チート『命の交換』を手に入れた (嘘吐き)
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additional time
僕は転生者だ。
まあ小説とかでよく出るありきたりな話。前世の記憶を持って生まれた存在って言えばいいのかな?
神様の手違いとかではなく神様でさえ予測出来ない死に方をしたらしく僕は呆れて笑うしかなかった。僕の死に方は心臓麻痺、健康体で外因的な死因でもなければ変な薬物を飲んで死んだというわけでもないし、ショック死なんて万にひとつもあり得ない。
神様でさえ、どうして心臓麻痺になったのか理解できず、死因とかを確認する本には何故か死因だけが黒く塗り潰されて復元不可能だった。
まあ、死に方の不自然さなんて正直どうでもいい。
僕の人生は充実はしていた。バイトで稼ぎながら大学で自由に学んで、内定取るまではある程度気ままな生活をしていた。
それが原因不明で消え去ったのは納得いかないが、神様のせいという訳でもない。恨むに恨めないし、恨んだ所でどうにもならないのが人生だ。いやもう死んでるんだけど。
神様は転生特典を二つくれた。
僕に合っているチートは二つしかなくて、それを貰える事になったのだがそれがまた癖の強いチートだった。
それを見て、使い所あるのか微妙に思った。
★★★★★★
僕の手に入れたチートは二つ。
一つが死の時間を可視化するという能力だ。人間が死ぬであろう時間を可視化する。死の帳簿そのものと言えばいいのかな。デスノートでいう所の死神の目である。寿命の半分取られる事はないのだけど。
これが異世界ものだったらそれなりに強かったかもしれない。自分が介入しない限り見える寿命を変える事は出来ない。予言者にでも占い師にでもなれただろう。日本では占い師などは存在するが、あくまで運気を測るもの。「貴方○○で死にます」とか言って金取ると詐欺罪やら脅迫罪になるのでただ人の運命が見えるだけである。
この眼はとりあえず『死の帳簿』と名付ける事にしよう。
もう一つ?チヨ婆って知ってる?
閑話休題。
いやー、赤ん坊ライフは強敵でしたね。
何が悲しくておっぱいを吸わなきゃいけないのか。幼少期にプライドはロードローラーに轢かれたように粉々にされた。
記憶保持したまま人生二周目は異世界でもなく日本だった。使えないし、平和な日本でこんなバカみたいな能力が役に立つのかと言われたら微妙過ぎるのだが、とりあえず赤ん坊ライフは記憶を失いたいと思うくらいに辛かった。
幼稚園児から小学生までは何の問題もなかった。
というより、日本の平和は何というか転生前より磨きがかかっているように見えた。
それはいい事なのか悪い事なのか当時わからなかった。
十歳の頃だった。
僕が公園で遊んでいた時、ある人とぶつかった。すみませんと反射的に謝ってその人を見ると……
「あっ?何見てんだ」
「え……あっ、ご、ごめんなさい」
《渋井丸全里 寿命 9分12秒》
その表示を見て目を見開いた。偶然ぶつかったこの人が残り九分で死ぬ。その事実に吐き気を覚えた。
もしも、もしも本当なら死因はなんだ?
交通事故、通り魔、工事中の事故。
可能性がいくらでもあるからこそ怖くなった。こんな日本で殺人が起きる筈がない。交通事故や不慮の事故なら救える可能性がある。恐ろしいけど、介入したら救えるかもしれない。
僕は彼を追った。
こっそりとバレないように尾行した。母さんに買ってもらった300円の腕時計を見た。
「ここって……」
あと三十秒、そこは公園だった。
此処は比較的交通も少ない。死因になるような事はない。工事とかもない。ハッキリ言って死因になるようなモノは見つからなかった。介入するにしてもどうして死ぬかを分からなければ対応の仕方が分からない。
腕時計を見た。
残り五秒、四、三、二、一、そして零–––––。
再び公園を電柱の影から覗く。
覗くと同時に驚愕した。
「……えっ?」
男の人は血だらけで倒れていた。
何が起きたのか分からなくて、近づいた。一体何が起きたのか理解できなくて走った。
僕が目を離していた五秒間の間で起きた出来事。
僕の『死の帳簿』は間違いなく死を告げていた。その原因は何だったのか。分からなくて、怖くて、でも助けられるのではないかと甘い希望に縋るように走った。
そして理解したのは、男は射殺されていた。
脳天を一発で射殺され、そして男の手にも銃が握られていた。サプレッサーというのか音が出ないタイプのモノが拳銃に取り付けられ、そして薬莢が
そして視線を茂みの中に向けた。
「うっ…おぇ……!」
死体があった。
脳を撃ち抜かれて死んだ僕と同じ年代くらいの女の子の死体が転がっていた。吐き気を堪えて耐えた。『死の帳簿』には名前は表示されているが、寿命は既に表示されていなかった。
よく見ると女の子も拳銃を持っていた。
サプレッサー付きで撃てば音が響かない。二人して同じ武器を持っていた。転がる二人の死体、そして薬莢が二つ。
相打ちによる死亡。
それが真実だった。
でも、此処は日本。顔立ちは間違いなく日本人の女の子であるはずなのに、十歳くらいの同年代の女の子が銃を持っている筈がない。僕は何かとんでもないことを知ってしまった恐怖心から逃げるように走った。携帯を持ってなくて救急車も呼べない。だけど誰かを呼ぼうとすれば自分が殺されてしまうのではないかと錯覚してしまうほどの恐怖心から家まで走った。
引き篭もるには充分過ぎるくらいの衝撃だった。
この眼はオンオフは出来ない。死を告げてしまうこの眼を初めて怖いと思ってしまった。この日、僕はご飯が食べられなかった。
★★★★★★
十八歳になった。
あの日から僕は興味本位で死期が近い人に迫るのを止めた。あの日から何かが変わったわけでもなく、警戒し続ける事が苦しくなっていつものままだ。
死は死だ。命は一つしかない。
死期が近い人間に近づく事はやめたのは僕も命が惜しいからだ。命を分け与えるなんて莫大なチートがあるものの、やっぱり生きていたいと思えてしまうから。
僕は人生を大切に生きている。
今は高校三年生だけどAO入試は合格して、バイクの免許も取って休日はカフェ巡りと順風満帆な生活を送っている。バイトがない日はカフェで勉強や読書をするのが趣味だ。
「……おっ、此処もカフェなのか?」
喫茶店リコリコ。
コーヒーや和菓子メニューからして和食カフェなのだろう。赴きがあるような店構えとコーヒーの匂いがする。ブレンドコーヒーは間違いなく美味い。巡ってきた勘から僕はお店の扉を開いた。
「いらっしゃいませー!お客様何名様でしょうかー!」
黄色みがかった白色の髪をボブカットに切りそろえ、左サイドに添えた巻き髪と赤いリボンを付けて元気いっぱいの女の––––
「っ!?う、そ……だろ!?」
「?どーしましたお客様?」
その異常さに目を擦った。
だが幾ら擦ってもそれは覆らない。身体から冷や汗が流れた。
初めての経験だった。
否、こんな存在がいる筈が無いと言えるくらいの異常さに驚愕では表せないくらいに恐ろしいと感じたのだ。
僕には人の寿命が見える。
それは僕が介入しない限り絶対の法則である。
そして、僕の眼に写した寿命は……
「……君…なんで…生きてるんだ?」
《錦木千束 寿命 00:00(+ 4年3月12日58秒)》
既に浪費している筈なのに。
彼女の無邪気な笑顔を見て、より恐ろしく感じた。
サッカーでもないのに人の寿命に初めてアディショナルタイムが表示された存在を見つけて思わず呟いてしまった。
お試し書きです。
ちょっと千束とイチャイチャを書いてみたいと思った欲望から書いたプロローグです。良かった感想ください。
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pandora box
やあ、僕だよ。
早速なんだが、アディショナル女子からめちゃくちゃ視線が飛んでくるんだよ。不用意に呟いてしまった言葉に心当たりがあるようで、何故それを知っていると一瞬警戒の顔を見せたら今度は笑ってきやがった。怖い。
……やばい、誰か助けて。
「ねえ君。名前は?」
「田中太郎です」
「うははー流れるように偽名使ったー!」
可愛い店員さんからのナンパみたいな行動に普通ならときめいて連絡先を交換するくらいはするのかもしれない。名前を知られると後が怖い。偽名もあっさりバレた。まあ、あれだとバレない方がおかしいか。
「店長、ブレンドコーヒーと三色団子」
「はいよ」
店から出て帰りたいが、外にはバイクがある。
バイクのナンバープレートは誤魔化せないし、逃げようとしても間違いなくその情報だけはバレる。八年前の相打ち事件からこの街にはヤベぇ実態がある事を知っているから無用心に情報を明かしたくはない。
「––––で、どうしてあんな質問したの?」
今度ははぐらかさないで、と告げているようで頭に手を当ててため息を吐く。ああくそ、絶対に殺される。直感に過ぎないが、僕はこの女の子に勝てない。この手の勘は外した事ないから嫌なのだ。
「……自分の才能が怖いな」
「急に自画自賛!?」
「そう、怖いな。怖過ぎて笑えない」
才能というのなら僕のはギフトに過ぎないのだけれど、このギフトが正確だからこそ怖いのだ。アディショナルタイムに突入する人間なんて見た事がない。
死は平等だ。
この目で見た死の記録は間違いなく実行される。僕が介入しない限りの話にはなるけれど、それは間違いないのだ。だからこそ死を超越した表示に笑えない。
「君はゾンビか何かか?」
「おぉーっとこの美少女たる私を見て第一声がゾンビだなんて」
「まあなんか変人っぽいけど」
「ぶっとばすぞわれぇ」
見てはいけないものがある。
それは過去で学んだのだ。パンドラの箱を開ければ好奇心を満たす希望はあれど、絶望が待っている。結果二人の死体を見た事があるのだから。
僕の馬鹿野郎、動揺していたとはいえ何故口にしてしまったのだろう。
「(四年と三ヶ月と十二日……ロボットって訳ではないな。いや、造り変えられた?そんな技術……いやまさか)」
「此方ブレンドコーヒーと三色団子だ」
「ありがとう店長」
毒入ってないよね。
コーヒーは香り高く、そして一級品だ。そして何よりみたらしとあんこと抹茶の団子セット。間違いなく美味い。食わなくても分かる。
「どうして分かったんだ?」
「何に?」
「……あくまでシラを切るのか?」
このまま睨み続けても力でなんてあり得そう。
僕は蛇に睨まれた蛙。なんならサメのいる海に餌巻きつけて飛び込んだようなものだ。チート?一体いつから戦闘が出来ると錯覚していた?
「貴方の娘さん?」
「まあな」
「そう……娘さん四年と三ヶ月で死ぬって言ったら信じる?」
それは突飛な話だ。
聞けば呆気に取られて馬鹿馬鹿しいと言える言葉も、この人にとっては違ったようだ。というか、この女の子も手に独特なタコが出来てる。竹刀ダコではなさそうだけど。
「何故それを……」
「原因はやっぱ知ってんのか。まあ、僕じゃなかったら分からなかったと思うよ」
団子に齧り付く。
甘くて幸福な時間だと感じるのに落ち着けないこの空間に眩暈がしそうだ。咀嚼しながら重苦しい空気に目を瞑りたくなった。
「君はどこでそれを知った?」
「ん?誰かから聞いた回し者とでも思ってるの?生憎ただのパンピーですことよ」
「ただのパンピーが千束の心臓について知れる訳がないだろう」
心臓……人工心臓って奴か。
だから表示が死んでいるけど生きているという認識になってるのか。アディショナルタイムの正体は
「僕は顔を見ただけで名前と寿命が見える…って言ったら信じるかい?」
「ふざけているのか?」
「本当だよ。顔写真でもあれば名前くらいは特定出来る」
まあ法螺話に聞こえるだろう。
僕も同じ立場なら同じ事を言っていると思う。
僕がこの女の子についてそんな事を呟いた原因が外部からの情報の持ち込みだと思うのなら話は別だ。
此処の店自体が多分普通ではない。スパイか探り屋か疑われているのかもしれないし、もしそうだと相手の中で確定されてしまえば何が起きるかわからない。単純計算で二対一の状況だ。店長さんが脚を何かやっていてもガタイの大きさから油断出来ないし。
「この三枚の写真に写っている名前を答えられるか?」
「えっ、それDAの」
「答えられるならその法螺話を信じよう」
法螺話だと分かったらどうなるのか想像もしたくないが、出された写真を見る。僕の眼は本気を出せば寿命の原因さえ特定出来る。写真に写っている三人の写真は分かりやすく、銃を片手に逃走を図っているように見えるけど……
《城ヶ崎天樹 寿命 3月5日》
《来栖仁地 寿命 死亡[射殺]》
《キャンルプ・グレイズ 寿命 3月5日》
少なからず顔隠せよ。
犯罪者なら顔を知られない方が得が多いのに。
「流石に無理だって––––」
「城ヶ崎天樹、来栖仁地、キャンルプ・グレイズ。来栖仁地は射殺されてる」
「……えっ?」
「合ってる?」
「ミズキ」
「今調べてるわよ。おっ、ヒットした」
店の奥の和室から声が聞こえた。
見てくれはいい理知的な印象を漂わせた美人さんがパソコンを手に弄びながら何かを調べている。エンターキーを押した音と同時にその正解がわかったらしい。
「あぁー、ちょー時間かけて調べても分からなかったのに。つか、顔変えてるからヒットしなかったのかぁ」
「マジで合ってたの?」
「ビンゴ。しかも来栖仁地はDAにやられてる。DNA鑑定にクソ手間取ってたから、発見まで時間がかかったらしいけど。アドレスから現在地を特定っと」
女の子は信じられないものを見る目で驚愕している。この世界に超能力のような異質な力は存在しない。だから僕の力は異端なのだ。命を消費し、他人を生き返らせる事が出来る最高位のチートを持っている。
まあそんなチートを持っていても日本では宝の持ち腐れだろうけど。
「君、なんなの?」
「ちょっと不可思議なものが見えるだけのただのパンピー」
三つ目の団子を頬張る。
餡子もみたらしも美味だが、僕は個人的に抹茶が好きだ。こんな空気でなければ美味しくいただけたのだが。
「!」
《城ヶ崎天樹 寿命 8年6月5日》
《キャンルプ・グレイズ 寿命 13年9月19日》
……おいちょっと待て。
僕が名前を教えたという形で介入したから、寿命が変わってしまった。というか、この人達の寿命が変わったと『死の帳簿』は記している。
「………」
ちょっとだけ本気を出す。
奥歯を噛み締め、目を見開くと二人の死因が浮かび上がる。
《城ヶ崎天樹 寿命 8年6月5日[脳梗塞によるショック死]》
《キャンルプ・グレイズ 寿命 13年9月19日[焼死]》
寿命が延びた。
多分あの三人組は犯罪組織の人間なのだろう。だとしたら何故寿命が変わった?いや、
僕が介入しなければというプロセスは結構バラつきがあったりする。例えるなら助言は最も変えやすい事実だろう。死の時間の前に警戒を促せばそれだけでも未来が変わる。それ以外は案外原因が固かったりする。ぶつかったり視界に入れた程度では寿命を変えるほどの力はない。
僕が介入しなければ、見えた寿命は例外なく実行される。
僕が介入するはずのない存在の寿命が延びたという事は
だとしたらこの店は何なんだ?
犯罪組織を取り締まるのは警察が基本的。この店は警察って訳でもないだろう。
「DAってなんだ。日本に超法規的措置を取る機関でもあるのか?」
「知らなかったのか」
「ただのパンピー!以下略!」
その言葉通りなら国が認めた暗殺組織でもあるのか。犯罪組織に対して超法規的措置を認められた秘密機関……いや、超法規的措置ってアレか!八年前の女の子!銃を持ってるはずがないから当然と言えば当然か!?
「超法規的措置が許可された秘密機関って事かぁ……そりゃ平和が維持されてる訳だ」
「因みにそれを知るものは関係者でなければ生かしておかないという決まりもあるんだけど」
「ぶふっ!?」
思わずコーヒー吹いた。
いや考えてみてもそうか。一般人が黒の組織とか知ってたら射殺ものだ。眉間に三発待ったなしだろう。逆の立場からしたら僕はただ怪しいだけのお兄さんだろうし。いや死にたくないけど、死にたくないけど!大事なので二回言うよ!!
「君、名前は?」
「田中太郎」
「本名だよ」
「……星神カケル」
あかん、咄嗟に偽名が思い浮かばなくて本名が出てしまった。情報を渡すなら最低限だと決めたはずなのに。いや怪しいお兄さんのままだと帰らせてくれないと思っていたけどせめて偽名で通したかった。
「カケル君、私から提案があるんだけど」
女の子が僕に迫る。
若干顔が引き攣りながらも整った顔立ちとほんの少しいい匂いにどぎまぎしてしまう。童貞みたいな反応になってしまう。
逃げられない。
背中に冷や汗がドバドバと流れながらも表情だけは崩さない。余裕などないが見栄を張るだけ張るのが精一杯だ。
そして女の子は口を開いた。
「君、此処でバイトする気ある?」
「……………はっ?」
とりあえず言わせてくれ。
冗談は寿命のアディショナルタイムだけにしてほしい。
好奇心は猫を殺す。
パンドラの箱には希望と絶望が詰まっている。開けることなかれ。
良かったら感想お願いします。
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death procrastination
僕にはある種の才能がある。
それは皮肉にも僕から遠い所でのみしか働かない才能だ。
僕はこの力の使い方を考えた事があった。
寿命が見える。死因が見える。死ぬまでの時間が確約されている。それは逆説的に言えばそれまでの命は約束されているという事。
だから僕は人にあまり関わらない事が多い。
僕が介入するだけで確約された命が狂ってしまう事もあるから。僕は世界的に見てもイレギュラーで、僕だけが死を知れてしまう。
そしてその力が発揮されるのは普通の日常なんかではない。死に最も近い職場だろう。例えるならば軍隊で作戦決行が決まった後、突入前に寿命を見れれば死ぬ時間帯から逆算して敵がどの位置に居るのか割り出せたり、作戦の成功率を死ぬか死なないかで分かってしまう。
僕の能力は使い方次第では限定的な未来すら予知できてしまう。
命を失う可能性が高ければ高いほどにこの力は強くなる。
けど、人の死を背負う事に僕自身が耐えられない。前世ではこんな悩みもなかったし、精神年齢が高いから問題ないと思っていた。でも、それは八年前に理解した。
僕は命を尊いものだと理解している。
だから僕は僕のせいで誰かが死ぬのを見たくはない。それを予言してしまえば僕が殺してしまう事になる。
僕は手を下さない死神だ。
手を下さなくても、死神になり得てしまう。
だから僕はこの力で見えるものに見て見ぬフリをした。自分と他人では違うから、そう言い聞かせてずっと目を逸らし続けた。
★★★★★
「……バイトって、此処は秘密機関のアジトみたいなものなんでしょ?」
「正確には支部だけどね」
「千束」
「そんな中に一般人が入れるかね君」
僕なら入れないし、口封じする。
いや殺されたくはないけど、状況を加味しても命令や脅迫というより懇願に近い口調だ。ダンディな店長さんもこれ以上は口に出すなと視線で告げている。
まあ、気持ちは分からなくもない。
僕の力は異端中の異端だ。魔術とか異能とかそんな神秘的なものが実在しないのだから。
「僕の力は人を殺す為にあるんじゃない」
「だから此処がいいんだよ」
「……?」
意味が分からない。
殺さない暗殺機関って存在するのか?存在意義とかなくないか?
「此処はDAとは違って、人殺しはしないの。殺さず制圧して引き渡すかんじ」
「秘密機関は警察とも密接な関わりでもあるの?」
「無いよ?でもこの業界は殺さずに収容する施設も存在するから」
いやまあ拷問施設とか?
犯罪者の収容場所くらいあるのは予測してたけど、超法規的措置を認められた組織が不殺を貫けるものなのか?
「だからって」
「その話は後にしなさい。千束、二人組が動いたわ」
「OK直ぐ行く。あっ、そうだカケル君」
唐突に嫌な予感がした。
引き攣る僕の顔を見て尚笑顔の女の子は上目遣いで口を開いた。
「バイクで送って?」
「何故、つか何処に」
「返事は『はい』か『YES』か『かしこまりました』の三択から」
それ拒否権ないやつやん。
断るとどうなっちゃうの僕。
★★★★★
女の子と二ケツというシチュエーションに憧れた事はある。誰しもが夢見た事があるだろう。彼女をバイクに乗せてドライブしたいと思った事が。
まさか、それが叶うとは思わなかった。
血生臭い戦場に向かう秘密機関の女の子を乗せるとは思わなかったが。
「風が気持ちー」
「次は?」
「左ー」
「と言うか、僕まで連れていく理由はあるのか?」
「単純に足が欲しかったから!」
「降ろすぞ」
「わー!ごめんごめんごめん!!」
バイクを揺らすと女の子はしがみつく力を強めた。
というか今から殺し合い?みたいな場所に一般人を連れて行きますかね!?それも足が欲しかった理由で!?
そしてむぎゅっ、と何か当たっている。何とは言わないが、口では言い表せない感触が背中に……落ち着こう。そう、無心にcoolになるんだ僕。
「で、何で僕にあんな事言ったんだ?」
「私、救世主目指してるから」
「それとこれと何の関係が?」
「君の力が人殺しにならないってこの千束様が証明しようと思ったって訳さ!だから君にも協力してほしいなーって」
「横暴だろ」
救世主目指してるから協力してほしいって僕は人殺しの為に力を使いたいと思えないから協力したくないのだ。それを人殺しにならないってどういう事かも若干分からない。
「君の力が誰かを救えるかもしれないから」
「……僕に、そんな力はない」
「あるよ。私が証明する」
此処からは平行線だろう。
僕は
善悪の勝負になればどちらに立っても僕は勝たせられる。だが、敗者に死が存在する以上、殺させると言っても同義だ。善悪に分かれていても、お互いの大義が正義だと思うから戦争は起きるし、死者も出る。だから無関係こそ美徳だと僕は思っている。
十分くらい経つと、目的地に到達したのだが…壁にはスプレーで落書きされていて、ボロボロに寂れた学校。既に廃校になっている場所だった。
「ありがとう、カケル君は此処にいて」
「はっ?」
えっ、ちょっと一人?
そういうのって軍隊とかそういうのを待つんじゃないの?そんな中で彼女は一人で廃校に歩いていく。しかも悠長に歩きながら。
つーか、僕を一人にしないで!
犯罪者が居る場所の近くで一人取り残されるって相当怖いから!
「うわっ!?」
ガガガガッ!!とまるでガトリング銃が発砲されたかのような音が聞こえて思わず目を瞑り耳を塞ぐ。そして数秒後に鳴り響く銃の音、あの子のアディショナルタイムに関しては初めて見たから分からないけど、彼女は死なない。それだけは分かる。
それが約束されていたから止めなかった。
けど、それでも女の子を戦場に送る機関に嫌気が刺す。
「警察は……無駄なんだよな」
秘密機関は一部の警察とは取り合っていても全体という訳ではないのだろう。出したスマホはポケットの中にしまった。あっ、銃声がいつの間にか収まっている。
「ばあ!」
「うおおおおっ!?!?」
「あははは、ビックリした?」
殴りたい、この笑顔。
僕をなんだと思っているの。ちょっと見えるだけの一般人だよ。今のでショック死しかねない。ため息を吐き、目の前の女の子を見る。赤い制服には傷一つない。僅かに硝煙の匂いはあるが、返り血もない。本当に殺してない事が分かる。
「怪我は無い?」
「大丈夫だよ」
「よかった……銃声が聞こえたし、撃たれたのかと思ったよ」
「私には当たらないし、心配してくれてありがとね」
「自信があったとしても、無茶がすぎないか?」
心配くらいする。
幾ら死なないと分かっていても、死を読み取る事は出来ても死なない程度の怪我までは見えないのだ。
「でも、心配してたけど帰ってくるって分かってたんでしょ?」
「それは……まあ」
写真を渡されて見ていたが寿命は変わらなかった。
この子が二人を殺していたなら射殺と出る筈だ。それが出なかったという事は殺さず無力化したという事だ。そしてそれが出来る自信があったのだろう。アディショナルタイムが変わらなかった以上、そういう事だ。
死の時間は決まっている。
だが、逆説を言えばそれまでは死なない事が約束されている。介入がどれだけ影響を与えるかは僕だって正確には把握し切れていないが。
「どうして殺さなかったんだ?」
「えっ?」
「いや殺してほしい訳じゃないけど、君は超法規的措置が許された機関に居るんだろ?そういう場所って殺した方が手っ取り早いとか思ってそうだし」
犯人を尋問する目的さえなければ殺しすら正当化される。
一般人の僕だって分かる。法が介入しないなら殺した方が早い。正義が殺しの上で正当化されているなら殺す事こそ正義だと思っているのか。
その思想は僕には背負えないものだけど、理解だけは出来てしまう。現に人は平和の中を生きている。いや、平和な世界に生かされ続けている。
「私はね。人の命は奪いたくないんだ」
「えっ?」
「私はリコリスだけど……誰かを助ける仕事をしたい」
梟の首飾りを手に取って笑う。
見たことがある。オリンピック選手が同じものを持っていたような……
「それは?」
「私に心臓をくれた人がくれたの」
都市伝説で見た事がある。
アラン機関とかそういう天才と呼ばれた価値を見出された人に梟の首飾りを渡されるって記事に書いてあったな。
天才……まあガトリング銃が発砲されてた音が聞こえたのに傷一つ負っていないこの子は制圧力で言えば天才とも呼べる。
「私を救ってくれたその人みたいに、私は誰かを救うって決めたの」
「それが、偽善だとしても?」
「それでもだよ。だから私は殺さない」
彼女は笑った。
自分の死期を理解している筈だ。命は短く、殺す事も可能なのにそれをしない。死なずに、死なせずに、救う為に動く。
綺麗事だ、偽善だ、絵物語のように甘い戯言だ。
この世界はそれほど綺麗ではない。綺麗事を吐いて生きられる程に優しくない。その在り方は尊いものだ。
「––––それが私のやりたい事だから」
それでも僕は……見惚れてしまった。
ほんの少しだけ、興味を持ってしまった。
眩しくて、自分には出来ないその生き方に嫉妬してしまいそうなくらいに、彼女を見てみたくなってしまった。
「……バイトの件さ」
「うぇ?」
「受けるよ」
命は背負えない。命は命で一つしかない。
命は重く、儚く、そして脆いから僕は命を尊ぶけど、命を摘み取る事をしない彼女を見て、命を背負わなくても救えるものがある事を思い知らされた気分になった。
「少しだけ見てみたくなった。命懸けでそれを実行する君の生き様を」
だから、僕も少しだけ学ぼうと思う。
僕が見える死に彼女が最後まで抗う生き様を知りたくなったから。
「マジで!」
「多少条件はあるけど、それでいいなら入るよ」
「そーかそーか!」
肩をバンバンと叩く女の子、千束は手を出す。差し出された手を握り返すと千束は嬉しそうに笑っていた。
「それじゃあ改めて、リコリコへようこそ!カケル君!」
「此方こそよろしく、錦木千束」
握り返した手は心臓が機械とは思えないくらいに温かいものだった。この子は死んでいながらも生きている。それが果たしていつまで続くのか、僕も興味を持ってしまった。
––––偽善者として人を救う彼女の事を。
死の遷延は即ち約束された死から遠ざかる。
死は平等だが死に方は不平等。不確定な未来でもそれだけは必然である。
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scale of life
「
「
「
やあ、僕だよ。
今、喫茶店リコリコで飛び交う会話はフランス語。何気に凄くないと自慢したいくらいだ。これもお勉強である、いつ役に立つのか分からないけど。
「
「
千束がパチパチと拍手する。
「おおー、大分喋れるようになったね」
「今は暇だし勉強の時間が取れるからな。フランス語の発音も慣れた」
「次は中国語やる?」
「英語、フランス語でいいでしょ。高校生では充分誇れるぞ」
まあ元々英語は話せていたし。
フランス語は前世の大学で学んでいたから習得は早かったが、単語は覚えにくかった。短期実習講座みたくなったけど、ある程度は喋れるようになった。多少会話出来る程度に。
僕はDA所属という訳ではない。
知られた人間は抹殺される事でミカさんも色々と手を回してくれたらしく、『DA協力許可証』というのを作ってくれた。現場のリコリス達の裏方補佐、リコリス管轄のSPとかが良く持っている。現場封鎖とかそんな時に使うものだが、あくまで仮ライセンスだから銃の所持を許可されてる訳ではなく、あくまで送迎や裏方の補佐なので大した力はない。
まあ最低限の護身術は千束やミカさんから教わってる。あくまで送迎だが、この仕事何が起きるか分からないから念の為にだが。
まあそれでも思うところはあるけど。
「年下に学ぶなんて、屈辱だ……!」
「余裕あるねぇー、今日は手加減抜きがいいのかなぁ?」
「ごめんなさい普通でお願いします」
組み手はミカさんは丁寧に教えてくれるし、実戦的な動きには感謝しかない。問題は千束である。
この子の反射神経と動きの予測は未来を見ているのではないかと思うくらいに凄まじい。そしてスパルタ。ミカさんに言われて試しにジャンケンをやってみたが全敗。それだけの動体視力があるという事だ。
そんな怪物にまだ半年程度の制圧術をしようとしても逆に制圧される。合気道や空手とは違い、見て動かれる以上、確実に捌かれる。負けっぱなしはなんとなく嫌なのだが、勝てないのも事実なのだ。
だって、僕だって、おとこのこだもん。
★★★★★
コポコポと音を立てて香り高いコーヒーの匂いがする。
コーヒーカップに注ぎ込むとその匂いで心が安らぎそうだ。ここのバイトの賄いのコーヒーは絶品だ。因みに僕の服装は黒い和服に身を包み、緑色のエプロンをつけている。意外と和服って着心地がいい。
「にしてもアンタってそこそこルックスはいいわよねぇ」
「そうですか?」
休憩中のミズキさんが声を掛けてきた。
ルックスがいいのは前世からだ。前もそこそこ良かった。客観的に見て顔だけは良かったと思う。前世はそこそこリア充だったと思うし。まあ話題としてはいきなり何言ってんだこの人と思うけど。
「レジ打ちもコーヒー淹れもすぐ覚えて気を遣えるし、18でしょ?アタシと結婚しない?」
「ミズキさんの死因が急性アルコール中毒でなければ考えていたかもしれません」
「いやいやまさか……えっ、マジ?」
「さあ、どっちだと思います?」
禁酒しようかしら…。と本気で悩むミズキさんにニッコリと笑う。因みに死因は言わない。一応名誉の為に言わない方が吉だろう。そして結婚はしない。まあミズキさんは大人のお姉さんと言う感じはある。整っている顔立ちとスタイルもいいのに、これで何故独身なんだろう。
「カケルってどんな女がタイプなの?」
「君は東堂か。この場合ケツとタッパがデカい女と言えばいい?」
「あははは、真面目に」
「……消去法だと年下かなぁ」
うん、まあ消去法だけど。
しっかしタイプか。考えた事無かったな。前世でも彼女が居たわけではないし。
「へぇー、なんで?」
「年上だと僕から甘えるという想像がつかないし、年下に世話を焼いてそうなイメージが浮かぶからかなぁ」
「あー、まあアンタ包容力あるわよね。なんか納得するわ」
僕は前世の記憶がある分精神年齢が高い。
だから大人びている精神で誰かに甘えるという事を考えた事がない。家は東京に住みたいからという理由もあって一人暮らしだし、成績も運動神経も悪くないから自分でどうにかするという考えが定着してしまっている。
何より、自分のせいで寿命が変わってしまうのを恐れているから人との関わりが薄い。
正直、恋愛についてあまり考えた事はないな。女の子が好きでも一線を引いてしまうから恋愛出来ないのもあるけれど。
「じゃあ千束は?」
「ちょっ、アル中!」
「ぶっ殺すぞ猪馬鹿!!」
「あの、昼間からお酒は良くないですよ」
「酔ってねーよ!」
いや酔ってる人はみんなそう言うから。
気まずい雰囲気を作ろうとする奴を酔ってないと言えるのだろうか。
「で、どうなの?」
「ノーコメントです」
「じゃあコイツに恋人が出来たら?」
「あらゆる手段を使ってミズキさんに報告しますね。先駆者の武勇伝か裏切り者の情報かどっちの意味で聞きたいですか?」
「裏切りは許さないし、私より先とかもっと許さん。じゃなくて、その時アンタはどう思うって聞いてんの」
僕がどう思っているのか。
まあ、おめでとうと言ってその恋を応援して……そうだな。
「応援はしますけど……まあちょっと寂しいかも」
そりゃあ相手は幸せ者だとは思う。
ちょっと馬鹿でちょっと騒がしいのが玉に瑕だが、それでも太陽みたいな女の子だし、居なくなると少しだけそう思う。
……口に出すとなんかめちゃめちゃ恥ずかしくなってきた。なんか顔まで熱くなってきた気がする。
「……忘れてください」
「そっかそっかー!私に恋人が出来ると寂しいかー!案外寂しがり屋なんだね!しっかたないなぁーカケルは!」
「煩い猪突猛進脳筋女。僕はもう上がりますよ」
クソ、失言だった。
直ぐに調子に乗る奴がいるからここで言わなきゃよかった。更衣室まで退避する。僕ってポーカーフェイスが苦手だ。ボードゲームなら強いのに。
……もう少し動揺を隠せるようにしないとな。
「よかったじゃん」
「な、なんの話!?」
「顔、ニヤけて緩んでるわよ」
「ふひぁ!?」
★★★★★
僕には人の寿命が見える。
この目は本気で見ようとすれば死因さえ見えるが、逆に寿命を見えなくする事は出来ない。
街を歩けば様々な人が目に写り、名前と寿命を勝手に表示する。これはサングラスしようが、変わらない。度が悪い眼鏡は見えなくなるが、悪過ぎないと寿命を隠せないなら流石に付けない。
精々見えない存在は着ぐるみで顔を隠してたり、仮面で覆ってたりなんかしていれば流石に見えないけど、街の人全てがそんな格好をして歩く訳も無し。
「……おっ、鶏肉が安い」
今日はチキンの香草焼きにでもするかな。
トマト缶とバジルペーストもカゴの中に放り込み、レジを済ませて街を歩く。相変わらず、死のカウントダウンが鬱陶しい。チートを使う為の副産物みたいなものだというのに、この情報だけで人生が狂っていきそうだ。
「(DAへの協力をしてるけど、千束は不殺を貫けてる…半端ではないな)」
一般人の…いや、一般人だった僕からでも分かる。あの子の異常さが身に染みて理解出来る。
馬鹿みたいに力が強い訳ではなく、天才的な知略を持っている訳でもない。いや、頭はいいけど問題はそれ以外。
人の筋肉や構造の動きを読み切って動きを先読みする。君は何処のう○は一族だと言いたいくらいの洞察力。それが例えガトリングであっても、ライフルであっても見えてしまえば確実に避けられ、見えなかったところで反射的に致命傷を避ける行動で咄嗟に避ける。清々しいくらいの
「(アラン機関だったか……本物なのかもなぁ)」
天才を集め、その才能を世界のために活かす超秘密結社。都市伝説紛いの噂程度のものも、そういった意味では信憑性も出てきた。オリンピック選手みたいに大成する事が約束された存在に支援する謎組織。千束はその機関に救ってもらったらしいけど、目的は何なのだろう。
世界に感動を与えたいと言う機関なら大っぴらにしてもいい筈だ。DAなどは分かりやすいのだが、アラン機関は謎だらけだ。目的も意図も不明過ぎる。
「(まあ、都市伝説が実在するだけでどうこう出来る話ではないけど)」
千束の心臓を産み出したのがそこならば延命させられるのもアラン機関だ。死は約束されているが、例外は存在した。もしもアラン機関が千束の心臓を再び治す事が出来るのなら……
「(あの子が死ぬ所を見るのは…嫌だな……)」
半年も経てば情も湧く。
あの子は太陽みたいだ。明るくて元気で、今を全力で生きている。才能の支援が目的なら千束の才能は本物だと知っている筈だ。アラン機関の目的は……いや、
「……止めだ止め。これじゃ無限ループで空回りだ」
僕は少し護身術が出来て、翻訳が出来るだけの一般人だ。まあもうこの時点で一般人を自称するのはどうかと思うけど。僕はDAの協力者であって、それ以上の権力などない。探そうが調べようが、何の意味もない。僕に千束を救えるだけの力はチートを除いて他にない。
「……ハァ、嫌になる」
仮に千束の命を延ばした所で、僕が死ねばきっと彼女は幸せになれない。自惚れではない、彼女がそういう人間だからだ。きっと傷付いてしまう。だから僕は彼女が死のうともそれを使う気にはなれない。まあ、僕だって死にたくない。自分が大事だし、命を使い捨てにするこの力は僕の中で禁忌のようなものだ。打算的で薄汚れた考えでも、きっと多くの人は同じ事を考える。
自分より他人の命が優先されるのはいつだって自分が命を賭けてでも護りたいと思えるだけの愛がある人間の考えだ。
僕はそんな存在ではない。
死んでほしくはないけど、それでも死にたくないからきっと使わない。だから彼女が眩し過ぎる。命懸けで不殺を貫く彼女が。
「……えっ?」
脚が止まった。
そして今横を通り過ぎた赤い制服に目を見開いた。そして思わず腕を掴んでしまった。この後、僕はどうして見て見ぬフリをしなかったのか後悔している。
馬鹿が移ったのか、はたまた斜め上の成長から無鉄砲に走った結果なのか、馬鹿みたいなミスをした。いや、僕って頭良いのに成長しないな。5秒前の自分を殴りたい気分だ。
千束と同じ赤服のリコリス。
茶髪で目付きが少し悪い千束と同い年くらいの小さな女の子。実力は相当な人間だろう。だが、それでも僕にしか見えないものを見て絶句し、本気でそれを見た。
「あっ、なんだテメェ?」
「あっ、えっと……お、お茶でもどうですか…?可愛らしいお嬢さん」
《春川フキ 寿命 32分16秒[脳幹貫通による射殺]》
それは八年半前と同じ。
しかも今度は犯人側ではなくリコリス側の死が見えた事実に目を覆いたくなった。
……もうやだ、この街呪われてない?
命は全てが不平等。
自分と他人では天秤は自分に傾く。
他人に傾くならそれは偽善者かーーーである。
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pierrot
やあ、僕だよ。
早速なんだけど聞いてほしい。
僕は今、自分があやふやな事に動揺してる。
今世紀最大の
「っ……!」
それは一瞬の動揺だった。
僕自身も咄嗟の行動に驚いている。
僕は見て見ぬフリをする事が一番の救いだと思っていた。僕自身は大した事が無い。僕如きでは未来を変えられない。
変えようとした所で変えられなかったら?
命を背負っても溢れてしまうものは必ず存在する。それは僕に人の運命を変えられるだけの力が存在しないからだ。誰かを助ける医学も、誰かを制圧する武力も齧った程度では変えられない。
命を背負うという事が怖いからいつも一線を引いていた。
それに関わるという事はきっとロクでも無い事だと知っていた。運命を捻じ曲げる事をしたところで、僕にとっては他人でしかないというその考えは変わらない。変えちゃいけない。
なのに、
どうして僕はなんでこの子の腕を掴んだ?
僕が彼女の運命を変えようとするだけの理由なんてない。文字通り赤の他人、理由もなく他人を救う事は偽善者のやる事だ。僕は錦木千束のような人間にならないし、なれない事を理解している。
その生き方が尊いものだとしても、僕自身はそれからかけ離れていると理解してる筈だ。
そうなれると心の何処かでそう思ったのか?
自惚れたのか?僕が?
気持ち悪い。自分自身を嫌悪しそうだ。
僕は多分、思い上がっていた。舞い上がっていた。武力を学んで少しは強くなったと勘違いをした。錦木千束が居ない僕に誰かを救えると錯覚していたのか。僕が救えるのは自分が一番で、他は助けたいと理由がある存在の手助け程度、誰かの死を変える為に身体を張る事はしない。したらきっと
命の喪失を受け止められない。
それは八年半前に折れた筈だ。それに関わり続けても限界が来る。だから不殺を貫く彼女の所でしか力を使わないと決めていた。
急速に冷えていく頭、同時に手を振り払われる痛みが現実感に引き戻される。
「ナンパは嬉しいけど他所でやりな」
「あっ、ご、めん」
赤服の女の子は睨み付けて離れていく。
あの子は死ぬ。それは変わらないし、僕では変えられない。
「うっ……」
吐き気がする。
此処まで寿命が近い存在を見たのは二度目だ。関わらない、関わっちゃいけない。見て見ぬフリをして見殺しにする事なんていつもやってきた筈だ。今まで通り見過ごせばいい。
「(気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い)」
どうしてあの子の手を掴んでしまった。
嫌だ、怖い、気持ち悪い、背負えるはずのない命なのに、死ぬ未来を理解してしまって、あの子の死体が目に浮かぶようだ。ストレスが頭の中を埋め尽くし、今すぐ吐き尽くして楽になりたい。
「––––大丈夫か?」
背後から声が聞こえた。
振り向くとそこには荷物を抱えた紫の着物が目に入る。
「ミカ…さ…ん?」
「ああ、気分が悪そうだな。そこのベンチに座れるか?」
背中を撫でられ、ほんの少しだけ平常心を取り戻す。それでも自分自身がやろうとした偽善にまだ嫌悪感が消えない。まだ手が震えている。人を殺したわけでもない、人を見殺しにするだけ、僕だけが知っているから誰にも咎められる事はありはしないのに……
「水だ。ゆっくり飲みなさい」
「あり…がとう」
渡されたペットボトルの水は冷えていて、僕は一気にそれを飲み干した。喉は渇いてないのに、身体が冷えていく感覚に身を任せ、500mlの水はあっという間に空っぽになった。
「どうしたんだ?」
「……ファーストのリコリスの寿命が見えた」
「!」
どこで、とはミカさんは聞かなかった。
「ねえ、ミカさん。僕が見て見ぬフリをする事は間違いなのかな」
「………」
「見て見ぬフリをする事が美徳だと思っていた。運命は決まってるし、僕が介入しなければ背負う事もないから」
初めて口にするかもしれない僕の心情。
僕にしか見えないそれは人にとっては必然である。此処まで近い死の人を見たのが久しぶりというだけで、それだけなのだ。僕の生き方は変わるつもりなんて欠片もなかった。
「初めて、その決まりを破ろうとした」
間違いなく自惚れた。
偽善者でも、高尚な思いもある筈がない。ただ見たくない我儘のままに行動した。理性と感情が乖離したかのような自分の行動に僕自身動揺を隠せない。
自分の中の絶対不干渉領域。
救う、救わないと決めた境界。越えてはいけない一線に半歩踏み込んだ。その先はきっと地獄だと知っている。
「見て見ぬフリしなきゃ、僕が耐えられないと思ってたから」
だが結局、見て見ぬフリしても耐えられない。
死が近い存在を見た事は二度目。見えた人間が数分後に死ぬ事実に耐えられる程、精神が強くなかった。それが見えた所で、何も出来ない事を知っていても罪悪感に苛まれる。
命を背負う事よりマシかもしれないが、これはこれで酷く重い。
「ミカさん……僕は間違ってるの?」
僕には救う力はない。
だからって見逃すのは間違っているのか。
死が見える僕にしか分からない。
常に考えて人を助けなきゃいけない義務はあるのか。それは見える人間の義務なのか。
「間違っていないさ」
「!」
「誰も千束のような生き方を出来るはずがない。薄汚れた考えを噛み砕いて許容して生きている。私もそうだ」
ミカさんも同じ。
だけど、僕のそれは根底から違う。
「カケル、お前は優しいな」
「えっ?」
「見える事で罪悪感を持つのなら、それはきっと失わせる事を怖いと思えるからだ」
その言葉に僕は何も言えなかった。
「優しい子だよ。お前は」
頭を撫でられた。
視界がボヤけて前が見えなくなった。抑えていた筈の涙が溢れて止まらない。ずっと、僕は苦しかったのかもしれない。この力があるから、人と一線を引いてしまう。
僕が葛藤していた事を初めて話した。
抑え込まれていた感情は呆気なく欠壊した。
「ミカさん」
僕にしか見えないのならこれは僕の業だ。
あの子を救おうとしたところで、その過程で誰かを殺させてしまう。命は平等ではないけど、それを押し付ける事は今までしなかった。不殺を貫く彼女とは違う。
人殺しを押し付ける自覚はある。
知らない人に死んで欲しくないなんて甘い考えは通用しない。
でも、それでも手が届くかもしれないものに手を伸ばさない残酷さに耐えられない。救わない事が救いなのにそれさえも耐えられない。僕の弱さを他人に押し付けるしかできない。
それでも……
「––––助けてくれますか?」
「ああ、任せろ」
それでも僕は頼った。
僕の心の弱さをミカさんに押し付けた。
★★★★★
『時間は20分後、ファーストリコリスの春川フキが脳幹への銃撃により死亡する』〘射殺により死亡だと頭痛が痛い感があり違和感〙
カケルのバイクを借り、私はリコリス達の制圧する現場に向かった。フキが射殺されるのは私も看過出来ないからだ。リコリス達が平和を維持する為の使い捨ての暗殺者だとしても、私も随分千束に影響されているな。
『脳を撃ち抜かれる状況から恐らく狙撃、近接や待ち伏せの可能性は低いと思う』
ファーストの他にもセカンドリコリスが居るならば制圧は訓練されている。フキの実力は私が一番知っている。不用心な攻めをしない堅実で優秀なリコリスがそんな事をするとは思えない。死んだ原因は
『リコリスの任務場所と突入時間を照らし合わせれば多分狙撃位置がわかる…と思う』
楠木に連絡し、リコリスの任務の同伴をする。
偶にはフキの実力を見るという名分もあり、許可され場所は分かった。ビルからフキは射殺される事が分かった以上、狙撃ポイントはある程度絞れる。
「……見つけた」
本当に存在した。
リコリスを射殺しようとする狙撃手の姿が。私は狙撃手に気付かれずに頭を撃ち抜いた。そしてその二分後、約束された時間は過ぎ、フキの命は助かった。
「本当に、恐ろしい子供だよ」
死の状況を理解できているなら逆算も可能。それにより誰も死なせないという事も可能となる。それは才能ではなく神の贈り物とも呼べる。死が見える事の理不尽さは死が最も近い場所で発揮される。もしもそれが軍によって使われる時が来るならば……
『才能とは神の所有物だ、人の物ではない』
ふと、あの言葉を思い出す。
あの子は死を知るが故に優し過ぎた。冷酷になりきれない。普通の子供だ。目の前の人を見殺しに出来ない。見殺しにしようとしてずっと心を痛め続ける。
神は残酷だ。
才能に恵まれても感情と時にそれは相反する。
千束が殺す才能を持ち合わせていながら人を救う事を選んだように、彼もまた人の死から遠ざかろうとして苦しみ続ける。
……シンジ、あの子をお前が知ったらどうする?
行動に一貫性をもたない。
事態をかき乱すだけのそれは道化である。
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unsaved
やあ、僕だよ。
今日はバイトもなく、普通にカウンターで客として入っている。教科書を開いて自分に分かりやすいように噛み砕いてノートに書いていく。
「カケル、何してるの?」
「見て分からない?お勉強」
「勉強?何の?」
「医学だよ」
「はっ!?」
千束が教科書を取り上げる。
ミカさんがオススメしてくれた医学の教科書を見てギョッとしていた。
「いやいや、いきなり過ぎない!?なんで!?」
「学んどいて損はないでしょ」
まあ僕は無駄に記憶力だけはいいから。
いつも悲壮な事ばっか焼き付いて困るのだ。今回くらいは仕事をしてもらおう。あと教科書返せ。
「僕なりに力との接し方を考えただけだよ。特に意味はない」
「意味ありまくりでしょ!?」
「それに」
僕はきっと死を割り切れない。
命を尊いと感じているからこそ死に向かう人間の末路を見て見ぬフリをする事に割り切れない。
「分かってて手を伸ばさない残酷さも理解したから」
傲慢もいい所だ。ある意味大罪である。
教科書を取り上げ、先程の続きを書いていく。
この行動にあまり意味はない。医学に詳しいだけで救える命があるというのは解釈違いだ。僕自身、この行動に特に意味を見出せるものではない。もしもの時、延命処置程度しか出来ない。
でも、それで構わない。
知れるはずのことをやってこなくて誰かに押し付けるより百倍はマシだ。
「選択肢を増やすだけだよ。そこに大した意味はない」
「へー」
活かせるかどうかは別の話。
弱さを押し付けて、ミカさんに殺させた。僕は人殺しは出来ない。だから人を殺す環境より生かせる事が僕なりに出来る事だ。
少なからず力との向き合い方を考えないとな……
「カッコいいじゃん、ヒーローみたい」
「馬鹿か君は。僕は君のような偽善者にはなれない」
「そう?」
「けど」
後悔はしたくない。見え続ける死は僕にとって絶望になり得てしまう。そしてそれを救う事は僕には出来ない。身体を張って死ぬつもりはないし、やった所で足手纏いだろう。誰かを救う為に誰かを殺す事が出来ない僕は無力だ。
それでも、その理由で人殺しを押し付けるのは僕自身を嫌いになりそうなくらいのものだった。
「目の前で死なれるのは嫌だし、押し付ける屑になりたくない。それだけだよ」
それは偽善者ではない。
人類の前線に立って人々の命を救いたい!……なんて高尚な目標を持ち合わせている訳ではない。単純に僕が僕であり続ける為の選択であるだけだ。救いたいことを第一に考えている訳ではない。無力なままでいたくはない。それだけだ。
コトリ、とカウンターに置かれたコーヒーを見て千束を見るとクスリと笑っていた。
「はい、美少女の入れたコーヒー」
「……まあ、ありがとう」
「600円になりまーす」
「金とんの?」
とんだ詐欺師だ。
自称、美少女のコーヒーはミカさんに劣るとだけ言っておこう。
★★★★★
「へー、カケルがねぇ」
「そーなの暫くバイトじゃなくて普通の客としてくるし、勉強頑張ってるから話しにくいのぉー」
「あの子にとっていい影響だと思うけど、何?構ってくれなくて寂しいの?」
「ちーがーいーまーすー!」
千束は足をバタバタさせながら否定している。
構わないからという事ではなく、最近は勉強のせいで距離感が出来てしまったような気がした。仕事の時とかは問題なく送迎をしてくれたりするが、プライベートではあまり話さなくなった気がする。
「歳近いからなんとなくこの距離感がよかったの」
「今は邪魔しちゃ悪いでしょ」
「まあそうなんだけどさぁ……そういえば大学で医学部入る場合ってDA協力者はどうなるの?」
「……確かに」
医学部と言えば六年、研修医時代を終えた後に医学試験に受ける事が可能だ。それまでとてもじゃないが、DA協力なんてものは出来ない。DA協力者という肩書きだけでもリコリスを知っているカケルに対してDAはどんな対応を見せるのか。
「私は元情報部だったけど、支部である此処で働いてるから別に処分がある訳でもないけど」
「カケルの場合は?」
「……下手したら消されるんじゃね?」
その一言に千束は血相を変えてカウンターまで飛び出した。コーヒーを飲みながら医学の参考書と睨めっこしながらイヤホンを耳にノートに書き続けるカケルに千束は叫ぶ。
「カケルー!勉強をやめて普通の大学に入ってー!」
「喧しい脳筋アディショナル!!」
勉強中のカケルの叫びがリコリコに響き渡った。
★★★★★
カウンターから身を乗り出して叫んできた千束から事情を聞くが、勘違いさせていたようだ。
「はっ?大学は受かってるし医学部に受験とかしないよ?」
「えっ、でも」
「学んでるだけだ。特に意味はないって言ったろ」
何を早とちりしてるのか。
医学を学んだのはあくまで僕個人の足りないものを埋める事に過ぎない。それは今後、使えるかは微妙だから特に意味はない。
「そもそも、医学部に入ったら時間無くてDA協力が出来ないから首飛ぶし」
「あっ、知ってたの?」
「知ってる奴は口封じでしょうが。いくらミカさんでも限度あるしな」
あの人のおかげで僕は死んでないし。
つーか、僕はあの人にお世話になりっぱなしじゃないか?能力をDAに隠してくれてるのもそうだけど。
「医学は学んでるだけ。精々、応急処置で構わないから僕に出来る程度の事は覚えておきたい。それだけだよ」
それが役に立つのかは分からないけど。
僕が僕に出来る事をやらないで他人に押し付けるのが嫌なのだ。出来ない事は出来ないと割り切るけれど。知るだけなら誰だって出来る。
「つっても参考書だけじゃどーにもこーにも、リコリスの前線にいる訳でもない僕が使えるかと言われたら微妙だし、それも相まって頭が働かねえー」
「煮詰まってるねぇ」
流石に缶詰過ぎで限界だ。
糖分やカフェインの補給でも頭は疲労を隠せない。
「参考書の内容を解読するのに必死だったからな。体の構造、しくみ、病気の基礎、基礎医学は流石に専門的過ぎて噛み砕くのがやっと。一ヶ月経って三冊しか読み終えてない」
「充分過ぎるでしょ」
「無駄に記憶力だけはいいんだよなぁ僕は」
元々頭はかなりいい方だったのはある。
だけどそれ以上に、生まれ変わりから
それに関しては転生特典のオマケなのか『死の帳簿』の副産物なのか僕自身も分からない。忘れようとしても忘れられない。そのせいかおかげかフランス語も半年での習得を可能にしているくらいだ。便利ではあるが、焼き付いてしまう記憶に関しては目も当てられない上に、過ちも後悔も頭から抹消出来ない。
「はあああああああああ〜」
「おおお、溶けてる」
「そろそろ気分転換でもしないともたなそうね」
湯気が頭から出ている。
もう限界でござる。疲れが溜まり、机に伏せながら気分転換の方法を考える。
食べ歩きは糖分やカフェインとかよく取っていた為そこまで乗り気ではない。遊園地は一人で行ってもつまらない。読書に耽るという選択も無し。頭が疲れている以上、これ以上文字を見るのはキツい。
カラオケ、ゲーセン、あー、ショッピングモールに行くのはアリだな。
「映画でも行くかな……」
「映画?」
「『ガイ・ハード2』とか『彼岸のリース』とか」
「マジ!?見てんの!」
『ガイ・ハード』は特にラストシーンが良かった。
僕個人としてはマクレーンと会ってもないのに相棒気取りなあのシーンはグッときた。意外と続編は期待してたし。
「明日暇なら一緒に観に行かない?」
「別にいいけど」
千束が『ガイ・ハード』好きとはなぁ。
結構あれ面白いとはいえ男向けだと思ってたんだけど…誰かと映画見に行くのは初めてだ。あれ、これってもしかして僕にとってデートって事になるのか?
違うよね……違うよね?
★★★★★
「……ヤバ、何してんだ僕」
現在10:20で駅前のベンチに座っている。
なんと、待ち合わせの四十分前に来てしまった。
デートに浮かれていたのか?僕が?精神年齢を加算すれば僕三十歳くらいになるのに?事案レベルだぜ?
「やっぱ、精神年齢と身体は時に一致しないのかねぇ」
本能は身体、理性は頭脳。
時にそれが一致しない故の自己存在の崩壊が最近マジで起きていた。理性的な人格であるにも関わらず、子供のような思いを捨てきれていない。
乖離ではなく、ズレているような感覚。僕は偽善者にはならないと言っているくせに誰かを救える力を求めた。僕自身が一貫した考えを持ち合わせていない訳ではない。能力は非現実だが、どちらかと言えば現実主義だ。
肉体に精神が引っ張られるのか、精神が肉体に引っ張られるか、鶏が先か卵が先かとかなんかあったなこの議論。
「浮かれて……いや、ないないない」
千束をそういう目で見ている訳ではない。
……いや、でもちょっと自信ないな。好きではない訳ではないし、嫌われたくないとか思ってる時点で意外とヤバい?
前世で友達は多かったけど、生まれ変わってはこの能力のせいで友達が居なかったからその反動という可能性もあり得る。案外僕が寂しがり屋という線が出てきた。それはそれでなんか嫌だけど。
そう思ってると、肩に腕がかかる。
「ん?早くね千––––」
「よお、久しぶりだな兄ちゃん。叫ぶなよ」
肩を組まれて、制服越しに太いものを突き付けられた。
叫びたかったけど、それよりも恐怖が勝った。気が付けば女子高生の制服を着た女の子に囲まれていた。わあハーレムとか言える状況ではなく、逃げ道を封鎖された。
恐る恐る視線を横に向ける。
そこに居たのは最近僕が腕を掴んでしまったファーストリコリス。そして僕の周りを取り囲む三人のセカンドリコリス。金色、山吹色、そして黒髪の三人の女の子が目に映る。
「ちょっとお茶でもどうだ?断らないよな?アタシを可愛いって口説こうとしたんだから」
……すみません、チェンジで。
人は神に救われない。
人を救えるのはいつだって人である。
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bluffing
ボチボチやっていこうと思います。学校も始まりゆっくりになりますが、書いていきたいと思います。励ましてくださった方々、ありがとうございます。
可愛い女の子に囲まれながら、僕は内心涙を流した。
確かに憧れた事はある。なんなら欲望に忠実な男子なら一回は想像をした事があるであろう。逆ナンという奴を、ハーレムという奴を。それは妄想の産物、現実ではあり得る事のない甘酸っぱいシチュエーションだったり、妄想と分かっていても期待してしまうものではある。
なお、ドキドキは命の危険であるのだけど。
いやー、ラブコメの神様も中々粋な事をしてくれる(白目)
「……お久しぶりだね」
「ああ久しぶり、あの時のナンパ以来か?元気そうでなによりだ」
顔が引き攣る。
そして根に持っている。遺書を書いておくべきだっただろうか、最後の晩餐が鮭のホイル焼きと味噌汁とサラダとキノコグラタン……案外悪くないな。まずいな、若干諦めちゃってるよ僕。
何が目的だ?
僕の能力が漏れた?
それともスパイ疑惑でも出てきたのか?
落ち着け。状況を理解しろ。
一つ言えるとするなら
僕を殺すなら精々多くても二人で充分な筈、僕にリコリスが四人もいる。しかもファーストとセカンドが三人も。
「(DAがわざわざ不殺、いや……)」
手を下すのか迷っているのか?
僕を調べる事は出来る筈だ。まあ多分、データベースには大した情報がないと思うけど。いや……だからこそなのか?
「(幾らなんでもファースト一人、セカンド三人は過剰過ぎる)」
わざわざ僕を殺すなら春川フキくらいで事足りる。我ながら脆弱さに呆れて笑えもしないが、まあ事実だ。この戦力は明らかに過剰過ぎる。
「––––それで、僕になんの用かな?」
「場所を変える。ついてこい」
「こういうの初めてなので優しくしてください」
「それ男のオマエが言うセリフか?」
拳銃突きつけられる逆ナンとか誰も想定してないでしょ。
★★★★★
「なんでファミレスなの?」
「木を隠すなら森の中、此処なら他の高校生とかいるから会話も飛び交って問題ないだろ?」
まあ確かに。JKと言えばファミレスなのは定番か。
だが、構図は四対一のハーレム野郎という事で他の男子高校生がこっちをチラチラ見てる。代わりたいなら代わってもいいよ。拳銃突きつけられるけど。
「えっ、注文するの?」
「頼まないと不審に思われるだろ。オマエも最後の晩餐と思って何か頼め」
「じゃあ期間限定と一番高い奴」
「遠慮しろよ」
いや最後の晩餐って言ったの君じゃん……。
メニューを開き、注文をタッチパネルで終わらせると黒髪の女の子から何かを差し出された。
「これを」
「……通信機?」
「それを装着してください。司令と繋がっています」
「!」
耳に装着するタイプの通信機を渡されて言われたまま装着する。司令ってアレだよな楠木司令官だったか。悪意を悟らせない平和を維持するマキャベリズム思想の組織の親玉。悪意絶対殺すウーマンが揃った暗殺者の統括的存在、怖すぎる。もう声が震えそうだぜ。
『––––こうして会話するのは初めてだな。星神カケル』
そこから聞こえたのは冷徹な声。
人に犠牲を強いる事を躊躇わないような人の声が耳に届いた。それだけで恐怖が倍増する。
「……ミカさんから話は聞いてますよ楠木司令官殿、こんな過剰戦力引き連れて僕に何か御用ですか?」
いやもう帰ってほしい。
物騒過ぎます。銃突きつけられたデートなんてお呼びじゃねえ。
『此処半年、DAでさえ解明できなかった身分や正体がミズキによって暴かれている』
「ミズキさん凄いな」
『ミズキは優秀な情報部だ。だが、人手の多さや情報収集力に必要な機材が此方では揃っている。幾らなんでもミズキ一人で解明できたとは思えん』
そりゃあDAの本部の方が設備がいいだろう。
ミズキさんが幾ら優秀でも、設備の多さや人員には流石に負ける。情報解明が早過ぎる事に違和感が出来てしまったらしい。
『ミズキの他に居るとするなら真っ先に疑うのは貴様だろう』
「つまり、スパイ疑惑ですか?」
『どちらも経歴の偽造は確認出来なかった。貴様はスパイではない』
「じゃあ何故」
『
クソッ、上手い。
同じ立場なら僕でも疑問に思う事だ。普通なら普通の人間を異常な場所に置かない。孤児でも無ければ凄腕の医師でも情報屋でもない。
『貴様が半年前、ミカの権限で『DA協力許可証』を発行、それと同時にミズキの捜査力が格段に上がっている。これが偶然と言えるのか?』
そこまで調べ上げられて僕の情報を掴めなかった故にコレか。客観的に見れば確かに僕は怪し過ぎる。駄目だ、弁解の言葉が浮かばない。
『貴様は何者だ?』
その言葉の返答を窮した。
僕は良くも悪くも能力以外の取り柄がない。そんな人間をミカさんが推薦するなどあり得ない。裏がないからこそ能力的に見ても不自然だ。言い訳も嘘も通用しない。
いやそもそも上層部は僕をどう思っている?
普通の人間の裏に誰かが居ると思っているなら僕を捕らえるか監視すれば尻尾を掴めると睨む筈。それがないって事は監視はもう行われていたのか。
「(どう切り抜けるのが正解だ…?能力は絶対に言えない)」
まずい、逃げ場がない事実と突き付けられた拳銃が今になって怖くなって来た。動揺するな、平静を突き通さなければ疚しい何かがあると疑われてしまう。水が飲みたいのに腕が動かない、喉がカラカラで水を求めて堪らない。
ピリリリリと音が鳴る。
ポケットに入れたスマホが震える。そこに表示されていたのは『偽善者』の文字が出ていた。
「出ろよ。スピーカーにしろよ」
偽善者だけなら誰だか普通は分からない。
これの表示が千束だったら迷わず切られていたかもしれない。
「……もしもし」
『もーっ、待ち合わせ居ないし、ガッツリ遅刻してるじゃん!今どこに居るの!?』
「すまん急用が出来てな。時間ズラせるか?」
『おおいっ!?女の子の約束をすっぽか–––』
「
あの子なら通じる筈だ。
僕と千束の呼び方を変えただけで異常事態だと分かる筈だ。此処にいるリコリスに悟られないように普通に話す。
『分かった、リコリコで時間を潰してるね』
「すまん。迷惑かける」
電話を切る。
少しだけ安心できたのは千束のおかげか。
四方八方から僕を殺せるリコリス達、百戦錬磨の司令官。状況は絶望的だけど、安心出来たのはデカい。
ダラダラ時間をかければそれこそ疑われる。
千束が来るにしても来ないにしても時間稼ぎが出来る相手ではない。
思考が回せるなら、僕にも勝ち目はある筈だ。
暴力で勝てない、言葉遊びで勝てない、けど
この場合の勝ちは『能力を悟られず殺されない事』。
さあ、嘘をつこう。
僕が今出来る最善のハッタリを。
「––––僕は情報屋だ。あくまでリコリコ限定のね」
このハッタリはかなり上等だと思う。
僕が普通なら普通ではないという嘘で誤魔化す事が一番の解決策だ。
『何?馬鹿を言うな、貴様の経歴に偽りは』
「偽りは無いって信用してくれてる辺り、随分信頼があるんだねその情報に。まあ当然か、今まで信頼してきたデータベースが弾き出した答えだもんな。沽券に関わるってか?」
その言葉に司令官の言葉が止まる。
監視されていようが居なかろうが、僕は間違いなく調べられている。データにしろ、日常にしろ僕を調べた人間、情報を信頼できる何かがある。そんな優秀な情報担当者の言葉の方が信じられるのは当然だろう。
「まあいい、僕が売れる情報は精々名前程度。僕はそれ以上の情報を提供しない特殊な情報屋だからね。気付かないのも無理はない」
『そんな情報は聞いたこと』
「ないだろ?当たり前だ。特殊故に依頼は少な過ぎる。名前の特定しかしない情報屋に需要があると思うか?」
一番効く嘘は真実と織り交ぜた嘘だ。
僕は名前を知る事が出来ると言ったが情報屋ではない。その方法を明言してはいない。論点をすり替える。僕が何者なのか知る事で安心さえ与えれば僕の能力まで分からない。追求は出来ない。
『では何故貴様は情報屋をしている。需要がないのだろう?』
「そうだね。あくまで情報屋は趣味程度だよ。僕はDAに興味はないけど、錦木千束には興味がある。だから僕は趣味程度に手伝っている。それだけだよ」
我ながらめちゃくちゃだ。
趣味で情報屋をやるなんて言い訳に内心嗤える。けど、通じる筈だ。違和感はあるだろうが、辻褄合わせには丁度いい。交渉術なんて知らない、そんなものは悪意を殺す怪物の親玉に通じる筈がない、誤魔化せるわけがない。
でも、
「そしてこれは忠告だ。僕は最悪の場合を除いてDAに間接的には協力しても直接の協力をするつもりはない」
相手のペースに乗せられるつもりはない。
質問が飛んで来ればボロが出る。だから見栄を張って悟らせない。僕のペースで質問をさせない。それに直接協力はしない、こればかりは本音だ。僕だって死にたくはないが、プライドはある。この能力をこの組織で使いたくはない。
「不殺を貫く彼女だから協力する。それこそ趣味程度にさ。だから––––」
僕は千束の協力者。
千束が不殺を許されているなら、不殺でしか動かない事の余地はある。喫茶店リコリコが存続されているくらいに千束の能力が有能だからだ。僕は能力を除いて大した存在ではない。千束のような怪物クラスな力は持っていない。普通の感性を持った人間に過ぎない。
だからこそ牽制する。
せめて、司令官に千束のように使える存在と認識させる。生かしておいてメリットがある強者と錯覚させる強い言葉で僕は告げる。
「––––
沈黙。
我ながら俺という言葉が似合わない。動揺こそ出ていないが心臓の音が聞こえる。此処で決まる生死の二択に心臓が張り裂けそうなくらいに耳に鼓動が残る。
1秒、5秒、10秒、それさえも長く感じる。
目眩がする程の緊張に意識を手放したいと思うのを奥歯を噛み締めて堪える。そして返答が返される。
『––––いいだろう。今回は見逃そう』
「!」
『貴様が我が組織で有益だと判断した上での決定だ。引き上げろ』
テーブルに隠れた拳銃を仕舞われ席を立つリコリス達。突きつけられた緊張感が消え、内心ホッとする。そして去り際に春川フキが僕に一言忠告してきた。
「アタシは信じねえぞ。オマエ、然程優秀じゃねえだろ」
「その観察眼は正しいぜ、春川フキ」
「……っ、チッ」
優秀が何をもって優秀なのかはさておき、運命を変えられる事が優秀なら僕は優秀じゃない。というかちょっと僕の運命って迷子になりやすいし。春川フキ率いるリコリスの集団がファミレスから去っていくのを確認すると力が抜けて過去一番長いため息をついた。
「………はあああぁぁぁぁ」
生かされたな。
僕のあの牽制程度で揺らぐとは思えない。なんなら一歩間違えば殺される立場にある綱渡りで牽制なんてした時点で殺されてもおかしくなかった。それでも殺されなかったのは情報屋の部分に納得出来た部分があったからか、殺すよりは嘘でも情報屋としての力を有益と認めてくれたのか、今となってはどっちか分からない。
足音が聞こえた。
座席にもたれながら首だけを動かすと息を切らして助けに来た千束の姿があった。
「カケル!!」
「……千束か」
意外と僕はこの子に助けられてるのかな。
じゃなきゃ、牽制するなんて勇気を踏み出せなかったかもしれない。案外、僕もこの子に甘えてる節があるのか。精神年齢大人なのに情けないけど。
「大丈夫!?何かあったの?」
「寿命が縮んだ」
ギョッとする千束に力無く微笑んだ。
「冗談だよ」
やっぱり僕はハッタリより冗談の方が好きだ。
引き返せない嘘より引き返せる嘘の方が気楽だからね。
虚言妄言は時に酒より人を酔わせる。
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brutus
「ありがとうございました、またお越しくださいませ………」
やあ、僕だよ。
僕も久々に疲れていた。レジ打ちのラッシュが終わり漸く店が落ち着いた。リコリコはここ最近忙しくなり始めた。というのもどっかのお馬鹿さんが『食べモグ』にこの店ツイートしたせいか暫くの間繁盛していた。近場の常連客が来なければ閑古鳥が鳴いていたこの店も忙しい。流石に手が回らない。
「っはー、流石に疲れました」
「人手が足りないっ。一人抜けたら目も当てられないでしょこれ」
「カケル体力ないね」
「現役の君と一緒にしないでくれる?僕これでも一般人」
「元、でしょ?」
「ぐぅ」
ぐぅの音が口から出た。
ミズキさんも僕もカウンターでぐったりしている。幾らなんでもこの量を毎回捌くとなると流石にキツい。キッチン二人に配膳二人だとしても此処二階まであるし手が足りない。
「安心しろ。もうすぐこの支部にも人手が来る」
「……えっ、はっ!?」
なん…だと……!?
それは喜んでいいのか、DA直属とはいえこの場所に転属してくる人が居るのか!?どんな変人なんだ……!?
「ミカさんはまだしも飲んだくれと脳筋猪女と変な奴しかいないこの支部に、どんな変人が?」
「言っとくけどアンタが一番変よ」
「めっちゃブーメラン」
「グサリ」
ミカさんはまだマトモだが、たまに訪れる吉松さんに熱い視線を向けてるのを見て僕は今も恐怖を覚えている。信頼していた上司がホモ疑惑である事にたまに震えが止まらない(汗)。
というかこの支部で独身アル中、銃弾躱す能天気、寿命が見える半一般人と変人しか居ねえ。何処か変な方向で尖っている。
「まあ冗談はさておき、DAの子ですか?」
「ああ、問題をやらかして此方に流される」
「此処の問題児は千束で間に合ってるのに」
「それすっごい心外!カケルもどっこいどっこいでしょ!?」
「千束それ自分が問題児と認めてるからね」
あと、同列に語るなすっとこどっこい。
君が一番オンリーワンでヤバい奴だからな?
★★★★★
今日は客として勉強中、医学の学習もいよいよキツくなってきた。こればかりは実践しないだけで知識があるだけという中途半端な状態なのだ。もう限界かもな。ミカさん直伝の近接制圧術も免許皆伝貰った。まあ使う日なんて来ない事を祈るけど。
「流石に限界か?」
「……使う日なんて来ないと思うからもういいや」
そもそも応急処置さえマスターすれば良かったのに気が付けば二十冊以上の参考書を読んでる。もう流石にいいだろう。妥協したくはないが、個人でどうこう出来る限度はある。
それに千束の使っている非殺傷弾では血が出ないし。僕の現場はDAの補佐ではなく、不殺の千束の時にしか動かない。しかもバイクの送迎だけ。いざという時の護身術も医療知識も此処が精一杯だろう。
「暇なら材料買ってきて」
「今日は店番じゃないんだけど」
「いいでしょ別に。材料がかなりの量なのよ」
ミズキさんから渡されたメモ書きを見る。
どれも重そうな材料ばかり。一気に買うとなると流石にバイクで買って帰る事が出来ないくらいの量はある。
「この量だとバイクは無理ですよ」
「千束連れて行きなさい。買い物デートよ」
「これはパシリって言うんですけど?」
「千束、済まないが頼む」
「はいはーい、先生行ってくる!ほらカケルも!」
「えっ、ちょ」
千束に腕を掴まれて外に引き摺り出された。
結構、ミズキさんのパシリで僕達は買い物に行く事になった。
★★★★★
「砂糖、餡子、団子粉、小麦粉、醤油、シロップと抹茶と……」
「うどん!あだぁ!?」
「節穴か。書いてないし食べたいだけでしょ」
おいこら駄菓子を入れるな。
買い物籠に放り込まれる材料にそろそろ腕が痛くなってきた。あと千束、お前材料もうちょい優しく入れて。腕めっちゃ痺れる。
総重量だけなら下手したら十キロを超える量をエコバッグに詰めていく。どうしてこうなるまで放っておいた……って最近リコリコが人気だからか。だいぶ重いな。
「そういえば、今日が新しいリコリスの配属だったっけ」
「マジでっ!っ〜〜!リコリコに新しいメンバーが遂に!」
「嬉しいのか?」
「そりゃ勿論!!」
にひひと笑いながら嬉しそうな顔をしている千束だが、僕からすれば少しだけ怖い。
DAの直接協力ではなく間接的協力で許されているのだが、あっちも僕が未知数だが顔を見て名前を看破できる力、調べ上げられる実績がある分手を出さないだけ。まだ殺害許可が完全に取り消されてる訳じゃない。
あくまで生かされているだけで綱渡り状態だ。そんな中でリコリスを入れられると僕にとっての監視みたいに思えるのだけど……
「まあ、人手が足りるだけで済めばいいけど」
ミカさん曰く、取引相手の生捕りの命令違反。
機関銃乱射して皆殺しにし、此方に回されたとか聞いたし。そのせいで銃千丁が行方不明となったらしい。命令違反はどんな理由があったのか詳しく聞いてないけど。
というか銃千丁って戦争でもおっ始める気か?この日本で?
「あと『食べモグ』のツイートは程々にしておいた方がいいよ?」
「えぇ〜、でもホールスタッフが可愛いって来てるし」
「確かに千束は可愛いけど、仕事で支障が出る時もあるから気をつけてよ」
不殺が許されてるとはいえ仮にもDAの支部。
安易なネット流出はタブーだろうし、変な情報で僕が殺される事になったら目も当てられない。
「……ん?どした?」
「うぇ!?な、なんでもない……うひひ」
目を逸らされた。
というか、この人気は『食べモグ』の評価ではなく、ホールスタッフ目当ての部分が多かったのか。成る程、暫く閑古鳥が鳴かない理由がそれか。リコリコに戻り、扉を開けるとセカンドの服を着た……
「「あっ」」
……もの凄い見覚えのあるリコリスだった。
あの時の銃を突きつけてきたリコリスの集団の一人の黒髪の女の子。あの子か、あの時寿命とか気にする事が出来なかったけど……この子も相当ヤバいな。
「おかえり、二人とも」
「センセー、大変!『食べモグ』でこの店ホールスタッフが可愛いって!これ私のことだよね?」
「アタシのことだよ!」
「……冗談は顔だけにしろよ酔っ払い」
「いや二人の事でいいでしょ。二人とも顔はいいし」
「「あざーっす!」」
「なのにどうしてミズキさん結婚できないんだろ」
「張っ倒すわよ」
ミズキさん酒癖さえ治せば本当に美人なのに、どうして出会いがないのだろう。頭のいい才色兼備なのに、どうしてこれで結婚できないのだろう。圧倒的に男運がないと本当に心配になってきた。
本当、早く誰か貰ってあげて。
「ん?その制服、リコリス……?」
「はい、本日からこちらに転属となりました、井ノ上たきなと申します」
「うはぁ〜!新人さんだぁ〜!歳はいくつ!?」
「16です」
「それじゃわたしが一つお姉ちゃんか〜。あ、でもさんは要らないからね、ち・さ・とでオケ!」
「はあ……」
若干引いている。
まあ千束の距離感って結構バグっているしな。すぐ慣れると思うけど。今度は僕に律儀に挨拶してきた。この子が此処に転属する理由って命令違反による銃撃乱射だよね?僕の監視とかじゃないよね?
「お久しぶりです」
「お久しぶり。転属理由って監視で来たの?」
「貴方は最重要警戒対象ですが、転属理由に監視は特に言われていないです」
「僕そんな評価なの?」
ため息を吐く。
それは僕の評価に対してではなく、井ノ上さんの頭に表示されているそれについて。前回会った時は気が気じゃなくてあまり覚えてなかったけど……
《井ノ上たきな 寿命3月12日 死因[射殺]》
貴様もかブルータス。
神は全てを知っているが生きる人に手を伸ばさない
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