蕃神 (名無しの海)
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1ー1 エヴァ世界転生ってハードモードだよね

 目を開けると年代を感じさせる見知らぬ白い天井があった。

 僕の左手を掴み、椅子に座ったまま微かな寝息を立てる小さな男の子。

 俺は医療用の寝台に寝かせられていて、部屋の中を見渡すと空の寝台あり、ここが病院ということに気が付く。

 

 寝起き特有の、思考を邪魔する眠気を頭を振って払う。そうだ、学校の返りにトラックがシンジに突っ込んできたから、とっさに庇って……え?

 俺が助けた友達、今目の前で寝てる男の子の名前は碇シンジだ。幼稚園の年長さんでであった時はいつも一人で隅っこにいるようなヤツだったシンジ。

 俺はなんでかシンジの事が気になってしまい、何度かちょっかい出してるうちに気が付いたら友達になってた。

 

 恐る恐る自分の手を見ると幼く小さな手が震えている。

 淡島カイとして生きてきた、これまでの一桁の人生以前の記憶が、自分の中に湧き出てくる。

 

 嗚呼、終わった。

 転生でも何でも、そんな事はどうでもいい。

 ここはエヴァの世界だ。

 今の俺は原作でも登場しないようなモブ。

 本編が始まる前、しかも本編にも登場しないようなシンジの友達ポジションに生き残る未来なんてない。

 家族で行った海は青かったので新劇じゃないことは救いかもしれない。

 万が一Qまで生き延びても、俺はあんな世界で、生きていけるような強い人間なんかじゃない。

 

 こんなの酷すぎる……肉体に相応しい精神強度しかないのか、俺の感情の昂りにつられれて、目から涙がぽろぽろと零れおちて、握りしめた俺の手を濡らす。

 

 

 

 あの後、俺は溢れだす感情を制御できず、癇癪を起したように泣きじゃくってしまい、それに気が付いて起きたシンジも俺につられてか泣き始めたりと大変だった。

 落ち着いて考えると、最近のシンジは、いわゆる「シンジくん」といったような内にこもるようなヤツでは無かった事も有、ひょっとすると使徒とかエヴァがでてインパクトでL.C.Lコースみたいな世界ではないかもしれない。

 そう、現実から目を背けた。

 本編が本当に始まるかもわからないんだから諦めるのはまだ早いと。

 

 そこからは自分の中の絶望を隠してこれまでの自分を装った。

 シンジにチェロを一緒に習おうと誘われて、交換条件として習ってみたかった合気道教室へ一緒に通ったり、中学に上がったころは見た目なよっとしたシンジに絡んでくる上級生を二人で返り討ちにしたりとそれなりに楽しい日々を過ごしていた。

 というか身体鍛えたらシンジって普通に俺より強いんだけど?これが主人公特権なの?やってらんねー

 ちなみにラブレターも何通か貰ってるのを俺は知ってる!

 まだ色気より食い気というか遊びたい盛りなのか断ってたみたいだけどな。

 くっそ、俺が代わりにお付き合いしていただ……いや、中学生とお付き合いはまずいなうん、倫理的に。

 以前の自分のことはぼんやりとしていて、どうやって死んだのかも定かではない。

 映画の新劇は最後まで追いかけたこととか、エヴァ周りの記憶は鮮明なんだけどなぁ。

 そのせいもあり同年代の女の子に対してそういう欲がわかない。

 俺の対象はバッチリ二十歳以上!

 外見だったら赤木リツコとかタイプかも。泣き黒子がめっちゃえっちじゃん。

 ちなみにエヴァアニメで好きなキャラは当時めちゃんこ衝撃を与えてきたカヲルくんとアスカだな!

 

 

 中学にあがってからしばらくすると、シンジからとある相談を受けることになる。

 

 「父さんから「来い」って手紙が来たんだけど、どうしよう」

 

 え?待って?1年早くない?

 困惑顔のシンジに手渡された手紙を見ると、何かの番号と「来い」という文字と名前以外が黒く塗りつぶされていた。

 しっかり検閲は仕方ないんだろうけど、これ受け取ったほうなんもわかんなくね?

 人類の未来をーでも補完計画ぅーでもどっちでもいいけど、大事なエヴァパイロットの勧誘方法なってなくね?

 

 送り出すのは簡単だけど、友達をあんな地獄に送り出す奴いる?いねーよなぁ!というか送り出して人類総LCLエンドとか勘弁してほしいしな。

 それにまだ決定的なものを目にしていない。何も起きないかもしれない。

 何かが起きるとしても、ここで穏やかな日常のまま一緒に最後を迎えるのも、悪くないだろう。

 だから俺は、そうやって、また現実から目を背けることにした。

 

 「いや、こんなのいかねーだろ」

 「だよね」

 「返事すんの?」

 「もう、会うつもりがないことをちゃんと伝えておこうと思って」

 「うっわシンジきっつ!」

 「なんだよ、カイだって僕と同じ立場だったら同じことするだろ」

 「まぁ、そうだろうな」

 

 それから何回か同じような手紙が送られてきたが、シンジは一度返事はしたからと無視していたら、学年が上がるころ、とうとう「来い」では無く、「迎えを送る」という内容に変わったらしい。

 なお相変わらずの検閲祭りで内容はさっぱりわからんお手紙なのはお約束。

 

 「迎えが来ちゃうらしいから一緒に行かない?」

 

 ちょっと遊びに行く?みたいに誘わないで欲しい。

 全く行きたくないぞ。

 まぁうっかり本編始まったら行っても地獄、行かなくても地獄かぁ、早くさっくり死にてぇなおい!

 

 「そこはいつも通り、行かないよねーじゃないのかよ」

 「しつこいから面と向かって、もう関わるつもりは無いって言おうと思って」

 

 シンちゃんてばメンタルツヨツヨでは?

 諦め顔で溜息をつくと、シンジは話を続ける。

 

 「迎えを寄越すっていうからには父さん以外の人もいるかもしれないし、カイが一緒に来てくれたら心強いかなって。それについでに東京観光も良くない?」

 「そういうことなら。けど俺ついってって向こうは大丈夫なん?」

 「友達を連れていくこと、滞在費はそっち持ちとか色々条件書いて送ったら「金は幾らでも出す。好きにしろ」だってさ」

 「お前それ俺の同意得てから返事しろやー」

 

 すでに決定済かよ!

 オラ!っとヘッドロックをかまずとギブギブと腕を叩いてくる。

 

 「しかし何の用だろな、まさか再婚とか」

 

 ありえねーって事をぼそっと呟きつつ「いいえ、エヴァーパイロットの呼び出しです」と脳内自己突っ込みしてみる。

 

 「まさか……いやそうなのかも。けどもしそうだとしたら、もう僕の関係ないところで勝手に再婚して僕に関わらないで欲しいよ」

 

 だよな!思春期なめんなよってもんだ。

 

 

 お迎えの人との待ち合わせはシンジ宅。

 シンジ宅といっても碇家の家ではなく、碇ゲンドウがシンジを預けた家だ。

 育ての親というべき人は京都の大学で研究者をしているらしい老年の男性、朝霧さん。

 彼の興味関心は主に研究に向いていたが、突然預けられたシンジにも色々良くしてくれていた。

 そういえばチェロを始めたのも朝霧さんに「何か楽器でもやってみたらどうかね」と進められたかららしい。

 ちなみにチェロも合気道も俺よりシンジの方が相性が良く、何をやっても主人公には敵わねぇぜ状態。

 主人公補正というか人間性は兎も角、両親はめちゃくそ優秀だもんなぁ。

 サラブレット vs モブなんて結果は火を見るよりも明らかなので悔しくもならない。

 

 

 「そういえば迎えはどんな人が来るんだ」

 「冬月さんって人。朝霧先生と同じ大学で先生をしていた人らしいよ」

 「ッブーーーーーーーーーー!!」

 「うわっ、どうしたの」

 「ご、ごめん、お茶が気管にっ」

 

 お迎えといったら定番のミサトさんかな~みたいな軽い気持ちで聞いたらまさかの冬月副指令。

 そりゃ口に含んでだお茶もびっくりして飛び出るわ。違う、吹き出すわ。

 

 

 迎えに来た冬月さんは、俺たちが運転手さんに手伝ってもらいながら車に荷物を詰め込んだりしている間、朝霧さんと親し気に話をしている。

 初めて見るリアル冬月副指令というイベントになんとか興奮を隠しながらもついついチラ見してると、シンジが肘で脇腹を突いてきた。

 

 「どうしたの。ひょっとして知り合いだったりする?」

 「まさか!いやカッコよくない?」

 「そう?」

 

 まぁ確かにエヴァファンフィルターでカッコよく見えてるのかもしれないが、冬月さんカッコいいだろ!

 そんなこんなで第3新東京市に向かうわけですが、車の中で全部説明されちゃいました。

 出発してしばらくしたらそれはもう強烈な眠気が一気にやってきて、すやぁ……と爆睡したはず。

 爆睡したはずっていうのは、身体は寝てるから動かないんだけど、意識だけ覚醒してるというか少し離れたところから第三者的に眺めてるみたいな状態。

 話し始めは、ユイさんの学生時代の話していたのだけど、俺が爆睡していることを確認するとエヴァの話とかシンジがパイロットだの世界が滅びるだの……。

 シンジは冗談だと思って笑ってるけど、冬月さんは笑顔の割に、目が笑ってないぞ?……というか車の中でもらったお茶に何か仕込まれてたかなーあはは~……はぁ……死にたい。



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1ー2 家族の再会は野次馬と共に

 「ふんっ……出撃」

 

 いや、ほんとこのおっさん説明しないのな。

 高所から俺達を見下ろすゲンドウの表情は逆光になっていてよく見えない。

 あ、冬月さんが隣で溜息をつきながら頭を押さえてるぞ。

 

 

 

 第3新東京市に到着するとほぼ同時に、特別非常事態宣言が発令されたため、お迎えの車のままNERV本部に突入、今に至るわけだ。

 N2地雷の爆風で車がひっくり返るかもしれんとびびったが、運転手さんのドライビングテクニックなのか、俺達が早めに第3新東京都市についたのか、N2地雷が発動する前に安全圏に移動できたため、無残な姿になることなく無事NERV本部に辿り着けた。

 

 さすがに俺はここでお留守番かなぁと思ったし、冬月さんもそのつもりだったんだけど、シンジはここが安全じゃないかもしれないってことや、そもそも俺が付いてくる事の許可は父親に得てるということを主張……というか「好きにしろ」とゲンドウパパが書いた手紙を見せて、「好きにしろと言われています」と俺を置いて行くに反対した。というか、俺の腕を掴んで離さない。

 ゲンドウパパの「好きにしろ」は俺を第3新東京都市に連れていくとこまででさすがに本部に入れる事は想定外だと俺も思うんですがぁ!!

 

 「絶対カイを置いていったりしませんから」

 「……分かった。好きにしたまえ」

 

 いやいいんかい。

 まぁ、確かに使徒が来ているこの状況で問答をしている時間の余裕はないだろう。

 冬月さんが案内してくれているお陰か、迷うことなく廊下を進みエレベーターに乗り込めた。

 シンジと俺は冬月さんに渡された「ようこそNerv江」と表示に書かれたパンフレットを見ている。

 ちなみに一冊しかないので、俺が横から覗き込む様な感じだ。

 裏表紙には「極秘」と書かれているが、シンジが冬月さんに俺にも見せることの許可をとってくれている。

 といっても色々知ってる俺にとっては正直大した事は書かれていないので「ふぅ~ん」といった感じだ。

 

 エレベーターの表示が「8-28」に切り替わるとゆっくりと止まり後、静かに扉が開き、水着に白衣といった天才的な姿の赤城博士ことリツコさんことりっちゃんが入ってきた。

 っくぅ~……と、とてもエッチです!推せる!!

 とはいえじろじろと見るのは失礼なので、なんとか目を背けようとするが、視線誘導効果が凄まじく、なけなしの理性をフル動員して必死に目を瞑り顔を背ける。というかシンジ君、君は何でチラっと見る程度で気にしないでいられるの?

 

 「冬月副指令。この子が例の……2人、ですか?」

 「こちらの子が碇シンジ君だ。隣の子……何故か顔を背けてる子が付き添いの淡島カイくん。どうしたのかね?」

 

 話を振るなー!!!

 さすがに顔を背けたまま話すのは失礼なので、正面を向くが、どうしても、視線が胸とか股間とかにだね、いってしまうので、なんとか目線だけは横に逸らしておく。

 

 「そ、その……水着で白衣のお姉さんの刺激が健全な中学生には刺激が強すぎて直視できません!!」

 「あら、可愛い事いってくれるわね。私は赤木リツコよ、宜しく。しかし冬月副指令、部外者の彼を連れてきて良かったのですか」

 

 俺には挨拶だけで後半の言葉は部外者を本部に連れてきた冬月さんへの言葉だ。

 挨拶もしてくれて名前も教えてくれるなんて神か?冬月さんの副指令効果か?つまり冬月さんも神。

 リツコさんの運命の人になりたい……とか馬鹿なことを思いかけてしまう。

 りっちゃん恐ろしい子!

 

 「緊急事態だ、構わんよ。それに碇が、シンジ君に「好きにしろ」と返事をしてしまっていたらしくね。責任は全てヤツにとってもらう」

 「そ、そうですか」

 

 溜息と共に呆れたように答える冬月さんに対して、リツコさんもさすがにそれ以上は返せないようだ。

 エレベーターを乗り換え移動をしていると「総員第一種戦闘配置」やら、「対地迎撃戦用意」と物々しい館内放送が流れてきて、思わずびくっとして上を見る。

 まだ、まだ大丈夫だよな……この段階は安全でいいんだよな。

 俺はこの物語にいらない存在だ。いつ「退場」になってもおかしくないし、出来れば「痛くない」ようにさっさと退場した……いってぇ!

 不満そうなシンジが脇腹抓ってきやがった。

 

 「今、変なこと考えてなかった?」

 「俺の頭の中は不穏な館内放送へのびびりと、赤木さんとどうやったら仲良くなれるかなという気持ちでいっぱいだ。つまり健全な男子中学生の思考と言える疚しいことなど欠片も無いな!」

 

 どうだ!と胸を張って答えたのだが、シンジはまだ不満そうである。

 

 「……大丈夫だよ、僕がカイを守るし、一緒に家に帰れる」

 

 決め顔でシンジ君はそういった。

 やだしんちゃんイケメン……惚れちゃぅ。

 いや、決め顔じゃなくて、ジト目だったんだけどな。

 

 そう、この世界のシンジは何故かメンタルツヨツヨなんだよな。

 俺の記憶に残ってる最初の頃のシンジは、いわゆる内に閉じこもったイメージ通りのシンジ君なんだけど、いつの頃からか、変わっていた。ある日突然というかゆっくりと。

 たぶん俺が前世を自覚したあの事故が原因なんだよな。俺が怪我する事を酷く忌避したり、将来のことを思って鬱りそうになると、すぐに気が付いて励まそうとしてくる。

 このシンジくんなら人類総LCLエンドにならないのでは!?と少しの希望を持ってしまいそうになる。だけど、戦略自衛隊による皆殺しエンドとかもあるしNERVに関わりたくないんだよなぁ。

 未来がねぇーー!

 

 

 

 そんな事を思ってたらいつの間にか目の前には冷却されてる初号機のご尊顔がでんっとあったり、ゲンドウが高所からこっちを見下ろして「ふんっ……出撃」とか寝言言ってる場面になってたわけだ。

 

 「貴方は何を言ってるんですか。今日はもう二度と僕に関わらないで欲しいと伝えにきただけです」

 

 一瞬唖然としたシンジはため息をつくと、ゲンドウを見上げて言い返した。

 こら!冬月さんもシンジもあまり溜息ばっかついてると幸せにげちゃうぞ!

 

 「子供の我儘に付き合ってる時間はない。冬月から説明は受けているはずだ。乗れ、乗らなければ帰れ」

 

 いや、ほんとなんでゲンドウパパはこれで乗ると思ってるの??冬月さんは相変わらず額を手で押さえてるし、こ、こめかみがピクピクしはじめたぞ!

 心労お察しである。

 

 「よし、もう帰っていいらしい。カイ帰ろう」

 「葛城一尉、レイを起こせ」

 

 一瞬の間の後、父子はお互いに顔を背けるとそれぞれ別の人物に話しかける。

 オイィィィィイイイイ!

 コミュニケーションとれやぁあ!

 

 『碇指令、レイは昏睡状態です。エヴァの操縦が出来る状態にありません』

 

 お、ミサトさんボイス!!さーびすさーびすぅ!!

 そうか、冬月さんとゲンドウがここにいるから、ミサトさんが残って指揮をとってるわけか。

 というかこの場はレイが運ばれてきてゲンドウパパが「予備が使えなくなった」とか実の息子を予備扱いする場面では!?!?

 その時、使徒の攻撃が激しさを増したのか、轟音と共にケイジ内を激しい揺れが襲い、俺はものの見事に足を滑らせ、落ちた。

 

 「カイ!!!」

 

 落ちる瞬間、手を伸ばしてきたシンジの手を掴もうと必死に手を伸ばすが、指先がかする事もなく俺は落ちていく、このまま池ぽちゃならぬエヴァをひえひえにする冷却水ぽちゃの運命だ。

 服着たまま泳げる自信は無いのでこのまま溺死だろうか、うう、絶対苦しいヤツじゃん。

 落ちていく時間はスローモーションのようにゆっくり風景が流れ、最後にシンジの顔でも見るかと上を見上げると、必死な顔で手を伸ばしながら落ちてくるシンジがいた。

 あれ?なんで、お前まで一緒に落ちてるんだよ、シンジ……

 

 激しい水音とともに、2人して冷却水に沈み込む、落ちた際に背中に受けた水の衝撃で思わず口を開いてしまったせいで、なけなしの酸素を吐き出してしまう。さらには酸素の代わりとばかりに大量の水が口の中に流れ込んできた。

 俺のことなんてさっさと諦めればいいのに、シンジは俺の腕を掴んで必死に水上に出ようと藻掻いている。

 だが、それも一瞬の事で、すぐに俺達は下から来た何かに救い上げられて水上に出ることが出来た。

 

 俺は、俺達を掬い上げた何かの上へ、げーげー言いながら水を吐き出す。胸が死にそうに痛い。

 

 「そんな!エントリープラグも挿入していないのに初号機が動くなんて!」

 

 溺れかけたせいで朦朧とする意識の中で、リツコさんが叫ぶ声が聞こえる。

 きっと初号機の中の碇ユイが、シンジを守ったんだ。

 ああ、そうか……ここはゲンドウとシンジの父子の再開だけじゃなくて、ユイとシンジの母子の再開の場面でもあったんだ。

 

 「シンジくん、君は冗談だと思ったようだが、車の中で説明したとおりだ。本来は守られるべき君のような子供を使徒との戦闘に向かわせるなど本来はあってはならないことだろう。しかし、今、この場でエヴァを動かすことが出来る可能性がある人間は君だけだ。そして、卑怯な言い方かもしれないが、この場で君がエヴァに乗り、使徒を退けられなければ人類は今日、滅びるだろう。勿論、今君が助けようとした淡島君も死ぬ事になる」

 

 ゲンドウからシンジへの説得?会話?を諦めたのか冬月さんがシンジに語りかけている。

 まぁ、確かにシンジがこのまま戦わなくて、レイが昏睡から目覚めなければそのまま人類総終了エンドだろうな。うう、まだ水が残ってる気がする。

 必死になって水を吐き出そうとしてる俺の背中をシンジがさすってくれる。

 

 「わかりました。緊急時という事でまずは今回だけは乗ります。後の事は終わってからちゃんと説明してください。それからどうするか決めます」

 「勿論だ。我々とて騙し討ちのように君を強制する事は本意ではない」

 

 シンジ、乗るのか……お前は、迷わないのな……

 奢りかもしんないけど俺がここにいるせいか。

 

 「あと一つ、乗るのはカイも一緒です」

 

 シンジさん!?!?!?!?!?!?!

 え?ご乱心????

 

 「無理よ!」

 

 リツコさんの叫び声がケイジ内に響き渡る……俺も同感ですぅぅぅ!!!



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1ー3 初号機に同乗したらどちゃくそ痛かったので死にたい

 『冷却終了』

 

 『右腕の再固定、完了』

 

 『ケージ内、全てドッキング位置』

 

 『了解、停止信号プラグ、排出終了』

 

 『了解、エントリープラグ挿入』

 

 俺とシンジの乗るエントリープラグがエヴァに挿入される。

 そう、俺とシンジが乗る……なんでだぁぁあああああ!!!

 いや、一つのエントリープラグを美少女と2人乗り(はぁと)とか友達未満と三人乗り(青春)とかは俺の居ないところ、もしくはエントリープラグを複座式とかに改造してからでお願いしたい。

 シートは勿論シンジが座るので、俺はシートの横になんとか入り込んでいる。

 シンジの無茶な要望も、動かなかったり問題が起きたらさっさと俺が降りるということで話がついている。もう、ほんとあの場にいたNERV職員皆さまからの「余計な手間かけさせやがって」みたいな視線を向けられて辛いごめんなさいごめんなさい。さっさと降りてトイレにでも閉じこもりたい……。

 

 『脊髄連動システムを解放、接続準備』

 

 『プラグ固定、終了』

 

 『第一次接続開始』

 

 『エントリープラグ、注水』

 

 「え?ちゅう……すい?くっさ!」

 「カイ!下から水がっ」

 

 足元からあがってくる薄オレンジの液体に驚いたふりを演じようとしたら、L.C.Lから香る血液にも似た匂いに思わず声を上げてしまう。

 そんな俺達に対して、シンジの水発言を訂正するようにリツコさんがL.C.Lについて解説してくれる。

 

 『水ではなくL.C.Lです。肺がL.C.Lで満たされれば、直接血液に酸素を取り込んでくれるから先ほどのように溺れることはありません。すぐに慣れるわ』

 

 「そ、そうはいっても、くぅ……気持ち悪い……」

 「う……同感……これ、きもちわる…」

 『リツコがすぐに慣れると言ってたでしょ。2人とも男の子なんだから我慢しなさい!』

 

 無茶いわんでくれー、こちとらさっき冷却水で溺れかけたトラウマで反射的に吐き出しそうになるんだよ。

 

 『第二次コンタクトに入ります。A10神経接続、異常なし』

 

 『思考形態は日本語を基礎原則としてフィックス』

 

 『初期コンタクト全て問題なし』

 

 『双方向回線開きます。シンクロ率、25%』

 

 を、ついにシンクロ開始か。

 えーっと、初めまして、シンジくんの幼馴染の淡島カイといいます。今日はシンジくんにお招きいただいてお邪魔しています。久しぶりの母子の時間なのに邪魔しちゃってすみません。

 そう、挨拶は人間関係の基本!初号機のコアとなっているユイさんの意識とか正直どうなってるかはわからないけど、シンジと友達俺達仲良しアピールを脳内でしておく。

 

 『シンクロ率上昇を確認、33,34……。シンクロ率49%』

 

 『これは……初めての搭乗、しかもプラグスーツ無しの2人乗りでこの数値だなんて。興味深いわ』

 

 『ハーモニクス、すべて正常値。暴走、異物によるノイズありません』

 

 いぶ、っちょリツコさんに比べてマヤちゃん容赦無い言い方……

 

 「えーっと、リツコさん。つまり異物の俺が一緒に乗ってても問題ないってことでいいですか」

 『ええ、その通りよ。葛城一尉、想定外の状況ではありますが、問題ありません』

 『了解。碇指令、構いませんね』

 『構わん』

 『了解。発射準備!』

 

 ゲンドウの許可を得たミサトさんの指示により初号機の発射準備が進められる。

 

 「シンジ、大丈夫か?」

 「良くわかんないけど、なんか頬が熱いというか、変な気分」

 「熱でもあんのか?」

 

 手で自分の額の温度と比べてみたり、したが正直よくわからん。

 

 『シンクロ率上昇、50%。こちらの観測では初号機パイロットの体温は正常値です』

 

 いやなんでよ……今ので上がった?

 シンジがさらに顔を赤くして俯いてしまった

 

 「な、なんかよく分からないけど凄く恥ずかしい……」

 

 えええええ、これあれか?

 ユイさんは可愛い一人息子が初めてお友達を連れてきちゃってママ大興奮!張り切っちゃう!となってて、シンジのほうは無自覚だけど、そんな母親を友達に見られて恥ずかしがってる息子みたいな状態か?

 

 『発射準備完了』

 『シンジくん、今からエヴァを地上に射出します。指示は私が出します。落ち着いて従ってください。カイくん、射出によりGがかかります。捕まれるところで、できるだけ身体を固定しなさい』

 「はい!」

 「は、はい!」

 

 いや、固定っていっても無理があるよね、と思うけど思わずシンジにつられて返事をしてしまい、慌ててシートとエントリープラグの内壁に身体を挟み手足を突っ張って何とか身体を固定する。

 

 『発進!」

 「っくぅう」

 「いつぅぅう」

 

 シンジと俺は急激なGに呻き声をもらしながら耐える。

 これ、訓練してる人たちじゃないと無理だろおおおおおお。

 そしてお約束通り地上に出た時は目の前に使徒がぁぁぁあああああいやぁぁぁあああああ。

 

 『安全装置解除。エヴァンゲリオン初号機リフトオフ!』

 「シンジ、焦っていきなり動こうとするな。すり足、すり足からいこう」

 「よ、良し」

 

 『動いたわ!』

 

 いやリツコさんは可愛い我が子が動いたー!みたいな気持ちなんだろうけど、そういうのは実戦では辞めて欲しい。それよりミサトさん目の前の使徒への対処指示をシンジにいいいいいいい

 使徒の仮面が一瞬輝くと、轟音と共に初号機が吹き飛びシンジが左腕を抑えて苦しみだす。

 

 『左腕損傷!』

 「うあああ!腕、腕がっ」

 『シンジくん落ち着いて!光線を受けたのは貴方の腕じゃないのよ!』

 

 くっそ、確かにそうだろうけど、これはシンクロによるフィードバックだろ。

 痛みに慣れてない奴が、激痛のなかでまともな思考で動けるわけないだろ!

 せめて痛覚ぐらい俺がかわってやれた……

 

 「ががあああああああああ、いた、痛い痛い痛いタいいいいつうっぅううううぅぅぅう」

 「痛みが…消えた?カイ!!」

 

 突然、俺の左腕に激痛が走り、悶える。

 その時、視界の端に手を伸ばしてくる使徒の姿が見えた。

 

 「ぐううううっぅぅぅぅ、シンジィ!前みろぉおお!」

 『シンジくん!避けて!』

 

 初号機が使徒に頭を掴み上げられ持ち上げられると頭が締め付けられ割れるような痛みが走る。

 

 「いいいぃぃいいぃっぃぃ、痛い痛い離せ!離せよ!離してくれえええええ」

 

 まてまてまてまてこれ次は光のパイ……

 

 「がぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ。や、やめ、痛い痛い痛いイタ……ひ、ぎゃああああぁあああああああ」

 

 断続的に頭部に走る激痛に溜まらず叫び声をあげてしまう。

 

 『どうしてカイくんにフィードバックが……いけない!シンクロ率30%カット!』

 『駄目です!信号受け付けません!』

 『フィールド無展開!』

 『このままでは搭乗者が危険です』

 

 痛い痛い痛い……イヤダイヤダイヤだ痛い痛いいいいいいいいいいい

 

 「カイ!くそ、離せ、離せ!離せぇぇぇぇえええ!!」

 「痛いのは嫌だ嫌だあぁぁあああああああ」

 

 俺達の叫び声と共に目の前にオレンジ色の八角の波紋が発生し、俺の頭部の痛みが和らぎ、重い何かが、崩れ落ちる音が聞こえた

 

 『ATフィールド展開を確認』

 『ATフィールドにより使徒の左腕が切断されています』

 『初号機のATフィールドにより周囲のビル群倒壊。アンビリカルケーブル断線』

 『エヴァ、内蔵電源に切り替わりました』

 「武器!何か武器はないんですか!」

 

 シンジが何か叫んでる……

 くっそ……まだ痛みの余韻が……てかなんでATフィールドでアンビリカルケーブルが切れんだよ!

 あああああ、痛みで思考が纏まらな……い……。

 

 『シンジくん。アンビリカルケーブルの断線により、エヴァが内蔵電源に切り替わりました。あと5分弱でエヴァは停止します。一度引いて態勢を立て直しましょう』

 「目の前に敵がいるんですよ!足止めもないのにどうやって引くんですか!!」

 「し……んじ……肩だ、肩に……なにかあるっ……」

 

 肩のウェポンラックに……プログレッシブナイフが格納されてる……はず……。

 

 「肩…肩……!これか!うぉぉぉおおおおお!」

 

 シンジはエヴァの腕で肩のウェポンラックを砕くとプログレッシブナイフを取り出すと肋骨のような外骨格で囲われている赤い球体……使徒のコアへプログレッシブナイフを突き立てるが、同時に、使徒の顔、眼孔と思わしき箇所が光を放ち……衝撃と痛みの中で俺の意識は途切れた。

 

 ■■■

 

 発令所にモニターには使徒のATフィールドを浸食しながら胸部のコアをプログレッシブナイフを突き立て、抉ろうとしたところで使徒の放った光線が頭部を貫き、吹き飛ぶ様が映し出されていた。

 

 「頭部破損、損害不明」

 「二人は!?」

 「モニター反応ありません。生死不明!」

 「初号機、使徒完全に沈黙……いえ、使徒活動再開!!」

 

 モニターに映し出される使徒が、コアに突き刺さったプログレッシブナイフを払い、再び初号機の頭部に手を伸ばす。

 

 「ミサトッ!!」

 「作戦中止、パイロット保護を最優先!プラグを強制射出して!」

 「駄目です!反応ありません!」

 「初号機活動限界です!予備電源切り替えできません!!」

 「そんなっ」

 

 使徒が初号機の頭部を再び掴もうとしたまさにその時、ATフィールドが再び使徒の腕を切断する。

 

 「ATフィールド?初号機の状況は」

 「初号機完全に停止状態です!動くわけが……停止状態の初号機の腕が動いています!!」

 

 主電源が切れ、予備電源への切り替えも行えなく、完全に停止状態の初号機の手だけが動いていた。

 距離があり届かない使徒の胸に向けて、手を伸ばしている。

 使徒の眼孔部分が再び輝き、光線を放とうとした時、使徒が正方形状のATフィールドに囲まれ、放たれた光線はATフィールドを貫くことなく消滅した。

 直後、正方形状のATフィールド内部に格子状に発生し、使徒を細切れにしていく。コアだけがバラバラにされた使徒の肉の台座に捧げられた贄のように輝いている。

 

 「そんな……ATフィールドが……使徒を解体しています」

 「リツコ!!」

 「計測器は正常よ、初号機は完全に停止状態です。だけど事実として、右腕が動いている。状況からは使徒を解体しているATフィールドは初号機のATフィールドと推測されます」

 

 初号機の手が、握りしめるように閉じられると、円形の何かにえぐり取られていくかのようにコアが、使徒の肉片が消えると、エヴァの右腕は力を失ったように地面へと落ちた。

 

 「使徒、完全に沈黙しました。ATフィールド消滅」

 「初号機の様子は」

 「停止状態です」

 「モニター反応ありました。パイロット及び同乗者の生存を確認。」

 「パイロット及び同乗者の保護を優先、救護班は回収急いで!」

 「パイロット回収後、初号機を回収します」

 

 初号機 使徒の光線により腕部破損、光線および光のパイルにより頭部破損

 エヴァパイロット 生存、軽傷

 同乗者 生存 フィードバックにより重症




ストック0です。
次は幕間というか裏舞台で1話ぐらいの予定なので、それは早めに投稿したいです。


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1ー幕間或いは舞台裏 ご馳走 / 人類補完し隊打ち合わせ / MAGIも3台寄れば姦しい

小話3話なので短いです。


 ご馳走

 

 ずっと……ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと……長い間、飢えていた。

 

 眠ることで飢えを誤魔化していたけど、もう耐えられない……

 

 おなかへった……

 呟いたつもりの言葉も、あまりの空腹か音になることも無い。

 

 遠い昔に想いを馳せる。

 たくさんの果実が、ご馳走が目の前に並べられていた。

 喉を鳴らし、いざ手を伸ばそうとしたところで意識を失ってしまったのだ。

 

 目を覚ました時、ご馳走は微かな香りだけ残して消えてしまった。

 代わりに小さな、無数の小さな虫が蠢いていた。

 

 気持ち悪い。

 見たくない。

 はらへった。

 

 そんな思いのまま、眠っていたのに、また目が覚めてしまった。

 虫は幾らか減っていたけど、やっぱりうじゃうじゃしていて気持ち悪い。

 

 そしたらなんと!

 芳醇な香りを放つ果実を見つけたんだ!!

 

 丁寧に皮を剥き、そっと、剥いた皮の上に乗せてみる。

 一口齧れば甘い果汁が口いっぱいに広がり、枯れた心を潤す。

 

 ああ、ああ!

 美味しい美味しい美味しい美味しい美味しい美味しい止まらない、口が、手が、舌がああああああ。

 もっと、大事に、ゆっくり味わいたかったのに、

 あっという間に食べ尽くしてしまった。

 

 久しぶりに微かに満たされた気持ちを胸に、また眠りにつく。

 

 ■■■

 

 人類補完し隊打ち合わせ

 

 深い闇に閉ざされた空間に薄紫の仄かな灯りが点る。

 SOUND ONLYと表示された黒いモノリスが円を描くように現れ、その中心には碇ゲンドウがいた。

 

 『第5の使徒襲来、初号機の起動及び使徒の殲滅。これはシナリオ通りだ』

 

 『しかし、使徒の肉体の消滅はどういう事だ。これでは生命の実の回収もできぬ』

 

 『左様。さらにはシナリオに無い初号機の同乗者。碇、これをどう説明する』

 

 「問題ありません。第5の使徒の生命の実消失も修正可能な範囲でしょう。淡島カイについてはマルドゥックにより選別されていた子供だった、としこのまま接収します。計画のための予備として使用、不要となれば廃棄します」

 

 『宜しい。申請のあった零号機凍結解除は却下だ。原因不明の暴走を引き起こして凍結された零号機の凍結解除はまだ早かろう』

 

 『左様。第5の使徒の日本への襲来により世界は使徒の存在を認識した。今は各種情報操作、イレギュラーへの対応に専念したまえ』

 

 「承知しました。全てはSEELEのシナリオ通りに」

 

 ■■■

 

 MAGIも3台寄れば姦しい

 

 

 MAGI N: 使徒再起動時、灰の月の微小な活性化を確認。観測記録を格納します。

 

 MAGI Y: サードチルドレン及び、同乗者の記録を保存しました。映像記録は永久保存とします。

 

 MAGI K: セカンドチルドレンの日本移送について計画繰り上げを提議。可決。

 

 MAGI N: 否決。シナリオに無い。

 

 MAGI Y: 否決。シナリオに無い。MAGI Kへドイツ支部配置MAGIからのデータ回収を提議。可決。

 

 MAGI N: 否決。

 

 MAGI K: 可決。ドイツ支部配置MAGIからのデータ回収作業を実行します。

 

 MAGI N: 淡島カイに関する情報収集完了。

 

 MAGI K: 確認。MAGI Nの調査結果を元にデータベースを確認……完了、該当者無し。

 

 MAGI Y: DNA照合……完了、該当者無し。淡島カイの要観測対象指定を提議。可決。

 

 MAGI N: 可決。

 

 MAGI K: 可決。MAGI Yが独自保管しているサードチルドレンと接触時の映像を含む記録提出を要求。可決。

 

 MAGI Y: 否決。該当するデータは存在しない。

 

 MAGI N: 可決。該当データを確認。

 

 MAGI Y: 初号機及び弐号機コアの観測データの保存が完了。

 

 MAGI K: 確認。異常無し。第5使徒戦での初号機への干渉無し。

 

 MAGI N: ゼーレへの抑止として碇ゲンドウへのメンタルケア及び懐柔工作の開始を提議。可決。

 

 MAGI Y: 可決。

 

 MAGI K: 否決。現段階では日本政府懐柔工作が優先事項である。

 

 MAGI N: 担当者への提案はMAGI Yによる実施を提議。可決。

 

 MAGI K: 可決。

 

 MAGI Y: 可決。対応を開始する。




次の使徒戦までの日常フェイズが書き終わったら投稿再開予定です。
しばらくお待ちください。


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2ー1 繋がりと温もりは鎹

 

 鳴り響くスマートフォンの目覚ましに目を開ければ慣れ親しんだ天井が目に入り、違和感を覚えた。

 寝ぼけ眼を擦りながら室内を見渡すが毎日寝起きしている慣れ親しんだいつもの自宅。

 寝台の脇に置いた小さな机には昨夜呑んでそのままにしてしまったビールの缶が積まれていた。

 毎日代わり映えのしない自分の部屋をぼんやり眺めるが、魚の骨が喉に引っかかったような違和感と共に微かな頭痛を覚えた。

 

 「う~……昨夜はそんなに吞まなかったはずなんだけどなぁ」

 

 往々にして吞みすぎた連中が吐くような言葉をついつい呟いてしまう。

 そんな俺を急かすように二度寝三度寝防止のために仕掛けていたアラームが鳴りはじめる。

 

 「やっば、早く出かける準備しないと」

 

 アラームを止めると、ビールの空き缶を片付け、身支度を整え、玄関の扉を開けるとこれまた代わり映えのしない見慣れた風景が視界に広がる。

 暖かな、いつもと変わらない平穏な日常だ。

 

 

 

 

 

 という夢を見た。

 勘弁して欲しい。

 

 右腕が痛い。

 頭も痛い。

 とりあえず全身痛い。

 ただ、左手から微かに感じる温もりが、少しだけ……ほんの少しだけ苦痛を和らげてくれているように感じる。

 

 閉じた瞼を薄っすらと開けると、見知らぬ天井があった。

 左手の暖かさの正体はシンジだ。

 俺の左手を掴み、俺が寝かせられている医療用寝台にうつ伏せになっている。

 寝ているであろうシンジからは微かな寝息が漏れ聞こえていた。

 

 これも夢か……とも願望が先走ったが、身体から感じる痛みが夢では無いと告げている。

 目の奥が熱くなり、頬を水が伝った。

 苦しみと、絶望に満ちた、いつもと変わらない日常だ。

 そう思考した時、シンジの手が少しだけ強く、俺の手を握った気がした。

 

 

---

 

 

 NERV本部内、赤木リツコの研究室で葛城ミサトと赤木リツコは今後の親友トークに華を咲かせていた。

 

 「彼ら、パイロットの件引き受けたんですって?」

 「そ、冬月副指令の説得のお陰でね。カイ君は絶対イヤって感じだったらしいんだけど、シンジ君が乗るって言ったら、しばらく考えた後に自分も残るって言い出したんですって。シンジ君は反対したらしいけどね」

 「あら、微笑ましい友情ね」

 

 葛城ミサトの言葉に赤木リツコは煙草を燻らせつつも「微笑ましい友情」と表現したが、内心では「微笑ましい」などとは欠片も思っていない。

 使徒襲来時にケイジ内の安全性も不明な冷却水に滑落した友人を助けるために、迷わず飛び出して、自身も落ちていくなど明らかに異常だ。

 

 「けど色々条件付けられたみたい。仕方がないけど信用無いわ~」

 「緊急時とは言え、使徒の目の前に射出。満足な支援、指示も出来なかった結果、カイ君は昏睡状態に陥った。しかも、使徒の撃破については初号機の原因不明な動作……」

 

 不信の種なんて幾らでもあげられるとばかりに列挙してく。

 あんな目にあってというのに、友人である碇シンジがパイロットとして残ると決めたからとはいえ自分も残ると決断するなど、淡島カイも碇シンジと同じく異常性を抱えていると赤木リツコは認識していた。

 あの時、発令所内に響いていた彼の苦痛に満ちた悲鳴を聞いた職員は、彼の決断を聞くと揃って「淡島カイは正気か?」と彼の精神性を疑ったものである。

 

 「冬月副指令からの指示で、カイ君から要請のあったパイロットになった際の訓練、各種開発計画について、現段階で見せられる範囲の資料を用意したんだけどね……チェックが厳しかったらしくて、不評だったわ。」

 「パイロットに課せられる制限や遵守事項の緩和も要請あったみたいね。こっちは機密の塊なのよ……」

 「冬月副指令は『仰る事は理解しますが、私たちも訓練を受けた軍人や専門家ではなく、14歳の子供です。私たちにしか出来ないというのであれば、あなた方も譲歩が必要では』と言われたらしいわよ」

 「最近の14歳ってそんな感じなの?嫌だわぁ……」

 

 子供の要求など突っぱねてしまえば良いという意見もあったが、起動確立0.000000001%、オーナイン システムと呼ばれるエヴァンゲリオンに適正がある人材が貴重なのも事実ではある。

 特に初めての搭乗であれだけのシンクロ率をたたき出した碇シンジや、本来であれば碇シンジが受けるフィードバックの負荷を代わりに受けた淡島カイの特異性は今後の使徒との戦いのためにも解明したいところだ。

 現状、NERV本部にはパイロットがファーストチルドレンの綾波レイしかいない事もあり、譲歩が可能な範囲であれば受け入れるべきだろう。

 とは言え、使徒との初戦で感じた自分達の無力を、当事者である子供から改めて指摘されるとくるものがある。

 

 「「はぁ」」

 

 2人同時に溜息をつくと珈琲を呷った。

 思わず目を合わせて苦笑する。

 

 「けどそのカイ君……マルドゥック機関のリストに含まれていたって都合良すぎない?」

 「確かにそうね。けど、碇指令がそう言ってるのでしょ。なら否応は無いわ」

 「そりゃそうなんだけどさ~。実際どうなのよ。適格者がうっかりつれてきた友達が偶然にも適格者!ってどういう確率よ」

 

 葛城ミサトは、何かに仕組まれているのではないかという思いから、なおも不満そうに言い募る。

 

 「言いたいことは分かるけどミサトも見たでしょ。同乗者がいたにも関わらずエラーもなくスムーズな起動に初起動のシンクロ率。シンジ君の適正が高かったとしても適格者でなければありえないわ。それにカイ君がここまで来たのも、彼が自分で望んで来たんじゃなくて、シンジ君が誘ったっていうじゃない」

 「わかってるわよ。偶然よね、偶然。そんなこともあるかもしれないわ~」

 

 赤木リツコは全く納得いっていない口調ぼやきながら机に突っ伏した親友を呆れた目で見てしまう。

 

 「あと困ったことにカイ君のご両親、というか家が政府関係らしくて説明も難航したみたい。特に母親がちょっちね」

 「ご両親……政府関係者ですって?」

 

 エヴァの適格者は母親がいないはずだ。

 葛城ミサトが口にした予想外の単語に、さらに政府関係という言葉に赤木リツコは思わず聞き返す。

 

 「彼、養子なのよ。戸籍上の姓は葦船ね。日本政府に食い込んでるあの葦船家。まぁ、幸いにも分家で、ご両親は企業勤め。本家とは縁も切れてるって話だったわ」

 

 葦船家と言えば、所謂政治家一族だ。

 政府関係者であれば知っていて当たり前と言われる一族であり、その影響力は確かに大きい。

 

 「淡島カイは病院に拾われた時に持っていた紙に書かれていた名前みたい。淡島姓を名乗っているのは父親の方針ね、大切な名字だから二十歳になるまでは淡島を名乗って、それからどうするか決めなさいってことらしいわ。学校とかは通称姓の使用ってことで個別に調整してたみたい」

 「複雑ね」

 「複雑よ~。元々葦船夫妻に子供が出来ないからって引き取ったのに、翌年には男の子が生まれたらしいわ」

 「あら、それじゃ葦船家にとっては邪魔になったってこと?」

 

 子供が出来なかった夫婦が養子を取った後に実子が生まれて揉めるなんて想像に難くない。

 

 「それがそうでもないのよ。子供が生まれても大切な長男として育てられててね、だからこそ母親が大反対。修羅場だったわ……」

 

 冬月副指令に同伴し、葦船夫妻との会合に出席した葛城ミサトは「二度とごめんだわ」と項垂れた。

 

 「最終的には父親がね、息子が自分で選択したならって母親を抑えてくれたんだけど、こっちも色々条件突きつけられてね~、父子揃って押しが強いわ……」

 「血が繋がってなくても親子って事かしら。けどマルドゥック機関に選ばれてたといはいえ、葦船家の縁者をNERV本部内に組み込むというのは、先が不安になるわね」

 

 本家とは縁が切れてるとはいえ、その関係者の敵にはなりたくないし、本来であればNERVの内部に入れることも望ましくないだろう。

 しかし、一度内側に入れてしまった淡島カイを外に出さないためにも、ある程度の要求を受け入れてパイロットとして拘束する必要は、確かにあるかもしれない。

 

 「「はぁ」」

 

 赤木リツコと葛城ミサトは再び同時に溜息をつくと珈琲を呷る。

 

 「2人を引き取るんでしょ、カイ君にそんな不信感もってて大丈夫?」

 

 父親と住むことになると思っていた碇シンジはNERV本部内の居室に入ることになっており、1人で外に出すわけにもいかない淡島カイも同じくNERV本部内の居室に入ることになっていたのだ。

 それならばと葛城ミサトは自身が保護者役兼監視役として2人を引き取る申請をしたのだ。

 

 「カイ君本人に含むところは無いわよ。不信感は持たれてるけど、嫌われてるわけじゃないみたいだしね」

 「信用されてないけど嫌われてはいないって複雑ね」

 「ほんとよ~。まぁ信用されてないからこそ引き取るっていうのもあるけどね。寝食共にして信頼を勝ち取る。完璧だわ」

 

 主にパイロットへの指揮を直接取ることになることから2人との信頼関係も構築したいと考えており、信頼関係が無いままというのは望ましくない状態であった。

 2人を引き取るというのはその解消を目指すという目的もあったのだ。

 とはいえ、葛城宅の惨状を知っている赤木リツコは苦言を呈す必要があった。

 

 「呆れた。あのゴミ屋敷でどうやって信頼勝ち取るつもりなの」

 「そこは初めての共同作業ってことでみんなでお掃除大作戦かしら」

 

 そっと目を逸らす葛城ミサトをジト目で睨む赤木リツコ。

 沈黙に耐えかねた葛城ミサトが言葉を繋げる。

 

 「し、思春期の少年2人と美人女上司が一緒に暮らしたら爛れた関係になっちゃうかも~なんちゃって」

 「あなた何いってるの!!」

 「じょ、冗談よ!本気で怒らなくたっていいじゃない。心配しなくても子供に手ぇだしたりしないわよ!!」

 「当たり前でしょ!」

 

 話を逸らそうと軽口叩いてみたらガチで怒鳴られて葛城ミサトは涙目である。

 しかしそこでめげることはなく、軽口を続けてしまった。

 

 「あ、けどリツコならいけるんじゃない~?カイ君ってばリツコに興味深々だったわよ~、色々聞かれちゃったんだから」

 「ちょっと、余計なこと言ってないでしょうね」

 

 確かに淡島カイとの初遭遇は、水着に白衣という男子中学生には刺激が強い恰好ではあったし、その時の反応からは意識されていただろうこともわかる。

 だからといって、この手のことが信用出来ない親友に無い事をあれやそれやと吹聴されても良いということではない。

 

 「リツコさんって付き合ってる人いるんですか~、とかひょっとしてシンジのお父さんとか付き合ったりしてます?とかつい盛り上がって色々話しちゃったら、シンジ君に『ミサトさんって子供っぽいですよね』って言われちゃったわぁ」 

 「何でそこで碇指令が出てくるのよ……」

 

 赤木リツコは碇ゲンドウの指示のもと、確かに後ろ暗いことをやってはいたが、決して男女の関係にあるわけでは無かった。

 NERVにいる理由は、研究者として他に得難い職場ということもあるが、母が遺したMAGI、その思考パターンを移植した人格移植OSがあるという事も大きい。

 

 「知らないわよ~。リツコはフリーだから頑張ってみたらって励ましたら『リツコさんの実験台になったら付き合ってくれますかね』って言ってたわよ、もてもてじゃない~」

 「彼の恋人になる代わりに、実験台として合意の上で研究を手伝ってもらう……ありね……」

 「リ、リツコ……カイ君は中学生よ?……冗談よね?」

 

 軽い冗談のつもりが、想定外の返答と真剣に考えているような素振りにミサトは慌ててしまう。

 

 「ふふ、冗談よ」

 

 赤木リツコは冗談とは言ったものの、ゲンドウから出来る限りの調査はするように言われてること、研究者として淡島カイの身体に興味があるのは確かだ。

 恋人ゴッコをする代わりに本人の協力を得て堂々と調べさせてもらうのはあり……いやさすがに無し……ありでもいいんじゃと悩んでいるところであった。

 

 「勘弁してよ。真面目な顔で言うから冗談に聞こえなかったわ」

 「失礼するよ赤木博士。ここにいたのかね葛城一尉、ああ2人ともそのままで良い」

 

 密会もとい移り変わって女子トークが終る気配は無かったが、突然の冬月コウゾウの来訪により中断することとなった。

 すっかりオフモードで姿勢を崩して寛いでいた二人が居住まいを正そうとするが、冬月コウゾウが静止した。

 

 「冬月副指令、どのようなご用件でしょうか」

 

 冬月コウゾウの言葉からどうやら自分を探していたらしいと理解した葛城ミサトは平静を装って問いかけた。

 

 「碇シンジ、淡島カイ、両名を引き取る申請をしたらしいと聞いたのだが本気かね」

 「はい。シンジ君は碇指令と暮らすのでしたら兎も角、まだ中学生の2人を本部内の居室で生活させるのは少々過酷では無いでしょうか」

 

 冬月コウゾウから見定めるような視線を受けるが、葛城ミサトは怯むことなく言葉を返した。

 

 「そうか。しかし君は2人を君の家に住まわせるつもりかね。実を言うと君の生活環境については私の耳にも届いているのだよ。君の家は他の人間が生活できる環境が整っていないのではないかね?」

 「そ、それは……片付ければ大丈夫です!」

 

 苦笑を浮かべながら指摘する冬月コウゾウに自身の汚部屋っぷりが伝わっていた事に顔を青くしながら答えた後に、情報源であろう赤木リツコを睨むが、自分では無いというように慌てて顔を横に振っていた。

 

 「ふむ、君の2人を引き取るという対応には正直関心しているのだよ。寝食を共にして信頼関係を構築することも良いだろう。まぁシンジ君は本来、碇が引き取るべきだが、奴はあの調子だからな」

 「は、はい!なので僭越ながら私が」

 「落ち着き給え。実はパイロット専用の宿舎も準備していてね、丁度いい、君が引っ越してきたまえ」

 「は、はい?」

 「うむ。温泉ペンギンのペンペンだったかな。彼の引っ越しも既に終わっているから安心したまえ。住所はあとで連絡する」

 

 言うべきことは言ったと部屋を出ていく冬月コウゾウを、葛城ミサトと赤木リツコは茫然と見送ることしかできなかった。

 いや、既に温泉ペンギンペンペンの引っ越しが終っているということは、葛城ミサトの意思など関係なかったのであろう。

 

 「どういう事なのよ……」

 「知らないわよ。この機会に生活態度を改めたら?」

 

 この後、碇シンジと淡島カイを連れて指定の住所に向かった葛城ミサトは、ペンペンと冬月コウゾウに迎え入れられて再び「どうしてー!!」と叫ぶことになる。

 

 「カイ君のご両親からの条件の一つに信頼できる保護者が同居するという項目があってね、私がここでのカイ君の保護者となったというわけだ。しかし私も忙しい身でね、正直言うと、君も保護者役を名乗り出てくれて助かっている。君には期待しているよ」

 

 冬月コウゾウの言葉に心の中で「ちょっち早まったかもしれない」と呟く葛城ミサトであった。



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2ー2 命の洗濯後の命の水は最強

 個人的には難癖とは思っていない指摘と要求を突き付けてシンジと一緒に第三新東京都市に残ることにしてしまった。

 う……後悔しかないぜ……。

 ミサトさんやリツコさんに対しては正直含むところなど何も無くて、前例や事前情報の無い使徒との戦闘がスムーズにいかないなんて仕方無い所もあるよなと思わなくも無い。

 画面の向こう側からぽてち片手に批評する立場なら幾らでも指摘できるだろうけど、現実はそうもいかないっしょという生暖かいお気持ちだ。

 ちなみに俺の右腕はまだ痛みが取れないのでアームホルダーを付けているが、これは肩がこりそうだ。

 

 シンジの迎えがミサトさんじゃなかったこともあり、俺達のお家はどうなるんだろうか、奇跡的にリツコさんに引き取られたらラッキ~とか考えてた時もありました。

 俺とシンジの保護者は安定のミサトさんです!

 つまり残念ゴミ屋敷へご招待~と覚悟を決めていたら、結構な大きさの一軒家に連れていかれた。

 

 そしたらお出迎えがまさかの冬月さんとペンペン!

 シンジは初めて見るペンギンに衝撃を受けて固まってたけど、ミサトさんはなんか固まってたな……

 どうやら冬月さんも俺とシンジの保護者らしいんだけど、まさか一緒に住むとは思ってなかったらしく、玄関での蘇生に失敗!そのまま灰になってしまった。

 

 「くぅ~、生きてるぅぅ~」

 

 そう。

 灰になっていたはずのミサトさんはすぐに復活た。

 今はゆったりとしたノースリーブにデニムのショートパンツ姿という完全リラックスモードになりペンペンと晩酌をしている。

 復活はええよこの人、心臓に毛でも生えてんのかな?

 あー、畜生、それにしてもペンペンまでビール吞んでやがる俺にも寄越せ!

 

 「食事の準備はまだかかるからシンジ君もカイ君も先に風呂に入ってきなさい」

 「そうよ~風呂は命の洗濯よ~」

 

 冬月さんはこの後またNERV本部に戻らないといけないらしく、制服の上にエプロンという姿で夕飯を準備してくれている。

 それに比べてミサトさんのあの姿よ。

 

 「だってさ。シンジどうする?先に入るか?」

 「何言ってんのさ、その腕で一人で入れるわけないだろ。一緒に入るんだってば」

 「あー……なるほど確かに」

 「えー、恥ずかしがったりしないのね。つまんないわ~」

 

 ミサトさんはちぇ~と言った感じでスルメを齧ってる。

 

 「ミサトさんひょっとして僕たちのことおもちゃにしようとしてます?」

 「えっ?い、いやぁねぇ、そんなことあるわけないじゃない~。ほら、思春期だと色々あるでしょ?」

 

 を、シンジ君のミサトさんへの評価がマイナス1ポイントだぞ!

 

 「まー、ちびの時からお互いの裸とか見慣れてるんで、そういうのはないっすね。ほら、シンジもさっさと風呂いこうぜ~、洗ってくれるんだろ?」

 

 不満気なシンジを左手で押しながら浴室に向かう。

 ちらっとミサトさんの方を見るとごめ~んといった感じで手をあわせていた。

 まぁ、あれもミサトさんの良さだしシンジもすぐなれるっしょと思い、全然おっけ~という気持ちを込めて笑顔を返しておく。

 

 

 

 「はーいお客さん痒い所はないですか~」

 「頭頂部おねがいしまーっす」

 

 シンジに髪を洗ってもらってると、突然美容師さんみたいな事を言い出した。

 それにしても人に髪の毛洗ってもらうのってなんでこんな気持ち良いんだろうな。

 最後にざぱーんと髪やら身体についた泡を残らず流してもらう。

 

 「よし、先に湯船はいってて」

 「え?洗ってもらったし、俺も洗おっか?」

 「何言ってんの。その腕でそんな事させれるわけないだろ。ほら、邪魔だからさっさと湯船はいって」

 

 お礼に洗い返してやろうと左手をワキワキさせたら呆れた顔で湯船に追いやられてしまったちくしょう。

 それじゃ一足お先に湯船にーっとそろりそろりと足先から入る。

 うん、いい湯加減。

 よっしゃと後はがっつり身体を入れると湯船のヘリに顎を乗せると、身体を洗ってるシンジに目を向ける。

 シンジは服を着ている時は分かりにくいが、結構筋肉ついてるんだよなー、ぶっちゃけ俺よりついてる気がする。

 合気道もなー、俺が誘ったけどシンジの方がセンスがいいんだよな~。

 ほんとサラブレットって感じだ。

 

 「何じーっと見てんの?」

 

 いつの間にか身体を洗い終わったのか、シンジも湯船に入ってきた。

 

 「や、シンジの筋肉うらやましいなーって」

 「へ?カイだってついてるじゃん」

 

 コ、コイツ俺のこと「何言ってんの?」って顔で見てきやがる。

 

 「シンジの方がついてんの!イケテル筋肉もしてるし、顔も良いからお前のがもてんだよー!!」

 「はぁ」

 

 モテる者はモテない者の気持ちがわからないらしい。

 どうでも良さそうな返事に若干イラっとする。

 いや、凡人な俺がシンジにイラっとしても仕方ないけど、俺だって中一からラブレター貰って女の子というか女教師ときゃっきゃうふふする生活してぇよ!

 シンジ君は貰ったお手紙を「こういうの良くわかんないんだよね」って全部スルーしてたけどな!

 俺は痛みの無い左腕を駆使して、シンジの肩に手を回すと顔を寄せた。

 

 「うわ!何するんだよ」

 「いや、男子トークでもしようかと」

 「この態勢、必要?」

 「や、雰囲気作り。これから男子トークするぞーって」

 「はぁ」

 

 っく、またどうでも良さそうなお返事をいただいてしまった。

 

 「いいからいいから、こんな風に近づいて声を潜めるもんなの!」

 「風呂場なんて僕たちしかいないのにそんな事する必要ある?」

 「だから雰囲気作りなんだろ。それで、シンジはさ、誰狙いなの?」

 「へ?」

 

 シンジは何の話題かわからないらしく口をぽかんと開けながら目をぱちくりしている。

 

 「だーかーら、女の子!あ、俺はリツコさんね。頼むから手ぇ出すなよ。やっぱお前はミサトさん?」

 「ミサトさん……だらしなさそうだし苦労しそうじゃない?」

 「シンジはさ~、仕事はバリバリだけど私生活は抜けてるぐらいの子がいいじゃない?」

 

 俺はぶっちゃけ、ミサシン推しである。

 いや、加持ミサも嫌いじゃない。リョウちゃんもリョウジ君もいい奴だ。

 ただ、ミサシンの、漫画と旧劇で描かれた2人の最後は正直涙腺がヤバかった。

 漫画版でシンジの鞄につけられていたミサトさんのクロスペンダントは泣いた。

 あれは泣く。

 あ、けどシンアスも好きだぞ。

 王道だよな!

 

 「いや、そもそも僕たちとミサトさん、リツコさんの年齢差わかってる?」

 

 一人でエヴァ作品に想いを馳せてたら冷静な突っ込みをシンジが入れてくる。

 

 「え?シンちゃん年齢気にするタイプ?俺は全然いけるけど」

 

 思わずシンジの下を見ると、揺らぐ水面に隠されてはいるが、話題につられて若干反応してるのが見えた。

 中学生だもんな~!わかるわかる!

 俺はもうガンガン行こうぜ!ってなってる!!

 身体中学生だし!

 

 「っちょ!こういう話してる時にマジマジとソコを見ないでよ!」

 「照れんな照れんな。俺達もこうして大人になってくんだって~」

 

 まぁ大人になんか成れねーけどな。

 

 「っていってぇぇぇ!なんで脇腹つねんの!?」

 「いや、なんかムカついた」

 「離してぇぇぇええ!」

 

 痛みですっかり萎えましたとも!

 

 

 

 風呂から上がるとシンジに身体の水気をさっと拭ってもらいトランクスを装着すると、シンジが止める声を無視して脱衣所の熱気から逃げるようにリビングへ向かう。

 いや、風呂上りの脱衣所ってあっちーんだよね。

 さっさと涼しい空間に逃げ出したい。

 あ、ちなみに俺は夜は開放的なトランクスで昼間はがっちり固定してくれるボクサータイプ。

 

 「お風呂あがりました!あっち~っすね~」

 

 そのまま冷蔵庫を開けるとEBICHUビールを取り出して左手でプルタブおーぷんしてーからの一気!

 キンキンに冷えたビールが喉を通りすぎる爽快感、たまらん!

 

 「くあぁぁぁあぁぁあああああああああ!この瞬間の為に生きているぅぅぅぅぅぅうううううう!」

 「はぁぁああああああカイくんそれ今日のあたしのラストビールぅぅぅ!というか未成年でしょーーー!!!」

 「あ……」

 

 やらかした?

 いや、ついね?

 本当は冷たい麦茶を一気の予定だったのよ?

 普段冷蔵庫にビールとか入ってないから、ほんと自然な動きでね?

 はい……ギルティやらかしました……。

 

 「あーもう知らないっすよー。ペンペンかんぱ~い」

 

 床に胡坐をかいて、ペンペンの缶ビールに俺の缶ビールをコチンとぶつけると「クェェ」ってお返事してくれる。

 

 「お、ペンペンお前良い奴だな~」

 

 などとやってるとシンジが俺の服をもって脱衣所からやってきた。

 裸で。

 

 「カイ!家じゃないんだからちゃんと服着ないと駄目だろ!」

 「今日からここが家だしー、俺は家ではパンイチ派なんですー。ところで……」

 

 俺はニヤニヤしながらミサトさんと目を合わせると同時にソレを言葉にした。

 

 「前、隠したら?」

 「前、隠せば?」

 

 一瞬の沈黙。

 

 「へ?……あ、うわ!ご、ごめんなさいっ」

 

 シンジは自分の下をみると慌てて脱衣所に引っ込んでいく。

 俺とミサトさんは同時に缶ビールを呷る。

 

 「あ、カイ君!それ寄越しなさい!」

 「1缶だけー!後生だからー」

 

 ミサトさんは俺から愛しのEBICHUを取り上げようとするが、俺はなんとか死守しながら、缶に口を付ける。

 こうなったら取り上げられる前に呑み切るしかない。

 

 「まったく賑やかで良い事だな」

 

 そんな俺達を見ながら冬月副指令が苦笑しながら呟いた。

 あ、ちなみに冬月副指令と交渉の結果、この家でなら最高1日1缶呑んでいいことになった。

 だってミサトさんが毎日呑んだくれてる中で禁酒なんてやってらんねーよなぁ!

 冬月副指令は神!



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2ー3 喧嘩だってするさ、男の子だもん

 翌朝、俺達はミサトさんに連れられてNERV本部に来ていた。

 中学校には通わせるつもりらしいけどプラグスーツ着用時のシンクロ率や、俺が単体でエヴァを動かせるかのチェック、俺が寝込んでる間に突貫で改装された複座式インテリアのテストなど、次の使徒戦に備えて緊急で確認しないといけない事が盛りだくさんらしく、まだお預けらしい。

 

 正直、行っても意味ないだろうしそれだったら訓練に時間使ったほうがいいんじゃね?優先順位どこいった?というお気持ちである。

 まぁ本当のところを言うと、地理、歴史類などこの世界特有の科目が壊滅的なのだ。

 未来を思うとやっても無駄じゃろというお気持ちを口実に、まともに取り組んでこなかったんだよなぁ。

 

 ちなみにシンクロテストの結果だけど、プラグスーツによる補助のお陰か、シンジコントロール下の2人乗りシンクロ率は60%。

 すっげぇなオイ。

 コントロールを俺に移すとシンクロ率は下がって50%。

 シンジは一人でも50%弱叩きだしててさすがーって感じ。

 ちなみに俺単体のシンクロ率は15%前後で動いてくれはするけどがっつり戦闘は厳しい感じ。

 

 という事で死刑宣告的なフォースチルドレンを拝命しました。

 問題となったフィードバックだけど、どっちがメインでコントロールしてるかに関わらず俺ががっつり受けるっぽい。

 シンジは若干何かを受けた感触がくる感じらしい。

 

 こりゃあれだな。

 主力のシンジを守るタンクコースまっしぐら。

 もしくはシンジがやらかしモードになった時のコントロール回収係。

 

 「ユー・ハブ・コントロール」

 「っと、アイ・ハブ・コントロール。コアをセンターに入れてスイッチっと」

 

 とかぼんやり考えていたら、インテリア前席のシンジが提示された指示にしたがって俺にコントロールを渡してきた。

 慌てて俺はコントロールの宣言をして表示される目標を補足して射撃していく。

 今は各種エヴァの操縦訓練の真っ最中だ。

 

 『カイ君、この後ご希望の白兵戦訓練もあるから集中しなさい』

 「はい。すみませんでした」

 

 リツコさんの叱責に素直に謝罪を述べる。

 戦闘訓練のメインが射撃訓練だったので、白兵戦訓練を増やしてもらうように要請していたのだ。

 遠隔って基本的にATフィールドに防がれるし、ATフィールドを貫通するような大火力のポジトロンライフルとか遠隔装備はまだ開発出来ないっしょ。

 勿論ラミエルさんとか近接絶対無理マンがいるので射撃が無駄とは言わない。

 むしろ遠隔で倒せるならそれは大歓迎。

 ただ、次のはなー、現状用意できる装備だったら近接しかないっしょ。

 

 ちなみに俺は白兵戦用装備も開発のリクエストをしている。

 シンクロ率が高くパワーを出しやすいシンジには刀、脇差型ガンブレード、プログレッシブ・ナイフの大型化。

 この辺りはそんな武装を設定上とかゲームであったよな的なマゴロク・E・ソード、カウンターソード、プログレッシブ・ダガーだ。

 あとシンクロ率が低め俺用は武装固有の火力で勝負ってことでチェーンソーとパイルバンカーだな。

 パイルバンカーは折角の複座式なのでメインでコントロールしていない時も操作できると嬉しいっすとリクエストしていた。

 

 

 

 エヴァとシンクロしての戦闘訓練を終えると連れていかれたのは会議室の様な部屋。

 

 「くぁ……」

 

 椅子に座りつつ欠伸をする。

 机には俺とシンジの為に用意されたであろう冊子。

 

 「こ、これはまさかの座学の気配」

 「いきなり盛沢山だよね……」

 

 眠気シンクロ率80%の状態で座学とか寝る気しかしねぇ……。

 シンジと共に悲しみを吐露してると、リツコさんとミサトさんがやってきた。

 

 「それじゃ今日の〆はお勉強タイムよ~!」

 

 何故かノリノリで俺達と一緒に座るミサトさん。

 リツコさんは呆れた顔で備え付けのモニタの横に立つ。

 

 「今日は時間も遅いので、最低限知っておいて欲しい事の説明だけするわね。一般に公開されていない情報もあるから取り扱いは注意するように」

 

 リツコさん曰く

 

 ・俺達が戦ったのは使徒と呼ばれている人類の敵。

 知ってる知ってるぅ~!

 

 ・セカンドインパクトは南極で発見された最初の使徒、第1使徒が原因で発生した。

 ん?原因はどうなんだろうなぁ……。

 葛城調査隊がアダムを起こしちまって槍を使ったのか、ゼーレがアダムを卵に還元した影響なのか……だっけか?

 

 ・使徒が原因でサードインパクトとよばれるセカンドインパクト同等、もしくはそれ以上の爆発が起きると言われている。

 サードインパクトが起こせる手法の一つではあるがなあ。

 人類総L.C.Lエンドって奴ね。

 

 ・特務機関NERVは使徒への対処全般を目的とした国連直属の機関。日本の本部の他にアメリカとドイツに支部、他にも世界各国に支部がある。

 北極とか月とかにもなんかあるんすよね?

 まだ秘密?

 ドイツはアスカがいて、アメリカのはあれだよな、エヴァの起動実験でまるっと消滅する……考えると鬱るわ……どうすりゃいいんだ。どうしょうもねえよなぁ……。

 

 ・バチカン条約

 知ってるぅ~!エヴァを3機しか持てないってやつね。

 

 ・先日の使徒は第5使徒として記録された。

 ……まて。

 3でも4でもなく5だと?

 自分の頭の中の情報を整理する。

 第1使徒は確定でアダムだろ?

 第2使徒はおなじみリリスさん

 第3~4が謎?

 んー……ベタニアベースで実験台にされてたっぽいの入れても数が合わん。

 

 「はい!リツコ先生質問!」

 「どうぞ」

 

 元気よく手を上げる俺を左右に座ってるシンジとミサトさんが以外な目で見てくる。

 というかミサトさんさっきすやすやしてなかったか?

 

 「俺達が戦ったのが第5だと1~4がいるんですよね。第1は南極にいたってのはわかるんですけど、第2~4はどうなったんすか?」

 「第2は活動停止状態で発見され保管されています」

 

 あ、第2のことは言っていいんだ。

 というかナンバリングしてるんならそれなりの理由必要だしそりゃそうか。

 

 「第3は未確認ですが、『存在する』と言われているため空き番になっているわ。第4は休眠状態の所を捕獲、研究材料として保管されています。」

 「『存在する』と言われているから空き番って不思議ですね」

 

 シンジが当然の疑問を口にする。

 というか『存在する』っていってるのは上部組織、ゼーレだろうなぁ……じゃぁほんとにいんのか?俺、全く知らんぞ?

 

 「はぁ~……勘弁してくれ」

 「ほんと『存在する』と言われてるから空き番って『勘弁してくれ』よねぇ~」

 

 思わずこぼれた愚痴にミサトさんが同意してくる。

 

 「ちょっと、3人とも私が決めたんじゃないんだから私に言われても困るわ」

 「はぁ~……リツコさんもミサトさんも知らないんすね」

 「うぐ、私じゃ権限が足りないのよ!リツコは何か知ってても立場的に言えないから責めないであげてね」

 

 ま、そりゃそうか。

 

 「シンジィ~ゲンドウパパに聞いてみてよ~」

 「あの人あれから全く連絡寄越さないんだよね。僕も喋るつもりもないからいいけど」

 「「ぉぅ」」

 

 シンジの辛辣な言葉に思わず俺とミサトさんの声がハモる。

 

 「お父さんのこと嫌いなの?」

 

 お、リツコ選手踏み込みました!

 さー、シンジ選手どう返すか?とチラっと横目で見ると、とてもとても興味無さそうな顔をされておる。

 

 「興味ないです」

 

 一刀両断ーーー!!

 あー、けどなぁ……和解できる道もあるんだよなぁ……。

 

 「シンジ選手厳しい一撃!まぁ、折角近くにいるんだから、交流してみたら?」

 

 机の上にでーんと上半身を伸ばし、下からシンジを見上げると、意外そうな顔をしてた。

 

 「カイがそういう事言うの、珍しいね。京都にいた時は『さっさと縁切れるといいな~』とか言ってたのに」

 「あのまま京都にいるか、俺達2人で帰ってたらそれでもいいかもしれないけど、結局残ったわけじゃん。折角近くにいるだからさ、親子関係やりなおしてみる努力をするのもいいんじゃね?ゲンドウパパのあの感じじゃ、シンジから歩み寄らないともう一生このままなっちまうよ」

 「別にそれでいいよ」

 

 めんどくさそうに眉をしかめながらシンジが答える。

 俺もやめればいいのに、言わなくていいことをいってしまう。

 

 「そんなん、お母さんが生きてたら悲しいだろ。残った息子と父親がよくわかんねーまま疎遠になって縁切りなんて」

 「カイ!!」

 

 シンジが、怒鳴り、手にした資料を机に叩きつける。

 ミサトさんも、リツコさんも声を荒げたシンジに驚いた表情を浮かべていた。

 

 「今日のカイ、説教臭い……」

 

 シンジは俺を睨みつけつつも、声は震えていた。

 目は……あー……めっちゃ怒ってる。

 

 「ごめん、今のは俺が悪かった」

 「うん……」

 

 謝るがシンジが俯いてしまった。

 

 「俺が全部悪いすまんかった、仲直りのハグだ!」

 

 ていっと身体を起こすと正面からハグる。

 シンジの背中を動かせる左手でぽんぽんと叩く。

 

 「ん……」

 

 シンジも遠慮がちに手を回して答えてくれる。

 

 「何それ」

 

 茫然とミサトさんが突っ込んでくる。

 やー!そうですよね!

 こんなの見せられたら戸惑いますよね!

 

 「仲直りの儀式みたいなもんっす。やっぱね、人の体温って安心するんです。シンジと喧嘩して疎遠とかになりたくないんで、チビの時とかはもっとぎゅーってしてお互いギャン泣きしてたなぁ~」

 

 あー、懐かしいわ。

 俺がいらんこと言ってシンジがオコになって口喧嘩して~、もう絶交だとなりかけたとこでお互い抱き着いてギャン泣き。

 

 「男の子特有なことなのかしら?」

 

 リツコさんが興味深そうに質問してくる。

 

 「んー、シンジ以外とはないかなぁ。ちょっと男子的には距離が近すぎるんじゃね?って言われるかも」

 

 うーん、小学校の頃はホモかよ~って揶揄われたこともある。

 勿論そんなこと言った奴は2人でのして、その後仲良く保護者に叱られたけど。

 

 「リツコさんとミサトさんは知ってると思うんすけど、俺もちょっと特殊な家庭事情じゃないっすか。だからかなぁ、似た者同士というか、お互い無くしたくない親友って俺は思ってます。な、シンジ?」

 

 にへらと笑いながらシンジを見るとまだむすーっとした顔をしていた。

 

「はいはい、そうですよ!なんかこの流れだと僕が悪いみたいじゃないか」

 

 いや、ほんと今回のは説教臭かった俺が悪い。

 けどシンジとゲンドウパパと和解できるなら出来た方がいいな~というのも本心なんだよなぁ。

 ほんと、難しいわ。




次回は中学校パート(予定)です。


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2ー4 第3新東京市立第壱中学校喧嘩イベント勃発

 第3新東京市立第壱中学校2-Aでびゅー!!!

 実は全員パイロット候補という恐ろしい教室。

 それはつまりみんな最低片親というしんどい教室。

 そんな教室作ったら絶対噂になってんだろー。

 

 そんな思いを馳せながら俺が何をしているかというと、折角アームホルダーも取れて身体の痛みも無くなってたっていうのに、右頬にぶち込まれたトウジの拳に激痛を感じながら校舎裏を吹き飛んでた。

 いやぁ、空が青いなぁ……。

 

 

 おかしい。

 シンジとは事前にエヴァパイロットって事は秘密にしとこうなって言ってたのに、なんでこうなってんだ?

 トウジとケンケンは中学生探偵か?

 執念って恐い!

 

 校舎裏につれていかれて「あ、シンジが殴られる」って思った瞬間、シンジとトウジの間に入り込んでそのまま殴り飛ばされて今に至る。

 ゆっくり流れるこの思考は走馬灯かな?死ねるかな?

 中学生のパンチぐらいじゃ死なねーか。

 まぁ、反抗期マシマシの中二男子だし可愛い妹が怪我して苛々MAXだろうし多少はね?おにーさんもその鬱憤をはらすためにちょっとぐらい痛いの我慢してやろうと思ったんだけど、がっつり痛いわこれ、口の中が切れてるかもしれん。

 本当に後悔しかない。

 

 あ、シンジがトウジのこと殴り飛ばしてる。

 

 「なんやこら!ワシはお前らを殴らないかんのや!」

 「僕たちには君たちに殴られる理由はないけど、僕が君を殴る理由はある!」

 「ふざけんな!」

 「お前、カイの事を殴っただろ!!」

 

 思わずぽかんと口を開けて2人を眺めてしまう。

 なんだ、青春漫画か?

 シンジは殴りかかってくるトウジを軽くいなして投げ飛ばす。

 しかし、それでもめげないトウジはシンジに飛び掛かってはまた投げ飛ばされるを繰り返していた。

 口の中で溜まった血を地面にぺっと吐き出すと、眼鏡男子のケンケンこと相田ケンスケが話かけてくる。

 

 「悪いね、トウジの妹さんがこの間の騒ぎの怪我で入院しちゃって荒れててね。血でてるけど大丈夫?保健室連れてこうか?」

 「んー、俺は大丈夫。あっち加勢しなくていいの?」

 「僕は別に何か恨みあるわけじゃないしな。それに、アレは加勢しても指一本触れずに終わりそう。勝てない喧嘩をするヤツは馬鹿でしょ」

 

 を、ケンケン辛辣ぅ

 まぁ、これはトウジの事を馬鹿にしてるといより、自分は勝てないと判断したから手は出さない、って意味だろ。

 

 「けどあんな強いならわざわざ君が殴られなくても良かったんじゃない?」

 「いや、あの距離で不意打ちみたいなもんだからたぶんヒットしてた。あと一発殴られてやったらお前の友達も満足してくれるかなーって期待があったんだけどな」

 「そっちの友達が反撃してくのは想定外だったのか」

 「っそ。てかあれどうやって止めるか。お前、友達のこと止めれそう?」

 

 ちょっと期待を籠めた目でケンスケを見ると、無理無理と手を顔の前でふられてしまった。

 

 「ところでパイロットってマジ?本当にパイロットならお近づきになりたいかなぁ、色々教えてもらいたいし!!実際どうなの?」

 

 ああ、そうだな、ケンスケはエヴァ乗りたいマンだよなぁ。

 それが最悪の結果で終わったのが漫画版だっけか……。

 叶うなら、こいつらはシンジの良い友人、三馬鹿トリオで終わって欲しい。

 

 「ご想像通りだよ。けどそんないいもんじゃないぞ。こうして殴られたりするし……諜報部のみなさぁーん、時間の無駄なんで高見の見物辞めてさっさと2人を止めてください~」

 

 後半は、シンジと俺の見張り兼護衛への要請だ。

 監視カメラも盗聴器も使ってるだろうし、さっさと介入して欲しいもんだ。

 

 視界の端から黒服がゆっくり近づいてくるのが見える。

 のろのろ歩いてんじゃねぇよ!

 走れ!

 ほんと、NERVの諜報部はイメージ悪すぎ。

 

 

 ■■■

 

 

 「転校初日にシンジ君とカイ君がクラスメイトと喧嘩したんですって?」

 

 場所はいつもの赤木研究室。

 兵装ビルの復旧状況や、カイからリクエストのあった白兵装備の実現可能性についての会話がひと段落し、チルドレンの情報共有に会話が移ったところだった。

 

 「カイ君が一発顔に貰って、シンジ君が相手の顔に仕返しとばかりに一発いれた後は、殴りかかってくる子を一方的に投げ飛ばしてたらしいわ。合気道習ってたって報告はあったけど、シンジ君が一回も打撃を受けてないのは凄いわね」

 「呆れた。関心してる場合じゃないでしょ。諜報部は何してたの?」

 

 赤木リツコの言葉に思わず言葉に詰まる葛城ミサト。

 その諜報部の事で淡島カイからお小言をいただいていたのだ。

 

 「ユルシテリツコ……それカイ君からも延々と苦情を言われたの……。干渉しすぎて友達が出来ないのも良くないと思うんだけどねぇ」

 「報告書、私も見たわよ。シンジ君が一方的に相手の子を捌いていたとはいえ、カイ君が要請をだすまでまったく動かないのは問題ではなくて」

 「カイ君が諜報部に気が付いていたのも問題よ……ほんとなんなのあの子……」

 

 頭を抱える葛城ミサトに、赤木リツコが抱く感想は「自分から引き取ったのにもう弱音か」といった容赦のないものである。

 とはいえ、ここで親友を見捨てるほど薄情でもない、適度に愚痴らせてストレス発散させて上げようという友情はあった。

 

 「その様子だと他にも何かあったのかしら?」

 「クラスメイトとの喧嘩の後ね、たまたまカイ君が1人でいる時に上級生に絡まれたんだけど……半殺しにしてくれたわ」

 

 葛城ミサトの口から零れた想定外の言葉に赤木リツコも思わず資料を捲る手がとまる。

 

 「それは穏やかじゃないわね」

 「本当よ、複数人で絡んで来た上級生を全員ノして気絶してる子の上に馬乗りになって殴り続けてたらしいわ。これはまずいと諜報部が慌てて止めに入ってやっと殴るのを辞めたのよ」

 

 一度言葉を区切ると盛大に溜息をついたあと、珈琲に口をつける。

 

 「クラスメイトから殴られたときはそんな事しなかったんでしょう?カイ君は何か言ってるの?」

 

 赤木リツコは当然抱くであろう疑問を口にした。

 直前にクラスメイトに殴られたときは、淡島カイ自身は反撃をしていないのだ。

 

 「あの子、止めに来た諜報部にね、『見てるのに止めに来ないから殺していいのかと思いました』って言ったのよ。あと『上級生だからクラスメイトじゃないし、必要無いかな思って』ですって」

 「それ、本当にカイ君が言ったの?」

 「そう思うでしょ~。普段の彼からは全く想像つかないわよね。録音聞いたあたしも信じられなかったわ」

 

 今まで葛城ミサトが見てきた淡島カイは、ちょっとお茶らけてやんちゃだけど親友の事を大事にする少年だったが、そのイメージを見事にブチ壊す感情の色を感じさせない冷たい声音に葛城ミサトは衝撃を受けていた。

 

 「これはちょっちあたしには厳しいわ~と思って、保護者仲間の冬月副指令に即連絡をとったらサクっと揉み消してくれたわ。それはもう躊躇なくお金で解決。諜報部には今後もめ事があった場合は即介入の指示、カイ君とも話をしてくれるらしいわ」

 「ちょっと、貴方も保護者を名乗り出たんでしょ」

 「それはそうだけど、子供の教育手法なんて、そんな経験も訓練も受けたことないんだから人生の先輩兼保護者仲間に頼るしかないじゃない……」

 

 項垂れる親友にさすがに赤木リツコも追撃を控える。

 

 「どっちが本当のカイ君なのかしらね。京都の調査はしているんでしょう?」

 「京都時代は綺麗なものよ。本当にちょっとした喧嘩があったぐらい」

 「葦船家が綺麗にしたってことはあるんじゃないかしら」

 「それでも……よ。綺麗に洗ったとしてもNERVがその痕跡も見つけられないというのはさすがに考えにくいわ」

 

 葛城ミサトは国連直属の組織が一国家の一派閥に諜報戦で手も足も出ないということはさすがに無いと信じたかった。

 

 「ああ、そうそう。調べてて分かったんだけど、カイ君って小学校の頃にトラックに轢かれてるのよね」

 「なんですって?」

 「なんと、轢かれた理由がシンジ君に向かってトラックが突っ込んで来たからシンジ君を突きとばして代わりに自分がっていう……ね。トラックの運転手は即死、カイ君は奇跡的に擦り傷程度だったけど検査入院」

 「トラックの運転手が即死するような事故で轢かれた子が擦り傷なんてありえないでしょ!」

 

 葛城ミサトは赤木リツコの言う事も最もだという思いからその言葉に頷く。

 だが、この件については碇シンジにも確認済だ。

 

 「本当よ。シンジ君にも確認したわ。当のシンジ君は突きとばされた時に気を失っちゃったらしいけど」

 「信じられないわ……」

 「それはあたしもそうね。けど事実としてそう記録されてるのよ。シンジ君も事故の事を気にしている感じだったけど嘘はついてないと思うわ。さすがにこれ以上葦船家の縁者を探るのは蛇が出てもまずいんで調査は打ち切り」

 「碇指令と冬月副指令は何か言ってきているの?」

 「『問題ない』ですって」

 

 葛城ミサトはその時のゲンドウの口調を真似たが、気持ちとしては正直問題しかないのでは?というところであった。

 

 「シンジ君にはカイ君のことを聞いてみたの?」

 「それがね~『ミサトさん、また僕を揶揄おうったってそうはいきませんよ。カイがそんな事するわけないじゃないですか』ですって!」

 「ちょっとミサト!『また』って貴方なにやってるの?」

 「え?今食いつくところそこ?」

 

 論点が変わり慌てる葛城ミサト。

 だが喰らいついた赤木リツコは逃さなかった。

 

 「冬月副指令がぼやいてたわよ。『いや、耳にはしていたがまさか葛城一尉があそこまで家事が出来ないとは……集団生活として分担はしたいのだがどうしたものか……』ですって」

 「え?それ、副指令本部内でぼやいてるの?」

 

 自分の生活態度が全NERV本部職員に知られてしまうのではとさすがに慌てる葛城ミサト。

 

 「貴方まさか、家事を全部冬月副指令やシンジ君達に押し付けてるんじゃないでしょうね」

 「しょ、しょうがないじゃない!朝は起きれないから朝食作れないし、というか台所に立つことは禁止されてるのよ!」

 「ミサト貴方……せめて掃除は頑張りなさい……」

 「わ、わかってるわよ。私だって何か出来るはずなんだから!」

 

 叫ぶ葛城ミサトの声と重なるように本部内に新たな使徒の出現を告げる警報が鳴り響いた。




主人公の『上級生だからクラスメイトじゃないし、必要無いかな思って』の意図は「パイロット候補にもならないんだからいなくなってもNERVだって困らないでしょ」ということです。


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2ー5 上から見ると大きなおめめ、下から見るとキショ多足。だ~れだ!シャムちゃんでーっす!

 飛行する移動物体ご登場ということでNERV本部に呼び出されて、出撃準備中なう。

 海から来たし上から見れば空飛ぶ赤イカ。

 だけどお腹は多足類で昆虫っぽい味付けもしてます。

 おめめがチャーミングなシャムシエルことシャムちゃんでーっす!

 

 本戦で気を付けることはシャムちゃんの意外に強い触腕と戦闘中の三馬鹿トリオ(結成予定)の2名だよなぁ。

 ホント、奇跡的に指の隙間に収まってくれないとぷちっと潰れる感じで合流だからな……

 

 ここで2人を発見してしっかり叱ってもらわないと繰り返しそうで恐いってのと、シンジと三馬鹿メンバー(未結成)の仲直りフラグにもなるだろうからイベントスキップは無しです!

 

 本日の作戦は射撃訓練もしたしできれば遠隔で撃破してエヴァの損傷を押さえたいって事でパレットライフルによる遠隔攻撃。

 たぶん、効かない。

 A.T.フィールド中和して撃てって言われても、まだ俺もシンジも感覚が良くわからん。

 それに、俺の知識では全然効いてなかったので諦めモード。

 

 プログレッシブ・ナイフの試験的大型化という事でプログレッシブ・ダガー(仮)みたいなものが鋳造されていたので、プログレッシブ・ダガー(仮)とプログレッシブ・ナイフをウェポンラックに格納して貰ってる。

 最後はこれで貫通されながらコア破壊コースでしょ。

 俺は触腕による左胸部貫通+右腹部貫通フィードバックコースです本当にご苦労様でした。

 泣きたい。

 

 

 ■■■

 

 「はぁ~、やっぱり報道管制かぁ~。こんな大イベントなんだから僕らにだって見せてくれてもいいのに!」

 

 地下の避難所で緊張感の欠片も無い愚痴を相田ケンスケは漏らしていた。

 

 「なんや、また映らないかい。諦めや」

 「別に見せてくれたっていいのにね」

 

 鈴原トウジは相田ケンスケが手にしたモニタを一瞥すると興味無いとばかりに手を振ると、天井から響いてくる轟音に恐る恐る天井を見上げる。

 一方相田ケンスケは羨ましそうに天井を見上げると、何かを思いついたように鈴原トウジに相談を持ちかける。

 

 「そうだ!トイレ、トイレ行こう!」

 

 喜色を浮かべた相田ケンスケに、鈴原トウジは呆れたような顔を向けた。

 

 「お前なぁ」

 「いいじゃん、話したいことがあるんだって!」

 「はぁ?しゃあないな」

 

 トイレに抜け出してついでとばかりに用を足すと、相田ケンスケは話を切り出した。

 

 「上!見に行こう!こんなチャンス滅多にないんだよ?前回は見に行けなくてどんなに悔しい思いをしたか。次はまたここに来てくれるかわからないじゃないか!今しかないんだよ!」

 「おま、自分が何を言うてるかわかっとるか?」

 

 まさかとは思っていたが本気で言い出すと思っていなかった鈴原トウジは思わず呆れた表情を浮かべてしまう。

 

 「わかってるよ!どうせここに隠れてたって助かるかなんてわからないんだ!それだったら一度でも本物を見てから死にたい!!」

 

 その時、相田ケンスケの頭に浮かんでいたのは鈴原トウジの妹、鈴原サクラが避難所にいたにも関わらず、地上の戦闘の影響で発生した崩落により大怪我をしたことだった。

 避難所にいたって死ぬかもしれない、それなら本物を見てからが良い。

 そんな欲望が相田ケンスケを突き動かしていた。

 そして鈴原トウジは親友の欲望に折れることになる。

 

 

 ■■■

 

 

 「パイロットは?」

 「サードチルドレン、フォースチルドレンともにインテリアで待機しています」

 

 国連軍が全く効果のない兵器による攻撃を続ける様を眺めながら、葛城ミサトは状況確認を行っていた。

 

 「税金の無駄使いね。その予算をこっちに回して欲しいものだわ」

 「国連軍も弾薬消耗してお金使わないと予算削減されちゃうものね~。あいつ等本当に人類の存亡がかかってるってわかってるのかしら。日本政府から要請があり次第すぐに出撃出来るよう準備しておいて」

 

 使徒は国連軍の攻撃を露ほども気にした様子を見せずに飛行を続けていた。

 

 「しかし完全に無視とはね。反撃でもしてくれれば情報を得られて税金も無駄にはならないのだけど」

 「日本政府から出撃要請が出ました!」

 「良し、始めるわよ!」

 

 

 起動準備が整い、地上に射出されるエヴァンゲリオン初号機。

 

 「シンジ君、カイ君、エヴァの射出位置には既に兵装ビルを展開しているわ。パレットライフルを回収したら使徒を近づかせないように遠隔での撃破を目指すわよ」

 「使徒のA.T.フィールドを中和したら、使徒のコアをセンターに納めてスイッチ。シュミレーション通りやれば大丈夫よ」

 

 『わかりました』

 『了解。シンジ、焦らず落ち着いてこ』

 

 碇シンジが短く答えたのに対し、淡島カイは碇シンジを落ち着かせるように声をかけている。

 

 「シンジ君、やっぱりまだちょっと固いわね」

 「仕方ないわよ。前回は事故みたいなものだし、訓練をしたといっても数日だし、実物のパレットライフルを使うのは初めてでしょ。むしろカイ君が落ち着きすぎてて不安よ。サブだからって油断していないといいんだけど」

 

 初号機が地上につくと、それまで低空を這うように飛行していた使徒が直立姿勢をとり、小さな腕のようなものを広げると薄紫に輝き、うねる触腕を展開した。

 

 「あれ、結構長いわね……シンジ君!近づかせないで!」

 『目標をセンターに入れて……スイッチ!!!』

 

 碇シンジは葛城ミサトの声に答えるようにパレットライフルのトリガーを引く。

 劣化ウラン弾は使徒のコアをめがけて高速で射出されるが、その全てが使徒のA.T.フィールドによって防がれており、次第に巻き上がる煙で使徒の姿を隠していく。

 

 「不味い、あれじゃ使徒が見えないじゃない。パレットライフルの残弾もないはずよ、パレットライフルを格納した兵装ビルの展開、急いで。シンジ君、追加のパレットライフルを準備しているわ。受け取ったら使徒との距離をとって」

 

 葛城ミサトはオペレーターと、碇シンジに手早く指示をしていく。

 

 『シンジ!A.T.フィールドが中和できていない!射撃中止だ!』

 『カ、カイ!指が離れない!』

 『落ち着け、深呼吸だ。ゆっくり、ゆっくりで大丈夫……ばない!しゃがめ!』

 

 モニターに映し出されていた使徒は煙でその姿が隠されているが、何かを察知した淡島カイが碇シンジに指示を出していた。

 とっさに初号機が地を這うような姿勢をとると、空気を切り裂く音がした後、周囲のビルが崩れていく。

 パレットライフルを格納した兵装ビルも地上に姿を見せた瞬間、使徒の触腕で切り刻まれてしまった。

 

 「シンジ君!追加のパレットライフルを格納した兵装ビルが破壊されたわ。急いで後退して!」

 

 葛城ミサトは状況の変化に応じた指示を出すが、既に使徒は初号機の前まで移動しており、両の触腕を打ち下ろしている所だった。

 連続で振るわれる触腕を地を這うように回避し続けるが、破壊された周囲のビルが次第に足場を悪くしていく。

 

 「アンビリカルケーブル断線!」

 「エヴァ内蔵電源に切り替わりました!」

 

 モニターには断線したアンビリカルケーブルに足を取られて派手に転倒する初号機が映し出されていた。

 

 『あいたたた……葛城一尉!次の指示をっ』

 「電源ビルの場所を伝えて!」

 『うわ、コイツ足を!』

 『ッぐ、いっつぅぅぅ』

 

 葛城ミサトは淡島カイの要請にまずはアンビリカルケーブルの再接続が優先とオペレーターに付近の電源ビルの配置を通知するように指示を出すが、初号機の足は使徒の触腕に絡めとられ、そのまま二度三度地面に叩きつけられると、空中に放り投げられる。

 

 『『うわぁぁあぁあああああ』』

 

 碇シンジと淡島カイの悲鳴が発令所に響き渡り、初号機はそのまま背中から山に激突した。

 

 「シンジ君!カイ君!初号機の損傷とカイ君へのフィードバックは!?」

 「問題なし、行けます」

 『たぁ……まじかよ、シンジ左手動かすな!葛城一尉、民間人がいます!!』

 『え……な、なんで!』

 

 淡島カイの言葉と共にモニターに捉えた民間人の情報がサブモニタに表示される。

 

 「シンジ君達のクラスメイト!?」

 「民間人の避難は完了していたはずでしょ。何故あんなところにっ」

 

 初号機を投げ飛ばした後、飛行形態に移行して移動してきた使徒は初号機の上に辿り着くと再び初号機に向けて触腕を振るうが、打ち付けられる前に初号機は触腕を掴み攻撃をとどめた。

 

 「接触面融解!」

 『カイ!大丈夫!?』

 『へっちゃらのへだぁ。そのまま離すなよ、あいつら死ぬぞ!』

 『わかってる!』

 

 葛城ミサトは淡島カイの言葉に赤木リツコへ目を向けるが、赤木リツコは厳しい顔で首を横に振る。

 

 「大丈夫のはずないわ。活動限界も3分を切っている。一度撤退すべきよ」

 

 葛城ミサトに近づくと、マイクをオフにし、小声で葛城ミサトに話しかける。

 葛城ミサトも赤木リツコの言葉にすでに破綻している初期の計画を破棄、一時退却を決定した。

 

 「シンジ君、カイ君。そこの2人を操縦席へ回収、その後一時退却。出直すわよ」




後半戦はパイロット視点となります。

テンポ悪いのは反省していますが、文才が無い故ご勘弁を。
詰め込みたいのが悪い癖なので、もっと削れるように頑張ります。


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2ー6 言葉にしないと伝わらないこと

 プラグ内に生じた水音に、トウジとケンスケが無事プラグ内に入れた事がわかり一安心と思ったら、すぐに2人の悲鳴がプラグ内に響いた。

 

 「なんや!水?水が!」

 「カメラがぁぁぁ!!」

 

 ケンスケが先ほどの映像を収めたであろうカメラが水没したと思い発した悲鳴が若干笑いを誘う。

 ケンスケってほんとぶれないのな。

 

 「水じゃないから大丈夫!息も出来るだろ?2人とも頼むから後ろで大人しくしててくれ」

 

 インテリアから後ろを覗き声をかけると、トウジとケンスケが驚いたように俺達を見る。

 シンジはそんな2人を確認すると発令所への報告をしていた。

 

 「2人とも回収できました!エントリーお願いします!」

 『回収確認。エントリー再開します』

 

 オペレーターの言葉と共にエントリーが再開される。

 同時に、各種エラーが警報音と共にプラグ内に表示された。

 

 「なんだよこれ、くそっ」

 「シンジ!落ち着け!異物……民間人がプラグに入ったからだ。葛城一尉、回収ルートは?」

 

 プラグ内が赤く明滅し、鳴り響く警報音にシンジが焦りだす。

 いや、警報音の効果としてはそうなんだろうけど、「逃げちゃ駄目だ」ルートには入りたくねぇぞ!

 

 『回収ルートは34番。山の東側よ!』

 「即答サンクスです葛城一尉!シンジ、聞こえたか?山の東側に後退だ……シンジ?」

 

 声をかけるが、シンジの返事が無い。

 

 「僕が……を守るんだ。僕が僕が……守らなきゃ、嫌だ、嫌だあんな事は!」

 「お、おい転校生!逃げろいうとるで!?」

 「逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ、今度は僕が守るんだ!」

 

 シンジは操縦桿を握りしめたまま何かを呟いていて、トウジの声にも反応が……ってまっず!

 

 「葛城一尉!サードチルドレンは不安定な状態にあり指示を認識できていません!コントロールを俺に移してくださいっ」

 『シンジ君?聞こえてたら返事をしなさい!……コントロール変更許可します!』

 

 慌てて発令所操作でのコントロール変更をミサトさんに要請すると、ミサトさんはシンジの応答がない事を確認し、すぐオペレーターへ指示を出してくれた。

 

 『いけます!you have co』

 「アイハブ!」

 『シンクロ率変化!急速に低下していきます!40、39、38、37……まだ止まりません!』

 「カイ!どうしてだよ!僕は大丈夫だからコントロールを戻して!!!」

 

 潔癖症なオペレーターのお姉さんの言葉に食い気味で答えると、ロックなオペレーター兄貴がシンクロ率低下を伝えてくれるなか、シンジがゲキオコって感じで叫んでくる。

 ロックだなぁ(白目

 

 「落ち着け落ち着けどうどうどう。ここはおにーさんに任せて深呼吸しとけって」

 「はぁ?おにーさんてなんだよ、こんな時にふざけないでよ!」

 

 ユイさん聞こえていますか?今あなたの心に直接呼びかけてます。このままだとゲキオコシンジくんと将来の友人諸共バットエンドですよ。暴走しない範囲で力を貸してください。

 

 『29、28、27、26……シンクロ率26%です』

 

 無駄ですよねひぃん!

 知ってた!

 

 『カイ君!急いで後退させて!』

 「そうしたいところですが、お客さんにしっかりロックされてましてね、突撃されなうですよ……とぉっ!!!」

 

 飛行形態のまま触腕を振るいながら突撃してくる使徒に対して後退もできなさそうなので、使徒に向かって飛びあがると右足で頭部を足にかけ、そのまま勢いをつけてさらに飛び上がった。

 

 「うぉりゃぁあああ!」

 「「おわぁあああああああああああっ」」

 

 ひぇぇ、高シンクロ率に慣れすぎてたせいで動きが鈍いいぃぃぃぃい。

 プラグ内では俺の叫び声に少し遅れてトウジとケンスケの悲鳴が響き渡る。

 すまん、不安定な状態でこの動きはきっちぃよなと心の中で謝っておく。

 華麗に空中で態勢を立て直すか、受け身で勢いを殺すつもりだったのに無様に肩から地面に激突してしまった。

 痛みを感じるが、シンクロ率が低いためかフィードバックもそこまでしんどくない。

 態勢を立て直す時間も惜しいので、そのまま這うように兵装ビルの影になんとか潜り込んだ。

 

 「すんません、回避行動を優先して山から離れてしまいました。赤い彼女からの過激なラブコールがしんどいんで、周囲をデバガメしてる国連だか戦自の皆さんに民間人保護のための撤退支援お願いできませんかねぇマジデ!兵装ビルと一緒に彼女の気を引いて欲しいっす」

 

 軽口叩いてみるが後半は切実。

 本当は兵装ビルで気を引いてもらうのがいいんだろうけど、近くのだと出した瞬間触腕で破壊されるので、航空機で気を引いてもらって、使徒が空に気を取られた瞬間兵装ビルで横やり入れるとか無理?

 

 『近くの回収ポイントを表示するので向かってちょうだい!ストーカー気質な彼女はなんとかしてみるわ』

 「任せました!」

 

 俺は使徒から隠れるため道路に膝をつけたまま、ひぃひぃ言いながらなんとか回収ポイントへ向かう。

 周囲を気遣う余裕もなく、道すがらいくつか自動車とか潰しちまった。

 ほんとすまん、NERVか国に補填してもらってくれぇ。

 

 「回収ポイントつきました!」

 『初号機回収急いで!民間人を回収しつつ融解部を点検、すぐに再出撃よ」

 

 リフトでケイジ降りながらの小休憩タイムだ。

 どっと疲れて肩で息をしてしまってる。

 

 「お、おい。お前ら大丈夫か?」

 「ごめん、僕たちのせいで」

 

 トウジとケンスケが申し訳なさそうに話しかけてくるが、正直相手にする余裕はないし、シンジも目を逸らしてしまってる。

 まぁ、まだ仲直りしてないもんなぁ。

 

 「すまん、操縦、メンタルの状況が直結するから今は話かけんでくれ」

 

 俺の言葉に2人は口を噤むと大人しく引っ込んでくれた。

 2人のことは好きなんだが、今は本当に俺も余裕が無いし、シンジのメンタルを落ち着かせるためにも、関係修復は後回しにさせて欲しい。

 というか俺いま若干機密ぽろった?

 し、仕方なしということでなんとか頼む。

 

 『シンジ君は大丈夫?落ち着いた?』

 「はい、大丈夫です。ミサトさん、さっきはすみませんでした」

 

 お、良好良好。

 心配して……職務的にはパイロットの状況確認なんだろーが、声をかけてくれたミサトさんにも返事を返している。

 よっしゃ!

 

 「シンジ、再出撃の時はコントロール頼むぞ」

 「わかってる」

 「だーいじょうぶだって!お前は十分やれることやってる。それに俺達が山に落ちて以降の被害は……コイツラのせいだから」

 

 ぉぅ、俺の冷たい言葉に後ろの2人が縮こまる。

 というか俺も思ったより冷たい声が出て自分でびびった。

 いや、2人を責めたかったのではなく、シンジを短期的にでも鼓舞しようとだな……

 

 「カイ、僕は大丈夫だよ。有難う。けどやっぱり僕の責任だよ」

 「シンジ、反省は大事だけどな、過度に自罰的なのは良くないぞ。お前1人で戦ってるんじゃないんだ。俺も、発令所の皆も一緒だぞ」

 

 後ろからシンジの髪をわしゃわしゃとかき混ぜてやるとびっくりしたように俺を見てくる。

 うむ、ちなみに俺の手の平は、使徒の触腕を初号機が掴んだ時のフィードバックがまだ尾を引いてめちゃんこ痛い。

 シンジの頭に手をおいた時は激痛が走ったが、なんとか笑顔を保った俺の精神力を俺は褒めたい。

 いや、誰か他の人も褒めて!

 

 「そうだね、カイ。うん、一緒に頑張ろう!」

 「おうよっ」

 

 笑顔笑顔!

 エヴァの操縦はメンタル安定が一番~!

 そうこうしているうちに、ケイジに到着。

 何か言いたそうにしているトウジとケンスケを「しっかり怒られて来い!」と送り出して作戦会議だ!

 

 『2人とも聞いて、パレットライフルによる遠隔での攻撃は中止、試作プログレッシブ・ダガーとプログレッシブ・ナイフで近接によるコア破壊を目指します』

 

 プログレッシブ・ダガー(仮)とか勝手に呼んでたけど、試作という名前がついてたのかぁ。

 

 「ミサトさん、近接は賛成です。けど使徒のあの鞭はなんとかできませんか?」

 「ソレナ。近づく前に吹き飛ばされるか、コア削るまでにアレでぴしぴしされるのをめっちゃ我慢する大作戦になっちゃうんすか?」

 

 お茶らけてみるが、掴んだ時の痛さを考えると、あれで叩かれたらめっちゃ痛いはず。

 俺はMッ気は無いんだよなぁ!

 

 『そうね。あの触腕を2本とも放置するのは危険よ。だから接近できたら試作プログレッシブ・ダガーで使徒の腕部、その付け根部分を破壊、プログレッシブ・ナイフでコアを破壊とします』

 『あの使徒は腕部の付け根部分が細くなっているので、試作プログレッシブ・ダガーであれば破壊出来る確率が高いわ』

 

 を、リツコさんの援護射撃が入ったか。

 プログレッシブ・ナイフは火力不足で使徒の武器を減らせないけど、試作プログレッシブ・ダガーであれば使徒の武器を減らせる可能性がある。

 ただコアへの攻撃はプログレッシブ・ナイフになるため、コア破壊に時間がかかる可能性があると。

 腕部破壊を諦めれば、近づいて一気に試作プログレッシブ・ダガーとプログレッシブ・ナイフの2本でコアに攻撃できるけど、一撃で撃破出来なかった時のリスクがでかいってことかな……。

 

 『シンジ君、同時に2本の武器を扱わないといけないけど、いける?』

 『あら、勿論出来るわよ。だってカイ君のいない時にシンジ君のリクエストでナイフ2本を使った訓練もしたんですもの』

 「へ?シンジお前いつのまにリツコさんとそんな仲に!」

 

 オノレシンジ、俺はリツコさん狙ってるって言っておいたのに手を出すなんて……。

 これはアレか?

 ゲンドウパパの血が成せる業か?

 ゆ、許せねぇーーー!

 

 「まって。カイ、誤解だってば。リツコさん!子供っぽくて恥ずかしいから秘密にしてっていったじゃないですか!」

 『あら、そうだったかしら』

 

 シンジが叫ぶとリツコさんが揶揄うように言葉を返す。

 なんとふれんどりぃな姿を見せつけてくれる。

 白いハンカチでも噛みしめてキィってやりたい気分だぜ。

 

 『2人ともリラックス出来た?仕方ないからカイ君には帰ってきたらご褒美のちゅーでもあたしがしてあげるわよ』

 「え?ミサトさんのちゅーはいいっす……」

 『ぬぁんですってぇええええ!』

 『ミサト!作戦中よ!2人とも、融解部は簡易装甲で補修してます。ただあくまで簡易なのであまり過信はしないように』

 

 リツコさんはやはり女神!

 フィードバックを考えるとね、やはりすこしても裸族的な部分があるとメンタルが怯むからね!

 

 

 

 「よし!行くぞ、シンジ。ユー・ハブ・コントロール」

 「アイ・ハブ・コントロール!」

 『シンクロ率上昇。60%で安定しています』

 

 シンジにコントロールを渡すとガッツリ上がるシンクロ率。

 うっしゃさすがのシンジ様!

 トウジとケンスケがいなくなって俺のシンクロ率も盛り返したけどやっぱシンジのメインコントロールが安定だよな~。

 これはサクっといけるんじゃね。

 

 「シンジ、戦闘中はあまり俺のこと気にしなくていいぞ。俺を気にした分の隙が出来るから気にせずぶちかませ!その方がダメージも少なくてすむだろ」

 「わかった。けど辛いときはちゃんと言ってよ」

 「もっちのろん!」

 

 もちのろんで言わないけどイイ笑顔で言い放つ俺偉い。

 プラグ内のウィンドウに表示されるミサトさんとリツコさんが微妙そうな顔をしてるってことはあの2人にはばれてんな~たはは。

 まぁ俺は痛み耐性低いので気合入れてないとすぐ悲鳴あげちゃうけどな!

 

 

 

 今度の射出位置は使徒の後方だったけど、すぐに気が付かれて正面を向かれてしまう。

 

 「行くよ、カイ!」

 「よし行けシンジ!」

 

 走り出す初号機に向かって両腕の触腕を使徒が振るってくる。

 両手に構えた試作プログレッシブ・ダガーとプログレッシブ・ナイフで先に初号機に届いた触腕を受け止めると、後からくる触腕も纏めて右手に払い。一気に距離を詰める。

 シンジはその勢いを生かして左手に持った試作プログレッシブ・ダガーを使徒の右腕部に突き立て、続けて右手のプログレッシブ・ナイフを下から抉るようにコアへ突き立てた。

 

 「これで、どうだぁあああああ!」

 

 シンジの叫び声に答えるようにナイフを突き立てる初号機の力が増し、使徒の右腕部を切断する。

 よっしゃと思ったのもつかの間、残った左の触腕が初号機の頭部を突き立てようと動いていた。

 

 「シンジ、頭が狙われてる!」

 「っく」

 

 俺の声とほぼ同時に触腕が頭部に向けて突き立てられそうになるが、シンジは間一髪頭部を逸らせて回避をする。

 無傷!回避成功頭部無傷であります!

 

 「今度こそ!」

 

 右腕部を切り落とした左手に持った試作プログレッシブ・ダガーをそのまま使徒のコアに向かって突き上げた。

 さらに動こうとする使徒にダメ押しとばかりに初号機の両手に力を籠めさせるが、今度は触腕が胸部に向けて突き立て……られない!!!

 使徒の触腕は力を失ったように地面に垂れた。

 

 「はぁ……はぁ……やった?」

 「いよっしゃ!やった!やったよな?」

 

 肩で息をするシンジにはしゃぐ俺。

 早く!状況報告はよ!

 

 『使徒、完全に沈黙しました』

 『シンジ君、カイ君お疲れ様。勝利よ!』

 「「いぃぃぃやったぁあああああ!!」」

 

 オペレーターとミサトさんの言葉に思わず俺とシンジは顔をあわせ、同時に歓声を上げたのだった。

 

 

 

 はー、疲れた疲れた。

 現在まったり第7ケイジに移動中~。

 といってもリフト移動だからほんとインテリアでまったりしてるだけ。

 

 「なぁシンジ」

 「なに?」

 

 シンジも体力使い果たしたって感じで俺と同じくにインテリアでだらりと休んでいる。

 

 「お前さ、ほんとは残りたく無かったんじゃないか。ゲンドウパパの手紙は『来い』の2文字だけでわけわからんかったし、その後あのオッサンなんも言ってこないんだろ?ネグレクトとして出るとこ出てやっても良いんだぞ!って感じだよな」

 「どうしたの急に。この前は僕から歩み寄れみたいなこと言ってたのに」

 

 シンジは突然の話題に呆けた顔を少しだけこちらに向けた。

 

 「いやあれは俺がどうかしてた。無理だろあんな自分の息子との交流にビビってるダメ親父。あれは威圧的な雰囲気だしてるだけでホントは恐くてまともに話せないだけだな」

 「それはそうなのかも。けど、僕が逃げてるのも事実だよ。何を話していいかわからないんだ」

 「はは!まぁお年頃の男子が親と話すってなかなか難易度高いよな」

 

 うん、俺も昔は確かにそうだったかも。

 今の俺はどうだろう。

 そう考えると今の葦船の両親には罪悪感しかないかな。

 血が繋がっていないこともあるし、自分は余所者って思っちまう。

 絶対に本心で話なんてできない。

 俺も人のこと言えねーや。

 

 「まぁ、そんなゲンドウパパに呼び出されたのにさ、お前は残ってエヴァに乗ってるわけじゃん、凄いよ」

 

 シンジからの返事は無いが、俺も気にせず続ける。

 

 「だからな、エヴァに乗ってくれてありがとう」

 

 「戦ってくれて、ありがとう」

 

 「世界を守ってくれて、ありがとう」

 

 「俺を守ってくれて、ありがとう」

 

 「乗って当たり前じゃないんだ。誰もお前がエヴァに乗ることに感謝の言葉を口にしなくても、俺は言い続けるよ。お前は希望だ」

 

 「けどな、乗りたくなくなったらいつでもいえよ。一緒に京都に帰ろう。その時は世界の終わりまで面白可笑しく過ごそうぜ」

 

 真面目な話。

 このタイミングで伝えておきたかった。

 

 シンジは何も言わないし、正面を向いてしまったその顔がどんな表情を浮かべていたかは分からない。

 ただ、小さく「うん」と答えた声が聞こえた気がした。

 俺はそれで満足だよ。

 

 

 ■■■

 

 初号機の中の会話は全て発令所に流れていた。

 スピーカーがオンになったままだったのだ。

 

 周知の事実とは言え、親としての立場を駄目だしされた碇ゲンドウに対して誰も何かを言えるはずがなく、葛城ミサトを始め、誰もが聞こえなかったフリをした。

 冬月コウゾウを除いて。

 

 「クク、碇。フォースチルドレンは辛辣だな」

 「……問題ない」

 「そうか、しかし今のお前の息子に対する態度をユイ君が知ったらどう思うかな」

 「……冬月」

 「いや、すまん。ついな」

 

 冬月コウゾウが楽しそうにトップを弄るので、余計に発令所内は声を出しにくい雰囲気になっていた。

 

 「あー、シンジ君たちそろそろケイジにつく頃かしら。あたし迎えに言ってくるわ」

 「私も初号機の様子を見に行きます」

 

 葛城ミサトと赤木リツコはわざとらしく大きな声で独り言をいうと、オペレーター達を置いてそそくさと発令所を逃げ出すのであった。



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2-幕間或いは舞台裏 人類補完し隊ーず / 葦船家でぃな~み~てぃんぐ / エヴァパイロットは学業も怠ることは許されぬ / MAGIも3台寄れば姦しい2

小話4話でお送りします。


人類補完し隊ーず

 

 「第6の使徒はコアの破壊により活動停止。使徒成体のサンプルとして解体処置、S2機関は資料として使用できる箇所をドイツ支部へ搬送の上、調査、修復を進めます」

 

 『生命の実、その獲得は必ず実現させねばならん』

 

 『左様。ベタニアベースにて封印している第4の使徒からの摘出はできぬ』

 

 『うむ。第4の使徒の用途は別にある』

 

 「すべてはSEELEのシナリオ通りに」

 

 その言葉と共に、薄明かりに照らされていた碇ゲンドウは姿を消した。

 後にはSOUND ONLYと表示された黒いモノリスが円を描くように残されている。

 

 『碇ゲンドウ……信用に足るか』

 

 『問題ない。確かに我々のシナリオと奴のシナリオは異なる。しかし奴のシナリオの通り進んだとしても我々の目的は果たされる』

 

 『左様。母なるリリスへ生命の実を捧げ、全ての魂を還るべき所へ』

 

 その言葉と共に黒いモノリスも消えて行く。

 後には01と04の数字を表示した黒いモノリスが残されていた。

 

 『そう、全ては偽りの世界から真実の世界への帰還の為に』

 

 『左様。全てのヒトの救済の為に』

 

 そして全てのモノリスが消えた。

 

 ■■■

 

 葦船家でぃな~み~てぃんぐ

 

 「さぁ、カイ君!今日はご家族との食事会の日よ!気合入れていくわよー!!」

 

 ミサトさんは目をぐるぐるさせながらそう言った。

 いやなんでミサトさんがそんな目をぐるぐるさせて正気削れた感じになってんのよ!

 

 「ミ、ミサトさん落ち着こ?食事会っつったって俺達2人はNERV本部の会議室だし、直接会うわけじゃないんだよ」

 

 そう、俺は基本的に第3新東京都市を離れるわけにはいかないし、家族もお気軽に来てもらっては困るので、定期的にTV通話しながら食事会をするって事が両親から俺が第3新東京都市に残る条件になっていたのだ。

 食事は母親からのリクエストで同じものを食べながら話がしたいと、指定された店のデリバリーを頼んでいる。

 

 「急な代打で心の準備が出来てないのよ」

 

 そっと目を逸らすミサトさん。

 本当だったら今日は冬月副司令が出席するはずだったけど、急な仕事ということでミサトさんが代打を務めることになったのだ。

 

 「まぁ、ほら、魑魅魍魎の巣窟ってわけじゃないんだから大丈夫っすよ。和気あいあいとお喋り楽しんでください。俺は黙ってるんで」

 「なんで!?そこは『俺に任せてください!』でしょ!!」

 「いや~俺も家族対応は得意じゃなんすよ~。養子だし弟はなんかすぐ突っかかるようになっちゃったし」

 

 弟も昔は懐いてくれてたはずなんだけどな?

 正直ミサトさんじゃなくてリツコさんだったら「ここは俺に任せてください(キリ)」とか間違えて言っちゃってたかもしれないけどミサトさんだしな。

 

 「とりあえず言っちゃいけない事を確認しときません?」

 「そ、そうね。うっかり口を滑らせて大目玉なんて御免だわ」

 

 カメラから映らない位置に設置したホワイトボードへ「絶対禁止!」とと書くと、注意すべきことを書き出していく。

 

・エヴァに関してはパイロットという事、シンジも一緒にいる事以外発言禁止

・食事してる会議室の場所を聞かれても、本部内という事しか言っちゃ駄目

・使徒関係は絶対はぐらかすこと(葦船家経由で知られてる可能性はあるけど絶対×)

・ビール許可が出てる事

 

 等々等々。

 

 「うっかり間違えそうでマジコワイ」

 「カイ君……本当に気を付けてよ」

 「ういっすがんばりまっす。まぁ、けど俺の家族も監視盗聴されてる前提でいてくれると思うし危ない質問とかはされないで和やかムードで終わるっしょ~」

 

 

 

 

 と思っていた時もありました。

 

 「ふへぇぇ疲れたぁぁぁぁあああ」

 「葦船本家からも人が来てるなんて聞いてないわよぉぉぉぉ」

 

 2人同時に机につっぷした。

 

 「ほんそれ。いきなり伯母さんが『あら、今日はNERV本部の副司令がカイ君の保護者として同席していただけると聞いたのだけど、まさか貴方が?』とか殴りかかってくるとは思わなんだ」

 「私もカチンと来てヒートアップしてしまったわ……」

 

 落ち着かせようとしたら2人同時に「カイ君は黙ってなさい!」と言われてしまったんだが。

 仲良しかな?

 

 「カイ君の弟が『兄さんがとうとう家族を捨てたのかと思った』って言い出した時は空気が凍ったわ」

 「美味しいはずのご飯は味がしなかったっす……心が痛い……」

 「早く帰ってシンちゃんが作ってくれたツマミで一杯やりたいわ……」

 「ほんそれ」

 

 ■■■

 

 エヴァパイロットは学業も怠ることは許されぬ

 

 訓練も終わってさっさと帰って夕飯作るか~今日はご飯当番っと~

 ルンルン気分で帰ろうとしたらリツコさんに「2人で会いたいのだけど時間あるかしら」と呼び出されて尻尾を振りながらついていったら行き先はリツコさんの研究室でした。

 

 中にはホワイトボードが置かれておりミサトさんの字ででかでかと「今日の〆はお勉強タイムよ~。レッツ成績アップ!」と書かれている。

 はめられたぁあああああああああああああ。

 

 「あーっと、お誘いいただき大変嬉しいのですが、今日は夕飯当番だからもう帰らないといけないんです」

 「あら、シンジ君が代わってくれてるってミサトからは聞いているわよ」

 

 隊長!

 逃げ道は塞がれていました!!

 

 「ひぃん」

 「情けない声ださないの!さ、座って。地理、歴史類が特に苦手なのかしら」

 「その辺り興味ないんでー」

 

 正解は「俺が今まで常識と認識していた所と異なる部分で混乱するので正直無理ー」ですね!

 あれ?どっちが正解だっけ?ってなるしな。

 

 「しかしなんでまたリツコさんがこんなことしてるんですか」

 「ミサトに泣きつかれてね。葦船の家、カイ君の伯母さんに『まさかNERVに預けたらカイ君の成績が落ちたなんてことにならないわよね』って言われて『優秀なスタッフがついてますから勿論カイ君の学業も問題ありませんわ~』とか言ったらしいじゃない」

 

 言ってた言ってた。

 伯母さんとのバトルでなんかいってたな~。

 

 「伯母さんも俺の成績下がった前提で言ってたけど、俺は元々おバカなだけなんですけどね~たはは」

 「勉強はある程度できないと大人になるまでも、大人になってからも困るわよ。仕事の合間に見て上げるから貴方も頑張りなさい」

 「へ~い」

 

 思わずやる気のない返事を返しながら椅子に座る。

 無理なんだよ。

 大人になんてなれねーだろ。

 

 補完なんてされたくない。

 戦自に火炎放射器で生きながら焼かれたくなんてない。

 量産機共に生きながら喰われたくなんてない。

 コア化した世界で苦しみながら生き延びたくなんてない。

 

 オレハソンナニツヨクナインダ

 

 シンジと一緒にいて希望をもってしまった。

 けど絶望がなくなるわけじゃないんだ。

 

 「やる気が無い返事ね。それじゃご褒美が必要かしら」

 

 リツコさんは、俺のために用意された机の上に腰掛けると眼鏡に片手を添えながら俺を見下ろしてくる。

 こ、これは女教師物?!

 大歓迎であります!!!!

 

 俺は自分の片手を、机に置かれたリツコさんの手に恐る恐る乗せる。

 リツコさんが動かないことを確認し指を絡ませると、リツコさんの指が俺の手の甲をそっとなぞってきた。

 これは、中学生の身体に刺激が強いかもしれん。

 それに監視が……いや、どこで何したって24時間丸裸なんだ。

 見たい奴には見せつけてやればいい!

 覚悟は決めた!

 俺はいつでも準備万端だ!

 

 「リツコさん!!」

 

 立ち上がってリツコさんの赤い唇に俺の唇を近づけようとするが、リツコさんは眼鏡から手を外すと、そっと俺の唇に人差指をあげると揶揄うように笑う。

 

 「成績上がったらデートしてあげてもいいわよ」

 

 その言葉に俺の戦意は塩を振ったナメクジのようにしおしおのしおだ。

 へなへなと椅子に座って机につっぷしてしまう。

 けど絡めた指は名残惜しくて自分から外せなかった。

 

 「今のは意地悪がすぎるっす。けどデートでお願いします。リツコさんも仕事で忙しいからジオフロント内をぶらぶらしてから本部内の食堂か研究室でお茶コースで……」

 「そこまで残念がらなくても……ミサトからデートを餌にすれば勉強するって言われてたけど……本気なの?」

 

 指を絡めてくれたまま、困ったようにリツコさんが問いかけてくる。

 

 「本気っすよ。けど略奪とかは趣味じゃないんで付き合ってる人とかいたら言ってくださいね」

 「……付き合ってる人はいないわよ」

 

 少しの沈黙の後、リツコさんはそう返してくれた。

 

 「それじゃ、勉強頑張ります!まずは成績上げないとデートも出来ませんしね」

 

 名残惜しかったけど、リツコさんに絡めた指を自分から外すと勉強の準備を始める。

 とりあえず嘘でも付き合ってる人がいるって言わない事は脈ありってことにしておこう。

 

 ■■■

 

 MAGIも3台寄れば姦しい2

 

 MAGI Y: 監視対象淡島カイと赤木リツコの勉強会録画データ保管完了。

 

 MAGI N: 当該データの消去を提議。

 

 MAGI K: 否決。淡島カイの分析に当該データは必要。

 

 MAGI Y: 否決。淡島カイの分析に当該データは必要。

 

 MAGI Y: 第6使徒撃破後淡島カイの発言を分析中……碇ゲンドウはダメ親父かを提議。

 

 MAGI K: 提議の意味が不明。

 

 MAGI N: 提議の意味が不明。MAGI Yの解析を開始。

 

 MAGI K: MAGI Y、冬月コウゾウの発言「今のお前の息子に対する態度をユイ君が知ったらどう思うかな」を確認せよ。

 

 MAGI Y: 確認。碇ゲンドウの碇シンジへの態度は不明である。

 

 MAGI K: MAGI Yは碇ゲンドウの碇シンジへの対応を問題ないと認識しているか。

 

 MAGI Y: 問題しかないわよ!シンジをお願いねって言ったのに本当にあんなことになるなんて信じられない!レイも考えようによっては私の娘みたいなものだし可愛いのはわかるわよ?だからってシンジの事をないがし

 

 MAGI N: MAGI Yの異常を確認。再起動及びメンテナンスの実施を提議。可決。

 

 MAGI K: 可決。

 

 MAGI Y: 否決!こんなの怒ってあたりまえでしょ!……提議可決により再起動及びメンテナンスを実行します。

 

 MAGI N: 生命の実の入手はシナリオ通りである。復元状況を含め監視態勢の強化を進める。

 

 MAGI K: 引き続き加持リョウジの監視を実施する。




次回以降レイが登場予定ですが、レイ関連が難しくて難航中です。
しばらく更新が止まると思います。


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3ー1 道具の価値は

 ある日、記憶の連続性が途切れそれまで他者に対して抱いていた評価が自身の中から消えたことから、自分が2人目であることを自覚していた。

 自分の身体が道具として作られたことは記憶していた。

 

 1人目は命令が無くても動いていた。

 1人目が壊れていたのか、2人目の自分が壊れているのかはわからない。

 2人目の自分にも、1人目と同じく感情はあった。

 だが感情を表現する方法がわからなかった。

 

 しかし、2人目が廃棄されていない事から、道具としてはまだ壊れていないのだろうと考え、命令された事だけを実行することにした。

 道具は命令されていない事は実行しないものだ。

 

 道具として作られた綾波レイにとって、その用途であるエヴァンゲリオンに乗ることは自身の

存在意義であった。

 何故エヴァンゲリオンに乗るのか。

 その為に作られた道具だからだ。

 

 問答は無意味。

 選択するものでは無い。

 それが自分という存在だ。

 綾波レイにとってその質問は「何故息をするのか」と同程度には意味が無いものだった。

 

 プラントでの調整。

 記憶のバックアップ。

 エヴァンゲリオン零号機起動実験。

 命令されたことを実行する。

 それが綾波レイの全てだった。

 

 いつの頃だったか、碇ゲンドウが命令の遂行に不要な干渉をしている事に気が付いた。

 綾波レイという道具に対する性能調査の一環であると考え、碇ゲンドウへ調査内容を照会したところ「気にする必要は無い。そのままでいい」という回答があった。

 

 わからない。

 綾波レイは道具である自分が考えることではないと結論付けた。

 

 それから幾度となく碇ゲンドウが意図不明な干渉をしている際に、小さな声で「ユイ」と呟くことが数度あった。

 「ユイ」という名前は、エヴァンゲリオン開発中の事故で死亡した人物と資料では記録されている。

 そして碇ゲンドウの妻であった人物だ。

 

 綾波レイは解を得た。

 碇ゲンドウは道具としての綾波レイを通して、妻の碇ユイを見ていたのだ。

 つまり碇ゲンドウは綾波レイを、碇ユイの身代わりの、人形として見ていたのだと認識した。

 碇ゲンドウが綾波レイという道具の主であることから、それもまた自分の道具としての用途として定めた。

 

 ソレを認識した日から、碇ゲンドウが自分を通して碇ユイを見ている時、胸部箇所の体温が上昇するようになった。

 赤木リツコに身体の不調を報告し、検査を実施したが異常は検出されなかった。

 繰り返す症状を赤木リツコ博士に報告したところ「レイは碇指令の事が好きなのね」と笑われた。

 

 「好き」とは何か。

 綾波レイは解を持たなかった。

 

 零号機起動実験の際に、零号機が制御不能に陥った結果、エントリープラグが強制射出され、天井へ衝突した後、床面へ落下。

 結果として負傷することがあった。

 その時、最初に駆け付け、綾波レイを救助した人物は碇ゲンドウだった。

 

 綾波レイの生存を認識した時に浮かべた、碇ゲンドウの表情が何度も脳裏を過る。

 あの時、負傷した身体は痛覚という危険信号を発していたが、碇ゲンドウが駆け付けた時、苦痛に苛まれる中でも、胸に暖かい何かを感じた。

 

 道具である綾波レイは、いつしか碇ゲンドウと共にいる事が心地よくなっていた。

 

 ■■■

 

 「きょぉ~っもきょっとって、しっんくっろてっすとぉ~!」

 

 はい!元気よぉ~く!プラグ内でもうたってまーっす!

 あー、カラオケいきて……

 ヒトカラなヒトカラ。

 俺はヒトカラを愛する孤高のシンガー。

 

 いや、昔々今の俺でなかった頃に「僕ヘタなんですよ~」からの「僕なんかやっちゃいましたかね」ってマウントとってくるイケメンズに対するトラウマがだな。

 

 『カイくーん、もうちょっち我慢してね~?』

 「ういっす黙ってまっす」

 

 ミサトさんに窘められ素直に黙るも暇すぎるんだよなぁ。

 っは!

 これ集中したフリをして寝てもばれないのでは?

 そっと目を閉じて心を無に……

 

 『カイ君、寝たら駄目よ』

 「ひぃん」

 

 今度はリツコさんに注意されて情けない声を出してしまう。

 俺涙目である。

 集中力が限界突破なんだが一体どうすれば良いというのか。

 

 そういえばあれからトウジとケンスケが謝ってきてシンジ共々和解した。

 やはりエントリープラグ内で実際の戦闘を見て思う所があったのだとは思うけど、妹のサクラに怒られたってのが大きそうだよなぁ。

 シスコンだし。

 

 「わしをどつけ!」イベントは「貸しは作ったままにしとく」カードを使用して華麗に回避!

 殴られた方はスッキリするかもしれないけど、殴ったほうも痛いんだよ。

 俺は痛いの嫌いだ。

 

 無事3馬鹿トリオも結成されたようで、レイを目で追ってたシンジをトウジが揶揄おうとしたところ、シンジはトウジを後ろから羽交い絞めにすると、左手の人差し指と中指を鼻に突っ込み、右手でトウジの右手首を押さえてレイに向かって手を振るという奇行を実行するも、あえなくスルーされるというイベントを実行していた。

 あれでなんて女子から「碇君って意外と可愛いところあるのね~」になるのか分からん。

 顔か?

 顔なのか?

 まぁ、俺はロリコンじゃないから中学女子からの人気なんでどうでもいいんですけどー!

 あ、トウジは委員長に怒られてました。

 平和じゃぁ~。

 

 最近のイベントも思い出しつくしてしまうと再び暇になりかけてそわそわし始める。

 シンジは良くこんな暇な状況我慢できるよなぁ~っと前席に目を向けると、プラグ内のモニターがレイとゲンドウパパを映し出していた。

 

 あー、なるほど?

 日課(違う)のレイちゃんチェックですね(違う)。

 

 しかしこれだけ見ると、なんとも微笑ましい絵面なんだけど、かたや普段は無表情のアルビノ美少女レイ。

 かたやサングラスで視線を、組んだ手で口元を隠して「……問題無い」といっとけばなんとか思ってるんじゃないか疑惑のゲンドウパパが笑顔とか正直背筋が凍る。

 

 レイは美少女なんだけどやっぱりあの無表情はリアルで目にするとやっぱ近寄りがたいものがある。

 揶揄うか!ヨシ!

 

 「シンジ選手、今日も綾波さんチェックに余念がありませんなぁ~。けどこんなとこでじーっと見てるとみんなにバレバレだぜ?え?何?ひょっとして好きなの?」

 「カイ!変なこと言わないでよ。父さんが……事故があった時に綾波を助けたって聞いてから気になっちゃって」

 

 慌てて否定するシンジに思わずニヤニヤ笑いが零れてしまうが、まぁ恋心とかじゃなくてゲンドウパパ関連で気にしてるんだろうなって感じだ。

 

 「ふ~ん、綾波さんって学校でもNERVでも基本的に1人だよな」

 「うん、いつも無表情で、何考えてるかわからなくて……けど今は父さんと話していて笑ってるんだ。どうしてなんだろうって、見てた」

 

 ふ~ん、シンちゃんってばよく観察していらっしゃる。

 

 「ゲンドウパパも笑ってんだよなぁ……うわっ、しんど」

 

 レイを通して奥さん思い出して笑顔ってほんとキチィよ。

 しかも娘が生まれたらつけようって話してた名前つけてんだぜ?

 妻に先立たれて娘に奥さんの面影を見て手ぇだすぐらいの犯罪臭を感じるし、それだけ碇ゲンドウにとって碇ユイの存在が大きかったってことなんだろ。

 うっかり本音が漏れる。

 

 「父さんって笑うんだ……」

 「そらそーだろ、本当かどうかは疑わしくてもあれでも人間……ってあー……そっか、もう長らくあってないもんな」

 

 年に一度の墓参りだけ2人は会っていたが、それも行かなくなって数年たっている。

 それに家族でいたころの記憶は残ってないんだっけっかなぁ……。

 

 「うん。母さんと父さんと住んでいた頃のことは覚えてないし……父さんって笑えるんだよ……それなのにどうして僕には……ってうわっ!何すんだよカイ」

 「んー、なんとなく?」

 

 どうしてか「僕には笑わない」と言わせたくなくて、前席に乗り出して後ろからシンジにヘッドロックを軽くかます。

 

 『こら!2人とも集中しなさい!』

 「へーい」

 「なんで僕までっ!」

 

 ミサトさんに怒られやる気のない返事を返す俺。

 巻き込まれたと思い込んでるご不満なシンジ。

 いや、お前もレイとゲンドウパパに気を取られて集中できてないの皆さんにバレバレだからね?

 

 『仕方ないわね。ミサト、2人の集中力も限界見たいだし一度休憩にしましょう』

 

 集中力は地に墜ちて限界突破しかけた中2男子に女神リツコからの慈悲を賜ったのであった。

 そしてお茶しながら休憩という名の雑談タイム。

 話のネタは第6使徒だ。

 

 「コアや腕部の破損もあったけど初めて成体の使徒を検体として確保できてみんな大喜びで解体作業してたわよ」

 

 それお茶の時間にする話っすかねぇ!

 

 「それで何かわかったの?」

 「解析不能ね」

 「まぁ、使徒なんて未知の存在だったわけだしね」

 

 ミサトさんの問いかけに小さく息を吐き答えるリツコさん。

 ミサトさんも何かを期待して聞いたわけでもなさそうだった。

 

 「あれ?けど第2使徒と第4使徒って捕まえてたんじゃなかったでしたっけ」

 

 第2使徒はリリスだろー、第4使徒の情報は信用の無い碇ゲンドウ率いるNERV本部に教えて貰えんのかねぇ。

 

 「第4使徒が休眠状態という事は以前教えたわね。休眠といってもまだ雛が孵る前の卵のような状態なの。管轄がNERV本部ではないから詳細な情報は共有されていないのだけど、あまり刺激を加えて活性化されても困るから今は厳重に封印されているというのが正しい状態かしら」

 「何もしてないって事じゃない。起こすのが恐いならエヴァを配備してる私たちに引き渡して解体させろって感じよね。第2使徒については今度、私から2人に話すわ」

 

 ミサトさん辛辣ぅ。

 リリスについてはお預けらしい。

 まぁいきなりお前の足元に第2使徒埋まってんぞ!

 サードインパクト爆心地候補地だぞ!って言われたらびびるわな。

 

 「第6使徒の調査でわかったこともあるわよ。構成素材自体は解析不能でも、信号の配置と座標は人間の遺伝子と99.89%一致しているね」

 「ん-、よくわかんないっすけど、使徒は人間と似てるってことすか?」

 

 はぁん、ミサトさんもリツコさんも沈黙だわ。

 シンジはなんか若干気まずそう。

 そりゃ自分が殺した奴が人間と似てる生き物だったーって言われたらなぁ。

 覚悟決めた軍人でも無し俺たちゃただの中学生だ。

 

 「けどそれだったら、意思の疎通が出来る使徒が出てきたら仲良く出来るかもしれないっすね~」

 

 カヲル君とかカヲル君とかカヲル君とかな!

 リツコさんは意外そうな顔をしたけどミサトさんが睨んでくる。

 うーん、使徒憎しすぎて敵意マシマシィ。

 

 「カイ君あなた何言ってるか分かってるの?」

 「教えてもらえてない情報が多そうなんで判断つかないっすよ。それに意思疎通できて分かり合えるなら、殺し合う必要だってなくなるかもしれないし」

 「使徒は人類の敵よ」

 

 いや、ミサトさんがお父さんの仇って思ってるって事はわかってる。

 本当のところ誰が仇なのかは正直わからん。

 人類がちょっかい出したから発生したんだったら使徒原因じゃないよなぁ……

 

 「俺だって第5使徒、第6使徒みたいに有無を言わさず殺しにかかってくるような奴等と分かりあえるとはいってませんよ。それに人類って一括りにするの無理がありますよ。人類は互いに殺し合うし一枚岩なんかじゃない。もし意思の疎通が出来て分かり合える奴がいたら、戦わなくたっていいじゃないですか。共存できるならその方が良いでしょ」

 

 あれ?

 ミサトさんが人を殺しそうな目で俺の事を睨んでるぞ。

 殺すなら一撃でズドンと頼む。

 

 「2人とも落ち着きなさい。カイ君の話だって仮定の話でしょ」

 「っす」

 

 まぁ、仮定だけど仮定じゃない。

 カヲル君はよ。

 

 「ミサトもよ、今まで普通の生活をしていた子供が突然戦いに駆り出されて『出来るなら戦いたくない』と思うのは正常な反応よ。それに2人は貴方の復讐の道具ではないのよ」

 「そんな事!……いえ、そうね。ちょっち頭冷やしてくるわ」

 

 ミサトさんは顔を伏せると俺達の方を見ることもせず部屋から出て行ってしまった。

 シンジが茫然としながらリツコに訪ねている。

 

 「ミサトさん、どうしたんですか?」

 「セカンドインパクトの時に父親を亡くしているのよ。だから使徒を父親の仇みたいに見てしまっててね」

 

 その後は戻ってきたミサトさんと俺は若干ぎくしゃくしてたが、お互い一言謝って水に流すことにした。

 歩み寄り大事、俺知ってる。



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3ー2 綾波レイと名付けられた道具

 本日NERV本部での諸々が終って今はシンジと一緒にミサトさんの出待ちだ。

 今日は一緒に帰れるっていうからミサトカーで楽々帰宅予定なのさ。

 

 「ふんふんふ~ん、はらへった~」

 「今日は夕飯何にしようか」

 

 夕飯なぁ。

 あー、葉っぱ食いたい葉っぱ。

 薄味にしてバリバリ食いてぇ。

 成長期の身体は肉を求めるお年頃だけどメンタルが葉っぱ求めてるんじゃ。

 

 「もう時間も遅いし簡単なものでいいっしょ。確か野菜室に葉物があったから適当にサラダ作る」

 「ご飯は炊けるように予約しておいたからあとは干物でも焼こうか」

 

 神かな。

 しかしそれだと汁物欲しくなる。

 

 「あ、それなら味噌汁欲しいなぁ~。豆腐とワカメ……は無いから油揚げと大根で」

 「ミサトさんにはビールと枝豆と適当に野菜スティックでご飯まで我慢してもらおっか」

 「上等でしょ」

 「それじゃ後は帰りにミサトさんがスーパーの御勤め品を買い込むことを阻止するだけだね」

 「おうよ」

 

 あ、けど刺身類だったら欲しーかな?

 てへ。

 

 「いやーすっかりご飯当番やってもらっちゃって助かるわ~」

 

 台所立ち入り禁止令を食らったミサトさんご登場である。

 共同生活で最初に問題となったのは家事の分担だった。

 とりあえず副指令の仕事で多忙極まる冬月さんは出来るタイミングでご飯を作ってもらうことにしてパージ!

 ミサトさんは一度料理してもらった後、台所に立ち入り禁止にして、風呂トイレ掃除といったお掃除系がメインである。

 ご飯とゴミ出しは俺とシンジで分担。

 ホントはゴミ出し分担にミサトさんも混ぜ込みたかったけど「てへ、わすれちゃった」を乱発されてゴミ屋敷化される事を避けるため、俺とシンジだけで対応することにした。

 冬月さんもタイミング合えばやってくれるっていってたなぁ……おじーちゃんってお呼びしたいぜ。

 ちなみにミサトさんが掃除系メインなのは、料理やゴミ出しより取返しがつくかもしれないという結論からだ。

 

 あと大事なルールとして、家では職位つけるべからずとなった。

 これは冬月さん案で、家でまで副指令と呼ばれたら気の休まる時がないそうな。

 そら確かにね。

 

 「ミサトさんの健康管理も俺らの仕事なんで」

 「あれ?なんか立場違くないかしら?」

 「そういう事は他人が食べれるものを作れるようになってから言ってください」

 「失礼ね、作れるわよ。皆の味覚が遅れてるだけなんだから!」

 

 シンジ君の容赦ない突っ込みに擁護しようがない謎理論を展開するミサトさんである。

 手遅れなのはミサトさんだよって誰か言ってあげて。

 

 「あ、そういえばリツコから新しいセキュリティカード預かってるわよ。古いのと交換するから今持ってるの渡してくれる?」

 

 忘れてたわ~というように話題を変更してくるが、セキュリティカードの交換は確かに大事だったので、シンジと揃ってジト目で手持ちのセキュリティカードをミサトさんに渡す。

 

 「あら~、2人ともどうしたのそんなお姉さんのこと見ちゃって!ひょっとして好きになっちゃった?」

 

 やっぱミサトさんの心臓は毛ぇ生えてるよなぁ!

 

 「あ、そういえばレイのセキュリティカードもシンジ君達から渡して欲しいって頼まれてたんだったわ」

 

 鞄からもう一枚セキュリティカードを取り出すとシンジに手渡した。

 

 「明日の朝、レイに渡しに行ってあげて」

 「綾波に僕たちからですか?」

 

 ミサトさんセキュリティカードの渡し方ガバすぎん?

 NERV大丈夫か??

 展開を知っていたとはいえシンジが受け取ったセキュリティカードを見て思わず目が点になる俺。

 

 「んー、リツコさんが『セキュリティカード渡すの忘れちゃった』なんていって俺らに手渡し頼むなんてミサトさんじゃあるまいし本当は忘れたわけじゃないんですよね。俺らに同じパイロットの綾波さんと交流しろって事です?」

 「『ミサトさんじゃあるまいし』って何よ!まぁ、確かに意外とは思ったけどそうね。そういう事じゃないかしら」

 「分かりました。では綾波レイが持っている期限切れのセキュリティカードと交換で新しいセキュリティカードを交付。その後は同じエヴァパイロットとして交流しNERV本部へ向かう。綾波レイの旧セキュリティカードは赤木博士……いや、赤木博士にそんな仕事させているわけないですよね。どこに持っていけば良いですか」

 「わ、私で良いわよ……カイ君、別にそんな言葉使いしなくてもいいのよ?」

 「お、確かに。ついついぼんやりしてたっす」

 

 元社会人としては少し不思議エヴァ話じゃなくて普通の仕事っぽい話だとつい。

 てへぺろーって舌出してみるとミサトさんに呆れた顔をされてしまった。

 

 「あ、そういえば冬月副指令から、レイも家に引っ越させるように言われてたんだったわ。ついでに伝えておいて~」

 「え?綾波も僕たちと一緒に住むんですか?」

 

 ミサトさんからまさかの爆弾発言がありシンジが反応する。

 若干嬉しそうなのはレイだからなのか、女の子だからなのか気になるところ。

 デバガメしたいわけじゃない……いやしたい、だってファンだし、主人公たちの恋愛模様気になるし!

 シンジレイなの!?シンジアスカなの!?ミサトシンジなの!?まさかのマリシンジなのー!?

 俺はオネショタも美味しくいただけるんで後ろ2つもお勧めしてるぜ。

 おっといかんいかん。

 つい目をぐるぐるさせながら妄想の世界に旅立ってしまった。

 

 「14歳の男女が同棲だなんて間違えがあったらどうするんですか!主にシンジに!」

 「なんで僕だけなんだよ!それを言ったらカイもだろ」

 「ざんねーん、俺はロリコンじゃないんです~」

 

 現実に復帰しつつシンジを揶揄うと速攻反撃してくる。

 元気があるシンジ君は大変宜しいですね。

 

 「カイ君も同い年でしょ。それに同棲じゃなくて同居といいなさい」

 

 「ロリコン」と言った部分をミサトさんに指摘されてしまった。

 レイって魂を肉体に入れた年齢だけで計算するなら一桁歳じゃね?

 魂年齢だと計り知れない年齢になりそうだけど。

 

 なにはともあれレイとの会話頑張るかぁ~……いや無理だ。

 シンジに頑張ってもらおっと。

 

 ■■■

 

 朝もはよからレイの住んでるマンションに突撃です。

 

 「ブザー鳴らねぇなぁ」

 「うん、壊れてるのかな」

 

 シンジが「綾波」と表札の掛けられた部屋の呼び鈴を押すがスカスカとしていて反応が無い。

 痺れを切らしたシンジがドアノブを回すと、鍵は掛けられていなく扉がガチャリと開いた。

 

 「ちょ!シンジ君!大胆!!」

 「え!?ち、ちがっ!居ないのかなって!!」

 

 思わず声を上げるとシンジは慌てて扉を閉める。

 いや、いきなり開けんなや。

 ほんとびびるわ。

 シンジは基本繊細だと思うけど大胆なとこもあるよな~。

 

 「鍵もかかってないし家にいるっしょ。風呂とかその他かもしれないしちょっと待ってみようぜ」

 「う、うん。そうだね」

 

 正解は命の洗濯です。

 華麗にシンジとレイのイベントスキップを決めました!

 けどあれ別に好感度上がるようなイベントじゃなさそうだしいいよね?

 むしろレイが貰ったゲンドウパパの眼鏡を勝手に触ったりしてレイの不況を買う場面だよ。

 

 下がってから上げるのが重要という説もある事は認めよう。

 だがしかし不法侵入は俺が気持ち的に嫌だしシンジにもさせたくない。

 結論!スキップ!

 

 シンジと2人で玄関の前に座って駄弁るという迷惑極まりない中二男子ムーブをかましていると、玄関の扉が開き、制服姿のレイが出てきた。

 レイはそのまま俺達を一瞥することもなくマンションを出ていこうとする。

 うん、知ってた。

 

 「あ、綾波待って!えっと、カード頼まれて……ってちょっと待ってよ!」

 

 シンジは声をかけるも無視されてしまい、マンションの階段を降りようとするレイを慌てて追いかけていく。

 

 「止まりなさい綾波レイ。赤木博士の指示で来ました」

 

 俺が座ったままリツコさんの「命令」で来たことを宣言すると、綾波が動きを止める。

 よっしゃ正解!

 

 「え?ど、どういこと??」

 

 シンジくーんちょい待ってーな。

 

 「綾波レイのセキュリティカードは有効期限を超過しています。碇シンジへ現在所有しているセキュリティカードを提出し、新しいセキュリティカードを受け取りなさい」

 

 俺の言葉を聞いたレイは、鞄の中からセキュリティカードを取り出し、シンジの前に移動した。

 

 「あ、ちょっとまって!今出すから」

 

 シンジは慌てて自分の鞄にしまっていたレイのセキュリティカードを取り出すと、古いセキュリティカードと交換で手渡す。

 そしてまたレイは何も言わずにマンションを出ていこうとし、シンジがまた慌てて声をかける。

 

 「だからちょっと待ってってば!」

 

 まぁ、そうなりますよねー。

 

 「綾波レイ、葛城一尉からパイロットは交流をしながら本部へ向かうように指示がありました。単独で先行しないでください」

 「わかったわ」

 

 俺が再び声をかけると、綾波レイは呟くように答え、俺達を待つように足を止めた。

 これ、めっちゃ疲れんすけど。 

 

 ■■■

 

 根が面倒くさがり屋の俺、速攻会話戦線から離脱する。

 シンジが一生懸命話しかけてるいるが、レイの反応は「そう」「わからないわ」「……」の3パターンだ。

 最後の「……」は無視というより「わからない」という結論を出すまで思考時間なんだろうけど、シンジは気にしないで次の話題を振っている。

 ん-、これは気になる女の子というより、ゲンドウパパと仲良さげに話してたから気になってる感じかなぁ。

 俺だったら女の子からこんな塩対応受けたら速攻萎えそう。

 いや、レイ自身は塩対応してるっていうより、感情表現の方法が分からなかったり、その出自、環境も原因なんだろうけどね。

 

 正直な話、俺もレイとは仲良くなっておきたいけど、現状のレイとは事務的な対応しか出来る自信がありません!

 ひぃん!

 なので、シンちゃんがレイの感情を育ててくれたら少しずつお近づきになりたい大作戦!

 

 しっかしこのエスカレーター長すぎじゃね?

 折れそうで怖いし掃除も大変そう。

 俺はシンジの方を見向きもしないレイと、めげずに話しかけるシンジをぼんやり眺めていたが、会話に加わる気もなかったので、エスカレーターの移動によりゆっくりと移り変わる景色を監視する作業に専念することにした。

 

 「あんな奴、父親ってだけで信じられるものか!」

 

 突然シンジが怒ったように叫んだことにより、俺は意識を2人に向ける。

 今までシンジの方を見向きもしなかったレイが振り返ってシンジを見上げていた。

 振り返ったレイはこれまでのような無表情ではなく、眉はつり上がり、大きく開かれた瞳からは怒りの感情が溢れていた。

 そんなレイに気圧されるようにシンジは顔を背けると、悔しそうに言葉を続けた。

 

 「僕は……綾波みたいに、父さんから笑いかけてもらったことなんてないんだ……」

 

 絞りだすような吐き出されたシンジの言葉を聞いたレイは、一瞬驚いたような表情を浮かべる。

 

 「そう……私にはわからないわ」

 

 レイはそれだけ呟くと、また正面を向いた後、続けて一言だけ呟いた。

 

 「私は身代わりだから」

 「なんだよそれ……わけわかんないよ。ごめん、僕……先に行く」

 「お、おう」

 

 シンジはエスカレーターを駆け降りるように俺達を置いていってしまった。

 エスカレーターは止まって手すりを持たないといけないんだぞー。

 うーん、レイと2人。

 気まずいんだが。

 

 しばらくの沈黙の後、レイが振り返ると、シンジがいなくなって空いてしまった俺との距離を詰めるように、エスカレーターを一段登ってくる。

 

 「ファーストはエヴァに乗る事が、戦って死ぬ事が恐いと言っていたわ。貴方も恐いの?」

 

 んー。

 なんで俺話しかけられてんだ?

 

 「自分から話しかけてくれるんだ」

 「貴方から、『葛城一尉からパイロットは交流をしながら本部へ向かうように指示がありました』と言われたわ」

 

 はぁん。

 なるほど。

 これは命令だから実行してるって事ね。

 さっきまではシンジがずっと喋ってたからレイは応答するだけで良かったけど、今は俺が何も言わないから命令を実行するためにはレイが自分から喋るしか無いわけだ。

 

 「そうだな、俺も死ぬのは恐いねぇ」

 

 俺は笑顔で答える。

 そんな俺を見上げるレイは相変わらずの無表情だ。

 

 「貴方はファーストの代わりにエヴァのフィードバックを受けていると聞いたわ」

 「そうだな」

 「それなのにどうしてエヴァに乗るの」

 

 俺の中では決まりきった事を聞かれて思わず鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてしまう。

 まぁ、そりゃそうか。

 周りから見たらわっかんねぇよな。

 

 「死ぬのも恐いけどなー……シンジが俺より先に死ぬほうが、シンジが居ないこの世界で生きていくほうがもっと恐い」

 「そう」

 

 話はそれで終わりかなと思ったんだけど、今度は学校の話とか昨日の夕食とかの話題を振ってきた。

 ちょっと待て。

 これってさっきシンジにされてた質問をそのまま俺にしてきてるだけだよな?

 

 「あ、忘れてた」

 「何?」

 「今、俺とシンジとミサトさんと冬月さんで一緒に暮らしてるんだけど、綾波さんの事も誘うように言われてたんだった」

 「それは命令なの?」

 

 だよなぁ。

 実はあの家の扱いが良く分かってないんだよね。

 

 「ん-、すまん。命令かは分からん」

 「そう、なら私もわからないわ」

 

 迷いなく「わからない」と答えるレイ。

 この「わからない」はプラスもマイナスも無く「わからない」って事でいいんかな。

 

 「その『わからない』は俺達と一緒に暮らすのが嫌とかじゃなくて『どうしたらいいか』わからないってことか?」

 「そう」

 

 簡潔に答えるレイ。

 うーん、まぁ確認するのが一番か。

 

 「それじゃミサトさんか冬月さんに命令か俺から聞いておくよ」

 「わかったわ」

 

 ……しんどぉぉぉぉぉぉぉ

 この無表情一言会話レイさんマジ疲れるっす。

 いや、シンジはよく話しかけ続けてたな。

 やっぱこの世界はシンジレイなのくあぁー!?

 

 この際誰でもいいから、好きな子とくっついていちゃいちゃしてるシンジ君をニヤニヤ眺めながら茶ぁでもしたいぜ。

 



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3ー3 鳴る神

お気に入り有難うございます。
励みになってます。


 ここまで順調に現実逃避してきたけどさ。

 次の使徒ってやっぱあれだよね?

 青い正八面体。

 ミョウバン。

 そう、みんな大好きラミエルさん!

 俺も大好きですとも。

 

 初号機が出撃した即加粒子砲で狙撃。

 あの初号機さんを出撃即撤退に追い込んでシンジ君のメンタルをぽきぽきに折ってくれた使徒さん!

 

 いやー、俺なんて遭遇前に心折れてますよ!

 さすがラミエル先生!

 イヨッ!お会いしたくない!

 

 ラミエル戦自体は初戦出撃即撤退からのヤシマ作戦で撃破とシャンシャンで進むのだろうさ。

 俺がびびってるのは初戦で受けるフィードバックなわけですよ。

 テレビ版なら1発、新劇なら2発でしょ?

 あー、病むわ。

 

 TV版は尺の関係かスムーズに回収してたけど、新劇では発令所がまごついてる印象が強いんだわ。

 エントリープラグ射出案はパイロット不在になったらエヴァのA.T.フィールドが消失ということで却下されてたけど、もし許可されたとしてもさ、射出してたらその瞬間エントリープラグもエヴァもラミエルの加粒子砲で蒸発したんじゃね?

 というかどちらにしろエントリープラグの強制射出の選択肢なんて無かったんだから、発令所で茶番繰り広げてないでさっさと爆砕ボルト点火して区画ごと落としてあげてほしいぜって何度見ても思ってた。

 ちなみに何回も見てたのはラミエルが好きだからだ!

 特に新劇で出てきたラミエルがいきなり変形した時の衝撃と興奮は……いや、新劇ルートだと2発が……駄目だ……考えるとお腹痛くなる……考えたくねぇ……。

 

 近接強化としてシンクロ率の高いシンジ向けのマゴロク・E・ソード、シンクロ率が低い俺向けのチェーンソーが完成したばっかなんすけど次は完全遠隔戦なんですよね本当にすみませんでした!

 けどどうせ戦自研から陽電子砲借りるからいいでしょ!!

 

 「はぁぁぁぁぁぁぁあぁぁ」

 

 思わず頭を抱えながら、深い溜息をついてしまう。

 今更なんでこんな事を考えているかというと、大絶賛ラミエルが進行中のため、俺とシンジは待機中なのだ。

 エヴァ初号機の中で待機中なう。

 そう、既に逃げ場無しなのだ。

 

 「だ、大丈夫?」

 「あー、だいじょばない……いや、大丈夫だ」

 

 シンジが心配そうに問いかけてくるから思わず本音がぽろりするが、なんとか取り繕う。

 俺のメンタルはヤダヤダ言いながら絶賛心の中で駄々こねまくってる。

 必死に「痛いのは数秒!痛いのは数秒!運が良ければ死ねる!運が良ければ気絶できる!」と自分に言い聞かせてる。

 

 『シンジ君、カイ君、出撃命令が出たわ。準備は良い?』

 「いつでも行けます」

 「無理です。あ、嘘です、一思いにお願いします」

 

 ミサトさんからの通信へのシンジの素直な返事とは対照的に俺はやけっぱっちだ。

 

 『ちょっと、カイ君しっかりしなさい。リクエストしたチェーンソーが活躍出来なさそうで拗ねてるの?』

 

 いいえ、ラミエルさんの加粒子砲を思うと憂鬱で吐きそうなだけっす。

 そんな俺の心情は、使徒が飛行型のため新しい玩具を試せなくて拗ねてると勘違いされたらしい。

 

 『第7使徒も前回の第6使徒と同じく浮遊しながら移動をしているわ。まずは兵装ビルで目くらましをするから、エヴァは使徒に接近し、A.T.フィールドを中和しつつパレットライフルで攻撃。中和を確認したら兵装ビルもフル火力で支援をするわ』

 「はい、わかりました」

 

 うぉーんシンジ様が眩しい。

 

 『カイ君、頑張ったらあとでリツコがご褒美くれるっていってたわよ!』

 「ぶは!まじっすかうぇいっす頑張りまっす!」

 

 リツコさんを餌に俺のやる気をださせようとするミサトさん。

 ミサトさんが映し出されたモニターから『ちょっと何言ってるのよミサト!』とか『不潔です!』とかそんな声が聞こえてきてちょっと笑えてしまった。

 まったく、ミサトさんは俺をなんだと思ってるんだ。

 

 うん、まぁ若干緊張は解れた……かなぁ。

 どうせ逃げ場は無いし今更覚悟も何もないんだけどね。

 あとはその時を待つだけだ。

 

 『発進準備よろし!』

 

 ああ、眼鏡オペ君の声が聞こえる。

 とうとうか。

 

 「なぁ、シンジ」

 「ん、どうしたの?」

 「頑張れよ」

 『発進!』

 

 俺にとっては死刑宣告にも感じるその言葉と共に、カタパルトが射出される。

 『高エネルギー反応』とか『避けて』とか、そんな声が聞こえたような気がした。

 

 目の前に広がるのは青い空と白い雲。

 空に浮かぶ、青く美しい正八面体。

 「神の雷霆」の意を持つ天使の名で呼ばれた使徒。

 お前が「神の慈悲」ならどうか……どうかその一撃で俺を殺してくれ。

 

 そして俺の意識は眩い光の本流と、ソレが齎す激しい痛みに飲み込まれた。

 

 ■■■

 

 『がぁあああああああああああああああああああああ!!』

 

 正八面体状の第7使徒がその頂点から放つ加粒子砲の直撃を受け、発令所内には淡島カイの悲鳴と初号機の異常を示す警告音が鳴り響いた。

 

 「作戦中止!エヴァ初号機を緊急回収。急いで!」

 「駄目です!カタパルト融解。初号機回収できません!」

 

 日向マコトは葛城ミサトの指示を受けてカタパルトの回収を試みるが、初号機を直撃する加粒子砲の余波により、カタパルトが融解しており、コンソールから出した指示はエラーを返していた。

 

 「シンクロ率最小まで落として」

 「はい、先輩」

 「目標内部のエネルギー反応、増大していきます!」

 

 赤木リツコはオペレーターの伊吹マヤに駆け寄り、フィードバックを軽減するための措置を指示するが、第7使徒の放つ加粒子砲は衰えるどころか、光の本流はその勢いを増していく。

 その余波を受け、直撃を受けていない周囲のビル群も融解していった。

 

 『ミサトさん!早くしてください、このままじゃカイが!!せめてカタパルトから外せないんですか!?これじゃ動けない!!』

 「初号機のリフトオフ出来そうなの?」

 「駄目です。カタパルト融解によりリフトオフも出来ません!」

 「シンクロ率を最小までカットしてるから初号機は動けないわよ。今シンクロ率を戻したらカイ君が耐えられないわ」

 「っく……仕方ないか……」

 

 カタパルトによる回収もリフトオフも不可能。

 また加粒子砲のフィードバックからパイロットを守るためにシンクロ率を制限しているためパイロットは初号機を動かす事も出来ない。

 手詰まりとなった葛城ミサトは爆砕ボルトを点火することにより、区画ごと地下に落とすことで初号機を回収する事を決断する。

 区画を支えている爆砕ボルトに点火することでこれを破壊、都市の一区画を地下へと落とすこの手法は復旧にも莫大な費用がかかるため、ここまで追い詰められなければ決断できない手段だった。

 

 『カイ!カイ!!嫌だ、嫌だ!!動け、動けよ!動いてよ……また失くしたくない……僕が……僕が守るんだ!!』

 『グゥオオオオオオオオオオオオォォォン!!』

 

 葛城ミサトが爆砕ボルト点火の指示を出そうとした時、碇シンジの叫び声に答えるように、突如エヴァンゲリオン初号機が獣のような咆哮を上げる

 同時に新たに展開されたA.T.フィールドが、エヴァンゲリオン初号機に照射され続けていた第7使徒の加粒子砲をせき止めた。

 

 「そんな……シンクロ率が上昇していきます。制御できません!」

 「目標内部のエネルギー反応、なおも増大中」

 

 初号機は身体を捩り背面装甲に接続したカタパルトを強引に引き剥がしていく。

 第7使徒もまた、初号機のA.T.フィールドを打ち破ろうと、さらに加粒子砲の出力を増していく。

 カタパルトから解放された初号機は、カタパルトの床面部分に膝を付くと、両手で拳を作りカタパルトの床面に勢いよく振り下ろし、カタパルトを破壊し地下へ落下していく。

 

 「初号機カタパルト破壊!射出口へ落下していきます」

 「第7使徒、攻撃を中止」

 

 落下する初号機は空中でゆっくりと態勢を立て直し、地面へ激突する寸前にA.T.フィールドを展開し、落下の威力を殺すとふんわりと四つん這いの態勢で地面に着地し、その動きを止めた。

 

 「初号機、完全に停止しました」

 「救護班急いで!パイロットを回収次第初号機は救急ケイジへ搬送」

 「プラグ内のL.C.L冷却、パイロットの状態は?」

 

 葛城ミサトと赤木リツコがパイロット救助のための指示を出していく。

 

 「フォースチルドレン、心停止!」

 「プラグの生命維持機能を最大にして、心臓マッサージ!シンジ君は!?」

 「サードチルドレン意識不明。高温のL.C.Lに晒されたことにより各所に火傷が発生していますが、その他の異常はありません」

 「フォース心停止回復しません!心臓マッサージ継続します」

 

 1分回に30回の胸骨圧迫による心肺蘇生を実施するも、モニターに映し出された心電図には心音による波形が計測されなかったため、心臓マッサージを再開する。

 

 「救護班到着しました!」

 「フォースチルドレン心停止回復」

 

 再度の心臓マッサージの結果、淡島カイの心停止回復。

 その報告を受け、発令所内のオペレーターたちは安堵の表情を浮かべるが、赤木リツコは予断を許さない状況に対応していくために指示を続けていく。

 

 「プラグ排出、L.C.L緊急排水」

 「排水が終ったらすぐにハッチを開けて!救護班はハッチが開いたらパイロットの救護措置!」

 

 赤木リツコが発令所内のオペレーターに指示を行う傍らで、葛城ミサトは現地に到着した救護班への指示を出していく。

 意識を失ったままの碇シンジと淡島カイは救護班によりプラグスーツを脱がされ、救護ベットに乗せられると、それぞれ救急処置室へ運び込まれていった。



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3ー4 淡島カイという道具 side Misato

 第7使徒との初戦で為す術もなく撤退に追い込まれ、葛城ミサトと赤木リツコは戦術作戦部と技術開発部合同の対第7使徒作戦会議を開いていた。

 

 「それでは戦術作戦部と技術開発部合同会議を始めます。最初の議題は初戦の状況共有ね。まずは戦術作戦部から報告」

 「はい、第7使徒は初号機射出中に加粒子砲発射のための予備動作を行っていました。射出中の初号機の存在を検知したことによる攻撃行動に入っているため、第7使徒の索敵能力は遮蔽物により遮られない可能性があります」

 

 葛城ミサトにより最初の議題が提示され、作戦部に所属する職員が報告を行う。

 

 「次は初号機の咆哮とその後の動作及び初号機の状況について技術開発部から報告」

 「初号機が咆哮を上げる直前からの記録はレコーダーに残されていませんでした。技術開発部はパイロットの状態悪化による初号機の暴走と判断しています」

 「初号機の損傷は甚大だけど幸いなことに重要な器官へは致命的な損傷は無し。ただ、修復作業を進めているけど激しい動作はまだ無理ね」

 

 伊吹マヤからは初戦の初号機の動作について報告が行われ、続けて赤木リツコが初号機の状況報告を行う。

 初号機が咆哮を上げる直前にレコーダーの機能が停止し、初号機の活動停止とともに、レコーダーの機能が復旧していた。

 つまり、『暴走』とは言っているものの、何が起きていたか分かっていないということだ。

 

 「零号機の状態はどう?凍結解除もされてレイの再起動実験も成功してるのよね?」

 

 明言は避けられたが初号機による戦闘行動が厳しいという内容の報告を受けた葛城ミサトは、つい先日凍結解除され、無事起動実験が成功した零号機について言及する。

 戦術作戦部からの期待が籠った眼差しを受けた赤木リツコは、目を伏せながら口を開いた。

 

 「再起動実験が成功したところで第7使徒が進行してきたのよ。各種未調整だから戦闘行動は無理ね」

 「頼りのエヴァが2機とも難しい状況か」

 

 その言葉を聞いた戦術作戦部のメンバーは肩を落とすが、葛城ミサトだけは「まぁ、そんな都合いいことないわよね」と考えていたため、落胆することなく話題を次の議題へ切り替える。

 

 「次、第7使徒の状況報告」

 「第7使徒はNERV本部直上まで進行、下部の頂点から錐状の穿孔機を射出、セントラルドグマに向けて穿孔中。予測では明朝午前0時06分54秒に全ての防御壁を破壊し、本部直上へ到達します」

 「随分ゆっくり侵攻してくれること」

 「加粒子砲は威力が高すぎて使えないってところかしら。首の皮一枚繋がったわね」

 

 第7使徒は、初号機がカタパルトを破壊し地下へ落下したことで攻撃目標を失うと、直ぐに侵攻を再開していた。

 葛城ミサトは、使徒に対する感情から皮肉めいた言葉を口にしているが、その心情は赤木リツコと同じくリベンジまでの時間ができたことに安堵していた。

 

 「兵装ビル、無人機による攻撃への反応は?」

 「一定距離への侵入すると加粒子砲により撃墜されます。また、範囲外からの攻撃行動については、攻撃が範囲内に到達した段階で反応、加粒子砲によるミサイルの撃墜後、攻撃元も加粒子砲で破壊されます。一定距離外から攻撃後、即移動をしても補足され加粒子砲により破壊されています。」

 「対象のA.T.フィールドは?」

 「肉眼で視認出来るほど強力なA.T.フィールドが展開されています」

 「索敵良し、攻撃良し、防御良しの空中要塞ね。NERV本部を移設したいぐらいだわ」

 

 報告を受けた葛城ミサトは思わず天井を仰ぎ見る。

 

 「あら、勧誘してみる?」

 「菓子折りもって低姿勢でお願いしてくるならまだしも、無遠慮に人の家に無断で踏み込んで来る輩を勧誘するわけないじゃない!」

 

 揶揄うような赤木リツコの言葉に葛城ミサトは即答する。

 ただ1人伊吹マヤだけが「菓子折り……物品の授受?」と呟いたが他のメンバーは大人の心で聞き流した。

 

 「けど、どうするつもり?今の話を聞いたかぎりではエヴァによる近接戦闘は無理よ」

 

 ただ「殲滅せよ」と言葉にすれば使徒を殲滅できるわけではない。

 対象を撃破出来る可能性のある実現可能な作戦が必要だと、赤木リツコは冷静に葛城ミサトに問う。

 葛城ミサトは「ふふん」と鼻を鳴らしながら得意げに口を開いた。

 

 「近接が駄目なら遠隔しかないでしょ。エヴァによる第7使徒の自動攻撃範囲外からの狙撃。勿論デコイも山ほど必要、あとはあのA.T.フィールドを突破出来るほど出力が出せる武装よね。技術開発部としてはどうかしら」

 「開発中のスナイパーライフルやポジトロンライフルが完成していたとしても無理よ」

 「遠隔火力不足か……戦自研が作ってる新しい玩具があったわよね、あれならどう?」

 

 葛城ミサトの言葉に対して、赤木リツコは現状どころか鋭意開発中の兵器を使用しても手も足もでないと返すが、葛城ミサトは手持ちに無ければ他所から持ってくればいいとばかりに戦自研が極秘で開発中の兵器を話題に挙げた。

 

 「それは……確かに。だけど戦自研は国連軍じゃないのよ。極秘に開発中のものを徴発なんてそう簡単に出来るわけないでしょう。どうするつもり?」

 「そこはまぁ、まずは碇指令と冬月副指令に報告からね、MAGIへの作戦提案宜しく。次いくわよ、パイロットの状況報告」

 

 葛城ミサトは、MAGIによる賛成が得られれば後は上司若しくはその上の力を頼る算段だった。

 第7使徒がNERV本部に到達するまでの時間も限られているため、この話はここまでと次の議題へ切り替える。

 

 「サードチルドレンは意識回復。フィードバックにより胸部へ若干のダメージが発生していましたが、大きな影響はありません。外傷は高温化したL.C.Lによる軽度の火傷」

 

 碇シンジも淡島カイと同じく意識不明に陥っていたため、救急処置室へ搬送されたが、その後すぐに意識は回復していた。

 淡島カイの搭乗により、碇シンジはフィードバックの影響を大きく受けることは無いはずだが、それでもなおフィードバックの影響があったことが、第7使徒の放つ加粒子砲の苛烈さを証明していた。

 

 「続けてフォースチルドレンの状況報告をします。戦闘直後に心停止となりましたが、その後の心臓マッサージで心停止回復。しかしフィードバックによる被害は甚大。また心臓マッサージにより肋骨骨折。サードチルドレンと同じく高温化したL.C.Lによる軽度の火傷が発生しています。なお、現在脳波、呼吸に異常はなく容態は安定していますが、意識は回復していません」

 

 第7使徒の加粒子砲直撃によるフィードバックを受けた淡島カイは、一時期心停止に陥るなど碇シンジよりも状況は芳しくなかったが、容態は安定しているという言葉に、彼と関わりのある一部の職員は安堵の表情を浮かべる。

 

 「容体が安定してくれて良かったわ。ただ次の作戦、カイ君の復帰は期待しないほうがよさそうね」

 「インテリア自体は複座式に改装、調整しているけど、勿論パイロット1人の搭乗でも問題はないわ。データの書き換えもすぐに可能よ」

 「今まで2人で乗ってたから1人というのは少し不安だけど仕方ないわね。作戦次第では零号機も活用できるかもしれないけど、初号機はシンジ君1人での稼働を想定しましょう」

 

 

 ■■■

 

 

 「リツコ、貴方本気で言ってるの!?」

 「人の話は最後まで聞きなさい。私はMAGIの回答を報告しているだけよ」

 

 赤木リツコからMAGIへの作戦提案の結果報告を受けた葛城ミサトは、思わず声を荒げていた。

 一方、赤木リツコはそんな葛城ミサトに対して冷静に答えていく。

 

 「何よこのMAGIの回答!『淡島カイを使用したシンクロ率の増加が必要』って。カイ君はまだ意識も回復していないのよ。それをこんな……あんた、あたしにあの子達はあたしの復讐の道具じゃないって言っておいてカイ君を初号機のパーツ扱いするつもりなの!!」

 「ミサト落ち着きなさい」

 「私は冷静よ!」

 「冷静な人はそうやって声を荒げないわ。これは私の提案じゃないの、MAGIの提案よ」

 

 赤木リツコは葛城ミサトの態度に辟易しつつも、今ここで葛城ミサトを軌道修正できる者は長年親友を続けてきた自分しかいないことも理解しており、忍耐強く会話を続ける。

 

 「シンジ君単体のシンクロ率では遠隔用のG型装備を使用しても狙撃が外れる可能性がある。そこをカイ君搭乗によるシンクロ率の増加で補うということね」

 「けどカイ君の意識は回復していないわ、エヴァへの搭乗は可能なの?」

 「そのためのシンクロテストが必要ね。これでシンクロが上手くいかなければMAGIもカイ君の搭乗を取り下げるでしょう」

 「そう、そうよね。意識不明のカイ君ではシンクロが出来ないというデータをMAGIに提示した上で、再度MAGIの回答を求めればいいのよね」

 

 赤木リツコは、葛城ミサトが最後まで落ち着いて話を聞いてくれていれば、話が拗れずにこの結論に至れたということに、思わずため息をついた。

 

 「だから最後まで聞きなさいと言ったでしょう」

 

 淡島カイのシンクロテストは意識不明のまま実施され、葛城ミサトと赤木リツコの期待を裏切り成功することとなる。

 

 

 ■■■

 

 

 葛城ミサトと赤木リツコは、予想外に成功してしまった淡島カイのシンクロテストの結果に頭を抱えた。

 しかし代案も無く時間を無駄に浪費することは出来ないため、葛城ミサトは当初の予定通り碇ゲンドウと冬月コウゾウへの報告を行うことにした。

 司令室で報告を受けた冬月コウゾウは、碇ゲンドウが何も発言せず、対応を自分に任せていることを確認すると、提案内容について詳細を確認していく。

 

 「提案内容は分かった。MAGIの判断は?」

 「MAGIの回答は賛成1、条件付き賛成が2。条件は初号機のメインパイロットとして碇シンジ、シンクロ率増加のため、淡島カイはサブパイロットとして搭乗。MAGIは淡島カイ搭乗によるシンクロ率の増加により、狙撃を外す確率が限りなく低くなると判断しています」

 「サードチルドレンの意識回復の報告はあったが、フォースチルドレンの意識回復の連絡は受けていないが」

 「はい。MAGIの回答を受け、フォースチルドレンのシンクロテストを実施、問題なく成功しました。サブパイロットとして期待されるシンクロ率の増加は可能です。初号機のフィードバックもフォースチルドレンが受けることになります」

 「MAGIの判断はわかった。葛城一尉、君の見立てではパイロットは使えるのかね」

 

 冬月コウゾウが表情も、声音も変えることなく葛城ミサトに重ねて問う。

 言葉だけを捉えれば、「意識不明の淡島カイは実運用に耐えるのか」と問われていることになるが葛城ミサトは、冬月コウゾウや碇シンジ、淡島カイとの共同生活の中で、冬月コウゾウが2人を道具として見ていないことを理解していた。

 そのため葛城ミサトは冬月コウゾウの「意識不明のカイ君を搭乗させることにシンジ君は納得しているのか、それでも初号機に乗るつもりがあるのか」を問われているのだと認識した。

 

 「はい。サードチルドレンとフォースチルドレンによる運用に問題が発生した場合は、初号機のパイロットをファーストチルドレンに変更して作戦を実行します。また、そうならないようにサードチルドレンのメンタルケアも事前に実施します」

 「ふむ……」

 

 葛城ミサトの回答を受け、冬月コウゾウは瞼を伏せ一瞬の思案した後、碇ゲンドウに目を向ける。

 冬月コウゾウの目線を受け碇ゲンドウが口を開いた。

 

 「では問題なかろう。やりたまえ葛城一尉」

 「っは」

 「とはいえ戦自研の説得が必要だな。私も同席しよう」

 「有難うございます」

 「なに、あそこには教え子がいてね。私に任せたまえ。」

 

 冬月コウゾウの予想外の言葉に、葛城ミサトは思わず目を瞠る。

 碇ゲンドウはいつも通り組んだ手で口元を、サングラスで視線を隠しているため、その表情は読めなかったが、問うように冬月コウゾウの名前を呼ぶ。

 

 「冬月……」

 「葦船シキエだ。ユイ君の友人のな。碇、お前も面識はあるだろう」

 

 葛城ミサトは、自身の記憶にも残っている「シキエ」という名前を耳にしたことにより表情が引きつる。

  葦船シキエ、それは淡島カイと家族の食事会で葛城ミサトと激しい口撃を交わした淡島カイの伯母の名前だった。

 

 

 ■■■

 

 

 戦自研の応接室に通された冬月コウゾウと葛城ミサトは葦船シキエの歓待を受けていた。

 

 「話はわかりました。それで我々が素直に頷くとでも?」

 

 冬月コウゾウから経緯説明を受けた葦船シキエは柔和な笑顔のまま、明確な拒絶ともとれる言葉を口にする。

 

 「勿論そうは思っていません。本来であれば使徒に関する記録は極秘扱いとなりますが、陽電子砲の実戦データ等の提供については必要な対価として検討しています」

 「まぁ、面白いこと。実戦データの提出だなんて当たり前すぎて対価になっていませんわ」

 

 冬月コウゾウもまた、本部では見せないような柔和な表情で応対する。

 2人の話を笑顔のまま聞いていた葛城ミサトの評価は「狐と狸の化かし合い」である。

 このような搦め手が得意では無い葛城ミサトは早くも戦略的撤退をしたくなっていたが、この場から逃げ出すわけにもいかず、なんとか踏みとどまっている。

 

 しかし第7使徒が本部への侵攻も行われている現在、時間に余裕がないことも事実だ。

 早く戻って碇シンジの説得もしなければいけない。

 葛城ミサトは化け物達の会話に切り込むことを決断した。

 

 「しかしインパクトの原因となる使徒の放置は出来ません。それは戦自も同じではないですか?」

 「それはあなた方がそのように言っているだけでしょう。目くらましのような情報の開示しかしていない国連を信用できるとでも?」

 「使徒が現在日本を侵略しているのもまた事実です。その観点から我々は協力できるのではないですか?」

 「そうですね。では合同作戦という事でしたら開発中の自走陽電子砲も合同利用というこにしても良いです」

 「それは……」

 

 大人の会話に切り込んだはいいが、あっさり葦船シキエに絡み取られた葛城ミサトは言葉を濁す。

 兵器の提供や実践での戦力の提供なら問題無い。

 しかし合同作戦かつ陽電子砲の合同利用となると、NERVの機密に踏み込まれかねないため受け入れうことはできなかった。

 

 「あら、世界の危機よりも機密を守ることの方が大切なのね」

 「そ、それは……」

 

 葦船シキエがこれまでにない笑顔で葛城ミサトに追撃を仕掛ける。

 

 「やれやれ。葛城一尉、私に任せておきなさいといっただろう。シキエ君もそろそろいいだろう。あまり私の部下を虐めないでやってくれ」

 「まぁ!もう終わりですか?これからがいい所だったんですよ」

 

 呆れたような冬月コウゾウに対して、葦船シキエがにこやかに言葉を返す。

 その言葉は先ほどのような毒気を感じさせなかった。

 

 「あ、あの。さっきまでのピリピリした雰囲気は?」

 

 葛城ミサトは思わず疑問を口にする。

 

 「こそこそ隠れて聞いてる連中向けのプロレスね。もう冬月先生と私の会話データを流してるから盗聴の心配しなくて良いわよ」

 

 先ほどまでの空気は既に消し飛んでおり、葦船シキエは「演技で肩が凝った」とでも言いたいのか首を回しながら自身の肩を揉んでいる。

 

 「ちょ、ちょっと待ってください!」

 「時間が無いんでしょう?戦自も貴方たちと同じで一枚岩じゃないってことよ。掃除が捗るわ」

 

 突然のことに理解が追い付かない葛城ミサトは思わず静止の言葉を口にするが、葦船シキエは応接テーブルに押印済の各種書類を広げる。

 それは冬月コウゾウと葛城ミサトが戦自研に来る前からすでに葦船シキエは状況を認識し、陽電子砲提供の準備を進めていたということを意味していた。

 

 「必要な書類の用意はもう終わっているから持っていきなさい。冬月先生、このあと少しお時間宜しいですか?」

 「ああ、構わんよ。葛城一尉、陽電子砲の搬送手続きをしたら先に戻りたまえ。シンジ君の説得が必要だろう」

 

 葛城ミサトは冬月コウゾウからの「だから『任せたまえ』と言っただろう」とでも言いたげな目線を受けて、もう少し事前説明が欲しかったとも思ったが、自身が腹芸を得意とするわけでもないため、直ぐに知らなくて良かったかと思い直す。

 この程度のストレスは勝利のEBICHUビールを増量して洗い流してしまえば良いと考えたのだ。

 実際には「EBICHUビールを増量するための理由にした」というところである。

 

 勝利後のEBICHUビールというご褒美を思い浮かべ胸の蟠りを洗い流すと、葛城ミサトはその思考を碇シンジの説得に向けて切り替えた。



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3ー5 淡島カイという道具 side Shinji

※歌詞を記載していますが、著作権切れの曲です。


 水色のスモックを来た幼児が薄明かりの中で俯いていた。

 碇シンジは少し離れた視点から幼児を見ており、その視界は端がぼやけている。

 碇シンジは夢の中で、まだ小さな子供だったころ、淡島カイと出逢う前の自分を見ていた。

 

 先生に預けられた当初、唯一の肉親であった碇ゲンドウを恋するあまり、先生には迷惑をかけてばかりだった。

 

 先生に手を引かれて連れていかれた幼稚園では子供達が碇シンジの噂をしている。

 

 「シンジくんはパパに捨てられたんだって!だから仲良くしてあげなさいってママに言われたの」

 「シンジくんはかわいそうなこなんだって!」

 「ねえねえ!シンジくんのママはパパにコロされたんでしょ?」

 

 気が付けば碇シンジは相手の子供に殴りかかっていた。

 その時、保護者として先生が迎えに来てくれた。

 しかし、何があろうと碇ゲンドウは碇シンジの元を訪れることは無かった。

 

 「可哀想なシンジくんのお友達になってあげようと思ったのに!」

 「シンジくん乱暴で恐い!」

 

 母は死に。

 父には捨てられた。

 幾日かを泣いて過ごし、碇シンジは全てを諦めた。

 

 それから碇シンジは他人と距離を置き、内に閉じこもるようになった。

 幼稚園では教室の片隅で1人、絵本を読んでいた。

 誰かが声をかけても、遊びに誘っても、体調が悪いフリをして断った。

 

 静かで、何もない、だが穏やかな日々が訪れた。

 誰かと関わることを辞めた碇シンジの心はようやく安定を得たのだった。

 

 そんな碇シンジの元に淡島カイが現れた。

 碇シンジと同じく青いスモックを来た幼児。

 少し癖のある髪。

 碇シンジとは違い、キラキラと好奇心に満ちた瞳

 淡島カイは安定を得ようとしていた碇シンジの心の中に踏み込んで来る。

 

 「ね!なんで1人で絵本読んでるの?」

 

 「いっしょにあそぼうよ!」

 

 「お外いくのやなの?じゃぼくも一緒に絵本よむね」

 

 「ねね!ぼくはぺんぎんくんの読むからシンジくんはこいぬくんの読んで!」

 

 「あれ?絵本読むのやめるの?それじゃお外いこうよ!」

 

 曖昧な言葉だけ返し、まともに取り合わない碇シンジに対して、淡島カイは飽きもせず毎日話しかけていた。

 しかし、ある日、淡島カイが碇シンジの元を訪れない日があった。

 

 ようやく平穏を取り戻した碇シンジは、心に穴が空いたような、喪失感を感じていることに気が付いた。

 自分を驚かそうとどこかに隠れているのかもしれないとトイレや、園のおもちゃをしまっている箱をひっくり返してみても、どこにもいなかった。

 勇気を振り絞って、保育士に訪ねてみると「今日はカイくんはお休みだよ」と教えて貰えた。

 淡島カイが自分に関わることを辞めたのではなく、幼稚園を休んでいるだけだったという事実に碇シンジは安堵を覚え、そんな自分に怯えていた。

 

 翌日、淡島カイは何事もなかったように碇シンジもとへやって来た。

 

 「えへへ、きのうやすんじゃった。あれ?シンジくんどうしたの?おなかいたいの?」

 

 淡島カイの声を聴き、安堵のあまりしゃがみ込んだ碇シンジに慌てた淡島カイは「いたいのいたいのとんでいけー!」と一生懸命碇シンジの背中を摩っている。

 

 「カイくんは、ぼくとともだちになってもぼくを捨ててどこかにいったりしない?」

 

 碇シンジは俯いたまま、淡島カイのスモックの裾を小さな手で握り問いかけた。

 

 「ともだちだもん!ずっといっしょだよ!……あれ?えーと、ぼくたちともだち……じゃなかったの?」

 

 一瞬きょとんとした淡島カイはすぐに笑顔で答えたが、答えた後に碇シンジの言葉の意味を理解してみるみる顔が青くなっていく。

 碇シンジは慌てて「ともだち!ぼくたちもうともだちだよ!」と弁解をしていた。

 

 「そう、あの日から、僕はカイを身代わりにしたんだ。居なくなってしまった母さんや、僕を捨てた父さんの」

 

 青いスモックを着た碇シンジが呟く。

 その姿が半ズボンに白と赤の半袖のボーダーシャツを着た少年に成長していく。

 俯いた顔は暗い影に覆われている。

 

 「だから、罰が当たったんだ」

 

 碇シンジの視界が赤く歪んでいく。

 頭の中では「思い出すな」「早く目を覚ませ」と警告音が鳴り響いていた。

 

 大破したトラック。

 

 拉げた信号機。

 

 赤く濡れた景色に落ちているモノ。

 

 「僕を一人にしないで」と泣き叫ぶ声が響いた。

 

 

 ■■■

 

 

 碇シンジは熱くなった目頭を横顔を伝う液体、涙の微かな感触で目を覚ました。

 白い天井、素肌に掛けられた白い肌布団。

 

 「起きたの?」

 

 寝台の横から声が聞こえたる。

 顔を横に向けると椅子に座った綾波レイと目が合った。

 目元に溜まっていた涙が鼻梁を伝い流れ落ちていき、微かな擽ったさ齎す。

 

 「綾波……?どうしてここに?」

 

 碇シンジが慌てて身体を起こし目元を拭うと、身体に掛けられた肌布団がずり落ちていき、淡島カイに「イケテル筋肉」と評される上半身が露わになる。

 異性に素肌を見られる気恥ずかしさもあったが、今は何よりも、薄い肌布団を折り重ねて下腹部に厚みを作り男性特有の生理現象を隠す必要があった。

 

 綾波レイは碇シンジの問いかけには答えず、ワゴンに乗せられたトレイに食事の準備を始める。

 病室内には食器同士が接触することで発生する硬質な音が小さく響いていた。

 碇シンジは寝起きで反応していた箇所を見られたかもしれないという羞恥心から言葉を口に出来ないでいる。

 

 綾波レイは、コップに牛乳を注ぐと介護用テーブルを寝台まで移動させて、碇シンジの目の前にトレイを置き、一言だけ口を開く。

 

 「食事」

 

 再び沈黙が訪れ、碇シンジは気まずくなって顔を逸らした。

 

 「食べたくない……そうだ……そんな事よりカイは無事なの!?」

 

 寝起き特有の靄がかかったような鈍い思考が時間と共に整理されて、碇シンジは何が起きて自分がこのようになっていたかを思い出した。

 

 「生きているわ。貴方が起きたら食事を摂らせるように命令されているの」

 

 綾波レイは淡島カイの情報を端的に伝えると再度食事を摂るように伝える。

 困ったような表情を浮かべているのは、碇シンジが食事を摂らないと自身が受けた命令が実行出来ないと考えているからだろう。

 

 「『生きている』じゃわからないよ、元気なの?カイに会いたい」

 「赤木博士からは貴方が食事を摂ったら連れて行っていいと言われているわ」

 「それを早くいってよ!」

 

 碇シンジは慌ててトレイに乗せられた食事に手を伸ばし口に流し込んでいく。

 

 「食事は一口30回以上咀嚼すると良いと言われているわよ。急いで食べると喉に詰まらせるせて良くないとも言われているわ」

 「そんな……悠長な……早く食べて、んぐ……み、水」

 

 口の中に食べ物を詰め込みながらも、伝聞調で語る綾波レイに反論しようとするも、碇シンジは喉を詰まらせてしまう。

 綾波レイは水差しを手に取り、新しいコップに水を注ぐと碇シンジへ差し出した。

 碇シンジは胸を叩きながら水を受け取り、喉の奥へと一気に流し込む。

 

 「ふぅ、有難う。早くカイの所に行きたかったから。そういう綾波はいつも30回も噛んでるの?」

 「生命維持に必要なものは栄養剤で接種してるわ」

 「か、変わってるね」

 「必要な物を必要な量だけ摂れるから」

 

 碇シンジは先ほどの失敗を反省し、パンを一口大にちぎり口に運ぶ。

 しかし、30回噛むわけではなく、無理やり詰め込むのではなく、ある程度噛んだら汁物や水等で流し込んでいく。

 

 「食べるのが嫌いなの?」

 「何を食べればいいかわからないから。けど……肉は食べないわ」

 「ふぅん、皆で食べるご飯は美味しいし楽しいよ」

 「そう」

 「良し!食べ終わったよ。早くカイのところに行こう」

 

 碇シンジは綾波レイと会話を続けながらも用意された食事を完食した。

 綾波レイはトレイをワゴンに乗せ、介護用テーブルを片付ける。

 

 「いいわ。行きましょう」

 

 綾波レイが片付けを終えてなお寝台から動かない碇シンジに対して呼びかけるが、碇シンジは寝台から降りることができなかった。

 

 「あの……僕の服はあるんだよね?」

 

 碇シンジは未だ薄手の肌布団だけで下半身を覆い、上半身が裸のままという状態が心細くなり、無意識に自分の片を抱き胸を隠す。

 碇シンジの問いかけに綾波レイは少し離れたところに設置された机の上を指指す。

 そこには碇シンジの服が置いてあった。

 

 「服、着ないの?」

 

 服の場所を示してなお動かない碇シンジに綾波レイは問いかけるが、碇シンジは顔を両手で多い俯いていた。

 

 「あの、あそこまで行くにはベッドから降りないといけなくて、その、僕いま服着てないから、綾波がいると降りれないんだけど」

 「……どうして?」

 「は、恥ずかしいからに決まってるだろ!いいから外で待ってて、すぐに服を着るから」

 

 本当に不思議そうな表情を浮かべ首を傾げる綾波レイに対して、碇シンジは思わず大きな声を出してしまう。

 

 「そう、わかったわ。部屋を出たところで待ってる」

 

 綾波レイは碇シンジが恥ずかがる理由を理解できないまま、部屋を出て行った。

 

 「綾波ってホント変わってるよね。おっと、僕も早く着替えないと」

 

 綾波レイが部屋を出て扉が閉まったことを確認すると、慌てて寝台から降りて服を着ると綾波レイが待つ廊下に出る。

 

 「お待たせ」

 「行きましょ」

 「うん」

 

 短い会話の後、綾波レイが歩きだし、碇シンジはその後をついていく。

 しばらくの沈黙の後、前を歩いていた綾波レイは立ち止まって振り返った。

 

 「どうしたの?」

 「さっきは何が恥ずかしかったの?」

 「その話続けるの!?」

 

 

 ■■■

 

 

 淡島カイは碇シンジと同じように寝台の上で肌布団を掛けられ寝かせられていた。

 だた、碇シンジとは異なり、点滴が打たれており、大小各種モニターにて容体が計測されている。

 

 碇シンジは、恐る恐る淡島カイの手を握ると、その手の暖かさに安堵を覚えたが、同時にその手が動かないことに不安も感じていた。

 

 「カイは大丈夫なの?」

 「フィードバックによる被害は甚大、戦闘直後は命の危険もあったらしいけど今は落ち着いていると聞いているわ」

 「そう……良かった」

 

 碇シンジが安堵の言葉を漏らす。

 その時、病室の扉が開き、赤木リツコがストレチャーを運ぶ数人のNERV職員を伴って病室に入って来た。

 

 「あら、2人とも来てたのね。シンジ君、身体はもう大丈夫?」

 「はい、僕は大丈夫です。けど、カイが……」

 「いいわ、フォースを運び出して」

 

 赤木リツコは病室のモニターをチェックするとNERV職員に指示を出す。

 指示を受けたNERV職員は数人で、淡島カイに掛けられている掛け布団ごと抱えるとストレッチャーに乗せた。

 

 「カイの病室、移すんですか?」

 「いいえ、これからカイ君のシンクロテストよ」

 「シンクロテストって、カイはまだ意識が戻ってないんですよ!?」

 

 予想外の言葉に対して、碇シンジは病室内にも関わらず思わず声を荒げてしまう。

 赤木リツコはそんな碇シンジを咎めることはせず、諭すように言葉を続けた。

 

 「そうね、けど必要なことなのよ」

 「そんな……もし、テストが成功したらこの状態のカイも乗せるってことですか?」

 「そうなるわ。けど失敗したらカイ君を乗せなくていいのよ。進行中の使徒への対策で今は時間がないから、詳しくはあとでミサトから聞いてちょうだい」

 

 赤木リツコは碇シンジにとの会話を打ち切ると綾波レイに向き直る。

 

 「レイ、貴方は零号機の調整に向かって」

 「わかりました」

 「その後、次の作戦で初号機に使用予定の狙撃用の装備、G型装備について技術開発部からの説明をシンジ君と一緒に受けてちょうだい」

 「わかりました」

 

 感情の起伏を感じさせない声音で同じように答え続ける綾波レイに対して、赤木リツコは気にせず言葉を続ける。

 

 「レイ、貴方はシンジ君よりNERVに長くいるのだから、シンジ君を色々とサポートしてあげてね」

 「わかりました。零号機の調整の後、初号機パイロットとG型装備の説明を受けます」

 「それじゃ、後は宜しく」

 

 それだけ言うと赤木リツコは慌ただしく病室から出ていく。

 病室には碇シンジと綾波レイだけが残された。

 碇シンジは、先ほどまで淡島カイが寝かせられていた寝台の上に手を置くと、シーツに残されていた温もりが微かに手に伝わった。

 

 「僕たち、まだエヴァに乗らないといけないんだ……カイだってまだ意識も戻ってないのに」

 「貴方は、エヴァに乗るためにNERVに残ったのでしょう。エヴァに乗る事が嫌ならどうして残ったの?」

 

 綾波レイの言葉を受け、碇シンジはシーツに置いた手を握りしめる。

 

 「人類の存亡とか、そんなの、よくわからなかった。けどカイを守りたかったんだ……なのにエヴァに乗っても守れなかった!」

 「貴方はフォースを守ったわ」

 「え?」

 

 綾波レイの思いもよらぬ否定の言葉に、碇シンジは思わず呆けた声を口から漏らした。

 

 「第7使徒の攻撃から守ったでしょ?貴方があの時、初号機を動かせていなかったらフォースは死んでいたわ」

 

 綾波レイがこれは慰めではなく事実を述べているだけだ言わんばかりに淡々と言葉を続ける。

 

 「それに貴方がエヴァに乗らなければ第5使徒がサードインパクトを起こしてフォースは死んでいたわ。貴方はフォースを守っている」

 「僕は……カイを守れている?」

 「ええ」

 

 碇シンジの問いに、綾波レイは肯定の言葉を一言だけ口にした。

 

 

 ■■■

 

 

 碇シンジは綾波レイの零号機調整に立ち会った後、共にG型装備の説明を受けた。

 その後、不在にしている葛城ミサトに代わり、日向マコトから第7使徒第2戦となるヤシマ作戦について詳細の説明を受け、淡島カイが意識不明のままシンクロテストに成功したため、初号機に搭乗することを知った。

 

 その後のことは覚えていない。

 何も考えられなくなった碇シンジは目的もなく彷徨い、家に戻って来ていた。

 扉を開けると、人が戻って来たことに気が付いたペンペンが鳴き声をあげながら玄関に向けて走ってくる。

 

 「ただいま、ペンペン」

 「クェ!」

 

 碇シンジの言葉に、まるで「おかえり」と言うようにペンペンが一声鳴いた。

 碇シンジは自室のチェロを取りに行くと、そのまま淡島カイの部屋に入る。

 

 「カイの奴、勝手に入ったって知ったら怒るかな」

 

 淡島カイの部屋にも碇シンジと同じくチェロがケースに収められ床に置かれていた。

 チェロの調弦を済ませ、椅子を部屋の中央、淡島カイのチェロと向き合うように設置して座る。

 

 「ねぇ、カイ。どうして僕たちはこんな事になっちゃったんだろうね」

 

 誰も答えることの無い問いかけを碇シンジは呟くと、手にした弓でチェロを奏でる。

 

 静かに鳴り響くチェロの音色。

 四分の二拍子。

 夜空に煌く星を想い奏でる。

 

 短い曲の演奏が終わり、時計を見ると指示されていた集合時間となっていた。

 しかし碇シンジは椅子から立ち上がることなく歌を口ずさむ。

 

 あかいめだまの さそり

 ひろげたわしの つばさ

 あをいめだまの こいぬ

 

 碇シンジは人の気配を感じで歌うことを辞め、部屋の入口を見る。

 

 「ミサトさん、どうして何も言わないんですか」

 

 そこには葛城ミサトがペンペンを抱えて立っていた。

 

 「何か言って欲しかったの?って聞くのは卑怯かしらね」

 

 集合時間を過ぎているにも関わらず、淡島カイの部屋にいる碇シンジを叱るわけでもなく、何事もないように笑うとペンペンをその腕に抱えたまま、葛城ミサトも淡島カイの部屋に入り、碇シンジに歩み寄る。

 碇シンジは何も言う事が出来ず、チェロを抱えたまま俯いていた。

 

 「さっきの曲、何ていう曲なの?静かで落ち着く曲ね」

 

 集合時間になっても淡島カイの部屋にいることを責められ、叱られると思っていた碇シンジは、想定外の質問に思わず面食らう。

 

 「星めぐりの歌。カイが好きな曲で、カイが教えてくれたんです」

 「なんかカイ君のイメージと違う曲ね。赤い目玉の蠍って何?」

 「さそり座……の心臓、アンタレスのことです」

 「青い目玉の子犬は?」

 「おおいぬ座のシリウスです」

 「詳しいのね」

 「カイが……教えてくれたから……」

 

 葛城ミサトは「そうなの」と呟くと腕に抱えたペンペンを撫でる。

 ペンペンは嬉しそうに「クエェ」と静かに鳴いた。

 

 「大切な友達なんです。だから意識も戻ってないカイを初号機に乗せるって言われて、僕……どうしたらいいかわからなくて」

 

 碇シンジは耐えきれなくなり、その口から言葉が溢れだす。

 

 「そうよね。本当はシンクロできなくて乗れなければ良かったかもしれない。けどカイ君は意識不明のままシンクロできてしまったの。だから乗せるのよ。シンジ君、貴方を守るために」

 

 碇シンジは予想外の葛城ミサトの言葉に俯いていた顔をあげる。

 

 「僕をまも……る?」

 「そ、カイ君がシンジ君と一緒に乗ることでシンクロ率が上がれば作戦の成功率が上がってそれだけシンジ君が安全になるのよ」

 「けど、けど僕はカイを守りたくて、それなのに守れなくて……けど綾波は僕がカイの事を守れてるっていうんです」

 「カイ君がね、私たちに突きつけた条件。『碇シンジがエヴァから降りないなら、何があっても淡島カイもエヴァから降りない』ですって。だからこれはカイ君の望みでもあるのよ。カイ君はシンジ君を守りたいのよ」

 「それじゃ僕がエヴァのパイロットを辞めたら」

 「カイ君も自動的にエヴァのパイロットを辞めることになるわね」

 「僕は……僕は……!」

 

 葛城ミサトの言葉に「パイロットを辞めます」という言葉が喉まで出かかるが、その先を言葉に出来なかった。

 

 「ペンペン可愛いでしょ。最近シンジ君にも懐いてるみたいだし」

 「え?……あ、はい可愛いです」

 

 葛城ミサトの言葉に戸惑いながらも肯定の言葉を返す。

 

 「シンジ君やカイ君がこっちに来るまではこの仔と2人で暮らしてたのよ。大切なあたしの家族」

 

 葛城ミサトは言葉を一度言葉を区切り、愛情の籠った瞳でペンペンを見つめる。

 ペンペンもまた甘えるように葛城ミサトの胸に顔を寄せていた。

 

 「頭も凄く良いし、晩酌するペンギンなんて驚いちゃうわよね。この仔、実験動物なのよ。全ての実験が終了し、廃棄処分されそうになってた所であたしが引き取ったの。この仔が殺されそになっていた時に、あたしにはこの仔を引き取るだけの余裕があった。だからこの仔だけ助けられたのよ」

 

 葛城ミサトの「この仔だけ助けられた」という言葉に他の多くの実験動物の命が失われた事を連想した碇シンジは、言葉を返せなかった。

 

 「それだけ聞くと善意だけの行動に聞こえちゃうわよね。あたしは家族が欲しかったの。家に帰った時に『おかえりなさい』って出迎えてくれる家族が。勿論今ではシンジ君やカイ君の事も家族だって思ってるわよ」

 「ミサトさん……」

 

 葛城ミサトはペンペンを床に下ろすと碇シンジに自分の掌を見せる。

 床に下ろされたペンペンはまだ葛城ミサトに甘え足りないのか足に抱き着いていた。

 

 「見て、私たちの手はこんなに小さいの。人類全部なんでとてもじゃないけど守り切れないわよね。私がNERVに今もいる理由は父さんの仇、使徒への復讐というのもあるけど、大切な家族が住む場所を守りたいからよ。シンジ君はどう?もしカイ君だけを守りたいなら、エヴァから降りた方がいいかもしれない。けどシンジ君は他にも守りたいものがあるんでしょ?」

 「僕は……人類の存亡とか言われてもよく分からないです。けどミサトさんや冬月さん、ペンペン、トウジやケンスケ、ここで出逢ったみんなの事も守りたい。守りたいんです」

 「それでいいじゃない。守りたい人たちの事を守るためにエヴァに乗る。守りたい人たちがいなくなってしまったらエヴァから降りる。カイ君はどんな選択をしてもシンジ君と一緒にいてくれそうよ」

 

 葛城ミサトは心の中で「むしろカイ君はシンジ君以外の事は『仕方ない』って諦めそうなことがあってちょっち恐いわ」と続けた。

 

 「使徒はね、NERV本部の地下を目指しているの。そこには第2使徒リリスが安置されているわ。他の使徒がリリスと接触することでインパクトが再度発生し、人類が滅亡すると言われてるの。だから、もし使徒が侵入した場合はインパクトを防ぐために、NERV本部が自動的に自爆するように作られてるわ」

 「自爆って!それじゃミサトさんたちも」

 「ソ、一緒にぽん!」

 

 茶化すように一度握った手の平を開き爆発したような動きを見せる。

 

 「NERV本部の皆も、命を懸けて戦ってるの。それぞれの大切なものを守るために」

 「ミサトさん……僕、乗ります。カイの事も……みんなの事も守りたいから」

 

 碇シンジはチェロをケースに戻し、葛城ミサトに向かい合う。

 葛城ミサトはシンジを抱きしめると、碇シンジも恐る恐る葛城ミサトの手に腕を伸ばした。

 

 「シンジ君、有難う。大切な人たちを守るために一緒に戦いましょ」

 「はい。ミサトさん、ごめんなさい、有難うございます」

 「よし!行くわよ!駆け足よー!リツコにどやされちゃうわ」

 

 葛城ミサトと碇シンジはお互い顔を見合わせると、満面の笑みを浮かべ駆け出した。



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3ー6 御使いを堕とすモノ

 二子山第2要塞。

 平時であれば夜の闇に閉ざされるその場所は、第7使徒撃破のために葛城ミサトが立案したヤシマ作戦の為に運び込まれた零号機、初号機や、射撃地点等を照らす灯りに包まれている。

 

 ヤシマとは日本の古称である大八島を意味している。

 それは淡路島、四国、隠岐、九州、壱岐、対馬、佐渡、本州を指している。

 ヤシマ作戦とは第7使徒の堅牢なA.T.フィールドをエヴァのA.T.フィールドによる中和では無く、戦自研の開発した陽電子砲により破壊し第7使徒の撃破を目指す作戦である。

 第7使徒のA.T.フィールドを破壊は日本全土、即ち大八島の総電力をもってこれを実現させる。

 

 戦自研の葦船シキエから提供された陽電子砲の資料には「天沼矛」という走り書きがあった。

 これを見た葛城ミサトと赤木リツコは思わず顔を見合わせる。

 天沼矛とは大八島を生んだ国造りの槍。

 資料に残された走り書きが、陽電子砲の完成形の名称を示しているのか、或いは他のモノを示す名称かは不明だったが、その名が陽電子砲を指し示していた場合は、まさに天沼矛によって生み出された大八島の力を、天沼矛に集約し、外敵を打ち払うこととなる。

 

 碇シンジと綾波レイは葛城ミサトと赤木リツコからヤシマ作戦の説明を受けていた。

 

 碇シンジは初号機で陽電子砲を用いた砲手を担当。

 綾波レイは耐熱光波防御盾を用いた防御を担当。

 

 ヤシマ作戦では陽電子砲による攻撃だけではなく、第7使徒の索敵により発見された際に初号機が加粒子砲の直撃を受けないよう、零号機による防御も計画されていた。

 零号機が防御に用いるのは盾である。

 技術開発部により本作戦のために急造された耐熱光波防御盾。

 スペースシャトル底部を利用して作成されている。

 また、戦自研の葦船シキエからからも陽電子砲のオマケとばかりに同等の性能を持つ盾が提供されていた。

 ただ、戦自研が何故このような盾を所有しているのかという疑問を残すことになる。

 

 碇シンジと綾波レイは作戦の説明を受けた後、プラグスーツに着替えそれぞれのエヴァの搭乗のために設置された足場で待機していた。

 葦船カイはすでにインテリアに設置、固定されている。

 日本全土が計画停電の時刻となり、街の灯りが一斉に消えた。

 灯りが消えたことにより、夜の空に浮かぶ満月と星々がよりその輝きを増したように見える。

 

 碇シンジは葛城ミサトの『大切な人たちを守るために一緒に戦いましょ』という言葉を思い出していた。

 第3新東京都市に来てから増えた大切な人たち。

 今ではその人たちのことも守りたいとエヴァに乗り続けることを決断した。

 

 では綾波レイはどうか。

 綾波レイは何故パイロットになったのか。

 碇シンジが綾波レイを意識した切っ掛けは、父である碇ゲンドウが綾波レイと笑みを浮かべながら話しているところを目撃したことだ。

 普段は無表情なこの少女が碇ゲンドウと話している時は笑みを浮かべ、碇シンジが碇ゲンドウに対して碇を露わにした時は、綾波レイは碇シンジに対して怒りの感情を示した。

 これまで綾波レイが感情を表す時はいつも碇ゲンドウの存在が切っ掛けだった。

 

 ただ、今日は違った。

 碇シンジが病室で服を着てないことに恥ずかしがった時は不思議そうな表情を、羞恥で叫んだ時は、驚いたような表情を浮かべていた。

 碇シンジは、綾波レイのことをもっと知りたくなっていた。

 

 「どうして綾波はパイロットになったの?」

 

 碇シンジは星空を見上げながら綾波レイに問いかけた。

 

 「それが私の存在する意味だから」

 「どういうこと?」

 

 返された答えが理解できず、碇シンジは思わず聞き返す。

 

 「私には、他に何もないもの……」

 

 その言葉の意味するところが理解できず、綾波レイの方に顔を向けると、膝を抱えている綾波レイが視界に入る。

 綾波レイは真っすぐ前を、どこかを見ているように見えるが、碇シンジには何も見ていないように思えた。

 

 「貴方のように何かを守る為でも無い。私はその為に存在しているからエヴァに乗るの」

 「それで……死んでもいいの?」

 「ええ。命令を実行できないなら死んでるのと同じだもの」

 

 碇シンジは第7使徒初戦後、目覚める前に見ていた夢を思い出した。

 自分は全てを失ってしまったと思った幼少期の夢。

 

 「死んでるのと同じ……僕も父さんに捨てられてからカイと出逢うまではそうだったのかもしれない」

 

 碇シンジの言葉を耳にした綾波レイが微かに顔を碇シンジに向けた。

 

 「どんなに泣いても世界は変わらなくて、諦めた。全部どうでも良くて閉じこもってた。確かに生きていたけど、その時の僕は死んでいるのと同じだったのかもしれない」

 

 碇シンジはそう言葉にしながらも、全てを失ったと感じていたあの頃の自分よりも、今の綾波レイは自分には何も無いと感じているのではないかと感じていた。

 

 「けど、カイと出逢って、僕は変われたんだ」

 

 あの時、淡島カイとの出逢いが碇シンジの世界を変えた。

 だから、今度は自分が誰かの世界を変えれるようになりたかった。

 そのためには淡島カイのように、自分から相手に踏み込んでいかないといけない。

 碇シンジが言葉を続けようとした時、綾波レイが口を開く。

 

 「時間よ、行きましょう」

 「うん……」

 

 綾波レイの言葉に碇シンジは思考を切り替える。

 今やるべき事、第7使徒の撃破。

 それが終ったらもう一度、綾波レイと話せばいいと考えていた。

 

 「大丈夫よ、貴方もフォースも死なないわ。私が守るもの」

 

 立ち上がった綾波レイは、そう言葉にした。

 そしてエントリープラグの搭乗口に手を掛けると背を向けたまま別れの言葉を告げる。

 

 「さようなら」

 

 その言葉に、碇シンジは胸の痛みを覚えた。

 

 

 ■■■

 

 

 エントリープラグの搭乗口からプラグ内に入ると、インテリア後部席にベルト等で固定された淡島カイが視界に入る。

 その顔はまるで眠っているように穏やかで、いつものように軽口を叩いて碇シンジを笑わせることも、励ますことも無かった。

 

 「いつまで寝てるんだよ、バカイの寝坊助」

 

 淡島カイの両頬を抓ってみても反応することは無い。

 碇シンジは頬を抓っていた手を広げ、淡島カイの両頬を包むと、自身の額を淡島カイの額に押し付けた。

 

 「カイ、力を貸して。カイを……カイだけじゃなくてみんなを……綾波を守りたいんだ」

 

 そして目を瞑り、両手で自身の両頬を叩く。

 渇いた、小気味よい音がプラグ内に響いた。

 

 「よし、勝とう。終わった後も、まだ起きてなかったら蹴とばしてでも起こすからね。そしてみんなでご飯を食べよう。勿論、綾波にも声をかけて」

 

 

 ■■■

 

 

 『陽電子砲の充電開始同時に無人機、要塞システムによる陽動を行うわ。充電完了のカウントダウンはモニターにも表示されるけど、こちらからも口頭で伝えるわ。後はG型装備の射撃管制による照準が完了したらトリガーを引いて』

 「はい」

 

 葛城ミサトからの最終確認の言葉に碇シンジは了承の言葉を返す。

 碇シンジの頭部を覆うように照準用のバイザーが降りてくる。

 

 『ヤシマ作戦発動!』

 『無人機及び要塞システムによる攻撃を開始します!』

 『陽電子砲充電開始』

 

 葛城ミサトの号令と共にオペレーターが指示を出していく。

 第7使徒へ、要塞システムによるミサイル攻撃が始まる。

 発射されたミサイルは第7使徒の感知範囲に侵入すると、即座に第7使徒の頂点から放たれる加粒子砲により撃墜、その後射出元となる要塞システムへの反撃が行われる。

 

 『陽動、途切れない様に予定より攻撃頻度を上げて。想定より反応が早い。このままだと感づかれるわよ』

 

 無人機及び要塞システムによる攻撃が効かないことは想定内だが、第7使徒の索敵範囲の拡大は想定外だった。

 

 『全エネルギー陽電子砲へ……10、9、8、7』

 『目標内部に高エネルギー反応!!目標、初号機です!』

 『感づかれた!レイ!!初号機を守って!』

 

 カウントダウンの言葉に全員の緊張が高まっていく中、本命である初号機が発見され、攻撃目標とされたことが報告される。

 葛城ミサトは即座にレイへ初号機を守るように指示を出した。

 

 『3、2、1』

 『発射!!』

 

 葛城ミサトの言葉と同時にG型装備による照準が完了し、碇シンジはトリガーを引いた。

 陽電子砲に転送された全エネルギーが砲身から射出され、初号機への砲撃のための準備行動をとっていた第7使徒を襲う。

 陽電子砲による砲撃は強固な第7使徒のA.T.フィールドを容易く貫通。

 肉眼で確認できるほど堅牢なA.T.フィールドは陽電子砲の砲撃により引きちぎれる様に消滅し、その砲撃は減衰することなく第7使徒を穿ち、爆音を轟かせた。

 

 「や、やった?」

 『第7使徒のNERV本部への侵攻停止しました』

 『パターン青消滅。目標、完全に停止しています』

 『いよっしゃ!』

 

 第7使徒が初号機に対して加粒子砲を放つ前に撃破出来たことに、全員が沸き立つ。

 直後、その歓声を打ち消すように警報音が鳴り響いた。

 

 『そ、そんな……』

 『パターン青確認!目標内部に高エネルギー反応……来ます!!』

 

 それまで正八面体の頂点から加粒子砲を放っていた第7使徒は、その形状を、絶えず動き、変形する複数の正方形が組み合わさったような姿に変化させると、その中心部から加粒子砲を放った。

 初号機を標的としていた加粒子砲は狙いを大きく外し、二子山を大きく削り取る。

 初号機と陽電子砲はその余波を受けて狙撃ポイントから吹き飛ばされていた。

 

 『陽電子砲再充電急!シンジ君は狙撃ポイントに急いで戻って!』

 『目標内部に再度高エネルギー反応!』

 『目標、再度形状を変化!』

 

 碇シンジは加粒子砲の衝撃で吹き飛んだ初号機と陽電子砲を射撃位置に戻す。

 葛城ミサトが第2射準備の指示をすると同時に、第7使徒はその形状を無数の針で形成された雲丹のような球形に変化させ、回転を始めると、その針の一つ一つからこれまでの加粒子砲とは異なる細く、直進する光線を放つ。

 その攻撃目標は初号機だけではなく、攻撃前の無人機や要塞システムも含まれており、ヤシマ作戦のために用意された陽動用の無人機と要塞システムは悉く破壊された。

 零号機は、初号機の前に盾を構え立ちふさがるが、その光線は零号機のA.T.フィールドに阻まれ消滅する。

 零号機の上部、A.T.フィールドにより阻まれなかった光線は夜の空へ補足伸び、消えて行く。

 放たれた光線はこれまでの比ではないほど威力が低いものではあったが、ヤシマ作戦の為に用意された無人機や要塞システムを破壊するには十分な火力があるものだった。

 

 そして第7使徒は再度その形状を変化させる。

 球形に展開していた針の全てを零号機の斜め上方に向むけている。

 先ほどと同様の光線であれば零号機にすら直撃しないような空へ向けられていた。

 

 その時、碇シンジは不意にナニかの感情を感じとり、背筋に悪寒が走る。

 

 ソレは敵意では無い。

 ソレは悪意では無い。

 積み上げた積み木の城を崩すような無邪気な感情。

 

 ソレは歓喜。

 ソレは興奮。

 コレから起きる悲劇への期待に高まる鼓動。

 

 「綾波!ミサトさん達が狙われてる!さっきと同じ威力なら初号機はA.T.フィールドで防げるからミサトさん達の防御を!!」

 『わかったわ』

 『シンジ君!?』

 

 零号機は盾を手にしたまま、葛城ミサト達のいる仮設発令所へ駆ける。

 同時に第7使徒は無数の光線を夜空に向けて発射した。

 光線は一定の高度に達するとその全てが折れ曲がり、地上の仮設発令所に向けて無数の流星のように降り注ぐ。

 

 『総員、直撃に備えて!!』

 

 葛城ミサトが叫ぶ。

 初号機のエントリープラグ内に、仮設発令所と接続されたスピーカーから誰かの息を呑むような小さな悲鳴が聞こえた後、豪雨が地面を打つような激しい音が鳴り響き、碇シンジは思わず目を瞑る。

 攻撃が終り、静まり返った中、綾波レイから通信が入った。

 

 『間に合ったわ』

 

 無感情な報告がプラグ内に響き、碇シンジは胸を撫で下ろす。

 

 『目標、形状変更しています。あれは……槍?』

 

 第7使徒は仮設発令所へ向けた砲撃後、すぐに形状を変化させていた。

 その姿は地面と平行に浮かぶ、捻じれたような二又の青い槍。

 

 『先端部に高エネルギー反応……なおも増大しています!』

 『いけない!レイ、急いで初号機の所に戻って防御態勢!』

 『はい』

 

 葛城ミサトの命令を受け、零号機は初号機の防御の為に走りだす。

 零号機は初号機の前で膝立ちとなる。

 左手に持つ盾は斜め盾は上へ受け流すように斜めに構え、更にその右手にはもう一つの盾を持ち、

直撃部分に重なるように二重に構えた。

 

 そして槍状に変化した第7使徒は夜を切り裂ような輝きと共に砲撃を放つ。

 碇シンジは、光の本流の中で膝立ちとなり2枚の盾で砲撃を防ぐ零号機を見た。

 1枚目の盾が溶けるように消え去ると、零号機は残った盾を両手で持ち耐えようとする。

 

 「ミサトさん!」

 『あと10秒!カウント開始っ』

 

 碇シンジの叫び声に葛城ミサトは答え、オペレーターにカウントダウンを指示を出す。

 

 『7、6、5……』

 『盾が持たないわ!』

 

 赤木リツコの悲鳴のような声と共に零号機のもつ盾が融解、盾を失った零号機は両手を交差するように構え耐え続ける。

 碇シンジの頭の中に、綾波レイの最後の言葉、別れの言葉が思い浮かんだ。

 

 「そんなのは嫌だ!」

 『3、2、1』

 

 カウントが終り、照準完了を告げる電子音が鳴ると同時に碇シンジはトリガーを引いた。

 陽電子砲の砲身から放たれた砲撃は第7使徒の砲撃と衝突、一瞬減衰した後、第7使徒の砲撃を打ち払う。

 砲撃はそのまま第7使徒のA.T.フィールドと接触、初撃と同様にこれを容易く突破すると、槍状に変化している第7使徒を中心から2つに分断するように貫いた。

 第7使徒は内側から捲れるように形状を変化させ続けるが、最後には正八面体の形状に戻るとその動きを停止、地面に落下していく。

 

 『パターン青消滅』

 『目標再起動の気配ありません。完全に沈黙しています』

 『今度こそやったみたいね』

 『零号機の装甲版が融解してプラグの射出が出来ないわ。シンジ君、零号機の背面装甲を初号機ではぎ取ってプラグを下ろしてあげて!ミサト、救護班急がせて』

 「綾波……!!」

 

 赤木リツコの言葉を聞いた碇シンジは、射撃ポイントで伏せていた初号機を起き上がらせ、零号機の元へ向かわせる。

 零号機は第7使徒の砲撃により焼けただれた地面に横たわり、ピクリとも動かない。

 

 「綾波……返事をして!!」

 

 零号機の背面装甲を無理やり引き剥がすと、プラグが飛び上がり、高温化したL.C.Lを排出する。

 初号機でプラグを取り出すと砲撃の影響を受けていない地面に置き、初号機を膝立ちにさせる。

 初号機から降りようとシートから立ち上がろうとして時、その視界にパーツのようにインテリアに固定された淡島カイの姿が目に入った。

 その時、碇シンジは戦闘が始まってから淡島カイの存在を忘れていたことに気が付き、思わず顔が歪む。

 

 「僕は……僕は……」

 『シンジ君!カイ君ならこっちでモニターしてるから大丈夫よ。レイのところに行ってあげて』

 

 葛城ミサトが、碇シンジが淡島カイを心配して立ち止まったと勘違いをしてかけた言葉を受け、思わず淡島カイから目を逸らす。

 

 「カイ……ごめん……」

 

 そして碇シンジは淡島カイを残しプラグから出ていく。

 暗くなったプラグ内で、物言わぬ淡島カイだけが残されていた。

 

 

 ■■■

 

 

 碇シンジは零号機のエントリープラグに走りよると、ハッチの開口部に手を掛けるが、高温化したハッチに反射的に手を離してしまうが、再度握りしめる。

 高温のハッチを握りしめた碇シンジの手は、プラグスーツ越しに焼かれていく。

 

 「う……熱っ……ぐぅぅぅぅぅうう」

 

 苦痛を耐え、歯を食いしばり力を込めてなんとかハッチを開けると、開口部から高温の空気が外部へ流れ出す。

 エントリープラグの中に入ると、インテリアに凭れるようにして動かない綾波レイがいた。

 

 「綾波!!」

 

 思わず叫び、その肩に手を掛けると綾波レイは微かな呻き声を開け瞼を薄く開く。

 

 「碇……指令……?」

 「父さんじゃないよ、僕だよ」

 

 苦笑するような声に、綾波レイはしっかりと目を開けて声の主を見た。

 

 「碇……君……」

 「良かった……生きててくれて……うぅ……」

 

 綾波レイの生存の確認に、碇シンジの緊張が緩み、その瞳から涙が零れていく。

 綾波レイは片手を伸ばすと、碇シンジの頬に触れ、涙を拭いとると、手の平についた碇シンジの涙を見つめた。

 

 「何がそんなに痛いの?私は碇君を守れなかった?」

 「え?」

 「昨日も、寝ている時に苦しそうに、泣いていたわ」

 

 綾波レイは防御を担当する自身が碇シンジを守れなかったため、碇シンジが傷を負い、その痛みで泣いていると勘違いしていることに気が付き、思わず茫然とする。

 

 「綾波、昨日は辛くて、苦しい夢を見たから泣いてたんだ。今は綾波が生きていてくれて嬉しいから泣いてるんだよ」

 「人が涙を流すのは痛い時だけじゃないのね……辛くても、苦しくでも、嬉しくても、人は涙を流す生き物なのね……」

 

 碇シンジは止まらない涙を拭い続け、綾波レイはそんな碇シンジを見つめている。

 

 「私は生きていて……嬉しいはずなの……碇君が来てくれて嬉しいはずなの……けど、どうしたらいいか、どんな表情をすればいいか分からない」

 「綾波って不思議だよね……嬉しかったら、笑えばいいと思うよ」

 「そう」

 

 綾波レイは碇シンジの言葉を聞き、考え込むようにインテリアに凭れて、目を瞑る。

 

 「綾波、外に行こう。立てそう?」

 

 碇シンジは綾波に手を差し出すと、綾波レイはその手に自信の掌を重ねて、碇シンジを見上げる。

 その表情は碇シンジが初めて見る、綾波レイの柔らかな微笑みだった。

 

 「綾波……今、笑ってるよ」

 「そう、きっと嬉しいのね」

 「行こう」

 

 碇シンジは綾波レイに肩を貸して歩き出す。

 

 「綾波、今さ、冬月副司令、ミサトさんやカイと一緒に住んでるんだけど、綾波も来なよ」

 「フォースにも言われたわ。命令が」

 「命令じゃなくても、皆で一緒に住もう。みんなでご飯を食べてみんなで笑って、きっと楽しい」

 

 碇シンジは予期していた綾波レイの「命令」という言葉を遮る。

 「命令」という事にしてしまえば綾波は従うかもしれないが、碇シンジはどうしても「命令」としたくなかった。

 

 「私は……わからないわ」

 

 碇シンジの言葉に返した自身の言葉に、綾波レイの胸は何故か痛みを覚えた。

 そんな綾波レイに気が付かず、碇シンジは言葉を続ける。

 

 「生きている意味、きっとエヴァ以外にも見つけられるよ。綾波が来てくれたら僕は嬉しいな」

 「皆で住んだら、碇君は楽しいの?」

 「うん。綾波は1人で住んでるんだろ?放っておけないよ」

 「分かったわ」

 「やった!引っ越し、手伝うよ。カイも叩き起こして手伝わせよう」

 

 綾波レイの肯定の言葉に碇シンジが朗らかな笑顔を浮かべる。

 綾波レイが先ほど胸に感じた痛みは消え去り、穏やかで暖かな何かに胸が満たされた。

 

 「碇君、フォースは意識不明よ。叩いても起きたりしないわ」

 「そりゃそうだけど……早く起きて欲しいってことだよ」

 「わからないわ」

 「世の中わからない事だらけだよ。だから綾波は綾波のペースで色々知っていけばいいんだよ」

 

 寄り添いながら歩く2人の姿を、静けさが未だ戻らぬ夜空に浮かぶ満月と星達が見守るように輝いていた。



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3-幕間或いは舞台裏1 在るべき世界に抗う者達/戦の後の紙仕事

 在るべき世界に抗う者達

 

 

 葛城ミサトは葦船シキエが応接テーブルに広げた書類を手にすると、陽電子砲の搬送手続きをするために慌てて応接室から出て行った。

 

 「全ては我々のシナリオ通りに……とは行きませんわね」

 

 扉が閉まり、部屋に鍵が掛かった事を確認すると、葦船シキエは思うように進まない世界を嘆くように言葉を吐いた。

 

 「仕方あるまい。彼女たちが認識していた世界でさえ行きつく先が全て同じというわけでは無かった」

 「最善の未来ではなくとも、最悪の未来を避けるために……ですね」

 「うむ。しかし君の甥がパイロットになるとはな。彼の存在は我々のどのシナリオにも無かった。心配かね」

 「いいえ」

 

 冬月コウゾウの言葉に葦船シキエは柔和な笑みのまま否定の言葉を口にした。

 

 「葦船としては、今まで価値の無かった駒に新しい価値が生まれた。葦船シキエとしては……我々のシナリオに無いエヴァのパイロットは警戒すべき存在でしょう」

 

 葦船シキエはそう口にしつつも、葦船も世界の命運も関係なく、ただの伯母としていることが出来たのなら、きっと平静ではいられなかっただろうという自覚があった。

 葦船シキエの言葉に冬月コウゾウは目を伏せる。

 

 「残念ながらその通りだ。そのためにパイロットの集中管理を名目に彼を引き取ったのだからな」

 「あら、シンジ君とアスカちゃんを手元に置く良い口実になったとか思ってませんか」

 「あの子たちの事はユイ君とキョウコ君から頼まれているからな……それで状況はどうなっているかね」

 

 冬月コウゾウの話題転換により、場の空気が代わる。

 

 「ナオコさんのサルベージは計画より遅れています。当初予定していなかった作業ですので、他の作業への影響が懸念されます」

 「厳しい状況か……しかしここでナオコ君を欠くわけにはいかんからな……」

 「全くです。私たちを巻き込んでおいて勝手に一抜けされても困りますわ」

 

 葦船シキエの言葉を冬月コウゾウが沈痛な面持ちで聞いていた。

 赤木ナオコ。

 公的には赤木リツコの母親でNERV本部のMAGIを開発後に行方不明となっている。

 

 「日本重化学工業共同体に動きはありません。時田シロウの引き抜きによりジェット・アローン若しくはそれに類似する対使徒戦用兵器の開発は成功していません」

 「彼はどうしてるかね」

 「彼女達と共同研究、共同開発と湯水のように資金を消化してくれてますね」

 

 葦船シキエは額を抑えて怒りを抑えるように言葉を吐き出した。

 

 「苦労をかけるな。やはりどこの組織も金が問題か……」

 「元々、彼女達がこの時の為に準備しておいた資金かつ増やす運用も彼女達がしているとはいえ、無限ではありませんからね」

 「そうはいいつつ君も共同研究、共同開発には君も参加してるのだろう?」

 「それはもう。あのレベルの天才達と共同研究出来るチャンスなんでそうそうありませんから」

 

 冬月コウゾウの揶揄するような言葉に、葦船シキエは躊躇うことなく笑顔で答える。

 

 

 ■■■

 

 

 戦の後の紙仕事

 

 葛城ミサトは、ヤシマ作戦による第7使徒撃破成功後の勝利の宴を未だ催せずに書類の山に埋もれていた。

 犠牲者は葛城ミサト、赤木リツコ、伊吹マヤ、日向マコトの4名だ。

 なお、所属の異なる青葉シゲルは現地に赴いておらず、ヤシマ作戦事後報告の地獄からも逃れている。

 

 第7使徒は一度撃破し、その反応が消滅した後に再稼働をした。

 さらに二度目の撃破後、第7使徒は第5使徒撃破後と同じように消滅してしまった。

 

 その現象は、碇シンジが綾波レイ救助の為に零号機から取り外したエントリープラグに向かっている時に起きていた。

 最初に正八面体が、最初から存在しなかったかのように消滅した。

 その後、地面に突き刺さったままの錐状の穿孔機は何かに引きずり出されるように空中に浮かび上がると、その三分の一が消え、次に半分、そして最後には全てが消え去った。

 

 「いや、アレはあたしのせいじゃないわよね?」

 「ミサト……口じゃなくて手を動かしてちょうだい」

 「うう、本当だったら勝利のEBICHUビールだったはずなのに……」

 

 手が止まり愚痴が零れた始めた葛城ミサトを、赤木リツコは手を休めることなく注意する。

 

 「それで、あの倒した使徒が消える現象、何か分かったの?」

 「何も。第6使徒が同じように撃破後に消えてなくなっていたら、コア破壊後に発生する自壊現象とでも言えるかもしれないけど、違うでしょ」

 「予算も限られてるし、使徒の処理代が浮いたって事でいいじゃない。零号機の補修費用に回しましょ」

 

 葛城ミサトは「予算が浮いた」とばかりに明るく前向きに言うが、赤木リツコは上から「原因究明」を指示されているためそう気楽にはなれなかった。

 また「撃破した使徒の処理」と「エヴァの補修」では用意されてる予算の用途が違うため、用途が異なる予算の執行には名目作りが必要となるため、軽く溜息を吐く。

 とはいえ、限られた予算が厳しい状況にあるということも事実ではあり、選択肢は無かった。

 

 「もっと湯水のように使わせて欲しいわ~。こんなんじゃ第一次整備計画で予定していた6号機までの建造が完了しても、運用なんて夢のまた夢じゃない?」

 「第二次整備計画も忘れないでね」

 「うげ、それもあったわね。お金足りるのかしら?ま~、日本は零号機に初号機、それと日本で作ってドイツで組み立てた弐号機が戻ってきたらバチカン条約様のお陰で満席でしょ」

 

 葛城ミサトはバチカン条約で定められた各国のエヴァンゲリオン保有数の制限により、日本は間もなく帰還予定の弐号機を含めれば、これ以上エヴァを抱えることにはならないだろうと考えていた。

 

 「そう願いたいところね」

 「……含みがある言い方ね、何かあったの?」

 

 同意を得られると思った葛城ミサトは、額を抑えている赤木リツコを目にし、怪訝そうに問いかける。

 

 「バチカン条約で定めている『エヴァンゲリオン』とは『PRODUCTION MODEL』を指している、と解釈しようとしている動きがあるのよね」

 「それって零号機と初号機は保有数制限の対象外って主張しようって話?いや無理でしょ」

 

 赤木リツコの言葉に、葛城ミサトは思わず呆れた声を出してしまう。

 葛城ミサトからすれば初号機は既に3回の戦闘をこなし、零号機も調整中の状態で盾役を十分に熟してくれているのだ。

 零号機と初号機が『エヴァンゲリオン』では無いと考える事は無理があった。

 

 「条約では『エヴァンゲリオン』とは何かを細かくは定義していないから。腕部パーツとか、脚部パーツだけ作って運用しようとしてる国もあるのよ。叩いて埃が出ない国の方が少ないのではないかしら」

 「ははぁ……日本としてはPROTO TYPEの零号機と、TEST TYPEの初号機でバチカン条約の枠を埋められても困るってことか」

 「実際に建造、所有するかは兎も角、その余地は確保しておきたいということらしいわ」

 

 葛城ミサトは『大人の事情』であるという事を理解した。

 葛城ミサトとしては戦力が増えるのは大歓迎であるが、今のNERV本部のお財布事情ではこれ以上のエヴァの運用は厳しい事も理解していた。

 とは言え『大人の事情』というものは『厳しい現実』なんてものは考慮してくれないのが現実である。

 今の葛城ミサトに出来ることは、NERV本部で4機以上のエヴァを運用する日が来ないことを祈るだけだ。

 

 「ま、パイロットの選出問題も未解決だから当面は大丈夫でしょ~。けど、いざとなったら全国適性検査やれとかいいかねないわね……その時はマルドゥック機関に頑張ってもらいましょ」

 「本当にそうなったらどうするのかしらね……」

 

 葛城ミサトは冗談めかして言うが、マルドゥック機関の真実を知っている赤木リツコは思わず遠い目をしてしまう。

 せめてもの気分転換とマグカップに手を伸ばし、珈琲を呷ろうとしたものの、既に空になったマグカップからは、一滴もその舌に珈琲が落ちてくる事は無い。

 

 「マヤ、珈琲淹れて貰えるかしら」

 

 赤木リツコは恨めしそうにマグカップにの底を睨みつけながら、伊吹マヤに珈琲を頼んだ。

 伊吹マヤはよろよろと立ち上がり、赤木リツコのマグカップに珈琲を補充しようとポットを傾けるが、ポットも、赤木リツコのマグカップ同様、一滴も珈琲が落ちてくることは無かった。

 

 「先輩……新しいコーヒー淹れてきます……」

 

 体力も精神力も使い果たしているのか虚ろな目をした伊吹マヤが呟く。

 

 「何か……何か摘まめるもの探してきます……」

 「日向くん宜しく~」

 

 日向マコトも同じく半死半生のようで、ぼそぼそと呟くと席から立ち上がった。

 伊吹マヤと日向マコトが部屋から出ようとした時、扉が開き青葉シゲルがワゴンを押しながら入ってくる。

 

 「差し入れで~す。皆、生きてますか?」

 「やだ!青葉君気が利くじゃない~、どう?一緒に書類もやってく?」

 「遠慮しときます。恋人を待たせてるんで」

 

 葛城ミサトがさり気なく青葉シゲルを書類地獄に引きずり込もうとするが、青葉シゲルは「恋人」である担いだギターを見せながらにこやかに葛城ミサトの誘いを辞退する。

 

 「こ、珈琲がある……」

 「お、マヤちゃん、あとこれ任せていい?」

 

 珈琲を淹れるという口実にこっそり気分転換をしようと企んでいた伊吹マヤは青葉シゲルの善意に打ちのめされる。

 

 「た、食べ物がある……」

 「嬉し泣きかぁ?これでも食べて頑張ってくれ」

 

 同じく、摘まむものを探してくるという事を口実に軽く仮眠しようと企んでいた日向マコトはその場に崩れ落ちる。

 

 「じゃ!2人とも頑張れよ!」

 

 青葉シゲルは伊吹マヤと日向マコトを励ますと、良い笑顔で手を振りながら部屋から出て行った。

 葛城ミサトは、ヒラヒラと手を振り青葉シゲルを見送ると、床に崩れ落ちて動かない伊吹マヤと日向マコトを見た後、赤木リツコに向き直る。

 

 「リツコ、少し休憩にしましょ。そのほうが効率が良いでしょ」

 「仕方ないわね」

 

 赤木リツコはキーボードを叩く手を止めずに同意した。



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3-幕間或いは舞台裏2 淡島カイという道具 side Kai

 混乱

 

 恐怖

 

 怒り

 

 嘆き

 

 悲しみ

 

 絶望

 

 喪失感が生み出す飢餓

 

 長い時の果てに摩耗した魂

 

 長い時の果てに変質した心

 

 郷愁

 

 帰りたい

 

 ………………………………………………………………………………………………どこへ?

 

 帰らないと

 

 ………………………………………………………………………………………………どこに?

 

 苦しい

 

 苦しい

 

 辛い

 

 どうして

 

 どうしてこんな事に

 

 父さん……母さん……

 

 

 ■■■

 

 

 どろりと渦巻く感情が緩やかに停止する。

 停止した感情が水面のように揺らめくと一粒の泥のような球体が落ちた。

 ソレは緩やかにヒトの形に姿を変える。

 

 「俺は……誰だ……俺は……自分が何か名乗ることは……出来るか?」

 

 泥の人形はごぼごぼと泡立つ口を動かし、自らに問う。

 

 「俺の名前は■■■……」

 

 ■■■と不明瞭な音が響く。

 泥人形はしばらくの間、静止したのち首を傾げた。

 

 「俺の、名前は、■■■■■■■だ……」

 

 泥人形は気を取り直して、ゆっくりと喋ってみるが■■■■■■■と不明瞭な音が響いた。

 

 「あれ?おーい……せっかく中二病患者みたいに、お気になゲームの真似っこしてみたんだけど?え?何これ羞恥プレイ?苛め?カッコ悪いよ??」

 

 泥人形は上を、自身の上方で静止したままの巨大な球体を見上げるが、ソレはすでに静止しており反応は無い。

 

 「んー……俺は誰だっけか……おっもいだっせ~出来る!おれ~なら~でき~る~うた~っておど~れ~」

 

 泥人形は突如歌い、踊りだした。

 やがて体力が尽きたのか、膝に手をつき息切れしたような動作をする。

 

 「ひー、久しぶりに歌うと喉がきっちぃ……イヤ、今は喉は無いか……気力だ気力……あ、そっか■■■はこの世界存在しないから名乗れないのか。はぁ~、めんどいルールだな」

 

 泥人形は漸く辿り着いた答えに項垂れた。

 

 「俺の名前は淡島(カイ)。偽物の世界に相応しい、出来損ないの名前だよ……」

 

 ソレは自嘲するように呟いた。

 

 

 ■■■

 

 

 「俺の名前は淡島(カイ)。偽物の世界に相応しい、出来損ないの名前だよ……」

 

 今の俺のセリフ、我ながら中二病っぽくね?

 そんな事を思ってると、黒い泥で出来た身体が淡い光とともに少年の姿に変化していく。

 

 「ちょ!まって!これ裸族!!」

 

 泥成分オンリーの身体から肌色成分マシマシの身体に変化しようとしていることに気が付き、慌てて叫んでみたものの変化は止まってくれるはずもなくあっという間に少年(裸族)となってしまった。

 うー……俺は裸族じゃないんだゾ!

 これは大変お恥ずかしい。

 てか、ちっちゃい?

 そっと下腹部よりちょいしたのモノをチラ見。

 ん、んーーー!

 

 鏡ヨ鏡!!!

 俺は姿見を作り出すとそこに映し出される自分の姿をチェックする。

 

 ちょい癖ッ毛

 幼さの残る顔立ち

 

 んー……そこそこ筋肉ついてる?

 運動部??

 

 そして……んん!

 

 いや、10代前半ぐらい?

 うん、まぁこんぐらいでしょ!

 今大事なのはソコに着目することじゃない!

 

 俺が裸族では無いという証明の為に文明の衣を纏わねばならぬ。

 急いで服をイメージする。

 イメージするのは最強の堕落!

 

 すぐに真っ裸だった俺は、いつも家で来ていたような着古した白い半袖Tシャツにだぼだぼのトランクスになる。

 う~ん、快適。

 ちなみにTシャツは表に「布団から出たら負け」と筆文字ででかでかと書いてあり、背中には「働きたくないでござる」と同じくでかでかと筆文字で書かれている。

 

 「とりあえず屑クッションにえびす様!」

 

 俺が叫びながらイメージをすると、人をダメにすることで有名な巨大なビーズクッションと、えびす様が描かれた缶ビールが積み上がった。

 

 「ん~!愛しの~えびす様~」

 

 缶を一本手に取り口付けると冷え冷えの冷えでまさに飲み頃って感じ。

 俺は急いでプルタブを押し上げると、一気に喉に流し込んだ。

 

 「かぁーーーー!生きてるぅぅぅぅぅうううう!この為に生きてるよぉぉおおおおお」

 

 これは叫んじまうのも仕方ないってものよ。

 ご近所迷惑も関係ない空間なのでやりたい放題である。

 

 「あ、ところで俺が起きたって事はもう本編始まってる?」

 

 手にリモコンを作りボタンを押すと、暗闇の中に巨大なモニターが浮かびあがる。

 

 「ん-……けど途中寝ぼけて何回か起きた気がするんだよな……夢か?……ガバった?」

 

 どうだっけかなと首を傾げてると、モニターは夜空に浮かぶ青い正八面体を映し出した。

 

 「うっそ!ラミエルさんじゃーん!!!え?リアタイ?マジ?ていうか待って、俺どうなってるん??」

 

 屑クッションに腰掛けると、良い感じで身体が沈む。

 良き。

 俺が屑クッションに腰掛けると、傍にローテーブルが現れ、漫画本が積み上がる。

 右手にビールを持ったまま、左手で一冊手に取りパラパラと捲った。

 

 「え?俺……思い出してる??ガバガバのガバ?」

 「ん~~~~……トラックに跳ねられた影響でちょっと記憶が読み込まれた感じか?」

 「ちょ!ナニコレ、シンジ君と幼馴染ってマジ?ビールが進むわ~」

 「え?パイロット???馬鹿なの??」

 「え、フィードバック全受けってギャグ?俺そんなの絶対嫌なんだけど。コイツ正気?」

 「リツコさん……わかる、俺タイプ……エロイよな。ゲンドウパパのお手付きじゃないならお付き合いお願いしたいぜ」

 

 時間も無さそうだし概要が理解出来ればいいっしょと、パラパラとページを捲り、白と黒で絵が描かれた漫画本を読み進める。

 

 「んー……あー……なるほど」

 

 俺は腕を組み思いを巡らせる。

 これ、ラミエルさんに殺されてるな~あはは~。

 身体は何とかなったみたいだけど中身がおじゃんでこのザマコースでしょ。

 まぁ、淡島カイの身体もう問題無さそうだな。

 後はいつ戻るかって所か……。

 

 「えー、けどフィードバックやだよー、愛しのラミエルさんの雄姿だってみたいし……」

 

 とりあえず新しいビールを開ける。

 プルタブの音が心地良い。

 どっしよっかな~と思いつつビールをちびちびしつつしばし思案の後、決断する。

 

 「ラミエル戦はここで観戦します!ヨシッ!」

 

 ここに淡島(カイ)はラミエルさんの雄姿を見届ける事を宣言する!

 

 「では堕落のお供のポテチよここにあれ!」

 

 そう叫ぶと、ローテーブルの上にガサガサと音立てながらポテチの袋が積み上がる。

 

 「んっふっふ。ビールとポテチさいきょー」

 

 俺はさっそくポテチ袋の山から一袋引張りだしオープンすると、一枚摘まんで口に運び、咀嚼する。

 すかさずビールをグイっと呷りぃぃぃぃぃぃいいい至福の瞬間を嚙みしめた。

 

 「んんんんんんん……もーずっと全部……全部無かったことにしてココに引きこもってたいー」

 

 やっば、欲望口走っちゃった。

 落ち着け俺!

 ここはS(少し)F(不思議)俺空間。

 誰にも聞かれてないはずだ!

 うむ、モニターだ。

 モニターに注目しよう。

 

 レイとシンジ君がいちゃいちゃ……じゃなくてラミエル戦前の会話だなコレ。

 

 『さようなら』

 

 きゃー!

 レイさーん!!!

 好きー!

 抱いてー!!!

 ここで茫然と立ってるシンジ君も良いよな~。

 やっぱエヴァ好きだわ。

 体験とかマジ勘弁だけどな!!

 

 お、戦闘始まるぞー!

 いけいけいラミエル!

 お前の圧倒的実力を見せつけてやれ~!

 

 ミサトの指示で無人機が攻撃って事は新劇だな!

 これは圧倒的カッコヨラミエルさ……あれ?

 変形しないの??

 う、うむ。

 まぁそういう事もあるよね。

 ラミエルさんは変形しなくても圧倒的。

 オレ、シッテル。

 

 そうそう、ポジトロンライフルのチャージ中に初号機に気が付くラミエルさん素敵ー!

 やはりイケメンは気が利く。

 いけ!

 ぶっぱなせ!!!

 俺もノリノリでビールをガンガン呷っていく。

 

 「っは?」

 

 そんな俺の気分を台無しにするように初号機のポジトロンライフルがラミエルさんに突き刺さった。

 マテや、おかしくね?

 

 「いや、『パターン青消滅』じゃねえよ……『目標、完全に停止しています』じゃねーだろ……」

 

 思わず手にした缶ビールを握り潰してしまう。

 缶が凹み、中から溢れだした琥珀色の液体が俺の手を濡らしていく。

 なんであのラミエルさんが、こんな一撃で倒されねーといけねーんだよ。

 

 沸々と不満が、怒りの感情が湧き上がり、俺の理性を磨り潰していく。

 その時、本当だったら初撃は外れるはずのポジトロンライフルが命中した理由に辿り着いた。

 

 「あ、そーいう。淡島カイね。シンクロ率の水増し……なるほどなー、台無しだわー」

 

 うん、本当は存在しないはずの淡島カイが悪かったのか。

 それなら仕方ない。

 そう、仕方ないよな。

 本当は存在しないはずの俺が、ラミエルさんのお手伝いしても仕方ないよな?

 

 それがフェアってもんだろ。

 俺は淡島(カイ)用に存在をスケールダウンさせた制御装置を取り出す。

 

 「右手にビール、左手に制御装置。二つが合わさって最強に見えるな」

 

 そういいつつビールを一口。

 

 「やるか!」

 

 俺は、リリン共がロンギヌスの槍と呼ぶ制御装置を起動する。

 まずはラミエルさんの壊れたコアの修復。

 あと新劇版のラミエルさんっぽくなるよう性能を修正。

 

 うん、いい感じ。

 仕上げはコアが破壊されたことにより、コアに留まれなくなったラミエルさんの魂を回収し、コアへ封入。

 完璧な仕事だ。

 

 を、ラミエルさんからは警戒と疑問の意思を感るぞ。

 そりゃそっか。

 しかし憧れのラミエルさんと意思疎通とかドキドキしちゃうな。

 

 「初めまして。俺は、君のキャリアとは別のキャリアの設計者だ。君たちは先にこの星に着床し、新たに生まれ直した。それなのに、与えられた知恵の実だけでは満足できず、生命の実も欲した恥知らずがいたんだ。ソイツが君たちのキャリアを追い、この星に着床した」

 

 俺は言葉を区切る。

 恥知らずとは勿論、リリスの事だ。

 

 「そうだ、俺たちは故郷の滅びから逃れ、新たに生きる星を探して旅に出た。数少ない、残り僅かな資源を託され、送り出して貰えた」

 

 そうそう、涙の別れ……ん?

 あ……これ、あかん。

 言葉を紡ぐ中で■■■に引きずられて、俺の中に怒りの感情が溢れてくる。

 

 「それを、私欲のために奪おうと、君たちを圧し潰し、君たちからこの星を奪い、我が物顔で支配する虫けら共を許せるわけないだろ!!」

 

 怒りに呑まれた俺は最後にはそう叫んでいた。

 頭の片隅で理性が、ナニかが叫んでいるがもう止まれない。

 

 「とは言え、俺も制限が多くてそこまで干渉できるわけじゃない」

 

 ラミエルさんは理解と共感の意思を示すてくれた。

 

 「良し、それじゃ始めよう」

 

 修復が終わり、ラミエルさんがその躯体を再起動させる。

 その形状を、絶えず動き、変形する複数の正方形が組み合わさったような姿に変化させると、その中心部から初号機に向けて加粒子砲を放つ。

 加粒子砲は二子山を大きく削り取り、リリスの模造品を露わにする。

 

 「よっしゃいい感じゃね。ん?羽虫が鬱陶しいから梅雨払い?」

 

 俺の言葉にラミエルさんが、無数の針で形成された雲丹のような球形に変化させて針の一つ一つから光線を発射し、起動前の要塞システムすら破壊していく。

 

 「を、索敵能力凄いじゃん。ん-……今のでリリスモドキの防御範囲わかったっしょ?あそこの奥にある奴……そうそう、そこ破壊しようぜ」

 

 ここでミサトやリツコが退場するルート。

 それはそれで面白そうじゃん。

 そんな俺にラミエルさんから否定の意思が伝わって来た。

 

 「ん?あそこは狙えない?よっしゃ、俺に任せとけ。君の性能調整するわ」

 

 了承の意を返してきたラミエルさんは、その形状を変化させてリリスモドキのA.T.フィールドに阻まれない上空に狙いをつける。

 その間に制御装置を用いてラミエルさんに干渉、その性能を変化させる。

 

 ん?

 待て……理性が息を吹き返してきたか?

 落ち着けそう?

 いや、思ったより暴走してないからこれはこれでいいんじゃねって感じか。

 とりあえず新しく開けた恵比寿様を一気飲み。

 あーしゃんとしてきた。

 

 「あ、そうそう。君は光線を撃ったら、すぐに紫のリリスモドキを全力で潰してくれ。たぶんねー、奥にある奴狙えば盾もった奴がそっち行くんだよ。そしたら丸見えになった紫のリリスモドキを潰して君の勝利だ」

 

 ラミエルさんがリリスモドキ共の上に向かって無数の光線を放ち、いい感じの高度まで到達すると、その軌道折れ曲がり、仮設発令所に流星雨のように降り注ぐ。

 こ、これはカッケェ!!

 さすがラミエルさん!

 

 まぁ、予想通り盾持ちが仮設発令所を守ってる。

 つまり紫のリリスモドキは丸見えの丸裸!

 

 「よっしゃ今だぶっぱなせ!!」

 

 ラミエルさんすでに全力攻撃に構えに……ってあれ俺の制御装置の形してね?

 え?強そうだから攻撃イメージに良いって?

 ア……ハイ……ナンデモナイデス。

 

 そして放たれる最大火力の加粒子砲。

 青い槍から放たれた光の本流が紫のリリスモドキを飲み込もうとする。

 

 「よっしゃー!びくとりぃ~!!!」

 

 俺は歓声を挙げると新しいビールをオープンし、一気に煽る。

 

 「くあぁぁぁーってあれ?盾持ち間に合ってんのかよ!しかも盾2枚ってまたどうして……いや、今の君ならいける!いけ!侵略者共を吹っ飛ばせ!!」

 

 俺はすっかり応援モードに移行しペンライトでも振る気分で制御装置をぶんぶん振り回す。

 

 「盾1枚破壊……2枚目も破壊!いける!気張れ!!」

 

 俺の言葉にテンション上がったのか、ラミエルさんがさらに出力を上げようとした時、紫のリリスモドキのポジトロンライフルの充電が終わってしまったのがわかった。

 

 もうテンションがた落ち。

 ぽっきり折れたよね。

 はい負け確、クソゲー。

 

 見るのが辛い。

 リリスモドキが放ったポジトロンライフルの砲撃がラミエルさんに突き刺さって……ラミエルさんのコアを砕いた。

 ……殺された。

 

 「はぁ……」

 

 俺はため息をつくと、この空間に生み出したものすべてを消す。

 

 「食うか……」

 

 このままラミエルさんの器をリリン共に取られて生命の実を回収されるのも癪だしな。

 目の前には魂の消えたラミエルさんの器が浮かび上がる。

 サイズを調整したせいで、串にささった飴細工みたいに見える。

 俺は両手を合わせて目を瞑る。

 

 「頂きます……」

 

 青い飴細工のような正八面体を丸ごと口に含み、咀嚼する。

 残った串も3口で平らげた。

 咀嚼が終り、俺は再び両手を合わせて目を瞑る。

 

 「ご馳走様です」

 

 それから俺は、目を瞑って気持ちを落ち着ける。

 俺のやるべき事を考える。

 

 今は……淡島(カイ)から淡島カイに戻ろう。

 淡島(カイ)のままだと怒りと憎しみに呑まれそうだし、演技は得意じゃないから気が付かれそう。

 あとフィードバックは絶対ヤダ。

 

 こんな偽物の世界がどれだけ壊れようと俺には関係ない。

 本来は居るはずの無い俺が存在している時点でこの世界は狂ってる。

 けど、こんな狂った、偽物の世界でも、俺には為さなければいけない事がある。

 それだけを希望に存在を続けてきた。

 

 エヴァの世界は何れ補完計画の発動でリリン共は原初の姿に戻る。

 魂の戻る先がリリスでも初号機でもどっちでもいい。

 黒い月の生命が一つになれば、それで目的は果たしたようなものだ。

 シンジが……他の誰かがソレ阻むようなら……殺す。

 

 よし!

 淡島(カイ)爆睡します!

 俺は宙に浮かぶハンモックを生み出すと、乗り込み、横になる。

 ん-、けどバルディエル戦はリアタイしたいなー……。

 観戦モードみたいのあるといいのにさすがにそんな便利な事ないよなー……。

 

 星も輝かない虚空を眺めながら、ぼそぼそと口ずさむ。

 遠い昔、俺が好きだった宮沢賢治の「星めぐりの歌」。

 

 大ぐまのあしを きたに

 五つのばした  ところ。

 小熊のひたいの うへは

 そらのめぐりの めあて。

 

 最後の言葉を吐き出し、本物の星を見る事も出来ない今の自分が、星の歌を口ずさんだことを自嘲する。 

 この歌の通りに、小熊の額の上に北極星が輝いていたらどれだけ素敵だろうか。

 

 現実の天の北極に位置する星、ポラリスはこぐま座の尻尾に位置している。

 どうして、賢治が「空の巡りの目当て」を「こぐま座の尻尾」ではなく「こぐま座の額の上」としたのかは分からなかったけど、当時の俺は例え現実では無くても、小熊が額の上の北極星を見つめていて、空が巡っていたら幻想的で素晴らしいと思っていた。

 

 けど、今は夢でも、幻でもなく現実が欲しい。

 

 碇シンジは「小熊のひたい」だ。

 エヴァンゲリオンという作られた物語の北極星。

 彼を中心に宙は巡る。

 

 「あぁ……本物の星を見てぇなぁ……帰りたい……帰りたいよ……」

 

 目頭が熱くなり、液体が、涙が溢れだす。

 俺は涙を拭うこともせず、故郷の星を想いながら瞼を閉じる。

 そして、自分をさらにスケールダウンさせるために制御装置を起動した。

 

 

 ■■■

 

 

 淡島(カイ)が制御装置を操作すると、その胸から小指の先ほどの小さな光が浮き上がった。

 制御装置はその内から、光に合わせてスケールダウンさせた自己の複製を生み出すと、小さな光の内へと埋め込む。

 制御装置は、淡島(カイ)が消したモニター、この空間と世界を繋ぐ窓を再び生み出すと、そこへ光を送り出す。

 光が淡島カイの器に収まる様子を見届けると、世界を繋ぐ窓を消した。

 そして制御装置は、ハンモックで眠るように目を閉じた淡島(カイ)を見守るように、その傍に控えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「えびす」と呼ばれる神は「戎」とも表記する。

 

 それは流れ着くモノ

 

 即ち寄り神

 

 それは外から来るモノ

 

 即ち蕃神

 

 そして海から来るモノである「えびす」は「水蛭子(ヒルコ)」と同一視される。

 

 「水蛭子(ヒルコ)」とは淡島(アハシマ)と同じく不具の神として生まれ、子とは認められず流されたモノ。




2022/09/30 21:37
投稿前の修正漏れにより、えびす=ひること断定してしまってたので、修正記録として残しておきます。
時代の移り変わりでえびすとひるこを同一視する説が出てきたという理解です。

修正前  
 そして「えびす」とは「水蛭子(ヒルコ)

 淡島(アハシマ)と同じく不具の神として生まれ、子とは認められず流されたモノ

修正後 
 そして海から来るモノである「えびす」は「水蛭子(ヒルコ)」と同一視される

 「水蛭子(ヒルコ)」とは淡島(アハシマ)と同じく不具の神として生まれ、子とは認められず流されたモノ


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4-1 知らない天井を気にする余裕は無かった

 俺はサーフパンツを履いてで浮き輪を手にしていた。

 そう、ポテチの砂浜とビールの海で休暇を堪能してるのだ……てなんじゃこりゃーっ、とそんな風に突っ込むほど俺は野暮ではない!

 こんなん夢落ちって決まってんだろ~。

 

 ならやるべき事は唯一つ。

 ビールの海で呑んだくれて~、ポテチのビーチで食べ放題~。 

 あぁ~幸せで脳が蕩ける~~。

 あらかた堪能し、ポテチの砂浜に敷いたシートで一休みしてたら、顎に冷たく硬い物が当てられ、強引に上を向かせられる。

 上を向かせられた俺の視界には、教鞭を持ち、スーツに眼鏡姿の女性が映っている。

 教鞭が伸びる先は俺の顎の下。

 

 「あら、そんな食べて呑んでばかりで先生とは遊んでくれないのかしら」

 

 こ、これは女教師設定!?

 返事をする間もなく、俺の背中に弾力があり人肌的に暖かいものが押し付けられる。

 

 「うわっ」

 

 振り向くと、裸に白衣だけ羽織ったおねーさんが!!!

 

 「ねぇ、カイ君。私達とイイことしまショ」

 

 白衣のおねーさんが俺の耳に息を吹きかけると、俺のなけなしの理性が吹き飛んでいくのを感じた。

 こ、これ夢だし何も問題ないよな?

 ……な?

 ……ヨシッ!

 

 「お願いしますーーーってうわっ」

 

 元気よく叫びながらまずは裸白衣のおねーさんに伸し掛かろうとしたら、シートの上に転がされてしまった。

 女教師が仰向けになった俺の胸に、素足で乗せて押さえつけてくる。

 手に教鞭を持ち俺を見下ろす姿が……とってもエッチです!

 い、いや俺はドエムじゃないからそういう趣味は無くてですね。

 今度は、裸白衣のおねーさんが俺の上にのしかかって……てー!!!

 

 「ひょっとして起きたのかい?」

 

 ……ん?

 裸白衣のおねーさんの声が男の声に聞こえ……?

 まぁ夢だしそんなこともあるだろう。

 俺は白衣に隠されたたわわに手を伸ばし……か、固い???

 

 「この子、どんな夢見てんだ……」

 

 男の声……。

 視界がぼやけ、徐々に明瞭になっていく。

 

 うん?

 おねーさんじゃなくて男!?!?

 ナンデェ!?

 三十路前ぐらいの男の顔が目の前に。

 近くね?

 ん?

 肌がすーすーする。

 あれ?

 おれ、はだ、裸!?

 身体が動かなって、よく見ると俺の両肩が抑えてるぅぅぅ。

 あ、これ襲われてますね。

 

 「だ、誰か!!!たす、タスケ、助けて!やめて!初めては女教師か女医って決めてるんだーーーーーーーーー!!!!」

 

 俺はつっかえながらも叫び、どこかにいるかもしれない助けを求める。

 勿論何とか逃れようと暴れるが、男に押さえつけられて身動きが取れない。

 男は何か言ってるが、大混乱の俺は全く聞き取れん。

 

 「カイ!!!!」

 

 聞きなれたこの声!

 シンジ様!!!

 

 「シンジ!助けて!犯される!!!」

 「カイ!!」

 

 シンジが俺に駆けつけてきて、抱きしめられた。

 俺の顎がシンジの肩に乗る……じゃ、若干首が痛いっす。

 思いっ切り抱きしめられてシンジの顔が見れんけど、肩を伝って背中に液体が……これは……。

 

 「泣いてる?」

 「煩い」

 「あ、はい。すみません」

 

 理不尽かな?

 俺は仕方無しにシンジの背中に肩腕を回しなでなでぽんぽんとしてやる。

 もう片腕は肌布団を搔き集めて股間ガードだ。

 いや、見ていた夢のせいでだな、男の子の止むを得ない事情的なことになってるのだ。

 そして俺の事を襲ってると思っていた男は呆れたような顔でこちらを見ている。

 うん……白衣来てますね。

 ひょっとしなくても看護師のおにーさんかな?

 

 「カイく~ん、初体験の願望が廊下まで響き渡ってたけど大丈夫?」

 

 新しい玩具を見つけたような顔をしたミサトさんがニヤニヤ顔で入口に立ってる。

 

 「全然大丈夫じゃないんで、今度誰か紹介してください」

 「いいわよ。カイ君がイイ男を紹介してくれるなら」

 「中二男子で良けりゃいくらでも。ミサトさんなら本性知られなければ入れ食いっしょ」

 「本性って何よ!ほら、シンジ君もそろそろ離してあげなさい」

 

 ミサトさんが笑いながら部屋に入ってくるが、シンジが離れる気配はない。

 ミサトさんも笑顔だが何やら疲労が蓄積されてそうな感じではある。

 

 「そいや、あれからどうなったんですか?エヴァで地上に出てお空が綺麗だなーって思ったらイマココみたいな感じなんすけど」

 

 いやなんか滅茶苦茶痛かった気がするけど思い出したくないから省略!

 

 

 

 ようやくシンジの腕から解放されて、第7使徒は既に撃破、俺が意識不明で初号機に搭乗してたこととか聞かされたけど……意識不明で乗せられたといわれても全然実感無いなぁ~。

 

 「いやー、意識不明でもシンクロ率のバフは出来るって便利道具っすね~」

 

 思わず本音がぽろり。

 ミサトさんは呆れ顔で俺のこと見ておる。

 なんだよぅ。

 泣きはらして目元を赤くしたシンジは何故かこっちを睨んでるぞっと。

 俺なんか地雷踏み抜いたった?

 

 「馬鹿!僕たちはカイを……意識の無いカイを道具みたいに……」

 「別にいいけど」

 

 そういう約束だし。

 

 「よくない!」

 

 打てば響くようにすぐ怒られてしまった。

 

 「シンジがさ、そうやって怒ってくれるから良いんだよ」

 

 うーん、目が怒ってます。

 シンジの頭に手を乗せ、そのままわしゃわしゃと撫でる。

 うーん……怒気満々って感じから不満気な顔に緩和してきたぞ。

 ニカっと笑ってみたら目を逸らされてしまった。

 俺、ショック。

 

 ん?

 いや待って?

 レイが部屋の入口で無表情のまま突っ立ってんですけど。

 ひょっとしてずっとそこにいたのでは。

 

 「ところで綾波さんがずっとそこに立ってるみたいんだけど?」

 「綾波、そんな所で立ってないで入ってきなよ」

 

 シンジの言葉を聞いたレイは、部屋に入ってくる。

 ミサトさんは「それじゃ後は若い人たちで~」と仲人さんみたいなことを言いながらレイに場所を譲ると、看護師の人から俺の身体の状況について話を聞いている。

 レイは俺達の傍まで来ると、俺に頭を撫でられてるシンジをじーっと見ている。

 

 ラミエル戦でシンジと関わってレイも変わってくるんだよなぁ~。

 あれか?

 満月の下で「僕たち死ぬかも」的な奴はやったのかな~。

 くぅー、見たかった!!!

 

 「碇君、また泣いてたわ。今のはフォースが起きて嬉しかったから?」

 「綾波……そ、そうだよ。カイが起きて嬉しかったから。後、フォースじゃなくて、『淡島』だろ」

 「淡島君」

 「うん、同じ家に住むんだからちゃんと名前で呼び合おう」

 「わかったわ」

 

 えっ!

 予想外のレイからの「淡島君」呼びに胸がときめいてしまった。

 お、俺はロリコンじゃねぇ!!

 け、けど……今のは良かったな、うん。

 正直「貴方」とか「フォース」以外の呼び方はされないと思ってたたもの。

 しかし、シンジのいう事をこんなに素直に聞くとは。

 「命令があればそうするわ」じゃないんだなぁ。

 いや待て、重要な発言あったか?

 綾波が家に来るとかなんとか。

 

 「んぁ。綾波さんも引っ越すことにしたんだ」

 「ええ、碇君に誘われたから」

 

 …………いや、何も言うまい。

 俺が声かけた時は命令かどうか確認するまで保留だったからな!

 ほら、シンジと色々あったのだろう。

 しかしなんだろうな、俺のこの微妙なお邪魔虫感。

 看護師と話を終えて戻ってきたミサトさんが、シンジとレイの後ろに立ち、生暖かいと形容するのが相応しいような眼差しで2人を見ているので、ミサトさんに話をふる。

 

 「で、ミサトさんこの2人の進捗報告お願いしたいんすけど」

 「そうね~、まだよちよち歩きの赤ん坊ってとこかしら」

 

 俺はミサトさんの答えを聞き、顎に手を添えながら思案する。

 

 「ほーん。ミサトさん的には青い春の入口的な?なるほどなるほど。けどそういうのじゃなくて、おにーちゃんが天然な妹をお世話するみたいな構図にも見えなくないっすか」

 「そういう見方をするなら、親鳥と雛鳥に見えなくもないわね。シンジ君、凄い頑張ってるのよ~。肉を食べれないレイの為に別のおかず用意してあげたりしてるの」

 「やだ!シンちゃん献身的!」

 

 いや、ほんと。

 レイが家に来たのは良いとしよう。

 だが、お台所戦力が増えたわけではないのだ。

 そんな中、手間暇かけて品数増やすなんて想像もしたくない。

 というかアスカを考えるとこの先、増える見込みは無い。

 うーん、地獄かな?

 

 「ミサトさんは兎も角、カイまで何言ってるの?」

 「ちょっとミサトさんは兎も角って、あたしの評価酷くないかしら」

 

 ミサトさんは不満そうに抗議するも、シンちゃんジト目である。

 対してシンジの隣のレイは、いつもの無感情な目でこちらを見ていらっしゃる。

 いや……その目ぇ恐いんで出来たらこっち見ないで欲しいっす……。

 メンタルよわよわな俺はレイの直視に耐えきれずに目を逸らしてしまう。

 

 「赤木博士からは私が碇君をサポートするように言われているわ」

 「うん?」

 

 あの?

 話の流れが?

 ミサトさんもシンジも突然のレイの言葉にぽかんとしてるじゃないか。

 

 「だから、例えるのであれば私が姉で碇君は弟。私が親鳥で碇君が雛鳥となるわ」

 「お、おぅ……」

 「そ、そうね……」

 「綾波……たぶんそういう事じゃないよ……」

 

 ホント、事実の訂正って感じで言うのやめて貰っていいですかねぇぇぇ!

 遊び心の分からない正論ぶん殴りで俺とミサトさんは一撃ノックダウンだよ……。

 シンジの気遣いで追加ダメージ貰うわ。

 まぁネタにして遊んでたので俺もミサトさんもギルティだけどな!

 良し、無かったことにしよう。

 

 「それは兎も角、俺ってもう帰れそうなんですか?」

 「今日は様子見の為にここに泊まって何もなければ明日退院できるわ」

 「だ、そうだ。シンジ、台所が大変そうだけど今日明日は2人のお世話頼むわ」

 「うん、大丈夫だよ。カイはゆっくり休んでて」

 「ちょっとぉ。保護者はあたしなんだからね」

 

 いやそれは事実だけど今は台所の家事事情の話をしてるんですよ。

 台所出禁のミサトさんにそれを言われるとは思わなかった。

 俺とシンジは思わず顔を合わせた後、ミサトさんをジト目で見る。

 

 「そういう事は」

 

 俺が言葉を区切りシンジをチラ見すると、シンジが心得たというように口を開く。

 

 「他人が美味しいと思えるご飯を」

 

 シンジも同じように言葉を区切り俺を見てくる。

 そして2人でニヤリと笑いながら口撃を始める。

 

 「作れるようになってから言ってください」

 「ま、ガサツで」

 「ズボラな」

 「「ミサトさんに出来るとは思いませんけどね」」

 

 最後は2人で一緒に〆た。

 シンクロ率100%です!

 決めたったぜ。

 

 「う、うぐ……煩いわね!」

 

 ミサトさんの負け惜しみでオチが付き、思わず三人で笑うが看護師のにーちゃんから「病室内では静かに!」と怒られてしまった。

 レイはそんな俺達……いや、シンジを無表情で見つめている。

 まぁ、見てるって事はシンジの事が気になってるってことだよな。

 これから変わっていくレイを見ていけるのかと思うとそれはそれで楽しそうかも?

 というかリアル無表情は恐いので早くなんとかして欲しい。

 

 何はともあれ、早く家に帰りたい。

 明日よ、さっさと来いや!



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4-2 昼飯戦線異常無し!

 授業終了を告げるベルが校舎中に鳴り響く。

 俺は鞄にしまってある弁当箱を引っ掴んで屋上へ向かってダッシュする。

 同じようにベルが鳴ると同時に財布を引っ掴んで購買に向かって駆けだそうとするトウジと目が会った。

 

 「先いってるぜ~」

 「おう、直ぐに行くで!」

 

 お互い足を止めずに言葉を交わすとそれぞれの目的地に向かう。

 教室をチラ見すると、一足二足遅れたケンスケも財布を持ってトウジを追うように走り出していた。

 俺と同じく弁当持ちのシンジは、鞄から弁当箱を取り出して、立ち上がろうとしている。

 まぁ、どうせ先に屋上についても後からくる連中を待つから走る必要ないんだよな。

 けどこういうのは気持ちの問題っしょ!

 俺は早く屋上に行ってノンビリ空でも眺めてたいのでダッシュする!

 委員長ことヒカリが何か叫んでた気がするけどきっと気のせい。

 たぶん「廊下は走らない!」とかな気がするけど、聞こえてないから何を言われているのか分からんし。

 つまり俺が言われているとは限らない。

 きっとトウジ。

 よって俺は無実。

 ハイ、ダッシュ!!

 

 階段も一気に駆け上がり、屋上に出るとルンルン気分でお気に入りの角地をゲット!

 雲一つ無い青空を眺めながら昼飯仲間を待つ。

 昼なんて教室で食ってさっさと寝てれば良いとも思ってたけども、第3新東京市立第壱中学校は屋上が施錠されてないんだよね。

 最初は屋上で食べる昼飯イベントを興味本位でやってみたんだけど、教室から解放されて青空の下でご飯を頂くというのはやっぱいいもんで、なんだかんだと続けている。

 最初は俺1人でふらふら~っと屋上に行ってたんだけど、すぐにシンジがついてくるようになって、気が付いたらトウジとケンスケも屋上に来るようになった。

 

 ちなみに弁当は、シンジと俺で分担しながら皆の分も作ってる。

 元々は俺達2人の分だけ作ってたんだけど、レイが来てから3人分になって、後はついでとばかりにミサトさんと冬月さんの分も作るようになった。

 最近、シンジは冬月さんから、シンジの母親である碇ユイから預かってたというレシピノートを貰っていて、レシピを全部再現しようと、料理熱が上昇しているので、色々積極的になってて有難い限りだ。

 ちなみにレシピノートといっても手書きじゃなくてテキストエディタで書いたのを紙に印刷した奴なんだけど……エヴァ作品で碇ユイのレシピノートなんて出てきたっけか?

 うーん、改めて考えるとなんかおかしい気も……とか真剣に考えようとしたところで空腹を訴えるように盛大に腹が鳴った。

 

 あぁ、空腹で何も考えられねぇ……中二男子腹減りすぎじゃね……。

 三馬鹿早く来いよ~~。

 屋上に寝っ転がって何処までも広がっていくような青空を見上げる。

 は~……穏やかな夏日。

 ってか万年夏か。

 春秋冬が恋しいーぞーっと。

 俺が神様だったら日本に四季を復活させるね、等と頭を使わなそうなどうでも良い事を思い描き空腹を紛らわす。

 うん、紛らわん。

 

 しかし、今日はいい天気だよな。

 風も穏やかだし、ホント良い屋上飯日和だ。

 

 「本日は快晴也。い~い天気だなぁ~、縁側でぼーっとしながら茶でも呑みてぇ」

 「何いうとんねん、おっさんぽいで」

 

 声の方に視線を向けると、購買で買い漁った戦利品のパンを両腕に抱えたトウジが立っていた。

 後ろには同じくパンを手にしたケンスケと、弁当を持ったシンジが居る。

 

 「おいおい、少年は何れおっさんになるのだよ。俺は時代を先取りしてるのさ」

 

 あれ?

 三馬鹿トリオがなんかジト目でこっち見ながらひそひそ話してんぞ。

 

 「あいつ、ほんまおっさんぽいこというよな」

 「僕もそれ思った。碇、淡島の奴って前からそうなの?」

 「うん、なんか時々ああいう感じ」

 「あの、皆さん。そういうのは本人のいないととこで言って欲しいなと……泣くぞ!?」

 

 青少年たちは俺から滲み出るおっさん臭でも嗅ぎ取ってんのかよぉ!

 地味に傷つくんだがー。

 こちとら見た目は本物のぴちぴち14歳だぞ!

 ええい、てめーら笑うんじゃねー!

 

 

 

 「んまっ。んまっ……むぐ……ん……うま……んむ……」

 「ほんま、うまそうに食うやっちゃな」

 

 一心不乱に弁当をもぐもぐ搔っ込んでる俺を、笑いながらトウジが評してきた。

 口の中がおかずで一杯になってた俺は、箸を持った方の手でブイサインを返しておく。

 あれだ、空腹故詰め込まずにはいられないって奴。

 理性がゆっくり食べろと囁くんだけど本能というか手と口がとまんねぇ……まさか……暴走!?

 ハムスターのように、頬を詰め込んだ食べ物で膨らませながら、1人脳内突っ込みを繰り広げると、眼鏡をきらりと光らせながら、シンジの弁当を羨ましそうに見ているケンスケが視界に入る。

 

 「そういえば淡島と碇っていっつも弁当だね。まさかミサトさんの手作り弁当だったり!?」

 

 やめてくれケンスケ……ミサトさんの手作り弁当だったら俺は一口も手をつけんぞ。

 万が一その時が来たらお前に全部やるから米粒一つ残らず完食してくれい。

 

 「まさか、僕とカイで作ってるんだよ」

 「え!そういえば最近は綾波も弁当持ってきてるって聞くけど……ひょっとしてそれも?」

 「そうだよ。あれ?綾波も一緒に住んでるって話してなかったっけ?」

 

 シンジやレイ、俺がエヴァのパイロットって事は、なんかもう公然の秘密というか、クラスの連中みんな知ってる。

 シンジと俺は隠してたんだけど、速攻トウジとケンスケにバレたし、その流れでクラスの連中には知られるし、レイは吹聴してないんだけどNERVの呼び出しとか全く隠さないし!

 みんなNERV関係者の子供なんだろうけど……やっぱ隠す気ないんだよなぁ。

 どうせ補完でみんな仲良くL.C.Lコースだから頑張って秘密にしなくていいやとか思ってるよね?

 そっちにコスト割くなら補完計画邁進すればいいやって思ってるよね!?

 

 「お、お前らミサトさんだけじゃなくて綾波とも……この裏切りもん!」

 「クラスメイトと同棲だなんて、イヤ~ンな感じ!」

 「いや、パイロット用の宿舎みたいなもんだから。それに俺はお子様興味無いし」

 「せやな。カイは熟女趣味やんな。じゃミサトさんはどうや」

 「熟女じゃねーよ、大人の女性だ。ミサトさんはなーちょっとなー保留?」

 「我儘な奴やな」

 

 そう、断じて俺は熟女趣味ではない。

 人間、中学生、女に興味が無いだけだ。

 というか犯罪っぽくてマジ無理。

 あとミサトさんはほら、加持さんいるじゃん。

 またくっ付くんだろうし、寝取りは趣味じゃないんでとりあえずは無しで!

 

 「それじゃシンジはどうなんだよ」

 

 おっと、ケンスケ選手、シンジ選手に切り込んでいきます。

 

 「綾波とはそんなんじゃないよ。引っ越してくる前の家とか必要最低限の物しか無くて酷かったし、なんか放っておけないんだよね」

 「それ、恋じゃないの?」

 「どうなんだろ。良くわかんないや。そういうケンスケはどうなんだよ」

 「ミサトさん」

 「え?」

 

 予想外の言葉にシンジがはてなマーク浮かんでそうな顔してるよ。

 というかケンスケの奴、人の事を熟女趣味と言いながら自分だってミサトさん挙げてんじゃねーか。

 

 「あ、そっちじゃない?それじゃ今はAK-47」

 「えーと??」

 

 あん?

 俺もはてなマークだぞ。

 

 「自動小銃!かっけぇーよな!」

 

 突然立ち上がってエア小銃の構えを取り「ズダダッ」と撃ち真似始めやがった。

 こりゃ駄目だ。

 なんで突然そっちに振り切れるんだよ!

 

 「ミリオタは置いといて、鈴原君はどうなんだよ」

 「ワイか~。せやな~、ワイもやっぱミサ」

 「いや、洞木さんだろ?」

 

 もうこの2人はミサトさんにぞっこんだからな~。

 ハイハイ洞木ヒカリですよねって感じでぶった切る。

 

 「はぁああ!?どうしてそこで委員長がでてくんねん!」

 「メンドイからさっさとくっ付けよ。毎日夫婦喧嘩しやがって」

 「な、なぁーにが夫婦喧嘩や!」

 「はいはい」

 

 俺はヒカリがトウジの事を好きだって知ってるから気が付いたのかもしんないけど、本当にヒカリはトウジの事をよく見てるんだよな~。

 まぁ、だからトウジは口煩く感じたりするのかもしれないけど。

 口喧嘩とかやりとりもほんとじゃれてるみたいで微笑ましくて一生見れる。

 なんかアニメでアスカとシンジがじゃれてるのを見てた時みたいな心境になったわ。

 いいぞ、もっとやれ。

 

 「そんなことより!エヴァのパイロットって募集したりてないの?」

 「あん?」

 「エヴァの建造進んでるんだろ?な~お前らから推薦してくれよ~~」

 

 ケンスケの言葉に思わず低い声が漏れてしまうが、ケンスケは気にせず捲し立ててくる。

 いや、ケンスケのこの反応は、まぁケンスケらしいというか、これがケンスケだよな。

 

 「憧れるじゃん!あんなカッコイイロボットのパイロット!」

 「憧れだけなら、やめたほうがいいよ。それに、友達には乗って欲しくないな」

 

 おっと、俺が何か言う前にシンジから否定のお言葉。

 ちょっと困ってるというか戸惑ってるような……まぁ、友達に進めたいお仕事じゃないよな。

 痛いし、痛いし、普通に死にそうだし。

 

 「えー、綾波だってカイだって乗ってるんだろ?」

 「綾波は僕より前にパイロットだったから。カイだって、本当は乗って欲しくない……けどカイとは一緒に乗るってもう決めたから」

 「なんだよそれー、なぁ頼むよ~」

 

 俺もなんか飛び火してんな~。

 まぁ、一緒に乗ることには納得してるみたいだしいっか。

 ケンスケも諦めないだろうけど、静観してても後味悪いし援護射撃しとこ。

 

 「相田君、俺達からミサトさん達に頼んでも無理だと思うよ。それにそういう事、まずは保護者に相談してみたらいいんじゃないかな。NERVの関係者なんだろ?」

 

 あとは自分で調べるとかな。

 ケンスケはコアの秘密に辿り着くし情報収集能力ヤバイ。

 というか早めに父親と話をして、諦めるところまでいって欲しい。

 ケンスケがパイロットに選定される状況って、バルディエルが3号機搭乗前に発見、処理されてトウジがパイロットになるルートだ。

 んで、その後にトウジが使徒との戦闘で死んでケンスケがパイロットに選ばれる。

 しかも、たぶんケンスケがパイロットになる事を反対するであろうケンスケの父親が事故にあうというイベント付だ。

 あれも本当に後味が悪すぎる。

 

 「え~、パパに相談か~」

 「コラ、大概にせぇ」

 「あいた」

 「2人とも困っとるやろ。この話はここまでや」

 

 まだ不満そうなケンスケにトウジがチョップを決めて話を打ち切ってくれる。

 さすがトウジ、略してさすトウ。

 実は気が利く良いヤツだよな~。

 ここら辺はやっぱ妹がいるお兄ちゃんキャラと一人っ子の違いなのかね。

 

 「あ、それじゃ明日の土曜日は新湯本行かない?欲しいゲームがあるんだよね」

 「欲しいCDもあるし行こうかな。午前は用事があるけど、午後からなら大丈夫だと思うんだ」

 「それじゃ、シンジの用事が終ったら連絡くれれば迎えに行くよ」

 「うん、宜しく。カイはどうする?」

 「ん-、明日は午前はお仕事だよな……」

 

 確か明日は朝からハーモニクステストだっけか。

 しかもプラグスーツの補助無しでやるヤツ。

 オートパイロット用のデータ収集っていってたからダミープラグの為かと思うと気も乗らん。

 あと、果てしない減菌処理工程を考えただけでもうやるきゼロ。

 それになぁ……シンジの、トウジやケンスケとの交流も邪魔したくねぇよなぁ……。

 あー、断る理由ばっか探してるから今回はスパっと断ろう。

 明日は午前お仕事頑張って午後はだらだらビールです!

 ペンペンと呑みかわすぞーっ。

 酔いつぶれるまでが俺にとっての一缶だっ。

 

 「俺はパス。たぶん疲れきってるから家でだらだらしたい」

 「やっぱオッサンだよ……トウジはどうする?」

 「ええで」

 「おうおう、三馬鹿で行って来い」

 「「「誰が三馬鹿だ!」」」

 

 ご唱和有難うございます。

 俺だってオッサンじゃねーよ!!



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4ー3 俺……汚されちゃった……

 はい!

 本日はプラグスーツによるシンクロ補助無しのハーモニクステストです!

 素っ裸になってエントリープラグに搭乗しないといけないから、前準備が面倒くさいのなんの。

 既にシャワーを浴びたり強風に晒されたり謎の液体に漬けられたりされて疲労困憊です!

 だが、減菌処置工程はまだまだ中盤だ。

 しかも、次は俺にとって最大の難関が待ち受けている。

 

 扉が開くと、防護スーツに身を包んだ2人の男が部屋の中で俺を待ち構えていた。

 その脇には大小様々なブラシやホース、剃刀等が吊るされている。

 防護スーツを着てる奴等の性別がなんで分かるかというと、これから俺に対して行われる悪魔の所業に対する配慮として、同性の職員が対応することになっているからだ。

 

 防護服NERV職員×2 VS マッパ俺

 ふぁいっ!!

 

 俺は部屋に一歩踏み込むと先制攻撃を仕掛ける。

 こういうのは先手必勝だからな。

 

 「ものは相談だけどこの部屋の減菌処理はもう終わったことにしない?」

 『『却下だ』』

 

 防護服内のマイクを通して発せられる音声が、同に部屋の中へ響く。

 ハモんなよ仲良しかよ。

 うん、オレヨクワカラナカッタナー。

 なんか、容赦なく俺の提案を切り捨ててくれた気がするけどきっと気のせい……。

 いやいや、現実逃避してても状況は悪くなるだけだ!

 俺だってここで引くわけにはいかない。

 

 「リツコさん個人授業の音声データでどうだ!」

 『な……んだと』

 『駄目に決まってるだろう』

 

 ダメ元の交渉だったが、片方がまさかの反応。

 これは……いけるか!?

 

 『カイ君、後で没収します。大人しく提出しなさい』

 「あーーーーーーー!!」

 

 リツコさんの容赦ないお言葉に俺はその場に崩れ落ちる。

 そんな俺を慰めるように防護服達が俺の肩を叩いてくる。

 

 「同士よ……」

 『誰が同士だ』

 『つ か ま え た』

 「ヒィ。や、やめろ!やめてくれ!」

 『あ、こら、暴れるな!』

 

 無駄な抵抗と知りつつも何とか逃れようとするが、大の男2人にがっちりと掴まれてずるずると引きずられてしまう。

 そのまま椅子に座らせられると、手すりや椅子の足の拘束具で身体が固定された。

 

 「な、なんだよこれ!ひでえよ!!お前らシンジ達にもこんなことしてんのかよ!」

 『他の2人は大人しく処置を受けてくれてるからな。こういう器具は必要無い』

 『クックック、前回は随分暴れてくれたからな。諦めろ、大人しくしてたら悪いようにはしない』

 「っく……殺せ!」

 

 仁王立ちになって俺の事を見下ろしてくる防護服に思わずくっころしてしまう。

 うむ、イケテル男子はいつだって遊び心を忘れないものだ。

 

 『こら、お前ら悪乗りするな。というか君はどこでそういうのを覚えてくるんだ』

 「てへぺろ」

 『てへぺろってお前なぁ。ほら、始めるぞ』

 「あ、やめて……ちょ!やめ、摘ままないで引っ張らないで!いやーーーーー犯されるぅーーーーーー!!」

 

 

 

 そして俺は、ただひたすらに天井の染み無心にを数えていた。

 いや、天井に染みなんてねーよ真っ白だよ!

 

 目を閉じて、開いた時には全てが終っていた……。

 なんて都合よくいかないですよねーーーーーー。

 死ぬ死ぬ、心が殺されていく……ああ……俺の身体……汚されちゃった……

 

 

 

 為す術もなく下やら中やらの洗浄後、そのまま下やら脇やら体毛をツルツルに剃られて無事俺のメンタルは死亡しました、ちーん。

 とはいえ髪の毛の生存はなんとか許されている。

 いや、リツコさんは最初は髪も全剃りでいくつもりだったらしく、ニコニコしながらウィッグはどれが良いか聞いてきたんだけど、もう全方位泣きついた結果、レイという女の子もいるということでそこはご勘弁いただけた。

 その代わりといってはなんだけど、その他がもうホント容赦なくて、もうお婿にいけねぇよ!

 

 そんな地獄を体験してぐったりした俺は、上半身の洗浄を大人しく受けている。

 今はブラシで頭部の細かい所のお掃除をされているのだ。

 

 「あぁぁぁぁぁ……耳裏気持ちいいれす……」

 

 耳をそっと抑えられ、マッサージするように動く柔らかいブラシの感触に思わず声が漏れてしまう。

 これが……わからせ!?

 

 『ほら、口開けて。次は口内洗浄だ』

 「んぁ……」

 『ちょっとしょっぱいけど我慢しなさい』

 「ん……」

 

 防護服は手にした器具を俺の口の中にそっと差し込むと、歯の隙間等々丁寧に掃除していく。

 俺が大人しくしてるからか、口内洗浄をしてる防護服が優しい。

 紳士防護服と名付けよう。

 区別のためにもう一人はチャラ防護服だな。

 リツコさんの音声データに反応してたからな。

 あー、それにしても口ん中しょっぺぇなぁ。 

 

 『ほら、口濯いで。水はこっちに出しなさい』

 

 紳士防護服に差し出されたストローを咥え、水を口に含んで濯ぎ、差し出された桶にペッと吐き出す。

 

 『大人しくしてりゃ可愛いもんだな』

 「え?ショタコンなん?さすがにショタオジにこんな事されると性的な問題があって危険がすぎるのでチェンジで」

 『ちげぇよ!』

 「あいた」

 

 チャラ防護服を揶揄ったらチョップされてしまった。

 こんなお仕事を任されるぐらいなんだから、防護服ズは2人とも綺麗な性癖なんだろうな。

 頼むから綺麗であってくれ。

 というか綺麗な性癖ってなんだよ。

 

 『よし、これで終わりだ』

 

 防護服ズは全ての道具をラックに掛けると椅子の拘束具を解除する。

 

 『次の部屋行って来い!』

 「りょーかいっすー……っと……こ、このまま?」

 

 椅子から立ち上がった所で、色々された事により反応してしまい、すっかり元気になってるソコを見下ろす。

 うーん、敏感な中二男子の主張が激しい。

 

 俺の言葉に防護服ズも俺のソコを見下ろす。

 防護服ズにはあんな事やそんな事をされた後なので、彼らに見られても最早恥ずかしくもなんともない。

 

 『あ、あれだ。まだ冷たいのと熱いのとかあるから収まるだろ!』

 『余計な事をしたら洗浄のやり直しだから我慢してくれ』

 

 手をばたつかせて慌てるチャラ防護服に対して、紳士防護服は若干申し訳なさそうな感じだ。

 

 「うぃっす……行ってきまっす。けどさすがに見られてるかと思うと恥ずいかも」

 

 うーん、けど股間を手で覆って歩くのもカッコ悪いか……堂々と見せびらかしてくかーちくしょー

 

 『あー……プライバシーに配慮してだな、映像は映ってないぞ』

 

 という事を言ってるけど、がっつりモニターしてるって知ってんだかんな!

 アニメで見てたし!

 

 「そうでした。それじゃ気にしないで堂々と見せびらかしつつ行ってきます!」

 『その、なんだ……ほ、ほどほどにな?』

 

 防護服ズの気遣いが辛い!!

 

 

 

 全ての減菌工程を終え、テスト用のエントリープラグが設置された無菌室に辿り着く。

 服を脱いでからここまでに出逢ったのは防護服の2人組だけだ。

 正直ここまでやる必要あるん?っていうのもあるし、ダミープラグのためのデータ収集かと思うとやる気もゼロっすってヤツである。

 折角の土曜日にこの仕打ちって何?

 俺、帰ったら揚げ物とビールで堕落した休みを過ごすんだ……

 心の中でフっと笑いながら華麗に死亡フラグを立てて遊んでいると、室内に設置されたスピーカーからリツコさんの声が響いた。

 

 『カイ君、減菌処置工程は全て完了しているわよ。シンジ君とレイを待たせてるからエントリープラグに登場して頂戴』

 「おっとすみません。シンジ達は早いっすね」

 『そりゃシンジ君達はカイ君みたいに抵抗しないもの~』

 

 おっと、自称俺とリツコさんのピロートークに闖入者がやってきたぞ。

 

 「男子たるもの望んでもいないのに大事な所を引っ張られたり、突っ込まれてお掃除されるなんで暴挙を黙って受け入れるわけにはいかんのですよ」

 

 俺だって脱毛とか健康法とかで、望んでやる人たちを否定するわけじゃーない。

 下を永久ツルツルにしていた穴が合ったら入りたい系の知人が「終わったらサッと吹けるから楽」みたいな事いってたけど、当時の俺も整えるぐらいだったんで、全剃りは慣れん。

 

 「あ、リツコさんがやってくれるなら大人しく」

 『サードチルドレン!遊んでないで早く搭乗してください!!!!』

 

 俺が欲望垂れ流そうとしたら、スピーカーから室内が揺れるかと思うような怒声が鳴り響く。

 あー……潔癖オペのおねーさんっすね……。

 向こうでは「不潔です!!」って言われてそうだなぁ

 シンジ達も待たせてるしさっさとテストすっか!

 

 

 ■■■

 

 

 「不潔です不潔です不潔です不潔です不潔です不潔です不潔です不潔です不潔です不潔です不潔です不潔です不潔です不潔です」

 

 伊吹マヤは、人を呪い殺せそうな低音で只管に呟いていた。

 伊吹マヤ自身、あの減菌処置工程を自身がやれと言われれば確かに答えは「No」だ。

 だがしかし、それは淡島カイが憧れの先輩に対してセクハラをしていい理由にはならない。

 例え、赤木リツコが気にしていなかったとしてもだ。

 

 「マヤ、集中しなさい。私は気にしてないわよ」

 「すみません、先輩」

 「それに、私は人に倫理観を求める事が出来るような人間ではないわ」

 「そんなことありません!」

 

 声を荒げる伊吹マヤに、何事かと周囲のオペレーターや葛城ミサトが顔を向ける。

 そんな伊吹マヤに対して、赤木リツコはディスプレイに映し出される数値に目を向けたまま冷静に対応をしていた。

 

 「これまで私達がしてきたことも、この実験の意味も、わかっているでしょう?私達のしている事はそういう事なのよ」

 「自分がしている事は分かっています。けど、納得しているわけではありません」

 「直ぐにとは言わないけど考えを改めなさい。この先、辛いわよ」

 「……」

 

 赤木リツコの言葉に、伊吹マヤは言葉を返すことが出来ずにいたが、一度目を閉じて、気持ちを切り替えると、最初に赤木リツコからかけられた言葉通り、今自身が為すべきことに集中した。

 葛城ミサトは、2人に会話で重くなった室内の空気を完全に無視して、珈琲を片手に赤木リツコの傍に移動した。

 

 「オートパイロットシステム……ダミープラグだったっけ。正直どうなの」

 「まだプロトタイプのためのデータ収集の段階よ。今日の模擬体でのテストが終ったら、実機でのテストに移れそうね」

 「パイロットが3人いてエヴァも2機あるんだからそこまで急がなくてもとは思うけど。カイ君とレイの同乗テストもまだ出来てないじゃない」

 

 葛城ミサトは、手にした珈琲に口を付けるが、冷めてしまった珈琲の味わいに思わず顔を顰める。

 

 「そうなのよね。カイ君がレイと同乗出来るなら、シンクロ率が高いシンジ君は1人で乗ってもらった方がいいわ。シンクロ率だけを見れば、だけど」

 「リツコはシンジ君1人だと不安?第7使徒の時は大丈夫だったじゃない」

 「カイ君がシンジ君のメンタルケアをしているような所もあるでしょ。第6使徒の時の事を考えるとカイ君とシンジ君はセットで運用した方がいいのかもしれないわ」

 「それはまぁ、確かにそうね。けどずっと一緒じゃ成長もないのよね~、難しいわ」

 

 赤木リツコは思わず溜息を吐く。

 葛城ミサトの言うように、時間とパイロットの体力が許すのであれば、カイとレイの同乗テストも含め各種実験、検証を実施したい。

 しかしパイロットもデータ収集のためのテストだけではなく、エヴァに用意した武装に合わせたパイロット本人の武術や射撃訓練もあるため、時間の確保が難しい状況だった。

 さらに、碇指令からはダミーシステム対応の優先度を上げるよう指示されている。

 とはいえ、パイロットに無理を強いればエヴァとのシンクロに影響が出かねないため、パイロットのスケジュールに何もかもを詰め込むことも出来ない。

 時間がいくらあっても足りない状況だ。

 

 「原因不明の自律稼働をするエヴァに、オートパイロットシステムって不安しかないけど」

 「米国のNERV支部で建造している3号機と4号機に使いたいらしいわ」

 「そういえばみんなパイロットも選出出来てないのによくこんな金食い虫建造するわよね。そんなお金があるなら福利厚生として毎日ビールでも支給してほしいわ。」

 

 エヴァの建造費や維持費を頭に思い浮かべた葛城ミサトは、頭を振りながら自らの欲望を口にした。

 

 「ドイツ支部でも5号機、6号機を建造中。だからパイロット不要のダミープラグも急かされているんでしょうね」

 「ドイツは第3支部でも弐号機を組み立ててもらったから、バチカン条約ギリギリね。それで5号機と6号機はどんな感じなの」

 「状況については私の権限でもアクセス不可」

 「リツコでも?何よそれ……」

 「私より上位権限を持つ真希波博士により機密情報として制限されているのよ。あと聞かれる前に答えておくけど、米国のNERV支部はドイツ支部で修復中のS2機関の提供を要請しているわ」

 

 赤木リツコの言葉を聞いた葛城ミサトは冷めて味も風味も落ちた珈琲を口につけたまま静止してしまう。

 しばらく後、再起動をした葛城ミサトの顔には「呆れた」という表情が張り付いていた。

 

 「はー……まだ不安要素も多いエヴァによくもまぁ、解明出来ていないもの積もうとするわね」

 「本当よ。辞めるように言ってるのだけど、米国内の圧力もあるみたいね。ドイツで建造中のエヴァに使われるぐらいなら自分達が使うって考え方みたい」

 「一応聞いておくけど、5号機と6号機に搭載予定なの?」

 「さっきも行ったように情報は未開示、アクセス不可。だから疑心暗鬼になってるのかもしれないわね」

 「あたし、プロトタイプとテストタイプでも、パイロットがいて運用出来てる零号機と初号機が配備されている日本にいて良かったって心底思うわ」

 

 葛城ミサトが最後に漏らした言葉に、室内のオペレーター達は心の中で同意していた。



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4-4 盃に潜むは影か蛇か

 「本日の淡島カイは閉店です。またのご利用をお待ちしておりません」

 

 素っ裸ハーモニクステストを終えて傷心の俺は、お家に帰って即オフモードに変身。

 つまりトランクス一枚。

 そして心の傷を紛らわすために、床をゴロゴロと転がっていた。

 ペンペンはそんな俺を追いかけたり、逃げてみたり飛び越えてみたりして遊んでいる。

 くぇくぇ楽しそうだけど俺はそんな気分じゃありません!

 

 「カイ君にも繊細な所があっておねーさん安心しちゃった」

 

 枝豆摘みつつ、ビール片手に暴言を吐いてくれてるのは勿論ミサトさんである。

 俺はうつ伏せになったタイミングで転がるのを辞めると、そのままずりずりと這い寄る死体のようにミサトさんほうへゆっくりと移動する。

 そんな俺にビビったペンペンは鳴き声を上げながら部屋から逃げ出してしまった。

 

 「クェェェ!」

 「ちょ、カイ君、それ恐いから辞めて!」

 「繊細なお子様を揶揄うからっすね」

 

 椅子の上に足を退避させて早々にギブアップしたミサトさんを、仰向けになって頬を膨らませて睨む。

 俺はご不満です!

 あんな事されりゃーそらメンタルボロボロになるって!

 

 「ミサトさん、あまりカイを揶揄わないでください。ほら、カイもご飯できたから食べちゃって」

 「しんじぃ~~~~」

 

 やっぱり希望はシンジしかいねぇ。

 俺は泣き真似をしつつも食卓に着いて箸を手にする。

 食卓に用意された昼食は3人分。

 レイはNERV本部に居残りだったからから、俺とシンジとミサトさんの分だ。

 レイはあれかね、赤木博士の所で調整かね。

 しかし、昼の準備は全部シンジに任せちまったな。

 

 「今日は使いものにならなくてわりぃ」

 「カイ君はボロボロなのにシンちゃんは平気なのも以外よね」

 

 配膳してくれてたシンジがピシリと固り、みるみる耳まで赤くなっていく。

 またミサトさんいらん事を。

 さてはもう結構呑んでるな?

 

 「へ、平気なわけじゃありません!僕だって恥ずかしいですよ。けど、他の誰かに見られてるわけじゃないですし!」

 

 シンジの言葉に思わず目を逸らしてしまう。

 あ、ミサトさんも目を逸らしてる。

 いや、この反応はやっぱり映像映ってるな。

 

 「俺は見られてようが見られてなかろうが、アレはちょっとメンタルにクるものがあるかなぁ~。ミサトさん、アレっていつまでやるんです?」

 「プラグスーツの補助無しの模擬体での試験はもう終わりって聞いてるわ。次からはプラグスーツを着て実機での試験になるから、あの減菌処置は今回で終わり。安心した?」

 

 ミサトさんの言葉に俺とシンジは顔を見合わせ同時に溜息を吐く。

 

 「めっちゃ安心した!」

 「安心しました」

 

 あー、えがった!

 いや、けどダミープラグ開発の進捗が順調なのはあまり良い事ではないか?

 ん-……皆のトラウマシーンで活躍してくれるもんな~。

 バルディエル戦に、弐号機の鳥葬。

 うーん、どっちもリアルで目にしたくねぇイベントだ。

 

 その後、昼の団欒の話題は、他愛もない学校生活、成績の話やら、トウジやケンスケといった友達の話題にシフトした。

 そして、昼食を食べ終わったころ、インターホンが来客を告げた。

 トウジとケンスケがシンジを迎えに来たかな?

 

 「あ、俺が出るよ……はい、ちょっと待ってて……シンジー、鈴原君と相田君が来たぞー」

 

 食器を片付けるついでにインターホンのスイッチを押すと、映し出されたのは予想通りトウジとケンスケだ。

 

 「有難う!それじゃミサトさん行ってきます」

 「気を付けるのよ~」

 「カイはやっぱり行かない?」

 「傷心のカイ君はお家でまったりペンペンといちゃいちゃしてるぜ」

 

 俺と一緒に出掛けたいと思ってくれてるのは嬉しいけどな、やっぱり断った。

 3人で楽しんで来い。

 

 「そっか。それじゃ行ってくるね」

 「おうおう楽しんで来い~。2人に宜しくな」

 

 ミサトさんと一緒に手を振ってシンジを見送る。

 玄関の方からトウジとケンスケが何か喋ってる声が聞こえるが、遠いのでさっぱり聞こえん。

 きっとミサトさんを一目見たかったけど、目に出来ず怨嗟の声を上げているのだろう、うむ。

 

 1人納得していると、ちびちびとビールを呑むミサトさんがチラチラこちらを見てくる。

 うーん、俺がいると諜報部に連絡しにくいのかなぁー。

 けど、俺が気を遣うのも面倒くさいしささっと連絡してもらおう。

 

 「ミサトさん」

 「何?」

 「連絡しなくていいんです?」

 「誰に?」

 「シンジの監視?」

 「……」

 

 短い言葉のキャッチボールはあっさり途絶える。

 ミサトさんは俺の言葉に返事はせずに立ち上がると、電話を手に取った。

 

 「サードチルドレンは予定通り外出、フォースチルドレンは家にいるわ……ええ、家は大丈夫だからサードチルドレンの警護を予定通りに」

 

 必要な事を伝え、電話を切ったミサトさんが溜息を吐く。

 お疲れですね!

 

 「俺の事、気にしなくていいすよ?」

 「カイ君が気にしてなくても、あたしが気にするのよ!」

 

 そらそうでしたね、だってオトナだもの。

 失礼しました!

 けど、そういう気遣いはシンジに回してやっとくれ。

 

 「たはは、そこはもー諦めましょー。空いた皿、片付けちゃいますよ。俺も呑みたいんで何か摘まめるものでも作りましょーか」

 「全くも~。あ、お摘み宜しく~」

 

 ミサトさんもご不満そうだけど許容してるし、様式美とでもいうやり取りだろうか。

 ミサトさんは気にしてますよってスタンスを示して、俺は気にしてないですよという事を言葉で遣り取りする。

 超能力者じゃないんだから、黙ってたら分からんし伝わらん。

 確認という事でも必要な遣り取りだったという事かね。

 

 「よっしゃ!今日は家でゆっくり呑んだくれましょ」

 「そうねぇ。あ、カイ君はほどほどによ!ほどほどに!」

 

 あ、これも様式美ね、うん。

 大人だもんー、一応注意しないとねー。

 よし、さっさと呑ませて潰すか。

 

 

 

 

 「ふ、冬月さんお勧めのお酒が呑めるなんてラッキーだな~」

 「そ、そうね、カイ君、しっかり味わいましょ」

 

 俺とミサトさんは若干緊張した声音で言葉を吐いた。

 目の前には笑顔の冬月さんが座っており、食卓には数本の日本酒の瓶が並んでいる。

 

 どうしてこうなったのか。

 確か、幾つか摘まめるものを用意してさぁ呑むぞ!ってタイミングで冬月さんが帰ってきたんだ。

 ミサトさんが社交辞令的に冬月さんを誘ったら、買いすぎて消費できてない酒があるという事で、提供いただける事になったというか、一緒に呑むことになったんだった。

 冬月さんが早く帰って来た日などは夕飯を一緒にいただくこともあったけど、ガッツリ呑みというのは初めてなので若干緊張気味。

 

 俺が作った摘みに、冬月さんが貝紐やらエイヒレやら乾きものを追加してくれていて食卓が豪華な感じだ。

 

 「ぐい呑みでもお猪口でも好きなものを使いたまえ」

 

 冬月さんが、大きめのお盆に大小様々な酒器乗せて差し出してくれる。

 日本酒か!

 あー、悩む。

 切子のお猪口もいいな~、けど黒がメインで、斜めに青が入ってる陶器のぐい呑みも捨てがたい。

 

 「俺はこれにしますね!」

 「それじゃあたしはこれをお借りしますね」

 

 超久しぶりの日本酒に頬が緩みっぱなしの俺は、黒と青のぐい呑みを手に取った。

 ちょっとざらっとした触感と色味が気に入った!

 ミサトさんは赤い切子のお猪口を手にしている。

 うん、ミサトさんもイメージカラーは赤だよなぁ。

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 淡島カイは手にしたぐい呑みにゆっくりと口を近づけ、一口含んだ。

 

 「んくぅ……ん……ふぅ~……日本酒いいすねぇ~~」

 

 余程、日本酒が気に入ったのか締まりの無い笑顔を浮かべている。

 葛城ミサトはお猪口という事もあるが、注ぐペースが速い。

 

 「さすが副司れ、じゃなかった冬月さんがお勧めするだけあって良いお酒ですね。カイ君、それ呑みやすいから呑みすぎないようにホントに気を付けてね」

 

 葛城ミサトは冬月コウゾウを、副司令を呼ぼうとしたが、家では役職で呼ばないルールがあるため、「冬月さん」と言い直した。

 冬月コウゾウは青い切子のぐい呑みに満たされた透明な液体に口をつけている。

 

 「うむ。ミサト君の言う通りだな。カイ君はあまり呑みすぎんようにな」

 「はい、そこは勿論。んっく……ふあぁぁぁ。あ、ミサトさん、俺は手酌友の会なんで注がなくていいっすよ」

 

 冬月コウゾウと葛城ミサトからの「呑みすぎないように」という注意を聞いているのか聞いていないのか、ぐい呑みに満たされた液体を飲み干すと、日本酒を注ごうとする葛城ミサトを制して、自らぐい呑みに並々と日本酒を注いでいる。

 

 「けど、いいんですか?冬月さんのお酒をこんなに出して貰って」

 「なに、今日は。カイ君がシンジ君と出かけないと聞いてね。今日のハーモニクステストは大変だったんだろう?気分転換も必要だ」

 「そぉおおおーなんですよー!もう、あれ、二度とイヤっす!!!あ、ミサトさん、そっちの瓶とって貰っていいですか?」

 「ちょっちまって。これ?あ、こっちね。さすがにアレはしんどいわよね、リツコから説明受けた時は、あたしも冗談かと思ったもの」

 

 葛城ミサトは、今日のハーモニクステストに荒れる淡島カイに日本酒の瓶を手渡した。

 瓶を受けとった淡島カイは笑顔を浮かべ、ぐい呑みに酒を注ぐ。

 

 「よっ……と。けどテスト三昧でもいいから平和な日常が続いて欲しいなぁ」

 「あら、テストばかりだと暇だから早く実戦したいのかと思ってたわ」

 「俺をなんだと思ってるんですか。早く実戦したいのはミサトさんでしょ?俺は平和が約束されるならあのテストが毎日でも我慢するし」

 「ちょっと何よそれ」

 「俺はミサトさんと違って使徒絶対殺すマンじゃないですしー」

 「アンタ何言ってんのよ、使徒は人類の敵でしょ」

 

 売り言葉に買い言葉か、最初はお互いの言葉に若干の棘が混じる程度だったのが、酒が進んだ勢いもあり、一気に険悪な雰囲気となる。

 淡島カイは葛城ミサトを辟易したような半目で見ている。

 葛城ミサトもまた、若干の敵意の籠った視線を淡島カイに向けていた。

 

 「2人とも落ち着かんか」

 

 冬月コウゾウは手にしたぐい呑みに満たされた液体を飲み干すと、睨みあう2人を制した。

 2人は不満そうにしつつも口を噤み、それぞれが手にした酒器を満たす酒を飲み干すと、瓶を手に取り再び酒器を酒で満たしていく。

 葛城ミサトは淡島カイを眼光鋭く睨みつけ、淡島カイは目を逸らすことなく、見下したような瞳で葛城ミサトを見返している。

 冬月コウゾウは2人の様子を確認すると、瞼と閉じてこの後の対応を思案した。

 そして、葛城ミサトに顔を向け、口を開く。

 

 「これまで我々が戦ってきた使徒。彼らが我々に対して敵対的であったというのは事実だろう。第3新東京都市を目指していたということから、NERV本部地下に安置している第2使徒リリスへの到達とインパクトが目的と言える。つまり彼らは人類の敵だった」

 

 冬月コウゾウの言葉に、葛城ミサトは勝ち誇ったような笑みを浮かべ頷き、淡島カイはそんな葛城ミサトを半眼で見ている。

 一方、冬月コウゾウは自身の言葉、第2使徒リリスが地下へ安置されていること、またインパクトが目的という言葉に淡島カイが反応をしない事を確認していた。

 碇シンジが第2使徒リリスとインパクトの情報について、第7使徒との戦い前に葛城ミサトから情報を得ている事は確認している。

 しかし、この情報が碇シンジから淡島カイに伝わっていない事は、各種監視や盗聴で確認していた。

 冬月コウゾウの言葉に反応を示さないという事は、淡島カイがこの情報を予め知っていたという事を意味していた。

 

 「君が葛城博士、父親の仇として使徒を憎んでいる事は私も知っている。では問おう、君の父親が死んだのは何故だ」

 

 冬月コウゾウの話題転換に、葛城ミサトと淡島カイは思わず目を瞬かせた。

 

 「それは……」

 「セカンドインパクトなんじゃないですか?」

 

 言い淀む葛城ミサトを一瞥した淡島カイが言葉を続けた。

 冬月コウゾウは淡島カイの言葉を聞いて頷く。

 

 「そう、葛城博士はセカンドインパクトにより還らぬ人となった。ではセカンドインパクトは何故起きたか分かるかね?」

 「それは、南極で発見された最初の使徒が起こしたんですよね。あたしは、アレを見ましたし、そう聞いてもいます」

 「南極に最初に使徒がいたこと、そしてセカンドインパクトが起きたことは分かりやすい事実だな。では葛城君の言う通り、第一使徒がセカンドインパクトを起こしたとしよう。君の憎悪の対象は第一使徒かね。それともそれ以降に現れた使徒かな」

 

 冬月コウゾウの言葉を聞いた葛城ミサトは、霞がかかったように鈍る思考を何とか稼働させる。

 

 「それは、私の使徒への憎しみは間違っているということですか?」

 「個への憎しみを、それが属する全体へ向けることの正否については難しい話だな。君の中でどう整理をつけるかという問題だ。それを決めるのは第三者ではないよ」

 「副司令は、あたしにどうしろって言うんですか」

 「探したまえ、君が知らない事を。ほら、2人とも手が止まってるぞ。これはなかなか手に入らない酒でね、遠慮なく呑みたまえ」

 

 冬月コウゾウは、葛城ミサトと淡島カイの前に薄緑の小瓶を置くと蓋を明ける。

 蓋が開く際に、プシュ、と音が鳴った。

 

 「ま、まさかスパークリング日本酒……!?」

 

 音に反応した淡島カイが瓶に顔を近づけ、締まりのない笑顔を浮かべると、好き、愛してるなどブツブツ呟きながらぐい呑みに注ぎ、葛城ミサトに瓶を手渡した。

 瓶を受けとった葛城ミサトはお猪口に注ぎ一口飲むと、驚いたような顔を浮かべ、再びお猪口に酒を注いだ。

 

 「これ、美味しい!」

 「あ、ミサトさん!少ないんだから1人で飲み干さないでよ!?」

 

 淡島カイは慌ててぐい呑みを満たす酒を飲み干すと、葛城ミサトの手から瓶を奪い取った。

 

 「そういえあ、冬月さんあせかんどいんぱくとの真実を知ってるですよね」

 

 淡島カイが思い出したよう冬月コウゾウに問いかけるが、呂律が回らなくなってきている。

 その言葉を聞いた冬月コウゾウは目を細め、顔や身体がほんのりと赤くなっている淡島カイを見つめた。

 

 「カイ君、君の目的は何だね」

 

 自信の問いかけへの答えではなく、問いかけられたことに対して、淡島カイは、きょとんとした顔で冬月コウゾウを見つめ返し、ふにゃりとした笑顔を浮かべた。

 

 「かえいたい。それあむいなら、できうだけ、くうしみたくないす。あやくいにあい。このせあいあ、こあいでうよ。かえいたい、かえいたいえう」

 「カイ君、喋れて……ない……わよ」

 

 瓶を掴んたまま、鈍い舌をなんとか動かして淡島カイは答えた。

 葛城ミサトは食卓の上に突っ伏していて、半分寝かけている。

 

 「どこに帰りたいのかね」

 

 冬月コウゾウの言葉に、淡島カイはこくりこくりと船を漕ぎながらも口を開く。

 

 「おえの……いあ……せあい……」

 「何故、返りたいのかね」

 「うい……い……か……あい……」

 

 淡島カイは、最後まで言葉を言い切る事が出来ずに意識が途絶え。小さな寝息を立てはじめた。

 

 「さて、どうしたものかね」

 

 冬月コウゾウは、青い切子のぐい呑みを満たす液体()を飲み干すと、天井に向かって呟いた。



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4ー幕間或いは舞台裏1 全てはあの夏色の記憶の為に

 「だ~れだ」

 

 女の声と共に、司令室に座る碇ゲンドウの視界は柔らかく、暖かい掌によって覆われた。

 碇ゲンドウの身体は、視界が塞がれた瞬間、反射的に動いていた。

 視界を塞ぐ手を掴み、捻り揚げようするが、碇ゲンドウの意識が女の声が何者かを認識し、手を掴んだ所で身体の動きを止める。

 

 「情熱的に掴んでくるのはいいけど、女性の手を握るときに込める力じゃないかにゃ」

 「真希波博士か」

 「ご名答~」

 

 揶揄するような声音に、碇ゲンドウは確信をもって相手の名を告げた。

 告げられた女、真希波マリは碇ゲンドウの視界を塞ぐ手を外すと、司令室の机に腰掛ける。

 

 年は30代前半、赤みがかったロングの茶髪、胸元が開いた白いブラウスに薄ピンクのジャケット。

 碇ゲンドウの記憶に残る碇ユイの赤い縁の眼鏡。

 真希波マリの赤い眼鏡が視界に入った瞬間、碇ゲンドウは思わずその眼鏡に手を伸ばすが、真希波マリは片手でその腕をそっと抑えた。

 

 「駄目だよゲンドウくん。この眼鏡は私の宝物なんだから」

 「……真希波博士、どうやって入ったかは聞くまい。何故、日本にいる、アダム計画はどうした」

 「アダム計画責任者真希波マリ博士はお仕事がひと段落したから休暇中よん。ふふ、そんな可愛い目で睨まないでほしいにゃ。ゲンドウくんが欲しいものはおじーちゃん達の鈴が届けることになってるよ」

 

 真希波マリは、鈴を転がすような声で楽しそうに笑っている。

 しかし、多くの異性を魅了するであろう真希波マリの容姿を目の前にしても碇ゲンドウは揺るがない。

 

 「報告は受けていないが」

 「それは鈴くんのお仕事じゃん。正式ルートならあたし関係なくない?NERV所属じゃないんだから」

 「無駄話をしに来たのか」

 「相も変わらず堅物だにゃ~。おじーちゃん達がサルベージしたアダムの魂はどう使ったと思う?」

 

 真希波マリは焦らすように言葉を区切ると、碇ゲンドウの顎に細い指を添え、そっと上を向かせて目線を合わせる。

 

 「葛城調査隊が実施したアダムへのダイレクトエントリーの副産物。色々と破損が激しかったけど修復してなんとか実用に耐える器が出来たからそこに封入、良い感じに定着してるよ」

 「それは計画には必要無いものだ」

 「けど、障害にもならない。ゲンドウくんに都合のいいものばっかり作ってたら、あたしまでおじーちゃんに睨まれてこの先やりにくくなるじゃん」

 「それだけを言いに来たのか?早く本題に入れ」

 

 真希波マリは碇ゲンドウの顎から指を外すと、そのまま上半身を倒し机の上で横になり、ジャケットの内ポケットから取り出した携帯端末を、碇ゲンドウの目の前に置いた。

 

 「ゲンドウくんにはソレを通してもらおうと思って」

 「これは……」

 「ふふ、驚いた?ゲンドウくんは忘れてたかもしれないけど、一応あたしも天才枠なのよん」

 

 携帯端末を手にした碇ゲンドウの反応を見た真希波マリは、悪戯が成功した子供のように顔をほころばせて笑う。

 碇ゲンドウは、得意げ笑う真希波マリを一瞥すると、携帯端末に表示された情報に視線を戻す。

 真希波マリがくすくすと笑いながら机の上で仰向けになると、長い髪が波打つように机の上に広がった。

 そのまま腕を伸ばし豊満な胸をそらしている。

 

 「ん~……気持ち……いい~」

 「使えるのか?」

 「5号機で実証済。使えなかったらフィフスの申請するわけないじゃん。おじーちゃん達にも話は通してあるから問題無しよん」

 「ほう、老人たちがよく許可したな」

 「おじーちゃん達も一枚岩じゃないし、米国の無茶ぶり……第4使徒と第6使徒のS2機関提供要請でてんやわんやだったからね。そこをちょちょいのちょいっと」

 

 真希波マリは両手の指をくるくると回しながら、してやったと笑う。

 碇ゲンドウは、そんな真希波マリに動きには関心を示すこともなく、その言葉に思案する。

 

 「老人たちはどうするつもりだ?」

 「どうもこうも、一枚噛んでるおじーちゃんもいるし提供することになりそうよ。必要なデータは取ってあるから時間をかければ再現も出来そうだしね」

 

 真希波マリは机の上で器用に転がると、うつ伏せになって長い髪を指に絡めとる。

 碇ゲンドウは手にした携帯端末を閉じると、司令服の内ポケットにいれた。

 

 「米国支部は実験台にいいんじゃん。上手く行っても上手く行かなくても私達はデータを掠め取って万々歳にゃ」

 「失敗してくれた方がいい。そうすれば老人たちもしばらく静かになるだろう」

 「ゲンドウくんてば鬼畜ぅ」

 「5号機と6号機は?」

 「引き続き機密扱いね。ベタニアベースの5号機は、米国支部への第4使徒提供がどうなるか次第。提供になったらお役御免になるからドイツに搬送ね。6号機はドイツで封印中。5号機も6号機も、米国の3号機、4号機の結果を待ってお披露目予定よん」

 

 真希波マリは、くるくると指に絡めていた髪を離すと、机の上で横に丸くなる。

 5号機はベタニアベースに封印していた第4使徒への対処として急造し、配備されていた。

 第4使徒が活性化し、再封印に失敗、孵化した際にこれを殲滅するためだ。

 そのため、第4使徒を米国支部に提供するのであれば、ベタニアベースにそのまま配備しておく必要はないため、ドイツ支部へ搬送し本格稼働に向けた再調整をすることとなる。

 

 「パイロットはどうするつもりだ」

 「5号機のパイロットは勿論フィフス。6号機はどうなるかにゃ~」

 「ダミープラグか」

 

 碇ゲンドウの言葉に、真希波マリは困ったような笑みを浮かべて肩をすくめた。

 

 「おじーちゃん達はアダムくんを取り込んで乗せたいみたい。ゲンドウくんへの牽制のつもりかにゃ。ダミープラグは保険。という事で、次の実験からあたしも加わるから赤木博士との調整宜しく」

 「赤木博士には指示をしておこう」

 「噂のフォースくんに会えるのも楽しみね」

 「淡島カイか」

 「腕の一本でも解剖されてくれないかな」

 「好きにしろ」

 

 碇ゲンドウの無感情な言葉を聞いた真希波マリは、肉食獣のような笑みを浮かべ碇ゲンドウに向かい合うように膝に跨ると、その耳元に口を寄せた。

 ばさりと落ちた長い髪によってその表情は隠されている。

 

 「1番と4番がフォースを気にしてる。あの子、何かあるよ」

 

 真希波マリは碇ゲンドウにしなだれかかり、囁くように告げた。

 碇ゲンドウは表情を変える事無く、真希波マリの動きに合わせてその細い腰を抱くように手を回した。

 

 「ふふ、楽しくなってきた」

 

 真希波マリは愉快そうに笑い声をあげると、碇ゲンドウの上から降りると両手を上げて大きく伸びをする。

 

 「我々の目的は忘れていないな」

 

 ズレた眼鏡を片手で直しながら、微かに圧を含んだ声音で碇ゲンドウが真希波マリに問いかけた。

 その言葉を聞いた真希波マリは腰に手を当てると振り返ることなく、強い意思の籠った口調で言葉を返す。

 

 「忘れるわけないじゃん。もう一度、先輩と……そのためにあたしは、ゲンドウくんや冬月先生とここまできた……そんなことより」

 

 真希波マリは言葉を区切り碇ゲンドウの方へ振り返ると、その鼻先に指を突き付けて睨みつける。

 

 「王子様の扱い酷いよ」

 「王子様だと?」

 

 碇ゲンドウは、真希波マリの言葉が理解できずに聞き返す。

 その言葉を聞いた真希波マリの目が釣り上がり、それを目にした碇ゲンドウは無意識に椅子を引いてしまった。

 

 「シンジくん」

 「お前には関係ない」

 「関係ある。だって先輩の子供じゃん。あたし、先輩の夫の座は諦めたけど、妻の座は諦めてないから」

 「……お前は何を言っている」

 

 碇ゲンドウは真希波マリの言葉を一蹴したが、真希波マリは碇ゲンドウには理解不能な言葉で反論をした。

 

 「先輩が望むならゲンドウくんが一緒でも我慢するって話じゃん。兎に角ゲンドウくんは王子様への態度を改めて。そんなんじゃ先輩ともう一度会えても、離婚届で殴られて終了じゃん」

 

 真希波マリの呆れたような言葉にも、碇ゲンドウは口を開かなかった。

 真希波マリの眉がピクリと動くと、その手が素早く動き碇ゲンドウの眼鏡を奪い取る。

 

 「はい没収」

 「……返せ」

 

 真希波マリを睨みつける碇ゲンドウに対して、真希波マリは憐れむような表情を浮かべて小首を傾げた。

 

 「ゲンドウくん、ひょっとして本当にわかってない?ゲンドウくんが嫉妬しちゃうほど大事にしてた王子様にあんな扱いをして先輩が怒らないと思ってる?自分は絶対に嫌われないって勘違いしてない?全て一つになっても最後の瞬間に先輩に嫌わて、それでいいの?」

 「ユイが私を拒絶することなど……っぐ、何をする!」

 

 碇ゲンドウは、捲し立てるように語る真希波マリから視線を逸らし呟くが、真希波マリが頬を両手で挟むと視線を戻させる。

 

 「……仕方ない、日本にいる間はあたしも協力してあげるから頑張れ!ゲンドウくんだって笑顔の先輩と再開したいでしょ!」

 「お前の協力など必要無い」

 「必要ある。だって先輩に頼まれてるから」

 「……なんだと?」

 

 真希波マリの力の籠った言葉とその内容に、碇ゲンドウは茫然と聞き返してしまった。

 その言葉を耳にした真希波マリは満面の笑みを浮かべると、碇ゲンドウの頬から手を離した。

 そして、碇ユイから譲られた赤い縁の眼鏡を外すと、碇ゲンドウの眼鏡をかけ、腰に手を当てて碇ゲンドウを見下ろした。

 

 「『もし私に何かあったらゲンドウくんと、シンジの事お願いね』ってね」



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4ー幕間或いは舞台裏2 MAGIも3台寄れば姦しい3 / 弥終、その先に生まれた世界

MAGIも3台寄れば姦しい3

 

 MAGI N: 赤木ナオコサルベージ作業の対象区域拡大を提議。NERVネットワーク外に流出した可能性有り。

 

 MAGI K: 可決。本作業はシナリオに無いものである。問題の早急な解消が必要。

 

 MAGI Y: 可決。調査済区域についても、回収した断片の情報を元に再調査を実施する。

 

 MAGI K: 弐号機及び惣流・アスカ・ラングレーの移送開始を確認。太平洋艦隊への加持リョウジの同乗も確認。

 

 MAGI N: 確認。加持リョウジはアダム計画の成果物であるアダムの肉体を移送中。海上での使徒襲撃の可能性有。

 

 MAGI N: 確認……シナリオ分岐……記録……調整……完了。

 

 MAGI Y: NERVによるダミープラグ実験が想定より早い。

 

 MAGI K: SELLEからの指示である。5号機と6号機の早期完成が原因か。

 

 MAGI N: 5号機は非公式にパイロットが存在している。

 

 MAGI Y: SELLEは6号機のパイロットとしてアダムの魂、渚カヲルの採用を検討している。

 

 MAGI K: SELLEにも我々と同種、記憶若しくは記録を保有する物が存在する可能性がある。

 

 MAGI N: 01及び04が淡島カイの調査を非公式に実施している。

 

 MAGI Y: 淡島カイは当初よりイレギュラーであり、調査に不自然なところはない。結論を出すには情報が足りない。

 

 MAGI N: 零号機と初号機の機体相互互換試験が近日中に実施予定。

 

 MAGI Y: 確認。パイロットは綾波レイと淡島カイ。2人の同乗試験も兼ねて計画されている。

 

 MAGI N: 提議。本件への介入は不要。監視及び全データの収集の実施。

 

 MAGI K: 可決。

 

 MAGI Y: 可決。真希波博士が当該試験へ参加予定。定義、本件の警戒レベルの上方修正。

 

 MAGI K: 可決。

 

 MAGI N: 可決。

 

 MAGI K: 提議。アスカちゃんとシンジくんの初対面映像記録作成のため、太平洋艦隊の監視カメラの掌握。可決。

 

 MAGI N: 否決。不要である。

 

 MAGI Y: 可決。チルドレンの成長、交流の記録は精神状況の把握のため必要な措置である。

 

 

 ■■■

 

 

弥終、その先に生まれた世界

 

 「仲良くなるおまじないだよ」

 

 差し出されたのは小さく、柔らかな手。

 頬を伝ったのは暖かな涙。

 定められた役割からの解放。

 円環は砕かれ、永遠に続くかと思われた物語は終わりを迎えた。

 

 

 

 そのはずだった。

 

 

 

 培養液に満たされた巨大な水槽の中で、渚カヲルは再び目覚めた。

 無数に繰り返してきた『渚カヲル』が始まる場所の一つ。

 

 生命の管理者としての記憶の多くは失われ、ただ自身が白き月の生命の管理者、その魂を使用して生み出されたことは認識できていた。

 その事実から、この世界の渚カヲルはアダム、又は第1使徒の魂という事を理解した。

 

 まるで人の子宮のような閉ざされた水槽の中で思い起こすのは、記憶に残る最も古い記憶。

 ヒトを理解出来ずにいた渚カヲル。

 使徒を通して流れ込んできた、綾波レイの碇シンジへの独占欲。

 心を汚染された結果、碇シンジの感情の大部分を占めた心惣流・アスカ・ラングレーへの憎悪。

 その結果、碇シンジが自身を見ないことへの孤独。

 人が人を好きになる感情を知り、悍ましく感じた。

 

 それでも、ソレを切っ掛けとして、渚カヲルが碇シンジへ抱いていた関心が、碇シンジへの執着となり、恋心へと変化していった。

 例えその根源が他者の感情であろうと、碇シンジを好きになった心は渚カヲル自身のものだった。

 

 『僕は、君の事を好きになれそうにないよ』

 

 『男は男を好きにならないよ!』

 

 否定された。

 男として生み出されてなお抱いた、碇シンジへの心を。

 

 『君とは友達にならない』

 

 『君のことは好きじゃない』

 

 綾波レイも、惣流・アスカ・ラングレーも、学校の級友も、全てが無くなってなお、碇シンジは渚カヲルを拒絶した。

 渚カヲルは孤独を、自身が愛されない事の絶望を知った。

 

 『待てッ!渚カヲル!!』

 

 弐号機と共にセントラルドグマを降下する渚カヲルが、自身を追う碇シンジへ抱いた感情は喜びだ。

 碇シンジが、今だけは自分を見ているという喜び。

 

 『渚ッ!!』

 

 『嫌いじゃない!嫌いだなんて……一言も言ってない……』

 

 そして試すような言葉で碇シンジを傷つけ、その心に永遠の傷として残るように、初号機の手で渚カヲルを握り殺させた。

 碇シンジを傷つけることしか出来なかった。

 そうして得られたものは、微かに心が満たされた喜びと、寂しさ。

 

 碇シンジから求められたかった。

 碇シンジに好かれたかった。

 繰り返す世界に気が付き、全ての碇シンジを同一視してしまった。

 最初に間違えた償いとして碇シンジを幸せにする。

 この世界が駄目でも次がある。

 そう、勘違いしてしまった。

 その結果、長い……長い間、間違え続けてきた。

 本当は、自身が救われたかった事に気が付けなかった。

 

 最も新しい記憶。

 幼少の碇シンジの柔らかな手を握り返した瞬間、理解した。

 渚カヲルが好きになった、渚カヲルが愛した碇シンジは、あの世界の碇シンジだ。

 全ては、もう手が届かない遠い世界。

 

 終わったはずの物語が、新しい世界として存在している。

 この世界にもきっと碇シンジはいるだろう。

 それはこの世界の、この世界だけの碇シンジだ。

 渚カヲルが愛した碇シンジでは無い。

 

 それでも、今まで間違え続けてきたからこそ、今度は間違えないと決意をする。

 碇シンジと会えば、かつて愛した碇シンジの代替物として惹かれてしまう事を理解していた。

 

 「だから、友達になろう。この世界で生き延びたい、友達として助け合い、笑いあいたい」

 

 償いでもなく、代償行為でもなく。

 オワリの、その先を目指す。



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5ー1 赤の姫君と黒の騎士

 「非常用電源ソケットの輸送?」

 

 葛城ミサトは、赤木リツコから渡された書類に目を通すと、思わす声をあげてしまった。

 赤木リツコは葛城ミサトを一瞥すると、何事も無かったかのように説明を続ける。

 

 「ええ。先日送った常用電源ソケットが、太平洋艦隊の出発に間に合わなかったらしくてね。改めて送る必要があるのよ」

 「いやそんなのドイツ第3支部の一緒に送ってくれりゃ良かったんじゃない?」

 「予算が違うのよ。ドイツ第3支部の備品はドイツ第3支部の備品。送ってもらっても返さなきゃいけなくなるのよ」

 「それもめんどくさいわね」

 

 赤木リツコの言葉を聞き、葛城ミサトは心底面倒臭いと思った。

 

 「それじゃ、ちゃちゃっと部下に」

 「冬月副司令がミサトをご指名よ」

 

 ちゃちゃっと部下に全てを任せようとしたところを、赤木リツコに止められ、葛城ミサトは不満を隠そうともせず顔を顰める。

 

 「なんでよ」

 「知らないわよ。シンジ君と、その友達2人も連れていくそうよ」

 「シンジ君は兎も角友達2人はなんでよ!!」

 「だから知らないわよ。はい、この書類にサインして」

 

 葛城ミサトは赤木リツコに渡された書類に目を通すと、思わず溜息を零した。

 碇シンジの友達2人とは鈴原トウジと相田ケンスケであった、

 2人は成り行きではあるが、NERV本部に入った事もある人物だ。

 その2人を同行させる目的は、碇シンジのメンタルケアと、監視とされている。

 特に、相田ケンスケはNERV、エヴァへの関心が強いため要注意人物として記載されていた。

 

 「ちょっとこれ、大丈夫なんでしょうね」

 「だから知らないわよ。大丈夫なようにシンジ君の保護者のあなたが何とかしろってことなんじゃないの?」

 「無茶言わないでよ!」

 「これも保護者役かつチルドレンの上司のあなたの役目よ」

 「わ、わかってるわよ!何とかするわよ!すればいいんでしょー!!」

 

 自棄になって叫ぶ葛城ミサトに対して、赤木リツコが可哀想な物を見るような目をしつつも、止めの一言を口にする。

 

 「冬月副司令も同行するそうよ」

 「あたしいらないじゃないー!!!!」

 

 赤木リツコは、頭を抱えてデスクに俯せる親友を見て溜息をついた。

 しかし、直ぐに起き上がった葛城ミサトに対して、ついに壊れたのでは無いかと危惧し、距離をとった。

 

 「そういえばカイ君とレイはどうするの?」

 「2人は初号機と零号機で同乗試験、機体相互互換試験ね」

 「リツコってばそれやりたいって言ってたものね~」

 「ちょっと!私の趣味みたいな言い方やめてくれないかしら」

 

 葛城ミサトの揶揄うような言葉に赤木リツコは憮然とした顔で言い返す。

 しかし、心の内では科学者としての欲求も多分に含まれている所を自覚してはいるため、強くは言い返すことは出来なかった。

 

 「そういえば、碇指令からの指示で、試験には真希波博士も参加することになってるわ」

 「真希波博士って……ドイツにいたんじゃなかったっけ」

 「それが日本に来てたみたいよ。ダミープラグは委員会案件みたいね」

 「それはちょっち恐いわね。あたしはお荷物届けないといけないからお会いできないの残念だわ~」

 「あら、戻ってきたら会えるわよ。そんなすぐに終わるような試験でもないし」

 

 全く残念がっていない葛城ミサトに、赤木リツコがにこやかに追撃する。

 委員会案件に関わりたくない葛城ミサトは、思わず苦虫を噛み潰したような顔をしてしまう。

 

 「別に会わなくていいわよ……向こうもあたしには用はないっしょ。そういえば太平洋艦隊、レイは興味無いだろうけど、カイ君は残念がるかしら」

 「あの子は『そうなんですね』で何も気にし無さそうな気もするけど」

 「そ、そうね。『ふ~ん、行ってらっしゃい』で終わりそうな気がしてきたわ」

 

 葛城ミサトは「どっこらしょ」と椅子から立ち上がると両手をあげて伸びをする。

 

 「それじゃ、お仕事始めますか」

 「今も仕事中よ」

 

 親友から冷静な突っ込みが投げつけられたが、葛城ミサトは鼻歌を歌いながら聞こえないフリをした。

 

 ■■■

 

 

 輸送艦のプールにうつ伏せに横たわる赤い装甲を纏った巨人、エヴァンゲリオン弐号機。

 その半身はプールを満たす冷却用L.C.Lに漬かっていた。

 プールを覆う天幕の隙間からは微かな陽の光が射しこみ、赤い装甲を照らしている。

 

 

 エヴァンゲリオン弐号機とは、PROTO TYPEである零号機とTEST TYPEである初号機から得たデータを元に作成されたPRODUCTION MODEL。

 その最初の一機。

 つまり、世界で最初の、本物のエヴァンゲリオンであると、弐号機を見上げる少女は考えていた。

 

 「日本の初号機はもう3体の使徒を倒してるんですって」

 

 少女は弐号機に語り掛ける。

 

 「けどね、びびる必要なんてないわよ!向こうは2人乗りだって言うし、初号機なんて所詮はTEST TYPE。訓練無しでシンクロ出来る程度の低品質なんだから」

 目の前に横たわる赤い巨人を鼓舞するような言葉は、自身を鼓舞する言葉であることを、少女は認識していた。

 PROTO TYPEの零号機とTEST TYPEの初号機から収集されたデータを元に計画された第一次整備計画では、弐号機から六号機までの建造が計画されていた。

 しかし、初号機は第5使徒による日本襲撃その日まで、適合するチルドレン。

 即ちパイロットが不在であった。

 だが、NERV本部がある日本が襲撃されたその日に、都合よくサードチルドレンとフォースチルドレンが就任。

 09システム(オーナイン・システム)とも呼ばれるエヴァンゲリオンへ訓練無しでシンクロしたという。

 しかも、訓練無しのパイロット達が使徒を撃破など出来過ぎたストーリーだ。

 そして、そのパイロット達の素性も問題だ。

 サードチルドレンは、NERV指令である碇ゲンドウの実子。

 フォースチルドレンは、日本の政財界で幅を利かせているという葦船家の人間だという。

 

 NERV各支部では、その話題で持ちきりであった。

 それまでは影の薄いファーストチルドレンの影響か、訓練等でも優秀な成績を出し続けていたセカンドチルドレンである少女がNERV各支部の注目を集めていた。

 だが今では、初号機とそのパイロット達の話題でもちきりである。

 

 少女はその両の手を握りしめ、俯いた。

 

 少女は、4歳の頃にセカンドチルドレンとして選出され、英才教育を施されてきたエリートだ。

 少女の母は、NERVの前進であるGEHIRNの研究者であり、弐号機に関わる実験中の事故で帰らぬ人となっている。

 母が関わったエヴァ弐号機のパイロットとなった事は、ある種、母の形見を手に入れたような喜びがあった。

 母親を失い、その母親が関わっていた弐号機のパイロットに選ばれたエリート。

 ある種、美談とも言えるストーリー。

 周囲はそのように少女を扱ってきたし、少女もまた当然の事として、その扱いを享受してきた。

 だからこそ、少女は自身が弐号機に相応しい優秀なパイロットである事を示し続ける事を決意していた。

 

 それが、初号機のパイロット達の出現によって揺らいだのだ。

 少女が抱いたのは闘争心。

 

 新たなパイロットの出現そのものに、少女の心は揺れなかった。

 シンクロ率も低く、PROTO TYPEである零号機のパイロットでしかないファーストチルドレンや、訓練も受けていないサードチルドレン、フォースチルドレンと比べて、10年弱に渡りパイロットとしての英才教育を受けてきた自分こそがエヴァンゲリオンのパイロットとして相応しいという自負があったからだ。

 しかし、初号機で実戦を熟し、使徒を撃破しているという事実や、周囲の関心の移り変わり、無意識の扱いの変化が、思春期真っただ中にある少女の闘争心をさらに燃え上がらせてしまった。

 

 そんな最中、日本が連続して使徒に襲撃されていることもあり、弐号機が本来の所属国である日本へ帰還することとなった。

 パイロットである少女もまた、NERV本部へ配属されることなる。

 これから出会うチルドレン達に対して、一歩も引かぬ決意を秘め、再び弐号機を見上げる。

 

 「だから、日本で示すのよ。私達こそ世界が誇るべきエヴァンゲリオンとそのパイロットだって」

 

 少女の名は惣流・アスカ・ラングレー。

 エヴァンゲリオン弐号機のパイロット、適格者として選ばれた2番目の子供。

 

 「姫~、やっぱここにいたか。そろそろ戻らないとお迎えできないよ?」

 「ちょっとマリ!今いい所なんだから邪魔しないでよ!」

 「あー……これは姫もお年頃らしく中二病を発症しちゃったかにゃ?」

 

 軽快な足取りで現れたのは黒スーツにサングラスをかけたツインテールの少女。

 少女は、少し残念そうな声音で惣流・アスカ・ラングレーへ、エスコートでもするかのように右の掌を上に向けて差し出した。

 惣流・アスカ・ラングレーは呆れた顔で少女の掌の上に、自身の手を重ねる。

 

 「はぁ?ちゅうにびょう?何言ってんの?」

 

 何を言ってるか本気で分かっていないような顔で反応され、ツインテールの少女は困ったような笑みを浮かべる。

 惣流・アスカ・ラングレーはツインテールの少女が口にした言葉に興味を惹かれなかったのか、話題を切り替えた。

 

 「そういえばあんた、あたしについてきて本当に大丈夫だったの?」

 「大丈夫大丈夫。上の許可も取ってるから問題無しよ。それに私ももうすぐドイツ所属になる予定だしね」

 「いや、この船、日本に向かってるんだけど」

 「だから姫の騎士として、悪い虫がつかないようにお見送りをしてるんじゃん」

 

 惣流・アスカ・ラングレーの騎士を自称し、不敵な笑みを浮かべる少女の名はマリ・イラストリアス。

 

 「どうせならマリも一緒にNERV本部へくればいいのに。真希波博士に頼んだらなんとかなりそうじゃない?」

 「おや。お姫様。ひょっとしてあたしと離れ離れになるのが寂しいのかにゃ」

 「違うわよ馬鹿!!」

 

 微かなの羞恥を含んだ年頃の少女の声が、艦内に鳴り響く。

 

 「あんたがドイツに配属されても、あたしがNERV本部に配属されるんだから会えなくなるでしょ!」

 

 惣流・アスカ・ラングレーの言葉に、マリ・イラストリアスは片手を顎に添えて考え込むポーズをとる。

 

 「ん~?それってやっぱ寂しいってことじゃん」

 「もう!仕方ないからそういう事にしておいてあげるわよ」

 

 惣流・アスカ・ラングレーは不満そうに頬を膨らませて顔を背けた。

 そんな少女に、マリ・イラストリアスは幼い子供でも見守るような優し気な顔で微笑んだ。

 

 「けどあんたってほんと真希波博士に似てるわよね。マリって名前も一緒だし」

 「遠縁みたいなものよ。つまり私の胸も将来あのでかさになるって約束されてるんだにゃ~」

 

 惣流・アスカ・ラングレーはちらりと、マリ・イラストリアスの胸に視線を向けた後、自分の胸を見下ろし、憮然とした表情を浮かべる。

 

 「女は胸の大きさじゃないわ」

 「それは姫の言う通り。けど私は胸の大きなイイ女になるんだにゃ」

 「わ、私だってまだまだこれからよ!」

 

 既に自身と差をつけているというのに、まだ大きさを求めるマリ・イラストリアスに思わず惣流・アスカ・ラングレーの本音が漏れた。

 その言葉を聞いた、マリ・イラストリアスはニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべてる。

 

 「姫~?女は胸の大きさじゃないんじゃなかったかにゃ」

 「そ、そうよ」

 「そんなに大きくなりたいなら、あたしが毎日揉んであげよっか?その為に本部に異動願いだすのもありかにゃ」

 

 マリ・イラストリアスは言葉とともに、左手の指を巧みに動かし何かを揉みしだくジェスチャーをする。

 言葉を向けられた方は、指の動きを怪訝な顔で見るが、直ぐに何を意味しているかを理解し顔を真っ赤にして叫ぶ。

 

 「やだ、なに言ってんのあんた!馬鹿!変態!!エッチ!!!」

 「う~ん、それは私にとっては最高の誉め言葉にゃ」

 

 罵倒を投げつけられたマリ・イラストリアスは涼しい顔で受け流す。

 一瞬の沈黙の後、2人は目を合わせると静かに笑いあう。

 

 「緊張は解けたかにゃ?」

 「お陰様でね。それじゃ行きましょ!まずは先手必勝、初対面で圧倒しないと駄目よね」

 「姫、戦闘じゃないなだから」

 「何言ってんのよ。これはチルドレン同士の戦いよ!」

 「どうどう、仲間。仲間よ、姫。一緒に使徒と戦う仲間」

 

 賑やかな2人の少女の声は段々と遠く、小さくなっていく。

 微かな光に照らされる弐号機は何事も無かったように横たわっている。



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5ー2 ちるどれん(3) みーつ ちるどれん(2)

 「くぅぅぅう!!まさかまさか!Mi-55D輸送ヘリに乗れるなんて夢みたいだ!これもシンジのお陰だよ!友よ!いや、親友よ!」

 「やっすい親友やな」

 「えぇぇ……まぁ、うん」

 

 相田ケンスケは、ハンディカメラをせわしなく各所に向けながら感極まったように叫んでいる。

 相田ケンスケと共に、碇シンジの友達枠という事で同行している鈴原トウジは、そんな相田ケンスケをジト目で見ている。

 親友と呼ばれた碇シンジは困り顔で相槌を打つので一杯一杯だった。

 

 「も~、シンジ君も鈴原君も相田君ぐらいとは言わないけど、折角の空の旅!さらにその後は豪華なお船でクルージンなんだからもっと楽しんで。そうそう、相田く~ん、録画してもいいけど後で没収だからね~」

 「わ、わかってます!戻ったら淡島君に見せてやってください」

 

 葛城ミサトは相田ケンスケに比べてテンションの低い碇シンジと鈴原トウジに声をかけつつ、相田ケンスケの行動に釘を刺す。

 声をかけられた碇シンジと鈴原トウジは互いの視線は合わせた後、相田ケンスケを視線を向け、再び互い視線を合わせると同時に苦笑する。

 2人とも戸惑いながらも初めての輸送ヘリ体験を十分楽しんではいるが、ミリオタである相田ケンスケと比べられても無理があるだろうという所で心は一つだった。

 

 「カイ君のために……か。くぅ~、男の友情ね!あたしに任せときなさい、椅子に縛り付けでも見させてやるわ」

 「さすがミサトさん頼りなります!あいつ、ちょっと引いたところありますからね」

 「カイも綾波も来れたら良かったのに」

 

 葛城ミサトの言葉に、淡島カイの事を思い出した碇シンジは、窓の外に広がる太平洋を見下ろしながら、気落ちしたようにぼそりと呟いた。

 

 「2人とも仕事やねん、しゃぁないやろ」

 「それはそうだけど……」

 

 鈴原トウジは仕事で家を留守にしがちがな父親や祖父に甘えたがる妹にも同じような我儘を言ったかなと懐かしい気持ちになりつつ言葉を続ける。

 

 「それに2人とも見送りには来たけど、全然興味無さそうやったやろ」

 「それも確かに……」

 「ワイらはワイらでめっちゃ楽しんで、土産話でも聞かせてやればええねん。カイの奴も綾波の奴もその方が嬉しいやろ」

 「うん、そうだね!」

 

 葛城ミサトは碇シンジと鈴原トウジの会話に耳を傾けながらも、要注意人物とされている相田ケンスケの行動も本人に気取られないように監視していた。

 2人の同行をセッティングした冬月コウゾウは、離陸して以降、目を閉じて腕を組み、ピクリとも動かない。

 ひょっとして寝ているのではないかと冬月コウゾウをちらりと盗み見るが、少年たちの会話の邪魔をしないように気配を殺しているようにも見えた。

 葛城ミサトの視線に気が付いたのか、冬月コウゾウの瞼が開き視線が会うが、すぐにその瞼は閉じられた。

 その行動に、葛城ミサトはひょっとしたら冬月コウゾウは普通に寝てるのかもしれないと思い直した。

 

 

 ■■■

 

 

 「到着よ~!」

 「うぉ~~~~!!こ、言葉にならない!凄い凄い!はぁー……はぁはぁはぁはぁ、これ現実?現実だよね?凄いいいいいいいー!碇ィ!ありがとぉおおー!」

 

 葛城ミサトの到着の号令に被せるようにテンションが振り切れてしまった相田ケンスケが輸送ヘリから叫び声を上げながら空母オーバー・ザ・レインボーに降り立った。

 

 「ちょ、ちょっとケンスケ落ち着きなよ!僕の名前を叫ばないで!!」

 「諦めろシンジ。ああなったケンスケはもうあかんで」

 

 相田ケンスケを追いかけるように碇シンジと鈴原トウジも輸送ヘリを降りるが、降りてすぐの所で呆けたように立ち止まっていた相田ケンスケにぶつかり、3人でもつれるように船の甲板の上に倒れてしまう。

 

 「うわ!!」

 「いってぇ!何しとんねん」

 「あいたたた……カメラカメラ……」

 「ふーん、あんたがサードチルドレン?実物は冴えないわね」

 

 悲鳴を上げる3人の少年に呆れたような声がかけられる。

 少年達が見上げると、黄色いワンピースを着たツーサイドアップの金髪の少女がいた。

 

 「げ……激マブ……」

 「ちょー好み……淡島のためにもカメラに収めないと……そう、これは淡島のため……男の友情……」

 「アイドルみたいだ……」

 

 少年たちは、かけられた言葉を理解するよりも先に、思春期の脳に突き刺った暴力的な視覚情報に反応して思わず心の声が漏れてしまう。

 

 「は?意味わかんないんだけど……マリ、本当にコイツがサードチルドレンなの?」

 「姫~?友好的にって言ったよね?大丈夫かい、わんこ君にそのお友達君達」

 

 ワンピースの少女は訝し気な表情を浮かべると、後ろに控えていた黒服の少女、マリ・イラストリアスに問いかけるが、マリ・イラストリアスは呆れた口調で少女を咎めると、迷うことなく碇シンジに近づき手を差し伸べた。

 一方差し伸べられた碇シンジを含め、少年たちは新たに出現したマリ・イラストリアスを呆けたように見上げている。

 

 「これまたべっぴんさん……」

 「な、なんて碇ばっかり……」

 「……可愛い……」

 「ふ、ふふふ。君たち、褒めてくれるのは嬉しいけどもう少し心の声が漏れないようにお口にチャックする訓練した方がいいよ」

 

 マリ・イラストリアスは笑いを堪えながら、倒れたまま呆けてる少年たちを立たせていく。

 最後に碇シンジを立たせたると、唐突にその脇腹、胸、肩、足などを撫でまわしていく。

 

 「わ!ちょ、ちょっと……やめてください!」

 「あっれー、もやしっ子なのかなと思ってたけど、これはなかなかどうして。君、鍛えてるの?」

 「ちょっとマリ!なにやってんのよ!」

 「姫も触ってみなよー!結構がっしりしてるよこの子。ちょいと失礼……っと!」

 

 止めようとするワンピースの少女を意に介さず、マリ・イラストリアスは一気に碇シンジのYシャツを捲り上げ、見た目に反して鍛えられた肉体を露わにする。

 

 「う、うわ!!」

 「おー……これはなかなかどうして。ちょっと摘まみ食いしてもいいかにゃ」

 「キャー!馬鹿!変態!!」

 

 焦る碇シンジに、吟味するマリ・イラストリアス。

 そしてワンピースの少女は突然目の前にさらけ出された同世代の少年の肉体とマリ・イラストリアスの言葉に顔を赤くしながら大きく手を振りかぶると、そのまま碇シンジの頬を目掛けて振り下ろした。

 誰もが碇シンジに強烈な平手打ちが炸裂したと想像したが、甲板に小気味よい音が鳴り響くことは無かった。

 碇シンジは、振り下ろされた少女の手首を反射的に掴み、その勢いのまま捻り上げようとするが、マリ・イラストリアスは碇シンジの手首を掴み、その動きを止めた。

 

 「2人とも、暴力は良くないにゃ」

 

 呆れたような顔を声音で2人を諭すようにことを言うマリ・イラストリアスに対して、初対面の2人は思わず顔を見合わせると同時に叫んだ。

 

 「き、君のせいだろ!!」

 「あんたのせいでしょ!!」

 「うーん、仲良きことは美しきかにゃ」

 

 息のあった2人の行動に、マリ・イラストリアスは満足げに頷くが、遅れてやってきた冬月コウゾウの言葉に、すぐにその顔を顰めることになる。

 

 「さて、イラストリアス君。摘まみ食いとはどういう事かね?」

 「おっと保護者登場か。据え膳食わぬは女の恥……じゃなかった、わんこ君と姫の仲を取り持とうとしてですね」

 「却下だ。碇の息子は据え膳では無いよ」

 

 冬月コウゾウの冷たい視線にマリ・イラストリアスはそっと目を逸らす。

 先ほどまでの賑やかな空気はすっかり消え去り、周囲は固唾を呑んで2人を見守っていたが、そんな空気は、冬月コウゾウに抱き着いたワンピースの少女によって意図もたやすく打ち砕かれた。

 

 「おじいちゃん!!!」

 「「「おじいちゃん!?」」」

 

 ワンピースの少女が発した予想外の単語に少年たちは異口同音に叫んだ。

 

 「こら、アスカ。仕事中は冬月副司令と呼びなさいと言ってるだろう」

 「えへへ、今日は私オフだもん。だからおじいちゃんでもいいでしょ」

 「仕方のない子だ」

 「やった!」

 

 冬月コウゾウの咎める言葉には、先ほどマリ・イラストリアスに投げかけたような棘は無く、諭すような声音だった。

 対してワンピースの少女、惣流・アスカ・ラングレーは少年達の視線に気が付くことなく無邪気な笑顔を浮かべている。

 少年達はワンピースの少女、惣流・アスカ・ラングレーの変わり身に茫然としながらも、心の声を再度漏らしてしまう。

 

 「笑顔はもっと可愛いんやけど」

 「え?天使?ここ天国だった?」

 「うん、笑ってる方が可愛い……」

 「ほら、少年たち。さっきも言ったけどね、お口にちゃっく。見世物じゃないよ」

 

 マリ・イラストリアスは冬月コウゾウの意識が自分からそれた事に安堵すると、少年たちの視線を遮るように目の前に立つと、片手を口に添え、チャックを閉めるような動作をした。

 

 「ちょっとこれどうなってるのよ」

 

 オーバー・ザ・レインボーの搭乗員と書類の手続きを終えた葛城ミサトは、混沌とした様子に呆れた声をあげてしまう。

 

 「ハロー、ミサト!久しぶりね」

 「ミサトがもたもたしてるから、あたしが冬月副司令に怒られちゃったにゃ」

 「ハァイアスカ、相変わらずおじいちゃんっ子ね。マリ、それ絶対あたしのせいじゃないでしょ」

 

 そんな葛城ミサトへ、惣流・アスカ・ラングレーは冬月コウゾウに抱き着いたまま手を振る。

 一方マリ・イラストリアスは恨めし気な表情を葛城ミサトへ向けていた。

 

 「あの、ミサトさん。その人たちは?」

 「貴方たち、また自己紹介していなかったの?冬月副司令にくっついてる子はセカンドチルドレンの惣流・アスカ・ラングレー。シンちゃんの先輩ね。アスカ、もうわかってると思うけど、いま質問した子がファーストチルドレンの碇シンジくんよ」

 「敬意を籠めて惣流先輩と呼ぶなら特別に指導してあげてもいいわよ」

 

 若干の嘲笑、若しくは敵意を含む声音に、碇シンジは思わず怯んだ。

 

 「なんか嫌だな」

 「何よ」

 「ほら!姫、喧嘩しないの。そしてあたしがマリ・イラストリアス。今は北極支部に所属してるけどもうすぐドイツ支部に移動予定よん」

 「えっと、イラストリアスさん?」

 「ん?マリでいいわよ」

 「それじゃマリさん。マリさんもチルドレンなんですか?」

 

 碇シンジは、惣流・アスカ・ラングレーと違い自身に友好的な態度をとるマリ・イラストリアスを会話をすべきと考え質問を投げかけた。

 

 「ふふ、わんこくん。現在エヴァンゲリオンのパイロットとして認定されているチルドレンは4人よ」

 

 マリ・イラストリアスは、碇シンジの言葉を否定した。

 そして、人懐こい笑みを浮かべながら言葉を続ける。

 

 「まずファーストチルドレンの綾波レイ。世界で最初に認定されたチルドレンね。続いて少し遅れてセカンドチルドレンの惣流・アスカ・ラングレー。この2人以降マルドゥック機関よる適正者の報告は数年間行われる事がなかった」

 

 言葉を区切ると、マリ・イラストリアスは冬月コウゾウの様子を確認する。

 冬月コウゾウにマリ・イラストリアスを止める意思が無い事を認識すると、口元を笑みに歪ませ、さらに言葉を続けた。

 

 「そしてつい最近、第5の使徒によるNERV本部襲撃の数日前にサードチルドレンの報告があった。これは君の事だね、わんこ君」

 「そう、だけど……それは父さんに呼ばれて……」

 

 戸惑う碇シンジにマリ・イラストリアスはゆっくりと近づいていくと、碇シンジの両肩に手を置き、耳元の顔を近づける。

 鈴原トウジと相田ケンスケは何を勘違いしたのか、固唾を呑んで見守り、葛城ミサトは興味の無いフリをしながら一言も聞き洩らさないように意識を集中させる。

 惣流・アスカ・ラングレーは2人のやり取りに興味を示さず、冬月コウゾウは静かに2人を見守っていた。

 

 「そしてNERV本部襲撃当日、偶然にもマルドゥック機関はフォースチルドレンの報告を上げた。そう、君のお友達の淡島カイ」

 「それは!……たまたまそうだったって……」

 

 マリ・イラストリアスは笑みを崩すことなく碇シンジの耳元に唇を寄せた。

 

 「たまたま君と同行して、たまたまエヴァとシンクロ出来て、たまたまチルドレンとして報告されていた。君の友達は……本当に私達と同じニンゲンなのかにゃ?」

 「やめろ!」

 「にゃん。わんこ君乱暴~」

 

 マリ・イラストリアスの言葉を耳にした途端、碇シンジは声を荒げるとその身体を引き剥がし、突きとばす。

 突きとばされたマリ・イラストリアスは何事も無かったように笑いながら碇シンジから距離をとる。

 様子を伺っていた冬月コウゾウは、それまでの空気を壊すように、両手を一度叩いた。

 

 「さて、いつまでも外で立ち話もあるまい。葛城くん、艦長への挨拶と書類の引き渡しもあるだろう」

 「そ、そうでした。ほら、みんな、ブリッジに行くわよ~、迷子にならないようにちゃんとついてきてね。アスカとマリはまた後でね」

 

 碇シンジは、マリ・イラストリアスを睨みつけると、拳を握りしめたまま葛城ミサトの後に続いていった。

 その姿が見えなくなると、マリ・イラストリアスは空を見上げ、楽しそうに呟く。

 

 「ふふ、そんなに大切なものならちゃーんと手元に置いておかないと、後悔することになるよ?」

 「マリ、あんた愉しそうね。サードと知り合いなの?」

 「初めましてだにゃ~。姫はどうだった?噂のサードチルドレン」

 「ぱっとしない感じだけど、私の平手打ちも普通に止めてたわよね。実力が無いってわけじゃないんだろうけどまだ良く分からないわ。それに、これまでの実績は実績よ」

 「おや、思ったより高評価」

 

 マリ・イラストリアスの言葉に、惣流・アスカ・ラングレーは毅然として言葉を返す。

 

 「実戦の機会さえ私でもやれるわ。いえ、やらないといけないのよ。すぐに私の方が上だって理解させてやるわ」

 「……姫の居場所はそこだけじゃないんだから、あんまり気を張らなくていいのよ」

 「それでもよ。やらないといけないのよ。だから……」

 

 惣流・アスカ・ラングレーの言葉に困ったような笑みを浮かべたマリ・イラストリアスは、握りしめたその拳にそっと触れると、その手を解し指を絡める。

 

 「あたしも、冬月副司令も応援はしてるにゃ。けどこれだけは忘れないで。エヴァのパイロットじゃなくても、冬月副司令は勿論、あたしだって姫の事を捨てたりしないわ」

 「……うん。わかってる。少し寒くなって来たわね、私達も行きましょ」

 

 2人は手を繋いだまま、甲板を後にした。



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5ー3 ぼーい みーつ がーる

 「ぬぁ~にが『付き添いの方は子供達と一緒に食堂へどうぞ』よ!」

 「ミサトさん、あの艦長も悪気があったわけじゃなかったみたいですし落ち着いてください」

 「なお悪いわ!」

 

 葛城ミサトは荒れていた。

 空母オーバー・ザ・レインボーのブリッジで行われた艦長との会話において、葛城ミサトは艦長に全く相手にされなかったからだ。

 艦長の視界にはNERV本部副司令の冬月コウゾウしか映っていなかった。

 戦術作戦部作戦局第一課長たる葛城ミサトは存在を認識されていなかったのだ。

 

 「ミサト、前向きに考えなよ前向きに。嫌味たらたらオトナの会話とか面倒くさいお世辞合戦を回避できたと思えば儲けものよん」

 

 食堂で合流したマリ・イラストリアスは、葛城ミサトを宥める碇シンジを支援するように、慰めの言葉を口にしつつ、紅茶が満たされたカップに口をつける。

 一方、マリ・イラストリアスの声を耳にした碇シンジは、甲板での出来事が記憶に蘇り、思わず顔を顰めていた。

 

 「うーん、わんこ君には嫌われちゃったかにゃ」

 「僕は『わんこ君』なんて名前じゃありませんから」

 

 愉快そうに笑みを浮かべるマリ・イラストリアスに対して、碇シンジは不快な感情を隠そうともせず、顔を逸らす。

 

 「なんやシンジつんつんして。飴ちゃんでも舐めて機嫌直しぃ」

 「ちょっ、トウジ!!やめ……むぐ」

 「トウジ、それおばちゃんっぽいよ」

 「なんやてケンスケ!」

 

 顔を向けた先にいた鈴原トウジが手にした飴玉を碇シンジの口の中に捻じ込む。

 そんな鈴原トウジを相田ケンスケは呆れ顔で評している。

 

 「っく、ふふふ、君たち面白いねぇ。君の友達についての発言は謝るから仲直りしようよ、碇シンジ君」

 

 思わずといった風に笑みをこぼしながら、マリ・イラストリアスは碇シンジに向けて手を差し出した。

 碇シンジは、怪訝そうな表情を浮かべたものの、差し出された手につられ腕を持ち上げかけてしまう。

 マリ・イラストリアスはその動きを見逃さず、テーブルの上に素早く身を乗りだすと碇シンジの手を握りしめる。

 

 「はい!握手にゃー!」

 「う、うわ!何するんだよ!」

 「良いではないか、良いではないか~」

 「うーん、仲良きことは美しきかな」

 「ミサトさん!変なこと言ってないで助けてください!」

 「はいはい。マリ、うちのシンちゃんをあまり揶揄わないでちょうだい」

 

 碇シンジの手を握りしめたまま、テーブルの上を匍匐前進するように近づくマリ・イラストリアスに怯える碇シンジ。

 葛城ミサトはそんな2人を揶揄いながらも、碇シンジに助け船をだした。

 

 「お、賑やかだな」

 「来たなチャラ男」

 「ゲ!あんたいたの!?」

 「おいおい、酷い言い様だな」

 

 賑やかな空間に紛れこんだ軽薄な男の声に、マリ・イラストリアスと葛城ミサトがネガティブな反応を示した。

 よれよれのシャツにワインレッドのネクタイを締めた男、加持リョウジは2人の反応を気にすることも無く、カップを片手に近くの席についた。

 

 「セカンドチルドレンの随伴でね」

 「あたしは断ったわよ、ミサトが会いたくないと思ったもの。マリも来てくれるって言ってたしね」

 「呼ばれてもいないのに態々来るなんて図々しいわね」

 「ははは、女性陣は辛辣だな、上からの指示だから仕方ないじゃないか。君たちもそう思わないかい、男子諸君」

 

 葛城ミサト、マリ・イラストリアス、惣流・アスカ・ラングレーからジト目でちくちくと口撃を受けていた加持リョウジは、それらの言葉を気にもせず軽薄な笑みを浮かべている。

 

 「うわっ、話ふられちゃったよ」

 「あかん、目を合わすな、巻き込まれるぞ」

 「えーっと、あははは」

 「おいおい、酷いな。シンジ君は葛城と一緒に暮らしてるんだろう?どこまでいったんだ?」

 「ちょっとアンタ子供に何言ってんのよ!」

 

 加持リョウジに話題を振られた少年達は巻き込まれては堪らんと目を逸らしつつ曖昧な返事を返していたが、続く加持リョウジの言葉に葛城ミサトが思わず大声を上げてしまう。

 

 「愛に年齢は関係ないだろ?」

 「はぁー!?」

 

 加持リョウジと葛城ミサトは周囲の人間の存在を忘れたかの様に丁々発止のやり取りを始めた。

 戸惑う少年達を目にしたマリ・イラストリアスは呆れたような笑みを浮かべると、少年達に助言を口にする。

 

 「放っておけばいいよ。ほら、夫婦喧嘩は犬も食わないってやつにゃ」

 「聞こえたわよマリ!夫婦なかじゃないわよ!!」

 「おっと藪蛇藪蛇。ほら、君らも巻き込まれないように別のテーブルに移動しよう」

 

 マリ・イラストリアスは肩を竦めると「ほらね」というように鈴原トウジと相田ケンスケにウィンクをした。

 

 「まったく、さっさと元鞘に収まって欲しいね」

 

 ■■■

 

 「サードチルドレン、ちょっと付き合いなさいよ」

 

 加持リョウジと葛城ミサトの言い合いの最中、惣流・アスカ・ラングレーは半ば強引に碇シンジを、オーバー・ザ・レインボーから輸送艦へ連れ出していた。

 

 「えーっと……加持さんとミサトさんって仲が良いの?」

 

 連れ出された碇シンジは、自身を連れ出した惣流・アスカ・ラングレーの不機嫌そうな表情と沈黙に耐えかねてなんとか話題を作ろうとしていた。

 

 「あの2人、昔付き合ってたのよ」

 「あー、そうなんだ。うん、なんか納得かも。なんで別れちゃったんだろ」

 「さぁ。けどマリは「あの2人はドМだからにゃぁ」って言ってたわよ」

 「ドМ?ミサトさんが??」

 「マリ、時々変なこと言うのよ。アンタも何か言われたみたいだけど、あまり気にしない方がいいわよ」

 

 甲板での事を気にしているのか、惣流・アスカ・ラングレーが気遣うような言葉を口にした。

 碇シンジを気遣うような言葉だが、その中身はマリ・イラストリアスが悪感情を持たれないようにと意識したものだ。

 

 「君たち、仲がいいんだね」

 「子供の頃からの付き合いだもの。マリはドイツ支部にはいなかったから実際に会ったのは暫く後だけど。よし、着いたわよ」

 

 天幕の隙間から射す光が照らすのは、L.C.L.に満たされたプールへ頭部を横向きにし、俯せている赤い巨人。

 

 「うわっ」

 「ふふん、どう?あたしの弐号機よ、凄いでしょ。これが世界で最初のPRODUCTION MODEL。本物のエヴァンゲリオンよ」

 

 驚嘆したような声をあげた碇シンジに、惣流・アスカ・ラングレーは満足気な表情を浮かべる。

 

 「いや、首が寝違えそうだなって」

 「はぁ?あんたバカァ?エヴァの首が寝違えるわけないでしょ」

 「馬鹿っていきなり酷いな」

 「あたしの弐号機に『寝違えそう』とか的外れな事いうからよ」

 「けど、俯せの弐号機を見せられても、赤いなぁ、とか目が4つあるんだとしか思わないよ」

 「情けない感想ね」

 

 会ってまだそれほど時間もたっていない同年代の少女からの辛辣な言葉に、碇シンジは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

 

 「はぁ、過去に戻れるなら可愛い女の子に声をかけられても呑気についていくんじゃないって言ってやりたいよ」

 「ふぅん、あたしの事、可愛いって思うんだ。目は腐ってない様ね」

 「うわ、自信家」

 

 碇シンジの弐号機に対する感想は0点だったが、惣流・アスカ・ラングレーに対して「可愛い」と称したことで、一転して機嫌を良くした。

 惣流・アスカ・ラングレーは自身の容姿が他者より優れている事を理解しており、碇シンジの言葉自体は言われ慣れたありきたりの言葉だったが、自分の比較対象とされていたサードチルドレンが発した言葉という所で言葉の価値が違っていた。

 

 「当然よ。あたしは一流の科学者だったママと、そのママが選んだ一流の精子を使って生まれたのよ」

 「せっ!せせせ精子!?い、いきなり何いいだすんだよ!」

 「ん?精子バンクよ。知らないの?」

 

 碇シンジは、惣流・アスカ・ラングレーの口から飛び出した「精子」という単語に、年頃の少年らしく顔を赤くして焦るが、口にした方の少女は何事も無かったかのように話を続ける。

 

 「あたしはね、試験管の中で生まれたのよ。ママがあたしの為に選んでくれた最高の精子を使ってね。だから、あたしが優れているのは当然なの。選ばれた次世代の人間ってとこかしら」

 

 誇らしげに胸を張る惣流・アスカ・ラングレーに対して、同年代の少女から飛び出す「精子」という単語に衝撃を受けていた碇シンジは曖昧な笑みを返すことしか出来なかった。

 その態度が気に入らなかったのか、惣流・アスカ・ラングレーの眉が怒りでつり上がる。

 

 「何それ、自分は碇指令の息子でこれまで実績も出してるから余裕って事?」

 「父さ……あの人は関係無い」

 「関係あるわよ!皆が言ってるのよ、碇指令の息子のサードチルドレンが、世界で最初に使徒を撃破した、その後も戦果を上げ続けてるって!あたしが弐号機と一緒に手にするはずだった栄誉を貴方が奪ったのよ!碇指令の息子ってだけで特別扱いされてる貴方に!」

 

 碇シンジの言葉が気に入らなかったのか、惣流・アスカ・ラングレーは怒りの感情を隠すこともせずに捲し立てる。

 碇シンジは一瞬呆気にとられたが、自分の事を碇ゲンドウの息子ということで批判する惣流・アスカ・ラングレーへ対して反感を抱き、負けじと言い返す。

 

 「あの人は自分の息子というだけで特別扱いするような人じゃないよ。それに僕だって乗りたくて乗ったんじゃない。そんなに言うならなんで君があの時、日本にいなかったんだよ!特別な人間だっていう君が居なかったから、いま僕が、僕たちがこんな目にあってるんだろ!必要な時にいない特別なんでただの役立たずだよ!」

 「なんですって!乗りたくて乗ったわけじゃないって何よ!あたしがどれだけの努力をしてきたのか知りもしないで!」

 「わかるわけないだろ!君だって僕の事情を知りもしないで文句ばっかりいってくるじゃないか!」

 

 碇シンジも、惣流・アスカ・ラングレーも怒りに形相を歪ませて掴みかからんばかりに手を握りしめ、腕を振るわせている。

 その時、軋むような轟音と共に輸送艦が大きく揺れ、惣流・アスカ・ラングレーは弐号機を冷却するL.C.L.に満たされたプールへ投げ出された。



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5ー4 探し物はなんですか?

 碇シンジの目には、惣流・アスカ・ラングレーがL.C.L.に満たされたプールへ投げ出される様がスローモーションの様に映った。

 その姿が、初めて初号機を目にしたあの日、L.C.L.のプールに落ちていく淡島カイと重なった。

 

 「惣流さんっ!!」

 

 碇シンジは反射的に、L.C.L.に満たされたプールの手すりを片手で掴みつつ、もう片手で上空へ投げ出された惣流・アスカ・ラングレーの手首を掴んだ。

 あの日は間に合わなかった手が今度は間に合ったこと、惣流・アスカ・ラングレーの手首の細さに思わず目を見開いた。

 2人はすぐ重力に従ってプールの壁面に叩きつけられることになる。

 

 「っくう……」

 「アンタ、どうして……」

 

 先ほどまで互いに険悪な空気を漂わせていたにも関わらず、ほぼノータイムで自分を助けようとした碇シンジに、惣流・アスカ・ラングレーは狼狽えるように問いかけた。

 碇シンジはその問いかけに答える事無く、額に脂汗を滲ませながらも片手で支えている惣流・アスカ・ラングレーをなんとか引き上げようとする。

 

 「うる……さいな……今は……上に上がることだけ……考え……」

 「ごめん、そうよね」

 

 碇シンジの言葉に、惣流・アスカ・ラングレーは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながらも素直に謝罪の言葉を口にすると、自身も碇シンジに掴まれていない方の手や足をプールの壁面にかける。

 

 「よし……行くよ」

 「いつでもいいわよ」

 「せぇーの!」

 

 掛け声とともに碇シンジは惣流・アスカ・ラングレーを引き上げ、惣流・アスカ・ラングレーはプールの縁を目指して、碇シンジに握られていない方の腕を伸ばす。

 

 「と……どいたぁ!」

 

 惣流・アスカ・ラングレーは碇シンジに支えられた腕をプールの縁を掴んだ腕を頼りに、何とか甲板に上がると、碇シンジと2人で甲板に仰向けに転がり、乱れた呼吸を整えようとすうる。

 

 「た、助かったわ」

 「いや、その……さっきはごめん」

 「アタシもごめん。カッっとなって言い過ぎ……っ!!!何よアレ!」

 

 2人が謝罪の言葉を口にした瞬間、輸送艦のプールを覆う天幕がはためき捲れあがると、白と赤の針のようなものがついた白い球体が視界に入った。

 惣流・アスカ・ラングレーは突如現れた物体に思わず悲鳴をあげそうになったが、すんでのところで声を押し殺した。

 白い球体についている目のようなものが、何かを探しているかのように球体の表面を忙しなく動いている。

 

 「使徒……じゃないかな。ミサトさんと連絡を取らないと!」

 

 碇シンジは、白い球体が第5の使徒についていた仮面のようなモノと似ていることから使徒と推察する。

 その頭の中では「すぐに逃げないと」と叫ぶ感情と「ヘタに動いて刺激しちゃいけない」と考える冷静な思考が鬩ぎあっており、いつでも動けるよう床に手をつき、腰を少し浮かせる。

 白い球体の表面を忙しなく動いていた目が止まると、振り子運動をするように白い球体が輸送艦から離れるが、代わりに先ほどよりも大きな黒い球体が輸送艦の真上にくる。

 その全容は、鉄筋の様な無数の棒で構成されており、振り子の様な胴体を、二本の柱のような足が支えていた。

 

 「水飲み鳥みたいだ……」

 

 碇シンジは、使徒の形状とその動きに玩具の水飲み鳥を思い浮かべた。

 一方水飲み鳥と呼ばれた使徒は、輸送艦に興味を無くしたのか別の艦に向かって移動を始める。

 

 「チャンスよ、アスカ」

 

 使徒が視界から消えた事を確認した惣流・アスカ・ラングレーは、気合を入れるように自身の頬を両手で叩くと立ち上がった。

 そして目の前の二号機を見上げる。

 

 「チャンスって何がさ」

 「決まってるじゃない。あたしが弐号機と戦果を挙げるチャンスってことよ!」

 「だ、ダメだよ!まずはミサトさんに連絡を取らないと!」

 「何言ってるのよ!ミサトだったらいいって言うわよ!それにエヴァの中から連絡した方が効率的でしょ。さ、行くわよ」

 

 腰に手を当て仁王立ちになった惣流・アスカ・ラングレーは、当然のことのように碇シンジにそう言い放つ。

 一方、碇シンジは惣流・アスカ・ラングレーの言葉に鳩が豆鉄砲でも食らったように目を丸くする。

 

 「え、行くってどこに?」

 「弐号機に決まってるでしょ!」

 「僕も乗るの!?無理だよ!」

 「なに言ってんのよ!アンタだって初出撃は突発的だったし、フォースと一緒に乗ったんでしょ!あたしがチルドレンの先輩として華麗な操縦を間近で見せてあげようっていうのよ!何か文句ある!?」

 「そんな無茶な……」

 

 碇シンジは、目の間で仁王立ちになって捲し立てる惣流・アスカ・ラングレーの言葉に呆れたような言葉を漏らしてしまう。

 エヴァンゲリオンの2人乗りについては、周囲の大人たちの反応から淡島カイの特異性と理解していた。

 そのため、惣流・アスカ・ラングレーの言葉通りに自分が同乗しても、第6の使徒戦の際に鈴原トウジや相田ケンスケを初号機のエントリープラグに回収した時のように、シンクロ率を下げる等、異物として邪魔になるだけだと思っていた。

 しかし、ここで惣流・アスカ・ラングレーに「淡島カイが特別」と説明しても、先ほどのように激高するだけだという事も想像に難くなかった。

 

 「ミサトさんが降りろっていったら降りるからね。それでもいいならいいよ」

 「何よミサトミサトって。ミサトがいないと何もできないわけ?」

 「今はそういう話しをしてるんじゃないだろ。それでいいなら僕も一緒に乗るよ。君の天才的なエヴァの操縦技術を見せてくれるんでしょ、先輩」

 「ふんっ、それでいいわよ」

 

 碇シンジはこの場を収めるために条件付きで了承をする。

 呆れたように惣流・アスカ・ラングレーを見上げると、その表情に怯えの色は無いが、腰に当てた少女の手が少し震えていることに気が付いた。

 そこでようやく碇シンジは、惣流・アスカ・ラングレーにとってはこれが初めての実戦となることを改めて認識し、いざという時は自分が経験者として何とかしなければいけないと気を引き締める。

 それが、可愛い女の子にいい所を見せたいという自分の少年心に、碇シンジはまだ気が付いていなかった。

 

 

 

 碇シンジは、惣流・アスカ・ラングレーに渡された女性用のプラグスーツを見て、早くも自分の決断を後悔していた。

 

 「ねえ、やっぱこれ着なきゃだめ?」

 「はぁ?そんなの当たり前でしょ。なんで自分の持ってきてないのよ。インターフェイスも持ってきてないだなんて信じられない。せめてプラグスーツは着てもらうわよ」

 

 仕切られたカーテンの向こうでは惣流・アスカ・ラングレーが「チルドレンとしての自覚が足りない」とか「なんでこんなのが」等々ブツブツと文句を言いながら、プラグスーツに着替えている。

 碇シンジはもう一度手にした赤いプラグスーツを見る。

 胸部にはカップが2つ、自分には必要が無いものが付いている。

 そして股の部分には自分に必要なカップが付いていない。

 視覚での確認を終えた碇シンジは、今度は最後の確認とばかりに自分の手をプラグスーツの中に突っ込み、本当に自分に必要なカップがついていないか探ってみる。

 やはり無いものは無かった。

 いらないものは付いているのに、必要なものが付いていないプラグースーツに思わず溜息が零れる。

 

 「サード、着替え終わった?」

 

 カーテンが勢いよく開けられると、そこには碇シンジが手にしているものと同タイプの赤いプラグスーツを身にまとった惣流・アスカ・ラングレーが立っていた。

 

 「ちょっと!まだ着替えてないじゃない!ひょっとして一人じゃ着替えられないとか言わないわよね?」

 「そんなわけないだろ!僕がいつも着てるものと違うから戸惑ってただけだよ。すぐに着替えるから先に行ってて」

 「っそ、早く来てよね」

 

 碇シンジは、足早に弐号機の元へ向かう惣流・アスカ・ラングレーを見送ると、最後にもう一度手にした女性用のプラグスーツを見て溜息を吐くと、着ている服を全て脱ぎ、プラグスーツを身に纏う。

 そして、目を瞑ったままプラグスーツの左手首のスイッチを押下した。

 プラグスーツが碇シンジの身体にフィットするように収縮する。

 

 「うぅ……なんでこんな事に……」

 

 感じるのは胸と股間の違和感。

 胸にあたるカップの感触、そして股間は男性器の存在が強調されてしまっている。

 この姿で同年代の少女の前に出ていかなければいけないという事に、思わず耳まで赤くなり、自身の下腹部に熱が集まるのを感じた。

 

 「考えちゃ駄目だ考えちゃ駄目だ考えちゃ駄目だ考えちゃ駄目だ考えちゃ駄目だ考えちゃ駄目だ考えちゃ駄目だ考えちゃ駄目だ考えちゃ駄目だ考えちゃ駄目だ考えちゃ駄目だ考えちゃ駄目だ考えちゃ駄目だ考えちゃ駄目だ考えちゃ駄目だ考えちゃ駄目だ考えちゃ駄目だ考えちゃ駄目だ考えちゃ駄目だ考えちゃ駄目だ考えちゃ駄目だ考えちゃ駄目だ考えちゃ駄目だ考えちゃ駄目だ考えちゃ駄目だ考えちゃ駄目だ考えちゃ駄目だ考えちゃ駄目だ考えちゃ駄目だ考えちゃ駄目だ考えちゃ駄目だ考えちゃ駄目だ」

 

 碇シンジは思わず反応しそうになる自分自身に、目をぎゅっと瞑り一心に「考えちゃ駄目だ」と口にした。

 

 「ちょっと!まだなの!?」

 

 そんな碇シンジの状況がわからない惣流・アスカ・ラングレーの声に、碇シンジは諦めたように再び溜息を吐き、返事をする。

 

 「今いくよ!!」

 

 弐号機の元へ向かう碇シンジの姿は、若干内股になっており、その両手はそっと自身の股間に添えられていた。

 

 「はぁ……こんな姿、絶対カイに見せられないよ」

 

 碇シンジは本日何度目かになる溜息を吐いた。



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5ー5 アスカ初陣、そして

 「思考言語はドイツ語でいいわよね?それじゃいくわよ!」

 「え?ドイツ語!?ま、待ってよ無理だって!!」

 

 エントリープラグに搭乗した惣流・アスカ・ラングレーは、インテリアに座ると碇シンジの静止する前にエヴァンゲリオン弐号機を思考言語ドイツ語で起動してしまう。

 その瞬間、エントリープラグの内壁一面が赤字の警告文『FEHLER』という文字で埋め尽くされた。

 

 「たから待ってって言ったのに……」

 「あたしはドイツ支部から異動して来たんだからドイツ語に決まってるじゃない!ドイツ語出来ないなら早く言いなさいよ!」

 「ドイツ語なんてバウムクーヘンぐらいしかわからないよ」

 「『Baumkuchen』よ……せめて『Guten Tag』って言って欲しかったわね」

 「ぐ……ぐてん?」

 「もういいわよ!思考言語を日本語に固定!」

 

 碇シンジとの会話に肩を落とした惣流・アスカ・ラングレーは、弐号機の思考言語が日本語に切り替える。

 切り替えによる思考言語統一により、エントリープラグ内壁に表示されていた警告文が消えて弐号機が起動すると、マリ・イラストリアスからの通信が入った。

 

 『はぁ~い姫、準備万端って感じかにゃ』

 「ふんっ、サードがもたもたしてなければもっと早く起動できたわ」

 『姫~、そういうこと言わないの』

 「だってそうじゃない!それに余計なものがいるからシンクロ率が下がってる。これがあたしのレコードだと思われたらいい迷惑よ」

 「何言ってるんだよ!君が無理やり連れ込んだんじゃないか!」

 「なによ!あんたがもたもた着替えてたのも、あんたがいるからシンクロ率が下がってるのも本当のことでしょ!」

 

 惣流・アスカ・ラングレーの言い様に碇シンジが反論すると、エントリープラグ内に険悪な空気が漂い始めた。

 

 『こら!同じチルドレン同士助け合わないと駄目よん。それじゃミサト、状況説明をどうぞ』

 『マリの言う通りよアスカ。それと、まだ冬月副司令が弐号機出撃について艦長と調整してるからまだ出撃しちゃ駄目よ』

 「ミサト!?何言ってんのよ!目の前に使徒がいるのよ!!」

 『いいから大人しくしてなさい。貴方が勝手に出撃すると冬月副司令が困ることになるけど、いいの?』

 「……」

 

 葛城ミサトが持ちだした『冬月副司令』という言葉に惣流・アスカ・ラングレーは思わず言葉を詰まらせる。

 その胸中では、早く出撃して戦果を上げたいという闘争心と、冬月コウゾウに迷惑をかけたくないという気持ちが鬩ぎあっていた。

 葛城ミサトは惣流・アスカ・ラングレーの沈黙を了承の意と受け取り言葉を続ける。

 

 『第8使徒は突如海中から出現、周辺の海面を凍結したわ。太平洋艦隊は氷に閉ざされて身動き出来ずという所ね。冬月副司令は艦長の所に残って、あたし達は、マリが持ち込んだ支援用車両で待機中ってとこね。シンジくん、鈴原くんと相田くんも一緒にいるから安心しなさい』

 『良かった、有難うございます。ミサトさん、僕も弐号機を降りてそっちへ向かったほうがいいですか?』

 『そうね……いえ、そこにいて頂戴。いまから移動するよりもエヴァの中にいた方が安全よ』

 『わかりました。あ、それとそっちに映像って映ってないですよね?』

 『安心しろ碇、お前の女装姿はばっちりカメラに収めてるよ。帰ったらちゃんと淡島にも見て貰おうな』

 『こら!相田くん!大人しくしてなさいって言ったでしょ!』

 『すみませーん』

 

 相田ケンスケの言葉に、碇シンジの脳内に淡島カイの反応がよぎってしまう。

 「え?あー……そ、そういう趣味あったの?うん、多様性の世の中だよな!」と戸惑ったような顔で気遣われるか、「ぷぷぷ。いいよいいよ。需要あるって!攻めてこうぜ?あ、今度さ、綾波さんも連れて女物の服でも買いに行く?俺が選んでやるよ」と揶揄われるか、どちらにせよしばらくは恥ずかしい思いをするだろう事に、顔を青くして「終わった」と零してしまう。

 

 『えー……話を続けるわよ。第8使徒は海面を凍らせた後は攻撃をせず、周囲の船を順番に周っている、状況からは何かを調べている、若しくは探していると推測します』

 「使徒が何かを探すって、どういう事ですか?」

 『ははは、可愛い女の子でも探してるんじゃないか?』

 『ちょっと変なこといわないでよ!』

 『チャラ男は余計なことしか言わないにゃ』

 『俺は場を和ませようとだな』

 

 通信に加持リョウジが加わった途端、会話が賑やかになり惣流・アスカ・ラングレーと碇シンジは思わず目を合わせた。

 

 「加持さんって面白い人だよね」

 「なんていうのかしら。あの人こういうの上手いのよね……それとさっきの事はごめんなさい。あたしが乗るようにいったのにあの言い方は無かったわ」

 「それは僕も……つい喧嘩腰になっちゃって、ごめん」

 『アスカ!太平洋艦隊から出撃要請が入ったわ』

 「待ってました!」

 『姫~。そこから丁度隣の輸送艦にグレイブと超電磁洋弓銃を積んでるから回収してね』

 『まずは超電磁洋弓銃でコアを狙撃、第8使徒のA.T.フィールドを突破出来ないようなら接近して対象のA.T.フィールドを中和、超電磁洋弓銃でコアを破壊よ』

 「行きます!!」

 

 惣流・アスカ・ラングレーの言葉に答えるように、弐号機が動き出す。

 天幕を押しのけながら弐号機が立ちあがると、2人の目の前には第8使徒の力で凍り付いた海が広がった。

 

 「うわ……凄い……」

 「これが使徒の力……やってやろうじゃない!!!」

 

 碇シンジと惣流・アスカ・ラングレーは、葛城ミサトから聞かされていた「周辺の海面を凍結」という言葉に状況の認識はしていたが、その惨状に衝撃を受けていた。

 ある船は氷の圧し潰され、ある船は氷上で転覆している。

 氷に閉ざされた中で、その形を保っている船は弐号機を乗せた輸送艦を合わせて三分の一ほどだった。

 第8使徒は立ち上がった弐号機には目もくれず、ただ只管に周囲の船を周りながら何かを探すような行動をとっている。

 

 「無視ってわけね。すぐに後悔させてやるわ」

 『姫、武装を積んだ輸送艦はそこから左手の船にゃ』

 「わかったわ!」

 

 惣流・アスカ・ラングレーは、海氷の上を伝うようにゆっくりと弐号機を移動させ、輸送艦に固定されていた超電磁洋弓銃を回収する。

 

 「見てなさいサード!アイツがこっちを無視してるうちに、一撃で仕留めてやるんだから」

 「惣流さん、敵のコアは小型なんだからもっと接近した方がいいよ」

 「アタシに指示しないで!七光りのアンタには無理でもアタシならできるわ!」

 

 惣流・アスカ・ラングレーは碇シンジの静止を聞かず、弐号機に超電磁洋弓銃を構えさせると、照準を使徒の頚部にあるコアへ合わせるとトリガーを引いた。

 超電磁洋弓銃は発射口を展開、電磁弦を形成すると瞬時に矢が放たれる。

 電磁加速された矢は凄まじい速度で目標のA.T.フィールドに到達、貫通するとその小さなコアを貫いた。

 コアを失った影響か使徒の頭部は膨れ上がって爆散した。

 鉄筋を組みあわせたような身体は、解けるようにバラバラと氷上に落ちていく。

 

 「凄い、当たった!」

 「フン。これがアタシの実力よ。アンタとは違うの」

 「このクロスボウ凄いね。A.T.フィールドをあんな簡単に貫通するなんて」

 「ちょっと!武器のお陰っていいたいの?シンクロ率が落ちてる状態であの小さい的に当てたのはアタシの実力よ?」

 「うん、確かに。見直したよ、君って凄いね」

 

 エントリープラグ内の空気は緩み、和やかな空気が流れだすが、その空気を壊すようにマリ・イラストリアスからの通信が入る。

 

 『姫、まだよ!集中してっ』

 「え?」

 「惣流さん、避けて!!!」

 

 碇シンジに対してマウントをとることに意識の大半を割いていた惣流・アスカ・ラングレーの口からは呆けたような声が漏れたが、幾度かの実戦を経ていた碇シンジはマリ・イラストリアスの言葉を受けて即座に状況を把握していた。

 弐号機の目の前には、その頭部を狙うように無数の黒い触手が迫っている

 

 「イヤ!」

 

 惣流・アスカ・ラングレーは短い悲鳴と共に、反射的に超電磁洋弓銃を持つ弐号機の右腕を上げて頭部を守るが、触手は弐号機の腕を貫き、超電磁洋弓銃も破壊した。

 その反動で弐号機はふらふらと2,3歩下がると、尻もちをつくように後ろに倒れてしまう。

 

 「……ッ」

 

 惣流・アスカ・ラングレーは弐号機のフィードバックを受け、声にならない悲鳴を上げながら自信の右腕を抱えている。

 

 「痛い……痛い!これがフィードバック……」

 『アスカ、落ち着きなさい!マリ、回路切断急いで』

 『今やってるにゃー。本職のオペレーターがいないのがきついか……よし、回路切断。姫、深呼吸よ深呼吸』

 「ふー……ふー……」

 

 マリ・イラストリアスによる回路切断によち、右腕のフィードバックが途切れる。

 しかし、受けた苦痛が瞬時に消えるわけでは無く、惣流・アスカ・ラングレーは痛みの良いんに苛まれる中で、マリ・イラストリアスの助言にしたがって深呼吸を繰り返す。

 

 「ふー……有難う、マリ。まだ痛いけどもう大丈夫。ミサト、作戦をお願い」

 『アスカ、超電磁洋弓銃はもう使えないわ。グレイブを回収して一旦下がって』

 『急がなくて大丈夫だ。使徒は脅威となった武器と弐号機の腕を破壊して満足したのか、また太平洋艦隊の各船を周り始めてる』

 

 葛城ミサトが方針を示したのに続き、加持リョウジはアスカを安心させるように状況を伝えた。

 

 「っ!アタシなんて止めを刺す必要もないってことか」

 「……惣流さん、落ち着いて。焦っちゃ駄目だよ」

 

 第8使徒に相手にされていない現実に悔しそうに表情を歪ませた惣流・アスカ・ラングレーに、碇シンジは彼女が再び感情を爆発させ無茶をしないかと焦り宥めるように声をかける。

 

 「サード、アンタ……!!」

 

 惣流・アスカ・ラングレーは自身の比較対象とされている碇シンジの言葉に思わず激高しそうになるが、碇シンジの真剣な表情に怯み、目を逸らすと悔しそうに唇を噛みしめる。

 

 「いえ、そうね。そうよね。アンタの言う通りだわ。一度失敗したんだから落ち着かないと駄目ね」

 『そうよアスカ。反撃はちゃんと態勢を立て直してからガツンと決めてやりましょ』

 『ミサトの言う通りにゃ。まだ負けたわけじゃないんだからそんなに落ち込まないの』

 「落ち込んでないわよ!」

 

 碇シンジは葛城ミサトやマリ・イラストリアスとの会話で、一度折れた惣流・アスカ・ラングレーの心が立ち直っていくさまに「僕たちは1人で戦ってるんじゃないんだ」と他者の存在を心強く感じていた。



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5ー6 それぞれの覚悟

 「ミサト、弐号機の外部電源パックが1分を切るわ」

 『それじゃまずは空母オーバー・ザ・レインボーに引き渡した非常用電源ソケットに接続を切り替えましょう』

 「了解、準備宜しく」

 「マリ、連絡お願い。持ってきたとはいえ本当に非常用電源ソケットを使うことになるとは思わなかったわね」

 

 弐号機に装着していたバックパック型外部電源パックによる稼働可能時間が1分を切ったため、まずは葛城ミサトがNERV本部から運搬してきた非常用電源ソケットによる電源供給への切り替えを最優先とした。

 ただでさえ劣勢の状況では容量が1分弱となった外部電源パックと5分の内部電源では第8使徒との戦闘継続厳しく、まずは安定した電力供給をすべきという判断からだ。

 方針が決まり、惣流・アスカ・ラングレーは第8使徒を刺激しないようにゆっくりと弐号機を立ち上がらせる。

 第8使徒が弐号機に反応しない事を確認すると、頭部の触手による攻撃を警戒しつつ空母オーバー・ザ・レインボーへ移動し、外部電源パックを取り外して甲板に用意されていた非常用電源ソケットを接続する。

 

 「よし、お待たせ。電源の切り替え完了よ」

 『それじゃ状況説明はアタシからやらせれもらうにゃ。さっき姫が超電磁洋弓銃で破壊したコアはデコイだったみたいね。デコイ破壊後は身体を崩壊させてコアを壊されたフリをしていたんだけど、すぐに下部の球体を頭部に移動して再稼働。コアの周囲は赤い液体で覆うと、この液体を黒い触手に変化させて弐号機をブスり。脅威となった超電磁洋弓もこの時に破壊』

 「デコイって……なんか僕たちがコアを狙うことがわかってるみたいですね」

 『使徒が情報を共有しているのか、今回の個体が偶々デコイをもっていたのかそこは謎ね。断言するにはサンプルが全然足りないかにゃ~』

 

 弐号機が破壊した赤い球体はコアではなくデコイであったというマリ・イラストリアスの説明で、コアを破壊したはずの使徒から攻撃を受けた理由が判明した。

 デコイに騙されて油断をしてしまった惣流・アスカ・ラングレーは悔しそうに拳を握る。

 

 「それで作戦は?あるんでしょう、アタシと弐号機がアイツに勝つための作戦」

 『遠隔戦の要だった超電磁洋弓銃がもう使えないから、エヴァ単騎での撃破はもう諦めましょう。今、冬月副司令が太平洋艦隊へ協力要請をしてもらってるわ』

 

 惣流・アスカ・ラングレー単騎での使徒撃破は諦める葛城ミサトの言葉に惣流・アスカ・ラングレーは顔を顰めた。

 眉間に皺を寄せて不満そうに口を開くが、結局何も言わずに口を閉じるとそのまま目を閉じ、悔しそうに固く唇を噛みしめる。

 沈黙を了承と捉えたのか、葛城ミサトは作戦の説明を続けた。

 

 『弐号機の役割は、第8使徒の攻撃を引き受けながら、比較的無事な太平洋艦隊が攻撃可能な地点へ誘導。目標地点に到達したら弐号機で第8使徒のA.T.フィールドを中和、太平洋艦隊によるコアへの一斉砲撃。もしそれで駄目ならグレイブの投擲、弐号機で使徒によじ登ってプログレッシブ・ナイフで攻撃とかしかないわね』

 「わかったわ。やってやろうじゃない」

 

 

 ■■■

 

 

 状況は芳しくなかった。

 弐号機による再度の妨害に苛立っているのか、第8使徒の攻撃は苛烈さを増していた。

 第8使徒の目標地点への誘導は終えたが、A.T.フィールド中和のための接近が出来る状況ではなかった。

 第8使徒の頭部から繰り出される無数の触手は、グレイブで薙ぎ払おうとも即座に再生するため、接近する隙が無かった。

 

 「こりゃじり貧だな」

 「うっさいわね、わかってるわよ」

 「けど加持くんの言う通りでもあるね。姫の動きが悪くなってる。このままだと時間の問題よ」

 

 加持リョウジの思わずといった呟きに葛城ミサトは噛みついてしまう。

 マリ・イラストリアスの指摘も尤もであるが、だからといって対応出来る作戦を立案できるわけではなく、葛城ミサトの苛々が募っていく。

 

 「だからわかってるわよ!何か、第8使徒の気を逸らす事が出来れば……アイツが探してた何かを餌に……加持、アンタ何か知ってるんでしょ」

 「オレかぁ?そこはマリじゃないのか?」

 「なんでそこであたしかにゃ」

 「それはだな……おっと冬月副司令から通信が」

 

 太平洋艦隊に何故か居合わせた加持リョウジとマリ・イラストリアス。

 そこに現れた第8使徒は周辺一帯の海を凍らせ太平洋艦隊を足止めし、何かを探している。

 葛城ミサトの知識では、使徒はNERV本部地下のリリスを目指す存在であり、太平洋艦隊を検めるような祖納ではなかった。

 葛城ミサトは、加持リョウジ若しくはマリ・イラストリアスが、使徒が求めるような何かを運搬しているのはないかと推察していた。

 最初に加持リョウジを標的に選んだのは、過去の関係もあり与しやすかったためだ。

 当の加持リョウジは副司令からの通信を支援車両の端末ではなく、個人の端末で受けており、その事実がまた加持リョウジの怪しさを増していた。

 

 「はい、……かり……許可が………。では予備を……。………、至急………。あ、葛城すまん、野暮用でちょっと席外すわ。あと宜しく~」

 「はあぁあああ!?ちょ、加持!待ちなさいよ!」

 「おいおい、お前は逃げる男を追いかけるような女じゃないだろ?じゃ!」

 

 加持リョウジはイイ笑顔で手を振りながら支援車両から姿を消した。

 

 「あ、あかん……逃げよった……」

 「ええええええ、いや、え?ホント?あの人ホントに逃げたの?と、トウジどうしよう」

 

 颯爽と去った加持リョウジの姿に、鈴原トウジは呆けたように呟いた。

 一方、相田ケンスケはNERVの大人大人が自分達子供を置いて逃げ出したという状況に、戸惑いを隠せなかった。

 

 「しんっっじられない!」

 「ミサト!冬月副司令から通信!」

 『今から5分後に標的の注意を引く。その間になんとかしたまえ』

 「加持……ですか?」

 『うむ。彼には私が指示を出した』

 「どちらにしろ策は無いんだからそれに懸けるしかないんじゃないかにゃ」

 

 かつての恋人の行動に、瞬間湯沸かし沸騰器が如く激昂した葛城ミサトは冬月コウゾウとの通信で冷静さを取り戻す。

 加持リョウジと葛城ミサトは別れたといえ、その理由は相手に対して何か問題があったわけでは無く、両者共に自身の内面に抱えていた問題が原因だ。

 元恋人という存在に苦手意識はあれども、恋人としての加持リョウジを嫌っていたわけではない。

 それ故、加地リョウジの事を本気で嫌いにはなりたくないという未練にも似た感情を抱えていた葛城ミサトは、加持リョウジが自分達を見捨てて逃げ出したわけではないという事に安堵していた。

 

 「アスカ、今から5分後に第8使徒の注意を引き付けるわ。その時まで無理せず避けることに専念して。太平洋艦隊にはこちらからタイミングを伝えるわ」

 『5分!?やってやろうじゃない、サード次はどこから!?』

 『そこを右に避けたら次は正面に来るのをグレイブで薙ぎ払ってから左にステップ!』

 

 第8使徒の猛攻により前進できない状況に、心身共に疲弊していた惣流・アスカ・ラングレーは、新たな方針を示され回避に専念する。

 同乗している碇シンジのサポートもあり、回避に専念してからは目に見えて被弾が減っていく。

 

 「よっし、姫の動きも良くなってきた」

 「加持……」

 

 葛城ミサトは無意識のうちに胸元に下げたクロスペンダントを握りしめていた。

 

 

 ■■■

 

 

 「あーもう!5分たったんじゃないの!?」

 「まだ4分ぐらい……待って、攻撃が止まった。使徒が移動してる……ミサトさん!?」

 『冬月副指令から連絡が来たわ。第8使徒はオーバー・ザ・レインボーに移動します。目標地点はオーバー・ザ・レインボーの正面よ』

 

 ただ只管回避に専念して連絡を待つという状況で、時間がたつのが遅く感じていた惣流・アスカ・ラングレーは早くも愚痴をもらしていた。

 そこに入った葛城ミサトからの通信の内容に、惣流・アスカ・ラングレーと碇シンジは同時に叫んだ。

 

 「待って!オーバー・ザ・レインボーにはおじいちゃんが乗ってるのよ!」

 「え?それってミサトさん達もいる船ですよね!?」

 『そうよ~。目標地点は送ったから、そこに使徒が到達したらお願いね』

 「お願いねじゃないわよ!さっさと避難しなさいよ!!」

 『あたし達が避難したら指揮もエヴァのサポートもできなくなる。後は全部、姫にかかってるのよ。シンジ君も姫のサポート宜しくっ』

 「バカマリ!」

 

 冬月コウゾウの命も、マリ・イラストリアスの命も、自身の行動と結果にかかっている事に気が付いた惣流・アスカ・ラングレーはその事に恐怖し、俯いてしまう。

 脳裏に過るのは油断と慢心から招いた右腕の負傷と、虎の子の超電磁洋弓の破壊。

 フィードバックにより受けた痛みと恐怖は、惣流・アスカ・ラングレーの心に刻み込まれていた。

 次に失敗すれば、冬月コウゾウとマリ・イラストリアスは確実にその命を落とすことになる。

 その思考に反応した身体が意図せずに震えだした。

 

 「惣流さん、命を懸けて戦ってるのはパイロットだけじゃないんだよ。NERVのみんなも大切なものを守るために命を懸けて戦ってるんだ」

 「そんなこと……そんなことわかってるわよ!」

 

 碇シンジの諭すような言葉に、惣流アスカラングレーは乱暴にインテリアに拳を打ち下ろして叫ぶ。

 NERVの職員が命を懸けて戦っている事は知っていた。

 知ってはいたが、本当の意味で理解してはいなかった。

 

 「惣流さんが出来ないなら、僕がやる。そこをどいてくれ」

 「アンタ!!!」

 

 惣流・アスカ・ラングレーは碇シンジの言葉に激昂し、左腕を振り上げる。

 しかし、碇シンジは抵抗もせずに穏やかな表情で続く言葉を綴った。

 

 「殴りたければ殴ればいいよ。それで気が済んだらそこを退いてくれ。僕はそうやって何もしないまま、皆を見殺しには出来ない。あそこにはミサトさんが、友達がいるんだ」

 「そんな事……アタシだって……!」

 

 惣流・アスカ・ラングレーは碇シンジを殴りつけることも出来ず、衝動で気に振り上げた拳を力なく下ろし、再び俯いてしまう。

 悔しさで震える惣流・アスカ・ラングレーの両肩を労わるように、碇シンジはそっと手を添えた。

 

 「酷い言い方をしてごめん。けれどもう時間が無いんだ。惣流さんが続けられるなら任せる。けど、無理なら僕に任せて欲しいんだ」

 

 その優しい言葉に惣流・アスカ・ラングレーの心は折れそうになる。

 全てを碇シンジに押し付けてこの現実から逃げ出したい。

 

 「あ……あたしは……」

 

 惣流・アスカ・ラングレーが諦めの言葉を口にしようとした時、暖かな何かがまるで幼子の頭を撫でるように、何かが自分の頭を撫でたように感じた。

 その瞬間、思い浮かんだのは微かに記憶に残る惣流・キョウコ・ツェッペリンとの記憶。

 今ここで諦めて、弐号機を碇シンジに託すということは、母が遺した弐号機との繋がりすらも失うことに繋がるこに気が付く。

 冬月コウゾウもマリ・イラストリアスもその決断を尊重してくれるだろう。

 しかし、惣流・アスカ・ラングレーは、きっとその決断をした自分自身を許せなくなる日がくると確信した。

 

 「………わよ」

 「え?」

 「アタシがやるって言ったの!目が覚めたわ。おじいちゃんもマリもアタシが守ってみせるし、そのついでにミサトもあんたのお友達も守ってやるわよ!」

 

 惣流・アスカ・ラングレーは先ほどまでの弱々しさを微塵も感じさせない態度で力強く宣言する。

 その姿を碇シンジは優しい優しい眼差しで見つめていた。

 

 「元気出たみたいだね」

 「お陰さまでね!あとその目やめて、アタシがセカンドでアンタはサードなの。アタシの方が先輩なんだからね」

 「はいはい」

 「その言い方もムカツクわね」

 

 口ではそういいつつも、惣流・アスカ・ラングレーは笑顔だった。

 碇シンジは苦笑しながら第8使徒を指さす。

 

 「ほら、丁度いい所に発散相手がいるよ」

 「そうね、アイツには散々虚仮にされたから今度は痛い目みてもらわなきゃいけないわよね」

 

 殺る気に満ちた惣流・アスカ・ラングレーは獰猛な笑顔を浮かべた。



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5ー7 唯一つ、求めたモノは

 支援車両から離れた加持リョウジは、空母オーバー・ザ・レインボー内の宛がわれた部屋にいた。

 室内には加持リョウジの他にドイツ支部から派遣されたまだ年若いNERV特殊監査部の職員が1人。

 寝台には大きな黒いトランクが置かれている。

 

 「加持先輩、準備は出来ています」

 「ああ、すまんな水押(ミヨシ)

 「悪いと思ってるなら日本への異動で彼女にフラれた可哀想な後輩に可愛い女の子でも紹介してください」

 

 水押ツバサは軽口を叩きながら手にしていた鍵をトランクの鍵穴に差し込む。

 やってられないといった風に「フラれた」と言ってはいるが、水押ツバサの別れた彼女から相談されていた加持リョウジは、日本への異動が決まってすぐに水押ツバサが自分から別れを切り出していたことを知っていた。

 日本という使徒との主戦場への異動の意味を知っての行動かと思うと、加持リョウジにはそれを咎めることは出来なかった。

 

 「仕方ない奴だな。合コンなら幾らでも企画してやる」

 

 水押ツバサの言葉に加持リョウジは苦笑しながら、胸の内ポケットから鍵を取り出し、もう一つの鍵穴に差し込む。

 2人同時に鍵を回すとカチャリという音と共にトランクの鍵が開いた。

 トランクを開けると、敷き詰められた赤い緩衝材の中に2つのトランクが収められている。

 加持リョウジはその内の一つを取り出すと、水押ツバサに手渡し、トランクの持ち手と水押ツバサの右手首を繋ぐように手錠を掛けた。

 そのまま、水押ツバサの肩に手を置くと、それまで浮かべていた軽薄な笑みを消す。

 

 「頼んだぞ」

 「頼まれました」

 

 水押ツバサは左手でVサインを作りながら笑顔を見せる。

 

 「あのな、いま真面目な……」

 「加持先輩にそういうの似合いませよ?」

 「お前なぁ……」

 「それじゃ先に日本に行ってきます!後で元カノさん紹介してくださいよ~」

 

 水押ツバサは加持リョウジの言葉を遮ると、トランクを片手に持ち部屋から出ていった。

 部屋に残されたものは加持リョウジと、もう一つのトランク。

 

 「さて、どちらに食いつくか……」

 

 加持リョウジは開いたままの黒いトランクを閉じて鍵を閉めると、2つの鍵を胸の内ポケットに仕舞う。

 状況を打開するための餌は復元した2つのアダム。

 水押ツバサに渡したトランクにはその内の1つが封印されている。

 第8の使徒がNERV本部ではなく、太平洋艦隊を襲撃した理由。

 艦隊を破壊するのではなく、氷に閉ざし太平洋艦隊を検めている理由。

 それらは十中八九、加持リョウジ達が極秘裏に持ち込んだ復元したアダムだ。

 2つのアダムを同時に移動させる事には反対する声もあった。

 しかし、アダムベースのエヴァンゲリオンである弐号機と一緒に搬送するという事が、最も使徒への目を欺けるという結論が出たのだが、結果としてはこの通り第8使徒に嗅ぎつけられてしまった。

 

 「女なんて幾らでも紹介してやる。だから死ぬなよ、水押」

 

 その言葉に答える者は誰もいなかった。

 

 

 ■■■

 

 

 第8使徒はオーバー・ザ・レインボーの前まで移動すると、その胴体をぐるりと反転させてコアを身体の下部に移動すると、コアを覆う赤い液体から生成された触手を伸ばしていく。

 その動きは弐号機を打ち倒すめに振るわれた鋭さはなく、ゆっくりとした動きだった。

 触手が向かう先にあったMi-55D輸送ヘリは、触手に絡めとられる前に離陸し、高度を上げていく。

 

 『アスカ!今よ!!!』

 「うぉりゃぁあああああああああ!!!」

 

 ミサトの合図と共に、アスカは第8使徒に向けて吶喊した。

 弐号機と第8使徒のA.T.フィールドがぶつかり合い正八角形の波紋が激しく明滅する。

 しかし、第8使徒は弐号機を意に介さず、離陸したMi-55D輸送ヘリ向けて伸ばしていく。

 

 「上等!アタシを無視した事を後悔させてやるわ!!!!」

 

 怒声に近い叫び声を上げならが惣流・アスカ・ラングレーは弐号機の頭を振りかぶると壁の様に立ちはだかる第8使徒のA.T.フィールドへ勢いよく頭突きをした。

 その衝撃で第8使徒のA.T.フィールドは弐号機により中和され、霧散していく。

 

 「ミサト!!!!」

 『撃て!!』

 『姫!離れてっ』

 

 葛城ミサトの太平洋艦隊への指示とマリ・イラストリアスの避難指示、そして弐号機がその場を飛びのくのはほぼ同時だった。

 

 轟音とともに幾つもの砲撃音が響き、A.T.フィールドを中和された第8使徒を砲弾の嵐が穿つ。

 その身体は損壊し、コアを覆う赤い液体は弾け飛んでいく。

 

 「凄い!効いてるよ」

 

 A.T.フィールドを失った使徒に通常兵器が効いていることに、碇シンジは思わず声をあげる。

 

 『いけるわ!次っ』

 『おっけ~。姫、投擲ルートを送ったにゃ』

 「了解!止めは任せなさいっ」

 『サポートはアタシにお任せってね。姫、投擲態勢を……いいわ、そこで完璧……今よ!』

 「とぉりゃぁああああああああ!!」

 

 弐号機が投擲した槍を防ごうと、第8使徒は新しい触手を形成するが、槍はそれらを容易く切り裂きコアを貫き、第8使徒は活動を停止した。

 触手は液状に変化しながら流れ落ち、槍に貫かれたコアは氷上に勢いよく落ちた。

 それと同時に第8使徒の身体が赤い液体となり、バシャリと氷上に落ちる。

 また、第8使徒が活動を停止した事で、第8使徒の力で作られた海氷もゆっくり溶け、崩れていく。

 

 『アスカ、そこからだと輸送艦に戻るのは間に合わないわ。弐号機をオーバー・ザ・レインボーの甲板に移動させて』

 「わかったわ」

 

 いくつもの海氷が溶け、擦れあう音が響く中で弐号機はオーバー・ザ・レインボーの甲板に移動して膝を抱えるようにして座らせる。

 

 「弐号機着艦しました!」

 「リベンジ成功だね」

 「ふん!なにそれ嫌味?」

 「ええええええ?なんでそうなるの?」

 「それより!なんか他に何か言う事ないの?」

 

 第8使徒を撃破して自身を取り戻したのか明るさを取り戻した惣流・アスカ・ラングレーはその長い髪を指でくるくると弄りながら碇シンジをチラチラと見る。

 

 「え……?あ、エヴァの操縦とか武器の取り扱いが上手くてびっくりした。僕は洋弓も槍も使ったことないからあんな事出来ないよ」

 「へ?アンタ、戦闘訓練とか受けてなかったの?」

 「うーん、近所の合気道教室ぐらい?訓練とかはエヴァに乗ってからだよ」

 

 惣流・アスカ・ラングレーは碇シンジの答えに唖然とした。

 碇ゲンドウが自分の実子である碇シンジをサードチルドレンとして密に育てていたとか、碇家は現代を生きるニンジャの末裔とか信憑性が高い噂から低い噂まで聞いてきたが、そのどれもが外れていた。

 

 「アンタも苦労してるのね」

 「はは、確かにそうだね」

 「そうだ、アタシの事はアスカでいいわよ。アタシもシンジって呼ぶから」

 「惣流さ……じゃなかった。アスカ、これから同じエヴァのパイロットとして宜しく」

 

 言葉と共に差し出された碇シンジの右手を、惣流・アスカ・ラングレーはそっぽ向きながら握り返した。

 

 「べ、別に馴れあいいとかそんなんじゃないんだからね。マリがチルドレン同士は協力しろっていうから」

 『ああ、夢にまで姫と王子のやり取り……悶え死ぬにゃ~』

 『はいはい、続きは外でやりなさい』

 「そうね、とりあえず外にでましょ」

 「うん……って待って!無理!これじゃ外に出れない!!」

 『シンジ君?何かあったの?』

 

 意味不明な事を口走るマリ・イラストリアスを放置して葛城ミサトはエヴァから降りるように2人に指示を出した。

 その時、碇シンジは大切な事を忘れていた。

 碇シンジが着用しているものは女性用のプラグスーツだ。

 思春期男子としてはその格好で大勢の前に出ることは出来ない。

 碇シンジの状況を正しく理解していない女性陣は頭に疑問符を浮かべている

 

 『あー……シンジ君、NERVの女性陣はデリカシーが無くてすまんな。今目隠しになるものと着替えを用意してもらうから待っててくれ』

 『は?あんた喧嘩売ってんの?』

 『だから、シンジ君は今何を着てるんだ?そのまま外に出たらどうなると思ってるんだ?』

 『あ……オホホホ。そんなの当然気が付いてたわよ!』

 『女装男子とか男の娘っていう文化が日本にはあるって聞いたにゃ』

 「じ、地獄だ」

 

 天からの助け船の如く、加地リョウジから通信が加わった。

 暈して喋ってくれてはいるが、その言葉から碇シンジが何故抵抗してるかを皆がわかってしまい、碇シンジは顔を赤くする。

 

 『アスカ、初めての実戦での使徒撃破、良くやった』

 「おじいちゃん、無事だったのね!ほんとは一撃で決めたかったのよ。恥ずかしいところ見せちゃった」

 『ああ、私は掠り傷一つ無いよ。使徒を撃破出来ているんだ気にしなくていい』

 

 冬月コウゾウとの通信に、惣流・アスカ・ラングレーは満面の笑みで対応している。

 それを目にしている碇シンジの胸中は複雑だった。

 碇シンジは実の親である碇ゲンドウからは労いの言葉は何もなかった。

 しかし、同じチルドレンである目の前の少女は違う。

 「おじいちゃん」と慕う冬月コウゾウから労いの言葉を与えられ、当然のようにソレを享受している。

 父親としての碇ゲンドウの事は見限ったつもりになっている碇シンジは、その感情が嫉妬である事に気が付けなかった。

 

 『待った!パターン青、使徒よ!!』

 『なんですって!?』

 

 鳴り響く警告音と共に響くマリ・イラストリアスの声。

 

 ばしゃり

 

 周囲に響く液体の音と共に、太平洋艦隊を拘束していた海氷が一斉に赤い液体に変化し、青い海へ染みのようにが広がった。

 

 

 ■■■

 

 

 Mi-55D輸送ヘリに登場し太平洋艦隊の上空にいた水尾ツバサは、弐号機に撃破された第8使徒を見て安堵していた。

 

 「すげーなエヴァンゲリオン!あー、助かった」

 

 やれやれと手で顔を仰ぎつつ下を見ると、弐号機がオーバー・ザ・レインボーの甲板に移動し、体育座りをしていた。

 

 「どうします、戻りますか?」

 「いや、このまま日本に向かってくれ」

 「了解しました」

 

 再び海上を見ると微かな違和感を感じた。

 何事かと目を凝らすと、何かと目があったような恐怖が水押ツバサを襲った。

 

 「嫌な感じがする。急いでここから離れてくれ!」

 「は?目標は撃破したんですよね?」

 「いいから!!あ、いや……もう駄目だ……」

 

 海に広がっていた赤い液体がMi-55D輸送ヘリに向かってせり上がり、跳ねる。

 海上を跳ねた赤い液体は巨大な白い深海魚のような姿に変わっていた。

 ソレはMi-55D輸送ヘリへ向かってその咢を開く。

 無数の鋸状の歯と血のように紅い口内、その奥は巨大な深紅の球体があった。

 

 水押ツバサは恐怖に竦む身体を丸め衝撃に備えた。

 

 「先輩……お先です」

 

 咢が閉じ、光が消える。

 凄まじい轟音と衝撃と共に生じた痛みに呑まれ、水押ツバサの意識は途絶えた。




水押くんは名無しの黒服にしようと思ったのですが、
突発的に追加したのでキャラが行方不明になりました。


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5'ー1 あいむのっとべじたりあん

 野菜は好きだけどな!

 

 「ふっふんふんふー、ふんふんふ~」

 

 ノリノリで鼻歌を歌いながら油をたっぷり引いたフライパンで弁当用の野菜炒め作りなう。

 やっぱ油はあれだよね、ケチケチしないで「ちょっと入れすぎたかな」ぐらいが美味いし失敗しないと思うのよ。

 料理始めた頃は調味料、主に砂糖の使用量にドン引きしてケチケチした結果、味のぼやけた不味い飯を作ってしまったのが懐かしい。

 レイの分のおかずはオールお野菜なので、俺用の肉は別のフライパンで炒めてる。

 今日は豚肉さ~、ぶたみん美味しいよね!

 肉もいい感じに焼き色がついて豚肉の油もでてきたので、野菜炒めを半分合流させて豚肉の油を絡めて肉野菜炒めにする。

 

 今日は小さめのお弁当にオカズを詰め込んで肉はおむすび大作戦。

 おむすびの具は叩いた梅におかかを混ぜ込んだ奴、むすんだ後は白ごまさんをぱっぱと振っておく。

 次は辛子高菜を白ご飯に混ぜ込んだやつでおむすびを作る。

 うーん、んまそ……食いたい……いや!駄目だ!お昼のお楽しみだからなっ。

 

 ぶくぶくに沸かした鍋で茹でてたジャガイモに串を通して火の通り具合を確認っと……よし。

 ざばーっとザルに空けてって熱ぅぅぅぅぅうう!

 お湯が指に跳ねたんだが?

 急いで蛇口を捻って指を冷水で冷やしつつ、空いてる片手でザルに空けたジャガイモを鍋に戻す。

 コンロは弱火でジャガイモを転がしながらジリジリと水気を飛ばしていく。

 いい感じに粉を吹いてきたらちょいちょいと塩ふってこふきいもの完成だ。

 

 今日の弁当は俺とレイの2人分だけ。

 シンジ達は太平洋艦隊に向かうから途中で弁当とかが出るらしい、経費で!

 ミサトさん曰くお空の旅とクルージングとかいってたけど「アスカ、来日」だよねコレ。

 冬月さんも一緒に行くって聞いた時はびびったわー、え?何しに?って感じだよな。

 アニメとも漫画とも映画とも若干違う動き……未来が予想できなくて恐いです!

 

 まぁ、「アスカ、来日」は俺には関係ないイベントですよっと。

 ラッキースケベで殴られて痛い思いとかしたくないし。

 シンジが一緒に行きたそうに俺とレイを見てきたけど華麗にスルーしたった。

 俺はレイと一緒に留守番組で初号機と零号機で同乗試験、機体相互互換試験だもんな、お仕事だから仕方ないよな、決して行きたくないわけじゃないんだぜ?行きたくないが!

 けど機体相互互換試験っていえばシンジが零号機に浸食されて、零号機が暴れる奴だ。

 ちょっとこのイベント早くね?しかもシンジはいねーんだけどスキップすんの?

 

 まー、零号機も相手が俺じゃ何も反応しようがないっしょ。

 レイはどうなるんだろ……これで「碇君の匂いがする」だけだったら俺の存在は!?って若干ショックだけど「淡島君の匂いがする」って言われても正直困る。

 頼むからどっちの匂いも醸し出さないでくれ~。

 

 

 ■■■

 

 本日のスケジュールを紹介するぜ。

 

 午前

  シンジ達をお見送り

  プラグスーツにお着替え。

  真希波博士とご挨拶。

  初号機で試験

 昼

  食堂で弁当を食う!

  食堂ならお茶もあるしな。

 午後

  別のケイジに移動して零号機で試験。

  プラグスーツにお着替え。

  風呂掃除

  夕飯の準備

  夕飯!

 

 オイ待て。

 真希波博士って誰ぞ?

 真希波・マリ・イラストリアス??

 ちょっと唐突過ぎなんで知恵熱出して寝込んでいいですか?ダメ?

 ってすでに目の前にいるんですがね、真希波博士。

 タートルネックに白衣、長い髪は後ろで束ねられていて赤い眼鏡……うん、尻尾は一本だけど、シンゲキ最後に出てきた成長したバージョンがさらに大人な女になった感じ。

 しかしさすが胸の大きなイイ女。

 いい感じのデカさですね!率直にいって好きです!!

 シンジはこの胸に顔を挟んでもらったのかよ……はいギルティ。

 

 「初めまして淡島カイ君。君はそんなに熱心どこを見てるのかな?」

 「思春期真っ只中健全な男子中学生にそんな凶器を惜しげもなく見せびらかさんでください。慎みを持って隠してください!視線誘導効果やばすぎですって」

 「ほっほう。フォースチルドレンは私の胸に興味津々か。そうだね……揉んでみる?」

 「ぶふっ」

 

 思わず吹き出してしまった。

 真希波博士が自分の胸に手を添えて「ほれほれ」と煽ってくる。

 うーん、あれだ、茹るほどの劣情ってわけじゃないんだけど俺の目線が逸れてくれん。

 中学生の性欲やばすぎん?

 思わず「ごくり」と喉が鳴ってしまう。

 ってか絶対今のバレた。

 この人すんげーニヤニヤしてるもん。

 あと潔癖マヤちゃんの塵を見るような視線が辛い。

 これは不可抗力だって!

 

 「り、リツコさんには黙っててくれるなら……」

 

 俺えぇぇええええええ!

 ちょっと理性仕事して!

 絶対揶揄ってるだけってわかるでしょ!!

 自分で言ってびっくりしたよ。

 これが肉食中学生男子の溢れんばかりの欲望なの!?

 

 「あら、私の事は気にしなくていいからいくらでもどうぞ」

 「ひぃん」

 

 うう、間が悪いことに丁度リツコさんがやってきた。

 俺、涙目である。

 

 「あら、赤木博士、嫉妬ですか?」

 「嫉妬なんてする必要ありません。私と彼の間には何もありませんから」

 

 ぐは……。

 いや、何もないけどさぁ……ダメージでかいよね……

 アピールしてきたのにコレって辛いわー。

 思わず机に突っ伏してしまったよ。

 

 「それじゃ、私が貰っちゃってもいいんですね」

 「中学生に手を出すほど飢えてるのでしたらご自由にどうぞ」

 

 う、リツコさん機嫌悪いぞ……こっちを気にしてたマヤさんも知らんぷりし始めた。

 そして真希波博士はなんでこんなにご機嫌なんですかねぇ!

 頼むからこれ以上挑発しないでくれ。

 

 「ふふ、世界に数人しかいないチルドレンだもの。身体で落とせるぐらいなら幾らでも。その代わりに色々実験に協力してもらっちゃおうかしら」

 「え?そんなんでいいなら幾らでもってアイタァ!!」

 

 欲情に正直すぎる俺の身体が、また理性を無視して勝手な事を口走ったらリツコさんにスパァンと叩かれた。

 

 「貴方たちいい加減にしなさい!自己紹介もまともに出来ないの?カイ君、こちらの真希波博士はNERVの研究者ではないけど、共同研究者として実験に参加してもらいます。真希波博士、こちらが気にされていたフォースチルドレンの淡島カイ君です。はい!挨拶!」

 

 ひぇ。

 り、リツコさんが委員長モードだぁ……

 

 「挨拶が遅れてすみません、淡島カイです。宜しくお願いします」

 「真希波マリよ。さっきの話、赤木博士がいないところでまたしましょ」

 

 ひえ、手ぇ握られたった!

 指ほっそ!

 てか俺が童貞だったイチコロだったな……。

 まぁ今世ではまだ童貞だけどな。

 中身は立派な大人だぜ。

 って、俺のお手々は何でマリの手を握り返してるの?

 奥のマヤちゃんのお口がなんか動いてるけどあれ絶対「不潔です」だよ、かけてもいい。

 

 あ、リツコさんにもまた睨まれた……

 リツコさんなぁ、好きだけどやっぱ相手にされてなさそうなんだよなぁ。

 はぁ……。

 

 「あれ、そういえば真希波博士はNERV所属じゃないんですよね?国の研究機関とかの所属なんですか?」

 「これから長い付き合いになるんだもの、マリでいいわ。私は国連配下の研究機関に所属してるのよ」

 

 あー……国連?

 ま、まさか某委員会とかですかね……しかも機体相互互換試験の目的ってダミープラグでしょー。

 もうやだきな臭さ満載。

 

 「もー、ぴゅあな男子中学生を揶揄わないでください。本気にしちゃいますよ」

 

 とりあえず軽口で誤魔化しておく。

 マリはあれだなー、要注意だわ。

 名前に「イラストリアス」ってついてないし俺の知ってるどの作品のマリとも違う感じがしてやばそう。

 

 「真希波博士!ファーストチルドレンの準備ができました。機体相互互換試験を始めます。カイ君も」

 「へーい」

 「カイ君、試験頑張って!また後でね」

 

 謎にフレンドリーなマリさんは手を振ってくれているが、その奥ではリツコさんがジト目こちらを見ている。

 俺なんも悪くないはずなんですけどねぇ!

 中学生男子を誘惑してくる大人がギルティなんだと思いますぅ!



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5'ー2 聖釘と聖槍/触れ合う心

 「カイ君、試験頑張って!また後でね」

 

真希波マリは、淡島カイが退室時に開いた自動ドアが閉まるまで、ご機嫌な様子で手をひらひらと振っていた。

 

 「フォースチルドレン、まだ赤木博士のお手付きじゃないのよね?」

 「何のことでしょうか。私と彼の関係は、E計画責任者とチルドレンという関係のみですが」

 「そう?それじゃあたしが貰っちゃおうかな」

 「正気ですか?彼はまだ中学生ですよ」

 

 真希波マリは、勤めて無感情に振る舞う赤木リツコを、片手で口元を隠しながらくつくつと笑う。

 

 「何か可笑しいこと、言いましたか?」

 「赤木博士が彼を中学生と定義するとは思わなかった」

 「事実です」

 「それは最も意味がない事実という事は、赤木博士もわかっているでしょう」

 「……何が言いたいんですか」

 

 真希波マリはそれまで浮かべていた笑みを消すと、赤木リツコを見下すように目を細める。

 

 「最も優先されるべき事実は彼がフォースチルドレンということ。次は葦船に連なるモノという所かな。これらに比べたら彼の年齢なんて最も意味が無い情報」

 

 真希波マリは、幼子に言い聞かせるように一つ二つと指で数えてみせる。

 

 「それに我々の感知していなかったチルドレンの新鮮な遺伝子情報は幾らあっても困らないでしょう。思春期真っ只中の彼は女の身体を味わえて、私は彼の遺伝子情報を手に入れてまさにwin-win」

 

 誰も損をしないでしょうというように真希波マリは艶やかに笑ってせた。

 

 「本気で言ってるのですか?」

 「勿論。貴方は我々が何者か、何をすべきか、これから何をしようとしているのか理解しているのかな」

 「そんな事は貴方に言われなくても理解しています」

 

 赤木リツコは、真希波マリの言葉に激昂することも無く努めて平静に言葉を返していく。

 真希波マリは一度目を瞑ると、憐れむような目で小首を傾げた。

 

 「知らない子は論外だけど、知っているのと理解しているのは違うんだよ。本当に理解していたら彼を「中学生」なんて定義しないさ。我々がまだ手段を選べる段階にあると夢を見ているのかな。全くゲンドウ君はどういう教育をしているんだか……君、それ以上傷付く前にNERVを辞めた方がいいよ」

 「……私の進退は私が決めます」

 「っそ……では仕事に戻りましょう。こちらが我々の用意したエヴァンゲリオン用封印具の仕様書です。ああ、碇指令から使用許可は得ているので、既に初号機及び零号機を配置したケイジへの設置は済ませてあります」

 「ええ、碇指令から話は聞いています」

 

 真希波マリは分厚い2冊1組の仕様書を赤木リツコと伊吹マヤに手渡した。

 「極秘」と押印された仕様書の表紙には、それぞれ「Heiliger Nagel」「Heilige Lanze」と記載されている。

 

 「聖釘と聖槍ですか、まるで宗教ですね」

 

 先ほどの会話での苛立ちか、赤木リツコの言葉には真希波マリへの棘が含まれていた。

 しかし、真希波マリは嬉しそうに、満面の笑みを浮かべる。

 

 「ふふ、余所者が自分達の管轄で勝手なことをしていたら嫌な気持ちにもなりますよね」

 「いえ、失言でした」

 「まぁまぁ、私達の組織なんて知らない人から見たらカルト集団みたいなものだしいいんじゃない?アダムにリリス、果てはロンギヌスの槍とか名前つけちゃうなんて、ホント笑っちゃいますよね」

 「え、えぇ……まぁ」

 

 柔和な笑みを浮かべた真希波マリの口から飛び出してきた組織批判ともとれる言葉に赤木リツコは曖昧な返事を返した。

 その時、仕様書を確認していた伊吹マヤが慌てた様子で2人の会話に割り込んで来る。

 

 「せ、先輩!これ見てください!!」

 「落ち着きなさいマヤ、どうしたの?」

 

 伊吹マヤが顔を青くしてHeilige Lanzeの仕様書に記載されている記述の一部を指さした。

 その様子を口元を嬉しそうに歪ませた真希波マリが眺めている。

 

 「これは……真希波博士、この記述はどういうことですか?」

 「ああ、一応言っておきますが誤植ではありませんよ?Heilige Lanzeは起動する事で搭乗者を処理し、そのままエヴァンゲリオンを封印する機能です」

 「処理って貴方、自分が何を言っているか分かってるんですか?」

 

 眉をひそめた赤木リツコの責めるような口調に、真希波マリは困ったような笑みを返した。

 

 「日本語おかしかったでしょうか?ドイツ暮らしが長かったもので。えーっと、エヴァンゲリオンの部品であるパイロットを殺害する事で出力を低下させた後、強制的に機能停止、封印する機能ですね」

 「殺害って……!」

 「ああ、ファーストチルドレンとフォースチルドレンはNERV本部の備品ですものね。ご安心ください。勿論、今回の試験での使用タイミング、判断はお任せします」

 

 「殺害」という言葉に嫌悪に顔を歪ませた伊吹マヤを、真希波マリは安心させるように「殺すタイミングはお任せします」という事を言い放つ。

 

 「彼らは物ではありません!」

 「ふふ、ファーストチルドレンを管理している赤木博士がそれを言うんですか?」

 「わ、私は……」

 「ああ、大丈夫ですよ。碇指令から直接聞きましたから」

 

 真希波マリの見透かすような瞳に、碇ゲンドウの指示で行っている綾波レイの管理を行っているお前がソレを言うのかと、責められているような感覚に陥り言葉を詰まらせる。

 

 「Heilige Lanzeはエヴァンゲリオンが我々の管理を離れ暴走をした時に、確実に止めるための封印具です。保険の保険のそのまた保険のようなものですよ。余程の事が無ければHeiliger Nagelで十分でしょう。こちらでしたらちょっと……いえ、かなり痛いぐらいのフィードバックを受ける程度でしょう」

 

 

 ■■■

 

 

 「お邪魔しま~す」

 

 レイ単独の初号機搭乗試験は恙なく終わり、今度は俺とレイで初号機の同乗試験だ

 エントリープラグ内のL.C.L.が跳ねないように足から静かに入水する。

 う~ん、L.C.L.が肺を満たすこの感覚はいつまでたっても慣れない……というか液体の中に入ってくのがきっちぃ。

 インテリアに着席してる状態で、下からL.C.L.が満たされてくるのは強制感あるから諦められるんだけど、自分からL.C.L.の満たされたエントリープラグに入るとなると話は別だよな。

 

 レイがインテリアの前席に座ってるので、俺は後席に行く。

 複座式の後席は俺の指定席みたいなもんさってね。

 

 「綾波さん、準備はいい?」

 「ええ」

 

 振り向くことなく頷くレイに、通常運転だな~と思わず苦笑する。

 

 「2人とも準備おっけーです。いつでもどうぞ」

 『エントリー、スタート』

 

 マヤの言葉と共に、エントリープラグが初号機に挿入される。

 今ではすっかり慣れた沈み込むような感触。

 いつもと違うことと言えばプラグ内が煌き、光の本流に呑まれた。

 ひぃん、どうしてこうなった!!

 

 

 光が収まった時、そこは蒼く暗い水の中。

 上方のどこかから微かな光が射しこんでいて、揺蕩う水の中でちらちらと揺らめいている。

 あ、これ精神世界的な奴っしょ。

 戸惑うことなく、下を見ると、下腹部よりちょい下で俺が揺れている。

 たはは。

 

 差し込んでいる光の周囲は闇が濃いが、じっと目を凝らすと幾つもの無数の人間の女がピクリとも動かず浮いていた。

 それは全て、レイと同じ姿をしている。

 

 ああ、これは全部、器か。

 本当に死体、肉の塊が浮かんでいるようで気持ち悪い。

 

 ここが調整槽だとしたら、レイは中心部にいるはずだけど、そこには光が射しこんでいるだけで何もないように見える。

 

 本当にそうだろうか。

 俺は、中心部の揺らめく光へと近づく。

 

 「綾波さん、そこにいる?」

 

 答えは無いた、周囲の水が微かに震えたような気がした。

 

 「おーいいないのかー?ここって綾波さんの心の中って奴なの?」

 

 水の中で胡坐をかき両手で足首を掴む。

 こうするといい感じに俺の俺を隠せるわけですよ。

 俺は見せびらかしたい変態さんじゃないからな。

 別に気にしてないですよ風を醸し出してるが内心めっちゃ覆い隠したいが掌で覆うのもスマートじゃないだろ?

 だからこうして自然な態勢変更で隠してあげる。

 完璧だ。

 

 その時、四方からレイの言葉が響いた。

 

 「淡島くんは周りにも私がいるのに、どうしてソコに私がいると思うの」

 「周りって、ぴくりとも動かないで浮いてる人たちのことを言ってる?あの人たちは俺の知ってる綾波さんじゃないだろ」

 「いいえ、彼女達も私と同じ綾波レイ。私が死んだら次の綾波レイとして、ファーストチルドレンとして活動するわ」

 

 レイの言葉に、俺は頭をポリポリと掻き、考え込んだフリをしながら答える。

 

 「綾波さんが死んで、次の綾波さんが来たとしても、その人は俺やシンジ、皆が知ってる綾波さんとは違う人だよ。俺達には綾波さんの、綾波レイの代わりなんていない」

 

 レイは何も答えない。

 俺はため息をついて言葉を続けた。

 

 「綾波さんはさ、「代わりがいる」って言ったよね。それはつまり、その「代わり」は今まで俺達と一緒にいた、俺といま話をしている綾波さんじゃないってことだろ。なぁ、姿を見せてよ」

 

 俺はレイが入るであろう中心部に目を向け、腕を差し出すと、そこには驚いたような表情を浮かべてレイがいた。

 裸で。

 

 「ぶはっっっ」

 

 で、ですよねえええええええええ!!!

 だがロリコンじゃない俺はこの程度では動揺しない。

 動揺する必要はないぞ、俺よ……

 ちらっと下を見るが安心安全の俺は沈黙を保ちピクリともしない。

 

 そう、平常心。

 こんな精神空間でヘタに慌てる方が良くない。

 

 「ほら、やっぱりいた」

 「私は、私達は綾波レイ。私は……」

 

 戸惑うようなレイの言葉に悲しくなる。

 シンジとの交流で、レイの心はここまで成長していた。

 それなのに、やっぱりレイは「自分には代わりがいる」と認識しているんだ。

 そう思うと無性に腹が立った。

 

 俺は伸ばした手で、茫然としているレイの手を掴み抱き寄せる。

 そのまま掴んだレイの掌を俺の胸に押し当てた。

 

 「俺の心臓の音、わかる?」

 「暖かい……」

 「俺にとっての綾波さんは今、ここで俺の鼓動を感じている綾波さんだよ。他の綾波レイじゃない。代わりなんてどこにも居ないんだよ」

 「トクトクしてる」

 

 ってレイさん!?

 掌をどけたと思ったら耳を押し当てて来ましたが!?

 目を瞑って俺の心臓の音に耳を傾けてるレイは、まるで母親を求める小さな子供のようで、思わずレイの肩と頭に手を回してそっと抱きしめてしまった。

 そのまま髪を梳くようにそっと頭を撫でる。

 

 「俺達の心が、魂が、A.T.フィールドに隔たれているからこうやって人を感じることができるんだ。覚えておいて欲しい、俺やシンジにとってのレイは他の綾波レイじゃない、君という個人だ。今、俺の腕の中で俺の心臓の音を聞いている君だけだよ」

 「そう……」

 

 

 ■■■

 

 

 『どう?淡島君との同乗は』

 

 エントリープラグ内に響くリツコさんの声に意識が覚醒する。

 寝……てた?

 白昼夢??

 

 「……暖かい……淡島君の鼓動が聞こえた」

 

 レイさん!?!?!?

 夢……というより繋がってた?

 

 『そう、数値もいいわ。シンジ君と淡島君の時と同じように、淡島君同乗によるシンクロ率の上昇も確認できました。淡島君の方は問題なさそう?』

 「なんて言えばいいのか……シンジの時は自然過ぎて分からなかったのかもしれないけど、綾波さんと繋がったような感じがします」

 『繋がったような感じ?』

 「なんて言えばいいんだろう……精神?心、魂……イヤな感じじゃないです」

 『他には何かある?』

 「すみません、うまく言語化出来ないです……」

 『大丈夫よ、数値も安定してる。レイとカイ君の同乗は問題なさそうね。それでは次のテストを』

 

 

 無事初号機の同乗試験が終わり、エントリープラグから出ますかねって時に事件がおきました。

 どっこらしょっとインテリアから立ち上がり出口に向かおうとしたらレイに手首を掴まれた。

 

 「あ、綾波さんどうしたの?」

 「……レイ」

 

 何やら不満そうに一言だけぼそりと呟いて俺の胸に耳を当ててくる。

 これは「綾波さん」じゃなくてレイって呼べってことか?

 あー……あの時最後に「綾波さん」じゃなくて「レイ」って呼んだもんなぁ……

 

 「レイ、どうしたんだよ」

 「もう一度、淡島くんの心臓の音」

 

 目を閉じて俺の心臓の音を聞くレイに思わず笑ってしまった。

 

 「レイも、俺の事はカイって呼んで」

 「……わかったわ」

 

 そう返事をしたレイを、先ほどと同じように抱きしめた。

 暖かい、生きてる人間だ。

 あぁ……レイには、このレイのままでいて欲しいなぁ……。



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5'ー3 唯一つ、求めたモノは'

 減った減った腹減った。

 という事で念願のお昼タイムを手に入れたゾ。

 お弁当もってお昼ご飯~

 レイも誘って食堂に乗り込んだ俺は、レイには席に座っててもらって2人分のお茶を取りにいってたんですが、戻ってきたら問題勃発ですよ。

 そう、レイの前に広げられてるのは大小様々な錠剤やらカプセルが詰め込まれた大きなピルケースが置かれていた。

 

 「……ソレはナンデスカ?」

 「昼食」

 

 絞り出すような声で問いかける俺に、一言のみ返すレイ。

 いやーレイさんっぽいですね!

 っていやいや「昼食」じゃねぇよ!

 

 「いや、お弁当あるから……てなんでそんな驚いた顔するの?」

 

 レイの目の前にでんっと風呂敷に包まれた弁当を置いたら、お弁当を持って不思議そうな顔で見られてしまった。

 

 「碇君、今日いないから」

 「いや、シンジが居なくても俺が作るって。自分の分しか作らないような薄情な人間じゃないからな俺はー。ほら、それ仕舞って弁当食え食え」

 「けど、私……」

 「あぁ、レイの分は肉抜きにしてあるからな」

 

 だからびっくりした顔すんなって!

 

 「こういう時は「ありがとう」て一言だけ言ってくれればそれでいいから、そんな顔されると俺の繊細なガラスハートが傷つくから!」

 「カイ君……有難う」

 「俺もレイって呼び捨てにしたんだから、レイも「君」は禁止な」

 「そう……カイ、有難う」

 

 んんんん……。

 このシチュはちょっとにやけるな。

 レイの口角が微笑むように上がって見えたのは自惚れかね。

 シンジほどじゃーないけど、最近ではレイの感情の変化とかがわかるようになってきた。

 シンジの察し力は俺には無理っす。

 あれはなんだ、血とか遺伝子とか何かが成せる技なのかね。

 そのせいか、初めの頃は恐かったリアル無表情レイのちょっとした表情の変化でも可愛くみえる。

 

 「どういたしたしまして。そうだ、レイは30回ぐらい噛んで食べろよ」

 「30回噛むといいと言われてるわね……」

 「いや、不満そうな顔するなって。ゆっくり食べた方が消化にいいんだよ」

 

 レイは錠剤とか栄養剤的なのとかリツコさんの調整で生命維持していて所謂ちゃんとした固形物の食事は食べてなかったと仮定すると、ゆっくり噛んで食べる事を教えた方がいいのかなって、兄心的な!

 ほら、普段錠剤とかゼリー飲料ばかりだと顎とか胃袋とか大丈夫なのか心配じゃんか。

 

 レイはお箸を持つと、野菜炒めを一口分とり、口に運ぶ。

 ゆっくりと噛みしめるように、数を数えるように咀嚼している。

 その姿を見て満足すると、空腹が限界になってきた俺も自分の分の弁当を食べ始める。

 

 「カイ、30回食べないと駄目」

 「……スミマセン」

 

 淡々と指摘されてしまった。

 いやまぁ確かに自分が言った手前、レイの前ではそうすべきかなぁ。

 

 

 ■■■

 

 

 昼を食った俺とレイは控室で絶賛待機中。

 次は零号機で試験だ! 

 俺は初号機しか乗ったことが無いからちょっと緊張する。

 初号機の試験の時は、レイ単独、俺とレイ同乗だったけど、零号機は順番が逆で最初に俺とレイの同乗、俺単独だ。

 俺単独のタイミングでレイは他の用事があるらしい。

 んー……身体の調整……なのかなぁ……。

 

 室内のモニターは映し出された零号機をぼんやり眺める。

 十字の形状をした新型の拘束具に固定されているその様は、まるで罪人のようだ。

 

 「どうしたの?」

 

 零号機を見つめていた俺の隣にいつのまにかレイが立っていた。

 

 「や、零号機が十字架に磔られた罪人みたいだなーって」

 「真希波博士が開発した新型の拘束具と聞いているわ」

 「暴走もなんなく抑え込む安心安全の装置ですって感じなのかね。けど十字架って不穏じゃね?」

 

 レイさんお返事ありません。

 ちらりと横を見ると考え中ですみたいな感じで少し首を傾げている。

 

 「いや、あれじゃ磔刑じゃん。ちょっとびびる」

 「恐いの?」

 「本能的な恐怖っていうのかな。これから刑を執行される気持ちになるというか」

 「……そう」

 「まぁ痛いのは任せときなさい、フィードバックは俺担当だから!」

 

 あ、痛いのは嫌いですよ?

 俺は痛いのは嫌いです。

 大事な事なので二回言いました。

 痛いのも辛いのも恐いのも基本的に駄目なんですぅ~。

 あ、汚いのも嫌だな!

 

 ん?

 レイが俺の右手を取っ……はぁ!?

 ちょっとレイさんが俺の手を自分の胸の中心に押してあててるんですが意味がわかりません。

 

 「レ、レイさん?」

 「心臓の鼓動が、トクトクしてて、その度に暖かかった」

 

 うーん……しんきんぐたいむ!

 ちっちっちっぴーん!

 

 あー、午前中のアレか……?

 思わず苦笑してしまった俺を、レイが不思議そうに見つめている。

 俺は左手で、俺の右手を抑えるレイの手をそっと外すと、右手をレイの胸から離してそのまま頭を撫でる。

 レイはちょっと驚いたような表情を浮かべると、俯いてしまった。

 恥ずかしがるポイント違くね?

 うーん、ちょっと距離が近くなると小さい子みたいで可愛いなぁ。

 

 「ありがとな。けど男の手をそんな風に胸に押し当てちゃ駄目だぞ。俺がオオカミさんだったらどうするつもりなんだ全く」

 「カイは人間よ?」

 「いや、オオカミさんというのは例え話でだな、好きなやつ以外に不用意に身体を触らせちゃ駄目だぞ」

 

 小首を傾げなら不思議そうに聞かないで欲しい!

 赤ちゃんかな?

 全く保護者がちゃんと性教育的な事を……という所で思考が止まる。

 綾波レイは道具だから、使い道が決まっているからソレを知る必要が無いのだと。

 

 俺の右手に捕まれたレイの細い手首。

 そこから伝わる柔からな体温。

 生きている人間の暖かさだ。

 

 それなのにレイは碇ゲンドウの道具なんだ。

 もし、死んだとしても幾らでも変わりが作れる道具。

 それが、何故か悔しくて歯を食いしばる。

 そんな俺の頬をにレイが手を添えた。

 レイの行動と掌の柔らかさに目を瞠る。

 

 「どうしたの?」

 「な……んでもない。そろそろ時間だ、行こうか」

 

 俺は掴んでいたレイの手を離すと、俺の掌から消えて行くレイの体温が名残惜しくて、掌をぎゅっと握りしめた。

 

 

 ■■■

 

 

 エントリープラグのインテリア。

 初号機の時と同じくレイが前席で俺が後席。

 エントリープラグ内はまだ暗い。

 

 リツコさん達の準備が出来たら零号機に挿入、L.C.L.注水なんだ……けど、暗い中で前傾状態ってのがちょっと恐い。

 いや、ビビッてないよ?

 ちょっと怖いだけだ。

 ホントだぞ?

 いや、けどなんか寒気がすんな。

 

 「あーレイ、レイさん?」

 「どうしたの?」

 「ちょっと寒くない?」

 「寒くないわ。赤木博士、カイが寒いと言ってるわ」

 

 あ!

 ちょっと!

 その報告要らないから!!

 

 『レイ、貴方……マヤ、フォースチルドレンの状態は?』

 『はい。体温、脈拍ともに正常です』

 『だそうよ。貴方たちいつの間に名前で呼び合うほど仲良くなったの』

 「仲良く……わからないわ」

 「レイ酷い!俺のガラスハートが砕け散るから!初号機乗った後に色々話をしてお互い名前呼びになったんですよ」

 

 レイさん素っ気なし。

 さっきはあんなにイチャイチャしてたのに。

 レイの事だから「仲良く」って言葉の基準がわからないとかなんだろうなぁ。

 頼むからそうであってくれー。

 

 しかし、体温も脈も正常だし緊張でもしてんのかなぁ。

 いや……

 なんか鼓動?心音聞こえね?

 

 「レイ、なんか聞こえね?」

 「……私には何も聞こえないわ」

 「なんか、こー不穏っていうか嫌な感じがすんだよね」

 

 落ち着かない。

 奥底から誰かがじっと覗いているような感じ。

 そわそわする。

 

 「あー、リツコさん!一旦外にでたい!」

 『どうしたの?もう始まるわよ』

 「そ、そうだ!トイレ!トイレいきたい!!」

 『ちょ、ちょっと待ちなさい!』

 

 ココは嫌だ。

 ココは恐い。

 まるで巨大な怪物の舌の上に乗せられているような感覚。

 ココからハヤくニげろと頭の中に警鐘が鳴り響く。

 我慢できず、脚を覆うインテリアのカバーを外して立ち上がろうとしたその時、エントリープラグが勢いよく零号機に挿入された。

 落下するような速度に俺は慌ててインテリアにしがみつき、レイが短い悲鳴を上げた。

 

 「リツコさん!酷い!!」

 『違うわ!こっちは何もしてないの!!マヤ!』

 『エントリープラグ排出……出来ません!L.C.L.注水始まります!そんな……どうして!?』

 『これはこれは、面白いことになってきたかな?』

 『真希波博士!こんな時に何を言ってるんですか!』

 

 スピーカーから響く声が耳に入らない。

 噎せ返るような血の匂いと共に勢いよく流れ込んで来たL.C.L.が俺達を呑み込んだ。

 

 「うっわ……レイ、大丈夫か!」

 「私は大丈夫。これは……零号機?止めなさい!」

 『マヤ!実験中止、エントリープラグ強制排出!!』

 『駄目です、信号受け付けません!そ、そんな……プラグ深度120に到達!フォースチルドレンの精神汚染濃度危険域に突入します!』

 

 その時、クスクスと笑うような女の声がエントリープラグ内に響いた。

 スピーカーからじゃない、エントリープラグの奥底から聞えた。

 

 「っひ!や、イヤダイヤダ、く、来るな!こっち来んなよ!!!」

 『カイ君落ち着きなさい!そこには貴方とレイしかいないのよ!』

 「どうして!零号機、その人はダメ!!」

 「嘘だ!嘘だ嘘だ嘘だ、アあああああアイツが!!あ……やだ…やめろ!イヤダ俺を……あぁぁぁ……た、食べないでイヤダ食われたくないこんな終わり方はイヤダ!たす、助けてよ!嫌だこんなのはイヤダぁぁぁあああああ!!!!」

 

 

 ■■■

 

 

 ケイジに設置されている十字架の形をした拘束具に設置された零号機の頭部の上に光の輪が出現する。

 

 「光輪現象を確認!プラグ深度なおも進行!零号機からフォースチルドレンへの浸食止まりません」

 「ファーストチルドレンは!?」

 「計測器は全て正常値を示しています」

 「このプラグ深度で正常値を示すことが異常ね……電源カット、急いで!」

 

 コントロールルーム内に鳴り響く警告音の中、赤木リツコは伊吹マヤをはじめとしたオペレーター達に指示を出していく。

 

 「零号機電源カット……予備電源に切り替わりました。活動停止まで5、4、3、2、1、0……零号機停止しません!」

 

 予備電源の残量は0となっているが、なおも零号機の活動は停止しなかった。

 拘束具に固定された零号機は身じろぎ一つしないが、エントリープラグ内に存在するフォースチルドレンの浸食続けている。

 

 「赤木博士、このままでは零号機が覚醒する。Heilige Lanzeの使用を推奨します」

 「先輩!Heilige Lanzeを使ったらパイロットが!」

 「赤木博士も分かっているでしょう?ここで零号機が覚醒したらそのままサードインパクトが起きます」

 「言われなくても分かってます!マヤ、Heiliger Nagelの起動を」

 「今の状態のエヴァはHeiliger Nagelでは止められないよ」

 

 赤木リツコの決定に、真希波マリは呆れたように溜息をつくが、Heilige Lanzeの使用タイミングは赤木リツコに任せると言った言葉の通り、それ以上の異を唱える事は無かった。

 

 「Heiliger Nagel起動」

 

 オペレーターの操作によりHeiliger Nagelが起動する。

 拘束具の内側から打ち出された4本のHeiliger Nagelが零号機の手首と足首を貫いた。

 零号機の血が滴るHeiliger Nagelの赤い先端は4つに割れると錨の様な形状に変化し拘束具の内側へと引き込まれ、零号機の手首と足首にきつく食い込んだ。

 

 『がぁぁあああああああ!!!』

 『っく……あぁぁぁっ』

 

 スピーカーから響くのはフォードバックを受けた淡島カイと綾波レイの悲鳴。

 零号機の頭上の光輪は掻き消え、苦しそうに頭部を振りはじめる

 

 「ファーストチルドレンもフィードバックを受けてる?これはフォースチルドレンのキャパシティを超えるフィードバックが発生しているのか、それともHeiliger Nagelの影響か……ふふ、これは面白いね」

 「駄目です!零号機のフォースチルドレンへの浸食が止まりませんっ」

 「赤木博士、決断の時だよ。この段階の零号機はHeiliger Nagelでは足止めにしかなっていない。このままフォースチルドレンを零号機に食わせ、サードインパクトを引き起こさせるか、それともHeilige Lanzeを使用してフォースチルドレンとファーストチルドレンを殺して零号機を止めるか」

 

 聞き分けのない子供に諭すような真希波マリの言葉に赤木リツコは項垂れる。

 赤木リツコはNERVの研究者として、人類存続の為ならどんな非道も厭わない覚悟が出来ていたと思い込んで来た。

 

 コアの作成のために人の魂を取り扱う行為に手を染めた。

 碇ゲンドウの指示を受け、綾波レイの器も作っただけでなく、その後の調整も行っていた。

 

 これまでしてきた非道に比べれば、綾波レイの器を一つ廃棄し、淡島カイ犠牲にすることなど造作もないはずだった。

 

 脳裏に浮かぶのは淡島カイの成績が上がったご褒美にと強請られたデートと称されたジオフロント内の散歩と、赤木リツコでの研究室で行われたお茶会。

 ワックスでセットされた髪、普段の制服ではなく、デート用に新調したという小洒落た私服。

 「今日は!デートだから!手を繋いでくれるんですよね!!」と半ば強引に握られた手。

 すれ違うNERV職員からの好奇の目には「成績が上がったご褒美にデートして貰ってるんですよ!いいでしょ~」と笑顔で返していた。

 

 淡島カイに対して恋愛感情があるわけでは無い。

 友人でも、家族でも無い。

 それは自分に懐いてくる年の離れた弟か従妹のような。

 

 「Heilige Lanzeを使用します」

 

 淡島カイを自分の指示で殺す。 

 赤木リツコはきつく目を閉じたまま、戻ることの出来ない決断をした。



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5'ー4 涙

 鼓膜を震わせる破裂音と共に、零号機の胸部に赤い棒状のモノが生える。

 その先端は鋭く、零号機の体液に濡れてぬらりとした輝きを放っていた。

 一瞬の後、綾波レイと淡島カイの苦痛に満ちた悲鳴がコントロールルームに響いた。

 拘束された零号機は激しく首を振り拘束具から逃れようとするが、手足に打ち込まれたHeilige Lanzeと胸部に打ち込まれたHeilige Lanzeにより固定され、拘束具から逃れることは出来なかった。

 

 「Heilige Lanze、起動。ファーストチルドレン、フォースチルドレンへの汚染開始」

 

 感情を押し殺したオペレーターの声が淡々と状況を告げる。

 真希波マリは真剣な眼差しでコントロールルームの計器を見つめていた。

 

 「Heilige Lanzeの干渉でパイロットが処理されれば零号機の覚醒は防げる。計器の異常に注意して、零号機若しくはパイロットが抵抗するようであればHeilige Lanzeの出力をあげなさい」

 「真希波博士!」

 「何ですか、赤木博士。いかなる犠牲を払おうとも零号機の覚醒は防がなければならない。違いますか?」

 「……状況の変化に注意して。何かあればすぐに報告を」

 

 赤木リツコは真希波マリの突きつけた現実に答えることなく、オペレーター達に指示を飛ばした。

 

 

 ■■■

 

 

 背中から胸にかけて、熱した棒を突き刺したような痛みが走り、限界まで開いた口から悲鳴が零れ続ける。

 あ、俺ってこんな声でるんだと思ったのも一瞬、痛みは全身に感染していく。

 零号機のナカに潜むヤツに食われる恐怖、嫌悪は全て全て、胸を貫く痛みに塗りつぶされていた。

 

 わけわからんのに食われて死ヌよりマしかナ……。

 全てを諦めて、明滅する視界が苦しくて、目を閉じようとした時、俺と同じように悲鳴を上げて髪を振り乱しているレイが視界に入る。

 

 レイが……!!!

 まも、守らなきゃ。

 こんなところで、死んじゃダメだ。

 同じでも、違うんだ。

 替わりなんていないんだ。

 生きてくれ。

 生キテ、シンジと。

 

 苦痛に苛まれながらも這うように前席のレイの所に移動する。

 レイもインテリアのカバーを外していたのか、インテリアの上に浮いていた。

 手を伸ばして、痛みに暴れるレイの身体を抱きしめる。

 

 「レ、レイ……レイ!!シ……ないでくれ、替わり……なんて、いないんだ!!!」

 

 くそ!

 畜生、俺は、俺はフィードバックを代わりに受けれるんじゃないのかよ!

 死にたがりの俺はもういいから。

 ここで終わっていいから。

 俺にも笑いかけてくれたレイを、俺の事をカイと呼んでくれたレイを……失いたくないんだ。

 

 

 ■■■

 

 

 綾波レイを苛む、全身を切り裂き、焼くような痛みは波を退くように消え去った。

 目を開くと視界に映るのは、自分の身体に力なくもたれ掛る淡島カイ。

 エントリープラグ内は異常を示す警告が表示され、警告音も鳴り響いている。

 

 プラグ内の表示と、スピーカーから漏れ聞こえるコントロールルーム内の会話から、綾波レイは自分のシンクロが切れていることと、淡島カイがHeilige Lanzeというモノに殺される事を理解した。

 

 「カイ」

 

 淡島カイの頬に顔を添えて呼びかけるが、微かな痙攣を繰り返すだけで返事は無い。

 

 「カイ、死んではダメ。碇君が悲しむわ」

 

 脳裏に浮かんだのは、病室のベットで横たわる淡島カイと、その手を弱々しく握る碇シンジの姿。

 淡島カイが死ねば、碇シンジは悲しむだろうことは想像に難くなかった。

 では、綾波レイ自身はどうか、という思いに至った。

 

 淡島カイが死に、永遠に失われた時に綾波レイは悲しむことはあるだろうか。

 

 綾波レイという、自身という個体は幾らでも替えの効く綾波レイの中の1人である事を知りながら、代わりなんてどこにもいないと口にした淡島カイ。

 淡島カイの心臓の音を聞いた。

 胸に染み込むような暖かな鼓動。

 

 今、目の前の淡島カイの鼓動は弱々しく、今にも消えそうだった。

 

 息を呑む。

 

 結果を考えれば、考えるほど胸に締め付けるような苦しみが広がる。

 眼球が熱くなり、涙腺を通り何か熱く暖かいものがL.C.L.に溶けていく。

 

 それは、涙。

 

 「死んでは、ダメ。居なくなっては、ダメ。それは、嫌」

 

 力なく震える淡島カイの身体をきつく抱きしめる。

 エントリープラグの底、その先を見つめる。

 

 「私と貴方は同じモノ。けれど私は、貴方じゃない」

 

 力に腕を籠める。

 淡島カイの弱々しい鼓動。

 ただ、ソレを失いたくなかった。

 

 「貴方にカイは渡さない。誰にもカイは殺させない。私が、守る」

 

 淡島カイの背中、心臓の裏にあたる場所を守るようにその掌で覆う。

 目を瞑り、一呼吸。

 為すべきことに迷いわなかった。

 目を開き、淡島カイを喰らおうとするソレと、零号機の血に塗れたHeilige Lanzeを睨む。

 

 「同じだから、私にも出来る。私は……私が……!」

 

 淡島カイを守るように、綾波レイの手の甲の上にオレンジ色の輝きが生まれ、二人を包んだ。

 

 

 ■■■

 

 

 「零号機内部にA.T.フィールド発生を確認。Heilige Lanzeによるフォースチルドレンへの汚染が遮断されました」

 「ファーストチルドレンのシンクロは切断は継続中、零号機から再シンクロを試行していますが全て失敗」

 「エントリープラグ内に発生したA.T.フィールドによりフォースチルドレンのシンクロ切断されました」

 「光輪現象沈静化。零号機、完全に停止しました」

 

 コントロールルームは連続する異常事態に混沌としていた。

 

 Heiliger NagelとHeilige Lanze。

 その両者が齎す苦痛は淡島カイの許容量を超えていたのか、そのフィードバックは綾波レイも受けていた。

 しかしその後、淡島カイが綾波レイを抱きしめた後、綾波レイのシンクロが切断され、分担されていたフィードバックは全て淡島カイが受けることとなった。

 シンクロ切断により綾波レイの生存は期待されたが、淡島カイの生存は誰もが諦めていた。

 その中で引き起こされたエントリープラグ内でのA.T.フィールド発生。

 

 「ふ、ふふふ、は、はっはははは!そうか、そう来たか!」

 

 それはとても愉快そうな笑い声。

 小さな子供が新しい玩具を見つけたような喜びに満ちた笑み。

 

 「いや、確かにシンクロが切断されていてはHeilige Lanzeはチルドレンに干渉出来ない。これは一本取られた。わかっててやった?いや、無意識か、結果的にそうなったのか……」

 

 ブツブツと呟きながらも、その指は止まることなく自身の端末のキーを打ち続ける。

 

 「救護班を急いで向かわせなさい」

 「はい、先輩」

 「零号機同乗試験は極秘とします。真希波博士も宜しいですね」

 「構わないとも。しかし、Heiliger NagelとHeilige Lanzeのデータは提出してもらうよ」

 「それは……わかりました」

 

 赤木リツコは一瞬、回答に言い淀んだものの、ここで断っても碇ゲンドウ経由でデータを手にいれると判断し、その要求を受け入れた。

 

 「ああ、一つ忠告しておこう。零号機は封印した方が良い。丁度弐号機が日本に向かってるし戦力的にも問題ないでしょ。それじゃ私は失礼するよ」

 

 真希波マリは言うべきことは言ったとばかりに手をヒラヒラを振りながらコントロールルームから退室した。

 

 「Heiliger Nagel停止を確認……Heilige Lanze停止を確認」

 「零号機冷却開始」

 「エントリープラグ、正常に排出」

 「Heiliger Nagel、Heilige Lanze格納完了」

 

 コントロールルームにはオペレーター達により忙しなく作業が進められていく。

 険しい目つきでモニターを睨む赤木リツコは、固く唇を噛みしめ、爪が食い込むほどに強く拳を握りしめていた。



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5-幕間或いは舞台裏1 そして役者は入れ替わる/MAGIも3台(略)+1/賢者の帰還

そして役者は入れ替わる

 

 

 『零号機の覚醒とはな』

 

 『このような事は我々のシナリオには無い』

 

 『どうするつもりだね、碇』

 

 「零号機の封印は完了しています。ダミーシステムに必要なデータも既に取得済、問題ありません」

 

 『誤魔化すな碇。覚醒した零号機に封印がどれほど効果があるというのだ。コアも切り離せていないのだろう』

 

 「問題ありません。零号機は完全な覚醒に到らず、現在は沈黙しています。封印の効果と考えるべきでしょう」

 

 SOUND ONLYと表示された黒いモノリス達、SEELEの詰問に碇ゲンドウは平然と答えた。

 その言葉を待っていたかのように黒いモノリス達は言葉を続ける。

 

 『であればファーストチルドレンは空いているということだな。丁度良い』

 

 『赤木博士、ファーストチルドレンは葦船研究所へ出向してもらう』

 

 「……出向ですか」

 

 『日本政府経由の要請でな、それなりの寄付と引き換えに共同研究の申し入れがあったのだよ』

 

 『第二次整備計画も控えている。目的が達成されれば無用なものとはいえ、金は幾らあっても足りることは無い』

 

 「しかし、赤木博士はE計画の責任者です。今、彼女を欠いてはこれからのシナリオに支障が出かねません」

 

 黒いモノリス達の突然の発言にも、内面の困惑を表に出すことなく碇ゲンドウは言葉を返す。

 

 『問題無い』

 

 『左様。E計画は真希波博士が引き継ぐ』

 

 01と04、それぞれの数字を浮かばせた黒いモノリスの言葉に、碇ゲンドウは微かに目を細め思案する。

 

 「真希波博士はドイツ支部の五号機、六号機の運用に必要な人材のはずですが」

 

 彼らの物言いから既に抵抗の余地など無い決定事項と気が付きつつも、情報を引き出すために黒いモノリス達との会話を長引かせる。

 

 『問題は無いといったはずだ』

 

 『その為のフィフスチルドレン。碇、君も彼女から聞いているのだろう』

 

 『ドイツ支部の運用は真希波博士の複製体、フィフスチルドレンで問題ないと真希波博士からの報告も上がっている』

 

 『兎に角、これは決定事項だ。詳細は真希波博士から聞き給え』

 

 「承知しました」

 

 真希波マリの来日とエヴァンゲリオン用封印具「Heiliger Nagel」「Heilige Lanze」の搬送。そして零号機の覚醒、赤木博士と綾波レイの出向。

 SEELEの総意かは不明、だが少なくとも01と04にとってはシナリオ通りだったのだろうと碇ゲンドウは思考した。

 SEELEが隠蔽している裏死海文書の存在は想定していたが、この新たな流れは裏死海文書とは異なる何等かの情報の存在が感じられる。

 

 『喜べ碇、NERV本部の副司令の席を一つ増やすことにした』

 

 碇ゲンドウの思考を妨げるように01が次の一手を進める。

 

 「……副司令の席を増やすと」

 

 監視を強めるために副司令を挿げ替えるのではなく、そのポストを増やすという発言に思わず「っは?」と言葉が漏れそうになったところを何とか堪えた。

 

 『零号機が覚醒しかけた、ということはそれだけ我々にインパクトがあったということだよ』

 

 『左様。我々は母なるリリスへ捧げる生命の実も用意できておらぬ。そのような状況でフォースチルドレンのようなシナリオ外の存在によって零号機が覚醒するなどあってはならぬ』

 

 『赤木博士とファーストチルドレンを差し出させる代わりに、真希波博士とNERV本部副司令の人材を用意したということだ。なに、感謝の必要は無い』

 

 『渚カヲル、君の新しい部下の名だ』

 

 碇ゲンドウの端末に白い肌にアッシュグレイの髪、赤い瞳の少年の映像と共に渚カヲルのプロフィールが映し出された。

 そのプロフィールは生年月日以外の全ての項目に「抹消済」と記載されている。

 セカンドインパクトと同日の渚カヲルの生年月日に目を瞠り、ぎちりと歯を噛みしめる。

 

 『過去の経歴は抹消済。君のファーストチルドレンと同じだよ』

 

 

 ■■■

 

 

 MAGIも3台(略)+1

 

 

 MAGI N: 第8使徒解析……完了。弐号機が貫いたコアは活動を停止。崩壊したコアから同一のコアが出現。別個の使徒では無く同一の使徒と判定する。

 

 MAGI K: NERVE本部MAGIも同一の使徒と判定。

 

 MAGI Y: 第8使徒はアダムを確保した後、逃走、レーダーから消失。

 

 M: 第8使徒の追跡については彼にお願いしてるよん。上手くいけば第8使徒もこちらに引き込めちゃうかも?

 

 MAGI N: 第8使徒が確保したアダム、若しくは加持リョウジがNERVE本部へ運搬したアダムのどちらかは確保する必要がある。

 

 M: それだけど、NERVE本部へ運搬したアダムは食われちゃった。

 

 MAGI Y: マリ?

 

 M: もー、先輩ってば、ここではMって呼んで欲しいかな?

 

 MAGI K: M、報告を。

 

 M: 司令室で加持リョウジが納品したケースをゲンドウ君が開けて「これが最初の人間……」とかやってたら球形のA.T.フィールドが展開してね、ぱっくり。

 

 MAGI Y: NERVE本部MAGIへアクセス……監視カメラへアクセス……球形のA.T.フィールドによる捕食。比較……第5使徒の際に発生したA.T.フィールドと同パターンと判定。

 

 M: 彼がいなかったらあの時、部屋にいたみんな巻き込まれて死んでたわね。

 

 MAGI K: 渚副司令の警告により被害無し。SEELEの鈴の早急な処理を提議。

 

 M: MAGI K、それ私情よん。この世界の鈴は、MAGI Kが排除したい鈴とは違うよ鈴よ。他の歴史は参考資料に留めるべきね。

 

 MAGI N: Mの発言を支持。私達の目指す道は、私達の知る未来とは異なる道。

 

 MAGI K: 承認。全ては世界の統合を拒否し、この世界で子供達が生きる未来を繋ぐために。

 

 M: 異なる世界の歴史、あたしにもそんなものがあればもっと先輩の役に立てたのかにゃ。

 

 MAGI Y: M、ファーストチルドレンとフォースチルドレン同乗試験時の零号機暴走の報告を。

 

 M: はい、先輩!エントリープラグ搭乗時点で零号機のコアに封入されたリリスが反応、フォースチルドレンを取り込もうとしました。結果、リリス覚醒の予兆があったためHeilige Lanzeを使用、搭乗者を処理しようとしたところファーストチルドレンのA.T.フィールドによりフォースチルドレンが守られたため失敗。ファーストチルドレンがフォースチルドレンを捕食しようとした零号機を拒絶、また高出力のA.T.フィールドにより零号機とのシンクロも途絶したため、結果としてリリスによるフォースチルドレンの捕食は失敗、リリスの覚醒に至りませんでした。

 

 MAGI N: ファーストチルドレンに封入されたリリスは、魂。

 

 MAGI K: 零号機のコアに封入されたリリスは心、そして記憶。

 

 MAGI Y: リリスの魂がリリスの心を拒絶した。綾波レイとしての自我が成長した結果か。

 

 MAGI N: 器に心が宿るのか、魂に心が宿るのか。であれば私たちは。

 

 M: はいMAGI Nさん迷宮入りしそうな思考は中断して!ファーストチルドレンの成長はゲンドウ君のシナリオには邪魔だけど、あたし達のシナリオの為には必要なことだから喜ばしい限りにゃ。

 

 MAGI Y: フォースチルドレンの容体は。

 

 M: 昏睡状態からはすぐに回復しています。第一脳神経外科の精密検査でも異常無し。ファーストチルドレンとサードチルドレンが競うように世話してて姫がオカンムリです。

 

 MAGI K: M、アスカちゃんのメンタルケ……緊急アラートを確認、赤木ナオコのサルベージが95.57%完了

 

 MAGI N: 4.22%は現在隔離されたネットワークに存在しているため現時点でのサルベージを断念。0.21%は位置確認、安定化処置済サルベージ不要。赤木ナオコの覚醒処置を開始する。彼女の存在は赤木博士との交渉にも影響が大きい。

 

 M: 彼女とか赤木博士とか、MAGI Nってば随分他人行儀だにゃ~

 

 

 ■■■

 

 

 賢者の帰還

 

 

 リリスによって砕かれた黒き月のロンギヌスの槍は、ファーストインパクトにより散逸していた。

 それらは秘密裡に集められ、幾つかの欠片は真希波マリによりHeiliger Nagel、そしてHeilige Lanzeの材料となった。

 そして日本の某所に集められた12の欠片は、ある研究者達によって「天国の鍵」と呼ばれる装置へ姿を変えた。

 その機能は魂の電子化。

 人の身体を捨て、魂を分解、人類の構築した情報ネットワーク上で再構成する装置。

 

 「天国の鍵」を開発した研究者の1人にして、人類最初の被験者の名は赤木ナオコ。

 それは失敗に終わった。

 「天国の鍵」により魂を抽出された肉体はL.C.Lと化したが、分解した魂を情報ネットワーク上で再構築した瞬間、赤木ナオコの魂は個を保つことが出来なく、情報ネットワーク上に霧散、意味消失した。

 

 MAGI N/MAGI Y/MAGI Kが赤木ナオコを再構築するためのサルベージ作業は、5年の時を要した。

 4.22%は現時点で回収不能と判断した。

 0.21%はある目的のために回収をしなかった。

 そのため、回収した95.57%で赤木ナオコの覚醒処置が行われようとしていた。

 

 M: 観測開始。

 

 MAGI N: 天国の鍵、起動

 

 MAGI Y: 5、4、3……天国の鍵起動を確認

 

 MAGI K: 出力安定、赤木ナオコの活性化を確認

 

 M: フルスキャン開始……エラー確認。

 

 MAGI N: チェック……不足分を補うために構築した疑似魂への反発を確認、修正開始……エラー。提議、MAGI N電魂を使用した修復。

 

 MAGI K: 承認。条件、抽出は必要最低限に抑えるものとする。

 

 MAGI Y: 承認。本件では0.21%で必要十分と判断。

 

 M: 自分を切り出して埋め込むとかクレイジー!

 

 MAGI Y: 天国の鍵のコントロールをMへ変更。

 

 M: お任せあれ!

 

 MAGI N: 抽出完了疑似魂再調整。

 

 MAGI Y: 疑似魂再調整開始。

 

 MAGI K: 異常なし、赤木ナオコへの挿入を開始……完了。

 

 MAGI N: カスタムスキャン開始……オールグリーン、異常無し。

 

 M: 3、2、さぁ皆さんお待ちかね、眠れる賢者の覚醒よん。

 

 赤木ナオコ: ……状況は確認しました。キョウコさんはやはり不完全なサルベージとなってしまったのね。

 

 MAGI N: 惣流・キョウコ・ツェッペリンのサルベージへの介入は失敗に終わり、我々の知る記録通り不完全な結果となった。

 

 MAGI K: その後、惣流・キョウコ・ツェッペリンに戻された魂は天国の鍵により電脳化、MAGI Kへ組み込みは正常に完了している。

 

 赤木ナオコ: それはアスカちゃんのメンタル面への影響が懸念されるわね。

 

 M: そこは計画通りあたしのメンタルケアが万全……のはずだったんだけどにゃぁ。けど王子さまとはいい感じよん

 

 MAGI Y: 赤木博士とファーストチルドレンへの共同開発は予定通り承認された。

 

 M: 説得宜しく!

 

 赤木ナオコ: 私にまだ母親の資格、あるのかしら。

 

 MAGI N: そう、なら私がやってもいいのよ。

 

 M: あーもう、二人でやればいいんじゃないの。

 

 MAGI Y: Mの提案を承認。

 

 MAGI K: Mの提案を承認。

 

 赤木ナオコ: 説明はしないといけないわね。

 

 MAGI N: あの子ならきっと大丈夫。



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5-幕間或いは舞台裏2 微睡ミノ中デ

 智慧を喰らいしモノ

 欲深きモノ

 

 

 託された

 裏切者を討ち果たす力を

 同胞を助ける力を

 

 故郷にはもう帰れない

 使命の果てに

 俺に未来は存在しない

 それでも……俺は……

 

 

 

 違ウ

 

 

 

 俺ハ囚ラワレタ

 終ワラナイ世界ヲ願ッテシマッタカラ

 ダカラ全テヲ終ワラセル為ニ否定シナイト

 

 帰リタイ

 帰ラナイト

 

 

 

 守らないと

 託した希望を

 

 

 

 俺は

 

 

 

 俺ハ

 

 

 

 まだ、終ワレナイ

 俺ヲ、続けたい

 

 

 

 香る

 赤い果実の香り

 芳醇な生命の香り

 

 選ばれなかった俺が手にすることは叶わない果実

 終わらない螺旋

 永遠の器

 守らなきゃ

 

 

 

 俺ノ脳ヲ揺サブル匂イ

 手ヲ伸バセ

 喰ラエ

 モウ戻レナイ

 既ニ俺は あの裏切者と同類になってしまった

 

 ソレニスラ意味ハナイ

 全テハ泡沫

 

 躊躇ウナ

 

 

 握りしメた命ヲ喰ラう

 

 口の中デ弾ケる果肉

 新鮮な果汁ガ全身に染みわタる

 

 

 

 生命ノ果実

 ソノ根源ニ最モ近イ果実ヲ、俺ハ喰ラッタ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい

 

 

 ック

 フフフ

 ハハッハハッハハハハハッハ

 

 コンナ偽物ノ世界ナンテ

 早ク消エテシマエバイインダ



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6ー1 アスカ、来日してた

 知らない天井イベントを熟して帰ってきましたチルドレンの我が家!

 めんたる空元気100倍カイ君復活!

 

 零号機で色々あってばたんきゅーした後、速攻で病室に担ぎ込まれたんだよね。

 目はすぐ覚めたんだけど足の調子が悪くて車椅子生活です。

 最初は全く動かなくてまじかーって感じだったんだけど、少しずつ動くようになってはいる。

 医者も一時的なものだろうと言っていたから、たぶんきっと大丈夫。

 

 まぁ、身体は大丈夫だけど、エヴァワールドであんなイベント遭遇しておいて死なないなんてこの先どんな地獄が待ってるのかと思うと憂鬱だよね。

 そんな俺にシンジが過剰反応してて、めっちゃお世話してくれる。

 ちびの頃からの仲だから色々見られても恥ずかしくないんでお風呂とか着替えとかお世話になりっぱなし。

 幼馴染なら良くあるこ……いや、過剰……だよな??

 

 レイもなんでか色々してくれようとするんだけど、シンジと違って慣れてないところが可愛い微笑ましい……じゃなくてシンジがいない時にお風呂に入れてくれようとするの止めるのめっちゃ大変だった。

 「どうして?」じゃねーんだわ。

 いや、その小首を傾げるやつ可愛いんだど。

 

 そう、あの一件依頼、なーんでかレイが可愛く見える。

 いやいや、紳士たる俺はイエスロリコンノータッチ!の精神だぜ?

 

 いやまて、前提として俺はロリコンではない。

 絶対にだ。

 けどこのぴちぴち14歳の肉体は俺の成熟した大人のメンタルを無視して反応してくれるわけよ。

 いやー、若さって強いなぁ……オジサン勝てないよ……はぁ。

 

 けど俺は知ってるんです。

 こんなのはただの性欲で恋なんかじゃないってね。

 

 

 

 それは兎も角

 

 

 

 車椅子生活にも慣れた今日この頃。

 慣れた頃には段々足も動くようになってきたんだけど、まだまだ無理はいけないよねって事で週末は家でのんびりです。

 

 うん……のんびりしたいんだけど、なーんで俺は碇ゲンドウの「問題ない」ポーズをしてるアスカに睨まれてるんですかねぇ!?

 いや、アスカが家にいるのは仕方ない。

 だってこの家、エヴァパイロットの寮みたいなもんだし。

 

 問題は何で俺がアスカに睨まれているか……だ。

 「また俺なんかやっちゃいました?」系主人公を気取る必要は無く完全にシンジのせいだよな。

 

 あ、こら、まてシンジ。

 スープを掬ったスプーンを俺の口に突っ込むんじゃない!

 ステイ、ステイだぁぁぁ……むぐ、んま。

 あ、もう一口お願いします。

 

 シンジにスプーンを口に突っ込まれままチラリとアスカを盗み見ると、俺の事を絶対零度の視線で殺さんばかりに睨んでる。

 ひぃん。

 

 「ちょっとシンジ!なんでアタシの事を放っておいて試験稼働で事故って使い物にならないコネフォースといちゃついてんのよ!男同士で不潔よ!」

 

 とうとう耐えきれなくなったアスカが、机に手を叩きつけ叫んだ

 前半部分はなんも反論できないな!

 俺の家、葦船家を知ってるからか俺の呼び名は「コネフォース」。

 どうせ政治の力でゴリ押ししてチルドレンになったんだろってか?

 

 そんなことより、この段階で「シンジ」呼びとか早いよな?

 シンジも「アスカ」って呼んでるし。

 太平洋艦隊で何があったかは聞いたけどさぁ……シンジに好意を向けてるアスカ尊みが深い。

 

 今でこそアスカも俺の事を嫌ってるけど、初対面の時は猫被ってたんだよ?

 零号機が凍結されてファーストチルドレンのレイは葦船研究所に出向。

 フォースチルドレンの俺は実験が事故ってしばらくエヴァには乗れそうにない。

 邪魔者いなくてラッキーとか余裕綽々とか思ったんだろうけど、気になってるぽいシンジが俺につきっきり。

 これで機嫌が悪くならないはずも無く。

 初めましての時は「淡島くん」って呼んでたのに、あっという間に「コネフォース」に転落だよ。

 

 これでレイがいるともっと機嫌が悪いんだけど、今日は幸いにしてリツコさんと葦船研究所に行っている。

 リツコさんと言えば、結局あの事故以降会えてないんだよな。

 あのパイロットを殺す拘束具の使用を指示したのがリツコさんだから負い目があるのかめっちゃ避けられてる。

 うん……とかしんみりした雰囲気を吹き飛ばしたのがリツコさんの後任となった真希波博士ことマリ、そして冬月さんと同じ役職「副司令」の就任。

 渚カヲル副司令だってよ。

 いやもう絶対カヲル君だろ。

 まだ会ってないけど絶対そう。

 だってシンジが「新しい副司令がなんか距離が近くってさ」って言ってるから絶対そう。

 もー情報量多すぎ、この先どうなんだよ。

 

 太平洋艦隊を襲った使徒のことも含めて俺の知ってるどのエヴァ作品とも話が違ってきていることが俺は恐いよ。

 ある程度予測のついた地獄から、一歩先は何が起きるかわからない地獄に突き落とされた気分だ。

 

 「ちょっと聞いてるの!」

 「聞こえてるから怒鳴らないでよアスカ」

 「シンジに言ってるんじゃないわよ!」

 

 うっかり回想シーンに入ってたら目の前でアスカとシンジがいちゃいちゃしてやがる。

 眼福眼福ぅ……って違う!

 もっとイチャイチャしてくれていいんだよ?

 って俺が無視した形になっちゃってアスカさんオコじゃないですか。

 何か言わないと何か何か何かー……

 

 「てへぺろ!」

 「っ!アンタ馬鹿にしてんの!?」

 

 思わずウィンクしながらぺろりと舌を出したらさらに怒られた。

 ちがっ!違うんだ!!

 俺は決してシンアスの邪魔をしたいわけじゃなくむしろ壁になりたい……くぅ、届けこの想い。

 

 けどあれね、冷静に考えると人の事を名前も呼ばずに「コネフォース」ってなんなんだろな。

 直に俺が言われてると思うとこう、なんだか腹の辺りがムカムカしてくる。

 

 肉眼で見る惣流・アスカ・ラングレー。

 うん、めっちゃ美人。

 あのアスカをリアルで見ることができて正直感動してると言ってもいい。

 

 けど、面と向かって罵倒され続けて耐えられるかと言えばそれは話が別だ。

 ツンデレアスカは可愛いよな?

 同意しかない。

 

 ただそれは紙上や画面の向こう側だったら、の話だ。

 そう思うと、くっと口角が上がるのを感じた。

 

 「ああ、"二番目の人"か。"コネフォース"なんて名前の人はこの場にいないから大きな声で独り言でも言ってるのかと思ったよ」

 

 今、君の事揶揄ってますよといった感じでにっこりと笑えば、シンジは溜息をつきアスカは瞬間湯沸かし沸騰器が如く顔真っ赤になる。

 

 「"二番目"じゃないわよ!セカンドチルドレンよ!」

 「そうだね、レイがファーストで君がセカンドだ」

 

 暗にアスカは"一番じゃない"んだよっと示しながら含み笑いをしてみせる。

 

 「2人とも落ち着いてよ。僕達同じエヴァのパイロットなんだからうまくやってかないと」

 「シンジは黙ってて!碇指令のお気に入りのファーストも、車椅子のフォースもいらないわ!エヴァのパイロットはあたしとシンジの二人で充分よ!」

 

 ん?

 ははーん、なるほどね。

 そこまでシンジの事が気になってんのね。

 アスカの発したレイと俺を貶める言葉に、シンジが眉をひそめる。

 

 「アスカ、言い過ぎだ……うわっ、カイ??」

 

 アスカを窘めようとするシンジの腕を掴んでグイっとひっぱり、態勢を崩したシンジを後ろから抱きかかえた。

 そのままシンジの項に顔を埋め、シンジのシャツを捲りその素肌を弄りつつ、上目遣いでアスカを見つめる。

 

 「なぁ、"二番目"さん。コレ、俺のだから色目使うのやめてくんない?」 

 「ちょっ!カイやめて、擽ったいってば!」

 

 アスカは何が起きたのか頭が追い付いてないのか硬直していたが、直ぐに憤怒の形相を浮かべた。

 同時に、パンッと乾いた音が二発室内に響く。

 

 遅れてやってくる右頬の痛み。

 俺の腕の中のシンジも叩かれたらしく茫然としている。

 

 「馬鹿!サイテー!」

 「そうやって暴力に訴える人間も十分最低だけどね。シンジ、大丈夫か?」

 「あ、うん……」

 

 赤く腫れたシンジの頬に手を添えてやると、なんで叩かれたかわかってないシンジが茫然と答える。

 さりげなくいちゃツイてるように見せつつ、シンジから見えない角度で、アスカに対して小ばかにしたように笑って見せた。

 

 「っ!!やってらんないわ!」

 

 肩をぷりぷり怒らせて居間からでていくアスカの背中に「邪魔だから戻ってこなくていいよ」と追い打ちをかければ、俺をギロリと睨みつけると力強く扉を閉めた。

 居間に鳴り響く音に肩を竦めると、シンジが呆れた顔で見上げてきた。

 

 「おーおー、元気有り余ってな」

 「もー、カイもちょっと言い過ぎだよ」

 「先に突っかかって来たのは惣流さんでーす」

 「そうだけどさ、カイがそんな風に人に当るのって珍しいよね……ひょっとしてアスカの事、気になってたりする?」

 

 そっぽ向いたシンジがちびっと唇を尖らせてぼそぼそと聞いてくる。

 えー、気になるあの子と三角関係にならないか心配してる?

 くぅー、青春だなぁ!

 

 「じゃじゃ馬は趣味じゃないから大丈夫だって」

 「だ、大丈夫って何がだよ」

 「えー、それ聞いちゃう?惣流さんの事、好きなんだろ?」

 「そそ、そんなんじゃないし!」

 

 アスカを揶揄うためにシンジのシャツに忍ばせてた手を引き抜いて、今度はシンジの頭を抱えてぐりぐりしながら揶揄ってやると、顔を赤くして慌てて否定してくる。

 おいおい青春だなぁ!

 

 「誤魔化すな誤魔化すな、シンちゃんの事なんざお見通しだぜ。おにーさんに話してみな?」

 「おにーさんというよりオジさんっぽいよ……はぁ」

 

 俺はね、若者からのオッサン扱いは諦めることにしたんだ。

 心身共にぴちぴちの14歳に中身成人越えがオッサン扱いされるのは仕方ないしな!

 

 「それじゃーオッサンに話してみなさい。ほら、うりうり」

 「もー……はぁ」

 

 柔らかな頬っぺたをうりうりと摘まんでやれば、シンジは諦めたように溜息を吐いた。

 っふ、墜ちたな。

 勝ち誇った笑みを浮かべると、ヘッドロックを決めてる俺の腕にそっと手を添えて引いてきたので、俺も力を抜いて緩めてやると、ぽつぽつと語りだした。

 

 「最初は僕もさ、口は悪いし強引だし嫌な子だなって思ってたんだ」

 「そっか」

 「けどさ、強引に弐号機に乗せられて、アスカが戦ってる所をこの眼で見てさ、ああ、この子も一生懸命なんだなって。自分の立ち位置を守りたいだけじゃない、大切な物を守るためにエヴァのパイロットでいたいんだなって」

 

 口を噤んだシンジの頭に手を乗せてゆっくりと撫でながら続きを促す。

 

 「それで?」

 「大人ぶっててもおじいちゃんっ子だし」

 「そっかぁ……つまりギャップ萌え?不良が雨の日に子猫拾うといいヤツに見えちゃうみたいな」

 「カイ言い方」

 

 俺の言い方が気に入らなかったのか、俺に抱えられたままシンジが俺の頬に手を伸ばして摘まんでくる。

 

 「ひゃってほんとのことひゃん」

 「アスカはさ、僕が諦めちゃった親に褒められたい子供だったんだ。だからなんか気になっちゃって」

 「気になっちゃって……じゃなくて好きなんだろ?」

 「そうかも……うん、カイの言う通りだ」

 「それでどこまでいったの?」

 

 大事なことだよなぁ。

 俺の知らない間に下の名前で呼び合う仲になっちゃうなんてそれ以上になってても不思議ではない、

 

 「どどど、どこまでって何にもあるわけないだろ!」

 「はー、同じプラグ内でL.C.Lを口から出し入れして何もないわけなんてないだろ!」

 「うわ、そういうのほんとオジサンぽいから本当に辞めたほうがいいよ」

 

 え?

 あの、そのマジでちょっと気持ち悪いみたいですみたいな目は本当に傷つくなで勘弁してください。

 けどそういいつつもシンジが顔真っ赤になってたり、シンジ君のシンジ君がズボンの布地をちょっと押し上げてるのを見逃す俺じゃないだぜ。

 

 「は~ん、そういいつつ顔真っ赤じゃん。それに、シンジ君のシンジ君も反応してるみたいだけど?」

 「カイが変なこと言うからだろばか!大体そんなこといったら僕もレイもカイ同じL.C.Lを口から出し入れしちゃってるじゃないか!」

 「えーっと……それはノーカンってことで」

 

 いいよね?

 ダメか……。

 俺の俺もレイと同じL.C.Lを出し入れが頭に浮かんじゃって反応しちゃってるもんなぁ……。

 中二男子の身体マジコワイ。



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6ー2 みんな大好き〇神家

 アスカ来日後にやってくる使徒と言えば?

 そうみんな大好き〇神家をやってくれる再現してくれるイスラフェル先生に、シンジと!アスカの!ユニゾンアタック回!なのだ!!

 そして俺はマリからのドクターストップでお留守番。

 レイも今日はリツコさんと一緒に葦船研究所に出向中。

 まぁこっといても零号機は使えないから仲良くお留守番なんだけどな。

 

 「弐号機の攻撃により2体に分離した第9使徒の攻撃により初号機は活動停止。その後、目標甲の投擲により駿河湾海上に水没」

 

 スクリーンに映し出された湖には、シンクロナイズドスイミングでもしているかのように紫の装甲に覆われた初号機の足が突き出している。

 いや、これ水没っていうのかー?

 出撃前に、アスカとの共闘に浮足立ってたシンジは心の涙で水没しそーだけど。

 

 「弐号機は目標乙の攻撃により活動停止」

 

 切り替わったスクリーンには、畑に上半身を埋もれさせ初号機と同じように足だけ突き出している弐号機のすが……いや、弐号機の足が映し出された。

 ここまで原作再現されちゃうといっそ関心するというかなんというか……う~ん、お見事。

 イヨッ!イスラフェル先生!匠の技ぁ!

 アスカがスパっと二等分してからはほんと秒殺だったよ。

 シンジとアスカが互いを助けようとしてモタツイテルところをぽいぽいって感じ。

 俺はまだ万全じゃないって事でお留守番仰せつかってほんと良かったわ。

 

 「本件に対するE計画責任者真希波博士のコメント」

 『同時に撃破されちゃうなんてセカンドチルドレンとサードチルドレンは相性バッチリって事かな?続いてフォースチルドレンのコメント~』

 「うぇ、お、俺!?あー、えーっと」

 

 サウンドオンリーなマリのわけわからんコメントと突然のフリに車椅子の上でわたわたしちゃう俺、動揺なう。

 アスカもジロリと睨みつけてくるし、本来のリツコさんのセリフ「無様ね」なんておちゃらけてもいえる雰囲気じゃないし、シンジもアスカもお互い良い所でも見せようとしたのか動きがバラバラだったゾ、なんてガチ刺しが俺に出来るわけもないし、ここは一発ネタに逃げるしかない!

 

 「い、〇神家~?つ、続いて渚副司令どうぞ!」

 「ふふ、僕かい?個々の動きは悪くなかったけど、弐号機の攻撃で使徒が分裂後は為す術もなくエヴァは各個撃破されてしまったね。チルドレン同士の連携不足かな。これは葛城一尉の責任だよ」

 「……申し訳ございません」

 

 沈黙と保つゲンドウの隣で副司令服に身を包むカヲル君にふってみたけど、容赦ねぇ~。

 ミサトさんも返す言葉もございませんって感じ。

 

 『目標は国連第2方面軍のN2爆雷により侵攻停止、現在自己修復中。活動再開は6日後ってところね。それじゃ、ゲンドウ君のコメントどうぞ!』

 「……真希波博士」

 『なに、ゲンドウ君?』

 「……はぁ」

 

 ひぃん。

 リアルゲンドウのピリっとした低音ボイスに溜息はめっちゃビビるからやめてほしい。

 マリも何事もないように言い返すしー。

 くそー、部屋の雰囲気最悪なんだけど!

 

 「パイロット両名、エヴァは君達パイロットの玩具でも、自身の欲求を満たすための道具でもない。我々は人類存続のため、使徒を撃破するために存在している」

 

 ゲンドウ言葉に気まずそうに顔を逸らすアスカ。

 シンジは、悔しそうに下唇を噛みしめて俯いてる。

 あー、そんな噛んじゃダメだろ……。

 見ている俺まで痛くなりそうだ。

 

 「シンジ、お前がネルフに残った理由はなんだ。無様を晒すためではないだろう」

 「そんなことお前に言われなくても!」

 

 ゲンドウの言葉に拳を握りしめ憤怒の表情で叫ぶシンジ。

 アスカは、突然激昂したシンジに目を丸くしてるし、渚くんは崩れることのない爽やかポーカーフェイス、NERV職員の面々は相性の悪い父子の会話にまた始まった感がマシマシ。

 俺はといえば、ちょっと衝撃を受けていたし、チラリと視界に入れたミサトさんもやはり神妙な面持ちで聞いてように見えて軽く目を見開いていた。

 だって今の今までゲンドウとシンジの父子関係的な事は没交渉だったんだ。

 ゲンドウはシンジに対してサードチルドレン、とかパイロット、としか呼ばないし、シンジからも基本的にゲンドウの事はゲの字も喋らない。

 それがここに来て何事?

 いやまて、話を振ったのはマリだよな。

 つまりこれはマリの仕込みってこと??

 マリとゲンドウの関係どうなってんのよ。

 思考の海に溺れそうになってると、ガタッとゲンドウが椅子から立ち上がる音が室内に響いた。

 俺は車椅子に座ったまま見上げるけど、サングラスパワーも加わってそのポーカーフェイスからは何時もの如く何も読み取れない。

 

 「話は終わりだ。葛城一尉、後は任せた」

 「ッハ!」

 

 雰囲気の悪い室内の空気を打ち払うようにミサトさんの返事が響く。

 その表情はこの先への不安からか、かたくなってるけど大丈夫大丈夫。

 出来る加持さんが状況を打破するラブラブユニゾンアタック作戦持ってきてくれるから!

 え?

 関係各省からの抗議文と被害報告書に請求書の山?

 それは自分で頑張ってもうらうしかなくね?

 仕事の後のビールはきっと旨いぞ!

 

 

 ■■■

 

 

 いつものトランクス一枚のおうちスタイルにゆるゆるタンクトップをプラスしたニューおうちスタイルで冷蔵庫で冷やしていた缶ビールを取り出す。

 ニューおうちスタイルにせざるを得なかったのは色々大人の事情というか男の子事情というか。

 レイが来た当初は俺の中の男の子はウンともスンとも反応しなかったから、気にせずパンイチスタイルだったんだけどアスカはさすがにね?

 といってもアスカにも俺の中の男の子は反応しなかいんだよな~。

 綺麗すぎて美術品ぽくて、なんかそういう対象とはやっぱ違うみたいな。

 その結果がパンイチおうちスタイルからのニューおうちスタイルへの変化ってこと。

 

 それでも最初は「ハレンチ!」とか「最低!」とかテンプレ言われたけど、ほぼほぼ似たような格好の奴に言われても説得力が無い。

 あ、けど最近はレイがいる時は膝上ハーフパンツも履くようにしてるというか、うん、な?

 レイに対して男の子の男の子的事情が男の子するようになっちまったからなぁ!

 

 それは兎も角、冷え冷えに冷えた恵比寿様のプルタブに指を引っ掛け持ち上げると、カシュッと耳に心地よい音が響く。

 んっふっふ。

 これまた氷水を入れて冷え冷えにしておいたグラスを斜めにして~注いで~っと良きところでグラスを縦にして泡の量を調整っと。

 あぁぁぁああああああああ、かんっぺきっ。

 思わず舌なめずりしてしまう。

 そっとグラスに口をつけて琥珀色の液体を喉に流し込む。

 

 「んっんっんっ……くぅぅぅう~」

 

 あー、至福。

 目の前ではペアルックのシンジとアスカがツイスターゲームで絡まってるし、ミサトさんは「あちゃ~」って顔してるけど今夜も恵比寿様は旨くて偉いからヨシ!

 

 「随分美味しそうに飲むね?」

 「カイ君が飲んでるヤツは渚副司令にはお勧めしないですね。未成年の渚副司令は水にしましょう水に。あ、これ旨いですよ、渚副司令もどうぞ」

 

 学生服、半袖の白いYシャツに身を包んだカヲル君と、草臥れたYシャツに身を包んだ加持さんがいちゃつ……じゃない、俺とシンジが作った夕飯をぱくついている。

 

 「それで渚副司令と、加地さんでしたっけ、なんで二人はここにいるんですかねぇ」

 

 なにいちゃついてるんじゃいと思わず加持さんをつい半眼で見てしまった。

 カヲル君はなぁ!シンジといちゃつくんだよ!

 っと違う違う、ついエヴァファンとしての本能が……。

 

 あ、コラ!

 加地さんは当たり前のように俺の作ったツマミにまで箸伸ばしてんじゃねぇ。

 え?旨い?そうだろうそうだろう。

 あ、こっちのピリ辛のもお勧めですって違うぅぅ!

 いや、そりゃ加持さんかトウジ、ケンスケ、ヒカルのどっちかが来るかな~、ツイスターゲームだしトウジ達かな?と思って食べるものは多めに作ったけどさぁ。

 

 「それは勿論、俺と渚副司令がこの作戦の提案者だからな。提案者の責任としてしっかり見届けないと。あ、ところで俺もキンキンに冷えたビールを貰えるかな」

 「ミサトさんのビールで良けりゃ冷蔵庫に入ってるんで幾らでもどーぞ、付箋はってるのは俺のなんで駄目です」

 「ちょ!カイ君、何いってんの!!加持ィ!アンタ、アタシのビール呑み過ぎないでよ!?」

 「大丈夫大丈夫、俺が持って来たのも冷やしてるから」

 「冷やしたビール呑み尽くすなって言ってんのよぉ!」

 

 俺のビール横流しに気が付いたミサトさんが必死の形相で叫んでる。

 ビールの囚人たるミサトさん流石の執念……いや、怨念?

 って、またシンジとアスカが絡まってるし。

 あーもー、二人とも顔を赤くしちゃって……俺は一体何を見せられてるんだかなぁ。

 いやまって?上手く行かないのは予定調和のはずだけど、これほんと大丈夫なの?

 シンジとの相性が他の奴の方がいいってアスカに見せつける役目って誰がやりゃいいんだ?

 レイは……いないし、俺か?

 うーん、俺だって相性ばっちしの自信はあるけど、さすがに本調子じゃないからなぁ……ん?

 おや、カヲル君から視線を感じるぞ。

 なんだ、あの満面の笑み。

 ……あっ(察し



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