鬼と呼ばれましたが冒険者になれば英雄になれますか? (もぐらたたきアルファ)
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たからさがしのなつやすみ
序章


モブ高生の二次創作に参加してしまいます。何分初めてなので読みにくいのは勘弁して下さい(土下座)


2019年3月

 

 ここは地方都市から電車で数本分離れたまあまあな町である。駅のそばの表通りにはそれなりの交通量と店を誇り、住宅街とマンションが続くが20分か30分程歩くと割と田舎という感じである。ダンジョンはFランクとEランクが二つある。

 

「ははっ!あははは!ゲホッ!痛ったぁ!」

 

 そんな町のどこにでもある神社へと続く急な階段の下で大柄な少年の笑い声とうめき声が響く。少年は趣味と実益を兼ねたトレーニングの最中に階段を踏み外し派手に転がり落ちたのだ。

 

少年は

運動がとても好きだった。血流があがる感じがワクワクする

鍛錬が好きだった。成長を実感すると気分が良い

痛いのも好きだった。激痛を感じると頭が冴え渡る感覚がすごく良い

 

それ故に親が見たら真っ青になってかけつける程の事故を起こしているのに呑気に笑っているのだ。

 

 少年はひとしきり笑ってからすっくと立ち上がった。少年は今年高校生になり、念願だった冒険者になれるのだ。ワクワクが止まらない。大反対する母親を納得させる為に始めた鍛錬もつい力を入れすぎてしまう。

 

鼻唄を歌いながら帰路に着く少年は、己の人生を大きく変えた4年程前の出来事(神秘)を思い返していた。

 

 

2015年8月

 

 小学生最後の夏休み僕は今日も今日とて市営温水プールを泳ぎまくってすごしている。若干飽きてきているのだが他にやることが無いから仕方ない。

「大吾くん。そろそろ休憩時間だから上がってね」

連日通った為すっかり顔と名前を覚えてしまったおばちゃんインストラクターが親しげに声を掛ける

「う〜〜すっ」半分寝たまま泳いでいた少年『鬼導院大吾(きどういんだいご)』は心あらずな返事をしつつのっそりと水から上がる。

 

 

「毎日頑張ってえらいわねぇ」

 

「……他に行く所ないだけですから」

若干苛立ちを覚えていたところだった為突き放すようなセリフを吐いて即後悔した。親切なおばさんを悲しい顔にさせてしまった。

「あ、もちろん泳ぐのは好きですよ」

 

「いえごめんなさい。お家の事情よね。おばちゃんが無神経だったわ」

 

 一応フォローしたにも関わらず黙ってしまう。その通りだったからだ。この市営プールは市の政策で障害手帳を持っている者と片親の子どもに無料で解放されている。大吾の場合後者だ。

 父は子どもの頃『事故』で無くした。母は生活費を稼ぐ為夜の仕事をして昼間は寝ている。いつもくたびれている。その様子を見るとワガママを言う気にもならない。

 

「まあ、そのおかげで筋肉は付きました。だけど、正直飽きてきたので明日からは図書館にこもろうと思います。飽きたらまた戻ってきますから。」

 

鬱屈した感情を振り払うように努めて明るく言う。ちからこぶを作れば小学生に不釣り合いな程盛り上がりを見せる。腹筋もしっかり割れてる。大吾の自慢だ

 

「えぇ。いつでも戻ってきなさい。それと体力は全ての基本よ。いつか大吾くんを助けてくれるわ」

 

優しく励ましてくれるおばちゃんに分かれを告げ今日はこれまでにしようと着替え室に向かう時ちょうど団体が入ってきた。クラスメイトだ。顔が少し強張る。

 

「やっばりハトホルだよね。まじ女神」

「デメテルもすげえでかいよ」

「ケンタウロスって良い身体だよな♡ウホっ」

 

「「ひぃ!!」」「オッ♡」

 

僕に気付いた3人組が悲鳴を上げて壁際に下がる。

これがひたすらプールで泳ぐことになった二つ目の理由である。自分は教室で孤立しているのだ。恐れられていると言っていい。

原因はわかっている。それは齢12歳にして既に180cmを超えている身長のせいだ。クラスメイトどころか教師ですら大体自分より背が低いのだ。嫌でも己の特異性を自覚してしまう。なお、後の話だが筋肉まで付いた結果余計怖がられるようになった。

「鬼だ」

後ろから小さな声で己の苗字とデカい身体からついたあだ名が聞こえる。腹にドス黒い感情が溜まっていくのを感じる。何もかもぶち壊してしまいたくなる衝動に駆られ「すーーっはーーーーー」

深呼吸して抑え込む。母の為にそんな短絡的なことは出来ない。




(TIPSまとめ2参照)不幸及び事故
この世界ではダンジョンが現れて以来多くの不幸は消えていった。だが、その代わりといって良い程の大災害が起こるようになった。この世界で『事故』と呼ばれるのは大体その大災害アンゴルモアである。


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黒孔

 大吾はまとめて作ったカレーを朝食に食べながら今日の予定を考えている。夜勤の母の睡眠時間を邪魔しないよう早めに出かけたいのである。

 

(今日は昨日決めた通り図書館に行こう。何の漫画を読もうかな?)

 

ニンジャが里長を目指して奮闘する話を読もうと決めてリュックを背負った時にずっと放ったらかしだった座布団に気付いて押し入れの中に入れた時である。

 

「!!!」

 

謎の……謎としか言いようがない黒孔が座布団を置いた場所からすぐ左に浮かんでいたのである。大吾は仰天しながらも好奇心を抑えきれず恐る恐る指を近づけていき触れた瞬間

 

世界が変わった。

 

大吾の目の前には鬱蒼とした森林だった。樹齢1000年という程の太い木が何本も生えている。しかもまだ朝なはずなのに何故か夕焼け空だった。

 

あまりの事態に呆然としていた大吾だったが10分程かけてようやく再起動しだす。そして、自分が触った黒孔がすぐ後ろにあるのを確認して自分の状況を理解する。

 

「こ、こ、これは………異世界転移ってやつかぁぁぁーーーーっ!!!」

 

 

鬼導院大吾はダンジョンについて知らない

 

 

 

 

【TIPS】ダンジョン

ダンジョンは1999年7の月に突如世界各地に現れた謎の黒孔のことである。

 黒孔の中は外部から想像出来ない程広大な空間があり、人間に襲いかかる危険なモンスターが溢れていた。ただ、ダンジョンは危険なだけじゃなく新種の金属や素材、魔法の品々などの様々な資源、そしてモンスターを倒すと稀にモンスターを使役出来るカードが手に入った。それらは人類を魅了し、人々はダンジョンをこぞって攻略しだした。

 モンスターカードは一定以上の難易度のダンジョン攻略に欠かせない存在であるだけでなく、カード同士を戦わせるモンスターコロシアム(略してモンコロ)がテレビ番組で行われたり、美しい女の子カードをモデルとして起用するなど現代社会と密接した存在となりつつある。それは、ダンジョンからモンスターが溢れる大災害アンゴルモアが二度起こってなおも変わらない。

 そんな存在を知らないのは子どもとはいえまずありえないのだが……何事にも例外はあるのである。

 

 

 

黒孔にもう一度触れて戻ってこれたこと(押し入れの天井に頭をぶつけた)にひとまず安堵して床に寝転がりどうするかぐるぐる考える。

 

(母さんに言うべきだよな。………だけど)

 

大吾はせっかく見つけたファンタジーな世界を冒険してみたかった。親に言えば自分は入れてもらえなくかもしれない。

 

「よしっ!!」大吾は親に黙ってることにして、探索する準備を始めた。

 

 

 

 




押し入れの中は異世界でした


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嗤う小鬼

・特注運動靴

 小学校の指定品だが規格外の成長を果たした大吾に合うサイズが無かった為専用につくってもらった靴。頑丈だが森を歩くには少々心許ない。

 

・防犯用トウガラシスプレー

 単独で行動することが多い息子を心配した母が送った防犯グッズ。獣がいても効くだろう。

 

・サバイバルナイフ

 父の肩身の刃渡り20cmほどの肉厚ナイフ。裏面がノコギリ状になっている。スプレーの方が使いやすいが刃物があるのは安心出来る。腰につけていつでも抜けるようにしておく。

 

・ロープ

 虎模様の紐が丸くまとめられたもの。

 

・お茶のペットボトル×2とチョコレート1袋

 水分と非常食

 

・腕時計(Gショック)

 これも父の形見。いつまでもいるわけにはいかないので時間を見るためにもっていく。

 

さらにメモ帳と筆記用具をリュックに入れて大吾は黒孔に触れた。起きた母にみつからないように襖を閉じるのも忘れなかった。

 

 

再びの夕暮れの森林 準備を進めてる内に現実の世界は、だいぶ日が高くなってきたはずだがこちらは一才変わってない。

 

大吾はドキドキしながらも慎重に森がちょうど分かれて道になっている場所から進み始めた。

 

 

 

 

30分程茂みを掻き分けながら歩いたところで体力的には余裕だが少々緊張が解けてきた。先ほど拾った太さと長さがちょうど良い木の棒で伸びた草を斬り飛ばし始めた時だった。

 

ツンとくる刺激臭ともに草を掻き分けてソイツは現れた。

 

身長はクラスメイトと同じくらい、緑色の肌、粗末な棍棒、痩せているが腹だけでている、尖った耳

異世界漫画にでるゴブリンそのものだった。

 

「ゴ、ゴブリン!あーえっと言葉は分かるか?」

 

「シャアッ!!」

 

問答無用というように鋭く叫びおそいかかってくるゴブリン相手に慌てず木の棒を構える大吾。ダンジョンはしらないが異世界漫画は見ているのだ。

 

「ゴブリンは魔物のタイプか!なら倒していいな!オラっっ!!!」

 

恐怖よりも異世界らしい展開にテンションが上がってくる。大吾は走りよってくるゴブリンに向けて木の棒を叩きつけた。

 

バギィーンという鈍い音が夕暮れの森林に響く。ゴブリンが棍棒で大吾の一撃を受けたのだ。そして、その小さな体からは考えられないパワーで押し返されだす。

 

(くっ、すごい力だ。先生と腕相撲した時みたいだ)

 

ゴブリンは確かに最弱と言われる魔物だがそれは魔物基準の話である。大吾の言うとおり成人の男性並の力を持つ怪物なのである。体格差ゆえにすぐには押し切られないがそれも時間の問題である。

 

「ぐはっ!!」ゴブリンは一瞬の隙に懐に潜り込み固い石頭で頭突きを大吾の腹にぶちかました。大吾の体は派手に吹っ飛んでいった。

 

「ゲハハハハハハ」既に勝利を確信し小鬼は嗤う。

 

 

 

 

あまりの痛みに却って冷静になって大吾は無策で挑んだことを激しく後悔していた。あれは全力で殺さないといけない強敵だった。

だがだがなぜか恐怖は感じなかった。ここに来たこともけっして後悔はしていない。むしろ………愉しくなってきた。頭からどろりと流れてきた血を感じながら大吾は嗤った。

 

 

 

 

 

 

 頭と腹がズキンズキンと痛むのを無視して素早く起き上がり、近寄ってきたゴブリンに落ち葉と土を投げつけた。これにはゴブリンも堪らず手で顔を覆って防ぐ。

 

その一瞬の隙に大吾は全力で走り出した。これまでやってきた道を逆向きに。

 

「へいへい!こっちだぜ!チビ!」

 

大吾の挑発が通じたのか背後から怒声があがる。うまく釣れたことを確信して大吾は凶悪な笑みを浮かべた。 

 

生まれて始めて感じるような激痛と明確な死の恐怖は大吾が普段押さえ込んでいた暴力衝動を完全に目覚めさせていた。脳内麻薬が回っているのか肉体にはかつてないほど活力が漲り、ぐんぐん加速していく。その上でテンションは上がりながらも頭の奥は冷徹に回っている理想的な状態だった。

 

(よし。間に合った!)

 

ゴブリンの吐息をすぐ後ろに感じながらなんとか先程思い付いたゴブリンを確実に殺す為のポイントについたことに安堵する。

 

その目的地とはゴブリンに会敵する少し前に登った傾斜はきついが短めの坂道のことである。

 そこを一気に駆け降りると見せかけて全力全開で右足で急ブレーキをかけ右側に曲がる。無理な急制動に足が悲鳴を上げ、森歩き用ではない靴はビリリと破ける。

 

「ぐあーっ?!」

 

坂を下る獲物を追いかけようとしていたゴブリンは急に真横に飛んだ大吾を中途半端に追いかけようとした為バランスを崩して坂を転がってしまう。

 

千載一遇のチャンスを作り出した大吾は腰に刺していた父の形見のサバイバルナイフを勢いよく引き抜きながら転がり落ちたゴブリンめがけて勢いよく飛ぶ。

 

「がはっ!!!」

 

大吾は仰向けに転がったゴブリンのぷっくりしたお腹の上に両足を揃えて着地した。ただでさえ体重は大吾の方が上で高さを活かして衝撃を増やした一撃は屈強なモンスターとはいえ耐えられるものでなくゴブリンは血を吐いて悶絶する。

無論それだけでは終わらない。大吾はギラリと光るサバイバルナイフを両手で構えてショックで見開く黄色い目玉に全体重を乗せて突き立てたのだ!

 

「いぎぃーーぃぃぃぃ!!!」

 

ゴブリンの口から今までで一番大きな悲鳴が上がった。命の危機を感じさせる凄まじい声だ!

 

「ちいっ。」

 

これで殺し切る予定だったがナイフが骨か筋肉で止まって動かなくなってしまった。

 

(このままでは殺しきれないか?どうしたら?がっ!)

 

動揺して集中を切らしたせいで激痛で暴れ回るゴブリンの爪が剥き出しの左手をざっくり切り裂いたのだ。堪らず一旦離れた時だった。大吾の目にゴブリンが落とした棍棒が入った。

 

天啓を得た大吾はすぐさま棍棒を拾い全力でゴブリンに振り落とした。激しく動くせいで狙いが定まらない。一撃目は腕にあたり。二撃目は地面を打った。そして、気合を入れて打ち込んだ三撃目がついにゴブリンの眼孔に刺さったナイフの柄をとらえた。

 人力パイルバンカーによって撃ち抜いたナイフは更に深く刺さり無事ゴブリンの脳髄を破壊することに成功した。

 その後、しばらく痙攣したゴブリンはすっと消えていった。カランっと拘束が無くなったナイフが落ちる音が響く。

 

「ふっ。ふふふっ。ついに勝ったぞ!勝利だ!あーはっはっはっはっ!!」

 

死体が消えたことも気にせず勝利に酔う大吾の勝鬨が森林に響いた。

 



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運命の出会い

ひとしきり勝利に酔った後、大吾はいまだ危険が続いている事に気付いた。戦闘の興奮で忘れていた痛みも無視出来なくなってきてる。

 

(次ゴブリンが現れたらマズイ。急いで帰らねば)

 

一度冷静になってくると自分が置かれた危機的状況に冷や汗が出てくる。

今倒したゴブリンは一体どれだけいるのだろうか?巣はあるのだろうか?他の魔物はいるのか?懸念事項が次々浮かび上がってくる。

 

戦いは確かに楽しかったが、大吾はここは自分のようなちょっと身体が大きいだけの子どもが来ていい場所ではないことを痛感してしまっていた。だから、断腸の思いで決断した。

 

(帰ったら……母さんに黒孔の、この場所のことを話そう)

 

もっと遠くまでいってこの世界に何があるのかを見たい。もっといろいろな敵と戦ってみたい。その気持ちはゴブリンとの戦いでより強くなった。あれほど熱狂したことなど今まで一度もない。だがその力が己には無いことに大吾の目に涙が滲んだ。

 

 

故に、これは運命だったのだろう。

 

 

大吾は落ちたナイフを拾おうとした時にそばに小さな石と()()()が落ちていることに気付いた。 

 

「なんだ?これは。」

 

【種族】ゴブリン

【戦闘力】30

【先天技能】

・集団行動

 

【後天技能】

・蛮族の嫁

・頑丈

 

カードには今倒したゴブリンが描かれている。それに加えて数字や文字などが色々。

 大吾は偶然と境遇故にダンジョンについて確かに何も知らない。だが、ファンタジー的な知識は町の漫画のある図書館のおかげでそれなりにある。その読んできた漫画の中にカードからモンスターを呼び出してバトルし合う物があった。だから、その発想が出来た。

 

「出ろ!ゴブリン」

 

そして、大吾の左手は浅くだがゴブリンの鋭い爪で裂かれており。その後激しく動いた結果血が流れてカードを持つ手にまで流れていた。

 

奇しくも条件は成された。カードが光り、大吾の前に先ほど倒したゴブリンが現れた。

 

「よく私を召喚したわ!良い判断よ!って傷だらけじゃ無いあなた!」

 

唖然とする大吾を前に召喚されたゴブリンは女子の声でしゃべった。

 

 

 

 

大吾の傷だらけの様子を見た彼女は急いで入り口に戻るべきだと意見した。半分冗談でやってみた召喚が上手くいってしまい思考停止していた大吾は言われるまま肩を貸して(身長差から肩に手を置いて)もらい黒孔のそばまで戻ってきた。

 

「そこで待ってなさい!」

 

そう言って彼女は1人森の中に戻っていった。大吾は待ってろと言われて暇になったので改めてカードを見てみることにした。

 

「先天技能と後天技能って何が違うんだろう?ていうか。よ、嫁って。」

 

大吾も一般的な少年らしく女子には並々ならぬ興味があるのだ。たとえしわくちゃな魔物だとしても嫁なんて言葉が書かれていれば意識せざるを得ない。

 

「戻ってきたら直接聞くか。」

 

30分ほどぼーっとしてたらゴブリンは何やら抱えて戻ってきた。

 

「薬草を取ってきたわ。緑色の方は出血に黄色は打身に使うといいわ」

 

「マジかっ!すごいな!」

 

ゴブリンが持ってきたのは2色の塊だった。既にすり潰されており、木の皮で包まれている。

正体不明の薬に手を出すことが若干不安だったが害するつもりなら既にやっているだろうと信じることにした。

 

「いつぁっ!おー!これはすごい!」

 

ゴブリンの薬草を頭につけるとビリビリした痛みが一瞬走るがすっと熱が引いていった。ミントのような清涼感のある香りも心地よい。

 

「感謝なさい!旦那さま!」

 

得意気に腕を組み、自らの成果を誇るゴブリンが微笑ましい。

 

「旦那様って。あー色々聞きたいのだが。まずはお前はなんて呼べば良い?名前は?」

 

その質問をした瞬間ゴブリンの目がキラリと光った気がした。

 

「知ってることはなんでも話すわ。名前は無いの。旦那さまにつけて欲しいわ」

 

 

【TIPS】ゴブリン

ブサイクな顔と小学生並の背丈で緑色の肌が特徴のモンスターである。数多くの作品で雑魚として扱われモブ高生世界でも実際そうである。

 だが、決して無能ではない。手先も細かく知能もそれなりにあるため罠解除や魔法への適正もある適応力が優れた魔物である。集団戦闘も得意なので役割分担の出来たゴブリンパーティーは格上を食うこともあるので要注意である。

 上位種のホブゴブリンは肉弾戦特化のオークと並んで新人冒険者への推奨モンスターになっている。

 

(二次独自設定)

・Fランクゴブリンの戦闘力(Fランクは49以下)と先天技能が見つからなかった為予想で書きました。申し訳ありません。

 

・女の子ゴブリンがドロップする。見た目や戦闘力は男と変わらず、生産系やサポート系の後天スキルを持ちやすいというのみであるが美人が多い鬼女系モンスターに進化させるためのツナギとして男よりは高値で取引されている。女の子ゴブリンは原作では登場したことがないがいないとも明言されてないからセーフだと思いたい。てへぺろっ!

 

・蛮族の嫁:蛮族の嫁に必要な技能が揃っている。

(料理、性技、清掃、育児、原始医療(薬草知識と応急処置)、道具作成を内包する)

レアスキルではあるものの現代ではこのスキルで作れる薬や道具は購入した方が高品質なのでちょっと残念なスキルとされている。そういったクリエイト系の技能を除いて残りの技能を強化した「良妻賢母」スキルの下位スキルとされる。

 



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ダンジョンとモンスター

カードモンスターの初期知識に独自の解釈があります。


ゴブリン視点

 

 弱い己が何かを成すには群れなければならない。群れに入るには己の価値を示さねばならない。

 

それが、ゴブリン(最弱の魔物)としての彼女の本能である。故に初めて出会ったマスターを旦那さまとして尽くすことも、一度やったら取り返しがつかない名付けを求めることも一切躊躇はしない。相手を選ぼうなんて贅沢は底辺には許されないのだ。

 

(もし甲斐性なしだったり、ろくでなしだったとしても叩き直してみせるわ)

 

己の最大の武器である蛮族の嫁スキルがもたらす各種技能に意識を向けつつ、そう決意を固め直したとき。

 

「じゃ、じゃあ、朱乃(あけの)でいいか?」

 

なぜか恥ずかしそうにしながら、そう提案された瞬間その名が己に定着したのを感じた。

 

「綺麗な名前ね。私はこれから朱乃よ!」

 

主人公視点

 

(………やってしまった)

 

大吾はゴブリンが女だったという事実が結構衝撃的だった。見た目では全くわからない為に。その衝撃が抜けきらない内に蛮族の嫁というスキルから意識してしまい好きなライトノベルに登場する巫女服が似合う爆乳和風お姉さんキャラの名前をつけてしまった。大吾は大きくてむっちりしていればいるほど良いというタイプである。

 無論ゴブリンの見た目はしわくちゃのチビである。ボロ布のような服はいっさい盛り上がりが無くストンと落ちている。その代わりというように腹が相変わらずでている。むきだしだがまったく惹かれない。完全に名前負けである。

(もし名前の由来がばれたら殺されそうだ。絶対秘密にせねば)

殺し合いをしていた時にも、流さなかった冷や汗を流しながらそう決意した。

 

「この世界のことについて聞きたい。そして、お前の。いやお前たちのことについても」

 

やらかしを誤魔化す意味も兼ねて気になっていたことを聞くことにした。せっかく話せる相手がいるのだ。聞かなくては損だ。質問を聞いた朱乃は少し考えてから答えた。

 

「そう…ね。まずはこの世界のことから説明するわ。ここは迷宮。人間に試練を与える為の空間よ。」

 

「試練?」

 

「えぇ。私たちが今いる入口から探索していって階段を見つけて降りていくと次の階層に降りれるわ。そこからまた探索して階段を見つけるという行為を繰り返していくと。いずれ迷宮主に出会えるのよ。そいつを、倒せばご褒美が貰えるわ。」

 

「ご褒美!!それは良いな!何が貰えるんだ?」

 

ワクワクさせるワードに目が輝く。

 

「ごめんなさい。それは倒してからしか分からないの。」

 

「いや、いいよ。それはそれで楽しみだ。」

 

「ありがとう。じゃあ、最後の質問に答えるわ。私たちカードになったモンスターは…人間が迷宮を攻略する為にあたえられた贈り物よ。」

 

その言葉に好奇心のみで聞いていた大吾の目に炎が灯った。

 

「朱乃。君がいればこの迷宮を攻略できるのか?それならば手伝って欲しい!」

強い食い付きに朱乃の目も獲物を狙うように鋭くなる。

 

「ここは最低ランク迷宮の入り口付近。弱い魔物しか湧かないけど、私たちゴブリン自体その一種だから無理かもね。」

 

その言葉にがっくり肩を落としかけた時

 

「でも弱い魔物だから小細工がまだきくのよ。旦那さまは果報者よ。私のスキルなら魔物を倒す為の武器や薬を作製出来る。」

 

「私が旦那さまを最新部まで連れて行ってみせるわ!」

 

【Tips】カードの名付け

 カードには固有の名前をつけることが出来る。名付けされたカードは初期化することができなくなるため、売却が不可能となる。一方で、ロストしてもそのカードの魂を宿したソウルカードが残され、同種族・同性のカードを消費することで復活させることができるようになる。

 カードをカード以上に大事に思ってしまったマスターへの救済措置。

 冒険者の間では、カードに名付けするマスターは「恥ずかしいヤツ」のレッテル張りをする風潮がある。

 これはカードの名付けは流通を妨げるということから一部の冒険者が意図的に流したもの。

 名付けはカードにとってはマスターに力を認められた証として積極的に求めるものもいれば、マスターの為なら何度死んでも良いと思えなければ名付けをけっして受け入れない物もいる。カードの性格価値観によって扱いがだいぶ変わるシステムなのである。

【TIPS1】及び原作から抜粋




ヒロインとなるゴブリン朱乃の登場です。名前の由来についてはフラグだと思っていただいて大丈夫です。堕天使にはなりませんが


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攻略準備

「どうしたの!その怪我!」

 

ショートカットにした艶やかな髪だが、どこかどんよりしたオーラを出している美人が高い声で叫ぶ。大吾の母『鬼導院 静香』である。

 

 仕事に行く前に午後4時頃の早めの夕食を食べている時に、愛する息子の怪我に気付いてしまったのである。出血は薬草の効果で収まっているがかさぶたになっているのでよく見れば分かるのだ。

 

「あー。自転車に乗っていたら転んだんだよ。」

 

そこで、用意しておいた嘘を母に伝えた。

 

そう。黒孔いや迷宮について伝えるのはやめたのだ。ただでさえ探索断念は苦渋の決断だったのに、朱乃の啖呵を聞いたらとても我慢は出来なかった。

 

「大丈夫なんでしょうね。まったく。気をつけなさいよ。」

 

しばらく傷の様子を見て問題無いと判断できたのか早めに追求が終わりホッとする。

 母親はダンジョンについて当然知っているが、いきなり家に出現するなんて思わない。ましてや、息子がカード無しで突撃して怪我するなんて論外過ぎて考えもしないのだ。静香はダンジョンのことなど今の時代当たり前すぎて話などしなくても知っていると思いこんでいた。

 

「それとなんだけど、転んだ時に靴も破けたから新しいのを買いたいんだけど」

 

「仕方ないわね。傷が治ったらこれで買ってきなさい。」

 

迷宮攻略するために地味に、いや、むしろ必須な靴が手に入りそうで安心する。朱乃は木の皮でサンダルを作れる。と言っていたが、流石に勘弁して欲しかったのでありがたい。そう安心して机に置かれたお札を受け取ろうとした時、金額を見てぎょっとした!

 

「5万円!ちょっと多過ぎない?!」

 

「最近、何度も指名してくれる人。いや、し、仕事が上手くいっていて今ちょうど余裕があるのよ。大吾の事放ったらかしにしているの悪いと思っているけど、仕事はまだ変えられないから。そのお詫びにこのお金で好きな物を買ってきて良いから」

 

「ありがとう!母さん!大事に使うよ!」

 

探索の事を考えると必要な物はいくらあっても足りない状態なので、嬉しい誤算にテンションがあがる

 

「まあ、大吾ならおかしな事に使わないでしょ。旅行にでもいってきなさい」

 

大吾の笑顔がピシリと固まる。かなりおかしい事に使う自覚はあるのだ。信頼に胸が痛い。

 

「ははっ。当然だよ。」なんとか、そう言うしかなかった。

 

 

次の日、主人公の姿は近所にあるホームセンターにあった。アウトドアや園芸、スポーツ商品などが売ってある大きな店舗だ。

 

「で、デカイな」

 

金欠で買い物なんて、母の付き添い程度の経験しか無い主人公にとって、見上げるような高い入り口がある店舗に入り、大金(貧乏小学生にとっては)を使うというのはかなりドキドキするものだった。むしろ、迷宮の方が気軽だった。

だが、いつまでもびびってはいられない。意を決して突入していった。

 

「……靴がなんであんな高いんだ。」

 

スポーツ用品コーナーで登山靴の半額キャンペーンをやっているのを見て飛びついたのは良いが、半額になってなお8千円なのに仰天した。元の価格は1万6千円である。主人公の金銭感覚からすると信じられない金額である。よく見ればそれ以上の3万、4万の靴も並んでいる。

 仕方が無いので顔を青染めながらキャンペーン品を、試し履きしてから買い物籠にいれた。ゴブリンよりも険しい戦いだった。

 

「ふぅー。あと朱乃に頼まれたのは薬草を加工するための鍋とすり潰す為の道具、そして薬をいれる入れ物。そして包丁と頑丈な紐、か。入れ物はペットボトルじゃあだめだろうか?」

 

もっと詳しく聞いておくべきだったと考えながら、それらがありそうなキャンプ売り場に着いた時、ある文言が目に入り動きが止まった。

 

【冒険者にもおすすめ!()()内でも快適に】

 

 

 



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業を積み上げいざ修羅の道

座敷童子は知恵の神というわけではないのに、漫画をすぐ読んでいたのでカードモンスターにとって読み書きは標準装備とすることにしました。


 

「これなら色々作れるわ!」

 

母が仕事に行くのを見送った後、今日購入した物品を持って迷宮に入った。朱乃にチェックしてもらうためだ。

キャンプ用の鍋と鍋を火の上に置く為の台セットと小型のすり鉢と棒、細いががんじょうな紐玉、タッパーが一つで1万を使い、1万円の真っ黒で大きめの包丁。そして、靴と同じくキャンペーン中だった迷彩柄でポケットがたくさん付いてる上下セットの服を買った。そして、タッパー以外に使えるか聞く為に綺麗に洗ったペットボトルや使用済みの鯖缶や空瓶なども持ってきた。

最後に()()()に買った大きめの水鉄炮を持ってきた。

 

予想以上の物品に目を輝かせる朱乃は、大喜びで計画を立てようとした時に

主人公が険しい顔をしていることに気づいた。

「何か問題があったの?旦那さま」

 

出会ってすぐだが、なぜかコミュ症の自分でも気負わず話せる朱乃がこちらの様子に気づいてくれて話をする決心がつく。

 

「まずはこの本のここを見てくれ」

 

「えっ!うん。これは。あっ!!」

 

朱乃に見せた本は、買い物の後すぐ行った図書館で見つけた『ダンジョンのススメ』という本にある冒険者になる為のルールについて部分である。聡い彼女はすぐに問題を理解したようだ。

 

「中学生以下は禁止、親の許可、その他諸々ほぼ全て破っているのが今の俺だ。もはや笑えるな。」

 

「人間の世の中は面倒ね。どうするの?旦那さま」

 

ダンジョンが他にもあることは朱乃から聞いていたが、それでも一部の人間だけの秘密だとまだ主人公は考えていた。

まさか、店でダンジョン用グッズが売られているほど、世に浸透しているとは思ってなかったのだ。買った物品を迷宮に隠し、すぐに図書館に行きダンジョンの本を借りてきて、母が出て行くまで一心不乱に読み込んでいた。

その上でどうするかも決めてきた。

 

「探索を続ける。たとえ犯罪だろうと知ったことかっ!!」

 

覚悟して話しているはずなのに最後は大声をだしてしまう。ルールを守って正規の手続きで攻略するべき。と理性は言っているが、そんな正論は昨日感じた熱狂で吹き飛んでしまっている。一度諦めかけたことも拍車をかけていて

もう止まらない。止まれないのだ。

 

朱乃はそんな狂態を示す主人公を静かに見つめ口を開く。

 

「………制限を設けた方が良いわ。1週間いや、5日だけ探索してどんな結果になろうとお義母さまに迷宮のことを伝える。そして、迷宮では痕跡を極力消す。そして、ボスは倒さない。必ずバレちゃうから。

それで、誤魔化せることを祈りましょう。」

 

「ありがとう。今更だけど巻き込んでごめん。」

 

「ふふっ。感謝は私がすることよ。見て。人間が作った枠組みでDランクのカードを用意することもルールの一つになっている。私達最底辺のFランクは本来見向きもされないはずなのよ。カードの状態は眠っているようなものだから、召喚してもらえて初めて動けるし、夢もみれるのよ。それだけで十分協力する理由になるわ。」

 

これはカードにとっては、基本的な思考回路でマスターの言うことを聞く原動力になっている。ただし、よほどの無体をカードに働いたか、もしくは、ドロップした最初から後天スキルに反逆系マイナススキルがある場合は、かなり反抗的なことになる。

 

「協力してくれる理由は分かった。だが、やりたいことがあったら何でもいってくれ。」

 

「だったら、先の話になるんだけど、私はもっと綺麗になりたいの。だから、ランクアップさせてほしいわ。それに見合う働きは必ずしてみせるからっ」

 

「相性の良い上位種に進化できるというやつだな。こんなことに付き合ってもらうんだ。絶対やってやる!」

 

俺の返答を聞いた朱乃は、大喜びで必要な薬草や材料を集めに安全地帯の外にでた。そこで再び朱乃帰りを安全地帯でぼうっと待っている。

 

 気持ちを吐き出して少し冷静になった主人公は、己の衝動について考えていた。灰色なりに真面目に過ごしていたはずなのにと。その時ふとプールですれ違った名前も覚えていないクラスメイトが自分を鬼と呼んでいたことを思い出した。

 

(そうか。俺は………鬼だったのか。そうだったんだ。)

 

パズルのピースがぴたりとはまった気分だった。

大吾の思う鬼とは、大きな体で暴れ回る悪党で乱暴者。

それはまさに己そのものだと納得してしまった。

 

ならば、仕方ない。せめてすごい鬼になってやろう。そう心に決めた大吾だった。

 

【Tips】カードのランクアップ

 カードは、上位のカードを消費することでランクアップすることが出来る。ランクアップのメリットとして、元々使っていたカードの容姿・記憶・性格を引き継げることが挙げられる。また使い込み次第では向上した戦闘力とスキルも受け継ぐことが出来るが、これは運にも左右される。ランクアップするためには、未使用(初期化されている)かつ、同系統で性別が一致している必要がある。

 例:グーラー→ヴァンパイア、クーシー→ライカンスロープ。

原作【Tips】まとめ1参照

 

 

【Tips】安全地帯と転移系マジックカード

 迷宮入り口のゲート前、及び各階層の階段前には、必ずモンスターが立ち入りできない安全地帯が存在する(それ以外にも安全地帯が存在する迷宮もある)。モンスターに襲われた場合であっても安全地帯に逃げ込めばモンスターからの追撃は止まるが、安全地帯から攻撃などをした場合全階層の安全地帯そのものが一時的に消滅する。消滅した安全地帯は主を討伐するまで復活しないため、安全地帯からの攻撃は絶対禁止となっている。

 一度も主を倒されていないAランク迷宮は、残念ながらそのほとんどがこのルールが発覚するまでの間に安全地帯を消滅させてしまっている。

 また転移系の魔道具は、基本的に階段前の安全地帯以外で使用できない仕様となっている。その数少ない例外の一つが、『緊急避難』のマジックカードでこれは階層のどこからでも安全地帯に転移できるマジックカードとなっている。

 絶体絶命の際のお守りとなることと、需要に対して供給が少ないことから値段が極めて高騰している。現在の相場では最低一億から。

 なお、安全地帯が消滅した際は、当然転移系カードも行き場を失うため使用できなくなる。

 Aランク迷宮の難易度を爆上げしている要因の一つ。

原作【Tips】まとめ3参照

 

 




ようやく準備回が終わりました。次から攻略再開です。


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探索再開

 

 決意を固めてからさらに翌日まで準備に奔走して、3日目の朝

 

ようやく探索を再開する。

 

 先頭は、拾ってきた木材やトタンで作った軽いがしっかりした作りの盾と腰に大きな石を割って作られた片手斧を差した主人公。マスターが攻撃を受ける可能性を抑える為の武装である。

 その後ろを後方からの攻撃に備えた朱乃が包丁を穂先に使った槍を持って続く。

 さらに、2人の腰には同じデザインのウエストポーチが付いていた。

 

 1人と1体は、音を立てないよう慎重に進んでいった。奇襲を受けたら不味いと分かっているからだ。

 そんなことを考えているうちに最初のゴブリンを、倒した箇所を素通りして何度か分かれた道を曲がったりしていると、遂に目の前に2体のゴブリンが現れた。

 あちらも同時に気付いたようで元気に叫び声を上げて走り出してくる。

 

「いくぞっ!

 

「えぇ。まかせて!」

 

 俺も同時に走り出して盾を構えて突撃……すると見せかけて先頭のゴブリンに刺激的な真っ赤な液体の入ったペットボトルの霧吹きを顔面に吹きかけた。

 百均で追加購入した飲み口に回してつけられるタイプのアイディアグッズだ。

 

「ぎぃあぁーーっ!!」

 

 刺激物が粘膜に入って悶えるゴブリンを朱乃に任せて次のゴブリンに向かう。

無事な方のゴブリンは相方の悲鳴に驚き足を止めてしまった。

 

「はぁぁぁーーー」

 

 霧吹きを捨てて今度こそ盾をゴブリンにぶちかます。勢いの乗った一撃は見事ゴブリンを張り倒した。そこからマウントを取りさらに盾の淵でガンガン殴る。

 

「はっはっー!」

 

暴力を振るっているとやはりテンションが上がってくる。

 

「どいて!」

 

 鋭い声に従いばっとゴブリンから離れると、すれ違いでやってきた朱乃が槍をゴブリンに突き刺してトドメを差した。

 

「やっぱり力は朱乃の方が強いな。あと刃は良い」

 

 撲殺はよほど腕力が無いと難しい。出来ても時間がかかりすぎるので複数でこられるとやってられない。

 

「包丁は大丈夫か?」

 

「えぇ。まだまだいけるわ。」

 

 ただ、刃物は刃物で弱点がある。破損しやすくて刃が欠けてしまったら戦えなくなる点だ。一長一短あるので試行錯誤していかなければならないと主人公は思った。出来ればどの武器も使ってみたいとも。

 

 その後10分ほど歩いていたら遠くに階段が見えてきたところだった。目的地が見つかり、喜んで走り出そうとしてピタリと足を止める。

 安全地帯の手前に狼に騎乗したゴブリンが門番のように立ち塞がっていたからだ。

 こちらを見つけたゴブリンライダーはにぃっと笑みを浮かべ狼を走らせてくる。

 

「任せて!」

 

 ゴブリンライダーの存在は実は既に知っていた。採集帰りの朱乃が遭遇してしまい追いかけられたからだ。

 幸い安全地帯がすぐそこだったので難を逃れたがかなり危ないところだった。故に対策も用意していた。

 朱乃はポーチから取り出した瓶を狼の手前に放り投げた。地面に落ちた瓶は割れて強烈な刺激臭がする液体をぶちまけた。

 

 その匂いを嗅いでしまった狼は哀れな鳴き声をあげながらひっくり返る。当然騎乗していたゴブリンは放り出されて主人公達の前まで転がる。痛みに呻きながら見上げた時。己を見下ろす凶悪な2人の笑顔が最後の光景になった。

 

 

 

「オカシラ!オデテキタオス」

 

ゴブリン2体目を手に入れて安全地帯で召喚してみた。

頭が悪いようだ。

 

【Tips】迷宮の深さ

 深ければ深いほど敵が強力となる迷宮は、その階層数によって大まかにランク分けされている。ランクごとに召喚制限がある。

・Aランク迷宮:推定深さ101階以上 カードの召喚制限十二枚(マスター一人当たり)

・Bランク迷宮:深さ51階以上100階以下 カードの召喚制限十枚

・Cランク迷宮:深さ31階以上50階以下 カードの召喚制限八枚

・Dランク迷宮:深さ21階以上30階以下 カードの召喚制限六枚

・Eランク迷宮:深さ11階以上20階以下 カードの召喚制限四枚

・Fランク迷宮:深さ10階以下 カードの召喚制限二枚

 

 Cランク迷宮であればすべての階層でCランクモンスターが出現するというわけではなく、10階以下であればFランクモンスターしか出ない。

 Aランク迷宮が推定となっているのは、未だAランク迷宮の最深層に人類が辿りついていないからである。

 最深層には、その迷宮のランクよりワンランク上のモンスターが待ち受けており、それを便宜上“迷宮主”と呼んでいる。主はランクが一つ上なばかりか迷宮からバックアップを受けており、能力の強化や配下を召喚する権能を与えられている。

原作【Tips】まとめ1参照



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突撃ゴブリン

 

「オカシラ!オデテキタオス」

 

【種族】ゴブリン

【戦闘力】30

【先天技能】

・集団行動:群れの中で生きる習性。集団での行動に対するプラス補正

【後天技能】

・突撃:効果は謎

・従順:マスターの命令に基本的に逆らわない。命令された行動に対する弱いプラス補正

 

 狼に乗っていたやつが落としたカードを安全地帯で召喚した。常にギリギリの探索で新たなカードはありがたいが朱乃と比べてなぜ片言なのだろうか?

 

「ゴブリンは基本こんな感じよ。私は天才なの!というわけで私の言うことを聞きなさい新入り。地面にぶちまけた薬と瓶を処分するわ。」

 

「今度は自分も手伝おう」「ハイオカシラアネサン」

 

 割れた瓶を袋に詰めて、薬を土ごと掬って通路外の森に捨てる。森とはいえ迷宮だからかしっかり道があるので外れてしまえば分からないだろう。作業しながら、気になっていた事を聞いてみる。

 

「後天技能の従順は、本に書いてあったから知っているけど、突撃について分かるか?」

 

「ハシルトツヨクナル」

 

「後で実験しましょう」

 

ジト目で片言の新入りを見ながら、朱乃が答えた。

 

 

 

 

 

 突撃スキルを安全地帯の木に使って検証した結果。真っ直ぐ走る攻撃の威力が上がるスキルだと判明した。少しでも曲がったり止まると発動が止まってしまうというデメリットはあるが、なかなか使える技だろう。

 そこまで確認して今日は帰路に着くことにした。

 

「突撃のスキルは凄い威力だったぞ。攻撃を受けていたら盾ごと砕かれていたな。」

 

「そうね。薬で止めてなかったら死んでいたわ」

 

 行きで倒したせいか帰り道では、敵と遭遇せずに入り口に着いてしまったのでカード達と軽く話している。朱乃はちょっと顔色が悪いが

 

「テキタオス」

 

 グッと両手を握る姿はなかなか愛嬌がある。短い間だが主人公はこの突撃ゴブリンをすっかり気に入ってしまった。

 

「お前は名前は欲しいか?」

 

「ホシイ!」

 

「そうか。分かった明日までには考えておく」

 

 名付けに関しての知識も既にある。気軽にやって良いことではないとも思う。だが、この違法で無茶な探索に協力してくれる彼らに報いる方法が、それしかないのなら躊躇うまい。と主人公は考えていた。

 

「探索の期限は明後日までだが。朱乃が作成した薬にも限りがある。明日の夜に行う探索を最後にする。協力してくれ!」

 

「もちろんよ。旦那さま。」「オー」

 

そうして、我が家に現れたダンジョンの2回目の探索は終了した。

 

 

【Tips】カードのステレオタイプ

 モンスターの種族ごとの性格は、民衆が思い描くモンスターのイメージが反映されていると言われている。「妖精は気まぐれで悪戯好き」「悪魔は狡猾で残忍」「メガ〇ンの天使は基本的にペ天使」といったように、多くのモンスターは一般に思い描かれている通りの性格・性質を持っている。

 しかし何事にも例外というものはあり、中には「グレている座敷童」「男性恐怖症のサキュバス」「粘着質な鬼」といった変わり種も存在している。

 その多くはマスターの取り扱いに問題があり性格が変質してしまったケースであるが、時折「ドロップした時からこうだった」という報告も挙げられている。

原作【Tips】まとめ2参照

 



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第一階層・逢う魔が時(おうまがどき)の森林

展開に納得がいかず遅くなりました。申し訳ありません


 

「いってらっしゃい」

 

 夏らしく熱くてじめっとした夜。大吾はいつも通り仕事に行く母を見送りながら最後の探索に胸を弾ませていた。

 

 2回目の探索は昼前に帰ってから次の日の夜まで新しく入った仲間の名前を考えながら過ごした。

 

 大吾は暴力が苦にならない性質だったが、それでも敵に警戒しながら歩いたり、どこまで続くか分からないダンジョンを歩くのはなかなかに疲労したので休息が必要だったのだ。

 

 

【種族】ゴブリン【名前】朱乃

 

【戦闘力】40(戦闘力+10)

 

【先天技能】

・集団行動:群れの中で生きる習性。集団での行動に対するプラス補正

 

【後天技能】

・蛮族の嫁:蛮族の嫁に必要な技能が揃っている。

(料理、性技、清掃、育児、原始医療(薬草知識と応急処置を内包)、道具作成などのスキルを内包する

 

・頑丈:頑丈な肉体を持つ。生命力と耐久力を常時向上させる。

 

【種族】ゴブリン【名前】無し

 

【戦闘力】30

【先天技能】

・集団行動:群れの中で生きる習性。集団での行動に対するプラス補正

 

【後天技能】

・突撃:助走つけて行う攻撃の際戦闘力を引き上げる。ただし、一度でも止まったり曲がると効果を失う。効果が切れて10秒間のリキャストタイムが発生する

 

・従順:マスターの命令に基本的に逆らわない。命令された行動に対する弱いプラス補正

 

 探索の前におさらいする。初見ではよく分からなかったスキルというものが分かってきた為改めて戦術を練り直す必要がある。

 

 朱乃は頑丈スキルがある為敵の攻撃を受けるメイン盾になり得る。さらに色々な技能の集合体である蛮族の嫁スキルは戦闘にはあまり役立たないがサポート能力はこれまでかなり世話になった。正直出来ることが多すぎて扱いきれていないのが現実である。戦闘力は先日の戦いで10上昇した。地味だがありがたい。

 

 新入りのゴブリンは一度も戦っていないが唯一攻撃力を高める効果を持つ突撃スキルを持っている。間違いなくこのパーティーの最大火力だ。朱乃と違いゴブリンらしく頭はあまり良くないが、従順スキルがあるからか素直に言うことを聞いてくれたのであまり問題はないだろう。そんな彼に一日考えた名を送る。

 

「お前の名前は武蔵だ!鬼武蔵と呼ばれていた戦国武将森長可にあやかって付けた。名前に負けないぐらい強くなって欲しい。」

 

 名付けとは一度やったら生涯を共にすることになる契約である。その重要性は大吾にもすぐ理解出来た。

 本来はもうしばらく相性を確認してから名を与えるべきなのだが、この無理無茶無謀おまけに無法に付き合わせる以上最低限の命の保証をしてやるのが筋だと大吾は考えた。

 故に歴史教養本で印象に残っていた名を与えた。

 

「ムサシオレノナ」

 

 噛み締める様に己の新しい名前を呟くのを見て一日中考えた名前を気に入ってくれたようで安心する。おかしな名前にしなくて本当によかった。

 

「私の名前にも由来があるのかしら?」

 

 武蔵の名前の由来を聞いて気になったのだろう。出来れば気にして欲しくなかったことを聞かれて思わずびくっとした。彼女の朱乃という名前の由来は決して話せない。自分の株が大暴落してしまう。だが

 

「………秘密だ」

 

 少し悩んだが完全には隠さないことにした。彼女の綺麗になりたいという願いにも反さない………はず

 

「ふーん?」

 

「そうだ。いずれな。というわけで出発する!」

 

気まずい話題が出てしまったのと探索が待ち遠しかったので誤魔化すように出発の号令をかけた。

 

【母視点】

 

「ふぅーーーーーー」

 

 静香はあまりの疲労に大きなため息がでた。彼女の店でたまにもらえる疲労回復ポーションを一気飲みしても全く疲れが取れた気がしない。それは疲労の原因が精神的な物だからだ。

 夜の仕事を体力的に辛いにも関わらず客の前では疲労を表に出せない過酷な仕事である。だが……今宵は段違いだった。

 

 

 それは働き出して少々たった時だった。店に髪の毛がかなり残念になってしまっている中年の上客(通称部長)がパンパンになっているタキシードを着てやってきたのである。

毎回指名されているので静香も格好をいぶかしながらも笑顔で挨拶に向かった……までは良かったのだが

 

「結婚しよう!静香さん!!」

 

 いきなりの告白に血走った目で腕を掴まれたところで歴戦のキャバ嬢の忍耐を超えてしまった。太った体を突き飛ばした上口汚く罵ってしまったのだ。

 何を言ったのかはよく覚えていないが、部長がブチギレて暴れ回ったことから相当やらかしたみたいだ。ストレスが溜まっていたのだろう。

 

 その後は警察を呼ぶと脅したらこちらを睨みながらも帰ってくれたが、さすがにそれ以上働く気にならず他の客や仲間に頭を下げ掃除したところで早退させてもらった。

 

「明日また店長と皆に謝らないと。ていうかあのハゲが壊した備品私が弁償するの?」

 

 ぼやきながら我が家に上がると息子の部屋から明かりが見えた。現在は夜10時小学生が起きているには少々遅い時刻である。

 ちょうど良い機会だと注意するためドアを開けた瞬間先程以上の驚愕に表情が張り付く。

 

開きっぱなしの押し入れの中に自分にとってはトラウマ物である黒い穴が空いているのが目に飛び込んできたからだ。

 

 



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第二階層・熱帯樹林(1)

 3度目のダンジョンダイブはギリギリではあるものの順調にすすんだ。

 

 一層探索中に見つけたゴブリンは、見つけ次第即一斉攻撃することで瞬殺。数が多くとも序盤で仲間を削ればあとは袋叩きでどうにかなった。そしてついに前回は疲れて確認すらしなかった第二層への入り口まで余裕を持って到着した。

 

 そして、ついに二層に侵入した瞬間

 

「なっ!暑い!」

 

 急な環境の変化に3人は驚愕のあまり一瞬かたまってしまった。

 

 第二層は森林という部分は一層と変わらないが明らかにものが違った。まず優しい光がさす夕暮れ時だったのが、カンカンと降り注ぐ真昼の光に変わり。さらには季節がまるで外界のような真夏に変わってしまった。あっという間に汗が噴き出てくる。

 

「階層が変わるだけでここまで変わるのかっ!!」

 

 一気に環境が厳しくなったが、大吾はむしろ現実ではありえない超現象に驚愕しつつテンションが上がってくるようだった。不適な笑みを浮かべ意気揚々と攻略を再開した。

 

「あっ!待って旦那様!!ほらっいくわよっ!!」「オゥっ!」

 

ずんずん1人で進み出した主にあっけにとられていたゴブリン達も一拍遅れて付いていった。

 

 

 

 10分ほど歩くと、どこからか聞き覚えのあるブーンという音が聞こえてきた。

 そのとたん3人で背中合わせになり周囲を警戒しだす。だが、どこにも敵影は見えない。しばらく独特な音がなり続けるのみの緊迫した時間が続く。音の発生源は妙に反響していて分からない。

 そんなピリピリした状況と蒸し暑さに耐えかね顔の汗を袖で拭った。その時だった!

 大吾の正面にある薮から黒い影が勢いよく飛び出してこちらに突っ込んできた!なんと空をとんでいる。

 

「しゃっ!!」

 

 モンスターが空を飛んでいる事に動揺しつつも大吾はタイミングを合わせて盾の角でぶん殴るった。しかし

 

「かわしただと!!」

 

 謎の敵は攻撃が当たったと確信した瞬間いきなり軌道を変更し、見事に盾の一撃をかわしてみせたのだ。そして、そのまま大吾の振り切って隙だらけの肩に()()を突き刺した。「くっ」「イダっ」バリアが発動する。

 

「こいつ!もしかして蚊かぁ!」

 

 感情を感じない複眼にメタリックで透けたボディと羽、肩に刺そうとしてバリアに阻まれているストロー、などなどの特徴からモンスターの正体に気づく。さっきから鳴っていた音も日本人なら春から夏に一度は聞く蚊が近づいてくる音であったと後から分かった。

 

「痛ったいわねーっ!害虫がっ!」

 

 痛みでキレた朱乃が突っ込んでくるのに合わせて、大吾は嫌悪感を抑えて特大サイズの蚊の首と足をグッと掴んで逃さないようにする。飛んで逃げようとする抵抗は強いがなんとか耐えられる力だった。

 ちなみに見た目はキモイが、触った感触は、結構モフモフだった。

 

グチャっ

 

 背中から石斧を食らい地上に落ちた。そこからさらに何度も追撃を与えると無事倒すことに成功した。

 

「ふぅー。助かった朱乃。傷は大丈夫か?」

 

「えぇ。針は細いから平気よ。血を吸われなかったからむしろマスターでよかった程よ。」

 

「それはそうだな。この層ではもっと前に出てみるか。」

 

 なんとかモンスターを倒せそうだと調子に乗った一行はその後、いくら攻撃しても死なないイモムシに出会ってしまい。始めて敵を倒さず逃げる羽目になった。

 

【種族】レッサーリトルモスキート【戦闘力】30

【先天スキル】

吸血…敵の血を吸うと体力が回復する

 

犬サイズの「小さい」蚊のモンスター。高い機動力でダイレクトアタックされる新人マスターは結構いる。複数集まると万が一がありえることからゴブリンよりも警戒するべきとされている。耐久力とパワーはかなり低い

 

【種族】レッサーピースキャタピラー【戦闘力】40

【先天スキル】専守防衛…攻撃力を犠牲に防御力を高める。毒耐性、治癒力強化を内包

 

Fランクではトップクラスの戦闘力をほぼ防御に費やすタンク職の痺れるイモムシ。同ランク相手なら無敵と言ってよい。無論オークさん(Dランク)の相手をさせられたら即死である。無慈悲

 



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第二階層・熱帯樹林(2)

 

「まさかイモムシがあそこまで頑丈だったとはなぁ」

 

「………毒も効かないなんて」

 

「グググ。マケタ」

 

3者はそれぞれ屈辱に震えながらとぼとぼと歩いている。先ほどエンカウントした巨大芋虫のモンスターは攻撃こそ無かったが、こちらからの攻撃も一才通じなかった。しばらく袋叩きにしていたがキリが無かったため途中で逃げるはめになったのだ。まるでタイヤのような弾力と固さを併せ持った頑丈な芋虫であった。

 

 

 

ブーンブーン

 

「蚊がきたぞっ!!」

 

 それからしばらく歩いたところに再び特徴的な音が聞こえてきてすぐさま警戒しだす。今回は最初と違いもったいぶることなく飛び出してきた。

 

 ただし一体ではなく六体同時にである。

 

「逃げるぞっ!!」

 

 今まで無かった程の数に迷わず逃走の判断をする。横からの襲撃なので引き返さず進んでいた道をそのまま進めたのが不幸中の幸いだろう。

 

 逃げ出したのは良いが空を飛ぶモンスターをまけるはずもなく、一行は必死に武器を振り回してモスキートを振り払いつつ走る。だがこのままでは限界が来るのはそう遠くない。その最悪の未来に大吾は徐々に焦りだした時

 

「旦那さまっ!!スプレーを使って!」

 

 朱乃のセリフにはっとして2階層では一度も使ってなかった刺激物入りのスプレーを取り出し、ちょうど近くに寄ってきたモスキート相手に吹き付ける。

 

「よっしゃぁー!」

 

 刺激物が掛かったモスキートは首を絞めたような鳴き声をあげて墜落して悶え苦しんでいた。それはまさに虫退治スプレーをかかった虫そのものである。

これなら…逃げる必要は無い!

 

 

 

「ふぅーーーっ!あっついっ!」

 

 朱乃と武蔵に止めと追い込みを任せ、大吾がスプレーで落とすというやり方が決まってからは後は作業的に進んだ。とはいえ数が多かった為、かなり動き回ることになり、すっかり汗で服がひっついている。

 

「朱乃助かったぜ。スプレーのこと完全に忘れていたわ」

 

「うふふ。役に立てて良かったわ」

 

 大吾よりは環境ダメージに強いのか余裕のある笑みが頼もしい

 

「よしっ!先に進むぞ!」

 

 

 

 

「おお(絶句)………」

 

 モスキート集団をなんとか撃破してからは蜘蛛やらバッタやらの虫モンスターをスプレーで問題無く倒していき1時間ほど進んだところ、ついに階段を発見して降りた際このセリフが出た。

 

 第3階層は漆黒の闇が広がる夜ステージであった。視界がまったく効かない夜ステージはそれだけで避ける冒険者もいるほど危険なステージではあるが今の大吾にそんな無粋な事は考える余裕は無い。

 

 人口の明かりはおろか月明かりすら無い新月の夜。それによって浮かび出された満天の星空は町育ちの大吾にとってはあまりにあまりに美しい光景だったからだ。

 

「少し休もう」

 

 大吾は思う。この素晴らしい光景を見れただけで法も常識も無視してダンジョンに潜って良かったと。

 

 



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第三階層・暗黒荒野(1)

 30分程地面に寝転がって休んでから大吾はゆっくり立ち上がり砂埃を払う。

 まだまだ疲れは残っていてそのまま寝てしまいそうであるが、時間が無い為いつまでも休んではいられない。

 

 改めて大吾は、安全地帯の先の己が挑むことになる暗闇を睨みつけた。星明かりのおかげで多少は見えるが本当に多少である。ちょっと先になるとまったく見えなくなる。

 古来より人は暗闇を恐れてきた。一才見えない闇の奥にある深淵を人は感じざるを得ない。その根源的な恐怖は雑魚モンスターとは比べ物にならないものだ。さしもの強心臓な大吾も震えてくる。

 

「旦那様。私たちは結構見えてるけど。絶対大丈夫とは言えないわ。この階層はこれまでよりずっと危険よ。」

 

「あぁ。そうだろうな。」

 

 恐怖はある。だが、短い付き合いだか既に信用出来ている2人の仲間、そして、負けん気と好奇心で心を燃やして暗闇フィールドに足を踏み入れていった。

 

 

 

 一行は槍を構えた武蔵を先頭に進んでいく。仲間の輪郭程度しか見えていない大吾は、恥ずかしがってる場合じゃないので、朱乃としっかり手を繋いで慎重に武蔵についていった。会話は一才無しでビリビリ張り詰めた状態が続く。

 

(フィールドが荒地で良かった。森だったら本当に進むことすら出来なかった。)

 

 

 そんな状態が1時間続いた。時々木が生えているだけで乾燥した平地は歩きやすかったが慎重に進んだ為これまでのようには進めていない。モンスターが現れなかったのは幸いではなく余計精神を摩耗させた。

 

 

 そんなタイミングで()()は現れた!

 

 

「グッ!グギュッ!!!」

 

突然、武蔵が締められた様な声を出したかと思ったら消えてしまった。持っていた槍がカランカラン音を立てる音がやけに虚しく響く。

 

武蔵が死んだのだ。

 

「はあ?!武蔵っ!!」

 

「待っていて!旦那さま!このっ!」

 

 朱乃も流石に慌てて手を離して武蔵を瞬殺して見せた何者かに攻撃していく。だが、何度も振り回しているがなかなか当たらないようだ。

 

 

 初めての仲間の死にさすがに大吾も動揺せざる得ないが、何も出来ずにいた。朱乃が斧を振り回している敵が全く見えないからだ。朱乃自身は輪郭は見えているにも関わらずである。

 

「そうだ!」

 

 出来ることがなく固まってしまったが、大吾は新しいカードを取り出して召喚した。

 それは第二階層で散々苦労したモスキートのカードである。嵩張るものでは無い為、手に入れたカードや魔石は一応全て回収しておいたのだ。

 

「敵が見えるか?見えたら攻撃してくれ!」

 

 命令を受けたモスキートが迷わず飛んでいって大吾はほっとした。

 

 大吾は知るよしもないが、モスキート系モンスターには体温や匂いを感知する力があるので、索敵役として新人冒険者に一定の人気があるのである。

 また、決定打にはならないが戦闘のサポーターとしても

 

「ジュッ!?」

 

 正体不明なアサシンに鋭い高速軌道で肉薄したモスキートは自慢のストローを見事突き立てた。刺突攻撃を受け敵モンスターは初めて声を上げる。

 

「はぁーーーっ!」

 

 そして、動きが止まったところで朱乃の一撃を受けて勝負は決したようだ。さっきまで見えなかったゴブリンよりさらに細い体が蠢くのが見えている。

 

「死っねぇぇーー!!」

 

 そこに拾っておいた武蔵の槍を、今更ながら湧いてきた怒りを込めて突き立てたことで、暗闇のアサシンとの戦いはおわった。

 

 



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第三階層・暗黒荒野(2)

 

 

「成果」

 

 機械の様な短く抑揚の無い言葉とともに魔石とカードを持ってきたのは先程苦戦した謎のアサシン改めローパーである。

 

 このローパーは凄まじく有能だった。モンスターの気配を先に察知して気づかれることなく瞬殺という武蔵がやられた必勝パターンをひたすら繰り返すことで、このフィールドでの戦闘を1体で請け負っている。

 この暗黒フィールドがエンカウント率が低く、全て単独だったからではあるが十分すぎる戦力だった。

 

 何より確実に索敵してくれることが、未だ暗闇の中の攻略では凄まじい安心感を与えてくれた。もう2度と手放せない気がする。

 いまいちピンとこなかったモスキートと違って自分との相性も良い気もする。

 

「朱乃。そろそろ階段でそうか?」

 

「今までの階層と同じだとありそうだけど。まだまだ、地図が完成していないから分からないわ。」

 

 あの戦いというよりこれまでの探索により、朱乃は新たなスキルを習得していた。その名は「マッピング」である。意識すると頭の中にこれまで探索した地図が浮かび上がるという便利な能力である。作られた地図を加工したり、印をつけることも出来るという。

 そもそも朱乃の優秀な頭脳でこれまでの道は全て覚えていたのだが、この暗闇で迷う訳にいかない。とより徹底していたらスキルに昇華したらしい。

 このスキルもまた先が見えなかった攻略の負担をかなり軽くしてくれた。地図が完成してくればあとどれだけかかるか予想出来るからだ。

 

 

「敵多数、明かりに集まる」

 

「何?どのへんだ。」

 

 その後しばらくした時、先行偵察していたアサシンがよく分からない知らせを運んできた。こいつは知能はそこそこありそうなんだが短縮し過ぎて言っていることがよく分からない時がある。

 

「避けましょう。旦那さま」

 

「明かりっていうのが気になる。一度見てみよう」

 

 

 それはこの階層では初めての丘を転ばないように慎重に超えた先にあった。

 淡くではあるがこの暗闇の中では非常に目立つ光る果物がなる木が丘の上からはっきり見えたのだ。

 だが、その幻想的な光景に魅入られている暇はなかった。木の周りを十数体のモンスターが囲っているのが光のおかげで見えた。

 

「あの果物欲しいけどあの数は無理だな」

 

「戦わないなら一つ手はあるわ。それに……木の向こうに階段があるわ」

 

 気づかれない様に小声で言って引き返そうとした時に朱乃にそう言われて大吾も気づく。不思議な木のさらに先にこの階層の階段が確かにある。

 

 

「じゃあ、急いで収穫して逃げ込むか」

 

 

 

 

「馬鹿野郎ーーー!!!」

 

 丘の上から思いっきり大声を出す!その途端木の周りをうろついていたモンスターが一斉にこちらを見て駆け出してくる。そのモスキート以上の数に怯みそうになるのを抑えて全員が丘を登り出すのを待つ。

 

(まだ。まだ。ここだっ!!)

 

 大吾と朱乃はこれまでの探索で集めた魔石を全てばら撒く。高所からなので坂道全体に上手いこと散らすことが出来た。

 その途端勢いよく駆け寄ってきたモンスター達は、目前の大吾たちを無視してばら撒かれた魔石に食らいつきだす。坂道でそんなことをするので何体か転げ落ちる者もいる。作戦が想像通りうまくいき大吾は緊張で止めていた息を吐き出す。上手くいかなければひたすらモンスターを叩き落とすしかなく。まず死んでいただろう。

 

 これはモンスター達(朱乃達などのカードを含めて)にとって、魔石は食べることで戦闘力を引き上げたり、スキルの使用時間を伸ばすなど効果がある万能アイテムであり、とても美味しいご馳走様でもあるので目の前にあれば必ず食いついてしまう(朱乃談)という特性を利用した作戦である。

 その成果を活かす為、魔石に夢中なモンスターの群れのど真ん中を全速力で駆け降り、謎の木に近づいていく。

 

「任務完了」

 

 そこには事前にモンスターに気づかれるギリギリ近くまで潜んでいたローパーが謎の果物を5.6個触手で絡めて持っていた。モンスター走り出して大吾達がやってくるまでのわずかな間に木登りと採取を終わらせていたのである。恐ろしい手際である。

 

「これは……桃?いや!後だっ!」

 

 いつ魔石から大吾達にヘイトが戻りかねないモンスター達がまだ後ろにいる為。採取したせいか光らなくなった桃?をリュックに放り込み階段に向けて走り出した。

 

 

 

「今度は冬か。本当になんでもありだな」

 

 第四階層は雪がちらほら降る冬世界だった。雪化粧をした森林が朝日を浴びてキラキラと輝いている。

 

 大吾は過酷な暗黒荒野を超えた先にあった絶景に達成感を感じて……いる暇がなかった。

 あまりの寒さにぶるぶる震えていたからだ。今までの探索でかいた汗が余計に熱を奪っていく。だが、寒さ対策をする前にやることがある。

 

「ローパーいったんカードに戻れ」

 

「御意」

 

 暗黒荒野のMVPであるローパーを戻した大吾は、灰色になった武蔵のカードを取り出して他のゴブリンのカードを重ねる。階層を超えてから復活しようと思っていたのだ。

 

「オヤカタ、スマナイ」

 

「旦那様に感謝なさい。武蔵」

 

 無事復活してほっとする。甦ると聞いてはいたがやはり不安だったのだ。武蔵には少々厳しい朱乃も口調の割に笑っている。

 

「死んだことは気にするな。あれはローパーが凄すぎた。」

 

「ツギハカツ!モットツヨクナル!」

 

【種族】ゴブリン【名前】武蔵

 

【戦闘力】30

【先天技能】

・集団行動:群れの中で生きる習性。集団での行動に対するプラス補正

 

【後天技能】

・突撃:助走つけて行う攻撃の際戦闘力を引き上げる。ただし、一度でも止まったり曲がると効果を失う。効果が切れて10秒間のリキャストタイムが発生する

・従順:マスターの命令に基本的に逆らわない。命令された行動に対する弱いプラス補正

・(new)死なば諸共

 

「物騒なスキルだな。相打ち系?」

 

「ワカラナイ」

 

「まあ!元気出せよ。ほら!さっきの階層で手に入れたやつ食え。復活祝いだ!」

 

 しょんぼりした武蔵にあわてて先程手に入れた桃を渡す。大吾が今まで見たどんな桃より大きくて美味そうな桃である。落ち込んでいた武蔵も大喜びで受け取り皮ごとかぶりつく。

 

「ウマッ!アマイッ!!」

 

 目をかっぴらいてがつがつ食う武蔵を見ると自分も食べたくなり、新たな桃を取り出してかぶりつく。とたんに果汁が溢れるほど口内に広がり、凄まじい甘味に頭がくらくらしてくる。さらに、体の疲労が抜けていくだけでなく身体の芯が熱くなり、寒さも感じなくなる。

 夢中になるのよく分かる代物だった。

 

「わ、私も欲しいわっ。」

 

 朱乃もあまりに美味そうに食べるのを見て欲しがりだす。もちろん、渡すつもりで取り出そうとした時だった。

 

「ヴッ!!」

 

 急に武蔵がうめき声をあげて胸を押さえて苦しみだす。何事か心配した時

 

ぶしゃっ

 

 武蔵が破裂した。間近で返り血を浴びた大吾と朱乃は

 

「はっ?!」

 

 困惑するしかなかった。




二次創作独自設定
・資源型ダンジョン
 ダンジョンの中には豊富な資源が採掘出来ることがあり、物によっては無限に採掘出来ることから持ち主に巨万の富を与える。ほとんどが国に管理されているがごく一部は民間に管理が委託されることもある。

・大神実(おおかむづみ)
 黄泉で醜くなった妻(イザナミ)から逃げ出した夫(イザナギ)は、妻からの追っ手である八雷神やヨモツシコメを桃を投げて追い払ったという逸話に登場する対魔の桃のこと。
 ちなみに、この功績により桃はイザナギから大神実尊(おおかむづみのみこと)の神名を与えられ神になっている。カードとしてはCランクカードで桃を投げて戦う桃という有用な面白モンスターである。
 対魔の効果は、
ダンジョンから宝箱などのドロップ>カードのスキルで出した桃>ダンジョンで生えている桃
という関係がある。


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間話

 三つ星冒険者「橘(たちばな)里香(りか)」は、自宅である安アパートで妹分の双子姉妹ルルとララと深夜にだべっていた。

 

「金が無いぃーー!!Cランク高いのよっ!」

 

「姉さんはすぐお金を使っちゃうからねー」

 

「うちらもだけど」

 

 呑気に爆笑する馬鹿姉妹をよそに、橘はおでこにしわを寄せて考える。

 

 彼女たちは一般的な労働があまりにも向いておらず、元ヤンの経験頼りに、冒険者デビューを果たした20代半ばの若手冒険者チームだった。冒険者の才能は確かにあり。あっという間に三つ星チームに登りつめた。

 第二次アンゴルモアで活躍したサモナー、もしくは彼らが運営している塾の生徒などの冒険者のモデルケースになった者達を除いてではあるが、期待の新人として注目されていた。

 

 そう……過去形である。

 

 その原因は、最初のやりとり通り金銭問題だった。プロと呼ばれる四つ星に登り詰める為には、主力にBランク、それ以外もCランクに引き上げる必要があるのだが最低1000万からになるCランクカードの金額を貯め切る前に彼女達は使ってしまうのである。

 先日も良い筋肉をしている男の鬼人カードをつい買ってしまった。後輩や他の冒険者仲間との飲み会を奢るのも大好きである。そんなこんなでなかなか資金が貯まらない。

 

 初期は親の金をくすねて開始した為、表沙汰にならなかった問題であった。節約の為に三人で狭い部屋で寝るという努力をしているのが痛ましい。

 嫌な現実を忘れる為に缶ビールを一気飲みしたところだった。

 

 

ピンポーン!ピンポーン!ピンポーン!!

 

 

「はいはい!どなたぁーですかっ?」

 

 既に日を跨いた深夜に突然インターホンが何度も鳴った。何事かと怪しみながらドアを開けたところ、見知らぬ中年女性が裸足で息をあらげていた。

 

「む、向かいに住む鬼導院です!はぁはぁ。た、たしか、冒険者でしたよね!助けてください」

 

 脈絡が読めず首をかしげてしまった。どういうことだろうか?アンゴルモアではないようだが。

 

「息子が家に出来たダンジョンに入ってしまったんです!ああもう。」

 

 気力が尽きたのか崩れ落ちるお母さんを抱き留めながら里香は状況を理解した。

 

「あ、あぁ。そゆこと……」

 

 ………まさかの事態に無言で目頭を抑える。既に最悪の状況になってる可能性もある。酔いは吹っ飛んでしまった。

 

「……入ってどんくらい?」

 

「その……夜の仕事をしているので、6時から家を出て。お店のトラブルで10時に帰ってきたら既にいなくなっていました!わ、私それからショックで倒れてしまって。」

 

 そう言ってさめざめと涙を流す。一分一秒が命取りになる救助で数時間遅れる意味をわかっているのだろう。

 適当に生きている里香とて朝まで寝てなくて良かったですね。とは言えない。

 

「あぁもう!すぐに潜るわ!あんたらカードだけ持ってきなさい」

 

「「イエッサー」」

 

 後ろで様子を見ていた姉妹に命令を出して三つ星冒険者橘里香は動き出した。

 

 

 

「F級!よし!」

 

 土足で家に駆け上がり、すぐさま押し入れダンジョンに侵入、頼れる仲間達を召喚するついでに召喚枠が2体だったことから最下級(F級)であることを確認する。

 

「ガウェインここに。なんなりとご命令を。」

 

 まず召喚したのは馬鹿なマスターを三つ星に導いたエースの首無し騎士のデュラハンである。プロ必須と言われるスキルを持つ有力なCランクカードである。

 彼は、2mを超す巨躯から繰り出す高い戦闘力と、里香と双子が起こすケンカやミスを黙ってカバーしてくれる紳士性を併せ持つナイスガイである。騎士道スキルを習得したことから、かの円卓の伝説の騎士の名を与えられた。

 

「ガオーンっ!!やるぜ!」

 

 元気良く飛び出したもう一体は、ギリシャ神話の女神アルテミスの猟犬と言われるDランクのライラプスのバイトである。馬並みの体格とマスティフのようなムキムキな身体つきをした漆黒の犬である。妖精属性のデュラハンとのシナジーを考えると同ランクのクーシーの方が良かったのだが筋肉好きな橘の感性にあった為選ばれたカードである。今回は狙った獲物を逃さない先天スキルを持つ為捜索用に呼び出した。

 

「馬車を出してっ!」

 

 デュラハンがプロ必須と言われる所以である浮かびながら進む四頭馬車コシュタ・バワーに乗り込みながら経緯を説明する。

 

「よしっ!子どもを探せば良いんだな!まかせろっ」

 

 バイトがブサイクな顔で自信満々に言いしばし地面の匂いを嗅ぐと

 

「見つけたぞっ!!刺激物の匂いもするが。」

 

「よしっ!追いかけなさい!全速力よっ!モンスターは無視っ!」

 



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第四階層・氷雪登山

 「ふはぁーーー」

 

 武蔵爆散事件と言う悲しい事件を忘れる為に大吾は、一旦休憩している。()()につかって。

 

 この湯はもちろん自分で焚いたわけでは無い。階段から上がって左側の地面から湧き出していたのだ。

 最初に見た時は喜ぶ前にこんなものまであるのかとギョッとしたが、疲労が溜まっていたのと好奇心が抑えられず入ることにした。ちなみに泥と返り血で派手に汚れた服は軽く洗って濡れないように階段の中に並べてある。だれもこないから大丈夫だろう。

 こうなれば雪景色も素晴らしい絶景として見ていられる。朝日を浴びてキラキラ輝く山は素晴らしい。

 

 そんな素晴らしい温泉に大吾は1人で入っているわけではない。大吾の向かい側には別のガードで再び復活した武蔵が体操座りで湯に浸かっている。死のショックはそれなりのようで少し落ち込んでるようだ。

 

「まあ、元気だせよ。新しいスキルも手に入ったし。」

 

 そう二度の復活を果たした武蔵のスキル欄には「生還の心得」というスキルが追加されていた。これは死ぬようなダメージを受けた時ロストを一度防げるという有用なスキルだと冒険者の冊子に書かれていたので大吾にも分かった。

 

「…ダイジョウブ」

 

 暗い顔だが確かにそう言ったことから大吾は信じようと決めて、もう1人の方に気を向けた。

 

()()()はどうだ。腫れは治ったか?」

 

 それは暗黒世界で、仲間になり、大吾たちを導いたローパーに付けた名前であった。そのクールなあり方と戦いぶりが忍者のようだったことが名前の由来である。

 このサスケだが例の桃を収穫して抱えた結果触手が真っ赤に腫れあがっていたのだ。

 

「痛みはおさまってきた」

 

「異常があったら次はちゃんと言えよ。」

 

「承知」

 

 短いが簡潔に答えるサスケとのやり取りは結構悪くない。上手くやっていけそうである。ただ、自分の死がサスケが何も言わなかったせいだと思っているのか武蔵が睨みつけているのが、少々心配ではある。

 

【種族】ローパー【名前】サスケ

【戦闘力】25(初期値20)

【先天技能】

・触手

【後天技能】

・暗殺者の心得

・絞め技

 

 相変わらずスキルの詳細な意味は分からない。だが、暗殺者の心得で隠れながら締め技で仕留めるという感じなのは間違いない。触手は影響あるのか無いのか。まぁいいや。

 

「……よし。交代だ。」

 

 武蔵とサスケを送還し、朱乃を呼び出す。1人だけこの素晴らしい温泉が無しなのは恨まれるから仕方ないのだ。大吾は朱乃を残してさっさと上がった。

 

 

 

 

「よし!これならいける!再出発だ!」

 

 ダンジョンの過酷な環境による疲労を奇跡のような温泉で癒した大吾は再び出発することにした。

 寒さ対策はなんとかなった!まず、大吾自身は暗黒階層で手に入れた桃による力技である。神秘の桃はひとかじりするだけで肉体に活力がしばらくあふれ続ける。持続性があるため極寒フィールドでも耐え抜けるようになるのだ。

 カード達の対策は色々試したあげく武蔵にサスケを巻きつけて体温を確保させるというやり方に行き着いた。ローパーは体重が軽かったため出来た事だ。

 

「「…………」」「この階層を抜けるまでだから我慢してくれ」

 

 武蔵はもちろん感情をあまり出さないサスケですら嫌そうな気配を出している。この2人は相性が悪いのかもしれない。

 

 

 探索は雪で何度も滑りながらではあるが順調に進んだ。何せ雪は降っているがまばらなので視界を妨げないのと、出発地点が高台になっていたので朱乃が地図の大部分を完成させてしまったからだ。次の階段の位置の予想さえ出来てしまったからだ。

 肝心のモンスターは……

 

「ギキャァーっ!!」

 

 もはや見慣れたゴブリンなのだが、初期装備のまま半裸の姿でブルブル震えており、サスケのおかげで寒さをしのげている武蔵は軽く倒してしまった。サスケも触手で目潰しをするなど仲が悪いように見えて良い連携が出来ていた。

 この階層は環境対策のみが重要だったようだ。

 

「見つけた!」

 

 丘にになって向こう側が見れなくなっていた箇所を乗り越えると無事階段を見つけ、過酷な極寒フィールドを後にした。



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