

「あら、貴女にとって悪い状況なら、私達にとっては朗報でなくて?」

「あぁ、言葉が足りなかったな。私よりも、あぁそうだな。衛宮切嗣にとって最も悪い状況になる、と言った方が良いだろうな」

「……な、にを」

 

 そのエレインの言葉は、アイリスフィールの仮初めの余裕を根刮ぎ奪い尽くした。

 夫である衛宮切嗣にとっての最悪とは何だ。

 人類を救済せんとする彼にとっての最悪など、一つしか────。

 そんなアイリスフィールを尻目に、エレインは続ける。

 

「それに英霊ならば、己の願望を偽りはしまい?」

「当然だとも! とは言ったものの、余は王の格比べでソレを聴きたかったのだがなぁ」

 

 征服王が喜悦を滲ませて、しかし残念そうに唸る。

 この場に己に匹敵する王が複数いるのだと確信しているが故の、未練である。

 

「王としての格など、比べるまでも無くそこの英雄王がぶっちぎりだ。ライダーも勿論極めて優れた王なのだろうが、ソレを超える王などあり得ない」

「当然ですね」

 

 そんなライダー、そしてセイバーとギネヴィア、アヴェンジャーすら切り捨てる様にエレインは断言し、そしてアーチャーは言葉通りに肯定した。

 確かにセイバーやライダーは歴史や伝説に名を残す大英雄。間違いなく王としての格は非常に高いだろう。

 

「だがアーチャーは、ギルガメッシュは格が違う」

 

 世界(抑止力)に望まれ世界を治めた世界王。

 彼こそ生まれながらに王であり、そして王であれと望んだ神々の思惑すら軽々と飛び越えた原初の神殺しの英雄。

 

 カリスマで人類最高数値を誇るイスカンダルを超えたスキルランクA+。

 軍団の指揮能力、カリスマ性の高さが王として求められる者の資質ならば、残酷ながら数値化されている為ハッキリとしている。

 

「うぬぅ……」

「…………」

「しかも彼処に居るのは、理想の統治者として人々を心酔させた名君としての側面である若きギルガメッシュ。王としては間違いなく最高峰だろうな」

 

 そしてギルガメッシュとしては唯一にして最大の欠点である慢心すら、今のアーチャーには無い。

 成年時よりは数値的な戦闘能力は落ちるだろうが、王としては正に理想の体現だろう。

 そしてそれは理想王として君臨したアルトリアにすら成し得なかった領域である。

 

「最大の要因は、国を存続させ次の時代に託したという、王として最重要の責務にして義務を果たした事だ」

 

 生まれながらに「王であれ」と望まれた者としてはセイバーも同じだが、国と理想に滅ぼされた彼女とは違い暴君であったものの、晩年は裁定者として穏やかに国を治め、次の王に都市を委ねたギルガメッシュとの差は歴然であろう。

 それは反逆され国を滅ぼされた騎士王にも、征服はしても治めずに死後に国を割った征服王にも出来なかったことだ。

 

 その差は致命的だろう。

 というよりもこれが行えていない時点で、セイバーとライダーは、そういう意味では数多いた凡百の王にすら劣る。

 

 暴君だろうが名君だろうが暗君だろうが、それ以前の話だ。

 時代も環境も価値観も違うアーサー王とイスカンダルよりも、ギルガメッシュが優れている絶対の証明であった。

 

「ソコを突かれると痛いのぅ。だが────バビロニアの英雄王、余は一つ聞きたい」

「はい、何でしょう」

「この世全ての財を集め尽くした貴様が聖杯に願うものとは一体何だ?」

 

 ライダーの疑問。

 それはエレインの趣旨に沿ったものであり、王として格上と認めざるを得ない存在が何を求めているかの純粋な興味であった。

 

「ははは、簡単ですよ。ボクは己の敷いた法を護るだけです」

「法を?」

「はい。この世界の人類が造った宝具や財宝の類いは源流が存在し、自慢ではありませんがその原典は全てボクの蔵で保有しています。仮に未来で生まれる様々な技術も余す事無く、ね」

 

 ギルガメッシュが持つ宝具、生前の彼が『宝具の原典』を含む無限に等しい財宝を収めた蔵、『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』。

 その正体は人類の叡知の原典にしてあらゆる技術の雛形。

 故にこの宝物庫には比喩無く人類が生み出すものであれば、文字通り全てが存在する。

 

 そして、これまで幼い相貌に笑みばかり浮かべていたアーチャーの表情が変わる。

 目を細め、前々日にあの謎のサーヴァントが乱入して来たときのように。

 

「────即ち聖杯すら、(オレ)の蔵に存在する(オレ)の宝。その宝を盗人が手出しするなど、(オレ)の敷いた法を犯す罪人だ。王が罪人を裁く理由を語る必要はありますか?」

「然り。自らの法を貫いてこそ王。だがなぁ、余は聖杯が欲しくて仕方がないのだ。で、欲した以上は略奪するのが余の流儀。なんせこのイスカンダルは征服王であるが故」

「是非もありません。貴方が犯し、ボクが裁きましょう」

 

 ギルガメッシュは己の宝を護るため。盗人に罰を与えんが為に、この戦争に参加した。

 

 ならばそれを奪おうとするライダーとの間に、最早問答の余地は無い。

 求めるのではなく王として在るがゆえに、己が敷いた法を護るために。

 

 そしてそれは、その場の遠坂時臣と言峰璃正と予め知っていたエレインを除く全員を戦慄させた。

 

(アーチャーはあらゆる宝具の原典を有している。それはつまり、あらゆる英雄の弱点を突けると言うこと────!?)

(まさに英雄殺しのサーヴァント! 聖杯戦争に於いては反則のソレよ。遠坂時臣、まさかそんな英霊を召喚してくるなんて……!)

 

 それは聖杯戦争に於いて、最早悪夢だ。

 英雄であるが故に、その弱点は必ず存在する。

 竜の因子を持つセイバーならば竜殺しの武器を。ランサーならば誓約(ゲッシュ)の要因たるカラドボルグを。

 アーチャーに殺せない英雄は存在しないのだ。

 理論値における、最強のサーヴァントである。

 

「でも、大人のボクはそれすら億劫だった。嘗てのウルクと現代の変わりように耐えられなかったみたいでして、若返りの妙薬でボクに丸投げしてね。なのでボクの目的は裁定ですね」

「聖杯を、品定め……」

「そう、ボクの蔵に相応しいか否か。相応しいのならばこれを狙う貴方達を裁きます。元々これも大人のボクに丸投げされた役目の一つですから」

 

 傲慢極まる、しかしそれが許される原初の英雄は、堂々たるや。

 不敵な笑みを浮かべる人類最初の裁定者は、エレインにそれを向ける。

 

「だから────良いですよ、お姉さん。思惑に乗って上げますね」

「……どういう風の吹き回しだ? 此方としては有り難いが────」

 

 不気味である、と。

 ジャンヌやアイリスフィール、切嗣から散々言われたエレインは、明らかな不安要素の存在に訝しむ。

 

「だって、そうすれば皆で彼と遊べるじゃないですか(・・・・・・・・・・・・・・)

「────彼?」

 

 エレインの問いに、少年王は何も答えない。

 血のように紅い瞳で、ただ無邪気な笑みを浮かべるだけだ。

 

 エレインの計画は順調である筈だ。

 最早チェックを終えた状態だが────決して完璧ではなかった。

 

 寧ろ意図的に穴を作ってある程だ。

 完璧だと判断してその計画を盲信して、仮に崩れた際に対処が出来ないでは済まされない。

 

 ギルガメッシュの存在が、まさしくその穴である。

 その気になれば盤上ごと引っくり返せるその力は、全能さすら窺える域にある原初の英雄は、余りにも不安要素だった。

 

 思惑に乗ってこの英雄王に何の益がある?

 彼とは何だ?

 

(一応仕込みは万全だ。上手くいけばアーサー王とギネヴィア王妃、業腹だが畜生を引き込める。ライダーは論外だが、喚くのは遠坂と間桐。前者は兎も角、後者は妖怪を殺せばどうとでもなる手合いだ。遠坂の悪足掻きが何処までいくかは予想するしかないが、アーチャー一人ならランサーでも半日は保つ。……最悪は私の『槍』を求める可能性だが……そうなれば『目的』さえ果たせればくれてやれば良い)

 

 手放せば破滅を齎すと云われる聖槍、しかしそれでも構わない。

 彼と一目会い、抱擁を交わせるのなら本望だ、と。

 

 覚悟など、とうの昔に済んでいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第十六夜 王の問答

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悪い流れだ。

 遠坂時臣はエレインに乗じた己のサーヴァントを見て、内心頭を抱える。

 サーヴァントの問答に何の意味があるのかは理解できないが、それでも時臣を悩ますモノは先刻から変わらずに一つである。

 

 聖杯の異常。

 

 アインツベルンのマスター(と思しきホムンクルス)も、この異常は知らない様子だった。

 なら何故、外来のマスターが聖杯の異常などと口にする?

 最強のサーヴァントを召喚した時点で勝利を確信していたにも拘らず、今は聖杯戦争自体が躓き始めた。

 

 エレインの言う異常が出鱈目であるなら、監督役であり、祖父からの友人である璃正からペナルティを与えれば良い。それがこの場に於ける最上だろう。

 だが万一、本当に聖杯に異常があれば? 今回の聖杯戦争が出来なくなる程度ならまだマシだ。

 もしそれが、今後の遠坂が聖杯による根源への道が閉ざされる、取り返しのつかない程のものだったら?

 己の代の失態はその先の、娘の凛にすら響くだろう。

 

 それは、それだけはあってはならない。

 今の遠坂時臣を支えているのは、最早代々受け継いできた家訓のみだった。

 

 エレインはアーチャーに視線を返し、彼は満足そうに頷いた後、ライダーに向き直った。

 

「ライダーさん、ボクは貴方の問いに答えました。なので今度はボクが問いを投げましょう。貴方の聖杯に捧げる願いはなんですか?」

「あー……まぁ、なんだ」

 

 その言葉に、ライダーは恥ずかしそうに頬を掻きながら答えを濁す。

 そんなライダーを、信じられないものを見るように目を剥いたケイネスとウェイバーを尻目に、ライダーは言葉を出した。

 

「────……受肉、だ」

「…………は?」

「おや」

「あ?」

「────」

「はァッ!?」

 

 それに一番驚いたのはケイネスとウェイバー師弟だった。

 

「お、おおおおお前ェ! アレだけ世界征服だなんだと言ってただろうごボォ!?」

「…………理由を聞こうか、ライダー」

 

 掴み掛かるように詰め寄ったウェイバーをデコピンで吹き飛ばし、それを完全に無視したケイネスが頭を抱えながら震える声でライダーに問い掛けた。

 

「たかが杯なんぞに世界を獲らせてどうする? 征服は己自身に託す夢。聖杯に託すのは、その第一歩に過ぎんわ」

 

 ライダーは拳を握り締める。

 魔力で編まれた、確固とはとても言えない、マスターと聖杯に依存した仮初めの肉体を。

 冗談のような、奇跡の様なその身体を。

 

「────余は転生したこの世界に、一個の生命として根を下ろしたいのだ」

 

 征服王イスカンダルの死因は諸説あるが、一番有力なのは病死である。

 そんな彼が万全の肉体と生命を求めるのは、当然と言えるだろう。

 にも拘らず、今のライダーには何一つ在りはしない。身体一つすら。

 故に求めるのだ。『征服』の基点たる肉体を。

 

「まぁライダー、貴様の世界征服はどちらにせよ無理だろうがな」

 

 そんなライダーに、彼が醸し出した雰囲気をブッた斬る様に何の躊躇もなく切り出した。

 

「……む? どういうことだ、ランサーのマスターよ。流石にそれは聞き捨てならんぞ?」

「世界征服だが、それはどの様な方法だ? まさかとは思うが、その戦車で国の首相官邸に突っ込んで略奪などと言うまいな?」

「────そんなこと、私の目の黒い内は絶対にさせん」

 

 エレインの仮定に、ライダーのマスターが。

 神秘の秘匿を第一とする魔術師────ケイネスが青筋を立てながら断言した。

 爆発寸前の活火山の如き怒りを彼がかろうじて耐えていられたのは、偏にエレインとの交流のお蔭だろう。

 それに、珍しくライダーが鳩が豆鉄砲を喰らったように面喰らう。

 

「……えっと、どういう……」

「当然だな」

「まぁ、そうなるわよね」

 

 それに本来魔術師でなく、かつ神秘の溢れる国を前世に持つ氷室が首を傾げ。

 この場に於いてケイネスに最も近いタイプの人間であり、ケイネス同様生粋の魔術師である時臣が首肯し。

 アイリスフィールが当然の帰結を見届けた。

 

「……………………何故だ!?」

「当たり前だろうがぁ!! 神秘の秘匿は魔術師にとって第一原則! それをやらかそうとするお前はこの場で袋叩きにされてもおかしく無いんだぞ!?」

 

 ライダーの疑問の叫びに、ウェイバーが堪忍袋の尾が切れた様に罵倒混じりで理由を答えた。

 人間の極限に至った王であるライダーは、しかし現代からしてみれば古代人でしかない。

 我が道を戦車で行くを地で遣るライダーの『征服』が、現代的な訳がない。

 

 最悪、ホワイトハウスに『神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)』で突っ込みかねない。

 全国中継待ったなしだ。

 そうなれば幾ら魔術協会と言えど秘匿など無理だ。

 

「我が覇道を阻むか、マスターよ!」

「必要なら令呪での自害も辞さん」

「ぐぬぬぬ」

「当たり前だ馬鹿!!!」

「あはははははっ!」

「いや、笑って遣るなよアーチャー……」

 

 サーヴァントの暴走を諌めるのはマスターの役割。

 その為に与えられている令呪を用いてライダーを止めるのは、寧ろ彼の義務と言って良い。

 生粋の魔術師に召喚されている時点で、ライダーの世界征服は第一歩で躓くだろう。

 

「さて────、一応貴様の願望も聴いてやろうか? 畜生」

「あ?」

 

 そしてエレインが次の順番に選んだ者は、途端に剣呑になるのが必然の相手であった。

 

 

 

 

 




英雄王と征服王と騎士王。誰が一番優れているのかは様々なモノが在るでしょうが、今作に於いては英雄王がトップに輝きました。

やれ暴君だやれ国を滅ぼしただのやれサーヴァント失格だの言われてますが、何やかんやでキチンと国を存続させて後世に託した時点で、滅ぼした騎士王や後継者をキッチリ指名せずに死んで国を割った征服王より「王」としては優れているのではないでしょうか。
つまり二人はダビデより王として劣っている……(錯乱)

イスカンダルが征服を達成するには、先ず生粋の魔術師以外のマスターに召喚されなければなりませんね。
聖杯で征服するなら兎も角。


修正or加筆点は随時修正します。


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第十七夜 悲痛の果ては

連続投稿三回目。
連投は一先ずこれで終わりですね。

賛否両論あるでしょうが、どうぞ。


 復讐者(アヴェンジャー)のサーヴァント、モードレッドは苛立ちを隠そうともせずにエレインに噛み付いた。

 

「嘗めてんのか? 何で手前にそんな事言う必要がある。こちとらお前の頸を炭にするのを我慢してるんだ、これ以上イラつく戯れ言ほざいてんじゃねぇ」

 

 殺意の暴風。

 今まで抑え込んだ物が溢れ出た様に、ソレはエレインとセイバーに向けられていた。

 彼女が今まで抑え込んでいた狂気が鎌首を傾こうとした時。

 

「いいやアヴェンジャー。聴かせて貰わねばならない」

 

 復讐者を押し留めたのは、そのマスターだった。

 如何に対魔力に優れていようとも、三画全ての令呪が揃っている氷室にモードレッドは逆らうことは出来ない。 

 

「おい……何のつもりだ氷室。まさかあの売女との問答を続けさせるつもりか?」

「私はまだ、汝が聖杯を何の目的に使うのか聴いていないと言っている。ソレが私の承服できぬことならば……悪いが、私の持てる手段は使わせて貰う」

ギネヴィア(・・・・・)

「答えろモードレッド(・・・・・・)

 

 己がマスターにすらその牙を剥いた狂犬は、しかし令呪すら輝かせ始めた氷室。

 常人ならば肝を潰す殺気に、しかし氷室は目を背けること無く睨み付ける。

 ソコには不退の意思があった。

 

「私はあの時、1500年前に汝がブリテンを滅ぼした時、何も出来なかった。だが今は、私と汝はマスターとサーヴァント」

 

 サーヴァントを御すのは、マスターの義務である。

 

 そんな氷室の不動な姿勢に、盛大に舌打ちして頭を掻き毟り。

 観念した様に、そして堂々と己の願いを口にした。

 

「オレの目的は、ランスロットを救済する(すくう)事だ」

 

 その目的に、反応せざるを得ない存在がこの場には居た。

 氷室(ギネヴィア)はその言葉に動揺を隠せず、モードレッドの殺気にすら耐えきった表情が崩れる。

 

「サー・ランスロット……」

 

 アイリスフィールはチラリと、夫のサーヴァントであり、己の騎士を見やる。

 その名の騎士は、この王にとって決して無視できぬ物なのだから。

 

 アーサー王伝説にて円卓最強の騎士。

 誉れ高き湖の愛し子。

 

「叛逆の騎士が湖の騎士を慕う、か。成る程、なれば伝説の月斬りは正しかった訳だ」

「正確には鏡像化された擬似的な月だがな。尤も、ランスロットが居なければ今のヨーロッパは存在しなかったことは確かだ」

 

 ユーラシア大陸全土を覆ったであろう破壊の月光。

 ソレを断ち切ったランスロットは間違いなく世界を救っていた。

 

「だが……彼を救う(・・)? 救うと言ったか、畜生」

「そう言ったぞ売女。────オレが王になる」

 

 それは、過去に対する宣戦布告だった。

 

「何故あれほど優れた騎士王は国に滅ぼされた? オレが唆した程度で何故、あぁも容易く裏切られた?」

 

 モードレッドが知る限り、アーサー王は完璧に見えた。

 正しき治世と正しき統制の元、出来うる限り臣民を救っていた。

 にも拘らず、その果ては臣民による恩を仇で返す結果に終わった。

 それは何故か────

 

「嘗められていたんだ。恐怖が足りなかった。騎士道などと己の感情を優先し、国ではなく己の自尊心のみを護る塵共が思い上がる時点で明白だ」

 

 騎士を統制するには騎士道など不要。

 騎士の国たるブリテンを根本的に否定する言葉だが、確かに騎士ほど政治に向かない人種も少ないだろう。

 

「民という国を護ってきた王に対してなんら恩義すら持たない閑古鳥共を、王の為に喜んで命果てる兵士に仕立て上げ────『あの時』の状況を覆す」

 

 圧政を以て民草を支配し、その命全てを以てして一人の男を救う。

 その場の面々は、復讐者に相応しいアヴェンジャーの憎悪を見た。

 そして、アイリスフィールは思わずモードレッドの手段の意味を問い掛けるように呟く。

 

「貴方はランスロット卿の為に、国と国民全てを生け贄にするつもり……!?」

「一度ランスロットを踏み台にしたんだ。ならランスロットの踏み台になることに何の躊躇がある?」

 

 古今東西様々な暴君が存在する。

 例えば己の欲を満たすために万里を支配した王がいた。

 例えば民の欲を満たすために万里を征服した王がいた。

 

 しかしソコには確かに、国や民草に対する愛があった。

 故にその欲望の果ては、人々の幸せであるだろう。

 しかしモードレッドのそれは違う。

 国や民草を慈しむ心など皆無だ。寧ろ憎悪と怒りしか無い。

 

「……それは暴君の治世とも呼べない。征服の過程で破壊を呼ぶ王もいただろう。だが征服の後に破壊を呼ぶ王はいない。それは人の世を統べる王ではなく、人の世界を否定する魔神にすぎない」

「無欲の王政の果てがあの滅びだろうがッ!! 塵の山を有効利用してやるんだ、寧ろ喜んでランスロットの為に死ぬべきだろう!」

 

 それは失敗したアーサー王とは違う方策ではあるが、それは治世ですら無い。

 最終的に国を滅ぼすつもりの王など居てたまるものか。

 

 しかしそれは当然なのだ。

 モードレッドの復讐は、アーサー王以外にも向けられる物なのだから。

 ランスロットを踏み台にして存命した国や民、ブリテンの全てが憎かった。

 

 故に滅ぼしたのだ。

 己が主人の命を踏み台にして生を謳歌する存在を、狂犬は許容するなど出来なかった。

 そしてその怒りは、滅ぼして尚治まることはなかった。

 

 アーチャーもライダーも、王道を語った王達は何も口にしない。

 モードレッドのそれは王道ではないし、それを本人は認めている。

 

 モードレッドの願いはランスロットの救済と銘打ってはいるが、実際はブリテンへの報復だ。

 勿論ランスロットを救いたい気持ちも強いのだろうが、このサーヴァントは復讐者なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第十七夜 悲痛の果ては

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 モードレッドの憎悪と復讐心を見せ付けられ、しかしセイバーの内心は穏やかだった。

 

(思えば、この街を訪れて未だ数日しか経っていないのだな)

 

 己と劣らぬ英霊と戦い、意思をぶつけ合った。

 己と同等以上の王の在り方を見せ付けられた。

 己の過去の罪が追ってきた。

 何より、この場に(アーサー王)の生前と深い関わりを持つものが多すぎた。

 

 これは偶然か必然か。

 

(因果なものだな。だが、お蔭で己を振り返れた)

 

 ────己の、愚かしさに。

 

「さて、長くなったがこれで最後だな。セイバー、アーサー王。貴方が聖杯に捧げる願いは何だ?」

 

 モードレッドの聖杯を使う理由を聞いた一同は、最後の静かなセイバーに自然と視線を移した。

 

「……セイバー?」

「そう……ですね────アイリスフィール、謝罪をさせてください。どうやら私は聖杯に捧げる願いを間違えていた」

「貴女、瞳が元に……?」

 

 アイリスフィールは、セイバーの変化に気付いた。

 金色に染まっていた瞳が、元の碧眼に戻っていたのだ。

 しかし何故だろうか、その変化が恐ろしい物だと感じたのは。

 

「モードレッド卿、感謝しよう」

「感謝、だと……?」

「貴方のお蔭で、私は勘違いに気付けた」

 

 アイリスフィールは思い出す。

 この街に訪れた時に聞いた、彼女の願いを。

 それはランスロット卿と共に在ることだった。

 嘗ての、黄金の記憶の続きを彼と共に過ごすことだ。

 

「私が聖杯に捧げる願いは────」

 

 しかし、彼女は考えてしまった。

 

 

 

 

 

 

「────王の選定をやり直す事だ」

 

 そんな幸せを求める権利など、己には無いのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

「選定の、やり直し?」

 

 その言葉の意味を、アイリスフィールは直ぐ様理解する事が出来なかった。

 

 セイバーの言う選定。

 それはアーサー王伝説に於ける、岩に刺さった選定の剣のことである。

 アーサー王たるセイバーはソレを抜き、王となった。

 それをやり直すというのは、それはアーサー王の物語(人生)を根本から覆すことに他ならない。

 

 エレインは気付けただろうか。

 その言葉が、ランスロットの日記に記された、あり得るかもしれない可能性のソレとは少し意味合いが違うことを。

 

「アーサー……何を────?」

 

 氷室(ギネヴィア)はまるで想像出来ていなかった。

 あの王の抱いていた、絶望の深さを。

 

「なぁ騎士王、もしかして余の聞き間違えかもしれないが」

 

 ライダーの言葉は、困惑という程ではないが、驚きに包まれていた。

 

「貴様は過去の歴史を覆すということか?」

「私に一度は付き従い、共に戦った者達の積み重ねたモノを台無しにすると言った」

 

 誉れ高き騎士の王?

 心惹かれた男と引き換えに国を護った外道だと言うのに。

 

「私はどうあれ、国を護れなかった。それは即ち、私が王に相応しくなかった訳だ」

 

 引き換えにしたにも拘わらず、国を護り抜く事が出来なかった無能だというのに。 

 

「私は正しき統制、正しき治世こそ、全ての臣民が望むものだと思っていた」

 

 人は王の姿を通して、法と秩序の在り方を知るのだと。

 

「一人の騎士が私にこう言い残して去っていったよ。『王には人の心が解らない』と。道理だった。無欲な王など飾り物にも劣る」

 

 しかしそんな王の実態は正しさの奴隷。

 臣下や民草は、そんな常に「正しく」あり続けた王の姿に恐怖した。

 

「私の掲げた正義と理想は、確かにひとたびは臣民を救済したかも知れない。事実私は伝説に名を刻んだ。だが、その果ては伝説になったが故に瞭然だ」

「────」

 

 瞼を閉じれば鮮明に思い出せる。

 ランスロットと共に過ごし、戦場を駆けた黄金の記憶を。

 

 だが、目を開けばカムランの丘から見下ろした光景を、今でも幻視する。

 

 累々と果てしなく続く屍の山と血の大河。

 そこに滅んだ命の全てが、嘗ての臣で友で肉親であったモノ。

 思えば幼き日、岩の剣を抜く時に予言(忠告)されたではないか。

 

『────それを手にしたが最後、君は人間ではなくなるよ』

 

 それが破滅の道であっても、その途中で人々の笑顔があるのなら────そう、覚悟していた。

 今思えばまるでおかしい。

 

「覚悟? 覚悟とはなんだ。国を滅ぼす覚悟でもしていたのか私は」

 

 過ちは既に示されていたというのに。

 自身は破滅を許容したのだ

 選定の剣が折れて当然だ。

 王となる前に破滅を許容する王など、居てはならないというのに。

 

 

 

 

 

「────そら。そんな下らん小娘など、居なくなるのが世のためだと思わないか?」

 

 

 

 

 

 その言葉に、アイリスフィールと氷室が絶句した。

 

「そんな物に何の意味がある?」

「意味はある。少なくとも私が王にならなければ、私が彼に騎士になって欲しい等と願わなければ、ランスロットはブリテンを護るために戦わなかっただろう。死ぬことはなかった筈だ。ギネヴィアも女である私に嫁ぐことなどなく、己の幸せを掴めた筈だ」

 

 ライダーはその言葉を受け止めるものの、その瞳に哀憫の感情を乗せる。

 無欲な王?

 そんなことはない。

 この王はただ、大切な者達を救いたいだけなのだと。

 

「感謝する、エレイン姫。輪廻を越えてまで、彼を救おうとしてくれて。済まない、ギネヴィア。私は貴女に苦労しか掛けられなかった」

「…………っ」

「違う、違いますアーサー! 私は……ッ!」

 

 ギネヴィアの叫びは、騎士王には届かない。

 エレインはそれを瞬時に悟り、唇を咬む。

 

「私の果ては滅びだった。切っ掛けはモードレッド卿だったかも知れないが、そんなものは言い訳にはならない」

 

 モードレッドの叛逆に、セイバーは何の恨みもない。

 あの結末は寧ろ、感謝があった。

 

「感謝する、モードレッド卿。今でも私は貴公を子として見ることは出来ないが、そこまでランスロットを大切に想ってくれて嬉しく思う」

 

 

 

 

 

 

 

「────────ふざけるなッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 そのセイバーの言葉に、叫んだ者が居た。

 叫ばずには居られなかった者が居た。

 

 その者にとって、セイバーの願いは己の存在を否定する事に他ならなかったにも拘わらず。

 そんな事は頭にまるでなかった。

 

 彼女が思ったことはただ一つ。

 

 そこまで絶望しておきながら。

 彼処まで彼を求めておきながら。

 

「なら何故、あの時ランスロットを一人残したッ!?」

 

 それは、戦いを見守ることすらできなかったモードレッドの、血を吐くような叫びだった。

 怒りと憎悪を主にした、後悔や悲しみ、失望。様々な感情を綯い交ぜにした、彼女が生前に於ける死に際に叫んだ物と同じだった。

 

 そんなモードレッドの叫びに、同じくセイバーもかつての様に淡々としながら。

 戦場でないが故に、問答であるが故に答えた。

 

 

 

「────私が王であり、彼が騎士だったからだ」

 

 

 

 それはランスロットのために王を廃し、王と成らんとしたモードレッドを絶句させるものだった。

 

「仮に貴公の言う通り、民や騎士全てを兵士化して投入したとして、それでどうなる? あの『王』が出てくる前の死者の軍勢すら止められていたか解らない。仮に出来たとしても、その時点で壊滅に近いだろう」

「なッ……せッ……────」

 

 あの死徒の軍勢には、ガウェインの太陽の聖剣が効かない真祖達が居た。

 だが確かに、全軍が命を賭せば撃退くらいは出来たかもしれない。

 しかしそうなれば、朱い月は止められない。

 否、仮に万全の軍勢があったとしても、円卓の騎士全員が揃っていたとしても。

 

 セイバーはあの朱い月に勝てるとは思えなかった。

 

 モードレッドの考えは気絶させられていた為に、ランスロットと朱い月の戦いを見ていないが故の致命的な物だった。

 

「でなければあの侵略者はキャメロットまで進軍し、結局の処ランスロットは戦ったろう。それとも、ランスロット以外であの『王』を撃退できたか?」

 

 例えキャメロットにランスロットを残そうとも、そのランスロット以外では、疲弊した円卓では朱い月には対抗出来なかっただろう。

 そうなれば彼は────動かずにはいられない。

 

「私はランスロットに、王の責務を果たせと言われた。ならば私はそれを果たすだけだ」

「ッッ…………!!」

 

 それが、彼の望んだことなら。

 

 壊れた笑みを浮かべながら。

 昏い暗い、しかし金色ではなく元の碧色の両の瞳に血の涙を流しながら。

 そんな、狂うことすら許されなかった王の成れの果てを見て、モードレッドと氷室(ギネヴィア)が息を呑む。

 

 それは、仮にモードレッドやアルトリアが共に戦ったとしても、ランスロットにとっては足手纏いでしかなかったという事実を端的に示していた。

 それほどまでに朱い月は、何よりランスロットは強かった。

 

 それほどまでに、アルトリアやモードレッドはランスロットより弱かったのだ。

 

「じゃあオレは、オレはッ……!!!!」

 

 モードレッドが膝を突く。

 仮にモードレッドが王となっても、何れだけ圧政を敷こうが同じ事態になればランスロットは動くだろう。

 嘗ての様にモードレッドを気絶させ、王の責務を果たさせて己を戦場へと赴かせたろう。

 結末は、変わらない。

 

 それを歪めるには、ランスロットの精神性を歪める必要がある。

 そんなことを、モードレッドが出来る筈が無いと言うのに。

 

 故にアルトリアは、彼と出会うことすら捨てた。

 己との出会いすら捨てて、ランスロットの命を取ったのだ。

 

「それが私達が、『最高』と呼んだ騎士だからだ」

 

 それこそが、そんな男だからこそ。

 エレインは、ギネヴィアは、モードレッドは、アルトリアは────。

 

「────ッッ……、ぁああああああああアあああああああああああァッッッ!!!!」

 

 モードレッドが慟哭する。

 主を喪い、狂犬へと身を落とした彼女には所詮、吠えることしか出来ないのだから。

 

 帰ってきてと、啼く事しか出来ないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

「……痛ましいにも程がある」

 

 それを見守ったライダーが、端的に感想を漏らした。

 ライダーは民草の威光を一身に背負わされた少女の果てに憐れみを。

 アーチャーは実感の無い記録の中の、喪った友と重なる少女に対して哀しみを帯びた微笑みを。

 ランサーは少女の想い人にかつて喪ったスカサハと、少女に間に合わなかったかつての己を重ねた。

 

 エレインは何も思わない。

 それは既に越えた道だからだ。

 叫びもした、絶望もした。

 だがそれでも、諦められなかったのだから。

 

「アーサー王の失敗は、ブリテンが既に滅んでいることを逸早く認識できなかった事だろう」

 

 ブリテンは先代ウーサーの時点で限界であった。

 作物の生産量の低下。卑王ヴォーティガーンの魔龍化と、死に際の呪いの言葉。

 その時点でブリテンとその民草が限界であることを知るべきだった。

 

「だが、王は強すぎた」

 

 理想の騎士王と呼ばれるほどにアーサー王は強く────、常人の弱さを知らなかった。

 

 当然といえば当然だろう。

 超越者として望まれて産まれ、起きている時は勿論夢の中でもマーリンの教えを受け続けた純粋培養といっても過言ではない王としての教育。

 唯一傍に居たのは、ひねくれ屋の義兄のみ。

 人の弱さを深く知る機会など無きに等しかったのだろう。

 

 彼女が見聞を広げるために諸国漫遊の旅に出て華々しい花の旅路を得ていたのならば。

 或いは何かが変わっていたかも知れないが────所詮、ありふれた夢想だ。

 結果、眩し過ぎるその威光は己の眼さえ晦ませた。

 

「失敗しない人間は存在しない」

 

 その言葉に、ギルガメッシュとイスカンダル。

 相反する二人の偉大な王は否定出来ない。

 

 ギルガメッシュはどれだけ理不尽な物であろうとも、掛け替えのない盟友を喪った。

 それを失敗と言わずに何だ。

 それを取り返すことは出来ないし、遣ってはいけない。

 

 イスカンダルはそもそも失敗したからこそ聖杯、『次』を望んでいる。

 

「偉そうに考察しているが、私も所詮何もできなかった。彼が消える姿を、臣下の魔術師による遠見越しにただ観ることしか出来なかった」

 

 失敗していない人間など、存在しないのだから。

 

「だからこうして、湖の精霊に懇願し、己を転生させることで此処にいる」

「転生……」

「死徒27祖番外位ミハイル・ロア・バルダムヨォン、無限転生者と呼ばれる魔術師だった死徒が居てな。その男はかの真祖の姫君を利用して死徒となり、魂を転生させ続けることで『永遠』を探求している。永遠などを求める気概など、私には理解できなかったがな」

 

 真祖とは言え、正確には精霊種に分類される。そんな彼女(アルクェイド・ブリュンスタッド)の力の一部を奪った程度で、優れた程度の魔術師は転生を行えている。

 ならば同じ精霊によって転生を行って貰えば、真祖より格は低いが聖槍の力をも利用して転生を行うことができるだろう。

 尤も、ロアとは違い何度も転生を行おうとは思わないが。

 

「私達は膓を晒した。故に前に進もう」

 

 それはセイバー達や、自分にも言い聞かせるような言葉だった。

 エレインは厳しい顔をしている遠坂時臣を盗み見る。

 

「さぁ、聖杯戦争を暴くぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、ブリテンの末路を何一つ知らない当の本人は。

 

「む、こんな時間に何奴」

「……夜分すまない。この寺の近くに天然の鍾乳洞が在る筈なのだが、どの方角か知っているだろうか少年」

「ぬ?」

 

 何も知らないが故に、迷わずこの戦争に王手を仕掛けようとしていた。

 

 

 




作者的に最大の難所、ブリテン勢の聖杯問答。

モードレッドの願望は圧政による復讐と、ランスロットを騎士として侍らせたいという願望が無意識にあります。
当初はランスロットを王するのを考えてましたが、回想で否定しちゃったのでその可能性は無くなりました。

セイバーの願望はエミヤにも似た自己嫌悪と自己否定による結果、原作通り王の再選定となりました。
自己を否定することで叛逆の火種であるモードレッドも生まれなくなるので、セイバー的には一石二鳥です(白目)
セイバーが王にならなかったら美少女的に恐らくらんすろがブリテンに就職することは無いので(あっても客将程度)、ランスロットの世界からの消滅は実際にかなりの確率で回避できます(朱い月と偶然カチ会わなければ)。その為セイバーにとって最も大切な、作中であった様にランスロットとの出会いをも犠牲にするつもりです。
実はZERO編三話はまだメンタルマシだった事実。
オルタ化が解除されたのは、一周廻って冷静(白目)になったからです。

本当は後二話出来てから放出するのがキリの良い所まで行けたのですが、テンション上がったので仕方がない()

修正or加筆点は随時修正します。


次回は聖杯戦争解体話回。
そしてエレインの狂言回しとしての、最後の役目です。
果たして一体いつになるのか()


エレインの考察修正。


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第十八夜 汚染

「先ず聖杯の異常を説明するのには、この冬木の聖杯戦争の仕組みを説明しなければならない」

「仕組み?」

 

 時計塔で生徒として教えを受けた身であるウェイバーは生徒としての性か、説明をするエレインに反射的に質問してしまう。

 

「大前提として訂正すべき事実として言っておく。この冬木に於ける聖杯戦争とは、召喚した七人のサーヴァント全ての魂を使って根源の渦へ到達する為の魔術儀式(試み)だ」

「────────ッッ!?」

 

 恐らく魔術の知識がほぼ無く、魔術師ですら無い氷室以外の面々に衝撃が走った。

 

「英霊の魂を使って……」

「根源の渦へ到達……!?」

 

 魔術師にとって根源の渦への到達は、一族だけでなくあらゆる魔術師の悲願そのもの。

 魔術師が容易く聞き逃して良い単語ではない。

 そしてそれはサーヴァントとて同様。

 それは「お前達は生け贄である」と言われたも同然なのだから。

 

「英霊の魂を使って、とはどういう事だ?」

「曰く、英雄は死した後に世界の外側に存在する英霊の座に召し上げられるとされる。その座の記録を元に魂の複製を作り上げ召喚し、聖杯に蓄積した後に座に戻らんとする働きを利用して世界の外側へと孔を穿つそうだ」

「待てプレストーン! 何故それを知っている!?」

 

 エレインはアッサリと言い放つが、そもそもそれは御三家秘中の秘。

 時臣の叫びに、黙っているアイリスフィールも声を大にして言いたかった。

 彼女が叫ばずに居られたのは、会合初日に最重要機密である娘の存在をエレインが認知していたことを知っていたからだ。

 確かに聖杯戦争の真実も機密であるが、イリヤスフィール程ではなかった。

 

 勿論部外の人間が知って良い情報ではないと、時臣の叫びに内心強く同意するが────

 

「他人に己の情報源を口にする馬鹿がいるか。それ以前に、私達に気を取られている暇はお前には無い筈だが? 根源への到達が目的のマスター?」

「────」

 

 エレインは半ば笑いながら嫌らしく視線を横にずらしつつ、時臣の問いを切り捨てる。

 そしてその視線の先に気付いた時臣は、彼女の視線をゆっくりと震えながら追う。

 

 その先には自身のサーヴァントが、変わらぬ笑みを浮かべていた。

 

「お、王よッ……私は────」

「成る程。令呪とはサーヴァントを制御するだけでなく、最終的に自害させるためのモノですか」

「ッッ……!!」

 

 語るに及ばす。

 時臣は俯きながら、焦りに流れる汗と共に足元が崩れる錯覚に陥った。

 

 エレインは七人の英霊の魂と言った。

 それは即ち、アーチャーが口にした通り己のサーヴァントさえ自害させる事も必要であることを意味している。

 時臣は始めからギルガメッシュを裏切るつもりであった事と同義だ。

 裏切り者に、王たる者が何をするかなど、時臣には解りきっていた。

 だが、

 

「あぁ、大丈夫ですよ時臣さん。今は別に、ボクは貴方を殺すつもりはありませんから」

「……はッ?」

 

 死を覚悟した時臣は、己の死が訪れない言葉に反応が遅れる。

 思わず弾かれるように俯いた顔を上げ────絶句した。

 

「ホラ。これで、後ろめたく思う必要も無いでしょう?」

「な……はッ……!?」

 

 アーチャーの美しい手の甲に、時臣に刻まれている筈の令呪が在った。

 そして、当の時臣にある筈の令呪は姿を消していた。

 

「私の、令呪を……」

「先に言っておきますが、勿論令呪を無効化する宝具もあります。ご安心ください」

「────────」

 

 それは当然の帰結だった。

 ありとあらゆる技術が納められている宝物庫。

 サーヴァントに絶対の命令を与える技術(魔術)があるのなら、それを封じ、奪う技術(宝具)があるのが道理。

 

 強いサーヴァントを召喚すれば聖杯戦争に勝てる。

 そんな机上の空論は、令呪ごときで最強のサーヴァントを御しきれる訳がないという当たり前の帰結によって破綻した。

 

 そんな時臣の様子を尻目に、ライダーがエレインに質問する。

 

「ふむ、なぁランサーのマスターよ。この戦争の聖杯とやらは結局の処、余の願いを叶えることが出来るのか?」

「本来ならば可能だ。まずこの戦争には聖杯が二つ存在する。一つは舞台装置としての、聖杯戦争を司る大聖杯。もう一つは英霊の魂を納める為の器となる、云わば賞品用の小聖杯だ」

 

 大聖杯。

 円蔵山がその内部に擁する大空洞に敷設された魔法陣で、冬木の土地を聖杯降霊に適した霊地に整えていく機能を持つ、超抜級の魔術炉心。

 その正体は200年前に始まりの御三家により敷設され、その術式は冬の聖女ユスティーツァ・リズライヒ・フォン・アインツベルンの魔術回路を拡張・増幅したもの。

 マスターに令呪を配布したり、サーヴァントの召喚の大半はこの大聖杯が行うことだ。

 正しく、アインツベルンの技術の結晶だろう。

 

 対する小聖杯は、根源に通じる孔を開ける手段として、サーヴァントの魂を一時的に留めておく器。

 英霊の魂が聖人の血であるならば、霊長最強(英霊)の魂を受け止める小聖杯は正しく聖なる杯と呼べるだろう。

 

「この小聖杯にはあまりにも莫大な比重の魂を納める機能以外に、副産物として『過程を省略して結果に導く』というものがある。サーヴァント六体分の魂があれば、世界の内側の範囲なら間違いなく万能と呼べるだろう。故に、万能の願望器云々については、まぁ間違っている訳でない。正しくもないがな」

 

 無論、受肉など容易い。

 だが、ライダーの顔色に喜色は見られない。

 そして、それをルーラーも気付いた。

 

「……本来は?」

「そう、ソレがこの集会の本題。今回の大聖杯には異常が生じている。反英雄たるソコの叛逆者の存在がその証明だ」

 

 本来サーヴァントはアサシンクラスを除き、正当な英霊しか召喚出来ない。

 「悪を行い人々に呪われながら、結果的にその諸行が人々の救いとなり奉じられた英霊」、悪を以て善を明確にするもの、それが反英雄だ。

 そんな彼等が召喚されることは、アサシンという名そのものを触媒とした歴代のハサン・サッバーハ以外あり得ない。

 しかし、この場には明らかに反英雄であるモードレッドが存在している。

 これは本来、この冬木の聖杯戦争に於いて在ってはならない事態なのだ。

 そしてエレインは、その原因を告げる。

 

「事の発端は前回の戦争で、アインツベルンがルール違反によって召喚したサーヴァントだ」

 

 第三次聖杯戦争。

 アインツベルンは二度の失敗に痺れを切らし、反則を行った。

 『殺すことだけに特化した英霊』を求めて。

 

「召喚したサーヴァントの真名は────『この世全ての悪(アンリ・マユ)』」

 

 反英雄の極致であり、人類最古の善悪二元論と言われる拝火教に伝わる悪魔の王にして絶対悪の化身である。

 

「馬鹿な! あり得ない!!」

 

 遠坂時臣が叫びを上げて胸中を吐き出した。

 何故ならこの冬木の聖杯戦争で神霊は召喚できないが故に。

 絶対の悪神など聖杯で召喚できるなら、そもそも戦争など起こしていない。

 かの聖者を召喚して幾らでも本物の聖杯を創って貰えば事足りる。

 

「その通り。召喚したサーヴァントはエクストラクラスではあったものの、神霊処か英霊ですらないただの亡霊だった」

 

 村人たちから『悪で在れ』と望まれ、理不尽に生け贄に捧げられた哀れな青年。

 周囲の『悪』を一身に押し付けられ、それ故に周囲を救った反英雄。

 

「ユーブスタクハイト───机上の空論しか立てられないオートマトンにアインツベルンを管理させたのが間違いだったな」

 

 アインツベルン八代目当主、ユーブスタクハイト・フォン・アインツベルン。

 城を動かし、第三魔法を再現するものとしての人間端末。

 人間のふりをさせたゴーレムの限界であった。

 

 その結果召喚された『この世全ての悪(アンリ・マユ)』は宝具やスキルなど一切所持していなかった。

 自称最弱の英霊。

 それが三度目の戦争で、アインツベルンが召喚してしまったサーヴァントだった。

 

「まぁ神霊を英霊として召喚する事は不可能じゃないが、何故当時のアインツベルンは英霊に落とし様が無い悪神など召喚しようとしたのか」

 

 ケイローンやメドゥーサを筆頭に、サーヴァントとして神霊の霊格を落としたり側面のみを抽出した召喚は可能だが、善神なら兎も角何故よりにもよって絶対の悪神を召喚したのか。

 仮に神霊としての力を有した状態で召喚できたとして、令呪がどれだけ必要になるのか。

 そもそも令呪が通用するのか。

 

「そこはアイリスフィール、お前達は災難だとしか言えないなぁ。先代のツケを押し付けられ、しかもそれを教えてすら貰えないなど。マキリの翁程ではないにしろ、当初の目的が変質しているな」

 

 かつて御三家の内、マキリとアインツベルンが第三魔法(聖杯)に見出だした希望。 

 『悪の根絶』という正義の志は時間の流れと共に変わってしまった。

 間桐臓硯は一族の衰えを否定し、その悲願を叶えるために蟲に身体を移したが、今や目的と手段が逆転し外道と成り果てた。

 アインツベルンは当初の悲願から、時を経て「この聖杯戦争自体が第三魔法の再現も兼ねているので、優勝して儀式を完遂させ『アインツベルンの手で第三魔法を再現出来た』と言える段階に達すればそれで良い」と最低ラインを下げた。

 故にどのような形であろうと第三魔法を成就させることだけを目的としてしまっている。

 

「汚染された聖杯では────そうだな。例えば恒久的な世界平和など願えば、全人類の絶滅という手段を取るだろう。まあ、世の中の『争い』の元凶とも言える、人類が居なくなれば、結果争いが無くなるのだから間違ってはいないだろう。無論本末転倒だがな」

「そん、な────」

 

 絶対の悪性に汚染された聖杯に、人類の救済など任せればどうなるか───結果は正しく最悪。

 争いを止めたいが為に、血を流すこと無く人を救いたいが為に聖杯という奇跡に縋ったというのに、その奇跡が失われていた。

 アイリスフィールは目の前が真っ暗になった様な錯覚に陥る。

 何せ己の存在理由が失われていたのだ。

 勿論、聖杯としての話だが、この話を聴いているであろう夫はどれほどの絶望を抱いているのか。 

 

「現在聖杯は、捧げられた願い全てを破壊的な過程でしか叶えられない欠陥品だ。しかも聖杯に満ちる力を養分に現界すら行おうとしている。その証拠は、既に渡してあるだろう? 監督役」

「────あの、泥がそうだというのか」

 

 最高純度の呪いという、存在すること自体が悍ましい災厄の具現を思い出した言峰璃正は呆然と呟く。

 それは、この集まりの証拠として先に提出していた物品。

 

「あれを取り出すのは苦労したぞ? 泥だけなら大聖杯に幾らでもこびり付いていたが、触れるだけで人を呪う。だからと云ってランサーに手伝って貰うわけにもイカン。何せサーヴァントは格好の餌だ。あの泥はサーヴァントにとって最悪の天敵だろうよ」

 

 元々サーヴァントを分解する機能を聖杯は持っていたのだ。

 一度本体に呑まれれば、サーヴァントである以上英雄王ですら出てこれるか解らない。

 

 そんな事実に、老人は頭を抱えるしかなかった。

 

 聖杯戦争に携わって来た者として、彼も他人事では済まない。

 何せ六十年前の第三次聖杯戦争でも、己が監督役としてこの冬木に居たのだから。

 

「アインツベルンというよりユーブスタクハイトが元凶だが、他の御三家も同罪だな。何せ汚染された聖杯の在る冬木に居ながら私に言われるまで気付きもしなかったからな」

 

 責任の所在を論じるのは無意味だと、先にエレインが釘を刺す。

 

 そもそもの原因を作ったアインツベルンだが、彼等の拠点は冬木から遠く離れたドイツの山奥。

 そういう意味なら冬木を拠点にしている間桐や、何よりセカンドオーナーたる遠坂にも責任がある。

 何のための魔術協会から任された管理者だ。

 

 痛恨。そんな表情の時臣や悲痛に沈むアイリスフィールを見て、ライダーは頭を掻く。

 

「まぁ、そんなトコだろうとは思っとったがなぁ」

「何だよお前、この状況を予測してたってのか」

 

 ウェイバーは主催者と監督役が頭を抱える光景を見る。

 

「どんな願いも叶う聖杯────胡散臭いと思わんのか?」

 

 上手い話には裏がある。

 それは道理であった。

 

 優秀な魔術師が苦しむのは内心愉快だが、己が当事者になっていると何とも言えない。

 正確には助手なのだが、師事しているケイネスも御三家の仕掛けた撒き餌に引っ掛かった外部のマスターである。

 

 極論サーヴァントを召喚さえしてしまえば、マスターの役割など無い。

 精々神秘の漏洩を防ぐための制御装置程度だろうか。

 万能の願望器、魔術師の格を競うなどの御題目は外部から残りのマスターの数を集める撒き餌に過ぎない。

 

 サーヴァントも外部のマスターも、御三家の思惑に見事に嵌まっていたのだ。

 しかしそんな御三家も頭を抱えている。

 これが魔術師の末路なのかと。

 

「だが、エレイン姫」

 

 そんな絶望的な状況で、セイバーは揺らがなかった。

 そしてそれは、静かに黙っているケイネスも同様。

 

 それはここまで聖杯戦争を翻弄してきたエレインの実績に対する、信頼であった。

 

「それを知りながら聖杯戦争に参加したというのなら、ある筈でしょう」

「ふむ、では仰々しく勿体振って語らせて貰おうか」

 

 

 ────打開策を。

 

 

 

 

 

 

 

 

第十八夜 汚染

 

 

 

 

 

 

 

 

「汚染された聖杯に対する対処は幾つかある。一つは超一流の魔術師のサーヴァントに使用させること」

 

 並行世界に於いて、第五次聖杯戦争で召喚されたキャスターのコルキスの王女メディアは、汚染された聖杯を完全に制御して己のマスターを蘇生させる事に成功した。

 彼女の魔術の腕は英霊の中でも五指に入る。

 この場合、人格面も含め最適任と言えるだろう。

 だが、生憎とキャスターのサーヴァントらしき存在は姿を見せず。

 

「ルーラー、あの黒ローブのサーヴァントの真名からクラスを割り出せるか? 別に真名を教えろとは言わん」

「……」

 

 真名看破。

 直接遭遇したサーヴァントの真名・スキル・宝具などの全情報を即座に把握する、ルーラーのサーヴァントに与えられるクラススキルである。

 だが、

 

「申し訳ありませんが、かのサーヴァントの真名は読めませんでした。恐らく隠蔽宝具が原因だと思いますが……」

「そもそもキャスターでない可能性がある、か」

 

 肝心のキャスターが召喚されているかどうかも、今は怪しい。

 何せこの場にはエクストラクラス────復讐者のサーヴァントが存在する。

 

「あの黒ローブがキャスター……?」

「少なくとも狂戦士じゃなかったぜ。頭冷やせとぬかしやがった」

 

 直接対峙し、あしらわれたモードレッドが吐き捨てるように述べる。

 

「いや、会話可能=狂戦士ではないという構図は危険だ。バーサーカーでも狂化ランクが極端に低いか高い場合、意思疎通は兎も角会話は出来ないわけではない」

 

 例えば狂化ランクがE(最低値)の坂田金時。

 彼はバーサーカーとして召喚されても、正常な思考力を保っており意思疎通どころか普通に会話だってできる。

 逆に狂化ランクが高過ぎる例は、安珍・清姫伝説の清姫やスパルタクス等も会話だけなら可能ではある。

 尤も、意思疎通が出来るとは言っていないが。

 

「あの膂力、若しくは技量で魔術師……あり得るのかしら」

「仮に元々のサーヴァントが魔術と武術両方を極めていたとしても、クラスという枠組みに縛られる。あの動きから、キャスターと考えるのは難しいだろう」

 

 この冬木の聖杯戦争に於けるサーヴァントは全てクラスという制約を受ける。

 

 かのヘラクレスならキャスターを除く全てのクラス適正を持つが、実際に召喚でき本領を発揮できるのはその内の一つしかない。

 キャスター適正を持つランサーも、キャスターで召喚された場合に比べ扱えるルーン魔術のランクもAからBに落ちている。

 

 そもそも聖杯では英霊を完全に再現などできない。

 クラスによる枷を嵌め、側面のみの再現。

 それがアインツベルンの聖杯の限界なのだ。

 

 そして単純なステータスでは判明している中で最高数値を誇るモードレッドを軽くあしらい、投げ飛ばして強制的に戦線離脱をさせた。

 そんなサーヴァントが魔術師である筈がないという、当然の判断である。

 

 かなりの確率でキャスターが不在である。

 エレインの最初の案はほぼ不可能だ。

 

「二つ目は大聖杯を破壊すること」

「なッ!?」

 

 それは正しく最終手段である。

 成る程、問題の大元である大聖杯を破壊すれば、悪神は受肉することも出来ず消え去るしかない。

 

「大聖杯が汚染され、それ故に小聖杯が芋蔓式に汚染される。なら大聖杯を破壊して諸共に洗浄させる」

「だがそれはッ!」

 

 それは、聖杯戦争の終結を意味する。

 舞台装置たる大聖杯が破壊されれば、もう二度と聖杯戦争は出来なくなる。

 それだけは断じて認めるわけにはいかない。

 

「大聖杯が無くなればサーヴァントを現界する魔力はマスターに全負担される。今その負担を背負えるのはアインツベルンのホムンクルスか私、予想外だがギネヴィア────今は氷室だったか。それ位だな」

 

 そうなればサーヴァントの大半は自滅し、必然的に小聖杯に焚べられるだろう。

 聖杯は自動的に完成する。

 

「後は賭けだな。小聖杯が破壊された時にそうだった様に、大聖杯の魔力が小聖杯に移るか否か。もしかしたら汚泥が破壊されたのなら、小聖杯に移らないかも知れないぞ?」

 

 何分前例が無い。

 しかし賭けるにはリスクが高過ぎる賭けだ。

 万が一アンリマユが小聖杯に移った場合、その時点で人類を皆殺しにする能力を持った悪神が受肉する。

 故に、真の最後の手段であろう事は間違いがない。

 

「とまぁ以上が私の本命以外の次善策と最終手段だ。私の本命が気に入らない場合はこれを行いたまえ」

「本命以外……つまりこれらより良い方策があると?」

 

 ルーラーの問いに、この状況を待っていたと言わんばかりにエレインは笑みを作る。

 事実、この状態は彼女にとって勝ちに等しかった。 

 

「あぁ、そうだとも。私が提示できる最後の手段は────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────今回の聖杯を、私に譲れ。

 

 

 

 

 




ネギま!がうまく描けず、息抜きでこっちを描いてたら一話出来てしもうた。
まぁ本当は一話分を二話に分けないといけない量になったので内容的にはあんまり進んでません。説明会ですね。

最近知ったんですが、アハト翁ってオートマトンだったんですね。ホムンクルスと思ってました。

いつも感想ありがとうございます。
修正or加筆点は随時修正しますので、よろしければ誤字報告システムをご利用いただければありがたいです。


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第十九夜 聖杯簒奪

先日の投稿場所の間違いお騒がせして申し訳ありません。
今回は間違いではないのでご安心をば。




 エレインの言葉に、この場に居る全ての者が瞠目した。

 唯一人、彼女のサーヴァントでありここまで沈黙を保っていたランサーを除いて。

 

「それは……どういう事ですか?」

「単純だルーラー。私は聖杯の汚泥を浄化する術を持っており、それに対する報酬として聖杯を望んでいるだけだ」

「そんなことが可能なのか?」

 

 それが肝要である。

 散々大聖杯の異常とその改善方法の困難さを説明しておいて、イキナリ改善出来ますと言って信用できるものではない。

 

 するとエレインは懐から、明らかに懐に納まり切らない大きさの槍を取り出す。

 既に聖骸布が解かれている為、ソレが内包する神秘の力の発露が周囲を騒然とさせた。

 

「それ、は……?」

「アーサー王とルーラーは既に見ていたな────ロンギヌスの槍だ」

『ッ!?』

 

 その正体にセイバーとルーラー以外が今度こそ絶句し、畳み掛ける様に彼女は言葉を続ける。

 

神殺しの聖槍(ロンギヌス)を以てして、大聖杯に巣くう生まれる前の悪神(アンリ・マユ)のみを殺し尽くす。単純で明解な処方だと思わんか?」

 

 周囲────特に聖堂教会の人間である言峰は開いた口が塞がらなかった。

 

 手段としては反則を通り越して酷く卑怯である。

 説法を説きたいから釈迦を連れてくる様なものだ。

 贅沢極まりない、最早意味不明だ。

 

「な、何故貴女がその聖槍を持っている!?」

「おやおや、話の流れで私が1500年前の人間だということは周知だと思っていたのだが?」

 

 エレインはロンギヌスを管理していた聖人の系譜。

 それを保有していても何の不思議もない、云わば正当継承者である。

 

 尤も、神殺しの代名詞(厳密には違うのだが)にて聖杯に並ぶ世界最大の聖遺物をポンと出されれば、聖職者ならこうなるだろう。

 信仰に篤い人間なら目を奪われない訳がなかった。

 

「た、確かにかの聖者を貫いた聖槍ならば、悪神であるアンリマユを討つことが出来るでしょうけども……」

「これで汚泥のみを浄化できるのは実験済みだ。摘出した泥と魔力を混ぜ、泥のみを消滅できたからな」

 

 その言葉に、一先ずルーラーは胸を撫で下ろす。

 この世全ての悪の顕現と、それによる人類滅亡は回避できるのだから。

 そしてそれは聖杯戦争の正しき運営に繋がることにもなる。

 

「しかし、聖杯を譲れというのは……」

「正確には諦めろ、と言うのが正しいな。魔術は原則等価交換、魔術師間のやり取りもそれは変わらない。まさかとは思うが、貴様らの後始末をしてやるというのに、ただでとは言うまいな」

「くッ……だがそれは!」

「構わんだろう? 此処でこの問題を解決しなければ大聖杯を破壊するしかない。でなければ人類を鏖殺する宝具を持った英霊が受肉する。そうなれば抑止力が動く筈だ」

 

 抑止力(カウンターガーディアン)

  人類の持つ破滅回避の祈りである「アラヤ」と、星が思う生命延長の祈りである「ガイア」という、優先順位の違う二種類の抑止力がある。

 自滅を回避する防衛本能と生存欲求の具現。

 どちらも現在の世界を延長させることが目的であり、世界を滅ぼす要因が発生した瞬間に出現、その要因を抹消する。カウンターの名の通り、決して自分からは行動できず、起きた現象に対してのみ発動する。その分、抹消すべき対象に合わせて規模を変えて出現し、絶対に勝利できる数値で現れる、集合無意識によって作られた最終安全装置である。

 

 そしてアンリマユの受肉は、この抑止力が発動する十分な案件。

 そうなれば、現界した守護者は聖杯戦争に関する全てを無に帰すだろう。

 

「幸い、一撃で大聖杯を破壊できる人材は揃っているぞ。騎士王と英雄王の最強宝具なら、先ず間違いなく大聖杯を中身の泥諸共消し飛ばせるだろうな」

「……ッ」

 

 人類悪の受肉。

 大聖杯の破壊による、聖杯戦争の完全終結。

 

 それを未然に、完璧に防げるのだ。

 大聖杯の浄化、その対価として小聖杯を要求することは特別おかしくは無い。

 だが、だからと云ってそう易々と了承できる物ではないのだ。

 特に、御三家である遠坂時臣は。

 

「……もしそれに応じなかった場合、汝はどうするのだエレイン」

「ギネヴィア……お前達は寧ろ賛同する立場だろうが、まぁ良い。その場合は何も。私は冬木から出ていくさ」

「えっ」

 

 聖杯の浄化などせずに、早々に冬木から離脱する。

 余りにあっさりとした離脱宣言に呆気に取られるも、次の言葉に戦慄する。

 

 

 

 

 

 

 

「────小聖杯は既に確保してある。私にとって戦う理由など最早ない」

 

 

 

 

 

 

 

 

第十九夜 聖杯簒奪

 

 

 

 

 

 

 

 

「あり得ないッ!」

 

 その言葉に、アイリスフィールが遂に叫びを上げた。

 

「聖杯を確保した? そんな筈は無い! だって私がまだ────」

「昨夜にお前の内臓に融けていた聖杯は摘出済みだ。その様子では体調に問題ないようだがな」

「────」

 

 即座に返答された言葉は、容易く彼女の理解を超えた。

 

「エレイン、どういうことですか」

「単純な話だアーサー王。アイリスフィール・フォン・アインツベルンこそが小聖杯、聖杯の器だ」

「な────」

 

 咄嗟にセイバーは彼女を見るが、それにアイリスフィールは答えず、静かに俯く。

 それは間違いなく肯定に見えた。

 

「正確には聖杯の殻だ。そもそも前回の小聖杯がユーブスタクハイトの不慮で破壊されたのが、今回の彼女という聖杯の器が造られた経緯だ」

 

 故に敗退し分解され小聖杯に納められていたアンリマユは大聖杯に入り込み、汚染したのだ。

 それは聖杯戦争の途中終了でもあった。

 なんせ賞品としての聖杯が破壊されたのだ。戦う理由がない。

 

 そして今回はその反省としてアインツベルンは、無機物ではない聖杯を用意した。

 

「アインツベルンは聖杯自身が状況を判断し、危険を回避できるような外装を求めた。それが彼女だ」

 

 俯き続けるアイリスフィールに、周囲はそれを肯定と受け取った。

 

(あのホムンクルスが聖杯……。その上セイバーのマスターなら、敵でありながら此方は彼女を殺すことが出来ない。そして彼女を護るのは騎士王アーサー……アインツベルンも上手い手を考える。だが────)

 

 恐らくエレイン以外のマスターでは、一番平静を保っているケイネスが考察する。

 エレインの言葉が正しければ、万全の守りにいたアイリスフィールから聖杯を奪った事になる。

 

「一体……何時」

「昨晩のアインツベルンの城での攻防の際だ」

「!!」

 

 言峰綺礼と戦い、蹴散らされた後。

 気を失った彼女はてっきり、やって来たセイバーと近付いた事で発動した、己の中にある宝具────セイバーの鞘の治癒力によって助かったのだと思った。

 

 だが、同じくその場に居た舞弥の傷も治癒されていたのが解らなかった。

 もしそれがエレインによる仕業だとしたら?

 

 それは事実だった。

 だからこそ、エレインは早々に衛宮切嗣を殺さなかった。

 ギリギリまで追い詰め、令呪によってセイバーを呼び寄せる様に仕向けたのだ。

 

 そしてセイバーと戦っていたランサーは自由となる。

 森の結界を掌握していたエレインの指示によって、ランサーは即座にアイリスフィールの元へ走る。

 それに気付いた言峰綺礼は、当然退くだろう。

 

 残ったのは意識を失い、無防備極まるアイリスフィール達だけ。

 

「ホムンクルスの構造は、大聖杯を調査する際十二分に知ることが出来た。何せ今のアインツベルンのホムンクルスはほぼ全てが、大聖杯────ユスティーツァ・フォン・アインツベルンを雛型に造られているのだからな」

 

 ソコに高いキャスター適正を持つランサー(クー・フーリン)の原初のルーンが加われば、聖杯の摘出も、気取られ無いよう調整することも短時間で可能だろう。

 ランサーの真名を看破できるルーラーはそれが瞬時に理解できた。

 

 再生に必要な魔力程度、他者の魂を貯蔵、エネルギーに変換出来る彼女には幾らでもある。

 

「そん、な……────」

「どうした? 寧ろ感謝の言葉があってもおかしくないと思っているのだがな。私のお蔭で、もう一度娘に会えるのだぞ?」

「────え?」

 

 聖杯が完成した時、アイリスフィールは聖杯の『包装』としての役目を終える。役目とはそれ即ち、聖杯を完成まで守ること。そしてサーヴァントの魂を内包すればするほど人間としての機能を喪い、果てに聖杯の完成と共に「器」は、「外装」であるアイリの肉体は魔力の余波で焼き払われ命を喪う定めだった。

 しかし聖杯を抜き取られた彼女にそのような終わりはこない。人間の機能を喪わせ、最後には肉体を消滅させる原因が既に彼女の中に無いのだから。

 

「イリヤ……」

「アイリスフィール!」

 

 彼女はイキナリ降って湧いた希望に、呆然と崩れ落ちながら涙を流した。

 セイバーはそれを支え、エレインを見遣る。

 

「聖槍に小聖杯……問題の解決方法と賞品。貴女は同時にそれを手にしていると」

「尤も、聖槍とは違い小聖杯は此処には無いがな。私以外に見つからないように隠してある。この意味がわかるか?」

「……これで我々は、お前を殺して聖槍を奪う事すら出来なくなった訳だな。プレストーン」

 

 元々冷静ならば頭の回転は速いケイネスは、エレインの思惑を直ぐ様理解した。

 

 聖槍を奪い大聖杯を浄化しようとも、肝心の賞品の小聖杯が何処にあるか解らないのであれば意味がないからだ。

 

「いやいや、根源への孔を開けるだけなら大聖杯が行うだろうから無意味ではないさ」

「そうすればお前は直ぐ様逃げるだろうが。聖槍の能力は未知数だが、お前の目的が件の湖の騎士ならばこの場には賛同する者は多い」

「あ!」

 

 ウェイバーはケイネスの言葉に、弾かれるように周囲を見渡す。

 視線の先はセイバーとアヴェンジャー。

 エレインの目的がランスロットならば、この大英雄とそれを打倒した叛逆の騎士は迷わずエレインに味方するだろう。

 

(まさか……!?)

 

 それにランサーも加われば、此方のサーヴァントはライダーとアーチャーのみ。

 

(その為に願望を話させたのか!? セイバーとアヴェンジャーが味方になる可能性を確実にするために!)

 

 加えてライダーは受肉するなどケイネスが認める訳がなく、そもそもケイネスは聖杯戦争に興味が失せていた。

 自分が撒き餌に引っ掛かったマヌケだと言うことに怒りはあるが、それよりも今は時計塔に戻り己を研鑽したい欲求に駆られている。

 好敵手と定めた相手が先に行っていると知ったが故に。

 

 何より、最早破綻した聖杯戦争に名誉など見出だせないからだ。

 それが早期に片が付くのなら、最悪エレインに味方しかねない。

 

 残りのアーチャーの戦力こそ規格外だが、エレインが逃亡する隙は確実に作れるだろう。

 仮にルーラーが令呪で強制しようとしても、ランサーとアヴェンジャーはマスターが令呪を使えば相殺可能だ。

 セイバーも一画の令呪なら抵抗できるだろう。

 

 だからこそ、あの無意味とも取れる問答を行った。

 戦わずに状況を把握させ、事を収めるために。

 

「ルーラー、勿体振って済まなかったな。手段は兎も角目的は言うまでもないだろうが、一応教えておこう」

 

 ルーラーを見るエレインの顔、それは正しく勝者のそれだった。 

 

「私の目的は、世界の外側にいるランスロットを取り戻すことだ」

 

 モードレッドとギネヴィア、そしてアルトリアの顔が強張る。

 モードレッドはエレインの言葉の意味が分からず、ギネヴィアは既に知っていた想い人との再会が手に掛かった事が信じられず。

 

「外側……?」

「お前は本当に知らなかったなモードレッド。曰く彼は真祖を斬り過ぎた事で人の領域を超えてしまい、現世でも幽世でもない世界の外側の方へ弾き出されてしまった。まさにあの戦いの最後にだ」

「……!」

「彼はその強すぎる力を持つが故に世界の外側へ追い出された。だが湖の乙女の話が本当ならば、人の身を超越した彼はまだ生きている!」

 

 それに関しては前例が存在している。

 エレインのサーヴァント、ランサー。

 クー・フーリンたる彼の師である、影の国の女王スカサハ。

 

 彼女は神と死霊を殺し過ぎた為に人の身から外れ不老不死となり、果てに国ごと世界の外側へ弾き飛ばされた。

 ならば同様に世界の外側に弾き出されたランスロットも、不老不死の類いになっているのが道理というもの。

 

 その言葉に、セイバーの口が開く。

 

「それが、貴女が言った簡単ではない話ですか」

「そうだ。仮に英霊の魂7つ全てを聖杯に捧げても、出来るのは孔を穿つのみ。聖杯1つあったところで、彼の元に向かうのも此方に呼び寄せるのも出来はしない」

 

 ただ世界の外側に辿り着けたとして、広大な世界の外側でランスロットを見つけ出すのは天文学的数値の可能性しかないだろう。

 そもそも世界に孔を穿ち、外側へ向かおうとするならば聖槍だけで事足りる。

 

「今は出力を抑えてはいるが、これは本来世界を制する力を持つ対界宝具と言って良い。世界の外側への孔を空ける事も出来るだろう」

「……まさか」

「私が聖杯を使うのは、世界の外側へ足を踏み入れた後だ」

 

 過程を省略して結果を得る。

 その小聖杯の機能ならば、無限に近い距離を省略して何処に居るかも解らないランスロットの元へ一足飛びに向かえるだろう。

 つまり────、

 

「聖槍で世界の外側への孔を開け、聖杯の願望器としての機能を使いランスロットの元へ辿り着く事で、私は私の目的を果たそう」

 

 ────最早それは、勝利宣言に等しかった。

 

 だがエレインのこの計画には、当然ながら穴がある。

 先ずこの計画の場合、万が一大聖杯を破壊された場合本当にどうなるか解らない点だ。

 小聖杯が健在であるにも拘わらず大聖杯を破壊した場合、エレイン本人が語ったようにどうなるか解らない。

 もしかしたらサーヴァント達が小聖杯に焚べられずに、直接英霊の座に還る可能性さえある。

 

 そしてアーサー王たるセイバーは例外のサーヴァント。

 彼女は世界との契約で生きている状態でサーヴァントとして現界している、異例の存在だ。

 その為、彼女が聖杯に焚べられる事はない。

 

 エレインはセイバー無しでの聖杯完成を視野に入れなければならない。

 するとアーチャー、ランサー、ライダー、アサシン、アヴェンジャーもしくは最後の謎のサーヴァント全員を聖杯に焚べる必要がある。

 これでランサーとライダーの二騎分の霊格により四騎分、そこにアサシンと謎のサーヴァントで英霊六騎分の魔力を得られる。

 アーチャーはその規格外性から自力で存命しそうで怖いのだが。

 

 尤も、ランスロットへの道程を省略出来れば、無理に聖杯を完成させる必要は無いのだ。

 願いの内容は遺品(日記)を触媒に持ち主の元に距離を無視して向かう事。

 英霊一騎分、多くて二騎分で事足りる内容だ。

 あらかじめ話を通してあるランサーを自害させれば十分である。

 

 更に必要なら、大聖杯のサーヴァントを現界させている魔力をアンリマユ浄化後に回収すれば良い。

 

 何せ前回の第三次聖杯戦争は小聖杯が破壊された時点で中断終了している。

 つまり前回のサーヴァントの、最低でもアンリマユ一騎分以上のサーヴァントの魔力が納められている筈である。

 サーヴァント召喚によって幾らか減っているだろうが、足りない魔力の補充としては十分だろう。

 

 どちらにせよこの聖杯戦争はここで終わり、エレインが聖杯を手に入れ望みを叶える以上、彼女が勝者であることに揺らぎはない。

 

「すみません、少し宜しいですか?」

 

 ────だが、其処に。

 金色の英雄王が、待ったを掛けた。

 

「お姉さんのお話ですが、ボクのマスターはまだ判断出来ずにいます。ですので実際に見に行ってみませんか?」

「見に行くって……オイオイまさか」

「マスター、大聖杯は何処にありますか?」

 

 それは大聖杯の元へ赴き、その汚染を見に行くという提案だった。

 

「……王よ、それは────」

 

 その宝石のごとき輝きを放つ紅の瞳に、時臣は直ぐ様返すことが出来なかった。

 

 当然だろう。

 大聖杯は御三家秘中の秘。

 その御三家すら無闇に近付くことができないアインツベルンの技術の結晶である。

 それを参加者とは言え外部の者に教えるなど、本来ならば考えられない。

 だが状況が状況。

 それに汚染云々を確かめる意味合いもある。

 彼は苦渋といった表情で、絞り出すように答えた。

 

「柳洞寺山奥……大空洞。ソコに大聖杯は、安置されています」

 

 その答えに笑顔で頷いたアーチャーに、エレインは目を細めて睨み付ける。

 瞳に浮かぶ感情は、疑念だ。

 

「英雄王、何のつもりだ?」

「別に構わないでしょう? 貴女のお目当ては小聖杯。なら大聖杯を裁定するのは貴女の目的に支障は無い筈」

 

 それでも訝しむエレインに、ニッコリとした表情を止めて底知れない笑みを作る。

 

「でもちょっと急がないと間に合わないので、皆さんボクのヴィマーナに乗ってください。でないと────────」

 

 ────何もかも台無しになってしまいますよ?

 

 

 その言葉に、今まで余裕を崩さなかったエレインの表情が固まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




エレイン無双終了のお知らせ。
と言うわけでエレインの方策は「小聖杯の奪取と除菌剤の聖槍所有による勝ち逃げ」でした。
全うな英雄であればあるほどアンリマユの存在は看破できず、魔術師も同様。
御三家に対処する方法が無い以上、エレインに頼るしかありません。

つまりエレインを勝者にしなければ大聖杯の破壊をするしか、アンリマユへの対処方法が無いのです。
ギルガメッシュなら何とかできるかも知れませんが、子ギルは空気を読めるのでやりません。

いつも感想ありがとうございます。
修正or加筆点は随時修正しますので、よろしければ誤字報告システムをご利用いただければありがたいです。
では次の更新でまた会いましょう。


アンリの聖杯関連を修正しました。








既に明日へ次話投稿予約済みじゃオラァ!





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第二十夜 其の起源の名は『傍迷惑』

連日投稿。
実は長かった一話を分割しただけだったり。


 

 

 

 

 

 

 

 冬木教会から、ギルガメッシュが取り出した黄金とエメラルドが輝く舟────古代インドの二大叙事詩「ラーマーヤナ」「マハーバーラタ」に登場する飛行宝具『天翔ける王の御座(ヴィマーナ)』。

 ソレが浮上し、ぐんぐんと高度と速度を上げ夜空を駆ける。

 

 その船上にはサーヴァントとそのマスター達が各々複雑な心中で夜の街を見下ろしていた。

 

「切嗣……」

 

 アイリスフィールは静かに、教会近くに潜伏していたが故にこの場には居ない己の夫の名前を呟く。

 

 聖杯が汚染されている以上、切嗣の願いは叶わない。否、仮に聖杯が汚染されていなくとも、彼はどれだけ願おうがその祈りを聖杯に託せない。

 エレインはあの後、アイリスフィールに語った。

 

『無色の魔力であった聖杯は所有者によってその色を変える。つまり所有者は、過程を人の手に及ばない領域で省略する聖杯に「手段と過程」を入力しなければならない。だが人を殺すことでしか人を救えず、そうならない過程と手段を得るために聖杯を求めた衛宮切嗣に、この冬木の聖杯は無用の長物だよ。でなければ奴が望んでもいないにも拘らず、君達家族を除いた人類を滅ぼしてしまいかねない』

 

 そう、断言した。

 それが本当かどうかは、切嗣の信念と嘆きを知っているアイリスフィールには真実だと理解できた。

 全く皮肉なものである。

 恒久的な平和を望みながら、彼が聖杯を手にした場合成る結果が最も破壊的な結末であるのだから。

 それを知ってしまった以上、アイリスフィ-ルは夫の為に彼へ聖杯を渡すわけにはいかなくなった。

 

 どちらにせよ、聖杯戦争はエレインの勝利に終わるだろう。

 アインツベルンは聖杯を持ち帰れなかった自分達にどう対処するのか。

 そもそも汚染云々の事を激しく問い詰めたいが、ソレ以上に娘が心配である。

 

 エレインによって大聖杯が清浄化されれば、再び起こる戦争の為にアインツベルンは娘のイリヤスフィールを聖杯の器に据えるだろう。

 必然、切嗣とアインツベルンはイリヤスフィールを巡って敵対する。

 その時、自分は────。

 

「アイリスフィール? 顔色が優れませんが」

「セイバー」

 

 思考の渦に落ちていった彼女を掬い上げたのは、彼女の夫のサーヴァント。

 

「ふふ、気遣ってくれてありがとう。でも貴女も、人の心配をしている余裕は無いでしょう?」 

「……そんなことは」

 

 そんなセイバーの表情に溢れているのは、困惑だった。

 ランスロットとは二度と会えないと、聖杯を使って彼を含むブリテンの臣民を救う為に会ってはならないと。

 そう思った矢先にエレインの手段と目的を知り、心が揺らいでいるのだ。

 

 何より彼女の願望────王の選定のやり直しを行ったとしても、ブリテンが救われる事はない。

 何せブリテンの滅びは、人理定礎に於けるターニングポイントの一つ。

 英雄王ギルガメッシュによる神代の終末の確定。

 魔術王ソロモンの死による神秘衰退の加速。

 それらに並ぶ程に神代最後の国の滅びは、世界が完全に人の世に変わる最重要な転機の一つなのだ。

 ソレを覆すことは、ブリテン以外の人理を悉く覆すことを意味し、抑止力が動く案件になるだろう。

 モードレッドのように初めから滅ぼすつもりなら兎も角、アルトリアの想いは届かない。

 

「本当に浅ましいですね、私は」

「そんなことは……」

 

 それを言うなら自分もだ、という言葉を内心呟く。

 そんなアイリスフィールはセイバーの宿敵であり嫡子を盗み見る。

 アヴェンジャー────モードレッドは眉間に余りに深い皺を作り、頭を抱えてた。

 

 ランスロットの存命という真実は、彼女の心の容量を容易く上回った。

 何もかも投げ捨ててランスロットの存命を歓喜し、エレインに付いていきたい感情を、プライドと復讐者としての性質が邪魔をし、感情を表に出さずにいた。

 サーヴァントでなければ、知恵熱さえ出しそうな勢いである。

 

 そんな彼女のマスターであり、ランスロットの現状を1500年前にエレインと共に湖の乙女より知っていた氷室(ギネヴィア)は、エレインへの感謝と憧憬に溢れていた。

 輪廻を超えて己の願望を掴もうとしている彼女に、嫉妬すら超えて感嘆していたのだ。

 だが、

 

「────どうして、頭の中で何かが引っ掛かるのか」

 

 彼女の前世の記憶は、モードレッドを召喚した時点で殆ど戻っている。

 ただ、召喚した前後の記憶が混乱しているのか上手く思い出せない。

 それが、それこそが致命的であるという予感があったのだ。

 

 一方、勝者同然であるエレインはヴィマーナの上から冬木の夜景を見ながら中心に設置された玉座に座るアーチャーを見ていた。

 

 その英雄王は玉座にもたれ掛かり、まるで何かを心待ちにしているような表情をしている。

 それが彼女にとって堪らなく不安であった。

 

「おぅ、どうしたカーボネックの姫よ」

「あのサーヴァントの底知れなさを改めて再確認している処だ。して、聖杯は諦めたのか征服王?」

 

 そんな彼女に声を掛けたのは、マスターさえある意味敵に回ったライダー、征服王である。

 

「さぁの。まぁ、此度の遠征は困難を極めることは間違いない」

「そこで諦めたと言わない辺り、英雄たる所以だなライダー」

 

 エレインの呆れ混じりの称賛にガハハハ、と高笑いを上げる大男は戦術で戦略を覆した偉人だ。

 この程度の困難はよくあったことなのかもしれない。

 

「して、何の用かなライダー?」

「うむ、実はだな」

 

 急に神妙になったライダーは、エレインに近付き問いを投げ掛けた。

 

「お主、実は聖杯以外でも余を受肉させる方法を知っておらぬか?」

「……何故、そう思った」

「お主の知識量は、余の想像を遥かに超える。此度の聖杯戦争でもそれは明らかだ」

 

 知っていることを肯定する言い方で問い返した彼女に、ライダーはニシシと笑顔で答える。

 

「……ふぅ。調子に乗って語りすぎたか。沈黙は金、雄弁は銀。良く言ったものだよ」

「では、あるのだな!」

「あるにはある。だが受肉してどうなる? 先程の問答で世界征服は出来ないと身に染みたと思ったのは私の間違いか?」

 

 ライダーの生きた時代と現代は余りに違う。

 何よりケイネスはライダーの神秘の漏洩を絶対に赦さないだろう。

 

「それは神秘の漏洩故であろう? 小僧に聞いたぞ、現代は血統ではなく民に選ばれた者が王になるのだと」

「……ウェイバーが倒れているのはそれが原因か」

「うむ! 余の時代の征服が駄目ならば、郷に従うまでよ。余は再び王として君臨し、現世なりの方法で覇道を為すまで!!」

 

 根こそぎ聞き出されてムンクの叫びが如き面貌で伸びている少年と、諦めることをまるで知らない大王を見て嘆息しながら答えた。

 

「サーヴァントに三画全ての令呪で以て『受肉せよ』と命じれば、一応は受肉出来るだろうよ」

「おぉ!! 真か!」

「嘘は言わんさ。尤も、ケイネスがソレを承服するかは話は別だ。頑張って説得するがいい」

「プレストーン、貴様ッ」

「はははは。様々な手段で説得されるだろうが、尻は護れよ? 流石に妹の婚約者が男に襲われるなど、ブラム学部長に顔向けできん」

 

 ギョロリ、と此方を向くサーヴァントに本気で自害を命じようと、青褪めたケイネスが思った直後に、

 

「────皆さん、着きましたよ」

 

 一行を乗せた舟は目的の場所に着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二十夜 其の起源の名は『傍迷惑』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────それは星を祭る祭壇だった。

 

 本来暗闇のはずの空洞を、その祭火の焔身は照らしていた。

 しかしそれは聖火の炎とはまるで違い、その色は彩を食い潰さんとする黒。

 その祭壇は最早嘗ての荘厳さを微塵も残さず失い、悪神を奉る冒涜のソレに。

 

 大空洞『龍洞』の中心、そこに安置されている大聖杯は────無色など烏滸がましいほど禍々しい、呪いの汚泥を撒き散らす災厄の釜と成り果てていた。

 

「────馬鹿な」

 

 これ程とは────。

 その場にやって来、闇色の炎に照らされ二の句を口に出来なくなるほど絶句した時臣とアイリスフィールが、崩れ落ちるように膝を突いた。

 判るのだ。

 これは母の胎に等しい。

 

 英霊の魂という養分を欲し生まれ出ようとする者の子宮なのだと。

 そして悟る。

 これは我々を滅ぼすに足る存在なのだと。

 

 そんな大聖杯にランサーは唾を吐き捨て、セイバーは静かに目を閉じる。

 アヴェンジャーは下らなさそうに舌を打ち、氷室(ギネヴィア)は手で口を押さえた。

 

「ここまで……ッ」

 

 ルーラーは唇を噛み、物事の深刻さを思い知る。

 そんな彼女に、エレインは十割の善意で忠告をする。

 

「裁定者のサーヴァントは聖杯────────詰まる所コレ(・・)に召喚される訳だ。此れの目的は己の誕生。必要な栄養は召喚される英霊総て。ならその栄養を効率良く摂取する方法は何だ?」

「……ッ!」

「気を付けろ、これの干渉があれば貴様とて容易く塗り潰されるだろう」

 

 裁定者のサーヴァントは聖杯戦争に参加する全サーヴァントに使用可能な令呪を各サーヴァントごとに二画保有するスキル、『神明裁決』を有する。

 それでサーヴァント全員を自害させればいい。

 たったそれだけで『この世全ての悪』は誕生する。

 

「今、それをしないのは先程保険を作った際(・・・・・・・・・)にも言ったが、マスター達の令呪が消費されていないからだろう」

 

 令呪を令呪で相殺する。

 どちらの命令が強くなるかは、サーヴァントの意思次第。

 仮にルーラーを大聖杯が汚染し、自害を強要しようともマスターが令呪で対抗すれば行動不能になるものの防げないことはない。

 

 だが、エレインには疑問があった。

 この汚染された聖杯ではルーラーを召喚できない筈だった。

 もし仮に何らかの理由で召喚可能となったとして、何故態々この聖女を召喚した?

 大聖杯の中に巣食う『この世全ての悪』には自我がない。

 あるのは既に受諾された「この世全ての悪であれ」という願いと、大聖杯としての聖杯戦争を執り行う機能のみ。

 それなのに何故ジャンヌ・ダルクは浸食され属性が反転していない?

 いやそもそも、もっと都合の良い人格のサーヴァントを見繕えばよかっただろうに。

 

(────抑止力か?)

 

 ジャンヌは生前抑止力に後押しされた存在である説が存在する。

 彼女の召喚に抑止力が関わっている可能性はあるだろう。

 

 だが、その場合何に対しての抑止だ?

 アンリ・マユか?

 

 改めて様々な疑問がエレインの思考を占めていた処、ケイネスが不機嫌そうに鼻を鳴らす。

 

「確かにこれを正常にするなら、聖槍でも必要だろうな」

「おや? そこは自分ならば、と大言壮語すると思ったのだが」

 

 エレインの言葉に、傲慢な彼らしくない感傷に染まった表情を作る。

 

「私とてこれをソコまで過小評価など出来んよ。ただ、これ程見事な術式がここまで台無しにされているのを観ると、余りに惜しい。見るに堪えんよ」

 

 心底口惜しそうに大聖杯を見て、静かに目を閉じた。

 そんな彼の変化を、エレインは内心驚きながら見届けた後に、この場に来る切っ掛けとなった少年王を観る。

 

「これで満足かアーチャー」

 

 主催者は自分達の求めていた物の有り様を見て失意に暮れ、他のサーヴァントやマスターも危険性に即座に浄化を望んだ。

 

 セイバーとアヴェンジャーは想い人との再会の希望を見て、戦意は削がれた。

 ランサーは元々聖杯に興味が無く、ライダーもこれを見てソレでも受肉を望むほど阿呆ではない。

 そして主催者は対処不能。

 第四次聖杯戦争、事実上の中断────終結を意味していた。

 

 そう、汚泥にまみれた大聖杯を観ているアーチャーに問い掛ける。

 しかし、

 

「……アーチャー?」

 

 エレインの問いに、彼は答えなかった。

 否。アーチャーは彼女の問いなど聞いておらず、そもそも大聖杯など見ていなかった。 

 大聖杯が安置されている場所、その少し手前を見て凄惨なまでの笑みを浮かべながら注視していた。

 

 まるで其処から目を逸らしては危険だというように。

 幼年期とはいえ、あの万夫不当の英雄王がである。

 明らかに異常だ。

 確かに霊体が触れれば即座に拘束・分解されるあの大聖杯は、サーヴァントにとって死神に近い。

 が、慢心をしないあの少年王ならばそこまで脅威ではない筈だ。

 

「静かにしろエレイン」

 

 そんな風付きのアーチャーに困惑する彼女を尻目に、ランサーがエレインの前へ青色の戦装束を纏って出る。

 間違いなく、戦闘態勢であった。

 

「気ィ抜くな────いるぜ(・・・)

「な」

 

 エレインは驚愕しながら、ランサーの猛獣のような視線の先を追い────見つけた。

 

「あれは────」

 

 倉庫街でセイバーとアヴェンジャーを一蹴した、黒いローブを纏った謎のサーヴァント。

 ソレが丁度彼女達と大聖杯の間で、邪悪に鳴動する大聖杯を仰ぎ見ていた。

 

 聖杯を巡る四度目の戦争。

 その波乱が今、起源『傍迷惑』(だいたいコイツの所為)の元へと遂に収束する。

 

 

 

 




やせい の らんすろ が あらわれた


実はアイリスフィールが持ってる盗聴器から話を把握して百面相してたケリィ。

そしてイスカンダルは大統領への道を歩き始める────────!
史実からしてバイだからね仕方ないね。

そして主人公なのに某人間大好き系吸血鬼並みに出番がなかった主人公、参戦。


いつも感想ありがとうございます。
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第二十一夜 宣戦布告

「────なぁ、本当に大聖杯を破壊して良いのか?」

『ぬっ?』

 

 まだその阿呆が柳洞寺に赴く前。

 間桐家の玄関前で、そんな問答があった。

 

『どないしたんイキナリ』

「お前は念話を良いことにハッチャケ過ぎだろう……セイバーともう一人のサーヴァントの事だ」

 

 間桐雁夜は目の前の男とセイバーとアヴェンジャー、つまりアーサー王とモードレッドとの関係を知っている。

 この男がどれほど大切に思っていたかを知っている。

 彼女達も聖杯戦争に参加した以上、聖杯を求める何らかの理由を持っているのではないか。

 大聖杯を破壊することは聖杯戦争を、少なくとも別の大聖杯が造られるまで終わらせる事を意味する。

 

 ランスロットの行動は、聖杯を求める彼女達に反するのではないか────と。

 すると彼は念話ではなく口で言葉を発した。

 

「願望機、それが完成された状態で使用されるのは極めて稀だが、叶えられた願いは一様にこの世界を大規模に変える願いでは無い(・・)

 

 ランスロットの知る限り、正史に於ける冬木の聖杯戦争で願望機としての機能が使われたことはなく、あったとしてもそれは第三魔法という大聖杯本来の役目を行使しただけ。万能の願望機としての機能ではない。

 

 あり得たかもしれないifでも、ルーマニアで完成した大聖杯は世界の裏側に持ち出され機能を停止させられている。

 はたまた別世界の月の聖杯戦争では勝者は結果的に消滅し、裏側で聖杯を掌握した者も直ぐ様滅ぼされた。

 

 おおよそ万能の願望機としての機能で叶えられた願いは、聖杯そのものの『並行世界の移動』と『移動した場所での幸福と善き出会い』。

 世界を変えるとは言いがたく、そもそも聖杯を手放している。

 

 ソロモン式聖杯? あれは例外である。

 オラ早く新しい特異点作って聖杯寄越せや。

 

「その点、アルトリアやモードレッドは間違いなく歴史を変えるレベルの変革を求めるだろう。当時のブリテンは何かと面倒な立ち位置だったからな。考えられるのは、アルトリアなら故国の救済。モードレッドは……何だろうな」

 

 故に真の意味で二人が聖杯を獲ることはないだろう。

 有ったとしても現実でもあり、もしもの世界。正常な時間軸から切り離されている世界の観点からすれば意味不明なもの────特異点などの抑止力の影響が少ない場所でのみ。

 

「何より、アルトリアは恐らく抑止力との契約で聖杯戦争に臨んでいる。少なくとも彼奴に聖杯を掴ませるわけにはいかない」

 

 アルトリアは死に伏した際、『聖杯を得ること』を対価に世界と契約している。

 故に彼女が聖杯を掴んだが最後、世界の虜囚たる守護者と成るだろう。

 

「そうなれば俺は()()()()()()()()()()()()()()

「お、おう」

「何より、聖杯戦争は悲劇を産み出す。それは俺よりもお前がよく知っている筈だ、雁夜」

「桜ちゃん……」

 

 間桐桜。そして何より間桐雁夜こそ聖杯戦争に於ける最大の被害者の一人だ。

 そんな彼の呼び声に応えたからこそ、この男は此処に居るのだから────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二十一夜 宣戦布告

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗闇に闇色の炎を揺らめかせる災厄の釜を背後に、その男はルーラー達へ振り向いた。

 

「あの野郎……!」

 

 アヴェンジャーが男との初戦に於ける醜態を思い出したのか、その感情に呼応して魔力が赤雷として火花を散らした。

 

「落ち着きたまえ。そのまま汝が突っ込んでも、以前のようにあしらわれるだけだ」

「────……チィッ!」

 

 モードレッドは好戦的だが、決してバカではない。

 この場で戦闘をしても先の焼き増しだろう。

 打開策は彼女の邪剣による真名解放だが、しかし大聖杯があるこの場でそんなものを使うわけにはいかない。

 

 黒く、よく見ればローブの先端が靄のように漂っている様は、明らかに尋常の装いではない。

 やはり、何らかの宝具の類いであると考えられる。

 

 そんなアヴェンジャーと彼女を諌める氷室を尻目に、エレインが驚きと共に呟く。

 

「驚いたな……独力でこの場に辿り着いたのか」

 

 エレインの呟きが大空洞に響き、アイリスフィールと時臣が同意する。

 この場は様々な、大聖杯等の聖杯戦争の仕組みの真実に辿り着かなければ至れない場所だ。

 エレインは例外として、御三家秘中の秘は伊達ではない。

 その仕組みは英雄王でさえ、考案者は神域の天才と述べるほどである。

 

「いや……そうでもないか」

 

 この場にいない言峰綺礼は恐らくアサシンのマスター。

 つまり消去法で残っているのは、御三家である間桐のみ。

 となれば大聖杯の存在も、その場所を知ることも可能だろう。

 

(だが、何故今此処に居る)

 

 エレインが思慮に呑まれている最中、ルーラーが前に出て口を開いた。

 

「見ての通り、大聖杯は汚染されています。今回の聖杯戦争は中断されました」

 

 ルーラーの言葉に、耳を傾けるように黒衣のサーヴァントは姿勢を向ける。

 その姿に彼女は内心安堵しながら、言葉を続ける。

 

「そしてランサーのマスターである彼女────エレインだけがアレに対して確実な解決手段を持っています。アレの正体は事態が終息してから他の御三家や監督役から説明があるでしょう。今は第四次聖杯戦争が終わらざるを得ないのだと理解してください。貴方が間桐のサーヴァントであるなら、その事を貴方のマスターにお伝えを」

「────────」

 

 素顔を欠片も見せないローブの向こうには、驚愕しているだろう感情がまるで読めなかった。

 だがそれも驚きはしない。

 動揺さえ隠蔽してしまうほどの高ランクな宝具なのだろう。

 

『……そうか』

 

 事実、モードレッドを除けばこの場の面々は初めてその者の声を聞いた。

 それはまるでフィルターの掛かったような変声。

 

「とは言え、マキリの妖怪が『はいそうですか』と素直に納得するとは思えんがな」

 

 吐き捨てるように、最大限の嫌悪を込めてエレインが間桐家の頂点を侮蔑する。

 

 この状況下、御三家の中で足掻きそうなのが間桐臓硯であった。

 アイリスフィールの様に根源に興味がなく、時臣の様に令呪をギルガメッシュに奪われる様な事態に陥っていない唯一の御三家であるからだ。

 

 特に彼は蟲に身体を入れ換えた結果、魂が腐敗。

 嘗ての崇高な理念は醜い妄執へ成り果て、目的と手段は入れ替わった。

 

 この場に居る者達が聖杯を諦めているのは、偏にアンリマユの排除を優先している英雄達だからに過ぎない。

 だが間桐臓硯は違う。

 嘗て正義を志した魔術師は、人の命と苦痛を食い物とする妖怪に成り果てた。

 

 不老不死という目的となってしまった手段の為なら、他人がどれだけ死んだところで気にもしないだろう。

 

『……あぁ、それは無い』

 

 しかしそんなエレインの警戒を、そのサーヴァントは杞憂と断じた。

 

『あの哀れな妖怪は、俺がこの地に来て最初に滅ぼした』

「────────」

 

 その発言に、間桐臓硯の正体と力を知っている者は少し驚いた。

 間桐臓硯は蟲の群体。魂単体で蟲を支配する術を得た、正真の怪物である。

 核となる本体は存在するが、そんな弱点は絶対に安全だと確信した場所に隠れているだろう。

 

 故に現れる臓硯は全て触覚となり、替えの効く蟲。

 そんな妖怪を滅ぼしたというのは、サーヴァントでも容易ではなかった筈だ。

 

 だが、そうなれば話の辻褄が崩れる。

 

「では、お前は何のために此処に来た」

 

 

『俺は大聖杯を破壊するために此処に居る』

「────!!」

 

 ────────何もかも台無しになってしまいますよ?

 

(危ねぇッ……!!)

 

 ほぼ全ての者が、ギルガメッシュのファインプレーに胸を撫で下ろした。

 後数分此処に来るのが遅れていれば、大聖杯は破壊されていただろう。

 更に最悪の場合、消しきれなかった泥は冬木の街を地獄へ変えていたやも知れない。

 

(加えて、目の前の正体不明(アンノウン)の情報がある程度把握できた)

 

 セイバーとアヴェンジャーという最上級サーヴァントの激突に割り込み、加えてアヴェンジャーをあしらい強制的に戦線離脱させる能力。

 そして大聖杯の存在を知り、聖杯の価値を天秤に掛けて破壊を優先させる善性。

 少なくとも反英雄ではない。

 加えて会話ができるという事は、説得も可能だということだ。

 

「そ、そうでしたか。間に合って何よりです」

 

 ルーラーが溜息を吐きながら安堵する。

 実際、そのエレインの予想は間違っていなかった。

 

「ですがその必要はありません。彼女、ランサーのマスターが大聖杯の汚染を除去する術を持っています」

 

 それ故に、聖杯戦争の参加者はエレインを勝者にしなければならない。

 それほどに、大聖杯から生まれ出る者が危険なのだ。

 此処に来るまでは渋っていた時臣も、既に諦めていた。

 だが、

 

()()()()()

「え?」

 

 この男は、聖杯などハナから欲していなかった。

 

『汚染されていようがいまいが、関係がない。俺は大聖杯を、聖杯戦争を終わらせに来た』

 

 絶句であった。

 特に魔術師であるマスター達とアイリスフィールは、その言葉を正しく理解するのに相当力が必要だっただろう。

 ウェイバーがいの一番に反応できたのは、やはり無理難題や突拍子の無い発言をするライダーに付き合っていたから。

 

「お、オイお前! 話聞いてたのかよ!? もう聖杯を破壊する必要は無いんだよ! プレストーン先生しか聖杯を浄化できない以上、先生を勝たせないと不味いんだよ!」

「いや坊主、コイツはちと違う様だぞ」

「へっ?」

 

 ライダーが察したように、ウェイバーを黙らせる。

 

「……どういうことだ」

『聖杯戦争は今回で終わりだ。第五次は無い』

「な────」

 

 何故。

 理解ができない。

 大聖杯は聖杯戦争を、何よりサーヴァントを支える存在だ。

 サーヴァントが大聖杯を破壊しようとするなど、今回の大聖杯の汚染のような事態が発生しエレインのような解決手段が無い場合のみだ。

 

 それはまだ理解できる。

 だが解決手段があるにも拘らず大聖杯を破壊するとはどういうことか。

 

「何故? 何故態々、大聖杯を破壊しようとする」

 

 セイバーが問う。

 目の前の男の、動機がまるで解らなかった。

 

『危険だとは思わないのか?』

「は?」

 

 アイリスフィールと時臣を見て、

 

『倫理など度外視する、呪いの如く代々参加を義務付けられた魔術師によって行われ』

 

 男の、ローブによって暗闇に隠された視線が、しかしマスター達を見据える。

 

『秘匿さえすればどの様な非道も黙認する魔術師に使役される、場合によっては街そのものを破壊する程の力を持ったサーヴァント』

 

 そして最後に、サーヴァント達を見た。

 

『そして何よりそれらに巻き込まれる人々』

 

 男が思い出すのは、聖杯戦争によって心を閉ざした少女と、彼女を助けようと己の命さえ投げ出した当たり前の人間性を持つ凡庸な男だった。

 

『お前達は危険だと思わないのか?』

「それは────」

 

 ────それを言っては仕舞いだろう。

 正にそんな言葉だった。

 そう、誰も彼もが聖杯を欲し、その戦いを欲し、ソコにいる市民の安全など二の次であった。

 当然だ。魔術師とは本来外道と称される存在なのだから。

 一般人への配慮は、神秘が漏洩しないための事後処理程度。

 そんなことを今更持ち出されても困るというもの。

 

 そして複数形にも拘わらず、その言葉はセイバーのみに向けられている様だった。

 

 セイバーは、己の持つ聖剣を見下ろす。

 街中で使えば、場合によっては一度に百を超える人間を殺せるだろう。

 

 勿論そんなことをするつもりは毛頭無い。

 だが、有事の際に絶対にしないと断言できるだろうか。

 自分は使わなくとも他のサーヴァントが使わないとは限らない。

 もし敵のサーヴァントが、仮に背後に護るべきマスターが居て避けられ無い場合、自分は聖剣を振るわずにいられるだろうか。

 

「成る程……」

 

 エレインは理解した。

 目の前のサーヴァントは聖杯によって得られるメリットより、聖杯戦争によって起こりうるリスクを注視したのだ。

 

「御高説は結構だが、お前がどの様な考えを持とうが関係がないぞ。ルーラーのクラススキルを知らないのか」

『……?』

 

 サーヴァントが未だ一騎も脱落していない状態で、舞台装置である大聖杯を破壊しようとする。

 ルーラーは聖杯自身に召喚され、『聖杯戦争』という概念そのものを守るために動き、なにより聖杯戦争そのものが成立しなくなる事態を防ぐためのサーヴァントである。

 この大聖杯を破壊すると言いのけたサーヴァントは、間違いなくルーラーのペナルティ対象だ。

 

「私は聖杯戦争を円滑に、確実に大聖杯を正常化させて、何より罪無き市民を護るために存在しているサーヴァント。貴方の言い分は判りますが────」

『市民を護るために? 笑わせるな。真に民草を愛し、護らんとするならば聖杯戦争など運営するのが間違っている。そして何より、お前のような存在が次も召喚される保証など無いんだ』

「……っ」

『英霊同士の戦いに、このちっぽけな街が堪えられると思うか? 魔術師という外道が起こしている、基本神秘の漏洩さえしなければ何をしてもいいこの戦争に、この街の人間がどれだけ危機に晒される? お前ならば、問うまでもない筈だ』

「それは────」

 

 当たり前すぎる人を思いやる言葉にルーラーの、聖女の瞳が揺れる。

 或いは、彼女が憑依した少女だったのかもしれない。

 

「────もういい」

 

 だが、ソコにエレインが会話を断ち切った。

 

「ルーラー、問答は最早無意味だ。漸くここまで来たというのに、最後で台無しにされてたまるか」

 

 大聖杯を破壊されてどうなるか解らないのは彼女も同じ。

 最悪、大聖杯からの魔力供給(バックアップ)を絶たれたサーヴァントが、小聖杯ではなく直接英霊の座に帰ってしまったら、エレインの計画は頓挫するだろう。

 

「さっさと令呪でこのサーヴァントを縛れ。高説も大聖杯の破壊も、全て終わってからにしてもらおう」

「……解りました」

『何を言っている?』

「ルーラーのクラススキルだ。さっきも言っただろう、お前がどういう考えを持っていようが、セイバーのような最高ランクの対魔力か英雄王のような何者にも汚染されない強すぎる自我でもない限り、令呪には抗えない。仮に両方に該当しようとも、二つ重ねられれば終わりだ」

 

 エレインが放つ苛立ちを隠さない言葉に、ルーラーが神明裁決────ルーラーに与えられた令呪(絶対命令権)を行使しようとする。

 大聖杯の汚染を除去することこそ、目下最優先事項なのだから。

 内心謝罪しながら、左手を掲げようとし────気が付いた。

 

「…………えっ?」

 

 目の前のサーヴァントに対して、令呪が何ら起動しないことに。

 思わずといった風に、令呪を使用しようとしたそのサーヴァントを見詰める。

 そして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『────────俺はサーヴァントではないが?

 

 

 

 

 

 

 そのサーヴァントと思っていた存在は、余りにアッサリとそう言い放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………は?」

 

 今日は様々な驚愕があった。

 大聖杯の汚染に始まり、王達の問答。

 ライダーイスカンダルの覇道に、アーチャーギルガメッシュの強大さ。

 アヴェンジャーモードレッドの復讐と、セイバーアルトリアの告白。

 エレインの目的と手段と、ロンギヌスという贅沢すぎる大聖杯の汚染除去手段。

 マスター、或いはサーヴァントは幾度も驚愕に表情を覆った。

 

 だが、これはそのどれをも超えた衝撃を彼等に与えていた。

 

「…………サーヴァントじゃ、ない?」

 

 アイリスフィールが震える声で、復唱した。

 まるで自分の聞き間違いだと、現実逃避するように。

 だが、現実はありのままだ。

 

『サーヴァントでも、サーヴァントを召喚したマスターでもない。俺はこの聖杯戦争という意味でなら、部外者だ。故に俺に対して令呪で縛ることなど出来はしない』

 

 最上級サーヴァントの本気の激突に割り込み、圧倒する能力。

 ルーラーの真名看破さえ防ぐ隠蔽能力。

 それを為せる者が、サーヴァントではない。

 

 流石にこれは、彼等とて理解不能だった。

 

「じゃあ貴方はサーヴァントでもない、ただの人間だっていうの?」

『ついでに言えば、魔術師ですらない』

「そんな────」

 

 馬鹿な。

 開いた口が塞がらないとはこの事だ。

 そんな理不尽な存在が居るなど、想像しろと言うのが無茶というもの。

 そんな中でエレインが、現実逃避ではなく怒りに震える声で問いを投げ掛けた。

 

「サーヴァントでも魔術師でもないただの人間が、既にサーヴァントがこの場に居る聖杯戦争の大聖杯を破壊すると?」

『そうだ』

「……自分の言っている意味を解っているのか」

『聖杯戦争を終わらせる、俺の此処に来た目的はそれだけだ』

「────それはこの場に居る私達全員を敵に回すという事なんだぞ!」

 

 マスターと、特にサーヴァント達は殺気立つ。

 今すぐの大聖杯の破壊は、彼等の目的を阻む行為だ。

 

 セイバーは何らかの方法で現界し続け、世界の外側に居るランスロットの元へ向かわなければならない。

 ライダーもマスターを説得して受肉しなければならない。

 今大聖杯を破壊されれば彼等を支える魔力供給の大部分を占めている大聖杯からのバックアップが喪われ、マスターの魔力供給だけでは現界を維持できなくなるだろう。

 

 そもそもエレインの計画自体、予想もできない大聖杯の破壊によって頓挫するかもしれないのだ。他人事ではない。

 そうなればランスロットを求めるアヴェンジャーも、黙っている訳にはいかなくなる。 

 

 そも御三家の者にとっては、大聖杯を破壊されるなど沙汰の外だ。

 絶対にさせるわけにはいかない。

 

 そして大聖杯を破壊した時、その中身を殺し尽くせなければ災厄の泥は地上に溢れ返るだろう。

 ルーラーたるジャンヌはこの現代の冬木の街に居る人々を護る為にも、その可能性を微塵とて残すわけにはいかないのだ。

 

 必然的に、五組のマスターとサーヴァントとルーラー全員を敵に回すことになる。 

 その中に英雄王が存在している時点で、仮に同格たる彼唯一の盟友がこの場にいても彼等に勝てはしない。

 

 確かにその男は正体不明の力を有しているかもしれないが、流石にこれは仮に魔術師に意見を聞いても自殺願望者と捉えられても仕方がない。

 

 一般人の無謬の平和を護るために動くことのできる人間を、ルーラーは尊いと思う。

 そんな人物を傷付けるなどしたくない。

 だが、彼女には聖杯戦争の義務がある。

 

 彼が今大聖杯を破壊するというならば、排除しなければならない。

 そんな状況だ。

 だが、それでも男は欠片も揺らがず、

 

『────委細承知』

 

 宣戦を布告した。

 

「ハハはハハハはハハハハハハハッッ!!!」

 

 耐えきれないとばかりに狂笑を上げたのは、この場でこの事態を唯一望んでいたサーヴァント。

 人類最古の英雄王は、顔を手で覆って悪魔の様に嗤っていた。

 

「そうでしょう! そうでなくては!!」

 

 ギョロリと、豹変した少年王の眼光が呆然としている聖女に向けられる。

 

「さぁ、状況は把握できましたか? 聖杯戦争の部外者が、この戦争を邪魔しに現れ宣戦まで布告した。このままではこの破綻した聖杯戦争が、最悪の形で破綻しきってしまうよ。なら、貴女がすべき、言うべき事がある筈だ」

「それ、は」

「我々サーヴァントに()()()()()。聖杯によって召喚された、裁定者のサーヴァント!」

「────っ!」

 

 この英雄王は、言えと言うのか。

 

「言え。言え言え、君は言わなきゃならない」

「しかし……ッ」

 

 この、罪もない市民を護るために立ち上がった正しき人間を、我等の勝手極まる理由の為に。

 人としての、聖女としての彼女が悲鳴を上げそうになる。

 そもそも大聖杯の破壊も、今しなければならない理由はないのではないか。説得に力を費やせば、彼も解ってくれる筈だと。

 エレインがアンリ・マユを滅ぼしてからでも、遅くは────

 

『言え、言うんだ』

「────」

 

 ルーラーの迷いを、庇おうとした本人がその思考を一蹴する。

 問答は最早埒も無し。

 宣戦は既に布告されている。

 直後の彼女は何かに追い詰められる様だった。

 

「────ッ、ルーラー、ジャンヌ・ダルクの名において! この場に集う全サーヴァントに令呪を以て命ずる!!」

 

 ルーラーは令呪が刻まれた左手を掲げ、痛々しく叫んだ。

 それが市民を護るためにこの場に現れた一人の人間を、磨り潰す行いに他ならないのだと知っているから。

 

「大聖杯を破壊せんとする外敵を、排除せよッ!!」

 

 裁定者のサーヴァントの命令に、令呪が光り輝く。

 その光は命令を受諾すると同時に弾け、その行動を律する鎖のようにサーヴァント達へと絡み付いた。

 だが命令は寧ろサーヴァント達の行動を後押し強化するだろう。

 

 そして命を受けたサーヴァント達の中で、やはりこの男がいの一番に動き出した。

 

「ならば! 一番槍はこの征服王が頂くぞ!!」

 

 名乗りを上げた、筋肉が膨張したかと見紛うほどの気合いを迸らせるライダーを中心に、旋風が吹き荒れる。

 それもこの冬の日本には絶対に吹かない、熱く焼けつくような風だ。

 追加に肌をざらつかせる礫────まるで灼熱の砂漠を吹き渡っていた砂塵であった。

 少なくともこの冒涜の大空洞であっていい物ではない。

 

「なっ、ライダー!?」

「これだけの益荒男達を前によくぞ言った! だからこそ、余は全力を以てそれに答えよう!!」

 

 轟々渦巻く熱風の中心でライダーが口を開く。

 

「セイバー! アーチャー! 今一度王の問答を聴かせよ────王とは、孤高なるや否や!」

 

 その問いにアーチャーは口元に寂しげな笑みを浮かべた。

 名君であった彼は、成長と共に唯一人の道具を連れて孤高を選んだ。

 英霊としては兎も角、幼少期の側面が強く在る彼の意識としては、盟友との出会いはまだ迎えていない。

 

 どちらにせよ、神と人とも違う視点を持つ彼は名君であったが孤高であったのかもしれない。

 

「王は……孤高であらねばならない」

 

 セイバーは己の半生を思い出すように呟いた。

 彼女個人としてはランスロットの存在は余りに大きく、しかしその関係は悪く言えば依存に近かった。

 己の王道、その果ての滅びを思い返せば解答に躊躇はない。

 王として正しきは、孤高こそ最善手であったのだと。

 

「成る程、その様な王道も在るやもしれんし否定はすまい。だからこそ、貴様らに今此処で! 余の王道を見せ付けてやらねばなるまいて!」

 

 砂塵の勢いが強まり、視界を保つのが難しくなった時。

 砂塵が大空洞を塗り潰した後、条理ならざる理が現実を覆した。

 

「嘘……」

「そんな……っ」

 

 そこには大空洞も、大聖杯も無い。

 その理不尽の有り様の一つに、魔術師達が特に反応した。

 

「固有結界────だと!?」

 

 照り付ける灼熱の太陽によって、晴れ渡る蒼穹。

 熱風吹き抜ける広大な荒野に、砂塵舞う大砂漠。

 それは魔法に匹敵するとされた、魔術の深奥。

 魔術の大禁呪、魔術の極限であった。

 

「心象風景の具現化……、魔術師でもないお前が!?」

「無論違うぞ我がマスターよ。余一人が出来ることではない」

 

 現実を浸食した結界の中心に、誇らしげな笑みを堪えたライダーは否定する。

 

『……御大層なものだ』

 

 ローブ男の見えざる視線が、彼等の後ろに移った。

 ウェイバーは思わず振り向き、絶句する。

 其処には、あり得ざる『軍勢』があった。

 

「この世界、この景観をカタチに出来るのは、これが我等全員の心象であるからである!!」

 

 蜃気楼の様なソレラが、次第に厚みを備えていく。

 ウェイバーとアイリスフィールには解らなかったが、マスター達は理解した。

 それが自分達の行ったことと、意味合いが同じだと。

 

「一騎一騎が、サーヴァントだと!?」

 

 マスターに聖杯が与える、サーヴァントの霊格を見抜き評価する能力。

 それが、その軍勢の正体を現していた。

 

「見よ、我が無双の軍勢を!」

 

 肉体が滅び魂が英霊の座に召し上げられて尚、王に忠を誓い続ける伝説の勇者たち。

 彼等が王の召喚に応じ、サーヴァントとして馳せ参じたのだと。

 

「彼等との絆こそ我が至宝、我が王道! イスカンダルたる余が誇る最強宝具────『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』なりッ!!」

 

 時空すら越える臣下との絆が宝具にまで昇華された、彼の王道の象徴。

 征服王イスカンダルの持つランク評価規格外、独立サーヴァント連続召喚対軍宝具。

 それが唯一人にのみ向けられていた。

 

 他のサーヴァントが戦うまでもない。

 万を超える軍勢に、黒いローブ男は圧し潰されるだろう。

 それは最早闘争では無く、掃討ですらない。

 

『……ふむ』

 

 だが、その脅威にさえ男は何ら揺らがなかった。

 

『征服王イスカンダル、正直()()()()用は無い』

 

 あまつさえ、眼中に無かった。

 たった一人に、一人一人が一騎当千の勇者数万の軍勢を向ける。

 その意味では、ライダーは慢心など欠片もしていなかった。

 己を含め、原初の英雄王にケルト神話最強の大英雄。

 常勝の騎士王に、それを屠った反逆の騎士。 

 それらに対して宣戦を布告した者が、どれ程なのか。

 恐らく英雄王を除けば、ライダーは感覚的に理解していた。

 

「────来るぞ」

 

 男の影が揺らぎ、砂漠に広がっていく。

 それは扉であり、深淵であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『────来い、「赤竜(ドライグ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ライダーの軍勢全てに影を落とす程の、絶望が現れた。

 

「…………嘘」

 

 一騎当千の勇者? 数万の軍勢?

 塵が何れだけ集まろうが、塵の山でしかないだろうが。

 

『────は』『はは』『ははッ』『ははは!』『ハハハハハハハハハハハハッッ!!』『ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッッッ!!!!』

 

 余りに巨大すぎるその笑い声は、大きすぎるが故にまるで断続的に聞こえ、それだけで人間を粉砕する衝撃波に近かった。

 そんな彼等を塵と断じる絶対強者が、その鎌首を滾らせる。

 

 幻想の獣において最強とされる種。 

 それを倒すことだけで最高の偉業として人類史に刻まれる、幻想の中の幻想。怪物の中の怪物。

 

「あり得ない」

 

 ブリテンの赤き竜王。

 その化身と呼ばれたアーサー王が呆然と、男の影から現れた巨大な『赤』に対して呟いた。

 

 強大すぎる絶望が、開戦の号砲として王道の象徴たる世界を軋ませる。

 ────こうして、第四次聖杯戦争最後の夜の戦いが始まった。

 

 

 




初手、『王の軍勢』対『偉大なる赤き竜』。



感想多すぎぃ!!


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第二十二夜 太極の具現

第七章記念
そしてパソコンがぶっ壊れた。


 幻想種────

 文字通り、幻想と神秘に生きる生命を指す名称である。

 それは魔獣、幻獣、神獣など魔術師が、その性質や神秘の多寡によって位階に区別する超常の存在だ。

 

 魔の如く、幻の如く、神の如く人々に想像された獣。化外、怪物、化物。

 古き伝説の中にしか存在しない、実在せざる幻想。

 人が犬猫や馬、草木等の動植物の形態や生態をつぶさに記録する傍らに、同様に知識として記された異形の生物群。

 或いは、過去の時代に息づいていたかもしれないと魔術世界では認識されている。

 

 そんな、かつて世界に伝説のままに厳然と存在した彼等は、しかしその多くは姿を消した。

 神秘溢れる神代の時代から、人理へと移行するにつれその肉体を棄て、魂となり世界の裏側、或いは外側に移り住んだが故に。

 

 そんなかつて存在していた幻想種の中でも、頂点と呼ばれる者達は在る。

 ────竜種、ドラゴン。

 分類としては幻想種同様「魔獣」「幻獣」「神獣」の全ランクに存在しており、なおかつその中で最優良種と見なされることが常である『幻想種の頂点』。

 

 決して人では敵わず、ソレを斃した時点で問答無用に人類史に英雄として記録される、地上全土に於ける最強の魔。絶対の幻想。

 

 そして────十字教の台頭によって、西洋に於いては魔とされる竜種の中でも数少ない異例。

 西暦以降に最後の神代の国とされた地で信仰を受け、守護神として存在した竜が居た。

 

 悪しきサクソンの白き竜を撃ち破った、ウェールズの象徴。

 その化身とされた大英雄はその地の過去、現在、そして未来の王として君臨するとされる勝利の竜。 

 

────『赤き竜(ウェルシュ・ドラゴン)』。

 

 そんな竜でありながら信仰を受け龍や神霊に近い規格外が今、敵として現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二十二話 太極の具現

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『────ふはははははははッッ!!! 仮初めとは言え久方振りの大地! 久方振りの人間だ!! 「主」の天蓋の下ではヒトなど皆無だったからな!』

 

 その偉大なる威容が、当然のように人の言葉を口にする。

 それそのものが最早宝具の域の衝撃波として、マスターとサーヴァント達に襲い掛かるが────。

 

「危ないなぁ」

 

 アーチャー────ギルガメッシュが即座に動いた。

 マスター達の眼前に出現した透明の障壁は、人間を容易く爆散させる轟音を遮った。

 しかし断続的に襲ってくるソレに、マスター達は悲鳴をあげる。

 

「キャァ!」

「うわぁ!?」

 

 サーヴァントは兎も角、強度が人間でしかないマスター達にとっては死の咆哮だ。

 しかし、それはあくまで音。

 

「フン!」

 

 エレインが素早く聖槍を抜き、世界の大気を掌握して前方に真空を作り出した。

 空気中の波でしかないソレは、真空に阻まれ彼等には届かない。

 

 ただの一挙一動が、人を圧砕する。

 それこそ殺意を以て睨み付ければ、人など塩の柱に変えるだろう。

 

 例外であるエレインを除き、その威容に晒されたマスター達は尻餅を突いて固まっていた。

 無理からぬ話である。

 もしサーヴァント達が居なければショック死するほどの恐怖だ。

 

 エレイン自身、『槍』を持っていなければ恐怖で震えていたかもしれない。

 

「(しかしこれではライダーの宝具も……)」

 

 万軍を率いる、イスカンダルの文字通り無双の宝具。

 こと白兵戦を主とするサーヴァントには絶対の脅威を誇るイスカンダルの固有結界も、しかしあくまで人相手。

 神霊に匹敵する程の竜種相手では、その特性は満足には活かせないだろう。

 

 だが、

 

「────く、ククク」

 

 その男は馬鹿であり、

 

「クククク、ハハハ、ガーッハッハッハッ!! 何が出るかと思えば、なんとかの名高きウェールズの赤き竜! 何という威容! 何という圧力!! 何という奇縁!!!」

 

 何より、英雄であった。

 

「あぁそうだとも、確かに余は生前竜殺しを成せてはいない。だからこそ此度の召喚、感謝するぞマスター! この遠征にて、その偉業を為す機会を与えたことを!!」

 

 剣を掲げ、大望を抱く。

 憧れた神話の中の英雄達に並べるのだと。

 これで燃えねば英雄などと名乗れはしないと。

 

「我が勇者達よ! 我等が挑むは偉大なる赤き竜、相手にとって不足無し!! 敗戦濃厚の戦いこそ、闘志とは猛り燃え上がるのだ!!!」

 

 『彼方にこそ栄えあり』。

 元より彼の求めるモノは、無理難題。

 そして無理を通して道理を蹂躙したが故に、男は『征服王』と呼ばれたのだから。

 

「────いざ! 竜殺しと征こうではないか!!」

『ォオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!』

 

 兵共の夢の跡。

 それを前に、竜とその天蓋は欠片も動じない。

 英雄の、人の足掻きを愛でるのが竜であり。

 その天蓋たる男にとって、軍勢とは単騎で蹴散らすものだからだ。

 

『さて、オレを出したのはどういうことだ? 主ならオレなど呼ばずに持ち前のイカレ具合で敵など、この脆弱な世界を含めて塵芥以下だろう』

「………」

 

 その威容に不釣り合いなほど穏やかな声で、己の主に赤竜は問う。

 

「観ていただろう。アーチャーとランサー、ライダーの相手をしていろ。必要なら『白竜(アルビオン)』も喚ぶが」

『いいや。折角の機会、白いのにくれてやるものか』

 

 そもそも、戦場に於いて男が内包した獣を呼び出す事は本来無い。

 そんな必要が欠片も無いからだ。

 男が内包する全ての幻想よりも、男の方が遥かに強い。

 そんな男が、竜を呼び出した。

 

『……────難儀なモノだな、お前も』

『敵前逃亡は銃殺だからね、しかたないね』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 騎兵が、戦車兵が、歩兵が先陣を駆ける王に続く。

 その姿を、────呆然とマスター達が見送った。

 

「………行ったな」

「何をッ……、考えている……ッッ!!!」

「無理をするなケイネス」

 

 己のサーヴァントの暴走を、抜けた腰と凍り付いた膝を八つ当たり気味に酷使して立ち上がろうとするケイネスに、エレインが遠い目で気遣った。

 

「まぁ、前向きに考えましょう。ライダーさんのお蔭で作戦会議の時間を稼げた」

 

 アーチャーがまとめるが、時間はそう無いだろう。

 

「……アレが赤き竜か。かつて魔竜に変貌したヴォーティガーンとどちらが上だ? アーサー王」

「伝説通りに考えれば、白き竜を打ち倒した赤き竜の方が強いのは明白でしょう」

 

 ヴォーティガーン。

 セイバーが生前に戦った、戦乱の最中にあるブリテンに、大陸から流入してきたサクソン人を招き入れて統一を目指し、さらなる混乱を生み出した『卑王』の異名を持つブリテン王の一人。

 ブリテン島の意思と同化して魔竜と化し、ブリテンを守護するためにそこに生きる人間すべてを滅ぼそうとした脅威であった。

 聖剣の頂点たる『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』とその姉妹剣『転輪する勝利の剣(エクスカリバー・ガラティーン)』の光を喰らい、ただの一撃でガウェインを地に叩き伏せ、二人の騎士を除く遊軍を全滅に追い込んだ恐るべき魔竜である。

 

「へぇ、その時はどうやって倒したんだ?」

 

 そんなヴォーティガーンとの戦いを参考にしようと、ランサーがセイバーに質問したが、

 

「……駆け付けたランスロット卿が、一太刀で両断しました」

「…………」

 

 まるで参考にならなかった。

 弱点だとか、攻略法とかを知りたいがための質問だというのに、開けてみれば「殴ったら死んだ」並に中身の無いものだった。

 

「まぁ、両断すれば死ぬだろうが……」

「ちなみにランスロットは当時最強の神秘殺しだ。下手をすれば両断しても死なんかも知れん」

「何の参考にもなりませんね」

 

 閑話休題。

 

「取り敢えずランサーさんはライダーさんの援護に向かってください。流石にあのままでは蹴散らされて終いでしょうし」

 

 ライダーの固有結界は特殊であり、呼び出したサーヴァント達を含めた全員が魔力を出し合って作られている。

 その為通常の固有結界より遥かに燃費は良いものの、逆にサーヴァント達の兵数が減れば全体の負担も増え、最終的に維持できなくなるだろう。

 

「おう、怪物退治は得意だぜ」

 

 そこで怪物狩りのプロフェッショナルであるクー・フーリンが参戦する。 

 

「ルーラーさんも。その旗なら、あの赤竜の息吹も防げるでしょう。足りないならボクがフォローしますね。それでも足りないなら令呪を追加して強化してください」

「わかりました」

 

 ルーラーは元々戦場を駆ける英雄。

 この場のサーヴァントの中では最も戦いの経験値が少ないジャンヌだが、その少ない経験値の全ては集団戦である。

 更にその宝具の防御はセイバーの聖剣さえ防ぐほどだ。

 彼女ならば、必ずや赤竜のブレスを防いで見せるだろう。

 

 そんな二人は、ライダーの軍勢を追うように駆け出し、あっという間に最後尾を追い抜いた。

 

「ボクは上から戦況を俯瞰し、各々を援護します。マスターさん達はボクと来てくださいね」

「ま、待て。では、アーサー王とモードレッドは……!?」

 

 地面から出現し、マスター達とアーチャーを掬い上げる様に出現したヴィマーナが、彼等を安全な場所に避難させようとする。

 その作配に、アーチャーを除いて瞬間火力が高いセイバーとアヴェンジャーが入っていない事に氷室が戸惑いの声をあげる。

 

 その困惑に、ギルガメッシュは困ったように苦笑し、視線を向けた。

 

「……?」

 

 セイバーとアヴェンジャーは、無言で一点を注視している。

 氷室だけではない。アイリスフィールや他のマスター達もその視線を追い────言葉を失った。

 

 

「────だってホラ、大本命が残ってるじゃないですか」

 

 

 巨大な竜へ突撃する軍勢の後ろ。

 ソコに居る筈のないローブの男が、悠然と二人の下へ歩いていた。

 

「馬鹿な……!?」

 

 迂闊だった。

 突如出現した最上級の竜種の存在に気を取られ過ぎた。

 

 それにしても王の軍勢の直線上に居る男を見るに、軍勢を素通りでもしない限りあの位置に居るのはおかしい。

 空間転移か透過、はたまた何等かの術か。

 

「彼はただ真っ直ぐ歩いて来ただけですよ」

 

 万象見通す英雄王が、男の()()()だけは辛うじてソレを見抜いていた。

 

「存在感というのは、大きすぎれば逆に気が付かないんですよ」

「……ッッ!?」

 

 意味が解らない。

 常識が邪魔をして理解が及ばないのだ。

 当の本人がこれを聞けば「『知られざる英雄(ミスターアンノウン)』! 次は『光化静翔(テーマソング)』かな? 不知火ちゃんは何処」と、これまた理解不能な言動をほざくだろう。

 

「どうやら彼はセイバーさんとアヴェンジャーさんをご指名の様です。なら、お任せした方が良い」

「……英雄王、奴は何者だ」

 

 エレインが、呟く。

 

 かつて彼女は、とある666種の獣の命を体内に展開した固有結界を内包する死徒(吸血鬼)を殺している。

 だが、目の前の敵は規模も、質量も、何もかもが違う。

 神霊級の竜種を従えるなど、どんな存在なら可能なのだ。

 

「うーん、それを知ってもあんまり意味は無いんですけどねぇ……。アレは……まぁ、有り体に言えば一種の『根源』ですね」

「は────?」

 

 この場の魔術師全員が愕然とする。

 当然だろう、目の前の敵が魔術師の最終目標と言われても、意味不明なのは当然である。

 だが、エレインは知っていた。

 

「根源─────チャタル・ヒュユクの女神でも取り込んでいるとでも言うのか?」

「おや、そういう答えが出るのですか」

 

 アーチャーが珍しく驚きに眼を見開いた。

 エレインが口にしたモノは、約八千年前に名が失われた原初の女神。

 ギルガメッシュにとっても完全に理解の外にある力、国造りの大権能『百獣母胎(ポトニアテローン)』を有している、母なる女神の万物を生み出す力の具現である。

 そして何より大地を創造した地母神たちの母にあたる女神とは、即ち、万物を生み出した「根源」だ。

 エレインは『知識』によってその原初の女神を取り込み、全知全能に近付いた少女と、そんな少女を取り込み神とならんとした魔人のことを知っていた。

 

「いいえ、違いますよ」

 

 だが、英雄王はそれを否定する。

 

「取り込んでいるのではありません。彼は彼自身が有り得ない筈の根源の在り方を獲ている、云わば()()()()()()()()()()と言っていいです」

「……根源、そのもの?」

「或いは宇宙、或いは世界、或いは特異点、或いは太極の具現。ですが既存の根源の仕様からは外れ、星や人なんかの規模を遥かに超えてしまったモノ。何れも本来決してヒトガタで在ってはならない、この宇宙の定めた秩序から悉く逸脱した単一の理です」

 

 話が大きくなってきた。

 魔術知識が乏しい氷室は話に付いて行けていないが、あるいはそれは幸運かもしれない。

 少なくとも、魔術師達は顔色を一変させていた

 自分達の戦っている存在の強さが、規模が、次元が、文字通り違っていたのだ。

 

「彼がそんな存在に成り果てた時点で、本来この世界はとっくに塗り潰され、あらゆる秩序が書き換えられ、押し流されていた筈です」

「でも……そうなっていない」

「えぇ、それがまた何ともおかしな事になっていまして……。根源とはこの世界のあらゆるモノが流れ出した原点……文字通り『全て』の起源だ。だけど彼は、流れ出る筈のモノが全て()()()()()()()()()()。恐らく、彼の内側には一つの宇宙が存在しているんでしょうね。いやはや、神にさえ物理法則は適応されるのに、この星が彼で潰れていないのが不思議でならないよ」

 

 赤き竜も己の内側に存在している世界の住人の一人なのだろう。

 その強度は御察しである。

 立っているだけで、その圧倒的質量で世界が潰れてしまう程の強度。

 時空や次元、因果や摂理を煩わしいと一蹴し、己は己なのだと自己を道理の上に置く不遜を当然の様に押し通す。

 戦いの土俵に立つには同規模の存在のみ。即ち最低でも宇宙規模の存在だ。

 とある蒼輝銀河(サーヴァントユニヴァース)と呼ばれる別宇宙では、「銀河生命論」という自分と同じ存在位階からの攻撃しか受け付けないスキルを原始女神が持つ。

 それと同じだろう。

 

 それこそ、宙や世界そのものを傷付けることを目的とした宝具や権能が前提の存在。

 それでもやっと、一矢報いることができる領域。

 それ以外では、かすり傷一つ付けることすらできないだろう。

 

「ハッキリ言いましょう。彼が本気で戦う気ならば、ボク達は絶対に彼には勝てない。いや、そもそも戦いにさえならない」

 

 魔術師達が、エレインでさえも沈黙する。

 アーチャーの話が正しければ、あの男は幾千幾万の神霊さえも、場合によっては一蹴するだろう。

 英霊の、しかも側面だけを現界させているに過ぎないサーヴァントでは、どう足掻いても話にならない。

 

「ですが幸い、彼はとても手加減をしてくれている。それこそ、蟻を潰さない様に摘まむ程の配慮をね」

 

 ライダーの固有結界が未だ健在なのがその証拠だった。

 もし彼がその気ならば、軽く踏み締めるだけでこの世界は薄氷を割るが如く容易く粉砕するだろう。

 だが、彼は態々赤竜を呼んだ。

 

 そもそも彼の目的である大聖杯の破壊も、サーヴァントやマスター達を無視して行えば良い。

 それこそ、邪魔する余地が無いほど、何が起こったのか認識する暇すら与えず、一瞬以下のうちで終わるだろう。

 にも拘わらず、此方が戦わざるを得ないような言動を取り、こうして態々戦っている。

 

「何故……?」

「さて。ボクも彼の在り方は理解できても、その素性や考えを見通すことは出来ませんから」

 

 勝機は無い。

 だが、活路は存在している。

 そこまで語ったアーチャーはヴィマーナの玉座に座った。

 

「もしかしたら、この場の人に知己でも居るのかも知れませんね」

 

 余りに不条理な存在へと激突する騎士達の戦場を見下ろして。

 

 

 




前書きにも書きましたが、自宅のパソコンが壊れました。
なので新しいパソコンを買うまで携帯での投稿になります。

ネギまを先に執筆したかったのですが、パソコンの故障でスランプに入ったのか、冒頭の所で躓いて、気分直しに七章をプレイして勢いで書き上げてしまったので此方を更新。

繰り返しますが、パソコンが壊れてしまい携帯での投稿になります。
つまり? 誤字脱字のオンパレードだ。

修正は随時行います。
ホント、誤字報告機能助かります。


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第二十三夜 私にいい考えがある

 

 信仰を受けた最高位の竜種に、灼熱の大地にて王の軍勢が突撃する。

 天空のヴィマーナにいるマスター達には、象に群がる蟻のソレに見えた。

 幾ら数十万の大軍だとしても、焼け石に雫ではないのでは、と。

 

「────ッ!!」

 

 突撃する万軍の王は、しかしてどうだろう。

 突っ込んで突き破れる壁かどうか解らないほど、イスカンダルは馬鹿であっても能無しではない。

 相手は幻想種の頂点。

 考えなしで突っ込めば、返り討ちに遭うのが必定。

 だが、

 

『ぬ────』

「挑まずにはいられんのだッ!」

 

 ヴィマーナにしがみつくマスター達、その内のケイネスとウェイバーの目が死んだ。

 

 馬鹿丸出しの戦車による突撃。

 なんの策もなく、ただひたすらの力比べを敢行する。

 一見、というかどう考えても自殺行為に近いそれは、しかしそれこそが最適解であった。

 

『ハッ! ならば来るが良い!! 鈍牛の突進風情で我が身を貫けると思うのならなァ!』

 

 何の躊躇もない突撃が、竜としてのプライドを刺激した。

 絶対強者として、この挑戦に対して避けたりカウンターを仕掛けるなど彼の沽券に関わる。

 

『────プロレスでは相手の技を受けなければならない』

 

 この赤竜が主の影響を多分に受けた者の一人であることは、最早言うまでもないだろう。

 恐らく最初にして最後の、絶好の好機。

 故に、イスカンダルは己のもう一つの宝具の真名を解放する。

 

彼方にこそ栄えあり(ト・フィロティモ)────いざ征かん!」

 

 『神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)』による蹂躙走法。

 真名解放によって放たれる『神威の車輪』完全解放形態からの突進。

 雷神ゼウスの顕現である雷撃効果が付与された、雷気を迸らせる神牛の蹄と車輪による二重攻撃。

 

「『遥かなる蹂躙制覇(ヴィア・エクスプグナティオ)』ッ!!!」

 

 神牛が雷を奔らせる。

 蹄が灼熱の広野を蹂躙しながら頂点に挑まんと突貫した。

 ゴガッッ!!! と、轟音が周囲に響き、それにともない衝撃が走る。

 渾身の突貫に、それに続く軍勢が歓声を上げる。

 しかし、戦車に乗るライダーの顔色は優れなかった。

 

『────()()

 

 そんな歓声を黙らせる、地獄から響くような声が囁いた。

 アジアを蹂躙した征服王の蹄は、赤竜に満足な傷を与えることは叶わなかった。

 

「ぬぅ……!」

『では、次は此方の番だ』

 

 戦車(チャリオット)ごと神牛を、その巨大な両腕で抑え込まれる。

 同時に、その顎に無尽蔵を思わせる途方もない魔力が集束する。

 そんな王の危機に、彼の軍勢は次々に突撃し竜の身体に組み付くが赤竜は山のように微動だにしない。

 ライダーは己が戦車を放棄して退避する選択を選ぼうとした。

 だが忘れてはならない。

 これはライダー一人の戦いでは無いことを。

 

『ッ!? チィッ!』

 

 その場に、鎖が走る音が鳴る。

 今にもその咆哮を放たんとしていた赤竜は戦車を放り投げ、その場から退避した。

 

「おや、どうやらボクの(とも)が天敵の様ですね。流石です」 

 

 赤竜ドライグ。

 最高位の竜種でありながらヨーロッパでは数少ない()()()()()()()()()()()()()

 神性が高ければ高いほど拘束力を発揮する対神兵装である天の鎖は、ドライグにとって竜殺しに匹敵する天敵であった。

 

「────『突き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク)ッ』!!!」

『!』

 

 逃がさんとばかりに、飛び上がったドライグに間髪入れず朱い流星が直撃する。

 本来はB+ランクの宝具が、原初のルーンの強化によってA+に向上した、大神の槍さえも上回る炸裂爆撃がドライグを襲った。

 着弾後、浮遊した朱槍が凄まじい軌跡を描いてランサーの手元に戻る。

 

「チッ、それでも鱗をちっとばかし焦がした程度かよ。野郎、自分の周囲に馬鹿みてぇな魔力を渦巻かせてやがる」

「余の戦車が傷をつけられなかったのは……」

「魔力乱流を突破するだけで力尽きたからでしょうね」

 

 一定ランクの攻撃を遮断する魔力乱流に、更に一定ランク以下の攻撃をカットする肉体は、ランサーとライダーのA+ランクの宝具を見事に防いでいた。

 

『ぬぐッ!?』

 

 展開された『王の財宝』から、中でも巨大な武具────ではなく、()()()()()が展開、射出される。

 余りにも単純な質量による重り。

 それらが地面に縛り付けるようにドライグを襲った。

 

『貴様ら……!』

「生憎と貴方の攻撃を喰らっては此方は一溜まりもない。申し訳ありませんが、何かをさせるつもりはありません」

 

 再び飛来した魔槍に続くように、王の軍勢の重装騎兵が食らい付く。

 それに英雄王は斬山剣イガリマを展開。

 山ごと突き立てるように向けるが、

 

「ッ!」

『鬱陶しいわッ!!!』

 

 それらを、力ずくで薙ぎ払う。

 ただの魔力乱流を意識的に放出する、ただそれだけで。

 無意識に垂れ流していた魔力を意識的に流す、それだけで山や軍勢を薙ぎ払った。

 セイバーで例えるなら、魔力放出を行っただけ。

 端から見れば窮地と言えた状況も、容易く覆せる物でしかないのだ。

 しかしそんな魔力の暴風雨に晒されては、王の軍勢は一堪りもない。

 特に、その王であり先程戦車を投げ飛ばされたライダーの消滅は、その暴風雨の主を現実に解き放つことを意味する。

 

「────主の御業をここに。我が旗よ、我が同胞を守りたまえ!」

 

 それを聖旗の乙女は、己の真名解放で防いでいた。

 

「『我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)』!!」

 

 それは聖女ジャンヌ・ダルクが常に先陣を切って走りながら掲げ、付き従う兵士達を鼓舞した旗。

 天使の祝福によって味方を守護する結界宝具。EXランクという規格外の対魔力を物理的霊的問わず、宝具を含むあらゆる種別の攻撃に対する守りに変換する。

 如何に神霊の域に至った竜種の魔力放出でも、ライダー一人護れない道理はない。

 

「助かったぞルーラー!」

「いえ、護れたとは言いがたいです。私の宝具は範囲が狭い」

 

 ライダーは護れたが、他の軍勢の被害は甚大だ。

 幸いと云えば、暴風雨の主たる赤竜が空に夢中だということ。

 即ち、最大の脅威たる英雄王に。

 

 そんな、常人ならば塩の柱と化すであろう視線を浴びながら、当の本人は嘆息する。

 

「はぁ……やれやれ、ボクは彼方の援護もしないといけないのに」

「……そんな」

 

 呆れるように呟くギルガメッシュと共にヴィマーナにしがみつくアイリスフィールは、彼の移した視線の先を見て、絶句する。

 

 そこには疲弊したセイバーとアヴェンジャーが膝を突いている姿と、無傷のローブ男の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

第二十三夜 私にいい考えがある

 

 

 

 

 

 

 

「ゼェッ……ハァッ…糞ッ!」

「……くッ」

 

 息を切らせ、片膝を突く。

 アーサー王とモードレッドという強者が揃って弱者のような有り様を晒していた。

 

「ッ────ぉおおお!」

『────』

 

 赤雷を奔らせ、弾丸の様に突貫したモードレッドはそのままクラレントを一閃する。

 Aランクの魔力放出によって放たれた一撃は大岩を砕き、人体を容易く両断する威力を秘めていた。

 だが、

 

『……ふむ』

 

 男は、何もしなかった。

 受け止めることも、流すことも、避ける事さえしなかった。

 まるで断頭を受け入れた罪人のようにその刃を受け入れた。

 にも拘らず、刃は一ミリ足りとて男を切り裂くことは叶わない。

 それ所かビクともせずに、体勢さえ崩していなかった。

 

「────ッ、何でだッ……!?」

 

 絞り出すような声で、目の前の光景を理解出来ずにいた。

 

 受け止めるのなら斬り潰せば良い。

 防がれるのなら防げない様に攻めるだけ。

 避けるのならば喰らい付き続ければ良い。

 

 だが、渾身の一撃を叩き込んで微動だにしないというのはどういうことだ。

 

 この一度だけではない。

 既に百を超える剣を叩き込んでいるというのに、まるで手応えがない。

 確かにここに居るし、事実剣は男に叩き込まれている。

 

 脳天に、首に、胴に一ミリも斬り入れることが出来ないのだ。

 それはまるで、湖に浮かぶ月を斬ろうとしているような徒労感さえ覚えた。

 次の選択肢の正解を選べない。

 理解不能────そんな文字が脳裏に浮かぶ。

 

 しかしそんなモードレッドは背後に回ったセイバーを見て、瞬時に跳び下がる。

 そのままセイバーは聖剣のもう一つの鞘を解放した。

 

「『風王(ストライク)────鉄槌(エア)』ッ!!!」

 

 圧縮空気を剣閃に乗せて放つそれは、低ランクながら宝具の域である。

 回り込んだ際の遠心力に風の魔力放出も合わさり、かのヘラクレスの神の祝福(のろい)を受けた肉体でさえ貫くだろう。

 

「────馬鹿なッ…?!」

 

 だが、叩き込まれたそれでさえ、貫く事も、揺らがせる事も出来なかった。

 

『……ぬぅ』

 

 男から唸るような声が溢れる。

 だが、決して苦悶のソレではない。

 まるで困った様な声色だ。

 

「ふざけやがって……!」

 

 モードレッドはソレを、侮辱と受け取った。

 此方の攻撃を一方的に受け、攻撃を一切しない。

 これを侮辱と言わず何という。

 

「バカみてぇに突っ立てんじゃねぇよ! 攻撃一つしやがらねぇ、嘗めんのもいい加減にしやがれ! 案山子か手前は!? お前は此処に何しに来たんだ、あァ!?」

『……成る程、それもそうだ』

「ッ────、王剣よ!」

 

 まるで噛み合わない会話にブチリ、と。

 余裕綽々が過ぎる様子に、モードレッドがキレ、

 

 叫ぶと同時に、その身の魔力を解放して己が邪剣と化した宝具を解放する。

 クラレントが禍々しい血のような紅色に染まり、その形を歪め始める。激音が剣の周囲に発生した赤雷によって打ち鳴らされる。

 その現象は、モードレッドの通常の魔力放出の比ではない。

 アーサー王が手に入れ吸血鬼の侵軍の際にモードレッドに貸し与えられそのまま簒奪した王証たる『燦然と輝く王剣(クラレント)』。

 ランスロットを喪ったその時、王位継承を示す宝剣が憎悪の邪剣に変貌した。

 即ち、宝具の真名解放。

 

「『我が君に捧ぐ血濡れの王殺(クラレント・ブラッドアーサー)』!!!」

 

 宛らそれは紅の極光。

 『燦然と輝く王剣』の刃先から打ち出される最大まで増幅された赤雷が、あり得ざる直線上の雷の柱となって轟音と共に殺到する。

 

 

「くっ!」

 

 行使者と標的以外では最も近くにいたセイバーが、轟音と共に視界を奪われる。

 砂塵を巻き上げながら、減退していく赤雷はそこにいる存在を喰らい尽くしたあと大地に傷跡を付けて消えた。

 

「…………嘘だろ」

 

 ────────全くの無傷の男を除いて。

 

 傷一つ。

 身に纏う影の如き外套にさえ一片の襤褸も無い。

 自身の憎悪と復讐の結晶、ソレが全く通用しなかった。 

 

 理解が出来ない。してはならないと心が悲鳴を上げる。

 何故なら、それはランスロットへの想いが目の前のポッと出の男に劣ることを認めることになるのだから。

 

「……殺す、殺す殺す殺す! 殺してやるッ!!!」

 

 真名解放の名残で疲弊した身体を無理矢理動かし、絶対に認められない存在を消し去らんと立ち上がる。

 だが────

 

『お前の言う通りだ、モードレッド。敗戦濃厚な戦いにこそ、真に力を発揮できるというもの。ならば此方も動かなければ無礼だったな』

 

 ならば、此方からと。

 その言葉を皮切りに、男が初めて腰を落として────消えた。

 

「────────」

 

 斬られた。

 脳天から鎧などまるで関係無いと、股下までを両断された。

 肉体が開き、血潮と臓物が溢れ落ちる様を別たれた目が死を、認識し、視 界が、崩 れ────

 

「ッ!!??」

 

 腰が大地に落ちる。

 ソレで漸く、自身が生きている事を認識した。

 

「モードレッド?」

「………………………」

 

 憎き父の困惑する言葉に反応する余裕は、モードレッドには無かった。

 思わず、傷一つ無い額に触れる。

 ぶわり、と汗が吹き出た。

 

「(斬られた)」

 

 刃が自分の肉を切り裂き、通る感触を確かに感じた。

 衝撃は未だ残っていた。

 だが、何故生きている。

 

 答えは単純。

 斬られていないからだ。

 

 世界の外側へ弾き出されたらんすろは、何度も世界に戻らんと試行錯誤していた。

 尤も、入れても世界の裏側。

 必然的に彼の行動は世界の外側と裏側を行き来するものとなっていた。

 

 そんな中、幻想種や世界の外側に存在していた怪物と言える存在を相手にしながら、切に思っていた。

 

 ────立ち上がってくれ、と。

 

 らんすろは既に『刃世界・終焉変生(ミズガルズ・ヴォルスング・サガ)』────幕引きを極め、通常攻撃にしていた。

 放つ刃は全て御都合主義の一撃。

 

 相手が何であれ、一振りすれば事足りる。

 心踊る剣線の駆け引きも、血沸き肉踊る激戦もない。

 

 その様に求め、その様に極めたのだ。であれば、その幕引きは必然である。

 振れば終わるのだ。其処に愉悦も糞もない。

 成る程、これは凄いのだろう。

 だがこれでは素振りと変わらないではないか。 

 

 小学生がかめはめ波の練習をして、間違って出来てしまった様なものだ。

 その為に鍛えてきたので満足だが、此のような事態は正直困る。

 

 そこから悩んだが、彼の願望は基本的に内側に向く。

 それが己の力ならば尚更。

 なので他者をどうこうしようとは思わない。

 死者が存在せず、全力を振るえる世界を作ろうとは思わず。

 自分に互する強者を求めるわけでもない。

 

 だから彼は考えたのだ────手加減の仕方を。

 

 最初は単純に峰打ちを行ったのだが、峰打ちなど知らんと言わんばかりにそのまま斬ってしまった。

 次に獣の骨を使ってみた。

 文字通り無骨極まりないそれならばと。

 しかし相手は真っ二つになり死んでいた。

 これも駄目だった。

 

 その後も、枝や草葉。

 鎖や紙、布などで試してみても綺麗に斬れる。

 最後に残ったのは手刀だったのだが、これも見事に斬れてしまった。

 寧ろ『無毀なる湖光(アロンダイト)』以外の得物では一番の手応えであった。

 

 これには流石の彼も頭を抱えた。

 今や彼の全てが斬神の神楽。

 斬れぬものなど、最早無かった。

 

 世界の外側でさえ、その気になれば斬ってみせるだろう。

 しかし彼は剣神ではあったが、剣鬼ではなかった。

 別に最強を証明したい訳でも、誰よりも強くなりたい訳でもない。

 そこで彼は思い出した。

 天啓に等しい記憶が、脳裡に浮かんだのだ。

 

『────逆に考えるんだ。別に斬らなくても良いさ、と考えるんだ』

 

 彼は長年の試行の末、『斬った振り』に辿り着いた。

 斬らなくても良い。

 斬ったと錯覚させるのだ。

 

『唐竹、袈裟切り、逆袈裟、右薙ぎ、左薙ぎ、左切り上げ、右切り上げ、逆風────』

 

 人の思い込みとは凄まじいものである。

 傷を負っていないのに、傷を負ったと思い込めば痛みは発生し、果ては本当に傷が付く。

 彼はそれを痛みの段階に留めようとした。

 プロのパントマイムで、実際に壁を感じさせるように。

 斬っていないのに斬ったと錯覚させるのだ。

 それが彼が辿り着いた、これまた元ネタの存在する────『エア斬り』である。

 

『────斬りたい放題だ。どうした? 隙だらけだぞ』

 

 モードレッドの背後に立つ男は、まるで教え子に物を語るように言い放つ。

 サーヴァントに死を感じさせる程の、恐るべき斬気。

 否、ソレよりも────

 

「ふざけやがってッッ……!!」

 

 余りの屈辱に目眩を起こしそうだった。

 

 ────剣士だ。

 目の前の男は、剣使いだ。

 にも拘らず、男は今尚その両手に刃を持ってはいない。

 アーサー王やモードレッドを前にして尚、得物を手にしてすらいない!

 

「ぁああああああアああッ!!!」

 

 何故そんな事をしているのか。

 理由は明快である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「手加減している!?」

「だから、先程も言ったでしょう」

 

 凄まじい勢いで飛行しながら武具を射出するギルガメッシュの言葉に、マスター達はいよいよ絶望を感じていた。

 

 特にエレインと氷室の危機感は凄まじいものだ。

 彼女達はモードレッドの戦闘能力をよく知っている。

 生前のアーサー王がロンゴミニアドを用いて、致命傷を受けながら倒した叛逆者。

 

 そんな彼女の全てを何もせずに受け切り、あまつさえ容易く翻弄する。

 未だ開帳していないセイバーの聖剣。

 しかしモードレッドの切り札を微風のように受けた相手に、傷を付けることが出来るか否か。

 

「しかし、些か茶番感が酷くなってきましたね」

「何?」

 

 そんな聖槍で周囲を護るエレインが、アーチャーの言葉に疑問符を上げる。

 茶番、とはどういうことだ、と。

 

「だって、彼は勝つ気がない。少なくとも今は」

「……何故だ」

 

 聖杯の破壊。それが奴の目的ではないのか。

 だが、それではアーチャーの言う手加減の理由が分からない。

 そんな彼は視線の先をエレインの持つ聖槍に向けた。

 

「うーん、まぁ仕方無いでしょう。ランサーのマスターさん、()()()()()()()()()()()()()()?」 

「! ………可能だ」

「うん、ではあの竜は貴女に任せますね」

「はぁ!?」

 

 驚愕するエレインを尻目に、ニヤリと笑いながら英雄王は指を立てた。

 

 ────ボクに考えがあります、と。 

 

 

 

 

 




我が君に捧ぐ血濡れの王殺(クラレント・ブラッドアーサー)
ランク:A+
種別:対軍・対国宝具
レンジ:1~50
最大捕捉:800人『燦然と輝く王剣』の全力解放形態。荒れ狂う憎悪を刀身に纏わせ、剣の切っ先から直線状の赤雷を放つ。『燦然と輝く王剣』はモードレッドが手にしても本来の性能を発揮しないが、その「増幅」という機能は失われたわけではない。
この宝具は魔力放出スキルの応用であり、真名解放時に『燦然と輝く王剣』を構えた彼女を中心にした一帯が血に染まり、父への憎悪を魔力という形で剣に叩きこみ、増幅させて打ち放っている。

 基本的に原作通り。
 差異はアーサー王特攻ではなく、ブリテン関連者とあらゆる国家の王者に対しての特攻である点。
 云わば対ブリテン、対王宝具としても機能する。
 なんで第四次では特攻相手がてんこ盛りだったり。
 彼女にとって憎悪する父の名を冠したこの宝具は憎悪の象徴であり、らんすろに対する執着の結晶。
 まぁ当の本人には案の定アレだったが。

 ドライグの防御力については、ジークフリートの『悪竜の血鎧』とプリヤの黒化セイバーの魔力放出の壁の合わせたものの上位互換です。
 ティアマトほどじゃないが、英霊の域を超えたのだとこんな感じかと。
 ですのでランサーとライダーの宝具では魔力放出の壁は突破出来ても鎧は突破出来なかった訳です。実質A+ランクの宝具じゃ突破不可。
 突破にはA++以上でゴリ押しで魔力放出と鎧を剥いで攻撃を充てる必要があります。
 勿論それで即殺できるわけでも、ジッとしてくれる訳でもありませんが。

 らんすろはどうやって倒したって?
 無視して斬ったんだよ()


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第二十四夜 自罰

 

 砂塵舞う荒野に、轟音が響く。

 それは万を超える軍勢の雄叫びと、上空から射出される武具宝物の着弾音だ。

 そしてそれらを蹴散らす竜王の咆哮である。

 

「────策があるのか?」

 

 自身に考えがある。

 そう言ったギルガメッシュに、エレインが問い掛ける。

 

 戦況は芳しくない。

 ライダーの固有結界によって数の有利をより強くしたものの、ドライグという隠し箱によって天秤を大きく逆転された。 

 

 だが、他ならぬ英雄王の策だ。

 試してみる価値はあるだろう。

 

「竜は任せると言ったが、流石に直訳では無いだろう? というかもしそうなら私は逃げるぞ」

「そんなことは言いませんよ。その槍ならば致命傷を与えられる。だからトドメは()()()にお任せしたいと言いたかっただけです」

 

 それに、と。

 他のマスター達にも視線を向ける。

 

「貴方達にも手伝って頂きますね?」

「────!」

 

 そして英雄王は語った。

 己の策を。

 語るにつれ、絶望に染まっていたマスター達の表情が明るくなる。

 少なくとも赤竜に関してだけなら、それは間違いなく勝機といえる采配であったからだ。

 だが、

 

「……それは効果があるのか?」

「…………………………」

 

 エレインはチラリ、と青ざめている少女を見た。

 氷室のその顔色は、かなりの無茶ぶりを押し付けられたが故の、当然のものだった。

 

「大丈夫ですよ。万が一の時も問題ないように宝具も渡しますから。まぁ、彼の観たところの性格なら万が一も無さそうですし」

「……本当に必要なのか? 一応数少ない旧友なのだが」

「えぇ。本来ならエアと言えど、彼を打倒することは不可能です」

「馬鹿な……」

 

 エア────アーチャーの切り札の存在を知るマスターだった時臣は、信じられないように呻く。

 英雄王の切り札は、それこそサーヴァントとして聖杯に召喚されうる英霊の持つ宝具の中でも頂点に位置する宝具だ。

 それでも打倒することは出来ないと、もう手段がない。

 

「これはあの竜もそうですが、そもそも直撃させられなければ話にならないからですね。彼の場合人の身で太極に至ったのなら本来鈍重な訳がない────避ける気があるのなら、ですが」

「どういうこと?」

 

 キョトン、とアイリスフィールが首を傾げる。

 避けるまでも無いということなのだろうか?

 

「ま、試してみる価値はあるかと。さぁ、作戦をサーヴァントの皆さんに伝えてくださいね。くれぐれも顔に出させないように」

 

 アーチャーの作戦がサーヴァント達に念話によって伝わる。

 

『────』

 

 予め「表情には出すな」と言われたにも関わらず、それは顕著だった。

 

「グフっ、かはははは……っ」

「へぇ? 面白そうじゃねぇか」

 

 瞬時に膨張した筋肉で堪えんとして、ライダーはたまらず笑いが溢れる。

 獣のような笑みを浮かべ、今尚迫る竜の鉤爪を避けるランサー。

 

「────」

 

 聖剣を振るい、しかし相手に触れる前に腰で身体が両断される衝撃を受け、死を体感し冷や汗を噴き出しながらセイバーは即座に跳び下がった。

 

 もし目の前の敵がその気ならば一体何分割、何回分死んでいたのだろうか。

 余りにも底知れない、しかし何処か狂おしい程の既視感を感じる。

 しかしそんな疑問を、風に乗せられたエレインとアイリスフィールの声が掻き消す。

 

「……!」

 

 言葉や表情に出すことは無かったが、その瞳は戦意が漲る。

 この騎士王、子によく似て負けず嫌いだ。

 圧されっぱなしは我慢ならない。

 問題は先程から怒り狂っていた叛逆者だが────

 

「……スゥ────」

 

 怒りは過ぎれば静かになる。

 無表情に、無機質なまでに感情が凍り付いたモードレッドは、息を吐き出す。

 そうしなければ頭の血管が引き千切れてしまいかねなかったからだ。

 

 如何に復讐者に身を落とそうが円卓の末席。

 目的を達するために私情を殺し、役割を果たすことは慣れている。

 身体から漏れ出す火花を散らすのは、致し方無いだろう。

 

 そんな彼等を俯瞰した英雄王の背後から、捩れた本体から炎のような複数の刀身を形成した巨剣が出現する。

 シュメールの戦の神ザババが使用していた紅の刃。

 それを以て、彼は高らかに反撃の狼煙をあげた。

 

「さぁ、反撃と行こうか万海灼き祓う暁の水平(シュルシャガナ)

 

 

 

 

 

 

 

第二十四夜 自罰

 

 

 

 

 

 

 

 

 竜がその腕を振るう。

 万海灼き祓う暁の水平(シュルシャガナ)によって放たれた熱波の斬撃と赤竜の鉤爪は、熱波を両断されるという結果に終わる。

 が、敗北した炎がまるで生きているように渦へと変わり竜に絡み付いた。

 

『鬱陶しいと言った!』

 

 再度腕を振るい、それだけで炎の竜巻だけでなく巻き込まれた数百の兵が吹き飛ぶ様はまるで足元に群がる蟻を踏み潰す様だ。

 事実、蟻も同然であった。

 

 『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』は数十万の生前の配下と軍を召喚する宝具。

 中には王であるイスカンダルよりも強い英雄が何人もいるが、しかし彼等にはどうしようもなく欠けているモノがある。

 そう、彼らは己の象徴たる宝具を持っていない。

 

 真名解放処の話ではないのだ。

 武器は持っているだろうが、本来の得物に比べれば余りにも脆いだろう。

 確かに白兵戦という点ならば無敵に近いだろう。

 それこそランサーがアイルランドで召喚されるか、ヘラクレスでもない限り突破不可能な軍勢。

 しかし偉大なる赤竜にとって無視するには鬱陶しく、しかし何等障害にも障壁にもならない存在達でしかない。

 

 そんな中を駆け巡る猛犬が、頭上の金王と並ぶほど厄介さを見せていた。

 ルーンによる行動の妨害。

 ブレスを吐こうとするも宝具の投擲で悉く妨げている。

 そこには、一種の慣れさえ見せているほどだ。

 

 なるほど、軍勢を率いる王も、彼等を鼓舞し支える聖女も英雄の名に相応しい程に強いだろう。

 だがこの状況で二人には無く、ランサーとアーチャーにある物が差異となっている。

 

 言うなれば、経験だろう。

 軍勢を率いることに関しては人類史でも屈指のライダーだが、怪物退治の経験は流石に無い。それはルーラーも変わらない。

 その点ランサーとアーチャー。

 怪物犇めく二つの神話の頂点に立つ英雄の二人は流石と言えよう。

 

 ギルガメッシュのその有り余る武具宝物はドライグの鎧を貫くだろう。

 事実スキルか魔術によるものか、徐々に竜の鎧に幾つもの傷をつけていた。

 何かを試すように、機を窺うように。

 その所作を赤竜は危険と判断し、あの二人を潰すのが勝敗を別けると考えた。

 

 中々どうして面白いと、そんな戦いの愉悦に浸っていたドライグに────

 

『────』

 

 ─────ザクリ、とあり得ない音が静かに鳴った。

 一つだけではない。

 百では利かない量の音がドライグの聴覚を撃ち鳴らす。

 否。それ以上に、自身の身体を蝕むこの痛みは何なのか────!?

 

『な────!?』

 

 ドライグは見た。

 今まで雑多なハエの様な、ただ鬱陶しいだけの雑兵達が、自分の身体に刃を突き立てていたのだ。

 

 有り得ない事だ。

 仮に彼等王の軍勢が自身の宝具を持っていたとしてもこうはならない。

 それこそ、自身の鎧である魔力放出と鱗皮を突破できるのは魔力を切り裂く類いの宝具か、竜殺しの宝具が相応の担い手によって振るわれる時のみ。

 或いは、あらゆる理屈を無視して斬り裂く斬神の神楽ぐらいのもの。

 そして後者は複数存在した場合世界の破滅と同義であるため除外される。

 そうなれば、選択肢は一つしかない。

 

「がはははは!!」

 

 ライダーの高笑いが響くと同時に、豪雨の様な破魔の矢や槍、宝物が次々と飛来した。

 

『ぐぬぅぅうう!?』

 

 行ったのは単純明快。

 『王の軍勢』の中には主たるイスカンダルを戦士としては遥かに凌駕する英雄も存在する。

 そんな彼等に『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』の破魔の宝具と竜殺しの宝具を持たせたのだ。

 

「まぁ、大人のボクは絶対にしないでしょうけどね」

 

 本来絶対に成立しない、無双の軍勢が其処に誕生した。

 イスカンダルも高笑いしたくもなる。

 竜種には本来適応されない、数の暴力が成立したのだ。

 破魔の宝具が魔力放出を切り裂き、露になった竜の巨体を竜殺し、怪物殺しの宝具を持った軍勢が突撃する。

 

 これにはドライグも堪ったものではない。

 塵の山と断じた者達が、決して無視できない強者へと変貌していたのだ。

 巨体故に的が大きく、一度態勢を立て直さんと翼を広げ飛び立とうとするが、

 

「聖槍よ!」

 

 空に翔ぼうにも、エレインのロンギヌスが大気を統べて巨大な竜巻を複数形成する。

 それらが重なり、風の高圧削岩機として竜の飛翔を阻んだ。

 正しく八方塞がりである。

 そんな状況に、ドライグの選択は酷くシンプルだった。

 

『全て纏めて消し飛ばしてくれる!!』

 

 莫大な魔力がその顎に集結する。

 その威力は最強の聖剣と比較にさえならないだろう。

 神霊に等しい竜の全霊の息吹。

 ギルガメッシュの推測よりも上の魔力は、文字通り全てを消して余りあるだろう。

 如何に聖旗であっても、防げるものではない。

 或いは、聖女の自身を犠牲にした特攻宝具なら相殺は出来なくとも威力の減退はできるやも知れない。

 ルーラーはそう判断し、自らの固有結界そのものである剣を抜こうとするが────

 

『ルーラー! 令呪を使え!!』

 

 大気が運んだエレインの声に、即座に意味を悟った聖女は輝く左手を掲げる。

 

「アーチャー! かの竜王を即座に拘束しなさい!」

 

 令呪による強制補助。

 それにより破滅の息吹を放たんとしていたドライグの元へコマ割りの様に、まるで初めからそこに存在していたと言わんばかりに天の鎖が現れた。

 

『────ッ!』

 

 ドライグの有する神性に比例し強く、太く強靭に変貌する鎖が竜のアギトを縛り上げる。

 古代においてウルクを襲った神獣「天の雄牛」をも束縛した鎖。

 全身に巻き付いた鎖は際限なく絞られていき、両腕をあらぬ方向に捻じ曲げ、首を絞り切ろうとしていた。

 

『く────はははははははッ!! 良いぞ! 力比べだ!!』

 

 しかしそれでも竜は動こうと鎖を軋ませる。

 赤竜の戦意は些かも衰えず、寧ろ漲らせながら台風の如き魔力を爆発させる。

 如何に神をも縛る対神兵装であっても限界はある。

 ドライグは鎖を引き千切らんと咆哮を上げ────。

 

「────────“However one of the soldiers(しかし、一人の兵卒が) pierced his side with a spear,(槍でその脇を突きさすと、) and immediately blood and water came out.(すぐ血と水とが流れ出た)”」

『────』

 

 その一節が、咆哮を切り裂いて世界に響いた。

 赤竜の拘束は成った。それが一時的であっても、僅かな時間だとしても。

 確実に当ててみせると槍を振るう。

 

 聖槍がズレるように一振りの黒い短槍が現れた。

 それを大切に懐にしまい、それを以て神殺しの聖遺物の制限が解除される。

 異形の毒に浸され、そのものの断片となった黒槍が聖槍の神秘を抑え込んでいたのだ。

 それは蛮人によって使われ、発掘されてからエレインが使用し続けていた分の負債。

 その返済の時であることを示していた。

 

 ────世界を制する、神の死を証した槍。

 その特権は当然のリスクが存在する。

 

 つまり逆なのだ。

 宝具を使用する為には魔力がいる。起動するにも、真名解放なら尚更。

 だが世界を制する力に担い手の魔力は必要無い。

 ただ代償として世界を操った負債が積み重なるだけ。

 威力はサーヴァントの宝具の域にとどまらない。

 故にその一撃は真名解放と言う名の返済である。 

 

 

「────運命貫く嘆きの聖槍(ロンギヌス・クラーゲン)』!!

 

 

 それは、かつて蛮人が振るいカーボネック城を跡形もなく消し飛ばし、そのまま三国を滅ぼして呪いを押し付けた嘆きの一撃。

 対神と対悪に絶対の神秘を宿す神殺しの槍は矛先から極光を放ち、それが赤竜の破滅の息吹を蓄える顎ごと竜を呑み込んだ。

 凄まじい轟音と共に、神々しい光が世界と竜を蹂躙する。

 対国宝具の規模の嘆きの光は、堅牢無比な竜の鎧など悉く粉砕した。

 

『まだだ! まだ足りない!! どうした英雄共! お前たちはこんなものか!? この程度では、()()()()()()()()()()()!!』

 

 だが。

 それでも、竜は健在であった。

 鱗皮を剥がされ肉を大きく抉られながら先の景色さえ見える程の傷だというのに、赤竜は再び魔力を収束する。

 惜しむらくは聖槍の一撃で天の鎖が千切れたことだろう。

 だからこそ、嘆きの一撃を受けて尚倒れない幻想にエレインは驚愕を隠せなかった。

 何度でもと言うように、一度放たれれば終わる息吹を撃たんとする。

 それは竜種の最高位にして絶対強者としての矜持か、はたまた意地か。

 

 

 

 

「────その心臓、貰い受ける

 

 

 

 

 そんな怪物の抵抗を当然のように嗅ぎ取ったクランの猛犬が、それを許さなかった。

 いつの間にか懐に入り込んでいたランサーが、遂にその牙を突き立てた。

 

 相手の心臓に槍が命中したという結果を作り上げてから槍を放つという、因果逆転の呪詛。

 既に『心臓を刺した』という結果を起こしてから槍を放つため、槍の軌道から身を避けても意味がなく、必ず心臓に命中する権能一歩手前の域に達した光の御子独自に編み出した必殺の奥義。

 

刺し穿つ(ゲイ・)────死棘の槍(ボルク)

 

 静かに放たれた呪いの朱槍。

 どれだけの硬度の鎧を纏っていようが、既に結果が決まっている以上貫くだろう。

 万全の状態のドライグならばその神秘と魔力で逆転された因果そのものを押し潰したかもしれないが、それは叶わぬ可能性。

 竜殺しの宝具で傷つけられ、天の鎖に縛られ、挙げ句の果てに神殺しの聖槍に負債を押し付けられた。

 そんな状態で権能の領域に足を掛けた呪詛を覆せるハズもなく。

 

『……見事』

 

 雷鞭のように疾走した朱槍が、無尽の魔力を生み出す竜の心臓を破壊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 竜の断末魔が響く。

 といっても、心臓を穿たれても死ぬような生易しい生き物ではない。

 肉体を棄てて魂のみで存在する第三魔法そのもの。

 霊というには格が違いすぎるが、例え権能紛いの呪いの魔槍とて殺しきるのは不可能だろう。

 

 それでも、一時は弱体する。

 不治の呪いはゲイ・ボルクだけでなく、ロンギヌスの聖槍も該当する。

 漁夫王に不治の傷を与え、とある阿呆に呪詛ごと叩き斬られるまで苦しめた呪い。

 

 不治の傷を与える神殺しの槍は、その弱体をより強く押し付けるだろう。

 そうなれば万全ならば数分は持たない天の鎖でも、容赦なく竜の巨体を制限なく縛りきる。

 竜殺しこそ成せなかったが、封じることは出来たのだ。

 マスターに依存する身では中々に上等だろう。

 

「そして本命は此方だ」

 

 ギルガメッシュは、その優れた思考速度で状況を俯瞰する。

 

 再度憎悪と怒りに染まり赤雷を奔らせる復讐者と、背後に聖剣を構える騎士王。

 そんな、凡百のサーヴァントなら裸足で逃げ出しかねない敵に相対しながら、赤竜が縛られた事に驚きと感嘆した様にそちらを向く男。

 

「(まぁ、それもしょうがないか。油断以前の話だからね)」

 

 叛逆の騎士と騎士王による、激烈たる数百の剣戟。

 そして復讐者の切り札(エース・イン・ザ・ホール)

 それらを浴びながら無意味と切り捨てる男の強度。

 勿論ソレにはカラクリが存在する。

 

 古今東西、あらゆる神話や伝承で不死身や無敵を誇った英雄や怪物は山のように存在する。

 英雄ならばギリシャ神話のヘラクレスにアキレウス。

 彼らは神々の呪いや祝福で無敵に等しい体を得た。

 ヘラクレスはBランク以下のあらゆる攻撃を無効化し、蘇生魔術の重ねがけで代替生命を十一保有する。

 アキレウスならば唯一の弱点である踵を除き、一定の神性を有しないあらゆる攻撃を無効化する。

 

 そんな風に、必ず抜け道や弱点は存在するのだ。

 先程捕縛されたドライグもそうだ。

 魔力放出と強靭な鱗皮によって一定の攻撃を遮断する。 

 この場合は一定ランクの攻撃だけでなく、魔力殺しの武具で魔力放出の鎧を切り裂き、鱗皮も竜殺しの武具で一定ランク以下の宝具で貫くことが出来た。

 ヘラクレスも生前の死因であるヒュドラの毒ならば、十一の生命を無視して殺すだろう。

 

 なら、彼はどうだろうか。

 

 男の在り方はあり得たかもしれない根源そのもの。

 彼は本来この世界に存在しない。

 否、存在してはならない者だ。

 例え現代兵器でも、神代の魔術でも、宝具でさえ通じない概念宇宙そのものなのだから。

 そして正面から通じるのは、そんなデタラメと同等以上の質量の魔力か神秘。

 

「ぶっちゃけ、そんなモノ存在しないんですけどね」

 

 有り体に云えば最強である。

 蟻がどれだけ足掻こうが、星の軌道は変えられない。

 それが道理だ。

 物理法則を、既存の秩序を完全に無視し己のみで単一の理を体現する存在には、本来力押ししか方法はなく。

 強度だけならこの宇宙さえも上回る埒外に力比べなど、正気の沙汰ではない。

 なら、弱点を突くしかない。

 

「────」

 

 発動寸前となったクラレントを構えるモードレッドは、己の身体に魔力によって力を底上げされる感覚を覚える。

 間違いなく、令呪による後押しだ。

 

 自分の役回りは開幕の踏み台。

 そんな役回りを考えたアーチャーと、何よりそんな役回りしか果たせない自身の無力を呪いさえする。

 だが、それでも目の前の怪物に一矢報えると言うのならば。

 八つ当たりという意味合いも大いにあるが。

 

我が君に捧ぐ血濡れの王殺(クラレント・ブラッドアーサー)!!」

 

 再び放たれたその赤雷を開始の合図として、ギルガメッシュはヴィマーナから舞い降りる。

 落下しながら、演劇を舞台裏で見守る監督のような心理だ。

 違うのは、監督自身が舞台に上がる点だろうか。

 

 極大の赤雷が男を容易く呑み込む。

 物体を分解、熔解させる熱量の中でさえ、男にとっては子守唄に等しい。

 精々知覚の一部が音と光で塞がれる程度に過ぎない。

 無論、それだけで男の超越した知覚は無くなるわけではない。

 そうしている間にも、男は聖剣を構える騎士王も。

 落下しながら宝具を取り出す英雄王も把握している。

 

 ────あぁ、やはり彼は勝つ気がない。

 

 何度も繰り返してそれを再確認する。

 勝つ気処か、相手の戦意の向上さえ考えている。

 戦いにおいて勝つ気がなく、あまつさえ敵の応援を本気でしている。

 これが茶番や喜劇でなくてなんだ。

 

「(残念です。例え即座に斬り捨てられるとしても、本気の貴方と対峙したかった)」

 

 それでも、赤竜というとびきりの遊び相手を呼んでくれたせめてもの返礼として、ギルガメッシュは切り札を『王律鍵バヴ=イル()』を以て蔵の最奥から抜く。

 

『────!』

 

 先程よりも長く強大な赤雷。

 しかしそれを受ける男にとっては、腕を振るえばたちまち霧散するであろう脆弱なものでしかない。

 だが、それでも男は動きはせず、甘んじてソレを受けた。

 

 そして期待する。

 さて、次は何を仕掛けてくるのか。

 次第に赤雷が途切れ、同時にこちらに向かって飛来する物体を知覚する。

 飛来する次なる一手を受けて立とうと視線を向けて────絶句した。

 

「っ────!!」

 

 飛んできたのは、涙を精一杯堪えた幼い少女だった。

 というより、氷室鐘だった。

 

 流石の男もこんな一手は想定していない。

 余裕があるなら『親方! 空から幼女が!!』と内心叫んでいたかも知れないが、彼女の抱えるモノが問題だった。

 

 発光する宝石。

 ラピス・ラズリだろうか。

 氷室は人の頭程はあろうソレを必死に抱えるが、その宝石はその身を犠牲に爆発せんとしていた。

 壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)とでも言いたいのだろうか。

 更に問題なのはそんな神風特攻極まる少女の後ろ。

 

 既に虚空に君臨するソレを持つ片腕を鎧で包んだアーチャーが先程突き刺していた、奇妙な宝具だった。

 円柱状の刀身を持つ突撃槍のような妙な形状の、剣というには余りに違うソレは三つの円柱が回転していき力場を発生させる。

 三つの石版はそれぞれ天・地・冥界を表し、これらがそれぞれ別方向に回転することで世界の在り方を示し、この三つすべてを合わせて"宇宙"を表していた。

 

「起きろ『エア』。これ以上ない相手に、寝惚けている余裕など無いだろう?」

 つまり人体を容易く塵にする三層の巨大な力場に、氷室は晒される事を意味していた。

 

 男は即座に腕を振るう。

 先程までの寸止めなどせず振り切った手刀は、爆発寸前のラピス・ラズリと空間を切り裂き、宝石は割れた硝子細工の様に砕け霧散していく。

 ソレに驚愕しながら、氷室は目の前に発生した空間の裂け目に飲み込まれていく。

 

 それは平時なら大事だが、この場は固有結界。

 切り裂かれた空間の先には、現実世界が存在するだけ。

 刹那に行われた神域の絶技は、しかし余りに致命的な隙であった。

 

「────さぁ、貴方の宇宙に亀裂を刻んでみせよう」

 

 エア神とは星の力が擬神化された存在であり、この星を生み出した力の再現が乖離剣エア。

 他の宝具とはその出自からして一線を画しているその宝具は、開闢────つまり全ての始まりを示す彼の最終宝具とされ、メソポタミア神話における神の名を冠した剣。

 エア神は地球がまだ原始の時代だった頃に星造りを行った一柱であり、エアの名を冠したこの剣は最大出力では空間変動を起こす程の時空流を生み出すことも出来る。

 

 即ち権能という、物理法則が安定してそうした過剰な存在が現界することは許されない現代の地上において、自身の崩壊を含んだ神の特権の具現。

 天地開闢以前、星があらゆる生命の存在を許さなかった原初の地獄そのもの。

 

 しかしこの場は抑止力さえ動かない固有結界。

 権能行使の自壊も、この場なら発生しない。

 英雄王の奥の手は、その全能を発揮できる!

 

 

「────天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)!」

 

 

 かつて混沌とした世界から、天地を分けた究極の一撃。 

 それが再び宇宙(せかい)に向かって放たれた。 

 

 そう、これこそが彼に通じる例外。

 世界を切り裂いた対界宝具だけが、太極の具現と化した男を傷付けることが出来る唯一の手段である。

 

『────おッ』

 

 皹が、走った。

 ピシリッ、と。ほんの僅かなソレは、あり得ならざる宇宙の亀裂であった。

 対界宝具は、しかし天地のように宙を両断する事など叶わず。

 小さな小さなヒビを入れるに止まった。

 致命傷処か掠り傷ですらない。

 しかし、その影響は劇的である。

 

 1500年間その働きをしなかった痛覚が稼働する。

 痛み、傷み、苦痛(いたみ)────

 肌が粟立つ。あり得ならざる亀裂を刻んだ。

 もし、生まれながらにそうであったのなら、その激痛に何も出来なくなるだろう。

 悶え、のたうち回るに違いない。

 或いはショックで意識を喪うのかもしれない。

 

約束された(エクス)────」

 

 だが、そんな久方ぶりの傷みなど男は眼中に無かった。

 空間が捩じ切れ声なき悲鳴を上げる中、彼は確かに見た。

 固有結界が対界宝具の発動に伴い崩れ、破綻していく大地。

 奈落に堕ちるように、深淵に呑まれる男に向かう一筋の光を。

 

『────あぁ、まったく』

 

 星の聖剣を持った、余りに美しい月の光がダメ押しと言わんばかりに振るわれる。

 担い手の少女は気付いていただろうか。

 星にとって史上最大の脅威に対し真の力を発揮せんと輝いていた聖剣を。

 

 

「────勝利の剣(カリバー)!!!」

 

 

 だが、男は少女の姿に安堵していた。

 彼女の結末は知らない。

 或いは知識通りに終わる事なく、はぐれた童の様にさ迷っているのかもしれない。

 それでも、彼女は変わらず剣を振るうのだと。

 

「────こうなるように望んだとはいえ、敵前逃亡の厳罰としては些か栄誉が過ぎるな」

 

 最後まで、くだらぬ戯言を溢しながら微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界は照り付ける太陽輝く灼熱の大地から、汚泥溢れんとする邪悪の祭壇に帰還した。

 アレだけの激闘に、しかし大空洞にある痕跡は最後の聖剣の残した、ほんの僅かな爪痕だけ。

 無論、一足先に現実に戻っていた氷室に傷一つありはしない。

 

 固有結界の消滅と共に赤竜も姿を消していたのか、巨大に膨れ上がった鎖もジャランと音を立てて回収、金色の粒子となって王の軍勢に貸し与えた膨大な量の武具と共に蔵へと還っていった。

 

「彼は本来、この星の地表に立つことすら儘ならない。なら、何故立っている?」

 

 英雄王の声が、大空洞に小気味良く響き渡る。

 それは呆然としている幾人に語り掛ける様だった。

 

「当然無理をしているのでしょう。それこそ、こんな風に亀裂に少し大きめの釘を打っただけで()()()()()()()()()()()()()()

 

 何? とライダーの声が溢れる。

 本来、この程度の方法で一矢報える存在ではないのだと、アーチャーは口にした。

 

「何等かの方法で自身の力、或いは質量を抑え込んでいた」

 

 自重で世界を押し潰さないように力点を己に向ける。

 そんな制限方法があることが不思議でならなかったのだ。

 どちらにせよ、デタラメが過ぎる。

 

「酷い無茶だ。何が酷いって? 本人がソレを望んでいたことです」

 

 まるで自首する咎人のように。

 魔術師が即座に首を斬るであろう、超級宝具の連発。

 特に太極を崩しうるエアとエクスカリバーの連撃を、信じられない事に望んでいたのだ。

 

 避けることなど容易いだろう。

 その前に殺すこと等更に容易。

 それこそ、宇宙さえも容易く斬り捨てるであろう力を以て振るわれるに違いない。

 

「────え?」

 

 その戸惑いの声が響く。

 それは彼の自殺行為としか呼べない行動か、それとも。

 聖剣の爪痕から巻き上がる土煙は、少しずつ晴れていく。

 

 ガシャンッ、と剣が地面に力なく落ちる音が都合二つ。

 些か趣の違う音は、槍が担い手の影にゆらりと沈んでいく音だった。

 

「あ────ああああ」

 

 信じられない、いや、違う。私は、オレは。

 愕然、歓喜、困惑、逃避、懺悔。

 言峰綺礼が居たのならば、絶頂していたかもしれない悲痛の声だった。

 

 煙が晴れた。

 その姿を隠していた靄も吹き飛んだ。

 なら、正体が白日の元に晒されるのも道理。

 太極は崩れ、その身を人のソレに落としていく。

 

 袈裟懸けに大きな、それこそ常人なら死んでいてもおかしくないほどの致命傷が刻まれた体。

 それでも両の足で立っているのは流石と言わざるを得ないのか。

 口元から溢れる吐血に汚れていようがその姿を、その顔を彼女達は決して見間違いなどしない。

 

「────ランス、ロット?」

 

 1500年振りの奇跡。

 そんな再会は、しかし彼女達にとって凡そ最悪な物となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お前絶対怒られるからな?

『銃が効かへんねん、しゃーないやん』

「違う、そうじゃない」

 

 そんな会話が、少し時間を遡った間桐邸であったとか。

 

 

 




今話執筆時の作者「ランサーの槍が当たらないと言ったな? アレは嘘だ」
第十夜執筆時の作者「うわぁぁあああああ!!?」

運命貫く嘆きの聖槍(ロンギヌス・クラーゲン)
ランク:EX
種別:対神・対国宝具
レンジ:????
最大捕捉:????
 エレインが前世でベイリンが手放したロンギヌスの槍を、ランスロットに貰った槍と混ぜ合わせて制限していた聖槍。
 大本であるロンギヌス同様『所有するものに世界を制する力を与える』能力を持っているが、ソレの使用には膨大な「負債」が発生し、それを破壊を伴う熱量という形で返済するリスクがある。
 エレインはランスロットから貰った短槍と概念置換することでその『所有するものに世界を制する』能力の出力を抑え対象を制限することで「負債」を軽減。
 その為、本来の出力の十分の一しか無く、支配できる対象は「大気とマナ」のみ。
 神と呪いの類には絶対的であり、神霊に対して絶大な効果を持つ。悪神であり呪いそのものである『大聖杯(アンリ・マユ)』を浄化することも出来る。
 更に「世界を制する能力」を与える恩恵か、抑止力の対象外に。
 エレインの死後はその亡骸と共に隠され、転生したエレインによって回収された。
 本来は対界宝具に分類されるが、この「負債の返済」時は対国宝具に変化する。
 負債の返済の『嘆きの一撃』は通常の真名解放による『約束された勝利の剣』より単純な威力は上。

 というわけで顔バレ。
 神霊クラスの竜種に対して、『王の軍勢』に『王の財宝』を装備させる。
 聖槍の嘆きの一撃後のゲイボルク。
 エヌマで入れた皹にカリバーブチ込んでらんすろ顔バレ────など。
 やりたいことをひたすら詰め込んだ回でした。

 ドライグの能力規準はビースト以下英霊以上です。
 なのでギルガメッシュやアチャクレス辺りのぶっ壊れチートでなければ、それこそ昼間ガウェインでも単身では絶対に勝てない仕様です。

らんすろがひたすら手加減していた理由は、要は盛大な自罰行為でした。
会わせる顔が無い→敵前逃亡は銃殺刑→だったら斬られればええんでない? というクソのような発想からの行動です。

らんすろの制限云々は次回に。
いよいよ次回からは今作の最終戦に突入。
遂に序盤でチョロ出ししてたアイツらが登場します。

修正は随時行います。
ホント、誤字報告機能助かります。


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第二十五夜 顕現

 

 

 

 彼女達がどれだけ現実から逃避しようとしてもサーヴァントの、あるいは魔術によって向上した知覚能力が目の前の光景を現実だと突き付ける。

 

 目の前の傷付いた男が、自分達が愛し求め続けた男であることを。

 そんな男を、知らぬとはいえ傷付けたのが自分達であるのだと。

 

 何故此処に居るのか。

 どうして自分達に知らせてくれなかったのか。

 どうして戦ったのか。

 

 疑問は尽きないが、そんなことよりも。

 女達にとって、常人ならばまず助からないほどの傷を与えたのが自分達であることに耐えられなかった。

 何より、霊基(からだ)が令呪の命に従い未だ斬らんとしている事が。

 

「ぁ────ぁああああアアアアッ!!!?」

 

 最初に軋みを上げたのは、最も幼くランスロットに依存していたモードレッドだった。

 主人の心を表すように震えているクラレントを喉元に添え、男へと牙を剥かんとしている霊基を引き裂こうとする。

 

「止めろモードレッド」

 

 無論、止めたのも当然ランスロットだった。

 瞬間移動の如くモードレッドの傍に現れ、手首を掴むことで首を切り裂くのを防いだ。

 そして残った片腕で、彼女を傷の無い方の胸に押し付けるように抱く。

 

「……ラン、スロット。オレは、私は、違う、嫌だ────らんすろっとぉっ……」

「………」

 

 ランスロットを傷付けた。

 母に恵まれず、父に認められなかった自分を認めてくれた彼を傷付ける、その片棒を担いだ事に、モードレッドは耐えられない。

 

 何より、未だ彼女の霊基(からだ)はランスロットを殺そうとしているのだから。

 ルーラーの令呪による、『大聖杯を破壊する部外者の排除』によって、この場のサーヴァントはランスロットを殺そうと強制力が働いてしまうからだ。

 それに抗えるのは令呪さえ耐えうる対魔力を持つセイバーとアヴェンジャー。

 そもそも令呪三画使っても効くか怪しいアーチャー。

 そして、

 

「動くなランサーよ」

「誰に物言ってやがるライダー」

 

 未だ令呪に縛られ、抗う術を持たない二人は、極めて単純な理由でその足を止めていた。

 

 ────一歩でも踏み込めば斬り捨てられる────

 

 此処に至って、あの剣士が己が得物を抜かない理由がない。

 

 サー・ランスロット。

 円卓最強と恐れられる湖の騎士。

 その得物が騎士王のソレと同様の星の聖剣であることを、アーサー王伝説が既知の者達は知っている。

 今の今まで、それを抜かずにサーヴァント達を蹂躙していたのだ。

 抜いた場合どうなるのか、語るまでもない。

 

 ライダーは羨望を、ランサーは悔恨を懐いた。

 

 イスカンダル自身も数多くの一騎当千な部下を抱えているが、アレほどの騎士は生前では出会えなかった。

 アレは一つの伝説、一つの神話の頂点に立つ類いの英雄。自身の憧れるヘラクレスやアキレウス達に並び立つ、或いは凌駕する存在なのだと。

 

 ランサー自身、ケルト神話の頂点に立つ大英雄。しかし現状、その身は本体の一側面のみで存在すら他者に依存しているサーヴァントという状態である。

 今のまま挑んだところで、勝てないことが解り切っているのだ。

 だからこそ、生前に出会いたかった。

 であれば、何れ程の心踊る戦いを味わえただろうか。

 

 そして追い詰められた獣が真に牙を剥くときこそ、恐れるべきなのだと。

 大英雄達は知っている。

 極めて単純に、動けば死ぬのだと。

 

 そんな二人を含め、男は周囲を一瞥する。

 

「ふむ、……だが聖杯戦争が街中で行われる以上、大聖杯の破壊を止めるわけにはいかないな。────遠坂時臣、アイリスフィール・フォン・アインツベルン」

「────ッ!」

「な、何かしら」

 

 大量に、しかし決して服から落ちない血を流しながら、平然としているランスロットの視線に、動揺しながらアイリスフィールは返答した。

 

「大聖杯の解体をこの場で誓え。少なくとも再度聖杯戦争を行うとしても一般人に被害のでない場所で行うと」

「な────」

「でなければ、今すぐに大聖杯を破壊する」

 

 そんな突然の脅迫に、二人は息を呑む。

 

 時臣にとって聖杯戦争とは一族の悲願であり、アイリスフィールにとって存在意義でもある。

 尤もアイリスフィールのそれは夫と娘の存在からそこまで執着するものではないのだが……。

 それでも、そんな事を即座に返答出来る訳がない。

 それは、アインツベルンのホムンクルスとしての性と言っても良い。

 

「そ、そんな事……」

 

 しかし、優しくモードレッドの手首を離した腕が振るわれた。

 その手刀は何物よりも優れた刃と化す。

 放たれた斬撃は、大空洞の天蓋を消滅させた。

 

 ゾッ! と、まるで削ぎ落とされた様な音と共に、月明かりが大空洞を照らす。

 手刀という行為からあり得ない結果だが、アルトリアとモードレッド、エレインはその一撃を知っている。

 ブリテンを蹂躙した『王』の放った破滅の光を晴らした一撃である。

 

「申し訳無いが、すぐに返答頂こう」

 

 その言葉と同時に、彼の傷口から大量のナニかが覗いていた。

 幾百幾千幾万幾億────。

 途方もない数の『視線』が、己が主人の敵になるのか見定めるかの様に覗いていた。

 太極が崩れようとも、未だ彼の中には世界の裏側で狩り尽くされた幻想の獣が犇めいていた。

 

「っ……誓おう」

「誓うわ」

「ならば俺も、その誓いが破られない限り俺の手で大聖杯を破壊しないと誓う」

 

 御三家二人の投了の誓い。

 マキリ・ゾォルケンが居ない今、その宣誓は聖杯戦争の主催者が一人の乱入者に敗北を認めた事を意味する。

 

 異を唱える者は居なかった。

 居た場合、今度こそランスロットはその者を本気で排除しに掛かるだろう。

 そうなれば今度こそ誰も止められない。

 あの英雄王でさえ、何も出来ずに屍を晒すことになるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二十五夜 顕現

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 恋い焦がれた。

 国を滅ぼすほどに、死後を明け渡すほどに、輪廻すら越えるほどに。

 女達はその男を求めた。

 

「────これで詫びになったなどとは考えてはいないが、お前達と話す面は出来ただろうか」

 

 だというのに、男はさらりと現れ記憶の中の表情と何一つ変わらずに語り掛けるのだから。

 女達からしてみれば、混乱でどうにかなりそうだった。

 

 アレほどに取り乱していたモードレッドは、頭を撫でられただけでまるで飼い主に再会した犬のように大人しくなっていた。

 

 そんなモードレッドの髪から手を離し、いち早く固有結界から現実に帰還し近場に尻餅を突いていた氷室を手を引いて立たせた。

 

「ランス……ロット卿?」

「あぁ……大事ないか王妃? 流石に爆弾を抱えて特攻してくるとは思わなかった。思わず思考が止まったが、アレはお前の差し金か英雄王」

「ええ。場合によっては避けられるやも知れませんでしたので。保険を用意しておくに越したことは無いでしょう? 民の為にこの場に現れた貴方なら、迷わず庇うと信じていましたから」

 

 あっけらかんと言い切る少年王に、そんなデコイをブン投げられたランスロットは変わらぬ無表情をやや顰めながら非難の目を向ける。

 そんな男の視線を、ケラケラとアーチャーは受け流した。

 

「は! そうだ、傷の手当てを!! 私は魔術師ではないので魔術は使えませんが、エレインや他のマスターならば────」

「必要無い」

 

 すると傷口をなぞり、ついぞ落ちなかった血を一滴落とす。

 地面に落ちたソレは即座に膨張、一つの幻想へと形を変えた。

 

「『一角獣(エクエス)』」

 

 螺くれた角を持つ、純白のユニコーン。

 ランスロットの中に在る、幻想種の一体である。

 ユニコーンの角には、あらゆる傷を癒す力があるという。

 なるほど、ランスロットの傷もこの力ならば癒せるだろう。

 

『アァン? 貴様どのツラ下げて我輩を呼び出したダボが! 此方は世界に大穴空いて大混乱だ!! 我輩を呼び出すならば清き美しい乙女の為でしかならないと────ファ!? 清き乙女がひーふーみーよーいつーエクセレンッ! 一人は些か幼すぎるが純潔の乙女であることには変わり無し! よくやったささ早くあの乙女達に我輩を紹介────ブゴバァッ!?』

 

 聞くに耐えぬ。

 そんな、不快極まる汚物を見る羽目になったと言わんばかりの表情のランスロットは、無言でユニコーンの背骨をへし折り、頭部を足で潰しながら角を抉り取った。

 すると影に沈むように肉塊が消えると同時に、ランスロットの傷はみるみる内に治癒していく。

 

「おや、やはり一度崩れた太極は流石に易々と戻りませんか」

「時間が経てば戻るだろう」

 

 治った傷口を眺めたアーチャーの文言を聞きながら、氷室は安堵の余りへたり込む。

 そんなやり取りの後に、ランスロットの視線が未だ理解が及ばす呆然とするのみのセイバーに向けられた。

 

「アーサー」

「ッ」

 

 何故か男の血に濡れていない己の聖剣を地面に落としながら、まるで叱られるのを待つ子供の様に、セイバーは揺れる。

 

「わ、私は」

「────我が王よ。戦線から独断で離脱、逃亡した重罪、深く御詫びする。王に無様な面貌を晒す事をこの傷で以て御許しを。そして重ねて不忠なれど、この首落とすのは然るべき後までお待ちください」

「────────そんな」

 

 何を言うのか。

 騎士の王と讃えられた少女は、跪いた男に涙を流す。

 だがそれは、決して哀しみの色ではなかった。

 

「あの場から消えたのは、貴方の意思ではないでしょう? 貴方は私の剣。私に二度も己の剣を折らせるつもりですか? あまり、私を虐めないでください」 

「……済まなかったな」 

「全くです……本当にっ」

 

 跪いた状態から立ち上がり、次にその視線はエレインに向けられる。

 

「エレイン」

「……ら、ランスロット、様。本当に、貴方なのですか。いや、でも貴方は────」

「その槍ならば、聖杯を浄化出来るのか?」

「え、えぇ。検証済みです」

 

 冷静になった為か、此処に居る筈の無い男が此処に居る理由を思考しようとするが、ランスロットの問い掛けに即座に意識が切り替わる。

 

 落とした聖槍を拾い上げながら、ランスロットの問いに是と答えた。

 

「ならば、頼んだ」

 

 そう言って、ランスロットはエレインの肩を軽く叩いた。

 

「────」

 

 ────あぁ、と。

 言いたいことは山程ある。

 自分が何れ程貴方に想いを寄せていたのか。

 自分が何れだけ頑張ったのか。

 聴いて欲しいことが沢山あるのだ。

 だけど……男というのは卑怯である。

 

「────はいっ!」

 

 女である自分は、好きな人に触れられ頼りにされるだけで、今はどうでも良くなるのだから。

 

 彼女は聖槍を拾い、大聖杯に向かう。

 その足取りは余りにも軽かった。

 そんな彼女を微笑ましく見守るランサーと、小さな王が一人。

 

「単純というか、微笑ましいですねぇ」

「邪魔してくれるなよ、英雄王」

「手出しなどしませんよ。流石に此処に至って邪魔をするのは無粋が過ぎる」

 

 満足そうに佇む王は、どこにでも居るだろう少年のように微笑んだ。

 

 聖人の子孫は聖なる槍を掲げ、その神性を高めていく。

 かの聖槍は、神の子の死を決定付けた聖遺物。

 その神性は魔性を駆逐し、その特性はアンリ・マユという悪神を殺し尽くすだろう。

 

 そんな静けさが戻った大空洞に、駆け足の音が響く。

 

「アイリ!」

「切嗣!?」

 

 必死に走ったのだろう。ただでさえ信念やら何やら根刮ぎ覆された為に、悪い顔色が更に悪化している。

 そんな夫を迎えるアイリスフィールは、大聖杯を見て愕然としている衛宮切嗣の傍に寄り添う。

 

「衛宮切嗣か……。まぁ距離と此方の移動速度を考えれば、早かったなと言うべきか。だが、最早来た意味など無い」

「おっ、ブーメランか? さっきまでのにやけたツラを晒してた女は何処に行ったっけか?」

「うるさいっ!」

 

 顔を赤らめるエレインとソレを手伝うべく意地の悪い笑みを浮かべるランサーが、跳躍し儀式台へと跳ぶ。

 大聖杯の側に寄りながら、エレインは聖槍の加護によって欠片もその穢れに汚れる様子を見せない。

 後は神の子の脇腹を刺した聖ロンギヌスの様に、大聖杯に突き刺すだけで事足りる。

 

 

「────ボクは無粋と言ったのですがね」

 

 

 ソレに気付けたのは、一体何人居たろうか。

 大聖杯から飛び出した巨大な汚泥の尾が、エレインの居た場所を薙ぎ払った。

 

「な────」

「エレイン!?」

 

 轟音と共に、破砕された岩が儀式場より下に居たマスター達に降り注ぎ、其々のサーヴァント達が粉砕していく。

 その破片の中に、吹き飛ばされながらも腰に巻き付いた鎖によって泥から逃れたエレインが落ちてくる。

 即座に動いたランスロットに抱えられるも、魂魄装甲に護られている筈のエレインは気を失っていた。

 セイバーはそれによって、出現した存在の脅威を測る。

 

「アレは……英霊召喚の、陣?」

 

 大聖杯に見覚えのある魔法陣が浮かび上がっていた。

 そして大聖杯から尾が次々に飛び出し、そしてそれが合計九つとなった時。

 

 

『────────■■■■■■■■■■■■■ッッッ!!!!!』

 

 

 汚泥から獣が、溢れ出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

「あり得ない……」

 

 大聖杯から這い出てくる泥を纏った巨獣を前に、愕然としながら遠坂時臣が呻く様に口にした。

 マスターも無しに、サーヴァントが出現するという事態に。

 

「そんなことはありません」

 

 聖杯がサーヴァントを召喚する。

 だがそれが有り得ぬこと────とは、言い切ることは出来ない。

 何せ前例が存在する。

 

「そうか、ルーラーのサーヴァント……!」

「えぇ。正直、アレと同列は複雑ですが」

 

 聖杯によって召喚される、裁定者のサーヴァント。

 ならば聖杯単体でサーヴァントを召喚するのは不可能ではない。

 だが、何れだけ聖杯が汚染されていようが、設計された性能を超えることは出来ない筈。

 

「そんな! まだ一騎も落ちてはいないのに!?」

 

 昨晩まで小聖杯の担い手であったアイリスフィールの叫びに、しかし答える者は居た。

 

「七騎目のサーヴァントは未だだ」

「……何ですって?」

 

 ソレは、男の宝具が抑止力さえ欺く隠蔽能力を有するが故の盲点。

 

「雁夜────間桐は、サーヴァントを召喚していない」

 

 故意ではなかったものの、ランスロットの『己が栄光の為でなく(フォー・サムワンズ・グロウリー)』は教会の霊基盤を易々と欺き隠蔽していた。

 ルーラーを除き、現状まだ六騎しか召喚されていないという事実を。

 

「いや、そもそもアレはサーヴァントと言えるのか? アレが、英霊だと言うのか!?」

 

 聖杯の汚泥にまみれ、マトモな全貌さえ未だ見えない獣。

 その霊基はサーヴァントと呼ぶには膨大で、巨大で、何より強大だった。

 この場にいる反英雄たるモードレッドも確かに強力だが、目の前に顕現した獣は格が違う。

 

 その正体を、その真名を、ルーラーはスキルによって看破した。

 

「────……玉藻の、前?」

「なん……だと……ッ?!」

「エレイン!」

 

 ルーラーの呟きに、意識を取り戻したエレインが戦慄を含んだ言葉を漏らす。

 

「無事ですか!?」

「……ランサーが咄嗟に庇ってくれなければ圧死していた。ランスロット様の胸に抱かれるこの状況を至福と言えばいいのか最悪と言えばいいのか」

 

 名残惜しそうに、ランスロットの手を借りて立ち上がったエレインが、獣を睨む。

 

「玉藻の前……確か、この国の大妖怪だったはず」

「あぁ、本来はキャスターとして召喚される。だが元来彼女は太陽神の分け御霊。サーヴァントとして召喚されても単体では大したサーヴァントではない────あくまでキャスターとして召喚された場合は」

 

 悪霊・妖怪・荒御魂として召喚された場合、その危険性は次元違いに跳ね上がる。

 平安の世にて、数万の軍勢を悉く皆殺しにした日本三大化生・白面金毛九尾の狐。

 仮に百の英霊を揃えようが、軽く退ける大化生となる。

 

「不味いぞ、先程の戦いで此方は魔力を使い果たしているというのに……!」

「……仕方ありません、マスターさん達は令呪の使用を。ルーラーのお姉さんも────」

「すみません、()()()()()()()()()

「な!? 令呪が消えてる!」

 

 令呪とは、大聖杯がマスター達に与えるもの。

 大聖杯と戦うのだ、奪われるのは当たり前だろう。

 

「……まぁ、当然ですね。今回の受肉は諦めてください、ライダーさん」

「惜しいが、こうなっては仕方あるまい」

 

 セイバーは既に聖剣を使っている。アレはマスターの魔力的な意味で、一日に一度の切り札。

 アーチャーの乖離剣も同様だろう。

 恐らく最も魔力燃費の良いランサーはエレインを庇って泥に呑まれ。

 ライダーも既に固有結界を長時間使っている。

 唯一全力戦闘可能なのは、マスターが規格外のアヴェンジャーだけ。

 幾ら彼女がマスターのお蔭で最上級を超えて、超級に手を伸ばし掛けているとは云え、その超級サーヴァントが複数必要な相手では荷が重すぎる。

 だが、

 

「……惨いな。悲鳴を上げているだろう」

「……!」

 

 此処には、1500年鍛え続け生き続けたまさに超級も超級の英雄が居る。

 ランスロット・デュ・ラック。

 如何に太極が崩れ、人の身に堕ちたとは言え、その鍛え続けた技量と経験は、他の超級サーヴァントでは届かない領域。

 肩を並べ得るのはそれこそ、死を奪われたスカサハ。幽谷の淵を彷徨い在り続ける初代“山の翁”。そして不死である花の魔術師マーリンのみだ。

 

 そしてランスロットにとって怪物退治は、最早趣味だった。

 

 自己保存の為の、聖杯の中に潜む絶対悪の胎児による最後の足掻き。

 それによって聖杯の泥に苛まれた哀れな獣に、ランスロットは勝つだろう。

 狂気と泥の浸食に蝕まれ、現代の人理法則によって権能さえ振るえない人類悪の獣に、ランスロットに対する勝機など有りはしない。

 獣は呆気ないほど容易に倒されるだろう。

 

「────────」

 

 だが、剣の柄に手を掛けたランスロットの、動きが止まる。

 

「……ランスロット?」

「……あぁ、そういうことですか」

 

 訝しんだセイバーの問いに彼は答えず、アーチャーも上を見上げ納得した。

 満天に輝く月が、大穴の開いた大空洞を照らしている。

 そんな美しい景色に、しかし英雄の視力は『それ』を見逃さなかった。

 

『うそやん』

「えっ?」

 

 その呟きを聴ける氷室は、ランスロットから発せられたその念話に驚き仰ぎ見るが、

 

 

 

 

 ────I am the bone of my sword.(体は剣で出来ている。)

 

 

 

 

 瞬間、炎が地面を走った。

 

「!?」

「何だ、コレは!?」

 

 突然の変化の連続に戸惑いを隠せないマスター達を飲み込んでいく炎と稲妻を見て、エレインだけはその正体を口にする。

 

「────()()()かッ……!」

 

 炎の濁流が消えた大空洞には、マスターもサーヴァントも。大聖杯と獣さえも姿を消していた。

 ランスロットだけを残して。

 

「…………」

 

 セイバー達が居た場所を一瞥すると、再び空を仰ぐ。

 マスター達の消失も聖杯の獣の脅威さえも二の次に、ランスロットはその存在を注視し続ける。

 太極が崩れた今のランスロットにとって、()()相手は流石に気を抜けないのだと。

 

 

 

 

「────あぁ、漸く見付けたぞ。湖の愛し子よ」

 

 

 

 

 

 美しい月の様だと。

 懐かしい人物ともう一度会うような、あるいはそんな人物の親戚の子と会ったような、間の抜けた考えがランスロットに過る。

 

 黄金率を体現したかの様な宝石の如き肢体は、しかし黄金率を崩さずに女性らしい凹凸に富んでいた。

 その美肢を黄金の装飾に彩られた白いドレスに身を包んだ女神が、月夜より舞い降りる。

  

 エレインがその場に居れば、絶望に膝を折るだろう。

 アルトリアとモードレッドがその場に居れば、怒りと憎悪に身を焦がすだろう。

 その姿と気配は到底、彼女達にとって見逃せるものでは無いのだから。

 

「邪魔が入って興じてしまい、些か遅れてしまったが────何、遅れる女を許すのも男の甲斐性なのだろう? 笑って許せ。お主ほどの色男ならば、口煩く咎めまいと信じているぞ」

 

 それは真祖の姫の真形。最高純度の真祖・星の触覚としての側面を現したもの。

 星の頭脳体。夢見る石。その素体。

 しかして、嘗て湖の騎士に敗れた月の王が、星と人理の排斥によって己の死を予感したが故に残した後継機。

 その存在による現実への浸食────『空想具現化』によって大空洞は姿を変え、ブリュンスタッドの証たる千年城を築き上げる。

 

 ()()()()()()────『原初の一(アルテミット・ワン)』ARCHETYPE:EARTH。

 

「この時を焦がれたぞ愛し子よ、我が手の中で存分に踊ろうぞ────!」

 

 この聖杯戦争における最大最後の戦いが、始まった。

 




紅茶「ずっとスタンバってました」
姫アルク「途中埋葬機関やら何やらがえらくチョッカイ掛けてきましたが、それはそれで楽しかったです」
キャス狐「私の扱い酷くないですか?」
マスター勢「ランサーが死んだ!」
サーヴァント勢「この人でなしィ!」

ということで最終決戦突入。長かったなぁ(未更新期間が)。

補足ですが、実は七騎目を召喚していなかったオジサン。聖杯くんの悪足掻きも、適当に七騎目のサーヴァントを召喚していれば行えなかったり。
そしてキャスター枠としてキャス狐を召喚。召喚直後に聖杯の泥に汚染され、妖怪としての側面が引き出されてしまいました。
え? 東洋のサーヴァントは召喚されない? アインツベルンがガチャ邪神天草召喚してるんだから、イレギュラーなら行けんだろ。

次に掃除屋版紅茶。
実は彼はキャス狐のカウンターとして抑止力に出張命令を受けており、実は直接的にはらんすろ関係無かったり。
聖杯戦争の参加者諸共、キャス狐と大聖杯を排除するのが今回のお仕事です。

そして姫アルク。
ここまで来るのに非常に苦労しており、そもそもちょくちょく隠蔽宝具で場所が解らなくなったり、そうしている間に各機関からチョッカイ掛けられてテンション上がったりして遅れました。
時系列が解りませんが、一応シエルロアさんを討伐後、という設定ですので特に聖堂教会からチョッカイを受けてました。

FGO第一部完結に1・5部開始。
extraアニメ化にアニメアポクリファ7月放送、10月Heaven's Feel上映とfate熱が益々続く今年ですが、自分はソレに伴う二次創作の新作とかに期待したり。
勿論今投稿されている作品も楽しんでますがw

それと、誤字修正いつもありがとうございます。ご指摘大歓迎(白目)です。

それでは次回お会いしましょう。 


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第二十六夜 PONとくれたぜ(ベネット並感)

あー、昔の更新速度が欲しいんじゃ~。


 柳堂寺の大空洞。

 そこは数百年前に御三家が人工的に作り出した、大聖杯という祭壇の舞台である。

 今や大穴が空いて、更には祭壇が汚泥を撒き散らしながら自律し、固有結界に取り込まれ本当に空洞になったソコは。

 

「────ようこそ我が城へ」

 

 本来有るべきその洞窟は城内に。

 呪われた祭壇が鎮座している場所は煌々と輝く玉座に変貌していた。

 変貌はそれだけに止まらず、城の土台である大空洞の地面が急激に盛り上がった。

 

『クッソタマヒュンなんですが』

 

 千年城ブリュンスタッド。

 空想具現によって創造された豪華絢爛の舞台が、摩天楼の如く天に聳え立っていた。

 無論異界化しており、外からは一般人はおろか魔術師と云えどその塔の如き城を簡単に認識することは出来ないだろう。

 そんな大層窮まる城郭全てが、一人の男を歓迎するために創られていた。

 

「さて、どう盛り付けたものか」

 

 雲を越え、星と宙との境界線が見えるほどに伸びた舞台の玉座に佇む星の姫。

 彼女はその美しすぎる口元に宝石のような指を当てながら悩むと、思い付いたように掌を男に向ける。

 常人ならばそんな所作だけで心奪われ動けなくなるだろう。

 だが目の前の存在は、そんな美しいだけの存在では決してない。

 

「ッ」

 

 瞬間、飽和した莫大すぎる星の光が一瞬で集束、圧縮する。

 

「────『星の記憶よ』」

 

 騎士の王が振るう聖剣の光と同質同等の破壊が、音を塗り潰してガンドの如き気軽さで放たれた。

 

 数分前のランスロットならば、そもそも防ぐという行動自体が不要だったそれは、しかし自罰によって太極を崩した彼にとっては受ければ最期、致命傷は免れまい。

 何より、受けている間に塵も残さずと言わんばかりに次々と叩き込まれるだろう。

 

「場所が悪いな」

 

 血色の様に輝く朱い月が照らす舞台で、しかしランスロットは光の暴風雨とも言える奔流を刀も抜かずに素手で切り裂く。

 聖剣の一撃と同等の熱量が、完全に無害なモノへと霧散する様を一瞥することも無く、摩天楼を見下ろす。

 

「……ふむ。そなたが些事で気が散らぬよう、私もそれなりに配慮したのだがな。許せ────と、些か寄り掛かりすぎていないか不安になるな」

「その心遣いは有り難く受け取っておく。それに不安など抱かずとも、別段気にすることでもあるまい。元より(ヒト)の都合、お前がどうこう配慮する事自体が、既に十二分の配慮だ」

 

 星の姫が放った力の濁流の余波を完全に受けきるであろう千年城。

 その天蓋の上に存在する玉座の前に立つ美女は、ランスロットの感謝の言葉で途端に気を良くしながら、天蓋から視界を覆うほどの鎖を殺到させる。

 

「不服か?」

「高さに意味など無い」

 

 その全てを、またもや振り下ろしの一太刀で斬り伏せる。

 それだけでなく、幕引きの刃は摩天楼さえ両断したのだ。

 大空洞だった山奥まで切り裂いた斬撃は、寧ろ摩天楼こそ本命だったと言うように、巨大な千年城を幕引いた。

 

 折角用意した城を崩されても不思議そうにしていた彼女は、理解するように「なるほど」と頷く。

 

 ランスロットは斬りたいモノだけを斬ることができる。

 故に大空洞だった場所こそ凄惨な爪痕があるが、それだけ。

 付近の柳道寺には何ら影響はない。

 だが、この星の姫はそんな事は出来ないし、出来てもしない。

 

「お前の一撃が下に墜ちてみろ。目も当てられん」

「ふむ……」

「幸いこの街は海に面している。海上ならば……まぁ、気兼ね無くやれるだろう」

 

 摩天楼が霧散し足場を喪ったにも拘わらず、当然の様に虚空にあり続ける二人は会話を続けた。

 

「気兼ね無く……か。ハハッ、その『気兼ね』は場所だけか?」

「……────」

 

 その問いに答えずに、ランスロットは無言で最高ランクの縮地による跳躍により姿を消した。

 

 

 

 

 

 

第二十六夜 PONとくれたぜ(ベネット並感)

 

 

 

 

 

 

 

「────はぁ」

 

 荒れ果てた広野の大地に、墓標の如く突き立てられた魔剣聖剣宝剣────人類史に於いて鍛えられた剣全てが、この場に在るように思えるほどの剣野原。

 暗い空に浮かぶ歯車が、主を自縛する様に軋みを上げる。

 

 現実を心象で塗り潰す大禁呪。

 ライダーのような英霊としての宝具ではなく、魔術として正しく形作られた固有結界の中で、小さな金色の王は落胆の声を垂らした。

 

 だが、他の面々にそんな余裕は欠片もなかった。

 

「いや、待て。そんな馬鹿な話が……」

「これ、全部宝具か────!?」

 

 モードレッドが横を見れば、選定の剣(カリバーン)が、刺さっていた。

 そんなあり得ない光景が、見渡す限りに広がっていた。

 

 戦いが終わったと思った直後の急展開に、マスター達は混乱を隠せずにいる。

 例外なのは混乱すら出来ずに呆然としている氷室と、傷の痛みによって否が応でも冷静にさせられたエレイン。

 特にエレインは、なまじ理解できるのが問題であった。

 

「……くそッ」

「エレイン、貴女はこの世界に取り込まれる前に何かを口にしていましたが……何か知っているのですか?」

「────守護者だよ」

「な、に────」

 

 セイバーの問いに、端的な返答を返した。

 その言葉に、何れ程の意味があるのか。

 根源を目指す魔術師にとっては余りにも重いものであった。

 

 案の定、エレインの言葉に遠坂時臣とケイネスが愕然とする。

 何故なら抑止の守護者とは、根源を目指すにあたり最大の障害であるからだ。

 

「守護者────生前抑止力と契約し、死後に人の滅びを防ぐために行使される英霊……私はそう聴いていますが……」

「そんな生易しいモノではない」

 

 人類の“存続するべき”無意識が生み出した防衛装置のようなもの。名も無い人々が生み出した、顔のない代表者。

 『人類の自滅』が起きるときに現界し、『その場にいるすべての人間を殺戮しつくす』ことで人類すべての破滅という結果を回避させる最終安全装置。

 人類の滅亡を加速させる害悪が現れた場合、これを成立させる要素をすべて消去する、といった目的で守護者は現れる。

 自由意志を持たず、単純な『力』として世界に使役される存在。

 

「守護者は抑止にとって体の良い道具だ。人の滅びの原因を、善悪問わず周囲の人間ごと皆殺しにして解決する掃除屋。凡そ最も人類を殺しているのはコレだろうよ」

 

 ただ元凶の近くに居たというだけで、何の関係も無い善人であろうと聖人であろうと区別無く、守護者本人の持っているであろう慈悲など一切介在しない機械的な殲滅装置。

 

「固有結界であの獣ごと私達を取り込んだということは、この聖杯戦争が人類の滅亡を加速させるモノと抑止力が判断したということだ」

「そんな────」

 

 つまり、世界が冬木の聖杯戦争を害悪だと判断した。

 御三家の悲願はあらゆる手段で終わらせられるだろう。

 

「最早大聖杯の破壊は不可避だ」

 

 その事実に、アイリスフィールと時臣が顔色を無くしてへたり込む。

 だが、問題はそこではない。

 

「問題は、我々がどう生き残るかだ」

 

 抑止力は『善悪問わず周囲の人間ごと皆殺しにして解決する』。

 それが示す意味は一つだ。

 

「守護者だけを倒せても意味はないだろう。倒しても別の守護者か同じ者が投入されるか、そもそも倒すことが出来ないほどの強化がされているか」

 

 それでも、幾分かマシな方なのだ。

 幸いにも聖杯の泥に汚染されたあの玉藻の前は、ビーストではない。

 完成された聖杯ならば話は別だが、完成とは程遠い聖杯では幾ら玉藻の前の本体が人類悪の獣と言えど、ビーストクラスでの本体顕現など不可能なのだ。

 故にあの『獣』はあくまでキャスタークラスであり、冠位召喚(グランドオーダー)は発動しない。

 だからこそあの錬鉄の守護者が召喚されたのだ。

 

「エレイン姫。其れは、ランスロット卿がこの場に居ない理由に関わるのか?」

 

 そんな中、アルトリアが口を開く。その問いはモードレッドの代弁でもあった。

 この場にランスロットは居ないのに、それに気付かない訳がない。

 

「────それは横取りされただけだよ」

 

 その問いに答えたのは、エレインではなかった。

 先程より本気でつまらなそうにしている、金色の少年王だ。

 

「横取りされた……? そんな、誰……いや、何に────」

「僕としては、こんなみすぼらしい心象などに長居したくはないんですよね」

「何だ英雄王、随分物言いが雑だの。オイ」

 

 そんな彼の言に、地面に突き刺さった魔剣に瞳を輝かせていたライダーが不思議そうにする。

 

「こんな蛇足きわまりないモノに、贋作の野原。他にどんな言いようがありますか?」

 

 その言葉に、エレインを除く全員が絶句する。

 

「待て、贋作だと……これ等全てが!?」

 

 真贋が見極め困難な程の精度の、宝具の贋作。

 それが何れ程の意味を持つのか、魔術師達にとっては語るまでもない。

 そしてライダーにとっては喉から手が出るほど欲しい『宝具を無数に生産できる人材』であり、アーチャーにとっては『無価値な贋作を生み出す道化』であった。

 

「『無限の剣製()』────まさかこの眼で観ることになるとはな」

 

 目視した刀剣を結界内に登録し複製、荒野に突き立つ無数の剣の一振りとして貯蔵する錬鉄の固有結界。

 あり得たかもしれない未来で誕生してしまった哀れな英雄、その果ての心象風景だ。

 彼の人生を簡単に知っているエレインは、しかし哀れむ事なくその戦力を分析する。

 

 抑止力によるバックアップとやらは何れ程のモノなのか。

 そして何故彼が、守護者として派遣されたのか。

 

『────────■■■、■■■■■■■■■■ッ!!!!!』

 

 その答えは、直ぐに解った。

 

「────! 動くぞ!!」

 

 守護者と睨み合っていた獣が、その巨大な尾を孔雀のソレの様に広げ、その尾から泥が溢れ落ちる。

 すると荒野に落ちた泥が、兵士の様な人の姿を形取った。

 

 問題は、その泥の兵士の数であった。

 

「イヤイヤ……、目の錯覚とかじゃないのかアレ」

「残念ながら小僧、ありゃ軽く十万は超えとるわ」

 

 震える声でウェイバーが現実逃避するように目を擦るも、己が宝具の軍勢の十倍以上の数とライダーが断ずる。

 泥の兵士の総数、軽く十万を超えるの泥兵が濁流の様に守護者とマスター達に殺到した。

 

「オイ、どうすんだ!」

 

 王剣を構えたモードレッドが叫ぶ。

 先程の戦いは激戦と呼ぶに相応しく、サーヴァント全員が満身創痍であった。

 

 特に問題なのが乖離剣と聖剣の全力解放をしたアーチャーにセイバーと、長時間固有結界を維持していたライダーとそのマスター達である。

 切嗣と時臣、ケイネスの魔力量は貯蓄魔力があるエレインや規格外の氷室の様に異常には多くない。

 本来大英雄の宝具など、人が支えられる物ではないのだ。

 

 現状、魔力問題により全力戦闘が出来るのはモードレッドとジャンヌのみ。

 前者は宝具が面ではない線攻撃であること。後者はそもそも攻撃宝具でないことが問題だった。

 

 モードレッドの宝具は直線上の雷撃。

 威力は非常に高いが、数十万もの軍勢の面攻撃に線攻撃でしかない『我が君に捧ぐ血濡れの王殺(クラレント・ブラッドアーサー)』は相性が悪い。

 サーヴァントを触れるだけで溶かし喰らう泥だ。防ぎきれるものではない。

 

 ジャンヌの宝具は評価規格外の対魔力を防御力に変換したもの。

 一時は凌げるやもしれないが、使用する度に旗が傷付いていく弊害がある。

 聖旗が破れ切ったが最後、その護りは突き破られるだろう。

 彼女の場合はそんな護りとは別の、自身を引き換えにした特効宝具があるが、ソレを行ったとしても兵士が減るだけ。

 万が一再度兵士の量産が可能だった場合、焼け石に水である。

 特効宝具を切るには余りにリスクが高過ぎた。

 

 そして、脅威は泥の軍勢だけではない。

 

「オイ、アレ……」

「剣が……、宙に────」

 

 守護者が指揮者の号令の如く片手を掲げる。

 それに従うように、見渡す限りの剣原が独りでに地面から抜き放たれ、泥の軍勢にその鋒が向かう。

 その数は泥の軍勢さえも易々と駆逐して余る程だ。

 こと数の暴力に於いて、錬鉄の英雄を超える者は居ない。

 

 それが、彼が召喚された最大の理由だった。

 

「此方にも向けられているぞ!!」

 

 そしてこの世界の主は、皆殺しを望まされている。

 その刃が向かう先に、己以外の区別など無い。

 

「クソッ、聖槍での防御も風絶ちなどの宝具相手では障子紙のソレだぞ!」

「余は盾を持っておらん。有ったとしても防ぎきれるとは思えんがなァ」

「意味無いじゃないかよぉ!」

 

 混迷するマスターとサーヴァント達に、ルーラーは歯噛みする。

 令呪さえあれば、命令と言う名の魔力補助が出来る筈だったのだ。

 だがそれらは全てが回収され、『獣』の顕現に使われてしまった。

 

「ギャラハッド卿が居れば────」

 

 セイバーの知る限り、かの湖の騎士の息子(クローン)である十三番目の円卓の騎士を超える盾使いは存在しない。

 かの白亜の城の具現ならば、先ず間違いなくこの攻撃を防ぎきれるだろうに。

 だが、全てはたられば。

 詮無き妄想に過ぎない。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 ────────突然だが、弓兵のクラスには『単独行動』というクラススキルが存在する。

 

 マスター不在・魔力供給なしでも長時間現界していられる能力。マスターがサーヴァントへの魔力供給を気にすることなく自身の戦闘で最大限の魔術行使をする、あるいはマスターが深刻なダメージを被りサーヴァントに満足な魔力供給が行えなくなった場合などに重宝するスキルだ。 

 反面、サーヴァントがマスターの制御を離れ、独自の行動を取る危険性も孕むのだが。

 

 守護者の掲げられた腕が降り下ろされる。

 濁流と共に泥の軍勢は雪崩れ込む。

 かの者は守護者としての呪われた使命を果たすために。

 かの獣は己が力を増やすため、餌を求める餓虎の様に。

 

 

 

 

「────全く、仕方ないなぁ」

 

 

 

 

 そんな彼等を、王の財宝から出現した視界を覆うほどの数の盾が、両者の攻撃を防いでいた。

 

「アー、チャー……?」

 

 誰かのその呻き声は、驚きというよりは疑問のソレだった。

 今の彼が、コレほどの宝物の展開など出来る筈がないのだ。

 

 確かにギルガメッシュの単独行動のランクは高い。

 しかし飽くまでもサーヴァント。

 例えEXランクであっても宝具を最大出力で使用する場合など、多大な魔力を必要とする行為にはマスターの存在が必要不可欠だ。

 そしてギルガメッシュの単独行動のランクはA。

 最高値であっても、例外ではない。

 しかしそれを否定するかの様に、魔力が消耗している筈の英雄王からは溢れんばかりの魔力が満ち充ちていた。

 

「僕は大人の僕と違って、別に神々と────まぁイシュタルは僕から見ても論外ですが、進んで訣別している訳じゃありません。勿論、民草が脅かされれば話は別ですが。なので、僕は()()()()()()()()()()()()()()()

 

 正確には、その手に持つ物から。

 魔術師達は、特にそれから目を離せない。

 当然だろう。

 ソレこそ、彼等が求め争っていたのだから。

 

「何より僕としては()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ですがあの獣を放置していく訳にはいかない。なので、出来れば皆さんにお任せしたいのですが────」

「だがッ……、先程の戦いで我々には魔力が……」

「だからコレをお貸しますね」

 

 蔵から取り出したソレは、黄金の杯だった。

 万能の願望器、その原典たる至宝。

 即ち、聖杯の原典────ウルクの大杯。

 

「ルーラーさん。貴女に御貸ししておきますので、後で返してくださいね」

「えッ」

「貴方達が生き残るにはあの哀れな獣を滅ぼしつつ、あの贋作者(フェイカー)の攻撃から耐えきれば良い。時間さえ稼げば、まぁなんとかするでしょう」

 

 誰が、とは彼は口にしなかった。

 ルーラーの手に渡った瞬間、サーヴァント全員に膨大な、使えど尽きぬ無尽蔵の魔力供給が行われる。

 そんな彼等を尻目に、呆然としている遠坂時臣の首根っこを掴んで溶けるように虚空へ消えた。

 恐らく何等かの宝物を用いて、この固有結界から出たのだろう。

 彼等を襲っていた攻撃の第一陣が止むと同時に、盾も消えた。

 

『では、お願いしますねー』

 

 呆然としている彼等に、そんな言葉が響く。

 再起動するには、少し時間が掛かった。

 

「────~~~滅茶苦茶かアレはァ!? 青年(暴君)時と大差無いわ!」

「……頭が痛いわ」

「のうルーラーよ。ちょいとソレを余に貸してみんか」

「絶対彼に返さないでしょうライダー!?」

 

 先程の万策尽きた時とは一転し、彼等は武器を構える。

 彼らの表情を観れば、自然と口元が緩んでいるだろう。

 ここまで御膳立てされて、一方的にやられるなど英雄としての名が廃ると言うように。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

「此処等でいいか……」

 

 冬木の街から遥か離れた太平洋上に、瞬時に姿を現した彼は、周囲を見渡して安全を確認する。

 街中では危険だと聖杯戦争を止めた彼が、一般人の危険など承知する訳がなく。

 

 それに追う形でありながら、その時には既に星の姫は同じ場所に存在していた。

 彼女が動いたのではなく星が動いたのだと理解出来るのはどれ程だろうか。

  

「さて、仕切り直しだ。盛大に征こう」

「────」

 

 当たり前の様に瞬間移動した彼女は、腕を振りかぶった体勢でランスロットの目の前に現れる。

 ソレを紙一重で避けつつ、無空の剣気で星の姫を切り裂いた。

 

「おぉッ!」

 

 モードレッドやアーサー王でさえ、一瞬とは言え容易く意識を奪ったほど真に迫ったその存在しない刃は、しかし彼女を一瞬硬直させるだけに留まる。

 そのまま振り切った腕撃は海を割るも、既にランスロットは星の姫の背後に身を移し、

 

「フンッ!」

 

 一刀だけでは足らぬならば、と言わんばかりに虚の刃で黄金の肢体を切り刻んだ。

 

「かッ────────」

 

 流石の彼女もこれには呻きを漏らして海に墜ちるが、海に墜ちる音と共にもう一つ気配が増える。

 分身したように、優雅に佇む星の姫がそこに居た。

 

「く、フフフフ。この身を微塵にせんとばかりだ。身体を切り刻んだ衝撃は未だにあると言うのに斬れておらぬ。この様な刺激、初めてだぞ」

「む」

 

 彼女は墜ちた姫と同一個体のようで、恍惚そうに刃の軌跡をなぞるようにその身体を這わせる。

 その仕草には狂気さえ感じさせ、しかし遊びを楽しむ子供の様だった。

 

「そなたの人としての研鑽を、この躰に刻み込まれている様な思いだ。胸が躍るぞ」

 

 そう言いながら、彼女が手を翳すだけで、穏やかだった波が渦を巻き万物を圧砕せんとする牙と化す。

 それが二十を超える数形作られ、アギトのようにランスロットを呑み込んだ。

 

 真祖などの精霊種の能力である『空想具現化(マーブル・ファンタズム)』。

 世界と同化することにより、空想通りに自然を自在に変貌させる特権。

 海上など、彼女の掌の上に等しい。

 

 人体を容易く圧砕する水圧の吭に、しかし何等かの技術か手刀を易しく斬り入れるだけで、風船から空気が抜けるようにその圧力は喪われた。

 一瞬で穏やかになった海中に揺蕩うランスロットは、先程の聖剣の一撃と同様の光が百ほど輝いているのを眺めながら思う。

 

『アレ、身体はアーパーのなんだよなぁ』

 

 ────簡単に言えば、彼は困っていた。

 

 相手より強くなる能力を持ち、星の意思によって頭脳体と化した真祖の姫君。

 英霊は勿論、おおよそ神霊さえも格下と断ずる存在に対して────

 

『どーしよっかコレ』

 

 ランスロットの思考は、自身に『殺傷』という選択肢を与えなかった。

 

 

 

 

 




という訳で姫アルクとじゃれあうらんすろ。
体がアーパーのモノなので斬れません。
彼女を生かして倒すとなれば、地球を斬る必要があるので論外です。
またもや八方塞がりのらんすろ。彼がどうするのかはぶっちゃけ御都合主義でしかないので、がんばって物語に説得力を出したいと思います。
まぁこれまでのらんすろの行動で自ずと分かるかもしれませんが(白目)

それから、FGO七章をクリアしてから描きたかった英雄王のウルクの大杯。
彼のぶっ壊れ具合が良く分かると言うもの。
ムーンセルの判断は正しかったんやなって。

速攻でぶっ壊された千年城は、漫画版メルティブラッドの最終決戦の舞台を想像していただければ。

そしてタマモビースト、ガチモンのビーストクラスにはやはり劣ります。
というか本体前の白面金毛にも遠く及びません。なので見せ掛けだけは九尾ですが、尾から生み出せる軍勢も百万より数が少ないです。
尤も、サーヴァントにとっては相性最悪の泥で出来てますので大差ありませんが。
そしてエミヤが派遣された理由も劇中であった通りです。
ビーストでもないのでグランドクラスが出っ張ってくる理由もありません。

こんなトロットロの更新速度でも感想頂き、本当に有り難う御座います。
もうすぐ放送のFate/Apocryphaを楽しみに執筆が捗ることを祈っていたり。
アガルタ配信でどうせ遅れるでしょうけども!!
もしそれでも宜しければ、次回またお会いしましょう。

修正は随時行います。ホント、いつも誤字報告機能助かります。


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第二十七夜 “そうあれかし”と叫んで斬れば、世界はするりと片付き申す

 教会内の一室で、カソックを着た男が鏡の宝具の前で顔を覆っていた。

 

 言峰綺礼。

 アサシンを失い教会の保護を受けながら、しかしアーチャーの助けでアインツベルンの森に襲撃した男である。

 そんな彼が、絶望に打ち拉がれていた。

 

「なんという事だ……」

 

 ギルガメッシュの持つ『浄玻璃鏡』の原典を渡された綺礼は、聖杯戦争の一部始終を観ていた。

 閻魔が亡者を裁く際、善悪の見極めに使用する地獄に存在するとされる鏡である。

 閻魔王庁に置かれており、この鏡には亡者の生前の一挙手一投足が映し出される為如何なる隠し事もできない。一説によればこの鏡は亡者を罰するためではなく、亡者に自分の罪を見せることで反省を促す為の物とも云われている。

 

 そういう意味では、反省処ではなかったのだが。

 

 王の問答。

 叛逆者の慟哭に、騎士王の絶望。

 聖杯の汚染に、大聖杯の惨状。

 

 それら悼むべき悲劇、恐るべき邪悪、排除すべき汚泥。

 それらを面白いと、愉しいと、美しいと思える自身を浄玻璃鏡は正しく映し出していた。

 見せ付けられていた。

 

「……ははッ、何なんだ? はははッ、何なんだ私は!?」

 

 万人が「美しい」と感じるものを美しいと思えない破綻者。生まれながらにして善よりも悪を愛し、他者の幸福ではなく、苦痛、絶望、不幸に愉悦を感じる、彼の信道に於いて忌むべき外道。

 それが言峰綺礼の正体だった。

 

「こんな歪みが? こんな汚物が? よりにもよって言峰璃正の胤から産まれたと? ははははっ、有り得ん! 有り得んだろうッ? 何だソレは!? 我が父は狗でも孕ませたというのか!?」

 

 愉悦の何たるかを、邪悪の趣向の享受を受けたのなら。

 彼は己が愉悦に呑まれ、ある種の悟り外道としての道を邁進していただろう。

 

 しかしそこに情熱はなく、時が来ればあっさりとそれを捨てて次に挑む、自身で見出した理想ではなくただ不完全な自身を痛めつける場であるという意識の方が強かったとしても。

 例え人との価値観を違えていたとしても、三十年掛けて積み上げた良識と信仰に偽りなど無かった。

 

「────」

 

 真っ先に彼が考えたのは自殺だった。

 この様な邪悪は在ってはならない。

 世のため人のため、代行者としての信仰は己に刃を突き立てろと断罪を所望した。

 だが、

 

「何故ッ……!?」

 

 形成した黒鍵の刃が、喉元で停止する。

 ソレだけは出来ないと、命など欠片も惜しくないと言うのに刃は一向にその喉元を掻き切ろうとしなかった。

 

「────それは、貴方が何かを無意味にしたくないからではないのですか?」

「…………英雄、王?」

 

 空間から染み出るように現れた、布地で出来た帽子────ハデスの隠れ兜を被りながら、黄金の少年王が現れた。

 その足下には、少年の持つ鎖に胴を縛られている遠坂時臣が白目を剥いて転がっていた。

 それに愉悦を感じる己に吐き気を催した。

 

「おや、どうしました? その今にも吐きそうな最悪の面構えは」

 

 いつぞやの様な、意味深で底の見えない王の笑み。

 そもそも浄玻璃鏡を与えたこの英霊が、今の綺礼の状態を知らないわけがない。

 きっとこの英雄は知っていたのだろう。

 

 言峰綺礼と衛宮切嗣が似て非なる真逆の存在であることを教えるためにアインツベルンの森へと導き。

 浄玻璃の鏡でもって己を見せ付けたのだ。

 

 嘸や滑稽なのだろう。

 いや、事実滑稽でしかないのだ。

 

 そんな邪悪を。こんな汚泥を。

 生まれてこのかた欠片も自覚出来なかった言峰綺礼の人生そのものは、これが茶番でなくて一体何だ。

 

「……クク、最悪なのは私の方だよギルガメッシュ」

 

 そうして彼は己を嘲笑しながら懺悔した。

 王に裁定を願ったのだ。

 王の断罪を乞うたのだ。

 自身で喉を裂けぬならば、邪悪だというのならばこの王に罰を受けられるのならばまだ自分の人生には意味があるのだと。

 

「何故?」

「────」

 

 …だというのにニヤニヤと、一体何が可笑しいのか。

 目の前の英雄王は綺礼の懇願を一蹴した。

 

「な、何故だ」

「何故…それは此方のセリフですよ。ソレの一体何が悪いのですか?」

「なッ……」

 

 民草の懺悔を聴いて内心嘲笑うのは。

 傷付いた被害者を癒しながら恍惚とするのは。

 悲劇に泣く遺族を眺めながら愉悦に浸るのは悪いことなのか。

 

「それは悪だッ!!」

「確かに、でもそれは口にしなければ、世間的には悪くないのでは?」

「な、あ────」

 

 4000年以上前の古代人が世間を語るな。

 そう声を大にしたかった。

 しかし呆気に取られる綺礼には二の句が継げられない。

 

「大人のボクははっきり言うでしょう。現代の世は受容が過ぎ、寛容が過ぎ、優しすぎると。ですがボクは言いましょう、それ故に貴方の様な人間でさえ受け入れてくれる、生きていけると」

「な、に?」

「要は賢く、ただ賢しく生きれば良いんですよ。視点の問題です」

 

 キンブリー・ムーブメント。

 言峰綺礼の振舞いを、後にランスロットはそう名付けた。

 

「外道には外道なりの世との折り合い、生き方というものがあるんですよ。世界はそこまで厳しくない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二十七夜 “そうあれかし”と叫んで斬れば、世界はするりと片付き申す 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────AAAALaLaLaLaLaie!!」」

 

 征服王イスカンダルが、己が愛馬(ブケファラス)に乗って錬鉄の荒野を疾走する。

 否、その後ろに彼の軍勢が一人一人出現し、ライダーの後を追う。

 

 あり得ぬ光景であった。

 本来それは彼の固有結界でのみ観ることの出来る光景。

 

 だが、思い返して欲しい。

 ライダーは英霊を召喚する能力を持っている。

 

 それは自身の宝具である『飛蹄雷牛(ゴッド・ブル)』は勿論、今騎乗しているブケファラスも本来は英霊である。

 そして『王の軍勢』の一人一人を斥候や伝達役として召喚することも可能だ。

 ただ、軍勢そのものを召喚するには固有結界が必須である。

 しかし守護者の固有結界が展開されている今、サーヴァントでしかないライダーの固有結界は展開さえ儘ならない。

 だが、今の彼には聖杯の原典たるウルクの大杯によって無尽蔵の魔力供給を受けている。

 

 固有結界を展開出来ないなら、一人一人を召喚すればいい。

 無論通常の固有結界を維持する以上の魔力が必要になるが、聖杯の魔力でごり押しという世の魔術師が聴けば発狂不可避な使い方によって軍勢を形成していた。

 

 そして彼等が向かうは錬鉄の守護者。

 泥の獣に向かわない理由は、単に相性が絶望的だからである。

 サーヴァントが触れただけで取り込まれる泥の軍勢相手に戦うのは、先程の英雄王からの施しが無く生前の宝具を持たない彼等ではどうしようも無い。

 

 だが、怪物退治こそ生前に経験したことがないが、彼等は本来一騎当千の強者。 

 数では勝てないが、剣群の投下程度で易々と破れる様な泥の軍勢と一緒にしてもらっては困る。

 

 勿論限界はある。

 雨のように襲ってくる剣群は、一つ一つが宝具の贋作。一度足を取られれば串刺しは免れず、事実既に千の兵が消えている。

 だが、

 

「解るか同胞達よ、我が軍勢よ! 余達は今、世界に挑んでいるのだと!!」

 

 消えた兵が、ライダーの声と共に再び戦場に現れ、守護者に向かって走り出す。

 明らかに異常だった。

 

「────そうか、『王の軍勢』の本質がサーヴァントの連続召喚だと言うのなら、魔力さえあれば消滅した軍勢を再召喚出来る……!」

 

 ケイネスは、そのカラクリを見抜いた。

 

 サーヴァントとは有り体に言えば座に存在する英霊本体の劣化コピーである。

 加えてライダーの『王の軍勢』で呼び出した者達は宝具さえ持っていない。

 だからこそ、直ぐ様討たれても次々に復活が幾らでも利くのだ。

 ソレは最早『王の軍勢』の域に留まらない。

 

 奇しくもそれはとある並行世界に於ける、人類史を薪に逆行運河を為そうとした獣の神殿に挑む、英霊達と同じであった。

 

「当たり前だが、聖杯一つでここまで変わるのか……」

 

 聖杯によるバックアップを受けたイスカンダルの率いる宝具は、『無尽の軍勢』へと昇華されていた。

 

『────』

「ぬぅ!?」

 

 しかし、そうなれば狙われるのは必然ライダーに絞られる。

 召喚者のライダーを倒せば、ソレだけで無限の軍勢は全滅するのだから。

 雨のように降り注いでいた剣が、塒を巻く様に殺到した。

 

「主の御業をここにッ!」

 

 当然、そこに最大の盾役を配置しない訳がない。

 

「────『我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)』!!」

 

 聖女の結界宝具が、その悉くを防ぎきっていた。

 豪雨の如き剣雨も、奔流の如き剣群も。

 対城クラスの宝具でもない散発な攻撃では、その守りを一息に撃ち抜く事など出来はしない。

 使用中は一切の攻撃ができないデメリットが存在するが、今の彼女に攻撃などする必要は無い。

 ドライグとの戦いで旗に蓄積されたダメージさえ、ウルクの大杯は即座に修復していく。

 

 加えて二人は、イスカンダルの愛馬にして伝説の名馬であり、恐るべき人食いの凶馬。

 もしも乗りこなすことができた者は世界を得るだろうと語られた宝具にして英霊、英霊にして宝具であるブケファラスに騎乗している。

 その真名解放の破壊規模はイスカンダルの『遥かなる蹂躙制覇』より小さいが、機動性という点ではこちらが優れている。

 アーチャークラスといえど、捉える事は至難の業だ。

 となると必中か追尾能力を持つ宝具が率先して射出されるも、そんな宝具の数は限られてくる。

 ルーラーの宝具で受け止めている間に、ライダーが身に宿すゼウスの神雷で撃ち落とす事も可能だ。

 

 そしてサーヴァントである以上、少なくとも聖杯が機能している限り疲労で二人が倒れることはない。

 

「後はあの二人次第ですね」

「問題あるまい。あの獣も憐れよな、今のあやつ等と殺り合うなど」

 

 二人の役目は時間稼ぎ。

 この戦いは泥の獣を倒すことが必要なのであれば、真に個人的な感情で奮い立っている者達が居るのだから。

 

 そんな一方、獣が生み出す十万を超える泥の軍勢が、守護者の剣群によって削られながらも進軍する。

 

『────■■■■!!!!』

 

 古事記の一節の如く、剣群の殲滅を上回る速度でその泥尾から兵を製産する獣。

 それらに対して、黄金と血紅の閃光が瞬く。

 

「束ねるは星の息吹。輝ける命の奔流────」

「これこそは我が君に捧げる赤雷、王を殺す邪剣────」

 

 聖杯の魔力供給によって、双方魔力を増幅・加速する宝具により威力を増大させていく。

 万の軍勢、何するものぞ。

 多勢に無勢など何時もの事。ソレらを撃ち破ったからこそ、彼等は英雄と呼ばれるのだから。

 

「────『我が君に捧ぐ血濡れの王殺(クラレント・ブラッドアーサー)』!!」

 

 先ずは赤雷が放たれた。

 津波の様な泥の軍勢を両断し、そのまま獣に喰らい付いた。

 

「(────あぁ、ランスロットランスロットランスロット!!)」

 

 喪った主を想い、それを奪った者達への憎悪の象徴は、しかして主との再会にその威力を増していた。

 再会の喜び、歓喜の想いが憎悪の念を凌駕し、その性質を反転させていたのだ。

 

 ────故に邪魔だ汚泥。さっさと消えて彼との再会を楽しませろ。

 

 そしてそれは、モードレッドだけのモノではなかった。

 赤雷によって抉り取られ両断された勢いの衰えた泥の軍勢に、間髪入れずに星の息吹が吹き荒れる。

 

「────『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』!!」

 

 加速増幅され横殴りに放たれた黄金の極光は、本来直線上に放たれる聖剣の一撃を放射状のモノに変えた。

 それは聖剣の連撃に他ならず、モードレッドとは違い竜の心臓を持っていた生前から手慣れた様子さえあった。

 込められている感情は歓喜、焦燥、そして────怒り。

 

 何故私の、彼の邪魔をする。何故何故何故何故何故何故何故何故何故────

 

 世界という個人ではない存在に対する憤怒。

 ランスロットとの静かで穏やかな時間を奪おうとする理不尽総てに対して、アルトリアは苛立ちを聖剣でもって発散していた。

 無論そんなことはおくびにも出さず、十三拘束の大半が解除された聖剣によって蹂躙を為していた。

 

 個人の能力としては、アーサー王は決して最強のサーヴァントではない。

 円卓の騎士だけで比較してもそれは明白である。

 膂力では日中のガウェインに劣り、技量ではランスロットに遥か劣る。

 しかし、聖剣による最大火力は英雄王の乖離剣を除けばサーヴァントでも最強の部類。

 星の聖剣の輝きは、聖杯から溢れ出る泥を掻き消していた。

 しかし、

 

『────■■■、■■■■■■■ッ!!!!』

 

 幾ら聖杯の泥によって汚染されたとは云え、妖怪としての側面を無理矢理引き出された玉藻の前の脅威は止まらない。

 

「漸く本体が動くか……!」

 

 泥の軍勢だけを殺到させていた獣が、悲痛の咆哮と共に前へ脚を踏み出した。

 

「ぬぉっ!?」

 

 同時に。

 守護者の剣群の勢いが増していく。

 最早雨とも呼べず、弾幕は『壁』へと変化していった。

 

 ここまでは前哨戦。

 ここからが本番。

 

 この戦場が斬り裂かれるまで、あともう少し。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見渡すばかりに絶世の美女が犇めき合い、全員が自分に好意を向けて愛情を表現する。

 言葉にすれば男の憧れだろう。

 そんな状況に対面している男、ランスロットは思う。

 

「さぁ」「さぁさぁ」「もっと」「もっと」「もっと」「もっと汝の」「汝の力を」「汝の研鑽を」「汝の姿を」「汝の表情を」「汝の眼を」「汝の武を」「見せてくれ」「視せてくれ」「観せてくれ」「魅せてくれ」「見てくれ」「私を」「私を」「見逃さないでくれ」「────()はまだ、味わい足らぬぞ(尽くしておらぬぞ)?」

「…………済まんが、俺は聖徳太子ではない」

『型月のその殺し愛何とかしてくれませんかねぇッ!』

 

 気絶させることで戦いを終わらせようと試みて、都合百回。

 二百を超える星の頭脳体が天を泳いでいた。

 

 其々が聖剣に匹敵する極光を複数展開し、その前に虚刀で意識を狩り取り続ける。

 しかしそれは更なる端末の出現を意味していた。

 彼女の本体は星そのもの。

 端末を幾ら潰そうとも意味はない。

 

 攻略法は本体である星を斬るか、星との回線を斬るかのどちらか。

 だが前者は論外であり、後者もどの様な影響が端末や星自体に生じるか分からない。

 故にランスロットは、ひたすら穏便な手を模索し続けていたが────

 

『何か、面倒臭くなってきやがった』

 

 英雄でさえ絶望する状況に、思考能力がずいずいと低下していく。

 元より頭を使うタイプの人間ではないのだ。

 相性ゲーをレベルごり押しで蹂躙するのがこの男。

 いい加減マトモに戦わせて欲しい、と内心吐き捨てる。

 

「「「「────ッ!!!!」」」」

 

 海を漂うように空中を舞っていた二百を超えるARCHETYPE:EARTHが、纏めて斬り捨てられた。

 それらが分身でも無ければ分裂でもなく、海水を媒体に形取った出力端子であることは解っていた。

 真祖の姫君を媒体にしている端末はその内一つ。

 海中に構築した異界に潜む、最初に沈んだ一体である。

 

『あー。どーすっかなぁ』

 

 そう心の中で呟きながら、海を両断する。

 

 モーセの奇蹟の様に大海が両断され、異界への切れ目を入れる。

 最高純度の真祖の神代回帰を用いて即座に切れ目を縫い合わせる前に異界へ突撃した。

 

 ランスロットの視界に飛び込んできたのは、美しい湖の広がる月夜の花畑だった。

 

 そこに佇むは、ランスロットを視認して凄惨に笑いながら歓迎するように手を広げる。

 

 瞬間、彼は己が得物を漸く抜き放った。

 煌めく刀身は、様々な色を重ね合わせた果ての黒。

 黒色の刃と言うよりかは、星空のような闇色の波紋。

 湖の騎士、円卓最強の剣の主武装。

 魔竜を斬り、魔王を斬り、月の王さえ斬り捨て、世界の外側の魔物と世界の裏側に犇めく幻想種を狩り尽くし、属性という属性を喰らい尽くした極限の聖剣。

 太極に蓋をした刃が抜き放たれた。

 

「────(ほど)け、『無窮なる湖光(アロンダイト)』」

 

 瞬間、男に及んでいたあらゆる拘束が結び目を解いた紐のようにほどけた。

 

「おぉ……! 来るか、来るぞ。来るがいい! 来いッ!!」

 

 そして空が墜ちてきた。

 

 落下するランスロットを追うように、天上に瞬いていた満月が落下を開始した。

 

「────『月落とし(プルート・ディ・シェヴェスタァ)』!!!!」

 

 それはかつて、1500年前に行われた鏡像などでは決してなく。

 異界内の、最高純度の真祖による神代回帰によって具現化された空想。

 百メートルの月を模した隕石でもなく。

 本物の月と同質量(7.347673×10^22kg)の超超質量攻撃が行われた。

 

 そして気付く。

 花畑に囲まれた湖の上に居る彼女は、まさしく鏡花水月に過ぎないことを。

 あの落下している月が、月姫その物なのだと。

 あの月を殺せば、苦労して斬らないでいた彼女を斬ってしまう事を。

 

 八方塞がり。

 今、まさにその只中だった。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 そもそも、太極が完全と成っていたこの男が、星の上に立てるわけがない。

 太極に皹を入れられた部分にチョイと上等で高尚な杭を打った程度で崩れる訳がない。

 単一の天とは、極小の特異点とは、人間大の根源がサーヴァントの宝具で撃ち破れるなど名前負けにも程がある。

 

 では何故太極に崩して、ただの人の身に戻ったのか。

 答えは単純。

 

「その刀か。その刀が、汝を抑え込んでいたのか」

 

 湖の乙女が与えた三振りの星の聖剣。

 その内の一振り。

 星の精霊、人を律する星の意思の代弁者を斬り続けて神秘を高め続けてその能力も高めた湖の聖剣。

 担い手のすべてのパラメータを向上させるこの聖剣は、世界の裏側外側の神秘も喰らい尽くした結果────能力のベクトルが反転した。

 

『言うなれば、アロンダイト強制ギブスと言った処か』

 

 能力の限定。

 存在の限定。

 太極の限定。

 星をその自重で潰してしまわぬ様に、世界一つを塗り潰してしまうその力を根刮ぎ内側へ向けていたのだ。唯でさえ内側に向かっていた力を更に内側へ捩じ込まれた。

 そんなパッツンパッツンに張り詰めた風船に近い状態へ、星の聖剣と星造りの権能を叩き込まれればどうなるかなど瞭然だった。

 それが今、担い手が縛っていた自縛を解き放った。

 

『まぁ、あの状態じゃあそんなに劇的に変わる訳でも無かったけど』

 

 太極が崩れる、人のソレとなった状態では少々身軽になる程度。

 後にその解放をそんな風に語る男が居たが、それを観て塔の中に居る不死の夢魔が苦笑いした。

 変化は劇的ではなく、反則的であった。

 

 決着は、一瞬で着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 何をしたか。

 途絶する意識の中、星の意思は肉を裂かれる感触をありありと感じたのを知覚した。

 先程の所謂エア斬りが遊びに感じるほどの衝撃が刃と共にARCHETYPE:EARTHに捩じ込まれた。

 

「あぁ、もう少し戯れていたかったのだが、な」

「身内の身体で遊びすぎだ」

「フハ、叱られるとは新しいな」

 

 心の臓腑が刃に貫かれながら、貫いているランスロットを抱き締める。

 

「何をした?」

「考えるのを、止めた」

 

 そんな進退窮まった究極生物の様な事を宣いながら、アホ丸出した。

 

「何か、いけると思ったからな」

「ふ、ははは。涼しい顔で何を言う。内心が漏れているが、汝を慕う女達が知れば失望するやも知れんぞ?」

「それは大変だ」

『それはソレとして、その女達とやらの御名前をお訊きして宜しいでしょうか』

「汝、告白されるまで絶対異性の好意を信じぬタイプか」

『勘違いした男の悲惨さを知らんのか。星は一体人の何を観てきた』

「その様な物言いは流石に星見が泣いてしまうぞ?」

「マーリンならば喜ぶと思うが」

 

 理屈を述べるなら、彼の必殺剣によるものである。

 デウス・エクス・マキナ。

 御都合主義の一撃である彼の必殺剣は、その域にまで登り詰めていた。

 

 そもそも、『幕引きの太刀(ミズガルズ・ヴォルスング・サガ)』とはなんだ?

 馬鹿正直に言えば、狂気に等しい渇望(ミーハー精神)が為した、純粋な剣技を魔法の域に昇華させた究極の斬撃である。

 この魔剣によってランスロットは根源に到達してしまったのだ。

 そしてこの魔剣は、全く同じ時間に同じ世界に干渉する多重次元屈折現象(キシュア・ゼルレッチ)────魔術を使わずにただ剣技のみで第二魔法級の現象を起こす、名も無い剣士にすぎない亡霊を目標に作り上げたもの。

 

 そしてこの幕引きの太刀が分類される魔法の現象は、『形而上の存在を汲み上げて、物質に転換する』もの。

 即ち、第三魔法(聖杯)である。

 

 ────“AMEN(そうあれかし)”と叫んで斬れば、世界はするりと片付き申す。

 

 彼の秘剣は、いつの間にか万能の願望器と化していた。

 尤も、そんなことをそんな天秤たる担い手は自覚していないが。

 

「ぬ……、そろそろ限界か」

「もう、いきなり出てくるな。前もって言え。エスコートぐらいはしてやる」

「それは、良い……。では、それまで汝に姫君を頼むぞ? 湖の────()の、愛し子よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

【────────────】

 

 自ら進軍を開始した泥の獣の首が、ズルリと切り落とされた。

 

 それで漸く、錬鉄の世界に大きな裂け目が生じていた事に気付く。

 地獄の亡者の様な軍勢も主人の死と呼応するように元の泥のように形を崩し、泥自体も穢れを払うように消え祓われていた。

 

「な────」

 

 呆然とする聖杯戦争の面々を無視して、空間が跳躍され錬鉄の守護者の懐に黒衣の剣士が出現した。

 そして、

 

『えんがちょ』

 

 一閃。

 あくまで獣に、聖杯に対する抑止力として顕現した守護者にその刃を防ぐ手段はありはしなかった。

 

『────ブラック企業退社おめでとう』

 

 守護者として世界に削ぎ落とされた感情を一瞬だけ取り戻した男は、愕然と目を見開きながらランスロットに霊核を破壊されたが故に世界に溶けるように消滅した。

 

 己を縛る契約が切り落とされた事を理解しながら。

 錬鉄の英雄は掃除屋としての呪縛から解き放たれたのだが、それは別の物語であり閑話休題。

 

「! 固有結界が、消えた……」

 

 世界を生み出していた心象の持ち主が消えたのだ。

 そうなれば固有結界が展開される道理は無く。

 剣山の荒野は元の、と言うと語弊が存在する冬木の大空洞の下へと帰還した。

 

「終わっ、たのか……?」

 

 その呟きは誰の声だったのか。

 そう確認しなければならないほど、あまりにも唐突で呆気なかった。

 

 これから本格的に戦いが始まると言った所での、ある種当然の横槍。

 神話や劇場でよく発生する御都合主義の神様(デウス・エクス・マキナ)

 

 ある意味、当然の結果。

 やるべき意思疏通を行えば、当たり前に行われるべき事が行われた。

 

 何はともあれ、獣と化した大聖杯は幕引かれた。

 突然降って湧いた星の頭脳体のハチャメチャも、後片付けを押し付けられた掃除屋の出張も。

 

 少なくとも、数百年続けていた傍迷惑な馬鹿騒ぎは────終幕した。

 




というわけで決着です。
なんだか話を巻いた感覚が残っていますが、これにて今作の第四次聖杯戦争の閉幕となります。
それと終物語を観ながら執筆していたので影響があるかと。

詳しい解説は追加予定です。
取り敢えずできたものを投稿しようと思いましたので。

修正は随時行います。ホント、いつも誤字報告機能助かります。
では次回エピローグにて最終話で、宜しければまたお会いしましょう。

Fate/Apocrypha放送中!
賛否両論されたりしてますが、個人的には楽しんでます。


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エピローグ

注:ほんの僅かなくそみそ描写あり


 

 

 

 

 四度の試行が行われた極東、冬木における魔術儀式についての報告書。

 英国の時計塔の一室でそんな書類を、ウェイバー・ベルベット────ロード・エルメロイ二世は懐かしささえ覚えながら手に取っていた。

 

 結果として抑止力が発動し、それを退けたという魔術協会が驚天動地する大事件。

 それらを経験して尚、生還した二人の協会講師の凱旋を見届けた彼は想帰する。

 

 エレインとケイネスが帰還した際の報告によって、ランスロットの存在が明るみになったからだ。

 無論、それは意図したものだったが。 

 

 武術によって根源に到達し、数多の幻想種をその身に宿し、魔法を会得、体現した現代にまで存命している英雄────意味不明である。

 しかしそんな新たな魔法使いの発見は、他の冬木の情報を覆い隠すには余りに大きな隠れ蓑になった。

 

 サーヴァントの幾人かの存命が正にそれだった。

 現代社会か、あるいは個人を気に入った幼少期の英雄王ギルガメッシュはそのまま己の持つウルクの大杯で、態々遠坂時臣との魔力パスを切断した状態で現界を続けていた。

 紛れもない最強の英霊の存在は、ランスロットが居なければそれだけで同様の混乱が起こっていただろう。

 幸いな事に彼はそんな聖杯戦争参加者と冬木の事情を鑑み、配慮をしてくれた。

 この寛容さは冥界巡りの英雄王ではどうやっても無かったものだ。

 少なくとも、彼のままならば人類淘汰の裁定は行わないだろう。

 

 そして此方こそ隠したい本命であるのだが、太極(ランスロット)の眷属となった間桐桜と氷室鐘。

 ランスロットが自分の情報を明かしたのは彼女達を隠す為である。 

 

 二人とも人間離れした莫大な魔力と、無尽蔵の魔力供給を獲ている。狙う輩はごまんと居るだろう。

 桜ならばまだ良いが、氷室の背景は完全な一般人。

 例え1500年前の人間の転生者であっても、毛ほども関係がない。

 

 加えて彼女のサーヴァントも未だに現界している。 

 復讐者のサーヴァント、叛逆の騎士モードレッド。

 劣化アーサー王と言える彼女もまた、英雄王程でも無いが充分な力を持ったサーヴァントである。

 彼女達を利用しようとする者は後を絶たないだろう。

 如何にモードレッドと言えど、彼女がサーヴァントであり氷室に依存している以上は彼女を押さえられれば抵抗自体難しくなるかも知れない。

 

 そんな彼女達を守るために様々な工作が必要だったが、幸いそんな彼女達を護るために動いたエレインがその力と立場で大きく貢献した。

 

 当初は自分が矢面に立つことを望んではいなかったが、エレインの情報によって方針を変えた。

 それはかつての朱い月のブリュンスタッド側近、『黒翼公』グランスルグ・ブラックモアの死。そして死徒勢力の大幅な弱体である。

 何らかの人理の影響か、その否定者である死徒達は当初ランスロットが想定していたほどの脅威を有していなかった。

 少なくとも死徒二十七祖と呼ばれる上位死徒の中に『獣』は存在せず、『ワラキアの夜』や幾人かの祖も存在しなかった。

 

 加えて、どうせ聖杯戦争や冬木には監視の目は向く、という時計塔の人間としての予想もあった。

 

 元よりエレインにとって氷室は1500年来の友人。

 彼女自身が魔術師らしからぬ善性を有していたことも相まって、ランスロットと間桐雁夜が求めていた力を持った魔術師の助力を得ることができた。

 尤も、助力した本人は期せずしてランスロットの力になることができて喜んでいたが。

 また彼女の手によって間桐雁夜の治療も行われたランスロットは、彼女に二度と頭が上がらないだろう。

 

 それと、ひっそりと行われたアインツベルンの解体である。

 セイバーのマスターである衛宮切嗣とその妻アイリスフィール、そして辛うじて現界を保っていたセイバーの襲撃によって、それは密かに行われた。

 

 魔術師殺しが悪性の呪いに侵されることも、魔術回路を使えなくなる訳でもない万全のコンディション。

 そんな彼にトップサーヴァントが付き従えば、アインツベルンに為す術など無い。

 彼等は愛娘とそれに個人的に付き従う二人のホムンクルスを連れ、日本に帰還した。

 

 以前の宣言通りランスロットが暴走。

 月読作戦とやらが行われ、当主が再起不能になった。

 これによって遠坂もエレインの庇護下に置かれるのは当然の運びだった。

 

 これ等を護るために、ランスロットは時計塔に対して脅迫した。

 

 時計塔からの侵入や干渉の一切を禁じ、侵した者を殺害すると言ったのだ。

 新たな魔法使いの脅迫だ、時計塔も混乱する。

 しかしやはり手を出すものは多かった。

 そんな彼等の目的は魔法でも現代まで存命している英雄でもなく────彼が手に入れたと思われる聖杯だった。

 

 聖杯戦争の事実上の勝者は、ランスロットという認識だった。

 事実、彼の本意とは反するにも拘らず、彼は大聖杯を保有していた。

 

 だが、それはやはり余談だろう。

 少なくとも彼、ロード・エルメロイ二世が想帰する事柄ではない。

 彼が思い出すのは、己がこんな役職に就く羽目になった事柄。

 

 即ち、初代ロード・エルメロイであるケイネスの死である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エピローグ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 優秀で厄介極まる生徒達のレポートの批評を終え、自室に戻りながら時計塔のロードとしては有り得ないテレビの電源を点ける。

 

 ────ウェイバー・ベルベットがロード・エルメロイ二世となる切っ掛け。

 

 それはやはり、聖杯戦争だった。

 

「亜種聖杯戦争……か」

 

 冬木に於ける聖杯戦争は完全に終結した。

 戦争を司る舞台装置が絶対強者に握られている以上、再開のしようもない。

 だが、世界中で小規模ながら聖杯戦争は起き続けていた。

 

 事の切っ掛けは、やはり時計塔の冬木への介入だった。

 より正確には、時計塔に所属している魔術師の、だが。

 

 直接的な侵入、及び調査程度ならばまだ彼等の末路はマシだった。

 個々人ならば個人だけで完結し、大規模な対応を取る必要は無かった。

 

 ────だが、行われたのは魔眼保持者を大量に使った観測というモノだった。

 

 魔眼保持者を襲撃し、その頭部だけを生きたまま利用。それぞれの魔眼を使い観測することで聖杯戦争そのものを詳らかにしようとしたのだ。

 痕跡を調査する今までのものとは、ソレは明らかに危険度が違ったのだ。

 

 コレは流石に彼等は看過できなかった。

 跡を調べるのではない、過去視を含めたそれらを使われた場合二人の少女の────特に、マスターであった氷室の存在は確実にバレる。

 

 湖の騎士と、それに付き従う叛逆の騎士は即座に動いた。

 幻想種による感知によってその観測を逆探知し、下手人を確保せんとした。

 だが問題は、下手人だった男が心臓を妖精に奪われた、元時計塔の学部長だった事。

 彼は折角集めた魔眼という態々集めたそれらを、何の躊躇もせず即座に放棄した。

 妖精に奪われた心臓の代替として獲た特権で、幻想種に頼る感知タイプではないランスロット達の索敵範囲から易々と逃げ切ったのだ。

 

 しかし唯逃がした訳ではなかった。

 下手人は逃したが、残された魔眼や資料などによってその犯行の首謀者が発覚したのだ。

 下手人と同じく第四次聖杯戦争の全てを知った首謀者は速やかに幕引かれることとなり、時計塔はこの一件によって完全に冬木への干渉を食い止める側に回った。

 

 それはこの首謀者が、時計塔のロードの一人だったからだ。

 

 時計塔の主要人物の一人を何の躊躇も無く、何より容易く殺害せしめた冬木の英雄達との全面戦争を恐れた時計塔は、これ以上英雄を刺激したくはなかった。

 エレインとケイネスの報告によってサーヴァントを御しうる為の令呪が大聖杯によって一つ残らず回収されたのを知っていたのも、時計塔が諦める要因だったのだろう。

 

 斯くして冬木は魔術協会と隔絶した土地となった。

 英雄達の望む通りに。

 

 だが、それで終わらないのが世の常である。

 逃亡した下手人────ドクター・ハートレスが知りえた情報を元に、亜種聖杯戦争を興したのだ。

 

 時計塔はそれに干渉を決定した。

 ハートレス自体を時計塔が追っていたという事もあるが、第二の冬木の誕生の可能性を恐れたのだ。

 選出した魔術師は、聖杯戦争を生き抜いたケイネスだった。

 妻ソラウと共に聖杯戦争に参加し────しかし、その手腕が振るわれるものの呆気なく敗退する結末を遂げるとも知らずに。

 

 当時その参戦を絶対に止めたであろうエレインは、亜種聖杯戦争の事を冬木のランスロット達に伝えるために来日していた為、彼の参戦を知らなかったのだ。

 

『え? ケイネスが死んだ? 態々他の聖杯戦争に参加して? 第四次とゴルゴ相手も乗り切ったのに?』

 

 亜種聖杯戦争に対して情報収集に奔走していたランスロットが、突然のケイネスの凶報を知って内心のコメントがコレだった。

 そこまで関わりも無かったが、一方的に知っている相手の余りにも呆気ない死の報告に混乱していた。

 

 その後、彼の死によって情報収集段階だったランスロットが自重を止め、戦争そのものを終わらせたことによって終結。

 しかしその結末を予期していたハートレスは聖杯戦争の術式を世界へ流布。

 ハートレス自身は確実に死亡したが拡散した術式はもう止まらず、世界各地で小規模ながら聖杯戦争は多発することとなった。

 

 だが、ここまで語っても本題ではない。

 問題はここから、エルメロイ家の没落から始まった。

 

 件の亜種聖杯戦争、実はウェイバー自身も聖杯戦争を生き残った事から参加していた。

 万が一ケイネスが死んだ時に死体を回収する為ではなく、一人のマスターとして。

 しかし、ケイネスの死によって結果的に彼の死体を回収する羽目になったのだが。

 

 だが、将来を有望されたケイネスの死と魔術刻印の破損によって家は凋落し、膨大な財産と人材、霊地と魔術礼装を他家や分家に奪われ、

 もはや『エルメロイ』という家名と天文学的な負債しか残っていない。

 結果上位の分家がすべて離反、遠ざかったエルメロイ派にいるまだ魔術刻印の移植を受けていない血縁の子弟たちの中で、源流刻印の適応率がたまたま突出して高かったからという理由でとある少女が次期当主に選ばれた。

 

 ライネス・エルメロイ・アーチゾルテ。

 当時丁度片手で数えられる程に、幼い少女である。

 

 彼女が頼ったのが、冬木のランスロットとエレインであった。

 エレインにとっては旧知の、ランスロットにとっては不遇な境遇に落とされた幼い少女を助けるのに躊躇は無かった。

 負債は貴金属を生み出す幻想種を使い、エレインがそれを回せば簡単に返済が出来た。

 後ろ楯も、ランスロットの名前を貸せば時計塔にとっては無視できない。

 

 そこでケイネスの死体を回収し、見捨てられたエルメロイ教室を受け継ぎ奇跡的に存続させていたウェイバーが呼びつけられたのだ。

 

 他の講師たちに失点や弱みを一つも見せず奇跡的に教室を三年間存続させた彼は、それを面白がったライネスに拉致され、その後エレインたちによって、

 

『抑止力、いや人理定礎だ。素直に諦めろ』

『三田先生が孔明をガチャで引けないのと同じだからね、しかたないね』

 

 後半は完全に意味不明な宣告により強制的に復興に尽力させられ、二人の助けもあり立て直すことに成功したウェイバー。

 彼はエルメロイの名を与えられその功績を称えられると同時に、ライネスの下へと縛り付けられた。

 それに素直に従ったのは、直ぐ様駆け付けられる程近くにいたにも関わらずみすみす恩師を死なせてしまった自身への罪滅ぼしだったのかもしれない。

 

 ロード・エルメロイ二世。

 それが、彼が背負わされた称号だった。

 

 当初はロードになりたての若者に与えられた形だけの教室と周囲からは目されていたが、十年もしないうちにその認識は改められた。

 異様に分かりやすく実践的な授業、権力争いに敗れた講師たちを登壇させたそれまでの時計塔になかった多角的な教育体制により新世代の魔術師に人気を博した。

 

「10年前からは想像もつかん状況だな」

 

 在学生ですら位階持ちが何人もおり、生徒のスヴィン・グラシュエートが十代の若さで『典位』を取得したのを皮切りに、若手が数年の間に立て続けに『色位』や『典位』を取得した事で話題になったのだ。

 OBは全員十年以内に『典位』以上を取得、そのうち数名は時計塔の歴史上でも数えるほどしかいない『王冠』の位階に至るのではないかとされている為、Ⅱ世が教え子たちを集めれば時計塔の勢力図が変わるとまで言われている程。

 尤も、彼自身の純粋な魔術の腕前は第五階位の『開位』の下位レベル。

 魔術師としてどうしようもないほど平均的で凡庸なのだが。

 

「さて、何をトチ狂ったか履修科目を態と間違えたあの二人の補習課題を考えねば」

 

 そう口にしながら、彼はアメリカの大統領選挙のインタビュー中継を映しているテレビの電源を切ろうとリモコンを手に取る。

 間違いなく、科学嫌いの魔術師や他のロード達では見れない光景だ。

 

「────全く、相変わらずの様だな」

 

 そこには欠片も魔力を感じさせず、しかし溢れんばかりのカリスマを撒き散らしている二メートル近い筋骨隆々赤毛赤髭の大男が、十年前と変わらぬ笑顔で映っていた。

 そんな()()()()()を映していたテレビの電源を切り、同じく笑顔を湛えながらロード・エルメロイ二世は今日も仕事に励む。

 

 ────ライダー・イスカンダル。

 聖杯戦争解体後、タマモキャットとランスロットによって人間に転生。

 宝具もスキルの大半さえも含む神秘の全てを失いながら、しかしカリスマと軍略などの彼個人の魅力は残り、変わらず己の夢へと走り続ける。

 その姿に、陰りなど無いと言うように。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 日本、冬木の冬空の街を間桐雁夜は仰ぎ見る。

 冬風に白髪が揺らめく様が視界に入り、雁夜は思わず左側の顔に触れる。

 そこには嘗てあった歪みが無く、彼本来の顔があった。

 

「あれから十年か」

 

 彼は今、穂群原学園のPTA会の帰りである。

 間桐臓硯亡き今、地元の名士である間桐の当主である雁夜はそういった近所付き合いをしていた。

 それだけではない。様々な金銭面の遣り繰りなど、フリーのルポライターをしていた頃との違いに最初は四苦八苦していたのは良い思い出になっている。

 

「アイツもこういうのをやってたのか……」

 

 外道、妖怪、魔物。

 最低最悪の外法を用いていた間桐臓硯の意外な一面に、何とも形容できない感情になる。

 

「聖杯戦争、か」

 

 タクシーを呼んだ彼は暖かな車内で静かに目を閉じながら、十年前の魔術儀式、その顛末を思い出す。

 

 第四次聖杯戦争。

 そのおおよそに参加することの無かった彼にとっては、ランスロットを引き寄せる為の令呪を得るまでが全てだった。

 大聖杯の破壊に赴いたランスロットを待ちながら、消化の良い食べ物を食べていた雁夜に入った連絡は正直意味の分からないものだった。

 

『聖杯くんが召喚したタマモと大聖杯が悪魔合体した結果、タマモが大聖杯になってもうた』

「はぁ?」

『俺自身が大聖杯になることだ……』

「ちゃんと説明しろクソ野郎」

『えー』

 

 大聖杯に巣くう人間の悪性情報の化身が、自己保存の為にキャスターを汚染した状態で召喚。

 その悪性情報のみを幕引いた結果────

 

 

「────ご主人のお蔭で浄化爆誕! 我こそはタマモナインが一角、野生の狐タマモキャットだワン!! ご主人の居候先の家主ということを聞き、挨拶に参ったが……んー? えらく顔色が悪いな貴様」

 

 

 狐尾が三本の犬のような耳と手足の、太陽の様な笑みの美女。

 聖杯戦争の関係者と共に、円卓のフランス野郎はそんなよく解らないサーヴァントを連れてきていた。

 曰く、大聖杯が召喚したキャスターなのだという。

 目の逝き具合が完全にアレであり、また悪性情報に汚染された影響でバーサーカーとなっていたらしい。

 

 かの悪名高き傾国の美女が、完全に色物の不思議生物になっていたのだ。

 日本人である雁夜の頭には理解不能しか浮かび上がらなかった。

 そしてそれだけでは収まらず。

 

「なぁ」

「何だ?」

「お前大聖杯破壊しに行ったんだよな?」

「あぁ」

「だったら何で女二人も連れ込んでやがる!? しかも一人は寝てるし! お前が知り合いじゃなかったら通報不可避だわ!!」

『俺は悪くぬぇ!! はっちゃけたガイアが悪いんだ! 俺はニュータイプじゃねぇんだよぉ!』

 

 真祖の姫君、アルクェイド・ブリュンスタッド。

 そんな特大の爆弾をランスロットは連れてきたのだ。

 曰く、彼女の身体を星の意思とも言える存在が勝手に使い、大暴れしたそうな。

 そして星の頭脳体に彼女を託されたらしい。確かに連れて帰るしか無いのだが、いつの間にかランスロットの後ろに侍っている静謐のハサンも合わさり、本格的に犬猫を拾いまくる困った人の様だ。

 尤も、拾ってくるのがサーヴァントやら精霊種だったりするのを許容するのは、魔術世界に疎い雁夜にしか出来ないのかもしれない。

 

 何はともあれ、サーヴァントが大聖杯そのものと融合してしまった現在、再び聖杯戦争を起こすには大聖杯そのものと言えるタマモキャットが、態々地脈と接続し数十年掛けて魔力を蓄積し、七人の魔術師を選出しなければならない。

 そんな面倒を、あの野生の化身に望むのは余りにも難しいだろう。

 

 舞台装置が、本来の81倍強くなった太陽神の分け御霊という名の野生と化したのだ。

 聖堂教会も魔術協会もそんな報告を受けたのならどの様な顔をするのだろうか。

 兎に角そんな惨状に加えて、とある事件が発生する。

 

 遠坂時臣月読事件である。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

「う…む? 確か私は────そうだ、私は英雄王により固有結界から脱出した筈。だが、ここは……?」

 

 自分のサーヴァントが最初から悲願の聖杯を所持していた事、加えて天の鎖に縛られた際に偶然首を圧迫された事で意識を失っていた時臣が目を覚ました場所は、冬の時期には見られない暖かな公園だった。

 

 最初に考えたのはギルガメッシュとのラインによる夢見だが、古代人であるギルガメッシュの生前に公園などあり得ない。

 ならば幻術か精神干渉、あるいは夢に干渉する魔術?

 

 時臣はその様な思考をしながら、即座に魔術回路を励起させる。

 魔術刻印もそれに呼応し静かに発光を始めた。

 

「私の精神防御を突破するとは……、英雄王とのラインも感じられない。だとすれば本当に夢への干渉か?」

 

 何か致命的な事を忘れている気がするが、彼は一先ず優先すべき目の前の事態に備えた。

 時臣は優雅に、手元にあった宝石が嵌め込まれている杖を携え、周囲を再度注意深く見据える。

 そうして変化は現れた。

 

 いつの間にか公園のベンチに一人の男が現れた。

 青いツナギを着て袖を捲り上げている、姿勢を崩しながら大胆にベンチにもたれ掛かる容姿の整った人物が、時臣を静かに微笑みながら見据えていた。

 

「────」

 

 直感があった。

 今すぐ逃げるべきだと。

 家訓もプライドも何もかも捨てて、唾棄すべき凡俗の如くどれだけ不様でも逃げるべきだった。

 だが、時臣は気付く。

 背後にも全く同じ男が全く同じベンチに座っている事を。

 そうして左右にも、同じ男が現れ八方塞がりを作り上げられていた。

 

 途端、魔力が蓄えられていた宝石から、魔術刻印から、光が消える。

 

「なッ!?」

 

 魔術回路もその励起を止め、時臣の制御を離れていた。

 あり得ぬことだ。あり得ぬことだが、これが夢の中ならばあり得る。

 

 夢魔に対しては、それが夢だと自覚した時点で術者は無力になるという。

 ならこの状況はオカシイ。

 夢では無いのか?

 

 思考に捕らわれ、四肢をモガれたも同然の時臣は────

 男達が迫る。

 一歩、また一歩近づく度に時臣の身体に震えが生じ、冷や汗が流れる。

 そうして静かに、彼等は絶望を口にした。

 

 

「────ヤ ら な い か」

 

 

 その後、複数の全く同じ顔とツナギを着た男に草影に連れ込まれた時臣の余りにも悲痛な悲鳴が響く。

 

『────これから128時間、彼等とハッテンし続ける────』

 

 そんなノイズまみれの言葉が響くが、聴いた者は居なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

『以前殺した幻想種に、男にしか興味の無い特殊性癖の変態夢魔が居てなァ。マーリンに突撃させようとか考えてたが、いやはや如何に変態でも役に立つもんだなぁ』

「…………………」

 

 時臣の悲劇()に愉悦したいが、しかし蟲の影響をエレインやタマモキャットの治療により脱した雁夜には葵と凛のことを思うと素直に嘲笑も出来なかった。

 そんな雁夜は報告を受けた際、百面相だったそうな。

 

「夢魔は夢だと見破られた時点で無力になるんじゃないのか? お前がそう言ったろう」

「あぁ、だがそれは夢魔が一人だった場合だ」

「…………おい、まさか」

『そんな性癖だと露見している時点で、被害者が存在していると考えるべきだったね。一人無力にしただけでは無意味。夢に落とし精神防壁を崩した直後、複数の精神干渉系の幻想種による術の重ねがけとは』

「悪夢だ」

 

 翌朝遠坂邸で発見された遠坂時臣は、酷い憔悴状態で直ぐ様入院した。

 聖杯戦争のゴタゴタなどとうに終わった時期に退院した彼は、それこそ嘗ての魔術師然とした姿勢が見違える様に穏やかに、当たり前の日常というものに安らぎを覚えていた。

 それが間桐臓硯の死を知り、他の魔術師の家系に桜を再び養子に送ろうと考えた夜に、再び悪夢が起こったからか否か。

 彼の精神科通いはまだ続くだろう。

 彼はSAN値チェックに失敗したのだから。

 

 少なくとも、もう彼が聖杯戦争に関与しようとは思わないだろう。

 桜についても、後日エレインとランスロットが時臣の元へ訪問。エレインの庇護下に置かれる事が決定した。

 

 つまり、今と特に変わらないということ。

 

 彼の胃痛を加速させる英雄王とも、理不尽の権化であるランスロットとも関わりを出来うる限り回避しようとしたのかもしれない。

 

 これにより御三家の内二つが使い物にならなくなり、残るはアインツベルンのみ。

 最後にして最初の聖杯戦争主催者は、しかしてその後間も無く潰えることになる。

 

 衛宮切嗣と、そして大聖杯であるタマモキャットがランスロットとラインが繋がった為、大聖杯としての魔力供給が健在であった故に未だ現界しているセイバー・アルトリア。

 彼等によるイリヤスフィール奪還の為の、アインツベルン襲撃であった。

 

 唯でさえ大聖杯は事実上制御不能。

 かつて偶発的に造り出され大聖杯となった奇跡のホムンクルス、ユスティーツァ・リズライヒ・フォン・アインツベルン。

 そんな前例が存在する以上、最高傑作であるイリヤスフィールにどの様な扱いをするか解ったものではない。最悪、第二の大聖杯として人間性の悉くを剥奪されるかもしれない。

 

 そんな可能性を、エレインから示唆された切嗣の行動は早かった。

 元より戦闘向きでは無いからこそ切嗣を雇ったのだ。そんな魔術師殺しが歴戦の助手とトップサーヴァントを連れて襲ってきたのだ。

 アインツベルンは成す術無く、呆気なさ過ぎるほど呆気なくその千年の歴史に幕を下ろした。

 

「ん……あれは────悪い、止めてくれ」

 

 思い出から現実に戻り。

 タクシーから顔を覗かせた雁夜に、歩道を歩く三人の少女が気付く。

 

「おや、間桐氏」

「カリヤじゃない」

「おじさん、どうしたの……って、PTA集会だったの?」

 

 間桐桜、氷室鐘。

 そして冬木西側の古くから町並みを残す「深山町」の武家屋敷に居を構えている、衛宮切嗣の実子イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。

 

「あぁ。折角だ、乗っていかないか? 今日はアイツが帰ってくる」

「乗せていただこう」

「ワーイ! 楽チンだわぁ」

 

 十年前の幼い少女達は、立派な大人にならんと美しく成長した。

 

「……」

「おじさん?」

「いや……、三人とも本当に大きくなったって。最近、妙に年寄りみたいな事を考えてね」

 

 今の二人、特に桜は雁夜にとって勲章の様なものだった。

 聖杯戦争直前の地獄の日々は、決して無駄ではなかった証明だった。

 

 彼女たち二人がとあるど阿呆に入れ込んでいることを除けば、何一つ問題など無かったのだが。

 

 ────間桐雁夜。

 聖杯戦争の事実上の再開不能、間桐の魔術そのものであった臓硯の死も合わさり、己の手で間桐の魔道に終止符を打つ。

 間桐の魔術資料は全てエレインに渡し、間桐家は唯の地主になったのだ。

 無論その判断は、ランスロットとエレインという庇護の下による物だが。

 

 彼の肉体の問題も、余命一ヶ月だったことを思えば十年生きている事がその快復の様子を示しているだろう。

 尤も、小聖杯と聖槍を持つエレイン。大聖杯そのものと化すことで願望器としての能力を備え、リスクを考慮し思い出しさえすれば評価規格外の呪術を扱えるタマモキャットがランスロットという無限の魔力源を以て治療を行ったのだ。

 死にかけの人間一人程度生き返らせられなければ、聖人の末裔、英霊などとは名乗れない。

 

 杖こそ常備して、後遺症の白髪などは残っているが常人と同じ様に雁夜は生きている。

 

「そうだ! 折角なので先輩も家で夕飯どうですか? あの人が帰ってくるので、お料理も奮発したいんです!!」

「だったらセラにも手伝わせようかしら」

「それは良いだろう。私も出来れば手伝いたいのだが、桜やセラ殿のソレと比べて料理は良くて並だ。足手まといは御免でね」

「雁夜おじさんも、今晩は楽しみにしてくださいね」

「あぁ、楽しみにしているよ」

 

 ────氷室鐘。

 ギネヴィア姫の転生体であり、太極の眷属である彼女は、しかし親族が完全な一般人である。

 彼女の素養が公になれば、どれだけの魔術師が彼女を素材として欲するか。これほど嫌な引く手数多もそうは無い。

 

 だがランスロットの大々的な自己アピールとエレインの情報操作により、彼女の情報は徹底的に隠匿された。

 その後はアインツベルンを滅亡させた後に冬木に居を構えた衛宮切嗣や、度々来日するエレインに師事。違法改造(チート)の如き素養を育てていった彼女は、中学卒業と共にロンドンに旅立った少女に負けず劣らず万能に成長した。

 

 惜しむらくは、彼女は魔術師ではなく魔術使いですらないということ。

 根源の渦には興味がなく、魔術師としての後継を作る気もない。

 彼女が魔術を護身術扱いするのは、ある種必然だった。

 

 尤も、彼女にはこれ以上ない護衛が存在する筈なのだが、とうの護衛は己がマスターを放置して生前の主人に付いて回っているので考慮するには少し足りなかったりする。

 

 彼女の将来は両親の後を継いで市長になるだろう。

 聖杯戦争というこの街の爆弾は取り除かれた以上、気兼ねなく後を継げる。

 ────尤も、とある男が居を別の街に変えた場合、彼女は迷わず後を追うだろうが。

 

「最近衛宮はどうしている?」

「相変わらずよ。母様と共に亜種聖杯戦争を潰すため、世界中を高飛び高飛び。まぁたまには帰ってくるけど」

「今回あの人は別件で同行していないから少々心配ですね」

「尤も、衛宮氏と舞弥女史は歴戦の強者。我等の心配など無用だろう」

「今思えば、いつもはキリツグとマイヤが情報収集、ランスロットとモードレッドが実働部隊と考えるのなら、よくよく考えれば相手が可哀想ね」

「アイツを敵に回して勝てる奴が、俺には想像できないな」

 

 ────イリヤスフィール。 

 魔術師殺しと騎士王に救出された彼女のために求められたのは、新しい肉体であった。

 胎児の段階で過酷な調整を受けていた彼女は既に新たな聖杯の素体であり、その寿命は十年が限界でありマトモな成長も見込めなかった。

 そして肉体が不安なのは彼女だけではない。

 聖杯の器としての調整を、彼女の母親であるアイリスフィールも受け切っている。尤も、彼女はイリヤスフィールと違いその為だけに生み出されたホムンクルスなのだが。

 

 そんなアイリスフィールの寿命はイリヤスフィールよりも差し迫っている。

 解決策としてはランスロットの眷属となることなのだが、それは彼女達も狙われ続けるリスクを負うことを意味する。

 桜のように始めから狙われる要因を持たない限り、それは出来うる限り避けなければならない。

 そんな彼女達に対してエレインとランスロットの解答は一致していた。

 

『型月における反則の権化の一人、困った時の蒼崎橙子』

 

 時計塔において『魔術基板の衰退したルーンを再構築』『衰退した人体模造の魔術概念の再構築』という非常に高い業績を上げ、時計塔の頂点である『冠位』となるが、最終的に高すぎる技術が元となり、協会から封印指定を受けた当代最高位の人形師。

 その技術は「本人と寸分違わぬ人形」を創り上げるまでに至っている。

 ホムンクルスに対して、人間の器を創り上げる事も出来るだろう。

 

 そんな彼女は気の乗らない仕事は受けないという芸術家らしい一面を持っているが、そんな彼女に対して用意したのがランスロットだった。

 正確には彼が内在宇宙に取り込んでいる幻想種達。

 彼等から素材として身体の一部を了承の元貰い受け(この了承にとある一角獣は考慮されない)、彼女に報酬として与えたのだ。

 尤も彼女は亜種とはいえ、時系列的にはある意味真の第五魔法である第六魔法の体現者であるランスロット本人の方に興味を強く惹かれたのだが、生憎と彼の番犬は気が荒い。

 

 モードレッドの可愛げさえ感じさせる壮絶な睨みに素直に引き下がった橙子は、依頼通りアイリスフィールとイリヤスフィール、加えてイリヤスフィールの御付きとして個人的に彼女に付き従っているメイドのホムンクルスであるリーゼリットとセラの人形さえも用意した。

 

『────アインツベルンのホムンクルスの人形を創るのは、中々光栄でね。報酬も最高と言って良い。久々に腕も鳴るさ』

 

 彼女によってあらゆる問題を克服した彼女達は、衛宮切嗣と共に穏やかに暮らす────とはいかなかった。

 亜種聖杯戦争の勃発である。

 

 マリスビリーとハートレスによって聖杯戦争の術式が拡散。各地で起こっている亜種聖杯戦争を仲裁、あるいは早期解決を図る為、切嗣はアイリスフィールと共に今も世界各地を飛び回っている。

 それは在りし日の衛宮切嗣が望んだ正義の味方とは、やはり違うのかもしれないが、それでも愛する妻と助手に娘が待つ帰るべき場所がある彼は、かつての魔術師殺しとは明確に違うだろう。

 彼はもう、独りではないのだから。

 

「というか、今回アイツは何の用件で何処に行ったんだ?」

「おや、雁夜氏は存じてないと?」

「出来限りその手の情報は遮断してるからね。折角体が治ったのに、胃痛に苛まれるのは御免被るよ」

「何でも、ブラックモアの墓守りからロンゴミニアドパクってクソ夢魔にぶん投げるって言ってました」

「クソ夢魔って、確かブリテンの宮廷魔術師の……」

「アーサー王が『アイツ』と呼ぶのは後にも先にも彼だけだろうな」 

「あの礼儀正しくて優しかったセイバーさんが、なんだよね。どんだけなんですか」

「どのみち自他共に認めるクソ野郎が、魔術師としては人類史上最高峰なのが人類の程度を示してるよね」

「……セイバー、か────」

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 十年前、曇鬱とした雑草の生え茂る幽霊屋敷だった間桐邸は、見違えるように風通りの良い爽やかな屋敷へと変貌していた。

 

「御勤め御苦労、家主殿。今夜はご主人の帰還祝いでこのキャット、一足先に帰還し猛犬の如き勢いで調理を進めている故。共に帰った小娘共、手伝いたかったら手洗いうがいキッチリシッカリやってからキッチンに来るが良いぞ!」

 

 そんな間桐邸に帰ってきた四人を出迎えたのは、メイド服にキッチンエプロンを着けたタマモキャットである。

 屋敷を満たす香辛料の香りから、既に仕込みを半ば終わらせているのだろう。

 その犬のキグルミの手袋にしか見えない両手で、どうやってランスロットの身の回りの家事炊事全般を遣り熟しているのだろう。

 

 そんな彼女の言葉に桜が急いで手洗い場に走るのを見届けながら、彼女がこの屋敷にいる意味を理解する。

 玄関を進むと、一階ホールのソファに腰掛けている、十年前から何一つ外見的変化が見られない男────ランスロットの向かい側に、雁夜がコートを脱ぎながら座り込む。

 背後には当たり前と言わんばかりに静謐のハサンが侍っていたが、雁夜にとっては慣れきった景色であるので気にしなかった。

 

「帰ってきていたのか」

「────あぁ、今戻った所だ。そういうお前は?」

「俺はPTA集会にな。そう言えばアヴェンジャーは?」

「モードレッドはキャットの手伝いをしている。尤も、料理ではなく食器云々や味見役としてだろうな」

 

 ────アヴェンジャー・モードレッド。

 氷室鐘のサーヴァントであり、エレインの魔術によってランスロットのサーヴァントでもある叛逆の騎士。

 彼女には受肉という選択肢もあったが、その場合彼女のホムンクルスとしての寿命さえも再現するだろう。

 そもそも彼女が現界を続けているのはランスロットと共に過ごし、彼の役に立つことを望んだからこそである

 そして、彼女の力はやはりその戦力である。

 仮に寿命が何とでもなったとしても、受肉による老いなど彼女にとって自身の価値を下げるだけの物でしかなかった。

 

「────」

 

 冬木の聖杯戦争解体の立役者にして、第四次聖杯戦争を彼処まで混沌にした問題児。

 最新にして最強の魔法使いであり、現代を生きる地の英雄。

 そんな魔術協会にとって指向性を持つ天災の様な男を見ながら、雁夜は嘆息交じりに話し掛ける。

 

「お前は……変わらないな」

「そう言うお前は少し老けたな」

「普通はこうなんだよ。人間から逸脱しすぎだお前は」

『わっかんねっ☆』

「ったく……、先日レティシアちゃんが挨拶に来たよ。あの子、冬木教会のシスターやるんだってよ」

「……そうか」

 ────レティシア。

 ジャンヌ・ダルクという聖人の依り代となった少女。

 第四次聖杯戦争終結とその後始末を終えた後、ルーラー自身は自主的に消滅した。

 無論、聖杯戦争解体に尽力してからだが、雁夜にとっては意外や意外、

 その委員長気質を遺憾無く発揮し、ランスロットをある程度制御していた頼れる存在でもあった。

 

『貴方は一言以前に何もかも報連相が決定的に欠けています! 大聖杯の汚染を知っているのなら何故あの時言わなかったのですか!? 貴方の能力が私に気付かせなかったとしても、貴方なら解っていた筈でしょう! 全く全く!! そもそも幾ら会わせる顔が無いとしてもそれは貴方の都合でしかありません! セイバーやアヴェンジャーの心中を察するなら、早々に正体を明かして────────』

 

 おおよそ彼女は、雁夜が言いたかった言葉全てを用いて阿呆を叱り付けてくれたのだ。

 その有り難さから、雁夜が思わず冬木教会に寄付したのは完全に余談である。 

 

『────貴方とはまた何時か何処かで会う。啓示ではなく、そう思えてならないのです』

 

 寂しさを欠片も見せなかった彼女は、そう口にしながら笑顔で座に還った。

 その言葉をふむふむと頷いていた阿呆を見て、彼女が聖女から預言者に昇格したことを雁夜は確信した。

 

 そんな彼女の退去の後、残った依り代であるレティシアは聖堂教会の監視も受けながら故郷のフランスに帰国。

 

 彼女は聖女との二心同体だった。

 マスターとサーヴァントであるだけで相当の影響を受けるというのに、肉体を共有していた彼女が受けた影響はどれ程だったか。

 元々敬虔な少女だった彼女がその道を歩んだのは必定だった。

 彼女がもうすぐ、白髪の少女を連れた老いた言峰神父の後を継いで、この街の一員になると思えば、年寄り臭い思考にもなる。

 

「言峰神父と言えば、アサシンのマスターだった息子さん────確か言峰綺礼だったか。彼はどうしているか知ってるか? 確か時臣のサーヴァントだったアーチャー、ギルガメッシュだっけか。そのサーヴァントに随分気に入られていたそうだが」

「あぁ、確か紛争地域に介入して争いそのものを終わらせたり、負傷者の救命活動をしているらしい。まるで在りし日の魔術師殺しの様にな」

「へぇ……凄いとは思うが、神父からNGO紛いとは酔狂だな」

「それが最も奴が求めていたものが溢れている場所だったんだろう」

「?」

 

 ────言峰綺礼。

 その在り様を完全肯定されながらも、己の異常性と世間とを合わせるように生きることでズレを解消。

 かつての魔術師殺しの様に紛争地域に介入し争いを治め人々を癒す様は正に聖人の如く。

 しかしそれは善行を行いながら己が愉悦を感受する最適な場所の一つが争いの最中だったという話。

 紛争地域での野戦病棟が地獄であることは、最早言うまでもないのだから。

 そんな彼を支援している謎多き巨大財団のトップが、金髪紅眼の少年なのは周知の事実である。

 

「今思えば、受肉もしていないのにサーヴァントが現界し過ぎだろう」

「明確に受肉────いや、転生したのはライダーだけだからな。静謐は受肉したと言えるのだろうか?」

『結局血を飲ませたら毒のオンオフ出来るようになった上、歳も取らねぇし』

「我が君の傍に居られるのであれば、理屈など不要です」

 

 ────アサシン・静謐のハサン。

 全身を猛毒に浸した不触の彼女は、更なる毒を持つ様々な幻想種達の毒から血清を作り、彼女の毒を中和させる事に成功した。

 単にランスロットの血を飲ませたら毒の調整が出来るようになった、と言えばソレまでなのだが。

 そんな彼女は聖杯によって受肉しており、公には姿を出せないタマモキャットは勿論、戦う事以外は現代に於いて無能に近いモードレッドが出来ない、ランスロットの秘書のような立ち位置に収まった。

 その日常は陰湿なストーカーそのものなのだが、ランスロットに注意されれば直すのでそこまで問題にはされていない。

 尤も、彼女が夜な夜なランスロットのベッドに潜り込んでいる事が発覚した際に一騒動あったのだが、完全に余談である。

 

 そんな静謐のハサンから目線を離しながら、呆れたような視線を向ける。

 

「────で、その子は誰だ?」

 

 雁夜の視線の先に、ランスロットの隣の席に身を縮める様に座る目深にフードを被った銀髪の少女が居た。

 

「せ、拙は……」

「紹介が遅れたな。彼女は今代のロンゴミニアドの担い手、グレイだ」

『ぶっちゃけ話が破綻したから即行拉致って来たからそこら辺は良く解らぬ』

「ただの誘拐犯じゃねぇかッ!? 何考えてんだ!」

『村人がなんかキチってたから、つい』

「はぁ!?」

 

 何か事情があるのだろうが、やってることはただ少女を拉致誘拐しているだけである。

 湖の騎士とか魔法使いとか英雄とか以前に、ただの犯罪者であった。

 

『────イッヒヒヒヒヒヒ!! そォだそうだ! もっと言ってやれオッサン!! その湖の大馬鹿野郎を常識を以て糾弾してやれ!』

 

 そんな中、フードの少女の方から彼女ではない男性のような非難の声が響く。

 

「え?」

「アッド! み、湖の騎士に失礼を!!」

『少女誘拐犯に失礼もクソもねぇよ愚図グレイ!』

「ここでも兄貴分か。どうなってもお前は面倒見が良いな」

『言うに事欠いてこの野郎……ッ』

「そ、ソイツは……?」

「ロンゴミニアドの神秘性を喪わせない為の封印礼装、その疑似人格だそうだ」

 

 アッドと呼ばれた鳥籠のような檻の中に収められた、眼と口の付いた直方体の匣。

 それがランスロットと旧知の仲の様に彼を罵倒していた。

 

 聖槍ロンゴミニアド。

 かつてアーサー王の所持していた宝具の一つ。

 曰く、それは世界を繋ぎ止める錨であり、世界に複数存在する星の塔の影。

 そんなものを背負わされている少女の前に、雁夜は杖で体を支えながら跪いて、目線を合わせる。

 

「自己紹介が遅れたな、俺は間桐雁夜。君は?」

「拙は……(グレイ)です。黒でも白でもない、グレイ(どっちつかず)────」

「……ふむ」

 

 チラリと、雁夜はそのフード下にあるアーサー王に酷似した容姿に、しかし何の言及もせずに笑いかける。

 そこには、十年間子供を育てた大人の顔があった。

 

「俺は君にどんな事情があるか解らない。だけどまぁ、気楽に考えても大丈夫だろう。些か無責任かも知れんが、アイツの事だ。どれだけ盛大にやらかそうが、最終的には解決する。アイツと行動を共にするなら付き合いも長くなるだろう。魔術や神秘についてはやっぱり良くわからないが、宜しく頼む」

「……! はい、宜しくお願いします」

 

 雁夜の差し出した手を、おずおずと握る。

 居候が増えただけ、何の事はない。

 寧ろ他の面々に比べれば常識的ですらある。

 

 単一化宇宙に暗殺教団の教主、国を滅ぼした叛逆の騎士に万能の願望器を内包した太陽神の分け御霊。

 ……少し気が遠くなった気がした、雁夜である。

 

『……あのオッサンがアグラヴェイン枠か?』

「どちらかと言えば、お前とベディヴィエールを兼任しているな。昔は胃処か身体中に穴が空いていたが」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜も更け、気が付けば道々に芳ばしい香りが漂う夕飯時。

 晩餐の準備が整った間桐邸に、遅まきながらの来訪者が到着し、その扉を開く。

 二人は洋式の屋敷である外観に似合わぬ和式部屋に顔を出した。

 

「すまない、遅れた」

 

 一人はエレイン。

 彼女は馴染みであり身内同然のため、何の問題も無いのだが、その連れが問題だった。

 

「ランスロットー! 遊びに来たわよ────!!」

「はァ────ッ!?」

 

 来訪者の声に絶叫を上げたのは、今か今かと炬燵から身を乗り出し食器を構えて料理を楽しみにしていた叛逆の騎士である。

 

「おまッ、手前ェ! ソコのカーボネックの女は未だしも、何当然のように上がり込んでやがる吸血鬼!!」

「わーい暖かーい! ランスロット横入れて入れてー」

「無視してんじゃねぇぞゴラァッ!!」

 

 エレインと共に現れ、常人なら卒倒する怒気を無視しながら、悠々とランスロットの隣に金髪の美女が陣取る。

 

 ────────アルクェイド・ブリュンスタッド。

 十二世紀頃、真祖たちによって人工的に抽出され、「最強の真祖」としてデザインされて生み出された存在。

 その性能からアルクェイドが朱い月の器となりうる為、朱い月が復活することを恐れた真祖たちにより堕ちた真祖に対する執行者として運用され、記憶や感情などはほとんどが執行後に毎回リセットされていた。

 そこに感情は無く、機械的なまさしく兵器のようだったのだが────

 

「本当に見違えたな、彼女」

「元より感情は兵器にとって不要。つまり、彼女は既に兵器としては不良品となった。だがランスロットに斬られた時、彼女は個人として本当の意味で目覚めた訳だ」

 

 エレインの言う通り、彼女は一度破壊された様なものであった。

 影響で彼女のシステムが孕んだバグの様なものの結果、無邪気で天真爛漫。感情の起伏が激しく、わがままとも取れる行動をとる自由奔放な猫のように、明るくしなやかな女性へと成長した。

 そこにランスロットの意図があったかは不明である。

 

「尤も、彼の周りに異性が増えたのは些か不満だがね」

「ケッ、元々ランスロットの追っかけだった女が良く言うなオイ」

「聴こえてるぞ不良娘ェ!」

 

 ────エレイン・プレストーン・ユグドミレニア。

 ランスロットを取り戻すために転生したカーボネックの姫君の悲願は、しかし本人が勝手に帰って来るという思わぬ事態によって達せられた。

 結果、彼女の目的は現在を護ることに注力された。

 魔術協会への工作や地位的配慮。

 一時期セカンドオーナーである遠坂の当主が廃人同然となっていた際の冬木の管理代行など。

 兎に角ランスロットの側に居られるよう配慮し、ある意味都合の良い女と言えるほど献身した。

 それにランスロットが心苦しさを感じたのは言うまでもない。

 そこで返礼として何か出来ないかと問いを投げ掛けると────

 

『今、何でもって言ったのですか?』

 

 ────ランスロット病が感染してやがる。

 雁夜は飢えた狼と化したエレインを見てそう述べた。

 その後がどうなったか。

 その結実に一騒動あったのは言うまでもないだろう。

 

 十年経った今、聖杯戦争の苛烈さなどもうこの街には存在しない。

 あるのは当たり前の穏やかさと賑わいである。

 

 かつて復讐者として召喚されたモードレッドのその禍々しさは鳴りを潜め。

 桜の悲劇は時間と共に癒されていき。

 エレインの妄執は結実と共に溶けていった。 

 夜も更けた時間、賑やかだった間桐邸から声が消える。

 盛大に賑わった後に自然と眠りに就いていったのだ。

 

「……」

「? おじさん、どうかした?」

「いや、便利そうだな、と思って」

 

 使われた食器を次々に影へ落としていく桜を見ながら、複雑そうに雁夜が苦笑いを浮かべる。

 虚数魔術によって台所に陣取っているタマモキャットへ、次々に食器が送られていく。

 全て送り終われば、キャットを手伝うべく桜も台所へ向かった。

 

 かつて魔術そのものを忌避していた雁夜にとって、日用品の様に使われている希少魔術に笑いしか起こらない。

 おそらく通常の魔術師ならばぞんざいな使い方に椅子から転げ落ちるだろう。

 

「桜も、本当に明るくなったな」

「お前には礼しか言えない筈なんだが、突っ込んでばかりなのは何故だ」

『わっかんね☆』

「それ腹立つから止めろ」

 

 ────間桐桜。

 第四次聖杯戦争に於いて数少ない犠牲者の一人であり、真っ先に救われた少女。

 十年掛けて行われた治療により、心身ともに癒され、彼女本来の明るさを取り戻していた。

 また護身として魔術を学び、その希少な素養を開花させている。

 憧れた人に、追い付くために。

 

「桜は高校卒業後、お前の仕事手伝うんだってよ。死徒狩りとかもそうだが、お前やアサシンの苦手な対人の対応とか」

「……物好きだな」

「お前の周りには物好きばかりだよ。お前も含めてな」

 

 そう言い、雁夜は真剣な眼差しでランスロットを見詰める。

 余りにも人らしい癖に、余りにも人からかけ離れた超越者を見る。

 

「なぁ、お前はこれからどうするんだ?」

「?」

「お前は死なない。寿命も無ければ外的要因で殺せるとは思えない」

 

 雁夜の考えは正しい。

 ランスロットに外敵をぶつけても大抵は容易く蹴散らし、吹き飛ばす。

 仮にランスロットに匹敵、あるいは凌駕するほどの存在が襲来してもそれは逆効果。

 そんな超えるべき壁(比較対象)に、彼はより強大になって笑いながら凌駕するだろう。

 

 ランスロットを滅ぼすのに、敵では駄目なのだ。

 彼の強さは、彼の孤独を意味していた。

 

「お前は、一体何処へ行くんだ?」

「────何を言うかと思えば」

 

 しかし、ランスロットの答えは肯定ではなかった。 

 

「俺が死なない? ────そんなことはない。

 死にたいと思えば首を斬ればいいだけだからな」

『ジャパニーズハラキリィ! まぁ介錯役居ないと地獄らしいけど、俺程の上級者となると介錯役を兼ねることなど造作もないィ』

「………自殺、か」

 

 それしか無いのだろう。

 アロンダイトを解放したランスロットに斬れぬものなど在りはしない。

 己さえも、彼はするりと幕引くだろう。

「まぁソレ以前に、かなり待たせているからそんなことはしないが」

「……妖精郷にて眠る、いつか蘇る王か────!」

 

 ────アルトリア・ペンドラゴン。

 セイバーのサーヴァントとしてアインツベルン襲撃にも参加した彼女は、しかしモードレッドの様に現界を続けることなく、ランスロットとの会話の後、消滅することを選んだ。

 

「アイツは在るべき場所へ先に帰って、キチンと終わらせに行った。一足先に待っていると。桜達を見届けた後、俺も往く」

 

 その意図を知るのはランスロットと、彼女の背景をある程度把握しているエレインだけだった。

 ある意味公平さを持っているランスロットがそれでも特別視しているのは、やはり彼女だろう。

 

 アーサー王は理想郷にて眠り、いずれ蘇るであろう。

 それが、アーサー王伝説の締めくくり。

 

「そうか、お前は帰る場所があるのか」

 

 ────なら、安心だな。

 

 もしその逸話が本当ならば、きっと彼女は待っているのだろう。

 決して死ぬことのない男の、帰る場所を作るために。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────長い旅だった。

 かけられた時間も、叶えようとした理想も。

 

 何かと厄介だったからだろう。ある意味存在自体が極めて疎ましく思われたのかもしれない。

 その剣が、その技が、その精神が。

 どれほど道を歩もうと、その足が止まることはない。

 休むことなどなく、諦めるなど思考の埒外。

 長い道を、歩き続けた。

 

 永遠不滅など無いと人は謳うが、そんな永遠不滅となった者はどうすればいい。

 彼の旅には果てがない。

 人が当たり前に持つ終着、死の終わりがやってこない。

 それほどまでに、強くなりすぎてしまった。

 彼の強さに、最早意味などない。

 

 影の国の女王ならば共感を。

 晩鐘の代行者は哀れみを。

 でも────花の夢魔は、困った様に笑うだろう。

 

「普通にやったらまず出会えない。実現するには、まぁなんていうか、二つの奇跡が必要だ。

 一方が待ち続けて、一方が追い続ける。それも酷く長い時間耐え抜かないといけない。本来それは言いにくい、望むべくもない夢物語だ────だけれど、何の問題もない」

 

 魔術師は語る。

 そんな常識や論理など何の意味もないと。

 

「僕が言っているのはある意味義務の話だ。男は小娘の一人くらいは幸せにしなければならないという義務。それぐらいの働きくらい、してもらわないとね」

 

 何を思う必要がある。

 彼は己の歩みを止める場所を知っていたのだから。

 故に、苦しいと思う必要もなく、物事を忘れることがあってもそれは磨耗ではない。

 彼は一番始めに、旅の終わりをキチンと見つけていた。

 

「本来いい事ではないのは確かだ。

 アルトリア。時代も人も変わっている。あの頃のままなのは君だけじゃない。だけど、ありふれている訳じゃ決してない」

 

 無論心残りはある。

 切り裂いた呪いも、叶えられた理想も、残してきた者達の続きも。

 それがどれだけ平凡で矮小であっても、偽善などありはしないのだから。

 

 けれど────命令があった。

 

 それだけでいい。

 口にするまでもなく、その命令だけは消え去らない。

 注意深く何度も言ったのだ。これで忘れられては王の立つ瀬がない。

 

 誰も訪れず、ついには誰にも求められず。

 人々の幻想から王の姿が消え去るまでもない。

 その温かな約束を(かて)に、彼女は微笑みながら未来永劫待ち続けられる。

 そうして、かつて彼が幻想の虚を彷徨っていた時とは違い。

 彼にとっても、彼女にとっても長い時間が流れた。

 

 ────ふと、目が覚めた。

 どれほど次元を股にかけただろう。

 方向音痴に自信があるなど以ての外だというのに。

 荒れ果てた大地から世界を跨がぬよう気を付けると、深い森を通り抜けて懐かしい草原に出た。

 そうして確信する。

 漸く、旅の終わりに辿り着いたのだと。

 

『────』

 

 果ての無い青空に奇妙な既視感さえ感じながら、かつての歩みを思い出す。

 あの頃は馬鹿みたいなことを馬鹿みたいに馬鹿をしていた。

 他の面々も含めて、さぞ面倒だった事だろう。

 この空を見ながら、あの頃の宙を想起する。

 

【────諦めなければ、夢は叶うと信じているのだァッ!!】

 

 そんな誰から見ても馬鹿にしか聞こえない言葉を実践していた。

 追い続ければ、きっと叶うモノがあるのだろうと。

 風向きが変わった。

 草原の先に、溢れそうな涙を堪え────さようなら、と何かに別れを告げる彼女がいた。

 

 黄金の大地。

 かつて護り、失われて久しい彼女の郷に漸く辿り着いた。

 

 結局、彼女が報われる事はなかった。

 かつて絶望し、後悔し、目の前で喪ったけれど、守り抜いた末に出会えた者があった。

 生き抜いた先に、かつて溢した尊いものが見付かったのだ。

 その笑顔は、かつて一度も見たことの無い。しかし彼女本来であるのだろうと。

 

「────────ただいま、というのは些か不躾か?」

 

 まるで恋人や友人の家に上がり込むような所作で、そんな気の抜けた言葉を口にした。

 

「全く、貴方は何時も妙なところで変なのですから。

 ────────────素直に、おかえりと言わせてください」

 

 地を踏む足は軽く、少女は崩れるように微笑んで、

 そうして、永い路の末。

 湖の刃は王の元へ帰還した。

 

 

 




マスター/クラス
衛宮切嗣/セイバー:アルトリア・ペンドラゴン
遠坂時臣→要石と魔力を自前用意/アーチャー:ギルガメッシュ(幼少期)
エレイン・プレストーン・ユグドミレニア/ランサー:クー・フーリン
ケイネス・エルメロイ・アーチボルト/ライダー:イスカンダル
汚染聖杯→ランスロット/キャスター&バーサーカー:タマモビースト→タマモキャット
言峰綺礼→ランスロット/アサシン:静謐のハサン
氷室鐘&ランスロット/アヴェンジャー:モードレッド

部外者:ランスロット、守護者、ARCHETYPE:EARTH

第四次聖杯戦争の結果
 大聖杯がサーヴァントと同化し自律行動したため、戦争そのものがオジャン。
 アインツベルンと間桐の両家の滅亡に伴い御三家の解散に伴い聖杯戦争の終結。

次回で最終話と言ったので一話に纏めたら文字数がこんもり。
修正は随時行います。ホント、いつも誤字報告機能助かります。
明日にあとがきを投稿します。


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あとがき

 

 

 

 どうも、たけのこの里派と申します(きのこの山も美味しいよ!)。

 

 と言うわけで遂にこの作品も完結と相成りました。

 ぶっちゃけこんなに長くなるとは思いもよらなかったりします。

 

 そもそもこの作品自体、別の投稿作品の息抜きに描きはじめたモノでしか無く、Zero編も予定していなかったものだったりします。

 二次創作自体完全な趣味ですし。

 まぁ自分が大学時代に両親の介護を始めて以来執筆速度がアホみたいに落ちたのも、ここまで長引いた原因かと思いますが(白目)

 

 それが何がどうなったのかここまでの評価を頂き、結果ここまで書き上げることが出来ました。

 これもひとえに感想や評価をしていただいた皆々様のお蔭であります。

 

 この作品のコンセプトとかテーマとかは、ぶっちゃけ殆ど覚えていません。

 度を越えた最強キャラを描いてみようと、神座シリーズをプレイして明さまに影響を受けたのが切っ掛けだったのか。

 少なくともディーン版アニメstaynightを視聴して以来型月厨となった自分が、Zero放送に触発されて描き始めたのは確かです。

 

 空の境界からZero以来、stay night、プリズマイリヤ、グランドオーダー、アポクリファ、そして劇場版やエスクトラなどまだまだ衰えを知らない型月シリーズにひたすらの感謝を。

 昔は「きのこ仕事しろ」が「きのこ仕事しすぎ」と言われるほどなのですから、その波がどれだけかよく解る話です。

 お蔭で話の中でどんどん設定が変わったり修正したりと大変でしたが(白目)

 

 作品内容としては前書きでも書いた様に、

 ランスロットが強くなる→警戒して各勢力が動き出す→問題発生→ランスロットが解決。

 というマッチポンプで結果周囲を救っていく流れです。

 尤も、元々プロット段階でZero編が無かったのでランスロットを最強にし過ぎた為ラスボスに配置したり、結果伏線が足りなかったり説明不足だったりが目立ちもしたりしましたが。

 

 オリキャラのエレインについてですが、作中の後書きで書いた様にランスロットが矢面に出れば作品が早々に終わってしまう為の狂言回しです。

 元々は普通の転生者とかをランスロットへの当て馬に考えた事もありましたが、そんな通行人をダンプカーに突っ込ませる行為はあんまりだと思い、寧ろ味方に据え、また当時現実からの転生キャラを好ましく思わなくなっていました。

 だったら原典キャラをチート装備と日記から原作知識与えてロアみたいに転生させればええやん、と考えたのが彼女です。

 おれつえーしつつ、翌々考えれば何の意味もないという。

 

 また当初バーサーカー、最終的にアヴェンジャーであるモードレッドを登場させるに当たり、氷室鐘をギネヴィアの転生体として登場させました。

 理由の大半はアニメUBWの氷室がドストライクだったことにつきますが、やはり味方でないとプロローグの臓硯のようにブルドーザーに跳ねられる幼児みたいな末路しか無かった、というのもあります。

 彼女自身氷室の天地(ほぼ未読。どこで売ってんの)で前世占いによれば「某国のお姫様で、望まぬ婚姻をさせられそうになったが、祝宴の席で料理に睡眠薬を混ぜて全員眠らせた後、目をつけていた美形の騎士を拉致して逃亡。しかも、騎士の誓いで手を出さない彼を手篭めにしてしまった。最終的に彼は非業の死を遂げた」とのこと。

 つまりケルトのグラニアと声優ネタから、「グラニアってギネヴィアの元ネタやん」と原典ネタへとハッテンすることに。

 まぁ既存キャラや原典キャラを使うと動機付けや関係性の構築、行動させやすかったのもありますが。

 

 そして最初からやれと言わんばかりの引っ張り展開は演出の都合でした。

 というか本気でやれば臓硯殺害直後大聖杯を破壊してしまうので、プリヤ時空に行ってしまうという謎現象が起こってしまいます。

 だれも損はしませんが(アインツベルンを除く)、誰も得しません。

 何が面白いのソレ? という話です。

 

 アポクリファ編などの続編を希望している方々には申し訳ありませんが、作者が最強キャラを描くのに限界を感じています。

 なのでおそらく続編は書かないだろう。というか当面の予定にはありません。

 期待して頂いた方々には本当に申し訳ありません。

 

 趣味で書いてる自分にしてみれば、ここまでの評価を頂いていること自体とても有りがたいことですから、期待を裏切ってしまうようで心苦しいのですが。

 

 原作:Fate/ 湖の求道者

 総合評価46,372pt UA5,586,237 お気に入り23,389件 感想 3,615件

 これが一番予想外だった、累計ランキング第2位。

 

 このあとがきを書いている時点ではありますが、数多くの応援と返しきれないほどの感想、本当に、本当にありがとうございました(ヨコオ並感)

 

 

 

 



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Fate/Grand Order編
プロローグ 始まりの微睡み


加筆修正
あくまでプロローグのみじゃよ


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無菌室から彼女が漸く出て、カルデア内部を歩く許可を得たのは、丁度所長────否、前所長であるマリスビリー・アニムスフィアが謎の死を遂げた数日後であった。

 

「────……」

 

 薄白髪にメガネを掛けた少女は、初めて見るカルデアの無機質な廊下を、しかし感動的な面持ちで眺める。

 

 マシュ・キリエライト。

 時計塔の天体科を牛耳る魔術師の貴族であるアニムスフィア家が管理する、此処国連承認機関『人理継続保障機関フィニス・カルデア』に於いて、非常に特異な立ち位置に立っている少女だ。

 

「これが、外の景色……。空は、吹雪で見えませんね」

 

 地球環境モデル『カルデアス』を観測することによって未来の人類社会の存続を世界に保障する人理継続保障機関であるカルデアは、標高6,000メートルの雪山の斜面に入り口があり、そこから地下に向かって広大な施設が広がっている。

 そんなカルデアから見える景色は、必然的に雪山と吹雪の曇り空。

 しかしそんな殺風景でさえ、彼女にとって新鮮な『初めて』であった。

 

「やぁ、どうだいマシュ。カルデアから見える光景は」

「えっと……。吹雪、でしょうか」

 

 語りたいのだろうが、興奮か感動か。

 或いはその感情を表現する言葉が浮かばないのか。

 彼女は廊下の先から現れた男の質問に答えられずにいた。

 

「あれ? うーん、今日も青空は見えないか。カルデアの外はいつも吹雪いてるけれど、ごく稀に空は晴れて、美しい星が見えるんだ。いつか君も見る日がやって来るさ」

 

 何の確証もないことを口にするのは、どうにも軽薄な印象を与える笑い方をする男だった。

 しかしそこに悪意も醜悪なそれもなく、少なくとも真摯さがあった。

 

「はははは。まぁ、無理に答える必要は無い。これからも君が過ごす場所なんだから、感想なんてものは陳腐でないと」

 

 ロマニ・アーキマン。通称ドクターロマン。

 カルデアに於いて医療部門のトップを務める、彼女に初めて親身に接した人間だ。

 そしてマシュの主治医でもある。

 

「さて、次に行こうか。カルデアは狭いようで広い。観るべき場所は、あまり多くないけどね」

 

 そうだ。

 今はカルデアを観て回るのが彼女の目的である。

 その後彼女はカルデアの様々な場所を歩き、見た。

 管制室、レイシフトルーム、ラウンジ、医務室、マイルーム────。

 そして最後に、ロマンはとある場所に訪れた。

 

「ここは……?」

 

 ロマンに案内された場所は、マシュが今まで過ごしていた無菌室に似ていた。

 その室中に、人一人入れるようなレイシフトのソレにも似たカプセルが安置されている。

 否。そのカプセルには紛れもなく人が納められていた。

 

「彼は、一体……?」

「……そうだね、彼は言うならば、うん。君のお兄さんだよ」

 

 兄。

 その言葉に、マシュは実感が持てなかった。

 それはデザインベビーとしての彼女にとって、親族や肉親など縁のないモノ処か想像すらしなかったものだからだ。

 

 ────マシュ・キリエライトはカルデアで造り出されたデザインベビーである。

 

 人類存続を目的とした特務機関であるカルデアでは、様々な魔術的、科学的な発明が成されていた。

 その内の一つに、『守護英霊召喚システム・フェイト』と呼ばれる発明がある。

 2004年に完成し、とある極東の島国で行われた大規模魔術儀式に於ける英霊召喚を基に作り上げられたものだ。

 

 英霊召喚。

 即ち神話や伝説の中で為した功績が信仰を生み、その信仰をもって彼らを精霊の領域にまで押し上げた英雄達。

 そんな英霊と、人間であるマスター双方の合意があって初めて召喚出来るシステムだ。

 カルデアはこれを用いて()()のサーヴァントの召喚に成功していると()()()()()

 そしてそんな英霊召喚と同時に行われている実験があった。

 

 ソレこそデミ・サーヴァント実験。

 人と英霊を融合させ、カルデアが自在に運用可能な兵器とするための試みである。

 そして彼女────マシュは、そんなデミ・サーヴァントの実験のために作られた、生きた英霊召喚の触媒であり、受肉した兵器として作られた。

 

 カルデアの前所長マリスビリーが人間と英霊を融合させることで英霊を「人間に」するために遺伝子操作によって作り出した、英霊を呼ぶのに相応しい魔術回路と無垢な魂を持った人間。

 英霊と人間を融合させるデミ・サーヴァント実験の被検体となり、英霊の召喚自体は成功したものの、彼女の中に召喚された英霊はその高潔さから彼女と融合することも、彼女の死亡を招く彼女の体からの退去も拒み、彼女の中で眠りにつくことを選んだ。

 

 そして、そんなデザインベビーはマシュ一人では無かった。

 

「彼は確かに、召喚されたモノと融合を果たした。だからこそ今も生きているんだ。尤も意識は無く、昏睡状態が続いているのだけどね」

 

 まるで己の罪状を話すように、苦々しくロマンは口にする。

 事実、彼はそのデザインベビーの少年とマシュを己の罪だと考えている。

 マリスビリーの助手でありながら、その様な非道の実験が何年も行われていた事すら気付けなかった自分に悔いている。

 

「では、彼も私の様に英霊に生かされて……?」

 

 自身の境遇を前例として、疑問を口にする。

 マシュは成る程前日まで無菌室から出られずにいた。

 しかしキチンと目は覚めており、無菌室内とはいえ生活していたのだ。

 

 では、目覚めない彼は何が原因で眠り続けているのか? 

 

「彼のバイタルはそこまで異常を示してないよ。……その身体に秘めるオドを除いて」

「……オド? つまり、魔力ですか?」

 

 魔力。即ち、魔術を発動させるための要素のことである。

 加工された生命力であるが、魔力が生命力に還元されることや生存に魔力を必要とする存在もおり、生命力と同一視されることもある。

 自然に満ちる星の息吹である大源の魔力『マナ』と、生物の生命力より精製される小源の魔力『オド』に分かれる。

 つまり、眠り続けている彼の生命力が異常だった。

 

「うん。そのオドが何かに繋がっているのか、異常な数値を見せている。魔術回路も変質してるし、それが英霊との融合の結果による変化なんだろう。だけどソレの魔力量は英霊でさえまるで比較にならない。上限とか下限とかの話じゃなく、総量さえ数値として計り知れない程の魔力量なんだ。仮に万能の願望器だってこんな事にはならないさ」

「英霊では、比較にさえならない?」

「あぁ。だから彼と融合したのは英霊ではないのではないか、という推論が立てられた。だから英霊召喚例は三体で、彼は含まれない」

 

 勿論、矛盾といえる箇所はある。

 そもそも英霊召喚システムによる召喚なのだから、英霊が召喚される筈なのだ。

 しかし、明らかにサーヴァントの規格を次元違いに超えている魔力である以上、最早英霊と呼べない存在が召喚されたのだろう。

 事実、この英霊召喚システムの参考元であるとある極東の都市────冬木に於いて行われた魔術儀式、聖杯戦争では神霊を召喚しようと試みた事がある。

 尤も、召喚されたのは決して神霊そのものでは無かったし、本来不可能なのだが。

 

「……彼は、一体どんな夢を観ているのでしょうか」

「さて……どうだろうね」

 

 曖昧に答えるロマンは扉を開き、マシュを部屋の中に通す。

 部屋の中心に安置されている棺のような、揺り籠にさえ見えるカプセルのガラスを、彼女は覗き込んだ。

 

 ガラス越しに見えた『彼』は、寝たきり故に切られずに伸びた黒い髪が目元を覆っていた。

 辛うじて見える瞳は、まるで開かずの扉を彷彿とさせるように閉じている。

 或いは、マシュの内に眠る英霊のように態と眠っているのか。

 

「マリスビリーを継いだ……いや、継がされたマリーも何度も来ようとしているみたいだが、彼女はああだろう?」

「はい」

 

 マシュの脳裡に浮かぶのは、自身の顔を見て罪悪感と恐怖に押し潰された表情に染まった、前所長の娘にして現所長のオルガマリー・アニムスフィアだ。

 高慢で強気の態度で臆病で小心者の己を隠す、余りに重い立場を背負わされた女性に、マシュの様な非人道的な行いの被害者と対面するにはタイミングが悪すぎたのかも知れない。

 

 マシュに対してさえ、ありもしない報復に怯え切っているのだ。

 もしこの眠っている少年が目覚めたら、きっとマリスビリーの娘である自分へ報復に走るだろう、と。

 そんな気は欠片もないマシュの様に、『彼』も些事だと笑うかもしれないのに。

 

「……こんにちは、私の名前はマシュ・キリエライトです」

 

 貴方の名前は、何でしょうか。

 そんな風な言葉を言いそうになり、しかし彼が名前さえ与えられていない存在であることを思い出し、口を噤んだ。

 

「私を生かしてくれている英霊なら、彼を目覚めさせる事は出来たのでしょうか?」 

「さぁ……どうだろうね」

 

 悲しげなロマンの言葉を受け止めつつ、カプセルの中の少年へ視線を戻す。

 切なげに、彼の顔を覗けるガラスを撫でながら、呟く。

 

「……早く起きてください、兄さん」

 

 共に歩き、共に視て、共に感じたい。

 自分が感じた、これから感じるであろう人並みとは呼べない、しかし未来ある人生を。

 そう思っての、言葉だった。

 

 ────マシュは、彼女は知らなかった。

 自身と融合した英霊の名さえ。

 

 自身と融合した存在と眠り続けている少年が融合した存在が、肉親と呼べるほど非常に近しい存在であったことを。

 そんな英霊と融合したマシュの呼び声が、どんな影響を与えるのかさえ。

 

 その言葉で、本当に目覚めてしまうとは思いもせずに。

 

「なッ……マシュ! 今すぐカプセルから離れるんだ!!」

 

 部屋のモニターで『彼』のバイタルを観察していたロマンが、マシュに叫ぶように言い放つ。

 

「え?」

「バイタルが異常値を出している! これは────ッ!?」

 

 瞬間、カプセルから衝撃が走った。

 まるでウォーターカッターが物体を切り裂いた様な音と共に、カプセルが二つに割れる。

 

「────」

 

 内側から輪切りにされたように、パカリと割れたカプセルから黒髪の少年がゆっくり起き上がる。

 マシュは、何故かその姿に目を背けることが出来なかった。

 

 彼女は後に語るだろう。

 始まりは其処だったのだ。

 それは余りに神秘的な光景に見えて、運命さえ感じさせる程の────。

 

 ゆっくりと開かれた少年の瞳は、少女を映す。

 それは湖の水面を思わせる、とても美しい色をしていた。

 そんな彼が無表情にも此方を向き、首を傾げ問う。

 

「────御早う、君は誰だ?」 

 

 その日からだろうか。

 彼女の世界(景色)色彩(いろ)が付いたのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 プロローグ 始まりの微睡み

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女は、一度も出たことの無い家から眼鏡越しに空を見る。

 未来を暗示する様な、曇天と雪に覆われた空を。

 

「青空は、今日も見えませんか……」

 

 残念そうに、しかし少女の表情に悲壮なソレは見受けられなかった。

 かつて一度、それこそ人生で一度きりだとしても。

 彼女は、目の覚めるような蒼天を見た事があった。

 

「キュウ」

「えぇ、流石にそう何度も雲を斬り散らすのは色々な人に大迷惑です。私の為に兄さんが怒られるのは嫌ですから」

 

 少女に寄り添う、犬のような兎のような、しかし少女の兄の様な少年は「今は恐らく猫だ」と語る白い獣は、彼女の微笑みに同意するように一鳴きした後、シュタタッと廊下を駆けていった。

 

「フォウさん?」

 

 あの可愛らしい獣は神出鬼没だ。

 それこそ少女と少年にしか殆ど姿を見せない。

 そんな獣が、確りと何処かに走っていったのだ。

 その先に、少女の慕う少年がいるのだろうか? 

 少女は自然に獣の後を追った。

 

 彼女の予想は、しかして的中した。

 

「兄さ─────」

 

 ただ付け加えるなら、彼一人ではなかったのだが。

 それはまるで舞台の一シーンの様だった。

 横たわる二十歳近い少女を、少女よりもほんの少し年若い少年が抱き起こしている。

 

『ラララッ忘ぅれッ物~』

 

 幻聴が聞こえたが、そんなものは動揺した少女の耳には馬耳東風。

 とある変態天才芸術家から『おねショタ』なる概念を教わった少女には、その光景がラブシーンの一幕にさえ見えた。

 尚、その変態はこの組織の顧問にシバき倒された模様。

 

「(そもそも兄さん(あの人)には女性とのそういった話は聴いたことがない。いえ、確かにオフェリアさんや芥さんとも話している姿は見ますが、だからと言ってオフェリアさんはキリシュタリアさんが─────)」

 

 少女の焦りは、果たして彼女だけの物だったか。

 よくよく考えれば、恋人こそ居なかったが近しい女性なら確実に居たではないか。

 ガレスにモードレッド、何より我等が─────

 

 少女自身の物とは異なる動揺に、彼女の揺らぎはより強くなる。しかし恋人との逢瀬と言うには野晒しの廊下では余りに風情がない。

 そう自分に言い聞かせるように少女は少年に問い掛けた。

 

「に、兄さん……その方は……ッ!?」

「マシュか」

 

 少女────マシュ・キリエライトの動揺など欠片も察せていないように、感情が薄い彼女よりも更に情動を感じさせない黒髪の少年はゆっくりと倒れていた女性を抱き上げる。

 

「解らない。カルデアの制服を着ている以上、ここの所員だろうが……マシュが知らないとなると今回召集されたマスター候補だろう」

「そ、そうですか……。て、てっきりその、恋人の方なのだと。その、抱き止めてていたので」

「生憎と、俺に妻や恋仲が居たことはない」

「フォウ……」

 

 少年の言葉の何処に呆れたのか、間延びした声を獣───マシュがフォウと呼ぶソレが溢し、トタトタと軽快な動きで少年が抱き上げている赤髪の少女の頬を舐める。

 生暖かい────他人から見れば全く変化の無い視線をマシュに少年が向けるが、そこで倒れている少女が呻き声と共に目覚めた。

 

「……頬を、舐められたような────」

「起きたか」

「──────」

 

 眼を開いた赤髪の少女は、しかし至近距離にある少年の顔に硬直する。

 その様子に何を考えているのか、少年は少女の見開いた瞳を興味深げに更に覗き込む。

 

「ひゃうぉおお!?」

 

 そんなやり取りが数秒、しかし赤髪の少女にとって永遠に等しい数秒後、正気を取り戻した少女は顔を真っ赤に染めながら打ち上げられた魚の様に跳ね飛んだ。

 だが幸か不幸か、成人手前の赤髪の少女より明らかに1つ2つ程の年下であろう少年は、腕の中で激しい動きをした少女を落とすことなく抱え続けた。

 

「立てるか?」

「は、はい……」

 

 その様子を見ていたマシュは思わず苦笑いを浮かべる。

 少年は人形のように顔立ちが整っており、曰く普通の異性ならば目を奪われるらしいのだが、それ以上に目覚めた時イキナリ異性の顔が目の前にあれば誰だって動揺する。

 顔を未だに紅潮させながら小さく呻く赤髪の少女は周囲を見渡して呆然とする。

 

 少年の肩を借りながら、何とか立ち上がった少女は周囲を見渡す。

 

「君達は……というか、私はどうして此処に?」

「いきなり難しい質問です。私達は貴女の事を何も知りません」

「あっ」

 

 何も知らない以上、少女が彼女に対して答えられることは本当に少ない。

 しかし、少しでもあるのならばすべきだろう。

 少なくとも、今の少女はソレが出来るのだから。

 

「私はマシュ・キリエライト。此処は国連主導組織、人理継続保障機関カルデアです」

 

 自己紹介すること自体が嬉しいのか、何とも言えなさそうな少年を讃える少女は、マシュ・キリエライトと名乗った。

 少年と同じく、やはり此処カルデアの所員の様だ。

 

「お休みのようでしたが、通路で眠る理由がちょっと。硬い床でしか眠れない性質なのですか?」

「実はそうなんだ。畳じゃないとちょっと────って。私、ここで眠っていたの?」

「その段階か……。カルデアの敵対組織が一般枠のマスター候補に暗示を掛け、入館時のシミュレートによって解除されたのか? 侵入者ならば気絶しているのはオカシイからな」

「えっ」

「ファッ!?」

 

 少女とマシュが少年の言に青ざめる。

 マシュの質問も大概だが、この少年の考察も大概物騒であったりするのだ。

 

 入館時にシミュレートを受けた彼女は、霊子ダイブに慣れていなかったが故にダイブ酔い。それが原因で、シミュレート後に表層意識が覚醒しないままゲートから歩いて、力尽きただけなのだが。

 事実、今も足下がフラついている。

 

「兎に角、医務室に連れていこう」

「ひゃ!?」

 

 無表情のまま彼女を横抱きに持ち上げ、廊下を進む。

 下手をすれば自分よりも年下とおぼしき少年の男らしい行動に、思わず顔を赤らめる。

 しかも極めて整った容姿の少年が行っているのだ。

 曖昧としていた意識が明瞭となり、強く異性を意識せざるを得ない。

 

 尤も、等の本人は『これは医療行為、色々とやわらかーいが何ら問題ではない』等とすっとんきょうな幸せ脳内回路が標準運転している。

 彼の本性をカルデアで知るのは、今の処所属している(カルデアの)天才サーヴァント、そして小さな(フォウ)だけなのだが。

 

「取りあえず、名前を聞こうか。格好からして部外者という筈はないが」

「わ。私の名前は藤丸立香! えっと、貴方は……?」

「────、これは失敬した」

 

 少年の名を問えば、彼はピタリと硬直して謝罪して己の名を口にする。

 彼女、藤丸立香と長い付き合いになる頼もしき同胞の名を。

 

「ランス────ランス・キリエライトだ。ようこそカルデアへ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 神代は終わり、西暦を経て人類は地上でもっとも栄えた種となった。

 

 我らは星の行く末を定め、星に碑文を刻むもの。

 人類をより長く、より確かに、より強く繁栄させる為の理──人類の航海図。

 

 これを魔術世界では『人理』と呼ぶ。

 

 そして2015年の現代。輝かしい成果は続き『人理継続保障機関カルデア』により人類史は100年先までの安全を保障されていたはずだった。

 しかし、『近未来観測レンズ・シバ』によって人類は2017年で滅び行く事が証明されてしまった。何の前触れもなく、何が原因かも分からず。

 

 カルデアの研究者が困惑する中、シバによって西暦2004年日本のとある地方都市に今まではなかった、『観測できない領域』が観測された。

 これを人類絶滅の原因と仮定したカルデアは人類絶滅を防ぐため、実験の最中だった過去への時間旅行の決行に踏み切ることを決定した。

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

『────────ハイハーイ、ダ・ヴィンチちゃんだよー! どうしたのかなランス君』

「……モナリザじゃん」

 

 腕時計のような端末から映し出されたのは、まるで絵画に描かれた絶世の美女をそのまま映したかのようだった。

 否。

 比喩ではなく、そこにはかの有名なモナリザがいた。 

 

「レオナルド、忙しい中悪いが少し調べて欲しい。レイシフト番号49番、藤丸立香だ」

『オッケー、数秒お待ち。……出た。凄いな、レイシフト適正100%だ! 数値だけならカドック君以上のカルデア二位とは、補欠生とはいえ中々の逸材──って、入館時の模擬戦闘の設定が上級(シニア)になっているじゃないか!』

「それは……」

 

 モナリザの姿でその作者を名乗る美女の、モニター越しの美声の強い語気にマシュが気まずそうに声を漏らす。

 

「廊下で倒れていたことに、何か関連があったのか?」

『データを見た感じ彼女は魔術的に完全な素人だ。ただでさえ慣れてないのに、そんな彼女が高難易度の霊子ダイブなんて倒れるに決まってる。幾らレイシフト実験当日とはいえ、こちらの落ち度だよ』

「ならロマンの所に連れていくべきか?」

『そうだね、事前説明……所長との顔合わせがあるけど、こちらの不手際が原因の不調をおして何かあれば大変だろう。とはいえ所長も相応に忙しい。誰がとは言わないけどカウンセリングで随分精神的に安定しているというのが、これまた面白いのだけどね』

 

 マシュが思い浮かべるのは、少し前まで責任と心労で押しつぶされそうになっていた、若きカルデア所長。

 少年の進言でアニムスフィアが管理している別部署とも言える所からメンタルセラピストを引き抜き、カウンセリングを受け随分回復したとは言え、国連主導の実験であるレイシフトの直前に不手際などあってはならない。

 

「わかった。一先ず自室で休ませてロマンを連れてこよう。マシュ、オルガマリーに彼女と俺の欠席を伝えてくれるか。一応後で俺からも報告しに行くが」

「はい!」

『それじゃあ立香ちゃんの部屋の場所を端末に表示しておこう。ロマニの場所は……おや』

「どうした?」

『いーや、ランス君はそのまま彼女の部屋へ向かってくれればいいのだよ』

「?」

 

 その後、件の医療部門のトップ『ロマニ・アーキマン』が、立香が宛がわれていた部屋をサボリ場にして寛いでいたのだが──────

 その日に起きる、人類史を文字通り揺るがす()()()の始まりの一日は、そんな風に始まった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「とまぁ、最初を綴るならこんな感じかな?」

 

 花吹雪舞い散る花園で、男は眼を閉じる。

 

 花を彩った装飾のあるローブを纏い、長い白髪を穏やかに靡かせながら頬に肘掛けする。

 異性を惹き付ける整った容姿の、しかし浮世離れというより人間味が薄いとさえ思わせる彼の名は、マーリンという。

 

 アーサー王伝説を筆頭に、様々な王を育て、支えた伝説の魔術師。

 曰く、アーサー王伝説の最後に質の悪い妖精によって幽閉されたとされるキングメーカー。

 

 世界の裏側、星の内海。

 妖精達の住まう理想郷。

 そこで彼は伝説の通り、己自身を築き上げられた塔で幽閉していた。

 

「獣の偉業を前に、漸く種は芽吹いた。いや、良かった良かった」

 

 景色一面に美しい花と気持ちの良い陽気に包まれた世界の裏側、その一区画。あるいは一部分、あるいは一側面。

 虚空に浮かぶ塔の最上階で、花の魔術師は最高位の千里眼を以って世界を見通す。

 世界の裏側で閉じ込められていても、彼は其処に居るだけで現在の世界全てを見通していた。

 夢魔と人間の混血である彼は、不死故に1500年間、ずっと。

 

「いささか強引な介入だったけど、こうでもしなければ本当に君は世界の外側で彷徨い続けていただろうからね。一石二鳥というやつさ。まぁ影の国の女王と出会いながら彼女の望み通り斬り殺して折角の帰還の手段をふいにしてしまった時は、流石に目を点にしてしまったけれど」

 

 だがソレはソレで君らしい、と。

 星の内海、妖精郷にて佇む星見の夢魔が、すぐ傍で()()()()()()()()()()()()を見て笑う。

 

「ギャラハッドのデミ・サーヴァントに円卓。触媒としては申し分ない。彼が端末としたデザイナーズベビーも、彼自身が再び端末を作れるように細工をした。今僕が出来る救援は此処までだよアーキマン。そろそろ英雄王に呼ばれる頃合いだしね」

 

 男は眠り続ける。

 そうでなければ、ただ其処に在るだけで人理を壊してしまいかねないが故に。

 そうならないよう、策を巡らせるのが夢魔の男の役割である。

 

「眠り姫は王子の接吻で目を覚ますものさ。この場合、姫と王子の立場が逆なんだけどね」

 

 罪無き者のみ通るがいい。

 そんな、罪を自覚したこの半魔にとっては、それこそ人理が焼却されようとも出ることを拒む自戒の檻。

 それでも彼が行動したのは、ひとえに罪の根源となった少女だった王の為か。

 

 元円卓の騎士にして宮廷魔術師。

 彼はかつてバッドエンドで終わってしまった物語を、ハッピーエンドにせんと足掻いていた。

 

 嘗て仕えた王だった少女は、御使いを名乗る詐欺師の甘言を切り捨て聖槍に呑まれて尚、自身の名前さえ喪いながら己の唯一を探し続けている。

 そんな彼女と、そんな彼女を探し続ける忠臣に対してお節介をやらかすのも、また魔術師の趣味だった。

 

「後日談や次回作で物語が真に完結するのなんて、よくあることだ。そうだろう? アルトリア」

 

 その為の無知なる斬神の獣は、今しばらく穏やかに夢を見る。

 その夢が覚めるまで、後もう少し─────

 

 

 

 




あと2話投稿予定


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第一話  First Order

 

 ─────オルガマリー・アニムスフィアは未熟である。

 彼女は千年単位の歴史を持つアニムスフィア家の現当主である。

 今は亡き父、マリスビリーの研究、そして事業である『人理保障機関フィニス・カルデア』を継いだ彼女は、しかし栄光とは程遠かった。

 魔術回路は優秀で、努力を欠かさず研鑽を積んできた彼女は、しかしたった一つの才能の致命的な欠如によって当主となる前から時計塔の魔術師たちに揶揄され続けた。

 

 サーヴァントの召喚、および契約に必要なマスター適性の決定的な欠如。

 

 もとより心無い外聞に晒され続け、加えて『アニムスフィアの真の後継』と称えられるマリスビリーの弟子、キリシュタリア・ヴォーダイムの存在が彼女の劣等感を煽り続けていた。

 そんな相対評価に苦しんでいた彼女を襲った、父マリスビリーの謎の突然死。

 まだ二十そこいらの彼女には重すぎるカルデアと地位を継いだ彼女は精神的に不安定になっていった。

 そして知らされる父親の闇である、デミ・サーヴァント計画によって生み出されたデザイナーズベビー。

 唯一の成功例である英霊召喚例第二号、無垢なる少女マシュ・キリエライト。

 

 オルガマリーは恐怖した。

 非人道的な実験によって生み出された彼女の、彼女の中に宿る英霊の報復を。

 外面では気高く高慢に振る舞って矮小な己を偽りながら、内心恐怖と不安で震えていた。

 

 そうしてカルデアを継ぎ、マシュの存在を知って一年後、再び彼女を震わせる出来事が起こった。

 

 マシュ以外に唯一生存していながら、何らかの不具合で意識不明で眠り続けていた英霊召喚失敗例が目を覚ました。

 その力は、失敗例でありながらカプセルを内側から破壊するほどだそうだ。

 オルガマリーが恐怖でヒステリーを起こす事も出来ずにいたところに、覚醒に立ち会った医療部門の主任であるロマニ・アーキマンから己の境遇とカルデアの事情を聴いた──────後にランス・キリエライトと名付けられる少年が突撃してきたのだ。

 

『酷い顔だ。キチンと休息は取れているか? 寝られないのならば、カウンセリングをお勧めするぞ』

 

 殺されるのだと覚悟もまるで出来ていなかった彼女を見て、少年が口にしたのがそれだった。

 

 そこからの少年の動きは怒涛の勢いだった。

 オルガマリーの周囲を次々に改善するような意見を医療部門を始め周囲へと進言し、悪く言えば突然現れ次々に口出しをし始めたのだ。

 そんな彼に対し、魔術師や倫理観を逸した研究者もいるカルデアで反発が生まれるのは当然だった。

 失敗作の分際で何を、と。

 そんな風に心無い言葉を吐く者もいた。

 しかしそれらを、

 

『陰口を垂れ流さず面と向かって罵倒する、その心意気を買おう。故に殴り倒される覚悟があるのだろう? 無論、殴るから殴り返せ』

 

 ロマニよりも細い腕から繰り出される拳でピンボールのように吹き飛ばされた職員に、反撃の気概など持てなかったのは言うまでもない。

 本来精密検査やこまめな経過観察が必要な存在である彼が、そんな職員たちをしばき倒して黙らせていくのは、カルデアの保有する別部署から配属されたメンタルセラピストから治療を受けていたオルガマリーには痛快にさえ感じられた。

 尚、反撃を行えた者は居なかったと付け加えさせて貰おう。

 

 英霊召喚失敗例。

 彼に与えられたその意味は、本来英霊が持つ逸話や伝説の象徴の具現である宝具の未所持。加えて英霊が持つ人を超えた膂力も持たないことが原因であった。

 膂力云々は本当に無かったのだが、そこら辺は技術で何とかしたらしい。

 

 彼自身からの言葉によって明かされた名から、召喚された英霊は間違いなく一級品。

 しかし結果は、「英霊が脆弱な体を操縦している」というもの。

 それ故に失敗作のレッテルを与えられ軽んじられかけた彼の評価を、彼の躰に宿り操る英雄は軽々と覆した。

 

 彼は伝説で、仕えた王よりも支持を集めた程の人望があった。

 

『聞き上手なだけだ』

 

 そう不思議そうに頭を傾げる彼に、いつの間にか彼らへの恐怖やストレスは薄れていった。

 

『頼って、いいのかしら』

『この躰の故郷は、家はこのカルデアだ。家主のお前を支えるのは当然だろう』

 

 その言葉がどれだけ嬉しかったのか、きっと当たり前のように口にした少年には知る由もないだろう。

 

 明確な味方の存在、またオルガマリーのカウンセリングを行う主治医のメンタルセラピストの手腕もあったのだろう。

 数少ない味方のカルデアの顧問への依存も、デミ・サーヴァント計画の遺児への恐怖も薄れ、ヒステリーに陥ることもなくなった。

 一人の英雄の出現によってオルガマリーは少しずつ変わっていった。

 そんな中────半年前に起こったのが、惑星の複写による地球の疑似天体である『疑似地球環境モデル・カルデアス』の異常。

 百年後までの文明の保障をするカルデアスの光が失われたという、人類存亡の危機である。

 これの解決に、歴史上の異常である特異点の修復を行うためのレイシフト。

 国連主導によるプロジェクトが行われようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 第一話  First Order

 

 

 

 

 

 

 

 カルデアの所長室、その椅子の中でも小さく身を丸めるようにして震える両手を抑える女性が、入室を求める声に顔を挙げる。

 

「─────オルガマリー入るぞ」

「ランス。どうかしたのかしら」

 

 銀の長髪を一束三つ編みにした髪型の女性、オルガマリーの緊張に強張っていた表情が、ランスの姿に明らかに解れる。

 

「報告だ。マスター候補生49番の藤丸立香が、レオナルドの調べで誤った難易度の霊子ダイブの模擬戦を受け昏倒した事が判明した。現在ロマニに診てもらっている。大事をとって彼女を今回のレイシフトからの除外を進言したい」

 

 レギュレーション:上級(シニア)

 立香がカルデアの入館手続きの間に行われた霊子ダイブは、その難易度に相応しく訓練も受けていない不慣れな彼女を当然の様に昏倒させた。

 それが、立香が廊下の只中で倒れていた原因である。

 

「49番……一般枠だったかしら。初めての霊子ダイブでそのレギュレーション、説明会も難しいわね。わかりました、こちらの不手際であるのならば是非もありません。レイシフト終了後、私も顔を出します。他の問題はありますか?」

 

 テキパキとした受け答えに、三年前のオルガマリーしか知らない者は目を疑うだろう。

 

「いや……」

「? どうかしたの?」

 

 珍しく口ごもる彼に、口調を崩して聞き直す。

 

「少し、な。オルガマリーにとって気持ちのいいものではない。それに魔術師にとってそう珍しいことではないかもしれないからな。それに一応レオナルドに最低限備えてもらっている。態々お前の耳に入れる程ではないだろう」

「そう……」

「今はレイシフト実験と特異点修復に専念した方がいい」

「えぇ、貴方の言う通りだわ」

 

 今回の特異点修復に失敗は許されない。

 人類に襲い掛かる未曾有の危機を、その原因を、世界中からかき集めた49人のレイシフト適正者を疑似時間旅行により送り込むことで、問題そのものの直接的な解決を図る。

 その要となるのが、人類史に刻まれた英霊の一側面を抽出した存在────サーヴァント。そんな英雄たちが現世に留まる為の要石となる契約者(マスター)であるマスター候補生である。

 

 中でも少年は特に優秀だと認定されたAチームの一人である。

 マスター以前にその適性がゼロのオルガマリーと違って。

 思わず意識が陰鬱なものになる。

 オルガマリーにとって、その劣等感はどうしても拭い切れるものではない。

 だが、それに喚き散らすことはもうない。

 優劣は当たり前で、他人と自分が違うのは当然なのだ。

 そんな小さなことで足踏み出来るほど、彼女は自身を上等だとは思っていない。

 

『大事なのは、自分の足りない部分をそれでもいいのだと認めてあげる事なのです。貴女自身こそが、最も認めてあげなければならないのですよ。「自信」とは、自分を信じることでつくものなのですから』

 

 友人となってくれた、自分の主治医の言葉を思い出す。

 柔和な笑顔で職員にも受けのいい彼女に、女性としても人としても憧れる処も多い。

 彼女が自分に優しいのは職務だからというのも分かっている。

 だけど、それだけでないことも知っているから。

 

「では、行きましょうか。レフを余り待たせたくないわ」

「あぁ、了解だ。オルガマリー所長」

 

 胸と虚勢を張りながら、今回のミッションが成功させられればこの虚勢が本物になれると信じて歩き出す。

 思い出すのは、今でも少し苦手意識がある薄紫の少女。

 少年と良く傍に居る姿に嫉妬することもあるが、彼女の子犬の様な無垢な様子にそんな感情は途端に消える。

 無垢が過ぎ、無表情で無機質だったデザイナーズベビーはもういない。

 

『親の因果が子に報うなど、愚かだと思わないのか?』

 

 かつて向けられた、オルガマリーの後ろを歩く少年の言葉は、とても暖かった。

 だがそれでも、カルデアを継いだ自分はそれを背負わなければならないのだろう。

 

「マシュとも、この実験を機に仲良くなりたいわね」

 

 かつて恐怖した少女に対しそんなことを思えるほどに。

 集められた多くのマスター候補生を前に立つ今の彼女は、紛れもなく充実していた。

 

「────私はここカルデア所長、オルガマリー・アニムスフィア。まずは、貴殿方がカルデアの召集に応じてくれた事を感謝します。今回のミッションは貴殿方の協力無くしては困難であり、ミッションの成功がこの世界の未来を切り開く事に繋がるでしょう。

 貴殿方は様々な家柄を持っているかと思いますが、今回それらは関係がありません。貴殿方が選ばれたのは、貴殿方自身の力によるもの。それを忘れないで下さい」

 

 そうして彼女は、間違いなく正しき道へと一歩、足を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『──────星を観て、未来を観て、わたしたちはどこへ向かうのですか?』

 

 幼い自分(オルガマリー)が、カルデアスの前に立っている。

 

『明晰な未来とは、いったいなんなのでしょう?』

 

 隣に立つ父親(マリスビリー)は、その問いに答えない。

 レイシフト実験、その管制室。

 あまりに唐突に足元から襲ってきた爆風に意識を奪われた時、彼女に浮かんだのはそんな過去の一幕だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 衝撃と共に意識を失った後、目が覚めた時には視界が赤く染まっていた。

 煌々と炎が揺らめき、自分がコフィンの外にいるのだと知り、同時に自身の状態を認識する。

 

「あぁ……」

 

 倒れ伏すマシュは、下半身の感覚がなかった。

 血が流れているのか、炎に囲まれていながら冷たさが彼女を襲う。

 振り返れば、爆発で崩壊した大岩に腰元から下半身が押し潰されていた。

 致命傷であり、急いで処置しなければそのまま出血多量で死んでしまうだろう。

 

「兄、さんは」

 

 しかしそんな状態でありながら、彼女は自分の家族の安否を案じていた。

 ランス・キリエライト。

 マシュと同様に今回のレイシフトを行おうとコフィンに入っていた。

 となれば同様に、被害を受けていると考えるのが道理である。

 

「──────生きているか」

 

 そんな心配を余所に、マシュへ言葉が投げ掛けられる。

 そこにはマシュ同様コフィンという逃げ場のない牢獄で爆破を受けたにも拘らず、殆ど無傷のランスが居た。

 道理とは一体なんだったのか。

 

「兄、さん……。無事、で……よかっ……」

「爆風は斬った。そんなことより、お前を助けるのが先だ」

 

 度々視界と意識が揺れるマシュにはランスが行った挙動をハッキリ見る事が出来なかったが、パキンとガラスが割れるような音と共に下半身の圧迫感が消え失せる。

 彼が何か行ったのだろう。巨大でとても人では持ち上げられない大きさの落石は無くなっていた。

 マシュや他のレイシフトメンバーの体の線がハッキリ出るボディースーツの様な戦闘服と違い、ランスの礼装は魔術協会由来の制服の物。

 攻撃的な戦闘服とは違い治癒や補助に特化したものだ。

 

 彼は礼装の魔術を使用し傷口を塞ぐ。

 無論それは尋常な魔術行使ではない。

 下半身が潰されている傷を塞ぎ、短時間とはいえマシュの命を繋ぐなど、どれだけの魔力を注ぎ込めば出来るのか。

 

 厳しい顔で丁寧に彼女は抱き上げられて、漸く彼の片腕がズタズタに傷付いている事に気付いた。

 

「兄さん……腕が──────ッ!」

「気にするな、この体で使うのが初めてだったから少しガタついただけだ。それよりも彼女に……」

「マシュ────―!」

 

 名を叫ぶ声と共に、カルデアの白い制服を着た少女が走ってくる。

 立香なのは、意識が薄れかかっているマシュにも解った。

 

「先、輩……」

「ランス君、マシュは……!?」

 

 不謹慎だと思った。

 二人が必死なのが伝わってくるのに、そのことがとても嬉しくて安心してしまうなんて。

 だけれど、マシュには堪らなく嬉しかったのだ。

 

「まだ保つ。今は早く治療を……、ッ!」

『観測スタッフに警告。カルデアスの状態が変化しました』

 

 そんな時に、レイシフトルームに機械的な声が響く。

 

『シバによる近未来観測データを書き換えます。近未来百年までの地球において 人類の痕跡は 発見 できません。人類の生存は 確認 できません。人類の未来は 保証 できません』

「カルデアスが、赤く─────」

「……」

「えっと……」

 

 一人は満身創痍なため。一人は単純に知識が乏しく。一人はそもそも神経がオカシイ為か、その事態の深刻さにいまいち正しい反応が取れない。

 

『コフィン内マスターのバイタル 基準値に 達していません。レイシフト 定員に 達していません。該当マスターを検索中……発見しました。適応番号3、芥ヒナコ 適応番号9、ランス・キリエライト 適応番号48、藤丸立香 を マスターとして 再設定 します。アンサモンプログラム スタート。霊子変換を開始 します』

「……ギャラハッド、マシュを任せたぞ」

「───え?」

 

 その名を、果たしてマシュは聞き取れたのか。

 聞き直す前に、事態は進行した。

 

『レイシフト開始まで あと3、2、1 全工程 完了(クリア)。ファーストオーダー 実証を 開始 します』

 

 こうして余りにも凄惨な状況から、人類史上最初のレイシフトは行われた。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第二話 序章 炎上汚染都市冬木

「やぁああああっ‼」

 

 炎が燃え盛る無人の市街で、残骸の如き死兵が懸命な声と共に振り下ろされた盾によって砕け散る。

 骸骨の兵隊としか形容できない亡者達が、奪われた熱を求めて生者に群がり真に死に絶える。

 それは生者の当然の足掻きだ。

 滅び切った異様な街で、カルデアは懸命に生きようとしていた。

 

「該当(エネミー)の撃破を確認、完了しました。お二人ともご無事でしたか?」

「うん、大丈夫だよマシュ!」

 

 マシュ・キリエライト。

 デミサーヴァント計画の成功例は、本来予定された通りの性能をキチンと発揮し、骸骨兵を易々と撃破する。

 瀕死の状態でレイシフトをしたマシュは、自身に宿った英霊の霊基を借り受け、シールダーのサーヴァントとして変転。無事快復していた。

 

 そんな彼女と契約しマスターとなった赤髪の少女、藤丸立香は笑顔で彼女を迎える。

 不測極まる事態に、しかし立香はマシュに護られながら現実に立ち向かっていた。

 

「…………」

 

 そんな二人に痛ましいモノを見るような視線を、オルガマリーは向ける。

 

「……所長?」

「いえ……、何でもないわ」

 

 魔術師としては、マシュが戦えるようになったのは喜ぶべき朗報だ。

 しかしオルガマリーの父であるマリスビリーの死と裏でその父が非人道的な行いに手を染めていたショックで一か月ほど拒食症に陥る様な、逆に考えれば相応な人間性を保有している彼女には、素直に喜ぶことができない。

 その力を振るうことでマシュが払っている代償の大きさに、心痛めることを禁じ得ないのだ。

 だが、今の彼女には頭を痛める事柄が多過ぎる。

 

 原因不明の破壊工作によって死にかけていた、確定マスターであるAチームにマスター候補生の凍結処理。

 本人の承諾なしの凍結は犯罪であることを承知で、彼らの命が失われた際に生じる責任を回避することを選んだ。

 カルデアが保有する英霊召喚成功例第三号の力ならば、確実に蘇生できると確信していたからだ。

 そして二つ目の懸念は、デミ・サーヴァントとして覚醒したマシュのマスターが、一般募集枠の完全一般人であること。

 魔術の行使処か魔術回路に魔力を通すことさえ行ったことがない完全な素人だ。

 マスターの数少ない英霊に対するアドバンテージである令呪を使用することさえ困難なはずだ。

 

 オルガマリーにマスター適性があれば、契約を変更することで魔力供給含め解決するだろうが、それができれば苦労してはいない。

 

 三つめは、彼女の依存対象である二人の安否不明である。

 レフ・ライノール。

 カルデアの顧問を務める魔術師であり、ロマニやオルガマリーから深く信頼されていた人物。

 オルガマリーにとって尊敬する父を失って、ノイローゼ一歩手前の状態の彼女を支えた彼に、以前は深く依存していた。

 ランスの進言により別部署から派遣されたセラピストと、ランス自身の存在のおかげで依存度はずいぶん軽減したのだが。

 しかし彼は今回の爆破で、管制室に向かったロマニの確認から死体も残さず失われてしまったとの報告がなされていた。

 

 多くの職員と共に最も信頼していた存在の喪失は彼女を大きく揺らしたが、悲しむ余裕を状況は許していなかった。

 世界は今も燃えている。

 街に人は無く、怪異が溢れ襲ってくる。

 死体を目にしていないからか、あるいはレイシフトルームの惨状を目にしていないからか。はたまたあまりにも現実離れした光景に、実感がわかないからか。

 否。彼女は聡く、頭も悪くない。

 

(レフが巻き込まれ、加えて()()()()()()()()()()()()―――――)

 

 足元が崩れる様な錯覚に、オルガマリーが陥る。

 気を抜けば、その場で崩れ落ちて立ち上がることが出来なくなるだろう。

 その精神は安定には程遠く、諦観に満ちている。

 それでも彼女が気丈に振舞えていられるのは、アニムスフィアの当主としての矜持か。

 はたまた、意地か。

 

「……ロマニ、ランスはまだ発見できないの?」

『申し訳ありません……。彼は元々魔術の干渉を受けにくい体質でした。対魔力とは違う、彼に宿った英霊特有の能力なのでしょう』

 

 そして、マシュや立香の発言から存命していることが確認されている、ランス・キリエライトの不在である。

 藤丸立香とマシュ・キリエライト。その後骸骨兵に追われていた処を発見し合流したオルガマリー・アニムスフィア。

 しかしランスとは、未だ合流できていない。

 

『単純に管制室の探知能力が爆発で落ちているというのもありますが、彼自身気配遮断に類似した技術も保有しています。もしそれを使用しているとなると、発見は難しいかと』

「彼の高性能が仇になるなんて……」

 

 加えて、ランスの身に着けている携帯端末が失われているのも大きい。

 如何に彼の気配遮断の類似技能――圏境が世界に同化することによる完全な透過とはいえ、彼の身に着けている端末の探知は可能なはずである。

 最初にそれを披露した際は、その場の全員が目をひん剥いたのは言うまでもない。

 だが、

 

「コフィンから脱出した時点で、兄さんの端末は完全に破壊されていました。それどころか、腕全体がズタズタに……」

『存在分解する直前のコフィン内部で、どうやったら意識を取り戻して、その上腕一本で凌げるんだ……!?』

「まぁ……彼なら安心でしょう」

「そんなにランス君って凄いんですか」

「ええ、単純にデミ・サーヴァント、マシュのように武装の展開やサーヴァントとしての身体能力はないのだけど……」

 

 思い出すのは、『青空が観たい』という、マシュがよくカルデア内の窓から外を見ていた理由をランスが聞いた事が切掛けで起こった珍事。

 レイシフト時に本来マスターに武器など不要。

 彼らが従えるサーヴァントこそ人類最強の兵器なのだから。

 

 しかし例外というものはなんにでも存在する。

 マシュはそもそも宿っているサーヴァント自体が彼女の存命こそすれども、能力まで託すつもりは当時無かった。

 だから彼女は召喚サークルの設置の為だけの存在である。

 だがランスは違う。

 彼は、カルデア自体は兎も角マシュを護ることを筆頭に、ロマニやオルガマリー達には助力の姿勢を見せている。カルデアに存在している、善人の為に。

 そして彼自身のカタログスペックは常人以下だが、その技量は物理法則を超えていた。

 そんな彼には特別に武装を許可され、またカルデア英霊召喚例第三号が製作した武装を与えられている(無論危険なのでは、と反対意見は当然あった)

 そして彼がやらかした内容は、端的であった。

 

『よし、晴れたな。快晴だ』

 

 外に出たわけではない。失敗例とはいえ、デミ・サーヴァント計画の被検体をカルデア外部に出すことはできない。

 故に窓際に立ったランスは与えられた剣を振るい、吹雪く曇り空を斬り払ったのだ。

 そもそもカルデアは星見、天文科として気象には特に詳しい。

 阿呆の暴挙は、逸早く察知できたのだ。

 彼の武器携帯の禁止が言い渡されたのは言うまでもない。

 

「『気象庁、それがあったか。すまない』それが彼の謝罪だったわ。無表情ながらかなり目が泳いでいたから、反省してくれているみたいなのだけど」

「と、とても綺麗でしたよ?」

「えェ……」

 

 散らされた雲がどうなるのか。

 世界の気象機関は唐突な出来事に大混乱に陥ったことは言うまでもない。

 それ以降、カルデアに存在する倫理から外れた、しかしそれ故に魔術社会の常識を持つ職員にとって、制御できない英雄の危険性が認識された瞬間である。

 何より問題なのが、ランスに宿り操縦している英雄に危険視されるような逸話が無かったことも危機感を煽ったのだろう。

 勿論英雄の生きた時代に気象機関など無かったからこそ行ったのだろうが、仮に現代から見ても明らかに問題のある逸話を持つ英霊を召喚した場合、カルデアが制御できるかどうか、という問題だった。

 

「元々貴女の手の甲に刻まれている令呪は指向性を持たない魔力リソースというものだけだったのだけど、以来そこにモデルにした聖杯戦争程ではないけれどそれなりの強制力が与えられたわ。マシュ、貴女が宝具を発動できないのは分かっています。最悪、藤丸に令呪を使わせて強制発動させるわ」

「はい……」

 

 特異点F。

 そう名付けられた街でマシュと契約していた時には既にあった紋様を、立香は見る。

 人類最強の兵器を御する為の、三つの絶対命令権。

 本来は自害を命じる為の、残酷ながら必要不可欠の手段。

 

「つまり、これを使えばマシュにエッチな事がお願いし放題と―――――!」

「令呪は私の命令でいつでも没収可能よ藤丸~?」

「畜生メぇえええええッ‼」

 

 オルガマリーの強化されたアイアンクローを食らいながら、某総統のような悲鳴をあげる。

 平社員以前にアルバイト員でしかない彼女に、社長であるオルガマリーの極めて正当な職権の行使がなされた。

 無論立香の性別はマシュと同じで、立香に同性愛の気はない。

 おふざけである。

 

「まったく……、貴女も怖いでしょうに」

「えへへ」

 

 それは重い空気を和ませようとする彼女の気遣いであり、オルガマリーやマシュも分かっていた。

 その証拠に、彼女の手は震えていた。

 

「私はホラ、魔術? ってのも、カルデアに来てから知ったし。素人でしかない私じゃあまり役に立てないと思ったんですよ。だからこうやって場の空気を入れ替えるぐらいはやらないと、って……」

「先輩……」

「それに私はマシュのマスターだし! サーヴァントのメンタルケアも私の役目!」

『あはは、メンタルセラピストは本職がいるよ立香ちゃん。彼女も無事だから、カルデアに帰還したら君もメンタルケアを受けた方がいい』

「えー」

 

 ロマニの通信に、立香が更に脱力する。

 本気で素人な上、何も遣れることがないと分かれば、勢いも萎えるというもの。

 しかしその通信に反応したのは、オルガマリーだった。

 

「待ちなさい、彼女は生きているのね!?」

『ええ。彼女は医療室で待機して貰っていましたから。現在生き残った職員の治療にあたってもらっています』

「そう……良かった」

()()()()()もご無事だったんですね!」

 

 ―――――果たしてその名に震え上がる存在は、現在この場には存在していない。

 何より、その震えも杞憂なのだから尚更である。

 

「キアラさん?」

「殺生院キアラ。カルデア勤務のメンタルセラピストよ。この特異点を修正してから会いに行けばいいわ」

「へー。カルデアって色んな人がいるんですね」

 

 その言葉に、悲しそうにマシュが苦笑いを溢す。

 破壊工作の爪痕の深刻さは、それを身を以て受けた彼女が一番理解している。

 カルデアに存在する多くの職員が喪われたのを察しているが故に、言葉を口にするのを憚っているのだ。

 

『所長! 気を付けてください‼』

「あれ?」

 

 ロマニの通信越しの悲鳴と、立香がそれを見付けたのは殆ど同時だった。

 

「どうかなされましたか先輩?」

「マシュ。何だろう、アレ……」

 

 立香が伸ばした指先の向こうには、それがあった。

 

「人の、石像?」

『サーヴァントの反応があります!』

 

 河川際の道に、両手では済まない数の悪趣味な石像が乱造されていた。

 その石像のどれもが恐怖の表情に染まっていたからか、立香の背筋に言い知れない悪寒が走る。

 

「――――――おや、私の縄張りに何の御用ですか?」

「先輩、下がってください‼」

 

 立香を庇う様に前に出ながら盾を構えるマシュに、現れた存在はフードに隠れた唇を妖艶に歪ませる。

 

 その女の放つ魔力に、オルガマリーの足が震え出す。

 その怪物の威圧に、立香が生唾を飲んだ。

 あれこそは人類最強の兵器にして、偉大なる英雄の影法師。

 否。その英雄に相対し、人々を脅かしたが故に討たれた反英雄の影法師。

 

「サーヴァント……ッ!」

 

 こうして狂った街で、それ以上に狂った聖杯戦争の狂ったサーヴァントと初めて遭遇、交戦が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二話 序章 炎上汚染都市冬木

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 建物が燃え、街が燃え、人は居らず世界が燃える。

 世界の終焉、人の滅びとはこれであるというような光景を前に、ランス・キリエライトと名付けられた少年はコンビニを漁っていた。

 

「……」

 

 黙々と、鬼気迫る様子さえ見せる様には、見る者を圧倒させるものがあったが、滅びを形容する世界に於いてシリアスは死んでいた。

 

『ヒャッハー! 炭水化物in炭水化物! 化学調味料オンリー! ジャンクフードオンリー! 我が世の春じゃぁあああッ‼』

 

 少年の立場はつい数年前まで意識不明の昏睡状態で、度重なる薬物投与によって寿命も成人を迎えることが難しいとされた、人の悪性の罪科の被害者そのものといったものである。

 たとえ世界の外側で1500年間右往左往している単一宇宙の大阿呆の端末になり果てていようとも、その体調管理は極めて細心の注意を払われていた。

 ジャンクフードなど以ての外な状況は、少年の中の馬鹿にとって苦痛でしかなかった。

 そのストレスの発露が、青空を望んでいた少女の願いにカルデア室内から雪雲を切り飛ばすという暴挙に走らせたのだが、それもこの場で解消されていた。

 体に悪い食事ほど美味い物はないとは誰が言ったか。

 徘徊する骸骨の兵隊を蹴散らし、商品が生きている店舗を探し出すことに成功した少年は、表情筋の大半が死滅した無表情でありながら非常にご満悦だった。

 

「フォウ!」

「む」

 

 そんな彼が傍らに居た小さな白い、愛らしい獣の鳴き声に手を止める。

 彼は気配遮断の類似スキルである「天地と合一し周囲の状況を感知し、また自らの存在を自然に透けこませる様に消失させる技法」、『圏境』を会得している。

 といってもランスは魔力を気に見立てて再現したモノなのだが、つまりこのスキルの神髄とは透明化ではなく気配感知にある。

 そんな技法を持ち得る彼は、すぐさま三人の居場所と彼女達に襲い掛かるサーヴァントの気配を感知していた。

 

「フォウフォウ」

「……拙いな」

『食料漁ってる暇ないやん』

 

 食い意地が張っているようだが、あくまで長丁場を懸念して食糧確保に走っていたのである。

 伊達に食糧難で崩壊直前まで行った国の王に仕えていた訳ではない。

 戦いにおける食糧確保は最重要の一つである。

 しかし司令官が襲われれば何よりその護衛を優先しなければならない。

 だが、

 

『――――――――――ォオオオオオオオオオオオオオオオオッ‼‼‼‼』

 

 轟音と聞き間違えるほどの雄叫びが彼を飲み込む。

 そちらにゆっくりと振り返った先には、動く死体、骸骨の群れが存在していた。

 そもそもこの街に出現していた骸骨兵は何処から来たのか。

 その答えがそこに居た。

 

 さながら巨大な戦象の怪物に騎乗する、三只眼に全身を禍々しい刺青と黄金で彩った三メートルを超える漆黒の巨人。

 勇猛の古代ペルシャ王、ダレイオス三世。

 紀元前四世紀マケドニアの征服王イスカンダルの“好敵手”として幾度も彼の前に立ちはだかってみせた、アケメネス王朝ペルシャ最後の王。

 そんな彼が持ち得る宝具、『不死の一万騎兵(アタナトイ・テン・サウザンド)』。

 不死隊アタナトイ。史実として存在した一万の精鋭が宝具化したものであり、後年成立した伝説に伴い不滅性や不死性が付与されている。

 即ち、総数一万の()()()を出現させるAランク対軍宝具。

 炎上し滅び切ったこの街にあふれる骸骨兵は、この宝具によって死者の類を呼び寄せてしまったダレイオス三世が原因であった。

 

『イスカンダルゥゥッッ……!!』

 

 本来ライダーとして現界したダレイオス三世の目は、黒化し反転。今や狂気に呑まれていた。

 彼の眼には、もはや敵の姿は映らない。

 彼は征服王への敵意故に、全てがイスカンダルに視えていた。

 

 その咆哮の如き号令と共に、巨象の周囲に骨で構成された津波の様な魔手が現れた。

 故に彼は、あらゆる敵に対して好敵手に対する様に全力を以て疾走し、蹂躙する。

 

 

「黒化による思考の鈍化か」

『――――――――』

 

 

 しかし、そんな不死の軍勢が進軍を始める前に。

 それを発する彼の喉元が斬り裂かれ、地に落ちる。

 軍勢の誰もが反応できずに、征服に挑んだ嵐は。

 

「勿体無い。これではただの案山子だろうが」

 

 その何も持っていない手元を見ながら気に入らないように呟く、肩に小さな獣を乗せる少年に、あまりにも容易く斬り捨てられていた。

 軍勢による傷跡を街に残しながら、主が失われた不死兵はその後を追う様に消えていく。

 

「さて……」

 

 デミ・サーヴァント計画カルデア召喚失敗例、亜種第六法ランスロット・デュ・ラックの端末。

 それが少年の正体だ。

 失敗作の烙印に相応しく、英霊が持つ人を超えた膂力も逸話の具現たる宝具も持たない彼が持ち得るのは、本体の端末(一部)としての性質と祝福、英雄ランスロットの経験と技量。

 そして100%を易々と超えるレイシフト適正のみである。

 しかし、その殺戮能力はこの燃える壊れきった街────特異点Fに蔓延る狂化し膂力ばかりが尖り戦士として弱体化したサーヴァントなど、敵にさえならない。

 

「……知らない英霊だったな」

『いすかんだるぅって口にしてたから、征服王関連か? あのクソデカノッポからして、zeroライダーが言及してた──ダレイオス三世だっけ?』

 

 そんな事を呟きながら、ランスは階段でも駆け上がるように空中に足をかけ、当たり前のように虚空を駆けた。

 

『冬木でサーヴァントならアルトおると思ったけど、これは居ないやろなぁ。つーかこの(ナリ)じゃ誰か解らんから変な空気になるか』

 

 人はソレを、フラグという。

 

 

 




これにて連続投稿は終わり。
続きも一応描いてますが、色々他にも描きたい物もあるので、一先ず休止します。
まぁ次話ぐらいは近い内に更新するかもですが。
でも話の切りを考えれば序章終わりぐらいは遣らないととは思ってるんですがねぇ。
 
という訳で新年も誤字が乱舞する牛歩投稿ですが、宜しくお願いいたします。


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第三話 奮闘

 

 

 

 ランスがダレイオス三世を斬り捨てたと同時刻。

 一方、石像を乱立させている鎌を持ったフードの女サーヴァント───ランサーとの戦闘は、意外にも拮抗できていた。

 否、その性質からマシュが押してさえいた。

 

「やぁああああああッ!」

「チィ!」

 

 ランサーが振るう鎌の名はハルペー。

 ペルセウスが振るった、女怪ゴルゴーンの頚を落とした不死殺しの宝具である。

 

 無論そのランサーのサーヴァントはペルセウスではない。

 怪力を奮い、加えて人を石に変える魔眼を持つ、蛇に変えて襲い掛からせる事が出来る長髪の、加えて絶世の美女。

 

「女怪ゴルゴーン───いや、女神メドゥーサ……!」

 

 その特徴からランサーの真名を、その戦いを見守っていたオルガマリーが戦慄するように呟く。

 

 神々の迫害によって形の無い島に閉じ込められ、欲望によって勇士達に狙われた姉達を護るため戦い続けた果てに怪物と成り果て、戦女神アテナに宝具を授けられた英雄ペルセウスによって暗殺された怪物。

 

「反英雄は己を討った死因となる物品を宝具として所持している場合があると聞くわ。であるならば───気を付けてマシュ! その鎌は!!」

 

 不死殺しハルペー。

 効果は単純明快。ギリシア神話の主神ゼウスとアルゴス王アクリシオスの娘ダナエーの息子ペルセウスが、かつてメドゥーサの首を斬った女怪殺しの神剣。「屈折延命」という不死系の特殊能力を無効化する神性スキルを有し、この剣でつけられた傷は自然ならざる回復・復元ができなくなる、その名の通り不死者に死を押し付ける概念武装。

 それは、マシュとて百も承知であった。

 だが、

 

「せいっ!」

「貴女は───怖く無いのですか!?」

 

 即ち、二度と癒えない不治の傷を負う恐怖が。

 苛立ちと不理解に満ちたランサーの声に、しかしマシュは恐れる事無くその刃に聖盾でもって押し通る。

 

「怖いです!」

 

 虚勢無く、聖杯に選ばれた聖盾の騎士の力を与えられた只人(ただびと)の少女は叫ぶ。

 その恐怖を決して消化できず、心で必死に押さえ付けながらも。

 

「でも呪いなら、兄さんが斬ってくれますから!」

 

 それでも、続いて口にしたのは信頼だった。

 ロンギヌスの槍によって不治の傷を与えられた漁夫王ぺラムを、傷を蝕む神秘そのものを斬り伏せる事で癒した逸話を持つ。

 例え不死殺しといえど、それが神秘によるものであるならば太極の断片は容赦なく斬り伏せるだろう。

 

「このッ……!」

 

 生意気な。

 そう苛立ちを隠せずにその美貌を歪ませながら、己の怪力でもって鬱陶しく間合いを潰してくる盾をひっくり返そうとするが、

 

「マシュ!」

「フッ!」

「ぐあっ!?」

 

 ガクンと、即座に力点をずらしたマシュが怪力を空振らせる。

 如何に怪物の怪力を振るおうが、その身体の構造が人と同じである以上、()()という技術は通用する。

 そして体勢を崩されたランサーへ、狙い通りと言うようにシールドバッシュを叩き込んだ。

 

「……なんか……マシュ強くないですか? いや、凄いしカッコいいですけど」

 

 知り合った少女の勇姿に、しかし立香が問う。

 デミサーヴァント。一言二言程度しか知らない彼女は、その概要から何となく想像を走らせていた。

 

 英雄の力を得る。

 成る程凄まじいのだろうが、流石は日本のサブカルチャーは頭がおかしいほど豊富だ。

 そういう系統の力が、強いて言うなら借り物の力が果たしてああも本物に通用するのだろうか、と。

 

「それでも強すぎるわ! あの子一体この一年で、マシュに何を仕込んだの!?」

 

 マシュとランサーとの相性は良い。

 倒された怪物と正当な英雄の力を有する者という構図は、必然その反英雄性から有利不利を形成する。

 英雄に討たれたという事実と信仰が、ランサーをサーヴァント足りえさせるのだから。

 しかし本来マシュの実戦はコレが初めてである。

 それを本物のサーヴァント相手にここまで立ち回れること自体がおかしいのだ。

 

 しかし、カルデアには円卓の白き手(ガレス卿)反逆の騎士(モードレッド卿)カーボネックの姫(エレイン)を鍛え上げた阿呆が居た。

 

 一年前、カルデアスの異常と特異点発生から、マシュが数居るレイシフト実験のマスター候補生の中で筆頭となった時から、ランスはマシュの身を護らせる為に数多くの技術を教えていたのだ。

 

 英雄としての宝具は無く太極としての神威は無くとも、唯一残ったその技術と経験は正しく超人揃いの円卓で頂点を欲しいままにした男のモノ。

 一年掛けて、箱入り娘をそれなりに使える様に鍛えるのなぞ造作もなかった。

 

 そこに聖盾の騎士の力が上乗せされればどうなるか。

 そもそも技巧など無い、黒化で怪物性を引き出されて通常のサーヴァントよりも尚冷静な思考も出来ないランサーと、拮抗できない訳が無かった。

 

(だけど……ッ)

 

 決め手が無い。

 護る事に特化したシールダークラスとしての彼女に、怪物としての不死性も合わさったランサーを仕留める事は出来なかった。

 

 なるほど静止状態から動体への移行動作から相手の動きを推察し、攻撃を封じることは出来た。

 しかし、攻撃は出来てカウンターだけ。

 そもそもランサーは速度に優れたサーヴァント。

 マシュ自身の攻撃はまるで当たらない。

 尤も、攻撃手段自体精々盾で殴り付けるのが関の山なのだが。

 

「……あぁ、成る程。つまりしつこいだけですか」

「ッ!」

 

 ランサーがその鎌を地面に突き刺し、大地を捲り上げた。

 怪力スキル。

 怪物特有の筋力増強スキルは、正しくその用途を果たす。

 轟音と共にマシュ処か、カルデアの三人は宙に放り出された。

 

「キャアアアアッ!?空を───飛んで……ッ!?」

「飛んでるんじゃありません所長!落ちてるんです、カッコつけて!」

 

 そのまま人が叩き付けられれば十二分に死に至る高さ。

 無論デミサーヴァントとなったマシュにとって大した高さではない。

 だが、オルガマリーと立香にとっては致死のそれだ。

 

「所長、先輩!」

 

 そうなれば、マシュは救出せずには居られない。

 それはシールダーとしての本能であり、マシュ自身の気質であり─────

 

 

「漸く隙を見せましたね、漂流者」

「───」

 

 

 その本能を抑え付けるには経験が致命的に足りないマシュの、明確な弱点の一つでもあった。

 

「マシュッ!」

 

 立香の叫びと共に、不死殺しの刃が煌めく。

 成る程湖の騎士の端末ならば、かつて漁夫王に刻まれた聖槍の呪いさえ断ち斬った逸話も相俟って、ハルペーの呪詛も解呪(というか術式そのものの両断)に支障は無い。

 だが、それ以前の話─────

 

「その首落として尚、その健気な奮闘を続けられるというのなら、心から誉めてあげます」

 

 不死殺し以前に、デミ・サーヴァントだろうが致命傷を受ければ死んでしまうのは道理である。

 

 

 

「──────オイオイもう終わらせちまうのか?勿体ねぇ」

「ッ!? があッ!」

 

 

 

 尤も、その刃がマシュに届くことはなかった。

 ハルペーが届く前、跳躍したランサーを爆炎が呑み込む。

 全身を煙に包まれながら落ち、何とか立ち上がろうとするランサーに対し、杖を持ちローブや装飾を纏った青髪の男がその背中を踏み抜く。

 

「『(アンサズ)』─────早速で悪いが、終わりだぜ」

 

 踏み抜かれた背には、男────キャスターが刻んだ原初のルーンが刻まれていた。

 

「貴さッ─────」

 

 ランサーの断末魔は再び起きた、先程の比ではない爆発の轟音に掻き消される。

 そんな様子を、オルガマリーと立香を抱えて地面に降り立ったマシュが呆然と眺める。

 余りにも鮮やかに行われた怪物退治。

 それに三人は、怪物や反英雄ではない────本物を見た。

 

「つー訳で嬢ちゃん達、兎に角移動するぞ。こんな開けた処でのんびりするもんじゃねぇ」

「貴方は─────」

 

 ローブを脱ぎ、その美貌と快活な笑みともにそのサーヴァントは三人を導く。

 キャスター、参戦。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ステンバーイ……ステンバーイ。おっと、スネイクスネイク────』

 

 そんな様子を透明化した上に気配遮断して見守っている少年が居るが、出るタイミングを逃したのかダンボールを探していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第三話 奮闘

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは、学校?」

「ここなら少しはのんびりできるだろ」

「ひゃぁー、疲れたぁ」

 

 廃墟の様に荒廃した学校に辿り着いた一行は、校舎内の一教室でようやく腰を下ろしていた。

 立香は体を伸ばしながら机に座り込み、マシュは眼を輝かせながら遠慮がちに椅子に座る。

 その様子に、彼女の事情を知るオルガマリーが優しい目をしながら苦痛に耐えるように顔を顰めた。

 

「─────いつの間にか、この街の聖杯戦争は入れ替わっていたのさ」

 

 キャスターを名乗るサーヴァントは、この特異点を端的に告げていた。

 いつの間にか街は燃え、人々は消え失せ、挙げ句マスター無きサーヴァント達が自身を含め現界を維持していた。

 

「そんな状況で、真っ先に聖杯戦争を再開したのがセイバーの奴だ」

 

 反転したセイバーは次々にサーヴァントを襲い、その骸を従えていった。

 まるで、何か敵対している勢力に対し、備えるように。

 

「んで、正常なのは俺だけだ。まぁ、バーサーカーはどうにもセイバーの奴にも制御出来てねぇ様だから、まだマシなんだがな」

「成る、程……」

 

 何とか返事をするオルガマリーが、頭を抱えながらよろめく。

 この特異点の全貌は兎も角、解決策は明瞭だ。

 本来この時代の日本、その一地方都市が滅びようと特異点など発生するわけがない。

 なら原因は聖杯戦争一択である。

 

「聖杯戦争……ラプラスにより観測された、2004年のこの地で行われた特殊な魔術儀式───────」

「聖杯戦争?」

「あぁ……貴女は訓練どころか満足な講義すら受けていなかったのだったわね。本当に、あとでスカウト班に査察を入れないと……」

 

 オルガマリーが立香の言葉に本格的に溜息を吐く。

 明らかに精神的疲労が蓄積している。

 国連主導のプロジェクトで起こった謎の爆破に、47人の凍結処理。

 責任者としての彼女の負担はどれほどか。

 そんな彼女が、未だ気丈にしていられるのは、マシュと立香、そして未だ行方不明のランスを、この特異点から無事に脱出させなければならないという所長としての義務感。

 そして何より――――――

 

「聖杯戦争とはカルデアの発明の一つである『事象記録電脳魔・ラプラス』が観測した、2004年の日本の地方都市で行われた極めて特殊な魔術儀式です」

 

 疑問符を浮かべている立香に、マシュが説明する。

 聖杯を求める七人のマスターと、彼らと契約した七騎のサーヴァントが、万物の願いをかなえる「聖杯」を奪い合う争い。

 聖杯に選ばれ令呪を宿した7人のマスターが聖杯を巡って相争い、最後の1人がその所有権を手にする、魔術師同士の殺し合い。

 その際召喚されるサーヴァントとは、歴史上神話上伝承上で善悪問わず偉業を成し、人理にその名と存在を刻まれた英雄偉人である。

 

 他ならぬキャスターもその一人。

 

「男の子が好きそうな話だなぁ」

「尤も、今じゃどいつも此奴も真っ黒い泥に汚染され、それで何とか形を保ってる残骸だろうよ」

「では、残っているサーヴァントは――――」

「事実上、俺とセイバーだけ。セイバーを倒せばこの街の聖杯戦争は終わる」

 

 キャスターはそのために行動をし、そして戦力となるであろうカルデアと接触した。

 すべては廻らない時計の針を進めるために。

 

「所長」

「えぇ。狂った聖杯戦争の終結は、特異点の解決に繋がると推測しました。キャスター、貴方に協力を要請できるかしら」

「おうよ、此方もそのつもりだったからな」

 

 オルガマリーの言葉に、ニヒルな笑みを浮かべて首肯する。

 

「英霊たるもの、現代の人間の一助となれば影法師の身としては重畳だろうよ」

 

 ────曰く、クーフーリンは数多くのクラス適性を有する武芸百般の大英雄である。

 そんな彼がキャスターとして現界した場合、ドルイドの導き手として召喚者を助けるという。

 

 掌を差し出し握手を求める彼に、オルガマリーは恐る恐る握り返す。

 オルガマリーの必死に抑えていた震えが、止まった様な気がした。

 これが数多くの女性を魅了したクランの猛犬の魅力というのならば、彼女は苦笑せざるを得ない。

 

 当初、マシュを含め恐怖の対象でしかなかった英霊を、ここまで心強く感じるようになったのだと。

 

「しっかし……デミ・サーヴァントね。訳アリなのは解ってたが────道理で宝具を使う素振りも無かった訳だ」

「……」

 

 本来宝具とは、英霊にとっての象徴であり奥義であり、軌跡そのものである。

 そしてそれ故に、英霊は当たり前のように宝具を使用できる。

 出来ないとしても、それは何らかの理由が存在するからだ。

 

 そしてマシュが宝具を使用できない最大の理由は────

 

「私は、私に宿ってくれた英霊の名を知らないのです」

 

 単純な話、有り得ない話だが仮にアーサー王が聖剣を持っていたとして、それが聖剣だと知らなければ、その聖剣の真名を知らなければ、発動自体出来ないだろう。

 己の宝具を高らかに謳う事、即ち『真名解放』こそ、宝具の最大出力解放の大前提に他ならないのだから。

 

「……マシュは今までに前例の無いデミ・サーヴァント。通常のサーヴァントとの違いは本来時間を掛けて検証してみないと解らないものよ。加えてマスターは受けるべき訓練すら受けていない素人同然。でも今はそんな時間は無い───キャスター、貴方にお願いが有るわ」

「おう、何だ星見の嬢ちゃん」

「藤丸の魔術回路を、速やかに使用可能状態にしてもらえないかしら」

 

 即ち、令呪以前に魔術を行使するための第一段階。

 魔術回路の構築とon.offのスイッチ作りである。

 

「……うん?」

 

 無論それは一度しかやる必要が無いが、危険の伴う行為である。

 余談ではあるものの、その命懸けの作業を毎晩の様に行い『どうでもいい練習のたびに背骨をまるごと人工の背骨に移植するような命の綱渡りをしているようなもの』と比喩される様な激痛に耐え続けていた正義の味方志望の少年が居たが、これは完全に間違った行為である。

 

 しかし原初のルーンという神代の魔術を扱えるキャスターならば、より安全にそれを為せるだろう。

 大神オーディンが生み出した原初のルーン。

 現代で再興したルーンの人一人殺すことは出来ても灰には出来ないソレと、原初のルーンは街一つ消し飛ばせると言えば、その比較が分かりやすいだろう。

 神代の魔術とは、まさしく神の権能の一端を振るう力とも言えるのだから。

 

「うん?」

 

 尤もそれを行う際に伴う激痛は、欠片たりとて軽減されるとは限らないのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 炎上する街の、心臓部。

 柳洞寺と呼ばれる寺の更に奥の大空洞。

 

 そこに、一人の黒い甲冑を纏った王が居た。

 

「……」

 

 何かを待ちわびる様に、しかし同時に来て欲しくない様な。

 そんな二律背反に、しかしその表情は漆黒のバイザーによって覆い隠されている。

 

 残りの手駒は弓兵一人。

 しかしきっと、勝つことは儘ならないのだろう。

 多勢に無勢というのもあるが、その戦術眼こそが強みであるのに対して黒化というのは余りに相性が悪すぎた。

 反転し切ったのなら話は別なのだろうが、それも栓無き話。

 或いは制御不能だったバーサーカーならばキャスターも倒せていたかもしれないが────

 

「……」

 

 セイバーは語らない。

 ()()()()()()事を承知の上で、この特異点を無理に維持し続けている彼女は、しかし倒されることを望んでもいた。

 そして叶うなら、自身を斬る者が自らが最も慕う騎士ならばあるいは─────




ネギまがなかなか進まないから、できてるのを投入で候。
あとがき補足もしたいけど眠いのでまた今度。
誤字指摘ニキにはいつも感謝。
でも同じ文章が連続して修正されるのは勘弁。


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第四話 狙いは一つ

 立香が、魔術回路の構築による激痛からの失神から目覚めたのは、気を失ってから十数分後だった。

 本来なら疑似神経の構築の負担で、日を跨ぐ事もあるのだが、流石は原初のルーン。

 キャスターによって、諸々の負担を解消、安定させる事に成功。

 即ち、滞っていたマシュへの魔力供給が成立した事を意味していた。

 

「痛みすらよく分かんなかった……」

「ハッ、そいつは重畳だなマスターの嬢ちゃん」

「鼻で笑いやがる……!」

 

 一瞬で意識を失ったとはいえ、激痛自体は感じたのだ。

 立香は、必ずやこの邪知暴虐の大英雄をシバき倒さばならぬと決意した。

 怒りに震える立香だが、しかしのんびりしている暇は無い。

 現在人理修復真っ只中。

 アホ晒す時間などありはしないのだから。

 

「調子はどう? マシュ」

「はい、問題ありません。いけます」

 

 オルガマリーの言葉に応えるマシュは、盾を握る手に力を込める。

 四人は既に学校から、山奥を目指し歩を進めていた。

 

 即ち、この炎上した街の心臓部。

 キャスター曰く、最後のサーヴァントたるセイバーが座す場所へ。

 キャスターの言葉が本当ならば、そこにいるセイバーを打倒すれば、聖杯戦争が終わり特異点の修復が出来るのだと考えたからだ。

 

「キャスター、セイバーの真名に心当たりは?」

 

 そんな彼女達が道中行うべきは、敵対勢力の分析だろう。

 

「おう。やっこさん、バーサーカーの奴を倒すのにバンバン宝具を使ってたからな。既に判明済みだぜ」

「!」

 

 何故、サーヴァント達がそれぞれクラス名で呼ばれているか。

 立香は既に説明されていた。

 

 サーヴァントとは、過去や伝承、神話の英雄の一側面を使い魔として召喚した存在。

 故に、その真名を知られることは自らの来歴、手札、そして何より弱点となる死因さえ知られる事になる。

 サーヴァント攻略において、余程の戦力差がない限りこの真名をどう暴くのかが肝要になるだろう。

 

 そして宝具の全力行使の際には、サーヴァントはその武器の名を開示する必要がある。

 そこからサーヴァントの真名を探るのが、最も簡単だからだ。

 

「奴の宝具は──────」

 

 キャスターがセイバーの宝具、最強の聖剣の名を告げる前に、彼の目が見開かれる。

 

「伏せろ!」

「っ!」

 

 その声と共に飛び出したマシュが、飛来するそれを聖盾で受け止めた。

 まるでランチャーでも着弾した様な轟音と衝撃波に、立香とオルガマリーが立つことさえままならず引っくり返る。

 

「今のは!?」

「出やがったか……」

 

 キャスターが一方を見据える。

 サーヴァントとしての力を借り受けたマシュでさえ、辛うじて捉えられる程遠くにその射手は存在していた。

 

「矢……まさか、アーチャー!?」

 

 オルガマリーの悲鳴への返答か、赤い流星が幾重にも襲い掛かってくる。

 一つ一つがコンクリートの地面を粉砕、籠められた魔力が爆裂する。

 一射一射が人間の身体を跡形も無く破壊する射撃が一行を襲った。

 

「盾の嬢ちゃん!」

「護りきります!!」

 

 しかし、キャスターによって強化されたマシュの盾は、執拗ささえ感じさせる襲撃を防ぎきる。

 何せキャスターの原初のルーンは、クーフーリンの魔術師としての側面である彼のステータスを、ランサーで召喚された時を上回らせる程だ。

 サーヴァントとして未熟なマシュを、性能だけを相応にするのも訳はない。

 

「オラァ!」

 

 そして防御態勢が整えば、キャスターが直接迎撃できる。

 横一文字に振るわれた腕でルーン文字が描かれ、浮かび上がった瞬間に爆炎へと姿を変えた。

 その爆炎は矢のお返しと言わんばかりに、まるで誘導弾の様に標的に食らい付く。

 

 数キロ先のビルの屋上。

 其処に着弾する前に、その射手は大きく跳躍しソレを回避した。

 代償は、弓兵がその姿を晒すという致命だったが、そのサーヴァントには適応されない。

 逆にその跳躍の勢いを利用し、両手に構えた白と黒の双剣で突撃してきた。

 

「ぐっ!」

「ほう?」

 

 しかし、その攻撃はマシュの盾に防がれ、数メートル後退らせるに留まる。

 感心、という風に呟かれた言葉は、マシュへの視線を改めさせた。

 そんな視線を遮るように、キャスターが前に出る。

 

「そら、信奉者の登場だ」

「─────信奉者になったつもりはないのだがね」

 

 まるで馴染みの様に軽口に応えた弓兵は、黒いボディーアーマーに身を包み、赤い魔力が籠った短いマントを腰に付けていた白髪で褐色の男だった。

 

「ッ─────!」

 

 立香が息を呑む。

 そのサーヴァントの顔は、左頬から左目に掛けても皹割れのような侵食があり、左目は白黒逆転していたからだ。

 キャスター曰く、セイバーに敗北したサーヴァントは謎の泥に呑まれ、汚染されたのだという。

 

 立香には、その謎の泥とやらがセイバーによって産み出されたとは思えなかった。

 英霊が英霊を汚染する能力。

 なるほどありそうなフレーズだが、セイバーという剣の英霊がそれなのがイメージと符合しない。

 というよりかは、素人処かサブカルチャー脳で考えれば真っ先にセイバーが泥に汚染されたと考えるのが妥当なのだ。

 

 ────では、その泥は何処から来た? 

 

 そんな立香の思考を他所に、キャスターとアーチャーは軽口を交えながら戦っていた。

 

「珍しく表に出てきたな。セイバーの傍にいなくていいのか?」

「つまらん来客を追い返す程度の仕事はするさ」

 

 双剣の剣撃を、ルーンで強化されたキャスターの棒術───否。

 槍の名手とされるクーフーリンの槍使いが捌ききる。

 

 ケルト神話最強の英雄の名は伊達ではない。

 アーチャーが一度距離を取り、弓を取り出し矢を放ってもキャスターには掠りもしない。

 命中する前に風が靡き、不自然なまでに軌道が変わる。

 キャスターのスキル、矢避けの加護だ。

 少なくともこの距離では、アーチャーの矢は彼には命中させることさえ不可能に近いだろう。

 仮に絶対に中る宝具を放った処で、ルーンによる防御で対処をされる。

 

「凄い……」

 

 マシュの感嘆の声が漏れる。

 アーチャーにとって、紛れもなくキャスターは難敵であった。

 

「貴様が何故、漂流者の肩を持つ」

「テメェ等よりマシだからに決まってんだろうが。永遠に終わらないゲームなんざ退屈だ。良しにつけ悪しきにつけ、駒を先に進めないとな?」

 

 キャスターのその言葉にアーチャーは眉を顰め、同時に虚空から剣群が背後に浮かび上がった。

 

「なっ!?」

 

 宝具は英霊の逸話の象徴。

 そんなモノを複数個以上持ち合わせる弓兵など、英雄の原典であるが故に宝具の原典を保有する英雄王以外に、オルガマリーは知らない。

 だが、オルガマリーが絶句したのは、その宝具が全て『投影』というマイナーな魔術の産物であることを理解したからだ。

 宝具を複製するサーヴァント。最早ズルの領域である。

 

「……やはり貴様とは相容れん」

 

 そして複製であっても、明らかにその全てが一級品の武具。

 直撃すれば、英霊さえ屠るであろうそれらが、一斉に射出される。

 

 キャスターとは、見当違いの方向へと。

 

「───あ?」

 

 誤って、間違えて。等といったレベルではない。

 キャスターと、立香達とは全く別の方向に、アーチャーは剣を投影しては放ち続ける。

 それには、キャスターも構えた杖を下ろしてしまった。

 

「何、やってんだテメェ」

「悪いが、貴様に構っている時間は余り無いのでな」

「は?」

 

 アーチャーの言葉の意味が判らない。

 

 何せアーチャー、より正確には大聖杯を擁するセイバーにとって最も行わなければならないことは、即ち目下最大の脅威であるキャスターの撃破。

 或いは、漂流者たるカルデアのマスター達。

 だというのに、その双方を前にして別の事を注意しているのは何故だ? 

 

 まるで────この場にいる者達など比べられないほどの何かが、現れたかの様ではないか。

 

 アーチャーからの答えはない。

 だが、キャスターにとって問題なのは、彼が撃ち続けている方向だった。

 そして、矢の着弾音に別の轟音が混じる。

 

「───────テメェ」

 

 顔の強張ったキャスターを見て、アーチャーが嗤う。

 本来ニヒルなそれは、泥による汚染が原因か邪悪に見えた。

 

「走れッ!!」

「えっ?」

 

 マシュの盾だけではない。

 立香やオルガマリーにさえルーンで強化を施しながら、キャスターは叫ぶ。

 疑問符を浮かべながら、しかしキャスターの剣幕からその通りに動こうとして──────

 

 

 

 

 

 

「─────■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!

 

 

 

 

 

 

 地の底から響くような咆哮に、身体が竦み上がった。

 その咆哮に、その巨体に、その脅威に。

 猫が驚いた時固まる様に、彼女たちの生物として根源的な恐怖によって絶望と共に足が止まる。

 

「───────」

 

 そのサーヴァントには眼がなかった。

 それどころか鼻も口も無い。

 巨人と見紛う巨躯を持つ巌のような、鋼色の肌を覆う全身の傷を泥が侵食し、何も映さない赤い瞳が殺気を撒き散らす。

 あれは最早英霊ではない。

 主を喪いながら、それでも主の居城を守らんとする大英雄だった残骸である。

 

「バーサーカー……ッ!」

 

 それ故にその居城に侵入しようとする者以外を阻むことはなく。

 それ故に居城を攻撃するものを許しはしない。

 そんな破壊装置が、アーチャーによって引き摺り出された。

 

 

 

 

 

 

第四話 狙いは一つ

 

 

 

 

 

 

 

『腹ァ括れ嬢ちゃん達!』

 

 その言葉を最後に、立香達とキャスターは別れた。

 勿論、キャスターが殿となる形で。

 キャスターなら、あの怪物を見事食い止めてくれるだろう。

 それだけの信頼が、短い間だったが彼にはあった。

 

 だが、あのバーサーカーを打倒して追い付いてきてくれるか、と問われれば自信はない。

 そして、アーチャーの魔の手は未だに伸び続けている。

 

 キャスターと別れて数分後。

 アーチャーはビルの屋上に立ち、眼下に広がる街並みを見下ろす。

 その凄惨たる有様に、特に感慨は無かった。

 彼は本来抑止の守護者。

 自身を世界の掃除屋と嗤い、滅びの回避の為の虐殺を強いられ続ける者。

 意味のない幸福も、意味のない絶望も見慣れてしまっている。

 そんな彼に向かって、一条の輝きが奔る。

 

「ほう」

 

 走り続けるその者へ、アーチャーは容赦なく矢を降り注がせた。

 

「ッ」

 

 轟音、衝撃。

 爆音と共に火柱が弾け、土煙が巻き上がる。

 そこそこのクレーターが出来上がるが、しかしそこに血臭は無かった。

 土煙を切り裂き、人影が再び炎上する街を駆ける。

 

「マスターは身を隠し、その間にサーヴァントに正面突破させるか」

 

 決死の作戦だった。

 そもそもアーチャー相手に距離を空けるのは自殺行為。逆に言えば、接近戦に持ち込まなければ万に一つも勝ち目は無い。

 キャスターの援護等といった楽観視など、あの怪物を見た後に出来はしないのだから。

 

「さて、どう対処するかな」

 

 苦笑するアーチャーへ突貫するマシュ・キリエライト。

 しかし彼女の表情は苦渋に歪んでいた。

 

「フ、キャスターの奴の魔術が効いている間に少しでも近付きたかったか? いいや、そもそもこの作戦自体に納得していないのか」

「─────ッ!」

 

 であれば、この作戦を立てたのはあの魔術師ではなくマスターの方か。

 そう、アーチャーは考えた。

 

 あの眼を覚えている。

 自らの命を代価にしか役に立てない未熟者。

 しかし()()と比べれば幾分か正当性もあるか、と唇の端を歪めた。

 マスターを囮に使う。

 その事実に本来マシュの性格的にも、何より『盾兵(シールダー)』の霊基が悲鳴を上げる。

 

「マスターは……、上手く隠れたな。まぁいい」

 

 バーサーカーをおびき寄せる事には成功したが、如何せん派手が過ぎた。

 恐らくキャスターの仕込みもあるのだろう。

 原初のルーンならば、二人の姿をアサシンの気配遮断と同等以上に隠蔽することができるだろう。

 

「『まぁいい』か。何とも雑な思考だ……、弓兵にとって命取りだが────」

 

 それで物陰や建物の中に隠れられれば、透視、未来視の域には達しないCランク程度の千里眼スキルしか保有しないアーチャーでは、彼女達を見つけ出すのは困難だ。

 

「────ク、クク」

 

 それが本来の彼であり、通常の聖杯戦争ならば、だが。

 

「な────!?」

 

 隠れて、周囲が確認出来ないオルガマリーと立香でも容易に解る、複数の爆音。

 間違いない。

 アーチャーは無差別に爆撃を行っている。

 隠れられる場所を手当たり次第に、容赦処か区別なく、である。

 例え炎上し壊滅し、無人の廃墟に成り果てようとも、凡そ人の住む街で行って良い所業ではなかった。

 

「意外と……悪くない。これが狂化による高揚感───あの泥の力か」

 

 彼は、当の昔に正気ではないのだから。

 だが、ただ無闇に蛮行を行っているわけではなかった。

 

「さぁ、このまま虱潰しになるまで続けてもいいが?」

 

 そう呟くと同時に剣を投影し、撃鉄の如く弦が弾かれる。

 凡そ矢と思えぬ威力のそれは、目標の────立香達が隠れるトラックのコンテナに向かって飛翔した。

 

「ッ!」

「咄嗟に強化を掛けたのが裏目に出たな。生憎と、その手の魔術は詳しくてね」

 

 強化が掛けられているか否か。

 オルガマリーの無差別攻撃への、当たり前の備えが仇となった。

 

「さぁどうだ、大事なマスターが危険だぞ」

 

 魔剣が矢として番えられる。

 瞬間、閃光の如く街を翔けトラックの荷台に命中した。

 爆破と共に────────しかしひっくり返った荷台は未だ壊れてはいなかった。

 

「アニムスフィアを、舐めるんじゃないわよ!」

 

 次期君主(ロード)は決して名ばかりではないのだ。

 とある天才の英霊太鼓判の、オルガマリーの全魔術回路によって強化された城塞は、如何にアーチャーの矢とてそう易々とは突破できはしない。

 無論、それが一射だけならば。

 

「────────」

 

 マシュの背後に、再度轟音が響く。

 更にもう一射、処ではない。

 一瞬にして十の魔剣が撃ち放たれ、目標のコンテナをピンボールの様に転がしていく。

 マシュの視線が思わず、後ろに向きそうになる。

 

「今すぐにでも振り返り、助けに走り出したかろう?」

 

 それは霊基に刻まれた性質。

 盾のサーヴァントとしての矜持。

 根本的に、彼女は攻撃することに向いていない。

 そして、

 

「────────!?」

「頭下げてなさい!!」

 

 コンテナの入り口部分の機構が持たず、城塞の扉が抉じ開けられ二人が放り出された。

 予め用意していたのか、咄嗟にオルガマリーが魔力障壁を構築する。

 が、魔力の殆どをコンテナの強化に充て消耗した彼女の障壁は、果たしてアーチャーの矢をどれだけ防げるのか。

 少なくとも、マシュは分からなかった。

 

「あとは魔術師一枚のみ。さあどうする盾兵(シールダー)? 今すぐ引き返せばあるいは、護れるやも知れんぞ」

 

 まだアーチャーまでの距離はある。

 マシュの敏捷値は下から二番目のDランク。

 幾ら湖の騎士から教えを受けていたとしても、その歩法は瞬間移動の域には程遠い。

 だが、それでも。

 

「────────────────行って! マシュ!!」

 

 そんな声が聞こえた気がした。

 距離的にも、声音的にも聞こえるはずがないのに。もしくは念話によるものなのか。

 だが確かなのが、その言葉でマシュは歯を食いしばるのを止め、吠える。

 

「信じています!!」

(更に加速したか!)

 

 最早迷いはない。

 一心不乱に主を狙う弓兵を落とすのみ。

 

「フ、ハハッ────────これは無理だな。こんなものでは止められまい」

 

 アーチャーは矢に番えていた剣を手放す。

 その言葉は賞賛であった。

 そこまで頑なに本能を抑え込み、押し留める程の信頼。

 それは一体誰に向けられたものか。

 あるいは、覚悟か。

 

「……許せよセイバー」

 

 泥に汚染されなければ決して取らない選択を、アーチャーは選ぶ。

 彼にできるのは構成された材質を複製し、製作に及ぶ技術を模倣することだけ。

 ではなにを? 

 

 ────────投影、開始。

 

「私をこうした、お前が悪いぞ」

 

 成長に至る経験に共感し、蓄積された年月を再現し、あらゆる工程を凌駕し尽くす。

 しかし真作には、アーチャー自身の霊基を犠牲にして尚届かない。

 真には未だ届かず、しかし複製と嗤うにはあまりにもその輝きは尊かった。

 その輝きに、マシュは────彼女の力となっているその霊基は愕然とする。

 

「そん、な────────」

「我が贋作ながら酷い出来だ────だが」

 

 これなるは星の輝き。

 勝利を名に冠する光の剣。王を選定する岩の剣の二振り目。現代において最も有名な聖剣。

 アーサー王が担いし聖剣、『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』。

 聖剣のカテゴリにおいて最強を冠するこの宝具を、矢として放たれればどうなるか。

 

「魔術如きで防げるなどと思えるなら、向かってくるがいい」

(────────無理だ)

 

 不可能である。

 あれはオルガマリーの障壁は勿論、マシュであっても耐えられない。

 例え本物の英霊でも、あの極光を防ぐ手段など────

 

「あ、ああああああああああああああああ!!」

 

 マシュの盾が真実、人理の礎だというのなら、この場でその本領を発揮せずして何がシールダーだ。

 吼える。

 それは無謀だったのかもしれない。

 マスターと連携して令呪を使用して、落ち着いて対処すべきだったのかもしれない。

 だが所詮はたられば。

 土壇場での覚醒などといったご都合など、存在しないのだから。

 

 

 

 

フォウ

「────────」

 

 

 

 

 だけれど。

 獣の鳴き声がした時、もう終わっていた。

 引き絞っていた弦は黒弓を持つ上半身ごと、更に腕は特に念入りに斬り落とされていた。

 聖剣の贋作はすでに弓兵の手に無く、ずっと息を潜めていた襲撃者の手に。

 己が家族を救うことのできる、その聖剣を複製する時を待っていたのだから。

 

「……フン、これは滑稽だ。ライダーを倒した者を警戒してキャスターにバーサーカーを嗾けたというのに、この様とは」

 

 獣を肩に乗せる襲撃者──────ランスは丁寧に聖剣を抱え、斬り伏せられたアーチャーを通り過ぎる。

 すでに驚愕に足を止めてしまったマシュの元へ、歩み始めていた。

 

「弓兵が不意を討たれるなど、泥に塗れた贋作者には似合いの末路か」

 

 その足が、不意に止まる。

 

「────有難う」

「何?」

 

 自嘲と共に消えゆくアーチャーに、背を向けながら彼に感謝を告げた。

 

「アーサー────アルトリアが世話になった。感謝を、エミヤシロウ」

「──────…………何を、馬鹿な」

 

 なぜ己の真名を知っているのか。

 そもそも何者なのか。

 そんな疑問を持つ前に、消滅していく彼は大聖杯に佇む孤独な王を想う。

 

「俺などに、かける言葉ではないな」

 

 そう笑みを残し、正義の味方の残骸は消えていった。

 




らんすろ「ずっとスタンバってました」

マシュの寿命問題解消のため、エミヤがカリバーンを投影するの待ってたらエクスカリバーの方を複製したので背後からズンバラリンという流れだったり。
ぐっちゃんは次話辺りで出したいなぁ。

アニメFate/Grand Order 絶対魔獣戦線バビロニア絶賛放送中!

久しぶりなので文章がしつこかったかもです。
というか投稿項目に楽曲とかあってたまげました。
修正箇所は随時修正します。


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第五話 先輩風最大風速

 ~突然流れる某少年探偵のあらすじのテーマ~

 

 テテテテー。

 俺は人理保証機関カルデアの職員、らんすろ。

 世界を護る実験(語弊あり)の最中、爆発事故が原因で炎上する推定冬木市に訪れていた俺は、兄妹同然の同じデザイナーズベビーのマシュや新人の藤丸立香、カルデア所長のオルガマリーを発見後、襲来してきた白髪褐色肌の正義の味方を目撃した。

 

 ソイツの首を落とそうとした俺は、しかし彼が宝具を投影出来ることを思い出した(唐突)

 彼が三人を射殺す際にデュランダルのような不壊・自動修復機能のある剣を複製すれば、無刀状態を脱することができるかもしれない。

 そんな風にエミヤの投影に夢中だった俺は、所長と立香嬢の危機的状況に陥ったことで足を踏み入れようとしたその時、エミヤがエクスカリバーを複製していることに気付いたんだ。

 えっ、何してんのオマエ。死ぬやん(素)

 

 取り敢えず背後から斬り倒してエクスカリバーを奪ったは良いが、コメントに困った俺はエミヤに咄嗟に労ったんだ(まさかのジンニキポジ)

 

『───小さくなっても頭脳は同じ(脳筋)迷宮入りの傭兵!(騎士の自覚無し)

 真実は、いつも一つッ!!(ブリテン詰みすぎ&滅亡確定)』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第五話 先輩風最大風速

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────黄金に輝く聖剣を携えながら、ランス君は私達と合流した。

 

『やっと繋がった! 所長、大丈夫ですか──って、ランス!? 無事だったのかい!』

「ドクターか。俺は問題ない」

『いやぁ、よかった。端末が壊れていた君の存在証明が出来なかったから、どうなることかと……って、何だこれ!?』

 

 私達を狙っていたアーチャーは既に消滅した。

 遠くて、魔術のまの字も使えない私には、その最後がどんなものかは分からなかったけれど。

 ランス君が携える聖剣は、あのアーチャーが複製したものだという。

 私と所長の元にマシュを抱えて、某死神代行漫画バリの移動方法(客観)で現れたランス君は、未だに呆然としているマシュの頭を軽く叩く。

 

『どうなっているんだ!? 声や姿は届いているのに、計器で観測できない!』

「む、まだ圏境を使っていたな。マシュ、起きろ」

「……お、起きてます! 寝てません! って、兄さん、あの傷は!?」

「既に礼装で治した、問題ない」

 

 安堵の余りの呆然だったんだろう。

 ハッと、恥ずかしそうに抱えられた状態から降りたマシュは、そのままランス君の心配をする。

 彼女の困惑具合と、当の本人の平然具合に私は思わず苦笑してしまった。

 

「無事だったのね、ランス。本当に良かったわ」

「合流が遅れて申し訳無い」

 

 オルガマリー所長に素直に頭を下げる彼に、所長の視線は彼の携える聖剣に向けられていた。

 

「それは────」

「この聖剣は、必要なものだからな」

 

 エクスカリバー。

 その名はアーサー王伝説をそんなに知らない私でも、ゲームや漫画などのサブカルチャーで聞き馴染みのある名だ。

 確か、元ネタは───

 

『アーサー王伝説に於いて、かの王が持った聖剣は二振り存在するとされているんだ』

 

 ドクターが、モニター越しで解説してくれる。

 曰く、「アーサー王伝説」に登場する円卓の騎士の一人であり、ブリテンの伝説的君主。選定の剣を引き抜き、不老の王となった騎士王。

 しかし、選定の剣は折れてしまった。

 

『曰く、ペリノア王との決闘の際に折れたとされているけど……』

「元よりカリバーンは儀礼用の王剣だ」

 

 ランス君がドクターの言葉に続けて話す。

 それは自ら見聞きした事を話すように、自然なものだった。

 外見的には私より年下で、中学生程に見える彼は。

 しかし伝説を生きた英雄なのだろう。

 

「より正確に言えば、カリバーンが王を選定するのではない。選定するのはカリバーンが刺さった岩だ。マーリンは、カリバーンを『王を育てる剣』と言った」

「王を育てる剣……」

「そして王が育ちきった時、カリバーンは自然に砕けるだろうとも。事実、カリバーンは一度だけならエクスカリバーの通常最大出力と同等の力を発揮するが、同時に刀身はその力に堪えられず砕けてしまった」

 

 王剣が砕けるのは、騎士道に反するだけではない。

 王が完成されたと同時に、その役割を終えた事を示すように砕けるのだと。

 そして、アーサー王には二振り目の剣が求められた。

 即ち、完成された騎士王が振るうに相応しい、星の聖剣を。

 

「───聖剣というカテゴリに於ける頂点。星の聖剣エクスカリバー。アーサー王の持つ選定の剣、これはその二振り目の贋作だ」

「あのアーチャー、一体何者だったのよ……!」

 

 所長が呻く。

 そりゃそんなトンデモ武器以外にも、宝具をポンポン複製してるんだから、本気で何者だって話である。

 褐色白髪で顔立ちはアジア人。そして東西様々な伝説の武器、少なくともアーサー王伝説の聖剣を複製する英雄なんて──────ゲームとかでしか出てこない詰込み具合だ。

 それにしては、ランス君はどうやらあの英霊のことを知っていたようだけど……やはりアーサー王伝説の英雄なのだろうか。

 尤も、アーサー王伝説のあの字も知らない私にはどうしようもない話だった。

 

「重要なのは、この聖剣の兵器としての性能ではない」

 

 そう言った彼は、そのままマシュへ聖剣を渡した。

 

「その盾に納めていろ。そうすれば常に、この聖剣を持ち続ける事が出来るだろうからな」

「!」

『そうか、その聖剣なら……!』

「……どういうこと?」

 

 話に着いていけない私に、所長は無言で顔を逸らし、マシュは驚きながら聖剣を受け取る。

 

「……英霊をその身に宿す。本来それは、一流の魔術師でも秒単位で成せただけで成功の部類。そしてそれが限界でもあるわ」

「でもマシュは」

「えぇ、マシュは英霊の力を発揮できている。それは彼女の、稀有な素質による賜物。でもその力は確実に負担となり、寿命を削るでしょう」

 

 その言葉に、思わず息を呑む。

 今まで自分たちを守り、戦ってくれた代償として、彼女が支払っていた代償の重さに絶句してしまった。

 

「この聖剣はカリバーン同様、持ち主を不老にする恩恵を持つ落ちる事の無い砂時計だ。であるなら、マシュが持つべきだろう」

『すごい、よくやってくれたランス! これならマシュの寿命の件を後回しにできるぞ!』

 

 そう喜ぶドクターと、同じくほっとする私だったが。

 パン! と手を叩いて意識を奪ったのは所長の拍手だった。

 

「マシュの寿命の問題が解決したのはいいけど、あくまで私達の目的は特異点の修復。気を緩めない」

「は、はい」

『す、すみません』

「マシュも思う処があるかもしれないけど、今はこちらを優先しなさい」

「……はい」

 

 そう、まだ何も終わっていない。

 あくまでアーチャーを倒し、逸れていたランス君と合流しただけ。

 大きな一歩だけど、ゴールではないのだ。

 

「特異点の原因であるセイバー、そのサーヴァントのいる場所に向かうわよロマニ。残念だけど、キャスターを待っている時間は無いわ」

『ええ、既に捜索済みです。セイバーが居るのは恐らく、この街の霊脈の中心地—————』

 

 私の端末から表示、投影されたこの街の立体地図。

 その一点が映し出される。

 しかしドクターがその場所を言う前に、ランス君が答えを口にした。

 

「円蔵山がその内部に擁する大空洞。そこに、大聖杯は存在する」

 

 何故それを知っているのか。

 彼は答えることなく、迷うことなく歩き始めた。

 まるで主の元へ帰参する騎士のように。

 そして、そんな私に似合わない詩的な感想を抱いたのは、決して私の気の迷いではなかったんだ。

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 大空洞の中心部、壁の様に盛り上がっている崖の上に鎮座する、大規模魔法陣。

 立ち上る黒い柱に見える莫大な魔力を湛えるソレは、しかし冒涜という程ではなく。獣を孕む祭壇と呼ぶほどではなかった。

 まるで、本来あったモノの残滓がまだそう感じさせるのか。

 

「ここが大空洞、そしてあれが────」

「なんて魔力───あんな超抜級の魔力炉心が、こんな島国に存在したなんて……!」

 

 次期ロードたるオルガマリーが愕然とする程度には、相応の代物であった。

 しかし、その手前に仁王立ちで待ち構える存在にすぐさま気付く。

 

「来たか」

「!」

 

 崖の上に、一人の黒騎士が待っていた。

 恐らく反転体なのだろう。先程のアーチャーの『侵食』されたそれとは違う、属性そのものの反転がなされた姿。

 しかして伝承とは違う少女の姿を取っている騎士王は、美しい金糸の髪を更に色素を薄め。

 肌は死人の様に色褪せ、白銀と蒼を基調とした甲冑とドレスは黒に染め上がり。

 目元を隠していたバイザーを外し、金色の瞳で此方を見据えた。

 

「……ッ!」

 

 汚染されたセイバーの視線に、オルガマリーが漏れそうになった悲鳴を押し殺す。

 

 王気、というならばオルガマリーにも覚えはある。

 Aチーム──本来のマスター候補達のリーダーを務める青年も、王気を持ち候補生達を束ねていた。

 時計塔からも期待厚き、オルガマリーにマスター適正が無かった事で『真のアニムスフィアの後継』と目されていた才人がいた。

 そんな彼さえも凌駕する、非人間性さえ感じる暴君の王気。

 この聖杯戦争にて、事実上盤上を支配していた剣の英霊である。

 

 怪物のランサーよりも、自分達に味方してくれたキャスターよりも。

 暴風とも表現できる魔力を纏うあのセイバーは、この聖杯戦争で最強であると認識させられた。

 だが、それより目を引いたのは禍々しい黒に染まり、同じように黒色の光を湛える彼女の宝具。

 

「あの、剣は──────」

 

 セイバーの持つ黒い聖剣。

 その意匠は、紛れもなく先程手に入れたエクスカリバーと同様の物だった。

 あれほどの魔力を纏う英霊で、加えてエクスカリバーを持つ英雄など、一人しかいない。

 

「アーサー王……!?」

 

 ブリテンに於ける、誉れ高き常勝の騎士王。

 散々そんなフレーズを聞かされた直後の対面である。

 立香はその魔力の圧力に顔を引き攣らせ、マシュはその霊基を軋ませる。

 だが、オルガマリーは咄嗟にランスを見た。

 

 マシュに宿る英霊もそうだが、よりその英霊の意思を表に出しているのは────

 

 アーサー王が女性であることは、その臣下であったランスに宿る英霊から聞き及んでいた。

 明らかに汚染されているあのアーサー王を見て、果たして彼はどう行動するのか。

 あるいは、嘗ての主君を前にカルデアの味方で居てくれるのだろうか────

 

 しかし傍に居た筈の少年は、既に其処には居なかった。

 

「あ────」

 

 気付いたのは、逆にセイバーから視線を外す事が出来なかった、マシュと立香だった。

 空間跳躍を思わせる、高ランクの縮地は彼我の距離を音も無く埋めてしまう。

 

「アーサー」

「……ッ」

 

 交わされる視線に、動揺が走ったのはどちらだったか。

 両者とも、大なり小なり嘗ての姿と異なり。

 だが両者は当たり前のように共にお互いを認識する。

 その程度の関係では無いのだというように。

 

「ランス、ロット────」

「─────このような有り様での帰参、心より御詫び申し上げる。しかしながら。果たすべき責務がある故、この首落とすのは今暫く御待ちを」

 

 名を告げようとしたセイバーに、ランスは迷うことなく跪く。

 美しいまでの臣下の習い。

 しかし、それを受けたセイバーは─────────不貞腐れていた。

 

「相変わらず鈍感だな、貴方は」

『なんて??』

 

 ランスの素が出るほど、彼にとって衝撃的な言葉だったのか。

 彼は下げていた顔を上げる。

 

「変に敏い癖に、女の機微には疎いのだな卿は。貴方はトリスタン卿さえ上回る、女人の視線を欲しいままにしていた湖の騎士だろう。成る程、ガレス卿が焦れる訳だ」

「何故、彼女がソコで出てくる」

「次同じ事を言うのであれば、その唇私の口で塞いでくれるぞ?」

「…………………………………………了解、した」

 

 ムム、とか。心外! とか。

 そんな擬音が浮かぶ無表情の彼に、珍しく得意気にセイバーが笑う。

 まるで、ずっと勝てなかった相手に一本取ったかのように。

 二人の空気は、身内のそれだった。

 

 

「───さて、立つが良いランスロット卿。我が敬愛なる湖の騎士よ」

 

 

 そんな中、空気を一新させたのはセイバーである。

 

「カルデアの者達よ。本来ならば、貴様達がこの後のグランドオーダーに相応しいか試してやるだけだったが─────姿は違えど、我が騎士を従わせているというなら話は別だ」

「……………えっと、ドクター」

『……………何かな』

 

 察した様な声を漏らしたのは、この場で一番コミュニケーション能力の高い立香だった。

 

「大体察してるんですけど、ランス君の中の人って」

『……サー・ランスロット。アーサー王率いる円卓最強の騎士で、王が最も敬愛したとされる英雄だよ』

「駄目じゃん! 本気だしてくるフラグだよ!?」

 

 先程の恐怖は何処に行ったのか。

 仲間の一人の身内だったからか、立香は恐怖ではなく焦りで頭を抱える。

 

 アーサー王伝説においてランスの中の人がどのような立場だったか、伝説に疎い立香は知らないが、そんなことは先程のやり取りを見ればわかる。

 自覚があるのか無いのか、あれは恋する少女のそれだ。

 そんなセイバーにとって、好意を寄せる相手をいつの間にか従える組織の見知らぬ女三人。

 逆鱗に触れていてもおかしくはない。

 というか、立香でも同じ立場なら不機嫌になる。

 

 頼みの綱のランスは、おそらくセイバーとは戦わないだろう。

 オルガマリーは、彼が決してアーサー王に刃を向けることは無いのを知っている。

 だが殺せというのではなく、止めてくれる程度なら。

 オルガマリーは、そんな願いを込めてランスを見遣る。

 それに答えたのか、ランスは今にも飛び掛からんとするセイバーの前に出た。

 

「待てアーサー、それは─────」

「貴方は手を出さないで貰いたい。それに、私程度凌げずにこの先のグランドオーダー。乗り越えられるとは思えん」

「……むぅ」

(ソコで納得しないで!)

 

 生前の主従関係は伊達ではないのか、セイバーにランスは見事に丸め込まれる。

 そんなやり取りに青褪めたのはオルガマリーだ。

 グランドオーダーという単語もそうだが、何より目の前の大英雄さえ程度と表現される存在が今回の特異点を発生させた元凶なのだろうか、と。

 

 そんな予想にふらつくも、厳しい表情のマシュを見て踏みとどまる。

 ランスが戦いに参加しないというならば、マシュは一人で戦うしかないのだから。

 

「……マシュ」

「兄、さん」

「出来るか?」

「私は────」

 

 ランスの言葉に、マシュはすぐさま答えることができない。

 恐怖故か、あるいは彼女の中の英雄の葛藤故か。

 問題は、そんな悠長なことをしている暇は無いという点だろうか。

 

「相変わらず甘いな、貴方は」

「ッ!」

 

 そんなやり取りに痺れを切らしたか、砲弾の様にセイバーが跳躍した。

 向かう先はマシュの元に。

 咄嗟に構えた盾に、上段から跳躍の勢いを乗せた黒い聖剣が叩き込まれた。

 

「ぐうッ!?」

 

 何とか受け止めた盾へ、セイバーはその表面を滑らすように向きを変え、掬い上げるように押し出した。

 問題は、その聖剣にジェット噴射の様に黒い魔力が追従したこと。

 その魔力はセイバーの膂力となり、竜の息吹と化す。

 マシュの体を宙に吹き飛ばした瞬間、魔力が爆音と共に弾けた。

 

「きゃあッ!?」

 

 オルガマリーか、立香か。

 あるいは両者の悲鳴が大空洞に爆炎と共に響く。

 アルトリア・オルタの魔力放出。

 赤黒い魔力光は、大空洞内部故に全力とは程遠い威力ではあるものの、マシュを呑み込んで余りあった。

 

 ならば彼女がそれを耐えられる理由は、マシュ以外の要因が必要である。

 

「────お願い、マシュに勇気と力を!」

 

 立香の拳の令呪が輝き、同時に、爆炎の中から聖盾の騎士が飛び出す。

 キャスターに開かれた魔術回路は、正しく令呪を機能させた。

 

「ほう」

 

 そんなマシュに、セイバーは寸分違わず剣尖を合わせる。

 再びマシュを呑み込まんと、黒の魔力が煌めいた。

 

「!」

 

 だが、黒い光はマシュの盾に防がれる。

 否。それは盾から展開される魔法陣がそれを成していた。

 

 ────魔力防御。

 それはデミ・サーヴァントであるマシュの持つスキル『憑依継承()』によって、マシュの中の英雄の力の一つが継承されたスキルである。

 セイバーの持つ『魔力放出』と対になるスキルで、あちらが魔力を攻撃力に変換するのに対し、こちらは防御力に変換する。

 あちらが魔力のジェット噴射ならば、こちらは差し詰め魔力のバリアフィールドといったところ。

 保有する魔力量が多いほど性能は向上し、膨大な魔力を保有するならばその守りは国一つをも守護する聖なる壁と化す。

 

 無論そんな事は未熟なマシュにはできない。

 だが、立香の令呪による後押しがある今、セイバーの攻撃だけなら防ぐことも不可能ではない! 

 

「やぁああっ!」

 

 魔力放出を防ぎ切ったマシュは、そのままシールドバッシュを敢行する。

 しかし根本的な筋力値の差か、身の丈ほどのある十字架の盾は黒の聖剣に容易く受け止められてしまった。

 攻守はすぐさま交代し、再びセイバーの聖剣が迫る。

 先刻のランサーとはまるで違う、技量の差。

 一撃一撃が凡百の英霊の宝具に匹敵する魔力放出の連撃を、マシュは後を考えない魔力防御と令呪の後押しで何とか押し留めた。

 

「ふむ」

 

 セイバーはマシュの体捌きを見て目を細める。

 如何に聖盾の騎士の力を持っていようとも、所詮は借り物。

 だが初陣も良い所の新兵が、マスターの力を借りているとはいえ騎士王にこうも喰らい付く。

 その事実に、彼女を鍛えた者を断定した。 

 

「そうか、師は彼か。では──────加減は不要か」

 

 ガシリ、とセイバーの禍々しい籠手に覆われた手がマシュの盾を掴む。

 そのままAランクの筋力を以て投げ飛ばした。

 

「マシュ!」

「大丈夫です!」

 

 投げられながら体勢を立て直し、追撃に備える。

 マシュは立香の声に答えながら、──────一向に来ない追撃の衝撃に目を丸くした。

 

「えっ?」

 

 唐突に現れた剣戟の空白に思わず拍子の抜けた声をマシュが漏らし、改めてセイバーを見据え──────息が凍った。

 両手で剣を掲げたセイバーは、先程までの魔力放出が児戯に映るほどの魔力を聖剣から立ち昇らせていた。

 

『魔力反応増大! そんな、こんなの完全に竜種のソレを超えているじゃないか……!? 逃げるんだマシュ!! それは聖剣の頂点に立つ、紛れもない最強の斬撃兵器だ!』

「証明して見せよ。お前たちが、彼が参画するに値する者達か否か」 

 

 通信越しにロマンから絶望の言葉が響く。

 しかし、マシュに回避の選択肢は無かった。

 

「先輩、所長……!」

 

 背後に、マシュの護るべきマスター達がいた。

 

 目の前で膨れ上がる死に、恐怖で震えが止まらない。

 涙を流していないことに自分でも驚きだった。

 

 だって、彼女はただの少女なのだから。

 

 でも、だけど。

 避けることなどできはしない。

 

「兄さん……!」

 

 兄が、見ている。

 手を出さず、任せてくれている。

 なら、彼女ができるのは一つだけ。

 その霊基()が出来ることは、ただ護るだけだ。

 

「─────────そうだ。それでいい」

 

 親愛なる兄の肯定の声が、聞こえた気がした。

 

「マスタ-!!」

 

 聖盾を突き立て、恐怖を抱えながら叫ぶ。

 そうだ、自分は決して一人ではないのだと。

 

「私に力を!」

 

 それに、マシュと同じ唯の少女は即座に応えた。

 

「令呪を以て命じる!」

「─────────卑王鉄槌。極光は反転する」

 

 黒い柱となっていた魔力が、渦を巻きながら加速する。

 所有者の魔力を光熱に変換、集束・加速させることで運動量を増大させ、振り下ろした剣の先端から光の断層による『究極の斬撃』として放つ、騎士王の最強の矛の一つ。

 黒化の影響を受け所有者の善悪が入れ替わろうとも、「聖剣」と呼ばれながら善悪両面の属性を有するこの宝具は。

 守り手である湖の乙女にヴィヴィアンととある女が並列するのと同じく、ブリテン島に潜む原始の呪力をウーサー王から継いだ、最後まで分かり合えなかった姉である妖妃モルガンの名を冠していた。

 

光を呑め───────約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガン)!!

マシュに、宝具を!!

 

 黒い断絶が振り下ろされると同時に、マシュの視界が黒く染まる。

 それに叫びながら応じるのは、恐怖に裏付けされた勇気によるもの。

 

「─────────ぁあああああアああああああああああッ!!!!!」

 

 命じられた令呪に、サーヴァントたる霊基は即座に反応する。

 護るのだ。

 その身は既に、盾の英霊であるが故に。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 白き竜の血を飲み、化身たる魔竜へ変貌したブリテンの卑王の息吹を彷彿とさせる威力を、ランスは静かに見守っていた。

 マシュの盾が展開した魔法陣は、僅かながらに城壁を築き黒き聖剣の真名解放を確かに受け止めていた。

 否、相手がアーサー王の聖剣だからこそ受け止められたというべきか。

 円卓の騎士にまつわる宝具に対し、あの盾は相性抜群なのだから。

 

 だが、受け止めるだけではだめだ。

 大聖杯を制したセイバーは、その膨大な魔力供給によって宝具の連撃さえ可能とする。

 一度は令呪で防げても、二度三度と続けられれば耐えられるものも耐えられない。

 盾のサーヴァントであるが故に聖剣を防げても、それ故にあと一手足りない。

 

「……済まんな」

 

 ランスは小さく謝罪する。

 無論戦いに参加することが出来ないこともだが、何よりは。

 ()()()()()()に、人理を護らせることへの謝意だった。

 

「何!?」

 

 セイバーが驚愕の声を上げる。

 それは、宝具の真名解放という最大の隙を突かれた為の声であり。

 何よりその第三者の攻撃が、複数のサーヴァントを一撃で消滅させるに値する威力と呪詛に溢れたものだったからか。

 

 

───────全く、世話が焼けるわね。後輩ッ!!

 

 

 膨大すぎる魔力の濁流を纏いながら─────Aチームメンバー、芥ヒナコはその一撃を叩き付けた。

 

 

 




一昨日から完成してたのに投稿することを忘れる致命を犯していくスタイル。
という訳でやっとこさ更新できました。遅れた理由は、一応本編完結済みの作品として、他の投稿作品を優先していたからですね。
御待ち下さった方には申し訳ありません。 

戦うしか能の無いオリ主を積極的に戦わせないスタイル。
ぶっちゃけ負い目的にも心情的にもらんすろはアルトリアと戦えないよね、というお話。

前回からのエミヤや複製聖剣の描写などは、「Fate/Grand Orderシャトー・ディフ 黒瀬浩介作品集」を参考にしております。

そして絶賛延期中の劇場版HFで話題となったオルタの出力デカすぎ問題。
あれは大聖杯からの魔力供給だという説もあるのですが、たぶん序章のオルタも水晶体の聖杯もどきから供給受けてるよね、と考え、ヒナコパイセンを参戦させることに。
矛役のパイセンと盾役のマシュがおれば大丈夫やろ、と安易な決めつけを平然としていきます。
まぁパイセンはらんすろの血飲んでますので、蘭ちゃん喰った時より出力は上です。

次回はパイセンの背後説明した後、序章を終わらせ、その次にエピローグで〆ですかね。

いつもお世話になっております誤字脱字指摘兄貴姉貴への感謝をば。
指摘いただければ随時修正していきます。
という訳で次回お会いしましょう。

*6/9待機らんすろの描写を修正しました。


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第六話 定礎復元

 芥ヒナコ。

 48名いるマスター候補生達の中でも最初期のメンバーの一人であり、前所長であるマリスビリーが直々にスカウトした者の一人でもある。

 その成績はマスター候補生におけるトップであるAチームに分類されるに相応しい─────

嘘である。

 時計塔に於ける植物科(ユミナ)出身者であり、元はカルデアの技術者サイドの人間だったがマスター適性を見込まれAチームに───

嘘である。

 魔術協会に所属など一度足りとてしておらず、成績や経歴の一切はマリスビリーが改竄した

嘘である。

 

 さて、果たして彼女は何者か。

 彼女が常に本を持ち歩き、人を寄せ付けなかったのは何故か。

 

 それは彼女が、人ではないからであった。

 

 芥ヒナコ、真名───虞美人。

 史記、漢書にて断片的に語られる、謎に包まれた覇王・項羽の秘された寵姫。

 

 その正体は受肉した精霊であり、エナジードレインで糧を得る吸血種。

 魔獣・幻獣の類いではなく、地球の内海から発生した表層管理のための端末「精霊」である。

 魔術世界では「真祖」と呼ばれるカテゴリーに近いが、発生の過程が類似しているものの、生命としての目的が違う別種の吸血種。

 中国仙術に於ける仙人────仙女真人である。

 

 そんな彼女は「そもそも人にレイシフトは耐えられるのか」という問題から、人でないモノとして用意された存在である。

 無論、適性があれば人でも問題無くレイシフトが可能と証明された事で、Aチームの一人として配属されたのだが。

 

 そして問題なのが─────ランスの中の人こと、サー・ランスロットは堕ちた真祖、『魔王』を皆殺しにすることが趣味であったキチガイである。

 堕落したとはいえ、星の触覚殺されすぎ問題。

 無論、魔王が人にとってどれほどの脅威であるのかは、吸血鬼の逸話や現在も存在する死徒から語るまでも無いが、兎に角。

 

 精霊に育てられ、格別の加護を与えられ。

 武者修行と称してバイオハザードのゾンビを絶滅せんとする勢いで殺し回ったキチガイが、カルデアで目を覚ましたのである。

 レイシフト適性、というかぶっちゃけ人類悪適性がモリモリのランスロットが、マシュ同様Aチームに配属されるのは必然であり、彼と彼女の邂逅も当然であった。

 しかし、その邂逅は穏やかに、と云うには聊か問題があった。

 

先日斬ったベリル・ガットの代わりに、本日よりAチームに所属することになったランス・キリエライトだ。特技は単騎突撃。カルデアの職員としては若輩者だが、宜しく頼む』

 

 ────そう、コイツはAチームのメンバーの一人を、既に殺してしまっているのだ。

 無論、ランスの中身が戦乱に明け暮れた騎士であること。

 そして殺されたベリルが快楽殺人鬼であり、マシュとランスが揃っていた病室に押し入り、凶行に及んだという事もあった。

 

 少なくとも当時、護るべき最優先対象であったマシュに刃を向けた以上、生かして帰す理由など無かったランスは、振りかぶられたナイフごと素手で頭部、首、心臓を全く同時に切断(多重次元屈折現象)。下手人は即死した。

 

『ふむ、やはり魔術師は騙し合い殺し合いがデフォルトなのか』

 

 とか考えてたのは、このキチガイである。

 

 無論噂やそれが事実だとしても、表面上は仲良くしていたベリルを殺したランスと気兼ねなく接する事は難しい。

 純粋にベリルの死を悼んだ、キリシュタリア・ヴォーダイムとスカンジナビア・ペペロンチーノ。

 快楽殺人鬼という噂が本当であり、マシュに感情移入していたことで彼女が害されかけたことからベリルへの嫌悪と、そんな殺人鬼を返り討ちにした事で警戒心を強めたオフェリア・ファムルソローネ。

 戦闘に長けたベリルを、素手で易々と惨殺したランスへの恐怖を隠せなかったカドック・ゼムルプス。

 そして、ベリルの役割を知るが故に彼の力量を正しく理解し、彼を返り討ちにしたその技量のみに関心を向けたデイビット・ゼム・ヴォイドなど。

 

 様々な感情から、そしてそれを無意識に感じ取って居たか、ただの幸運か、ランスは彼等と直ぐ様距離を近付けようとしなかった。

 ただ一人、敵性確認をしておこうと一人になる事の多かった芥ヒナコを除いて。

 

 当時の彼女の驚愕と恐怖は、どれほどだったか。

 精霊からの寵愛厚き、そして真祖と幻想種の死の気配を噎せかえる程内包していた輩が、自己紹介当日に自身の正体を看破したのだ。

 人に畏れられ迫害された過去、歴史を持つ彼女にとって、カルデアは数少ない安寧の一つであったのだ。

 それを────

 

『────仙女、真人か。アジア関連は今まで掠りもしていなかったな。精霊を育ての親に持つ俺としては、正気の精霊は得難き緣だ。僭越だが、改めて宜しく頼む』

 

 とか、畏れの欠片も抱かず友好を示した。

 最初は避けに避け続けるものの、同じカルデアで同じAチームメンバー。顔を合わせる機会は山程ある。

 自身を畏れず敵意も抱かず、精霊の気配を色濃く持つランスと友宜を結ぶのは当然の帰結であった。

 

 一度友宜を結んでしまえば此方のモノなのは、騎士王を差し置いてブリテンの過半数から支持されたキチガイである。

 人嫌いのヒナコが頻繁に一緒にいる姿を目撃されれば、コミュニケーションお化けであるペペロンチーノ(Aチームのムードメーカー)が逃す筈がなく。

 芋づる式でランスは他のAチームに馴染み、ヒナコも渋々ながら付き合っていた。

 

 そして─────ファーストオーダー。

 レイシフトの為の霊子分解という存在自体が不安定になる瞬間を狙われ、受肉精霊と呼べるヒナコをして死の間際に陥った。

 そんな不安定な状態で爆風の煽りを受けていた彼女のコフィンを切開し、引き摺り出したのがランスだった。

 彼女の正体を知るランスは、確実に助けられる相手として彼女を真っ先に救出し、己の血をしこたま与えたのだ。

 

 精霊の加護と寵愛を抱き、魔法により根源の一つとして変転した男の端末の血を与えられ、彼女は受肉精霊としての力を十全に取り戻し。

 あるいは、一つ上の位階へと登り詰めた。

 

 そうして、立香達と共に冬木へレイシフトし────今、魔力の濁流を騎士王に叩き付ける。

 

 

 

 

 

 

 

第六話 定礎復元

 

 

 

 

 

 

 

 

 大空洞に轟音が響き、衝撃と土煙が蔓延する。

 黒の騎士王に叩き付けられた魔力は、ただの魔力の奔流ではない。

 受肉した精霊たるヒナコ────虞美人の特大の呪詛を込めた魔力放出である。

 元来複数のサーヴァントを圧倒する性能に、求道太極の端末の血を啜ったのだ。

 完全に不意を討ったこともあり、直撃を受けたアルトリア・オルタは────しかし、変わらぬ様子で立っていた。

 

「はっ……!?」

『いやいやいや! 随分雰囲気変わった芥君の事も気になるけど──今のを受けて無傷!?』

 

 悲鳴のようなロマンの通信が木霊するも、血を吐き捨てたセイバーは聖剣を構える。

 

「真祖──いや、精霊の一種か」

「だったら何だ。神代最後の王」

 

 足元まで伸びる美しい黒い長髪を靡かせながら、ヒナコがセイバーを睨み付ける。

 魔眼でもあるのか、空気が軋むほどの圧力が発生していた。

 

 それに欠片も堪えた様子を見せず、溜め息と共に剣を下ろした。

 ランスが寄り添うように近付き、それにセイバーが優しく微笑む。

 見掛けは無傷だが、どうやら限界らしい。

 

「やはり、私一人ではどう足掻こうが運命は変えられないらしい」

「……もう、良いのか」

「ええ。手を出さずにいてくれて、有難う御座います」

 

 すると、セイバーの胸の内から何かが浮かび上がり、それを手に取る。

 

「ランスロット。これを」

「これは───」

 

 彼女がランスに手渡したのは、黄金の水晶体だった。

 凄まじい魔力を内包していた。これが、この特異点の原因である聖杯(アートグラフ)なのだろう。

 彼はそれに手を伸ばして─────

 

「ッ、気を付けなさい!」

「───!」

 

 ヒナコの声が響くと同時に、ランスはセイバーを抱えて飛び退いた。

 

 同時に、その空間を巨大なナニカが蹂躙する。

 二人が動いていなかったら、どうなっていたかは抉り取られた地面を見れば瞭然だろう。

 

「何、あれ……」

「先輩! 所長!!」

 

 茫然と呟く立香の傍に、マシュが駆け寄りながら名を叫ぶ。

 その無事を確認する程には、その異形は悍ましいモノだった。

 

 裂け目のようなものが幾多も走った不気味な肉塊の柱に、無数の赤黒い目が点在し、その体表には苦しみの表情に満ちた人が蠢くようにびっしりと存在していた。

 凡そ人への冒涜的な全てを内包した肉塊の異形。

 それが、突然現れていた。

 

 異形はセイバーの持っていた結晶体を巻き込みながら収縮し、その姿を人の腕へと変え、根元の人影に漸く気付く。

 それは、セイバーと立香を除いてとても見慣れた人物だった。

 

「────レフ?」

 

 オルガマリーが、放心する様に言葉を漏らす。

 

 物腰柔らかな紳士然とした立ち姿で、モスグリーンのタキシードとシルクハットを着用し、ぼさぼさの赤みがかった長髪の男性。

 人理継続保障機関カルデアの顧問を務める魔術師にして、レイシフトに無くてはならない近未来観測レンズ『シバ』の開発者。

 

 レフ・ライノール。

 カルデアの事実上のNo.2が、手にした聖杯を笑みと共に吟味していた。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

「────────全く困ったものだよ。聖杯を与えられながら、この時代を維持しようなどと考えるとは。まぁ結局は、茶番で終わったがね」

「……貴様」

「おかげで、余計な手間を取る羽目になった」

 

 旧知の間、カルデアの仲間。

 そんな人間を相手に、ヒナコも、マシュも、彼を最も信頼していたオルガマリーさえ。

 死んでいたと思われていた男の生存に、喜びの言葉と共に駆け寄る者は一人も居なかった。

 

「……()()()()()

 

 聖杯を奪われると同時に、セイバーの身体が光の粒子となって崩れていく。

 魔力供給そのものを遮断されたのだろう。サーヴァントとしての現界も、セイバーの霊基の限界から解けていく。

 

「ランスロット────いや、……どうか御武運を」

「あぁ、無論だ」

 

 セイバーは余りにも早い別れに、万感を込める。

 それを見送ったランスは、立ち上がりながらレフを見据えた。

 

「お前がヒトから外れた魔術師であることは、初めから解っていた」

「ほう」

 

 曰く、ランスロット卿は湖の精霊に育てられたのだという。

 もしそうなら、人外への認識能力は極めて高い。

 同僚が人から外れているのかなど、簡単に理解出来る。

 

「ふむ、それが本当なら私は危なかった訳か。では質問だ。君は何故ソレを指摘しなかった」

「魔術師が人から外れていても、珍しくないだろう」

 

 レフはカルデアに於けるナンバー2、オルガマリーからの信頼も厚い。

 仮にランスの言葉が正しくとも、人から外れている自体は問題ないのだ。

 実際、人外由来の出自を持つ者はヒナコを含め珍しくないのだから。

 

 何もしていない以上、ランスが出来ることなどソレを一部の者へ相談するぐらい。

 魔術師としての常識に疎く、立ち位置こそ特殊だが地位とは無縁のランスに出来ることは余りに少ない。

 

「俺が出来たのは万が一の事を考え、ロマニ達をレイシフト時に現場から離れさせること程度だった」

「成る程、ロマニが管制室に遅れたのは君が原因か」

 

 万が一の時、負傷者を助けられる医療従事者を護る。それがランスの選択だった。

 素直に感心するレフの様子が、何より不気味だった。

 

「これは一本取られた。どいつもこいつも統制のとれないクズばかり──等と口にしてしまえば、それは負け犬の遠吠えだな。ではそこにいるオルガは?」

「……」

「見たところ残留思念だ。彼女の真下に設置した爆弾は、確実に彼女を殺した。まぁ疑似霊子演算器(トリスメギストス)は、ご丁寧にその残留思念さえレイシフトさせたようだが」

「ッ……!」

「所長!?」

 

 立香とマシュが、驚愕と共に視線を向ける。

 オルガマリーの返答は、諦観混じりの苦笑による無言だった。

 それに青ざめながら涙目になる二人と対照的に、レフは口端を吊り上げる。

 

「その様子では自覚しているらしい。いやはや、あの聖人には参ったよ。小娘の鬱陶しい依存が無くなったのは良かったが、こう小賢しくなられると私の仕事に支障が出かねなかったのでね」

 

 今のオルガマリーは、レイシフトされた残留思念だった。

 管制室にいた彼女は、爆発の直撃を受けて既に死亡している。

 何よりの証拠が、オルガマリーは本来レイシフト適性が無いからだ。

 レイシフトし、特異点に存在している時点で彼女の死亡は────

 

「生きている」

「……え?」

「数日前から、オルガマリーは彼女本人が遠隔操作する人形に入れ替わっている。本人には傷一つ無い」

「えっ」

 

 悲壮感など知らぬように、ランスは希望を口にする。

 それに、信じられないようにオルガマリーが声を震わせながら問い掛ける。

 

「本当、なの?」

「嘘を吐く理由はない。安心しろオルガマリー、お前は生きている」

「───あぁ」

「所長!」

 

 その言葉に、安堵の余り崩れ落ちるオルガマリーを、立香が咄嗟に支える。

 それに、困ったようにシルクハットを弄りながらレフが溜め息を吐いた。

 

「まったく、この様では叱責を免れないな。あぁ、しかも───芥ヒナコ、その吸血種が生き残ったのも予想外で頭に来る。確実に始末できるよう、レイシフト時の霊子変換に合わせて吹き飛ばしたというのに」

『───勿論、この万能の天才のお蔭さ。レフ・ライノール』

 

 その時、美しい女性の声が通信越しに響く。

 顔こそ見えないが、彼女こそはカルデアの誇る英霊召喚例第三号にして、カルデア技術スタッフの総括者───

 

「キャスター、レオナルド・ダ・ヴィンチ。まぁ、君だろうね。コフィンに一体どんな細工を?」

『あははは! カルデア顧問としての君なら兎も角、管制室とレイシフトルームを爆破した「敵」にそんなこと教える訳ないだろう? お蔭で通信に参加するのに今まで時間が掛かってしまった!』

 

 盤上を踊る演者のように芝居掛かった、それに反して声色は冷えきっていた。

 

『改めて言おう───よくもやってくれたね裏切り者』

 

 万能の天才。星の開拓者。

 数多の偉業と功績を持つ大天才からの呪いに、レフは腹を抱えて嗤い出した。

 

「ク、────ギャハハハハハ!!」

 

 豹変、とさえ言えるだろう。

 先程までの紳士然としていた彼からは、想像も出来ない醜悪な表情でカルデアを、人類を嗤う。

 

「裏切り者? 裏切り者か! 星の開拓者と云えど所詮はその程度!! 自分達が見限られたとさえ考えることが出来ないとは!」

 

 先程の醜悪な異形は、決して嘘ではないと言うように、謳うように人類を扱き下ろす。

 

「そう、お前達人類は見限られたのだ!! 自らの無意味さに! 自らの無能さ故に!」

 

 そこには、人類への最大限の『嫌悪感』があった。

 

「我らが王の寵愛を失ったが故に! 過去も現在も未来も、なんの価値もない紙屑のように跡形もなく燃え尽きるのさ!!」

『……随分な傲慢だね。人類の裁定者になったつもりかい? その王とやらは』

 

 ダ・ヴィンチの言葉に、豹変が嘘のように落ち着き、先程の紳士姿を取り戻し、憐れむ。

 いや、その嘲笑はそれでも隠し切れはしない。

 

「まだそんな戯れ事を吐く余裕があるとは。いや? それとも自分達の宝物の惨状を、彼等に知らせたくないのかな?」

「宝物?」

『……ッ』

「折角だ、見せてやろう」

 

 聖杯を掲げる。

 その力か、あるいは元から持ち得た力だったのか。

 空間に巨大な孔が空く。

 その先は、カルデアのレイシフトルームに繋がっていた。

 

『そんな、特異点の空間を繋げたのか!?』

「さぁ、よく見たまえアニムスフィアの末裔。あれがお前達の愚行の末路だ」

「カルデアスが─────」

 

 そこから覗くのは、灼熱に染まったカルデアス。

 カルデアスが擬似地球環境モデルというのであれば、それは現在の地球の状態を指す。

 地球は、人類は燃え尽きていた。

 

「さて、改めて自己紹介としよう。私はレフ・ライノール・フラウロス。貴様達人類を処理するために遣わされた、2015年担当者だ」

「人類の、……処理?」

 

 理解不能な言葉をマシュが必死に理解しようと復唱し、それにレフが機嫌良く頷く。

 

「お前達は未来が観測できなくなり“未来が消失した”などとほざいたが──────」

 

 手を孔から覗く灼熱のカルデアスに向けて掲げ、その事実を告げる。

 

「未来は消失したのではない。焼却されたのだ。結末は確定した。お前達人類はこの時点で滅んでいる」

『外部との連絡が取れないのは、通信の故障ではなく──────そもそも受け取る相手が消え去っていたのか』

 

 苦々しく、ロマニがレフの言葉を理解する。

 実はカルデアは防衛機構として発生させている磁場の影響で、その焼却から逃れていた。

 だがそれは逆に外の世界は、焼却を免れない事を意味している。

 とある並行世界では、文明活動が十万人を下回った時点で人類は『滅び』を暫定された。

 であるならば、レフの言葉に偽りは無い。

 人類は、燃え尽きていると。

 

「──ふん、やはり貴様は賢しいなロマニ。しかし、臆病者のキミがえらく冷静じゃないか」

『……』

「……まぁいい。もはや誰にもこの結末は変えられな────」

「そうか、ならこれから忙しくなるな」

「……何?」

 

 不快そうに、言葉に割って入った者を睨み付ける。

 ランスはそれを無表情で、つまり涼しげに受け止めた。

 

「カルデアは人理継続保障機関。カルデアが健在であるのならば、人類の滅びの原因を調査し覆すのが役割だ」

 

 その言葉は余りにも自然で、この場にいるオルガマリーやマシュ、立香とヒナコさえそれを当然と思ってしまう。

 それは、通信越しのロマンや他の生き残ったスタッフにも同様に。

 カリスマ、と呼ぶのかは定かではない。

 もっと清廉な、あるいはおぞましい何かかもしれない。

 だが、それは紛れもなく、超人達が跋扈したキャメロットに於いて名声を欲しい儘にした者の不器用な鼓舞だった。

 

「レフ。魔術師としては珍しいほど善良だったお前が、この様な暴挙に及んだ以上人類に────いや、カルデアにも原因の一端は存在するのだろう。人は間違いを起こす生き物だ」

 

 それは、レフの人となりを知るがゆえの言葉だ。

 彼は、間違いなく善人だった。

 

「マリスビリー何某が非道に手を染めていたのは、俺やマシュの存在からして明らかだ。だがそんな輩の娘は、善良だったお前を見て、また魔術師としては良識的に成長している」

 

 それが人間への極大な嫌悪にまで至ったのであれば、その根本は義憤や憐憫に他ならない。

 

「人は、過ちを悔い改めることが出来る」

 

 それでも、()()と言ってみせる。

 彼の本質が中庸で、それが環境次第で容易く悪にも善にも揺れることを知っている。

 オルガマリーがカウンセリングを経て、正道に戻ったように。

 人は行動によって変わることができる生き物だと。

 

 少なくともランスは、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……下らない。例えお前達が改めようとも、間違いを犯す者は次々に現れる。そんな堂々巡りに付き合えとでも? やはり愚かだな、湖の騎士。お前が消えたブリテンの末路を忘れたのか」

「…………」

 

 それを、レフは愚かだと切って捨てる。

 レフの言葉に、当事者になれなかったランスは返す言葉を持たないからだ。

 

「もういい、これ以上は無駄だ。私はお暇するとしよう」

「────逃がすと思うか?」

 

 踵を返すレフに、一歩ランスが前に進む。

 

「既にこの特異点の崩壊は始まっている。そんな状態で、私を止める余裕があるのか?」

『! みんな気を付けるんだ、時空の歪みに呑み込まれるぞ! 急いでレイシフトだ!』

 

 時空が歪み、揺れが明確な地震へ。

 それに呼応するように大空洞の天蓋が崩れる。 

 人理の定礎の一つが修復され、特異点が崩壊を始めた。

 そんな中、レフは先程までの嫌悪や侮りを捨て去ってランスを見下す。

 

「確かに、貴様の本体は我等が王にさえ凌駕する怪物やもしれん。だが! 今の人の肉体に囚われた状態で何が出来る!!」

「え……?」

 

 立香が困惑を覚える。

 レフはランスの事を怪物だと形容した。

 彼は反英雄ではない、正しき英霊の筈なのに。

 

「────何を言っている」

 

 レフのその挑発の言葉に、ランスは心底不思議そうに首を傾げる。

 

「俺はAチームのマスターだぞ?」

 

 瞬間地面を突き破り、巨大な無数の細木の枝で構成された腕が、裏切り者を掴み取った。

 

「何!?」

「マスターはサーヴァントを使役する者だろう」

 

 レフは顔を驚愕と苦痛に歪ませて、姿を現したその巨大な腕の主を見る。

 それは魔術───ルーンによる隠行、気配遮断の賜物か。

 異常な感知能力を持つランス以外の全ての者を謀っていた。

 その姿を見て、立香が思わずといった風に声をあげる。

 

「キャスター!?」

 

 バーサーカーの足止めに殿を務め、別れていたキャスターの姿がそこにあった。

 

「バカな、キャスターだと!? 貴様はセイバーが脱落した時点で、既に退去している筈ッ……!」

「聖杯が失くなろうとも、サーヴァントは相応の魔力があれば現界の継続は可能だ」

 

 この炎上都市で起きているのが、聖杯戦争の再演であるのなら。

 キャスターは、その霊体を維持する魔力は聖杯によって賄えられている。

 そしてサーヴァントは、元来現代の魔術師が召喚できる存在ではない。

 聖杯という規格外の魔術礼装を以てしても、英霊の一側面を複製し、クラスという枠組みに制限して漸く召喚できる、あらゆる時代における人類最強の兵器である。

 

 そんなサーヴァントを維持する事さえ、聖杯のバックアップ無しには平凡な魔術師にとって無理難題である。

 類まれなる才人が、その大半の魔力を注ぎ込んで漸く現界し続けられる存在。

 セイバーが倒れたことで()()()()()()()()()()()()()()、聖杯が何者かの手に渡った時点で聖杯のバックアップなど完全に打ち切られている。

 キャスターがバーサーカーの猛攻から逃げ切る、あるいは幾つもの奇跡によって打倒できたとしても、魔力源と要石の両方が失われた今、現界し続けることなど不可能なのだ。

 

 では何故キャスターはまだ退去していない? 

 

「そこのアンちゃんと契約しただけだぜ、外道!」

 

 答えは簡単、ランスが聖杯のバックアップが失われても何の問題もない、事実上無尽蔵と云える自前の魔力を、キャスターに供給しただけである。

 そして複数の生命のストックを持つバーサーカーにとって、その神の祝福(呪い)を問答無用で断ち切るランスは、相性最悪だった。

 そうして殿を務めていたキャスターを救出し、特異点修復に伴う退去現象を彼と契約。

 その単独顕現(反則スキル)によって、無理矢理繋ぎ止める。

 そうして、あり得ざる奥の手として隠していただけ。

 

 無論、レフはそんなことは解る訳も無く。

 そしてそんな思考を行う暇など無かった。

 

「宝具解放──────灼き尽くす炎の檻(ウィッカーマン)ッ!!」

「ぐッ……ぉおおおおおおおおおお!!?」

 

 巨大な腕が、真名解放と共にレフを掴んだまま炎上する。

 これはルーンの奥義ではなく、炎熱を操る『ケルトの魔術師』として現界した光の御子に与えられた、ケルトのドルイド達の宝具である。

 

「こんなもの……ッ、英霊の宝具程度で……! 私を殺せると思い上がるな記録風情がぁあああッ!!」

 

 だが、レフは燃え尽きない。

 腕だけでは、完全顕現による最大火力を『灼き尽くす炎の檻(ウィッカーマン)』は発揮できていないから、というのもある。

 ソレ以上にレフが成り果てた異形は、祭炎の火力を以てしても殺し切るには足りないのだ。

 

「──────────」

 

 崩れ落ちる足場。崩壊する大空洞。

 面倒そうなヒナコと必死なマシュに、オルガマリーと共に抱えられていた立香。

 そんな彼女がその特異点で最後に見たのは、剣なんて持っていない筈のランスの、構える姿。

 立香は無手の筈の彼の手に、透明な黒い刀を幻視した。

 

「──────────御免」

 

 何時振り抜いたのか。いつ存在しない鞘に納めたのか。

 瞬きをしていないにも拘わらず、彼女にはランスが斬った瞬間を視ることは出来ない。

 それさえ目に映らない刀で残心し、同時に刎ねられるレフの頚。

 それはまるで、時代劇のワンシーンの様な光景だった。 

 

 




レの字「お前が消えたブリテンの末路を忘れたのか」
らんすろ『あんまり知らないとは言えない』

熱出たのであとがきは平熱になったら書き足します。


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第七話 帰還

 陥没する地面、崩落する天蓋。

 足場を喪い、意識諸共『世界』が崩れる感覚に酔う。

 特異点の修復と、カルデアへの帰還。

 世界が直訳であやふやになる現象で、立香は当たり前に意識を手放した。

 それ故に昏く暗転する視界が闇へと呑まれ続ける中、途端に彼女の視界が拓かれる。

 

 ────絢爛な城内であった。

 栄光と祝福に満ち溢れ、荘厳な白亜の城が広がっていたのだ。

 そこで漸く、この視界が自分以外の物だということに気が付いた。

 目線の高さや、時折映る視界の主の身体の一部から、明らかに男性の物だと理解したからだ。

 

(誰かの、夢────?)

 

 あまりに現代離れした光景にそんな考えが浮かぶと、視界の主は一つの扉に辿り着いた。

 

あっ、貴方が新しい■■■■■ですね!  

 私は■■■。貴方と同じ■■■■■で、あの方の傍仕えをしております! 

 

 扉の前には、複数のパンをバスケットの様な何かで抱えた、美少女がいた。

 天然の金髪に、対照の茶色のメッシュが子犬の耳を思わせる。

 元気一杯幸せいっぱいな、天真爛漫。

 そんな印象を与える少女に、視界の主は何かを伝えると少女は笑顔で頷き扉をノックした。

 

 

入れ

 

 

 その短い言葉に、満面の笑みを浮かべながら少女は礼を告げて扉を開ける。

 絢爛な白亜の城に、個人のために備え付けられた部屋は質素ながら、執務室と表現すべき様相だった。

 まるでビルのオフィスの一室を大昔の技術で再現したようだ、という感想を立香は抱く。

 バスケットを持った少女は礼と共に頭を下げ、部屋へ入ったことで、視界の主も追従する。

 部屋の中心に、主が二人を無言で歓迎する。

 と言っても、歓迎というには些か事務的であった。

 

 黒いコートと上着、そして一振りの剣が壁に掛けられた部屋で、仕事だろうか羊皮紙に羽ペンを走らせていた男性。

 貴族というイメージが湧く服装の、物静かな黒い人。

 

(……ランス君?)

 

 年齢や背丈、髪型も違うのに───仲間である少年を思い浮かべる。

 表情や雰囲気、佇まいが余りに彼と酷似していたからだ。

 

(超イケメンじゃん)

 

 そこで理解する。

 あれが、ランス本来の姿なのだと。

 よくよく見れば、子犬みたいな少女は主人を慕うというより、恋する少女とも見て取れる。

 加えてドクター曰く、王が最も敬愛した騎士。

 なんだコイツ、モテモテじゃねぇか。

 

 中身は英雄とわかっていても、外見からどうしても年下と思わざるを得なかった少年の本来の姿を見て。

 立香は内心の衝撃を悪態で意味もなく誤魔化した。

 立香にとって、物語の白馬の王子や貴公子と比喩して相違ない彼本来の姿は、些か刺激が強かった。

 

『─────お前が“そう”か

 

 ペンを置き、腰を上げた彼は視線を此方に向ける。

 流し目のような所作に、立香は顔と下腹部が発熱するのを感じた。

 立香がまだ殆んど知らない、魔術的な何か。

 例えばポピュラーな魔眼である魅了や、或いはとあるケルト神話の英雄の押し付けられた呪いの黒子などの類いでは無い。

 

 曰く、妖精に拐われたものは何らかの形で変質が起こるという。

 とある原初の言語を口にする魔術師は、物事を『再認』することが出来なくなり。

 とある先代現代魔術科学部長は心臓を盗まれ、凡百だった魔眼は神霊やそれを上回る怪物の『視線』を奪い取るほどになった。

 

 では、赤子の頃に精霊に奪われ、挙げ句寵愛と共に育てられたその英雄はどの様な変化を遂げたのか。

 

(───魔的なんだ)

 

 神や王が人を惹き付け、あるいは重圧を与えるように。

 魔性の女が、その一挙一動で男を魅了するように。

 この英雄は、無意識に人を魅せ尽くすのだと。

 男ならば胸を沸かせ、女ならば胸をときめかせる。

 平時でこれなのだ。彼の本領が発揮される戦場ならば、どうなるのか。

 それは、戦場のカリスマ等という言葉すら生温い。

 

 立香は思わず、身震いを禁じ得なかった。

 あるいは、本気で女を口説き出したらどうなるかと。

 

 そんな彼の、目線がホンの僅かずれた。

 それに、何か違和感を感じ────

 

 

そこにいるのか─────立香

(──────え)

 

 

『彼』の視界の奥の立香が、硬直した。

 ここは夢の中、誰かの記憶。

 それの中の登場人物が、画面越しと表現すべき立香に呼び掛けるなど─────

 ゆっくりと、彼が手を伸ばす。

 立香を名指しした瞬間、世界が静止したように動かない。

 子犬の様な少女も、『彼』さえ反応一つせず、時間が静止したようにその手が立香に伸びる。

 そして、

 

お前の仕業かマーリン

「はっはっは。いやぁ済まない、イキナリで御免よ。後々に必要な事とはいえ、些か早急が過ぎたみたいだ。まぁ、気にしないでくれ。さぁ起きるんだ、藤丸立香」

 

 そんな軽い声が、聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

第七話 帰還

 

 

 

 

 

 

「─────いや気になるからッ!?」

 

 手を伸ばしながらツッコミを入れる。

 視界に広がったのは、以前ロマンがサボり場としていた自分の私室(マイルーム)の天井。

 そこで漸く、自分がカルデアに帰ってきたのだと理解し──────

 

 タポ……ッ、と。

 世界一魅惑的な感触が、立香の掌を襲う。

 それは、豊満な女性の乳房であった。

 同性であり、自身も平均的な大きさを携え、巨乳と表現すべきサイズを保有する立香をして、あらゆる知覚が消し飛ぶ感触。

 人の頭ほどある大きさ、欠片とも醜さを感じさせない芸術的な形、そして触れたものを骨抜きにする形を裏付けるハリ。

 何もかもが完璧至上のソレに、立香の中のおっさんが一心不乱にその魅力を脳内で演説する。

 それは、エロを求める絶叫だった。

 

「エッッッッッ……!!!!」

「あら───よかった、目が覚めたのですね」

 

 己の胸に当たった立香の手を、そのまま両手で握った女性は、カルデアスタッフの制服の上に白衣を羽織っていた。

 しとやかで上品な女性。どんな冗談にも微笑で受け答えできる包容力と洒脱さを持つ、温かで柔らかな表情。

 穏やかな眼差しと清楚な佇まいが、その絶世の美女と形容できる美貌をより魅了的に引き立たせていた。

 

「無事の帰還、心より慶び申しあげます。藤丸立香さん」

「貴女は……」

 

 聖母の微笑み。

 かの仏陀やキリストが()()前の姿があるとするならば、それは彼女のようだと断言できる───そんな不思議な感覚が立香を襲った。

 ランスや黒い騎士王のソレとも種別が違う、例えるなら聖者の慈愛(カリスマ)

 

「私はカルデアで精神(こころ)のケアを専門とする療法士(セラピスト)。今回から主に貴女方カルデアの実働メンバーを担当する─────殺生院キアラです」

「あ、それ冬木でマシュが言っていた……」

「はい。元々は、オルガマリー所長の専属セラピストでもありました」

 

 別部署から引き抜かれた、オルガマリーのカウンセラー。

 曰く、キアラのカウンセリング以前の彼女は、それはもう凄まじいヒステリー持ちだった。

 特異点での気丈な振舞いから、立香は想像も出来なかったが────納得した。

 この人にカウンセリングを受ければ、そりゃヒステリーも解消されるわ。

 

「ふ、藤丸立香です、宜しくお願いします!」

「はい。これから宜しくお願いしますね、立香さん」

 

 だからこそ、少し不可解だった。

 それは、その後に聞いた話なのだが───────

 

 

『殺生院キアラ……、だと?』

 

 

 ──────ランスが、彼女の事を初めて聞いた時。

 まるで、おぞましい怪物の名を聞いたような形相をしたと聞いた時は、思わず首を傾げた。

 その意味の一端を立香は、すぐにでも見ることとなるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 立香が目覚め、各種検査を受けている間に、カルデアの幹部メンバーが全員揃っていた。

 即ち、オルガマリーの無事の帰還を意味していた。

 

「改めて、御無事で何よりです所長」

「……私は何も聞かされていなかったのだけど?」

 

 ロマンの労りに、オルガマリーは照れ隠しのように、或いは所長としての業務確認を行う。

 彼女にしてみれば、報連相ガン無視で行われたことで命を救われたのだ。

 感謝の念はあるものの、責任者として納得した訳ではない。

 

 そんな彼女に、笑いながら歩み寄る人影が一つ。

 

「それは仕方無いさ。その理由はランス君が既に話していただろう? 彼の直感は信用に値するが、君に話すとなるとレフ教授に話さない訳にはいかなかったのさ」

 

 かの有名な絵画モナ・リザのソレに酷似した、長い黒髪の絶世の美女。

 だがそれは『彼』生来の姿ではなく、生前の作品の『女性』を再現したものである。

 

 即ち、推しを推す余り「私自身が、推し(モナリザ)に成ることだ────!」を体現した変態。

 ルネサンス期に誉れ高い万能の天才芸術家にして発明家、英霊召喚例第三号レオナルド・ダ・ヴィンチ。

 彼ならぬ彼女はおどけた口調で、しかし正論を口にする。

 

「それにあくまで保険。実際に何か起こるなんて、今までのレフ教授の不審な点を探す考えさえ無かったんだ。マスター候補生48人全員、挙げ句スタッフ達の安全まで対処する時間は無かった訳だからね」

「それは……」

 

 如何に万能の天才と言えど、表立って動けるなら兎も角、秘密裏に全員を護る備えを行うのは不可能だった。

 レフの仕掛けた爆弾で喪われたスタッフは多く、現在生き残ったスタッフの総数は二十人程度。

 ファーストオーダーを乗り切ったこと自体、奇跡と云う他無い。

 

「あの裏切り者のレフの言い方だと、明らかに彼に指示した者──曰く、王が居る筈だ」

 

 そしてカルデアの司令部と評すべき彼等は、下手人の言葉を精査していた。

 

「フラウロス……か」

「レフめ、今頃はその王とやらに叱責を食らっているだろうね。何せ肝心のマスター候補生は勿論、Aチームのメンバーを一人も殺すことが出来なかったんだから」

 

 オルガマリーのウルトラC。

 特異点Fにて立香達と合流した時点で、違法ではあるがマスター候補生達の凍結処理を指示し、仮死状態にすることでその命を繋げたのだ。

 

 無論、犠牲となった他の一般スタッフ達を蔑ろにした訳ではない。

 寧ろ、技術スタッフはダ・ヴィンチにとって最も交流した大事な部下達でもあった。

 その胸中は、察するに余りある。

 

 そう馬鹿にしなければ、やっていられないのかもしれない。

 

「他のマスター候補生は?」

「所長の指示通り。凍結処理で延命出来ています。ですが、現在のカルデアでは……」

「すぐに蘇生処理が出来るのは、精々レオナルドがコフィンに細工を施したAチームだけ───いえ、よく遣ってくれたと考えるべきでしょうね」

 

 そう、それこそオルガマリーの次にダ・ヴィンチが真っ先に護らんとした面々。

 特異点解決の最前線に立つ筈だったAチーム。

 前所長に『クリプター』と呼ばれた最優秀のマスター達である。

 

「彼等は?」

「順調に回復していますが、次の特異点にまでは……」

「レイシフト用のコフィンも、全員分には足りないね」

 

 そんな彼等は、しかし直ぐ様万全とはいかなかった。

 仮死状態から戦闘可能にまで快復させるには、単純に時間が足りなかったのだ。

 特に蘇生中、彼等のリーダーに致命的な後遺症が発覚したことで、他のメンバーに対しても想定外のダメージの確認などで、新たに発見された特異点の修復には間に合わない。

 少なくとも、次のレイシフトには間に合うまい。

 

「さて、この話題になった事だしいい加減話に参加してくれないかい? 

 ─────芥ヒナコ」

 

 ブリーフィングルームの端、机に座りながら一心不乱にカルデアの端末に何かを入力している少女──否。

 野暮ったい、あるいは大人しめな文学少女は何処にも居ない。

 暗い紺色のセーターに身を包み、以前ツインテールにしていた濡れ羽色の長髪は三つ編みに束ねられている。

 ダ・ヴィンチに劣らぬ美女が、両手を使って明らかに慣れない手付きで端末を操っていた。

 

「あー、芥君?」

うっさいわね!! 私は忙しいの! 邪魔するならその喉と四肢、削ぎ落とすわよッ!?

「…………何をしているんだい?」

見れば分かるでしょ!? 項羽様を召喚出来るよう、あの方の詳細な情報を残してるんじゃない!!

「えぇ……」

「ゴメン、あれは私が原因だね」

「何してるのよレオナルド……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一体ぐっちゃんが何をしているかというと、彼女の過去が原因だった。

 歴史に刻まれた彼女の真名は、寵姫・虞美人。

 寵姫、ということは誰か高名な存在に愛された存在だということ。

 受肉した精霊である彼女を愛し、そして彼女が愛した者の名は、覇王項羽。

 

 汎人類史においては秦王朝を滅ぼし、漢王劉邦と次なる天下を争った西楚の覇王。

 残虐非道な虐殺の数々、無敵の武勲を誇りながらも首尾一貫しない政策で自陣営を自壊させていった様などは『匹夫之勇 婦人之仁(ひっぷのゆう ふじんのじん)』と揶揄される中国屈指の反英雄。

 

 そんな項羽は、人間ではなかった。

 

 人でなし、といった侮蔑や揶揄ではない。

 幻想種、あるいは神霊、あるいは妖魔────といった異形人外といった話ではない。

 中国史上初めて全ての国の統一を成し遂げたかの始皇帝が、仙界探索の途上で回収した遺骸────仙造宝貝・哪吒太子の残骸を元に設計した自立型人造躯体。

 それがより最少の犠牲で最速の平和を成す為、暴君として新たな龍に斃されることを選んだ覇王の正体であった。

 

 しかしそれ故に、そこに魂は無く死して英霊の座に至るモノが無い。

 仮に項羽を召喚できたとしても、その項羽は大衆が信仰し勝手気儘に思い描いた『覇王』の偶像のみ。

 あるいは、とある聖杯戦争の佐々木小次郎という偶像に宛がわれた、とある剣聖の様に条件の合う誰かが宛がわれるだけだろう。

 

 虞美人が愛し求めたのは、他の誰にも理解されなくとも人理の為の礎になることを是とし。

 最後まで最愛の妻の行く末を案じた男だけだ。

 そんな贋作など断じて認める訳にはいかない。

 

 ではどうすれば良いか。

 取り敢えず、彼女は唯一の相談相手に話をすることにした。

 

『そういった事情は俺より、英霊たるレオナルドに聞いた方が適確な答えを得られるだろう』

 

 英霊の座? 行ったこと無いんでよく解んないっス。

 無生物が英霊化している例を知らない訳ではないが、ランスは元より戦争屋。魔術など精霊印の才能無しである。

 西暦五世紀に存在した伝説的理想騎士にあるまじき発言を受け、虞美人は素直に万能の天才たる魔術師の英霊に問い掛けた。

 その結果が、端末に齧り付く彼女である。

 

『彼女が望む項羽を召喚するには、彼女自身が項羽の情報を英霊の座に持ち込む必要がある』

 

 ダ・ヴィンチの回答は明快であった。

 受肉精霊たる虞美人は、存在が人ではなく星に属する存在である。

 不死たる彼女が万一死んでも、英霊の座に召し上げられる事無く、星の内海に還るのみ。

 そんな星の抑止から虞美人として人理に刻まれるに相応しい彼女自身の、ある意味での鞍替えが必要なのだと。

 精霊ではなく英霊となり、ガイアからアラヤへと鞍替えし人類の守護者になれば。

 人類の守護を誇りとした項羽の嘆きを止める気遣いだけでなく、彼女の見届けた「項羽の真実」を座に持ち込むことで、彼が人類の守護者として認定され、項羽と再会できるかもしれない。

 そんな、十二分に可能性のある提案。

 

 しかし、今すぐ彼女が消えるのはダ・ヴィンチだけでなくカルデアが困る。

 人理焼却という未曾有の災害。その真只中で、マスターとしては兎も角戦力として破格の虞美人を手放す訳にはいかないのだ。

 

『問題が片付いてからでいいのでは?』

 

 そんな悠長な、と虞美人が激怒しそうな発言をしたのがランスである。

 が、無論その言葉にも意味がある。

 

『英霊の座に時間の概念は無いのだろう? 「後」で英霊となるのなら、「今」でも召喚可能のはずだ』

 

 現代から未来にて誕生した英霊を、とある聖杯戦争にてサーヴァントとして召喚された事例が存在する。

 であるならば、虞美人の未来の行動に左右される。

 彼女はその未来の自分の行動の成功率をより上げるため、文献として『項羽の真実』をデータとして遺しているのだ。

 

 最愛の夫と、この人類最後の砦で再会するために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダ・ヴィンチの「思考入力端末を用意するから」という説得により虞美人が止まった辺りで、キアラと共にブリーフィングルームに立香がやって来た。

 そうして、人類に襲い掛かった未曾有の大災害への対策会議は始まった。

 

「────まずは、改めて生還おめでとう。立香くん、マシュ。そしてランス君に芥君」

 

 ロマニの労いの言葉に並び立つ立香とマシュが、お互い顔を合わせて恥ずかしそうに微笑む。

 その二人をランスは穏やかに見守り、虞美人────芥は興味なさげに視線を虚空に向ける。

 

「なし崩し的に全てを押し付けてしまったけど、君達は勇敢にも事態に挑み、乗り越えてくれた。その事に心からの尊敬と感謝を送るよ」

「私も───」

 

 オルガマリーがロマニの前に出て、少し息を吐いた。

 

「カルデア所長として、感謝と謝罪を。本当に良く遣ってくれたわ。特に、立香は」

 

 研修や訓練処か、魔術の存在の説明さえ現場で行った、完全なる一般人。

 それがマシュと契約し、サーヴァント戦を経て生還したのだ。快挙としか言いようが無い。

 それと同時に、責任者としての謝罪もあった。

 彼女をほぼ詐欺に近い形でカルデアに送り込んだスカウト班に、然るべき処罰を与えるつもりなのだが────

 

「レフ……いえ、今回の爆発テロの首謀者、レフ・ライノールの発言。カルデアスの状態から鑑みて、恐らく真実だと思われるわ」

「それって……」

「外に出ていた職員の生存も確認できない。恐らくカルデアの外は死の世界だ」

「人類は、既に滅んでいる。そう想定した上で、我々は行動する必要があります」

 

 人類を滅ぼす。

 そう宣う悪役は物語に数多く登場する。

 だが「既に人類は滅んだ」という状況はそうそう無いだろう。

 自分達が生存しているのも、現実感の欠如の一因となっていた。

 だが、特異点Fでの戦いによってそれが現実なのだと、立香に事実を突き付ける。

 それでも、希望がない訳ではない。

 

「我々カルデアは、この状況を打破しなければなりません」

「ランス君も言ってましたけど、どうやって……?」

「……ロマニ。彼女をスカウト────いえ、拉致した職員の名前を後で報告しなさい」

「は、はい」

 

 笑顔のオルガマリーに、ロマニが気圧されながら答える。

 

 元来カルデアが如何にして人類を守護するのか。

 最初の研修段階の講義で教わることを、しかし拉致同然でカルデアに訪れ講義もクソも無かった立香にとっては当然の疑問であり。

 ちなみに日本で献血サービスに偽装してレイシフト適合試験を行い、彼女を発見した『ハリー・茜沢・アンダーソン』なる職員の、マジ切れオルガマリーによる正当な処罰が確定した瞬間であった。

 

「カルデアスで特異点にレイシフトして修正? ファルシのルシがコクーンでパージ?」

「えっとですね、先輩……」

「過去改変を過去改変で修正する、と認識していれば今はいいだろう」

「なるほど! とうらぶだね!」

 

 ランスの簡潔すぎる言葉に、日本人の立香は即座に理解を示す。

 タイムマシンで過去を変え、滅びを回避するなど某猫型ロボットだってやっているのだ。

 

「ロマニ」

「みんな、これを見てほしい」

 

 オルガマリーに促されたドクターが、モニターに映し出されたカルデアスを示す。

 真紅に染まった、百年後までの地球上の文明を示す地球観測モデル。

 そこに、冬木の特異点を除いて七つの光が追加された。

 

「カルデアスが映し出すこの地球に、冬木とは比べ物にならない時空の乱れ、新たな特異点の発生が確認された。それも現在確認できているので七つ」

『!』

 

 それは冬木での戦いが、事件の終わりなどではないことを如実に表していた。

 

「七つも……!」

「よく過去を変えれば未来が変わるというけど、実際はちょっとやそっとの過去改竄じゃ未来は変革できないんだ」

 

 過去を改編する。

 ある意味今の世界を一変させかねないそれは、しかし容易ではない。

 そもそも、時間を遡る事象は魔法の領域である。

 実行自体が、それこそ聖杯を必要とするレベルだ。

 そして仮に万能の願望器と云えど、簡単ではない。

 

 人類をより長く、より確かに、より強く繁栄させる為の理──人類の航海図。これを魔術世界では『人理』と呼ぶ。

 

「しかし実際に人類史は終焉を迎えてしまった。ならば考えられる可能性は一つ。人理定礎が覆されたんだ」

「過去は現在を証明する足跡。その中でも、人類史に点在する現在の人類を決定づけた土台であるセーブポイント。それが人理定礎よ」

 

 それこそ人類史に刻まれた楔、人理定礎。

 またの名を『霊子記録固定帯(クォンタム・タイムロック)』。

 この人類史におけるターニングポイントは、仮に過去を改編してもそこを過ぎれば即座に辻褄が合わされる。

 

 この人理定礎を決定できるのは『その時代を生きている人間』のみで、一度固定されたものは過去あるいは未来からの干渉を受け付けず不動のものとなる。

 仮になんらかの方法で過去に移動し、人類史に介入したとしても固定帯に到達した瞬間に強制的に復元される。

 まさしくセーブポイントに相応しい。

 今回、それが覆された。

 セーブデータが壊された、と表現すべきなのかもしれない。

 

「結論を言います。マスター藤丸立香。貴方はこのカルデアでたった三人のレイシフト可能なマスターの一人です。ですが、特異点に向かうことを私たちが望んでも、強制はしません」

 

 もし、マスターが立香だけならば違ったかもしれない。

 その場合は是が非でも立香にレイシフトして貰わなければ、人類は終わりだっただろう。

 だが、立香は一人ではない。

 

「その場合ランス君と芥君にレイシフトしてもら……あの、芥くん。そんな面倒くさそうにしないでくれないか?」

「あぁン?」

「ごめんなさい……」

 

 インテリが不良に絡まれている。

 しかも、あのセイバーに止めを刺した張本人である。なんでマスターなのか。

 そんな感想が浮かぶ、よくよく考えれば自己紹介もしてない立香は、しかし。

 

「……私が参加して、役に立てますか?」

「無論よ」

 

 立香の問いに関して、オルガマリーは即答だった。

 しかし、魔術世界に素人な立香は、レイシフトという点では非常に優秀な人材なのだ。

 

 立香はランスに匹敵するレイシフト適性を有し、何よりマスター適性も非常に高い。

 現地で行動する際に、従えられるサーヴァントが一騎でも多ければ、それだけ特異点の修復の確率を高くするだろう。

 勿論、魔術師として素人以前であることは、留意しなければならないのだが。

 

 そんなオルガマリーの言葉に、立香は俯く。

 

「私は一般人……ランス君みたいに強くもなければ、人類を救う救世主や神様になんてなれません」

 

 それ処か、魔術だって礼装がなければ満足に使えないだろう。

 そもそも才能が無い。

 恐らく、サーヴァントと契約してもパスを維持するために常にマシュ達の傍に居なければならない

 音速さえ突破するサーヴァントの戦闘の、傍に居なければならないのだ。

 危険度というのであれば計り知れない。

 

「でも─────それが、自分に出来る事なら」

 

 それでも、と。

 藤丸立香は言い切れる。

 

「────ありがとう」

 

 それに、オルガマリーは頭を下げる。

 下げられた顔に浮かぶ表情を、この場で察することが出来るのはキアラとロマニだけだろう。

 三年前、突然カルデアの所長とアニムスフィア家を相続したオルガマリーの重圧を真に知るのは、この二人だけだろう。

 持ち上げられた顔には、先程までの所長としてのオルガマリーがあった。

 

「これよりカルデアは予定通り、人類継続の尊命を全うします」

 

 人類最後の希望を、正しく繋ぐために。

 

「我々は人類の未来を必ず取り戻す。……たとえ、どのような結末が待っていようとも」

 

 

 

 

 




お待たせして本当に申し訳ありませんでした。
まさか二ヶ月以上掛かるなんて思ってもいませんでした。
原因は梅雨の気圧変化で自律神経がぶっ壊れたからです。素で病院に通いました。
重ねてお詫び申し上げます。

という訳で今回の話、実は一話を分割し、出来てるものを一話にまとめ投稿しております。
今回エピローグ予定でしたが、如何せん体調が安定しない。
なので切りのいい所で投稿しました。
次話で第一特異点に突入し、今回の番外編を終わりにしたいと思っております(別の作品の投稿を止めてるのでそっちもやらねば)

原作ダヴィンチちゃんの立香との会合シーンはキアラに差し替え。
そして初登場セラピスト・キアラ。
彼女は魔性要素一切ない、完全聖人メンタルでどこかの魔神柱みたいのが憑依しない限り絶対安全であります。
勿論初見のらんすろは朱い月戦より緊張してました。

ちなみにらんすろはFGO関連の知識はありません。
精々アニメUBWくらいです。ギルガメッシュが過労死するとか言っても信じません。

という訳で今回はこれまで。
また次回、宜しければお会いしましょう

誤字指摘多すぎて草。
本当に有難う、そして申し訳ない。


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エピローグ 聖杯探索

 新たに確認された七つの特異点。

 それを修復する戦いに、カルデアは挑む。

 だが、そのまま即座にレイシフトとはいかない。

 

 第一にカルデアの状況が万全とは程遠い。

 レフの爆破工作は、確かな傷跡を残したのだ。

 各重要機器こそダ・ヴィンチの処置で問題は少ないが、すべて無傷など出来はしない。

 そもそもレフにバレないようにした、あくまで問題が起こった場合の保険に近かったのだ。万全の対策とは程遠い。

 何より痛かったのは、一般スタッフの殉職である。

 メインスタッフで管制室に配置されていた者達は、オルガマリーを狙った爆弾に巻き込まれ、大半が死亡している。その穴埋めはダ・ヴィンチとて容易ではない。

 もしこれ以上の欠員が出れば、カルデアは機能不全に陥るだろう。

 

 第二に、特異点の観測。

 そもそもレイシフトとは、正式名称を擬似霊子転移、または疑似霊子変換投射とも云う。

 人間を擬似霊子化(魂のデータ化)させて異なる時間軸、異なる位相に送り込み、これを証明する空間航法である。

 解り易く言えば、タイムトラベルと疑似並行世界移動の合わせ技である。

 

 そんなレイシフトを行うには、カルデアスによって確認された特異点をより詳細に観測するため相応の時間がかかる。

 特に西暦以前になるとレイシフトの難易度が上がり、それこそ神代に至ってはレイシフト時に発生する問題は未知数だ。

 その為特異点はその規模の小ささ、即ち『人理定礎値』の低い順にナンバリングされ、レイシフトすることになった。

 

 その為、忙しいスタッフの代わりにマスター達には別の役割が与えられた。

 

「その為にも、貴方達にはサーヴァントを召喚して貰うわ」

「サーヴァント、召喚」

 

 即ち、カルデア所属のサーヴァントの召喚である。

 オルガマリーの言葉を復唱する立香達は、冬木で出会ったキャスターとセイバーを思い出す。

 正しく大英雄だった二人は、彼女にサーヴァントの頼もしさと恐ろしさを刻み込んだ。

 

「今後、どの特異点でも現地で何等かの形でサーヴァントが召喚されていると予想しているわ。でも、キャスターの様に必ずしも我々の味方という訳では無い。セイバーやランサーの様にね」

 

 実際、冬木ではキャスター以外のサーヴァントは全員敵だった。

 これで特異点の現地サーヴァントが全員味方と考えるのは楽観を超えて考え無しである。

 

「故に、当初の予定通り此方も予めサーヴァントを召喚し、戦力を補強します」

 

 当初、召喚サークルの要のマシュと、既に戦闘能力がトップサーヴァントレベルのランスを除いた、Aチーム全員が一騎は英霊を召喚する予定だった。

 尤も、現在の非常事態に於いて国連の「サーヴァント召喚は七騎まで」という制約は存在しない。

 勿論、本来は七騎以上ものサーヴァントを召喚する魔力リソース自体が無く、駄目押しにレフの爆破工作で使用できるリソースは更に少ないのだが。

 というよりレフの爆破工作と外部との通信途絶により、リソース不足からレイシフトさえ儘ならない危機的状況が将来予想されていた程だった。

 

「だったのだけど────」

「だけど……?」

「まさか、ランスからの魔力供給でカルデアを支えられるなんて、思わなかったのよ」

 

 ランスが自己生成する、というより本体から供給される魔力(オド)

 それだけで、カルデアは魔力リソース不足から脱却していた。

 

 当然だろう。

 そもそもランスロット自体が自己封印を行っているものの、『人の形をした根源』という、とある原初神性と同様に同じ存在位階からの攻撃しか受け付けない怪物である。

 世界そのものからの魔力供給と表現すべきなのだ。カルデア一つ運営できなくて、人間大の根源などと形容しえない。

 

 閑話休題。

 

「取り敢えず、後の事は───ロマニ。貴方とダ・ヴィンチに任せるわ。一応キアラも居るし、大丈夫でしょう」

「所長は?」

 

 立香の、特に意図の無い質問に、少し疲れた表情で苦笑する。

 まるで、疲れ果てながらも仕事に向かうOLの様に。

 

「私はカルデアの所長。やることは山積みなのよ」

「が、頑張って下さい」

 

 顔をひきつらせながら、その勇士を見送る。

 ギャグみたいだが、しかしある意味最も過酷な現実である。

 何せオルガマリーが死亡していた場合、所長業を代行する羽目になるだろうロマニは、間違いなく不眠不休を強いられていただろう。

 かの有名な独裁者ヒトラーは、曰く戦況に追い詰められずとも過労死していたという。

 全指揮権を持つ最高責任者とは、それほど忙しいのである。

 

「と! 云うわけで、これからは私が仕切らせて貰うぞーッ!!」

「モナリザだーッ!?」

 

 今までスタンバッてましたと言わんばかりに、突如現れた美女に立香が叫ぶ。

 そのお約束なリアクションに、やや過労気味なダ・ヴィンチは大変満足していた。

 

 

 

 

 

 

エピローグ 聖杯探索

 

 

 

 

 

 

「あのー」

「はい、立香くん」

「サーヴァントの召喚って、どうやったらいいんですか?」

 

 完全素人の挙手に、ダ・ヴィンチちゃんが対応する。

 当たり前の質問に、何処からともなく取り出した眼鏡を付け、ホワイトボードを引っ張り出す。

 

「先ず初歩の話から行こうかな。英霊とは、過去に何等かの偉業か信仰を成した者が、人類史に刻まれた存在だというのは解るかな?」

 

 そもそも、英霊召喚そのものは時計塔の魔術である。

 それを研究していたとあるキエフの蟲使いの末裔が、『魂の物質化』を一度だけ成功させた錬金術師の末のシステムに希望を抱いた。

 永続的な魂の在り方である境界記録帯(ゴーストライナー)を証明し、不可能と思われていた英霊召喚も出来るのでは。

 そんな考えが発端であり、同時に第三魔法の再現に苦心していた錬金術師の末は英霊召喚の論文を書いたキエフの末裔を欲した。

 その答えが、聖杯戦争である。

 

「ダ・ヴィンチ女史、話の腰を折るようで誠に申し訳ないのですが……。過去の偉人というのは、有名な文豪や作家も含まれるのでしょうか?」

「勿論さ。というか、私はその枠組みだよ。文豪といえば劇作家シェイクスピアに、童話作家のアンデルセン辺りは、十分召喚されうるだろう。まぁ、戦力が欲しい今は、召喚してしまっても困るんだけどね」

「そ、そうですか……」

 

 会ってみたい文豪でもいたのだろうか。

 少し残念そうにするキアラに、ダ・ヴィンチは首を傾げながら説明を続けた。

 さて、そんな冬木で起こったとされる、聖杯(第三魔法)を基軸に行われた英霊召喚。

 カルデアの英霊召喚はソレとは別物である。

 

「カルデアの英霊召喚。その要は、マシュの盾なんだ」

「盾が?」

 

 立香は思わずマシュに視線を向ける。

 思い浮かべるのは、彼女が振るっていた十字架をイメージさせる大盾だ。

 

「マシュの盾。より正確には彼女に宿った英霊の宝具。それが持つ『英雄が集う場所』という性質から、それを解析しながら冬木の聖杯戦争の儀式を解読、改良させて安定させたもの。それが今から君たちの行う英霊召喚だ」

 

 冬木の聖杯戦争での英霊召喚を元に、前所長マリスビリー・アニムスフィアによって作られた召喚式────守護英霊召喚システム・フェイト。

 英霊とマスター双方の合意があって初めて召喚出来るこの術式は、しかし今回の人類史の危機に於いて非常に効果を発揮するだろう。

 何せ利己的な目的が無い、人類を救う戦いだ。

 仮に聖杯戦争に興味の無い英霊でも、召喚に応じてくれるだろう。

 

「まぁ本来、六十年間地脈から魔力を蓄え続ける必要があるんだけど、ランス君のお蔭で一人につき一騎、サーヴァントを召喚出来る。まぁ合計三騎なのは魔力以外のリソースや機器の限界やらのせいだけど、これってホントに凄いんだぜ? まぁ兎に角、残る四騎の召喚はまだ難しいんだ」

「おー」

 

 パチパチ、と立香はランスに拍手を贈る。

 もし彼が居なければサーヴァントの召喚は一騎しか、あるいは召喚そのものが次の特異点へのレイシフトには間に合わなかった可能性さえある。

 

「細かい術式構成や魔術回路との接続は礼装がやってくれる。さぁ、マシュ。君の盾をここに」

 

 マシュは言われた通り、聖盾だけを顕現させ地面に置く。

 それは正しく円卓そのものだった。

『英雄が集う場所』。

 それは決して比喩ではなく、嘗て超人揃いの円卓の騎士たちが集った場所、という意味でもあるのだ。 

 英霊を召喚する触媒として、決して聖杯に劣るものではない。

 

「さて、という訳で早速英霊召喚、やってみよう! 最初は立香ちゃ──」

「もう、良いかしら?」

「アッハイ」

 

 ゆらり、と。

 立ち上がりながらそう確認する彼女は、噴火直前の火山を思わせた。

 あまりの魔力に、空間の歪みが視覚化される。

 芥ヒナコ(虞美人)、我慢の限界であった。

 

 そそくさと準備を始めたダ・ヴィンチは、即座に召喚準備を整える。

 十字の大盾を触媒に用いて召喚サークルが設えられる。その手前に設置された台座の前に立ち、礼装を経由せずに虞美人の魔力を接続し魔力を込める。

 より、自身の触媒化を進めるために。

 

「項羽様────虞は、虞は……っ!」

 

 詠唱は無い。

 万能の天才によって、科学と魔術の組み合わせを成したのだ。術者として必要なものは、あくまで要石としての召喚術式を成立させる魔術回路と適性のみ。

 術式が開始され、召喚サークルの円に沿うように、三つの光輪が紡がれる。

 

『ちょ、ストップストップ! 芥君、魔力込め過ぎ!!』

 

 ただ敢えて理由を付けるのならば、彼女が仮にサーヴァントになった場合───幸運値は最低だと言うことだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

『二騎目の召喚は、一先ずまた今度。旧知の再会を祝って食堂で話でもしていなさい』

 

 目的の人物を呼べず悲しむべきか、かつての数少ない親しい友人との再会に喜べば良いのか。

 極めて複雑そうな顔のヒナコが呼んだ、これまた人の良さそうな仮面のサーヴァント。

 そんな申し訳なさそうにしている彼を引き連れ、彼女は食堂に向かって行った。

 

「もうー、ランス君の魔力で満タンに設定してたのに、そこに精霊としての魔力追加は流石に想定してないよ。全く……いやまぁ、色々昂っちゃったんだろうけどね?」

 

 術式の回路に損傷が無いかを調べる為に、モニタールームの機関室に向かいながら愚痴を溢すダ・ヴィンチ。

 一部始終を見守っていた立香とマシュは苦笑一択である。

 そんなマシュは、ロマニが召喚ルームを見回しているのに気付いた。

 目を細め、何か噛み締めるようにする彼を。

 

「……ドクター?」

「────……うん、いや。ボクはホラ、初めてマシュを見たのは此処だったから」

 

 それは、ロマニにとって今尚払拭出来ない罪。

 五年前、この場でマシュのデミ・サーヴァント化の為の召喚が行われたのだ。

 前所長、マリスビリー・アニムスフィアによって。

 

「ボクは前所長……マリスビリーの悪行を止める処か、知ったのはマシュのデミ・サーヴァント実験当時だった。友人のつもりだったんだけどね」

 

 デミ・サーヴァント実験。

 デザイナーズベビーによる、その身へのサーヴァントの召喚。

 それによって誕生した子供は、マシュとランスを除いて全滅し、マシュも英霊召喚の器となるための調整により、極端に寿命を喪った。

 ランスの星の聖剣によって、近付いていたマシュの寿命死が一先ず回避された時、ロマニは心底喜んだ。

 直後、喜ぶ資格が無い事に自らを責めながら。

 

「召喚の際、マシュに宿った英霊は暴れたよ。マリスビリーに一直線にね」

 

 思い出すのは、鎮圧システムから放たれる光線を盾で弾き飛ばし、逆に沈黙させたマシュ───その内に宿る英霊。

 多重防壁を殴り壊し、盾を消してマリスビリーに『何か』を突き付けようとした『彼』。

 

「当然だ、彼は最も清き騎士。最も強き騎士の血を引く、聖杯に選ばれた英雄なんだからね。だろう────ランス」

 

 あの、マシュのモノとは異なる金の瞳。

 それを染め上げていた感情は、非人道的な実験への怒りであった。

 マシュが止めなければ、カルデアはどうなっていたか。

 その結果、汗一つ見せず実験の成功に微笑んでいたマリスビリーに、友としてロマニが何を想ったか。

 結果として彼が選んだのは、マシュの主治医としての立場だった。

 

「済まない、マシュ」

「ドクター……」

 

 ロマニのマシュに宿る英霊を語る言葉には、明確に二つの感情が込められていた。

 それは羨望と────恥。

 聖杯という神の恩恵を得る機会の際、選んだロマニと何も求めなかった騎士。

 その選択を、比較せずには居られなかった。

 

「──────そう大層なモノでは無い」

 

 そんなロマニの悲観を、ランスが断ち切った。

 ハッと、ランスに視線を向けたロマニに、淡々と告げる。

 

「俺も、アレも。大したモノではない。当然お前もだロマニ。お前の選択もアレの選択も、お前が思うような差など無い」

「……っ。は───はは、君がそう言うなら……そうかもしれないね」

 

 ぐしゃぐしゃと髪をかき毟るロマニは、俯きながらランスの言葉を噛み締める。

 そんな彼に、アナウンス越しにダ・ヴィンチの不満が響く。

 

『そーだぞぅ。ていうか、さっさとそちらでの「システム・フェイト」の再調整を手伝ってくれないかなぁ。一応各回路のチェックは終わったんだけどー?』

「ご、ゴメン!」

 

 急いで台座の元に向かうロマニを、マシュは静かに見詰めていた。

 

「ドクター……、兄さん……」

「───────えっ、血を引く?

 

 そんなセンチメンタルな空気を、立香の気付きがぶっ壊した。

 ぎょっとランスを凝視する立香に、作業を行いながらロマニが補足を入れた。

 

「あぁ、かの聖盾の騎士はランスに宿る英霊、ランスロットの息子なのだと伝わっているけど……」

「息子ォ!?」

 

 妻子持ち。

 中学生程に見えるランスに、妻子。

 その衝撃は、夢でマシュに宿る英霊の記憶を覗いていたことで決して外見通りの人物ではないことを知っている立香に、だからこそ多大なダメージを与えた。

 あの男が選んだ女性を、彼女は想像出来なかったからだ。

 解るのは、確実に嫉妬による阿鼻叫喚の流血沙汰は免れないことだけ。

 ブリテンの滅びって色恋沙汰!? 

 そんな想像を膨らます立香に、ランス本人が否定する。

 

「──────俺には妻は居なかった」

 

 当たらずも遠からず、という時点でアレなのだが。

 真実はもっとややこしかった。

 

「アレは俺の細胞から作り出したクローンだ。造ったのは王姉モルガンだが、かの妖姫とは関わる事は殆ど無かったからな。故にアレを妻と呼ぶつもりはない」

 

 妖姫モルガン。

 又の名をモルガン・ル・フェ。

 円卓の騎士の内、ガウェイン、アグラヴェイン、ガレス、モードレッドの母であり、アーサー王の異父姉である。

 妹であるアーサー王を憎み、その王位を狙い様々な姦計謀略を巡らせた、ブリテンが滅びた内患そのもの。

 息子アグラヴェインに王妃ギネヴィアを脅迫させ、ブリテン滅亡の直接原因であるモードレッドというアーサー王のクローンを造り、呪いを刷り込み続けた。

 尤も、アグラヴェインはアーサー王に心底の忠誠を向け、モードレッドが暴走したのはランスロットの事実上の戦死が原因だが。

 それでも、ブリテン崩壊の元凶の一人と云えるだろう。

 

「何より彼女は既婚者だし、円卓の騎士の多くはモルガンの子だ。友や教え子の母を孕ませる特殊性癖は、俺には無い」

「ま、まぁ……」

「待って! 情報で殴り付けないで!!」

 

 あまりに明け透けなランスの発言にキアラが顔を赤らめ、より立香は混乱に溺れる。

 あらゆる外患を跳ね除け、打ち倒したにも拘わらず内患によって容易く滅びたブリテン。

 その人間関係は余りに複雑で、ついでに血縁関係はもっと複雑だった。

 ジョースター家か己ら。

 

『おーい、楽しそうなトコ悪いけど、チェック完了したよー』

「その、先輩。召喚の準備が出来たみたいです……」

「あぁもぉおおおおおッッ! やったらぁぁあ!!!」

 

 ダ・ヴィンチとマシュの催促に、ヤケクソ丸出しで台座に礼装によって魔力を送り込む。

 そんな立香に呼応する様に、召喚サークルが乱舞する。

 先程と同様、システム・フェイトは滞りなく召喚を開始した。

 召喚に伴い、光と発生する魔力反応による煙と紫電が撒き散らされ、視界が覆われる。

 

『さーて、どんなサーヴァントが召喚されたかなぁって─────は?』

 

 尤も最初にソレを把握したのは、モニタールームで俯瞰していたダ・ヴィンチだった。

 魔力煙が晴れた先、召喚サークルの先には────誰も居なかった。

 

「って、ちょっ、誰もいない!? 嘘でしょ、まさか失敗したァ!?」

「召喚工程は完了していた筈、失敗ではないと思うけど……」

「先輩、一先ず落ち着いてください!」

「でもでも───」

 

 半泣きに成りながら振り返った立香は、部屋に居る者達に縋り付く。

 そこには亜麻色の髪で片目が隠れている眼鏡の少女、マシュと。

 黒髪が所々跳ねた、異様に澄んだ表情と瞳の少年、ランス。

 絶世の美貌と聖者の慈愛を兼ね備えた、黒髪の美女、キアラ。

 そして()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()困った顔の青年がいた。 

 

『───────』

 

 先程まで居なかった存在の登場に、気付いた立香とマシュ、キアラに不思議な沈黙が流れる。

 当の本人は、一体何がおかしいのか分からずに頭を傾げる始末。

 そんな沈黙を打ち破ったのは、人を導くが故に人を観る事が出来るキアラであった。

 

「……ドクターロマン?」

「ウッソォ!?」

「へっ?」

 

 その人物はキアラの言葉で驚愕する立香により、漸く自分の変貌を悟り───絶句した。

 

「………………Oh」

「ほう、随分雰囲気が変わる。馬子にも衣装とは言えんな」

 

 経歴不明なカルデア医療顧問、ロマニ・アーキマン。

 その真名を─────ソロモンという。

 その手にたった一つの指輪を持った、魔術王の姿が其処にはあった。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

『まさかロマニが擬似サーヴァント化するなんてねぇ!!!!!』

 

 立香の召喚により姿が変貌したロマニ。

 訳も分からず謝罪する立香を宥めながら、それ以上に気不味そうなロマニとおぼしき青年は。

 しかし乱入したクソデカ口調のダ・ヴィンチにより、一旦混乱は収まった。

 

「っていうか擬似サーヴァントってナニ? デミ・サーヴァントとどう違うの? ていうかホントにドクターなの?」

「髪色も、肌も違いました……!」

「あー、うん。後で説明するね。そして僕にも考える時間を頂戴……!

『勿論駄目だぜロマニ。現在カルデアは絶賛ブラックなんだ、簡単に休めると思うなよぉ?』

「うぐぅ……っ」

 

 それでも驚愕にあたふたする二人だが、最も動揺していたのは間違いなくロマニ本人だった。

 変貌したロマニの姿は、既に元に戻っている。

 だが、オルガマリーにどんな報告をすればいいのか。

 

『────実は僕は、君の父マリスビリーが聖杯戦争で召喚したキャスターのサーヴァントのソロモンで、聖杯で人間として転生した存在なんだ! だから僕は魔術王ソロモンとしての霊基と、問題なく同調できるのさ。何せ僕自身だからね!!』

 

 果たして、どれだけの魔術師がソレを信じられるだろうか。

 Aチームでも、異端児デイビットかコミュニケーションお化けペペロンチーノなら、素直に受け入れていたかもしれない。

 前者はその無機質さ故に。後者はその寛容さ故に。

 あるいは、リーダーであるキリシュタリアは真面目に受け入れるかも知れないが。

 

 だがそんなことを、少なくともオルガマリーに言える訳がない。

 唯でさえ人類存続の最終防衛ラインを護る所長職で、その心身を擦り減らしているのだ。

 それが『現場にいると空気が緩む』とまで言われ、周囲が否定しない様なロマニが、実は魔術師の始祖だった───などと、果たして告げられるだろうか。

 

 ショックで倒れかねないし、あるいはヒステリーが再発するかも知れない。

 そんな彼の懇願は、響くダ・ヴィンチの声に却下された。

 友人の苦境が面白いのだろう、笑いを堪えるその声色に現れていた。

 あるいは、今までランスとダ・ヴィンチ以外()()()()()()()()()()()()、秘密を明かすことでその心労を減らそうとする気遣いか。

 

「はぁ……取り敢えずランス、君もサーヴァントを召喚してくれ」

 

 ロマニは一先ず考えるのを止め、ランスを見る。

 既に今回の召喚で虞美人が過去の知己であるセイバー・蘭陵王を。

 藤丸立香が自分(ソロモン)を触媒にソロモンを。

 何れも、触媒としての縁から来る召喚だ。

 

 では、湖の騎士ランスロットの端末であるランスは、一体誰が召喚される? 

 召喚者である彼に、類ずる人物が召喚されるのだろうか。

 否。彼と円卓が揃っている以上、召喚されるのは間違いなく────

 

『いよいよランスの番か。冬木で召喚されたアーサー王か、あるいは円卓の騎士の誰かが。ぶっちゃけ円卓関連者なら誰でもSSR確定だね』

「SSR!!」

 

 妙にテンションが高くなった立香が、妙に興奮してダ・ヴィンチの言葉を復唱する。

 同時に、現代日本の学生に決して馴染み深いとは言えないアーサー王伝説について質問した。

 

「マシュもそうなんですけど、円卓の騎士ってやっぱり凄いの?」

「まぁね。騎士王アーサーと円卓最強のランスを筆頭に、昼間はその力を三倍にする太陽の騎士ガウェイン。剣士でありながら弓の名手である哀しみの子トリスタン。そして────あー」

「? どうしたの?」

「……いや、アイツはホラ。死んでないから召喚されることは……うん、大丈夫。そう! 円卓の騎士は其々が大英雄に匹敵する超人集団!! 外れは───うん、無いね!」

「えェ……」

 

 急に言葉尻を弱めるロマニに、疑いの目を立香が向ける。

 円卓の騎士ではなく、しかし円卓そのものを造り出したとある夢魔が召喚される万が一を想定してしまったからだが、即座に否定する。

 兎にも角にも、根本的な心配はしていなかった。

 何故ならこのカルデアの召喚式で喚ばれる以上、人理の危機に駆け付けてくれたのだ。

 不満などありはしないのだから。

 ───そう、誰もが思っていた。

 

 変化は、召喚直後に()()()

 

「─────────が、あッ」

「は?」

 

 その小さく短い悲鳴は、召喚サークルとまるで違う場所から響く。

 それは、立香達の後ろから聞こえた。

 

「キアラさん?」

 

 立香の言葉に、返事はなく、

 召喚には何の関係もない筈の、殺生院キアラが身体をくの字に曲げ、苦しみに嗚咽を漏らしていた。

 同時に、彼女の背から黒い澱みが立ち上がる。

 

「ヒッ!?」

「マスター!!」

 

 ゾクリ、と。

 立香の本能的な部分が、恐怖のあまり悲鳴を漏らす。

 マシュはサーヴァントとしての姿に変ずるも、盾を召喚に使用していた故に無手。

 自らを盾とするため、立香の前に立つも彼女自身蒼褪めるのを禁じ得なかった。

 

「あッ……嘘、そんな、違う。私は……ッ!?」

 

 誰よりも苦悶するキアラの姿は、彼女の身に起こっている事態が先程のロマニのソレと類似しながら。

 しかし明らかに乖離していることを示していた。

 

「───ランスッッッ!!!

 

 ロマニは、取り戻したその最高位の千里眼で彼女に憑いた存在の正体を見通し、即座に叫ぶ。

 同時に自分はマシュと立香を護らんと、神速で神殿級の結界を構築した。

 何も無い状態では、あの魔性に立香が保たない。

 そして黒くおぞましい、しかし淫靡な魔力が彼女を包み込み、その頭に獣の冠(魔羅)が形作られかけた瞬間────。

 

「─────魔性菩薩か

アラ、四の方でしたか

 

 その全てが絶ち斬られた。

 彼女を覆う瘴気も、形成されようとしていた角も。異常の全てが斬り捨てられ、消え去っていた。

 

失敗でしたが、まぁ良いでしょう。

 所詮は余興で、「私」はここでは生まれ様も無い様子。せめて霊基は残せたということで、変化の切っ掛けとなれば幸いです。あぁ───でも

 

 キアラを傷付けること無く、それ故に獣の霊基を損なう事無くその魂のみを斬り祓ったのだ。

 残るのは、異常が無くなり倒れたキアラ。

 そして顔を自責に歪めたランスが、特異点では見覚えの無かった刀を残心と共に鞘に納める姿だった。

 

残念至極。「この私」の苦しみ、はしたなく喘ぎ───如何に堕ちていくかを楽しみたかった。自分を自分で堕落させられる機会など、那由多の彼方であったでしょうに───』

 

 その響く魔縁の言葉を、最後まで睨み付けながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 斯くして、レイシフトの決行日が訪れた。

 

 レイシフトメンバーはそれぞれがレイシフトスーツに身を包み、コフィンを前に最終確認をするオルガマリーの前に揃っていた。

 

「むぅ……改めてすごい恰好。身体のライン出過ぎでは───?」

「フォーウ」

「レイシフトの安全性を少しでも上げるために、どうしても必要なんだ。現地ではいつもの礼装に戻ってるよ」

 

 全体の指揮と決定を負うオルガマリーと、各スタッフと共にレイシフトメンバーの存在証明やオペレーターを務めるドクターロマンに、解析を担当するレオナルド・ダ・ヴィンチ。

 マスターである藤丸立香と、そのサーヴァントマシュ・キリエライト。

 同じく、そしてAチームの一人である芥ヒナコこと虞美人と、それに付き従う仮面の美麗。セイバー・蘭陵王。

 

 そしてランス・キリエライトと、本来レイシフト適性を持たなかった筈の、しかしサーヴァント召喚にて謎のサーヴァントを降霊したことでレイシフト適性が100%を叩き出した擬似サーヴァント─────アルターエゴ・殺生院キアラ。

 彼女はランスのサーヴァントとして、今回のレイシフトに特例で参加することとなった。

 心身を支えるセラピストが作戦に同行する。

 未だ一般人としか言えない立香と、戦いの恐怖を拭えないマシュにとって、キアラの同行は非常に有り難いものだった。

 しかし───

 

 チラリと、立香はキアラを気遣い気に覗き見る。

 其処には、穏やかな表情の、先日と変わらない様子の彼女がいる。

 だが、キアラと付き合いの長いオルガマリー達の表情は曇っていた。

 

 オルガマリーは、英霊召喚にて何が喚ばれたのか詳細に知らされていない。

 というより、召喚直後にランスによって追儺された為、何が喚ばれたか解る訳が無いのだ。

 解るのは、その場に居た者が揃って危険だと即断した事。

 現状解っているのは基本ステータスといった、表面上のパラメータのみ。

 後は、キアラに残された霊基から解析、推測するしか無いのだ。

 

 ──────ただ一人、最高位の千里眼を取り戻したロマニを除いて。

 

 それどころか彼女に巣食った霊基を見通すことで、今回の大災害の元凶さえ知ることができた。

 そう考えた場合、この召喚事故は寧ろ大成功と言えるだろう。

 

 問題は、その未来にロマニ自身が耐えられなかったこと。

 かつてソロモンだった頃の、共感能力と自我が一切無かった嘗てならば何の躊躇も無かっただろう。

 しかし、カルデアに居るのは嘗てソロモンだった、そしてソロモンの力を得た人間でしかない。

 だからこそ、彼はその情報を未だ誰にも伝えられずにいた。

 ロマニ・アーキマンには、そんな英雄染みた勇気が今は無い。

 

「───では、第一回聖杯探索(グランドオーダー)を開始します。ロマニ」

「今回レイシフトするのは、七つの特異点で解析が済み、現状座標を特定できている唯一のものだ。年代にして西暦1431年のフランス、────オルレアン」

「その時代は……!」

 

 オルガマリーとロマニの説明で即座に理解したマシュに、そこまで世界史に長けている訳でもない立香は首を傾げる。

 流石に年代と場所を口にされただけで察することは、日本人学生には難しい。

 

「えっと、その時代のフランスで何があったの?」

「はい先輩。その時代のフランスでは、イングランド王家……つまりイギリスとの間に戦争が起こっていました。フランスに有する広大な領土と王位を巡り、1337年から1453年まで約百年間両国間で起きた戦争です。通称─────」

 

 ─────百年戦争。

 正式なグランドオーダー初となる舞台は、その百年戦争の休止期間中であり、ジャンヌ・ダルクが火刑に処されてから然程日が経っていない時代である。

 

「この時代が人理定礎に選ばれた理由は、大陸からイングランド勢力を駆逐したことで王権が強化され、戦争を経て次第に国家・国民としてのアイデンティティーが形成されるに至った戦争だからだろうね」

 

 更にそこから1494年のイタリア戦争からイタリア統一運動に、オーストリア=ハンガリー帝国の成立。果ては第一次世界大戦へと繋がっていく。

 この百年戦争は、人類史の重要ポイントとして異論は出ないだろう。

 

「それって……」

 

 漸く理解した立香は、思わず顔を強張らせる。

 即ち、百年単位で行われた戦争の末期であるということ。

 戦争を体験せずに育った立香は、しかし第二次大戦の敗戦国である日本人であるが故に、『戦争の末期』というものが如何に危険で凄惨な状態であるかを学んでいた。

 

「えぇ。だから現地の人間との接触は、出来うる限り慎重を期しなさい。

 そんな戦争に加えて、特異点化によって歴史の差異が起こっているわ。

 現地の危険はカルデアからは分からないんだから」

 

 聖杯を持ち、歴史を狂わせている原因だけが問題ではないのだ。

 時代が違えば、価値観は全く別のものになる。

 特異点の原因を探るため、現地民との接触は不可避であるが、決して油断していいものではない。

 

「今回、こちらで予め用意できたまともな戦力は蘭陵王────君だけだ。負担は承知だが、君が頼りだ。立香君たちを頼んだよ」

「御任せ下さい、ドクターロマン。マスター達は必ずや、この身に代えても御守り致しましょう」

 

 ロマニの言葉に応じるのは龍の仮面が目を引く、中華の装いのこれまた中性的な容姿の武人だ。

 もし胸に詰め物を入れれば女性と見紛うであろう彼は、芥が召喚した剣の英霊。

 ────その真名を蘭陵王という。

 

 中国は南北朝時代、北斉に仕えた武将であり、その美貌と勇壮さで知られ、斉の軍神と讃えられるほどの稀代の名将。

 その高潔な在り方は、賜ったものは果物一つといえども部下達と分け合ったという。

 芥の望む英霊ではなかったが、決して外れではないサーヴァントだ。

 

「今回の召喚は、私にとって正しく望外の喜び。我が最期を看取って頂いた方に仕えることが出来るのです。決して不覚を取る事など出来ません」

「所詮人理程度の危機に、そんな気負う必要ないでしょうに……」

 

 周囲の優しい視線に、彼のマスターである芥は溜め息を吐く。

 かつてその誠実さ故に死ぬこととなった、数少ない友との再会である。

 項羽との再会を次の機会に、と考える程度には彼女は蘭陵王に好感を持っていた。

 同時に思うのは憂慮である。

 またその性格で貧乏くじを引くのでは、という心配だ。

 

「まぁ───」

 

 かつてよりはまだ、大丈夫だろう。

 そう思い、その憂慮を振り払う。

 今の蘭陵王の主は、猜疑心から忠臣に毒杯を送る愚物ではない。

 何より、同種の馬鹿が沢山居るのだから。

 

「素人マスターなんで、ご迷惑をお掛けすると思います!」

「よろしくお願いします、蘭陵王さん!」

 

 尊敬と恐縮を湛えるマシュと、顔面偏差値の急上昇により混乱の極みに達した立香が頭を下げる。

 それを微笑ましく受け止め、蘭陵王は華麗な返礼を見せた。

 

「えぇ、こちらこそよろしくお願いします。とはいえ、私の出番はそこまで無いかも知れません。マスターの一人が、まさかの円卓最強と謳われる湖の騎士だとは。剣の腕に関して、私は彼に何手も劣るでしょう」

「────貴公の価値は、斬った張ったに限ったものではないだろう。蘭陵王」

 

 静かに佇むランスは、蘭陵王の賞賛を受け取りつつも首を横に振る。

 蘭陵王が長けているのは、将としての真価。

 武将として軍を率いた時により大きく発揮されるものであり、武は最低限学んだもの。

 無論セイバークラスに恥じぬ技量を備えているものの、山育ちで武術により根源に到達した輩と比較するのは間違っているだろう。

 

「軍を率いる将として、俺は貴公の足元にも及ばん。現地にて召喚されるサーヴァントとの連携を考えれば、貴公の役割は大きい。宜しく頼むぞ蘭陵王」

「ランス殿……!」

 

 ────蘭陵王の最後は、名声が高くなりすぎた彼を疎んだ人間による讒言の果ての、皇帝からの毒薬であった。

 およそ己の忠義を切って捨てられ、それが死後もトラウマとなっている彼にとって、此度の主君の一人となった伝説の理想騎士からの忌憚なき信頼は、その胸を打った。

 

「……キテル」

「先輩?」

「ナンデモナイヨ」

「さぁ、各員コフィンに入棺してくれ。これよりレイシフトを開始しよう────レオナルド!」

「あぁ、早速始めよう」

『はい!』

 

 未来を懸けた、世界を取り戻す戦い。

 それを前に、立香の足取りは決して重くはなかった。

 それはきっと、一人ではないことが大きいのかもしれない。

 

『アンサモンプログラム・スタート。第一工程開始します』

 

 各スタッフが細心の注意で機器を操り、工程を経ていく。

 無論ロマニとダ・ヴィンチも主要として手伝い、オルガマリーがそれを総括として見守る。

 彼女はレイシフト適性こそ前回の爆破で取得してはいるものの、そもそも死んではいけない人間である。

 アニムスフィアの当主として、何よりカルデアの責任者として。

 

『全員の全パラメータの定義完了。続いて術式起動、“チェインバー”の形成。生命活動「不明(アンノウン)」へと移行』

 

 サーヴァントが敵対するかもしれない場所に、彼女を送る訳にはいかなかったからだ。

 尤も、そんな理知的な判断の裏に歯痒さが無いわけではない。

 

 もし『彼』ならば、どうしたのだろうか。

 無論、立場も役割も違うが、『彼』は()()()()()()()()()()()()である。

 否。彼こそがこの立場に相応しいのかもしれない。

 少なくともオルガマリーは、自分が力不足であることを自覚していた。

 だが、そんな思考に意味はない。

 

 己の役割は、せめて大局的な判断責任を取ること。

 より良い未来の為に、何かを模索することを止めない。

 カルデアを継いで、キアラに諭されたことで見えた、オルガマリーの指針であった。

 そうしてオルガマリーが見守る中。

 レイシフトを始めようとした直前、その場に現れた人物がいた。

 

「─────あぁ、良かった。何とか間に合ったようだ

 

 急いでやって来たのだろう。

 息を切らせ、服もその綺麗な長い金髪も、少し乱れが見える。

 だがその表情と瞳に、一切の曇りは無かった。

 

「な─────キリシュタリア!? 貴方、どうやって此処に……! まだ動ける身体じゃないでしょう!?」

 

 白い礼装を纏った、才気纏う金髪の青年。

 Aチームのリーダー、キリシュタリア・ヴォーダイムが壁に身を預けながら其処にいた。

 

「あぁ。残念ながら、今回のレイシフトには耐えられないだろう。

 だが今回のレイシフトに参加できなくとも、私はマスター達の長を任命された身だ。その出立を見送る事くらいしなければ、Aチームのリーダーとして面目が立たないさ」

 

 オルガマリーがその才人を目にする度に、劣等感が彼女を蝕む。

 だが、今はそれを振り切り、管制室からレイシフトルームを見下ろす。

 ソレに、ほんの少し微笑んだキリシュタリアは、オルガマリーと同じ場所を見据えた。

 より正確には、自分達の尻拭いをして貰っている少女が納まったコフィンを。

 

「……彼女が、藤丸立香か」

「えぇ」

「……もどかしいな」

 

 彼が洩らした弱音に、オルガマリーは驚きを隠せなかった。

 その場に居た一部のスタッフでさえ、思わず彼を見てしまったほどだ。

 

「……驚いた。貴方でも、そう思うのかしら」

「君達は、私が偉大な人間に見えていたのか? 私はそんな大層なモノではないよ」

 

 その謙遜の言葉に、しかし答えたのはスタッフを統括するダ・ヴィンチだった。

 

『残念だけど、ランスが同じ事を言ったから説得力無いさキリシュタリア』

「それは……光栄だな」

 

 ほんの少し恥ずかしそうに、そして心底嬉しそうに、立香と同じくコフィンに納まっている英雄を見る。

 そこには人類史に刻まれた先人への尊敬と、信頼があった。

 

『第二工程突入 霊子変換を開始します』

「……補正式安定状態へ移行。第三工程! レオナルド! カルデアスは!?」

「問題なし。オールグリーンさ」

「全行程完了! オルガマリー所長、指示を!!」

「……ふぅ」

 

 オルガマリーに集まる視線を受け止め、瞳を閉じて息を整える。

 閉じた瞳に映るのは、カルデアスの灯が消えた時。

 あるいは、父が突然変死しアニムスフィアの当主となった時。

 あるいは────

 しかして、この三年間の激動は今この時の為に。

 

疑似霊子転移(レイシフト)始動(スタート)!』

 

 ────それは術者を過去に送り込み、過去の事象に介入することで時空の特異点を探し出し、解明・破壊する禁断の儀式。

 

 そして才人は見据える。

 その戦いに加わる者として。

 

『グランドオーダー、実証開始────!!』

 

 禁断の儀式の名は、聖杯探索(グランドオーダー)

 それは同時に、人類を守るために永きに渡る人類史を遡り、運命と戦う者達への呼び名でもある。

 

「───だからこそ眼に焼き付けよう。次は、共に世界を救うのだと」

 

 それは、未来を取り戻す物語。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 ──────■■■

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 ────よかった、間に合ったみたいだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 ─────瞼を開く。

 

 レイシフトによってフランスに訪れた筈のランスの眼下には、見渡す限り幻想的な花畑が広がっていた。

 少なくとも、ここまで幻想的な風景はフランスには無い筈だ。

 ということは、レイシフトに伴う霊子変換の最中に差し込まれた夢、と判断すべきだろう。

 夢というのは簡単だが、幸いこれを彼は何度も体験している。

 

 とある聖剣の鞘と同じ名を冠する、世界の裏側たる妖精郷──────それを再現した風景。

 そしてとある夢魔が他人の夢に侵入した際に、よく再現する風景でもある。

 

「──────マーリンか」

「その通り。流石にもう慣れてしまったかな? 少し楽しみが減ってしまった様だ」

 

 振り返ればそこには、胡散臭い笑みを湛えた白い長髪の青年が立っていた。

 

 花の魔術師マーリン。

 騎士王アルトリア・ペンドラゴンの剣の師であり、育ての親。

 何よりブリテンの赤き竜(騎士王)を、魔術的に造り上げた───先王ウーサーに並び、ブリテンの悲劇の根本を担った者の一人。

 そして、決して死ぬことなく世界を見続ける不死の観測者。

 

「楽しみ? 俺はあまり人の楽しみになるような、面白い人間ではないだろう」

「君の内心と表情の乖離は、とても興味深かったよ」

 

 最高位の千里眼を保有するマーリンは、その種族的な理由も相俟って思考を読むことも可能だ。

 

そっすか(´c_` )』

「ははっ、そういうトコさ」

 

 かの花の魔術師は、人の感情を糧とする夢魔と人間の混血である。

 不死の英雄。それが、根源に選ばれながら決して冠位の英霊となれない理由である。

 その者は、今尚世界の裏側の理想郷にて世界を見通し続けているという。

 

「俺がデミ・サーヴァントとして召喚されたのは、お前の仕業か」

「その通り。君の端末を造るにあたって、カルデアの召喚術式は本当に都合が良かった。まぁ手段については、アルトリアには言わないでおくれ」

 

 カルデアの召喚術式は、ランスロットの血縁(クローン)たるギャラハッドの霊基を解析した末の産物。

『英雄が集う場所』として円卓を触媒にした召喚式ならば、英霊召喚としては中々のもの。

 そして何より────カルデアの英霊召喚システムの未熟さによる『隙間の多さ、曖昧さのおかげ』で、通常ならば例外・不可能・極低確率とされるサーヴァントの召喚も可能となるのだ。

 人理焼却による例外的な事例だが、それこそ神霊を疑似とはいえサーヴァントとして召喚できる程。

 これを利用しない手はない。

 

「君の本体は、今もアヴァロンで眠ってもらっている。下手に外宇宙に行かれると私でも捕捉できないし、何よりアルトリアに本気で顔向け出来ないからね」

「それだけでは無いだろう」

「……はっは。参ったね」

 

 その言葉に、マーリンは気まずそうに苦笑で答える。

 ランスは円卓時代という、罪悪感や後悔といったものとは無縁だった頃のクソ野郎(マーリン)しか知らないのも後押しし、思わず瞠目する。

 

「勿論、この事態への対処を考えて、手近に用意できる最大戦力をどうにか当事者にしようと考えたのさ。そして何より───いや、これは今はいいか」

 

 そうしてランスロットはランスになった。

 人理を薪として焚べた、憐憫の獣を討つために。

 

「さて。そんなボクから、君にお願いがある。まぁ、君ならこんなお願いは必要無いかも知れないけど」

「拝命しよう。お前の悪辣さは知っている。過程や手段によってどれだけ血が流れようとも、お前は必ず最良の結果を手に入れるだろう。

 どうやら俺の知らぬブリテンの末路は、お前を良い方向に進めたらしい。少なくとも、かつてのお前ならここでそんな勿体振る事は無かっただろうからな」

「……耳が痛いな。でもまぁ、君はいつもものわかりが良くて助かるよ」

 

 そして、マーリンは姿勢を正した。

 決してふざけた態度で言ってはならぬと、かつて同じ王に仕えた同士にソレを告げる。

 

 

 

「─────第四特異点で、死んで欲しい」

 

 

 

 アーサー王や円卓の騎士たちが聞けば即座に激昂しかねない、あまりに残酷な指令。

 それを刹那さえ躊躇はなく、涼やかさえ見せて。

 

了解した

 

 その言葉に頷いた。

 それはかつて、朱い月の王と対峙した時。

 王を逃がした際と同じ表情で──────。

 

 

 

 

 




~設定だけはあるキャラの今後~

らんすろ
 実はマーリンが仕込んでたデミサーヴァント(知ってた)
 第四特異点辺りでゲーティアが直接来るやろうなぁ、と推測したマーリンによって覚悟完了した。
 尚、それに曇るであろうマシュ達の表情にゲの字はキレ散らかす模様(理不尽)
 復活(というか本体起動)は第六特異点関連とか設定だけは存在している。
 ちなみに快楽天ビーストを召喚した要因は、コイツの「人から獣へ変転した」という共通点もあるものの、一番は召喚場所がカルデアで、キアラが傍に居たから。
 居なかったらスカサハか、それこそキャスター・アルトリア辺りが召喚されたかも。
 なので二騎目は触媒無しでランサーでスカサハ。三騎目は自分が死んだ後にメンタルケアを想定してローマで会うであろうライダー・ブーディカを召喚する。

藤丸立香
 原作の無個性プレイヤー投射型主人公。剣豪などのコミカライズで個性豊かすぎ問題。行き着く先はやはりフランシスコ・ザビ……!
 出来うる限り一般人メンタルで、かつマシュフィルターが掛かっているコミカライズの『mortalis:stella』仕様。
 今作では人類最後のマスターではないので、幾分かメンタルに余裕あり。尚第四特異点でのらんすろ死亡によりクソメンタルで巌窟王イベに突入。ナニモンナンデスの奮闘により復帰するも、マシュ共々未亡人みたいな雰囲気を醸し出し始める。
 らんすろ本体に一目惚れしたことを自覚するのは、らんすろ本体合流時である。
 召喚サーヴァントは未定。

マシュ
 らんすろに鍛えられた事で、基礎技能と心構えによりほんの少し恐怖を克服できた。
 尤も、師であり唯一の家族の死により瓦解する模様。
 殆んど原作通りだが、寿命関連が聖剣によって解決され、結末が変化したことで色々変更予定だが、あくまで設定の域。
 立香へは同性への尊敬の面が強く、異性に対する物はらんすろに向けている事に自覚はない。
 そこら辺は兄と呼んではいるものの血の繋がりの無さや、一般的な家族の定義を知らない為の弊害。
 万が一その恋慕に自覚し告白しようとも、らんすろが完全に妹として認識しているため、某劣等生お兄様みたいにガチ困惑されるのがオチ。
 尤も恋愛要素は立香が担当すると思うので、まぁ起きない事態である。

ロマン
 まさかのサーヴァントとしての力を取り戻すことに。
 カルデア的には非常に有用ではあるものの、人間の情緒を得たことで千里眼に振り回されることに。またマシュの覚悟を見守る前に力を取り戻したことで、原作終局特異点のような覚悟を持ち合わせることが出来ていない。
 その為、第一宝具による獣の打倒は不可能になった。
 なのでロマンのサーヴァントとしての性能をどれだけ生前に近付けられるかが、ゲーティア打倒の鍵である。
 また人間の情緒を得て千里眼に苦しんだことで、ゲーティアに同調こそしないが共感し、憐憫することに。ゲーティアはキレた。

キアラ
 fgoにおける完全被害者にて、戦力調整。
 ロマンが第一宝具の使用禁止を前提に設定してたので、らんすろのゴリ押し以外の要素を拾ってみたら、カルデアのマスター以外でコイツ以上の魔神柱の天敵は居らんやろうと。
 また、カルデアに合流しても違和感や矛盾は無いメンバーだったから。
 今作ではビースト適性のある奴のサーヴァント召喚に立ち会った為、ビーストとなった自分自身に憑かれる嵌めに。
 平静を装いつつデミ鯖としてレイシフトに参加しているものの、本人のメンタルはかなりいっぱいいっぱい。戦闘には肉弾戦を基本にし、ゼパ何とかで攻撃は忌避感からできない模様。
 如何にして己自身の獣(変態)に対応するかが鍵。
 らんすろ死亡により第五特異点で救世者として覚醒する模様。
 また、快楽天ビーストの霊基のお蔭で飼ってる魔神柱の解析でゲーティアの特性が丸裸に。

虞美人
 未だ作者に芥か虞美人かどっち表記か悩ませてる人。
 まぁ芥呼びに慣れてる人は芥、立香みたいな新人がぐっちゃん先輩でええやろ()
 フランス攻略後、項羽と再会して人生のハッピーセットに。
 人類史とかもうどうでもエエわ勢の癖に、友達害されたらキレる。


 という訳で、漸くfgoプロローグ編完結であります。
 一万五千文字超えたので誤字と同じ説明の繰り返し地の分がコワヒ。
 誤字脱字指摘兄貴姉貴、いつもありがとうございます。

 え?続きを描かないのか?
 この先は地獄なので描きません(固いいし)
 ぶっちゃけ他の作品をはよ進めねば、という思いがめっちゃ強いのと、書き始めれば完結にどれだけ掛かるのかわかんねぇ。というのがあります。
 またfgoによりどれだけ設定練り直したのか解らないので、fgo二次は描くにしてもらんすろを主人公にした物は今は描きたくないです。
 他のオリ主ものや既存キャラ性格変更ものといった、色んな設定はあるにはあるんですけどね。
 
 取り合えず何事も、絶賛滞り中の作品をある程度更新してからと考えております。
 宜しければ、別の作品にてまたお会いしましょう。



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Fate/Grand Order  妖精國巡礼奇譚デュ・ラック

原作第二部六章完結記念番外編


 ────オークニーの潮騒が聞こえる。

 

 何十年か何百年か以前に、滅びた街でしか聞こえない筈の音。

 海に沿った廃街に近いとはいえ、聞こえるはずの無いソレが聞こえる。

 それだけ此処が静かなのか、嘗て呪いと腐臭が満ちていた湖水に、二人の男女が二人きりで寄り添い合う。

 

「──ごめんなさい」

 

 片割れが衰弱し口元に血痕さえなければ、逢引の一幕にでも見えていたのかもしれない。

 悲劇があった。

 あまりにも醜悪で、害悪による裏切りが。

 努力は実る前に刈り落とされ、平和の象徴は竜の怒りで焼け落ちた。

 逃げ延びた彼等にも、すぐ追手が迫るだろう。

 竜の逆鱗を傷付けられた炎の厄災が、この地で待っている事を知らずに。

 故にこの地を護る者達は、全て生き残った供回りの治療に当たる為、既にこの場を離れその最期の時を護っている。

 

「ごめんな、さい。ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

「何を謝る?」

 

 死を前にして、その少年は欠片も顔色を変えなかった。

 挙句、毒に倒れるまでに残った仲間を護る為に誰よりも早く血路を拓いたのはこの少年だった。

 曰く、“死期を悟った英雄はひと暴れするもの”だそうだ。

 

「全て潰したと思っていた。悪の芽は、もうないと油断した。あいつ等があんな、あんなッ……!」

「【古今、暴君はその傲岸さ故に毒酒を煽る】。まさか、毒で倒れる身体だと忘れていたなど……度し難い失態だ。次は、必ずや払拭せねばならん」

 

 理想は潰えた。使命感は尽き果てた。

 和平など、平和的な歩み寄りなど考えなければ、この少年を喪う事など無かったのかもしれないというのに。

 目の前の最愛の命が失われるのは、自身の罪だと少女は己を責め立てる。

 人の善意の存在を疑うことはない。ただ、それを上回る邪悪が存在するだけなのだ。

 だから少女は誓った。

 最早救いなど与えはしない。

 この少年を奪っておいて、今更救世など烏滸がましい。

 

 そんな彼女を憎悪の褥から、少年の言葉が引き上げる。

 

「忘れるな、俺は必ず帰ってくる」

「……」

「時間は掛かるだろう。空想樹のシミュレーション内、だったか。ここの時間軸に上手く顕われる程、俺はこの手のものに馴染めていない。

 俺にとっては短い時間でも、お前の主観では何れ程の時が流れるか解らん。

 ─────だが、約束は必ず果たそう」

「信じています。幾百幾千の年月を越えても、この望みは叶えてみせる。

 全ての猶予は約束の時までに。それまでに私は、必ず私たちの居場所を作ってみせる」

 

 それが、二人の約束。

 その気になれば、この厄災の種であるこの世界を断つことは何時でも出来た。

 それでも、契約などと云った猶予や余地を与えたのは、憐憫だったのだろうか。

 彼女の名が、彼にとって育ての親と同じものだったからだろうか。

 あるいは嘗て彼が仕えた少女に、その在り方を重ねたからだろうか。

 

「だから待っています、ロット。私の国に貴方を迎える、その時を」

「それは建前では無かったのか? それに、その偽名はもう無用だろうに────」

 

 その日、妖精たちの王となる筈だった人間は倒れた。

 それに時を同じくして、彼等を幾度も救った救世主は姿を隠し、その罪にまみれた世界は来るべき大厄災への備えを失った。

 そして四百年後、冬の嵐と共に昏き女王がやって来た────後の『冬の戦争』。

 そして罪の都がその象徴たる大穴に建設された事で、二千年後に滅びが決まった国が誕生した。

 

 

 

 

 

Fate/Grand Order  妖精國巡礼奇譚デュ・ラック

 

 

 

 

 

 

「マシュのお兄さん!?」

 

 国連の調査団が訪れる数日前。

 サーヴァント達の退去や移籍など、特異点攻略等と云った非常事態を除けば一年ぶりの大忙しなカルデアでは、それと同時に凍結処理を行っていたマスターの話をしていた。

 

 カルデアの最後のマスター、藤丸立香。

 七つの特異点と四つの亜種特異点、そして亜種並行世界を乗り越えた、元一般人。

 そんな彼女も、もうすぐカルデアとはお別れである。

 彼女は特異点攻略のプロフェッショナルではあるものの、礼装無しでは魔術を一切使えない魔術的無能者である。

 そんな彼女を政治的な問題から護るため、その功績を隠蔽した事によってカルデアから日本への帰国が決まっていた。

 

 そんな彼女は、本来特異点を攻略する予定だった47人のマスター達が冷凍保存から解かれていっている際、後輩を自称する相棒達から、そんな彼等の話を聞かされていた。

 

 即ち、立香のような急備えのマスター候補生ではない、選りすぐりのマスター達。

 カドック・ゼムルプス。

 オフェリア・ファムルソローネ。

 芥ヒナコ。

 スカンジナビア・ペペロンチーノ。

 キリシュタリア・ヴォーダイム。

 デイビット・ゼム・ヴォイド。

 そして────ランス・キリエライト。

 今まで自分を支え、護ってくれているマシュの兄という特大の話題に、立香は驚愕の声を上げていた。

 

「正直、迷っているんだ。果たしてランス君を冷凍措置から解凍して良いものか」

 

 そう言って、レオナルド・ダ・ヴィンチは苦笑しながら眼を閉じる。

 マシュは、そしてマシュの事情を知る立香は思わず口を閉ざした。

 デザイナーズベビーという出自、そしてデミ・サーヴァント実験に人理焼却事件での各特異点での戦い。

 その果てに、元より十八年しか生きられないマシュの活動限界を磨り潰した。

 無論、今尚カルデアでマシュが存在している時点で、とある第四の獣の雛が奇跡を起こしたのだが────それを知る者はいない。

 

「彼はマシュとは違う。マシュがデミ・サーヴァント実験での英霊召喚成功例だとすれば、彼は英霊召喚失敗例。

 彼の身に英霊を降ろした時点で、彼の肉体は死亡した。────した筈なんだ」

 

 数値上のランスの肉体は死亡して、実際の彼もそうなっていなければならなかった。

 にも拘らず、デミ・サーヴァント実験から13年間意識不明ながら存命し、マシュの呼びかけに答える様に覚醒した。 

 

「マシュの様な『召喚された英霊が辛うじて存命させていた』訳ではない。

 サーヴァントとしての能力が発現した訳ではなく、その自我は召喚されたサーヴァントのものではあるが、『何故生きているか分からない』────それが彼へのカルデアの下した結論だった」

 

 とはいえ、その影響は凄まじいものだった。

 御蔭でオルガマリーの残留思念はカルデアスに墜とされたものの本人は存命し、何より()()()()()()()()()()()()()()()()()。尤も、後者の影響を知るものもいないのだが。

 

「つまり────」

「そう。唯でさえ生きている事が奇跡だった彼が、爆破によってどの様な状態になったか想像したくも無いね。解凍直後に処置すらままならず死亡してまうかもしれない」

「……ッ」

 

 ダ・ヴィンチの迷いに、立香は答えを持たない。

 マシュの寿命が迫った時、彼女はマシュが戦う事を否定していたのだから。

 マシュのように本人がそれを望むかどうかの判断を、カルデアは確認することが出来ない。

 

「ランス君って、どんな人なんですか?」

 

 だからこそ、立香に出来ることは相棒の兄の人柄に思いを馳せる事だけだった。

 

「ランス・キリエライトという個人の自我は私が召喚された段階で消滅していたらしい。そのパーソナリティは召喚された英霊のものだった」

「英霊? マシュの御兄さんには、どんな英雄が?」

「それは────」

 

 それを、ダ・ヴィンチは答えることが出来なかった。

 その直後、国連の調査団と共にカルデアの新所長としてやって来たゴルドルフ・ムジーク。

 その護衛としてカルデアにやってきたNFFサービスの秘書、コヤンスカヤ。

 そして聖堂教会からの査問官と偽った言峰綺礼らの来訪によって、その会話は中断される。

 

 そうしてカルデアは2017年12月31日のAチームの解凍作業終了直後、言峰綺礼及び、タマモヴィッチ・コヤンスカヤ、そして異聞帯のサーヴァントであるアナスタシア率いる殺戮猟兵(オプリチニキ)がカルデアを襲撃したことで閉館、完全に制圧。

 

 人類最後のマスター藤丸立香とそのデミ・サーヴァント、マシュ・キリエライトらを含めた既存スタッフ10名及びゴルドルフは、ダ・ヴィンチを含む重大な犠牲を払いながらもカルデアを脱出。

 残るカルデアスタッフ及び査問官・傭兵達は()()()()()()()殺害されたとされ、中枢ともいえるカルデアスは、物理的に凍結された。

 

『────此方、ウェスタンサムライ。

 スニーキング・救出任務(ミッション)成功を報告する。回収した人員の保護を頼む、オーバー』

『此方、理想のお母さま。

 人員の保護を確認、ウェスタンサムライに随時撤収を指示する。おーばー』

 

 無人となったカルデアで、そんな遣り取りが成されていると知れば。

 当時の誰もが『時系列がおかしい』と答えるだろうが、果たして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────と、いうのが私の計画だ」

 

 カルデアが閉館して間もなく、白紙化された大地にて二人の男が相対する。

 二人の男は対照的だった。

 黒を基調とした者は感情が読めず、そもそも男と言うより少年と呼ぶ方が適切だった。

 白を基調とした男は、黒い少年に対して不敵な笑みを浮かべる。

 衝突すれば、白い男に勝ち目が無いという事だけが、はっきりしていた。

 

「理論自体は間違っていない、と思う。如何せん専門分野とは言えんので何だが、少なくとも『人類全体を次のステージに押し上げる』という意味では、お前の目的は第三魔法の意義と類似する」

「ほぅ」

 

 机上の空論を現実に。

 異星の神を自称する何者かに蘇生された白い男。

 彼は自分以外にも蘇生の機会を求め、五度の試練を乗り越えてここに立っている。

 異星の神とやらをも出し抜き、理想に手を届かせる為に。

 

 白い男─────キリシュタリア・ヴォーダイムは信じる。

 人は、常に頑張っている。

 それでも人が正しく在れないのは、そも性能が足りないのだと。

 だから、全人類を神の領域まで引き上げる。

 

 そんな理想の最大の障害が、黒い少年─────ランス・キリエライト(ランスロット・デュ・ラック)であった。

 

「驚いたな。君の口から第三魔法の事が出るとは」

「だが、前提問題が多すぎる」

 

 平時ならば、ランスはキリシュタリアの理想に賛同しただろう。

 人は母なる大地たる星が寿命を迎える前に、星から飛び立たなければならない。

 それはランス自身の持論ではなく、そうしなければ人類が滅びてしまうから、という事実からなる結論だった。

 だが、現在は平時とは程遠い。

 地球白紙化現象。

 その結果、地表の文明は七十億の人類ごと消え去った。

 挙げ句、本来『可能性が無い』と切り捨てられた敗者の歴史、異聞帯が白紙化された地表に出力されている有り様だ。

 進化される人類が、本来いるべき地表に存在しない。

 有るのは異聞帯内の、その在り方を異にしてしまった歴史に在った人類だけだ。

 流石にそれを、ランスは容認する訳にはいかない。

 

「そうか……残念だ。君の言い分も十二分に理解出来るし、そう言うだろう事も予想出来ていたが────やはり残念だよ」

 

 人理保障機関カルデアの実行部隊(レイシフト)に於けるA(最優秀)チーム────秘匿者(クリプター)の名を与えられた7人。

 そんな前所長マリスビリーに任命された7人ではなく、その後を継いだ娘オルガマリーが任命した『例外』。

 あり得ざる、カルデア英霊召喚失敗例。

 

「では、私を殺すかい?」

「何故?」

 

 敵対を宣戦した彼等だが、しかしそこに殺意は一切介在しなかった。

 

「お前は、異星の神とやらを出し抜く以外に選択肢が無いのだろう? 神や妖精のような存在に目を付けられた人間に、選択肢は多くない。そんな有り様の友を助けるのなら兎も角、殺す理由など何処にも無い」

「─────それ、は。……嬉しいな」

 

 それはそれ、これはこれ。

 友達が困っているのなら、それを助ける。

 友達の理想はぶち壊すけど、命まで奪うつもりはない。

 それが、彼のスタンスであった。

 異星の神とかいうヤツを、ぶった斬ってから友達を殴ろう。

 だから今は別にそういうのはない。

 ここに、決裂した関係は即座に一時休戦された。

 

「休戦直後で何だが、頼みたい事がある」

「?」

 

『異星の神を出し抜くまでの共犯者』。

 そんな関係になったキリシュタリアは、だからこそ一石二鳥の手を切った。

 

「君に一つの異聞帯を任せたい。実はこの異聞帯の空想樹を伐採して貰いたい」

「む?」

 

 空想樹を育てる。

 それが彼等を蘇生した『異星の神』が与えたクリプターの役割であり、クリプターではなく『異星の神』に蘇生されるまでも無く、レフの爆弾工作から生き延びていたランスにその義務は存在しない。

 つまり一つ異聞帯が余り、フリーのAチームのマスターが一人宙ぶらりんになっている。

 

 キリシュタリアをして「この異聞帯を元とした異星の神を誕生させてはならない」と断じた、厄ネタの土地─────ブリテン異聞帯。

 その異聞帯を成立させている空想樹の伐採を、そんなキリシュタリアに敵対を宣言したランスに頼んだのだ。

 空想樹の伐採は、ランスの望むところでもある。

 両者の思惑は一致していたのだ。

 

 在り得たかもしれない歴史では、ランスが殺した掃除屋を担っていたクリプター(ベリル・ガット)がこの()()()()()()()()()()()()を担当して、結果星を巻き込んで滅びる呪いが現実に成り掛けた。

 しかしてそのクリプターは疾うの昔に死亡していた。それは在り得ぬ未来だったのだ。

 なのだが、そんなランスがイギリスの異聞帯に赴き─────死亡した事で何もかも変わってしまう。

 

 異邦の騎士がカルデア召喚式を持ち込んだ為、本来死ぬ筈の一人目の楽園の妖精(ヴィヴィアン)は、汎人類史の自分を自らその身に召喚する。

 その役割を放棄した一人目の楽園の妖精が、しかしロンディニウムの騎士となった者との契約により、その役割を果たすことを誓い。

 しかして、騎士の望む終わりの為に二人目の楽園の妖精(キャスター)の到来を求めた。

 そうしてロンディニウムの騎士となった者が死亡した事により、その本体の獣が目を覚ます。

 妖精達の愚かさによって、眼を覚ます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 とある妖精の氏族の長が、一つの終わりを予言した。

 多くの者が希望を期待し、冬の女王に従う者は怒りと共に予言を恐れた。

 そして冬の女王は、己の権勢の危機を告げる予言に対し。

 これまたおかしいことに「漸く来たか」と、珍しく一息ついたという。

 

 果てさて、それでは鏡の氏族長エインセルが観た予言を語るとしよう────。

 

 

これより語るは一つの未来。

妖精国と成り果てた、神秘の島のその行く末。

 

贖罪する者、いらっしゃい。

ここは底なし、無毀の宙。

反省できなきゃ、さようなら。

 

つもる、つもる、雨のように、灰のように

きえる、きえる、雪のように、嘘のように

僕らの望みは棚の上。

今も女王の手のひらのなか

でも、それもあと少しの辛抱だ。

二千の年を超えた朝、救いの子が現れる

剣と担い手を結び付け

世界を救う救世の子

 

はじめは小さな光でも、誰の目に見えなくても

光を目指す蛾のように

鉄の街、煤の海

災いを退けた時、巡礼は迎えられる

港は渚に戻るけど、厄災は罪なき光に鎮められる

 

選定の杖に導かれ、異邦の旅人に見守られ

救いの子達はかまどに届く

 

玉座に付くのは仮初の王。

女王の不在を、しっかり担う

 

罪を認めた罪人たちに、落とされるのは慈悲の刃

 

ならせ、ならせ、雷のように、火のように。

六つの鐘を鳴らして示せ。なまけものはさようなら

 

やさしいかみさまに労いの言葉を

奈落の虫もごくろうさま

 

役目を終えた『楽園の子達』、宙と一緒に異邦の船でいってらっしゃい

 

仕事はちょっとなまけるけども、

ぼくらは自由な妖精の裔

 

望みはずっと欠けたまま

きらめく明日が欲しいのさ

 

 ────斯くして、在り得ざる妖精の國は終わるだろう。

 始まりは2600年前に異邦の剣士が、救世主の騎士になったこと。

 彼がアルビオンの竜骸なんて面白いもの、見逃す訳がないだろうに。

 結果は救世主の騎士の供回りに、小さな竜姫が加わった事だろうか。

 御蔭で、彼が毒を盛られた戴冠式後のロンディニウムは火の海、瓦礫の山さ。

 

 契機は妖精國成立から1600年後に、冬の女王が夫と養娘を迎えた事。

 彼は、本気でタイミングに関しては神懸かっている。

 とある吸血妖精が発生した場所に同じタイミングで顕現するなんて、女王が狂喜乱舞しながら玉座からスタンディングオベーションするタイミングの良さだ。

 御蔭でボクも『罪なきもの(ヘブンリー)』から出ることが出来た。

 勿論、千里眼をこれでもかと酷使されたけどね。

 汎人類史でモルガンが『ヴィヴィアン』として彼を拝み倒していたら、本気でブリテン獲れてたんじゃないかな?

 

 そしてトドメは、予言通りに二人目の楽園の妖精が送り込まれ、その16年後に異邦の魔術師がやって来たこと。

 勿論楽園からキャスターを乗せた船を、最初に発見したのは彼さ。

 だからティンタジェルの村は女王の徴税で滅んだけど、まぁそのままだったらどうなるか幾らでも想像できたし。

 黒騎士に予言の子を預けた、彼の判断は正解だったね。

 どうやらキャスターがおかしな魔術を扱いだしたけど、あれが今代の暗躍なのかな。

 まぁ今代の卑王の立場から、予言の子を支援するのは当然と言えるからね。

 

 こうして救世主にして冬の女王の描いた絵本、その終幕。

 妖精達にとって贖罪の、或いは一万四千年越しの裁定の時が来た。

 だけど、その終わりはきっと穏やかになるだろう。

 何せボクがここまで働かされたんだ。ハッピーエンドの別れにならないと、立香君たちは勿論獅子王(アルトリア)も参陣する手前もあって、納得がいかないからね。

 まぁ、流石の『奈落の虫』も名乗った名前と相手が悪かった。

 

 アーサー王伝説の異説曰く────『卑王ヴォーティガーンは、駆け付けた湖の騎士の一刀によって斬り伏せられた』んだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




後々後書きに補足解説を追記予定。

続きは描く予定無いです。
書くとしても第一部書いてからじゃないと話に成らないというか。
期待して下さった方には申し訳ない。


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