陰キャに魔法少女は厳しいです!【第一部完結】 (黒葉 傘)
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第一部
陰キャ魔法少女爆誕


また性懲りもなく新作を投下。
初めはTS要素なしで書いてたのに結局TSさせた。(性癖には逆らえない)
TS陰キャ自信なしオドオド系魔法少女、最高だよね。


 生まれ直して人生を一からやり直したい。

 そう考えたことはないだろうか。

 いや、あるだろ。

 思い返しても嫌になる黒歴史の数々、選択の失敗、このどうしようもない人生をもう一度やり直したいと、誰でも考えたことはあるはずだ。

 少なくとも私はそうだった。

 最初からやり直せれば、完璧な人生になると思っていた。

 一からやり直せれば、幸福な家庭を築き、高層ビルの最上階で負け犬どもを見下ろすリッチな生活が送れると信じていた。

 

 幸か不幸か、そんな考えを持つ私がある日目を覚ますと、赤ん坊になっていた。

 そう、私はチャンスを与えられたのだ、人生を初めからやり直すチャンスを。

 私は狂喜乱舞した。

 性別が男から女へと変わってしまっていたがそんなことは些細な問題だった。

 今度こそ勝ち組になれると思った、そう信じて疑わなかった…………

 

 ……………………

 

 現在、出雲日向(いずもひなた)14歳中学二年生。

 不登校、学校にも行かず布団にくるまっています、ニートです。

 負け犬人生まっしぐらです。

 どうして……どうしてこうなった…………

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 幼少期の頃はまだよかった。

 あの頃はまだ生まれ変わったこの世界のことを知らずに気楽に生きていた。

 ヤンチャな子供たちの中で私は大人しく分別もつく子供で、同年代の中でも頼れるお姉さん的立ち位置を獲得できていた。

 前世の知識もあり、私は神童としてもてはやされていたのだ。

 まさに私の思い描いた通りの勝ち組人生を謳歌できていた。

 

 小学生に入学した頃からだろうか、私は前世と今世の世界の違いに気づき始めた。

 ニュースでやたら耳にする深災という言葉。

 最初は震災かと思ったのだが、漢字が違う。

 深淵から出ずる獣、深獣。

 深淵とその獣による被害、深災。

 そして深災を防ぐために戦う魔法少女や魔法騎士といったファンタジーな存在。

 子供向けの番組でもやっているのかと思ったそれは、確かにニュース番組だった。

 その段階であれ?なんかこの世界って前世と違う、と気づき始めた。

 

 前世との違い、それは何もファンタジー要素だけではなかった。

 この世界の人間は前世に比べるとやたらと顔面偏差値が高い。

 ブサイクと言われるレベルで前世の美女美男、この世界で美女美男と言われるものはもはや二次元や創作に片足を突っ込んでいるレベルの次元を超越した顔面だった。

 小学低学年までならまだ可愛いなぁ、と思えていた。

 だが、2次成長を迎える小学高学年になって問題が発生したのだ。

 端的に言うと、友達を直視できなくなった。

 今世の私は女性である。

 当然として友人グループは同性だった。

 でも、私は女性ではあるのだが、当然精神は前世の男性の部分の影響が強かった。

 つまり、私の性的嗜好の対象はいまだに女性のままなのだ。

 正直に告白しよう、前世の私は陰キャの童貞だった。

 彼女いない歴=年齢である。

 電車で隣に女性が座る程度のことでドギマギするレベルの初心な男だったのだ。

 そんな元男が二次性徴を迎え女性らしい体つきになっていく前世基準超美少女の友人を直視できるか?

 

 否!!

 

 結果、私は友人相手にキョドり散らかした。

 顔を赤らめ、吃り、まともに会話などできず、目をそらしまくった。

 当時の親しかった少女全てにである。

 当然友好関係は微妙なものとなってしまった。

 死にたいよぉ…………

 

 さらに悪いことに、この頃から私の神童のレッテルは剥がれつつあった。

 別に私が不出来だったという訳ではない。

 私は前世の知識と今世の努力によって高い成績を常に維持しており、教師の受けもよい優等生であった。

 でも、上には上がいたのだ。

 この世界の基準値が高いのはなにも顔面偏差値だけではなかった。

 素手で岩を砕き、屋根の上を跳んで街を駆け回る魔法騎士の少年。

 10歳にして大学レベルの学問を修め、深獣に関する数々の論文で学会を揺るがした魔法少女。

 この世界での神童とはそういう人間をやめている存在のことを指すのだ。

 私レベルでは、学年で一番が関の山だった。

 これではいけない、なにか勝ち組の路線から外れつつあることに気がついた私は奮起した。

 中学デビューを図ったのだ。

 名門の中学へと受験し、見事合格を果たした。

 そして小学校では微妙になってしまった友好関係を反省し、ある決断をした。

 女性との交友関係をすっぱり諦めることにしたのだ。

 小学高学年でも無理だったのに、制服を着こなしさらに大人らしくなっていく美少女集団の中に精神童貞の私が入れるだろうか?

 

 もちろん否!!

 

 なので美少女たちのコミュニケーションは諦め、男友達を作ることにした。

 男子も前世基準でいうとかなり美形で話しかけづらくはあったが、美少女と話すよりは気恥ずかしくはなかった。

 結果的には男友達も何人もできたし、私の人生も勝ち組のレールにようやく戻り始めた、そう思っていたのに…………

 

 私への虐めが始まった。

 

 私は同性の友達も作らず異性へ話しかけまくる女が学校という社会でどういう風に見られるか考えが及ばなかったのだ。

 名門の学校まで来て男あさりをしているビッチ、それが女子生徒たちからの私の評価だった。

 私は孤立した。

 それだけならまだよかった、耐えられた。

 でも、とあるグループからの虐めが私の精神を崩壊させてた。

 彼女たちは…………いや、いい。

 詳細は語りたくもない。

 思い出したくもないよ。

 その虐めの結果、私は同性とも、異性とも話すのが嫌になってしまった。

 私の精神は後退し、封じていたはずの前世の暗くて陰キャな自分が顔を出した。

 

 そうして、私は学校に行くのをやめた。

 一日中布団に篭り、現実逃避に明け暮れる日々。

 外に出るのは病院に行く時だけ。

 友達は金魚のププちゃんのみ。

 ものの見事な負け犬の陰キャ女が爆誕したというわけだ。

 どうして……どうしてこうなった…………??

 

 ああ、生まれ直して人生を一からやり直したい…………

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「大変!深淵が広がっている」

 

 黒い虹色の光沢を纏った深淵が全てを飲み込まんと領域を広げる。

 深災が、目の前で起こりつつあった。

 あたしは自分の責務を果たすため、その黒いもやへと足を向ける。

 

「一人で行くのは無茶だユ。応援を待つユ」

 

 契約精霊であるユニコーンのパプラが私を静止する。

 無茶なのはわかっている。

 あたし一人じゃ深災を止められない。

 深災は魔法少女がチームを組んで収めるのが基本だ。

 でも、あたしは深災の現場に出くわしてしまった。

 魔法少女として、できることはしなければならない。

 それに、深淵が生じた場所は病院の近くだった。

 あそこには、自力で逃げだすことが難しい人がたくさんいる。

 あたしが守らなくちゃ。

 そして何より……

 

「魔法少女ホワイトリリィは逃げたりなんてしないよ!」

 

 ホワイトリリィはどんな時でも深災に立ち向かう。

 それがあたしの魔法少女としての誇り、願いなのだから。

 

「変華!!」

 

 あたしの宣言と共にあたしの身体は眩しい光に包まれた。

 白百合の花が咲き誇り、純白の衣装へと変わっていく。

 頭には大きなリボンと花飾り。

 手足を包むのは柔らかなレース。

 胸元と腰回りにフリルをあしらったドレス。

 そして手に持つのは純白の槍。

 魔法少女ホワイトリリィ、変身完了だ。

 変身を終えたあたしは、深淵へと向かう。

 深淵は病院のすぐ近くで発生していた。

 すでに周囲にいた人はほとんど避難しているようだ。

 残っているのは重症患者くらいだろう。

 早く、深獣を倒さないと。

 

「リリィ!あそこユ」

 

 パプラが自分のツノであたしに場所を指し示す。

 見ると一人の少女が病院の反対方向へと駆けていた。

 その後ろを追う黒く、巨大な獣の姿が見える。

 

「大変っ!」

 

 もうすでに人が狙われている。

 あたしは急いで少女の後を追った。

 少女を追いかける獣を視界に収め、あたしは走る速度を上げる。

 獣の見た目は狼に近い。

 ただし大きさがおかしい。

 体長3メートルはあるだろうか。

 まるで怪獣映画に出てきたような巨大さだ。

 

「大きいユ!一人じゃ無理だユ」

 

 そんなこと、初めからわかってる…………でも。

 

「ホワイトリリィは逃げたりなんてしない!」

 

 あたしは少女と深獣の間に割り込むと槍を振り上げた。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「へぶっ」

 

 私はズッコケると盛大に地面とキスをした。

 あう、痛い……

 終わった、終わりだ…………

 なんでこんな日に限って病院に来ようと思ったんだろう。

 なんで今日に限って深災がおきてしまうんだろう。

 いつものように陰キャらしく布団に包まっていればよかった。

 食われる……深獣に。

 

「………………?」

 

 しかし待てども深獣の牙は私を貫きはしなかった。

 恐る恐る振り返ると白いドレスに身を包んだ少女が私を庇うように深獣へと立ち塞がっていた。

 

「魔法……少女?」

 

「何してるユ!早く逃げるユ!」

 

 困惑する私の前に小さな毛玉が声をかける。

 それは頭に小さなツノをはやした仔馬、ユニコーンだった。

 それが私の目の前をふよふよと浮いている。

 え、何これは?

 魔法少女の使い魔的なマスコットかな。

 魔法少女アニメにはつきものだったけど……

 

「さっさと動くユー!!」

 

 マスコットに押され、私は駆け出す。

 背後で魔法少女が戦っているのか、鈍い音が断続的に聞こえる。

 なんだかよくわからないけど……助かりそうだ。

 よかった……これも魔法少女様様だな。

 そんなことを考えていると、大きな轟音が背後で響き渡った。

 白い塊が私の背後から前方の病院の門まで吹っ飛び、衝撃音と共に門にぶつかり、門を歪ませる。

 

「あ、え?」

 

 吹っ飛んだ白い塊は私の背後で戦っていたはずの魔法少女だった。

 門にめり込んだ彼女はふらつきながら立ち上がろうともがくが、力尽きたように崩れ落ちる。

 ちょっ、ちょっと待ってよ…………深獣を引き付けてくれるんじゃなかったの?

 その隙に私が逃げる流れだったじゃん。

 

「ああ、やっぱり一人じゃ無茶だったユー!!」

 

 マスコットが何かほざいている。

 でも、そんなことより私は背後の気配に気づき、震えていた。

 背中にあたる生暖かい獣の吐息。

 

「は、はひ……」

 

 私の真後ろに化け物がいる。

 …………死ぬ。

 私が人生を諦めようとしたその時、前方で何かが瞬いた。

 

「ゲギャアアァァアアアッッ!!」

 

 ものすごい叫び声が私の背後で上がる。

 それと同時に黒く粘質な液体が私に降り注いだ。

 恐る恐る振り向くと、深獣の頭に純白の槍が突き刺さっていた。

 槍の刺さった頭部から黒い液体が噴出し、私にかかっていたのだ。

 

「……あなたの…………相手は、あたしよ!」

 

 槍を投擲した少女が苦しそうに立ち上がる。

 まだ戦うつもりらしい。

 だが、彼女の衣装はボロボロで、立っているのがやっとのように見えた。

 深獣は怒り狂いながら頭から槍を抜き取り、投げ捨てる。

 そして目の前に立つ私を無視し、魔法少女へと突進した。

 私はそれを震えながら見ているしかなかった。

 私の生きるこの世界は前世とは違うものだ。

 そんなことは分かっていた、分かっているつもりだった。

 深災という前世では未知の災害に直面して私は初めて死の危険を自覚し、この世界が前世よりもずっと危ないものだと気がついた。

 故に、私はただ震えることしかできなかった。

 槍を失い、丸腰の魔法少女へ深獣が襲い掛かる。

 白い少女も果敢に応戦するが、素手では圧倒的に不利だった。

 血飛沫が舞い、魔法少女の身体を深獣の長い爪が切り裂く。

 

「リリィ!」

 

 小さなユニコーンが悲鳴を上げ、助けを探すようにあたりを見渡す。

 そして…………

 

 私と目があった。

 

「…………あ、う……えっと…………」

 

「君、僕と契約して魔法少女になって欲しいユゥ!!リリィを助けてくれユ!」

 

 む、無理ぃぃぃぃ!

 何言ってんのこの毛玉。

 こちらと、今さっき現実の過酷さに心を折られたばかりなんです!

 お布団から一生でないと誓おうと思ってたところなの。

 私みたいな陰キャに魔法少女は厳しいですぅぅ!!

 

「あ、む、む、m、むm、無理です」

 

「全然何言ってるか聞き取れないユ」

 

 この鬼畜ユニコーンがあああああっ!

 ボソボソ喋っていて悪かったな、これが陰キャの標準仕様なんだよぉ。

 

「ぁ、無理です!私は魔法少女って柄じゃないです」

 

 マスコットに必死に訴える。

 私みたいな人生負け組は魔法少女って柄じゃないですと。

 

「人助けだと思って、お願いだユ!」

 

 ユニコーンも必死に懇願してくる。

 まだ、虐められる前の私だったらそのお願いに応えたかもしれない。

 でも、今の私には自信も希望もなくて…………小さなユニコーンの希望に応えられる気など微塵もなかった。

 あるのは、恐怖と自虐……そして諦観だけだ。

 

「きゃぁあああああ!」

 

 視界の先で、魔法少女がまた吹き飛ばされる。

 地面に転がった彼女はもう立ち上がる気力もないのか、横になったまま起き上がらない。

 その無力な少女に、深獣がゆっくり歩み寄る。

 震える彼女の唇が動く。

 それはとても小さな声で、私の耳には届かなかった。

 でも、私には彼女がなんと言ったか分かってしまった。

 

「助けて」

 

 少女は助けを求めていた。

 心臓が跳ね上がり、ドクンと脈打つ音が聞こえる。

 冷や汗が全身から噴き出し、手足が小刻みに揺れる。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

「助けて」

 

 そう叫んでも誰も助けてはくれなかった。

 薄暗い空き教室で、私は彼女たちに囲まれ、背中を蹴られていた。

 私はただうずくまって時間が過ぎるのを待つことしかできなかった。

 

「ねぇ、今日翔太くんに色目使ったでしょ。翔太君が菫の彼氏だって分かってる?」

 

「……ごめんなさい……ごめんなさい」

 

 私はただ謝り続けるしかなかった。

 話しかけてきたのは彼の方からだ、私はそれに返事を返しただけに過ぎない。

 でも、そんな言い訳は無意味だ。

 以前反論したら罪をなすり付ける気か、と殴られさらに酷い目に遭わされた。

 結局、彼女たちは私を虐める口実が欲しいだけなのだ。

 翔太とかいう男の彼女だと言うこの女だって、泣きながら私を糾弾しているが、顔を覆う手の下では笑っているに違いなかった。

 

「ごめんなさい」

 

 私はただ謝り続けた。

 それが一番楽で安全。

 助けなんて呼ぶだけ無駄。

 誰も助けてくれないんだから…………

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

「……ぃ、ぃちど、だけなら…………」

 

 私はかすれる声を絞り出し、そう言った。

 

「え?なんだユ」

 

 小さなユニコーンは私の言葉が聞き取れなかったのか聞き返してきた。

 こいつ……分かってやってるのか?

 

「一度だけなら!ま、魔法少女になる!!」

 

 私は叫んだ。

 魔法少女になるということはつまり深獣と戦うということだ。

 私では完全に力不足だ、怪我をするかもしれないし、死ぬかもしれない。

 怖い、死にたくないし、逃げたいけど……

 助けを求める彼女の姿が、あの日の自分と重なった。

 

「ありがとうユ」

 

 小さなユニコーンが申し訳なさそうに、お礼を言った。

 彼だって私が嫌がっていることは分かっているはずだ。

 それでもパートナーを救うため私に無理なお願いをしてくれているのだ。

 ユニコーンは額に生えた小さなツノを私に向けて突き出した。

 えっと、このツノをどうすればいいの?

 私が触れると、ツノが欠ける。

 欠けたツノが光を放ち、私の胸の前で浮いた。

 

「そのかけらを手に取り、『変華』と唱えるユ!」

 

 ユニコーンの指示通り、その輝くかけらを手に取る。

 

「ぁ、へ、変……華?」

 

 それはとても無様な変身だったと思う。

 言葉はつっかえつっかえだったし、身体は深獣の体液に塗れ、震え、腰は引けていた。

 とても新しい魔法少女の最初の変身には似つかわしくないものだっただろう。

 でも、私にとっては、人生で一番勇気を振り絞った瞬間でもあった。

 赤い光が瞬き、私を包んだ。

 赤い光は血のように紅い花へと姿を変える。

 そうして咲き誇った紅い花が、花弁ごと地面に落ちる。

 落ちながら花は、ゆっくりと形を変えていく。

 魔法少女の衣装へと。

 それは魔法少女の衣装としてはいささか地味なものだった。

 黒い和服。

 漆黒の生地に紅い花の装飾。

 露出の少ないその衣装は魔法少女というよりは和装少女と言った方がよさそうなくらいだ。

 でも、その衣装には確かに魔法の力が宿っているのを感じた。

 変身の最後に私の頭に紅い花、椿の髪飾りが咲き誇った。

 そして、私の中で何かが変わるのを感じる。

 溢れそうな程の力が、私の中で脈動していた。

 手のひらを宙にかざし、衝動のまま力を放出する。

 私の手のひらの上で花が咲いた。

 花は溢れるように次々と咲き誇り、私の手のひらからこぼれ落ちていく。

 

「……いけ」

 

 こぼれ落ちた花が姿を変え、深獣へと襲い掛かる。

 それは金魚だった。

 花は落下しながら紅い金魚へと姿を変え、空中を舞泳ぐ。

 金魚の群れが深獣を覆い尽くしていく。

 深獣の悲鳴が響き渡った。

 深獣は紅いその魚を蹴散らそうとしたが、魚たちは流水のようにその攻撃を避けて深獣に纏わりつく。

 金魚が深獣の身体を啄み、削り取っていく。

 深獣は苦しそうに暴れ回るが、もはや意味はない。

 やがて深獣の動きは次第に鈍くなり、ついにはその身体を喰らい尽くされ、霧散した。

 

「一人で深獣を撃退したユ!?信じられないユ!」

 

 マスコットがなにやら騒いでいるが、私はそれを無視して倒れている魔法少女へと駆け寄った。

 その姿はボロボロで、見ているだけで心が痛くなる。

 

「あ、えっとぉ……大丈夫?」

 

 とはいえ、彼女も美少女なわけで…………やはり私は緊張してしまう。

 

「うん、ありがとう。あー、あなたは……」

 

 彼女は私に視線を向けた後、少し迷うような仕草をした。

 私をなんと呼べばいいか分からないのだろう。

 

「ぁ、私は…………」

 

 変華した時私の中に魔法少女としての名が刻まれた。

 私は…………

 

「私はカメリア。魔法少女ブラッディカメリア」

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

椿 Camellia

赤い椿の花言葉は控えめな素晴らしさ、謙虚な美徳。

控えめや謙虚という花言葉はほとんど香りのしないその花の特徴から由来する。

また、椿の花は花弁が基部でつながっており、花弁が一枚一枚散るのではなく、花まるごと地面に落ちる。

それが、人の首が落ちる様子を連想させるために縁起が悪いとされることもある。



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毒を持った花

「先日、東雲市にて深災が発生。発生現場は市の病院の近くとのことでしたが、幸いにも怪我人は出ませんでした」

 

あ、これ昨日の深災のことだ。

朝のニュース番組でアナウンサーが淡々とニュースを読み上げている。

取り扱っているのはどうやら私が昨日巻き込まれた深災のことみたいだ。

私はもぞもぞと布団から顔を出した。

ここは私の自室。

愛しの布団の中だ。

テレビの横に置かれた金魚鉢の中では私の唯一の友人、金魚のププちゃんが今日も元気に泳ぎ回っている。

いつもと変わらない平和な朝。

そんないつもの一幕で自分が関わったニュースが放映されている。

なんだかそわそわするな。

 

「いきなりの出現でしたが、運よく現場付近にいた魔法少女ホワイトリリィによって鎮圧されたようです」

 

「え?彼女一人で鎮圧したのですか!?彼女ってそんなに強かったですっけ」

 

アナウンサーの報告に対し、コメンテーターが反応する。

モニターには昨日私を逃すために戦ってくれた白い魔法少女の姿が映し出される。

あの子、ホワイトリリィっていうんだ。

私はテレビをぼんやりと見つめながら昨日のことを思い出していた。

昨日、結局私は彼女に名乗った後急に恥ずかしくなって逃げ帰ってしまったのだ。

自分で逃げておいてなんだけど、かなり失礼なことをしたとは思う。

魔法少女になるのは一度きりと言っておいて、まだあのマスコットのツノのかけらも返せてないし。

というより、あのツノのかけらはどこへ行ったのだろう?

身体の中にそれらしき存在は感じるのだけど、取り出し方がわからない。

私は自分の胸に手を置いてため息を吐いた。

魔法少女の核たるこのかけらを返せていない現状私はまだ魔法少女のままだ。

 

「実は深淵を鎮静化したのはホワイトリリィなんですけど、元凶の深獣を討伐したのは別の魔法少女なんですよ」

 

モニターが切り替わり別の魔法少女の姿が映し出される。

それはどう見ても私だった。

 

「へぶぅ!!??」

 

思わず変な声が出る。

 

「見たことない魔法少女ですね。私の勉強不足でしょうか」

 

「いえいえ、実はこの子今回の討伐が初戦闘みたいなんですよ」

 

「えー!初戦かつ単独で深獣を討伐したんですか!?」

 

なにやらコメンテーターたちが色々と盛り上がっている。

でも私はそれどころではなかった。

一体いつ写真なんて撮られたんだ??

全く身に覚えがない。

しかもちょっと変身して隙だらけの獣を後ろから小突いただけなのに、随分な言われようだ。

なぜか謎の新人魔法少女としてニュースのメインに取り沙汰されている。

申し訳ないやら恥ずかしいやら色々な感情が渦巻き、私は布団に突っ伏した。

もしかして自分が想像していたよりもヤバい状況になってる?

やっぱり外になんて出ないで布団に潜っていればよかったぁぁ……

 

「まだ名前も未発表で、公式からの今後の発表が待たれますね」

 

『謎の魔法少女、今後に期待か!?』というテロップでそのニュースは締め括られた。

もう、やめてぇ……

私のライフはもうゼロよ。

もういい、今日は不貞寝をしよう。

これは夢だ、悪い夢なんだ…………

 

 

……………………………

 

 

…………………

 

 

……

 

 

……ン……ピ…………ーン……

 

ピ……ン……ポー……ン

 

ピーン……ポーン……

 

……うん?

 

チャイムが鳴っているな。

宅配便だろうか?

おかしいなこんな時間に。

私の今世の両親は共働きなので今は不在だ。

なので出るとしたら私しかいない。

私は布団から這い出ると窓まで移動しカーテンを開ける。

私の部屋は二階、位置的には窓から玄関の様子を伺うことができる。

 

玄関には今朝、ニュースに出ていた白い魔法少女その人が立っていた。

その隣にはあの小さなユニコーンも見える。

 

「んげ!?」

 

変な声が出た、本日二度目だ。

私は慌ててカーテンを閉めたが、閉める瞬間彼女とバッチリ目が合った。

 

「あ、二階かー」

 

そんな陽気な声が外から聞こえてくる。

そうして、コンコンッと今度は窓をノックされた。

 

「ひ、ヒエッ」

 

ここ二階なんですけどぉ。

魔法少女だし飛ぶのは簡単かもしれないけど、それはホラーだよ。

 

「ねーねー、あーけて。ちょっとお話ししようよー」

 

お話って何を話すっていうんですかぁ。

だいたいなんでこの場所がわかったのだろう。

私は魔法少女としての名を名乗っただけだ。

付けられた記憶もないのに住所が特定されてる!?

そこまで考えて、ふと思いつく。

ツノのかけらのせいじゃない?

私の中にあるかけらは元々あのユニコーンのものだ。

もしかしたら位置を探知できるのかもしれない。

とゆうか、そもそもツノのかけらを回収しにきてくれたんじゃない?

そうだ、きっとそうに違いない。

カーテンの隙間から覗き込んで様子を伺う。

少女はこちらを見ながらニコニコと笑っていた。

あう、笑顔が眩しいよぉ。

彼女と目を合わせないようにしながら再びカーテンを開き、窓の鍵を開ける。

 

「おっ邪魔しまーす!」

 

その瞬間ものすごい勢いで窓が開き、リリィが部屋に侵入してきた。

 

「ピ!ピギャ!!??」

 

その想定外の勢いに本日三度目の奇声を上げて布団まで避難する。

 

「僕もお邪魔するユ」

 

布団の隙間からあのユニコーンも入っているところが見える。

入ってくるなら、そう言って欲しかった。

自分の部屋に女の子が、しかも魔法少女がいるなんて変な気分だ。

陰キャのダメ人間だけど部屋は綺麗にしておいたのは不幸中の幸いだった。

 

「あれ?お布団の中に逃げ込んじゃったよ」

 

「だから言ったユ。大人しそうな子だからガツガツ距離を詰めるのは良くないユ」

 

ユニコーンの忠告に対し、白い魔法少女は頬を膨らませる。

どうやら彼女はかなり活発な性格のようだ。

ユニコーンの方は私の性格をよく分かっている。

いきなり来られると私は引いてしまう。

悲しき陰キャの性……こちらはただでさえ人と話すのは苦手になっているのだ。

 

「ぁ、ぁのう…………」

 

私のかけらを回収しにきてくれたんですよね、そう言おうとした。

でも私の声があまりにも小さくて聞こえなかったのか、私の言葉を遮るようにリリィが言葉を発した。

 

「ねぇ!あたしたちとチームを組んで一緒に魔法少女をしようよ!!」

 

……うえぇ?

何言ってんのぉ…………

リリィは満面の笑みで布団をかぶる私へと手を差し出している。

 

「あ、えっとぉ…………無理、です……」

 

目をそらしてその申し出を断る。

 

「ええ!なんで!?」

 

少女は断られると思っていなかったのか、驚いた顔をする。

いや、むしろなんで断られないと思ったんだよ。

いったいそのポジティブな自信はどこから来ているの?

少女の方は話にならなさそうなので、私はユニコーンの方に話しかける。

 

「ぁの……あなたのかけら……返します」

 

元々、魔法少女になるのは一度っきりという話で変身したのだ。

深獣も倒したし、少女も助けた、私が魔法少女であり続ける必要はもうないだろう。

 

「えっと、言いにくいんだけどユ……」

 

え、何?

ユニコーンが困ったようにもじもじしている。

まさか返却不可とか言わないよね。

 

「カメリアちゃんがとっても強いから本部からぜひ正式に魔法少女にってスカウトが来たんだよー」

 

ユニコーンと布団の間に入ってリリィが嬉しそうに言う。

嘘でしょ……

本部からスカウト……全然嬉しくない。

 

深災と闘う組織は二つある。

『白き一角獣』と『黒き獅子』、『白き一角獣』は魔法少女を『黒き獅子』は魔法騎士をそれぞれ有する組織だ。

この二つの組織の大きな違いはその採用方法だ。

『黒き獅子』は前世で言う軍隊に近い組織であり、多種多様な人材を採用している。

採用には才能の有無を問わない。

性格、経歴に問題がなければ志願することで魔法騎士の一員になれる。

それに対して『白き一角獣』は完全なスカウト制だ。

本部から才能ありとみなされた者しか魔法少女になれない。

そして当たり前だが、魔法少女と言う名の通り女性しかなることはできない。

女性しかなれない理由については色々議論されているが本部は詳細を明かしていない。

一部では本部の趣味とまで言われている。

まぁ、そう言われるのも無理はなく、魔法少女はその見た目の可憐さから一部ではアイドル化していることは事実だった。

ともかく、魔法少女とは魔法騎士と比べると狭き門であり、そう簡単になることはできない存在なのだ。

 

私の魔法少女化は特例中の特例であり、緊急事態だからこそ起こった例外の事例だ。

だから私の魔法少女化はすぐ取り消しになると思っていた。

それなのに本部からスカウト…………?

不味い気がする、逃げ道を塞がれた、そんな気分だ。

 

「一緒にやろうよ」

 

こちらの気も知らないでリリィは無遠慮に手を差し伸べてきた。

その迷いのない無邪気な笑顔が羨ましい。

私もそんな風に前向きになれたら……こんな風に布団にくるまって惨めな思いをしなくてすむのに。

そう思うけど、一歩を踏み出す気にはなれない。

魔法騎士だったら、まだよかったのに…………

 

「ぁの、やらない、よ……魔法少女は、いやだ」

 

やらない。

私はやらないよ。

 

「そんなこと言わないで、こんな風に引きこもってたらダメになっちゃうよ。ほら布団から出てー!」

 

「んん〜」

 

リリィが布団を引っ張ってくる。

私も負けじと布団を自分の方へ引っ張り返す。

まるで子供の喧嘩だ。

だが、どんなに子供染みていようと私は一歩も引く気はなかった。

この布団が私の聖域だ、出る気はない。

 

「リリィ、無理にやらせるのはよくないユ」

 

ユニコーンが魔法少女の強行を引き止める。

なんだかんだいってこの小動物は常識的な性格なのかもしれない。

今日も終始申し訳なさそうな表情を浮かべているし。

私が魔法少女の世界に引き込まれたのは彼のパートナーを助けたいという願いが原因だ。

その結果私が後戻りできなくなりつつあるのを申し訳なく思っているのかもしれない。

 

「今日はここらへんで帰ろうユ。君もスカウトの件を少し前向きに考えてみて欲しいユ」

 

「え〜ちょっと、パプラー!?」

 

パプラと呼ばれたユニコーンはパートナーを引きずって窓から去っていった。

窓の外からホワイトリリィの不満げな声が聞こえてくる。

来るのも唐突なら、帰るのも唐突だな。

私は窓の鍵を閉め、カーテンもきっちりと閉じる。

また明日も来るのかな……

私は急に静かになった自室で一人ため息を吐いた。

私が……魔法少女か…………

まだ、人生に希望を抱いていた頃の私なら喜んだだろう。

魔法少女や魔法騎士、前世において存在しなかった彼らはまるで物語の登場人物のように脚光を浴び、人々の憧れの対象となっていた。

その輝かしい活躍に嫉妬したこともあった。

でも今となっては、それらの存在は私のトラウマを刺激する存在でしかない。

また、布団の中に潜る。

この中になら、私を傷つける存在はいない。

視界の端に、赤い揺らめきが映る。

金魚のププちゃんだ。

そうだ、私はププちゃんのようになりたい。

金魚鉢の中は狭くて、毎日退屈かもしれない、でも天敵のいないそのガラス玉の中でなら私は安らかに眠れるだろう。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

思えば、彼女は初めから特別だった。

彼女の立ち振る舞いからはある種のカリスマ性のような、人を引きつける何かがあった。

自己紹介をする彼女の背はしっかりと伸びていて、彼女の厳格な性格を表しているようだった。

その凛とした佇まいはまさしくお嬢様といった感じで、誰もが彼女に目を奪われていた。

 

「よろしくお願いね、出雲さん」

 

たまたま隣の席だった。

それだけなのに彼女は私に微笑みかけ、握手を求めた。

 

「ぁ、ょろしく」

 

私は少し吃りつつも彼女の握手に応じた。

目は合わせられなかった。

美しい彼女の顔立ち、宝石のようなその瞳は私には眩しすぎた。

それに微笑んだ彼女の顔は自己紹介の時の凛とした佇まいとは一変して年相応に幼く、無邪気そうな笑顔で、私を赤面させるには十分だった。

彼女は、自分を友人に招き入れたいのかもしれない。

でも、私はその招待に応じるつもりはなかった。

小学校での失敗を反省した私は女性との交友関係をすっぱり諦めることにしたのだから。

私は彼女なんかより、友達になれそうな男子を探すことに必死だった。

 

今思えば、彼女の招待を受け入れていればその後の結末は違っていたのかもしれない。

彼女は特別なのだから。

藍澤恵梨香、彼女の特別には理由があった。

魔法少女ピュアアコナイト、それが彼女のもう一つの顔。

彼女もまた私の神童としての地位を脅かす選ばれた人間の一人だった。

その時の私は考えもしなかった、彼女の正義の刃が私を貫くことになるなんて。

その独善的な正義で私の人生をめちゃくちゃにされるなんて。

 

魔法少女ピュアアコナイト、私への虐めの主犯格の一人だ。

 

だから、私は魔法少女が嫌いだ。

魔法少女の掲げる正義が正しいものばかりではないと彼女が私に教えてくれたから。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

鳥兜 Aconitum

鳥兜の花言葉は騎士道、栄光。

正義の騎士のようなイメージの花言葉が存在する一方で、人嫌い、厭世家、復讐という花言葉もある。

鳥兜はその全てに毒性を持っていて、特に根は致死量に達するほど危険な毒を持っている。

毒としてあまりにも有名だが、その毒は薄めることで薬にもなる。



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陰キャ外に出ます

 柔らかくて繊細な手つきで頬を撫でられる。

 

「ごめんなさいね」

 

 ことが済むといつも彼女はそう言って私の涙を拭う。

 彼女の清潔なハンカチが私の涙で湿っていくのを私は黙って見つめるのが常だった。

 

「今日は少しやりすぎてしまったみたいね」

 

 傷ついた私の身体を彼女の腕が優しく撫で回す。

 その感触に鳥肌が立つ。

 

「私も……本当はこんなことしたいわけじゃないのよ」

 

 赤い紅で彩られた彼女の口が開き、言葉を発する。

 嘘つき。

 なぜそんなことを言うんだろう。

 どうせ微塵もそんなこと思っていないくせに。

 

「恵梨香さんは優しいのね」

 

 周りの取り巻きが彼女を褒めそやす。

 彼女たちは皆一様に優しそうな笑みを浮かべている。

 彼女たちの目には慈愛の色が浮かんでいる。

 慈愛、そして少しの嘲と優越感のブレンド。

 まるで出来の悪い子供を叱るような感覚で、彼女たちは私をいたぶる。

 それが正義だと思っているかのように。

 彼女たちにとって、私が悪で汚いもので、彼女たちが正義で尊いものなのだ。

 正義には、悪を罰する権利がある。

 だから私を傷つけるこの行為は暴力ではなく制裁なのだ。

 気持ちが悪い…………反吐が出る。

 まだ、悪人面してくれた方がよかった。

 自分の中で正義という言葉が腐敗していくのを感じる。

 本当に、本当に……吐き気がする…………

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

「ぉ……おおぅ」

 

 私は布団の中でスマートフォンを弄りながら思わず唸ってしまった。

 画面には黒い和服を纏った魔法少女の姿が写っている。

 ……言わずもがな私である。

 この間のニュースで取り上げられてしまったので嫌な予感がしてちょっと調べてみたのだが……

 私の予感は当たっていた。

 いくつかのサイトで私についてまとめられた記事が見つかった。

 まぁ、ニュースで触れられたような、当たり障りのない内容ならまだいい。

 中には私のファンサイトのようなものまで存在し、私の活躍ぶりを称えたりしていた。

 褒められるのは嬉しくはあるが、私の容姿や胸囲についての下衆なコメントなどは見ていてげんなりする。

 魔法少女というある意味アイドル化した存在の弊害の一端を垣間見た気分だった。

 個人情報が特定されていないのが幸いか。

 魔法少女のコスチュームには認識阻害の機能が備わっていて、変身前の人物を特定することはできないようになっている。

 例え私の両親であっても、この写真から私を連想することはできないはずだ。

 それができるのは、同格の存在である魔法少女だけだ。

 だから、私が一度だけ魔法少女になったことを知っているのは、私とホワイトリリィくらいだろう。

 もっとも世の中の魔法少女は自分の素性を明かしている場合も多い。

 深災が起これば出動しなければいけないため、隠していたっていずれバレてしまうからだ。

 学校は公欠扱いしてくれるらしいが、そう何度も深災が起こったタイミングで公欠すれば想像がつくというもの。

 彼女も、別に自分の正体を明かしたわけじゃなかった。

 でもクラスメイトの誰もが、彼女はあのピュアアコナイトなのだと勘付いていた。

 

…………嫌なことを思い出してしまったな。

忘れよう、忘れよう。

私は頭を振って思考を切り替えようとする。

ふと、窓に視線を写すと日に照らされたカーテンに人影が写っていた。

 

「………………」

 

 無言でカーテンを開けるとやはりそこには純白の魔法少女が浮かんでいた。

 彼女は目が合うとニッコリと微笑んだ。

 

 

……………………………

 

 

…………………

 

 

……

 

 

「おいしいねぇ!」

 

 私の目の前で魔法少女ホワイトリリィは美味しそうにケーキを頬張っていた。

 

「あ……ぅ、うん」

 

 私も、目の前に置かれたケーキをつつく。

 彼女の白いイメージカラーにぴったりなホワイトチョコでコーティングされた可愛らしいケーキだった。

 ここでショートケーキを持ってこないあたりこだわりを感じる。

 甘いものは好きだ。

 女性の身体になってから特に甘味を好むようになった気がする。

 なので、この手土産は素直に嬉しいんだけど、どういう風の吹き回しだろう。

 ケーキを頬張りながらリリィの話に耳を傾ける。

 てっきり、今日も魔法少女への勧誘が始まると思ったのだが、家に上がり込んでから彼女とそのパートナーは一度も魔法少女の話題を出していない。

 先程からどうでもいい世間話をしているだけだ。

 まぁ、世間話といっても、私は緊張してまともに喋れずに全自動相槌マシーンと化しているので、魔法少女とその相棒の会話を聞いているだけなのだが。

 なんで今日は勧誘してこないのだろう?

 なにしに来たんだこの子?

 

「あのね、この前のことシアちゃんに話したら怒られちゃって」

 

「あ、うん」

 

 シアちゃん?誰のことだろう?

 私の困惑顔を気にせず彼女は話を続ける。

 

「家に上がるならせめて手土産くらい持っていきなさーいって」

 

「確かにリリィはそういう配慮が欠けているユ」

 

 それで今日はケーキを持参してきていたのか……

 別にそこは気を使わなくて大丈夫なんだけどね。

 問題なのは手土産なんかではなくその図々しさだと思うんだけど。

 

「それで今日はあたし一人だけどね、今度はシアちゃんも連れて来ようかと思って!」

 

 ううん……ここに連れてくるってことは魔法少女の関係者なのかな。

 と言うかまた今度もここに来るつもりなのか。

 

「ぁ……の、私かけらを返したい……のだけど」

 

 彼女には悪いけど私は魔法少女なんてするつもりはない。

 私の中にあるかけらを返したいんだ。

 そうしてただの少女に戻りたい。

 

「っあ……うん、そっかぁ。でも私はカメリアちゃんに魔法少女になって欲しいな!」

 

 う、う〜ん。

 取り付く島もないよこの子。

 私は引き攣った笑みを彼女に返した。

 なんかこの少女の私を見る目はキラキラしていてどうにも落ち着かない。

 

「でもパプラがカメリアちゃんをいきなり魔法少女にするのは難しいって」

 

 彼女は膝の上に座らせたユニコーンをつんつん突いた。

 小さなユニコーンは煩わしそうに身動ぎする。

 

「だから、まず簡単なことから初めようよ」

 

「ぁ、簡単……なこと?」

 

 少女は自分の胸に手を当てる。

 白い光が魔法少女を包み込み、花弁となり霧散する。

 純白の魔法少女が座っていた場所にはボーイッシュな服に身を包んだ少女が座っていた。

 

「ぅぇ!?」

 

 変身を解いた?なんで??

 

「布団に籠もってないで、まずは外に出ないと。あたしとお出かけしましょう!」

 

 少女が私へ手を差し伸べる。

 えぇ……外出るの?嫌なんだけど。

 私が後退りすると、少女は無理やり手を掴み、私を立ち上がらせた。

 

「さぁ!行きましょう!」

 

 い、いやじゃああああああぁぁ……

 私は引きずられるようにして外に連れ出された。

 

 

……………………………

 

 

…………………

 

 

……

 

 

「ぁ、ぁつい……」

 

 私はリリィに引かれて外を歩く。

 陰キャに外は辛い、陰キャは影の生き物なので太陽の光が弱点なんだよ。

 日傘を持ってくればよかった。

 そんなことを思いながら、隣を歩くリリィを見やる。

 彼女は暑さなど感じていないかのように元気一杯だ。

 

「そういえば、この姿での自己紹介ってまだだったよね。あたし神崎美佳!元気いっぱい小学五年生!!」

 

「ぁ、うえ?うん。よろしく……神崎さん」

 

 年下かよぉ!!??

 いや、発育が、発育がすごくないですか最近の小学生!

 私より背が高いし、あの…………お胸も大きな気が……

 自分の貧相な身体を見下ろす。

 ……なんか私がチンチクリンなだけな気がしてきた。

 だいたい魔法少女って、そもそも“少女”だし、中学2年生で初変身した私って結構遅れているのでは?

 そのうちすぐに少女とは言えない年齢になってしまうぞ。

 うん、魔法少女になりたくない理由がひとつ増えたね。

 

「……ぁ、出雲日向です……ぅ」

 

 自分の名前を告げる。

 私が中学2年生だという残念な事実は絶対言わない。

 すでに情けない姿を多く晒しているのに、さらに年上だったという失望をされたくはなかった。

 なんか年下だと思われてそうだし。

 年下の女の子に手を引かれ、死んだ目をしながら引きずられる私……人生どこで選択肢を間違えたのだろう。

 そうやってドナドナしながら私は公園まで連れて行かれた。

 

「はい、ちょっと待っててね!飲み物買ってくるよ」

 

 神崎さんは私を椅子に座らせるとすぐにどこかへ行ってしまった。

 飲み物って……私手ぶら、お金ないよ?

 あ、奢ってくれるのかな?

 小学生におごられる、年上人生二周目の女……うごご……

 パプラから哀れむような視線を感じる。

 おい、止めろ、お前に哀れまれる筋合いはない。

 

「こんにちは」

 

「っんぶ!ぴぇう??」

 

 いきなり声をかけられて私はすっとんきょうな声を出してしまった。

 顔を上げるとご年配の女性が杖をつきながら散歩をしていた。

 

「ぁ、こ、こんにちは?」

 

 散歩中に声をかけただけだったのか、女性はニコニコ笑うとそのまま歩いて行ってしまった。

 

「……?」

 

 なんだったんだ?

 陽キャか?コミュ強か?

 私が目を白黒させてると神崎さんが戻ってきた。

 

「つめたーい飲み物だよ!どっちがいい?」

 

 彼女が缶ジュースを差し出す。

 オレンジジュースといちごオレ。

 うーん、甘い。

 こういうチョイスは小学生っぽいなぁ。

 さっきケーキも食べたんだし、私としては無難にお茶がいいよ。

 

「あ、ありがとう」

 

 とはいえ買ってもらった身なので文句は言わず飲み物を手に取る。

 選んだのはいちごオレ。

 私がいちごオレを好きという訳ではなく神崎さんが性格的にオレンジジュース好きそう、と思ってのチョイス。

 それが合っていたかは分からないけど、彼女は私の隣に座ると美味しそうにジュースを飲み始めた。

 私も、いちごオレに口をつける。

 甘ったるいけど、冷たくて火照った身体には心地よい。

 

「ねぇ、気がついた」

 

「ん?」

 

 何が?

 私は彼女の言葉に首を傾げる。

 彼女は穏やかな目で公園の景色を眺めている。

 私も釣られて公園を見る。

 子供たちが楽しそうに遊んでいる。

 ……それと先程私に挨拶してきた女性みたいな年配の方がちらほらいるな。

 この公園は緑も多いし、散歩にはちょうどいいのかもしれない。

 

「ここ病院と近いから、よく散歩に利用されてるの」

 

「え……」

 

 確かに、よく見ると車椅子に乗った人の姿もあった。

 先程挨拶してくれた年配の女性も、杖をついていたし、もしかしたら……

 

「日向ちゃんが助けた人たちだよ」

 

 彼女の一言に私は固まる。

 この公園の近くにある病院、それはあの日私がいた病院だった。

 もし、あの日深災が病院を飲み込んでいればこんな風に公園を散歩する患者の姿を見ることは出来なかっただろう。

 でも……

 

「ゎ、私が助けなくても……別の魔法少女が助けてたよ」

 

 私が動かなくても、事態は収束していたはずだ。

 結果的に私が助けた形になっただけだ。

 むしろ私みたいな部外者がしゃしゃり出て、現場に駆けつけていた魔法少女や魔法騎士はさぞ迷惑したことだろう。

 その場で流されて魔法少女になった私に救った命を誇る資格はない。

 

「違うよ。あなたが戦ってくれなかったらあたしは負けてたかもしれない。病院の人々もあたしも、日向ちゃんに助けられた。あなたの優しさに!」

 

 それこそ違う。

 私は優しくなんてない。

 あの時助けたのは助けを求める神崎さんに、かつての私を重ねてしまったからに過ぎない。

 昔を思い出して気分が悪かったから。

 あの時私が助けようとしたのはあなたじゃない、助けたかったのは過去の私だ。

 私は首を振る。

 違う、私は違うのだ。

 

「なんでそんなに自分を否定するの?日向ちゃんが優しいことくらい、見てれば分かるのに……」

 

 気遣わしげな神崎さんの視線を感じる。

 でも、私は俯いて頑なに目を合わせようとはしなかった。

 

「私は正義の味方に、相応しくない……」

 

 正義が嫌いだ、正義の皮を被った悪意を私はたくさん見てきた。

 私はただ、それを受け止めた。

 黙って俯いて……自分に向けられた悪意、暴力に反抗することもせずにただ震えていた。

 不条理を正そうともしなかった。

 自分も救えない女が、誰かを救えるのか?

 無理だ。

 布団に篭っているのが私にはお似合いだ。

 

「違う!!」

 

 神崎さんが声を荒げる。

 私はその声量にビクリと震えた。

 こんなに力強い否定が来るとは思ってもいなかった。

 

「あの日あなたは逃げようと思えば逃げられたはず。でもあなたは深獣に追われていた。深獣を病院から引き離すために囮になっていたんでしょ?あなたがいなければ深獣は病院に侵入していたかもしれない!日向ちゃんは誰よりも人のために動いていた」

 

 その言葉に息が詰まる。

 反論したかった。

 でも出来なかった。

 あの日、私が深獣の前に身を晒したのは、確かに守りたい人がいたからだった。

 

「ねぇ、どうして?日向ちゃんは人を思う優しさがある。救える人がいるのに何もしなかったら、あなたはきっと後悔する。自分を許せなくなってしまう。それが分かっているのに、どうして日向ちゃんは否定するの?何があなたを止めるの?あなたを苦しめているのは何?」

 

 息が苦しい。

 頬を何かが伝う。

 それが汗なのか、涙なのか私にはわからなかった。

 

「ぁ、ゎ…………私、は……」

 

 真実が、私の喉元まで出掛かっていた。

 正義への失望、無力感、ドロドロとした感情が渦巻き、酷く気分が悪かった。

 このどうしようもない感情を吐き出してしまいたかった。

 

 

 だが、唐突に電子音が鳴り響き私は口を閉ざした。

 

 

 音は神崎さんの首から下げられたデバイスから発せられていた。

 

「深災だユ……リリィ」

 

 私たちの成り行きを見守っていた小さなユニコーンが気まずそうに神崎さんに告げる。

 深災だ、きっと目の前の少女は深災から人々を守るため、行くのだろう。

 真っ当な正義のヒロインとして……

 

「行かないよ、あたしは」

 

 神崎さんは静かにそう告げた。

 

「リリィ!?」

 

 パプラが驚いたように声を上げる。

 私も、思わず顔を上げてしまった。

 

「何よ、1人じゃ深獣に勝てないっていつも言ってくるくせに」

 

 神崎さんは恨めしそうにパプラの頭を掴んで振り回す。

 あの、痛そうなのでやめてあげて……

 

「あたしは1人じゃ行かない!ホワイトリリィはブラッディカメリアと一緒に行くの!!」

 

 神崎さんの瞳が真っ直ぐ私へと向けられる。

 咄嗟に目を逸らそうとした私の顔を、神崎さんがむんずと掴む。

 

「ひ、ひぇっ」

 

 逃げようとする私を彼女は掴んで離さない。

 

「日向ちゃんを苦しめている物が何か、あたしは知らない。でもそんなふうに俯いて逃げていたって何も変わらないよ。向き合わないと。怖いなら、あたしが隣にいる。変わろうよ」

 

 分かっている、このまま布団に篭っているだけじゃ、永遠に負け犬だって。

 誰も救えないって。

 でも、布団から出てどうすればいい?何に変わるの?

 分からない。

 昔のように、将来に希望を抱くことは出来なかった。

 夢はとっくの昔に潰えていた。

 羽はとっくの昔にむしり取られた。

 私は蝶にはなれない。

 

「変わって……どうするの?向き合ったって、前には何も無い……夢も希望もない……私は何になればいい?」

 

 答えてほしい、魔法少女ホワイトリリィ。

 人々の希望であるあなたに。

 私をどん底まで落とした魔法少女という存在であるあなたは、私に何を望むの?

 私の問いに、彼女は私を掴んでいた手を離す。

 彼女の黒い瞳を覗き込む。

 初めて、彼女と目を合わせた気がした。

 

「あたしと友達になってよ」

 

 彼女はあっけらかんとそう告げた。

 そうして、私へと手を差し出す。

 私は呆然とその手を見つめた。

 もし、彼女が私に魔法少女になることを、一緒に戦うことを望んだら、私は拒絶していただろう。

 でも彼女はそれを求めなかった。

 だから、私はその手を取った。

 まるで花が開いたみたいに、彼女が微笑む。

 

「行こう、カメリア」

 

 彼女が私の手を引く。

 私はそれを拒絶しなかった。

 彼女が魔法少女であることよりも、私と友達であることを望んでくれたから。

 例えこの先私が怖くなって逃げ出してしまっても、彼女はこの手を離さないでいてくれると信じれたから。

 結局、私はこれ以上誰かに失望されるのが怖かっただけなんだ……

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 机に置いたデバイスが電子音を奏でる。

 

「……?」

 

 それは、魔法少女をサポートする補助アイテム、深災を感知し私たちへと知らせてくれるものだった。

 だが、探知機能は今オフにしているはずだった。

 ということは、通話機能だろうか?

 デバイスに手をかざすと、見知った顔が浮かび上がった。

 チームメイトのホワイトリリィだ。

 思わず、ため息を吐きたくなる。

 今私たちのチームは彼女、ホワイトリリィと私しかいない。

 少し前に、私の妹でチームメイトだった魔法少女コットンキャンディーが他のチームへ移籍してしまったからだ。

 それ自体は別にいい、妹の出世は喜ぶべきだし、血のつながった姉妹がチームメイトだと何かと気苦労が多かったから。

 問題は私とリリィだけではチームとして成立しないことだ。

 私もリリィも近接戦闘を主体とした魔法少女だ。

 私たちのチームの戦闘は私とリリィが前線で敵を引きつけ、遠距離から妹が狙撃するというスタイルだった。

 だが、妹が抜けたことでその戦法は取れなくなった。

 私とリリィ二人では決め手に欠ける。

 チームとしては不完全だ。

 だから新しいチームメイトが見つかるまで一旦魔法少女の活動はお休みしようという話になったのだ。

 私も中学二年生、目前に迫りつつある高校受験に向けて勉強も頑張らなければいけない。

 だからこのタイミングでのお休みは大歓迎だった。

 なのにリリィときたら、一旦お休みと言ってるのにも関わらず一人で勝手に戦ってる。

 襲われてる人を見捨てられない!とあの子は言う。

 逃げない魔法少女があの子の願いなのだから、理解できないこともないのだけど……

 そのたびに救援に駆けつける私の苦労も少しは考えて欲しい。

 とはいえ無視すれば、正義感一杯のあの娘は死にかねない訳だから無視もできない。

 もう一度ため息をついて、デバイスを手に取る。

 

「シアちゃん、深災が来たよ!チィームリリィ!出動!!」

 

 その途端大音量が響き渡り、私はデバイスを耳から遠ざける。

 やっぱりこの娘は今日も一人で戦おうとしている。

 いや、事前に連絡をくれるだけ成長しているか。

 いつもはパプラからSOSの連絡がくるくらいだし。

 

「何その顔、今日は一人じゃないよ」

 

 む?

 心外だとばかりに彼女から反論が来た。

 ついにあの猪娘も他の魔法少女と連携を取るということを覚えたのか。

 でも、私たちに協力してくれる魔法少女なんていたっけ?

 

「あら、誰が協力してくれるの」

 

「カメリアちゃんだよ!!」

 

 う……ん?

 カメリア?カメリアってたしか前に話してくれた新人の子だっけ。

 パプラから説得は難しそうって、聞いていたのだけど。

 もう説得できたのだろうか。

 

「ねぇ、それ本当にちゃんと納得してくれたの?」

 

 この娘のことだから無理やり引きずっている可能性も十分あり得る。

 優しい子ではあるのだけど、結構強引なところもあるのだ。

 

「カメリアちゃんは私と友達!だから問題ないよね」

 

「う、うん……うーん?」

 

 果たして本当に問題はないのだろうか。

 でも電話の向こうから微かに聞こえてくる恥ずかしそうな笑い声を踏まえると、深く考えなくてもいいのかもしれない。

 きっと、カメリアという娘もこの太陽のような人柄に絆されてしまったのだろう。

 開いていた参考書を閉じる。

 

「それじゃぁ、お休みはもう終わりってことね」

 

 微かに胸が高鳴るのを感じる。

 高校受験に向けて勉強しなければいけない、そんなことは自分のために用意した言い訳に過ぎない。

 私はずっと魔法少女に戻りたかった。

 だってそれは私の憧れだったから。

 

「うん!チームリリィ再始動だよ!!」

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「先日、東雲市にて深災が発生しました。深淵は魔法少女の迅速な対応によって鎮圧。怪我人は出ませんでした」

 

 朝のニュース番組でアナウンサーが淡々とニュースを読み上げる。

 テレビの横に置かれた金魚鉢の中で金魚が泳ぎ、光が揺らめく。

 

「深災に対応したのはチームリリィですね」

 

 モニターが切り替わり三人の魔法少女が映し出される。

 

「あ、この間の新人ちゃんホワイトリリィのチームに入ったんですね」

 

 女性コメンテーターが三人のうち一人に反応して声を上げる。

 

「ああ、魔法少女ブラッディカメリアですね」

 

 モニターの魔法少女三人のうち黒い魔法少女が拡大され、その少女の魔法少女名が表示される。

 その和装少女は戦いに慣れていないのかその表情に余裕はない。

 その大きな瞳には涙すら浮かんでいた。

 

「僕ね、もう彼女のファンになっちゃった。見た感じかなり強いよね」

 

 年配のコメンテーターも嬉しそうに話題に加わる。

 

「初々しい感じがいいですよね、ほら見てください」

 

 モニターでは深災を鎮圧した魔法少女たちにカメラが突撃している。

 チームリリィの二人が決めポーズをとる中ブラッディカメリアがオロオロと視線を彷徨わせる様子が映し出されていた。

 二人が報道陣にポーズを取っていることを気がついた彼女はあわあわと狼惑し、最終的に突っ立ったままダブルピースをしていた。

 その顔は見事に真っ赤だ。

 どうしようもない痴態がテレビで放映されていた。

 

「ぴぎぇぇえええぅうぎぐがぎゃあぁぁああぁあああ!!」

 

 私は人とは思えぬ奇声を発し、手に持っていたリモコンをテレビに投げつけた。

 あまりの恥ずかしさに布団の上を鯉のように跳ね、のたうちまわる。

 そのあまりの騒々しさに金魚が何事かと狭い金魚鉢の中を逃げ惑う。

 どうしてこうなった!?どうしてこうなった???

 なんで手を取っちゃったし!あの時の私。

 こうなることは想像できたはずじゃん。

 なんということでしょう、私の黒歴史に新たな一ページが加えられました。

 

 もう、魔法少女なんてしない、やらないもん!

 陰キャに魔法少女は厳しいですぅぅぅ!!!

 私の叫び声が虚しく響きわたった。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

百合 Lily

百合の花言葉は純粋、無垢。

白い百合には純潔や威厳といった花言葉もある。

また、女性の同性愛やそのジャンルを指す言葉として百合が使われることがある。

これは雑誌「薔薇族」にて、女性同士の恋愛を百合の花に例えたことが由来とされている。



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青い魔法少女

説明回なのであんまり面白くないかも……
でも今後のための不協和の種を随所に散りばめています。
作者は女の子が可哀想な目に合うのが大好きな変態なので読者君にはそれに付き合ってもらおうか!


「改めて自己紹介しましょうか。私はハイドランシア、魔法少女ミスティハイドランシア」

 

 少女は私の前で胸を張るとそう自己紹介した。

 眼鏡の奥で輝く勝気な瞳、青を基調とした衣装に身を包んだ魔法少女。

 彼女は自分の美しさの所以をしっかり理解しているようで、その所作には自信に満ち溢れ、姿勢は指の先まで綺麗に洗練されている。

 まるで貴族の令嬢ようだ。

 燦然と輝くそんな女性を私が直視できるはずもなく……

 

「ぁ、ぁえ、うぇよ、よろしく……お願いしまぅ」

 

 俯き、どもりながらそう返事をするのが精一杯だった。

 自分で言っておいてなんだが、これはひどい。

 せめてもうちょっと日本語としての体裁を保ちたいところだ。

 だがこれが隠キャの私のできる精一杯の返答なのだ。

 そんな私の一杯一杯の言葉を聞いてハイドランシアはにっこりと微笑んでくれた。

 

「はい?何て言いました?」

 

 びぇえええぇぇん!!

 ぜんぜん通じていませんでした。

 やっぱり陰キャにほぼ初対面の人間とのコミュニケーションは難易度高いって。

 お布団、お布団に戻りたいよぉ。

 リリィさんどこ?どこなの?

 私はリリィに呼び出されたのでここに来たのだ。

 魔法少女をやっていくにあたって、私はそもそも知識不足すぎる。

 そのため彼女がレクチャーしてくれると聞いて今日は渋々布団から抜け出してこの魔法少女の施設『花園』まで足を運んだのだ。

 でも、ここにたどり着いた私を待ち受けていたのはホワイトリリィではなくこの青い魔法少女だった。

 魔法少女ミスティハイドランシア、私の所属するチームリリィの一員であり一度だけ顔を合わせたことのある人物だ。

 といっても彼女とのコミュニケーションはリリィ越しだった…………なので彼女と面と向かって話すのはこれが初めてとなる。

 

「は、はひ……」

 

「なぁ、彼女ちょっと緊張してんじゃねーのゼ」

 

 私がうまく返事できずに俯いていると、彼女のそばに浮いた小さな獣がフォローを入れる。

 小さな……犬?

 でも額にツノ生えてる、ということはあれも一応ユニコーンなのだろうか?

 とゆうか彼女は私とリリィとはパートナーが違うんだな……

 私の視線に気づいたのか、犬はニッと笑った。

 

「よぉ、嬢ちゃん。俺はガルパ、ハイドランシアの契約精霊だゼ」

 

 やっぱり精霊だ。

 なんか、パプラよりチャラい……陽キャだ、陽キャ、怖い。

 でも、女性や男性より動物の方がトラウマを刺激しないからまだマシだな。

 

「ぁ、あ、あの……リリィさんは……」

 

 とりあえず彼女たちとの会話の緩衝材となる人物、ホワイトリリィの所在を消え入りそうな声で尋ねる。

 彼女さえ来てくれれば今よりはよくなるはずだ。

 私にはサポートしてくれる友人が必要なのだ。

 

「ああ、さっきパプラの野郎から連絡があったゼ。なんか学校の補習とかゆーのを忘れてたみたいで今日は来れないゼ」

 

 なんということでしょう。

 ガッデム!私の希望は潰えた。

 というかリリィさんあなた学校の補習ぅて…………

 もしかして成績悪い?いや、まぁよさそうには見えないけれど。

 

「あの娘はまた……あなたは成績大丈夫でしょうね?」

 

「あ、はい……」

 

 ハイドランシアがジトッと私を見つめる。

 いや、私これでも優等生なんです……

 といっても今は登校拒否しているので成績の評価は地に落ちているだろうけど。

 それは絶対言わない。

 

「まぁ、いいわ。あの娘は来ないからあなたと私だけで始めるわよ」

 

 ミスティハイドランシアは腰に手を当てると胸を張って私に宣言した。

 ほぼ初対面の女の子と二人きり(獣一匹はカウントしないものとする)かぁ。

 私は無事切り抜けられるだろうか?

 お、お手柔らかにお願いします…………

 

 

……………………………

 

 

…………………

 

 

……

 

 

 場所は変わって、訓練場のような広い部屋私たちはいた。

 部屋には深獣のつもりだろうか、大型の黒い獣のハリボテのようなものが均等に配置されている。

 少し離れた場所で他の魔法少女たちがハリボテに向かって攻撃を放ち訓練している様子が見える。

 この魔法少女のための施設、通称『花園』にはこういった訓練場がいくつかあるらしい。

 アイドルのような華やかな部分が目に付く魔法少女だけど、裏ではこうやって訓練しているんだね。

 

「はい、まずはこれ」

 

 キョロキョロしている私にハイドランシアは何かを差し出してきた。

 花の装飾がされた丸いデバイス。

 あ、これ見たことある。

 リリィが首から下げていた魔法少女の補助アイテムじゃん。

 デバイスと共に紐とベルトも渡される。

 

「好きなところに着けなさい」

 

 へえ、ベルトで留めることもできるんだ。

 確かに目の前の青い魔法少女を見ると彼女はこのデバイスを太股に装着していた。

 白い太股に巻かれた黒いベルト、そして輝くデバイス。

 うーんエッチ。

 流石に私にそんな大胆な装着場所を選ぶ勇気はない。

 そもそも私の魔法少女コスチュームは丈が長くて太股は露出していないのでそういう付け方は無理なんだけどね。

 私はリリィと同じようにデバイスを紐に通して首から下げることにした。

 首に下げると、デバイスは光を放った。

 

「ぅわ!」

 

 見るとデバイスはその色を変えていた。

 黒いボディに花の装飾は赤色になっている。

 なにこれ、私専用になった……?

 

「オマエの情報が登録されたんだゼ。それ魔法少女としての身分証になるから無くすなよゼ」

 

 ガルパが説明してくれる。

 魔法少女としての身分を示すもの。

 つまりこれがあれば通常は入れない区域にも深災対策として足を運ぶことができるようになるらしい。

 それは、深災が発生した避難推奨地区だったり深淵が定着してしまった深域さえ、このデバイスを持った魔法少女であれば自由に出入りが可能になるということだ。

 これを受け取った今、私は正式に魔法少女になったのだ。

 もう後戻りはできない。

 …………いやぁ、後戻りしたいな……だめ?

 

「では、魔法少女ブラッディカメリアまずはあなたの平時の力を見せてもらいましょうか。レクチャーはそれからよ」

 

 いきなりフルネームの魔法少女名を呼ばれて、私は背筋を伸ばす。

 青の魔法少女と小さな獣の視線が私に刺さる。

 じ、実力を示せってことだな。

 目の前のハリボテを睨む。

 あれを攻撃すればいいんだよな?

 へぼくて失望されたらどうしよう……いや、パプラが私はかなり強いって言ってたし、大丈夫なはず。

 私は天才……天才……と自分に言い聞かせ、手のひらに力を溜める。

 

「ぃ、いけぇッ!」

 

 そのまま力を開花させる。

 私の手のひらで咲いた一輪の花はこぼれ落ちると小さな金魚へと姿を変えた。

 小さな小さな金魚、消しゴムぐらいの大きさだった。

 

「…………ぁぇ……?」

 

 それはふらふらと力なく宙を漂うと、的であるハリボテにたどり着くこともできず霧散した。

 …………あり?

 なんで??

 前やったときはもっと大きくて、数だって何十という数を出せたのに……

 想定外の事態に私は冷や汗をかきながら、ハイドランシアの顔を窺う。

 

「どうして、いつもみたいな威力が出なかったと思う?」

 

 彼女は優しく微笑むと私に問いかけた。

 どうやら怒ってはないみたいだ。

 それどころか、こうなるのが分かっていたみたいな表情だ。

 ということは、こうやって普通にやっても魔法はうまく発動しないってこと?

 でも、最初に力を使った時と今の違いがよく分からない。

 あの時と同じように、力を放出したと思うのに。

 首を傾げる私にハイドランシアがヒントを出す。

 

「最初に力を使った時、あなたは何を思った?それを思い出してみて」

 

 最初に力を使った時……?

 あの時はリリィが深獣にやられそうで……

 彼女が助けを呼んでいるのを感じた。

 昔の私みたいに。

 誰も助けてくれる人なんていなかった。

 私以外、私だけが彼女の味方になることができた。

 だから私は…………

 

「ストップ!」

 

 静止の声に私は我に帰った。

 気づくと私の手のひらの上には数えきれない数の紅い花が咲き誇っていた。

 手から溢れ落ちた花が金魚へと姿を変え私の周りを漂っている。

 

「それは的に放つ必要ないゼ。的が壊れちまうゼ」

 

 ガルパが的の前に浮かび私を止める。

 私は慌てて、手を振ると花を散らす。

 しかし、花は金魚の大群となって私にまとわりついた。

 

「わぷぷ」

 

 私に懐いているのか身体を寄せてくる。

 そのせいか私は紅い塊に飲み込まれて前も見えなくしまった。

 

「全く、聞いてはいたけどすごい魔力量ね」

 

「羨ましいかゼ、お前は魔力量すくねーからな」

 

「うるさいわね!」

 

 紅い塊の向こうから二人の声が聞こえてくる。

 とりあえず視界が悪いので、どいてくれるように念じると金魚たちは素直に退いてくれた。

 

「わかったかしら、魔法を使うには感情が大事なの。ただし感情ならなんでもいいってわけじゃない。最初に魔法少女になったときの感情、力を手にすると決めた動機、その願いが力となるのよ」

 

 最初の願い。

 ちょっと言語化するのは難しいけど、リリィを助けようとした時のあの感情、それが力になるってことか。

 過去の自分への嫌悪、あの日のトラウマ、傷ついた少女への心配、それらがごちゃ混ぜになった感情。

 それを思い出すと自分の中で力が湧き出すのを感じた。

 

「最強の魔法少女の資格は才能なんかじゃない。どれだけ最初の願いを思い続けていられるか、純粋な願いを抱いた少女こそが最強の魔法少女なのよ。半端な願いはすぐに別の願いにとって変わられてしまう。願いを失った魔法少女はもう魔法を使えないのよ」

 

 じゅ、純粋な願いか……

 私はこの最初の願いを思い続けていられるのだろうか?

 正直自信はないな。

 そもそも魔法少女になるつもりなんてなかったし、一回切りだったつもりの願いとか他の魔法少女のと比べて弱そう。

 そういう大事なことは初めに言ってよ!

 私は今ここにいないパプラに負の感情を飛ばした。

 

「願いを大切に、まず一つ目のポイントね。次は深獣について教えるわね。深獣は通常魔法少女一人では対抗できない、なんでだと思う?」

 

 あ、それ疑問に思ってたことだ。

 ホワイトリリィが一人で戦っていた時、パプラはやっぱり一人じゃ無茶だった、と言っていた。

 そして私が一人でその深獣を撃退した時、やたらと驚いていた。

 思えばニュースでも私一人で撃退したことについてやたらと持ち上げていた。

 一人で深獣を撃退することはどうやらすごいことみたいなんだよな。

 

「ぁ、とぉ……とっても強ぃ……から?」

 

 ってわけじゃないと思うけど、答えがわからないのでとりあえずそう答える。

 正直、私はホワイトリリィはそんなに弱くないと思っている。

 魔法少女として私より先輩だし、私の力がやたら評価されていうことを踏まえたって、ド素人の私より弱いとはとても思えない。

 でも、彼女には単独の深獣撃退は無理で、私にはできる。

 この違いがどこから来るのか疑問に思っていたのだ。

 

「それは深獣が魔障壁を持っているからよ」

 

 魔障壁?

 なんだろうそれは、聞いたことのない言葉だ。

 疑問に思う私に対して彼女は見ていろと、私に目配せする。

 ハイドランシアが宙に手をかざす。

 すると手から水が溢れ出し、空中を渦巻く。

 彼女が手を横に振ると、水は紐状に広がり透明な鞭になった。

 水でできた魔法の鞭、それがしなり、深獣のハリボテを打つ。

 とても水とは思えない力強い音が鳴り響き、ハリボテが揺れる。

 かなりの力が加えられたのは一目瞭然だ。

 

「今みたいに、深獣に攻撃したとする。でもそれは深獣の持つ魔障壁に阻まれてしまうの」

 

 続いてハイドランシアは腕を二度振り、鞭をしならせる。

 鞭はまるで意思を持っているかのように宙を駆け、ハリボテに連続してヒットした。

 

「魔障壁をどう破る?普通に考えるなら攻撃を連続し、障壁の防御を突破する。……でもそれは愚策。なぜなら、魔障壁は厄介な特性をもっているから。その特性は受けた攻撃に対し、その守りを強めるというもの、つまり…………」

 

 ハイドランシアが息を吸う、次の瞬間彼女の腕がブレた。

 鳴り響く衝撃音の嵐。

 鞭がハリボテをめった打ちにする。

 

「こんな風に攻撃で圧倒しても、障壁を上回る攻撃を繰り出せなければ魔障壁は成長し続け、その攻撃は深獣に届くことは決してない」

 

 あんな風な怒涛の攻撃でも、破れなければ魔障壁は成長して強くなってしまう、そういうことか。

 ちょっと待って、それって強すぎない?

 一撃必殺でも放たないと一生成長するバリアで攻撃が通らないってことじゃん。

 深獣が想像していたよりもずっと厄介で私は慄く。

 

「魔法少女一人ならね」

 

 ハイドランシアそう言って私を安心させるように微笑む。

 

「魔障壁は際限なく成長するけど、それは受けた攻撃に対してだけ、逆に受けた攻撃と別タイプの耐性は相対的に下がっていくの。例えば私の攻撃を受け続けた深獣は水に対して強い耐性を持ちその魔障壁は私では絶対破れない、でもそこをリリィの物理の槍で突けば…………」

 

 魔障壁はたやすく破れる、そういうことか。

 なんとなく、魔法少女がチームを組む理由がわかってきた。

 つまり単独では魔障壁が破れないから、複数の攻撃で魔障壁の弱点を突き、深獣を撃退しているんだな。

 でも……そうすると私が単独で深獣を撃退できた理由がますます謎だ。

 私の金魚たちに成長する魔障壁を破り続けるだけの攻撃力があるのだろうか。

 私は自分の周りに浮く金魚たちを見る。

 私の愛するペットのププちゃんのような愛くるしい見た目。

 とてもそんなに殺傷能力があるようには見えないけど……

 疑問に顔をしかめる私にハイドランシアは頷く。

 

「そうね、あなたは例外、あなたのその召喚魔法は吸魔の属性を持っているの」

 

 吸魔?

 また新しい単語だ、新しい情報だらけで私はそろそろ混乱しそうだよ。

 

「魔法少女は基本的に物理属性か、水や炎といった元素属性に分類される。でも時々あなたのようなどちらにも属さない属性の魔法少女が現れることもあるの。吸魔とは魔力を吸い込む力、あなたは魔障壁を攻撃することなく障壁を構成する魔力を直接吸い出すことができる」

 

 そ、そうなのか。

 それで私は単独での深獣撃退が可能だったんだな。

 つまり私は魔障壁に対してめっぽう強い魔法少女だったんだ。

 こんなとぼけた金魚たちにそんな力があったなんて……

 

「ねぇ、天狗になってるでしょカメリア」

 

「ぶぇッッ!?」

 

 金魚たちを見つめていたらいつの間にジト目をしたハイドランシアの顔が目の前にあって私は変な声を出してしまった。

 整った顔面でいきなり接近するのはやめて欲しい、心臓に悪いよ……

 

「あなたは確かに才能に溢れてる、でも吸魔は物理的な威力はほとんど無かったり不得意なこともあるんだから、一人でなんでも出来るなんて勘違いしないことね!」

 

 は、はい…………肝に命じておきます。

 私はガクガクと首を縦に振る。

 ハイドランシアはそれでも若干納得いっていないのか不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 ねぇ、少し僻み入ってない?気のせい?

 

「属性の他にも魔法少女には3つのタイプがあって…………」

 

 その時、電子音が鳴り響いた。

 聞き覚えのある音だ。

 その音は私の首から下げたデバイスからも発せられていた。

 深災の通知だ。

 

「今説明中なんだけど……まぁいいわ、続きは実戦でね」

 

 ハイドランシアは水の鞭を消すと、訓練場の出口へと歩き出した。

 え…………今から実践ですか?

 あの、私まだ魔法少女のいろはも分からぬ弱輩者でして……今回は辞退したいのですが。

 あ、ダメ?はいはい行きますよ……

 私はガルパに頭を小突かれ、よたよたと青い魔法少女の後に続いた。

 

 

 

 


 

 

 

 

 魔力で足を強化して高く、力強く跳ぶ。

 建物から建物へとその身を躍らせる。

 場所は先ほどと変わり、地方の観光地だ。

『花園』と『花園』は門でつながっている。

 各都市に建てられた『花園』のおかげで私たち魔法少女は迅速に現場に向かうことができるのだ。

 現在日本の魔法少女の分布は首都である東京に偏っている。

 人口も契約精霊の数も多いので当然だ。

 そのため、東京の魔法少女は数の少ない地方の魔法少女の人員を補うためこうやって地方に駆り出されるのだ。

 建物の上を跳んで移動していると、下から歓声が聞こえてくる。

 見ると、観光客がこちらに携帯を向け、写真を撮っているのが見えた、魔法少女が珍しいのだろう。

 スカートの中見えてないよね……?

 極めて戦闘とは関係ない、だがしかし一学生の少女としては沽券に関わる悩みがお頭をかすめる。

 これだから、観光地は人が多くて嫌なんだ。

 いや、今回注目されているのはそのせいだけじゃないか……

 私はチラリと後ろに目を向けた。

 紅い雲のようなものが私を追って空を飛んでいた。

 ものすごく目立つし、禍々しくてとても無害な存在には見えない。

 一見すると敵にしか見えないが、あれは味方だ。

 魔法少女ブラッディカメリア、私の味方でありチームメイトの少女だ。

 深災に対しては迅速な対応が大事、よって現場に急行するのであなたの出せる最速でついてきなさい。

 そう告げたところ彼女の出した結論が、これ。

 大量の金魚を放ちそれに運んでもらい空を飛ぶ。

 正直魔力の無駄遣いだ、現場にたどり着いてからが本番なのにこんなところで大量の魔力を消費してどうするのよ。

 これだから魔力の多い子は……自分が湯水のように消費している魔力がどんなに大切なものか分かっていない。

 …………若干の僻みが入ってしまった。

 彼女は私のスピードについて来れている、今はそれでよしとしよう。

 視界の先に虹色の光沢を纏った黒いドームが見えてくる。

 深淵だ。

 幸いなことに規模はまだまだ小さい。

 これならば深淵の主たる深獣も深淵を大きくするための狩りをしている段階、深淵の外に出ているはずだ。

 視界を走らせ、主たる深獣を探す。

 いた!

 大きな黒色の蜂が小さな蜂の群れを従えて空を飛んでいた。

 その敵に攻撃を仕掛ける前に、私は高い建物へ着地する。

 カメリアと敵を撃退する算段を話し合うためだ。

 と言っても短く私が動きを指示するだけなのだけど。

 

「私が防御、敵の攻撃を全て捌く。あなたはサポート、後方で魔障壁を剥がしなさい」

 

 それだけ告げると私は宙の蜂に飛びかかった。

 後ろから、「ぁ、う、攻撃はぁぁ?」という情けない問いが聞こえてきた。

 全くそんな当たり前のこと聞かないで欲しい。

 可哀想だけどその質問に答えている余裕はない、敵が動き始めている。

 水で作り出した鞭、それを巻き付け蜂を拘束すると地面に叩きつけた。

 地面に大きなヒビが入るが、深獣にはダメージはない。

 当然だ、私の攻撃では魔障壁を突破できない、そんなことは自分が一番よく分かっている。

 これは敵のヘイトを私へ向けるための攻撃だ。

 私の仕事は攻撃じゃない、防御なのだから。

 自分の位置を敵とカメリアの間に来るように調節する。

 これで敵の攻撃は私という壁を越えなければカメリアに届くことはない。

 黒蜂は低い重低音を響かせると。

 お供の蜂たちを私へと差し向ける。

 私の鞭はいまだに黒蜂を拘束し続けている、このままでは武器が振るえないとでも思ったのだろう。

 でも残念、私の武器は水だ。

 蜂への拘束はそのままに、鞭を分離させる。

 

「はぁっ!」

 

 腕を大きく振るい、鞭を蜂たちへ叩きつける。

 宙を唸り、十分過ぎるほどの遠心力を伴った水の塊が敵をすり潰す。

 やっぱり、この小さい蜂たちは障壁を持っていない。

 これなら私でも倒せる。

 そのまま勢いを殺さぬよう、鞭をさらに回転させる。

 殺到する蜂の群れ、その一匹たりとも逃しはしない。

 

「いけ」

 

 後ろから、カメリアの声がすると同時に私の後ろで蜂たちに負けない数の金魚が展開される。

 あの娘のしっかりした声を初めて聞いたかもしれない。

 いつも、「ぁ」とか「ぅ」みたいな情けない声を挟んで喋るし、おどおどと小動物のように怯えているカメリア、だけどこういう場面では彼女は逃げることはしない。

 短い付き合いだけど、そのことは知っている。

 だからこそ、チームメイトとして彼女を認めた。

 蜂の群れと金魚の群れ、両者が空を埋め尽くす。

 私の防御を成立させるためには金魚には攻撃を当てず、蜂を全て叩き落とさなければいけない。

 求められるのは鞭の繊細な制御、広がる敵と味方の群れの正確な位置を把握するための空間認識能力。

 それを無理だと思わない経験が、努力の軌跡が私にはあった。

 

「小さいやつはいい。あなたはデカブツだけ狙いなさい!」

 

 叫び、鞭を振るう。

 針穴に糸を通すように正確に、金魚を避け、宙に散開する蜂たちを一匹ずつ叩き落としていく。

 そうして、丸裸になった黒蜂へと金魚の群れが一匹も欠けることなく殺到した。

 おぞましい唸り声を上げながら深獣がのたうち回る。

 その魔障壁は金魚たちに食い荒らされ、ボロボロだ。

 

「今!」

 

「待ってましたぁっ!!」

 

 私が声を上げると、蜂の後方の建物から白い人影が飛び上がった。

 攻撃は誰がするだって?

 そんなの決まっているじゃない。

 私たちはチームだ、三人で一つの。

 私とカメリアだけで深災に立ち向かうわけないでしょ。

 チーム最後の一人にしてこのチームのリーダー、魔法少女ホワイトリリィが黒蜂のその無防備な背中に純白の槍を深々と突き刺した。

 深獣は大きな断末魔を上げると大きく仰反るのを最後に、その身体を霧散させた。

 

「り、り、リリィ!?来てたんだ」

 

 驚きの声を上げるカメリアに対してリリィは元気にサムズアップした。

 まぁ、チームに対しての討伐依頼なのだから彼女にも通知が行くのは当然なのだが、そこら辺の事情はカメリアはまだ知らないから驚くのも無理はないか。

 

「どうせ、補習サボれてラッキーとでも思っているんでしょう?あなた」

 

「ギクッゥ!」

 

 図星だったのかリリィは大きな声を上げる。

 はぁ……相変わらずこの娘は。

 この後学校まで引きずってでも連れていく必要がありそうだ。

 チームのリーダーが学校を留年なんて笑えない。

 まぁ、でもその前に最後の仕上げだ。

 私とリリィは深淵へと攻撃を放つ、主人を失った深淵はそれだけで粉々に砕け散り主人と同じように霧散した。

 これで深淵がこの地を蝕むことはない。

 

「イエーイ!チームリリィの勝利!!」

 

 リリィは嬉しそうに跳ねると、カメリアに手のひらを突き出した。

 ハイタッチがしたいのだろう、おずおずと差し出されたカメリアの手にリリィの手が思いっきりぶつけられる。

 カメリアは痛かったのか涙目だ。

 

「イエーイ!シアちゃんも、イエーイ!」

 

 そして今度は私に向かって手のひらを突き出してくる。

 私はため息をひとつつくと、全力で、彼女の手を引っ叩いた。

 今度は、リリィが涙目になる番だった。

 

 

……………………………

 

 

…………………

 

 

……

 

 

「観光地に魔法少女出動!今日もチームリリィがやってくれました」

 

 夕方のニュース番組、レポーターが観光地をバックに私たちの活躍を伝えている。

 私はニマニマしながらそれを見ていた。

 カメラはノリノリでポーズをとるリリィとそれに合わせてポーズを決める私とカメリアを映している。

 カメリアはまたもやダブルピースをしている。

 実は最初は彼女も無難なポーズ取っていたのだ。

 しかし、それを見たカメラマンが「あれ?ダブルピースしないんですか」と無情な発言をかました。

 なんでも彼女の赤面ダブルピースが結構評判だったらしく、テレビ局に頼まれて彼女は泣く泣くピースを決めていた。

 哀れなチームメイトに少しだけ、同情する。

 その他にも、観光客が撮ったらしき写真も紹介されていた。

 あの空を跳んでいた時の写真だ。

 スカートの中は…………うんギリギリ見えてない、よしとしよう。

 私は批評家のように訳知り顔で頷く。

 もちろんこの番組は録画している。

 これまでも魔法少女ミスティハイドランシアが出た番組は全て録画している。

 新聞も、全て切り抜いている。

 私自身が、ハイドランシアの大ファンでもあるのだ。

 魔法少女は、私の憧れだったから。

 憧れ、それが私の最初の願い、戦う理由。

 それを忘れたことはない。

 

 

 あの日、私を守ってくれた少女、私はそれを今でも覚えている。

 自分と同じくらいの背丈の小さな女の子。

 小学生の頃、深災に巻き込まれた私を助けてくれた魔法少女。

 あなたのように人々を守れる存在になりたい。

 そう言ったら彼女はきっとなれると私を応援してくれた。

 その日から魔法少女が、私の夢になった。

 私は来るかもわからないスカウトを待つほど辛抱強い子供じゃなかった。

 だから契約精霊にスカウトされるのを待つのではなく、直接押しかけた。

 自分を魔法少女にして欲しいと。

 蛇の姿をした契約精霊は私の申し出を断った。

 才能がないと。

 魔力が少な過ぎる、強い魔法少女にはなれないと言われてしまった。

 それでも、私は諦めなかった。

 虎型の精霊にはやんわり断られ、魔法騎士への道を勧められた。

 魔法騎士じゃダメだった、私は魔法少女になりたいのだ。

 彼女と同じ、存在に。

 私は契約精霊を探し回り、自分を魔法少女にしてくれと頼み込んだ。

 そして、断られ続けた。

 

「なぁ、お前何人の契約精霊に話しかけたのゼ?」

 

 犬型の契約精霊は私の話を聞いた後そう尋ねた。

 

「そんなの覚えてない、私を魔法少女にしてくれない奴なんて知らない」

 

 奴らは見る目がないのだ、私は憧れの彼女と肩を並べる存在になる女なのだ。

 私の憧れはとどまることを知らなかった。

 私のその答えを聞いて契約精霊は笑った。

 

「最強の魔法少女、俺は最も純粋な願いを抱いた少女こそがその座にふさわしいと思っているゼ」

 

 契約精霊が私の瞳を覗き込む。

 その精霊の目は、熱く燃えていた。

 

「お前の折れないその憧れこそ最強だゼ。お前、いい魔法少女になるゼ!」

 

 その日私は魔法少女になった。

 憧れは今も変わっていない。

 私の番組と一緒に、彼女の活躍も必ず録画するようにしている。

 魔法少女になってから、数度しか会えてない憧れの人。

 いつか彼女の隣で、そう考えていつも戦っている。

 

 魔法少女ピュアアコナイト、私の憧れ…………

 

 

 


 

 

 

 

紫陽花 Hydrangea

紫陽花の花言葉は移り気、浮気、無常。

ネガティブな花言葉が多いですがこれは紫陽花の花の色が時期によって変化することから付けられたと言われている。

またそんな花言葉とは裏腹に、青色の紫陽花には辛抱強い愛という花言葉もある。




 白い太股に巻かれたベルト、めっっっちゃ好きやねん(小説の余韻をぶち壊す後書き)


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自分勝手な願い

主人公が奇声を上げるのがノルマになりつつある。


『今度の休みにチームリリィで集まって遊ぼうよ!!!!』

 

 いつものように布団にくるまってゴロゴロしていたら、いつの間にかデバイスにリリィから連絡が入っていた。

 やたら『!』マークの多い連絡、彼女らしく元気いっぱいのメッセージだ。

 どうやら彼女はチームとしての親睦を深めたいらしい。

 陽キャは気軽に人を誘えるのが強いよね。

 私としてはあまり布団から出たくないんだけど…………

 友達からの誘いだしなぁ。

 陰キャは友達という言葉に弱い。

 今現在私の友達と言えるのは金魚のププちゃんと、ホワイトリリィこと神崎美佳ちゃんだけだ。

 ハイドランシアさんは友達じゃない、まだ友達宣言してないから。

 陰の者は友達かどうかの線引きに対して厳しいのだ。

 迷った末、私は『食事するくらいなら……』と返事をした。

 一日中外に出るのはやっぱりきつい。

 前も言ったかもしれないが、陰キャは影の生き物なので太陽の光が弱点なのだ。

 一日中外にいたら溶けてしまうよ私は。

 

『OK♡』

 

 即座にリリィから返事が来た。

 そのハートは何だハートは、ウブな童貞(私)が勘違いするからやめなさい。

 布団の中で寝返りを打ちながら、ため息をつく。

 いや、友達とお出かけするのはいいのだ、今回のお誘いも別に迷惑じゃない。

 でも、休日となると両親が家にいるわけで…………だんだん魔法少女であることを隠すのが難しくなってきたな。

 父さんと母さんは私が学校に行きたくないと打ち明けた時、何も言わずに私を受け入れてくれた。

 二人の前で作り笑いを浮かべることすら難しくなった私を抱きしめてくれた。

 人生二週目でもこの様な私なんかよりよっぽどできた人間なのだ。

 そんな二人だから魔法少女になった私も受け入れてくれるだろう。

 でもなぁ…………

 魔法少女バレするってことはテレビでも放送された私の様子が両親にも知られるってことだろ。

 

「むぺぺむぎぁぁぁああぁあああ!!」

 

 私は布団の中でひたすらじたばたと身を捩った。

 はじゅかしい、恥ずかしすぎるわ!!

 連日のように悶える私の騒々しさに慣れたのか、金魚のププちゃんは澄ましたように泳いでいた。

 

 

……………………………

 

 

…………………

 

 

……

 

 

 その日の晩、私はいつものように家族で食卓を囲んでいた。

 私が引きこもりになってからも、食事は家族ととるようにしている。

 それが両親の希望であったし、私も両親は怖くないのでそれまでと同じように平日の朝晩は両親と食事を共にした。

 ただ、引きこもる前は私がよく喋っていたのに対し、今はもっぱら両親の会話に私が相槌を打つという形に変化はしたが。

 

「あ、のぉ…………」

 

 そんなものだから、私が話を切り出すと両親は珍しいものを見るように私に視線を向けた。

 両親との会話は慣れているはずなのに吃ってしまった。

 顔が熱くなるのを感じる。

 

「今週の土曜は……外出るからお昼いらない、です」

 

 両親とは目を合わせず、視線を食卓に並んだ料理に固定したまま言葉を紡ぐ。

 大丈夫、両親なら何も聞かずにOKを出してくれる、はず。

 

「あらそう、一人で?」

 

 私の言葉に対して母さんはそんな風に聞いてきた。

 その言葉に私の外出を反対するニュアンスは感じられない。

 単純に私一人の外出かどうかを聞きたいのだろう。

 この世界は深災もあるし、女子一人での外出は前世よりも危険なのだ。

 

「ううん、友達と」

 

 学校に行かずに引きこもっている私に友達なんているはずない。

 両親視点では疑問に思われてしまうかもしれないが、これは事実だ。

 リリィのことだからこれから私の家に突撃してくることもあるだろうし、きちんと説明しておかないと。

 

「………………」

 

 とはいえどうやって紹介したものか……私は言葉に詰まってしまう。

 おかしいな、ちゃんと自室でシミュレーションしたはずなのに、うまく言葉が出てこない。

 私は気まずさをごまかすように、水を口に含んだ。

 

「友達ってのは魔法少女のかい?」

 

「んぶぇ!!??ゴホッゴホッッ」

 

 父さんのいきなりの発言に私は口に含んだ水を吹き出す。

 いきなり何言ってんのこの人。

 

「あらあら、汚いわよ」

 

 母さんもその発言に対して特に驚く様子もなく、私の吹き出した水を拭く布巾を取りに席を立った。

 な、な、なんで魔法少女という言葉が父さんの口から飛び出すのでしょうか?

 どうやったら引きこもりの娘に魔法少女の友達ができると思うんだ。

 

「も、もしかして…………バレて……ます?」

 

 何がとは言いませんが…………

 私の問いに両親は顔を見合わせた。

 

「そりゃ、ねぇ…………あれだけテレビにも出てるし」

 

 何でや!?

 認識阻害の魔法はどこへ行った?

 役立たず!両親にモロバレしてるじゃないか。

 

「私だと分からないようになっているはずなんだけど!?」

 

「確かに顔は日向ちゃんだって分からなかったわねぇ」

 

「我々は顔が分からないくらいで娘が見分けられなくなるほど耄碌してはいないぞ」

 

 顔と声は私だと判別がつかないようになっているはずなのに、テレビに映るブラッティカメリアを見て両親は私だと感じ取ったらしい。

 認識阻害魔法がポンコツというべきか、両親の愛が重いというべきか…………

 というか、あの赤顔ダブルピースを見て私だって思ったってコト!?

 両親に私は普段どんなふうに見えてるんだよぉ!

 

「だいたいお前最近よく無断で外出してるし、居間で魔法少女のニュースが流れたらチャンネルを変えるじゃないか」

 

 あ…………はい。

 父さんの一言で私はノックアウトされる。

 確かに、魔法少女の活動をして家に戻った時両親がもう帰宅していることがあった。

 そんな時は私ずっと部屋にいましたよ、という顔をして布団に入っていた。

 ニュースについても恥ずかしいのでもし私が居間にいた時はできるだけチャンネルを変えていたのだ。

 それらの私の不可解な行動について両親は何も言ってこなかったので、全然バレていないと思ってました。

 

「別に隠さなくてもいいのに、私たちはどんな日向ちゃんだって応援するわよ」

 

「お前の好きにすればいい、私たちはお前の味方だ」

 

 両親はニヤニヤと笑いながら食事に戻った。

 引きこもりの娘が正義のヒロインやってたんだからもっと言うことあるだろ!

 一見放任主義ともとれる対応、でもこれが今世の私の両親なのだ。

 興味がなさそうに見えて、その実両親は私自分のことをしっかり見ていることを私は知っている。

 彼らは肉親だからと言って、決して無闇に私の中に踏み込んでくることはしない。

 私が登校拒否する理由だって、私が打ち明けてくれるのを辛抱強く待ってくれている。

 魔法少女の件も私が打ち明けようとしているのを察したから、こうやって茶化して言いやすくしてくれたのだろう。

 意気地のない私が尻込みしてしまわないように。

 申し訳なさと恥ずかしさで一杯になった私はその晩ずっと両親と目を合わせることが出来なかった。

 

「怪我だけはするなよ」

 

 自室に戻る私の背中に投げかけられたその言葉はひどく暖かかった。

 

 

……………………………

 

 

…………………

 

 

……

 

 

 そうして土曜、私は外へと出ていた。

 

「と、とける……」

 

 日光が厳しいよ。

 と言っても今日は前回の反省を生かして日傘をさしているので、前ほど辛くはないけど。

 今回の私のスタイルは黒のロングワンピに黒い日傘という黒ずくめスタイルにマスクをつけている。

 そこ!地雷臭がするとか言ってはいけない。

 私のような人間は明るくてカラフルな服で自分を着飾るのに抵抗があるので、必然的に暗くて無彩色な服が多くなってしまうのだ。

 黒はいいよ黒は、どんな色と組み合わせてもそんなに浮かないし……

 マスクは単に顔を見られるのが恥ずかしいのでつけているだけです。

 場所は事前の連絡で決めていた待ち合わせ場所である駅前のオブジェの前だ。

 集合時間まではあと15分、二人が来るまでは時間があるだろう。

 そう思って近くのベンチに腰掛けたのだけど…………

 

「……ぁ」

 

「あら、早いわね」

 

 ベンチに座っていた少女と目があった。

 眼鏡の奥に輝く勝気な瞳、ボーイッシュな服装に身を包んだその少女はどうにも見覚えがあった。

 

「ぁ、ぇとぉ……ハイドランシア……さん?」

 

「都、藤堂都よ、カメリア」

 

 そう自己紹介して彼女は妖艶に微笑んだ。

 顔が赤くなるのを感じる。

 やはりこの世界の人間は顔がよすぎる。

 慣れるまで、直視は無理だな。

 

「ぃ、い、ぃ、出雲日向、です」

 

 彼女の靴を見ながら自己紹介する。

 

「よろしくね、日向」

 

 呼び捨てぇ!?

 いきなり距離の詰めかたがえげつないよ藤堂さん。

 最近の女子ってこんな簡単に呼び捨てするのぉ?

 こわいよぉぉ。

 自分と比べ物にならないレベルのコミュ力に、私が震えていると藤堂さんは立ち上がった。

 

「まだ少し時間があるし飲み物でも飲みましょうか、おごるわよ」

 

「あ、うん……」

 

 なんだろうデジャブ。

 私ってそんな飲み物飲みたそうな顔してる?

 藤堂さんは近くの自動販売機にお金を投入する。

 希望を聞かれたので何でもいいと答えるとコーヒーを手渡された。

 藤堂さんの手にも同じものが握られている。

 コーヒー……好きなのかな?

 コーヒー、前世では夜間の作業のお供によく飲んでいたな。

 プルタブを開け、冷たいその黒色の液体を呷る。

 懐かしい味、懐かしい香りだ。

 そういえば今世ではこの液体のお世話になっていなかった、なんだか古い友人に再会した気分だった。

 

「へぇ、いける口なのね」

 

 へ?

 顔を上げると藤堂さんが意外そうな顔でこちらを見ていた。

 

「何でもいいって言うから、ブラック買ってやったのに、コーヒー好きなの?」

 

 何だよ嫌がらせのつもりだったの。

 どう見えているかは知らないけど、私はブラックコーヒーを嫌がるほどお子ちゃまじゃないぞ。

 

「ぁ、香りは、結構好きです」

 

「そうなの。あなたとは趣味が合いそうね」

 

 藤堂さんはそう言うとにっこり微笑んだ。

 彼女、結構コーヒーが好きみたいだ。

 それから私たちは神崎さんが来るまでコーヒー談義に花を咲かせた(私は主に相槌)

 

 

……………………………

 

 

…………………

 

 

……

 

 

 料理が私たちの前へと配膳される。

 クリームのたっぷり乗ったパンケーキ、花のように綺麗にカットされた苺が皿の中で咲き誇っている。

 その甘味の塊は私を魅了して止まない。

 

「わ〜い、美味しそう〜」

 

 神崎さんが嬉しそうな声をあげ、スマートフォンを構える。

 写真をとってSNSにでもアップするつもりなのだろう。

 私の方にもカメラを向けてきたので私は素早く自分の顔を隠す。

 私たち三人は都内の有名なパンケーキ屋にきていた。

 食事を希望した私に対して神崎さんがお勧めしてくれたお店だ。

 お勧めするだけあって確かに美味しい…………まぁちょっと値段は張るけど。

 前世では昼食を甘味だけで済ますなんて考えられなかったけど、女性になってから甘味の魅力に逆らえず、今も甘いものだけでお腹を満たす幸福に酔いしれている。

 私が苺のパンケーキ、神崎さんは桃のパンケーキ、藤堂さんは…………空気を読まずパスタを注文していた。

 いや、店側が提供しているので間違ってはいないのだが……パンケーキ食べないの?ここパンケーキ屋さんだけど。

 私が不思議そうな顔をして藤堂さんを見ていたら彼女と目があった。

 

「私は美佳のを貰うからいいのよ」

 

 そう言って藤堂さんは神崎さんのパンケーキを一切れ掠め取った。

 

「あ!あ〜〜〜」

 

 神崎さんは頬を膨らませ、お返しとばかりに藤堂さんのパスタにフォークを伸ばすが、藤堂さんは自分のフォークで巧みにそれをガードしている。

 二人とも仲良いね。

 今回の目的は新しくチームに加入した私との仲を深めることだ。

 チームとしての連携力を高めるために、仲良くなることは大事なことだよね。

 神崎さんは私のことをよく見ている。

 いまだに二人に対してどこかよそよそしい私の様子を心配してくれているのだろう。

 私が会話をするのが苦手なことを知っているから、無理に私に話すことも強要してこない。

 おかけで私は二人の会話に耳を傾け、美味しいパンケーキをもくもく頬張りながら時々相槌を打つ平和な時間を過ごせている。

 チームの新人だからと言って質問責めにすることはない、それがありがたかった。

 美少女二人に質問責めになんぞされたら、私は確実に挙動不審になるだろう。

 会話なんてしなくてもチームに馴染めているという実感が私には必要なのだ。

 

「ねぇねぇ、日向ちゃんは彼氏とかいるの?」

 

「………………」

 

 前言撤回。

 いきなりとんでもねぇこと聞いてきやがったよこの子。

 神崎さんは興味津々といった様子でこちらを見てくる、多分恋話がしたいのだろうな。

 

「ぇ、い、いないよぉ?」

 

 逆にいると思うの?

 私みたいな陰キャボッチがボーイフレンドなぞいるわけがない。

 友達でさえ数えるほどしかいないんだぞ。

 だいたい私の性的嗜好は前世の嗜好を引きずっているので、恋愛対象は女性だ。

 作るとしたら彼氏ではなく彼女なのよね、うーん厳しい。

 

「じゃぁ、告白されたこととかは〜?」

 

「そ、それは……まぁ…………」

 

 それは、確かにある。

 というか地味にモテてしまったのが私へのいじめの発端だからなぁ。

 当時のことを思い出して、気分が悪くなる。

 なんなら、その逆のパターンも経験した。

 虐められていると、色々経験するんですよ。

 最も忌むべき記憶の一つ。

 彼女たちはある男子生徒への告白を私に強要した。

 私がフラれるのを陰で観察して溜飲を下げたかったのだろう…………

 

「ごめん!嫌なこと思い出させちゃった?」

 

 神崎さんが急に謝ってきた。

 その言葉を聞いて、私は我に帰る。

 私は拳が白くなるほどフォークを握りしめていた。

 顔色も、きっと端から見てわかるほど青白くなっていたのだろう。

 

「ぁ……うん気にしないで、大丈夫」

 

 彼女が悪いわけじゃない、神崎さんが投げかけてきた質問は友達同士なら当たり前のように交わす一般的な会話に過ぎない。

 ただ、私という人間に地雷が多すぎるだけなのだ。

 

「美佳はデリカシーがなさすぎなのよ」

 

 藤堂さんがまた神崎さんのパンケーキを一切れ掠め取って私の皿へと乗せる。

 神崎さんもまた頬を膨らませたけど、今度は文句を言わなかった。

 嫌なことを聞いたと思った二人からのお詫びなのだろう。

 桃のパンケーキは私の苺のパンケーキとはまた違った優しい味がした。

 顔色の戻った私をみて二人とも安堵したように息をついている。

 やっぱり陰キャとか以前に私って人とのコミュニケーションに向いてないかもな……

 そんなことを思う。

 それからは二人の思い出話を聞いて、楽しい時間を過ごせた。

 

 

……………………………

 

 

…………………

 

 

……

 

 

「ぁ…………の、今日は、誘って、くれてありがとう」

 

 帰り道、私は二人に頭を下げた。

 

「いや、こちらこそ美佳の我がままに付き合ってもらって悪かったわね」

 

「楽しかったよー、また遊ぼう!」

 

 二人も笑顔を私に返してくれた。

 まだ魔法少女としてやっていく自信はないけど、この二人とならやっていけるかもしれない。

 そう思える程度には距離を詰めることが出来たと思う。

 まぁ、詰めてきたのは向こうの方だけど。

 そのまま、二人に手をふって別れようとしたんだけど、神崎さんが私を呼び止めた。

 

「カメリア!ハイドランシア!」

 

 魔法少女としての名前で呼ばれる。

 振り返ると神崎さんは真面目な顔をして拳を突き出していた。

 

「私は逃げない。深獣からも深災からも、魔法少女として人々を守り続ける!だから二人は私についてきて、一緒にみんなを守ろう」

 

 それは魔法少女として、チームのリーダーとしての宣言。

 魔法少女ホワイトリリィの願いの宣誓。

 

『純粋な願いを抱いた少女こそが最強の魔法少女なのよ』

 

 以前ハイドランシアに教えてもらった願いの力のことを思い出す。

 今、目の前の少女は自分の願いを言葉にすることで、その思いをより強固なものにしているんだ。

 その願いの中に私たちチームメイト二人の存在を入れてくれている、そのことがなんとなく嬉しかった。

 

「リリィに言われなくても、私も一緒に戦うわ、自分の憧れのために」

 

 藤堂さんはニコリと笑うと神崎さんの突き出した拳に自分の拳を合わせた。

 私、私はどうだろう?

 私は流されるまま、ここまで来てしまった。

 まだ明確な戦う理由を私は持てていない。

 神崎美佳、魔法少女ホワイトリリィの友達だから、私はここに立っている。

 彼女が望んだから私は魔法少女になる決意を固めた、でも最初に抱いた願いはそうじゃなかったように思う。

 神崎さんは逃げず人々を守る魔法少女、藤堂さんは憧れの魔法少女のような理想の魔法少女、それぞれなりたい願いを持っている。

 魔法少女に対して夢を抱いている。

 私は…………そうはなれない。

 魔法少女という存在に私は夢を見ることができなくなってしまった。

 その正義は私の中でひどく薄汚れ、腐敗してしまっている。

 それでも、私はここまできた。

 魔法少女ブラッディカメリアとして。

 だからきっと私の中にも願いはあるのかもしれない。

 

「………………」

 

 私は何も言わずに、二人と拳を合わせた。

 今はまだ、自分の願いを言語化できていないけど、それでも私はチームメイトとして共に戦うことを誓った。

 私たち三人はお互い頷き合うと、あとは背を向けてそれぞれの帰路についた。

 

 

……………………………

 

 

…………………

 

 

……

 

 

 帰り道のバスの中で私は一人座り、流れゆく景色を眺めていた。

 友達ができて、魔法少女になって、戦って、友達とお食事会をした。

 つい一ヶ月前程には想像すらできない生活を私は送っていた。

 きっと以前の私がこの未来を知ったら嫌がって逃げ出そうとすることだろう。

 でも、この想像すらしなかった今を悪くないと思っている自分もいた。

 私は変わったのだろうか?

 依然として私は学校にも行かず、無意味に布団に立て篭もっている。

 それでも、以前ほど未来への絶望感は感じなかった。

 

 感慨にふける視界の中で、景色の流れが止まる。

 

「…………?」

 

 交差点でも何でもない道の真ん中。

 何で止まるのだろう。

 私は視線を前方に戻し、バスの正面を伺う。

 バスの前方には何台もの車が停止していた。

 渋滞だ、でも何でこんな所で?

 視界の先、ビルとビルの間、そこに虹色の光沢を纏った黒いドームが広がっているのが見えた。

 

「深……淵?」

 

 私の呟きに、バス内が騒然とする。

 乗客たちも前方に確認できる黒い災害の存在に気が付いたのだろう。

 でも、逃げようにも前方も後方も車が詰まっていて逃げ場などなかった。

 私は首から下げた魔法少女のデバイスを握り締めながら辺りを見渡す。

 変身しようにも、こんな人前でするのは憚れるし…………そもそもバスという密室から出ないと深淵まで辿り着けない。

 私はただただ、オロオロとするしかなかった。

 周りの車から、人が降りて駆け出すのが見える。

 もう、車を放棄して逃げ出す人が出てきているのだ。

 こうなればもうこの渋滞は解消しない。

 私もバスから出ないと…………

 

「皆さん落ち着いてくださーーーい!!!!」

 

 その時、一際大きな声が辺りに響き渡った。

 その声の先に、目をやると目立つように車の屋根の上に乗った青年が手を振っていた。

 目立つ黒色のジャケット、そこには黄金の獅子のエンブレムが誇らしげに付けられている。

 

「現在発生中の深災は黒獅子小隊16番隊が対応します!!皆さんは落ち着いて車から降りて最寄りの避難所まで避難をお願いしまーす!!」

 

 魔法騎士、深災から人々を守る正義の騎士がそこにはいた。

 え……と、この場合はどうしよう?

 私は思わず固まってしまった。

 魔法騎士の避難指示に従って人々がどんどん避難していく、バスの扉も開けられ乗客が降りていく。

 避難する人々に混乱はない、自分たちを守る存在、魔法騎士の存在の安心感が大きいのだろう。

 私も一応彼の指示に従って避難する人の波に合わせる。

 助けに来たのが魔法少女ならよかったのに、と思う。

 そうすれば、私も魔法少女ですと明かして、深災の対処を手伝うことが簡単にできたのに。

 でも、現れたのは魔法騎士だった。

 魔法少女の組織『白き一角獣』と魔法騎士の組織『黒き獅子』との関係はちょっとややこしい。

 この二つの組織は深災という人類の脅威から人々を守る正義の味方だ。

 でも共通の敵と戦っているのにもかかわらず、お互いに手を貸すことは少ない。

 魔法少女と魔法騎士はどちらも人々を守りたいと思っている、魔法少女と魔法騎士の仲は問題ないのだ。

 問題は組織の中核だった。

 端的にいうと一角獣と獅子の仲が悪いのだ。

 魔法少女と魔法騎士に力を与えている精霊である彼らはお互いライバル関係なのだ。

 そのため、いつも業績を比べ合って喧嘩ばかりしているらしい。

 つまり、『白き一角獣』と『黒き獅子』は競合他社なのだ。

 ここで私が魔法少女として魔法騎士に手を貸すのは簡単だ。

 でもそうすると魔法少女に手柄を横取りされたと獅子に思われるかもしれないのだ。

 まったく、同じ志を持っているのなら仲良くして欲しいところだ。

 さらに付け加えると、私の魔法少女のデバイスには何の連絡も入っていない。

 魔法少女ブラッディカメリアに出動要請は出ていないのだ。

 深災にはそれぞれの実力に合わせて適した魔法少女チームに出動要請が下される。

 リリィのような、特殊な願いを抱いている少女以外は、実力に合わない敵との戦闘は推奨されていない。

 魔法騎士が対応しているからか、私の実力に適していないからか、どちらかは分からないけど近くにいるはずの私に出動要請が出ていなかった。

 ということは、私は行くべきではないと判断されたということだ。

 

 戦わなくていい理由だけが、どんどん積み上がっていく。

 私は、素直に避難するべきなのかもしれない、他の一般人と同じように。

 俯き、アスファルトを見つめる。

 私の判断は間違っていない、間違っていないはずなのに…………なぜだか心がざわついた。

 

「ねぇ君どうしたの?早く避難しないと危ないよ?」

 

 声をかけられ、ハッとして顔を上げる。

 もう私の周りには人っ子一人いなかった、みんな避難してしまったんだ。

 魔法騎士の青年が、心配そうにこちらを見ている。

 

「ぁ……私…………私……」

 

 私は何をしているんだろう。

 都心の道路の真ん中で無人の車に囲まれて、私はどうしようもなく迷っていた。

 

『私は逃げない』

 

 リリィはそう言った。

 きっと彼女ならこの状況でも迷わず戦うだろう。

 それが彼女の願いであり、決意だ。

 ハイドランシアでもそうだ、きっと彼女も戦う、憧れのために。

 きっと私が迷っているのは私という人間がどうしようもなく中途半端だからだ。

 自分の願いを自覚できていない。

 何のために戦っているか自分自身でも分かっていないから。

 

『お前の好きにすればいい』

 

 父さんはそう言った。

 でもどうすればいいかなんて分からない、自分の好きが分からない。

 戦えば、このどうしようもない感情から解放されるのだろうか?

 でも、私の中の臆病な自分が安全な布団の中に帰りたいと喚く、戦わなくていい理由を積み上げる。

 

「私…………」

 

 その時、大きな音が鳴り響いた。

 音と共に黒い塊が飛んできて近くのビルに衝突した。

 

「先輩!?」

 

 私を心配していた青年はそれを見た途端血相を変えてその黒い何かに駆け寄った。

 黒く見えたのは、ジャケットの色だった。

 魔法騎士の黒いジャケット、それを着た人間が地面に横たわっていた。

 空気を裂く音がして、何かが私の近くに落下する。

 金属音を立てて私の方まで転がってきたそれは剣だった。

 魔法騎士の武器、大ぶりなその凶器にはめられた宝石は赤く光り、明滅していた。

 私の視界の中で、黒い深淵のシルエットが歪み震えたのちにその領域を広げる。

 深淵が大きくなっている……?

 

「私……何してんだろう」

 

 気づいた時には私はもう走り出していた。

 自分が何をしたいのかも分からないまま。

 後ろから、青年が呼び止める声が聞こえる。

 それでも私は止まらなかった。

 

「変華ァッ!」

 

 赤い光が私を包んだ。

 

 

 

 


 

 

 

 

「はぁ……はぁッ……」

 

 荒い息が僕の口から吐き出される。

 難しくない任務のはずだった。

 突発的な深淵の出現。

 前兆のないそれは下級の深獣であることが多い。

 付近の住民の避難を優先させ、その間に僕たちが足止めをする。

 避難が完了したのち全員で囲んで叩く、いつもの作戦だ、気負うことはない。

 そのはずだった。

 

 まだ、避難は完了していない。

 それなのに足止めを請け負った僕たち戦闘チームは五人から、二人に減っていた。

 一人は先ほど深獣の大振りの攻撃で吹っ飛ばされ、戦線を離脱した。

 他の二人は…………

 視界が歪む。

 僕の両眼からはいつの間にか涙が溢れていた。

 深淵から現れた深獣は猿の形をしていた。

 その時点で、この作戦は破綻していた。

 深獣は様々な動物の形をとる。

 そしてそのモチーフの動物が賢ければ賢いほど強い傾向にあるのだ。

 猿などの人に近い種は特に……最悪だ。

 生まれたてとはいえ僕たちに対応できるレベルの深獣じゃない。

 なのに…………なのに深淵から出てきたのはもう一体の猿型。

 双生の深獣、ごく稀に生まれる主を二つ持った深淵。

 最悪が二つ重なっていた。

 先輩と同期の女の子はそのもう一体の深獣に組み敷かれ、引きずられるように深淵の中へと連れ去られてしまった。

 そして先ほどから深淵は脈動し、大きくなっている。

 成長しているんだ、人の魂を喰って。

 いつも僕に厳しかった先輩も一緒に訓練してきた同期の女の子も、深淵の中だ……とても無事だとは思えない。

 このまま大きくなり続ければ誰にも対処できない深域へと成長してしまう。

 また一つ封印都市が増えてしまう。

 それだけは阻止しなければいけないのに、一匹になったその深獣にすら僕たちは攻めあぐねていた。

 手に持つ銃が重い、戦斧をもった仲間が前衛を引き受けてくれているがいつまで持つか分からない。

 彼が負ければ前衛はいなくなってしまう。

 そうすれば深獣の攻撃は僕まで届くことだろう。

 応援はまだ来ないのだろうか、深獣が猿型と分かった時点で救援を出したのに。

 深獣がまた大きく腕を振りかぶる。

 またあの攻撃がくる。

 僕は深獣の動きを阻害するように魔力の銃弾を浴びせかける。

 でも猿は全く気にした様子もない、障壁が厚すぎるんだ。

 その長い腕が振られ、戦斧をもった仲間が吹っ飛ばされる。

 

「……あ」

 

 これで戦っているのは僕だけとなった。

 僕の持つ得物は銃型、とても深獣の攻撃を捌ける武器じゃない。

 どうしようもない敗北が目前に叩きつけられる。

 絶望感が全身を支配したその時、黒い人影が僕らの前に着地した。

 仲間……?

 とっさにそう思った、だって黒色だったから。

 でも涙を拭ってよく見るとそれは魔法騎士が纏う黒いジャケットではなく、黒い和服に身を包んだ少女だった。

 

「魔法……少女?」

 

 少女は腕を振るう。

 その腕の軌跡にいくつもの紅い花が咲き誇った。

 

「障壁は、私が破る!攻撃を!!」

 

 凛とした声が戦場に響き渡る。

 花は金魚となり、群れをなして深獣へと突撃する。

 深獣は煩わしそうに金魚に攻撃を振るうが、まるで流水だ。

 ひらりひらりと金魚たちは攻撃を躱している。

 そうして群がった金魚たちが深獣へ食らいつく。

 まるで獲物に群がるピラニアのようにその障壁を食らい尽くしていく。

 障壁が剥がれたその体に魔力弾を打ち込むと、深獣の身体に穴が開き黒い体液が噴き出した。

 攻撃が通じた。

 あれだけ強固に見えた深獣の魔障壁が面白いくらいボロボロになっている。

 深獣が一際大きな雄叫びを上げた。

 

「危ない!」

 

 深獣は金魚の群れを無視すると、黒い魔法少女に向かって殴りかかった。

 金魚よりも、それを召喚する少女の方を脅威と見做したのだろう。

 ふるわれる長い腕、僕の脳裏にその攻撃で呆気なく吹っ飛ばされた二人の仲間がよぎる。

 衝撃音。

 でも、その音は仲間を吹っ飛ばした音とはどこか違った。

 衝撃を吸収したような鈍い音。

 紅い花が少女の周りに咲き誇り、深獣の攻撃から少女を守っていた。

 

「怪我だけはするなと、親から心配されてるんだ」

 

 少女が花に触れると、花はその形をまた変えた。

 そうして花は紅い和傘となった。

 傘の表面には何十という金魚が泳いでいる。

 少女が手に持ったその傘をくるくると回す。

 そうするとその金魚たちが浮き上がり、円を描きながらその黒い魔法少女を守護するように回る。

 その金魚に触れた深獣の腕がまるで虫食いのように崩れていく。

 

「今だ!」

 

 その隙に乗じて僕も攻撃を仕掛ける。

 僕の放った弾幕が深獣の身体を穴だらけにした。

 深獣の体がぐらりと揺れ、倒れると同時にその身体を霧散させた。

 

「ゃ、やった?」

 

 少女がその様子を見て声を上げる。

 緊張が解けたのか、その声は先ほどの凛とした声とは違い震え、どこか自信なさげだった。

 でも、これで終わりではないのだ、だって、深淵の中には深獣がもう一体…………

 悲しげに顔を伏せる僕を見て、黒い魔法少女は首を傾げる。

 

「ぇ、あ、のぉ……大丈夫、ですか?」

 

 大丈夫ではない、大丈夫じゃないんだ。

 深淵は人を取り込み、成長期に入ってしまっている。

 首を傾げる少女の後ろで、深淵はまた脈動するとその規模をまた少し拡大した。

 そのことに気づいたのか、少女も訝しげに深淵へと目をむける。

 

「仲間が……深淵の中に……深淵はまだ生きています」

 

 状況が分かっていなそうな魔法少女に対して説明をする。

 説明しながら、僕の頬にまた涙を伝った。

 状況は絶望的だ。

 深淵が成長期に入ると、その主である深獣は深淵に篭り外に出てくることがなくなってしまう。

 そうなってしまった深淵を鎮圧するにはこちらも深淵に入り、深獣を討伐する必要がある。

 だが、深淵はあらゆるルールのねじ曲がった未知の空間だ。

 深獣の縄張り、深獣が一方的に有利な中での討伐を強いられることとなるだろう。

 目の前の魔法少女は強かった。

 それでも、彼女と僕だけではこの難問を解決できるとは思なかった。

 もっと戦力が必要だ。

 でもその戦力が集まるまで連れ去られた二人の仲間は深淵の中だ。

 助けは間に合うのだろうか?

 仲間は人としての自我を保っていられるのだろうか?

 

「ね、ねぇ、泣かないで」

 

 黒い魔法少女は僕の涙を見て、顔を伏せた。

 

「泣いてるのを見ると、気分が悪いの」

 

「……え?」

 

 慰めてくれるかと思ったのだけど、少女の口から漏れたのはそんな罵倒かと思われかねない言葉だった。

 僕の聞き間違いかな?

 

「泣いてる奴を見ると、胃がムカムカする。苦しんでる顔も、嫌い、絶望した顔、助けを求める顔、見たくもない。昔を思い出す、嫌だ嫌だ」

 

 仲間を心配して涙を流していただけなのに、なぜ僕は責められているのだろうか。

 僕は泣くことも忘れてポカンと少女を見つめた。

 もしかしてこの子、結構やばい子?

 

「それなのに、世の中はそんな顔で溢れてる。分かってるんだ、この世界が理不尽なものだって……それでも直視したくないんだ、そんな現実。笑っていて欲しいんだ、少なくとも……私の前では。だから……!!」

 

 そういうと少女はガバッと顔を上げた。

 少女と目が合う。

 その綺麗な瞳は涙と、決意で彩られキラキラと光っていた。

 

「みんなが笑っていられる世界にするの!理不尽な暴力で涙を流さない世界に!!」

 

 それは願いだった。

 自分勝手な、独りよがりな、自分の嫌いなものを世界から消したいという願い。

 自己中で、それでも他者の幸せを精一杯望んだ少女の願い。

 

「だから、あなたも泣かないで。私が、どうにかする!」

 

 そういうと少女は目の前に広がる深淵を睨みつけた。

 そうして、深淵へとどんどん歩みを進めていく。

 待って。

 危険だ。

 無謀だ。

 頭に浮かんだ言葉は、口から吐き出されることはなかった。

 その言葉が、少女に届かないことを僕は確信していたから。

 少女の願いは真っ直ぐすぎて人の話なんてそもそも聞く気がないのだ。

 助けてやるから、笑ってろ、そんな上からの一方的な要求。

 僕の静止の言葉なんて届くはずもない。

 だから、僕は別の言葉を紡いだ。

 

「お願い……二人を助けて」

 

 人を助けるために存在する魔法騎士が魔法少女に助けを乞う。

 魔法騎士によっては屈辱だと思う人もいるだろう。

 でも僕が恥をかくだけで仲間を助けられるならいくらでも僕は助けを乞う。

 だから僕は、願いを少女に託した。

 

「うん!」

 

 黒い魔法少女は力強く頷いた。

 そうしてその小柄なシルエットは深淵に溶けていった…………

  

 

 

 


 

 

 

 

 帰り道の電車の中、あたしは今日撮った写真を見返して一人ホクホクしていた。

 都ちゃんと日向ちゃん、あたしの大切な友達だ。

 日向ちゃんはカメラを向けると顔を隠しちゃうからまともに撮れている写真は少ないけど……

 それでも魔法少女としてではなく友人として今日は楽しい時間を過ごせた。

 あの人見知りの友人も少しは心を開いてくれたように感じる。

 もっとも彼女の心の扉は数ミリ開いただけでまだまだ本心は明かしてくれてなさそうだ。

 日向ちゃんがいつも何かに苦しんでいることにあたしは気づいていた。

 大きな傷を抱えている。

 あたしの出会ったあの小動物みたいな少女は、布団に籠もって震えながら自分は傷ついてないって、そんな風に現実逃避している女の子だった。

 だから、あたしは彼女を外に連れ出した。

 陽の当たる場所に。

 あの子の痛みは人との触れ合いでしか癒せないと思ったから。

 まぁ、一緒に魔法少女をやりたいって思ったのも大きな理由だけど。

 でも私が思った通り都ちゃんともうまくやっていけそうだし、彼女の傷もいつか癒える日が来るだろう。

 その時彼女はどんな笑顔を浮かべてくれるのだろうか。

 そんな日を想像して一人ニヨニヨしていると胸元のデバイスが電子音を奏でた。

 見てみるとメッセージを受信していた。

 差出人は日向ちゃんだ。

 今日のお礼メッセージかな?変なところで律儀だからなー日向ちゃん。

 そんなことを思いながらメッセージを開封する。

 

『私も、戦うことにした。だから一緒に』

 

 ……?

 メッセージには短い一文だけが書かれていた。

 件名もない。

 短い決意表明。

 

「日向ちゃん……?」

 

 何か変だった。

 なんだか、嫌な予感がする。

 

「リリィ!!」

 

 空中に光の粒子が集まり、私の契約精霊であるパプラが顕現した。

 

「大変だユ!カメリアが消えたユ。彼女の存在がどこにも感じ取れないんだユ!!」

 

 何かが、あたしの知らないところで動いていた。

 

 

 

 


 

 

 

 

魔法騎士

深災と戦うもう一つの組織『黒き獅子』の戦士。

一角獣の角片を体内に持つ魔法少女と違い、その肉体は生身の人間である。

そのため変身することはできない。

その代わり獅子に祝福された武具をふるい深獣と戦う。

武具は持ち手の願いによって起動し魔法を纏う、しかし魔法少女のような初めの願いの制約はなく、持ち手が変わっても起動することができる。

なお、魔法少女が武具を持っても精霊同士の仲が悪いため起動はできない。




新しい魔法少女がいないので今回のお花解説はお休みです。
代わりに魔法騎士の解説を載せました。


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深淵の中で

「ねぇ、あなた東君に告白しなさいよ」

 

 私を虐める少女たちは時々暴走することがあった。

 度を超えた要求や暴力が唐突に私へと向けられる、そんなことが少ない頻度ではあったが、存在した。

 前提として私を痛ぶる彼女たちの行為は正義の制裁である。

 表向きは私と彼女たちは良きクラスメイトであり、彼女たちは秩序を乱した私に対してちょっとお灸を据えているに過ぎなかった。

 だから、私が骨折したり顔に痣を作るような言い訳のできない傷が残ったり、他のクラスメイトを巻き込むという事態はあってはならないことなのだ。

 でも、力を振るうものとは得てしてその全能感と優越感に身を任せがちだ。

 彼女たちは、何度か暴走した。

 そんな暴走、その大半はある人物の不在によって引き起こされていた。

 藍澤恵梨香、魔法少女ピュアアコナイトである彼女はその魔法少女という地位故によく学校を公欠していた。

 そもそも私への虐めの主犯は彼女だ。

 彼女の正義によって私は裁かれ、嬲られている。

 私を嬲る少女たちは、彼女のそのカリスマに魅せられ、従っているに過ぎないのだ。

 そんな正義に酔った少女たちが、藍澤恵梨香という絶対的な正義の指針を失えばどうなるか。

 答えは火を見るより明らかだった。

 彼女たちはいつもと同じように私を虐めた。

 でも、その暴力性や陰湿性が度を超えてしまっても、その舵を取る圧倒的なカリスマはそこにはいないのだ。

 だから、彼女たちは自分たちの行為が制裁としての一線を超えてしまっていることに気が付きさえしない。

 その日、私へ投げかけられたその要求もそんな暴走の一つだった。

 

「ビッチちゃんは男漁りしてたんだから、彼氏が欲しいんでしょぉ?東君なんてお似合いじゃない」

 

 何が面白いのか少女たちがせせら笑う。

 私はちっとも面白くなかった。

 彼女たちがお似合いだと私にお勧めしたその少年は、全くもって私と釣り合ってなどいなかった。

 東 吟朗、この学校一と言っていいほどの秀才だった。

 私が目指した勝ち組の人生を体現した人間と言っていい男だ。

 成績優秀、人柄もよく誰にでも優しい王子様、そして……魔法騎士として人々を守る正義のヒーロー、つまるところ彼は完璧超人だった。

 彼と釣り合うとしたら、この学校では魔法少女ピュアアコナイトである藍澤恵梨香ぐらいしかいないと言われているぐらいなのだ。

 そんな物語の主人公のような彼は当然のことながらモテモテであり、今までにも何人もの女子生徒が彼にアタックしては散っていった。

 今私を囲む少女たちは、私にも同じ道を辿って欲しいのだろう。

 そうして惨めに振られる私を見て溜飲を下げたいのだ。

 

「ほら、何とか言いなさいよ」

 

 少女のうちの一人が私を蹴飛ばし、私は無様に地面に転がった。

 

「……………………」

 

 四つん這いになったまま地面を見つめる。

 どうせ私には選択肢などないのだ。

 誰も助けてくれない。

 私と彼女たちは“友人”であり私以外の人間にとって虐めなど存在していないのだから。

 もう助けを呼ぶなどという選択肢はとうの昔になくなってしまっていた。

 

「…………わかり、ました」

 

 自分に言い聞かせるように声を絞り出す。

 屈辱だった。

 好きでもない人間に告白するなんて。

 それも、男に。

 私の精神はいまだに前世を引きずっている。

 男性に興味なんてないというのに…………

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

「うっ…………」

 

 頭が痛い。

 嫌な、思い出したくもない夢を見ていた気がする。

 ここは、どこだろう?

 なぜ自分は地面に這いつくばっているのだろうか。

 痛む頭を振ってヨロヨロと立ち上がる。

 顔を上げた私の視界に桃色の空と黒色のビル群が映った。

 

「……う、ん?」

 

 どぎついピンクと薄い桃色のグラデーションによって彩られた空にはエメラルドグリーンの星が瞬いている。

 色鮮やかな空と対照的に大地は朽ち、立ち並ぶ黒色のビルたちは廃墟同然だった。

 ここ、どこぉ?

 全く見覚えのない景色に頭が混乱する。

 でも、ふと自分の身体を見下ろして、私は我に返った。

 漆黒の生地に紅い花の装飾が施された和服。

 私、魔法少女になってる。

 そうだ…………私は魔法少女として戦って、深淵に取り込まれた魔法騎士たちを助けるために、ここに入ったんだった。

 後ろを振りかえる。

 私の背後にも、桃色の空と朽ちたビル群が続いていた。

 私は深淵に入ったのだから、私の後ろには深淵と現実との境界線がなければおかしい。

 でも、そのような境目は全く見つからなかった。

 試しに後方に10歩ほど歩いてみたけど、現実へ戻ることはできなかった。

 

『深淵はあらゆるルールのねじ曲がった未知の空間』

 

 魔法騎士の青年の説明を思い出す。

 どうやら、思ったより厄介な場所に足を踏み入れてしまったらしい。

 そもそも私が足を踏み入れた深淵はせいぜい小さなビル一つ分くらいの大きさだったはずだ。

 それなのに、目の前には広大な空間が広がっている。

 明らかに外観と中の空間サイズが噛み合わない。

 それに広い空間に私一人、深獣も見当たらない。

 うーむ…………突入してすぐにでも深獣との戦闘が始まると思っていたから、何だか肩透かしをくらった気分だ。

 深獣に連れ去られたという魔法騎士の二人はどこにいるんだろう?

 

「ぉ、おーい」

 

 私の出した声はこの不思議な空間に虚しくこだました。

 開けた空間なのに何でこだまするのだろう?本当に訳の分からない空間だな。

 声を上げながら前方に足を進める。

 しかしこれだけ広大な空間だ、私一人では無理がある。

 

「お願い、人か深獣を探して」

 

 金魚を大量に放ち、捜索を命令する。

 私の召喚した金魚は戦闘以外で使えるかよく分からなかったけど……魔力を込めると分かったという風に頷いて辺りに散らばっていってくれた。

 金魚たちなら何か見つけてくれるかもしれない。

 少なくとも私一人であてもなく探すよりはマシなはずだろう…………

 

 

……………………………

 

 

…………………

 

 

……

 

 

 この不気味な桃色の空の下で探索すること数十分。

 この場所のルールがだんだん分かってきた。

 まず、この場所は魔力で構成されているということ。

 桃色の空も、ビルたちも、リアルに見えるが全部魔力による創造物だ。

 その証拠に金魚たちでこの空間の一部を削ることができた。

 といっても魔障壁とは違い、削った端から瞬時に復元してしまった。

 おそらく、さらった人の魂とやらを喰らって空間自体が今も成長しているのだろう。

 この空間全てを吸収するのは途方もない時間がかかりそうだ。

 地道に吸収していくのは現実的じゃない、大本である深獣を叩かないとダメだろう。

 

 そしてもう一つ、これはこの空間というか私についてなのだが…………私の吸魔の力についての発見があった。

 私、この空間内では無限に魔力を回復できる、実質無限に力を使える状態だ。

 吸魔の力によって深淵を吸収することによって私の魔力は際限なく補填できてしまった。

 なんともずるいというか、チートな能力だ。

 ただ、できるのは魔力の回復だけだった。

 深淵を吸収していると、ある地点から満腹のような感触がして魔力が身体から霧散していってしまった。

 コップに注ぎ過ぎた液体のように溢れ出てしまう魔力、どうやら魔力もそれぞれ個人によってキャパシティがあるらしい。

 つまり使った分を回復することはできるけど、総量は増やせない。

 そもそもよく考えると平時の魔力量ですら使い切ったことはないのだ、チートと言ってももしかしてそれほどではない、かも。

 金魚は魔力を込めれば強くなるというわけでもなく、伸びるのは持続時間だけ。

 これが魔力を込めれば込めるだけ強くなるのなら最強の能力だったのに。

 吸魔の属性でも不得意なことはあると言っていたハイドランシアの言葉の意味が分かった。

 この力、魔力を吸収すること以外何にもできない……

 無尽蔵に魔力があったって、できることが少ないのだ。

 そりゃぁ金魚は無限に召喚できるけど、多過ぎてもコントロールしきれないしなぁ……

 

 あと、金魚たちの探索によって判明したこの空間のもう一つのルール。

 この空間、出れない。

 ひたすら真っ直ぐ前に直進させていた一匹の金魚、その気配が前方から後方にいきなり飛んだ。

 おそらくその金魚はこの空間の端にたどり着いたのだろう。

 でも、端の先に進んでも外には出ることはできなかった。

 前方にいた金魚が後方に……真っ直ぐ進み続けても元の位置に戻ってきてしまう。

 この空間、もしかしてループするようになっている?

 だとするなら脱出は困難だ。

 どんなに進もうが出口なんてないのだから。

 やはりこの空間を脱出するには主である深獣を見つけるしかないだろう。

 目を閉じ、辺りに散らばる金魚たちに意識を集中させる。

 

「……ん?」

 

 何か動くものを見つけた。

 少し離れた位置にあるビルの内部、何かいる。

 目を開き、見つけた何かの下へ向かう。

 

「うわぁぁああ!な、何だよこの金魚!?シッシッあっちいけ」

 

 近づいてみると何だか情けない声が聞こえてきた。

 そっとビルの中を伺うと、ボロボロの衣服を纏った中年の男性が金魚に向かって手を振り回しているのが見えた。

 あの……それ、敵じゃないです。

 探していた魔法騎士の内の一人かな?うーん、声を掛け辛いなぁ……

 

「ぁ、ぁ、あの〜……」

 

「うびゃぁい!!」

 

 私が声を掛けると男は飛び上がった。

 私に向かってファイティングポーズをとった男だが、私の姿を見て敵ではないと気づいたのか一拍してから恥ずかしそうに構えを解いた。

 男性に群がっていた金魚を彼から離し、私の周りを漂わせる。

 こうすれば私の召喚物だとわかるだろう。

 

「ぁ、とぉ……た、助けに、きまし……た」

 

 男性とは目を合わせず、用件を告げる。

 見つけたのは男性一人だけ、あともう一人若い女性がいるはずだ、この男は何か知っているのだろうか?

 私の言葉に男はあからさまにホッとした表情を見せた。

 

「魔法少女……か?助かった。さっさと撤退しよう。出口はどこだ」

 

 あぅ…………出口……ないですね。

 私が探した限りこのループした空間に出口はなかった。

 でもその事実を告げるのは酷なので、一旦話をそらす。

 

「あ、もう一人、魔法騎士が……いたはずだけど。どこ?」

 

 そう言うと男性は苦い顔になった。

 何か知っているな。

 聞いた話だと二人同時に深淵に引き摺り込まれたって話だったんだ、一人だけこんな所にいるのはそもそもおかしい。

 

「あいつは……無理だ。救援は増援に任せて俺たちだけでも脱出しよう」

 

 男は焦ったように汗をかきながら私へそう提案する。

 私は視線を地面に向けたまま口をへの字に曲げた。

 後輩の女性を見捨てて、自分だけ脱出する気だろうか。

 それが正義の魔法騎士のやることか?

 この感じからして彼はもう一人の行方を知っている。

 その詳細を聞くまで私は動かないぞ。

 

「…………どこ?」

 

 男性の主張を無視して一歩詰め寄る。

 彼が息を呑む音が聞こえた。

 焦ったように男の手が宙をさまよう。

 

「ど・こ?」

 

 少し語気を強めて同じ言葉を発する。

 さまよっていた男の手が止まる。

 男はため息を吐くと、観念したように腕を組んだ。

 

「あいつは深淵の中心部まで連れて行かれちまったよ。二人して抗ったんだが……逃げれたのは俺だけだった」

 

 中心部?どこだろう?

 首を傾げる私に男はビルの床を指差した。

 全然気付けなかったけど、その床には下へと続く階段があった。

 地下か。

 どおりで、地上部分を探しても深獣を見つけられなかったわけだ。

 私は階段から下を覗き込む。

 結構深いな、底が見えない。

 

「あの〜。魔法少女さん、もしかして行くつもりです?」

 

 男の言葉に私は頷く。

 当たり前だろ、私は魔法騎士を助けに来たんだ。

 一人は無事なのが分かった、ならばもう一人も助けるだけだ。

 そう意気込み、やる気満々な私の背後で男がため息を吐くのが聞こえた。

 

「意気込んでいるところ悪いけど、離脱が現実的だろ。俺は逃げる途中で武具を失ってしまった。これじゃ無力な一般人と同じだ。それで、あんたはなんでか知らないが一人、これじゃ魔障壁を破れない。助ける以前に深獣と勝負にすらならないんだぞ。俺たちにできることは早々に離脱して後続の足を引っ張らないこと。それがあいつを助ける最善なはずだ」

 

 うん?

 …………なんだ。

 思ったより冷静じゃないか。

 逃げる事ばかり主張するから、自分の安全しか考えられない自己中男かと思ったが、そうでもないのか。

 怯えたように見えて、その実自分のとれる最善の行動を選んでいただけだったのか。

 最初からそう言ってよ。

 私の中で男の評価を上方修正する。

 まぁ、でも……出口はないから離脱は無理だし、私は一人で魔障壁を破れるんだけどね。

 

「ぁ、出口はない……それに障壁は、私が破る」

 

「は?」

 

 惚ける男を置いて私は地下へ続く階段へと足を踏み出した。

 

「ま、まてよ」

 

 深淵の中心部に向かう私を見て慌ててついてくる足音が聞こえる。

 

「行くなら俺も連れて行け、囮くらいにはなるだろ」

 

 男の言葉に私は頷く。

 武具を失い戦う術がないのに、ここで一人で逃げず付いてくるあたり、彼も魔法騎士としての譲れぬ正義を持っているようだ。

 そのことに何だかホッとした。

 これ以上正義に失望したくはなかったから。

 

 

……………………………

 

 

…………………

 

 

……

 

 

 階段を下っていった先でたどり着いたのは薄暗いオフィスだった。

 地上と同じようにどこか色彩がおかしい。

 黒い壁に桃色の照明、オフィスに並ぶ数十台のパソコンの画面にはなぜか森が映されている。

 黒と桃色の色彩の中でその森の毒々しい緑は嫌に目についた。

 おまけに地下に降りてきたというのに窓の外には空が見える、無茶苦茶だ。

 人影は…………ない。

 無人のオフィスは不気味なほど静かだった。

 深獣も見当たらないけど、地上と違いなにかまとわりつくような視線を感じる。

 間違いない、この空間の主が近くにいる。

 私は男と目を合わせると捜索を開始した。

 広いオフィス、会議室、給湯室、パーテーションで区切られたデスク一つ一つを覗いていく。

 視線は感じる、でも姿が見えない。

 

「お、おい!」

 

 私があたりに目を走らせていると、背後で男が怯えたような声を発した。

 何事かと、男の向く方向を注視する。

 独特の駆動音、オフィスの入り口その先にあるエレベーター、それが動いている。

 私も男もエレベーターのボタンなんて押していない。

 嫌な感じがする。

 私たちはエレベーターの入り口から死角となるデスクに身を潜ませた。

 エレベーター上部の明かりが灯る。

 軽快な音とともにエレベーターの扉が開いた。

 

 …………?

 

 扉が開いたその先は見ることができなかった。

 扉の開いた先の空間は虹彩を放つ黒い膜で覆われ、エレベーター内が見えない。

 深獣はあの中だろうか?

 そう思い私が身を乗り出した時、黒い膜が波打った。

 息を呑み、身構える。

 

 来るか……?

 

 粘着質な音、黒い膜が歪み中から何かが出てくる。

 黒い粘液に塗れた、あれは…………手?

 それは力なくオフィスの床を掻き、黒い膜から脱出しようとしているように見えた。

 黒い膜がさらに歪み、苦悶に歪む女性の顔が浮かび上がる。

 

「ッ!!!」

 

 私よりも男の方が速かった。

 デスクから飛び出すと、もがく女性、自分の仲間が弱々しく伸ばす手を掴みに走る。

 男に続こうとした私はとんでもない悪寒に足を止める。

 罠だ、私の直感がそう告げていた。

 背後から、大きな気配がくる。

 私は身体を反転させると同時に金魚たちを背後の空間に向かって突進させる。

 

「ぅ!あ?…………あ、れ」

 

 私の放った金魚たちは何もない空間を泳ぎ、止まった。

 無人のオフィス、私の背後には誰もいない。

 おかしい、背後に気配を確かに感じたのに……今も感じるのに。

 後退りしながら背後を探る、どこだ?どこだ……!?

 

「……あ!」

 

 目が、合った。

 黒い目。

 デスクに置かれたパソコン。

 その画面に広がる森の中に獣が―

 

 バリンッッ!!

 

 次の瞬間、私の身体は宙を舞っていた。

 パソコンの画面を突き破って出現した長い腕が私の身体に強かに打ち付けられたのだ。

 デスクを、パソコンを、パーテーションをなぎ倒しながら私は吹っ飛び、冷たい床に無様に着地する。

 いっ……たぁ……

 衝撃に朦朧とする頭を振りながらなんとか顔を起こし現状を確認する。

 前方に猿型の深獣、深淵の外で対峙したやつより大きい。

 

「うぁああぁあああぁっ!」

 

 は?

 男の絶叫。

 エレベーターの中から長い腕が伸び男を掴み上げている。

 引きずられるように黒い膜へと引き摺り込まれていく。

 なんで?深獣は私の目の前にいるのに。

 もう一体いる……?

 衝撃音。

 エレベーターの方を注視していた私の目の前に深獣が着地する。

 

「ぁぅ、くそ!」

 

 上等だ!助けるのは後でいい。

 どのみちお前を倒せれば、この空間は消滅するんだろ。

 

「いけ!」

 

 金魚の群れを召喚して突撃させる。

 出し惜しみはしない。

 私は深淵内では魔力を無限に回復できるのだから、深獣が消滅するまで無尽蔵に召喚しまくってやる。

 どんな深獣だろうと障壁を破れば脅威じゃない、私一人でもやれる。

 そう私が勝利を半ば確信した次の瞬間。

 敵の拳が私のお腹にめり込んでいた。

 

「ぁぐぇえっ!!?」

 

 また私の身体が吹っ飛ばされる。

 今度は、デスクの上を舞い窓ガラスを突き破って外まで放り出された。

 浮遊感の後に地面に転がる。

 

「あ゛ぅう゛……な゛、なんで?」

 

 敵の挙動が読めなかった。

 いくら敵の腕が長くとも、あの位置から私の腹までは届かないはずなのに。

 それに私の目の前には金魚の群れ、それを突破してどうやって攻撃してきたのだろう。

 震える身体を叱咤し、お腹を押さえながら立ち上がる。

 追撃が来る前に態勢を整えないと……

 

「…………は?」

 

 顔を上げると目の前に敵の顔があった。

 猿の顔が獰猛に歪む。

 いつ、目の前に来た?音なんてしなかった。

 疑問が頭を駆け巡るが、そんな疑問を吟味するより早く私の身体は無意識に動いた。

 金魚たちを自分の身体にぶつけ、身体を吹っ飛ばすことで左の空間にとっさに回避する。

 深獣の拳が一瞬前に私のいた空間を殴りつける。

 デスクが吹っ飛びパソコンが粉々になる。

 私はバックステップをし、深獣からさらに距離をとった。

 

 …………うん?

 

 デスク?パソコン???

 ハッとしてあたりを見渡すと、そこはオフィスだった。

 私の背後の窓には大穴が開き、そこから冷たい風が入ってきている。

 おかしい。

 私はあの窓の大穴から外に放り出されたはずだ。

 いつ、戻ってきた?

 深獣を見る。

 無傷だ、魔障壁も傷ついた形跡がない。

 最初に放った金魚たちはどこいった?

 心を落ち着かせ、金魚たちの位置を探る。

 

「私の…………後ろ!?」

 

 はぁ!?訳が分かんない。

 最初に放った金魚たちは私の背後で目標を見失い、ふらふらと泳いでいた。

 窓から外に出たはずの私はオフィスに戻り、深獣に放ったはずの金魚たちは私の背後にいる。

 何かが、何かがおかしい。

 息を整え、敵に意識を集中する。

 攻撃は後回しだ、まずはこの謎をとかないと。

 深獣が腕を振りかぶる、でもその位置からでは届かない、はず。

 殺気。

 前方ではなく、背後から。

 私はとっさに地面に伏せた。

 頭上を黒い毛に覆われた太い腕が通過する。

 背後、から。

 深獣は前方にいる…………いや、深獣の腕がない!

 飛びのきながら背後に目を向けると何もない空間から腕が生えていた。

 

『深淵はあらゆるルールのねじ曲がった未知の空間』

 

 そういうことか。

 その意味が、この空間のルールが、だんだん分かってきた。

 

「いけ」

 

 大量の金魚たちを放つ。

 深獣ではなく、この空間全方位に向けて。

 私の周りの空間が金魚たちによって赤く染まっていく。

 でも、その赤い群れは深獣の前でまるで透明な壁があるかのようにぴったり遮られてしまう。

 前方に向かった金魚はいつの間にか私の背後にいた。

 そして背後に向かった金魚は、前方にいた。

 やっぱり、そうだ。

 前方の金魚が消える境界線と後方の窓の外の境界線とで繋がっている。

 深獣に攻撃を当てようとしても届かない、後ろに下がろうとしても前方に戻される。

 私はループする空間に閉じ込められているんだ。

 地上のビル群の空間と同じだ。

 そのさらに小さなループの中に私はいる。

 そして、深獣だけが空間を繋げてこちらに攻撃できる。

 それがこの深淵のルールだ。

 ズルイにも程がある。

 こちらは一方的に攻撃されるだけじゃないか。

 

 普通だったら。

 そう、普通だったらね。

 流石に今回は相手が悪い。

 右斜後方。

 そこに空間の穴が開いた。

 私には手にとるようにそれが分かった。

 ループする空間を用意するのはいいけど、流石に狭すぎだよ。

 この空間全てを金魚で埋め尽くしてしまえば、穴が開けばすぐに分かってしまう。

 水でパンパンになった風船に穴が開いたように、深獣が開けた空間から私の金魚の群れが深獣の方へ吹き出した。

 攻撃するなら、攻撃される可能性に注意しなきゃダメだよ。

 

「ゴギャアアァァッッ!!」

 

 深獣が慌てて空間の穴を閉じる。

 でももう遅い、何十匹もの金魚はそちらの空間に出れた。

 これだけの数なら、戦える。

 

「勝負はこれからだよ!」

 

 そう言って私は胸を張る。

 まぁ、金魚にまみれて姿は見えないだろうけど。

 よし、後は金魚を操って……

 

「ううん、もう終わり。アコ、そこ」

 

「え?」

 

 知らない声。

 その声と共に深獣の身体に謎の円が張り付く。

 あれは…………的?

 

「フレア!」

 

 凛とした声と共にあたりが光に包まれる。

 眩しい光の光線は獣に張り付いた的の中心を過たず穿ち、深い獣の胴体に大穴を開けた。

 一瞬だった。

 魔障壁などものとしない一撃必殺。

 深獣は魔障壁を破り攻撃する、そんな常識が私の目の前で破られた。

 深獣がその身体を揺らめかせ、霧散する。

 

「…………あ」

 

 惚ける私の前に一人の魔法少女が飛び込んでくる。

 

「カメリアちゃん!!!大丈夫!?怪我してない!?」

 

 う……この熱苦しさ、リリィだ。

 リリィは私を金魚の群れから引きずり出すと私の身体をさすった。

 心配してくれるのは嬉しいけど、くすぐったいよ。

 少し離れた場所にハイドランシアの姿も見える。

 私を、助けに来てくれたんだ。

 そして…………ハイドランシアの背後に知らない人影が二つ。

 いや、知っている。

 知っている顔だ。

 その顔はひどく見覚えがあった。

 

「む、君大丈夫かね?」

 

 そう心配そうにこちらを見る小柄な少女。

 紫色のチャイナドレスに身を包んだ知的そうな顔。

 知っている、テレビでよく見る顔。

 魔法少女バイオレットクレス、かつて10歳にして大学レベルの学問を修め、深獣に関する数々の論文で学会を揺るがした魔法少女。

 昔、私の自信を粉砕した少女だ。

 そして、そして……その相棒といえば…………

 私は震える身体を抱きしめながら、彼女を見た。

 

「あら、久しぶりね」

 

 彼女はそう言ってなんでもないように微笑んだ。

 いつものように優雅に、気品に溢れた顔で。

 

「どうしたの?そんな怖い顔して……もしかして彼のことまだ怒っているの?日向」

 

 魔法少女ピュアアコナイト。

 魔法少女の中でも最強と名高い少女が、私の前に立っていた。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

大紫羅欄花 Chinese violet cress

大紫羅欄花の花言葉は聡明、優秀、知恵の泉。

大紫羅欄花は三国志に登場する諸葛孔明が広めたとされる花。

そのため花言葉は知的な彼にちなんだものが多い。

 

ちなみに英名のChinese violet cressですがChineseをとってviolet cressにしてしまうと別の花になってしまいます。

でも、魔法少女名に国名入るのはなんか違うし……ということでChineseはとっています。

魔法少女衣装をチャイナドレスにしたから許して!!



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侵食してくる脅威

 サイレンの音が聞こえる。

 避難を促す警察と魔法騎士、遠巻きにあたりの様子を記録する報道陣。

 そしてその騒ぎの中心にある黒く禍々しい虹彩を放つ深淵。

 あたしはビルの屋上を駆け抜け、その渦中に着地する。

 あたしの白いドレスが風を受けてふわりと膨らんだ。

 いきなり現れた魔法少女に対して周りの人々が驚いたようにあたしに視線を向ける。

 でもそんな視線、どうでもいい。

 早く助けに行かなくちゃ!

 

「待ってて、カメリアちゃん!!」

 

 目の前にそびえる深淵、そこに向かってあたしは駆け出した。

 今、あたしが行くよ!!

 

「ちょーっと、何してんのよあんたは」

 

「ぐぇえっっ」

 

 駆け出したあたしの首根っこが突如として掴まれる。

 いきなり首が絞まり、変な声が出てしまう。

 何事!? 慌てて振り返るとそこには呆れたような表情をした友人がいた。

 

「一人で深淵に突っ込むなんて、もうちょっと冷静になったらどう」

 

 魔法少女ミスティハイドランシア、あたしのチームメイトである青い魔法少女はそう言うとジトッとあたしを睨みつけた。

 うぅ…………そんな目で見ないでよ。

 

「カメリアちゃん……深淵……助けに行かなきゃ」

 

 目を逸らして、言い訳のようにもごもごと言葉を紡ぐ。

 そうだ、あたしのもう一人のチームメイトである魔法少女ブラッディカメリアが今深淵の中にいるのだ。

 深獣の領域である深淵、そんな危険な場所で一人で…………きっと危ない目にあっているに違いない。

 行かなきゃ!!

 鼻息を荒くするあたしを見て、ハイドランシアはため息を吐いた。

 

「この一件に対して私たちに出動要請は出ていない、その意味分かってる?」

 

 分かってる、そんなの。

 どうせあたしたちじゃ実力不足だとでも言いたいんでしょ。

 そんなの関係ない、ホワイトリリィは相手がどんなに強大だって逃げたりなんて絶対、しない!

 だいたい、そんなこと言ってシアちゃんだってここに来ているじゃない。

 それってあなたもカメリアちゃんを助けたいってことじゃないの?

 あたしはハイドランシアの目をじっと覗き込んだ。

 

「救援を星付きの魔法少女に要請しているゼ、応援が来てからでも遅くはないゼ」

 

 青い魔法少女の契約精霊であるガルパがあたしの頬をペチペチと叩く。

 星付き…………

 星付きの魔法少女、それは数いる魔法少女の中でも特別な者にだけ与えられる称号。

 深淵が定着し深域となってしまった封印都市、そんな絶望的な都市でその主人たる深獣を打ち破った魔法少女にだけ星が贈られる。

 単独での深獣討伐を可能とする最強の魔法少女。

 全ての魔法少女の憧れ。

 今目の前に広がる深淵は成長し、深域へと至ろうとしている。

 確かに星付きの魔法少女の出動が必要な事態かもしれない。

 

「星付き?それは誰だユ?」

 

 あたしの契約精霊であるパプラが慌てたように尋ねる。

 あれ?

 なんだか焦っているみたいだ。

 彼にとっては星付きの出動は歓迎する事態だと思うのだけど……?

 

「それはな……」

 

 ガルパが自慢げに答えを言おうとした時、二つの人影が彼の背後に着地した。

 紫と白金の魔法少女、見たことのある二人組だった。

 正義の象徴、テレビの向こうで見た存在があたしの前にいた。

 

「あなたたちが、救援を出してくれた魔法少女かしら?」

 

 金の装飾があしらわれた白いドレスに身を包んだ少女が優雅に首を傾ける。

 魔法少女ピュアアコナイト、星付きの魔法少女の中でも一際知名度の高い少女だ。

 隣にいるのは彼女のチームメイトの魔法少女バイオレットクレスだろう。

 考えもしなかった大物の登場にあたしは目を瞬かせた。

 

「あ、ぅ、あ、そ、そうです」

 

 うん、どうしたのシアちゃん???

 なんかカメリアちゃんみたいな受け答えしてるけど!?

 ハイドランシアは赤面し、まるでロボットのようにぎこちなく返事をしている。

 シアちゃん、もしかして緊張してるの?こんな様子の彼女は初めて見た。

 その反応を見てピュアアコナイトはクスリと笑った。

 

「久しぶりね、いつの間にか立派な魔法少女になって……時間って経つのが早いわね」

 

「わ、私のこと覚えてくれていたんですか!!?」

 

 シアちゃんが黄色い声を上げる。

 今にも飛び上がらんばかりの様子だ。

 アコナイトのチームメイトであるクレスはその様子をジトっとした目で見ていた。

 

「あんたって魔法少女にもファン多いわよねぇ」

 

「人徳の差じゃない?」

 

 はぁ……なんか次元が違うなぁ、格というか、纏ってるオーラが違う。

 これがシアちゃんが憧れている魔法少女か。

 あたしにも憧れてくれている魔法少女っているのかしら?

 いや、いないかー……

 自分の実力と知名度の差を感じてちょっと凹む。

 でも星付きの魔法少女の助けは頼もしい。

 これで、今回の救出はうまくいきそうだ!

 まぁ、あたしたちチームリリィが必要なさそうっていうのは考えないようにしよう……

 

 

……………………………

 

 

…………………

 

 

……

 

 

「どうしたの?そんな怖い顔して……もしかして彼のことまだ怒っているの?日向」

 

 うん?あれ?

 深淵の中心部、見つけた階段を下った先で、あたしたちは無事カメリアちゃんと再会した。

 深淵の主である深獣はアコナイトさんによって倒された。

 これで深淵はじきに崩壊し、魂を囚われた人たちも解放されるだろう。

 そんな中、アコナイトさんはカメリアちゃんに親しげに話しかけている。

 というか日向って…………カメリアちゃんの本名を知っている?

 二人って知り合いだったの!?

 あたしは目の前にいるカメリアちゃんとアコナイトさんを見比べた。

 カメリアちゃんってあたしより年下だよね、こんな年上のお姉さんと交流があるなんて意外だな〜。

 

「………………ぃ……」

 

 カメリアちゃんは俯きながらブツブツと何か呟いている。

 カメリアちゃんの悪いところが出ちゃってる、ちゃんと前を向いてハキハキ喋らないと伝えたいこと伝えられないよ。

 あたしは安心させようと、彼女の背中をさすってあげる。

 そうして、気が付く。

 あ…………れ?

 カメリアちゃんすごく震えてる。

 

「あなたをテレビで見かけてから、ずっと会いたかったのよ」

 

 ヒールでカツンと床を鳴らしながら、アコナイトさんがこちらに歩み寄ってくる。

 その顔は微笑みをたたえていて、まるで親しい友人に話しかけるかのような気軽な声音だった。

 それなのに、あたしの抱いた少女はその身をひどく冷たくし、震えていた。

 

「どこかの誰かさんに邪魔されなければ、もっと早くに再会出来てたんでしょうけど……」

 

 穏やかな目が、あたしの横に浮かぶ契約精霊に向けられる。

 パプラはなぜかアコナイトさんを睨み、唸り声を上げている。

 

「シィッ!」

 

 そんなパプラも彼女の首元からいきなり現れた蛇に威嚇されて慌ててあたしの後ろに引っ込んだ。

 ツノの生えた白蛇、アコナイトさんの契約精霊だろうか。

 というか…………え?えっとぉ……

 状況が、よく分からないのだけど。

 みんなが憧れる正義のヒロイン、星付きの魔法少女が親しげに話しかけているというのに、パプラはなんだか険悪な雰囲気だし、当のカメリアちゃんは震えて黙ったままだ。

 

「ねぇ」

 

 アコナイトさんがまた一歩こちらに近いた。

 よく分からない……分からない……けど……

 

「止まってください!」

 

 あたしは彼女を遮るように前に進み出た。

 カメリアちゃんを私の後ろへと隠す。

 

「あなたはなんだか嫌な感じがします。あたしのチームメイトが嫌がってるので止めてください」

 

 胸を張って彼女を睨みつける。

 星付きだとかそんなこと知ったことか!あたしの友達が怯えている、なら友人として、チームのリーダーとしてあたしが守る。

 喧嘩腰のあたしとパプラ、震えて俯くカメリアちゃん、終始穏やかなアコナイトさん、混沌とした様子にシアちゃんは訳が分からないといった様子で目を白黒させている。

 この中で一番落ち着いているのはクレスさんだろう、彼女は我関せずといった様子で自分の魔法少女デバイスを弄っている。

 

「あなた、何か勘違いしているわ。私は彼女と仲直りしたいだけ、彼女に謝りたいのよ」

 

 むぅ……そうなの?

 あたしは彼女とカメリアちゃんの関係を知らない。

 過去に、何があったかも。

 だから、そう言われるとこちらとしても止めてくださいとは言いづらくなってしまう。

 後ろを振り返って、カメリアちゃんの様子を伺う。

 俯いているけど、震えは収まりつつある。

 彼女と対面させても大丈夫なのだろうか。

 

「…………さぃ」

 

 カメリアちゃんの口が開きなにか言葉を発する。

 彼女の顔がゆっくりと持ち上がり、あたしではなくその後ろのアコナイトさんに顔が向けられる。

 

「なぁに?日向」

 

 アコナイトさんがズイズイと歩み寄り、あたしは仕方がなく身を引いた。

 カメリアちゃんが何か言いたいなら、まぁいいかな。

 アコナイトさんとカメリアちゃんは頭ひとつ身長に差がある。

 彼女の身長に合わせるようにアコナイトさんが屈み込んだ。

 カメリアちゃんの小さな唇が開き、言葉を発した。

 

「うるさい、お前なんて嫌いだ」

 

 あたりが、静まりかえった。

 アコナイトさんの表情が、笑顔のまま固まった。

 あの我関せずといった様子だったクレスさんですら意外そうに顔を上げこちらを凝視している。

 

「仲直りだとか、謝るだとか綺麗な言葉だけ並べたって私は騙されない。お前はいつもそうだ!お、お前ばいつも……ゔっ……ぅゔ」

 

 カメリアちゃんが言葉を続ける、だけど様子が少し変だ。

 なんだか言葉がたどたどしいし、なんだか苦しそう。

 

「は?」

 

 アコナイトさんが何かを察し、戸惑ったような声を上げる。

 そして次の瞬間…………

 

「うぇ!おげぇぇええぇぇえ゛え゛え゛え゛!!!!」

 

 カメリアちゃんは……盛大に嘔吐した。

 あたしたちと一緒に仲良く食べた、パンケーキ…………だったものが地面にぶちまけられる。

 吐瀉物が跳ね、その何滴かがアコナイトさんの綺麗なドレスに付着する。

 穏やかに笑っていた彼女の笑みが、引き攣った。

 

「だぁああ!すみません!!この娘まだ深獣にやられたダメージが残ってて錯乱してるみたいでぇ!」

 

 シアちゃんが慌てたように大声を上げて、カメリアちゃんをアコナイトさんから引き離す。

 あたしもハッとしてカメリアちゃんの様子を伺う。

 嘔吐するなんて、まともな状態じゃないよ。

 

「すぐに病院まで連れて行かなくちゃ!本当にすみません、あたしたちは先に離脱させて貰いますね」

 

 これ幸いに、あたしはカメリアちゃんを彼女から引き離すことにする。

 これ以上二人に話させたって状況が好転するとは思えなかった。

 実際に体調は悪そうだし、おかしなところはないはずだ。

 

「そう……」

 

 アコナイトさんはなんとか持ち直したのか、また穏やかな笑みを浮かべ直した。

 笑うんだ……ものすごい無礼なことしたんだし、怒って当然なのに。

 

「じゃぁ、またね」

 

 そう言って彼女は手を振った…………

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「あう〜〜〜〜〜」

 

 私は気怠げに、寝返りをうった。

 お布団は優しく私を包み込んでくれる。

 ここは自室、愛しの布団の中だ。

 結局、あの後私は心配する二人のチームメイトによって病院に担ぎ込まれた。

 でも私の嘔吐は極度の緊張によるものだし、深獣の攻撃による傷も大したことはなかった。

 そのため、家に帰ってゆっくり休むのが一番だろうと診断され私は早々に解放された。

 両親には心配されたが、全然大丈夫だ。

 心が軋む辛さは……別に今に始まったことじゃない。

 前からずっと一緒、だから私は大丈夫。

 最近は外に出ることも多いし、ちょっと疲れただけ、そう思うことにした。

 

「昨日、坂宮市の市街地にて深災が発生。魔法少女や魔法騎士を含め多数の怪我人が出る事態となりました」

 

 あ、昨日の深災のことがニュースで放映されてる。

 私は、布団から顔を出すとテレビに視線を向けた。

 黒く虹色の光沢を放つ深淵が街に広がっている様子がテレビに映し出されている。

 

「深淵はあと一歩で深域まで成長しそうでしたが、幸いなことに鎮圧され、今はその姿を消しました」

 

「大規模な通行止めもありましたし、それで今回の件を知っている方も多いのではないでしょうか」

 

「それだけ影響のあった深災ということですね、深域になっていたらえらいことですよ」

 

 今回は怪我人もいたためか、いつもより真面目に番組が進行している。

 いつもだったらここで魔法少女のオタクトークが繰り出されていたところだ。

 

「発生時に魔法騎士が対応に当たりましたが苦戦。偶然その場に居合わせた魔法少女ブラッディカメリアが救援に駆けつけこれを撃退、さらに彼女は深淵内に捕われた人命を救助するため単身で深淵に突入したようです」

 

 私の写真がモニターに映し出される。

 ただ、いつもと違って解像度がかなり低い。

 遠くから撮った写真を拡大したのだろう。

 今回は危険な現場だったし、報道陣や野次馬も近寄れなかったのだろう。

 

「え〜、彼女一人で!?大丈夫だったの」

 

 年配のコメンテイターが心配そうに声を上げる。

 私のファンだって公言してくれていた人だ。

 私はなんだか気恥ずかしくなって布団の中で身動ぎした。

 

「はい、彼女は軽傷で無事生還しました。なんと言ってもあの二人が駆けつけてくれましたからね!」

 

 うえ……

 画面にデカデカと二人の魔法少女の姿が映し出され、私は目を逸らした。

 いやなもん見せるなよ。

 

「ピュアアコナイトにバイオレットクレス!最近地方に出動してばかりでしたよね。坂宮市で姿を見れるなんてレアですね〜」

 

 若い女性のコメンテーターが嬉しそうな声を出す。

 他の番組スタッフたちも黄色い声を上げ、真面目なモードからいつもの魔法少女番組の空気になる。

 まぁ、確かにあれは有名人だからな、ファンも多いし…………

 

「一部では彼女たちはブラッディカメリアに会いに来たとも言われてるんですよ」

 

 は?

 アナウンサーの言葉に私は固まる。

 モニターの画面が切り替わる。

 これは、深淵が消滅した後の様子かな。

 レポーターがピュアアコナイトに向かってマイクを向けている。

 

『深淵の鎮圧お疲れ様です。さすが深域の鎮圧の経験者、このくらいはわけないですね!どうでした?今回の深淵は』

 

 マイクを向けられた彼女はほんの一瞬、表情を固めた。

 私は知っている、彼女が煩わしいと思った時の表情の変化だ。

 笑顔のままだから、どうせまわりの人間は気づいてないだろうけど。

 

『そうですね、まぁいつも通りです。強いていうなら……カメリアに会えたのは幸運でしたね』

 

 は????い?????

 なーに言ってんですかねこの女は。

 彼女が私に会いたい状況というのが理解できない。

 私の前でもそんなことを言っていたけど、いつもの方便なのかと思っていた。

 本当に私に会いたかったのか?どういう心境の変化だろう?

 私が学校に来なくなっても何も言わなかったくせに。

 何が変わったんだ。

 もしかして私が……魔法少女になったから?

 …………会いたかったのは、日向ではなく……カメリアか?

 頭を悩ます私を置いて番組は進行していく。

 

「あのアコナイトにまで一目置かれるなんて、今後の彼女の活躍に目が離せませんね」

 

 年配のコメンテイターがここぞとばかりに私を褒める。

 私が彼女に一目置かれている?たちの悪い冗談だろうか。

 

「そうなんですよ、インタビュー映像のアコナイトを見てください何か不自然だと思いませんか?」

 

「え?どこですか」

 

「彼女、ずっとスカートの一部分を押さえてるんですよ、何かを隠すように」

 

 あ、そこは…………

 

「深獣の攻撃を受けて、スカートが破れてしまったのを隠しているように見えるんですよ。あの無傷で敵を屠ってきたアコナイトがですよ!そんな深獣相手に一人で戦って生還するってカメリアも結構すごいですよね!!」

 

 違います。

 あれは私のゲロがかかったのを隠しているだけです。

 とんだ勘違いですぅ…………

 

「僕はね、アコナイトは彼女を弟子にしたいんじゃないかと思うのよ。かつてレッドアイリスがホワイトリリィやミスティハイドランシア、コットンキャンディに師事したみたいにね」

 

 私があの女の弟子…………

 おい、なんだそのふざけた考えは。

 そんなの絶対に…………

 

「許さないユ」

 

 私は言葉を発していない。

 でも私の考えと全く同じ発言が、私の横からした。

 声をした方を向くと、私の契約精霊がそこにいた。

 

「ごめん、ちょっとお邪魔してるユ」

 

 彼は、ペコリと頭を下げた。

 いや……礼儀正しいのはいいけど、勝手に入ってくるなよ。

 

 

……………………………

 

 

…………………

 

 

……

 

 

「ぁ、どうぞ」

 

 私は目の前に浮かぶパプラにお茶を差し出した。

 まぁ、部屋に常備してた麦茶だけどね。

 いきなり現れた訪問者に対してわざわざ入れたてのお茶を出してやる義理はないのだ。

 

「あ、いただきますユ」

 

 小さなユニコーンはコップに口をつけチロチロとお茶を舐めた。

 出しておいてなんだけど多すぎたな……コップのサイズがパプラの胴体くらいある。

 今度から猫に与えるミルクのように小皿に注ごう。

 まぁ、今度があるかは知らんけど。

 そんなことを考えていると、顔を上げたパプラと目があった。

 

「ぇと……」

 

 そもそも、私になんの用?

 彼の顔をまじまじと見つめる。

 ユニコーンの表情なんて私には分からないけど……なんか悲しそう?

 

「ごめんなさいユ」

 

 出し抜けに、彼は頭を下げた。

 えーと……どうしたん?

 彼が私に謝罪するようなことはなかったと思う。

 魔法少女になってから、いつもこの小さなユニコーンのサポートには助けられているし、こちらから礼をいうようなことはあっても、謝られることはないと思うのだけど。

 

「君とピュアアコナイトとの接触は僕の望むことではなかったユ」

 

「ぁえ?」

 

 パプラの言葉に私は目をパチクリさせる。

 なにそれ。

 いや、まて……たしかアコナイトは邪魔がなければもっと早くに再会出来ていたと言っていたな。

 それって、パプラが私と接触しようとしていたアコナイトを妨害していたってこと?

 でも……そうなると……

 

「私と彼女の関係、知ってたの?」

 

 ………………

 

 私の問いに、沈黙が広がる。

 その沈黙でなんとなく察する。

 そう、知ってたんだ。

 私が彼女に虐められていたこと。

 まぁ確かに、契約した少女が学校にも行かず引きこもっていたら調べるよな。

 

「僕たち契約精霊は、契約した魔法少女の願いを……意思をある程度読み取ることができるユ。君の願いには魔法少女に対する憧れがなかった。あるのは嫌悪と拒絶の感情だけ…………おかしいと思ったんだユ」

 

 ああ、確かに。

 私は魔法少女に対してなんの希望も抱いていない。

 それって魔法少女になる少女としては普通ありえないことだよね。

 だから彼は私のことを調べ、普通ならば気付きようのない真実にたどり着いたのだろう。

 人々を守るべき正義のヒロインが私を嬲っていたという真実に。

 

「花園は……白き一角獣はなんと言ってるの?」

 

 魔法少女を管理する存在。

 契約精霊たちの長である白き一角獣はこの事実をどう判断したのだろう。

 

「一角獣は……アコナイトのことは不問にするって…………」

 

 ふーん…………………

 そう……

 やっぱり、魔法少女ってろくなもんじゃないね。

 

「君一人の犠牲に対して、彼女の功績が大きすぎるんだユ!でもこれは僕らの総意じゃないユ。僕は納得いってないユ!!」

 

 パプラが言い訳をするように言葉を重ねる。

 分かってるよ。

 パプラがその判決に不満を抱いていることなんて。

 だからこそ、彼は私とアコナイトが接触しないように立ち回ってくれていたのだろう。

 私を守るために。

 私は…………守られてばかりだ。

 リリィも状況がよく分かっていないのに私を守ろうとしてくれた。

 

『いいわね、お姫様は泣いてれば助けてもらえるんだから』

 

「っっ!!」

 

 いつか、誰かに言われた言葉が私の脳内をよぎる。

 息が、詰まる。

 助けなんて、来なかったのに。

 助けてもらえていたのなら、こんなことになってないのに。

 耐えがたい痛みを振り切るように、私は勢いよく立ち上がる。

 

「ユ!?」

 

 私のいきなりの行動にパプラが驚いたような声を上げる。

 そんな彼をおいて私は外行きのバックを肩にかける。

 

「ちょっと病院行ってくる」

 

「ユユ!?体調悪いのかユ?大丈夫かユ?」

 

 パプラが心配そうに私の周りを飛ぶ。

 大丈夫だよ。

 別に、体調が悪いわけじゃない。

 ただ、少し…………弱音を吐きたくなっただけなんだ…………

 

 

……………………………

 

 

…………………

 

 

……

 

 

 病院への道すがら、花屋で花を購入する。

 両親からもらっているお小遣いの数少ない使い道だ。

 

「お花?誰かのお見舞いかユ?」

 

 花を持って歩く私にパプラがついて飛ぶ。

 

「そういえば、初めて君とあった時も病院に来ていたユ」

 

 私はパプラの疑問に答えることなく、黙々と歩く。

 別に邪魔なわけじゃないけど……今はいちいち彼の疑問に答えてあげる気分じゃなかった。

 私の様子に諦めたのか、パプラはため息をつくと黙って私の後に続いた。

 私の精神は見るからに不安定だし、彼も放って置けないのだろう。

 病院に着くと、私はいつものように受付で用件を告げる。

 受付のスタッフは私の横で浮かぶパプラを見て少し驚いた表情を見せたが、何も言わず面会の許可を出してくれた。

 私は通い慣れた道を進み、病室までたどり着いた。

 扉を開けると、その病室の主人はいつものようにベットに横たわっていた。

 買ってきた花を、窓辺の花瓶へとさし、私は椅子へと腰掛ける。

 その間もベットに横たわる人物は身動ぎひとつしなかった。

 

「第13封印都市って、知ってる……?」

 

「……知ってる、忘れもしないユ」

 

 第13封印都市、日本の首都に現れたその深淵は数多の人を飲み込み、深域となった。

 当時、首都を奪還すべく多くの魔法少女と魔法騎士が投入された。

 その中には星付きの魔法少女や魔法騎士のエースも含まれていた。

 そう、星付き魔法少女ピュアアコナイトや魔法騎士のエース銀狼が。

 そして…………

 

「僕たちは取り戻せなかったユ……あの都市を。だからあそこは封印されたんだユ」

 

 そう、その結果は敗北。

 魔法少女と魔法騎士の犠牲を増やし、いたずらに深域を大きくするだけだった。

 多くの犠牲の中でも一番の損害と言われているのが、魔法騎士のエース銀狼の喪失だろう。

 エースの喪失により魔法騎士は戦力を欠き、魔法少女に大きく遅れをとる結果となった。

 魔法騎士は必死に銀狼を奪還しようとしたが取り戻せたのは肉体だけ。

 彼の魂は今もあの深域の中に取り残されたままだ。

 取り戻したその肉体は、今私の目の前で静かに横たわっている。

 魔法騎士のエース、正義のヒーロー、銀狼と呼ばれた少年…………東 吟朗。

 私のクラスメイト…………

 私、の……友達………………だった人。

 

「ねぇ……私を助けてくれるんじゃなかったの?正義のヒーロー…………」

 

 答えは返ってこなかった…………

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

封印都市

人の魂を喰らい成長する深淵、その深淵が一定以上の魂を喰らうと深域となる。

封印都市とはその深域がもはや対処できないほど強く大きくなった時の処置の一つ。

これ以上喰われる魂を増やさぬよう、その都市一帯を侵入禁止地帯とすることである。

しかし、深域は取り込んだ魂を使って成長し続けるため、封印都市の領域は年々増え続けている。

本書に東雲市や坂宮市などの実在しない地名が出てくるのは深域によって日本の地形が変わっているため。




作者はゲロインも好きなんですよ(さらに明かされる罪深い性癖)


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その願いの成就は幸せか?

魔法少女の名前に使われている植物の花言葉はネタバレになるので事前に調べてはいけない(博識な読者はネタバレをくらってしまう謎システム)


「日向ってアコナイトさんと知り合いなの?」

 

「んぶぅっ!」

 

 唐突な質問に思わずむせてしまう。

 二つの好奇心に満ちた眼差しが私に向けられていた。

 いつもの自室、そこに置かれた机を囲んで私たちはお茶会に興じていた。

 そもそもの始まりは、深淵内で体調の悪そうだった自分を心配して神崎さんがお見舞いに来てくれたことからだった。

 別に自分が嘔吐したのは精神的な問題なので、お見舞いの必要はないんだけど……

 虐めの問題を内緒にしているから、そこはまぁ勘違いされても仕方がないか。

 思ったより元気そうだった私を見て神崎さんは藤堂さんまで呼び出してしまった。

 そうして、二人が持ち寄った茶菓子を広げてお茶会がなぜか始まったのだ。

 訳もわからず席につかされたのだけど…………

 多分二人ともこの間のことが知りたかったんだろうなぁ。

 藤堂さんの質問でそのことを察してしまう。

 深淵での私とアコナイトの会話、それは明らかに見知った者同士の会話だった。

 彼女と私の関係を疑問に思うのは当然のことだ。

 でもなぁ……

 

『うぅん……虐めの問題は明かさない方がいいかもしれないユ……特にハイドランシアには』

 

 私の契約精霊であるパプラが病室で話し合った末に出した結論である。

 概ね同感だ。

 魔法少女ピュアアコナイト、彼女はあまりにも有名で、憧れを集め過ぎた存在だった。

 彼女の作った正義の偶像は、あまりにも大きい。

 私が下手に彼女を否定すれば魔法少女たちから村八分にされることは必至だろう。

 言葉は、選ばなければならない。

 

「ぁ、う、ぅ、うん。同じぃ……学校で……は、ハハッ」

 

 明らかな挙動不審。

 私隠し事が下手すぎるよぉ……

 でも私は普段から挙動不審なので、多分怪しまれないだろうな。

 

「何、同じ学校ですって。星林学院中学校?超名門なんだけど!?」

 

「ぅぅ、う、ん」

 

 あ、知ってるの?詳しいね。

 確かに有名な学校だけど。

 アコナイトの出身校まで知っているって、もしかして藤堂さんって結構魔法少女マニアだったりする?

 

「ええ!!」

 

 彼女との関係をぼかしつつ説明する前に、神崎さんが一際大きな声を上げて立ち上がった。

 彼女はビシッと私を指差す。

 こら、人を指差すのはやめなさい。

 

「日向ちゃんって中学生なの!?!?」

 

 ……………………

 あ〜〜〜……うん…………

 そういえば私って、二人から年下に見られている節があったなぁ。

 

「確かに、何年生なの」

 

「に、2年生……ですけ、ど」

 

「………………」

 

 二人の視線が私に集まる。

 神崎さんは自分より低い私の頭身を、藤堂さんは私の胸部を凝視した。

 私の身長はこの三人の誰よりも低く、胸部は誰よりもなだらかだった…………

 な・に・を・見・て・い・る・ん・だ・な・に・を?

 

「んなぁああああぁうううぅぅぅっ!!!」

 

 私は頭を机に打ち付けた。

 悪かったな!チンチクリンな身体で!!

 こんな貧相な体つきでは年下にしか見えなかったでしょうねぇぇ!!

 うわぁああああん!!

 顔が熱い、多分今私の真っ赤だろう。

 もうどうとでもなれと、いうように涙目で机に突っ伏す。

 

 結局、私が機嫌を直すまでには長い時間がかかった。

 神崎さんが幼子をあやすように慰めるのでさらに腹が立ったというのもある。

 お前の胸部だって、そんなに大きくはないだろうが!

 ぐすん……

 まぁ、これでよかったのかもしれない。

 この騒動のせいで私とアコナイトの関係についての話は有耶無耶になった。

 二人との関係を崩さずに済んだのだ。

 その代わりに私は心に深い傷を負ったがな!

 

 

……………………………

 

 

…………………

 

 

……

 

 

「合同任務?」

 

 ホワイトリリィは首を傾げた。

 私も彼女と同じように首を傾げる。

 私たちの前には、微かに光を放つ大きな扉が鎮座している。

 各地の花園へと繋がる門、召集されたチームリリィはその前に集合していた。

 

「そうだユ。今回の任務は難易度が高いから、もう一つのチームと合流して対応してもらうことになったユ」

 

「そのチームの一人は俺のもう一人の契約主だゼ!」

 

 ふーん。

 チーム同士が組んで戦うこともあるんだ。

 いや、深域の対処には複数の魔法少女たちが投入されたって話もあるし、今まで私が体験していなかっただけで、こういうことは普通なのかもしれない。

 他のチームと合同任務ってことは今までよりも強い深獣が相手なのだろう。

 気を引き締めなければ。

 で……そんなことよりも心配なことが一つある。

 知らない魔法少女と、仲良くできるかなぁ…………

 陰キャは初対面の人間に恐怖する、当たり前のことである。

 そっとリリィの背中に隠れる。

 優しそうな人だったらいいなぁ。

 戦々恐々としていると、門が点滅するように光を放った。

 ゆっくりと門が開き二つの人影がこちらに歩み寄ってくる。

 今回ご一緒する魔法少女だろうか。

 あれ……でもなんだか変だな。

 逆光でよく見えないけど、一人がもう一人を引きずっているように見えるんだけど。

 

「やーやー、こんにちは。今日はよろしくねぇ!」

 

「びぇ!や、やめ。アカシアちゃんだめ、い〜や〜だぁぁああ」

 

 いや、見間違いじゃない。

 完全に引きずられているな。

 黄色いカラーを基調とした魔法少女が、むせび泣く深緑色の魔法少女を引きずりながら登場した。

 

「ぴぃっ!」

 

 私たち三人が怪訝な視線を向けると深緑色の魔法少女は悲鳴を上げ、隠れるように黄色い魔法少女の背中にしがみついた。

 

「……………」

 

 二つのチームの間に若干の沈黙が広がった。

 黄色い魔法少女はリリィの背に隠れる私をまじまじと見つめた。

 逆にリリィとハイドランシアは黄色い魔法少女の背に隠れる魔法少女を見つめている。

 そして私はリリィの背に隠れながらそろーりと二人の魔法少女の様子を窺った。

 ばっちりと深緑色の魔法少女と目が合う。

 

 

 なんか……似たようなやつがいる!

 

 

 奇しくも、ここに集まった魔法少女の考えが一致した瞬間だった。

 

 

……………………………

 

 

…………………

 

 

……

 

 

「僕はパステルアカシア!それでこの後ろのがノイズィサイプラスだよ」

 

 場所を深淵の付近の花園へと移し、私たちは改めて自己紹介を始めた。

 パステルアカシアと名乗った少女は魔法少女には珍しいショートパンツ姿に、黄色いマントを羽織ったボーイッシュな魔法少女。

 ノイズィサイプラスはガーリィなゴシックドレスを着込んだ上に包帯を随所に巻きつけた奇抜な格好の魔法少女だった。

 

「よろしく!あたしはホワイトリリィ」

 

「ミスティハイドランシアよ。こっちの後ろのはブラッディカメリアね」

 

 ハイドランシアが私の頭を小突いて私の分の自己紹介もしてくれる。

 別に、私は自分で自己紹介できるのに……

 少し不服だがそれはまぁいい。

 そんなことよりも…………

 サイプラスに目を向ける。

 陰の者だ…………陰キャではないか!?

 まさか、私以外にも存在したとは。

 魔法少女という華々しい存在故に、この業界には陽キャしかいないと思っていたのに。

 これは嬉しい誤算だ。

 目を合わせないようにしながらサイプラスにじりじりと近寄る。

 そうして彼女に手を差し出した。

 陰の者同士、仲良くしようじゃないか同胞!

 陰キャは同じ陰キャだからといって無条件で友達になれるわけではない。

 むしろコミュ障同士、話がはずまず気まずい関係になることも多々あるのだ。

 だが、陽の者と違って陰キャは陰の者だけが持つ苦しみを知っている。

 魔法少女という陽キャ集団に囲まれて生きる苦しみを私は知っているぞぉ。

 私はこの少女の理解者であり、その逆もまた然りなのだ。

 それが分かっているのかサイプラスはハッとしたように顔をあげ、私の手を握り返した。

 私たちは硬く、硬く、握手を交わした。

 

「なんか仲良くなってるよ……」

 

「あの人見知りのサイプラスちゃんが、珍しいこともあるもんだね〜」

 

 外野がなんか言っているが、私たちは気にせず繋いだ手をぶんぶんと振るった。

 

「仲良くなってもらったところで、詳細を説明するゼ。今回の深淵はまだ深域にはなっていない、でもかなり危ういかもしれないゼ」

 

 精霊が説明を始めると、サイプラスは手を振り払い、アカシアの背後にまた戻ってしまった。

 どうやらそこが彼女の定位置のようだ。

 

「でも、犠牲者0じゃない。取り込まれた人がいないのになんで成長しているのよ」

 

 デバイスに送信された情報を確認しながら、ハイドランシアが疑問を投げかける。

 今回、深淵が発生したのは人気のない山中。

 登山者もいなく、深淵に引き摺り込まれた人はいないようだ。

 

「鳥や栗鼠なんかの小動物にも魂はあるゼ、問題はそれらの魂をどれだけ取り込んだか分からないってことだゼ」

 

 確かに、出現した場所が場所だ。

 ちょっと辺鄙すぎる。

 資料には発生時期不明と記されていた。

 辺鄙な場所すぎてこの深淵がいつから存在していたかも分かっていないのだ。

 

「出来立てのしょぼい深淵かもしれないし、あと一歩で深域になりそうな危険な可能性もあるってことだね」

 

 アカシアが、情報をまとめる。

 なるほど、最悪の可能性も踏まえての2チーム編成というわけか。

 深獣の姿が確認できていないらしいから、出来立ての可能性は低いだろうし妥当だろう。

 

「深淵に入っての討伐になると思うゼ。それを踏まえての人選だゼ」

 

 私たちチームリリィは全員深淵に入ったことがある。

 私にいたっては前回深淵内での戦闘経験ありだ。

 そんなところも討伐チームの選定に関わってくるらしい、初耳だ。

 

「ぁ、あの……私深淵なんて入ったことないんだけど」

 

「安心してくれ、僕は深域の鎮圧に同行したこともあるぞ」

 

 う、うん。

 サイプラスはともかくとして、アカシアは結構頼りになりそうだ。

 深域の鎮圧に同行したことがあるって、そうとうベテランでは?

 口にしたわけではないけど、この中でのリーダーはアカシアが適任そうだと私たちは頷き合った。

 

「では。出発しようか」

 

 それを察したのか、アカシアが音頭をとり私たちは出撃した。

 

 

……………………………

 

 

…………………

 

 

……

 

 

 人の訪れぬ山中。

 鬱蒼とした木々を縫って歩みを進める。

 

「あれか」

 

 そう言われて、顔を上げるとそれが目に入った。

 山の斜面に現れた黒いドーム。

 それは虹色の光沢を発しながら、ゆっくりと脈動していた。

 …………大きいな。

 先日私が入った深淵ほどじゃないけど、私が見てきた中でも大きめの部類に入りそうだ。

 発見が遅れないでよかった。

 このまま大きくなれば深域に成長してもおかしくないサイズだ。

 私はこれから侵入すべき敵地を睨んだ。

 

「ストーップ」

 

 その黒い膜を潜ろうとした時、アカシアが両手を広げて待ったをかけた。

 

「知っていると思うけど、深淵の中ではあらゆるルールが通じない」

 

「ね、ねぇ、私知らないけどぉ……」

 

 彼女の言葉に私たちチームリリィの三人は頷き、サイプラスは不安そうに縮こまる。

 アカシアはそんなサイプラスの頭を安心させるように撫でた。

 撫でられると彼女は静かになる。

 そんな適当な対応でいいの?と思わないでもないが、二人はチームメイトなのだし暗黙の何かがあるのかもしれない。

 

「深淵の侵入経験は僕が一番豊富みたいだし、中では僕が動きを指示するね。だけど…………本当に中では何が起こるかわからない。僕が動けなくなる場面もあるかもしれない」

 

 彼女の言葉に改めて深淵の危険性を再認識する。

 今回は私一人だった前回と違い大人数での侵入だから、正直それほど緊張はしていなかった。

 だけど、全員無事で深獣のもとにたどり着けるとは限らないのだ。

 

「もしもの時は、自分の身を大切にして欲しい。この深淵が僕たちの手に負えなかった場合、情報を持ち帰るだけでも次の魔法少女への助けになる」

 

 アカシアは落ち着いた様子だ。

 さすがは深域への侵入経験者、この討伐が成功しない可能性も当然のように考慮に入れている。

 彼女が侵入したという深域はもしかしたらあの深域だったのかもしれない。

 そんな可能性が、私の頭をよぎった。

 

「念のため、まずは僕が一人で侵入する。安全を確認して、すぐに中から合図を出すからそれを確認してから侵入して欲しい」

 

 随分と慎重だ。

 でも、そのくらいの方がいいのかもしれない。

 もしかしたら侵入した瞬間そこは深獣の口の中なんてこともあるかもしれないのだから。

 ぶるりと身体が震える。

 うぅ……嫌な想像をしてしまった。

 

「もし……僕からの合図がなければ、1分待ってから位置をずらして侵入してくれ」

 

 …………あ!

 そう言うと、アカシアはなんの躊躇いもなく深淵へと入って行ってしまった。

 止める暇すらなかった。

 すごいな、あんなに私たちに危険だと釘を刺していたのに自身は何も躊躇わないなんて。

 私たち四人は不安そうに視線を交わす。

 安全を確認次第、合図を出してくれるらしいけど…………

 

「………………」

 

 じっと目の前の深淵を覗いているけど、変化はない。

 私たちはもう一度、顔を合わせる。

 

「ぇ、と……合図、ないね」

 

 合図がないということは安全ではないか、それとも前の深淵のように戻ってこれないタイプなのか。

 彼女の言葉に従うのなら、合図がない場合は1分待て……か。

 ハイドランシアがデバイスを取り出した。

 時間を計るためだろう。

 

「………………」

 

 1分間。

 私たちはじっと待った。

 合図は…………無かった。

 

「1分経ったね」

 

 ハイドランシアが、デバイスを持っていた腕を下す。

 えっと、位置をずらして入るんだっけ。

 この場合はみんなで侵入した方がいいのかな?それともまた一人ずつ?

 

「つ、次、私行く。合図出す、なかったらまた待って」

 

 サイプラスが震えながら、しかし意思の籠もった目をしてそう言った。

 そして、私たちの反応も聞かずにズンズンと深淵の中に入っていってしまう。

 あらら……

 もしかしたら、アカシア不在で初対面の私たちといるのが気まずかったのかもしれない。

 それか、合図を返さないアカシアを心配したのだろう。

 どちらにしろ、彼女は行ってしまった。

 彼女が入って行った深淵を覗く。

 そこには黒と虹の虹彩が蠢くだけだった。

 …………また合図がこない。

 

「………じゃあ一応1分待ちましょうか」

 

 ハイドランシアはまたデバイスに目を落とす。

 え…………この調子で一人ずつ入っていくのぉ。

 次は誰が入るの?

 私はゴクリと唾を飲んだ。

 

「この深淵に何かあるのは分かったんだし、次はあたしたち三人で侵入しようか」

 

 リ、リリィ……!

 少し恐怖を感じていたので、その提案はとても嬉しかった。

 私もそれがいいと思う。

 コクコクと頷く私、ハイドランシアも深淵に目を向けて頷いた。

 

「はぐれないように、手を繋いで行こうね!」

 

 でも続いた次の言葉でハイドランシアは嫌そうに顔を歪めた。

 リリィが手を差し出すけど、ハイドランシアは手を引っ込める。

 

「何よ、文句ある。リーダー命令よ!」

 

 手を繋ごうとリリィが迫り、ハイドランシアはそれを身軽に躱している。

 本当に仲がいいね、この二人。

 

「1分経った」

 

「うぶっ」

 

 ハイドランシアはそう言って急に動きを止めた。

 いきなりの静止だったためリリィがずっこけた。

 

「行きましょうか」

 

 侵入は万全を期してアカシアチームとは反対側からにすることにした。

 深淵の周りをぐるりと歩き、反対側に移動する。

 念のため手も繋ぐ。

 リリィを真ん中に、左手を私が、右手をハイドランシアがとった。

 ゴクリと唾を飲む。

 深淵は、私たちの前で静かに脈動していた。

 

「いっせーの」

 

 リリィの掛け声と共に、私は足を前に出し、深淵へと足を踏み入れた。

 黒い幕を潜る瞬間、なんとも言えない嫌な感触がした。

 粘つくヘドロを全身に浴びたような嫌悪感。

 鳥肌を立てながら、私は深淵内に降り立った。

 ぱしゃりと、足元で水の跳ねる音がする。

 足元に目を向けると、水たまりが広がっていた。

 濁った水たまりに私の影が映る。

 頬に水のあたる感触。

 景色は木々の生い茂った山の中と変わっていない。

 でも、深淵の中では大ぶりの雨粒が降り注いでいた。

 空には厚い雲がかかり、薄暗い。

 雨風にさらされた木々がざわざわと騒めいている。

 

「な、なんだか不気味だね……」

 

 隣にいるリリィにそう声をかけようとして……私は動きを止めた。

 先ほどまでリリィの手を握り締めていたはずの手は何もつかんではいなかった。

 

「……ええ?」

 

 雨が身体を打つ。

 虚空へと伸ばした手から雨粒が滴った。

 

 私は一人だった。

 

 短く息を吐き、私はすぐさまあたりに視線を走らせる。

 リリィも、ハイドランシアもいない。

 木々の間からは動くものは確認できず、深獣の気配も感じなかった。

 

「探して」

 

 味方でも敵でもなんでもいい。

 花を咲かせ、金魚たちを呼び出す。

 私を中心にして、金魚たちを散開させる。

 アカシアとサイプラスの合図がなかったことから、入った瞬間別の場所に飛ばされるのはなんとなく想定していた。

 でもまさか手を繋いでいる仲間とすら引き離されるとは思っていなかった。

 私は別にいい、私は一人でも魔障壁を破壊できる。

 だが他のメンバーまで離れ離れになっているのはまずいかもしれない。

 早く、見つけて合流しないと。

 

「ん!」

 

 金魚が、何か見つけた。

 前方に人影がある。

 仲間かな?誰だろう。

 私がほっとしたのも束の間。

 

「んん?」

 

 後方の金魚も、人影を見つけた。

 そして右の金魚も……左の金魚も…………

 

「?????」

 

 私の放った金魚全てが、人影を見つけた。

 おかしい、離れ離れになった仲間は四人、こんなに人影があるはずがない。

 それらの人影が全て私を包囲するようにこちらに迫ってきていた。

 なんだ?何がいる?

 前方の草むらが揺れ、それは姿を表した。

 人…………に見えた。

 形は人のそれだ。

 だがそれを形作っているのは水だった。

 水人間は、ゆったりとしたスピードでこちらに近づいてくる。

 半透明なその身体に、雨があたり輪郭線がぼやける。

 その出来損ないの人間たちが木々の隙間から、次々とこちらに向かってくる。

 な、なんだこれ?

 金魚を操り、そのうちの一体に攻撃する。

 金魚はそれを啄み、呆気なく霧散させた。

 だが、形を崩したそれに雨が降り注ぎ失った身体を補っていく。

 これ……深獣じゃない。

 金魚で啄んだ瞬間分かった。

 魔力が満たされるこの感触、深淵だ。

 前回の深淵で見た黒いビルや桃色の空と同じ、深淵内を構成する物質。

 それがなぜか、人の形をとって迫ってきている。

 

「寄るな!」

 

 金魚の数を増やし、近づいてくる水人間たちを穿つ。

 でも、それらは体勢を崩すだけで、すぐに修復し、こちらに縋り付いてくる。

 完全に破壊するのは無理だ、だってそれらを構成する水は今なお空から降り注いでいるのだから。

 

『……けて……』

 

 雨に混じって、水人間たちの低い唸り声のような声が聞こえる。

 

『もう、ぶたないで……』

 

『やめてよ……なんでそんなことをするの』

 

 ひどく掠れた、だけどどこかで聞いたことのある声。

 いや、聞いたことがある程度の聞き覚えじゃない。

 いつも聞いていた声。

 

「これ、私の……声?」

 

 いくら金魚で啄んでも、穿っても水人間たちは近づいてくる。

 気付けば、私は無数の水人間たちに包囲されていた。

 

『どうして虐めるの』

 

『人が怖い、嫌い』

 

『逃げたい……学校なんて行きたくない』

 

『助けて』

 

『帰りたい、どうして私は布団の中にいないの』

 

 水人間たちが呻く。

 それは、覚えのある嘆き。

 一人で抱え込んだ、私の苦しみ。

 私の中に生じた傷がえぐられ、血が吹き出す。

 

「や、めろ!!」

 

 聞きたくない、今すぐこの嘆きを止めたい。

 その思いで、金魚たちを生み出す。

 

『本当は……戦いたくなんてない』

 

『痛いのは嫌』

 

 だけど、言葉が私を押しつぶすかのように投げかけられる。

 それは私の本当の気持ち。

 あ……れ?

 生み出された金魚たちは、力なく飛んで……地面に落ちた。

 私の手から生じる花たちは、金魚に変化もせず私の足元に落ちて土にまみれる。

 私……なんで戦ってるの?

 私の願いって…………なんだっけ?

 水人間の手が、肩にかかる。

 四方八方から腕が伸び、私は地面に押し倒された。

 ぬかるんだ地面の感触を背中に感じる、気持ち悪い。

 深淵が、私を吸収しようと脈動した。

 

「っっっだらあああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あああッ!!!!」

 

 吠えるような、怒号が聞こえた。

 

「は?」

 

 衝撃が走り、水人間が、周りの木々が吹っ飛ぶ。

 木々が裂け、地面に倒れる。

 

「あわ、あわわわ」

 

 私は、正気に戻り、慌ててその場から退避した。

 倒れる木々に水人間たちが押し潰されていく。

 あれらを倒すことはできないだろうが、足止めにはなりそうだ。

 誰だ?こんな非常識な破壊行為を行う奴は?

 怒号がした方向に目を向ける。

 そこには、ゴシックドレスに包帯を巻いた少女がいた。

 少女の両手には、大きな、大きな両刃の剣、クレイモアが握られていた。

 

「深獣はぁ!どこだァアアア!!」

 

 クレイモアを振り上げ、少女が吠える。

 闘志を漲らせ、まるで獣のようになったノイズィサイプラスがそこにはいた。

 あの…………サイプラスさん?

 あなた先ほどとキャラ違くありません……?

 

「ぁ、ぁ、あのぉ…………」

 

 私は恐る恐る彼女に声をかけた。

 すると彼女の首が急回転してこちらを向いた。

 血走った瞳が私を捉える。

 

「深獣!!どこ!!!」

 

 ひえっ!

 知らないよぉ。

 なにこの子、やっと味方に合流できたと思ったのに全然安心できないよ。

 大人しい子かと思ってたのに、なんだかすごい凶暴なんだけど。

 息荒く凶器を握りしめるサイプラスと涙目で答えに窮する私。

 そんなバッドコミュニケーションをしている間にも、水人間はまた体勢を整え私たちに迫ってきていた。

 

『殺して』

 

「え?」

 

 水人間が呻く。

 先ほどとは違う声。

 彼らはサイプラスの声で呻き始めた。

 

『殺して』

 

『殺して』

 

『殺して』

 

『殺して』

 

 水人間たちは、まるで合唱のように同じ言葉を紡ぎ出す。

 

「殺せるもんならぁ、コロしてミロォォオ!!」

 

 その呻き声をかき消すように深緑の魔法少女は吠え、クレイモアをなぎ払う。

 圧倒的な力で振られた剣は空気を裂き、その空間が歪むほどの衝撃を生み出した。

 水人間が木々ごと真っ二つにされ、吹き飛ぶ。

 先ほど私を助けた攻撃はこれか。

 ものすごい威力だ。

 ちょっと背筋が寒くなる。

 私が押し倒されていたからいいけど……そうじゃなかったら今頃私も真っ二つだったのでは?

 

「ウリィィイイイ!!」

 

 サイプラスは呻き声などものともせず、水人間を切り裂きまくっている。

 すごいな……

 すごいけど、これじゃジリ貧だ。

 水人間は深淵そのものであって深獣じゃない。

 深淵の主を倒せなければいくら暴れたって意味がない。

 その主は……どこにいる?

 近くには、いるはずなんだ。

 私とサイプラスに仕掛けられた精神攻撃。

 こんなものを遠くから仕掛けられるとは考えにくい。

 どこかから、見ているはずだ。

 サイプラスが木を切り倒してくれたおかげで視界が開けている。

 金魚を召喚し、サイプラスをサポートしつつ深獣を探す。

 どこかに、いるはずだ。

 

 ……ポタリ

 

 私の鼻頭に、雨粒が落ちて私は足を止める。

 雨……?

 降り続く雨。

 この雨は、この深淵の特徴の一つだ。

 降り注いだ雨が、水人形となって襲いかかってくる。

 これ、どっから降ってきている?

 顔を上げ、頭上を見上げる。

 空いっぱいに広がる雲、そのちょうど私たちの真上に…………黒い、鳥のシルエットがあった。

 

「見つけた!上だ」

 

 空に突き出した掌から紅い花を咲かす。

 それは風に吹かれたように空を舞い、形を変えていく。

 私の願いを込めた金魚たちが空を駆け、頭上のシルエットに殺到する。

 鳥のシルエットが、動いた。

 鳥が羽ばたき、雲から姿を表す。

 それは黒い、梟だった。

 速い!

 頭上に放った金魚たちが梟を啄もうと迫るけど、それよりも遥かに速いスピードで梟は空を舞った。

 私の金魚のスピードじゃ追いつけない。

 以前戦った、蜂型の深獣を思い出す。

 あの深獣も空を飛んでいたけど、あの時はハイドランシアが拘束してくれたから金魚で攻撃することができた。

 ならば今回も仲間と協力して!

 

「サイプラ…………」

 

「っラァあああ゛あ゛あッ!!!!」 

 

 深緑の魔法少女に協力を求めようとした瞬間。

 彼女は雄叫びを上げて地面を蹴った。

 まるで弾丸のように少女は空へと飛び上がり、梟に切り掛かった。

 空中で、クレイモアと鉤爪が交差する。

 羽が宙を舞い、腹を斜めに裂かれた梟が金切り声を上げた。

 その圧倒的な暴力で、魔障壁を突破したんだ。

 でも、浅い……あれじゃ倒せてない。

 魔障壁の性質上、サイプラスが次に攻撃を通すにはさらに威力の高い攻撃を通さなければならなくなってしまった。

 

「っ!」

 

 深獣を切り裂いたサイプラスがバランスを崩し、落下する。

 当たり前だ、彼女はなんの飛行能力も持っていないのだから。

 金魚たちをクッションがわりにして彼女を受け止める。

 よし、難しいかもしれないけど次は翼を狙ったらいけるかもしれない。

 飛行能力が落ちれば、金魚の攻撃も届くはず……

 私は彼女に作戦を伝えようとして…………絶句した。

 

 彼女はお腹を押さえて蹲っていた。

 血が……溢れていた。

 血が滴って、彼女の足元の水たまりを赤く染めている。

 梟を傷つけた彼女もまた、負傷していた。

 でも、私を絶句させたのはそんなことじゃない。

 私を絶句させたのは彼女の表情だった。

 笑っていた。

 目を血走しらせ、荒く息を吐き、腹から血を流しながら。

 彼女は笑っていた。

 

『殺して』

 

『殺して』

 

『殺して』

 

『殺して』

 

 水人間たちが、呻く。

 

「いい感じじゃない…………ねぇ、私を殺してよ!!」

 

 深緑色の魔法少女が、吠えた。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「ねぇ君、魔法少女にならないかネ?」

 

「ぇ、と……今、それを言うの?もっと他にかけるべき言葉があるんじゃない」

 

 その蛇の姿をしたその契約精霊との出会いは、鮮烈で、印象深いものだった。

 その時私は椅子の上に立ち、天井から吊り下げたロープに首を通しているところだった。

 

「今勧誘しなければ、君は首を吊ってしまうネ?そうしたら君を魔法少女にできないネ。私は何も間違っていないと思うがネ?」

 

 頭にツノを生やした蛇はそうほざいた。

 ふざけているのだろうか?

 なんだか馬鹿らしくなって、私は首からロープを外し蛇と向き合った。

 死ぬのはいきなり現れたこのふざけたマスコットと、少しお喋りに興じてからでもいいのかもしれない。

 

「ねぇ、私早く死にたいんだけど」

 

「おやおや、悲しいことをいうネ。どうしてそんなに死に急ぐネ?」

 

 蛇は全く悲しんでいない声音でそう言った。

 

「家族に会いたいのよ」

 

 パパとママは私を残して行ってしまった。

 第13封印都市、そのふざけた空間が二人を飲み込み……二人は帰って来なかった。

 ママの中に宿っていた生まれるはずだった私の弟も、一目も見ることができなかった。

 私はその時修学旅行に行っていて、馬鹿みたいにお土産を渡すのを楽しみにしてた。

 でも帰ってきた私を待っていたのは、黒くて訳が分からないドーム状のナニカ。

 それに町は飲み込まれ、そこからは誰も出て来なかった。

 家族を失ったあの日から、何もかもがうまくいっていない。

 

「天国で再会するネ?そんな非科学的なもの信じるなんて随分夢見がちだネ」

 

 非科学の塊である精霊が何を言っているんだ。

 お前みたいなのが存在するから、私みたいな少女が夢を見てしまうんだろ。

 私は呆れてしまった。

 根本的に、こいつとは話が合わない。

 話をしていても時間の無駄かもしれない。

 私はロープを首にかけ直した。

 

「今ここで、君が自殺すれば周りにどれだけ迷惑がかかるかネ」

 

 蛇の言葉に、私は動きを止める。

 

「死体の処理は、誰がするネ?葬式は誰がお金を出すネ」

 

 嫌なことを言わないでほしい。

 両親を失った私を引き取ってくれた親戚の叔母。

 確かに私は彼女の優しさを、献身を裏切ろうとしている。

 そんなことは、分かっている、分かっている……つもりだ。

 

「そもそも、首吊り死体ってどうなるか知ってるネ?顔は鬱血して紫色になり、糞尿は垂れ流しネ。そんな醜い状態になりたいなんて奇特なやつだネ」

 

 嫌なことの次は心底気分の悪くなる話を始めた。

 なんなんだこの蛇。

 

「…………何が言いたいの?」

 

 私はジトッと蛇を睨んだ。

 

「死ぬのなら、もっと意味のある死に方をしないかネ?」

 

 蛇は、そう言った。

 

「どうせなら、魔法少女になって英雄的に死んでみたらどうかネ」

 

 それは提案だった。

 首吊りではなく、もっと他の死に方を選んでみないかという。

 よくよく思い返すと、蛇は悲しいとは言ったが、私の自殺自体は一度も否定していなかった。

 

「君には才能があるネ。人に迷惑をかけて死ぬのではなく、正義のヒロインになって人を救って、惜しまれながら逝ってみたらどうかネ」

 

 ふざけた提案だった。

 でも同時に、甘美な提案でもあった…………

 

 

……………………………

 

 

…………………

 

 

……

 

 

「アハ!」

 

 裂かれたお腹から血を流しながら、私は大剣を構えた。

 お腹の他にも、包帯を巻いた箇所が痛む。

 まだ、前に戦った時の傷が癒えていないのだ。

 来い!私を殺してみろ。

 頭上の黒い梟を睨みつける。

 自分を傷つけた脅威を消さんと、梟は上空から鋭い奇襲をかけてくる。

 私はそれを正面から迎え撃つ。

 防御はしない、そんなもの必要ない。

 

「させない!」

 

 絶好のチャンスで、梟が私の命を刈り取ろうとしていたのに、黒い魔法少女が私たちの間に割り込んできた。

 紅い花が渦巻き、形を変える。

 花は和傘となり、梟の鋭い鉤爪を阻んだ。

 それどころか傘と接触した鉤爪は金魚に啄ばまれ、ボロボロと崩れていく。

 私はムッとした。

 またこれだ。

 私以外の魔法少女というやつは、どうやら底抜けに優しい人間らしく、すぐこうやって私を助けてくれる。

 今回はいつもと違ってアカシアちゃんがいないから、うまくいくと思ったのに。

 このカメリアとかいう魔法少女も私のチームメイトのアカシアちゃんと同類みたい。

 優しい人。

 自分が傷つくことなんて厭わず、人を助けようとする。

 私はいいのに。

 助けてくれなくて。

 これは私と蛇が計画した壮大な自殺であり、ショーなのだ。

 私を庇う必要なんて存在しない。

 そう、必要ないんだけどなぁ…………

 

「だ、大丈夫?私が守るから、攻撃をお願い」

 

 はぁ……

 なんだか萎えてきた。

 今回も失敗しそう。

 黒い魔法少女は和傘を構えて鉄壁の守りを展開している。

 ここから私が相討ちまで持っていけるビジョンが浮かばない。

 このショーは必ず相討ちじゃなくちゃいけない。

 ただ、負けて死ぬのだと周りに迷惑がかかるし、英雄的じゃないからだ。

 私たちはそこに拘った。

 梟が再度上空から奇襲をかけてくる。

 だがそれは予想どおりカメリアによって阻まれた。

 金魚が梟に纏わり付き、魔障壁を剥がしていく。

 金魚のスピードでは敵を捉えられないと悟った彼女はカウンター戦術に切り替えたようだ。

 でも、こんなに簡単に魔障壁をはがすなんて、この魔法少女大人しい子かと思ったけど結構強い?

 防御が彼女、攻撃が私だったね。

 

「うらぁあっ!」

 

 大地を蹴り、クレイモアを振りかぶる。

 そして無防備なそいつの首筋に剣を叩きつけた。

 これで終わり。

 今回も失敗。

 テンション下がるなぁ。

 

 私は、油断していた。

 

 普段ならば、私のクレイモアは深獣の首を両断していただろう。

 でも、今回私は早くもショーの失敗を悟っていた。

『深獣と壮絶な死闘を繰り広げ、命を落とす』という私の願いは、弱まっていた。

 

「……ぁあ?」

 

 クレイモアは、首を半ばまで切り裂いて止まってしまった。

 まずい!と思った時にはもう遅かった。

 どこにそんな力があるのか、首が半分千切れているというのに、梟は鋭い嘴を繰り出し、私の首筋を穿った。

 

「あああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!」

 

 激痛が走る。

 でも意識だけは絶対に手放さない。

 負けるのはだめだ。

 それは正義のヒロインらしくない!家族に自慢できる死じゃない!

 腕に力を込め、クレイモアを首にめり込ませていく。

 深獣も、負けじと嘴を押し込んでくる。

 こうなれば、もう我慢比べだ。

 どちらが先に命を落とすか。

 私の口に、笑みが浮かぶのを感じる。

 なんだ、成功しそうじゃないか…………

 ようやく会えそうだ、パパに……ママに……

 願いの成就の瞬間だというのに、私の頭に浮かんだのは両親の顔じゃなかった。

 チームメイトの顔だった。

 アカシアの、悲しそうな顔。

 やめてよね…………決心が鈍るじゃない。

 

「サイプラス!!」

 

 声が聞こえた。

 聞きたくなかった声。

 同時に、雷鳴の音が鳴り響いた。

 目の前の、深獣の横っ腹に穴が開きその巨体が霧散する。

 

「……あ〜〜あ〜」

 

 彼女が、私のチームメイトが、敵を狙撃したのだろう。

 魔法少女パステルアカシア、雷を打ち出す狙撃銃を操るベテラン魔法少女。

 いつも、彼女は私を助ける。

 いつも、私のことを心配そうに見守ってくれる。

 今回も、また失敗だぁ。

 私は、死にきれなかった。

 そう思いながら、私は意識を手放した…………

 

 

……………………………

 

 

…………………

 

 

……

 

 

 目を覚ますと。

 私は地面に横たわっていた。

 山の中、雨が降っていないということは、もう深淵は鎮圧できたのだろうか?

 私の首筋とお腹には、きっちりと包帯が巻かれていた。

 顔を上げると、私を覗き込んでいた人物と目が合う。

 

「め、目を覚ましたか!!よがったぁああぁ。もう無茶な戦い方はやべてくれよぉおおお!!」

 

 アカシアだ。

 彼女は私が傷つくと、いつも泣く。

 泣くといつものクールキャラが崩壊するからちょっと面白い。

 でも今日は泣いているのは彼女だけではなかった。

 

「よかった、よかったぁああ。もうダメかと思ったよぉ」

 

 白い魔法少女も涙を流している。

 二人に抱きつかれて、私はオロオロするしかなかった。

 基本的に、私は陰キャだ。

 戦闘時やショーの最中はアドレナリンがどばどば出て自分でも驚くくらい強気になれるが、そうでない時、私は自分に自信を持てない。

 私のために泣いてくれる二人になんと言えばいいか分からない。

 黒い魔法少女も、青い魔法少女も心配そうに私を見ている。

 う、うう……

 私はまた迷惑をかけてしまったようだ。

 誰にも迷惑をかけずに、死にたいのに……いつもうまくいかない。

 

「僕を一人にしないでくれよ、サイプラス」

 

 アカシアの涙が、私のドレスを濡らす。

 そういうことを言うのは止めて欲しい。

 決心が、鈍るから。

 罪悪感で、自殺しにくくなるから。

 もう、だいぶ彼女に……魔法少女たちに絆されてしまっている。

 彼女が、大切な人になってしまっている。

 だめだなぁ……

 願いの成就を望んできたはずだったのに、彼女の泣き顔を見ているとそれが幸せなことなのか自信が持てなくなってきていた。

 きっと、彼女の存在が失ったものより大きくなった時、私は願いを、魔法少女の力を失ってしまうのだろう…………

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「随分と、ご機嫌ね」

 

 白金の魔法少女が呟く。

 蛇は、彼女の首に巻きつきながらその体をぐねぐねと動かしていた。

 

「ああ、私は天才だネ」

 

 蛇はとってもご機嫌だ。

 

「死にたがりには、他人の死が許せないパートナーをあてがってやればいいネ」

 

 チロチロと舌を出し蛇は笑う。

 白金の魔法少女は気怠げに頬杖をついた。

 

「パステルアカシアは第13封印都市の数少ない帰還者ネ。第13封印都市で両親を失ったノイズィサイプラスをほっとけるわけがないんだよネ」

 

「さっきからなんの話、私の興味の無い魔法少女の話は止めてよね」

 

 白金の魔法少女が不満そうにむくれる。

 彼女にとって自分以外の契約精霊の契約主など興味を引く話ではなかった。

 

「君の興味といえば、ブラッディカメリアは元気そうだったネ」

 

 蛇の言葉に、白金の魔法少女は表情を一変させ、にっこりと微笑む。

 

「それはよかったわ。ハイドランシアと連絡先を交換したから、今度ゆっくりお話でもしようかしらね……」

 

 白金の魔法少女はさらに笑みを深めた。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

糸杉 Cypress

糸杉の花言葉は死、哀悼、絶望。

総じて喪うことと関連した花言葉が多い。

これらの花言葉はその伝説や神話が由来となっている。

また、そんな花言葉とは裏腹に糸杉は生命や豊穣のシンボルとして用いられることもある。



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未来の示す可能性

 仄かに光を放つ白い扉。

 花園の最奥に作られた転送門、そこではこれから出動したり、討伐から帰ってきた魔法少女達が忙しなく行き交っていた。

 天井を飾る大きなステンドグラスから陽の光が降り注ぎ、少女達の着る色とりどりのドレスを淡く彩る。

 幻想的な、しかし魔法少女としては見飽きた日常の風景だ。

 そんな中私は自分の商売道具を抱えてヨタヨタと歩いていた。

 大荷物を抱えた私を幾人かの魔法少女が不審な目で見つめている。

 でも、彼女たちは自身の契約精霊に耳打ちされ、疑問符を浮かべながらも私を視界から外した。

 好奇の視線は気にせず、目をつけていた部屋の隅まで移動する。

 ちょうど陰になる位置で、いい感じに薄暗い、そこで商売道具を広げる。

 折りたたみ式の机と椅子一式。

 組み立てた机にはエキゾチックな柄のテーブルクロスをかけて……椅子にはお尻が痛くならないようにお気に入りのクッションを置く。

 そしたら、コスチュームの上から黒いケープを羽織り、目元を隠すように黒いレースの布を被る。 

 私の魔法少女コスチュームは鮮やかなオレンジだ。

 悪くはないけど、ちょっと色が鮮やかすぎるのが悩みどころ……もう少し怪しげな雰囲気を出したい。

 これで少しは印象が変わるだろう。

 最後に小さな看板を机の上に立てたら準備完了だ。

 

『魔法少女占い』

 

 小さな看板に内蔵された電球が怪しく瞬き、看板の文字を彩る。

 私は占い師、そう、魔法少女専門の占い師なのだ。

 各地の花園を渡り歩いてこうやって魔法少女が集まる門の近くで占い屋を開店している。

 

「もし、そこのお方」

 

 あくびを噛み殺しながらゆっくりと歩いていた魔法少女へと話しかける。

 いかにも仕事帰りといった雰囲気の少女だ。

 出撃へと急いでいる魔法少女を邪魔してはいけない。

 狙うのは、出撃後の帰還中の魔法少女だ。

 それならば少しくらい彼女たちの時間をとってもかまわないだろう。

 

「少し未来を覗いては見ませんか?」

 

 そうして、私は営業を始めた…… 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「カメリアお願い!」

 

 リリィの声に応え、私は金魚たちを展開する。

 住宅街で蜷局を巻く黒い災害、蛇型の深獣へと狙いを定めた。

 前衛をリリィ、中衛はハイドランシア、後衛は私、いつもの布陣だ。

 展開した何十もの金魚たちを深獣へと殺到させ、その障壁を啄み無力化していく。

 

「障壁剥がしたよ」

 

「よし!とっどめー!」

 

 ホワイトリリィが討伐対象である蛇型の深獣へと躍りかかる。

 このまま彼女の持つ純白の槍を突き立てれば勝負は決まる。

 でも…………

 

「あぅっ!」

 

 蛇の尾が振るわれ、白百合の魔法少女は地面へと叩きつけられてしまった。

 しまった、金魚をちょっと大量に展開しすぎてしまった。

 蛇の周りに浮かんだ大量の金魚がリリィの視界を塞いでしまっていた。

 私のミスによって作られたその死角からの攻撃、リリィには防ぎようがない。

 蛇は大口を開けて地面に横たわるリリィへと迫る。

 やばい、追撃からリリィを守らないと。

 傘だ。

 あの魔力で作った和傘なら攻撃を防げるはずだ。

 仲間の下へと駆け寄る。

 

「あぶ!」

 

「ちょ、ちょっと!」

 

 が、私と同じようにリリィを守ろうとして飛び出したミスティハイドランシアと衝突してしまった。

 私たちはもみくちゃになりながら、地面へと落下する。

 よくよく考えれば、中衛であるハイドランシアがリリィを守ろうと動くのは当たり前のことだ。

 でも、自分のミスを挽回しようと必死な私はそんな当たり前のことにも気が付かなかった。

 ご、ご、ごめん!

 半分パニックになりつつも、なんとか体勢を立て直す。

 ハイドランシアも隣で立ち上がりつつも素早く水の鞭を再生成している。

 

「おーい……お二人さん?」

 

 そんな私たち二人が見たのは、槍に頭を貫かれた黒い蛇。

 リリィを噛みつこうとしていたその大口に槍が見事にクリーンヒットしていた。

 リリィ必殺の投げ槍が深獣の頭部を穿ったのだ。

 私たちがわちゃわちゃと戦犯ムーブをかましている間に、リリィは無理な姿勢からの反撃の一手を繰り出していた。

 蛇の頭がぐねりと傾き、その身が空中へと霧散する。

 リリィがドレスについた土埃を払いながら立ち上がった。

 その目はじとっと私たちを睨んでいた。

 ご……ごめんて…………

 

 

……………………………

 

 

…………………

 

 

……

 

 

「あたしたち、連携がうまく取れてないんじゃない?」 

 

 一通りメディアからの取材に応対し、ひと段落した帰り道にリリィから苦言が呈される。

 今日のことは絶対説教されるだろうなーと慄いていた、私的には聞きたくなかった一言だ。

 今回の連携ミスは確実に私のせいだ。

 リリィが攻撃をくらったのは私の金魚のせいだし、ハイドランシアがとっさに助けに回れなかったのも私のせいだ。

 あばばばばば……ワタクシったら超戦犯。

 

「ご、ご、ごみぇぇぇん!!」

 

 ので、謝る、即座に、勢いよく、大胆に、大声で。

 噛んでるとか言ってはいけない。

 こちらも必死なのだ。

 一度ヒビの入った人間関係は二度と元には戻らない、陰キャは知っている。

 関係性を崩さないように低姿勢に自分の非を認めなければと、陰キャは必死だ。

 

「い、いや。そんなに謝らなくていいから……」

 

 リリィには若干引かれた……ガッデム!

 

「あたしたちって実戦ばっかりで、よく考えたら連携訓練していないよねーって言いたかったの!別にミスを責めたいわけじゃないよ」

 

 あ、そなの。

 確かに、私たちチームリリィって一緒に訓練したことはないよね。

 リリィやハイドランシアは魔法少女活動の後によく花園の訓練場に行く姿を見かけるけど……3人では行ったことがない。

 私?

 いや私は帰宅部エースですし。

 即帰宅のほぼ実戦オンリーだけど何か?(開き直り)

 

「カメリアにはチーム戦に慣れてもらうとして、私やリリィに必要かしら?」

 

 ハイドランシアさんはっきり言うねぇ。

 うーん、私がチームに加入する前から2人ってチームメイトだったんだよね。

 確かハイドランシアの妹さんとで三人のチームだったっけ。

 現状私以外の2人は息も合っているし、問題ないように見える。

 そう考えるとやっぱり連携を乱しているのは私であって、2人には訓練なんて必要ないのでは?

 

「絶対いる!あたしはまだ自分でトドメを刺すのに慣れてない。それに!シアちゃんだって今日ずーと惚けて連携不足だったじゃん」

 

「う!?」

 

 え?

 ハイドランシアが惚けてた?

 本当?全然気がつかなかった。

 ……でも確かによく考えてみると、そもそもリリィに深獣の攻撃が当たったというのも変な話だ。

 いつもならハイドランシアの水の鞭が攻撃を逸らしてくれるはずなのに。

 今日リリィに攻撃がいった時、彼女は防御できなかった。

 ハイドランシアにも自覚があるのか、口を噤ませている。

 

「誰が悪いとかじゃなくて、あたしたちみんなに問題があるの、だから一緒に連携力を磨きましょう!」

 

 リリィはそう言って陽気にウィンクをかます。

 う、うん、いいんじゃないの。

 く、訓練かぁ……私としてはさっさと帰ってお布団に包まりたいけど……リリィの指摘はもっともだし、私がこれ以上足を引っ張るのは心苦しいものがある。

 私たちには、連携力が足りていない。

 私は頷く。

 よーし今日は訓練じゃぁ!目一杯頑張るぞぉ(やけくそ)

 ね!ハイドランシア。

 わたしは隣に立つチームメイトにも目配せをする。

 ハイドランシア?

 なぜか目を逸らされた。

 うん…………?

 

「……………………」

 

 そこには気まずそうに目を逸らしまくっている青い魔法少女がいた。

 え、どしたん?

 戸惑う私とリリィの前で躊躇いがちに彼女の口が開く。

 

「あの……、今日、ね、ちょっとぉ……用事があって…………」

 

 oh…………

 早速連携力の無さが露呈していますよこのチーム。

 ハイドランシアもリリィの言うことが正しいと分かっているのだろう、とんでもなく申し訳なさそうな顔だ。

 でも、用事があるのなら仕方がないかぁ。

 いきなりの話だし都合が合わないこともあるよね。

 

「………………」

 

 なんとも言えない空気が広がる。

 いや、どうするんだこの空気。

 このどうしようもない空気の払拭は陰キャには荷が重いです。

 

「じゃ、じゃあまた今度やろっか!」

 

「うん。本当にごめんね」

 

 リリィが不必要に明るく提案し、その場はなんとか収まった。

 連携訓練は後日三人の都合の良い日付で行うことになった。

 ハイドランシアは終始気まずそうに頭を下げていた。

 何度も振り返りながら、申し訳なさそうに、用事とやらに向かっていく。

 

「………………」

 

 後には、笑顔のまま固まった私とリリィが残された。

 こんな気まずい思いをしてまで向かうなんて、よっぽど大事な用事だったみたいだ。

 もしかして今日上の空だったのって……その用事のこと考えてた?

 リリィの方をチラリと盗み見る。

 笑顔だけど、なんだか悲しそうだ。

 う、うぅぅん……このまま私も帰りますとは言い出しづらいなぁ……

 でも陰キャな私には声がかけづらい。

 かけづらい……んだけど……

 

「ぁ、ん、うぇ……その、リリィがよければなんだけど……私と、この後訓練しないかなー……なんて。は、はは……」

 

 顔が熱い。

 やっぱこんなこと言うんじゃなかった。

 絶対私のキャラじゃない。

 早くおうちに帰りたい。

 

「うん。ありがとうカメリア」

 

 でも、私の言葉を聞いたリリィは嬉しそうで……

 やっぱり勇気を出してよかったと思ったり。

 

 

……………………………

 

 

…………………

 

 

……

 

 

「ぜぇ…………ハァ……うぇぇえ」

 

 嘘、嘘です、勇気なんて出すんじゃなかった。

 絶賛後悔中です。 

 

「よ〜し、私の後に続いて!」

 

 明るい声が私を誘導する。

 ちょっ、ちょっと待ってリリィさん、私に続けって何そのルート。

 前方を走る魔法少女は壁を蹴り上げると宙を舞い高い壁を軽々と飛び越える。

 なにそれオリンピック選手ですかあなたは!?

 

「ぅ、うゃぁぁあ!」

 

 私も見様見真似で壁を蹴り壁を飛び越えようとしてみたけど……

 

「ブべっ」

 

 無様に壁に頭からぶち当たる結果に終わった。

 そのまま壁からズリ落ち、私は床に横たわる。

 む〜り〜。

 花園の訓練場、その中でもより実践的な訓練を積むための施設に私はいた。

 私の周りには柔らかい素材でできた大小様々な障害物が設置されている。

 おそらく市街地を模しているのだろう、訓練中の魔法少女たちが障害物を駆け上がったり飛び越えたりと立体的な動きの訓練をしているのが見える。

 こうやって横たわって見上げていると、彼女たちのスカートの…………いや、やめておこう。

 見えてはいけないものが見えた気がして床に突っ伏す。

 

「ありゃ、大丈夫?」

 

 私がついてきていないことに気がついたのかリリィが戻ってきた。

 横たわる私に手を差し伸べてくれる、優しい。

 彼女の手をかりて私はなんとか立ち上がった。

 ちょっと走り込んだだけなのにもう膝が震えている。

 私持久力なさすぎでは?

 そもそも連携訓練のはずなのになぜこんな走り込みをしているのかということなのだが、始まりは私と彼女の連携訓練からだった。

 リリィと二人で深獣と戦う想定で訓練を始めたのだけど…………

 しばらく二人で合わせてみて、私が全く動いていないことを指摘されてしまった。

 動くも何も……私の役目は後衛だし、攻撃は金魚がしてくれるので私が動く必要はないのでは?

 という甘ったれた私の発言はリリィによって却下されてしまった。

 そんでもってこの機動力訓練開始。

 本格的な連携訓練はハイドランシアがいる時にするとして、それまでに少しは動けるようになっておこうというわけだ。

 たしかに後衛とはいえ動かないのはだめだ、それは私の怠慢だった。

 でも、今やっている訓練って明らかに前衛向けじゃない???

 さっきから走ってばかりだ、後衛はこんなに走らないよ。

 

「大丈夫じゃないぃ。こんなに走る必要あるの?」

 

「カメリアちゃんみたいなタイプでも、いざって時のために動けなきゃだめだよ。前衛をやることもあるかもだし」

 

 え?

 不満いっぱいの私としては信じられない発言だ、

 私が前衛?なんでそんな話になる?

 私の戦闘スタイル的に前に出ることってほとんどないと思うんだけど。

 

「カメリアちゃんがアタッカーに変わるかもじゃん」

 

「ん?」

 

 アタッカーってなんだろう。

 前衛のことかな。

 でも変わる?アタッカーに変わるってなんぞ?

 

「?????」

 

「あれ、魔法少女のタイプってハイドランシアから聞いてなかった?」

 

 疑問符を浮かべる私を見てリリィも首を傾げる。

 タイプ?たいぷ…………えっと。

 いや待てよ、前にハイドランシアに色々教えてもらった時に魔法少女には属性の他にタイプがあるって話を聞いた気がする。

 でもその話をしようとした時深災が発生しちゃって、タイプについてはうやむやになっちゃったんだよね。

 

「ぁ、聞いてない。聞いてないよ。教えて」

 

 私は嬉々としてリリィに尋ねた。

 訓練より座学の方がずっといい。

 正直体力的にもうきついのです。

 

「んー、聞いてないのかぁ」

 

 リリィは仕方がないといった様子で私の手を引いた。

 訓練場のど真ん中で話していたら邪魔になるからだろう。

 訓練所の隅のスペースまで移動する。

 あ、の……

 手。

 手繋ぎっぱなしですけど。

 リリィはなんでもないように私の手を引いてるけど、私はドギマギしていた。

 

「魔法少女には3つのタイプがあるの」

 

 女の子の手ってなんでこんなにすべすべしてるんだろう。

 いや、まぁ私も女なんだけど。

 手汗すごいし、絶対私の手はこんなにすべすべしてない。

 とゆうか、女同士だとこんなに気軽に手を繋ぐものなの?

 

「アタッカー、シューター、サポーターだね」

 

 あぁ、なんか変な気分になってきた、羞恥心的な意味で。

 手を離したい。

 でも、いきなり手を離したら変な風に思われないかな。

 どうやったら自然な感じで手を離せるだろう?

 心臓が痛い。

 背中に嫌な汗かいてきた。

 

「私とシアちゃんはアタッカーだね、カメリアちゃんはー…………聞いてる?」

 

 汗をかきながら俯いていた私の視界に彼女が入り込んできた。

 

「アッ、ハイ」

 

 聞いてます、もちろん。

 おざなり感あふれる私の返事にリリィは頬を膨らませる。

 教えてって言ったのは私なのだからきちんと話を聞けと怒られてしまった。

 怒る時に手を離されたので、ちょっとホッとした。

 

「ほら」

 

 リリィは手をかざして彼女の愛用の白い槍を出現させる。

 真っ白な槍、魔法少女ホワイトリリィの代名詞ともいえる武器だ。

 

「タイプは武器を見れば大体分かるよ!剣とかの近接武器はアタッカーだね。弓とか銃はシューター」

 

 あ、そうゆう括りなのか。

 ということは、私が過去に会ったノイズィサイプラスはアタッカー、パステルアカシアはシューターだね。

 でもそれだと金魚を召喚して戦う私ってどのタイプだろう。

 役割的にはシューターっぽいけど。

 

「召喚はサポータータイプだね」

 

 サポーターか……

 自分の召喚した金魚を思い浮かべる。

 まぁサポートしていると言えばしている、のか?

 

「あ、の……なんで分けてるの?」

 

 そこでわたしは浮かんだ疑問を口にした。

 魔法少女の武器によってタイプが分けられるのはわかった。

 でもその3つの括りって分ける必要あるのかな?前衛や後衛の括りでよいのではないだろうか。

 

「タイプは、それぞれの戦いのスタンスを表しているの。アタッカーは深獣を直接自分で倒したいって思っている人、好戦的な人が多いかな。シューターは過程より結果を重要視する人、つまり深獣を倒せれば手段は問わないって人が多いね。サポーターは…………戦い以外のことを大事にしている人かな。例えば仲間を守りたいとか、戦いの勝敗は気にしない人が多いね。自分のタイプを知ることによって自分が何を大事にしているか自覚できる、自分を客観視できるの!」

 

 なるほど、タイプには性格診断的な側面があるのか。

 理不尽な現実によって流れる涙を根絶する、みんなが笑っていられる世界にする、そんな願いを抱いた私は敵を倒す事よりも人を助けることに重きを置いている。

 だから、私はサポーターなのかもしれない。

 

「そして、これが大事なんだけどね、属性と違って、得意不得意はあっても魔法少女は理論上どのタイプの力も引き出せるの」

 

 え?

 それはつまり、私もアタッカーやシューターができるってこと?

 リリィが槍をかざす、するとそれは淡い光を放ち、形を変えた。

 瞬きすると、リリィの手の中には一丁の白いリボルバーがあった。

 彼女のシューターとしての武器だろう。

 にわかには信じられない。

 それはあれか、私の金魚も剣や銃にできるって……こと!?

 

「この銃全然威力出ないんだけどね、やっぱあたしは槍かな」

 

 試しに私も金魚を出して念じてみる。

 剣になれ……剣になれ…………

 

 ……………………………………………………

 

 金魚はアホ面でこちらを見返すだけで、何も変わらなかった。

 その様子を見たリリィが笑う。

 

「自分のタイプ以外の力を引き出すのって難しいんだよね。3タイプ力を均等に引き出せているのはあたしの知る限りは魔法少女ピュアアコナイトくらいかな」

 

 彼女は天才だから、とリリィは言う。

 ピュアアコナイトか……嫌な名前が出てきて私は顔を伏せる。

 こんなところでも、彼女は称賛されている。

 やっぱり魔法少女としての彼女はあまりにも完璧で、比類なき正義のヒロインだった。

 

「何を思って戦うか、それが変わることだってある。だから魔法少女にとってのタイプは不変じゃないの、願いと違ってね」

 

 私だって、深獣を前にすれば敵として倒そうと考える。

 私がサポーターのタイプなのは単純に敵を倒すこと以外に重要視していることがあるから。

 その天秤の傾きが変われば私も剣や銃が使えるかもしれないということだろうか。

 逆に言えばシューターの力を引き出せるリリィは手段を問わず深獣を倒したいと思ったことがあるということだ。

 

「敵を前にして仲間のことを想える、それってすごいことだよ。だからカメリアちゃんは自分がサポーターだってことをもっと誇っていいんだよ」

 

「そう、かな……」

 

 リリィの手が離したはずの私の手をもう一度掴む。

 私を見つめる彼女の目には、隠しきれない憧憬が浮かんでいた。

 

「負けそうなあたしを助けるためにあなたは魔法少女になった。“敵を倒してあたしを守る”のではなく“あたしを守るため敵と戦う”ことを選んだ。だからあたしはカメリアちゃんに魔法少女になって欲しいと思った。優しいあなたと友達になりたいと思ったの。あたしは人を想うサポーターこそが最も魔法少女として正しいカタチだと信じているから」

 

 私が魔法少女になった当初の彼女の強引とも言える勧誘、それにはこんな思惑があったのか。

 彼女は戦う私を見て、私の願いの一端を感じ取った。

 だから、彼女は私に手を伸ばしてくれたのかもしれない。

 魔法少女として正しいカタチか…………

 でもそれならなんでリリィはアタッカーなんだろう。

 彼女も、サポーターになればいいのに。

 リリィが人を想えない人だとは思えなかった。

 

「ぁ、り、リリィはサポーターの力は引き出せないの?」

 

「出来ないよ」

 

 その問いを発した時、私は自分の失敗を悟った。

 出来ない、そう告げたリリィの顔があまりにも暗くて。

 いつでも元気いっぱいの彼女らしくない表情だったから。

 

「あたしは逃げない魔法少女を願ってしまったから」

 

 私の手を掴む彼女の手に力が入る。

 

「敵をこの手で屠りたいなんて思っていない、敵に背を向けてでも人々を守りたい、でも願いがそれを阻む。本当はサポーターをしたいと思っているのにあたしはアタッカーしか出来ない、逃げれない」

 

 ドロリとした感情がリリィから溢れる。

 

「そんなんだからあたしはアタッカーとして不完全で、弱い…………」

 

 最後の言葉は消え入りそうなほど小さかった。

 それでも、私は彼女の小さな慟哭を聞いた。

 そんな言葉は聞きたくなかった。

 だってその言葉は、彼女の願いを否定していたから……

 

 

……………………………

 

 

…………………

 

 

……

 

 

「はぁ…………」

 

 ため息が思わず口から漏れた。

 門を潜り花園から花園へ、私は一人帰路についていた。

 えるしってるか、陰キャは1日の会話を思い返して一人脳内反省会をする。

 そうして自己嫌悪のスパイラルに堕ちるのだ。

 結局あれからリリィは暗い影を背負ったままだった。

 私の失言のせいだ。

 うぅ、人とのコミュニケーションはこれだから嫌いだ。

 今度会う時までに機嫌が回復しているといいけど……

 

「もし、そこのお方」

 

 憂鬱な気分で歩いている私に、不意に声がかけられた。

 花園の門のある広間、その暗がりになんだか怪しい人物がいる。

 黒いレースで目元を隠した女性、魔法少女だろうか?

 女性は手招きしている。

 

「少し未来を覗いては見ませんか?」

 

 彼女の前の机では『魔法少女占い』と書かれた小さな看板が怪しい光を放っている。

 占い……?

 私は胡乱な目で女性を見つめる。

 門の間に机と椅子を持ち込んで何をしているのだろうかこの人は。

 ここにいるってことは魔法少女なんだろうけど、深災の鎮圧には行かなくていいのだろうか。

 

「ぁ、の……魔法少女ですよね、なんで占いなんか…………」

 

「生憎戦うことはどうにも苦手でね、私には魔法少女としての戦力はほとんどないんだ。占うことが私の力なのさ」

 

 戦力がほとんどない魔法少女?

 そんなの初めて聞いた。

 深獣と戦うのが魔法少女じゃないの?

 あぁ、もしかして……

 

「ぁ、サポーター、ですか?」

 

 今日習った知識。

 考えによるタイプの変化。

 戦いに重きを置かない魔法少女はサポーターになる。

 ならば、そもそも戦う意思すらない魔法少女は?

 もしそんな少女がいるならば、それは戦う手段すら持たない魔法少女となるのではないだろうか。

 

「ああ、この力で魔法少女たちにアドバイスしているんだ」

 

 そう言って彼女は手をかざす。

 透き通った水晶が、どこからともなく現れて彼女の手の中に収まった。

 それが、彼女の武器なのだろう。

 

「お代なんて取らないよ。少し私にあなたを導かせてはくれないかい?」

 

 うーん、占う力を持った魔法少女かぁ。

 そんなの初めて見た。

 もしかして私の吸魔の力よりレアなのでは。

 占いなんか普段は信じないけど、魔法少女の能力というならちょっと興味があるな。

 私は椅子に座り、肯定の意思を示した。

 

「じゃぁ、ちょっと覗かせてもらうよカメリア」

 

 水晶が浮き上がり怪しい光を放つ。

 あれ、私名乗ったっけ?

 水晶越しに、占い師の顔が歪んで見える。

 その口が弧を描いているのは笑っているからか、それとも歪んでそう見えるだけなのか。

 

「おや、厄介なものに執着されているようだ」

 

「厄介なもの?」

 

 占い師の口が今度はへの字に歪んでいるように見える。

 出だしから不吉なものが見えてしまったようだ。

 もっと大成する未来とか、明るい未来は見えなかったんですか?

 

「気をつけた方がいい。それは君を見ているようで見てなどいない」

 

「ぁ、気をつけるって具体的には何を?」

 

「さぁ」

 

 さぁ、ってなんだよ。

 私を導いてくれるんじゃなかったのか占い師さん。

 

「む、君の未来が見える」

 

 文句を言おうと口を開いた私に被せるように占い師が言葉を発する。

 仕方なく文句は飲み込んだ。

 未来、何が見えたのだろう。

 

「遊園地が見える。君は友人と再会するだろう。それまでに保留していた答えを出しておいた方がいい」

 

「え?」

 

 友、人?

 私に、友達なんて数えるほどしかいない。

 金魚のププちゃん、リリィ、ハイドランシア……サイプラスは友人にカウントするか微妙だな、気は合いそうだったけど。

 未来で、そのどれかと再会するってこと?

 それで保留していた答えを出す?思い当たる節がないな。

 遊園地に行く予定もない。

 その未来ってどのくらいの未来なのだろうか。

 その再会する友人ってこの先できる友人だったりしないよね。

 

「ゆ、遊園地ってどこの?」

 

「さぁ」

 

「…………ぁ、友人って誰?よ、容姿はどんな感じ?」

 

「さぁ」

 

 さぁ、って…………

 要はほとんど何も分からないじゃないか。

 

「ぁ、の、もっと喜べそうな未来はないの?」

 

「うーん、君の未来は苦労と苦しみにまみれているね」

 

 おい。

 なんも喜べないこと言わないでよ。

 俄然やる気がなくなったぞ。

 まぁ確かに今までもロクなことなかったし、こんな引きこもりはお先真っ暗なのは分かるけど。

 

「君は苦痛かもしれない、でも君とこれから出会う人は笑っているね」

 

 えぇ、そんなの…………

 

「当たり前じゃん」

 

 私の断定に、水晶の向こうの女性の目が見開かれる。

 

「そのために、私は魔法少女になったんだから」

 

 みんなが笑っていられる世界にする、それならばこれから私と出会う人、救う人は笑顔でなきゃ困る。

 泣いているよりも、よっぽどいい。

 少なくとも、未来の私は自分の願いを貫き通せているみたいで安心した。

 この占い師から聴けたいいはことそれくらいだな。

 

「君は、私が想像していたよりもよっぽどちゃんと魔法少女をやっているみたいだねブラッディカメリア」

 

「ど、どこかで会ったっけ?」

 

 いや、やっぱり私名乗った記憶ないんだけど、なんで私のこと知っているのこの人。

 水晶が光を弱め、占い師の手のひらの中へと戻っていく。

 水晶越しではなく直にみた彼女の顔は、やっぱり笑っていた。

 

「初対面だよカメリア、他の魔法少女の未来に君はよく出てくるものでね」

 

「?」

 

 他の魔法少女の未来に?

 それは……どうなんだろう。

 魔法少女として活動していれば同業者である少女達とはいずれ会うだろうけど。

 

「このタイミングで君と会えたのは幸運だったかもね」

 

 占い師が手のひらを閉じると水晶は煙のように消えた。

 え、終わり?

 

「終わり、閉店だよ」

 

 本当にロクなこと告げなかったなこのペテン占い師。

 デパートにいるような占い師でも、もっと耳障りにいい話をしてくれるぞ。

 これは、時間を無駄にしたのでは?

 若干憤慨しつつ私は帰路についた。

 占い師はうっすら微笑みなが手を振っていた。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 ふむ、今日はこれくらいだろうか。

 占い屋は閉店だ。

 私は閑散としつつある花園で伸びをした。

 天井のステンドグラスの向こうには闇が広がっている。

 もう夜だ。

 魔法少女はその少女という性質上夜遅くの活動は制限されている。

 真夜中の出動は魔法騎士の管轄だ。

 まぁ、一部魔法少女は高齢だけれども……()()に向かって年齢をとやかく言うのは野暮だろう。

 ともかく、この時間帯になってくると花園にいる魔法少女の数は減る。

 仕事を切り上げるのにはいい頃合いだろう。

 

「いないと思ったらこんな所にいたかルゥ、マリー」

 

 商売道具を片付ける私に声がかかる。

 ツノを生やした小さな虎、私の契約精霊トゥムだ。

 彼は宙に浮きながら非難するようにこちらを睨む。

 

「別に、私が何をしようと勝手じゃないかい?どうせ最弱の私じゃ戦力にならないんだし」

 

 そう、私は最弱の魔法少女なのだ、自称だけど。

 私の力はどの魔法少女よりも弱い。

 その弱い力でどうにかみんなの役に立とうとして頑張っているんじゃないか。

 トゥムに非難されるいわれはないね。

 そんな私の態度にトゥムはため息を吐いた。

 

「自虐もここまでくると嫌味に聞こえるルゥ。お前が最弱なものか星付きの魔法少女イノセントマリーゴールド」

 

「星付きねぇ……」

 

 それ、私にとっては不服な称号なのだけど。

 だって私は今までまともに深獣を討伐したことなんてない。

 いつも安全地帯で指示を出すだけ。

 こんなの星付きの姿として相応しくない。

 星付きの魔法少女とはもっと前線でばったばったと敵をなぎ倒すような頼れる魔法少女であるべきだ。

 そう、例えばあのピュアアコナイトのような。

 

「星付きは軽い称号じゃないルゥ。それだけマリーの未来予知が重宝されているということだルゥ」

 

 未来予知、私の力。

 魔法少女の歴史上前例のない唯一無二の力。

 でも予知する当人としてはそんなに大したことない能力なんだけどな、100%当たるわけでもないし。

 ただ未来の可能性を覗けるだけの能力だ。

 普段は魔法少女占いと、文句をいうこの契約精霊を避けるためにしか使っていない。

 今日彼が私の前に姿を表せたのも私がそれを許したからに過ぎない。

 そうでなければ私は彼の行動を予知してとっくに逃げている。

 

「それで、なんの用?」

 

 今日、ここで彼の話を聞いた方がよい、私の予知はそう告げていた。

 私の問いに小さな虎は顔をしかめる。

 

「どうせ、知ってるくせにルゥ」

 

 知ってる、予知したから。

 でもちゃんと聞いてあげなきゃ。

 全部知っているかのように振る舞ったら気味が悪いでしょう。

 私の短くない魔法少女生活で学んだことの一つだ。

 予知しすぎると嫌われるし、友達は出来ない。

 だから普段はあまり予知しないようにしているのだ。

 

「今動ける星付き魔法少女に招集がかかっているルゥ、呼び出し人はあのピュアアコナイトだルゥ」

 

「へぇ、一体なんの用だろうねぇ?」

 

「知ってるくせにルゥ」

 

 知らないよ。

 私が予知したのはトゥムの話を聞いた方がいいという所までだ。

 この後のことは知らない。

 私の短くない魔法少女生活で学んだことのもう一つ。

 予知でネタバレしすぎると人生つまらなくなる。

 だから、ロクな力じゃないんだって、未来予知なんて。

 

 

……………………………

 

 

…………………

 

 

……

 

 

 花園の中にある会議室、そこに星付きの魔法少女とその契約精霊が集まっていた。

 といっても、たった三人と三匹だけど。

 集まった星付きの魔法少女はピュアアコナイト 、レッドアイリス、そして私イノセントマリーゴールドだけだ。

 星付きの人数は多くないとはいえ、あまりにも少ない。

 招集をかけたのがアコナイトなことを踏まえると集まったのは実質二人だけだ。

 ピュアアコナイトの人望がないわけではない。

 星付きの魔法少女は多忙なうえ癖が強い人が多い、元々集まりが悪いのだ。

 招集をかけたのがアコナイトでなければアイリスは来なかっただろうし、むしろ三人も集まったと言った方がいいかもしれない。

 大体私は例外として、星付きの魔法少女は一人で深災を鎮圧できる最強の存在なのだ、一箇所に二人以上集まったらそれは過剰戦力というものだ。

 

「それでー、なんの用だよアッコちゃん」

 

「その呼び方やめなさい」

 

 アイリスがだらしなく椅子にもたれかかりながら、用件を尋ねる。

 魔法少女レッドアイリス、“正義”のアコナイトと双璧をなす人々の“希望”だ。

 アコナイトと同等の戦歴を持つ彼女だけど人気はいまいち振るっていない。

 全体的にだらしないというかなんというか…………

 今も机上に足を投げ出してだらしなく座っているし、ガムまで噛んでいる。

 彼女の纏う真紅の麗しい魔法少女衣装は無残に破られ、彼女はその上からダメージジーンズを履き、革ジャンを羽織っている。

 変身するたびに破っているらしい、彼女曰くダサい、スカートは好きじゃない。

 正直理解しかねる暴挙だ。

 

「そうね、もうこれ以上集まりそうにないし、始めましょうか」

 

 そんな自由人なアイリスに冷たい目を向けながらアコナイトは話を切り出した。

 こちらはいつも通り、ぴしりと背筋を伸ばし、その魔法少女衣装にはシワひとつない、まさに理想の魔法少女だ。

 

「まず、始める前に……マリーゴールド予知してくれないかしら、私の作戦は成功しそう?」

 

 うん?私。

 アコナイトの言葉に、精霊達がざわめき、アイリスも興味深そうに身体を起こした。

 作戦の内容も告げずに、それが成功するかどうか予知しろと?

 変な話だ。

 水晶を呼び出し、彼女を見てみる。

 水晶の中に映ったのは白金と赤、黒い虹彩。

 ポジティブな要素が70%って感じかな。

 作戦の概要を聞いていないから詳しいことは分からない。

 見えるのは曖昧な可能性だけだ。

 でも、ネガティヴな要素から死臭がする。

 嫌な感じだ。

 

「うーん、大体成功しそうな感じ?」

 

「そう、成功、成功するのね」

 

 私の答えを聞いたアコナイトは喜びを抑えきれないといったように頬を染めた。

 なんだ、自分で聞いておいて。

 成功する自信なかったの?

 しかし、彼女があんな風に表情を崩すなんて珍しいな。

 いつも、澄ましたように浮かべる笑みと違って今の彼女は本当に嬉しそうだ。

 

「結局、何すんだよ」

 

 アイリスが苛立たしげに貧乏ゆすりをする。

 予知もできない彼女は蚊帳の外だ。

 私もそろそろその作戦とやらを聞かせて欲しい所なのだけど。

 視線が集まる中、彼女は背筋を伸ばした。

 その顔はいつものような澄ました微笑みに戻っていた。

 

「第13封印都市を、奪還する」

 

「なっ!?」

 

 なんでもないように放たれたその言葉は、私たちを驚愕させた。

 第13封印都市、日本の保有する深域のなかで最も被害を出した特級災害。

 かつて奪還しようとして多くの被害を出し、それでも鎮圧できなかった深域。

 その都市を、取り戻す?

 それが、できるとでも?

 だが、確かに予知は彼女の作戦の成功の可能性を示していた。

 

「なぜ、今になって……」

 

 アイリスが茫然と呟く。

 私も同じ気持ちだ。

 第13封印都市の奪還に失敗してから、私たちはどうにかしてその深域の鎮圧を試みてきた。

 勿論実行に移したわけじゃない。

 前回の失敗を反省して、私の予知を用いて鎮圧作戦の未来を覗いた。

 その結果は、悉く失敗。

 鎮圧が成功する未来はひとつもなかった。

 星付きの魔法少女を全員投入したとしても、結果は変わらなかった。

 その予知の結果、第13封印都市は奪還不可能と断定された。

 私たちは一度、この都市の奪還を諦めたのだ。

 諦めなかったのは、目の前で胸を張るこの白金の魔法少女だけだった。

 

「何が、変わったの?」

 

 疑問を、口にする。

 以前未来を占った時から、星付き魔法少女の顔ぶれは変わっていない。

 魔法少女の最高戦力は変わっていないのだ。

 むしろ時間が経った分深域はより大きくなり、その鎮圧難度は上がっているはずだ。

 なのに何故か、未来は前回と反対の答えを出していた。

 何かが変わった。

 何かが、未来を変えた。

 でも、何が?

 

「そんなの決まっているじゃない」

 

 白金の魔法少女は静かに告げた。

 彼女の答えを。

 

「吸魔の力が、再び世界に顕現したからよ」

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

マリーゴールド Marigold

マリーゴールドの花言葉は勇者、可憐な愛情。

色別に花言葉があり、オレンジのマリーゴールドの花言葉は予言。

ネガティヴな花言葉として嫉妬、絶望、悲しみというものがあるので、人に贈る際には注意が必要かもしれない。



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魔法少女はテレビの中

「ほーらププちゃんご飯だよー」

 

 金魚の餌を水面へと落とす。

 水面に広がる粉末状の餌、私の友達である金魚のププちゃんはせっせとそれを啄む。

 ういヤツめ。

 1日に2回の金魚の餌やり、それは私の爛れた生活での数少ない癒しだった。

 金魚というのは胃袋を持たない生物だ。

 そのため満腹になるということがない。

 だからこの愛おしい生き物は私が与えれば与えるだけ餌を食べてくれる。

 しかしどんなに餌やりが楽しいからといって、餌のやり過ぎは厳禁だ。

 餌のやり過ぎは消化不良につながるし、食べ残した餌はそのまま金魚鉢の汚れへと直結する。

 私は餌やりは好きだが、金魚鉢の掃除は好きじゃないのだ。

 だから餌やりの誘惑はきっちり断たなければいけない。

 もくもくと餌を啄むププちゃんを横目にテレビを見る。

 ニュースではいつものように魔法少女たちの活躍が放映されていた。

 

『魔法少女レッドアイリス今日も深獣を撃退、もはや負けなしか!?』

 

 画面に映し出されたテロップ。

 どうやら今日のメインはかの有名な真紅の魔法少女らしい。

 映し出された映像では、破いた魔法少女衣装の上から何故か革ジャンを羽織った珍妙な格好の魔法少女が深獣を圧倒している。

 魔法少女レッドアイリス、魔法少女の情報に疎い私でさえ知っている有名な魔法少女だ。

 魔法少女の中で誰が一番強いか?

 その議論において必ずといって名前が上がる、最強の魔法少女筆頭だ。

 だが、その知名度に反して彼女の人気は高くはない。

 何故かというと……

 

「あ!」

 

 映像が突然乱れ、魔法少女ではなく地面が映し出される。

 

『危ねぇから下がってろ!馬鹿が!!』

 

 低い女性の叫び声。

 おそらくレッドアイリスのものだろう。

 乱れる直前の映像から察するに彼女がカメラにかかと落としをかましたようだった。

 まぁ、戦場からマスコミを遠ざけるのはわかる。

 でも、彼女はなんというかちょっと暴力的なのだ。

 レッドアイリスは一度マスコミに暴力を振るい、警察沙汰になったこともある。

 それで懲りたのか、最近では人に暴力を振るう姿は見せないのだが……

 代わりにこうしてマスコミの機材を攻撃するのはもはや彼女のお決まりとなっている。

 とにかく炎上沙汰に事欠かない魔法少女なのだ。

 これではいくら強くても人気は出ないというものだ。

 近づきたくない暴力女、それが私の抱く彼女のイメージだ。

 まぁ、こうやって端から炎上しているところを見る分には、ある意味面白いのかもしれないけど。

 私もいまや彼女と同じ魔法少女だからなぁ……

 もしかしたら一緒に深淵を鎮圧することがあるかもしれない。

 そんなこと、考えただけで目眩がする。

 その日がこないことを願うばかりだ。

 

「………………」

 

 金魚鉢に目を戻すと水面に浮かんでいた餌はきれいになくなっていた。

 もっとおくれとばかりにププちゃんは虚空を啄んでいる。

 だめだぞ、今回の分はこれで終わり。

 私は餌箱の蓋をきっちりと閉じた。

 

「……うん?」

 

 その時、私の首にかけていたデバイスから電子音が奏でられる。

 出動の要請だろうか?

 デバイスに手をかざす。

 するとリリィの顔が浮かび上がった。

 リリィからということは、出動の要請ではなさそうだ。

 なんだろう、次の連携訓練の日程についてだろうか?

 

「ぁ、もしもし…………」

 

「二ユース!ニュース!大ニュース!!」

 

 その途端大音量が部屋の中に響き渡り、私は耳を塞いだ。

 相変わらず彼女は辟易するぐらい元気いっぱいだ。

 

「あたしたち、テレビに出ることになった!!」

 

「ぇ、ぁ、うん……はぁ?」

 

 テレビ?

 何を騒いでいるのだろう、テレビにならいつも出ているじゃないか。

 この前の深淵鎮圧だってニュースで取り上げられていたよ?

 

「ぃ、いつも出てる……よ?」

 

「違うの、ニュースとかじゃなくて、テレビで特集を組むことになったのよ」

 

「と、特集?」

 

「そう!あ〜、もちろんあたしたちがメインって訳じゃないんだけどね」

 

 と、特集かぁ。

 今話題の魔法少女の1日に密着、とかそうゆうタイプのテレビ番組かな?

 魔法少女はよい意味でも悪い意味でもアイドル化が激しい。

 魔法少女はみんなの憧れの正義のヒロインなので、メディアの需要があるのだ。

 まるで芸能人みたいにテレビに出演する魔法少女や、それこそ本当に歌って踊るアイドルみたいなことをしている魔法少女もいるほどだ。

 そんなわけで民衆に人気な魔法少女はニュースだけでなく普通にテレビ番組やCMに採用されることもあるのだ。

 私たちチームリリィはできて間もない新参チームということで、今まではそういった話とは縁がなかったのだが、今回ついに声がかかってしまったということだろう。

 それ自体は喜ぶべきことだ。

 いや、私は嬉しくないけど、全然嬉しくない。

 ただ、そういった番組からオファーが来るということは、私たちの実力が認められたという側面もあるので、そういう意味では喜ばしいことかもしれない。

 だが、喜ぶ前に聞き逃せない情報もあった。

 私たちがメインじゃない、だと?

 ということはまた知らない魔法少女と会わなきゃいけないの?

 嫌だぞ、私は(陰キャゆえの人見知り)。

 

「ぁ……の、メインは、誰なの?」

 

「メイン?師匠だよ〜」

 

「?」

 

 師匠?師匠って誰ぞ?

 リリィが師匠と呼ぶ人なんていたっけ?心当たりがない。

 …………いや待て。

 確か前に見たニュースでリリィたちに師事をしていた魔法少女について言及していたような……

 誰だっけ、確か……

 

「アイリスさんだよ」

 

「は、ほぁあ?」

 

「だから、魔法少女レッドアイリスだよ」

 

 いや、それ、もう……無理っていうか……クソ番組確定じゃない?

 早くも、頭痛がしてきたんだけど……

 頭を抱える私の後ろ、テレビの中でその深紅の魔法少女は元気に暴れ回っていた。

 

 

……………………………

 

 

…………………

 

 

……

 

 

 どうやらその番組は実力の割には人気のないレッドアイリスのPR番組らしかった。

 いわゆるテコ入れというやつだ。

 こうやってテレビで取り上げることで注目されれば、魔法少女としてはファンが増えて嬉しいし、テレビ局としても魔法少女とのコネができて嬉しい。

 そういうマッチポンプだ。

 特にレッドアイリスは実力が保証されているのだから、あと足りないのは人気だけだ。

 この番組で彼女のイメージを一新しようという魂胆なのだろう。

 私としてはそんなに上手くいくとは思えないのだけど……

 実は、番組制作はもう結構進行している。

 これから撮影というところで、アイリスが急に人員変更を要求したらしい。

 本当は彼女と一緒に撮影するのは中堅の魔法少女チームだったらしいんだけど、レッドアイリスはなぜかいきなり私たちチームリリィを指名したのだ。

 それが今回私たちがテレビに出演することになった経緯だ。

 

「う〜ん」

 

 私は送られてきた撮影のスケジュールにもう一度目を通しながら唸った。

 正直眠い。

 時間は朝の5時前ごろ、普段の私だったらまだ布団の中にいる時間だ。

 都内の某所の駅前、ここにロケバスが来るので、私はそれを待っているのだ。

 時間が時間なため、電車の始発を待っていたのでは集合時間に間に合わない。

 ここへはタクシーで来た。

 交通費は出るらしいからいいけど……なにもこんな早くなくてもいいと思う、眠いなぁ。

 ここからロケバスで撮影場所まで1時間ほど移動する予定だ。

 魔法少女なんだから花園で転移するなり飛ぶなりした方が早いと思うんだけど。

 撮影スタッフもいるし、そこは仕方がないのかもしれない。

 バスの中で寝ようかなぁ。

 

「ちょっと、日向」

 

 眠い目を擦っていると後ろから声がかかる。

 振り向くと、見慣れた青い魔法少女と、見慣れないピンク色の魔法少女がいた。

 

「変華もしないで何をうろついているのよ、今日呼ばれたのは日向じゃなくてカメリアよ」

 

「うぇ!?」

 

 そうなの?

 確かに目の前のチームメイトであるミスティハイドランシアはもう魔法少女へと変身を済ませていた。

 私も彼女を見習って、魔法少女へと変身する。

 

「へ、変華」

 

 出雲日向から、魔法少女ブラッディカメリアへと変わる。

 確かに、撮影とはいえ正体を無闇に明かす必要はないのか。

 教えてもらって助かった。

 それで…………

 私はピンク色の魔法少女へと目を向けた。

 えっと……誰?

 見知らぬ魔法少女を前にして私はハイドランシアの背に素早く隠れた。

 

「あ、私こういう者です」

 

「ぇ?ぁ、どうも……」

 

 ピンクの魔法少女が礼儀正しく名刺を差し出してきた。

 め、名刺?

 名刺にはきっちりとした明朝体で『星付き魔法少女レッドアイリス補佐、魔法少女コットンキャンディ☆』と書いてあった。

 差し出されたから思わず受け取ったけど……これなに?

 魔法少女って名刺持っているものなの?私持ってないよ。

 

「どうも、コットンキャンディ☆です☆彡」

 

 そう言って彼女は可愛くポーズを取った。

 なんだか、こなれてるなぁ。

 ハイドランシアはその様子を見て、なんだか大きなため息をついている。

 

「……妹よ」

 

「妹です☆」

 

 あ、そうなんですか……

 ハイドランシアの妹。

 彼女に魔法少女の姉妹がいるっていう話は聞いていたけど、これがそうなのか。

 眼鏡に寒色系カラーの大人な雰囲気の姉に対して、媚びた笑顔を浮かべるピンクのキャピキャピした妹。

 なんだか想像と違う、全然似ていないな。

 見事に凸凹姉妹だ。

 

「ぁ、きょ、今日はよろしくお願い、します」

 

「よろしくです〜」

 

 キャンディは私の腕を掴んでブンブンと握手をした、うーん陽キャ。

 近付き難いタイプだけど、友達の妹なら……仲良くなれるかな?

 そうやって私たちが挨拶を交わしていると、大きなバスがこちらに向かって来るのが見えた。

 私たちの乗るロケバスだ。

 もう時間だ、だけどいるべき人物が二人見当たらない。

 

「ぁ、あれ、アイリスとリリィは?」

 

どうせあいつは遅刻よ(どうせあの人は遅刻です)

 

 二人が声を発したのは完璧に同じタイミングだった。

 二人ともうんざりした表情でチームメイトを憂いている。

 その立ち姿はあまりにもそっくりだった。

 あ、あれ?似ていないと思ったけど、案外似たもの姉妹…………かも?

 

 

……………………………

 

 

…………………

 

 

……

 

 

 結局、リリィはバスの出発ギリギリに間に合ったけど、アイリスは間に合わなかった。

 バスは本日の主役不在で出発し、アイリスは現地集合となった。

 花園の転移門で来るのだろう。

 それが許されるのなら私も遅刻しておけばよかったと思う。

 いや、結果論だけれども。

 

「いやー、師匠は相変わらず自由人だねぇ」

 

「あんたも大概よ、リリィ」

 

 あっけらかんと笑うリリィをハイドランシアが小突く。

 キャンディは撮影スタッフにアイリスの不在を謝り倒していた。

 自由人なチームメイトがいると大変だな。

 最初のイメージに反してコットンキャンディからはなんだか苦労人の気配がする。

 

「アイリスがすみませんでした」

 

 キャンディは律儀にも私たち三人にも頭を下げてくれた。

 

「いやー、師匠の性格は分かってるから大丈夫だよ」

 

 リリィはそんなキャンディの頭を軽く撫でる。

 リリィの様子にキャンディも眉根を下げて笑った。

 結構気やすい様子だ。

 ハイドランシアの妹だっていうことだし、三人は以前から交流があったのかもしれない。

 それにしてもさっきの名刺といい、今の謝罪といい、挙動がどうにも子どもっぽくない少女だなぁ。

 

「こんなこともあるかも、と事前にお話しておいてよかったー☆」

 

 アイリスを待つことなく嫌にバスがスムーズに出発したな、と思ったら事前に話を通していたらしい。

 彼女の遅刻を想定して、撮影前半は彼女がいらない部分を撮影するスケジュールとなっているようだ。

 うーむ、やるなぁ。

 あのレッドアイリスのチームメイトなんて、どんな魔法少女なんだろうと思ったけど、アイリスにはない社交性の持ち主のようだ。

 彼女がニュースでもあまり姿を見せないのも納得だ。

 アイリスが暴れまわっている裏で、キャンディが色々とマスコミに根回ししているのだろう。

 

「アイリスさんもあのだらしなさを、どうにかしてくれれば人気も出るんですけど」

 

 チームメイトとしての実感がこもったため息が吐き出された。

 ハイドランシアの隣の席に彼女はどっかりと腰を下ろす。

 彼女の手にはブラックコーヒーの缶が握られている。

 ハイドランシアがよく飲んでるやつだ。

 キャンディはコーヒを呷ると顔を引き締めた。

 

「いや、だからこそ私はこの番組に賭けているんです!アイリスはもっと評価されるべきなの!!」

 

「キャンディは相変わらず師匠のこと好きだね」

 

「ねー」

 

「うん!アイリスさんは最強の魔法少女だから☆」

 

 最強の魔法少女……か。

 先ほどの苦労人の表情とは打って変わって、彼女の表情はキラキラと輝いている。

 憧れを前にした人間の顔だ。

 私にとっては迷惑系の暴力魔法少女でしかないが、キャンディにとってはそうではないのだろう。

 あまり、先入観を持たない方がいいのかもしれない。

 

「ぇと、そもそも三人ってアイリスさんに師事してもらったんだよね……」

 

「そう、あたしとシアちゃんがカメリアちゃんに教えたことは大体師匠から習ったんだよー」

 

 そういう話を聞くと、意外とまともな人なのかも。

 私への二人の教えは的確だった。

 それは以前同じように教えてもらった経験があるからに他ならないだろう。

 

「でも、しばらく経った後こいつが師匠のチームメイトになりたいって言い出したのは驚いたな」

 

 ああ、その話はちょっと聞いてみたかった。

 星付きの魔法少女のチームメイトって、そんなに簡単になれるものなの。

 

「だって、あの人あんまりにもだらしないんだもん☆だから私言ってあげたの、あなたには私みたいな面倒見てくれる人が必要ね、私が面倒見てあげるって」

 

「あれには師匠も大爆笑していたな」

 

「強さを見込んで勧誘されたことはあっても、面倒見てあげるなんて初めて言われたーって言ってたね」

 

 えぇ…………

 そりゃ、星付きの魔法少女もびっくりでしょうよ。

 自分より年下の少女にそんな事言われたら。

 

「だから、私はアイリスさんのチームメイトというよりマネージャーなの☆今日の撮影も私が無理を言って取り付けたんだから」

 

 マネージャーというよりもはや秘書だ、それであの名刺か……

 私たちのようなチームとは違うけど、彼女は彼女なりにがんばっているんだな。

 

「ぇと、それで……結局アイリスさんって……どんな人?」

 

「頼りになる人だよ」

 

「ダメ人間ね」

 

「最強☆彡」

 

 うーむ、三者三様の答えだ。

 リリィが若干目を逸らしているのが気になるけど。

 仲良くなれるか、その不安は拭えなかった。

 

 

……………………………

 

 

…………………

 

 

……

 

 

 うむむ。

 三人の話を聞いていたら一睡もできなかった。

 眠い目を擦りつつ、バスから降りる。

 目の前には川と大きな土手が広がっている。

 荒川だ。

 土手の上に小さな深淵が見える。

 その深淵を取り囲むように光を放つ柱が包囲している。

 今回の撮影のために特別に封印されていた深淵だ。

 今日はこの深淵の封印を解き、出てきた深獣を討伐、深淵を鎮圧する。

 その様子を最初から最後までバッチリカメラに収めるという訳だ。

 いつもの深淵鎮圧と異なり、かなり戦場にカメラが寄るので、撮影スタッフを守るということを意識しなければいけない。

 といっても、目の前の深淵はいかにも小さく、戦闘自体は楽に終わりそうだ。

 むしろ瞬殺して見どころが無くならないかどうかの方が心配だ。

 

「ほい、どう?」

 

 リリィがサンドイッチを差し出してくれる。

 撮影スタッフが用意してくれた朝食だ。

 サンドイッチの他にもおにぎりやお菓子がたくさんある。

 お礼を言ってそれを受け取った。

 撮影の準備をしている間、魔法少女四人で土手の階段に腰掛けながらめいめいに朝食を頬張る。

 

「ここからでも見えるね」

 

「うん……」

 

 ハイドランシアの言葉に、私も対岸に目を向ける。

 川の向こう岸、ビルの乱立する地平線。

 そこに、黒いドームが小さく見えた。

 第13封印都市。

 この川を渡ればもう首都に近い。

 首都、そこには、あの忌むべき深域が広がっている。

 こうやって、あれを直に見たのは初めてかもしれない。

 ここから見ると、なんてことない大きさに見えるのに……

 私たちは今もあの敗北の負債を払い続けている。

 もう何十年かすれば、ここも封印都市に飲み込まれるのだろうか。

 それまでに、私たちはあれをどうにかできるのだろうか?

 憂鬱な妄想を膨らませていると、リリィの名前が呼ばれた。

 カメラマンと、この番組のディレクターが手招きしている。

 リリィは食べかけのサンドイッチを残すと、そちらへ行ってしまった。

 

「最初の撮影って、インタビューって書いてあるけど、何を撮るのかしら?」

 

「ああ、アイリスさんについてちょびっと聞かれるだけだよ☆ほら、師事してもらった時の話とか」

 

「ぁ、あの、私今日が初対面なん、だけど」

 

 恐らくこのインタビューは同僚から見た彼女の印象をカメラに収めたいのだろう。

 そこから実際の彼女の仕事ぶりを見せる構成となるみたいだ。

 でも、私は特に魔法少女に詳しい訳でもないし、彼女のことは全然知らない。

 私にインタビューしたところで、一般人と同じような言葉しか引き出せないと思うけど……

 

「心配しなくても、ディレクターの言うことをきちんと聞けば大丈夫☆彼かなりのやり手だから」

 

 キャンディが私を安心させるように微笑む。

 彼女の語るところによると、この番組のディレクターは数々の魔法少女の番組を作った実績があり、彼のおかげで人気が出た魔法少女も多いらしい。

 その話を聞いて少し安心した。

 レッドアイリスの番組を撮るというから、どんな非常識人かと思ったけど、ちゃんとした実績がある人なんだ。

 私はこう言った撮影には不慣れだし、指示をきちんと出してもらえると助かるかな……

 その後、撮影を済ませてきたリリィにどんなことを尋ねられたか聞いたんだけど。

 

「う〜ん、まぁ師匠の人柄とか?」

 

 となぜか歯切れの悪い返答をされた。

 うん?

 なんで疑問符がつくんだろう。

 インタビューされたんじゃないの?

 その疑問はハイドランシアのインタビューが終わり、私の番が回ってきた時に明かされた。

 

「はい、これ君の台本ね」

 

「ぅ、え?」

 

 え?インタビューを撮るんじゃないの。

 渡された用紙に目を通すと、そこには質疑と私が答えるべき回答が記してあった。

 内容はレッドアイリスについての印象などが書いてある、しかも結構きつめの、正直悪口だ。

 事前に回答が用意されているって、それインタビューの体をなしていないと言いますか、若干ヤラセっぽいと言いますか…………

 私が目を白黒させている間にカメラマンたちは撮影の準備を進めている。

 

「長い台本じゃないし、カンペは要らないよね。きっちり台本通りじゃなくても大丈夫だから、自然な感じで」

 

「は、はぁ」

 

 ディレクターの問いに私はそう答えるしかなかった。

 いつも深淵鎮圧の後にマスコミからインタビューを受けるから、そろそろ慣れてきたと思っていたんだけど、今回は照明なども用意され、いつもより多いスタッフに囲まれているので、緊張してしまう。

 おまけに台本に書いてあるのは言うのを躊躇うような内容だし……

 高鳴る心音、キョドる私を置いてインタビューが開始されてしまう。

 

「レッドアイリスとはどうゆう関係なんです?」

 

 カメラで撮られながらマイクを向けられる。

 えあ、普通に始める感じなのか。

 

「ぇ、と。か、彼女とは初対面、です」

 

 緊張して普通に吃ってしまった。

 顔が赤くなるのを感じつつ、ディレクターの方を向くけど、彼は頷いて「続けて」と言った。

 これでいいらしい。

 いいのか?

 いや、そういえば私はマスコミのインタビューにも、いつもしどろもどろに答えているし、ブラッディカメリアのイメージ的にはこれでいいのか。

 若干不服に感じつつも、インタビューを続ける。

 

「同じ魔法少女として、彼女のことをどう思っていますか?」

 

「ぁ、レッドアイリスはちょっと……苦手というか。暴力的で……嫌です」

 

 問いに対して台本通り答える。

 まぁ、確かにブラッディカメリアの言いそうなセリフではある。

 実際、暴力的なところは苦手なんだけど……

 台本でもなければ言葉にすることはないだろうな。

 思っているのと、それを言葉に出すのでは大きな乖離がある。

 私はそれを言葉にしないだけの分別はあるつもりだ。

 彼女が目の前にいないとはいえ、いや、いないからこそ悪口は言いたくない。

 というよりこの番組の主役を初手で貶すって、どういう構成にするつもりなんだこの番組。

 

「もっと、感情的に言える?」

 

 今度はリテイクが入った。

 ちょっと棒読みすぎたのかもしれない。

 少し嫌悪感を増して言葉を紡いでみる。

 

「レッドアイリスは、ちょっと……苦手というか。暴力的で、嫌です」

 

 ちょっと表情も意識してみる。

 これでどうだろうか、ディレクターの顔を伺う。

 

「あっ!」

 

「?」

 

 ディレクターはポカンと口を開けていた。

 何?

 私の名演技に騒然とでもしたか。

 うん……それどういう顔?なんか気まずそう。

 というか私じゃなく私の後ろを見ているような……

 グイッ!

 不意に、コスチュームの首元が引っ張られ、私の体が宙へ浮く。

 

「へぇ、私が暴力的で嫌いねぇ」

 

 後ろを振り向くと、笑顔の少女と目が合った。

 真紅の魔法少女。

 今最もここにいてはいけない人間。

 遅れてくるにしても、あまりにも間が悪すぎる。

 

「私はテメェに会ってみたかったぜブラッディカメリア」

 

「ぴぎゃぁぁぁあああぁああっっ!!」

 

 私の悲鳴が早朝の土手に響き渡った。

 あの、アイリスさん……これは違うんです、台本なんです、本当なんです。

 こうして彼女と最悪な出会いを果たしながら、撮影は開始した。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

コットンキャンディ Cotton candy

コットンキャンディは紫陽花の品種の一つ。

その名前に相応しいふわふわの綿菓子をイメージしたような甘く優しいピンク色が特徴の紫陽花。

紫陽花共通の花言葉の他に、ピンクの紫陽花には元気な女性という花言葉がある。



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真紅の暴君と

 私の誤解を解くまでにはちょっと時間をかけなければいけなかった。

 私が焦って支離滅裂に説明したのもあるけど……

 絶対遊ばれてた!笑ってたし。

 私が台本に通りに喋っていただけだって、すぐ分かっただろうし……ドSだよあの人。

 今はインタビューのパートは撮り終わり、深淵を鎮圧する準備にとりかかり中だ。

 遅刻してきたアイリスはインタビューの台本をめくって不満そうな顔をしている。

 

「何故不満そうな顔をしているんだい?撮影内容は打ち合わせで話しただろ」

 

「寝てた」

 

「君ねぇ……」

 

 アイリスの言い分にディレクターさんは頭を抱えている。

 そんな彼の様子を気にもせずアイリスは地面に胡坐をかいて座り、おにぎりを頬張っていた。

 寝てたって……噂に違わぬ自由人だなぁ。

 そのアイリスに向かってキャンディが声をかける。

 

「アイリスさん、何してんですー?メイクしますよ。あとそのクソダサ革ジャンとズボン脱いでください☆」

 

「あ?」

 

 キャンディがアイリスの背中から腕を回して立ち上がらせた。

 どうやら私たちと違って彼女には撮影準備があるらしい。

 メイクするんだ、本格的だね。

 私たち魔法少女は基本変身すると見栄えが良くなる。

 瞳の色が自身のカラーに変わるのは当然として、それぞれのイメージに合わせてメイクが施される。

 例えば私なら和をイメージした落ち着いたメイクだ。

 ゴスロリのコスチュームの魔法少女だったりするともっと派手なメイクになるだろう。

 まぁ、だから私たち魔法少女にメイクは必要ない。

 でも、そのメイクは撮影映えを意識したものではない訳で。

 テレビに映すとなればもっと映えるメイクもできるのだろう、私はメイクなんてしないし、そこら辺はさっぱりだからよく分からないけど。

 あと、やっぱりその上着とズボンは脱ぐのね……

 

「嫌だね私は。なんであんな服着なきゃいけねーんだ」

 

「イメージアップなんだからガワから変えなきゃ。正直こんなんじゃイメージ悪いよ☆」

 

「そうだ、君のイメージを根本から変えるいい機会だろう」

 

 レッドアイリスがキャンディとディレクターに引きずられていく。

 二人とも星付き魔法少女に対して全く物怖じしていないな。

 ロケバスの中で彼女にメイクを施すのだろう。

 

「師匠が準備している間、準備体操でもしてよー」

 

 伸びをするリリィに合わせて私も立ち上がった。

 アイリスのメイクができたら、後はとうとう深淵の鎮圧だ。

 私も身体を解しておくとしよう。

 前までの私だったら戦闘で動くことはないと思っていたけど、最近はチームで連携訓練をすることも多くなってだんだんと私の動きも変わってきた。

 後方にいるサポータこそ積極的に動いて味方を助けなければいけないのだ。

 ストレッチをしつつ、土手に鎮座した小さな深淵を視界に入れる。

 深淵は封印されているからか、私のよく知るそれのように脈動していない。

 そういえば、こんな風に封印できるのなら、別に私たち魔法少女が無理に鎮圧しなくてもいいのでは?

 疑問に思って、聞いてみたらハイドランシアに失笑されてしまった。

 

「あれが無害なのはまだ魂を喰らっていないからよ。封印でも魂を食らった深淵の成長を止めることはできないわ」

 

 そうなのか、ということは目の前の深淵が成長していないのは魂を喰らえておらず、封印で深獣が外に出て魂の狩に出ることもできないからか。

 封印都市が封印しているのにも関わらず成長してるのは中で魂を喰らっているから、封印は深獣を深淵内に閉じ込め新たな犠牲者を抑制することしかできない、という訳か。

 

「それに、封印は精霊しかできないし……どのみち私たちの専門外よ」

 

「ぁ……そうなんだ。そういえば今日はパプラたちいないね」

 

「あいつらカメラ嫌いだから、他の契約主の所にでも行っているんじゃない」

 

 私たちの周りにいつも浮いている契約精霊が今日に限っては見当たらなかった。

 思い返してみると確かに彼らは深淵鎮圧後にはいつも姿を消していたな。

 精霊がテレビに写っているところは見たことはないかもしれない。

 それにしても他の契約主か……

 

「ぁ、パプラって、私とリリィ以外に誰と契約しているのかな?」

 

「さぁ、今の契約主は知らないわね」

 

 ハイドランシアは首を傾げる。

 リリィにも目を向けるけど彼女は首を振った、知らないらしい。

 

「まぁ、あんまりいないと思うよ、彼の契約主って大概すぐ引退するし」

 

「ぶへっ!?」

 

 私とリリィは吹き出した。

 聞き捨てならないセリフだ。

 

「精霊って結構好みで契約するのよね、だから契約精霊の好みを知ることでその契約主の性格も想像できる訳」

 

「じゃぁ、あたしたちは引退しやすい性格ってこと?」

 

 ハイドランシアの言葉にリリィがくってかかる。

 そんな様子にハイドランシアは首を竦めた。

 

「彼の契約主って、他人を助けるために自分の身を厭わない馬鹿が多いのよね。つまりそんな正義心あふれる娘がパプラの好みなのよ。でもそんなことしてたら怪我もするでしょ、下手したら命を落とすことだってある。だから彼の契約主は引退することが多いのよ」

 

「むぅ……」

 

 リリィが唸る。

 なんとなく覚えがあるのだろう。

 私も他人を助けるために自分の身を厭わない馬鹿には覚えがある。

 そもそも、私が魔法少女になったのはそんな風にして自分の身を厭わず助けに来た彼女を助けるためだ。

 こう聞くとリリィという魔法小女は彼の好みにぴったりなのだろう。

 私がそれに当てはまるかどうかは疑問なのだが。

 私はかなり自己中心人間だからな。

 契約も行き当たりばったりだったし、私は彼の契約主の中では例外なのかもしれない。

 

「詳しいのね」

 

「当たり前よ、魔法少女になるために私がどれだけ精霊のことを調べたと思ってるの」

 

 ハイドランシアが胸を張る。

 さいですか……

 

「大丈夫よ、私と一緒にいる限り、あなたたちに怪我なんてさせない、私が守るわ」

 

 ハイドランシアは薄く微笑む。

 トゥンク。

 やめてよねそんなイケメン発言。

 童貞は惚れてしまうぞ。

 とまぁ、そんな冗談はさておき……

 

「ぁ、の、ところでアイリスさんの契約精霊って……?」

 

「蛇ね」

 

 うわぁ……あいつかぁ……

 好みは知らないけど、アコナイトの契約精霊だろあいつ。

 なんだか好きになれないんだよね。

 

「いい感じですよアイリスさん☆彡」

 

 ゲンナリしているとメイクを終えたらしいレッドアイリスがこちらまで歩いてきた。

 

「…………誰?」

 

 リリィがアホ面で彼女を指差した。

 リリィ、失礼だよ。

 まぁ、私も概ね同意見だけど。

 メイクを施した彼女はまるで別人だった。

 印象を変えているのはメイクだけではない。

 先ほどまでの革ジャンとズボンではなく、魔法少女として本来のコスチュームに身を包んでいるのも、印象が変わった大きな要因だろう。

 真紅のロングドレスは彼女の普段のイメージと真逆で上品だ。

 頭に乗った小さなティアラも相まってまるで王女様みたいだった。

 でも、当の本人は嫌そうに頭を掻き毟っているので変わったのはやはり外面だけらしい。

 

「なんで戦うのにわざわざ動きにくい服を着なきゃならんのかね」

 

「どうどう☆」

 

 キャンディ……アイリスは馬じゃないよ。

 アイリスの準備が済んだので、深淵の前まで移動する。

 深淵の周りには、すでにカメラマンたちがスタンバイしていた。

 深淵を封印する柱の一つ、その上に小さな蛇が蜷局を巻いている。

 ツノを生やした蛇、先ほど話に出たアイリスの契約精霊だ。

 

「ようやくかネ、じゃあ封印を解くネ」

 

 蛇の縦に長い瞳孔が柱に注がれる。

 光を放つ柱が一瞬歪み、次の瞬間には蛇と共に霧散した。

 姿を消したところを見ると、やはり精霊はテレビに出るつもりはないらしい。

 

「深獣が出てくるぞ、カメラ回せ!」

 

「あーもう、動きにくいなぁ!」

 

 ディレクターがメガホンで指示を飛ばしている。

 私たちはいつも通り、アイリスさんは悪態をつきつつ深獣を待ち構える。

 黒い膜が揺らぎ、粘着質な音を奏でながら獣が中から出てきた。

 枝分かれした大きなツノ、それは鹿型の深獣だった。

 

「っしゃぁ!やるか」

 

 レッドアイリスが手をかざすと巨大な鎌が現れる。

 彼女の背丈ほどある銀の大鎌、真紅の魔法少女の得物だ。

 彼女はその大きな狂気の一振りによって、多くの深獣を討伐してきた。

 

「ストップ、君が出るとすぐ終わっちゃうだろ、君の出番はトドメだけだ」

 

「あ?」

 

 今にも踊り出そうだった、アイリスをディレクターが静止する。

 

「まず初めに、チームリリィが足止めしてくれ。見栄えがいいようになるべく派手に、時間をかけて、間違っても倒さないように」

 

「は、はぁ…………」

 

 人類の脅威を前にして、場違いな指示に私たちチームリリィは気の抜けた返事をしてしまった。

 私たち魔法少女の使命は目の前にいる深獣の討伐なんだけど……倒すなとは……

 まぁ…………テレビ番組の撮影なのだから仕方がないか。

 確かにアイリスに任せたら一瞬で決着がついてしまうし、見所も少なくなってしまうかもしれない。

 気を取り直して、三人で鹿型の深獣を包囲するように距離を詰める。

 私はカメラの方に突進されても対処できるよう金魚を散開させる。

 

「カメリア君、金魚がカメラを遮っている。なるべく撮影の邪魔にならないように!」

 

「ぁ!す、すみません」

 

 ちゅ、注文が多いなぁ、あんたたちを守るための金魚なのだけど。

 仕方がなくカメラの後方に金魚を退避させる。

 この調子では、前線で動かせる金魚は本当に最低限になってしまう。

 これ、私必要?

 ハイドランシアの鞭が唸り、深獣へと攻撃する。

 水の鞭がしなるたびキラキラと水滴が舞い陽の光を浴びてきらめく。

 画面映えするために水滴飛ばしてるか、大分器用だな。

 鞭を振るう姿もいつもと違い、舞うようで見応えがある。

 私もなんかポーズとかとった方がいいのかな?

 深い獣の方は機敏にその攻撃を避けてこちらに突進をしてくる。

 避けてるといっても、そもそもハイドランシアに当てるつもりはなさそうだ、倒すなって話だし。

 ツノを武器とした深獣突進、それをリリィが正面から受ける。

 大きな衝撃音、リリィの槍と鹿型のツノがぶつかり合う。

 

「いいねそれ、そのままキープできる?ほらカメラ回り込んで」

 

「え?」

 

 深獣の突進を受け止めたまま、リリィは止まる。

 本来だったらここで、引くか押すかの攻防があるのだが、番組的にはこの絵を撮りたいらしい。

 リリィは後ろに押されながら唸る。

 当たり前だ、いくらリリィがアタッカーとはいえ深獣は正面からの力比べに勝てる相手じゃない。

 

「ちょっとキツイ〜、う?あっ!」

 

 深獣がツノを振り上げる。

 ツノの突起に槍が巻き込まれ、リリィも宙に放り出されてしまった。

 地面に足を付けていなければ踏ん張ることもできない。

 私とハイドランシアは目を合わせ、助けに入る。

 金魚が深獣の目に纏わり付き、注意を逸らす。

 そこを水の鞭がしなり、リリィを巻き取り安全な地点へと引っ張った。

 

「あ〜、何やってんの。そこはせり勝たなくちゃ」

 

 ディレクタが後方で憤慨している。

 いや……それは無理があるような。

 あんた気安く指示出すけど、そのオーダーに応えるのも大変なんだよ。

 

「もう一回!今度は成功させてくれ」

 

「うへぇ。また!?」

 

 ディレクターの指示にリリィは目を剥く。

 さっきので力比べでは勝てないって分からなかったの!?

 ツノを振り回しながら突進してくる深獣に対して、リリィはもう一度槍を構える。

 こうなれば仕方がない、私とハイドランシアがカメラの画角外からサポートする。

 要はリリィが勝ったように見えればいいんだろ。

 水の鞭と金魚たちが衝突の瞬間を待ち構える。

 衝突、リリィの槍が再度深獣のツノを受け止める……はずだった。

 

「あっ」

 

 その衝撃音は、槍とツノがぶつかっておこるものではなかった。

 もっと硬質な、切り裂く音。

 鹿型の深獣その自慢のツノが、砕け、切り裂かれる。

 重低音を響かせ、大鎌がリリィを守るように地面へ突き立てられる。

 

「さっきから後ろで見てればよぉ。どういうつもりだテメェ」

 

 イメージ通りの暴力的な眼差し、それがディレクターを睨みつける。

 キャンディ以外の全ての人間が、その迫力に気圧され、一歩下がった。

 

「テメェは戦闘のプロなのか?どういう了見で私たちの戦いに口挟んでんだぁ?」

 

「私は番組制作のプロにして、この撮影の責任者だが」

 

 歯を剥き出しにしてアイリスが吠える。

 それに対してディレクターも引かない。

 ちょっ、なんかいきなり険悪な雰囲気だ。

 

「君に番組の盛り上げ方が分かるのか?私は君のためにこの番組を撮影しているつもりなのだが」

 

「あぁん?」

 

 アイリスの片眉が上がる。

 ひくつく口元、今にも彼女の怒りは爆発せんばかりだ。

 私たちチームリリィに撮影と称して不利な戦いを強いたのが彼女の逆鱗に触れたらしい。

 アイリスとディレクターが睨み合う。

 幸いなことに深獣は自慢のツノを破壊されたことにビビったのか、攻撃してこずこちらの様子を伺っている。

 とはいえ喧嘩している場合ではないのですが……カメラマンさんも困ってるよ。

 

「私は人気や評価なんてどうでもいいんだがぁ!」

 

「私はっ!」

 

 アイリスの言葉に、キャンディが大声を上げる。

 チームメイトが声を上げるとは思っていなかったのか、アイリスの表情が固まった。

 

「私は、アイリスさんはもっと評価されるべきだと思ってる!あんなに人を助けているのに……乱暴だから、不器用だからって、あなたの功績が不当に扱われているのが…………私には、許せない」

 

 コットンキャンディの望み、彼女の本音が真紅の暴君の動きを止める。

 この番組撮影は、彼女がアイリスのために企画したものだ。

 アイリスがマスコミを嫌っていることなんて知っている。

 それでも、魔法少女レッドアイリスの印象改善のために努力したからこそこの撮影がある。

 そんなことはアイリスも分かっているのだ、だって彼女は遅刻しつつもこの撮影に出演してくれたのだから。

 

「…………チッ」

 

 舌打ちし、アイリスは大鎌から手を離した。

 その動きに、武器を失った深獣は深淵間近まで下がる、彼女を脅威と見なしているのだろう。

 深獣、魔法少女、撮影スタッフ、全てがアイリスに注目していた。

 

「番組が撮りてぇだって?だったら嘘なんてつかねぇで、きちんと本物を映せよ」

 

 そう言うと彼女は自分の魔法少女コスチュームを破り始めた。

 真紅の生地が、まるで花弁のように散る。

 

「なぁ!?」

 

「ちょっ、ちょっと師匠!?」

 

 このままいくと下着が見えそうだったため私は慌てて目を手で覆った。

 真っ暗な視界の中、アイリスが「上着!ズボン!」と叫ぶのが聞こえる。

 一拍置いて、キャンディの大きなため息が聞こえた。

 衣擦れの音。

 しばらくして、恐る恐る目を開けると、アイリスはもう見慣れた格好になっていた。

 ボロボロの魔法小女コスチュームに黒い革ジャンを羽織り、ダメージジーンズを履いた魔法少女、レッドアイリスがそこにいた。

 ティアラは、彼女の足元に転がっている、それは彼女が捨てたものを象徴しているようだった。

 

「私たち魔法少女は見せ物でも、ましてやアイドルなんかでは絶対にない。私たちは命がけで戦って人々を守る戦士だ。そこを勘違いするんじゃねぇよ」

 

 真紅の魔法少女はカメラに向かって拳を突き立てる。

 まるで糾弾するように。

 

「華やかで可憐で綺麗、憧れるか?馬鹿にすんじゃねぇ。私たちは毎日死と隣り合わせで戦っているんだ」

 

 ああ、そうか……あのダサい格好は、彼女なりの反抗だったのか。

 毎年のように、新しい魔法少女が誕生する。

 憧れに、目をきらめかせて。

 そんな少女たちが傷つき、願いをへし折られ、魔法少女を辞めていく。

 その光景を彼女は何度も見てきたのだろう。

 だって彼女は、歴代で最も多くの魔法少女に師事を施した魔法少女の“希望”だから。

 だからこそ彼女は、魔法少女はそんなもんじゃないと、自分の姿で示したいのかもしれない。

 

「撮るプロなら、きっちり撮れよ。今から見せてやる、私の戦い様と魔法少女の最強を」

 

 真紅の暴君が大鎌を頭上に掲げる。

 片手で、軽々と。

 深獣は先ほどから彼女の迫力に押されているのか、下がりに下がって今や深淵に片足を突っ込んでいる状態だ。

 銀の大鎌が陽の光を受けて輝く。

 

「死ね」

 

 鎌を振った瞬間を私は捉えられなかった。

 気付いた瞬間には大鎌は深く、深く地面に突き立てられていた。

 遅れて、鳴り響く轟音。

 大地がえぐれ、彼女の目の前のものが全て、縦に裂けた。

 深獣も深淵も。

 魔障壁など彼女の攻撃の前では紙も同然だった。

 深獣は自分が切られたことを認識すらできずに、霧散した。

 斬撃は川まで届き、大きく水しぶきが舞う。

 

「撮影は終わりだ。帰るぞキャンディ」

 

「は、はいアイリスさん」

 

 暴君が去っていくのを私たちはポカンと口を開けて見ていることしかできなかった。

 こうして、私の初めてのテレビ撮影はスケジュールを大幅に巻いて終了したのだった。

 あのレッドアイリスの番組を撮影するって、最初から無理があったと私は思うよ。

 

 

……………………………

 

 

…………………

 

 

……

 

 

「うむむ、やるなぁ」

 

 私はテレビの前で、唸っていた。

 それは、とある魔法少女のインタビューから始まった。

 

『レッドアイリスは、ちょっと……苦手というか。暴力的で、嫌です』

 

 とある魔法少女っていうか……私だ、どう見ても。

 そうして番組は魔法少女レッドアイリスの今までの功績と悪行を振り返る。

 なぜ彼女はこんなにも暴力的で、そしてマスコミを嫌うのか?

 そんな疑問を視聴者に投げかけた。

 そうして始まるのは、彼女の密着取材、あの荒川での深淵鎮圧だ。

 番組では私たちチームリリィが鹿型の深獣と戦う一部始終が流れる。

 驚くべきなのは、それが本当に一部始終なことだ。

 最初にアイリスが戦おうとしたのを止めたところも、リリィに無理な指示を出すところも、カットされていなかった。

 撮影時、なんだか離れた位置にカメラが一台あるな思っていたのだけど、あれは引きを撮るカメラではなく撮影風景を撮るためのカメラだったのだ。

 そのカメラは、番組に振り回される魔法少女を見事に捉えていた。

 

『私たちは魔法少女は見せ物でも、ましてやアイドルなんかでは絶対にない』

 

 だからこそ、その言葉は鮮烈だった。

 メディアに消費される魔法少女という存在に対しての警鐘。

 

『華やかで可憐で綺麗、憧れるか?馬鹿にすんじゃねぇ。私たちは毎日死と隣り合わせで戦っているんだ』

 

 魔法少女レッドアイリス、その生き様をしっかりと見せつけられた。

 そんな感じだった。

 コットンキャンディがあのディレクターはかなりやり手だと言っていたが、今ならその意味が分かる。

 あのディレクターはわざと私たちに無理難題を押し付けていたんだ。

 無神経なマスコミを演じ、アイリスを怒らせるために。

 彼女の言葉を引き出すために。

 最初から最後まで、やらせまみれの台本通りの展開だったわけだ。

 やるなぁ…………

 番組は今のメディアでの魔法少女の見方を変える衝撃的な仕上がりになっていた。

 これでレッドアイリスの評価も少しは変わることだろう。

 

 でも、真に驚くべきはそこじゃない。

 スタッフロールに記された番組構成の欄に記されたディレクターの名前。

 そしてその横に魔法少女コットンキャンディ☆と記されていた。

 つまり、このやらせはキャンディも関わっていたということ。

 そうなると、彼女の言動一つ一つの真意も怪しくなる。

 あれは演技だったの?本心だったの?

 一つだけ言えるのは、これらの茶番は彼女が始めたと言うこと。

 魔法少女コットンキャンディ☆…………恐ろしい子!

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 花園、その門の脇に立った私は人を待っていた。

 門が光り、誰かが転移してくる。

 奇抜な服装の真紅の魔法少女、私の待ち人だ。

 

「ふふ、お疲れ様、うまくいったかしら」

 

 そう声をかけると彼女は嫌なものを見たかのように顔をしかめた。

 失礼な人。

 ちょっと簡単なお願いをしただけじゃない。

 

「ああ、失敗したよ」

 

「へぇ……そんなに難しい話じゃなかったと思うのだけど」

 

 本当に簡単なお願いだと思ったのだけど……

 なんで失敗するのかしら。

 ああ、そもそもやる気がないのかこの娘。

 

「リリィは参加するってさ」

 

「…………うまくいっているじゃない」

 

 言っていることが無茶苦茶ね。

 私が彼女にお願いした依頼、それは魔法少女ホワイトリリィが『第13封印都市奪還作戦』に参加するという言質を取ること。

 彼女が参加すると言ったなら、依頼は達成しているじゃない。

 

「私はあいつに参加しないと言わせたかったんだよ!だから失敗だ」

 

「はぁ……つくづく天邪鬼な人ね、あなた」

 

「教え子を喜んで死地に送り出すやつがいるか?」

 

 そうね、確かにホワイトリリィはあなたの教え子だものね。

 今回の作戦に参加させたくはないというあなたの気持ちも理解できないでもないわ。

 でも、そんなあなたの誘いだからこそ、彼女は喜んで参加を表明したでしょうね。

 

「なんで、こんなまどろっこしいことをする。お前が欲しいのはブラッディカメリアだろうが」

 

「だめよ、あの子は断るもの」

 

 私との合同任務なんて、あの子は嫌がるに決まっている。

 でも…………チームメイトの二人が参加するとしたら?

 さらに、自分が参加しない場合、その作戦の成功は絶望的だとしたら?

 日向はチームメイトの二人を見捨てられるかしら?

 

「ふふ、うふふふ……」

 

 思わず笑みが溢れる。

 今日、ホワイトリリィは作戦に参加するという言質が取れた。

 ミスティハイドランシアの方は最近親交を深めている。

 私に憧れてくれているあの可愛い娘は私のお願いになら一いちも二にもなく頷いてくれるだろう。

 もうすぐ、もうすぐだ。

 

「もうすぐ会えるわ……………………銀狼」

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

アヤメ Iris

アヤメの花言葉は希望、よい便り、メッセージ。

これらの花言葉は神々の伝令役である虹の女神イリスから由来するものである。

白色や黄色のアヤメには個別の花言葉があるが、赤色にはない、というより赤い花弁のアヤメは存在していない。



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魔法少女たちはお茶を嗜む

 花園、それは魔法少女のために開かれた魔法少女のためだけの施設。

 その花園の中の訓練場に私はいた。

 

「はぁ……」

 

 といっても今は休憩中だ。

 訓練場の隅で大の字に寝転がり、身体を伸ばす。

 視界の隅ではリリィとハイドランシアが模擬戦をしている。

 私はバテているというのに、二人とも元気だなぁ……

 いつもの連携訓練。

 最近は二人ともやる気満々で、深淵鎮圧後は大体三人で訓練所に行くことになる。

 まっすぐ家に帰れていた時期がもはや懐かしい。

 帰宅部エースの名が泣いているよ。

 まぁ、ハイドランシアは予定があったりしてたまに抜けるから、私も予定があるのなら断れるんだけど……

 ほら、私って引きこもりだし……基本暇なのよね。

 予定があると嘘をついて断るのも、なんか申し訳ないし……

 そんな訳で、今日も断れずに三人で訓練していたという訳だ。

 でも訓練してるとはいえ、中堅アタッカーの二人に新参サポーターの私がついていけるはずもなく、今はこうしてバテている。

 はぁ……

 ぼけっと天井を見上げていると、私の顔に影がかかる。

 

「ぁ、ひ、ひさし、ぶり……フヘ」

 

 私を見下ろす挙動不審な人物。

 至る所に包帯を巻き付けた、ゴシックドレスの魔法少女。

 

「ぁ!ひ、ひさしぶり。サイ、プラス」

 

 魔法少女ノイズィサイプラスだった。

 彼女の登場に私は身体を起こす。

 まさかこんな所で会えるとは思わなかった。

 彼女も訓練なんてするんだ、少し意外。

 以前合同任務で意気投合してから、彼女とは細々とではあるが親交を重ねていた。

 といっても私も彼女も口下手で陰キャなため、一行程度の短いメッセージを数回交わした程度の付き合いだけど……

 そんなものでも私の数少ない魔法少女の知り合いなのだ。

 

「ぁ、訓練?」

 

「う、うん。アカシアちゃんと来たんだけど……疲れちゃって」

 

 サイプラスは私の隣に腰を下ろした。

 どうやら彼女も先ほどまで訓練に精を出していたらしい。

 そういえば彼女の戦う姿はかなり強烈だったけど、訓練でもあのテンションなのだろうか?

 一応今、私の隣に座る彼女はしおらしく、あの日見た戦闘狂の片鱗は感じられないけど……

 彼女と一緒に黙って訓練に励む少女たちの姿を眺める。

 

「………………」

 

「………………みんな頑張る、ね……」

 

「そうだね………………」

 

 二人とも沈黙が気まずくなる質なので、ぽつぽつと言葉を交わしながら、身体を休めた。

 彼女の言う通り、確かにみんな頑張っている。

 私たちの他にも大勢の魔法少女が訓練場にはいた。

 みんなとても熱心だ。

 前に私が来た時は訓練している魔法少女はあまりいなかったはずなんだけど。

 何かあるのだろうか?

 

「近いうちに、大規模作戦、あるからね」

 

 え?

 大規模作戦?なにそれ?

 私のところにそんな話は来ていないけど、そんなものがあるんだ。

 ははぁ、それでみんな訓練しているのね。

 つまりあれだ、このやる気に溢れた空気は、テスト一週間前の学生の空気感みたいなものだ。

 

「あ……れ?カメリアさんのところには、話、来てないの?」

 

「ぇ、初耳」

 

 私が不思議そうな顔をしたからだろう。

 サイプラスが私に作戦のことを聞いてくる。

 私としてはそんな話聞いたことがないので初耳としか言いようがない。

 まぁ、声がかかっていたとしても大規模作戦なんて参加したくはないな。

 複数の魔法少女による大規模作戦、そんなもの絶対気まずいって。

 ただですら知らない人間と関わりたくないのに。

 そもそも……

 

「だ、大規模作戦って、何するの?」

 

「何って……」

 

 サイプラスが答えを逡巡する。

 うん?何か言いづらい作戦なのかな。

 そう思っていると、首にかけていたデバイスから電子音が奏でられる。

 何か連絡が来たようだ。

 なんだろう、と思ってデバイスに手をかざそうとして、あることに気づく。

 

「あれ?」

 

 横に座るサイプラスのデバイスからも、音が鳴っている。

 それだけじゃない、訓練場にいるほとんどの魔法少女のデバイスが鳴っていた。

 訓練をしていた魔法少女たちも、動きを止め、デバイスに手をかざしている。

 私も、この異常事態に慌ててデバイスを起動させる。

 それは音声通話ではなくメッセージだった。

 

『お茶会のお誘い』

 

 ティーポットが描かれた招待状が私の前に浮かび上がる。

 私以外の魔法少女にも、同じものが来ているみたいだった。

 なに?これ。

 

「なんか来たね〜、お茶会の誘い?」

 

 リリィとハイドランシアが訓練を中断し、私たちのところに駆け寄ってくる。

 お互いの目の前に浮く招待状を見比べる。

 ほんと、なにこれ?こんなもの始めて来た。

 

「高位の魔法少女は下位の魔法少女を召集することがある、お茶会と称してね。ティーポットに星の意匠がある、僕たちは星付き魔法少女の召集を受けているみたいだ」

 

「あ、アカシアちゃん……」

 

 サイプラスのチームメイト、パステルアカシアも私たちと合流した。

 というか、知ってるんだ。

 さすがベテラン魔法少女、事情が分かっている人がいるのは心強い。

 しかし、星付き魔法少女からの招集か……

 

「へ〜、ねぇ、お茶会ってことは沢山お菓子出るのかな??」

 

「リリィはお気楽ね」

 

 未知の事態にウキウキしているリリィ、一方ハイドランシアは若干この事態についていけないのか惚けた顔をしている。

 問題は私たちを招集したのは星付き魔法少女の中の誰か、ということだろう。

 先日あったあの真紅の暴君を思い出す。

 うーん……彼女じゃないといいんだけど。

 確かめるために、招待状の内容に目を通す。

 なになに、開催場所は花園の星雲の間、誰が招待したのかは……記載がないな。

 これでは招集主が分からない。

 あと、気になることに招待状下部に何か変な数字がある。

 その数字はチカチカと瞬きながら数を減らしていた。

 その横には参加の文字。

 

「おや、これは転移型の招待状だね。制限時間までに参加か不参加を表明した方がいい。無表明は参加扱いになってしまうよ」

 

 え、転移型の招待状?

 それってもしかして、参加表明するとこのカウントダウン後に会場まで転移するってこと?

 あと時間30秒ほどしかないんだけど。

 

「えぇ……私行かない……」

 

「なんでだい、一緒にいこうよサイプラス」

 

 うじうじとするサイプラスにアカシアが肩を組んで参加を促している。

 うーん、私も不参加かな。

 みんなで集まってお茶会など、陰キャには拷問に等しい。

 今日放課後カラオケ行くんだけど一緒にどう?と誘われてついて行く陰キャなどいるだろうか?いやいない(反語)

 それと同じで陰キャ魔法少女はお茶会など参加しないのだ。

 よし、不参加だな(予定調和)

 

「…………あれ?」

 

 ところで……これ不参加ってどうやってするの?

 参加の文字があるのは分かるんだけど……

 私が分からずオロオロしている間にも、カウントダウンは無慈悲に進んでいる。

 

「あ、の!これどうやって不参加を表明するの?」

 

 焦って、思わず大きな声が出てしまった。

 四人の魔法少女が何事かと私の方を見る。

 注目されたことで急に恥ずかしくなるが、四の五の言っている場合じゃない。

 このままでは強制参加になってしまう。

 

「どうするも何も、不参加の文字の上に指を置くだけよ」

 

「ぇ……そんな文字、無いんだけど……」

 

 みんなが私の招待状を覗き込む。

 そこには、参加の文字だけがあった。

 

「……おや?これはおかしいね」

 

「何かのバグかしら」

 

「いいじゃん、カメリアちゃんも参加しよーよ」

 

「……で、出る、の?」

 

 いや、私は参加したくないのだけど!?

 私以外の招待状を見る。

 確かに、参加の横に不参加の文字があった。

 それがなぜか私の招待状にはない。

 なにこれ、恐い。

 慄く私の肩に、優しく手が置かれる。

 

「一緒に、参加……しよ?」

 

 サイプラスだった。

 彼女のもう片方の手はアカシアによってガッチリと握られている。

 こいつ、チームメイトの誘いを断れなかったからって、私も巻き込もうとしているな。

 ああ…………でも陰キャ仲間がいるなら、一人ぼっちよりかはまだマシか。

 もはや私は仏のようなアルカイックスマイルを浮かべるしかなかった。

 なす術なし。

 カウントダウンが0になり、招待状が光り輝いた。

 そうして私は転移させられる、魔法少女たちのお茶会へと。

 

 

……………………………

 

 

…………………

 

 

……

 

 

 目を開けると、目の前の風景はすっかり変わっていた。

 まるでダンスホールのような広々とした空間。

 星雲の間という名に相応しく、天井には数々の明かりがまるで星のように灯っている。

 装飾の施された美しい柱が立ち並び、壁にはしなやかなベルベットの垂れ幕が下がっている。

 垂れ幕の隙間から見えるバルコニー、そこには夜空が広がっていた。

 夜空……?今は夜じゃない。

 作り物の夜空だろうか、凝った雰囲気作りだ。

 呼ばれた魔法少女たちを十分にもてなせるほどのティーセットと茶菓子がテーブルを賑やかに彩っている。

 そのテーブルに、座る魔法少女が一人。

 鮮やかなオレンジのコスチュームを纏った魔法少女。

 彼女は召集された魔法少女たちの姿を認めると立ち上がった。

 

「こんにちは、魔法少女の諸君。本日は招待に応じてくれて嬉しく思うよ。私はイノセントマリーゴールド、星付き魔法少女さ」

 

 お茶会の主、マリーゴールドはそう言って綺麗な仕草でお辞儀をした。

 ?……どこかで会ったことがあるような。

 テレビで見たのかな?

 きっとそうだろう、星付き魔法少女と会ったのなら忘れるわけがないし。

 でもそれにしては聞いたことのない魔法少女だ。

 あまりメディアには露出していないタイプなのかもしれない。

 とりあえず、お茶会の主催者がレッドアイリスでもピュアアコナイトでもないことに、私は胸を撫で下ろした。

 

「ここに呼ばれた理由は大体察しがついていると思う。そう、そうさ、今日は親睦会さ。肩を並べて戦う者同士仲良くしましょうって話。さぁ座って座って」

 

 ………………?

 いや、全然察しがついてないけど。

 肩を並べて戦う者同士って……もしかしてサイプラスの言っていた大規模作戦のことだろうか。

 だとしたら私は人違いだぞ。

 私にその作戦の話は来ていない。

 もしかして、そのせいで私の紹介状はバグっていたのかな。

 まったく迷惑な話だ。

 不満はあるけど、魔法少女たちは席につき始めている、私たちも席についた方がいいだろう。

 とりあえず……

 一番隅っこの席に座ろうか。

 私とサイプラスは少女たちが談笑を始める中、一番隅の一番目立たない席を陣取った。

 おまけにサイプラスに至っては隣に座らせたアカシアのマントを被って姿まで隠している。

 親睦会だというのに、二人揃って親睦する気ゼロである。

 

「君たちねぇ……」

 

 自分のマントを人避けに使われたアカシアは呆れ顔だ。

 

「その娘との付き合い長いんでしょ、そろそろ慣れなさいよ」

 

「カメリアちゃんこのタルト、ベリーたっぷりだよ」

 

 ハイドランシアとリリィは私たちの向かいの席に座った。

 リリィがパイを切り分けてみんなに回す。

 うん、確かにタルトにはベリーがたっぷりと乗っかって宝石のように輝いている。

 お茶請けに罪はない。

 招待されたんだから、お茶請けを食べていいだろう。

 なんの不手際か知らないけど、連れてこられたからには食べるだけ食べて帰るとしよう。

 私はフォークを手に取った。

 

 

……………………………

 

 

…………………

 

 

……

 

 

「けぷ……そろそろお腹いっぱいかも」

 

「右に同じく……」

 

 その後私たち陰キャ二人組はお茶請けを食って食って食いまくった。

 もう全種コンプリートしたんじゃないだろうか?

 今回のお茶会でこれだけマジ食いしているのは私たちぐらいのものだろう。

 各テーブルにはそれぞれ別のケーキが置かれていたらしく、新しい味には事欠かなかった。

 別にわざわざ他のテーブルまでケーキ取りに行ったわけじゃない。

 勝手にこのテーブルまで回ってきたのだ。

 魔法少女という人種は基本的に正義感あふれるお人好しだ。

 お茶請けの必要ない少女たちや、面倒見のいい少女たちが親切心でケーキを各テーブルに持って行く。

 そうしてケーキの交換会が行われ、私たちは動かずとも色々なケーキにありつけたという訳だ。

 もっとも私たちがそんなに食べるのはそれだけが理由ではない。

 喋りたくないのだ。

 他の魔法少女たちは初対面の相手であっても楽しそうに話しているが、私にはああいったことは無理だ。

 見知らぬ少女に話しかけられたって、どうすればいいか分からない。

 そんな時、口に何か入っていれば……話さなくてもいい口実になるよね。

 食事していれば相手も遠慮してくれるだろうし。

 そんなくだらない理由から私たち陰キャ二人組はチームメイト以外と殆ど話をせず無心でケーキを食べ続けていたのだった。

 でも、それももう限界だ。

 お腹いっぱい……

 ああ、今日の晩ご飯どうしよう、食べられるかな?

 晩ご飯を用意してくれるであろう両親のことを思い出して、若干申し訳なくなる。

 サイプラスの以外の三人はそれぞれ知り合いの魔法少女に呼ばれ、今は別の席で談笑している。

 食べられるものは食べたしそろそろ帰りたいけど、このお茶会はいつお開きになるんだろうか?

 帰ろうにも転移してここまで来たので出口の場所がいまいち分からない。

 席から立ち上がる。

 

「どうしたの?」

 

「いや、お手洗い」

 

 トイレに行くついでに、出口もそれとなく探っておこうかな。

 壁際を歩き、お手洗いを探す。

 壁に垂れ幕が下がっているから、出口が見えないんだよね。

 そうやって辺りを見渡していると、前方の垂れ幕がめくられ、魔法少女が出てきた。

 あ、あそこかな?

 彼女が去った後、垂れ幕をめくってみると、そこには廊下が続いていた。

 花園でよく見る壁の装飾、やっぱりここは花園の中らしい。

 その廊下を進んでみると、見慣れたピクトグラムがつけられた扉を発見。

 予想した通りお手洗いがあった。

 それにしても、女性のピクトグラムだけでお手洗いを表しているのはなんだか新鮮だな。

 ここは魔法少女のための施設なので、男性が入ってくることは100%ない。

 だから女子トイレしかないのは分かるけど。

 お手洗いの標識というと男女が並んだピクトグラムが一般的だから見慣れない。

 標識といえば、子供の頃は前世の感覚が抜けなくてよく間違って男子トイレに入ってしまっていたなぁ。

 さすがに今では間違うこともないけどね。

 

……………

 

 ふぅ。

 洗って濡れてしまった手を振って水滴を飛ばす。

 魔法少女姿だと、普段ポケットに入れているハンカチもなくなっちゃうから不便だな。

 ハンカチを取り出すためだけに変身を解くのも馬鹿らしいし。

 なんとかならないのかなこれ。

 そんなことを考えながら廊下をてくてく歩いていく。

 お茶会の会場へと戻るため、垂れ幕をめくる。

 

「ねぇ」

 

「?」

 

 めくると、そこには見覚えのない魔法少女が立っていた。

 黄緑色の衣装を纏った魔法少女。

 私に声をかけた訳じゃないよね。

 思わず後ろを振り向いてしまう。

 

「お前に声かけてんのよ、お前に」

 

「ぁぇ、私?」

 

 私?

 私に一体何の用だろうか。

 人違いではないのだろうか?私はあなたを知りませんが……

 と伝えたいのだが、やはり面識がない人はどうも緊張してしまう。

 私の口からは意味のない音が漏れ出ただけだった。

 

「ちょっといい、お話があるの」

 

 見知らぬ少女が私の私の腕を掴み、強く引っ張る。

 少女に引っ張られて私はヨタヨタと不確かな足取りで歩く。

 そんな私の背中を誰かが押してくる。

 振り返ると、後ろにも見知らぬ魔法少女がいた。

 

「っ!!」

 

 いつの間にか私は魔法少女四人に囲まれていた。

 まるで連行されるように、手を引かれ、連れて行かれる。

 それは、私に過去のトラウマを強く思い起こさせた。

 薄暗い空き教室、そこに連れ込まれる。

 そんなはずはないのに、私の脳はその光景を勝手にフラッシュバックさせる。

 足が突っ張り、引っ張る手に対して抵抗する。

 私の抵抗を感じたのか、手を引く力が強くなる。

 

「うっ……ぁ」

 

 私は殆ど引きずられるようにして、バルコニーまで連れてこられてしまった。

 バルコニーに置かれた机と椅子、その前まで引っ立てられる。

 机には、見覚えのある魔法少女が座っていた。

 

「ほら、座れ」

 

 引かれた椅子に、強制的に座らされる。

 向かいの席の魔法少女は、自分のデバイスを弄っていたが、私が座ると顔を上げた。

 

「連れてきましたよ。クレスさん」

 

 紫色のチャイニーズドレスを着た魔法少女が、私の目の前に座っていた。

 魔法少女バイオレットクレス、魔法少女ピュアアコナイトのチームメイト。

 私の身体が震えた。

 何でこんなところにいるの?

 頭の中が恐怖と疑問で一杯になる。

 招集された魔法少女の中に彼女はいなかったように見えたのに。

 だから安心していたのに。

 いつからここに?

 

「ねぇ、震えてるんだけど。乱暴に連れてきたでしょ、やめてよねそういうの」

 

 クレスは、不機嫌さを隠さない声音で、私を連れてきた魔法少女四人に文句を垂れる。

 震えているのは乱暴な連行のせいだけではないのだけど……

 

「この子、ちょっと手を引いただけなのに何故か反抗してきちゃってー」

 

「そんなに乱暴にはしていないんですけど……」

 

 四人のうち二人が連行に対してのへらへらと笑い、言い訳をする。

 それに対してクレスもにっこりと笑みを浮かべた。

 

「ねぇ……今のは素直にごめんなさいって謝れば済むところでしょう。なに保身しているの?私に余計な手間を取らせないでよね、低脳」

 

 殺意すら感じる低音の声音。

 場が静まり返る。

 にっこりと笑っているけど、彼女の纏う空気は怒りに震えていた。

 

「す、すみません、でした!」

 

「もういいよ、帰って」

 

 謝る四人組、それに対してクレスはそっけない。

 謝罪を受け取った瞬間、先ほどまで見せていた怒りを嘘みたいに引っ込めた。

 もはや彼女たちのことは眼中にないみたいだった。

 そんな彼女の笑顔が私の方を向く。

 これで私が震えたとしても何も責められないと思う。

 

「大丈夫よ、アコナイトはここには来ないから」

 

「…………え?」

 

 彼女の一言に私は固まる。

 今なんて言った?

 

「あなたがアコナイトを嫌っていることは知ってるわ。だからあいつはなし。あなたと二人で話がしたいの」

 

 アコナイトが、いない。

 その言葉は少なからず私を安堵させた。

 私は、何もバイオレットクレス本人が苦手なわけではない。

 彼女の隣にいる存在が嫌なだけなのだ。

 クレスがこちらに理解を示し、彼女なしで話をしたいというなら、私にそこまで拒否感はない。

 でも……何の話なのだろうか?

 彼女が、私に何か用があるとは思えないけど……

 私の沈黙を肯定と捉えたのか。彼女は話を続ける。

 

「アコナイトがあなたのことを気にかけているみたいだったから、どんな子か一度話をしてみたかったのよ」

 

「は、はぁ……」

 

 なる、ほど……

 好奇心というものだろうか。

 クレスの表情からは悪意を読み取ることはできなかった。

 彼女は、私と彼女の関係を知らないのかもしれない。

 知っていればこんなにズケズケとコミュニケーションを取りに来たりしないだろう。

 それだけ私と彼女の関係はまともなものじゃないのだから。

 虐めの主犯とその被害者、アコナイトの方もそんな関係、いくらチームメイトとはいえ明かしはしないか。

 

「ねぇ、あなたってアコナイトの何なの?」

 

「ぅ……うん。…………クラス、メイト?」

 

 まさか彼女に虐められていました、と馬鹿正直に話すことはできない。

 となるとクラスメイトとしか言いようがない。

 私と彼女の関係なんてそんなものだ。

 そう、ただのクラスメイトでしかないはずなのだ。

 だからこそ、私としては今更アコナイトが私に関心を持つ理由が分からなかった。

 私のことをずっと気にかけていたとでも?

 いや、それはない。

 私が引きこもって登校拒否をした時も、彼女は何も反応しなかった。

 謝罪も、心配の言葉も、何一つなかった。

 それが今になって謝りたい?

 訳が分からない。

 なぜ私を取り込もうとするのだろうか?

 彼女にとって私は何なのか、そんなの私が聞きたい。

 

「あ、クラスメイトだったんだ。ということは、あいつとの不和は学校で何かあったのね」

 

「う、うーん……」

 

 まぁ、そうなんだけど。

 何だか、どうにも話しづらいな。

 クレスがどの程度こちらの事情に精通しているのか分からない。

 それなのに彼女がズケズケと踏み込んでくるから、曖昧な返事しかできない。

 明確に私側かアコナイト側か線引きしてくれればもっとこちらも話しやすいんだけど……

 

「うんうん分かる。どうせ学校でも秀才って感じでしょ。あれで嫉妬を買うことも意外とあるのよ。あなたが嫌うのも無理ないよ」

 

「は、はぁ……」

 

 クレスはケラケラと笑っている。

 全然見当違いなんだけど……否定もしにくい。

 でも、今ので少し分かった気がする。

 バイオレットクレスはピュアアコナイトに心酔しているわけではない。

 学校の彼女の取り巻きとは違う。

 チームメイトである彼女を嫌う私に対してのこの態度、アコナイトの正義が手放しで素晴らしいものであるという妄信は感じられない。

 彼女を苦手に思う人間という存在を許容している?

 それならば、少しは話す余地があるかもしれない。

 

「ぁ、あ……の」

 

「ん、なぁに?」

 

 きっと彼女はチームメイトとして、あの星付き魔法少女と対等な関係……なのかもしれない。

 アコナイトの正義の信奉者でないのなら、私の言葉に理解を示してくれるかも。

 

「ぁ、彼女に、言って……くれませんか。あなたとはもう関わりたくないと」

 

 彼女を嫌うことに理解を示してくれるなら、アコナイトと私の間に立って仲介してはもらえないだろうか。

 身勝手な話なのだが、私に彼女と直接会う勇気はまだない。

 メッセンジャーとしてやんわりと拒絶の意思を伝えてもらえると助かるんだけど……

 

「え、何でそんな話になるの?」

 

 私の言葉に、クレスはキョトンと首をかしげる。

 うぅ、何でって言われると説明しづらい。

 嫌いだから関わりたくない、で納得してはもらえないものだろうか。

 

「いや、あなたがアコナイト嫌いなのは聞いたよ。うん、それは理解しているんだ。でも私としてはそこまで拒絶して欲しくはないなぁ」

 

 そうなるか……

 確かに、こちらの事情を知らなければ、そうなるのかもしれない。

 事情を知らなければ、お互い魔法少女になったのだし、仲良くしていこう、となるのだろう。

 でも、これはそんな美談で済ませられるレベルの話ではない。

 私は、虐められてたんだ、彼女に。

 

「ぃ、ぃ、嫌だ」

 

 震えたけど、私はきちんと拒絶の意を示した。

 こちらの事情を知ろうが知るまいが関係ない。

 私の道がピュアアコナイトと重なることはない。

 私の頑なな様子に目の前の少女はため息を吐いた。

 

「そう……随分嫌われたもんだね、あいつも」

 

 クレスは珍しいものを見るような目で私を見つめた後、首を振った。

 り、理解してくれたかな?

 できればこの様子をアコナイトに伝えてもらえると助かるんだけど。

 

「まぁ……いいか。カメリアはさぁ、今日何でお茶会が開かれたか理解してる?」

 

「ぁ、何で、って……親睦会、です……よね?」

 

 近々行われる大規模作戦、そのメンバーの親睦会って聞いたけど。

 私以外の魔法少女たちはその作戦の参加者みたいだった。

 参加者たちの疑問の声は出ていなかったし……それで合ってるよね?

 

「あはは、違う違う。そんなの建前よ」

 

 クレスはあっさりと私の答えを否定する。

 このお茶会は、親睦会ではないらしい。

 じゃあ、何?

 何のために召集されたっていうのだろう。

 その答えは、あまり聞きたいものじゃない。

 頭をよぎるのは、私だけ不参加の表記がなかった招待状。

 まさか……いや違うよね……?

 

「あなたよ。あなたを呼び出すためにわざわざこんなお茶会を開いたんだから」

 

 嫌な想像で終わって欲しかった答え。

 それがクレスの口から告げられる。

 私を、呼び出して……話をするだけのために、こんな大規模な催しを開いたとでも言うのだろうか。

 何で?

 

「あなたの契約精霊のガードが固くてね。こうでもしないと話すらできないのよ」

 

 パプラか。

 どうやら彼は私の知らないところでまた守ってくれていたらしい。

 それに関しては本当に感謝しかない。

 だけど、そのせいでこんな事態になったと考えると複雑な気分だ。

 アコナイト本人でないのだから、チームメイトの接触ぐらい許してもよかったのでは?

 しかし、お茶会に彼や他の精霊の姿がなかったのはこういうことか。

 いや、でも私一人と話がしたかったのなら、他の大勢の魔法少女はなんだ?

 なぜ彼女たちまで招く必要があった?

 

「お茶会は楽しめた?さっきあなたを連れてきたやつは最悪だったけど、基本みんな優しい人だから、楽しく過ごせたと思うんだよね」

 

 まぁ、確かに悪くはなかった。

 ケーキを持ってきてくれた魔法少女たちもみんな親切で、陰キャながら居心地はそんなに悪くなかった。

 でも、それがなんだっていうのだろう。

 

 

「このお茶会の参加者、全員死ぬって言ったらどうする?」

 

 

「……え?」

 

 え?う?はい?

 理解が、できない。

 全員死ぬ?

 なんで?

 お茶請けに毒でも入ってたの?

 いや、そんなはずない。

 そんなことする理由なんてない。

 でも、じゃあ何で?

 死ぬ理由なんてどこにもない。

 ない、はずだよね……?

 彼女の発言にうろたえていると、ため息を吐かれた。

 

「はぁ……察しが悪いなぁ、低脳は嫌いなんだけど。この先あなたがアコナイトと手を組まないと作戦は失敗するのよ。分かる?全滅するのよ私も含めて」

 

 目眩が、する。

 話が飛躍しすぎていて脳が理解を拒む。

 

「私も死にたくないし、あなただってみんなには死んで欲しくないでしょう?あなたのチームメイトだっているんだから。だからねぇ……私としてはあなたにアコナイトと仲直りして欲しいなぁって」

 

 ねぇ、理解できる?

 

 そう言って彼女は微笑んだ。

 その顔には悪意も、敵意も浮かんでなかった。

 でも私には、その微笑みが悪魔の笑みにしか見えなかった。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

ミモザ Acacia

ミモザの花言葉は友情、優雅。

友人へのプレゼントや贈り物にぴったりの花。

黄色いその花は西洋では春の訪れを告げる幸せの花と言われている。



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カメリアという花

前々から散りばめていた不協和の種が、そろそろ芽吹きそうですね。


「あれ?カメリアちゃんは?」

 

 あたしが席に戻るとテーブルではサイプラスが一人寂しくケーキをつついていた。

 先ほどまではカメリアちゃんとサイプラスちゃん二人で仲良くケーキを食べていたと思うんだけど、少し席を外したらサイプラス一人になってしまった。

 カメリアちゃんはすっごく人見知りだから少し心配、いったいどこへ行ったんだろう?

 

「ん……トイレ、だって」

 

 サイプラスちゃんはケーキにフォークをグサグサと刺しながら何だか寂しげだ。

 それ、食べないんだったらやめなよ、もったいないよ。

 あたしがケーキをじっと見つめているとサイプラスがケーキをあたしの前まで移動させた。

 いや、いらないよ!自分で食べな。

 首を振るけど彼女はケーキをこちらにグイグイと押し付けてくる。

 いらないって。

 無言でケーキを押し付け合っていると、隣の席にシアちゃんが戻ってきた。

 

「妹見なかった?」

 

「キャンディちゃん?見てないよー」

 

 キャンディちゃん来てるの?

 あ、でも大規模作戦は師匠も参加するんだからキャンディも来るか。

 あたしを今回の作戦に誘ったのは師匠だった。

 まぁ、誘い文句は『何も聞かずに私からの誘いを断れ』なんて珍妙なものだったけど……

 内容も聞かずに承諾も拒否もできる訳がないじゃない。

 それで粘って聞き出してみれば、今度魔法少女たちを集めて大規模作戦が行われるという。

 師匠は、その作戦にあたしが参加して欲しくないみたいだった。

 だからこそ作戦の概要を伝えたくなかったのだろう。

 ホワイトリリィが絶対に逃げない魔法少女だから。

 願いがある限り、あたしにその作戦を断る道義はない。

 あたしは勿論大規模作戦に参加する、願いのために絶対に戦いに背を背けたりしない。

 師匠には悪いけど。

 その結果として今日このお茶会に招かれた。

 でも肝心の師匠もキャンディも姿が見えない。

 このお茶会には不参加なのかな?

 

「あれ?」

 

「あら?」

 

 その時、離れたテーブルで大きな歓声が聞こえてきた。

 まるで有名人が現れた時みたいな黄色い声がする。

 何事かとそちらに視線を向けるあたしたちの視界に映ったのは、白金の魔法少女。

 魔法少女ピュアアコナイトが魔法少女たちに囲まれ、お茶を手渡されている姿だった。

 彼女も、参加するんだ……

 お茶会終盤になってからの大物の登場に会場は湧いていた。

 今回の大規模作戦はただの深域鎮圧なんかじゃない。

 あの第13封印都市の鎮圧なのだ。

 よく考えてみると、前回の第13封印都市の鎮圧に参加していた彼女が参加するのは当然のことだ。

 でも、あたしとしては何だか複雑だ。

 あの人は、カメリアちゃんと仲が悪いみたいだから。

 二人がどういう関係なのか聞いたけど、はぐらかされてしまったから詳しい事情は知らない。

 でも、あの時彼女を前にしたカメリアちゃんの反応は明らかに異常だった。

 あの二人がもう一度会うとなると……心配だ。

 

「………………」

 

 なんともいえない感情を抱いてアコナイトを見つめていたあたしの頭を、誰かが叩く。

 

「よっ、元気してるか野郎ども」

 

 低音の声、あたしの師匠であるレッドアイリスがあたしの頭をぺしぺしと叩いていた。

 あたしは野郎ではない、と言いたい。

 その後ろにはシアちゃんが探していたコットンキャンディの姿もある。

 

「師匠ー、随分遅い登場ですね。またいつもの遅刻ですか?」

 

「私が遅刻するはずねーだろ。なんか知らんが主催者に止められてよ」

 

「また嘘ついてる、遅刻魔師匠……」

 

 遅い参加の言い訳をする師匠に対してハイドランシアは呆れたように息を吐く。

 この人の遅刻はいつものことなのであたしたちは当然塩対応だ。

 見知らぬ魔法少女の登場にサイプラスの方は机の下に引っ込んでいる。

 彼女の人見知りは相変わらずだ。

 サイプラスちゃん、それ隠れているつもりなんだろうけど逆に目立ってるよ。

 

「なんだよ。アコナイトのやつみたいに歓声で迎えてくれないのかよ」

 

「う、うーん」

 

「別に師匠には憧れてない」

 

「人徳ですね☆彡アイリスさん」

 

 教え子三人からのダメ出しを受け、アイリスは机に突っ伏す。

 可哀想だけど、これが本音なのよね。

 師匠って、一緒に戦う分にはとーっても頼もしいけど、素直に尊敬できない素行してるから……

 助けてもらった魔法少女も多いから魔法少女間の人気は意外とあるんだけど、憧れの人っていうかみんなの姉御みたいな位置づけなんだよね。

 

「そんなに違うか!?あの女と」

 

「あの人はずっと憧れの人だから……」

 

 シアちゃんはキラキラとした目で離れた席に座るピュアアコナイトを見つめている。

 この青い魔法少女の憧れの人は昔から変わらずただ一人だ。

 そうだね、シアちゃんは彼女に助けらたんだもんね。

 でも……だからこそ彼女とカメリアちゃんの不和が気にかかるのよね。

 

「私という師匠を差し置いて、最近はあいつと仲良くしているらしいな」

 

「え!?」

 

「あ、ははは……」

 

「そう、お姉ちゃん最近その自慢話ばっかりなの☆」

 

 うん?初耳なのだけど。

 シアちゃん、アコナイトさんとお近づきになれたの!?

 ハイドランシアは否定もせずに顔を赤くしている。

 そ、そうなんだ。

 もしかして最近よく用事があるって言っていたのはアコナイトさんに会いに行っていたからとか?

 

「おぅおぅ、嬉しそうにしおって。どうだ、憧れに少しは近づけたか?」

 

「私は……まだまだよ。憧れとは、ほど遠いわ」

 

 願いを、否定しているのにシアちゃんは何だか嬉しそうだった。

 少し、彼女が遠い存在のように感じる。

 もう、シアちゃんは願いへの一歩を踏み出しているんだ。

 あたしはそれを嬉しく思うけど、師匠の方は教え子を取られて何だか不満げだ。

 師匠……心が狭いよ。

 

「ふーんだ。まぁいい。そういやカメリアはどこだ」

 

 カメリアちゃん?

 そういえば、お手洗いに行ってるって聞いたけど……

 随分長いね。

 あたしは会場内を見渡す。

 でも、あたしたちの見知ったあの黒い和装の魔法少女の姿はなかった。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「っ、あ、死ぬって……」

 

「そう、だから少しあなたには我慢してもらえたらなって」

 

 随分穏やかではない話だった。

 魔法少女バイオレットクレスの放った言葉を反芻してみる。

 私がピュアアコナイトと手を組まなくては、大規模作戦は失敗し、沢山の犠牲者が出る。

 すぐには飲み込めない内容だ。

 そもそも、なぜよりによって私なのだろうか?

 他の魔法少女ではだめなのか。

 私にそれだけの力があるとはとても思えない。

 あいつと共闘するなんて……

 嫌だ、普通に。

 特別なことなんて何もないのに。

 ………………いや、一つだけある、私の特別。

 他の魔法少女にはない私の強み。

 

「吸魔の……力?」

 

「あら、察しがいいわね。きちんと思考できるじゃない」

 

 魔法少女ブラッディカメリアの代名詞とも言える特殊属性。

 魔力を吸収する力。

 その力のおかげで私は魔障壁を無力化でき、さらに深淵内では無限の魔力を獲得できる。

 でも無限の魔力があっても、吸収する力という性質上その膨大な魔力を扱うことができない。

 だから、この力は実質魔障壁を無力化するだけの力となっている。

 魔障壁の無力化……すごい力ではあるけど唯一無二というわけじゃない。

 それこそ星付きの魔法少女であれば一撃で魔障壁ごと深獣を屠ることができる。

 高位の魔法少女のレベルと比べると物理的な威力が低い分、むしろ劣化品と言って差し支えのない力なのだ。

 そんな力をなぜ欲しがるのだろう?

 

「あなたは特別。アコナイトがずっと出現を待っていた力の持ち主なんだもの」

 

「ず、ずっと……待っていた?」

 

 アコナイトが、私を、吸魔の力を待っていた?

 その言い方だと、まるで吸魔の力を持つ魔法少女の誕生が決まっていたかのように聞こえる。

 魔法少女の属性って個々の才能で決まるものなんじゃないのか?

 

「そうよ。ブラッディカメリア、あなたはね四人目の吸魔の魔法少女なの」

 

「よ、四人!?それって魔法少女の歴史の中で、私みたいのが三人いた……ってこと?」

 

「ええ、原初の魔法少女マジカルカメリアから始まり、歴代のカメリアの名を冠する魔法少女たちは能力の差異はあれど、皆吸魔の力を有してきた。前代のカメリアが引退してからもう40年近く経つ。そろそろ新しいカメリアが誕生してもおかしくない時期だったの」

 

 それは……どう捉えればいいのだろう。

 カメリアという魔法少女の誕生は決定づけられていたということ?

 だからこそ、彼女たちは待っていた、私の登場を。

 胸の中がざわめく。

 私の知らないところで、カメリアという魔法少女の価値が見出されていた。

 その自分の希少価値を喜べばいいのか、それとも恐れるべきなのか。

 戸惑う私に対してクレスは身体を乗り出して迫ってくる。

 整った顔が視界いっぱいに広がり、私は思わず尻込みしてしまう。

 

「吸魔の力は確かに不完全で、無限の魔力を活かす術を持っていない。でもそれは吸魔の魔法少女単体で見た場合の話……そうじゃない?」

 

 紫の瞳、底知れない好奇心が私を覗き込む。

 不完全な力、それを待っていた星付き魔法少女、謝罪、仲直りを求める虐めの主犯格。

 私の中で情報が渦巻く。

 そうして一つの仮説が浮かび上がる。

 それはつまり。

 

「ぁ、アコナイトなら私の無限の魔力を……使える……の?」

 

 導き出された答え。

 私と同じような特別を彼女も持っているのではないだろうか。

 その答えに紫の魔法少女は笑みを深めた。

 

「そう、特別なのはあなただけじゃない。アコナイトも特別な力を持っている。他人と魔力を共有する力。共魔の力を!」

 

 クレスの腕がテーブルに力強く叩きつけられる。

 ティーセットが音を立てて揺れた。

 爛々と輝く紫の瞳、それはもう人を見つめる目ではなかった。

 興味深い実験動物を見るかのような欲深い知性の目。

 それが私を見定めていた。

 

「その共魔の力が吸魔の力と合わさるとどうなる?限定的な状況とはいえ無限の魔力を存分に振るえる魔法少女!全魔法少女最強、いや、過去未来永劫類を見ない最強の魔法少女が誕生する!その力さえあれば、第13封印都市の奪還など容易い、そうは思わない?」

 

 彼女の迫力に押され、身体が後ずさってしまう。

 私の座った椅子が、身じろぎに合わせて軋んだ。

 

「だからさぁ………………一緒に戦いましょう」

 

「……………………………………」

 

 勧誘の言葉に、息を詰まらせる。

 無限の力を有する最強の魔法少女、なんだかスケールが大きすぎて実感がわかない。

 それは素晴らしいことなのだろう。

 きっとそれが実現すれば多くの勝利と救いをもたらすことが出来るのだろう。

 でも。

 でも、その力を手にするのはあのアコナイトだ。

 もしそれが実現したとして、私は彼女のエネルギータンクでしかない。

 一緒に戦おうなんて言っても、結局私の力が欲しいだけだ。

 

『あたしと友達になってよ』

 

 思い出すのは、私を魔法少女へと誘ったリリィの言葉。

 彼女は私の力ではなく、私という人間を望んでくれた。

 信頼できる、一緒に歩んでくれる……友達を。

 だから、私は頷いた。

 一緒に戦おうと思えた。

 それに比べて今回の勧誘のなんとお粗末なことだろう。

 何も分かっていない、私のことなんて。

 

『気をつけた方がいい。それは君を見ているようで見てなどいない』

 

 占い師に言われた言葉。

 まさにその通りだ。

 彼女たちが欲望の眼差しを向けるのは、吸魔の力だ。

 出雲日向などという人間は眼中にないのだろう。

 

「嫌だ」

 

 だから私は断る。

 理性が、最強の魔法少女による救いに価値を見出したとしても……感情がそれを否定した。

 嫌なものは、嫌だ。

 

「?…………へぇ…………」

 

 クレスの笑みが歪み、真顔になる。

 私の中の陰気な部分が逃げたい、目を逸らしたいと訴えたが、それらを無視しクレスを睨み返す。

 

「ひ……ひぇ」

 

 目をそらすことは耐えたが思わず悲鳴じみた吐息が漏れてしまった。

 紫の瞳が、その視線が私を舐め取るようにグリグリと這う。

 

「あなた、面白いことを言うわね。低脳なの?それとも無能のふりをした賢人かしら?」

 

 少し考え込むように、彼女は口をつぐんだ。

 断られるとは思っていなかったのかもしれない。

 最強の魔法少女、甘美な響きだ。

 確かに相手が私でなければ喜んで手を貸していたかもしれない。

 でも私は多くの魔法少女と違い、アコナイトを信用していなかった。

 

「第13封印都市を奪還できる。そう聞いてあなたの心は動かないの?」

 

「それ……は…………」

 

「私たちはあの深域に大きな犠牲を強いられてきた、家族を…………仲間を失った。今もあの人たちの魂はあそこに捉えられている。それを、解放できるというのなら……そう思う魔法少女はごまんといる」

 

 何かを思い出すかのように彼女の瞳孔がぐらりと揺れる。

 笑顔、無表情、そして今度は苦悶の表情。

 その顔は彼女が見せた中で一番人間らしい顔だった。

 

「失ったもの全てを取り戻すことはできない。でも取り戻せるものだってある。それを全てあなたの感情だけで見捨てるの?」

 

「……うぅ……その……」

 

 そう言われると、辛いものがある。

 確かに私は自分の都合だけで、多くの救いを否定している。

 かつての第13封印都市奪還作戦にピュアアコナイトは参戦していた。

 それはつまり、チームメイトである彼女もあの戦場にいたということだ。

 そして、沢山の何かを失った。

 その苦しみを、私は無視できない。

 私……だって、失ったのだ。

 唯一の友人を。

 私がアコナイトと手を組めば、その理不尽な痛みに終止符を打つことができる、かもしれないのだ。

 でも、その輝かしい勝利の未来を、黒い何かが遮る。

 黒い笑顔、優しい声音、歪んだ正義。

 ピュアアコナイト、藍澤恵梨香の笑顔が私の首を絞める。

 結局、私はどこまでも自己中心な人間なのだ。

 人を助けるのだって、自分の為。

 人を助けられるのに、それを否定したいのは…………気分が悪いから。

 かつての虐めを思い出したくないから、そんな理由で私は魔法少女たちの願いをふいにしようとしている。

 

「あなたが、首を縦に振るだけでいい、そうすればあの無念を晴らすことができる。分かるでしょう?あなた無しではまた沢山の犠牲が出る。それはあなたの大切なチームメイトかもしれないというのに…………あなたは断るの?」

 

 息がうまくできない。

 吸っても、吐いても、全然楽にならない。

 ピュアアコナイトの幻影が、魔法少女たちの無念が私の首をきつく締める。

 嫌なことから逃げたいだけなのに、その逃げるという行為が苦しい。

 泥沼の逃げ道だ。

 苦しげに呼吸をする私の眼の前で、クレスが頭を下げる。

 

「お願い……ブラッディカメリア、私たちを……助けて」

 

 頭を下げた、先ほどまであんなに高圧的だったクレスが。

 その事実がまた一段と私の首を絞める。

 

「…………あ……」

 

 机の上に、何かが落ちた。

 透明な液体。

 涙。

 それを認識した瞬間私の心臓は止まった。

 助けないと、泣いてる、嫌だ、そんなもの見たくもない。

 

 なぜ魔法少女になった。

 

 こんな風に理不尽な運命に振り回されて流れる涙をなくすためだろう?

 でも、そんな理不尽を私に教えてくれたのは誰だ?

 ピュアアコナイトだ。

 私はあの虐めを、惨めな気持ちを振り払いたいから人を助ける。

 助けたい。

 でも、そうするためには過去と、ピュアアコナイトと対峙しなければいけない。

 過去を忘れたくて人を助けるのに、助けるためには過去と向き合わなくてはいけなくなった。

 私の中で、願いが矛盾している。

 苦しい。

 私の中で何かが爆発しそうだ。

 この苦痛から早く解放されたい。

 そんな感情から私は大きく息を吸った。

 答えを吐き出すために。

 

 でも私が息を吐き出すことはなかった。

 

「やめろ」

 

 短い言葉とともに訪れる破壊。

 私とクレスが向き合う机が真っ二つに裂けた。

 遮るように私たちの間に銀の刃が割り込む。

 私の身長ほどもある大きな鎌。

 それが私の視界からバイオレットクレスを隠した。

 

「……アイリス、なんのつもり?」

 

 真紅の暴君が、そこに立っていた。

 

「聞こえなかったか?やめろって言ったんだ」

 

 アイリスは不敵に、高慢にせせら嗤った。

 彼女の登場に、私の首を絞める幻影たちの手が緩む。

 私を守るように突き立てられた大鎌の刃に、青ざめた私の顔が反射して映りこんでいる。

 それは、ひどく怯えた顔だった。

 

「脅し付けて物を買わせるような商売は好きじゃねぇ、ろくなやり方じゃないぜ」

 

「君はなんの話をしているんだ。これが商売に見えるのかい?」

 

 見当違いとも取れるアイリスの言い分にクレスは反論する。

 慌てて目をこすり、その場を繕う。

 彼女に流した涙を見られるのは本意ではなかったのだろう。

 やっぱり、泣いていたんだ。

 少し、胸が痛む。

 

「強い言葉で脅し、ペースを掴む。その後情報を開示して理性的に説得。それが通じないときたら今度は泣き落とし。随分な大立ち回りだな」

 

「最初から見ていたのかい?悪趣味がすぎるね」

 

「どっちが?」

 

 真紅と紫の魔法少女が睨みあう。

 アイリスはかなり喧嘩腰だ。

 いきなりの登場で考える余裕がなかったけど、そもそもなんで彼女がここにいるんだ?

 クレスと同じく、アイリスもお茶会開始時には姿がなかった。

 ここにいるということは、彼女も大規模作戦に参加するのだろうか。

 

「カメリアの説得は私が担当する。君たち星付き魔法少女が話し合って決めたことだろう。なぜ邪魔をする?」

 

「悪い、その話し合い寝てたわ」

 

「マジかこいつ……!!」

 

 さすがのクレスもアイリスの自由奔放さにたじろぐ。

 テレビ番組の時もそうだったけど、少しは人の話を聞こうよ。

 

「この作戦の行方は、カメリアにかかっている。それを知らないほど低脳じゃないでしょう?予知は聞いたはずよ」

 

「ああ聞いたね」

 

「なら!わかるはずだ。カメリアがこの作戦の鍵だ。彼女がいなければ、沢山の魔法少女が死ぬ。救える魂も無念もお前は棒に振るのか!?」

 

 私を置いて二人の口論は白熱する。

 星付き魔法少女、予知、私には分からないことが沢山ある。

 それでも、アイリスが彼女たちを裏切って私を庇っていることはなんとなく分かった。

 なんで……私を?

 

「カメリア」

 

 真紅の魔法少女が私へと微笑みかける。

 その瞳はひどく優しかった。

 

「お前は、戦わなくていい」

 

「死ぬわよ、みんな」

 

「死なねえさ。全部私がなんとかする。深獣も第13封印都市も全部私がぶった斬る。それが星付き魔法少女の、最強の、勤めだろうが!星付きがみっともなく他人の力に縋ってんじゃねえよ!」

 

 その言葉を聞いて、私の中の何かが軽くなった。

 息が、ようやくつけた。

 私の眼の前に立つ最強の魔法少女、その背中がとても大きく見えた。

 ああ、なんでもっと早くに彼女と出会えなかったのだろう。

 アコナイトよりも早くアイリスに出会いていれば、正義に失望せずに済んだのに……

 

「どんなにあなたが強くとも、カメリア抜きじゃ作戦は成功しない。予知がそれを告げているでしょうが!」

 

「ああ、お前らの言い分はさぞや正しくて高尚なんだろうなぁ。だが、これ以上喋るな。不愉快だ」

 

「っ!!」

 

 アイリスが大鎌を持ち上げ水平に構える。

 次に反論すれば叩き切る、そう言わんばかりの態度、それは正に暴君だった。

 バイオレットクレスは魔法少女の中では最強格の少女だ。

 だが、星付きの魔法少女ではない。

 彼女はあくまでも星付きのパートナーでしかない。

 ここで、戦闘になれば勝敗は明らかだった。

 

「武器をしまいなさいアイリス」

 

 凛とした声に、アイリスの肩がぴくりと跳ねる。

 言葉を発したのはクレスではなかった。

 いつの間にか姿を現した白金の魔法少女。

 ピュアアコナイトがクレスの背後に立っていた。

 

「アコナイト、お前はカメリアの前には出るなと言ったのに……」

 

「もう、そういうことを言っている段階ではないでしょう」

 

 クレスは悔しそうに唇を噛む。

 アコナイトの出現、それはクレスたちの作戦が瓦解したことを表していた。

 

「どうしてこうなるのかしら?あなただってあの戦いで多くの教え子を失ったでしょう?」

 

 いつもの微笑みをたたえながら、アコナイトがアイリスに歩み寄る。

 武器を構えた相手に対して無手、それでも彼女は全く臆してなどいなかった。

 

「気に入らないから邪魔しただけだ。お前みたいな真っ当な正義なんて私にはねぇよ」

 

 アイリスも不敵に笑う。

 最強と名高い二人の魔法少女が睨み合い、バルコニーは異様な雰囲気に包み込まれる。

 正義と希望の対峙。

 片方は獰猛な笑みを浮かべ、もう片方は慈悲の笑みを浮かべていた。

 だが、次の瞬間その眼差しは私へと向けられた。

 

「日向、手を貸して欲しいの正義のために」

 

「綺麗な言葉で取り繕うんじゃねぇよ」

 

 彼女の視線を遮るようにアイリスが私の前に移動する。

 アイリスという存在が、私を安心させた。

 前会った時のような、震えや吐き気は感じなかった。

 だから、彼女の言葉をちゃんと聞くことができた。

 正義のために。

 彼女はいつもそうだ。

 正義のために力を振るい、人々を助けてきた。

 彼女は、比類なき正義の化身だった。

 私を虐めていた、あの瞬間以外は。

 どうして、正義のヒロインピュアアコナイトは私を虐めたの?

 レッドアイリスという安心を得て、私はようやくその問いを発することができた。

 

「…………ねぇ藍澤さん、私への虐め、あれも……正義だったの?」

 

 息を呑む音がする。

 私の問いを聞いたアイリスとクレスがアコナイトを見る。

 驚愕と疑心の瞳。

 虐め。

 正義の魔法少女には全く似つかわしくない言葉。

 そんな眼差しをうけても、彼女の微笑みは崩れなかった。

 ただ、その瞳から光彩が消え失せた。

 ぼそっと、彼女の口が言葉を発した。

 でもその言葉は小さすぎて、誰の耳にも届かなかった。

 でも、それは嘆きだったように思う。

 

「あ〜あ、どうしてこうなるんだろう……ただ、人を助けたかっただけなのに」

 

 不意にアコナイトはその身体を脱力させた。

 いつも綺麗に背筋を正していた彼女に似つかわしくない、だらしない猫背。

 その様子は、ひどく疲れて見えた。

 

「もういいや、手に入るなら、無理やりでも」

 

「あ?」

 

 今までとは全く違った微笑みを浮かべながらアコナイトが近づいてくる。

 それを見てアイリスが、私を守るように前に出た。

 

「あなた、邪魔」

 

 ふいと、彼女の手があがる。

 

「フレア」

 

 閃光が走った。

 どこからともなく現れた光の奔流、それが真紅の魔法少女へと直撃する。

 閃光と大鎌がぶつかり合い、火花を撒き散らす。

 あまりの眩しさと熱波に、私は尻餅をついた。

 鎌は光線を二つに裂き、逸らされた光線が床と壁を大きく穿つ。

 光が止んだ後、そこには大きな破壊の跡が残された。

 そして…………真紅の魔法少女が構える大鎌には、大きなヒビが入っていた。

 

「さすがに、一撃じゃ無理か」

 

「ァ、アコナイト?一体なにを……」

 

 クレスはいきなりの事態についていけないのか、攻撃を仕掛けたアコナイトを怯えたように見つめた。

 その様子から、この攻撃が当初の計画になかったものだというのが分かる。

 だが、アコナイトはそんなチームメイトを振り向きもしなかった。

 

「うらぁ!」

 

「ブレード」

 

 アイリスの大鎌と、アコナイトの言葉とともに現れた光剣がぶつかり合う。

 ひび割れたというのに、アイリスの鎌は赤い光を放ち、全く衰えていなかった。

 最強同士がぶつかり合い、バルコニーと会場を隔てる壁が吹っ飛んだ。

 

「やるのか?おもしれぇ、最強と称される魔法少女同士、どっちが上か白黒つけたいと思っていたんだ」

 

 レッドアイリスが吠える。

 膨大な魔力が膨れ上がり、真紅の奔流が吹き上がる。

 それに対してアコナイトは宙に浮遊して彼女を見下ろす。

 光輪を背負い、いくつもの光弾が彼女の周りをまるで衛星のように飛び交っていた。

 

「あなたが私に勝てる訳ないじゃない。私は…………今まで散ってきた魔法少女たちの願いを背負っているのだから」

 

 動いたのは両者同時だった。

 

「死ね」

 

「どきなさい」

 

 大勢の魔法少女たちの前で力がぶつかり合い、そして……

 花園の一画、星雲の間は半壊した。

 天井と壁は消し飛び、床には亀裂が入る。

 高価なティーセットは砕け散り、お茶請けが宙を舞う。

 ほとんどの魔法少女たちが状況を理解できないながらも、星付き魔法少女同士のぶつかり合いに巻き込まれぬよう迅速に退避する。

 そんな中、私は動かなかった。

 破壊が広がる中、私の周りは驚くほど無傷だった。

 レッドアイリスが、私を庇いながら戦っているからだ。

 アコナイトは傷つけるために戦っているのに対して、アイリスは私を守るため戦っていた。

 止めなきゃ。

 たとえ、私程度の力ではどうにもならないと知っていても。

 私が全ての原因なのだから。

 戦場に一歩踏み出す。

 

「ねぇ」

 

 その歩みを、誰かが止める。

 痛いほど強く私の肩を掴む手。

 振り返ると、そこには青い魔法少女、ミスティハイドランシアが立っていた。

 

「ねぇ、どういうこと?ねぇ」

 

「ハ、ハイドランシア?」

 

 どこか、様子がおかしかった。

 瞳孔が開き、目線も定まらない。

 そんな様子の彼女を心配して覗き込む私を、彼女は押し倒した。

 

「っぐ」

 

 彼女の腕が首を圧迫する。

 ハイドランシアは私へと馬乗りになり、私を見下ろす。

 

「アコナイトさんがカメリアを虐めていた?どういうこと?ねぇ?ねぇ?ねぇ!!」

 

 ハイドランシアが私の頭を掴み、揺さぶる。

 その手はひどく震えていた。

 聞いて、いたの?

 一番聞かれたくないことを、ずっと隠していた秘密を。

 

「ねぇ、嘘でしょ……?」

 

 私はその問いに、答えることができなかった…………

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「おやおや」

 

 半壊したお茶会の会場でただ一人、鮮やかなオレンジのコスチュームを纏った魔法少女は椅子に座り、お茶を楽しんでいた。

 

「予知した中でも、最悪な展開だねこれは」

 

 予知とは、一つの未来を覗く力ではない。

 未来とは、際限なく分岐し、運命はひとつではない。

 今日のお茶会にも、いくつもの未来があった。

 そして今、運命は最悪の結末を導き出そうとしている。

 だが、それでもいい。

 最悪な結末だが、それは今日のお茶会に限った話だ。

 このお茶会は、もう幸せな終わりを迎えることはできないだろう。

 でも、最終的に幸せな未来を迎えられるのならば問題ない。

 この最悪は、未来の為に必要な道筋でしかない。

 今日は失敗したが、まだ幸福な未来への道筋は潰えてなどいない。

 まだなんとかなる、軌道修正は……可能だ。

 

「最終的にハッピーエンドなら、問題ないでしょう?」

 

 魔法少女たちの明るい未来。

 その為になら、悪魔にでも魂を売るさ。

 予知の力は、その為にあるのだから…………



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魔法少女対魔法少女

今回の話は、いろんなキャラに対する文句や悪口を言いたくなると思います。
でも、評価や感想での強い言葉はなるべく控えてもらえると幸いです。
作者のハートはガラス製ですので。


「あなたのどこがいいのかしらねぇ……」

 

 彼女は椅子に腰掛けながら、私を見下ろしていた。

 無様に床に横たわる私を。

 私を取り囲むクラスメイトたち。

 そのうちの一人が私の腹部を踏みつけるのを、彼女は大きなその瞳でじっと見つめていた。

 その瞳の色からはなんの感情も読みとることはできなかった。

 私のどこがいいのか?そんなことは私が聞きたい。

 こういうことが起きないように、大人しくしていたのに。

 何も話さず、誰にも微笑みかけず、クラスで影の薄い存在として過ごしていたというのに……

 私は告白されてしまった。

 相手はなんてことないクラスメイト男子。

 一学期に友人を作ろうと話しかけた男子のうちの一人だった。

 彼とはよくゲームの話で盛り上がったっけ。

 そんな交流も、虐められてからはぱったりとなっていた。

 だから、私が彼の気を引くことなどないと思っていたのに。

 放課後、私は彼に呼び出され告白されてしまった。

 告白の文句は何だっけか……

 最近女らしくなった私から目が離せなくなったとか何とか。

 訳が分からない。

 女らしさとは何だ?

 中身は男のままだと思っている私としてはなんとも困惑する話だ。

 確かに、虐められる前は異性であるのに馴れ馴れしく話しかけ、男のように振る舞ったりたりもしたものだ。

 女性のように慎ましく足を閉じたりはせず、大口を開けて豪快に笑う姿に女性らしさは感じなかっただろう。

 それと比べて今の私は大人しく、笑う時も控えめだ。

 それを女性らしくなったと思われてしまうとは……頭の痛い話だ。

 

「ヴッ」

 

 お腹の柔い部分に蹴りが突き刺さり、思わず悲鳴じみた声が漏れる。

 告白現場は、もちろんこの虐めっ子どもに見られていた。

 というか、こいつらは友人と称していつも私の周りにいるので私を呼び出す時点でバレバレだった。

 そうして彼は彼女たちに私を虐める口実を与えてしまったというわけだ。

 告白はきちんと断ったんだから許して欲しい。

 まぁ、ダメだろうけど。

 蹴りに対して大袈裟にお腹を抱え、痛がるフリをする。

 フリというか、実際に痛いんだけど……大袈裟に痛がった方が追撃がぬるくなるので楽だ。

 繰り返される虐め中で私はそれを学習していた。

 こういった場合は助けを呼ぶのでもなく、抵抗するのでもなく、彼女たちの望む反応をして満足させてやるのが一番いいのだと。

 だから、今日も痛がって涙を流せばいいだけだ。

 そうすれば、すぐに……終わるから…………

 

 

……………………………

 

 

…………………

 

 

……

 

 

「はぁ…………」

 

 床が、冷たくて心地よい。

 空き教室の隅で、私は先ほどと同じように横たわっていた。

 藍澤さんたちはもういない。

 私を気が済むまで痛ぶって、先ほど教室から出て行った。

 だから、ここには私一人だ。

 床に指を這わす。

 そこには埃ひとつない。

 どうせ無様に這いつくばることになるからと私が念入りに掃除しているためだ。

 全くもって無意味な努力であり、そんなことするくらいなら、そもそも這いつくばることになる原因を何とかしなければいけない。

 それは分かっている。

 それでも、こうやってピカピカに掃除しているのは惨めな現実を直視したくないからかもしれない。

 私は当初思い浮かべていた学園生活とは全くかけ離れた生活を送っている。

 何が悪かったのだろうか、そう現状の不満の原因を考えるのも、もはや億劫になってきていた。

 今は何も考えずに、休んでいたい。

 目を閉じる。

 学校特有の雑音が耳をくすぐる。

 遠くで聞こえる運動部の掛け声、校庭の木々のざわめき、廊下を歩く足音。

 

「…………ん?」

 

 廊下の足音、近いな。

 そう思うまもなく、空き教室の扉が開いた。

 横たわった私の視界にここへ入ってくる足が見える。

 誰?

 それは男子生徒の足だった。

 でも、この角度からじゃ顔が見えない。

 顔を見ようと視線を上げると、その男子生徒と目があった。

 

「出雲さん、こんなとこで何してんの?」

 

「………………昼寝?」

 

 見覚えのある顔、東吟朗が私を見下ろしていた。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 ふと、昔のことを思い出した。

 何でだろう、あの時と状況が似ているからだろうか。

 横たわる私とそれを見下ろす人。

 でも、あの時は呆れ顔で見下ろされたのに、今私を見下ろす人物は苦しげな顔をしている。

 

「ねぇ、嘘なんでしょうカメリア」

 

 震える声が発する問い。

 嘘だと、そう言えればどんなによかっただろう。

 でも、本当のことだった。

 魔法少女ピュアアコナイト、彼女の憧れの人は私を虐めていた。

 彼女の願いを汚す真実。

 ずっと隠していたのに、知られたくなかったのに、知られてしまった。

 願いを汚された彼女に、なんと言えばいい?

 その答えを、私は持っていなかった。

 だから、口をつぐんで顔をそらす。

 はやく、終われと思う。

 虐められていた時と同じだ、ただ黙って苦痛の時間が終わるのを待つ。

 結局私はあの頃から変わっていない、何も。

 

「カメリア?」

 

 目も合わせない私の様子が気に入らないのかハイドランシアが私を揺さぶる。

 答えが欲しい、自分の考えを否定して欲しいと。

 

「シアちゃん!やめて」

 

 私に馬乗りになっているハイドランシアを誰かが羽交い締めにした。

 リリィだ。

 白い魔法少女は私とハイドランシアを引き離してくれた。

 

「カメリアちゃんにあたったって、どうにもならないでしょ」

 

 ハイドランシアは特に抵抗もせず、彼女の拘束を受け入れている。

 彼女だって分かっているのかもしれない、私に詰め寄ったところで、何も変わらないと。

 そんなことをしても過去がなかったことにはならない。

 ハイドランシアの目から大粒の涙がこぼれた。

 

「シアちゃん……」

 

 力なく項垂れるハイドランシア。

 リリィは拘束を緩めると、背後から彼女を優しく抱きしめた。

 ハイドランシアは特に何の反応もせず、されるがままだ。

 リリィからの気遣わしげな視線が向けられる。

 やはりというか、私の発言は彼女にも聞かれていたのだろう。

 彼女にも、知られたくはなかったのに。

 

「今は、とにかく戦いに加勢しなくちゃ」

 

 リリィの視線が、今も激闘を続ける二人の魔法少女へと向けられる。

 魔法少女ピュアアコナイトと魔法少女レッドアイリス。

 二人の星付き魔法少女の戦いを止めるのがまず先決だろう。

 込み入った話はそれからでいい。

 

「どちらを味方するの?」

 

 ハイドランシアが空な目で呟く。

 どちらを?

 その問いに私たちは顔を曇らせた。

 ハイドランシアにとっては憧れの人と自分を導いた師匠なのだ。

 どちらの味方についても、彼女を否定することになる。

 憧れと恩の間でハイドランシアは揺れていた。

 

「どちらかなら、アコナイトの味方になってくれれば私は嬉しいけどねぇ」

 

 紫の双眸が私たち三人を捉える。

 瞳と同じ紫の色彩で彩られたチャイナドレス、バイオレットクレスが私たちと戦いの間に立ち塞がっていた。

 

「クレス……さん?」

 

 リリィとハイドランシアが状況を掴みかねていない声音で呻く。

 私はというと、どこか納得していた。

 やはり、彼女はアコナイトの味方なのだな。

 彼女が私を虐めていたという事実を聞いてもなお。

 

「さすがのあいつもアイリスの相手は骨が折れるだろう。人数有利を取ってさっさと片付けたい。避難したお茶会の参加者に言い訳もしなくちゃだし…………まぁ、それはアイリスが癇癪を起こして暴れ出したとでも言えばいいか」

 

 実に自己本位な発言。

 でも、確信をついた発言だった。

 二人のパワーバランス、その天秤は私たちがどちらに味方するかにかかっている。

 そして、日頃の人望からこの騒動はアイリスが引き起こしたものだという情報を流せば、誰もがそれを信じてしまうだろう。

 

「あなたはっ……あんなことを聞いても彼女の味方をするの!?」

 

「そうだね」

 

 信じられないものを見るかのようにリリィは呻く。

 クレスは涼しい顔をしてそれを受け止めた。

 そんなことは分かりきっているとばかりに。

 

「アコナイトさんは、虐めをしていた。そして今、暴力でもってカメリアちゃんを奪おうとしている!それをっ!あなたは味方するの!!?」

 

 血を吐くかのような叫びだった。

 リリィだって、アコナイトとクレスを知らなかったわけではないだろう。

 それくらい、かの星付き魔法少女は有名で、魔法少女たちの憧れだった。

 その幻想が音を立てて崩れるのを見て彼女はどう思ったのだろうか。

 リリィの悲痛な叫びに、ハイドランシアが震える。

 その叫びは、現実を直視することを拒んだハイドランシアにとっても辛い言葉だった。

 でもそれを聞いたクレスは…………表情を崩さなかった。

 

「私たちのチームはねぇ、昔はもっと大所帯だったんだよ」

 

「え?」

 

「それが、一人、また一人と欠けていった。願いを失ったやつもいたし、死んだやつもいた」

 

 何かを憂うように紫の瞳が伏せられる。

 隠しようのない負の感情。

 それは、私を説得していた時にも見せたあの表情だった。

 アイリスには泣き落としと言われていたけど、私はあの涙が嘘とは思えなかった。

 

「私はね、あいつの横に残った最後の仲間なんだよ。だから最後まであいつの味方でいたい。あいつに聞くなと言われれば、事情も聞かずに味方する。大いなる正義のためと言われれば、喜んで手も汚すさ」

 

「そんなの、正しい仲間の在り方じゃない」

 

「そうかもね、でもあいつを一人にしたくないんだ」

 

 どこか達観した笑みだった。

 諦め?悲しみ?自嘲?複雑に入り混じった笑み。

 その笑みと共に彼女の周りで水が渦巻く。

 水、私たちの仲間であるハイドランシアと同じ属性だ。

 でもクレスの力の使い方はハイドランシアとは全く違った。

 水が形を変え、様々な武器へと姿を変えていく。

 何十という水の凶器が私たちへと狙いを定める。

 

「別に、君たちがアコナイトと敵対すると言うならそれでもいいよ。私は彼女の意を汲んでカメリアを確保するだけだ」

 

「っ!」

 

 もはや、言葉は意味をなさない。

 彼女も、力尽くで私の力を手に入れるつもりなのが伝わってきた。

 リリィも槍を呼び出し、構える。

 私も、いつでも金魚を出せるようにと手をかざす。

 でも……私の隣にいるハイドランシアは、ただ震えていた。

 涙に潤んだ瞳が、助けを求めるように彷徨う。

 彼女は、いまだに何も切り捨てられずにいた。

 

「シアちゃん……」

 

 そんな彼女の様子をリリィが見逃すはずなかった。

 

「戦わなくて、いいよシアちゃん」

 

 リリィの出した結論は、彼女の師匠と同じものだった。

 苦しむくらいだったら、戦わなくていい。

 今ここで答えを出さなくていい。

 そう言って彼女は優しく微笑む。

 でも、その微笑みにいつもの元気さはなかった。

 

「あたしが、なんとかするから」

 

 そう言って、彼女は一歩を踏み出した。

 私も彼女に続く。

 いつもと同じ陣形、いつもと違うのはハイドランシアなしということと、相手が魔法少女だということ。

 どうして、こんなことになったのだろう。

 深災から人を守るための魔法少女なのに、魔法少女同士で戦うなんて、何か間違っている。

 

「いけ」

 

 私が出した金魚たちは、いつもよりずっと弱々しかった。

 

 

 

 


 

 

 

 

 振るった鎌が弧を描いて相手に迫る。

 白金の魔法少女は余裕をもって、その紅い軌跡を回避した。

 それどころか、お返しとばかりに数多の光線がこちらへと躍りかかる。

 

「チッ!」

 

 思わず舌打ちが出る。

 どうにもやりづらい相手だった。

 光線も光の斬撃も、こちらの命をゆうに刈り取るだけの威力が秘められている。

 それなのにこちらの攻撃は通じていない。

 回避不能のタイミングで切り込んだとしても、光る盾が現れ私の攻撃を阻んだ。

 アコナイトの周りを回る光球、それが形を変え、あらゆる状況に対処してくる。

 光線による遠隔攻撃。

 光剣による近接攻撃。

 光盾による戦闘補助。

 魔法少女ピュアアコナイトは三つのタイプ全てを使いこなす魔法少女だと聞いていた。

 三つのタイプを全て網羅するよりも私のように一つのタイプに特化した方が強いと自負していたのだが、実際相手にするとここまでやりづらい相手だとは。

 こいつを無力化するのはかなり骨が折れるだろう。

 

「ねぇ、そろそろ負けを認めたら?」

 

「抜かせ!」

 

 アコナイトは汗ひとつかかず澄ました微笑でこちらを煽る。

 ムカつく。

 私はまだ負けてねぇだろうが。

 

「私たちの実力は拮抗している、でも勝つのは私」

 

「ほーん。大した自信だな。なぜそう言い切れる」

 

「だって、あなた私を傷つけるつもりないじゃない」

 

「っ!…………クソが」

 

 見抜かれて、いたか。

 そりゃそうか、アコナイトの攻撃は全てこちらを殺しかねないものだったのに対して、私の斬撃はあえて急所を避けていた。

 彼女のほどの強者がそれを見逃すはずがない。

 そうだ、戦闘が始まった当初から私にアコナイトを傷つける意思はなかった。

 だってそうだろ、私たちは同じ魔法少女、仲間だ。

 傷つけ合う道理なんて、あるわけねぇだろうが!

 

「そんな半端な覚悟で私に勝とうなんて、随分と舐められたものね」

 

「人を助けるために、人を傷つける。それを許容しちまったらそれは私の正義じゃねぇよ」

 

 私の言葉に、アコナイトの目が見開かれる。

 彼女の動きが、止まった。

 表情が固まり、彼女の光球も停止する。

 だらんと投げ出された腕、明確な隙だった。

 だが、私は切り込まなかった。

 彼女の中で、何かがひび割れたのを感じた。

 それが、爆発する。

 切り込むのはその時だ。

 

「やっぱりあなた…………嫌い。嫌い!嫌い嫌いぃぃ!」

 

 アコナイトが、頭を掻きむしり絶叫する。

 それと同時に光球が狂ったように震え、肥大化した。

 今までとは比較にならないレベルの光線が、光の奔流が、私に向けて放たれる。

 

「うらぁああああっ!」

 

 私も、自分の持てる力を全てを振り絞り、大鎌に込める。

 鎌は私の願いに応え、その銀の刀身を真っ赤に染めあげた。

 純粋な、力と力をぶつけ合う。

 この攻撃を躱すこともできた。

 だがここで私がこの攻撃を防御する、それがこの戦闘の核心だ。

 真っ白の光の帯を私の紅い斬撃が切り裂く。

 まるでこの戦闘の開幕の展開の焼き回し。

 でも先ほどの一撃とは違い、今回の光線には私への明確な殺意が乗っていた。

 ここで私を無力化するという意思が。

 それを大鎌で受け止める。

 ビビの入った大鎌が悲鳴を上げた。

 銀の刀身にさらに亀裂が入っていく。

 だがそんなことは気にもしない、この一撃を止められれば、それでいい!

 鎌を振り切り、白い奔流を最後まで断ち切る。

 私の腕の中で、自慢の大鎌が音を立てて砕け散った。

 大鎌の再生成には時間がかかる、私は事実上無力化されてしまったことになる。

 でもこれで十分だ、私の武器は立派に役目を果たしてくれた。

 

「フ、フフ……ほら、どう?武器を失ったあなたに勝ち目があるのかしら」

 

 砕け散った私の得物を見て、アコナイトの目が喜色に染まる。

 おーおー、嬉しそうに。

 だが、気づいていねぇのか?

 

「あ〜あ〜」

 

 私はわざとらしく首をすくめて声を漏らした。

 私の様子に、アコナイトの嬉しそうな顔が歪む。

 何を企んでいる?というように細められる瞳。

 やっぱり気づいていねぇみたいだな。

 

「私が防いであげてよかったなぁ。お前の攻撃、私が避けていたらお仲間さんに直撃していたぜ」

 

「は?」

 

 彼女の放った光線、その射線上、私の背後には……今もアコナイトのために戦うチームメイトがいた。

 もし、私が攻撃を相殺していなければ?

 彼女の放った光の奔流は彼女の大切な仲間を飲み込み、消し去っていただろう。

 冷静に戦えていれば、することのない致命的なミス。

 そんなことにも気づけないほど、彼女の目は曇っていた。

 彼女の正義は、歪んでいた。

 

「…………っ!……あぁ」

 

 その事実にようやく気づいたのか、彼女の身体に震えが走る。

 自分が、怒りに呑まれどんな攻撃を放っていたか自覚したのだろう。

 もちろん、殺気が籠もっていたとしても、彼女に本当に殺す気があったわけではないだろう。

 こんな攻撃でアイリスが死ぬわけがない、と心のどこかで思っていたはずだ。

 そのくらい、数回の攻防で私たちはお互いの強さを認め合っていた。

 だが、そんな事実は関係がない。

 問題なのは急に我に返ったアコナイトがどう思うかだ。

 仲間を殺したかもしれない一撃を、殺意を持って放った、その罪悪感は彼女の願いをどう歪めるかな?

 

「…………ちが……違うのよ」

 

 私の予想通りアコナイトは罪の意識に打ちのめされ、地面に崩れ落ちた。

 彼女の背負っていた光輪も、光球も光を失い霧散する。

 戦意喪失、勝負有りだな。

 魔法少女というやつはどいつもこいつも願いを大切にしすぎだ。

 願いをちょっと曇らせただけでこうも簡単に無力化できるなんて、ちょっと問題だと思う。

 他の魔法少女も私みたいに適当な願いで戦えればいいのにな。

 まぁ、そんなこと今はいいか。

 膝をつき、ほうけるアコナイトに歩み寄る。

 彼女の胸ぐらを掴み、自身へと引き寄せた。

 

「なぁ、アコナイト。お前の正義はどこいった?」

 

 お前が人々を守るために戦っているのは知っている。

 知っているし、見てきた。

 お前は私が嫉妬するぐらいの立派な正義のヒロインだった。

 それが、どうしてこうなる?

 人を助けるはずのお前が人を傷つけてどうすんだよ…………

 

 

 

 


 

 

 

 

 水が形を変えて、私たちへと襲い掛かる。

 鞭のようにうねったかと思えば、次の瞬間には槍となり繰り出される。

 リリィは槍でなんとかその猛攻を捌いていたが、私は捌き切れず何発か貰ってしまっていた。

 

「あぐっぇ」

 

 そう思っている間にも水の槌が私の頭を打った。

 槍も剣も当たる瞬間には形を崩してくれている。

 だから、クレスにはこちらに重傷を負わせる気はないのだろう。

 とは言え、そこそこの質量の水がぶち当たるのでダメージはそれなりに大きい。

 

「カメリアちゃんっ!」

 

 リリィが心配そうに叫ぶ。

 でも、それに対して大丈夫だと言葉を返す余裕は今の私にはなかった。

 頭を打たれ、意識が朦朧とする。

 戦闘が始まってから、私は足を引っ張ってばかりだった。

 私の召喚する金魚は数も、力も、いつもとは比べものにならないほど衰えていた。

 願いをうまく抱けていないからだ。

 私の願いは自分本位なものではあるけど、人を助けたいというものには違いなかった。

 助ける人が自分では、うまく力を発揮できない。

 それに、魔法少女同士で戦うことなんて間違っている、そう思う私がいつも通り戦えるはずなんてなかった。

 よろける私に向かって水の凶器が殺到する。

 リリィを相手取るよりも私をダウンさせて、確保した方がいいと判断したのだろう。

 それは正しい。

 今の私にこの攻撃を防ぐ術はない。

 私が倒れればリリィは私を守りながら戦うこととなり、圧倒的不利だ。

 私がいつも通り戦えていれば……

 自分の無力さに私が顔を歪めた、その瞬間。

 光が辺りを包んだ。

 白と紅の光が交差し、破壊を撒き散らす。

 そのあまりの眩しさに、私たちは目を塞ぐ。

 光が収まり、くらんだ目を瞬かせた時、事態は動いていた。

 

「アコナイト?」

 

 私たちを攻撃していたはずのクレスは攻撃の手を止め、茫然と光が射した方向を見つめている。

 そこには、アイリスとアコナイトが対峙していた。

 先ほどの光、アコナイトがこちらに向かって攻撃を放ったのだろうか?

 でも、なんだか様子が変だ。

 二人を見つめていると、宙に浮かんでいたアコナイトが地面に崩れ落ちた。

 どうやら星付き魔法少女たちの方は決着がついたみたいだ。

 アコナイトはアイリスに胸ぐらを掴まれている。

 まるで不良みたいなことするな。

 このまま彼女がアコナイトを殴り飛ばさないといいけど…………殴り飛ばさないよね?

 

「大将戦はこちらの勝ちみたいだね。どう、このまま師匠も相手取るの?」

 

「…………ふむ」

 

 アイリスの勝利にほっとしたようにリリィが息を吐く。

 アコナイトが負けた以上形勢はこちらが優勢だ。

 クレスもそれが分かっているのか顎に手を当てて黙り込んだ。

 とりあえず、戦いは終わりそうだ。

 そのことにひとまず安心する。

 

「仕方がないか」

 

 呟くように漏れ出た言葉。

 その言葉に、なんだか嫌な予感がした。

 

「悪いが、手を離してくれないかアイリス。チームメイトを傷つけたくはないだろ」

 

「あぁ?」

 

「え?」

 

「は?」

 

 彼女の言葉に私たちはそれぞれ惚けた声を出した。

 何て?

 クレスが指し示す方向、戦場から少し離れた地点に四人の魔法少女がいた。

 見覚えのあるピンク色の魔法少女、そしてそれを囲むこれまた見覚えのある三人の魔法少女。

 

「キャンディ!?」

 

 アイリスのチームメイトにしてハイドランシアの妹、コットンキャンディが三人の魔法少女に拘束されていた。

 あの三人の魔法少女、私をクレスの元まで連行したやつだ。

 キャンディの首筋には剣が押し当てられている。

 チームメイトを傷つけたくはないだろ、とはつまり脅し文句だった。

 一体どのタイミングで指示を出していたのだろう?

 私たちはそれに気づけなかった。

 

「いやー、三対一じゃぁ勝てないね☆」

 

 場違いに明るいキャンディの言葉。

 でもボロボロになったコスチュームからは彼女の奮闘ぶりが見て取れた。

 こんな風に脅しの材料に使われるのは彼女の本意ではないだろう。

 笑いながらもその身体は屈辱に震えていた。

 

「クレス、あんまり私を怒らせるなよ?」

 

「私は手を離せと言ったんだが?」

 

 私の方からでは後ろ姿でアイリスの表情は見えなかった。

 でも、彼女の声はいつになく低かった。

 

「………………はいよ」

 

 しばしの間の後、アコナイトの胸ぐらを掴んでいたアイリスの手が離される。

 それと同時に水がしなり、アイリスを拘束する。

 その拘束に、アイリスは一切抵抗しなかった。

 その感情は、やっぱり後ろ姿からは読み取れない。

 人質に、アイリスの無力化、一気に形勢を逆転されてしまった。

 それほどに、致命的な一手だった。

 リリィも、口惜しげに槍を下ろす。

 

「さて、これでもう邪魔者はいないね。アコナイト?いつまで自失しているんだい」

 

「クレス……」

 

「君の覚悟はそんなものなのかい?第13封印都市を解放するんだろう?」

 

「…………そう……だね」

 

 クレスの言葉に、アコナイトの瞳に濁った光が灯る。

 彼女は立ち上がると、私を視界に収める。

 アコナイトがまるで幽霊のような足取りでこちらに近づいてくる。

 嫌な汗が、私の全身を湿らせた。

 

「行こうか、カメリア」

 

 手が、差し出される。

 アコナイトの濁った瞳が私を貫いた。

 断れない要求。

 私の力を求める彼女は悪なのだろうか、それとも正義なのだろうか。

 分からない、今日の戦いを通して私はそれが分からなくなってしまった。

 目の前の女は私を虐めた張本人、だけど彼女にも譲れない大義がある。

 それを感じたから。

 第13封印都市を解放、それは悪いことどころか私も称賛するほどの善行だ。

 彼女を拒絶するのは、私が嫌だから、気分が悪いからにすぎない。

 その我が儘で、今日の戦いが起こってしまった。

 みんなに…………嫌な思いをさせてしまった。

 私は間違っていたのだろうか?

 分からない。

 でも最初から、この手を取っていれば…………傷つくのは私一人で済んだはずだった。

 ふらふらと上げた私の腕。

 それを力強く掴まれる。

 

 アコナイトではない人物に。

 

「……ハ、ハイドランシア?」

 

 ハイドランシアが私の腕を、アコナイトから遠ざけ、胸に抱く。

 その瞳は、まだ何か迷っているかのように潤んでいた。

 それでも、彼女は私を庇った。

 

「やめてよ。どうして…………こんなことをするの?」

 

 ハイドランシアの問いに対して、アコナイトの目が細められる。

 

「そうする必要があったから」

 

「違う!こんなこと必要ない!あなたは、私の憧れたあなたたちは、こんなことはしないっ!これ以上私の憧れを壊さないでぇっっ!!」

 

 それは悲鳴のような叫びだった。

 憧れを否定された少女の、悲痛な悲鳴。

 人を傷つけて、卑怯な手を使ってでも力を手に入れる。

 そんなことは、ハイドランシアにはとても許容できる現実じゃなかった。

 

「これが私よ。勝手に憧れたのは、あなたの方でしょう?」

 

 突き放すかのような一言。

 耳を塞ぎたくなるような、一言。

 私の腕をかき抱く少女の体温が、すっと冷える。

 私の目の前で少女の願いが握り潰され、粉々に破壊されたのを感じた。

 

「邪魔ね、私の欲しいのはあなたじゃないわ」

 

 アコナイトがハイドランシアを無視して私へと手を伸ばす。

 ハイドランシアが掴む方とは逆の手を掴まれる、まるで万力のようにきつく。

 私の元へ来いという、確かな意思を感じた。

 そのまま、彼女の方へと引っ張られる。

 

「うぅ」

 

 アコナイトに引かれるまま、よたよたと歩く。

 抵抗する気力は、もうなかった。

 そんな無抵抗な私の動きが、止まる。

 ハイドランシアが私の腕を離さなかったから。

 私を取り合って、二人の魔法少女が引っ張り合う。

 

「お願い……私の友達を、傷つけないで……」

 

 絞り出すかのような嗚咽。

 私の友達は静かに泣いていた。

 憧れを否定され、憧れたその人に願いをぐちゃぐちゃにされても、ハイドランシアは正しい正義を貫こうとしていた。

 壊された願いをかき集めて、どうにか私を守ろうとしてくれていた。

 そんなの見ていられない。

 だから私はその手を優しく払った。

 これ以上、彼女に無理をして欲しくなくて。

 

「ごめん、でも私は大丈夫だから」

 

 だからもう泣かないで。

 私の我が儘でこれ以上誰かが傷ついて欲しくない。

 すがるように伸ばされた腕を、私は掴まなかった……

 

 

 

 


 

 

 

 

「………………………………」

 

 まるで葬式のような沈黙が辺りに広がっていた。

 破壊の跡が色濃く残るお茶会の会場で、あたしたちは傷つき、俯いていた。

 アコナイトたちはもういない。

 カメリアちゃんを連れて行ってしまった。

 自分の槍を、きつく、きつく握りしめる。

 あたしがもっと強ければ、結果は変わったのかもしれないのに。

 自身への不甲斐なさだけが募る。

 

「よっと」

 

 師匠が、自身を拘束していた水を引きちぎって立ち上がる。

 

「なんだ野郎ども、揃いも揃ってしけた面しやがって」

 

「………………野郎じゃないです」

 

 この人は…………こんな状況だっていうのに相変わらずだな。

 それが頼もしくもあり、呆れるところでもある。

 今、あたしが涙を必死に耐えていたの、分かってないでしょ。

 

「まさかやられっぱなしで終わる気じゃねえだろうな?」

 

 師匠がこちらを挑発するように不適に笑う。

 あたしたちを元気付けようとしているつもりなんだろう。

 

「取り戻すぞ!あいつを!!」

 

 全くこの人は、本当に……眩しいな。

 師匠が魔法少女の希望と呼ばれるのも、よくわかる。

 この人はいつだってこうだ。

 みんなを引っ張る、希望だ。

 

「うん!」

 

 力強くそう返事をしたのは、あたしではなくシアちゃんだった。

 涙で濡れるその瞳は、確かに前を向いていた。

 彼女はカメリアちゃんに振り払われた腕を、強く握り締める。

 

「誰に喧嘩を売ったか分からせなくちゃね☆」

 

 シアちゃんに続いてキャンディちゃんも立ち上がる。

 あたし以外のみんなは強くて、頼もしくて、少し嫉妬してしまう。

 でも、そうだよね。

 このままじゃ終われないよね!

 

「助けよう、カメリアちゃんを。あたしたちで!」

 

 あたしも、みんなに続いて立ち上がった。

 自分の無力を嘆くことなんていつでもできる。

 今はその時じゃない。

 がむしゃらに前を進もう。

 そこであたしの友達が助けを待っているのだから。

 あたしたちは目を合わせ、お互いに頷き合った。

 

「ところで…………あいつどこに連れていかれたの?」

 

 団結していた私たちの意思は、師匠のその一言で霧散した。

 この人は、本当に…………締まらないなぁもう!



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それぞれの願い

救いなんてないです。


「あ〜ん」

 

「…………ぁ、ぁ、あの……」

 

「ほら、あ〜ん」

 

「ぁ、あ〜ん???」

 

 私の目の前に突き出されたスプーン。

 スプーンに乗っているのは、なんてことのない普通のチキンライスだった。

 先ほどレンジの音が聞こえてきていたので冷凍のものだろう。

 それを口の中に突っ込まれる。

 私にあーんをしてきた目の前の少女は特に何の感慨もなく、疲れ切った瞳でこちらを見つめていた。

 その気まずい視線に晒されながらも、私は口の中に入ってきたものを咀嚼する。

 私が口の中のものを飲み込んだのを確認した少女が次の一口を掬い、また突き出してくる。

 

「あ〜ん」

 

 あ……の…………なんですかこれ?

 女の子にあーんしてもらうなんて私にとっては理想的なシチュエーションなはずだったんだけど。

 今ここに漂っているのはなんとも言えない気まずい空気だけ。

 そこに、私の望んだような甘酸っぱい空気は微塵も存在していない。

 私の前にいる少女は何も喋らず、あいも変わらず胡乱な視線をよこすだけだ。

 そこには疲労と諦観しか感じられなかった。

 どうしてこうなった?どうしてこうなった!?

 

 

……

 

 

…………………

 

 

……………………………

 

 

 どうしてこうなったか、そもそもの始まりから思い返そう。

 吸魔の力を持つ私をめぐっておこった魔法少女同士の戦い。

 その戦いに勝利したのはアコナイトだった。

 彼女は卑怯な手段を使ったとはいえリリィたちを負かし私を手に入れた。

 戦いの後、アコナイトによって強引に連れ出された私は、彼女の出した光の鎖によって拘束された。

 抵抗を封じるためだろう。

 私としてはもう抵抗する気も起きないので好きにしてくれといった感じだったのだけど……

 

「じゃあ、明日」

 

「ええ……」

 

 私を連れてどこかに向かうかと思いきや、花園から離脱したアコナイトとクレスは特に話し合うこともなく別れた。

 もう何をすべきか、お互いにわかっているみたいだった。

 でも、クレスはアコナイトに聞きたいことが沢山あったはずだ。

 私への虐めのことだって、彼女は知らなかった。

 私とアコナイトの関係も、アコナイトが過去にしてきたことも彼女は知らない。

 それは、チームメイトとして正しくない形のように見えた。

 でも、彼女はアコナイトにただ頷いただけだった。

 そこからは確かな覚悟……いや諦観かもしれない、何か黒い覚悟が感じられた。

 もう、私がどうこうしても、彼女たちの決心を変えることはできないのかもしれない。

 そうして私と二人きりになったアコナイトは私を米俵のように肩に担ぐと、夕日で赤色に染まりつつある空を駆けた。

 あの、もっとマシな抱え方はなかったのだろうか?

 お姫様抱っことは言わないけど、もっとこう……あるじゃん運び方。

 お腹に肩がめり込んで痛いです。

 そんなロマンの欠片もない運び方で連れ出された私が辿り着いたのは、住宅街にあるビルのベランダだった。

 

「………………?」

 

 ベランダの窓を開け、私を抱えつつも部屋に入るアコナイト。

 ここが彼女の家なのだろうか?

 普通に窓の鍵が空いているのは無用心だと思うけど、結構高い階だったし大丈夫なのだろうか。

 家具の少ないシンプルな内装。

 その数少ない家具の一つのソファーに放り投げられる。

 

「着替えてくるから、適当にテレビでも見ていて」

 

 伸びをしながら、アコナイトが家の奥へと続く扉へと手を掛ける。

 私が止める間もなく、彼女は扉の奥へと消えてしまった。

 

「………………」

 

 うーん……

 少し、困惑する。

 無理やりにでも手に入れる、と言っていたから私の力を手に入れるために何か乱暴されるのかと思ったのだけど……

 テレビでも見ていてって……なんだか私の危惧していた状況とは違うみたいだ。

 それとも、あの扉の奥で彼女は私から力を奪う準備を進めているのだろうか?

 テレビ、と言っても私は縛られていてテレビのリモコン取れないんですけどね。

 どうやらそこまで考えが及ばなかったようだ。

 

「うーん、あれ?」

 

 縛られた身体で芋虫のようにのたのたと身動ぎをして部屋の中を見渡す。

 無機質な家具の中に混ざって私はあるものを見つけた。

 タンスの上に置かれた小さな水槽、その中で泳ぐ金魚の姿。

 水槽の中には綺麗な水草が生茂り、金魚はのびのびとヒレを揺らめかせている。

 何だか音がすると思ったら、水槽のろ過フィルターのモーターの音だったらしい。

 金魚……飼っているのか。

 何だか彼女のイメージとはあわないような気もするけど、彼女は金魚というよりかは煌びやかな熱帯魚なんかが似合う気がしてしまう。

 水槽は手入れが行き届いていて汚れひとつない。

 きっと大切にされているのだろう。

 アコナイトと自分の意外な共通点を見つけて、何だか複雑な気分だ。

 そういえばププちゃんはどうしよう。

 今日、私が帰らなければあの小さな友人に食事を与える人がいなくなってしまう。

 腹を空かせていないといいけど。

 ソファーに寝そべり、ぼけっと水槽を眺めていると、私の耳が何かまた別の音を拾った。

 断続的な低音。

 これは、レンジの音だろうか。

 しばらくするとその音は止んだ、そうして何かガラス製のものが奏でる音、足音、そういった生活音の後、扉がまた開いた。

 

「あら、テレビつけなかったの」

 

 そう言った少女は両手でお盆を持っていた。

 お盆の上には湯気を立てた二人分の料理と、コップに汲まれたお茶。

 

「ごめんなさいね、料理する気力がなくて、冷凍食品だけど」

 

 そう言って彼女は私の前に料理を置いた。

 

 

……………………………

 

 

…………………

 

 

……

 

 

 それで今に至る訳なんだけど……

 色々と突っ込みたい。

 なんで私たちは呑気に食事なんてしているのだろう。

 

「ぁ、あの……自分で食べれるので…………これ」

 

 解いてくれない?

 そういう願いをこめて体を揺する。

 私を縛る光の鎖が金属音を奏でた。

 

「嫌よ、どうせ逃げるでしょ」

 

 取り付く島もないな。

 私はもう逃げる気力はないんだけどな……まぁ、そう言っても信じられないゆえの拘束か。

 これまで頑なに彼女を避け続けてきたのが裏目に出てしまったのかもしれない。

 

「ああ、大丈夫よ。あなたの両親のところには私の精霊を向かわせたから」

 

 用意周到ですね。

 精霊が魔法少女の仕事で娘は帰れないと説明してしまえば、私の不在を疑問に思う人はいなくなってしまうだろう。

 逃げ道が塞がれてしまった、逃げる気はないっていうのに。

 でも、帰ってこない娘のために両親が晩ご飯を作って待つことも、ププちゃんが腹を空かせることもなくなったのは感謝しておこう。

 不服だけど彼女から差し出される食事を咀嚼し、腹を満たす。

 正直お腹は空いていない、お茶会でケーキをあんなに食べてしまったから。

 聞きたいことはまだあった。

 

「ぁ、と……藍澤さん、だよ……ね?」

 

「はい?」

 

 私の目の前に座る少女、それは私の記憶にある少女とあまりにかけ離れていた。

 私の知る藍澤恵梨香という少女はまさに完璧を体現したような少女だった。

 濡羽の黒髪に、整った顔立ち、凛とした雰囲気に纏うのは上品な振る舞い、ただそこに立っているだけなのにこちらも背を伸ばしてしまう様なカリスマ。

 でも、今私の前にいる少女は何か違う、藍澤恵梨香のなり損ない、そんな言葉が浮かぶ風態だった。

 綺麗な髪色は光沢を失い、気怠げに座る彼女の背筋は曲がっている。

 そして何より違和感を感じるのはその目だ。

 虹彩の薄い胡乱な瞳、その下に陰る影、大きなクマがその存在を主張していた。

 彼女を前にしているというのに、嫌悪感をそれほど感じないのは、それよりも先に心配が出てきてしまうからかもしれない。

 体調悪いの?

 

「あぁ、いつもは化粧もしているし、気も張っているから印象が違く見えるかもしれないわね」

 

 化粧、していたんだ。

 普通に校則違反なんだけど……でも彼女の超越した雰囲気のせいか、私を含め誰もそのことに気がついていなかったな。

 しかし、こんな擦れた印象の少女が化粧一つであんな完璧人間へと変身するのだから末恐ろしい。

 私へと食事を差し出す彼女をじっと見つめる。

 疲れ切った、顔だった。

 違う、かもな……私はそもそも藍澤さんの顔なんて見ていなかったのかもしれない。

 ただ彼女が怖くて、嫌で、俯いて彼女の足ばかり見ていた。

 私の思い描く藍澤恵梨香という少女は私の作り出した虚像でしかなかった。

 彼女がこんな風に疲弊する理由を私は知らないし、知ろうともしなかったのだ。

 顔を、上げる時かもしれない。

 

「ねぇ」

 

「なぁに?」

 

「藍澤さんは、どうして私を虐めたの?」

 

 そしてどうして今は私にあの時のように酷いことをしないの?

 今の私を虐めないのは私が魔法少女だから?それとも吸魔の力を持っているから?

 ねぇ、何がそんなに苦しくて、そんなに疲れた顔をしているの?

 私の問いに、藍澤さんが押し黙る。

 チキンライスを掬ったスプーンが、中途半端な位置で止まっていた。

 

「明日……」

 

 彼女の口が開く。

 

「明日、私たちは第13封印都市奪還作戦を決行する」

 

 随分、早急な話だった。

 親睦会を開いた次の日に、もう作戦を開始するとは。

 でも、私という鍵の所在を考えれば妥当な話かもしれなかった。

 今日、アコナイトたちは私を無理やり奪った。

 負けたとはいえ、アイリスやリリィは私が道具の様に扱われるのを黙って見ているだけとは思えない。

 彼女たちなら、私を取り戻そうとするだろう。

 そうなる前に、私という力が手元にあるうちに、作戦を決行する必要がある、そういうことだろう。

 

「…………私たちは明日、あなたの力を必要としている」

 

 私の力、吸魔の力を。

 ことりと、スプーンが机の上に置かれる。

 そうして彼女は私を見据えた。

 濁った瞳だった。

 

「私があなたを虐めた理由も、私があなたの吸魔の力を必要とする理由も、本質的には何も変わらない」

 

 濁った瞳、乾いた唇から答えが発せられる。

 なんとなく、そうじゃないかとは思ってはいた。

 その二つの理由が変わらないとなると、真実は自ずと浮かび上がってくる。

 でも、それが真実だとすると、彼女はどこで歪んでしまったのだろうか。

 

「ねぇ日向、例えば全ての魔法少女の願いを束ねて均一化するとしたら、そこに残る願いはなんだと思う?」

 

 今度は、彼女の方が私へと問いかけた。

 難しい、問いだ。

 全ての魔法少女の願いを束ねて均一化、それはつまり魔法少女たちの願いに共通するものは何か、という問いだろう。

 魔法少女一人一人、抱える願いは違う。

 私の様な自分勝手な願いから、他人の幸せを願った、清く正しい願いまで。

 魔法少女の数だけ願いがある。

 それらに共通するもの……か。

 

「私たちは深災から人々を救うため魔法少女になる。だから残る願いは平和を祈る心のはずだよ」

 

 深災の被害者を一人でも減らす、そのために私たちは戦っているのだから。

 そうでなければ、私たちの戦いは報われない。

 その答えを聞いた藍澤さんの目が細められる。

 まるで何か眩しいものを見たかのように。

 

「やっぱりあなたは優しい子ね。でも違うの。魔法少女たちの願いはそんな綺麗なものじゃないわ」

 

 私の願いは、否定された。

 だとすると何だというのだろう。

 魔法少女とは、何を望んで生まれるのか。

 

「それはね、優越よ日向。特別なものに選ばれた、人より上の存在だという優越感、人より秀でていたいという醜い欲望なのよ」

 

 あぁ、そうか。

 どこか、納得する話だった。

 未熟な少女たちが不相応な力を与えられて抱く願い。

 特別な存在になったという高揚。

 私を見下ろす、かつての彼女が脳裏によぎる。

 共魔の力とは、つまりそういうことなのか。

 だからあなたは…………あの日あんな風に微笑んでいたんだね。

 這いつくばる私を見て、あなたはそれを感じていたんだ。

 

 

 

 


 

 

 

 

「よし、こんなものか」

 

 そう言ってアイリスは銀の凶器を素振りした。

 先の戦いで粉々になったその大鎌は銀の鉄片からようやく鎌と呼べる様相まで修復を果たしていた。

 そこら中に転がった机と椅子、床にぶちまけられたお菓子の数々。

 めちゃくちゃになったお茶会の会場で私たちは思い思いに、その疲れを癒していた。

 動こうにも、カメリアの所在が分からなければ動きようがない。

 だから、ひとまず身体を休めることにしたのだ。

 

「大丈夫、シアちゃん」

 

 椅子に座って俯く私をリリィが覗き込む。

 大丈夫も何も、私はこのメンバーの中で唯一戦っていない。

 ただ突っ立っていただけだ。

 ダメージで言うなら彼女の方がよっぽどだろう。

 そんな風に思って、自重気味に笑う。

 

「戦えそう?」

 

 聞いて欲しくない問いだった。

 自分の手を見下ろす。

 戦えるか?そんなこと分からない、戦わなくてはダメだ、とは思う。

 どうして?正義はこちらにあるから。

 私の憧れは間違ってしまった、それは正されなければいけない。

 でも…………

 手に力を込める、想像するのは私の相棒、一緒に戦ってきた頼もしい武器。

 手のひらから水が溢れ出し武器を作り出す。

 魔法少女ミスティハイドランシアの武器、水の鞭。

 しかしそれは何とも不完全な姿をしていた。

 不定形なドロドロの形態に中途半端な長さ、射程が短くなったこの武器ではいつもの様に戦うことは難しいだろう。

 いっそのこと鞭ではなく短刀でも形作った方がいいかもしれない。

 明らかに、私の力は弱まっていた、それも致命的なぐらいに。

 

「やっぱり、最初の願いをうまく抱けねぇか」

 

 願いを抱けるはずがない。

 だって私はあの人をずっと追いかけて戦ってきた。

 今更、その憧れをなかったことになんか出来やしない。

 かと言って、以前の様に憧れることももはや不可能だ。

 私は憧れに失望してしまったのだから。

 

「…………願いを失ってしまった私はどう戦えばいい?」

 

 戦わなければいけないのは分かっていた。

 でも、力が湧いてこない。

 もし、私が才能のある魔法少女ならよかった、有り余る魔力があればもっとやりようがあっただろう。

 でも私に魔法少女の才能はなかった、今まで願いの強さだけでそれを補ってきていたのに……それを失ってしまった。

 今の私は無能もいいところだ。

 私の問いに、誰も答えてくれない。

 それもそうだ、願いを失った魔法少女の行末なんて、決まっている。

 引退、その言葉が私の肩にのしかかる。

 だがそれはカメリアを取り戻してからでいい。

 一連の戦いに決着をつけるまで、今は泥臭く足掻くしかないのかもしれない。

 

「師匠は……師匠は何を願って戦っているの?」

 

 妹の願いも、リリィの願いも知っている。

 だけどアイリスの願いは聞いたことがなかった。

 いつも飄々と戦う彼女は、仲間を大切にする彼女は何を願って戦っているのだろうか?

 彼女のように揺らがない願いとは?

 それを聞いて少しでも彼女の自信を分けて欲しかった。

 

「私ぃ?」

 

「そういえば聞いたことなかったかも」

 

「あ〜……☆」

 

 妹がなぜか目線を逸らしている。

 さてはあなた知っているわね。

 チームメイトとして聞くことがあったのだろう。

 

「さっさと終わらせたい。それだけだよ」

 

 それはなんとも大雑把な願いだった。

 でも、その願いは確かに彼女の乱暴な戦い方、一撃必殺の戦法に通じるものがある。

 あれらはなりふり構わずスピード重視で戦った結果の産物だったのか。

 でも、私が聞きたいのはそこじゃない。

 それは願いの核心じゃない。

 なぜ早く終わらせたいのか、それが彼女の願いの核心であるはずだ。

 

「なぜ?なぜ早く終わらせたいの?」

 

 私の問いにアイリスは頭をかいた。

 

 

「いやー、トイレ行きたくて」

 

 

「は?」

 

「え?」

 

「………………★」

 

 その場の空気が凍った。

 キャンディは無言でアイリスの足を踏みつけている。

 

「あの蛇野郎に勧誘された時、すげートイレ行きたくてさぁ。だからとっとぶっ倒してトイレ行きたかったわけよ」

 

 何抜かしてるのこの人。

 とんでもない脱力感が私を襲う。

 二の句が継げられないとはこのことか。

 これは笑えばいいのか?それとも怒った方がいい?

 どうしようもない沈黙が辺りを支配した。

 キャンディがアイリスの足を踏みつける音だけが虚しく響く。

 

「あ、あれ〜。今の私の鉄板ジョークなんだけど何でみんな笑わないの……」

 

 これは怒った方がいいのだろうな。

 私たち教え子三人は黙って師匠の足を仲良く踏みつけた。

 場を和ませたかったのだとしても、これは明らかに悪手だろ。

 今私は願いのことで真剣に悩んでいるというのに。

 

「アイリスさんは願いについて聞かれるといつもこうやって茶化すんだよね☆」

 

「師匠の人柄的に冗談に聞こえないから質が悪いね」

 

「痛っ!痛いって」

 

 やっぱりこの人は素直に憧れられないなぁ。

 私たちがそうやってアイリスを囲んで嬲っていると、どこからともなく笑い声が聞こえてきた。

 クスクスという上品な笑い声。

 

「相変わらず君は自由人だねアイリス」

 

 鮮やかなオレンジのコスチュームを纏った魔法少女がそこにいた。

 今回のお茶会の主催者、イノセントマリーゴールド。

 でもその装いはお茶会で見たものとは異なっていた。

 黒いケープを羽織り、目元は黒いレースの布で隠されている。

 なんというか、怪しさが3割増しになっていた。

 

「マリーゴールド、てめぇ何の用だ?」

 

「やだなぁ、今の私はマリーゴールドじゃなくて占いお姉さんだよ」

 

 喧嘩腰のアイリスに対してマリーゴールドはどこ吹く風だ。

 今回の騒動の大元であるお茶会を企画した星付きの魔法少女という時点で信用には値しない。

 少なくとも、彼女は私たちの戦いに介入しなかったのだ。

 こちらの味方とは考えづらい。

 

「まず、君たちクビね」

 

「あぁ?」

 

「大規模作戦、君たちは参加するつもりだったみたいだけど、今回の内輪揉めで君たちは参加者リストから外されてしまったよ」

 

 ほら、やっぱり彼女は味方じゃない。

 私たちにカメリアを取り戻すチャンスはそんなにない。

 最大のチャンスは作戦が決行する直前だったのに、私たちが作戦から外されてしまえばその決行日時すら私たちには知る術がない。

 

「そこで!」

 

 私たちの思考を無視してマリーゴールドが人差し指を突き出した。

 

「君たちの味方である占いお姉さんが作戦の日時を占ってあげよう」

 

 そう言って彼女は指を振る。

 いきなりの発言についていけない私たちをおいて。

 

「作戦は明日の正午ぴったりに決行されるでしょう」

 

 何のつもりだろう?

 私たちに作戦の邪魔をされたくないから参加者リストから外したんじゃないの?

 分からない。

 彼女の発言に一貫性がない。

 私たちはそのオレンジの魔法少女に疑惑の眼差しを向けた。

 

「あなた、誰の味方☆?」

 

「私は全ての魔法少女の味方さ、中立と言い換えてもいい」

 

 その言葉が信じられるとでも。

 中立なら、なぜ私たちの争いを止めようとしなかった。

 あの戦いが必要だったとでもいうのか?

 

「わかった。それで私たちはどうすればいい?」

 

「はぁ!?師匠?」

 

 ところが、アイリスはマリーゴールドの話に頷いた。

 彼女の言葉に信じるに足る要素など一つもないというのに。

 

「こいつは信用できなくても、こいつの予知は本物だ」

 

 アイリスが不服そうに唸る。

 予知……聞いたことのない力だった。

 本当にそんなことが可能なのだろうか。

 でも相手は星付きの魔法少女、私たちの想定外の能力を持っていてもおかしくはない、のか?

 

「お前が私たちにそれを告げたということは、何か意味があるんだろマリーゴールド。私たちに何をさせるつもりだ?」

 

 アイリスは腕を組み、マリーゴールドを睨みつける。

 そこには私たちの知らない星付き魔法少女同士の信頼のような何かを感じられた。

 アイリスは彼女の予知の力を、予知する者の思惑を信頼しているのかもしれない。

 

「君って考える前に手が出るタイプだけど、馬鹿じゃないよね」

 

「うるせぇよ」

 

 皮肉の応酬の後、マリーゴールドは小さく息をついた。

 ここからが本題だとでも言うように。

 

「そうだね、君たちにはカメリアを助けてもらいたいんだ」

 

 それが今回の作戦、ひいては魔法少女の未来の鍵だから、そう言って彼女は微笑んだ。

 その瞳は、黒いレースに隠され伺うことができなかった。

 

 

 

 


 

 

 

 

「ただいま〜」

 

 大きな声を上げ、玄関のドアを勢いよく開ける。

 いつもの通りの帰宅。

 魔法少女になって、深獣を倒して、人々を救った、その帰り。

 いつもと何も変わらない日常。

 靴を乱暴に脱ぎ捨て、居間の扉に手を掛ける。

 

「あれ?」

 

 ちょっとした違和感。

 いつもなら、両親からの返事があるのに。

 家は沈黙に包まれていた。

 二人ともまだ帰ってきていないのだろうか。

 居間の扉を開ける、すると予想に反してそこには両親の姿があった。

 

「ただいま」

 

 帰宅をつげる言葉を重ねる。

 聞こえていなかったはずはないと思うのだが、返事を催促する意味でももう一度告げた。

 私の言葉に、両親たちが私へ振り返る。

 異様な表情だった。

 恐れ?焦りのような表情が浮かんでいた。

 

「恵梨……香?」

 

 母親が掠れた声を出す。

 まるで私に帰ってきて欲しくなかったかのような表情。

 なんで、そんな顔をするの?

 

「ピュアアコナイト、君の帰りを待っていたユ」

 

 両親たちの後ろから、何かが顔を出す。

 頭に小さなツノをはやした仔馬、契約精霊だ。

 なんで、こんなところにいるのだろう?

 

「業務の後で申し訳ないユ。だけど、君にはもう一度深淵の鎮圧に向かって欲しいユ」

 

「え?……まぁ問題ないわよ。でも、どうしてここにいるの?」

 

 魔法少女業務の追加依頼、それ自体はさして問題がなかった。

 連続で深淵の鎮圧することは、なにも初めての経験でもないし。

 それより疑問なのはなんで私の家に来ているの?ということ。

 依頼だったらデバイスを通して連絡すれば済む話だ。

 いつもそうだったじゃないか。

 それになぜか両親と話していたみたいだし。

 契約精霊が私の両親に用があるとは思えないのだけど。

 

「君の両親に説明する必要があったユ」

 

「何を?」

 

 私の問いに両親の顔が強張る。

 本当に何の話?どうしてそんな顔をするの?

 

「君に鎮圧してもらう深淵には前任者がいたユ。でも彼女たちは行方不明。おまけに深淵が成長してるユ」

 

 え?

 それってかなりまずい話だ。

 つまり前任者は失敗したということだ。

 そして深淵に取り込まれた。

 このままだとその深淵は深域になってしまうかも……いや、すでになっているのか?

 何にせよ急を要する事態だ。

 でも、やはり分からない。

 それを私の両親に説明してどうするのだろう。

 

「前任者の魔法少女、その中には……」

 

「その中には?」

 

 そこまで聞いて、ふと嫌な予感がした。

 想像もしていなかった嫌な事態。

 そんな訳がないと、考えもしなかったもしも。

 

「君の妹である、フレアカレンデュラもいたからユ」

 

「…………ぁ」

 

 視界がぐにゃりと歪んだ。

 だめ。

 それは、だめ。

 そんなこと、あっていい訳がない。

 嫌……………………

 

 

 

「いやぁあああああああああああああっっ!!」

 

 

 

 自分の金切り声で、私は覚醒した。

 視界に飛び込むのは薄暗い自分の部屋。

 

「ゆ…………め……?」

 

 嫌な、夢を見た。

 思い出したくもない苦痛の記憶。

 魔法少女ピュアアコナイトが星付き魔法少女となる、その始まりの記憶。

 荒い息を吐いて寝返りをうつ。

 背中にあたる布団の感触に何か違和感を感じる、いつもより硬い。

 それに視界も変だ、いつもより天井が遠い。

 うなされてベットから落ちたのだろうか、そう思い身体を起こす。

 すると視界に、私のベットで寝る人物が目に入った。

 小さな少女。

 あどけない顔で寝ている少女には見覚えがあった。

 出雲日向、そうだ私は彼女に自分のベットを譲ったのだった。

 私の悲鳴が聞こえただろうに、彼女は起きる気配はない。

 それどころか、大口をあけていびきをかいている。

 よく、自身を虐めた女の横で寝れるものだ。

 いや、彼女はもう私を脅威と見なしていないのかもしれない。

 今日私の話を聞いて彼女は私への態度を軟化させた。

 きっと妹の話でも聞いて同情してくれたのだろう。

 甘い子、それに……とびきり優しい。

 あの子のことを思い出す。

 

「お姉ちゃん」

 

 その言葉に、私は身体を震わす。

 いるはずのない人間の言葉。

 聞こえてはいけないはずの言葉。

 

「この子と私を重ねるの、やめなよ」

 

 重ねてなんていない。

 私はあなたを虐めたりなんかしないもの。

 

「嘘つき」

 

 暗闇の中に顔が浮かび上がる。

 私と全く同じ顔。

 似ている、とよく言われた顔。

 中身も、顔と同じくらい似ていればよかったのに。

 

「双子なのに、同じだけ努力しているのに、お姉ちゃんより劣っている私を見て優越感を感じていたくせに」

 

「違う、あなたは劣ってなんていない」

 

 力なく否定する。

 あなたは私なんかよりずっと綺麗だった。

 

「この子は私の代わりだもんね」

 

 違う、そんな訳ない。

 あなたの代わりなんていない。

 あなたを助けるために、私は多くの魔法少女の願いを受け入れた。

 魔法少女たちの願いを束ね、深域を打ち破った。

 だけど、あなたは帰ってこなかった。

 あなたがいなくなってしまって……私は自分の願いが思い出せなくなってしまった。

 思い出そうとしても、数多の願いにまみれてそれが見えない。

 背負った願いの海で、私は溺れていた。

 掴み取れたのは、醜い優越感だけ。

 

「違うよ、最初からそれがお姉ちゃんの願いだったんでしょ」

 

 温度のない体が、私にしなだれかかる。

 

「どうしてお姉ちゃんみたいに出来ないのって、ママに叱られていた私を見て笑っていたじゃない」

 

 違う。

 黙って。

 私はそんなんじゃない。

 そう否定したいのに……言葉は出てこなかった。

 あの日から、私はずっとあの子の亡霊に苛まれてる。

 私に、安心して眠れる夜などなかった。

 

 

 

 


 

 

 

 

キンセンカ Calendula

キンセンカの花言葉は別れの悲しみ、寂しさ、悲嘆、失望。

明るく、華やかなその花弁とは裏腹にその花言葉は哀しい意味を持つものが多い。




目にクマをこさえた幸薄系美少女にあーんして貰いたいだけの人生だった。


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深域の中

地獄の足音がする


 黒に気分が悪くなるような虹色の虹彩、目の前に広がるそれは怪しく脈動していた。

 首都に突如現れたその深域は多くの人を飲み込み、今も成長し続けている。

 直ちに鎮圧しなければ、被害は拡大するばかりだろう。

 私はその深淵をひと睨みすると、緊張をほぐすため頬を叩いた。

 星付きの魔法少女になって以来初めての合同作戦だ、気を引き締めなくては。

 デバイスを起動し、今回の作戦概要を再度確認する。

 魔法少女八人と魔法騎士十七名による合同作戦。

 経験したことのない規模の人員と戦力を割いた大規模作戦だ。

 そして私はこの作戦の魔法少女側のリーダーだった。

 魔法少女がこれだけの数で戦うのも珍しいというのに、魔法騎士との合同、正直うまく指揮が執れるとは思えなかった。

 現に、深域前に集まった魔法少女たちは魔法騎士とは交わらず、少し離れた位置に待機していた。

 先行きが不安だ。

 とはいえ、こちらは“少女”の集団なのだ、成人や男性が混じった魔法騎士たちとすぐに打ち解けるのは難しいだろう。

 ここはリーダーとして先んじて彼らに挨拶をするべきだろう。

 

「本日はよろしくお願いします。私は魔法少女ピュアアコナイト、今作戦の魔法少女チームのリーダーを務めさせていただきます」

 

 私は一歩踏み出し、会釈する。

 そうすると、魔法騎士の中からも壮年の男性が進み出て私へ会釈してくれた。

 

「ああ、よろしく頼む。俺は佐久間涼、黒獅子合同部隊の隊長だ」

 

 佐久間さんと私は握手を交わした。

 リーダー同士が挨拶を交わしたからか知らないが、二つの集団はようやく合流し、交流を始めた。

 親睦を深めている時間はないが、お互いの連携のため戦力を把握しておくことは重要だ。

 

「作戦を共有したいのだけど……」

 

 私がそう言葉を続けようとすると、佐久間さんは手でそれを制した。

 

「悪いね、俺は隊長なんて肩書きだがただの年長者だ。この隊の実質的リーダーはあいつだよ」

 

 あいつ?

 私が彼の示す方向に視線を向けると、集団から離れた位置で一人深域を睨む少年が見えた。

 魔法騎士の黒いジャケットを羽織り、腰に独特の形状の刀を挿した後姿。

 

「おーい、銀狼」

 

 そう呼ばれて、少年が振り返る。

 よく知った顔だった。

 今日も学校ですれ違った少年の顔。

 

「銀狼じゃなくて吟朗だ、ぎ・ん・ろ」

 

 魔法騎士のエース、東 吟朗だった。

 彼がこの場にいるとは知らず、少し動揺する。

 テレビで見たことはあっても、学校以外で彼と顔を合わせるのは初めてだったから。

 魔法少女として彼と顔を合わせるのも初めてだった。

 今まで何とも思っていなかった、自分の魔法少女コスチュームを少し恥ずかしく感じる。

 少し、派手じゃないかなこれ。

 

「あれ?藍澤さん」

 

「…………今はピュアアコナイトよ東君」

 

 私がちょっと気恥ずかしく思っているのに、本名の方で呼ばないで欲しい。

 そういう思いを込めて彼を睨みつけたが、魔法騎士のエースは学校と同じように朗らかに笑うだけだった。

 全く気楽なものだ。

 今回の作戦、魔法少女の切り札が星付き魔法少女である私だとすると、魔法騎士のそれは彼なのだろう。

 彼の活躍ぶりは私も聞いている、若くしていくつもの深淵を鎮圧した魔法騎士の期待の星。

 今回の作戦の難易度を考えれば頼もしい人選だった。

 

「深域の中の法則が分からない以上、作戦には柔軟さが求められるわ。そちらの作戦は?」

 

 挨拶をすっ飛ばし、作戦についての協議を始める。

 知らぬ仲ではないのだ、礼儀は不要だろう。

 東君も話を始めると笑顔を引っ込めて真剣な顔になった。

 

「今回の作戦の鍵はエースだ。勝負はどれだけエースが万全な状態で深獣の前までたどり着けるかにかかっている。僕以外の魔法騎士でエースを護衛しながら深域の中心部を目指す」

 

 エースとはつまり彼と私のことだ。

 守られるのが不服なのだろう、そう説明する彼の顔はいかにも不服そうだった。

 でも、現実的な作戦だ。

 事前に定められた方針でもそうする予定だった。

 こちらの作戦もそう変わりはしない。

 私は力をセーブしつつサポートに徹する。

 深獣の前にたどり着いた時、生き残った魔法少女全ての魔力を私が束ね、ぶつける。

 彼らとの作戦の違いは、生き残った魔法少女の人数がそのまま火力に直結するということだ。

 だから、私はできるだけ仲間を失いたくない。

 それに対して、魔法騎士はエースの銀狼さえ生き残れば問題ない。

 一人一人が一騎当千の力をもつ魔法少女とは違い魔法騎士はあくまでも生身の人間なのだ。

 銀狼のような並外れた才能の持ち主でもなければ深域の深獣とは渡り合えないだろう。

 つまり彼らはエースを無傷で深獣までたどり着かせるのに必要な無数の盾、そう考えて集められた十六人だった。

 魔法騎士たちは魂を盗られるのが……死ぬのが怖くはないのだろうか?

 私には彼らの覚悟はとても推し量れなかった。

 

『死ぬよ。たくさん、たくさん死ぬよ。私の時みたいに』

 

 私の耳元で亡霊が囁いた。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 廃墟と化した街並み。

 その中を私たちは歩いていた。

 昨日は結局藍澤さんの家に泊まってしまった。

 なんだか、自分を虐めた相手と一緒に寝るのは緊張したけど、疲れていたのか思いの外すぐ眠れた。

 今は、今回の作戦の目的地である第13封印都市を目指している。

 私たちがいるこの場所はもう第13封印都市の範囲内だ。

 ビルの隙間から見える空は黒く染まっている。

 あまりにも巨大な深域が前方の空を覆い隠していた。

 あの深域が発生して以降、この地域一帯は侵食危険地区として避難勧告が出ている。

 ここに住んでいた人々はいまだに自分たちの街に戻れぬ生活を送っていた。

 前方を歩くアコナイトに続いてそんな寂れた都市を歩く。

 もう拘束は解かれていた。

 私はアコナイトに力を貸すことにしたのだ。

 正直彼女の隣にいるのはまだ複雑な気分だけど、今回の作戦に協力することにもう異論はない。

 昨日彼女が話してくれたこと、それはアコナイトという魔法少女が歪んだ経緯だった。

 双子の妹の喪失、そして共魔の力の真実。

 共魔の力とは、単純な魔力の共有なんかじゃない。

 共有相手の願いをも自身へと取り入れる力。

 それを使って数多の願いを背負った彼女は、自身の願いを見失ってしまった。

 私を虐めたのは、数多の願いに共通する優越感を満たしたかったから。

 それを満たすことで、彼女は魔法少女アコナイトとしての力を保つことができた。

 誰も傷つけずに力を失うか、一人を傷つけ力を保つか。

 前者を選べば誰も傷つけずにすむ、でもそれはこれから魔法少女として救うはずだった命を見捨てるということだ。

 私は魔法少女の地位に責任なんて持っていない。

 でも星付き魔法少女である彼女は違う、沢山の人を救ってきたし、救うはずだった。

 だから、彼女は私という生贄を選び、魔法少女として戦うことを選んだのだろう。

 

「許して欲しい訳じゃない」

 

 と彼女は言った。

 だからそれは許しを乞う言い訳なんかじゃなかった。

 

「これは私の罪で、あなたは私の勝手な事情に巻き込まれただけ」

 

 だからあなたは何も悪くない、そう……言われた。

 彼女の葛藤なんて私には分かるはずもない、ただ想像することしかできない。

 ただ、彼女は私が嫌いだった訳じゃないんだな……と思った。

 私は彼女に憎まれていると思っていたから。

 出雲日向として最後に彼女と対面した時、彼女は殺意を持って私を睨みつけていたように感じたから。

 

「嫌う訳ないじゃない。もしそうだったとしても、私にあなたを嫌う資格なんてない」

 

 それを聞いて、少しほっとした。

 人を嫌うのも、嫌われるのも、とても疲れることだから。

 まだ彼女を見ると、あの時の記憶がフラッシュバックする。

 でも……もう彼女を嫌わないでいいのかもしれない。

 前を歩く彼女に視線を向ける。

 アコナイトに変身した彼女は昨日の疲れた様子が嘘みたいに背筋を伸ばし、綺麗な所作で歩いている。

 でも真実を知った今、それが全く違うように見えた。

 

 

……………………………

 

 

…………………

 

 

……

 

 

 魔法少女たちが集合場所に選んだのは深域近くの学校だ。

 私たちがついた頃には、もう何組かの魔法少女たちが校庭に集まっているところだった。

 その中の一人が、私を見て挙動不審な様子で駆け寄ってきた。

 

「し、し、知らない人いっぱい。怖い」

 

 ひっつき虫のように私にへばりつく包帯だらけの少女。

 サイプラスは今日も人見知りを発揮しているようだ。

 私はというと、色々なことがありすぎて陰キャを発揮しているどころではないのが現状だ。

 アカシアも私を認めたのかこちらに手を振っている。

 でも、私の隣にいるのがアコナイトだと気がつくとギョッと目を見開いた。

 まぁ事情を知らなければ意味不明な組み合わせだよね。

 どうやら私とアコナイトの関係は知れ渡っていないようだ。

 アコナイトはそんな視線など気にせず、にこやかに微笑むと魔法少女たちの輪の中に入っていった。

 流石に手慣れているなぁ……長年疲労や葛藤を隠し続けただけあって、その顔に張り付いた笑顔は実に自然だった。

 

「アコナイトさんと知り合いだったのか。意外だね」

 

「ぁ、あぁ、クラスメイト……なんだよね」

 

 へぇ、と興味深そうにアコナイトを見つめながらアカシアは私にひっつくサイプラスをベリっと剥がした。

 もうちょっと丁寧に扱ってあげて。

 まだ集合時間には少し早いけど、魔法少女たちは続々と廃校に集まってきていた。

 

「ぁ、精霊」

 

 サイプラスの呟きに顔を上げると精霊たちが列をなして廃校の上空を飛んでいた。

 蛇、虎、犬、鼠、馬、総勢五匹の契約精霊たち。

 一度にこんな数の精霊を見たのは初めてだ、何匹かは見たことないやつもいる。

 精霊たちは校庭の朝礼台の周りに円を描くように整列した。

 精霊たちが囲むその朝礼台に、一人の魔法少女が立つ。

 オレンジ色のコスチュームを纏った魔法少女、星付き魔法少女イノセントマリーゴールドだ。

 

「やぁ、少し早いけどもう全員集まったみたいだね。始めようか」

 

 そう言って、マリーゴールドは手をかざす。

 七色の光と共に水晶が現れる、あれが彼女の武器なのだろうか。

 

「これより、第13封印都市奪還作戦を開始するよ!」

 

 その言葉に魔法少女たちは雑談を止め、皆真剣な顔つきになる。

 私も、唾を飲み込むと手を握り締めた。

 これから始まるのだ、多くの人を不幸にしたあの深域を鎮圧する戦いが。

 首都奪還……この作戦の行方によって、この国の未来は大きく変わる。

 重すぎる責任が私たちの肩にのしかかっていた。

 

「今作戦の指揮は未来予知の力を持つこのイノセントマリーゴールドが受け持つ」

 

 予知の力を持った魔法少女の存在に皆がざわめいた。

 予知、クレスがアイリスと言い合っていた時、その言葉が確かにあったのを覚えている。

 予知で見たからこそ、私の力が必要なのだとクレスは言っていた。

 つまり、その未来を予知した人物が彼女なのだろう。

 

「私が指揮不能な状態になった場合は、この深域での戦闘経験があるピュアアコナイトが指揮を担当する、アコナイトがやられればバイオレットクレスが、クレスがやられればパステルアカシアが指揮をとること」

 

 非常時の作戦の指揮の担当者の伝達。

 未来予知の力を持つ魔法少女がそれを告げる、その意味。

 今言った魔法少女が戦闘不能になる未来もありえるということ。

 

「今告げた四人、そしてブラッディカメリアを含めた五人の魔法少女がこの作戦の鍵だ。この五人全員が行動不能になった場合のみ、作戦失敗とする。その場合は各自自分の命を最優先に深域から離脱してくれたまえ」

 

 作戦失敗。

 その言葉が呪いのように私にまとわりつく。

 予知までして、あんなことまでして私の力を手に入れたのに、成功が確実ではないのか。

 魔法少女たちの真剣な表情も、険しくなる。

 行動不能、それはすなわち深域に囚われるか、死か。

 絶対成功する、そんな耳当たりの良い言葉を吐いて士気を盛り上げることは簡単だ。

 でも、この封印都市がそんな生易しい存在ではないことはみんな分かっている。

 だからこそ、彼女は作戦に必要なことのみを淡々と告げた。

 場違いな希望なんて必要ない。

 私たちはそれぞれの胸に願いを抱いているのだから。

 

 マリーゴールドの説明が終わると、五匹の契約精霊たちが浮かび上がった。

 パプラがちらりとこちらに心配そうな視線を向けたのを感じる。

 大丈夫、私は。

 パプラに、自分に、そう言い聞かせるようにまた強く手を握り締める。

 

「それでは、封印を解くネ。無事に帰ってこいネお前ら」

 

 精霊たちが一斉に光を放つ。

 それと同時に、深域を囲む杭の輪郭線が歪む。

 かつて私が見た封印杭より遥かに巨大なそれが空気に溶けていく。

 封印が、解かれた。

 黒い半円が脈動する、その振動で地面が揺れた。

 今まで見てきた深淵のどれとも違う邪悪な何かが花開いた。

 魔法少女たちの命運を賭けた作戦が始まる。

 私は…………生きて帰ってこれるのだろうか?

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「ねぇ、本当に何もしなくていいの☆」

 

 魔法少女たちの集団が深域へと入っていく、その様子をあたしたちは黙って眺めていた。

 彼女たちの集合していた廃校から少し離れたビルの屋上に陣取って。

 カメリアちゃんをアコナイトから取り戻すのなら今が最後のチャンスだろう。

 だけど、あたしたちは動かなかった。

 

「しょーがないだろ、予知野郎の助言に従うことにしたんだから」

 

 そう、あたしたちはイノセントマリーゴールドの予知に従い、カメリアちゃんを助ける道を選んだのだ。

 あたしたちが作戦に介入するのはもう少し先になる。

 この決定を下したのは師匠だ。

 正直あたしたちは師匠と違ってまだマリーゴールドのことを信用しきれずにいる。

 でも、あたしはマリーゴールドを信じる師匠を信じることにした、だから不満はない。

 キャンディちゃんはこの選択にまだ納得いっていない、それもあっての苦言なのだろう。

 

「カメリアは無理やり連れてこられたように見えなかった。だから……大丈夫」

 

 自分に言い聞かせるみたいなシアちゃんの呟き。

 上から見ていたけど、確かにカメリアちゃんは自分の足で歩いてここまで来ていた。

 その顔には何かを決意したような表情が浮かんでいた。

 昨晩何があったかは知らないけど、彼女はアコナイトに協力することにしたみたいだった。

 それが自分の意思なのか、それとも洗脳されたのかは分からないけど。

 もし彼女とアコナイトが仲直りしてくれたのであれば、あたしとしては争う理由はなくなる。

 そういう意味でも、やはりここで介入すべきではないだろう。

 カメリアちゃんたちが作戦を開始したということは、今のところ予知通りことは進んでいそうだった。

 

「師匠」

 

「んー?」

 

「結局師匠の願いって何なの?」

 

 シアちゃん、今それ聞くんだ。

 昨日、空気を読まないギャグで茶化されたというのにめげないね……

 

「多分、この戦いが私の魔法少女として最後の戦いになると思う。だから教えて欲しい」

 

「シアちゃん……」

 

 そんな言葉は聞きたくなかった。

 薄々分かっていた、願いの力を失った魔法少女の行方、ハイドランシアという魔法少女の運命なんて。

 でも……聞きたくなかった。

 あたし、シアちゃん、キャンディちゃんで始めたチームだった。

 キャンディちゃんは師匠の下へ行ってしまった。

 それでシアちゃんも止めてしまえば、あの頃のメンバーはあたし一人になってしまう。

 それが、悲しかった。

 キャンディちゃんもシアちゃんにも悪気がないのは分かっている。

 ただ、最高のチームを目指して三人で手を取り合ったあの日から、ずいぶん遠いところにまで来てしまった。

 

「…………分かった」

 

 もう茶化せる空気じゃないと分かったのか、師匠が肯く。

 師匠だってそんな言葉聞きたくなかっただろう。

 多くの魔法少女を教えてきたこの人は、一体どれだけの教え子の引退を見送ってきたのだろう、その苦痛はあたしには想像もつかない。

 

「ただし条件がある。絶対辞めるな。どんなに弱くとも、願いが砕かれようと、それで限界を決めるな。この戦いに無事に生還して私に元気な姿を見せろ!そーじゃねーとヤダね」

 

 師匠……

 何人もの引退を見送ったとしても、彼女はそのどれ一つにも納得がいっていないのだろうな。

 そう感じられる言い分だった。

 師匠らしく、横暴で自分勝手な条件。

 でもそれは仲間を大切に思っているからこそのわがまま。

 

「分かったわ、約束」

 

 シアちゃんがどこか不服そうな、安堵したような顔で肯く。

 あたしも、安心してしまった。

 あたしじゃ、シアちゃんを引き止められないと感じてしまっていたから。

 不甲斐ないリーダーだな、あたし。

 

「あ〜、さっさと終わらせたい、って願いは嘘じゃねえんだよ」

 

 師匠が頬を掻く。

 それが嘘じゃないっていうことは、急ぐ理由の方が嘘だったのだろう。

 あの乱暴な戦い方はやはり急いでいたのか。

 だとしたら師匠はなんで急ぐのかな?

 

「あ〜と、その、なぁ」

 

 でもそこまで答えておいて、なぜか師匠は言いにくそうに唸っている。

 いつも猪突猛進な師匠らしくない。

 初めて見る師匠の顔だった。

 なんだかカメリアちゃんみたいだ。

 というか最近あたしの周りでカメリアちゃん化する人多いよね。

 

「弟の誕生日だったんだよ!だから、早く家に帰ってやりたかった」

 

 一息にそう言い切ると師匠は息をついた。

 誕生日、ということは師匠が魔法少女となった日は、彼女にとって特別都合の悪い日だったんだ。

 さっさと終わらせて家族の待つ家に帰りたい、それが師匠の願いか。

 何というか、破天荒な師匠に似合わず常識的な願いだ。

 まぁ魔法少女に夢を見ていないところは師匠らしいけど。

 というよりこんな優しい願いなら、別に隠す必要ないんじゃないかな。

 

「いい願いじゃない☆なんで隠していたの?」

 

 キャンディちゃんもあたしと同じことを思ったみたいだ、首を傾げている。

 師匠はというと恥ずかしそうに頭を掻き毟っていた。

 

「いや、ブラコンだと思われたくないじゃん」

 

「え、ブラコンなの?」

 

「………………」

 

 無言。

 あ、そうなんだ……

 あたしたちは何となく察した顔になった。

 家族仲がいいことはよろしいんじゃないでしょうか。

 

「終わり、この話はおしまい」

 

 師匠は誤魔化すように大きく咳払いをした。

 

「願いなんて、適当でいいんだよ」

 

 師匠、他の魔法少女が聞いたら卒倒しそうなことを言い出す。

 それじゃあたくさんの魔法少女が弱体化しちゃうよ。

 まぁ確かに師匠が願いを大事にしているところって見たことがないけど……それって師匠の才能の所以じゃないのかな。

 師匠の魔力総量は膨大なんだし。

 

「大切なのは、あの日の願いを思い出せるかってことだ。それに今は関係ない」

 

 その言葉はシアちゃんに向けられた言葉だった。

 願いを壊された“今”は関係ない、そう師匠は言っている。

 でも、そう割り切ることなんて無理だ、師匠だって弟さんを失えば同じように力を失うんじゃないのかな。

 私には今が過去に関係ないなんてとても思えなかった。

 

「魔法少女ミスティハイドランシアはどこまでいってもミスティハイドランシアでしかない」

 

 強くなっても、願いを失っても。

 他の魔法少女になることはできない。

 当たり前なことを師匠は言った。

 当たり前だけど大事なこと。

 

「お前はピュアアコナイトにはなれない。そんなことはお前も分かっていたはずだろ。ならお前が憧れたのは、なろうとしたのは何だ?願いの本質を忘れるなよ」

 

「私……は…………」

 

 シアちゃんの瞳がぐらりと揺れる。

 何かを、思い出すように。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 轟音が辺りに鳴り響く。

 

「フレアッ!」

 

 閃光が闇を切り裂き、私たちを包囲する影に大穴を開ける。

 首都を覆った深淵。

 魔法騎士と魔法少女が力を合わせ、たどり着いたその内部。

 影の群れの向こう、にそれはいた。

 痙攣する黒い何か。

 深獣は既存の生物の姿を形取る。

 狼だったり、鳥だったり、虫だったり、そのバリエーションは様々だ。

 そして知能の高い動物を模した深獣ほど、上位の個体である傾向がある。

 しかし、その何かは特定の姿を持っていなかった。

 足、手、翼、触覚、様々な動物の部位を模倣しながら、それは形を変えていた。

 深域の主、それはまるでキメラのように様々な肉体を持った異形だった。

 黒い肉が痙攣しながら何かになろうともがく。

 二足歩行の何か。

 それはまるで人型になろうとしているかのようで…………

 ゾワリと鳥肌が立つ、根源的恐怖に発狂しそうだった。

 

「何人……残っているの?」

 

 私は周りに視界を走らせる。

 私のそばで戦っている魔法少女は五人、銀狼を囲んで戦っている魔法騎士がたったの九人。

 魔法少女二人、魔法騎士七人がこの場にいなかった。

 深域の中は暗く、影が蠢いている。

 私たちはその影を蹴散らし、ここまでたどり着いた。

 初めのうちは順調だったが、影は次第に形を変え、襲いかかってきたのだ。

 しかもその影は私たちを学習しているのか、どんどん強くなっていった。

 そうして一人、また一人と人数が欠けていってしまった。

 ここまでたどり着くために払った犠牲に目眩がする。

 だが、それに憂いている暇はない。

 外傷が軽度であるならば、魂を盗られただけであれば、今ここで深獣を倒せば救える。

 

「クレス!みんな」

 

 私は一番の相棒に手を伸ばす。

 クレスが私の手を取り、その反対の手で他の魔法少女の手を取る。

 魔法少女たちが手を取り合っていく。

 そうして魔法少女たちの輪ができた。

 両手を通して私たちは繋がった。

 今、みんなの願いを一つにする。

 共魔の力が、みんなの願いを徴収する。

 私の中に覚えのない願いが、憧れが、欲望が、流れ込んできた。

 一瞬、自分が誰かどうかすら分からなくなる。

 そんな情報と感情の濁流が私を襲う。

 目眩、吐き気、襲い来る苦痛と自我が崩壊していく恐怖。

 それを感じながらも私は意識を黒い何かへと伸ばす。

 大丈夫、倒すべき敵は見失っていない。

 

「……いけ」

 

 私の中で渦巻く複数の魔力が光となり、痙攣する深獣へと真っ直ぐ伸びていく。

 白い光と黒い獣が重なり……

 全てが白く染まった。

 閃光。

 爆音。

 黒い肉が飛び散り、深獣の黒く粘質な体液が降り注いだ。

 痙攣する黒い肉塊、その左半身が消し飛び肉体は大きく抉れていた。

 それを、確認して私は地面に膝をつく。

 苦痛が限界だった。

 肩で息をしながらも、深獣を睨む。

 霧散していない、まだ生きている。

 その黒い何か魔障壁は私の想定した以上の強度だった。

 

「お願い……銀狼!」

 

 私はもう出し切ってしまった。

 だから、私はもう一人の切り札へと助けを求めた。

 彼は、私の言葉を聞くまでもなく走り出していた。

 刀が閃く。

 鋭い斬撃が深獣の上半身と下半身を切り離した。

 深獣が宙を舞う。

 宙を舞ったその上半身を追い、魔法騎士のエースも地を蹴る。

 振りかぶられたその刀は、深獣の頭部へと狙いを定めていた。

 

 ごぼ

 

 肉が蠢く音。

 宙に浮いた肉塊が、突如として形を変えた。

 その深獣は今まで一切攻撃らしい攻撃をしてきていなかった。

 反撃は一切なく、ただやられるだけだった肉塊が動いた。

 警戒するには十分な事態だった。

 でも、そんなことは銀狼も分かっていた。

 彼の刀はもう振りかぶられている。

 どんな反撃が来ようと、その前に彼の刀が深獣を真っ二つにするだろう。

 そのはずだ。

 そのはず、だった……

 それが反撃だったなら。

 

「出雲さん?」

 

 彼の刀が止まる。

 肉塊は、私のよく知る少女へと姿を変えた。

 まるで本物と見紛うばかりのその姿に、彼の目が見開かれる。

 一瞬の隙、だけどどうしようもないぐらい致命的な隙だった。

 出雲日向の姿をしたそれが、縦に裂ける。

 二つに裂けたそれはまるで口のように大きく開き…………銀狼を飲み込んだ。

 

「あ…………」

 

 その場にいた誰もが、言葉を失った。

 そのあり得ない光景に。

 粘着質な音を立てて、それが地面へ落下する。

 魔法騎士のエースを飲み込んだ肉が、立ち上がる。

 吐き気を催す光景だった。

 それはまだ中途半端に出雲日向を模していた、だがその姿には縦に裂け目が入り、人を飲み込んだせいでぶくぶくに膨らんでいた。

 

「東……君…………?」

 

 言葉を失う私たちの前でそれはニタニタと笑った。

 あれは……だめだ、この世にいちゃ。

 まだ中に東君がいるというのに、私は嫌悪感に促されるままに手を伸ばした。

 それを消すために。

 それと目があった。

 

「お姉ちゃん」

 

 それが微笑む、今度は私の妹の顔で。

 記憶の中の妹の声と寸分の違いもない声音で私を呼ぶ。

 

「ぁあ……あぁあああ……ぁ」

 

 口から意味のない呻き声が漏れた。

 身体に力が入らず、地面に手をつく。

 その顔、声から逃げたい、そんなものを私に見せるな。

 やめて。

 やめろ!

 辺りから悲鳴が上がる。

 影が私たちを包囲するように迫っていた。

 

「しっかりしろ!!」

 

「…………クレ、ス?」

 

 チームメイトに激しく肩を揺さぶられる。

 彼女はとても険しい表情を浮かべていた。

 

「銀狼がやられた、作戦は失敗だ。ここから離脱する」

 

「銀狼?……失敗?」

 

 オウムのように彼女の言葉を繰り返す。

 その言葉を理解することを脳が拒んだ。

 

「生きて帰るの、私たちで、そうでしょ!」

 

 頬を叩かれる。

 生きて…………

 俯く私の視界に何かが写った。

 黒い体液の中に沈んでいく刀。

 そうだ、もう……彼はいない。

 ここまでにたどり着くまでに皆疲弊している。

 このままここで戦い続ければ全滅だ。

 それを回避できるのは私だけ、星付き魔法少女のピュアアコナイトだけだ。

 

「クレス……あなたの願いを貸して」

 

 クレスの腕を掴み、立ち上がる。

 悪夢のような撤退戦が幕を開けた…………

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

「アコナイト、大丈夫?」

 

 心配そうなクレスの声に私は肯く。

 彼女も顔色が悪い、きっとあの日を思い出しているのだろう。

 あの日、結局生きて帰れたのは魔法少女三人、魔法騎士二人の計五人だけだった。

 私たちはあまりにも多くのものをあそこで失った。

 あの深域の法則は結局なんだったのか。

 脳の中身を覗かれた、そうとしか思えなかった。

 そうでもしないと、あれが私の妹の姿をとったことに説明がつかない。

 それが私の弱点だったから、私が攻撃できない対象だったから、あれは妹を形取った。

 だとすると、あれが日向を形取ったのはどういうことだったのか。

 当時の私は考えた。

 そうして答えを導き出した。

 耐えがたい真実を。

 その日、私は初めて自らの手で日向を殴った。

 今まで虐めを主導しても決して自ら暴力を振るうことはなかったというのに。

 ささやかな優越感を満たせればよかったから。

 でもその日、私は明確な敵意を持って日向を殴った。

 彼女の目が恐怖に染まるのも気にせずに。

 そうして、魔法騎士のエース銀狼は世間から姿を消し、出雲日向が学校へ来ることはなくなった。

 全部、私のせいだ。

 私の許されざる罪。

 

「ようやくお姉ちゃんの好きな人と再会できるねー」

 

 亡霊が私の耳元で囁く。

 そうね。

 どんな形であれ、彼は私の目の前に現れるだろう。

 もはや彼も私の弱点の一つなのだから。

 その覚悟はもう出来ている。

 私は過去を殺しにきたのだから。

 なんの躊躇いもなく、深域へと足を伸ばす。

 ヘドロを潜るような不快な感触、それと共に私の身体は深域の中へ侵入する。

 そこは、記憶にあったかつての景色と大きく変わっていた。

 

「…………遊園地?」

 

 陽気な音楽が、私たちを迎えるように鳴り響いた。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

第13封印都市奪還作戦

 

作戦概要

本作戦はピュアアコナイトとブラッディカメリアの能力を用いた無限魔力による攻撃によって深域内の深獣を鎮圧するものです。参加魔法少女は予知の能力を持つマリーゴールドの指揮に従い行動してください。また、第13封印都市の深域はこちらの考えを読んで姿を変えます。目に見えるものは信用せず、各自指揮に従ってください。

 

星付き魔法少女:2名

魔法少女:10名

 

*以上で作戦を遂行します、増援はありません。

*作戦開始から1週間経った時点で帰還する魔法少女がいなければ作戦失敗とし、参加魔法少女は行方不明扱いとします。



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最強の魔法少女

さぁ、地獄とダンスしよう。


 場違いに陽気な音楽が私たちを出迎えるように鳴り響く。

 先に侵入したアコナイトたちを追って深域に入ってみれば、そこには私が想像もしていなかった景色が広がっていた。

 回るメリーゴーランドに観覧車、黒い人影を乗せたジェットコースターがコースを爆走している。

 色とりどりの風船が絶え間なく飛び交い、空を彩る。

 華やかで賑やかな光景だった。

 その楽しげな様子はあまりにも非現実過ぎて、逆に不気味に感じる。

 ここはもう既に深獣の支配領域のはずなのに、あまりにも平和すぎる風景だった。

 

「おーい、カメリア?」

 

 私の名を呼ぶ声が聞こえる。

 魔法少女たちは深域の侵入地点から近くにある広場に集合しているみたいだった。

 オレンジの魔法少女が私へと手招きしている。

 今回の作戦のリーダー、イノセントマリーゴールドだ。

 彼女に手を引かれ、先に待機していたアコナイトの横に移動させられる。

 

「全員ちゃんと入れたかい?点呼とるよ」

 

 気を張っている私たちとは違い、マリーゴールドは落ち着いた様子でメンバーの確認を行っている。

 流石は星付き魔法少女といった感じだ、深域内なのに緊張している様子がまるでない。

 それでいて油断しているかと言うと、そういう訳でもない。

 彼女の目は常に周囲へと向けられていた、一瞬の隙さえ感じられない眼光だ。

 私は深域もどきの深淵には二回入ったことはあるが、明確に深域と分類された空間に入るのはこれが初めてだ。

 正直、今日は朝からビクビクしていた。

 他の魔法少女たちも概ね私と同じような様子だ、例外はサイプラスで彼女は凶暴な表情で敵を探していた。

 あの狂犬はもう戦闘モードに入っているようだ。

 私の隣に立つアコナイトはというと、緊張しているのかしていないのかいつもの微笑みを顔に浮かべていてよく分からなかった。

 

「カメリア、魔力を補充できるかしら?」

 

 アコナイトがその微笑みのまま、横目で私を見つめる。

 その言葉を聞いて、私は遅まきながら自分の役割を思い出した。

 吸魔の力と共魔の力を合わせ、最強の魔法少女を誕生させる。

 その片翼を担っているのだから、自身の役目を果たさなければならない。

 息を吐き、緊張する身体を鎮る。

 頭に思い浮かべるのはこの深域、その災害がもたらした悲劇と、流れた涙。

 無くさなきゃ、こんな理不尽な悲しみ。

 私の思いに願いが反応した。

 魔力が渦巻き、手のひらに集まる。

 それは花となり金魚になる、私の固有魔法、吸魔の力。

 その力で深域を喰らい魔力を補充する。

 金魚たちが遊園地の遊具や建物をついばみ、私の中に魔力が満ちていく。

 

「いいわね、手を貸して」

 

 私の手をアコナイトが掴む。

 手を通して私とアコナイトが繋がる。

 この期に及んでなんだけど……やっぱり女の子とのボディタッチは少し緊張する、相手があのアコナイトであっても。

 手汗かいてないかな?

 そんな極めてどうでもいいことを考えていると、未知の感覚が私を襲った。

 それはなんだか奇妙な感じだった、私の中の何かが吸い取られていく感覚。

 私からアコナイトへ流れ込んでいくそれは、金魚が深域を喰らうことにより絶え間なく補充されていく。

 魔力が無限にアコナイトの中へと流れ込んでいく。

 それと同時にアコナイトのコスチュームに変化が生じた。

 一滴のインクが垂れたかのように衣装に黒い点が生じる。

 それが渦巻いて広がっていく。

 あの黒は私の魔力なのだろうか。

 白と黒のマーブルが広がり、それが彼女のコスチュームの3分の一程を占めた時点でアコナイトは手を離す。

 乱れた息、彼女の様子は少し苦しそうだった。

 でもその弱った姿とは裏腹に、私の横のその魔法少女は今までに感じたことのない強大な圧力を発していた。

 魔力というものが質量を持つことができるのなら私は今ここで圧死してしまうだろう、そう思えるほどのプレッシャー。

 私がただ魔力を溜め込んだのとは訳が違う、魔力の量が強さに直結する魔法少女が無限に近い魔力を受け入れたのだ。

 

「マリーゴールド、深淵の中心はどっちかしら?」

 

「こっちだね」

 

 マリーゴールドは宙に浮かんだ水晶玉を覗き込む。

 そうして未来の何かを見たのだろう、彼女は指で深域の中心を指し示した。

 その方角へとアコナイトの手が伸ばされる。

 細く優美な指が、軽快な音楽を奏でる遊園地の上をなぞった。

 

「フレア」

 

 一言、それと同時に空間に穴が空いた。

 光が深域を歪め遊園地の像が一瞬愉快な形に歪曲する。

 そしてそれが次の瞬間には気化し、跡形もなく消し飛んだ。

 破壊が深域内を薙ぎ払った。

 以前見た彼女の攻撃とは規模が違う一撃。

 眩しさから目を瞬かせると、そこには破壊によって作られた大きな道ができていた。

 観覧車はぐにゃぐにゃに融解し、亀裂の入った地面には黒こげのポップコーンが散らばる。

 遊園地を貫通する破壊の道筋、それが深域の中心に向けて伸びていた。

 先ほどから流れていた音楽はスピーカーが壊れたのか、耳障りな不協和音へと変わる。

 

「行きましょう、みんな」

 

 アコナイトが軽い足取りで破壊の道を歩き出す。

 それは最強の魔法少女の風格に相応しく、皆の士気を高めるのには十分すぎるほどの後ろ姿だった。

 ただ一人、マリーゴールドだけが感情の読めない目で水晶を覗き込んでいた。

 魔法少女十二人が崩壊した景色の中を歩き始めた、深域の主を探して。

 

 

……………………………

 

 

…………………

 

 

……

 

 

 どれくらいの時間が経過しただろうか。

 あれから私たちは深域の中を進み続けていた。

 歩いても歩いてもそこには遊園地が広がるばかりだ。

 

「カメリア」

 

 差し出される手。

 その手を握る、感じる体温、微かな震え。

 私の手を握ったアコナイトの様子は最初とは大きく変わっていた。

 白と黒が入り混じったコスチューム、その割合はもはや黒が占める方が多い。

 今も私の手を通して魔力を補充する彼女のコスチュームは黒に染まり続けている。

 私の願いを取り込むアコナイトの顔色は悪く、口数も少ない。

 ここまで進む過程で、アコナイトは何度も遊園地を薙ぎ払った。

 破壊によって作られた道を辿って私たちは進み、その道が途切れれば、またアコナイトの光線が深域を抉った。

 そうやって延々と続く遊園地を横断する。

 更地になった道を進行する私たちを遮るものはなかったし、もしあったとしてもそれはあの光線によって蒸発してしまっただろう。

 ここまでの道筋は極めて安全なものだった、でもアコナイトにかかる負担は大きい。

 彼女はその過程で何度か私から魔力を補充していた。

 共魔の力とは願いを束ねる力、そうアコナイトは言っていた。

 そう考えると今アコナイトは私の願いだけを永遠に束ね続けている。

 それはアコナイトの願いにどんな影響を与えているのだろう。

 威力は相変わらず強大だけど、最初と比べて魔力を補充する頻度が高くなっている。

 私の願いがアコナイトを蝕んでいるのではないだろうか?

 少なくともいい影響があるようには見えなかった。

 今はまだいい、アコナイトの光線のおかげか敵側の攻勢は皆無だ、でももし敵が攻撃に移った時アコナイトは大丈夫なのだろうか。

 そうやって不安な気持ちを抱きながら歩みを進めている時だった。

 

「止まれ、総員戦闘準備」

 

 油断なく水晶を見つめていたマリーゴールドから指示が飛ぶ。

 その言葉に魔法少女たちは自身の武器を構え直す。

 音程の狂った音楽が流れる中、緊張感が辺りを支配する。

 別に魔法少女たちは油断していた訳じゃない。

 ただ、ここまでの道中はあまりにも動きがなく単調なものだった、ただ歩くだけだった私たちはこのまま深獣の下までたどり着ければ、とありもしない幻想を抱いてしまっていた。

 そんなことはありえないと分かっているはずなのに。

 一面の破壊の跡、壊し切ったはずのメリーゴーランドの音色がどこかから聞こえてくる。

 音楽に混じって聞こえる太鼓の音と笑い声。

 前方から何かが来る。

 躍り狂いながらそれは現れた。

 赤、青、黄、色とりどりの水玉模様。

 

「パ、パレード?」

 

 深域の中心部からこちらに向かってやってきたのは陽気に踊るピエロやダンサー、着ぐるみ、電飾で装飾された大きなマスコットたちだった。

 遊園地特有のパレードショー、それが私たちに向かって行進してくる。

 

「……っ、フレア!」

 

 アコナイトの光線が前方を薙ぎ払い、不気味なパレードたちを蹂躙する。

 遊園地と同じように彼らも呆気なく消し飛ぶ。

 でも、それを見てもなぜか安心できなかった。

 胸騒ぎがする。

 

「これは……随分な歓迎だね。円陣を組むよ。アタッカーは前に出てシューターとサポータを守って」

 

 マリーゴールドの指揮に従って魔法少女たちが私を囲むように前に出る。

 パレードは前方から来ているのになんで円陣を組むのだろうか?

 程なくして私の疑問に答えるように四方八方から鈴の音が聞こえてきた。

 どこから湧いて出てきたのか、私たちは数えきれないほどのパレードの軍団に包囲されていた。

 マリーゴールドの指示がなければ今頃背後をとられていただろう、やはり予知は有用だ。

 

「消えなさい」

 

 迫りくるピエロたちを光線が焼き払う。

 何本も何本も光線は交差し、深域の大地を白く染めあげる。

 包囲に対する全方向への攻撃。

 アコナイトが荒い息を吐いて手を下ろした時、私たちの周りには何一つ残っていなかった。

 

「やった!」

 

「流石アコナイト」

 

 魔法少女たちの何人かから喜色の声が上がる。

 だがマリーゴールドはそれを見ても円陣を解かせない。

 鈴の音と音程の狂った音楽はまだ止んでいない。

 瞬きをすると、こちらへと進行するパレードの軍団が地平線を埋め尽くしていた。

 瓦礫から湧き出て、空に浮かぶ風船に乗って、深域の至る所からパレードがやってくる。

 愉快な音楽と太鼓の音が私たちを威嚇するかのように奏でられた。

 腕を掴まれる。

 アコナイトだ、先ほどの攻撃で魔力を使い切ってしまったのだろうか。

 無限魔力と言っても、それには私という魔力タンクが必要不可欠だ。

 私も彼女に合わせて深域から魔力を補給する。

 魔力が手を伝ってアコナイトの下に流れ込んでいく。

 …………あれ?

 不意に、魔力が引っ張られる感覚が消えた。

 

「ぁ、アコナイト……さん?」

 

 顔を上げて横を見るとアコナイトは黙って俯いていた。

 その横顔には尋常でない汗が浮かんでいる。

 繋いだ手から伝わる震えは先ほどよりも大きく、痙攣じみていた。

 

「違う…………私、ワタシ……」

 

 彼女の口が何事か呟く。

 明らかに異常な様子だった。

 変わっていく何かに怯えるように、彼女の瞳孔が開く。

 やっぱり、共魔の力による願いの共有は明らかに彼女に苦痛を与えている。

 慌てて手を離そうとしたけど、アコナイトの手はまるで石のように固く私を離してくれない。

 

「アコナイト、大丈夫!?」

 

「来る!シューターは構えて」

 

 チームメイトの異常を察知したクレスがアコナイトに肩を寄せる。

 彼女によって優しく私たちの手が解かれた。

 その後ろで、シューターたちが各々の遠距離武器で狙いを定める。

 弓が、銃弾が、それぞれの属性をまとって放たれる。

 それは迫りくる敵に着弾し、その歩みを止める。

 カラフルなピエロやダンサーたちが弾け、黒に虹彩を纏った体液が飛び散る。

 あの虹彩、やはりあれは深獣じゃない、この深域の一部なんだ。

 遠距離攻撃によってパレードが瓦解していく。

 でもその殲滅力は先ほどまでのアコナイトの光線とは程遠い。

 肝心のアコナイトはというとクレスと一緒にしゃがみ込み、何やら話をしている。

 クレスが彼女を励ましているのだろう。

 ともかく、今すぐに動けそうな感じではない。

 なら私も金魚でみんなのサポートを…………

 

「カメリア、君は動かないでいい」

 

 金魚たちを助けに回そうとした私をマリーゴールドが止める。

 

「魔力を吸収し続けろ、アコナイトには君の力が必要だ」

 

「ぁ、で、でも……」

 

 そのアコナイトがダウンしているんだけど……

 納得いかない命令に少し戸惑う。

 私以外は戦っているのに、この円陣の中央で守られていろと?

 

「君の力が必要なんだ」

 

 再度念を押され、私は口をつぐんだ。

 未来予知がそう言っているのだ、ここは従った方がいいのかもしれない。

 不満だけど。

 不満だけど!

 私がのうのうと守られる後ろで遠距離攻撃を掻い潜ったピエロたちと、円陣を組む魔法少女たちが接触した。

 武器が閃き、敵をなぎ倒す。

 敵の体液が飛び散り、円陣の周りに黒い輪が広がっていく。

 

「だらあぁああアアア!!」

 

 唸り声と共にクレイモアが振るわれる。

 今この戦場で最も生き生きしているのはサイプラスだった。

 他の魔法少女たちは頼りのアコナイトの不調に少なからず不安を覚えているというのに、彼女はそれを見て逆にやる気を出している。

 

「いい感じだ!殺してミロ、私を!!」

 

 サイプラスにとっては不安や窮地は願いを強めるスパイスでしかない。

 今この状況で最も強く願いを抱ける魔法少女は彼女だろう。

 アコナイトの代わりにサイプラスが道を切り開き、私たちの円陣はじりじりと深域の中心部へと進んでいく。

 パレードの包囲を蹴散らしながら。

 

「そうくるか、チッ……皆、気を強く持て」

 

「え?」

 

 そんな中、下された意味不明な指示。

 マリーゴールドは不快感に顔を歪め、舌打ちをした。

 気を強く持て?なんで?

 私たちの疑問に答えるかのように、悲鳴が上がった。

 私たちのではなく、敵の。

 

「痛いぃ!やめてぇぇ」

 

「……は?」

 

 前衛の魔法少女に斬られたピエロが悲鳴を上げる。

 倒れ伏したダンサーたちが、苦悶の声を響かせる。

 まるで人間のように。

 悲鳴と断末魔が戦場にこだました。

 それは、悪夢のようだった。

 攻撃した敵が、まるで痛覚が、感情があるかのように叫び、むせび泣く。

 飛び散る黒い飛沫でさえ血だと錯覚してしまいそうになる程の真の迫った絶叫。

 気分が悪い。

 戦っていない私ですらそう感じるのだ、攻撃した少女たちの嫌悪感は私の比ではないだろう。

 攻撃した相手が苦痛を訴えることなど初めての経験だ。

 私たちの相手は深獣であり、決して人間じゃない。

 こんな人間のような反応をされてしまえばどうしても罪悪感を感じずにはいられない。

 変化は、魔法少女たちに伝播していった。

 一撃で葬れたはずの敵が、倒せなくなる。

 偽りの罪悪感という毒が、願いを阻害していた。

 優しい魔法少女ほどその毒は致命傷だった。

 悲鳴が上がる。

 今度は敵じゃなく、私たちの。

 

「うぁあああ゛あ゛あ゛!」

 

 ピエロに押し倒された緑の魔法少女が悲鳴を上げる。

 ピエロはその身体をぐずぐず溶かし、緑の魔法少女を飲み込んでいく。

 巨大なマスコットに踏み潰される魔法少女たち。

 円陣は乱れ、敵と味方が入り混じり始める。

 このままではまずい。

 もう予知とか言っている場合じゃない、私も戦わないと。

 戦場へと向かおうとして……私の手が強引に掴まれる。

 

「アコナイト?」

 

 クレスの不安そうな声。

 死人のような顔色のアコナイトがすごい勢いで私から願いをひったくる。

 魔力が流れ込み、ほぼ黒に染まり切っていた彼女のコスチュームから白が消える。

 白金の魔法少女が黒金へと変わる。

 

「悲しみも、涙も…………消さなきゃ……全部……」

 

 何かが、変わった。

 アコナイトのコスチュームの色だとかそんな些細なことじゃない、彼女の中の根底にある何かが……壊れた。

 開いた瞳孔が、戦場を凝視する、仲間を傷つける敵を捉える。

 

「ブレー……ド」

 

 質量を持った光が剣の形を取る。

 一振り、ゆっくりと剣が振られた。

 そうとしか見えなかった。

 だがその一振りで、パレード軍団が細切れになる。

 黒い体液と肉片ができの悪いシチューのように地面にぶちまけられた。

 黒い飛沫が飛び散り、アコナイトの頬を濡らす。

 戦っていた相手がいきなり消失して、魔法少女たちは惚けたように振り返る。

 そこには、不調でダウンしていたはずの星付き魔法少女が背筋を伸ばして立っていた。

 今朝とは打って変わり黒くなった衣装、でもその顔には今朝と変わらぬ微笑みが浮かべられていた。

 

「私が道を切り開く、みんなついてきて」

 

 黒に染まった最強が走り出す。

 湧き出るピエロや着ぐるみたちは、その一刀をもって悲鳴をあげる暇すらなく肉片へと変えられていった。

 元気を取り戻した憧れの象徴を見て魔法少女たちも勢いをもり返し、彼女の後に続く。

 戦場はもはや陣形など崩れ、乱闘の様相を見せていた。

 それでもアコナイトの圧倒的な戦力で敵をなぎ倒し、肉の壁を削り取って前へと進んでいく。

 このペースで行けば、じきに深獣までたどり着けるかもしれない。

 でも、私はアコナイトの豹変だけが引っかかっていた。

 彼女は最前線に進み出て、道を切り開いている。

 その力は凄まじく、まさしく最強の魔法少女にふさわしい無双だ。

 でも、先ほどまでは光線を何発か撃っただけで魔力切れになっていたのに……今は全く息切れする様子がない。

 先ほどと違う、燃費が明らかによくなっている。

 そのことだけを考えれば、確かに良いことなのだろう。

 先ほどまで彼女が見せていた不調、震え、開いたあの瞳孔を考えなければ、私も安心できるのに。

 今のアコナイトは何かが切れていた。

 それがどうしても不吉な予感がして胸がざわめく。

 

「どうしたんだいカメリア?顔色が悪いようだが」

 

 しかめた顔を見られてしまったのだろう、マリーゴールドが私の顔を覗き込んできた。

 この乱戦の中においても彼女は相変わらずの様子だ。

 戦闘能力の低い彼女は、私と同じく戦闘には参加していない。

 だからこんなに落ち着いているのだろうか?

 彼女は胸騒ぎを感じないのだろうか?

 いや……彼女は未来予知の能力者だ。

 その彼女が取り乱していないということは大丈夫なのか?

 私はなんでもないと首を振る。

 

「アコナイトが心配かい?」

 

 そんな私の心を見透かしたように問いが落とされる。

 オレンジの瞳が私を見つめていた、まるで警戒するように。

 

「大丈夫だよ、彼女はもう完成したから」

 

「……え」

 

「共魔の力と吸魔の力を束ね最強の魔法少女を作る。私たちの作戦の第一段階はもう完了した。後は彼女を深獣にぶつけるだけさ」

 

 最強の魔法少女が完成、した?

 その言葉に違和感を覚える。

 最強の魔法少女とはそもそも作るものなのか?

 私とアコナイトが魔力を共有した状態、それが最強の魔法少女なのだと思っていた。

 でもマリーゴールドの口ぶりでは、最強の魔法少女は今完成したかのような感じだ。

 もしかして、私がずっと感じているこの胸騒ぎはその勘違いから来ているのか?

 戦っているアコナイトを見る。

 彼女の纏った光が形を変え、敵を蹂躙していた。

 その姿からは道中で見せた苦しげな様子はもう感じ取れない。

 彼女の白いその髪は切り裂いた敵の体液に濡れ、コスチュームと同じように黒に染まりつつあった。

 違和感。

 やっぱり変だ……以前の彼女を思い出す。

 学校での彼女、魔法少女として出会った彼女を。

 深淵内で顔を合わせたあの時、嘔吐した私の吐瀉物がかかってアコナイトは顔を引きつらせていた。

 完璧な彼女に汚れは似合わない。

 魔法少女ピュアアコナイトはいつだって無傷で、綺麗なままで敵を屠ってきた。

 あんな風に汚れるのも厭わない戦い方を彼女はしない。

 私の願いを受け入れることで彼女の何かが変わってしまったのだろうか。

 

『悲しみも、涙も…………消さなきゃ……全部……』

 

 彼女の放った言葉が脳裏によぎる。

 あれは、私の願いだった。

 理不尽な暴力で流される涙をなくす、そんな独りよがりの願い。

 それを彼女がなぜ口にする?

 願い……共魔の力…………願いを束ねる。

 もし、アコナイトの受け入れる願いの量が魔力の量と比例するとしたら?

 数多の願いに埋もれて自分の願いが分からなくなった、とアコナイトは言った。

 では、その数多の願いすら霞むほどの無限大の願いを受け入れれば彼女はどうなる?

 魔法少女の理に背くことだ、ありえないと言ってもいい。

 でも今の彼女の状態を見ればそうとしか考えられなかった。

 

「私の願いが……彼女の願いに置き換わった?」

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「そうだね。君の作戦は成功する可能性が高いよアコナイト」

 

 オレンジの魔法少女は水晶を覗き込みながら頷いた。

 私が第13封印都市の奪還作戦を立案した時の話だ。

 私はこの作戦を実行するために星付きを召集した。

 集まったのは二人だけ、でもその中に予知の力を持った彼女がいたのは幸運だった。

 大まかな方向性を決めた後、私は件の未来予知ができるマリーゴールドと詳細を詰めていた。

 もう一人いたはずの星付き魔法少女レッドアイリスは弟の迎えがあるからなどとふざけた事言って、先ほど会議室から出て行ってしまった。

 

「ただ、その未来を掴み取るにはいくつかの壁があるんだよ」

 

 水晶を覗き込んだままマリーゴールドが唸る。

 私にはただの透明な球体にしか見えないが、彼女にはそこに映る未来が見えているのだろう。

 未来は無限に分岐する、と彼女は言っていた。

 マリーゴールドはその分岐を辿り、未来を覗き込むことができる。

 無限に分岐する未来を観測するためには無限の時間が必要だ。

 全ての可能性を網羅することはできない。

 だから彼女は予知した未来を断定することはしない。

 いつも言葉を濁す、マリーゴールドが自慢げに未来を語るのは占い師を演じている時だけだ。

 予知などロクな能力ではないとは彼女の口癖だ。

 だがそんな言い草とは裏腹に彼女の能力は一角獣でさえも重宝し、星を与えたほどだ。

 今回の作戦も彼女の予知があったからこそ、実行に移せた。

 彼女が見た、と言うことはそれは実現可能な未来だということだ。

 

「私はどう動けばいいかしら?」

 

「うーん、カメリアとの接触はなるべく避けた方がいいかな。そうだ、彼女の説得はクレスに任せるのはどうかな……」

 

 彼女の能力を重宝しているのは私も一緒だ。

 だからこそこの作戦の行方を彼女と話し合っている。

 この作戦の概要を今日初めて彼女に話したと言うのに、彼女は今日ちょうどカメリアの未来を覗いてきたところだと言った。

 何がちょうどだ、どうせ予知したのだろう。

 

「あと気がかりなのは、魔力を共有する際の苦痛だろうね」

 

「そんなことは分かっているわよ。あなた魔力を共有したこともないくせに知った風に言うのね」

 

 魔力を共有する、それは知りもしない他人の願いを自分のものにするということだ。

 自分のものではない感情、願望、妬み、それがいつの間にか自分の中にある。

 自分のものだった願いですら、自分のものかどうか判別がつかなくなる。

 その苦痛は言葉では表せない。

 

「いや、君は分かっていないよ」

 

 水晶を眼前に突きつけられる。

 未来を見ろとでも言うように。

 でも私にとってその水晶はやっぱりただの透明な球体だ。

 

「君が取り込もうとしているのは無限の魔力なんだよ。それは無限の願いと同義だ。儚い君の願いなんて押しつぶされて消えてしまうだろうね」

 

 願いが消える。

 それができるならやって欲しいぐらいだ。

 私の願いはもう薄汚れて見る影もない。

 こんな汚いものを抱えて戦うぐらいなら……いっそのこと他の願いで塗りつぶして欲しいくらいだ。

 

「まぁ君がやる気ならとやかくは言わないけど…………」

 

 私のやる気に気圧されたのか、マリーゴールドは引き下がった。

 でも今思えば彼女の話をもっと重く捉えるべきだったのかもしれない。

 

 

……………………………

 

 

…………………

 

 

……

 

 

 彼女の願いは一般的な魔法少女のように希望の溢れたものじゃなかった。

 カメリアの願いを取り込んではじめに感じたのは、苦痛。

 殴られ、地面に這いつくばる屈辱、恨み。

 ドス黒い感情だった。

 そんな思いを二度と経験したくないという思いと、その思いを他人にも経験させたくないという願望。

 大っ嫌いなその感情を世界から消し去りたい、それがカメリアの願いだった。

 耐えがたい苦痛だ。

 だって、カメリアの忌嫌うその苦痛を与えたのは私自身なのだから。

 必要な犠牲だと思い傷つけた少女、その苦しみ、痛みがそのまま私に返ってくる。

 カメリアと魔力を共有するたび、見たくもない現実を突きつけられる。

 自分のしでかした罪が私へ深く深く突き刺さる。

 

『君は分かっていないよ』

 

 マリーゴールドが言っていたことが今なら分かる。

 私はカメリアのことを何も分かっていなかった。

 彼女の感じた苦しみを分ろうともしなかった。

 私がピュアアコナイトであり続けるため、人々を守り続けるため、そう言い訳し続けてきた。

 苦しい。

 今すぐ泣き喚いて逃げ出したい。

 でも、もう作戦は始まってしまった、今更後戻りはできない。

 私が立ち止まれば、前回の二の舞だ。

 また沢山の人が犠牲になる。

 そんな未来は許容できない、今度こそこの都市を取り戻す。

 その思いに突き動かされ、私はカメリアの魔力を取り込み続けた。

 何度も彼女の願いに心を抉られながら。

 

 

 そして………………苦痛はいつの間にか消えた。

 

 

 今私が感じるのは静かな自戒の念と巨大な願いだけ。

 世界から理不尽な涙をなくす。

 そのために、深獣を殺す。

 殺して、滅して、鎮圧して、すり潰して、細切れにして、焼き尽くして、殺す。

 そうして全ての理不尽を消し去って……

 後は仕上げに私の剣で自身の胸を一突きすれば終わりだ。

 そうすればカメリアが……日向が消したいと願ったものは全て世界から無くなる。

 世界が幸せに包まれる。

 

「そうだよね日向?」

 

「うん!そうだよ!私たちには幸福な自死が待っている」

 

 私の横で日向(いもうと)がにっこりと微笑んだ。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

星付き魔法少女:2名

魔法少女:10名

 

負傷者:2名

行方不明者:1名

心神喪失者:1名

死亡者:0名



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紅い花

 悲鳴が聞こえる。

 苦痛に歪んだ女性の悲鳴。

 …………誰?

 

 

 紅い花が……咲いた。 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 陽気なピエロたちが光によって弾け飛び、地面に中身をぶちまける。

 最強の魔法少女が仲間たちを引き連れ、パレードをひき潰しながら前へと進む。

 敵の体液でぬかるんだ地面での行進は想像以上に私たちの体力を削っていた。

 少女たちのブーツやソックスは黒く染まり、気味の悪い虹彩を放っている。

 私みたいに暗い色合いの魔法少女はまだマシだけど、鮮やかなカラーの魔法少女たちは汚れが目立ち、残念な様相になっていた。

 そんな行進の中、私はいまだに陣形の中央で守られているままだ…………とはいえ流石に攻撃には参加していた。

 金魚たちの半分を魔力の補充へ、もう半分を仲間たちのサポートに。

 半分程度であれば攻撃に回しても魔力回復にはお釣りがくる。

 アコナイトが魔力を補充する頻度が少なくなったからできる芸当ではあるのだけど、そうやって私も戦闘に参加していた。

 進めば進むほど深域のパレードたちの攻勢は激しくなっていく。

 恐らく、もう深獣が近いのだろう。

 後もう少し、そう言い聞かせながら私たちは疲労を押し隠し、前に進み続けていた。

 

「ごめんなさい、少しの間頼むわ」

 

 アコナイトが前線から下がる。

 魔力補充、この瞬間が一番危険だ。

 心なしかパレードの攻撃もこのタイミングで激しくなっているようにさえ感じる。

 アコナイトが魔力を補充している間は前線を維持できない、だから他の魔法少女たちが陣形が崩れないように守る必要がある。

 こちらは疲労が蓄積し、魔力も減り続けていると言うのに、敵の攻勢は激しくなり続けている。

 後何回魔力を補充できるのだろうか?

 陣形を維持する魔法少女たちの負担はどんどん大きくなっていた。

 

「アコナイト…………」

 

 満身創痍なのは前線を維持する魔法少女たちだけじゃない。

 私の手を取る黒金の魔法少女、アコナイトもボロボロだった。

 別に彼女が攻撃を受けて傷ついたわけじゃない、彼女の行使する膨大な魔力に身体がついていってないんだ。

 普段の何倍もの力を振るう彼女の腕はあちこちに痣ができ、綺麗だった白いネイルも割れてしまっている。

 黒い体液に濡れて痣が分かりづらいからみんな気付いていないかもしれないけど、この中で一番疲弊しているのはアコナイトだ。

 

「どうしたの?日向」

 

 それなのに彼女はあのいつもの微笑みを浮かべ、なんでもないように振る舞っている。

 痛みを感じているはずなのに、辛いはずなのに。

 

「ふふ、あらそう?大丈夫よ、あと少しだわ」

 

 まただ、私は返事をしていないのにまるで返事があったかのように彼女は言葉を返した。

 私をカメリアではなく日向と呼ぶことといい、彼女はどこかおかしくなっていた。

 微笑みはそのままだけど、瞳孔は濁り、その大きな瞳は今にもこぼれ落ちそうなほど開き切っていた。

 

「あ……」

 

 私が何か言葉を投げかける前にアコナイトは手を離し、前線へと戻って行った。

 誰もいない空間へと微笑みかけながら。

 あれが、最強の魔法少女?

 私には自我の崩壊した戦闘マシーンにしか見えなかった。

 このままでは、彼女は自分が壊れていることすら自覚できずに戦い続けるだろう。

 それが幸せな結末にたどり着くとは思えなかった。

 やっぱり、どうにかしなくちゃいけない。

 たとえ、相手があのアコナイトだったとしても、あんな風に壊れるのは許容できない。

 私を虐めた相手だからといって見捨てられるほど腐ってはいない。

 それに、彼女がああなったのは間違いなく私の願いのせいなのだから。

 そうアコナイトの背中を見ながら決心を決めていると、私の視界がオレンジに遮られた。

 

「何をしようとしているのかな?カメリア」

 

 予知の魔法少女が視界からアコナイトを隠すように私の前に立った。

 警戒するような瞳がまた私を捉える。

 なんだ?

 私が最初にアコナイトを心配した時も、彼女はこうやって私を見ていた。

 私の動きを観察するような眼差し。

 私がアコナイトを助けようとすることに何か不都合なことがあるのだろうか?

 

「別に、人助け……何か悪い」

 

 それが魔法少女の仕事でしょ?そういう思いを込めて彼女を睨み返す。

 私は何も間違っていないはずだ。

 アコナイトは間違いなくまともな状態じゃない。

 助けが必要なんじゃないかな。

 

「だぁぁぁめ!だよ。君が攻撃に参加していることだって私は納得していないんだから」

 

 汚れのない綺麗な顔が私の前に迫る。

 顔が赤くなるのを自覚しながらも、私は彼女を睨み返した。

 やはり私が動くことを彼女はよしとしない。

 彼女にとってあのアコナイトの状態が望ましいとでもいうのだろうか?

 彼女は未来を予知できる、ということはアコナイトがこんな風に傷つくことも分かっていたということだ。

 それなのにこうやって彼女はその未来を容認し、アコナイトを狂わせ、今私がそれを助けようとするのを止めようとしている。

 もっと、誰も傷つかない未来があったのではないのか?そう思わずにはいられなかった。

 

「ほら、そうやって僕を睨む、いつもそうだ。未来を知っているくせに、何故それを許容すると私を責める目だ。いいかい見える未来は幾千通りでも、選べる今は一つだけだ。リハーサルなんてない。失敗しても後戻りはできない、選択し続けなくちゃいけない」

 

「その結果が今だと?」

 

 その選択の犠牲者が、アコナイトだとでも言うのか。

 そうやって自分では戦いもせずに、上から指示を出して……仕方がないことだと自分に言い聞かせるのか?

 このままアコナイトがボロボロになりながら戦い、私の願いで狂っていくのを黙って見ているのか?

 

「人を助けるために、人を傷つける。そんなのは間違っている。たとえ結果が最悪なものでも、私は助けるために戦ったと、後悔しない自分でありたい!」

 

 今からだって遅くない。

 私の願いで彼女を狂わせるのではなく、彼女の横で一緒に戦うんだ。

 無限の魔力がなくたって、みんなの力を合わせてどうにか戦い抜く。

 間違っていたとしても、それが正しい道のはずだ。

 

「君はアイリスと同じことを言うんだね」

 

 羨むような嫉妬するような色の瞳。

 ため息が一つ、マリーゴールドの口から漏れる。

 でも……マリーゴールドが目を瞑って、次に目を開けた時にはその瞳の色は変わっていた。

 決意した色だった。

 

「間違っていたとしても、幸せな未来を迎えるのはこちらの方だ。君を…………」

 

 いかせはしない。

 そう続けたかったのだろう。

 でも、彼女の言葉は中途半端なところで途切れた。

 

「…………?」

 

 視線が私から水晶へと移される。

 見開かれる目、私との口論を中止せざるを得ないものが映っていたどでもいうのだろうか。

 彼女の意識は完全に私から外れていた。

 

「死んだ……?なんで……」

 

 え?

 死んだ……

 誰が?

 未来の何を見たのか、彼女の顔がさっと青ざめる。

 そして何かを探るように彼女の目線があたりを彷徨った。

 

「マリーゴールド」

 

 その時、一人の魔法少女が私たちのところまで後退してきた。

 見覚えのある黄色いマント、私もよく知る魔法少女パステルアカシアだ。

 

「何か様子が変だ、予知はどうなっている?」

 

 その言葉に私も周りを見渡す、戦う魔法少女と不協和音を奏でるパレードたち。

 私には違和感を感じられない。

 サポートにまわしている金魚たちも、何も異変を察知できていない。

 でもアカシアは私なんかよりもよっぽど経験豊富な魔法少女だ、それにマリーゴールドが予知で何かを見た。

 何かがおかしい。

 警戒するには十分な情報だ。

 深域から魔力を吸収させていた金魚たちも、仲間のサポートに向かわせる。

 そうしたおかげで、私は異変に気がついた。

 アコナイトが突出しすぎている。

 パレードをなぎ倒すように進むアコナイト、彼女と私たちの間にパレードの軍団が突進し、アコナイトが前線からどんどん孤立していく。

 これではアコナイトが孤立無援になってしまう。

 それだけじゃない、最強の支援を受けられない私たちもどこまで戦い続けれるかどうか危うい。

 他の魔法少女たちはアコナイトの強さを知っているから心配などしていないだろう。

 でも私は彼女がとても危うい精神バランスで戦っているのを知っている。

 そしてマリーゴールドが先ほど漏らした言葉。

 心を読むというこの深域がアコナイトに狙いを絞ったのだとしたらまずい。

 私たちがもたもたしている間にアコナイトはどんどん離れていく。

 大きなマスコットたちのシルエットに隠れ、彼女の姿が視界から消える。

 アコナイトが危ない。

 

「アコナイト!!」

 

 先ほどまで私を遮るように立ち塞がっていたマリーゴールド、今は私から注意を逸らしている。

 私を止める人はいない。

 走りながら手をかざす。

 紅い花が咲き誇り、私の周りに渦巻く。

 

「いけ!!」

 

 渦巻く花びらが私の前方へと集まり、傘へと姿を変える。

 私は傘を盾にパレードの軍団へと突撃した。

 一拍遅れてマリーゴールドの私を呼び戻す悲鳴じみた声が聞こえてくる。

 でも、もうその時には私は敵の大群の中へ突入していた。

 マリーゴールドの手の届かぬところへと。

 

「アコナイト、どこ!?」

 

 傘を盾に、アコナイトが見えていた方向を目指して突き進む。

 私の傘は触れた敵の魔力を奪う、だから魔力で構成された深域そのものであるパレードの軍団も無力化できる。

 でも、それができるのは傘をさしている方向だけだ。

 今私の背中は全くの無防備だった。

 一応背後にも金魚を侍らせているけど、物量で攻められればあっという間に敗北が待っていることだろう。

 だからこそ、私は止まれない。

 ピエロやダンサー、マスコットをなぎ倒しながら前に進み続けなければいけない。

 止まってしまえば無防備な背後を攻撃されてしまうから。

 そうやって敵の大軍の中を突っ切って進む私は前方に光を見た。

 閃光がパレードをなぎ払い、前方が開ける。

 視界の先で光を纏ったアコナイトが悠然とたたずんでいた。

 

「どうしたの、カメリア?」

 

 いつも通りの微笑み。

 真っ黒に染まった彼女はそれでも平然と戦い続けていた。

 ボロボロの身体で、願いに狂わされ続けながらも。

 

「あなたを……助けに来た」

 

 あなたが、私の願いで苦しんでいるから。

 魔法少女たちの願いを背負って、そのせいで苦しんでいるから。

 その苦しみを私に打ち明けてくれたから。

 

 だから私が、それを止めに来た。

 

 黒い体液で濡れる地面を蹴ってアコナイトに駆け寄る。

 私が歩いた足跡に紅い花が咲き誇る。

 黒に染まった不気味な深域で二人の黒い魔法少女が向かい合った。

 目の前の少女はかつて私を傷つけた。

 そのことを許すことは、できない。

 でも、私はあなたに苦しんで欲しい訳じゃないんだ。

 あなたに苦しめられたから、私はあなたに苦しんで欲しくないって思うんだ。

 私は痛みを知っているから。

 アコナイトの手を握る。

 

「あなたは、戦わなくていい。苦しんでまで、守らなくていい」

 

 戦わなくていい。

 私がレッドアイリスにかけてもらえた言葉。

 その言葉を言ってもらった時、私は本当に嬉しかったんだ。

 私はアイリスみたいに頼もしくはないかもしれない。

 それでも、私がこの言葉をもらえた時の安心感が、十分の一でも彼女に伝わればと思う。

 あなたは確かに星付きの魔法少女で、みんなの憧れる正義かもしれない。

 でもその前にあなたはまだ14歳の小さな女の子なんだよアコナイト。

 そんなに一人で背負う必要はないんだ。

 

「カメリア……」

 

 黒金の魔法少女の瞳が揺らぐ。

 

「あなたは……やっぱり優しいのね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 光剣を振るう。

 目の前の雑兵たちが弾け飛び、その体液が私へと降りかかる。

 荒い息が口から漏れた。

 もう何度、この剣を振るっただろう。

 無限の魔力を行使して限界以上の力を引き出す腕は先ほどからずっと痛みを訴えていた。

 腕だけじゃない、全身が無限の魔力に悲鳴を上げている。

 それでもこの剣で、光線で、敵をなぎ払い続けなければいけない、私はピュアアコナイトなのだから。

 今も、笑顔で日向(いもうと)が私の首を締め付ける。

 早く消えろと、お前は人を傷つけ悲しみを生み出す癌なのだと。

 あの子は私を許してはくれない。

 だから、身体が悲鳴をあげようと、心がひび割れようと、私は止まることを許されていない。

 何処かから声が上がった。

 誰かを引き止めるような叫びが、後ろから聞こえる。

 振り返るけど、仲間の姿は見えなかった。

 前にも後ろにも気味の悪い笑顔を浮かべた敵の姿ばかり。

 いつから私は一人で戦っていたのだろうか。

 いつの間にか私は孤立していた。

 みんなと合流しなければ、そう思い剣を握り直す。

 

「アコナイト、どこ!?」

 

 その時声が聞こえた。

 私を呼ぶカメリアの声、彼女が呼んでいる。

 その声を聞いて首を締める日向(いもうと)の手が緩む。

 どこ?

 近くから声は聞こえた。

 彼女が私を探している?

 

「あなたを……助けに来た」

 

 助けに、私を?

 その言葉に私は首を傾げる。

 なんで……私に助けなんて必要ないのに。

 私は最強の魔法少女で、星付きなのだから。

 それに、あなたは私を恨んでいるでしょう?

 あなたの願いの中で見た私は醜悪に歪んでいて、理不尽な暴力の化身だった。

 消えて欲しいんだって、そう思っていることを私は知っている。

 だって私があなたに与えたような苦しみを世界から根絶する、それがあなたの願いだものね。

 そんなあなたが私を助けるの?

 ねぇ、なんで?

 光剣で纏わり付く敵を切り裂き、カメリアを探す。

 私を助けるなんて言葉は信じられない、きっといつもの亡霊の戯言だ。

 でも、それが本当であって欲しいと思う自分がどこかにいた。

 カメリア、あなたは私が嫌いなんでしょう?

 敵を両断し、道を切り開いた先、そこに彼女はいた。

 

「あなたは、戦わなくていい。苦しんでまで、守らなくていい」

 

 私がずっと欲しかった言葉。

 苦しくて、辛くて、私の肩にのし掛かる責任や仲間の死に耐えられない夜、私が渇望した言葉。

 それが彼女の口から私へと贈られる。

 彼女の目の前に立つピュアアコナイトへと。

 

 ………………あれ?

 

 なんで私はあそこに立っていないの?

 あそこに立っているのはだぁれ?

 私がもらえるはずだった言葉を受けとっているあの黒金の姿は何?

 混乱で私の頭は思考を停止する。

 

「あなたは……やっぱり優しいのね」

 

 私の姿をした何かが微笑む。

 誰?誰?誰?

 やめて、取らないで、それは私のための言葉よ。

 

「あなたが底抜けのお人好しでよかったわ」

 

 それは、あの日の焼き回しの様だった。

 私の姿をしたそれが、縦に裂ける。

 二つに裂けたそれはまるで口のように大きく開き…………優しい少女を飲み込んだ。

 

「あああああああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁっっ!!」

 

 悲鳴が私の口から放たれる。

 私の大切なものを飲み込んだあの何かが、また私から大切なものを奪った。

 あの時とは違うはずなのに。

 私は無限の魔力を手に入れたのに。

 少女を飲み込み、ぶっくりと太った何かがこちらを向く。

 笑っていた。

 ぱんぱんに膨らんで歪んだ私の顔で。

 

「かえせぇぇぇぇえええっ!!」

 

 剣を振りかぶって我武者羅に突撃する。

 大丈夫!中身のカメリアに傷はつけない。

 外装の深獣だけ切り裂いて、彼女を助け出す。

 出来る、私には出来る!

 それだけの経験と、力と、無限の魔力が今の私にはある!!

 私には、その敵を切り裂く覚悟があった。

 覚悟なんて最初から決めていた。

 銀狼がこの深獣に飲み込まれたあの日から。

 たとえこの化け物がどんな姿をとろうと、私は攻撃を止めない。

 愛した妹になろうと、愛する少年になろうと。

 私はこいつを叩き切る。

 

「また私を傷つけるの?」

 

 その化け物が姿を変えたのは、私の罪だった。

 私の罪が、傷つけた無垢なる犠牲が顔を歪める。

 

「また私を虐めるのっ!!」

 

 私は、こいつを……叩き…………切っ…………

 

「許さないっ!私はお前をゆるさないい゛い゛い゛!!!!」

 

 覚悟はしていた。

 覚悟はしていたはずなのに…………

 

 私は耳を塞いで啜り泣いていた。

 

 だってそれは私が彼女の願いの中で見た紛れもない本音だったから。

 

 バッッツン!

 

 何か硬質な音がした。

 

 

 

 

 

 悲鳴が聞こえる。

 

 

 

 

 

 苦痛に歪んだ女性の悲鳴。

 

 

 

 

 …………誰?

 

 

 

 だぁれ?

 

 

 どうしてそんなに苦しそうなの?

 

 

 あぁ…………

 

 私か。

 

 苦痛に喘いだ悲鳴が私の唇から漏れ出る。

 それをまるで他人事のように私は感じていた。

 何かが宙を舞う。

 すごく見覚えのある何か。

 それは水音を立てて地面に転がった。

 黒い体液で濡れたそれを、私の瞳が追いかける。

 いつも見ていたもの。

 そうだ、あの白いネイルは今朝私が塗ったものだった。

 戦いの中であんなにひび割れてしまった。

 私のものだったもの……

 それが切り離され、地面に横たわる。

 私の…………腕。

 切り離された肩口から血が吹き出す。

 

 

 

 紅い花が咲いた。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

星付き魔法少女:2名

魔法少女:10名

 

負傷者:5名

行方不明者:?名

心神喪失者:1名

死亡者:0名




苦しむあなたは美しい(作者のねじ曲がった性癖)


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占師の涙

注意:残酷な描写(今更だけど……)


 帰り道、寄り道すると良いことがあるでしょう。

 

 ある日の占いの結果だ。

 なんて事のない気紛れだった。

 いつもはクラスメイトのみんなを占っているけど、たまには自分を占ってみるのも面白いかもしれない。

 そう思って自身を占った。

 寄り道か…………そうだ通学路から少し外れるけど、新しいクレープ屋ができたって聞いたな。

 それを頬張りながら帰るのもなかなか幸せそうだ。

 そう思ってその日私はいつもの帰り道とは違う道を通った。

 そして、私は自分の人生を根底から変える存在と出会った。

 

「ルゥ?お前才能あり、だルゥ。魔法少女になってみないルゥ」

 

 いつもの帰り道で帰っていれば、私はその小さな虎の精霊と出会うことはなかっただろう。

 ただの占い好きの少女として、平凡な人生を送れたことだろう。

 でもあの日、私は占いに従い、魔法少女になった。

 それが良いことなんだと信じて。

 

 今になってふと思う、あの占いは当たっていたのだろうか?

 あれは良いことだったの?

 私は…………幸せになれてる?

 ちゃんと人々を幸せにできている?導けている?

 その疑問に、私は自信をもって頷くことができない。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 悲鳴が、響き渡った。

 それはパレードたちの奏でる調子ハズレのメロディーと混ざり合い、聞くに耐えない音楽を私たちへ届けた。

 

「アコナイトッッ!」

 

 クレスの絶叫。

 私たちの視界の先で最強の魔法少女が、最強のはずだった少女が膝をつく。

 その右腕は半ばから切り離され、地面に転がっていた。

 俯くその背中から、戦う意思はもう感じられない。

 アコナイトの目の前で、カメリアの姿をした何かがケラケラと笑っている。

 その手は黒く変色し、大きな刃物へと姿を変えていた。

 このままではその凶器はアコナイトの首を切り飛ばすだろう。

 彼女の相棒である紫の魔法少女がそうはさせまいと敵に突っ込んでいくのを放心したように目で追う。

 

 失敗した。

 

 予知した中で、最悪に近い光景だった。

 いや、最悪はカメリアとアイリス不在でこの深域に挑む未来だった。

 まだ最悪じゃない、まだ立て直せる。

 そう自分に言い聞かせる。

 ここからでも、ハッピーエンドにたどり着けるさ。

 そう思わないと、今にも涙がこぼれそうになってしまう。

 未来を予知できるからといって最良の今を引き寄せることができるわけじゃない。

 私が魔法少女になってから味わった苦痛の一つだ。

 例えば、池に石を投げれば波紋ができるだろう。

 だが、予知でそれを知り、同じように石を投げ込んだとしても…………

 全く同じ波紋ができることは絶対ない。

 ほんのちょっとした差、それだけで未来は劇的に姿を変える。

 私にできるのは、より綺麗な波紋へと、そうなるように祈りながら石を投げ込むだけ。

 今回、私の作り出した波紋はとても歪なものとなってしまった。

 なにが、いけなかったのだろうか?

 一番綺麗な未来では、今頃私たちは手を取り合って笑顔で深獣を打倒していたというのに……

 そもそもカメリアとアコナイトの和解は元から絶望的だった。

 当たり前だ、誰が自分を虐めた人間と手を取り合うというのだろう。

 でもカメリアは底抜けに優しくて、臆病な少女だ。

 たとえ和解が難しくとも、どうしようもない状況に追い込んでから、情で訴えれば協力してもらうことができる。

 慎重に対応すれば、アコナイトに理解をしめすことすらある。

 だから話し合いの場を設け、第三者であるクレスに説得をお願いした。

 それなら、最悪な場合でもカメリアの吸魔の力を手に入れられる。

 そう思ってのことだった。

 まさか、本当に最悪な場合になるとは思わなかったけど。

 カメリアとアコナイトの関係は修復不可能、その上アイリスとも不和が生じて敵対してしまった。

 それでも、まだ幸せな未来への道筋は残っている、そう自分に言い聞かせた。

 そうやって私は妥協した。

 

 妥協、妥協、妥協、妥協。

 

 私はそればかりだ。

 未来の可能性が見える私にとって、今は常に妥協の産物だった。

 最良の未来を引き当てることなど、不可能に近い。

 最良の未来とそれを目指した今の落差に私はいつも失望してきた。

 それでも、最悪の未来よりはましさ、そう自分に言い聞かせて妥協してきた。

 今回も、最悪に近い結果だったけど、まだやりようはあった。

 アコナイトの願いをカメリアの願いで染め上げ、罪悪感で動く殺戮マシーンを作る。

 それがお茶会の失敗を経て軌道修正をした、次なる私のプランだった。

 これの、どこが幸せの未来なんだ、アコナイトが犠牲になっているじゃないか。

 そう自分の理性が訴える。

 でも最悪な未来ではもっと酷いことになるのだから、しょうがないじゃないか。

 そう思って私は理性に蓋をした、いつもの妥協。

 それに殺戮マシーンとなったアコナイトはこの後いくつもの深域を鎮圧してくれる。

 罪悪感で、暴走したように戦い続ける。

 深域が無くなるのはハッピーなことだろう?

 だからこの最強の魔法少女は必要だ。

 最後に彼女は自殺しようとするけど大丈夫。

 その段階になったら優しい魔法少女たちをうんと集めて、彼女を慰めれば自殺を食い止めることができるから。

 深淵も、深域もなくなって最後はみんなハッピー…………そうだろう?

 そうだと言って欲しい。

 私は間違っていないと……誰かに肯定して欲しかった。

 

 そんな風にアコナイトの犠牲を正当化していたから、罰が当たったのかもしれない。

 カメリアがアコナイトを守ろうとしてしまった。

 なんでよ。

 最初は彼女を拒絶してたくせに、今になってなんで優しくするんだよ。

 優しくするなら、最初からしてくれよ!

 そうすれば、もっといい未来もあったのに!!

 場違いな恨みが吹き出す。

 そうやって彼女を恨むのは筋違いだと分かっていても、恨み言の一つも言いたくなる。

 結局、彼女の優しさが殺戮兵器を少女へと戻し……その結果がこれだ。

 カメリアは深獣に飲み込まれ、アコナイトは負傷し戦意喪失。

 もうここまできたら贅沢は言えない、どんな犠牲を払ってでも深獣を討つ。

 その段階まで来ていた。

 この作戦を成功させる未来はもうほとんど残っていない。

 

『人を助けるために、人を傷つける。そんなのは間違っている。たとえ結果が最悪なものでも、私は助けるために戦ったと、後悔しない自分でありたい!』

 

 カメリアの言葉が脳裏をかすめる。

 分かっているよカメリア。

 私は間違っている。

 それでも、私は未来を見てしまったんだ。

 その可能性に目を瞑って今に満足することなんてできなかったんだ、たとえ妥協にまみれてでも、ハッピーエンドを目指さずにはいられなかったんだ。

 占いで、みんなを笑顔にする…………それが私の願いだったんだから。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「サイプラス…………君にはここで死んで欲しい」

 

「…………え?」

 

 その言葉を聞いた時、私は自分の耳を疑った。

 気味の悪いパレードに囲まれ、頼みの綱であるアコナイトが負傷した。

 彼女を助けるため、バイオレットクレスは敵に突撃していった。

 パレードたちが勢いを盛り返し、彼女たちの姿はもう見えない。

 その勝敗も、生死も分からない。

 作戦の要である三人の不在、この作戦はもう瓦解寸前だ。

 指揮を執れる魔法少女はマリーゴールドと私のチームメイト、パステルアカシアしか残っていない。

 撤退すら視野に入る。

 そう思い、この後の動きをマリーゴールドに伺おうとした矢先に出た言葉がそれだった。

 聞き間違いだろうか…………今、私に死ねって言った?

 困惑する私たちの後ろで、一際大きな影が立ち上がった。

 パレードの向こうに姿を現した黒い何か、それは完全な人型をしている。

 人の…………深獣?

 アコナイト騙すために人間サイズになっていたそれは偽りの仮面を脱ぎ去り、本来の大きさに戻っていく。

 

「ほら、深獣のお出ましだ。あれを君に倒して欲しいんだ」

 

 マリーゴールドがなんて事のないように言った。

 予知の魔法少女が、君になら出来ると嘯く。

 

「もっとも…………それは君の命と引き換えになるだろうけど」

 

 私の聞き間違えではないと、オレンジの魔法少女が再度言う。

 お前はここで戦って死ぬのだと。

 命をかけて戦え、などというありきたりの激励ではない。

 戦えば死ぬと言う未来予知。

 あぁ…………

 

 なんて素晴らしいんだろう。

 

 つまり、私の死に場所はここなのね!

 このパパとママを飲み込んだ第13封印都市を私の手で開放する。

 私の死でもって!

 両親へのお土産にこれほど相応しいものはないだろう。

 きっと私をたくさん褒めてくれる。

 自然と笑みが溢れる、不揃いな笑い声が戦場を彩った。

 

「マリーゴールド!!お前何を言っている」

 

 アカシアちゃんがマリーゴールドにつかみかかる。

 ごめんねアカシアちゃん、あなたにとってはこの話は嬉しくないかもね。

 私が傷つくたびに顔を曇らせるから。

 でもあなただって私の願いを薄々感づいているんでしょう?

 私が死にたがっているって事。

 アカシアちゃんの肩を掴んで、マリーゴールドから引き離す。

 

「ごめんね、それが私の願いなの。ここで死ねるなんて幸せだよ、私」

 

 彼女は私の顔に浮かんだ満面の笑みを見て恐怖に顔を引きつらせた。

 もう、私一人の命を気にかけている場合じゃないのにね。

 ここで私がやらなきゃ全滅だよ。

 

「もう、これしか道は残っていない。各員、ノイズィサイプラスを援護しろ!深獣を討伐する」

 

 マリーゴールドの言葉で魔法少女たちが陣形を変化させる。

 円形の防御陣から、矢型の攻撃陣へと。

 私たちは深獣までたどり着いた。

 もう防御などする必要はない。

 全力をもってあれを叩き潰す。

 

「あははははァァアアアッッ!」

 

 漏れ出る笑え声を堪える事なく、私は突撃した。

 パレードのピエロの頭を踏んづけて跳躍する。

 なんだか知らないけど大きくて助かる、壊しやすくて。

 クレイモアを振りかぶる、願いを込めて。

 ねぇ、私もうすぐ死ぬよ!!

 予知による死の確約が私の願いをこれまでにないくらい高めているのを感じる、英雄的死はもう直ぐ目の前だ。

 クレイモアが空を薙ぎ、大気を唸らせる。

 純粋な願いの暴力がパレード軍団を圧殺し、人の深獣の腕をひしゃげさせた。

 

「らぁああああっ!」

 

 勢いのままクレイモアを振り抜き、コマのように回転する。

 周りは敵だらけ、攻撃の手を休めれば私は死ぬ、そうなる前にアレをぐちゃぐちゃにしなきゃね。

 深獣の足元に滑り込み、切り上げる。

 その大きな足は腕と同じようにひしゃげ、私のクレイモアによって抉り取られる。

 そのまま倒れたところで頭に一撃を入れてやろうと思ったんだけど、足は不気味な粘膜に覆われ直ぐに修正されてしまう。

 体勢を崩すのは難しいかも。

 クレイモアを掴み直した時、魔法少女たちの援護射撃が深獣の巨体へと炸裂した。

 深獣の身体にたくさんの傷がつく。

 黒いがパレード軍団とは違う粘つく体液が吹き出し、私へと降り注いだ。

 気持ち悪い、だけど我慢だ、もう直ぐ願いが叶うのだから。

 射撃に続いてアタッカーの魔法少女達も深獣に攻撃を加えていく。

 深獣一匹に対して複数で囲んでの攻防。

 普通なら一方的になるであろう戦局、だがそれも深獣が一度動いただけで覆される。

 振りかぶった巨体の腕が形を変えた。

 剣、槍、槌、様々な武器を形どった塊が、その質量にものを言わせて襲いかかってくる。

 人間を真似るならきちんとした方法で道具を使いなよ、とは思う。

 私たちの武器を手当たり次第模倣しただけの紛い物。

 きっとまだアレは勉強不足なのかもしれない。

 だが、その不細工な紛い物でも私たちを倒すのには充分だった。

 足元に纏わりつく私たちへと薙ぐような一撃。

 跳んで躱す。

 当たっていないのに風圧だけで身体が後方へと流される。

 危なげに着地する私の横で、仲間だった物が地面にシミを作る。

 黄緑色の衣装を纏った魔法少女、だった物。

 避けきれず直撃してしまったのだろう。

 私より一足先に行ってしまった……いいなぁ。

 ……えっと、なんて名前の魔法少女だっけ?

 いつもオドオドして話しかけないから、こんな時に散った仲間の名前すら思い出せない。

 確かいつも3人組で活動してた子だと思うけど。

 自分と同じ年頃の少女が目の前で亡くなったと言うのに、私の心は平然としていた。

 多分またハイになっちゃっているんだ。

 仲間の死も、願いのスパイスにしかなっていない。

 大丈夫、仇は取るよ。

 振るわれた凶器の塊が生き残った私たちを挽肉にしようと再び動き出す。

 先ほどの一振りで何人の魔法少女がやられただろう。

 この一撃で何人の魔法少女が残るだろう?

 分からない。

 でも、それが私の命を奪うと言うのなら、こちらもいただくまでだ、アレの命を。

 口角が、勝手に上がっていく。

 こんな状況だと言うのに何故だか楽しかった。

 頭を巡るのはなぜか両親との楽しい思い出ばかり。

 私はいい娘ではなかったけど、それでもあの二人は愛してくれた。

 だから、パパとママが自慢できる娘になって会いに行くんだ。

 交差する私のクレイモアと深獣の凶器。

 今までに感じた事のない圧が私の武器にかかる。

 私のこの武器は今まで私の望み通りに敵を切り裂き、すり潰してきた。

 願いに満たされたそれは、今までにない切れ味を誇っているはずだ。

 でも、切れない。

 

「ガァぁああああああああ!」

 

 力と力で押し合い…………私は負けた。

 宙を舞う身体。

 パレードのピエロやダンサーの残骸が転がる黒い水たまりに私は無様に転がった。

 なんで?願いはこれまでにないくらい高まっているのに。

 

「ま、まだ……」

 

 魔法少女たちを踏み潰し黒い巨体が迫ってくる。

 もう一度やるの、今度は勝つ。

 黒い体液に濡れた身体を起こし、また武器を構えようとする。

 

「………………あ」

 

 大剣を掴んでいた私の両腕はあらぬ方へと曲がり、力が入らなかった。

 折れてる、激痛を感じるはずなのに、ハイになっちゃってそんなことも分からなかったんだ。

 

「はぁ…………はぁ」

 

 だらりと力の入らない腕でクレイモアを掴もうとするけど上手くいかない。

 くそ…………

 魔力で動かない腕を補強して、ようやくそれを掴む。

 そうして顔を上げると……

 巨大な深獣はもう目の前に立っていた。

 何人の魔法少女を倒してきたのだろう。

 武器だらけのその腕は赤く染まっていた。

 そして、その顔は。

 

 パパとママの顔だった。

 

 右半分がパパ、左半分がママ。

 二つの顔が混ざり合った滑稽なアート。

 馬鹿にしてる。

 許せない。

 パパとママはそんな顔をしない。

 お前が殺したくせに…………お前が……

 お前が殺した、お前が殺した、お前が殺した、お前が殺した、お前が殺した、お前が殺した、お前が殺した、お前が殺した、お前が殺した、お前が殺した、お前が殺した、お前が殺した、お前が殺した、お前が殺した、お前が殺した、お前が殺した、お前が殺した、お前が殺した!!

 

「アァ阿あああア亜アアああ!!!」

 

 明確な殺意を持って、クレイモアを振り上げた。

 でも、折れたぐちゃぐちゃな両腕は思うように動かなくて。

 大剣は、私の腕からすっぽ抜け、間抜けな腕を立てて地面に転がった。

 

 あ。

 

 私。

 

 死んだ。

 

 衝撃が身体に走る。

 視界が黒に染まり、方向感覚もめちゃくちゃになる。

 全身を襲う衝撃と激痛。

 自分がどうなったのか、分からない。

 多分あの凶器の塊で殴られたんだと思う。

 顔に何かが当たる衝撃。

 これは地面?

 どうなったの?私はまだ生きている?

 心臓の脈動がうるさい。

 

「サイプラス」

 

 ……アカシアちゃん?

 声が聞こえた。

 私のチームメイトの声。

 私は目を開けた。

 

「よかった……君を助けられたみたいで」

 

 目を開けた私が見たのはチームメイト。

 いつでも私を助けるお人好しのパステルアカシア。

 その半身。

 

「アカシ……アちゃん?」

 

 彼女の下半身は上半身から切り離され、辺りに散乱していた。

 ドウシテ……ナンで?

 私を、庇ったの……いつもみたいに。

 そんな必要……ないのに。

 私が勝手に死のうとしているだけなのに。

 血に塗れた彼女の手が私の頬を撫でる。

 

「僕を……置いて死のうとしないでくれよ……」

 

 彼女の口から血が溢れる。

 もう、だめだ。

 明らかな致命傷。

 彼女も死ぬ……ここにいる多くの魔法少女のように。

 

「なんで……?」

 

 分かっているのに、私の口から疑問がこぼれる。

 私を助けようとして死んだ、その事実の理解を脳が拒む。

 

「君が、好きだから…………生きて……生きて欲しいんだ」

 

 やめて。

 そんなこと言わないで。

 そんなこと言われたらもう戦えなくなってしまう。

 

 生きたいって……思ってしまう。

 

 私たちに影がかかる。

 深獣が手負いの私たちへとトドメを刺そうとしている。

 戦わなくちゃ……

 そうしないと私の願いは叶えられない。

 私たちの戦いを無為な物にしてはならない。

 でも私は動けない。

 

「死にたく……ないよ」

 

 もっとあなたと生きていたかった……アカシア。

 当たり前の感情が溢れ出す。

 静かに涙を流す私たちへと、凶器が振り下ろされる。

 そうして私の意識は深い闇へと沈んだ。

 

 

……………………………

 

 

…………………

 

 

……

 

 

……?

 

 なんだろう?

 音が聞こえる、大きな音が。

 誰かが、戦う音。

 私は目を開けた。

 でも、よく見えなかった。

 ぼやけた私の視界が捉えたのは、深獣と戦う真紅の魔法少女。

 レッドアイリス……来てくれたんだ。

 魔法少女の希望が戦っていた。

 お茶会で問題を起こした彼女は作戦から外されたと聞いていた。

 だから、この深域に彼女は来ないと思っていたのに……やはり彼女も存外にお人好しらしい。

 あぁ……でもだめだ。

 ぼやけた視界の中で、深獣が姿を変えていく。

 きっとあれは彼女の大切な人だ。

 私と違って優しい彼女はあれを攻撃できない。

 助け、なきゃ。

 身体を起こそうとして気がつく、私に覆いかぶさる存在に。

 私に抱きつくようにして覆いかぶさったアカシアに。

 彼女の身体は切り裂かれ、大きく破損していた。

 穏やかな顔をして……事切れていた。

 最後の瞬間も彼女は私を庇った。

 だから私は今も生きているのだろう。

 かろうじてその命を繋げたのだろう。

 言葉にならない感情が嗚咽となってこぼれ落ちる。

 また私は宝物を失ってしまった。

 死んだ、パパとママと同じように。

 言うことを聞かない身体を操り、立ち上がる。

 足の長さが違くて上手く立てない。

 両手の感覚がない、私の四肢はきちんとついているのだろうか?

 それすらもう分からない。

 きっと私は死ぬ。

 この傷は致命傷だろう。

 生きたいと思ったのに、思ってしまったのに……

 私は死ぬ。

 でも、まだ死んでいない。

 死ぬ前に、最後に、役目を果たさなきゃ。

 どんな方法でもいい、あの深獣を、殺す。

 そうじゃないと、死んでも死にきれない。

 

「今いくよ……アカシア」

 

 最後の瞬間、私の願いが生み出したのは大きなスナイパーライフルだった。

 アカシアと同じ武器。

 彼女が隣で見てくれている気がした。

 これで……おわり。

 私の命が放たれ、アイリスの前で不気味に笑うそれに直撃した。

 深域の主の胸に、大穴があく。

 霞んだ視界でそれを見届けてから、私は崩れ落ちた。

 

 そうして永遠の暗闇が私を包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 水晶玉から目を逸らす。

 吐き気がした、酷く気分が悪い。

 私の選んだ未来。

 ノイズィサイプラスの自殺願望を焚きつけ、深獣にぶつける。

 最大限に強化された彼女でも、深域の主を下すのは難しい。

 でも、保険として呼んでいたアイリスと合わせることでかろうじてその未来を実現することができる。

 サイプラスだけでは力が足りず、アイリスではトドメがさせない。

 アイリスは溺愛する弟の姿になった深獣を攻撃することができないから……だから最後はサイプラスにトドメをさしてもらうしかない。

 この作戦を成功させる数少ない道筋だ。

 その惨たらしい運命が水晶越しではなく、目の前で繰り広げられようとしている。

 

「ガァぁああああああああ!」

 

 サイプラスと深獣がぶつかり合い、敗北した魔法少女が宙を舞う。

 大丈夫、今のところ予知から外れていない。

 アコナイトの時のように失敗はしていない、だから安心だ。

 なのに……どうしてこんなに心臓が痛いんだろう。

 どうしてこんなに辛いんだろう。

 

「アァ阿あああア亜アアああ!!!」

 

 憎しみに歪んだサイプラスが大剣を振り上げる。

 彼女の手を離れ、宙を舞う大剣。

 サイプラスを庇おうと、アカシアが走り出すのが見える。

 この後あの二人は死ぬ。

 私の選択した未来のせいで。

 いや、意味のある死だ。

 彼女たちの犠牲をもって、ハッピーエンドへとたどり着けるのだ。

 

『人を助けるために、人を傷つける。それを許容しちまったらそれは私の正義じゃねぇよ』

 

 呼吸が止まる。

 アイリスの放った言葉。

 それが痛いほど私の心臓を締め付ける。

 あの二人は、私が殺すようなものだ。

 その犠牲で掴み取った未来で私は笑うのだろうか。

 いつものように妥協して、最悪よりもましと自分自身に言い訳するのだろうか。

 

『人を助けるために、人を傷つける。そんなのは間違っている。たとえ結果が最悪なものでも、私は助けるために戦ったと、後悔しない自分でありたい!』

 

 涙が溢れる。

 カメリアの放った言葉。

 それが私の足を駆り立てる。

 自分の正義に従えと。

 予知など糞だと。

 サイプラスとそれを庇うように前に出たアカシア。

 二人を突き飛ばす。

 

 ありえない選択を私はした。

 

 黙って見ていれば、作戦は成功するのに。

 鈍い音と共に私の半身は弾け飛んだ。

 予知で見たアカシアのように。

 いや、もっとひどい。

 ろくに戦うこともしなかった私の身体の強度はアカシアよりもひどく脆かった。

 肉片となった私は地面を転がる。

 かろうじて上半身の原型は保っている、と思いたい。

 

「な……んで……?」

 

 私と同じように地面に転がった、しかし傷は浅い二人が私の惨状を見て呆然と呟く。

 なんでって…………なんでだろう?

 馬鹿なことをしたと自分でも思う。

 でも……

 もう嫌なんだ。

 言い訳をして、人が傷つくのを見ているだけなのは。

 もっと自分を誇れる選択をしたかったんだ。

 たとえ結果が最悪なものでも、私は助けるために戦ったと、後悔しない自分でありたいだけ。

 そうでしょ、カメリア、アカシア。

 私もあなたたちみたいに、なれたかなぁ。

 そう思ったのに、私の背後で深獣が再び凶器を振るう。

 

「…………あ」

 

 サイプラスとアカシアは動けぬまま。

 サイプラスはアカシアに願いを阻まれたわけじゃないのに。

 結局、未来は変わらないのだろうか。

 私が勝手に引っ掻き回しただけ?

 いや、もっと酷い未来になるかもしれない。

 この後の未来なんて知らない。

 だって、自分が死ぬ未来なんて、私は予知もしていないから。

 そんな選択を私がする訳がないと思っていたから。

 二人を助けたいけど、私の身体はもう死を待つだけでちっとも動いてはくれない。

 やっぱり嫌だ。

 初めて、予知を否定したんだ、自分で未来を選択したんだ。

 少しでも未来が変わったと思わせて欲しい。

 最期に私に見せて欲しい……

 

 

 

 希望を。

 

 

 

「テメェ、何してんだ?」

 

 紅い斬撃が二人に迫る凶器を切り飛ばす。

 銀の大鎌が誇らしげに輝いた。

 魔法少女の希望、レッドアイリスが私を見下ろしていた。

 なんで?

 こんな早いはずがない。

 予知では、彼女はもっと遅くに到着するはずだった。

 なのに、彼女はここにいる。

 サイプラスとアカシアを守ってくれた。

 

「嫌な予感がしたんだ……マリーゴールド……」

 

 彼女が顔を歪ませる。

 あぁ、私なんかのために悲しんでくれるなんて、彼女はやっぱり優しい人だ。

 

「未来予知ができるお前が……なんでこんな……」

 

 確かに彼女からすれば私の選択は不可解かもしれない。

 自分が死ぬと分かって私は動いたのだから。

 でもいいんだこれで。

 あなたは私の覚悟を感じてくれたんでしょう?

 よかった、私の選択がほんの少し未来を変えたみたい。

 見せて欲しい、私に予知では見れなかった景色を。

 口を動かすけど、空気と血が吹き出すだけで言葉にはならなかった。

 でも彼女には伝わったみたい。

 

「あぁ、そこで見てろ。私たちの勝利を」

 

 アイリスが不敵に微笑む。

 それを見て、私はひどく安心したんだ。

 大丈夫、きっと幸せな未来になるって。

 あの日の帰り道、寄り道して良かった。

 私は自分の選択に初めて満足して…………

 

 そうして永遠の暗闇が私を包み込んだ。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

星付き魔法少女:2名+1名

魔法少女:10名+3名

 

負傷者:8名

行方不明者:4名

心神喪失者:4名

死亡者:3名



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憧れの人

前回の投稿がほぼ一ヶ月前……!?
すみません、リアルに殴殺されてました。
次話で一区切りなのでエタることはない、はず。


………………………………

 

………………

 

「…………うん?」

 

 暖かな日差しが顔に降り注ぎ、その眩しさに私は目を瞬かせる。

 何……?

 状況が分からず、一瞬混乱する。

 ここはどこ?

 ぼんやりと聞こえる人々の声。

 背中に感じる滑らかな床の感触。

 この独特な感触には覚えがあった。

 あぁ、私はいつの間にか寝てしまったみたいだな。

 それはいつもの日常、なんて事のない一日の一幕。

 いつものように虐められ、空き教室の隅で惨めに横たわる。

 そんな日常。

 今日は藍澤さんたちが去った後に、横たわって現実逃避しているうちに寝てしまっていたようだ。

 こわばる身体を伸ばし、身動ぎをする。

 すると伸ばした足が何かに触れた。

 あれ?

 こんな所に物は置いてなかったと思うんだけど……

 

「何しているの、こんなところで?」

 

「それ……こっちのセリフなんだけど」

 

 見覚えのある顔が私を見下ろしていた。

 まるであの日の焼き回しみたいに。

 東 吟朗、私の学友にして魔法騎士のエース。

 この少年との交流の始まりも、確かこんな風だったっけ。

 

「寝るなら保健室に行けばいいのに」

 

「ここが私のテリトリーだからね」

 

 身体を起こし、服をはらう。

 この空き教室は私が掃除しているから、埃ひとつないはずだけど、一応ね。

 少年はそんな私を呆れた眼差しで見ている。

 その両腕に大きな荷物を抱えながら。

 恐らくその段ボールに入った教材などをここに仕舞いに来たのだろう。

 この空き教室は半ば物置と化しているからね。

 頼んだのはどの教師か知らないが、この魔法騎士の少年は大概バカ真面目君だ。

 お前は魔法騎士なんだから、教師の手伝いなんかよりやるべきことがあるだろうに。

 

「なになに」

 

 彼の両手が塞がっているのをいいことに、その大きな段ボールを開け、中身を物色する。

 リスニングのCDに書籍の類、刷毛やペンキは学園祭で使った余りか。

 私の行動に彼は抗議の声を上げたが、構やしない。

 

「CDはこっちの棚、ペンキはこの箱の中だね」

 

「…………詳しいんだね」

 

「言ったでしょ、ここは私のテリトリーだから」

 

 何度ここを掃除したと思っている。

 大体の物の位置は把握していた。

 私はこの空き教室のヌシだと言っていい。

 そんな訳の分からない誇りに胸を張る私を、彼はやはり呆れた眼差しで見ていた。

 あの日空き教室で会って以来、私たちはこうやって他愛もない会話を交わす仲になっていた。

 別に人前で挨拶したり、話しかけるほどではない。

 それは私たちの境遇では難しいことだ。

 虐められている私は男子と会話するのは難しく、人気者の少年はやっかみを避けるため親しい女友達を作ろうとはしなかった。

 だからこうやって人のいないところでだけ、私たちは友人になれた。

 それがお互いにとって都合のいい関係だったから。

 もし、彼に対して私が少しでも異性の顔を出せば彼は私から離れただろう。

 目の前の少年はそれだけ好かれていたし、その分人気者の苦労を知っていそうだった。

 でも私の精神は依然として男のそれであり、あいつを同性の友人としか思っていなかった。

 今の関係が心地いから、私は今以上の関係になろうとは思っていなかった。

 彼もそうなのだろうと私は思っていた。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 パレードの軍団たちの体液で黒くぬかるんだ大地。

 走るたびに飛び散るその黒色の液体があたしの純白のコスチュームを汚す。

 深域に入ったカメリアちゃんたちを追うのは容易かった。

 真っ直ぐ伸びる破壊の痕跡、それを辿ればいいだけだ。

 後を追うあたしたちの視界の先で、閃光が瞬き遊園地を染め上げる。

 ピュアアコナイトの攻撃だろう。

 あたしたちはその光を目指してひたすら進んだ。

 イノセントマリーゴールド、未来予知の力を持ったあの魔法少女の予言に従って、あたしたちはカメリアちゃんを助けようとしていた。

 彼女の予知は概ね正しかった。

 深獣はカメリアちゃんたちを脅威とみなして攻撃を仕掛けているみたいで、あたしたちへの攻撃はほとんどない。

 というより、深獣はあたしたちの存在にすら気付いていないのかもしれない。

 これならタイミングを見計らって不意の一撃を深獣に叩き込むことができる。

 そう思っていたんだけど……

 

「なんか嫌な予感がする」

 

 師匠はそう言うなり、速度を上げて一人先行してしまった。

 それが今あたしたちが走っている理由。

 キャンディちゃん、シアちゃん、そしてあたしは師匠に置いていかれてしまったのだ。

 あの人が人の意見を聞かないのは今に始まったことじゃないけど……教え子を深域の真っ只中で置いていく?

 呆れてしまう。

 けど……確かに危険なのはあたしたちじゃない、カメリアちゃんたちの方だ。

 脅威の矛先があたしたちに向いていないからこそ、師匠は独断先行したのかもしれない。

 まぁ、あたしたちに師匠に追いつけるだけの力量があればよかったんだけど、そんなものはなかった。

 特にシアちゃん、彼女はあたしやキャンディちゃんのスピードにすら置いていかれそうになっている。

 無理もないよね、シアちゃんはまだ自分の感情と折り合いをつけれていない、願いをうまく抱けないでいるんだから。

 でも逃げずにここまで来た。

 ここに、アコナイトとカメリアちゃんがいるから。

 シアちゃんの目には強い意志が宿っている、彼女はここで憧れとの決着をつけに来たんだ。

 だからこそ、あたしはなりふり構わず師匠を追えずにいた。

 シアちゃんの力になりたいと思ってしまったから。

 彼女を置いて行くことができなかった。

 

「うわ!何あれ★?」

 

 キャンディちゃんが指をさす。

 前方に大きな人影が見えてきた。

 巨大な黒い人型。

 パレードに囲まれて、それは何かのオブジェのようにさえ見えた。

 黒く揺らめく人類への脅威というオブジェ。

 

「人の、深獣!?」

 

 だとするとあれの脅威は計り知れない。

 カメリアちゃんたちはあんなものと戦っていたんだ。

 深獣を囲むように展開したパレードの軍団、多分カメリアちゃんはあの中だ。

 あたしたちはそのまま敵の中に突入しようとして……

 紅い斬撃が煌めいた。

 

「師匠!」

 

 銀の大鎌が敵を粉微塵にして私たちへと道を作る。

 その道を駆け抜け、あたしたちは仲間たちと合流した。

 深獣と戦う仲間。

 その魔法少女たちは傷つき、数をずいぶん減らしていた。

 

「あ、れ…………カメリアちゃん、は?」

 

「アコナイトがいないみたいだけど……」

 

 あたしが助けたかったカメリアちゃんも……

 シアちゃんが決着をつけたかったアコナイトさんも……

 

 その姿が見えなかった。

 

 顔が強張るのを感じる。

 そんな、間に合わなかったの?

 カメリアちゃんを助けるため、ここまで来たのに。

 肝心のカメリアちゃんがいない。

 じゃあ、何のためにあたしたちはここまで来たの?

 予知はどうなっているの?

 

「…………あ」

 

 そうしてあたしは見た。

 師匠の足元に横たわるオレンジ色の魔法少女だった残骸を。

 それはひどく傷つき、けれどどこか満足げな表情をしていた。

 な、んで?

 あなたは未来が見えるんでしょう。

 自分が死ぬのを分かっていたの?それを知っていてこの作戦に参加したの?

 あたしたちをここまで導いた予知の魔法少女、その死があたしを動揺させる。

 この今は、果たして彼女の予言通りなのか?

 

「マリーゴールドは……私たちの可能性に未来を託した」

 

 マリーゴールドを見つめていた、紅い魔法少女が大鎌を構える。

 彼女の瞳にも、決意が宿っていた。

 

「だから、勝つ、そして助ける」

 

 そう言うと彼女は獣へと切り掛かった。

 助ける…………助けれるの?

 あたしの決意はぐらついていた。

 

「ねぇ、二人はどこ?」

 

 弱気になったあたし、でもそれとは対称にシアちゃんの目は揺らいでなかった。

 彼女の問いに少女たちは目を逸らす。

 でもアカシアは答えてくれた。

 

「カメリアはあの深獣に喰われてしまった。アコナイトも、パレードに飲まれてしまって、恐らくもう……」

 

 やっぱり。

 アカシアちゃんが教えてくれた事実が重くのしかかる。

 あたしたちは間に合わなかったんだ。

 予言とは異なる未来を引いてしまったのかもしれない。

 

「ふーん」

 

 でもシアちゃんの目はやはり揺らがなかった。

 

「じゃあ、まずアコナイトを助けましょうか。師匠とアコナイトの力を合わせればカメリアを救出できるでしょ」

 

 シアちゃんは迷いもなくそう言い切った。

 二人とも、もう救出は絶望的だと告げられたのに。

 

「一度は私が憧れた魔法少女よ。こんなところで死んでいる訳がない」

 

 そうか。

 あんなに裏切られて、失望したのに。

 それでも……あの人のことを信じているんだね、シアちゃん。

 

「もちろん手伝ってくれるわよね、リリィ」

 

 信頼に満ちた声音。

 チームメイトが私を頼っている。

 願いを汚されたから、シアちゃんを助けてあげなきゃって、思っていた。

 でもシアちゃんはあたしが思っていたよりも、ずっと、ずぅーーっと強いんだね。

 

「もっちろん!!」

 

 大きな声が出た。

 私の決意をぐらつかせていた暗い感情なんてどこかに行っちゃった。

 そうだよ、カメリアちゃんを、私たちの友達を一緒に助けよう!

 きっとまだ間に合う。

 

 

 

 


 

 

 

 

 自分を嫌いになったのはいつからだっただろう?

 アコナイトという花はぼんやり考える。

 軋む音に包まれながら。

 藍澤恵梨香という人間は双子としてこの世に生を受けた。

 自分の半身と育ち、生きてきた。

 その時は、まだ幸せだった。

 私にとっては。

 私は出来の良い子供だったから……

 

 失った腕、それを嘆くように血が流れ続ける。

 無限の魔力を手に入れたはずだったのに。

 今はもう、自分の中に魔力を感じない。

 あるのは自己嫌悪の渦と、わずかに残る使命感だけ。

 軋む音が大きくなり、私を包む光の盾に亀裂が入る。

 私は何をしているのだろう?

 深獣が私の罪を見せつけた時、私の心は折れた。

 戦う意思を失い、ただの木偶の坊に成り下がり、そのまま私は終わるはずだった。

 でも私はまだ存在している。

 自分の腕に抱いた重みを感じる。

 紫色のコスチュームを纏った魔法少女。

 私の横に残った唯一のチームメイト、バイオレットクレス。

 役立たずと化した私を守ってくれたのは彼女だった。

 戦いもせず惚ける私を庇いクレスは戦った。

 もう全てを終わらせようと思ったのに、私は彼女を見捨てることができなかった。

 圧倒的な戦力不利によって倒れ伏す彼女を見て手を伸ばしてしまった。

 私の元に残った彼女が命を散らす様を見ていられなかった。

 彼女を抱きしめ、残った魔力を振り絞り光の盾を周りに形成する。

 私の最後の足掻き。

 その光の盾は敵の攻撃により大きな亀裂が入り、もう長くは持たない。

 死期を少しずらしただけ、何の意味もない抵抗だ。

 腕の中のクレスの鼓動はどんどん弱まっている。

 傷が深いのだろうか?

 頼むから私よりも先に死なないで欲しい。

 もう、仲間を失うのは嫌だ。

 息を深く吐く。

 大きな音を立てて、また盾に亀裂が入った。

 

「全部台無しだね、お姉ちゃん」

 

 日向(いもうと)の亡霊が私を冷たい瞳で睨みつける。

 うるさい。

 頼むから静かにして欲しい。

 最後の瞬間ぐらい仲間と、静かな場所で眠るように逝きたい。

 それとも、そんなことが許されないくらい私の罪は深いのだろうか。

 強くまぶたに力を込めて目を閉じる。

 もう何も見たくないし聞きたくない。

 

「…………日向」

 

 真っ暗な視界の中で、浮かんできたのは私の虐めた少女。

 あんな酷いことをしたのに、彼女は私を助けようとしてくれた。

 優しい人。

 私のような紛い物じゃない本当の正義のヒロインだった。

 でも、深獣に喰われてしまった、私のせいで。

 

「ごめんなさい」

 

 謝罪が口から漏れた。

 許してもらおうなんて思っていなかった。

 許されるはずなんてないと考えていた。

 でもそんな言い訳なんてせず、ちゃんと彼女に面と向かって謝るべきだったかもしれない。

 彼女を失う前に。

 今更、謝ったってなんの意味もない…………

 

「謝るのなら、本人の前でしたらどう?」

 

「……え?」

 

 声がした。

 亡霊のものじゃない、生身の声が。

 目を開ける。

 光の盾の向こう、誰かが戦っていた。

 青い魔法少女。

 知っている、覚えている。

 私に憧れていると、キラキラした瞳で見つめてきた少女。

 

「ハイド……ランシア?」

 

 憧れを壊さないでと、悲痛な瞳で見つめてきた少女。

 それが、私の目の前にいた。

 

「それとも、私の憧れた魔法少女は自分の罪とも向き合えないほどの弱者なのかしら」

 

 彼女の持つ水の短剣が敵を切り裂く。

 なんで……?

 なんで私を助けるの?

 カメリアもクレスも……あなたも、私に助けるだけの価値なんてないのに。

 私は地面に這いつくばるだけの愚図なのだから。

 

「そう、ね。私は卑怯者で弱者よ……失望したでしょ」

 

「ええ。失望したわ」

 

 私の言葉にハイドランシアは躊躇いもなく肯く。

 お前には失望したと。

 当たり前のことなのに、それに傷つく自分の図太さが笑える。

 否定して、慰めてもらえるとでも思っていたのだろうか。

 

「私のチームメイトを傷つける、大事な作戦で負けるこの為体、失望するには十分ね」

 

「……うん」

 

 言い返すことなどできない。

 私はそれだけのことをした。

 恨んでくれてもいい、それなのに、あなたは私を助けるんだ。

 

「でも、あの日私を守ってくれたのはあなた。あの日私が憧れたのは……確かにピュアアコナイトだった」

 

 …………そうだね。

 深獣から守った一人の少女。

 その純粋な憧れを私は覚えている。

 それを嬉しく思ったことも。

 

「あの日私が見た憧れは偽物なんかじゃない!あの時私を守った魔法少女に私は光を見た」

 

 自分に言い聞かせるように彼女は口にする。

 あの日の輝きを探すように、少女の瞳が私を捉える。

 

「人を守る魔法少女になりたいと思った。かつてあなたがそうだったように」

 

 だから私を助けるんだね。

 仲間を、あなたを傷つけた存在でも守る。

 そんな魔法少女があなたの憧れなのね。

 今の私とは程遠い。

 今の私は傷つけて裏切ってばかりだ。

 

「だから!」

 

 少女が私へと手を伸ばす。

 震える、頼りない手。

 私と外界を隔てる光の盾の向こうから、私へと。

 

「あなたに知って欲しい、私の願いを。そうして思い出して、あなたの本当の正義を」

 

 残った左腕、伸ばした指先が触れ、私を守っていた盾が崩れ落ちる。

 ハイドランシアが私の手を取った。

 暖かい手から彼女の願いが流れ込んでくる。

 それは魔力としては、貧相なものだった。

 もともとミスティハイドランシアは魔法少女の才能のない少女だ、魔力量はそんなにない。

 だから、カメリアの無限の魔力と比べれば、それは全く意味のない魔力だった。

 でも彼女の願いは、私の中の何かに触れた。

 大事なもの。

 今まで忘れてしまっていたもの。

 私自身の願い。

 そうだ、私も…………

 

 

……………………………

 

 

…………………

 

 

……

 

 

「魔法少女になりたい。あなたのような!」

 

 学校の帰り道だった。

 突如として発生した深災に巻き込まれた私を救ってくれた魔法少女。

 可憐なコスチュームに身を包み、人々を守るその姿に、当然のように私は憧れた。

 だから、私を助けてくれた少女にそう告げたのだ。

 あなたのようになりたいと。

 

「……………………」

 

 でもその魔法少女は私の言葉を聞くと顔を歪めた。

 まるで嫌なことを聞いた、という風に。

 私を助けてくれた時は優しい目をしていたのに。

 

「あなたは、ならない方がいいよ、魔法少女に」

 

 そう告げ、去っていく魔法少女。

 純粋な憧れを告げただけなのに、拒絶された。

 それがなぜか私には分からなかった。

 幼い私はただ戸惑うばかりだった。

 真実を知った今なら分かる、彼女は純粋に私に魔法少女になって欲しくなかったんだ。

 魔法少女フレアカレンデュラ、私が憧れた正義のヒロイン。

 彼女は決して強い魔法少女ではなかった。

 魔法少女の中では新参者で、実力不足。

 憧れの対象としては他の魔法少女が相応しかったのかもしれない。

 それでも私にとっては彼女が一番だった。

 あの日私を助けてくれたのは彼女だったのだから。

 たとえ拒絶されたとしても、舞うように戦うその緋色の魔法少女に私は憧れた。

 彼女の活躍をテレビに齧り付いて見ていたのを覚えている。

 そんな私を見つめる双子の妹の瞳がひどく濁っていたことに、私は気付けなかった。

 妹がなぜ私のように魔法少女に憧れないのか私には不思議だった。

 察しの悪い私は、その妹こそが魔法少女フレアカレンデュラなのだと、分からなかった。

 分かるはずもない。

 魔法少女のコスチュームには認識阻害の機能が備わっているのだから。

 ううん、それは言い訳かもしれない。

 気付けるヒントはいくらでもあった。

 一人で遊びに行くことが多くなった妹、いつも暗かったその表情が明るくなったのには気付いていた。

 でもその理由だけが分からなかった。

 不思議だった、私ではあの子を笑顔にできなかったから。

 

 出来の悪い子。

 

 それが、両親が妹に下した評価だった。

 ピアノ、算盤、英会話、私たち双子は将来を期待されて様々な習い事へ通わされた。

 双子として、同じだけの勉学の機会を与えられた。

 でも、大成するのはいつも私だけだった。

 妹はいつも平凡な結果。

 なぜ私のようにできないのか、妹はそう両親から叱られていた。

 いつも自信のない暗い顔をしているあの子に笑って欲しくて、私は色々したけど彼女の顔は晴れなかった。

 だって妹の憂いの大本は私という存在そのものなのだから。

 そんな妹がある日を境に明るくなった。

 その理由が魔法少女になったから、なんて私には想像もつかなかった。

 何をしても姉以下、そんな存在だった妹は魔法少女というアイデンティティを手に入れた。

 姉の劣化品ではなく魔法少女フレアカレンデュラという自分を手に入れた。

 フレアカレンデュラでいる限りは、姉と比べられることはない。

 あの子にとってそれは束の間の安息だったのかもしれない。

 

『あなたは、ならない方がいいよ、魔法少女に』

 

 私にそう告げた時、妹は何を思っていたのか。

 今なら分かる。

 妹は私に魔法少女になって欲しくなかった。

 せっかく手に入れたアイデンティティを壊されたくなかったから。

 私が魔法少女になることによってフレアカレンデュラまで私以下になることが怖かったんだと思う。

 

 でも私は魔法少女に憧れてしまった。

 

 蛇が私を見つけた。

 魔法少女ピュアアコナイト。

 蛇の契約精霊に見染められた白金の魔法少女。

 膨大な魔力に共魔の力を持った私は魔法少女になってすぐに頭角を現した。

 フレアカレンデュラなんて置いてけぼりにして。

 妹の儚い安息を粉々に破壊して。

 なのに私はあの人みたいになれたって無邪気に喜んでいた。

 私と妹、そのどうしようもないすれ違いが埋まることはなかった。

 フレアカレンデュラはピュアアコナイトと交わることはなかった。

 カレンデュラは魔法少女となった私を徹底的に避けた。

 そんなこと意味ないのに。

 魔法少女に認識阻害は効かない。

 魔法少女となった私はもうあなたの正体を知ってしまった。

 でもあなたが私の妹だったからって関係ない、あの日の憧れは確かに本物だった。

 そこに優劣なんて存在しない。

 それに私は嬉しかったんだ、あの子がフレアカレンデュラで。

 でも、その気持ちは最後まで伝えることはできなかった。

 フレアカレンデュラは死んだ。

 自分のアイデンティティを守ろうと、私に負けまいと無茶をして。

 

 自分を嫌いになったのはいつからだっただろう?

 彼女の死を伝えられた時?

 違う。

 もっと最初。

 あの子が叱られて泣いてるのを見て、私は叱られなかったと微かに安堵を感じた時。

 私は心底自分が嫌いになった。

 私は出来の悪い子じゃない、だけど屑だ、どうしようもなく屑だ。

 フレアカレンデュラがあの子だって知った時、私は本当に嬉しかったの。

 私はあの子にとっていい姉じゃなかった。

 それなのに、助けてくれた。

 その優しさに、私はいっそう惚れ直したんだ、フレアカレンデュラという魔法少女に。

 強さなんて関係ない、あなたは優しい人で私の憧れ。

 私もそんな魔法少女になりたいと思った。

 思っていたのに。

 その憧れを伝えたかった人はもういない。

 どうして忘れてしまったんだろう。

 憧れの面影を。

 あの子が深淵に飲み込まれて、私はそれを助けようとした。

 魔法少女の願いを背負い、その願いに押し潰されてしまった。

 自分がどうして魔法少女になったのか、そんなことさえ思い出せなくなっていた。

 そして憧れに背いて、日向を傷つけた時、私は自分の願いと決別した。

 でも…………

 私だって。

 憧れていた。

 憧れていたんだ。

 

 

 

 

「私だって……人を守る、魔法少女に!!」

 

 

 

 

 ハイドランシアからもらった憧れが、私の胸の中で爆ぜる。

 黒く染まったコスチュームに、小さな青い花が咲いた。

 魔力なんてもうないと思っていたのに。

 願いは確かにそこにあった、私が忘れていただけで。

 私の指先から閃光が放たれる。

 青くてどこか暖かい光だった。

 それはレッドアイリスと対峙する深獣を包み込むように瞬くと…………

 その巨体の両腕を消しとばした。

 黒い巨体がバランスを失い、ぐらりと傾く。

 

「今だ!!」

 

 アイリスの叫びと共に、魔法少女たちが動く。

 大鎌が、クレイモアが、銃弾が、矢が、短剣が、槍が。

 それぞれの武器が閃いた。

 魔力が炸裂し、黒い巨体が膝をつく。

 

「カメリアちゃん!今、助けるから」

 

 純白のシルエットがその巨体へと駆けていくのが見えた。

 

 

 

 


 

 

 

 

 どこかで、誰かの声が聞こえた。

 

「あれ?」

 

「どうしたの」

 

 声の居場所を探すように、辺りを見渡す私へ少年が首を傾げる。

 なんだか聞いたことのある声だったような気がするんだけど。

 大事な人の声、忘れちゃいけない声。

 

「声が…………」

 

「声?サッカー部かな」

 

 空き教室、放課後、いつものなんてことのない日常。

 確かに、窓の外からは運動部の声が聞こえてくる。

 でも、さっき聞こえたのはそう言った声とは違った。

 何か心がざわついた。

 何かに呼ばれた気がした。

 片付けていた教材が手から滑り落ち、大きな音を立てる。

 

「行かなきゃ……」

 

「どこに?」

 

 どこだろう?

 分からない。

 学校が終われば私は真っ直ぐ家へ帰るだけだ、用事なんてない。

 私は帰宅部エースだからな。

 でも…………

 今確かに呼ばれた気がしたんだ。

 窓の向こうに白い何かが一瞬見えた。

 見覚えのあるような純白。

 

「カメリアちゃん!!どこ!?」

 

 女性の叫び声と共にガラスが砕ける。

 甲高い音、辺りに散らばるガラス片。

 窓ガラスを突き破ったのは純白の槍だった。

 知っている、見たことのある槍。

 

「仲間が呼んでるから」

 

 そう口にした私の服装はいつの間にか学校の制服から黒い和服へと変化していた。

 多分、最初から制服なんて着ていなかったんだ。

 私がここを学校だと思い込んでいたように、目の前にあるものは全部嘘だ。

 窓の向こうには校庭が見えるのに、槍が砕いた窓の外には暗闇が広がってる。

 あの先には、あの遊園地が広がっているのだろう。

 私は戻らなきゃいけない、あの戦場に。

 

「もう少し、思い出に浸ってくれてもいいのに」

 

 窓の外を覗く私の背後から声がかかる。

 私の友人の声。

 学生時代に戻って彼と親交を深めるのは確かに楽しいことだった。

 でもこれは現実じゃない。

 彼は…………

 

「東 吟朗はもういない」

 

「そんな悲しいこと言わないでくれよ」

 

 私の背後で、何かが言う。

 

「僕はずっと君に会いたかった。あれに喰われてからも、ずっと……ずっと」

 

 振り返ると、そこにはもう彼はいなかった。

 ただ、ぐずぐずに爛れた赤い残骸が漂っていた。

 

「東なのか?」

 

「さぁ、もう分からない。僕の多くは深獣に取り込まれ、入り混じってしまった。でも、最後に一目でも君を見たかった。その一心で抗い続けてきた」

 

 赤い残骸が私の頬を撫でる。

 それはもう人の形すら保っていなかった。

 でもひどく懐かしい感じがした。

 懐かしい友人の気配。

 この世界は深獣の作った幻なのかと思った。

 私を取り込むための、甘い罠だと。

 でもこの懐かしさは、確かに本物だった。

 もしかして、彼はずっと耐えていてくれたのだろうか。

 私に会いたくて。

 

「こんな所にいたの?正義のヒーロー…………」

 

 君が助けてくれないから、私はこんな所にまで来てしまったよ。

 

 

 

 


 

 

 

 

君は友人と再会するだろう。それまでに保留していた答えを出しておいた方がいい。



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出雲日向という花

「ねぇ、あなた東君に告白しなさいよ」

 

 私を虐める少女たちにそう言われた時、私たちの関係も終わったな、と思った。

 私と東の関係は薄氷の上で成り立っていた。

 魔法騎士としても、学校の優等生としても有名な少年。

 私が東と友人でいれたのは異性としての色目をあいつに全く見せなかったからだ。

 あいつは誰にでも平等に接するけど、決して誰かと特別な関係になることはなかった。

 東に告白する女子は多いけれど、その全ては玉砕していった。

 それはもしかすると危険な魔法騎士という身分ゆえか、それとも過去に何か嫌なことがあったのか。

 ただ好みの女性がいなかっただけという可能性もある。

 私はそんなことは知らないし、興味もなかった。

 ただ元男としてモテモテの彼に若干の嫉妬を覚えただけだ。

 まぁ、今世の私は女性なので、女性にモテモテになることはあり得ない、だからその嫉妬もすぐに霧散したけど。

 ともかく、あいつと友達でいられたのも私が男女の関係に全く興味がない人間だと思われていたからだろう。

 でも、告白すればそんな関係は終わる。

 結局お前も今まで告白してきた女子たちと同じか、そう思われるのはなんだか癪だった。

 癪だけど、私に選択肢なんて物はない。

 

「…………はい」

 

 私は自分を取り囲む少女たちに頷いた。

 これから先私は友人の一人もいない学校に虐められるためだけに通うことになる。

 その未来を想像して、視界が歪む。

 時々あって会話をするだけだった、それでもこの地獄で見つけた唯一の友達だったのに。

 それも今日で終わりか。

 

 あいつは校舎裏にいた。

 大きなゴミ袋を持って、収集場所で分別ごとにそれを分ける。

 全く誰に頼まれたんだか、いつものように人助けに精を出していた。

 

「東君」

 

 呼び止めると、彼は私を認めて顔上げる。

 少し、怪訝な顔をしていた。

 私は彼を東と敬称をつけずに呼んでいたから、違和感を覚えたのだろう。

 でも、私の背後では私の告白を隠れて見守る女子たちがいる、いつものように彼と接することは不可能だった。

 

「ちょっといい?」

 

 話しやすいように、彼の持っていたゴミ袋を横から掠め取って指定の場所に乱暴に放り投げる。

 彼の眉が持ち上がったけど気にしない。

 

「あのね、真面目に聞いて欲しいんだけど」

 

「えっと、なに?」

 

 長く話せば、すぐにボロが出るだろう。

 すぐに終わらせてしまおう、そう思った。

 だから直球に要件を告げた。

 

「あなたのことが、好きです」

 

 祈るように頭を下げる。

 そうやって彼を視界から外す。

 どんな顔だろうと見たくなかった。

 私の嘘の告白を受けた人間の顔なんて。

 

「私と、付き合ってください!」

 

 一息にそう言い切った。

 校舎裏の、ゴミ集積所、ロマンもへったくれもない場所で。

 私は彼に告白した。

 それは本当に最悪な気分だった。

 

「………………」

 

 沈黙。

 私が告白をしてから数秒間、沈黙が広がった。

 私は俯いて、彼の履いた革靴と地面の境界をじっと見つめていた。

 早く終わらせて欲しかった。

 私と彼の関係を。

 

「うーん」

 

 彼の喉から、感嘆のようなよく分からない唸り声が漏れる。

 本当によく分からない反応だった。

 下げていた頭を少し上げて彼の方を伺う。

 組まれた腕、への字に結ばれた口が見えた。

 

「面白い……面白いね」

 

 面白い……なにが?

 私はお前に告白をしたつもりなんだけど、その返しが面白いってなによ。

 若干失礼なのではなかろうか。

 

「これは新手のギャグかな?」

 

「ぁ、の……私は真剣に言ってるんだけど」

 

 まさかあろうことかギャグ呼ばわりされてしまった。

 私真面目に聞いてって言ったよね。

 失礼にも程がある。

 こちとらそれなりの覚悟を持って告白したつもりなんだけど!?

 

「だって、出雲さんって僕のこと好きじゃないよね、全く」

 

「は」

 

 キッパリと言い切られて、思わず顔を上げる。

 ニヤリと笑う彼と目が合った。

 自分の中を見透かされたようで、私はまた目を逸らす。

 

「そんなことない、きちんと好きだよ」

 

「それは友達として?」

 

 回り込まれて、逸らしたはずの目を覗き込まれる。

 真っ直ぐな瞳で見つめられ、私は怯んでしまった。

 透き通った、綺麗な瞳だった。

 

「ぁ……う、うん」

 

 頷いてしまった。

 頷くしかないだろ!こんなの!

 もう何と言い訳しても、彼は私の嘘を確信してそうだし、これ以上嘘を塗り固めるのも得策だとは思えなかった。

 全く忌々しいことにこの少年は私が彼に恋心などこれっぽっちも抱いていないことを確信しているようだ。

 まぁ、少女たちには告白してこいと命令されただけだ、嘘がバレたのなら仕方がないだろう。

 

「ねぇ」

 

「うん?」

 

 少年はふいと私から目を逸らす。

 そしてその瞳は私の背後に何かを探すように彷徨った。

 

 

「出雲さんって虐められているの?」

 

 

 ぞわりと、鳥肌が立った。

 私の知られたくはない秘密。

 この少年はどこまで知っているのだろう。

 その見透かすような瞳を、やはり私は直視できなかった。

 

「え?な、なんのこと」

 

 私は虐められている。

 そのことは誰にも知られなくなかった。

 クラスメイトにも、教師にも、家族にも…………目の前にいる唯一の友人にも。

 虐められているという事実がどうしようもなく恥ずかしかったから。

 私は、前世の記憶がある、つまり人生二週目なのだ。

 クラスメイトや、それこそ両親なんかよりよっぽど長い年月を私は生きてきたと自負していた。

 そんな自分が、自分より圧倒的に年下だと思っていた少女たちに虐められ、地面に這いつくばって涙を流している、少女たちに恐怖を抱いている。

 それが惨めで、死ぬほど恥ずかしかった。

 

「出雲さんってよく空き教室で一人でいるけど、あれって泣いてるからでしょ」

 

 いつから気づいていたのだろう。

 涙はきちんと拭ったはずなのに。

 虐めの現場を見られさえしなければ、彼にはバレないと思っていたのに。

 

「ううん、涙?あれは欠伸したときに出たものだよ」

 

 嘘をついた。

 バレバレの嘘かもしれない。

 でも唯一の友人に虐められているという事実がバレるのは嫌だった。

 彼にそれを暴かれるのも、ごめんだった。

 

「そう……」

 

「………………」

 

 気まずい沈黙が広がる。

 彼の目線を避けた私の視界はどんどん下がり、私はまた彼の履いた革靴と地面の境界を見つめていた。

 今この瞬間も私たちのことを盗み見ているはずの少女たちにはどう思われているんだろう、そんなことを考えていた。

 

「出雲さん、何かあったら僕に言ってよ。僕が助けるから」

 

 正義のヒーローである彼らしい言葉だった。

 痛いほどの視線を彼から感じたけど、やはり私は彼の目を見ることはできなかった。

 助けてもらう必要なんてない。

 ただ黙って私が耐えればいいだけだから。

 

「うん。ありがとう」

 

 絞り出すようにそれだけいうと私は踵を返した。

 好きでもないのに告白して、嘘がバレて気まずくなったから逃げる、彼から見たら本当に訳のわからない女だと思う。

 でも、もう彼の前にはいたくなかった、嫌なことが暴かれそうで。

 早足でその場を去る。

 早く家に帰って、今日のことを忘れたかった。

 早足が駆け足になる。

 早く、逃げたい、ここから。

 

「ねぇ」

 

 低い声とともに、足が引っ掛けられる。

 前に出そうとしていた足が急に止められ、私は勢いを殺せないまま地面を転がった。

 

「どこ行くのよビッチ」

 

 横たわる私へとトゲのある言葉が降りかかる。

 顔を上げると、私を虐めている少女たちが私を囲んでいた。

 少し、息が上がっている。

 どうやら走り出した私を慌てて追いかけてきたみたいだ。

 状況が読めないまま見上げる私を、少女が蹴飛ばした。

 足を掴まれ、人気のない校舎の隅へ引きずられる。

 

「ビッチちゃんは東君にも色目を使ってたんだね〜」

 

「聞いた?僕が助けるから、だって〜」

 

「いいわね、お姫様は泣いてれば助けてもらえるんだから」

 

 少女たちは口々に悪態を吐いて、私の身体を踏みつける。

 顔に青筋を立てて。

 何でそんなに怒っているんだろう?

 あぁ…………

 そうか、こいつらは私がこっぴどく振られるのを期待していたんだもんな。

 でも、私は振られなかった。

 というより、それ以前の問題で彼は私の告白を一笑に付して無かったことにした。

 それが気に食わなかったのだろう。

 でも…………そうだな。

 私は友達に見捨てられなかったみたいだ。

 少女たちに嬲られながら、私は仄暗い喜びを抱いて、笑った。

 私はどこか安心していたんだ。

 私たちの関係は崩れなかった。

 友達のままでいていいんだ、そう思った。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 私たちは再会した、地獄のような化物の腹の中で。

 赤い残骸が私の手を包む。

 手を握っているのだろうか、これは手なのだろうか。

 それすら分からないほどそれは形を保ってはいなかった。

 でもそれは確かに私の友達だった。

 

「魔法少女に、なったんだね」

 

「うん」

 

「やっぱりね、君は優しいから人を見捨てることができない」

 

 私のどこが優しいんだか。

 私はいつでも自分中心だ、私の優しさなんてものは偽善と私欲にまみれている。

 

「君は魔法騎士に向いていた、そうだろう?」

 

「勘弁してくれよ」

 

 昔を思い出す。

 あの日、東は私を誘った。

 魔法騎士へと。

 

「ねぇ、あの日の答えを聞いていいかな」

 

 あの日の、答え。

 彼はあの日私へと告げた言葉の答えが聞きたくて、自我を保っていたのだろうか。

 そんなこと今となっては何の意味もない。

 お前は帰ってこなかった。

 それに……

 

「答えなんて……もう知っているだろ」

 

 そうだ、お前は答えを知っている。

 他ならぬお前自身が確信していたはずだ。

 だからこそ私たちはその答えを保留にした。

 

「うん。だけど、君の口から聞きたい」

 

 視線を感じる、あの綺麗な瞳を。

 でも私の目の前では赤い残骸が揺らめくばかりで、あの真っ直ぐな瞳は失われてしまった。

 あの瞳が、私を捉えることはもうない。

 

「お前のことは、好きだよ……だけどそれは……お前と同じ感情じゃない。私たちが一緒になることはないんだよ」

 

 もし…………

 もし、彼が深域から無事帰ってきたら、そして私を助け出してくれたら。

 そんなIFがあれば、何か変わったかもしれない。

 私たちが手を取り合う未来があったのかもしれない。

 でも、彼は帰ってこなかった。

 私は友人を失った。

 その事実に耐えきれずに、一人布団に籠もった。

 

「ごめん。ありがとう、私を助けようとしてくれて」

 

 赤い残骸が渦を巻く。

 それがどういう感情か、私には分からなかった。

 分かるはずがない、ただ振られるためだけに深獣の腹の中で延々と自我を保つやつの気持ちなんて。

 ずっと答えを保留にしておけばいいのに、そうすれば私たちは友人のままで、もしもを夢見ることだってできるのに。

 

「……ありがとう、聞こえのいい嘘じゃなくて、本当の気持ちを教えてくれて」

 

 嘘をついたって、どうせ答えを知っているんだ。

 ここで嘘をつくことは優しさなんかじゃない、ただの逃避だ。

 私は答えを一つしか選べない、卑怯な問いだ。

 

「さぁ、もうここから出なきゃね、出雲さんはここにいるべきじゃない」

 

 赤い残骸が私を優しく窓の方へと押しやる。

 もう、これでお別れなのだろうか。

 彼の自我は残っている、でもこの様子では彼の魂は肉体に戻ることはきっとない。

 私の、唯一の学友と、こんな終わり方でいいのだろうか。

 

「東……」

 

「いいんだ、僕は」

 

 赤い残骸が揺らめく、どこか満足したように。

 

「ただ、最後に一つだけお願いしてもいいかい」

 

「うん」

 

「僕を、僕の魂を外まで連れて行って欲しい、消えるのなら、せめて青空の下がいいんだ」

 

 赤い残骸が纏まって一つになる。

 心臓のような何かに。

 私はそれを受け取った。

 託された、彼の魂の残り香を。

 わかった。

 わかったよ、この深域をぶっ壊してお前を青空の下まで連れて行く。

 友人を放さぬように、無くさぬようにして、私は窓から、外に出た。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

「出雲さんって魔法騎士やるつもりはない?」

 

「…………は?」

 

 放課後、いつもの空き教室。

 あの日私は友人からいきなりそんな話を振られた。

 彼が魔法騎士をしていたのはもちろん知っている、かなりの実力者なことも。

 だからこそ、その勧誘は私にとって意外だった。

 

「出雲さんは優しいから、向いていると思うんだよね」

 

 はぁ?

 私のどこが優しいんだか。

 

「優しいのはそっちの方じゃない、お人好し君」

 

 見かけるたびに人助けしている、おまけに魔法騎士として深獣と戦って……

 私はそんな風にはできない。

 私をお前の同類なのだと思ったのだとしたらそれは大きな間違いだ。

 

「僕の人助けに手を貸してくれるのは君くらいだよ」

 

「あー……」

 

 それはあれか、お前がしている雑用を横取りしたりしたことを言っているのか。

 あれは当たり前のことでは?

 むしろ他の生徒は魔法騎士のエースに雑用させて恥ずかしくないのか。

 

「他の人は僕を褒めるばかりで、手を貸してくれようとしなかった。僕にそれは必要ないと思っているんだ」

 

「まぁ、確かに」

 

 それは、そうかもね。

 東は助ける側の人間であってその逆じゃない。

 いくら善行を積んだって、お前を賞賛する声が増えるだけだろう。

 

「でも、君は助けてくれただろう」

 

 いや、まぁ。

 だって…………

 

「だってお前ガキじゃん、子供だよ、子供。大人の助けが必要な」

 

 彼の目が見開かれる。

 私は何か意外なことを言っただろうか。

 中学2年生ってまだ子供だよね。

 魔法騎士とか魔法少女を見て思うんだけど、子供に負担をかけすぎだろ。

 子供は大人に守られて遊んでいればいいんだよ。

 それともこんな考え方はこの世界では一般的じゃないのかな。

 

「まるで、自分が子供ではないみたいな言い方だね」

 

「おっと、そか私も子供だったね」

 

 確かに、ちょっと考えが前世に寄りすぎていたかな。

 今は私も子供だった。

 頭を掻く私に彼は吹き出す。

 愉快そうに、その顔は何だか晴れやかだった。

 

「やっぱり出雲さんは優しいよ。だから、僕は君に魔法騎士に…………」

 

 そこまで言って彼は口を噤んだ。

 なって欲しい、その一言を彼は喉の奥に仕舞い込んだ。

 

「ごめん、やっぱり今の嘘、忘れてくれる?」

 

「おいおい、何だよ」

 

 やっぱり私に魔法騎士は向いてないって思い直したか?

 そう思って彼の顔を見た私は静止した。

 彼の顔が笑っていなかったから。

 真っ直ぐな瞳、でも私が告白した時の瞳とはまた違う。

 何かを訴えるような眼差し。

 

「魔法騎士になって欲しいなんていうのはただの手段でしかないんだ、僕はもっと多くの時間を君と過ごしたいし、君と仲良くなりたいんだ」

 

「もう仲いいじゃん」

 

 私たちはもう友達だろ。

 この関係を変える必要なんてない、そうだろう。

 それとも、お前は違うのか。

 

「君のことが好きだよ」

 

「それは……ギャグかな?」

 

 かつて彼にそう言われたように私は彼の告白を濁した。

 私の声は震えていたと思う。

 だってその告白は幸せな結果にならないことを知っていたから。

 彼もそれを知っているはずだ。

 

「東は知ってるだろ私の気持ちを」

 

「そうだね」

 

 なら、なんでそんなこと言った。

 面白くないぞ、そんな告白。

 睨み付ける、だけどあいつの顔は変わらなかった。

 

「あの日君が僕に告白したとき、僕は悔しかったんだ。嘘ではなくその言葉を聞きたかったから」

 

 そうかよ。

 じゃああの時頷けばよかっただろ。

 私の嘘なんて気づかなかったことにして。

 そうすればお前の望む関係になれたかもしれないのに……お前はやっぱり馬鹿なお人好しだよ。

 目を逸らす。

 やっぱり彼の真っ直ぐな目を見るのは苦手だ。

 そもそも人の目を見るのは得意じゃない、元々陰キャなんだよ私は。

 

「返事はいらない、答えを知っているから。ただ……」

 

 俯く私に彼は言葉を続ける。

 

「君が隠れて泣いてるのを知ってる、何かに怯えているのも。僕は君を助けるよ。だからその後で君の本当の笑顔と答えを聞かせて欲しい」

 

 なんだよそれ。

 まるで私が助けを待つお姫様みたいな言い草じゃないか。

 自分が、女に生まれ変わったのだと強く自覚させられた。

 なんだか不思議な気分だった。

 本当に彼が私を助けてくれるのかもしれない……

 そうしたら私の答えは変わるのだろうか?

 分からない。

 その答えは……分からなかった、一生。

 その日彼は深域の中でその魂を散らしたから。

 正義のヒーローはいなくなってしまった。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

「カメリアちゃんっ!!」

 

 耳元で大声が響き、私は眉を潜める。

 うるさい、とても。

 目を開けると、純白の魔法少女が私の顔を覗き込んでいた。

 相変わらず、この子は元気いっぱいだな……

 

「リリィ……」

 

「あぁ、よかった!本当に!」

 

 リリィが私の身体を抱きしめる。

 彼女の体温と心音を感じる、私は深獣の中から脱出出来たのだろうか?

 身体を起こす、身体中が深獣の体液で濡れて気分が悪い。

 まるで私が初めて魔法少女になったあの時みたいだ。

 目を上げると魔法少女たちが戦っていた。

 ハイドランシア、アイリス、キャンディ、サイプラスにアカシア、そしてアコナイト。

 四肢がもげ、胸に大きな穴を開けながらも、深獣はのたうち、抵抗を続けていた。

 みんなもうボロボロだ。

 

「私も……戦わなくちゃ」

 

 震える身体に力を込めて立ち上がる。

 リリィが私を支えてくれた。

 

「大丈夫?」

 

「うん」

 

 私は大丈夫。

 それに、友達との約束がある。

 あいつを青空の下に連れて行ってあげなきゃ。

 私はあいつの魂を受け取ったのだから。

 

「あれ?」

 

 彼を魂の残骸を握っていた手を確認して、私は気が付く。

 そこにあの赤い塊はなかった。

 私の手には銀色の綺麗な刀が一振り握られていた。

 魔法騎士銀狼の刀、それが今私の手の中にあった。

 

「東、これがお前の魂なのか……?」

 

 刀を強く握りしめる。

 お前を、お前の魂をこの気味の悪い深域の外に連れて行くから、見ていて欲しい。

 握り締めた刀に魔力を込めるとそれは生き物のように脈打った。

 

『魔法少女か』

 

 気づくと、大きな獣が私を見下ろしていた。

 黒い体躯に、黄金の瞳の獅子。

 黒き獅子、白き一角獣と対をなす精霊、それが刀の奥から私を見つめていた。

 

『一角獣の使徒とは相容れぬ』

 

 まるで忌々しいものを見るように金色の瞳が細められる。

 

『だが……お前は我が分け身の使い手の想い人、その願いに応え我を振るうことを許そう』

 

 金色の瞳に込められた憎しみが和らぐ。

 刀が私を受け入れるのが分かった。

 私の無限の魔力が刀と一つになる、黒き獅子と白き一角獣の力が混じり合った。

 銀の刀身が黒く染まっていく。

 

『一振りだ、その一振りが全てを切り裂く』

 

 黒き獅子の言葉に導かれるままに刀を構える。

 膨大な魔力が刀身を伝い、黒く暗闇が明滅した。

 魔法少女たちがその魔力を感じとり、慌てて退避する。

 まるで私を恐怖するように。

 

「東……いや、銀狼。ありがとう……さよならだ」

 

 そして私は刀を振るった。

 世界が、裂ける。

 深獣が、パレードたちが切り裂かれ、深域が、割れる。

 太刀筋に沿って黒く虹彩を放つその黒いドームは真っ二つに割れた。

 切り裂かれた深獣がその姿を崩していく。

 それに従い主人を失った深域も揺らめき霧散していく。

 崩壊の中、私は上を見上げていた。

 

「ほら、青空だよ……」

 

 切り裂いた深域の裂け目から空が見えた。

 彼が見たかった青空が。

 

 そうして、私は大切な人と別れを告げた。




次回エピローグにてこの物語は一旦一区切りです。


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それから

『見てください、大通りには活気が戻りつつあります』

 

 画面の中でレポーターが大袈裟な身振りで後ろを指し示す。

 商店街、そこには店がまばらに開き、人々が往来している。

 私はその様子を布団に篭りながらぼけっと見つめていた。

 こんな風にゆっくり布団に包まるのは何だか久しぶりなような気がする。

 金魚のププちゃんも私が戻ってきて心なしか嬉しそうだ。

 私がいない間ちゃんと両親から餌をもらっていたかい?

 

 私たちが死闘を繰り広げた第13封印都市の戦いからもう二週間が経とうとしていた。

 深域の消滅した第13封印都市は復興が進み、早くも人の営みが戻りつつある。

 テレビの中ではその様子が喜びと共に報道されていた。

 私たちは勝ったのだ、多くの人々の幸せを奪ったあの深域は、もう存在しない。

 それでも、全てが丸く収まったわけではない。

 深域に魂を奪われていた人々、その魂の多くは深域が消滅した今も帰ってくることはなかった。

 吸収され変異してしまった魂と肉体は深域と共に消滅してしまった。

 そして魔法少女にも、多くの犠牲が出た。

 多くの悲しみが、結果として残った。

 それでも人々は荒廃した都市を修復し、前に進み始めている。

 人々は強い。

 残った悲しみよりも大きな喜びの声が上がり始めていた。

 あの都市が以前のように人で溢れるようになるのも時間の問題だろう。

 だから私も、前に進まなければならない。

 彼女のように。

 復興を伝えていたテレビ、その画面がスタジオに戻り、今回の功労者である魔法少女たちの姿が映し出される。

 その中で一際大きく映し出された魔法少女。

 魔法少女ピュアアコナイト、彼女はこの二週間で世間を揺るがす告白をした。

 そのせいで称賛されるはずだった彼女の名誉は地に落ちていた。

 

『私ピュアアコナイトは自身の通う学校にて虐めを行なってきました』

 

 頭を深く下げ、彼女は罪の告白をした。

 私を虐めていたという罪を世間に公表したのだ。

 そして私に対して謝罪した。

 正義の象徴、あまりにも有名すぎる魔法少女のその告白は人々を動揺させた。

 一番焦ったのは学校だろう。

 直ちに緊急会見が開かれ、虐めに対する調査が開始された。

 その結果ピュアアコナイト、藍澤恵梨香と共に私を虐めた少女たちの罪が明らかになった。

 停学か退学か、これから先しかるべき裁きが彼女たちに下されるだろう。

 アコナイトは謝罪の後、星の返却を申し出た。

 罪を犯し、片腕を失い弱体化した自分では星付きの魔法少女に相応しくないと彼女は言った。

 その申し出は白き一角獣により受理され、彼女は星を失った。

 彼女の名誉は地に落ち、その正義は汚れたものとなった。

 でも彼女を責める声は意外と少なかった。

 それは彼女が真摯に罪を告白したこと、被害者である私が彼女に同情的だったこと、何より片腕を失い傷だらけの少女をこれ以上傷つけるのを世間が躊躇ったからだろう。

 彼女は全てを失った。

 それでも前を向いて進み続けている。

 傷だらけの身体を引きずりながら、魔法少女の業務を再開したことが報道されていた。

 魔法少女として人々を救うことが罪を償うことになる。

 なにより自分の願いのために、彼女は一歩を踏み出した。

 そう遠くない未来、彼女はまた星を取り戻すのだろうか。

 未来に想いを馳せていると、窓を叩く音がした。

 窓に視線を写すと日に照らされたカーテンに人影が写っていた。

 

「………………」

 

 無言でカーテンを開けるとやはりそこには純白の魔法少女が浮かんでいた。

 彼女は目が合うとニッコリと微笑んだ。

 

「やっほー!」

 

「げ、玄関から入りなよ……」

 

「お邪魔するわね」

 

 窓を開けると、リリィとハイドランシアがふわりと私の部屋に入ってきた。

 

「また布団かぶってる、カメリアちゃんは布団が好きだねー」

 

 余計なお世話だよ。

 二人の友人が私の家に遊びに来るのは前々から決まっていたことだった。

 とある番組をみんなで鑑賞しようという話になっていたからだ。

 

「あら、制服もう届いていたのね」

 

「ぁ、うん」

 

 ハイドランシアがハンガーにかけられていた制服を指差す。

 私の新しい制服。

 虐めが発覚し裁きが下された今、私が不登校を続ける理由はもうない。

 でも、虐められた少女としてあの学校に再び通うのは嫌だった。

 それに、あの学校に私の友達はもういない。

 

『じゃあ私の学校に来なさいよ、私と同じクラスになるように便宜を図ってあげるわよ』

 

 そう言ってくれたのはハイドランシアだった。

 彼女も私と同じように進学校に通っており、学校のレベルもそれほど低くなかった。

 それに全く知らない学校とは違い、私を知る友達がいる。

 だから私はその提案に一も二もなく頷いた。

 というわけで私は来月からハイドランシア、藤堂さんと同じ学校に通う予定だ。

 これが私の新しい一歩。

 新しい学園生活……正直緊張する。

 友達できるかなぁ……

 

「いいなぁ、二人とも同じ学校かぁ……私もそこ受験してみようかな」

 

「あなたの学力だと難しいと思うけど」

 

「ひどい!!」

 

 二人は私の制服を見ながら仲良くはしゃいでいる。

 というかリリィって今小学五年生だよね。

 それだとたとえ受験に受かったとしても、その時は私たち卒業していると思うんだけど……

 うん……言わないでおこう、リリィが珍しく勉強をやる気になっているのだから。

 そうやって楽しくおしゃべり(私はもちろん聞き専)をしていると番組が切り替わった。

 

「あ!始まった」

 

 画面に魔法少女たちの姿と共にシンプルなタイトルが表示される。

 

『魔法少女たちの真実』

 

 それがその番組のタイトルだった。

 縁あって私たちはこの番組の存在を知り、三人で見ることにしたのだ。

 魔法少女の戦いは日々報道され、彼女たちは祭り上げられている。

 でも、絶対報道されない事実も存在する。

 それは魔法少女の死。

 魔法少女がその戦いで命を落としたとしても、ある魔法少女が引退したとして小さく報道されるだけだ。

 魔法少女が本当の意味で命を賭けて戦っているということを知っている人は驚くほど少ない。

 死でなくとも魔法少女は引退する。

 精神的苦痛、肉体的破損、願いを失い、あるいは深淵に飲み込まれ。

 それら全ては引退という二文字で報道されてきた。

 魔法少女の負の側面は隠され続けてきた。

 それは魔法少女が願いで戦う戦士だからだ。

 少女が魔法少女に憧れ、強く願いを抱くことで強くなる。

 だから夢を壊すその真実は秘匿された。

 でも本当にそれでいいのだろうか?

 この番組はその秘匿されてきた真実を隠さず伝えるものだった。

 人々は魔法少女を褒めそやし、称賛する。

 それが正しいあり方なのか?

 彼女たちの苦しみに寄り添うことはできないのか?

 力を持っているとはいえ、子供。

 大人の助けを必要とする、小さな女の子なのだ。

 その番組は今の魔法少女、その報道のあり方に疑問を投げかけていた。

 良識のある人間として、ただ見ているだけなのか?

 魔法少女のために、できることはあるのではないかと視聴者に訴えかけていた。

 

 こんな番組を作れるのはあの人しかいない。

 あのレッドアイリスの特集番組を撮ったあのやり手のディレクターだ。

 いつからこんな番組を企画していたんだか……

 タイミングが良すぎる。

 今、世間はアコナイトの告白により魔法少女が綺麗なだけの存在ではないと知った。

 そこにこんな番組を見せられれば魔法少女の見方も変わるというものだ。

 今後、魔法少女のあり方は変わっていくだろう。

 魔法少女に手を貸し、その絶望を拭ってくれる大人が増えていくはずだ。

 そうすればアコナイトのような悲しい運命を背負った魔法少女は減っていくはず。

 そう、信じたい。

 それにしても…………番組構成のスタッフロールの中に当たり前のようにある魔法少女コットンキャンディ☆の名前。

 やはり今回も関わっていたのか。

 もしかしてやり手なのはあのディレクターではなくコットンキャンディの方なのでは?

 魔法少女コットンキャンディ☆…………恐ろしい子!

 

 

……………………………

 

 

…………………

 

 

……

 

 

 番組を見終わった後私たち三人はハイドランシアが持ってきてくれたケーキを食べ、楽しい時間を過ごした。

 何だか友達とこういう風に遊ぶのはすごく久しぶりな気がする。

 二人を両親に紹介もできたし、今日は私にしては珍しく有意義な時間を過ごせた気がする。

 でも、楽しい時間とは長くは続かないものだ。

 鳴り響く電子音と共にその楽しい時間は終わりを告げた。

 

「カメリアちゃん、鳴ってるよ」

 

「ぅ、あ、れ?私だけ?」

 

 魔法少女のデバイスが告げる電子音、でもそれは私だけ。

 私だけってことは出動要請ではないのかな?

 出動要請ならばチームメイトである二人にも連絡がいくはずだし……

 首に下げていたデバイスを取り出し、連絡の内容を確認する。

 

『魔法少女ブラッディカメリア、花園へ出動すべし』

 

 パプラからだった。

 花園に来いって、いったいどうしたんだろう?

 というより、文面だと変な語尾付けないんだなあいつ。

 

「何だってー?」

 

「パプラから、花園に来いだって」

 

「カメリアだけ?」

 

 私たちは顔を見合わせた。

 まぁ、精霊からの命令だから行くけど……

 何だろう?

 

 

……………………………

 

 

…………………

 

 

……

 

 

 パプラは、花園で私を待っていた。

 何だかいつもより神妙な顔をしているような気がする。

 まぁ、私に馬の表情は読み取れないので気のせいかもしれないけど。

 彼は私を認めると何も言わず、花園の奥へと飛んで行った。

 まるで私へついて来いと言わんばかりに。

 パプラに続いて花園の中を歩く。

 普段は転送門と訓練場くらいしか使わないけど、花園って結構広いよね。

 魔法少女たちとすれ違いながら花園の奥へと進んでいく。

 長い廊下を延々と歩いた後、私はある部屋へと通された。

 

「門……?」

 

 その部屋にあったのは門だった。

 私たち魔法少女を各地へ転送させる転送門と同じもの、でもいつも使っているものよりも小さい。

 一人用の門って感じだ。

 門は光を放ち、私を招き入れるかのように開いていた。

 

「この先で彼が待っているユ。失礼の無いようにユ」

 

「ぁ、彼って?」

 

 私は首を傾げた。

 説明がなさすぎる。

 そもそも私は何でここに連れてこられたんだろう?

 

「白き一角獣だユ。彼が君を呼んでいるユ」

 

「え!?」

 

 白き一角獣ってあれだよね、魔法少女を作った精霊たちのボス的なあの一角獣だよね。

 私の視線にパプラが肯く。

 私、なんかした?

 心当たりがあるとすれば……今私が腰に刺している刀だろう。

 東から託された銀狼の刀。

 この刀は黒き獅子に祝福された武具だ。

 白き一角獣と黒き獅子は仲が悪いと聞く。

 私が魔法少女のくせにこの武具を使ったことを一角獣は怒っているのかもしれない。

 

「ほら、早く行くユ。彼を待たせちゃダメユ!」

 

「あ!ぁああっ」

 

 躊躇っていると、パプラが私の背を押した。

 私はつんのめり、心の準備ができていないままに門へと突っ込む。

 光が、私を包み込んだ。

 

 

 ……………………

 

 

 転移した場所は真っ白な空間だった。

 真っ白な部屋。

 円形のその部屋には、壁に動物の彫刻が掘られていた。

 円形の空間を囲むように彫られた十二体の獣。

 それが私を見下ろしていた。

 

「やぁ、随分と久しぶりだね」

 

 そして部屋の中央。

 そこに白き一角獣がいた。

 それは、人の形をしていた。

 白い肌、白い髪、真っ白な少年。

 その額には一角獣の名にふさわしい立派なツノが生えている。

 ただ目だけが緑色に輝き、私を見つめていた。

 

「ぁ、えと、初め……まして」

 

 私はそう挨拶した。

 久しぶり、と言われても私は彼にあった記憶なんてない。

 初対面のはずだ。

 そう、だよね?

 

「うん、そうだね。このカメリアとは初めましてかな」

 

 彼は歌うように言った。

 涼やかな笑みがその美貌を彩る。

 このカメリア…………

 そう言われて思い出す、バイオレットクレスに教えてもらったカメリアという魔法少女の歴史を。

 私以外にも三人のカメリアと名のつく魔法少女が存在した。

 彼女たちは皆吸魔の力を有し、深獣と戦った。

 一角獣は彼女たちを覚えているのだろうか?カメリアという花たちを。

 

「ずっと君に会いたかったんだけど、呼び出す理由がなくてね」

 

 彼の手が伸び、私の頬を撫でる。

 何かを懐かしむように。

 なんだろう?私を見ていない?

 よく分からない視線だった。

 

「これ」

 

「ぁ、え?」

 

 いつの間にか彼の手の中には銀の刀が握られていた。

 私の腰に刺していたはずなのに。

 

「何でだろうね、あの頑固なライオンは君を認めたみたいだ」

 

 白い手が刀を撫でる。

 まるで忌々しいものを見るみたいに緑の目が細められる。

 その嫌悪感たっぷりの瞳はあの時の黒き獅子と瓜二つだった。

 

「君がカメリアだからかな?」

 

 私から刀を取り上げて、一角獣は首を傾げる。

 

「返せよ」

 

 低い声が出た。

 自分の中で魔力が高まるのを感じる。

 それは私の大切な人の魂だ。

 そんな目をしてそれを見るな、触るな。

 

「へぇ」

 

 緑の瞳がようやく本当の意味で私を見た。

 驚いたようにその目が見開かれる。

 

「今回のカメリアは随分男らしいね。というより、君本当に女?」

 

「……っ!」

 

 一瞬で本性を見破られ、私は怯む。

 この精霊はどこまで知っているのだろうか。

 私のことを、私の前世を。

 

「はい」

 

「ぁ!」

 

 後ずさった私へと刀が投げ返される。

 私はそれを慌てて受け取った。

 

「その刀を手にしたことで君は完成された。共魔の力なんてものに頼らずとも、自分自身で無限の魔力を振るうことができる」

 

 白い手が、小さく拍手をする。

 私を祝福するように、それは白い部屋に響き渡った。

 

「君に星をあげよう」

 

「ぁ、ぁの、えっと……」

 

 何か不穏な言葉が聞こえた。

 私に何をくれるって?

 

「魔法少女ブラッディカメリア、星付きの魔法少女となり魔法少女たちを導くといい」

 

「ぁ、うぇぇえええ!?」

 

 いやいやいや!

 私陰キャの引きこもりなんですけど。

 そんな彼女が星付きの魔法少女?

 それはちょっと厳しいのでは…………?

 アコナイトみたいに返却できます?

 あっ、ダメ?…………そう……

 

 そうして、私の安寧の時間は崩れ去った。

 私の苦難の魔法少女生活は、まだまだ終わりそうになかった……

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

つづく?




ここまで読んでいただき本当にありがとうございます。
これにてこの物語は一旦終了です。
で・す・が・第一部が終わっただけです。
第二部では星付きの魔法少女になったカメリアのドキドキワクワク学園生活が読める……かも?(期待薄)
他に書きたい物語もあるので第二部開始はまだまだ先になりそうですが、ぜひ期待してお待ちいただけますと幸いです。


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間話
君は魔法少女コレクターズを知っているか!?


今作が第7回キネティックノベル大賞にて優秀賞を受賞!
受賞を記念して間話を書きました。
本編とはあんま関係ない平和回だよ!


 袋に手を入れ粉をひと摘み。

 摘んだ指をすり、粉を落としていく。

 粉はまるで雪のように落ちていき、水中へと散らばる。

 それを待っていたとばかりに啄んでいく小さな赤い友人。

 金魚のププちゃんは今日も食欲旺盛だ。

 変わらない友人の様子に私は笑みを浮かべる。

 テレビからは相も変わらずくだらないニュースが流れていた。

 そんな変わり映えのしない私の日常。

 でもその日常は少し前のものとはだいぶ変わっていた。

 あの頃の私では考えもしなかった日常。

 ハンガーにかけられた制服。

 本棚の中の参考書。

 私は中学3年生になった。

 布団の中に篭っていたあの引きこもり少女は、もういない。

 平日は学校に通い、差し迫りつつある高校受験のために勉学に励む。

 だからこんな風にゆっくりできるのは、今日みたいな休日だけなのだ。

 虐めに怯えることも、布団の中で惨めな思いもすることもない、ごく一般的な学生生活。

 まぁ、その日常には魔法少女という非日常が所々に介入してくるのだけれども……

 噂をすれば影というやつで、そんなことを考えていると机の上に置かれた魔法少女デバイスが電子音を奏でた。

 差出人はリリィから。

 多分この前言っていた件だろうな。

 そう思いながら私はそのメッセージを開いた。

 

 

……………………………

 

 

…………………

 

 

……

 

 

「君は魔法少女コレクターズを知っているか!?」

 

 そう言ってリリィ、もとい神崎さんはポーズをとる。

 

「知ってるわよ」

 

「……し、知ってるけど……」

 

 それに対して藤堂さんは馬鹿にしたように、私は自信なさげに答えた。

 ノリノリの神崎さんに対して若干白けた私たち、いつものことだ。

 基本的に私は陰キャなのでノリはよくないし、藤堂さんは藤堂さんで神崎さんをおちょくって遊んでいる節がある。

 彼女もノリが悪いわけではないんだけど……私たち3人のコミュニケーションはこんな風になることが多い。

 

「もーノリが悪いなぁ。ジャン!これ見て」

 

 ノリの悪い私たちに怒るでもなく神崎さんは1枚のカードを掲げる。

 白いフリルがあしらわれたドレスを着た魔法少女が印刷されたカード。

 

「ホワイトリリィのやつ出たー!!」

 

 そのカードを掲げる本人、魔法少女ホワイトリリィがカードになっていた。

 彼女が嬉々として掲げるこのカードこそ先程彼女が言っていた魔法少女コレクターである。

 古今東西の魔法少女たちを収録したトレーディングカード、まぁ所謂魔法少女のファングッズの一種だ。

 魔法少女はよい意味でも悪い意味でもアイドルのような側面があり、そのためこのような需要があるのかないのかよく分からないグッズがいくつか存在する。

 これがなぜか一部の層に人気があり、結構な長寿商品だったりもするのだ。

 そして何の間違いか、その最新弾には私たちチームリリィが収録されている。

 なんでぇ??

 カード化のための写真撮影も行われたわけで…………当然私たちはその存在を知っていた。

 

「ノーマルレアじゃないそれ、そんなの腐るほど出るわよ」

 

「夢のないこと言わないで!もっと自分たちがカード化したことに感動しようよ!?」

 

 実は今日私たちが集まったのは、そんな魔法少女コレクターズのイベントが行われるからだったりする。

 おしゃれなカフェに魔法少女コレクターズロゴが踊っている。

 コラボカフェ、というやつだ。

 最新弾の発売を記念した販促も兼ねて行われているイベントらしい。

 魔法少女たちをモチーフにしたドリンクやスイーツが提供され、一定以上の注文で限定パックが貰えるというシステムだ。

 店内には等身大の魔法少女達のパネルが飾られ、私を辟易させる。

 魔法少女達の実情が明らかになった今でも、彼女達のあんまり人気は変わっていない。

 命懸けで戦い人々を守る存在であるのに、神聖化され、アイドルやタレントのように扱われている。

 それに対しては思うところがあるし……自分自身がそんな風にアイドル視されるのも何だか違和感がある。

 まぁ、神崎さんのように喜んでいる子もいる訳で、私一人が文句を言って和を乱すのはよくないのだろう。

 それに実は一番喜んでいるのは藤堂さんだったりするからなぁ。

 2対1、私はチーム内でも少数派なのだった、世知辛い……

 

「さぁ、今日はいっぱい食べるわよ」

 

 藤堂さんはコラボカフェを前に鼻息を荒くする。

 何を隠そう今回のここに私たちを呼び出したのは彼女なのである。

 彼女は無謀なことに限定パックに収録されている魔法少女の全コンプリートを目指しているのだ。

 一体何品のドリンクとスイーツを注文すればそんなことができるのやら。

 勿論、そんな量を一人で完食することは無理だ。

 そのために食事係として私たちは呼ばれたのである。

 何と言うか、アホらし……いや、そんな必死になって集めるものかなぁ?

 案の定席につくなり彼女はメニュの端から順番に注文し始めた。

 甘いものは大歓迎だけど、食べ切れるかなぁ…………

 一応私がモチーフのドリンクがあるのでそれは飲みたいな。

 そんなことを考えながら注文の到着を待つ。

 

「あたしこのでかいパフェ食べたい」

 

「コスパ悪くない?」

 

「うわっ、コスパとか言い出したよこの人」

 

 2人はメニューを一緒に見ながら仲良くおしゃべりしている。

 こういう所で会話の輪に入っていけないのが陰キャの悲しい性なんだよね。

 私はメニューを見ているふりをして暇を潰す。

 断じて会話下手な訳ではない。

 わーこれおいしそー(棒)。

 

「あ、キラ出た」

 

「えー誰出たの」

 

 そうして黙っていると周りの会話も聞こえてくるもので、ちょうど当たりを引き当てたであろう隣の席の歓声が私の耳に入ってくる。

 チラリと隣に目線を向ける。

 男性2人組がカードパックを開けていた。

 手の中にあるのは黒いカード。

 あれ……私の描かれたカードでは?

 妙な偶然に胸が早鐘を打つ。

 どんな反応されるんだろう?

 

「ブラッディ……カメリア?知らないやつだ」

 

「俺も知らん、新しい魔法少女かな?」

 

 私は机に頭を打ちつけそうになった。

 カメリアに対してアイドルのような崇拝した目線を向けられるのは嫌だけど、こんな風に無関心なのもそれはそれで何だか癪に触るな。

 一応活動半年は経つ星付き魔法少女なのだけどぉ?

 

「キラならメテルちゃんがよかったなー」

 

「ファニーダチュラメテル?いいよね、配信見てるわ」

 

 私が何とも言えない敗北感を味わっているうちにも隣の席の会話は続く。

 ダチュラメテル?知らない魔法少女だな。

 配信って動画配信サービスのことだよな、最近の魔法少女はそんなこともしているのか?

 そんなことをしているなら私より知名度があるのも納得かもしれない。

 私なんてメディアの露出はニュースぐらいだし……

 そもそも私はレアカードに収録されるほどの知名度と人気のある魔法少女ってわけじゃないのだ。

 今回の最新弾に収録されている魔法少女の三分の一はレアカードといって光るホログラフィック加工が施されたカードになっている。

 所謂当たりで、人気の魔法少女たちがこれに該当する。

 そのレアカードの中でもさらに上の当たりカード、シークレットレアがあり、マニアはこれを狙ってパックを集める、らしい。

 なぜか…………私ことブラッディカメリアはこのシークレットレアに収録されてたりする。

 なんで!?と思うがこれも星付き魔法少女という身分のせいらしい。

 1人で深域を鎮圧できる、その実力と将来性を見越してこんな高待遇になっているのだ。

 やはり人気を覆すほど星付きという身分は重い。

 件のメテルという魔法少女ほどとは言わないけど、私も頑張らなければいけないかもしれない。

 私のレアカードを引き当てた人にがっかりされるのも嫌だしね。

 

「あ、来たよ!」

 

 私が妙な決意を胸に抱いていると、注文したスイーツの数々が運ばれてきた。

 色とりどりのドリンクにミニケーキの数々がずらりと並ぶ。

 そしてカードパックがそれに続く。

 藤堂さんはドリンクとスイーツには見向きもせずにそれをそそくさと回収した。

 私と神崎さんはいらないと言ってあるけど、なんだかなぁ……

 呆れながらも知りもしない魔法少女がモチーフのドリンクを飲む。

 うん、甘くて美味しい。

 

「アコナイト来い……アコナイト来い……」

 

 ぶつぶつ呟きながらパックを開封する様子は何だか狂気に迫るものがあるな。

 というか狙いはアコナイトのカードなんだ。

 

「あいつのカード……収録されてるんだ」

 

 それを聞いてむくれたような表情をする神崎さん。

 フレンドリーな彼女があいつと乱暴な呼びかたをする人間はそう多くない。

 神崎さんはアコナイトが私を虐めたことも、藤堂さんの憧れを裏切ったことも、まだ許していない節がある。

 でも私も藤堂さんがもう彼女と仲直りしているから、強く言うことができないみたいだった。

 私としてはそんなに邪険にしなくてもいいと思うんだけど、アコナイトのしてきた過去を踏まえると嫌われるのは仕方のないことかもしれない。

 世間も概ねそんな反応で、今のアコナイトに昔ほどの人気はない。

 堅実に魔法少女として人助けしているのは評価されているけど……それで過去の罪が消えるわけじゃない。

 

「最近のパックには収録されてないわよ、人気ないから。でもこのコラボカフェの限定パックには過去弾の復刻カードが入ってるの!」

 

 それでか。

 ということはアコナイトの久々のカード化ということで、このコラボカフェまで足を運んだわけか。

 

「復刻って…………前のカードは持ってないの」

 

「持ってるわよ」

 

「え?」

 

「ぅ、うん?」

 

 私と神崎さんは顔を見合わせる。

 持ってる?

 ならばわざわざ手に入れなくても、同じものが手元にあるんじゃないの?復刻なんだし。

 別に新しい絵柄ってわけじゃないんでしょ。

 疑問を浮かべる私たちに対して、藤堂さんは勝ち誇った笑みを浮かべる。

 

「知らないの?魔法少女コレクターズにはそれぞれのカードにシリアルナンバーが記載されている。そして、復刻版は以前収録されたカードとはナンバーが違う!つまり別のカードと言っても過言ではないのよ!」

 

「…………………………」

 

 私と神崎さんは再度顔を見合わせる。

 過言じゃない?

 マニアってよく分からない。

 2人揃って遠い目をしながら私たちはスイーツを頬張った。

 藤堂さん勝ち誇った笑みのまま、限定のカードパックを掲げている。

 目的のカード、出るといいね…………

 

 

……………………………

 

 

…………………

 

 

……

 

 

「甘いものばかりでそろそろ飽きてきちゃったー」

 

 神崎さんが満足そうに伸びをする。

 藤堂さんもホクホクした顔で引き当てたカードをファイリングしている。

 どうやらお目当てのカードは揃ったらしい。

 私たちは一通り注文したものを平らげ、一息ついていた。

 

「…………ちょっと」

 

「あ、お手洗い?いってらっしゃいー」

 

 席を立つだけで要件が分かってもらえるのってありがたい。

 おかげで話し下手でも何とかなっている。

 まぁ、そのせいで私のコミュニケーション能力が育たないままなんだけど。

 学校に通うようになったらこの陰気な性格も改善するかと思ったんだけど、私は依然として変わらないままだ。

 もしかしたら一生このままなのでは?

 

「……ん?」

 

 嫌な想像をしながら歩いていた私は、見知った顔を見つけて足を止める。

 その人物は私を見つけると上品に微笑んだ。

 

「あら日向、奇遇ね」

 

「ぁ、あ、藍澤さん?」

 

 なんで、こんなところにいるんだあんた?

 藍澤さんは片腕で優雅にドリンクを飲んでいた。

 彼女の隣に座っている少女は隻腕の彼女を気遣ってか、ケーキを一口サイズに切り分けている。

 バイオレットクレスかな?

 変身していない彼女に会うのは初めてかもしれない。

 

「ああ、君は今回のパックに収録されたらしいな、それで来たのか?」

 

「ぃ?ぅ、うん」

 

 そういう訳じゃないんだけど、クレスの問いに反射的に頷いてしまった。

 変な勘違いされなければいいけど。

 私は断じてナルシストではないぞ。

 

「あ、藍澤さんも……アコナイトの、カードを?」

 

「は?」

 

「いぃ、いや……ち、違う、よね」

 

 久しぶりにアコナイトのカードが収録されたって聞いてたから、それ目当てかと思っていたんだけど……

 真顔で「は?」って言われてしまった。

 すみません、変なこと聞きました。

 でも、じゃあ何でここに?

 机を盗み見ると件のカードパックは藍澤さんのところに置いてある。

 やっぱりカード目的で来ているじゃないか。

 自分のカードが目的じゃないなら、誰が目当てなんだろう?

 彼女が魔法少女のファンだっていう話は聞いたことないと思うけど。

 

「限定パックにはフレアカレンデュラが復刻されているの、まさかそれを知らないとでも?」

 

「ぁっ、はい……スミマセン」

 

 フレアカレンデュラかぁ……

 彼女の妹であり、憧れだった魔法少女。

 シスコンというか何というか彼女も大概だなぁ。

 でもこうやって彼女のグッズを集めてるってことは、なんだかんだいって彼女の死を乗り越えつつあるのかもしれない。

 

「フレアカレンデュラのカードならもう何枚も持ってるだろう?」

 

 彼女に付き合わされていると思われるクレスは頬を膨らませながらそう愚痴る。

 でもクレスの愚痴に対して藍澤さんは勝ち誇った笑みを浮かべた。

 

「知らないの?魔法少女コレクターズにはそれぞれのカードにシリアルナンバーが記載されている。そして、復刻版は以前収録されたカードとはナンバーが違う!つまり別のカードと言っても過言ではないのよ!」

 

 知っているよぉ!

 というか、何だか聞いたことのある台詞だねぇ!

 私は彼女のドヤ顔に引き攣った笑みを浮かべるしかなかった。

 アコナイトとハイドランシアって意外に似ているところがあるよね。

 やっぱり憧れという願いが共通しているからかな。

 

「おっと、呼び止めてしまっていたわね。ごめんなさい」

 

 思い出したように彼女は手を合わせた。

 そういえばまだお手洗いに行く途中だったね。

 

「これ、お詫びにあげるわ」

 

 そう言って渡されたのはカードだった。

 ダブりかな?

 それにしては……なんだか凄くギラギラ光っているんだけど。

 これって…………シークレットカード、なのでは?

 

「カレンデュラ以外のカードはいらないから」

 

 しれっとそんなことを言う藍澤さん。

 生粋のカレンデュラファンだね!私は恐ろしいよ。

 

「それに、あなたとも関係のあるカードだからね」

 

「え?」

 

 私は自分の手の中にあるカードに視線を戻した。

 これって………………

 

 

……………………………

 

 

…………………

 

 

……

 

 

 お布団はやっぱりいいなぁ……

 あの後、何事もなく帰宅した私はいつものように布団に包まっていた。

 何事もなくというか……藍澤さんを見つけた藤堂さんが意気投合してカードのトレードを始めたりとか、そういう一悶着はあったけど。

 まぁ、平和な休日だったと言えるだろう。

 とはいえ陰キャとしては布団に包まっている方が幸せだなぁ。

 友達と遊ぶのはいいけど気疲れがすごい。

 陰の者に日光は毒だよ。

 布団から顔を出し、藍澤さんから貰ったカードを眺める。

 黒いドレスを纏った魔法少女。

 魔法少女サイレントカメリアのシークレットカード。

 私の……前の代のカメリアかぁ。

 裏面には彼女の簡単なプロフィールが載っていた。

 当時最強の星付き魔法少女だった、らしい。

 きっと人気のある魔法少女だったんだろうな。

 勝気な笑みを浮かべる彼女はシークレットの輝きもあってなんだか魅力的に見える。

 頭に思い浮かぶのは私のカードを引き当てておいてブラッディカメリアを知らんと口にした男の顔。

 やっぱりなんだか癪だな。

 世間での魔法少女の扱いにも不満はあるけど、それとは別だ。

 もそもそと布団のから抜け出し、鏡の前に立つ。

 そもそも、私の決めポーズがダブルピースってのがおかしいと思うんだよ。

 もっとかっこいいポーズ他にあるでしょ。

 カードのポーズもなんだかんだいってダブルピースになっちゃったし。

 絶対そんなんじゃ人気出ないよ。

 それもこれも私が恥ずかしがって決めポーズを曖昧にしていたからだ。

 だから最初に取ってしまったあの黒歴史ポーズを強要されるのだ。

 サイレントカメリアのカードを参考に鏡の前でポーズを決めてみる。

 今からだってカッコイイ路線でもいけるはずなんだ。

 コスチュームだって和服で、フリルの可愛い感じではないんだし。

 

「うーん……」

 

 唸りながら、色々とポーズを模索してみる。

 なんだかしっくりこないなぁ。

 ナルシストじゃないし、自分でポーズ取ってみても何とも思わない。

 このポーズは決まっているのか?

 そりゃぁ前世基準でいうと私は美少女だと思うんだけど、如何せん見慣れすぎてて……

 

「日向、晩ご飯よ」

 

「はぴ?」

 

 唐突にかけられた声に私は固まる。

 ナンデイマハナシカケラレルンデスカ?

 

「私は日向は可愛い系のポーズの方が似合うと思うなぁ」

 

 振り向くと、母さんがニヤニヤしながらこちらを見つめていた。

 いつの間にか空いていた自室の扉。

 ポーズをとるのに夢中になっていた私はそんなことにも気づけなかった。

 

「なっ、ぅぇぇええぅうはぎゃあぁぁぅぅああぁあ!!!」

 

 母よ、娘の部屋に入る時はノックをしてください…………



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