「ここがトレセン学園か。興奮してきたな」 (愉快な笛吹きさん)
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「ここがトレセン学園か。興奮してきたな」

「おーここがトレセン学園か。興奮してきたなー。早速入ってみるか」

 

「ハウディ! いらっしゃいまセ、シャッチョさん」

 

「いやテンション高いな。フィリピンパブじゃねえんだからもう少し声抑えてくんねえかな」

 

「オーウ! うっかりしてました、ソーリーです。それで、ユーは一体誰でショウ?」

 

「ああ挨拶が遅れたな。今日からトレーナーとして働くことになった伊達っていうんだけど」

 

「ワーオ、シールド! カッコいい名前デース」

 

「盾じゃねえよ! 伊達だよ! だ、て! 何で最初から英語変換なんだよ……ええと、君は学園のウマ娘だよな。良かったら名前教えてくんねえかな」

 

「オゥ…どうか海外に売り飛ばすのだけは勘弁してクダサーイ」

 

「トレーナーだっつってんだろ。第一印象最悪じゃねえか! そもそもウマ娘拐うとか力が違い過ぎて無理だから」

 

「それもそうですネ。ワタシはタイキシャトルです。トレーナーさんよろしくお願いしマース!」

 

「ああよろしく。で、早速だけどちょっと理事長室まで案内してくれねえかな。こんだけ広いとちょっと迷っちゃいそうでさ」

 

「なるほど、トレーナーさんは方向オンチですね?」

 

「結論早くねえかな? 今日来たばかりだって言ってんだろ。そのくらいわかれよ」

 

「わかりましタ! なら離れずについて来て下さい。命に代えてもトレーナーさんを送り届けマース!」

 

「重くない!? 理事長室行くのになんでそんな命掛けなんだよ。おかしいだろ」

 

「オウ…でもこういうのって人生で一度は言ってみたいセリフではないですか?」

 

「言ってみたいかなあ? まあ年頃ならそういうのにも憧れるのかな。"安心して、君は俺が守るから"みたいな感じだろ?」

 

「ちょっと何言ってるかわかりまセーン」

 

「何でわかんねえんだよ! さっきの続きだろ? こんな流れじゃなきゃ絶対言わねーよ!」

 

 

 ――移動中

 

「それで、トレーナーさんの担当するウマ娘は決まりましたカ?」

 

「さっき来たばかりだって何度も言ってんだろ? 伝わってねえなあ。そういうタイキシャトルはもうトレーナーがついてるのか?」

 

「まだついてないデース…あ、でもコンディショナーなら毎日付けてますヨ」

 

「"でも"んとこ全く関連性ねえなそれ。ナーしか合ってねえじゃねえか」

 

「それより、こうして出会えたのも何かの縁です。これからは"タイキ"と呼んで下さーい。もしくはまあ…"タル"、とかでも」

 

「何で俺の腹見て言うんだよ。まあ確かに今は樽みたいにぽっちゃりしてるけどな。これでも学生時代はラグビーをバリバリやってたんだぜ」

 

「ウフフッ、やっぱりトレーナーさんのジョークは最高デース」

 

「いや事実だよ! ほんと失礼な奴だな……まあいいや、今は建物のどの辺を歩いてんだ? 良い匂いがしてくるから食堂とかか?」

 

「そうですネ。食堂みたいでーす」

 

「そうか。じゃあこの鍵のかかった部屋は? 倉庫か何かとか?」

 

「なるほど、確かに倉庫なのかもしれませン」

 

「……ちなみにあの角の先は何があるんだ? 職員室か?」

 

「その可能性がビッグでーす」

 

「お前全っ然把握してねえだろ? さっきからオウム返ししてるだけじゃねえか!」

 

「うう、ソーリー…実はワタシも今日初めてトレセン学園に来たのデス」

 

「早く言えよそれを! よくそんなんで命に代えてもとか言えたな。信憑性ペラッペラじゃねえか」

 

「スミマセン…アイムソーリー髭ソーリーです」

 

「懐かし過ぎるだろ。令和でそれ言った奴に初めて遭遇したよ! あーまあもういいよ。適当に歩いてたらそのうちたどり着けるだろ」

 

「イエース! さすがトレーナーさんは話がわかりマース。どうか他のウマ娘に罪は無いのでワタシを担当にしてくだサーイ」

 

「なんでちょっと生贄チックな売り込み方なんだよ……まあ一応候補には入れとくけど、やっぱ走りを見てみないことにはな。パッと見た感じマイラーっぽいけどどうなんだ?」

 

「うーん、マヨネーズはそんなに使わないデース」

 

「誰がマヨラーつったんだよ。マイラーだよマイラー!」

 

「ああマイルですね! それなら芝もダートもどっちも得意デース」

 

「へえ両方とも走れるのか。そりゃ中々すげえ素質だな」

 

「あとはコンクリートもいけマース」

 

「コンクリート!? そんなコースどっかにあったっけ?」

 

「小学校の校舎デース。鬼ごっこでは向かうところ敵なしでした」

 

「ただの学校の廊下じゃねえかよ。校内中走り回ったってマイルの距離になんねえだろそれ」

 

「そんなことはないでーす。かの宿敵カイゼルハインとの死闘は決着に7時間を要しましタ」

 

「誰だよ知らねえよ。まあとにかく一日中鬼ごっこしてたってことだろ。ただの問題児じゃねえか」

 

「それでも才能さえあれば活躍できるのがこの世の理なのデース」

 

「まあそうなんだけどさ! ちょっと直球過ぎるだろ。感じ悪いぜ、それ」

 

「ウフフ、サンキューデース」

 

「いや褒めてねえよ」

 

 

 ――理事長室前

 

「ふう、ようやく着きましたネ。ここをくぐればもう後戻りはできませン」

 

「いや普通に戻れるだろ。何雰囲気に酔ってんだ」

 

「オーウそうでした。ちなみにトレーナーさんの目標って何ですカ?」

 

「目標ね……まあ、まずは早いとこ担当ウマ娘を決めたいかな。で、最初は手堅く重賞を取って」

 

「ワオ? 手早く重症を負うのですか?」

 

「取るんだよ! と、る! 何でいきなり大怪我しなきゃなんねえんだよ……で、それが叶ったら次はG1だな。いつかこの手でダービーウマ娘を作りあげるのが夢でさ」

 

「オーウ…それはウマ娘が可哀想です。最下位から二番目だなんて」

 

「いやダービーだっつってんだろ。誰が好き好んでブービーウマ娘作るんだよ」

 

「そうでしたか。なら安心しました。では寂しいですがここでお別れしまショウ。またコースに立ち寄ったときはワタシが走るところを見てくだサーイ!」

 

「ああ、必ず見に行くよ。ここまでありがとな」

 

 

 ――放課後

 

「ではこれよりトレセン学園の設備を案内していきますね。私に付いてきてください」

 

「よろしくお願いします……ん? あそこにいるのはタイキシャトルか。何やってんだ廊下の真ん中で」

 

「トレーナーさん! 待ってました。では早速ワタシの走りを見て下サイ! ヒア・ウィ・ゴーー!」

 

「こらーー! 待ちなさーーい!」

 

「だからコンクリートはコースじゃねえって! ってか追いかけたたづなさんもクソ早ええなおい。もうこうなったら二人まとめてスカウトしてみるか」

 

 それから半年後、あるトレーナーが二人のウマ娘をデビューさせた。「最高の逸材を見つけた」と豪語したとおり、その後彼女たちは数々のG1レースを制したとか。



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「いよいよ夏合宿か。興奮してきたな」

たづなさんも加えてみたかった。なおトレーナーガチラブ勢の模様
時系列はクラシック期合宿をイメージ




「いよいよ今日から夏合宿か。興奮してきたな。ほら、着いたぞタイキ、起きろ」

 

「ウウ…ン、着きましたカ。いよいよ収監されてしまうのデスね?」

 

「されねえよ。なんで護送車だと思ったんだよ。何も悪いことしてねえだろ」

 

「ノー……実はこないだ門限を破ってたづなさんに怒られてしまいましテ」

 

「別にそのくらいなら大したことねえだろ」

 

「なので門限を破ってもいいように、学園中の時計の針をずらしておいたのデース」

 

「そりゃ重罪だな! やべえなこいつ。にしても、そもそも合宿で刑務所なんか来ねえだろ」

 

「そうですね。三年連続は流石にちょっと」

 

「二年連続で行ったのかよ! どんな内容だったか凄え気になるな。まあいいや、とりあえず二人とも車から降りるぞ。まずは宿にチェックインしねえと」

 

「ドヤるマックイーンにデート?」

 

「言ってねえわ。流石に苦しいから無理に手え出すなよ」

 

「う、わかりましタ……まだまだ道のりは険しいデース」

 

「レース全く関係ない悩みだけどな」

 

 

 

 ――旅館内、ロビーにて

 

「オーウ、凄いですね。まさにワサビ」

 

「わびさびな。感想が薬味になってんじゃねえか。けど確かに高級な感じだよな。たづなさんに任せた形だけど、これ料金いくらくらいだったんだ?」

 

「はい。ご休憩が3000円、宿泊は一万円です」

 

「ご休憩じゃなくて日帰りな。言い方ラブホテルか。あとどうせ泊まるし日帰り料金とかいらないよ」

 

「き、休憩だけじゃもの足りないんですか!?」

 

「何で顔赤らめてるんだよ。そりゃもの足りないわ、トレーニングに来てんだから。とりあえず部屋に入ったら二人ともすぐに着替えてくれ」

 

「浴衣にですね」

 

「ジャージにだよ! 合宿だっつってんだろ。いいから早く着替えてこい」

 

 

 ――トレーニングその1 腹筋

 

「着替えてきましたトレーナーさん。それで、何から始めますか?」

 

「そうだな……とりあえず徐々に身体を慣らしていきたいし、まずは浜辺で腹筋いくか」

 

「まずはアヤベをクッキングですか?」

 

「違えよ。何さらっとカニバリズムしようとしてんだよ怖えな。腹筋だよ、腹筋」

 

「腹筋ですね。わかりました。フォームなんかはどういった感じですか?」

 

「まあ実際にやってみせた方が早いか。まずは体育座りになってだな……タイキ、ちょっと足押さえてろ」

 

「こうですね? トレーナーさん」

 

「ああそれそれ。で、このまま肩が地面に着くぎりぎりまで寝転がったら起き上がるのを繰り返すんだ」

 

「リズミカルにやっていくんですね」

 

「そうそう。カウントしながらだと安定しやすいな。1、2で寝て、3、4で起き上がる」

 

「わかりました。じゃあ私が手拍子していきますね。はい、1、2、3、4  2、2、3、4」

 

「ふっ……くうっ……!」

 

「ファイトデース、トレーナーさん!」

 

「……10、2、3、4! はいお疲れ様でした。じゃあ休憩したらもう一セットいきましょうか」

 

「いやいかねえよ! 何で俺が最初から最後までやってんだよ」

 

「ワッツ? でも今回の合宿でとことん追い込むってトレーナーさんが」

 

「お前らをだよ! 俺を追い込んだって意味ねえだろうが。とりあえずまずはたづなさんにやってもらうから、タイキは足押さえててくれ」

 

「わかりましタ! どうぞ、たづなさん」

 

「だから何でまた俺の足持つんだよ。たづなさんだっつってんだろ」

 

 

 ――トレーニングその2 砂浜ダッシュ

 

「……よーし、腹筋終わったな。じゃあちょっと水分補給してから砂浜ダッシュいくぞ。タイキ、大丈夫か?」

 

「うう……お腹が痛くて起き上がれませーン」

 

「少し心配ですね……一応正露丸は用意してますが」

 

「腹痛違いじゃねえかなそれ。とりあえずちょっと安静にしといてくれ――で、ダッシュだけどいつもと同じやり方じゃさすがにマンネリだしな。今日はこんなのを用意した」

 

「アンクル……ですか?」

 

「ああ。こないだ理事長が貸してくれてな。これを足首につけて走ったらいつもよりトレーニング効果が上がるらしい」

 

「面白そうですね、早速つけてみます。鎖はつけますか?」

 

「鎖はつけねえよ。どこの奴隷商人だよ」

 

「ワタシも早く試してみたいデース。けどしばらく起き上がれそうにありません……トレーナーさんつけて下さーイ」

 

「仕方ねえな。じゃあ寝転んだままでいいから足を上げてくれ」

 

「わかりました……痛ッ……トレーナーさん、もう少し優しくお願いしマース」

 

「こら暴れんなって、我慢しろ。じっとしてたらすぐに済むからよ」

 

「お巡りさんこの人です」

 

「何でだよ! いやわかってるけどな。傍から見りゃ倒れてるウマ娘に足枷はめようとしてるヤバイ奴に見えるんだろ?」

 

「はい。なのでいっそ鎖も取りつけてしまえば奴隷商人になりすませないことも」

 

「さっきから鎖好きだな。なりすましてどうすんだよ。更に表歩けなくなるわ。まあいいや、そろそろ回復したか?」

 

「うう……まだお腹が痛みマース」

 

「まだ痛むのかよ。もしかしてどっか調子が悪いのか?」

 

「ノー、そんなことは……昨日はディナーの後にアイスを沢山食べましたし、寝苦しくないようにおへそを全開にして寝ていましタ。食欲も睡眠も問題ありまセン」

 

「いや問題しかねえだろ。これでもかってほど腹キンキンに冷やしまくってんじゃねえかよ。正露丸ドンピシャだったわ」

 

 

 ――トレーニングその3 遠泳

 

「ファンタスティッーク! たづなさんの正露丸で、元気いっぱい、完全復活デース!」

 

「テンション高えな……ええと筋トレ、瞬発力ときたから次はスタミナ強化か。たづなさんは秋に菊花賞だし、ここはがっつり鍛えねえとな」

 

「そうですね。とりあえず夕食はスッポンとにんにくのフルコースで頼んでおきました」

 

「ギンギンになるやつじゃねえかよそれ。夜だけじゃなく昼間のスタミナも鍛えてくんねえかな」

 

「それで、今度は何するんですカ? トレーナーさん」

 

「ああ、あそこに離れ小島が見えるだろ? とりあえずあそこまで泳いでもらうけど、万一事故があったら大変だしな。ボートで後ろからついていくから、もし異変を感じたら大声で叫んでくれ」

 

「ワタシに構わず先に行け! ですネ?」

 

「行かねえよ。普通に責任問題になるわ。で、もし声が出せなかった場合は腕を伸ばしてアピールするようにな」

 

「それは知ってマース! 最後にグッジョブ!って親指を立てるんですよね」

 

「アイルビーバーックか。それ最後溶鉱炉に沈んでいくやつじゃねえかよ。縁起悪いな」

 

「泳ぎ方の指定なんかはありますか?」

 

「特に無いな。4泳法だったらどれでもいいぞ」

 

「ごますり、媚売り、相槌、愛想笑いですネ?」

 

「社会の泳ぎ方の話してるんじゃねえんだわ。もういいから早く海入れよ」

 

 

 ――1時間後

 

「ふう……やっと到着しましたね」

 

「流石に疲れましタ……肩に小っちゃい冷蔵庫が乗ってマース」

 

「ボディビルの掛け声みてえな例えだな。まあそれはそうと、二人ともここまで良く頑張ってくれたからな。ちょっとしたサプライズを用意したぞ」

 

「サプライズ……もう20㌔ほど追加で泳ぐんでしょうか?」

 

「そこの茂みから銃を持った男たちが飛び出して来るのかも知れませーン」

 

「お前らのサプライズの定義はどうなってんだよ……そうじゃなくて、とりあえずボートの荷物を降ろしてみてくれ」

 

「トレーナーさん、これは?」

 

「見ての通りだ。二人が着替えてる間に宿がサービスで食材を提供してくれてな。許可は取ってあるし、今日の昼飯はここで食べるぞ!」

 

「ワーオ! まさかのQBKでス!」

 

「BBQだろ。こんな場所で急にボールなんか来るかよ」

 

「オフコース、合ってまスよ。急にバーベキューの空気の略デース」

 

「わかんねえよ。ええと、とりあえずさくっと火起こしするから、二人はその間に食材を開封していってくれ」

 

「OK! んーまずは肉ですね。ガーリックがたっぷりかかって美味しそうデース。あとはニラにジンジャーにウナギに、ええとこれは……タートルですカ?」

 

「スッポンだなこりゃ。てかよく見たら全部ギンギンになる食材ばっかじゃねえかよ。どうなってんだ」

 

「多分私がスタミナをつけたいと言ったから気を利かしてくれたんだと思います。どうしましょう?」

 

「まあ、せっかくの頂きものだし食べるしかねえだろ。土鍋も用意してくれてるみたいだからいっちょ鍋にしてみるか。よし……S○ri、スッポン鍋のレシピを教えてくれ」

 

『今夜はお楽しみですね?』

 

「違うようるせえな。いいからさっさと教えろよ」

 

 

 ――数ヶ月後、理事長室にて

 

「天晴! まさかたづなとタイキシャトルの二人ともが年度代表ウマ娘に選ばれるとは。やはり君は優秀なトレーナーだな」

 

「いや、それもこれもあの二人が頑張ってくれたおかげですよ。そういや今頃はマスコミからの取材を受けてる頃か。ちょっと見てみてもいいですか」

 

「了承! ならそこのTVを使うといい。む、ちょうどインタビューの最中のようだな」

 

『月刊トゥインクルの乙名史です。この度は受賞おめでとうございます。まず、お二人から見てトレーナーさんはどんな方でしょうか? またデータを見ると夏合宿から更に強くなった印象を受けるのですが、どのようなトレーニングをされたのでしょうか?』

 

「ハイ! トレーナーさんはいつも親切デース。合宿中もお腹が痛くて苦しんでいるワタシに、優しく足枷を取りつけてくれましタ」

 

「特に変わったトレーニングはしていませんね。ですがそれまで出場したレースはマイルや中距離ばかりでしたので、菊花賞に向けて夜だけじゃなく昼間のスタミナも鍛えるようにと強く言われました」

 

『な、なるほど……で、では夏合宿で印象に残った思い出などはありますか?』

 

「ハイ! 誰もいない島で皆でスッポン鍋を食べたことデス!」

 

「それもトレーナーさんからのサプライズだったんです。流石に食べた後はみんな(目が)ギンギンになっちゃいましたけど」

 

『あ、ありがとうございました。えっとその……ト、トレーナーさんとの絆を深めるために色々と工夫されているようですね。スケ……素晴らしいです』

 

「…………」

 

「…………」

 

「せ、説明! ちょっと別室で話を聞かせてもらいたいのだが。今すぐにだ」

 

(あ、終わった……)

 

 ――その後、数時間に渡る大弁論を繰り広げたことにより、何とか誤解を解くことには成功した。

 上機嫌でトレセン学園に帰って来た二人が見たのは仁王のような表情を浮かべたトレーナーの姿だったとか。



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「世の中一番興奮するのは因子継承の時ですよね」

箸休めの番外編。伊達トレーナーの出番は少ないです


 ワタクシの名前はシラオキ。元ウマ娘で、天寿を全うした後は偉大なる三女神様の命により、トレセン学園にある女神像の管理をしています。

 

 管理人であるワタクシの仕事は、ここを訪れた可愛い後輩たちにレースで勝つ力を授けること。でも残念ながら私一人では時間に限りがあり、誰でもというわけにはいきません。

 前置きが長くなりました。そうこうするうちに今日もやって来たようです。才能ある、一人のウマ娘が。

 

「ここは……ワッツ!? 急に目の前が暗くなって、誰かが私の前を走り去っていきマース!?」

 

 金色に光るとは実に幸運なウマ娘のようですね。さあ後を追いかけなさい。そして新たな力を手にするのです!

 

「ウーン……やっぱり止めときまショウ!」

 

「えっ? いやちょっと待って! 待って下さい!」

 

「オーウ! 突然現れてビックリしました。ユーは誰ですカ?」

 

「ワタクシはシラオキと申します。それより、何故帰ろうとするのですか?」

 

「知らない人には付いていくなよって、トレーナーさんに言われましタ!」

 

「あーなるほど。もう余計なことを……いやでも、こうして金色に光る道が敷かれて、顔見知りじゃないかもしれないけど、学園の仲間が走っていったわけですよ? ちょっと興味なくないですか?」

 

「UFOにデスか?」

 

「いやUFOじゃないです。別に連れ去ったりとかしないですから。ちょっと新しい力が湧くだけで」

 

「やっぱりUFOですネ?」

 

「だからUFOじゃないんですって。人体改造で超能力とか芽生えたりしませんし。もういいからさっさと走っちゃってもらえますか?」

 

「ノー、今日はオフだから絶対走んじゃねえぞってトレーナーさんに言われてマース」

 

「タイミング悪過ぎでしょトレーナーさん! ……すみません、ちょっと取り乱しました。別に走れないんなら小走りでいいんです。何なら歩きでも匍匐前進でも構いませんから」

 

「まるで訪問セールスみたいな必死さデスね……シラオキはこの学園のトレーナーさんなのですカ?」

 

「いえ、トレーナーではないです」

 

「ではティーチャーさんですカ?」

 

「いや、それも違いますね」

 

「なら不審者に間違いありまセーン! 知らない人の言うことは聞くんじゃねえぞってトレーナーさんに教わりました」

 

「つくづく余計ですね貴女のトレーナーさんは! もう時間も無いのに……ではこうしましょう。距離適性を更に伸ばしてあげるのであっち行ってもらえます?」

 

「微妙に失礼な言い方になった感じがしマース。でも距離適性はありがたいデース。いつも距離が近えよ、ってトレーナーさんに言われますノデ」

 

「いや人との距離の話じゃないので。そういうのは啓発本やカウンセリングとかで解決して下さい。そうではなく、あなたは短距離とマイルが得意なようですね。もしも短距離適性が上がれば更に強いスプリンターになれますよ」

 

「ウーン、散水車にはなりたくはありまセーン」

 

「スプリンクラーじゃなくてスプリンターです! ならマイルの方を伸ばしてあげますから、何とか手を打ってもらえませんか? 貴女なら今後の努力次第では海外G1も取れると思うので」

 

「そうですネ……今日はひとまず話を持ち帰って前向きに検討してみマース。ではシーユー」

 

「もうそれ典型的な断り文句じゃないですかあ! 困るんですよいい加減に早く行ってくれないと! 4時になったら次の方来ちゃいますから!」

 

「ホスピタルみたいなシステムですネ……ウーンわかりました。なんだか可愛そうなので走ってあげマース」

 

「ありがとうございます。そしたらもう担当者は先に行ってるんで後を追いかけてもらえれば……はい、適性ももちろん。はい、ではよろしくお願いします。足元お気をつけてー」

 

「…………ふう、やっと行ってくれました。トレーナーさんが用心深いせいで無駄に時間を食っちゃいましたね。全く腹だたしい……ってもう4時なの! まだ一人しか継承用の娘を設置できてないのに。もうこうなったら――」

 

「――あら? 急に辺りが真っ暗になりましたね。これは一体……きゃっ」

 

 まさかワタクシが代わりに走ることになるなんて……まあいいでしょう。ワタクシにしっかり付いてきなさい。そして新たな力を――ぐえっ!?

 

「もうっ! 校内を全力で走っちゃいけませんっ」

 

「いえ、ここは校内ではなく……というか何であの体勢から捕まえられるんですか!?」

 

「校則違反を見つけたらそうなりますが」

 

「凄いですね校則違反。ワタクシも現役時代に風紀委員やればよかった」

 

「それより貴女は? 見たところ学園関係者では無さそうですが」

 

「ああ申し遅れました。ワタクシはシラオキです」

 

「カニさんですか?」

 

「いやシオマネキではなくて。シラオキです」

 

「シラオキ……ああ確かマチカネフクキタルさんの占いの呪文に出てくる方ですよね? ふんにゃかハッピー、般若がラッキー、ファッキューシラオキって」

 

「それはもう占いじゃなくて呪いの言葉では!? ワタクシ彼女に何かしましたっけ?」

 

「私に聞かれても……それよりここは一体どこなんでしょうか?」

 

「ここは継承の間です。かつてトゥインクルシリーズを走り抜けたウマ娘が女神像に託した想いを力に変え、新たなウマ娘に授ける場所――」

 

「つまりリサイクルセンターみたいなものですね」

 

「いやまあそうなんですけど。空き缶やペットボトルみたいな扱いをされるのは何というかちょっと……」

 

「とにかく、私がその継承先に選ばれたということでしょうか?」

 

「ええ。ちなみにこの儀式は誰でもという訳ではありません。貴女は運が良かったのですよ」

 

「運ですか……どうせなら福引の温泉旅行の方に使ってほしかったんですが」

 

「そう言われましても……貴女だってレースで苦労した経験はあるでしょう?」

 

「ありませんよ?」

 

「またまた。もっとスピードがあれば――とか、あのタイミングで加速さえできていれば――とか思ったことがある筈ですよ?」

 

「ちょっと何言ってるかわかりません」

 

「何でわからないんですか! もういいです。ワタクシの力で貴女の弱点を覗いてみますから。いきますよ」

 

【ウマソウルネーム】

 トキノミノル

 

【各種ステータス】

スピード 1307

スタミナ 810

パワー 1196

根性 978

賢さ 1141

 

【現在取得しているスキル】

コンセントレーション

先手必勝

トップランナー

お先に失礼っ!

脱出術

逃亡者

全身全霊

弧線のプロフェッサー

ハヤテ一文字

一陣の風

曲線のソムリエ

円弧のマエストロ

じゃじゃウマ娘

 

逃げコーナー ○

マイルコーナー ○

中距離コーナー ○

長距離コーナー ○

逃げ直線 ○

マイル直線 ○

中距離直線 ○

長距離直線 ○

リードキープ

地固め

尻尾上がり

 

逃げのコツ ◎

右回り ◎

左回り ◎

良バ場 ○

道悪 ○

春ウマ娘 ○

夏ウマ娘 ○

秋ウマ娘 ○

冬ウマ娘 ○

 

「…………」

 

「どうでしょうか? 強いて言えば長距離の経験があまり無いのでその辺かなとは思ってますが」

 

「……ごめんなさい。全然弱点とか無かったです。むしろパーフェクト過ぎて引くレベルでした」

 

「でも儀式は続けるつもりなんですよね?」

 

「いえ、流石にこれ以上他のウマ娘との差が開くのはちょっと……申し訳ありませんが今回はキャンセルさせて下さい」

 

「ええ、構いませんよ。では私はこれで」

 

「はい、お気をつけて……うう、また無駄な時間を。もっと手際よくやっていきたいのに……」

 

「…………その、良かったらですけど。何かお手伝いしましょうか?」

 

「えっ? ほ、本当ですか?」

 

「はい。切羽詰まった表情を見ていたらどうにも他人事とは思えなくて……普段は学園秘書をしていますから、大抵のことには対応できると思いますよ」

 

「あ、ありがとうございます! で、では権限を貸すので二人で手分けしてもらえますか?」

 

「わかりました。頑張ってみますね」

 

 

 ――数ヶ月後、フランスにて

 

『タイキシャトル、今一着でゴールイン! 日本勢初となる、ジャック・ル・マロワの勝利を手にしました!』

 

「ビクトリー! やりましたトレーナーさん! 早速ダルマに目を描き入れましょう!」

 

「描かねえよ。選挙で当選したんじゃ無えんだから。でもほんと、見事な勝利だったな」

 

「ウフフ、これもトレーナーさんと、力をくれたオシオキのおかげデース!」

 

「シラオキな。力くれて罰与えるとか意味わかんねえから。けどそれ、マジであった出来事なのか?」

 

「もう、信じて下サーイ! 本当にあのとき白昼夢を見たのデース!」

 

「いや思いきり夢って言ってんじゃねえかよ。たづなさんも見たっていうけど、女神像に行っても何も変わらなかったってウマ娘の方が多いみたいだし、あんま信用できねえなあ」

 

「いえ、全部本当ですよ。単に管理人さんが忙しいだけみたいです。まあ今後はそうではないでしょうけど」

 

「?」

 

 ――その後、トレセン学園の女神像で新たな力を手にする者が増えたとの報告があった。

 体験した者の中には通常の金、銀ではなく、何故か緑色に光る道を見たという者もおり、遭遇した者はその後のレースで著しい活躍を見せたものの、その中身については皆口を揃えて「地獄を見た」と語るのみだったとか。

 

 

 

 

 

 ――たづなさんによる因子継承――

 

「はー今日のレースもまた三位。こうも続いちゃ流石にネイチャさんの心も折れちゃいますよーって……何これ? 突然真っ暗になって、緑色の光? ……よくわかんないけど前を通り過ぎたさっきのウマ娘を追いかけたらいいのかな? よし――」

 

「――ふふっ、どうしましたか? 早く捕まえて下さい」

 

「ぜえっ……はあっ……うぷっ……いや、早すぎでしょ! もう無理ぃ〜」

 

「うーん、とりあえずスピードとパワーと根性が不足しているようですね。ではアップはこれくらいにして、早速基礎トレーニングに移りましょうか」

 

「えっ……? あ、あれがアップって……じ、冗談DEATHよね?」

 

「いえ本当ですよ。ちなみに、ここは時間が流れないので私がいいと言うまで無限にトレーニングができるんです。頑張って下さいね」

 

「ひ、ひいいっ……んにゃあああ〜!!」

 

 終




シラオキ様の口調なんかはフクキタルのイベントを参考にしました。
次回は普通にやると思います。


追記 まさか日間&週間ランキングに顔を出すとは思いもよらなかった。本当にありがとうございます。


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「ゆっくり温泉旅行か。興奮してきたな」

『トキノミノルだ! トキノミノルが来た! トキノミノル、今一着でゴールインーー! 日本の悲願であったあの凱旋門賞のトロフィーを、ついに手にすることができましたー!』

 

「はっ……はあ……やりました! トレーナーさんっ!」

 

「おめでとう! 本当によくやってくれたな、たづなさん!」

 

「たづなさんコングラッチュレーションでーす!! 見て下さい。ネットでもお祝いのコメントが次々に寄せられてまース!」

 

「そりゃあそうだろ。こんな快挙滅多に見られねえもんな!」

 

「ハイ、まさか三つ子のパンダが産まれるなんテ!」

 

「いや何のニュース見てんだよ。パンダの話今いらねえだろ!」

 

「ソーリー、まだニュース記事が上がっていなかったノデ……あ、今速報がアップしましたネ『一着はトキノミノル。日本の伊達、ついに悲願の凱旋門賞を獲得』『日本、凱旋門賞を優勝。稀代の名バたちを育てた伊達トレーナーの姿に迫る』『伊達トレーナー教え子とうまぴょい疑惑? 関係者にごく近しいというT氏が話した真実とは』の三本デース。んっがっんっんっ!?」

 

「サザエさんの次週予告かよ。今どきじゃんけんぽんしか知らねえ奴の方が多いだろ……にしても、俺もすっかり有名人になっちゃったなあ。どこに行っても自分の記事やら画像を見かけるようになってよ」

 

「あとは交番の横くらいですネ」

 

「手配犯じゃねえか。見かけたらむしろ駄目なやつだろそれ。そうじゃなくて――いや、今はいいか」

 

「トレーナーさん?」

 

「ああ悪い。けどこれで日本に帰ったら二人ともヒーロー確定だろ? きっと飛行機降りた瞬間に色んな人たちから取り囲まれるんだぜ」

 

「ポリス、レスキュー、ドクターにですね」

 

「飛行機墜落してんじゃねえか。誰が生き残りのヒーローになりてえんだよ。まあいいや、とにかくまずは控室に戻ってウイニングライブの準備しようぜ。疲れてるみたいだけどいけそうか? たづなさん」

 

「はい、この遠征のためにずっと頑張ってきましたから。あと20うまぴょいはいけますよ」

 

「何だよその単位? ちょっとよくわかんねえけど、とりあえずうまぴょい伝説20曲分くらいは踊れるってことか?」

 

「ま、まあそんな感じです。ようやくトレーナーさんの夢も叶えられましたし、今日のライブは全力で頑張りますね」

 

「ウフフ! たづなさんの本気ライブ楽しみデス。きっと残像が見えたり、手から怪光線が出てきたりするのデース!」

 

「本気の方向性ちょっと違ってねえかな? まあ何にしろ、これで全部叶ったんだな……俺の夢が」

 

「イエース!! なので今日はいっぱいいーっぱいお祝いデース! そして明日からは裏社会のドンを目指しまショウ!」

 

「誰が目指すか。何でいつもいつもそっちの方向に寄せていこうとすんだよ」

 

「それはトレーナーさんだからデース!」

 

「トレーナーさんだからですね」

 

「いや意味わかんねえよ。何で二人とも笑ってんだ……もういいからとっとと行こうぜ」

 

 こうして、凱旋門賞は日本の初優勝により幕を閉じた。数時間後に行われたウイニングライブは歴代最高視聴率を上げ、中でも一位のウマ娘のダンスのキレは特に凄まじく、会場で見た者の中には何やら残像らしきものまで見えたとか。

 

 

 ――二ヶ月後――

 

「えっ? お、温泉……ですか?」

 

「ああ。帰国からこっち、ようやくスケジュールも落ち着いて来たしな。ここらでちょっと一休みしたいと思ってんだけど、どうかな?」

 

「ベリーグーッド! 温泉を掘るだなんて最高にエキサイティングでーす」

 

「いや掘るわけねえだろ。常識的に考えろよ」

 

「ソーリー、いくらなんでも手作業はインポッシブルですネ」

 

「そっちじゃねえよ。入浴だよ入浴。旅行に行こうっつってんだよ」

 

「まだ挙式もしていませんが?」

 

「相手すらまだ存在してねえわ。ほら、正月明けの商店街の福引で二人とも外れて残念そうにしてただろ? だからあらためて手に入れたんだよ」

 

「商店街をホールドアップしたのですカ?」

 

「してねえよ普通に買ったに決まってんだろ。何で温泉旅行でそんな危ない橋渡らなきゃなんねえんだよ。とりあえず二週間後に日取りを設定したけど、たづなさんの方は休み取れそうかな?」

 

「産休ですね。もちろん大丈夫ですよ」

 

「過程ごっそり省いてねえかなそれ。一泊で産むとか鶏じゃねえんだから。タイキの方もそれで大丈夫か?」

 

「もちろんオフコースでーす! 温泉旅行とっても楽しみになってきましタ! お風呂にディナー、ピンポンに殺人事件、どれもわくわくしまース」

 

「いや最後のはしねえだろ。それわくわくするのコナン君ぐらいじゃねえか?」

 

「私も楽しみです。ところで場所は割と遠いんですか?」

 

「ああ。トレセン学園から大体150キロくらいかな。県外だし交通手段も考えねえと」

 

「そうですね……あ、犬ぞり式と駕籠式ならどちらが良いですか?」

 

「参勤交代か。何でお前らが運ぶ選択肢しかねえんだよ、目立ってしょうがねえだろ。せっかく世間も落ち着いてきたってのに」

 

「イエース……このニヶ月の間、どこに行ってもキャメルクラッチだらけでした」

 

「パパラッチな。キャメルクラッチってラーメンマンが殺人犯した技だろ。嫌だよどこ行ってもそんな光景見せられるとか」

 

「なら無難にレンタカーでしょうか」

 

「まあそうだよな、二人ともまだまだ有名人だし。悪いけどそっちはたづなさん用意頼めるか?」

 

「わかりました。じゃあフルスモークのバンでナンバープレートは隠しておくよう手配しますね」

 

「痕跡隠し過ぎだろそれ。麻薬の密輸みたいになっちゃってんじゃねえか。あと『本職の見せ所ですネ!』みたいな返しいらねえからな、タイキ」

 

「オオウ……先に言われてやる気が絶不調になりましタ。今日はもうトレーニングを続けられそうにありまセーン」

 

「トレーニングさっき終わったじゃねえかよ。話も済んだしまた明日な」

 

 

 ――二週間後――

 

「よーし、ようやく着いたな。結構時間かかっちまった」

 

「パトカーを撒くのに随分手間取ってしまいましたネ」

 

「いつやらかしたんだよそんなこと。ちゃんと安全運転で来てただろうが。とりあえず駐車場に止めるから、たづなさん先に降りて確認してもらっていいかな?」

 

「私がリードしたらいいんですね。前から入れますか? それともバックでいきますか?」

 

「ああ、じゃあバックで」

 

「わかりました。じゃあ準備できたので来てください――あ、少し右ですね……そうそう、そこです。初めての場所ですからゆっくり慎重に……はい、ちゃんと奥まで納まりましたね。おめでとうございます♡」

 

「いや普通のバック駐車なんだけどな。何でそんな応援されてるんだ?」

 

「まあ予行演習も兼ねてということで」

 

「よくわかんねえな……とりあえず着いたからトランク開けるぞ」

 

「ドラッグを開けるのですカ?」

 

「トランクだっつってんだろ。いつまでそのネタ引っ張んだよ。いいから荷物持っていけ」

 

 

 

「――伊達御一行様ですね。このたびは当旅館へようこそお越し下さいました。何も無いところではありますが、海外遠征で溜め込んだ疲れを癒せるよう、どうぞごゆっくりおくつろぎ下さい」

 

「ワオ! 女将さんはワタシたちのことを知っているのですカ?」

 

「ええ、いつも応援させてもらっていますよ。この間の凱旋門賞もTVで見ていました。ラスト300で競り合いから抜け出したときは本当に痺れましたね」

 

「ウーン、それはリウマチやヘルニアの疑いがありまスね」

 

「その痺れじゃねえだろ。ていうか妙に詳しいな」

 

「お話はこのくらいにして、早速お部屋にご案内します。二部屋の予約でよろしかったですね?」

 

「あ、それで大丈夫です」

 

「けど空き部屋が一つできてしまいマース」

 

「何で最初から相部屋前提なんだよ。二つ借りた意味全くねえだろが」

 

「ひと晩中声が漏れても大丈夫ですよ?」

 

「それはそれで普通に迷惑だろ。そもそもそんな遅くまで夜更ししないよ? 寝不足のまま車運転したら大変なことになっちゃうだろ」

 

「そうですね。ガソリンタンクとボンネットを間違えて開けちゃいます」

 

「大したことねえだろそれ。たまにやるけどさ」

 

 

「こちらが本日のお部屋になります」

 

「オーウ、まさにジュンワフウな素晴らしいルームですネ!」

 

「確かにな。けどトイレ覗きこみながら言うセリフじゃねえだろ」

 

「ですがこっちは洋風デース、ジュンワフウは撤回ですネ」

 

「良いんだよそこは洋風で。そんな所まで無理に統一しなくたっていいよもう」

 

「ふふっ、皆さん賑やかでいらっしゃいますね」

 

「ええ、多分夜はもっと賑やかになると思います」

 

「それはそれは。今日はお客様も少ないですのでご自由にお寛ぎ下さるといいですよ。それでは――」

 

「ありがとうございます――さて、ようやくゆっくりできそうだな。まずは」

 

「枕投げですカ?」

 

「ゆっくりさせろっつってんだろ話聞けよ」

 

「ではお布団を出しましょうか?」

 

「極端だわ。流石にまだ早過ぎんだろ」

 

「ならお布団を投げまショウ!」

 

「合体させんなよ最初より激しくなってんじゃねえか!」

 

「だったら何を投げればグッドなんですカ! 匙ですカ!?」

 

「そもそも何も投げんじゃねえよ! 何キレながら上手いこと言ってんだよお前は。とりあえずちょっとじっとしとけ」

 

「まあまあ。せっかく部屋に入ったのでまずは浴衣になりましょうか。着替えを行いますからタイキシャトルさんは少し席を外して下さいね」

 

「それ普通俺の方に言わねえかな? どのみち人前で着替えるのは恥ずかしいし隣の部屋行ってくるわ」

 

「わかりました。デハ着替えて少ししたら温泉に行きまショウ!」

 

「最初からそのつもりだったんだよ。無駄なやり取りだなこれ」

 

 

「ワンダフォー! ついに待ちに待った温泉でーす! 源さん垂れ流しデース!」

 

「誰だよそいつ汚えな。源泉掛け流しだろ」

 

「そうでした。では脱衣所なので一旦お別れデスね。また中で再会しまショウ」

 

「してたまるか。それやったら次は塀越しの再会になっちゃうじゃねえかよ」

 

「入浴時間はどれくらいに設定しますか?」

 

「そうだな……いつもならすぐだけどサウナにも入りたいからなあ」

 

「男だらけのですか?」

 

「むしろそれ以外に誰が入ってくるんだよ。とりあえず30分にしといて、もし先に出た場合は――」

 

「迎えにいけばいいと」

 

「いや来なくていい、来なくていいから。そんな差し迫った状況じゃねえだろ」

 

「差し迫るのは社会的信用だけデース」

 

「わかってんなら絶対ちょっかい出してくんなよ。ちなみにフリじゃねえからな」

 

 

「ふう……温泉にも入れたことだし、ようやくひと息ついたな」

 

「グレイトなお湯でしたネ。でもちょっとのぼせ上がってしまいましタ……」

 

「のぼせて、な。上がる要らねえから。とりあえず夕食までまだ時間があるけどどうするかな」

 

「あ、私はちょっと理事長に事務連絡しますね。お二人はその間自由にしていて下さい」

 

「ああわかった。となると散歩は無理だからマッサージでもやっとくか。ちょうど風呂上がりだしな」

 

「ワオ、いいんですか? トレーナーさんのマッサージはいつも痛気持ちいいので大好きデース」

 

「そうか。まあ今日は時間もたっぷりあるしな。手加減抜きでやってやるよ」

 

「私もあとでお願いしますね。それにしてもここは電波がいまいち……あ、繋がりましたね」

 

『もしもし、たづなか? どうだ? 温泉旅行は楽しんでおるか?』

 

『はい、とっても楽しんでますよ。今ちょうどお風呂を上がったばかりなんですが、トレーナーさんがこれから手加減抜きの――をしてくれるみたいで』

 

『む、電波が悪いのか? よく聞こえなかったな。伊達トレーナーが手加減抜きの何をするって――』

 

「ヒ、ヒイィィィ! ト、トレーナーさん! ギブ、ギブアップでス! もうストップして下さーイ!!」

 

「何言ってんだよ。まだ本番はこれからだろうが。今日は徹底的にやってやるから覚悟しろよ」

 

『い、今のはタイキシャトルの悲鳴か? た、たづなよ……お主のトレーナーは一体何をしておるのだ!?』

 

『何――ただの――ですよ。トレーナーさんってば本当にテクニシャンで。私もタイキシャトルさんも何回も失神しそうになるくらいなんですよ』

 

『き、気絶するほどって……き、驚愕! お、お主はともかく、タイキシャトルはまだ未成年なのだぞ!』

 

『大丈夫ですよ。ちゃんと身体に負担がかからないように調節してくれていますから。あ、ほら。タイキシャトルさんも段々気持ち良さそうな声になってきました』

 

「オーイエース! カムヒアーですトレーナーさん。もっとプレスして下サーイ!」

 

「おっ、ようやく解れてきたか。ならもっとヒイヒイ言わせてやるからな」

 

『ふふ、トレーナーさんったら張り切ってますね。私ももう待ちきれなくて。あ、よかったら理事長も一度試してみてはどうですか? もう抜け出せなくなっちゃいますから』

 

『な、何……だと!? そ、そんなことが許されるわけがないだろう!』

 

『大丈夫ですよ、頼んだら快く応じてもらえると思いますし』

 

『た、頼まれたら誰でも良いというのか!? な、何故なのだ、たづな! どうしてそんな男に―――』

 

「よし、終わったから交代だ。こっちに来て横になってくれ、たづなさん」

 

『あ、はい。今行きますね。そういうわけですから理事長、たっぷりリフレッシュして明日帰ってこようと思います。では――』

 

『たづな! 止めろ! いくんじゃない! もしもし! もしも―――』

 

「ふう……お待たせしましたトレーナーさん。たっぷり気持ち良くして下さいね」

 

「ああ任しとけ。理事長何か言ってたか?」

 

「いいえ、特に何も。ああでもトレーナーさんがマッサージが上手いと伝えたら随分驚いていました」

 

「まあ見た目じゃイメージつきにくいだろうしな。驚くのも無理ねえか」

 

「そうかもしれませんね。あ、良かったら今度理事長にもマッサージをお願いできませんか? 日頃から忙しくしているので疲れが溜まっていると思うんです」

 

「なるほどな。まあ日頃世話になってることだし、考えとくか」

 

「ふふ、ありがとうございます。理事長も喜ぶと思いますよ」




長いので分割しました。とりあえず次で終わる予定。
締めるために次はちょっと真面目な場面が増えるかと思いますが良ければ最後までお付き合い下さい


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「ようやくエンディングか。寂しくなるな」

温泉旅行の続き。とりあえず完結。最後なのでシリアス多め


「お待たせしました。こちらが本日の夕食となります」

 

「お〜ようやくか。美味そうだな刺し身に天ぷら」

 

「腰ミノに手ブラ?」

 

「言ってねえよ。どこのグラビア写真集だよ」

 

「見た感じは和食が殆どのようですね。タイキシャトルさんはお箸は使えますか?」

 

「ノー、ワタシはピストル派デース」

 

「いや得物の話をしてるんじゃねえから。箸で物掴めるかどうか聞いてんだよ」

 

「それは自信無いですネ……せいぜい飛んでるハエくらいしか掴めまセーン」

 

「剣豪か何かか? 逆にその方が凄えわ」

 

「そうなのですカ? ソーリー、なにぶんこういうワイセツ料理は初めてデ」

 

「会席料理だよ会席料理。まず名前から覚えろよ、何だワイセツ料理って。どこにそんな要素があんだよ」

 

「裸に剥かれたベジタブルやフィッシュが一杯並んでマース」

 

「それ殆どの食材に該当するやつだろ。お前の好きなBBQやステーキも全部ワイセツ料理扱いになっちゃうぜ?」

 

「ウーン話がワイザツになってきましたネ。もうワイシャツの話は置いといて早く食べまショウ!」

 

「お前が率先してややこしくしてんだよ。ワイシャツの話なんて全く出てこなかっただろ! あーもういいや、さっさと乾杯して食べるか。その前にたづなさん、一言いいかな?」

 

「告白ですか? わかりましたどうぞ」

 

「何でそんな期待に満ちた顔してんだよ。そういうことじゃなくて、乾杯前に一言挨拶してくれって言ってんだよ」

 

「一言ワイセツしてくれ?」

 

「挨拶だっつってんだろ。ただのセクハラだしまたワイセツの話に戻っちゃってんじゃねえかよ! いい加減に食わせろよ」

 

 

「は〜食った食った、流石に満腹だな」

 

「もう食べられまセーン。腹ごなしに枕投げやプロレスごっこがしたいデース」

 

「もう駄目ですよ。枕投げなんかしたら階下に響いちゃいますから」

 

「何でプロレスごっこの方はスルーしたんだ? まあでもそうだな、夜空も綺麗だしちょっと散歩にでも出てみるか? 色々話したいこともあるしさ」

 

「話したいこと……こ、告白ですか?」

 

「いよいよ出頭を決めたんですネ?」

 

「違うっつってんだろ。何二人揃って逃亡犯に仕立て上げようとしてんだ……ほんと、懲りねえよなお前ら」

 

「……トレーナーさん?」

 

「え? ああ悪い悪い。ちょっとぼーっとしてたわ。んじゃとっとと行くか」

 

「ハイ! 夜の散歩楽しみデース!」

 

(今の表情、凱旋門賞で見かけたのと同じ……何かあるんですか? トレーナーさん)

 

 

 

「ファンタスティーック! まさに満天の星空ですネ!」

 

「確かにすげえ輝きだな。これ見たら他のトレーナーたちが星の名前をチーム名に付けたがるのも納得だわ」

 

「星の名前……ヤスとかミキモトとかですカ?」

 

「容疑者のホシじゃねえよ。多分一生輝けねえと思うわそれ」

 

「ウフフ、ソーリーです……でも本当にトレーナーさんと一緒にいるのは楽しいデース! これからもますますの御託、おべんちゃらをお願いしマース!」

 

「ご指導ご鞭撻な。それもうトレーナーって言わねえんじゃねえかな…………いや、ある意味間違ってねえのかもな」

 

「……? どうかしましたカ、トレーナーさん?」

 

「いや、言いたいことが色々あり過ぎてな。そうだな……初めての担当だったけど、この三年間本当に楽しかった。夢だったダービー優勝だけじゃなく、二人のおかげで数々のG1レースを取れたこと、本当に感謝してる」

 

「ウフフ、もっと感謝するといいデース」

 

「十分に勝てるレースでしたので、そんなに畏まらなくても大丈夫ですよ」

 

「謙虚さの欠片も無えコメントだな……まあでも、そんな二人をずっと見てきたからこそわかるんだよ。もう俺の力はお前らには必要無いって。だからよ――今年度で、このチームは解散する」

 

「解散……なら次は選挙で決めるんですね。対抗バは誰でしょうか?」

 

「厳しいバトルが予想されますネ。ドブ板センジュツ、タガクのケンキン、ヒショがヤリマシタの出番デス」

 

「汚職政治家のやり方じゃねえかそれ。そもそも選挙とかしねえから。解散だけな、契約も延長しない」

 

「そ、そんな……」

 

「ワッツ!? そ、それは認められまセーン! 来年も、そのまた来年も、ワタシのトレーナーさんは伊達トレーナーさんだけデース!」

 

「タイキ……悪いけどそれは無理なんだ。黙ってたけど、俺は三月いっぱいでこの学園から去る」

 

「十年後の三月ですカ。なら安心しましタ」

 

「サッカー選手の夢ノートか? そんな先の話なわけねえだろ……ジャック・ル・マロワの時だったか。たまたま向こうのトレセン学園の関係者から声を掛けられてさ、日本よりもずっと多くのことを学べるって言われて悩んでた時期に、偶然こんな記事をネットで目にしてよ」

 

「……パンダのニュースが何か関係あるのですカ?」

 

「そっちじゃねえよ。その二つ下な。『快進撃の伊達トレーナー、勝利の秘訣は単なるウマ頼み?』ってやつだ」

 

「何ですか……これは!」

 

「単なるゴシップ記事だけど、まあ何となく想像できるだろ? 要は俺の実績は、単にお前らの才能が凄かったから、って内容だ。もちろん見たときはすげえムカついたけどよ……完全に否定できるほどお前らに特別なことをしてやれたとはどうしても思えなくてさ。そんな自分自身にもまた腹が立ってたんだわ」

 

「……で、でも所詮はゴシップですよ? こないだのうまぴょい疑惑の件は別としても、嘘や推測だらけの記事をそこまで気にしなくても」

 

「そこはうまぴょいの方を無視すべきじゃねえかなあ? まあとにかく、気にしちまうのは俺がトレーナーとしてまだまだ未熟って証拠だ。だからフランスで勉強し直して、今度こそお前らを全力で支えられるようになりてえんだよ」

 

「トレーナーさん……」

 

「そういうわけで、ここらで一旦お開きにしようぜ。何年かかるかはわかんねえけど、いつかまたお前らとチームを組めるように――」

 

「ノーー!! そんなのは嫌デース! ワタシは……ワタシはトレーナーさんとずっと一緒にいたいデース!!」

 

「わかんねえ奴だな……話聞いてただろ? 別にもう会えなくなるわけじゃねえんだから、お前らの為にもこれがベストなんだよ!」

 

「わかっていないのはトレーナーさんの方デス!! ワタシが初めてトレセン学園に来たあの日……本当はベリーベリー不安でした! パパもママもフレンドも誰もいない。そんな所でやっていけるのかって泣きそうなときに、トレーナーさんに出会ったんデス。大きくて、ブロンドヘアーで……ほんのちょっとだけパパに似たふいんきだったから思わず声をかけたんデース」

 

「雰囲気な、確かに間違えやすいけどさ……そうなのか」

 

「そうデース……でも、声をかけてからはもう寂しくなくなりましタ。トレーナーさんはいつも面白おかしくリアクションしてくれマスし、たづなさんは時々怖いデスが、いつも優しくしてくれるからデース。二人がいてくれたから……まるでパパと、ママみたいに……いつも見守っていてくれたから……ワタシはここまで…ヒック……成長できましタ!」

 

「タイキシャトルさん……」

 

「だから……トレーナーさん、辞めるなんて言わないで……ヒック……下サーイ。そんなの寂しくて……ヒック、夜しか眠れまセーン!」

 

「普通じゃねえかよそれ。けどまあ……ありがとな、タイキ。でも俺は――」

 

「……その前に、私からもいいですか? トレーナーさん」

 

「何だよ? たづなさん」

 

「一つ言い忘れていたことがありまして――あの凱旋門賞のとき、私は決して良いコンディションじゃありませんでした。そのうえ芝の違いやラビットの存在など、環境的にもずっと不利な状況……そんな中、私はどうやって競り合いから抜け出せたと思いますか?」

 

「そりゃまあ……体力や末脚を残してたとかだろ?」

 

「違います――あのとき、競り合っていたウマ娘たちは誰もかれもが叫び合っていました。『負けねえ――』とか『勝負だ!』みたいな言葉を大音量で私に浴びせてきて……だから、私も負けじと声を上げてみたんです」

 

「……まさか」

 

「ええ、にっこり笑いながら言いました。『Je ne sais pas de quoi tu parles《ちょっと何言ってるかわかりません》』って」

 

「マジ……か。あの局面でか?」

 

「面白かったですよ。あの場の全員がぽかんとした顔になって。そうして生まれた一瞬の隙を突いて、競り合いを抜け出したというわけです」

 

「ア、アメージング……そんな駆け引きがあったんデスね」

 

「ええ。ですがもちろん、こんなのは一回こっきりしか通用しません。競り合った向こうのウマ娘たちがたまたまリアクションの激しい性格だったのもあるでしょう……だとしても、あのとき私が勝てたのは、間違いなくお二人のやり取りを間近で見続けていたからなんですよ」

 

「…………」

 

「そうだったんですネ……フフッ、やっぱりこのチームは最高デース」

 

「報告は以上です。ちなみに、学園の秘書としての立場から言わせてもらえば、ゴシップ記事とか自己評価とかどうでもいいと思っています。大切なのはトレーナーさんの育てた愛バたちがどう思っているか。だから、胸を張って下さいトレーナーさん。私は貴方を――」

 

「イエース、ワタシもユーを――」

 

「「世界一のトレーナーさんだと思っていますから」」

 

 

 

「…………反応がありませんね」

 

「全米が引くほどのコメントをしたと思ったのデスが」

 

「……いや引いたら駄目だろ。せっかくグッと来るようなことを言ってくれたのによ」

 

「それなら良かったデス。でもお気持ち表明だけではまだまだ足りまセーン。確かな形になるものをお出しできればここで手打ちにしまショウ」

 

「完全にヤクザの脅し方じゃねえか……はあ、せっかく格好付けて別れるつもりだったのによ。そんなこと言われたら揺れちゃうだろ」

 

「お腹がですカ?」

 

「心がだよ。腹はいつも揺れてんだようるせえな! というか今のやり取りでようやくわかった。お前らを他のトレーナーに預けんのは無理だなこれ。ふざけ過ぎて最後には付き合いきれなくなるのが目に浮かぶわ」

 

「ええそうですよ。だって私たちはトレーナーさん専用のウマ娘なんですから」

 

「ハイ! もうトレーナーさん抜きではやっていけないボディになってしまいましタ」

 

「また人聞きの悪いコメントだな…………まあけど、お前らの話を聞いて、俺の頑張りも全くの無駄じゃないってことがよくわかったよ……ありがとな」

 

「ウフフ、雨降って爺が田んぼを見に行くとはこの事ですネ」

 

「雨降って地固まるだろ。状況悪化してんじゃねえかそれ。ま……とりあえず話はまとまったことだし、さっきの話はキャンセルだな」

 

「でも、トレーナーさんはフランスに行きたいんですよね? ですが私たちもトレーナーさんの側を離れたくないですし……だったら、方法は一つしかありません」

 

「ハイ! トレーナーさんを二人に増やしマース」

 

「アメーバかよ俺は。それできるんならこの流れ全然要らなかっただろうが!」

 

 

 ――三月末日――

 

「快晴っ! まさに三人の門出を祝福するような、良い天気だな」

 

「最後までばたばたさせてしまってすみません理事長。おまけにあいつらの留学の手続きまで世話になっちゃって」

 

「結構! 君には何度も変な誤解をしてしまったからな。せめてこれくらいの事はさせてほしい。また肩を揉んでもらえる日を楽しみにしておるぞ!」

 

「理事長のこと、よろしくお願いしますね。樫本"秘書"代理」

 

「あ、はい……ですが担当者の変更手続きの理由、本当に間違っていないんでしょうか? その、育休と書いてあるのですが……」

 

「ええ、そのうちそうなると思いますから。大丈夫ですよ、昔から約束事はきっちりと守る性格なので」

 

「そ、そうですか。わかりました。ならこれで申請しておきますね。健闘を祈ります……」

 

「――そろそろ時間だな。見送りは済ませたか? タイキ」

 

「ハイ。海外に売り飛ばされることになりましタ、と言ったら皆涙を流してくれましタ」

 

「涙を俺の信用と引き換えにすんじゃねえよ。何してくれてんだ」

 

「ウフフッ、流石にそれはジョークでス。ダイジョーブ、少し寂しくはありますが、三年前と違って泣きそうになることはありまセーン」

 

「ならいいけどな。とりあえずは新しい環境に早く馴染まねえと。仏語の勉強は順調か?」

 

「イエース、ですがこのブックは漢字だらけでわかりにくいのデース。マンガキッサ、ウドン、パクパク……」

 

「遇茶喫茶【ぐうさきっさ】、優曇華【うどんげ】、魂魄【こんぱく】な。それ仏語じゃなくて仏教用語だろが」

 

「オーウ、うっかりしてました。仕方ありませン。こうなれば飛行機の中でみっちりトレーナーさんに教えてもらいマース」

 

「あ、なら私もお願いしますね。とりあえず『tu voudrais devenir ma femme ?』(僕の妻になってくれないか?)の日本語訳を今すぐ教えてほしいのですが」

 

「「聞こえていますか? トレーナーさん」」

 

「お前らなあ……これ以上俺に負担掛けんじゃねえよ! もういいよ!」

 

 ――こうして、日本でのレースを卒業した三人はフランスに渡り、現地のトレセン学園に所属することとなった。ひっきり無しにコミュニケーションを取り続けるという斬新な育成方法によってめきめきと頭角を表した二人のウマ娘は、後に数々の海外G1レースの覇者となったとか。

 

 

 

 ――その後――

 

「行ってしまったな……何とも優秀なトレーナーだったんだが仕方が無い。代わりの者は手配できておるな?」

 

「はい。フランスのトレセン学園より交換留学の形で一人派遣されるようです。少々変わり者とのことですが……」

 

「それでも腕は確かなのだろう? なら問題はあるまい。再びこの学園に新しい風が吹いてくれることを期待しようっ!」

 

 

 

 ――四月上旬――

 

「ようやく辿り着いたようだな……なあそこの君」

 

「私……ですか? 何でしょうか……?」

 

「ここはトレセン学園の建物で間違いないかな? そば屋ではなくて」

 

「ええ……合ってます。というより……普通はそば屋と間違えたりしないと思いますが……」

 

「なるほど……いいだろう。では案内してくれ、この学園を支配するトップのところへ。理事長室にだ!」

 

「回りくどい……最初から『理事長室に行きたい』でいいのではないでしょうか? 案内はいいですが……アナタは一体誰なんですか?」

 

「人に名前を尋ねる時はまず自分からだ……違うかな?」

 

「すごく面倒くさい人ですね……私は……マンハッタンカフェ……といいます」

 

「パン食ったら屁か。確かに、自然の摂理だな」

 

「蹴り飛ばしますよ……マンハッタンカフェです」

 

「マンハッタンカフェ……良い名だな。どこか珈琲を思い出させてくれる」

 

「カフェとついてるんですから当然では? それで……アナタは?」

 

「ああ。俺の名は富澤。今日からここに配属することになったトレーナーだ。ところで……まだ名前を名乗って無い奴が、この場にいるんじゃないかな?」

 

「っ!? まさかアナタは……見えるのですか?」

 

「ああ、ばっちり見えている……そこの影でタバコを吸っている警備員の姿がな!」

 

「……そっちでしたか。校内は全面禁煙ですし……とりあえず注意する必要がありますね」

 

「そうだな……だが直接注意するのは怖い。だからそこの君、ちょっと警備員の前で音を立ててびっくりさせてくれないか?」

 

「やっぱり……見えてるじゃないですか!」

 

「見えてる見えてるって、ちょっと何言ってるのかわからないな」

 

「何でわからないんですか! もう……理事長室でしたね……とりあえず私に付いてきて下さい……!」

 

 完




以上です。
だいぶ端折りましたがとりあえずアプリ内の三年間を通した形になりました。
自己満足な単発ネタだったこの作品がまさかのランキングに入り、こうして完結までこぎつけられたのも皆様の応援のおかげです。ありがとうございました。


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「聖蹄祭か……いいだろう」

随分と経ちましたが番外編です


「聖蹄祭……だと?」

 

「はい……独特な名前ですが、要は一般の学校でいう文化祭のようなものです」

 

「ほう、一般市民が多く集まるその日を狙って爆弾を仕掛けようというわけか。考えたものだな、カフェ」

 

「想像すらしていませんが……人を勝手にテロリストに仕立て上げないでもらえますか?」

 

「ははっ! 世間の浮かれた連中に、この世の不条理を教えてやると言ったのは誰だったのか」

 

「少なくとも私ではないですね。もういいので先に進みます……聖蹄祭は各人、何かしらのスタッフになることが義務付けられています。出し物の主催者になっても、裏方としてバックアップに回っても構いません」

 

「なるほど……奴隷のようにこき使われるか、競争に勝って栄光を掴むかの二択というわけか」

 

「文化祭でなぜそこまで悲壮に思うのか理解に苦しみますが……まあそういうことです」

 

「いいだろう……それで、カフェはどちらを選ぶ気だ? 奴隷か? それとも栄光か?」

 

「また極端な……でもそうですね。今年は主催者の方をやってみたいです」

 

「多くの者が成功を夢見ては破れ、最後は何も残らない。そんなリスクを背負う価値が果たしてあるとでも?」

 

「どっちなんですか! ついさっきまで裏方を奴隷呼ばわりしてましたよね?」

 

「ちょっと何言ってるかわからないな」

 

「何でわからないんですか! もう……とにかく、今回私がやりたいのは喫茶店です」

 

「喫茶店か。かなり人目につくが大丈夫なのか?」

 

「大丈夫です。人と話すこと自体は好きですから」

 

「わかった、ではカフェは店員役だな。俺は厨房からライフルでバックアップしよう」

 

「その殺りたいではなくて。喫茶店をオープンしたいという意味です」

 

「ス○バと肩を並べるほどのか」

 

「そこまで壮大ではないです……一日だけのイベントなんですから」

 

「はっ……誰もが大人になるにつれ、できない理由を探そうとする。昔はあんなにやんちゃだったのに、随分小さいことを言う奴になり下がっちまったもんだな」

 

「知り合ってまだ一年半にもなりませんが……本当にもうそろそろいいですか?」

 

「あ、はい」

 

「当日は私とトレーナーさん、そして不安しかないですがアグネスタキオンさんが協力してくれることになったので、三人で店を回すことになります」

 

「ふむ。なら取り分は俺が6、カフェが3、タキオン1が妥当か」

 

「全然妥当じゃないです……そもそも当日の売上は全額生徒会の預かりですよ」

 

「つまりカフェは雇われ店長か。ははっ! とんだ操り人形ってわけだ!」

 

「ああああもうっ! やる気が無いんだったら帰って下さい!」

 

「やる気はある。ただ空回りしているだけでな!」

 

「自信満々に言わないで下さい! で、こんな調子では確実に失敗しますので今からタキオンさんも交えてリハーサルをします……いいですか?」

 

「いいだろう……ではもう一度最初から説明してもらえるか――あっ、待って蹴らないで」

 

 

 ――30分後

 

「それではこの空き教室を借りてリハーサルを行います……私がお客さん役を演じるので、トレーナーさんは店員、タキオンさんは厨房スタッフをお願いします」 

 

「いいだろう」

 

「任せたまえ。厨房と言ったが、実際に作って持っていけばいいのかい? カフェ」

 

「ええ、何種類かそこに作り置きしているものがあるのでそれを使って下さい……絶対に自作しないように」

 

「フリだろうか?」

 

「フリだねえ」

 

「断固として違いますから……とりあえず始めていきますね―――あの、ここはカフェでしょうか?」

 

「いや、カフェは君だが?」

 

「文脈で判断して下さい。喫茶店かと聞いてるんです」

 

「なるほど。わかった」

 

「もう一度いきますよ……あと店員なので敬語でお願いしますね」

 

「Entendu(畏まりました)」

 

「フランス語ではなく日本語で―――すみません、ここは喫茶店ですか?」

 

「あ、そうです。ようこそカフェ『死者のはらわた』へ」

 

「喫茶店にあるまじき店名をつけないでください――あの、コーヒーを飲みにきたんですが」

 

「頭皮を揉みにきたんですか?」

 

「マッサージチェアですか私は! お客です、お客」

 

「あ、お客さんですね。すぐにご案内いたします。お席はカウンターとテーブルどちらにしますか?」

 

「ではカウンターを」

 

「わかりました。じゃあ僕は休憩にいきますんで。お客さんがきたら笑顔で対応して下さい」

 

「受付カウンターは席じゃないです。何しれっと店番させようとしてるんですか……テーブル席で」

 

「テーブル席ですね。かしこまりました。禁煙喫煙はどちらにしますか?」

 

「もちろん禁煙で。というか学園内はタバコは禁止ですよ」

 

「いえ大麻の方ですが」

 

「なおさら禁止です! なにいきなり非合法なカフェにしようとしてるんですか!」

 

「海外だと実際に存在しているので――ああそういえば、本番では飾り付けなんかもするのか?」

 

「あ、そうですね。できればそれを踏まえた案内なんかもしていただければ……」

 

「いいだろう―――それではお席にご案内します。あ、そちらは店長が集めているパカぷちです。ええ、可愛いですよね。おまけに夜な夜な動き回ったり髪が伸びたりするそうで」

 

「人のコレクションを呪われたグッズにしないでください……本当にたまにだけですから」

 

「十分呪われてると思うがねえ」

 

「それではこちらのお席になります。椅子やテーブルはご自由にお使い下さい」

 

「普通は自由に使えるものだと思います」

 

「貴重品などは足元にあるカゴをお使い下さい」

 

「ああ、そういう気遣いはありですね」

 

「後でスタッフがこっそり回収させていただきます」

 

「普通に窃盗ですよね!? 一番やったらダメなやつでしょう!」

 

「でも海外じゃチップとかもらうじゃないですか」

 

「チップどころかメインを持っていこうとしてるじゃないですか……もういいから次に進んで下さい」

 

「ご注文はアイスコーヒーでよろしかったですね?」

 

「何でもう確定してるんですか。違います」

 

「でもお連れの方はそれでいいと」

 

「一般的に見えないものはスルーしてください――何でこういうときだけほのめかしてくるんですか?」

 

「ではこちらがメニューになります。おすすめは坂道ダッシュにタイヤ引きですかね」

 

「かね、じゃないです。それ私の練習メニューですよね。ではなくて、お品書きを出してください」

 

「すみません、ではこちらで」

 

「なんで胸元から出してくるんですか。秀吉じゃあるまいし」

 

「うん? 秀吉?」

 

「あ、すみません……トレーナーさんはずっと海外育ちでしたよね。その、戦国時代の有名な大名で」

 

「信長の草履を身体で温めたあの秀吉?」

 

「知ってるじゃないですか! 何だったんですかさっきのフリは! まったくもう――」

 

 お品書き

 

・ホットコーヒー?

・アイスコーヒー?

・エスプレッソ?

・カプチーノ?

・毛力

・抹茶色に輝くカフェオレ

・紅茶

 

「……このクエスチョンマークは何ですか? タキオンさん」

 

「即座に決めつけるのはどうかと思うよカフェ、まあ合ってるがね。いやなに、日々の研究の成果を披露するには良い機会だと思ってね。こうして疑問系にしておけば商品詐欺にはならないって寸法さ」

 

「詐欺以外の罪には問われないとでも? おまけに品揃えまで勝手に追加して……カフェオレの方は大体想像つきますが、紅茶には一体何を仕込むつもりですか?」

 

「何を言うんだい。私の脳を支える神聖な飲み物に泥を塗るような真似などできるわけがないだろう?」

 

「コーヒーならいいとでも?」

 

「泥水と呼ぶ国もあるみたいだからねえ。まあそれ以前に、単に色が濃いから仕込みやすいということもあるんだが」

 

「……まあいいです。どうせ当日は私がキッチンに立ちますから。タキオンさんには指一本触れさせません」

 

「ふふ、私を守ってくれるなんて可愛いじゃないか」

 

「守るのはコーヒーとお客さんです……とりあえずモカを。字が少し間違っているようですが」

 

「いえ合ってますよ。こちらスタッフが開発した強力な毛生え薬でして」

 

「薬局で売って下さい薬局で! 客層がハ……少林寺みたいになるじゃないですか! ――ならもうホットコーヒーで。砂糖もミルクも薬も抜きでお願いします」

 

「ではホットコーヒーがクロで、間違いないですね?」

 

「刑事ドラマですか? ちゃんとブラックと言って下さい」

 

「ブラックがお一つですね。ご注文は以上でしょうか?」

 

「そうですね……あ、そういえばここは持ち帰りも可能ですか?」

 

「僕をですか?」

 

「コーヒーに決まってるでしょう! いちいちアングラな方向に持っていかないでください」

 

「ああコーヒーの話だったんですね。ベイルアウトで」

 

「テイクアウトですテイクアウト。コーヒーをどこに脱出させるつもりですか。アイスコーヒーを一つお願いします」

 

「アイスコーヒーですね。かしこまりました。サイズの方がS、M、CLUB――もとい、Lがございますが」

 

「絶対わざとですよね? そんな言い間違えしないでしょう普通……ならSで」

 

「Sサイズですね。こちらサービスでトッピングが付きまして。ソーセージ、ちくわ、シーチキンの中からお一つ選んで下さい」

 

「選ばないです……何でそのチョイスなんですか」

 

「やっぱり……サラミの方が?」

 

「そこじゃないです! コーヒーに盛り付けるんですよね? なんでラインナップが肉や魚ばかりなんですか」

 

「ウインナーが入ってるならシーチキンもありかなと」

 

「ウインナーコーヒーはそういう意味じゃありません! もういいからお会計に進んで下さい」

 

「わかりました。ではホットコーヒーとアイスコーヒーのSサイズをお持ち帰りで。300円になります」

 

「300円ですね。なら100円三枚からで――すみません。50円が一枚混ざってますね」

 

「大丈夫ですよ。お釣りは出ませんが」

 

「250円じゃないですか。なんで最初から言わないんですか」

 

「ところでスタンプカードはお作りになりますか?」 

 

「スタンプカード……ですか?」

 

「はい。合計3杯で貯まるようになってまして。どうしますか?」

 

「まあそれなら……因みに貯まったら何かもらえるんですか?」

 

「はい、こちら毛力をプレゼントします」

 

「だからハゲしか来なくなるって言ってるじゃないですか! もういいです!」

 

 ――その後、根気よくトレーナーたちに指導したことにより接客は改善し、どうにか聖蹄祭は終了した。

 翌月、マンハッタンカフェは悪天候のなか見事菊花賞に勝利する。忍耐を強いられるレース展開を制することができた理由をインタビューで訊ねられた彼女は「我慢は慣れてますので……」と語るに留めたという。

 

 

 

 ――菊花賞から数日後――

 

「やれやれ、まさか今回の実験も成功するとはね……これはいよいよ君の理論を信じるべきかな? トレーナー君」

 

「ああ……『特定の感情を蓄積させてウマ娘の走りや肉体に影響を与える』……科学的根拠は無いが、フランスではこれで実績を挙げてきた」

 

「ははっ、机上の空論だと投げ捨てた理論をまさか実践している者がいたとはね。実に興味深い! それでトレーナー君、次はどんな感情を彼女に植え付けるつもりだい?」

 

「まだわからない……カフェがかなりご機嫌斜めだったからな。やり過ぎて蹴られるのはごめんだ――だが、実験の成功者なら他にもいる。君だ。アグネスタキオン」

 

「私が……かい? 一体何を?」

 

「自分でもわかっているはずだ。カフェの走りに内心で感じているんだろう? ゼクシィを」

 

「結婚願望はまだ無いねえ。ジェラシーというのならまあ……否定はしないよ。それが?」

 

「ウマ娘とは植物みたいなもんだ……水や肥料を与えればすくすくと成長し、やがて大輪の花を咲かせる」

 

「ふむ。それだと水はトレーニング、肥料はレースってわけか。意外にロマンチストだね、君は」

 

「とはいえ、水も肥料も与え方を間違えれば毒になる。少しずつ少しずつ、毒を吸収していった植物はやがて枯れてしまう」

 

「……」

 

「だが――例え枯れても根っこは残る。時間が経ち、毒が抜ければ再び芽生えようとするんだ『自分はこんなもんじゃない。まだ終わっちゃいない』ってな。それを注意深く、辛抱強く見守るのもトレーナーの仕事だ」

 

「なるほどねえ………………ふふっ」

 

「どうした? 時限爆弾で誰か吹き飛ばしたのか?」

 

「違うよ。何でそう思ったんだい…………まったく、ウマ娘を転がすのが上手いんだな君は。それで? 君の下につけば、私は再び走れるということかい?」

 

「ああ、効果に個人差はあるが五割の確率でな。だからあくまで自己責任のもと、俺を半面的に信頼してほしい」

 

「いや予防線張りまくりじゃないか! せっかくの良い話が台無しだよ!」

 

 

 ――その後、富澤トレーナーたちのもとに新たなウマ娘が加入する。

 超光速の粒子の名を持ったウマ娘は翌年のレースで見事な復活を遂げ、その後はマンハッタンカフェと共に国内のG1レースを席巻したという。

 

 完




 以上、これにて完全に締めとなります。ネタに詰まったりカフェの丁寧口調がテンポを妨げる要因になったりと悪戦苦闘の連続でしたがどうにかまとめられました……多分

軽いネタで投稿してから一年あまり。
この作品を読んでくださった多くの皆様、また推薦や紹介していただいた方々。本当にありがとうございました。


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「明日は聖蹄祭か。興奮してきたな」

前回で最後と言ったな、あれは嘘だ。

前話投稿後、「あれ? これ時系列遡ったらタイキ組の話書けんじゃね?」てなったのでやってみました


「明日は聖蹄祭か。タイキとたづなさん、今年はハンバーガー屋やるって言ってたけど大丈夫かな? ちょっと覗いてみるか」

 

「ハウディ! いらっしゃいませ――オーウ?」

 

「よう、ちょっと寄ってみたんだけど」

 

「ソーリー、上納金ならまだ用意できてまセーン」

 

「ヤクザかよ。別にみかじめ料取りに来たわけじゃねえよ」

 

「た、足りない分は私が身体で払いますので」

 

「話聞けよ。そもそも何も借りてねえだろが。食べにきたんだ食べに」

 

「わかりました。ではどうぞ、新鮮なうちに♪」

 

「なんで唇つき出してんだよ。いいからハンバーガー作ってくれよ」

 

「作ったら店じまいになってしまいまース」

 

「そんなに食べねえわ。今ちょうどダイエットしてるところでさ、1個でいいんだ1個で」

 

「一戸デスか?」

 

「ヘンゼルとグレーテルか。家サイズのハンバーガーとかどうやって作るんだよ」

 

「それもそうデスね。オーケー任せて下サーイ。トレーナーさんに最高のハンガーをお届けしマース」

 

「何の店だよここ。逆に気になってきたわ、ハンガー手作りしてる店とか。まあいいや、とりあえずメニューくれメニュー。ハンガーでもハンバーガーでもいいから」

 

「あ、メニューは携帯で見てもらう形になっているんです」

 

「なので、ここにあるQPコードを読み込んでくだサーイ」

 

「マヨネーズばっか出てきそうだなそれ。QRコードね。やってみるか――うん?」

 

「どうしましたカ? トレーナーさん」

 

「ああ、もう一回試してみるわ――おかしいな。何でマク○ナルドのメニュー表に繋がるんだ?」

 

「それで合ってますヨ。同じラインナップなのデ」

 

「だからってメニューまで使い回すなよ。ただの手抜きじゃねえか」

 

「まあまあ。ところでご注文は決まりましたか? 今ならスマイルが手繋ぎとハグのセットで0円ですよ」

 

「地下アイドルの握手会か何かか? お金にならないし止めといた方がいいと思うよそれ。で何にするかな」

 

「そういえば昨日実家からフレッシュなチーズが届きましタ」

 

「お、チーズいいね。だったらチーズバーガーにしようかな」

 

「なのでディナーにピザを作って完食しましタ。ベリーベリー美味しかったデース」

 

「何で今言ったんだよ。ただの自慢話じゃねえか――じゃあこれにしとくわ、BLB(ベーコンレタスバーガー)で」

 

「MLB?」

 

「BLBだよ。メジャーリーグじゃない、ド○ャースを一つとか注文しねえから。てかそもそもBLBの意味わかってんのか?」

 

「もちろん! ブロッコリー・レタス・ブロッコリーの略デース」

 

「青虫のメニューか? 肉が一つも入ってねえじゃねえか」

 

「確かにそうですネ……前にマックイーンがそう呟きながら食べていたので勘違いしてましタ」

 

「多分太り気味だったんだろうな……まあBLBはもういいわ。これにするか」

 

「月見バーガーですか?」

 

「ああ。これ好きなんだよ、卵とベーコンが上手くマッチしててさあ」

 

「ナマコとレンコンが?」

 

「月どこにあるんだよそれ。月見じゃなくて月食バーガーじゃねえか……なんか不安になってきたからもうビッグマックにするわ」

 

「ビッグマックわかりましタ! そういえばBLBを食べていたマックイーンもかなりビッグなウエストだったデース」

 

「あんまり言ってやるなよ。そういやビッグマックって美味いけどさ、大きすぎていつも口からはみだしちゃうんだよな」

 

「それなら良い方法がありますよ」

 

「え、マジで。ちょっと教えてもらっていいかな?」

 

「はい。まず私がビッグマックを完食します」

 

「完食します。それで?」

 

「あとはトレーナーさんが私を美味しく食べていただければビッグマックも食べたことに」

 

「ならねえよ。ならない。なんでビッグマックでそんな一命を賭すんだよ。ミノタウロスの皿か、藤子・F・不二雄先生のあのトラウマ漫画な」

 

「でしたらはみ出したところを私が反対側から食べる方向で」

 

「ポッキーゲームか。ビッグマックで試してるやつ見た事ねえな、絵面も汚そうだし――あ、そろそろできあがりそうか? タイキ」

 

「ノー、あと少し待って下サーイ」

 

「わかった。でビッグマックの話に戻るけどさ、なんか受け皿みたいなのがあったら良いんじゃねえかな?」

 

「受け皿ですか……なるほど、良い考えですね」

 

「だろ? それならこぼれたって問題無いしな」

 

「お待たせしましタ! トレーナーさん」

 

「お、悪いな。それでタイキの意見はどうだ? 受け皿とかあった方が良くないか?」

 

「そうですネ。ワーキングプアやシングルマザー・ファザーのための政策は急務だと思いマース」

 

「社会の受け皿の話じゃねえよ。インテリか急に」

 

 

 ――10分後――

 

「……どうですカ? トレーナーさん」

 

「ああ良かったよ。ハンガーを出してこなかっただけで十分合格だったけどな」

 

「そうですカ……だけどまだ満足はできまセーン。一週間後に来てください、本物のハンバーガーをお届けしてあげマース」 

 

「聖蹄祭終わってんじゃねえか。学園祭レベルだったら今のままで十分だろ」

 

「ノー、今年は集客ナンバーワンのグループに優勝賞品が出るので、負けるわけにはいかないのデース」

 

「そんなルールできたのかよ。賞品って一体何がもらえるんだ?」

 

「ハイ! トレーナーさんを一日連れ回せる権利デース!」

 

「俺たちの都合全く無視じゃねえか。誰だよこんなの提案したやつは」

 

「大丈夫ですよ。ちゃんと門限は設定しておきましたので」

 

「見つかんの早えな犯人。言いたいのそこじゃねえよ」

 

「とにかく、こうなったからには優勝しかありマセン。絶対に勉強できない戦いがそこにあるのデース」

 

「『まけられない戦い』だろ。変に言い換えたからただのサボり宣言じゃねえか……まあいいや、ウマ娘の気分アゲんのもトレーナーの役目だしな。協力するか」

 

「ありがとうございます。それでは気分をアゲるために明日はお出かけですね、どこに行きましょうか?」

 

「聖蹄祭に決まってんだろ。なに本番前に褒美受け取ろうとしてんだよ」

 

「トレーナーさんの協力ありがたいデース。デスガ今はとにかく時間がありまセーン。このままではルドルフ会長のファザーギャグ100連発に果たして勝てるかどうカ……」

 

「そこは安心していいんじゃねえかなあ……けどもう材料も揃えちゃったし、今からハンバーガーのクオリティを劇的に上げんのは厳しいだろ」

 

「確かにそうデース」

 

「なら明日はお出かけに切り替えということで」

 

「切り替えねえよ。諦め早えな……そうじゃなくて、売り上げ伸ばしたいなら他にも方法はあるだろ? SNSで告知するとか、宣伝動画作ってみるとかさ」

 

「なるホド、宣伝動画のアイデアはナッシングでしタ。では早速メイキングしまショウ! たづなさんのセクシーなシーンを撮って爆釣りデース」

 

「気は進みませんがトレーナーさんも出演していただけるなら。メジロドーベルさんがこっそり描いている本みたいな場面を演じれば良いんでしょうか?」

 

「指クンッで消し飛ばすやつデスね?」

 

「壁ドンで押し倒すやつだろ。指クンッてドラゴンボールのナッパか。てかそうじゃねえよ。釣り動画じゃなくて、ハンバーガーの魅力をアピールするんだよ」

 

「ウフフ、ハンバーガーなんて焼いたビーフをパンに挟むだけデース」

 

「言い方気をつけろよこれで一位目指すんだから。いや探せばちゃんとあるだろ? 材料へのこだわりとか、焼くまでの下ごしらえに手間暇かけてるとかさ」

 

「オーウなるほど……そういえばこの前ハンバーグをオーダーしたギョウシャから広報用の特典動画が届いてましタ」

 

「お、いいじゃん。そういうのが欲しいんだよ。ちょっと見せてもらってもいいか?」

 

「もちろんデース、たづなさんそこのパソコンを開いてくだサーイ」

 

「わかりました。このファイルでいいですか? では再生しますね」

 

 

 ――妥協の無い商品を作る。それが私たちのモットーです。

 テキサス州の片田舎にある精肉工場に、今日もトラックに載せられた牛たちがやってきました。マイケルさん家で育てられたカウカウも、家族との最後の別れを迎えています。

 

『モオ〜……』

 

『うう……嫌だよお父さん、カウカウと離れたくないよ』

 

『俺だって別れるのは辛いさ。だけどこいつは良い肉になる。妥協するわけにはいかないんだ』

 

『で、でもこいつは産まれたときからずっと一緒で』

 

『ええいしつこい! もうお前には任せてられん! 行くぞ!』

 

『だ、だめっ! カウカウを連れてかないで! カウカウーッ!!』

 

『モ、モオオ〜ッ!』

 

 

「――いやだめだろこれ。止めろ止めろ」

 

「ワッツ? ここからが一段と涙を誘うシーンなんですヨ!?」

 

「サイコパスか。これ見て『いやあ美味しそうだな♪』なんてなるかよ。罪悪感しか覚えねえわ」

 

「罪悪感デスか? 確かにカロリーは多いと思いマスが」

 

「そっちじゃねえよ。大体ハンバーガーはカロリーゼロなのに何言ってんだ?」

 

「「は?」」

 

「は? じゃねえよ。いいか、ハンバーガーのパンは丸いだろ? 丸いってことは数字のゼロと同じ形だからカロリーはゼロなんだよ。常識だろ」

 

「オ、オウ……」

 

「ええと、その……あっ! で、でもチーズやハンバーグは四角ですよ?」

 

「そうだな。だからケチャップやソースがかかってんだよ。丸いパンとパンの間にケチャップをかける。数式にしたら0×0だから結果0キロカロリーになるってことだ」

 

「「ちょっと何言ってるかわかりません(セーン)」」

 

「なんでわかんねえんだよ、いっぱい説明しただろうが――まあとにかく、この内容じゃちょっと使えねえわ。他にも動画はあるのか?」

 

「ありますヨ。オススメはヒトに転生したカウカウと息子が再会する5話デース」

 

「もう精肉全く関係ねえなそれ。特典動画って全部そういうやつなのか?」

 

「ハイ、色々あって息子と結婚した12話もオススメデスよ」

 

「オススメならさらっとネタバレすんなよ。とにかくこれはボツだな。次に進むぞ」

 

「次は何をするんですか?」

 

「グルメ番組とかでよく見るだろ? 作ってるところを撮影すんだよ」

 

「子供をですか?」

 

「ハンバーガーをだよ。子作りを撮影とかただの変態夫婦じゃねえか。いいからリハーサル始めるぞ」

 

「わかりマシタ。まず何をすればいいですカ? トレーナーさん!」

 

「まあとりあえず挨拶と、簡単な自己紹介だな。いくぞ――よーい、スタート」

 

「ハーイ皆サーン! ワタシはトレセン学園高等部のタイキシャトルデース。17歳デース」

 

「こんにちは。私はトレセン学園で秘書を務めている駿川たづなと申します。17歳です」

 

「ちょっと何言ってるかわかんねえ」

「ちょっと何言ってるかわかりまセーン」

 

「何でわからないんですか? とはいえ流石に17歳は無理がありましたね。本番ではきちんと19歳に訂正しておきますので」

 

「流れるようなドアインザフェイス*1デスね。たづなさんから鋼の意志を感じマース」

 

「……まあ『永遠の』ってテロップでも入れときゃ問題無いか。で、自己紹介が済んだら調理に移るぞ。レシピの確認はいるか?」

 

「あ、お願いします」

 

「わかった――まずはオニオンを刻んで炒める」

 

「タキオンさんを刻んで炒めます」

 

「ミルク・パン粉を加えてたっぷりのミンチと混ぜ合わせる」

 

「ミラ子・ファル子を加えてタップダンスシチーと混ぜ合わせマース」

 

「言ってねえわ。悪魔合体のレシピか何かか? どこの邪教の館だよ」

 

「そこんとこよろしくデスね?」

 

「今後ともよろしくだよ。ふざけてないで真面目にやれよ……で、混ぜ終えたら後は焼くだけなんだけど、ここにもなんか見せ場が欲しいとこだな」

 

「ではトレーナーさんが私の背後から襲いかかって」

 

「逆に制圧されるんだろ。そういう方向性じゃないんだよなあ。ハンバーグの方にひと工夫したいんだよ」

 

「こっそり青酸カリを混ぜるとかデスね?」

 

「遺産争いの真っ最中か? アウトに決まってんだろ。そうだな……例えばフランベとかどうだ? 酒をかけてボワッと燃え上がるやつ。結構見栄えがすると思うんだけど」

 

「いいと思います。インチキおじさんも登場しますし」

 

「ちびまる子ちゃんのOPかよ。お鍋の中から出てくんだよあれは。わかったら本番いくぞ」

 

 

 ――2時間後

 

「お待たせしマシタ。今度の今度こそは自信作デース! 早速匂いを嗅いで舐めてみて下サーイ!」

 

「麻薬の確認方法だろそれ。まあでも今回のは確かに良い感じだな。とりあえず食レポ始めていくからカメラ回してくれ」

 

「わかりました、守衛さんに連絡しますね」

 

「誰が防犯カメラ回せっつったんだよ。そこのハンディカメラに決まってんだろ」

 

「わかりました。カメラ準備オーケーでース。では自己紹介からドウゾ! トレーナーさん」

 

「ああわかった――皆さん初めまして、タイキシャトルとトキノミノルのトレーナーをしている伊達といいます。いよいよ明日は聖蹄祭ということでね。二人が作ったこのハンバーガーを今から試食していきたいと思います」

 

「ヨロシクお願いしマース! ちなみにトレーナーさんはハンバーガーは好きデスか?」

 

「結構好きかな。この仕事って忙しいうえに結構体力も使うからさ。手軽に栄養採れるのは嬉しいよね」

 

「なるホド、ちなみに何のハンバーガーが好きデスか?」

 

「どれも好きだけど、一番はまあビッグマックかな。あの大口でかぶりつくのがね、食べてるって感じにさせてくれるからさ」

 

「なるホド、ちなみにビッグマックだとどの具が好きデ――」

 

「もう早く食わせろよ! いいよそんな深堀りしなくたって。ハンバーグ以外に回答ねえだろそれ」

 

「まあまあ、それよりどんな感じでレポしていくんですか?」

 

「ああ、最初は外見を褒めるだろ。それから中を確かめて、最後は食った感想だな」

 

「合コンの話ですか?」

 

「ハンバーガーの話だよ。確かにちょっと紛らわしかったけど」

 

 

 ――数時間後

 

「いや〜いいよねこれ。見た目も整ってるし、男なら思わずかぶりつきたくなるボリュームですよ」

 

「中もね、これまた凄くないですか? ちょっと開いただけでこんなに肉汁が溢れ出てる。丁寧に仕込んだ証拠ですよ」

 

「いやもう最高に美味かったね。肉も多分喜んでじゃないかなあ。美味しく調理してくれてありがとうってね」

 

 

「――まあこんな感じだろ。ようやく完成したな」

 

「流石に疲れちゃいましたね。リテイクも一杯ありましたし」

 

「ウフフ、トレーナーさんの大根とブリの煮物にはほとほと手を焼かされましタ」

 

「大根役者ぶりって言いたかったのか? まあそうだけどお前も大概だったろ? 食レポなのに俺の顔しか撮ってねえし。あれのおかげでもう一度ハンバーガーから作り直す羽目になったじゃねえか」

 

「ソーリー、オーバーアクションや変なところで吹き出すトレーナーさんが面白くテ」

 

「うるせえな、こういうの初めてだったんだよ。まあいいや、とりあえず全部終わったしあとはアップロードするだけだな」

 

「そうですね――あ、そういえばショート動画の方をまだ作っていませんが……」

 

「あーすっかり忘れてたな。けど今日はこの後学園スタッフの会議があるし……どうするかな」

 

「オフコース、ショート動画ワタシがメイキングしマース。トレーナーさんとたづなさんはワタシに感謝しながら行ってきて下サーイ」

 

「最後すげえ上からきたな。まあでもありがたいのは事実だし……任せてもいいか?」

 

「オーケーデース。さっき完成した動画を短くすればグッドなんですよネ?」

 

「いいんだけどな、せっかくボツ動画が沢山あるんだからそれ使ったメイキングフィルムとかはどうだ? 香港映画のスタッフロールみたいなやつ。その方がより親近感を持ってもらえるんじゃねえかな?」

 

「なるホド、ボツ動画のダイジェストですね? わかりマシタ。任せて下サーイ!」

 

 

 

 ――翌日昼

 

「おーまだ開店前なのに凄い行列だな。やっぱ宣伝動画作って正解だったな――ん?」

 

「あ、トレーナーさん。ずっと探してたんですよ」

 

「どうしたんだよたづなさん、タイキと店にいたはずだろ?」

 

「説明っ! 私が急遽彼女を呼び出したのだ」

 

「え、理事長? 何でこんなところに」

 

「うむ、詰問! 君とたづなにこのショート動画について訊ねたかったのだ。ちょっと画面をタップしてみてほしい」

 

(昨日タイキに任せたやつか。何か変なものでも映ってたか?)

 

 

『……ハーイ……グスッ、皆サン。ワタシは……グスッ、トレセン学園高等部の……グスッ、タイキシャトル、デース。17歳……グスッ、泣いているのは……さっき玉ねぎを切ったから、デース』

 

『いいよねこれ。見た目も整ってるし、ふひっ、男なら思わずかぶりつきたくなるボリュームですよ』

 

『こんにちは……くすん……私はトレセン学園で秘書を務めて……グスッ、駿川たづなと申します。……歳です。あ、ごめんなさい、さっきの玉ねぎが…ぐすん……すみません』

 

『中もね……ぶふっ、これ凄くないですか? ちょっと開いただけでこんなに肉汁が溢れ出てる。丁寧に仕込んだ証拠ですよ』

 

Q.ハンバーガーは好きですか?

 

『結構好きだな。この仕事って忙しいうえに結構体力も使うからさ。手軽に栄養採れるのは嬉しいよね』

 

 テキサス州の片田舎にある精肉工場に、今日もトラックに載せられた牛たちがやってきました。

 

『うう……嫌だよお父さん、離れたくないよ』

 

『俺だって別れるのは辛いさ。だけどこいつは良い肉になる』

 

『ヒャッハー! いやもう最ッッ高に美味かったねえええ!』

 

『で、でもこいつは産まれたときからずっと一緒で』

 

『ええいしつこい! もうお前には任せてられん! 行くぞ!』

 

『モ、モオオ〜ッ!』

 

『肉も多分喜んでじゃないかなあ。美味しく調理してくれてありがとうってね』

 

 

「……」

 

「……」

 

「……ど、どうだろうか? 少しばかり……というより、かなり誤解を与えそうな内容だと思うのだが」

 

「はい……そうだと思います」

 

「とりあえず動画は削除して、関係箇所やSNSに釈明しておきます……」

 

 

 その後、二人が対処を行ったことにより大した影響には至らなかった。だが火消しに昼過ぎまでかかったことで売上は減少。結果、僅かの差でシンボリルドルフの勝利となった。

 

 翌日、学園のあちこちで「タイキの馬鹿はどこだああ!」と怒りを爆発させるトレーナーと「究極のハンバーガーを作りに一週間お休みするそうです」となだめる秘書の姿が見られたとか。

 

 

 

 ――数年後、フランストレセン学園、トレーナー寮にて

 

 

「――というわけで、あのときのツミホロボシをさせて下サーイ、倍返しデース!」

 

「なら私も、今日は土鍋でご飯を炊いちゃいますね。とりあえず5合で足りそうですか? トレーナーさん」

 

「…………いや、俺いま病人なんだわ。だから――」

 

「ウフフ、カロリーのことなら心配無用デース。ちゃんとハンバーグは丸に整えてありマース」

 

「もちろん土鍋も円形なので大丈夫ですよ。ゼロカロリーですから安心です」

 

「だから風邪引きで食欲ねえって言ってんだろ! もう伝染る前に帰れよお前ら!」

 

 この後めちゃくちゃ食べさせられた結果、風邪は治ったものの太り気味になったとか。

*1
わざと過大な要求をして断られたあとに本命の要求をすると承諾してもらいやすくなる交渉術




これにて完結(三回目)です。
でも思いついたらこち亀みたいにふと単発でやるかもしれません。ありがとうございました。


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