日本国召喚 × The new order: last days of europe (アレクセイ生存BOTおじさん)
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プロローグ:経済危機

時は1962年……。

 

第二次世界大戦が日独伊三国同盟による枢軸陣営によって勝利した世界。

 

ヨーロッパの大部分を支配し、各地に国家弁務官区を置いて奴隷階級から富を巻き上げているナチスドイツ

 

アジアの広大な土地を有し、樺太、ハワイ、ミャンマー、アメリカ西海岸の港湾までも手中に収め、大東亜共栄圏の盟主として日の沈まぬ国となった大日本帝国

 

第二次世界大戦時にハワイへの原子爆弾投下*1によって敗戦するも、そこから経済復興を果たして北米大陸で強大な経済力を有するアメリカ合衆国

 

世界は日独米の三国間による冷戦時代へと突入していた。

 

このうち、第二次世界大戦と日中戦争で勝利した日本は、アジア随一の超大国として君臨している。

日韓トンネルが完成し、大陸へのアクセスも容易になり、帝都東京や経済都市大阪、造船業の盛んな呉や佐世保では日夜を問わずネオンが輝き、ニューヨークに引けを取らない程に輝いている。

 

アメリカ合衆国との第二次世界大戦時に結ばれた和平交渉では、ハワイを含めた太平洋諸島の割譲と、サンフランシスコ、ロサンジェルスのアメリカ西部の港湾・軍事基地の租借を空母赤城で締結した「赤城条約」により、日本は太平洋の覇者となったのだ。

 

経済では四大財閥が日本経済を率いており、その影響力が極めて大きい。

特に大東亜共栄圏のインドネシアや昭南島*2、満州、中国南部での経済貿易において莫大な利益を生み出し、その利益によって日本の心臓ともいえる経済力の動力源となっている。

 

日出ずる国である日本は、戦後を通じて世界をリードしている……はずであった。

 

 

しかし、超大国となった大日本帝国に問題がないわけではない。

 

 

その実情は中国や東南アジア諸国への資源を格安で買って、商品に加工して高値で売却する方式を取っているものであり、大東亜共栄圏内で完結するブロック経済循環システムを採用していたのだ。

 

太平洋戦争後に、アジア各国は日本によって確かに民族的な自主独立を果たしたものの、その実情は大東亜共栄圏の陣営にいることを条件とされ、資源などは優先的に日本に格安で売られている。

嘗て欧米列強が行っていたような植民地支配からほんの少しだけ鞭を取り上げただけであり、彼らの上には白人種ではなく日本人という存在が置き換わっただけである。

 

更に、この大東亜共栄圏内での経済循環システムは所々に亀裂が生じており、経済成長率が鈍化している為に、国や財閥が主導になって経済成長率を良く見せるためだけに、決算の書き換えや粉飾を行っている程だ。

 

その修正が間に合わなくなれば、帝国を支えている経済が崩壊するのも時間の問題であると指摘されていた。

 

そして、政界では挙国一致体制を敷いている大政翼賛会が未だ健在であるが、その実情は改革派や技術官僚らによる縄張り争いが激化しており、今の国会では国の為というよりは各政治派閥が黒い権力を行使し、汚職や業績粉飾などのスキャンダルを日常的に行っている程の政治闘争が繰り広げられているのだ。

 

現在総理大臣を務めている首相は保守系であるが経済界と癒着しており、四大財閥の一つである靖田財閥を通じて大東亜共栄圏内での経済的触手から巻き上げられた利益を欲するに至っている。

 

東南アジアや蒙古で発生している抗日パルチザンによる反乱よりも、南樺太への油田事業や保守系派閥への勢力争いに夢中であるため、各地で抗日運動による妨害やゲリラ戦の被害に遭っている兵士達への不満も募り始めていた。

 

そんな中、ある大都市の港湾で発生した一件の殺人事件から日本政府、帝国陸海軍上層部、靖田財閥、さらには総理大臣が関与していた日本史上類を見ない大規模な汚職事件が発覚する。

 

これが世間に明るみに出たため、日本本土を含めた共栄圏内部での政経界に激震が走り、混迷を極めていた。

 

そして追い討ちをかけるように、日本列島は突如として外部との接続を遮断された状態に陥ったのであった……。

 

 

墜落し、落ちて行く。

*1
この世界では1945年7月4日にドイツが開発した原子爆弾を日本の占領地である島から発進した枢軸国の爆撃機によって投下され、ハワイのアメリカ軍守備隊は死滅した

*2
シンガポールの事であり、史実でも日本占領期間中は昭南島という名称で呼ばれていた。



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第一話

1963年6月1日午前3時

 

帝都東京

 

東京の街中は普段であれば夜が遅くてもネオン管が輝く賑やかな街だ。

アジア随一の経済力を牽引する日本帝国の象徴ともいえるこの都市が、久しぶりに静まり返っていたのだ。

賑わっているはずの新宿駅周辺の飲み屋の殆どが閉まっており、まだ営業を続けている飲み屋でも、サラリーマンなどが千鳥足になってしまう勢いで日本酒を浴びるように飲んでいた。

 

「くそっ、もう財閥は終わりだ……こんなひどい結果になるなんてな……」

「あはは……もう会社はおしまいだぁ……昭南島向けの資材関係の会社も連鎖倒産しているよ……」

「……明日会社から退職金出るかな?」

「会社があれば出るかもな……親父、つくねと冷酒をもう一つもらおうか」

「兄さんたち、辛いのは分かるけど飲み過ぎたら毒だよ……」

ああ……どうしてこうなっちゃったんだ……

 

居酒屋の店主は気の毒だと思いながら、サラリーマンに酒を提供する。

こうして酒に逃避できるだけでもまだマシだからだ。

大日本帝国の経済を牽引していた四大財閥の一つで、特に太平洋戦争後に獲得した中国大陸や東南アジア諸国の利権を保有していた靖田財閥の幹部が深く関わっていた汚職事件と殺人事件が白日の下に晒し出されたのだ。

 

『靖田財閥だけではありません。陸海軍幹部、憲兵隊、総理やその取り巻きである各大臣も一連の汚職事件に関与しており、こちらに保管されているファイルの中に、その汚職事件に関する確実な証拠が存在します!』

 

しかも、これらの事実はNHK公共放送を通じて日本本土だけではなく、大東亜共栄圏内全ての地域で同時放送されたことにより、一斉に報道機関が汚職に関わった人物の名前が読み上げられたのだ。

関わっていた人物は帝国の政治・経済・軍事といった国家の基盤に関わる人間たちであり、その当事者として首相も含まれていたのだ。

 

陸海軍の有名な提督や将校も不当な手段で優遇してもらい、その際に生じた利益は莫大な金額となっていた。

 

東南アジア諸国から巻き上げた金を更に不当な手段を講じて搾取していたという発表は、人々を恐怖と怒りに駆り立てるには十分であった。

汚職事件が公表された翌日の東京証券取引所では早朝の営業開始直後から売り注文が殺到して靖田財閥の株価は大幅に下落していた。

 

「頼む!売ってくれ!靖田の株を売らせてくれ!」

「全売りだ!金ならやるから俺を優先してくれ!」

「やばい!どんどん下がっているぞ!」

「売れ!とにかく価値のあるうちに売るんだ!」

 

余りにも大規模な株価暴落により、東京証券取引所の取引がストップする事態に陥ったのだ。

東京では、多くの投資家やサラリーマンが絶望の末に、電車に飛び込んだり、ビルから飛び降り自殺を図って大勢の死傷者を出していた。

 

特に霞が関などにそびえ立つ証券会社のビル群からは一時間に数人もの人が身投げをする程に、日本経済に既に直接的な影響が出ている現状、政府も躍起になって対応に当たっていたのだ。

もう財閥はお終いだ……。

そんな声が聞こえてくる中、一瞬だけ日本の空が発光する現象が起こる。

 

その現象が起こったのが寝静まった夜だったこともあり、殆どの市民はその現象を見ていない。

見ていたのは夜間警備員や夜間当番の警察官、夜遅くまで大東亜共栄圏の経済を牽引してきた靖田財閥の起こした経済危機を処理しようと奮闘していたサラリーマン達であった。

 

「おい、今空が光らなかったか?」

「ああ……まるで一瞬カメラのフラッシュを焚いたみたいな光だったな……」

「軍の照明弾か?いや、それにしてはかなり眩しかったような……」

「隕石による流星ってやつじゃないかな?」

「あー……たぶんそれかもしれないな……さぁ、仕事に戻るぞ」

 

彼らは一瞬だけ眩しくなった空を怪奇であると感じつつも、直ぐに自分達の職務を遂行するために戻っていく。

それは飲み屋でも同じであった。

 

「あれは一体何だったんだ……?さて、兄さんたち、そろそろ店じまいだからお会計して帰ってくださいね!」

「うぅぅ……まだ飲めるぞ……」

「でも店じまいじゃあどうしようもねぇなぁ……親父、お会計頼むわ」

 

飲み屋の親父がそろそろ店を閉めようとして、先ほどまで愚痴を言いながら酒を飲んでいたサラリーマンも会計を済ませようとしている時。

店に設置されているラジオから聴こえてきたのは、不穏な事故のニュースであった。

 

えっ、今は放送中ですけど……これが速報ですか?ええ、分かりました……番組の途中ですが、ここで速報をお伝えいたします。日韓トンネルで走行していた博多発の釜山行き特急列車「大陸2号」が、先程トンネル内で大量の海水が流れ込んできているという状況を受けて、急きょ引き返したとのことです。国鉄では国の運輸安全委員会に報告を行い、調査に乗り出すとのことです。また、釜山発、博多行きの「はかた」に関しては現在連絡が取れない状況だという事です……』

 

不気味な予兆だ



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第二話

1963年6月1日正午過ぎ

 

財閥だけではなく、政府首班までもが関わった大汚職事件が発覚してからまだ時間はそれ程経っていない。

総理大臣らが辞任してしまったことにより、政府内は総理大臣がいない空席の時になってしまっている。

そんな状況であるにも関わらず、帝国議会では誰を首相にするかで議論が沸騰していたのである。

 

「このような国家の存亡の危機である以上は、大多数で決めるべきであろう!」

「いや、それよりもここは陛下のご進言を賜った上での決定がよろしいかと……」

「しかし、木戸派が陛下を言いくるめて首相の座に就けば、他の翼賛会の保守派改革派……それに技術官僚派が猛反発するだろう?」

「大日本帝国の政治史で、これほどまでに混迷した状態は初めてだ……」

 

現在の大日本帝国の政治体制は大政翼賛会であり、挙国一致体制下の中で歩んできた統一的な内閣制度である。

戦前の日本の国家政治体制は、国家の象徴たる天皇の信任を経て、内閣総理大臣が就任される仕組みになっていたのだ。

つまり天皇が「この人物を首相に任命したい」と命ずれば、それが通ることができていたのである。

 

だが、昭和天皇はあくまでも民主主義を重視していた為、与党の党首を首相に任命することにより、疑似的な議院内閣制を実現していたのである。

平時であれば、それほど重大な事ではないように思えるが、今は状況が状況なだけに、時局は時を追うごとに切迫していたのだ。

 

なぜなら当初は大政翼賛会の中でも木戸*1らが推薦した人物を首相に任命するように天皇と謁見するも、天皇は民主主義に反するとしてこれを拒否。

これにより、大政翼賛会の中で誰を首相にするべきかで、各派閥が論争を繰り広げていた最中であった。

 

現在の日本を取り巻いている靖田財閥の汚職発覚による経済危機。

それに伴う政界への政治不信。

極めつけは今朝9時頃からNHKで朝鮮半島や台湾、樺太などの地域からの連絡網が遮断されているというニュース速報であった。

 

朝方には日韓トンネルでの崩落事故により、鉄道が通行不能となったというニュースで騒ぎになっている上に、通信までが不通になるという状況は通常では考えられない事である。

 

特に、日韓トンネルは昔からあるわけではなく巨額の資金を投じ、1963年の4月に日本帝国の技術力を国内外に見せつけるために開通したばかりの新しいトンネルだ。

 

何らかの事故でトンネルだけが不通になるのはまだ理解できる。

 

しかし、大東亜戦争後に通信インフラを整備した朝鮮半島には、多くの財閥企業の製造拠点があり、企業側も通信が出来ないと郵便・通信インフラを担う通信省に相次いで相談が寄せられている状態だ。

 

(これは一体どういうことだ?まさか、軍部でそのような事は……)

 

政治改革を執り行うことを目標としている高木*2率いる改革派の所属議員たちは、このNHKのニュース速報を聞き、まず軍部のクーデター疑惑を疑った。

高木本人も、一斉に通信網が遮断されるようなことは、通常ではありえないと判断し、海軍経由での情報収集をするように秘書に命じた。

 

秘書は高木の友人や現役の海軍将校らに連絡を取り、昼休憩に入る少し前までに佐世保の海軍基地に停泊している戦艦大和を旗艦とする第一艦隊や、呉の海軍司令部から最新の情報を受け取った。

だが、その連絡内容が正気とは思えない驚愕するような内容だったために、高木に真っ青な顔をして収集した情報を手渡した。

 

書類を受け取った高木は、これまでにも海軍内の派閥争いや戦争中に何度も修羅場を掻い潜った経験のある実力者だ。

そんな高木ですら、今回の案件は自分の力では解決することが出来ないと悟るほどに、絶句するような代物であった。

 

下手をしたら、満州帝国の軍隊が突如として反乱を起こしたほうがマシだと思えるほどの異常事態が既に襲っていたのである。

高木の身体を全身から震え上がらせるほどの衝撃であり、あまりにも一人で抱えきれるものではない。

 

事態が深刻すぎたこともあってか、高木は国会の休憩時間中に改革派の議員らを集めて、緊急のミーティングを行ったのだ。

 

「まさかとは思いますが……軍部内部でクーデターを起こそうとしている者がいるのでしょうか?」

「いや、それは無いだろう。今朝のNHKのニュースを聞いて、私の同僚や部下に尋ねたが、軍部のクーデターよりも事態は深刻だ。ニ・二六の時のほうがマシだと思うぐらいには最悪の事態が発生した」

「……軍のクーデターよりも深刻な状況なのですか?」

「これは先ほど秘書が持って来てくれた海軍による情報だ……皆も読んでほしい。ただし、これを読めば正気ではいられなくなるぞ」

 

ミーティングで、高木は最も信頼している改革派の筆頭議員たちが、震える高木の手から渡された機密資料を目にする。

それを見た議員たちはあまりにも突拍子もない内容に、震えはじめた。

 

大東亜共栄圏内のサンフランシスコ、ロサンゼルス、ラバウル、インドネシア、マレー半島、自由インドに至るまでの軍民間の通信だけではなく、ドイツやアメリカ等との連絡も不通。同時に我が海軍も本土にいる艦隊以外との通信も途絶し、海軍の偵察機より朝鮮半島ならびに樺太の物理的消失を確認。然るに、早急なる対策を政府に求む……

 

誉れある帝国は物理的に孤立した

*1
宮中において影響力があり、昭和天皇からの信頼のあった人物。史実では太平洋戦争中に和平工作を行い、極東裁判では保身による政府及び軍部の内情を暴露して死刑をギリギリ回避したものの、その暴露内容が軍人たちから大顰蹙を買い、その後は隠居生活を送った

*2
元海軍将校であり、史実では1944年に東条首相暗殺事件を立案したり、海軍の米内から終戦工作を命じられて黙々と従事。終戦間際までの日本の政界情報を記録したことにより、戦後における戦時資料を遺すと同時に、終戦に関する重要な役割を果たした人物



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第三話

1963年6月1日午後6時

 

帝都東京の街頭テレビジョン放送前には仕事帰りのサラリーマンや講義を終えた学生や主婦など、多くの群衆が集まっていた。

 

群衆の多くが集まっていたのは、午後3時の国会中継が突如として中止された後、午後4時に全国の市町村に設置された有線放送を通じて午後6時から緊急の特別放送を行うことを発表したためである。

 

本来であれば、この時間帯には内務省が大東亜共栄圏向けのプロパガンダの一環として、大物漫画家が起業した制作会社に出資して作らせた科学アニメーション作品「鉄腕アトム*1」の放送時間だ。

 

アニメが特別放送によって中止になってしまったことで子供達は残念そうにテレビを見ていたが、大人たちは目を釘付けにして、時計の秒針が6時に指すのを待っていた。

 

午後6時……。

 

秒針が動いた瞬間に、全国のラジオ・テレビから一斉にチャイムが鳴り響く。

 

『……臨時ニュースを申し上げます。臨時ニュースを申し上げます。これより帝国政府、及び帝国陸海軍より重大発表がございます。ラジオ、テレビをご覧になられている国民の皆様方は、出来るだけ多くの人に放送を傾聴するようにしてください』

 

NHKのアナウンサーは緊張した様子で、重々しい様子で原稿を読み上げる。

 

その横には、内務省事務次官と陸海軍より派遣された将軍と提督が毅然とした態度で座っていた。

だが、彼らの表情はアナウンサーよりも暗い。

事務次官に至っては、遠い場所を眺めているような半ば放心状態に近い様子であった。

事務次官はカメラが向けられている事を察知して、すぐに手元にある原稿を手に取り、現在日本で発生している大規模な通信障害に関する事を読み上げる。

 

「現在、我が国で発生している外地との大規模な通信障害に関する件ですが、千島列島から沖縄以外との連絡網は遮断されている状態であります」

 

帝国内でも、日本本土以外との通信網が遮断した事は、NHKの朝と午後のニュース速報でも通知されていた事実だ。

ここまではいい。

問題はその後であった。

 

「……また、樺太や朝鮮半島、台湾、中国大陸といった近隣の大陸や島が消失している事を、先程陸海軍の偵察機が確認致しました。これに関しましては空想科学小説や出鱈目な話ではなく、今この瞬間に起こっている事実でございます」

 

事務次官は日本の直接支配地域である近隣の島や大陸が消失したと公表したのである。

その発言の直後、街頭テレビジョンを見ていた群衆の頭上に浮かんだのは「?」であった。

やがて、事務次官がテーブルの上に置かれた水の入ったコップを震える手でゆっくりと飲んでいる間に、群衆にざわめきが沸き起こった。

 

「樺太や朝鮮の消失……?一体何を言っているんだ?」

「有り得ないだろ、火山噴火とかで大変動が起こったならともかく……」

「これって、一体全体どういうことだよ?」

 

スタジオからもどよめきが上がる中、事務次官に代わって陸軍省から派遣された牛島*2将軍と、海軍軍令部から派遣された栗田*3提督がそれぞれ続けて会見を行った。

 

「帝国陸軍では、現在本土以外に駐留している各部隊との応答がありません。これに加えて、海軍も外地にある各基地との通信が途絶した状態に陥っております」

「陸海軍共同で偵察機を飛ばした所、京城*4付近には島が存在し、さらに沖縄より南には大きな大陸がある事が確認できました」

「さらに、富嶽による上空偵察の際に、水平線の異常な拡大が確認されるなど、地球の物理学的な側面からも不可解な状況が起こっている事が判明しました」

「……これらの情報を照らし合わせた結果、軍部としては日本列島が何らかの超常現象によって地球の環境によく似た別惑星に飛ばされた……可能性が高く、現状ではこの超常現象に対応できる手段はありません」

「あまりにも突拍子もないことを、この場で申しても信じ難いのは我々軍人も同様です。日本列島が何の前触れもなく飛ばされる……さらには靖田財閥から端を発した経済危機の状況での事態……我々としても事態の収集の為に最善を尽くす次第です」

「また、今から3時間後の午後9時までに皆さんは自宅に戻ってください。今後不用意な混乱を避けるためにも、当面の間は午後9時から午前5時まで夜間外出禁止令を発令致します」

「夜間外出禁止令に違反したり、流言飛語な噂などを流した場合には戦時関連法に則り、憲兵隊による厳しい処罰の対象にいたします」

 

軍の幹部がそう言って放送が終わり、最後に君が代の音楽が流れて放送は終了した。

その瞬間、テレビやラジオを傾聴していた国民に鈍器で殴られたような衝撃がもたらされた。

 

政府は転移現象を正式に発表した。

 

日本列島が丸ごと別の世界に飛ばされたとしか言いようがない状況であったのだ。

 

都市部で働いていた大勢のサラリーマン達にとって、靖田財閥によって経済が悪化している上に、千島列島から沖縄諸島に至る日本本土地域が超常現象によって、さらに頭を抱えることになる。

 

そしてラジオやテレビで夜間外出禁止令が発令された事が発表されると同時に、全国の陸海軍の基地から兵士達がトラックや小型軍用乗用車の車列に乗り込み、街中で交通規制を始めた。

 

兵士達も放送内容を聞いて、これが夢なのか現実なのか分からないままに、ただ黙って軍の命令に従って治安維持のための行動を開始した。

 

東京駅の前には、陸軍の装甲列車や戦車が鎮座し、横須賀や佐世保では海軍陸戦隊の部隊が軍関連施設の周辺を封鎖し、有事に備えた。

 

市民は発表と同時に混乱とどよめきの中で帰宅し、午後9時の夜間外出禁止令になる頃には、路上には実弾を装填した兵士達だけとなった。

 

時折、陸軍管轄の偵察ヘリや偵察機がひっきりなしに帝都や大都市圏の上空を旋回飛行し、呉では海軍管轄下の海上警備艇や駆逐艦の多くが出航を開始していた。

 

ネオン管によって灯されていた東京は一斉に建物の灯りが消灯され、街灯と警戒中の部隊が手にしているライトだけが光っている。

 

放送で述べられた通り、帝都東京を中心に、札幌、仙台、大阪、広島、福岡、佐世保といった大都市圏では、関東大震災や二・二六事件の時以来に【夜間外出禁止令】が発令されたのであった。

 

街は沈んでいく

*1
TNO世界線の鉄腕アトムは大東亜共栄圏内全ての地域で放送されているという設定であり、史実に比べてもその影響力は大きい

*2
史実では沖縄戦において第32軍を指揮した人物である。彼が自決した日は日本軍の組織的抵抗が終結し、現在は沖縄慰霊の日とされている。この世界では沖縄戦が無かったことにより存命している

*3
日本海軍の艦隊指揮官として活躍した人物、TNO世界では太平洋戦争を生き延びた提督として今でも第一線で現役であるという設定である

*4
日本帝国時代における韓国ソウルの名称である



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第四話

原作の日本国召喚では、異世界文明との初接触はクワ・トイネ公国のワイバーンとの空中での接触であった。
だが、その過程でもし……撃墜命令に従って攻撃が行われて日本側に被害が出てしまったらどうなるか?


1963年6月2日午前7時

 

「こちら3番機、間もなく該当地域に突入する。当初の予定通り、高度250メートルほどの距離から撮影を開始する」

「こちら1番機、了解した。こちらは高度1万より高高度撮影による沿岸部の撮影を実施する」

「2番機から1番機へ、そのまま方位を維持した状態で撮影を続けてください。こちらは周辺の警戒をしておりますが……レーダーの反応がありません」

「……本当にここは別惑星なのかもしれないな……フィリピンのルソン島辺りのはずなのに、こんなデカい陸地があるなんて信じられない」

 

夜明けと共に、沖縄の陸軍第8飛行師団所属の偵察任務を主軸とする飛行第10戦隊所属の大型偵察機が沖縄北飛行場を飛び立った。

前日に確認された正体不明の陸地に関する情報を持ち帰るために、明るい時間帯での偵察任務を命じられたのである。

 

中島飛行機が製作した長距離爆撃機「富嶽」と大日本航空が開発した最新鋭輸送機「YS-11」を偵察機に転用したものだ。

 

太平洋戦争後に余過剰となった爆撃機の多くがスクラップになったり、民間機に転用されることが多かった。

 

富嶽もその例外ではない。

 

戦時中は、ハワイへの原子爆弾投下に貢献した機体でもあり、戦争を勝利に導いた輝かしい戦績を持つ。

太平洋戦争後には、泥沼化していた日中戦争において、内陸部に引きこもった国民党や共産党への爆撃任務をこなし、遂に屈服させるまでに至ったのだ。

 

陸軍の中でも一番活躍した爆撃機として、国民の戦意高揚のプロパガンダとして大々的に利用されたのである。

 

とはいえ、技術の進歩は目覚ましく、そんな夢の四発エンジン搭載の爆撃機も陳腐化してしまう時代に突入した。

特に、戦後になってジェット機が主流の時代になると、流石に第一線で戦うには速度不足であるという指摘を受けたためである。

 

富嶽の後発機として開発された川西飛行機の「館山」は、富嶽に比べて性能の面では劣るものの、建造コストが安い上に最新鋭の設備やレーダー搭載機能を有していた。

 

そしてミサイル技術の発達により、高高度爆撃機でも撃墜される恐れがある等の理由で、設備費や維持費に莫大な予算が必要となる富嶽は、近代化改修ないし偵察型への改修を施された機体を除いて、退役しつつあった。

 

大蔵省の圧力には流石に勝てなかったのである。

 

飛行第10戦隊は沖縄を中心に航空偵察任務を主とする部隊である。

 

最近では人工衛星の打ち上げ等により、高高度偵察任務は殆ど行われていなかった。

強いて言えば、フィリピン北部や南部地域にいる反日本帝国勢力である社会主義者の武装勢力と、在フィリピン米軍への航空識別圏ギリギリを飛行して状況偵察を行うぐらいであった。

 

そんな彼らだからこそ、本来であればあるはずのフィリピンの地形が丸ごと変化してしまっている事を目の当たりにしていることから、別惑星への転移現象を真っ先に実感したのである。

 

3番機のYS-11Rに搭乗し操縦桿を握っている相羽中尉は、眠気覚ましとして部下が淹れてくれた熱々のコーヒーを飲みながら、これが現実であることを再認識している。

 

彼が飲んでいるコーヒー豆を生産しているブラジルもないとなれば、いずれはこの親しみ深い味も味わえなくなる。

そんな事を想いながら、部下と共に飛行を続けていた。

 

「しかしながら、日本以外の地形がこんなに変わってしまっては地図もかなり書き換えをしなければならないな」

「沿岸部より東の地域に大規模な穀倉地帯を確認……先遣偵察機が撮影した写真の通りですね」

「プランテーション農業を主とするフィリピンとは違う、これだけ大規模な作付けをしているのは、アメリカ中西部や中国南部のような穀倉地帯だな。これだけ整備された穀物があるという事は、それだけこの作物を売り買いする勢力があるはずだ」

「つまり、国家ないしそれに準ずる勢力がいるというわけですね」

「そういうことだ……ん?ちょっと待て、あれは何だ?」

 

相羽の目に飛び込んできたのは、羽ばたいて飛行をしている大型の飛行生物の群れであった。

最初は大鷲かと思ったが、機体が近づくにつれて今まで見たことがない大型の生き物であったのだ。

 

赤い身体に、博物館で見た翼竜の一種のような生物が隊列を組むように飛行していたのである。

そして、その生き物の背中には人らしき者が、緑色の旗を掲げて騎乗しているのを確認したのだ。

 

相羽は確信した。

 

少なくとも、ここには未知の生物を操る勢力が存在しているという事を。

無線で相羽は1番機に叫ぶように報告した。

 

「1番機!こちら3番機!見たことがない大型の飛行生物を確認!翼竜のような大型の飛行生物が人を乗せて隊列を組んで飛行している!この地域の国家、ないし勢力のものと思われる!」

「こちら1番機、3番機、そこから10キロ先に港湾都市と思われる都市を発見。恐らくその都市の勢力が有する武装兵器かもしれん。すぐに退避せよ」

「了解……うわあああッ!クソッ!

 

1番機が3番機に警告を発しようとした途端、3番機から悲鳴のような声が無線を通じて聞こえてくる。

 

ガガガ……こちら3番機!被弾した!攻撃を受けている!……クソッ、振り切れ!機首を上げろ!」

「……駄目です!右エンジン被弾!燃えています!左エンジンからも煙が上がっています!」

「推力低下!尾翼の一部も破損しており、水平飛行が保てません!」

畜生!このままだとおちッ……

「3番機!応答しろ!3番機!相羽中尉!」

 

炸裂音と振動する音が3番機からの無線を通じて伝わっていき、間もなく応答が途絶えた。

そして途絶えた瞬間に、港湾都市から火の手が上がったのであった。

 

最悪の接触



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第五話

クワ・トイネ公国視点

 

クワ・トイネ公国所属の飛竜部隊は、通常の哨戒任務をしていた最中であった。

 

対立が深まっているロウリア王国との軍事的衝突を警戒し、陸と空……そして海での三軍による厳重な警戒体制下に置かれていた。

 

複数の飛竜を保有しているクワ・トイネ公国軍は、上空からの警戒任務を最も重要とし、防衛体制を強化していた。

特に経済都市「マイハーク」は、クワ・トイネ公国における大陸北部の重要な経済拠点であり、その分戦略的重要性から軍による厳重な警備体制下に置かれていた。

 

「こちら第6飛竜隊!国籍不明騎がマイハークに向かっている!」

「こちら飛竜管制塔、第6飛竜隊……国籍不明騎に関する情報はどうなっている?」

「羽ばたいていない!まるで外見が鉄で出来ているようだ……それに、大きな風車のようなものが二つ、翼の両方に付いて回っている!飛竜のケツに鞭を入れて飛ばしているが、それでも追いつくのがやっとだ!」

「そんな飛竜は今まで聞いたことが無いぞ……」

「それに、凄い轟音だ!滝の傍にいるぐらいに五月蠅くて大声で話しても全然通じない!いずれにしても、進路はマイハークに向かっているッ!」

 

ロウリア王国との軍事衝突の懸念が持ち上がっていた最中、マイハーク近郊を飛行していた第6飛竜隊が所属不明の飛行体を確認した。

 

彼らからしてみれば、異形ともいえる姿をした飛行体が訳の分からぬ轟音を響き渡りながらやってくることに恐怖しただろう。

 

鉄のような外見。

 

羽ばたかない翼。

 

そして何よりも轟音で動いているのだ。

 

見たことも聞いたこともない異形の飛行体。

 

どう対応してよいのか分からず、半ばパニックになりつつも、飛竜隊の兵士達は職務を全うした。

飛竜管制塔に至っては飛竜隊に対して魔導通信を使って、彼らにこう返答したのである。

 

所属不明の飛行体がマイハークに接近をしてきた場合、撃墜を許可する!第7飛竜隊も迎撃に向かえ!

 

マイハークに待機していた第7飛竜隊は、管制塔の指示に従って基地を離陸し、その間に追撃を試みていた第6飛竜隊はマイハークに進路を変えようとしない飛行体に対して、威嚇射撃を行ったのだ。

 

「駄目だ、進路変更なし……止むを得ん!導力火炎弾を発射する!前方に目掛けて威嚇射撃を行え!」

「あの国籍不明騎の前方にですか?!」

「少なくとも魔導弾なら300メートルぐらいなら真っ直ぐ飛ぶ!それで引き返すはずだ、構え!……撃てッ!」

 

第6飛竜隊の隊長の言葉を合図に、一斉に飛竜の口元から導力火炎弾が放たれた。

 

最初期のロケット砲のように、ほぼ真っ直ぐに飛んだ導力火炎弾であったが、その火炎弾が空気抵抗によって飛行体の両翼についていた動力装置に、入り込んでしまったのである。

 

動力源に高熱を放つ火炎弾が入り込んでしまうと、大きな炸裂音と共に飛行体から炎が吹き上がったのである。

 

「火だ!翼から火を噴いたぞ!」

「もしや……こいつは生物ではないのかもしれないな……」

「……ですが、以前進路変わらず!マイハークに向かっています!」

 

管制塔の司令官には二つの選択肢があった。

このまま飛行体が離脱するのを待つか、それともマイハークに到着する前に撃墜するか……。

 

火を噴き上げてもなお、飛行を続けている異形の国籍不明騎。

 

もし、マイハークを襲撃しようものなら、取り返しのつかない事態になるのは明白だ。

管制塔の司令官は後者を選択したのであった。

 

「第7飛竜隊、第6飛竜隊と同時に導力火炎弾による攻撃で仕留めろ!」

「了解、見えた……接触まで残り約20秒!」

「いいか、同時攻撃によって確実に仕留めろ!」

 

それぞれの飛竜隊がカウントダウンを行い、同時に導力火炎弾を放つと、飛行体の左側に集中的な攻撃を開始したのである。

カウントダウンが0になった瞬間に、16もの飛竜から火炎弾が飛行体に次々と着弾し、飛行体の腸から黒煙と炎が吹き上がった。

 

「やったぞ!国籍不明騎、確実に損傷を与えました!」

 

飛竜隊から歓声が上がったが、それでもなお高度が落ちながらも飛行を続ける飛行体。

 

「駄目です!ヤツは墜ちません!」

「これだけ火炎弾を喰らってもまだ耐えていやがる!」

「撃てッ!攻撃を続けるんだ!」

 

黒煙を噴き上げ、導力火炎弾による集中砲火を受けてもなお、飛行体はそのままマイハークまで飛行を続けたのである。

 

「あれが国籍不明騎か?!火を噴いているぞ!」

「うわぁっ、こっちに来るッ!」

「城壁にぶつかるぞぉっ!避けろ!」

 

ついに飛行体はマイハークに達してしまい、マイハークの要塞の城壁に翼の左部分がえぐれるようにぶつかり、そのまま楕円曲線を描いた直後に市街地の中心部に落下。

飛行体は断絶魔を挙げるように、大きな爆発と共に四散したのである。

飛び散った残骸と共に、瞬く間にマイハークの市街地が火の海と化したのである。

 

マイハークは地獄を見た



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第六話

1963年6月3日午前9時

 

帝都 赤坂高級ホテル

 

たった一日で日本の情勢は大きく変わってしまった。

別惑星への転移とも言うべき超常現象を前に、科学者だけではなく、日本国民全員がどういった意図でこのような事態に陥ったのか理解出来る者は、誰一人としていなかったのである。

 

各新聞社は【帝国最大の危機、別惑星への転移】【我が国孤立ス、夜間外出禁止令発令】【大都市圏に陸海軍の部隊が出動】といった見出しを大きく取り上げていた。

 

転移現象に伴い、多くの日本人が危惧していたのは食糧の問題であった。

 

既に作付けされている帝国内の穀物を含めても、今の日本本土の人口を潤すことが出来る穀物は無い。

 

国内の食糧事情は満州や中国大陸から送られてくる格安の食料に頼っていたからである。

 

南京米、小麦、砂糖といった商品に関しては、その多くが2日以内に小売店から姿を消した。

噂などが流れなくても、足りていない食料の輸入が見通せない状態ではどうなるか、殆どの国民は直ぐに在庫が無くなることを予見したのである。

 

新宿などに立ち並んでいる百貨店に至っては、残っているであろう食料品を買い求める客で長蛇の列となり、米がまだあるという情報を聞きつけた主婦たちが詰めかけた結果、将棋倒しが発生して38名が死亡する事故まで発生しているほどだ。

 

これだけの混乱状態にあるにも関わらず、未だに大政翼賛会では次期首相を選出するための手段が取れていない。

 

各派閥が自分達の利権や主張をしている事もさることながら、選挙を行ったとしても多数派が存在しない現状では、どれも拮抗した結果となってしまうのは目に見えていたからだ。

 

だが、そんな状況も流石に何日も続けていたら、国民からこれまで以上に批判を食らうのは各派閥であり、そして国家元首たる天皇への不敬罪に繋がりかねない現状を踏まえ、正午までに大政翼賛会内の全ての派閥が、一度赤坂の高級ホテルに集まって会合を行うことが決定されたのだ。

 

普段であれば、仲の悪い派閥のトップ同士が会合することは有り得ないことであった。

 

技術官僚派に至っては、彼らの中でも革新派のトップであり、満州において合法・非合法問わず取引によって莫大な利益を生み出した「昭和の妖怪」の影響力が大きく、改革派も先進的なやり方を重視していた為に、その方針が保守派や技術官僚派に煙たがられていたのもまた事実である。

 

それだけに、各派閥の代表らが会合して首相を取り決めるという時局は、極めて政治的な意味で切迫したものとなっていたのである。

 

大政翼賛会の中でも木戸派改革派無党派保守派技術官僚派の各派閥のトップが一堂に参列し、大部屋の一室を貸し切って、次期首相並びに各派閥からの大臣の選出が話し合われたのだ。

最初に話を切り出したのは改革派のトップである高木であった。

 

「まず、我々は17年前の戦争の時以上の国難を対処しなければならない。あの時はまだヨーロッパにはドイツとイタリアがいたが、今は孤立無援だ。自分達でこの状況を打開しなければならない、その為には全員の協力が必要不可欠だ」

 

高木の主張に対し、全員が頷いた。

そして、高木は各派閥からそれぞれの分野に長けている人材を大臣などに選出する方法を提案し、これも全員が了承した。

 

また、高木はこの会議において強いリーダーシップを発揮し、それぞれの派閥が得意とする分野での取り決めを纏めたのである。

 

「保守派に関しては各財閥企業との関係が取り沙汰されているが、それでも現状では財閥企業の力無くして状況を打開できる手段がない。池田*1さん、大蔵省をはじめとした経済面で各財閥との調整は保守派に任せたいが、それで構わないかね?」

「私としては異存はない。それに帝国内の企業関連の事業に関しては改革派の意見を積極的に取り入れるつもりだ。協力体制に関しても問題はない」

「次に、技術官僚派に関しては転移先における我が国の技術が流出するのを防止するための法案整備をお願いしたい。特に、官僚間におけるやり取りを迅速に行うためにも、賀屋*2さんの力が必要だ」

「わかりました。幸いにもこちらには強力なフィクサーもおります。大蔵省を中心に各官僚による連携に関しては任せてください」

「そして木戸さんと愛知*3さんにお願いしたいのは、それぞれ陛下や派閥間との調整役をお願いしたい。特に議会における派閥間抗争が激化しないように各議員における説得を頼みたいが、可能ですか?」

「陛下との連絡は常に心掛けると共に、現状の報告を陛下に進言、並びに調整をやってみよう」

「無党派に関しては、私が説得をしてみます。各派閥のストッパーとして機能できるように、全力を尽くします」

 

高木がこの場をリード出来ているのは、転移現象が起こった当日に国会中継を中断して全派閥に事態の状況を知らせた功績が大きいからだ。

 

普段から高木に対して敵対している技術官僚派の賀屋ですら、今回の異常事態を知ったのは、高木からもたらされた情報があってこそである。

 

保守派に関しても、技術官僚にしても、得意不得意を客観的に分析した高木が派閥の代表者だけではなく、その派閥における長所を生かせる仕組みづくりを率先して具体的に提示したのが、信頼獲得につながったのである。

 

それぞれの派閥において得意とする分野を中心に、各派閥のお膳立てをしつつも、大政翼賛会の派閥のバランスを均等に保つ割合となった為、結果として大政翼賛会本来の意味合いとなる政治集合体が再び機能を正常化させたのである。

 

高木によって進められていく調整によって、最終的には池田や木戸、そして賀屋など全員が大政翼賛会総裁として高木が就任することを推薦し、国会でも正式に自分達の派閥にいる議員に根回しをしてから各派閥の暗黙の了解として、大政翼賛会代表として改革派の高木が首相に取り決められたのである。

 

そしてホテルの一室で首相が選ばれると同時に、早速彼らの元に入ってきたのは、海軍先遣隊として派遣された海軍第一艦隊が、新大陸付近で現地勢力の船と接触したという情報であった。

 

火中の栗を拾う

 

*1
前首相の辞任に伴って保守派の代表となった人物

*2
史実で大蔵大臣として太平洋戦争中の財務を担っていた人物であり、戦争終結後は与党の政調会長などを務めた人物である。この世界では大蔵省を筆頭とする官僚主義の派閥を率いる代表として技術官僚派のトップとして君臨している人物である

*3
史実では戦後日本の政治における経済調整を担った人物であり、このTNO世界では無党派の代表ともいえる存在




指令第44号を実行したい場合はアンケートを取ります。


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第七話

1963年6月3日正午 クワ・トイネ公国 マイ・ハーク沖

 

「当該目標海域に接近!現在までに大鳳より発艦した偵察機が、こちらに接近する艦影群を感知!」

「総数はどのくらいだ?」

「約20隻ほどです……しかし、偵察機からの情報によれば、20隻全てが帆船とのことです」

「帆船とはいえ、こちらに集団で接近しているということは、現地の国家ないし武装勢力のものである可能性が極めて高いです伊藤閣下」

「うむ……陸軍はYS-11R(いちいち)で低速、低空での偵察をしていた際に、飛竜に襲われたらしいからな……何か飛び道具を持っているかもしれん。警戒を怠らないようにな」

 

大日本帝国海軍第一艦隊の旗艦大和では、作戦実行の為に水兵たちが慌ただしく動き始めていた。

艦隊司令官である伊藤*1も、戦争時に経験した緊張感を再び、その体で味わっている。

 

陸軍の偵察機が撃墜された陸地付近の海域に向かい、沖縄を経由して接近を試みていた。

 

既に小型艦を重武装化させる時代の転換点にきていたこともあり、こうした戦艦に関しては大艦巨砲主義を重視していた海軍の古参株以外からの評価というのは、諸外国への威圧程度しか役に立たないのではないか、という意見が占められていたのである。

 

「しかしながら、武蔵の換装が間に合って良かったですね」

「全くだ。原子力エンジンを積んでいるからこそ、高速戦艦として駆逐艦と同じ速度で随伴できるのだからな」

「近代化改修されているとはいえ、この戦力が現状我が国における海軍戦闘能力の限界値でもあります」

「だが、石油が無ければ他の艦隊や戦闘機を動かすことも出来ん。近代化改修予定だった紀伊と信濃も、今は呉のドックで待機中だ」

 

太平洋戦争に勝利した後、海軍は太平洋諸島の利権や海上の保安維持能力の為に、第二次世界大戦後も多くの戦闘艦が近代化改修を終えて現役のままだ。

 

戦艦大和もその例外ではない上に、大和と武蔵に関しては武装に対空ミサイルを装備している上に動力源を原子力エンジンに換装している。

 

転移前は、戦艦7隻、空母13隻を中心とした大小合わせて440隻以上の戦闘艦を保有する世界最大の海軍国家でもあった

 

しかし、この世界にやってこれたのは僅かに80隻程……。

大型艦は大和型戦艦4隻、大鳳型空母2隻のみであり、それ以外は軽巡洋艦と駆逐艦、近海警備艇、潜水艦となっている。

 

現状の日本海軍は、転移前の5分の1にも満たない艦隊しか有していないのだ。

 

その理由としては太平洋各地に展開していた空母機動部隊や、駆逐艦艦隊などの殆どが本土ではなく、サンフランシスコやラバウル島、東南アジア地域の海上航行上の重要な拠点にある軍港に配備していた為である。

 

そのような現状日本海軍は転移した影響で、既に海軍の主戦力は壊滅したに等しい打撃を受けたのである。

 

これは陸軍でも同様であり、陸軍は常備軍43個師団で構成されていたのが、本土にいた守備隊や、海外での動乱の鎮圧に当たって本土に帰還していた陸軍精鋭の戦車軍団を含めても僅か12師団しかいないのだ。

 

とはいえ、陸軍に関しては幸か不幸か、まだ補充が直ぐに効く部隊が多い。

 

というのも12師団のうち、戦闘を特化とする戦車師団が2個師団、自動車化師団が2個師団、加えてヘリコプターを中心とする空中強襲部隊、海軍陸戦隊などの特殊な兵科が1個師団、残りは近衛師団や歩兵師団といった部隊が主軸を占めている。

 

それ以外の海外に派兵していたのは戦車師団を含めても、現地人を使った守備隊や歩兵旅団が多く、海軍よりも補填がしやすいのだ。

 

おまけに陸軍では急遽在郷軍人会や失業したサラリーマンなどを中心に、陸軍への再招集などを実施している有様である。

最大2年間の兵役義務があることで、予備役を含めて即座に400万人規模の人間を動員できるのは、帝国陸軍ぐらいだろう。

 

「いずれにしても、我々は食料と燃料を回収できるように現地の国家ないし勢力への交渉をしなければならない。その為に、外務省のお役人を乗艦させているのだからな」

「外務省から派遣されたのは技術官僚派の田中さんでしたな……」

「幸いというべきか、かなり話が好きな人で、そこまで我々軍人に対して嫌味などを言う人ではなかったよ。現地勢力との交渉に関しても積極的に行いたいと申し出ていたぐらいだ」

「では、これからの行動によって我々の……いえ、日本の運命が決まるというわけですね」

「その通りだ。ここは既に戦場だと心掛けた上で、備えなければならない。改めて、各兵士に厳戒態勢を強化する旨を伝えよ」

「はっ!」

 

陸軍の偵察機が撃墜された事は既に伊藤長官だけではなく、各艦艇や外務省の田中にも伝えられていた。

もし海上で一触即発の事態になったら、その時は大和をはじめとした第一艦隊の戦闘艦による一斉攻撃が開始されるだろう。

重々しい空気の中で、現地勢力である帆船との接触が開始されようとしていた。

 

未知との遭遇

*1
海軍軍人であり、史実では戦艦大和の特攻作戦ともいえる天号作戦において第二艦隊司令長官として従事、最期まで長官室に残って職務を全うした後に戦死した。TNO世界では艦隊司令長官として存命している




明日は更新休みます。


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第八話

クワ・トイネ公国 視点

 

クワ・トイネ公国海軍の目の前に現れた勢力の海軍力は圧倒的であった。

彼らの前にはクワ・トイネ公国の海軍が有する帆船など小さな小人のような存在だった。

臨検を実施しようとしていた、クワ・トイネ公国の第二艦隊司令官は、あまりにも巨大なその船体を見て、身体を硬直させた。

 

(なんだこれは……まるで島が海に浮かんでいるではないか……それも木材で出来ているわけではない、少なくとも鉄で出来ている巨大な船だ……ただでさえ、こんなに大きいのに、これと同じ船がもう一隻もあるとは……!)

 

巨大な黒船を護衛している船も鉄で出来ており、それだけでもクワ・トイネ公国水準では十分に大きいのだが、その船ですら目の前の島のような巨大な船と比べたら小舟であり、その小舟よりも木造で小さな船に乗っている自分達との【文明水準の差】が顕著に現れているのだ。

 

(先ほど我々の上空を飛行していた見慣れない飛竜も……そして、マイ・ハークに落下した国籍不明騎の飛竜も……()()()()()()()()()()()()()()()()……)

 

第二艦隊の指揮官は確信した。

これほどまでの巨大な船を動かせるのは、列強諸国だけだ。

中小国、ましてや大陸における文明技術ではなしえないものであると理解した。

理解したくなくても、軍人としての()が、そう確信たるものだとうずいている。

 

さらに、彼らを驚かせたのは島のような船に搭載されている巨大な砲である。

まるで城で建設された砦よりも高く、そして大きな砲が前方に三つ、前後に合計で六門も搭載されているのだ。

その砲がゆっくりと旋回をして、()()()()()()の方に向けられているのである。

 

「閣下……これは……」

「間違いない、あの船首の方に付いているのは巨大な野砲だろう……それも列強諸国が作っているような砲だとしても巨大すぎる……塔のような大きさの砲なんて聞いたことがないぞ」

「で、ではマイ・ハークの方に向けているのは……」

「恐らく、我々を交渉の座に引き下ろそうとしているのだろう……断れば、マイ・ハークに一撃をお見舞いするとな……」

 

やがて、島から不気味な音を立てる船が発進し、クワ・トイネ公国の帆船に近づいた。

小型でありながら、物凄い速さで動く小舟に度肝を抜かれた司令官であったが、幸いにも小舟に乗っていた軍人と話が通じ合える事に安堵したのである。

 

「こちらは、大日本帝国海軍第一艦隊である。貴国の指揮官は何処にいる?」

「私だ……これは、貴公らの乗り物か?」

良かった、日本語が通じるぞ……勿論だ、艦隊司令官が御呼びだ。内火艇に乗って頂きたい」

「分かった、だが部下を二名随伴させたいのだが、よろしいか?」

「ちょっと待て……相手方の指揮官が随伴者の同行の許可を願っていますが……はい、分かりました……許可が出た。一緒に来て欲しい」

「あ、ああ……助かる……」

 

司令官は、相手の小舟に乗る前から既にカルチャーショックを受けていた。

遠方との通信手段を確立しており、しかも魔導通信ではない。

 

奇妙な軍服、奇妙な道具、そして圧倒的な力。

 

クワ・トイネ公国海軍第二艦隊の指揮官は、言われるがままに大日本帝国と名乗る彼らと、クワ・トイネ公国の上層部との交渉役としてのコンタクトを迫られたのであった。

 

◇ ◇ ◇

 

「て……転移国家だと……」

「はい、先日マイ・ハークを襲い、多数の死傷者を出した所属不明の国籍不明騎の所属であり、かつ我が国を凌駕する海軍力を持った国家……大日本帝国だと名乗っております」

「大日本帝国……では、マイ・ハークの街に大きな損害を出した国家が我々の目と鼻の先までやってきているのか!」

「マイ・ハークの沖合10キロの地点まで来ております……それも、推定300メートルを超える巨大船が二隻、他の随伴している船も100メートル越えであり、すべて鉄製で巨大な砲をマイ・ハークに向けているとのことです……」

「300メートルの鉄製の船だと?!パーパルディア皇国ですらそんな大型船は持っているなんて話はないぞ!」

「さらに重大なのが城砦の砦よりも長い三門の砲が二つ……これが仮に装填されているのが魔導弾だと推定しても、相当の威力を有しているものであると思われます!」

 

クワ・トイネ公国の政治の中枢ともいえる蓮の庭園では、蜂の巣をつついたような騒ぎとなっていた。

マイ・ハークに侵入した国籍不明騎が、海岸沿いの要塞の城壁に接触した後に、炎を上げて墜落してからまだ日も浅い。

 

どの火炎魔法よりも鼻に障るような、おどろおどろしい臭いと共に焼け出されたのは、鉄で出来た飛竜の残骸と、落ちた場所にいた建物であった。

マイ・ハークの沖合で採れた新鮮な魚などを卸している市場に国籍不明騎が落下したこともあり、その被害は大きい。

 

現在判明しているだけで死者は287人も出ており、負傷者に至ってはマイ・ハーク中の魔導士だけでは治療が追いつかない事から公都の魔導士を連れてきて治療に専念している最中でもあった。

 

「……で、相手から何か要求はあったのですか?」

 

一歩間違えれば、今度こそ戦争になる。

クワ・トイネ公国の首相であるカナタは、報告をしてきた海軍司令官に対して慎重に尋ねた。

 

「はっ、彼らは転移国家を名乗っており、先のマイ・ハークの件を含めた上で話し合いの場を設けたいとのことです……」

「話し合いですか……いずれにしても、我々は彼らを客人として出迎えて上げなければならないでしょう。対立関係にあるロウリア王国にさえ手一杯の状況です。これ以上敵を増やすような真似だけは慎むように全軍に通達し、大日本帝国という転移国家との交渉の場を設けましょう……」

 

もし、ここで転移国家と名乗っている大日本帝国がクワ・トイネ公国に攻撃をしてきたら……。

ロウリア王国との戦いどころではなくなる。

カナタには大日本帝国との対談を行う選択肢しか残されていなかったのである。

 

「彼らとの対話を準備しましょう……少なくとも、彼らが理性的であるうちに」

 

相手は何を言ってくるだろうか……




Fiat iustitia, et pereat mundus
正義はなされよ、たとえ世界は滅ぶとしても……
神聖ローマ皇帝 フェルディナント1世

11時だ


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第九話

1963年6月3日午後4時

 

クワ・トイネ公国の首都上空に、大日本帝国のヘリが轟音を立てながら飛んでくる。

三機の編隊を組んでいるヘリコプターの列は、一列に並ぶように飛んでおり、その周囲をクワ・トイネ公国の飛竜隊が監視の為に旋回飛行を行っている。

 

クワ・トイネ公国が大日本帝国側へ行った通知としては、飛行してくる乗り物の護衛を飛竜が行う……という形を取っているが、実際には日本側が何かしらの軍事行動を行うのではないかという不安ゆえに、行動を制限しようとゆっくりと先導の飛竜に従わせているのだ。

 

「どうなっているんだ……大きな風車みたいな羽を上に向けて飛んでいるぞ……」

「絶対に攻撃は厳禁であると厳命されているが……奴らがマイ・ハークで惨事を起こしたのだとしたら許せんな……」

「早まるな!絶対に攻撃してはならん!巨大船の砲がマイ・ハークに向けられているのだぞ!ここで騒ぎを起こしたら俺たちの首が飛ぶだけじゃなくて、大勢の人が犠牲になり得るのだ!」

「分かっていますよ隊長……それでも、それでも彼らが不気味でしょうがないんですよ……」

 

大勢の市民が上空を見て、その光景を目の当たりにしている。

無機質で鉄で出来た乗り物が、轟音を響かせながら空を飛ぶ光景。

そして、大きな赤い円を掲げた転移国家である「大日本帝国」という未知の勢力が駆使している乗り物。

市民の多くが、この未知との遭遇に恐怖心を抱いたのであった。

 

マイ・ハークの沖合に待機していた戦艦大和から発艦したYH-6輸送ヘリコプターと、その護衛として飛行している八菱重工製のKi-269「火星」の2機は、公都の首相官邸からほど近い場所にある芝生広場に次々と着陸した。

広場には取り囲むように、クワ・トイネ公国の儀仗兵が、()()()()()大日本帝国を歓迎し、彼らを出迎えたのだ。

 

だが、儀仗兵たちはこの見たこともない鉄の生き物に対し、底知れぬ恐怖を抱きながら今にも食ってきそうな怪物を出迎えたような気分を味わっていたのであった。

 

◇ ◇ ◇

 

「では、あなた方は転移国家であると……?」

「はい、我々としても突然の出来事に戸惑っている所存であります。我が国としても貴国との国交を樹立し、交流を加速したいものであると考えております」

「転移国家……聞いたことがないですが、あの海域にはそれまで島といえるのはフェン王国やガハラ神国ぐらいしかないですからな……あなた方の技術力からして、転移国家と見て間違いなさそうだ」

 

公都で急遽開かれた、大日本帝国代表団とクワ・トイネ公国との対談は、思っていたよりも進んでいた。

 

対談内容としては、国交の樹立を含めた実務的なものも多くあり、その中でも日本が転移前の傀儡政権であった中華民国や満州帝国からの食料支援によって台所が支えられていたこともあり、食料の輸入に関する議題は重要なものであった。

 

(ここまではいい……ここまでは……問題は例の話題だ…)

 

外交官代表者である田中は、首相のカナタを含めた政府代表者との話し合いの場で、どうしても切り出さなけばならない話がある。

日本を出る際に、外務省だけではなく陸軍省からも強く押された話題である。

 

本来であれば、蛮族のようにいきなり襲ってくるのではなく、友好的で温和な者達との対話を望んでいたが、そのような甘い話は外交の場では通用しない。

 

むしろ、今後の日本の運命を左右し兼ねない重大な案件であった事、場合によっては日本軍がクワ・トイネ公国に対する軍事的行動も辞さない構えであった。

 

「カナタ首相閣下……先日、我が国の偵察機が貴国の領土と思われる地域を飛行中に、所属不明の勢力による攻撃により撃墜される痛ましい事件が起こりました……が、貴国にお心あたりはありますか?」

 

先のマイ・ハークでクワ・トイネ公国の攻撃によって墜落したYS-11Rの確認であった。

 

偶発的な事故であれば、まだ救いようがあったのだが、良くも悪くもクワ・トイネ公国の首相であるカナタは正直者であった。

 

自分達がYS-11Rを撃墜したと宣言したのである。

 

「貴国の()()()()()……だと思いますが、我が国の飛竜隊の警告射撃の際に、動力源と見られる部分に導力火炎弾が命中したのは事実です。それから5分と経たずして我が国の重要港湾都市であるマイ・ハークに墜落し、大勢の死傷者が出ました……」

 

その事実を知った田中は、頭を抱えながらも本国政府及び陸軍の意見を述べるしかなかった。

 

「カナタ首相閣下、我が国は決して意図的な貴国に対する領空侵犯をしたわけではございません。転移国家故に、状況把握をする上で不可抗力の末に発生した事故でございます」

 

事実、日本側は日本列島が丸ごと転移してしまったのだから周囲の状況など知る由もない。

それ故に、()()()()()()()()にも関わらず、領空侵犯をしてしまったのはやむを得ない事でもあった。

 

「しかしながら、我が国の航空機……それも非武装の航空機を撃墜したとなれば、我が大日本帝国政府はクワ・トイネ公国に対して正式な抗議だけではなく、責任ある対応を要求せざるを得ないでしょう……」

 

田中の発言に対し、カナタ首相は自国民が犠牲になったことを踏まえると、内心では怒りがこみ上げたが、非武装の航空機ですら落下すればあれだけの大惨事を引き起こす事があるのであれば、大日本帝国が有する完全武装の航空機がマイ・ハークだけではなく、公都に襲来したらどうなるか……。

 

(これは脅しも含んだ発言だ……しかも、日本は非武装の航空機と言っている、武装した航空機が我が国を埋め尽くす事態になったら……)

 

カナタは自国民が犠牲になった事に対する怒りを抑え、田中にゆっくりと申し上げた。

 

「田中さん、我が国といたしましては犠牲になった()()()()()の搭乗員、並びに貴国の航空機を意図せず撃墜してしまったのは痛恨の極みです。この場をお借りしてお詫び申し上げたい」

「いえ、こちらとしても結果として多くの民間人を死傷させる結果となってしまい申し訳ございません……カナタ首相閣下の事は本国にもお伝えし、私からも寛大な処置を進言し、今回の件を踏まえて後日改めて実務者会議を行いたいと思います」

 

この場を穏便に済ます為、まずは謝罪を入れるしかなかった。

田中もカナタの誠意を見た上で、出来る限り本国の日本政府と陸軍にも彼らからの謝罪があった事も伝えたが、双方には埋めがたい溝が出来てしまったのであった。

 

侍は、誠意ある対応を望んでいる



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第十話

1963年6月4日午前9時

帝都東京

 

首相となった高木は、外交官代表としてクワ・トイネ公国に赴いている田中からの報告を受けとり、正式にクワ・トイネ公国との外交チャンネルの確立化に向けた手続きの承認準備を行うように指示を出した。

 

首相官邸から海軍長距離通信回線を使い、横須賀、名古屋、呉、佐世保、沖縄を経由し、クワ・トイネ公国の公都にて着陸したままのYH-6輸送ヘリコプターに取り付けられている軍用無線で田中との直接通話を行っている。

 

これは極めて異例なやり方ではあったが、日本が保有していた数少ない人工衛星網が転移現象と共に壊滅し、通信を傍受してくるであろうアメリカやドイツといった超大国が消失したことにより、傍受されることを恐れる必要も無くなった為である。

 

『では、例の陸軍機の撃墜の件は手打ちとして提案するという事ですね?』

「ああ。陸軍はカンカンに怒っているが、彼らとしても膨大な食料を有する国家との交渉を行う上では、多少の譲歩は必要不可欠だ。撃墜された事に関しては食料の輸入の際に、経済的な責務を負わせることで手打ちを提案するべきとの声に落ち着いたよ」

 

クワ・トイネ公国が警告射撃ではなくいきなり実弾攻撃をしてきたのではないかという意見が陸軍内部からあったが、警告射撃中に謝って機体に当ててしまう事故だとしても、陸軍内部ではクワ・トイネ公国への不信感があるのだ。

 

特に、陸軍内部でも一定の勢力を有している武藤*1将軍などが、クワ・トイネ公国に対して『攻撃をやったと自供しておきながら彼らに責任を取らせないのはおかしい』という意見が陸軍省を通じて高木に届いているのである。

 

海軍出身である高木に対する対応のヌルさを指摘しているのかもしれないが、高木は下手に軍事衝突を起こせば日本側の損害も大きくなることを考慮し、陸軍を説得したのである。

 

『そうですか……では、食糧の見返りに軍事支援などをクワ・トイネ公国が申した際には、武器・兵器を有償支援という形で取り付けるという事になりそうですか?』

「その通り、軍事支援に関しては先の大戦でも標的機や砲弾の射撃訓練の的にしていた旧式兵器がまだまだあるからな。何かしらの物資を見返りとして取り決めるべきなら、国内の在庫処分を含めて売りつける。手打ちにもなるし、お互いに損はないというわけだ」

 

太平洋戦争が終結して17年になるが、未だに軍の倉庫には戦争で使われていた武器や兵器がいくつか残されている。

 

九九式・五式小銃のようなボルトアクション式の銃に関しては国内では第二戦級の武器として現役であり、予備役の訓練などに使用されている。

 

チハ戦車やレシプロ機の零式艦上戦闘機、隼などは戦後も中国軍や満州軍の治安維持部隊に配備されたりと、旧式兵器も太平洋戦争時代の武器・兵器は国内外問わず長らく使用されているのだ。

 

軍の余剰武器・兵器の処分とされているものでも、この世界では軍事バランスをひっくり返すほどの実力を有しているとなれば、使わない手はない。

 

軍事支援であれば、そうした使い潰しても問題ない武器・兵器であれば軍部も許容してくれるだろう。ただし、日本の影響圏にいるという条件付きではあるが……。

 

『分かりました……あっと、それから高木閣下、一つご確認をしたいのですが、石油資源が湧き出ているとされるクイラ王国を担当している別班の状況はどうなっておりますか?』

「そちらに関しては問題ない。クイラ王国には既に東機関*2が介入しているよ。クイラ王国とは衝突等は無かったから、早ければ10日までに石油掘削権などの権利を得られそうだ」

『なるほど……分かりました。では、クワ・トイネ公国との交渉の責務、必ず果たします』

「うむ、田中君も無理はせずに頑張って欲しい」

『ありがとうございます。では、交渉が終わり次第また連絡いたします』

 

高木が入手した情報は比較的希望の持てるものであった。

クワ・トイネ公国との交戦もあり得たのだが、幸いにも向こうの政府首班は賢明な判断をしてくれたことにより、軍事的衝突の危機はひとまずは去ったといえる。

だが、まだ交渉はこれから始まるので予断を許さない。

 

高木のやるべき仕事は沢山ある。

国内の経済状況は日に日に悪化の一途をたどっており、既に転移した影響で燃料に関する問題も取り沙汰されている。

高木は、眼鏡を掛け直し、問題に対して取り組みを図るのであった。

 

改革は動きだす

*1
統制派の将軍であり、史実では中国大陸やフィリピンでの戦闘を指揮して極東裁判において死刑となった。……が、TNO世界では日中戦争終結に貢献した将軍の一人として存命しており、日本プレイにおけるゲームオーバー時には、武藤が軍の急進派を率いてクーデターを起こす『血の昭和維新』というイベントが用意されている。昭和の妖怪とは仲良し

*2
第二次世界大戦中に日本の外務省が設立した対アメリカ向けの情報収集機関であり、史実では原爆開発計画などを聞きだす戦果を挙げていたが、彼らの情報を軽視した日本は情報を生かすことはできなかった。TNO世界ではその後もアメリカ世論を中心に情報収集を行っている



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第十一話

1963年6月4日午後2時

クワ・トイネ公国政治部会

 

「これだけは日本側の要求を断るべきです首相!彼らは軍事同盟と引き換えに、このような要求をしてくるとは……」

「我が国としても、これは流石に許容できる範囲を超えておりますぞ……」

「向こう側の経済情勢を鑑みたとしても、これは流石に受け入れがたいものです……」

「首相!これは絶対に締結してはなりません!」

 

蓮の庭園で開かれている政治部会では、部会の議論が紛糾していた。

強大な力を有する大日本帝国との軍事同盟……それは確かに魅力的であり、ロウリア王国からの軍事的圧力に晒されているクワ・トイネ公国にとっては、必然的に同盟締結に向けたプロセスが進められる手筈となっていた。

 

しかし、部会で紛糾していたのは日本との軍事同盟ではなく、彼らが要求してきた経済的見返りに関するものであった。

 

クワ・トイネ公国の穀倉地帯は、女神の祝福とまで言われるほどに特殊な土壌によって病害や害虫による被害が無く、手入れをしなくても農作物が育つ夢のような土壌を有していた。

 

この土壌に関して、日本側が軍事同盟及び軍事支援を行う見返りとして、クワ・トイネ公国が保有している穀倉地帯の25パーセントを日本側の領土にすることが条件であると申し出てきたのだ。

 

日本側が有する軍事力及び武器・兵器の類を最優先でクワ・トイネ公国に輸出し、配備に関しても全面的にバックアップするというものであったが、それでもその対価の見返りとして自国領の領土……それも穀倉地帯を引き渡すという条件は、戦勝国が行う割譲行為にも等しい。

 

先日の偵察機を撃墜された事に対する恨みと、恫喝とも受け取れる内容であったが、それでも日本側としてもやむを得ない事情があるのだ。

 

まず、この世界の日本は太平洋戦争に勝利し、大東亜共栄圏内からの輸入された食料で賄われていた事情がある。

 

国産よりも同じ大東亜共栄圏の陣営で作られた格安の農産物を輸入し、尚且つ国内を重工業化して生産効率を高めるという方式を採用したことにより、国内の農業生産に関しては史実以下なのだ。

 

それに、東京大空襲といった大都市圏の空襲や、広島・長崎への原子爆弾投下という惨事を経験していないこともあり、太平洋戦争時における国内の民間人の犠牲者は、民間の輸送船の搭乗員であったりと数える程度であった。

 

国民の多くが戦争に勝利した事により、日本軍は神話に登場する軍隊の如く古今無双であり、国土は安泰であるという認識の元で過ごしていたこともあり、農業よりも工業を重視した政策を政府は実施したのだ。

 

各財閥企業による工場が立ち並び、都市部は光化学スモッグによって汚染された空気となるなど健康被害も確かにあった。

 

しかし、そんな被害を受けてでも日本経済を促進させ、経済的な効果を具体的にもたらしている事も相まって、その流れを止める者はいなかった。

 

結果として、経済的安定とアジアの中でもダントツで繁栄を遂げていた日本列島は既に総人口1億人を突破しており、その分の人口を賄う食糧は満州や中華民国に頼り切っていた……のが実情であった。

 

1億人の胃袋を満たす土地は日本国内にはなく、どんなに土地を開拓したとしても残された場所は少ない。

そこでクワ・トイネ公国に目を付けたというわけだ。

 

クワ・トイネ公国側の膨大な食糧事情を鑑みて、直ぐにでも食料が得られないと国民が飢えてしまう現状を鑑みて、多少の威圧を含めた行為をしてでも食料を確保するべく行動すべきだという意見が大多数なのだ。

 

政府だけではなく、国民や軍人も同様の意見であり、飢えて死ぬぐらいなら奪ってでも生き長らえることが大日本帝国の存続の美徳とすら唱える記者もいた程だ。

 

これでもかなり陸軍省だけではなく混乱によって殺気立っている国内世論にも譲渡をした結果であり、日本側でも譲れない一線でもあった。

 

この条件は上空偵察から作付け面積を把握した陸運通信省と商工省が、相手側が許容されるであろう土地の面積を計算し、ある程度日本国民が飢えずに済む土地の面積比率として25パーセントであると提示したものを採用し、外交官である田中に委ねたのだ。

 

「首相、今すぐに外交官である田中氏を拘束してでも日本側を追い出すべきです!」

「我が国に飛竜を堕として大惨事を招いただけではなく、このような文言を条件に提示する国家など言語道断です!」

 

政治部会のメンバーの半数近くが日本との軍事同盟締結に反対したが、それでも首相からしてみれば、これは断腸の想いで決断をしなければならない。

カナタはキリキリと痛めつけられる胃からこみ上げてくる不快感を抑えながら、政治部会のメンバーを説得したのである。

 

「私も確かに、この条約は不平等であり大変遺憾です……しかし、ロウリア王国が軍事的行動を行う予兆がある今、少しでも味方は多く確保しなければなりません」

「ですが……そうだとしても、これはパーパルディアのような列強諸国が行う威圧外交そのものです!ましてや領土の割譲要求に等しい行為を平気で要求してくるのは……」

「だとしても……この条約を呑まなければ、我が国はどの道滅亡してしまいます……!一時の汚辱に耐えて圧倒的な軍事力を得られるのであれば、その汚辱と責務を耐えなければなりません……!」

「カナタ首相閣下……」

「外務卿と共に、25パーセントからせめて22パーセントに減らせることが可能か調整してみましょう……」

 

カナタ首相は会議の場に田中を呼び出して、同盟締結に向けたプロセスを進めることにしたのであった。

 

外圧



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第十二話

1963年6月4日午後7時

クワ・トイネ公国 日本会議

 

カナタ首相は、日本帝国から派遣された田中氏との会談に実に3時間も時間を要していた。

 

会談内容では軍事同盟及び支援として日本帝国軍の旧式の装備品・兵器の供与を行う見返りに、クワ・トイネ公国が保有している穀倉地帯の25パーセントを日本側の領土にするという条件。

 

さすがに25パーセントはクワ・トイネ公国側からしてみても、貿易品である農作物の出荷に影響が甚大であるという理由から、22パーセントに引き下げてもらえないかという談判が行われていたのである。

 

「田中さん、どうか22パーセントで手を打って貰えませんか?流石にそれ以上となると我が国の経済に支障が出てしまいます」

「カナタ首相閣下、22パーセントがそちら側が最大限譲渡できる領土の比率でお間違いないですか?」

「ええ、これ以上の領土の要求となれば、私ではなく政治部会すら説得はできません。我が国の置かれている軍事的な危機だとしても、これだけは譲れません!」

 

カナタは強い口調で田中に迫った。

田中としても、こうした重々しい会議の場は何度も遭遇したことがある。

日本の新植民地として開発されていた広西地域に赴いた時も、現地政府より日本の財閥企業が権力を持っていた際には、相手企業との重役が出てきてひと悶着があった。

 

(やはり相当揺さぶりを掛けたら、相手も疲弊しているな……ただ、あまり長引かせるのは得策ではないな……)

 

それに比べたら、この場の会議では日本側のメリット、そして有事の際の軍事能力を鑑みても圧倒的なアドバンテージがあるのは誰の目から見ても明白であった。

 

クワ・トイネ公国の第二の経済都市として栄えているマイハークの沖合には、戦艦大和と武蔵を中心とした第一艦隊が陣取っており、その気になればマイハークへの艦砲射撃も可能なのだから。

 

それに、日本本土には弾道ミサイルが1500発以上も配備されており、大陸間弾道弾ミサイルに至ってはアメリカやドイツに向けて核弾頭を搭載可能にした代物なのだ。

 

短距離弾道ミサイルに関しては、昭南島の戦いや蒙古紛争の際に日本側の勢力の援護措置として実戦運用された経験もある為、クワ・トイネ公国が拒否をした場合には、マイハークだけではなく、城塞都市の()()()()()消し飛ばすことも容易いのだ。

 

また、弾道ミサイルだけではなく戦略爆撃機などを使ってクラスター爆弾や焼夷弾を使った大都市への空襲も可能であり、陸上戦力に関しても3個師団があればクワ・トイネ公国の制圧も可能であるという試算も出ている。

 

すでにカナタは日本への底知れぬ恐怖を味わっているため、この辺で彼らの嘆願を聞き入れるべきだと田中は判断した。

 

「……分かりました。カナタ首相閣下の誠意ある対応を行っておりますし、我が国としてもカナタ首相閣下が提示してくださった22パーセントの領土、その条件で承諾することにしましょう」

「ほ、本当ですか……?」

 

カナタは田中の発言を聞いて安堵したのだ。

少なくともこれで日本側はこれ以上無茶な要求をしてくることはない。

……そう思っていたのも束の間、田中の口から衝撃的な発言が飛び出した。

 

「はい……我が国におきましても、あまり時間をかけている余力はありません。今後一週間以内にクワ・トイネ公国との国交樹立と同時に、10万人規模の開拓先遣隊による入植を許可願いたいのですが、それでよろしいでしょうか?」

「じゅ……10万人ですって?!」

「ええ、我が国の総人口のおよそ0.1%に過ぎませんが、費用に関してはこちらが全額負担し、費用もお支払い致しますのでご安心ください」

 

すでに、入植に向けた準備は日本本土で開始されており、靖田財閥の起こした不祥事によって国内経済が大混乱に陥っている中、雇用対策の一環として、失業したサラリーマンや浪人生などを中心に開拓団を編成、神戸や博多といった港湾都市で入植希望者の採用と準備が着々と進められていたのだ。

 

その数は実に10万人……入植の規模としては地方の都市に匹敵する人口であり、クワ・トイネ公国側からしてみれば、予備役全て足した全軍の兵士5万人の倍以上の人数を、入植してくると申し出てきたのだ。

 

しかも、入植に必要な物資等は全額日本側が負担するという。

 

(10万人規模で総人口の0.1%……つまり、日本の総人口は少なくとも1億人以上いるという事か?!我が国の10倍以上の数ではないか!)

 

極めつけは、総人口の0.1%に過ぎないといった点である。

総人口1億人を誇る日本だが、クワ・トイネ公国からしてみれば、国内の総人口の数パーセントに匹敵する人数が一気に日本人に置き換わる事態なのだ。

 

(早い……何もかもが早すぎる……こちらの条件を受け入れたほんの矢先にこれか……)

 

だが、もはや断ることは出来ないだろう。

10万人規模の入植能力を有しており、かつ総人口が1億人以上いることが確定したことで、カナタは田中の受け入れを許可したのである。

 

これにより、日本は肥沃な土壌をタダ同然で手に入れただけではなく、領土からしても南九州地方とほぼ同じ面積が新たな日本領として入植可能になったのである。

 

そして、カナタ首相は心身ともに疲れ切った様子で、午後10時頃に政治部会に事の報告を行う。

その際に、心労が重なったのか糸が切れたように倒れてしまったのであった。

 

日の丸を掲げてやって来る



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第十三話

1963年6月8日午後2時

日本帝国 帝都 赤坂高級料亭

 

技術官僚派の長である賀屋は、同じく技術官僚派に属し、満州において巨大な権力を有して影の皇帝として恐れられている革新系技術官僚派の大物フィクサーであり「昭和の妖怪」としての異名が名高い岸*1との会談が行われている最中であった。

 

賀屋としても、彼との面会をするには理由があった。

 

日本が異世界に超常現象によって飛ばされて一週間が経過し、日本国民の多くが理不尽な転移現象に関して半ば諦めた状況で、現実と向き合いながら行動をしていた。

 

そんな中で、技術官僚派の国会議員を中心に異世界への入植計画を立案し、各財閥企業を中心に調整を行ったのが岸であった。

 

財閥企業は軒並み経済的悪化の一途に転落しており、靖田財閥に至っては靖田ホールディングスの関連企業の株価は5分の1にまで下落している有様であった。

 

そんな瀕死の財閥企業に起死回生の切り札ともなり得る「大規模入植計画」を提示し、従業員などをクワ・トイネ公国に派遣する手筈を整えたのも岸である。

 

岸がいなければ、賀屋も自分達の派閥の影響力を行使することは出来なかっただろう。

 

岸は賀屋に提案し、賀屋はその提案と計画を高木に報告したところ、その高木が採用してくれたこともあり、岸に関しては現在では頼りになる政治顧問としての役割を担っていたのである。

 

賀屋は岸を労うために政治家御用達の高級料亭に招いてサシの会談を行っていたのである。

 

「それにしても、岸さんも大変でしたね……満州における官僚の国家体制の見本としてきた地域が失われてしまったのですから……」

「全くだ。幸い家族に関しては実家の方にいたから離れ離れになるようなことは無かったが、満州時代に築き上げた人脈の大半は失ってしまったよ……」

 

岸は悲しそうな表情をしながら、日本酒をゆっくりと飲んでいた。

本来満州での職務を行っていたが、5月31日に靖田財閥の汚職事件が発覚したことを受けて、対策のために急遽帝都東京に赴いていたことで、今回の転移現象に巻き込まれてしまったのだ。

 

彼の築き上げていた人脈の大半は失ってしまったが、それでも知恵や発想が衰えていたわけではない。誰も経験したことがない甚大な状況の中でも、岸はフィクサーとしての仕事をこなしていたのである。

 

「それでも、靖田財閥をはじめとした各企業の復興を条件としてクワ・トイネ公国への入植計画を提案するのはお見事でした。お陰様で技術官僚派の評価が成されています」

「あれは満州時代にやっていた満蒙開拓団をより条件を良くしたやり方でやっているだけだよ。満州の大規模農園事業の大半は満蒙開拓団が行っていた事業から由来しているからね……クワ・トイネ公国の農業事業は、これまでの満蒙開拓団とは比べ物にならない程の利益と経済効果を生み出すのは確実だよ」

 

病害や害虫を寄せ付けないとされるクワ・トイネ公国の特殊な土壌の効果は、日本にとって救世主となり得る存在であった。

 

そのため、失業者対策と食糧事情対策の為にクワ・トイネ公国の農業生産地の22パーセントを日本領にする事が出来たことにより、技術官僚派による経済システムの構築が行われようとしている。

 

「外交官の田中君がうまい具合にやってくれたお陰です。クワ・トイネ公国側への政治工作なども着々と行われております」

「うむ、同じ道を志すものが窓口の交渉を担ってくれたのは有り難いことだ……田中君へのサポートは賀屋君に任せよう」

「はっ、田中君にはクワ・トイネ公国への状況を常に探らせておきましょう」

 

クワ・トイネ公国の担当外交官として、既に田中は公都の日本大使館に赴いている。

外部発電機を使った通信システムを確立していることにより、彼らへの指示を取り付けることは何時でも行えるようになった。

 

それは岸が満州ですら成し得なかったシステムを、岸をはじめとする技術官僚派によって行う。

おまけに、これは日本政府公認というお墨付きまでも貰っている。

技術官僚派によるクワ・トイネ公国への大規模な介入を行うことが決定された瞬間でもあった。

 

「まだまだ満州では私のやりたいことが存分に行えなかったからね……これで開拓先遣隊が到着して街を作りあげた時点で、次の段階に移行しようと考えている」

「……次にやるのは、クワ・トイネ公国への政治と民間への浸透ですね……」

「その通り、日本の技術力と開拓力を見せつけることにより、日本の技術の虜にするのだ……」

「日本の技術や環境に依存させて、政治的な判断を鈍らせる……中々に恐ろしいものですね……」

 

二人は、着々とクワ・トイネ公国への介入を粛々と実行していくのである。

 

浸蝕

*1
史実では満洲国の官僚として合法・非合法問わず多くの人物と関わりを持ち、戦後に総理大臣にもなった人物。その名の通り昭和の妖怪という異名をTNO開発陣が妖怪=悪魔と勘違いした結果、彼が政治家を非情な手段で排除して軍事クーデターを起こす"指令第44号作戦"を発動するイベントがあったが、現在では削除されている



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第十四話

1963年6月8日午後7時

帝都 NHK放送局

 

午後7時を告げるチャイムと共に、テレビ放送が開始される。

いつもであれば、帝都を中心に大東亜共栄圏内のニュース報道を行うNHKだが、転移現象後は主に国内……本土のニュースを取り扱うことが多くなっている。

 

「本日、高木首相は逼迫する食糧事情を鑑み、クワ・トイネ公国側から食料が届くまでは、貧困世帯を中心に食料の配給を実施する方針を打ち出しました。また、国内で備蓄されている古米に関しても、順次市場に放出する意向があるとのことです」

 

NHKのアナウンサーは淡々とした表情で原稿を読み上げる。

当初、転移現象が公式に発表された後のスタジオは、かなり騒然としていた。

 

転移現象を説明した軍人を取り囲んで、今後どのように行動していくのか尋ねたり、陸海軍が共同で声明を発表した意図についても憶測が飛び交うほどであった。

 

それから一週間が経過すれば、多少なりとも人間は学習して落ち着いていく。

しかし、局員の多くは転移現象が一時的なものでありたいと願ったが、今現在も続いている状況を見れば、この事態が永遠に続くことを覚悟せねばならないと感じている。

 

「今後の情勢を鑑みて、我が国は大東亜共栄圏という枠組みをこの世でも模範とすべきでしょう。大東亜……といいますか、この転移した世界では大東亜という名称では無くなったとしても、アジアを統治した誇り高き日本民族の血を持って、秩序を建設すべきです」

「その考えは現在の政府……高木首相も思っておられる事でしょう。軍部が公開している情報では、我が国と国交樹立したクワ・トイネ公国とクイラ王国に軍事的な威圧行為を行うならず者国家がいるとか……」

「ロウリア王国ですな、我が国の外航船に対して帆船を使って包囲してこようとしたそうです。幸い海軍の駆逐艦が駆けつけてくれたお陰で事なきを得たようですが、かの国が我が国の安全保障上重要な国家を攻撃したとなれば……」

「その時は、粛々と戦うべきでしょう。我が国は二度の世界大戦でも勝利した実力があります。陸海軍の合同作戦によってロウリア王国に対し、行動あるのみです」

 

事実、放送している内容についても転移後の世界を見つめるという特集を組んで、各帝大の教授や文学者、作家などをゲストに招いて、日本帝国が行うべきことについて熱く語っているのである。

いずれも好戦的な内容が多く、元陸軍将校が出演した時には、日本帝国の旗の下に集う国家は加護を行い、八紘一宇*1として新しい同盟国家群の創設を訴えていたほどだ。

 

そのゲストには、かの大物作家である三島*2も含まれていたのだ。

ただ、三島は少し違ったアプローチをしていたのである。

 

「この空前絶後の国難の時代であるからこそ、僕はこの世界において未来を信じて生きていかねばならないと思っております。クワ・トイネ公国やクイラ王国も亜人と呼ばれる人間とは異なる人達がいると聞いております。彼らとの友好関係を築き上げて、交流を加速すべきだと思っております」

 

文学作家である三島は、自身の執筆していたSF小説「美しい星」にて異星人が登場する作品を執筆していたのだ。

今回の転移現象に鑑みて、彼はこの惑星に住んでいる住民こそが本土ごと転移してきた我々とは違い”宇宙人”であると説いた上で、彼らとの積極的な交流を望んでいる旨を明かした。

 

「我が国が模範となる行動をしなければなりません。今はまだ軍による管轄ですが、いずれ民間での交流が行われる際には、平和的に文化交流を実施し、双方の隔たりがないようにしなければなりません。でなければ、威圧で相手を屈服させたとなれば、相手はイヤイヤ一緒にいることになってしまいます。そうなったらこの世界で八紘一宇なんて夢のまた夢になってしまいますよ」

 

日本が、この転移した異世界においてやっていくためにも、文化的な交流を行い、政府だけではなく民間もそれに合わせて行うべきという考え方であった。

生放送ゆえに、この発言は飛び出した時は議論を巻き起こしたが、三島の考えは軍に対する批判ではなく、今後の日本が軍事的威圧で事を起こせば将来に渡って響くと警告したのである。

 

三島の警告は政府の上層部にも届き、彼らもまたどのようにして今後の民間人に関する交流を実施すべきか考えていたのであった。

*1
戦前のスローガンであり、大和民族……日本人によるアジア統一を掲げた大東亜共栄圏の理想と天皇中心のアジア秩序統治を謳う意味合いで呼ばれていた

*2
戦後において日本を代表する文学作家であり、現代でも強い影響力を持っている。TNO世界においても作家として活躍しており、第三次世界大戦が勃発し日本とドイツが戦闘状態に入るイベント「薄明作戦」では、彼の評論である「葉隠入門」の名言が引用されて綴られている



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第十五話

1963年6月11日午前8時

大日本帝国 博多

 

クワ・トイネ公国から外交官数名が派遣されるも、大日本帝国の圧倒的な建造物の数々に度肝を抜かれている最中であった。

 

日本側が手配した客船に搭乗した後、帆船よりも早い速度で博多に到着した彼らは、地方都市いえども公都よりも高い建物がそびえ立ち、大勢の人が行き交っている様子を見て、すぐに列強国たる国力を目の当たりにしているのだ。

 

「旅客船で、マイハークから二日でやってこれたとはいえ……これだけの高層建築物を有する文明とは……」

「田中殿から聞いた話では、ここはかつて朝鮮半島と呼ばれる大陸を繋ぐ場所との連絡網として海底トンネルを有していた都市ということもあり、かなり賑わっていたとのことです」

「今でも十分に発展しているというのに……いやはや、これではもう軍事基地を視察するのにどんなことになるのか想像すらつかないわ」

 

外交官であるヤゴウとハンキは、その圧倒的な国力を誇る日本の技術力を目の当たりにした上で、どのようにして軍事交渉を行うかをホテルのロビーで話し合っていた。

 

「ヤゴウ殿……日本帝国が少々威圧的な対応を取っていたのも、こうした圧倒的な国力を有する国家であった事が理由なのですね……」

「ええ、鉄で出来た船が何隻も港に停泊しておりましたし、道路にも鉄で動く乗り物が行き交っておりました……まさしく、パーパルディア皇国以上の列強国であるのは間違いありません」

「では、一部では弱腰と非難されたカナタ首相閣下の判断は、間違いではなかったというわけですか……」

「そうでしょう……これほどの技術力、それに鉄で動く乗り物を利用している国家です。下手な対応をして日本側を激怒させたらそれこそ、国が滅んでいましたよ……」

「鉄竜の撃墜の件はこちらにも非があるとはいえ、領土割譲を要求してきたのも、国民の怒りを鎮める為でもあったのでしょうか?」

「それはわかりかねますが、いずれにしても今回の軍事交渉はしっかりと行わなければなりません」

 

彼らの行動一つで結果が実を結ぶこともあれば、灰燼に帰すこともあり得る。

そのプレッシャーは凄まじいものであったが、既に日本側が自分達の軍事力を見せつけることを証明するために、陸軍の戦車師団駐屯地と海軍の航空基地の視察を行う予定となっていたのである。

案内はクワ・トイネ公国に駐在することになった田中であり、日本政府としてもクワ・トイネ公国の実情を把握した田中が案内に適任だと判断した為である。

 

「それでは皆さん、こちらの車両に乗ってください。これより、第三戦車連隊が駐屯している陸軍基地に案内します」

「田中殿、この黒い乗り物は……?」

「ああ、これは自動車……皆様の言うところの馬車のような乗り物です。ご安心を、全員が乗っても大丈夫なように設計されています。何と言っても八菱自動車の最新車両ですから。さぁ、どうぞ」

「うむ、では陸軍基地から向かうとしましょう……」

 

外交官らを乗せた自動車は乗り心地も良く、快適な冷房も備え付けられていた。

 

(なんと、馬車よりも快適で……それでいて速く走れる乗り物とは……便利なものよのう)

(船といい、この自動車といい……機械文明が発展した国なのでしょう)

 

ムシムシと熱くなっていた外気ではなく、冷房から送られる冷たい風を受けながら、乗り物についてヤゴウとハンキが語っていた時、彼らの目に飛び込んだのは陸軍基地に鎮座する戦車の群れであった。

 

(これが……資料で見た戦車と呼ばれている乗り物……だが、実力はどのようなものか……?)

 

魔導砲のような長い筒を搭載し、車列を成しているその姿は圧巻であった。

到着して早々、陸軍基地の視察も兼ねてその洗礼を受けることになる。

 

「こちらが帝国陸軍で開発された最新鋭の23式戦車「チワ」です。15式改100ミリ滑腔砲を搭載した車両であり、城門等であれば一撃で破壊できるでしょう」

「……では、早速射撃訓練を致しますので、射撃の際の爆音にお気を付けください」

 

重装備が施された23式戦車が100ミリ砲による射撃訓練を開始する。

轟音と同時に800メートル離れた目標に精確に命中する光景。

その破壊力、遠距離からの命中精度に度肝を抜かれてしまう。

 

(なんだこの威力は……!!!大魔導士が時間を掛けて行う程の攻撃を、()()()()()だけで行えてしまうのか?!)

(ヤゴウ殿……これは恐ろしいことですぞ……)

(この基地だけでも30輌以上はある……では、日本本土だけでどのくらいあるのか想像をつきません……)

 

外交官は、戦車の威力を目の当たりにして、かなり胃が縮こまってしまった。

これほどまでに威力のある兵器を、大日本帝国は少なくとも100輌以上を配備しており、旧式の戦車を含めれば実に1000輌以上が本土に配備されているのだ。

 

(陸でこれなら、空はもっと凄いことになるぞ……)

 

そして、陸軍基地の視察あとに向かった日本海軍築城基地では、旧式ではあるものの本土防空の為に配備されている海軍仕様の中島飛行機製「Ki-201 火龍」のデモンストレーション飛行と、対地攻撃任務訓練として30mmロケットポッドによる攻撃を目の当たりにした。

 

(マイハークに墜落した鉄竜とは違うが……これが非武装ではなく、武装した航空機というものか……!)

(なんという威力!なんという速度……!これでは我が国の飛竜など追いつけるわけがない、成すすべなく撃墜されてしまう……!)

 

先ほどの戦車の砲撃と似たようなものを数発も一斉に地上に向けて掃射する姿を見て、ヤゴウとハンキは確信する。

 

「「日本は大魔導士以上の兵器を多く有する列強国であり、かの国を怒らせてしまった場合、我が国は圧倒的な軍事力を有する国家に立ち向かえるだけの戦力などはなく、戦争が起こればクワ・トイネ公国そのものが崩壊してしまうだろう」」

 

外交官たちは、自分達の国の軍事力と比較し、いかに無力かを思い知らされたのであった。

 



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第十六話

1963年6月13日午前10時

帝都 赤坂高級ホテル

 

日本との軍事同盟締結は、ロウリア王国の脅威が間近に迫っているクワ・トイネ公国にとって、必要なものであった。

 

自国の軍隊とは全く異なり、それまで培ってきた常識が吹き飛んでしまいそうになるぐらいに、彼らの目の当たりにした日本帝国の軍事力を見せつけられた。

 

そして、帝都東京に赴いた彼らが目の当たりにしたのは、高層ビル群が立ち並び、大通りには連結した車両や人々が行き交っている光景だ。

クワ・トイネ公国では絶対に見れないであろう、高度文明が有する技術力の結晶の数々が目の前に飛び込んできたのである。

 

博多から陸軍の飛行機で帝都の上空を視察した際に、ヤゴウとハンキは帝都東京の光景に圧倒されている。

 

「博多ですら、あのような高層建築物は無かった……ここが首都と申されていただけのことはある……」

「それに見てください……自動車専用の高架道路まで設置されています……」

「おまけに大日本電波塔と呼ばれている高さ333メートルの建物までも作りあげるとは……いやはや、ここはもう我々の力では及ばぬほどの列強国じゃな……」

 

自分達が撃墜した鉄竜の同型機であり、輸送機として使用されているYS-11の座席に座っている二人には、帝都東京は間違いなく大都市に見えるだろう。

それも、ただの都市ではなく、自分達の技術と資金力では到底成し得ない程の力を有している国家であることを再認識させられたのだ。

 

搭乗している乗り物も、地面で豆粒のように動いている人も、空を目指して建築されていくビル群も……。

全てが、圧倒的な力によるもので出来上がった世界なのだ。

 

そして今、歴史的な会談が実現しようとしていた。

クワ・トイネ公国の外交官と、日本の外務省官僚、及び高木首相が同席した状態で実務者協議が開かれるのである。

 

帝都でも名だたる高級ホテルにて行われた会談では、ヤゴウとハンキは緊張した様子で挑む。

カナタ首相より授かった親書を高木に手渡し、記者団の前ではカメラに驚きつつも、丁重な対応を行い記者からのインタビューに応えていたのである。

 

「朝毎新聞ですが、帝都をご覧になられて如何ですか?」

「物凄く発展した都市であると感じております。我が国にはこれほどまでに発展した場所はありませんし、博多に到着した時も初めて自動車に乗りました……。本当に驚きの連続です」

「産業推進新聞の者ですが、今回の同盟締結に向けた意気込みと、我が国との関係はどのようにしていきたいとお考えでしょうか?」

「大日本帝国は圧倒的な力を有している国家なのは間違いありません。是非とも我が国との友好関係を維持し、我々も同盟となればそれに応えられるようにしていく所存でございます」

 

記者たちは、ヤゴウとハンキの回答に満足したのか、納得した様子でメモを取ったり、カメラのフラッシュを焚いていた。

 

その様子はテレビやラジオにて生放送という形で伝えられていたこともあり、特に街頭テレビジョンやテレビを設置している店の前には大勢の人が詰めかけており、初めて対面する異世界人との触れる機会であったこともあり、子供達も授業を抜け出して視聴していた程だ。

 

「へぇ~これがクワ・トイネ公国の人達か……日本語をようしっかりと話すねぇ」

「なんでも世界共通語として我が国の言葉が使われているらしいぞ」

「それはスゴイことだな……未知の言語だったら協議すら出来んのだが……」

「しかし何というか、思っていた以上に欧米人のような顔立ちだな……」

「ワシャてっきり三島先生の言っていたような火星人のような姿じゃないかと思ったんじゃがな……」

「なんでも、向こうにはエルフという耳の長い種族もいるみたいだぜ、そんでもって美人も多いとか……」

「のらくろ少佐みたいな獣人もいるらしいからな……そうした種族も見てみたいのう」

 

テレビで映し出された異世界人の外交官を見て、視聴していた人々は先ずは安堵した。

一部の週刊誌などでは、異世界人はタコのような見た目をしているのではないか……?とまで言われていた程だ。

 

特に、軍用機が撃墜された案件に至っては、飛行恐竜のプテラノドンのような姿をしていたという情報も相まって、彼らが竜人のような人外じみた姿をしているのではないかと思われた程だ。

 

もし空想科学小説として名高い「宇宙戦争」のような人類を襲撃してきた火星人のように、タコのような見た目をした輩であったら、恐らく卒倒する者も出ただろう。

 

しかし、そうした異端ではなくむしろ欧米人寄りの顔立ちをしていたヤゴウとハンキの姿は、かえって異世界人も元いた世界の人のような姿である事に安心感を覚えたのである。

 

『赤坂高級ホテルの前には、我々報道陣をはじめとした大勢の人々が詰めかけておりますが、これから高木首相と同盟締結に向けた実務者協議が間もなく始まります。我が国の行く末を決める重要な協議である以上は、我々報道記者としても見守って参りたいと思います』

 

こうして日本・クワ・トイネ公国の二国間による実務者協議は、午前11時より開催されたのであった。



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第十七話

1963年6月13日午前11時

帝都 赤坂高級ホテル

 

高木首相は、初めて面会する異世界人であり、クワ・トイネ公国のヤゴウとハンキを手厚く出迎えた。

見た目としては、背丈の高い欧米人のような印象を受けると同時に、彼らの身に着けている服装が、古代ギリシャのような古めかしい衣装であったことにどこか懐かしさすら感じていた。

 

「こうしてお互いに腹を割って話をする機会を設けようと思いましてね……ささっ、どうぞ座ってください」

「ありがとうございます、高木閣下」

 

高木の呼びかけに応じ、ヤゴウとハンキは同時に椅子に座った。

ふっくらとした椅子に座り、テーブルを挟んだ向かい側に高木も座る。

 

(彼は……思っていたよりも鋭い目をしているな……政治家というよりも、まるで軍人のような……)

 

ハンキは、高木の目つきから鋭い視線を感じ取り、彼が政治家ではなく軍人のような顔立ちであることを見抜いた。

クワ・トイネ公国の政治家もそうだが、基本的に彼らは修羅場というものを経験したことが少なく、どこか気の抜けたような雰囲気である事が多いのだ。

 

だが、目の前にいる高木は違う。

彼は太平洋戦争を生き延びた軍人の一人であり、その時の経験を生かして政治家に転身を果たした人物だ。

 

一瞬で空気が変わるのを感じたヤゴウとハンキは、高木から同盟締結に向けたプロセスがどのようなものになるのか注目していた。

 

張りつめた空気の中、高木がまず最初に話したのはマイハークで撃墜された偵察機に関する件であった。

 

「まず初めに、貴国の港湾都市マイハークに我が国の偵察機が()()()()()()()によって撃墜された事件……これに関してはカナタ首相より正式な謝罪がありました。また、その件も踏まえた上で我々としてはクワ・トイネ公国に対し、これ以上の追求に関しては致しません。ですので、これから貴国との関係についてより深く掘り下げた上で話を行いたいのです」

 

ヤゴウとハンキは、てっきり偵察機撃墜の件で今まで以上に恫喝されるのではないかとひやひやしたのだが、帰ってきた答えとしては真逆の回答であった。

 

偵察機の件に関しては日本帝国はこれ以上の追求はせず、クワ・トイネ公国との関係強化に向けた取り組みを進めたいと申し出たのだ。

 

これはヤゴウとハンキにとって願ってもないことであった。

 

それは同伴していた外交官も同様であり、内心ではホッと胸をなでおろしていたのである。

 

「我が国が必要としている食料に関してですが、我が国としてはその食料を買い取るために、貴国に技術支援を含めた同盟締結に向けた準備を進めて参りたいのです」

「技術支援と申されますと……あの鉄の箱のような乗り物を使って運搬を行うという事でしょうか?」

「そうですね、鉄道に関しては我が国の国鉄や満鉄の職員が技術支援にうかがえるので、貴国の発展として技術を提供致します。勿論、軍事同盟ともなれば軍の装備品に関しても輸出を認めましょう」

 

そう高木は言った後、後ろに待機していた補佐官らに合図を送り、彼らに()()()を提示した。

 

「こっ、これは……?!」

「こちらは、同盟締結がした暁に、クワ・トイネ公国に提供できる武器の数々です。全て軍で使用されていた実銃です。どうぞ触れてみて下さい」

 

高木が外交官らに見せたのは、大日本帝国陸海軍で使用されていた三八式歩兵銃や九九式小銃などの軍装備品であった。

流石に弾丸などは装填されていないが、軍装備品を一式無償で提供する用意があるのだ。

 

殆どが軍の予備武器としている武器だ。

これらは大戦中に大量生産されたことも相まって、未だに第二戦線で使われているケースが多かった。

 

特に、三八式式歩兵銃に至っては1908年から1942年までの間に340万挺も生産されたこともあり、国内だけでもかなりの数が倉庫に眠っているのだ。

 

その多くをこうした同盟国となる国に送りつけるだけでも相当印象は変わるのだ。

 

「これが日本軍の武器か……して、これらの武器はどのくらいの値段になるのでしょうか?」

「いえ、これは貴国に対して無償提供をしても良い武器です。貴国の軍隊の兵士の数が五万人とお聞きしましたので、五万挺分……同盟締結と同時に全員に行届く数の武器をお渡ししましょう」

「「えっ?!」」

 

ヤゴウとハンキは驚いて高木の顔を見た。

予備役を含めた軍人全員に、タダで武器を供与すると申し出たためだ。

 

ヤゴウとハンキは陸軍基地の視察で射撃訓練を見た際に、一人一人の兵士が熟練の魔導士みたいに、身体の鎧を打ち抜く威力を誇る弾丸の威力を目の当たりにしている。

 

弓や槍を持った五万人の兵士よりも、全員が魔導士のような威力を誇る銃を五万人の兵士が手にしたとしたら……。

 

(これはすごい……これだけの武器を全兵士に配備させたら……)

(我が国の軍事力は大きく変わりますな……)

(それにあの戦車や戦闘機が戦力に加われば……)

(間違いなく、我が国も列強国としての立ち位置になるでしょう)

 

「どうですか?勿論、戦車や戦闘機に関してはこの武器よりも訓練が必要である以上、すぐにはお渡しできませんが……同盟締結後に、そちら側から兵士を派遣していただければ訓練を我が国の軍隊が行いましょう」

 

高木の提案に、ヤゴウとハンキは同意し、ここに日本とクワ・トイネ公国との間で軍事同盟が成立したのである。

 

勿論、軍事同盟だけではなく経済協定なども調印されたのだが、この経済協定に関してはヤゴウとハンキは()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

しかし、そんな見落としよりもヤゴウとハンキが危惧していた事態が、同盟締結の調印式が終わった直後に襲い掛かった。

 

改革派の閣僚である中宗根が、高木の元に駆け寄ってきて緊急の報告を行ったのだ。

 

「総理!クワ・トイネ公国より緊急事態発生の報が入ってきております」

「どうしたというのだ?」

「クワ・トイネ公国の隣国であるロウリア王国が越境を開始、国境の街「ギム」が襲撃を受けているとのことです」

「な、なんと……!」

「は、始まってしまったか……!」

 

日本・クワ・トイネ同盟締結直後、ロウリア王国軍による大規模な軍事侵攻が開始される。

 

そして大日本帝国は、この世界で初めての戦争に介入することになるのである。

 

血で赤く塗装されて……



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第十八話

1963年6月13日午後4時

クワ・トイネ公国 国境の町「ギム」

 

ギムの町は地獄を見た。

 

 

陸上戦力を数で圧倒するロウリア王国軍を止める術など、クワ・トイネ公国側には無かったのだ。

 

西部方面騎士団率いる4000名の兵士は、ロデニウス大陸の統一を掲げるハーク・ロウリア34世の侵攻命令により、ロウリア王国東方征伐軍として編成された30万人以上の陸上戦力がギムの町に津波のように押し寄せた。

 

圧倒的な物量であったにも関わらず、ギムの町を防衛していた西部方面騎士団は勇猛果敢に立ち向かった。

 

「畜生!あんな数の飛竜を見たことはないぞ!我が国の飛竜の総数を上回っているんじゃないか?!」

「怯むな!敵を一秒でも長く食い止めて、避難民が脱出するまでの時間を稼ぐんだ!ここが正念場だぞ!」

「こちら第二飛竜隊……これより全員で突撃を敢行します!飛竜を出来る限り倒しておきますので、モイジ団長は地上部隊の指揮を頼みます……クワ・トイネ公国に栄光あれ!」

 

第二飛竜隊は24騎の飛竜を全て出撃させ、部隊全員がロウリア軍の飛竜と刺し違える形で戦死。

 

騎士団長のモイジも、押し寄せてくる征伐軍を相手に最後まで指揮を全うし、妻子を避難民と共に逃がすことが出来た。

 

(妻と娘だけでも助かればそれでいいッ……後は派手に死ぬまでだ……!)

 

後に引けない軍隊は、時に底力を発揮して相手に一泡吹かせることができる。

西部方面騎士団は、次々と斃れていく仲間の屍を乗り越え、徹底的に抗戦を続けた。

征伐軍の先遣隊の実に1万人程を戦死ないし負傷させるほどの活躍を見せたのだ。

 

このように、西部方面騎士団の活躍もあり、3時間近く押しとどめることは出来たが、西部方面騎士団の組織的な抵抗が終了した午後3時頃に、彼らの迎えた末路は凄惨なものであった。

 

逃げ遅れた一般市民はロウリア王国軍による略奪・拷問・暴行の被害者となり、女性に至っては高値で奴隷として本国に売却されるか、全員が兵士に暴行を受けた後に、殺される末路を遂げたのだ。

 

それに加えて、ロウリア王国軍の兵士達の士気は非常に高かった。

 

自分達の憂さ晴らしともいえる相手を、嬲り殺し、犯し、強奪が副将のアデムで認可されたこともあり、兵士達は戦場の鬱憤をそうした捌け口に使うことにより、ストレス発散としての意味合いを込めて心置きなく暴力を振るい続けた。

 

街のあちこちで、悲鳴と殺戮が反響し、街道は血によって赤く塗りつぶされている。

 

商店を経営していたエルフの家族から巻き上げた貴金属を着飾り喜ぶ征伐軍の兵士達の足元には、身体の至る所に剣や槍で切りつけられて動かなくなった夫と、耳を切り落とされている妻は泣き叫びながら助命を兵士に懇願している。

 

その隣の家では、娘だけでも助けてくれと懇願する獣人の女性を集団で襲い掛かり、娘の目の前で男達が集団で暴力を振るい、そして最後に槍を下腹部に突き刺し、切り裂いて絶命させる。

 

まるでカエルを踏みつけるように、無邪気で残酷なことを平気で行い、彼らは殺す様子を楽しんでいた。

 

亜人は人で非ず、人でなき者は野獣と同じ扱いを受けるべし

 

それは、ギムでのありとあらゆる狼藉行為を黙認するどころか、主導するような文言として発せられた言葉であった。

 

「ふふふっ……実に壮観な光景であり、これほどまでに心が安らかになるのは良いことですねぇ……私は今、とっても幸せですよ」

 

その地獄の光景を見ているアデムの顔に浮かんでいるのは、口元をにやりと笑い、まるで子供達が無邪気に遊んでいるのを眺めている父親のような微笑みであった。

 

アデムが嫌っている亜人達が、犯され、殺されていく様を見るのは僥倖とも言うべき状態である。

 

これほどまでにアデムの心が安らかになる事はない。

 

至福のひと時……。

 

西部方面騎士団の殆どは絶命し、辛うじて息のあった者だけは捕虜として拷問を受けているが、それももうすぐ死ぬだろう。

残るは、左足を負傷しながらも数十人の兵士を殺害した騎士団長のモイジだけである。

 

「猛将と謳われただけに、やはり捕縛に手こずりましたか……」

「はっ、申し訳ございません。こいつに部下を16人も殺されました……」

「いえ、それは仕方ありません。ですが、彼に相応しい最後を飾りましょう……!」

 

アデムは部下を使い、おどろおどろしい見た目をした魔獣を連れだしてきた。

鎖で繋がれてはいるが、檻から飛び出してきそうなほどに獰猛だ。

檻の中には血と肉片が混じり合っており、既にこの魔獣によって()()()()()()()()()()のだ。

 

「獣人が魔獣によって食い殺される……!おお、実に、実に素晴らしい末路ではありませんか!あなたは人間ではないのでこうした処理を行っても問題はありませんし、大勢の我が軍の兵を殺した者に相応しい最期!貴方の人生でとっても素敵な時間になるでしょう!」

「下種が……ロウリア王国の貴様らが行った行為は断じて許されるべきものではない!絶対に償わせる……私が死んだとしても、クワ・トイネ公国は決して貴様らに屈することはない!」

「おやおや、ここまで絶望的な状況でもそこまで申し出るのは大変勇ましいですね……では、そろそろ頃合いでしょう。モイジ、貴方は我が軍の猛獣の血肉になって下さい」

 

モイジは強引に檻の中へと放り込まれ、そこで腹の空腹が満たされなかった猛獣の餌食となる。

足から順々に咀嚼音と共に激痛が走る。

その様子をアデムは愉悦を感じる様子で見守り、周りの征伐軍の兵士達は笑いながら酒を飲みながら楽しんでいる。

 

今、猛将として謳われた武将が、軍人としての誇りを奪われた末路を遂げようとしている。

モイジは、せめて妻子が無事に逃げ出せた事を喜ぶべきか。

それとも、このような最期を迎えることに嘆くべきか。

 

身体から力が抜けていき、床の上で抵抗する間もなく絶命する直前、彼の瞳に映った空には遠くから雲を引いている飛行体を目撃した。

 

モイジはその飛行体に見覚えがあった。

 

(あれは……大日本帝国の鉄竜か……?!)

 

マイハークに鉄竜が墜落し、その後に公都に別の鉄竜で乗り込んで、穀倉地帯の一部領有化などを行った転移国家。

 

公都の騎士団本部から魔導通信によってその存在を把握していたモイジは、一昨日クワ・トイネ公国の外交官らが日本との同盟締結に向けてマイハークから出港したニュースを思い出したのだ。

 

鉄竜が飛行し、ギムの上空を飛行しているという事は、同盟が締結されて状況把握のために鉄竜を飛ばしているのだろうと推測したのだ。

 

(では……日本が来てくれたのか……?ああ、なら……こいつらを倒せるかもしれない)

 

モイジは薄れていく意識の中で、自分達の受けた苦痛と悲劇を、クワ・トイネ公国と大日本帝国によって復讐をしてくれる事に、希望を抱いてモイジは死んだのだ。

そして、薄気味悪い笑みを浮かべているアデムに対して、モイジは最後に一言言い放った。

 

「次に地獄を見るのは貴様たちだ。私は先に地獄で待っているぞ……」



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第十九話

1963年6月15日午前9時

大日本帝国 帝都

 

ロウリア王国によるクワ・トイネ公国への軍事侵攻が始まって2日が経過し、大日本帝国陸海軍はこの世界において初の軍事行動を開始していた。

 

既にマイハーク沖に待機していた第一艦隊は、クワ・トイネ公国との同盟に則り、防衛のためにロウリア王国海軍4400隻の艦隊と交戦するために出航している。

 

また、航空基地からは引退したり予備機として保管されていたレシプロ機が次々と離陸しており、これはまだコンクリート舗装などがされていないクワ・トイネ公国の平地でも運用ができる機体として、キ84「疾風」や「震電」といった戦闘機を選んだのだ。

 

「連山」や「富嶽」といった爆撃機も離陸しており、マイハークを経由してこれらの航空機に使用する石油などが運搬され、城塞都市エジェイを日本軍の最前線基地として運用が開始されている。

 

日本国内でも、クワ・トイネ公国との同盟締結直後に、ロウリア王国による軍事侵攻のニュースが報じられ、ギムの町で発生した虐殺について知ることになったのである。

 

富嶽によって撮影された航空偵察写真には、町の至る所で虐殺が行われている現場が捉えられており、その中には魔獣を使って意図的に人を食わせている場面も映し出されたものまであった。

 

陸軍省では、これらの航空偵察写真を見て、ロウリア王国が意図的な虐殺を行っていることが明白となり、まさに中世のような軍規が存在しない野蛮人による暴虐の数々が明るみに出たのである。

 

そして、新聞やNHKを通じてテレビ・ラジオ放送でも、これらの虐殺現場を捉えた写真を公開し、同盟国であるクワ・トイネ公国で発生したロウリア王国軍による非人道的行為の数々が行われている事を強調されたのだ。

 

『これらの凄惨な現地の状況を鑑みても、クワ・トイネ公国の町において暴虐の限りを尽くしているロウリア王国を止めなければなりません。高木首相は、クワ・トイネ公国防衛のために第一艦隊や陸軍第7師団を派兵することを決定しました』

 

異世界……いや、惑星への転移という超常現象的に見舞われた日本の国民の多くが、ロウリア王国による行為は容認できるものではなかった。

 

少なくとも、大日本帝国は曲がりなりにも大東亜共栄圏の盟主という事を誇りに思っており、建前だったとしても民族の共存共栄を掲げていたのだ。

 

そうした共存共栄の最初の相手として選んだクワ・トイネ公国が、攻撃を受けたからには助太刀すべきとの声も多く、国民は首相と軍部の大陸への派兵を大いに賛同した。

 

横須賀、呉、佐世保といった大日本帝国海軍の主要な海軍基地に至っては、第七師団を輸送するための輸送船が次々と到着しており、その輸送船の中には戦車や装甲車、さらにはヘリコプターといった現代戦では欠かせない重装備の兵器が満載されている。

 

これらの師団の兵員及び兵器の多くはエジェイに向けて輸送されるが、まだクイラ王国からの石油資源採掘が間に合っていない関係上、石油に関しては国内の備蓄分から賄われており、石油を使う戦車や装甲車を使う部隊は限られている。

 

代わりに、航空機による援護を重視した作戦を陸軍省と軍令部が指揮しており、これらの作戦内容としてはクワ・トイネ公国に侵攻してきた地上部隊30万人を航空機による反復攻撃を行った後、疲弊したところを地上部隊を使って殲滅し、そのままロウリア王国の首都ジンハークへの逆侵攻を行うことが決定された。

 

軍部は新世界、及び魔法が存在する世界での戦いということもあり、容赦のない攻撃も兼ねて陸海軍の共同作戦が重要視されることになる。

 

クワ・トイネ公国を守る、そしてこの世界における初の戦いという事も兼ねて神世作戦と命名されたのであった。



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第二十話

1963年6月15日午後1時

ロデニウス沖

 

(これが……大日本帝国の鉄で出来た戦艦艦隊……まるで海上に複数の要塞が浮かんでいるようだ……)

 

YH-6ヘリコプターに搭乗しているクワ・トイネ公国の観戦武官であり、クワ・トイネ公国第二艦隊参謀のブルーアイは、大日本帝国海軍の圧倒的ともいえる海軍力を目の当たりにすることになった。

 

クワ・トイネ公国に砲門外交をしてきた相手だけに、その実力は確かであると確信できるだけの自信があったのだ。

 

かれこれ一週間以上もの間、マイハークの沖合に待機していた大和率いる第一艦隊は、主砲をマイハークではなく前方に移動させてロデニウス沖まで出港し、後方に待機していた大鳳型空母「大鳳」「祥鳳」と共に駆逐艦の護衛の元で輪形陣を維持している。

 

しかも、普通の船よりも遥かに速い速度で移動している事実を鑑みても、ブルーアイが有している海軍知識を覆すほどのものである。

 

(これほどまでに大型でありながら、陣形を崩さずに真っ直ぐ海上航行を行うのは難しい……にもかかわらず、波の影響を殆ど受けずに突き進んでいるだけでも恐ろしいものだ……)

 

当初は第二艦隊の総司令官であるパンカーレ提督が搭乗する予定ではあったが、万が一戦闘が発生した際に、艦隊の指揮官がいない状況ではまずいという事になり、作戦参謀のブルーアイが観戦武官として階級も適任という事になり、派遣されたのである。

 

並行して海上を航行している大和型戦艦「大和」「武蔵」の二隻の戦艦だけで全長は300メートルを超えており、護衛の駆逐艦に関しても100メートル以上になる大規模戦闘艦隊だ。

 

クワ・トイネ公国としても、今回の戦争による日本側の軍事面での調査を探るように言われていることもあり、彼は日本がどんな戦いをするのか、とても気になっているのである。

 

(これまで参謀として、各国の海軍能力を把握していたつもりではあったが……日本に関しては別格すぎる……パーパルディア皇国ですらこれ程の海軍力は持っていないだろう……)

 

YH-6は第一艦隊旗艦である大和の後部ヘリコプター甲板に着艦し、大和の水兵がブルーアイを大和の指令室まで案内したのである。

ブルーアイは指令室にいた司令官の伊藤と副官に敬礼する。

 

「クワ・トイネ公国より派遣されました第二艦隊参謀のブルーアイと申します。この度の武官派遣に際し、快諾してくださった事感謝しております」

「初めまして、私は第一艦隊の艦隊司令官を担っている伊藤です。こちらこそよろしくお願いします」

「大和艦長の海原です。早速ですが、クワ・トイネ公国側が入手しているロウリア王国の情報をお伝えしてもらってもよろしいでしょうか?」

 

ブルーアイは伊藤との挨拶を交わし、現在判明しているクワ・トイネ公国の戦況報告を行う。

 

魔導通信により、曲がりなりにも通信技術に関しては第一次から第二次大戦までの戦間期に匹敵する通信技術を有していたクワ・トイネ公国により、日本側よりも早く情報を得ることが出来ていたのである。

 

まず、ロウリア王国に潜入させている密偵やギムの町から退避した避難民からの情報を元に、ロウリア王国が陸上と海上からクワ・トイネ公国に殲滅戦を仕掛けていることを伝えた。

陸上で起こったギムの町の悲劇に関しても語られたのである。

 

「ロウリア王国軍は東方討伐軍を組織し、我が国を完全に滅ぼすべく軍事侵攻を開始しております。すでに国境の町として栄えていたギムの町は壊滅し、逃げ遅れた市民及び最後まで戦った軍人合わせて六千人以上が死亡しました……」

「六千人……その話は我々も耳にしております……痛ましい、それにギムの町のあらゆる場所で暴力と虐殺が行われた……」

「ロウリア王国による許し難い暴挙、それに加えて非戦闘員の虐殺を行っている件に関しては、我が国でも情報収集の一環で判明しております。貴国の国民と勇敢に戦った軍人の無念を晴らすためにも、同盟国として共に戦いましょう」

「……ありがとうございます」

 

ブルーアイは、少なくとも日本側が寄り添う姿勢を見せてくれたことで安堵した。

ただ、日本側も全く知らなかった訳ではなく、既に富嶽による航空偵察によってギムの町での惨状が判明していたこともあり、その惨状を知った第一艦隊の軍人たちはクワ・トイネ公国に同情的である。

 

ブルーアイは続けてロウリア王国がマイハークを包囲するために大船団を出航させている事も明かした。

 

「敵の海上戦力に関しては4400隻を率いている大艦隊です。飛竜に関しても地上から援護のために飛来してくるものと推測されております」

「4400隻……やはり偵察機が報告した数と同じですね」

「飛竜か……貴国の保有している飛竜と同じ種類ですか?」

「いいえ、ロウリア王国の飛竜に関しては列強国であるパーパルディア皇国からの軍事援助によって輸入されたものではないかと推測されます」

「うむ……では、先に飛来してくるであろう飛竜を片付けることを最優先したほうがいいな……艦長、主砲に対空砲弾の装填を行うのを優先してほしい。それから、全対空装置を稼働させて、万全の体制を執るように」

「はっ!総員、対空戦闘用意、及び一番砲塔と二番砲塔は対空砲弾の装填を実施せよ。各艦にも対空戦闘に備えるように指示を出せ!」

 

ブルーアイの報告を受けて、伊藤と海原はこの世界における初の戦闘に備えて各員に準備を行うように指示を出したのであった。




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第二十一話

1963年6月15日午後2時

ロデニウス沖

 

ロデニウス北沿岸を埋め尽くしていたのは、ロウリア王国海軍所属の東方征伐艦隊だ。

帆船4400隻という数は、実に壮観な光景であり、武装はともかくも大艦隊と称するに不足ない数であった。

 

しかし、この東方征伐艦隊は先程までは威勢よくクワ・トイネ公国海軍を蹴散らしてやろうと意気込んでいたものの、今ではその様な様子は見受けられない。

むしろ逆だ。

艦隊の端っこにいる船から逃げ出そうと必死になっているのだ。

 

「クソッ、あんなデカい鉄船となんざ勝ち目はないだろ!こっちは帆船なんだぞ!」

「あんなデカい船はパーパルディア皇国ですら見たことがない……それにあの轟音で飛竜が次々と……」

「畜生、これは悪い夢でも見ているのか!」

『総員、うろたえるな!全軍で突撃すれば勝機はある!魔導弾による再装填には時間が掛かる!その隙に突撃するのだ!』

 

東方討伐艦隊司令官を担っているシャークンは、逃げ出そうとしている船に向かって喝を入れて戻るように魔導通信を使って呼びかけている。

それぐらいに軍の統制が乱れてしまっているのだ。

 

(何という事だ……こんなハズでは……!)

 

シャークンは既に後悔していた。

せめて混戦に持ち込んでから飛竜を飛ばせば勝機はあったかもしれない。

しかし、海を揺るがすほどの轟音と共に放たれた日本側の攻撃により、そのすべてが吹き飛んだのである。

 

全ては30分前の行動に原因があった。

 

見慣れない鉄竜が耳を切り裂くような轟音をたてながら大艦隊の上空を飛来して、紙をばら撒いたのだ。

上質な紙であり、魔導書に使われるような質感であった。

 

鉄竜がばら撒いた紙には大陸共通語で文字が書かれており、そこには『クワ・トイネ公国の同盟国として、警告する。今から10分後までに、貴国の艦隊が進路を変えずに航行した場合、クワ・トイネ公国への侵略の意志があると見做し艦隊を殲滅する 大日本帝国海軍第一艦隊より』と書かれていた。

 

シャークンは、艦隊上空を飛来した鉄竜と、鉄竜からばら撒かれた紙の質感に驚きつつも、数では圧倒的に勝っており、下手な列強諸国が相手でも押し通せると考えたのだ。

 

前方の水平線には黒く、要塞のような船が薄っすらと浮かんでいるのをマストの見張り員が報告しているが、それでも距離から考えれば目視できる距離とはいえ、()()()()にいるのだ。

そこからは例えパーパルディア皇国の魔導砲を使っても届くことは無い。

 

(クワ・トイネ公国は最近東方の未知の国家と同盟を組んだそうだが……これがその大日本帝国というのか、それでも我々は4400隻もの大艦隊だ……負けるはずがない!それは明白な理だ!だが、万が一という事もある、先に飛竜で攻撃を加えておこう)

 

ジンハークの飛竜飛行場より飛竜を250騎出撃させ、前方の敵艦隊に向けて攻撃を開始したのだ。

250騎もの飛竜が征伐軍の上空を飛来した際には、各船から歓声が挙がり、士気高揚は最高潮に達した。

 

だが、攻撃のために接近した飛竜隊は、突如として前方の戦艦から放たれた砲撃によって空中で無数の肉片となって海に落下していったのである。

 

「おい、飛竜が一斉に落ちていくぞ!」

「何が起こった?!敵船からの魔力反応はあったか?!」

「いえ、何も反応はありません!ですが、代わりに飛竜たちからの反応が一斉に消失しました!」

「バカな……あれでも小国であれば屈服することが出来る程の数の飛竜なのだぞ!それが一発の砲撃で斃れる事があってたまるか……!」

 

遥か彼方にいるにも関わらず、ドーンという轟音が鳴ったと同時に、敵艦隊に向けて飛行していた飛竜が一斉に落下していく光景は、シャークンだけではなく征伐艦隊に衝撃を齎した。

 

たった一発の砲撃で、ロウリア王国軍が誇る飛竜隊が全滅したのだ。

それも1騎や2騎ではなく、250騎もの飛竜が一斉に音信不通になったのである。

まるで、支えていた糸が切れたように墜落し、海面に叩きつけられているのだ。

 

征伐軍から見れば、地獄としか言いようがない光景だ。

練度もあり、誇りある飛竜隊250騎が全滅などあってはならない事だ。

だが、目の前で起こった砲撃によって嫌でも現実に引き戻される。

 

そして、シャークンは混乱している艦隊に檄を飛ばして突撃命令を下す。

 

『総員傾聴!敵の砲撃は止んでいる。つまり再装填に長い時間が必要と言えるだろう。突撃するなら今が勝機だ!4400隻もの大艦隊であれば数で押し通せる!全軍突撃!』

 

飛竜が全滅しても、なおも進路を変えずに速度を速めて航行をしていた彼らを待っていたのは、無慈悲な攻撃であった。

相手が一発砲撃をするたびに、船団のどこかで大きな水柱と共に周りの船を巻き込んで爆沈する例が多発したのだ。

 

「うわーっ!……い、一撃で20隻もの船が沈みました!全員戦死!」

「畜生!こんなのって、こんなのってあんまりだ!」

「散開しろ!散開しないと攻撃でやられ……」

「駄目だ!逃げろ!こんな相手に敵うわけない!装備を放棄して撤退しろ!」

 

砲撃によって艦隊の一割が喪失した頃、先程の征伐艦隊の上空を飛来した同型の鉄竜による攻撃も開始された。

 

高速で接近し、数十機もの編隊を組みながら艦隊に対して攻撃が開始された。

 

ババババババ……という爆音と共に、船の船体やマストに大穴が開き、そこにいた不運な人間が肉片となって周囲に散乱する。

水兵たちが嘆く間もなく、船は10秒足らずで沈んでいく。

 

シャークンはその光景を見て愕然とし、次第に周りの船が沈んで木片と死体だらけになってようやく悟ったのだ。

 

(もう……これでは勝てない……撤退だ……)

 

しかし、シャークンが撤退命令を出そうとした瞬間、彼の乗っていた船に鉄竜からの攻撃が命中する。

轟音と共に鉄竜が通り過ぎた際に、船の船体が大きく傾いて、シャークンはそのまま海に放り出されてしまったのであった。

 

「シャークン海将の船が撃沈されたぞ!」

「くそっ、副司令官は何処にいる!?」

「分からん!もう誰が次の命令権を持っているのか分からない!」

「畜生!撤退!撤退しろ!」

 

司令官不在のまま、東方征伐艦隊は指揮系統命令が機能不全に陥り、1時間後の午後3時までに命からがら海域から撤退した150隻の船を除き、ロウリア王国軍の艦隊は海の藻屑となったのだ。

 

ロデニウス沖大海戦は、こうして幕を閉じた。

ロウリア王国海軍が再建出来ない程に甚大な損害を出したのに対し、大日本帝国側が被った被害はゼロであった。

 

海は木片と血で赤く塗られている




明日はお休みしたいです。感想お待ちしております。


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第二十二話

1963年6月15日午後4時

ロデニウス沖

 

「対空弾、発射準備完了しました!」

「目標……敵性航空飛行生物……大和の射程圏内に入りました!」

「コンピューターによる連動制御よし!いつでも発射できます!」

「一番砲塔……撃てっー!」

 

伊藤の号令により、戦艦大和と武蔵から放たれた46センチ砲による砲撃音は、艦橋にいたブルーアイの鼓膜を大きく揺らし、遠方にいても音の振動で海面が揺らいでいるのが確認できたのだ。

 

(なんだこの爆音は!想像していた以上の砲撃力だぞ!)

 

空気も振動しており、一発が伝説の魔導士でも成し得ないような力を秘めた砲撃音が鳴り響いている。

 

これほどの破壊力を持っている兵器はブルーアイの知識と魔導をもってしても、存在しないはずである。

 

しかし、ブルーアイが目の前で起こっている現象を見れば、日本が保有しているこの戦艦の主砲の威力を図る意味では重要な指標となる上に、クワ・トイネ公国と日本が戦争状態になってしまった場合には、この主砲によってマイハークの港は確実に木端微塵に吹き飛ぶことは確定である。

 

(海上ではまだ水柱が上がる……では、地上に向けて撃ったらどれだけの被害が出るか……想像もしたくないな……)

 

もし、外交交渉が決裂していた場合には、下手をすれば自分の頭上に大和と武蔵の砲弾が直撃していたかもしれない事を考えれば、背筋が凍る想いであった。

ここに来て、ブルーアイは改めてカナタ首相の政治的判断によって国が救われたのだと再認識したのである。

 

(もし……カナタ首相閣下の政治判断が誤っていたら……この主砲によってマイハークの海軍司令部諸共、私は木端微塵に吹き飛んだだろう……)

 

「目標命中!レーダーから消失!本艦隊に接近していた敵性航空飛行生物250体の排除を確認!対空弾により、すべて排除完了しました!」

「あれだけの密集体系では被弾もしやすい……ましてや、三式弾を改良してより対空防衛を重視し、拡散力を強化したものであれば、生身の生き物で防げるものはない」

「本来は戦闘機などの航空機を撃墜するために開発されましたからな……飛竜に多少の防弾能力があったとしても、防げることは無理でしょうね」

「あれでは空中に標的を浮かばせているようなものだ。それに縦ではなく横と奥に密集していれば、尚更被弾を防ぐのは無理だ。ロウリア王国軍は我々を甘く見くびっているな」

 

伊藤と海原は、まるで演習に参加したように敵のロウリア王国軍の飛竜に対する感想をあっさりと述べていたが、それを隣で聞いていたブルーアイは、完全に固まってしまっていた。

 

(250騎もの飛竜に動じるどころか……あれを()()だと思っているのか……彼らにとって、飛竜はただの的なのか……?!たった一度の砲撃で……250騎もの飛竜が消し飛んだのか……)

 

戦艦による砲撃ですら、ブルーアイには信じ難い戦果をこの時点で挙げているが、さらに驚くべきは榴弾に切り替えてから東方征伐艦隊に向けて砲撃を開始したのだ。

進路を変更せずに突撃を敢行してくる東方征伐艦隊。

 

しかし、大和と武蔵が砲撃を放つたびに、水面から水柱が噴き上がり、木片が飛び上がるのがブルーアイの目に映る。

それも海底火山が噴火したみたいに、一発一発の砲撃によって海面に着弾するたびに、爆音と轟音が反響して聞こえてくるのだ。

 

(これは……これではまるで一方的な蹂躙!……4400隻もの大艦隊を一方的に殴りつけている!まさに圧倒的な力で数に勝るロウリア王国海軍を叩き潰しているんだ!)

 

ブルーアイの表現は的確なものであった。

大和と武蔵が一発の榴弾が着弾するたびに、東方征伐艦隊の船団が50隻以上を巻き添えにして爆風と高波によって無力化していく。

榴弾が直撃した船は、船員諸共跡形もなく吹き飛び、半径300メートルにいた船は高波と横波によって船体が破損し、爆発の衝撃で発生した水柱と濁流に巻き添えを喰らって沈んでいく。

 

遠距離からの攻撃による一方的な蹂躙となっているのだ。

そして、その蹂躙は留まることを知らない。

 

大和と武蔵は10分間の間に30発以上の砲弾を東方征伐艦隊に浴びせた後、大鳳と祥鳳に搭載していた艦上ジェット式攻撃機「青龍」による攻撃が開始されたのだ。

 

60機の青龍に搭載されているのは20mm機関砲と600kg爆弾であり、これらの完全武装した状態で、大和と武蔵による砲撃から逃れた船を次々と攻撃していく。

 

20mm機関砲を食らった船は、瞬く間に沈んでいき、艦隊の中継局を担っている魔導誘導船などは優先的に爆弾が投下される。

 

飛竜という、ロウリア軍の対空戦闘用の兵器が消失した中では、速度の出ない帆船やガレー船などは攻撃機の的でしかない。

 

これらの波状攻撃によってロウリア王国海軍は1時間も経たずに壊滅し、ブルーアイが目の当たりにしたのは、壮絶な戦闘の傷跡であった。

 

東方征伐艦隊がいた海域には、瓦礫と木片が散乱し、肉片などが千切れて浮かんでいる水兵の死体があちこちで浮かんでいる。

辛うじて息のある者だけが降伏の意図を示す白布を掲げていた為、これらの生存者を第一艦隊は捕虜として救助し、収監させたのである。

 

「これは……全て、ロウリア王国海軍の残骸ですか……」

「我々の攻撃により、もはやロウリア王国海軍は組織的な抵抗は出来ないだろう。木造の帆船ともなれば、大和の砲撃に直接当たらなくても、爆風で船体が崩壊しますからね」

「それに、青龍によって大和と武蔵が撃ち漏らした船体は粉々になった事でしょう。今回の戦闘では全機出撃させ、反復攻撃も行いましたので、それだけの戦果はあったと思います」

「ふむ……これだけの数の戦闘艦を沈めたとなれば、ロウリア王国軍は再建も困難でしょう」

「あとは、捕虜からの情報収集ですな……それに関しては憲兵隊の管轄下になりますので、我々としては彼らの身柄引き渡しの為に、大鳳の輸送ヘリをマイハークに飛ばしましょう。ブルーアイ殿、調整をお願いできますでしょうか?」

「は、はい……私からも進言して調整を行いたいと存じます」

「……何としてでもロウリア軍の戦力が気になるな……我が国の勝利で終わったとはいえ、後は陸さんの仕事だ……生存者を救出後、一旦那覇で補給を済ませてから再びロウリア王国の本土進攻に向けた陸軍との調整を済ませたい」

 

ここに、ロデニウス沖大海戦は大日本帝国海軍の勝利によって幕を閉じた。

 

4400隻もの大艦隊は150隻を残して壊滅し、生存者及び捕虜になった者は180名。

その中には艦隊司令官であるシャークンの姿もあり、彼の身元はマイハークへと送られた。

 

ブルーアイは、今回の大海戦の結果を粛々と調査報告書としてまとめて、政治部に対して報告するのであった。

 

それは、あまりにも恐ろしい戦果の報告内容であった事もあり、政治部で紛糾したのであった……。

 




政治部「この大海戦の結果マジでなんなの?日本側全然傷一つすらついていないとか、こんな相手勝ち目ないじゃん!」


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第二十三話

1963年6月15日午後9時

大日本帝国 首相官邸

 

「閣下、第一艦隊が敵ロウリア王国海軍を撃滅し、ロデニウス沖の安全を確保したとのことです」

「おお、それは良い知らせだ。これで陸軍の輸送船を安全に運べるな……」

「はい、明後日には第七師団の輸送が開始されます。陸路でギムの町を奪還する部隊と、ロウリア王国の北の港に強襲上陸を行う部隊に分かれて、それぞれクワ・トイネ公国の領土奪還と、ロウリア王国への逆侵攻が可能になりました」

「うむ、伊藤さんには大変よくやったと言っておいておくれ」

 

高木は部下からロデニウス沖にて、ロウリア王国海軍のほぼ全ての海軍戦力を撃滅したとの報告を受けて、まずは一勝したことに安堵した。

 

NHKのテレビジョン放送でも、海戦戦果報告が発表され、とてつもない数のロウリア王国海軍の海上戦力を撃滅したというニュースは、転移してから低迷していた日本経済と落ち込んでいた日本国民を勇気づける内容でもあった。

 

帆船とはいえ、4250隻もの敵の大船団を海軍が撃沈したという話は後にも先にも聞いたことが無い空前絶後の大戦果であった為、多くの国民はその戦果報告が本当なのかと疑う者も出た程だ。

翌日の新聞には、きちんと軍令部で認可された写真が掲載されており、木片が大量に散乱している海上に浮かぶ戦艦大和と武蔵、護衛の駆逐艦が航行している様子が映し出されたことで、納得したのであった。

 

ただ、高木を含めた政府上層部や軍部にとってこの大海戦の結果は、帝国軍の方向性を決める戦いでもあったのだ。

 

理由としては国交を樹立したクワ・トイネ公国及びクイラ王国から「魔法」という幻想小説に登場しそうな方法を使い、遅れをとっている科学力をカバーしている事を聞かされた為、ロウリア王国軍が魔法による攻撃をしてくるのではないかと警戒していたのである。

 

だが、大和と武蔵による対空弾による攻撃によって一撃で250もの飛竜隊が全滅し、さらに46センチ砲による榴弾攻撃と、空母からの攻撃機の活躍で、東方征伐艦隊を無力化することに成功したのだ。

 

長年培ってきた実弾攻撃が有効であると確信した高木は、次の戦いのための一手を投じるために、陸上戦力で装甲師団を保有している第七師団の投入を決定したのである。

 

指揮官はロサンゼルスオリンピックにて馬術競技で金メダルを獲得したこともある西*1将軍だ。

 

「第七師団……か、昭南島の戦いと、マダガスカル共和国の独立戦争にも介入した精鋭部隊だ。それに西将軍が指揮しているのであれば、彼らならきっとやってくれるだろう」

 

西将軍が指揮しているということもあり、高木には安心して政治に集中することができるのだ。

効果的な戦車部隊の運用や、ヘリコプターを駆使した機動的兵員輸送などの考案などを行っていた西の戦略を高く評価していたのである。

 

ロサンゼルスオリンピックで軍人として出場し、金メダルを獲得したことから国民からの知名度も高く、また華族出身でもあったことからバロン西の愛称で親しまれていた彼を慕っている国民も多くいる。

 

(とはいえ……海上での戦闘は上手くいっても、陸上では苦戦するかもしれん。念には念を入れよ……西将軍と通信で話を取り付けておくか……)

 

高木は念には念を入れる為、時間調整を行ってから西との通話を試みたのだ。

 

西も電話の相手が高木自ら掛けているのを知ると、高木からの質問などにしっかりと受け答えをした上で、今後の作戦について高木に説明したのである。

 

「高木首相閣下が仰っている"魔法"に対しては、明日クワ・トイネ公国より魔導士の方々を呼んでもらい、どのような攻撃が想定されるのかを検証しているところです。陸軍としても、あのような幻想小説や漫画に出てくるような術が扱えるとは思えませんでしたよ……」

「どうやら、この世界では魔法というものが日常的に使われていることもあり、本来であれば中世時代の科学力でも、魔法の力によって近世時代までの技術力を誇れる世界のようだからな……」

「ええ、だからこそ検証は必要不可欠です。もしかしたら魔法によって戦車などを無力化できる術を掛けてくる可能性がある以上は、対策を講じる必要があるのは必然ですからね」

 

魔法は馴染みのないものであった。

空想上ないし、おとぎ話や漫画などにしか登場しないものであると思っていたからだ。

しかし、運用次第では現代の武器や兵器にも匹敵する実力もあり得る攻撃手段があるとして、高木は西に兵士達にも徹底させるように促した。

 

「あくまでも、これは仮定の話ではあるが……魔法が飛びぬけて上手く扱える者にとって、戦車の主砲に匹敵する攻撃を行うかもしれない……西将軍、今一度全部隊に魔法に関する指導を行ってもらえないか?」

「分かりました。私のほうから兵士達に指導いたします。恐らく彼らも魔法を見た者はいないでしょうし、理解することが重要ですからね……」

 

高木と西は、魔法に関する脅威について取り組むことになる。

同時に、クワ・トイネ公国の日本大使館にいる田中に対しても、魔法に関する資料を集めるように伝え、従来の軍事戦闘訓練だけではなく対魔法対策なども執り行うことになったのであった。

*1
史実では硫黄島の戦いにて戦死した軍人であり、彼がオリンピックで金メダルを獲った時に一緒に戦った愛馬も、西が戦死したのを悟ったかのように同じ時期に息を引き取った事でも有名である。TNOでは戦死せずに将軍として存命しており、クーデターイベントでも登場する



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第二十四話

祝:Hoi4公式日本語対応記念


1963年6月15日午後10時

クワ・トイネ公国 政治部会 蓮の庭園

 

政治部会にとって、夜遅くまで部会での議論や討論を行うということは大変珍しい事であった。

しかし、それほどまでに政治部会において大日本帝国海軍によるロウリア王国海軍東方征伐艦隊の殲滅結果は想像を絶するものであった。

 

4400隻もの大船団と250騎もの飛竜が、一方的に蹂躙されて大日本帝国海軍側の損害が無傷であったことが、この戦闘において異質であり、異常な戦果報告であったことから、第一艦隊旗艦大和に乗艦した観戦武官であるブルーアイへの質疑応答がひっきりなしに行われたのだ。

 

「では何かね……あれだけの大船団が日本側の攻撃によって壊滅したというのかね?」

「はい、間違いなく……この目で確認し、戦闘結果報告に関しましても、レポートに書いてある通りです」

「大和の主砲から砲弾が発射されてから約30秒で250騎もの密集していた飛竜を一撃で仕留めたと書かれているが……本当にこれだけ殲滅できたのか?」

「はい、主砲を切り替える際に対空弾を使用しておりました。さらに、1発の砲弾を装填から発射までに約30秒ほどしか掛からなかったこともあり、威力を踏まえても相当な脅威であると存じます」

 

ブルーアイの報告は、まさに異常なほどの威力を有していた砲弾と、その威力である。

どんなに密集体系で固まっていた飛竜をファイヤーボール等の魔法攻撃によって撃墜できたとしても、せいぜい5騎に当たれば大の字なのだ。

 

それが一撃で250騎もの飛竜隊が全滅するという報告は、まさに恐るべき攻撃としか言いようがない。

 

対空弾を使用した結果について語るだけで50分以上の時間が過ぎていき、次に4400隻もの大船団が壊滅した報告もブルーアイとのやり取りを行っていた。

 

「では……船団が壊滅した際の報告を聞かせてもらってもよろしいですか?」

「はっ、まず大和による榴弾攻撃によって一発放つたびに30隻以上もの船が水柱と共に砕け散り、空母から放たれた鉄竜による攻撃によって大和の攻撃から逃れた船も、容赦なく沈んでいきました……まるで海底火山が噴火した中を突き進んで爆発したような感じに船がバラバラになっていくのです」

 

船団の殲滅は徹底して行われたこともあり、ロウリア王国海軍の損害は凄まじいものとなっていた。

 

大和と武蔵による46センチ砲の艦砲射撃は、木造で作られたガレー船などは爆風による風圧だけで壊れていき、大勢の船を巻き込んで海面で砕け散っていく。

 

着弾地点の至近距離にいた者は肉片となり、離れていても風圧で飛んできた瓦礫に当たって死亡する者も多かった。

 

30発もの榴弾による攻撃により、この時点で全船団の3分の1が沈没ないし何らかの損傷を受けている状態であったのだ。

 

艦砲射撃で既に指揮統制が大混乱を来していた中で、艦上攻撃機による機関砲と航空爆弾による攻撃で東方征伐艦隊は瞬く間に船が沈み、海からは巨大な水柱が吹き上がる。

 

助けを呼んでも、降伏旗である白旗を掲げている船は無かったことから、戦線を離脱した船団の最後尾にいた150隻を除いて、すべて日本側の一方的な攻撃で沈んだのだ。

 

まさに蹂躙であった。

 

障壁もなく、いとも簡単に踏みつけていく。

 

250騎もの飛竜隊も、4400隻もの大船団も……全てが魔導を使わない方法で進化を遂げた軍事技術によって蹂躙されていく……。

 

ブルーアイの説明からすれば、地面に群がっている蟻を、足で踏みつけていくような光景だったという。

 

日本側も、今回の戦闘が『この世界にやってくる前の軍事演習と同じぐらいか、それよりも簡単な戦いであった』と述べていたことも話した際、政治部会の面々は一斉に言葉を詰まらせたのだ。

 

「……あれだけの戦果を挙げておきながら演習と同じ程度だった……だと?」

「この世界にやってくる前はどのような戦いをしていたのだねあの国は……まるで国家そのものが戦いに慣れているみたいではないか……」

「仰る通りです……私も伊藤将軍に話を伺ったところ、かの大日本帝国は世界最大の人口を抱えていた国家であり、傀儡国家を含めると10億人規模の人口と、世界第二位の経済力を有していた国家だったそうです……それも大東亜共栄圏という陣営の盟主だったそうです」

「じゅうおく……人?以前一億人もいると聞いていたが、これは間違いではないのか?」

「いえ、一億人という数値は転移してきた大日本帝国本土にいる人口だけであり。残りの九億人に関しては元の世界の植民地や傀儡国家にいるといっておりました」

 

10億人規模の国家群を有する超大国……。

そして、経済力でもかつての世界では二位であったという事実を踏まえれば、日本側が強気な姿勢で望んでいたのかをカナタ首相は理解した。

 

それだけの経済力を生み出す人口と基礎工業力を有しているからであり、本土以外を消失したとしても、国内に多くの生産施設が稼働している為だ。

さらに、ブルーアイは大日本帝国が軍事国家としての地位を確立した経緯についても伊藤将軍から聞いた話を、政治部会の面々に伝えた。

 

「また彼らの世界では18年前まで世界規模の大戦を経験しており、その際に培った軍事的技術は未だに改良を続けて健在であるとのことです……そして、世界では日本以外にもドイツ、アメリカといった国家と対立し、戦争に備えていたとも語っておりました」

「……過去に大戦を経験し、その後は他の超大国との間にナイフを突き付けているような状態のまま、常に数百万人もの軍人が全面戦争に備えていた武装国家でもあったというわけですか……」

 

政治部会のメンバーの間には、その報告を聞いて冷や汗を掻いている者が多くいた。

その多くが政治部会でも日本のやり方について異議を唱えてカナタ首相に対して、強硬姿勢を貫くようにと言っていた者達だ。

 

日本がその気になれば有無を言わずにクワ・トイネ公国を武力制圧することなど容易く行えてしまう国家である事も知ったのだ。

 

帝国と名乗る事が許される程の超大国国家の盟主であった事、そして百万人規模の動員など容易く行えるほどの国家であった事。

 

根本的にクワ・トイネ公国の歩んできた歴史からは想像もつかないような社会構造をしていたのである。

 

政治部会は、ブルーアイの報告を聞き終えた後、各々が背筋が凍る想いをしながら日本主導の軍事作戦プランの全面的な受け入れと、ブルーアイのまとめたロデニウス沖大海戦の詳細をまとめた最終報告書を機密文書に指定し、カナタ首相の認可を取り付けて終了したのである。

 

太陽の化物



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第二十五話

1963年6月16日午後1時

ロウリア王国 王都ジンハーク

 

ロウリア王国軍がパーパルディア皇国から屈辱的とも思えるような条件を呑んで建設された文明圏外でも最大規模を誇る東方征伐艦隊と250騎もの飛竜隊が、ロデニウス沖にてクワ・トイネ公国と同盟を結んだ大日本帝国の海軍と交戦し、成すすべなく一方的に敗北したという報は、ロウリア王国にて大きな衝撃をもたらした。

 

いくら非文明圏と言われていても、飛竜にかんしては中小国の飛竜を蹴散らすほどの数を有し、海軍に至っては4400隻という大船団を有していたこともあり、魔導砲などを保有している列強国のパーパルディア皇国でも決して無傷では済まされない規模の大船団だ。

 

それが一方的に砲撃を受けて壊滅させられただけではなく、逃げおおせた150隻を除いて全滅したという話が伝わるや否や、上層部は大騒ぎとなったのである。

第一報を聞いたパタジン将軍は、その報告が間違っていないかチェックするために、宰相であるマオスと情報収集を行ったのだ。

 

「い、いくら何でも250騎の飛竜と、4250隻もの船が1時間で沈んだというのは何かの間違いではないのかね?一方的にやられて数百隻を失ったというのならまだ分かるが……」

「帰還した船団は北の港まで戻ってきましたが、搭乗員はほぼ全員が錯乱しております。ヤミレイ氏ら王宮主席魔導師らが沈静魔法を行ってようやく落ち着きましたが……取り調べでもかなり怖がって話しておりましたぞ」

「では……シャークン海将を含めた東方征伐艦隊は"壊滅"したという認識を持たなければならないな……何という事だ……」

 

パタジン将軍の顔色は悪い。

何故ならこの大海戦で、ロウリア王国海軍が再建出来ない程の致命的損害を被ったことを、国王であるハーク・ロウリア34世に報告しなければならないからだ。

 

国王は滅多な事では怒ることはないが、そうであったとしてもパーパルディア皇国から莫大な資金と資源を融通してもらって建設にこぎ着けた飛竜隊と大船団がたったの一時間程で全滅するというあってはならないような事態が生じた事を説明も交えて報告する義務があるのだ。

 

大海戦における当事者であるシャークン海将が行方不明となってしまっている以上、事の詳細をしっかりと整理した上で報告を行わなければならない。

パタジンは、水兵らから魔法を使って情報を聞きだしたヤミレイが王都に帰還したのを見計らい、ジンハーク城の中でも防音性に優れた密室で、宰相のマオスと会議を行ったのだ。

 

「ヤミレイ殿、東方征伐艦隊の水兵たちの状況はどうでしたか?」

「いやはや……あれほどまでに恐ろしい状況はないの……水兵たちは恐怖のあまり、錯乱しておったわ……耳を掻きむしって血を流しても砲撃音が耳から離れないと泣きながら喚いていた水兵の数は数十名以上おったわ……あれほどまでに酷い現場は早々ない……」

 

ヤミレイは憔悴した様子で答えていた。

 

魔導士である彼が目撃したのは、赤子のように泣き叫び、大海戦の末に精神までもおかしくなってしまった兵士達の姿である。

 

医師ではなく優秀な魔導士として勤めていた彼にとって、今回の現場は精神医療が必要なほどに、凄惨たる状況であったことから、彼自身にとってもこれはただならぬ事態であると同時に、兵士達をここまで追い詰めてしまう事態が発生したことは揺るぎない事実であった。

 

「他の魔導士も治療を行い……比較的話が出来る者と大海戦の結果を聞き取り調査をしたが、まさに一方的にやられたとしか言いようがない戦いであったわ……このヤミレイにしても、兵士達が語るような技術力や魔導研究が進んでいる国家など聞いたことが無い……」

「それは……例のクワ・トイネ公国と同盟を結んだ大日本帝国という国家ですね」

「ああ、どうやらその大日本帝国の海軍艦艇より攻撃を受けたらしい……最初に飛竜隊が攻撃を受けて一撃で全滅し、さらにその後は遠く離れた場所から相手の砲撃が一方的に受け、鉄で出来た竜による攻撃も加わった結果、東方征伐艦隊は蹂躙されたようだ……一矢報いることも出来ずにな……」

 

もはや、戦いといっても一方的なものであり、赤子を大人が絞殺すような状況であったという。

爆音と同時に水柱が上がり、周辺の船まで巻き込んで沈んでいく光景は、悪夢としか言いようがない。

 

さらに、シャークン海将が搭乗していた船が沈むと同時に、船団の魔導通信を担っていた船も、鉄竜によって爆弾を投下されて沈められてしまい、連携が取れずに各々が逃げ出したという。

 

「相手の船が一発砲撃をするたびに30隻以上の船が沈められて辺り一面が大きな水柱と共に破壊されたそうだ……」

「一発で30隻……?!いや、パーパルディア皇国の魔導砲による攻撃でも一発では密集していたとしてもせいぜい3隻ぐらいが関の山でしょう?!30隻以上が一発で撃沈されたのですか?!」

「本人たちはそうだと言っておる……それに、シャークン海将が行方不明……恐らく戦死した事を考えるに、敵の海軍力は強靭だ……」

 

戦況報告は、ロウリア王国にとって悪夢としか言いようがない結果だ。

ただでさえ、これほどの損害を出したからには国王に説明をしなければならない。

しかし、あまりにも荒唐無稽のような内容であったことから、報告を行うことに慎重を要したのだ。

 

「分かった。直ちに報告書をまとめて大王様にご報告しましょう」

 

パタジンはヤミレイから渡された生存者の状況報告書を見て、嘘偽りなく午後8時までに国王であるハーク・ロウリア34世の元に報告を行う。

しかしながら、そのあまりにも凄まじい損害と被害状況を知ったロウリア34世は、叱責をするというよりも、本当にその報告が正しいものなのか再調査をするように命じたのである。

そして、パタジンが退室した後に王座に座り、恐ろしい怪物を相手にしているのではないかと想像し、ガタガタと身体が震えはじめたのである。

 

恐怖



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第二十六話

しばらく不定期更新になりますが、よろしくお願いいたします。

また、TNO公式より次回のアップデート情報を確認したところ、日本に関する情報が更新された際、大和型戦艦の艦名が変更された為、大和型戦艦「出雲」「駿河」から「紀伊」「信濃」に艦名変更しました。


中央暦1639年/西暦1963年6月17日午後1時

ロウリア王国 北の港

 

北の港は極めて静かであった。

先のロデニウス沖大海戦の結果、敵に一矢報いる事なく一方的に嬲り殺しにされたロウリア王国海軍の残存船団が集結していたのだ。

 

首都のジン・ハークにほど近いこの港は経済的にもロウリア王国の貿易路を担う最重要拠点であったこともあり、厳重な警備体制が敷かれていた。

 

警戒中の兵士は、哨戒中の飛竜を含めてピリピリとした空気が張り詰めている。

シャークン海将の後任となったホエイル海将は、港に停泊している水兵に対しても、最大限の警戒態勢に臨み、少しでも異変があれば逐一報告を入れるようにとの指示があったのだ。

 

とはいえ、大海戦の結果を聞いた者達の多くが、この文明圏外の戦争における常識外れな結果だったことから、嵐に遭遇して船団が壊滅したのではないかと思い、ホエイル海将の言葉は話半分として聞いていただけであった。

 

「それにしてもよぉ、一発の砲撃で飛竜が全騎撃墜されたり、30隻以上の船を巻き込むような魔導兵器による攻撃なんて聞いたことねぇぜ」

「きっと巨大な嵐にでも遭遇して大損害を被ったのを隠すために過大に言っているに違いないさ……」

「かもなぁ……あ~っ……それにしても暇だなぁ……」

「全く……おい、北東の空から何か近づいてこないか?」

 

休憩時間の際に、二人の水兵が見張り塔で束の間の雑談をしている最中、ふと、一人の水兵の視界に遠くの空から何かが近づいているのが見えた。

彼は目が良かったこともあり、見間違いではないことを確認すると、単眼鏡を除いて確認を行ったのだ。

 

「ん?何処だ?」

「ほら、あの空の上……飛竜にしてはデカすぎないか?」

「……言われてみれば確かになぁ……念のため報告するか?」

「そうだな、海軍本部に繋いで……って、なんだありゃ!スゴイ数がこっちにやって来ているぞ!」

「いけねぇ!すぐに本部に報告だ!」

 

最初は黒い点のようなものが見え、それが一分も経たずに50以上もの飛行物体が接近してくるのを確認したのだ。

水兵は慌てて魔導通信を用いて、海軍本部へと連絡を行う。

 

「海軍本部、応答願います!こちら第四監視塔、正体不明の飛行物体が接近中!繰り返す、正体不明の飛行物体が接近中!」

「こちら海軍本部、飛行物体の数は把握できるか?」

「こちら第四監視塔、飛行物体の数は50以上です!どれも飛竜ではないですが、まるで鉄で出来ているような光沢があります!」

「くそっ、シャークン海将がやられたあの日本の鉄竜の話は本当だったか!総員!臨戦態勢を……」

 

海軍本部で臨戦態勢を行う通信を行おうとした時、北の港の運命は既に決していた。

空母大鳳と祥鳳から発艦した艦上ジェット攻撃機「青龍」による攻撃が開始されたからである。

 

船団を攻撃した時と、同じ武装を行っていた飛竜は、ジェット攻撃機特有の耳を切り裂くような爆音を奏でながら、北の港の海軍基地を地獄へと変貌させたのである。

 

搭載されている20mm機関砲の掃射によって、港に停泊していた船舶には大きな穴が無数に開き、数分で船が沈んでいくのだ。

 

さらに、上陸する日本陸軍の支援のために、障壁となる高層建築物や、クワ・トイネ公国が潜伏させている密偵からの情報を頼りに、対空防衛陣地と軍事施設を中心に600kg爆弾を次々と投下している。

 

北の港の守りをしていた者達にとって、僅か数分で突然前触れもなく攻撃を受けたという事実は受け入れがたいものであり、同時に戦闘に対応しようとするも一方的に攻撃されている状況では、魔導通信から聞こえるのは味方の悲鳴と断絶魔であった。

 

「敵の魔導兵器で一気に魔導通信船が沈みました!ああっ!また沈んでいく!」

「畜生!退避すら間に合わない!総員退避!船から飛び降りろ!奴らの攻撃で身体を裂かれたくはない!」

「海軍本部!海軍本部!どうすれば良いのですか?!応答を……」

「ああっ、魔石保管庫が攻撃で爆発しました!飛竜用の魔石が……」

「くそっ、これでは成すべきことも出来ぬまま一方的に蹂躙されるだけか……」

 

ホエイル海将は、海軍本部から出る間もなく、自分が指揮すべき150隻の船団が全滅していくのをただ見ているしかなかった。

僅か10分の間に、第一艦隊より発艦した攻撃機によって北の港は守るべき軍事機能を喪失し、海軍本部ではホエイル海将が陸上戦力を率いて後退を余儀なくされた。

 

高高度偵察任務を行った富嶽より得られた航空写真から、ロウリア王国海軍の残存艦隊の数と、主要な対空防衛兵器のある場所を割り出したのだ。

 

飛竜に関しては低空かつ低速では戦闘ヘリコプターでも十分脅威になり得る敵であることから、4機の富嶽による首都近郊の飛竜を管轄する竜騎士団の基地にも爆撃を敢行したのである。

 

「王都にも敵が侵攻してきたのか!警備兵はなにをしていた!」

「畜生!炎魔法で空から攻撃してきているぞ!早く飛竜を連れて上空に退避しろ!」

「熱い!熱いよぉ!」

「助けてくれ!息が出来ないッ!」

「一人でも多く脱出しろ!うわあああああっ!」

 

無数の焼夷弾による爆撃が完了し、騎士団が有していた魔石保管庫も大爆発を起こし、竜騎士団の大部分が戦う間もなく焼夷弾の炎で焼かれたのだ。

 

真っ先にロウリア王国本土を襲撃をした日本軍は、対空防衛兵器及び竜騎士団本部を優先的に破壊すると、それを合図に陸軍の輸送船から上陸用舟艇が出発、第七師団の戦車部隊が北の港に突入し、瞬く間に散兵を蹴散らしながら北の港を占領した。

 

この時に掛かった時間は僅か2時間足らずであり、陸軍の中でも迅速にロウリア王国の重要拠点を制圧したのである。

 

本拠地であり、首都ジン・ハークまで一直線に進むことが出来る主要港湾都市を確保したことにより、もぬけの殻となったロウリア王国海軍本部には日章旗が掲げられたのであった。

 

誉れの日章旗



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第二十七話

中央暦1639年/西暦1963年6月18日午前6時

ロウリア王国軍占領地域 ギム

 

ロウリア王国軍東方征伐軍によって狩りつくされたギムの町は、静かであった。

お遊びも兼ねて、亜人の女性たちに乱暴をした後に奴隷とするためにロウリア王国に連れていかれたり、スパイ疑惑のある住民を槍で突き刺す遊びもしていたが、住民はすでにこの街から去っていった。

 

今、この街にはロウリア王国の中でも反亜人派の思想が強い者達が集まっており、亜人に対する暴力を推奨しているような連中だ。

 

彼らはエジェイ攻略のために、民兵や恩赦によって囚人が兵役に就いている者を含めた5万人規模の兵士が集結している。

 

質はともかく、規模としては陸上戦力の中でも最大規模だ。

 

そんな中、パンドール将軍率いる軍勢が攻略開始の命令を今か今かと待ち構えている状況であった。

 

「騎兵隊の奴ら、エジェイへの偵察任務ついでに獲物を横取りしているんじゃねーのか?」

「ハハハ、そうだとしても俺たちが遊ぶ用の女ぐらいは残しているだろう。あいつらは東部諸侯団の中でも気性が激しいけど、その分勇敢に突撃していくじゃないか!」

「ただ単に下半身が性欲の塊なだけだろ?それにしてもこんな朝早くから臨時の会議とは……上で何かあったのかな?」

「……あのアデムが険しい表情で司令部に入っていったから、きっと何かヤバイ事があったのは間違いないと思うぞ……」

「うへぇ……あの人、機嫌が悪いと俺たちにも八つ当たりしてくるからな……」

 

司令部での会議は珍しいものではない。

軍隊において作戦遂行を成し遂げるためには、日曜日も関係ないのだから。

 

だが、パンドール将軍や副将でサディストな指揮官のアデムが血相を変えた様相で司令部に赴いている様子を見た兵士は、何か悪い事が起こったのだと直感で悟ったのである。

 

司令部には作戦遂行に欠かせない参謀長や東部諸侯団の面々を加えた上で、現在ロウリア王国で起こった状況を整理をしている最中であった。

 

「参謀長、皆に状況を報告したまえ……」

「はい、ロウリア王国本土が日本からの攻撃を受けており、北の港が制圧され敵が攻めてきたという第一報が入ってきました……」

「なんと?!北の港が奪われたのですか?!」

「まさか……海軍の本部がある重要拠点ですよ?!防衛だってしっかりやっていたはずでは……」

「海軍本部は砲撃を受けて壊滅、ロデニウス沖海戦で生き残った残存船団も全て沈められたそうだ……」

 

指揮官たちは北の港がクワ・トイネ公国の同盟国である日本に武力制圧されたと知ると、一斉に驚いた表情を浮かべている。

 

アデムに至っては信じられない程に目と口を大きく開けて呆然としている様子であった。

 

これから東部諸侯団が先遣隊としてエジェイ攻略に向かおうとしていた矢先の出来事だけに、本国の重要拠点があっという間に制圧されたことを認識するのに時間を要したのだ。

 

「……失礼ですが……北の港は王都と同様に竜騎士団の防空識別圏だったはずですが……竜騎士団はどうなったのですか?」

 

しばしの沈黙の後に魔導士のワッシューナは手を挙げて、本国が防衛用として首都を拠点に北の港を防衛するために待機させている竜騎士団の安否を参謀長に尋ねた。

 

参謀長は首を横に振って力なく答える。

 

「……残念ながら竜騎士団の大半は戦死した。北の港が攻撃を受けた時刻とほぼ同時に突如空から火炎魔法のような攻撃が降り注ぎ、王都の竜騎士団の本部は破壊された……王都防衛用の飛竜は5体を除いて全滅だそうだ……」

 

北の港の制圧、王都の竜騎士団の全滅……。

これだけでも悪い話ではあったが、事態は更にロウリア王国にとって悪い方向に転がっていたのである。

パンドール将軍が次に口にしたのは、東方征伐軍に関する事であった。

 

「国王陛下は、王都での決戦に備えて各地から兵を集めている。40万人の諸侯軍に動員令を出した。我々は本国の軍隊が北の港に敵を釘付けにしている間に、可及的速やかにエジェイ、可能であれば公都への攻略を行う必要があるのだ」

 

エジェイだけではなく、公都を占領しなければ北の港を軍事的に制圧されている現状では和平交渉を行っても蹴散らされるだけだ。

現に、海軍は行動可能な船舶が民間用の漁船しか残されていない上に、王都の防空機能も喪失している状態に等しい。

 

「海軍は陸上戦力を除いて全滅、王都防空すらままならない状態では、ジン・ハークの防衛すらままならない。政治的にも決着を付けるには、エジェイを陥落させておくしかない。これはロウリア陛下の勅命でもあるのだ」

 

このような状況では、どうあがいても戦略的敗北は決定的であり、せめて講和条約を結ぶためにもエジェイを堕としておく必要があるのだ。

それも国王の勅命となれば、失敗など到底許される状況ではない。

 

政治的な理由である以上、現在自由に行動が許されているのは東方征伐軍だけであり、この戦力で行動するしかないのだ。

 

アデムは理解した、この戦いはロウリア王国の敗北が濃厚なのだと。

 

後続の補給に関しても本国から連絡がない以上は、現状戦力だけで戦うしかない。

 

「では、東部諸侯団だけではなく本隊である我々も一斉に攻撃を開始しなければならないというわけですか……」

「その通りだアデム君、今から1時間後までに最低限の守備隊を残して全軍でエジェイ攻略に向けて進軍するぞ」

「はっ、では全軍に進軍準備を命じま……ん?なんですかこの音は?」

 

アデムが全軍に進軍命令を出そうとした直前、突如としてギムの上空から聞きなれない轟音が響き渡り、東方征伐軍が有している飛竜隊の航空基地で爆発が発生したのである。

 

爆発の振動で司令部の窓ガラスが揺れ、テーブル席に置かれていたコップが床に落下したほどだ。

 

「て、敵襲です!飛竜隊の基地が攻撃を受けています!」

「何処から攻撃を受けたのです?!見張りの兵士は寝ていたのですか!!処刑ものですよ!!!」

「アデム指揮官!北東より正体不明の飛行物体が接近しております!魔力反応はありませんでした!」

「ま、魔力反応がないですって……一体どういうことなのです?!」

 

アデムは怒りを抑えながらも、兵士達が叫んでいる方向を見てみる。

塔の鐘が激しく鳴りだした時、窓の外には北東より複数の機影が見えた。

この時、彼らは見たこともない異形の軍勢が襲ってきたのだと認識したのである。

 

狩場



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第二十八話

お待たせしました


西暦1963年/中央暦1639年6月18日午前6時

ロウリア王国軍占領地域 ギム

 

ギム奪還に割り振られた部隊を指揮しているのは大内田中将だ。

日中戦争時に、華南攻略作戦を担当した武藤とは同期であり、苛烈なやり方で占領地を統治した方法に不満を持っていた。

 

幸いにも、第七師団をはじめとしたクワ・トイネ公国に派遣されることになった第七師団に対して、陸軍省から派遣されて別働隊を指揮する事になったのは尊敬している西将軍だったことから、大内田にとって救いの手となったのである。

 

西は既に北の港を制圧しており、遠距離通信で大内田と連絡を取っていたのである。

 

「西閣下、ギムの町には3万人近くの東方征伐軍が駐屯していると見られ、間もなく富嶽からの攻撃を合図に総攻撃を行います」

「うむ、あの飛竜から放たれる導力火炎弾に関しては軽装甲車両などが直撃を喰らえば炎上する。航空機に関してもエンジン部分が被弾すれば撃墜されかねない。真っ先に叩くぞ」

「富嶽からの爆撃が完了次第、キ66と疾風による航空支援を行い、その後機械化連隊を突入させてギムを奪還します」

「飛竜さえ奪ってしまえば、あとはこちらのものだからな。油断なく、徹底して叩く……頼んだぞ大内田」

「はいっ!」

 

作戦開始と同時に、ギムの町を富嶽の爆撃機編隊が襲い、飛竜隊の飛行場となっていた場所を爆撃した。

 

爆撃に使用したのは焼夷弾であり、太平洋戦争時にはインドのイギリス軍基地や日中戦争終盤では降伏しなかった中国華南の各都市部を焼き払った恐るべき兵器である。

 

ここに原子爆弾を積んでいなかったのはロウリア軍にとって、幸運か不幸かは分からない。

 

しかし、どちらにしても20トン規模の爆弾を搭載できる富嶽にとって、一機だけでも都市部を焼き払うのに必要な量の焼夷弾を満載していたのは事実だ。

 

「富嶽で爆撃とは……まるで大東亜戦争に戻ったみたいだな」

「全くだ、太陽じゃなくて焼夷弾による朝焼けを見るとは、気の毒な連中だ」

「機長、爆弾槽開きます……間もなく爆撃地点に到着します!」

「大丈夫だ、今の富嶽はコンピューターである程度爆撃地点を修正できる。遠慮せずに思い切ってやっちまえ!」

「はいっ、焼夷弾……投下!投下!」

 

4機編成で飛行していた富嶽から焼夷弾がギムの町に投げ込まれる。

 

その光景は15キロ以上離れたギム郊外に展開していた第七師団の機械化歩兵連隊からでも視認できたほどだ。

 

朝焼けに反射するように、焼夷弾の入った筒がギムの町に落ちていくのが見える。

 

その直後、魔石を備蓄していた施設にも直撃し、大爆発を起こした。

 

飛竜隊の離着陸が困難になったのを偵察隊が確認する。

 

「航空隊の攻撃の命中を確認!飛竜隊航空基地の破壊を確認しました!」

「よしっ!敵は油断しきっている!この世界においての我々陸軍の初陣だ!全員攻撃せよ!ヘリコプター部隊及び航空隊も上空より支援に当たれ」

 

20式装甲車や26式戦闘歩兵車両に搭乗している兵士達は、機関銃や機関砲の操縦桿を握りしめてギムの町に突入を開始した。

 

地面をキャタピラで出来た兵器が進軍し、そして上空には八菱重工が製造したKi-269「火星」攻撃ヘリコプターが16機の編隊を組んで兵器の掃討を始める。

 

早朝ということもあり、ギムの町に展開していた東方征伐軍の大半は寝静まっていたことと、富嶽による高高度爆撃による奇襲攻撃で大混乱を来していた。

 

それに追い打ちをかけるように攻撃ヘリコプターと装甲車が進軍してきたのである。

 

地球ですら十分な対空火器や対戦車砲などを持っていないと相手にならない兵器であるが、それに対抗できる飛竜を失った東方征伐軍に対抗できる術はない。

 

「ホントに作戦会議で言われた通りだ……こいつら弓矢や剣しか持っていないぞ」

「カタパルトといった攻城兵器はあれど、対空兵器と呼べるものはなさそうだ」

「それでも歩兵の脅威になり得るものは全て潰すんだ。ロケットで潰すぞ」

「了解、攻撃開始」

 

ギムの町を攻略する際にそのままにしていたカタパルトといった兵器は、ギムの町にて一か所にまとまって置かれていたのである。

 

60mmロケットポッドの攻撃により、一瞬で破壊されてその場で成す術なく立ち往生していたロウリア軍の兵士もカタパルトと共に運命を共にしたのだ。

 

「こちら隼隊、東方征伐軍の兵器群を破壊した。ロウリア軍は逃げ惑っており、武器を捨てて国境方面に逃走中……どうしますか?」

こちら作戦本部……武器を持って再び襲撃してくると厄介だ。逃げる敵は降伏の意志を示さない限りは脅威と見なし、殲滅せよ。繰り返す、降伏の意志を示さない限りは脅威と見なし、殲滅せよ

「隼隊、了解した。弾が尽きるまで逃走中のロウリア軍を殲滅します」

「飛行第1混成戦隊、間もなくギムに突入……交戦します」

 

キ66と疾風で編成されたレシプロ機も戦場に突入し、ヘリコプター部隊にまけじと、敗走して森に逃げ込もうとする敵に向けて機銃掃射を行い、司令部と思われる場所には容赦なく250キロ爆弾を叩き込んでいく。

 

蒙古や東南アジアにおける抗日運動で、こうした逃亡兵が再び武器を手にして戻ってくるということを繰り返された結果、日本軍は痛い思いをしてきているのだ。

 

再び武器を手にして襲い掛かってくる相手だとしたら相当厄介である。

 

逃げる相手は武器を隠し持っているかもしれない。

 

再び兵士として戦い、日本人を殺すかもしれない。

 

なら、徹底して殺さなければならない。

 

日中戦争、そして太平洋戦争で日本軍の軍人はそれを身に染みて経験した軍隊である。

 

たとえ技術力で優越していたとしても、相手が復讐の為に殺しをするために戻ってくる可能性を考慮して殲滅をしなければ、次にやられるのは自分なのだ。

 

「悪くおもうな……これも軍人としての使命だからな……」

 

だが、まだ戦闘ヘリコプターや航空隊のパイロットはまだいい。

 

何故なら、血の臭いを至近距離で嗅がなくて済むからだ。

 

これから突入する機械化歩兵連隊は、東方征伐軍を殲滅するために、混乱のギムの町に突入したのである。




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第二十九話

西暦1963年/中央暦1639年6月18日午前7時

ロウリア王国軍占領地域 ギム

 

爆発の轟音と共に、街の至る所で一方的な殺戮が行われていた。

多くのロウリア王国軍の兵士達は、自分達が圧倒的な火力を有している軍隊に成す術なく蹂躙されていることは分かっていた。

先ほどから、魔導通信では悲鳴と泣き叫ぶ担当官の声しか聞こえてこないからだ。

 

聞きなれない音を発する、羽虫のような見た目をした存在が、街を旋回しながら攻撃を一方的に加えている光景は、異質ともいえる存在が蠢くのと変わりない。

まるで、化け物のような存在が現れてしまった事で、東方征伐軍の一般兵士は恐怖で錯乱を起こしていた。

 

『こちら第13騎兵中隊!正体不明の飛行物体による攻撃を受けている!畜生!こっちを狙っているぞ!早く馬を飛ばして逃げるんだ!』

『アアアアッ!見張り台が一撃で破壊された!見張り員は戦死!こんなの有り得ない!なんでこんな……』

『本部!本部!すでに部隊は戦わずして壊走しております!命令違反による脱走兵が相次いでおり、対応困難です!』

『ギムの南側より、敵の攻城兵器と思われる物体が侵攻中!すごい速さです!まるで馬以上に……おい!砲がこっちに向いているぞ!逃げろ!』

 

魔導通信を担当していた兵士は、次から次へと報告されてくる悲鳴と、軍としての機能が麻痺していく現状を目の当たりにし、震えながらも上官であるアデムに報告を行った。

 

「アデム指揮官……げ、現状の報告ですが……空だけではなく、南側から敵の攻城兵器が侵攻しているとのことです」

「攻城兵器……?いえ、もうこのような現実には受け入れがたい戦況を見れば、相手も陸上戦力を投入してきているというわけでしょう……防衛用に配置している第13騎兵中隊はどうしたのです?」

「それが……上空の敵性飛行物体から攻撃を受けているとの報告を最後に、連絡が経ちました……他の部隊も、恐慌状態に陥っており、既に軍隊としての機能を喪失しつつある状態です」

 

アデムは報告してきた兵士を殴り殺してやりたい衝動を必死に抑える。

自分だけではなく、パンドール将軍ですらこのような一方的に嬲り殺しにされる戦いを経験したことがない。

何故なら、自分達が殺戮を行う側だったからだ。

 

ロウリア王国は周辺諸国を併合したりして強大になった国家だ。

地方の王国や小国が入り乱れた大陸の各勢力を武力を使って併合し、人間種を至上とする事を国是とした国家体制へと変化させたのも、先代の大王からの方針によるものだ。

 

その過程において、自分達より弱い存在を屈服させて、平伏させるに至ったのだ。

それ故に、ここまで徹底的に殴られた場合、彼らはどう対応をしていいのか分からない。

既に対空兵器ともいえる巨大なバリスタは破壊されており、対抗できる手段が見いだせなかったのだ。

 

「アデム君!今動かせる部隊を動員できないかね?」

 

パンドール将軍は、アデムに向かって叫ぶ。

 

その瞬間に、アデムの至近距離で鼓膜が裂けるような大きな音が響き渡った。

まるで、空気が捻じ曲がるような振動に、アデムは自分の身に何が起こったのか理解出来なかった。

 

「えっ?」

 

次に理解出来た事は、アデムの目の前に立っていたパンドール将軍の胴体が真っ二つに分断されて、天井を見つめながら自分の身に何が起こったのかすら理解できないまま、口をパクパクと動かしながら絶命していく事だった。

周囲にいた参謀や将校らも、将軍がなぜいきなり胴体が分裂してしまったのか理解出来なかった。

やがて、壁に大きな穴が空いている事に気が付くと、司令部にいた兵士の一人が大声で叫んだ。

 

「こ、殺される!!!」

 

その言葉を聞いた誰もがパニックに陥った。

いきなり将軍が無惨な死に方をしたのだ。

パニックになって窓から身を乗り出して逃げようとした兵士の上半身が吹き飛び、壁と共に真っ赤な血しぶきが飛び散った。

 

(魔力反応がないのに攻撃ですって?!一体何処から……)

 

アデムは咄嗟に伏せのポーズをとった。

頭を抱えるようにして伏せた瞬間に、壁だけではなく窓から無数の聞きなれない何かが連続で叩くような音がした。

その音が鳴った途端に、部屋にいた他の参謀や兵士達も、皆血しぶきを噴き上げながら地面に倒れ込んだのだ。

司令部の中で無事だったのはアデムだけであった。

 

(これは……これは、敵の……日本の兵器か……!)

 

アデムは即座に、この理不尽とも言うべき攻撃が日本の攻撃であると見抜いた。

これほどまでに強力な兵器はクワ・トイネ公国は保有すらしていない。

であれば、同盟を組んでいる日本の軍隊が有しているものであるのは明白だ。

 

(とにかく、ここから逃げましょう……生きてあの方にお会いしなくては……)

 

この場所から離脱して、それからどうするか……。

自分自身の身の安全と政治的な信条に則り、パーパルディア皇国への亡命も視野に入れていた矢先であった。

複数の足音が近づいてきて、奇妙な格好をした男達が乱入してきたのである。

 

見たことのない、全身を覆う服装。

まるでサイクロプスみたいな一つ目のモンスターのような格好をしており、背中に大きな鞄を背負い、その鞄と繋がっている長い筒から火が噴いている。

そして、司令部から逃げようとしていたアデムと目が合った。

 

この状況からアデムが助かる道は、すぐに両手を挙げて戦闘の意志がないことを示す事であった。

しかし、アデムは不幸にも咄嗟の防衛反応により、腰に担いでいた剣を引き抜いてしまったのだ。

剣を引き抜いて、襲い掛かれば勝機があると踏んだのだろう。

 

「これでもくらえっ!」

 

しかし、そうはならなかった。

 

先に相手の長い筒から大量の可燃性の液体が降りかかると同時に、火柱がアデムの身体に巻き付いたのだ。

大量の炎により、アデムの身体からは水分が奪われていき、アデムはもがき苦しんだ。

みるみるうちに、アデムの体内の水分が蒸発し、皮膚がどんどん焼けていくのだ。

 

「あああああ!熱い!熱い!うがああああああ!」

 

苦しむ。

今までに味わったことのない苦痛がアデムを襲う。

痛みでどうすることもできないまま、のたうち回り、他の司令部にいたメンバーとは違って、アデムは最大の苦しみを味わいながら死んでいったのだ。

 

アデムが死んでもなお、ロウリア王国東方征伐軍の殲滅戦が継続していた。

 

街道

 

用水路

 

広場

 

郊外の森の中

 

ありとあらゆる場所で、ロウリア王国東方征伐軍は一方的に日本軍による狩りの対象となったのだ。

一時間の間に、白旗や両手を挙げて素直に投降した34名を除き、東方征伐軍の兵士達は全員一方的に蹂躙され、死んだのである。

夥しい数の屍が鎮座する、地獄のような光景がギムの町を覆いつくしていた。



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第三十話

中央暦1639年/西暦1963年6月27日午後5時

クワ・トイネ公国 マイハーク

 

ロウリア王国が日本帝国によって軍事的に解体されている最中、侵略を受けたクワ・トイネ公国は、日本帝国の後押しによって経済的な恩恵を享受していた。

 

日本とクワ・トイネ公国との間で締結された条約により、日本製……正確にはその傀儡国家で生産された機械や重機が開拓のために運ばれており、既にマイハークの一部には先遣移民として渡ってきた日本人たちによって区画が買い占められて、日本人街が築き上げられていた。

 

入植した街には、必ずと言っていいほどの文字がでかでかと掲げられている。

 

「靖田開発事業部」

 

「八菱開発局」

 

「四井コンサルティング設計部」

 

「国友グループ異世界開拓班」

 

これらはすべて日本の経済を牛耳っているといっても過言ではない四大財閥の名前である。

 

金融・商業・不動産・工業・農林業・食品業・軍事産業……等々、数えたらきりがないほどに、彼らは日本経済に根深く入り込み、それでいて甘い汁と蜜を吸いながら肥大化していった者達である。

 

大東亜共栄圏という日本主導の陣営になってからは、その利権争いと貪欲ともいえるような経済的搾取は、より一層大きなものになっていた。

 

しかし、靖田ホールディングスが発端の汚職事件により、その信頼と信用が揺らいで一時は国営企業に合併する流れも起きたほどであった。

 

また、その汚職事件が起こった直後に異世界に国家ごと転移したことにより、彼らの運命は大きく変わった。

 

革新系政治家である岸が財閥企業への介入を行い、これらの財閥企業の救済と復興を統括する案として入植事業を提案。

 

各財閥は岸の提案に合意し、満州開拓団を上回る速度と人員を使って、クワ・トイネ公国の貿易港であったマイハークの大改造、及び食料輸送網を確保するに至った。

 

初歩的でまだ開発があまり進んでいない東南アジアの港湾都市程度には、突貫工事とはいえ貨物船が行き来できるだけの港を確保したのである。

 

この港からクワ・トイネ公国の食料を詰め込む代わりに、輸送船からは大量の労働者と機材が降ろされている。

 

その様子を眺めているクワ・トイネ公国の人々は、まるで蟻塚のように街が変わっていくことに驚きながら、彼らの技術力を目の当たりにしていく。

 

「あれが日本の会社ってやつか……?あんなデカい乗り物を持っているなんて信じられないよ……」

「この世界にやってくる前は、あれ以上のデカい乗り物がわんさかと傀儡国家にあったそうだ。マイハークに落とした飛行機にしても、日本は規格外すぎるんだよ……」

「これだと、そのうち俺達も『日本人』として働かないといけないかもしれないな」

「いずれそうなるかもしれんな……技術力では絶対に太刀打ちできない。それに、魔法がなくてもここまで機械の力を有しているんだ……遠くないうちに、俺たちがマイハークでは少数派になるだろうよ……」

 

マイハークにやってくる日本人の多くは「本土」出身の日本人ではない。

 

その大半が、朝鮮半島、台湾、マレーシア、インドネシアなどの日本領ないし日本の傀儡政権下にある国家出身の人間が多かったのだ。

 

彼らの多くが本土の重工業地帯である横浜や名古屋、呉、神戸等で働いていた出稼ぎ労働者であり、靖田危機……それに伴う転移現象に見舞われた結果、本土で雇い止めを受けたことに伴い失業してしまった。

 

そんな迷える帝国国民、並びに同盟国のアジア人を中心に『異世界における日本領への入植希望者』としてクワ・トイネ公国に派遣し、日本人として入植が着々と進められている。

 

『日章旗の旗の下に集う民族であるからこそ、アジア人によるアジア秩序を国是としなければならない、決して彼らを見捨てるのではなく、先遣隊として支援するのだ』

 

スローガンや建前としては立派ではあるが、実際には口減らしと先遣隊による港湾施設の建設が主だった任務であり、早い話が悪名として名高い「ロームシャ(強制労働)制度」に近いものであった。

 

入植している者達は皆、口うるさい本土の日本人の監督に渋々ながらも従っており、そんな建設速度や労働問題を抱えたままマイハークは急速な開発が進められている。

 

それに本土では配給制による食料制限がされているが、ここクワ・トイネ公国では自給率を大幅に超える食料生産能力によって、彼らは腹いっぱいに食べる事が出来るのだ。

 

激務かつ理不尽な要求があれど、本土とは違い食料に困らない上に財閥企業と日本政府から支給される給料は高く、彼らは入植してから間もなく自分達の家を手に入れるだけの財産を築くことができた。

 

日本を代表する「靖田」「八菱」「四井」「国友」の四大財閥は勿論のこと、新興財閥として日本領広東省で名声を挙げていた「古河」「大東京通信」「井植」のメーカーが生産したものが大量に陸揚げされていたのである。

 

これらの財閥企業が製造した機材の大部分は、日本から運びこまれた作業用機械であり、これらの機械を使った開拓事業が急ピッチで進められていたのである。

 

大半はクワ・トイネ公国が提供した木材や石材を使った建物であり、日本とは違って比較的地震の少ない地域であるクワ・トイネ公国の建造物は、外装は凝っていても中身の耐震補強工事などは行われていないものが大半を占めていた。

 

日本側も入植スピードを速めるために、耐久性よりも建築速度を重視し、建設基準をギリギリクリアしたようなマンションが乱立し始めていたのだ。

 

マイハークに元から住んでいるクワ・トイネ公国の人々は、急速に変わっていく街の変化を実感しつつあった。



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第三十一話

長らくお待たせしました


中央暦1639年/西暦1963年6月30日午前1時

ロウリア王国 王都ジンハーク

 

ロウリア王国は既に風前の灯火であった。

 

大陸を支配しようとしていたこの国に残されているのは、各諸邦の離反と既存体制が破壊されるのをただただ待つだけ。

 

もはや足元だけではなく、手先も既に腐敗した挙句、悪臭を放ちながら腐り落ちていく身体のようであった。

 

圧倒的な破壊力と軍事力を有する国家によって、ロデニウス大陸の支配構造は抜本的に覆された。

 

頭を下げて服従と言われても差し支えない行為をしながらもパーパルディア皇国からの軍事支援を取り付けたが、その努力も空しく、もはや残されたのは王都ジンハークに残されたのは新兵同然の兵士だけだ。

 

ジンハークの城の中では、国王であるハーク・ロウリア34世が一人、薄暗い部屋の中で頭を抱えている。

 

彼の日課ともいえる入浴すらも、ここ三日間行っていない程に、精神の奥深くまで蝕んでいる。

 

「これは……これは何かの間違いではないか……そうだ、そうに違いない……」

 

歯ぎしりをしながら、戦況報告を将軍であるパタジンから聞かされたが、非現実的な戦況報告には流石に蒼白となった。

 

亜人種の殲滅を掲げで侵攻した東方征伐軍は全滅に等しく、海軍戦力は既に小舟程度しかない。

 

ロウリア王国の西部地域では、日本軍のものと思われる大型の飛行物体によって水を掛けても延焼を続ける火の雨が放たれた結果、パーパルディア皇国の支援で建造していた工場群が灰燼と帰した。

 

南部諸邦に至ってはクワ・トイネ公国との断行以前から交流のあった地域であったことから、水面下でクワ・トイネ公国の諜報員と接触を図り、政治的な駆け引きの結果、ロウリア王国を見限ってクワ・トイネ公国側に寝返ることを魔導広域通信で宣言を行った。

 

離脱する諸邦。

 

敗残となって散り散りになる兵士。

 

空路すらも安全な場所がなくなり、本国への帰還すらままならなくなったパーパルディア皇国の使者は部屋に引きこもって己の運命を嘆いている。

 

王国からの離脱と敗戦の責任を逃れようとする東部諸邦地域に対して、クワ・トイネ公国と日本軍の連合部隊が侵攻を開始しており、王国に従属を誓っている東部諸邦は助けを求めているが、派遣するだけの兵力は残されていない。

 

北方の港からも日本軍の鉄の軍団が侵攻を始めており、もはや王都失陥は目前だ。

 

「もはや、ここまでか……」

 

自分の祖先が築き上げた王国の命運が尽きようとしている。

 

圧倒的な力によって、すべてが潰されていくのだ。

 

王国の……そして自分自身の運命が決定された事を確信したロウリア34世は深呼吸をしてから王座から立ち上がり、部屋の外で待機していたメイドを呼びつける。

 

「パタジンを呼べ、余は決めたぞ」

 

5分後。

 

ロウリア34世に呼ばれたパタジンは、彼の目が今までとは違うことに気が付く。

 

怯えていたような目ではなく、武人が覚悟を決めた覚悟をした目をしていた。

 

(陛下……?覚悟を為さったのですか?)

 

パタジンは忠誠のポーズをすると、ロウリア34世は呟いた。

 

「パタジン、侵攻をしてくるクワ・トイネ公国と日本軍を王都での決戦で勝利することは出来そうか?」

「……極めて難しいでしょう、ただ王都に限定すれば僅かですが勝機はあります」

「うむ、それは良かった。ならば余自らも戦場に立って、この戦いに参戦する」

 

パタジンは驚いた。

 

国王が自ら戦場に赴くなど、今までに数える程しかないからだ。

 

先代国王の時代以来であり、国王は王都での決戦に自ら赴くと決めたのだ。

 

そして、王都そのものを槍に変えて戦うことにしたのである。

 

「ロウリア34世が命ずる。王都のありとあらゆる人間を動員し、赤子も老人も武器を持って()()()と戦い、王都を彼らの血で染め上げるのだ。最期は華々しい死によって人生の最期を飾ろう」

 

ハーク・ロウリア34世は、自分の成すべき事をしてから、日本軍との戦いに備えようとしている。

 

パタジンは王の覚悟に感激しつつも、王都を灰燼にしてでも相手を道連れにするために必要なことを行うことにした。

 

王都に残留していた民間人に槍や弓矢を支給しており、攻城兵器であるカタパルトや、生き残った数少ない飛竜に対しては可燃性の魔石を搭載し、低空で飛来する日本軍の鉄竜への体当たり攻撃を敢行するように命じたのだ。

 

ありとあらゆる人間が動員され、王都は一つの軍団となって戦う決意を示した。

 

もはや、今後における王都の生活は二の次である。

 

ロウリア王国という国家が消失することよりも、何もせずに黙って滅ぶ方が恐ろしいからだ。

 

この日の午後7時までには王都全域で戦闘準備が完了し、王都にいる56万人もの人間は赤子から老人まで、全員が兵士となったのだ。

 

武士道と云ふは死ぬことと見つけたり -山本常朝-



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第三十二話

中央暦1639年/西暦1963年7月1日午前6時

ロウリア王国 王都ジンハーク近郊 日本軍第七師団野営地

 

「閣下、回答期限時刻を過ぎましたが……」

「返答は無しか……」

「降伏旗の掲揚もありません。魔導通信でも呼びかけをしているみたいですが、返答はありません」

 

師団長である西は、ロウリア王国からの返答が無い事に、少しばかり戸惑っていた。

 

西部地域の工場群を焼き払い、南部は既にロウリア王国からの離脱を表明している。

 

東部諸邦すらも大内田中将率いる部隊によってすり潰されている状態であり、もはやロウリア王国の継続は誰の目から見ても困難だ。

 

それなのに、まだロウリア王国は諦めていない。

 

あれだけの大損害を出しておきながらも、徹底抗戦の意志を示しているのだ。

 

「まるで中国戦役のようだな……敵も技術と物量の差を精神で埋めようとしているのかもしれん……」

 

西の脳裏に浮かんだのは、1937年から1947年の十年間に渡る中国での戦争を思い出した。

 

日本は盧溝橋事件をきっかけにして中国との戦争に踏み切り、十年間にも及ぶ戦いの末に何とか辛勝したのだ。

 

アメリカのジョセフ・ケネディ大統領が中国大陸への介入を早期に打ち切った上に、蒋介石率いる国民党や共産党の毛沢東が重慶の戦いで戦死した後も、中国軍は徹底した遅滞戦術とゲリラ戦によって日本軍を疲弊させた実績がある。

 

技術や物量の差で劣っていても、徹底して戦う意志があるだけでも人間は強くなる。

 

それは日本軍とて同じであり、比較的早期に終結した太平洋戦争よりも、泥沼化した中国戦役における大陸での戦争のほうがとても苦く、恐ろしい事である事を身に染みて理解している。

 

現に、大陸では抗日パルチザン運動が根深く残っており、この世界に転移してくる前には、蒙古国や昭南島で抗日運動とそれに伴うゲリラとの戦いが続いていた。

 

「偵察機からの情報では、市民の大移動は確認されておりません。むしろ兵器庫と思われる場所に行列が出来ております」

「……王都での決戦に向けて、首都の国民を全動員したのか……」

「その可能性が極めて高いです。ほぼすべての市民が武装しているものと推測されます」

「……ジンハークの人口は?」

「推定で65万人程とされていますが、これらの市民が武装化したとなれば極めて厄介です。相手がたとえ剣や槍だけだとしても、人海戦術によって平手押しでくる可能性が高いです」

 

既に敵は圧倒的な技術力の差を、何万人もの人間が斃れたとしても、押し返そうとしている。

 

そこに、クワ・トイネ公国から同行している女性武官の一人であるイーネが尋ねてきた。

 

「西閣下、先ほどロウリア王国の魔導通信を傍受していたところ、興味深い事が判明致しました」

「何か分かったのかね?」

「ロウリア王国の国王であるロウリア34世が演説を行っており、王都にて全王都市民を武装化した上で自ら出陣して迎え撃つとの事です」

「やはり市民を根こそぎ動員したか……そして国王自ら戦場に出陣するというのかね……?」

「はっ、既に傍受したロウリア王国の軍用無線からも同様の通信が絶え間なく入って来ております。彼らは王都で我々を葬るつもりなのでしょう」

 

国王自ら戦場に出撃するということは、西達の歴史では19世紀の普仏戦争以来の出来事だ。

 

それだけ追い詰められているが、窮鼠猫を噛むという言葉もある。

 

油断していれば、それだけ損害も大きくなるだけだ。

 

(国王自ら出撃……であれば、司令塔は国王を守る近衛だけではなく、軍部と魔法を取り扱う顧問団か……)

 

首都の決戦において、敵国の国王が自ら戦うことを鼓舞している事も魔導通信によって把握した西は、脅威となる敵が万全の準備を整える前に、徹底して叩くことを決意する。

 

「北方の港に待機している第一艦隊に連絡……『ロウリア王国は王都にて全市民を根こそぎ動員して抗戦する意思アリ、0700時に海上より脅威となり得る全ての施設に対して支援攻撃を願う』……それと、王都において防衛網の堅いジン・ハーク城を攻略する。全ヘリコプター部隊、及び装甲部隊に出撃準備命令を発令せよ。作戦決行時刻は海軍の支援攻撃と合わせて0700時とする」

 

西は、完全武装した兵士を伴って攻撃命令を発令した。

 

ジン・ハーク攻防戦の幕が切って落とされた。

 

文明の衝突だ



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第三十三話

中央暦1639年/西暦1963年7月1日午前7時

ロウリア王国 王都ジンハーク

 

王都にいる者は、いよいよ決戦が行われることに鼓舞をしている最中であった。

槍やクロスボウを持ちだして、戦闘準備態勢を執り行っている。

無謀ともいえる戦いであるにも関わらず、彼らの表情は明るい。

 

「国王陛下自ら参戦なさるとは……我々の事を想ってらっしゃる」

「やはり、陛下は我々を見捨てずに戦ってくださるのだ!ロウリア王国万歳!国王陛下万歳!」

「「「万歳!万歳!万歳!」」」

 

一般民衆は、国王陛下自ら出陣すると宣言したことは、新兵や動員された民間人を勇気づけた。

 

その一方で、飛竜隊に関しては王都に侵入してくるであろう敵航空勢力の排除を厳命とし、先遣隊から生き残った数少ない竜隊騎士団のトップであるアルデバランに航空戦力の全指揮権が、パタジンより委任された。

 

「アルデバラン、君に王都を含めた全飛竜隊の指揮を託す」

「はっ……謹んでお受けいたします」

「すまない、無事に帰ってきた君を再び死地に送ることになる……」

 

パタジンは声を震わせながら、アルデバランに頭を下げた。

 

ギム攻略作戦時に、アルデバランは辛うじてギムの街から脱出できた幸運な軍人の一人であった。

 

日本軍が攻撃した時、彼は前線を離れて哨戒任務を実施していたからだ。

 

ギムの街から15キロ程離れたロウリア王国側の前線補給基地にいたことで、富嶽による焼夷弾攻撃から運よく逃れることができた。

 

アルデバランの部隊は全滅し、王都の竜騎士団もムーラ、ターナケインといった爆撃を逃れる事が出来た数少ない竜騎士しかいない。

 

「いえ、頭を下げないでください将軍。私は部下をむざむざと死なせてしまい、そして一人だけ生き残ってしまった……本来なら死罪になるべきですよ」

「だが、君が見た日本軍の鉄の羽虫に関する情報は決して無駄ではない。戦い方次第では、日本軍の羽虫を倒す事が出来るかもしれん」

 

日本軍の鉄で出来た羽虫は、低空で侵入し、地上を瞬く間に制圧することができるが、轟音を奏でる鉄竜よりも速度が遅い。

 

そして、飛竜隊による迎撃高度を飛んでくることから、高高度から攻撃してくる鉄竜より撃破ができる可能性が高いと進言したのだ。

 

これを利用して、可燃性の高い高純度の魔石を飛竜ごと体当たり攻撃を敢行し、羽虫を燃やす作戦をアルデバランはパタジンに立案したのである。

 

危険すぎると当初パタジンは反対したが、もはや戦況がそれを許してくれそうにない。

 

パタジンはこの自死に近い作戦の決定を承認した。

 

「ええ、ヤミレイ閣下より王都竜騎士団分の魔石を既に調達しました。これで、心置きなく戦えます」

「そうか……何か、他に家族などに言い残したい事はあるか?責任を持って私が届ける」

「それには及びません。ここにいる者は昨日のうちに家族と別れを済ませておきました」

 

大歓声と共に自らを鼓舞をしている民衆とは対照的に、既に「死」を前提とする作戦であることが判っている。

 

これはパタジンを含めて、将官達も命を刺し違えてでも、敵に一撃を被るやり方を採用している。

 

「分かった……武運を祈っている」

「ええ、それではこれより王都竜騎士団は出撃致します」

 

アルデバラン達は、南部産のエーテル酒を飲んでから、それぞれの飛竜に騎乗した。

 

王都竜騎士団が空に飛び立った直後、空から無数の煙が接近してくると緊急の魔導通信が入る。

 

「閣下!北東の方向より無数の白煙が接近してきます!」

「白煙だと……まずい、日本軍の攻撃だ!すぐに広場にいる市民を退避させろ!」

 

鉄竜から離れた攻撃でも、白煙を挙げて魔導弾が接近してきたという報告を受け取っていたパタジンは、すぐに攻撃が来ることを見抜いたのだ。

 

そして、彼がすぐに部下に退避という判断を下したのは賢明なものであった。

 

「分かりました、ではこれより退避を……」

 

だが、魔導通信がそれより先に言葉を発することは無かった。

 

これから、彼らの頭上には科学文明によって作り出された兵器によって、慈悲なく殺される。

 

狩りつくされるのだ。

 

魔導通信が切られると同時に、パタジンのいた王城はこれまでにない揺れと爆音が炸裂した。

 

 

そして我々は進む



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第三十四話

中央暦1639年/西暦1963年7月1日午前7時15分

ロウリア王国 王都ジンハーク

 

ジンハークの街に、無数の巡航ミサイルが着弾していく。

 

日本海軍第一艦隊の旗艦である「大和」その同型艦である「武蔵」から放たれていく。

 

偵察機からの情報を照らし合わせて、王都劇場や中央広場など、一般人が()()()している拠点を叩くために発射したのだ。

 

他の巡洋艦である「伊吹」などからも白煙をあげてジンハークの都市部にミサイルが吸い込まれていく。

 

着弾すると同時に、周辺には赤い炎と爆風が飛び交う。

 

それまで最後まで戦ってやると意気込んでいた市民は、無慈悲に吹き飛ばされていく。

 

瓦礫に押しつぶされる。

 

破片であるレンガやガラスが突き刺さる。

 

巡航ミサイルによって老若男女問わず、平等に殺していった。

 

出血が止まらずに死んでいく。

 

悲鳴、絶叫、うめき声、おびただしい赤色の血……。

 

全てが……潰されて、蠢いていく。

 

その光景は、王都に向けて進軍をしているヘリ部隊や機甲師団からでも観測している。

 

複数の偵察ヘリと攻撃ヘリで混成された【第七師団第一飛行隊】が王都上空に先行しており、海軍の支援攻撃である巡航ミサイルの攻撃が完了次第、地上目標の破壊を命じられていた。

 

『こちら観測機「鶴6」、第一艦隊からの巡航ミサイルは目標に命中しております』

『鶴6へ、他に接近する機影は確認できるか?』

『こちらからは確認できません。飛竜に関しては警戒を厳にしております』

『飛竜を発見したら対空ミサイルを容赦なく叩き込め。軽武装とはいえ、接近されてブレスを吐かれたらエンジンをやられるぞ』

『了解』

 

観測機「鶴6」のパイロットからしてみれば、地球にいたころに派遣されたアジアのゲリラ戦よりも楽な仕事だと感じていた。

 

抗日パルチザンは、アメリカからの支援を受けて対空ミサイルや対空砲なども配備されていたことがあった。

 

それに比べたら、第二次世界大戦どころか近世にすら劣っている軍隊を相手にするなど、赤子の首をひねるよりも簡単だと思っていた。

 

ちょっとした油断もあってか、鶴6のパイロットと観測員はまるでテレビ映画をみているみたいに感想を述べている。

 

「それ見てみろ、瞬く間に王都に降り注いでいくぞ」

「こりゃすげぇな……大規模演習でも見ない光景だな」

「まさに戦争……いや、一方的に都市を焼き払うだけの仕事だよ」

 

見ているだけでも、圧巻の光景である。

 

中世ヨーロッパの街並みが、無慈悲に迎撃すらできないまま巡航ミサイルが着弾していくのだ。

 

まるで、流れ星が空から落ちていくみたいに、次々と目標に着弾して炎が炸裂している。

 

着弾地点では、きっと数十人から数百人の人間がバラバラになり、爆風の破片等で二次被害がもたらされているに違いない。

 

それでも、鶴6のパイロットと観測員たちの目には『降伏を無視した相手が一方的に現代兵器によって蹂躙されているだけの光景』にしか見えない。

 

これでは勝負にもなっていないとタカを括っていたその時であった。

 

「ん?丘の陰から何か……動いて……あッ?!飛竜だとッ!!」

 

観測員が周囲を見てみると、数十騎もの飛竜が超低空で飛行しており、そのうちの一騎の飛竜が近づいてくるのを目の当たりにした。

 

太陽を背にして進軍をしていたのだが、王都近郊の荒野の小高い丘が影となっている影響もあり、ヘリコプターからは気が付きにくい。

 

生き残るだけの技量を持っている竜騎士だけに、地の利を生かして低空飛行で飛ぶのは慣れていたのだ。

 

丘の陰に沿って超低空でアルデバラン率いる王都竜騎士団が接近を試みたのだ。

 

そして、その目論みは見事に成功したのだ。

 

「よしっ!太陽のお陰でこちらに気がついていないぞ!」

「隊長!あの羽虫が一番近いです!俺にやらせてくださいッ!」

「分かった、あれはまだ気がついていないはずだ。頼むぞ!」

「了解ッ!仲間の無念をここで晴らせてやるッ!!!」

「鉄の羽虫たちも無敵ではないはずだ。竜騎士の力を思い知らせてやる!」

 

先陣を切るように、1騎の飛竜が鶴6に向かっていく。

 

観測員は直ぐにパイロットに退避行動を行うように進言する。

 

「左から飛竜を確認!数……約25!うち2騎が接近中!」

「くそっ、まだ航空戦力を隠し持っていたかッ!」

『こちら鶴6、南東方向より敵飛竜部隊を確認!総数26騎!我々に攻撃をしてくるつもりですッ!』

「鶴6へ、直ちに退避しろ!」

『うわぁっ!飛竜が突っ込んでくるぞッ!畜生!!!』

 

回避行動を行った鶴6のパイロットが目の当たりにしたのは、猛スピードで自機に突っ込んでくる飛竜の姿である。

 

飛竜はブレスを吐く際に、一時的に減速を行う癖がある。

 

しかし、そのような行為は見受けられない。

 

飛竜の両脇には大きな樽が詰められている。

 

これは可燃性魔石であり、強い衝撃が加わると爆発する仕組みだ。

 

「ロウリア王国万歳ッ!!!!!」

 

勇敢な竜騎士団の一人が鶴6に対して飛竜ごと体当たり攻撃を敢行したのである。

 

燃料タンクの近くに飛竜が吸い込まれるように叩きつけられると同時に、積んでいた魔石が爆発を引き起こす。

 

ヘリコプターは空中で飛竜諸共爆散し、鶴6の機影がレーダーから消えると同時に第一飛行隊は、世界初の飛竜との空中戦を戦うことになる。

 

戦争が始まれば、どこにいても誰であっても、故郷を守り敵を撃退する義務がある。犠牲を払う覚悟を持たねばならないのだ。-蒋介石-

 



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第三十五話

中央暦1639年/西暦1963年7月1日午前7時25分

ロウリア王国 王都ジンハーク

 

『鶴6がやられた!繰り返す、鶴6がやられた!』

『こちら鶴3、こっちにも飛竜が飛んできたぞ!ミサイルで打ち返せ!』

『くそっ、鶴4、あいつら鶴6に突っ込んで来やがった!』

『剣3、左後方から飛竜に狙われている!高度を上昇しろッ!緊急回避だ!』

『駄目だっ、こいつら突っ込んで……うわああっ!』

 

第七師団第一飛行隊は混乱状態に陥っていた。

 

富嶽の爆撃によって壊滅させたと思われていた航空戦力が残存していたからだ。

 

それも、飛竜は26騎ほど残存しており、ロウリア王国は残存航空戦力の全てを投入して、ヘリコプター部隊に狙いを定めて攻撃を敢行してきたのである。

 

第一飛行隊の偵察ヘリ「庄和 R5D」には簡易武装として対空ミサイルが搭載されているものの、それ以外の攻撃用武装はなく、防護力は無いに等しい。

 

攻撃ヘリである「キ-269 火星」は対地攻撃用の92式13ミリ重機関砲と、60ミリロケットポッドが搭載されているが、対空戦闘用の武装は無かった。

 

『剣5から剣1へ、こっちにも敵飛竜を確認!クソッ、狙ってきやがる!』

『剣1から剣5!回避しろ!全力で逃避行動を行えば間に合う!』

『やってみます!ああっ!後ろに張り付いてきて……』

『剣5?!どうした剣5!』

 

偵察ヘリが「鶴」攻撃ヘリに「剣」と割り振っていた部隊だが、自殺をも厭わないロウリア王国軍王都騎士団の攻撃によって一気に5機もの機体を失う。

 

それでも、第一飛行隊の隊長機である「剣1」は、すぐに冷静になるように無線で叫んだ。

 

『剣1から各機、編隊を乱すな!敵の目的は俺たちだ!少なくとも本命の地上部隊じゃない!俺たちが引きつけている間に、地上にいる味方に援護を要請するッ!』

 

第一飛行隊の目下には、地上にいる機甲部隊には対空攻撃にも使用可能な、10ミリ機関砲を装備している20式装甲輸送車が数台先行していた。

 

また、20ミリ機関砲を搭載している26式戦闘歩兵車両も随伴していたこともあり、第一飛行隊を救うためにこれらの地上部隊は低空で接近する飛竜に向けて機関砲による攻撃を敢行した。

 

それと同時に、ハーク城攻略の切り札である14式戦車「チヲ」と最新鋭の23式戦車「チワ」で編成された戦車部隊が飛竜に向けて機関砲を発射する。

 

『何としても輸送ヘリに飛竜を近づけさせるな!撃って撃って撃ちまくれ!』

『あいつら、まだ飛竜を隠し持っていたかッ!』

『これ以上ヘリ部隊をやらせるな!高射砲は良く狙って撃てッ!』

 

地上の機甲部隊が援護射撃を行う。

 

1騎、また1騎と機関砲が竜騎士団ごと、飛竜の身体を撃ち抜いていく。

 

竜騎士団も、地上にいる部隊から攻撃を食らう事をある程度は覚悟していたが、無数の光弾となって飛竜の身体を穴だらけにしていく。

 

ヘリコプターに突撃を敢行しようとした飛竜は、両脇に積んでいた可燃性魔石に着火して、火を噴き上げながら地上へと落下する。

 

その光景は、線香花火みたいにバチバチと火花を散らしながら竜と人であった部位がバラバラに落下していくのだ。

 

突撃の奇襲攻撃で混乱していたヘリコプター部隊も、態勢を立て直してから機関砲や対空ミサイルで応戦を開始した。

 

アルデバランは、次々と落ちていく飛竜を前に、既に奇襲攻撃がこれ以上効果を発揮できない状態であることを悟った。

 

「あああっ、隊長!!!地上からも敵がっ!!!」

「くそっ、やはり……これ以上は無理か……」

「どうします?!」

「鉄の羽虫は編隊を立て直している……であれば、地上で攻撃してくる敵を叩くのみっ!全竜騎士、あの鉄の地竜に突っ込むぞ!!!」

 

生き残っていた竜騎士団13名は、ヘリコプター部隊から目標を変更して地上目標への攻撃に切り替える。

 

アルデバランは自分に従っている竜騎士に申し訳ないと感じたのか、一番初めに狙いを定めて地上攻撃の姿勢を取り、20式装甲輸送車に狙いを定める。

 

「俺が先にいく!続け!」

 

装甲車から下車した日本軍兵士が15式自動小銃をアルデバランの身体目掛けて撃ち込んでいく。

 

身に着けている走行から穴が空き、血が噴き出していく。

 

それでも、信念と敵を道連れにするという意志を貫いた彼は、飛竜諸共絶命するまで輸送車に狙いを定めて突っ込んでいった。

 

アルデバランに続くように、他の飛竜も一斉に急降下攻撃を敢行する。

 

しかし、急降下をしてもなお機関砲や機関銃、歩兵銃による一斉射撃によって、次々から次へと飛竜は目標から逸れて墜ちていく。

 

「隊長!」

「ターナケイン!なるべく意識を乱すな!しっかり目標に集中を……うがぁっ?!」

「ムーラさんッ?!うわぁっ!!」

 

爆発する輸送車に続いて、ムーラ、ターナケインといった竜騎士も日本軍の装甲車目掛けて突っ込んでいったが、両名の飛竜が途中で頭部を機関砲で撃ち抜かれたことにより、敵に突入する寸での所で行動不能となり、二人は辛くも投げ出されたのだ。

 

「相棒!!!」

 

相棒と親しんでいた飛竜が、最期の別れのように鳴き声を奏でながら敵の鉄車目掛けて落ちていき、爆発していく。

 

(これで……これで少なくとも……マシにはなったかな……)

 

それを見たターナケインは、少なくとも自分の相棒が敵に対して一矢報いることが出来たことに満足し、地面に叩きつけられた。

 

幸運にも荒地の中でも砂場の部分であったことからクッションの代わりとなり、また鎧が銃弾を食い止めたお陰で二人は生存していたのだ。

 

最も、投げ出された衝撃で動けない所を、すぐに日本軍の兵士が二人を駆けつけて捕虜として捕らえた。

 

こうして、日本軍はこの世界での戦闘において、初の戦死者と少なからぬ損害を出したのであった。

 

【戦況被害報告】

 

・ロウリア王国軍王都騎士団 ムーラ、ターナケインを除き全員戦死。

 

― 全飛竜全滅 航空戦力全滅

 

・日本軍 第七師団

 

― 偵察ヘリ4機 攻撃ヘリ1機 撃墜 パイロット・観測員12名戦死

 

― 20式装甲輸送車 2両 撃破 操縦士・搭乗員7名戦死

 

― 26式戦闘歩兵車両 1両 撃破 操縦士・戦闘要員5名戦死

 

― 随伴歩兵 6名戦死 20名負傷

 

― 14式戦車「チヲ」 1両小破 操縦士1名負傷



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第三十六話

中央暦1639年/西暦1963年7月1日午前8時10分

ロウリア王国 王都ジンハーク

 

パタジンは、片耳を手で塞ぎながら城の中から陣頭指揮を取っていた。

 

瓦礫と破片が吹き飛んできたことにより、左耳の鼓膜が破けて出血をしていたからだ。

 

それでも、街中で巡航ミサイルの直撃を食らった者に比べたら、遥かに幸運であった。

 

司令部が設置されている王城では、既に蜂の巣をつついたような騒ぎとなっていた。

 

「大聖堂は崩壊しております……内部にいた者は皆瓦礫に埋もれていて……近場の者から救助を急いでいます」

「中央広場で武器配布をしていた軍人、及び民間人の多くが戦死……あまりにも負傷者が多すぎて手に負えません」

「街の建造物の中でも、大きな建物が集中的に攻撃されました……王城以外、無事な建物はございません……」

 

日本軍は、ロウリア王国が王都での決戦に備えて市民までも動員しているのを察知し、拠点になりそうな建物に片っ端から巡航ミサイルを撃ち込んだのだ。

 

大聖堂、中央広場、王立魔法大学、小麦などを貯蔵する穀物庫……。

 

数百人以上を収容可能と判断された建物で、無事な建物はジンハークでは王城以外、既に存在していない。

 

苛烈ともいえるやり方ではあるが、降伏勧告を無視して戦闘継続を唱えているロウリア34世に責任があるという考え方だ。

 

戦争とは、美談や勝利の宴よりも惨たらしい赤色で塗装されているのだ。

 

そして、まだジンハークでは赤色の塗装が足りないのだ。

 

「魔法大学までも狙ってくるとはな……攻撃は精確だったのか?」

「武器を貯蔵していた大学構内だけではない、学生寮にも誘導魔光弾が着弾した……寮が跡形もなく、木端微塵に吹き飛んだわ……」

「なんと……王都中央銀行においても誘導魔光弾と思われる攻撃によって金庫が破壊された……王都の資金源も失ってしまった……」

「銀行もか……外務省は無事だったのか?」

「外務省は辛うじて南棟が機能を維持していますが……北棟の職員は全滅しました」

 

マオスやヤミレイなどがそれぞれ担当をしていた施設の被害状況を報告している。

 

王宮主席魔導師として、魔法大学の名誉教授としても教壇に立つことのあるヤミレイは、大学が既に廃墟同然のように破壊されていたことを知り、愕然としている。

 

同じく、外務大臣としての役割を担当している宰相のマオスも、経済を担っている銀行や外務省の北棟が破壊されてしまい、既に深刻な被害状況をもたらしていることに恐怖をしている。

 

それでもなお、ロウリア34世が抵抗を続ける王城を死守するべく、迫りくる日本軍に対して急造ながらも部隊を編成して抵抗を続ける意志がある。

 

「カタパルト部隊は全滅、見張り台もやられました。強弓兵が辛うじて五百人ほど編成できます」

「魔法を使える者は全て集めた……学生を含めて戦えるのに使えるのは1500人ほどじゃな……」

「あとは可燃性魔石を、王城の至る所に仕掛けるべきでしょうな」

「王都に敵が侵入すれば、防衛騎士団の騎兵隊と重装歩兵大隊による乱戦が期待できます」

「だが……用意できたのは5万人足らずか……」

「……申し訳ございません、現在集められた新兵や志願兵、それに退役軍人にも招集をかけましたが、集まったのはこれだけです」

 

あまりにも戦況は芳しくない。

 

王都防衛に担っている57万人のうち、武器の配布が完了したのはその十分の一にも満たない。

 

ロウリア王国は東方征伐軍を差し引いても40万人もの諸邦軍が健在であった。

 

しかし、これらの諸邦軍は離反したり日本軍やクワ・トイネ公国の連合軍による攻撃を受けたりして、ほとんどが行動不能に陥っていた。

 

さらに裏切り者である南部諸邦の有力者の子息に関しては、内通者によって既に王都から脱出させられている始末だ。

 

これで、南部諸邦の裏切り者すらも見せしめに子息を殺害することもできない。

 

唯一、戦果を挙げた王都竜騎士団に関しては、戦果報告が見張り員から直接口頭で伝えられた。

 

「王都竜騎士団は日本軍に対して切り込みを敢行し鉄の羽虫を5体、地面を這う鉄で出来た地竜を1体撃破したとのことです」

「……なんと、誠か?!」

「それは……希望が持てる、鉄竜を使役する彼らとて無敵ではない!」

「そうだな……飛竜を失ってしまったが、それでも奴らが無敵ではない事を証明することが出来たのだ……」

 

パタジンにとって、王都騎士団による攻撃が無駄ではなかったことが一番の収穫であった。

 

どんな手段を講じても、日本軍を王都と王城で迎え撃つ。

 

これを基本方針としてより効果的な作戦を発動するために、作戦を展開していたところ、王城を大きな揺れが襲った。

 

ジンハーク城の正門が、日本軍の戦車部隊の砲撃によって破壊されたのだ。

 

終わりの始まりだ



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第三十七話

中央暦1639年/西暦1963年7月1日午前8時30分

ロウリア王国 王都ジンハーク

 

ジンハーク城の城門が戦車砲によって破壊されると、いよいよ決戦の時が来たと兵士達は息を呑んだ。

 

誘導魔光弾に関しても数に限りがあると見込んでいたヤミレイにとって、日本軍の猛攻を白兵戦に持ち込めるように、城内には可燃性魔石を含めた爆発物を多く用意している。

 

ヤミレイはパタジンに言った。

 

「パタジン殿、すでに魔法が使えるものは城門より近くの持ち場に配置についた。命令があれば何時でも行動可能だ」

「うむ……では、手筈通り……王都騎士団を中心とした防衛を……」

 

防衛を連携せよと命じようとした時であった。

 

彼らの耳に聞きなれない重圧を感じる風の音が鳴り響いてきた。

 

パタジンは直感する。

 

これが日本軍の鉄の羽虫が羽ばたいている音であると……。

 

「報告しますッ!日本軍の鉄の羽虫が接近してきましたっ!」

「空と陸から同時に攻撃をしにくるのか?!」

「時間がありません、将軍!直ちに防衛戦闘のご準備を!!」

 

騎士団の兵士が叫んだ矢先に、再び彼らの常識を壊していく破壊が待ち受けていた。

 

城の見張り塔が爆発し、作戦会議を行っていた城内でも大きな揺れが起こったのだ。

 

あまりにも一方的な破壊であった。

 

攻撃ヘリコプターに搭載されている60mmロケットポッドから、無数のロケット弾が城の城壁や小塔、それに隙間の遮蔽物に身を隠していた兵士達をなぎ倒していく。

 

連続しておこる爆発と同時に、さっきまで会話を交わしていた相手の腕や身体の内部に蓄えていた内蔵が周囲に四散していくのだ。

 

破壊魔法ですら、ここまで破壊力のある魔導攻撃を有しているのは列強国のパーパルディア皇国ぐらいだろうか。

 

そのパーパルディア皇国の破壊魔法ですら、日本軍の鉄の羽虫から放たれていく破壊魔法にはどうすることもできない。

 

誘導ではなく無誘導……目視による手動攻撃ではあるが、脅威となり得る長弓兵やカタパルト部隊を的確に潰していく。

 

『こちら剣1、目視で確認できるハーク城の攻城兵器群の破壊を確認した。飛竜の借りを返してもらうぞ』

『剣3より剣1へ、城門近くに白いローブのようなものを身に纏っている連中を確認……あれは魔導師か?』

『魔導師なら魔法攻撃を駆使してくるぞ。目視できるなら排除しろ。剣3と剣4は魔導師たちの排除を行え』

『了解、60mmロケットポッドと13ミリ機関砲で排除します』

『ありったけのロケット弾をくれてやる!剣5の……太田の仇だ!』

『剣1より各機へ、これより予定通り陸上戦力の脅威となり得る敵を排除する。遠慮なくやれ。焼畑農業をやる勢いで構わん』

 

攻撃ヘリコプターは二手に別れて攻撃を開始していた。

 

一つは王城周辺の兵器群の破壊であった。

 

カタパルト部隊など、目に付く敵は隈なく破壊していく。

 

布で覆いかぶせて待ち伏せをしていた者もいたが、上空から見下ろせるヘリコプターからは筒抜けであった。

 

「くそっ!鉄の羽虫だ!羽虫が襲ってくるぞ!」

「畜生!あいつら俺たちが見えるのか!」

「詠唱魔法急げ!ファイヤーボールを撃ち込むんだ!」

「早く!早く!」

 

魔導師たちは、城門から見えにくい位置で隠れていたつもりであった。

 

少なくとも、荷車やテーブル等で出来上がったバリケードに隠れて、火炎魔法を詠唱し、城門より侵入してくる日本軍の戦車を焼き殺す予定だった。

 

だが、ヘリコプター部隊が彼らの真上を陣取った時、その作戦は脆くも崩れていった。

 

『こいつら、杖を構えて……くそっ、戦闘員だ……』

『剣4より剣3へ、こっちは既に戦死者を出しているんだ。遠慮する必要はない、迷わず撃てッ』

『あ、ああ……剣3、攻撃開始!』

『剣4、攻撃開始!食らいやがれッ!』

 

ヘリコプターが攻撃姿勢を維持したまま、魔導師たち目掛けてロケット弾を撃ち込んでいく。

 

撃ち込まれた所から赤い液体と身体が四散し、血霧となるのだ。

 

人間であった証は、一発の爆薬で簡単に吹き飛ぶ。

 

騎士団も黙っていたわけではなく、重装歩兵部隊が魔導師たちを護衛していたが、鉄で出来上がった防衛用の盾は意味を成さなかった。

 

敵の戦車や装甲車の装甲板を貫徹する能力を付与されているロケット弾だけに、厚さがせいぜい5mm程度の鉄板は無力同然だった。

 

さらに味方を飛竜殺されたということもあってか、ヘリコプター部隊の中には攻撃を顕著に示す者も現れた。

 

『くそっ、ロケット弾の弾が切れた……』

『機長、一旦補給しに戻りましょう』

 

剣4は、飛竜の自殺攻撃によって仲の良かった剣5のパイロットである太田を殺されて苛立ちを隠さなかった。

 

ひたすらに、魔導師や重装歩兵が防護しようとしていた陣地に向けて、ロケット弾の発射のトリガーを引き続けた。

 

ロケット弾の弾が切れる頃には、辺り一面には赤い海が出来上がっていた。

 

だが、剣4の怒りと戦意は高ぶっている。

 

副操縦士が補給のために戻ろうと進言すると、ヘルメット越しに右手で殴りつけた。

 

『馬鹿野郎!それだとまだ戦果が出ないだろうが……があっ?!あの野郎!城壁の狭間から撃ちやがったなァ?!』

『機長!まだ城への攻撃命令は出ていませんよ?!』

『うるせぇ!攻撃してくるのは殺される覚悟のある奴だけだッ!戦闘員は降伏し無い限り殺すんだよ!こうやってな!』

 

剣4のコックピット目掛けて弓矢を放った人物が城内にいたのだ。

 

魔法攻撃を付与されていたとはいえ、コックピットの防弾ガラスを貫くことはできない。

 

しかし、矢の先端が突き刺さったことでパイロットは激高し、ロケット弾ではなく13ミリ機関砲を発射した。

 

鈍い発射音と共に、城の隙間にあった小さな攻撃用の穴が大きくなり、やがて無数の赤い霧が出た事を確認すると、剣4は城外にいる戦闘員を見つけるために飛び続けた。

 

過熱する戦場

 



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第三十八話

中央暦1639年/西暦1963年7月1日午前9時

ロウリア王国 ジンハーク城

 

空からの攻撃が一通り続いた後、日本軍の機甲部隊がハーク城に突入を敢行した。

 

王城は城塞都市としての機能を少なからず持ち合わせていたものの、現代兵器の前では無力に等しい状態であった。

 

26式戦闘歩兵車両の20ミリ機関砲が容赦なく重装歩兵たちに牙をむいた。

 

空からの攻撃をやり過ごした彼らからしても、日本軍の乗り物は『異形』の怪物に見えたのだろう。

 

決死の吶喊攻撃を敢行する者もいたが、大半が車両から降車して15式自動小銃や15式90mm無反動砲による集中攻撃を食らったのだ。

 

空からの攻撃でさえ苛烈であったが、陸上戦力に至っては尽きることのない殺傷能力の高い攻撃を受け続けている。

 

そして何よりも、彼らから【魔力】が探知できない事が、兵士達の恐怖を上げ、士気を大いに下げていく。

 

「だめだっ!攻撃を寄せ付けないぞ!」

「前衛部隊全員戦死!城の入り口は完全に制圧されてしまいました!」

「やつら、容赦なく破壊魔法を放ってきます!戦死者は増えるばかりです!」

「頼む!後退許可を出してくれ!攻撃が激しすぎて前進するだけで光弾に殺される!助けてッ!」

 

王城の一階部分は、既に大勢の騎士団の死体で埋め尽くされ始めている。

 

騎兵隊は馬を降りて交戦を開始しているが、重装甲歩兵たちの装甲が画用紙をペンで突くように破けて、血が溢れ出てしまう。

 

物陰から魔法攻撃を放とうとすれば、手榴弾や火炎放射器を使用して徹底的に【遮蔽物】となり得る場所に投げ込んだり、燃やし尽くしている。

 

悲鳴と銃声が城内に反響する中でも、日本軍は無線連絡を取り合いながら交戦を続けて流動的に動いている。

 

制圧した箇所から、敵を排除しつつ前進を開始している。

 

『第27連隊、王城の北側第一層に突入開始!損害軽微、作戦に支障なし』

『第7連隊は西側において城壁破壊を遂行、第28連隊の突入を援護します』

『国王の捕縛は上手くできそうか?』

『今のところ、敵の抵抗はそれなりに激しいですが、支障はありません。随時後続の補給部隊を送ってください。弾薬が想定よりも多く消費しています』

『こちら第26連隊、南側より王城に入るが、こっちは敵の抵抗が激しい、機甲部隊による攻撃支援を要請する』

『第18戦車連隊はこれより第26連隊と合流し、榴弾による支援攻撃を開始します』

『了解した、あと5分後に城内制圧をやりやすくするために催涙弾を各自投擲せよ』

 

事務的な無線内容を交わしながら、王城内部に突入していく日本軍。

 

完全武装した兵士達が、戦闘員と見なした者達を次々と銃声と爆音を奏でながら掃討していく様は、ロウリア側にとってみれば常套的な攻撃手段である魔力を伴う攻撃とはかけ離れたものを駆使してくる相手が近づいてくるのが分かるのだ。

 

魔法を専攻して学んでいる者ほど、これほどまでに恐怖を感じる事は無い。

 

それが招集されて集まった軍事訓練を受けていない魔法学校に通う学生であれば、尚更のことであった。

 

「なんで魔力がないのに攻撃が止まないんだ!」

「あの攻撃はいったいなんなのだ?!魔法で攻撃しているのならすぐにわかるはずだろぉ?!」

「俺は学生だっ!ヤミレイさんみたいに専門知識が豊富なわけじゃない!だけど、あいつらは王宮魔導師数十人が束ねてやっとだせるような攻撃をしてくるんだよォ!」

「くそっ、こんなのは滅茶苦茶だ!バカげている!」

「早く可燃性魔石を設置して後退しよう!」

 

できれば足止めとして、ヤミレイが考案した可燃性魔石を至る所に仕掛けて、日本軍の兵士が接近した際に放火を行う案が実行されようとした時であった。

 

日本軍は決死の抵抗を続けるロウリア軍に対して催涙弾を発射した。

 

城内は勿論の事だが、上空からもキ66近接攻撃機によって催涙弾が投擲され、マスクを持っていないロウリア軍は白煙に伴う、喉や目の痛みと呼吸困難を訴えて、更なるパニックが生まれてしまう。

 

「こりゃなんだ?!ゲホゲホ……」

「くそっ、毒魔法を使ってきたのか!」

「煙を吸い込むなッ!喉をやられるぞ!」

「早く!早く補助魔法を使ってくれ!」

「あああっ、目がっ、目が痛いッ!!!」

 

催涙弾の攻撃によって、毒などを直ぐに解毒できる魔導師を除けば、騎兵や歩兵だけで固まっていたグループは、突然の攻撃によって総崩れとなってしまった。

 

催涙弾によって魔石の点火を担っていた第4騎兵隊は、鼻水と目の激痛によって行動不能になった。

 

そこにガスマスクを被った日本軍兵士達が現れて、悶え苦しむ彼らに銃撃を浴びせたのだ。

 

『敵集団撃破、こいつら樽に何か仕込んでいたのか?!』

『爆弾かもしれん、工兵の連中に処理をさせよう。俺たちは中央を目指して突っ走るんだ』

『分かった。後続に知らせてくれ、ここに爆弾らしきものが敷設されているから気を付けろと……』

『よしっ、早いとこ終わらせようか』

 

日本軍兵士からしてれみれば蒙古や東南アジア地域における抗日運動や暴動に対応した手慣れた手段であったことから、躊躇なく城内へと進んでいく。

 

銃声と爆音は、楽譜を奏でている



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第三十九話

中央暦1639年/西暦1963年7月1日午前11時

ロウリア王国 ジンハーク城

 

ジンハーク城の防衛網は既に半分以上が突破されてしまっている。

 

防衛機能としての兵士達の役割は既に破綻しており、紙で出来た障子を破くように次から次へと装甲を撃ち抜かれてしまっている。

 

可燃性魔石を使用した焦土作戦も、大半の部隊が燃やす事を実戦する前に、催涙弾を浴びてしまい悶絶している間に、日本軍の兵士に火炎放射器で焼き殺されるか、銃殺されてしまっていた。

 

響き渡る発砲音や爆発音、それに兵士達の悲鳴や絶叫がロウリア34世がいる部屋の近くでも聞こえるようになった。

 

間違いなく、日本軍はすぐそこまでやってきているのだ。

 

すでに鎧を装着してこの王座で戦う準備を整えている大王であったが、あまりにも敵が侵攻してくる速度が速いことに内心は恐怖で押しつぶされそうになっていた。

 

「いよいよ、ここにも奴らが来るか……」

「大王様、我々近衛と魔導師が援護いたします。少なくとも最初にやってくる者達に一泡吹かせることはできるでしょう」

「そうですとも、ここで逃げては近衛としても一生恥ずべき行為。そして、強敵と戦える機会を作って下さり感謝しておりますよ」

 

近衛の隊長であるランドは大王を労っていた。

 

少なくとも、逃げ出さずに最後まで王座を守ろうとする姿勢を見せた大王を守ることを近衛として誇りに思っている。

 

そしてパタジンやヤミレイ、カルシオなどの戦闘員は王座付近で待機して、何時日本軍がこの場所を攻めてきても対処できるように防衛体制の布陣を取っていた。

 

催涙弾による攻撃も、魔導師によって直ぐに風を使った魔法で外気に送ったことで事なきを得た。

 

それによって守備兵として集まっている精鋭800人は、城の中でも体制を立て直す時間が与えられたのであった。

 

「下層の防衛陣地、全て沈黙……制圧された模様です!」

「第14騎兵連隊との通信途絶……!」

「第7重装歩兵中隊全滅!生存者無し!」

「2階は完全に制圧されました!敵は魔杖のような武装で不可視魔法攻撃をしてきます!もはやここまで……ぐわああああ!!!」

「第3近衛隊、これより敵に吶喊攻撃を敢行します!パタジン閣下、大王様を頼みます!総員、突撃!!!」

 

魔導通信を行っている通信兵は、泣きそうな表情で刻一刻と迫りくる日本軍の進軍状況を確認している。

 

通信からはどれも悲惨な状況しか流されていない。

 

反撃が出来たとか、防衛に成功しているという報告がない以上、日本軍の兵士は極めて強力な魔法攻撃を敢行しているようだ。

 

ズゥゥン……ズゥゥン……と、天井が揺れている。

 

また爆発物がハーク城の中で使われたのだ。

 

ロウリア王国の諸邦を統治した先代が遺した文化的な遺産の数々が、この戦闘で破壊されていくのだ。

 

パタジンは、この戦で死のうと決めていた。

 

近衛隊長であるランドに、大王の命を託すように命じた。

 

「ランド、何としてでも大王様を守り通せ、敵がこの場に突入しようものなら、俺が先陣を切って迎え撃つ」

「分かった……」

「重装歩兵部隊は謁見の間において防御態勢を維持!敵が突入次第魔石攻撃を敢行するッ!!!」

「王宮魔導師は兵士に治療魔法を付与し、常時傷ついても癒せるように詠唱を続けよ……」

「如何なる攻撃であっても、団結した我々を突破することは出来ぬ!」

 

 

謁見の間や、王座の周辺で防衛を掌る800人の精鋭たちは、追い込まれていたにも関わらず勇敢であった。

 

その勇敢によって彼らは次々と斃れていく。

 

謁見の間に突入した日本軍の兵士達は、硬くとじられていた謁見の間の重たい鉄製の扉をダイナマイトで爆破したのだ。

 

扉を突破されることを想定していたロウリア王国軍は、爆発と同時に敵が侵入してくると思い、すぐに可燃性魔石を着火させて投げ込んでいく。

 

瞬く間に、扉の入り口で大量の炎と煙が立ち込めていくが、日本軍兵士の断末魔は聞こえてこない。

 

そればかりか、静かになったのだ。

 

敵の足音が聞こえてこない。

 

「なぁ……敵が突入してこないぞ……?」

「まさか……撤退したのか?」

「いや、分からん……ちょっと俺が見てくる」

「気を付けろ、何かあったらすぐに引き返せよ……」

 

3分以上経過しても入ってこないと、流石に不審に思った重装歩兵の一人の兵士が近づいて様子を確認しようとしたところ、彼は突然パンという音と共に糸が切れたように後ろに倒れ込んだ。

 

「えっ」

 

彼の頭部に身に着けていたはずの装甲にぽっかりと穴が開いており、そこから血が噴き出して斃れたのだ。

 

謁見の間にいた兵士達は、何が起こったのか理解出来なかった。

 

魔力反応すらないにもかかわらず、目の前の兵士は頭を何かに射貫かれて死んだのだ。

 

そして、けたたましい音と共に謁見の間にいた重装歩兵と騎兵隊の兵士達は、無数の閃光が迸る飛礫に殺されるのだ。

 

爆破と同時に土嚢と重機関銃を設置していた日本軍によって、何も知らずに薙ぎ倒される。

 

日本軍からしてみれば、たとえ彼らがロウリア王国の精鋭であっても演習で出てくるような的でしかなかった。

 

「制圧射撃開始、動く者は全て撃て、撃ち殺せ」

「演習で使われる的だと思え、抵抗して可燃性魔石を使ってくるであろうことは想定済みだよ」

「ロウリア国王は逃亡……ないし、この辺りに隠れているかもしれん。制圧射撃完了後も気を抜くなよ」

「了解……それにしても相手は油断していましたね」

「全くだ。気の毒だがこれも戦争だ……ギムでの虐殺をここで返してやれ」

「ここにいる者は皆戦闘員だ……無制限射撃開始!」

 

重機関銃の射撃は、絶え間なく謁見の間を滝のような轟音と共に、血を潤した。

 

謁見の間は、2分もしないうちに待機をしていた600人以上の兵士達の屍で舗装された。

 

戦える者の大半が謁見の間で待機していたからだ。

 

重機関銃によって薙ぎ倒された兵士達は、大半が何が起こったのかすら理解できぬまま死んでいった。

 

そして、王座にも銃弾が飛んできたため、大勢の人間が倒れていく。

 

パタジンも、ランドも、ヤミレイも、カルシオも……無事な人間は一人もいない。

 

そして王座の扉がゆっくりと開いていく……。

 

11時だ



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第四十話

中央暦1639年/西暦1963年7月2日正午

クワ・トイネ公国 公都 蓮の庭園

 

【ロウリア戦役終結】

 

その第一報が伝えられると、クワ・トイネ公国中の街から大歓声が挙がった。

 

「戦争が終わったのか?!」

「ロウリア王国は滅んだ!臨時政府が降伏に調印したらしいぞ!」

「そりゃよかった!これで平和が訪れるんだからな!」

「やった!やったぞ!」

 

人々は家を飛び出し、街道に躍り出て大いに喜んだ。

 

ロデニウス大陸における最大の軍事国家との戦争は、僅か半月で終結した。

 

それもクワ・トイネ公国側の損害は国境警備隊及びギムの街にいた住民が虐殺されるという被害が出たものの、国の大部分は無傷でありギムの街が被った損害も数年で回復できる見込みであることから、まだ彼らにとって希望は大いにある。

 

しかし、戦勝国として勝利したものの素直に喜べない者達がいた。

 

それはクワ・トイネ公国の政府首脳部であった。

 

「戦争が終わったのは喜ばしい事です……しかし、ロウリア王国は崩壊したのですか?」

「ええ……ハーク・ロウリア34世は王城の戦いで戦死、南部諸邦は我々の味方になりましたが、各地で民族・部族間対立が表面化し、敗戦と同時に各地で一斉蜂起と権力闘争が激化しております」

「今後、ロウリア王国より独立を果たした南部諸邦との関係を重視していきますが、亜人種排斥の思想が根深い西部部族連合などは未だにクワ・トイネ公国への抵抗を諦めておりません」

「……まだまだ戦争は終わったわけではないのですね」

「はい、今はあくまでもロウリア王国の暫定政府が樹立し、南部諸邦と共に我々の味方になるように取り込み作業をしている最中です。そして、抵抗勢力に関してはこのような写真というものを空中より散布して戦意を喪失させようとしているみたいです」

 

カナタ首相の下に届けられたのは、炎上し黒煙の舞い上がるジンハーク城の写真であった。

 

日本の窓口担当を行っている田中大使より受け取った写真は、絵画よりも正確で透き通った作りをしていた。

 

かつて日本の植民地であり、財閥企業が牛耳っている広東国で生産されていた帝都通信工業製のカメラによって撮影された写真だけに、くっきりとジンハークでの戦いが激戦であったことが伺える。

 

カナタは、この写真に人々の死臭が付いていない事に安堵していた。

 

流石に兵士達の死体を直接写した写真は送ってこなかったが、壁に無数に空いた弾痕や血しぶきなどで床が黒く変色してしまっている様相だ。

 

モノクロ写真であっても、ここで何が起こったのかは容易に想像できる。

 

ジンハークの戦いでは、多くの民間人が兵士として駆り出されたこともあり、ロウリア34世が戦死した事を告げるアナウンスが放送されても、まだ大王が生きていると思い込んでいる者達は戦うという選択肢を取った。

 

結果として日本軍はそうした抵抗勢力に関して徹底した爆撃と銃撃を加えて、跡形もなくジンハークで立てこもっていた抵抗勢力が占領していた都市区画を爆撃機や自走榴弾砲で吹き飛ばし、抗戦の意志を示すものは老若男女問わず攻撃の手を緩めなかった。

 

(日本帝国……やはり恐るべき力を持っている……数十万人の軍勢を僅か半月で蹴散らした上に逆侵攻を行って占領するなんて……列強国ですよ……)

 

カナタ首相の脳裏に浮かんだのは、公都を旋回するヘリコプターから機銃掃射を受け、飛竜よりも更に速い速度で飛行する鉄竜によって燃え盛る街が浮かんだ。

 

一歩間違えれていれば、自分達の街がジンハークのような結末を迎えていたことだろう。

 

幸いな事だが日本政府は租借した土地の契約についても好条件で建設を取り付けているし、高木首相もクワ・トイネ公国に対して好意的である。

 

しかし、一方間違えていたらこの写真に写っている光景は自分達の見慣れた街の景色となっていただろう。

 

そして、戦後処理を話合う蓮の庭園に爆弾が降り注いで燃え盛る炎で苦しみながら死んでいく……。

 

想像しただけでも身の毛がよだつ思いであった。

 

「もし、マイハークでの一件で戦争になっていたら、我々がこうなっていたに違いないですね……」

 

カナタ首相の言葉は比喩でもない。

 

ロデニウス大陸随一の軍事大国が、徹底して叩きのめされた末に滅亡をしてしまったのだ。

 

国家は分断され、傀儡政権が樹立したとしても戦後の賠償金を考えれば政府の自由意思決定など無くなる。

 

もしも、あの時政府内部の急進派勢力の意見に押されて日本との開戦に踏み切ったとしたら……テーブルの上に置かれているのは水の入ったコップではなく、自分の斬り落とされた首かもしれない。

 

「……とにかく、日本帝国とは今後も関係を維持していきましょう……我々が敵う相手ではありません……」

「そうですね……あとは駐在武官からの具体的な戦況報告を聞くことにしましょう」

 

政府だけではなく軍に関しても彼らは「敵になったら対応できる相手ではない」と結論付けている。

 

そして、戦争に勝った裏側でゆっくりとクワ・トイネ公国の足元は日本の魔の手から逃れないように浸蝕されていたのであった……。



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第四十一話

中央暦1639年/西暦1963年7月8日正午

大日本帝国 霞が関

 

ロデニウス大陸におけるクワ・トイネ公国の時局を決める戦争が終結したことを踏まえて、霞が関では日本の政治家が主導する官民一体の大陸への進出事業が加速度的に進んでいた。

特に、満洲国での開拓事業やノウハウを活かして政府内部で発言権を有していた岸は、この進出事業に関する話題に関しては右に出る者は居なかった。

 

岸にとって、この進出事業のプレゼンを行うのに必要な事は企業の実績とノウハウがどれだけあるか……そして、彼らが自社の利益優先主義に走るのではなく、大陸に根を広げる上で必要不可欠な人脈となる必要があるのだ。

 

ここに集まれられた企業は、日本の四大財閥である「靖田」「八菱」「四井」「国友」ではなく、日本の傀儡国家であり日系企業による独占的な利益が確保されていた広東国で名だたる新興財閥の者達であった。

 

それぞれ帝都通信工業、足尾産業、松芝電機の代表取締役社長たちであり、彼らもまた日本が転移した際に帝国本土にいた矢先に巻き込まれてしまった不幸な者達であった。

 

先に、岸は帝都通信工業の社長である盛田に声を掛け、国内における帝都通信工業の状況を聞いた。

 

「盛田さん、現在本土内にある工場はどのくらい稼働できそうですか?」

「……わが社では生産拠点のほとんどが広東にありました。今現在稼働できるのは長野と金沢にある組立工場だけです」

「成程……帝都通信工業としては、今までのように活動するのは困難な状況であるのは間違いないですね……」

「ええ、残念ながら仰る通りです。ただ、わが社だけではなく……ここに集められた足尾産業や松芝電機も同じ状況であるのは否定できません」

 

盛田にとって、本土は企業買収や旧友との仲違いをした忌々しい場所でもあった。

 

本土ではなく、新しく出来上がった広東国で一肌脱いで事業を立ち上げ、移住してきた日本人だけではなく現地の中国人との協力によって、彼の作った企業は共栄圏でも名前の知らない人はいないまでに成長できたのは、まさに奇跡のような出来事であった。

 

しかし、靖田財閥が起こした不祥事をキッカケに発生した経済危機により、彼の歩んできた栄光への懸け橋は崩れてしまい、辛うじて首の皮一枚で繋がっている状態だ。

 

経済危機による対応を協議するため、帝都にて各財閥企業を集めた対策会議に参加していたことで、盛田は転移現象に巻き込まれてしまったのだ。

 

会社を一緒に支えてくれた家族だけではなく、優秀社員として愛着を持っていた現地民や中国人の殆どは広東国に残したままだ。

 

盛田に残されたのは、国内に二箇所ある組立工場と本土での販売を管理している帝都通信工業支社のオフィスビルだけだ。

 

そして、盛田だけではなく他の足尾産業や松芝電機にとっても同じ状況であることも事実であった。

 

「……貴方たちは新天地において、企業を共栄圏でも随一の大企業へと発展させた実績がある。政府としてはロデニウス大陸において日本の影響力を高めるためにも、様々なアプローチを試みる必要がある……これから渡す資料に目を通して欲しい……」

 

岸は部下に命じて資料をそれぞれ配布させた。

 

そこに書かれていたのは、盛田をはじめとした新興財閥にとっては驚きの文字が綴られていた。

 

【ロデニウス国際連合商社】設立に伴う旧広東国企業の統合化にむけた取り組み

 

そう、既に日本は四大財閥を中心にクワ・トイネ公国に植民を開始している。

 

しかし四大財閥だけでは不十分であると感じた岸は、日本の影響圏の拡大と窮地に追いやられている技術革新の目覚しい広東国の企業を救うために提案を申し出たのだ。

 

既に広東国における工場や人員を喪失している彼らにとって、このままもがいて窒息死するのは避けたい事態だ。

 

そこで広東国の名だたる三大企業を経営統合し、新しい企業統合を行って再起を図るというものである。

 

この企業統合化に向けた動きの中で着目しているのは、統合化する前に各企業において軍事装備品や輸出品をクワ・トイネ公国やクイラ王国、現地の植民作業を行っているマイハークにプレゼンし、その中でも優れた商品の輸出を執り行うものだ。

 

要するに、三大企業の中でも大陸での実績を挙げた企業が、この新設される企業の経営権を握ることが出来るというものだ。

 

ただし、好き勝手にやれるわけではなく、統合化に向けて国が出資を行う関係上、政府に対する無碍な行為は許されない。

 

商品の製品化に伴うコストや人件費、出願特許権で生じた利益のうちの5%は国への納金が義務化される上に、会社の重役ポストには国から派遣される人材を雇用したり、活動する地域で得られた情報に関するものも全て報告するという義務が生じるのだ。

 

監視されるデメリットも大きいが、統合化した企業の実権を握れば新大陸の経済利権を享受することが可能になるのだ。

 

ハイリスク・ハイリターン……。

 

だが、これに参加をしなければ会社は潰されてしまうだろう。

 

盛田はペンを握り、ロデニウス国際連合商社の立ち上げの参加人として署名を行う。

 

残りの足尾産業と松芝電機の社長もサインを執り行ったことで、ゆっくりと政府による企業の支配が浸透していくのであった。



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第四十二話

中央暦1639年/西暦1963年7月30日午前2時過ぎ

旧ロウリア王国 現ロウリア暫定政府支配地域 ジンハーク

 

以前とは比べ物にならないほどに寂びれつつある都市。

 

ロデニウス大陸随一の軍事大国の王都であったこの場所では、日本軍とクワ・トイネ公国軍による支配地域であり、彼らの傀儡国家である【ロウリア暫定政府】が設置されている場所でもあった。

 

午前2時……。

 

暗闇の街中を明るいライトを照らした車列が走り出していく。

 

トラック、装甲車が車列を成しており、この車列には日本軍の軍事教練を受けたクワ・トイネ公国の憲兵隊が搭乗しているのだ。

 

日本軍のお下がりである三十八式小銃や、五式小銃で武装したエルフやドワーフがトラックに搭乗し、先頭のジープが止まるとトラックも停車して次々と降車していく。

 

「こっちだ!第二、第四班は既に展開完了しました」

「よし……第三班、降車!降車!」

「いいか、建物を包囲してから突入だ!中にいる人間は抵抗するようであれば実弾射撃も構わん!」

 

ジンハークでは、日本とクワ・トイネ公国両国の憲兵隊による一斉捜査が開始されていた。

 

爆撃によって破壊された大聖堂や、魔法大学の跡地にて日本軍の車列が暗闇を照らすように並んでおり、上空からは日本軍の偵察ヘリが建物目掛けてライトを照らしている。

 

捜査の理由は「日本軍やクワ・トイネ公国への攻撃を企んでいる者たちが集結している」というものであり、いたずらの類ではなく精度の高い情報であったことから憲兵隊が出動しているのだ。

 

情報提供を行ったのはロウリア王国からの分離・独立を行い、真っ先に日本・クワ・トイネとの関係を結んだ南部諸邦であった。

 

敗戦国となったロウリア王国は、既に判明しているだけで四勢力に分裂しており、さらに地域ごとに反国王派の部族もいれば、まだロウリア大王が死んでいないと信じて旧ロウリア王国支配地域にて大王を名乗る人物が建国した『神聖ロウリア王国』が存在するなど、混迷を極めていたのだ。

 

かつての大国が瞬く間に崩壊し、国家が無数の地域・部族ごとに分裂している様相に、思わず日本軍兵士は呟いた。

 

「まるでソ連崩壊後のロシアみたいな状況だな……」

「ソ連が崩壊して各地の軍閥支配か……それが諸侯や部族に置き換わったとなればそうだよな……」

「極東に天命シベリア……あとは東部の赤軍派だったか?中央はもうぐちゃぐちゃしていてわからないぐらいに分裂していたな……」

「全く……国が統一するのに何年かかるやら……」

 

彼らのいた世界のソ連はドイツ軍の猛攻によって敗北し、ロシアという国家そのものが大分裂を起こした。

 

独ソ戦の敗戦とそれに続く共産党の残党勢力による反攻作戦が瓦解した事によってソビエト連邦は完全に崩壊し、各地に軍閥支配地域が出来上がった。

 

ソビエト連邦の復興を目指しているソ連共産党もあれば、王族の復活を目指している者、キリスト教の教えによってロシアを復興させようとする者、また犯罪者で構成した軍人が複数の民間人を虐殺した悪名高いナチスドイツの「第36SS武装擲弾兵師団」が支配している場所も存在する。

 

この世の地獄の様相を呈する地域となり、転生前におけるロシアは列強諸国を見ても『戦国時代』と言っても差し支えない場所だった。

 

ロウリア王国はどうだろうか?

 

ロウリア王国の政府上層部は壊滅し、一部幹部を除けばジンハーク城の戦いで戦死した。

 

しかし、まだ中央政府が機能しているという面においてはソ連よりも幸運だった。

 

ジンハークの戦いで辛うじて生きていたヤミレイが日本軍の捕虜となるものの、彼は日本とクワ・トイネ公国の提案によって政府首班の座を担うことになった。

 

その理由としては開戦初期において亜人殲滅を掲げる作戦の立案に参加していなかった事。

 

ロウリア王国の中でも権威ある人物であり、事実上内戦状態に陥ったロウリア王国の再建、及び南部諸邦の関係者ともかねてより友好であったこと。

 

何よりも、政府上層にいたことから情報提供者として彼は首の皮一枚でつながった存在だ。

 

そんなヤミレイは暫定政府首班という地位にいるが、実質的に日本やクワ・トイネ側の提案を拒否することはできない。

 

それをしたら最期、他の人物が後任を任せられるだけだ。

 

事実上の傀儡であり、日本とクワ・トイネの要求や提案を呑むしかない応答機としての役割を担っている。

 

そんな過程において、複数の指名手配されているロウリア王国軍関係者が反乱を企てたとして、日本・クワ・トイネ両国は治安維持を名目にして軍事介入を行っているところだ。

 

クワ・トイネの兵士達の殆どは亜人種である。

 

特にギムでの虐殺行為で家族や親族……友人を失った者を優先して治安維持を担う憲兵隊に配属させており、彼らは喜んで鎮圧作戦に武力を持って行使を行った。

 

家族や親族、友人が無惨な姿で殺された報いと言わんばかりに、彼らは日本軍の指揮官が発した命令を大声で復唱しながら抵抗するロウリア人を鎮圧していく。

 

「憲兵隊だ!直ちに武器を捨てて投降しろ!」

「聞こえないのか?!武器を捨てて投降しろ!」

「止まれ!止まらないと撃つぞ!」

 

建物に突入した彼らは小銃を構えて突入していく。

大半のロウリア人は、ジンハーク城での戦いを目の当たりにした影響もあって、民間人上がりの民兵はすぐに投降したものの、逮捕されたら処刑されると確信している元正規軍兵士達は槍や弓矢で武装し、叫びながら突進を開始した。

 

「「「ロウリア王国万歳!!!!大王様に栄光あれ!!!!」」」

「構わん!撃てッ!!!」

「射撃開始!動くヤツは全員撃てッ!!!!」

 

大聖堂が、魔法大学が……。

辛うじて崩壊を免れていた建物の内部で、小銃の閃光と銃撃音が響き渡る。

 

亜人殲滅を掲げていたロウリア王国は打倒され、亜人殲滅を掲げていた大王とその思想に付き合っている哀れな兵士達は現実を見えないまま、亜人の兵士によって一人、また一人地面に赤い池を作って死んでいく。

 

7月が終わろうとしていても、まだ銃声は鳴り止まない。

 

憎しみの連鎖



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第四十三話

中央暦1639年/西暦1963年8月7日午後2時

クワ・トイネ公国 公都

 

公都の一室に設けられた刑務所の独房。

 

元々凶悪な殺人犯向けの独房として作られていたが、長年使われていなかった事もあってか、部屋の片隅には蜘蛛の巣が張り巡らされていた。

 

壁もよく見ればカビが生えており、換気もされないためにどんよりとした空気が立ち込めており、衛生的にもあまり長時間いることはオススメできない。

 

だが、この独房にいるのは、クワ・トイネ側の国民感情にしてみれば、「これでも温情を施している」と言いたくなる相手であった。

第三文明圏外の民に対して「蛮族」と平気で罵るような傲慢な態度を取っている連中だと、判っているからだ。

 

薄暗い部屋の中で取り調べを受けているのは、第三文明圏における列強としてこの世界に君臨しているパーパルディア皇国の国家戦略局の職員であった。

 

彼はパーパルディア皇国を通じてロウリア王国への軍事支援を行っていたことがヤミレイからの報告で明らかになっており、しっかりと証言が行える唯一の証人であった。

 

ジンハークの戦いにおいて王城での決戦に挑んだ結果、非戦闘員を巻き込んだ戦いとなって大勢の死傷者を出した。

 

城の中で軟禁されていたパーパルディア皇国の国家戦略局職員と諜報員は、自分達の運命を呪い、被害が出ないことを祈るしかなかった。

 

戦いの末に、軟禁されていた部屋で銃声を聞いてパニックになった大勢の職員と諜報員は部屋を飛び出して、鉢合わせした日本軍に対して魔法攻撃をしてしまったのだ。

 

攻撃を受けた日本軍からは、ロウリア王国軍の戦闘員と見なされて、瞬く間に銃殺されていた。

 

唯一、銃声を聞いた弾みで腰が抜けてしまい、部屋の片隅でロウリア王国に関する戦果報告用の資料を抱えてうずくまっていたただ一人の職員を除いて全滅したのである。

 

「あの時、仲間たちと一緒に死ねたらどれ程までに幸運だったか……」

 

そのまま城を占領した日本軍の捕虜となり、咄嗟にパーパルディア皇国人であり、今回の戦争に巻き込まれたために外交を通じて釈放してほしいと嘆願するも、ロウリア王国への軍事支援を行っていた関係者だと判明してしまい、クワ・トイネ公国に送還されたのである。

 

日本軍とクワ・トイネ公国軍双方の憲兵隊が、この国家戦略局の職員を取り調べており、ほぼほぼ戦争に助力を行っていたとしてどのような処遇を行うかで話し合いがされていたのだ。

 

やがて、日本軍の憲兵隊により、彼はカビや湿気の酷い独房から解放されて、幾分かマシな部屋へと移送された。

 

窓の外が見える部屋で、外からは陽射しと心地よい風が入り込んでくる。

 

テーブルには暖かく湯気が立ち込めている肉入りのスープ、採れたてのリンゴ、そしてクワ・トイネ産の小麦を使用したパンが置かれている。

 

「あと30分後に尋問が行われる。それまでに食事を済ませておくように」

 

椅子に座って食事を取るように言われた職員は、ゆっくりと食事を取ることにした。

 

かれこれ、一週間は具なしのスープとぼそぼそとしたパンしか配給されなかった職員にとって、本国で何不自由なく味わっていた食事が、御馳走となっていたのだ。

 

「……うまい……!」

 

スプーンでスープを啜ると、具材が絡み合って濃いスープは最近食べた中でも一番美味しいと感じた。

 

一杯、また一杯とスープを啜り、具材をよく噛んで味わう。

 

パンとリンゴに関しても、ゆっくりと噛みながら味を確かめており、職員は先程とは打って変わって心地よい気分になった。

 

そんな束の間の楽しい食事の時間はあっという間に過ぎ去ってしまう。

 

食事を食べ終えると、三人の黒い服装をした男が部屋に入ってきた。

 

顔立ちからもクワ・トイネ人ではなく日本人のようだ。

 

三人のうち、二人はカメラとマイクを手に取って機材の調整を行っている。

 

これから職員の言質を取り、録音と録画を行うのだ。

 

これは尋問ではあるが、同時にパーパルディア皇国に対する牽制と外交カードに使う予定で執り行っているのだ。

 

残る一人は対話を担当していることから、職員の前に座った。

 

職員から見ても、目の前にいる老人が、かなりのやり手である事は疑いようが無かった。

 

職員の顔をチラリと見ると、ゆっくりとした口調で老人は話し始めた。

 

「私は日本帝国から出向し、現在ロデニウス大陸治安維持局長を務めている須磨という者だ。楽にしてくれていい……正直に話してもらえれば君を即座に釈放し、本国に帰そうと思っている」

 

須磨は、職員に帰国を行う条件として取引を持ち掛けたのだ。

 

それはパーパルディア皇国がどのような形で軍事支援を行っていたかについてであった。

 

パーパルディア皇国は国家戦略局の独断でロウリア王国への軍事支援に踏み切った経緯があり、職員もある程度は把握していた。

 

パーパルディア皇国内における権力闘争の一環として、諸外国の紛争などに関与していることも知っているのだ。

 

「正直に答えてくれたのであれば、我が国は君の身の安全を保障する。もし亡命を希望するようであれば協力を惜しまない」

 

既にパーパルディア本国には、国家戦略局がミスをしたことを知られていて、おかしくない頃合いだ。

 

それに、ここで証言をして本国に帰還できたとしても、職員の身の安全が保証されるわけではない。

 

良くて降格処分、最悪皇帝陛下の怒りを買って処刑されることも、充分に有り得る。

 

ましてや、文明圏外の蛮族と侮っていた相手に一方的に殲滅され、自分達の支援していた戦力が灰燼に帰すのを目の当たりにしているのだ。

 

職員の選択は一つしかない。

 

積極的に知りうる限りの情報と、押収されたであろう資料以外の知っている情報を目の前の須磨という老人に売り渡すしか、生き残る術がないことを……。

 

「わかりました……すべてお話いたします……」

 

職員は全て洗いざらい話した。

 

後がないことを悟ってか、職員は亡命を希望した上で、国家戦略局に関する情報なども須磨に包み隠さずに話したのである。

 

そしてその様子は、帝都通信工業のトランジスタ技術を応用して作られた映像機材によって、パーパルディア皇国の行ってきた陰謀と謀略として、しっかりした映像媒体に記録されたのである。

 

2時間ほどで職員に対する質問は終わり、須磨は記録した映像と音声を保管するように指示した。

 

この映像と音声はその日のうちに日本本土に届けられた上で、パーパルディア皇国への対策に充てられることとなったのである。



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第四十四話

中央暦1639年/西暦1963年8月15日正午

パーパルディア皇国 皇都エストシラント

 

パーパルディア皇国。

 

フィルアデス大陸の大部分を実行支配し、周辺国を傀儡ないし併合することにより、その影響力を強めている国家である。

 

この国家が第三文明圏の中核を成す存在であり、世界でも列強国としての地位を確立しているのは、この世界では常識として語られている。

 

そんな列強国であるはずのパーパルディア皇国の政治と経済の中心部において、国家の沽券を揺るがす事態が発生した。

 

きっかけは彼らに貢物を送ってくれる文明圏外国であるはずのとある国家が持ち込んできた資料であった。

 

「……いつまで我々を待たせるおつもりか?こうして出向いているにもかかわらず、我が国を足止めするとは……すぐに局長を呼んでもらいたい」

 

既に二か月以上も足止めを食らっていた日本の外交官である朝田が、しびれを切らして外交を担当している第3外務局の窓口係に問う。

 

朝田は元々満州において日本人枠で外交関係の職務を通じて働いていたということもあり、中国大陸の気質を持ち込んだような迫力と手腕があった。

 

靖田財閥による経済危機と、それ以前から燻っていたハワイに弾道ミサイルを設置したことによる日米が核戦争一歩手前までエスカレーションした「ハワイ危機」により、朝田は満州国を通じて得られた諸外国の情報を持って本邦の外務省に出向していたところで転移現象に巻き込まれたのだ。

 

技術官僚派である田中とは同期であり、彼の尊敬している岸の影響もあって外務省の官僚や高官との繋がりも深い。

 

そして、彼の心の中には経済・軍事においてもアジア圏で絶対的な大国として君臨した大東亜共栄圏の宗主国としての誇りを持ち合わせていた。

 

第三文明圏への接触を任された朝田は、日本からの親書を持ってパーパルディア皇国を訪れたのだ。

 

しかし、窓口係のライタという女性からは「窓口の順番が一杯ですので国交交渉書を確認してからお呼びします」と言われ、二か月もの間足止めを食らっている。

 

曲がりなりにも世界第二位の経済力とアメリカ・ナチスドイツに次ぐ軍事大国であった日本に対する非礼な扱いと振る舞いには、流石に朝田といえど限度を超えていた。

 

そんな朝田に対して、窓口係は冷笑するかのようにきっぱりとその要請を断った。

 

「失礼ですが……あなた方の国交交渉内容を見ましたけど……あれはいけません。あれでは局長にすら合わせられませんよ?」

「……といいますと?」

「我が国……パーパルディア皇国人の治外法権を認めないとは、文明圏外の蛮族の思想です。そんな非礼な対応をされては合わせる顔をありませんから……」

 

パーパルディア皇国にとって、列強国は対等に接するべきであり、それ以外の未承認国家や文明圏外の国は、貢物を持ってくるか筋を通して窓口係に金品を渡してから局長に通すことが『常識』であった。

 

しかし、日本ではその常識が通用しない。

 

そればかりか、主権国家である日本に対して外交官ですらない一般のパーパルディア皇国人に治外法権を認めるというのは、犯罪を犯して本国に戻っても法で裁かれることが無い。

 

江戸時代末期に欧米列強からの圧力によって治外法権を押し付けられ、数十年かけて列強国となって治外法権を撤廃させた日本にとって、パーパルディア皇国の要求は侮辱に等しい。

 

ばかげている上にパーパルディア皇国人がその事に対して『疑問』にすら思っていないことが朝田は日本以上に傲慢と偏見に満ちた国家であるとゲンナリした。

 

……いや、正確にいえば日本も確かにパーパルディア皇国のような傲慢はある。

 

太平洋戦争に勝利したが、結果としてアジア諸国を独立させても財閥による経済支配で利権を吸い上げ、汚職と経済腐敗によって本土は潤い、中国や東南アジアでは反対に飢えや貧困に苦しむ人も多かった。

 

中国大陸に至っては、二度と反逆が出来ないようにと意図的に中国各地の各軍閥に統治させ、広東国などの一部地域を除いて大量生産できる南京米などを日本向けに生産させる抑圧経済でもあった。

 

アメリカなどからは『サムライの奴隷』と揶揄されるほどでもあったが、それでもパーパルディア皇国と違うのは、最低でも日本は発展途上国であっても外交官は受け入れて大使館を通す筋ぐらいはあった。

 

だが、パーパルディア皇国はそんな必要最小限の事ですら出来ない。

 

傲慢とプライドによって生きている国民性なのだ。

 

「まぁ……我々といたしましても、文明圏外なら文明圏外らしく誠意を見せてもらいたいものですね」

 

窓口係の女性は朝田に向けて冷笑ともいえる微笑みをしながら言った。

 

時間にして10秒ほど経過した頃だろうか、朝田は鞄から新たに書類を窓口係の女性に投げつけるように渡した。

 

「貴国の無礼な振る舞いには十分飽き飽きした。本題に入ろう……この書類には貴国の政府機関が関わった戦争の詳細、それから貴国が狙っている標的について詳しく書かれている……」

 

外交の窓口で書類を乱暴に投げつけるという行為に驚きつつ、女性が書類に目を通すと先ほどまでの威勢は無くなってしまった。

 

そこに記載されていたのはパーパルディア皇国の政府内部を詳しく知っていない者でなければ知り得ない情報がきめ細かく記されていたからである。

 

国家戦略局がロデニウス大陸での戦争に深く関わっていたことだけではなく、第3外務局をはじめとした国家機関がアルタラス王国への内政干渉を行い、この世界でも有数の魔石採掘量を誇るシルウトラス鉱山の利権を巡って戦争を起こそうとしている事が綴られていたのだ。

 

すでに、日本はパーパルディア皇国を知っているのだ。

 

それも、国外には秘匿されているべきはずの機密情報まで持ち出し、それを見せつけている。

 

ここで初めて窓口係は知ったのだ。

 

目の前にいる外交官は、タダのボンクラではなく恐るべき怪物であると。

 

「私は貴国の情報を知っている。だからこそ改めて問おう。局長に今すぐ会えるかね?」

 

朝田は睨みつけるように窓口係の女性に鋭い目つきで見つめる。

 

女性職員は観念したのか、アタフタしながら局長に事情を説明した上で呼び出して迎賓館への案内を任されたのであった。



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第四十五話

中央暦1639年/西暦1963年8月15日午後1時

パーパルディア皇国 外務局迎賓館

 

(彼らが日本国の外交官……我が国の情報を既に持っているというわけか……)

 

迎賓館で日本国の使者を出迎えたカイオス局長は、目の前にいる人畜無害そうな人間がパーパルディア皇国の軍事機密情報の入った書類を受付係の人間に放り投げてきたと聞いて、どんな蛮族かと思っていた。

 

だが、目の前にいる外交官の朝田と彼の部下である篠原は、眼鏡を掛けた大人しそうな人物に見えた。

 

服装も、パーパルディア皇国のような豪華さはないものの、一通りの礼装を施しているのを見るに、礼儀知らずではないように直感で感じ取っていた。

 

そんな人物がパーパルディア皇国の中でも政府高官しか知らされていない重大案件を把握しているという事は、朝田の上司……ひいては日本政府は更に具体的な機密情報を知っていてもおかしくない。

 

第3外務局を中心に、アルタラス王国の魔石採掘の利権獲得のために、外務局同士で縄張り争いをしている事も、この二人にはお見通しなのだ。

 

(パーパルディア皇国は列強国だ……列強国として諜報機関も、監査軍も皇国軍も揃っているはずだ……ただ、目の前にいる日本帝国の外交官からしてみれば、我々を列強と認識していないのでは……?)

 

そう、パーパルディア皇国の軍事力はフィルアデス大陸をはじめ、第三文明圏の内外には広く知れ渡っている。

 

軍事力・経済力を含めても、第三文明圏内で敵う国家は存在しなかった。

 

目の前にいる日本を除けば……。

 

「どうぞ椅子におかけください。第3外務局局長のカイオスです。先程は受付係の者が非礼な振る舞いをしたみたいで申し訳ございません……」

「いえ、こちらも少し頭に血が上って失礼な対応をしてしまい申し訳ございませんでした」

 

カイオスは先に受付係の行った非礼な行動を謝罪すると、朝田が頭を下げて謝罪を行った。

 

最低でも外交的な礼儀を執り行うことは出来ているようだ。

 

内心ホッとしたカイオスだったが、次に朝田が口にしたことはそんなカイオスの平穏を打ち破った。

 

「日本帝国政府は、ロウリア王国に軍事供与を行った貴国に対して、クワ・トイネ公国と我が国への戦争賠償を求めます」

「なっ……なんですと?!」

「自分が何を言っているのか分かっているのか?!」

「我が国に対して無礼であろう!」

 

カイオスは思わず叫び、カイオスの部下であるタールやバルコに至っては顔を真っ赤にして激怒している。

 

無理もない。

 

あくまでも国家戦略局がロウリア王国への軍事支援に深く関わっていたとしても、それはあくまでも()()()()()の問題であり、国家の問題ではないという認識であったのだ。

 

それを日本側は阻止できる状態であったにも関わらず、無視した結果戦争が引き起こされたと主張したのである。

 

「では、これをご覧になられてもそれを言えますか?」

「……これは?」

「写真です。すべてクワ・トイネ公国で撮影されたものです」

 

憤慨するパーパルディア側を静止するように、朝田は複数の写真を見せつけた。

 

写真と言われたので列強国の一国で知られているムーの同様の技術を有しているのかとカイオスが状況把握も兼ねて手に取ると、思わず声を漏らす。

 

「うっ……これは……」

 

天然色(フルカラー)で鮮明に映し出された写真には、おぞましい光景がくっきりと映し出されている。

 

そこに映し出されているのは、ロウリア王国の東方征伐軍によって惨殺された人の死体の写真であった。

 

白黒であれば、ある程度は目を逸らしても記憶に残りずらかったかもしれない。

 

しかし、広東製の高性能カメラによって撮影された写真の多くが、明らかに残忍な手段によって殺された非戦闘員である民間人の惨殺死体が数々と納められていたのである。

 

先程まで日本への批判をしていたタールやバルコも、その凄惨極まりない光景を映し出した写真を見て、言葉を失った。

 

「貴国の国家戦略局によるロウリア王国への軍事支援によって、この街にいた殆どの人間は一部を除いて惨殺されました」

「惨殺……では、貴国が我が国の機密情報を持っているというのは……」

「察しがいいですね。現地で戦争犯罪を執り行った国家戦略局の職員が自白してくれたのですよ。我が国への亡命を希望しましたので、彼は身の安全の為に我が国が責任を持って保護しております」

「……この事は貴国の上層部は把握しているのですね?」

「ええ、その認識でお間違いはありません」

 

既に、日本側は多くの外交的に有利なカードを持っていた。

 

それも一枚や二枚だけではない。

 

こちらが対抗しようとすれば、倍々で返してくるのは目に見えているからだ。

 

朝田は続けるように言った。

 

「少なくとも、ギムでは判明しているだけで9万人以上の市民が犠牲になった。ロウリア王国への軍事支援によって引き起こされた悲劇です。軍事支援に関する責任の所在をハッキリしない限り、我が日本帝国政府はこの件では一歩も引きません」

 

カイオスにとって、朝田の発言は事実上の降伏勧告にも等しいものでもあった。



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第四十六話

中央暦1639年/西暦1963年8月15日午後2時

パーパルディア皇国 外務局迎賓館

 

「我々としても、国家戦略局は独立性の高い部署であり……」

「部署のせいにしたとしても、結果としてこうした残虐行為を行う国家に飛竜や装備品を提供している事は証拠も揃っているのですよ?自分のせいでなくても、貴国の機関が関わった以上は対応してもらわないと困るのですよ」

「では、貴国は我が国の……皇国人を返してもらいたい!亡命いえど我が国の国籍を……」

「いえ、それはできません。我が国に亡命を希望し、既に()()()として帰化申請もしているのです。我が国は彼の亡命の意志を尊重していますが、最低でも対等な条件で接してもらわないと交渉すらできませんね」

「うぐぐ……あなた方はどこまで皇国を……」

「バルコよせ……」

 

一時間程、日本と第3外務局との交渉が行われていたが、その交渉はハッキリ言えば日本がパーパルディア皇国側……つまるところ対応していた第3外務局側の発言に対して、全て反論したり論破したりした結果、すでにカイオスもこれ以上とやかく言えることが出来なくなっていた。

 

既に交渉の主導権は日本側が握っていた。

 

パーパルディア皇国側が反論したとしても、日本側は正論を持ってこれを跳ね除けてしまう。

 

朝田を含めて、日本側の外交官は手慣れており、逆にカイオス達は文明圏外の諸外国を相手にしていたことが長かったこともあり、相手を見下したり挑発したり、果ては恫喝するようなやり方でしか自分達の権威を示すことが出来なかった。

 

つまるところ、第三文明圏の中でも列強国として居座っていた彼らの椅子に、大日本帝国という超大国がその椅子にパーパルディア皇国を押しのけて座ろうとしているのだ。

 

文明圏外の発展途上国であれば、見下したり懲罰という形で監査軍を使って侵略戦争を行って黙らせることが出来た。

 

しかし、目の前にいる国は最低でも列強国であるムーと同程度かそれ以上の国力を持っているのではないか?

 

カイオスは、外交に携わる者として目の前にいる日本という国家が強大な力を持っている国家であると分かるのだ。

 

それ故に、強く出ることも出来ない為に、どうしても対応が後手に回ってしまっているのだ。

 

朝田からしてみれば、この世界における列強国とはいえ、かつて自分達のいた世界で核戦争のリスクを孕んで拡張を続けていた米国やドイツと比べたら、これぐらいの相手を黙らせるには十分であると確信している。

 

そして、相手に自分達が格上である証拠を突き付けておく必要がある。

 

列強国として、そして共栄圏の宗主国である日本がどのような国家であるかを分からせるのだ。

 

(この辺りでいいか……?)

(ええ、そろそろやりましょう……)

 

朝田は篠原に、カイオスたちに一撃をお見舞いするべく、()()()()()を見せることにしたのである。

 

「では、少なくとも日本帝国側が転移国家である証拠をお見せしましょう」

「……これは魔導式映像機ですか?」

「いえ、これは魔導は使いません。我が国の企業が製造した映写機です。これには、我々のいた世界で17年前に終結した大戦争の顛末を見てもらいたいと思います」

「大戦争……?」

 

カーテンを閉めてから、篠原は壁に映写機を使ってフィルムを回し始める。

 

そこに映し出されたのは、カイオスが絶句する内容であった。

 

【大日本帝国:内務省制作 大東亜戦争勝利記念映像】

 

文字は大陸共通語ではなく、日本独自の言葉であった為にカイオスは文字は読めなかったが、フィルムに映し出された映像には大日本帝国の技術力と軍事力をまじまじと見せられることになる。

 

飛竜を保有しているパーパルディア皇国の海軍の竜母以上の大きさを誇る鋼鉄で出来た巨大空母が何隻も竣工している。

 

その空母の甲板にはプロペラを使って稼働する航空機が数十機も配備されており、空母から飛び立つととある場所に空爆をしている映像が流れ出る。

 

「西暦1941年12月8日……日本はアメリカ合衆国という大国に宣戦布告を行い、アジア解放のための大東亜戦争を開始しました。開戦当初、山本五十六長官が考案した攻撃作戦において、アメリカ領であったハワイに停泊していた敵の空母及び戦艦部隊を港湾で破壊し、備蓄していた資源も徹底的に爆撃しました」

 

朝田が解説をしながら、どのようにして日本が戦っていったのかを述べている。

 

アメリカが有していた戦艦や空母が黒煙を噴き上げて炎上し、港湾に設置されていた石油備蓄タンクも見るも無残に破壊されている。

 

それも、航空機による攻撃だけで徹底的に破壊されていく映像は衝撃的であった。

 

(あれは……あれは鉄鋼で出来た戦艦だ……そんな戦艦ですらいとも簡単に……!)

 

先程まで朝田達を批判していたタールやバルコですら、日本が有する軍事力がパーパルディア皇国を圧倒的に上回っている事を思い知らされた。

 

そして、極めつけは映像が終わる終盤に、とある島に大きなキノコ雲が一瞬で立ち込める映像が映し出されたのだ。

 

それは開戦当初、アメリカの太平洋艦隊の拠点であり奇襲攻撃によって破壊したものの、持ち前の工業力と生産能力で回復していたハワイであった。

 

「1945年7月4日……当時、戦争の同盟国であったドイツから供与してもらった1発の原子爆弾がハワイに投下され、ハワイはご覧の通り港湾を中心に徹底的に破壊しました。市街地を含めてオアフ島にいた五万人が原子爆弾によって即死し、港湾に停泊していたアメリカ太平洋艦隊も撃滅したことで、我が国はアメリカとの戦争に勝利したのです」

 

朝田がそう言い終えてフィルム映像が終わると、カイオス以下三名の外務局のメンバーは半ば放心状態となっていた。

 

言い伝えや伝承でしか聞いたことが無いような古の魔法帝が使用したとされる恐るべき兵器を彼らは戦争で使い、そして五万人もの人間と停泊していた艦隊部隊を一瞬で殺す兵器を既に17年前に開発・実用化していた事は、カイオスにとって恐るべき事であった。

 

「こっ……これは古の魔法帝国……いえ、ラヴァーナル帝国で言い伝えられているコア魔法ではありませんか……」

「そうですね……よく言われているコア魔法ですが、あれも原子爆弾の一種ないし派生形だと考えられております。最も、まだ我が国は転移国家として間もないですから詳細は省きますがね……」

「で、では……貴国はこの原子爆弾を持っているのですね?」

「勿論、大戦後はアメリカやかつての同盟国であったドイツと敵対し、冷戦時代を迎えておりましたので……この原子爆弾を大量に生産し、最低でも貴国と傀儡国家の全都市を焼き払う分は保持しております」

 

何と言うことだ。

 

カイオスは頭を抱える。

 

目の前にいる外交官は大日本帝国ではなく、ラヴァーナル帝国ではないだろうか……。

 

そして、映像に映っていたのは17年前の映像であり、転移する直前まで直接的な戦争はせずとも、軍拡競争を続けてきた国家である。

 

映像よりも更に発展した武器・兵器を保有しているのは明白である。

 

第3外務局は、目の前にいる超大国の外交官に対して、もはや「NO」と断れるだけの勇気も無くなっていた……。

 

秩序は全てに勝る



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第四十七話

中央暦1639年/西暦1963年8月15日午後3時

パーパルディア皇国 外務局迎賓館

 

迎賓館は、日本の独壇場となっていた。

 

もはや、第3外務局が日本に対してとやかく言う権利など残されていないのだ。

 

異世界の軍事大国であり、世界でも名だたる超大国となっていた日本。

 

その日本の外交官である朝田が出したのは、パーパルディア皇国への服従ともいえる内容であった。

 

「我が国としては……幾つか貴国に要求しておきたいことがございます。まず、今回のロデニウス大陸で起こった戦争において、国家戦略局が関わっていた事案に関し……局長を含めて今回の一件に関与していた職員を我が国に引き渡してもらいたい。彼は戦争犯罪を支援した紛れもない証拠もある」

「きょ、局長を含めて……ですか?!」

「そ、それではまるで内政干渉ではないか!」

「おや?我が国だけではなく周辺国に対して武力行使によって貴国は要求を突き付けてきたではありませんか。今回、その傲慢さによって多くの血が流れたのです。写真に写っているようななんの瑕疵もない人がね……それだけで戦争犯罪人を貴国は庇うのか?」

 

まず、日本側が要求したのが国家戦略局局長や、ロウリア王国への軍事支援を行っていたイノスの身柄引き渡しであった。

 

現に国家戦略局は諸外国への外圧と威圧、それから文明圏外への投資と搾取によってパーパルディア皇国に貢献していた重要な省庁だ。

 

今回イノスは自身の権限を使ってロウリア王国への軍事支援を大々的に行っていたのは捜査をしていた第3外務局を含めて周知の事実である。

 

しかし、イノスは曲がりなりにも国の重要な地位に就いている国家公務員であり、言うなれば省庁の担当官を引き渡せと言っているに等しい。

 

そしてこれだけにとどまらない。

 

「それから、我が国の製品に関しては無関税で輸入してもらいたい……」

「む、無関税ですと……」

「で、ですがそれでは税金が……」

「勿論、あなた方が生産している魔導式通信機よりも我々は高性能な製品を生産している。ロデニウス大陸には我が国の企業が進出し、既に生産体制を確立させようとしているのです。貴国にとっても悪い話ではないとは思いますがね……」

 

次に要求したのは、日本がパーパルディア皇国に商品を輸出する際に、関税の撤廃を行わせることであった。

 

関税をかければ、その分販売価格が高くなるデメリットがある。

 

無関税であれば安い日本製(※クワ・トイネ公国やロウリア王国占領地域で生産された農作物なども含めて)が手に入り、パーパルディア皇国を一時的に豊かにしてくれるだろう。

 

しかし、これを行うということはメイド・イン・ジャパンの製品が大量にパーパルディア皇国内に輸入されていき、パーパルディア皇国内で生産されている魔導式工業製品を駆逐することができる。

 

れっきとした経済侵略であり、企業基盤である彼らの皇都エストシラントはおろか、彼らが圧政を敷いている属領に生産を任せている基盤産業を瞬く間に破壊できるだけのポテンシャルがある。

 

これは良くも悪くも、日本の四大財閥である「靖田」「八菱」「四井」「国友」が未だ健在であり、さらに旧広東国の新興財閥が政府の援助で統合化を行い帝都通信工業を中心に【ロデニウス国際連合商社】が発足し、新大陸を中心に開発・工業化を飛躍的に推し進めているのだ。

 

靖田危機と、それに伴う日本の転移現象によって混乱も見受けられたが、今ではクワ・トイネ公国のマイハークを拠点に、急速な文明化が行われているのだ。

 

ピストン輸送によって工業機材や届き、現地民や転移現象に巻き込まれた共栄圏の出稼ぎ労働者を総動員して、一大拠点を作り上げている。

 

火力発電所を建設し、発電施設も整えてから港湾を中心に新造されていく工場群が次々と建設されていく工業都市へとマイハークは進化した。

 

ネオンの灯りと、耐久性よりも建設速度を重視して建てられたマンションを含めた高層建築物が立ち並び、もはやマイハークは公都よりも発展している街となっている。

 

彼らは僅か2ヶ月の間に、日本は持ち前のマンパワーと工業力を動員して、このマイハークを拠点にロデニウス大陸の工業化を目指している。

 

ロデニウス大陸を実質的な支配下に置き、宗主国に見合うだけの力を発揮している。

 

そして、次なる目標としてパーパルディア皇国に狙いを定めているのだ。

 

国家戦略局の身柄引き渡し、無関税要求……。

 

これだけでも、カイオスの胃は張り裂けそうであった。

 

まるで自分達の行っていた行為が、そっくりそのまま跳ね返えされているからだ。

 

(今までに行っていたことがこうして自分がやられる側になるとは……)

 

タールやバルコに至っては、憔悴した様子である。

 

今まで自分たちよりも弱い相手に威張ったり、皇国の権威を振りかざしていた。

 

それだけに、今回自分たちよりも強大な国家の外交官になされるがままに圧力を加えられてしまっている。

 

朝田はこれだけパーパルディア皇国に立場を分からせておけば、少なくとも第3外務局に関しては反抗的な態度は取らないと確信した。

 

「カイオス局長、我々の要求を今すぐに……とは言いませんが、なるべく年内までには誠意ある回答をお待ちしております。それまでに今回の一件について各省庁に通達した上で、貴国の最高責任者……皇帝陛下に進言して頂きたい」

「はっ……はい……確かに、今回の一件に関しましてはパーパルディア皇国政府が一丸となって取り組みます……」

「その回答を聞けてよかった。では、私たちはこれにて失礼いたします」

 

朝田と篠原は席を立ちあがり、出口に向かおうとしている。

 

やっとこの重苦しい空気が終わる。

 

ホッと一息、ため息をつこうとした際に、朝田は立ち止まった。

 

そして、思い出したかのようにカイオスを見て、表情を変えずに言った。

 

「おっと……言い忘れておりましたが、アルタラス王国のシルウトラス鉱山に関してですが、先日我が国の複数の企業が鉱山の採掘権を正式に買い取りました。あの鉱山目的で侵略行為をするのはおやめになる事ですな」

 

カイオスは、辛うじて意識を保つことができた。

 

朝田と篠原が迎賓館を去った後、彼は自分自身を含めてパーパルディア皇国が厄介な超大国に目を付けられてしまっていることを認識し、そしてその現実を直視したことで一気に過労が押し寄せてしまい、意識を失ってしまった。

 

今はまだ……秘密



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第四十八話

今回はちょっと気合いを入れて書きました。


中央暦1639年/西暦1963年8月30日午前1時

アルタラス王国 王都ル・ブリアス

 

アルタラス王国の人々は、魔石鉱山の利権を獲得した日本帝国の意図を探っているところだ。

 

元々、パーパルディア皇国側から理不尽な要求を突き付けられることが多かっただけに、日本側がパーパルディア皇国側が提示していた魔石の優先的な採掘権に関して、多額の資金を通じて鉱山そのものを購入した。

 

この出来事はパーパルディア皇国だけではなく現地住民からも驚きをもって知らされることになる。

 

既にル・ブリアスには日本の企業が進出する関係で、日本側の要請で日本人街が作られようとしている。

 

四井・八菱財閥を中心に環境整備が行われており、採掘した魔石の利益は日本とアルタラス王国との間で折半する契約が結ばれている。

 

パーパルディア側の提示した条件は鉱山利権だけではなく、王女ルミエスを奴隷として差し出せというとんでもないものであった。

 

当然ながら、そんなあからさまなやり方を行うパーパルディア皇国より、日本側の提示した案は遥かに良心的であり、たとえ勢力圏の拡大とそれに伴う利権目的であったとしても、パーパルディアに比べたら天と地の差であった。

 

採掘をより効率的に行える機械の投入。

 

日本企業進出に伴い、各種インフラ整備の申し出。

 

それから経済協定の締結と、貿易に関する優遇措置。

 

アルタラス王国にもたらされているのは『大日本帝国による確約された繁栄』である。

 

これに伴い、魔石を輸出できるように日本側に近い南西地域の港湾部は、日本の大型船が行き来できるように大量の労務者や埋立作業専用のホッパー船が行き来を繰り返しており、港湾拡張工事が急ピッチで進められている。

 

「日本の技術はすごいなぁ……お城みたいな船が停泊できるようにしたのか……」

「大量の機械を使って埋め立てたもんな……ありゃパーパルディア皇国でも敵わないよ」

「それに、ル・ブリアスにも多くの日本の会社が作られているからな……求人募集を見る限りでは給料も良いらしいぞ?」

「それなら日本企業に入ろうかな……」

 

日本側は、持ち前の工業力と資本力を活かして真っ先に取り組んだのは現地民の融和と、それに伴う協力者(目と耳)の確保だ。

 

パーパルディアが狙っていた鉱山だけに、武力衝突も起こりえる事を憂慮した日本国内保守派が、警備目的の為に軍を派遣することを提案したのだ。

 

この提案にしてアルタラス王国はパーパルディア皇国をかなり刺激してしまうと苦言をしたことで、名目上は『軍』ではない『治安警察隊』が派遣されることになった。

 

ただこれは名称を変更しただけであり、治安警察隊として派遣された兵士は述べ六千人であり、陸軍一個師団に匹敵する。

 

最も、治安警察隊は日本兵だけではなくクワ・トイネ公国やクイラ王国といった同盟国兵士が全体の八割を占めている。

 

飛竜対策に九十六式二十五ミリ機銃を取り付けた5式戦車「チリ」や、携帯用対空ミサイルを搭載した17式新砲塔ホキ装甲車、九十六式十五センチ榴弾砲など、前大戦で使われた……もしくは冷戦初期に使われていた兵器で倉庫やスクラップ寸前だったものを整備して再復帰させたのだ。

 

そして何よりも気掛かりなのは、この治安警察隊の指揮者である。

 

実質的に日本軍である治安警察隊は陸軍の中でも強硬派として知られている武藤将軍が名乗りを挙げ、アルタラス王国の治安警察隊の責任者として赴任している。

 

日本政府としては、陸軍強硬派であり盧溝橋事件や南京事件における中心的人物であった彼をアルタラス王国に置くことに異議を唱えようにも、陸軍は第三文明圏内での治安維持を名目に彼を推し進めたのだ。

 

高木首相も、陸軍が過剰な反発をすればその分暴発するリスクがあった為に、止む無くこの人事に同意しているのだ。

 

とはいえ、少なくともパーパルディアのように露骨なやり方ではないが、日本側が企業を中心にアルタラス王国への投資と支援を開始しており、第三文明圏の覇権を手にするために官民一体となって執り行っているのだ。

 

近代化された工業採掘機を使い、世界五大魔石鉱山として有名なシルウトラス鉱山の採掘を行うべく、鉱山から港湾までの道のりを国鉄関係者やゼネコン大手の幹部が視察をしており、ディーゼル機関車を使い鉄道を敷設する予定だ。

 

かつての東南アジアや広東国のような発展が見込めるとして、政府・財閥が中心となって開発が行われる予定であり、魔石に関しては新しい電子部品として組み込むことが模索されている。

 

旧広東企業の帝都通信工業が中心となって実権を握った「ロデニウス国際連合商社」では、トランジスタ技術と現地の魔導技術を組み合わせた試作魔導式広域通信機「TFM-63」が開発されており、これはロデニウス大陸における初の家電製品として年内に販売する予定だ。

 

新興企業として既にクワ・トイネ公国のマイハークに本社を設置し、現地での魔石技術の研究と、電化が進んでいない地域が多いロデニウス大陸や第三文明圏での経済を掌握するための布石でもある。

 

というのも、電化が進んでいなければ電池等で充電するという手法があれど、電池の生産工場の殆どが中国大陸に移転されていた関係で、電池は戦略物資に指定されたのと、日本国内を賄う分で精一杯という実情もあった。

 

電池工場や電化設備が完成して、本格的な家電製品が量産・使用できるまでの間は、現地での採掘や使用が多く行われている魔石を使用する魔導式技術と現代技術を組み合わせた電化製品を生産する必要があった。

 

既存で既に型落ちとなっていたラジオである最初期のトランジスタラジオ「TTK-055C」の基盤は日本国内に現存していたことから、この基盤をベースに魔石を組み込んだ電化製品を作り、現地民との関係強化・技術促進の方向に舵を切った。

 

現地民との関係を重要視する盛田の考えが色濃く反映されており、改革派である高木も、この方針に賛成して第三文明圏における日本製品のシェアを確立すべく、急ピッチで作業が進められている。

 

真空管やトランジスタ技術は既に日本側が優勢であるが、魔石に関してはこの世界における豊富な伝導鉱物として注目されていることから、まだインフラ整備が未発達な第三文明圏外を中心に、庶民でも購入出来る価格帯での販売を行うつもりだ。

 

最も、この日本人街で働く日本人というのは、元々旧大東亜共栄圏から出稼ぎ労働者としてやってきた日本以外のアジア人が大半を占めている。

 

彼らは実質的に帰る家を失った漂流者であると同時に、過剰な人口を抱えている日本から進出し、日本の影響力を高めるための戦力として活動することを余儀なくされている。

 

新天地で働く日本人は、この世界を希望か、それもと祖国や故郷との繋がりを遮断された異世界と認識して、割り切って働くしかない。

 

ロデニウス大陸での進出に続いて、パーパルディア皇国への牽制を兼ねて鉱山を購入した……。

 

外交官がパーパルディア皇国のプライドの塊で出来上がった鼻を挫くには十分すぎる程の成果を挙げて警告も済ませてある。

 

理性的な対応が取れるのであれば、戦争にはならないはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パーパルディア皇国 権力闘争の勃発

 

大日本帝国に対する脅威と行動に関して、パーパルディア皇国内部では外務局や省庁を超えた協議と対策が話し合われているものの、かの国や同盟国への懲罰を叫ぶ声も根強い。

 

少なくとも、皇国内部における権力闘争と政治的駆け引きによってパーパルディア皇国の運命は大きく変わるだろう。

 

皇帝の意見を聞き入れてもらうには、各省庁と軍の発言権が必要だ。

 

第一外務局

発言権:■■■■■■■□□□ 7/10

第二外務局

発言権:■■■■■□□□□□ 5/10

第三外務局

発言権:■■■■■■■□□□ 7/10

国家戦略局

発言権:■■□□□□□□□□ 2/10

皇国軍

発言権:■■■■■□□□□□ 5/10



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第四十九話

中央暦1639年/西暦1963年9月5日午前10時

パーパルディア皇国 第1外務局

 

普段、異なる外務局同士の者が会合を行うことは殆どない。

 

それぞれの省庁や政府機関が虎視眈々と相手を陥れたり、自分がのし上がろうとして権力闘争を開始しているからだ。

 

政治の駆け引きと言っても過言ではない。

 

パーパルディア皇国が版図を大きくする前のパールネウス共和国時代から、大陸での覇権争いを巡る上で重要であった「如何にして大陸の覇者となるか?」を実践した結果、権力闘争を重視するあまりに汚職と政治腐敗が進んでいるのだ。

 

そんな状況の中で、第1外務局の局長であり美人として有名なエルトと、第3外務局の局長であるカイオスが複数の資料を持って会合を行っている。

 

カイオスの顔は決して穏やかなものではない。

 

破滅に向かっている皇国を何とかして救おうと躍起になっている目であった。

 

権力闘争に敗れて第3外務局に左遷されたとはいえ、事が事だけにもはや過去の遺恨や権力闘争の事を引きずっている場合ではなかった。

 

またエルトも、かつての上司であるカイオスが自分のところにやってきて、第3外務局に喧嘩を売りに来た大日本帝国に関する資料を持ち込んできた事で、事の重大さを物語っている。

 

省庁内での権力闘争であれば、これらの資料を皇帝陛下に報告しておけば確実に出世できる可能性が高い。

 

しかし、その手段を取らずにエルトの所までわざわざ出向いたという時点で、大きな厄介事が舞い込んできてしまったと彼女は直感で感じ取った。

 

カイオスは鞄や部下であるタールやバルコに頼んでもらい、束に重なった書類を持ってきている程だ。

 

「カイオス……一体全体どうしたのよ……」

「いや、エルト……この案件は私一人では到底手に負えるものではない。彼らは間違いなく魔帝と同じぐらいの怪物だ……」

「ま、魔帝……冗談はよして頂戴……そんなおとぎ話の事を言いに来たのかしら?」

「……私もかの国の外交官と話をするまでは信じなかったよ……だが、これを見ればわかるはずだ……」

 

カイオスが最初に手渡したのは複数の写真であった。

 

日本の外交官がカイオスに見せたギム虐殺で引き起こされたロウリア王国軍による蛮行の数々を収めた写真だ。

 

白黒とはいえ、精巧に映し出された写真を見て、思わずエルトの顔も引き攣る。

 

そして問題なのが、この写真の出処であった。

 

「これは魔導式念写機ではない写真機を使ってクワ・トイネ公国で撮影されたものだ……第二文明圏の列強国であるムーと同じような機械製品を彼らは()()()()()()作っているのだ……」

「えっ……これはムーで作られたものではない?!それは本当なの?」

「ああ……彼らは『転移国家』として別惑星からやってきたようだ……信じられないが、大日本帝国はその惑星において三番目の軍事力と経済力を有する超大国であった……」

「でも第三文明圏にそんな国家はないはずだったでしょ……」

「今から三ヶ月程前に本土が転移してきたそうだ……複数の属領や属国であった国々までは転移してこなったそうだが、それでも本土には一億人以上が住んでいるそうだ」

「い……一億?我が国ですら七千万なのよ?」

「……証拠として、複数の日本の写真と映像を向こうの外交官が送ってくれたよ……」

「映像……?もしかして、貴方の部下が持ってきてくれた機材って……」

「……日本側が説得をするのであれば貸すと言ってきたからな……日本の魔導を使わないムーと同じ、機械文明の産物だよ……」

 

カイオスが日本が列強国たる証拠をエルトに突きつけたのは、複数の都市の写真とフィルム映写機であった。

 

これは外交官である朝田が政府から許可を貰ってカイオスに貸したのだ。

 

最も、無償で貸すのではなく、少なくない金額を支払う必要があった。

 

有償供与という形で貸し出された映像フィルムには、日本の帝都東京や、名古屋の工業地帯、広島の造船所の数々といった機械文明の集大成を嫌という程見せつけられた。

 

複数の都市や工業地帯を映している場面では、大勢の人間が都市を行き交うだけではなく、ムーで実用化されている自動車が都市の道路を蟻のように行き交っている。

 

そして朝田曰く『17年前の世界大戦で勝利した列強に許された超大国としての繁栄の結果だ』と言われ、惑星を巻き込んだ世界大戦によって日本はアジアの覇者となった超大国である事を説明する。

 

エルトにとって、カイオスが嘘を言っているわけでない事は理解できた。

 

しかし、なぜ魔帝と同じなのかは説明がつかない。

 

「カイオス、大日本帝国がムーと同じぐらいの列強国相当の力を持っているのは分かったわ。でも、どうして魔帝と同じだと言ったの?」

「それはこれを見れば分かる……ただし、これは皇帝陛下にもまだ言わないと約束してくれるか?」

「……分かったわ、見せて頂戴……」

 

カイオスは重たそうな箱に同封されていたフィルムを取り出した。

 

フィルムには日本語で『海軍管轄フィルム 1956年度 ビキニ環礁沖 熱核実験映像』と書かれており、カイオスは慎重にフィルムを映写機にセットして、局長室の壁に映像を投影し始めた……。

 

もう、引き返せない

 



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第五十話

アンケートの結果、一票差でパーパルディア皇国が存続できました。


中央暦1639年/西暦1963年9月5日午前11時

パーパルディア皇国 第1外務局

 

「なんなのよ……これは……」

 

目の前に映し出された映像に、エルトは驚愕した。

 

海に浮かんでいる大きな環礁が、突如光ったと思った瞬間に白い柱が空高く舞い上がる。

 

柱は瞬く間に球体のような形状となって、周囲の雲すらも呑み込んでいく。

 

爆発が起こった際に、近くに停泊していた大型船が水しぶきをあげて見えなくなり、やがて大きな雲に包まれていく。

 

まるでキノコのような大きな雲によって包み込まれていき、爆発が起こった場所ではいつまでも白い霧が消えないのだ。

 

大型船の大きさ、爆弾を観測している航空機を比較すれば、小舟ではないのは明らかだ。

 

(あの爆発は……船の大きさを100メートルとしても、2キロ以上からしら……2キロもの範囲を一発で消し飛ばすなんて……そんな兵器は聞いたことがないわ……)

 

どんなに魔導技術が発展していたとしても、これだけの破壊力のある兵器を取り扱える国家は存在しないはずだ。

 

しかも、秘匿せずにこちらに情報を公開している時点で、日本側からしてみれば”秘匿技術”ではないのだ。

 

それを理解したエルトは、カイオスにこの未知の兵器の詳細を求めたのである。

 

「カイオス……これは一体……なんなの?」

「これは熱核兵器……大日本帝国が世界大戦末期に敵国の島に投下した爆弾だ。彼らは”原子爆弾”と呼んでいて、一発で島に駐留していた敵国の艦隊と市民5万人を焼き殺した兵器……だそうだ……」

「ごっ……五万人を……?!たった一発で……?!」

「ああ……この兵器をかの国ではその後に同盟国同士での仲違い等で、独自路線を歩んだそうだ……他国に遅れを取らないように原子爆弾の開発と研究を推し進め、本土を中心に領内に大量配備を進めていたそうだ……」

「これはまるで……神話に登場するコア魔法みたいじゃない!!」

「それに関しては日本の外交官も興味深い事を言っていたよ……”恐らくメカニズムが違うだけで類似した兵器だ”とな……」

「それじゃあ……日本は……」

「あの神話に登場するラヴァーナル帝国が使ったと言われているコア魔法と同程度、それ以上の威力を持つ兵器を保有しているということだ」

 

神話の時代に圧倒的な力で全世界を支配したと言われている魔帝こと、ラヴァーナル帝国で使われていたとされるコア魔法は、エモール王国の前身となったインフィドラグーンを壊滅させたとする伝承が残されている。

 

その伝承通りであれば、コア魔法に匹敵する熱核兵器を保有している大日本帝国はラヴァーナル帝国に匹敵する力と技術を有している……と仮定すれば、このコア魔法に対抗できる兵器すらないので敵う相手ではない。

 

ここで、ようやくエルトは理解した。

 

万が一、日本と戦端を開くようなことがあれば忽ち、この国は日本によって灰燼に帰すだろう。

 

文字通り、パーパルディア皇国は日本にしてみれば薄い紙も同然だ。

 

あの岩礁をいとも簡単に吹き飛ばす爆弾だ。

 

2キロを吹き飛ばす爆弾を投げ込めるようであれば、これまでのパーパルディア皇国が得意とする軍団規模での作戦なんて破綻してしまうだろう。

 

兵力の分散をさせたとしても、力を本領発揮できず各個撃破されるのが目に見える。

 

そうなったらもはや皇国本土は、先ほどの映像に写っていたような岩礁のように跡形もなく消し飛んでしまう。

 

……首都に、あの兵器が投下された場合、行政省庁や政府機関が集中している皇都エストシラントはどうなるだろうか?

 

皇帝陛下は勿論のこと、皇都エストシラントに住む大勢の民間人が一瞬で消し飛ぶだろう。

 

無情にも、一発の爆弾で全てが変わる。

 

制空権を喪失すれば、ほぼほぼ間違いなくエストシラント上空にあの原子爆弾が投下される。

 

それを理解したエルトは、強烈な吐き気を催した。

 

「……まってカイオス……気分が悪くなってきたわ……」

「ああ、無理もない。私も意味を知った時は吐き気が止まらなかったよ……日本は、我々を敵とは思っていない……むしろ『赤ん坊』か『やんちゃ坊主』としてしか見ていない……」

「では……日本側の要求を呑むつもりかしら?」

「呑まなければ蹂躙された上で皇都エストシラントは灰燼に帰すだろう。あの原子爆弾が我々の頭上に落ちてな……その時は、我々だけではなく一般市民も大勢死ぬことになる」

「……島に投下された際に5万人が即死したのよね?皇都で万が一これが投下されたら……」

「……場所にもよるが即死者だけで10万人は軽く超えるな……それに、日本はこれを一発だけではなく、パーパルディア皇国全土の都市だけでなく、属領の都市、港湾に至る全ての場所を破壊するだけの原子爆弾を保有している……と語っていたよ」

 

ここに来て、カイオスが魔帝と同じだと揶揄した意味をエルトは納得した。

 

コア魔法と同程度の威力を有する爆弾を()()()()数百発保有しているのだ。

 

そんな狂気じみた国家がパーパルディア皇国と対立した場合、いや……対立した瞬間に皇国は滅亡してしまうのだ。

 

カイオスはこの事実をエルトに話した上で、交渉を持ちかけた。

 

「エルト、どうか手を貸してくれないか……この国を救うためにな……」

「……カイオス、あなた一体何をするつもりかしら?」

「……この国から急進派を排除する。このままではこの国はあの岩礁のように木端微塵に吹き飛ぶぞ……」

「……?!それって……クーデターを起こすというの?」

「残念ながらこのままでは開戦まで秒読みだ。監査軍や各省庁の伝手から、迎賓館やアルタラス王国の鉱山利権売却の一件で、強硬論を唱える皇族の方々やそれに追従している軍人達が、アルタラス王国への武力侵攻を画策している。その際に日本人を複数人殺害した上で、属国になるように要求をしようとしている……」

「……!!」

「エルト、時間がない。この国を滅亡から救うんだ」

 

カイオスの目をエルトは見る。

 

既に覚悟を決めた人の目つきであった。

 

覚悟を決めたカイオスに対して、エルトは少しだけ間をおいてから頷いた。

 

「分かったわ……やってみましょう」

 

こうして、上下関係の対立が深かった省庁組織が一つにまとまったのだ。

 

指令第18号



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第五十一話

中央暦1639年/西暦1963年9月8日午前1時

パーパルディア皇国 カイオスの屋敷

 

深夜1時を過ぎても、カイオスの屋敷から灯りが消えることはない。

 

彼は今、一族の人生と国家の生命を賭けた一世一代の計画を遂行中であった。

 

ここの屋敷に集まっているのは、全員日本から供与された映像フィルムを閲覧した者達ばかりだからだ。

 

第1外務局局長のエルトをはじめ、財務局長のムーリ、軍参謀を務める作戦部長マータルもこの計画に加担している。

 

軍でも、現実的なプランを考えられる者からしてみれば、熱核兵器を実用化している時点で恐るべき相手であり、絶対に歯向かってはいけないと五感で分かる。

 

それ故に、第三文明圏外において神聖ミリシアル帝国を上回る経済力と軍事力を兼ね備えた超大国の出現は、彼らのプライドを完膚なきまでに破壊した上で、如何にして日本帝国との戦争を回避できるかに焦点を絞って議論が進められていた。

 

もし、日本帝国と戦争になれば間違いなくパーパルディア皇国は解体されるだろう。

 

良くて……国家の解体だ。

 

最悪の場合、熱核兵器が皇都エストシラントの頭上に投下されて数十万人の皇民が焼死するだろう。

 

国家機構は瓦解し、属国も反乱を起こされた末に、パーパルディア皇国は屍となって野ざらしにされた死体のように、腐臭と腐敗が進んで朽ち果てるだろう。

 

そこに遺されるものは何もない。

 

民族と国家の死だけだ。

 

これは現在カイオスの屋敷にいる者達の共通認識であり、それぞれの派閥や役割、地位や階級すらも超えて滅亡を回避するための手段を講じるべき段階に突入したのだ。

 

……にも拘わらず、一部の皇族や軍内部の急進派は日本帝国の企業が買い取ったアルタラス王国のシルウトラス鉱山を巡り、懲罰も兼ねて監察軍と竜母艦隊、地上戦力を持ってアルタラス王国への軍事侵攻を画策している始末であった。

 

その音頭を執っているのも若き皇帝ルディアスとの仲の良い皇族であるレミールである。

 

彼女は日本帝国とのやり取りを閲覧した際には、激怒した様相で「文明圏外の策略に乗せられているのではないか!!!」と配下に当たり散らしているという事が漏れている。

 

さらに、レミールはルディアスとも親しい間柄であるため、皇帝を言いくるめて日本帝国との交渉を直接指揮する恐れすら生じている。

 

そうなれば、どんなに有能であるエルトやカイオスが進言したとしても、皇帝は耳を貸さないだろう。

 

逆に、皇国を見下しているような相手であり、文明圏外の国家であれば叩き潰せと急進派であるレミールの考えを支持するだろう。

 

これでは、懲罰どころか皇国の首にナイフを突き立てて自殺するに等しい行為である。

 

それを止めるべく、彼らは練りに練ったある計画を実行しようとしている。

 

それは国家機関の掌握と権力の簒奪である。

 

若きルディアスは皇帝として野心を隠さず、周辺国への威圧を繰り返して巨大化する事を望んでいる。

 

それと同時に、彼は若さ故に政治的にも疎い場面も見られる上に、能力や手腕こそ一流であるが傲慢さも相まって重要な課題を見落としている。

 

レミールの進言を真に受けてしまえばパーパルディアに未来はない。

 

カイオスは決断する。

 

皇都エストシラントにおいて外務局と陸軍を中心に軍事クーデターを起こし、行政大会議場や軍司令部、皇国軍防衛司令部の制圧後に皇帝ルディアスの権限を奪い、皇帝を誑かしている急進派の皇族・軍人・政治家の粛清を実行し、パーパルディア皇国に蔓延る不正と政治的腐敗を撲滅するのだ。

 

作戦決行後の行動方針や、クーデター後の政治方針が記載された項目が44項に達した事から、カイオスはこのクーデター作戦を『指令第44号』と命名し、第44号作戦に動員される外務局職員や憲兵隊、陸軍部隊は実に7万人にのぼる勢いだ。

 

彼らにはクーデターの詳細を伝えておらず、単に『首都における重大かつ緊急権を有する事態が発生したという事案に備えて、外務局と陸軍、さらに首都防衛司令要員と憲兵隊、航空戦力である飛竜も動員した大規模な実弾訓練を実施』すると伝えており、すでに陸軍はマータル指示の下で動き始めている。

 

レミールをはじめとした急進派の排除と粛清は、もはや皇国の存続を考えた上で避けられない決定事項であるのだ。

 

国家が生まれ変わるためには、まずは膿を吐き出し、皇国において腐敗と汚職によって肥えた者達を排除しなければならない。

 

武力を使ってでも……。

 

指令第36号



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第五十二話

中央暦1639年/西暦1963年9月20日午前11時

アルタラス王国 王都ル・ブリアス 在パーパルディア大使館

 

本国でカイオスらによるクーデター計画が大詰めを迎えている頃。

 

アルタラス王国では反パーパルディア派の民衆が大使館を取り囲んで大規模なデモが発生していた。

 

それも百人や二百人だけではなく、在パーパルディア大使館のある大通りを埋め尽くす人だかりが出来ていた。

 

大勢の人たちがアルタラス王国の国旗を掲揚し、ある者は国歌を謳いながら、またある者は怒りに満ちた声でパーパルディア皇国を罵っていた。

 

「パーパルディアはアルタラスから出ていけ!」

「王女様への奴隷要求を行う輩はこの国には要らない!」

「俺たちはお前らの奴隷じゃない!人間だ!」

「大使を追い返せ!」

 

通りを埋め尽くすデモ隊に対して、パーパルディア皇国側はまだ反応を示していない。

 

このきっかけは在パーパルディア皇国大使であるカストが、アルタラス王国国王ターラ14世との会談の様子が外部に流出したからであった。

 

2時間前……

 

午前9時……アルタラス王国 アテノール城……謁見の間。

 

この場所にて、カストはターラ14世との会談の際に、国王に向かって【日本と契約しているシルウトラス鉱山の利権を無条件でパーパルディア皇国に引き渡す事と、王女ルミエスの献上】を堂々と要求していたのである。

 

「困りますな……堂々とパーパルディア皇国に対する反乱ともいえる行為を行うのは……」

「何を仰っておるのですか……カスト殿、我々は少なくとも正規の手順を踏んでシルウトラス鉱山の採掘権を日本に売却したに過ぎません」

「それですよ。パーパルディア皇国と貴国は長年の間交流を持っていた。それをこうしてコケにしてくれたのは初めてですよ……全く、貴国は立場を弁えているのですか?」

 

パーパルディア皇国でも、貴族階級ということもあってカストは傲慢かつ侮辱的な対応を国王に対して繰り返し浴びせる。

 

ターラ14世は、その様子をジッと堪えるようにしている。

 

ここで短気を起こしてカストに殴りかかりでもしたら、それこそ一瞬でアルタラスは滅んでしまう。

 

しかし、日本側がこうした事を見据えて、()()()()()を貸してくれたのだ。

 

ターラ14世は装置のボタンを会談前に入れてから、カストの傍若無人な振る舞いを堪えて聞いていた。

 

「そもそも、日本という新興国家に手厚い待遇を行い、我が国への待遇を冷遇するようなことでは、懲罰も止む終えないですな」

「……カスト殿、それは脅迫ですか?」

「脅迫?いいえ、これは立派な懲罰案件であり、我が国と貴国が結んでいる条約にも違反している。貴国の王女ルミエスに関しては条約に違反した罰として、王族としての身分を剥奪し、本国において彼女を教育するつもりだ」

「身分剥奪に教育……いや、それでは奴隷要求と変わりないではありませぬか!」

「そうだとも、俺に味見させてやるのであれば、王女ルミエスの生命は保証しましょう。最も、そうしたほうが娼婦になっても暮らしていけますからな……」

「あ、貴方という人は……」

「22日!22日まで回答をお待ちしましょう。その時間までに回答が無ければアルタラス王国に反逆の意志ありと判断し、本国から軍を派遣する予定です。せいぜい大人しく言う事を聞くことですな。ガハハハッ……!!」

 

カストは下品な笑い声と共に、謁見の間から去っていく。

 

そして、その会談の様子はアルタラス王国中に生中継されていた

 

これはシルウトラス鉱山の利権を買い取った日本の財閥企業である四井と八菱が【アルタラス王国】の放送利権を創設し、この国の電波法などを独占した事に由来している。

 

電波規制がないことに目を付けた彼らはラジオの電波をこの財閥が作り上げた上に、財閥が利益を出して生き残るためにラジオ局を創設したのである。

 

とはいえ、ラジオを持っていないアルタラスの国民のために、既に本国で型落ちであったり大戦前に作られた粗造なラジオなどを輸送した上で、王都において人通りの多い場所に無償配布したのである。

 

電池の代わりに魔石を使用して動くように現地改修が施された設置型の大型魔導式ラジオが、この時点でアルタラス王国内に50台あった。

 

ロデニウス国際連合商社の開発している魔導式広域通信機「TFM-63」と違うのは、無償提供された点だろう。

 

輸出目的ではなく、インフラ整備の一環で行っているのだ。

 

王都に放送局を構え、ル・ブリアスを中心に放送を流すことで新しい娯楽を提供する仕組みは、彼らの新しい娯楽になりつつあった。

 

そんな日本から供与されたラジオを通じて、王国の主要都市を中心に会談の生中継が音声で流れていたのだ。

 

人々は国王に対する無礼な振る舞いや、王女ルミエスの奴隷化の発言を聞いて怒っている。

 

そしてラジオ局はこの会談の様子を繰り返し放送しており、ラジオを通じて事の重大さを知った彼らは大使館前に集まりデモは過熱していく。

 

やがて、デモ隊の一部が大使館に向かって投石が行われるようになる。

 

投石された石が窓ガラスを突き破り、部屋に籠っていたカストの頭部に直撃した。

 

これに痺れを切らしたカストは大使館職員にある命令を下した。

 

それは絶対に命じてはいけない発言であった。

 

小賢しい連中めッ……撃てッ!これ以上大使館を破壊させるな!魔導砲を使用しても構わん!デモ隊を解散させろ!武器の無制限使用を許可するッ!蛮族どもめ!奴らを殺せ!

 

カストは大使館に集まっているデモ隊を鎮圧させるために、大使館に駐留していた武官や軍人を集めてデモ隊に向かって実弾攻撃を命じたのである。

 

発砲、発砲……発砲が鳴り響いている……

 



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第五十三話

中央暦1639年/西暦1963年9月20日正午

アルタラス王国 王都ル・ブリアス

 

王都ル・ブリアスでこれほど血が流れる事態が起こったのは、王国建国時以来の惨状であった。

 

パーパルディア皇国大使館では、怒り狂ったカストの命により、窓ガラスに面している廊下からタンスやテーブルなどで投擲物を防ぐと同時に、隙間からマスケット銃から狙いを定めて発砲音が鳴り響く。

 

パーパルディア皇国の大使館に駐留していた武官や軍人、述べ200名あまりが大使館前でデモ行進を行っていた民衆に向かって、突如として銃を発砲したのである。

 

それも、一度や二度だけではない。

 

数十発もの銃撃を行い、抗議をしていたアルタラス王国市民の虐殺を実行し始めたのだ。

 

「パーパルディア皇国に歯向かう蛮族共は皆殺しにしろ!」

「奴らは丸腰だ。目をつぶっていても当たるぜ……」

「弾込めが終わり次第、存分に撃て!どうせ剣か弓矢しか攻撃手段のない連中ならこっちが負ける道理がない」

 

赴任されている武官や軍人は、基礎訓練を受けて銃の扱いにも手慣れている者達だ。

 

それ故に、彼らが丸腰でデモ行進をしていた民衆を殺傷するなど、容易いことであった。

 

まるで、貴族の遊びでもあるトロフィーハンティングのように、パーパルディア皇国を非難するデモ隊に向けて銃口が向けられて、撃たれていく。

 

女性や子供にも容赦ない銃撃が加えられ、最初の発砲から3分も経たないうちにパーパルディア皇国大使館の前の大通りは、人々の亡骸が転がっていた。

 

銃撃を受けて腹部や頭部に穴が空き、血が染み渡っている者。

 

パニックで逃げていた際に、将棋倒しになって踏みつけられて息が絶えた者。

 

大使館前の大通りには、数十人以上の犠牲者が動かない。

 

その光景を見て、カストは腹の底から大声を出して笑い始める。

 

ハハハハハ!蛮族共が!!列強たる強者にひれ伏していればこのような犠牲が生まれなかったのに……全く、列強国の我々が蛮族に教育しなければならないな……おい、まだ建物の裏側に隠れている連中も【教育】しておけ

「はっ……しかし、ここではマスケット銃が届きませんので……」

「ならば携帯式魔導砲を使え、必要であれば沖合を航行している監察軍の竜母から飛竜を呼び出して燃やすのだ。我々は()()()()()()()()()()()()()()()からな……」

 

本来であれば明日予定されていたカストがパーパルディア皇国に帰還させるために、監察軍が派遣させていたのだ。

 

というのも、列強国が周辺国や傀儡国に足元を見られないようにするために、大使が交替する際には本国から軍が派遣されるのが通例となっており、周辺国も威圧に耐えてこれを受け入れていたのだ。

 

それが最悪の形となって実現したことにより、カストはアルタラス王国沖を航行していた監察軍東洋艦隊に救援要請を魔導通信で行ったのだ。

 

『監察軍東洋艦隊へ、こちらパーパルディア皇国大使館カスト全権大使。至急、至急救援求む』

『こちら監査軍東洋艦隊司令官のポクトアールです、カスト殿……緊急通信をして如何なされた?』

『アルタラス王国で大規模な反パーパルディア皇国運動が発生して大使館が襲撃を受けている。今、一時的に襲撃部隊を退けたが、いつ再攻撃が行われるか不明の為、大至急飛竜による上空援護を求む』

『そ、それは本当ですか?!』

『本当だとも!今の銃声が聞こえるだろう!今大使館にいる武官や軍人が必死に応戦している。緊急事態につき、懲罰も兼ねてル・ブリアスの重要施設への攻撃も要請する!』

『大使館を攻撃する者を飛竜で攻撃するのは可能だが、重要施設への攻撃は致しかねる。それは戦火を拡大するだけです。一度本国とのやり取りを行い、許可を求めてからにします』

『クソッ、大使館には200人の職員がいるんだぞ!中には皇族との関わりのある者もいる!万が一彼らに被害が出たら、我々の責任になるんだぞ!』

 

カストは喚くように監査軍に嗾けるが、堅実な司令官でもあったポクトアールは飛竜の出撃はあくまでも『パーパルディア皇国大使館への脅威』にのみ限定して行うように指示をだした。

 

その一方で、カストは自分の配下や武官や軍人に対して、携帯式魔導砲の無制限攻撃使用を許可し、大使館周辺から抗議の声や投石を行っている市民への砲撃を開始させた。

 

携帯式魔導砲を中庭で展開し、建物の陰に隠れている者に対して砲撃を加えていく。

 

砲撃が鳴る度にデモ隊に着弾し、周囲に人間だった部位が四散していく。

 

魔導砲が使用されたのを確認すると、人々は何処から持ってきたか、バリスタや投石器を使用して大使館に攻撃を行っている。

 

死んだ者達への怒りの抗議も兼ねて行っていたようだが、そんな人々の頭上から火炎弾が降り注ぐ。

 

竜母から発信した飛竜がル・ブリアスに到着し、大使館に攻撃を加えていた者達を容赦なく焼いていく。

 

「飛竜の火炎弾の着弾確認!群衆は散り散りに逃げていきます!」

「沖合に停泊している監察軍東洋艦隊より通信”飛竜による攻撃を開始する、職員は大使館より一歩も出るな……”だそうです」

「素晴らしい!!!よーし!このまま逃げ惑う者達には背後から銃撃を加えて教育だ!動く者は全て撃ち殺せ!」

 

カストは生き生きとしながら虐殺命令を執行していく。

 

笑顔で、アルタラスが殺されていく光景を見て喜んでいるのだ。

 

飛竜が空を舞い、魔導砲による砲撃とマスケット銃による銃撃でアルタラスの市民が殺されていく。

 

そして、カストは自分達が優勢になっている事を確信し、武官や軍人に命令を出した。

 

「これはパーパルディア皇国に対する攻撃だ!!そして、我々は蛮族の攻撃を跳ね返した……今こそ攻撃部隊を編成しろ!この攻撃を許したのはターラ14世の策謀だろう。アテノール城を奇襲し、国王の首を跳ね飛ばせ!!!」

 

武官や軍人の中でも戦闘能力に長けている者達が集まり、小隊規模の編成ではあるが魔導砲やマスケット銃で完全武装した兵士がアテノール城への攻撃に向かっていくのであった。

 

混沌の前兆



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第五十四話

中央暦1639年/西暦1963年9月20日午後1時

アルタラス王国 王都ル・ブリアス

 

本国から派遣され、治安警察隊としての指揮官を任された武藤将軍にとって、このアルタラス王国の地は新しい満州のような場所であるように感じていた。

 

満州事変から始まった陸軍や関東軍の独断専行において、彼が起こした……もしくは与えた影響というのは決して少なくはない。

 

西将軍のように、軍内部で武藤の行動を咎めたりする者もいたが、実力によって中国大陸を平定し、満州の利権を確立した武藤という存在は、陸軍の武闘派や強硬的な武力路線を唱える強硬派には憧れの的であった。

 

そんな武藤は転移現象によって、実質的に自分の配下である実戦部隊の大半を満州や蒙古国に置いてきてしまったために、自分自身の権力基盤を置くことに精一杯であった。

 

今回治安警察隊に志願したのも、本国はすでに海軍の高木提督率いる改革派が政治の実権を握っており、自分のような陸軍の派閥は消失こそしなかったが、発言権を失っているに等しい存在であった。

 

であれば、本国のコントロールから離れているアルタラス王国に拠点を築いてしまえば、厄介者である自分を本国は他国に押し付けてることが出来るうえに、武藤自身は権力を確立してアルタラス王国に駐留する治安警察隊の権限を保持できる。

 

お互いに損のない取引でもあったのだ。

 

武藤は、転移現象と共に本国で働き口を失ってしまった外地人の新兵の訓練を視察し、治安警察隊の各隊長たちとのブリーフィングをしている最中に、パーパルディア皇国軍の奇襲攻撃を知らされたのだ。

 

「武藤閣下!速報です!先ほどパーパルディア皇国大使館から一般市民に対する複数の銃撃と砲撃が確認されました。さらに沖合にいると思われるパーパルディア皇国軍の竜母から発進した飛竜による火炎弾攻撃によって、大勢の死傷者が出ている模様です」

「パーパルディア皇国が?!それは確かな情報か?」

「はい、軍だけではなく四井と八菱のラジオから緊急放送を受信しております。内容からして間違いないそうです」

「ついに始まったか……いよいよ、始まるぞ……」

 

王都郊外の駐留基地でパーパルディア皇国の暴挙を聞きつけ、ついにその時が訪れたのだと確信した。

 

中国大陸での盧溝橋事件や南京事件に関する黒幕として、軍部の中で暗躍をしてきた彼にとって、今回の暴挙はまさに天命ともいえる状況である。

 

彼は大陸の国が情勢不安になった際に、その情勢不安を利用して関東軍や満州軍における実権や、経済的・軍事的な利権の獲得のために動いていたのだ。

 

()()()()()()()()……アルタラス王国の資源や権力の掌握に向けて、正々堂々と軍事戦力を投入できるのだ。

 

「王都はどうだ……まだ繋がっているか?」

「はっ、すでにパーパルディア皇国軍の飛竜も王都上空を飛行しており、限定的ながら制空権はパーパルディア皇国側が掌握しているとのことです」

「アテノール城の状況は?」

「先ほど、無線からアテノール城が数十名のパーパルディア皇国軍によって襲撃されたとの緊急伝が入ってきております。現在交戦中とのことです」

「……我々も動くぞ、王都ル・ブリアスの治安出動だ。本国にも連絡を入れろ。”パーパルディア皇国軍が王都を奇襲、治安警察隊はこれよりアルタラス王国との密約に則り、王都を襲撃している他国軍の鎮圧を行う”とな……それから全部隊に通達、これより、王都ル・ブリアスへ進軍せよ」

 

武藤はシルウトラス鉱山や王都郊外に駐留していた全部隊を呼び戻すことにしたのだ。

 

シルウトラス鉱山の護衛を任されていた彼らは、武藤の命令を聞きつけて、急いで王都に向けて移動を開始していた。

 

5式戦車と17式新砲塔ホキ装甲車で構成された装甲部隊を随行し、王都郊外に駐留していた輸送ヘリコプター部隊は、飛竜対策のための対空機銃を搭載し、王都上空を旋回しているパーパルディア皇国軍の飛竜の迎撃を任されている。

 

パーパルディア皇国軍といっても、大使館に駐留している武官や軍人は数十人程度だ。

 

それでも、炸裂魔法を使ってきたり飛竜による自爆攻撃には日本側も少なからず損害を出した。

 

これによって日本軍は魔法を警戒し、魔導砲を使用するパーパルディア皇国軍に対しても、戦車や装甲車に打撃を加える程の能力を有している武装集団を率いていると武藤は判断した。

 

「やはりパーパルディア皇国は()()()()の軍事力を持っているようだ。銃撃に砲撃、おまけに飛竜による航空攻撃までしてくるとはな……」

「第三文明圏で列強国と名乗るだけのことはありますね」

「だが……それだけでは制圧するとなれば如何せん足りんな……野砲を使え」

「……では、大使館は野砲で制圧するのですか?」

「そうだ。パーパルディア皇国はアルタラス王国の主権を侵害して攻撃を加えた。尚更、市民への無差別攻撃は戦争ではない、虐殺だからな。大使館側が止めないのであれば、こちらも砲撃するのも虐殺を食い止めるためだ。道理に合っている」

 

武藤は九十六式十五センチ榴弾砲を使って、パーパルディア皇国大使館への砲撃命令も出した。

 

混沌とする王都ル・ブリアスの惨状を聞きつけてはいるが、問題なのは国王であるターラ14世の安否であった。

 

副官が武藤に彼の安否をどうするか尋ねた。

 

「しかし、このままではターラ14世の身も危ないのでは……?」

「そうだな……このままでは国王陛下の身も危ないだろう……だが……」

「……?」

「城でターラ14世が亡くなっていた場合、我々が最も動きやすい。パーパルディア皇国に大いなる陰謀を引き起こした責任を取ってもらおうか」

 

武藤は薄っすらと微笑んで、付け加えるように副官に命じた。

 

「パーパルディア皇国人への配慮は不要だ、ル・ブリアスを防衛せよ。如何なる手段を使っても王都を守り通せ」

 

武藤なら、秩序を取り戻せるだろう……

 



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第五十五話

中央暦1639年/西暦1963年9月20日午後2時

アルタラス王国 王都ル・ブリアス アテノール城

 

アルタラ王国が誇る王都の各地から黒煙が噴き上がる。

 

ターラ14世をはじめとする多くの王族が住まうこの街は今、戦場と化していた。

 

パーパルディア大使館が襲撃を受け、さらに監察軍東洋艦隊の飛竜までも駆けつける騒ぎをうけて、王都の中心部は大混乱であった。

 

流言飛語も飛び交い、王都はパニック状態となって人々は広場から逃げ出し、大勢の群衆が建物などに隠れている。

 

突然戦端が開かれたことにより、国王であるターラ14世もまさかパーパルディア側がここまでの暴挙を起こすことまでは想定外であった。

 

「パーパルディア……いや、カストめ……気でもおかしくなったか……」

「陛下、ここは危険でございます。一度城から退避してください!城内の中央部に集まって避難しますので急いでください!」

「お父様!皆様と一緒に行きましょう!」

「ああ、分かったルミエス。いますぐそっちにいこう……」

 

城を守る衛兵たちは、城中央の広場にて国王を含めた王族を集めて、安全な場所に向かおうとしていた。

 

しかし、衛兵たちの行為が裏目に出てしまった。

 

アテノール城に奇襲攻撃を敢行した小隊規模のパーパルディア皇国の武官や軍人達が、城目掛けて砲撃を開始したのだ。

 

パーパルディア皇国軍の携帯式魔導砲による砲撃が数発行われ、このうちの1発が城の中央部にある主塔の基盤部分に着弾し、主塔を支えていた屋根の基盤が破壊されてしまったのだ。

 

これにより、城の主塔が崩れたことで城内の中央広場に集まっていた王族たちの真上に、主塔とその瓦礫が一気に降りかかってきたのである。

 

「「「うわああああああああああっ!!」」」

 

広場に集まっていた王族たちの真上に降り注ぐ主塔の部位、破片は轟音と共に容赦なく押しつぶした。

 

彼らの肉体は煉瓦などの塊が無慈悲に叩きつけてしまい、アルタラス王国の王族の大部分が死亡したのだ。

 

辛うじて中央部から離れていた王女ルミエスと彼女の護衛を任されていた女性騎士リルセイドだけが難を逃れたのだ。

 

その際に、ターラ14世は咄嗟にルミエスとリルセイドを守るために、彼女たちを突き放したのだ。

 

ターラ14世だった身体は瓦礫に押しつぶされ、辛うじて右手だけが瓦礫から姿を現しているに過ぎない。

 

「おっ、お父様!!!それに、皆さんは?!」

「姫様!すぐに退避してください!今はご自身の安全を守ることを最優先にッ!」

「いやあああっ!お父様が!お父様が!!!」

「姫様!ご無礼をお許しください!」

「嫌!離して!離してよぉぉぉっ!!!」

「生き残っている者は立ち上がれ!姫様を何としてでも守り抜くのよ!」

「「「はいっ!!!」」」

 

父親の死を受け入れられないルミエスを抱きかかえ、後ろを振り返らずに走りだした。

 

生き残っていた衛兵たちは、ルミエスを抱きかかえているリルセイドを守るように、囲みながら駆け足で馬車に乗り込み、アテノール城を脱出した。

 

馬車には先導と後続の護衛を含めて5台の馬車を駆けており、万が一先導や後続がやられても中央にいるルミエスとリルセイドだけでも安全な場所まで退避させるつもりだ。

 

「リルセイド様!どちらに向かいますか?!」

「……闇雲に逃げていたらパーパルディアに殺されるわ。ラジオ局を目指して頂戴!」

「ら、ラジオ局ですか?!」

「そうよ!少なくとも日本側に助けを求めるのよ。確か治安警察隊の人も駐在していたはず、急いで!」

「はいっ!」

 

城を脱出した彼らが向かった先は、財閥企業が放送を行っているラジオ局であった。

 

四井と八菱が合同で立ち上げたこのラジオ局には、多くの日本人とラジオ局で働いているアルタラス人が身を寄せていた。

 

日本軍……基、治安警察隊が向かってきているという情報を発信しており、知ってか知らずかリルセイドはラジオ局を選んだのだ。

 

その判断は正しかった。

 

ラジオ局に到達した彼女たちは、日本側に事情を伝えるとすぐにラジオ局の中に通してもらえた上に、ラジオ局を警備していた武装警官から、すぐに治安警察隊の本隊が王都に来ることを確認したのである。

 

そして、リルセイドはラジオ通じて現在起こった事を日本にも届く程の広域出力に切り替えて、緊急放送を行ったのである。

 

『こちらは……アルタラス王国の王都、ル・ブリアスから中継をしています。そして私はアルタラス王国の王族に仕えている上級騎士、リルセイドと申します……先ほど、パーパルディア大使館から銃撃と砲撃が突如として行われ、王都の各地が攻撃を受けております。アテノール城も例外ではなく……魔導砲による砲撃によって城の主塔部分が崩壊し、国王陛下であるターラ14世を含めた王族の多くが死亡しました……』

 

パーパルディア皇国の攻撃によって、王都のみならず……王族が住まう城まで砲撃を受け、国の中枢を司る国王が死亡した事も伝えたのだ。

 

リルセイドもその事を読み上げることが辛いが、一番辛いのは実の父親を目の前で死んでしまったことを目撃した王女ルミエスだろう。

 

ルミエスはショックとストレスにより、休憩室の長椅子の上でぐったりと横になってしまっている。

 

リルセイドは、その光景を見て泣きそうになるのをこらえながらも、次のように語った。

 

『……ですが、幸いにも王女ルミエス様は無事です。現在、王都を襲撃しているパーパルディアは、王都に住んでいる国民のみならず、国王陛下を含めた王族までも殺しました。これは許されない暴挙です。駐留している日本の治安警察隊に対して、正式に出動要請をお願いしました。アルタラス王国全軍には、現時刻を持って戦時体制下に基づく治安維持行動を開始してください。そして国王陛下を殺し、傍若無人な振る舞いを続けるパーパルディアに……正義の鉄槌が下ることを……』

 

リルセイドが渾身の演説を終えた後、彼女も糸が切れたように椅子から倒れてしまった。

 

放送を受信した治安警察隊は、もはやパーパルディア側の決定的な暴虐に対する正当な反撃行為の大義名分を与えられたも同然であった。

 

一方のパーパルディア側の言い分としては、大使館を襲撃した実行部隊が城に逃げ込んだというものであったが、これはカストがでっち上げたものである。

 

実際にパーパルディア大使館に投石行為を行った者の大半は、マスケット銃や飛竜による火炎弾による攻撃によって命を落としていた。

 

アルタラス王国の統治機構を破壊し、混乱した際に乗じてパーパルディアが実権を掌握する……というのがカストの狙いであった。

 

それに、王城が砲撃によって壊滅的打撃を与えたことを知るや否や、カストは嬉しそうに微笑みながらワインを飲み、パーパルディアに対する攻撃を行った蛮族を殺すことが出来たと大いに喜んだのだ。

 

あくまでも自分を含めたパーパルディア側は被害者、そう決め込んでのことであった。

 

……それが全て、間違いであったと思い知らされるとも知らずに……彼は嗤うのであった。

 

許さない。貴方たちは、決して……許さない



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第五十六話

中央暦1639年/西暦1963年9月20日午後3時

アルタラス王国 王都ル・ブリアス

 

王都の彼方此方でパーパルディア皇国による攻撃によって、もはや収拾がつかない事態と化し、現場では混迷を極めていた。

 

それはアルタラス王国だけではなく、監察軍東洋艦隊でも同様の状況となっていた。

 

……一時間程前からポクトアール司令は本国への通信を執り行っているが、大陸側の陸軍通信士は残念なことに自国の軍事力を過信している節があった。

 

『こちらパーパルディア皇国陸軍第一通信室です』

『監査軍東洋艦隊のポクトアールだ。至急軍司令部へ通信を取ってもらいたい』

『……司令部ですか?一体何があったのです?』

『アルタラス王国で反パーパルディア感情に伴う暴動が発生し、大使館が攻撃を受けている。大使館防衛のため飛竜隊を先遣させて対応に当たっている』

『……それで、大使館は無事なのですか?』

『現在は無事だ。ただ、カスト全権大使が懲罰要求を行い、アテノール城を含めた王都への攻撃を要求している。軍司令部にその要求をどうするか、許可を求めたい』

『でしたら……現在上の者が別件で対応している為、緊急時以外では現場の判断に任せます』

 

……とのらりくらりな対応をされ、再度事情を説明するも、通信士は声のトーンを変えずに、真顔のような表情でこう語った。

 

『……皇国に盾突く者であれば、教育するのが皇帝陛下の方針ではないですか?』

『それはそうだが、すでにカスト全権大使は過剰な防衛行動を行っている。我々だけは規定内に盛り込まれている防衛行動しか認可できない』

『過剰もなにも、大使館を襲撃するような連中は我が国を舐め腐っている証拠です。そういった連中は教育すべきです。司令はすぐにカスト全権大使の要請を承認してください』

 

……ポクトアール司令の進言を軽くあしらわれたのだ。

 

(だめだ、軍司令部はアテにならん……やむを得ない、外務局に代わりに掛けておこう……)

 

これでは埒が明かないとして、外務局に代わりに通信を掛けたのだが……。

 

よりにもよって、事務局員を通じて通信対応に応じたのが急進派のレミールであった。

 

『レミールだ。ポクトアール司令、なんの報告だ?』

『はっ、現在アルタラス王国にてパーパルディア大使館が襲撃を受けており、防衛の為飛竜隊を向かわせております』

『アルタラス王国だと……それで、カスト全権大使は無事なのだな?』

『はい、現在無事です。大使館に攻撃を行おうとしている暴徒は飛竜隊に対応しております』

『……それで、アルタラス王国への懲罰は実施したのか?』

『いえ、あくまでも大使館周辺の安全を優先して……』

 

ポクトアールが説明をしている最中に、ドガンと通信機の傍で何かが叩きつけられる音が響き渡る。

 

すぐに、レミールが激高した口調でポクトアール司令に詰め寄ったのだ。

 

『なぜ懲罰を実施せんのだ!!!我が国への攻撃だろう!!!アルタラス王国は我が国に矛を向けたのだ!それだけでも重罪であり、国を取り潰されても文句は言えんはずだ!!!』

『ですが、戦火が拡大した場合、アルタラス王国に駐留している日本の武装勢力が我が軍を攻撃する危険性が……』

『言い訳を聞くつもりはない!外務局監査官の権限を持って、監査軍東洋艦隊は王都への攻撃を命じる!拒否すれば命令不服従によって死罪に処す!』

 

皇国の中でも急進派として知られている外務局監査官のレミールが通信に入るや否や、罵倒された上にアルタラス王国への本格的な攻撃命令まで出ている始末であった。

 

それでも、ポクトアール司令は全面的な戦争を回避するために、王都の制空権を確保しつつ大使館に移動用の飛竜を着陸させて職員の退避を行おうと作戦を練っていた最中に最悪の報告が入ってきた。

 

王都ル・ブリアスのアテノール城がパーパルディア側の攻撃により崩壊したというのだ。

 

「ポクトアール司令!緊急事態です!王都のアテノール城が先ほど崩壊したとの情報が入ってきました!」

「なんだと?!飛竜隊が勝手に攻撃したのか!」

「いえ、魔導通信によれば大使館側から陸戦部隊を編成して城を急襲したとのことですッ!」

「……城は半壊したのか?それとも全壊かね?」

「通信からは中央部の塔が崩壊し、建物の大部分が損傷している模様です」

「王都から流れている広域魔導通信では、国王を含めて複数の王族が死亡したと速報が繰り返し流されておりますッ!また、駐留している日本の治安警察隊に対して、正式に出動要請を出したとの事です!」

 

通信士からの情報を受け取ったポクトアール司令は、その瞬間に眩暈を起こした。

 

カスト全権大使が身勝手な行動をしたのは確実であった。

 

ポクトアール司令の懸念が現実のものになってしまったのだ。

 

まだ暴動であれば、双方の治安部隊によって鎮圧する事も可能であった。

 

しかし、陸戦部隊を導入した上に、アテノール城を砲撃して破壊したとなれば話は別だ。

 

複数の王族が住んでいる王城だけに、多数の死傷者が出てしまった。

 

おまけに、日本の治安警察隊も出動するようだ。

 

間違いなく、これはアルタラス王国だけではなく日本を含めた戦争に発展してしまったことをポクトアール司令は悟った。

 

そして、通信士たちが見ているまえで、彼は壁を思いっきり叩きつけた。

 

「なんて馬鹿なことをしてくれたのだ!!!戦争になったぞ!!!」

 

怒りを露にしているポクトアール司令には、戦う以外の選択肢は残されていなかった。

 

既に戦争は始まっているのだから……



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第五十七話

中央暦1639年/西暦1963年9月20日午後3時

アルタラス王国 王都ル・ブリアス

 

治安警察隊の総指揮官である武藤は、アルタラス王国の上層部が機能不全に陥っていることを部下に確認すると、魔導通信も通じて治安警察隊だけではなく、アルタラス王国全軍に動員令を発令した。

 

動員令の発令と同時に、彼はアルタラス王国軍に対して事態の状況を整理した上で、淡々と説明を行った。

 

『諸君、私は日本の治安警察隊司令官の武藤である。現在、アルタラス王国は未曾有の危機に晒されている……カスト全権大使とパーパルディア皇国軍の暴挙によって、王都全域が攻撃を受けている……残念ながら国王陛下であるターラ14世をはじめとした多くの王族が死亡・行方不明となり、王女ルミエス様も現在指揮が取れない状況である』

 

王女ルミエスは目の前で父親が圧死する現場を目撃しており、精神的なショックによってラジオ局から身動きが取れない。

 

さらにルミエスの護衛を任されていたリルセイドも、疲労困憊の末に倒れてしまった。

 

アルタラス王国では王族の多くが軍の指揮官を担っていたこともあり、パーパルディア皇国側の王城攻撃によって王族の大部分が死亡・行方不明となってしまった。

 

その結果、王国軍の大部分は組織的な行動を執ることが出来なかった。

 

散発的な反撃を行使するのみで、大半は指揮系統の混乱によって身動きが取れない状況でもあったのだ。

 

『現在アルタラス王国では最高責任者が不在になっている状況であり、一刻も早く秩序を回復させるためにアルタラス王国と結んだ軍事協定により、私が臨時でアルタラス王国軍の総指揮も執ることになった。アルタラス王国軍は治安警察隊と共に王都防衛のための行動を開始せよ』

 

その混乱を武藤は利用して、広域魔導通信にてアルタラス王国軍の権力を咎められることもなく、武藤はたった今、アルタラス王国軍の権力の掌握を宣言したのである。

 

現地は混乱しており、アルタラス王国軍も単独で行動することが出来ず、王都ですら足止めを食らっていたからだ。

 

友好国を守るでのはない、これは友好国の隙を狙った簒奪なのだ。

 

しかし、アルタラス王国軍にはどうすることもできない。

 

指揮官の多くが王族もしくは王族の関係者だったことを踏まえると、彼らをアテノール城に集めていたことは悲劇でもあり、同時に起こり得る最悪の事態に対処できないことが確定していたも同然であった。

 

アルタラス王国軍に必要な事は、王都を攻撃しているパーパルディア皇国を撃退することである。

 

そして、自分が軍隊の最高権力者となって軍事力を行使すること示したことにより、アルタラス王国軍の各部隊は武藤の指示の下で動くようになった。

 

これは中国大陸での戦役において、武藤がよく行動していた手段でもあった。

 

武藤は彼らが自分の意のままに操るために、彼らの忠誠心を掻き立てる言葉を巧に使ったのだ。

 

『現在、アルタラス王国はパーパルディア皇国から攻撃を受けており、これを我々は撃滅する。アルタラス王国のために、そしてこの国を守るために、共に戦おう』

 

広域通信で呼びかけると、アルタラス王国中で大きな戦意が巻き起こった。

 

治安警察隊の指示の下で、アルタラス王国軍はようやくまとまって軍事行動を開始することが出来る。

 

苛烈ともいえる程に憎悪を募らせたアルタラス人の闘志に火が付き、彼らは街中に繰り出して武器を手に取りパーパルディア皇国への報復を誓った。

 

その中でも治安警察隊は、武藤という主人のために一刻も早くアルタラス王国の政治中枢を掌握し、ラジオ局に真っ先に部隊を向かわせて生き残った王族を確保するように手配した。

 

同時に基地に駐留していたヘリコプター部隊、並びに沖合に停泊していた型落ちの哨戒艇は、完全武装で大使館ではなく本命のパーパルディア皇国軍を殲滅するべく行動を既に開始していた。

 

また、全部隊に以下の命令文を発令した。

 

・アルタラス王国の出動要請に則り、全ての治安警察隊及びアルタラス王国軍全部隊は王都における治安維持行動を開始せよ。

 

・パーパルディア皇国に属している軍民は無力化せよ。

 

・王都を攻撃している飛竜隊を無力化すべく、ヘリコプター部隊と哨戒艇部隊は沖合にいるパーパルディア皇国軍の艦隊を攻撃せよ。

 

・王都を守るためには、如何なる手段を問わない。

 

・武力行使によって、秩序を取り戻す。

 

・無警告射撃、及びパーパルディア皇国に属する勢力の破壊を承認。

 

この武藤の指示の下で、治安警察隊は行動を開始した。

 

正式な治安維持出動と、それに伴い被害を被るであろう損害は全て度外視しても良いというアルタラス王国からのお墨付きである。

 

満州事変と、それに次ぐ南京事件において武藤の部隊は、苛烈なやり方をすることで悪名高いものであった。

 

さらに、航空基地から離陸した攻撃機などが王都上空を通過した時、このアルタラス王国は最悪の形で生まれ変わることになるのだ。

 

大いなる陰謀は、成熟を迎えた

 



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第五十八話

中央暦1639年/西暦1963年9月20日午後4時

アルタラス王国 王都ル・ブリアス

 

カスト全権大使は、目の前で起こっている惨劇を楽しむように、熟成されたワインを飲みながら鑑賞していた。

 

「ははは、いいぞ。アルタラス王国め、身の程を思い知れ。ガハハハッ!いやー、ワインがより一層美味しいな」

 

アルタラス王国への懲罰と称して、大使館に待機していた陸戦隊を使った戦闘作戦は一定の成果を挙げており、彼や急進派のレミールが執り行っている「パーパルディア皇国に反抗的な態度を示した国家への懲罰」を執り行っている事に愉悦を感じていた。

 

最も、事の発端はカスト自身の身勝手な言動や振る舞いが原因であるにも関わらず、彼はそのことに気が付いていない。

 

気づいてすらいないのだ。

 

列強国が弱小国を踏みにじる行為というのは当然であり、属国化の際には奴隷を送ったりすることが当たり前という認識なのだ。

 

奴隷はパーパルディア皇国の工業地帯やプランテーション農園に売り渡され、死ぬまで労働させることが美徳とすらされている。

 

「アルタラス王国も馬鹿な事をしたものだ。よりにもよって我が国を裏切るような真似をしたからこのような結果になったのだ。日本という国家への忠誠を誓った裏切り者は懲罰し、再びパーパルディア皇国が偉大であり、平伏すべき相手であることを教育してやらねば……」

 

彼のような価値観は、皮肉なことに……転移してきた大日本帝国における財閥企業が考えている事と酷似していた。

 

植民地や属国からの資源を格安で輸入し、国内の経済体制を発展させる。

 

傀儡化した中国で生産された米は日本人の胃袋を満たし、東南アジアや満州で生産されている石油のお陰で、日本は世界第二位の経済大国と軍事大国に上り詰めた。

 

その基盤を転移直後は失ってしまったものの、代用としてクワ・トイネ公国の食糧庫と、クイラ王国の石油・鉱石資源を確保し、これまで通りの繁栄が約束されたのだ。

 

突き詰めれば、両国ともに植民地支配体制を執っている国家であるが故に、考え方や行動も類似していた。

 

唯一違う点を挙げるとすれば、日本側は飴と鞭の使い方を熟知しているのに対して、パーパルディア皇国は鞭だけしか使う事を知らない。

 

それ故に、パーパルディア皇国はアルタラス王国に駐留している日本に対して、同じように鞭を振る舞っても良いと考えてしまったのだ。

 

その考えが間違っていたと知るのは、カストが一本目のワインの半分を飲み干した時であった。

 

突如、カスト大使の目の前で上空を旋回していたパーパルディア皇国監察軍の飛竜が次々と撃墜されてしまった。

 

「な、なんだ!飛竜が爆発したぞ!」

 

無数のミサイルが飛竜に着弾し、轟音と共に飛竜は搭乗員諸共爆発四散した。

 

血しぶきが大使館の屋根に降り注ぐと同時に、飛竜や搭乗員の身体の一部がバラバラになって降り注ぐ。

 

あまりにも突然の光景に、カストは呆然と外を見つめていた。

 

「なんだこれは……一体なにが……」

「カスト殿!あれを見てください!」

 

大使館職員が指差す先には、未知の航空機が大使館めがけて接近してくる光景があった。

 

治安警察隊に引き渡されていた中島飛行機の旧式ジェット戦闘機「KI-201 火龍」と新式のジェット攻撃機「KI-209 青龍」であった。

 

ル・ブリアス郊外の航空基地から出撃した戦闘機・攻撃機の混成飛行部隊は、ル・ブリアスで我が物顔で蹂躙をしていたパーパルディア皇国への反撃を開始したのだ。

 

『よーし、大半の飛竜は撃墜できたぞ。残っている飛竜も纏めて始末しろ。撃ち漏らすと地上部隊やヘリ部隊に被害が出る。飛竜を始末したら次は沖合にいるパーパルディア皇国海軍への攻撃だ』

『間違っても王都に爆弾抱えて墜ちるなよ!機銃掃射開始!』

『普段狙っている気球の標的だと思って撃て、速度ではこっちのほうが有利だ』

 

航空隊は近接航空支援のために生き残っていた飛竜めがけて機銃掃射を開始した。

 

ミサイルという攻撃手段を理解できなかった彼らは、右往左往している間に次々と機銃掃射によって落ちていく。

 

先ほどまで、パーパルディア皇国は自分達が列強国であり、覇者であるという認識であった。

 

その認識が彼らに理解できない形で崩れていく。

 

「有り得ない……こんなことは一体……」

 

轟音と共に、彼らの威信が音を立てて崩れていく。

 

そして、武藤率いる治安警察隊の本隊が王都の中心部に進入したのだ。

 

パーパルディア皇国大使館まであと3kmの地点まで迫っている。

 

『間もなくヘリコプター部隊と合流します。地上の第一歩兵大隊、第五野砲中隊と共に大使館に乗り込みます』

『なるべくカスト大使を生け捕りにしろ。生け捕りが無理なら死体でも構わん。絶対に奴を大使館の外に逃がすなよ』

『第三機甲連隊、第四支援中隊はパーパルディア皇国軍と市街地で戦闘を始めている模様……これより、王都市内の掃討作戦を実施します』

『抵抗してくる者は射殺して構わん。奴らは王族殺しをしたのだからな。大使館外にいるパーパルディア皇国人も同様に脅威と見なし、逃走ないし抵抗する者への無警告射撃を許可する』

『了解……武藤閣下、沖合の海軍はいかがいたしましょうか?』

『ある程度数を減らした後、降伏勧告に従って降伏旗を掲げないようであれば抵抗の意志ありと見なし、海上艦艇によって全て海に沈めろ』

 

武藤は、自分達の部下に対してパーパルディア皇国大使館並びに沖合の海軍への攻撃を命じた。

 

それはこの世界の列強国と転移国家による直接的な文明の衝突でもあった。

 

銃声、サイレン、そしてすぐに……命令



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第五十九話

中央暦1639年/西暦1963年9月20日午後7時

パーパルディア皇国 海軍司令部

 

カイオスの表情はとても暗い。

 

アルタラス王国で、恐れていた軍事衝突が発生したのだ。

 

それも、日本の武装組織である「治安警察隊」とパーパルディア皇国の駐留武官や、監査軍東洋艦隊と衝突し、パーパルディア側に甚大な被害が生じたという報告も受け取った。

 

カイオスがこの事態を知ったのは、クーデター計画を念入りに実行するために海軍総司令官であるバルス海将との会談を行っていた午後5時に第一報が入ったのである。

 

しかも、パーパルディア皇国側が「懲罰」と称してアルタラス王国の王都ル・ブリアスにて王城を攻撃して国王を殺害したことも判明し、現地ではパーパルディア皇国人が治安警察隊によって次々と射殺されているという情報まで入ってくる程だ。

 

クーデターを起こそうとした矢先だけに、カイオスはこの最悪ともいえる事態が誰によって引き起こされたのか、すぐに調べる必要があった。

 

「アルタラス王国に関する情報を直ぐに集めろ!それから第3外務局は全ての職員を動員しろ!非番の者も連れてこい!」

「非番の者もですか?!」

「そうだ!それから、第1外務局局長のエルト、財務局長のムーリもだ……」

 

クーデターに参加を表明しているメンバーに招集をかけ、また海軍総司令官であるバルス海将ですら、この事案を非常に重く受け止めている。

 

彼も日本軍に関する情報をカイオスによって把握した一人であり、同時に現在のパーパルディア皇国軍の総力をもってしても勝てる相手ではない事を理解した人物である。

 

日本の外交官である朝田から提供された太平洋戦争末期にハワイに投下された原子爆弾の投下映像や、岩礁が吹き飛ぶ核実験映像を見て、すぐにコア魔法相当の兵器を実用化している事を把握した。

 

それだけに、アルタラス王国での衝突は彼らにとって極めてマズい事態に陥ったことを理解するのに時間はかからなかった。

 

クーデター計画の首謀者たちが海軍司令部に到着した際に、第3外務局の情報部は国内の急進派によってアルタラス王国での惨劇がもたらされた事が判明した。

 

「カイオス閣下、問題は極めて深刻です……カスト全権大使がアルタラス王国において威圧的に王女を奴隷化するように要求し、それが拒否されたことが原因で皇国側が王都で王城を含む各所を攻撃したと……魔導通信で全世界に配信されております」

「なんだと?!全世界にか?!」

「恐らく日本側の高出力通信を使っていると思われますが……かなり鮮明な音声ですし、声からしてほぼほぼ間違いなく……カスト全権大使の声です」

「くそっ……あのバカ貴族が……何という事をしてくれたんだ……」

「さらに、監査軍東洋艦隊も旗艦を除いて全て撃沈された模様です……」

「なんだと?!旗艦を除いて全滅したのか?!」

「……通信では全滅だと聞いております。今、海軍の通信指令室でも確認しておりますが、監査軍東洋艦隊からの応答がないので……ほぼ間違いないかと……」

 

バルス海将は顔面蒼白で呆然としながらもカストの部下からの報告を聞き入れていた。

 

監査軍東洋艦隊とはいえ、海軍の一個艦隊に匹敵する能力を有している艦隊だ。

 

直接的な管理をしている組織が違うとはいえ、それでもガレー船などが主流である文明圏外相手では戦列艦は負けなしの艦隊であった。

 

その艦隊は、旗艦を除いて全滅したという報告は由々しき事態であると同時に、日本側と刺し違えるばかりか傷一つ負えずに敗北したことを知らしめたのだ。

 

日本側から提供された旧式の海防艦によって一方的に沈められた。

 

太平洋戦争時に船団護衛として大量に作られた丁型海防艦6隻がアルタラス王国の軍港に停泊しており、これらの海防艦は冷戦期に改装を受けて海上から地上の制圧を目的としたロケット砲ないし対艦ミサイルを搭載していた。

 

治安警察隊の保有しているジェット攻撃機部隊と共に攻撃を行い、監査軍東洋艦隊は一方的に空と海から攻撃を受けたのだ。

 

僅か3分足らずで監査軍東洋艦隊は旗艦を除いて海の藻屑となり、海面は赤い色で染まったのだ。

 

エルトやムーリも、その報告を聞いて愕然としながらも、現在の状況を確認するために職員に尋ねた。

 

「……アルタラス王国への懲罰行為を監査室は咎めなかったのですか?」

「ポクトアール司令が外務局に通信を行った際に、対応したのがレミール様だったそうです。複数の通信担当の職員が証言をしております」

「……ということは、彼女がカスト全権大使やポクトアール司令に対して懲罰行為を薦めさせたという事か……」

「ポクトアール司令は軍規に則り、飛竜隊を使って大使館を攻撃する者のみを排除したそうですが、カスト全権大使は……」

「……レミール様の指示とお墨付きを貰って懲罰と称して王城を攻撃した……そうだな?」

「はい……王女ルミエスを除いてアルタラス王国の王族は死亡ないし行方不明となったそうです。そして防衛協定を結んでいた日本が介入し大使館と東洋艦隊との連絡が途絶したままになっております。」

 

日本による軍事介入は明らかである。

 

それに、国際上では日本側は防衛のために介入したのだと堂々と立証できてしまうだけの材料が揃っている。

 

一方的に攻撃をして、アルタラス王国で惨事を引き起こしたのがレミール率いる国内の急進派であることを確認したカイオスは、この事態を利用することを決めた。

 

それからは海軍司令部の作戦司令室に移動してクーデターの準備を進めた。

 

第3外務局はアルタラス王国の調査を、エルトは第1外務局の人員を使って国内の急進派の現在位置を特定し、ムーリは軍の動員準備を行っている。

 

海軍司令部は快く場所を提供することに同意し、バルス海将は海軍が保有している飛竜隊と海兵部隊に非常招集令を掛ける用意を済ませている。

 

日本側にもコンタクトを取っており、日本大使側からポクトアール司令が現地に派遣されている治安警察隊に捕縛されたという情報がもたらされた。

 

「……それでポクトアール司令官は無事か?」

「幸い司令官が無事ですが……日本側の捕虜になった模様です。魔導通信では拿捕されたと言っておりました」

「そうか……」

「日本側に捕らえられたポクトアールの肉声もあります……こちらの蓄音機で聴いてください」

 

蓄音機に録音されていたのは、治安警察隊に捕縛されたポクトアール司令の声であった。

 

やつれて疲れ果てたような声をしており、覇気は感じられない。

 

だが、彼の証言によってカスト全権大使、外務局監査官のレミールが主導的に懲罰行為を命じていた証拠を掴んだ。

 

もはや動くしかない。

 

カイオスは、作戦司令室にいる全員にクーデターを実施する旨を伝える。

 

「諸君、いよいよ時間がない……明日(みょうにち)0時までに主力部隊を皇都に動員できそうか?」

「第1外務局は問題なく行動できるわ。すでに急進派の主要な人物の行動先は掴んだ。命令があれば何時でも行動できる」

「陸軍の動員は憲兵隊・皇都防衛隊を含めて6万5千人を動員可能だ。」

「海軍はたった今、竜母にいる飛竜隊にも皇都近郊の滑走路に移動するように命じた……海兵隊を含めて1万人程だが皇都に展開可能だ」

「分かった。では……始めよう……指令第44号を発動する……各員は持ち場に就いてくれ……皇国が生き残るように行動しよう」

 

カイオスの言葉を合図に、一気に皇国軍は慌ただしく動き始める

 

指令第44号始動

 

パーパルディア皇国はこのままでは破滅してしまうだろう。急進派はアルタラス王国への武力攻撃を開始し、日本側との間接的な戦闘まで引き起こした。

このままでは破滅は避けられない。破滅を回避するために必要な処置を講じる。ありとあらゆる兵力を動員し、皇国を防衛するのだ。

 

中央暦1639年9月21日午前0時 指令第44号始動に伴う皇都防衛行動発令

 

国家緊急権の行使を開始

 

第1外務局 全職員に対し、緊急動員を発動

第3外務局 緊急権に基づき非常態勢を発動

陸軍参謀本部 皇都周辺での軍事作戦を実施

憲兵隊 急進派の逮捕及び排除を実施

皇都防衛隊 緊急権行使に基づき皇都での治安維持活動の開始

海軍司令部 飛竜隊及び海兵隊の展開を指示

 

流血の維新を遂行せよ



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第六十話

中央暦1639年/西暦1963年9月21日午前0時

パーパルディア皇国 皇都エストシラント

 

「駆け足!総員、前進開始ッ!!!」

「ワイバーン離陸、繰り返す、海軍のワイバーンは無事に離陸した。皇都上空に間もなく到着する」

「一般部隊にはパラディス城に集まるように指示を出せ、憲兵隊は予定通り、急進派の排除に掛かれ。皇族や貴族であっても容赦はするな」

 

皇都エストシラントでは、けたたましくも兵士達が武装をした状態で街中を駆け巡っている。

 

海軍の飛竜隊がエストシラント上空を飛び回り、マスケット銃や携帯式魔導砲を携帯している兵士達は戦列を組んで駆け足で向かっている。

 

陸軍と海軍の武器庫から、銃や大砲、携帯式魔導砲まで持ち出している。

 

あまりにも突然の軍事行動に、夜中まで酒場を開いていた店主や客たちは何事かと外を見てみると、完全武装した陸海軍の兵士達が行進をしているのを目撃する。

 

「おいおい、今日は夜間訓練なんてあったのか?」

「分からんが……おい、飛竜まで飛んでいるぞ?!」

「それだけじゃねぇ!地竜(リントヴルム)まで動員しているじゃねぇか……一体全体どうなっているんだ?」

「なんだこりゃ……分からねぇ、分からねぇけどよぉ……一体なんの騒ぎが起こったんだ?」

「ただ事じゃねぇかもしれないってことだな……」

 

客たちは知る由もないが、一つだけ分かっているのは、行進をしている彼らの向かっている先が、皇族の住まう宮殿であるパラディス城であった。

 

多くの者が、夜遅くに兵士達が戦列を組んで歩くという行為に疑問を持った。

 

昼間に軍事パレードや移動のために行進する事はよくあることだ。

 

しかし、こんな真夜中に動くということはほとんどない。

 

おまけに、宮殿に向けて進軍をするという行為そのものが不可解である。

 

兵士達もどこか違和感を覚えており、彼らの部隊の上官である作戦本部長のマータルを含めた陸軍上層部の命令で従っているだけに過ぎない。

 

「なぁ、これってどういうことなんだ……就寝時間の直後に叩き起こされて出撃だなんて……」

「夜間戦闘訓練の実施とも通達は聞いていないからな……ただ、緊急事態につき出撃するって言われているからな……」

「緊急事態……何があったんだ?」

「聞いた話だと、急進派の連中が戦争を起こそうとしているらしいな」

「戦争……どこの国とやり合うつもりなんだ?」

「さぁな……とにかく、言われた通り、パラディス城の前に集まればいいさ……」

 

陸軍の多くの兵士がパラディス城を目指して行進をしていた。

 

勿論のことながら、彼らにはクーデターの詳細は伏せられたままである。

 

突然に軍の動員と、各外務局の行動には急進派にとって寝耳に水であった。

 

その中でも急進派のトップであり皇帝を言いくるめようとしていたレミールは、自身の屋敷で皇帝と自分が愛を育む妄想をしながら就寝中に、女性職員から叩き起こされて事態を知る程であった。

 

本来の彼女であれば、眠りについていた自分を叩き起こす行為など解雇処分相当ものであったが、あまりにも血相を変えた様相を見て、その怒りすら吹き飛んだ。

 

「レミール様!先ほどより皇都防衛軍、第1、第3外務局、軍参謀本部、海軍海兵隊が皇都内にて武装した状態で行進をしているのと情報が入りましたッ!」

 

あまりにも突然の軍事行動の第一報が入るなり、レミールは思わず固まってしまった。

 

彼女からしてみれば、全く思い他当たる節がない。

 

そればかりか、勝手に夜間で訓練を行う道理もなければ、大規模な訓練を実施する旨の連絡すらしていないのだ。

 

「は……陸海軍の部隊が勝手に皇都で行動を起こしているだと?」

「はい、それに空を見てください!海軍の飛竜が空を飛んでいるのです!」

 

ここにきて、レミールは悟った。

 

パーパルディア皇国の中でも、宥和的な方針を掲げる第3外務局のカイオスが中心となって独自のグループが結成されていることは耳にしていた。

 

近いうちに、かのひ弱で弱腰外交的な行動をしている彼を解任し、代わりに別の急進派のメンバーをトップに据えおこうとしていた矢先の出来事であった。

 

「クソッ……狙いは私か……私を排除しようと仕組んだのか!!!」

 

つまり、レミールはこの時点で軍隊が寝返り、クーデターを起こしたことを悟ったのだ。

 

クーデターを起こされては命も危うい。

 

宝石だけでも身に着けて逃げようとした時であった。

 

ズスズ……ドォォンン……という爆発音と共に、屋敷が大きく揺れたのだ。

 

レミールは窓の外をのぞき込むと、そこには大砲を打ち込んでいる憲兵隊の姿が見えたのだ。

 

「憲兵隊だと……ッ!一体なにを考えているのだ!ここは私の屋敷だぞ!皇族の屋敷を攻撃するなんて重罪だ!」

 

顔を真っ赤にして激怒するレミール。

 

だが、砲撃で空いた屋敷目掛けてマスケット銃に銃剣を取り付けた兵士達がなだれ込んでくる。

 

「なんで憲兵隊が攻撃してくるんだよ!」

「俺に聞くな!畜生!」

「うわああああ!目が!目がやられた!目が見えない!!!」

 

屋敷の内部で待機していたレミールお抱えの警備隊が応戦するも、正規軍との戦闘を想定していなかった警備隊は短剣ないしロングソードぐらいしか配備されていなかった。

 

警備隊は容赦なく殺された。

 

急進派の手先として、その行為を黙認していた罪に問われたのである。

 

最も、そんな中でもレミールは何としてでもこの事態を国王に知らせるべく、屋敷の秘密の通路から脱出を図っていた。

 

彼女は女性職員を囮に使い、安全に退避するまで時間稼ぎをするように命じたのだ。

 

「レミール様、ここは私が時間を稼ぎますので、皇帝陛下にこの現状をお伝えしてください」

「分かった。それまでお前はここを死守しろ……いいな?」

「はい、くれぐれもお気を付けて……」

「うむ、私に忠義を尽くせ……ではな……」

 

10分程で屋敷の一回を制圧した憲兵隊は、2階の奥の部屋から脱出しようとしていた女性職員を確保するも、彼女は予め仕掛けておいた魔導弾を使って秘密の通路を破壊してしまう。

 

すでにレミールは通路を駆け抜けて、何度か経由を施してからパラディス城を目指して駆け足で向かうのであった。



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第六十一話

中央暦1639年/西暦1963年9月21日午前0時

パーパルディア皇国 皇都エストシラント

 

 

皇都で派手な砲撃音と、銃撃音が鳴り響くのは初めての事であった。

 

外務局、憲兵隊、皇都防衛隊が急進派の人間を排除するために武力行使を行っている。

 

夜中の急襲ということもあり、ほとんどの急進派のメンバーは対応が出来なかったのだ。

 

急進派のメンバーが通い詰めているバーや娼館なども包囲されており、その場にいた者の中でも急進派に親しい人間は構わず殺すように命じられていた。

 

【これは虐殺ではない、我が国を救うための行為だ。逮捕や殺害を含めて諸君らの行為は全て不問になるだろう】

 

カイオスはクーデターの際に、兵士や職員にこう宣言した。

 

つまり、クーデターによって生じる犠牲やそれに伴う殺戮は『やむを得ない処置』であるとして、大いに推薦したのだ。

 

急進派の人間が生きていては困る上に、いずれクーデター後ものし上がって寝首を掻くような真似をされても困る。

 

故に、皇国で膨れ上がった膿を出し切ることに舵を切るのだ。

 

平民出身者の多くが、傲慢な皇族や貴族に対して虐げられることもあった。

 

その恨みは傀儡国で虐げられている民族以上に恨みつらみが籠っている。

 

この負の感情が一気に咎められることがないと判断した瞬間に、彼らに溜まっていたモノが爆発して、急進派の人間を処刑する大義名分の名の下に、排除が実施されていた。

 

エストシラントの高級娼館の多くが急進派のパトロンであったり、交流の場でもあったことから憲兵隊や皇都防衛隊による襲撃を受けたのだ。

 

娼館に通い詰めていた貴族は夜のお楽しみを銃声と共に中断される羽目になり、その多くが生まれたての姿となっていた。

 

突然の出来事に、右往左往している貴族たちに向かって兵士は一喝する。

 

「いたぞ!急進派の貴族だ!」

「な、なんだね君たちは!」

「貴様ら急進派は現時刻を持って、その特権を停止及び剥奪された。たとえ貴族であっても例外はない」

「な、なんだとォ!!!ふざけるな!何のための貴族だと……」

「構わん。反省の色すら見られん。処刑しろ」

「はッ!撃てーッ!!!」

 

マスケット銃から白煙が上がり、各部屋で銃声が鳴り響く。

 

彼らは弁明することすら許されなかったのだ。

 

銃声が鳴り響くたびに、急進派は殺されていく。

 

それは娼館だけにとどまらない。

 

彼らの居住している屋敷でも惨劇が行われているのだ。

 

召使いや執事を含めて、急進派に属している人間の多くは殺されたのだ。

 

これほどまでに皇都で血が流れる事態は建国以来起こった事がない。

 

まさに空前絶後ともいえる虐殺であった。

 

そんな惨状が産み出されている現在においても、カイオスは部下からの報告を淡々と聞いている。

 

「急進派の貴族を次々と捕縛ないし殺害しております」

「数はどのくらいになりそうだ?」

「現在までに160人以上が無力化されたとのことです」

「陸軍省はどうなっている?」

「はっ、すでに憲兵隊が陸軍省を制圧し急進派の軍人を捕殺しました。憲兵隊が執り行ってくれたお陰で、軍を掌握することが容易ですな」

「海兵隊は予定通り市街地に展開しているか……ふむ、あとは皇帝陛下だが……パラディス城は制圧したのだな?」

「はい、ただパラディス城において近衛守備隊との一部と戦闘状態となっており、皇帝陛下の身柄に関しては安全のため海軍司令部に移送しております」

「ご苦労、陛下には申し訳ないが……この状況を作った急進派の始末が完了するまでの間は、ご不便をかけるがやむを得ないな……」

 

カイオスにとって、急進派を排除するにはこのような非情な手段を取るしかなかった。

 

皇帝は第1外務局の職員が連れ出し、海軍司令部まで護送しているのだ。

 

最も、皇帝に関しても急進派にそそのかされている節が見受けられるので、彼の権限も一部制約させるつもりでいるのだ。

 

それから、カイオスにとって一番重大な問題は急進派のトップであるレミールが屋敷から逃走している点である。

 

レミールが屋敷から逃走しているという情報を掴んだものの、すでに憲兵隊や皇都防衛隊が出動しており、レミールに対しては可能であれば『捕縛』するように命令が出されている。

 

しかし、それが出来ない場合には『無警告射撃』及び『捕殺命令』が下っているのだ。

 

急進派として彼女がアルタラス王国でカスト全権大使の起こした不祥事を咎めるばかりか、王国における王族関係者の殺害に関する命令を下していた事は、パーパルディア皇国の存亡に関わる重大な問題でもあったからだ。

 

可能性であれば捕縛した上でアルタラス王国に犯罪者として身柄を引き渡すのが関係修復を図る上で『最低限必要な行為』であり、いずれにしても国内を不安定化させる要因の一つを排除しなければならない。

 

「何としてでもレミールは捕縛するか殺すのだ。彼女は危険すぎる。皇族といえど容赦はいらん。あの女は我が皇国にとって百害あって一利なし……害獣とも言うべき女だ。アルタラス王国に引き渡すか、罪を償って死ぬことでしか国に貢献できぬからな……」

「捕縛命令だけではなく、一般大衆にも情報提供を呼びかけを行ったほうがいいかもしれません。多額の懸賞金を賭ければ、それだけ一般市民からの情報提供も行えるでしょうし……」

「よし、すぐに懸賞金をかけたまえ。急進派のトップである彼女は、生かしてはおけないのだ。何としてでも見つけ出すのだ」

 

レミールの運命は既に決していた。

 

それでも、レミールは敬愛する皇帝のために走り続けており、午前1時38分……彼女は銃声が鳴り響くパラディス城にたどり着いたのであった。

 

反逆的で狂気の魔女狩り



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第六十二話

レミール好きな人はごめんなさい。
彼女を壊します。


中央暦1639年/西暦1963年9月21日午前1時

パーパルディア皇国 皇都エストシラント

 

パラディス城内には血塗れになって斃れている近衛兵。

 

大勢の近衛兵が死んでおり、尚且つその周辺を陸軍の憲兵隊や海軍の陸戦隊が一人一人、確実に死んでいるか確かめるために銃剣で突き刺したりもしている。

 

これは単なる虐殺などではない。

 

腐敗と流血によって作り上げられた皇国の歴史を清算している最中でもあるのだ。

 

多くの兵士達はこの光景を『必要不可欠なもの』であると捉えており、何の躊躇もなく近衛兵を殺したのだ。

 

そればかりではない。

 

パラディス城内部にいた貴族や皇族に関しても例外ではなかった。

 

当然ながら、その情報を掴んでいた外務局の職員らが彼らを捕縛し、どの程度深く関与していたかを探り、関わりが深いとみなされた者から脅威であるとして「処刑」されるのである。

 

「急進派に属している主な貴族や皇族の方々を確保しました」

「よし、抜かりなくやったな……では、彼らにはそれ相応の刑を執行せねば……」

 

少数ではあったが、城の中にも急進派に属している貴族や皇族の面々がいたのだ。

 

彼らは皇帝を説得して、アルタラス王国への軍事侵攻を執り行うべく集まっていた者達でもあった。

 

高貴な身分の出身であったが、今、彼らは縄で縛られている状態であり、とても威厳を感じられる格好などではなかった。

 

その中でも、皇都において有力な貴族とされていた男に、第3外務局の職員は近づいた。

 

「では、先ずは貴方から始めましょう」

「おい、一体なんのつもりだ!こんな事をしてタダで済むと……」

「貴方は貴族という地位でありながら、皇国を危険に晒し……尚且つ皇都において【皇帝陛下への反逆】をレミールと共に行おうとした実行犯です」

「は……?一体何を言って……」

「急進派として属していることは既に把握しています。貴方は急進派の貴族として、皇族の面々にも説得してアルタラス王国への武力衝突を援助していた……それは事実です」

「ま、まて……それは一体どういうことだ!?」

「つまるところ、皇国への裏切り行為、並びに売国行為そのものです……」

「ふざけるな!一体なんの権限が……」

「失礼します。例のリストが載っている本を持って参りました」

「ご苦労、これでようやく事が捗るよ」

 

貴族が抗議をしている最中、職員の下に彼の部下が駆け寄ってくる。

 

黄色い本を持ってきており、職員は本をめくるようにして読んでいる。

 

いくつかのページを捲った上で、男は貴族の容姿と名前を確認すると、彼に宣告を行った。

 

「では、まず貴方から……現在発足したばかりの臨時政府の行動方針に則り、貴方は死刑となります」

「死刑だと……?」

「ええ、私は第3外務局員ではありますが、司法修習を有しております。現在は非常事態下でもありますので、裁判官としての役割を担えるのですよ」

「し、死刑なんて聞いていない!一体そんなことが許されるとでも……」

「許されますよ。私はカイオス閣下より国賊に対する捕殺権限を託されているからです。残念ながら貴方は捕殺リストに記載されております。如何なる例外も認められません」

 

死刑を宣告された貴族は抵抗する。

 

無意味だと分かっていても逃げ出そうとした。

 

しかし、傍にいた憲兵隊の兵士によって頭を殴られ、額からは血が流れ出ている。

 

「処刑場所はそこの噴水近くの傾斜でいいだろう。今は死体を入れる袋すら惜しい……彼をお連れしろ。最低でも貴族としての誇りを持たせた状態で刑を執行する」

 

痛みを和らげる魔法を唱えた上で、貴族や皇族の処刑を実行する。

 

貴族や皇族にのみ許された処刑……毒の入った酒を飲み、その毒によって斃れるという毒殺でもあった。

 

貴族や皇族の面々ですら、このやり方を大いに驚愕し、必死に抵抗した。

 

だが無意味であった。

 

強引に口を開けさせる工具を使い、嫌がる彼らの口の中に毒を大量に含んだワインやウイスキーを飲ませたのだ。

 

毒が回り始めると口や鼻から出血が起こり、最終的に意識障害を起こして10分以内に死ぬ。

 

中には自分から進んで毒の入った酒を飲んで死ぬ者もいたが、それはほんの一握りの貴族だけであった。

 

死んだ貴族や皇族の死体を傾斜面に置いてから、城の中にあった絨毯を彼らの上に覆い被せる。

 

赤く染まった絨毯に、彼らのにじみ出た血が染み込んでいく。

 

パーパルディア皇国の膿ともいえる急進派の最期は、実にあっけないものであった。

 

「これで急進派の貴族、並びに皇族は処したか……」

「あとはレミールだけですが……依然行方が分かっておりません」

「……恐らくだが、この城の中にいるはずだ。手分けして夜が明ける前に見つけ出そう」

「掃討戦になりそうですね……」

 

外務局、そして憲兵隊による城内の掃除が始まった。

 

彼らは隈なく捜し、息のある近衛兵を尋問して隠し部屋などを隈なく探すことにした。

 

午前4時……空が明るくなり始めたころ、城内に大きな声が響き渡った。

 

「レミールだ!レミールを見つけた!!!」

 

急進派の中心人物が、ようやく姿を現したのであった。



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第六十三話

中央暦1639年/西暦1963年9月21日午前8時

パーパルディア皇国 皇都エストシラント

 

皇都に陽の光が輝いていく。

 

しかし、路上に斃れている者の多くの瞳は深淵のまま動かない。

 

急進派の人間と見なされた者の多くが、憲兵隊や皇都防衛隊によって捕殺されており、市街地であっても問答無用に銃殺や軍事裁判なしの口頭命令のみで処刑が命じられている。

 

どこから入手したのか、中立を維持しているムーから秘密裏に供与された6.5mm重機関銃による実戦も開始されていたのだ。

 

重機関銃から放たれた弾丸が人間の頭部、心臓、臓器を次々と貫いていく。

 

乾いた発砲音と共に銃弾が急進派の人間だったものを貫き、半ば公開処刑のようなやり方で統治をしなければならない。

 

甘ったるい体制など必要ないのだ。

 

急進派を中心に広がっていた汚職や権力の腐敗を撲滅するためにも、殺さなければならない。

 

機械的に、まるでベルトコンベヤーで流されていく商品に異常がないかを確認するかのように、兵士達は銃を構えて処刑リストに載っている急進派を殺していくのだ。

 

屋敷で、議事堂で、街中でクーデター部隊は粛清を淡々と実施していた。

 

既に、皇都では黒煙がいくつか立ち込めているが、それは決して悪い事ではない。

 

これは夜明けなのだ。

 

パーパルディア皇国にとって、今日から新しい皇国の体制が構築されていく。

 

汚職と腐敗によって根元から腐らせていく前に、諸悪の根源を絶やす。

 

所謂『痛みを伴う外科手術』というやつだ。

 

急進派の多くが上級階級者だったこともあり、彼らの大半が死に際まで抵抗したり、平民出身者を侮辱する言葉を発して死に絶えていった。

 

レミールのお膝元であった外務局監査室の職員に至っては、真実を公言されない為、口封じとして銃殺刑に処されている程であった。

 

これがカイオスによる武力的な政権の簒奪であることを悟らせてはならない。

 

あくまでも、レミールを中心とした急進派が引き起こした惨事を一掃するためのスケープゴートでなくてはならないのだ。

 

真実を語る口を塞ぐしかないのだ。

 

兵士達は戒厳令が発せられた皇都を練り歩く。

 

いつもなら出勤をする人であふれかえる市場も、今は野良犬しか歩いていない。

 

経済活動が停止している状態でもやるべきことは混乱を収拾し、一日でも早く日本とアルタラス王国との和平を結ばなければならない。

 

その為に、皇都で血を流すしかない。

 

レミールを中心に築かれた汚職と腐敗の権力者を殺し、権力を簒奪して皇帝の権限すらも国家の非常事態下に伴って制約する。

 

この国は、カイオスを中心とした新しい国家に生まれ変わるのだ。

 

その証拠に、魔石ラジオから流れているのは、無機質な男性の声で発せられているアナウンスであった。

 

普段なら明るい音楽を流したり、国際情勢などを語ることで有名であったが、カイオスが用意した原稿を読み上げて淡々と現在の状況を宣伝していた。

 

『本日、帝国政府は皇帝陛下の名の下に新秩序体制を構築するべく、逆賊レミールをはじめとする我が国の権益を害して私服を肥やしていた者たちを一掃する事を宣言しました』

 

ラジオ局は既にクーデター側の勢力下にあり、陸軍や海軍もこのクーデターに同調し行動していた。

 

レミールは負けたのだ。

 

彼女は既に囚われており、その間に圧政を強いられていた植民地や傀儡国出身者によって辱しめを味わっていた。

 

身ぐるみをはがされた上で、彼女がしてきた数々の暴挙に対する鬱憤を晴らす機会であった。

 

皇族といえど、ただで殺されるわけにはいかないのだ。

 

命乞いをしても、絶望と苦しみを味わってからでないといけない。

 

アルタラス王国出身者を広場に集めた上で、彼女を殺さない限り自由にしてやったのだ。

 

彼女はまだ日本政府とアルタラス王国に引き渡して切り札にする必要がある。

 

だが、彼女が無傷のままで引き渡されたとして、果たして反省しているのだろうか?

 

それは否である。

 

権力者であれば、その権力が続く限り暴虐を働き、虐げることを生業とする鬼畜として自身の行為を正当化するだろう。

 

故に、カイオスは心を鬼にして彼女に特別な想いを寄せていたルディアス皇帝の目の前で、彼女が壊される現場を見せつけたのだ。

 

人間の尊厳を壊すという行為は、ルディアス皇帝の前では絶大な効果を発揮し、彼はあまりの衝撃に声を震わせながらカイオスに尋ねた。

 

「か、カイオスよ……これはどういうことだ……」

「陛下、あの女は我が国を窮地に陥れた張本人です。急進派を駆除しております」

「で、では……レミールはどうなる……このまま殺すのか?」

「いいえ、この刑が済み次第日本政府を通じてアルタラス王国に引き渡します。そして、この国をもう一度栄光ある国家へと生まれ変わり、繁栄をもたらすため一から再出発するための行動を開始します。陛下、ご心配をおかけしてしまいますが、必ずや復活を果たすために行動いたします」

「あ……あ……」

「ですから陛下、どうか今はゆっくりお休みください。後は我々が執り行います」

 

カイオスは無機質なロボットのように語り、固まってしまった皇帝の代わりに権限を行使する。

 

皇帝とて、カイオスの鋭く冷たい目線の前では成す術がない。

 

カイオスの覚悟は決ってしまった。

 

冷酷で、残忍な手段を執ってでもこの国を旭日の太陽の下で一時的な汚辱を与えられても、必ず蘇らせると決意したのだ。

 

軍用無線からは淡々と作戦行動が読み上げられて、兵士達は行動を開始している。

 

『全ての戦闘員は、直ちに皇都の守りを固めて敵対リストに載っている人物の排除を……』

『この国を破壊せしめんとする急進派を排除するべく、皇帝陛下より懲罰の命が下った』

『各員、急進派を殲滅せよ。殲滅せよ。二度とこの国で汚職と腐敗を享受することのないように、根絶やしにせよ』

 

命令は絶対だ。

 

兵士達は軍靴の音を奏でながら急進派を殺していく。

 

この日、パーパルディア皇国は死んだのだ。

 

国の切腹



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第六十四話

中央暦1639年/西暦1963年9月24日午前10時

パーパルディア皇国 皇都エストシラント

 

パーパルディア皇国に大使館を構えているムー国の代表大使であるムーゲ大使は、一連のカイオスによる軍事クーデターによって大使館に閉じ込められたままになっていた。

 

今の皇都は血で染まっている。

 

狂気と殺戮が日常生活に溶け込んでしまっているからだ。

 

街中ではカイオスに従うクーデター派の軍人達が急進派に属していた貴族や皇族、それに軍人や政府高官などを次々に殺害している。

 

中には相当の恨みを持たれていたのか、襤褸切れの雑巾のように皮膚がはがれ落ち、肉が擦り切れるまで石を投げれている亡骸も見受けられるほどであった。

 

権力闘争に敗れ、国内外から恨みを買われた者の末路だ。

 

皇都での粛清が完了し、次は地方都市であったり属領地域で狼藉を振る舞っていた役人にも粛清の波が押し寄せている。

 

これは、カイオスが国内で革命や反乱の要因となる急進派の塵を一つも残さないためにも必要な措置であったとされている。

 

ムーゲ大使からしてみれば、自国製の中でも旧式の武器や兵器を緊急輸入を打診してきた彼らの行いを批判することはできない。

 

少なくとも、ムー国からしてもカイオスは「話の分かる外交関係者」であり、今回のクーデターの際には少なからぬ大金で契約を行い、これらの大金によってムーゲ大使は本国で評価されているからだ。

 

それに、カイオスらクーデター派は次に行ったのは急進派の一掃だけではなく『体制転換を成し遂げた皇国』を国内外にPRすることであった。

 

先のアルタラス王国での惨劇を招いた急進派を排除するだけで権力の座に治まっただけでは、アルタラス王国やかの国を保護している大日本帝国から圧力が加えられる。

 

レミールなどのアルタラス王国に攻撃を命じた皇族や、それに賛同していた政治家の身柄を引き渡すことに合意したのである。

 

また、これらの急進派との付き合いが深かった商人や一般人ですら、魔石ラジオを通じて自己批判を行い急進派との決別を宣言する有様であった。

 

急進派の決別と、自己批判が繰り返されたあと、ラジオでは声高らかに生まれ変わる皇国の道筋がアナウンサーによって発せられている。

 

『急進派によってこの国の経済情勢は悪化しておりました。それを直視しなければなりません。皇国が復興を果たす為にも、我々はカイオス閣下の指導の下で再び国際秩序に則り、誉ある皇国として行動しなければなりません』

 

『アルタラス王国での惨劇を招いたのはアルタラス王国に駐在していたカスト全権大使、並びにカスト全権大使の暴挙を赦しただけでなく、虐殺指令まで出したレミールにあります』

 

『現在、我が皇国はアルタラス王国と大日本帝国との間で和睦条約締結に向けて準備を進めております。ここ数十年の中でもあってはならない悲劇を産み出した事に対し、責任をもって事態解決のために全力を尽くします』

 

既にカイオスとホットラインを繋いだ大日本帝国から戦闘艦が派遣されており、急進派のトップでありアルタラス王国での虐殺を指令したとされる元皇族のレミールの引き渡しも執り行われようとしている。

 

ムーゲ大使にとって、この一連のクーデターは単なる権力闘争を発端にしたものではなく、大日本帝国が異様ともいえる軍事力と経済力を有している証拠でもあると推測した。

 

既にムー本国から大日本帝国側の船舶と接触し情報収集に当たっており、ムーゲ大使にも現地に駐在している大日本帝国側とのコンタクトを行うようにとの指示が入ったのだ。

 

「これはパーパルディア皇国だけではなく、我が国にとっても他人事ではないということか……それにしてもクーデターは苛烈だな、ここまで処刑の歓声が聞こえてくるよ……」

 

ムーゲ大使は本国からの指示に従い、パーパルディア皇国の一等地に置かれた大日本帝国の大使館に足を赴くことになる。

 

その間にもカイオスは皇帝の権限の『無効化』を行い、あくまでも皇帝を『国家の象徴』として留める。

 

皇帝からの権限を簒奪したカイオスは、真っ先に政府代表者として新政府の樹立を宣言する。

 

その宣言の下で、ラジオでは声高らかにカイオスを賛美する声で溢れている。

 

『我が国において、国内の経済不況や諸外国への恫喝などを行っていた急進派を排除しております。汚職や腐敗の温床であった急進派を排除することにより、我が国は正式に勇敢にも立ち上がったカイオス閣下によって政府の刷新と、新しい皇国となって生まれ変わるでしょう。きっと、その先は明るい未来が待っているはずです』

 

指令第44号作戦の最後の要であった政府の重要な役職者の一新と配置を執り行い、カイオスが評価したり彼に賛同する者達によって強固な政治体制を確立させた。

 

これにより、カイオスは名実ともにパーパルディア皇国の政府代表者となり、役職も【皇国総統】の地位を確立させたのである。

 

カイオスによるパーパルディア皇国の簒奪が完了した瞬間でもあったのだ。

 

旭日の奴隷



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