アーニャ、タロウと縁結ぶ (てりやき三太郎)
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たろう

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第一話「たろう」

 

 

 

 世界には様々な秩序を維持する為、自らの手を血に染める者が存在する。それはスパイ、殺し屋、暗殺者、裏の世界の住人。彼らは日々、世界の裏側で暗躍し、多くの血を流す事でそれぞれの秩序の安定を保っている。

 

 

 

ここは東国オスタニアの首都バーリント。その男は、ある建物へと荷物を背負ってやってきた。

 

 

 

「宅配便です」

 

 

 

 

「(たくはいびん?)」

 

 

 

 

 

拙い言葉で話す少女はアーニャ・フォージャー…見た目は普通の女の子だが、元々はとある組織の実験で生まれた超能力者。

その能力は人の心が読めるという不思議な少女。ガチャリと開けた先には身長の高い青年が一人、年相応の顔立ちだが何か貫禄が溢れ出る雰囲気を持つ。

 

 

 

「君だけか?」

 

 

 

「うぃ」

 

 

どうやらこの家には子供一人しかいないよだだ。少し遠くを見るとつけっぱなしのテレビと散らかったピーナッツらしき食べ物が、片付けなくて大丈夫なのだろうか。「一人で住んでいるのか?」と尋ねた男に対して「そんなわけないだろ」と一蹴。

 

 

 

「お留守番してる」

 

 

 

 

「いなければここに印鑑を押してほしい」

 

ズン、と渡されたのは少女が一人隠れられそうな大きな段ボール。相当重そうだが流石の配達員、腕力が凄まじいのだろう。

しかし、アーニャは印鑑という言葉を知っている訳がなく首を傾げる。配達員は「そういうことか」と、ポケットにあるペンを取り出して段ボールを玄関あたりに置く

 

 

「…なければ、これで名前を書いてもかまわない」

 

 

なるほど、ここにかけばいいのか。

 

スラスラと拙い字でアーニャの名前を書く。「…汚いが、まぁいいだろう」、と子供とはいえど失礼な物言いを呟く。そんなアーニャも失礼な奴と思いながらもそう心の言葉を聞き流した

 

 

「かいた」

 

 

 

「ありがとう。荷物はここに置いておく」

 

 

 

 

 

「(どんなのだろう…)」

 

 

 

 

「ありゃ」

 

配達員が去り、段ボールの中身が気になるアーニャ。そうとう入ってるであろうと勘ぐりながらもハサミで切る。

 

…しかしこれといった面白いものはなく中身は日用品がほとんどだった。

 

 

ちちが注文したものなのだろうと、この日はとくに気にも留めず再び好きなテレビアニメを見るためにアーニャはリビングに戻っていった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「宅配便です」

 

 

次の日、今度は宿題をしている時にそいつは現れた。ピンポン、とチャイムが響きアーニャは例の配達員が来たのだろうとトテトテと玄関に向かう

 

 

 

 

「(また…?)」

 

 

先週に引き続き来るとは…彼も望んで来ている訳ではないが、そんな定期的な来るものだろうか

 

 

ガチャリと開けた先には案の定例の男が

 

 

 

 

「…また一人なのか」

 

 

 

「うい…」

 

 

男もアーニャがいつも一人でいる事に疑問を抱くも、まるで心が読まれたかのように少女が彼のその疑問を解消させるが如く事情を説明した

 

 

「ちちとはははいつもいない」

 

 

 

「このひはそろってお仕事だから…」

 

 

 

「?母さんと父さんの事か?」

 

 

 

「変な呼び方だ」

 

 

ふむ…と彼女の家事情を聞いた所で先週と同じサイズの段ボールをズンと玄関先に置いた

 

 

 

「まぁいい…さっきと同じやり方だ、覚えているだろ?」

 

「ん」

 

 

 

二回目なので前より手順良く済ませるアーニャだが、男は「字を練習したらどうだ」とまた失礼な一言を添え立ち上がった

 

 

「ありがとう…じゃあ」

 

 

そう礼を言って玄関から去り、アーニャは再び段ボールを開ける。しかし、先週同様中身は一緒だった

 

 

 

「(中身は普通…)」

 

 

まだ二人は帰ってこない、今日も「仕事が長くなる」と言い残していった物だから、それまでひとりぼっちなアーニャは退屈な一日を過ごすことにため息をこぼす。

なにか、刺激のある冒険のような一日を過ごしてみたい。といかにも子供らしい想像をしながら目の前の現実(宿題)を目を向けなければ、と椅子に背もたれた

 

 

 

 

 

 

 

「宅配便です」

 

 

いつもの声と玄関のチャイム。ペットと戯れていた途中にそれは聞こえてきたのだった。

 

 

 

「(…あいつ、いつも来る)」

 

先々週からあの配達員はいつもやってくる。毎日ではないが週一の間隔で彼がここにやってくる。もしや、とアーニャはふとカレンダーに目を向ける。

 

今日は六月の二十一日…

 

 

「(決まって火曜日…)」

 

 

火曜日は両親がお互い仕事でいない日、そんな時に限って彼はやってくる。

 

 

ガチャリと玄関を開けると、顔一つも動かないあの男の姿が現れる。何か気まずい雰囲気が流れてきたのでとりあえず一言かけてみる

 

 

「うぃ」

 

 

 

「…お前は一人暮らしなのか?」

 

またもや同じ質問をするタロウに「またか」とアーニャはジト目で答えた

 

 

 

「この間も言った。最近になってからかようびは二人ともいない日、だからぐうぜん」

 

 

「なるほどな。」

 

 

 

よし、こいつの心を読んでみよう。と興味本位で配達員に探りを入れる。すると

 

 

 

 

「(次はノジキ精肉店への配達か…)」

 

 

「(忙しそう…)」

 

 

こんなぐうたらしている裏で配達員というのはせっせと仕事に励んでいる。休日という概念がない社会人に改めて恐怖に慄くも、少女の不思議な動向に配達員も声をかけた

 

 

 

「どうした?」

 

 

「ん、なんでもない。」

 

 

 

 

ふと、アーニャはネームプレートに記されている「タロウ」という名を見る。どうやら彼の名は「タロウ」と言うらしい。

 

 

「しかし…ずっと一人なのか」

 

 

「外に出ないのか?」

 

 

「つまんない」

 

 

「いや、運動は大事だぞ。やっておかないと後で必ず後悔する」

 

 

「違う」

 

 

「相手がいないだけ」

 

 

「相手?」

 

 

ほお…と顎を指でいじって考えごとをするタロウ。探偵ごっこでもしているだろうかとアーニャはそんな風に見ていると、カッといきなり目を開かせてタロウはこう告げた。

 

 

 

「なら、俺が引き受けよう」

 

 

「?」

 

 

「さっきから思っていたが、お前とは何か縁がある。」

 

 

「偶然にも今日はここが最後の現場先だ。特別に付き合ってやろう」

 

 

つらづらと妙な言葉ばかり喋るタロウに対してやや不信感を抱く。終いには「縁」などと

意味不明な言葉発するから見るに、普通の人間ではなさそうだとアーニャは察する

 

 

「(コイツ、もしかしてヤバい奴…?)」

 

 

 

「(でも…)」

 

 

 

とはいえ、確かに今日は本当にやる事がない…宿題も済んでお気に入りのアニメの放映は休み、本当になにもする事がない

せめて何をするのか、とアーニャはタロウに問いかける

 

「何するの?」

 

 

 

「野球だ!」

 

 

 

 

 

 

 

近くに平均的な広さの無人のグラウンドがあり、タロウ達はバッドとボールといった最小限の道具を持ってやってきた

 

 

「…いいか、コイツをそのバットで思い切り当てろ。お前には少し難しいが、当てると結構楽しいぞ」

 

 

「…」

 

 

 

「さぁ、投げるぞ」

 

 

 

 

タロウは屈んだ状態で当てれるようにボールを軽く投げる

 

 

「ふん!」

 

 

 

「単なる力じゃ打てないぞ、もっと力を抜け」

 

 

 

 

「ふん!」

 

 

また投げるも、空振りに終わる

 

 

 

 

「お前、運動のセンスないのか?」

 

 

 

「うるさい」

 

 

言われたくない言葉に対して冷たい目でそう言い返す

 

 

 

「お手本、見せろ!」

 

 

「見せろ?人に物を頼む時は敬語で話せ、それが人の礼儀だ」

 

 

「見せてください」

 

 

「いいだろう」

 

 

 

 

 

「えい」

 

 

物凄い勢いでボールは放射線を描く事なく一直線に飛んでいった

 

 

 

「凄い!」

 

 

「当然だ!…お前も練習すれば、いつかこうなれるぞ」

 

 

「ホントに?」

 

 

 

「ああ、その為にまずは…練習あるのみ!」

 

 

「らじゃ!」

 

 

 

暫くしして打ち続ける事一時間、途端にバテ始める

 

「つかれた…むり」

 

 

 

 

「なんだ、もう限界か」

 

 

「げーむやりたい」

 

 

「げーむだと?」

 

 

「ゲームセンターで、勝負!」

 

 

 

 

勝負という言葉にタロウは顔つきが変わった

 

 

 

「ほう…」

 

 

「(げーむとくいだから、勝てる…!)」

 

 

 

「面白い、受けてたとう」

 

 

 

 

「(よし!)」

 

 

 

 

そうして、場所はグラウンドから近くのゲームセンターへと移行する

 

 

 

「こいつはなんだ?」

 

 

「めだるげーむ、こいんを入れて多く増やすやつ」

 

 

 

「成る程な、どちらが沢山増やせたか勝負という訳か」

 

 

「はなしがはやい」

 

 

 

というわけだが、生憎子供にお金を使わせる訳にはいかない(タロウ自身のプライドもあるのだが)ので初めは合計2千円分のコインを両替し、早速台に座る二人。

 

何を隠そう、彼女が指定したこのコインゲームのシステムやコインを多く落とせる場所などは全て把握済みであり、かつタロウの心を読む事で完全に対策が練られる事から心の中では勝ちの確信が既に芽生えていたのだった。

 

 

「(ぶへへ、コイツをボコボコにする!)」

 

 

子供に似つかわしくない笑みを浮かべながらもコインを順調に増やす。開始十分、早くもジャックポットチャンスと呼ばれるいわば「激アツ」のモードに突入する

 

 

 

『ジャジャジャジャックポットチャァァーンス!!』

 

 

「なんか五月蝿くなったぞ!」

 

 

「これはコインを多くとれるもーど。」

 

 

 

 

「この勝負、アーニャがもらった」

 

 

 

「ほう…」

 

 

 

当然この手のゲームはタロウも未経験であり、減ってはいないが一向に増える事もなくただ投入口に入れているだけの作業だったが、アーニャの動向を盗みながら段々とシステムを覚えていく

 

 

 

 

「ふ…」

 

 

 

アーニャは既に枚数が元の数の何倍にも増え始めていっている。対する、タロウはというと…

 

 

 

『ジャジャジャジャックポットチャァァァンス!!』

 

 

 

「やっときたか」

 

 

 

タロウにもチャンスが回り始めたのだが、あまりにも初速が遅かった故に彼女は鼻で笑う。

 

 

 

「いまさら来ても…」 

 

 

 

 

『ジャジャジャジャックポットチャァァァンス!!』

 

 

「え」

 

 

 

「どんなゲームでも、コツを掴めば問題はない」

 

 

 

 

連続で大チャンスを発動させるタロウの光景に口を大きく開けるアーニャ。チャンス時の盛大な音楽と演出が連続的になり続けるのを唖然としていたからであった。

 

 

「なんで」

 

 

『ジャジャジャジャックポットチャァァァンス!!』

 

 

「もうコインが入り切らない…勝負ありと言ったところか?」

 

 

「ズルしてる!絶対!」

 

 

 

あまりにも異常な光景で経験者である彼女は彼が不正な行為をした事を指摘する。しかし彼は曇りひとつない表情でそれを拒否

 

 

 

「俺はズルなどしていない、正々堂々やったまでだ」

 

 

 

「んー」

 

 

 

いっその事こと心を読んでやろうと彼の脳内を覗いてみると…

 

 

 

「(なにもやっていない)」

 

 

 

「(嘘ついてない…もしかして、ほんとに?)」

 

 

 

 

 

「さぁ、どうする…まだやるか?あきらめるか?」

 

 

 

「…」

 

 

 

「次は別のヤツで勝負」

 

 

 

 

メダルゲームを終えた後に今度はシューティングゲームをする

二人の対戦ゲームで、敵を倒した分だけスコアが入るというもの。

 

 

【game over…】

 

「死んじゃった…」

 

 

 

「これぐらいの事、造作もない」

 

 

 

 

 

「(ぜ、ぜんぶ倒してる…!?)」

 

 

 

 

「こんなもんか、簡単だったな」

 

 

 

「…なにもの?」

 

 

「ただの配達員だ」

 

 

 

「ふーん…」

 

 

 

またもや心理を除こうとするも

 

 

 

 

「(俺はただの配達員だ)」

 

 

 

「(同じこと言ってる…コイツ、嘘つかない?)」

 

 

本音を見ることでその対象の人間の本性というものが分かるというものなのだがタロウは心に思った事と言ってる事が一言一句同じな為、返って心が読み取りづらいという状態になっていた。今までの言動も全てありのままの言葉だとしてもそれはそれで潔いがタロウの掴みどころのない底のなさは変わらない。

ムムム、とさながら怖くない形相で睨みながらタロウの周りをぐるぐるし始める。いつか化けの皮が剥がれるのか、それともこれがタロウの素なのか…

 

 

 

「へんなやつ!」

 

 

 

「なんだ急に」

 

 

 

ゲームは完敗といった所で、彼女はとてつもない閃きをする。

 

 

「ん」

 

 

「今度はなんだ?」

 

 

 

「次はババ抜き」

 

 

彼女が提案したのは、ババ抜きだった。

 

 

「(ぐへへ…これなら勝てる)」

 

彼が本当に嘘がつけないなら、と必勝法を生んだアーニャはニマニマとタロウを見る。

 

 

「なんだそれは」

 

 

 

「家にカードあるから、一旦帰る」

 

 

 

「なんだか分からんが…勝負事はなんでも引き受けよう」

 

 

 

なんだかよくわからないタロウを他所にアーニャは気味の悪い笑みを浮かべたまま、家路に沿って歩いて行った。

 

 

 

 

「成る程、同じ数字と種類を引けばいいという事か」

 

「そゆこと」

 

 

 

 

「さて、どうする」

 

 

 

 

「…」

 

 

「(試しに言ってみよう…)」

 

 

 

「じょーかー、こっち?」

 

 

 

「右だ」

 

 

 

「えいっ」

 

 

「…」

 

心のままに口にする体質があるタロウは思わず喋らせられる。二枚揃った瞬間、完全な勝ちを確信し立ち上がった

 

 

「勝ち!アーニャの勝ち!」

 

 

「勝ち〜!」

 

 

バタバタと走り回りながら勝利の喜びを吐き出す。ペアになったカードの山を見つめるタロウはアーニャの頭をガシリと掴んだ。

タロウの失態といえど、ズルをした事になる為かもしかしたら殺されるのではとダラダラと冷や汗をかくアーニャ

 

 

 

 

「お前…」

 

 

「こ、ころさないで…」

 

 

「そんな事はしない、ただ…」

 

 

 

 

「お前…さっき心を読んだな?」

 

 

 

「!」

 

 

 

ドキリと胸の内から衝撃がはしる。 

 

 

「さっきからおかしいと思っていた。俺の顔を見ては変な顔をして…ばれてないと思ったのか?」

 

 

 

「アアアアアーニャ、知らない…」

 

 

「嘘をつくな」

 

 

 

「ごめんなさい」

 

 

 

しゅん、とこぼれ落ちる寸前まで目に涙溜めながらそう謝る。だが、タロウ自身は怒っている訳でもなく普通にそう聞いていただけなのだが、普段は真顔であまり感情を表に出さないタイプな為か彼女にとってタロウの顔はしかめ面をしているように見えていたのだった

 

「別に怒ってなどいない」

 

 

「しかし、まさか本当に心を読んでいたとはな」

 

 

 

「俗に言うエスパーという奴か」

 

 

 

「?」

 

 

「俺は試しにそう言っただけだ」

 

 

 

その言葉を聞いた瞬間、スンッと涙が引っ込んだ後呆然とした顔を浮かべた

 

 

 

「(ためしに…!?)」

 

 

 

驚く彼女をよそに散らばったカードを片付けてからタロウはさて、と立ち上がった

 

 

「ついてこい」

 

 

 

「どこに?」

 

 

「話をしよう、その不思議な力とやらのな」

 

 

 

 

 

散々遊び尽くした後、タロウとアーニャは近くの河川敷へと歩いた。

河原の近くでは親子がキャッチボールで遊んでいるのが分かる。父親のボールをキャッチする子供を見たタロウは「お前より上手いぞ」と余計な一言を添え、アーニャがムカムカしたのを後にして話をし始める

 

 

 

 

「お前は何者だ?」

 

 

 

「アーニャ」

 

 

「違う、お前がただの子供ではない事は確かだ」

 

 

 

アーニャは自分が覚えている限りの記憶を元に、事情を説明した。

 

 

 

 

「ふむ…実に難儀なものだな…」

 

 

 

「人体実験というのは中々現実味がないな」

 

 

「物心ついた頃から肉親ではない者と住んでいるのは初めて聞いた」

 

 

「?なんぎ…?にくしん…?」

 

 

難しい単語ばかり羅列されたばかりに言葉の意味を読みこめないアーニャ。

 

 

 

 

「お前は今の状況に不満はないのか」

 

 

 

 

「ない」

 

 

「ふたりとも、優しい」

 

 

 

これをもし本人たちが聞けばさぞ涙が溢れるだろうセリフを口にする。「そうか」と、口角をやや上げて満足そうに頷くタロウだったが

 

 

「でも…これのせいで、友達出来ない」

 

 

 

シュン…と足をパタパタさせながら悲しげに呟く。見た目、動向はごく一般的な子供なのだがその特殊な能力ひとつで周囲から浮き足立つ存在として今も友達と呼べるものも多くはない。

 

 

「そうか」

 

 

「俺もだ」

 

 

 

 

「え?」

 

 

 

「俺も、昔はいなかった…」

 

 

タロウは過去の話をつらづらと喋り始めた

 

 

「いなかったから、家の中でずっと飼っていたカブトムシと遊んでいた」

 

 

 

「かぶとむし?」

 

 

 

「ああ…ある日突然何処かへと飛んでしまってな…それ以来会ってない」

 

 

「会えるといいね」

 

 

 

「……そうだな」

 

 

カブトムシの話をしたせいか口数が段々と少なくなるタロウ。沈黙が続き、河原で子供たちが遊ぶ声が耳に入る

 

アーニャはこの時、似たもの同士なのかもしれないと心の中で感じた。彼もまた、自分のように特殊な人間なのだろうとその時何故か直感的に感じ取った。

 

今までは自分だけがこの感覚を知らないのだろうと思っていたのだが、タロウと会った事で初めてその思いを共有出来たのだった

 

 

「アーニャ、この力きらい…」

 

 

 

 

「そんなこというな」  

 

 

 

「心が読めるというのは、人の心に寄り添えるという事」

 

 

「誰にも伝えられない気持ちや思いは誰よりも早く理解できるという力だ」

 

 

 

「そんな人間としてお前が選ばれた。きっと、そういう縁があるのだろうな」

 

 

 

縁があるかどうかはわからないが、この能力はこんな風に言ってくれる人間は今までいなかった。人の本性を覗き見るのではなく、人の真意を理解する事。

 

 

「たろう、いいこと言う」

 

 

 

「…にしては、まだ元気がないな」

 

 

 

「…」

 

 

あの時ゲームで見せた少女らしい笑顔がまだ戻ってこず、タロウも不満げにそう言い放つ。そうとなれば、とタロウは一気に立ち上がった

 

 

 

「笑顔を見せろ!笑う事が身体に良いぞ、どんな万病にも効く!」

 

 

 

「辛いとき、悲しいとき、妬ましいとき!そんな時こそ笑うんだ。この世の悪縁は笑いで吹っ飛ばせ!」

 

 

「笑え!笑え!」

 

 

「あーはっはっはっ」

 

 

 

「心がこもってないぞ!俺に続け!ワーハッハッハッ!!」

 

 

「あーはっはっはっ!」

 

 

全く最初は乗り気でもなかったアーニャも段々と笑顔がふつふつと出てきており、おかげ夕方の河川敷で子供と青年が一緒になって笑い散らかすというシュールな状況に陥っているものの、アーニャはこれがタロウなりの励まし方なのだろうと大人顔負けの理解力であまり気にはしなかった

 

さて、とスンと急に真顔になるタロウはアーニャの名を尋ねる

 

 

「しかし、まだ聞いていなかったな…お前の名はなんだ?」

 

 

 

「アーニャ・フォージャー!」

 

 

 

 

「俺のお供になれ!」

 

 

 

「おとも?」

 

 

 

聞きなれない単語に首を傾げるも、頭の中では友達の言葉が思い浮かんだ。タロウはお供という意味合いで彼女に投げかけたが先程の話をしたせいか友達になるという解釈をしてしまう

 

 

「そうだ、どうやらお前とはすっかり良縁らしい」

 

 

「りょうえん?おとも?なんだか知らないけど、うれしい!」

 

 

 

友達になってくれるのかと目を輝かすのに対し、満更ではない表情を浮かばすタロウ。ここまでお供になる事に嬉しがられるのも中々ない為、タロウのテンションも徐々に上がる

 

 

 

 

「タロウとおとも!」

 

 

 

「そんなに嬉しいか!」

 

 

「うれしい」

 

 

 

「結構結構!」

 

 

 

アッハッハ!と軽快な笑いをするタロウ。

 

 

 

「(タロウ、へんだけど、いいやつ!)」

 

 

不思議で、奇天烈な何か持つ男だがそれと同時に惹き込まれる雰囲気持つ。そんなタロウがお供と呼ぶアーニャもまた、既に数奇な運命を辿って来た異端の少女

 

世界中で二人だけが歩む、唯一の大冒険。

 

そんな物語が今、拍車が掛かかる

 

 

 




補足
・設定について

本作では「ドンブラザーズ」に登場するオトモ達四人は登場しません。その為合体ロボも同じく現れません(ロボタロウは除く)

変身について、勿論出していくつもりです。割と先にはなりますがキャラクターとタロウの掛け合いが書きたいのでそっち優先になります。とはいえちょこっと出てくるかもしれませんのでそれ含めて今後もプロットを組んでいく予定です。


タロウについて、本編では「桃井タロウ」という表記ですが世界観的に「モモイ・タロウ」と呼ばれる訳になります。とは言ってもそもそもモモイ呼びやフルネーム呼びなどはほとんどないのであんまり気にしないでも大丈夫です。


最後に、この作品はおおよそライブ感マシマシで書いていくつもりです。「ここどういう事なの?」「そうはならなくない?」等の疑問点は全てドンブラだからと自己完結していくようにとおすすめします。(だからといって誤字脱字は関係ないのでその辺の意見はしっかり受け止めますけどネ…)


追加:7月21日に貧弱な自分さんから誤字修正をいただきました。ありがとうございます


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じょーず

「じょーずが、いない!!」

 

 

とある住居で少女の声が響き渡る。隣人からすればなにか重大な出来事が起こったのかと思い込んでしまうが、実際はそうではなく…

 

 

「いない…」

 

 

「なんで…?」

 

 

「ばふっ」

 

 

 

あまりのショックで膝から崩れ落ちるアーニャ。何故ここまで情緒が崩れているかというと、彼女お気に入りのペンギン型ぬいぐるみが家から姿をくらましてしまったというアーニャにとっては重大で、かつ深刻な事件が発生してしまったからなのである

 

危ない倒れ方をしたアーニャだったがすぐさま気を取り直して捜索に出向くも、今日もまた奇しくも火曜日の日…つまり父母共に不在の状態で迂闊に外に出歩けないでいた。

しかし、一刻もはやくこの問題を解決しなければならない…と頭を抱えたアーニャだが、ここである事を思い出す

 

 

 

「今日はたろうがくる!」

 

 

 

「…はず」

 

一瞬希望の眼差しが見えたが来るかどうかは定かではない為、再びズンと肩を下す。

しかしそれを無くすかのようにピンポン、とチャイムの音が鳴った。

 

 

 

「たろう!」

 

 

ダダダと一気に足取りが軽くなるアーニャは玄関先へと向かい扉を開けた。そこにはアーニャが求めたタロウの姿があり、いつも通りの荷物を抱えてこちらを見ていたのだった

 

 

「どうした、今日はやけに急いでいるが」

 

 

「…ぬいぐるみがない」

 

 

「何?」

 

 

「ぬいぐるみのじょーずがいない!」

 

 

 

 

「…なるほどな、そういう事だったのか」

 

 

「だが駄目だ」

 

 

アーニャはこれまでの経緯を説明するも、タロウは腕組みながら彼女の悲願を無慈悲ながら拒否した。もし効果音をつけるなら、ガビーン…と白黒になるアーニャ

 

 

 

「なんで…」

 

 

「アーニャ、すごい困っている」

 

 

 

「それはわかっている…だが、見ての通り俺はなんでも屋じゃない」

 

 

「そんなに欲しいのならもう一度買い直すんだな」

 

 

 

「そんなの…ムリ!」

 

 

「あれじゃないとダメ!」

 

「どういう事なんだ…」

 

 

タロウがそう提案したのにも関わらずアーニャはブンブンと首を横に振ってそれを否定した。合理的な案だったが、それがお気に召していない。何故駄目なのかタロウはさっぱり分からなかった。とりあえず、いつものようにサインを書いてくれと促して少し落ち着かせようとしたが未だに忙しないアーニャ。

 

全く、と言いながらタロウはフォージャー家を後にしようとするも…

 

 

 

「だめー!」

 

 

 

「なんだ、俺は仕事があるんだ。そこをどけ!」

 

 

 

「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ」

 

 

 

 

こいつは一生どく気がない。と、なんとなく察知するタロウ…もう玄関前で大の字で寝てタロウを通らす気ゼロである。

 

 

「お前は…」

 

 

 

ハァ…と帽子を深く被るも、ここまで悲願されてしまえばタロウでさえも少し心が揺らぐ。ましてや少女の頼みである為、少しだけなら…と腕時計をチラリと見て時間を確認する

 

 

 

「(まぁ…この時間帯なら…)」

 

 

「一緒に探してくれるの!?」

 

 

「勝手に心を覗くな、プライバシーの侵害にあたるぞ」

 

 

ガバッと勢いよく起き上がるアーニャ。どうやらしっかり心の中を読まれていたらしい

 

とはいえ助ける事は事実なので彼女の願いに免じてタロウは少しの間じょーずの捜索に手を貸す事となった。

 

 

 

「たろう、あざます!」

 

 

「礼はいい、支度を済ませてさっさといくぞ」

 

 

 

「いえっさー!」

 

 

こうして、タロウとアーニャのじょーず捜索ミッションが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

「本当にここにあるのか」

 

 

「わからん」

 

 

時計の針が11に向き始める頃、二人は近くの水族館へと足を運んだ。この捜索の中で何故ここに向かったかと言うと、以前ここに訪れた時、旅のお供としてじょーずを抱き抱えていた記憶がアーニャの中にあったからだ。紛失する以前の記憶ではそれが一番真新しく、ここにあるはずとアーニャは推測し目的の場所にやってきたのだ

 

 

 

 

「これでいなかったらどうする?」

 

 

 

「いる、絶対に」

 

 

というか考えたくなかったのかアーニャはいない事の想定をまるでしていない。これではいなかった時に思いらやられるが、まぁ出向かないよりかはマシだろう…

 

 

 

「いざ、参る…」

 

「…言っておくが観光目的に来た訳じゃないからな、魚なんぞ見てる暇は…」

 

 

 

「すげー」

 

 

 

「おい」

 

 

 

 

店内に入ってみれば、熱帯魚コーナーでアーニャは魚の様子をまじまじと見ていた。

 

 

「行くぞ」

 

 

「あぅ」

 

 

当初の目的を忘れかけるも、タロウがアーニャの首根っこ掴んである場所へと向かう

 

 

 

 

「どこに行くの?」

 

 

「館内マップを見るに、落とし物センターらしき場所があるみたいだ」

 

 

 

「もし気づいた人がそこに送り届けてくれていたら、そこにあるかもしれない」

 

 

 

 

 

「たろう、天才か?」

 

 

 

当然の思考回路だが、その説明を聞くにアーニャはタロウを誉めちぎる。

 

 

 

「当たり前だろ」

 

 

「まぁ、そのまま持ち帰られていたら別だが」

 

 

そんなこんなで落とし物コーナーの前に訪れたタロウ達は店員にじょーずの行方について尋ねた

 

 

「店員さん」

 

 

「これくらいのぬいぐるみはなかったか」

 

「は、はい?」

 

 

「名前はじょーず!」

 

 

 

その後ぬいぐるみの詳細な情報を説明するも、二人の店員はうーんと目をつぶってその落とし物を思い出そうとしたが…

 

 

「申し訳ありません、少々お時間を…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結局、なかったな」

 

 

 

「ずーん…」

 

 

水族館の外のベンチで二人は束の間の休憩をする。結果は落とし物コーナーにもなく、じょーずの行方は誰も知ることはなく捜索はどん詰まりとなっていた。

ほぼ捜索は不可能となった為アーニャは絶望のどん底へと突き落とされた。周りに重たい空気を放ちつつ、タロウにねだったピーナッツを頬張ってなんとかテンションを上げようとしているが、以前として調子は右肩下がりのまま。

 

 

 

 

「そんなに肩を落とすな、さっきもいったが…やはりもう一度買うしかない」

 

 

 

 

「…い」

 

 

「ん?」

 

 

「買えない」

 

 

 

「あれ、限定のやつだから」

 

 

 

アーニャはそう口にしながらまた一口頬張る。

彼女がここまでじょーずに拘っているのには、とある理由があった

 

 

 

 

 

『アーニャ、とってきたぞ!』

 

 

 

 

『これが欲しかったんだろ?さっきまで獲るのに苦戦したよ』

 

 

 

『すごい!アーニャ、いっしょう大事にする!』

 

 

 

 

「だからもう、じょーずは帰ってこない…しくしく」

 

 

「…なるほどな、つまりは思い出のつまったものだと」

 

 

「うん」

 

 

 

腕を組んでタロウは深く目を瞑る。先程まで全く協力する気がなかったが、アーニャの言葉に何か心変わりがあったのかその顔つきは一気に変わり

 

 

「ペンギンのぬいぐるみと言ったな」

 

 

 

 

「うん」

 

 

 

 

 

「俺の記憶では、そのような物を見たことがある」

 

 

 

「ほんと?」

 

 

「ああ…確か俺が配達の仕事をしていた時に、お前の証言と酷似しているぬいぐるみをチラリと見たような気がした」

 

 

 

「確か子供が持っていたような…」

 

 

 

 

「それって、盗んだって事?」

 

 

あくまで推測の元だがこの行き詰まった今、何もしないよりかは行動あるのみだと二人はそう意気込みながらもタロウが以前訪問した配達先らしき場所は片っ端から探していく事に

 

 

 

「失礼」

 

「こんな感じのペンギンを探している」

 

 

 

「知らないなぁ」

 

 

幾つか目星のついた場所を巡る。しかし、一件目はナシ…

 

その次はやたらとペットを飼っているお宅へと訪問する。みるからにマダムという雰囲気が漂う高齢の女性が住居人である。

 

 

「知らないわぁ、残念だけど…」

 

 

「そうか」

 

 

「じょーずっていうペンギンのぬいぐるみ、しってる?」

 

 

 

「犬に聞いても仕方ないだろう」

 

 

アーニャ屈んだ状態で飼い犬の一匹にそう尋ねた、タロウの言う通り犬に聞いても何も答えてくれないのだが…

 

 

「わんちゃんにも心の言葉がある」

 

 

「なるほど、そういうことか」

 

 

 

頭で念じるイメージを作り出して力を発揮しようとする。しかし、その答えはあまり良いものでもなく…

 

 

 

「分からないって」

 

 

「そうか…どうもありがとう」

 

 

 

「いいえ〜♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぬいぐるみィ?」

 

 

「ああ、これくらいのサイズだ。知らないか?」

 

 

次の場所は少しボロのついたアパートに向かった。訪ねるとそこにはまさしく世紀末の風貌をするこの時代にそぐわない格好の男が現れる。年頃の女の子には十分恐怖を覚えるものであり、アーニャはタロウの後ろに隠れている

 

 

 

「知る訳ねエよなァ!?」

 

「ウス」

 

 

「ウス」

 

 

後ろには取り巻きらしき二人がそう頷く(恰好も同様)

 

「たろう、この人怖い…」

 

 

 

「ん?後ろにお嬢ちゃんがいるのかァ?」

 

 

 

「こいつは俺のお供だ」

 

 

へぇ〜と、まじまじとではないがアーニャをチラリと見るファンキー男。どんな事を考えているのだろうと、興味本位で奴の心の中を覗き見たが…

 

「(オイオイオイ……なんだよコイツ可愛いかよ? 目がキラキラしてて、宝石みたいじゃねェかよ。なんだァこのキューティクル次元の差が違い過ぎる可愛ェ可愛ェ可愛ェ可愛ェ可愛ェ)」

 

「いこう」

 

 

バタンと思い切り閉じるアーニャはとんでもない悪寒を感じたのか思わずそんな行為をとってしまったがそれに逃げるようにこのアパート先から距離をとろうとした

 

 

 

 

「いいのか?」

 

 

「うん、なんか変な感じがした」

 

 

絶対という訳ではないが、人は見かけにはよらないのだとこの目この耳で知ったアーニャだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「残りはここだな」

 

 

 

 

最後に訪れたのは見るからに大富豪が住んでいるようなとても広い敷地の外に佇んでいた。おそらく庭にあたるのだろう大きな敷地内に入り(この場所は距離があったのでタロウの会社内で使う車を借りた)その壮大さに呆気を取られるアーニャは庭にあるいろいろな物に目を取られる

 

 

 

「でっかいコイがいる!」

 

 

「ここは相当な金持ちらしい…今のところだが、確か俺はここの配達をしていた時に見ていたような気がするが」

 

 

 

「あるといいな」

 

 

 

「うん」

 

 

数分掛かった後に、二人は大きい家が見えた所で適当に駐車場の所で停める。 

もうどこが出口が分からないのだが、タロウは以前入った場所に向かう

 

 

「お邪魔する」

 

 

 

 

「どちら様で?」

 

 

 

そこに現れたのは地主ではなく執事のような人間が現れる。流石の金持ち、やはりただでは会わせてくれないようで…

 

 

 

「以前ここにお邪魔した配達員の者だが…」

 

 

 

 

「あら!タロウさんじゃない!」

 

 

 

そこへタイミングよくこの一家の地主が現れ、どうやらタロウの事をまだ覚えてくれているらしく彼の元へ駆け寄った。ありとあらゆるところにネックレスをジャラジャラと、まさしくボンボンの人間と言うような人物だ

 

 

「このどうもありがとうねぇ〜!」

 

 

「問題ない、所で聞きたい事があってここに来たんだが…」

 

「そうなの?入ってらっしゃい!」

 

 

 

 

タロウの言葉になんなく快諾し、二人は無事に会話まで持っていける事に成功。以前の仕事が功を成したタロウのカリスマ性にはアーニャも頭が下がる

 

 

 

 

「たろう、すごい!」

 

 

 

「まったく、今日ほ褒めてばかりだな…まぁ悪い気はしないが」

 

 

 

タロウ達が導かれたのだが、リビングらしき所。もはやホールの一室かというくらい天井の高さがずば抜けており、どでかいシャングリラがアーニャを釘付けにする

 

 

 

「きらきら!」

 

 

 

「うふふ、可愛い子ね。妹さん?」

 

 

 

「お供だ」

 

 

「おともおとも!」

 

 

「あらあら…」

 

 

可愛いからお菓子いっぱいあげちゃうわ〜、と沢山の駄菓子をアーニャに与え、彼女のご機嫌もマックスに到達していた。そんなアーニャもまたタロウと同じように人を惹き込む何かがあるのだろうと、タロウは考える。

 

 

 

そこまで長居もしていられない、とタロウは早速本題に入った。当初の目的をすっかり忘れているアーニャはバリバリとお菓子に夢中になっている。

 

 

 

「こんな感じのぬいぐるみを探している」

 

 

「特に…以前ここに訪れた時にこのような物をみたような気がしてな…」

 

 

「う〜〜〜ん」

 

 

 

ピラリ、とタロウが描いた似顔絵のじょーずを彼女に見せると少々渋い顔をしながら深く考え…

 

 

 

「ガンちゃ〜〜〜ん!こっちおいで」

 

 

「うるせぇな〜〜ゲームの途中だったのに」

 

 

 

 

しばらくすると長い階段から降りてやってきたのはおそらく息子にあたるだろうな小さなふとっちょの男の子が現れた。ゲームの途中だったのか少し機嫌が悪そうだが彼をみたアーニャは思わず立ち上がって…

 

 

 

「じょーず!」

 

 

 

「ん?なんだよ」

 

 

 

「それアーニャの!!」

 

 

「はぁ??」

 

 

彼が抱き抱えていたのは紛れもなくアーニャが肌身離さず持っていたあのじょーずそのものだった。ずっと寄り添っていた為それはすぐ分かった。

 

 

 

「どうやら…当たりみたいだな」

 

 

「事情を説明してもらおうか」

 

 

 

「ごめんなさいねぇ…これには訳があって」

 

そういいながら、申し訳なさそうにマダムは何故あの男の子が持っているのか全てを口にした

 

 

 

 

 

「…全く、世も末だな」

 

 

 

アーニャがあの時落としたその日、誰かが家に持ち去り有名なネットオークションへと高値で売り捌いたらしく、その希少価値のあるぬいぐるみは彼ら大富豪の元へと手に渡っていたので、ある意味所有権はあちらにもあるのだと中々ややこしい事実が発覚した。

 

誰かが落とし物センターに持っていってくれたりしてれば、と高望みしていたがそれとは真逆の最悪な事態へと転んでしまっていたのだ

 

 

その為アーニャとその男の子は睨み合いっこをしている。

 

 

「どうしたらいいものか…」

 

 

 

タロウがそう腕を組むと、

 

 

「ようするにさ、これが欲しいんだろ?」

 

 

「くれるのか」

 

 

 

「やーーーだよばーか、誰がよこすか…こいつはなぬいぐるみ愛好家にとっちゃレアもんなんだよ。」

 

 

「俺も手に入らないと諦めかけていたが…まさかあんな形でこの手に収まるとはな!」

 

 

まぁちょっと汚れているが、と少し呟くも、汚した本人が目の前にいたので彼女に向かって少し睨みつけた

 

 

 

「やめなさい坊や、そんなに睨んだりしないの」

 

 

「…はっ、とにかくこいつはもう渡さねー、力づくでも奪ってみ?お前らなんていつでも社会から消せんだからよ!」

 

 

 

「ほお」

 

 

彼がパチン、と指を鳴らした瞬間にズラリと並ぶ執事達。たしかにこの大富豪の一人息子が言えば説得力がある。とはいえそんな脅し文句に一切動じなかったタロウは面白い奴だと彼にこう言い返した

 

 

「なら、勝負をしないか?」

 

 

「は?」

 

 

 

「もちろん喧嘩ではない、そうだな…お前が一番得意な分野でどうだろうか」

 

 

こうなれば、と一つ勝負を仕掛けた見る事に

 

 

 

「勝負か…ま、なんか最近つまらんからな」

 

 

 

「ちょうど良いや、おい!あれ用意しろ」

 

 

 

「自分で用意出来ないのか」

 

 

「うるせえ!!」

 

 

執事達が用意したのは、大量のドーナツがお皿に盛り込まれているのがズラリと並んでいた。その豪勢さに流石のアーニャもギョッと目が見開く

 

 

 

「どーなつ!いっぱい!?」

 

 

 

「大食いか、いいだろう」

 

 

 

「ふん…(コイツめ、何も知らずに…今まで勝負の中でこの俺を打ち破った者は誰一人としていない…最高記録である93個をこんな細身の男が超えられる訳がない)」

 

 

 

「そうだなあ、負けた時の罰も考えておかないとな?」

 

 

 

「例えば…永久的に俺の召使いになるのはどうだ?」

 

 

どう考えてもぬいぐるみとの落差が激し過ぎる為かアーニャですらその条件にえっ、と声を漏らす。たしかにじょーずを取り戻したいのは山々だが、だからといってそこまでやられると子供のアーニャですら気を遣わせてしまう程だったが…

 

 

「いや、問題ない」

 

 

「コイツより多く食えばいいんだろう?」

 

 

椅子に座りながらも、余裕の発言を放つタロウ。彼にもプライドがあるのかピキリと頭の中で切れたような音がした。

 

 

 

「…その言葉は撤回させねぇぞ!」

 

 

「臨む所だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これ…止めた方がいいのよね?」

 

 

 

「ア…アーニャ、どうすればいいか分からない…」

 

母としてこんな不毛な戦いは止めるべきだと考えたのだが、状況が極まり過ぎてどうやっても止める想像すらつかない程二人は燃えている為、そこで傍観している事しか出来なかった。しかし…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「参りまじだァ…」

 

「坊っちゃま!?」

 

「袋もってこぉぉい!!!」

 

 

 

その勝負は長丁場になる事なく、一瞬でカタがついてしまう事になった。

 

 

 

 

 

________________________________________

 

 

 

 

「さて、ぬいぐるみを返してもらおうか」

 

 

 

 

圧勝したタロウ。どうしてあんなに入ったのか不思議なくらいタロウは全てのドーナツを食い切った。早すぎて数えるのもやっとくらいだったが、少なくとも三けたはいっていた。

 

 

これを見たアーニャはまた一つ、改めてタロウの凄さを頭で理解することとなった

 

 

「(たろうすげぇ…)」

 

 

「クソ…こうなったら…」

 

 

「おい、どこに行く」

 

 

トテトテと階段に上がる坊やはじょーずを抱えたままそのまま窓の方へと近づき

 

 

「坊や!そんなに動いたら…!」

 

 

 

「うるせえ!こんなものォ!」

 

 

 

「あーー!」

 

 

 

子供とは思えない腕力で窓から勢いよくじょーずの身体ごと放り出されてしまった。そして不幸にも偶々ゴミを積み込んでいたトラックの中に入りそのまま門の外へ走ってしまう。漫画のような出来事にアーニャも半分パニック状態だった

 

 

「どーしよう!」

 

 

 

「追うぞ、アイツはもう知らん!」

 

 

 

と、車でトラックを追いかけようと家内から出る二人に、投げつけた本人は悪態ついた顔で唾を吐いた!

 

 

「は!ざまーみろ!!!そのまま粗大にゴミになったアイツの世話でもしてるんだな!!」

 

 

「ウッッッ!!!」

 

 

 

「「「「「坊っちゃまァ」」」」」

 

 

「坊やァ」

 

 

この嘔吐は遙が隣人の家へと響いたらしく、それから巷ではげー坊という最低な渾名で呼ばれていたのを彼はまだ知らない

 

 

 

 

 

 

 

 

「あのトラックだ」

 

 

 

「ううううう!じょーず、無事でいて!」

 

 

「(あのがきこんどあったらブン殴る…)」

 

 

 

 

タロウの社用車でトラックを追いかけついに後ろへと辿り着いたが、その後どうすればいいのかうやむやなままにしていた。

思い切り叫んで止めてもらおうか…いや、窓を閉まっているので恐らく相当近くでないといけないだろう。

 

 

次の一言でタロウはとんでもない事を言い放った

 

 

 

「運転任せるぞ」

 

 

 

「うん…てん?」

 

 

パチパチ、と未だ言われている事が分かっていないアーニャ。

すると、タロウは急に意識を失い、完全にハンドルを離してしまう

 

 

 

 

「!!?あ、あ、アーニャ…うんてん知らん…!!」

 

 

 

強いて言えばマリカーぐらいしかハンドルを持ったことがないアーニャにとって人生一発が一般道路の走行というのはあまりにも酷な物だが、事故はさける為に力を尽くすつもりでハンドル操作をするアーニャ。

 

 

「うでとどかん…」

 

 

「すまないな」

 

 

 

むくりと急に起き上がったタロウはそう言いながらハンドルに手をかけた。何が起きてるかは分からなかったがとりあえず命拾いはした。こんな思いはあまりしたくないだろう、ただタロウの手にはアーニャがずっと手にした物があった

 

 

「じょーず!なんで?」

 

 

 

「どうやってとったの?」

 

 

「…アルターでコイツを取り返した」

 

 

「あるたー?何それ?」

 

 

 

「まぁ、後々わかる事だ」

 

 

 

そういいながらタロウはじょーずをアーニャの手に渡す。ただの落とし物でこんなに手を下すことになるとは。

 

中々奇妙な一日だったが…

 

 

 

「じょーず、おかえり…」

 

 

 

「…」

 

 

 

「家族の思い出は宝だ」

 

 

 

「俺にはそれがない…だから、大事にするといい」

 

 

 

「…うん!」

 

 

いい感じに終わったが、これによってあの一家のイメージをガタ落ちさせてしまったのを二人は全く知らなかったのだった

 

 

 

 

 




サルでも分かる自己紹介(其の一)


・タロウ
シロクマ配達屋の一人、火曜日にフォージャー家へと荷物を届ける際にアーニャと出会い、お供として彼女に奇妙な冒険へと誘う。色々とズレているが何事にも隙がない完璧超人


・アーニャ・フォージャー
色々と謎を抱える少女。ごく普通の家庭では育っていないようで、どうやら人の心が読めるそう…
タロウをお友と称し、色々と凄いヤツなのだと毎回凄みを感じている


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おたすけアーニャ

樋口君のボイス好きすぎる


第ニ話「おたすけアーニャ」

 

 

 

 

「むり」

 

 

 

新芽が咲く頃には既に新学期が始まり多くの新入生達が新しい日常に馴染んだ中で、勉強と運動に頭を悩ます子が一人いた。

 

 

ばたりと寝転ぶアーニャは鉛筆を放り投げてほぼ自暴放棄状態となりつつあった。その理由は、机に置かれた教科書の有様を見れば直ぐに分かる事だった

 

 

 

「べんきょう、きらい…」

 

 

 

 

ちらりとカレンダーを見ると今日は火曜日だと改めて知る。最近になってから、カレンダーを見る回数が多くなってきているような気がしてならない。

 

 

「たろうこないかなー…」

 

 

来たら教えてもらおうとアーニャのモチベーションはゼロになってゴロゴロしている頃に、早速玄関からピンポンと音が鳴り渡った。

 

 

 

「来た!」

 

 

 

 

そこからの動きは早く、鳴ってから数秒で玄関へと駆け寄った

 

 

 

「今日はやけに早い、何か企んでいるな?」

 

「ううん、勉強教えてほしい」

 

 

 

「やはりか」

 

はぁ、と小さいため息をつくタロウ。何故か自分はアーニャの手助け係になっているような気がして、今日はダメだと念押しに却下された。前回はまだしも、毎週そんな事をやっていれば本来の仕事を疎かにする。責任感の強いタロウはそこまで考えながら彼女の要求を切り捨てたのだが当然社会経験の少ないアーニャはただタロウがイジワルをしているようにしか思えなかった

 

 

「たろうのあほ…」

 

 

「好きにいえ…だいたい勉強など、わざわざ人に手を貸す事もないだろう」

 

 

「アーニャにだってどうしてもわからない物だって一つや二つ…」

 

 

 

うだうだと喋り続けるアーニャに、それならばとタロウはとある提案をする。

 

 

 

「いいか、お供よ…この世というのは学勉は運動だけでは取るに足らん…」

 

 

 

「この世で最も大切なのは、人徳だ」

 

 

 

「じんとく?」

 

 

「要するに人にしかない良さの事だ。誰か敬い、誰かを気遣う…」

 

 

「人が集う学校では一番求められる素質だろう」

 

 

色々と訳があってアーニャは皇帝の学徒「インペリアル・スカラー」と呼ばれる特待生になるために勉強や運動、さらにはボランティアなどの優秀な成績を収めることでステラと呼ばれる褒賞を貰える星を8つ獲得し、特待生になる必要がある。(現にアーニャはペナルティを喰らっているが…)

そして、今回のタロウの提案はその社会奉仕活動を着目したのだ。

 

勉強や運動などに比べれば、たしかに単純で面倒臭くもないのかもしれないが…

 

 

「お前の成すべき事は…人助けだ!」

 

 

 

 

「な、なんだって〜〜〜っ」

 

 

 

そんな古臭い反応をするアーニャはタロウから街の「お助けヒーロー」として奉仕活動をする事になったのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まずは其の一、街の清掃をせよ!」

 

 

 

タロウから下された最初の命令、その言葉の通り、街の清掃である。

 

草むしりやゴミ拾い…できる範囲にてアーニャはやる事を決心した。学校のない日、とある公園へと訪れるも夏の時期ではないにも関わらず中々の炎天下でアーニャのモチベーションもやや下がる

 

 

「あち…」

 

 

「(でも、勉強と比べれば…やっぱりこっちの方が楽かもしれない…)」

 

 

 

「よし…やるぞー!」

 

 

 

フンス、と風通しのよい格好でボーボーの草を除去していく。

比較的多い茂っているが、この抜いたりちぎったりする作業が以外にも楽しく感じてしまい黙々と作業していく。

 

と、一時間を過ぎた所で…

 

 

「こんな所にボンドマンキーホルダーが…!」

 

 

 

 するとアーニャが大好きなスパイアニメである『SPYWARS』のキャラクターキーホルダーが落ちていた。

通常なら持っていく事もあったのかもしれない、そんな時にタロウからの助言が脳内に響く。

 

 

 

『落ちているものはとらずに交番に届けるんだ!』

 

 

 

 

「…」

 

 

 

「ぐー…」

 

 

偉く長考した結果、泣く泣く交番に届ける事を決断した。

 

 

「落とし物…」

 

 

「ありがとう、必ず落とし物主に届けるからね」

 

 

 

感謝の言葉を投げかけられたアーニャはその瞬間よく分からない感情に包まれた。これが、人助けという物なのだろう。誰からかに自分の存在を認められたかのような、深い感動すら覚える

 

「(これが…人助け!)」

 

 

 

「(悪くない)」

 

 

お礼として少々のお菓子を貰うことが叶ったアーニャは休憩の時間を設けて先程いた公園のベンチで腰掛けた。お菓子を食べながら辺りを見回していると、見覚えのある人物が通りかかる

 

 

 

「たろう!」

 

 

「こんな所にいたのか」

 

 

 

公園へと訪れたタロウは、周辺を見渡す。彼女がここで何をしたかは一目瞭然…感心感心、と口角を上げ

 

 

 

「ほぉ…草むしりか」

 

 

「落とし物もこうばんにとどけた!」

 

 

 

「でかしたぞ、流石俺のお供だ」

 

 

 

 

「しかし…結構綺麗になっているじゃないか」

 

 

 

「んぇ?」

 

 

 

 

アーニャの素っ頓狂な返事が飛ぶ。たしかにやっていた最中だが、全体的にまだまだ雑草やら何やら残っていたと思っていたが…タロウの言う通り機械で丸ごと刈り取ったかのように草が一つもなくなっていた。

 

 

「(あれ?アーニャこんなにやったっけ?)」

 

 

 

「(…まいっか)」

 

 

 

「さて」

 

 

タロウは自販機で買ったジュースを持ち

 

 

 

「今日は休日だ、俺も人助けに付き合ってやろう」

 

 

「いや、いい」

 

 

珍しく乗り気なタロウだったが、彼の言葉を遮るように却下を下すアーニャ。

 

 

 

「今日はアーニャ一人で頑張る…」

 

 

「ほぉ…いいんだな?」

 

 

「全てはアーニャにお任せ」

 

 

余程自信があるのかアーニャはそう胸を張って宣言した。今まではタロウなしでは解決出来なかった物もあったが、ましてやインペリアル・スカラーへと上り詰めるために自分が努力を積んでおかなくてはならない。そんな自分への課題をタロウに委ねるのは自分にとって甘えになってしまうからだと、アーニャはプライドを持って挑むつもりなのだ

 

 

 

 

「(それに…アーニャ、すごい力持ったのかも?)」

 

先程いつの間にか草むしりを終えられたのは、自分にとんでもないパワーがあったのかもしれないと夢を膨らませる。そんな訳ないのだが訳の分からない事が起きた事でアーニャにとって妙な自信がついた所で、タロウは今回の件は見守ってやろうと彼女を信じる事に

 

 

 

「なるほど、いいだろう…」

 

 

「その決意を胸に、頑張るといい」

 

 

 

「おす」

 

 

ビシッと敬礼するアーニャだったが、それでもタロウは一抹の不安が胸にあった。

 

 

「(本当にコイツ、大丈夫なのか…)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「其の二、些細な気遣いを率先せよ!」

 

 

続いてアーニャお助けプロジェクト(自称)の作戦内容は、近隣の細かい手助けである。

 

人の目の見えない所でのボランティアは決して悪いことでないが、とはいえ形のついた実績を残すにはこういった事も欠かさずやらなくてはならない。街を散策するアーニャは、横断歩道でゆっくり歩く老人の姿を捕らえた。

 

 

 

「じじ、あのままじゃ危ない…」

 

 

「これはお助けの出番…!」

 

 

 

 

そう言いながらアーニャは歩道まで駆け寄り

ご老人の隣に寄り添う

 

 

 

「じじ、大丈夫?」

 

 

「おぉ…これはこれは、いい子じゃいい子じゃ…ありがたいのぉ」

 

 

 

 

しっかり先導するアーニャだったが、車道にて大きなトラックが二人に向かって走行していく。どうやら青信号に切り替わるの所だったのだが、まだアーニャらは渡り切れてない為衝突の危険性があった

 

 

 

「だ…だめぇーっ!」

 

 

 

 

タイヤの擦れる音が辺り一帯に響き渡り、老人の前に立つアーニャの寸前までトラックは間一髪の所で停止した。よほど「制止力が強かった」のかトラックに後ろに傾いた

 

 

「(し、しぬ…)」

 

 

 

「おぉ、お嬢ちゃん…大丈夫だったか?」

 

 

 

「うん…」

 

「凄いぞ!君が止めたのか!?」

 

 

ゼェゼェと大量の冷や汗をかくアーニャだったが、その光景は超能力を使って止めたかのような光景だった為、あたりにいた住民の称賛と驚きの声で包まれていた。

 

 

「まるでヒーローみたいだったわ!」

 

 

 

「全くだ!」

 

 

 

「…?」

 

 

「(もしかしてアーニャ…ヒーローみたいになってる?)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この一日で街のちょっとしたヒーローとして皆から讃えられたのだが、その様子を影から見守る者がいた事にアーニャはまだ知りもしなかった…

 

 

「…」

 

 

 

 

 

 

 

 

この間の件からアーニャは人助けを着々と進める。あれから起こる目に見えない謎の力によって次々と人々を助けていき、その様子が新聞に載ったり、警察署や消防署まで表彰を貰うなど、彼女の名が広く知り渡る事になった。やがてアーニャが通うイーデン校にも彼女の功績は決して見逃すことはなく、それを相応の対価…星を次々と一つ…また一つと獲得していく。そんな最高の状況につれ、アーニャの態度も激変していった…

 

「貴方…」

 

そこへ、アーニャに話しかける1人の女の子…名はベッキー・ブラックベル。

東国オスタニアの大手軍事企業、ブラックベルの娘である。

 

 

「ん?」

 

 

彼女はアーニャの異常な光景に問いかけようとしていた。

 

「ちょっと…様子おかしくない?」

 

 

 

明らかにおかしい箇所がある事に指摘するベッキーはアーニャの高らかにそびえ立つ鼻を見た。例えれば、キノピオの高い鼻のように…とんがっているのがよく分かる。

 

 

「いや?別に?」

 

 

「…絶対おかしいと思うけど」

 

 

 

「あのー…」

 

 

気がつけば後ろには大量の行列が出来ていた。この街一帯でもほぼ何でも屋のように要望を幅広く承るアーニャに困りごとや手伝って欲しい事があると、沢山の生徒が彼女に依頼を頼みに来ている。

 

勿論、アーニャもタダ働きをするにはいかないので一袋分のピーナッツを報酬として色々なお手伝いをしていた。

 

 

「ほうほう…犬の散歩か、いいだろう」

 

 

学生という身分をすっかり忘れ去っているアーニャの異変さに友達のベッキーも苦言を申する

 

 

「ねぇ…もうやめた方が」

 

 

「お断り〜、アーニャ忙しいからここでおいとまさせてもらう」

 

 

 

「あ、ちょっと!」

 

 

 

完全に変わってしまった。すっかり有名人になり有頂天になってしまったアーニャを止める者は、ついに一人しかいなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おや…?」

 

 

とある街中、放課後で家路に沿って歩いていたアーニャはとある光景を目にする。どうやら袋を落としたのか、散らばった中身を男が拾っていた。

 

 

「…兄、大丈夫?」

 

 

誰も手伝う様子もなかったので何でも屋のアーニャが手助けをしに一緒に拾い始める

 

 

「ああ…ありがとうね」

 

 

「それほとでも…」

 

 

 

男はそう感謝し、「せっかくだから中に入ってよ」と目の前の喫茶店に指を差しそう言う。喫茶店「ドンブラ」…何を隠そうこの店のマスターであるらしく、これはいい見返りが返ってくるであろうとアーニャはワクワクしながら入店していった

 

 

 

「いらっしゃい」

 

 

「どうも」

 

 

 

「はい…オレンジジュース」

 

 

 

 

「やった!」

 

 

トン、可愛らしいストローを添えてマスターはアーニャに渡す。

 

 

 

「おいしい」

 

 

「…それはよかった」

 

 

「それにしても…こんな所で会うとはね」

 

 

 

「ちびっ子ヒーローさんに…」

 

 

「アーニャの事知ってるの?」

 

 

「うん、君は新聞にも載ってるから…何やら秘密のパワーを持つ不思議な少女だって…」

 

 

 

「褒めても何も出てこない」

 

 

満更でも表情を浮かべるアーニャ。ここまでくれば街中でサインを求められるかもしれない…サインの練習やアイデアも作って置かなければならないかもしれないなどと、アーニャがそう考えていると

 

 

 

「しかし…あんまり無茶な事しない方がいいよ」

 

 

 

「え?」

 

 

 

「たしかに、君は凄い人物かもしれない…」

 

 

「ただあんまり鼻を高くしていると…」

 

 

 

ピンっ、とアーニャの鼻を軽く弾く

 

 

「その内痛い目、見るかもしれないよ」

 

 

 

「大丈夫!」

 

 

 

「アーニャ、強いから!」

 

 

 

そう言いながら、マスターの忠告をあまり胸にとどめず去っていった。そんな彼女を届けたマスターは手元にあった新聞を開き、とある見出しを目に通す。

 

 

「ちびっ子ヒーロー、またもや功績残す」

 

 

 

 

「ちびっ子、ヒーローねぇ…」

 

 

カラリ、とすっかり飲み干したオレンジジュースの氷が溶け落ちる音が店に響いた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふんふふ〜ん」

 

 

街ゆく人の視線が自分に向かれている事を感じながら、アーニャは上機嫌に鼻歌を歌う。

そんな中、いつも通っていた秘密の近道で、アーニャと同じ年ぐらいの数人の男子生徒が彼女の前に立ちはだかる

 

 

 

 

「お前らだれ?」

 

 

「おめーがアーニャか?」

 

 

 

「そうだけど…ムゴっ!?」

 

 

羽交締めにされたアーニャは目動きが出来なくなりそれと共に自分の意識も段々と薄れていった…

 

 

 

 

何分経ったのかわからない中で、アーニャが次に目を覚ましたのはとある廃れた工場の中だった。

 

 

 

「ど、どこ?」

 

 

 

「このヤロー!俺たち事忘れたのかぁ〜!?」

 

 

「あー…」

 

 

 

確か以前に誰かからかの頼み事でこいつらに奪われたおもちゃを取り返して欲しいとボコボコにした三人衆だった。

「覚えてろー!」と悪役のテンプレ台詞を吐き捨てていたが、まさかに本当に覚えてやってきたとは…

 

 

「クソが…いいパンチしやがってよぉ…」

 

 

「そうだぞぉ!!兄貴を殴ったせいでよぉ!あれから一日くらい泣き止まなかったんだぞぉ!?」

 

「言うんじゃねぇ!!」

 

 

 

死んでも言われたくない事を暴露される兄貴と呼ばれる体格のいいガキ大将は縛っているあーを前に歩みよる

 

 

「何するの…?」

 

 

 

段々と事の状況を察するアーニャは下から血の気が引いているのが分かる。

 

 

 

「は…決まってン だろ。にいちゃん!コイツだよ!」

 

 

そう呼ぶと、ゾロゾロと高校生くらいの男子が姿を現した。まだまだ小柄なアーニャにとって男子高校生はもはや大人同然…みるみると涙が溢れるアーニャは恐怖でいっぱいだった

 

 

 

「コイツがアーニャって奴?」

 

 

 

「へー、結構可愛いじゃん」

 

 

 

「え!?お前もしかしてそーゆー趣味?」

 

 

「さぁて、手始めにやっちまうか!」

 

 

そう下品な笑いが飛び交う中、アーニャはこうからどうなるのか分からないでいた。痛い目に遭う、とあの時マスターが言った言葉を思い出す

 

 

 

 

「うぅ…ごめんなさい」

 

 

 

 

 

 

 

「おい」

 

 

 

 

「…んだお前」

 

 

そこには堂々と立つ男が現れた。それは、アーニャにとって、よく知る男…

 

 

 

「たろうぉ〜〜!」

 

 

ぐしゃぐしゃな顔でタロウの名を呼ぶアーニャ。全く、情けない顔だ…とアーニャにまだ危害が加わっていない事を確認タロウは高校生に近寄る

 

 

 

「何なんだテメェはよぉ〜!?」

 

 

「正義のヒーロー気取りですかぁ?」

 

 

 

 

「そんなつもりはない、ソイツは俺の…お供だ」

 

 

 

「お供に危害を加えるお前らに、縁は感じられない」

 

 

「さぁ、大人しく返してもらうか」

 

 

 

 

 

「…なぁにぬかしてんだテメェはよぉ!!!」

 

 

 

タロウが殴られる、そんな光景を見たくないとアーニャを目を閉じてそのまま気を失ってしまう…それからどうなったかは分からなかったが、きっとタロウなら奴らをボコボコにしてくれるだろう。そう最後に思いながら、次に目を覚ましたのは一人だけ立っていたタロウの姿だった

 

 

 

 

 

 

 

「…たろう?」

 

 

 

「やっと目を覚ましたか、バカものめ」

 

 

 

すっかり夕方になり、オレンジ色の光が廃工場を差している。辺りには高校生達が倒れているものの、やり返した形跡がない…むしろバテて気絶しているのか白目を剥いていた

 

 

 

「たろう!凄い!みんなやっつけたん…だ…」

 

 

 

目を輝かすアーニャだったがタロウに近づいた事で、彼の姿が悲惨な事に気づく。顔をアザや血でまみれており、ワイシャツと所々破れている。しかし痛がる様子はなく、いつも通りの表情で佇んでいた。

 

 

 

「もしかして…避けなかったの…?」

 

 

「ああ」

 

 

「なんで、やり返さないの…?」

 

 

 

 

「人を傷つけるのは俺のすべきことではない」

 

 

タロウは一切動くことはなかった。殴れ、蹴られて、一方的にやられながらも倒れたりのけぞる事は一切なく巨大な樹木のように動き一つもしなかった。その代わり全力で動き回った高校生達はいずれ体力の限界を迎え、アーニャを拉致したちびっ子達もあまりのショッキングな光景に漏らして気絶していた。

 

 

それが、アーニャが起きるまでの出来事。

 

 

 

 

「うぅ…」

 

 

痛がる様子はないものの、彼を傷つける原因を作ってしまった。そんな深い罪悪感を覚えるアーニャは再び涙を浮かべる

 

 

 

「そんなに泣く事か…」

 

 

「うぐぅ…ごめんなさぁいぃ〜…」

 

 

 

「…早くに家に帰れ」

 

 

「お前の帰りを待っているんだ、歩く事くらいは出来るだろ?」

 

 

「…」

 

 

「動けなぁいぃ〜…」

 

 

 

まだあの時の恐怖が残っており、鼻水を垂らしながらもアーニャはタロウにそう言い放つ。

 

まったく…困ったお供だ…。彼はそう思いながらもアーニャをおぶって道なりを進んだ

 

 

 

「…」

 

 

「大人の言葉というのは、大切だ」

 

 

 

「現にお前はそれを無視し、実際にこうして天罰を食らったからな」

 

 

「見返りを求め、肝心な事を忘れて暴走した…」

 

 

「そういった事を学べと言った覚えはない」

 

 

 

「…ごめんなさい」

 

 

「もう謝るな…」

 

 

 

「今までお前を助けたのも…その為だからな」

 

 

「え?」

 

 

タロウが一体いつどこで助けてくれたのか…アーニャは最初検討もつかなかったが、もしやと目を見開いた

 

 

「まさか…あの時って」

 

 

 

「ああ、車を止めたり…あのチビ助達をボコボコにしたのも…色々含めて俺が手助けしてだけにすぎない」

 

 

「お前に超能力なんか存在しなかったってオチだ」

 

 

「タロウが全部…」

 

 

 

「いいか…この前も言った筈だ。お前は心を読む力があり、人の心に寄り添う事が出来る」

 

 

 

「武力や富など必要ない…お前の力でも人は救える。」

 

 

「そうなれは、俺の相応しいお供になるだろう」

 

 

 

「…」

 

 

「うん…分かった」

 

 

「もう、忘れない…」

 

 

ギュッ…とタロウをより強く抱きしめ、高い鼻がポロリと落ちて元の型に戻る

 

 

 

「ぜったいぜったい、忘れない…」

 

 

 

 

 

 

 

「…今度忘れたら、俺が成敗してやろう」

 

 

なんとも締まらない一言を呟くタロウだが、それでもタロウらしいセリフで今回の珍事件は幕を下ろしたのだった

 

 

 

 

 

 

「(あれ…?最後の方ってアレたろうが原因じゃあ…?)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

________________________________________________

 

 

 

 

あれから数日経ち、アーニャの前に頼み事を口にする者も少なくなった。理由は、彼女自信が幾度となく断り続けていたからだ。まぁいいか、お助けアーニャとしての存在が薄れていく中アーニャは勉強に慎んでいた。

 

 

 

「やっぱり、ちちの言う通り。勉強の方が大事」

 

 

もうあんなことはゴリゴリ…と、人助けは暫く忘れて元の生活に戻るアーニャ。やはり地道に頑張り続けて頑張って特待生になろうと意気込んでいった…

 

 

 

 

 

今回の教訓

 

 

 

       「鼻を高くしない事」




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たいけつじなん

拙くてすみません、結構歴ある方なんですが一向に満足がいかない…


三話「たいけつじなん」

 

 

 

「おい」

 

 

「なんだ?」

 

 

 とある日の休み時間、みんなにとって嬉しいチャイムが鳴り、お弁当箱を早々と並べ始めるクラスメイト達や食堂に向かう生徒がいたり、休息のひと時を味わう中でアーニャとベッキーもその準備をしていたところにとある男児に声を掛けられる。

 

 

 

ダミアン・デズモンド

 

 

クラスが変わってからしょっちゅうアーニャ達のクラスに来る。彼女に話しかけてはちょっかいをかけ続け、それが一年続く。何故彼がそこまで執着するかというと、そこに嫌いという理由はなく…

 

 

 

「何?またちょっかいかけんの?」

 

 

 

「ちげぇ、今日はマジで用があんだよ」

 

 

 

 

「ほう…言ってみよ」

 

 

 

上から目線で聞き返すアーニャに通常は悪口の一つや二つ吐き捨てるが今日は珍しく聞き流して本題に入った

 

 

「お前…最近になって聞くんだがよ…」

 

 

 

 

 

「「タロウ」って奴とどんな関係なんだ?」

 

 

 

 

アーニャに一方的な好意を寄せているのだった(しかも本人には多少バレている)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…たろう?あのたろうか?」

 

 

 

「ああ…別に気になっている訳ではないぞ?友達も少ないちんちくりんに他の人間と関わっているのか確かめに来ただけで…」

 

 

 

「あー、それ私も気になる!どんな人なの?」

 

 

 

「たろうはアーニャのお友」

 

 

「ん?」

 

 

 

皆が耳を傾けいる中、衝撃の事実にダミアンも目をパチクリさせて聞き返した。

それもそのはず、ベッキーとぐらいでしかつるんでいる光景しか見かけなかったのにも関わらずある日突然男の友達が出来た事を唐突にカミングアウトした為、二、三秒程脳の機能が停止しかけのだった。

 

 

 

「今…なんて?」

 

 

 

何かの間違いかもしれない、と言い聞かせて聞き返す

 

 

 

「たろうはお友」

 

 

 

 

「お…」

 

 

 

「おともぉぉぉぉぉぉ!!!???」

 

 

 

 

校舎全体が揺らぐ程の声がこの日全ての生徒たちが耳に届いた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どういう事だよ…!なんでッ…?」

 

 

 

あの言葉がグルグルと永遠に回り続けるダミアン。あれから目にも止まらぬスピードで駆けて行った彼は校舎の隅っこでずっとブツブツと呟き続けている。

もういっその事正直に伝えればいいのに…と野次を投げたい所だが彼の心はそう正直なものではなかった。

 

 

「タロウ」はどんな人物なのか、自分をさしおえて親密になろうとしているのは何故なのか。新たな恋敵…いや、手強い敵が増えた事に若干の焦りと多大な嫉妬を生む

 

 

 

 

「タロウ…」

 

 

 

チラリと壁際ならこっそりアーニャ達の会話を聞いた事があったが(ここまでくると彼の変態的な所に問題があるが気にしないでヨシ)タロウの話題になると忽然と態度が変わり、いつも楽しそうに話しているのを思い出す。

自分には見せないあの笑顔…

 

 

 

「まさか…」

 

 

 

 

考えれば考える程恐ろしい事を思い浮かべる。まさか…もしや友達以上の存在にまで…

 

 

 

 

「あぁぁぁああ…!」

 

 

ゾンビのような絶望を受ける声を出す。例えればムンクの叫びのような表情を浮かべるがダミアンの超上流階級のプライドを思い出しなんとか平静を保つ

 

 

 

「とりあえず…何がなんでも調べてやる…」

 

 

「こうしてはいられねぇ…今すぐ「タロウ」とかいう憎き輩を探さねぇと…!」

 

 

「じゃないとアーニャがぁ…!」

 

 

 

 

 

時は一刻を争う、多少の早退がなんだとマッハの速度で手続きを済ませて本拠地へと早急に向かう。

 

 

「(確か…シロクマとかいう配達会社の奴だったか…)」

 

 

アーニャがこぼした情報を手がかりにダミアンも電話でデズモンド家関係者全員にタロウの詮索命令を下す。

 

一瞬校舎から出る時にアーニャが近くにいたような気がしたが…

 

 

「(待ってろよ…!今すぐ俺が助けてやる!)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、俺に決闘を持ち込んできたわけか」

 

 

「そういう事だ」

 

 

 

 

 

 

ダミアン氏の手早い行動によってタロウの場所を特定する事が出来た。全くご苦労なものだとタロウは彼の熱意を労うものの、決闘と聞けば無視する訳にもいかないら。

 

だが、それよりも重要な事をタロウに聞く必要があった

 

 

「一応聞くが…お前、アイツの何なんだ?」

 

 

 

「お供だ」

 

 

 

 

「ぐぉぉおお……!」

 

彼がそう答えた瞬間にダミアンは芋虫のようにくねらせて苦しみの声を漏らす。一体何がしたいんだといいたげな表情のタロウ

 

 

 

 

「ていうか…なんでお前なんだよ!!俺はてっきり他のクラスの連中共かと思ったんだぞ!!?」

 

 

「それが調べてみれば…いい歳した大人じゃねぇか!!何歳離れたチビと戯れてんだ!!?」

 

 

 

苦しんだかと思いきや急に逆ギレをかます彼だが、タロウはそれに動じず答える

 

 

 

 

「それの何がおかしい?」

 

 

 

「おかしいだろ!!!!」

 

 

 

 

 

「…いいか、お供に年齢など関係ない。誰にだってお供になれる…そう、お前もだ!!」

 

 

 

ビシッと指を指されるダミアンは絶対ならねぇ、と全力で否定した。

 

どうやら彼は想像以上に頭がおかしい奴なのかと今の会話から察した。となれば何故こんな不届き者にあのチンチクリンが懐いているのか余計に意味がわからなくなり、我慢の限界に達する寸前でダミアンはそろそろ話を切り出した

 

 

「もういい、お前がとんでもない奴だというのは分かった…だから!お前に決闘を申し込む!」

 

 

 

「決闘か、いいだろう!!」

 

 

 

清々しい程に承諾したタロウ、かえって腹が立つ。

 

 

 

 

「しかしだ!武力でやりあうのは俺も気が引ける。」

 

 

 

「…そうだな、今から一日の中で俺に一本当ててみろ!」

 

「一回でもな!」

 

 

 

 

 

「ほお…面白ぇじゃねぇか」

 

 

 

「その勝負…俺が絶対勝ってやる!!」

 

 

 

一人のお供を賭けた(本人は何も知らない)仁義なき戦いが、今宵にて幕を切った。

ダミアンはこの勝負にて勝つという強い意志を見せたが、タロウという存在がどれだけ人間離れしているのか彼はこの時まだ想像すらついていなかった…

 

 

 

 

 

 

 

 

デズモンド家次男VSシロクマ宅急便社員

 

 

 

レディファイッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルールはなんでもあり!タロウに何らかの手段を用いて見事に不意をつければ勝利、もしくはタロウに対して何らかの勝負を仕掛けて勝利するのもヨシ!!とにかくもう何でもあり!!ホントに!

 

 

 

 

 

 

まず、ダミアンの仕掛ける攻撃は遠くからの狙撃作戦。この日の為にジャンク店にて取り急ぎで購入したウォーターガンでタロウを遠くからアタック!

 

「(まさかこの俺様が一般庶民の店内に入るとは…)」

 

 

「(まぁいい、そんな事言っている暇はない…俺様にとって大一番の勝負!別にあのチンチクリンが大事とか大切とか思ってないけど売った勝負は絶対に返す!)」

 

 

ぶつくさと喋っている間に会社からず姿を現すタロウ。この日は朝イチからの仕事の為荷物の詰め込み等を行なっている。完全視覚外にいるダミアンは今が絶好のチャンスだと感じ取り勢いよく発射させた

 

 

 

「今だ!」

 

 

 

狙いはど真ん中に命中する筈だったが、最初から彼の位置がバレていたかのようにどこで取り出したか分からない鍋蓋でダミアンの奇襲を見事にガードした。

 

 

 

「はぁ!?」

 

 

 

「やはりそこにいたか」

 

 

 

「腕立て千回だ!」

 

 

「う、腕立て千回ィ!?」

 

 

 

「まさか…お前には何もペナルティは下されないと思っていたのか?」

 

 

「決闘である以上、それ相応の覚悟をするんだ…それが分かったら早速始めろ!」

 

 

 

「……ぐ」

 

 

「男に二言はねぇぇぇえ!!!」

 

 

勝負は常にフェアであれ…ここで断る訳にはいかないと言い聞かせながら道路の端で腕立てを始める。何故こんな事をしているのか分からないが考えれば無駄だと悟り、とにかく身体を動かした

 

 

「(なぜこの俺様がぁぁ!?)」

 

 

 

「タロウォォ!!貴様覚えていろぉぉお!」

 

 

 

 

 

 

 

 

一般庶民に屈辱の仕打ちを食らってしまうダミアンだったが、めげずに次の作戦へと移行した。

 

あれ以上の奇襲を仕掛けて駄目ならば、無駄な小細工を仕掛けても彼を上回るのは不可能だと察したダミアンは真っ向から勝負を仕掛ける手荒な作戦を練り始める

 

 

 

 

「こうなれば…頭を使った勝負で挑んでやる!」

 

 

 

 

 

彼が考えついたのは、ボードゲームである。

 

 

 

 

「(この俺様は、ボードゲームの中で特にオセロが得意なのだ!)」

 

 

 

タロウ解析班(急遽作った)によればオセロは全くの未経験らしく、それに比べてダミアンは現在無敗の記録を持つほどの実力を持っている。

 

 

これなら勝てる!と勝ちの確信をしたダミアン。多少のルールは教えなければならないが、一度見ただけで一瞬にして達人級の強さに早変わり、なんてさえしなければ負けるなんて事はほぼあり得ない。そう、きっと…

 

 

 

「と、言うわけで次はオセロで勝負だ!」

 

 

 

場所は変わりダミアンはシロクマの社内へと訪れる。「デズモンド様がお越しになられたぞ!?」と社員一同はすぐさまお召し物を出そうと大騒動になる一方でタロウは相変わらず一つも変わらない表情でダミアンが差し出したオセロ入門編の教科書をまじまじと見ていた。

 

 

「ほう、ボードゲームか…しかし俺はやった事がない」

 

 

 

「(計画通り)」

 

ニヤリ、と黒幕級の邪悪な笑顔をこぼすダミアン。

 

 

「(これで、コイツを今度こそコテンパンにしてやるのだ…!)」

 

 

 

 

「さて、やろうか」

 

 

 

「…い、いいのか?」

 

 

 

「ああ」

 

 

 

「もう大体のルールは理解した」

 

 

 

 

「(…まだ流し読みしかしてないよな?)」

 

 

 

「(まあ…いいか)」

 

 

わずか5分程度で本を閉じるタロウ。もう見る必要がないとダミアンに返してしまうあたり余程の余裕があると見込んだ。

だがそんな簡単なものではないとすぐに味合わせてやる、タロウの挑発じみた行動に癪に触ったダミアンは早速一試合目を開始する。

 

 

 

 

 

「(…ん?)」

 

 

 

 

「(あれ?)」

 

 

 

「(あれあれあれ…???)」

 

 

徐々に手数を増やしていくとこれまた不思議な事にどんどんと相手の色に染まっていく。

しかし一手ごとに1秒にも満たない速さで進んでいく為、ダミアンのペースが崩れてしまい…

 

 

 

 

「俺の勝ちだ」

 

 

 

タロウの圧倒的勝利というダミアンにとって予想だにしない結果に何故こうなっているか理解が追いついていない。人生で初めて負けた相手がまさに宿敵といえる人間である事にかつてない醜態を晒したと思い込んだ

 

 

 

「どうする?もう一試合やるか?」

 

 

 

 

「…」

 

 

 

ダミアンは歯を強く軋ませながらも…

 

 

 

「参りましたァ…」

 

 

 

「そうか…なら!」

 

 

 

ビシッ!と彼に向けて勢いよく指を指したタロウはダミアンにお仕置きという名のペナルティを叩き込んだ

 

 

 

 

「スクワット千回!!!」

 

 

 

「ちくしょぉぉおおおお!!」

 

毎度毎度と律儀に言うことに従うのも気になるが、かなり上の立場であるダミアンがタロウに屈辱を受けた事と、接待のクソもない対応をするタロウに対して社員全員に激震が走ったのだった…

 

しかしこれは正々堂々の真剣勝負、手を抜いたマネや中途半端な態度は一切許されない死闘…二人もそれを理解した上でその戦いを受けた。

 

こうしてダミアンの足がパンパンになって後々泣く始末になったのは置いといて、それでも彼は懲りることなくタロウに新たな勝負を仕掛けた

 

 

 

「(奇襲、知恵と来たら…次は力の勝負だ!)」

 

 

「(だが、普通に考えて俺様がアイツに勝てる訳がない…)」

 

 

 

 

「という事だから、我が一家一番の力自慢を呼んだ!」

 

 

「ついに助っ人に頼ったか!」

 

 

 

「うるせぇ!」

 

 

 

 

筋骨隆々、まさしくその言葉に相応しいボディを持つデズモンド家直属のボディガード…彼の成績こそ優秀なもので、数々の暴力団や暗殺からダミアンを守り抜いた、まさに【鉄壁】呼ばれる巨大の男…

 

 

「君がタロウ君か…」

 

 

「ああ」

 

 

「だが、今は少し手が離せない状況だ」

 

 

「確かに、さっきから何やってんだ貴様は?」

 

 

 

「花に水をやっている」

 

 

 

今日は配達でなく、会社前に植えられたチューリップやバラなどの植物に手入れをしていた。

 

ここは大人しく待っていようと待機していた

ダミアン達だが、やがて作業を終えたタロウが再び彼らの前に姿を現した

 

「…待たせたな」

 

 

「よし…早速勝負といくぞ!」

 

 

 

ドン!!と大量に積み重なった瓦をタロウに前に出した。用するにこれは単純な力比べである

 

 

 

「こいつをどれだけ壊せるか!貴様はこの男と勝負してもらう!!」

 

 

 

「君がタロウだね…」

 

 

「ああ」

 

 

ズオォ…と空気が一段と重くなるのを感じる。それだけ彼の圧が凄まじいのかもしれないがそれに臆せずタロウは毅然とした状態で彼と目を向き合う

 

 

 

「他の人間に手を借りるのはどうかと思うが…まぁいいだろう」

 

 

 

「ハッハッハ…随分と自信ありげに見えるが

…」

 

 

 

 

そこに突然用意された積み重なる瓦を、彼はそれを片手にいともたやすく真っ二つにかち割る

 

 

 

 

 

 

「これでもまだそう言えるかな?」

 

 

 

「ほお…あんた、中々やるな」

 

なかなかのパワーだ、と彼を関心する一方で

ダミアンはタロウの顔を見て嘲笑う。内心ではこの男の怪力にさぞ竦んでしまっているだろうと卑劣な笑みでタロウを見た

 

 

 

「(ククク…次はお前が屈辱を味わう番だ、タロウ!)」

 

 

 

雪辱を晴らすのは今だと言わんばかりにタロウを急かすが…

 

 

 

 

「こんなもの、造作もない」

 

 

 

「代わりにこいつを割ってみせよう」

 

 

 

 

「これは…」

 

 

先程とは材質が違う鉄製の瓦を六十段ほど積み重ね、タロウは片手で豆腐を割るかのように粉砕した。

 

 

 

 

「あ…」

 

 

 

「まぁ、こんな所だが…」

 

 

 

 

人間離れしたその馬鹿力に目が点になるダミアンは、この世のものとは思えない目でタロウを見ていた。

テレビでは格闘アニメや超能力ものの作品が出回っている現実でそれ堂々の事が起こってしまえば誰でも考える事を一瞬やめてしまう。

そんな状況を陥っているダミアンはタロウと粉々になった瓦を交互に見て…

 

 

 

「(コイツ、バケモンすぎるだろ!!!?)」

 

 

 

 

 

そう痛感したのだった。

 

 

 

 

「クソ…だからって諦めてたまるかよ…!?おい!お前もアイツと同じ奴でまた…」

 

 

 

「マイリマシタ…」

 

 

「おおぉい!!??」

 

 

 

自信満々であの芸当を見せたものの、その遥か上を悠に超えられたのかあっという間に戦意喪失してしまう巨漢の男はタロウにひざまづいていた。某ボクシング漫画の如く真っ白になっていた彼はもうタロウとの競り合いに追いつけずリタイア、となれば…

 

 

 

「お前の負けだなチビ助!」

 

 

「さぁ…もう分かっているだろ?」

 

 

「あ…ああ…」

 

 

「縄跳び三千回!!」

 

 

 

 

「せっかく筋肉痛が治ったのによぉおおお!!」

 

 

 

例のお仕置きは冷酷にも下されたダミアンはまたもや身体がバキバキになる始末に。

もう降参すればいい話だが、彼にはどうしても勝たなければならない理由があった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

________________________________________

 

 

 

「あいつ、弱点ねぇのかよ!!」

 

 

 

タロウの超人的能力をとことん味わったダミアンは原っぱで大の字になってそう叫んだ。

あの後、何度も勝負を仕掛けのだが案の定惨敗。

 

運の勝負のロシアンルーレット(わさび入りのシュークリーム)では全てダミアンが外れを引き、ゲーム、徒競走、指スマ、ありとあらゆるジャンルで攻めたが全て無駄になる。

 

運に関して数打ちゃ当たる感覚で仕掛けているのだが、その理論は最初からなかったかのようにタロウを負かす事は出来なかった。

 

 

 

「くそくそくそぉ〜!!」

 

 

 

「どうすりゃいいんだよぉ〜!!」

 

 

あれだけ容赦のなく、そして隙のない人間は初めて出会った。自分を持ち上げてばかりの卑屈な人間ばかりとしか巡り会えなかったが、ここまで悔しい思いをしたのはいつぶりだろうか。もしかすれば、初めてかもしれない…

 

ダミアンはふと頭の中でひとりの顔を思い浮かべる

 

ピンク色で腹のたつ顔をしてこちら見るあの女の子…

 

 

 

 

「…って、いやいや!なんでここでアイツか出てくんだよ!」

 

 

 

ジタバタとその顔をもみくちゃにしようとする、そんな一部の人にとっては愛くるしい動きをする彼にあの男がやってきた

 

 

 

 

 

「ほお…」

 

 

「!?」

 

 

 

「そういうことか…」

 

 

 

 

「タロウ、貴様か…何のようだ!!」

 

 

 

「俺様は今無償に苛立っている!勿論貴様のせいでな!!」

 

 

「何故俺だ」

 

 

「分かんだろそれぐらい!!」

 

 

こいつと会うと碌なく事がない、しっしっと今は話す気もない様子なダミアンを無視してタロウは彼にこう問いかけた。

 

 

 

 

「お前…もしや…」

 

 

「何だよ!」

 

 

「アイツの事が好きみたいだな!!」

 

 

 

 

 

その台詞を聞き数秒黙って、桃のように頬が染まり初めた頃に大きな声を上げた

 

 

 

「はぁぁぁぁぁああ!!??」

 

 

 

「何かあるとにらんでいたが、やはりそうだとは…」

 

 

「これで勝負を仕掛けた納得もいく」

 

 

 

ニヤリと、普段みせないタロウのそんな表情をダミアンに向けるも一番知られたくない事をバラされた彼にとっては穴があったら入りたい状態になっていた。

 

 

 

 

「何か言っているのか全然分からん!!バカか貴様は!?大バカかぁ!!」

 

 

 

「俺はタロウだ」

 

 

 

「ちがぁぁう!そうじゃない!!」

 

 

 

どんどんと彼にとって最悪な状況が回り始める中でさらに追い討ちかけるような事態が起きてしまう…

 

 

 

 

「アイツには言わないのか?」

 

 

「…だからちげえっつぅの!俺はただ…お前の敗北する瞬間を見たくだな…」

 

 

 

「どうだか…」

 

 

 

 

「子供は正直であれ…好きなものは好きと、素直に言うべきだ!!」

 

 

 

 

「うるせえ俺様に指図すんな!!」

 

 

 

とはいえ少し早めの思春期真っ逆さまを迎えるダミアンとって女の子、日頃ブスと罵っている人間に「好き」なんていくら金を積まれても出来ぬ事だった。

どこまでも正直になれない男、ダミアンに向けて正直者のタロウはどうしものかと頭を悩ませていると…

 

 

 

「二人、何してんの?」

 

 

 

 

「お供か」

 

 

 

「!?お、おまっ…!」

 

 

この勝負の発端である(勝手に)アーニャが二人の前に訪れていた。どうやら飼い犬の散歩でよくここを通っているらしく、タロウと

ダミアンがいつの間にか仲良くなっているのだと思い込んだ彼女はダミアンに理由を問う。

 

そんな最悪のタイミングでばったりあってしまったダミアンはバツが悪そうな顔で後ずさる。

 

 

 

「たろうのおともになったのか?」

 

 

「そ、そ…そんなんじゃねぇよ!!つかおともって何だよそもそも!」

 

 

 

 

「ああ…そうだ、ちょうどいい」

 

 

「こいつ、お前の事が好きらしいぞ」

 

 

 

「○!※□◇#△!!?」

 

 

突拍子もない発言で石にされたかのようにダミアンはカチコチに固まった。

何でもかんでも正直に発言してしまう…これはタロウの性というか、そればかりはどうしようもない事なのだが…

 

 

文字に起こせないほどの声を発するダミアンは目が飛び出る程の顔でパニックになる

 

 

 

「テメェタロウこの野郎!!!?」

 

 

 

「なんだ…正直に話せと言ったが、お前は中々前に出ない。だから俺が…」

 

 

 

「もう、喋るな」

 

 

ズイってと、人生最大の激昂ぶりを見せながらタロウにドアップで近づける

 

 

 

 

「もう、喋るな!!!!」

 

 

「俺はお前の気持ちを…」

 

 

 

もう、だめだ…コイツは話が通じない…オワッタ、とガックリと膝から崩れ落ちる。

ボシュー、と口から煙を出しているとアーニャが近づいてくる。

今更言っても散々悪口を吐き捨てたり意地悪な行動を繰り返している為かきっと自分の事をよく思っていないだろう、だがそれは自業自得で、仕方のない事だと諦めきっていたが…

 

 

 

「ほーん…」

 

 

ニヤニヤと、例の顔を浮かべながらも消沈したダミアンの周りをグルグル回る。

 

「あ、あのな…これは勘違いなんだ。本当にマジでマジで、全部アイツの嘘で…」

 

 

 

「アーニャ、嬉しいぞ〜」

 

 

チラリと、彼女の顔を見たが二パッと笑っていた。

 

思っていた結果と違う、むしろこれは…

 

 

 

「(これは…成功って事?)」

 

 

 

「お?早く帰らないと…ちちに怒られる」

 

 

「んじゃ、また!」

 

 

「ああ、気をつけて帰れよ」

 

 

 

颯爽と家路へと急ぐアーニャ。一方ダミアンはまたもや石状態になって喋りも動きもせずに硬直していた。

 

 

「どうした」

 

 

裾を引っ張るも反応はない

 

 

 

 

「死んだのか」

 

 

 

 

「…な」

 

 

「?」

 

 

「なんで、あんな事言ったんだ?」

 

 

 

 

以前からタロウというのはライバル的な存在だと勝手に認識していた。アーニャと親交があり、自分以上に距離が近い関係になりつつあるタロウに深い嫉妬心を覚えていた。

勝負を仕掛けたのもそんな男を越えれば自分もアーニャと悪くない関係になれるかもしれない、と考えていたからだった。

 

しかし、彼の行動はむしろ自分とアーニャの間を縮めようとしていた。ライバルであるはずのタロウがまさかのキューピット的な行動に出たのだった。

 

 

 

「あんなに理不尽なことをしたのに…」

 

 

 

「もっと正直になれ」

 

 

 

 

タロウは屈んだ状態でダミアンの正面に向けてそう口にする

 

 

「え?」

 

 

 

「さっきも、アイツはとても嬉しそうだった。きっとお前と仲良くしたいのだろう」

 

 

 

「そういう事だ…言ってみれば、人はそれを受け止めてくれる。」

 

 

 

「!」

 

 

ダミアンの心は大きく揺れる。こんなにも器が広く、あんなにも自分と対等に接してくれた人間は他にもいない。

 

 

「(…金、名誉、安泰、そんなものばかり目にしかしてない奴らが俺にばかりこぞってやってきやがる)」

 

 

「(でも、この男は違う…)」

 

 

 

 

世界有数のデズモンド家の長男ではなく、ひとりの人間として接するタロウにこう願いを申した

 

 

 

 

「兄貴!これから、兄貴って呼ばせてくれぇ!」

 

 

 

「兄貴だと?」

 

 

 

「俺は兄貴みたいな人になりてぇ!だから、一生ついて行きたいんだ!」

 

 

 

「…」

 

突然の申し出にタロウは考える。つまりは…

 

 

 

 

「お供になりたいって事か!」

 

 

「ああ!」

 

 

 

「ほう、面白い!!お前には縁を感じる!!」

 

 

 

「俺についてこおおぃ!!」

 

 

 

「まずは夕日にダッシュだぁ!」

 

 

「おっす!!」

 

 

テンション爆上がりのタロウはダミアンを引き連れ夕日に向かって走り始めた。何故、突然走るのかは不明だが幾つかの勝負を経て二人は親密な関係になった。

勘違いで始まり、勘違いで終わる。そんな妄想が過ぎた少年ダミアンはこうして兄貴と慕い始めたタロウの背中を追いかけるべく走り続けたのであった

 

 




補足
ダミアン君について

結構キャラ崩壊しかけてますが、タロウのドンブラ効果によるデバフがかかっていると解釈してください。



じか〜いじかい、「うたがいスパイ」 お楽しみに…


お気に入り、評価よろしくお願いします


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うたがいスパイ

五話「うたがいスパイ」

 

 

 

 

「ふぅ…」

 

 

 

浅いため息をつくその男、ロイド・フォージャー…

 

職業は精神科医だが、それは表の顔。裏の顔は、隣国西国ウェスタリスの諜報機関WISE

「ワイズ」が誇る伝説のスパイであり、そのコードネームは『黄昏』で知れ渡っている。

 

 

オペレーション〈梟〉と称される長期作戦が現在動いているがそんな彼に、また一つ極秘任務が舞い降りた。

 

今を生ける伝説の人間でも、疲労の二つや三つも抱えてもので片手にあるコーヒー一杯でも到底養えるものでもない。しかし、異常に激務な状態が続く中でまたしても余計な仕事を背負わされる彼は胃の痛みが止まらない。

 

 

 

「一体なんなんだ…」

 

 

 

 

そこにある1通の手紙、謎に一般の郵便局を通じず独自のルートから彼の自宅へと配送されたその謎の手紙は内容を見るにそれは直ぐに分かった。

 

 

「ドン王家の調査…!?」

 

 

 

「ドン王家」と呼ばれる家系に目が飛び出そうになる。数多の機密情報を網羅した彼でさえドン王家の詳細は聞くことすらない程その正体は闇に包まれている。唯一分かる事は世界有数の一族でありながら表向きは国際協力を目的とした世界の統治する役目を担う程の権力を持っている事。その謎の一族に良くない噂や都市伝説などざらにあり、彼らを暗殺しようとする者やその真実を探る者も少なくない。

だが、ここ数100年とその真実を公に暴かれる事はなかった。が、ほんの小さな情報が彼の読む手紙に綴られていた

 

 

 

「ドンの名を持つ者、「ドン・モモタロウ」の調査と監視…」

 

 

 

 

どうやら「東国」で「ドン・モモタロウ」と疑わしき人物が存在していると判明したらしく、彼らの動向が何なのか危険を冒さない程度に見張っておけとの事。その他には身長や性別、大まかな情報が載せられていた。

 

 

 

とはいえ、どこにいるさえも分からない状態で見つけるのは大砂漠で宝石を探す程気が遠くなるようなもの。しかも、偽称さえされたら…

 

 

「ドン王家なぞ、ただの都市伝説にしか過ぎないと思っていたが…」

 

 

 

 

「……俺にもようやくその話が流れてきたって訳なのか」

 

 

出来れば触れたくもなかった事なのだが、WISEが「ドン王家」の存在を認めた以上、 かなり危ない領域まで足を突っ込むことになる。もしかすればオペレーション〈梟〉と同等、いや…それ以上に過酷な任務になるかもしれない。

 

稼働力がますます増大するロイドは頭を抱える。

 

彼は、ふと窓側の景色を見る。かなり激しい雨が降っており、到底ピクニック日和とは言えない。

今日は久しぶりの休暇とったのだが妻もおらず、おまけに厄介な任務を舞い降りたりと既に早朝から疲労感が積もる彼だったが「ドン王家」の話一旦置いておく事にした

 

 

 

 

「アーニャ、何やってんだ?」

 

 

 

カリカリと紙に絵を描いているアーニャの所へ向かう。見てみると自分の似顔絵と、隣にはでかい男の絵が描かれてある。

 

 

 

「アーニャとたろう」

 

 

 

「た、たろう…?誰だそれ」

 

 

 

「アーニャのおとも!」

 

 

 

絵を描きながらもロイドの質問に返答する。なるほど、要するに友達という事か。

男の子の友達が出来るとは少し意外だったが、まぁ学校生活を馴染んできている証拠だろうと納得する。

 

 

「タロウ…」

 

 

タロウという名にロイドは引っかかる。いや…まさかな、とありえぬ事を自己否定する。ドン・モモタロウの偽名かタロウなどと、それはあまりにもバカ過ぎる。などと考えていたらピンポン、と玄関のチャイムが鳴るのを耳にする

 

 

 

「たろう!」

 

 

と、寝転んでいたアーニャが思い切り立ち上がる。

 

 

 

「(タロウ?そんなもの買った覚えはないが…)」

 

 

ロイドは毎週火曜日にはある程度の日用品定期的にネット注文していた。色々と事情があり彼はあまり外に出る事を極力控えている為、宅配サービスには世話になっている。

 

 

「はい」

 

 

「お届け物です」

 

 

「いつもありがとうございます…」

 

 

そこにはそこそこの身長がある男が荷物を抱えて待っていた。別に至って変ではない、と普通にサインをしようとしたのだが…

 

 

 

「たろう!」

 

 

 

「そうか、アンタが父親って事か」

 

 

「え?」

 

 

 

たろう、とアーニャがそう名指す彼…確かに良く見ればネームプレートには「タロウ」と記されている。

 

 

 

 

「……」

 

 

 

「(ん?)」

 

 

 

ロイドはここで今までの出来事を整理する。まず、

 

 

アーニャはタロウの事を「おとも」と呼んでいる。そのタロウというのが、今週に頼んだ荷物を持ってきたこの男。

 

 

 

「(……んん??)」

 

 

 

 

手紙にある情報と見比べた。性別は男で身長170を超えている。

 

 

 

「(ま…まさか…)」

 

 

ロイドは手紙の情報と彼が一致している事に驚きを隠せなかった。

極めつけには「タロウ」という名前が決定的となっていたのかその衝撃的な状況に思わず片手に持っていたペンを落としてしまう

 

 

「(嘘…だろ…!?こんなにも近くにいたとは!)」

 

 

「(確かに、あまり配達員の人とは顔を合わせてこなかったが…先程きた緊急任務の重要人物がまさか配達員に紛れて生活しているなんて!!)」

 

 

想定外の展開に現役スパイでも頭の整理がつかないでいた。

 

ただ分かる事は彼がとてつもない人物であり、さらにアーニャと既に交流があるという事。その事実が判明した彼だったが、咄嗟にある考えに至った

 

 

 

「(まさか…!?)」

 

 

「あんた、どうした?」

 

 

 

「(アーニャと仲を深める事で逆に俺からの情報を抜き取ろうっていうのか!?)」

 

 

 

こんな小柄な少女とわざわざ仲良くなるには何か理由があると踏んだロイドは、ポーカーフェイスを交えながらタロウに諭されぬよう周りの状況をみた。これといった武器はないが、あのドン王家である以上どんな手を使ってくるけわからない。

だが、まさかこんな方法で攻めてくるとは…想定以上の危険な状態が続く中、タロウが一言口にした

 

 

「サイン、貰っていいか」

 

 

「…!あぁ、すみません…」

 

 

 

今のところ怪しい動きはない所、相当な慎重派だとにらんだ。今までターゲットにここまで追い込まれたのはある意味タロウが初めてかもしれない。

と、ただサインを書くだけなのにとてつもなく重たい雰囲気が流れる。それを気にも留めずアーニャはピーナッツ貪り食う

 

 

 

「これでアンタにも縁ができたな」

 

 

 

「何…?」

 

 

 

 

意味深な発言をしたも思われるタロウに対してロイドも身構えた。縁がある、どういった意味かは分からないが自分に対しての宣戦布告なのかもしれない。どこまでの謎な男にどっと汗をかく

 

 

 

 

 

「こいつと同じだ、中々いい目をしている」

 

 

「(なるほどな…こちらの目的は筒抜けという事か)」

 

 

 

極秘任務でさえも彼には全てお見通しという訳か、と彼がドン・モモタロウである事を確信したロイドは一歩引きながらもタロウへの視線を外さない

 

 

「それは、どうゆう意味で?」

 

 

 

「決まってるだろ」

 

 

 

「アンタも俺のお供になれ!」

 

 

 

 

「…は?」

 

 

 

突拍子もない言葉に間抜けな声を漏らす。思っていた返事ではなかったのでどう返していいか分からずにいたが、彼の意見を無視してタロウはどんどん話を進める

 

 

 

「そうだ、見るからにアンタは普通の人間じゃあない」

 

 

「どうだ、なってみないか?」

 

 

 

「いや、結構です。では」

 

 

 

ガチャン、と静かにドアを閉めるロイド。もう話にならないと判断した為か勢い勢い余った行動だったが、こうでもしないと彼は止まらないだろう。ドン王家の人間あんなにも変人な奴が多いだろうか、少なくとも対面はあまりしたくない。

 

 

「はぁ…」

 

 

「なんでしめた?」

 

 

「…確かアイツが友達なんだろ?」

 

 

 

「ん」

 

 

 

「……一応行っておく、次からはあんな奴とは絡むな。いいな?」

 

 

 

自分の為にも、そして何よりアーニャの為にも金輪際タロウと会う事を禁じたロイドは肩に手を乗せてそう言う。

 

「たろう、悪いやつじゃない…」

 

 

「かもしれないが、あんなキャラクターみたいな奴は危ないかもしれないんだぞ?」

 

 

 

「でも、何度もアーニャの事助けた…」

 

 

 

 

その一言で、また一つある事を思い出す。

チラリと聞いた事があるものの、アーニャがよく誰かの話をしていたのが多々あった。恐らくタロウについてだろう…となればあの頃から面識があるとすれば、もうこちらの話は既に知り尽くされているかもしれない。

 

 

 

 

「……一生の頼みだ、アイツにだけは会うな」

 

 

 

「……」

 

念押しをするように、彼はアーニャにそう釘を刺した。幼児と青年男性が一緒になって遊んでいるというのは一般的から見てあまり良く思われないかもしれない。だが、それはアーニャにとってはどうでもいいこと。

 

人生で指折りの友達といえるであろう彼を腫物扱いするロイドを良く思っていなかった。

 

 

 

 

 

「ちちのわからずや!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

_________________________________________________

 

 

 

 

 

 

 

 

日はとっくに暮れ、街並みが点々と街灯で照らされていくこの時間帯でアーニャとロイドはめずらしく外食を取る事になった。子供ならば外食と聞くとそれだけでテンションが上がるだろう。そこそこのいい店でもあるレストランに訪れ、いつもよりも元気なアーニャはひと回り豪華な食事を堪能していた。

 

 

「うま!」

 

 

 

「あんまり溢すなよ」

 

 

 

年相応な拙い食べ方だが、見ようによって愛くるしいその様子をみるロイド。

とはいえこれから多くのお偉いさんとの会食がある事を考え、やはりある程度の作法は学ばせておかないとならない。

 

 

 

「はは、かえるのおそい」

 

 

 

「仕方ない、今日も忙しいみたいだからな」

 

 

今日は二人だけの食事、少なくない事だが…どこか物足りなさを感じているのは確かだった。やはり家族全員で食事しているのが一番安心するのだろうか

 

 

「それは残念だな」

 

 

「ああ…ん?」

 

 

後ろから聞こえる男の声、その方向に振り向くと食事を行うタロウの姿があった。どうやら彼もここにいたらしい。

 

 

「(な、なんでまたこんなにも近くに……!?)」

 

 

タロウとの再会に悲痛な表情を浮かべるロイド、こんな偶然などあるものだろうか

それとは反対にまた会えたアーニャはペカーっと笑顔を振りまく

 

 

 

 

「たろう、また会えた!」

 

 

「ああ…やはり、アンタには縁があるみたいだ」

 

 

「(さっきから何なんだそれ!?)」

 

 

何度も思うがこの男、やはり奇妙にして変人である。

 

 

 

「(この男、俺たちの夕食まで監視するつもりか…?全くもって抜け目がない奴だ)」

 

 

相変わらずタロウを敵視するロイド。獲物を狙うライオンの如く睨みつけるもそれを無視するタロウは頼んだメニューに手をつけた

 

 

 

 

「…何だこれは」

 

 

 

「たろう、それ美味いの?」

 

 

 

 

「5点だ!!」

 

 

 

 

「は?」

 

 

ガタっ!!と勢いよく立ちながらそう言い放つタロウ。そして何故かそのままズカズカと厨房へと入っていく。流石のシェフ達もそれには動揺し「どうされました!?」などとタロウを宥めようとするが彼の足は止まらない

 

 

あまりの奇人っぷりにロイドも頭を抱える。

 

 

 

 

「(くそ…あいつ余計な事を…!)」

 

 

 

彼にはこのレストランで余計な事をして欲しくないある理由があった。

だが、それに構わずタロウはシェフ達に向かってこう言った

 

 

「あの料理を作ったのは誰だ?」

 

 

「わ、私ですけど…」

 

 

 

「あの料理は最悪だ!とても食べたものじゃない!」

 

 

 

なんと、タロウが食べた料理を酷評し始める。これにはショックよりも動揺の方が勝ってしまい、「は、はぁ…」としか言いようがなかった。

 

いきなり食べて、いきなり文句を垂れる…もう古典的なクレーマーのやり方である。だが、ここからが違った

 

 

 

「俺が手本を見してやる」

 

 

 

いつのまにか料理服を見に纏うタロウ。巧みな捌きで下拵えを済ませていくその光景に続々と客たちが見に来てゆく。

 

 

「(くっ…ドンモモタロウ、また妙な事を…)」

 

 

「(やむをえん、少し出直すとしよう…)」

 

 

 

「アーニャ、少し早いがもう帰…」

 

 

 

「たろうの料理!わくわく!」

 

 

 

 

「アーニャァ!」

 

 

 

もう一つある用があったのだがまた今度にしようと一旦帰るロイドだったが、タロウの調理姿にアーニャも釘付けだった。

 

何故あんな男の方の料理姿が気になるのか、自分だって毎日料理を家でやっているのに…

もはや嫉妬すら生まれてしまうのをよそにタロウはあっという間に一品出来上がった

 

 

 

 

 

 

「さぁ、食ってみろ」

 

 

 

「…」

 

 

シェフや客の周り達も試食をしようと口に運んでみると、皆が目を見開いて驚いた

 

 

「これは!」

 

 

 

「兄ちゃん凄いな!一流シェフ並みだよこれは!」

 

 

「美味しいわ!」

 

 

 

「まぁな…アンタも、分かったか?」

 

 

 

「えぇ…」

 

 

ものの見事な料理を出された彼は確かに美味しいとタロウの腕前に納得した。

口だけでは実力を行使して人の成長を促していく。それがタロウだけにしか出来ない事であり、当然の事であると考えているものの一人を除いては彼の暴走に不満を抱く者がいた。

 

 

「君、ちょっと来て!」

 

 

グイ、とロイドに首根っこ掴まれるタロウ。ズルズルと男性トイレに連れて来られ、タロウに一喝した

 

 

 

「変に余計な事しないでくれ!」

 

 

「何故だ。あのシェフの腕前は未熟で、俺はそれを指摘しただけだ」

 

 

「それの何が余計だ?」

 

 

 

「余計だろ!」

 

 

最もである。

 

 

 

「やはり君は普通じゃない、縁だの何だのおかしな事言っていたが…」

 

 

タロウの人間性がますますわからなくなっていくロイド。ここにきて彼は本当にドン王家の者なのか、それともただの変人なのか分からなくなっていた。

彼がこれ以上暴れ回るのも困ってしまう為、事の事情を全て話す

 

 

「…アーニャはともかく、俺はこのレストランに来た理由はもう一つあるんだよ」

 

 

「理由?」

 

 

 

「…俺は訳あってとある仕事を任されている。普通と言われればそうではない、特殊な仕事だよ」

 

 

ピラリ、と一枚のとある写真をタロウに見せた。

 

 

「ここのレストランの店長は選挙立候補の当選者でな、その者がとある組織とイザコザがあって命が危うい状態なんだ」

 

 

 

「そして今夜、その組織の一人がこのレストランの中に忍んでいる」

 

 

 

「恐らく毒殺か、それ以外の方法で仕留めにいくつもりだろう…」

 

 

 

彼はいくつか任務を請け負えており、今夜はその一つの方を遂行するつもりでいた。

本来ならばアーニャにトイレと言い訳している間にササッと終わらせるつもりだったが、その間にタロウが下手に乱入してくれた事で計画が少し狂いつつあったのだ。

 

 

 

「何故、俺に話した?」

 

 

 

「それは、君が一番よく分かっているんじゃないか?」

 

 

「【ドン・モモタロウ】…」

 

 

「!」

 

 

ロイドの放った言葉に、タロウはカッと目を見開いた。

その反応でほぼ確定した、彼こそがドン王家の末裔であるドン・モモタロウだと…

 

 

 

 

「何故その名を知っている」

 

 

「……俺は一般人じゃないと言っただろう」

 

 

なるほどな…とニヤリと口角を上げるタロウ。それがどういった意図なのかは、その時

ロイドも判断しかねる

 

 

 

「単刀直入に言う、君はアーニャとどういう関係なんだ?」

 

 

「…」

 

その一言でロイドの鼓動も段々と速くなっていく。幾多の修羅場を経験してきた彼でさえも、あのドン王家で対峙しているだけ何をされるか想像もついていなかった。襲いかかってくるのだろうか、それとも案外すんなりと話を飲んでくれるのか…直球な質問をしてしまったかとその時ロイドは一瞬後悔するも、その返事はすぐに返ってきた

 

 

 

 

「お供だ」

 

 

「ただ、それだけだ」

 

 

 

アーニャについては、それ以上何も言わなかった。

 

 

 

「…はぁ…分かった、分かったよ」

 

 

 

「別に命を狙っている訳ではないんだな?」

 

 

「当たり前だ、俺はそんな事しない」

 

 

 

「勿論、アンタもだ」

 

 

 

本当なのだろうか。まだ警戒心は解けていないが、正直なところとしては彼が嘘をついているような様子は見当たらない。

 

 

 

「…そうか」

 

 

 

 

「俺は君を信じるつもりはない」

 

 

 

 

「…だから、この事は忘れて今すぐに帰ってくれ」

 

 

 

「…」

 

 

「いいな?」

 

 

奇人で妙な雰囲気を持つ男だが、ロイドが思っている程凶暴性の強い人間ではなかった。故に、できれば彼にはこのままアーニャに近づく事なく帰ってほしいとただ祈るようにそう命令したのだ。それなら彼も心から安心する事が出来るからだった

 

じゃあ、と肩にポンと手を置いてロイドは例のターゲットの身柄を確保する為後を去った。やはり、拘束ぐらいはした方が良かっただろうか。自身が下した判断に多少の不安が募るも、タロウの顔を一瞬見る。

 

ただ顔つき一つ変えずただ自分の方を見ていた。

 

 

 

「…」

 

「中々面白い男だ…」

 

 

やはりあの男は只者ではない、とうすら笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

_________________________________________

 

 

 

「さて…」

 

 

場所は変わり、レストランのある一室にて一人の男性が居座っていた。大きなジュラルミンケースを開き、いかにも取り扱い要注意を醸し出す物騒な小瓶を取り出してある準備に取り掛かっていた。東国ではここ幾つかの闇組織や暴力団体なとが対立を繰り返している。麻薬取引や武器の密流に伴って商売競争の激戦化が激しなくなっていく一方で、その取引の防止化が各地域に広まりつつあった。

 

その市長の殺害を理由としてその男は立候補であるこのレストランの店長を殺害すべく計画を進行していたのだ

 

 

 

だが

 

 

 

 

「見つけたぞ」

 

 

「…クソ、タイミングいい時によ…」

 

 

 

「残念だったな、お前の計画は大体お見通しだ」   

 

 

背後から現れたもう一人の男性、ロイドがオートマチック銃の銃口を彼に向けながらも歩み寄る。男の場所を特定するなど、ロイドにとって目を瞑りながらでも出来る所業であるのだ

 

 

「さて、それを渡してもらおうか」

 

 

「誰が渡すか…!」

 

 

 

お互い一歩も引けない状況に変わり、彼に揺さぶりをかけて隙を生み出す為に言葉を投げかけた

 

 

 

「それは毒薬か?成る程その手を選んだわけか」

 

 

 

「流石は天下の黄昏さんだ、勘の鋭さも噂通りって訳だが…」

 

 

 

 

「…」

 

 

チラリ、と彼の背後にある鏡を見る。その様子は背面に一本コンバットナイフを隠し持っているのが分かる。恐らく奇襲に持ちかけようと考えているだろうが、こちらからはその魂胆が見え見えである

 

 

 

「(コイツは思った以上に間抜けだな…)」

 

 

 

 

彼に負けることなどない、そう確信したロイドだったが

 

 

 

 

 

 

 

 

「やはりここにいたか」

 

 

 

「!き、君!来るなと言っただろ!!」

 

 

 

「!テメェ、誰だ!」

 

 

 

 

まさかのタロウが扉から現れた男の退路を防いでいた。今が危険な状況なのにも関わらずタロウはズカズカと彼に近づく。

 

 

「どうりでおかしいと思っていた」

 

 

 

「シェフがあんな不味い料理を作るわけがない…」

 

 

「そう思っていたんだが、アンタがそのシェフだったら納得がつく」

 

男が携帯武器を所持しているのにも関わらずそんな危険極まりない行為を及ぶタロウに対し、ロイドは声を荒げた。

 

 

 

「おい!!?なんで来た!?」

 

 

 

「中々面白そうだからだ、丁度退屈なもんでな」

 

「(何?それ??馬鹿なの?マジコイツ馬鹿!)」

 

 

 

やはりこの男は意味不明。なぜ面白そうだからという理由だけてまここまで行動に移せるのか。確かにロイドがタロウに任務の全貌を話してしまった事に原因があるかもしれない。この事に一切関わらせたくなかったのだが、彼の言う通り縁があるというのは本当だったのかもしれない。

 

 

「黄昏、お前のツレか?」

 

 

「絶対に違う!」

 

 

 

「…この男は俺のお供、そして俺たちはアンタの悪事を止める為に来た」

 

 

「(…俺いつのまにか変な扱いにされてるの何故だ?)」

 

 

なってもいない事をすらすらと既成事実かのように言い放タロウ。

そう、彼が認めた者は皆お供になる。それは絶対であり覆る事は絶対にない。まさしく不条理の極みである

 

 

 

「さぁ、大人しく降伏しろ」

 

 

 

「はっ…」

 

 

「こんな所で終われるかよ!」

 

 

ニヤリと笑みを浮かべる男は風のように一室から姿を消した。

 

「君!!!何故そうやって毎回余計な事を…!」

 

 

「俺は武力を行使しない、食べ物を扱うこの場所で銃撃なんて響かせれば客はパニック状態だ」

 

 

「…」

 

 

「…確かにそうかもしれない」

 

 

 

「だが奴が外に逃げてしまったら元も子もないがな!」

 

 

そう言い捨てたロイドは彼を追うべく部屋から出ていった。タロウにとって無闇な戦闘程意味のないものはないと悟っていた。だが、そんなことは彼もとっくに周知していた事かもしれない。あんな行動に移ってしまったのはやはり自分が現れたことによる動揺だったのか、少し申し訳ない気持ちに駆られたタロウはロイドの後を追いかける事はしなかった

 

 

 

「流石にすまない事をしたか…なら、これで手助けしてやろう」

 

 

 

「アルターチェンジ」

 

 

そう呟いたタロウは何故かパタリと意識を失って倒れてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

________________________________________________

 

 

 

 

 

 

「おそい」

 

 

一方その頃、「トイレに行ってくる」と言ったきりに帰ってこないロイドに対してその一言を放つアーニャ。スプーンに口に加えたまま退屈そうな顔で彼の帰りを待つも、もう我慢の限界に至る。

 

「(こうなれば、冒険だ)」

 

 

大人かればそこまで広くない店だが、ちびっ子のアーニャにとってここはちょっとしたダンジョン…冒険と称した外歩きを開始するアーニャは下手すれば食い逃げになりそうな状況でそのまま外へと出ていった。

 

 

 

「お?」

 

 

店から少し出た先に、建物と建物の間の路地裏で妙な人騒ぎが聞こえる。

これは何か事件の匂いがすると感じ、路地裏へトテトテと走るアーニャ

 

 

「(誰かいる…?)」

 

 

 

 

「ピッ!?」

 

 

ガシッ!と身体ごと掴まれるアーニャ、どうやら突然現れた謎の男に捕らえられたらしくさらには自分の近くナイフを近づけた

 

 

 

「丁度いいガキがいたんもんだ!」

 

 

「アーニャ!」

 

「お…?どうやらお前んとこのツレみたいだな…」

 

 

 

「どうせ作戦失敗でテメェに捕まっちまうんだ、お前にデカイ爪痕残してやるよォ!」

 

 

「ひっ!」

 

思い切りナイフを振り上げてから、アーニャに傷を負わせようと突きつけようとする。

出来ればこんな事はしたくはないが、こうなれば腕ごと撃ち抜いている。と殺意を込めて打ち抜こうと引き金を引く瞬間、配管が「意図的に破壊された」かのように破裂音と共にガスが男の目へと直撃する。

 

 

「あだぁ…!!?」

 

 

 

「…!今だ!」

 

 

幸いにもアーニャには被害がなかった為か、隙ありと彼を一瞬にして押し倒して拘束する。

アーニャに恐怖感を与えたことへの怒りだったかのか腹いせに峰打ちをして気絶させた。

 

 

「うぅ…ちち…」

 

 

「全く…!外に出るなと言っただろ…!?」

 

 

 

「ごめんなさい…」

 

 

 

「(…今日は何故かうまくいかない日だ、俺もらしくない判断ばかりしてしまった)」

 

 

「(いつもこんなはずではないのだが、安全策をとってアーニャを家にいさせるのが正解だったか…)」

 

 

今回奇跡的な現象が起きてくれたおかげでことなきを得たが、あれがもしなければ…強行策を取る所だった。決して楽観視していた訳ではない、今までもプライベート中でなんとかくぐり抜けれた事はあった。水族館の時のように…

 

「すまない…」

 

 

 

アーニャに手をそっと置く。あれもこれも全てタロウのせいだ、とはならなかった。それは彼の言った通り無駄な戦いになるかもしれなかった。それを危惧して駆けつけてくれた彼に少し感謝していた

 

 

 

 

 

 

 

 

__________________________________________

 

 

 

 

 

あれから組織の男を拘束した後、民間人に紛れたWISEの工作員達によって連行される。後の始末には問題はないだろう。車にアーニャを乗せてひと段落した頃、ロイドとタロウが対峙していた。

 

 

「一つ質問があるが…」

 

「あれは君がやったのか?」

 

 

 

「何のことだ」

 

 

「あの時配管がいきなり破裂した…なんの予兆もなく、まるで「人が破壊した」かのようにだ…」

 

「どうもおかしいと思っている」

 

 

 

「…」

 

 

 

 

「…まぁ強いて言うなら、あれは俺がやったことだと言っておこう」

 

 

 

「どうやってやった?」

 

 

 

 

「…秘密のパワーって奴だ」

 

 

何だそれ、失笑したロイド。漫画やアニメじゃあるまいし、何も超能力を使ってやった訳ではないだろう。彼がやったとなればあらかじめ何かしらトラップや仕掛けを仕込んでいたのに違いない。

 

 

 

「あんたも色々大変なんだな」

 

 

「…その大元が君なんだけどな」

 

 

 

彼に労ってもらっても困る

 

 

 

 

 

「俺は君を信頼してない」

 

 

「未知の存在であるドン王家の末裔…君が何者なのか、何故俺達に絡んでいくのか」

 

 

「君の事は暫く監視させてもらおう」

 

 

「なるほどな…」

 

 

ロイドが自分の事をあまりよく思ってないと判明したタロウは、力強い言葉でこう返した

 

 

 

「面白い!!」

 

 

「…え?」

 

 

「あんたが監視か、それは中々いいものだ…俺を知り尽くす絶好の機会と言う所か!」

 

 

 

「頑張って俺を調べるといい!」

 

 

未だかつて聞いた事のないセリフを吐きながらそう去っていくタロウ。その背中を見ることしか出来なかったロイドはどこまでも読めない奴だと改めて理解を深めた。

これから奴がどう言った危険人物になるのか…目を見張る必要があるだろう。

 

 

「はぁ…」

 

 

「とんだ変な奴に、会ったものだ」

 

 

オペレーション〈梟〉と同時進行する。ドン・モモタロウ及びドン王家の調査任務…

 

 

 

オペレーション〈桃〉(ペェスカ)が今日から本格的に始動する事に、これから骨が折れる日々が続くとロイドは気が滅入る思いでアーニャの元へと戻っていった

 

 




補足説明…


・ドン王家
世界有数の一族であり、世界の裏を統べる謎の王族。その正体を突き止める為数多くの人間がその足を踏み入れようとするもだれにもたどり着けず数百年が経ち、ついにその手がかりを掴む事に…



・タロウの言う「秘密のパワー」について

決して例の全力全開な人ではなく、タロウの「アルター」を言い換えてるだけです。


沢山の評価、おきにいりありがとうございます。気難しく考えずにドンブラらしい破茶滅茶なお話を書いていこうと思います。


じかーいじかい、「クッキングはは」お楽しみに


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クッキングはは

六話「クッキングはは」

 

「はぁ…」

 

バーリント大通りにある喫茶店…ロイドの妻のヨル・フォージャーが一服していた。名物である超肉厚ハム入りサンドが有名なのだが、今回は小さめのカップに入れられたコーヒーのみを注文してため息をついた。 

街道には沢山の人間が出歩いているのが分かり、勤めに行く会社人や遅刻しそうなのか全速力で走る学生…辺りを見渡せば色々な人達がこの日常を生きているのが見て取れる。

 

 

 

しかし彼女は、とある悩みを抱えていた。

自分の現状に置かれている家庭生活での役割だ。

 

 

今の環境では自分は買い出しで夫の手伝い等しか分担されていない。後の家事仕事は全て器用な彼が請負っている。無論他の事を投げやりにしている訳ではなく、あくまで「出来ない」という事から彼に任せているだけ。

たまには自分もやろうと手を差し伸べたりするが、何かに怯えているような表情でいつも丁寧に断られる為、雑に拒否されるよりも複雑な感情を抱いていた。

 

何故ここまで頼られないのか…それは、単純に「危ないからである」

 

過去の事例を挙げるとすれば、みじん切りを頼まれたのだが細かくしすぎて粉末状になってしまって上手くいかなかったり、何故かキッチンが殺人現場のような荒れた状態になって大叱責を喰らってしまうなど絶望的な料理スキルがないと知った彼女だったが、ここ最近で自分の力不足に改めてやばい察した彼女は「まるでダメな嫁」状態を脱却する事を決意していた

 

 

「やっぱり、なんとかしなくては…!」

 

 

「ここ最近でもロイドさんは仕事の激務化が続いてるようで、そのせいか「タロウ…タロウ…」と妙に呟き続ける事もありましたし…」

 

 

 

二つの重大任務を抱えて暮らすロイドは夢の中でもタロウと縁を結ばれる程過労死寸前の状態にまで陥っている為、それに加えて家事をやらせるのは流石に不味い。

料理はまだしも、洗濯やお掃除くらいは身につけておかなくてはと何か方法はないかと喫茶達を出て解決策を練る

 

 

 

「あ〜ぁ…もう本当にどうすればいいのでしょうかぁ〜」

 

 

 

「(ロイドさんに教えて頂きたいのですが、なんと不幸にも出張という事で暫く会えませんし…)」

 

 

彼女には伝えていなかったのだが、ロイドはオペレーション〈桃〉の捜査の為に隣国の西国へと短期出張へと出向いていた。

つまり、彼女が知る「料理が上手い人」が誰一人としていなかった。

 

 

彼がいない今、自分の力を補完するには絶好のチャンスだろう。しかしどうしたものか…と行き当たりばったりの様子が続くヨルはトボトボと暗い顔つきを浮かべている中で風で吹き飛んでいた一枚のチラシに覆いかぶさってしまう

 

「な、なんでしょう…」

 

 

 

「…えーと、「タロウ天下一料理教室」…」

 

 

 

「参加費…無料!!?」

 

 

 

その文字にギョッとしたヨルはこのチラシ奇跡的な出会いを感じ、思わず天に向けてガッツポーズを繰り出した。

 

 

 

「(これです!この教室に行ってお料理を学べば…!)」

 

 

 

「(待って下さいロイドさん!!私、必ずできる女性になります!)」

 

 

 

これは何かの縁があるに違いない。そう確信した後にチラシに書かれた番号に電話する事に。今からでも遅くないヨルの花嫁修行が始まったのだった。

 

 

 

 

 

 

ヨル・フォージャー、職業は市役所職員で平均的な家庭を持つ女性…近所付き合いもそこそこあり周囲から「少し不思議だが良いママさん」と評されている。

 

ただこの顔も表の顔で、実際の職業は…

 

 

 

 

殺し屋である

 

 

 

_________________________________________

 

 

 

 

 

「こ、ここですか…」

 

 

連絡を済ませ、早速この教室の場所へと足を運ぶ。幸いにも家から近いというのもあり、この好条件な料理教室にますます興味が湧く。

その場所というのは一見真新しいマンションの三階にあるとある部屋…そこで夕方の5時から夜の10時までやっているという、短期休暇中のヨルにとってはこの期間中にある程度覚えていきたい所だった。

階段を登ってすぐ入り口に「タロウ天下一料理教室!!〜これでもお前とも縁が出来たな!」などと軽快なポップと斬新なサブタイトルが載っかった小さい立て看板がヨルの視線に入る。

 

 

 

「なんだがドキドキします…」

 

 

 

 

「こんな所に、料理教室があるんでしょうか…?」

 

 

 

こういった物の経験があまりない彼女にとっては未知の領域であるも、少し息を整えてからいざ扉を開ける…

 

 

 

 

「ゴクリ…」

 

 

「ど、どうも…お邪魔しま…」

 

 

 

「あんたか!俺に連絡したのは!」

 

 

 

「へぇえ!?」

 

 

 

今の不安が吹き飛ばされるようなド派手な登場をしたタロウ。両サイドには大勢の主婦達がヨルの来訪を祝うかのように拍手を行っている。まるでとある島の大王が帰ってきたかのような盛大な様子に未だかつてない衝撃を喰らう。

普通の料理教室はこういうものなのだろうか…

 

 

「これであんたと縁が出来た!ようこそ俺の教室へ!!」

 

 

「は、はぁ…」

 

 

 

「さて、先程の電話であんたの事情は大方理解している!」

 

 

「だが、改めて俺の耳からここに来た理由を聞こう!」

 

 

 

「…わ、私は…」

 

 

怒涛の勢いで攻められるヨルはゴクリと唾を呑みながらも、力強い一言を口にする

 

 

「わ、私は!普通の料理ができるようになりたいです!!」

 

 

 

「面白い!」

 

 

「早速準備だ!」

 

 

 

「(も、もうなんですかぁ!!?)」

 

 

ろくに手続きもせずに早速本題に取り掛かる料理長のタロウ。それに加えて迅速な動きで舞台の片付けを済ます生徒達。早すぎる行動力に一人浮立つヨル。もはや棒立ちするしかなかったが…もう勝負は既に、始まっている。

 

 

「あの束の間を聞くようで申し訳ありませんが、私なんかがこんな所にいてよろしいのでしょうか?」

 

料理教室は元々そつなくこなすママ達が高みやテッペンを取るために訪れる場所…(因みにほとんどがヨルの偏見と妄想)

そんな中で小さいヒヨコ同然の彼女が今更基本的な物を教えて欲しいなどと、ここに向かうまで徐々に不安が大きなっていったヨルは心配そうな目でタロウにそう問いかけた

しかしそんな杞憂を晴らす言葉をタロウは難なく口にした

 

「ああ、勿論だ。ここは幸せを作る料理を嗜み、そしてさらなる上を目指す場所…」

 

 

「時にはライバルとして、時には仲間として、互いに切磋琢磨をしながら自分を変える場所だ!」

 

 

ビシッ!とタロウはヨルに向けて力強く指を指す

 

 

 

「誰が来ても問題ない!わかったら早速取り掛かるぞ!」

 

 

「…!は、はい!」

 

 

おそらく同じ年代の人間のはずかもしれないが、何故ここまで彼が大きく見えるのだろうかロイドのような冷静なタイプと違って、彼は熱血漢で情の深い人間なのだろうと先程の一言で印象が大きく変わった。

 

 

 

 

そう、これが料理教室…これがタロウの天下一料理教室なのだ!!!

 

 

 

「(なんだか、イケる気がしてきました!)」

 

 

 

なんとしてでも、成果を挙げてみせる。にっちもさっちも分からないヨルの、過酷な修行がこれより始まった!

 

 

 

 

 

 

 

________________________________________

 

 

 

 

「まずは包丁の持ち方だぁ!」

 

 

 

「こうですか!?」

 

 

「違う!逆さ持ちはやってはいけない!こうだ!」

 

 

「で…出来ません〜…」

 

 

基本的な所からし教わり始めたヨルだったが何度やっても包丁の持ち方で苦戦を強いる。

どうやら長年の癖が染み付いているらしく、ナイフとなればその持ち方になってしまうらしい…

 

 

「まぁいい、それで試しに人参を切ってみろ!」

 

 

「はい…」

 

 

絶対に良くないのだがOKを出してしまうタロウ、その次には包丁による様々な切り方に移った。最初にみじん切りを教えるタロウ。手本としてタロウは手早い動きで人参を切っていく

 

 

「さぁ、試しにやってみろ」

 

 

「怪我しない程度にな!」

 

「わかりました…!」

 

 

はぁ〜…!と気をためるように全集中を行う

そのまま斬撃波が出そうなオーラが現れ、目を見開いたヨルは目にも堪らぬスピードで人参を細切れにする。

 

 

 

「はぁーーっ!!」

 

 

 

「…」

 

 

 

「成る程、みじん切りにしては少し細かく切りすぎだ。これじゃあ粉同然だぞ」

 

 

「す、すみません…力入れすぎちゃいました…」

 

 

次はいちょう切りに移る二人だが…

 

 

 

 

 

 

「出来ました!」

 

 

 

「まぁ、確かにいちょうのような形をしている…」

 

 

「しかしあまりにも再現しすぎている!」

 

 

 

「す、すみませぇん!」

 

 

 

本物同然のクオリティを作るヨル。これでは切っているというか製作していると言った方が正しい。

 

 

 

 

 

 

「…まぁ、とりあえず次に行こう」

 

 

 

お次はカレーのルウ作りに移る。カレーは子供にとって不変的な人気を誇る定番メニュー。人によっては毎日食べる人間がいたって不思議ではないので覚えて困る事はまずない。ロイドの調理風景をチラッと見たことがある彼女はカレーのルウは煮込んだりする程度の事した分かっていない

 

 

「ルウというのは、何がポイントが…?」

 

 

「ああ、コクとまろやかさを出す為にはちみちを入れるんだ」

 

 

 

「は、はちみつ…ッッッ!?」  

 

 

意外すぎる隠し味に驚愕する。何故甘い物を入れるのか、料理経験ミジンコ以下のヨルは全くもって意味が分からない

それともこれは彼が考えたジョークなのだろうか

 

 

「ご冗談を…はちみつなんか入れたらおかしくなっちゃいますよ」

 

 

「…(こいつホントに経験ないのか)」

 

 

クスクスと笑うヨルに対して、彼女の深刻な知識不足とこの問題の根底にある料理センスが欠乏しているというのを改めて察するタロウ。だが、こういった人間であるほど、彼は叩きがいがある

 

「まぁ…ハチミツのほかに何か合いそうなな物を好きに入れてもいい。とりあえず自分でやってみるんだ」

 

「はい」

 

 

と、実践的な練習としてヨル一人でやらせてみることになった

 

 

カレーの作りかたははっきりいって超簡単である。具材やルウを適当に入れて煮込むだけなのだから

だが、隠し味という料理するにあたってセンスが問われるこの部分に彼女は自分が知る合いそうな食べ物を思い浮かべる

 

 

「合いそうなもの…合いそうなもの…」

 

 

 

「えーと…確か甘いものを入れたらコクとまろやかな味になるといったのでぇ…」

 

 

 

「あ、これにしましょう」

 

 

メロン一切れ分を出して入れようとする。早速失敗である

 

 

「隠し味なので…隠せる場所に入れておきましょう…えい」

 

 

 

全てを間違っていくヨル…もう何も滅茶苦茶で進む中、タロウが再びヨルの元へやってくる

 

 

 

「どうだ」

 

 

「順調です!」

 

 

「そうか、ルウが緑色になっているが大丈夫か?」

 

「はい!」

 

 

 

「(所でカレーってこんな色でしたっけ?まぁ、パンチがあっていいでしょう)」

 

奇天烈な物を作り上げているが、お構いなしに調理を進める。

カレーとは程遠い何かを盛り付けて、自信満々にその出来上がりをタロウに報告した

 

 

 

 

「出来ました!」

 

 

「どうですか!?私的には上手く出来た方だと思います!」

 

 

 

「どれ」

 

 

 

最大の難問、味見に取り掛かるタロウ。はっきり言ってしまえばその味は目に見えて想像がつくが彼は物は試しと口に入れる事にした。それが例え緑色に変色しようとも、はやり食べてみなくては分からないのだ

 

 

 

「ど、どうですか…」

 

 

緊張が走る雰囲気の中で、タロウはひとつ間を置いて彼女に告げた  

 

 

 

「3点だ!」

 

 

「…」

 

 

 

 

「ガーン…ッ!?」

 

 

 

当然である

 

 

    

 

 

 

 

 

 

 

 

_________________________________________

 

 

 

 

「さてと」

 

 

「あんたの事は大体理解した」

 

 

 

「絶望的にスキルが欠乏している事がな」

 

 

「うぐぅ…」

 

 

遠回しに言わずダイレクトな批評を受けるヨル。少し小慣れた小学生ならなんとか作れるカレーですらこの有様なので、脳みそを取っ替えない限り変わる事は望めないだろう。

しかしそんな厄介者でも、面白いと評価するタロウ。逆境という物こそ彼が好む唯一の物なのだ

 

「こうなれば、俺も少し本気を出そう」

 

 

「そ、それはどういった意味で…?」

 

 

「あんたを叩き直す猛特訓を行う!」

 

 

 

 

彼の目は本気である

 

 

 

 

「せめて最低限のスキルが身につくまでな!」

 

 

 

「お、お手柔らかにぃ…!」

 

 

 

「容赦はせん、覚悟するんだ!」

 

 

「ひえー!?」

 

 

 

完全に火がついたタロウから逃げれるのは不可能、そんな地獄の猛特訓にヨルなす術もなく無慈悲にこき下ろされるのだった

 

 

 

 

 

  

 

 

_________________________________________

 

 

 

アーニャが通うイーデン校は、いつもと変わりのない日常を今日も迎えていた。しかし、昼間近にも関わらずアーニャはとある用紙とにらめっこであった 

 

「アーニャちゃん、どうしたの?」

 

お昼時でいまだ残っているアーニャに話しかけるベッキーは彼女を心配する。そんなアーニャが苦戦しているのには理由がある

 

 

「…これ」

 

 

「ああ、家庭科の宿題ね…」

 

 

アーニャが見せたのは明日提出するとある宿題である。それは家庭科で自分の考えた弁当を作るという単純なものであるが、まだ歳の小さいアーニャにとっては弁当を作ると言う経験をした事がない。

しかしここで変に落としてしまうと厄介で、どうすればいいか考えていた。現在ロイドは短期出張中で頼みの綱がいない状態である。同然母親のヨルに関して論外であるので、他に誰か教えてもらう人がいなかったのだ。

 

 

「ベッキー、作って」

 

 

「ダメ!ちゃんと自分で作らないと…まぁ、あんまりやった事がないのは仕方ないけど」

 

 

 

「なぬぅ」

 

 

 

「誰か教えてくれる人、いないの?」

 

 

その質問にアーニャは静かに頷く

 

 

 

「あー…じゃあ、どうしようか悩むわねぇ」

 

 

 

「あー…おほんっ」

 

あからさまにアピールするかのような咳払いをする者が二人の後ろにいた。

その存在に気づいて振り向く二人は思わず彼の名前を呼ぶ 

 

 

「あんた!」

 

 

「じなん」

 

 

 

「なんだ…まぁ、一般庶民がどうやら困っていると聞いているが…」

 

 

「一体どこから聞いたのよ」

 

 

「そんな事はどうだっていい!…まぁ、俺もそこそこ出来る方だから教えてやって構わんが…?」

 

 

 

「いい」

 

 

 

 

彼なりの気遣いを精一杯表現したが、それを容赦なく一蹴するアーニャ。

 

 

「な、何故だ!?」

 

 

「なんか、からし入れてアーニャを落とし入れようとしそうだからきゃっか」

 

 

「はぁ!?」

 

 

 

 

まぁ、想像はつくのだがこの時のダミアンは本当に善意でアーニャの弁当作りに手を貸そうとしていた。そのせいか口をパクパクしながら言葉を失っていた

 

 

 

「そんなことしねぇって!」

 

 

 

「…」

 

 

「(クソォ…結構正直に伝えたはずだが、やはり言い方に棘があったのか?とはいえ食い下がる訳にいかないし、何よりこいつはあん時俺が好きだって事を知ってるはずだよな?きっとそうだよな?少なくとも嫌ってはいない筈だが…クソォ!どうすりゃいいんだぁ!?)」

 

 

 

頭の中は走り回る図か予想できる程動揺しているのが目に見えるアーニャ。彼の心の言葉を読むと、今までの仕返しと言わんばかりにダミアンを弄ぶ

 

 

 

「どうしよっかな〜」

 

 

小狡い表情を浮かべるアーニャだったが、そんな事をしている内に問題の弁当をどうすればいいのか忘れていた。自分でなんとかするのかいいのだろうか、やっぱり彼に教えて貰った方がいいのだろうか。

 

 

「あら?今どきお弁当すらも作れないのぉ〜?」

 

 

「だれだ?」

 

いかにも裕福に育てられたような体型とパンチのある顔つきが特徴の女の子がアーニャの前に現れた。

 

「そうよ、何よいきなり」

 

「あたしはキャサリン・ミスキャット、噂のアーニャちゃんを一目みようと来たわけだけどぉ…」

 

 

 

ズカズカと、舐め回すようにアーニャを見るキャサリン。

 

 

「(なんか腹たつこいつ)」

 

このときのアーニャはこの時点で彼女と仲良くなるのは難しそうだった。

フン、と鼻息を鳴らして心底苛立つ表情を浮かべ

 

 

「ま、極めて庶民って感じねぇ〜」

 

 

「みてよ、この豪華なネイルと美しさメイク術!」

 

 

「ダミアン様も凄いでしょ〜?」

 

 

「あ、ああ…」

 

 

かなりの個性の塊がやって来た事であのダミアンでさえも言葉が見つからない様子だった。どうやら、これでもダミアンにアピールしようとしているらしいがこれっぽっちも刺さることなく不発に終わっている。

そのを知らずにキャサリンは再びアーニャの方へ向き最後にこう言い捨てた

 

 

 

「アンタの弁当、楽しみにしてやるよ!せいぜい頑張るんだねぇ!庶民のアーニャちゅわぁ〜ん!!」

 

 

 

ズカズカと「どきなさいよぉ!」と周りを一喝しながら台風の如く過ぎ去っていった。

 

「あのブスなんなんだ?」

 

「さぁ、分からない…でも嫌なやつって事は分かったわね」

 

 

「…」

 

「(なんだか、めちゃくちゃ腹立ってきた…!)」

 

 

当の本人はあれだけ挑発されておいて黙っていられる訳でもなく闘争心がふつふつと湧き上がっていた。

とにかくあのキャサリンとかいう奴を返り討ちにしてやろう、と意気込むも肝心の問題を思い出したアーニャは思考を重ねるも、とある答えに辿り着いた

 

「よし」

 

 

 

 

 

「たろうに教えてもらおう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

______________________________________________

 

 

 

 

 

「と言う訳なんだけど、どうする?」

 

 

 

「な、何ですって…!?」

 

帰宅して、その事をヨルに報告するアーニャ。まるで某ホラー漫画のような衝撃的表情を浮かべる彼女だったが、今の状況を考えればそれも仕方ない事だった。

 

「と言うわけで…」

 

 

必要程度の説明を申した所で、タロウの元へと向かうアーニャ。たしかに自分が今のところ頼りない存在である事は否定出来ない。なんでもそつなくこなすロイドが不在の今、いるのは未経験と家事オール1のへっぽこ主婦…だが、ここで引き下がる訳にはいかない。それでも母としてのプライドが、彼女にはあったのだ

 

 

「ま、待って下さい!」

 

 

 

「その…私にお任せください!」

 

 

 

「で、ですので…!まだ!もう少しお待ちを…!」

 

 

なんとかアーニャを引き留めてから、急いでタロウに電話をしようとする。

本当に頼る人間、ただ一人…タロウしかいない

 

 

 

「す、すみません…お時間よろしいでしょうか?」

 

 

「なんだ」

 

 

「本当に、一生のお願いです…今すぐ私にお弁当の作り方を教えて下さい…!!」

 

 

 

「弁当だと?」

 

 

 

ヨルは事の事情を説明した。

 

 

「成る程な…その子供になんとか教えてあげたいが、自分にはその知識がないと」

 

 

「はい…」

 

「ならこれならどうだ?あんたと俺の通話をこの続けた状態で、俺が指示を与えよう」

 

「それを元にやっていけば、まぁ…恐らくだがそれなりの弁当は出来上がる筈だ」

 

 

「そ、そういうことでしたら…!」

 

 

「あくまで助言だけだ、調理器具の使い方はあんたに任せるが…いいな?」

 

 

「はい、絶対成功させます!」

 

「…よし、それなら携帯をポケットに隠しておけ」

 

 

 

そんな作戦を受けた彼女はワイヤレスイヤホンをしてからアーニャの元へと戻る

 

 

「お待たせいたしました、ではやりましょう」

 

 

 

その佇まいだけなら、一流の主婦と言わざるおえない

 

 

 

「なにを?」

 

 

「美味しい美味しいお弁当のつくりに…!」

 

 

 

「(タロウさんの助言を元に…!)」

 

 

 

「…」

 

 

「(なるほど、そういう事か)」

 

 

何故彼女があそこまで自信満々なのか、その理由が分かったアーニャはヨルの作戦がなんとなく分かり始めた。てっきり彼の元へ向かおうとしたが、これは実質的にタロウに教えてもらうのと一緒のような物なので彼女はそんなヨルへの指導をなんなく受けた

 

 

そんな事をいざ知らず、ヨルは自分のプライドをかけた大勝負に臨もうとしていた

 

 

 

「一緒に頑張りましよう!」

 

 

 

 

面目とプライドを賭けたヨルと、その裏側を全て見通しているアーニャ。二人の共同作業がこれにて幕を上げる!

 

 

 

 

 

 

 

「さぁて、皆さ〜ん!持ってきましたか〜?」

 

「はーい!」

 

 

当日!決戦の日である家庭の授業に差し掛かっていたアーニャ含めたクラスメイトはそれぞれの弁当を持ってきた。殆どは親の協力の元作ってきたと思われるが、とある一人の少女は違った。

 

 

「あ、アーニャちゃん…大丈夫?目…」

 

 

「大丈夫」

 

 

限界まで徹夜したのか目の周りが隈だらけになっていたアーニャ。あれからというものの、ヨル指導の元で作った弁当の完成まで様々な苦労があった。

時折爆発しそうな事が多々あったが激闘の末にやっとこさの思いで完成した弁当を取り出した。これならきっと褒めてくれるであろう…そう信じて教卓の方へと目を向ける

 

 

 

「今回はこの一時限目の為に、とある方をお呼びしました」

 

 

「どうぞー」

 

 

家庭担当の教師が扉の方へと手を向けると、そこにはエプロンを来た男が堂々と歩みを進めていく。

 

「今日限りでお前達の評価をする者だ。名前はタロウ、よろしく」

 

ザワザワと生徒達が視線をタロウに向けている中で、一人だけ(正確には二人)その男を知っている者がいた。

 

 

「(な、なぜたろうー!?)

 

 

「兄貴!?なんでここにいんだ!?」

 

 

「俺は料理教室もやっているからな」    

 

「たろう配達員じゃなかったの?」

 

 

「掛け持ちだ」

 

 

仕事で掛け持ちは聞いたことがない(というか会社ではOKなのかどうか分からないが)ものの、そんな化物すぎるバイタリティに圧倒されたアーニャを差し終えて謎の質問タイムが始まった。子供ながらに好奇心旺盛だ

 

 

「ねーねー!タロウ先生彼女いるー?」

 

「いない」

 

「パンツは何色だー!?」

 

 

「お、おい!お前ら!」

 

クスクスとイタズラな質問が飛び交う一方で、タロウは後ろを向いて自分のパンツを確認した

 

 

「桃色だ」

 

 

「言うの!?」

 

 

彼に嘘など無縁、なんでも洗いざらい話してしまうのだ

 

 

 

「さて、質問タイムはここまでだ…ここからはお前達の弁当を評価してやる!」

 

「さぁ、俺の方にだせ!」

 

初めて教壇に立ったとは思えない指示っぷりで一斉に立ち上がる生徒たち。アーニャもタロウの元に出す為準備している途中に横からキャサリンがヌッ、とあらわれる

 

 

「へぇ〜、作ってきたんだ?」

 

「当たり前」

 

 

「…ふんっ!」

 

 

何しに来たんだあのヤロー、と意味不明な絡みをされるアーニャはキャサリンの後ろ姿をメンチ切って返す。

そんな若干の険悪ムードを醸し出した二人だったが、皆が作った弁当をタロウが早速味見に入ろうとしていた。

 

この学科では、どれだけ出来たかで評点が大きく変動する為あまり手を抜ける学科ではない。よりによってタロウが採点するとなれば尚更そうである

 

 

 

 

次々と生徒たちの自作弁当を評価していく。そんなに食べて大丈夫なのかどうか心配になるが、少なくともこの量を食べても平然といられるくらい大食いな事は既に実証済みだ

 

 

「今の所だが、お前のが一番いいぞ」

 

「ま、同然よぉ〜〜?」

 

指名されたのはキャサリンだった。正直なタロウをそう言わしめたのだから、相当よかったのだろう。やたら気分が上がるキャサリンはアーニャの方へと向き、殴りたくなるような調子に乗った表情を浮かべた

 

「(帰りに池にでもオチロ…)」

 

 

ちょっとした呪いをかけた所で、次はアーニャの作った弁当に手を出した

 

 

 

「先生ェ〜、その子の弁当はまず食べれるどうか怪しいと思いま〜す」

 

 

キャサリンの嫌がらせを含めた言葉をタロウに投げ掛ける。少しでも彼女の評価を下げたいのだろうか、アーニャにとっては迷惑もいい所でこれにはベッキーも怒り心頭である

 

 

「(何よマジでアイツ…!?)」

 

 

 

そんな事ははお構いなしにタロウはアーニャの弁当を開ける。

到底キレイとは言えない、少しとっ散らかっているおかず達を見たタロウはあれだけ指示を出したのにも関わらず、何故このような有様になるのかいつ考えても意味不明だった。

正直言ってあの日は三つ程のアドバイスを適当に入れて後は任せていたのだが、おそらくあまり伝わっていなかったのであろう…

 

 

そこでタロウはもしや、とあることに気づいた

 

「これはキャラ弁か」

 

 

「ちちとははのかお…」

 

 

「成る程な、家族のキャラ弁という事か」

 

 

どちらかと言えば再現度あまりにも低めであり、何の具材を使っているのかも分からない

しかし一通り食べてみるタロウは顔つき一つも変えずアーニャの弁当を食べ終える。

言い忘れていたが、彼の審査は前代未聞の完食スタイルである。それが真摯に向き合う秘訣なのかもしれない

 

 

「…うむ」

 

 

特に何も言わずにアーニャのターンはこれで終わった。一体何を考えているのか、分からないが自分ならその心情を読むことが出来る。しかし今は聞きたくないという思い強かったのかアーニャはタロウの心を読む事はしなかった。

 

 

 

全て食べ終えたタロウは点数をつけ始める。

それは彼の気持ちを正直に表したもので、皆も緊張の始まった雰囲気を飲み込んでいた

 

 

クラスメイト分の点数をつけ終えたタロウは黒板に大きく貼り付けた

 

 

 

「はっきり言おう、どれもなかなか悪くなかった…その中で総合的には一位ではないが、一番良かったのは…」

 

 

 

「お前だ」

 

 

ビシ、と指名したのはなんとアーニャだった。確かに表を見ればアーニャは八位くらいの位置だったが、なのにも関わらず好評だったキャサリンを上回る順位だ

 

 

「ちょっと!どうしてよ!?」

 

 

流石におかしいと思ったキャサリンはタロウにそう尋ねた。

 

 

「いいか、弁当というのは何を使って上手く調理していたかだけではない!」

 

 

 

「大事な人にプレゼントする気持ちで作り、そして心をのせて相手に届ける…それが真の調理法だ!」

 

 

「あいつの弁当はそれを感じた…自分の両親をかたどったあの中身を見た時に、既にな」

 

 

タロウは真の料理作りとは何かを皆にそう説明していた。アーニャの弁当は特別味も良くないし見た目も言い訳ではない…だが、彼女の一生懸命さが弁当の中にとてもこもっているのをタロウは感じた。キャサリンに足りていなかったのはそれだったのだ

 

 

「ムギー!何それ!意味わかんないんだけどぉ!」

 

 

タロウの言葉を受け付けられなかったキャサリンは悔しさと怒りで教室から出て行ってしまう。

 

 

「み、ミスキャットさん!?」

 

 

 

「(…ブスざまぁ)」

 

 

「これで授業は終わりだ!俺の言葉が理解したのなら!今度からそうするといい!」

 

 

「と言う事だ。俺はここで失礼する」

 

 

 

「せ、先生!?まだ終わりじゃないんですけどぉ!?」

 

 

 

やる事は全て終えて伝えたい事も全て口にしたのでタロウも同じくして学校から去っていった。厳密にはまだ授業は続いているのだが

タロウが帰った事で他のクラスメイト達も突然の終わりに唖然としていた

 

 

「なんだぁ〜もう終わりかよ」

 

 

 

「なんだったんだ?あの先生…」

 

 

「兄貴もう帰ったのか。まぁ…あの人らしいけど」

 

 

 

 

________________________________________________

 

 

 

 

「そこにいるんだろ」

 

 

校舎の下駄箱前で、タロウがそう口にした。完璧な隠密である為殆どの人間が気づく事はないのだが彼はすでに見破っている。そしてそれは本当であり、バコンっと天井から忍者のようにヨルが現れた。その謎扉は何なのか気になる所だが…

 

 

「何故隠れている?」

 

 

「すみません…授業の様子が気になってしまい…」

 

 

 

心配のレベルが行きすぎているのだが、あの時見ていたヨルもタロウの対応に凄く感謝していた。

だが、彼は決して贔屓してアーニャにああ言った訳ではない。彼の口から出たのは全て真実で、出鱈目な事を口にしている訳ではないのだから…

 

 

 

 

 

「いや、味は信じられないくらい不味かったぞ。だからああは言ったがあの順位にした」

 

 

「が、がーん…!?」

 

 

 

「だが…」

 

 

 

背を向いて話していたタロウが、顔だけ振り向いてこう言った

 

 

「悪くなかったぞ」

 

 

 

 

「!」

 

 

「(初めて…)」

 

 

「(人に褒めて貰えた…!?)」

 

 

 

タロウが門へと歩く姿を見ながらも、ひょっとすれば人生で初めて褒められた事に驚きと喜びに浸っていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「たろう、このまえはありがとう」

 

 

「俺は本当の事を言ったまでだ」

 

 

 

タロウがフォージャー家へと訪れるいつもの日、今日は配達員として姿を現したタロウはアーニャにそう感謝の言葉を受けた。

アーニャ自身も、あの件に関しては無駄に取り繕ったフォローではないのだろうと理解していた。タロウはそういう人間なのだから

 

 

 

「だがまだまだ修行不足だ…せっかくだ、今日も俺との特訓をしよう」

 

 

「らじゃ!がんばるます!」

 

 

 

「あら!タロウ先生、来てらっしゃったんですね」

 

 

 

アーニャの後ろに現れたのは現在掃除中のヨルで、どうやら少しの家事もなんとく覚えてきているらしい。束の間の成長を感じたタロウは「あんたもどうだ!」と誘いを投げかけた

 

 

 

「修行ですか?わかりました!」

 

 

「いくぞお供達!」

 

 

「おー!」

 

 

 

自然とお供認定されたヨルと、拳を高く突き上げるアーニャ。実に微笑ましい光景…

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、いつのまにかヨルさんと仲良くなってる…」

 

それを見ていたのは短期出張を終えたロイド、コーヒー片手にプルプルと震わせながらタロウがフォージャー家への縁を着実に結んでいっていた。

アーニャだけではなく、ヨルにさえも手を出していた現状に彼の胃の痛みも激化していく

 

 

 

「(何故だ…何故君はいつもそうなんだドン・モモタロウォォ!!?)」 

 

 

 

 

 

絶対に屈してはいけない、そんな意志を固めつつタロウに鬼の形相で睨みつけていたロイドだった…

 

 

 




お気に入りをするとタロウさんが縁を結んでくれるかも…?


じかーい、じかい「ヒーローとあばたろう」お楽しみに


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マイヒーローとあばたろう

遂にあいつがやってくる…


第七話「マイヒーローとあばたろう」

 

 

 

 

 

 

一見閑散とした街並みだが、もう営まれていない廃家の奥深い地下の中でとある密談が行われようとしていた。

東国の隣国に位置する西国のそんなとある場所にて、短期出張と偽称した最重要人物との面談を目的として彼、ロイド改め黄昏はその場所へと赴いたのだ

 

「ここか」  

 

少し短い階段を下った先に、殺風景の空間が広がる一室が見えた。

そこの真ん中に置かれた机と椅子…まさしく収容所の面談室のような空間には最低限のWISEの工作員三人と、黄昏が目的とした人物がいた。

 

 

 

「申し訳ございません…わざわざこんな何もない所まで」

 

 

「いやいい…ここなら誰にも盗み聞きされなさそうだからな」

 

 

 

 

顔を隠したフードをようやく脱いだその男、見るに歳のいったその男性は…

 

 

 

 

「さて、失礼ながら私達もそこまで時間の猶予がありません…彼の話を、出来れば端的にお願いします」

 

 

 

 

ドン王家末裔【ドン・モモタロウ】を育てた所謂、養い親の【ジン】という男だった

 

 

 

 

 

 

_________________________________________________

 

 

 

 

「とある日の事…」

 

 

「別に特別な理由があった訳でもないが、俺は夜道で歩いていた話だ」

 

 

「その時、上から特殊なカプセルが川に落ちて流れていった」

 

 

「俺はそれを引き上げると中から赤ん坊が出てきたんだ」

 

「それが後のタロウ…君達が探している人物だよ」

 

 

「話は、残念だがそれまでだ」

 

話を聞き終えた彼らはおとぎ話を聞かされたかのような感覚に陥る。要所要所に不可解な点がちらほらとあり過ぎてどこから聞けば良いか分からなかったが、その話によってドン・モモタロウの謎がさらに深まってしまっう。それに、ただでさえジンという男の素性ですらほとんどが闇に隠れているといっても過言でもなかった。

 

タロウを5歳まで育てて以降、何らかの罪を着せられたと述べてからタロウを孤児院に移し、ジンは逃亡を繰り返しながらも西国へと逃げた後に辛うじてWISEの人間に保護される事となった。不思議な事に、彼はタロウを保護してから【歳を取っていない】そうなのだが、創作物であるまいと信じる気にはならなかった。

 

とにかく、彼が何者かまた一度調査していく必要がある。

 

 

「俺が言えるのはこれまでだ、もしかすれば…アイツなら知っているかもしれない」

 

 

 

「ですが…その青年がどこにいるのすら分かりませんし…」

 

 

 

「いや、俺は知っている」

 

 

「え?」

 

黄昏の言葉に工作員達を口を揃えて振り向いた

 

 

 

「奴は、配達員だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アーニャ、けっこんする」

 

 

 

「な…」

 

「何だとぉ!?」

 

 

 

それはロイドは短期出張を終えて休息のひとときを嗜んでいた最中だった。爆弾級…いや、ビッグバン級の発言を耳にした瞬間に,これでもかと言うくらいの驚いた顔で反応した。

キッチンからは、「まぁ…」と、偶然耳にしたヨルも同じくして驚いていた

 

 

「だ、誰とだ!!いつ!どこで!どうやって言われた!?」

 

 

「うええぇええ」

 

 

前後左右に揺らされるアーニャはロイドを腕を掴んで止めさせてから事の事情を説明し始めた

 

 

「えん…げき、だと?」

 

 

「うぃ、そこでアーニャ、ひめやくになった」

 

 

 

「な、なんだ…そんなこと…」

 

 

 

「姫役ぅ!?」

 

 

そう…アーニャに託されたのは背景の木やキャラクターを乗せる車など、そんなちんけな脇役ではない。恐らく主役級とも言える重大な役割になんと大抜擢されたのだ!

しかし何故アーニャがそんな大役を任されたのか、それは時は少し遡る事数時間…イーデン校の教室では毎年行われる大演劇会の役決めを行っていた時だった

 

 

「ここで、女の子が憧れている姫役なのですが…」

 

 

「実は、もう決まっています!」

 

 

 

そんな教師の一言によって男子除いた生徒たちはザワザワとし始める。先制や多数決ではなく教師自らの指名なのだから余程期待されていているに違いない。

皆がなりたい訳ではなかったのだが、とある三人だけは姫役に対してとてつもない執念を込めていた

 

 

「(姫役になるのはこのキャサリン様よ…!)」

 

 

「(お姫様の役なんて、私決まってるわ…!)」

 

 

「(アーニャがいいな〜…)」

 

 

 

「なんと、今年のお姫様に選ばれたのは…」

 

 

 

 

 

「アーニャ・フォージャーさんです!」

 

 

 

「え!?」

 

 

「はぁ!?」

 

 

「やったー!」

 

 

 

教師から出た名は、彼女の名前だったのだ。自分で指名されるであろうベッキーは隣のアーニャに視線を移して驚き、キャサリンに限っては腹いせに隣の気弱な男子生徒に背中を殴っていた。

 

 

「ちょ、ちょっと!なんでこんなチンチクリンがお姫様役なのよぉう!!」

 

 

 

「そ、そういう決まりなので…」

 

 

「…」

 

 

「(フッフッフ…)」

 

生徒の様々な反応の中でただ一人心の中で笑っていた人物がいた。それは、ダミアンである…何を隠そう、アーニャが姫役に抜擢されたのは彼のおかげにあったのだ

 

 

 

「(こうもあろうかと、上の連中共に相当の金を積んでおいたんだ…!)」

 

「(まさしく、賄賂大作戦…!)」

 

 

アーニャが抜擢された理由…それは、デズモンド家(ほぼたった一人)による莫大な賄賂によるものだった。金というのは人間を操作するにあたって実に便利な物で、実際にイーデン校の教頭達は実に忠実なものだった      

とはいってもデズモンド家であったらほんの小さな差し金程度でも通用する筈だと思うが、あれだけの大金を積んで確実に成し遂げようとしていたのは彼女の為に他ならないのだろう。好きの力というのは、そこまで人を動かす…極めて恐ろしいものである

 

 

 

そして、もっと恐しいのはこの真実は全てアーニャの力で見透かされていた事であった

 

 

「(わいろってらなんだ?)」

 

 

 

賄賂という邪推な言葉をまた一つ覚えたアーニャだった。

 

 

 

 

 

と、ここまで良かったのだが…最後の王子役がまだ空いていたままであった。

 

「そうね…どうせなら王子様役は、フォージャーさんに決めてもらいましょう」

 

 

 

 

 

「(俺様俺様俺様俺様俺様…)」

 

 

 

「うーん…」

 

 

 

「いない!」

 

 

「(何ーー!?)」

 

 

トンデモ発言にダミアン含めた数人の男子達は驚愕した。王子というのは俗に言う「イケメン」のイメージが定着しているのだが、まだ幼い事からその認識がないアーニャはその代わりアニメに出てくるスーパーヒーローのようなキャラクターに強い憧れを抱いている。ましてや彼女の目に映っているのは鼻垂れ小僧や間抜けヅラした男しかいない。

アーニャが頭の中で思う「王子」というのはまだその程度の浅さだったのだ。

とはいえ、早くも成熟しきっている女子達はトップクラスに人気のあるダミアンを熱烈に候補していた。

なによりも向こうもそれを望んでいる(決してやましい思いがある訳ではない)

 

「王子様といったらダミアン様よ!」

 

 

「そーだそーだ!」

 

 

 

「アイツは似合わん!」

 

 

「な、なんだとこのヤロウ!?」

 

お前には言われたくない、と立ち上がって激怒するダミアン。何故こんな奴に賄賂してまで姫役に選ばせてしまったのだろうか、別にドレス衣装のアーニャが見たいだとか合理的に接触したいだとかそういう下心満載に動いていた訳ではない、そう……決して

 

 

「ふ、二人とも…!喧嘩はいけま…」

 

「エレガントォー!」

 

これ以上はまたもや初対面以来の乱闘になりそうだと察知した教師は宥めようとしたが、とある男性が突然現れた

 

 

「中々煮詰まっているようですの…」

 

 

「せ、先生…!」

 

 

「(おっさんだ…)」

 

 

「どういう登場の仕方なのよ…」

 

 

ヘンリー・ヘンダーソン

 

66歳の男性教師で担当教科は歴史学を中心に務めている、何よりもエレガントであることを重視し以前行われた入試基準でもエレガントを求めるなど…言うなれば「変人」でもある。

因みに彼はあのアーニャを一目置いているらしく、何か魅入るものがあったのだろうか時々手助け等をしてサポートをしている

 

 

今回も同じくして一年3組による演劇会にとある助言を申し出にやってきた訳だが…

 

 

「話だいたい盗み聞きさせてもらったぞ…この舞台の華となる役は重要だからの…確かに迷う所はある」

 

「ならば!」

 

 

バン!と教卓を思い切り叩いてこう叫んだ

 

 

 

「皆が思うマイヒーローを選ぶのだ!」

 

 

 

 

 

そんな言葉にポカンと目を点にさせたクラスメイト達。

とりあえず彼の言うマイヒーローとはなんなのか、皆の気持ちを代弁してベッキーはそう質問した

 

 

「あの…マイヒーローってどういう…」

 

 

「よくぞ聞いてくれた、マイヒーローというのは自分の中にある大きな存在…簡潔に言えば自分が最も好きな人物の事だ」

 

「なんでもいいぞ…俳優やアニメのキャラクター…アイドルグループやコメディアンタレント…もっといえば自分に近しい存在でも問題ない」

 

 

「ヒーローというのは単純に力で物事を証明する人間の事ではない…ど 人を理解して、人を思いやれる人間の事をそう呼ぶのだ」

 

 

 

「さぁ、アーニャ・フォージャーよ…其方にとってのマイヒーローはなんだ!」

 

 

「!」

 

 

アーニャは考えた。自分にとって支えになる人物…これまで時を重ねて、何に背中を押されて生きてきたか…

 

 

 

 

「…ちち」

 

 

 

 

 

 

 

 

「と、いうわけで…おーじやくはちちになったと…」

 

 

「(何やってんの…ッッ!!??)」

 

 

頭がおかしくなる展開に頭を抱えてそう心の中で叫ぶロイド。クラスの演劇会の主役に選ばれるのも謎で、それを許可した学校も謎…どうしてそうなったのか意味が分からない

王子役の父とその姫役の娘などと、考えただけで火が出るほど恥ずかしい思いでいっぱいである。

 

「で…本番は?」

 

 

「明日」

 

 

「明日ァ!?」

 

 

クラリ…と遂に立ちくらみが起きるロイド。ただですら日常的な生活でも神経を使うというのに、ここまで野暮な用事が積み重なればいよいよ気絶しそうな勢いになる。心配で駆けつけたヨルも事の事情を耳にするとロイドと同様の反応をする

 

 

「でしたら演劇の練習をした方がいいのでは…」

 

 

「そうだ…そうなんだよ、そもそもなんで明日なんだ!?」

 

 

「舞台は?衣装は?他の子も台詞とか覚えなきゃいけないんだろ…?」

 

 

「あー、それは…」

 

 

アーニャは引き続きヘンリーの言葉を思い出した

 

 

 

『演劇において練習も重要だろう…しかし!その場その場で吐き出した感情や動き、初々しさも残るその仕草こそ真のエレガント演劇を発揮する!!』

 

 

『その為全て台詞もアドリブにしてあるぞ!!考えておくのも別に良いが、何よりも解き放たれた純粋な言葉こそ、エレガントなものない!』

 

 

 

 

「馬鹿ヤロォ!」

 

 

「ロイドさん!?」

 

急に身体を丸めたロイドはあまりの発言に思わず暴言を放ってしまう。

それはそうとクラスメイトですらない自分を巻き込まないでほしいと心の底からそう思っていた。全く何よりである

 

だが、もう安易に逃げられる状況ではない…この演劇では多数の保護者も観に来ると言われている…勿論だが、目的のデズモンド一家も例外ではない。

 

まさか親子一緒に参加するハメになるとは計算外だったが、任務を円滑に進める為にはこれを機に好印象を与える必要があるだろう。

つまり、決して手を抜く訳にはいかない…

 

 

「…やるしかないのか」

 

 

 

無理難題だがやるしかない、自分に恨みがあるのかという程理不尽な事態に巻き込まれた背に腹はかえられぬとロイドは言い聞かせて明日の大事な演劇会に備えるのだった。

 

 

「でもまぁ、多少の練習くらいはしておきたいよな…」

 

 

「せめて演劇でやる一番大事なシーンくらいとかはあるだろ?」

 

 

「ある」

 

 

 

 

ロイドは試しにアーニャの演技力を査定する。片方にペンギンのぬいぐるみ、じょーずと色々モチーフが混ざったキメラをもう片方置いて、姫が敵に囚われるシーンを演じる

 

 

 

「あぁ〜、このままじゃ死んでしまうわ〜。助けて〜」

 

 

 

「うっひっひ、あともう少しできさまは魔女さまのエサとなるのだ」

 

 

「さぞふるえてまっておるといい〜」

 

 

「いや〜」

 

 

「…」

 

「ん」

 

 

「え?」

 

 

「ん!」

 

お前もやれ、と言わんばかりの視線を送るアーニャ。今どういう展開かは何となく思い付くものだが、多少困惑しながらもロイドは演者モードに入った

 

 

 

「や、やぁ!もうお前達の野望もここで終わりだ!」

 

 

「観念するがいい!」

 

 

 

「おうじ〜!」

 

「待ってたのよ〜」

 

 

 

 

「はぁ!」

 

 

コテン、コテン、とおもちゃの剣でぬいぐるみを軽く倒した。その一瞬で、途端の恥ずかしさから光のスピードでベッドルームに移動して飛び込んだ

 

 

「なんで俺がこんな事しなくちゃいけないんだぁ〜っ!!」

 

「ロイドさん…お気を確かに…」

 

大の大人と女児が家でやるのようなごっこではなく本気で演劇をやるというのがどれだけな辱めを受けるのか。実際泣いて逃げたい気分だが、そうはいかないのがタチの悪いところ。

 

ヨルに憐れまれながらも自身が徹底している決まり事を頭に思い浮かべる

 

 

 

スパイは、目立ってはいけない

 

 

 

 

 

_________________________________________________

 

 

同刻…バーリントの夜は依然として賑わっており、仕事終わりの社員は酒を交えて雑談を楽しんだり、健康推進の為にランニングを行う者もいたりとそれぞれが夜を過ごしていたその日…何ら変哲もない会社員はあまり穏やかじゃない雰囲気を纏って歩いていた。人間というのは仕事や関係など上手くいかない時にストレスを抱えるのが必然の現象だが、人間に危害加える恐れが時としてある。

 

 

『何なんだこの出来損ないの資料はぁ!?』

 

 

 

『俺が指示するまで自発的に行動しろ!』

 

 

『俺が指示してないのに勝手な行動するな!』

 

 

 

「クソ…無能共が…俺についてこれないならさっさと会社辞めろってんだ…」

 

 

自身が放った言動を思い出すとさらに苛立ちが加速して歩くスピードも早くなっていた。彼は典型的なパワハラ上司と呼ばれる人間であまりの周囲の出来なさ加減に彼は癪が触り、毎日がストレスの日々だった。

仕事終わりは人相の悪い顔つきで街中の人間を卑下しては勝手に暴言を吐く、という事を行ってストレスを発散していたのだが、日が経つにつれて徐々に悪化していった

 

彼は周りを見渡しては気弱そうな女性を見つけると、「あえて」真正面から歩いて近づく

 

 

「黙って下向きながら歩きやがって…女のくせによぉ…」

 

「(だが丁度いいぜ、無能共で募ったストレスをここで発散してやる…)」

 

 

 

「オラァ!」

 

 

「キャア!」

 

すれ違いざまに女性をショルダータックルをかまして吹き飛ばした彼は快楽からなのかニィ、と不気味な笑みを浮かべた。明らかに意図的と思える悪質な行為だが彼はお構いなし女性と子供を中心に次々と通り魔の如くぶつかっていった

 

「痛っ!」

 

 

 

「あっ!」

 

 

 

 

「(…足りねえ…もっと発散させてぇ…)」

 

 

 

最低な行為をしたのにも関わらず彼はまだ内に秘めているストレスを感じ、身体の様子がおかしくなっていく。

もっと破壊したい、建物…人…何もかも粉微塵にきてやりたいと願望や負の感情をくすぶらせる彼はついに抑制の限界へと達した

 

 

 

「うおおおおぁぁぁぁあ!!」

 

 

「キャァァァァ!」

 

 

そんな邪悪な欲望を持つ人間が邪なる悪鬼へと変貌した。取り返しのつかないドス黒い欲望に取り憑かれ、住民の悲鳴を無視して自らの欲望を更に満たすべく上空へと飛び込んだ。

 

 

それを遠目で見ていたとある男はこのバーリントが不穏の空気に包まれているのを感じ、その危険性を察知していた。何かとてつもなく悪い事が起きる…そんな嫌気が刺すような雰囲気に思わず言葉を漏らした

 

 

 

「これは…良くないな」

 

 

 

この国では、最近になって穏やかでないニュースが立て続けに報道されていた。強化対策を持ち込まれているのにも関わらず絶えず激化していくマフィアの抗争…それとはまた別に万引きやひったくり、さらには強盗と刺傷事件等がぽつぽつと現れたりなど、外に出るのも少し戸惑う程に不祥事案が立て続けに発生していた。

物騒な時期がいつまでも続く中で、それらを超える恐ろしい事件が発生しようとしていた。

今日は少し曇り空で、時々「歪んでいるよう」な気がしてならない。その様子を街の住民達は気づく事なく夜のひと時を相変わらず過ごしていたのだった…

 

 

 

 

 

 

________________________________________________

 

 

 

 

「来てしまったか…」

 

 

 

夜が明け、信じたくもなかったが今日大一番の勝負が待っているのを感じたロイドは支度はとっくに済ませた状態で気が休む事なく出発の時間まで椅子に座っていた。緊張で夜も眠れないというのは彼にとっては無縁の言葉だったのだが、ここまで気が気でならないのは人生で初めてである。

コーヒーすらも口に入らない程張り詰めていた彼だったが遂にその時を迎える

 

 

 

「アーニャ…行くか」

 

 

「うぃ」

 

 

 

「頑張って下さいね〜」

 

実を言うとヨルに対してはこう思っていた…「出来れば見ないでほしい」と…。だが、アーニャの晴れ舞台でもあるのでその気持ちを殺す勢いで噛み締めて言わないでおく事に。と、そんな気持ちでいながらも校門付近へとあっという間に着いてしまう

 

どうしてか今日はイーデン校に着くまでとても早いような気がした。身体的代謝によって時間の速さが違うように感じると、どこかの本で見たような気がしたが多分それだろう。

 

中々大きい行事なだけあってデカデカと「大演劇会入口」と縦文字で綴ってある看板が立っていた。そして多くの保護者達が子供達の活躍を見る為にぞろぞろと校舎へと集まっている。エリート校なだけに演劇の舞台やその衣装もまるで本格的な舞台イベントのようなクオリティである。そんじょそこらの学校とは格が違うのが目に見えてわかる。

 

「よく来てくれたな…」

 

 

「貴方は…」

 

 

ロイドをこんな状況にまで追い詰めた張本人(もはや戦犯ともいえる)のヘンリーがロイドの前に現れた。

 

 

「見たかね?この言葉を失うほどの豪華な舞台を…」

 

 

「私のイメージとしては体育館のステージでやるような物だと思っていましたが…まさしく予想を上回るものでしたよ」

 

 

ロイドが指を指した例のステージはもやは本物のシンデレラ城のような荘厳で美しい建造物だった。もはや通常の演劇という枠を大きく超えているだろう…数百台も超える高精度カメラを搭載しており、あらゆる場面に切り替える事が出来るらしく臨場感満載のシーンを激撮するのにはもってこいの環境だった。

 

 

 

「すごい、お城…!わくわく!」

 

 

「(俺、ドキドキ…)」

 

 

 

最も、その方が尚更緊張が走っていい迷惑ともいえる

 

 

 

「ふむ…それは何より…」

 

 

 

 

「……距離が近いの」

 

 

「貴方でしょう、私をここまで巻き込ませたのは」

 

 

真犯人を問い詰めるかの如く至近距離でヘンリーにそう冷静に問いかけた。

 

 

「その方がいいと思ってな」

 

 

「そもそも生徒ではない私が参加していいものでしょうか…?どちらかといえばそちらの方が気になっているのですが」

 

 

 

「それについては彼らも承知の上で君の事を許可している、まぁ…割と自由な校風だからの」

 

 

 

「(それにしちゃあ自由過ぎんだろ!)」

 

 

 

凝るもの拒まずの精神が溢れているイーデン校に心の中でそう突っ込んだ

 

 

 

「まぁ、確かに無茶な事をさせてしまったがそれに負けず頑張ってくれたまえ…楽しみにしているぞ」

 

 

「ベリーエレガント演技を!」

 

ヘンリーはそう言い残して後を去った。やはりあの男は、何から何まで掴み所がない人間である。

 

 

「(全く、なんなんだあの人は…)」

 

 

 

「…って」

 

 

 

「なんでお前もいるんだ?」

 

気づけば、見覚えのある人物が椅子に座って台本らしきものを読んでいた。【フランキー・フランクリン】…東国の出身だが黄昏の協力者で、表向きはバーリントでタバコ屋をしながら、裏では情報屋として情報収集や書類偽造で黄昏をサポートしている。

今日はこの学校の演劇の協力者として携わっており、演出やストーリー構成…ギミックの考案などを手がけている。地味に器用貧乏なのだ

 

 

「もじゃもじゃー!」

 

 

 

「よっ、久しぶりだなー!それにしても…お前も大変だよなぁ、こんな変な事に巻き込まれて」

 

 

「ほんとだよ…」

 

 

 

「しかし…」

 

 

グイッ、とロイドは誰に盗み聞きされない程度にこう囁いた。

 

 

 

「これでオペレーション〈梟〉の進行に大きく影響が出るかもしれない…恐らくだが、デズモンド家の者がここに来訪しているのは間違いない」

 

 

「ならばここで俺たちに対して興味を引かせる事が出来れば…多少の誤算が出るが結果的には彼らとの接触の機会が増える、かもしれない」

 

 

これまで嫌々な反応を見せてきたロイドだったが、これは逆に好都合かもしれないと前向きに捉えていた。

 

「なるほどなぁ…要は印象作戦、てことか」

 

 

「ああ…」

 

 

 

「ちち〜」

 

「どうしたアーニャ…」

 

 

ロイドが振り替えた先には既に舞台衣装に着替えたアーニャの姿があった。恐らく多くの大人達が愛くるしいと言われるような可愛らしい姫のドレスとキラキラとしたティアラが照明の反射で光り輝いている

 

自分で言うのもなんだが、本当にこんな子供がいたら間違いなく溺愛しきっていたかもれない

 

「どう?すごくきらきらしてる」

 

 

「いいじゃないかアーニャ…先生に着付けてくれたんだな」

 

 

「うぃ、たろうがやってくれた!」

 

 

「へぇ…」

 

 

 

 

 

「え?」

 

 

タロウ、という名で一時硬直した後に嫌な予感がしたと感じたロイドは辺りを見回す。今一番出会いたくないあの男がいると、直感的に感じたのだ

 

そして、案の定すぐそこにいた

 

 

 

「また会ったな」

 

 

「(嫌ァァァーッ!!!)」

 

 

タロウ…そんな彼が出てくるということはもはや絶叫レベルにまで達していた。

 

 

「何故君が…」

 

「突然で申し訳ないが、俺はここの教員として就任している」

 

 

「(う…嘘だろ!?こいつ、教員試験も軽くこなせる程天才だというのか!?)」

 

 

つくづく彼の常軌を逸した超人っぷりには脱帽させられてしまう…というか、配達や料理教室などどれだけ掛け持ちすれば気が済むのであろうか。もしすればドン・モモタロウは何人もいるのかと疑ってしまう程だった

 

 

 

「なんだ?知り合いか?」

 

 

「こいつは例のドン王家の末裔…ああして俺の周りを付き纏っていやがる…あと超のつく変人だ」

 

 

最後の言葉をえらく強調するロイドの動転っぷりにフランキーも動揺を覚える。あの黄昏二ここまで冷静さを欠けさせているあの男とはどれだけ恐ろしい人物なのか…気になる所だが、もうそろそろ開演時間が近づいてきた

 

 

 

「つーか、もうじき始まるから最終調整に入るわ!んじゃ、ご武運を!」

 

「ああ…」

 

 

「しかし、こんな幼児に紛れて演劇とは…あんたも中々面白い奴だ」

 

 

「(好きこんな事やってる訳じゃないんだよ…ッッ!!)」

 

 

お前だけには言われたくない、と言わんばかりに表情を険しくする。

 

 

「まぁ…せっかくの機会だ。とくと見せてもらおうか、お供達の演技とやらを」

 

「ふっふっふ…かつもくするといい!」

 

 

「…ていうか何で俺もお供になるの?まだなんも許可とか出してないだけど…」

 

 

そう言い終わる頃にはスタスタと何処かへと消えていってしまった。自分の言いたい事だけ言って後は無視して去ってしまう。一体どそまで自分勝手なのだろうか

 

 

「(本当になんなのアイツ…)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

午後一時…それは突然始まった。大広間の観客席にて、今か今かと演劇を待ち望んでいる保護者達は徐々に暗転していった所で開演するのだとと察し、辺りは忽然と静まり返った。

そこに光っているのは巨大なモニター…そしてヘンダーソン寮長がマイク片手に大演劇会、初めの言葉を送る

 

 

「えー、本日この由緒正しきイーデン校の年に一度行われる大演劇会にお越しいただき誠にありがとうございます…」

 

 

 

 

「あまり悠長と喋るのも、気が気でならないと思いますので…この演劇で感じてほしい点を一つだけ挙げた後に開演を宣言させて頂きます」

 

 

 

 

 

 

 

「…エレガント」

 

 

 

 

「「「(エレガント…?)」」」

 

 

 

 

「それでは、一年3組による演劇「マイヒーロー」でごさいます、とくとご覧あれ…」

 

 

 

いまいち締まりがない言葉によって、演劇がスタートする。

 

ヘンダーソンが口にした劇のタイトル「マイヒーロー」…それは、とある国の幼き姫から始まる物語である

 

 

 

 

「…あ〜あ、今日も退屈ね〜」

 

 

 

アーニャと呼ばれるその姫は不便のない

日常に嫌気がさしていた。退屈で、平凡な毎日…そんなある日の事である

 

 

「ひーひっひっ!」

 

 

「お前がアーニャ姫だな!」

 

 

「あ、あなたは!?」

 

そこに現れたのは邪悪な魔女、キャサリンと闇の騎士ダミアンが現れたのだ

 

 

「永遠の美貌を手にする為、お前の身からを捕らえさせてもらおう!」

 

 

「さぁ、やっておしまいなさい!ダミアン〜!」

 

「承知!」

 

「いや〜」

 

 

「(うっひょ〜…手もちもちだ!…てか、こんだけ近づけられたの初めてじゃね?)」

 

 

「(な、なんでアタシがこんな事しなくちゃいけない訳〜!?)」

 

 

 

そんなこんなでアーニャ姫は二人の手によってカラクリの城へと幽閉されてしまったのだった…!!もうこれから…ずっと一人なのだろうか…

 

 

「助けて〜、ロイド王子〜」

 

 

 

 

「…はっ!」

 

 

「姫の声が…!」

 

 

 

一方で、姫の声が勇敢な王子であるロイドの元に届き姫が捕われていることに気づいた!

 

 

 

と、ひと回り異常にデカいロイドの登場により周りの保護者達がざわつき始めた。

 

 

「どう考えても大人の方よね…?」

 

 

「なんだか見覚えあるような…」

 

 

「確か…フォージャーさん所の…」

 

 

 

 

「(スパイは目立ってはいけないスパイは目立ってはいけないスパイは目立ってはいけないスパイは目立ってはいけない…)」

 

 

話を戻し、ロイド王子は姫を探すべく街の中へと駆り出した。そこでとある怪しい占師に声をかけられる

 

 

「私の名はベッキー…貴方、お困りの様子ですね?」

 

 

「はい…」

 

 

「それでは、貴方が求めるものをこの水晶で表しましょう…ホニャララホニャララ…」

 

彼女が呪文を唱えるとそこには幽閉されたアーニャ姫の姿が!

 

 

「ここは!」

 

「どうやらこれはあのカラクリの城の様子ですね…」

 

「さぁ、お行きなさい…さすれば貴方の望むものは叶います」

 

 

「ありがとうございます!占師さん」

 

 

占師ベッキーの手助けによりロイドはカラクリ城の中へと潜入していった!

 

 

 

「ここが一階か…」

 

 

「貴様が王子ロイドか!」

 

 

 

そこに立ちはだかったのはこの城の刺客である魔道士エミールと強戦士エミールであった

 

 

「お前は敵なのか!?」

 

 

「ククク…言わずもがな、魔女キャサリン様の命の元に貴様の命を頂戴するのだ!」

 

 

 

「そうはさせるかー!」

 

 

 

 

 

ロイドは持ち前の勇気と剣術によって、エミールとの厳しい闘いを乗り越える事が出来たのだ!!

 

 

 

 

「ぐわー!」

 

 

 

 

「俺は命を奪いたくない…」

 

 

「ククク…馬鹿な奴だ…だが、この上の階には更なる刺客がお前を待ち受けている…!」

 

「待ち受けているー!」

 

 

「…望む所だ!」

 

 

受けて立つ!と決意を固めたロイドは二階へと上がっていく…

するとそこには…落ちたら即溶岩!まさしく死の道がそこには広がっていた…!

 

正面を向くと振り子のように左右に動く巨大な斧が!

 

「(あれ…これ、マジで落ちたら死ぬヤツか…?)」

 

 

リアリティの追求が過ぎる鬼畜の道に思わず冷や汗をかくロイド…まさかこんなお遊戯会で身体を張る事になるとは思いもしなかったのだ。さすがの観客もこれには息を呑んで見守る…当然ヨルも落ちれば死ぬと直感的に感じ、不安でいっぱいになる

 

 

「ロイドさん…!」

 

 

「く、これしきのこと!」

 

 

王子ロイドは気を取り直して死の道をどんどんと突き進んでいく…

 

こうして次々に立ち会う数々のカラクリを突破してきたロイドは、ついにアーニャ姫のいる最上階へと登り着いたのだ!!

 

 

 

「姫!」

 

 

 

「お、王子〜!」

 

 

 

「(…って、アイツ絶対にさっきまでくつろいでいたな…)」

 

 

 

ピーナッツの食べかすらしきものが見えたがギリギリカメラから見えてないのでギリギリセーフだった

 

 

と、話はまた戻して姫と王子は対面するもとある二人がロイドの前に立ちはだかったのだ

 

 

「オーホッホッホ!!よくきましわねロイド王子!!ですが、貴方の命もここで終わり…さぁ!やっておしまいなさぁ〜い!」

 

「(あの子、すごい生き生きとしてるな…)」

 

 

「了解したぁ!」

 

 

キャサリンの命令を受けて、ダミアンはロイドに戦いに持ち込んだ!

 

 

「はー!」

 

 

「く!お前、中々やるな!」

 

 

「そっちもなぁ!」

 

 

 

白熱とした闘い…両者一歩も譲らぬ必死の攻防が続き、二人の闘いは激化していく!

 

 

 

「これでトドメを刺してくれる!喰らえー!」

 

 

「ぐっ!?」

 

 

 

「目潰しとしてコショウを振り撒いてやったぜ!隙あり!」

 

 

「(本当にかける奴があるか!?)」

 

 

 

 

 

ここにきてショボい演出は置いといて、ダミアンの小賢しい戦術に攪乱させられるロイドは視界を奪われた事で弱まってしまう!

 

絶対絶対のピンチ!しかしそこに突如現れたのは…!

 

 

 

「おわ!」

 

 

「!?」

 

 

 

 

上空から謎の物体が飛来してきたのだ!…という訳だが、台本にはない展開にフランキーや他の教員達、さらには出番が終わった他の生徒たちが困惑していた。

 

「あれ?こんな演出あったっけかぁ〜?」

 

 

「なになに?」

 

「どういう事なんだ…?」

 

 

 

「ぐ…一体何が…」

 

ロイド達が目にしたのは、とてつもない風貌をしたモンスターだったのだー!

 

 

「ストレス…発散サセロォーッ!」

 

 

「(な、何何!?こんな仕掛け知らないんだけどぉ!?)」

 

 

「(でも…中断するわけにはいかないわ!)ほーほっほ!これはワタクシが召喚した魔獣よ!さぁ、やっておしまいなさ〜い!」

 

 

 

「(そ、そんな事聞いてないんだが!?)」

 

 

 

当初とは違う展開になったロイドは何故か魔獣と呼ばれる怪物と闘う事になった。複数の騎士の兜を強引に鎧として落とし込んだ様な形状のスキン・“騎士の甲冑”を身に纏った姿をしている。頭部は兜のバイザー部分を開いて上下互い違いに動く複数の赤い眼を持った、不気味な素顔を露出しており、兜は恐竜の頭部にも見える禍々しい風貌…

 

 

「さぁ、かかってこい!」

 

「(随分といい作り物だな…)」

 

 

「発散〜〜〜!」

 

 

魔獣は携えた剣を振りがさした襲い掛かった!王子は華麗に避けるもたまたま当たったオブジェクトが真っ二つに切断された!

 

 

「(な…!?)」

 

 

そう、これは演技でもなんでもない…死闘を経験してきたロイドだからこそ分かる。本当の殺し合いが始まっていたのだと!!

これは、演出でも何でもなかったのだ!

 

 

 

 

「ちょっと!」

 

 

 

「な!?」

 

 

 

「アーニャ!俺の背中に掴まれ!」

 

 

「うぇ?」

 

それに気づかない他三人はロイドに掴まれていた。両腕にダミアンとキャサリンを身体ごと抱えて、アーニャにはおんぶするよう指示した!

 

 

 

「ちょっとお〜!何すんのよぉ!大事な演技の途中でしょうがぁ!」

 

「違う!あれは作り物ではない!"本物,,だ!」

 

「え…」

 

 

 

「逃げるぞ!」

 

 

未だ理解が追いついていない三人はロイドの指示に従いあの化物から逃走を図った!しかし、奴は逃す事なくロイド達に攻撃をくわえようとする!!

 

 

 

「ギャァ!」

 

 

 

「うぇええ〜!!ママァ〜!」

 

恐怖のあまり二人は泣き叫んでいたが、アーニャはまだ演劇の途中だと思い込んでおり興奮していた!

 

「すごーい!」

 

「馬鹿!あれは劇のヤツなんかじゃないんだぞ!?」

 

 

 

こうしてロイド王子達は元いた最上階から一階へと下りながら奴を撒くように降りていった…その度に魔獣から繰り出される斬撃やビームによって城は崩壊寸前まで追い詰められていた!

 

 

 

 

「凄いなぁ〜、最近の劇というのはこんなにも迫力あるのか?」

 

 

 

「ただのお遊戯会と思っていたけど、結構凝ってるのね〜」

 

 

一方観客で見ていた彼らは呑気にそんな事を口にしていた!!

 

 

確かに、一見劇のレベルとしてはかなり臨場感があってハラハラ感が味わえる物だが、魅入っていいる観客とは裏腹に舞台裏の関係者達は思わぬ事態と展開にパニック状態となっていた!

ここまでリアリティを追求する必要はない、と危惧したフランキーはヘンダーソンに中止の要求をした!

 

「こ、これヤバイんじゃないッスかァ〜?だって明らか危ないでしょ!」

 

 

 

「…確かに、これは異常事態だ」

 

 

ヘンダーソンはモニターを見てそう言った。不運にもあの魔獣がカメラに映る事はなく、その為彼らは不慮の事故が発生していると勘違いしていたのだが、どちらにせよ非常に危険な状況である事には変わりはない。

 

だが、その男は衝撃の言葉を口にした

 

 

 

「いや、続行だ」

 

 

「えぇ!?」

 

 

「彼ならきっとやり切ってくれるであろう!」

 

 

 

「…この事態を切り抜け、リアルをフィクションに変えてくれるのだと!」

 

 

「…まさしくっ、ベリィィィエレガントッ!まさかこんな素晴らしい劇に出来上がるとは!」

 

 

 

「(この人頭おかしいんじゃねぇかぁ!?)」

 

 

 

そんな切り抜ける所ではない騒ぎになっているといざ知らずにロイド達はついに魔獣によっね追い詰められてしまったのだ!

 

 

「頑張れロイド王子〜!」

 

アーニャはエールを送るが、そんな呑気な状況ではないのだ!!

 

 

 

「(くそ…両腕自由に動かせれば少し対抗できたんだが…)」

 

 

 

「ストレスゥ〜…発散〜〜ッッ!」

 

 

隠して持っていた拳銃はあるものの、手もあまり自在に動かせず退路も瓦礫によって塞がれてしまった…つまりそれは、大ピンチ!王子は絶対絶命であった!!

 

その時!

 

 

 

 

 

 

「アーッハッハッハッハッ!!」

 

 

 

「!」

 

 

「お?なんだ?」

 

 

ロイドとアーニャは声のする方向へと振り向く!

 

 

 


「袖振り合うも他生の縁」

 

 

 

「躓く石も縁の端くれ…」

 

 

桃の葉に見立てた大きなサングラスに

 

 

 


「共に踊れば、繋がる縁!!!」

 

 

勇ましく象った丁髷…

 

 

「この世は楽園!悩みなんざ吹っ飛ばせェ!!!」

 

 

 


「さぁ、笑え笑え!!」

 

 

額の大きなメタリックピンクの桃!

 

 

 

「ハーハッハッハッハ!!」

 

 

 

人の男性が担ぐ神輿に立ち、その周りに天女達が紙吹雪を散らしつつ舞い踊る…ド派手な登場に魔獣含めて皆が唖然としていた!

 

 

「さぁ!勝負勝負!」

 

 

勇猛果敢に突貫する赤き男が奴との剣を交えたれ

 

 

「とりゃあ!」

 

 

 

「ウバァァアア!」

 

 

 

 

「ふぉおおお!」

 

 

まるでアニメの世界にそのまま没入したかのような光景を目の当たりにしたアーニャは二人の剣技に魅了されていた…それに対してロイドは今がチャンスだと、城の脱出を図った

何がなんだか分からないが、この三人達を安全な所に移動せねばならない。何せキャサリンとダミアンはとっくに気絶している為、二人の意識が危ういからである

 

 

「ハッ!」

 

 

進路が塞がれた瓦礫をロイドは軽々と飛び越える!

 

 

「アーニャ!しっかり捕まってろよ!」

 

 

「あいさー!でもあっちの方もみたい!」

 

 

 

「後にしろ!」

 

 

 

退路が断たれた今、少し高いがあの窓枠から飛び抜けるしかない…!問題はそこまで届くかどうかだが、それでも彼は己の脚力を信じ飛び上がった!

 

 

 

「さぁ!必殺奥義だ!」

 

 

 

【DON! DON! DON! 】

【DONBURAKO〜!!】

 

 

 

 

桃代無敵

 

 

赤き男は相手に迫って立て続けに斬撃を浴びせ、トドメの最後にすれ違いながらの鋭い一太刀で切り伏せる!

 

 

アバター乱舞!!

 

 

 

【MOMOTARO-ZAN!!!!】

 

 

 

 

 

「ぐっ!」

 

 

 

敵の身体は辺り一面のものををかき消すほどの大爆発を起こした!

そんな爆風から逃れるように、ロイドはなんとか城の外へ脱出することに成功したのだった!!

 

 

「ふぅ…」

 

 

「あ〜!お城が〜!」

 

 

「(俺はもう本当に知らんぞ…)」

 

 

散々彼らは暴れ回った為にカラクリ城は元のような美しい造形が跡形もなく崩れさり、炎に包まれて巨大な瓦礫の山と化していった…短い付き合いなだけにアーニャは惜しむ表情でその行く末を見届けた

 

登っていて感じたのだが、あの城にはかなり莫大な費用がかかっているとひしひしと伝わっていたのでもはやどうなっても責任は取るものか、と知らんぷりするロイドだった…

 

 

しかし間一髪の所で抜け出せたので一件落着…というところだったが、もう一つ重要な事を忘れていた。

そう、肝心の演劇である

 

 

 

「こ、このままじゃ締まんねぇぞ〜!?」

 

 

 

 

当初は魔女キャサリンを倒してアーニャ姫を救う…というのがこの話のオチだったのだが、それが大幅にズレた為か終わりどころが見つからなかった…

 

 

「まぁ、見ておれ…」

 

 

が、任せろと言わんばかりにヘンダーソンがマイクを持って観客席の方へ再び現れた。

救出したロイド達の映像が途切れ、壇上にいるヘンダーソンにスポットライトが当たる

 

 

 

「こうして、優しき王子ロイドは姫アーニャ、魔女キャサリンとその騎士ダミアンも含めて崩壊寸前の城から救い出す事に成功した」

 

 

 

「二人は誘拐の罪を反省し、姫と王子は幸せに暮らしましたとさ…」

 

 

「めでたし、めでたし」

 

 

 

 

締めの言葉を送ると、観客から盛大な拍手が送られた。

 

 

「凄いアクションだったよ!」

 

 

 

「こんなにいい演劇になるとは思わなかったわ!」

 

 

 

「ブラボ〜!」

 

 

 

とてつもないクライマックスに興奮した保護者達はその圧巻のクオリティに脱帽していた。色々と異常事態が起きたものの、こうして素晴らしい演劇会を終える事が出来たのだ。勿論、一部始終を見ていたヨルも最初はどうなる事かと思っていたが…いい演劇であったと笑顔を見せた

 

 

 

「…素晴らしいです…!」

 

 

 

 

 

 

そんな大好評を受ける一年3組の生徒達は演者でありながらも、最後のシーンで圧倒されていた

 

 

 

「すげー!本物のヒーローみてーだ!」

 

 

「フォージャーさん所のお父さん、かっこいい〜!」

 

 

「お疲れ様だぜ〜!」

 

 

 

「うぃ!」

 

 

舞台から出てきたのはアーニャだけで他の三人の様子は見当たらなかった。二人は気絶していたが直ぐに目を覚ましたらしく、ロイドに関しては気づいたら何処かに行ってしまった。

そんなアーニャだったが、あの盛り上がりで彼女を中心にしてクラスメイト達が集まり始める

 

「お疲れさま〜アーニャちゃん!」

 

 

「凄かったぞ〜!」

 

 

「…私、舞台裏から見てたけども…一時がどうなるかと思ったわよ?」

 

「怪我、ない?」

 

「問題ナシ!」

 

 

 

「全くあなたは…心配させちゃんうんだから…」

 

 

「…でも」

 

 

 

「凄かったわ」

 

 

 

 

「…くるしゅうない〜!」

 

 

 

皆から褒められ二パッ、とご満悦な表情を浮かべるアーニャ。

まさしくクラス全体が、一致団結した証拠であった

 

 

 

 

 

 

_________________________________________________

 

 

 

 

 

「お前だったんだな、あの赤い奴の正体は」

 

 

無事に大団円を迎えた演劇会…とてつもない活躍を果たしたロイドは、一目のつかない一室でとある男に拳銃を突きつけた。

彼は、城で激闘を繰り広げた謎の赤い男の声を聞き逃さなかった。流石は伝説のスパイと言わしめただけあって、その声の主があの男のものだと直ぐ一致して突き詰めたのだ。

 

そしてあの男というのは…タロウであった

 

 

 

「流石スパイ、といった所か」

 

 

「御託はいい…是非とも説明してくれないか」

 

 

「あの姿はなんなのか…そしてあの妙な怪物はなんなのか…」

 

「君は一体、何者なのか…」

 

 

現実世界で生きるための名前が「タロウ」だとすれば、あの姿は以前から機密裏で耳にした【ドン・モモタロウ】という事なのだろうか…。

どちらにせよ彼が本当に"ただの人間ではない,,事になる。

 

以前としてタロウは先程から沈黙を貫いていたが、ふとした瞬間にその口をようやく開いた

 

 

 

「俺はアバタロウだ」

 

 

「は?」

 

 

「たった一人だけのマイヒーローではない…皆を助け、あるべき道へと導く」

 

 

「…それが、アバタロウだ」

 

 

「…」

 

 

「なんだかよく分からんが、それが君の正体という訳か」

 

 

「君がこうしてドン王家であることをひた隠しにして生きているのもそれが理由という事か?」

 

 

 

「…ふっ」

 

 

 

「どうだろうな」

 

 

真実を知っているのか、あるいはロイドに対して悟られない為にそう誤魔化しているのか…

 

それはロイドでさえも分からなかった

 

 

「暴いてみるがいい、俺の正体を」

 

 

 

まるで挑戦状を投げつけるかのように、タロウはそう言い残して何処かへ去っていった。

最後の最後までロイドはタロウを上回ることは出来なかった…どこまで掻い潜ってもまだまだ未知数なあの男が抱える真実に辿り着く

のは一体いつなのだろうか…

 

「…」

 

 

「本当に、一体何者なんだ…」

 

危険人物として取り扱っていたロイドだったが、彼の奇妙の行動を前にしてその概念が揺らぎつつあった。タロウは悪人なのか、善人なのか…未だ掴めない彼に対してロイドは複雑な表情を浮かべてその背中を見つめていた…

 

 

フォージャー家は、特殊な家族である。極秘ミッションの為に形成された仮初の世帯を持ち、それぞれが特別な秘密を抱えている。父であるロイドは伝説スパイ…母のヨルは一流の暗殺者…その娘のアーニャは超能力を持つエスパー、そして…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アーニャをお供とする男、タロウは【ヒーロー】である

 




補足の前に、今回の話の文字量が特に多い事を謝らせてください…
とはいっても、別に多い方が全て悪いという考えではないのですが自分的にはもう少しコンパクトに話を書きたいというのがありましたが、いかんせん書きたい所が多すぎて結局くどい言い回しばっかになるのが大半で…気持ち的には八千字で収めたいのが正直な話ですが…(泣)
思っている方といると思いますが「分割すればいい」というも勿論あると思います。ですが、この作品では一話完結として書いているつもりなんですよね…そうなんです、自分的にはあまり下手に区切りたくはないのです

以上のことで、今度から短めの話にしていきます。

続いて補足なんですが、ドンモモタロウの変身音声についてです。これなんで英語表記かというとそこまでの理由はありませんが強いて言えば舞台が外国だから、なんです。その方が浮かないかなーって思った次第でこのような表記にしています。


そもそもの話ドンブラザーズ自体が桃太郎や和風チックな部分はどうしてもねじれが生じるので仕方がない所ですが…そこは目をつぶって頂ければと

それともう一つでタロウとジンについてですが、変身音と同様ですが今作では両者とも「桃井」という苗字が存在していない事にしています。
「モモイ」という表記にすれば別にいいんじゃ、と思ったのですがあったとしても呼ばれる事も特にないのでいっその事名前のみにしました。



と、どうでもいい補足はここまでとなります。最新話の購読有り難うございました。
じかーい、じかい「アーニャ、たんていになる」お楽しみに…


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アーニャ、たんていになる

すいません、今日は雑です


七話「アーニャ、たんていになる」

 

 

 

 

 

 

 

 

波乱の大演劇会から数日経ったその日、観客席に訪れていた著名人達がロイドの身体能力を買いたいと彼本人の前にぞくぞくと現れていいた。サーカスの大道芸や映画のスタントマンなど、体を使う仕事を依頼されるも世間に自分の名を知らしめる間抜けな行為は当然だが出来るわけがなく、多くの声を断ってきた。そう…彼が求めるのはスカウトマンの声ではない、お目当てはデズモンド家の人間に興味を引かせられたかどうかである。

 

だが、聞いた話によればどうやら入学式にも姿を現さなかったらしく、例え名門エリート校であっても決して姿を安易に見せる事はないらしい。ならば、少なくとも国家統一党総裁のドノバン・デズモンドは現れていなかったのかもしれない…やはり懇談会に参加する以外彼との接触は難しいものとなるだろう

 

 

「(とはいえ、流石に誰も見にきていない事はないだろう…)」

 

 

 

「(だが、やはりアーニャとデズモンド家の息子を仲良くさせるのが無難だったか…?)」

 

 

 

 

…となれば、向こうの動きはどうなるかは一先ず置いておくとしてロイドが着目したのはもう一つの重要任務、オペレーション〈桃〉(ペェスカ〉。ドン家の末裔であるタロウの動向調査とその監視…今まで彼に振り回されっぱなしの現在、ロイドは本格的にタロウの謎を解明すべく行動を開始した

 

 

「(奴のプライベートははっきりいって謎に包まれている)」

 

 

 

「(よくよく考えれば、奴と会うたびに色んな職についているような気がする…)」

 

 

 

 

今のところ確認できる範囲では教師、配達員、調理教員と様々な仕事を掛け持ちしている。もはや一般人間のバイタリティを逸脱している…何よりも、彼は特別な超能力のような物も所持している。あれがなんなのかは見ただけで判別は難しいものの、タロウが只者ではない事は確かである。

 

 

「ドン・モモタロウ…お前の正体を暴いてやる」

 

 

 

タロウが勤めているシロクマの社内にはあらかじめ盗聴器を仕込んである。その他にも彼のシフト表、社員の個人情報も全て彼の手の内…それも全て情報屋として営むフランキーによるおかげである

 

そして今日、タロウは出勤日で今が彼と接触するのには絶好のタイミング。ロイドは配達員の姿に早変わりし、本社へと向う

 

 

 

 

 

 

 

_________________________________________

 

 

 

 

「と、言うわけで今日からここに務めることになったマイケル君だ。みんな仲良くしてね」

 

 

「マイケル・スカェラです、よろしくお願いします!」

 

 

 

場所は変わり、とある一社の社内…住民からは広く支持されている中小企業の配達会社「シロクマ」にて一人の男が入社した。その男は一眼見れば好青年、特に変わりのない普通の人間にも見えるが

 

 

 

「(まずは潜入完了…)」

 

 

 

それは全くのウソである、中身は西国が誇る伝説のスパイ…コードネームは黄昏である。

そんな彼の特徴の一つといえば、その完璧な変装である。こうして数々の任務をこなし難なく乗り越えてきた黄昏は、今までターゲットにその正体を気づかれた事は一回としてない。故に対象者にとっては、黄昏は神出鬼没のようなものである

 

最も、彼の正体に気づいたとしても、既に手も足も出ない状態であるが…

 

 

 

そんな人間は現れたと知らずに従業員達は黄昏改めてマイケルをめでたく迎えている。

そんな中では、ターゲットのタロウは新入社員が来たのにもかかわらず黙々と荷物の積み込み作業をしている。マイケルを気に留める必要は一切ないという事なのか…

 

 

 

 

「んじゃ、君の教育係はあそこにいるタロウ君だから…色々な事教えて貰ってね」

 

 

 

「はい、以上で歓迎会な終わり〜」

 

 

爆速の速さで歓迎会は終わり、「分からないことあったら俺らに聞いてくれよな!」と、暖かい言葉を送ってならそれぞれ仕事に移った先輩の作業員達。それに笑顔で対応した黄昏だったが、幸運にもタロウとの接触をスムーズに図る事ができ、心の中でしたり顔を浮かべた

 

 

 

「(これは大チャンスだ、まさかこうして合理的にドン・モモタロウと距離を縮める事が出来るとは…!)」

 

 

 

「(これならば奴の繊細動きもこの目でチェックする事が出来る…!)」

 

 

「(いや、黄昏よ…これくらいの事で浮かれるな!奴は未知数でどんな事をしでかすか分からん…)」

 

 

 

 

冷酷非情のスパイである事を己に再び叩き直した黄昏はタロウの方へと接近する

 

 

「どうも!これからこの会社に勤めさせてさせて頂く、マイケル・スカェラです!」

 

 

「よろしくお願いします」

 

 

先程の歓迎会で見せた嘘の表情でタロウにそう挨拶するも、相変わらず無表情な顔立ちでこう答えた

 

 

 

 

「あんたか、宜しく」

 

 

 

「なら早速仕事だ、俺についてこい」

 

 

 

「はい!」

 

 

 

「(お前が何者か、この目で確かめてさせてもらおう…)」

 

 

 

タロウに対しても特に怪しまれる事もなく、黄昏は彼の指示に従いながらも配達員の仕事を補助する事となった。ここまでの手早さは流石伝説のスパイと言った所だが、こんなにも順調である事に対して逆に違和感を感じていた。ここまですんなりいける訳がない、相手はあのドン家であるのだから…

 

そんな不安は、配達の為に乗用車で同伴している時に的中してしまった。

 

 

 

「ここで言うが、何故俺の会社に入ってきた?」

 

「はい?」

 

 

 

「アンタの変装はお見通しだぞ」

 

 

これまでポーカーフェイスを装っていた黄昏の顔は、タロウの一言によって少し歪み始めた。そう、彼の変装をとっくに見破っていたのだ。これ以上の誤魔化しは無駄か、と黄昏はマイケルとしての顔をやめて黄会話を続けた

 

 

「この間も言ったはずだ、君の行動を監視させてもらうと…」

 

 

「ほお、それで潜入してきたと」

 

 

 

「君が普通の人間ではない事は分かっている」

 

 

ロイドが脳裏に浮かべたのは演劇で見せたタロウのあの姿。珍妙な登場の仕方をしたせいであの時はろくに考えていなかった…が、あの姿はなんだったのか。

もしくは自分が裏でスパイ活動をするように、タロウもまた一般の姿を装っているとして、あれが裏の姿だというのか…

 

 

 

 

 

「…まぁ、どのみちあんたには教えない」

 

 

 

「……それは、自分の目で見てみろと?」

 

 

 

フッ、と笑みを浮かべたタロウは黄昏の言葉を返す

 

 

 

「その通りだ」

 

 

 

「それに、我がお供が凄腕のスパイというのも中々面白い!」

 

 

「…それさっきから言ってるけど、そもそも俺は君のお供になったつもりはないのだが…?」

 

 

 

「俺が認めた者はその時点でお供とみなしているからな」

 

 

 

「それのどこがおかしい?」

 

 

 

堂々と理不尽な事を口にするタロウ。彼にとっての「お供」とはどういう意味かは全く分からないが、それがタロウなりの拘りなのだろう。というかそう納得するしかない

 

 

 

 

「あぁ…そう…」

 

 

 

 

「(やはりこいつ意味わからん)」

 

タロウとの対話はある意味レベルが高いので、黄昏も何も返す言葉もなく会話は終了した。

 

 

「さて」

 

 

 

「着いたぞ」

 

 

なんだかんだで配達場所に着く二人であった…

 

 

 

 

 

 

________________________________________

 

 

 

 

「ひま」

 

 

 

時は同じくして、黄昏のシロクマ配達会社潜入ミッションに無事同行させて貰えなかったアーニャは、リビングのソファーで死んだ目つきをしながら大の字で広がっていた。

今日は日曜日の学校がない日、だが家でやる事は特にない。お気に入りのアニメは全て明後日にあり、日曜のお昼時は意味のわからんドキュメンタリーばかりやっている。

 

そんなものはどうでもいい、アニメを見させろ…そんな不満を募らせながらも無心で辺りを見回す。

すると、そこで偶然目にしたのはウキウキでこちらを見ているヨルの姿があった。人が退屈しているのを嬉しがっているのだろうか、だとしたら此方の癪に触るがそうでもないらしい

 

 

「見て下さいアーニャさんっ!このチケットを!」

 

 

 

「…」

 

 

嬉しそうに天高く腕を開けた上げる。2枚の紙を持っており、それには…「バーリント国立動物園チケット」と綴られている。

そう、あの「動物園」である

 

 

 

「!!」

 

 

 

その日アーニャは喜びによる人生最大のジャンプ記録を更新した…

 

 

 

 

 

 

 

 

「らいおん!」

 

「ぺんぎん!」

 

「ぱんだ!」

 

 

「なんか変ないきもの!」

 

 

そこからの行動は早く、フォージャー家から約数分程の距離にあるバーリント国立動物園へと訪れた…しかし何故動物園でチケットが必要かと言うと、この動物園は通常の動物園より希少の高い動物達を保護してある為他の動物園よりも今まで見た事もない生き物達が勢揃いしている場所なのだ。故に多くの国民達がその動物園に訪れたいと殺到しており、その高い集客率からチケット制へと変更になったのだと…

 

そしてヨルは、その抽選で当たるチケットを見事手に入れ今に至る。

 

 

 

「みたことないどうぶつさんいっぱい!」

 

 

「すごいですね…私でももお目にかからなかった動物さん達ばかりです…」

 

 

 

一方、今まで退屈だったアーニャの心は見たことのない動物を見ることで塵のように吹き飛んでいた。ウキウキとはしゃぎながらお馴染みの動物と、絶滅危惧種に認定された非常にレアな生物などをじっと観察していた。

 

 

「はは…このどうぶつ知ってる?」

 

 

「すみません…私はあまりこういった生物学には疎く…」

 

 

アーニャは指差したその先を見たヨルは思わず絶句した。その先にはもちろん動物がいたのだが…それが最悪のタイミングで交尾真っ盛りの途中だったのだ。あのような生物達はそういう本能と性質を持って生きているのだから仕方のない事…

とはいっても、彼女は異性と手を結ぶ事さえも顔がすぐ火照ってしまう程うぶな女性である事と、動物でもあまり教育的に悪い物を見させてしまうアーニャをなんとしてでも回避するべくその場を離れようとした

 

 

「なんか、ぞうさんたってる」

 

 

「しっ!」

 

 

決してやましい意味ではない方の言葉である事は分かったが、そそくさにアーニャを抱えて逃げるのだった

 

 

 

 

 

 

「あそこにぬいぐるみさんがいっぱいありますよ」

 

 

「おー!」

 

 

 

 

販売コーナーには、多くの動物がデフォルト化したグッズがずらりと並んでいる。キーホルダー、クリアファイル、文房具、タオルケットなどなど…日用生活に使えそうな品物も動物の可愛らしいデザインが描かれて売られていた。

その中で特にアーニャの目を惹きつけたのは

これまた大きなぬいぐるみである。

 

 

「この中から選んでいいですよ!」

 

 

「やった〜!」

 

 

先程の破廉恥な光景を脳内から抹消させる為にヨルはぬいぐるみを好きなだけ買っていいという暴挙に手を出した…だがこれで動物園の探訪は和やかに終わると思っていた。

 

 

 

「何にしようかな〜らいおんさん?それととぞうさん?」

 

 

 

「らいおんさんにしましょう」

 

 

 

そんな事はなかった。即答でライオンの方を

半ば強制的に買わせたヨルはアーニャの手に持っていたゾウのぬいぐるみを速やかに商品棚の所へ戻し、事なきを得る。恐らくうやむやに出来ただろう…

 

 

 

「あれ?」

 

 

 

 

アーニャはヨルのお会計を待っている時にとある人物に視線を移した。

 

 

「ますたー?」

 

 

「こんなとこで会うなんて、奇遇だね」

 

 

 

 

そこにいたのは、例の人助けの件で出会った喫茶店「ドーブラ」のマスターだった。

彼も同じくして運良くチケットを手に入れ、この動物園に訪れていた。

だが、まだ面識のないヨルにとってはマスターがどんな人物なのかアーニャに尋ねる

 

「この方は?」

 

 

 

「この間ジュースおごってくれたいい人」

 

 

「あら、そうなんですね」

 

 

アーニャに覚えてもらっていたのかマスターはフフッ、と軽く微笑んでいた

 

 

 

「マスター、と呼んでいただければ」

 

 

「初めまして、マスターさん。私はヨル・フォージャーと申します」

 

 

品行方正でお淑やかな立ち振る舞いに、マスターがアーニャの隣に寄って「綺麗なお母さんだね」と彼女を褒めていた。

それに対して自分も嬉しなったアーニャはにっこりと微笑んだ

そうだ、とマスターはとある事を思い出してアーニャにこう言った

 

 

「まだ今度うちの喫茶店においでよ…君の好きなぴーなっつ、ちゃんと用意してるからね」

 

「ほんと!?アーニャ嬉しい!」

 

 

 

「よかったですね、アーニャさん」

 

 

 

ピーナッツにやたら食いつきがいいアーニャはいっそうテンションが上がっていた。しかしそんな和やかな雰囲気はある出来事によって一変した…

 

 

 

「キャーッ!」

 

 

 

それは女性の悲鳴だった。販売コーナーから遠く離れた場所に、人が血を流して倒れていたのだ

 

 

 

 

「…なんかあった?」

 

 

 

「あれは…どうやら事件みたいだね」

 

 

「じ、事件!?」

 

マスターの一言で二人は驚愕する。マスターは遠い距離でも、あの倒れている人間が既に命を絶ってしまっているという事まで分析していた。そのマスターの推測は当たり、何人もの大人がわらわらとその現場に集まって事態は大きくなっていた

 

 

「(じけん…これは…)」

 

 

さっきまで温和的な空間が広がっていた動物園が一変し、不穏な空気が漂い始めていたがアーニャは事件というワードを聞いてとある事を連想する。夕方の6時から放映されているミステリーアニメ「名探偵スピカ」の事である。ごく普通の子供が難事件を次々と解決していく人気アニメ…その展開が、今まさに現実として起こっていた!

 

 

 

「(これは…アーニャ、めいたんていになる時…!!)」

 

 

 

そう…今ならお気に入りであるアニメの主人公になれると、アーニャは考えていた!

 

 

 

 

 

 

 

______________________________________________

 

 

 

 

 

「これからどうなるのでしょうか…」

 

 

「さあね…」

 

 

三人は事件現場の近くに居合わせていた事からその他数人の目撃者と共に館内のスタッフルームにて保安局が来るまで一時待機となった…しかし、その室内の空気は非常に重い。

 

 

 

 

「(やっぱりこの中にはんにんが…?)」

 

 

 

アーニャはこの中に真犯人がいるのだろうと、スピカになりきりながらヨル達を除いた人間達を観察していた。確かに、この中に犯人がいる可能性もなくはないだろう…だとしたらそいつがいつ襲ってくるかも分からない…つまり、ここにいる事はかなり危険な事であると考えに至る。

 

アーニャが考え込む中、まるで脳内から直接語りかけてくるようにとある男の声がいきなり聞こえ始める

 

 

「(アーニャちゃん)」

 

 

「(…ん?このこえは…)」

 

 

「(聞こえるんでしょ?僕の心の声…)」

 

 

 

アーニャに話しかけていたのはマスターだった。彼は自分が心の中が読めると知っていたのだった。マスターの方へ振り返ると誰にも悟られないように、と心で呟きながらもマスターは人差し指を口元に当てて沈黙のジェスチャーをアーニャに向けていた。

 

「(な、なぜアーニャがこころよめるの知ってる…!?)」

 

 

「(それはまた後で、とりあえず…この事件は今、ここで誰かが解決しないとダメだと思うよ)」

 

 

 

「(どういうこと?)」

 

 

 

マスターのその言葉にアーニャを首を傾げた。マスターは現場急行する保安局の実態を知っていた…東国の国内防諜機関を担う国家保安局「SSS(STATE SECURITY SERVICE)」の目的は国内の治安維持。今まで数多くのスパイや情報提供者(スティンカー)を確保しては、東国を脅かす者を手当たり次第ねじ伏せてきた。治安を維持する、とまでなら聞こえはいいが、彼らの手段を問わないやり方は住民からも充分恐れられる程だった。

 

逮捕状もなしに強制連行、怪しい人物は普段の行動を監視&盗聴、場合によっては暴行&脅迫アリの取り調べ(というか拷問)

などと、警察というにはだいぶ手荒が過ぎる程のやり口でこの国を取り締まってきた。こうして住民からは「秘密警察」と呼ばれる程、不審な行動を犯せばただでは済まされない組織であるのだ。

 

ましてやこの事件では今回の被害者である 館内の役員…秘密警察は館内にある絶滅危惧種の貴重な動物を盗む為に至った行為だと推測され、ここにいる関係者達が事実を述べるまで非道な手で尋問するに違いない…それならばある意味ヨルの身にも危険が及ぶだろう…

 

 

「(ここに来るまでは恐らく数分もない…それまで、犯人を特定しないと)」

 

 

 

「(アーニャたち、あぶないめに…!?)」

 

 

ブルブル、と考えただけ恐怖に包まれたアーニャ。

 

 

「(そう、だからそうならないためには…)」

 

 

 

 

 

「(君が名探偵になって解決しなくちゃいけない)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みなさん、よくお集まりいただきますた…」 

 

パッ、とスポットライトに当たる一人の少女アーニャ。茶色のハンチング帽とコートに身を包み、パイプ(勿論なにも入ってない)を加えながら話を進めていく…

 

 

「その理由はほかでもありません、それは…」

 

 

「この中にしんはんにんがいるからですす!」

 

 

 

まさに、名探偵アーニャの爆誕である!!!

 

 

 

 

 

 

「アーニャさん、その格好はなんですか…??」

 

 

「こまかい事はどうでもいいのだよ…じょしゅくん」

 

 

 

どうやらヨルは助手という立場らしい。

 

 

 

「お嬢ちゃん…すまんが俺は君の探偵ごっこに付き合ってる暇はないんだよ」

 

 

「まぁ、本当に真犯人がいるんなら秘密警察が来る前とっとと捕まえて欲しいモンだが…」

 

 

と、ため息をつきながらアーニャに話しかけた中年の男…何を隠そう、この男は美容グッズ販売会社「アルフォード・ホールディングス」CEOである。

せっかくの休日が台無しだ、と事の事態に嫌気がさした彼はいかにも社長らしい図々しい態度を取る。

 

 

 

「そうねぇ…ここにいるのなら、早く暴いて欲しいのだけれど…」

 

 

と、不安の表情を浮かべる老婦人…こちらは去年ごろに学校教師を退職した事で、一人旅としてこの動物園を訪れていた。

 

 

 

「一応言っておきますけど…僕は先程まで人命救助に回ったんですよ?そんな僕が人殺しする訳がない」

 

 

年齢がひと回り下がり、好青年の印象を持つ男子大学生…提出予定のレポートの息抜きとして偶々手に入ったチケットを利用し、この動物園に訪れたのだと。

 

「(確かに…彼はここの関係者の中では一番被害者の近くにいた…)」

 

 

 

「(だが…それで疑いが晴れる理由にはならない)」

 

 

 

遠目で見ていたマスターも彼が人命救助に努めていたのは分かっていた。嘘はついてはいないが、何か彼には怪しい「何か」を感じている…

 

 

 

 

 

「あの…アーニャさん、本当に分かるんですか?」

 

 

 

「うむ」

 

 

 

「あのひとをさつがいしたのは…あなたです!」

 

 

「な!俺ぇ!?」

 

 

アーニャはそう指名したのは…大学生の男だった。

 

 

 

「だから、俺やってないっていったよねぇ!?なんで俺になんの?」

 

 

 

 

「そういうのなら、さつがいに使ったトリックをお見せしましょう」

 

 

アーニャが口にした瞬間、周りの背景が事件現場の様子に切り替わった。

 

 

 

「あなたがもちいたさつがいトリックはつまり、どくさつです!」

 

 

名推理、と言わんばかりの表情でアーニャはトリックの全貌を掘り明かしていく

 

 

 

「ひがいしゃの人差し指をよくみてくらさい…」

 

 

「ペロ…」

 

 

ヨルは人差し指についた白い粉を舐める

 

 

 

「これは…シアン化カリウム!」

 

 

被害者の指には粉が付着していた…が、それよりも粉を舐めても平気なヨルの方がよっぽど気になるのだが…

 

 

「恐らくこの男の人はよく指を舐める癖があったのかもしれない…」

 

 

「それを利用してあなたは、なにかしらの方法によって指にどくをふちゃくさせてひがいしゃを殺した…」

 

 

 

テクテクと、アーニャは彼を追い詰めるように距離を縮める

正直いって話のほとんどが探偵アニメの真似事なだけのへっぽこ推理なのだが、何故か名推理の雰囲気を出して自慢気に話していたので誰もツッコミをいれなかった

 

 

 

「ふっふっふ…これがさつじんトリックのぜんぼー…」

 

 

「これが、今回のじけんのしんそーです!」

 

 

 

名探偵スピカの名台詞であるその言葉を叫びながら、彼に勢いよく指を指した。

子供にしてはいい線を言っているのだが、それでもチグハグな推理に対して中年のアルフォードは馬鹿にするような表情でアーニャに物申した

 

 

 

「おいおいおい、いくらなんでも無理やり過ぎるだろその推理…それで犯人が諦めると…」

 

 

「ああ、このガキの言う通りだよ…」

 

 

「えぇ!?」

 

 

 

「あら…」

 

 

「(やっぱり、か…)」

 

 

大学生はアーニャの推理によって自身が全てやった事を暴露し始めた。そん事で自供する訳がない、とアルフォードが言っていた矢先の事だったので本人含めて一同が驚きの声を上げていた。

 

 

 

「す、すごいです…!!まさか本当に当てちゃうなんて…!!」

 

 

 

「ふ…」

 

 

 

ここまでくればアーニャが本当の探偵のように見えてきたヨルがアーニャを激烈に褒め出した。一方ドヤ顔をしながらカッコつけているアーニャは、スーパー愉悦モードに突入している。

 

 

 

「なぜ、あなたはなぜそんなひどい事をしたのですか…?」

 

 

「アイツはな…」

 

 

 

「俺の彼女奪ったんだ!」

 

 

 

大学生は悲しみの顔から一転して恨み節を吐き捨てながら事の事情を説明する。

 

 

 

「アイツのせいでヨォ…ちくしょう!!」

 

 

 

「わっ」

 

 

すると大学生は突然アーニャを持ち上げてどこかへ連れ去ってしまう。恐らく自暴放棄からなのか腹いせにアーニャに危害を加えるつもりなのだろう

 

 

 

「あ、アーニャさん!」

 

 

 

「おいおい!」

 

 

 

「ど、どうなるでしょうか…」

 

 

 

他の二人も大学生の暴走に困惑するも、マスターが落ち着かせるように言葉を並べる

 

 

 

「大丈夫ですよ、あの女性の方…結構強いので…」

 

 

 

彼は知っていた。ヨルが常人の能力と逸脱している人間である事を…そんな音速のスピードで追いかけるヨルの背中を彼は見守るように見続けていた

 

 

 

 

 

 

「うわ〜〜〜〜」

 

 

「このガキめ…変に抜かしやがって…」

 

 

「クソ…俺の人生がァ…クソぉぉぉ!!」

 

 

 

 

青年の発する怨念はやがて形となって現れて、彼を包み込むように纏わりついていた。

そしてその中からは悍ましい姿の化け物に変貌した。

 

 

「ば、ばけものーーーっ!!?」

 

 

 

「ウンガァ〜ッ!」

 

 

大口を開けたサメの口内にワシを咥えたライオンがマトリョーシカの様に飛び出した頭部、トラの頭蓋骨の眼窩辺りからゾウの牙が突き出た胸部で構成され、顔部分からして、野生動物の弱肉強食な食物連鎖を端的に表している様にも見える…いかにま悪趣味な造形でもある。動物鬼と呼ぶに相応しいその怪人は背中から翼を生やして上空へと飛んでいった

 

 

 

 

「ギャァァ〜〜〜!!!」

 

 

 

ミイラのような表情を浮かべるアーニャは顔面蒼白になりながら悲鳴を上げていた。子供なら高い空に飛んでもキャッキャする物かもしれないが、横に得体の知らない化け物と同伴なら当然怖いわけである

 

 

「あ、あの男はどこに…!?」

 

 

 

一方上空へと飛んだ事も知らずにアーニャの行方が分からなくなってしまったヨルは館内に出て辺りを見回していた。

 

 

「必ず…見つけ出してみせます!」

 

 

「無事でいてください!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

____________________________________________

 

 

 

 

 

アーニャ達が異常事態になっている一方で、潜入中の黄昏は昼休憩に差し掛かった所で、食事中のタロウと二人で話を持ちかけた。今なら従業員達は外食へと向かっている、そう…今がチャンスなのだ

 

 

 

 

「ところで」

 

「なんだ」

 

 

「君は一人暮らしなのか?」

 

 

 

「そうだが、それがどうかしたのか」

 

 

 

「君の子供について聞きたくね」

 

 

 

 

なるほどなぁ、と弁当を一口頬張ってタロウは自身の子供時代の話を切り出した

 

 

 

「俺は昔友達がいなかった」

 

 

「(うん、だろうな)」

 

 

 

大体の掛け合いでそんな匂いが大体感じていた。

 

 

 

「昔はここから離れた団地に父親と二人で住んでいてな」

 

 

「近所の人間と馴染む為に色々と周りの手伝いを率先してやっていたんだ」

 

 

 

 

彼は当時の風景を思い出しながら話を進めていく

 

『こんにちわ』

 

『あら、いらっしゃい…どちら様』

 

 

 

『同じ団地に住むタロウだ、これでアンタと縁が出来た』

 

 

 

『はぇ?』

 

 

 

『いきなりだが、掃除させてもらう』

 

 

 

『ちょ、勝手に…!!』

 

 

 

ある日はシングルマザーの女性の一室を勝手に大掃除をしたり…

 

 

 

 

『誰だお前?』

 

 

 

『俺はタロウ、これでお前たちとも縁ができた』

 

 

 

『俺と鬼ごっこだ!』

 

 

 

ある日は同い年の子供達と鬼ごっこの誘いを投げかけたのだが…

 

 

 

『ハァ!』

 

 

『『『うぁぁぁ!!』』』

 

 

鬼ごっこでも光の速さで子供達を捕まえてすぐに終わったり、逃げる側でも早すぎて捕まえられなかったりと、他の遊びをやってもタロウの圧倒的な身体能力に負かされてしまう…

 

 

『タロウ、お前と遊んでもつまんねぇんだよ!!』

 

 

 

『きさまらが弱いからだろう!!』

 

 

『そういうとこだわ!!』

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーと、色々とやってみたがどれも失敗続きで終わってしまい、終いには団地に無理やり追い出されてしまってな…」

 

 

「(マジかこいつ、なんとく想像出来てたが幼少期もこんな感じだったとは…)」

 

 

 

タロウの一貫した性格に黄昏は裏の顔で思わずドン引きしていた。

彼は自分の場違いな発言や自己的な行動でも全て絶対的に「正しい」と信じ抜く人間であり、加えて人に対してデリカシーや気遣いをする行為が皆無な為か他人にとって一方的なありがた迷惑となるのが現状である。

彼の人間像がますます分かって来た黄昏は、さらに言及を進める

 

 

 

「それで…?」

 

 

「まぁ、高校生の時には少し事件に絡んでしまってな」

 

 

 

「反組織が女性に危害を加えていたから助けた時の話だが…」

 

 

 

 

『おい』

 

 

 

『あぁ…?』

 

 

『んだテメェ…ノコノコ割ってきやがってよ…ブッコロされてぇのかァ!?」

 

 

 

『断る!』

 

 

『クソが、死ねぇ!』

 

 

五、六人の男に囲まれながらもタロウは四方八方に撃ちまくる弾丸をほんの数ミリの動きによって繊細に、かつ正確に避けていった。

そのままタロウは、弾丸を指で正確に跳ね返す

 

 

『ガッ!』

 

 

 

『なっ!?』

 

 

それは男達の体に当たる訳でもなく、持っていた拳銃を全て跳ね返したのだ

 

『ば、化け物ォォ!!』

 

 

 

『うぁぁああ!!!』

 

 

 

 

撃ち尽くした彼らはタロウの神業レベルの芸当にビクついてその場から離れてしまった

 

 

 

 

 

 

「まぁ、俺は喧嘩をしたくないんでな…いくら反組織といえども、人を殺すのは理に反していると思っての判断だった訳だ…」

 

 

「(なるほどわかった、コイツヨルさんと同じタイプだ)」

 

 

黄昏はタロウの化け物エピソードによってそう断定した。今までその目で見てきた事もあるが、タロウは正しく男版ヨルである。

いや、知能的な部分を鑑みるとヨル以上のハイスペックを持っているかもしれない…ここまで超人的な力を持っているとなると、神が何故タロウにここまで常軌を逸した人格を与えたのかは納得である

 

 

「…!!」

 

 

一通り話し終えたタロウはいきなり立ち上がる

 

 

「どうした?」

 

 

「なんでもない…!」

 

 

と、言いながらもタロウは猛スピードで社内から飛び出していった。

 

 

 

 

「(…全然なんでもなくねぇじゃねぇか!!)」

 

 

 

 

タロウの突然の行動を追うべく、黄昏も外へ出ていったのだった…

 

 

 

 

 

 

「あそこに動物鬼が…!」

 

 

飛び出したタロウは空にいる謎の飛来生物に目線を向けてそう口ずさんだ。

そして謎の片手銃を取り出して丸型の窪みに歯車のアイテムをはめ込んだ

 

 

 

「アバターチェンジ!」

 

 

 

「(アバター…チェンジ?)」

 

 

追いついた黄昏は壁際から覗き込むようにタロウの様子を観察していた。

 

 

 

【DON!DON!DON!DONBURAKO!】

 

 

 

「ふっ!」

 

 

上空に撃ち飛ばすと頭上から現れたギアがタロウの全身を被さった。

 

 

【DON!MOMOTARO‼︎】

 

 

 

「アーッハッハッハッハッハッハッハッ!!!」

 

 

「(あの姿は…!!!)」

 

 

「(ああやって姿を変えていたのか…!?一体どういうメカニズムで…!)」

 

 

 

スーツカラーは赤色で、顔には桃の葉に見立てた大きなサングラスに、後頭部には丁髷が乗せられている。そして変身直後に扇子を煽りながら豪快に笑い飛ばしていた。

 

 

 

「(あれが奴の本当の姿か…!)」

 

 

「さあ、勝負勝負!!」

 

 

ドンモモタロウは上空に向けて銃を乱射する。その銃弾は動物鬼の羽に当たった事でどんどんと落下していった。

「みたか!」としてやったりの表情を見せるものの、よく見れば奴の懐に抱えているのがアーニャである事に気づく。その事は、同じく監視していた黄昏もアーニャの存在に気づく

 

 

 

「あ、アーニャ!?や

 

 

「そぉら!」

 

 

脅威のジャンプ力でアーニャを落下寸前よりもスマートにキャッチした。

 

 

「毎度世話を焼かすお供だ!!」

 

 

救出成功したドンモモタロウが取り出したのは彼が得物とする専用剣、人呼んで「ザングラソード」 …その名に違わず、枠に嵌めて刀剣型に仕立てたまさにサングラスと言った感じの奇抜な見た目だ。

垂直落下した事でダメージを食らう動物鬼に目線を向ける。丁寧とはいえない雑な抱え方でアーニャを背負ったまま動物鬼との戦闘を開始する。ただ、彼女は彼女でとっくに意識がない状態でもあるが…

 

 

「アニマル‼︎アニマル‼︎アニマルゥゥ!!」

 

「ふんッ!」

 

 

起き上がった動物鬼は彼に真っ向勝負を無言で受け止め、そのまま一直線へと突撃していった。が、ドンモモタロウの間合いへと完全に誘い出された所でゼロ距離に迫った動物鬼の懐にザングラソードの上身を当てる

 

 

 

【hey‼︎hey‼︎hey‼︎comeon‼︎】

 

 

 

「ザングラソード…」

 

 

 

【ABATARO-ZAN‼︎】

 

 

 

 

「快 桃 乱 麻ァ!!」

 

 

 

 

鍔のギアディスクを回す事でエネルギーをチャージし、その為刀身が七色の光の線を纏い、動物鬼の胴体が豪快にぶった斬る。

 

それは実に呆気ないものであり、動物鬼の怨念は爆発で焼き払われると共に取り付いた大学生の元から消滅し元の姿へと戻っていた…

 

 

 

「⁉︎こ、この世のおわり…?」

 

 

 

一方、爆発音で意識を取り戻したアーニャは今がどういう状況か追いつかないでいた。いきなり変な怪人に誘拐されては、気がつけば今度は赤の男に肩に担がれている…摩訶不思議な体験には流石のアーニャも何これの一言に尽きるだろう…

 

だが、そんな中でこの男の事を少し知っている気がした。そう…あの時演劇で派手な登場をして現れたあの男である

 

 

 

「おっさん、だれ?」

 

 

 

「…」

 

 

ガン無視である

 

 

 

 

「ハーッハッハッハッハッ!!」

 

 

 

「(何コイツこわ!)」

 

 

 

盛大に笑うという突然の奇行に、先程とはまた別の恐怖を感じるアーニャであった。それと同時に彼女は短いハプニングによる疲れか、再び意識が自然と途絶えてしまった。珍妙なこの男に少しだけの既視感を感じていたのが、もう一度その瞼を開いた時にはロイドの後ろ姿が視界に広がっていた。

 

 

 

「うぃ…?」

 

  

 

「大丈夫か、アーニャ」

 

 

 

「あのおっさんは?」

 

 

「どっかに消えたよ、全く」

 

 

 

「(アイツ、俺の前に現れた瞬間に突然消えやがった…一体なんなんだ、ドン・モモタロウという男は…)」

 

 

 

「(どん…ももたろー?アイツの名前?)」

 

 

 

ロイドが愚痴るように心の中で呟いた中で現れた謎の名前。恐らく、あの全身赤男の名前なのだろう…どうしてロイドが彼の名を知っているのかは置いといて、とりあえずアーニャは意識を取り戻した所で辺りを見回した

例の男子大学生は、まだうつ伏せになったまま動いていない。気づけば秘密警察の人間もチラホラと見かける

そしていかにも偉そうな風貌をした中尉かロイドの元へやってきた。

 

 

 

「館内のスタッフルームに待機していたお二人から既に事情を聞いている、君がどうやら事件の犯人を突き止めたとか…」

 

 

 

「そ、そうなのか…?」

 

 

 

「…!」

 

 

立て続けのハプニングで忘れていたアーニャは自分が名推理で犯人をほぼ撃退していた事を思い出す。

 

 

「あい、そうです」

 

 

コワモテ相手だったからかアーニャは首を取れそうなくらいに縦に激しく振った

 

 

「ありがとう、お陰で尋問の手間が省けた…事情はまた後で聞くとするよ」

 

 

 

「(アーニャ、ピンチをぶじ切り抜けた…)」   

 

 

事態が収束し始めるの確認し、改めて安堵をする。すると向こうから車と同じスピードで走ってくる女性がこちらに近づいて来るのに気づく。

 

 

「ロイドさん‼︎‼︎‼︎」

 

 

 

「…どうしたの、ヨルさん?」

 

 

 

「今さっき北区の周辺を五周程周っていたのですが…アーニャさんの姿が全く見当たらなくて…」

 

 

「(ヨルさん残念だね…上なんだ)」

 

 

 

半泣きの状態で、ヨルは常人では考えれなれない台詞を吐くのに対しロイドは哀れみながらも心の中でそう小さく呟いた。かと言っても骨折れ損のくたびれもうけと言うほど骨を折れてもなく、くたびれてもないのでそこまで身体の心配はしていなかった。

その後「はは、ばか」と軽く罵られて軽くショックになる彼女を横に、ロイドはアーニャに語り掛ける

 

 

 

 

「…なんだか、お前のお陰で助かったみたいだな」

 

 

 

「…」

 

 

 

アーニャはチラリと向こうの物影でこちらを見守る男に目を向けた

 

 

 「(ホントは、ますたーにこころの中で教えてくれた事を言ってただけ…)」

 

 

 

「(て事は…ますたーは本当の名探偵…?)」

 

 

 

今までの推理はマスターが心の中を通じてアーニャにアドバイスを促していたのだ。だが、彼が一瞬にして事件の真相を突き止められたのは何故なのか…それはアーニャでさえも分からなかった

 

 

 

「またおいでね、お嬢さん…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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すぱいににんばおり

九話「すぱいににんばおり」

 

 

 

 

「用件とはなんだ」

 

 

その日、フォージャー家に来訪する事となったタロウはソファーの上でロイドの「とある用件」について問い出した。

 

 

 

「…いままで付き纏っていた俺が言うのもなんなのだが、頼みがある」

 

 

 

「ほぉ…」

 

 

 

「今夜一日だけ、俺のフリをして欲しい」

 

 

 

 

ロイド、ヨルはとある重大な危機に直面していた。

 

これからこの家にとある青年が来訪する、名はユーリ・ブライア…姉のヨル・フォージャーをこよなく溺愛している実弟である。彼女の為なら火の中海の中宇宙の中まで走り回る程の異常なコンプレックスを持つ彼が、今宵この家に訪れるのだ

 

 

「まさか今日来るとは思っていなくてね、俺は夜から別の要件があって家を出ないといけないんだ」

 

 

 

「別にいいだろう、何か見られたくないものでもあるのか?」

 

 

 

「そうさ…」

 

 

 

念のために説明しておくと、フォージャー夫妻は偽装夫婦で構成されている。その事を一応叔父に値する彼に悟られてはいけない。

 

そうして二人ゴリゴリの新婚夫婦を装う為に模様替えや仲睦まじい様子が撮られた写真などを配置し、いかにも「私たちはラブラブ」ですと言わんばかりのアピールによって前回件は無事に難を流れる事が出来たのだった。

 

しかし、彼はまたしても二人の前へと現れる事となり前回とは違ってアポ無し突撃訪問という更にタチの悪い事態がロイドの前に直面していた。

そんな日に、ロイドはスパイ「黄昏」としてとある任務の依頼とまる被りしてしまった為、タロウにそんな頼みを懇願したのだ。

 

 

 

「すみませんタロウさん…私からも是非このお願いを…」

 

 

 

「その弟とやらはあんたの顔を既に知っているんだろう?俺がフリをしていても、直ぐにバレる」

 

 

「それについては心配はない」

 

 

ロイドは数百の顔を持つ変装の達人としての異名を持つ男でもあり、自分そっくりの男を作り出すのも勿論彼にとっては造作をない事。身長やスタイルもどことなく一致しているタロウが、特に適任だったのだ

 

 

しかし隣にはヨルがいる為かあまり口に出して言えないが、その事を唯一知っているタロウは彼の目を見ては「なるほど」と心を読んだかのように静かに頷きーー

 

 

 

 

「まぁ、あんたがなんとかするというのなら問題はないだろう…」

 

 

 

「とはいえ、悪いが…その頼みは受け付けられない」

 

 

 

「な⁉︎」

 

 

 

まさかのお断りにロイドも感嘆の声を出した

 

 

 

「俺はウソがつけない」

 

 

 

「ウ…ウソって、たかが演技だぞ⁉︎」

 

 

「そ…そうですよ!ちょっとウソついたからって、そう簡単に泥棒の始まりにはなりません!」

 

 

 

そんな二人の必死の説得だったが、タロウは頑固たる意志を表情に表した

 

 

 

「どうだろうな」

 

 

 

 

「(く…まぁ、それはそうか…任務の最重要人物にこんな事頼むのが間違いだった…だが彼以外に務まる人間は、はっきりいっていない)」

 

 

「(ここで引き下がる訳にはいかん…)」

 

 

 

「嘘と演技はまるで違う…」

 

 

 

「そうなのか…?」

 

 

 

なんとかして彼が協力してもらえるように話の折り合いをつけるロイド

 

 

 

「ああ、そうだ。試しに一度だけ俺になったつもりで喋ってみてくれないか…」

 

 

 

「例えばだが、「僕はロイド・フォージャーと申します」と…」

 

 

 

 

「…」

 

 

 

タロウは乗り気ではないものの、食い下がらないロイドにやや押され気味な状況の中でそのセリフを口に発しようとした

 

 

 

 

「僕は…」

 

 

 

「…」

 

タロウの様子をじっと見つめるフォージャー夫妻…

 

 

 

「僕は……」

 

 

「(そんなに詰まるのか?)」

 

 

「ウ…グッ…アァ…ッ!」

 

 

 

「…だ、大丈夫ですか?」

 

 

愚痴るに出そうとすればするほどタロウの顔色はどんどん悪化し始めていき、その異常な様子に気づき始めた二人はタロウの元に近寄ろうしたがーー

 

 

 

 

 

ピタリと時が止まったかのようにタロウの身体は固まりながら倒れ込んでしまった

 

 

 

 

「……ど、どういう事だ」

 

 

 

今何が起きているか分からないロイドだったが、ヨルは念のためにタロウの体調を確認する為に脈を確認した

 

 

 

 

「あ…」

 

 

ヨルはその時一瞬にして青ざめた

 

 

 

「脈がない…」

 

 

 

 

「…え」

 

 

 

 

「(なんだってぇぇぇぇえ‼︎??)」

 

 

「そ、そんな‼︎何故だ⁉︎何故急に命を落としてしまったんだ⁉︎」

 

 

「わ、わかりませぇ〜ん‼︎」

 

 

 

 

と、今まで意識のなかったタロウは取り戻したのか急に起き上がった

 

「「い、生き返ったぁ⁉︎」」

  

 

 

 

「……やはり、だめか…」

 

 

 

「…まさか、君…」

 

 

プルプルと、人生で初めて驚いたと言わざるおえない動揺した様子で彼にこう言及した

 

 

 

「嘘をつくと、「死ぬ」のか⁉︎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

衝撃の事実が発覚し冷静さを取り戻すロイド。しかし一方でヨルは何事もなかったかのように家事の手伝いに慎んでいるように見えるが、死人が蘇った光景がループして脳内に流れ続けているのでまだ動揺が見えている。おかげで洗っている皿も毎度割れている音が立て続けに響いていた

 

 

「(スパイ歴十数年のこの俺は、今人生で一番といってもいいくらいの問題を迎えている)」

 

 

 

「(このタロウという男、掘り起こす度にその奇天烈な人間性に圧倒されてばかりだ)」

 

 

 

「(生きていてあんなみっともない声を出した事は、今でも忘れん…)」

 

 

 

お化け屋敷にでも入ったのかと言うくらいの絶叫を先程してしまったロイドは今更ながら後悔している。

 

 

 

「つくづく君に驚くばかりだよ」

 

 

「そうか」

 

 

「(いやマジでそうだわ!)」

 

 

一方のタロウは言わずもがな平常運転である

 

 

 

「(とはいえ、任務を放棄する訳にはいかん…)」 

 

 

 

 

「(確か、今宵の任務はバーリント南区に位置する美術館に仕込まれた爆弾の処理だったか…)」

 

 

 

テロ組織やはたまたギャングのような抗争組織が裏の世界で暗躍し続けているここバーリントではそういった物騒な計画が密かに行われている。よりによって中々手の離せない任務をこの日に受け渡されてしまったのは彼の運の悪さかもしれない。しかし事情を言えばその任務を破棄する事は出来るかもしれないが、その行為は彼の固定信念を裏切る事になるのだ。

 

 

「両国の人間達が絶えず笑い合える世界を作る」…それは彼のスパイ活動を続ける思いであり原動力である。【あの悲劇】を未来に生きる子供達に遭わせない為、彼は任務を放棄する事は毛頭なかった。

 

最も、破棄しようにも上層部の口から「なんとかしろ」の一言で一蹴されるのが関の山…まさしく鬼である

 

 

 

「(仕方ない…面倒だったが、【あの手】でやるしかない)」

 

 

 

 

一流のスパイはいかなる状況に置いても数手用意する事が当たり前で、無論ロイドは避けていたある方法でこの場を乗り切ることを決心した

 

 

 

「タロウ君、ちょっといいかな」

 

 

 

________________________________________________

 

 

 

「姉さぁぁぁぁぁぁぁぁぁん」

 

 

改めて説明するが、 ユーリ・ブライアはヨル・フォージャーの血の繋がった弟である。そして姉に対しては口上では外交省と説明しているがその真相は秘密警察と呼ばれる組織である。

とある事情で親の元から離れた二人は、この厳しい世界の中で手を取り合いながら生きてきた。そんな唯一の家族であるヨルに対しては言わずもがな深い愛情を持っている。

故に、その感情は時折暴走する事があり今回その例の一つである

 

 

 

勢いよく扉が開かれた先には一人の青年が嬉しさが含まれた声で来訪する

 

 

「いらっしゃ〜い、ちゃんとお元気してましたか?」

 

 

「うん!大丈夫、見ての通りだよ!」

 

 

 

ひらり、と回って五体満足である事を主張する彼だったがその笑顔は時折一瞬にして消え去りある男の方へと視線を向けた

 

 

 

 

「久しぶり、ユーリ君」

 

 

 

去年と全く変わらないロイドの姿がそこにはあった。が、実際はロイド本人ではなく変装していたタロウが不自然に口をパクパクさせながらユーリに話しかけていたのだ。

そして、もう一つ違和感があるのは耳元に装着されてある小型機器…

 

 

そう、これこそロイドが考案した作戦…その名も「二人羽織作戦」である

 

 

 

 

 

「(…この小型機器から、俺の声を発してあたかもタロウ君が喋っているように見せている…)」

 

 

 

「(そしてもう一つのスピーカーを通じて彼には到底盗み聞きされない音量で会話出来る事も可能…!)」

 

 

 

 

本物のロイドはバーリント南区にある美術館の通気口にて、軽装備した状態でタロウ達の様子はスピーカーを通じて確認していた。

 

 

「(情報によると爆弾を仕掛けこの組織は今夜の十時に合わせて起動するらしい…)」

 

 

 

「(警備員に紛れて忍び込んでいるみたいだが、さほど有名な組織ではない…俺の手にかかれば足元にも及ばん程度の武力だが、油断してはいけない)」

 

 

 

「(何故なら、それよりも重大に任務が今始まっているのだから…!)」

 

 

 

 

 

そんなフォージャー宅では、密かに両国平和が懸かった戦いの火蓋が切って落とされようとしていた。

 

 

 

 

「ロイド兄さん、姉さんに何か怪しい事はしていませんよね?」

 

 

 

「していない」

 

 

 

因みに今の返答はタロウ本人が答えている。この受け答えに関してはどちらにせよ本当の事なので違和感を持たれる事はないが…

 

 

 

 

「そっか…」

 

 

 

「まぁ、細かい事は食べながら話そうよ…せっかく会えたらから久しぶりに姉さんの手料理食べたいな」

 

 

「そんな事かと思って、もう用意しましたよ!」

 

 

 

意気揚々と自慢の作品をテーブルに出すヨル。一方のユーリはと言うとロイドに視線を外さぬまま夕食の準備を手伝っていた

 

 

 

「(俺を審査しているというわけか)」

 

 

どうやら姉の夫脳が只者ではないと薄々勘付かれているかもしれない。

 

 

 

「では、いただきましょうか」

 

 

 

「いやぁ〜久しぶりだなぁ…!」

 

 

 

「…」

 

 

「(タロウさん)」 

 

「(…なんだ)」

 

「(ロイドさんからの連絡はきていますか?)」

 

 

 

「(いや、まだ連絡は取れていない…)」

 

 

彼が音信不通という事は今現在任務の遂行中であるという事…四六時中タロウのサポートを行えるという訳でもない為、今は非常に危険な状態である

そんな時、ユーリからこわな事を言い渡される

 

「兄さんも食べようよ」

 

 

 

「当然、姉さんの手料理は毎日食べているもんね」

 

 

 

 

「…」

 

 

「勿論だよ」

 

 

間一髪の所でロイドが通信機を用いてタロウのフォローを行った。本来ならば、タロウは「そんな事はない」と言いかけていたのだが、彼が合図を出した事で完全無欠のラブラブ夫婦というイメージを崩す事なく乗り切った。

つい先程身をもってタロウの特性を知ったヨルはどっと冷や汗をかいたが、ここからユーリによる悪意なき追撃が二人を襲った

 

 

 

「はい、どうぞ」

 

 

ユーリが手渡そうとしたのは彼女特製のビーフストロガノフ…らしき料理である。それをよそった皿を渡し、タロウに食べさせようとしていた

 

 

 

「(…はっ!)」

 

 

その時ヨルに、電流走るーー

 

 

 

「(しまった…!タロウさんは特に料理には厳しい!!ロイドさんならともかく、私の料理を食べればきっと厳しい点数を言い渡すハズ…!!)」

 

 

「あ、ロイドさんは確か既に夕食を済ませたんですよね!」

 

 

「え?まさか、兄さんは姉さんを置いて一人で夕食を食べに行ったとでもいうのか…!?」

 

 

 

「あぁ…っ!そういう事では…!!」

 

 

何か誤魔化そうとすれば彼の気迫は段々と激しくなっていく…彼女は身体能力こそずば抜けているものの、こういった嘘のつき方や機転の効きが悪くお陰様で状況は悪化していく一方であった

だが、無言を貫いたロイド(タロウ)は遂にその口を開いた。

 

 

 

「そうだな」

 

 

「え!?」

 

 

「…そうだよね!そりゃ、例え夕食を済ませたとしても食べるのが姉さんの夫の務めだよね!」

 

 

 

「…」

 

 

「(ヤバい…ハッキリとは言えんが、ヨルさんな料理なんか食べれば…彼はきっと酷評してしまう!)」

 

 

 

「なんとかしなければ…」

 

 

 

「いたぞ!」

 

 

 

「クソ!例のスパイか!!」

 

 

タロウの行動に危惧するロイドだが、一方でテロ組織の構成員にせんぷくした様子を見られてしまい、任務としても危機的な状況に陥ってしまっていた。

正直言って今フォローしなければ不味いのだが、こちらも疎かに出来る訳でもないので仕方なく通信機を一旦オフにして彼らの撃退に徹する判断を下した

 

 

「やむおえん…!」

 

 

 

双方の状況がよろしくない方向に向かいつつある所で、タロウはヨルの手料理に手を出した。

 

「(ど、どうしたら…!)」

 

 

 

「どう?」

 

 

 

 

「二十五《万点!》」

 

 

 

「え?」

 

 

「ん?」

 

 

タロウはいつものように低評価点を述べようとしていたが、付け足すようにロイドが咄嗟の判断で遮るように言った。ユーリにとって変わった褒め方をしていると目を細めながらもう一度タロウの言葉を聞き返した

 

 

「な、なんて?」

 

 

 

「二十五《満点だよ!うん、やっぱりいつ食べても美味しい!》」

 

 

「そっか…」

 

 

「そんなに気に入っているんだね…なんだか嬉しいよ」

 

 

しかしユーリにとってはその反応に違和感を覚える事なくむしろロイドの言葉に感動しかけていた。秘密警察所属であるだけあって洞察力と観察眼には優れた物をもっているものの、それはヨルの話題となれば無意味になぬてしまう。現にタロウの声を怪しむ事なく、平然と話を進めている

 

「ほ…よかったです…」

 

 

 

 

「なんとか間に合ったな…」

 

 

 

テロ組織に追われたロイドはというと、たかが少数の雑魚組織同然の人間を蹴散らすにはどうやら10秒もかからず片付けられるらしく、軽装備をした彼らでさえも地べたにくたばって気絶していた。

ものの一瞬の出来事の如く、戦闘を終了させたのだ。

 

タロウもさることながら、ロイドも中々の化け物である

 

 

いとまず危機は過ぎ去った…かと思いきや、ここでまた一つユーリが大爆弾発言を落とした

 

 

 

「去年も来たけれど、アンタなら姉さんを任せていいかなって薄々思っていたんだよ…」

 

 

「でもね!」

 

 

 

ユーリは酒瓶をガン!とテーブルに叩きつけ    

 

 

 

「やっぱり二人は怪しいと思っている!」

 

 

「本当に愛しているのかどうか!」

 

 

 

「えぇ!?」    

 

 

「!」

 

 

「ここに来て思ったんだ…前は見れなかったけど、二人はまだキ…」

 

 

「も、もうそれは忘れなさい!」

 

 

前回もまた波乱の戦いだったのか、その光景を思い出し、紅潮したヨルはユーリを無理やり黙らせた。

 

 

 

「なんだよ!姉さん恥ずかしいの?でも、お互い愛してるんだよね?」

 

 

 

「う…」

 

 

 

「……そこまで言うのなら、みせてやろう(何が何だか分からんが)」

 

 

 

「うぇぇ!?」

 

ここでまたしても恥じらいのないタロウが彼女の賛同なしに自分達が本当の夫婦(の見せかけ)である事を見せつけるためにキスは実行しようとする。

 

 

「(ただでさえロイドさん本人ですらこんなにも動揺してしまうのに…それが他の人となれば私…‼︎)」

 

 

 

「何ィーッ!?き、キスだとォーッ!!?」

 

 

例え見た目が自分であるとしても、赤の他人が妻とキスするなど聞いているだけでも普通は考えたくないだろう。いや、スパイならば仮初の関係に対しても冷酷であるべきなのだろうが、この家庭生活の中で芽生え膨らんだ感情というのは彼を刺激するのには充分な物だった。故に今、ロイドは非常に動揺している。

 

 

 

「クソ…なんて事だ!こんな事…絶対にあってはいけない!」

 

 

 

「…この野郎ォ…これでもくたばれ!」

 

 

「やかましいわ!」

 

 

ムクリと起き上がった組織の残党が銃で彼を撃とうとしたがそんな事はどうでもいい、言わんばかりに花瓶を投げつけて撃退する程ロイドは今フォージャー宅で起こっている惨劇に目が離せなかった。

だが、残念ながら声だけではどうする事も出来ずただ追い詰められる二人…

 

 

 

「何なの⁉︎二人は夫婦じゃないの⁉︎」

 

 

「う…」

 

 

 

「(こ、こうなったら…!)」

 

 

いつの間にか迫りゆくロイド(タロウ)から一旦離れ、近くにあったワインを掴んだ途端、その中身を一気に飲む。

彼女の一つの特徴として、非常にお酒に酔いやすい体質であり例え少量のものだとしても直ぐに泥酔状態に突入出来る為、酔う事で恥ずかしさを紛らわそうとしていた。

 

 

 

「ひっく……」

 

 

 

「さぁ‼︎二人共…僕の目の前で今度こそ証明してみてくれ‼︎」

  

 

 

「(アカーーン‼︎‼︎)」

 

 

後もう少し、数センチで本当に唇同士が触れ合いそうになるその時ーー

 

 

 

 

「ああ、もうやっぱり無理ですッ!」

 

 

 

 

ゴス、と衝撃波が一体に広がる程の人並み外れたヨルの鉄拳がロイド(タロウ)の顔にクリティカルヒット…!

避ける事もなく無論反撃する事もしなかったタロウは微動だにせず、モロに喰らった。

 

これには姉を知る弟も仰天である

 

 

「ああ‼︎ね、姉さん!」

 

 

「…ハッ!」

 

 

「す、すみませぇん!」

 

「大丈夫だよ(中々いい拳だった…流石の俺でも少し身体がのけぞったが、やはりお供として十分の強さ…)」

 

 

 

「…そんな…!」

 

 

血だらけのタロウと必死に謝るヨル…そんな二人の異常空間を前にして、ユーリはこの世の物とは思えない顔つきでその様子を見ていた。

 

 

 

「そんなまさか…あの姉さんの必殺パンチを食らって立っていられる人間がいるとは…‼︎」

 

 

 

「(やはり、流石は姉さんの夫を務める男と言う事か…)」

 

 

「(それに比べて僕はァ!)」

 

 

彼の図太い神経と底無しの頑丈さ、過去何度も自分の家の壁が彼女の手によって葬られた事か…そんな殺人兵器(誇張なし)のヨルを堂々と受け入れる彼を前に、己の下劣さを憎んだ

 

 

「兄さんは凄い‼︎」

 

 

「急にどうしたの?」

 

 

未だ不自然なタロウのアテレコを続けるのを気に留めないユーリはそんな突拍子もない褒め言葉を投げかけた

 

 

 

「僕は確信したんだ…貴方こそ、姉さんの夫に相応しい男だったんだって事を‼︎」

 

 

 

「…ユーリくん」

 

 

 

 

「さあ、持っていきやがるといい‼︎姉さんの全てを…」

 

 

「う…」

 

 

とは言ったものの、涙がダムが崩壊したかのように一気に流れ込みーー

 

 

 

「うぁぁぁあ‼︎‼︎」

 

 

例え自分が認めたとしても、やはり長年いた家族が他の男に持っていかれるのは辛いのだろう…そんなユーリは酔った勢いからか家の外まで出て行ったしまった

 

 

 

 

「ああ!い、一体どこへ!」

 

 

「どうやら終わったようだな」

 

 

 

ともかく一先ずは難を逃れたと、タロウは既に素の状態で喋っていた。奇妙な弟だったが、あれはあれで姉に対する愛情の形なのだろう。

 

恐らくまた戻ってくるかもしれないので少し待つ事にしたが、代わりにやってきたのは青パジャマを着たアーニャだった。

先程の轟音で起きて睡眠を遮られてしまったのか、やや不機嫌でこちらに向かってきた

 

 

 

「ちち、はは…うるせえ」

 

 

 

「あ、すいません…」

 

 

「…」

 

「(なんだ、お供か…)」

 

 

「ん?」

 

いままで目もろくに開けてないアーニャがその時パチクリと目を大きく見開いてその言葉を耳にする。ロイドがアーニャの事を「お供」と呼ぶのはあり得ない、もしそんな呼び方をする男がいるとしたら…

 

 

 

「たろう?」

 

 

「え⁉︎」

 

 

「…ああ、そうだ」

 

 

この時アーニャは思考を巡らせる。何故かロイドの姿をしたタロウ…そして今宵から何故かヨルと一緒にいた…

 

 

「はは、うわきした‼︎‼︎」

 

 

 

「ち、違います‼︎」

 

 

「うわき‼︎たろう、くそやろうぉーッ‼︎」

 

 

 

「…何故そうなる」

 

 

 

友に何故か裏切られたショックとヨルの浮気疑惑に号泣するアーニャ、それを必死にに宥めるヨルとただ困惑するタロウ…事態は先程とは打って変わったカオスな状態へと成り果てる

 

 

 

「お供にはバレたが…どうすればいい」

 

 

《そんな事を言われてもなぁ…まぁ、バレた事は仕方ないが…》

 

 

「ちびゃぁ〜〜〜っ‼︎‼︎」

 

 

「はぁ…」

 

 

 

一方ロイドはというと爆弾の処理をとっくに済ませており、事の事態は収束に向かっていた。が、向こうも向こうで大変な事になっている為か度重なる危機にため息を漏らすロイド

 

 

「…何故こうも面倒な事が続くんだか…」

 



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