ぱかプチ!! (フドル)
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ぱかプチ!!

「これで良し……と、直りましたよ!ブルボンさん!」

 

「ありがとうございます。フラワーさん。」

 

 フラワーさんから手渡された私の姿を模したぱかプチを受け取ります。拾った時はかなりボロボロだったはずのぱかプチは私とフラワーさんの時間がある時に少しずつ直していき、今では綺麗な姿を取り戻しました。

 

「それにしても酷いですよね、あんなにボロボロにしてから捨てるなんて……。ブルボンさん、大丈夫ですか?」

 

「大丈夫です。ありがとうございます。」

 

 フラワーさんが私を気遣うように見てくるので心配させないように返事をします。

 このぱかプチは私がお出かけの帰りに捨てられていたものを拾ったものです。ボロボロにされて捨てられていたことにショックが無いと言えば嘘になりますが、今の綺麗な姿を見ると少しだけ気分が和らぎます。

 

「多分オーダーメイドだと思いますけど、だとしたらあんなことなんてしないと思いますし……。」

 

 フラワーさんが一人考察している隣でぱかプチをふにふにします。はみ出したり、汚れた綿を全て入れ替えて一新した身体は従来の製品を遥かに凌ぐほどの触り心地です。

 更にこのぱかプチは着せ替えも出来ます。中の方もかなり精巧に……やめておきましょう。

 きっと大金を出して作ったと思うので本来の持ち主に返したいのですが、あのダンボールに書かれた文字からやはり捨てられたのでしょうか?

 気になることは多いですが取り敢えず今は──。

 

「フラワーさん、そろそろ寝ましょう。」

 

「え?もうそんな時間ですか!?」

 

 ぱかプチの修復に気を取られすぎて寝る時間の目前です。慌てて寝る支度を整えているフラワーさんを横目にぱかプチを一撫でしてからマスターが取ってくれたうさぎ人形の隣に置きます。

 

「それじゃあ、電気を消しますね?」

 

「お願いします。」

 

 カチッとスイッチが切れる音がして、部屋が真っ暗になります。その後にフラワーさんがベッドに入る音がして、疲れていたのか暫くすると寝息が聞こえてきました。

 それを聞いて私も目を閉じると、存外疲れていたのか、すぐに意識が遠のいていきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やぁやぁやぁやぁ!オレだよ!転生者だよ!!テンプレ死亡からの神様遭遇テンプレムーブをかましてミホノブルボン姿のぱかプチに転生した転生者とはオレのことさ!

 転生当初は大変だった。ぱかプチの出荷作業中に目覚め、トラックに詰め込まれてから横に転がってきた神様からの手紙でこの世界のこととこの身体は何が出来るのかを知り、前世の思い出に浸りながら今世の飼い主さんのところで生きていくぞ〜、えい、えい、むん!ってやっていたら段差に乗り上げたトラックの振動で外に投げ出された。

 動けるからってトラック内ではしゃいだり、外の景色を見てたオレも悪いと思うけど、当時の心境は凄かったなぁ。

 神様特典のモードチェンジはエネルギーが足りなくて使えなかったから必死にぱかプチ状態で追いかけたっけ……。

 まぁ、ぱかプチがトラックに追いつけるわけも無く、オレはあっという間に一人になった。

 暫く呆然としていたけど、別に買ってもらわなくても拾ってもらえばいいじゃんと当時のオレは簡単に考えていたっけなぁ。

 その日から飼い主探しの旅が始まったんだけど全く上手くいかなかった。誰もオレを拾ってくれないのだ。人を見つけるたびに人形のフリをして待ち構えているのだが、誰も彼も誰かの落とし物かな?となってスルーしてくる。抱き上げてくれる人もいたが埃を払って結局は置いていった。更に運が悪いことにここから警察は遠く、落とし物として届けてくれる人もいなかった。

 それから猫と鳥。動くオレを見つけると襲いかかってくる。ぱかプチ姿でも人間の子どもくらいの力は出るので追い払うことは出来るのだけどそれでも限度がある。

 猫に引っ掛かれ、鳥に攫われかけ、オレの身体はボロボロになった。破れた部分から綿は出るし、泥で身体は汚れるしで大変だ。

 こうなりゃ多少は強引にいくしかないと子どもがいそうなサラリーマンにロックオンして、何度も先回りして拾って作戦を実行したが、最終的には気味悪がられて蹴り飛ばされたからやめた。

 ボロボロになった身体だと更に拾ってくれる人は減り、避けられるレベルになった。一度大きな学校みたいなところにたどり着き、沢山のウマ娘が出入りしているのを目撃したので拾ってくれる子がいるかもしれないと突撃したが清掃員に見つかりかけて慌てて撤退した。

 それから数日が経ち、活動に使えるエネルギーが無くなる直前まで来た時、オレは賭けに出た。ゴミ捨て場に置いてあったダンボールを拾い、丸めて捨ててあった紙とインクの出が悪くなったことで捨てられたペンを使ってある言葉を書き込む。

 文字を書き込んだら人通りがありそうな場所に移動させてから中に入り込み、このまま朽ち果てるのは嫌だなぁと考えながらエネルギー切れによる活動停止状態に移行した。

 

 

 

 そんな藁にもすがるような賭けに、オレは勝った。オレが今座っている棚の左右のベッドで2人のウマ娘が眠っている。そのどちらかがオレを拾ってくれて直してくれたのだろう。

 

(でもまさかオレの元になった子に拾われるとは思わなかったなぁ。)

 

 片側で眠っているウマ娘に目を移すとそのウマ娘はオレと瓜二つだった。

 ミホノブルボン、短距離に適性があり、三冠達成は困難といわれていたが厳しいトレーニングを積むことによって後一歩まで迫ったウマ娘。

 もし彼女がオレを見つけて拾ってくれたとしたら申し訳ない気持ちになる。誰だって自分の姿をしたものがボロボロだったら嫌な気持ちになるだろう。

 そんな彼女たちにオレは何を返せるか、助けてもらったのだから恩返しはしたい。幸いにも新たに綿を入れてもらったことでエネルギーは50%も溜まっている。

 

(一度面を向き合ってお礼を言いたいけど気味悪がられるのは怖いしなぁ……。拒絶されたら立ち直れなさそう。)

 

 考えた結果、一つ案が出た。彼女たちの身の回りの世話をしよう。2人は学生でありアスリートだ。朝や昼は勉学やトレーニングをするはず。当然、トレーニングをすれば汗が出るし、服も洗わなければならない。もしかしたら服を干したり畳む時間がない時もあるかもしれない。

 そこでオレの出番だ。2人が明日へと回した作業をオレが夜のうちに終わらせてあげるのだ。2人は暫くは疑問に思うかもしれないが楽になれば気にしなくなるだろう。

 

(よし、そうと決まれば早速行動……と言いたいけどもうすぐ朝だから明日からにしよう。)

 

 窓を見ると朝日が差し込んでおり、再起動してからかなりの時間考え込んでいたみたいだ。もうすぐ2人が起きてくると思うので違和感がないように、力を抜いてぬいぐるみ状態へと移行した。

 

 

 それから数日、オレは彼女たちを華麗にサポートすることが……出来ていなかった。仕方ないじゃん!2人とも寝る時には洗濯とか全部終わらせているんだから!

 洗濯物が多い日はやっとオレの出番が来たかと目を輝かせて見ていたのに2人とも凄い勢いで畳んでいって寝る時には何も残っていなかった。

 これだと恩返しが出来ないと他に何か出来ることはないかと慌てたが風呂掃除は寮の公衆浴場に行くからする必要が無いし、皿洗いは食堂で食べてくるのでこちらも不要。たまに軽食を作って食べている時もあるが食べてからすぐ片付けているため意味がない。

 ならトイレ掃除を!と思ったが危うくトイレに落ちそうになり、泣く泣く諦めた。

 そんなこともあり、今は静かに靴磨きをしている。それしかすることがなかった。靴の手入れは彼女たちもやっているが頻度はかなり少ない。汚れたらやるって感じだ。なので靴掃除がオレの仕事になっている。

 寝静まった後に動いて少し汚れた靴を磨いて、また定位置に戻る。何度か布団が動く音がしてヒヤッとしたことがあったが特に問題はなかった。

 2人も靴が綺麗になっていることには気付いていないようで、疑問に思うことなく毎日を過ごしている。

 

 そんな日々を過ごしていた時、その時はいきなり来た。

 

「それじゃあ、洗濯物は明日に畳みましょう。」

 

「それがいいでしょう。」

 

 ニシノフラワーがそう言い、ミホノブルボンが了承する。その後、本当に洗濯物を畳まずに2人は眠ってしまった。

 

(来た?オレ出番が来ちゃった!?ひゃっほーい!)

 

 2人がしっかりと眠っているのを確認した後に洗濯物に飛びついてせっせと畳む。畳み方は2人が畳んでいるのを見ていたので大丈夫。意外と量が多かったので大変だったが、その日は充足感を感じながら朝を迎えた。

 あの日からオレの出番が増えた。朝は2人が起きた布団をキレイにして、部屋に掃除機をかける。夜は2人の洗濯物をせっせと畳んで靴を磨く。

 その行為を2人は不思議に思うことはなく、ニシノフラワーが「素敵な子がいるんですね!」というだけだった。その時にチラリとオレを見た気がするが、多分気のせいだろう。

 それから少し気になるのがミホノブルボンが出かける時にいつもなら留守番をうさぎ人形に任せるのだが、あの日からオレにも頼むようになった。

 

「留守番ミッション、任せましたよ。ミホさんにも任せました。」

 

 今日もそう言ってからミホノブルボンが外へと出ていった。ちなみにミホさんとはオレのことだ。安直なネーミングだと思うがオレは気に入っている。

 部屋の外からウマ娘たちの挨拶などの声が完全に聞こえなくなり、静かになってから行動を開始する。

 いつも通りに2人の布団をキレイに畳み、掃除機を取り出す。しかし今日は掃除機をかける前にやることがある。

 2人共有の棚の一番下の段を開け、中から綿が入った袋を取り出す。折り畳まれた袋を開け、中の綿を食べる。そう、綿がオレの主食なのだ。というか綿しか食えない。それ以外は吐いてしまう。

 綿を食べることで綿エネルギーが溜まり、活動することが出来るのだ。更に神様特典のモードチェンジもこの綿エネルギーを使うため、意外と大事なのだ。ついでにいうとエネルギーが溜まれば溜まるほどふわふわでもちもちな触り心地になる。100%状態のオレを枕にしたらもう普通の枕じゃ眠れなくなるぜ!

 一時期はこの綿がなくなったらどうしようと夜中に細々と食べながら戦々恐々していたが、ニシノフラワーが定期的に補充してくれているので安心して食べられる。置いてある場所も何故か取りづらい三段目から一番下の段に移ったので更に嬉しい。

 食事が済んだので、掃除機の近くにまた移動した後、身体に力を込める。暫くするとボフンという音がなり、閉じていた目を開けると視界が高くなっている。

 これがモードチェンジ。最近になって安定したエネルギー補給が出来るようになったので使えるようになった。初期がぱかプチモードで次が子どもモード。最後にリアルモードだ。初期のぱかプチモード以外はエネルギーの消費が大きく、長時間は使えないが掃除機をかけるぐらいなら大丈夫だ。

 子どもモードのまま出来るだけ小さな音で鼻歌を歌いながら掃除機をかける。一度普通に歌いながら掃除機をかけていたらママを名乗る不審者がドアを叩いてきたのでとても怖かった。

 あの時の恐怖を思い出しながら掃除機をかけ終わると、次にトイレ掃除を行う。子どもモードならトイレ掃除だって簡単なのだ。

 それが終われば夜まで待機だ。おやつの綿をむしゃむしゃ食べながら2人が帰ってくるのを待つ。

 人によってはただ待つのは苦痛かもしれないが、幸いにもオレはそういうことはない。更にこの部屋の窓からはトレーニングをしているウマ娘たちが見えるため、暇になったことはなかった。

 そうしてボーっと待っていると2人が帰ってくる。それから寝る時間まで2人の会話を聞くのがオレの日課だ。

 

 

 

 

(よし、2人とも眠ったな。それじゃあ早速お仕事お仕事〜。)

 

 それから更に数日が経った夜のこと。いつものように2人が寝静まった頃に棚から飛び降りて洗濯物を目指して歩き出すが、その途中で身体が浮き上がる。

 とうとうオレは浮遊術を獲得してしまったか?手足をバタつかせながら試しに前に進めと念じてみるとその通りに前へと進む。

 

(おおっ!何これすごい!!)

 

 このまま暫く楽しんでいたいが、洗濯物を畳むのが先だ。遊ぶのはその後でいいだろう。

 スーッと前に進むことに興奮しながら洗濯物の近くにたどり着き、降りてと念じるが降りない。洗濯物を乗り越えて前に進む事態にクエスチョンマークを浮かべながら何度も降りてと念じているとカチッと音がして部屋が明るくなった。

 

「ふふっ、捕まえちゃいました!」

 

 頭上から聞こえてきた声に硬直する。恐る恐る後ろを向けばオレを笑顔で見つめているニシノフラワーがいた。

 その手はがっしりとオレを掴み上げており、オレが浮遊術だと思っていたのは、ただ単にニシノフラワーに持ち運ばれていただけだった。

 

(全然気付かなかった!)

 

 掴まれていながら気付かないとかある?と言われそうだがこの身体になってからは感情が些細なことで上下するので掴まれた感触に対する疑問よりか浮遊したことによる興奮の方が上回ったんだろう。

 

「ブルボンさん!捕まえました!」

 

 冷や汗をダラダラ流していると、ニシノフラワーがミホノブルボンに呼びかける。すると寝ていたと思っていたミホノブルボンがすぐに起き上がり、オレのことをジロリと見つめてくる。

 

(ふ、2人とも狸寝入りをしていたってこと!?)

 

 ど、どうしよう!?あわあわと慌てているオレを他所に状況が進む。いつの間にかベッドに移動したニシノフラワーの膝に乗せられてオレの目の前にはミホノブルボンがいる。

 

「洗濯物を畳んでくれたのはミホさんですか?」

 

 頭上からニシノフラワーが質問してくるがそれどころではない。オレの頭にはさまざまな考えが浮かんでは消えていた。

 まずは拾って直してくれた感謝?それとも一度ここから逃げる?そういえばニシノフラワーってアグネスタキオンと仲が良かったよね?差し出されないように懇願するのが先?

 そんな考えが浮かび、この身体はその時の感情をしっかりと顔に出す。表情がコロコロ変わり、頭に熱がたまる。それに慌てて別の考えをすれば、その感情を顔に出して、更に熱がたまる。それを繰り返すことでやがて限界が来て──。

 

「…………キュウ。」

 

「……気絶、しましたね。」

 

「えぇ!?し、しっかりしてください!?」




オリ主(ぱかプチの姿)……この後、キチンとお礼を言った。人形に転生した影響か、感情表現を全身を使って行う。誰彼構わず抱きついたりするため、人によってはかなりヒヤヒヤする。感情もかなり表情に出る。他所から見れば感情表現が激しいミホノブルボン。
綿エネルギーという未知のエネルギー器官を持っており、そこに溜まったエネルギーを使って活動を行う。エネルギーがたまるほど触り心地が良くなり、100%時にアドマイヤベガに捕まると離して貰えなくなる……らしい。
 外に一緒に出かける時はストラップみたいにくっついて出かける。作中では一度も話していないが、しっかりと声を出すことは出来る。

ぱかプチモード……通常モード。こんな形だがしっかりと力はある。エネルギーを使えばウマ娘並みのパワーを出せるので物運びの時は頼ってほしい。しかし小さいのでトイレ掃除などは苦手。

子どもモード……ウマ娘の平均身長の腰ぐらいの大きさになる。子ども版ミホノブルボン。身長が必要な時に使用する。この形態の時は常時エネルギーを使用するため、長時間は使用できない。

リアルモード……ミホノブルボンそっくりになる。しかし感情表現などは全力で行うし、嬉しい時は普通に抱きついてくる。男性トレーナーは内なる自分との勝負が始まる。
 レースを行う時に使用する。エネルギー消費がかなり激しく、一回しかレースを行うことが出来ない。人形なので体力という概念がなく、エネルギーがある限り常に全力疾走で逃げを行うし、ちゃっかり固有スキルも持っている。

ニシノフラワー……オリ主が動いていることはかなり早い段階で気付いていた。最初はタキオンに相談しようとしていたが、懸命に靴磨きをしているオリ主の姿を見てもう少し様子を見てみることにした。
 洗濯物を畳んでいる時にオリ主の目が輝いていることに気付き、家事が好きな子なのかなと判断。綿を食べていることを知り、補充や取りやすいように場所を変えたりもした。
 家事の手伝いをしてくれたお礼をしようと捕獲。持ち上げた時にオリ主が興奮気味に手足をバタバタさせていたのにほっこりした。しかしその後オリ主が気絶してビックリした。この後は2人で家事をする仲になる。

ミホノブルボン……救世主。自分の姿をしたオリ主を拾って直した。自分の姿を模したぱかプチが捨てられたことに密かにショックを受けていたが、オリ主から話を聞いて捨てられた訳ではないと知った。
 ニシノフラワーからオリ主が動いていることを聞いてからうさぎ人形と一緒に留守番を任せるようになった。
 オリ主からの提案で誰もいない時だけ併走をする関係になる予定。エネルギーが切れた?はい、新しい綿です。食べたらまた走りましょう。

 思いついたから書いたけど続きを何も考えていない……。


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ペットと言いながらぱかプチを出されると困惑するよね?

評価にビックリしました。ありがとうございます。


「──と、いう訳です。」

 

「そうだったんですか……。大変でしたね。」

 

 気絶から目覚めた後、オレを見つめていた2人にヒェッとなったがなんとか踏み留まり、今までの経緯を説明した。

 オレの今までをニシノフラワーは同情してくれているのか、頭を撫でてくれている。

 説明の途中で拾ってくれたのがミホノブルボンということを知り、気分を悪くして申し訳ないと謝れば、ミホさんのせいではありませんと言ってくれた。

 

「それはそうとして、ミホさんはどのような扱いにすればいいのでしょうか?」

 

 オレを撫でながらニシノフラワーが悩む仕草をする。何故悩んでいるかというと、オレという存在は無機物か生物のどちらに分類されるかということらしい。

 ぱかプチなので人形、つまり無機物といえれば話が早いのだが、生憎オレは自由に動くし話すことも出来る。エネルギーを使えば人肌くらいの熱を出すくらいは出来るので生物だと思う人もいるかも知れない。

 個人的には細胞分裂とかしないので生物の定義からは離れており、ただの動く意思ある人形だと思うのだが、そこら辺は難しい話なので空の彼方にでも放り投げておこう。

 ここでニシノフラワーが悩んでいるのは、オレを人形としてそのままにするか、生物として寮長に報告するかということだ。

 ニシノフラワーが言うには、生物だと判断されたら学園や寮の規則に引っかかって、ここに住めないかも知れないし、動くところを見られるとトラブルに発展するかも知れないとのこと。逆に寮長から許可が出れば部屋の中限定かも知れないが、来訪者を気にせずに活動出来るし、活動中に何も知らないウマ娘に見つかって報告されても追い出されることは無くなるとのこと。

 難しい話でオレもミホノブルボンも口をポカンと開いて聞くしかなかったが、頑張って解釈した感じだとトップが知っていることで無用なトラブルを避けられるということでいいのだろうか?

 

「えっと、取り敢えずオレのことを報告していらないトラブルの芽は潰そうってことでいいの?」

 

「それでいいと思います。ブルボンさんもそれでいいですか?」

 

「…………?はい、それでいいと思います。」

 

 よく分かってなさそうな顔をしていたが、頷いているのでしっかり理解しているんだろう。むぅ、あまり表情に出ないから分かりにくいな。よく見ておかないと……。

 

「今日はもう遅いですし、明日に報告しに行きましょう。」

 

「じゃあオレは洗濯物を畳んでおくから2人は早く寝ておいてね。」

 

 問題は解決したようなので膝から飛び降りて洗濯物に向かうがまた浮かび上がる。今度は種も仕掛けも分かっているので後ろを振り向くと、少し怒ったような顔をしたニシノフラワーがオレを見ていた。

 

「ミホさん、メッ!ですよ。こうして私たちに見つかった以上、1人だけでやらせる訳にはいきません!ほら、一緒に寝ますよ?」

 

「え?だってほらオレは寝る必要はないから問題ないよって……あ、待って!布団に引き摺り込まないで!洗濯物〜、洗濯物〜!」

 

 手足をバタつかせて抵抗するがエネルギー使用なしのぱかプチの力で勝てるわけもなく、抵抗虚しく布団に引き摺り込まれ、この日は終了した。

 

 

 

 翌日、日が高く登った頃。オレたちは寮長室の前へとやって来ていた。今日はミホノブルボンも珍しくトレーニングが休みだったようで、2人一緒だ。

 寮長であるフジキセキがいるか分からなかったが、さっき別のウマ娘が寮長室から出て来たのを見たので、恐らくいると思う。

 

「すみません、フジキセキさん。ニシノフラワーです。」

 

 扉の前でニシノフラワーが呼び掛ける。この寮は防音機能があまりよろしくないとのことなので、これで多分聞こえているはずだ。

 

「おや、ポニーちゃんたち。どうしたのかな?」

 

「実は相談があって……。」

 

「……どうやら長い話のようだね、部屋で話そうか。どうぞ。」

 

 2人の表情から話が長くなると察したフジキセキが部屋へと2人を招き入れる。2人も特に異存はないようで、招かれるまま部屋に入っていく。

 

「それで、相談とは何かな?」

 

 綺麗な部屋で3人分のお茶を用意してからフジキセキが2人に用件を聞いた。2人は顔を見合わせた後、ニシノフラワーが少し緊張を滲ませながら用件を話し始める。

 

「実は、私たちの部屋でペットを飼いたくて……。」

 

「ペット?この寮は原則ペットは禁止なのは知っているよね?」

 

「はい、ですが行く宛もなさそうなので私たちで世話を見ようと考えました。」

 

 交互に話す2人の内容にフジキセキは難色を示す。まぁ、ペット禁止って言っているのにペットを飼いたいと言われると困るよね。

 因みにここに来る前にオレのことはペット呼びにする様にお願いした。2人ともかなり難色を示したが、オレを人扱いしたら寮長は絶対困惑すると思うって言えば渋々納得してくれた。

 こんな人形でも人扱いしてくれることに喜び、今にも暴れ狂おうとしている尻尾を必死に押さえているうちに話が進展している。

 かなり悩んでいたようだが、ニシノフラワーやミホノブルボンの普段の行いから問題は起こさないだろうと判断したのか許可を出してくれたようだ。

 それが嬉しいのかニシノフラワーはにっこりと笑っている。ミホノブルボンも表情は分かりにくいが口角が少し上がっているので嬉しいようだ。

 

「それじゃあ、許可証を出すからそのペットを連れて来て欲しいな。」

 

「あ、実はもう連れて来ているんです。」

 

「………本当かい?私から見えないということはハムスターみたいな小さい子なのかな?それともそのぱかプチがペットなのかな?なんて──」

 

「はい!この子が私たちのペットです!名前はミホさんと言います!」

 

 ニシノフラワーがずっと胸に抱いていたぱかプチ。つまりオレをずいっとフジキセキの前に差し出す。

 差し出された当のウマ娘は冗談だと思っていたことが的中していたことに流石に困惑したような顔をするが、それは一瞬だけですぐに微笑んだ。

 

「そ、そうなんだね。それじゃあ許可証と登録用紙を持ってくるからちょっと待っててね?」

 

 少しギクシャクとした動きでフジキセキが部屋から出ていった。どんな動物が出てくるのかと思っていたら人形がバーンと出て来て面食らった感じなのかな?

 てっきり書類も部屋の中にあると思っていたが、大切な書類なのか別のところに保管されているようだ。

 

「はぁ〜、良かったです。なんとか許可を貰えそうですね!」

 

「えぇ、安心しました。」

 

 2人とも許可が貰えることにホッと息を吐いている。オレも許可が出て一安心だ。押さえておく必要がなくなったので尻尾をブンブンと動かしながらニシノフラワーに離してもらい、机の上に乗って2人を見上げる。

 

「そういえばオレってフジキセキさんの前で動いてなかったけど、登録前に自己紹介はしておいた方がいいよね?」

 

 多分、フジキセキはオレのことをただのぱかプチだと思ってそうだし。

 

「そうですね、ならフジキセキさんが帰ってきたら自己紹介をしちゃいましょうか。」

 

 それからオレの尻尾が落ち着いてきた頃。猫じゃらしみたいな感じでミホノブルボンの指に飛びついて遊んでいるとフジキセキが書類を持って帰ってきた。

 

「ポニーちゃんたち、書類を持ってきたからサインを……。」

 

 部屋に帰ってくるなりフジキセキが硬直する。その目線はミホノブルボンの指に甘噛みしているオレに固定されている。

 

「初めまして!オレはミホさんと言うんだ!よろしく!」

 

「……あぁ、よろしく頼むよ。いや、驚いたね。まさかぱかプチが動くなんて……。」

 

 オレもビックリ。もっと驚くかと思ったのに表情を見る限り全然驚いているようには見えない。そんなオレの顔を見てフジキセキが微笑む。

 

「ここの寮長をやっていると色々耐性がついてね。流石にぱかプチが意思を持って動くのは初めて見るけどね。」

 

 確かにここの寮長なら耐性が出来そう。アグネスのヤバイのとか普段からやらかしていそうなウマ娘がいるはずだし。

 

「おっと、私としたことがミホさんちゃんにお茶を出すのを忘れていたね。淹れてくるから少し待っててね。」

 

「あ、大丈夫だよ。オレは人形だからお茶なんて入れたら中身がビチャビチャになる。」

 

 フジキセキがお茶を淹れに行こうとするのを止める。オレの体内に水なんて入れたら中の綿がベチャベチャになって動きに支障が出ちゃう。子どもモードやリアルモードならまだしもぱかプチモード中はダメだ。

 一応エネルギーを使って濡れたそばから乾かすってことも出来るけど瞬時に乾かす熱量なんてリアルモードもビックリのエネルギー消費量だよ。もし実行すればお茶を飲み終わったと同時にエネルギー切れで活動停止だ。

 

「そうなのかい?ごめんね、嫌な気分にさせちゃったかな?」

 

「いや、全然。むしろその気遣いがとっても嬉しい。」

 

 申し訳なさそうな顔をするフジキセキに食い気味に否定する。オレにもお茶を出そうとしてくれるだけでも嬉しいぞ。

 なんならミホノブルボンに拾われる前の人たちを見てるからオレに何かしようとしてくれるだけですっごく嬉しい。

 オレの嬉しいと思っている感情は身体にも出ている。尻尾はブンブン動いているし、頬も少し熱いから多分紅潮している。

 そんなオレを見たフジキセキはクスッと笑った後にオレの頭を撫でてくる。ふむ、子どもを撫で慣れている優しい感じだ。気持ちいい。

 暫くオレを撫でた後、フジキセキがニシノフラワーに向き直って書類を差し出す。覗き込んでみるがオレに手伝えることは無さそうなのでミホノブルボンと猫じゃらしならぬ指じゃらしで再び遊ぶことにした。

 

 

 

「うん、これで登録は出来たよ。」

 

 それから数分後、なかなか指を捕まえることが出来ずにオレの頬が膨らんできたぐらいで登録が終わったみたい。

 フジキセキから諸注意なども聞いたが気にしないといけないのはオレが部屋の外に出る時はニシノフラワーかミホノブルボンのどちらかがそばにいることぐらいだ。

 ペットを禁止している割には緩すぎる注意に思わず疑問顔をしてしまったが、フジキセキからオレは意思疎通が出来るからこれだけにしていると言われて納得した。

 その後は特に用がないので帰ろうとしたがフジキセキからお茶のお詫びだとマジックを見せてくれた。

 なんていうか、凄かった。常に尻尾はブンブンしてたと思うし後からニシノフラワーに目もキラキラしていたと教えられた。でも誰だって何もないところからシルクハットとか花とか出てきたら興奮しない?オレはする。ていうかした。

 

 

 

 

 

 

 

 登録が済んでから数日後、特に変わったことはなく、強いて言うなら2人に子どもモードがバレた。

 いつものように掃除機を子どもモードでかけていた時に忘れ物を取りに来たニシノフラワーとバッタリ遭遇したって感じでバレた。

 知らない子どもブルボンが自室にいてニシノフラワーが慌てる……前に子どもモードのオレが見てられないレベルで慌てたため逆に冷静になったニシノフラワーがオレを落ち着かせるという訳がわからない展開になった。

 落ち着いた後にモードチェンジの話を聞いたニシノフラワーの最初の発言は凄いですね!で済んだ。………この子ちょっと凄くない?凄いよね?ぱかプチサイズが子どもサイズにまで大きくなってるのにそれだけで済ますって絶対大物になるよ。

 ニシノフラワーにバレたのにミホノブルボンだけに隠すのも良くないと思って帰ってきてから子どもモードをお披露目したら「……成長期ですか。」と言われた。ちょっとズレてる!でもそこがいい!!

 まぁ、こんな感じで2人ともモードチェンジのことは受け入れてくれた。拒絶されなくて良かったよぉ……。

 その時のことを思い出してホッと息を吐きながら2人と一緒に洗濯物を畳んでいく。2人ともオレの存在を知ったから洗濯物とかはみんなですることになった。オレ個人としては作業はオレに任せて2人は休んでおいてほしい所だが2人から自分のものをミホさんに任せて休むなんて出来ないと言われて渋々3人ですることになった。

 

「これで終わり!ねぇ、ブルボン!アレやって!アレ!」

 

「アレ……ですか。いいでしょう、ミホさん号、発進します。」

 

「キャー!!!」

 

 洗濯物を畳み終わったのでミホノブルボンにあるものをねだる。腕を上げてぴょんぴょんするオレを見てミホノブルボンは快諾。オレの腋に手を入れて持ち上げてくれる。

 身体が急上昇し、思わず手をバタつかせて声を出す。俗にいう高い高いだ。ニシノフラワーに持ち上げられた時に楽しかった思い出があったのでミホノブルボンに頼んでみたらとても楽しかった。なので時間がある時はたまにこうやってねだっている。

 高い高いをしながらミホノブルボンが部屋の中を歩き回る。持ち上げられているオレは本当に飛んでいるような感じで、楽しさからずっと声を出している。そんなオレたちをニシノフラワーが微笑ましげに見ている。

 

「ほら、2人とも。そろそろ消灯の時間ですよ。」

 

「分かりました。ミホさん号、着陸します。」

 

「ありがとう!ブルボン。すっごく楽しかった!」

 

 暫く遊んでいるとニシノフラワーから眠る催促が来たので、ミホノブルボンに降ろしてもらって定位置の棚の上によじ登っていると横から手が伸びてきて布団の中に引き摺り込まれる。

 

「ダメですよ、ミホさん。寝る時は私かブルボンさんと一緒に寝ると決まりましたよね?」

 

「うっ、まだちょっと慣れなくて……。」

 

 オレが捕まった日から決まったことだが未だに慣れない。うっかり疑似的にエネルギー供給を断てば眠ることができると口を滑らせたことがダメだったか……。いや、それを言わなくても結果的にこうなってそうだし今更か。

 

「電気消灯、お休みなさい。」

 

「はい、お休みなさい。」

 

 部屋の電気が消えて部屋が暗くなる。暫くすると寝息が聞こえてくる。抜け出して靴磨きをしたいところだが、身体はしっかりとニシノフラワーに抱きしめられており、抜け出せそうにない。

 それでも悪い気は全くなく、むしろ安心感を感じる。オレを抱きしめるニシノフラワーを撫でた後、エネルギー供給を断って意識を落とした。




オリ主……自分の名前を本気で『ミホさん』だと思っている。正式名は『ミホ』
 拾われるまでの経緯から自分に何かをしてくれるだけでもすっごく嬉しい。高い高いがお気に入り。
 思考も若干子供よりになっており、食べ物とかで釣られないかと心配されているが綿しか食べることが出来ないので心配ない。
 2人が寝ている間は動けないので子どもモードやリアルモードになった時に足りない質量ってどこから来てどうなっているんだろ?と考えたがすぐに背後に宇宙が広がった気がするので考えるのをやめた。宇宙ネコならぬ宇宙ブルボン。
 子どもモード時にエネルギーが溜まっていると身体の触り心地も良いが太ももの感触がとても良くなる。リアルモードだと更に良くなる。膝枕をされた男性トレーナーは(ry)
 たまに子どもモードで一緒に寝ている。

ニシノフラワー……子どもオリ主と遭遇した時はえ?ブルボンさん?と困惑したが、その後すぐにオリ主が泣きそうな顔で慌て始めたので急いで落ち着かせた。
 子どもモードを知ってからお姉さんみたいな接し方になる。オリ主が自分の名前をミホさんだと思っていたことを知ったので後でキチンと教えた。

ミホノブルボン……子どもモードを見た時、一瞬思考が停止した。が、その後のオリ主の上目遣いで復活した。妹がいたらこんな感じなのでしょうか?
 指じゃらしを思いついて試してみると思いの外楽しかった。高い高いをしてあげると見て分かるレベルでオリ主が喜ぶのでホッコリする。
 フジキセキに許可を取りに行く時、トレーナーにトレーニングを休むと言っていた。本気で体調を心配された。
 子どもモードのオリ主と抱き合って寝ている姿は姉妹にしか見えない。

フジキセキ……色々ビックリしたがいきなり部屋の一室を爆発させるタキオンよりはマシ。オリ主が自分で言った名前と書類の名前が少し違うことに疑問を覚えたが後でニシノフラワーから聞いて納得する。寮で物運びなどの簡単な手伝いが必要な時はオリ主の手を借りたりする予定。

一般通過デジたん……はっ!?あちらの方向から姉妹が戯れる様な素晴らしい気配がしました!!

時空はアプリよりにすることにしたけどストーリーどうしようかな……。日常ものにするとしても多少はストーリーを入れたほうがいいと思うしなぁ。


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小さい子が興奮していると周りをよく見ていない合図。

誤字脱字報告ありがとうございます。

夏イベントの配布?サポートカードをやっと集め終わったので投稿。


「勝負だ!ブルボン!」

 

「戦闘モードに移行。いつでもいいですよ。」

 

 自室でミホノブルボンと正座をしながら向かい合う。勝負ということでミホノブルボンの顔は真剣そのもの。ふっ、そうこなくちゃね!

 

「いくよ!に〜らめっこしっましょ!笑うと負けよ?あっぷっぷ!」

 

 言い終わると同時に息を吸い込んで頬を思いっきり膨らせる。その状態でミホノブルボンを見てみるが全く動じず無表情のままだ。

 ならばと両手で頬を挟んで潰してみる。含んでいた空気が間抜けな音と共に口から漏れ、その音にオレがクスッと笑いそうになる。

 

(流石のブルボンでもこれなら笑う……無表情!?)

 

 勝ちを確信出来るレベルだと思ったのに全然動じていない。い、いや、まだ手はある。にらめっこが得意というミホノブルボンに勝つために特に必要のない睡眠時間を削ってまで色々考えたんだ。今まではウォーミングアップ。つまりここからが本番だ!

 

「あ、フジキセキさん。どうかされましたか?」

 

「いや、少しお願いがあって来たんだけどね?ポニーちゃんたちは何をしているんだい?」

 

「にらめっこみたいですよ?ブルボンさんが得意っていうのをミホさんが知って……って感じです。」

 

「成程。それでフラワーは何をしているのかな?」

 

「これですか?ミホさんの服を作っています。どうですか?」

 

「良く出来ているね。素晴らしいよ。」

 

「そうですか。えへへ……。」

 

 潰していた頬を今度は伸ばす。それでダメなら目元を指で引っ張る。それでダメならと考えていたものを全て試してみるがミホノブルボンはピクリとも反応しない。

 

「ふぅ、ふぅ、まさかここまでなんて思ってなかった。だけどこれならどうだ!」

 

 立ち上がってミホノブルボンにしがみ付く。これをくらえばたとえミホノブルボンでも笑うことだろう。にらめっこ界では禁忌とされる技を今ここで使う!

 ミホノブルボンの横腹をくすぐる。ふふっ、卑怯だと言いたいなら言えばいいさ!勝てば官軍だよ!

 くすぐりながら勝利宣言をするために笑っているであろうミホノブルボンの顔を見るがそこにあったのは全くの無表情だ。オレでも予想外の出来事に思わずくすぐりを止めてしまう。

 

(もしかしてブルボンって横腹のくすぐりは効かないタイプ?な、なら腋をくすぐれば……。)

 

 ただここからだとミホノブルボンの腋には届かない。どうしたものかと考えているとオレの次の狙いに気付いたのかミホノブルボンがオレを掴んで自身の腋へと近付ける。

 まさかと思い恐る恐るくすぐってみると案の定、反応はない。

 

(こっちも効かない……だと?いや、落ち着くんだ、オレ。まだ出来ることはあるはず!)

 

 思いついていた技は全て使ってしまったがまだやれることはあるはず。あ、そうだ。足の裏とかどうだろう?あそこなら誰でも効くでしょ。

 そうと決まればとミホノブルボンの手をテシテシ叩いて降ろしてアピールをするが床には降ろされずに膝の上に仰向けで寝かされる。オレの両腕もバンザイポーズでミホノブルボンの片手に掴まれており、不思議に思ってミホノブルボンを見てみると残った片手をワキワキさせながらオレを見下ろしているミホノブルボンがいた。

 

「あ、あの……ブルボン?」

 

「万策尽きたと判断しました。反撃を開始します。」

 

「え?ちょっと待って!まだ一つ!まだ一つあるっキャハハハハハ!!!待って!ブルボン!降参!降参しますぅ!」

 

 ミホノブルボンが残った片手でオレをくすぐる。くすぐったくて笑いながら降参するがミホノブルボンは止まらない。なら逃げるしかないのだが両腕を拘束されているため逃げられない。甘んじてミホノブルボンのくすぐりを受け続けるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひゅー、ひゅー、も、もうブルボンとにらめっこはしない……。いや、やっぱり悔しいからやる。」

 

 あの後、笑いに笑わされ、笑い疲れてきたぐらいでやっと解放された。エネルギーがある限り疲れないはずなのに気持ちの疲れと体力の疲れは別みたいだ。多分数ヶ月分ぐらい笑ったと思う。くすぐりからなんとか逃げようと身を捩ったりしたため衣服が乱れているが直す余裕もない。こ、これが敗北者の定めか……!

 

「おや、フジキセキさん。来ていたのですか。」

 

「お邪魔しているよ。勝利おめでとう。」

 

「ありがとうございます。」

 

 ミホノブルボンの膝の上で息を整えていると部屋の入り口辺りにフジキセキがいることに気付いた。口振り的にオレとミホノブルボンの勝負を見ていたのだろう。

 

「そういえばフジキセキさんはお願いがあるって言ってましたけど、どんな用事なんですか?」

 

「あ、そうだね。可愛い勝負を見ていたから忘れるところだったよ。」

 

「むむっ、なら今度はフジキセキさんがオレと勝負だ!」

 

「おや、勇ましいポニーちゃんだね。ほら、このお花をあげるよ。」

 

「え?いいの?わーい!フラワー!ブルボン!お花をもらった!!」

 

「よかったですね。ですがお礼はしっかり言いましょう。」

 

「うん!ありがとう!!」

 

 フジキセキに勝負を挑んだことを忘れて花をもらった嬉しさからミホノブルボンに飛びつく。そのまま頭を撫でてもらっているとニシノフラワーからお礼を言っていないと言われたのでフジキセキに笑顔でお礼を言う。そんなオレの姿にフジキセキは少し苦笑いをしている。

 

「ちょっとこの子のことが心配になってきたよ。外で目を離しちゃダメだよ?」

 

「私も心配になってきました。外だと手を繋いだ方がいいかもしれませんね。」

 

 後ろで2人が話しているがそんなことよりこの花はどこに飾ろうか?花瓶ってあったっけ?それとも押し花の栞を作ってニシノフラワーたちにプレゼントするのもいいかもしれない。

 

「おっと、また話が脱線するところだった。このままだとまた脱線しそうだし先にお願いを言っておくね?明日、ミホちゃんを借りてもいいかな?」

 

「ミホさんを?何かあったのですか?」

 

「ちょっと明日に備品が色々と届く予定でね?それだけだったら私だけでもどうにかなるんだけど他にも予定が重なっちゃって……。トレーナーさんに無茶はしないって約束したばっかりだから誰かの手を借りたいと思ったんだけどその時間帯はみんなトレーニングをしているから頼みづらくてね。」

 

「それでミホさんというわけですか。」

 

「お願い出来ないかな?でも強制はしないよ。嫌なら嫌って言ってくれた方がいいかな。」

 

 そう言ってフジキセキがオレのことを見つめてくる。途中から話を聞いていたけど要するに荷物運びを手伝って欲しいっていうことだよね。ならオレの答えはもちろん。

 

「いいよ!手伝う!お花貰ったからね!」

 

「そういう意味で渡した訳じゃないんだけど…‥。「でも手伝う!」……ふふっ、ありがとう。それじゃあ明日荷物が届いたら迎えに行くね?」

 

「うん!任せろ!」

 

 胸を張るオレを一撫ですると明日はお願いするねと言いながらフジキセキは部屋から出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いるかい?ポニーちゃん。」

 

「いるよー!鍵は開いているから入って来てー!」

 

 翌日、やることが終わったのでいつも通りにウマ娘たちのトレーニングを窓から眺めていると、部屋の扉がノックされてフジキセキの声が聴こえてくる。

 モードチェンジをしないとオレではドアを開くことは出来ないので、フジキセキには前もって返事があれば入って来てもらうようにしている。

 

「今日はよろしく頼むね?」

 

「ドーンと任せて!」

 

 部屋に入って来てオレを持ち上げて再度お願いするフジキセキに昨日と同じように胸を張って返事をする。

 そんなオレを見てフジキセキは微笑みながら頼りになるねと言ってオレを胸に抱いて移動を始めた。

 

「全然ウマ娘がいないね?」

 

「この時間帯はみんなトレーニングだからね。トレーナーがいない子でもまだ学園の方にいるからいつもこんな感じだよ。」

 

 念の為、力を抜いてぬいぐるみ状態でフジキセキに抱かれて歩いているが、本当にウマ娘がいなくてシーンとしている。

 ニシノフラワーたちと歩いていた時の賑やかさが一転して静まり返っており、なんだか不気味さすら感じる。

 

「ポニーちゃんは私たちとは見える景色が違うから感じかたも違うのかもしれないね。よし、着いたよ。」

 

 フジキセキの案内で辿り着いた場所には沢山のダンボールが積まれていた。ぱかプチ視線ではまるで山のように巨大で、確かに誰かの手を借りた方がいいと思える量だ。

 

「ポニーちゃんは備品の仕分けをして貰えないかな?寮宛の備品はここで、他のポニーちゃんたち宛に届いた荷物はここ。食材などはここに置いて欲しいな。」

 

「はーい!」

 

 置く場所を指定してもらったのでダンボールに近付き、貼り付けてあるラベルを確認してそれぞれの場所に振り分けていく。中には少し重い荷物もあるが、その時はエネルギーを使ってウマ娘並みの力にすれば問題無しだ。

 

「フジキセキさーん!個人宛の食材ってどっち〜?」

 

「それはポニーちゃん宛のところで大丈夫だよ。」

 

 時々置く場所が分からないものが出てくるので別作業をやっているフジキセキに確認を取りながら進めていく。

 滞りなく作業は進み、作業開始から1時間くらいで荷物の仕分けが終わった。

 

「終わったよ!」

 

「ありがとう。それじゃあ今度は運んでいこうか。私の後ろからついて来て欲しいな。」

 

 仕分け終わった荷物を持ち上げてフジキセキが歩いていくのでオレも荷物を持ってついていく。最初は持つ荷物が一つだけだったが、フジキセキが2つ持っているのを見て真似しようとしたが、止められた。

 力はあるから大丈夫と言ったがポニーちゃんに極力危ない真似はさせないし、もしさせてしまうと2人に顔向けが出来ないとウインクされて言われてしまえば何も言えない。だけどなんか悔しいので頭を撫でてもらった。

 どんどんと荷物を運んでいき、山のように見えたダンボールはあっという間に減っていき、仕分けた時よりも速い時間でその姿を消した。

 

「ふぅ、終わったね。いつもよりかなり速い時間で終わったよ。ありがとうね。」

 

「これくらいならお茶の子さいさいだよ!」

 

 フジキセキの自室で頭を撫でてもらいながらドヤ顔をお見舞いする。フンスフンスしながらフジキセキを見てみると嬉しそうな顔をしている。

 

「ポニーちゃんのお陰で次の予定まで時間が空いたよ。このままお礼を言ってさよならというのも味気ないし、何か私に出来ることはないかな?」

 

「ならマジックを見たい!まだ見てないやつ!!」

 

「まだ見てないやつ……か。ちょっと待っててね?」

 

 フジキセキが棚を開けて少し悩む仕草をする。その後ろ姿を見ていると紙コップを持ってオレの方に戻ってきた。

 

「さて、ここにあるのは3つの紙コップ。この紙コップに急に現れたビー玉を一つ入れます。」

 

 オレに紙コップの中身を見せた後に何処からともなくビー玉を取り出して逆さまに置いた紙コップの一つに入れる。そして紙コップを振って中にビー玉があることをアピールする。

 ビー玉が何もないはずの手の中から現れたことに既に興奮しているが尻尾を振るだけで我慢してビー玉が入った紙コップを見つめる。

 オレが紙コップを注視しているのを確認したのかフジキセキがゆっくりと紙コップをシャッフルしていく。その動きはどんどん速く、複雑になってくるが、エネルギーを使って動体視力を上げることで見失うことなくビー玉入りの紙コップを追いかける。

 音でも分かると思っていたが、特殊な動かし方をしているのか最初からビー玉が転がる音が聞こえてこない。

 

「さぁ、お好きな紙コップをどうぞ?」

 

 やがてシャッフルが終わり、フジキセキが手を広げてオレに選択を委ねる。

 

「ふっふっふ、オレを舐めちゃいけないよ!正解はこれだぁ!……あれぇ!?無い!!なんでぇ!?」

 

 ドヤ顔でビー玉があるはずの紙コップを持ち上げたがそこにはハズレと書かれた紙が入っていただけだった。フジキセキを見つめると頷いてきたので残りの2つも持ち上げてみたがどっちにも入っていなかった。

 

「え?ビー玉は何処にいったの!?」

 

「ふふっ、ビー玉はね、ここにあるよ。」

 

 フジキセキが微笑みながらオレの頭上に手を伸ばし、何かを掴む仕草をした後に手を引っ込めると、そこには紙コップに入っていたはずのビー玉があった。

 

「フォーーー!!!」

 

「ここまで喜んでくれるとやり甲斐があるね。さらにこのビー玉に力を込めると……。」

 

 フジキセキがビー玉を手で隠して力を込める仕草をする。緊張しながらそれを見つめていると、力を込め終わったのか手を退ける。するとそこにあったのはビー玉ではなく、何かの卵だった。

 

「卵になっちゃった!」

 

「まだまだ、この卵にハンカチを被せて……3、2、1、それ!」

 

「鳩さんだぁ!!」

 

 凄い、マジック本当に凄い。鳩なんていつ、どの瞬間に用意していたかなんて全く分からない。

 

「どうかな?少し手品も混ぜてみたけど驚いてくれたかな?」

 

「うん!!」

 

 頭をブンブンと縦に振りながら肯定する。そこまで自分のマジックが喜んでくれると思わなかったのかフジキセキも満足そうだ。

 

「まだ少し時間があるし、他のマジックも見ていくかい?」

 

「是非!……って言いたいんだけどちょっとお願いがあるんだ。」

 

「お願い?私に出来ることなら言って欲しいな。」

 

「うん、フジキセキさんって押し花の作り方って分かるかな?フラワーたちに栞を作ってあげたいんだ。」

 

 気恥ずかしさから少しモジモジしながらフジキセキに問いかけると、すぐに微笑んだ顔で頷いてくれた。

 

「なら綺麗な花で作らないとね。私も手伝うよ。」

 

「ありがとう!フジキセキさん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで良し、と。経過観察は私がやっておくから、完成したら教えにいくよ。」

 

「うん、このことなんだけどフラワーたちには……。」

 

「大丈夫、分かっているよ。」

 

 口元に指を一本だけ添えてウインクするフジキセキに思わず笑顔になってしまう。これを渡したフラワーたちの反応を予想していると、鐘の音が聞こえてくる。

 

「おっと、押し花に夢中になり過ぎていたね……。早くポニーちゃんを部屋に帰さないと。」

 

「でも、フジキセキさんの予定ってもうすぐじゃなかったっけ?オレは1人で帰れるから大丈夫だよ!」

 

「まだポニーちゃんたちが帰ってくる時間では無いとはいえ、大丈夫かな?」

 

「大丈夫!大丈夫!部屋までの道のりは覚えているし、オレのお願いでこんな時間になったんだからフジキセキさんは予定を優先して!」

 

「それなら……、でも部屋近くまではちゃんと連れて行くよ。」

 

 オレを抱えてフジキセキが歩き出す。ここから自室までは結構距離があるため、既に時間ギリギリなのか、その足は早歩きだ。やっぱり押し花を頼むタイミングを間違えたかな?と落ち込んでいると無言で頭を撫でられた。

 

「ここまでで大丈夫だよ!もう階段は無いし、後は通路を歩いていけばいいだけだから!」

 

「分かった。でも注意して帰るんだよ?」

 

「うん!バイバイ!」

 

 手を振りながらフジキセキと別れる。割と本気で時間がギリギリなのか曲がり角で姿が見えなくなると、すぐに歩く音が聞こえてきた。

 その事実に少し落ち込みそうになるが、落ち込まないために思考を切り替えてフラワーたちに押し花をあげたときにどんな反応をしてくれるか予想しながら帰ることにする。

 

(喜んでくれるかな?喜んでくれたらいいな!)

 

 考えているうちに気持ちも楽しくなってきて、思わずスキップしてしまう。その考えに夢中になっていたせいか曲がり角から出てきた誰かの脚に気付かずぶつかってしまった。

 

「あう!」

 

 ぶつかった衝撃で少し後ろにコロコロ転がる。しまった、油断した。ウマ娘がいないといっても完全にいないとは言われていない。物を取りに来たウマ娘だっているはずだ。

 オレが動くところは完全に見られた。なら謝って他言しないようにお願いしないと……。

 

「あ、あの!ごめんな──」

 

 口に出そうとした言葉は止まる。思考が謝るから逃げるに移るのを感じた。だって目の前にいるウマ娘は……。

 

「これはこれは……なんとも不思議なものを見つけてしまったねぇ……。」

 

 見つかりたく無いランキング、堂々一位のアグネスタキオンだったからだ。

 ………ど、どうしよう。




オリ主……やっちゃったぜ!曲がり角は特に危険と学んだ。1週間後には忘れる。ちなみに服はニシノフラワーが作った学園服を着ている。

ニシノフラワー……徐々にママ味が上がってきている。これ以上、上がるとセイちゃんが危ない。
 なんだかミホさんに危険が迫っている気がする……。

ミホノブルボン……にらめっこでは負けない。くすぐられて笑うミホさんに何かを感じかけた。が、忘れた。

フジキセキ……予定にはギリギリ間に合ったがトレーナーに心配顔をされた。あそこまでマジックに喜んでもらえると凄く嬉しい。またマジックをお披露目しようかな?
 自分で言っておいてポニーちゃんから目を離してしまった。

アグネスタキオン……おやおやおやおやおやおや。

一般通過デジたん……何やら寮からウマ娘ちゃんの緊急警報を察知しました!!急行します!!


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怖い時に保護者が来ると安心するよね。

誤字脱字報告ありがとうございます。
コメントがもう助からないぞ!とか既に手遅れとかで笑ってしまった。


「ぱかプチが感情を持って動いている。それも気になるが一体どうやって立ち歩くことが出来ているのか?中身は綿のはずだが、君には私たちと同じように骨と筋肉があるのかな?興味深い、実に興味深いよ。」

 

「ふぇぇええ……。」

 

 アグネスタキオンがブツブツと考察をしながらオレに近付いてくる。オレの口から無意識に声が漏れるが、それを止める余裕はない。

 

(逃げないと……。捕まったらどうなるんだろう。)

 

 少し考えてみたが手術台のようなところで手足を拘束されたオレに注射器を持ったアグネスタキオンが近付いてくるシーンが浮かび上がって来たので急いで頭を振って想像を霧散させる。

 

「何はともかく捕まえてみないと分かるものも分からないねぇ。そこの君、私の部屋に来れば美味しいお菓子が沢山食べれるがどうだい?なぁに、お礼は少しだけ研……じゃない薬……でもない。まぁ、来てくれればいいさ。」

 

 ヒェ、絶対今のやつ研究と薬物って言おうとしたよね?やっぱりアグネスはヤベー奴なんだ!

 画面越しなら笑ってみれたけどオレが対象になったら笑えないよ!これならクリークに捕まる方がマシ……でもなさそう。なんか捕まったら自力では帰って来れなさそう。いや、リアルモードでワンチャンあるか?

 

「おや?よく見たら身体が震えているじゃないか。それはいけない、急いで私の部屋に行くとしよう。」

 

 それって自室じゃなくて研究室のことだよね?あと震えているのはあなたのせいです。なんて言ってられる状況でもないので急いで反転して走り出す。

 もしかしたらこのまま逃げれるかと思って後ろを向けば普通に追いかけて来ている。アグネスタキオンの瞳は未知のものに対する好奇心でギラギラと光っており、それに恐怖心が湧き上がる。

 ぱかプチとウマ娘ということで距離はすぐに縮まるが、小さいのを武器にちょこまかとした動きで逃げ回る。

 

「この、なかなか、すばしっこい、ねぇ!」

 

 オレは大丈夫だがアグネスタキオンは脚にあまり負担をかけたくないはず。だからオレが股下を潜って後ろに逃げたりしても急に止まることはせずにゆっくり迂回するように方向転換をする。

 因みに相手がミホノブルボンやニシノフラワーだと股下を潜ろうとした時点で捕まる。流石保護者。

 

(よし、曲がり角!ここなら……!)

 

 曲がり角を曲がってアグネスタキオンからオレの姿が完全に見えなくなったところで身体に子どもモードの時以上の力を込める。

 モードチェンジが完了したのを確認するとすぐに振り返ってあたかも今ちょうど歩いて来ましたという感じをだす。これで失敗したら終わりだ。お願いだから上手くいってよ……。

 

「待ちたまえ!……っとブルボン君か。」

 

「タキオンさん、どうかされましたか?」

 

 飛び出して来たアグネスタキオンに無表情で応じる。リアルモードをこんな形でお披露目する羽目になるとは思わなかったよ。

 

「ブルボン君、この通路を君の姿をしたぱかプチが通ったと思うのだが見てないかな?」

 

「私のぱかプチですか?………小さい何かなら階段を登った時に通り過ぎた気がしましたが。」

 

「なるほど、ならもうこの階にはいないみたいだねぇ、情報感謝するよ。」

 

 余程オレを捕まえたいのかお礼を言うとすぐに通り過ぎていった。なんとか乗り越えれたようで安堵の息を吐きたいが、グッと我慢して自室に向かおうと「ブルボン君、少し聞きたいのだが……。」ッ!

 

「………なんでしょう?」

 

「君、さっき見た時はジャージ姿じゃなかったかい?」

 

 息が止まりそうになる。ここで焦るとバレる。変わりそうな表情を身を抓ることで耐える。取り敢えず言い返さないと……!でもなんて言い返せばいい?

 

「………なんてね。そもそも今日は初対面だ。変なことを言ったね。」

 

「そうですか。ビックリしました。」

 

「それは申し訳ないねぇ。これ以上は逃げられそうだから私は行くよ、失礼したね。」

 

 今度こそアグネスタキオンは去っていった。完全に気配が消えたのを確認してからその場に座り込む。

 そうだった。ミホノブルボンはこの時間だとトレーニングをしているはずだ。忘れ物を取りに来たとしてもわざわざ着替えて来るはずがない。幸いにもアグネスタキオンが今日、ミホノブルボンを見ていなくて助かった。見ていたら絶対バレてた。

 ミホノブルボンそっくりになれば騙せるという浅はかな行動に冷や汗が流れるが結果的に助かったのだから良しとしよう。

 

「取り敢えずタキオンが帰ってくる前に自室に帰ろう。」

 

 今のところ気配は感じないがもしかしたら帰ってくる可能性があるため、早めに自室に帰ろうとするが立てない。緊張が抜けたせいで身体に力が入らないのだ。

 どうしたものかと悩んでいると、階段から誰かが駆け足気味に上がってくる音がする。身体が強張り、取り敢えず立とうとするがやはり身体は言うことを聞かない。

 そんなことをしているうちにドンドン足音が近付いてきて、アグネスタキオンだったらどうしようと目元に涙が浮かんでくる。せめてもの抵抗で頭を抱えてうずくまり、その人物が来るのを震えながら待つ。

 

「………ミホさん?」

 

「……フラワー?」

 

 階段を上がってきた人物から聞こえてきた安心する声に勢いよく顔を上げるとそこには心配そうな顔をしたニシノフラワーがいた。

 

「ミホさん、何があったんですか?身体もこんなに震えて……。」

 

「うぅ、フラワー……。怖゛がっ゛だよ゛ぉぉお!!うわぁぁぁん!!!」

 

「きゃ!?ほ、本当に何があったんですか!?」

 

 オレの手を握って心配そうな顔をするニシノフラワーに安堵などの色々な感情が溢れてきて号泣しながら抱きつく。いきなりのことでニシノフラワーから戸惑う気配を感じるが、戸惑いながらもオレの頭を撫でて落ち着かせようとしてくれる。

 

「取り敢えず自室に行きましょう?立てますか?」

 

「……無理。立てない。」

 

「ならぱかプチに戻れますか?私が運びます。」

 

「……うん。」

 

 少し時間が経ち、なんとか泣き止むことが出来たのでニシノフラワーに抱きつきながら力を抜いてぱかプチに戻ろうとする……が、奥から誰かが走って来る気配がして慌てて止める。

 

「フラワー、誰か来る。」

 

「通路の真ん中だと迷惑でしょうし、端に行きましょう。」

 

「でも……。」

 

「大丈夫です。ミホさんが何を怖がっているかは分かりませんが私が守ります。」

 

 だから安心してください、とオレの頭を撫でるニシノフラワーを見て、無意識に入っていた強張った身体が元に戻る。このままぱかプチに戻りたいところだが、既に向こうの姿が見えているため通り過ぎてから戻った方がいいだろう。

 ヨチヨチ歩きで少し格好がつかないが端により、道をあける。見た感じあんなに急いでいるのだからすぐに通り過ぎるだろう。

 

「ここですか!?ウマ娘ちゃん緊急警報が出た場所は!このアグネスデジタル、ウマ娘ちゃんの危機に駆けつけ……ヒョッフォ!?ニシミホですとぉぉぉぉおおおおおお!!!!」

 

 走ってきたピンク髪のウマ娘、アグネスデジタルは抱き合っているオレたちを見るなり叫びながらスライディングをして通路の奥へと消えていった。

 

「……部屋に戻りましょうか。」

 

「……うん。」

 

 アグネスってヤベー奴しかいないんだな。……今更か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうですか、タキオンさんが……。」

 

 部屋に戻ったあと、何があったかを全て話した。フジキセキのマジックが凄かったことを話している時は笑顔だったのにアグネスタキオンのことを話すと笑顔なのだが耳が後ろに倒れている。

 ウマ耳の感情をオレは詳しく知らないためそれが何を示しているかは分からないが、顔は笑顔なので多分問題ない。

 

「そういえばどうしてフラワーは寮に?いつもならトレーニング中だよね?」

 

「なんだかミホさんが危ない気配を感じたので途中で切り上げて帰ってきちゃいました!」

 

 落ち着いてきたのでふと思いついた疑問をニシノフラワーに聞いてみるとそんな答えが返ってくる。もしかしてオレのせいでトレーニングを中断してしまったのかと落ち込んでしまうが、ここであるアイデアが思い浮かんだ。

 

「ならオレが中断した分のトレーニングを手伝う!」

 

 立ち上がってぱかプチから子どもモードに変更、外で併走などは人目があるため出来ないが腹筋などの部屋で出来るものは手伝える。

 

「ふふっ、それじゃあ柔軟のお手伝いをお願いします。」

 

「任せろ!」

 

 ニシノフラワーの後ろに回って背中をゆっくりと押す。どうやらニシノフラワーは柔らかい方で、ペタリと身体が床についた。

 

「うわ、フラワー柔らかいね。」

 

「ミホさんはどうですか?」

 

「オレは柔らかいを通り過ぎて怖いと思うよ。」

 

 元がぱかプチだから関節なんてないようなもんだ。エネルギーを使ってそれっぽく見せてるだけで、その気になればグニャグニャになれる。

 ほらっ、と片腕に送るエネルギーを一時的に切ってみせる。すると肩あたりから腕が垂れ下がり、もう片方の腕で引っ張ってみると人間には無理な方向に腕が曲がる。

 暫くグニャグニャと弄っていたが、ふと我にかえってニシノフラワーの方を見ると驚いたような顔でオレを見ていた。

 

(ぱかプチならまだしも子どもの姿でこんなの見せられたら気持ち悪いに決まってるじゃん!)

 

「ごめん、フラワー。気持ち悪「凄いです!」……えっ?」

 

「それだけ曲げることが出来るならフジキセキさんもビックリするマジックが出来そうです!」

 

 すぐに謝ろうとすれば被せ気味に褒められて少しだけ呆けてしまう。ニシノフラワーの目を見てもその発言は本気で言っていると分かるほどハッキリとオレを見ていた。それが嬉しくて仕方ない。

 

「そ、そうかな?そうだといいな。えへへ。」

 

「やっと笑ってくれましたね。ミホさんは笑顔が綺麗ですから笑っていて欲しいです。」

 

 あの時から全然笑ってくれなくて心配しましたよ。とオレの頬をむにむにと指で揉みながらニシノフラワーが微笑む。どうやらいつものように笑えていなかったみたいだ。

 

「ありがとう、フラワー。もう大丈夫。」

 

 ニッコリと笑ってお礼を言う。そんなオレの笑顔を見てニシノフラワーも笑顔になる。

 

「ただいま帰りました。」

 

「あ、ブルボン!おかえりー!」

 

「おかえりなさい、ブルボンさん。」

 

「トレーニング中に少しだけ嫌な予感がしました。ミホさん、何もありませんでしたか?」

 

「うん!フラワーのお陰で大丈夫!」

 

 オレのことを見るなり心配そうな表情で問いかけてくるミホノブルボンに笑顔で返事をする。

 この2人に拾ってもらえてよかったなぁ。今なら本気でそう思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「今度の週末にみんなでお出かけしましょう。」

 

 次の日、ミホノブルボンの提案で一つのベッドに3人一緒で寝て、起きたニシノフラワーの一発目のセリフがこれである。

 あまりに急な提案でミホノブルボンも反応が出来てない。ってこれまだ寝ぼけてるな。

 起きてー、と頬をぺちぺちしてミホノブルボンを覚醒させようとするが、寝ぼけたミホノブルボンがオレの太ももに顔を埋めて再び寝ようとする。こんなミホノブルボンは初めて見たんだけどどうしたらいいんだろう?

 

「ん、んん……。おはようございます。ミホさん、フラワーさん。」

 

「あ、起きた。おはよう、ブルボン。」

 

「おはようございます。ブルボンさん。急ですが週末にみんなでお出かけに行きましょう。」

 

「お出かけですか、分かりました。」

 

 どうやって起こそうか悩んでいると自分から起きてくれた。それからニシノフラワーの誘いも了承していた。

 それからは各々の時間だ。ミホノブルボンはジャージに着替えて朝練へ、ニシノフラワーは花の世話をしに行く。オレは洗濯物を洗う……ついでにオレも洗う。洗濯機の中は意外と楽しい。

 洗濯機が止まる頃ぐらいにニシノフラワーが帰ってくるので洗濯物とオレを干してもらう。この時の日光が気持ちいいのだ。普通の洗濯機で大丈夫なのかと思うが特に問題ない。痛んでも最悪エネルギーを使えば元に戻る。

 

「それじゃあ行ってきますね?」

 

「あれ?今日はいつもより早いね?」

 

「ちょっとお話をしないといけないので。」

 

 いつもより早い出発に疑問に思って質問をしてみると耳を後ろに倒したニシノフラワーがニッコリと笑う。

 理由は知れたので手を振ってニシノフラワーを見送る。ミホノブルボンはいつも通り学園に直行するだろうし暇だなぁ。

 特にやることもないので洗濯バサミに吊られながらお出かけについて考え始めた。2人と一緒にお出かけかぁ、きっと楽しいんだろうなぁ。楽しみだ。




オリ主……自力で生還した。逃げてる最中にずっと捕まれば2人に会えなくなるかも知れないと考えていたが本人は覚えていない。この度、かりちゅまガードを手に入れた。
 普通に洗うよりか洗濯機でまとめて洗ったほうが早いことに気付いてから毎日洗濯機の中に飛び込むようになった。洗濯機に入っているところをニシノフラワーに見られた時は叫ばれて急いで引っ張り出された。
 お気に入りはニシノフラワーの膝、ミホノブルボンの膝、洗濯バサミに吊るされながら浴びる太陽。

ニシノフラワー……予感に従って寮へ帰ると大きくなったオリ主がうずくまって震えていてビックリした。抱きつかれて号泣されて母性がレベルアップ。泣き止んでからオリ主がブルボン以上に無表情になったため心配したが何とか笑ってくれたため安心した。しかし恐怖心が残っていると嫌なので楽しい思い出で塗り替えようとお出かけを計画した。
 あ、タキオンさん。今、時間大丈夫ですか?大丈夫ですよね?私、きちんと調べましたので。ちょっとお話をしましょう。そんなに震えてどうしたんですか?ほら、行きますよ。……拒否権?あるわけないじゃないですか。

ミホノブルボン……知らぬ間に何かが起こっていたらしい。自分に何が出来るか考えてみんなで一緒に寝ることを思いついた。
 ニシノフラワーに後から何があったかを聞き、以降アグネスタキオンを見つけるとジッと見つめることになる。

アグネスタキオン……普通に見逃した。敗因はあのすばしっこい動きについていけなかったことと考え、次の日から虫取り網を持って捜索に行くことになるはずだった。
 おや、フラワー君。どうしたのかな?何?お話?……今はちょっと大切な用事があってね、後にして欲しい……って引っ張らないでおくれ!調べた?何を!?ちょっとカフェ!助けてくれよぉ!

偶然いたマンハッタンカフェ……あんなに怒ったフラワーさんは初めて見ましたね。連れ去られるタキオンさんを見ながら飲むコーヒーは格別でした。

保健室のデジたん……弱ったブルボンさんをフラワーさんが優しくベッドに押し倒すんです。戸惑うブルボンさんにフラワーさんが甘い言葉を囁いて、やがて2人は重なり合って……
 な、何ぃぃぃぃ!!い、今まで見ていたニシミホは……!?




分岐ルート

オリ主号泣……タキオンが戸惑って泣き止ませようとしているうちにニシノフラワーが到着。2人でオリ主を泣き止ませようとする。デジたんがその光景を見て倒れる。

リアルモードがバレる……テンパったオリ主がタキオンに壁ドンを実行。お互いに思考が停止した時にニシノフラワーが到着。こちらも思考が停止する。デジたんは新たな世界へ。

捕まる……研究室に向かっている最中にミホノブルボンが合流。無事にオリ主を取り戻す。

助けを呼ぶ(2人指定)……呼ばれた方がリアルモード変形前に駆けつける。デジたんは無事に通り過ぎる。

助けを呼ぶ(無差別)……で ち ゅ ね 襲 来


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人は見かけによらないものです。

コメント高評価ありがとうございます!
今回は一つだけコメントから名前を貰っています。


「忘れ物はありませんか?」

 

「ない!」

 

「問題ありません。」

 

 あれから数日、待ちに待ったお出かけの日が来た。この日のために作ってくれたニシノフラワーの服を着て準備は万端である。

 ニシノフラワーのカバンに吊るされて部屋を出る。ニシノフラワーとミホノブルボン。お出かけをするには少し珍しい組み合わせなのか、周りのウマ娘から好奇的な視線を向けられている。

 

「おや、これからお出かけかな?ポニーちゃんたち。服もよく似合っているよ。楽しんでおいで。」

 

「フジキセキさん!ありがとうございます。楽しんできますね!」

 

 向けられる視線を気にせずに進み、寮を出たところで入り口の前を掃除していたフジキセキに出会い、オレを含めた服装を褒められながら外へと出る。

 暫く歩き、周りに誰もいないのを確認しながら路地裏に入る。ここでも暫く誰か来ないかを2人で確認した後、ニシノフラワーがオレをカバンから外して地面に降ろす。

 

「ここなら大きくなっても大丈夫そうです。」

 

「分かった!」

 

 許可が出たので子どもモードに変形する。服もきちんと適応しているのを確認してからニシノフラワーからオレの猫ちゃんカバンを受け取って首に下げる。

 

「それじゃあ、行きましょうか。ミホさんは私と手を繋ぎましょう。」

 

「はーい。」

 

 ニシノフラワーが差し出してきた手を握る。そのままだと片方の手が寂しいのでミホノブルボンに手を差し出すと、少し硬直したが握ってくれた。

 

「えへへ。」

 

 思わず頬が緩む。オレよりも大きなミホノブルボンの手は握っているだけでも安心感がある。逆にニシノフラワーの手はオレのより少しだけ大きいだけなのにオレを思いやる優しさを感じる。

 それが嬉しくて嬉しくて堪らない。今すぐにでも駆け出したくなるがお出かけの前日に言われた注意事項を思い出してなんとか止まる。

 しかし駆け出したい気持ちはどうしようもないので、フンスフンスしながら身体は前へと進もうとする。そんなオレを見てニシノフラワーがクスクスと笑い、ミホノブルボンが口元を緩ませる。

 

「ミホさんも待ちきれないようなので行きましょうか。」

 

「そのようですね。」

 

 2人に挟まれて歩き出す。目指すはデパート、お出かけ計画の一番最初の目的地である。

 

「色んなものがあるね!」

 

 前世のデパートは何度も行ったことがあるがこの世界はウマ娘という存在がいるため品揃えが違う。それが目新しくて色々なところを見てしまう。

 

「ふふっ、ミホさんはデパートは初めてですもんね。色々見ていきましょうか。」

 

 手を引かれながら色々なところを見ていく。小物売り場やゲーム売り場。本屋や服飾店。オレが部屋で暇にならないように本を何冊か買ってもらったが、前世で知っている本は全くなかった。読んでいる途中のものもあったため、少しショックである。

 服もニシノフラワー監修で何着か買った。服を次々と持ってくるニシノフラワーに少しゲンナリしそうになったが、オレのために持ってきてくれていると思えばむしろ早く着たいと思えた。

 子どもサイズのため、ぱかプチやリアルモード中では着れないのが残念だが、仕方ない。どのサイズでも着れるようになれたらよかったんだけどなぁ……。

 それが終われば昼ご飯である。2人が予約を入れていたレストランに入って食事をとる。ここで問題が発生する。そう、オレは綿しか食べれない。

 だけどその問題は解決済みだ。猫ちゃんカバンに入れてあった綿を取り出して一緒に入れておいた棒を突き刺す。これが本当の綿アメってね!

 2人の注文も届いて食事をとる。いつもの綿でもみんなと食べると余計に美味しく感じるのは不思議だよね。

 それが済むと今度は蹄鉄を見に行く。レースやトレーニングで使うとあって2人とも真剣な目で見ている。オレの目には大きさや色が違うようにしか見えないが、選手じゃないと分からないことでもあるのだろうか?

 試しに大きさの違うものを二つ持って触ってみるが何も分からない。むぅ、分かるのなら2人にこれがいいっておすすめ出来るのに残念だ。

 

「あ、ごめんなさい。ミホさんにはつまらないかもですね。そろそろ行きましょうか。」

 

 蹄鉄を二つ持って?マークを頭に数個浮かべていると、オレに気付いたニシノフラワーが少し申し訳なさそうな顔をしてオレの手を引いて店を出る。店の外では既にミホノブルボンが紙袋を持って誰かと話していた。

 

「ブルボンさん、お待たせしました。……こちらの方は?」

 

「ライスシャワーさんです。偶然あったので少しお話をしていました。」

 

「初めまして、ライスはライスシャワーって言います。」

 

「私はニシノフラワーって言います。よろしくお願いしますね?」

 

 お互いに自己紹介を済ませるとライスシャワーがオレの方を見る。じっと見られると少し恥ずかしいのでミホノブルボンの腰に隠れて少しだけ顔を出す。

 

「ライス姉ちゃん、オレはミホって言うんだ!2人はミホさんって呼ぶよ!」

 

「ミホちゃん、初めまして。ライスはライスシャワーって言います。よろしくね?」

 

 オレの目線まで屈んで微笑むライスシャワーにオレも隠していた身体を出す。オレの身体を上から下まで見たライスシャワーは目をパチクリさせて驚いているようだ。

 

「ミホちゃんはブルボンさんにそっくりだね。妹さんなのかな?」

 

「ミホさんは私の親戚ですね。妹みたいなものです。」

 

 2人と前もって話してオレはミホノブルボンの親戚の子ということになった。名前はミホのままだ。オレの自己紹介の仕方でフルネームを聞こうとする人はいないだろう。もしいたとしたら……うーん、ミホノブルボンそのままは不味いだろうし……。あ、そうだ!ミホノフラワーって言おう。仮の名前だし、名前でショックを受ける人なんていないでしょ。

 

「ライスさんはこれから何処に?もし何もなければ私たちと一緒に行きませんか?」

 

「うっ、嬉しいけど、ごめんなさい。ライスはこれから用事があるの。」

 

 ライスシャワーが少し嬉しそうな顔をするが、用事があることを思い出したのかすぐに断った。

 残念だが用事があるのなら仕方がない。2人もそう思っているようで、一言二言話すと邪魔をするのも悪いと思ったのか手を振って別れる。

 歩き出した2人に手を引かれながら少し気になったので後ろを振り返ってライスシャワーを見てみると、1時間限定!大食いウマ娘チャレンジ!と書かれたポスターが貼っているお店に姿を消していくところだった。

 

 

 

 

 

 デパートを出て、今度は町を見て行く。考えてみればオレは拾われてからずっと寮でいたため、この町のことを全然知らない。

 歩きながらここはこんな店があると2人から説明を受けながら、時々クレープなどを食べて休憩しながら歩いて行く。

 先が見えなくて怖がりながら一人で彷徨い歩いていた時と同じ道なのに、2人と一緒に歩いているだけでなんと楽しいことか。楽しくて顔はニコニコしているし腕はぶんぶんしている。

 

「ある程度紹介はしましたし、ミホさんは何処か行きたい場所はありますか?」

 

「ならオレはあそこに行きたい!」

 

 2人と歩いているだけで楽しいが、目の端に気になるものが見えたのでそっちを指差す。

 オレの指差したところには、煌びやかな装いをした店舗があり、2人と同じくらいのウマ娘やヒト耳が中に入っていく。

 

「ゲームセンターですね。時間もまだまだありますし、遊んでいきましょうか。」

 

 許可が出たので走って……だと危ないので歩いて店に向かう。店に入ると色んなゲームの音が耳に入ってきて、これだけで気分が楽しくなる。

 

「フラワー!ブルボン!色々ある!色々あるよ!」

 

「ふふっ、そうですね。気になったものから遊んでいきましょうか。」

 

 店の中なので離してもらい、人の迷惑にならない程度に周りを見渡して気になるゲームを探して行く。

 格ゲーや音ゲー、リズムゲームやウマ娘専用と思われるゲームなど、本当に色々ある。

 目を輝かせて2人の方を向くと、頷いてくれたので興奮しながら近くのゲームに手をつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 楽しい、とても楽しい。席が空いているゲームを一通りやってみた感想がこれである。音ゲーがダメダメでも格ゲーでKOを取られても楽しいのだ。更にオレのプレイを見て少しのことでも喜んでくれる2人がいるから更に楽しい。

 2人プレイが出来る時はニシノフラワーと一緒にやった。ミホノブルボンも誘ってみたが、断られた。そこで機械音痴ということを思い出して悪いことをしてしまったと思ったが、落ち込む前にミホノブルボンから見ているだけで楽しいと言われたので、もっと楽しんでもらえるように大げさにリアクションをすることにした。

 他にも2人と一緒にプリクラも撮った。撮れた写真は大事に猫ちゃんカバンの中に入れてある。帰ったら飾る予定だ。

 気分が良くて鼻歌を歌いながら歩いているとクレーンゲームを見つけた。中を覗いてみると沢山のぱかプチが置かれている。

 

「オレの仲間がいる!」

 

「ミホさんのお友達が一杯ですね。」

 

 ほわー、と中を眺めていると、ニシノフラワーのぱかプチを見つけた。これは欲しい。是非とも欲しい。

 

「挑戦してみましょうか。」

 

「うん!」

 

 ニシノフラワーを見るとオレの言いたいことが分かっていたのか頷いてくれたので、100円を貰ってクレーンゲームに近付く。しかし子どもモードだと身長が足りなくてボタンに手が届かない。

 何処かにオレが乗れる台はあるかと周りをキョロキョロ探しながら歩く。するとオレの周りに大きな影が差した。

 

「………ヒッ!?」

 

 影の正体を確かめようと顔を上げると厳つい顔をした大男がオレを見下ろしていた。そのあまりの怖さに尻もちをついて悲鳴を漏らしてしまう。

 思わずニシノフラワーの方を見てしまうがそちらからだと大男が見えないようで、尻もちをついたオレに対して心配そうな顔をしながら歩いてくる。

 

「あの……。」

 

「な、何ですか?」

 

「台です。どうぞ。」

 

「えっ?あ、ありがとうございます。」

 

 上から大男の声が聞こえてきて、怖い気持ちを隠して返事をすると台を渡される。オレが探しているのに気付いて持ってきてくれたのだろう。その証拠に大男は目的を果たしたのかそのまま立ち去ろうとしている。

 

(ただ親切で持ってきてくれたのに、オレは何で怖がっているのか……。お礼を言わないと!)

 

「あの!お兄さん!」

 

「なんだ?」

 

「しゃがんで下さい!」

 

「……何故?」

 

「いいからしゃがんで下さい!」

 

 オレのお礼を最大限にするならしゃがんでもらった方が都合がいいのでお願いするが、大男は疑問顔だ。なので少し頬を膨らませてもう一度お願いすると、疑問顔をしたままだがしゃがんでくれた。

 やっぱりこの人はいい人だ。顔だけで怖がったのが恥ずかしい。自分の勘違いに少し頬を赤らめながらしゃがんでくれている大男に近付いて。

 

「ありがとう!お兄さん!!」

 

「!!!!????」

 

 ギュッと抱きついてお礼を言う。それだけだと気が済まないので頬擦りも追加で行う。む、髭がジョリジョリするね。

 

「お、おぉ……。イ……」

 

「イ?」

 

「イエスロリータ……ノータッチ……!」

 

 オレはロリじゃないと少し頬を膨らませて更に抱きつきを強くして頬擦りをすると大男に腋に手を入れられて持ち上げられる。ミホノブルボンより遥かに高い景色に目が輝くが、直後に優しく床に降ろされる。

 もう一度やって欲しくて大男を見上げるが、大男は少しよろめきながら通路を曲がって姿を消すところだった。

 

「ミ〜ホ〜さ〜ん〜?」

 

「ヒェッ。」

 

 残念に思っていると後ろから間延びしたニシノフラワーの声が聞こえてくる。普段とは違う声に恐る恐る振り返るとそこには腕を組んだ笑顔のニシノフラワーがいた。一目で怒っているとわかる姿に逃走を選びたくなるがそれよりも早くニシノフラワーに両頬を掴まれて伸ばされる。

 

「お礼を言うのは偉いことですが抱きつくのはやり過ぎです!あの人も困っていたでしょう?」

 

「でもあれをやれば大体の男性は喜ぶって……。」

 

「誰ですかミホさんにそんなことを教えた人は!帰ったら少しお話をしないといけません!」

 

 前世のネットの住民たちです!と言えればいいんだけど言えるはずがないので手をモジモジするしかない。そんなオレを見てニシノフラワーが困ったかのようにため息を吐いた。

 

「はぁ、ごめんなさい。言い過ぎました。よく考えたら又聞きの可能性もありますし、楽しいお出かけの時にお説教は駄目ですね。反省です。」

 

「オレもやり過ぎました。ごめんなさい。」

 

「はい、お互いが謝ったのでこのお話はこれでおしまいです。向こうでブルボンさんが待っているので行きましょうか。」

 

「うん!」

 

 手を繋いでミホノブルボンの方へ歩いていく。空いた方の手にあの人が渡してくれた台を持っていくことも忘れない。

 

「お待たせしました、ブルボンさん。」

 

「ミホさんが尻もちをついたように見えましたが大丈夫ですか?」

 

「うん!おっきな男の人がいてビックリしたんだけど台をくれたんだ!」

 

 笑顔でミホノブルボンに渡してもらった台を見せびらかした後でクレーンゲームの前にセットする。台を登ってみるとちょうど押しやすい位置にボタンがきていた。

 

「ミホさん、クレーンゲームはこの二つのボタンであそこのアームを操作して景品を取るゲームです。最初にココ、次にこのボタンを押します。一度ボタンから手を離すともう押せなくなるので注意してくださいね?分かりましたか?」

 

「うん!頑張る!」

 

 ニシノフラワーから貰っていた100円玉を取り出して、勇みながら投入した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「むぅ〜、むぅ〜!!」

 

 あれから数回はチャレンジしているが、何も取れていない。惜しい時は何回かあったのだが大体は持ち上がった衝撃で落ちてばっかりだ。

 途中からは落ちるたびに頬が膨れて、それを後ろからミホノブルボンに指で押されて萎むの繰り返しだ。

 

「ミホさん、次で最後です。」

 

「えっ!?……分かった。」

 

 何でと言いそうになったが当たり前だと冷静になる。チラッと見えた時計は寮の門限の少し前を指しており、そろそろ帰らないと間に合わなくなる。それにこれは2人のお金だ。それをオレが好き勝手に使うわけにはいかない。

 これで最後なら確実に取りたい。もしダメでも悔いが残らないようにしたい。どうするかと考えた時に妙案が浮かんだ。

 

「そうだ!2人も手伝って!フラワーは横から教えて!ブルボンはオレと一緒!」

 

「ですが私が触れば壊してしまいます。」

 

「だったらオレの手の上から押して!ミホさん号の発進だよ!」

 

 ミホノブルボンの手を掴んでオレの手に添えるように置く。少しビクッとしたが笑顔を見せればミホノブルボンは自分からもう片方の手もオレの手にそっと添えた。

 

「それじゃあ、入れますね。」

 

 ニシノフラワーが100円をゲーム台に入れる。コミカルな音がゲーム台から流れてきたのを確認した後、すぐに横へと移動する。

 

「それではミホさん号、発進します。」

 

「バッチコーイ!!」

 

 ニシノフラワーの指示を聞きながらミホノブルボンが優しくオレの手を押す。それに従ってアームを動かしていき、やがてアームは目標の真上に到達した。あとは取れることを祈るのみだ。

 

「お、おお?おおおお!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おかえり、ポニーちゃんたち。門限ギリギリだね。」

 

「間に合って良かったです。フラワーさんは?」

 

「少し前に帰ってきたよ。」

 

 門限ギリギリに帰ってきたブルボンたちに少し呆れながらも迎え入れる。先に帰ってきたフラワーから話は聞いていたとはいえ、まさか門限の1分前に帰ってくるとは思っていなかった。

 

「これからはもう少し違和感がないように、ね?」

 

「はい。了解しました。」

 

 帰る直前でミホちゃんを何処でぱかプチに戻すかという問題が発覚して、至急ブルボンがミホちゃんを送っていく体で人目のつかないところに移動してぱかプチに戻してくるために別行動になったと聞いた時は大丈夫かと心配したけど大丈夫だったみたいだね。

 

「それじゃあ、行っていいよ。私はここで遅刻したポニーちゃんたちを待たないといけないからね。」

 

「失礼します。」

 

 私に頭を下げてブルボンが寮の中に入っていった。それを見送ってから再び寮の入り口で遅刻したポニーちゃんたちを待ち構えるが、ブルボンの姿を思い出してクスリと笑ってしまう。

 

「どうやらお出かけは成功だったみたいだね。」

 

 ブルボンが抱えていたのは笑顔のニシノフラワーのぱかプチとそれに笑顔で抱きついているミホちゃんだった。




オリ主……お礼を言うために全力でありがとうをした。ぱかプチを無事に取れて幸せ。夜寝る時は抱きしめて寝ることになる。

ミホノブルボン……初めてやったクレーンゲームはとても楽しかった。またやりたいですね。
 ニコニコしたミホノブルボンに出会ったウマ娘は二度見をした後に目を擦ってからまた見ることになる。

ニシノフラワー……オリ主が尻もちをついた後に自分を見たので心配して近付いたら知らない男性に抱きついてすごいビックリした。次の日にオリ主には内緒で抱きつけば喜ぶと言った人を探そうとしたが候補が多すぎて諦めた。
 自分の姿をしたぱかプチを暇な時や寝る時にいつも抱きしめているオリ主を見てぱかプチに少しやきもちを妬く。

ライスシャワー……あの子すごくブルボンさんに似ていたなぁと考えながらも無事に食べきった。なんならおかわりもした。膨らんだお腹を撫でながら満足していると自分のお兄さま(トレーナー)にバッタリ出会った。

「えっ?お兄さま!?あの、えっと、これは……違うの!その……身籠っちゃいました!!!!!!」

厳つい顔の大男……身長2メートルと少しぐらい。子どもサイズのオリ主からしたら巨人。
 あの後、通路を曲がったところで沢山の紳士諸君に囲まれた。

「お、お前……!紳士協定の教えはどうなっているんだ!教えは!」
「いや待て、様子がおかしい……!」
「こ、こいつ……。立ったまま気絶してやがる!」
「きっと子供に怖がられていたのが普通だったのに満面の笑みからの抱きつき頬擦りコンボをくらったせいだ!威力が高すぎたんだ!」
「今すぐ気絶したいのに子供に心配をかけまいとここまで歩いてきたのか……。お前、漢だよ!」
「感激してる場合か!?衛生兵!衛生兵ー!!」

推し活中のデジたん……今日はなんだかパトカーが多いですねぇ。何処かで事故でもあったんでしょうか?ウマ娘ちゃんたちに関係なければいいんですが……。



オリ主豆知識……ぱかプチの時にサイズが合っている服を数時間着ていると、服が登録されて子どもモードとリアルモード時でも服のサイズが大きくなる。しかしぱかプチの時にしか登録されないため、子どもモードとリアルモード時では何時間服を着ようが登録されない。
 ぱかプチ状態でも着てすぐにモードチェンジをすれば服が大きくならずにそのままはち切れる。


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率直な感想も人によってはダメージになるよね。

感想いつもありがとうございます。励みになっています。
ついに休みが終わってしまった。仕事だぁ……。


「うわぁ、すごいね!」

 

「そう言ってくれると嬉しいです!」

 

 お出かけから数日が経ち、いつも通りに2人が日課のトレーニングと花の水やりに行くのをオレの宝物になったニシノフラワーのぱかプチと一緒に見送ろうとしたのだが、今日はなんだかニシノフラワーから寂しそうな気配がしたのでオレからお願いして一緒についていくことにした。

 考えてみればお出かけの次の日からミホノブルボンはレースに向けた調整に入ったのかいつもより帰ってくるのが遅くなったし、帰ってきても疲れているのかやることをやったらすぐに寝てしまう。オレはオレでニシノフラワーのぱかプチにかまってばっかりでお出かけ前よりニシノフラワーに甘える回数が減っている気がする。これはいけない。ぱかプチにかまって本人をほっとくのはダメだ。反省しないと……。だけどぱかプチも大切だし……。むぅ、難しい。

 他のウマ娘には見つかっても誤魔化せるようにぱかプチのままニシノフラワーに運んでもらう。本当はニシノフラワーのぱかプチも持っていきたかったのだが、泥がついてしまうとオレのように綺麗に落とせないかもしれないので仕方なく、本当に仕方なく部屋に置いてきた。

 前から話を聞いていて、花壇と言っていたので小規模なものだと思っていたが、実際に見てみると想像以上に大きかった。花壇の中では色とりどりの花が咲いており、とても綺麗だ。

 口に出た称賛の言葉をニシノフラワーが受け取ってくれる。

 

「ミホさんには如雨露(じょうろ)でお花に水やりをお願いしますね。」

 

「任せろ!」

 

 地面に降ろされたので辺りを見渡して如雨露を見つけ、蛇口の下にセットして後は水を出すだけ……水を……水……。

 手が届かねぇ!!!ぴょんぴょん跳ねてみるが届きそうにない。ニシノフラワーに助けを求めようと振り返るが、既に別の花壇の手入れをしているので声をかけづらい。

 子どもモードになれば話が早いのだが誰かに見られると問題だ。お願いしてついて来ている身としてはそんなことを起こしたくはない。

 

(しょうがない、よじ登ろうか。……ん?)

 

 よじ登ろうとして蛇口に近付いた時、少し離れた位置にもう一つ蛇口があることに気付いた。近付いて見てみると、さっきのものより低い位置についており、オレでも背伸びをすれば届きそうだ。

 

(よく考えたら届かないのを分かっていたらフラワーがオレに任せっぱなしにするわけがない。)

 

 ニシノフラワーはこの蛇口の存在を知っているからオレに任せたのだ。如雨露を取りに戻り、振り返ってから気付いたけど最初に降ろされた位置からでも普通に見える。

 つまりこれはオレが最初の蛇口を見つけて、これしかないと早とちりした訳である。は、恥ずかしい。ニシノフラワーをチラッと見てみると、オレの勘違いには気付いていないみたいなので元から気付いていたふりをしながら如雨露に水を入れて水やりを開始する。

 ぱかプチサイズなので花壇の奥に花を潰さないように慎重に入り、頭の上に乗せた如雨露を傾けて満遍なく水を与えていく。

 

「フラワー、終わったけどこれでいい?」

 

「はい、ありがとうございます。」

 

 水を与え終えたのでニシノフラワーに大丈夫か確認をしてもらうが大丈夫だったみたいで頭を撫でられる。

 

「そういえばフラワーが手入れしていた方は水やりをしなくて大丈夫なの?」

 

「こっちはまだ土が湿っているので大丈夫です。」

 

 まだ芽が数本出ただけの花壇に目を移すと、確かに土が湿っている。確か水のやり過ぎも良くないんだっけ?ならやめといた方がいいか。

 

「なんだかそっちの花壇は寂しいね。作り始めたところなの?」

 

「はい、この花壇はその……トレーナーさんに見せたいんです。レースに出るたびにお花を増やして、いつかいっぱいになった花壇を見せれたらこんなに頑張って来たんだって自信もつくかなって。」

 

「絶対つくとおもうよ!オレも完成した花壇を見てみたい!」

 

「ふふっ、ならトレーナーさんに見せた後で一緒に見ましょう。あ、この話はみんなに内緒ですよ?もちろん、ブルボンさんにも。」

 

「分かった!内緒ー!」

 

 少しモジモジしながらオレにお願いするニシノフラワーに口を両手で塞いで内緒のポーズをとる。そんなオレを見てニシノフラワーは微笑みながら如雨露などを片付け始める。

 

「今日はミホさんのお陰で早めに終わったので少し時間が空いちゃいました。」

 

「ならオレと遊ぼうよ!あっち向いてホイとかどう?」

 

「いいですね!やるからには私は負けませんよ!」

 

「オレも負けないよー!ブルボン相手に鍛えたこの──」

 

「ミホさん?どうしました?」

 

 急に耳に入って来た音に会話を中断して音の出所を探る。普段なら気付かない音だが見つかればマズイので今回は聴覚を強化していたのが功を奏した。

 

(歩く音、音的にブルボンではない。向かう方向は……こっちか。)

 

「誰か来るみたいだからちょっと大人しくしとくね?」

 

「え?分かりまし──ってもう大人しくなっちゃいました。」

 

 ニシノフラワーの返事を待たないで力を抜いてただのぱかプチに擬態する。

 ニシノフラワーが地面に倒れ込んだオレを持ち上げて砂を払っていると、音の正体が姿を現した。

 

「おや?そこにいるのはフラワーじゃないですか〜。」

 

「スカイさん!おはようございます、今日は早いですね。」

 

「うん、おはよ〜。セイちゃんだって早起きをする時はあるんですよ?」

 

 音の正体であるふわふわした印象を受けるウマ娘、セイウンスカイは少し眠そうに欠伸をしながらこちらに歩いてくる。制服を着ているので朝のトレーニングをするために起きたって訳じゃないのだろう。

 

「フラワーはいつもの感じ?」

 

「はい、丁度終わったのでこれから帰るところでした。」

 

「おぉ、毎日偉いねぇ。そんなフラワーにはセイちゃんから『頑張ってる賞』を贈呈しましょう。」

 

 パチパチパチ〜、と拍手をしているセイウンスカイだが、話の途中や今の拍手をしている最中でもオレのことをチラチラ見ているのが分かる。

 拍手が終わった後も話を続けている2人だが、チラチラとオレの方を見続けられると少し居心地が悪い。

 

「そういえば、この前セイちゃんは1人でお出かけしたんですが、不注意からか人とぶつかりかけましてねぇ〜。フラワーも数日前に1人でお出かけしていたみたいですが、周りにはキチンと気を付けていくんですよ?」

 

「数日前……?そのお出かけでしたら1人ではありませんでしたよ?」

 

「えっ?だってその日はフラワーのトレーナーさんは学園にいたし……。」

 

「ブルボンさんと一緒に行きました!」

 

「…………えっ?一緒に外に出ただけじゃなくて?」

 

「はい!そのままお出かけしましたよ?」

 

 セイウンスカイの脳内では2人は学園の前で別れてそれぞれでお出かけしたと思っていたみたいだ。硬直したセイウンスカイをニシノフラワーが不思議そうに見つめている。

 

「ふ、ふーん。ちなみにお出かけで何をしたんです?」

 

「最初にデパートに行きました!それで──」

 

 ニシノフラワーがお出かけの思い出をセイウンスカイに語っていく。一緒にご飯を食べたとか、蹄鉄のアドバイスを貰ったとか、みんなで読む本を買ったとか。

 オレのことを入れるとセイウンスカイが混乱すると思ったのか、オレを省いてお出かけのことを語るため、側から聞くと2人だけでお出かけをしているみたいな内容に聞こえてくる。

 オレの目にはニシノフラワーがお出かけの内容を語るたびにその言葉が矢となってセイウンスカイに突き刺さっているように見える。笑顔で聞いているセイウンスカイだが、話が進むごとに口角が心なしかひくひく動いている気がする。

 

「そ、そっかぁ……。楽しかったんだね、キチンと楽しめていてセイちゃんは安心しました。」

 

「はい!それでですね?ブルボンさんとお出かけをしていると……その……家族みたいだなって思ってしまって……。」

 

 おぉっと!今までのとは比にならないレベルの言葉がセイウンスカイを貫いていったぁ!それにしてもニシノフラワーってオレたちとお出かけしていた時そんな風に思っていたんだ。なんだか嬉しい。

 内心でニヨニヨしているとセイウンスカイがよろめき、そのままフラフラとこの場を離れようとする。

 

「スカイさん?大丈夫ですか?」

 

「ごめん、ちょっとセイちゃん……部屋で横になってくる……。」

 

「やっぱり眠かったんですね。あ、そうです!ミホさんを枕に使ってみてください!ふわふわですよ!」

 

 セイウンスカイの寝不足を心配したニシノフラワーがずっと抱きかかえていたオレをセイウンスカイに差し出す。ミホノブルボンのぱかプチに愛称をつけていることにセイウンスカイが更にダメージを受けたような感じがするが、なんとか無事に耐えきれたようだ。

 

「あ、ありがとうね。もう限界だから……セイちゃん横に……。」

 

 全然耐えきれてないわ、追加ダメージで自室に戻る気力すら無くなっているみたいだ。

 草が生えているところにオレを置いて震えながら横になる。頭をオレのお腹に乗せた時に少し目を輝かせたが、少しもふもふするとすぐに寝息が聞こえてきた。

 ふっふっふ、今日のオレはエネルギー充填率100%のパーフェクト形態なのだよ!不眠、寝不足、ちょっと寝たい時でも何でもござれ!すぐにでも眠りの世界にお連れ出来るぜ!

 

「セイウンスカイは寝たよ〜。」

 

「やっぱりスカイさん、疲れていたみたいですね。」

 

 ニシノフラワーがセイウンスカイの頭を優しく撫でているのを見て、オレも真似をして両手で頭をわしゃわしゃする。

 それでも起きる気配がないので相当ダメージはデカかったみたいだ。

 

「ねぇ、フラワー。セイウンスカイにならオレのことを教えても大丈夫だと思うんだけど、どうかな?」

 

「スカイさんに……ですか?…………そうですね、私のトレーナーさんに向けた花壇のことも黙っていてくれていますし、良いと思います。」

 

 少し悩んだが、ニシノフラワーは許可をくれた。そうと決まれば早速挨拶を考えよう。いつも通りにいくか、少し捻ってみるか、よし、これでいってみよう!………けど起きるまでは待機だな。

 

 

 

 

 

 

「ん……、少し眠っちゃいまし…………た?」

 

「ふぉっふぉっふぉっ、よく眠れたかな?オレは枕の「まだ私は眠っているみたいですねぇ。」あ、ちょっと!?また顔を埋めないで!ぐりぐりしないで!……フラワー助けてぇ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少しわちゃわちゃしたが無事に紹介は終えた。セイウンスカイがオレを持ち帰ろうとしたりしたが問題はなかった。少しニシノフラワーがお話しただけだ。うん。

 持ち帰ろうと抱きかかえられた時に耳打ちでキチンとお出かけの真相を話しておいた。そのお陰か、セイウンスカイの中でミホノブルボンが少し妬ましいウマ娘にまで落ちた。最初の位置?黙秘権を行使します。

 んで、ニシノフラワーからセイウンスカイのことを聞きながら自室に帰り、いつも通り2人が授業とトレーニングを終えて帰ってくるのをニシノフラワーのぱかプチとおままごとをしながら待っているとミホノブルボンが帰ってきた。

 いつもよりかなり早い時間に帰って来たので、どうしたのかと思っているとミホノブルボンから怪我をしたから大事をとって早く帰って来たと教えられた。幸いにも軽いレベルの怪我だったので明日にはまたトレーニングを開始すると言っていたが不安だ。とても不安だ。

 今まで何も思わなかったがオレはこの世界のトレーニングを知らない。もしかしたらアプリのクライマックスシリーズみたいにエンジョイ勢が顔を真っ青にするレベルのハードなトレーニングを積んでいるかもしれない。

 むむむむ、これは一度確認したほうが良いのかもしれない。余計なお世話だと思うし、ミホノブルボンには迷惑なだけかもしれないけど、このまま身体を壊される方がよっぽど怖い。

 という訳でミホノフラワー、発進します!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜のトレセン学園の廊下を1人歩く、俺としたことがトレーナー寮でするつもりの書類を学園に置いてきてしまった。

 いつもなら忘れることなど無いはずなのに、余程担当のウマ娘が怪我をしたことが堪えているのか?

 目標に向けたレースだからなのか熱が入りすぎた。本人の意向もあっていつも以上に厳しいトレーニングを積んだのが今回の怪我の発端だ。元から周りからも少しトレーニングが厳しすぎるのではないかと意見を貰っていた。しかし担当のウマ娘……ミホノブルボンの目標にはこれぐらいしないと達成することは出来ないと跳ね除けて来た。

 それがこのザマだ。今回の怪我は大したことはないが、他の奴らは騒ぐだろう。アイツらには怪我の大小よりか怪我をした事実さえあれば良いのだから。

 その中でも特にバカな奴はこれを利用して俺とブルボンを解約させ、奪い取る計画を建てているらしい。前まで文句ばかりで見向きもしなかった癖に活躍し出すとこれだ。バカバカしい、そんなんだからいつまで経っても評価が低いんだよ。

 いっそのこと告発してやろうかと考えたが、そういうバカな奴ほど隠すのが上手い。決定的な証拠を掴むまでは無理だろう。

 この先の展開を予想してため息を吐く。目的地に着いたので扉を開けようとして、止まる。

 

(………誰かいるな。)

 

 部屋の中からガサゴソと何かを探す音が聞こえてくる。俺がここに来るまで結構な音を立てて歩いて来たというのに探すのをやめていないということは、よっぽど夢中になって探しているらしい。

 外の警備は厳重で、入れる可能性があるのなら猫みたいな小動物ぐらいだ。つまりコイツは内部の人間。

 スマホを起動させ、録画モードにする。中にいるのがバカだったらこれはチャンス。学園を追い出せなくても何らかの処分は受けるはずだ。

 扉を少しだけ音が鳴らないように慎重に開けてスマホを差し込む。スマホに映るバカの顔を拝ませてもらい、直後にため息を吐いて扉を開けて中に入る。

 

「おいブルボン。こんな時間に何をしてやがる。」

 

「うひぃ!?な、何もしてないぞ!」

 

 うひぃ?何もしてないぞ?いつもと違う反応の仕方に首を傾げるが、目の前のウマ娘は誰がどう見てもミホノブルボンである。服装が何故か勝負服なのが気になるが、それよりも先に聞くことがある。

 

「ブルボン、安静にしていろと言ったよな?何故ここにいる。」

 

「きょ、今日出来なかったトレーニングをしたいなぁ〜って。」

 

「それで怪我が酷くなったらどうする気だ?目標はどうする?」

 

「そ、それは〜、あはは……。」

 

 ………コイツは誰だ?ブルボンだがブルボンではない。目の前で何もない空間を見ながら口笛を吹いて誤魔化そうとしているウマ娘を俺は知らない。

 いや、待て。確か数日前に気晴らしに話し方を変えてみては如何かと言った覚えがあるな。これがその結果か?幾らなんでも変わりすぎでは?

 未だに口笛を吹きながら俺をチラチラと見るブルボンの脚を見てみるが、庇っている様子はない。これなら明日のトレーニングは行っても大丈夫そうだ。

 

「はぁ、まぁいい。今回の怪我でトレーニングを少し見直した。これがそれだ。これを見て意見があるなら言え。また組み直す。」

 

 全体的に軽くしたトレーニング表をブルボンに差し出すが、ブルボンはそれを受け取らずに俺に身体を寄せて覗き込む。いや、渡したんだから受け取れよ。何故くっついてくる?

 

「これがトレーニング?キツイの?軽いの?」

 

「前に比べたらかなり軽い「そうじゃなくて他のウマ娘からしたらどうなの?」……少しキツイな。」

 

「ふーん……。ねぇ、マスター?貴方にとってブルボンは何なの?大切な担当ウマ娘?それとも自分の評価を上げるためのウマ娘?」

 

 ジッとブルボンが俺を見つめてくる。ブルボンが俺にとって何か?そんなもの担当してから決まっている。

 

「俺にとってブルボンは大切なウマ娘だ。替えのきかないただ1人のな。だから例えブルボンから解約を申し込んできても死ぬ気でしがみついてやるから簡単に解約出来ると思うなよ?」

 

 言ってて恥ずかしくなってきたので顔を背ける。畜生、俺らしくねぇ、ブルボンの顔が見れねぇ。

 

「ふーん、ほーん、へぇー。なるほど、つまりマスターはブルボンのことがとっても大事だということでいいんだな?」

 

「あぁ、そうだよ。悪いか?」

 

「いや、全然。むしろ嬉しい、とても嬉しい。うん、うん。あー、やっぱり気持ちを抑えきれないね!とりゃー!!」

 

「はっ?おいバカ何してんだ!すぐに離れろ!!」

 

 突然抱きついてきたブルボンに狼狽する。ブルボンはスタイルとか諸々がヤバイ。ついでに今着ている勝負服で抱きつかれるともっとヤバイ。必死に引き剥がそうとするが、ウマ娘の力で抱きつかれると剥がせないし、引き剥がそうとするのにブルボンが気付いて抱きつきが強くなる。

 

(ぐぅぅ!匂いとか感触が……。バカやろう!耐えろ!漢だろうが!!………って、は?何だこれは?)

 

「おい!ブルボン!お前それ「そろそろ帰るね!さらばだー!!」ってちょっと待ちやがれ!」

 

 何かをしようとしたのか顔を近付けてきて、そのお陰で髪に隠れていたものが見え、一気に冷静になる。すぐさまブルボンに問いただそうとするが、気が済んだのかブルボンが離れてそのまま走り去る。ん?アイツの手に持っているのって録音機……ってそうじゃない!!

 

「何だよあの傷跡……。」

 

 俺が見たのは右肩から恐らく背中まで伸びているであろう大きな傷跡だった。




オリ主……ぱかプチ状態だと縫合した痕だが子どもモードとリアルモードだと大きな傷痕になる。左脇腹からおへそと右肩から背中にかけてついている。エネルギーを使えば消せるが、オリ主にとっては2人が自分を直してくれた大切なものなのでそのままにしている。
 ミホノブルボンのトレーニング表を見るために夜中に部屋から抜け出して学園に侵入したが、軽く迷子になっていた。見つかっても問題がないようにリアルモードで行動していたのでエネルギー残量が厳しく、こうなれば手当たり次第だ!とヤケクソで開けた1発目の部屋がまさかの当たりだった。結構時間が過ぎていて焦って探していたので近付いてくるトレーナーに気付かなかった。
 結果としては知りたかったことは全て知れたし、お土産もゲットしたので大満足。スキップしながら部屋に帰った。部屋の真ん中で笑顔のニシノフラワーが正座して待っているとは知らずに……。

ニシノフラワー……夜中にオリ主がいなくなっているのに気付き、更に部屋から出た形跡があったのでとっても心配した。フジキセキに伝えて捜索してもらおうと考えたが、オリ主なら理由もなく勝手に出ていくわけがないとオリ主を信じて待つことにした。
 心配で寝れなくなっていると、オリ主の足音がして安心した。笑顔で布団から抜け出して正座をして待ち構える。
 帰ってきたオリ主はそれを目撃すると全てを察した顔で何も言わずに正座した。明日は休みですし、いっぱいお話しましょうか?

ミホノブルボン……朝起きると魂が抜けたような顔のオリ主と気持ちよさそうにオリ主を枕にして眠るニシノフラワーを見て首を傾げた。
 トレーニングに行く前にオリ主から録音機の音声を聞かされて思考がバグる。そのあとトレーナーにあって顔を合わせられずにいるとあの傷痕は何だと言われて戸惑っているとジャージを脱がされて更に思考がバグる。バグった結果、出たのはビンタだった。多分一番の被害者。

ミホノブルボンのトレーナー……数日前にライスシャワーのトレーナーが担当ウマ娘とウマピョイ疑惑をかけられて落ち込んでいるのを励ましたりとかミホノブルボンを怪我させずに厳しいトレーニングさせる方法やバカどもの対処、日々の業務などなど、疲れが溜まって今回の忘れ物に繋がった。
 オリ主をキチンと見分けれそうだったのに数日前の自身の発言が原因で気付かなかった。
 オリ主の傷痕を見て曇る。次の日に傷痕を確認しようとミホノブルボンを脱がそうとしてビンタされた後にオリ主を紹介されて無事に晴れる。その少し後で話を聞きつけたたづなさんから肩ぽんされる。

セイウンスカイ……親しいウマ娘からニシノフラワーとミホノブルボンが一緒にお出かけをしたと聞いたが偶然部屋を出た時間が一緒で、その後は別行動だと思っていた。
 その日にニシノフラワーのトレーナーが学園内にいたことを思い出し、1人は危ないよと忠告しに行ったら楽しそうな顔でお出かけの内容を語られて大ダメージをくらった。弱ったところでずっと大切そうに持っていたミホノブルボンのぱかプチを渡されて追撃をもらった。しかしそのぱかプチのもふもふですぐに寝た。
 起きた後でぱかプチが話しだし、混乱したがキチンと紹介を終えた。オリ主からお出かけの詳細を聞いて、自分の勘違いを正した。その日は眠れなかった。
 オリ主とは時間があればお昼寝に付き合ってもらうようになる。

突然興奮するデジたん……あー!いけません!あー!あー!これはいけません!これはウマダッチです!あー!なんだか男とウマ娘のいけない気配をこんな夜中に感じちゃいました!あー!

起こされたタキオン……ニシノフラワーからのお願いで研究続きだったためとても眠く、すぐに鎮圧した。

オリ主豆知識……ぱかプチ状態と子どもモードならエネルギーを使うことで部位の強化ができるがリアルモードだけはエネルギーをフル使用しているため強化が出来ない。

セイウンスカイとデジたんの後書きが一番の難産ってマ?


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諦めていたものを感じれたらとっても嬉しいよね。

誤字脱字報告ありがとうございます!

10連を引いたらすり抜けしまくって無事に天井いきました……。
マヤとエアグルーヴの花嫁が当たって揃った時は自分のウマ娘だけピックアップ先間違えてない?と本気で思った。


「急にごめん、ポニーちゃん。いるかな?」

 

 帰ってきたミホノブルボンに頬をグニグニと伸ばされた次の日、日課の掃除をしていると控えめにドアがノックされてフジキセキの声が聞こえてくる。

 

「はーい!いるよー!」

 

 掃除道具を片付けてから箒を使ってドアを開け、フジキセキを部屋へと招き入れて、お茶を用意する。

 

「フジキセキさんがここに来るってことは、またお手伝い?」

 

「いや、今日は別件だよ。ポニーちゃんの押し花が完成したから報告をね。」

 

「ほんと!?」

 

「うん、本当だよ。時間があるなら今から栞にしようと思うんだけど、どうかな?」

 

「行く!絶対に行くからちょっと待ってて!」

 

 汚れ防止のエプロンを外して、掃除用の服を脱ぎ捨てる。すっぽんぽんのまま2人が作ってくれたオレ用の引き出しを開けて中に入っているニシノフラワー製の服を取り出す。

 

「これいいでしょー?フラワーが作ってくれたんだ!」

 

「うん、可愛いね。でも全裸は風邪をひいちゃうかもしれないから……ね?」

 

 ニシノフラワーが作ってくれた服をフジキセキに見せて自慢するが、褒めながらもやんわりと注意された。む、確かに風邪をひいたら2人を心配させてしまうかもしれない。

 この身体が風邪をひくのかは分かんないけど念のためだ。いそいそと服を着替えて猫ちゃんカバンを首にかける。

 

「1人で準備出来た!褒めて!」

 

「偉いよ、ポニーちゃん。それじゃあ行こうか。」

 

 たまに無意識で出てきてしまう胸を張って褒めてアピールをフジキセキにしてしまうが、すぐに褒めながら頭を撫でてきて、その後抱き上げられた。

 むふー、頭撫で撫では最高だよ!気分は良くなるし、人によって撫でかたが違うのでそこも楽しめる要素だ。

 ちなみにオレはニシノフラワーの撫でかたが1番好きだ。あの優しい撫でかたはふにゃふにゃになる。2番目はもちろんミホノブルボン。機械的な撫でかたなのにしっかりと優しさを感じる不思議な感じだ。3番目は意外なことにミホノブルボンのトレーナーだ。紹介された時にもうあんなことはするなよと頭を撫でられた時に癖になった。あのグシャッとしたオレに配慮がない撫でかたは2人にはない新鮮な感じだった。……後でお礼として抱きつけば良いかな?

 

 トレーナーはあの時慌てながらも喜んでたし……と考えながら運ばれているといつの間にかフジキセキの部屋に着いていたみたいだ。机の上に下ろしてもらうと、目の前には乾燥した花と栞を作るのに必要になると思う道具が置かれていた。

 

「それじゃあ、一緒にやっていこうか。」

 

「うん!よろしくお願いします!」

 

「よろしくね。まずはこのフィルムに花を閉じ込めてそれで──」

 

 フジキセキの説明を聞きながら栞を作っていく。難しいと思っていたが、結構簡単で思っていたよりも早く終わってしまった。

 

「思ったより簡単だった。」

 

「ふふっ、私も調べてみたらこれだけ?って思っちゃったよ。」

 

 どうやらフジキセキもオレと同じ思いだったみたい。取り敢えず2人の分は作れたので大切に猫ちゃんカバンの中にしまっておく。

 

『すみません、フジキセキさん。居ますか?ちょっと相談したいことが……。』

 

「おっと、ポニーちゃんに呼ばれたみたいだ。少し席を外すね?」

 

「分かった!オレのことは気にしなくていいからゆっくり話してきて!」

 

 フジキセキが玄関に向かったのを確認してからもう一つ栞を作り始める。フジキセキを訪ねてきた人は何か相談をしたいみたいなので、一つぐらいなら作れる時間は充分あるね。…………よし、出来た。

 

「お待たせ。待たせたかな?」

 

「全然!栞は作れたし、オレは帰るね?今日はありがとう!」

 

「あ、ポニーちゃんはまだ時間に余裕があるかな?用事があるのならそれでいいんだけど……。」

 

「あるけど……、どうかしたの?」

 

「良ければなんだけど、またマジックを見てくれないかな?週末のイベントでちょっとお披露目することになったんだけど、1人で練習するよりか誰かに見られているほうが練習になるかなって思ってね。」

 

「マジック!見たい!」

 

 立ち上がりかけていた体勢をすぐにやめて座り直し、マジックを見る体勢になる。そんなオレをみてフジキセキは嬉しそうにマジックの道具を取り出した。

 

「ありがとう。可愛い観客がいるなら練習にも身が入るね。それじゃあまずはこれをやっていこうか。手のひらには何も持っていないけど、手のひらを合わせてから離すと……あら不思議!ステッキが──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日はありがとうね。お陰で自信がついたよ。」

 

「オレもありがとう!イベント頑張ってね?」

 

 他の寮生が帰ってくる時間が近付いできたので自然とお開きの流れになる。あ、そうだ。これを渡さないと。

 

「はい!これお礼!」

 

「これって……。マジックは私のほうからお願いしたんだけどね……。」

 

「ならオレを受け入れてくれたお礼!」

 

 オレが作った栞をフジキセキに渡す。2人とは中にある花が違うので、作るのを見ていたフジキセキならこの栞は別のものだと気付くはず。

 フジキセキはマジックのお礼だと思っているようだけど、これはオレを受け入れてくれたお礼だ。幾らニシノフラワーとミホノブルボンの2人が優等生でも寮長として得体の知れないオレを受け入れるなんて相当悩んだと思う。

 フジキセキが受け入れてくれたお陰でオレは今の生活が出来ている。だからいつかお礼をしたいとはずっと思っていた。

 

「ありがとう。大切に使わせてもらうね?」

 

 フジキセキが栞を見つめた後で満面の笑みをオレに向けてくる。おぉう、すごい綺麗だ。女性でも惚れてしまう人が出てきそうな威力がありそう。

 

「じゃあ今度こそ帰るね?バイバイ!」

 

 手を振りながらフジキセキと別れる。自室に向かいながらフジキセキの笑顔を思い出して思わずニコニコしてしまう。

 

(2人も栞をあげた時にあんな顔してくれたらいいな!)

 

 前とは違って今回は2人が喜んでいる姿を明確にイメージ出来る。小声で鼻歌を歌いながらスキップして帰っていると、曲がり角のところで何故か強烈な既視感を感じた。

 

(そうだった、こんな感じで人にぶつかったんだから注意しないと。)

 

 スキップをやめてゆっくりと歩く。曲がり角を覗き込み、先に誰もいないことを確認してから息を吐く。

 その後も曲がり角で同じような確認をしながら進んでいく。こうしているとなんだか潜入しているみたいだ。今度ダンボールでも被ってみようかな?

 ダンボールを被って歩く姿を想像してクスクスと1人で笑う。部屋に戻ったらダンボールがないか探してみよっと。

 そう考えていると急に近くのドアが開いた。突然の事態にビックリしたが、なんとか人形のフリが間に合った。が、直後に顔が青褪めてしまう。

 

「ふぅン、また会ったねぇ。」

 

(な、なんでタキオンが……。)

 

 アグネスタキオンが人形のフリをするオレを持ち上げてニンマリと笑う。大丈夫、今のオレはぱかプチだからこのまま黙っていればいいんだ。

 

「反応がないねぇ。もしかしてただのぱかプチを誰かが置いていったのかな?」

 

「おーい、反応しておくれよぉ。うーん、くすぐってもダメかぁ。」

 

 アグネスタキオンがオレの手をニギニギしたり腋をくすぐってくるけど力を抜いている状態なら反応することはない。だから大丈夫。

 

「どうやらただのぱかプチのようだね。同じ姿だから前に見たものと同じ個体だと思ったのだがねぇ。」

 

(よし、誤魔化せた。後はタキオンが何処かに行ってから逃げれば──。)

 

「仕方ない。仕方ないから……解体しようか。」

 

(…………え?)

 

「バラバラにして、それから……。」

 

 アグネスタキオンが1人で話しているが聞こえなくなる。バラバラ?それってもう2人に会えなくなるってこと?

 

「うぅ、嫌だ。嫌だよ……。」

 

「おや、やっぱりあの時の君じゃないか。安心したまえ、バラバラは冗「バラバラ……ひっく……。」わーー!!!冗談!!冗談だよ!!だから泣かないでおくれ!フラワー君に見られたらどうなるか……!!えっと確か……そうだ!ほら、高い高ーいだよ!お願いだから泣き止んでおくれぇ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「落ち着いたかな?いやぁ、疲れたねぇ……。」

 

 泣く直前までいったオレだが、アグネスタキオンの高い高いやいないいないバァ、後は子守唄でなんとか涙が引っ込んだ。この身体になってから泣きそうになればそのまま一直線で涙が出てくるんだ。許してくれ。

 現在はアグネスタキオンの部屋で膝の上に乗って頭を撫でてもらっている。アグネスタキオンの撫でかたは意外と上手で優しい。オレ的にはガサツでクシャッとした撫でかただと思っていたから驚いた。

 

「それでタキオン。オレに何か用なの?解体以外で。」

 

「心配しなくても何もしないさ。今回はちょっとフラワー君に頼まれた物が完成してね。これを食べてみておくれ。」

 

 アグネスタキオンが箱を取り出して、中に入っていたオレンジ色の綿をオレに手渡してくる。試しに匂いを嗅いでみるが特に変な匂いはしない。

 

「本当に大丈夫なの?食べたら身体が光るとかない?」

 

「大丈夫さ。もし私を信用出来ないなら、これを頼んだフラワー君を信用するといい。」

 

「なら食べる!」

 

 持っていた綿を口に頬張る。いつものようにエネルギー変換するために咀嚼すると、驚くことが起きた。

 

「ふぁ〜、何これ!何これ!!?」

 

「ふむ、どうやら成功のようだね。ミホ君が今食べた綿の味はにんじん味さ。いやぁ、フラワー君から綿に味をつけてくれとお願いされた時はどうなるかと思ったが成功してよかったよ。」

 

 アグネスタキオンの言葉を聞きながら必死に咀嚼する。この身体になってから諦めた食材の味がするのだ。精一杯味わうしかない。

 

「あ……。無くなっちゃった。」

 

「心配しなくてもお代わりはまだあるさ。たんと味わうといい。」

 

「ほんと!?タキオンありがとう!」

 

「お礼ならフラワー君に言うといい。彼女のお陰で私はこの研究を始めたからねぇ。」

 

 差し出された箱に入っている綿を手当たり次第に口に入れていくと頭に何かが乗る感触がする。顔を上に上げて見るとアグネスタキオンが微笑みながらオレの頭を撫でていたが、オレの顔を見るなりギョッとした顔で手を引っ込めた。

 

「もしかして体調が悪いのかい!?いや、今回は余計な物を何も入れてない筈だ。だが初めての研究だったし……。」

 

 慌てて考察をしながら取り出したハンカチでオレの目元を拭いてくるアグネスタキオンを見ながら、もう片方の目元を触って見ると濡れていた。どうやらオレは知らぬ間に泣いていたみたいだ。

 

「ねぇ、タキオン。」

 

「わ、私は本当に何もしていないよ!信じておくれよぉ!」

 

「うん、ありがとう。とっても嬉しい。」

 

 涙を拭ってニッコリと笑うと、わたわたしていたアグネスタキオンも落ち着いたようだ。

 

「構わないさ。また困ることがあれば私を訪ねるといい。その時に暇なら手を貸してあげようじゃないか。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、私の用も済んだことだし寝ることにするよ。ミホ君は自室まで自分で帰れるだろう?」

 

 ここ最近はこれの研究続きでとっても眠いんだよ。と、あくびをしながらアグネスタキオンはベッドに横になる。

 そういえば目元に隈が出来ていたっけ。ってことはこれは早速お礼が出来るのでは?

 

「寝るならオレが枕になるよ!綿のお礼!」

 

 リアルモードになってアグネスタキオンのベッドに侵入する。枕を退けて代わりにオレの膝の上にアグネスタキオンの頭を乗せる。

 

「枕を返しておくれよ〜。………おぉ、こんな感触は初めてだねぇ……。」

 

 目を閉じながら手を動かして枕を探しているアグネスタキオンだが、オレの膝に頭が置かれると探すのをやめてオレの太ももをもちもちと揉み始める。少しくすぐったいが、好きに揉ませているとだんだんと揉む頻度が少なくなってきて、やがて寝息が聞こえ始める。

 

「おやすみ、オレのためにありがとうね?」

 

「アグネスデジタル!ただいま帰りまし………た?」

 

 アグネスタキオンの頭を撫でていると、玄関のドアが開いてピンク髪のウマ娘が元気に入ってきた。片手には紙袋が握られていて、中にはウマ娘の写真みたいな物が入っている。

 そういえば全てのウマ娘のファンなんだっけとアグネスタキオンの頭を撫でながらジッとアグネスデジタルを見続けているが、全く動く気配がない。石像みたいに硬直し、大きく見開かれた瞳にはオレとアグネスタキオンの姿が写っている。

 

「…………ふぅ。」

 

「あ、倒れた。」

 

 自分の中で答えを得たのか満足そうな顔でアグネスデジタルは倒れた。かと思えばその状態で動き出し、静かに部屋から出ていった。

 え、何今の動き。どうやったか教えてほしい、オレもやってみたい。でも今動くとアグネスタキオンが起きそうだし……。

 ……うん、そうだな。次見た時に教えて貰おう!




オリ主……この後暫くしてから部屋に帰った。2人に栞を渡して喜ばれる。押し花にたんぽぽの花も使おうと考えていたことがあったが、目星をつけたところのたんぽぽが人気がなくなった時に回収しに行くと毎回無くなっていて諦めた。
 ニシノフラワーに大興奮で綿のことを伝えてありがとうを言った。
 味を感じれたことが本気で嬉しい。タキオンからもらった綿を大切に食べている。嬉しさのあまりにタキオンのことを話しまくって、うっかりタキオンが冗談で言ったバラバラ解体発言もニシノフラワーに言ってしまった。

ニシノフラワー……貰った栞はとても嬉しいので大切に使っていく。
 過去にオリ主に綿ってどんな味がするんですか?と質問すると無味!と笑顔で言われた。それからなんとか味を知ってもらいたいと調味料や肉汁などを綿に染み込ませて食べさせてみるが全部オリ主の身体は受け入れてくれなくて吐かれてしまった。
 ダメ元でタキオンに頼ってみると大成功。明日お礼を言いに行こうとニコニコしているところでバラバラ解体発言を聞いてしまった。

ミホノブルボン……貰った栞は大切に使っていく。オリ主から貰った録音機はオリ主と2人きりの時に起動してもらっている。
 温かい気持ちになっていたところでバラバラ解体発言を聞いてしまった。

フジキセキ……本を読んでいる時などに貰った栞をみて微笑む。それを見た一部のウマ娘たちの間で変な噂が流れている。

アグネスタキオン……冗談を言ったら本気で泣かれかけてすっごい焦った。綿を食べて泣くオリ主に少しだけ不思議な気持ちになった。
 おや、フラワー君。あれからミホ君の様子はどうかな?喜んでいる?それは良かったよ。………ところでフラワー君。なんでそんなに耳を絞っているんだい?

また近くにいたマンハッタンカフェ……フラワーさん、またこんな日があるかもと少し奮発して良い豆を買ったんです。今から淹れるので少しだけ連れていくのを待ってくれませんか?お願いします。

アグネスデジタル……気絶はしたが、本能がこの空間の邪魔をしてはいけないと動き出し気絶したまま保健室へ向かった。
 見る人が見ればあの時のデジたんは目に一筋の光が入ったと思えば身体中から虹が出たように見えたらしい。

オリ主豆知識……どのモードになってもオリ主は綿しか食べれません。でも味覚はあります。しかし食べ物を食べたら味を感じる前に吐きます。それから綿の判定も結構シビアで肉汁が染み込んだとかでも綿の形をした何かになり、オリ主は吐きます。



タキオン便利……。物を作ったり研究者のキャラがいるとかなり書きやすい。特にゴルシは最強格。何に使ってもまぁ、ゴルシだしで通るの本気で凄いと思ってます。
ところで8月9日ってハグの日らしいですねぇ。とっくの昔に過ぎてしまったけどこのことを聞いてつよつよセイちゃん(夢の姿)がトレーナーを挑発して押し倒されてこれからって時に寝ていたセイちゃん(現実の姿)をオリ主が目覚ましで起こして、
Q、つよつよセイちゃんはどこ?
A、そんなものここには無いよ。
で、終わる番外編を思いついたんですが、文字数とつよつよセイちゃんのセリフが全く思いつかなかったので諦めました。誰か書いて(他力本願)


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走るのは楽しいことです。

誤字脱字報告ありがとうございます。
レース描写はサラッといきます。


 あれから時間がある時にアグネスデジタルを探していたが、全く見つからず、最終手段のデジたん召集を使うかどうか迷っている今日この頃。オレはレース場に来ていた。理由は簡単で、ミホノブルボンのレースを応援するためだ。

 かといってオレ1人で行くわけにはいかない。リアルモードならいけるかもしれないが、なんか良からぬトラブルに巻き込まれる気しかしなかったのでやめた。

 ニシノフラワーはだいぶ前からトレーナーと予定があったらしくてここにはいない。なら何故オレはここにいれるのか?

 

「ねぇ、あの人……。」

 

「ギャップ萌えってやつかな?」

 

「はぁ……。なんで俺がこんな目に……。」

 

 周りの人がボソボソと話しながらチラチラとミホノブルボンのトレーナーを見ている。見られているミホノブルボンのトレーナーが抱きかかえているのはミホノブルボンのぱかプチ。つまりオレである。

 どうしても行きたくて色々考えた結果、ミホノブルボンのトレーナーにお願いすればいいのでは?と答えが出て、真剣にお願いしたら連れて行ってくれることになったのだ。

 だけどぱかプチのオレが勝手に動くわけにはいかないのでミホノブルボンのトレーナーが抱きかかえて運ぶことになった。

 他のウマ娘のトレーナーも来ているんだけど、ミホノブルボンのトレーナーを見た後でほぼ確実にもう一度見てくる。まぁ、厳つい顔と厳しいトレーニングを行なっているって言われている人が大事に担当のウマ娘のぱかプチを持ってたら二度見しちゃうよね。

 そんなことを考えているとファンファーレが鳴り響いた。トレーナーの腕をこっそりペチペチ叩いて肩車に変更してもらうと、ゲートで出走の時を今か今かと待ち構えるウマ娘たちの姿が見える。

 ゲートが開き、勢いよくウマ娘たちが飛び出す。そんな中でも突出してくるウマ娘がいて、その姿を見ると興奮して声が出そうになるがトレーナーに軽く太ももをつねられてなんとか堪える。

 突出したウマ娘、ミホノブルボンは一定のペースを守って逃げを行なっている。他のウマ娘も追いかけているが、鍛えられたスタミナとそれに見合ったスピードで走るミホノブルボンを捕らえられない。

 

(マスター!そろそろ!そろそろだよ!)

 

「……本当にやるのか?」

 

(当たり前だよ!)

 

 ミホノブルボンがもうすぐ観客席にいるオレたちの前を通るのでトレーナーに準備をさせる。

 トレーナーは嫌がりながらもカバンから文字が書かれた画用紙を取り出してオレに持たせる。その後にオレをミホノブルボンから見える位置に持ち上げた。

 

(ブルボン頑張れ!)

 

 画用紙に書かれた文字と同じことを心の中で叫びながら応援する。ついでに身体を左右に振ってミホノブルボンにここにいるとアピールする。

 

(マスター!もっと背中に手を入れてくれないとバレるよ!)

 

(無茶言うな!ミホがただの人形じゃないって知っているのにそんなこと出来るか!!)

 

 なんでこんなに動いていて周りにバレないのかというとトレーナーがオレの服に手を突っ込んでトレーナーが動かしている風にしているからだ。最初は今のに加えてトレーナーが腹話術をしていることにしてオレが声を出して応援をする方針だったけど、流石に恥ずかしいからやめてくれとストップが入った。まぁ、今の時点でかなり視線が集まっているからね。

 

(あ!ブルボンがこっち見た!おーい!ブルボン!!)

 

 観客の人たちの中から頭一つ抜けているぱかプチは目立つのかチラッとオレを見た後に少しだけ頬を緩めて通り過ぎて行った。

 

「この調子なら勝てるな。もう下ろすぞ。」

 

(えー、もう?)

 

 ミホノブルボンが通り過ぎたのでトレーナーがオレを胸の位置まで下ろしてまた抱きかかえる。トレーナーの宣言通り、ミホノブルボンは見事に一着を取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フォー!!」

 

 少しの休憩を挟んだ後でウイニングライブが行われた。センターを飾るミホノブルボンはとってもキラキラで輝いて見える。

 トレーナーはこういうのは出口近くで見るタイプだったみたいだけど今回は最前列で見ている。会場に入った時は既に人でいっぱいだったが、トレーナーの姿を見た人が何かを察したのか道を開けてくれたのだ。

 両手にサイリウムを持ってミホノブルボンに歓声を送る。トレーナーはオレを操作している振りをしているので、その分も一緒に応援するのだ。

 

「なぁ、ミホ。」

 

「何?マスター?」

 

 隣の人の振り付けを真似しているとトレーナーから呼びかけられる。周囲は音楽や歓声で満たされているので、周りには聞こえないだろうと判断して普通に声を出して応える。

 

「ミホはこういうのに憧れないのか?今は人形だが、ミホはブルボンそっくりにもなれる。その気になればデビューすることも出来るはずだ。」

 

「うーん、そういうのはいいかな。確かに憧れるしやってみたいって思うこともあるけど、オレはこうやってみんなの応援をしている方がいいな。あ、でも一回はみんなと走ってみたいや。」

 

 割と真面目な話だったのでオレも真面目に答える。オレはどこまでいっても人形だ。そんなオレが彼女たちの舞台に登るべきではない。

 少ししんみりした空気になったが、それとは裏腹にライブは大成功で終わった。

 

 

 

 

 

 

 

「ほら、部屋の鍵だ。」

 

「ありがとうございます。」

 

 ウイニングライブが終わった後、オレら一行は近くのホテルに来ていた。レース場からトレセン学園までは遠いので1日だけ泊まっていくらしい。それで明日に今日の反省をしてからトレセン学園に戻る予定みたい。アプリだとすぐにレース場とトレセン学園を行き来出来ていたのでこういうのは考えたことなかった。

 オレたちの部屋の鍵を受け取ってトレーナーと別れる。といってもトレーナーは隣の部屋だ。会おうとすればすぐに会える。

 ミホノブルボンもオレもトレーナーと一緒の部屋でいいと言ったのだが拒否された。すっごい拒否された。年に一度見るかどうかレベルの拒否の仕方だった。やっぱりシングルベッドはダメだったか。みんなで寝ると気分が良くなるし安心するのになぁ……。

 少しがっかりしたけど気持ちを切り替える。部屋に荷物を置いた後、ミホノブルボンにレースの健闘を讃えてからいっぱい遊んでもらってからその日は就寝した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、どうしたものか。心の中で腕を組んで直面した問題の解決に必死に頭を回す。うっすらと瞼を開いて問題が解決してないか期待してみるが、あいも変わらず問題はそこにいた。

 

「ジーーーーー。」

 

 ベッドの縁に手を置いて、俺をずっと見つめているブルボン……いや、リアルモード状態のミホが声を出しながら俺を見続けている。寝返りをして逆を向いてもわざわざ目の前に移動してからまた見つめてくる。

 何か問題があった時のためにこの部屋の合鍵は渡した。夜は本当に困った時にだけ来いと言った。だが早朝に来るのは予想できなかった。

 いや、これは多分俺を起こしに来たんだろう。起きていることを気付かれないようにこっそりと時計を確認すると、起床時間の数分前であり、時間になれば起こすつもりなのだろう。

 だが服装がダメだ。大きめなシャツを着ているせいで、下を履いていないように見える。しかも服が着崩れており、目の置き場に非常に困る。

 本来ならすぐにでも注意するべきだろう。しかし出来ない。何故なら俺が起き上がって注意した時の反応が予想できるからだ。

 

『ミホか……。何故部屋に来たかは大体予想できるが取り敢えず服をちゃんと着ろ。』

 

『わぁ!マスターはもうオレとブルボンの見分けが付くんだ!嬉しいな!凄いのぎゅー!』

 

『マスター、そちらにミホさんは……。ステータス、軽蔑を獲得。マスター、流石にそれは……。』

 

 ワンアウト。なら間違えるとどうなるか?

 

『ブルボン、服をちゃんと着ろ。』

 

『むぅ!オレはブルボンじゃなくてミホだよ!……あ、抱きつけば覚えてくれるかな?ぎゅー!』

 

『マスター、そちらにミホさん──』

 

 ツーアウト。なら起床時間まで粘ってブルボンを待つか?

 

『おはよー!マスター!起床時間だよ!起きろのぎゅー!!』

 

『マス──』

 

 スリーアウト。どうしようもないじゃないか。しかも最後の抱きつきかたが1番マズイ。

 そもそもなんでミホは俺に抱きついて来るんだ。あのムチムチした感触を耐えなければならない俺の気持ちを少しは考えてほしい。

 何度注意しても抱きつきだけは止めないし、どうしたものか。そんな考えをしたくなるが起床時間まであと1、2分のところまで来ている。

 いっそ布団にくるまってブルボンが来るまで粘るか?いや、ダメだ。来る前に剥がされて抱きつかれる未来が見える。

 必死に頭を回すが、出てくるのは今日の予定ばかり。時間も1分を切り、ミホがベッドの上に乗る音がした。

 万事休す。いっそのこと心を鬼にしてはっきりと拒絶するかと決めかけた時、ふとブルボンの言葉が頭をよぎった。

 

『ミホさんはたまに大人びた時がありますが、基本は幼女です。些細なことで喜びますのでマスターも試してみてはどうでしょうか?』

 

 目覚まし時計がけたたましく鳴り響き、それと同時に布団が引き剥がされる。グッと足元辺りのマットが沈むのを感じると共に目を開くと、両腕を広げて俺に飛び込んでくるミホの姿が見えた。

 

「おはよー!マスター!っておよ?」

 

 そのミホを素早く両手と足の裏で受け止めて持ち上げる。そしてゆらゆらと揺らしてやると、不思議そうな顔をしていたミホの目が輝き始めた。

 

「おぉ!飛んでるよマスター!びゅーん!ばびゅーん!」

 

「マスター、そちらにミホさんは……。ステータス、安堵を獲得。ミホさん、マスターの方へ行くのなら次からは私に一声掛けてください。心配しました。」

 

 俺の上で遊び出したミホにブルボンがやんわりと注意するのを見ながら身体の力を抜く。どうやら危機は脱せたようだ。はぁ、疲れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 いやぁ、楽しかった。またやってもらいたいね。ミホノブルボンに抱っこしてもらって道を歩きながらトレーナーにやってもらったことを思い出す。高い高いとはまた別の楽しさがあって、とても楽しめた。

 また時間がある時におねだりしようかなと考えていると、目的地に着いたのかミホノブルボンが足を止める。

 辺りを見渡して頭を傾げる。オレ的にはもう帰ると思っていたのだが、ここはどう見てもトレーニング場だ。しかもかなり規模が大きいのか坂路や模擬レースが出来るコートもある。

 

「来たか、ブルボン。すぐにジャージに着替えてこい。それから坂路だ。」

 

「了解しました。ミホさんをお願いします。」

 

 ミホノブルボンはトレーナーにオレを渡すとすぐに更衣室へと走っていった。

 それにしてもレースをした次の日にはもうトレーニングなのか。1日ぐらいゆっくりしたらいいのにとトレーナーを見ると、オレの視線に気付いたのかトレーナーがミホノブルボン自身が望んでいることだとこちらを見ずに話し出した。

 トレーナーが無理矢理やらせているならまだしも、ミホノブルボンが望んでいるならオレは何も言えない。戻ってきたミホノブルボンが坂路を走り始めるのをトレーナーの腕の中でじっと見つめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、ミホ。一度ブルボンと模擬レースで走ってみるか?」

 

 トレーニングを見ること大体1時間くらい。唐突にトレーナーがそう言った。あまりに唐突だったので目をパチクリとしてトレーナーを見てしまった。

 

「周りに見られたらどうするの?」

 

「この時間帯は人が来ないことが多い。仮に来てもあそこは死角になっていて見える位置に来る前に俺が気付ける。」

 

 なら大丈夫なのかな?チラッとミホノブルボンの方を見てみると、話を聞いていたのか少し嬉しそうに道具の準備をしている。

 

「走るのは楽しいからいいんだけど……。でもマスター。」

 

「何だ?まだ問題があるのか?」

 

「服がない。」

 

 走るのに適した服を持ってきていないのだ。今着ているのはニシノフラワーが作ってくれた花を模したような可愛い服だ。走ろうと思えば走れるけど汚したくない。それ以外だと寝る時用のブッカブカのシャツと短いズボンだけだ。

 

「………ブルボン。」

 

「はい、予備のジャージを持ってきます。」

 

 オレが持って来ている服を聞き出すと、今日の朝の出来事を思い出したのか少し顔を赤くしてトレーナーはミホノブルボンに指示を出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「準備はいいか?」

 

「いつでもどうぞ。」

 

「ちょっと待って!」

 

 2人に確認を取ると、ジャージに上半身だけを出したぱかプチ状態のミホが綿を口に含みながら待ったをかける。口に入れるたびに、にんじん味やハンバーグ味だと感想を言いながら飲み込み、満足したのかジャージを着直して力を込め、一気にブルボンそっくりになる。

 

「オレも準備完了!いつでもいいよ!」

 

「よし、俺がスタートと言うと同時にスタートだ。ゴールは……、あそこにしようか。」

 

「分かりました。」

 

「おっけー!」

 

「じゃあ、行くぞ?…………スタート!!」

 

 俺の合図と同時に2人が飛び出した。最初は全く同じ動きで並走していたが、徐々にミホが前に出始める。

 

「速いな……。しかしペース配分がぐちゃぐちゃだ。その内バテてブルボンに追い抜かれるな。」

 

 常に全力疾走。更に楽しそうに笑い声まで出している。これだとすぐに体力が底につくだろう。ブルボンもそう判断したのか下手に追い比べをせずに自分のペースで走っている。

 しかしあのスピードは魅力的だ。走りかたやペース配分の指導をすればミホはブルボンの良い練習相手になるかもしれない。

 ミホを加えたトレーニングメニューを考えながら模擬レースを見ていると、レースは後半に入ったようだ。

 そろそろミホがバテて来る頃か?そう思いミホを見て、驚愕する。あんな走りかたなのに、変わらずミホは笑顔でペースを落とさずに走っていた。

 既にブルボンと大体5馬身も差をつけており、逃げで走るブルボンはもう追いつけないだろう。

 

「ゴール!マスター、オレの勝ちだよ!」

 

「……あぁ、見事だ。ってちょっと待てこっちに来るぐぅ!?」

 

 ゴールと指定した場所を通り抜けたミホが嬉しさからか俺に飛びついて来る。俺の胸に顔を埋めてぐりぐりして、耳を伏せて遠回しに頭を撫でろと俺に訴えてくる。

 ため息を吐いて頭を撫でていると、急に抱き上げられて位置を入れ替えられる。その行為の意味が分からなくて問いただそうとした時、後ろから走る音が聞こえてくる。

 嫌な予感を感じながら後ろを向くと、ゴールを通り過ぎたブルボンが、そのまま俺に向かって走って来る。

 

「お、おい。流石にブルボンはそんなことしないよな?せめてスピードを落とぐほぉ!?」

 

 スピードの乗ったブルボンの突撃が背中に当たり、危うく意識を飛ばしかけたのだった。




オリ主……ミホノブルボンのトレーナーは父親みたいな感じ。抱きつき心地が良いので高頻度で抱きつきに行く。要するに小さい時にある『将来お父さんと結婚するー!』状態。

ニシノフラワー……今回は別行動。前日にオリ主に向かって30分ぐらい向こうでの注意事項を話していた。

ミホノブルボン……レース中に見えたオリ主にほっこりした。朝起きるとオリ主が隣にいなくてかなり焦ったのは秘密。オリ主が良いトレーニング相手になると知ってしまった。
 ミホさんだけマスターに抱きつくのはずるいです。

ミホノブルボンのトレーナー(マスター)……夜遅くまで仕事をしているとオリ主が入ってきていきなり抱きつかれてレースに連れていってくれないとずっとこのままと脅された。
 オリ主の抱きつきは個人的にはまんざらでもないし、オリ主が嬉しそうなので強く注意できない。
 この度ミホノサンドをされた。だが耐える。

アグネスデジタル……察したと共に尊み溢れて倒れた。

デジたん召集……デジたんに会いたいと思いを込めて呼ぶとデジたんが来る……かもしれない。距離にもよるが、来る時は数分もかからない。

オリ主豆知識……リアルモードと子どもモードの性能は、変身時のエネルギー充填率が高いほど高くなる。


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人形は持ち運び便利です。

誤字脱字ありがとうございます。

最近買ったゲームをやっていたら投稿が遅くなっちゃう。


「ミホさん、行きましょうか。」

 

「うん、分かった!」

 

 ミホノブルボンのトレーナーが危うく意識を飛ばしかけた件から数週間が経ち、少し暖かくなってきた頃。オレはミホノブルボンと一緒に出かけていた。

 それにしてもミホノサンドをくらったトレーナーの第一声が"もう少し力を抜け"だったのは納得いかない。トレーナーはスタイルが良いウマ娘のことが好きな筈だ。前のレース場でスタイルの良いウマ娘とすれ違った時に目がいっていたことは確認済みなので間違いない。だからオレたちに抱きつかれたら嬉しいはずなのにそんな気配は一切なかった。

 ……もしかして照れ隠しだったとか?それならあのそっけなかった態度にも納得がいく。

 

「到着。マスターは何処でしょうか?」

 

「中じゃないの?」

 

 トレーナーが喜ぶ抱きつきかたを探してそれを重点的にやっていこうと考えていると、目的地に着いたみたいでミホノブルボンが辺りを見渡している。

 いつもなら予定時間前に来ているはずのトレーナーが見当たらないので先に中に入って待っているのではないかと思ったが、あのトレーナーがミホノブルボンを待たずに先に入っている可能性は性格的にまず無い。

 

「マスターが遅刻なんて珍しいねー。」

 

「何か急用が出来たのでしょうか?待機モードに移行します。」

 

 来れなくなったのなら連絡をしてくると思うので、野暮用だろうと当たりをつけたミホノブルボンが他の人の邪魔にならないように建物の影に移動して待ち始めた。いつもなら遊んでもらえるチャンスだけど、今回は周りに人がいっぱいいるからオレも待機かな?

 だけどただ待つだけなのは暇なので、ミホノブルボンの表情を真似する一人遊びを始めた。

 

 

 

 

「すまない、遅れてしまった。」

 

「問題ありません。マスター。待機モードを解除します。」

 

 表情差分が少なすぎると気付いて10分で終了した表情真似っこ遊びとほぼ同時にトレーナーが待ち合わせ場所に来た。

 

「ミホもすまない。暇だっただろ?」

 

「問題ない!けどマスターが遅れるって何かあったの?」

 

「あぁ、ニシノフラワーのトレーナーから相談を持ち込まれてな。2人はニシノフラワーの好きな物は何か知っているか?」

 

 詳しく話を聞くとどうもニシノフラワーのトレーナーはニシノフラワーと自分の間に距離感を感じていて、もっと仲良くなりたいと考えているらしい。

 そこで同室のミホノブルボンのトレーナーならミホノブルボン経由でニシノフラワーのことを何か知っているかと相談しに来たみたい。

 トレーナーは距離を詰めすぎるのも良くないと言ったが、今のままだとこちらに遠慮して本当のことを言ってくれないかもしれないと言われて納得したようだ。

 んで、好きな物を渡してトレーナーの気持ちをニシノフラワーに話せば仲良くなれるのではないかという結果になったが、ニシノフラワーのトレーナーはニシノフラワーが何を好きなのかを知らないみたいなのだ。

 だからトレーナーはオレたちなら知っているかと思って聞いてきたらしい。

 

「フラワーさんの好きな物……ですか。すぐに思いつくのは花でしょうか?」

 

「花……か。あいつに言ったらそのまま花束を渡しそうだな。ミホは何か知っているか?」

 

「オレ!!!!」

 

「動くぱかプチなんてミホ以外に見たことないぞ。アグネスタキオンに言えば何とかなるか?」

 

 自信満々にオレ自身を指差してドヤ顔をすれば、トレーナーは動くぱかプチのことだと思っているみたいだ。

 動くぱかプチではなくオレ自身だとふくれっ面をするが、訂正の言葉を出す前に頭を撫でられて、そんな言葉も何処かに飛んでしまった。

 

「2人ともありがとう。助かった。」

 

「マスターの助けになるのなら、またどうぞ。」

 

「マスター、もっと撫でて。」

 

 ミホノブルボンを撫でるためにオレから手が離れたので頭をズイッとトレーナーの方に出して撫でてアピールをする。

 

「そろそろ間に合わなくなりそうだから行くぞ。」

 

「了解しました。」

 

 ミホノブルボンを撫でていた手が再びオレの上に置かれて満足していると、2人はチケットを購入してから建物の中に移動して目的の部屋に入ってチケットに書かれた番号の椅子に座る。

 この部屋には他にも沢山の人がいてざわざわしていたけど部屋が暗くなると少しずつ音が小さくなって、静かになった。

 それを見計らったかのように部屋の前方にあるスクリーンにデフォルメされた動物たちの映像が映りこんだ。

 

「ブルボンがこの映画を見たいと言った時は珍しいこともあるもんだと思ったが、最初に言ったのはミホだな?」

 

 トレーナーが小声で聞いてきたので首を縦に振ることで肯定する。ミホノブルボンから模擬レースの少し後で何かやりたいことなどはないですかと聞かれ、前々から気になっていた映画を見たいと言えば何故かトレーナーも来てくれることになったのだ。

 トレーナーが言うには模擬レースのお礼と、これからのトレーニングも良ければ手伝って欲しいとのこと。ミホノブルボンと走るのは楽しいので即座に了承した。

 この映画は過去にあったウマ娘のレースを動物たちで置き換えてやっているみたいで、レース場をゾウとキリンが競い合うかのように芝を引きちぎりながら走っている。映画ということで多少はっちゃけているみたいで、亀が飛んだり、パンダが転がったりしているが、あちこちから小さな笑い声が聞こえてくることから周りの受けは良いみたいだ。

 なんだかこの映画を見ていると頭がバグりそうになるけれど、ギャグとしてみればかなり面白い。

 映画を更に楽しむために作ってもらったポップコーン味の綿を食べながら、トレーナーにもたれかかった。

 

 

 

 

 

 

「面白かった!!」

 

「それは良かったな。」

 

 映画を見終わり、チケットを購入した人がもらえる動物を模したダンボールのキーホルダーを眺めながらトレーナーの車で移動する。

 しばらく移動を続け、山に入るか入らないかぐらいのところにある施設でトレーナーが車を停めた。

 

「よし、荷物を置いたら2人とも着替えてこい。俺はその間に道具の準備をしておく。」

 

「了解しました。」

 

 トレーナーの指示に従ってミホノブルボンと一緒に施設に入り、更衣室で服を着替える。トレーナーの話だとここは個人経営をしているトレーニング施設で、場所が場所なだけに人が滅多に来ない穴場らしい。主に人気になりすぎて毎日テレビやらカメラやらが来てトレーニングに集中出来なくなったウマ娘がここに来るみたい。

 それ以外はほぼ来ないのに、施設の質は充実していて広さ的にトレセン学園とレース場の数が違うだけで出来ることは同じだ。更にプライバシーの管理も完璧で、ここなら周りを気にせずにトレーニングが出来ると知る人からの評判はかなり良い。

 そんな施設を個人経営するなんて維持費とか諸々大丈夫なのかと考えてみたが、まぁ、大丈夫だから出来ているんだろうと考えるのをやめた。

 そんなとこに来てどうするのかというと。トレーニングだ。

 

「来たな。2人とも坂路を走ってこい。」

 

 身体をカラフルに輝かせながらトレーナーがオレたちに指示を出す。

 何故身体を輝かせているかといえば、オレをミホノブルボンのトレーニングに付き合わせようとするとエネルギー充填するために綿が大量に必要になる。普通の綿よりオレは味付き綿が食べたい。味付き綿は現状アグネスタキオンしか作れないため、負担がかかる。なので対価としてトレーナーがアグネスタキオンの実験に付き合っているという経緯だ。

 

「マスター!終わったよ!」

 

「あぁ、お疲れ。ブルボンもな。」

 

 言われた回数分を往復し、戻って早々トレーナーに抱きつこうとすれば頭を撫でられる。それを甘んじて受けていると、オレに追いついたミホノブルボンもトレーナーに撫でられていた。

 前までなら戻ってすぐにもう一度行ってこいと言っていたみたいだが、オレがいる時にそれを言ってしまうとミホノブルボンのタックル染みた抱きつきが襲いかかるのでキチンと労わるようだ。

 しばらく撫でられると坂路、戻ってきて撫でられて坂路を繰り返し、陽が沈みかけるとガチンコ模擬レースをして終了だ。

 

「どうだブルボン。何か掴めたか?あと離してくれ。」

 

「まだ何とも。しかし感覚は掴めてきました。嫌です。」

 

 常に前を走るオレは良い練習相手になるらしく、ミホノブルボンの実力はどんどん上がってきている。トレーナーを前みたいにサンドしてレースの反省会をしているが、トレーナーの反応が前より薄い。

 

「何度も抱きつかれると流石に慣れる。」

 

「なるほど。それじゃあもっと抱きつくね。」

 

「は?ちょっと待てそれは──。」

 

 少し物足りなさを感じていたが、トレーナーが慣れたのなら遠慮なく……。ぎゅーーーーーー!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「むむむむむ。」

 

「どうしたんですか?ミホさん。」

 

 心置きなく本気でトレーナーに抱きつけるようになってから数日。トレーナーの相談内容を思い出してニシノフラワーを観察してみると、トレーニングから帰ってくると少し雰囲気が暗いことに気付いた。

 話を知らなかった時はトレーニングの疲れなのかと思っていたけど話を聞いた後で見てみると、疲れというよりか上手くいかなかったみたいな顔に見える。

 少し話すといつもと同じ顔に戻るので安心……出来るわけないでしょ!

 これはミホノフラワー発進案件だ。ミホノブルボンのトレーナーの話だとニシノフラワーのトレーナーが悪い人じゃないのは分かっているし、ミホノブルボンのトレーナーから好きな物を聞いてそろそろ行動を始めると思っているのだが、オレは少しでも早くニシノフラワーに笑顔になって欲しいのだ。

 しかしミホノブルボンの時のように運良く出会えるわけ無いし、またニシノフラワーに怒られるのも嫌だ。理由を話そうとしてもニシノフラワー本人に言えるわけがない。どうしたものかと考えていると、ニシノフラワーのカバンが目に入った。

 ……ほほーん?これならいけるかもしれない。という訳でミホノフラワー、発進します!!

 

 

 

 

 

 

『ミホさん、行ってきますね?……って今日は朝早くからフジキセキさんのところに行くって言ってましたね。』

 

 真っ暗な暗闇の中にいると、ニシノフラワーの声が聞こえてくる。しばらくすると地面が揺れ、浮遊感を感じた。その後で継続的にゆらゆらと揺れるのでどうやら無事に運ばれているようだ。

 

『おはよー!フラワーちゃん!』

 

『おはようございます!』

 

 揺らされ続けていると、周りからウマ娘たちの挨拶や話し声が聞こえてくる。どうやら学園内に入ったようだ。周りの挨拶の声を元気よく挨拶仕返しながらニシノフラワーが歩いていく。

 

『あ、トレーナーさん。おはようございます。』

 

『おはよう、フラワー。今日の体調はどうかな?』

 

『大丈夫です。』

 

 ドアを開けて部屋に入る音がした後に、ニシノフラワーが挨拶をすると優しげな男性の声が聞こえてくる。この人がニシノフラワーのトレーナーのようだ。

 そう考えていると暗闇の中に光が差す。ジーとチャックが開く音がしてニシノフラワーと目が合った……と同時に閉められた。

 

『ん?どうしたフラワー?』

 

『な、何でもないです。ちょっとお手洗いに行ってきますね?』

 

 再び浮遊感を感じて運ばれるが、さっきよりか少し激しい揺れになっている。

 それがだんだんと楽しくなってきて、はしゃぎたくなる気持ちを必死に抑えているとまた光が差して今度は引っ張り出された。

 

「ミホさん!何で私のカバンに入っていたんですか!?」

 

「こっそり侵入しました!今回のことはフジキセキさんも知っているから安心してね!」

 

「出来ません!」

 

 これを思いついた日にフジキセキにはしっかりと連絡している。前に思いついたダンボールを被って寮を歩くというのを試してみたが、すごい楽しかった。

 道中で一回アグネスデジタルにダンボールを上げられて見つかったが、静かにしてポーズをすれば頷いて元に戻してくれた。

 

「今から寮に戻ると授業に間に合わなくなっちゃいますし……トレーナーさんの部屋に置いて預かってもらうしかないですね。」

 

 走ればまだ間に合いそうだがニシノフラワーにその考えはないみたいだ。てっきりカバンに入れたまま連れて行くと思ったが、トレーナー室に置いていくみたいだ。

 ニシノフラワーを悩ませてしまったことを申し訳なく思うが、オレの頭だとカバンに侵入して連れて行ってもらうことまでしか思いつかなかったんだ。

 

「トレーナーさん。間違えてぱかプチを持って──」

 

 仕方ないとニシノフラワーがオレをまたカバンにしまってトレーナー室に連れて行くと、さっきまでいたトレーナーが居なくなっている。部屋の中にはさっき入った時には無かったであろう紙が一枚置いてあって、そこには"会議に行ってきます"と書いてあった。

 それを見たニシノフラワーは少し考える仕草をした後、紙を裏返してニシノフラワーが帰ってくるまでオレを預かっておいてほしいと書き始めた。

 

「本当はトレーナーさんにキチンと伝えたかったのですけど、仕方ないですね。ミホさん、トレーナーさんに迷惑をかけてはいけませんよ?」

 

「分かった!それとごめんね?迷惑をかけちゃって。」

 

「ミホさんが何を思って私のカバンに入ったのかはわかりませんが、理由は聞きません。」

 

 そう言っているが頬が緩んでいるので、何かで遊んでいるうちに中に入ったとか思っていそうである。確かに入る途中で楽しくなって少し遊んでいたけどね!

 

「あ、もうこんな時間みたいですね。それじゃあ授業に行ってくるのでしっかりお留守番をお願いします。」

 

「うん、行ってらっしゃい!」

 

 ニシノフラワーが部屋を出て行ってからしばらくジッとしていたが暇になってきたので辺りを見渡すと、大きめ水槽が目に入っている。

 水槽の近くまで近寄ると、品種は分からないが中で数匹の魚が元気に泳いでいる。隣には餌が置いてあり、餌やり表と書かれた紙には今日の朝の分の丸がついていなかったので丁度いいと餌を持って水槽をよじ登る。

 途中で脚を何度か滑らせたが無事に登りきり満足感とともに魚に餌をあげようとした時。足音が聞こえてくる。

 登るのに夢中になっていて聞こえてなかったのか、足音が聞こえてくる場所がもうすぐそこで今ここでぱかプチのふりをしても水槽の上ということもあってかなり不自然だ。

 

(あわわわわわ、どうしよう、どうしよう。)

 

 ミホノブルボンのふりをしようとも既に授業に出席しているし、水槽の上でモードチェンジなんて出来ない。飛び降りようとも水槽から床までは距離があるため恐怖心が沸いてくる。

 そんな感じであたふたしていると、水槽の上ということもあって足を滑らせてしまい浮遊感を感じるとともに床が急速に迫ってくる。

 

「にょわぁぁぁぁぁあああ!!!!」

 

「どうした!?誰かいるのか!?」

 

 思わず悲鳴染みた声を出してしまうと、聞こえていたのか慌てた様子で誰かが部屋に入ってくる。

 床にペタンとぶつかり、人形ゆえにダメージが無かったことにホッとしながら立ち上がって固まる。そういえばこの場には知らない人がいるはずだと。

 恐る恐るその人がいる方向を見て、再び固まる。その人の見た目が普通じゃ無かったからだ。いつもなら吹っ切れて自己紹介をするところなのだが、今回は別の言葉が出てきそうになる。相手もオレの姿を見て似たようなことを叫びそうだ。

 

「と、『ト』が喋ってるぅぅぅぅううう!!!!」

「ぱ、ぱかプチが動いてるぅぅぅううう!!!!」




オリ主……ミホノブルボンとのトレーニングがとにかく楽しい。トレーナーにくっつくのも好き。この度許可が出たので抱きつきのレベルをあげる。
 ニシノフラワーを心配してカバンに侵入したが後先を全く考えていないため、帰った後でどうなるか分からない。

ミホノブルボン……オリ主の影響でトレーナーからよく頭を撫でられるようになった。トレーナーに抱きついた時に少し安心感を感じるため、オリ主がトレーナーによく抱きつきに行く気持ちが分かる。

ニシノフラワー……カバンを開けたらドヤ顔のオリ主が入っていて、かなり驚いた。この後授業に出るのだが、オリ主がジッと待っているのか心配でソワソワしている。

ミホノブルボンのトレーナー……鍛えられたウマ娘を見ているだけなのにオリ主にスタイルが良い娘が好きと勘違いされていることを知らない。最近頭を撫でるとオリ主が止まることに気付いた。しかしミホノサンドの時だけは止まらないので結局我慢する羽目に。オリ主の影響で耐性がかなり上がっており、よくある女性に抱きつかれた時に自分の腕が胸にあたっているシチュエーションなどは無反応で対応出来るようになった。

ニシノフラワーのトレーナー……安心してください。被り物ですよ。中身は優しげな男性イケメン。ニシノフラワーに渡す花束を持ってトレーナー室に戻る途中で部屋から悲鳴が聞こえてきて急いで戻ればぱかプチが動いていた。

『ト』の被り物……被れば些細なことから担当のトレーニングを思いついたり、齧られたり蹴られたりしてもすぐに元に戻るオーパーツ。亜種に『T』があるらしい。

アグネスタキオン……新しい味を作る時は手間だがそれ以外は簡単に量産できるようにしたため、ほぼ無償でモルモットが増えてご満悦。

幻覚を見たと思っているアグネスデジタル……タキオンさん、暇な時に綿をこの液体に入れてほしいって言ってましたけどまた実験でしょうか?
 最近はブルボンさんのカップリングが開拓されすぎて少し寝不足ですし、そのせいでとうとうブルボンさんのぱかプチが動いている幻覚も見ちゃいました。流石にそろそろ休みましょうか……。


オリ主豆知識……どのモードでも泳げない。水に入ると少しの間は浮かんでいるが、その後で静かに沈んでいく。溺れていると勘違いしたミホノブルボンのトレーナーが慌ててプールに飛び込んだ経歴あり。



Twitterとかのウマ娘漫画を読んでいると、別にぱかプチが動いてても不思議じゃなくね?って思うようになってきた。


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全力なんて軽々しく言ったら駄目です。

誤字脱字ありがとうございます!

投稿日がどんどんと遅くなっていく……。
久々に違う小説サイトを覗いたら面白そうなのが一杯あって読み耽ってました。


 あの後、お互い示し合わせたかのように荒ぶる鷹のポーズをとって数分。授業開始のチャイムがなったことで何とか再起動を果たし、自己紹介タイムになった。

 変なテンションのままだったので、何故かポーズをとりながら自己紹介をしてしまったオレだが、それを受けたトレーナーはそれ以上のポーズをとって自己紹介をしてきた。この男、出来る!

 それでお互いに落ち着いたのでソファに座り、最近のニシノフラワーの話を始めた。オレとトレーナーが共通して話せる話はニシノフラワーの生活だけなんだ……。

 

「あぁ、フラワーは本当に優しい子だよ。俺なんかじゃ勿体無いくらいだ。」

 

「そんなこと言ったらフラワーが落ち込んじゃうよ!自信持って!」

 

 このまま楽しくニシノフラワーの話を……と思っていたらトレーナーがメソメソし出したので、すかさず励ます。ニシノフラワーのことだから内容がプラス方面でも自分のせいだと落ち込んでしまいそうだからだ。それに最近のニシノフラワーの状態だともっと落ち込んでしまうかもしれない。

 こんな時、ニシノフラワーならこうするだろうとトレーナーを撫でようとするが、ソファの上に立っても背が届かないので子どもモードになってから『ト』の頂上を撫でる。急に大きくなったオレをチラッとトレーナーが見てきたが、動くなら大きくなるのも普通かと納得していた。

 ふむ、こうして頭を撫でているとなんだか変な気持ちになるな。何というか、お姉さんにでもなった感じかな?

 ゾクゾクしてきた気持ちを誤魔化すために、なすがままになっていたトレーナーの頭を胸に抱き込んで撫で続ける。なのに気持ちは落ち着くどころか更に激しくなってくる。

 

「ふへへへ、何だろう?変な気分になってくる。もしかして……これが母性?」

 

「!!」

 

 オレの発言を聞いたトレーナーが慌てたようにバタつき始めてオレから脱出しようとするが、あと少しでこの変な気持ちの答えが出そうなので両手で強くトレーナーの頭を胸に押しつけて拘束する。更にエネルギーを使用して力を強化すると、トレーナーは自分の力では頭を動かせなくなり静かになった。

 強く抑えすぎたため、被り物越しからでもトレーナーの息が胸にかかる。少しくすぐったいけどこれで落ち着いて考えることが出来ると思っていると、トレーナーがぐったりしてオレにかかる体重が重くなった。

 もしかしてこれ息が出来てないのか?少し拘束を緩くすると途端に動き出したのでもう一度ギュッと拘束する。

 しかしさっきのような頭を抱きかかえる感触がなく、不思議に思って下部分を見るとトレーナーの身体がなかった。

 

「ヒェッ、頭が取れちゃった……ってこれ被り物だった。」

 

「危うくこの子をでちゅね入りさせるところだった。人形でもこの子はウマ娘、気を付けないと……。」

 

 被り物から出てきたイケメンの部類に入るトレーナーが自分に言い聞かせるようにボソボソと言葉を発している。それも気になるけど今のオレの興味はこの被り物だ。

 感触は中も外もムニムニとしていて気持ちいい。中に手を突っ込んでみると、さっきまでトレーナーが被っていたせいか少し暖かい。

 スンスンと匂いを嗅いでみると、男性の匂いがした。だけど汗臭いといえば嘘になる。説明が難しいな。

 何とか言葉にしようと悩んでみるがいい感じの言葉が出て来なくて、面倒臭くなったので被り物を被ってみる。

 

「おぉー、何というか賢くなった感じがする。」

 

 試しに何か考えてみようか?と言っても候補が出てこない。腕を組んでうーんうーんと悩んでいると、一つ思いついた。

 

「マスターにがっしり抱きつける方法……。」

 

 そう考えてみると、いつもなら駆け寄って抱きつく一択で終了するのに今回は様々な考えが浮かんできた。中には際どいシーンもあり、そんなところまで考えてなかったので呆けているとトレーナーに被り物を脱がされてしまった。

 

「あ……。」

 

「終了だ。」

 

 思わず被り物に手を伸ばしてしまうが、トレーナーが届かないように頭上に掲げる。ならばと身体をよじ登っていくと、オレが届かないところに被り物を置かれてしまった。

 

「あとちょっとだけ、ちょっとだけでいいから借して。」

 

「駄目。あんな顔になっていた子に借せるわけないな。何を考えていたんだ?」

 

「……マスターに抱きつく方法。」

 

 よじ登っていた途中でトレーナーに身体を持ち上げられて問いかけられる。特に隠すつもりはないので素直に答えるが、先ほどのシーンを思い出して少し赤面してしまった。

 

「普通に抱きつけばいいんじゃないの?そんなに恥ずかしいのか?」

 

 オレの赤面をトレーナーは恥ずかしがっていると勘違いしたようだ。少し悩んだ仕草をしたが、何かを決めたトレーナーがオレを自分の胴体辺りに近寄せた。

 

「恥ずかしいなら抱きつく練習をしてみようか。試しに俺に抱きついてみよう。」

 

「良いの?」

 

「あぁ、俺で良いならな。思いっきりこい!」

 

 頭をこてんと傾けて聞いてみれば、トレーナーは胸を叩いて自信満々に返してきた。それも全力で抱きついていいと言う。

 マスターにも全力で抱きついたことはないので不安げにトレーナーを見つめるが、当の本人はいつでも来いと言わんばかりに胸を張っているので耐久力に自信があるのかな?

 恐る恐るトレーナーの腰に腕を回す。最後にもう一度いいのかという意味を込めた視線でトレーナーを見つめると、しっかりと頷き返される。

 なら遠慮は要らないなと使えるエネルギー全てを使って文字通りの全力状態になる。それから徐々に力を込めてトレーナーを抱きしめていく。

 全力状態だと感じる万能感は半端なく、それにプラスして何かを抱きしめていることで幸福感を感じる。それこそ何も聞こえなくなるくらいには。

 

「ごめん、ミホちゃん嘘ついた。全力は流石に見栄張った。だから力を抜いて欲しいな〜って、ミホちゃん?聞こえてる?ミホちゃん?あ、無理!ホント無理!ミホちゃん!?ミホちゃん止まって!?折れる!背骨折れるからっていでででででででで!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「経緯は分かった。その上で言うぞ?バカかお前。」

 

「仰る通りです。」

 

 子どもの力なら耐えれると思ったと言いながら痛む腰を抑えてソファに寝転がるトレーナーを見てマスターがため息を吐く。

 あの後、あと少しでトレーナーの背骨が折れるかどうかというところで書類を持ってきたであろうマスターが来てトレーナーは救出された。

 マスターの救出劇は見事だった。鮮やかにオレの頭を撫でて意識を取り戻させ、力が抜けたところを引き剥がしてからオレが暴れないように代わりにマスターの身体にくっつけた。

 やはりマスターの身体は安心できる。マスターの身体は全てを解決する。

 それにしても来たのがマスターで本当に良かった。知らない人だといきなりニシノフラワーのトレーナーが子どもに背骨を折られる瞬間を目撃させて情報の暴力を叩きつけるところだった。

 ぐりぐりとマスターの身体に顔を擦り付けている間にマスターたちの話が終わったようだ。

 

「それで?何でミホがここにいる?」

 

「フラワーが心配でついて来た。」

 

 身体に顔を押し付けたまま言うと、マスターがため息を吐いたのが分かる。

 

「ミホはそう言っているが、お前はまだニシノフラワーと距離を縮めれていないのか?」

 

「うっ……。先輩のアドバイスを聞いて今日実行する予定なんです。」

 

 痛みが引いたのかソファから立ち上がり、棚に置いていた花束を持つトレーナー。それを見たマスターは少し顔を歪めている。

 

「先輩、改めてアドバイスありがとうございます。」

 

「それを言うならブルボンとミホに言ってやれ。俺は2人から聞いたものをお前に伝えたに過ぎん。」

 

「それもそうですね。……ありがとう、ミホちゃん。」

 

 目線をオレと同じ位置まで下げてお礼を言ってくるトレーナー。人によってはドキッときそうな感じがするが、そんなことよりも気になることが出来た。

 

「フラワーのトレーナーはその花束を使ってフラワーとどうやって仲良くなるの?」

 

「俺も気になるな。良ければ教えてくれないか?」

 

 オレの疑問にマスターが追従するように問いかける。しかしその顔には冷や汗が流れており、どちらかといえば手遅れになる前に止めた方がいいと思っていそうだ。

 

「回りくどいのも何ですし、シンプルに花束と一緒に自分の思いを打ち明けます。」

 

「へぇ〜、どんな感じでするの?」

 

「そうだな、時間に余裕がある時にしようと思っているからトレーニングの終わり頃かな?それからフラワーが周りの目を気にするといけないから人気がないところでする感じだな。」

 

「………よし、一回ミホをニシノフラワーだと思ってお前の思いを打ち明けてみろ。本番で噛んだら台無しだからな。練習だ。」

 

「成程、確かに練習は大事ですね……。分かりました。」

 

 悩ましそうに眉間を揉みながらマスターが言うと、一理あると思ったのかトレーナーがオレの目の前に跪き、覚悟を決めたような顔をした後に花束をオレに差し出して来た。

 

「フラワー、俺は君との距離感をもっともっと縮めたいと思っている。その為にはフラワーのことを沢山知らなければいけない。だから君の全てを俺に教えてくれないか?」

 

 恥ずかしさなど一切無く、爽やかな笑顔で言い切った。思わず感嘆の声を出すオレとは反対に、マスターは顔を覆って天井を見上げていた。

 

「あー、悪いがそれは駄目だ。」

 

「……結構自信があったんですがどこが駄目でしたか?」

 

「全部だ。威力が高すぎる。お前は勘違いでもさせる気か?」

 

 マスターの言葉に首を傾げると、状況を考えろと言うので考えてみる。

 えっと、確かトレーニングが終わった後だから夕暮れで?周囲には誰もいない。その状態で覚悟を決めた顔をした後にトレーナーが跪いて優しげな顔をしながら花束を差し出してさっきのセリフを言うと……。

 

「…………告白?」

 

「なっ!?そんなつもりは一切ないぞ!」

 

「お前になくてもニシノフラワーはそう思う可能性があるってことだ。」

 

 距離を縮めるどころかくっつきそうだなと笑うマスターにトレーナーが項垂れるようにソファに座る。本人的にはかなり自信があったようで、落ち込みも強い。

 ニシノフラワーならあのセリフを言われても微笑むだけで特に何も思わなそうだけど、あくまでもオレの予想なので本当はどうなるかなんて分からない。

 

「とにかくそれは駄目だ。代替案を探すぞ。」

 

「そうですね……。ミホちゃんは何かあるかな?」

 

「オレ!!!って言いたいけどトレーナーがオレをフラワーに渡すのも違和感があるから別のことを言うけど、フラワーは花束を渡すよりか一緒に花の水やりをするとかでも喜ぶと思うよ?その時にフラワーと沢山話して親交を深めたらいいんじゃない?」

 

「成程な、だったらそう言う方向で進めてみようか。だが離れろ。前が見えねぇ。」

 

「ヤダ。」

 

 マスターの身体をよじ登って今は顔面に張り付いているが、流石に邪魔なのかオレを引き剥がそうとしてくる。しかしオレを剥がせそうにないと思ったのか、諦めたかのようにため息を吐いてトレーナーに向き直った。

 

「まぁ、最終的に決めるのはお前だ。だが行き過ぎるとこうなるから気を付けろよ。」

 

 オレを顔面にくっつけたまま自分の姿を指差して忠告するマスターの姿にトレーナーは少し引き気味だ。

 

「本当にそんなことになるんですか?ミホちゃんだけでは?」

 

「なるんだよ。お前はスイッチが入ったウマ娘を見てないからそう言えるんだ。本気になったウマ娘に俺たちが抵抗出来ないのは理解しておけよ?」

 

「忠告感謝します。それでフラワーのことなんですけど……。」

 

「ここまで来たらとことん付き合ってやるよ。ほら、案を出せ。」

 

 それから暫く2人の話を聞いているが特にオレが入る必要もなさそうだったので、マスターの顔にしがみついて身体をすりすりさせることに集中することにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「失礼するよ。ここにミホ君がいると聞いたのだが……。」

 

 相談から自分たちの担当ウマ娘自慢を始めた2人の話を聞いて気分を良くしていると、ドアが開いてアグネスタキオンが現れた。

 訪ねて来た内容的にオレを探していたようで、オレが手を振ると一直線にオレの方へやってきた。

 

「タキオンか。ミホに何のようだ?」

 

「フラワー君にちょっと野暮用が出来たようでね?それが終わるまでミホ君のことを頼まれたのさ。」

 

 だがこの様子だと必要なかったかな?と言いたそうな顔をするアグネスタキオンに、マスターはちょうど良かったと頷く。

 

「いや、もう少ししたらトレーナーたちの報告会があったから助かった。ミホを預けても大丈夫か?」

 

「任せたまえ。元よりそのつもりさ。」

 

 マスターがオレの頭を撫でた後に顔から引き剥がそうとする。流石にここでくっついたままなのは駄目だと理解出来るので素直に引き剥がされた。

 

「それじゃあ任せたぞ?」

 

「安心したまえ、怪我一つさせないと誓ってあげようじゃないか。」

 

 ただオレを受け取っただけなのにアグネスタキオンのそのセリフはなんなのか?まるでオレが目を離したうちに怪我をする子どもみたいな対応だ。誠に遺憾である。

 頬を膨らませてアグネスタキオンを見つめると、何故か暴れん坊の子どもを預かる人の顔をしていた。

 

「おや?ミホ君。そんなに頬を膨らませてどうしたかね?そういえばここに美味しい綿があるのだが、食べるかい?」

 

「え?ホント?食べる!」

 

 ポケットから取り出された綿を受け取って口に含む。口一杯に広がる綿の味に頬をおさえて味わっていると、更に追撃が来た。

 

「私の研究室に向かえばまだ食べたことがない味が沢山あるが、どうだい?」

 

「行く行く!絶対行く!」

 

「ふふふ、それじゃあ向かうとしようか。」

 

 先程の不機嫌など吹き飛んでまだ見ぬ味を期待する。そんなオレを抱きかかえるアグネスタキオンはニンマリと笑いながらオレの頭を撫で、移動を開始した。なお、一部始終を見ていたマスターはいくら何でもチョロすぎると頭を抱えていたのだが、既に綿のことで頭が一杯だったオレは気付かなかった。




オリ主……誰でもいいわけではないが、大抵の相手には抱きつく。この度母性を獲得しそうになった。もし獲得したらマスターが第一被害者になる。
 前世があるのでいけないシーンを見ると顔を真っ赤にするぐらいはする。あくまでも見た時なので、マスターに抱きつく時とかは何にも思っていない。マスター大好き程度。
 ニシノフラワーのトレーナーの告白まがいなことも感嘆するだけだった。仮にマスターがした場合だとマスター大好きと叫びながら顔面に張り付き、エネルギーが切れるギリギリまでマスターから離れない。エネルギーを補給するとまた張り付く。告白したってことはこれぐらい普通でしょ?
 ウマ娘自慢は両方とも自分の保護者みたいなものだから嬉しかった。
 綿に釣られてほいほい研究室に行ったことをニシノフラワーに知られるとお勉強が始まる。

ミホノブルボン……トレーニング開始時にマスターの匂いを嗅ぐ。ミホさんの匂いがします。マスター、ミホさんと何かしたんですか?

ニシノフラワー……授業が終わった後、すぐにオリ主を迎えに行こうとしたが手を貸して欲しいと言われた。相手も本当に困っていたのでどうしようかと悩んでいたら、偶然タキオンが来たのでオリ主を頼んだ。
 この後、いつもと違う雰囲気を出しているトレーナーの様子に頭を傾げる予定。

マスター(ミホノブルボンのトレーナー)……報告会の書類を持っていったらニシノフラワーのトレーナーがオリ主に鯖折りされる寸前だった。慌てて止めてから事情を聞けば、自分から許可したと言う後輩に呆れた。
 そのあと後輩が告白まがいなことをしようとしていて本気で頭を抱えた。こいつ本当にここでやっていけるのか?
 掛かったウマ娘がどういうものかと軽く教えるために、顔面までよじ登ってきたオリ主を好きにさせた。
 後輩とのウマ娘自慢はなかなか楽しめた。この自慢にしれっとオリ主のことも混ざっている。
 オリ主のチョロさに頭を抱えた。真面目に教育した方が良いんじゃないのか?と報告会の時にずっと考えていた。
 トレーニング開始時にいつもと様子が違うブルボンの姿に冷や汗を流す。対応を間違えればいつかはブルボンも顔面に張り付いてくる。仮にそうなったらブルボンとオリ主が交互に顔に張り付いてくるようになるので前が見えなくなる。

トレーナー(ニシノフラワー)……オリ主をでちゅね入りさせかけた戦犯。オリ主から怪しい気配を感じた為、直ちにウマ娘に抱きつかれた時の対策マニュアルを思い出して脱出した。
 顔を真っ赤にしてブルボントレーナーに抱きつきたいと言うオリ主を見て子どもらしいと思ってほっこりしながら練習台になることにした。子どもだしそこまで力はないだろうと思っていたら背骨を折られかけた。新人トレーナーなのでウマ娘相手の対応をまだキチンと理解していない。
 音符やハートを幻視してしまうレベルで身体を擦り付けるオリ主を顔に張り付けたブルボントレーナーに忠告されたがブルボントレーナーも既に手遅れなのでは?と思っている。
 取り敢えず最初の方法は破棄することに、やる前にブルボントレーナーにくっつくオリ主の姿が思い浮かんだ訳ではない。無いったら無い。

アグネスタキオン……最近のオリ主の様子をニシノフラワーに聞きに行ったらオリ主の面倒を見てほしいとお願いされて快諾した。
 そういえば、ミホ君とカフェを合わせてみたらどうなるのかねぇ。ふっふっふ、楽しみだねぇ。

授業中のアグネスデジタル……はっ!今あそこから途轍もなく幸福な気配を出すウマ娘ちゃんを感じました!今すぐ行きたい!行ってどんな状況なのか見たいです!ですが授業から抜けるわけにもいきませんし……あたしはどうしたらいいんですかぁぁぁああ!!!


オリ主豆知識……モードごとによって感じ方が少し違う。ぱかプチ状態でマスターから告白されると子どもみたいに私も好き〜って感じで抱きつくだけだがリアルモード中に言われると本気で掛かる。



分岐ルート

リアルモードでトレーナーを胸に抱いた場合→即座に母性覚醒。トレーナーは逃げられない。後から来たマスターも巻き込まれ、共鳴して引き寄せられたクリークも加わってでちゅね空間が完成する。

マスターが来るの遅れた場合→割といけない音が鳴って保健室に搬送される。なお翌日には復帰する模様。



目覚まし時計をアーティファクトとして登場させようか悩んでいる。アプリ性能なら全て夢オチに出来るとか最強すぎない?

それからマスターとトレーナーの口調が似ていることに気付いた。やっちゃったぜ!一応、2人がいるときは先輩後輩の立場で話し方を変えているから大丈夫……か?


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お迎え待ち。

今回は早めに執筆出来たと思って前の投稿日を見たら10日経っててひっくり返りそうになった。


「………。」

 

「………。」

 

  気まずい、非常に気まずい。アグネスタキオンに彼女の研究室に連れてこられて約束通りに食べたことがない綿をもらって喜んで食べていたのだが、アグネスタキオンが少し用事で席を外すから大人しく待っておいてくれと言われたので笑顔で了承した。

 共用スペースだからここから先の物に触ってはいけないと言われたが、綿の美味しさに夢中だったので頷くだけだったけどアグネスタキオンには伝わったはずだ。

 彼女が部屋を出て行ってからも綿の味を楽しみながら食べていると、部屋に誰かが入ってきた。だいぶ早かったけどオレはアグネスタキオンが帰ってきたのだと思って、お帰りと言おうとしてドアに視線を向けると硬直した。

 そこにいたのは漆黒といえるサラサラの髪のウマ娘。マンハッタンカフェだった。ここでオレは彼女がアグネスタキオンと部屋をシェアしていたことを思い出した。

 幸運にも気付かれるより速く驚きで硬直出来ていたのでそのまま人形のふりをしていたのだが、マンハッタンカフェはオレを見つけると一気に怪訝な顔になった。

 もう、何というか……。顔がまたタキオンさんが何かしたんですねと言わなくても伝わってくる表情だった。部屋に入ってきてからもオレから一定の距離をキープしながら視線は一切離さない。まるで危険物を見つけてしまった反応だ。

 まぁ綿が大量に入った缶を大切に抱えて片手に綿を持ったまま笑顔で硬直しているぱかプチなんてどこ探しても見つかるはずないのでその対応は間違えてない……と思う。

 コーヒーを入れたマグカップを持ってオレと対面する位置に座ったマンハッタンカフェと見つめ合っているのが今の現状です。

 

「分かりますか?……知らない?……ではタキオンさんが……いえ、そうですね……そういえば……。」

 

 オレを見つめながらもブツブツと独り言を呟き続けるマンハッタンカフェ。前世情報で彼女は今お友だちと話しているのは知っているのだが、オレから目を離さないで話しているのが怖い。アグネスタキオン早く帰ってきて!

 そんなオレの願いが届いたのか、部屋のドアが開いてアグネスタキオンが帰ってきた。

 

「今戻ったよ。キチンと留守番……おや?今日は早いじゃないか、カフェ。」

 

「えぇ、予定がなくなってしまったので。それよりタキオンさん、これは何ですか?」

 

 マンハッタンカフェが言った『これ』のことがオレを指しているのを視線で把握したアグネスタキオンがニンマリと口元を歪める。

 

「カフェはこのぱかプチを見て何か感じたかい?例えば変なものが見えた〜とか。触ってもいいから意見が欲しいねぇ。」

 

「……嫌です。わざわざ触ることを勧めてくる時点で怪しいです。」

 

「そんなことないさ、触ってもフワッフワでモチモチな感触を感じるだけさ。もしアヤベ君が触ればきっと離さなくなるほどの触り心地だねぇ。」

 

 明らかに嫌そうな顔で拒否するマンハッタンカフェだけど、アグネスタキオンが言うアドマイヤべガが夢中になる触り心地というのが気になるのか、チラチラとオレの方を見てくる。

 ふふん、オレの身体を触りたいのは分かっているんだぞと胸を張りたいところだが、今は人形のふりをしているので自重する。

 

「……今回だけですよ?」

 

「もちろんさ!あ、その缶は別物だから机の上に置いてから頼むよ。」

 

 アグネスタキオンの言う通りにオレから缶を取り上げて机の上に持っていく。思わず手が伸びそうになるが、アグネスタキオンがマンハッタンカフェに気付かれないようにウインクしてきたので耐える。

 缶を置いたマンハッタンカフェが恐る恐るといった感じでオレの頬を指でつついてくる。数回つついたと思えば今度は両頬を摘んでモミモミしてくる。

 これは夢中になっているな?アグネスタキオンからだとマンハッタンカフェの後ろ姿しか見えていないので反応を楽しみに待っているようだけど、オレは正面にいるのでマンハッタンカフェのキラキラした表情がよく見える。

 それから腕や脚などを握ったり揉んだりしていたが、最終的にはオレを抱き上げてギュッと抱きしめて頬擦りしてきた。

 

「タキオンさん、このぱかプチは良いものですね。触っていて飽きません。」

 

「私も一度枕で使ってみたけどすぐに寝てしまったよ。」

 

「枕……なるほど、アリ……ですね。」

 

「まぁ、そんなことは今はいいさ。カフェ、改めて聞くが君はこのぱかプチを見て何か感じたかい?お友だちの反応は?」

 

「………?いえ、特に何も。お友だちもこれといった反応はしていません。」

 

 アグネスタキオンの質問にマンハッタンカフェは眉を少しだけ顰めてオレを見つめてくるが、首を振って結果を報告する。それにしてもマンハッタンカフェのお友だちが見えないな。彼女の言い方的にここにいるのは確定なんだけど、オレの視界の中に映る様子はない。オレも実質幽霊みたいなもんだから見えると思ったんだけど……謎だ。

 

「ふぅン?カフェも分からないとなるといよいよ謎だねぇ。」

 

「……このぱかプチはタキオンさんが作ったものではないのですか?」

 

 マンハッタンカフェはオレをアグネスタキオンが作ったものだと思っていたみたいだ。得体の知れない物を見るような顔でオレを離そうとしたが、オレの感触をもっと味わっていたいのか抱きしめはしないが持ったままでいるようだ。

 

「このぱかプチはフラワー君が私に預けた物でね?他のぱかプチと触り心地が全然違うから気になって少し調べてみたのさ。まぁ、他のぱかプチと材質は変わらなかったがね。そこで別方面の視点で見れるカフェにも聞いてみたのさ。」

 

「それならフラワーさんに直接聞けばよかったのでは?」

 

「それは愚策さ。フラワー君はこのぱかプチを大切にしているみたいでね。馬鹿正直にいろいろ調べて分からなかったから教えてくださいなんて言った日にはその日1日はずっとお説教さ。」

 

「やったことを隠して聞けばどうですか?」

 

「それも考えたのだがフラワー君は何故かこのぱかプチが何をされたかを時間がかかるが分かるみたいでね。お説教の日が1日ズレるだけさ。」

 

 アグネスタキオンはどうやらオレが動けることをマンハッタンカフェに隠すつもりっぽい。つらつらとこれ以上自分がぱかプチをいじることは出来ない理由を話しながらマンハッタンカフェが感じた疑問を有耶無耶にしようとしている。

 オレのことをどう見えるのかをマンハッタンカフェに聞かなければそんな手間は必要なかったと思うのだが、自分の知識欲には逆らえなかったみたい。

 

「私が知りたいことは知れたからねぇ。カフェ、そろそろぱかプチを返してもらえないかい?フラワー君からの預かり物だから何かあったらいけない。」

 

「嫌です。」

 

「……?すまない、もう一度言ってもらえるかな?」

 

「だから嫌です。フラワーさんの預かり物ならタキオンさんより私が持っていた方が安全です。」

 

「ふぅン?そう言われてしまうと何も言えないねぇ。」

 

 オレを庇うようにしっかりと抱きしめてマンハッタンカフェが返却を拒否する。一見するとマンハッタンカフェが預かり物のぱかプチを汚さないように預かろうとしているように見えるが、オレからするとオレを抱えている指がふにふにと身体を揉み続けているので多分もっと触っていたいだけだと思う。オレの身体は罪深いな!

 

「カフェが私の新しい実験に付き合ってくれるなら考えなくもないがね……。」

 

「むしろ今までタキオンさんの実験に無償で付き合わされた私に何か言うことはないんですか?」

 

「……いいだろう、ならそのぱかプチはカフェに任せるよ。ただし、この部屋からは出さないでおくれよ?」

 

「分かっています。」

 

 2人の中で条約が決まったようだ。アグネスタキオンが自分のスペースに移動し、マンハッタンカフェが少しだけ嬉しそうな顔をした後でオレを抱えたまま、机に置いていたコーヒーを持って飲み始めた。頼むからコーヒーは溢さないでね?かかってしまったらオレには大ダメージなんだ。

 

 

 

 

 

 あれから数十分、2人は自由に行動していた。アグネスタキオンは色々道具をだして何かをしているし、マンハッタンカフェは片手で本を読みながらもう片方の手でオレを揉んでいる。

 最初の数分で飽きてくると思っていたのに、予想に反して揉まれている。マンハッタンカフェでこれだったらふわふわ大好きなアドマイヤベガに触られたら一体どうなってしまうんだろうか?

 監禁の文字がよぎってビクビクしていると、マンハッタンカフェがオレを離す。そしてコーヒーを一飲みすると、またオレを掴んで揉み始める。さっきからずっとこれだ。

 それで怖いのがマンハッタンカフェは片手でオレの胴体を揉んでいるはずなのに、何故か頭にも手が置かれて撫でられている感触がするのだ。しかも妙にその部分が冷たい。

 これってマンハッタンカフェのお友だちだよね?憑依してきたりしないよね?身体が恐怖でプルプル震え出しそうになるのを必死に堪えていると、アグネスタキオンがこちらをチラッと見たのが見えた。

 彼女なりにオレを気にかけてくれているのは分かるのだけど、正直に言えば適当な理由をつけて回収してほしい。マンハッタンカフェの触りかたは文句なしなんだけどお友だちが怖い。それに全く動かないのが久しぶりすぎてしんどい。いっそ話しながら動いてしまいたい。それからアグネスタキオンの実験に参加したい。

 でもアグネスタキオンはオレのことをただの預かり物人形としてマンハッタンカフェに紹介したからなぁ。もしオレが勝手に動けばアグネスタキオンは動くことを知らなかったふりをしながらフォローに回らないとダメだと思うし、預かってもらっている身とすればそこまで迷惑はかけることはできないし、したくない。

 

「ふむ、そろそろフラワー君が帰ってくるころかな?フラワー君がいないか外を見てくるからぱかプチを返してもらうよ。」

 

「フラワーさんはこちらに来るのでは?」

 

「もし外でフラワー君と出会ったらすぐに返せるからねぇ。わざわざフラワー君がここに来る手間がなくなるから時間の短縮にもなる。」

 

「そういうことでしたら……。」

 

 渋々といった感じでマンハッタンカフェがアグネスタキオンにオレを手渡す。

 

「では少し外を見てくるよ。それから実験器具には触らないでおくれよ?」

 

「誰も触りませんよ。」

 

 アグネスタキオンがオレを抱きしめたまま廊下へ出て歩いていく。暫く歩き続け、人の気配がないところでオレの頭を撫で始めた。

 

「ここなら動いても大丈夫そうだよ。ミホ君。」

 

「ぶはぁ!ありがとう、タキオン!でもどうして?」

 

「窮屈そうな気配を感じていたからね、息抜きは出来たかい?」

 

 どうやらアグネスタキオンはオレを気遣ってここに連れてきてくれたらしい。大変感謝である。

 

「こんなに人形のふりをするなんて久しぶりでね?とっても疲れる。」

 

「ミホ君のことだからすぐに動くと思っていたんだがね。予想が外れたよ。」

 

「タキオンはオレのことをただのぱかプチとして紹介したからね!動いたら迷惑かけちゃう!」

 

 オレの言葉に少しだけアグネスタキオンの目が見開いた。でもそれは一瞬で、すぐに頬を緩める。

 

「私としたことが気を遣われていたとはね。気にしなくてもいい……といったところでミホ君は変なところで頑固だからね。」

 

「む!?オレは頑固じゃない!」

 

 思わず頬を膨らませて抗議するが、私が寝たい時に膝枕を強要してきたのはどこのぱかプチかな?と聞かれながら細い指で両頬を押されてプシューと溜めていた息が抜ける。

 

「私もカフェがコーヒー以外であんなに夢中になる姿は初めてなんだ。もう少しだけ頑張ってくれるかな?」

 

 オレと目を合わせながら部屋から出る時にポケットに入れていたであろう綿を渡してくるアグネスタキオン。それを受け取って口に含むと大好きなハンバーグの味がする。返事?そんなの決まっている。

 

「ガッテン承知!お任せあれ!」

 

「ふふっ、頼もしいねぇ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうやらもう少し時間がかかるようだ。だからカフェ、もう少しだけこの子を預かってくれるかい?」

 

「……いいんですか?」

 

「もちろんさ!私は実験で汚すかもしれないが、カフェならこの子を汚すことなんてないだろう?」

 

「そうですか……なら預からせてもらいます。」

 

 差し出されたオレをマンハッタンカフェが大事そうに受け取る。そこからはさっきと同じような感じなのだが、少しだけ違う。

 なんというか……マンハッタンカフェのオレの触りかたが違う。さっきまでならオレの身体の色々なところを揉んだりしていたのだが、今は頬や頭などの人が触られてもそこまで不快感がない場所を重点的に触ってくる。お腹もたまに触ってくるのだが、つついたりするだけでさっきみたいに揉んだりしてこない。急に扱いが変わったことでオレの頭に疑問符が出まくっているが、アグネスタキオンとオレが外に出た時に何かあったのだろうか?

 そんな感じでマイルドタッチをされ続けること数分、もしかしてマンハッタンカフェが一番オレを触っているのでは?と考え始めた時にドアが開いた。

 

「すみません、ニシノフラワーです。」

 

「おや、用事は済んだのかな?」

 

「はい!ミホさんを預かってくれてありがとうございます!」

 

「お礼ならカフェに言うといい。私はミホ君を預かっていただけで面倒を見てくれたのはカフェだからね。」

 

 ニシノフラワーの声が後ろから聞こえてきて嬉しくなる。今すぐにでも抱きついて今日あった出来事を話したくてウズウズするが、マンハッタンカフェがオレを見つめてくるので気合いで耐える。

 

「カフェさん、ミホさんのことありがとうございます!」

 

「いえ、大切にしているのですね。」

 

「はい、大切な家族です!」

 

 マンハッタンカフェからオレを受け取ったニシノフラワーが花開くような笑顔でオレを家族と言ってくれる。あ、ダメだ、今すぐにでも動きたい。

 マンハッタンカフェに気付かれないようにギュッとニシノフラワーを抱きしめる。

 

「それじゃあミホさんを受け取ったので今日は失礼しますね。」

 

「おや、もう帰るのかい?紅茶でもどうかと思ったのだがね。」

 

 ニシノフラワーが帰る旨を2人に告げると、アグネスタキオンが少し残念そうな顔をする。けれどニシノフラワーがチラッと我慢の限界で耳がピクピク動き始めているオレを見ると、アグネスタキオンが理解したような顔をする。

 

「確かに用事で疲れているなら帰って疲れをとったほうが良さそうだねぇ。引き止めてすまなかったよ。」

 

「いえ、紅茶はまた今度良ければいただかせてもらいますね。それでは、失礼します。」

 

 2人にペコリと頭を下げてニシノフラワーが退出する。廊下を歩き、しばらくすると落ち着かせるようにオレの頭を撫でる。

 

「帰ったら沢山お話を聞かせてくださいね。それまでは我慢、ですよ?」

 

 返答としてギュッとニシノフラワーを抱きしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「タキオンさん。」

 

「どうしたのかな?カフェ。」

 

「次はキチンとあの子を紹介してくださいね?」

 

「そうだねぇ。………………んん?」




オリ主……この後沢山今日あった出来事を2人に話した。楽しい。本人的にはジッと出来ていると思っていたが、他から見ると割とバレバレだった。

ミホノブルボン……帰ってきてからオリ主に今日あったことを沢山話された。身体全体を使って身振り手振りで話すのでほっこりしながら見ていると、いきなりマスターに告白されたらどうする?と聞かれてフリーズする。

ニシノフラワー……用事を終わらせてオリ主を回収したら、なんだか凄く嬉しそうで良いことがあったのですねと嬉しくなった。オリ主がミホノブルボンにした質問を微笑んで流していたので、ニシノフラワーのトレーナーは告白じみた行為には走らなかったようだ。

アグネスタキオン……かなりオリ主のことを気にしていた。マンハッタンカフェに預けてからチラチラと様子を見ていたが、かなり窮屈そうに感じたので息抜きとして外へと連れ出した。対象の観察はお手のもの。
またオリ主の枕で寝たいなぁと思っている。

ところでカフェ、いつから気付いていたんだい?

マンハッタンカフェ……最初に見た時はタキオン製の怪しい物体にしか見えなかったが、フラワーのものだと分かって一安心。触った時にこんな感触のぱかプチがあるのかと静かに驚愕していた。
 癖になる触り心地でモミモミしていたが、タキオンに一度持っていかれた時にお友だちからあのぱかプチがタキオンと会話しているということを教えられた。そこでタキオンにされた質問の意味を理解した。戻ってきてからは意思を持って動いているのだからと自分があまり不快に思わない場所を触ることにした。次はキチンと紹介してほしいですね。

いつからだと思いますか?


2人のやり取りを偶然見てしまったデジたん→……良い(語彙力喪失)



オリ主豆知識……実は揉まれるのではなくてくすぐられていたらその内我慢できずに動き出していた。ちなみにオリ主のぱかプチにはオリ主の魂が入っているので幽霊などに憑依はされない模様。


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極秘ミッションという名の……。

いつもコメントなどありがとうございます。


「ミホさん、少しいいですか?」

 

「どうしたの?ブルボン。」

 

 マスターやニシノフラワーのトレーナー、アグネスタキオンとマンハッタンカフェのところであった出来事を2人に話しまくった次の日の夕方。トレーニングから帰ってきたミホノブルボンが手招きをしてきたのでそれに応じて目の前に座る。

 

「実は前々から進めていた極秘プロジェクトがあるのですが……。」

 

「極秘プロジェクト。」

 

 ミホノブルボンが発言した極秘プロジェクト。その並々ならぬ言葉の重みに思わずない唾を飲み込んでしまう。しかし極秘プロジェクトなんていかにも周りに言ってはならなさそうな響きなのにどうしてオレに言ってきたのか?

 

「直前になって材料が足りないことが発覚しました。買いに行きたいのですが極秘プロジェクトに参加するメンバーは皆用事があって買いに行けません。」

 

「つまりオレが買ってきたらいいんだね?任せて!」

 

 無表情のまま困った雰囲気を出すミホノブルボンを見てすぐさまオレに話した理由を理解した。なので胸をドンと叩いて安心させるように自信を漲らせて了承する。

 

「ありがとうございます。これが必要な物のメモと購入出来る場所とそこまでの道を書いた地図です。フジキセキさんには前もって話を通しているので心配しなくても大丈夫です。任せましたよ?」

 

「うん!ブルボンがオレを頼ってくれて嬉しい!ゆっくり用事に集中してね!」

 

 そうと決まればと明日に着る服と猫ちゃん鞄を棚から引っ張り出して準備を開始する。分からないところがないように今のうちに地図を確認するが必要なところだけ分かりやすく書かれており、目印になるところは特に目立つように書いてある。これなら迷う心配もないかな?

 そんな感じで夢中になって準備を進めているオレは、後ろで微笑みとは違うニヤリとした笑みを浮かべているミホノブルボンには最後まで気付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マスター、こちらです。急いでください。」

 

「そんなに手を引っ張るな。少し落ち着け。」

 

 トレーニングの休養日に部屋で書類仕事をしていると授業が終わったブルボンが現れ手を引かれること数分。急いでいる様子のブルボンを珍しく思いながらついて行くと、目的地に着いたらしく手を離された。

 

「それでブルボン?何でこんなところにオレを連れてきた。」

 

「少し待っててください。……来ました。」

 

 ブルボンが角から先の様子を見ており、気になって俺も覗き込めばブルボンそっくりな子どもが裏道から周りを警戒して出てくるところだった。

 

「……よし、頑張るぞ。おー!」

 

 

 

「ミホじゃねーか。何であんなところに。」

 

 意気込むように胸の前にギュッと握りしめた手を持ってきて声を出すミホを見て思わず声が出る。ミホから聞いた話ではブルボンかニシノフラワーがいないと外に出るのは許可されていなかったはずだ。

 

「許可ならフジキセキさんにとっています。理由を話せば許可してくれました。」

 

「どんな理由だ?」

 

「四日前、私は偶然とある番組を見ました。その番組の内容はいずれミホさんもしなければいけないことと判断し、フラワーさんと相談した結果、今日ミホさんに極秘ミッションという形で行いました。」

 

「ほーん、その番組は?」

 

「1人で初めてのお買い物、です。」

 

 

 

 

 

「えーと、こっち……だよね?」

 

 辺りを見渡しながら時々そこそこ大きめな紙と睨めっこをしてミホが道を歩く。その後ろをコソコソとついて行く俺とブルボンの2人。道ゆく人はミホを通りすがりに見て、その後で曲がり角に隠れている俺たちを見ると微笑ましい顔になって通り過ぎて行く。

 ブルボンとミホがそっくりだからその反応になっているんだろうが、もし俺だけなら即座に警察を呼ばれそうだ。

 

「ところでブルボン、少し聞きたいんだが……その頭についているのと両手に持っている枝は何だ?」

 

「変装用です。私たちの尾行にミホさんが気付きそうになった場合、木に成りすましてやり過ごします。この日のためにゴールドシップさんから教わりました。」

 

 心なしか胸を張って答えるブルボンに流石に無理があるだろと苦笑いしてしまう。いくらミホが素直でもそれは見逃すわけがない。

 

「あそこにいるのは……ゴールドシップさんですか?」

 

「何?……あいつ何をやっているんだ?」

 

 木に成りすましてミホをやり過ごそうとするブルボンの姿を思い浮かべながら何とか持ってこれた仕事をこなしていると、ブルボンが気になることを呟く。ブルボンの上から覗き込むと、ミホの進路にゴールドシップが変なポーズで直立している。

 

「あれで変装しているつもりなのか?」

 

 頭に葉っぱのついた枝を括り付け、両手にもそれを持っている。ついでとばかりに『木』と書かれたものを首から下げている。

 これはミホでも気付くだろう。現に不思議そうにゴールドシップを凝視している。ゴールドシップと面識がないはずだから知らない奴が何かやっている程度だと思うがな。

 

「…………こんな木もあるんだね。初めて見たけどどんな名前の木なんだろ?」

 

 いやいやいやいや、通じるのかよ!待て、そうか、ミホはあまり外に出ていないから気付かないのか。

 思わずずっこけてブルボンの上に乗ってしまったが謝ってすぐに離れる。ブルボンは気にしておらずゴールドシップ直伝の変装術に効果があることが分かって満足そうだ。

 

「ミホの教育も進めていかないとダメか……。」

 

 脳内にあるミホに行うつもりの予定に教育を追加する。何処から買えばいいのだろうか?ミホの知識は幼稚なものもあれば高学年でも知らないものがある。難しいところだ。

 

「マスター、移動しますよ。」

 

 腕を組んで悩んでいるとブルボンに服の端を引かれてハッとする。見ればミホの姿が消えており、何処かで曲がったのだろう。ついでにゴールドシップも消えている。あいつこの一瞬で何処に行ったんだ?

 

「あぁ、移動しようか。」

 

 

 

 

 

 

 

「そういえばブルボン。ミホが見ている地図はブルボンが作ったものか?」

 

「いえ、私だけではなくフラワーさんたちと協力して作りました。ここに同じものがあります。見ますか?」

 

「おう、見せてくれ。」

 

 ブルボン曰く、今のところ順調に進んでいるらしいので気になったことを聞いてみれば折り畳まれた紙を手渡された。受け取って広げてみると見やすいようにデフォルメされた町並みが手書きで書かれている。所々に可愛らしい絵で『これが目印!』や『ここは迷いやすいから注意!』と分かりやすく書かれている。上の部分にはデカデカと太字で極秘ミッション!と書かれているがこれはご愛嬌だろう。最後に下の部分には買うものが書かれており、購入出来る場所をそれぞれ矢印で示している。

 

「マスター、緊急事態が発生しました。」

 

「ミホに何かあったのか!?」

 

 よく手書きでここまで書いたものだと感心しながら地図を見ていると、ブルボンから緊迫する声で呼びかけられ注意を即座に戻す。

 

「はい、ミホさんが……蝶々に気を取られています。」

 

「………ん?」

 

 内容を聞くよりミホの安全が先だと隠れていた場所から飛び出そうとした時、ブルボンからミホの状況を教えられて脚が止まる。落ち着いてこっそりとミホの様子を覗き見ると、確かに蝶々を凝視しているし時々捕まえようとしている。

 

「これの何処が緊急事態なんだ?平和じゃないか。」

 

「いえ、マスター。その考えは不適切です。ミホさんが蝶々を追いかけてしまうと道に迷ってしまうかもしれません。」

 

「そうなったらブルボンが元の道に戻してやればいいだろ。」

 

「それは出来ません。それでは意味がないのです。マスター。」

 

 これはあれか?ミホが1人でやらないと意味がないというやつか?手に汗握る感じでミホを見つめていたブルボンだが、仕方がないですと呟いた後、近くの壁から何かを取り出した。

 

「こちらブルボンです。ミホさんが緊急事態に陥ったため、協力を要請します、どうぞ。…………はい、………はい。それではお願いします。」

 

「……ブルボン、一応聞くがそれは何だ?」

 

「糸電話です、マスター。」

 

 ブルボンが壁の隙間から引っこ抜いたものを言及すれば思った通りの答えが返ってくる。

 

「ブルボン、それはここだけか?」

 

「いえ、私たちが隠れている曲がり角のほぼ全てに隠しています。ですがご安心ください、マスター。他の人の迷惑にならないところに置いていますので。」

 

「そうじゃねぇ、そうじゃねぇんだ。」

 

 頭を抱えそうになるが何とか耐える。ほぼ全てって何個設置したんだ?好奇心で聞きたくなるが頭が痛くなりそうなのでやめる。問題は何で糸電話を採用したのかだ。

 

「最初はトランシーバーなるものを使用する予定でしたが、私が使うと受信側から叫び声のようなものが聞こえた後に反応しなくなったと報告を受けたので仕方なくこれを採用しました。しかし私たちが作ったものだと声が聞こえない場合もあったのでゴールドシップさんに協力を要請しました。」

 

 今度こそ頭を抱える。最近届いた、覚えがない損害請求の書類はブルボンが原因か。それにゴールドシップにも借りを作っているのか……あいつに借りを作るほど怖いものはないぞ?

 

「ふぅン、こんなところで出会うなんて奇遇だねぇ。」

 

「あ、タキオン!」

 

 貸しを盾にしてどんな要求をされるか分かったもんじゃないと今からでもうんざりしていると、ミホの方で何かあったようだ。

 私服姿のアグネスタキオンにミホが笑顔で抱きついている。顔をぐりぐりと押し付けていることからかなり懐いているようだ。アグネスタキオンの方も腰に抱きついてきたミホの対応にまんざらでもないようだ。

 

「それで?ミホ君はこんなところで何をしているんだい?」

 

「それはね!極秘………言っちゃダメだった!」

 

 アグネスタキオンの質問にミホが笑顔で答えようとするが、途中で思い出したかのように口を手で押さえる。

 

「言えないのかい?それなら仕方ないねぇ。」

 

「うん、ごめんね?タキオン。」

 

「構わないとも。そうだ、今度また研究室に来るといい。実験を見たかったのだろう?」

 

「本当!?ありがとう!タキオン!」

 

 もう一度アグネスタキオンに抱きついてお礼を言うミホ。アグネスタキオンの実験にミホを付き合わせるのは怖いが、あの反応的にミホが危なくなる実験はしないだろう。

 

「それじゃあ、私はもう行くよ。ミホ君も用事を頑張りたまえ。」

 

「うん!バイバイタキオン!」

 

 手を振って2人が別れ、アグネスタキオンがこちらに向かって歩いてくる。俺たちが隠れている場所を通り抜ける時にブルボンがアグネスタキオンから何かを受け取った。

 

「タキオンさん、ありがとうございます。」

 

「何、構わないとも。」

 

 短いやり取りからブルボンが糸電話していたのはアグネスタキオンだと理解したが、ブルボンが受け取った試験管に目がいってしまう。中には怪しげな液体が入っており、いつもの実験の産物だろう。

 

「ブルボン、それは何だ?」

 

「タキオンさんのいつものです。ミホさんが何らかの事態で道を逸れそうになった時に研究に協力することを対価に一度だけ修正してもらえるように協力を要請しました。」

 

「まさかそれを飲むわけじゃないだろうな?流石にウマ娘に効果が分からないものは飲まさないと思うが……。」

 

「いえ、飲むのはマスターです。」

 

「俺かよ!!?」

 

 つまりあれか?知らないところで俺を使ってブルボンがアグネスタキオンと取引していたってことか?ブルボンから手渡された試験管を受け取りながら思わず身体がゾワッとしてしまった。

 

「ではマスター、レポートを取らないといけないのでグイッといってください。グイーと。」

 

「ブルボン、お前そんなキャラじゃなかったよな?」

 

 少なくとも昔のブルボンならこんなことはしなかったはずだ。こんなにもブルボンが変わったのはミホが来てからか?

 悪いということはなく、むしろ嬉しいことだろう。しかし躊躇なく俺を使うことに戸惑いがないわけではない。

 嬉しいやら悲しいやら、目の端から少しだけどちらの感情で出たか分からない涙が出たが、気付かないふりをして試験管の中身を一気に呷った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミホの買い物は順調だ。たまに入る店を間違えて隣の店に入って行ったりもしたが、ここら辺りの住民は皆良い人だ。なのでその店の店員に手を引かれて隣の店に移動するなんてこともあったがかねがね順調だ。

 

「マスター、少し眩しいです。」

 

「今回はいつもより少し控えめだ。我慢しろ。」

 

 目に優しいグリーンカラーに発光しながらミホを見守る。ブルボンから苦情がきたが、こうなった原因はブルボンなので我慢させる。

 予備の地図に書いてあった買うものリストに斜線を引いていき、残りは後一つだ。この調子でいけば問題ないだろう。

 

「おじさん!これください!」

 

「あいよ!良かったな嬢ちゃん、これで最後だ!」

 

 その一つも今買えたようだ。後は寮までミホが無事に帰るだけだ。少し気が早いかもしれないがホッと息を吐く。ブルボンの方を見ると、ブルボンも同じ気持ちだったのかホッと息を吐いていた。

 

「取り敢えず一安心だな。」

 

「はい、後は帰るだけですね。」

 

 ミホが曲がり角を曲がろうとしているので次のポイントに移動しようとした時、さっきの店に今のミホと同じくらいの歳の少年が走ってくるのが見えた。

 

「あの!これ、まだ残ってますか!?」

 

「すまんなぁ、さっき売り切れたばっかだ。」

 

「えっ!?……そんなぁ。」

 

 ミホが最後に買ったものを買いに来たのか売り切れたことを知って少年が項垂れている。周りを見渡しても親はおらず、この子も1人で買い物に来たのだろう。

 その少年の項垂れる声が聞こえたのか、ミホの歩みが止まる。耳も少年の方を向いており、聞き耳を立てているのが分かる。

 

「あの、今日は妹の誕生日で……。どうにかなりませんか?」

 

「そうは言ってもなぁ。ないもんはどうしようもないし……。」

 

 少年は諦めきれないのか店主に問い詰めているが、ないものはどうしようもない。店主も困ったような顔をして心苦しそうだ。

 その話を聞いているミホが自分が買った分を見つめている。しばらく見ていたが、考えが纏まったのか反転してその少年がいる方へ戻っていく。

 

「おい、ブルボン。このままだとミホにバレるぞ。」

 

「任せてください、マスター。今こそゴールドシップさん直伝の木のふりを実行する時です。」

 

「絶対無理あるからな?それ。」

 

 このままだと俺らが隠れている場所の真横をミホが通り過ぎるのでブルボンに対策がないか聞いてみれば、直立不動で木のふりをし始めた。顔が丸見えなのに何故そこまで自信満々になれるのか?ブルボンのトレーナーである俺でさえ分からない。

 一応ブルボンの後ろに俺も隠れるが、グリーンに発光しているせいでブルボンに後光が追加されて更に目立っている始末である。

 バレるのは確定したので今のうちに出会った時のセリフを考えていたが、ミホは少年を真っ直ぐに見つめていたのでバレることはなかった。

 

「マスター、成功です。」

 

「そもそもこっちを見てなかったからな。」

 

 嬉しそうに俺を見るブルボンに冷静に突っ込む。ミホが知らないゴールドシップならともかく、もし俺たちを見たら絶対飛びついてくるぞ。

 マスターと叫びながら突撃してくるミホの姿を思い浮かべていると、ミホが少年のところへたどり着いたようだ。様子を見てみると思った通りにミホが買った商品を少年に差し出している。

 

「あの……やっぱり悪いよ。」

 

「いいよ!オレは2つ買っているから!」

 

 ミホが先に買ったのだからと遠慮しようとする少年。でもやはり欲しいのか手は商品に向かっている。それに対してミホは余分に買っているからと嘘をついて少年に渡そうとしている。店主は何か言いたげだったがミホの表情を見て何も言わないことにしたようだ。

 

「あの、ありがとう。」

 

 おずおずと少年がミホから商品を受け取った。申し訳なさそうな声をだしているが、目的のものを手に入れることができて顔は嬉しそうだ。

 

「どういたしまして!」

 

 ミホがにぱーと笑顔を向ける。不意打ちでミホの満面の笑みを見てしまった少年は声を失って放心している。

 

「それじゃあ、もう行くね?妹さんの誕生日なんだから盛大に祝ってあげてね?バイバイ!」

 

「……え?ちょっと待って!お金渡してないよ!」

 

 走り去るミホを見て少年が我に返ったのか頬を少し赤くして呼び戻そうとするが、聞こえてないのかそれとも聞いていないのか、ミホはそのまま走り去ってしまった。

 

「マスター。」

 

「そうだな、ミホを追うか。」

 

 ブルボンがあの少年の元に行けば商品の料金を受け取ることも可能だと思うが……まぁ、今回はいいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ!ブルボンとマスター!用事が終わった帰り?」

 

「はい。ミホさんにお願いした極秘ミッションは成功しましたか?」

 

 寮へと帰るミホを先回りして出迎える。俺たちを見つけたミホは嬉しそうに駆け寄ってブルボンに抱きついたが、ブルボンからの質問に顔が曇る。

 

「あの、ごめんね?ブルボン。一番最後に書いていた商品は売り切れていて買えなかったの。それにその分のお金も何処かに落としちゃった。」

 

 申し訳なさそうにブルボンに謝るミホ。耳も下に下がって落ち込んでいるのが分かる。しかしトレーナーの俺から見ると、今のミホは商品を買えなかったことよりもどちらかといえばブルボンに嘘をついてしまったことに落ち込んでいる。

 

「大丈夫です。」

 

「ブルボン?」

 

 そんなミホの頭を撫でるブルボン。撫でられるとは思っていなかったのかミホは少し驚いている。

 

「ミホさんが怪我もなく無事に帰ってきてくれただけで嬉しいです。今日のお話をしっかり聞かせてくださいね?」

 

「………うん!!」

 

 ブルボンが言ったことが本心だとミホには分かったのか、笑顔でブルボンと手を繋いで歩き出す。それについて行くが、しばらく歩くとミホが俺の左手を見ていることに気付いた。

 

「ミホ、荷物を寄越せ。」

 

「え?でもマスター「いいから寄越せ。」……うん。」

 

 荷物の入ったカバンをミホから受け取って右手に移し、左手をミホに差し出す。パチクリとその手を見ていたミホだが、理解したのか次第に顔が笑顔になる。

 

「マスター……えへへ。」

 

 ミホが俺の左手を右手で繋ぐ。初めての買い物を頑張ったんだ。寮までなら繋いでやってもいいだろう。

 

「マスター、手を上げるやつやってよ!」

 

「仕方ねぇな。」

 

「きゃー!!!」

 

 俺が手を上げたことで浮かび上がったことに喜ぶミホ。それを表情にはあまり出ていないが楽しそうに見ているブルボン。まぁ、たまにはこんな日があっても良いな。

 夕暮れが近づく道の中。ふとそんなことを思ってしまった。




オリ主……前と同じように帰ってきてから話しまくった。1人で初めての買い物はこの世界に来てから初めてだったのですごく新鮮でとってもワクワクしていた。
ゴールドシップ木は、かなーり疑問に思っていたが前世とは違うし……と思って受け入れた。そのせいでお勉強の項目が増えた。やったねミホちゃん!
少年に買ったものを渡したのは2人ならこうするかな?と思ったから。ブルボンに嘘をついたのはかなり苦しかったが、帰ってからブルボン本人に慰められたので復活した。ちなみに木に扮したブルボンたちを見つければしっかり突撃する。

ミホノブルボン……極秘ミッションという名の買い物をオリ主に頼んだ。自身は用事があって行けないと言ったが嘘は言っていない(オリ主を見守る用事)
トレーナーを連れてきたのは直前の思いつき。マスターもミホさんの成長を見たいはずです。きっとそうです。
オリ主が商品を買えなかったと落ち込んでいる時に、ずっと見ていたしオリ主は偉いと褒めたかったが、自分はそこにいないことになっているのでグッと我慢した。その代わり寮に帰ってからたくさん遊んだし慰めた。
ゴールドシップ直伝の木のふりに謎の自信を持っている。この先通用することはないことをまだ知らない。
ミホを見守るためにタキオンと取引をしていた。薬品ですか?マスターでも大丈夫ですか?いい?分かりました。マスターなら大丈夫です。
次の日にマスターと一緒(巻き込んで)に糸電話を回収した。

ニシノフラワー……オリ主の話をたくさん聞いた後にブルボンからの話を聞いてオリ主を慰めるのに参加した。オリ主が買ってきたもので色々作る予定。久々に3人で寝た。

ミホノブルボンのトレーナー……ブルボンに連れられてオリ主の買い物を見守り隊に強制加入させられた。見守っている最中に1番ハラハラしていた人は多分この人。
前々から悩んでいたオリ主の教育が無事にエントリー。周りと相談して簡単な教材を買いに行く。
損害請求の原因は分かったのでしっかりと払う。ゴルシからの要求はどうしようかと頭を抱えている。ブルボンの借りなのに自分がやるつもり満々である。多分数日後に漁船に乗ってゴルシと一緒に漁をしている。

アグネスタキオン……オリ主と初遭遇時の時からブルボンと出会うと凝視されていたが、今回の件で近づいてきた時は内心ビクビクしていた。
見守り隊に加入してオリ主をブルボンたちとは別のところから見守っていた。後にレポートをもらってブルボンのトレーナーはモルモットとして便利だなと思い始めている。ちなみにこの一件からブルボン凝視は無くなってホッとしている。

ゴールドシップ……面白そうな気配を感じたので全面協力したし、興味があったのでオリ主のことも見に行った。ツッコミ待ちで木のふりをしたが、まさかのスルーでおもしれー女状態。一瞬で姿が消えたのはまぁ、ゴルシだしで納得して?

少年……オリ主の満面笑顔で多分初恋。美少女笑顔は破壊力が高いんよ。この後店主に肩ポンされる。将来の夢はトレーナーになった。

帰り道にブルボンたちを見てしまったデジたん……あ、あれが家族!!だめです!落ち着くのですデジたん!!ここで荒ぶって仕舞えばあの景色が見れなくなります!し、しかし……これはあまりにも……!!ひゃあ!!我慢できない!!エンダァァァァアアアアアア!!!!!!


オリ主豆知識……今の好感度。
フラワー=ブルボン=マスター>タキオン=フジ>>スカイ|超えれる壁|フラワーのトレーナー
カフェがいないのは直接話していないから。話したら壁を乗り越えてスカイの後ろあたり。

実は今回の文章の中にゴルシを縦読みとかで読めるようにしてゴルシが潜んでいるから是非探してね!ってしたかったけど端末の違いで文章がズレるとかそもそもそんな文章を作れないとかで断念した。


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見てると自分も試してみたいと思うよね。

誤字脱字報告ありがとうございます。
今月以内に投稿できたからセーフ!!


「では、早速始めようじゃないか。ミホ君、準備をお願いするよ。」

 

「はーい!」

 

 極秘ミッションが終わって数日が経ったある日。部屋で掃除をしているとアグネスタキオンに呼ばれたのでホイホイと着いていって現在の場所はアグネスタキオンの研究室。どうやらあの極秘ミッション中にアグネスタキオンが言っていたことを実際にやってくれるみたいなのだ。

 アグネスタキオンが指定した器具をアグネスタキオンに抱っこしてもらいながら取り出していく。脚立が近くにあったけど、それを使う前にアグネスタキオンに抱っこされたのでこの方法になった。

 

「そういえば今日はオレを抱きしめていたウマ娘は来ないの?」

 

「抱きしめていた?……あぁ、カフェのことか。カフェなら今日はカフェのトレーナーと一緒にお出かけをする予定だからここには来ないさ。」

 

 みんなからするとオレはマンハッタンカフェの名前は知らないので少しボカして聞くと、アグネスタキオンはそれだけで理解したみたいで今日はマンハッタンカフェは来ないと言う。

 そのことに少しだけ安心する。別にマンハッタンカフェが嫌いというわけではないし、彼女の優しい掴み方は好きな方だ。だけど何というか、お友だちが少し怖いのだ。

 頭を撫でられる時とかはひんやりするなぁ程度なんだけど、たまに胸を押される感じがする時があるのだ。その時に少し胸の中がひんやりとしてくるので、もしかして憑依しようしているんじゃないかとオレは考えている。

 何度か試されているけど全部失敗で終わっているので心配はないと思うけど、それでも怖いものは怖いのだ。

 

「おや?ミホ君、急に震え出してどうしたんだい?寒いのなら冷房を緩めるが……。」

 

「ううん、何でもない!ちょっとぶるっと来ただけだから!」

 

「ふぅン?ならいいのだが……。寒くなったらいつでも言っておくれよ?」

 

「わかった!」

 

 当時の状況を思い出して身体を震えさせてしまったが、それをこの部屋が寒いからだと勘違いしたアグネスタキオンに心配されてしまう。急いで誤魔化したけど、アグネスタキオンのことだから何か察してそうだなぁ。

 そんなこともありながらもテキパキと器具や薬品を取り出して、順次並べていく。

 

「これで準備は完了だよ。早速実験を始めたいところだが、その前にミホ君はこれを顔につけておくれ。」

 

「何これ?」

 

「目に薬品が入らないようにするためのゴーグルさ!ミホ君は人形だから必要ないかもしれないが何事にも例外はある。用心しておくに越したことはないのさ。」

 

 渡してきたゴーグルと同じものを顔につけながらアグネスタキオンが言うので、そういうものかと納得してオレも渡されたゴーグルをつける。渡されたゴーグルはぱかプチ状態のオレにピッタリのサイズで、普通はこんなサイズのゴーグルなんてないはずなのでオーダーで作ったか、アグネスタキオンの手作りなのだろう。

 

「ちゃんとつけたかい?……大丈夫だね。よし、では実験を始めよう!」

 

 ゴーグルをつけたオレの後ろにまわってキチンとつけているかをしっかりと確認してからアグネスタキオンは実験の開始を宣言する。その響きだけでワクワクしてきてしまうが、今からそれだと持ちそうにないので気合いで我慢する。

 

「先ずはこの薬品たちを一つの容器に入れて……助手のミホ君。早速だが仕事だよ。これをこの棒を使ってゆっくりと混ぜておくれ。ゆっくりだよ?」

 

「了解です!」

 

 渡された容器を慎重に受け取ってゆっくりと混ぜていく。しばらくするとしっかり混ざったのか、色が変色した。

 

「タキオン!混ざったよ!」

 

「どれどれ……。ふぅン、十分だね。」

 

「そういえばこの薬品たちってどんな名前なの?」

 

「聞きたいかい?どうせならこの器具たちの用途も説明しようか。時間はまだまだあるからねぇ。よし、なら早速説明しよう!この薬品は──」

 

「ごめんタキオン。オレから聞いといて何だけど、また今度にしてくれると嬉しいかなぁ……って。」

 

「ふぅン?そうだね。先ずはこれを完成させてしまおうか。」

 

 何だかとっても話が長くなる気配がしたので申し訳なさを感じながらも急いで止める。アグネスタキオンも話が長くなる自覚があったのか少し残念そうな顔をしながらも実験を続けることにしたようだ。

 機会があれば話を聞きたいところなんだけど、オレが聞いてもしっかりと理解できる自信がない。よくよく思い返せばアグネスタキオンが何かをオレに説明する時も難しそうな言葉を使うことはなかったので配慮されているのかな?

 うーん、考えてもよく分からないや。先ずはアグネスタキオンも言っていたようにこれを完成させてしまおうかな。

 アグネスタキオンから簡単な作業をやらせてもらいながらテキパキと作業を進めていき、やがて一つの薬品が出来上がった。

 

「これで完成だ!私の計算が合っていればこの薬品は脚力の強化などが期待出来るはずさ!副作用は身体の発光だが……まぁ、いつものことさ!」

 

 完成した薬品は緑色の液体で怪しく発光しているが、アグネスタキオンからするといつものことなので気にしなくてもいいらしい。発光する原因の薬品なんて材料の中になかったと思うのだが、アグネスタキオンが気にしていないということはそういうことなんだろう。ちなみに巨大化する薬とかマッチョになる薬は無いのかとさりげなく聞いてみたところ、無いみたい。だけど何かを考える仕草をとっていたのでそのうち完成すると思う。完成したらマスターの方に回ってきそうだよなぁ。マスターって今の時点で結構ムキムキだけどそれ以上になるのかな?

 

「では早速試しにいこうじゃないか!私のモル……トレーナー君は今は居ないし……ブルボン君のトレーナーの方へ行こうか。」

 

 マッチョ姿のマスターを想像していると、アグネスタキオンに抱き上げられる。そのまま研究室を抜け出してマスターがいるはずの部屋へと歩いていく。

 

「やぁ!モルモット君!お薬の時間だよ!」

 

「だよ!!」

 

「……タキオンとミホか。何か用か……と聞くまでもないな。」

 

 突然部屋に入ってきたオレたちに驚く様子もなく、マスターはアグネスタキオンが持っている薬品に視線が固定され、顔はまたかといっているかのように顰められている。

 

「分かっているなら話が早いねぇ!早速グイッといってくれたまえ!」

 

「たまえ!」

 

「今日は会議があるから勘弁してくれと言ったはずだが……。」

 

 薬品を突き付けるアグネスタキオンだが、会議があるからとマスターは受け取るのを拒む。そのまま2人は飲んでと飲まないで平行線だ。ならここはあれだな!

 

「じゃあオレが飲む!」

 

「「えっ?」」

 

 オレの出番だな!とアグネスタキオンに薬品をもらおうと手を差し出す。2人は突然そんなことを言い出したオレに驚いたかのような顔を向けてくる。

 2人の驚きは分かる。確かにオレは飲み物を飲むことは出来ない。しかし!頭から被れば中の綿に染み込むからそれ即ち飲んだことになるのではないか?

 素晴らしい閃きだと顔をドヤ顔にさせながら手を差し出し続けるが、いつまで経ってもアグネスタキオンから薬品を渡されない。そのことを疑問に思って首を傾げると、2人はお互いに目を合わせた後、同時に頷いた。

 

「おぉっと!!手が滑ってしまったぁ!!」

 

 アグネスタキオンがわざとらしく薬品を床に向けて投げる──ので床に当たる前にオレがキャッチする。

 

「なぁ!?」

 

「危なかったね!じゃあ早速!」

 

 間一髪で拾うことが出来た薬品を頭から被ろうとして傾ける。脚力を強化するって言っていたしどんな風になるんだろうか?

 

「おぉっと!!手が滑ったぁ!!」

 

 容器から薬品が溢れる直前にマスターが叫びながら容器を掠め取ってオレが何かを言う前に飲み干した。

 

「あー!オレが飲むつもりだったのにー!!」

 

「すまんな、手が滑って口に入ってしまった。」

 

「ふぅン、手が滑ったのなら仕方がないねぇ。ミホ君の分はまた今度作ってあげようじゃないか。」

 

「ホント!?約束だよ!」

 

 どうやったら口に薬品が入るんだと身体が発光し始めたマスターに抗議しようとしたが、アグネスタキオンがまた新しいのを作ってくれると言うのですぐに機嫌を戻す。

 

「あー、飲んでしまったのは仕方ない。タキオン、この薬品の効果は何だ?」

 

「脚力の強化だよ。どうかな?何か変化を感じたりするかい?」

 

「ふむ……、何も感じないな。」

 

「ってことは今回のは失敗だねぇ。」

 

 身体が白色に輝きながらマスターが感想を答えるとアグネスタキオンは残念そうに失敗を告げる。オレ的にはまだ薬品の効果が出ていないだけだと思ったのだけど、アグネスタキオンとマスターが言うには副作用である身体の発光が起こっている時点でそれはないらしい。

 

「会議で何と言えばいいのか……。たづなさんは怒ると怖いんだぞ?」

 

「簡単さ、私のせいにするといい。」

 

「はぁ、例えどのような結果になってもそれはしないと前に言ったぞ?無理矢理ならともかく、これは俺とタキオンで決めた契約の内だ。」

 

「……ホント君たちはいつもそうだねぇ。なら勝手にするといいさ。」

 

「あぁ、そうさせてもらう。」

 

 悪戯っ子みたいな顔で自分のせいにすると良いというアグネスタキオンにマスターが契約内だと言うと、真顔に戻って少しすると呆れたような顔になった。

 椅子に座って先程までやっていたであろう作業をマスターが再開させると、これ以上は居ても無駄だと思ったのかアグネスタキオンがマスターに別れの挨拶をしてからオレを抱き上げて部屋から出て行こうとするのでオレも慌ててマスターに別れの挨拶をする。

 

「マスター!またね!」

 

「あぁ、またな。」

 

 

 

 

 

 

 

「全く、トレーナーというものは何であんな感じの人が多いのかね?興味が尽きないよ。」

 

研究室に帰る道中。アグネスタキオンが考えていたことをポロっと溢した。それに反応して顔を上げると、少し微笑みながら彼女は言葉を続ける。

 

「ここに勤めているトレーナーは彼みたいな性格の人がほとんどさ。まぁ、ここに入るには沢山勉強しないといけないから彼みたいな性格の人しか頑張れないだけかもしれないがね。」

 

「ならここにいるトレーナーはみんないい人なの?」

 

「それは違うさ。中には能力は高いがウマ娘を金のなる木としか考えていない者もいる。そういった人は隠すのが上手いからミホ君も気をつけることだよ。」

 

 ミホ君は言葉で騙されやすそうだからねぇと笑うアグネスタキオンに反論したいがその通りなので反論出来ない。でも悔しいので別のことを言うことにする。

 

「タキオンはマスターの言葉に嬉しそうな顔をしてたもんね!」

 

「……さて?なんのことかね?そんなことはなかったはずさ。」

 

「うっそだぁ〜、だってあの時、頬が少し赤くなって──」

 

「ミホ君。少し静かに。」

 

 攻め時だと更に言葉を重ねようとするが、話している途中でアグネスタキオンから静かにしてと遮られた。オレの言葉に被せて言ってきたので照れ隠しかと一瞬思ったが、オレの耳にも誰かが歩いてくる音が聞こえてきたので黙り込んで即座にぱかプチのふりを始める。脱力してただのぱかプチとなったオレを確認してからアグネスタキオンが何事もなく歩き出した。それで──

 

「おや?アヤベ君じゃないか。」

 

「何か用かしら?タキオンさん。」

 

 ふわふわが大好きなアドマイヤベガと遭遇した。




オリ主……楽しく実験をしていた。基本一緒に何かをする時は楽しんでいる。お友だちに悪気がないのは何となく分かるのだが、やっぱり怖い。でもお友だちが高い高いなどをしてくれると秒で懐く。
タキオンの薬は一度試してみたいと思っている。2人に飲みたいと言った時は多分フンスフンスしていた。
アドマイヤベガにロックオンされてしまった。オリ主に明日は来るのか!?(来ます)

ニシノフラワー・ミホノブルボン……タキオンには何かとオリ主のことで世話になっているので最近だとタキオンの所にオリ主が行っても特に気にしていない。前までとはえらい違いである。
ニシノフラワーはそのうちオリ主がタキオンの所に遊びに行ったと知ればお菓子でも持っていきそう。

お友だち……悪気は無い。オリ主の中に入ればあのふわふわを全身で感じれるのではないかと閃いてしまっただけ。どうにか中に入れないかと色々考えている。

アグネスタキオン……オリ主に薬品の説明などをしても分からないだろうからかなりボカして説明している。作者が上手く文章に出来ないからだって?そうだよ!
実験中はオリ主から一度も目を離していないし、薬品も過去に何度も作って作り慣れているものをチョイスした。もし失敗して爆発でもしたら保護者が鬼の形相でやってくるからね、仕方ないね。
オリ主が飲みたいと言い出した時は脳内で是非とも試してみたい気持ちの悪魔とやってはいけない気持ちの天使が壮絶なバトルを開始した。悪魔が優勢だったがマスターの援護で天使が勝った。
叩き割るつもりで床に投げたのに事前に察したオリ主にキャッチされた。

マスター……いつものやつかと思ったらオリ主の飲みたい発言で即座に自分が飲む覚悟を決めた。自分の保護内のウマ娘たちが何かをすれば自分が責任を負う覚悟はある。タキオンには軽く言ったが以前からたづなさんからタキオンのトレーナーと一緒に会議では光るなと注意をもらっていた。多分自力で光量を制御出来るようになった方が早い。
会議ではずっと自分を見てニコニコしているたづなさんに生きた心地がしなかった。え?お話ですか?あの部屋で?あ、はい。分かりました。

アドマイヤベガ……タキオンに何か用かと言っておきながら視線はオリ主に釘付けである。触らずとも感じている。流石ふわふわマスター。
この後タキオンが去ろうとしても自分から絡みに行く。私が見ただけで測定出来ない程のふわふわ力を持っているのに見逃すわけにはいかないわ。

この後1時間ぐらい語り続けるデジたん……ふわふわ対決ですと!?分からない者に説明しましょう!ふわふわ対決とはふわふわが大好きな者同士の魂(自分のふわふわ)をぶつけ合う由緒正しき対決のことです!
しかーし!今回は歴代のふわふわマスターたちの頂点に立つアドマイヤベガさんが挑戦者という前代未聞の事態が発生しています!タキオンさんが持っているあのぱかプチを警戒しているようですが一体どのような力を持っているのでしょうか!?対決が楽しみですね!
アドマイヤベガさんといえば数々のふわふわを網羅しつつ──



オリ主豆知識……頭から被って綿に染み込ませれば飲んだと同じだって?飲めませんし出来ません!!!(迫真のスペ顔)
やってしまうとシミになって洗うことになるフラワーにお叱りを受けるだけです。


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夢中になるモフさ。

誤字脱字報告ありがとうございます!

それにしても……やりたいことが……やりたいことが多すぎる!最近買ったゲームもやりたいし、投稿している小説の続きも書きたいし、思いついた新しい小説も書きたい!
身体分裂出来ないかなぁ……。それかもっと時間が欲しい。


「いや、特に用はないよ。挨拶みたいなものさ、気にしないでおくれ。」

 

「そう……。」

 

 廊下でばったりと出会ってしまった2人。何か用かと聞いてきたアドマイヤベガにアグネスタキオンは何でもないと答える。アグネスタキオンは胡散臭い笑みを浮かべていて、絶対に何かあると普段の彼女を知る者なら警戒しそうなものだけど今回は本当に何も無い。だってオレと話しながら帰っている最中だったし。

 それでも明らかに何かありそうなアグネスタキオンの笑みを前にしたらアドマイヤベガは警戒してすぐに離れる……はずなんだけど一向に離れる気配がない。なんならこっちに歩いてきて話し合いをする距離まで近寄って来た。それとこれはオレの気のせいだと思いたいんだけど……アドマイヤベガの視線がオレに固定されているような……。

 

「タキオンさん、少し聞きたいのだけど……。」

 

「おや?アヤベ君から私に質問とは珍しいね。」

 

「そのぱかプチはどこで手に入れたの?他のとは違う気がするのだけど……。」

 

 アグネスタキオンが少し驚いたような声を出すが、次の質問を聞いて表情そのままに固まった。アドマイヤベガがふわふわ好きというのは彼女のことを知っているウマ娘なら大抵は知っていること。

 そんな彼女がオレを触ればどうなるかは……オレの触り心地を一度味わった者ならよく分かる。絶対離さない。

 アグネスタキオン的には、ぱかプチは何処にでもあるものなのでアドマイヤベガも気にしないと考えていたのだろう。実際、オレの見た目は本当にただのぱかプチだ。触らない限り違いなんて気付くはずがない。

 そんなオレを見ただけで他のぱかプチとは違うことに気付いたアドマイヤベガの観察力?は大したものだ。

 

「……このぱかプチは少し特殊でねぇ、教えることは出来ないんだ。すまないね。」

 

「そう……残念。なら少し触らせて欲しいわ。」

 

 少し時間を置いてからアグネスタキオンはオレの入手経路を誤魔化した。近くのゲームセンターで手に入れたって言えば良かったのにと一瞬考えてしまったが、未だにオレから視線を外さないアドマイヤベガを見てその考えを撤回する。あれ絶対聞いたらすぐに向かって中身がなくなるまでクレーンゲームをやり続けるやつだ。

 手に入れることが出来ないことを残念に思いながらも諦めきれないのかオレを触らせてほしいとアグネスタキオンにお願いするアドマイヤベガ。その両手をよく見てみるとワキワキしており、視線も怖い。

 アグネスタキオンもアドマイヤベガの様子がいつもと違うことに気付いているのか、少し引き気味だ。

 

「触るだけなら別に構わないが……条件が2つある。一つ目、本当に触るだけ。それに私が持ったままの状態でアヤベ君が触る形になる。つまり渡すことは出来ないということだね。この子を揉むのは……軽くなら許可しよう。2つ目、後で私の実験に協力すること。私個人だと応じてくれたほうが嬉しいが、どうするかな?」

 

 アグネスタキオンの実験とは十中八九、薬品を飲むこと。彼女の薬品を飲みたいと思う人なんて少数だろう。なんなら飲んでしまった人がどうなるかなんて2人のトレーナーが証明している。それを飲んだとしても、報酬はアグネスタキオンが持ったままのオレを触るだけだ。

 条件と言っているけど、実質これは否定だ。今のアドマイヤベガが放つ雰囲気を感じてデメリットとメリットの比率をあえてデメリット側に傾けたのだろう。

 普段のアドマイヤベガなら絶対に呑まない条件。だけど今の彼女は普通じゃない。

 

「分かったわ。」

 

「………おや?」

 

「実験に協力すれば良いんでしょ?大丈夫な日は明日と明後日、それから……いや、予定が空いている日を連絡したほうが早いわね。後でメールを送るから確認したら好きな日を決めて頂戴。」

 

「おやおやおやおや?」

 

 あっさりと承諾したアドマイヤベガに流石のアグネスタキオンも困惑を隠せていない。きっとアドマイヤベガなら薬品を飲むことを拒否するので、それを理由にして触らせることは出来ないと否定するつもりだったんだろう。

 その後はそれ以外で触らせてくれる条件は無いのかと詰め寄って来るアドマイヤベガをのらりくらりと躱し続けて諦めるまで待つつもりだったのかな?でもアドマイヤベガはあっさりと最初に出した条件で承諾してしまったのでその計画は使えなくなった。いつものオレなら触るぐらいなら構わないのだけど、何だろう?さっきから身体に悪寒が走るんだ。アドマイヤベガにずっと見られているからかな?

 

「分かっていると思うが、実験とは私が作っている薬品を飲むことだよ?」

 

「えぇ、分かっているわ。」

 

「身体が光るかも知れないよ?アヤベ君もあの2人のように輝きたくはないだろう?」

 

「覚悟の上よ。」

 

「そこまでして触りたいのかい?」

 

「そこまでして触りたいの。」

 

 何とかアドマイヤベガを諦めさせようとアグネスタキオンが次々とリスクを提示するが、アドマイヤベガから諦める気配が全く見えない。

 何なら徐々に近付いて来ており、アグネスタキオンも後ろ歩きで距離を離しているのだが即座に詰めてくる。

 

「他には何かある?全部呑んであげるから早く言いなさい。ほら、ほら。」

 

「ヒェッ。」

 

 やがて壁を背にして逃げ場がなくなったオレとアグネスタキオンをアドマイヤベガが壁ドンをして完全に捕える。正直アドマイヤベガのふわふわ好きを舐めていた。出会ってもなんやかんやで何とかなると思っていたけどこれはダメなやつだ。

 それとオレは今回動かないほうがいいな!動いて意思の疎通が可能とバレたら絶対堕としにくる。一緒に遊びましょうなんて言われた日にはホイホイとついて行って帰れなくなりそう。

 

「……触るだけだよ?すまないね、ミホ君。

 

「分かってるから。」

 

 そこまで言われたら仕方ないとアドマイヤベガが触りやすいようにアグネスタキオンがオレを持ったまま腕を伸ばした。伸ばす直前にオレの耳元で小さく囁いた言葉から、アグネスタキオンはオレを守ろうとしてくれたみたいだ。

 嬉しさでいつものように緩みそうになる頬を必死に固定していると、オレの身体にアドマイヤベガの手が伸びてきて壊れものでも扱うかのように触られ、ゆっくりと揉まれた。

 

「……っ!!」

 

 オレに触るとほぼ同時に硬直するアドマイヤベガ。一向に動く気配を見せないアドマイヤベガにオレ達が不安を感じ始めた時、急に復活して動き始めたアドマイヤベガが高速でオレの身体を揉みしだく。

 でもくすぐったいとか痛いとかそういうのが一切無く、絶妙な揉み心地とすら言える。マッサージを受けているような心地よさで、脱力しそうになるけど何気なしに見たアドマイヤベガの顔にそんな気分は吹っ飛んでいった。

 いつも通りの表情だ。なのに瞬きを一切していない。最初は気のせいかと思っていたんだけど、気付いてから10秒くらい見続けていても瞬きをする様子を見せないから確定だ。

 その表情に恐怖を感じて声が漏れそうになるのは何とか耐えることが出来たが、その代わりとでもいうように尻尾が無意識のうちにアグネスタキオンの腕に絡みついてしまった。

 やってしまったと思い、恐る恐るアドマイヤベガを見るが、幸いなことにアドマイヤベガはオレの身体に夢中なので背中で隠れている尻尾は見えていないようだった。そんなにオレのぱかプチボディに夢中になってくれるのは嬉しいし、人形の性なのか触られるのは嫌じゃない。嫌じゃないんだけど……うん、だいぶ怖い。

 

「アヤベ君、そろそろ離したまえ。」

 

「あっ……。」

 

 そんな気持ちが尻尾に出ていたのか、アグネスタキオンがオレを頭上まで持ち上げてアドマイヤベガから取り上げる。名残惜しそうな声を聞きながら何とか解放されて安心したのも束の間、ただでさえ距離が近いのに更にアドマイヤベガが踏み込む。

 

「タキオンさん、そのぱかプチって買い取ることは出来ないかしら?もし買い取れるのなら幾ら必要?100万円くらい?いえ、こんなにもふかふかだもの、もっと必要よね?1000万円くらいかしら?」

 

「アヤベ君……。」

 

「まだ足りないのね?なら幾らでも払うわ。好きな額を──。」

 

「アヤベ君!少し落ち着きたまえ!」

 

 目にぐるぐるマークを浮かべ、明らかに正気ではないアドマイヤベガにアグネスタキオンは落ち着かせるために頭上に持ち上げていたオレをアドマイヤベガの頭部に目掛けて振り下ろした。

 モフッとした感触に一瞬だけ幸せそうな顔を浮かべたアドマイヤベガだったけど、アグネスタキオンに鼻と鼻が触れ合うぐらいの距離まで近付いていたことにやっと気付いたのか、慌てて距離を離した。

 

「……ごめんなさい、少しみっともなかったわね。」

 

「少し?……まぁいいさ、実を言うとこのぱかプチはフラワー君とブルボン君から預けられた大切な()でね?売り物じゃないのさ。」

 

 自分が今さっきまで行っていた行為に赤面して謝罪をするアドマイヤベガにアグネスタキオンは少し呆れながらもオレの所有権は自分ではないと明かした。

 

「そう……なのね、残念……。でも……。」

 

「アヤベ君が2人にこのぱかプチをどこで手に入れたのかを聞くのは好きにしたらいいと思うが、さっきのようになるのはやめたまえよ。」

 

「分かっているわ。さっきは本当にごめんなさい、私らしくなかったわ……。」

 

 残念がる様子を見せながらも、チラチラとオレを見るアドマイヤベガにアグネスタキオンはすかさず忠告をする。それを聞いたアドマイヤベガは先程までの行為を思い出したのか、再び赤面しながらバツが悪そうに顔を逸らした。

 

「ミホ君の触り心地は私も納得してしまう程だが、まさかアヤベ君をあんなにしてしまうほどとはね。」

 

「えぇ、私もここまでふわふわしたぱかプチは見たことも触ったことも無かったわ。」

 

 アドマイヤベガでさえオレの触り心地は知らなかったということからオレのふわふわ度はかなりのものらしい。オレが自分を触っても少し肉つき?綿つき?が良くなったかな?程度の感触しか感じたことがないためよく分からない。でもみんなが好きと言ってくれるならそれでいいか。

 自分の触り心地ってどんなものなのだろうかと考えていると、2人の会話も終わったのかアドマイヤベガが早歩きでこの場を去っていった。静かになった廊下で念の為に人形のふりを続けていれば、周囲をしっかりと確認したアグネスタキオンに頭を撫でられる。

 

「ミホ君、もう動いても大丈夫さ。」

 

「……さっきの人、凄かったね?驚いちゃった。」

 

「私もさ。まさかアヤベ君のふわふわ好きがあそこまでだったとはね……。ふふっ、それなりの自信はあったのだが私の観察眼もまだまだというわけか。」

 

 オレの頭を撫で続けながらもアグネスタキオンは面白そうにアドマイヤベガが去っていった場所を見つめている。

 

「さて、帰ろうかミホ君。予定外の出来事で当初の予定より時間が過ぎてしまっている。このままだとフラワー君たちがミホ君の心配をしてしまう。」

 

「オレだけじゃなくてタキオンの心配もだよ!」

 

「……ハッハッハッハ!確かにミホ君の言う通りだ!あの2人ならそう思っていても不思議じゃないだろうね。いやはや、今日はつくづく自分の観察眼がまだまだだと思い知らされるねぇ。」

 

 キョトンとした後に可笑しそうに笑うアグネスタキオン。けれどその笑いには嬉しさが感じられる。ひとしきり笑って満足したのか、アグネスタキオンはしっかりとオレを抱きしめた。

 

「ならフラワー君たちを心配させないように急いで帰らないとねぇ。少し揺れるが我慢しておくれよ?」

 

「問題なし!タキオン号の出発だぁ!」

 

 ビシッと進行方向を指差して号令をすると、再び笑い声を出したアグネスタキオンがそちらに向けて脚に負担がかからない程度の速度で走り出した。




オリ主……ヒェッ、フワフワハンター怖い……。となっているが一度しっかりと遊んだら評価が180度変わる。人形なので触られる……構われることが好きであり、アドマイヤベガの行動はどちらかと言えば好ましい方に入る。でも監禁は嫌。みんなに会えなくなるから。
タキオン号を気に入ったので機会があればまた運んで欲しいと考えている。後日、アドマイヤベガが持ってきた乾燥機にフラワーたちと一緒に困惑する予定。

ニシノフラワー・ミホノブルボン……少し前にマスターからオリ主がタキオンと一緒に寮に帰ったと報告を受けたので待っていたのになかなか帰って来ず、出掛ける前にオリ主がこの時間までには帰ってくると言っていた時間を過ぎていたので心配し始めていた。タキオンのところに様子を見に行こうと意見が出たところでオリ主とタキオンが帰宅。遅れた理由を話されて納得した。
後日、アドマイヤベガから乾燥機を貰ったので困惑しつつもくれたのだからとキチンと使用するが、1ヶ月後に新しいのを持ってこられて再び困惑する。そのうちの数台はミホノブルボンのうっかりタッチで破損する。

アグネスタキオン……オリ主のことを聞いてきたアドマイヤベガを見てすぐにいつもと様子が違うことに気付いた。この状態でオリ主に触らせて大丈夫かと考え、拒否する選択を取った。でも様子がおかしいから触らせたくないなんて言いづらいのでアヤベ君ならこれで退くだろうと実験の協力を申し出たらまさかの承諾。その後に色々言っても迷うことなく承諾されたので渋々オリ主を差し出せば、顔には出ていないが推し事に夢中になっているアグネスデジタルみたいな空気をアドマイヤベガから感じてしまった。
それと同時に実験に夢中になっている時の自分と似た感じの空気も感じてしまったので、次の実験は少し控えめにしようと考える。実際にそうしたらマンハッタンカフェから体調を心配される。
オリ主の所有者がニシノフラワーとミホノブルボンであることを言うつもりはなかったが、アドマイヤベガの迫力に負けて言うハメになった。
オリ主を2人の元に返してからアドマイヤベガの発言を思い出し、そういえばオリ主の体内に入っている綿ってどうなっているのだろうかと考え始める。オリ主の力で綿が不思議な触り心地になっているのか、それとも体内に入った綿の性質そのものが変異しているのか……。なお、そのことをオリ主に聞いてしまうと笑顔で縫合跡から体内に手を突っ込み、綿を引き摺り出して差し出してくるというSAN値チェックが入る。

アドマイヤベガ……一目見てオリ主のことをただのぱかプチではないと見抜く。タキオンからの条件も、普段なら拒否するのだが何故かここで拒否してしまうと後悔するぞと謎電波が届いたので承諾した。結果、触ることに成功し、この選択は正しかったのだと確信した。寮に戻ってからあのふわふわは更に昇華することが出来ると今までの経験から判断し、ニシノフラワーたちに乾燥機を持っていくことになる。その後、自分でこれは!と思った乾燥機を見つける度に2台購入して片方を持っていくのだが、そのうち見かねたカレンチャンに止められる未来が待っている。
もしオリ主と意思疎通が出来ることを知ってしまえば本気で堕としにいく。フジキセキの動きを遠目から観察して真似するし、本も買い漁って勉強する。このパターンで1番の被害者になるのは学んだことを実践するためにターゲットにされたカレンチャン。1人の犠牲を出してオリ主に挑むも全く効果がなく、惨敗する結果が待っている。この子は一緒に遊んだほうが効果があるんですよ(ボソッ)
後日、しっかりとタキオンからお薬を飲まされた。

陰から見ていた我らがデジたん(興奮のしすぎで倒れ、陰から見ていた記憶を失う姿)……ひょえぇぇえ!!あ、あれはタキオンさんとアヤベさん!?近い!近いですよ!?あれじゃぁまるでキ、キスしているように……!!びぇぁぁぁぁ!?おっ!おっ!おっ!おっ!お、落ち着くのです!あたし!ここで気を失うのは愚の骨頂!!見届けるのです……精神を落ち着けて心の瞳で見るのです……そうすれば……!えっ!?少し見ていないうちに距離を離している?アヤベさんは何故赤面を……?ま、まさか!?やっちゃったのですか!?あ、アヤベさんが帰っていきます。あんな赤面で早歩きで……?つ、つまり?びぇやぁぁぁぁ!!も、もう無理でしゅ!!爆発しましゅゥゥゥゥゥゥ!!!
…………あ、あれ?何故あたしは保健室に?それになんだかとっても良い景色を見ていたような……?




オリ主豆知識……人形なのでその気になれば瞳を動かさなくても周りを見れる。アドマイヤベガの顔を気付かれずに見れたのはこれのお陰。


デジたん凄い。文字打ってる時は流石にやり過ぎかなって思ったのに後から読み直せば「あ、デジたんだ。」ってなる……。
あと日が空いてから書くとこのパターンって前に書いてないよね?って不安になっちゃう!!


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看病!

久しぶりです。もう忘れられてそうなので初投稿です(ボソっ)


「……37度8分。熱だね。」

 

「あぅぅ……。」

 

 少し頬が赤くなっているニシノフラワーの腋に挟んでいた体温計を引っこ抜き、表示されている体温を確認する。

 事は今朝、いつもの時間に再起動したオレが同じ布団で寝ているニシノフラワーを起こそうとすればなんだかいつもよりニシノフラワーの身体が熱く、もしかしてと体温を測ってみれば案の定といった感じ。

 

「ブルボン、やっぱりフラワーが風邪ひいてたよ!」

 

「分かりました。学園には私が報告しておきます。」

 

「でもブルボンさん……。」

 

「許可出来ません。微熱でも熱は熱、ゆっくりと休むことを推奨します。」

 

 隣で準備を整えているミホノブルボンに結果を報告していると、ニシノフラワーが起き上がろうとする。それをオレは腕にしがみつくことで阻止しようとするが、ぱかプチだと重さなんてないものなので全く意味がない。ぐぬぬ、エネルギー消費で重さを増やすことは出来るけど病人に負担をかけるわけにはいかない。

 何とかニシノフラワーをベッドに寝かそうと奮闘していると、準備が終わったミホノブルボンがニシノフラワーを優しくベッドに押し戻してくれた。

 

「では行ってきます。ミホさん、フラワーさんの看病任務を依頼します。」

 

「その依頼、しっかりと受注しました!ブルボンも気を付けていってらっしゃい!」

 

 オレにニシノフラワーの看病をお願いしながらカバンを持って玄関の扉に手をかけたミホノブルボンに、報酬は帰ったらオレの頭を撫でることですとビシッと敬礼をしながら返事を返すと、ミホノブルボンは自分の手を見つめ、見よう見まねだけど微笑みながらオレの真似をしてから部屋を出ていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「さてっと、いつものお仕事頑張りますか!」

 

 ご飯を食べてから再び寝入ったニシノフラワーのおでこに報告を終えて一度戻ってきたミホノブルボンから受け取った冷えピタを貼り付けてから日課の掃除をする準備を整える。

 掃除道具などが収納されているところまで出来る限り足音を立てないようにポテポテと歩き、掃除機を慎重に取り出してコードを伸ばす。

 

「あ、でもフラワーが寝てるから掃除機かけれないや。」

 

 コンセントを挿して後はスイッチを押すだけの時にハッと気付いた。掃除機の音はうるさいから絶対に起きるしよくよく考えてみると病人の近くで掃除機をかけるなんて迷惑以外の何者でもない。

 

「それに掃除機以外でも掃除は出来るもんね!」

 

 音を立てすぎないように掃除機を収納して今度は箒と塵取りを取り出す。掃除機に速度は負けるけど静かさなら断然こっち!廊下からせっせと箒で埃を掻き集めて塵取りに入れていく。

 

「でも箒だと埃が舞うなぁ……。」

 

 チラッと上を見上げるとそこには舞った埃がそこそこ見える。ニシノフラワーはオレに病気をうつすわけにはいかないとマスクをつけて寝ているけど、部屋を箒で掃くのはやめといたほうがいいよね。

 

「ま、まだ掃除をする手段はあるもんね!」

 

 塵取りの中の埃を蓋がついているゴミ箱に捨ててから今度はバケツに水を入れる。ある程度水が入れば近くに置いていた雑巾を濡らしてからしっかりと絞る。

 

「これなら静かに掃除が出来る!」

 

 誰に向けたものでもないドヤ顔を披露しつつ、先に箒で掃いていた廊下を拭いていく。そして本命のニシノフラワーが寝ている部屋の近くまで来た時、薄々察していた問題が発生した。

 

「手が重い〜!」

 

 水をたっぷりと含んだ手がとっても重い。エネルギーを消費して乾かしても雑巾に触るとじんわりと水がオレの手に含まれていく。

 

「こ、こんなはずじゃ……うぅ、撤退だぁ。」

 

 エネルギー消費が酷く、綿の消費量とそれに伴う結果があわないため泣く泣く諦めることになった。

 

「どうしよう?やれることが……無い!!」

 

 ニシノフラワーの隣に座り、オレにやれることを考えてみたのだけど、何にもない。いつもの掃除は出来なかったし、服を畳むのは昨日2人と話しながら早々に終わらせた。オレの身体を洗濯しようと思っても洗濯機を回すわけにはいかない。

 うんうんと腕を組んで悩んでいると、ピンと頭に豆電球が浮かんで閃いた。あるじゃないか、今この時にしか出来ないことが!!

 掃除に夢中で忘れかけていたミホノブルボンからの任務を思い出したのでベッドから飛び降りて冷蔵庫に向かう。子どもモードで扉を開き、中の野菜を一つ取り出す。

 

「ふっふっふ、風邪にはネギって聞いたことがあるからね!」

 

 前世のうろ覚え知識を思い出しながらネギを持ってニシノフラワーのもとに戻る。えーと?確かネギを首に巻けば良かったんだよね。……病人の首にネギを巻くの?なんか違うような気がする。

 

「首に巻いたら絶対息苦しいよね。でも首に巻くのはしっかりと覚えているし……。」

 

 あっちへこっちへネギを両手に持ったままふらふらと歩き回る。首は首でも手首とか?いや、ちょっと待てよ?

 

「別に病人に巻かないといけないってわけではなかった気がする!」

 

 前世の記憶も病人に巻くとは出てないからね!答えは得たので善は急げとオレの首にネギを巻く。ネギの匂いが身体についてしまう可能性があるけどニシノフラワーのためだ。なんてことないね!

 

「これで良し……。他にも何かあったかな?」

 

 再び考え始めると、壁に立てかけていた箒が音を立てて倒れた。急な音にびっくりして尻尾がピーンと伸びてしまったが、誰も見ていないのでふーと息を吐く。一応今のでニシノフラワーが起きていないか確認してみたけどしっかりと寝ているようで寝息をたてている。

 でも何で箒が倒れたんだろ?立てかけ方が悪かったのかな?そう言えばこういうのがあった時は前世の親は幽霊の仕業ってよく言ってたっけ。

 細かいことでよく騒ぐもう会うことはできない親を思い出していると本日2度目の閃きが頭に巡る。

 

「そうだ……!幽霊だ!」

 

 何でこれを思い付かなかったのか、マンハッタンカフェにもお友だちという幽霊がいるじゃないか!幽霊は身体が弱った人に近付いてくるって聞いたような気がするからもしかしたらニシノフラワーは既に狙われているかもしれない。

 急いで対策をしなければと転がるようにベッドから飛び降りて調味料が置いている場所まで走り、あるものを取り出す。

 

「えっと、幽霊には塩で良かったんだよね?盛るぐらい必要だから……これぐらい?」

 

 塩の入った容器をひっくり返して取り出しておいた皿の上に盛る。ちょっと盛りすぎた気がしなくもないけど盛った分だけ効果があるかもしれないので気にしない。

 空になった塩の容器を元の場所に戻してから盛り塩を持ってニシノフラワーのベッドに戻る。

 

「これで良し……!でもフラワーの身体に既に幽霊が入ってたらどうしよう?」

 

 汗を拭うような仕草をしていると今度は別の可能性が頭をよぎる。マンハッタンカフェのお友だちもオレの身体に入ろうとしてくるのだ。他の幽霊も弱った人の身体に入るぐらいわけのないことかもしれない。

 

「でもどうやったら追い出せるんだろう?儀式でもする?」

 

 どうしようもないので取り敢えず目についた小物をニシノフラワーを囲むように置いて儀式場みたいな感じにしていく。

 

「儀式って言ってもこの後どうすればいいんだろう?踊ればいいのかな?」

 

 オレでも踊れる踊りを考えてみてもなかなか浮かばない。前世なんて踊ったことがないし、この世界でもミホノブルボンやニシノフラワーが踊りの練習をしていたのを近くで見ていただけだ。

 あ、でもうまぴょい伝説なら踊れるかもしれない。よく知っている曲だったから2人が踊っているところも記憶に残っている。細かい動きは分からないけど、そこは雰囲気で踊ればいいだろう。

 ってことで早速踊ってみよう。えーと、確かこんな感じで……。

 

「ふぅン?可愛い踊りだが病人の前では静かにするべきだよ、ミホ君。」

 

「うまぴょい!うまぴょォ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっと……、いつからタキオンはここに?」

 

「ミホ君が踊り始めたくらいからだねぇ。」

 

 オレを膝に乗せたアグネスタキオンにオレが質問をすれば、ほぼ最初から見ていたと微笑みながら答えられた。

 ついでに何故ここに来たのかと聞けば、フジキセキ経由でニシノフラワーが熱を出したことを知り、オレのことも知っているから用事で離れられない私の代わりに様子を見てきてほしいとフジキセキに頼まれたらしい。

 そして部屋の前に来てノックをしてみても反応がなく、寝ているのかと思ってフジキセキから借りた合鍵を使って中に入ってみたら一生懸命踊っているオレがいたと。

 

「まだまだ粗いところはあるがしっかりと踊れていたよ。」

 

「うぅ、出来ればその話はもうお終いにしてほしい。」

 

「おっと、それはすまないねぇ。」

 

 褒めてくれるのは嬉しいけど、出来れば完璧に踊れるようになってから見てほしかったと両手で顔を隠したオレを見てアグネスタキオンは流石に弄りすぎたと思ったのかオレの頭を撫でる。しばらく撫でた後でオレの頭から手を離し、今度はニシノフラワーの頬に手を添えた。

 

「ふぅン、熱はまだ少しあるね。大丈夫だとは思うが、明日も熱が下がらないようなら一度病院に行ったほうがいい。」

 

「分かった。フラワーが起きたら伝えておくね。」

 

 ミホノブルボンが帰ってきたら今のことを伝えてマスターと連絡をとっておこう。きっとニシノフラワーのトレーナーにも今日の話はいっているはずだからマスター経由で話は伝わるはず。

 忘れないように一応メモに今の内容を書いておき、書き終わるとアグネスタキオンに抱き上げられる。そして顔の向きを変えられると、目の前にはオレが準備した様々なものが散乱していた。

 

「ミホ君、きっと君のことだからフラワー君のためを思って色々したのだと思うのだが……。ちゃんと片付けておくんだよ?」

 

「え?うん、もちろん片付けるつもりだけど。」

 

「怒ったフラワー君は怖いからねぇ。私はフラワー君の後ろに鬼の幻覚が見えたほどさ。」

 

 身体をぶるっと震わせながらアグネスタキオンが遠い目をしているのを見ながらニシノフラワーの鬼の姿を思い浮かべてみるけど、鬼のコスプレをしたニシノフラワーがガオー!って言っている姿しか出てこない。

 

「おや?もうこんな時間みたいだ。そろそろブルボン君がトレーニングから帰ってくる頃だろうし私は失礼するよ。」

 

「あっ、そういえばタキオンは今日のトレーニング……。」

 

「心配いらないさ、今日のトレーニングは元々お休みだったのさ。」

 

「そうなんだ。今日はありがとう!」

 

「何、構わないとも。あぁ、そういえばミホ君に伝えることがあるんだ。」

 

 玄関までアグネスタキオンを見送りに行くと、振り返ったアグネスタキオンが真剣な表情でオレを見つめる。あまりにも真剣な表情だったので思わずないはずの唾を飲み込んでしまう。

 

「な、何かな?」

 

「ミホ君が巻いているネギ、当人じゃないとあまり効果がないよ。」

 

「本当!?」

 

「さらに言えば、潰したり切ったりしてからガーゼなどで首に巻いたほうがもっと効果的だねぇ。」

 

「マジでぇ!!?タキオン凄い!!」

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま戻りました。」

 

「おかえり!ブルボン!」

 

「おかえりなさい、ブルボンさん。」

 

 アグネスタキオンが帰った後、散らかした小物を片付けているとニシノフラワーが起き、平熱まで熱が下がっていたのでお喋りをしているとミホノブルボンが帰ってきた。

 

「フラワーさん、体調はどうですか?」

 

「だいぶ良くなりました。ミホさんのおかげですね。」

 

「ふふん!凄いでしょう!」

 

「で・す・が!食材を粗末に使うのは感心しません。」

 

「あうぅ……。」

 

 胸を張ってドヤ顔を披露すると、その直後にニシノフラワーがオレの首筋を撫でながら忠告する。既にネギは巻いていないが、オレの身体にはネギの汁が染み込んでツンとした匂いを放っている。これ洗濯で落ちてくれるかな?

 ドヤ顔から一転してシュンとしていると、ミホノブルボンに抱き上げられた。

 

「ミホさん、任務完了です。報酬をどうぞ。」

 

 そう言いながらオレの頭を撫でてくれるミホノブルボンにシュンとした気分は一瞬で吹き飛んで再びドヤ顔になる。他の人が見ればチョロいと思われそうだけど、ここには2人しかいないので問題ない。

 

「今日は久しぶりに3人で寝ましょうか。」

 

「でもブルボンさんに病気を移すわけには……。」

 

「きっと大丈夫です。」

 

 私は病気にはなりませんと無表情ながらに自信に満ちた雰囲気でミホノブルボンは答える。その姿を見たオレとニシノフラワーはお互いに顔を見合わせ、同時にくすりと笑ってしまった。

 

「それじゃあ、お邪魔してもいいですか?」

 

「はい、ミホさんも。」

 

「うん!でも今のオレ、ネギ臭いよ?」

 

「構いません。むしろ病気の予防になるでしょう。」

 

 その後、食事や入浴、明日の準備などを整えた後、アグネスタキオンから聞いたのかオレの踊りを見たいとミホノブルボンに言われ、2人の前で必死に踊ってから3人で固まって就寝した。2人の体温はやっぱり心地良く、この時だけは自然に眠ることが出来ないことが惜しいなと思ってしまった。




オリ主……初めて誰かの看病をした。と言っても小物を並べたりネギを巻いたり塩を盛ったぐらい。不意打ちで踊りをタキオンに見られた時は恥ずかしかったが、フラワーとブルボンの前では喜んで踊っている。

ニシノフラワー……無事に治った。原因は疲労。トレーニングに精を出しすぎた。実はちょくちょく起きていて、その度にオリ主が部屋の中をちょろちょろ歩いているので寂しい思いはしなかった。タキオンの鬼発言は聞いていない。聞いていたら次の日お話が始まる。

ミホノブルボン……フラワーの昼飯などを持ってきたりと何回かは戻ってきている。フラワーの体調は心配だったが、オリ主がそばにいるから大丈夫とトレーニングと授業に集中していた。
トレーニング帰りにタキオンと出会ってオリ主が踊っていたことを聞き、自分たちも見たいとオリ主にお願いした。

アグネスタキオン……フラワーの様子を見に部屋に入ればフラワーを小物で囲んで踊っているネギを巻いたオリ主がいたので取り敢えず撮影した。

1を聞いて100を生み出すデジたん……さっき気付いたのですが、今日はフラワーさんがいませんね。何かあったのでしょうか?ん?あれはブルボンさん?……何ですと?フラワーさんは今日はお休み?な、何かあったのでしょうか!まさかブルボンさんと夜通しで……!いえ、落ち着きましょう。きっと熱か何かです。で、でももしかしたら……一応ネタ帳にメモしておきましょう!!



オリ主豆知識……人形なので病気にはなりません!まぁ、みんな知ってるよね!



たまーにこれ前にも同じ文・似たような文を書いた気がするってなって全話見直すんだけど特にそんなものなくて首を傾げる時があるんだけど自分だけだろうか。



ところでセイウンスカイの双子としてTS転生してなんやかんやあって同じトレーナーを好きになるんだけどお互いに恋愛よわよわなので上手くいかず、お互いに発破しあって突撃して自滅・迎撃されて横になる話を思い付いたんですけど……誰か書いて!


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満足するほど貰っていたものが突然少なくなれば物足りなくなるよね。

正直に白状します。魔法少女とロボット系のジャンルにハマって色んなサイトを巡って読み漁ってました!!!

追伸、始めてUFランクのウマ娘を作れました。ちなみにアグネスタキオンです。


「えっと、それじゃあ暫くは2人とも忙しいってことだよね?」

 

「はい、ミホさんにはあまり構うことが出来なくなっちゃいますが……。」

 

「大丈夫だよ!トレーニングに集中してくれた方がオレもうれしいから!」

 

 ニシノフラワーの体調がすっかり良くなってから早数日。バレないようにコッソリと経過観察をして問題ないことに密かに安心していると、2人から5月末にあるレースに向けてトレーニングを行うため暫くはいつものように遊ぶことが出来ないと告げられた。

 特にニシノフラワーは病気になってトレーニング出来なかった分を取り戻そうと、いつもより更に張り切っているようにも見える。

 ならオレは2人を応援するべきだ。いつものように遊べないのは少し……いや、かなり辛いけど、オレに構ったことで結果的にレースに負けてしまいましたなんてなったらそっちの方が遥かに辛い。

 

「2人がレースを頑張るならオレは2人を応援する練習を頑張らないとね!」

 

「ふふっ、ミホさんの応援が楽しみです。」

 

 フレーフレーと2人の前でチアガールのような動きをしてみると、2人の申し訳なさそうな表情が嬉しそうな表情に変わった。うん、やっぱり笑顔の方がオレは好きだな。

 よし、ならオレはしっかりと踊りの練習をしないとね!応援と言えば声かけもあるけど、どうせなら踊りも混ぜてみたい。だけどぶっちゃけるとオレが踊れる踊りなんて2人が踊りの練習をしてるのを真似しているだけだからお粗末なものだし、その踊り自体もウイニングライブで踊るものなので応援中に踊るべきではない……と思う。つまり何一つ踊れるものがない!

 一から覚えるのはきっと大変だと思うけど、2人が喜んでくれるなら問題なし!よし、頑張るぞー!おー!

 

 

 

 

 それから練習を始めて更に数日、2人がトレーニングに集中している頃、オレが何をしているかというと……自室でへばっている。

 甘く見ていた。2人に暫く構えなくなると言われた時は出会った最初期に戻るだけだと思っていた。だけど違ったのだ。当たり前にあると思っていたものがいきなりなくなってしまうとかなり辛い。

 

「うぅ、2人に褒められたい。高い高いして欲しい。でも2人のトレーニングを邪魔するわけにはいかないし……。」

 

 床にグデーとしながら自分の中の欲望をつい口に出してしまう。一度我慢出来ずにフジキセキやアグネスタキオンにおねだりしてやってもらったのだけど、やっぱりニシノフラワーとミホノブルボンの2人にやってもらった方が嬉しいというか何というか……うー、言葉にし辛い。フジキセキやアグネスタキオンのも嬉しいし満足もしたのだけど、得られるものが違うというか……。そこまで時間がかかるわけでもないので、2人にお願いすればすぐにしてくれるだろうけど、一度邪魔しないと言ったのに構ってというのも嫌だし……。

 勿論、2人だっていつまでもトレーニングをしているわけではないので、その日のトレーニングが終わってからお願いするって方法もあるんだけど、疲れている時にお願いしても良いのかとモゴモゴしているうちに就寝時間がきてしまう。丸一日お休みの日は構ってもらえるから満足するのだけど、その後でまた構われなくなるので構われたい欲が更に増えるという悪循環。

 

「辛い……。」

「ミホさん?どうかしたのですか?」

「ふぇ!?フラワー!?いつからここにいたの!?」

 

 思わず口から漏れた言葉にいつの間にか部屋に帰ってきていたニシノフラワーが反応する。どうやらオレの呟きは聞こえていなかったらしく、首を傾げてオレを見つめているだけだ。

 良かった、呟きが聞かれていたら余計な心配をかけるところだった。迷惑をかけたくないって言っておいてすぐにこれは流石に反省しないとね。

 とりあえず誤魔化そう。でも嘘はダメだ。ニシノフラワーなら見破ってくると思うし、オレも嘘なんて吐きたくない。ここは自分の本心を混ぜつつ、今のオレの状態にあうセリフを吐かなければ……。

 

「あのね?フラワー、実は……。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、私のところに送られて来たわけですか。」

 

「うん、そうなの。」

 

 ニシノフラワーが部屋を去った後、オレから本当の理由を聞いたセイウンスカイが納得したかのように頷いた。あの後、ニシノフラワーに率直に寂しいと言えば、彼女にも思うところがあったのか何かを言う前に抱きかかえられて運ばれてセイウンスカイに預けられることになったのだ。

 

「それで?ミホは何をやっているので?」

 

「応援ダンスの練習!」

 

 トレーナー室のソファに寝転がっているセイウンスカイを横目に、とりあえずチアガールの真似をしようと自作したボンボンをふりふりしながら短い脚を必死に上げる。

 パカぷち状態の場合だと頭のバランスが悪くてよく転ぶのだけど、いつ人が来るか分からない場所で子どもやリアル状態になるのはリスクが大きすぎる。

 そんな感じで3回に1回は転んでいるオレをセイウンスカイは眠そうな目で見つめ、暫くすると何処からともなく猫じゃらしを取り出し、ふりふりと上下に振り始める。

 ふりふり、ふりふり、と一定のリズムで振られる猫じゃらしだが、オレの意識を向けるにはあまりにも弱い……弱い……弱……しょうがないなぁ!ミホノブルボンの指じゃらしで鍛えられたオレの実力を見せてやるかぁ!これはオレの実力を見せるためにしょうがなくやるのであって、遊びたくなったわけではないからね!

 ウズウズした気持ちを押さえながらボンボンを取り外し、セイウンスカイの猫じゃらしに狙いを定めてから、全身を使って跳びついたのだった。

 

 

 

 

「にゃはは〜、もう終わりかなー?」

 

「ま、まだまだぁ!」

 

 意気揚々と猫じゃらしに跳びついたのだけど、セイウンスカイの猫じゃらし捌きは卓越していた。あっちへこっちへと縦横無尽に移動する先端は、獲ったと思ったのにスルリと手の内から抜けていく。

 何ということでしょう。指じゃらしマスターと自称しているオレが手も足も出ない。井の中の蛙というのはこう言うことだったのか……。

 

「ぐぬぬぬぬ、なら超必殺!」

 

「おやおや、奥の手ですか?」

 

「ふっふっふ、度肝を抜くといいさ。トゥ!」

 

 余裕の笑みを浮かべるセイウンスカイに向けて跳躍する。狙いは猫じゃらし……ではなくセイウンスカイの腕。がっしりとしがみついてから落ちないように注意してヨジヨジとよじ登っていく。ミホノブルボンの指じゃらしを幾度も捕らえてきたオレの必殺技だ。流石のセイウンスカイも太刀打ちは出来ないはず!

 

「これは予想外。でもセイちゃんには効きませんよー。」

 

「何ですと!?」

 

 手の甲までよじ登り、後少しというところで猫じゃらしがもう片方の手に移っていく。しまった!指じゃらしと違って猫じゃらしは移動が可能だ!これじゃあこの技は必殺技には足り得ない!

 

「ギブアップですかー?」

 

「むむむむ、ギブアップ……です。」

 

 何度かチャレンジしてみたけれど、猫じゃらしに触れることすら叶わない。完敗だ。セイウンスカイ、恐るべきウマ娘だよ。とりあえず完敗と示すために机の上に仰向けに寝転んだ。

 

「それじゃあ、敗者には罰ゲームです。何にしようかなぁ?」

 

 ニマニマと笑いながら初耳の罰ゲームをセイウンスカイは考え始める。しかしオレは何も言わない。敗者に発言権は無いのだ。

 

「決めました!ミホはセイちゃんの枕になってもらいましょう。いやー、前に一度体験してから気になっていたんですよー。」

 

 大の字で寝転がっているオレをセイウンスカイが持ち上げると、ソファに置いているクッションの上にオレを寝かせた。そしてオレのお腹にゆっくりと頭を置いた。

 

「……重くないですか?今更ですけど嫌だったら断ってもいいんですよ?」

 

「大丈夫だよ。今回はボロ負けだったけど、次は完勝するからね!その時まで首を洗って待っているといいさ!」

 

「まだまだセイちゃんは負けませんよーだ。しっかり確認は取れたことだし、ミホ枕を堪能させてもらいましょうかねぇ。ふぁぁ……。」

 

 大きな欠伸をした後に、セイウンスカイはオレのお腹に顔を埋めて寝息を立て始めた。寝たのかと思って試しに頭を撫でてみると、耳がピクピクと動くので本当に寝たわけではないようだ。

 話しかけてもいいと思うけど、今のオレは枕だ。ならセイウンスカイが満足するまで枕にならないとね。次に勝負する時までに猫じゃらしの攻略しないとと考えを巡らせながら、ニシノフラワーの真似をしてセイウンスカイの頭を撫で続けることに徹することにした。

 

 

 

 

 

「お〜い、スカイ〜?いるかい?」

 

 髪の毛ってこんなにモフモフするんだと驚愕しながらセイウンスカイの頭を撫でていると、部屋の外から男性の声が聞こえてきたので撫でるのを中断してぱかプチのふりをする。

 暫くすると、眼鏡をかけた優しげな顔をした男性が部屋の中に入ってきた。さっきの親しげな声かけから恐らくこの人がセイウンスカイのトレーナーなのかな?

 

「あ、スカイ。いるなら返事を……って寝ているのか。うーん、次のレースの話をしたかったんだけどなぁ。」

 

 部屋に入ってきた男性は寝転んでいるセイウンスカイを見つけて声をかけたけど、寝ていることに気付いたのか少し困ったような雰囲気を出しながら頭をかいている。セイウンスカイはちょっと前までは起きていたのだけど、今は完全に眠りの世界へと旅立ってしまったのだ。

 男性は困ったようにオレにがっしりと腕を回してうつ伏せで眠っているセイウンスカイを見つめていたが、仕方ないと言いたげに息を吐くと冷蔵庫に飲み物を入れた後で部屋の奥に進み、窓を開けてから椅子に座ってから鞄から書類を取り出して目を通し始めた。

 起こさないんだと思ったけど、それと同時にセイウンスカイのトレーナーらしいとも思ってしまった。でも窓を開けたのはダメかもしれない。

 少し暖かい微風が部屋の中に入ってきて、セイウンスカイの表情が更に安らぐのを確認しつつ、オレはそう思うのだった。

 

 

 

 そんなこんなで時間が経過し、男性が冷蔵庫の中から色々取り出して完全にリラックス状態に入ったが、セイウンスカイはまだ起きない。本人の顔はふやけており、枕になっているオレからすると涎が垂れてこないか少し不安になっている。大丈夫だよね?垂れてこないよね?

 何とか体勢を変えて涎が垂れてきたら即回避出来ないかと男性にバレないように試行錯誤していると、部屋の扉がノックされる音が鳴った後、1人の女性が入ってきた。

 

「あ、たづなさん。お疲れ様です。」

 

「はい、トレーナーさんもお疲れ様です。」

 

 2人に増えてバレる可能性が上がったので動くのは一旦やめてお互いに労った後で部屋に入ってきたたづなさんが男性と業務連絡を始めたのをただ眺める。正直話が難しすぎて分からないのでこれぐらいならと2人に気付かれないように人が入ってきたのに未だにぐっすりと眠っているセイウンスカイの頬をこっそりむにむにしていると、見られている感じがしたのでそっちを見てみると、たづなさんと目があった。

 

「あら?この子は……。」

 

「おや、たづなさん。スカイがどうかしたんですか?」

 

「あ、いえ、何でもないです。それよりもトレーナーさん!明日のお出かけについて話があるので少しお時間をいただけませんか?」

 

「時間は……大丈夫ですね。スカイはまだまだ起きなさそうですし、今日はお休みにしますか。ここだとスカイが起きるかもしれないので外の自販機の前でいいですか?奢ります。」

 

「まぁ!ありがとうございます!」

 

 もしかしてバレた?いや、でもオレの頬揉みは頬に手を添えていた程度なので見た程度なら分からないはず。それにまだバレた訳ではないし、ただ気持ち良さそうに寝ているセイウンスカイを見ていただけの可能性の方が遥かに高い。

 

「んん……、んー?」

 

「あ、起きた。」

 

「んー?寝ちゃってましたか。どれくらい寝てました?」

 

「1時間ちょっとかな?さっきスカイのトレーナーが来てたよ。」

 

「あちゃ〜、今日は次のレースの話をするって言ってましたっけ……。」

 

 バレたかどうかを2人が外に出てからぐるぐる考えていると、セイウンスカイが起きたようだ。睡眠から目を覚ましたばかりからなのかセイウンスカイは眠たげに目を擦りながら冷蔵庫を開いて中にあった水を飲み始めた。

 

「あ、スカイ、それは……。」

 

「ん〜?もしかしてミホも水を飲みたいのですか?どうしよっかなぁ〜、セイちゃんの水はお高いですよ〜?」

 

 ニマニマと笑ってそんなことを言いながらも、セイウンスカイは冷蔵庫の横に取り付けられている束の紙コップを一つ取り出している。でもオレは水が欲しいわけじゃない。そもそも飲めないからね。

 んー、言った方がいいのだろうか?今セイウンスカイが飲んでいる水はトレーナーが買ってきて飲んでいたやつだって。言わなかったとしても遅かれ早かれ気付くならオレしかいない今の方がいいか!

 

「スカイ、あのね?スカイが今飲んでいる水はトレーナーがさっき飲んでいたやつだよ?」

 

「………………へ?いやいやいや、これはセイちゃんのですよ?だってミホが来る前とおんなじ場所に置いていましたし、それに──」

 

 オレの言葉に硬直したセイウンスカイだったけど、すぐに再起動したと思えばまた停止した。わなわなした動きで冷蔵庫の中に手を突っ込み、取り出したのはセイウンスカイが飲んでいたものと同じ柄のペットボトル。しかもそっちにはセイちゃんの物で飲んだら罰金とまで書かれている。

 

「でもスカイ、安心して!スカイのトレーナーは直接口につけて飲んでないから!……スカイ?」

 

 固まっていたセイウンスカイを安心させようとして、割と重要なことを両手にペットボトルを持って硬直しているセイウンスカイに言ってみたが、全く反応がない。

 

「スカイ?どうしたの?」

 

「………ミ。」

 

「ミ?」

 

「ミミミミミミミミミミ──。」

 

 大丈夫なのかと回り込んで正面から顔を覗き込んでみると、側からみても分かるぐらい顔を真っ赤にして今にも爆発しそうなセイウンスカイがそこにいた。何度か声をかけてみるけど反応がなく、困り果てていると足音が聞こえてきたので一旦ぱかプチに擬態したけれど、入ってきた人を見て即座に辞めて走り出す。

 

「スカイさん、ミホさんをお迎えに来ました。」

 

「フラワー!おかえり!」

 

「ミホさん、いい子にしていましたか?それとスカイさんは何処に?」

 

 跳びついてきたオレを危なげなく抱きかかえたニシノフラワーがキョロキョロと部屋を見渡すけれど、セイウンスカイを見つけられないようだ。

 

「あっちにいるよ。冷蔵庫の前でしゃがみ込んでるから見えないね。でも今は行かないほうがいいかもしれない。」

 

「どうしてですか?」

 

「スカイは……爆発する!!」

 

「えぇ!?スカイさん!大丈夫ですか!?」

 

「間接……間接……ミ、ミ、ミャァァァァァァァ!!!」

 

 ニシノフラワーの驚愕の叫びと、耳まで真っ赤になったセイウンスカイの爆発は、ほぼ同時だった。




オリ主……指じゃらし世界王者(自称)だったが、猫じゃらしに完全敗北した。最初の時は別に構ってもらえなくても平気だもんとフンスフンスしていたが、数日待たずに撃沈した。

ニシノフラワー……心配そうに覗き込んできたオリ主にはしっかり気付いている。ぱかプチの姿で端っこからチラチラしてたら丸見えなのだが、微笑ましかったので指摘はあえてしなかった。でも指摘してあわあわするオリ主も見てみたかったとかなんとか。

ミホノブルボン……猫じゃらしに完敗したオリ主の話をニシノフラワーから聞いたので励ますために猫じゃらしを持参したが、オリ主を完封してしまった。その日は一緒に寝た

セイウンスカイ……猫じゃらし世界王者(オリ主命名)。オリ主枕が想像以上に心地良く、ぐっすりと寝てしまった。そして起きたらオリ主から爆弾発言を聞いて爆発した。現在は二つの意味で寝不足気味。

セイウンスカイのトレーナー……セイウンスカイと同じものを買ってきたのは愛バが飲んでいるものが気になったから。セイウンスカイが間違えて飲んでもいいように自分が飲む時はコップに入れて飲むタイプ。
セイウンスカイがミホノブルボンのぱかプチを抱いて寝ているのを珍しいと思っていたが、それ以外は特に気にしていない。あと朴念仁。

たづなさん……フジキセキは理事長にはキチンと報告しており、その場にいたのでオリ主のことは知っている。

何かを感じ取ったデジたん……勘違いで気持ちが先行しているようですねぇ……。そんな姿も尊い……。あ、無理です。こっちも爆発しましゅゥゥゥゥゥゥ!!!

隣にいたアグネスタキオン……みんな離れるんだ!デジタル君が爆発する!!




オリ主豆知識……実は指じゃらしでは負けたことがない。




セイちゃんが思ったより難しかった……。文章だけだと同じことを言っているのになんか違和感を感じる不思議。


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