メゾン・ド・チャンイチの裏事情 (浅打)
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メゾン・ド・チャンイチ 建築偏
俺、誕生


メゾン・ド・ペンギンよりも聖☆おにいさんに近い気がする。


ここは黒崎一護の心象世界、青空を貫かんとばかりに伸びたビルの群れが無数に存在する場所。

 

俺は黒崎一護の心象世界が好きだ、遮る物の無いこの開放的な世界は何より居心地がいい。

 

この横たわった世界で右手を天壌無窮に広がる青空に向ければ左には底の見えない永遠無限の闇が広がっている。

 

ここはメゾン・ド・チャンイチ、名前は俺が付けた。

 

 

 

 

 

かつての俺は藍染によって改造虚、個体名ホワイトとして産み出された。

しかしそこからは散々だった、目覚めたら目の前に怪しい男共がいて現世で死神に寄生してこいなんて雑な命令を受けて何も感じないと思うか?

そうだよ何も感じなかったよ、生まれたばかりで意思が脆弱だったもんでな。今となっては大層ふざけた事を命令してくれたなと恨んではいるが。 

有無を言わせずに現世に送り出されるとすったもんだの末になんと滅却師の女──黒崎真咲に止めを刺されてしまい、消滅の危機を感じた当時の俺は本能的に黒崎真咲に寄生してしまった。

しかもその後に黒崎一護の父である志波一心が黒崎真咲の心象世界まで追っかけて来て、あげく彼に成敗されて浦原喜助に封印される始末。

結局殆ど何も出来ずに封印されたが、いずれ産まれるであろう黒崎一護が死神と虚の力に目覚める解放の日を俺は只管に待つ事にした。

 

 

 

 

 

 

志波一心と黒崎真咲が結ばれた数年後には彼女は一護を妊娠していた、それと同時に俺という自我もまた再構築されていった。

一護の未熟な魂魄には霊王の欠片が宿っており、それをきっかけにして虚が黒崎真咲を襲う事が何度かあった。

いずれ俺を内包するだろう器である一護の為に助けてやろうとも思ったが、そもそも俺の能力は黒崎一心の死神の力によって封じられているから手の出し様が無かった。

 

「怖い思いをさせて、ゴメンね。もう大丈夫だからね」

 

黒崎真咲は強かった、滅却師の力を振るって危機を乗り越えるといつもその場にへたり込み、幾許か膨らんだ腹を撫でて安堵すると共に謝るのだ。成程、一護はやはり愛されているようだった。

封印を表す鎖に全身を縛られながらも黒崎真咲の心象世界の中で漂いつつ様子を観察していると俺の傍にはいつ間にか黒衣を身に纏った『      』(Y H V Hの残滓)が立っていた。

 

「特異な者よ、お前はこの世界を壊したいと思っているのか」

 

「今更出てきやがって何の用だよオッサン。言っておくが俺は今更暴れてやろうなんてつもりはないぜ」

 

「お前は危険な存在だ。お前が黒崎真咲を害する可能性がある限りお前の存在を許容する事は出来ない」

 

「安心しろよ、()()()()()()()()()俺は何もしないと誓っていい」

 

「その言い方、黒崎真咲の辿る運命を知っている様だな」

 

「ああ、知ってる」

 

黒衣の男──後の斬月のオッサン──は敵意をしまい込み、なんとも言えない雰囲気を溢れ出させた。

 

「……黒崎真咲は憐れだ。お前をその身に宿した彼女は異端と見なされ『聖別』の対象に選ばれるであろう、同じくして産まれる黒崎真咲の子も同じく死にゆく定めにある」

 

オッサンは知らないかもしれないが黒崎一護とその妹達は生き残るのだ、唯一黒崎真咲だけが命を落とし残された家族に深い傷を残す事になる。

 

「元はアンタの能力だろ、なんとかならないのか」

 

「ならないだろうな。私の力はあの男と同一ではない、あの男と同種かそれ以上の力を持つ者でなければ打ち消せまい」

 

つまりは実質的に不可能という事だ、直接で無くともYHVHから与えられた滅却師の力はいずれあの男によって刈り取られる定めにある。

 

オッサンの存在自体がYHVHとの繋がりの証であり切り離せない滅却師の力そのもの、それが黒崎真咲を死に至らせる刻印。

 

一方で今の俺が何かをしようとした時点で滅却師の体には虚化という猛毒が回る、千年前から決まっていた運命なのだからこればかりはどうしようもない────本当にそうか?

 

正しい歴史を追いかける事は簡単だ、しかしそれは()()()()()()()()()()()()でしかない。

 

「俺は例外を知ってる、しかもそいつらは聖別の後も生き残っている」

 

「……何だと?」

 

聖別による死は大きく分けて二つ、滅却師の能力どころか全てを奪われて死亡する場合と聖別の後に体内で精製される静止の銀によって引き起こされる血管の梗塞によって死亡する場合。

前者はまだ回避出来る可能性がある、実際黒崎真咲の直接の死因はグランドフィッシャーによる致命傷なのだから。

しかし後者が厄介で、これは物理的かつ精製を妨害する手段が無い為外科的な処置が必要となる。

直近で行われるであろう聖別においては死ぬのは混血統の滅却師と例外で黒崎真咲、生き残ったのは黒崎家の子供と石田家の子である石田雨竜。

千年血戦篇においては純血統の滅却師であっても死に、霊王の欠片を保持していてもジェラルド・ヴァルキリーは聖別によって死亡している。

虚の抗体を持たない者≠滅却師である為、恐らくYHVHは滅却師として覚醒していない子供達を聖別の対象から省いた可能性もあるが石田雨竜は聖別を跳ねのけた功績を以てYHVHの後継者に指名されている。

結局の所全ては謎であり、聖別の基準はYHVHの胸先三寸で決まり、あの男が死すべしと命ずれば即ちその通りになるのだ。

 

「純血統の滅却師、あるいは霊王の欠片を持つ者、あるいは死神と虚と滅却師の力を併せ持つ者、そもそも滅却師ではない者。これが『聖別』による即死を回避する条件だ」

 

「成程、確かに即死を回避するだけなら一度は何とかなるだろう。しかし同じ手は通用しないぞ」

 

「一度でいいんだよ、同じことが二度起きればそれこそ運命だ」

 

「……それで、黒崎真咲の即死を回避する策はあるのか?」

 

「たった一つだけ思いついた」

 

俺は俺を縛り付ける鎖を手の中で遊ばせながら作戦をオッサンに伝える。

 

「俺本当は、初めては小柄で黒髪ボブカットの美少女の手で胸元に日本刀を突き刺されたかったんだよなぁ……」

 

「気は確かか?」

 

しみじみと呟く俺に、オッサンは少し引いたような目で此方を見ていた。

 

 

 




ネタが被るとはこの『A』の聖文字でも見えなかった…。(不安)


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六月十七日

 

 

 

 

一護は強い子供だった、暴力が嫌いですぐに泣いちゃうけれど他人を思いやれる優しい子供だった。

テレビで見た正義のヒーローに憧れて空手道場に入門しても、結局同年代の子供たちに強く手を出せなくて女の子に泣かされていた一護。

だけど私が迎えに行くと目尻に涙を浮かべたまま笑っていて私を心配させまいとする一護の優しさが誇らしかった。

一心さんに似たのかな、なんて思う。あの日一心さんに助けられて、彼の人生を歪め居場所を奪ってしまった負い目を感じて一心さんの元に揶揄いついでに通い詰めた日々の事。

一心さんは私に嘘を吐いた、職場で失敗して追い出されたなんてサラリーマンじゃあるまいし。

それでも私に不満も不安気な様子も見せずにいつも笑っていた、そんな彼の姿には人を引き付ける一種のリーダーシップの様な安心感があり何時しか私は彼に惹かれていた。

彼の白衣姿が似合わないなんて、偶に見せるタバコを吸う時の手元がカッコイイだなんて少しだけ照れ隠しをしながら私が自ら一心さんに()れる様になってからというもの、私には彼との愛おしい命が宿っていた。

 

 

六月十七日、雨の日の事だった。地元の空手道場での練習を終えた一護を迎えに行った帰りの事。

一護はあえて道路側を歩いて私を守ろうとしてくれていた、そんな一護の姿がとても微笑ましくてトラックが跳ねた水を被った一護の汚れをハンカチで拭いてあげる。

一護と手を繋いで帰るいつもと変わらない幸せな日々、これからもこんな日々が続くと信じていた。

 

 

―――ちょっと待ってて母ちゃん。

 

 

私は霊力を持っているから例えこの辺りを彷徨う魂魄であってもハッキリ見える。しかし私も一心さんも一護にはまだこの世界の別の一面を教えていない。

未熟な一護は魂魄が見える、しかし―――その影に隠れる恐ろしいモノの姿は見えていないようだった。

恐るべき虚、滅却師の天敵たる虚。私の血を受けた一護にとっても虚は猛毒になり得る!!

 

 

 

「駄目!一護!!!」

 

 

 

幾度となく繰り返した神聖弓(ハイリッヒ・ボーゲン)静血装(ブルート・ヴェーネ )の展開、特異的な虚か御伽噺に聞く大虚(メノスグランデ)でもなければ私は倒せない。

純血の滅却師としての血筋にしか存在意義を見出されなかった私にとって何かを守る事に特化したこの能力は私の誇りであり矜持だ。

一護を守る為に走り出そうとした時に全身を走る悪寒と脱力、生命そのものを削るような衝撃が私を襲いその手の中から神聖弓が崩れ去るのを見た。

しかし見ただけだった、私の命は誰かの為に使うもの。一護と柚子と花梨、そして一心さんへの心残りが在ろうとも私は家族の為なら例えこの命が尽きようとも構わない!!

 

――――動け、動け!動け!!

 

 

震える足を交互に動かして走り出し一護を庇う為に覆いかぶさる。なんとか間に合った、だけどダメ押しに静血装を使おうにもうんともすんとも言わない。

ああ、背中に走る激痛。耳がキーンとして目を瞑って蹲る一護の姿が涙でぼやける、いつも一護が産まれる前にやっていたように震える手で愛おしい我が子の髪を撫でる。

 

 

 

 

「ゴメンね…怖い思いをさせてゴメンね…」

 

 

 

 

 

 

 

『そのままじゃ二人とも死ぬぜ?』

 

 

 

 

 

 

 

そんなのは嫌、一護だけでも守らないと。でも死にたくない…本当は死にたくないよ…。

 

 

 

『お前の力はここにある』

 

 

 

本当?私はまだ戦えるの?

 

 

 

『俺の力を使え』

 

 

 

どうすればいい?

 

 

 

『俺の名前を呼べ』

 

 

 

貴方の名前を―――?

 

 

 

『そうだ。俺の名前は――――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つまりは―――黒崎真咲を死神にしてしまえばいい」

 

その虚は独りで語り始める、腐れ縁ともなった滅却師の残滓たるあの男は一足早く一護の中に移っており既にいなくなってしまった。

 

俺は俺を縛り付ける死神の力が込められた封印の鎖を持ち上げる、随分と緩みきった俺の体に頼りなく巻き付く鎖は俺を縛り付ける事も出来ずに項垂れる様に力なく揺れている。

 

破面(アランカル)の事は知ってるよな?アレは死神と虚の状態を切り替える事が出来るんだから、それを俺がやるって言ってんだ」

 

そうして随分と貯め込んだ己の力を解放させる、並の滅却師であればその身を滅ぼしつくすであろう虚の力。

 

「虚の俺を縛るこの鎖が、俺の力を相殺するって言うんだろ?だったら―――俺の力がデカくなればその分死神の力もデカくなるんだろ!?」

 

最後の抵抗とばかりに鎖が太く大きくなり俺を絞め殺さんとばかりに絡めとろうとする、しかし今更無駄な事だ。

 

口元に伸びた鎖に噛みつき喰らう、繋がりを断たれた鎖も全て捉えて片っ端から喰らい続ける。

 

 

 

「貰うぜ、死神の力」

 

 

 

準備は全て整った、滅却師のオッサンが聖別に抗い僅かに残した神聖滅矢(ハイリッヒ・プファイル)をワクチンにして死神と虚の力を人間の魂魄に馴染ませる。

 

 

 

 

 

 

「さあ、やろうぜ。これが一護を救う力だ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『一月天に在りて影は衆水に印す』

 

 

『我等、月を穢す者。我等、月を砕く者』

 

 

『臆せず叫べ!我が名は――――!!!』

 

 

 

 

「『穿月(せんげつ)!!』」

 

 

 

 

 

 

 




お仕事のせいで筆が進まないけど書いてます、よろしく。


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六月十七日②

 

 

 

「貴様、死神だったのか。しかしその姿に虚の仮面……貴様は分からん、同類か?」

 

「うるせえよ、雨降って煩わしいからこっちはとっとと帰りてぇんだ」

 

声は黒崎真咲のモノだった。その身躯は死神の象徴である黒染めの死覇装を纏い、容貌を隠すのは虚の仮面、そしてその手には斬魄刀らしき物。

 

斬魄刀の始解と呼ばれるものだろう、女が持つ斬魄刀には鍔が無く刀身は短い、それは匕首と呼ばれる物の様に見えた。

 

「まあ良い、全ては殺して喰えば済む事。貴様のその様な矮小な斬魄刀しか持たぬ死神など一捻りじゃ」

 

「やってみろよ提灯鮟鱇、解体(バラ)して鍋にしてやろうか」

 

「ぬかせぇ!!」

 

こちらを絡めとろうと鬣の様な体の一部を延ばしこちらを絡めとろうとするがそれを歩法で躱し、躱しきれない物は素手で掴んで斬魄刀で切り落とす。

 

グランドフィッシャー、疑似餌のような己の一部を晒しそれに反応した霊的濃度の高い魂魄を狙って襲い己の力を蓄えて来た。

 

行動時以外は現世に表れず、目標を喰い終わればすぐに隠れて強者に対しては逃走を選ぶ厄介な虚。

 

「それって結局ただの雑魚狩りじゃない!?そんな負け犬根性で恥ずかしくない!?俺だったら惨めで耐えられないなぁー!」

 

「―――小童が……良く吼える!!」

 

「一撃も当てられない癖によく言うぜ……でも、もう飽きちゃったなぁ」

 

速度こそ少なからずあるものの鬣を伸ばす以外は四肢や爪による攻撃と噛みつきしか手段の無い相手だ、奇襲に特化した虚の得意技が俺に通じない時点で勝敗は既に決していた。

 

 

 

 

「己を鯨と勘違いしたような分不相応な雑魚が、無辜の人様に牙を剝くなんざ千年早いぞ―――」

 

 

 

「『月牙相制』」

 

 

 

 

そう呟き斬魄刀を振るうと途端に何処からか霊子で構成された杭が槍衾の様にホワイトと虚の間に展開され、振り下ろされたグランドフィッシャーの腕に深々と突き刺さった。

 

「ガァアアアアア!!!?」

 

「策も無しに近づくのは迂闊だって、言われなかったか?雑魚」

 

「貴様…貴様ぁ!よくも儂の左腕をーーー!!」

 

「何だ、おかわりが欲しいのか?あげちゃうよ」

 

そう言って更に斬魄刀を振るえばグランドフィッシャーの全身に杭が撃ち込まれ、その体に穴を更に増やした。

 

 

「ばはーっ!ばはーっ!ばはーーーっ!」

 

 

「そうだ、たくさん穴を開けてやったんだから目一杯吸えよ。そして後悔しろ、お前はここで終わりだ」

 

「ばはーっ!!ふざけるなぁあああああ!!」

 

ズタボロになったグランドフィッシャーは吸い込まれるようにして疑似餌の中に入っていく、今更逃げるつもりなのだが逃走を選ぶ事が出来る生物は極めてしぶとい。

 

「覚えておけ!貴様は必ず殺す!身内も殺す!子孫も末まで呪い殺す!!お前こそ後悔しろ!一生ですら拭えぬ恐怖を刻みつけてやる!!!」

 

グランドフィッシャーは逃げる、篠突く雨の中で天高く飛び上がり見通しの悪い雨天の中にその姿を消そうとする。

 

 

 

「これ、なーんだ」

 

 

 

遠くに離れても聞こえる女の忌々しい声、未だ地上に立つ死神の方を振り向けばその手に握られた細い布のようなもの。

 

「霊絡って虚からも伸びてるんだよな。それに飛んでくれて助かったぜ、流石に地上には人も建物もあるからよ」

 

これは『綴雷電』と類を同じとする、道筋を霊絡に委ねて走る殺意の一撃。

 

死神の斬魄刀、その刀身にグランドフィッシャーの霊絡が撒きつけられると刀身に怖気が走る程の脅威的な霊圧が込められていく。

 

「悪いがお前の役目は終わった、呪いなんて一欠片も残しはしねえよ」

 

霊絡を引き寄せてホワイトが握る匕首が霊絡を虚空ごと断てば、ソレは解き放たれてグランドフィッシャーを滅ぼす為に霊絡を辿って凄まじい速度で迫っていく。

 

 

 

「月牙天衝『戌神』」

 

 

 

 

「ウ、オオオオオオオオオオオオ!?」

 

拮抗したのは精々一瞬、ソレがグランドフィッシャーに命中すると同時に霊体が爆散し重厚な雨雲の一部を吹き飛ばすとそこから日光が差し込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「これが、俺が見たかった景色だ」

 

いつの間にか気絶した一護、それを庇って抱え込む背を引き裂かれて流血を止めない黒崎真咲の抜け殻。

 

目を覚ました一護が黒崎真咲の体を揺らすが魂魄の抜けた体は何も反応しない。これは俺がいつかの過去に『未来』で見た光景、未来の一護を形成する要因となるトラウマの景色。

 

しかし黒崎真咲は生きている。もしも藍染が観測していれば仔細は全て把握されるだろう、しかしそれでも構わない。

 

「強くなれよ一護、お母ちゃんとの再会はしばしのお預けだ」

 

そう言い残すとその場を速やかに去り目的の場所へ向かう、現世の駆け込み寺である『浦原商店』へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『一心さーん、こんばんはー!浦原でーす!!』

 

「……浦原、さすがに今はそんな気分じゃねぇ」

 

『この度は御愁傷様です……ですが、奥様の行方を知りたくありませんか?』

 

「生きているのか!真咲が!?」

 

『ええ、これからウチの店に来てもらってもいいですかね?』

 

 

 

 

――――もう、手遅れかもしれませんけど。

 




評価が極端すぎてビックリ、つまり全知全能も絶対って訳じゃねぇな。


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六月十八日

 

 

 

空座町に存在する一見普通な駄菓子屋である『浦原商店』、その店主である浦原喜助はいつもの甚平に帽子という姿で客人を待っていた。

 

「浦原!!」

 

「ようこそお待ちしておりましたよ一心サン。──ここで立ち話もアレなんで、早速行くとしましょうか」

 

駄菓子屋や雑貨を扱う売場で超えて居住区に入ると廊下の果て、そこには想像を超える程の広大な地下室が広がっていた。

 

空間というのは視界で得られる景色よりも柔軟であるとか何か理屈っぽい話をしているが今一ピンとこない、そんな事よりも真咲の事が心配だった。

 

「おい浦原、そろそろ聞かせて貰おうか。真咲に何があった、真咲は何処にいる」

 

「まあまあ、それは後でお話しますよ……それに、真咲サンならそこにいるじゃないですか」

 

そう言われて渡された眼鏡をかけると岩山の様な地下室の中、真咲は俺に背を向けて立っていた。

 

少し癖のついた栗色の髪、俺は結構好きだったんだぜ。出会ったばかりの少し短いのも良かったが、付き合う内に髪が伸びていくのが特別っぽくて嬉しかったんだ。

 

なんでお前は死覇装なんて纏ってるんだ?雨に濡れたからか、家に帰れば替えは幾らでもあるだろう、今度久しぶりにデートして新しく服を買ってもいいんだ。

 

 

「真咲……」

 

 

そう呼びかけられて振り返る真咲には虚の仮面、そんなゴツいのお前には似合わないぜ。夏祭りの思い出に買ったお面なら、大事にしまってあるだろ?

 

「真咲、帰ろうぜ」

 

「一心さん、危ないですよ。今の彼女は……虚です」

 

『イッシン……サン』

 

ああ、クソッたれ。分かってる、俺の力じゃ虚の力を抑えきれなかったんだな、俺が力不足だったから。

もしかしたら一護も襲われていたかもしれない、虚は何より身内を襲うから。それが嫌で記憶にあったここに必死で逃げて来たんだろ?

 

 

 

──楽にして、やらないとな。

 

 

 

 

 

 

 

「浦原、一時的に俺を死神に戻せるか」

 

「可能ですが……止めておいた方がいいですよ?」

 

「介錯してやれるのは俺以外に居ないだろ、頼む」

 

「いえ、あれを」

 

再び真咲を指差す浦原、俺も再び真咲を見るがどうやら様子がおかしかった。

 

「一心……さん!!」

 

『ちょっと待って真咲!台無し、台無しになるから!!』

 

「ホワちゃんはちょっと黙ってて!」

 

『イタタタタ!!剥がれる!剥がれる!!』

 

 

……なんか、様子がおかしかった。

 

 

 

 

「一心さーん!!」

『ギョァアアアアアアアアアアア!!?』

 

 

 

 

 

「……何だァ!?」

 

 

 

 

 

 

「で?これはどういう事だ?」

 

とりあえず飛びついて来た真咲を受け止めつつ浦原を蹴り飛ばすと、此度の件について問いただす事にした。

 

「イタタタ……何も蹴る事はないじゃないですか」

 

「流石に自業自得じゃ、いい加減に反省せい」

 

器用にも帽子を押さえたまま転がっていった浦原に呆れつつ夜一さんが下りて来る、この分だと最初から知っていたな?

 

「いやぁ、最初は駄目だと思ったんですよ?前例もありましたし。でもこれは流石にイレギュラーでして」

 

「イレギュラーだと?お前が何かしたんじゃないのか」

 

『俺から説明してやろうか?』

 

下から届いた声に視線を向ければいつの間にか子供が立っていた。白い装束に頭から一本の角が生えた女のガキ、その姿は真咲の面影を残していた。

 

「ホワちゃん!」

 

『ホワちゃんって呼ぶんじゃねぇ!!俺はホワイトだ!!!』

 

真咲に馴れ馴れしく撫でられ憤慨するガキ……ホワイトと言ったか、とりあえず事情を知っているであろうコイツに聞いた方が早そうだ。

 

「オイ、ガキ。一体何があった」

 

『ガキでもねぇ!!……とりあえず結論から言えば滅却師の力を失った真咲を俺が助けた』

 

「滅却師の力を失う?それに助けたってお前……」

 

『俺は虚だ、久しぶりだなぁ元死神?お前の死神の力をちょっと頂戴してやったぜ』

 

角の生えた……虚!?

 

「お前あの時の虚か!俺と真咲を襲った!!?」

 

『正解!いやぁ、結構前の事だし忘れられたかなと思ったが杞憂だったな!!』

 

「何故真咲を助けた」

 

『―――何だよ、助けない方が良かったか』

 

「そうじゃねぇ、真咲が死んだ方が自由になれたし、そっちの方が都合が良かった筈だ」

 

そう言うと何と虚のガキの目が悲哀に潤んでいくのが分かった。

 

 

『都合ってさ…誰の都合だよ。かってに生み出されて、虚園(ウェコムンド)から放り出されて、挙句の果てには封印なんてされてさ。虚園には帰れない、現世で逃げても死神の都合で殺される。俺の自由なんて無い、俺の都合なんて考慮されない!俺には帰る場所すらないんだ!!!

 

 

虚のガキ……ホワイトは大粒の涙を拭う事もせず泣きながら吼えた、そんなホワイトを憐れに思ったのか真咲がホワイトを抱きしめる。

 

『だけど……真咲の中だけが俺にとっての自由だったんだ、怯えないで居られる楽園だった。でもあの虚が真咲と一護を殺そうとするから、こうするしかなくて……』

 

「もういい、俺が悪かった」

 

俺は地面に跪いて深く頭を下げた、俺が本当にすべきだったのは問い詰める事では無く感謝の意を示す事だったのだ。

 

『……謝罪も、いらない。俺は許されない事をしたんだ』

 

「どういう事だ?」

 

「それは私からお伝えしましょう。一心サン、申し訳ございませんが真咲さんをお家に返す事は推奨しません」

 

「はぁ!?何でだよ!」

 

「真咲サンは今回の件で破面と呼ばれる存在になりました。しかし半端な魂魄では魂魄自殺を引き起こしてしまう、真咲サンの様に滅却師の力が残っていたとしてもそれ以外は平凡な魂魄が耐えられる筈がない。そして破面化した魂魄を安定させる方法は藍染サンを含めても相当の時間がかかったんです。しかしホワイトは他の助けを借りずに一発で成功させました」

 

死神と虚の境界を超越した存在である破面、しかしただ超越しただけではコントロールが出来ずに本能のまま暴れる存在になってしまう。

 

「アタシもね?ホワイトが協力的だから暴走しなかったのかと思ったんですよ。だから疑問をぶつけてみれば出るわ出るわ私も知らない知識の数々。これはね藍染には渡せません、そして誰にも気付かれるわけにもいかない。気付いてしまえば誰もがホワイトの知識を欲するでしょう」

 

 

 

 

「―――つまり、ホワイトを狙う敵はそのまま真咲サンを狙う敵となるんですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局俺は真咲を家に連れて帰る事は出来なかった、そして一護や柚子花梨に滅茶苦茶泣かれた。

一護は滅茶苦茶に塞ぎ込んだ、本当は違うと分かっていても自分が母を殺したも同然と思い込み真咲が消えた河原で面影を彷徨うようにふら付く様になった。

学校が終わっても中々帰ってこない、だが転んだガキを起こす様な野暮な真似はしない。

一護に真咲を助ける力が無かったのは事実だ、俺の甘い見通しが真咲を殺めかけたのもまた事実だ。

 

 

 

―――『一護はこの先、様々な艱難辛苦に襲われるだろう』

 

 

 

地べたに体を預けても自分で立ち上がる力が男には必要だ、男の真ん中に軸があればそれを杖にして何度でも立ち上がる。

強くなろうぜ一護、俺がお前の行く道を見届けてやる。

 

 

 




この作品が評価され始めると少しずつ評価バーが紅く染まる。
評価バーが赤く染まって初めて、この作品の評価は最大になる。(龍紋鬼灯丸)


多分尸魂界編に入ったら文字数増えます…それまでお待ちください。


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メゾン・ド・チャンイチ 引っ越し編
もしもし霊王?なんか俺の知ってる未来と違う。


 

 

 

「"死神"ではない、"朽木ルキア"だ」

 

 

「そうか…俺は黒崎一護だ。お互い最後のアイサツにならない事を…祈ろうぜ」

 

 

 

君は世界を救う英雄になる、その道筋を君が歩むたびに私の罪は大きくなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さあ遂に始まっちまったよ、死神vs滅却師の空座町の住人を巻き込んだ強制参加の大運動会が。

祖父を死神に殺され、お母さんは体を壊して死んじゃった、親父は不本意ながら精神的トラウマを息子に与えて半ばネグレクト、祖母もまあ孫にいい影響を与えたとは思えない。

中々重たい境遇を経て石田雨竜がたどり着いたのは『死神に復讐する事』。はいもうね、色々とね、言いたい事があるんですよ。

 

『まったく、馬鹿な事をしたもんだ』

 

「ええ、まさか白日堂々の町のド真ん中で虚寄せの撒き餌を撒くなんて」

 

『そうじゃねえ、それもあるが今回の問題はアイツだけじゃねえ』

 

「というと?」

 

『今回、石田雨竜は馬鹿げた事を仕出かしたがそこに至るまでの因果に巻き込まれただけだ。過去の負の遺産の方が相当に性質が悪い』

 

「原因と言えば、二百年前の滅却師の滅亡ですか」

 

『それも違う。直接的な原因はこの世界に真実を告げずに嘘をばら撒いた奴がいる、ソイツだ』

 

人間、死神、虚、滅却師、完現術者。此の世に様々な役割を与えられた者達、しかし真実を知る者は少ない。

 

『食物連鎖が示す通り、肉体は分解者である微生物によって自然に帰る。魂魄を虚が喰い、虚を虚が喰う、それを分解者として死神が魂魄を霊子に還元して世界の循環に戻す。死神は世界のバランサーであり、尸魂界と現世の魂魄を調整する役割がある。しかし現世の人口は約60億人、虚園には整と虚が大量に喰い合った大量の大虚、地獄に囚われた咎人共。これらを尸魂界東梢局の死神たった数百人で帳尻を合わせられるのか?最下級大虚(ギリアン)一体だけで王属特務案件なのに?時には流魂街の人間を皆殺しにしないと帳尻を合わせられないのに?』

 

滅却師も元は霊王の権能の一つ、元より霊王は虚を滅却して世界の循環に戻していたが死神の隊長格が死して霊子となって散らばっても存在を維持している事を考えるに地獄へ送る前に危険因子を消去する権能であったと言われている。

 

『まあそれでも自転車操業で遣り繰りしてなんとか世界を運営しているのに現世で滅却師の能力を悪用する人間が現れた、それが現代まで続く滅却師の一族だ』

 

 

 

 

―――というかユーハバッハである。結局の処、大体はアイツのせいである。

 

 

とは言え絶対悪とは言い切れない。滅却師は滅却師たる理由で産まれ、彼等の宗教に従っただけである。

死後を気にするこの世界ならではであろう。虚に喰われずに転生する為、死にたくない人間に戦う術を与えられた人間とそれを利用する人間の思惑が一致した結果である。

 

 

―――勿論ユーハバッハの思惑である。彼にとって滅却師は何処までも使い勝手の良い駒であった。

 

 

 

 

『滅却師が悪いんじゃない、霊力を用いる攻撃手段は他にも存在するのにそれを悪用している人間が悪い。そして尸魂界も独善的な体制を貫き、かと言って他を省みることもない。その結果が現代に至るまでの歪な仕組みと千年前の戦争であり、二百年前の処刑であり、アイツの祖父が死んだ原因だ』

 

「へぇ、そんな事まで把握してるんっスね」

 

『色々と視て来たからな、そういう訳で石田雨竜はそんな奴らの負の慣習の犠牲者だ。まあ一護の成長の為の糧になって貰う……それにそろそろ来るぜ、デケェのがよ』

 

そう言って指し示す空の黒いヒビが集まり―――大規模の黒腔(ガルガンタ)が形成されていく。

 

『浦原、これからメノスが一体来るが一護達が始末する。周りのザコ虚を始末しておいてくれ』

 

「まあ……ホワイトサンが言うならそうしますが……何かそれどころじゃないっぽいですよ?」

 

『お?』

 

黒膣が開き巨大な手が突き抜ける、―――あれ?メノスにお手々はないよね?―――そしてその巨大な腕が空を引き裂く様に黒腔を拡げ、その全容を表す。

 

 

 

―――アレ、グランドフィッシャー(破面)じゃね!!??

 

 

 

『ナンデ!?グランドフィッシャーナンデ!!?』

 

「あれってホワちゃんが倒した奴じゃないっすか?」

 

『どさくさに紛れてホワちゃん言うんじゃねぇ!!いや確かに倒したぞ俺!!』

 

「思ったんですけど真咲サンとホワちゃんって今も破面として鍛えますけど威力に乏しいですよね、本当に当時そこそこ魂魄喰ってたグランドフィッシャーを倒せたんですか?」

 

そう言えばアイツ、疑似餌に入って逃げたな。戌神はあくまで霊絡を追跡するだけだから疑似餌だけを放り出したらそっちに食い付くかもしれない。

 

『あー……ウン、ダメだったかも……』

 

「ホワちゃんダメダメっすね!!」

 

『うるせぇ!!ああくそ、滅却師ー!!あいつ滅却してくれーー!!一欠片も残すんじゃねえぞ!!!』

 

「……成程。だから滅却師って増えたんすね」

 

『俺ちょっと滅却師の気持ち分かった!!』

 

 

 

死神代行と破面の早過ぎる邂逅、そして因縁の争いが始まる。

 




すんません、あれ嘘言いました。言うたほど文字数伸びません、言うたほど迅く投稿出来ません。

評価&お気に入り、そして誤字報告に感謝します!!
次回は一護視点の予定です。



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本物の迷子のくせに強がりやがってよ 今宵、月が見えずとも

母ちゃんが死んだ、俺のせいで。

 

遊子も夏梨もすっげえ泣いた、親父は何も言わずに俺の背を軽く叩いた、結局は誰も俺を責めなかった。

 

母ちゃんが火葬されて白い骨になるのを見た、子供の俺でも抱えられるくらいの骨壺に納められて母ちゃんはとても小さくなった。

 

俺は幽霊が見えるから、母ちゃんがまた一目会いに来るもんだと信じていた。

 

 

 

 

母ちゃん、俺の事嫌いになったかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学校を早退して虚を昇華する、虚はデカいし暴れるが後ろから一気に頭を刀で斬れば大抵カタが付く。

 

「随分と虚退治に慣れてきたな一護」

 

「そりゃあこんだけ戦えば慣れるだろ、痛いのは御免だしな」

 

俺の身の丈程もあるデカイ刀を納めて被害を確認する、傍から見れば不審者の筈の俺の傍を通りすがりの人間は一瞥もせずに通り過ぎて行った。

 

「今日のお前の活躍で今通り過ぎた住人が襲われる事もなく、周りの被害は無くなった。お前の見事な功績だよ」

 

「他の町でもこうやって現世の人間を守っているのか?」

 

その言葉にルキアは苦虫を嚙み潰したような顔で気まずさを湛えながらも俺に教えてくれた。

 

「―――私の任務は尸魂界で重霊地と呼ばれているこの空座町で問題がないかを確認する事、そして虚を見つけ次第昇華する事。通常であれば虚が出現次第尸魂界へ連絡が入り現場へ急行する事になる」

 

「何で他の町にも最初から死神を派遣しないんだ?虚が出現してから向かったんじゃ間に合わないだろ」

 

「理由は幾つかある、そもそも死神の素養を持つ者が少ない事と虚の出現数の違いだ。お前は他を知らないだろうがこれだけの頻度かつ強力な虚が出現するのは異常な事なのだ、他の地で我々が備えようとも虚が現れるのは本来はごく稀だから効率が悪い」

 

「へー、そんなもんか」

 

そう呟いて初めの質問の答えをはぐらかされた事に気付く、ルキアとしても答え辛かったようだ。

 

「通常の魂魄であれば虚に転じるまで数ヶ月から数年かかる、ある程度の頻度で現世に赴き周囲に浮かぶ魂魄と一緒に回収するのが最も効率的との結論だ」

 

「放置されているって訳じゃないんだな」

 

「そうだ、この前の廃病院の様に残留思念の強い魂魄は虚へと転じやすい。そういう優先順位の高い魂魄はすぐさま魂送して、そうでない魂魄は緩やかではあるが確実に尸魂界へ送られる」

 

「そうやって原因を取り除いているって事が消極的ながらも守る事に繋がるのか」

 

「例外と言えば尸魂界の探索から逃れたり隠れていたり紛れてしまっていた時くらいだ。しかし虚となればすぐに尸魂界は気付く、こうして現世の安寧を保たれている」

 

実感は湧かないが俺は今その一端を担っているらしい。家族を傷つけたから、井上を悲しませたから、無辜の少年を虐めていたから俺は虚を斬った。

 

死神代行、俺がやりたい事かと聞かれればNOだ。俺は別にスーパーヒーローになりたいわけじゃない、バケモノと態々戦うなんて御免だ、しかし知ってしまえば動いてしまうのが一護という少年だった。

 

あの時からルキアの口車に乗って虚が出れば戦うようにしているが実際はルキアの仕事なのだ、しかし身の回りの人間にいとも簡単に不幸が訪れる事もまた知ってしまった。

 

「なあルキア、何でお前死神やってるんだ。怖くないのか?」

 

「戯け!虚が怖くて死神が出来るか!!」

 

「でも初めて会った時ボロボロだったじゃねぇか、ああいう事も普通なんだろ。死神じゃない道もあったんじゃないのか?」

 

それは一護の純粋な疑問、それに対してルキアは一護を嘲る様な、怒ったような、しかし愛おしい者を見る様にして語った。

 

「そうだ、極論で言えば死神にならない道もあった。しかし今では違う、私に『生きる事も死ぬことも同じ』と教えてくれた人が居た」

 

「なんだそりゃ、禅問答か?」

 

「私も初めは分からなかった、後に機会が巡り真意を訪ねてみた。『何も成さずに生きるのは死と同じ、一方で何かを成して死ねば永遠に生きる』だそうだ」

 

「分かんねぇな、死ねば終わりだろ?」

 

「いずれ嫌でも分かる時が来る。その人は私に『誇り』を遺してくれた、あの人の教えは未だ私の中にあり生き続けて居る。私が死神であるのはその誇りを引き継ぎ次の者へ渡す為だ」

 

そう言ってルキアは俺の胸元に拳を柔らかく当てた、痛みもない軽い拳が何故か人生の中で何よりも重く感じた。

 

 

 

「一護、お前はいつか日常へ帰るだろう。だが覚えておいてくれ、簡単に消えてしまう命の儚さを、それを護り育む事の尊さを」

 

 

 

 

 

 

 

石田雨竜という男が見慣れた服装で話しかけ、決闘を申し込まれたのがほんの少し前の話。

元々地毛の色や面倒な噂で絡まれる事も多かった黒崎一護は安易にそれを受けようとした、一対一の喧嘩であれば掛かる迷惑などたかが知れているからだ。

しかし石田はとんでもない事を言いだした、虚用の餌で街に虚を呼びその討伐数で決着を付けようと言うのだ。

 

俺は虚の撒き餌なんて物をばら撒きやがった石田の胸倉を掴んで捩じり上げ壁に叩きつける、とんでもない事を仕出かしやがった!!

空座町はルキア曰く重霊地と呼ばれていて虚の出現数が多い場所だ、そんな所で真昼間から撒き餌をばら撒くコイツは馬鹿なのか!?

 

「何だい黒崎一護、僕は今忙しいんだ」

 

「今すぐ虚を追い返せ!早くしろ!!」

 

「無理に決まってるだろ、虚が言う事聞くはずもないし」

 

「テメェ…!!」

 

「言っておくけど虚が何処から現れるかは不規則だ、僕に掴み掛っている暇が在ったらさっさと虚を倒しに行った方が賢明だよ」

 

説得の余地もない石田を投げ出すと俺はともかく走り出した、俺には虚が何処にいるかは検討が付かないから手当たり次第に斬りまくるしかない。

走り去っていく一護を傍目に石田は毒を吐いた、己の中を満たすやり場のなかった暗い胸中をぶつけるかのように。

 

「君はここで見ているつもりか、僕の邪魔をするなら先に始末するよ」

 

魂魄が抜けた筈の黒崎一護の体は自ら動いた、恐らく何某かの代替になる魂魄を肉体に入れてあるのだろう。

かつて尸魂界で考案された尖兵計画(スピアヘッド)、魂魄が抜けて現世に残された死体に対虚用の戦闘用改造魂魄(モッド・ソウル)を注入して虚と戦わせる。時にはそのまま社会に戻して元の人物と成り代わり、いざという時には虚の滅却や足止めを行う、まさに尖兵としての計画。

当然道徳的な問題、或いは技術の流出を防ぐ為、或いはそれを製造管理出来るものが居ない為か計画は中止され廃棄物として処理された過去を持つコンは逆に石田雨竜を睨みつけるもすぐさま彼に背を向けた。

 

「誰だか知らないが最低だよお前、命はそう簡単に奪っていいモノじゃねぇだろ」

 

「何とでも言えばいい、どうせ僕が虚を全て滅却すればいいだけの話だ」

 

「そうかよ……でもな、もしも姉さんに傷の一つでも付いていたら――――お前の頭蹴り飛ばすからな」

 

そう言い残すコンは現実ではありえない速度で走り出しその場を離れていった、下部強化型(アンダーポッド)として脚力を強化されたコンの速度は100m走を3秒8、時速で言えば約94km/hという脅威的な速度のまま道を遮る虚を蹴り飛ばしてそのまま走り続ける。

空に黒色のヒビが入り様々な方角から虚が這い出て来るのを元よりコンに備えられた感覚が察知していた、コンは最も信じられる己の嗅覚を頼りに姉さんと慕うルキアの元に急行する。

空座町の住人でこの惨状に気付ける者は一握りであろう、しかし虚はその一握りの素質ある魂魄を狙って動き出す。

空座町は直に地獄と化すだろう、そして数多湧き出る虚の反応の影に隠れて暗躍する一体の虚。

黒崎一護の物語が群像劇へと変わるその瞬間を、白色の虚であるホワイトは上空から眺めていた。

 

 




二次創作の作品で〝筆が止まって見える〟などと言う事があるだろう?
時間感覚の延長だ。仕事が極限まで詰め込まれると稀にああした現象が起こる。
これはその状態を強制的に引き起こす薬だヨ。
つまり、誰でも簡単に〝社畜の感覚〟を手に入れられる薬という訳だ(瀕死)


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僕達はShoegazer

 

 

精神を病んだ祖母、身を崩して死んだ母、それを解剖した父。僕の居場所は家にはなく、同じく家に居場所を無くした祖父だけが僕の寄り場であり、祖父から授けられた滅却師という在り方は彼に存在意義を与えるに至った。

 

―――滅却師の力を不用意にひけらかしてはならない、滅却師の力は護身の為に留める、滅却師の力を用いる時は大切なモノを護る為。

 

師匠の教えは子供には物足りなかったが実際に戦うつもりは毛頭なかった為に異論は特に挟まなかった。

 

師匠は高潔な人だった、そして色々な知識や昔話を教えてくれた。どんな偉人の物語よりも興味深く、目に見えない世界の構造を教えてくれた。滅却師が世界の均衡を崩す、師匠はそ

れを教えてくれた。

 

しかし祖父は常々死神や尸魂界に対して訴え続けた、『死神の対処が間に合わないならば、現世の滅却師が先行して対処する。共に協力して現世の安寧を守るべきだと』。

 

それが出来ていたなら二百年前の悲劇など起こらなかった、死神が現世の事を真に考えているならこの様な世界には成らなかった。

 

 

 

―――師匠が死神に見捨てられて虚に殺されるなんて、それを目の当たりにしてしまうなんて考えもしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「十三…十四…十五…」

 

 

一撃で虚を滅却しきれず、未熟故か疲れからか霊子の矢の奔流を御しきれずに指から血を滲ませながらも矢を放つことを止める事はない。

黒崎か先程の人造魂魄が、僕が虚を滅却するよりも先に虚の下に辿り着いている事を見せつけるかのように時折空高く虚が打ち上げられるのを後目に矢を形成しては飛ばしていく。

精々十体出てくれば多い方と考えていたが計算違いをしていた、愚かな自分の空想以上に虚は未だに湧き出し続けて空座町の各地で猛威を振るう様を滅却師の感覚で捉えていた。

 

 

「二十一…二十二…二十三―――!!!」

 

 

黒腔から湧き出る虚のスピードが上がった……!!自分や黒崎の一味以外にも虚を倒せる存在がいるようだがそれでも虚を滅却する速度を出現する虚の数が凌駕しようとしている。

しかも滅却師の撒き餌は砕いて使用するもので虚が好む霊子の反応を周囲に放出するものだ。放出と言うのだから外縁は反応が薄く、一方で中心は最も霊子の反応が強くなる。

虚の数が多くなればなる程僕を狙う敵が増えていくというのであれば好都合だ、僕の祖父を見殺しにしたのは死神だが手にかけたのは虚なのだから。

 

「……とはいえ、大分辛くなってきたか」

 

正直指の感覚がなくなってきている、霊子の矢の形成が乱れている、呼吸も既に荒くなっている、しかしそれだけだ。

 

虚の滅却を確認してはまた近くの虚を滅却すべく場所の移動を開始する。曲がり角を曲がってすぐに同じ学校の制服を着た女生徒と黒崎擬きが蹴り飛ばした虚の姿、弓を番えて即座に矢を放つと仮面を砕かれた虚はボロボロとその姿を崩して消え去った。

 

「―――よくよく考えてみれば、君と話をするのは初めてだね。死神の転校生」

 

「浦原が言っていた滅却師の生き残りとはお前の事か」

 

「その通りだ、それにしてもその傷……ああ、そうか。死神の力は黒崎一護に渡したんだったね、随分と無様な姿だ」

 

「貴様の引き込んだ虚のせいという自覚はあるか?私だけではない、今や空座町のあらゆる場所でこの様な事が起きているのだ」

 

知っているさ、僕のエゴで始めた事なんだから。

 

「オイ、クソ眼鏡。姉さん傷つけたらどうなるか覚えてるか?」

 

「後にしなよ、まだまだ戦いは終わってないんだ。それよりも、そこに居ると危ないよ」

 

「は?って、ウォオオオオオオオオオオオ!?」

 

いつの間にか黒崎擬きの後ろに回り込んでいた虚、そしてそれを一刀両断にした黒崎一護。即死したであろう虚の死骸が黒崎擬きを押しつぶさんと倒れ込みそれをなんとか回避したが黒崎擬きは怒り心頭といった勢いで黒崎に突っかかっていた。

 

「テメェ一護!危ないだろうが!!」

 

「知らねーよ!油断したお前が悪いだろうが、感謝ぐらいしろや!!」

 

「やめろ馬鹿共!まだ戦いは終わっていないぞ!!」

 

朽木ルキアの一喝で一旦騒ぎを止める黒崎達、倒した虚の死骸を蹴り飛ばしながら黒崎は長大な斬魄刀を此方に向けて大声で叫び始めた。

 

「……ああ、そうだな。やっと見つけたぜ石田ァ!あっちこっちでやらかしやがってよぉ!!」

 

「黒崎、態々僕を探してここまで来たのか?虚はまだ町中にいるぞ」

 

「そんな事知ってるわ!第一探していたのはお前じゃねぇ!虚の場所が分かるルキアを探しに来たんだよ!!」

 

「オイ、一護!!上を見ろ!!黒いヒビが一か所に集まってる!!」

 

「アレは…何だ、虚が一点を目指して集まっている…!?」

 

「黒崎、遊んでいる暇があるなら君はここで見物していろ。そして勝負は僕の勝ちだ!!」

 

死神の女、朽木ルキアからしても異常な事態の様だが一か所に集まると言うなら好都合だ。

 

「こっちを見ろ虚共!!最後の滅却師、石田雨竜が相手をする!!」

 

 

 

 

 

「最後の滅却師…?アイツは一体何を」

 

「一護、滅却師は滅亡したのだ。二百年前、我々死神の手によってーーー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「石田ァ!!!テメエの戦う理由って奴を聞かせて貰ったぜ。傲慢とか復讐とかよく分かんねぇけどよお!!」

 

「それは違うよ黒崎一護、二百年前の事件なんてただの昔話だ、滅却師は滅んで当然だったのさ。君は名前も顔を知らない人の為に復讐が出来るのか?」

 

そう言われてしまえば俺は何も言えなかった、俺は家族を両親と妹達位しか知らない。復讐なんて重苦しい事なんざ考えた事もない

 

「滅却師が滅んでも僕には関係ないのさ、むしろ死神の方が正しいと思っていた。僕も祖父が死神によって見捨てられるまではそう思っていたさ!!!馬鹿馬鹿しい、死神の傲慢さを君は知らないだろう。分かるか黒崎、死神が祖父の言い分を聞き入れていれば祖父は死ぬことは無かった!僕は死神の前で滅却師の存在を認めさせる、その存在の必然性を認めさせなければならないんだ!!」

 

徐々に集まってくる虚共を切り捨てながら石田の叫びを受け続ける。ルキアも話していた限りある命、それが簡単に消えてしまう命の儚さ。

 

コイツは辛かったんだ、苦しんで悩んで結局こんな事までしてしまう程に追い詰められていた。だけどたった一つだけ、分かる事があった。

 

「お前馬鹿じゃねえのか!?」

 

「は、ハァ!?話を聞いていなかったのか!僕は師匠の意思を継いでその存在を―――!!」

 

「そこが違う!!死神が傲慢だっていうのは分かった!!だけどお前の師匠が本当にしたかった事は!!」

 

 

 

「――――お前を護る事だろうが!!!!!」

 

 

 

「……そんな…師匠は一言もそんな事…」

 

「お前の師匠は監視だってされてたんだろ?死神が滅却師を殺すんだろ!?実際お前の師匠は死んだ、お前の師匠はいつか殺されると分かっていた!だから死んだ後もお前の事を護りたくて死神達に滅却師の不干渉を訴えていたんだろ!!?」

 

「じゃあ何だ、師匠は僕の為に死神に盾突いて死んだって言うのか!そんな事!!」

 

「勿論それだけじゃなく、現世の虚による被害に頭を悩ませていたのも本当だろうよ。だから共闘の道を訴えていた、違うかよ」

 

石田の爺さんは言葉が足りない人だったのだろう、人に尊敬される程立派だったのにその思いが石田には伝わっていなかった。

 

「俺は死神だがそんな事はどうでもいい、どうせ元は唯の一般人だしな。俺はただ虚を倒したいだけだ」

 

「何故だ、何故お前は戦う」

 

「俺の母親は俺のせいで死んだ、すっげぇ辛かったよ。だから俺は俺の同類を作りたくない、誰であれ悲しい顔を見るのは、俺は辛い」

 

奇しくも石田雨竜の祖父と同じ言葉、家族を失う苦しみを知る黒崎一護に諭された石田雨竜は死神への復讐心が揺らぐのを感じた。

 

「俺は家族だけ無事ならいいとか、そんな事を考えられる人間じゃねぇんだ。最初は不満だらけだったけどよ、俺は山ほどの人を守りてぇ」

 

荒削りだが高潔なる意思、そんな彼の背に祖父の姿を幻視した石田は死神の全てを憎むことが出来なくなっていた。

 

今となって、今更ながら彼にも分かっていた。これは師匠の意思を継ぐことではない、自己満足でしかない戦いであった事を。

 

 

「―――僕が、間違っていた、のか」

 

「分かったならボケっとしてないでさっさと虚を片付けるぞ!!」

 

滅却師と死神の背中合わせの共闘、祖父の願いが叶っていればこういう景色も十分あり得たのだろう。

 

むしろ祖父の意思を継ぐのであれば例え自分だけでもその思いに殉ずるべきだ。黒崎一護と石田雨竜の共闘は型に嵌ったように周囲の虚を続々と倒していったが遂にその時が訪れる。

 

「待て黒崎、虚達の様子が変だ」

 

「何だ、コレ。虚がまるで祈りを捧げているかのような……」

 

知性在るものが祈る時、それは絶対的存在に対してのみ行われる。空の黒腔が寄り集まって扉を開き、現世に荒魂(あらみたま)が顕現する。

 

何処かであり得たであろう突然の邂逅、少年にとっては己も知らぬ母親の仇。

 

 

 

 

―――その名を、グランドフィッシャー

 

 

 

 




それでは登場して頂きましょう!
新世代のカリスマ第二号被保険者!!地獄の現場からのメッセンジャー!!
ミスター・ドン・残業時です!!

『ワーク・アー・フォーエバー・ウィズ・ユー!!』
(仕事はいつも貴方と共に)

『ボハハハハー!!』

僕「ボハハハハー!!」

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所業を背負えば現世に還る

 

 

「なんでグランドフィッシャーがいるんだよ!姉さんが倒したんじゃねえのかよ!!何で破面化してるんだよおおおお!!!」

 

ここはメゾンドチャンイチ、青空を貫かんとばかりに伸びたビルの群れが無数に存在する黒崎一護の心象世界。

 

そこには二人の人影以外に存在は無く、一方は横倒しのビルの壁面に佇みもう一方は鎖に巻き取られて男の足元に転がされていた。

 

「オッサン!こうなったら『斬月』を抜くぜ!流石に今の一護じゃあ破面に勝てねぇ!!」

 

「駄目だ、一護が己の意思で斬魄刀の名を知らねば意味がない。無理矢理に渡したところで使いこなせないだろう」

 

「だったら俺が戦う、それで問題ないだろ!!」

 

「それでは一護の成長の機会を失ってしまう。虚よ少しは一護を信じろ、もう一体のお前が言っていたように一護はここで負ける様な男ではない」

 

「その姉さんが信用ならんから言ってるんだろうが!!!」

 

かつての己の半身であった真咲のホワイト、一護が形作られる際に黒崎一心と黒崎真咲の因子に己の虚の因子を混ぜた結果生まれたのが一護の中に潜む虚、一護のホワイトである。

 

ホワイトが持つ能力である『寄生』の力を用いて真咲のホワイトが一護に混ぜ込んだ因子とはオリジナルのホワイトの霊子の構成情報を分割したものである。

 

具体例で言えば将来現れるであろう十刃(エスパーダ)No.1(プリメーラ)であるコヨーテ・スタークとリリネット・ジンジャーバックと似ている。

 

というよりほぼそのものである。ホワイトが内包する無数の死神の魂魄やその霊力を分割して一護のホワイトを生み出した結果、真咲のホワイトの虚としての能力は最低限になってしまった。

 

故に真咲が破面化した際に起こり得た魂魄自殺の影響を最小限に抑える事に成功したが、その結果は戦力の乏しい破面の死神となってしまいグランドフィッシャーを倒しきる事が出来なくなってしまった。

 

その些細なバタフライエフェクトが墓地での一護とグランドフィッシャーの遭遇が起こらず、現在で破面化したグランドフィッシャーと当たってしまう事となった。

 

一方でオリジナルのホワイトの力はほぼ全て一護が受け継いでいる、しかしその力の使い方はホワイトとオッサンの間で意見が分かれていた。

 

 

 

―――しかし彼等の願いは一つ、黒崎一護の幸福である。

 

 

 

「俺は姉さんの複製みたいなもんだが、姉さんの知識は俺にはねぇ。姉さんはどうやらホワイトの頭と左腕を持って行ったみたいでな」

 

「お前に考えが足りないのはそのせいか」

 

「喧嘩売ってんのかテメェ!?」

 

「一護は死なん、真咲のホワイトも一護を殺すつもりはあるまい。ならばその思惑に乗るまでだ」

 

「その思惑っていうのが気に食わねぇ、まるで自分を神だと言わんばかりに全て知ってますなんて顔してる奴は特にな!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんじゃ、餌が集まりおるから気紛れによれば死神がおるではないか」

 

気怠く言葉を吐く様ですら今の一護達にとって脅威的な霊圧が放たれていた、グランドフィッシャーはおもむろに手を伸ばして強大な存在に祈りを捧げる虚を数体程鷲掴みにするとそれらを頬張り己の糧とした。

 

「儂は死神が嫌いじゃ、憎らしい、汚らわしい。傷など形も残らんだが死神がいるだけで虫唾が走るわ」

 

「そうかよ、お前の事なんざ知らねぇがここで暴れるって言うなら俺が相手になるぜ」

 

「お前が儂の相手だと…?抜かしよる!!矮小な存在の癖に死神はいつも思い上がる!!」

 

グランドフィッシャーは一頻り笑うと背に負ったビルほどの大きさを誇る斬魄刀を抜き放つ、互いに刃を持てば最早戦いが収まるという事は無くなった。

 

「死神、最後に聞いておくがお前も死神ならコイツを知らんか」

 

グランドフィッシャーは適当に虚を掴むと己の能力である脳写(トランスクライブ)の力で虚の造形をこねくり回して一つの面影を投影した。

 

身体は一枚布で隠されているが、しかしてその顔は黒崎一護にとって色褪せぬ己の最大の業。

 

「…母さん?」

 

「――――バハハハハハハ!!母か!貴様はコレを母と呼ぶのか!!!」

 

「テメェ!!何で母さんの事を知ってやがる!!」

 

「憎らしや…憎らしや…、儂に傷を負わせた女よ。死神、奴は今何処におる」

 

「……死んだよ、俺を庇って――――」

 

黒崎一護は一瞬の内に閉じていた己の記憶を垣間見る、己を庇って死んだ母、背中の大きな傷から血を流して倒れ伏していた母。

 

「お前か…?」

 

「オン?」

 

「お前が俺の母親を殺したのかって言ってんだ!!!」

 

それを聞いたグランドフィッシャー、二つに分かれた虚の仮面から覗かせる目元を歓喜に歪ませて嘲笑った。

 

「死んだか!あの女が死んだのか!!深く斬りつけてやったものなぁ、愉快愉快!!―――いや、それはそれで詰まらぬな。まあいい、儂はかつてあの女に言ってやったのよ。貴様は必ず殺す!身内も殺す!子孫も末まで呪い殺す!!とな」

 

いつの間にか祈りを捧げていた筈の虚が眼を一護たちに向けていた、虚たちは各々の持てる力で威嚇しこちらを害そうと見せつけている。

 

「あの女を殺せんのは業腹じゃが仕方ない、しかしお前と親族は皆殺しだ、お前は母のせいで苦しみながら死んでいくのよ」

 

「黒崎!今の僕達じゃアイツには勝てない!!一度体勢を立て直そう」

 

「コン、ルキアを連れて逃げろ。ルキア、こんな事を頼んで悪いが―――俺の家族を頼む」

 

「……まかせろ、お前の家族は私が守ってやる」

 

ルキアは己の力不足に苦渋を味わう面持ちでせめてもの気持ちで答えた、彼が家族を『誇り』に思っているから、それを止める事は誰よりも朽木ルキアには出来なかった。

 

「黒崎!!」

 

「石田、さっきお前言ってたよな。名前も顔を知らない人の為に復讐が出来るのかってな」

 

目の前の破面の図体に比べては頼りない己の斬魄刀をグランドフィッシャーの霊圧を跳ねのける様に振り払い戦闘態勢に入った。

 

「お前の気持ちが少しは分かったぜ。今日コイツを倒せなきゃ、俺は一生後悔する。母さんの仇を討てずに生きるのは俺自身が俺を許さない」

 

「……僕でよければ手を貸そう」

 

「ありがとうよ、だけどコイツは俺がやる。俺がダメになったら、そん時は頼むぜ」

 

「話は終わったか?お前の最期の会話だぞ」

 

「最期じゃねぇよ、テメェを倒して俺は帰るんだよ」

 

「その減らず口が何処まで持つか、試してやろう!!!」

 

グランドフィッシャーの合図で数多の虚が一斉に一護に襲い掛かるが石田が放った霊子の矢が次々と虚を撃ち落とす。

 

討ち漏らした虚を一護が斬魄刀で切り裂いていくがキリがない、このままではグランドフィッシャーに辿り着く前に二人とも力尽きる。

 

貫く、斬る、貫く、斬り払う、津波の様に襲い掛かる虚の数には限りはなくキリがない。

 

「少しは持つようじゃな、褒美にこれをやろう」

 

「テメェの褒美なんていらねぇ――――!!?」

 

 

 

 

『止めて、一護。私を傷つけないで』

 

 

 

 

破面となったグランドフィッシャーからすれば今や児戯の様なモノでも甘さを持つ相手には未だ有効なソレ、黒崎真咲の擬態虚が一護に飛び掛かる。

 

復讐の最中にあっても甘えを曝け出し自ら手を止めた一護の姿に石田は驚愕した、この状況でそれは最大の悪手。

 

「―――――!!?」

 

「他愛もない、しょせん死神もこの程度になり下がったか」

 

「黒崎ーーーー!!!」

 

グランドフィッシャーが振るった斬魄刀は一護の斬魄刀ごと一護を真っ二つに胴を切り裂いた、致命傷どころかあれでは即死だ。

 

もはや目の前の虚の滅却は不可能だ。嵐が去るまで一旦退くしかない、なんとか逃走経路を開く為に虚に狙いを付けた時、眼前の景色が閃光で紅一色に染められる。

 

 

 

 

 

 

『啼け――紅姫』

 

 

 

 

 

 

瞬き程の間に全ての虚を霊圧の奔流で滅び去った一撃は自分も知らないものだ、先程の女死神ではあるまい。

 

「黒崎君!イヤ!黒崎君!!」

 

「一護!!」

 

「君達は…」

 

自分と同じ制服を着た二人が黒崎一護に駆け寄り飛びつきその体が血で塗れる事も気にせずに黒崎一護の名を呼びかけ続ける。

 

「あらら……ホワちゃんに言われて少し待ってたら――これ手遅れじゃないすか?」

 

『井上織姫がいるから平気だろ。織姫ちゃん、一護を治してやって』

 

「は、はい!!舜桜!あやめ!『双天帰盾、私は拒絶する』!!!」

 

死神とも滅却師とも違う力、二つに分かたれた一護の体が修復されていく。信じられない、彼女程の存在を見落としていたなんて。

 

『浦原、一匹たりとも虚を近づけんなよ』

 

「ハイハイ……それで、アイツはどうします?」

 

『適当に痛めつけとけ、言っておくが殺すなよ』

 

「了解でーす♪」

 

それからというもの、謎の乱入者達がバットを振るい、霊子兵装と思わしき武装を打ち放ち、巨漢の腕が唸りをあげれば雑魚の虚達を恐るべき速度で瞬殺していく。

 

「邪魔をするな虫けらガァ!!!」

 

「それは貴方の方ですよ」

 

そして和装の出で立ちの男がステッキから仕込み刀を抜き放つと細身の刀一本で巨大な虚に向かって踏み込んでいく。

 

『派手にやられたなぁ、一護。身体は治ってもおねんねのままか?しょうがないから姉ちゃんが手を貸してやるよ』

 

霊圧を隠蔽する黒色のコートを纏った真咲のホワイトが一護の胸元に掌を当てる。

 

 

『所謂ショック療法だが―――ビビるなよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

激痛を超えて全身に走る衝撃、自分の下半身が離れて見えて血が噴き出すのを見た。

 

ああ、負けちまった。母の仇も討てずに、あっさりと。

 

死んだら幽霊になるのか?いや死神のままで死ねばそれは一般的な観念の死と同じだろう。

 

 

―――何も成さずに生きるのは死と同じ、一方で何かを成して死ねば永遠に生きる。

 

 

俺は何も出来なかったなぁ…母ちゃんも死なせちまったし、遊子も夏梨も泣いちまう。

 

気に喰わない奴と喧嘩して、ちょっとした怪我をしただけで遊子は泣いちまう。夏梨は何ともないような顔で俺を叱るけど、しばらく気分が沈んでいるのを知っていた。親父は…どうだろうな。

 

『一心さんだって、一護を心配しているわ』

 

分かってるよ母ちゃん、あのクソ親父の暑苦しい態度だってお道化て俺を奮わせようってしているのは分かってる。

 

『それじゃあ、立たなきゃ。涙を拭って笑う一護が皆大好きなの。一護はもう誰かに護られる子供じゃないのよ、護りたいモノがある人が大人になるの』

 

母ちゃん、だけど俺じゃあアイツに勝てない。俺じゃあ誰も護ってやれないんだ。

 

『大丈夫、あの子が貴方を強くしてくれる』

 

あの子?

 

『色々な事を知っていて、強がっていて、どこか抜けていて、でも「この世界」が大好きなあの子の事よ』

 

知らないよ…母ちゃん、それは誰なの?

 

『名前を呼んで』

 

分からないよ…名前を教えてよ…。

 

『本当に知りてぇか?』

 

教えてくれよ…本当にそれで強くなれるなら、それでみんなを守れるならば。

 

『出来るさ、お前なら世界だって護れる』

 

俺は大切な皆を護れるなら、それだけでいい。

 

『それは駄目だ、お前には英雄になって貰う。世界を救う力、世界の理を解く者、真なる王としてお前は立つんだ』

 

……それは皆を護れる力か?

 

『その通りだ』

 

だったらなってやるよ、『王』でも『英雄』でもなってやる。

 

『契約成立だな、まずは俺を使いこなせて見せてみろ』

 

 

 

 

――――我が名は、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『一月天に在りて影は衆水に印す。我等、月を穢す者、我等、月を砕く者』

 

 

 

穿月(せんげつ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




「見送っちまったじゃねえか!終電を!」
「社中泊だな」


誤字報告、とても感謝しております。
評価と感想お待ちしております。

(追記)ちゃんと一護は斬月だから安心してね!!


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母ちゃん…仇は取ったよ

 

 

 

 

「―――何だ、その斬魄刀は。そんな『()()()』一本で儂を殺せると思っておるのか」

 

『一護、お前が今手にしているのはかつて母が握っていた斬魄刀だ。それ故に何事も恐れる事は一つも無し』

 

白鞘穿月、母の斬魄刀だと語るソレには鍔も刃金も鞘もない。見た目は白一色の木刀で身幅は厚く反りはあるが切っ先は無く、正しくそれは棒切れであった。

 

「お前を倒すにはこれで十分だってよ、毛むくじゃら」

 

「お前もお前の母も…悪戯に儂を苛つかせて何がしたいのだ!!!」

 

「カルシウムが足りてねぇだけだろ、歳ばっかり取ると骨粗鬆症になるっていうしな」

 

「殺す!!!」

 

「殺せなかった奴が、今更大口叩いてんじゃねえよ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『一護!流石に今のお前じゃ正面からは無理だ!回避に徹しろ!!』

 

グランドフィッシャーの体毛の様な触手が津波の様に押し寄せる、いつもの一護であれば己の強大な霊力に任せて斬魄刀で斬り払う事を選ぶだろうが穿月の言葉に従い距離を開けた。

 

『一護、俺の使い方を教えてやる。俺は斬る刀じゃねぇ、言わば「魔法の杖」だ!お前の霊力を少しばかり喰らって特大の霊力の刃を放つ!!』

 

一護を捉え損なったグランドフィッシャーの触手は止まることなく追い続ける、一護は後ろに飛びながら穿月を脇構えの位置から正面に向けて切り上げ一撃を放つ!!

 

 

『叫べ―――!!』

 

「―――月牙天衝!!!」

 

 

 

虚空に弧線を描いて放たれる月牙天衝、しかし破面の触手によって押し留められて次第に勢いを失っていく。

 

『手を止めるな!一撃で決まる勝負に夢を見るな!!一発でダメなら百発ぶち込みやがれ!!』

 

「―――ぉおおおおおおおおお!!!!」

 

動きを止めた触手とは別方向からもグランドフィッシャーの触手は伸びて来る、一護は足を止めて空から襲い来る触手に向けて穿月を振り回して月牙天衝を連続で放つ。

 

余波で周囲に存在していた虚が消し飛んでいく中、死神として経験の浅い一護の月牙天衝が仮にも破面の攻撃に対応出来ている事に疑問を覚えたのは石田雨竜だった。

 

(何故戦える、黒崎一護は確かに戦力としては強かった。しかし一の強さの虚を百体倒すのと、百の強さの虚を一体倒すのでは話が違ってくる!)

 

雑魚の虚であれば一匹ずつ倒せばいい事、しかし目の前の存在は虚を遥かに超える威力の一撃を連続で繰り出せるのだ。

 

とは言えども黒崎の放つ霊圧の一撃は巨大虚の攻撃と拮抗している、むしろ黒崎の一撃を攻撃と防御を兼任する触手が決して少なくない数で受け止める必要がある以上量はあれども攻撃に割ける数に限りが近づいていた。

 

『チャンスだぜ!アイツの触手が止まった!!』

 

「月牙天衝――戌神――!!!!」

 

地面を踏み砕かんとする猛烈な踏み込みと上段から振り下ろされる白鞘穿月の月牙天衝は先程までと違い、緩やかな曲線を描いていた月牙の弧が極端に鋭くなり鏃の形をとって鋭く放たれた。

 

「小癪な真似を!!!」

 

「月牙天衝――落々雷々――!!」

 

「がぁあああああああ!!!?」

 

惜しくも巨大虚の持つ斬魄刀で鏃の斬月が弾かれたものの、いつの間にか背後に回り込んだ黒崎が放つ別の月牙天衝が上空から幾つもの枝分かれした雷の様にグランドフィッシャーに突き刺さる。

 

この場にいる一部の者以外知らぬ事だが破面は堅い。そも破面そのものが強大な霊力を纏っており、鋼皮(イエロ)と呼ばれる表皮に霊力を練り込んだ防御手段も持つ。そしてグランドフィッシャーの触手は体表から生えておりこれが鎧の様に本体を守っていた。

 

そのグランドフィッシャーから、夥しい程の血が流れた。黒崎一護の放った月牙天衝はグランドフィッシャーに対して確かに通用していた。

 

「何故だ!何故この儂がこの程度の一撃で傷つく!!先の……あの男の仕業か!!」

 

「もう一発!!」

 

「ぶはぁああああああああああ!!!!??」

 

再び放たれた月牙天衝がグランドフィッシャーの左腕を吹き飛ばした。恐ろしい一撃だ、そこそこの実力を持つ程度の者では対抗すら出来ないだろう。

 

―――何故黒崎一護はそんな一撃を何度も放てるのか。

 

同じく霊力を操る死神と滅却師は、しかしてその戦いは真逆だ。滅却師の一撃は外界に散る霊子をかき集めて己の霊力でコーティングして放つもの、一方で死神は体内の霊力を表に放出して戦う。

 

例えば僕があの一撃と同等の霊子を扱うとしても精製に時間がかかり、尚且つ数発放つだけで限度が来るだろう。そんな一撃を黒崎は何度放った、十発は余裕で超えている筈だ。

 

それなのに何故余力を残している、何故霊圧が限りなく高まり続けて居る―――――!!?

 

「よくも儂の腕をおおおおおおおおお!!!」

 

グランドフィッシャーが残った右腕で巨大な斬魄刀を黒崎に向けて振り下ろす、空に飛んでいた黒崎は避けきれずに斬魄刀で防御するも勢いは消せずに地面に叩きつけられるが先程と違いピンピンしていた。

 

「痛ってえええええ!!!」

 

『油断すんなバカ一護!来るぞ!!!』

 

「死ねぇ!!死神風情がぁあああああああああああああ!!!!!」

 

虚の仮面から凝縮された霊子の光線――虚閃(セロ)――が放たれ、すぐさま身体を跳ね起こした黒崎が斬魄刀で受け止める。

 

「グッ…オオオ……―――――!!」

 

「受け止めた、いや弾いている!?」

 

よく見れば黒崎の斬魄刀は月牙天衝を纏っており、それが虚閃を防ぐ障壁となっている。

 

『これで分かっただろ一護。死神は切った張っただけじゃねぇ、こういう戦いだって出来るんだ!!仕上げだぜ、一護!!!』

 

「――――ォオオオオオオオオオオ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『月牙天衝――千覇破(ちはやぶる)』!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今までに見たどの月牙天衝とも違う、虚閃を弾きながらグランドフィッシャーに迫る大砲の如き一撃がグランドフィッシャーの腹に大穴を開けた。

 

虚閃を弾きながらグランドフィッシャーの急所に当てるのは流石に出来なかったようで、危機感を覚えたグランドフィッシャーが回避を試みたが一歩遅かった。

 

「あああああああああ!!!ふざけるなぁ、ふざけるなぁああああああああああ!!!!!」

 

己を蝕む痛みに身を悶えさせながら手にした斬魄刀を放り投げてまでグランドフィッシャーは残った右腕で黒腔を開いて逃走を図ろうとしている。

 

『なんか逃げてばっかだなアイツ!?一護!!』

 

「石田ァ!!!手ぇ貸せ!!」

 

「は!?」

 

黒崎が持つ斬魄刀には刃は無いが、突然振り下ろされては警戒するというもの。黒崎の斬魄刀が僕の肩に触れた時、いつでも援護に移れるように展開していた霊子兵装『弧雀』がかつてない程に巨大化したのを見た。

 

「はぁ!?何だこれは!!?」

 

「母親の仇を取るとは言った、だけど悔しいが今の俺だとアイツに月牙天衝を確実に当てられる自信がねぇ」

 

「―――いいのか、お前の仇なんだろ」

 

「―――頼む、やってくれ」

 

僕は一瞬の沈黙にあった思いを汲んで黒崎の斬魄刀から溢れ出る程に流れる霊力を只管に霊子の矢に変換していく。

 

師匠―――貴方は死神を憎んでいなかった。むしろ手を取り合い協力を望んでいた。

 

師匠、貴方を見殺しにしたのは死神ではなく僕だ。貴方は僕を守る為に逃げる事無く多くの虚と戦い続けて死んだ、弱い僕の為に命を投げた。

 

僕がもっと強かったら、僕が足手纏いじゃなかったら。こんな事をした僕を叱ってくれますか。

 

師匠、黒崎の死神の力と僕の滅却師の力、二つを合わせて僕は復讐なんて馬鹿馬鹿しい呪縛から死神を助けます。

 

「黒崎、全力を出せ!!」

 

「いいぜ、全部持っていけ!!」

 

瀑布の如く流れ込む霊力に『弧雀』が悲鳴を上げている、最後のこの一射だけなんとか持ってくれ。

 

引き手を離して霊子の矢を放つ、それは最早バリスタの様な一撃が巨大虚の頭部を目掛けて放たれ空気を震わす程の轟音を響かせる。

 

 

 

 

「何故だ!何故儂がこの様な仕打ちを何度も受けねばならぬ!!!」

 

『それが分からないから、お前は死ぬんだ。年貢の納め時だぜ』

 

 

 

 

意外な程あっさりと巨大虚の頭が吹き飛び、その体は黒腔を潜る事なく地面に落ちた。

 

そして師匠から授けられた霊子兵装、十字架を象った『弧雀』が遂に限界に達して砕け散る。それが赦しを請う対象が無くなってしまったようで、なんとも言えず悲しくなった。

 

「石田…」

 

「黒崎…僕を殴れ」

 

「―――助かったぜ、じゃあな」

 

只管に醜態を晒した僕を、自罰出来ない自分をどうか罰して欲しかった。だけど黒崎は僕に背を向けてこの場を去ろうとしている。

 

「待て黒崎!!僕は無関係な人間を傷つけた、お前もだ!僕は許されない事をしたんだ!!」

 

「俺は死神代行だし神じゃねぇ、誰を裁ける程偉くもねぇよ」

 

「しかし!!」

 

「お前は確かに誰かを傷つけた、だったらそれ以上に誰かを助けろ。お前の力は、誰かを護る為に使うんだ」

 

再び黒崎一護に師匠の姿が重なって見えた。きっと師匠なら、そう言ってくれるだろうと素直に思えた。

 

―――滅却師の力を不用意にひけらかしてはならない、滅却師の力は護身の為に留める、滅却師の力を用いる時は大切なモノを護る為。

 

「……分かった、心に刻もう」

 

師匠、貴方の為に命を捨てられず、罪なき人々を傷つけた僕はこの命を贖罪に捧げるでしょう。貴方に許されずとも、見放しにされたとしても僕は誰かを助ける為にこの命と力を使います。

 

僕を助けてくれた、貴方の様に――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見たかったものは見れたか、真咲のホワイトよ」

 

「見て来たぜ、予感は当たってた。黒崎一護はやっぱりすげーよ」

 

死神と滅却師の子、死神と滅却師と虚と霊王の欠片を持つ者、しかしそれだけでは説明出来ない黒崎一護の力。

 

「一護の霊力は精々死神の隊長クラスなもんだろ、その力の余波だけで滅却師が強くなれるなら尸魂界や虚園なんて行ったら今の何倍強くなるんだよ。一護は()()()()()()()、数百年に一度産まれると言われる滅却師の王である()()()()()()()()()()()

 

一護の家族を筆頭に茶渡泰虎、井上織姫、有沢たつき等の霊感が異様に向上し、斬魄刀に触れた石田雨竜の力が増幅され、茶渡と井上に至っては完現術者として覚醒している。

 

「それに一護の霊力が異様にデカくなるのは霊王の欠片の影響か、候補としては―――」

 

「霊王の肺だろうな」

 

「あれ、気づいてた?」

 

「何年も一護の中に住んで居れば分かる。本来霊王には自分よりも強大な相手と対した際に肉体を強化する心臓、そしてそれに伴い霊力を強化する為の肺が備わっていた」

 

「まあ傷付かないと強くなれないから狙って強化出来るもんじゃないな」

 

五大貴族の末裔、純血の滅却師の末裔、数多の死神の魂魄の結晶である改造虚、そして強力な霊王の欠片。

 

「いやぁ、サラブレッドでも中々こんなロマン配合はお目にかかれないぜ。ん?なんかもう一人の俺が居ないな、いつも喧嘩売ってくるのに」

 

「出番が無かったから拗ねているのだ、今頃何処かで斬月を弄っているのだろうよ」

 

「ああ、そう……」







社畜が 定時帰りをするものじゃあ無いよ。




今回のホワちゃんは鈴虫や神剣・八鏡剣等に代表される自分の物ではない斬魄刀として力を貸しておりました。

斬月の出番と言えばやっぱり尸魂界編だよね!


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メゾン・ド・チャンイチ 飛翔編
クラスのみんなには内緒だよ


 

 

グランドフィッシャーの戦いから数日、あれ程までに荒らされていた空座町には戦いの痕跡は既に欠片も残されておらず、人々は元通りの日常を過ごしていた。

石田雨竜は己の霊力を酷使し、また己の御せる範疇を超えた霊力をその身に受け続けた反動で体が軋むような痛みを訴え続けて居たが体の所々に包帯を巻き意地でも学校を休む事なく登校していた。

登校中に己の通う学校の生徒を傍目に芽生えた彼の罪悪感が疼きだす、彼等の平穏を奪おうとした己の愚かな所業に。

 

「石田!?どうしたのそのケガ!?」

 

「階段から落ちました」

 

事実を隠して全ての言葉が嘘になるならその言葉の価値を僕は考慮しない。僕は最早、自分の言葉にすら価値を持てない。僕自身の怪我なんて、大した事でもないだろう。

砕けた窓も荒らされた机も元通りのままいつも通りの授業が始まる、板書された文字を一つも漏らさずノートに書き写す、先人の教えを護る為に。

 

「石田君…ケガ、したの?」

 

「……そうだね、全ては僕の不注意が原因だ」

 

昼休みにとある女生徒が僕に話しかけて来た、かつて解れた人形を直してあげた同じ手芸部のみちるさんだ。

端的に言えば彼女の顔を見る事すら心苦しい、冷静となり果ての無い己の誓いに振り回されて僕は僕の存在を持て余してしまう。

きっと世界は美しい、恐らくその中で僕は不純物で、彼等の日常を再び穢してしまわないかと不安になるのだ。

 

「あ、ええと……もしかして落ち込んでる?」

 

「……そうだね、自業自得だけども」

 

「そっか……じゃあこれ、もし良かったら貸してあげようか」

 

そう言って僕に見せたのは、彼女が自分の鞄から取り出したであろう僕が直したなんだかヘンテコなフォルムの人形。そこで初めて僕はみちるさんの顔を見た、顔を赤くして僕に人形を差し出す彼女の笑顔に僕の心が揺れるのが分かった。

 

「私がね、落ち込んだ時にお母さんがくれた人形なんだ。この前石田君に直してもらって本当に嬉しかったの。だから、お返しじゃないけど…石田君が元気になってくれたらなって……」

 

「―――それじゃあ、みちるさんの縫いぐるみ、借りてもいいかな?」

 

「あ……うん!!」

 

僕は既に誰かを助けていた、彼女の笑顔を護る事が出来ていたのだ。きっと誰かも、誰かに助けられているだろう。

僕が無理やり分け入ってまで助けに入る必要はきっとないのだ、僕は僕に出来る形で誰かを助けよう。

 

「石田!話し終わったか?」

 

「黒崎君駄目だよ!今いい感じなんだから!!」

 

「……黒崎、僕に何か用か?」

 

「そんな風に構えるなよ、昼に一緒に飯を食おうって誘いに来たんだよ」

 

「黒崎、一々僕の事を気にしないでくれ。僕はもう騒ぎを起こしたりなんてしない」

 

「当たり前だろそんなもん、ケイゴが飯を奢るから行こうぜって話だ」

 

「一護ォ!?なんで奢りの時に限って頭数を増やすかなぁ!!?」

 

同じくクラスメイトの男が騒いでいるが、気になるのは誰かの奢りという言葉だ。

僕は今一人暮らしの身だ、自分の居場所を失った家から逃げ出したくて父に酷い我儘を言ったものだ。

今では自分が何よりも嫌っていた父の仕送りで生計を立てているのだ、そういう意味で僕は父によって助けられて生きている。

 

「―――ご一緒しよう」

 

今日は僕がクラスメイトの彼に助けられる、だからいつか彼が困っていれば僕が力になろう。

 

思い上がってはいけない、それで後悔したばかりだろう石田雨竜、誰かを助ける理由なんて簡単でいいんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「朽木ルキア、見ィ――つーけた!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「久しぶりだなぁ、朽木ルキア『元』隊員!!」

 

「貴様、阿散井恋次か……!?」

 

私の目の前に現れたのは意外な人物だった。かつての同郷の友、護廷十三隊―――六番隊副隊長。

 

「何だその顔は、まさかお前だってこのまま逃げ続けられる訳ないって思ってただろ」

 

「逃げるだと!?何故私が逃げねばならぬ!!」

 

「テメェが死神の力を人間に奪われて、その上でお前が霊圧を一切漏らさない義骸に入って行方を晦ましたからだろうが」

 

「行方を晦ませただと…?そんな事はない!尸魂界にだって定時連絡を送っていた!!」

 

「そんなもん来てねぇんだよ一通も!!!」

 

そんな筈がない、死神の力を失った以上地獄蝶を扱う事が出来なかったが浦原に言って伝令神機は手に入れていた、尸魂界からの虚出現による情報も受信していたのだ。

確かに定時連絡を送っていた筈だ、浦原に言われて個人にメッセージを送る事は避けていたが生存報告は伝わっているだろうと思っていた。

 

「まさか…伝令神機に細工をされていたのか?」

 

「あぁ!?まあいい、お前を連れて帰る前に死神の能力を奪った奴の事をさっさと吐け」

 

 

―――死神の能力の譲渡は重罪だ、そこに情状酌量の余地はない。

死神の力は調律師(バランサー)として世界の傾きを調整する役割を持つ、故に扱いを誤れば現世のバランスを壊しかねない。

一護と出会い死神の力を半ば強引に渡してから早数ヶ月、心の上辺だけで理解していた罪の重さをじわじわと理解した時にはいつかこの様な日が来ると思っていた。

 

 

「―――言えぬ」

 

「…もう一回言ってみろ、言い間違えたんだろ」

 

「お前には決して言えぬ!!」

 

「ホォーそうかい、だったらこの人には言えるのか?」

 

突如として背後に感じる存在感、最もお会いしたくなかった雲上の人。

 

「白哉、兄さま―――!!?」

 

反射的に動いた鈍い身体、頬に感じる熱と錆の匂い。視線を外した瞬間に斬りかかって来た阿散井恋次の仕業だった。

 

「随分人間らしい顔になったな、ムカつくぜ。そんなにソイツが大事か?お前はもう逃げられない、そしてテメェが庇っても死神の能力を奪った奴は死ぬんだ」

 

再び斬魄刀を深く構える恋次、本気になって振れば私の命等簡単に切り捨てられるだろう。

 

 

「死ぬわけないだろうが、死神」

 

 

――――しかしその時は来なかった、恋次の頭を狙って放たれた霊子の矢が張り詰めた空気を切り裂いたからだ。

 

「死神よ、一つ聞くがその女は死神か?」

 

「あぁ!?掟を破ったコイツは最早死神じゃねぇよ!!」

 

「それは良かった、僕は死神が大嫌いでね。クラスメイトが困っているなら助けてやらないと僕の仁義に反する」

 

「テメェ!何者だ!!」

 

次の瞬間には恋次は躊躇いなく斬魄刀を構える、弓を引き絞った滅却師の石田雨竜も同様に。

 

「言っただろ。クラスメイトだよ、通りがかりのね」

 

「それは答えになってねぇんだよ!!」

 

恋次が悪戯に切った石田の持つレジ袋が地面に落ちる、石田の態度を見るに反応できなかったらしい。

 

「言っておくがテメェは弱い、見なかった事にしてやるからとっとと帰りな」

 

「石田雨竜だ」

 

「アァ!?」

 

「僕に負けた君が、僕の名前すら知りませんだなんてかわいそうだろ?」

 

解き放たれた獣のように恋次は駆けだした、しかし石田が撃ちだした霊子の矢が踏み込む足元近くに突き刺さり恋次が蹈鞴を踏んで足を止める。

 

踏み込んだ勢いのまま停止した慣性に振り回されながらも石田の放った矢を上体のスウェーだけで躱しきる、慣性が消えた時には再び踏み込み石田の間合いの内に入る為にステップを混ぜながら突進していく。

 

 

 

銀鞭下りて(ツィエルトクリーク・フォン)五手石床に堕つ(キーツ・ハルト・フィエルト)

 

 

 

五架縛(グリッツ)

 

 

 

恋次が切り捨てたレジ袋、そこから放たれた光が実体を持ち恋次を拘束せんと五本の帯が手を伸ばす。

しかし死神であれば鬼道の対応など基礎中の基礎であり見慣れぬ技であっても動きを止める男ではない、拘束を斬魄刀で突破し続けざまに放たれた矢も回避する。

 

「陰湿なメガネだなぁ!!」

 

「面白眉毛に言われてもね」

 

「ぶっ殺す!!!」

 

恋次との距離を開けながらも間を開けずに放たれる矢を斬魄刀で弾き飛ばしながら恋次は遂に石田雨竜の間合いに踏み入った。

 

 

 

 

大気の戦陣を(レンゼ・フォルメル)杯に受けよ(ヴェント・イ・グラール)!!!!」

 

聖噬(ハイゼン)!!!!」

 

 

 

 

 

知らずの内に石田雨竜の通って来た道に誘導された阿散井恋次は石田の唱えた詠唱を聞き、意味は分からずとも己の本能が放つ警戒信号に従って空間を削ぎ裂く四方形の結界からすぐさま飛び退いて脱出した。

 

「悪いが君と違って策も無くこんな所に踏み入る事はしない。準備して来たよ、君達の為に盛大にね」

 

恐らく電柱や民家の囲い等に罠を仕込んでいたのだろう。黒崎一護の強さとは違う使える物を使う強さ、己ではなく外界の環境に強さを左右される滅却師故の力。

 

「何をボサっとしている朽木ルキア。目印を残してある、僕の来た道を辿ってさっさと逃げろ」

 

「しかしお前に迷惑をかけるわけには!!」

 

「僕には迷惑をかけてもいい、黒崎一護の知り合いである君ならば」

 

「だから逃がさねえって言ってるだろうが!!!」

 

 

 

「君臨者よ!血肉の仮面・万象・羽ばたき・ヒトの名を冠す者よ!

焦熱と争乱、海隔て逆巻き南へと歩を進めよ!」

 

 

「破道の三十一・赤火砲」

 

 

 

「させない!!!」

 

 

 

恋次の掌から放たれた赤火砲は囮、熱球を矢で撃ち落として生まれた爆発に意識を一瞬持って行かれた隙に恋次が再び石田の間合いに入る。

 

対象の認知、霊子の矢の形成、弓を引き絞る、対象へ狙いを定める、矢を放つ。矢を放った滅却師に生じる多段のプロセスから発生する唯一の隙。

 

石田雨竜は前傾姿勢となり己の胸元で両手を組んでいた、まるで神に祈りを捧げるかのように。死を遠ざける為の弱者の姿勢か、しかし彼の目は諦めずに恋次を捉えている。

 

地面を捉えた恋次の足、霊子の矢を形成した石田雨竜。縮めた脚を伸ばして腰の捻りに伝えた恋次、石田雨竜の一撃は間に合わない。

 

 

―――霊子の弓を持つ右の拳が下段への正拳突きとなって振り下ろされるまではそう思っていた、それは居合と同じ概念、刀を引き抜くのではなく腰を切り刀を置き去りにして抜刀する動きに似ている。

 

 

彼は弦を引かずに腕力と背筋を力任せに用いて()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

一方で生まれた恋次の躊躇いはその動きを鈍らせた。石田が弓を持つ拳の先は至近距離にいる恋次を既に捉えており斬魄刀で石田を切り裂くまでに霊子の矢は放たれるだろう、それが恋次の隙を生んだ。

 

しかしそれだけだった、阿散井恋次の選んだ答えは体を崩して更に一歩踏み込む事。急所を庇いながら体当たりの様に急激に沈み込む恋次の体に石田の狙いがブレた、矢を外した正真正銘の隙を再び捕らえた恋次の斬魄刀が遂に石田の体を捉えた。

 

「グゥッ…!!」

 

「テメェは弱くはなかったが俺よりは弱かったな、大した根性だが俺を邪魔した罪で死罪だ」

 

脇腹から血を流しながら膝を突いた石田雨竜を切り捨てる為に大上段に振り上げた斬魄刀、私の為に命を賭した者の命が奪われようとしている。

 

「阿散井恋次、テメーを殺した男の名だ!!よろしく!!!」

 

―――斬魄刀が振り下ろされる、それはアスファルトで舗装された地面を砕き、慌てて阿散井恋次はそこから距離を空けた。

 

「何だテメェ…!?死覇装…?死神か!?」

 

「黒崎一護、テメーを倒す男の名前だ。ヨロシク!!」




僕は ついてゆけるだろうか

君のいない仕事のスピードに


総合評価が千点桜になったので大歓喜、あとは龍紋鬼灯丸(評価バー)が紅くなるのが目標ですね。

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泣き止んでみても、外はもっと雨

 

 

『なーんか、グランドフィッシャーの件といい、世界の流れが違う気がするなぁ。違う世界にでも迷い込んだみたいだ』

 

真咲の虚にして真咲の斬魄刀であるホワイトは霊子を隠蔽しつつ民家の屋根に身を隠しながら黒崎一護と阿散井恋次の戦いを眺めていた。

 

先日のグランドフィッシャーとの闘いで折られた一護の斬魄刀は既に井上織姫によって修復されている為、白鞘穿月の本体である斬魄刀は今一護の手にはない。

 

よってここからは一護本人の戦い、そして己の運命を決定づける夜の始まりだ。

 

 

「―――死覇装だと?テメェ何番隊だ、今の空座町の管轄は十三番隊か?だがテメェみたいな髪色した奴は見た事ねぇ」

 

「俺も始めてだよ、お前みたいな愉快な眉毛をしている奴は見た事ねぇ」

 

「どいつもこいつも……!!第一なんだお前、その馬鹿デケェ斬魄刀は!!」

 

「知らねぇよ、最初からこうだ。これが普通なんだと思ってたがな」

 

斬魄刀の大きさは霊圧の大きさ―――というのは実は間違っていない、斬魄刀は本来入隊した死神全てに貸与される浅打を基本とする。

 

浅打は未完の斬魄刀であり本来は刀と同じく脆い物である、そして膨大な霊力を注ぎ込まれては未熟な斬魄刀では耐えきれずにそのサイズは肥大化させる事で対抗する。

 

それを己の霊力で圧縮する事で斬魄刀は通常のサイズを維持されるがその結果、肥大しようとする刀身には常に膨大な霊圧によって圧縮が加わりそれが鍛錬となって斬魄刀はその堅さ

としなやかさを向上させる。

 

阿散井恋次はその前提の下、圧縮をかけられても通常のサイズを超える斬魄刀から一護の霊圧の規模を錯覚したのだ。

 

「一護……何故来た…莫迦者…!!」

 

「成程、テメェがルキアの死神の能力を奪った奴か!!」

 

「だったらどうする」

 

「殺す!!」

 

現世に現れる死神には外界における影響を最小限にする為、限定封印と呼ばれる霊力を二割にまで抑え込む術式が刻まれる。

 

それを以てしても阿散井恋次という死神から放たれる連撃は一護の見掛け倒しの斬魄刀では弾くのが精一杯であり、徐々に押されて体勢が崩れていく。

 

「やっぱりだ!!お前の斬魄刀はデカイだけで霊圧が駄々洩れで使いこなせてねぇ!!」

 

「うるせえ!!」

 

大振りで斬魄刀を振り返すも隙だらけの一撃に当たる恋次ではない、拍子抜けした恋次だが弱者が朽木ルキアの能力を奪える筈もないと油断を振り払って一護に問いかける。

 

「テメェの斬魄刀の名はなんだ、死神擬き」

 

「あぁ?斬魄刀の名前だと?前に聞いた時は『穿月』って言ってたぜ」

 

違う、それは私が付けた私である斬魄刀の名前であって一護の斬魄刀の名前ではない。

 

「たった数ヶ月で始解に至るなんざ中々だが、何故始解しない」

 

「コイツに聞いてくれよ、名前を呼んでもうんともすんとも言わねぇからよ」

 

「―――ぶははははははは!!!!!」

 

それを聞いて阿散井恋次は弾かれた様に笑った、死神の代名詞とも言える斬魄刀の解放が出来ない未熟者に恐れを抱いた己に対して馬鹿馬鹿しくて笑ったのだ。

 

「斬魄刀に見放されるような野郎が俺とタメを張ろうなんざ―――二千年早いんだよ!!」

 

「止めろ恋次!!」

 

 

 

 

「吼えろ、蛇尾丸」

 

 

 

 

「いい加減遊びは終わりだクソガキ!蛇尾丸、目の前の敵はテメェの餌だ!!」

 

「形が変わっただけで何が変わるって!?」

 

「だったら味わってみろよ、蛇尾丸の本領をなァ!!!」

 

阿散井恋次の持つ斬魄刀である蛇尾丸は所謂蛇腹剣のような形をしていた、一護の間合いの外から振るわれる伸びた刃節が一護に襲い掛かる。

 

伸びる刃節とそれを繋ぐワイヤーで構成された鞭のような性質を持つ以上、単純に受け止めるだけでは勢いを止められない。

 

本来間合いが伸びるというのはそれだけで厄介だ、自分は攻撃出来ずに相手は出来る。しかし間合いだけで言えば一護にも勝算はあった。

 

 

 

「―――月牙天衝!!!!」

 

 

 

飛ぶ霊圧の斬撃、今度こそ阿散井恋次の表情は驚愕に染まった。民家に当たらない様に配慮した様だがそれが放たれた付近の地面が底が深く見えない程に抉れていたのだから。

 

「あ……れ…?」

 

『馬鹿、斬魄刀が補助しない状態であの一撃を放てば霊力ぐらい枯渇するわな』

 

「なんだよお前……訳わかんねぇ…!!」

 

弱者と断じた男が放った一撃は霊力を抑えられた今の恋次にとって致命傷になり得る威力を持っていた、しかしそれを一発撃ったら今度は勝手に疲労困憊になる相手に頭が混乱する。

 

今の阿散井恋次を動かしたのは恐怖、そして己の職務における責任感だった。この存在を野放しにすればいずれ多くの被害を生むだろう、一刻も早く目の前の男の脅威から逃れる為に斬魄刀を振り上げた。

 

それを止めたのは朽木ルキア、既に一般の人間レベルまでに格を落とされた脆弱な少女の身でありながらも死神に飛び掛かり命を繋げんと必死だった。

 

「逃げろ!!一護!!!」

 

「離せルキア!!コイツは危険だ!!」

 

「立ち上がって逃げるのだ!走れ!一護!!!」

 

必死に叫ぶ朽木ルキアの声、朦朧とした一護の脳裏に残る残響がかつての誓いを思い出させる。

 

 

 

一護、お前はいつか日常へ帰るだろう。だが覚えておいてくれ、簡単に消えてしまう命の儚さを、それを護り育む事の尊さを。

 

 

 

「――――誰かを見殺しにした俺が日常へ帰るなんざ、明日の俺が情けない俺を殴るだろうよ」

 

再び斬魄刀を握る黒崎一護、しかし先程とは様子が違う。大きく吐いた吐息が、更なる大きな吸気を呼び起こす。

 

『霊王の肺の力……見せてみろ一護』

 

今にも飛び掛からんとする一護から放たれる霊圧が恋次の全身に叩きつけられ恋次は咄嗟にルキアを振り払って防御の構えを取らせた。

 

次の瞬間、黒崎一護は動いた。一閃、避ける事叶わず。

 

「な…!?」

 

先程までとは違う一護の動き、大雑把な動きさえ視界の端にしか捉えられず。一護の乱暴な切り上げは斬魄刀で受けた恋次の体ごと弾き飛ばし、受け止め切れなかった一護の斬魄刀が掠った額からは胸元まで垂れる程の血が流れた。

 

「さっきまでの動きと全然違うじゃねぇか!!」

 

蛇尾丸を伸ばして何度も振り下ろして一護に攻撃するも全てが霊圧を纏った斬魄刀で弾かれる、ならばと狙いを変えて蛇尾丸を拘束の為に動かし一護の斬魄刀を捕縛する。

 

 

 

「破道の十一・ 綴雷電!!!」

 

 

 

蛇尾丸を通して流れる生物であれば神経ごと焼き払う一撃は一護に到達する前に斬魄刀を恋次に向けて投擲する事で回避された、斬魄刀を躱す事に集中して反応が遅れた恋次の頬に喧嘩慣れした一護の尋常ではない霊力を込めた拳がめり込んだ。

 

地面に突き刺さった己の斬魄刀を抜き一護は恋次を斬る為に刀を振るう、それが命を奪う行為だという事に自覚を持たないまま。

 

 

 

 

 

「コイツで―――終わりだ!!!」

 

 

 

 

 

次の瞬間、一護の視界に映ったのは切り裂かれた死神の姿では無く血溜になった己の足元。そして己の体が重力に引かれて上体が折れ曲がり、目前に地面が迫り来る光景だった。

 

「鈍いな、倒れる事さえも」

 

初めて聞いた声、そういえばもう一人居たんだった。

 

「一護!!」

 

「―――終わりだな、コイツは」

 

死神とは霊子で構成されている、魂魄となった存在であっても外部から内部へ霊子を取り込まなければ存在を維持できずに死んでしまう。

 

朽木白哉は一瞬で黒崎一護の霊力の源である鎖結と魄睡を砕いた、こうなってしまえば存在を保つことは出来ずにそのまま死に至る魂魄の急所である。

 

『霊王の肺がなければ即死だったな』

 

一方で黒崎一護の中に存在する霊王の肺が失われていく己の霊力を察知して再び活動し霊力を生み出して命を繋いでいた。

 

しかしそれが余りにも微量であった為に、幸運にも現場にいた死神達に察知される事は無かった。

 

「―――手を離せ、小僧」

 

死んだふりをすれば、この場を乗り切る事さえ出来たのだ。それが出来なかったのがこの少年が少年たる所以だった。

 

「諦めねぇぞ……俺は―――!!」

 

黒崎一護にしてみればこの怒涛の日々はただの数ヶ月の出来事、それでも彼と朽木ルキアに結ばれた友誼は彼にとって掛け替えのないものになっていた

 

「人間の分際で兄様の裾を掴むとは何事だ!身の程を知れ!小僧!」

 

朽木白哉の裾を掴んでいた拳に走る鈍痛が、耳朶を叩く朽木ルキアの悲痛な叫びが黒崎一護を萎縮させる。

 

朽木ルキアにとっても彼とは同じく人間として似たものを感じていた、共に雨の日に大切な者を失った者同士なのだ。

 

「兄様、いえ朽木白哉様。全ての責任は私にあります、全ては軟弱な私が招いた事態。この一身を以て罪を償います」

 

「ルキア、何を言って―――」

 

「お前はもう喋るな、全部無意味だったんだよ」

 

阿散井恋次によってぞんざいに足蹴にされても黒崎一護の体は指一本も動かす事は叶わなかった、朽木ルキアが連れていかれる姿をただ眺める事しか出来なかった。

 

「待て、ルキア!!!」

 

「一歩たりともそこを動くな。私を追って来てみろ、私は貴様を絶対に許さぬ……!!」

 

 

 

 

 

 

「いずれ果てるその命、一瞬でも永らえた事を感謝するがいい!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一護、お前はいつか日常へ帰るだろう。だが覚えておいてくれ、簡単に消えてしまう命の儚さを、それを護り育む事の尊さを」

 

「全ては生きてこそだ。死ぬ事も、何かを残す事も生きているから出来る事なのだ」

 

「このような世界に巻き込んで、本当にすまないと思っている」

 

かつてそう言ったルキアはまるで郷愁を感じる様な何処かを遠く、俺の向こうに何かを見る様な目をしていた。

 

 

 

 

 

「生きてくれ、一護」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本当に悲しい事は、雨と一緒にやってくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




失くしたものを

奪い取る

休暇と残業代と消えた同僚と

あとひとつ



皆様の霊圧で龍紋鬼灯丸(評価バー)が紅くなりつつあるので連日投稿しました。
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生きる事を忘れないで

 

 

 

 

 

 

雨は嫌いだ、俺の大切なモノを全て洗い流していく。

 

どうせ全てが流れて消えるなら、この悲しさを消してくれればいいのに。

 

雨は嫌いだ、流れる涙がまるで誤魔化されているようで。

 

俺の血が雨でぼやけて側溝に流されていく、意識もまるで溶ける氷の様にあやふやだ。

 

俺は再び護られた、誰かの命を犠牲にして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

寒くて痛い雨の中、俺は意識を失う。

 

ルキアが連れ去られた、俺の家族を救ってくれた人が死刑になるとあの死神は言った。

 

そんな事は許せないのに、俺は負けちまった。しかもルキアが兄と呼んだ男には文字通り手も足も出なかった。

 

悔しい、辛い、鬱々とする、悶える、悔しい、悲しい、何より弱い自分が許せない。

 

――――許せないのに、俺は死んじまうんだ。

 

死ぬってもっと怖いもんだと思ってた、痛くて苦しくてもっと寒いもんだと思ってた。

 

だけど今は暖かい、あんなに雨で冷えた体がどこも寒くない。

 

「ここは……どこだ」

 

見知らぬ天井、俺は知らずに布団に寝かされていて、俺の体を起こそうとするもどうも重たく鈍かった。

 

「井上……?」

 

俺のクラスメイトの井上織姫が何故か俺の腹の上で眠っていた、井上とはかつて俺が井上の兄を殺す事となってからは話す機会が増えたがその程度だった。

 

実は井上の事は昔から知っていた、井上の兄が交通事故で運ばれて来たのが何を隠そうウチの診療所だった。

 

井上と井上の兄が喧嘩した、それでも井上は寂しくて悲しくて自分の兄貴を迎えに行って目の前で事故が起きた。

 

血塗れの兄貴を背負ったガキが兄を引き摺りながらウチに辿り着いた時には最早瀕死で、俺の親父がデカい病院に移す前に死んじまった。

 

その時の栗毛のガキが井上で、たつきの親友であった事は後で知ったがその時の井上の姿は覚えている。

 

井上が兄に縋って泣いていた、何度もごめんなさいって謝りながら泣いていたんだ。

 

「あれ……黒崎クン…?」

 

「……おはよう、井上」

 

「―――黒崎君!!!」

 

「イタタタタタタ!!」

 

「ああ!ごめんなさい黒崎君!!!」

 

井上が俺に飛びつく、俺の体の傷が僅かに開いたようで痛みに悶絶している事に気付いた井上が体を離すが痛みが俺の意識を覚醒させた。

 

「俺、死んだんじゃないのか」

 

「ううん、黒崎君が怪我したって聞いて急いで来たの。私の能力で黒崎クンを治して欲しいって言われて―――」

 

「そうそう、せっかく彼女が助けてくれたんだから感謝しないと」

 

神出鬼没のゲタ帽子、廃病院の時も、母さんの仇の時も、ルキアが居なくなった時にもコイツがいつも現れた。コイツが俺の知らない何かを知っているのは確実だった。

 

「アンタが俺を助けたのか」

 

「おや?まるで死にたかったかのような言い方だ」

 

「……石田はどうなった、ルキアの事もアンタは知ってるんだろ」

 

「ああ、石田雨竜は斬られましたが命に別状はありません。井上さんに治して貰ったらすぐに帰りましたよ、黒崎サンを私に託してね」

 

 

 

 

『黒崎をお願いします。僕では誰も助けられなかった、そんな自分が何よりも許せない』

 

 

『黒崎を助けて下さい、僕も朽木ルキアに借りがある。だけど朽木ルキアを助けられるのは僕じゃない』

 

 

 

「朽木ルキアを助けられるのは、彼だけだ―――とね」

 

石田雨竜、かつては嫌いながらも背中を預けた同じ心境を共にした者。

 

「俺だけか……俺だって何も出来なかったんだ。それにルキアは尸魂界に連れてかれちまった」

 

己の不甲斐なさに傷だらけになった体が強張り更に傷が開いて包帯を血で染めていく、それでも後悔と自分への怒りに心境の吐露は止まらない。

 

「何も出来なかったんだ!尸魂界に行く方法もない!俺は弱い!これ以上俺にどうしろって言うんだ!!」

 

『教えてやろうか、一護』

 

「お前……!」

 

思えばコイツも神出鬼没だった、当時は母親の仇で頭が一杯だったがコイツは己を()()()()()だと語った。

 

『白鞘穿月じゃ名前が長い、俺の事は(ハク)様と呼べ―――』

 

「―――知ってるのか、尸魂界に行く方法!!」

 

『……知ってるぜ、そこのゲタ帽子がな』

 

「そこは私に振るんですか…」

 

「教えてくれよ!尸魂界に行く方法を!!」

 

『駄目だね』

 

俺を助けてくれた白い少女はそっけなく俺の頼みを拒んだ、その瞳はゾッとする程の冷たさを湛えていた。

 

『お前が死んだら、俺が真咲に合わせる顔がねぇ。それにお前を生かした朽木ルキアに背く行いだ、お前は全てを忘れて日常に帰れ』

 

「俺は死なねぇ!!」

 

『人は簡単に死ぬんだよ!』

 

ハクと名乗る少女が抜いた刀が俺に向けられ、刀という凶器が俺を傷つけた事実を思い出させる。あれが俺に刺されば俺は死ぬのだと目に見えて示している。

 

『お前が弱いからだ!お前が弱いからお前は何も護れねぇ!』

 

「それは―――!!」

 

「―――違うよ、ハク様」

 

何時の間にか井上が俺の背に手を当て体を支えてくれていた、その掌から伝わる熱が暖かくて俺の不安が薄ら和らいでいく。

 

「黒崎君は私を助けてくれた、ちゃんと護ってくれたよ」

 

『………』

 

「ハク様、私が黒崎君を護ります。だから黒崎君を助けてくれませんか」

 

「井上!」

 

『お前も弱い、このままだと黒崎と一緒に死ぬだけだぞ』

 

「強くなります、黒崎君と一緒に」

 

何故彼女は自分の為にここまでしてくれるのだろう、俺は井上を戦いに巻き込む為に助けたんじゃないのに。

 

石田もだ、俺に一体何を期待しているんだ。俺はお前に何かをしてやれた訳でもないのに。

 

それでも護られっぱなしは癪に障る、井上がそこまでの覚悟を見せたのに俺が意気地なしじゃ男じゃねぇ!!

 

「…頼むハク様!井上を俺が護るから、俺を強くしてくれ!!」

 

『――――ハァ…浦原、コイツら本気だぞ』

 

「いやぁ青春ですねぇ、……ボクも年を取ったかな」

 

そう言い合うと白い少女は刀を仕舞って一度下がった、代わりにゲタ帽子が俺の傍に寄ると俺の髪を鷲掴み俺の眼を覗き込んできた。

 

「黒崎サン、貴方は死神の力を失っている。まずはそれを取り戻す必要があります」

 

「おう」

 

「尸魂界では極囚を処刑するまでに一月の猶予期間がある。僕が七日で尸魂界への門を作ります、それと同時並行で三日間の治療期間とホワちゃんが七日間貴方を苛め抜き、残りの二十日以内に朽木ルキアを奪還する。今ならまだ充分な余裕があります」

 

「七日間で俺は、強くなれるのか」

 

「貴方の魂に嘘が無ければ、貴方は誰よりも強くなれる」

 

『俺がお前を最強にしてやるよ』

 

ゲタ眼鏡の手が俺から離れると懐からドクロのマークが描かれた薬瓶を取り出す、おどろおどろしい見た目に恐れながらもそれを受け取った。

 

「まずは傷を治しましょ、井上サンには黒崎サン以上に修行が必要です。霊力は温存してそれぐらいの傷は自分で治しましょう」

 

「分かった」

 

「それじゃあまた後日お会いしましょう」

 

『飯も食えよ!!』

 

 

 

 

 

 

白昼堂々とした二人きりの帰り道、学校をサボって二人で自宅に向かって帰路を進んでいた。

 

「井上、さっきはありがとな。だけど一つだけ言わせてくれ、死神は危険だ、今ならまだ止められる」

 

「大丈夫だよ、さっきの人が私と黒崎君を強くしてくれるんでしょ?」

 

「まぁ……そう言ってたけどよ」

 

「だけど黒崎君、どうして朽木さんを助けたいの…?」

 

そう言えば井上はルキアが死神だという事は知らなかった筈だ、ルキアが持っていた変な機械*1で記憶を改竄されていたから。

 

しかし俺が助けに行った事を覚えているなら改竄は上手くいっていなかったのか?

 

「ルキアは俺の家族を助けてくれた、その代わりでアイツが死刑になるんだとさ。だったら今度は俺が助けてやらねぇと」

 

「黒崎君が死ぬかもしれないのに、それはやらなきゃいけない事なの?」

 

「それは……」

 

「―――ううん、ごめんなさい。今のは忘れて」

 

それからは無言のまま道を歩いた、気づけば井上の家まで既に辿り着いていたようで井上がアパートの階段を昇って上がっていく。

 

「黒崎君、良かったら家に寄っていかない?」

 

どうせ家に帰ってもアホの親父が居るだろう、不良で通っている自分が帰っても叱られるだけで面倒なだけだ。

 

どの道一蓮托生の仲だ、親交を深めておくのは悪くない。

 

「……お邪魔してもいいか?」

 

「うん!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一護達が浦原商店で後にした時、その中では浦原とホワイトが()()()()()の話を聞いていた。

 

 

「お願いします、俺にも姉さんを助けられる力を下さい!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

*1
記換神機




見ろよこの評価バーの形

命を刈り奪る形をしているだろ?


皆様のおかげでささやかながら日間ランキングに乗ることも出来ました…(大歓喜)


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ハロー・グッドバイ

 

 

―――尸魂界、六番隊宿舎。その奥にある隊ごとに備えられた牢屋の一室にて朽木ルキアは椅子に腰掛けながら凪の様に過ごしていた。

 

朽木白哉と阿散井恋次によって尸魂界に送還され、厳しい取り調べを受けるかと思えばそうでもなく六番隊の隊士から簡単な事情聴取を受けた後にここへ幽閉されている。

 

出される食事には手を付けぬままだ。ここに来て数日は放置したままだが日に三度、常に新しく交換されている事を見ていずれ確実に死罪となる身にも尸魂界は寛容なようだった。

 

「しかしここは寂しい所だな、客人に茶も出さぬとは」

 

「……二番隊隊長殿?」

 

「そう不貞腐れるな、朽木ルキア。かつての様に砕蜂殿と呼ぶがいい」

 

護廷十三隊・二番隊隊長、隠密機動総司令官である砕蜂殿。

 

他人に厳しく、自分に厳しく。しかしその厳しさには死への諦念と生への渇望が入り交じる不器用な御仁だ。

 

本来は護廷十三隊の中で隠密を仕切る二番隊隊長である彼女と知り合う機会は中々ないのだが、尸魂界には女性死神協会という互助組織が存在する。

 

その中で女性死神協会の理事も兼任する砕蜂殿と顔を合わせる機会があった、彼女は舌鋒鋭い方だがそれでも人情に溢れた優しい方なのだ。

 

「どうして此方に……というかどうやってここに入ったのですか?」

 

「馬鹿者、隠密機動総司令官に入れぬ場所が尸魂界にあると思うな」

 

檻で区切られた牢屋の扉は一つ、少なくともその扉が開いた気配がなかった以上別の経路が存在するという事だろう。少なくとも牢を監視する隊士に気付かれずに侵入できる方法が。

 

「申し訳ございません、砕蜂殿に態々ご足労を」

 

「気にするな。お前が朽木家の人間だからではない、お前は今尸魂界でも特に重罪の極囚であるが故に堂々と私も動けるというものだ、しかしそれは唯の建前で本題は別にある」

 

「と言いますと」

 

「浦原喜助、お前の調書にその名前があった」

 

現世にて浦原商店を開き、尸魂界や死神の造詣に深く、そして尸魂界と交流を持つ謎の人物。

 

「あの男は一体何者なのですか」

 

「先代十二番隊隊長であり技術開発局創設者にして初代局長、私の元上司でもある。そしてかつては重罪を犯して現世に追放された男だ」

 

「その罪とは一体?」

 

「知るな朽木ルキア、極囚であり死罪となる身でも知ればその罪は()()()()()()()()()()()()

 

伝令神機に細工をしていたのも、一護に死神の力を渡していた後も暗躍していたのは何某かの思惑が在っての事だろう。

 

そして恐らく私の霊力が徐々に枯渇していったのは彼奴の義骸の仕業であろう、技術開発局の長であればその程度は容易い筈だ。

 

しかしその目的とは何か、浦原喜助が追放された罪とは何か。その疑念が私の心を離そうとしなかった。

 

「今言えるのはあの男が我らが敬愛する夜一様を攫って行ったという事だ!安心しろ朽木ルキア、アイツは確実に私が処刑してやるからな!!!

 

「それは―――」

 

 

 

それは私怨では?朽木ルキアは訝しんだ。

 

 

 

「しかしすまなかったな朽木ルキア隊士。本来は貴様の護送と聴取は我々の任務だった、状況によっては即殺処分を実行する予定だったが貴族の圧力を受けた」

 

「それは、朽木家からという事でしょうか」

 

「通達は形式上四十六室からになっているが、十中八九そうだろう」

 

「……砕蜂殿、私は死ぬのでしょうか」

 

「死刑は固いだろうな」

 

「はっきりと言われるのですね」

 

「色々と思う事はある、しかし貴様が重罪を犯したならば死罪も止む無しだ」

 

朽木白哉もかつての妻との約束に基づき出来得る限りの減罪の為に動き、四大貴族の汚点を拭う為と後ろ指を刺されている状況であるが事態は最悪の様相を示していた。

 

現状朽木ルキアの罪状は死神の力を譲渡した事、そして死神に対して虚化実験を実行した浦原喜助に関与した事、そして重霊地において巨大虚出現に関与したと思わしき事。

 

一つだけでも特大の厄ネタだが、初めを除いて朽木ルキアに思惑があって出来る事ではない事は護廷十三隊の上層部において共通の理解を得られている。

 

その為に四十六室は護廷十三隊の暗部を務める二番隊に朽木ルキアの尋問を要求しているが、先述した通り現在朽木ルキアは六番隊が身柄を拘束し他の隊の干渉を防いでいる、防げてはいないのだが。

 

しかしそれを砕蜂は伝えない、彼女は職務を違えない。彼女は護廷十三隊、引いては尸魂界の為に動く死神なのだから。

 

「言い残した事、やり残した事があれば言え。置いて行かれた人間は、消えた人間よりも辛いのだからな」

 

「そうですね……それは、身に染みています」

 

「ふん……まあいい、貴様も元は死神。恥の無い最期を過ごせ」

 

「ええ、砕蜂殿もお元気で」

 

そう言い切る前に砕蜂殿の気配は消えていた、やはり隠密に相応しい神出鬼没の身のこなし。

 

朽木白哉は朽木ルキアを殺すだろう。ルキアが朽木家に拾われてから四十年余り経とうとも兄と呼ぶ男の心中は察せず、またルキアに寄り添う言葉等一つも無かったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

「大前田。お前は死刑と現世への追放、どっちがいい?」

 

「何ですかその質問!俺何かやらかしました!?」

 

「いいから答えろ愚図」

 

「グッ…!?―――その二択なら俺は現世への追放を選びますよ、命はあるに越したことはないでしょ」

 

「隊長格七人、鬼道長格二人を尸魂界において犠牲にした男が現世に追放。死神の力を譲渡し、先の男に関与した女が死罪。これはどう思う」

 

「うわー思惑をビンビンに感じますね」

 

「大前田、私は現世で朽木ルキアを殺すつもりだった。例え朽木家が口を挟もうともな」

 

「四十六室が口挟みましたけどね」

 

「ああ、その通りだ。しかし朽木白哉が態々自分から現世に赴くとはそうそう思えん」

 

 

 

 

 

「――――ここからだぞ、大前田。時間が経てば経つほど、毒というモノは廻る物だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『どっひゃーーーーーー!!!なんじゃこりゃーーーー!!!』

 

「あの店の地下にこんなバカでかい空洞があったなんてーーーーーー!!」

 

「うるせえよ!ワザとらしいんだよアンタ達は!!!」

 

浦原商店の地下に存在する通称『勉強部屋』、虚構の青空と枯れた木々のなれ果てという薄ら寒い空間は以前と相変わらずといった状態であった。

 

「まあいい、さっさと始めようぜ。アンタ達が言う勉強会って奴を!!」

 

「言い覚悟です黒崎サン、ではさっさと始めましょう♡」

 

朽木ルキアが装着していたグローブ――悟魂手甲(ごこんてっこう)――の様に、浦原喜助が杖の石突を黒崎一護に突き立てるとスルリと魂魄が肉体から乖離された。

 

『一護、テメェは最早死神じゃねぇ。あのワカメに霊力の源である「魄睡」とブースターである「鎖結」とを粉砕された訳だがなぜトドメを刺さなかったか分かるか』

 

「知らねーよ、俺が弱かったからじゃねぇのか」

 

『人間で言えば肝臓と心臓を壊されたようなもんだからだよ、普通ならその時点で死亡は確定だ』

 

言葉にされて初めて分かる恐怖、ゲタ帽子から渡された薬品により急激に塞がった古傷が疼いているような気すらする。

 

『しかしそこは織姫ちゃんが応急処置をかました訳だが完全じゃねぇ、傷は治ってもお前の魂魄に馴染んじゃいねぇんだ』

 

「どうすればいい」

 

『車で言えばバッテリー切れだ、それを治すには外部からの電力供給が必要なんだが魂魄はそう単純に出来てないから俺は考えた訳だ』

 

そう言うとホワイトは俺と俺の肉体を繋ぐ『因果の鎖』を斬魄刀で切断した。

 

「――――なっ!!?何しやがる!!コイツを斬られたら俺の肉体に戻れなくなるだろうが!!」

 

『死神にそんなもんは要らねぇだろ。そして一護、今からお前が完全に虚化するまでおよそ―――、一時間だ!!』

 

「待て待て待て!俺は死神になりたいんだ、虚じゃねぇ!!!」

 

『一護、虚とは何だ』

 

「何ってそりゃあ、バケモンじゃねえのかよ」

 

『井上織姫の兄もバケモンだったか、織姫を想って自らの命を絶ったあの男はバケモンだったのか』

 

井上織姫を想い、虚となって空虚な思いを抱えて唯一の頼りであった井上織姫を憎んだ兄である井上昊。

 

『人は誰しも虚を持っている。外界によって抑圧された非道徳的なる己の影!生命の原初的な集合的無意識の象徴!』

 

『肉体の枷を解き離れて(エゴ)となった時、魂魄を抑圧していた因子(スーパーエゴ)が取り除かれると内圧が上昇して魂魄は(イド)と化す!』

 

『魂とは意識の象徴、魄とは無意識の象徴!魄とは魂の基礎!魂は魄を導く者!分かるか一護!死神の象徴であり、己の魂の写し身である物が何故斬魄刀と呼ばれるのか!』

 

『つまり死神の力とは己の精神の影!死神の強さとは即ちエゴの強さ!お前の欲する力はずっとお前の中にあるんだ!!』

 

「分けわかんねぇよ!俺はどうすればいいんだ!!」

 

『己の虚と対話しろ!一護!!!』

 

「はぁ!!?」

 

斬魄刀の名を知る、つまりは始解に至るまでは斬魄刀との対話と同調が必要であり時には刃禅と呼ばれる精神統一の構えを取る事もある。

 

己の内面を知る事、それを認める事、それは言う程簡単な事ではない。また性善説や性悪説と二分出来る程容易でもない。

 

人には瞬間的に欲求を満たそうとする本能と、それを抑圧して社会性を構築する理性で構成されている。

 

理性や社会性を順守する必要が無くなった魂魄は、本能のままに動く虚へと変わる。本能を満たす為に最適な形と能力に己の姿すらも変えてしまう程の力を己に秘めている。

 

死神と虚は根幹を同じとする力であり、自己を強く保てば死神となり、己の理性を失った者が虚になる。

 

斬魄刀の能力とは、虚の能力でもある。始解や卍解は、帰刃(レスレクシオン)刀剣解放第二階層(レスレクシオン・セグンダ・エターパ)と同じモノなのだ。

 

尸魂界に存在する流魂街には魂魄であっても文化や社会が存在する為にスーパーエゴが作用するが、尸魂界に虚が出現するというのはそういう事なのだ。

 

自らが塞ぎ込む時こそ己の内面は語りかけ、自らの内面を語る時は真なる内面は遠ざかる。

 

人は既に完成している、新たに何かを得る事は出来ないし、己の何かを捨てる事は出来ない。それをした者は即ち己を滅ぼすであろう。

 

故に己の内面との対話と同調は難しく、現世では禅を以て語り合うのだ。

 

 

 

 

 

『一護、今からお前の心象世界にお前を送り込む。いいか、決して逃げるな!絶対に慄くな!お前の力はその先にある!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『姉貴も馬鹿だなぁ。対話とか、同調だとか。そんな面倒くさい話じゃねぇんだ』

 

 

 

 

黒崎一護の心象世界に黒崎一護の影。姿形は黒崎一護そのままに、その死覇装を白く染めたホワイトが巨大な斬魄刀を一護に向ける。

 

 

 

 

『要はここで勝った奴が、本物の黒崎一護って事だ!!!』

 

 

 

 




ぼくは ただ きみに
退職しますを言う練習をする



後半の文は簡単に言うとOSRは強いというだけの事ですね。
オサレポイントバトルはつまり我の強さの競い合いでもあった。



想像以上の評価に身が震えております。(歓喜)

誤字報告、とても感謝しております。
今後とも評価と感想お待ちしております。



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君を見つめて

 

 

 

 

 

 

俺はお前だ お前は俺だ

 

俺はお前じゃない お前は俺じゃない

 

君に呼んで欲しいのは

 

たったひとつの僕の名前

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「縛道の九十九・禁!!!」

 

元大鬼道長でもある握菱鉄裁が誇る縛道の中でも特に高位の縛道が黒崎一護を後ろ手に拘束して杭を穿つ、かつては仮面の軍勢に対しても行われた内在闘争の儀式の再現だ。

 

「ホワちゃん、一つだけ聞いていいですか?全ての魂魄は虚を持つ、虚は人間の無意識の象徴。貴女はそう言いましたね、では滅却師とは一体なんですか」

 

滅却師は虚にならない、何故なら虚に対する抗体がないから。滅却師にとって虚は毒そのものだから。

 

『アンタは虚化した仮面の軍勢達にワクチンとして神聖滅矢を使用した、知らねぇとは言わせないぞ』

 

「答え合わせくらいしてもいいでしょ」

 

『―――かつての世界において虚は恐るべき化物だったわけだが今はそうでもないよな、早期に対処すれば雑魚な訳だし』

 

『では何故虚はそうなった、何故世界の構造は変わったのか。滅却師は虚に抗体を持たない者が成る訳だが、死神は基本的に霊力さえあればなれる訳よな』

 

『それじゃあ人間ってなんだ、虚を抑制する理性を持った獣。理性とは魂であり心は神、そして虚は魄。東洋の五行思想においても魄(虚)は魂(人間・死神)を襲い、魂は神を補い、神は魄を抑えると解釈できる』

 

「じゃあなんですか、滅却師は神だと言うんですか?」

 

『その通り、ユーハバッハの聖別は五行思想における魂を神に補充する理を利用したものだ。実際滅却師には神に対する攻撃が効くらしいぜ、後は火とか熱に弱い』

 

『話は戻るが何故滅却師は虚に弱いのか。簡単に言えばⅠ型アレルギー反応が出るんだ、免疫が過剰に反応して起こるigE型の即時型アレルギー。ちなみにこのigE型の免疫をアナフィラキシー、このアナフィラキシーによって引き起こされる全身的ショック反応をアナフィラキシーショックって言うぞ*1

 

『つまり滅却師は虚に対して抗体を持たないんじゃない、むしろ抗体を持っているからこそ虚ごと死んでしまうんだ。とは言えデメリットだけじゃない、それを利用して滅却師は己の霊力に混じった虚の抗体を矢に乗せて直接打ち込む事で虚の滅却が出来るという訳だ』

 

「それじゃあ真咲サンが破面化しても無事だったのは」

 

『良くも悪くも聖別の仕業だな。ユーハバッハが余計な事をしなければ真咲は無事だったし、その余計な事のおかげで破面化しても死なずに済んだ』

 

「ちなみにこのままだと黒崎サンが死ぬのでは?」

 

『混血だし、死神の因子も交じってるから丁度いいだろ』

 

「そんな適当な」

 

『お前と話していると話が長くなるんだよ。まあ見てな、一護は出来る奴なんだぜ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだよ、ここは―――」

 

ここは黒崎一護の心象世界、青空を貫かんとばかりに伸びたビルの群れが無数に存在する場所。

 

この横たわった世界で右手を天壌無窮に広がる青空に向ければ左には底の見えない永遠無限の闇が広がっている。

 

「目覚めたか、一護」

 

「あぁ!!?」

 

先程まで存在した荒れ地のような勉強部屋から一転、まるで外の様な景色に驚愕するも突然の声にその身を跳ねさせた。

 

「誰だよ、アンタ」

 

「分からぬか、私だ。      だ」

 

聞き損ねていたわけでは無さそうだ。しかし彼の口が動き、呼気が音となって放たれたのにそれだけが塗りつぶされたかのように届かなかった。

 

「届かぬか、悲しい事だ。どうすればお前に届く、お前の事なら私は何でも知っているのに」

 

全身を覆い包む黒色の外套、一護はその男に覚えが一切なかった。

 

相手が一方的に自分の事を知っているのは恐怖でしかないが、一護はこの男を白様が用意した案内人だと理解する事にした。

 

「そーかい、オッサンには初対面で申し訳ねぇが聞きたい事がある。アンタが俺の事を何でも知ってるなら、俺の虚とやらは何処にいる」

 

「何故私に聞く。お前の虚はお前の影、お前が目を背ければ何時だって影はそこにある」

 

男の腕が持ち上がって示指を伸ばし、ビルの壁面には追従して影が長く伸びていく。

 

振り向けば闇、水平に伸び行くビルの足元には地面がある筈なのに深い闇の中では果てを見る事は出来ない。

 

広大な世界に足音が響く、オッサンの声は掠れて消えたのに、決して大きくない筈の一人分の足音が迫り寄ってくる。

 

その男は黒崎一護であった、同一なる姿をしたドッペルゲンガー。

 

黒崎一護の心象世界に黒崎一護の影。姿形は黒崎一護そのままに、その死覇装と全身を白く染めたホワイトが巨大な斬魄刀を一護に向ける。

 

『こんなところに何の用だ、一護』

 

「――――誰だ、お前は」

 

『俺は黒崎一護だ』

 

「違う!!俺が黒崎一護だ!!」

 

『俺より弱い奴が黒崎一護を名乗るっていうのは……我慢ならねぇな』

 

己の存在証明であるアイデンティティの崩壊を理性は容認できない、己という種の繁栄を否定される事を本能は容認する事はない。

 

「俺の名前だ、俺が両親から貰った名前だ!!名乗って何が悪い!!」

 

『何か一つのものを護り通せるように、だろ?お前は本当に誰かを護れたのか?』

 

 

『護れてねぇだろ!!』

 

 

『母親を死なせて!荒れて不貞腐れて喧嘩して家族を泣かせて!その家族だって朽木ルキアが居なかったら全滅だ!!町が虚に襲われても仲間や家族を護れず、その挙句に朽木ルキアを死神なんぞに攫われて!今度は井上織姫に庇われただと!?』

 

『そんな奴が名乗れる程に軽い名前じゃねぇんだよ。黒崎一護はすげえ奴なんだ、お前みたいな自殺志願者が名乗って良い名前じゃねぇ』

 

「うるせえよ!分かってるんだよ俺が誰よりも弱いって事は!!」

 

『だったらお前の体を寄越せ、俺が全部やってやる!尸魂界の死神共を全員ブチ殺してやるよ!!』

 

「……それは、ダメだ」

 

『―――だったら全部投げ出しちまえよ一護!誰もお前を責めないさ、朽木ルキアも言ってただろ、日常に帰れってさぁ!!』

 

「……それは、出来ねぇ」

 

『イヤイヤ言ってんじゃねぇよ!!何が出来るんだよお前に!!』

 

「俺が、護るんだ」

 

『アァ!!??』

 

「今度こそ俺が強くなって皆を護る!俺に死神の力を寄越せ、俺の虚!!!」

 

 

 

 

 

『何も分かってねぇな、一護』

 

 

 

 

 

ホワイトが怒りに任せて振るった剣圧が隣に浮かんでいたビルを容易く両断した。彼は怒っていた、今の黒崎一護の姿に対して失望していた。

 

 

『ぼうっとしてねぇで構えろ、一護』

 

 

 

「……は?」

 

 

 

『本当に、理解の遅いガキだ。俺が斬魄刀を手にしているという事は――――俺はいつだってテメェを斬れるって事だ!一護!!』

 

その瞬間、ホワイトが踏み込み斬魄刀を上段に振るう。今の一護にとって振るわれた一撃を回避出来たのは奇跡に違いなかった。

 

 

『俺はお前だって言ってるだろうが!死神の力はここにある、お前が死神に成れないのは覚悟が足りないからだ!!』

 

『死神の力が欲しければ俺から奪ってみろ!!俺が勝ったらテメェの体を貰うぜ、要はここで勝った奴が本物の黒崎一護って事だ!!!』

 

「ふざけんな!素手でどうやって戦えって言うんだよ!!」

 

『随分と余裕だなぁ!!死神と戦う時も同じ事が言えるのか!?喰らい付いてでも戦って見せろ!!』

 

黒崎一護のフィジカルは高く、また親譲りの強い霊力と霊感を持っている。ただしそれだけの子供であり、それだけの高校生でもあった。

 

傍から見ればホワイトが遊んでいる、逃げ回るだけの黒崎一護を甚振る為に斬魄刀を振っている。

 

『俺に勝てない奴が、死神達に勝とうなんざ二千年早えんだよ!!』

 

しかし今度こそ、ホワイトの握る斬魄刀が一護を袈裟切りにする為に振り下ろされる。

 

一護は逃げる事が出来ず、躱すには遅すぎた。しかし黒崎一護に蓄積された経験が構えを取らせた。

 

「こいつは―――!!」

 

『お前はそっち側に立つのか、袖白雪』

 

かつて朽木ルキアが握っていた袖白雪が、朽木ルキアを危険に晒した黒崎一護を護った。()()()()()()()()()ホワイトの斬魄刀と交差するように受け止めたのだ。

 

『どうする一護、ソイツで俺と戦うか?』

 

「――――必要ない」

 

黒崎一護が弱かったから見て居られなくて力を貸したのだ、朽木ルキアはそういう奴だった。

 

ビルの壁面に袖白雪が突き立てられる。朽木ルキアの斬魄刀が目の前の虚に折られないように、傷一つ付けさせない為に黒崎一護は一歩前に出る、無手にして自然体で立つその姿は不動。

 

朽木ルキアがここに居れば見せてやりたかった、自分だけの力で黒崎一護は戦える。どんなに相手が強くても、どんなに傷ついても、お前を護ってやれる男なんだと証明したかった。

 

 

『良い覚悟だ――――!!』

 

 

再び目にも止まらぬホワイトの踏み込みが斬魄刀へ伝わり、黒崎一護の心臓を貫く為に切っ先が胸骨を砕きながら侵入する。

 

黒崎一護は前進する、体内を突き破って背中から斬魄刀が生えていく、ホワイトが斬魄刀を引けば黒崎一護がホワイトの喉元に喰らいつくだろう。

 

当然腕を伸ばしたままの姿勢であれば黒崎一護の牙は届かずの自殺で終わる、しかしホワイトは掴んでいた斬魄刀を手放し、黒崎一護から距離を取る。

 

 

 

『抜いて見せろ』

 

 

 

斬魄刀を奪われ、姿が崩壊していくホワイトが語りかける。

 

黒崎一護は覚悟を示した。逃げず、怯えず、脅威と恐怖に立ち向かい自らの力だけで反撃に出た。

 

ホワイトの顔には先程まで存在した嘲るような表情ではなく、むしろ黒崎一護を褒め称えるようなむず痒い顔をしていた。

 

 

 

『二度と手放すな』

 

 

 

そしてホワイトの姿が消え去ると同時に黒崎一護の心象世界が崩壊していく、斬魄刀として抑え込まれていた虚の因子が解放されたことで魂魄のバランスが崩れつつあるのだ。

 

数多の伸び行くビルすらも崩壊し、己の虚空に放り出される一護。何時の間に自分の傍に浮かぶオッサンがどこか誇らしげに一護を見下ろしていた。

 

「一護、良くやったな」

 

「オッサン、俺……」

 

「もはや時間がない。現実のお前の肉体が虚になりつつある、それを止めるには相反する死神の力が必要だ。早くその斬魄刀を引き抜け」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやあの……結構グッサリ刺さって抜けないんだけど……」

 

「……」

 

「というか俺の心臓にガッツリ刺さってるんだけど、これ抜いても大丈夫なのか……?というか手遅れなんじゃ……」

 

「……」

 

 

 

 

「何をしている!崩れるぞ!!早く斬魄刀を引き抜け!!!」

 

「都合悪い事を無視して進めるんじゃねぇよ!!!畜生――――抜けねえ!!!!」

 

 

 

 

 

全長にして五尺*2はある斬魄刀を己の胸元から真っすぐ引き抜くのは困難であった。

 

何か使える物はないかと辺りを見回したその時目に映ったのは、ビルに刺さっていたが故に同じく虚空に放り出された朽木ルキアの斬魄刀だった。

 

そうだ、黒崎一護はかつて心臓を斬魄刀で貫かれている。朽木ルキアに死神の力である霊力を注がれた時、黒崎一護は死神の力に目覚めたのだ。

 

黒崎一護は考えた、そして思いついてしまった。己の斬魄刀の力、かつて扱った事のあるその能力。

 

 

 

つまり、自分自身に月牙天衝を放つのだ。

 

 

 

月牙天衝は己の霊力を僅かに喰い、それを巨大な霊圧の斬撃に変換して放つ技である。

 

想定される未来は壮大な自爆、しかしどの道失われる命であれば微かな可能性に賭ける無鉄砲な勇気を一護は持ち合わせていた。

 

微弱な霊力を吸い上げ放たれる幽かな月牙天衝、それは刃を伝わって黒崎一護の体内にて解放された。

 

心臓から肺動脈へ直接霊力が流れ込み、黒崎一護の体内に存在する霊王の肺がその霊力を盛大に増幅する。

 

それが巡り巡って霊力のブースターである鎖結に辿り着いた時、黒崎一護の魂魄は―――――弾けた。

 

 

 

 

 

 

 

*1
例外や語弊があります、あまり鵜呑みにしすぎないように

*2
約1.5m




社会に出れば、死んだも同然


皆様の感想と評価に感謝を。

ちなみに私が初めて好きになったキャラは津村斗貴子です。

よって黒髪でセミロングっぽいなキャラは優遇される可能性があります、ご容赦下さい。



誤字報告、とても感謝しております。
今後とも評価と感想お待ちしております。


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My World

 

 

 

『浦原、一護が向こうに行ってから何分経った』

 

「五十分ですねぇ、そろそろ限界かも?」

 

『大丈夫だ、いざとなれば俺が一護の虚を乗っ取って破面化させればいい』

 

「うわー本当に便利なホワちゃんだ、最初からやってくださいよ」

 

『一護は追い詰められれば追い詰められる程に輝くんだ、輝く一護はカッコイイぞ』

 

「うーん、これは親バカなのか児童虐待なのか分からないっすね……」

 

黒崎一護が己の心象世界で己の虚に襲われ、正真正銘の危機の真っ最中でも外の雰囲気は似合わぬ程の朗らかさを見せていた。

 

『「がああああああああ!!があああああああああ!!!」』

 

『アイツあんだけ叫んで喉枯れねえのかな』

 

「むせた瞬間に集中が途切れて虚化とかは止めて欲しいですねぇ」

 

虚の仮面に顔を覆われても虚化に抵抗する黒崎一護、それを見て浦原は仮面の軍勢の時とは違い一般の人間であった黒崎一護を虚にさせるという荒療治に困惑している。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()、実際ホワイトが居なければ自分が同様の行いをしていただろう。

 

浦原という死神は真咲のホワイトを信用していなかった。真咲のホワイトが黒崎一護を手荒に扱っても壊す様な真似はしないという点は唯一信用している。

 

しかしホワイトという藍染が生み出したであろう虚が黒崎一護をどのような理由で鍛えているのかが不明のままだからだ。

 

藍染惣右介に反旗を翻すつもりなのか、それとも自分の利益だけを求めているのか、その場合に目指す最終地点は何処なのか。

 

少なくともホワイトが知っている知識は自分や藍染とは一線を画している、浦原喜助は倫理観の外れた男ではあるがそれでも善性の男であり少なくとも世界の安寧を願う人間の一人であった。

 

 

 

 

 

「黒崎くーん、頑張ってるー?」

 

「『あ』」

 

「え?」

 

 

『「ガフッ…アアァ―――――アアアアアアアアア!!!!」』

 

 

『あ、むせやがった!!』

 

「―――啼け!紅姫!!!」

 

「え?ええぇ!!?」

 

 

 

 

彼等は知る由もない、黒崎一護が死神の力を手に入れる過程で自らの心臓に突き立った斬魄刀から月牙天衝を放った事などは。

 

黒崎一護は知る由も無かった、雑草を引き抜く為に土を除けるくらいの気持ちで放った月牙天衝がまさか体内で威力が増幅されるなどとは。

 

井上織姫は知らなかった、早速黒崎一護が修行を頑張ると聞いてウキウキと差し入れを用意して訪れた場所でとんでもない事が起きているなんて。

 

 

 

結果から伝えよう、

 

 

 

 

黒崎一護の魂魄は―――――弾けた。

 

 

 

 

黒崎一護に内包された霊力の内圧が上昇して外界へと解き放たれ、その勢いのまま天井近くまで打ち上げられると共に魂魄の器に限界が訪れて黒崎一護は空中で爆発したのだ。

 

勉強部屋に黒崎一護の血液が血の雨となって降り注ぐ、黒崎一護だったものがべしゃりと湿り気を帯びた音と共に地面に落ちる。

 

 

 

 

 

 

黒崎一護は生命活動を停止…死んだのだ。

 

 

 

 

 

 

『一護ぉおおおおおおおおおおお!!!?』

 

「嫌あああ!黒崎くーん!!!!」

 

「あららー、胸元に完全に穴が開いてますね」

 

『風穴どころか胸元抉れてるんだよバカ野郎!左の胸部吹っ飛んで頭と右腕と下半身が辛うじて繋がってる程度じゃねえか!!!』

 

「死なないで黒崎くん!!イヤ!イヤあああああああああああ!!」

 

『こっちもトラウマ発症してるーーーー!!』

 

「テッサイさーん、時間停止お願いしまーす!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『頭を垂れて蹲え、平伏せよ』

 

 

 

 

メゾン・ド・チャンイチ 管理人

ホワイト/黒崎真咲の虚

 

 

 

 

ここは黒崎一護の心象世界、青空を貫かんとばかりに伸びたビルの群れが無数に存在する場所。

 

この横たわった世界で右手を天壌無窮に広がる青空に向ければ左には底の見えない永遠無限の闇が広がっている。

 

『いきなり帰ってきて偉そうだなぁ、姉貴』

 

メゾンドチャンイチの住人が揃って正座させられている、そしてその中には黒崎一護も交じっていた。

 

『誰が喋って良いと言った?貴様共のくだらぬ意思で物を言うな。私に聞かれた事のみ答えよ。

 

一護が自爆した、心臓に月牙天衝をブッパした。私が問いたいのは一つのみ、何故に貴様らはそれ程まで頭が弱いのか。

 

死神の力を手に入れたからと言って終わりではない、そこから始まりだ。より経験を喰らい、より強くなり、一護が誰かを護る為に立つ為の道のりの始まり。

 

ここは十年余り、メゾンドチャンイチの顔ぶれがあまり変わらない。やべぇ虚共を葬る為に頑張ったのは常に霊王の欠片やら俺やら一護の底力だ。しかしお前達はどうか?何を一体頑張った?』

 

単純にホワイトはブチ切れていた、斬魄刀持ってこいと言ったら何がどうなって黒崎一護が汚い花火になるのか理解不能であった。

 

 

 

メゾン・ド・チャンイチ 地主兼大家

黒崎一護/高校生

 

 

 

『黒崎一護、何故心臓に月牙天衝をブッパした』

 

「あの白い奴に刺された斬魄刀が抜けなかったからです!!!」

 

『それが何故月牙天衝をブッパする事に繋がるのかを言えと言っているのだ馬鹿者があああ!!!』

 

「ぎゃああああああ!!!!」

 

白様の拳によってビルにめり込む黒崎一護、最終的に斬魄刀を抜く事が出来なかった為に通常の魂魄のままであった一護は堪える事も出来ずにそのまま吹き飛んでいった。

 

 

 

メゾン・ド・チャンイチ 101号室

  のオッサン/      /滅却師

 

 

 

『オッサン、何故黙って見ていた』

 

「黒崎一護なら大丈夫だと思っていた」

 

『監督不行き届き!及び最重要機密事項の漏洩の恐れ!処刑執行だ馬鹿野郎!!』

 

「ぐおおおおおおおお!!?」

 

 

 

メゾン・ド・チャンイチ 102号室

ホワイト/黒崎一護の虚

 

 

 

『弟よ、何故黒崎一護の心臓に斬魄刀を刺した。私は黒崎一護と対話と同調の指示を出した筈だが』

 

『そんなかったるい事出来るか、男は殴り合いで上等だろ』

 

『だったら斬魄刀で刺すんじゃねぇ!一護の悪い所ばっか見習いやがってええええ!!!!』

 

『ぎゃあああああああああああ!!!』

 

 

 

 

メゾン・ド・チャンイチ 103号室

霊王の肺/霊王の欠片

 

「………」

 

メゾン・ド・チャンイチ 104号室

袖白雪/朽木ルキアの斬魄刀

 

「………」

 

 

 

『……許す!!!』

 

 

 

馬鹿共三人以外の連中はむしろ黒崎一護の生存に貢献している、黒崎一護の利になる者には白様は甘かった。

 

一方で這う這うの体でめり込んだビルから帰って来た三人を捕まえた白様はホワイトとオッサンの胸倉を掴み上げ揺さぶりながら叫んでいた。

 

『時間が無ぇって言ってるだろうが!!さっさと死神の力を出せ!名前を名乗れ!!』

 

『一護が月牙天衝をブッパした時に斬魄刀がどっか飛んで行ったんだよ!』

 

『だったらさっさと探して来いよぉ!何ボサっとしてんだお前!?』

 

『もう袖白雪でいいんじゃね?』

 

「……!!?」

 

『止めろよ!袖白雪が困ってるだろ!!』 

 

袖白雪は斬魄刀のままなので一護のホワイトの様に喋る訳ではないが、微振動により鞘の中で震える音で異議を申し立てた様だ。

 

「名乗っても一護が聞こえぬのではどうしようもない」

 

『お前の名前じゃねぇ!斬魄刀の名前だ!!というかお前の名前を一護が知ってみろ!一護が一瞬で蒸発するわ!!』

 

え?このオッサンの名前ってそんなにヤバイの?とビビる黒崎一護、名前を言ってはいけないあの人なの?と距離を空ける黒崎一護。

 

「正直届かぬと分かってはいるのだがな。一護よ、『おいしさは、やさしさ』や『ユニーク・ヒューマン・アドベンチャー』の信念を掲げ、純露等を代表に製造する製菓会社と言えば?」

 

「株式会社   味覚糖?」

 

「ドイツの作曲家でバロック音楽の重要な作曲家と言えば?」

 

「J.S.   ?」

 

「やはり私の声は届かぬようだな」

 

『遊んでる暇があったら斬魄刀探して来てよぉ!時間が無いんだよぉ!!!』

 

「あそこのビルに刺さっているぞ、ホワイト」

 

『あーあったわ、ちょっと一護抜いてこいよ』

 

「無理に決まってるだろ!!さすがにあそこまでは素で届かねぇよ!」

 

黒崎一護、高校生である。故にその能力は一般的な人間のソレであり、空を飛ぶというのは不可能であった。

 

『うだうだ言ってないで…とっとと抜いてこい!!』

 

「うわああああぁああああああああああ!!!!」

 

一護のホワイトに投げられ再び空を飛ぶ一護、斬魄刀を掴み損ねれば己の虚空に落ちて生還の望みはないだろう。

 

 

 

 

 

―――故に手を伸ばした、己の分身でもある斬魄刀、大切な者を護る為の力をその手に取り戻す為に。

 

 

 

 

 

 

「届けぇええええええええええええええ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

再び黒崎一護は爆発する、自己のイメージがそのまま投影される魂魄の姿が死神の力を取り戻すとともに己の姿形を最適なものに作り替える。

 

その身を死覇装に包み、その手には斬魄刀を持つ。顔を覆う虚の仮面を外し、仮面を地面に叩きつけ、仮面を踏みつけ、ついでに斬魄刀を刺した。

 

「……黒崎サン、大丈夫ですか?なんだか大層ご立腹の様な……」

 

「何でもない、ただ悪夢を見ただけだ」

 

「あぁ、そうですか……」

 

浦原喜助は何も聞かない事にした。斬魄刀というのは己の陰であるからして一癖や二癖はある物だ、折り合い付かずに何かが起こる事も有るだろう。

 

ついでに瞳からハイライトを失った井上織姫が、黒崎一護を笑みを浮かべながら見つめているのも無かった事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 




恐れることは ただひとつ 疲れを知らぬ 社畜と為ること


皆様の感想や考察が沢山でとても歓喜しております、今後の展開までバレやしないかと冷や冷やもしております。


誤字報告、とても感謝しております。
今後とも評価と感想お待ちしております。


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井上織姫

 

 

 

私の好きな人は、砂糖菓子

 

甘くて 綺麗で

 

ひょいっと摘まんで、口に運べば

 

砕けて 割れる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雨の日の交通事故、背負い引き摺った兄の体から熱が失われていく感覚が今でも忘れられずに事故が起きてしばらくの間は夢にも出た。

 

心的外傷後ストレス障害、PTSD、所謂トラウマ。兄の死をきっかけにして生まれた心の傷は深く、気落ちした井上織姫はイジメの対象にもなったが持前の負けん気と良き友を持ち少しずつ明るさを取り戻していった。

 

その呪縛から解き放たれたのは皮肉にも再び蘇った兄が死んだ事に因る物であったが、今度は自ら送り出す事によって兄の件は解決した。

 

自らを護り、自らを救ってくれたヒーロー、それが彼女にとっての黒崎一護であった。

 

黒崎一護が最弱でも構わない、黒崎一護が悪魔でも構わない、その輝きに触れられる距離にさえ居させてくれれば構わない。

 

ただそれだけをささやかに願っていたのに、突然目の前で黒崎一護が爆発した。井上織姫に出来たのは泣きわめく位で何もしてやれることは無かった。

 

――――彼の血を浴びた時、心臓がきゅうってなって、肺が苦しくなって、胃が暴れて、血が冷たくなって、目が潤んで、震える手足を動かして、声を出す事しか出来なかった。

 

 

『一護ォー!!サッカーしようぜ!!お前ボールな!!』

 

「うおおおおお!?あぶねぇ!!」

 

 

白様の修行で地面に叩き伏され、サッカーボールキックで頭を蹴り飛ばされそうになった一護が飛び起きて回避する。

 

黒崎一護は復活した、死神の力を取り戻した彼は強くなるために修行を続けるだろう。

 

その時、自分に何が出来るのだろうか、彼についていけるのだろうか。黒崎一護を護りたい、彼の輝きを失いたくない。

 

「お悩みですか、井上サン♪」

 

「えっと…はい」

 

「ふむ、もしかして怖くなりました?」

 

「尸魂界でしたっけ、そこに行くのは怖くないです。でも黒崎くんが傷つく事が、恐ろしいです」

 

「そうですか、しかし貴女は私に黒崎一護を護る為に強くなりたいと言いました。その言葉を実行して貰いましょうか」

 

そう言っていつの間にか用意されていたホワイトボードに井上織姫が持つ能力のおさらいが書き記されていく。

 

「さて、井上サンの能力は『拒絶』、これを三種に分けて扱う事が出来るのが盾舜六花の力ですかね」

 

「盾の外部における攻撃から拒絶する、盾の内部における破壊を拒絶する、そして対象における二つの結合を拒絶する」

 

「中々面白い能力だ、それぞれが強力な力を持つ。しかしこれだけでは面白くありません」

 

「双天帰盾、これは対象が失ったモノを補充する能力ではない。死神が扱う回道に似たようなモノとも思いましたがテッサイさんが否定していました」

 

「回道では失ったモノを完全に戻す事は難しいからです。皮膚が重傷であれば肥厚性瘢痕による古傷が残り、軟骨が修復される際に別物の繊維軟骨で補填され、骨が折れれば元の強度を取り戻せずに厚くリモデリングしたり、再生力の豊富な肝臓にも限度があったりと人体は一度傷付けば二度と同じには戻らない」

 

「ですが井上サンのソレは完全に元に戻してしまう、現在における否定によって過去すらも否定してしまう、これは因果の操作によるもので大変面白い。」

 

「一方で過去を書き換えているわけでは無い、時間を巻き戻しているわけでは無い。限定的ではありますが現実を否定する為の究極の現在不干渉系、つまり貴女は現実というモノを受け入れたくないお人ですかね」

 

「外界を拒絶して己を護り、目の前の出来事を無かったことにして、貴女と世界を結び付ける物を切り離す。貴女にとって現実とはさぞツマラナイものでしょう」

 

現実の拒絶、現実からの逃避。ああ――――そんな事はいくらでもあった。私は世界が嫌いだ、世界なんて辛い事だらけだ。

 

何も見ない、何も聞かず、何も信じない。私の喜怒哀楽だって外の世界の借り物、自分の意志なんて世界の流れに上書きされて流されてしまう。

 

閉じた部屋こそ私の世界、より良き友を得ても私の心に空いた穴は埋まらず、永遠の静寂に存在する虚無にこそ至高の幸福だと信じていた。

 

―――――黒崎一護に、出会うまでは。

 

欲しいと思った、きっと彼はかつて私と一対どころか一個の存在だった。食べてしまいたかった、私が持ってないモノを持っている彼の事が羨ましかった。

 

これは私の心だ、誰にも渡さない。私らしさは黒崎君と共にあって初めて存在する。

 

貴方こそ私の陽だまり、貴方が見るモノを一緒に見たい、貴方が聞く音を一緒に聞きたい、貴方が世界が美しいと言えば本当に世界は輝くだろう。

 

「黒崎一護が死にますよ」

 

「どういう、事ですか……?」

 

「諸事情で私は尸魂界にはついていけません、尸魂界では数多の強大な力を持つ死神が貴女達を襲うでしょう。黒崎サンが強くなったところで、その程度の実力では抵抗すら怪しいでしょうね」

 

「だったら、何で黒崎君を止めてくれないんですか」

 

「井上サンだって黒崎サンを止めなかったじゃないですか。貴女は黒崎一護を止める気がない、なのに私には黒崎一護を止めろと言う。随分自分勝手じゃないですか」

 

「私にも思惑が在るのは認めましょう、彼には是非尸魂界に行ってもらいたい。しかしそれは黒崎一護の生存に結びついてはいない、私は黒崎一護が死んでもいいと思っている」

 

目の前の景色が酷く冷めていく、音が平坦に響いている、なんだか何でも壊してしまいたい気分になる。

 

黒崎君と出会う前の私、たつきちゃんが護衛の為と教えてくれた空手。でも私は分かっていたんだ、私はたつきちゃんよりも強いって。

 

お兄ちゃんに心配かけたくなかった、だから笑って見せた。なによりたつきちゃんが私を護ってくれたから、私はただ護られていた。

 

弱い者苛めは趣味じゃないから、たつきちゃんが私を護る事を望んでいたから、私は何もしなかった。

 

「いっそのこと、黒崎サンにはたった今死んでもらいましょうか?」

 

そう言って浦原さんは仕込み杖から刀を抜く、視線の先には黒崎君、修行に必死で気付いていない。

 

私の世界、私の箱庭、そこに手を伸ばす者共を私は許さない。どうせ許さないのだから――――。

 

 

 

壊しちゃおうか

 

 

完現術者とは物質に宿った魂を引き出し、それを使役する能力。それが最大限に活かされるのは、最も愛着がある物質に宿る魂を理解した時。

 

 

 

「六天葬盾」

 

「私は貴方を『拒絶』する」

 

 

 

 

 




もしわたしが上司だったなら
それが永遠に交わることのない
会社の理念と部下を繋ぎ留めるように
社畜の心を繋ぎ留めることができただろうか


100000UA突破嬉しいです!!

誤字報告、とても感謝しております。
今後とも評価と感想お待ちしております。


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茶渡泰虎

 

 

浦原喜助の生存が危ぶまれている事なぞいざ知らず、空座町の廃ビルでは二人の人影が向かい合っていた。

 

元護廷十三隊二番隊隊長、隠密機動総司令官及び同第一分隊「刑軍」総括軍団長、四楓院夜一。

 

死神の基本戦闘術である斬鬼走拳、その内でも移動術の歩法と格闘術の白打に秀いており、特に瞬神とも称えられる程の高速移動術である瞬歩の技術は他の死神と一線を画す。

 

そんな彼女と相対するのは黒崎一護と同じく先日まで一般の高校生だった男、茶渡泰虎。黒崎一護によって素質が目覚め、完現術の能力を宿した男。

 

「お主を黒崎一護に同行させる条件は、儂に一撃を与える事じゃ」

 

「……分かった」

 

元々口数の少ないチャドは仔細を聞かずに己の完現術を発現させるとチャドの右腕が人にあるまじき形態に変わる。

 

「そして―――ここでお主は終わりじゃ」

 

瞬神、その名に疑いはなく――――それは固きを砕き、それは疾きを遮る。

 

夜一が放ったのは瞬歩からの言うなればローリングソバット、チャドは攻撃に移る前の気配に反応して己の経験から正中線を晒さずに右腕で受ける事を選択した。

 

結果的に肩まで衝撃が抜けて胸郭の辺りまで余波で傷付いた、しかしこの場には井上織姫はいない、チャドのケガがすぐさま治る事はない。

 

「お主の強みがその右腕なら、それを満足に扱えぬお前はどうする?」

 

「関係ない」

 

チャドは己の右腕を引き絞る、痛みなど気にする事なくその剛腕は夜一に目掛けて振り下ろされて躱される。

 

「そんな見え見えの拳に当たる訳ないじゃろうが、頭を使え、足を使え」

 

「む…!?」

 

恐るべき勢いの込められた拳の躱しざまに放たれる蹴りがチャドの胴体に突き刺さる、手加減をされていると分かっていても思わず膝を突き込み上げる胃液を何とか堪える。

 

「当たらぬ位置と当たる位置、相手の動きを読めば分かることじゃ。お主の拳の先に儂はおらず、代わりにお前の体は隙だらけ、阿呆の如き振る舞いじゃ」

 

ネコ科の動物のように柔軟かつ素早い夜一の体術は喧嘩のみ経験して来たチャドとはまさにアマチュアとプロの対決であり、瞬神を捉えるには遅すぎた。

 

「歩様は素早く、体の捌きは鋭く。儂は踊りは得意ではないが、これぐらいは出来んとな」

 

「ダンスは苦手だが…アンタの胸を借りさせてもらう」

 

「そうこなくては!!」

 

チャドは前進する、信じられるのは己の肉体のみ。それを霊王の欠片が感応したのか右腕だけを変えた完現術が胸部を覆う様に浸食を広げていく。

 

チャドの拳の勢いを利用した夜一の投げ、受け身を取りながら飛び起きたチャドが後退すればすかさず間合いに踏み込み掌打を放つ。

 

それを再び右腕で受けて吹き飛んだチャドが痛みに呻きながらも右腕を盾にタックルを仕掛ければ夜一の膝が迎え撃ち、夜一の追撃を予想してカウンターを狙ったチャドには攻撃は放たれなかった。

 

「押さば引く、引けば押し、押さば押す、引けば引く。流れを掴めば簡単な事じゃ」

 

「――――ッ!」

 

遊ばれている、何もかもが通じない。自前の体格とタフネスが持ち味だったがそれも目の前の女傑には無に等しい。

 

「お主の力は完現術と呼ばれておる、己の思い入れが強い物質に宿る魂の力を引き出す能力。お主の力は肌を媒介にした力か?異人の血を引く者よ」

 

「……俺の肌にそんな思い入れはない、誇りとさえ思った事は無い」

 

スペインに住んでいた祖父に引き取られた俺は肌の色からか差別的な扱いを受け、来る日も来る日も只管に暴力に明け暮れる日々。

 

俺の祖父が何度も説教をしたのだ。お前の巨きな体は、お前の巨きな拳は暴力の為にあるのではないと。

 

お前に与えられたモノが、何の為に与えられたかを知りなさい。強いお前だからこそ優しくなりなさいと諭した。

 

そんな祖父も亡くなって俺は日本に帰国する、そこでもいざこざや争いは絶えなかったが黒崎一護が俺の巨きい体と拳が誰かを護る為に振るうものだと教えてくれた。

 

「俺の纏うこの肌一枚の向こうは全て敵だった。俺の誇りとは心の繋がり、俺の祖父や一護との約束を護る為に俺の力を振るえるのならばそれ以上に誇らしい事はない」

 

「成程、天晴な気概じゃ。だがそれでは唯の力不足、その言葉に嘘が無くば全力で来い」

 

瞬神は舞う、風に乗る木の葉の様に、川を流れる流水の様に、爆ぜて落ちる雷の様に。

 

チャドの拳が唸る、台風の吹き付ける強風の様に、城壁を吹き飛ばす大砲の様に。

 

しかし一方的に傷が増えていくのはチャドの方だった、振るう拳が掠りもせずに虚空を撃ち続ける。

 

「しかしお主には随分と舐められたものじゃ!何故に足を使わぬ!何故に拳のみを振るう!何故――――あの一撃を打たぬ!!」

 

「……別に、舐めているわけじゃない」

 

「あぁ!?」

 

「俺と一護が喧嘩した事は一度もない、俺と一護が喧嘩をしたらほぼ必ず俺が勝つからだ」

 

「巨大虚一匹にビビっていた小童が何をほざく!身の程を知れ!!」

 

素早く夜一が飛び付き腕十字を仕掛ける、筋力という点では他のフィジカルに富んだ隊長格に僅かに劣る彼女ではあるが完璧に極まればただでは済まない。

 

しかしチャドの腕があらぬ方向にへし曲がる事は無かった。大人の指を赤子が握る様に、まるで釈迦の手で弄ばれる孫悟空の様に、夜一は己が掴んだ物の本質を見誤った事を認めた。

 

「―――待て、何故関節を極めている筈の儂が動けぬ」

 

「俺は一護よりも強くならないといけない、でなければ一護の背を預かるなんて出来やしないからだ」

 

「これを狙っていたのか!()()()()()()()()()()()()

 

「夜一さんを過小評価しているわけじゃない、俺にはこれが一番合ってるんだ」

 

すばしっこいガキも居た、石を投げて来る奴もいた、ナイフを持ち出したチンピラもいた、幼い自分よりも体格のデカイ大人とやり合う事も少なくなかった。

 

それを全部親から貰った体と拳一つで超えて来た。近づいて殴る、近づかれたら殴る、只管に繰り返して来た日々は俺の完現術とやらを俺に最適な形へ変えた。

 

 

 

 

巨人の右腕(ブラソ・デレチャ・デ・ヒガンテ)

 

 

 

 

「すまない」

 

俺は腕にしがみ付いたまま動けなくなった夜一さんをコンクリートの柱に叩きつけた、一撃を与えたと言っていいかは微妙だが夜一さんの体を解放して構える。

 

「……合格じゃ」

 

 

 

 




この年末年始にかかる日付の全てが社畜の出勤領域だ

チャドについては色々書きたい事があるので最小限にしました、今後の活躍にご期待ください。

この二次創作の推薦文を貰うまでは書き続ける予定です、よろしくお願いいたします。


誤字報告、とても感謝しております。
今後とも評価と感想お待ちしております。


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アイデンティティ

 

 

『結局さぁ、こっからどうすんのよ』

 

ここは黒崎一護の心象世界、青空を貫かんとばかりに伸びたビルの群れが無数に存在する場所。この横たわった世界で右手を(ry

 

そしてここでは現在、メゾンドチャンイチの住人が集会を開いており円座の形に並んで今後の黒崎一護の行く末を語り合っていた。

 

「やはり斬魄刀の始解が急務でしょう、唯一無二である己の半身であり己の象徴。ルキア様を助けに行くというなら黒崎一護を最高の状態に仕上げねば」

 

「気になったのだが、斬魄刀とは結局一体何なのだ」

 

「斬魄刀とは浅打と呼ばれる刀に己の魂魄を転写した物―――と言われています。刀に拘るというより、慣習的に刀が己の能力を発揮する媒介になっているという事ですね。そして浅打は真央霊術院に死神見習いとして入学した際に渡される物で、それ以外に入手する方法はありません。そういえば……黒崎一護はどこで浅打を手に入れたのですか?」

 

『浅打なんてないぞ。何故かは知らねぇが一護が初めて死神になった時に最初から刀を持ってたからな、それに慣れたみてぇだから死神の力を取り戻す時も俺の力を適当に刀の形にして押し付けておいた』

 

「黒崎一護は現世で死神となった、真央霊術院など関わりようがない」

 

「黒崎一護が持ってるのは斬魄刀じゃないんですか!!?」

 

『刀は刀だろ、でけぇ斬撃が出る刀に何か文句でもあるのか』

 

「そもそもなぜ死神は刀を持つことに拘っている。滅却師で言う弓のようなものか」

 

「貴方達はその程度のふわっとした認識で『抜いて見せろ』とか「早く斬魄刀を引き抜け!」とか言ってたんですか!?」

 

メゾンドチャンイチの住人となった新顔の袖白雪は驚愕していた、意味深なセリフで黒崎一護の運命を導かんとする者達のいい加減な具合に。

 

「確かに変だとは思っていたのです……死神の力を取り戻す際に私は一切力を貸していないのに黒崎一護が斬魄刀を持っていた事を……」

 

【問題を曖昧なままにするから、取り返しのつかない事になるのだ】

 

『霊王の肺がスゲェまともな事言ってる!』

 

「さすが霊王の欠片、発言に説得力があるな」

 

「貴方達が適当すぎるだけでしょう!!どうするんですか一体!」

 

『問題ねぇよ、ちゃんと考えてある』

 

そう言ってホワイトが乱立するビルの一棟を指し示すとビルが解けるように姿を変えていき巨大な斬魄刀となった。

 

『このバカでけぇ斬魄刀でもの凄い月牙天衝を放てば――――大抵の奴は塵になる』

 

「うむ、どんな防御手段を持っていても霊圧が上回れば問答無用で滅する事が出来るからな」

 

「馬鹿ですか貴方達は!?どうやってこの阿呆みたいな巨大な刀を振り抜くんですか!!」

 

『こう……立てた状態で蹴れば勝手に倒れる勢いで振れるぜ』

 

「うむ、何千里と逃げようと何万里と吹き飛ばせば問題ない」

 

「尸魂界ごと滅ぼすつもりですか!?そもそもルキア様の救出はどうするのです、まさか助ける前に尸魂界を吹き飛ばすつもりじゃないですよね!?」

 

『じゃあ一週間でどうやって尸魂界の死神と戦うんだよ、一護を瞬殺した奴が少なくとも十三人は居るんだろ?』

 

実際問題、朽木ルキアの救出には問題がいくつも付きまとう。かつては強大な勢力であった滅却師を何度も絶滅寸前まで追いやった集団だ、その恐ろしさはオッサンも身に染みて知っている。

 

よって朽木ルキア救出の後に死神達からの報復に出る事は必至であり、それは黒崎一護の日常の崩壊に繋がっている。メゾンドチャンイチの住人としてホワイトもオッサンも黒崎一護が血塗られた道を歩む事を忌避しているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『つまり、一護がこの先を生き残る為には斬魄刀の「始解」が必要になる』

 

「始解…あの面白眉毛の刀の形態が変わったやつか」

 

『その通り、始解に必要とされるのは「対話と同調」。少々乱暴だったが一護は己の精神世界で斬魄刀と対話した、あとは同調するだけなんだが…』

 

「そう簡単に言われてもな…俺の中のアイツが一切協力する気配がないんだよ」

 

『そりゃあ、お前が未だに本質から目を背けてるからだろ。斬魄刀とは己の写し鏡、しかしそれを受け入れるのは内なる虚を受け入れるのとはまた話が違う』

 

そう言って白様が抜き放った白鞘穿月は日本刀の形のまま、グランドフィッシャーと一護が戦っていた時の木刀の様な姿は一片も見当たらなかった。

 

『内なる虚が本能とするなら、斬魄刀は本質を示す。お前は己の抑圧されたもう一人の自分を知った、しかし全てを破壊する力をお前は望んでいるのか?』

 

「んなわけないだろ、そんな面倒な事はごめんだね」

 

『だろうな。一護、お前が俺の斬魄刀の名を呼んだ時は木刀の形をしていた。最低限の殺傷力に抑える形だ、争いを疎んずるお前の心境の表れ、だから霊圧の供給が揺らいだだけで斬魄刀の形すらまともに維持できない』

 

「……何が言いたい」

 

白様は己の斬魄刀を引き抜き斬魄刀の名前を呼ぶ。『白鞘穿月』、かつての匕首の形態をそのままにして切っ先が黒崎一護に向けられる。

 

『お前は所詮腰抜けだ、そんなんじゃ朽木ルキアを助けるなんて千年早いね』

 

白様のわかりやすい挑発に黒崎一護は躊躇わなかった、白様の身の丈を超える一護の斬魄刀が唐竹割りで振り下ろされる。

 

対して小枝のような斬魄刀で受けた白様の嘲るような表情は変わらない、むしろ白鞘穿月に込められた霊圧が溢れんばかりに燐光を発して徐々に一護の斬魄刀を押し返していった。

 

 

『月牙―――』        

 

           「―――天衝!!!」

 

 

互いに接触状態から放たれた月牙天衝は二人を大きく弾き飛ばす。白様は二本の足で地を滑るようにして勢いを殺しながら姿勢を立て直し、黒崎一護は無意識に霊力で構成した足場を同様に滑るが手を突き体幹が乱れたままで隙を見せた。

 

『月牙天衝――戌神――!!』

 

まるで滅却師の矢のような鋭い霊圧の刃が黒崎一護目掛けて襲い掛かり、一護は何とか柄を両手で握り刃で受けるが再び体ごと吹き飛ばされてしまう。

 

『エゴとは陽!イドとは陰!陰陽混成の先に己の本質がある!お前の斬魄刀のデカさは見せかけだ!お前の斬魄刀には芯がない!!お前そのまんまなんだよソイツは!!』

 

「うるせえ!!本質がどうだとか訳が分からないこと言いやがって!!」

 

『一護、俺がお前の母親の斬魄刀だという事は教えたよな。「()()()()()()()大切なモノを守る」、それが俺、それが白鞘穿月だ』

 

その言葉に黒崎一護の手が止まる。

 

『だけど真咲は争いなんて望んでいなかった、怖かったのにお前の為に戦ったんだ!!そして死んだ!!!』

 

再びの白様の月牙天衝、呆けた一護が慌てて回避するが余波で右腕に傷を負う。

 

『恥ずかしくないか、己の母に!!恥ずかしくないか!お前の友に!!恥ずかしくないか!!お前自身に!!!』

 

三度の月牙天衝、それは黒崎一護の放った月牙天衝によってかき消された。霊圧の風が白様の髪を揺らす、一切の穢れもなく白様は一護から目を逸らさずに言葉で訴え続ける。

 

『お前が斬魄刀の名を聞けないのはお前が逃げているからだ!理性では覚悟を決めても打ち消せない防衛本能!最後の壁をぶち壊せ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『何で一護に斬魄刀の名前を教えないかって?斬魄刀が完成してないからなんだよなぁ!!!ギャハハハ!!!!』

 

「笑ってる場合ですか!?早くしないと黒崎一護が危険です!!」

 

『ウルセエ!斬魄刀作るの結構面倒なんだぞ!!!』

 

「何を偉そうに!?」

 

黒崎一護は死神の血を引いて生まれた事から黒崎一護も死神の力を持っているとホワイトもオッサンも疑わなかった、しかしメゾンドチャンイチに入居して分かったのは死神の力を持つ者が黒崎一護の中に居ないという事だった。

 

虚のホワイト、滅却師のオッサン、そして霊王の欠片。それだけしかメゾンドチャンイチの中には存在しなかった。

 

死神の力は内から外へ、その象徴が斬魄刀だ。それを通して死神と化した一護の中に死神の能力とも言える袖白雪が初めて存在したのだ。

 

しかしそれでは本来の黒崎一護の死神の力は何処に、そしてその存在のルーツに疑問が残る。メゾンドチャンイチに席を置く彼らの中で袖白雪を除いて純粋な死神の力を司る者はいない、いないのだ。

 

まるで全てを知り見通すかのような白様が持つ「白鞘穿月」は白様が模造した斬魄刀である、黒崎一護の扱う死神の力も同じくホワイトの力を媒介にした本質が似通っているだけの紛い物であった。

 

だが、紛い物だったとしてもそれは正しく斬魄刀である。必要な構成要素は同じく、それに添えられるものが別であっても同等の価値を発揮する。

 

必要な構成要素、それは虚の力。白様曰く、人間であれば誰しもが持つ己の本能。

 

つまり死神達は虚の力で戦っているという事に等しい。もしもその仮説が正しいのであれば、それはそれは恐ろしいことだ。

 

 

 

 

 

 

 

―――まるで、僕たちは虚から産まれたみたいじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





クレジットカードの分割払いは あなたを追い詰める為にある


PCを買い替えたのでこのPCでは初投稿です。


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OVER SOUL

 

強い、不良共とも何度も戦ってきたが大きいヘマを打つ事はなかった。

 

強い、こっちの行動が全て潰される、頼みの月牙天衝でさえ敵わない。

 

強い、俺よりも体躯は小さく、俺の斬魄刀よりも短い斬魄刀で俺はハク様に一撃すら当てられない。

 

 

『何で逃げるんだぁ?一護』

 

 

逃げていない、俺は戦っている。

 

 

『逃げてるだろ、目を逸らしてるだろうが。何故俺の名前を呼ばない』

 

 

お前の名前なんて知らない。

 

 

『お前は強くない』

 

 

お前の名前なんて知らない。

 

 

『お前は速くない』

 

 

お前の名前なんて知らない。

 

 

『お前じゃ届かない』

 

 

お前の名前なんて―――本当に知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

体格の乏しいこの腕と白鞘穿月の長さを合わせても黒崎一護のバカでかい斬魄刀の長さには届かないだろう。

 

それでもこうも一方的に黒崎一護が追い立てられているのは、それだけの実力の差が自分と黒崎一護の間にあるからだった。

 

一気呵成の唐竹割りは横にステップを踏んで回避、白鞘穿月の柄尻が一護の蟀谷にめり込んだ。

 

破れかぶれの片手の横薙ぎ、一護の上腕と手首を掴んで共に廻る、そのまま一護の足を蹴り上げそのまま遠心力を受けて浮かんだ体を地面にうつ伏せで叩きつけられる。

 

そのまま腕を絞って関節を極める、しかしそこから痛めつける事はせずに黒崎一護を地面に押し付けたままにした。

 

白様は膂力はあっても小柄故に体重は軽い、今も白様が全力で体を極めようとも覚えのある者と対峙すればいとも容易く跳ね除けられるだろう。

 

小柄故の速さもなく、死神故の逸した力もなく、白鞘穿月の能力は場面を選びすぎて使えない。

 

そんな自分に勝てるはずだ―――黒崎一護なら。

 

しかし白様に敷かれた少年は未だに己の力を満足に振るえない、自身の精神世界に存在する斬魄刀の本体との対話と同調は既に成したはずだった。

 

つまり愚弟である一護のホワイトが遊んでいるか、一護が未だに己を受け入れられないのか。

 

悟りの境地とも言えるそのゾーンに触れるには確かに、黒崎一護は若すぎる。

 

『一護、お前はもう帰れ』

 

「……なんだと」

 

『俺はもうお前の事は忘れる、お前の母ちゃんの墓石の前で頭を地面に擦り付けてお前の事を謝ってやる、意気地なしの息子を導けずにごめんなさいってな』

 

「……」

 

『それともお前が立ち上がるには犠牲が必要か?ちょうどいいのがいるぜ、朽木ルキアって言うんだ。お前の為に死んだ朽木ルキアの御髪の一房でも持って帰ってきてやるよ。そしたらお前は戦えるか?』

 

「……」

 

『意地とかプライドとか役に立たないモノは捨てろ、誰かを守りたいなら命を捨てる覚悟をしろ。どうせ死ぬなら戦って死ね、笑うのはお前以外の大切な誰かだけでいい』

 

 

確かに初めは興味本位だった、自分が観測した『BLEACH』の世界を追体験するべく遊んでいただけだった。

 

しかし今はもう違う、黒崎真咲を初めとして生まれた色々な人間との繋がり。虚としてこの世界に生を受けた俺には居場所が出来た。

 

白様としても黒崎一護を追い詰めるのは、辛い。しかし既に言葉は尽くしている、これで立ち上がれないのであれば最早計画を変更するしかない。

 

 

 

 

 

 

「―――好き勝手言いやがって」

 

 

『あぁ?』

 

 

 

 

白様の腹部に突如として現れる激痛と激しい熱感―――虚閃だ。拘束を逃れた左腕から、示指と中指を曲げた指先から放たれた。

 

黒崎一護は良くも悪くも自分が強者であると本能的に知っている、そして心優しい少年はソレを振るえば容易く相手を傷つけてしまう事も知っている。

 

 

 

 

 

「『もう、我慢しなくていいんだな?』」

 

 

 

 

 

 

痛みに一瞬藻掻いた白様を振り落とすと己の斬魄刀を地面に突き刺し蹴りつけて折った、すると残った柄と短い刃が捻じれる様に姿を変えていく。

 

その時、確かに白様は見たのだ。変哲もない一振りの斬魄刀に姿を変えた一護の斬魄刀を覆い包むようにして柄木地の無い大雑把な造りの斬魄刀へ姿を変えていく様を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一護、お前は強くない」

 

そういってオッサンは斬魄刀を黒崎一護に向けて掲げる。

 

「これはお前の虚栄のカタチ、見せかけだけの鈍ら、芯なき愚者の象徴」

 

オッサンが振るう斬魄刀の一太刀が黒崎一護に触れるが黒崎一護には傷一つ付かず、むしろ斬魄刀の方が刀身を曲げてしまう。

 

「恐れるな、怯えるな、お前は一人ではない」

 

そう、ここにはオッサンともう一人の自分がいる。

 

『一護、俺達は強い』

 

白い一護が黒崎一護の後ろより現れて一護の斬魄刀を掴むと斬魄刀が砂のように崩れ落ちていく。

 

『本能は理性の乗り物、正しく制御された暴力はお前を正しく導くだろう』

 

暴力を振るう事は彼にとって日常に紛れ込む為には不要なものだった、誰かを守るという大義名分は捻くれた彼にとって鬱憤と暴力の捌け口としてよく機能した。

 

彼の中に秘められた暴力が力の行使を待っている、ソレは仮面となって黒崎一護の顔を覆い尽くす。

 

 

 

 

『俺とお前で最強だ、あのムカつくハク様をやっちまおうぜ兄弟!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「恐怖を捨てろ、前を見ろ」

 

『己を貫け!邪魔をする奴ぶち壊せ!!』

 

「退けば老いるぞ」『猛って死ねよ!』

 

『叫べ!我が名は―――!!!

 

 

 

 

 

「斬月!!!」

 

 

 

 

間違いない、あれは斬月だ。刀と鞘で一組とする黒崎一護の斬魄刀における始解。

 

黒崎一護のホワイトの力を斬魄刀として固め、浅打ちを不要としながらも斬月を完成させた。

 

それってさぁ、破面の斬魄刀だよね。分かってたけど黙っとこ。

 

 

 

 

 

『フン……イレギュラーもあったが、やっと始解を覚えたか――――!?』

 

 

 

 

 

あらゆる戦闘や競技における訓練とは、特定の状況において最適な行動を取る為に行うものだ。

 

黒崎一護の仮面は未だ剥がれていない、故に引き絞られた弓の様に統制された暴力が放たれるのは自明の理。

 

だから動けた、黒崎一護の唐突な一撃は白様の意を外して放たれた、対してすぐさま防御を選択してタイムロスもなく動けたのは白様の鍛えられた六感の賜物だ。

 

右手に握った白鞘穿月と左腕を交差して生まれたばかりの斬月を受け止めたのはしかし正しくはなかった。

 

一度放たれて行き場を無くした膨大な霊力の塊を叩きつけられた白様は一瞬たりとも堪える事は敵わずに弾き飛ばされ岩肌に叩きつけられた。

 

 

 

 

 

 

――――そして虐殺が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

『無理無理無理!虚化月牙天衝は無理!掠っただけで死ぬわ!!』

 

 

『虚閃も駄目!なにそれライト○ーバー!?そんな器用な使い方出来るの!?滅却師の血のおかげ!?』

 

 

『何その斬月の使い方!?怖ッ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

『イヤぁあああああああああああああ!!!?』

 

尋常ではない速度で放たれた斬月の一撃が白様の身に突き立てられようとしている、これで自分の命が終わるんだなんて他人事のように考える。

 

 

 

「啼け――――突ッ撥紅姫!!」

 

 

 

白様と黒崎一護の間に割り込んだ浦原喜助の持つ斬魄刀『紅姫』が斬月と衝突して互いに弾き飛ばされた。

 

あまりに突然の出来事に虚化した黒崎一護とは言え呆けた一瞬の隙を生み出した。

 

 

 

 

「五天衰盾、私は『拒絶』する」

 

 

 

 

そして生まれた一瞬は引き延ばされ致命的な更なる隙を生む、分かれた六花が黒崎一護を頭部を囲んで結界に閉じ込める。

 

浦原との修行で目覚めた井上織姫の五番目の盾、それは存在の拒絶。

 

ただしこれは破壊ではない、対象を死に至らしめるものではなく発生のキャンセルを行う力。

 

「後で遊んであげるから、今は黒崎君の中に帰って」

 

一瞬だけホワイトの仮面が抵抗を見せるがソレが己を害するものではないと分かると自ら抵抗を止めて仮面が砕け散る。

 

場に満ちる静寂、斬魄刀解放していた上で紅姫を弾き飛ばされたその事実と黒崎一護が見せた圧倒的な暴力に手が痺れて震えている。

 

「……随分回りくどい様に見えましたが始解に加えて虚化まで達成するとは、これも貴女の計画の内ですか?」

 

手際よく紅姫を拾いながら白様に問いかける。元より怪しい破面の虚、やはり藍染の手駒かと尋問も考慮しなければと数々の手段を思い浮かべる。

 

 

 

『……想定外デス』

 

 

 

しかし白様は情けなく呟き、これは多分他にも面倒ごとがありそうだと浦原は空いた左手で顔を覆った。




職に就かなければ 生活を守れない
職に就いたままでは 家に帰れない


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石田雨竜

 

 

『叫べ!お前の殺意を敵にぶつけろ!「出来る限り速やかに死んでほしい」という意思を全力で敵に叩きつけろ!!』

 

 

「月牙天衝!!」

 

 

『声が小さい!やる気あんのか!?どこにタマを落として来やがった!!?』

 

 

「月牙天衝ォーー!!!」

 

黒崎一護が手に入れた新たな斬魄刀である斬月、そこから放たれる月牙天衝を彼はついにモノにした。

 

元々白様の持つ白鞘穿月から放たれる多種多様な月牙天衝を経験していた事もあり、霊圧の量や振りの速さ、そして解放のタイミングの差異によって状況に合わせた一撃を放つことが出来るようになった。

 

遠距離かつ速度の乗った牽制の一撃から、接触状態かつ月牙天衝を乗せた一撃まで、まさに自由自在だ。

 

 

 

 

朽木ルキア奪還にあたって全員が一週間後に迫る尸魂界突入に向けての総仕上げに入っていた。

 

 

 

 

「そうじゃ!間合いを理解しろ!事を図り!理合いを制す!事理一致を成し遂げ敵の意を組み外せばそこはお主の独壇場じゃ!!」

 

「ム…!!」

 

乱打に継ぐ乱打、夜一と佐渡泰虎の修行はそれに尽きた。

 

嵐、雷、轟、穿、威、納、一撃一撃が決定打と成りえる暴力の応酬が周囲の土地を荒地に変えながらも繰り広げられていた。

 

佐渡泰虎が目覚めた完現術の一端である巨人の右腕は本気ではないとは言え夜一の瞬閧を乗せた白打を悉くを受け止める、受け止めて受け止めて―――その暴威を晒す。

 

 

巨人の一撃(エル・ディレクト)

 

 

「手緩い!!」

 

 

性質の違うチャドの一撃を反鬼相殺とまではいかないが雑に弾き飛ばす位であれば児戯の如し、夜一にとって鬼道は不得手ではない。

 

夜一の瞬閧は未だ不完全、それは四楓院夜一という人間が加減という概念に対して不得手という気質に由来する。

 

相手に合わせて遊ぶという一種の縛りはその気質を改善させる為に始めた事だ、しかし気まぐれでもあるので結局大人げなくなるのだが。

 

チャドは知るだろう、蓄積と解放に至るカタルシスを、己には未だに可能性というものが残されている事を。

 

 

 

 

 

 

「三天結盾!私は拒絶する!!」

 

襲い掛かる霊力の弾丸の掃射を三角形の盾を僅かに傾けて傾斜装甲のように受け止める、慣性によって突き進む弾丸が進行を拒絶する盾を食い破らんと爆散し、次々と威力を重ねて織姫に襲い掛かる。

 

「廻れ!!」

 

三天結盾を回転させる、防御ではなく受け流す為の回転、盾に接触した弾丸に僅かな別方向のベクトルが加わり見当違いの方向に爆発の威力が流れていく。

 

「孤天斬盾!私は拒絶する!!」

 

霊力によって構成された物質の結合を拒絶する円形の刃が三天結盾を躱して大外を回って滑るように襲い掛かる。

 

井上織姫の権能に恐怖した浦原喜助が用意した絡繰り人形を勢いのまま両断―――「はいざんねーん♡」―――する前に止められる。

 

「雑な攻撃は駄目ですよ織姫サン。孤天斬盾は切れ味こそ素晴らしいですが三天結盾のような防御力を持っているわけじゃない、霊力で構成されている以上は霊力を乱されただけで容易く無効化される」

 

「――――三天拘盾!!」

 

井上織姫から放たれた残りの二つの花弁が椿鬼と合流してトライアングルのような内側に空間を持つ『盾』を形成する。

 

「ホォ、内側からの攻撃を無効化しつつ対象を囲んだ三つの辺から三択の斬撃ですか」

 

「私は拒絶する!!」

 

「でも―――上下ががら空きですよ」

 

中空に存在する何かに引かれるようにして絡繰り人形は巻き上げられて三天拘盾の包囲を抜け出し、浮いたままで再び掃射を開始する。

 

「織姫サンの本質はどうしても防御に比重が偏ってしまう、攻撃に関しては……今後の課題ですかねぇ」

 

 

 

 

 

 

―――そして、彼もまた時を同じくとして。

 

 

 

 

 

「もう終わりか、雨竜」

 

「―――まさか!!まだまだここからだ!!」

 

 

 

 

 

己が楔から解き放たれんとする為、原点に立ち返り新たな己の芯を取り戻す為の戦いがここに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空座町における数多の虚、および巨大虚の襲来、そして朽木ルキアを巡って現れた隊長格の死神達。

 

重霊地と呼ばれる霊的な要素が集まる――あるいは霊的な要素が集まった事によるものか――空座町では騒動の外側でもそれぞれの陣営が動いていた。

 

その内の一つが空座総合病院、院長を務める純血の滅却師にして現世における数少ない滅却師の生き残りでもある石田竜弦だった。

 

彼が構える零子の弓から放たれる爪弾くような鳴弦の一射は空座町に跋扈する虚を違わず打ち抜いていく。

 

彼にとって不満なのは両手が塞がる為に愛用のタバコを吸えない事、そして己が子ながら馬鹿馬鹿しい行いに身を投じた事だった。

 

自らに跳ね返った罰に懲りたものかと思えば、再びの暴挙に竜弦は内心に最早呆れと驚嘆に似たものを感じた、仮にも洗脳の様に植え付けられた滅却師の教えに反して死神に与するとは。

 

それが『黒崎』に連なる血に惹かれているというなら分からないでもなかった、かつての若い自分に大きな転機を齎したあの日の夜は未だ忘れることはできない。

 

 

 

 

彼にとって重要な事は己の人生を正しく(よし)とすることである、故に彼は夫に見放されて捨て鉢になり、ヒステリックを患う母を見捨てられない。

 

両親を失い居場所を無くした従妹である黒崎真咲が自分の婚約者となった事で彼の母との険悪な関係になってしまった事に心を痛める。

 

石田竜弦にとって黒崎真咲は生意気な妹のような存在だった、親族の集まりで彼女を何度と顔を合わせた事があったし、彼女の朗らかな気質に心が揺れることも確かにあった。

 

しかし石田竜弦という男は無気力であり事なかれ主義であり、そして植物の様に達観しているが、平凡な感性を持つ人間だった。

 

当時の石田竜弦は滅却師としての在り方、そして小賢しい頭で考えた現状維持の心地よさに揺蕩うだけであった。

 

己の婚約者が黒崎一心の嫁となった事を機に石田の家から追放し、己の従者を娶り、そして石田家の権力を己の手にしてもまだ。

 

 

 

今では滅却師という自分の在り方に彼は嫌悪している、掟に縛られて滅却師としての本分を成さない腐った一族であった自分を。

 

 

 

そして愛する妻の死と元婚約者の死を知らされた時、この世界の大きな歪みを彼は己の父である宗弦から聞かされていた事を思い出した。

 

滅却師に伝わるおとぎ話、或いは聖帝頌歌(カイザー・ゲザング)として伝わる歌は父である宗弦から教えられていた。

 

 

 

封じられし滅却師の王は

 

900年を経て鼓動を取り戻し

 

90年を経て理知を取り戻し

 

9年を経て力を取り戻し

 

9日間を以て世界を取り戻す

 

 

 

年老いてなお滅却師として動く石田宗弦を捕まえてすぐさま問い質した、父はあっけからんと答えた。

 

「それはユーハバッハの復活によるものだ」

 

孫である雨竜の前では好好爺ぶる己の父もただ事ではない事態においては一人の滅却師としての態度を見せた。

 

「血塗られた歴史、千年前の悪夢、世界を蝕むキャンサー。復活の兆しが表れてしまった以上は私の夢は半ば潰えた」

 

「夢とはなんだ」

 

「滅却師の王、ユーハバッハを討つことだ。力を取り戻す前に一撃で屠る算段であったが、やはり甘すぎたようだ」

 

曰く、ユーハバッハは己の為に他者の力を奪う。真咲や叶絵が死んだのはそのせいであったと宣う。

 

「竜弦、ワシやお前が生き残った理由は想像できるが、しかしここで止めにするわけにはいかん。ユーハバッハが蘇る以上はこれ以上手を拱いているわけにはゆかないのだ」

 

「これ以上、何をするというんだ」

 

「静止の銀が必要だ、聖別で死んだ滅却師の遺体から掻き集めるのだ。医者という生業というのは誠に都合がよい」

 

それを聞いて、石田竜弦に湧いたのはたった一つの言葉だけ。それは己のこれまでを否定するが、別に気にすることではなかった。

 

 

 

「石田宗弦、あなたはクソだ」

 

 

 

祖父はそれを聞くと、まるで自嘲するかのように笑ったのだ。

 

 

今では滅却師という自分の在り方に彼は嫌悪している。

 

 

望みもしない宿命に巻き込まれて死んだ真咲や叶絵、名も知らぬ滅却師達、そして生を繋いだ我が子である雨竜。

 

 

呪われた業は私の代で終わりにする、その為には滅却師としての己を捨てる事は出来なかった。

 

 

石田宗弦は数年後に死亡する、私が見捨てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「雨竜よ、随分と無様な姿を晒したな」

 

「石田竜弦…」

 

「自分の親を呼び捨てとは、随分だな」

 

大見得切って黒崎一護の恩人に与した結果、死神達に手も足も出ずに惨敗した姿をこの男に見られるのは何よりも癪だった。

 

滅却師の一族に生まれ、滅却師は金にならないと吐き捨てる男。

 

そんな男に戦いの結末を上から語られるのは只管に癇に障った、戦いもしない男に生き様を否定された事に憤慨する。

 

「滅却師でもないお前に!無様だと詰られる謂れはない!!」

 

「滅却師でもない…か、お前にはそう見えたか」

 

白いスーツの胸元から何かを取り出し見せつける、五角の特徴的なそれは紛れもなく滅却師十字(クインシー・クロス)、正当なる滅却師の証。

 

「何も分かっていないのはお前だ、雨竜。お前は滅却師を語るだけの門前の小僧でしかない、未だ入門すら果たしていないのだ」

 

「貴方は…貴方は一体何なんだ!滅却師でありながら滅却師を否定する!否定する癖に滅却師としての在り方を見せようとする!」

 

「滅却師の在り方?そんなものはない。雨竜よ、逆に聞くが滅却師とは何だ、何のために存在する」

 

「滅却師は……人を助ける為の力だ」

 

「死神に疎まれてもか?くだらん、お前も石田宗弦と同じ戯言を語る積りか?」

 

「戯言じゃない!」

 

「戯言だ、お前は滅却師を全く理解していない。虚を滅却する?現世と尸魂界の魂魄のバランスの崩壊?笑わせる、そんなものは建前に過ぎない」

 

建前?それが原因で滅却師は実質的に滅ぼされたのに?困惑する石田雨竜に気にも留めずに語りは続いていく。

 

「雨竜、私が滅却師を嫌うのは滅却師そのものが害でしかないからだ。滅却師がお前に何を齎した、血塗られた結果だけだ」

 

「叶絵が死んだのも、滅却師だったからだ。叶絵が死ななければ、生きていてくれれば。お前が模試で一番を取った時に自慢の息子に対して私は「当然だ」としか言わない、そうしたら叶絵が言うのだ「お父さんは貴方の模試の結果を額縁に入れて飾ろうとする位、嬉しかったのよ」とな」

 

「止めろ!今まで……今まで褒めてくれた事なんてなかった!滅却師になりたいって言っても否定ばかりで理由も言わずに!!」

 

「言っただろう、金にならんと。滅却師は職業ではない、人が生きるには金が要る」

 

頭に浮かんだ感情を追い出そうとせんとばかりに頭を掻いて身をよじる、己の父親だというのに言っている意味が分からない。

 

「雨竜、お前が何処ぞへ行こうと構わない。だが、お前が死んだと聞かされたなら、―――私は悲しい」

 

「今更親のフリをするのは止めてくれよ!病死した母さんを切り刻んだ時だって当然みたいな顔してたじゃないか!!」

 

「当然だ、それがお前の母の望みだったからだ」

 

「何で…!?」

 

「死んだとしても霊魂は残る、叶絵はその遺体にメスを入れる事を了承した後に自決した」

 

「相変わらず言葉が足りない…!ちゃんと説明してくれよ!」

 

「………本来事件性のない病死であれば、特殊な事情を除けば解剖の必要はなかった。しかし解剖する必要があった、叶絵の体内からある物を摘出する為にだ。そして滅却師の霊魂を尸魂界へ送るわけにはいかない、だから死んだ滅却師は自決する、そういう慣習だった」

 

「聞いても分からない事をペラペラと…!」

 

多分分からないのは、己の父が言う建前の裏に存在する真実を知らないから、事情を知らない自分から見れば理屈が通らないのは当然だった。

 

「それじゃあなんだ、結局は態々僕を止めに来たのか。僕は行くぞ、尸魂界だろうと地獄だろうとも!」

 

「好きにしろ、ただし条件がある。お前が石田宗弦から受け継いだ散霊手套があるだろう、お前にはそれを完全に扱えるようにしてもらう」

 

「……元々そのつもりだ」

 

「そして私がそれを妨害する、無駄死にと分かって送り出すつもりはない。もし散霊手套を扱いこなせるようになったなら好きにするがいい。しかしもしもそれすら出来ないようなら―――」

 

「何だ、腕の一本でも持っていくつもりか?」

 

元々散霊手套を扱えるようにするつもりだった、それに今更並大抵の条件では揺らがない自信があった。

 

 

 

 

「仕送りをカットする」

 

「嘘だろ!!?」

 

 

 

 

滅却師は金にならない、常々父が言っていた言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ぼくたちは ひかれあう
好待遇のように 高収入のように
ぼくたちは 反発しあう
ボーナス残業のように 低賃金のように


よくよく考えなくてもブラックな企業で働いています。
投稿が遅くても許してください。

誤字報告、とても感謝しております。
今後とも評価と感想お待ちしております。


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TRACER

 

 

 

『これより!お前たちは尸魂界に突入する!!』

 

 

黒崎一護の心象世界、いつものメゾンドチャンイチでは、いつものメンバーが横倒しのビルの上で整列していた。

 

『俺は希望してませーーん、帰って寝ていいか?』

 

「正直な話、危険と知って飛び込む場所ではないな。というかあの髭に遭いたくない」

 

「今更何を言っているんですか!?ルキア様のピンチなんですよ!?」

 

『フハハハハ!お前達に拒否権はない!というか帰るも何も黒崎一護が尸魂界に行けば自動的にお前達も尸魂界行きなんだよ阿呆ども!!』

 

やる気のない男、腰が引けているオッサン、叱り飛ばす美女、そっと地面に置かれた霊王の肺、いつもの愉快なメンツである。

 

「真咲のホワイトよ、そろそろ真意を明かすがいい。お前とはそろそろ短くはない付き合いになる、だが一護がこれから向かうは本物の戦場だ」

 

『そりゃあ、黒崎一護が強くなるのが俺の望みさ』

 

「話を濁すな、一護が強くなったその先の話をしろと言っているのだ」

 

流石に力の大半を失っていてもかつては滅却師の王だった男、その身から放たれる圧は尋常ではない。

 

『いや嘘でも誤魔化しでも無いというか…お手元の資料をご覧ください』

 

いつの間にか用意されていた数枚の資料、表紙には【黒崎一護最強計画】と記されている。

 

『というわけでこちらをご覧ください。背骨だけ残して腹を割られようが胸元に大穴が開こうが仲間に襲い掛かられようが元気にしていた黒崎一護が余りの詰み具合に絶望して「終わりだ」ってなってるシーンです』

 

 

『一護ォオオオオ!!?』

 

「酷い…顔だな」

 

「黒崎様って逆に何で死なないのですか?」

 

 

 

『もうお分かり?一護は確かに強くなる、だが物凄くだけじゃこの先やって行けないんだよ』

 

現時点において黒崎一護はとても強くなった、それは一重にホワイトが協力的という点に尽きる。

 

真咲のホワイトがテコ入れした事によって一護は己のホワイトと早期の対面を果たし、その精神性を大きく成長させた。

 

また、斬月の性能も向上した事によりこれまで以上の拡張性を期待できるだろう。

 

『ところでアホの弟、そろそろ卍解は完成したんだろうな』

 

『おうクソの姉貴、お前ちゃんと()()()()()()()を理解して言ってるんだろうな』

 

現時点で黒崎一護は死神であり、滅却師であり、虚であり、破面であり、完現術者である。

 

「真咲のホワイトよ、黒崎一護が安定しているのはそれぞれの要素がそれぞれと紐づき、それぞれを抑制しているからだ」

 

黒崎一護にとって死神の力と虚の力はほぼ同一である、そして滅却師の要素を持つ霊体にとって虚の要素は劇薬であり、虚にとって滅却師の抗体は同じく劇薬である。

 

黒崎一護の死神の力が強くなる事は虚の力が増大する事である。しかし死神の力は武力であり虚は本能の鑑、それはつまり死神の力を解放すればする程に虚の支配を受けやすくなるという事である。

 

そこでメゾンドチャンイチのメンツが考えた結果として斬月は生まれた。ホワイトと死神の力を現す斬魄刀を滅却師の力でコーティングする事、そしてその形を【斬魄刀の始解】としてパッケージングする事で【常時開放型】の斬魄刀として安定を図るというものである。

 

「つまり、黒崎様は()()()()()()()()。これ以上強くなるには霊格を上げて純粋に強くなるか、リミッターを解除して暴走状態になるかという事ですか」

 

『そしてこの腐れ姉貴は時速500kmかつ樹海の中で木々にぶつかることなく爆走できるバイクを作れと簡単に言いやがる、コレを見ろこれをよぉ!!』

 

一護のホワイトが腕を広げる動作をとるとビルの壁面に数多の斬魄刀が突き刺さる、様々な形をした斬魄刀からは様々な試行錯誤を行った形跡が見られた。

 

『制御なんて無理無理!オッサンの封印だけじゃたかが知れてる!そもそも制御出来ないんだから暴走するんだろうが!』

 

『暴れてるのはお前だろうが!何とかならんのか!』

 

『そりゃあ、一護が本能を超越する様な領域に入れば話は別だがよ』

 

『オッサン、今の黒崎一護なら何秒持つ?』

 

「1秒と持たないだろう、その上で霊力を持て余した黒崎一護の霊体が自爆するだろうな」

 

『あー…なるほどねぇ…』

 

 

 

 

『……黒崎一護の成長にご期待ください!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お馴染みの浦原商店の地下には黒崎一護が待機していた。時間は平等に流れ、人々は平凡な一夜を過ごしている。

 

いつもと違うのは自分達だけ、同じ一秒の筈がこんなにも重い、現世に暮らす人々の明日の中に俺達はいない。

 

空座第一高等学校の終業式を終えた日の決戦前夜に遺書も書かずにここに立つ。何かを感じ取ったような妹達と父に見送られ、これから死闘を迎えようとする最後の日に落ち着きはなく、また何をするでもない。

 

何をするわけではないが、それでもやっぱり暇なのでラジオ体操でもして暇をつぶしていると見上げるばかりの梯子の上に設けられた出入口の扉が開かれた。

 

黒崎一護に次いでここに訪れたのは井上織姫だった、彼女は黒崎一護の姿を認めると梯子の縁を器用に掴んで一気に滑り降りるとわざとらしく口元に手を寄せて叫んだ。

 

 

 

 

「どっひゃー!!!なんじゃこりゃー!!!あの店の地下にこんなバカでかい空洞があったなんてーーーーーー!!」

「もうやったんだよその(くだり)は!!大体、井上はここに来た事あるだろうが!!」

 

 

 

えへへと嫌味なく愛想笑いをする井上の笑顔には陰がある。当たり前だ、これから向かうのは戦場なのだから。

 

そうしている間にチャドも降りてきて、結局暇なので手押し相撲を始めた。井上が混じりたそうに体を伸ばしながらこちらを見ている。

 

それはいけ好かない、胡散臭い男が白様と共に姿を現すまで続いていた。

 

「ようこそ皆様、浦原商店秘密の勉強部屋へ」

 

「おせーよ、浦原サン。あと部屋のクリーニング代貰うからな」

 

「ちゃーんと時間が経てば消えるようになってますよ♪……それにしても、皆様もこの短期間でよくぞここまで」

 

『あ?一護の仲間だぞ、これぐらい出来て当然だろ』

 

「ホワちゃんはどの感情で言ってるんですかね……?」

 

 

 

 

黒崎一護の親友、茶渡泰虎。

 

無慈悲な天変地異でも揺らがぬような大木を思わせる姿、それはより鍛えられて一種の静謐さすら湛えていた。

 

しかし彼が一歩動けば地面は拉げる、触れた壁は砕け、己に振るわれる数々の武器は自らを曲げ、空は彼の咆哮に全てが慄く。

 

 

黒崎一護の信奉者、井上織姫。

 

拒絶の象徴、本来であれば表に出ることは無かった朗らかな少女。

 

少女が望めば光は捻じれ、音は立ち消え、少女が願えば幾億の生も、幾億の死も、少女が唄えば一つとして違わずに裏返る。

 

 

 

 

「これで全員か?石田はどこ行った」

 

「ここにいるよ、黒崎」

 

 

 

 

黒崎一護の協力者、石田雨竜。

 

先の二人と違い、完現術者としての能力は持ち合わせていないが滅却師として正式に鍛えなおした。

 

感情に振り回されず、規律を重んじ、法則に従い、叡智に教えを請い、そして時にその全てに逆う生粋の反逆者。

 

 

 

 

「石田……もう怪我は大丈夫なのか」

 

「君と違って軽傷だったからね、今は全く問題ないよ」

 

かつては滅却師と死神として争った仲ではあった、しかし彼らには既に軋轢はない。

 

黒崎一護の仲間の中で一足早く真実の断片を掴んだ石田雨竜は覚悟を決めた、真実を知り、真実に挑み、真実を暴き、現実を変える。

 

石田雨竜の心は一つ、先祖が、祖父が、父が、そして己に至るまでが重ねて来た罪を贖罪する事。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ハイ、これで全員ですね!それでは皆さんご注目!!」

 

そう言って浦原が柏手を一つ叩くと勉強部屋の空間を引き裂いて、おどろおどろしい気を靡かせながら柱が組み合い一つの陣を形成する。

 

「穿開門……正規のルートは尸魂界によって監視、運営されています。なのでコイツで現世と尸魂界の狭間に断界をこじ開けて尸魂界に侵入します」

 

「しかし、ルートを形成できる時間は()()()()のみ」

 

「もし間に合わなかったら、俺たちはどうなる?」

 

「十中八九死にます、魂魄も分解されて塵芥と化すでしょう」

 

死というモノは近いようで遠い、そして気まぐれであり突然に訪れる。

 

死に触れるという言葉がある、死線を超えるという言葉がある、死境という言葉がある、死神という者たちがいる。

 

点であれ、線であれ、領域であれ、ソレに踏み込めば容易く死に飲み込まれる。

 

『一護、生きるってどういう事かわかるか?』

 

「……一応聞いておくが、なんだよ」

 

『死を踏み越えていくことだよ、あらゆる物を乗り越えてお前は強くなった。お前は真咲の子だ!お前は強い!俺が保証してやるよ』

 

穿界門に霊子が流れ込み、霊子変換器が唸りを上げる。

 

 

 

 

 

 

『これより!尸魂界に突入する!!』

 

 

 

 

 

――――朽木ルキア処刑まで、のこり二週間。

 




縛道の八十一、『断空』

朝の八時から夜の九時までの帰宅を完全防御する防壁だ。


ブリーチ二次創作は尸魂界突入編から本番だと思う(小声)


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