宇宙戦艦ヤマト 迷い子達のアンサンブル (soul)
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接触編
人物名鑑


SIDE 宇宙戦艦ヤマト

 

 沖田十三   艦長  宙将

 

 技術科

 真田志郎   副長  三等宙佐

 桐生美影   技術科員 准宙尉

 

 戦術科

 古代進    戦術長 一等宙尉

 南部康雄   砲雷長 二等宙尉

 

 航海科

 島大輔    航海長 一等宙尉

 太田健二郎  気象長 三等宙尉

 

 船務科

 森雪     船務長 一等宙尉

 相原義一   通信長 三等宙尉

 岬百合亜   船務科 士官候補生

 

 機関科

 徳川彦左衛門 機関長 三等宙佐

 

 衛生科

 佐渡酒造   衛生長 艦医(二佐相当)

 原田真琴   衛生士 宙曹待遇軍属 

 

 保安部

 星名透    保安部員 准宙尉

 

 


 

 

SIDE STAR TREK

 

 ジャン=リュック・ピカード大佐 艦長

 USSエンタープライズEの艦長として艦を指揮して来た経験豊富な艦隊士官であり、沈着冷静な彼の指揮によってエンタープライズは数々の偉業を成し遂げて来た。

 2367年 危険な敵性種族『ボーグ集合体』による惑星連邦への侵攻の折に彼は心に大きな傷を負うが、様々な人の支援によって持ち直した。

 苦手なモノは、小動物と子供。それに超常の存在である『Q』とある部下の母親である。

 

 ウィリアム・トーマス・ライカー中佐 副長

 USSエンタープライズEの副長であり、E型艦の前身であるエンタープライズDに副長として赴任した当初は上昇意識が高く、いずれ艦長になる事を目指していたが、ピカードの人柄やクルーとの家族意識が芽生えて三度の艦長昇進を断り、エンタープライズの副長としてピカードを補佐している。

 

 データー少佐 科学士官

 宇宙艦隊初のアンドロイド士官であり、陽電子頭脳を搭載しており人間より数倍のスペックを持つ。自分には無い人間の感情と言う物に興味を示し、それを得る為に試行錯誤を繰り返している。

 あらゆる知識を記録しており、それ故に意見を求められると関連はあるもののその場では必要のない情報まで延々と羅列し始めてしまうため、ピカードやライカーからすぐさま「もういい、データー」と遮られることが多い。

 

 ディアナ・トロイ中佐 カウンセラー

 エンタープライズのカウンセラーとしてクルーの心理面のカウンセリングを担当しているが、メインブリッジにいることも多く艦長に助言を求められることも多い。

 テレパシー能力を持つベタゾイド人と地球人との間に生まれ、自身もテレパシー能力を持ち、それがピカードの判断の一助となる事が多い。

 

 ウィーフ少佐 戦術・保安士官

 戦争により家族を失って地球人に引き取られた後も、戦士の種族であるクリンゴン人と地球人との違いに苦しみながらも成長し、クリンゴン人初の艦隊士官となる。

 クリンゴンの血が騒ぐのか、主戦派の急先鋒として直ぐに戦闘をピカードに進言するが、いつも自制を求められる。

 

 ジョーディ・ラ=フォージ少佐 機関部長

 優秀なエンジニアであり、ピカード艦長の無茶ぶりに四苦八苦する苦労人である。

 

 


 

 

SIDE 機動戦艦ナデシコ-The prince of darkness-

 

 年齢は転移前のモノ

 

 ミスマル・ユリカ 大佐相当 25歳

 火星の後継者から救出された後、回復していない身体を押してネルガルの計画に無理矢理参加する。まるで時間がない様に――遺跡の演算ユニットとのリンクは未だ途切れて居ない。

 

 ホシノ・ルリ 中佐 艦長 16歳

 火星の後継者の乱を平定した功績により中佐に昇進。『ヒサゴ・プラン」を失ったダメージから目を逸らす意味でも盛大に式典が行われて主賓として引っ張りだこだったが、多忙なその裏でミスマル・ユリカと共にネルガルが秘密裏に進める『テンカワ・アキト」(強制)帰還計画を察知して無理やり参加するも、テンカワ・アキトの余命を知ったユリカの暴走に巻き込まれて転移する。

 

タカスゴ・サブロウタ 大尉 ナデシコC副長 25歳

蜥蜴戦争終結後にルリのボディーガードの任務に就いたが、周囲に溶け込む為に検索した資料が古かった為にサーファーに変装したのが気に入ったのか、以後その姿をしている。

 

ルリに付き従うナイトの如く常に彼女のサポートをしており、今回も彼女の中の思いに決着をつけるべくテンカワ・アキト(強制)帰還作戦に参加するルリと共に行動する。

 

 マキビ・ハリ 少尉 副長補佐 11歳

 同じ境遇であるルリを慕い、彼女が参加するテンカワ・アキト(強制)帰還作戦にルリをサポートするべく参加する。

 

 ハルカ・ミナト 元操舵手 27歳

 火星の後継者の乱の折に、無理をしているホシノ・ルリを心配して『ナデシコC』に乗り込む。

 ミスマル・ユリカ救出後に、未だ帰還しないテンカワ・アキト(強制)帰還作戦を知って、最後まで見届ける為に胡散臭い『ナデシコD』に乗艦する。

 

 イネス・フレサンジュ 医療班&科学班担当 33歳

 A級ジャンパーでもある彼女は火星の後継者に狙われて身を隠していたが、ホシノ・ルリの『ナデシコC』を起動する為にマキビ・ハリを月のネルガル秘密ドックへジャンプさせたのを皮切りに、二度も『ナデシコC』をボソン・ジャンプさせている。

 今回テンカワ・アキト(強制)帰還作戦へ参加してマッドの才能を遺憾なく発揮してる。

 

 アオイ・ジュン 副長 25歳

 元ナデシコ・クルー。ユリカとは幼少の頃からの幼馴染であり、彼女に恋心を抱いていたがユリカがアキトと結婚した事により失恋。

その後に起こった火星の後継者の暗躍により事故死したと思われていたユリカとアキトの生存を知り、ホシノ・ルリと『オモイカネ』によるテロリストの鎮圧に協力する。

 

今回ネルガルによるテンカワ・アキト(強制)帰還作戦のオファーを受け、ネルガル会長アカツキ・ナガレの胡散臭い笑みを訝しみながらも、ユリカ達の生存を知らなかった自分に悔いているが故に、結末をその目で見る為に参加する。

 

 ウリバタケ・セイヤ 整備班長 34歳

 旧ナデシコ時代よりメカニック部門の班長として活躍し、彼のアイディアによって作られた装備によって戦闘を有利に運ぶ事もあれば、暴走してトンデモないシロモノを作り出すなどメカオタクなオヤヂな一面を持つ。

 

 『ナデシコD』の存在を知ったアオイ・ジュンから技術面での助言を求められた時にテンカワ・アキト(強制)帰還作戦の存在を知り、結末をその目で見る為に参加する。

 

 ラピス・ラズリ ユーチャリス・オペレーター 10歳

 元々は非合法の実験施設でホシノ・ルリを上回る事を目的に生み出されたデザイン・チャイルドで、木蓮の外道に拉致されそうになった所をネルガルのシークレットサービスに救助されて、当時救出されたテンカワ・アキトが自暴自棄になって暴走する危険性があったので、彼に対する枷と言う意味でもサポート要員として共に行動するようになる。

 

 その後、ミスマル・ユリカの暴走に巻き込まれてユーチャリスごと並行世界に転移した折に『ボーグ・キューブ』と接触して同化された彼女は、ISF強化体質にてナノマシンへの干渉能力が高かった事とホシノ・ルリを超えるべく様々な知識を詰め込まれた事が幸いして、ボーグのナノプローグに偽情報を流して部分的な自由を得て、アキトを探して『キューブ』内をさ迷う内に世界の悪意の甘言にだまくらかされ、ピンクの悪魔となる。

 

 


 

 

SIDE ガミラス

 

 アベルト・デスラー

 旧ガミラス独裁体制時の総統であり、イスカンダル主義を掲げて拡大政策を主導して宇宙に戦乱を起こして、その魔の手は銀河系の辺境である地球にまで伸びた。

 焦土と化した地球を救う為に航海を続ける宇宙戦艦ヤマトと戦って命を落としたかに見えたが、ガトランティスに拾われた彼はヤマトへの復讐を果たすべく、再びヤマトの前に現れた――だが、彼にとって大切なモノは滅びを定められたガミラス民族を救う事であり、ヤマトへの復讐など彼には些細な事でしかなかった。

 

 クラウス・キーマン

 民主化を謳うガミラス新体制よりガミラス帝国地球駐在武官中尉として赴任する。シニカルな態度と毒舌を放つ冷たい印象を与える青年だが、内側には熱い心を持つ――彼はガミラスの保安情報局の工作員であり、旧ガミラス体制の復活を目論む黒幕の内定をおこなっていた折に、叔父であるアベルトと出会う。彼の本名はランハルト・デスラー、アベルトの兄の子供であり、独裁体制を突き進むアベルトを暗殺しようとした母親と共に、帝都バレラスを追放されて辛い少年期を送ったが故に斜に構えていたが、ガミラス本星の寿命問題を知り、一人でガミラス民族の未来を背負おうとするアベルトの姿に複雑な思いを抱く。

 

 

SIDE ガトランティス

 

 大帝ズォーダー

 ガトランティスを統べる男であり、愛を知りながらも人に裏切られた事により深い絶望に囚われ、人に絶望した男はこの宇宙に大いなる愛という名の平等な死を与えるべく、巨大な白色彗星によって宇宙を席巻する。

 

 シファル・サーベラー(桂木透子)

 クローン体で世代を重なるガトランティスの中でただ一人の人間。ガトランティスを造り出したレムリア人の一人の女性の純粋なコピーであり、『滅びの箱舟」を操る資格を持つ人間である。かつてズォーダーを愛し、同胞に殺された彼女はガトランティスと共に宇宙を席巻し、地球攻略の為にテレサに呼ばれし船ヤマトに潜入して様々な工作を行う。

 

 


 

 

オリジナルキャラクター

 

 翡翠 本名クリス・エム 自称『ヤマト」のマスコットガール?

 ヤマトの第一格納庫近くの外殻に突き刺さっていた。栗色の髪と緑色の瞳を持つ十歳前後の異星人の少女だが、最初から日本語を話すなど謎多き少女であるが、その正体は太古の昔より悪魔と語り継がれた邪悪な『IMPERIAL(いにしえの帝国)』の恐怖を司る、愚蒙(ぐもう)なりし『IMPERIAL・GHOST(帝国の亡霊)』の一人

 

 

 『ナデシコ』サイド

 

 アゥイン・カネミヤ 11歳 ポニーテールに髪を束ねている。水色の髪と金色の瞳を持つ双子のマシンチャイルドのお姉さんの方。

 生真面目な性格をしており、双子の妹のノゼアの部屋を汚部屋にしない為に時折片づけにいっている。デュアル・コンピューター『ウワハル』担当

 

 ノゼア・カネミヤ 11歳 長い黒髪を二つに編んで三つ編みにしている。黒髪と金色の瞳を持つ双子のマシンチャイルドの妹の方。

 ぐーたらな性格をしており、要領は良いが隠れた所でサボっている。めんどくさいが口癖で、部屋を汚してはアゥインに片付けてもらっている。デュアル・コンピューター『シタハル』担当

 

 ジャスパー 年齢不詳(11歳くらい)

 未来にて位階を上った『オモイカネ』により過去へと送り込まれた『コンピューター思念体』であり、旧『ナデシコD』のシステムの奥深くに潜んでいたが、ナデシコ・クルーと対話する為に人工の肉体を用意して姿を現した。

 

 普通の人間には現れない銀色の髪を短めのボブカットに揃えた眠たげな金色の瞳を持つ十代前半と思われる少女の姿をしており、当初は享楽的に見えたが苦労人である

 

 

 




どうもSOULです。
今回、SSに登場する登場人物の紹介文などを掲載します。
宇宙戦艦ヤマトはメジャーだと思うので紹介文は省きましたが、STAR TREKはマイナーだと思うので……(なみだ~)


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登場艦艇編

 

 地球連邦

 

 宇宙戦艦ヤマト

 

 ご存じ主人公艦。ガミラス帝国との戦争により滅亡の危機を迎えたち地球人類の願いを一身に受け、16万8千光年という人跡未踏の航海に旅立った『やまと』は中間地点であるバラン星宙域で1万隻を超えるガミラス艦隊を奇策を以て突破したが、亜空間回廊にて実験艦で復帰しようとしていた翡翠と接触して量子的に不安定となって並行世界に迷い込む。

 

 並行世界で一大勢力を持つ惑星連邦の深宇宙探査艦USSエンタープライズEと接触して自分達が並行世界に迷い込んだ事を悟り、元の世界へ帰還する術を求めて宇宙を放浪する『ヤマト』の前に、宇宙で最も恐れられている種族『ボーグ集合体』の巨大航宙艦『ボーグ・キューブ』が立ち塞がる――救援に来たエンタープライズEと、仲間を救う為に『ボーグ』と敵対していた『ナデシコ』に助けられた『ヤマト』は、彼らと協力して強大な『ボーグ集合体』の魔の手を退けて、元の世界への帰還を果たす。

 

 終章

 

イスカンダルにて惑星再生システム「コスモリバース・システム」を受領して地球へと帰還した後に、記念艦として海底ドックに安置されていたが、帝星ガトランティスとの交戦に際して地球連邦防衛軍の波動砲艦隊構想にもとづく戦列復帰が決定し、波動砲の再装備を含めた大改装を受けている。辺境を脅かすガトランティスの侵攻を撃退している最中に、謎の存在「テレサ」からのコスモウェーブを受けて、反乱覚悟で地球を飛び立つ。

 全長333メートル

 武装

 次元波動爆縮放射機(200サンチ口径、通称:波動砲)×1門

 主砲:48サンチ三連装陽電子衝撃砲塔×3基(第一、第二砲塔のみ実体弾も射撃可能)

 副砲:20サンチ三連装陽電子衝撃砲塔×2基(第一砲塔のみ実体弾も射撃可能)

 魚雷発射管×12門(艦首および艦尾両舷)

 短魚雷発射管×16門(両舷側面) 八連装ミサイル発射塔×1基(煙突部)

 ミサイル発射管×8門(艦底) 94式爆雷投射機(マスト付け根)

 12.7サンチ四連装高角速射光線砲塔×8基 8.8サンチ三連装高角速射光線砲塔×4基(『2199』)→2基(『2202』)

 12.7サンチ連装高角速射光線砲塔×8基 7.5サンチ連装高角速射光線砲塔×10基(『2199』)→18基(『2202』)

 7.5サンチ三連装速射光線機関砲塔×4基 司令塔近接防御火器×2基

 

 

 前衛武装宇宙艦アンドロメダ

 

 地球連邦航宙艦隊旗艦として地球の『波動砲艦隊計画』に基づいて建造され、『ヤマト』よりも巨大な船体ながら自動化の促進により少ない人数の乗組員で運用が可能な最新鋭戦艦である。

 『ヤマト』の三連装陽電子衝撃砲を発展させた40.6センチ三連装収束圧縮型衝撃波砲塔を4基搭載しており、『ヤマト』より口径は小さいながら圧縮した状態で砲撃する事で威力は同等以上、速射性に優れており、多数の火器に守られた堅牢な戦艦である。

 そして『アンドロメダ』最大の特徴である艦首に搭載された『二連装拡散波動砲』は単装である『ヤマト』の『波動砲』を遥かに上回る破壊力を有している

 全長444メートル 乗員200名

 武装

 二連装次元波動爆縮放射機(通称:拡散波動砲)

 40.6センチ三連装収束圧縮型衝撃波砲塔×4基

 速射魚雷発射管×4門(艦首船嘴部両舷) 

 重力子スプレッド発射機×4基(波動砲上下)

 四連装対艦グレネード投射機×2基(前甲板両舷)

 亜空間魚雷発射機×4基(両舷)

 短魚雷発射管×16門(両舷) 多連装ミサイル発射機×16基(両舷)

 ミサイル発射管×10門(艦底) 

 司令塔防護ショックフィールド砲×3基(司令塔前部および基部)

 近接戦闘用六連装側方光線投射砲×2基(司令塔基部)

 対空パルスレーザー砲塔×4基(司令塔および基部)

 拡散型対空パルスレーザー砲塔×1基(司令塔基部後方)

 

 

 量産型武装運用システムD1 ドレットノート級主力戦艦

 

 ガミラス帝国のガイデロール級航宙戦艦の構造を基に開発され、地球連邦航宙艦隊の主力戦艦として地球に発生した時間断層内のドックで量産された、いわば量産型ヤマトとも言える。

 全長は250メートル 乗員150名

 武装

 次元波動爆縮放射機(艦首) 30.5センチ三連装収束圧縮型衝撃波砲塔×3基

 6連装大型エネルギー砲(司令塔頭頂部)

 四連装対艦グレネード投射機×2基(前甲板両側) 亜空間魚雷発射機×4基(艦首両舷)

 小型魚雷発射管×8門(艦首両舷)

 ミサイル発射管×8門(艦底) 短魚雷発射管×12門(両舷)

 多連装ミサイル発射機×16基(両舷)

 司令塔防護ショックフィールド砲×3基(司令塔前部および基部)

 近接戦闘用六連装側方光線投射砲×2基(司令塔基部) 

 対空パルスレーザー砲塔×4基(司令塔および基部)

 拡散型対空パルスレーザー砲塔×3基(司令塔基部後方)

 対空ミサイルランチャー(前甲板)

 

 

 金剛改型宇宙戦艦 / 金剛改II型宇宙戦艦

 

 金剛型の改修艦級で、波動コアを内包した新型エンジンを搭載して超空間航行が可能となり、主砲を高圧増幅光線砲から陽電子衝撃砲に変更し、搭載する空間魚雷を新型に置き換えた艦。また、艦首陽電子衝撃砲もより大口径の46センチに換装されている。

 

 さらに再改装を施した改II型は、波動砲を搭載してエンジンの出力が増大したため、波動防壁の展開も可能となっている。艦種は宇宙戦艦のままだが、アンドロメダ級やドレッドノート級といった新世代の大型宇宙戦艦の就役以降は、巡洋艦相当の位置づけになっているとされる。

 全長205メートル

 武装

 艦首砲46センチ陽電子衝撃砲×1門(改型) 小型波動砲(改II型)

 36センチ三連装陽電子衝撃砲×4基 魚雷発射管×8門 

 ミサイル発射管×16門 対宙機銃多数

 

 

 ヤマト級三番艦 波動実験艦 銀河

 

 波動システムを含むヤマトの本体をコピーして建造された。次世代航宙艦艇開発のための研究艦として設計されたが、政府による「波動砲艦隊構想」の一環としてイスカンダルのテクノロジーの塊であるコスモリバース・システムを研究する為にヤマトからコスモリバース・システムを移設され、人工知能による次世代艦の先駆けとして指揮代AIによる反自立システムを装備している。銀河を運用する為に得られたデーターを時間断層内で行われている自己増殖シミュレーションにフードバックして、完全自立型AIの完成を目指している。

 

 またコスモリバース・システムの研究の過程で判明した搭載した艦のみならず周囲の航宙艦の波動エンジンの性能を飛躍的に増幅し、波動砲や波動防壁の能力を増幅出来る事が判明すると「ガトランティス」戦に間に合わせるべく突貫工事で完成させたという逸話を持っている。

 全長333メートル

 武装

 48サンチ三連装陽電子衝撃砲塔×3基

 魚雷発射管×12門(艦首および艦尾両舷)

 短魚雷発射管×16門(両舷)

 隠顕式対空システム(艦体各所)

 

 同型艦ゆえにヤマトと同様の兵装を持つが、使用しようとするとコスモリバース・システムが謎の変調を起こす為に事実上使用不可の状態であり、攻撃や防御は随伴する他の航宙艦に依存している。

 

 


 

 

 スタートレック陣営

 

 USSエンタープライズE

 

 主人公艦その2,多くの偉業を成し遂げた艦名を引き継ぐ6番目の航宙艦であり、数々の敵対種族の圧迫を受けた惑星連邦が戦闘を想定して建造したソヴェリン級の二番艦であり、多くの命を救う過程で大破したギャラクシー級エンタープライズDの後継としてその名を引き継ぐ。艦隊登録番号はNCC1701-E

 

 艦長はD型艦に引き続きジャン=リック・ピカード大佐、全長:685m 重量:320万5千トン デッキ数:24 乗員:854名の深宇宙探査用大型航宙艦であり、武装はタイプ12フェイザー16基。同時に12発の魚雷を発射できる魚雷ランチャー11基(2376年の改装後)を備え、通常兵器の光子魚雷(反物質弾頭)に加えて、量子魚雷(零点エネルギー弾頭)をも搭載している数少ない艦である。

 船体外部隔壁は断熱被膜塗装(アブレーティブ装甲)が施されており、再生式シールドと共に強固な防御力を持つ。

 

 

 USSタイタン

 艦隊登録番号はNCC-80102 ルナ級航宙艦

 概要 全長454メートル、乗員350名、最高速度ワープ9.9。フェイザーアレイ6基、光子魚雷発射管6門、量子魚雷、ディフレクター防御スクリーン、量子スリップストリーム、トラクタービームを装備。艦長はウィリアム・T・ライカー大佐

 

 全長はギャラクシー級の2/3ほど。円盤部は双胴体に続く隆起があるアキラ級のものを少し縦長にしたような外見で、量子スリップストリーム発生器を兼ねた大型のメインディフレクター盤を持つ。

 イントレピッド級に似た紡錘部がドーサルネック無しで接続されている。円盤部背面後部にはタブレット状のセンサーポッドを持ち、紡錘部下方後ろに向かって傾斜したパイロンの先にアキラ級に似た角柱型のワープナセルが左右1基ずつ接続されている。

 今回、翡翠の協力要請を受けて、タブレット状のセンサーポットの代わりに、『生体分子弾頭』とそれを効率よく運用する為に魚雷ランチャーを搭載した武装ユニットを搭載し、『バイオ・シップ』のサイキック攻撃を防ぐ『思念波対応型防御フィールド』を装備している。

 

 


 

 ナデシコ陣営

 

 ナデシコC

 主人公艦その3 ネルガルにより建造されたナデシコ級の第二世代艦であり、艦長に就任したホシノ・ルリ少佐とスーパーコンピューター『オモイカネ」のコンビによる、敵勢力へのハッキング能力によるシステム掌握によって惑星規模での掌握を可能とした船である。

 武装はグラビティ・ブラスト一門だけであり、直接的な戦闘力より電子戦で真価を発揮する艦である。

 

 

 ナデシコD(改装前)

 全長三千二百メートル、十基の相転移エンジンを搭載して長期の作戦行動を行え、ナデシコ・フリート構想である電子制圧戦仕様のナデシコDを中心に、人間を必要としない完全自動制御である為に空いたスペースをハッキング戦時の中継ポイント用の高性能なセンサーと大出力な通信設備を乗せて、グラビティ・ブラスト等の戦闘能力を持たせた二百メートル級の無人支援戦闘艦を十隻搭載した、正に一つの都市を内包しているとも言える巨大戦艦――否、移動母艦である。

 

 ナデシコCでワンマンオペレーションシステムプランはほぼ完成したが、このナデシコDはそれの拡大発展型戦艦であり、ナデシコCの機能をコンパクトにした複数の無人艦を中継点としてハッキングによるシステム掌握の有効範囲を拡大するのが目的だという、ネルガルの会長の胡散臭い言葉に代表されるように胡散臭い戦艦である。

 

 その実は土星圏で発見された遺跡宇宙船であり、当初調査したチームはその設計思想や用いられた技術が人類でもそう遠くない時期に再現可能な技術が使われており、なによりそのシルエットが”ある”戦艦に酷似している事にノイローゼになる者が続出したという曰く付きな遺跡宇宙船であった。

 

 

 ナデシコD(改装後)

 再建された超大型航宙艦で、惑星連邦の技術を取り入れて数倍の航行・戦闘能力を持つ船として生まれ変わった。

 無数のフェイザーアレイや光子魚雷発射管、以前より装備していたグラビティ・ブラストや相転移砲も装備しているが、ピンクの悪魔には勝てなかった。

 再生式シールドを持ち、ナビゲーションディフレクターを搭載して、巡航速度ワープ6 最大ワープは9・8

 

 多重攻撃モード 船体を四つに分離して同時攻撃を行い、敵を混乱させる戦術。

 

 ナデシコDα 上部円盤部 ミスマル・ユリカが艦長で、メインオペレーターとしてジャスパーがオペレートし、『オモイカネ」より新たに株分けした『アズサミ』がメイン・コンピューター。

 

 ナデシコDβ 主船体上部 アオイ・ジュンが艦長を務め、メインオペレーターはアゥインで、 彼女が操るコンピーュターシステムは『ウワハル』。

ボーグが敵対する種族の使用する武器の周波数を解析して、その周波数に特化した強固なシールドを張る事を知ったナデシコ陣営の答えの一つであり、複数の重力波の周波数を発射出来る変調型多連装グラビティ・ブラストを搭載している。

 

 ナデシコDγ 主船体下部 タカスギ・サブロウタが艦長で、メインオペレーターはノゼア 、彼女が操るコンピーュターシステムは『シタハル』

 β艦同様に変調型多連装グラビティ・ブラストを装備している。

 

 ナデシコDΔ 下部円盤部 ゴート・ホーリーが艦長を務め、簡易型統括システム『クエビコ』が艦を制御しており、一般オペレーターの音声入力による簡易的な指示で動くので、他の分離艦に比べれば機動力は低い。

 

 

 支援艦(コバンザメ)

 リアトリス級戦艦をスケールダウンしたようなシルエットを持つ支援艦は、完全無人艦ゆえに有人艦のように生命維持システムを搭載する必要はなく、全長二百メートルクラスでもリアトリス級に劣らない重武装を誇る。

 

 艦首グラビティ・ブラスト一門、三連装対艦砲二基、四連装速射砲六基、四連装対宙ミサイル発射管二基を装備しており、中でも特徴的なのは強化されたセンサーシステムと通信システム用の複合アンテナ六基が扇状に展開され、開発コードは中東のクルド人の一部が信仰する民族宗教『ヤズディ教』七大天使の一柱である孔雀天使『マラク・ターウース』であり、マラク・ターウース級無人戦艦と呼ばれるはずであったが、船体に張り付く形で係留されていることから『コバンザメ』級無人戦艦と揶揄された事により、詳細な設定をしたのにやられメカと化した可哀そうな船である……彼らの相転移炉は、デープ・スペース13で有効活用されるのだった。

 

 ネニュファール

 無人機動兵器 ある地域においていくつかの野生種を交配して品種改良した経緯から、遺跡からの技術の寄せ集めであり機体自体も外来種と同じモノだと揶揄した技術者が皮肉を込めてスイレンの別名であるこの名にした特異な機体である。

 フィールドランサーと携帯火器を持ち、背部に一門のレールガンと脚部にマイクロミサイルを装備しており接近戦用に格納式のクローを持つオールラウンダーな機体であるのだが、詳細な設定をしたにも関わらず全く出番がない、やられメカその二である。

 

 


 

 ボーグ集合体 陣営

 

 ボーグ・キューブ

 

 1辺約3キロ、約27立方キロメートルの大きさの立方体をしており、艦内には約12万9,000体のボーグ・ドローンが活動しており、様々な種族から同化した科学技術を結集した極めて高度な宇宙艦であり、武装や防御力において他を凌駕する能力を持っている。動力源が船体各所に分散している為、船体の78%がダメージを受けても正常航行に支障がないという脅威の耐久力も持っている。

 

 集合意識で結ばれたボーグは、攻撃を受けるとこれまでの記録から相手の兵器を検索して、その兵器を完全に防ぐシールドをボーグ・キューブのみならず、全てのボーグ・ドローンに適応される。様々な種族を同化した事により高度な科学技術を有しており、その攻撃力は強大で、惑星連邦侵攻の折にはたった1隻のキューブにより迎撃に出た連邦艦40隻が破壊されるという悲惨な結果となった。

 

 航法システムも優れており、一部の種族しか実用化出来ないトランスワープを実用化しており、それだけでなく銀河系に張り巡らせたトランスワープ・ハブにより銀河各所に数分でキューブを派遣する事も可能なトンデモない性能を持ったST世界でも最恐の航宙艦であり、物語の都合上で強大さを強調するために何度も何度も立方体であると連呼された、ある意味可哀そうな艦である。

 

 クラス4・戦略キューブ

 

 無敵のシールドを有するボーグ・キューブの中でも外装を装甲で覆われた特別なキューブである。交戦記録はほとんど無く、その実力は未知数である。

 

 


 

 ガミラス陣営

 

 

 ノイ・デウスーラ

 

 ヤマトとの戦いで轟沈したデウスーラII世から分離・脱出したコアシップをベースに、ガトランティス製の艦体を組み合わせた新たなデスラー艦。既存艦の範疇を超えたデスラーの分身的存在とされる。艦首に瞬間物質移送機を装備しており、艦載機を移送しての奇襲攻撃が可能。艦底の電磁式パイロンには、前期ゴストーク級ミサイル戦艦の超大型ミサイルを多数懸吊できる。

 全長768メートル

 武装

 ゲシュ=ダールバム(デスラー砲)×1門

 480ミリ四連装陽電子カノン砲塔×12基(両翼部上下面)

 330ミリ四連装陽電子カノン砲塔×4基(艦橋上部後方)

 八連装速射輪胴砲塔×12基

 八連装高射輪胴砲塔×2基 ゴーランドミサイル×38発(最大) 瞬間物質移送機

 

 

 装甲突入型ゼルグート級一等航宙戦闘艦

 

 前面に火焔直撃砲対策として装備した自立移動可能な大型装甲板「ガミラス臣民の壁」を制御する大型戦艦。正面の重装甲と高い火力により、ヤマトと正面から撃ち合いをして生き残った数少ない艦である。

 大型装甲版「ガミラス臣民の壁」にはワープ阻害機能があり、ガトランティスの太陽系侵攻の折に重要な役割を果たす。

 全長730メートル

 武装

 490ミリ四連装陽電子ビーム砲×7基 330ミリ三連装陽電子ビーム砲×4基

 艦首空間魚雷発射管×6門 艦尾空間魚雷発射管×7門 

 艦橋空間魚雷発射管×6門 艦底空間魚雷発射管×15門

 

 

 次元潜航艦UX-01

 通常空間のみならず異次元空間への往来・航行も可能な特殊戦闘艦艇。通常空間では他のガミラス艦と同様の波動推進「ゲシュ=タム機関」で航行するが、次元潜航時は亜空間推進「ゲシュ=ヴァール機関」に切り替えて航行する

 全長144メートル

 武装

 艦首亜空間魚雷発射管×6門 艦尾亜空間魚雷発射管×2門

 99ミリ単装陽電子ビーム砲塔×1基(前甲板)

 33ミリ連装レーザー機関砲×1基(セイル後方)

 ミサイル発射管×8門(艦首上面)  空間機雷敷設装置×5基(後部甲板)

 

 

 航宙戦闘母艦CCC

 

 アンドロメダ級空母型のガミラス軍ライセンス生産型。「CCC-01 ノイ・バルグレイ」以下、「ノイ・シュデルグ」「ノイ・ランベア」「ノイ・ダロルド」の4隻が先行して建造され、空母打撃群を編成している。アンドロメダ級空母の基本構造に変更はないが、航空管制用電子装備や操艦システムなどはガミラス様式のものに換装されている。

 

 地球のアンドロメダ級空母との外観上の違いは、艦橋上部に設置されたガイペロン級と同形状のアンテナ、アンドロメダ改と同形状となっているスラスター、およびカラーリングのみ。

 全長484メートル

 

 


 

 ガトランティス陣営

 

 白色彗星都市帝国

 

 全長は14万キロと木星サイズ巨大な彗星の内部に土星クラスの人工構造物が潜んでおり、惑星規模の都市の下部には星を捉える爪状構造物「プラネットキャプチャー」が伸びており、プラネットキャプチャー内には複数の惑星が囚われている。防御として複数の波動砲を跳ね返す赤いリング状の防護フィールドを持ち、惑星をも砕く超重力を操つる。

 

 

 ガイゼンガン兵器群・カラクルム級戦闘艦

 

 全長520 メートル。従来の輪胴砲塔に加え、雷撃旋回砲という特殊砲撃システムを備える大型戦闘艦。船体の設計思想は従来の艦艇とは大きく異なり、運用も独特なものとなっている。

 なにより特徴的なのは艦砲を増幅拡散させる雷撃ビットと呼ばれる小型ドローンと、雷撃ビットを用いた攻撃『インフェルノ・カノーネ』そして多数のそれこそ数万隻単位のカラクラム級戦艦が集って放つ

 武装

 雷撃戦開放 回転第砲塔×3基 大型回転砲塔×2基  艦橋砲塔×3基 艦橋大砲塔×1基

 

 

 前期ゴストーク級ミサイル戦艦

 

 全長312 メートル。艦首に2発の超巨大ミサイルを搭載した大型ミサイル艦。

 武装

 超大型ミサイル×2発 艦橋ミサイル×1発 固定式ミサイル×28

 ビーム砲塔(大型)×1基 三連装ミサイル砲塔×4基

 三連装ミサイル・五連装ビーム砲塔×1基 三連装ミサイル・五連装ビーム砲塔×2 

 三連装ミサイル・三連装ビーム砲塔×1基

 五連装ミサイル砲塔×1基

 

 

ゴストーク=ジェノサイドスレイブ

 

 無人仕様の改造艦であり、シルエットは破滅ミサイルを装備したゴストーク級をベースに、艦上部の2番砲塔、艦尾砲塔、艦橋ミサイルが撤廃され、代わりに大型化した艦橋と艦底部にミサイルとブレード状の構造物が装備されており、ゴストーク級にノイ・デウスーラを合わせたようなデザインになっている。艦首のミサイルは破滅ミサイルではなく、巨大な衝角のような使用方法で用いられる。

 

 

 メダルーサ級殲滅型重戦艦

 

 全長505メートル。火焔直撃砲を搭載した重戦闘艦。

 武装

 火焔直撃砲×1門 転送投擲機×2機 艦首大砲塔(五連装大口径徹甲砲塔)×1基

 主砲:八連装速射輪胴砲塔×3基 副砲:二連装速射砲塔×2基 

 対空砲:八連装高射輪胴砲塔×16基

 艦首魚雷発射管×9門 量子魚雷噴進機×4機

 

 

 ラスコー級突撃型巡洋艦

 

 全長240メートル。艦隊中核を構成する艦。

 武装

 主砲:八連装速射輪胴砲塔×6基 副砲:八連装速射輪胴砲塔×6基 

 対空砲×6基(八連装型×4基、四連装型×2基)

 ミサイル発射管×10門 量子魚雷噴進機×2基

 

 

 ククルカン級殲滅型駆逐艦

 

 全長190メートル。機動性を駆使して肉薄攻撃を行う駆逐艦。

 武装

 主砲:八連装速射輪胴砲塔×5基 副砲:八連装速射輪胴砲塔×3基

 対空砲:高射輪胴砲塔×10基(八連装型×2基、単装型×8基) 量子魚雷噴進機×2基

 

 

 ナスカ級打撃型航宙母艦

 

 全長250メートル。ガトランティスの主力空母。

 8連装大型回転砲塔×2基 8連装対空回転砲塔×8基 4連装対空回転砲塔×2基

 対空フェーザー砲×12門 連装ミサイルランチャー×4基 搭載機数75機

 

 

 ガイゼンガン兵器群・アポカリクス級航宙母艦バルゼー

 

 全長1240 メートル。上下対称の艦体が特徴であり、地球侵攻に合わせて建造された。

 武装  主砲塔×10基 対空砲塔×16基 近接防御火器×32基

 ドラム式ビーム発射機×2基 大型ビーム砲×2門

 

 艦載機 甲殻攻撃機 デスバテーター×約600機 自滅型攻撃艦 イーターI×80機

 

 

 甲殻攻撃機 デスバテーター

 

 全長48.1 メートル。艦上攻撃機に位置づけされるガトランティスの主力攻撃機。

 武装

 12連装回転砲塔×1基 20mmパルスレーザー砲×12門

 胴体下部ミサイルラック×8 胴体下部ミサイル弾倉×1

 

 

 ガイゼンガン兵器群・自滅型攻撃艦イーターⅠ

 

 全長135メートル。対波動防壁用に建造された小型艦で、波動防壁中和システムを有する。剣のような形状をしており、敵艦の波動防壁を突破し、艦首の単分子切断衝角で敵艦を貫通した後、輪胴砲塔を乱射して自艦もろとも撃沈する。

 武装

 単分子切断衝角 主砲塔×2基 特殊装備 波動防壁中和システム

 

 

 ニードルスレイブ

 

 ガミラスの科学奴隷(技術者捕虜)から得られた機械化兵の技術を元に開発された自律式の対人・対物無人兵器。

 短剣状の飛行形態から半人型の地上戦闘形態に変形する機構を持つ。飛行形態の状態で航空機のパイロンに装着されて移送されたり、魚雷発射管から射出されたりして、敵地へ侵入した後、地上戦闘形態に変形し、両腕に1基ずつ装備した「三連装ニードルガン」で敵を攻撃する。

 

 


 

 『IMPERIAL』

 

 リバィバル級殲滅型戦艦『アルテミス』

 全長160キロ 流体金属で構成された船体を持ち、位相変換型シールドであらゆる攻撃を別位相に逸らす。事実上金属さえ有れば、それを変換して幾らでも船体を増やすことが出来るが、巨大すぎる船体は色々な施設への入港に支障が出る為に自重しているようである。

 

 船体を構成する流体金属を材料に様々な兵装や艦載機をその場で構成し、搭載量は流体金属が有る限り尽きる事は無く、これまでに接触した種族の使用した武器のデーターさえあれば再現する事も可能。

 

 主動力はこの世界とは異なる世界から8つの圧縮中性子星を持ってきて回転させる事で、時空を歪ませて高次元から無限のエネルギーを得るという、作者にとっても“何がおきるか”分からないトンでも動力を持つ。

 

 流体金属の奥底に宇宙船としての重要な施設があり、その中には亜空間コンピューター(薄い亜空間フィールドに包まれ物理法則に縛られない演算が可能)により艦全体を統括する思念体『エテルナ』により管理されており、艦に乗るただ一人の人間(?)クリスが居なくても自立行動が可能……余談であるが彼女『エテルナ』の仮想人格はクリスよりも過激であり、時折ドン引きされる事がある。

 

 




 どうも、おひさしぶりです。
 しがない小説書きのSOULです。

 今回、小説に出て来る艦艇の一覧を作ってみました。

 艦艇は随時更新予定です。


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第一話 HELLO NEW WORLD

  無限に広がる大宇宙。

 星の海には生命が溢れ、銀河系の太陽系に属する蒼き惑星地球もまた生命溢れる美しい星であった――だが、西暦2199年地球は滅亡の危機に見舞われていた。

 

 地球人類が初めて接触した地球外文明『ガミラス』との悪夢のファーストコンタクトを経て戦争状態に突入した地球は、ガミラスの圧倒的な科学力の前に敗北――戦略兵器『遊星爆弾』により地球は海も干上がり、放射能によって人類は地下シェルターへと追いやられてしまう。

 

 しかも放射能汚染は日に日に地下へと侵食し、地下シェルターが放射能に汚染されるまで一年と予想された――このまま人類は為すすべもなく滅びてしまうのか。

 

 だが人類に光明が訪れる――銀河系より遥か彼方一六万八千光年の彼方にあるイスカンダルより地球を再生させるコスモリバースシステムの情報がもたらされたのだ。

 

 地球を再び青い惑星に――イスカンダルより供与された『次元波動理論』により造られた人類初の恒星間航行用宇宙船 宇宙戦艦『ヤマト』が、地球の命運をかけて未知なる宇宙へ向け抜錨したのであった。

 


 

 

 地球が属する銀河系とイスカンダルが属するとされる大マゼランの間に広がる広大な宇宙空間。その中間点に近い場所に赤い歪な星があった。

 

 自由浮遊惑星バラン――銀河間空間のほぼ中間に位置するこの惑星は古くから航路を示す灯台として認識されていた。しかしその実態は太古にアケーリアス文明が褐色矮星の中心部に、各方面への亜空間通路を繋いだゲートシステム用の巨大なエネルギープラントを設置する等の改造を施してできた天体であり、アケーリアスが張り巡らせた亜空間ネットワーク網の中心となっている。

 

 そして今、この惑星の周辺宙域には一万個以上の人工物が存在している――ほぼ全ての物がダークグリーンに塗られた戦船。大マゼランに覇を唱える『ガミラス帝国』が誇る主力艦隊が集い、その強大な軍事力を誇示していた。ガミラスの中央軍総監ヘルム・ゼーリック発案により大規模な観艦式が執り行われていたのだ。

 周辺の星間国家に軍事的圧力をかけ、自らの武を知らしめる目的を持って集められた一万隻以上の大艦隊――だが今その大艦隊は、たった一隻の戦艦により混乱の極地にあった。

 

 観艦式の最中、突如として現れた銀河系にある反ガミラスの惑星。彼らガミラスが『テロン』と呼ぶ地球の宇宙戦艦『ヤマト』が、たった一隻で一万隻以上の戦闘艦艇が集うガミラスの観艦式に現れたのだ。

 

 正に無謀の極地、たった一隻で何ができる。我が大ガミラスの武の前には所詮は蟷螂の斧に過ぎんと誰もが思った……しかし、その蟷螂の斧は―イスカンダルよりもたらされた『次元波動理論』より造られた『次元波動エンジン』の膨大なエネルギーに裏付けされた『波動防壁』を身に纏い、『陽電子衝撃砲』により一擊でガミラスの艦艇を破壊する恐るべき戦闘力を秘めていた。

 

 死中に活を求める――艦長沖田十三宙将指揮の下、立ち塞がるガミラス艦を粉砕して突き進む『ヤマト』。“これが沖田戦法”火球に沈むガミラス艦を目の当たりにしながら若きクルー達も士気を高める。

 

「火力を前方に集中――喰い破れ!」

 

 沖田の号令に三連装陽電子衝撃砲が前方に向けて火を吹く。発射されたエネルギー弾は目の前に展開するガミラス艦を粉砕し、『ヤマト』は突き進む――その突進力は衰える事なく、『ヤマト』の牙はガミラスの包囲網を食い破るかと思われた。

 だがそこへ戦闘宙域を射程に捉えたガミラスの別働隊が、ゼーリックの指示の下に味方への損害を考慮しない火砲による集中砲火を『ヤマト』に浴びせる。敵弾が無数に命中し、さしもの波動防壁も突破され『ヤマト』の艦体にダメージが蓄積される。艦体の至る所にダメージを受けた『ヤマト』は、バラン星の重力に捕まり大気の底へと沈んでいった。

 

 他愛もない。煙を纏いながら落ちていく『ヤマト』を見ながら、ガミラスの誰もがそう思った――数こそが力、我らが大ガミラスの武の前には何人たりとも抗うこと出来ず。沈んでいく『ヤマト』を見下ろしながら、誰もが誇らしげな表情を浮かべる。

 

 しかしその誇らしげな表情も、その後に突如として表面化したガミラス上層部の政変により困惑の表情へと変わり――更に動揺するガミラスの兵達に、一度は沈めたはずの『ヤマト』が再び浮上してバラン星から離脱しつつあるとの報がもたらされた。

 

 バラン星の重力圏より離脱しつつある『ヤマト』は戦術長 古代進一尉が命令を伝える。

 

「……波動砲発射準備」

「機関圧力上げ! 非常弁全閉鎖!」

 

 機関長 徳川彦左衛門がそれに従い次元波動エンジンを調整する。

 

「取舵回頭一八〇度、発射弁開け」

 

 艦長 沖田の命令により『ヤマト』はその巨体を回頭し、ガミラスの大艦隊が集結するバラン星に艦首を向け――艦首に備えられている『ヤマト』の決戦兵器 次元波動爆縮放射機 通称『波動砲』のシャッターが解放され、その砲口が現れる。

 

「強制注入機作動」

「作動を確認。安全装置解除」

 

 古代一尉の正面に波動砲のトリガーが現れ、『ヤマト』艦内では波動砲の発射準備が粛々と行われている。その間もガミラスの大艦隊は『ヤマト』を撃沈しようとその砲火を向けてくる。焦る気持ちを抑え砲雷長 南部康雄二尉は、波動砲発射準備の進捗状況を報告する。

 

「薬室内、圧力上昇」

「取舵二あて…軸線に乗った」

 

 波動砲内の圧力も上がり、着々と発射準備が整う。

 その時、南部二尉は通常の工程にはない報告を入れる。

 

「重力アンカー解除準備よし!」

 

 波動砲の発射準備の全てが整い、沖田艦長の号令「波動砲、撃てぇい!」の言葉と共に古代一尉が波動砲のトリガーを引く――次の瞬間、『ヤマト』艦首に備え付けたれた巨大な砲門『波動砲』がガミラスの大艦隊――その奥にあるバラン星に向けて、膨大なエネルギーを放出した。

 

 解き放たれた波動エネルギーは、閃光を放ちながら進んでバラン星の赤道付近に突き刺さり、惑星中心部にあるエネルギープラントに命中した。波動砲の圧倒的なエネルギーの直撃によりエネルギープラントは制御不能陥って爆縮崩壊をし、惑星の構造に深刻なダメージを受けたバラン星は重力バランスを崩して周囲に衝撃波を放ち始める。周りに居たガミラス大艦隊は崩壊に巻き込まれまいとバラン星から離脱するコースを取る……しかし大艦隊である事が災いして至近距離にある味方艦と衝突したりと混乱しながらもバラン星から離脱していく……そこには『ヤマト』を気にする余裕などはなかった。

 

 ここで先ほどの南部二尉の作業が生きてくる。波動砲はその圧倒的な破壊力ゆえに反動も凄まじく、『ヤマト』はその艦体を固定するべく重力アンカーを用いていた。が、その重力アンカーを解除すればどうなるか? 波動砲の反動の強さに比例して、『ヤマト』は凄まじい速度で吹き飛ばされる事となる。しかし今回はその速度が役に立つ――波動砲は『ヤマト』のエネルギーの全てを注ぎ込んで発射する決戦兵器。ゆえに発射直後は推進器に回すエネルギーが底をつく。だが反動によって飛ばされれば、混乱しているガミラスが立ち直るまでに安全圏へと離脱できる。

 

「重力アンカー解除! 総員衝撃に備えよ!!」

 

 沖田艦長の命令により重力アンカーが解除される。固定していた錨を失った『ヤマト』は波動砲の反動に押されて後ろへと凄まじいスピードで押されていく――その後ろには大マゼランへと繋がる亜空間ゲート。

 

 『ヤマト』は大マゼランへと繋がるゲートへとその姿を沈める……崩壊するバラン星のエネルギープラントの余剰エネルギーの過負荷に耐えかね、大マゼランヘのゲートも爆発を繰り返して崩壊していく。

 

 ……本来であれば、亜空間へ突入した『ヤマト』は大マゼラン側の出口へと到達するはずであった。だが亜空間ゲートへの突入の衝撃でほとんどのクルーが意識を失っている中で少数のクルーが衝撃に必死で耐えていると、亜空間回廊を流されている『ヤマト』に再び大きな衝撃が起こる。

 

「――な! 何だ!?」

 

 誰もが当惑の声を出すも、再び襲った大きな衝撃にシートから放り出されて少数のクルーたちも皆意識を失い『ヤマト』のクルーは全員意識を失った。亜空間回廊を漂流している『ヤマト』は次元流の流れに流されて……その姿を消した。

 


 

 

 一時的機能不全を起こしていた『ヤマト』のシステムが再起動して復旧していく。第一艦橋を守る装甲シャッターが展開していき、意識を失っていたクルー達が少しずつ意識を取り戻す。頭を振りながらも立ち上がった古代は視線を外へ向けると、そこには漆黒の宇宙空間が広がる……しばらく眺めていた古代だったが、何かに気づいて大きく目を見開く。

 

「……おかしい。本来なら大マゼランが見えてくるはずだ…島! ここはどこだ?」

 

 艦橋から見える光景に困惑した古代は隣で立ち上がった航海長 島大介一尉に問いかける。ふらついていた島だったが、古代の声を聞いて視線を外へ向ける。

 確かにおかしい。大マゼランへと続くゲートへと突入したのだから大マゼランの近辺に出てなければおかしいはずだ。仮に突入に失敗していたとしてもバラン星が見えていなければおかしい。

 

「……太田。現在座標を算出してくれ」

「……了解」

 

 同じく目を覚ました気象長 太田健次郎三尉は島の命令を実行する為に席に座るとコンソールを操作する。航海科において宇宙気象を観測する任務を担う彼のコンンソールには様々なデータが蓄積されている。だがコンソールに表示されたその結果に、彼の表情が曇る。

 

「……現在座標算出。銀河系内と思われる」

 

 太田の報告にクルーは顔色を変える。大マゼランにむけて航行していたはずなのに、算出されたデータは銀河系を示していると言う。まさか突入した超空間ゲートが違っていたというのか? 第一艦橋に混乱が広がる。

 

「…どういう事だ、島! なんで銀河系に居るんだ!? くぐるゲートを間違えたのか!?」

「…いや、そんな初歩的なミスは犯していない」

「ビーメラ星で入手した波動コアに記載されていた亜空間ネットワーク図には、確かにあのゲートが大マゼランへの門であるとあった」

 

 古代と島の言い争いを止めたのは技術長兼副長である真田士郎三佐の言葉である。もしビーメラ星で入手した情報が間違っていたとしたら、ビーメラ星近辺の亜空間ゲートからバラン星へ行けた事と矛盾が生じる。

 

 何故このような事態になったのか? 誰もが混乱するなか、回復したレーダーが未知の存在を感知した。

 

「レーダーに感! 本艦前方に所属不明の船あり、距離約四十光秒。こちらに近づいています」

 

 レーダー席に座っていた船務長 森雪一尉も声に艦橋内に緊張が走る。

 

「――ガミラスか!?」

 

先程までガミラスの大艦隊と戦闘状態にあったのだから当然の反応と言えよう。そこで沈黙していた沖田艦長が命じる。

 

「パネルに投影しろ」

 

 艦橋天井部にある大型パネルに感知した所属不明の船の姿が投影される――銀色の円盤状艦体に青く輝く二つのセイル。それはガミラスの物ともイスカンダルの物とも違う、独特なシルエットを持った宇宙船であった。

 

「……えらく平べったい船だな」

 

 映し出された不明船の姿を見た太田がそんな感想を述べる。他のクルーも不明船の姿に困惑を隠せない……そもそも地球人類が接触した異星人は少ない。初めて接触した異星人はガミラスであり、その後にイスカンダルからの接触。そしてビーメラ星で確認したビーメラ星人と思われるミイラのみである。

 彼ら地球人類は異星人との接触経験は圧倒的に少ないのである。しかも最初に接触したガミラスとは戦争状態であり、その圧倒的な科学力の前に地球人類は滅亡寸前にまで追い込まれている……そんな経験が彼らに戸惑いと警戒感を与えていた。

 

 そんな中で南部は不明船についてある事に気付いた。

 

「……なぁ、円盤部の表面に書かれてる文字ってアルァベットじゃないか?」

「なにっ!? そんな馬鹿な」

「いや、確かにアルファベットだ」

 

 南部の発見に驚きの言葉をあげる古代を尻目に島も南部の意見に同意し、不明船の映像を見ていた真田も同意する。

 

「……NCC1701―E USS ENTERPRISE。意味もしっかり通じる。あれは地球の船なのか?」

 




第二話に続きます。


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第二話 FIRST CONTACT

 宇宙―それは最後のフロンティア。そこには人類の想像を絶する未知の文明や未だ見ぬ生命が待ち受けているに違いない。

 

 これは惑星連邦所属の深宇宙探査艦 USSエンタープライズEが24世紀においても任務を続行し、人類未踏の地へ勇敢に航海した物語である。

 


 

 

 地球より遥かに離れた宙域。星と星とを繋ぐ空間に一隻の航宙艦が目的地へと向けて航行していた。NCC1701―E USSエンタープライズE。初代エンタープライズから数える事6代目となるソヴェリン級の航宙艦である。

 

 全長665m 29のデッキを持ち、700名のクルーによって運用される巨大な船だ。円盤状の第一船体と後方に繋がる第二船体。そして第二船体から伸びる二つのパイロンに繋がれた青く輝くワープナセル。暗黒の空間を第二船体前面に搭載されたディフレクターにより星間物質を押しのけながら進むその姿は、まさに未知なる領域に果敢に挑む人類の象徴とも言える。

 


 

 

 宇宙歴55013.6(西暦2378年7月2日) エンタープライズE ブリッジ

 

 第一船体の中央に位置するブリッジには巨大な航宙艦を制御する多数の専任のスタッフ達が各々のコンソールを操作している。円形に配置されたスタッフ達の中で航行装置を操作しているデーター少佐は、指定された宙域が近付いた事を上官に報告する。

 

「副長。まもなく目標宙域です」

 

 白っぽい肌と無機質な金色の瞳を持つ彼は、惑星連邦宇宙艦隊唯一のアンドロイド士官である。高名な科学者が陽電子頭脳を搭載して完成させた高性能アンドロイドであり、アンドロイドとして初めて知性を持つと認定された存在である。

 

 データー少佐の報告を受けたのは、艦長席に座るエンタープライズEの副長ウイリィアム・T・ライカー中佐。アラスカ系の地球人であり、黒髪と豊かな髭が特徴の豊富な経験をつんだ士官である。

 

「データー。目標宙域に変化はあるか?」

「目標宙域に変化なし」

 

 発端は数ヶ月前に付近を航行していた科学調査艦USSソリットが突然強力な重力場を検知した事に始まる――科学調査艦であるソリットには当然高性能な探査システムが搭載されており、事前の変調を掴んで当然なのである。だが、その重力場は何の前兆もなく起こり、各種センサーも原因となる重力源を特定出来なかったのである。

 しかも運が悪い事に、その宙域の数光年先には居住可能惑星と含む恒星系があり近々入植が予定されていた。

 

(記録によれば目標宙域では何度か重力場が確認されている…人為的な可能性も否定できないとなると、油断は出来ないな)

 

 そう決論づけたライカーは、艦長席に内蔵された通信システムを起動し、艦長室に待機している当航宙艦の艦長ジャン・リュック・ピカード大佐へと報告する。

 

「キャプテン、まもなく目標宙域に到着します。目標宙域に変化なし、至って平穏なものです」

「了解、すぐに行く」

 

 ジョーク混じりの報告に即座に答えるキャプテン・ピカード。

 さて、これから忙しくなるなと気を引き締めるライカーであった。

 


 

 

 エンタープライズE 艦長室

 

 シックな調度品で構成された艦長室で、USSエンタープライズEの艦長ジャン・リュック・ピカードは目標宙域で起こった謎の重力場についての報告書に目を通していた。他の調査船により数度確認された謎の現象。原因となる重力源はなく、何が原因なのか分からない――そして何より問題なのは重力場の発生が短期間であり、それゆえ記録が少なく近くの恒星系に入植を開始しようと言う段階まで上層部が気付かなかったと言う事。

 

 無理もない事だとピカードは思う。

 

 深く椅子に身をあずけながら目を閉じる――思えばここ数年、惑星連邦は未曾有の危機にあった。恐るべき科学力を持ち、全てのものを無慈悲に同化していく最悪の存在―『ボーグ集合体』。

 

 連邦は彼らの侵略を二度も受けた。

 一度目はこの艦の前身エンタープライズDの指揮を取っていた時、全知全能を自称する(質の悪い事に本当に全知全能なのだが)存在によりエンタープラズDは一瞬で7千光年を飛ばされ、そこで初めて『ボーグ集合体』と遭遇した。

 

 その恐るべき存在は執拗にエンタープライズDに襲い掛かり、多くの犠牲者を出しながらも辛くも逃れる事が出来たが、彼らは執拗に追ってきて、再び遭遇した時に彼らはピカードを拉致し、その尊厳を踏みにじって同化した――彼ら『ボーグ』は相手に優れた生物的特徴や科学技術を持つと認識したら同化作業に入る。

 強力なシールドで守られた船でやって来て、トラクタービームで都市ごと取り込み住民を次々と同化して行く…そこに個人と言う概念はなく等しく集合意識に飲み込まれていく。

 

 拉致されたピカードも抵抗したが機械的に同化され、その意思も人間としての尊厳もねじ伏せられて『ボーグ』に同化されてピカードはその意思とは関係なく『ボーグ』の一部となった。

 

 『ボーグ』の侵略に対抗する為に惑星連邦も四十隻の航宙艦を集め『ボーグ』を迎え撃った。だが同化されたピカードの知識を利用した『ボーグ』は迎撃に当たった連邦艦隊を容易く壊滅させ、セクター001である地球にまで迫った。だがライカーの機転でピカードは開放され、『ボーグ』の情報を得たエンタープライズDは奇策で『ボーグ』を撃退した。

 

 ピカードは席を立ち、備え付けのレプリケーターの前に立つ。

 

「アールグレイ」

 

 レプリケーターが起動して分子配列を操作すると注文のアールグレイを組み立てる。程よい温度のソーサーを持って席に戻ったピカードは、再び思考の海に浸った。

 

 二度目は最初の侵略から6年が経ち、新たに新造されたソヴェリン級深宇宙探査艦エンタープライズEの指揮にも慣れた頃、再び『ボーグ』が来襲する――その知らせを聞いた時、ピカードの胸に『ボーグ』に対する激しい怒りが渦巻いた。

 その怒りは激しく、ピカードは指揮官としての道を踏み外す寸前にまで追い込まれた。その時は己の内にある復讐心を指摘されて思い止まり、『ボーグ』を撃退する事が出来た。

 

 だが『ボーグ』との戦闘で受けた傷は大きく、壊滅的打撃を受けた宇宙艦隊は再建の途中にある。それと同時に外敵に対する備えもしなければならない。

 

 前途多難…憂鬱になりそうな気分を変えようとアールグレイの入ったカップを手に取る。その時、机に設置された通信システムがコールした。

 

「キャプテン、まもなく目標宙域に到着します。目標宙域に変化なし、至って平穏なものです」

「了解すぐ行く」

 

 小さく嘆息したピカードはカップを戻すと、ブリッジに向け歩き出した。

 


 

 

 エンタープライズE ブリッジ

 

 担当するコンソールで周辺宙域の観測を行っていた士官は、ピカード艦長が艦長室より出て来た事に気付いて目礼を送り、頷いて返答したピカードはブリッジの中を歩いて艦長席に座ると、副長席に座っているライカーに視線を向ける。

 

「ナンバー1 周辺宙域に変化は?」

「観測範囲に変化はありません」

 

 到着早々に異常事態に遭遇するような事がなく軽く安堵したピカードは、これから起こりうる様々な事態を予想する為に顎に手を当てて思案していると、コン・コンソールにて操舵を担当する士官より、目標宙域に到達したとの報告を受ける。

 

「キャプテン、探査プローブを射出しては?」

「そうだな。レベル6の探査プローブを3機準備」

 

 ライカーの提案に頷いたピカードはプローブの準備を指示、臨時でエンタープライズEに乗り込んでいるウォーフ少佐が戦術ステーションのパネルを操作してプローブの準備を終える。

 

「射出」

「アイ・キャプテン」

 

 エンタープライズEより射出された探査プローブは、それぞれの方向に飛んで行きデーター収集を始める。エンタープライズE自体もセンサーを使い、他の宙域との差異がないか測定するが、周辺宙域と他の宙域との差異は検出されなかった。以前重力場を感知した船には探査プローブを搭載しておらず、科学探査艦ソリットにおいては感知した時は距離が遠く、近付いて精密な調査をしようとした時にはすでに問題の重力場は消えていたのである。

 

「長期戦になりそうだな」

「そうですね」

「つくづくソリッドのプローブが切れていたのが悔やまれる」

 

 出来ればもう少し事前情報があれば我々の胃に優しかったのにな、と苦笑を浮かべるピカードに同意するライカー。適度な緊張感を保ちながらも軽いジョークを入れるくらいには余裕を持っていた二人だったが、オプス・コンソールにて探査プローブからの情報を解析していたデーターが異常を感知して警告を発した事で表情を硬くする。

 

「キャプテン・探査プローブが空間の歪みを感知。どんどん増大していきます」

「――キャプテン!」

「シールド展開! 安全圏まで退避しろ」

 

 即座に反応したピカードが後退命令を出すと、エンタープライズEがその巨体を動かして安全圏まで後退する。到着してからさほど時間を置かずに発生した異常に作為的な物を感じたピカードとライカーは、同時に質の悪い全知全能の存在を思い浮かべて揃って顔をしかめた。そうしている内にも空間はどんどん歪んでいく。

 

「歪みにより時空連続体に深刻なダメージが発生しています」

「データー。このまま歪みが増大したらどうなる?」

「空間が裂け、周辺にあるモノは粉砕されてしまいます」

 

 艦の安全を図る為にピカードがワープでの退避命令を出そうとした時、データーより奇妙な報告がもたらされた。

 

「キャプテン。歪みが安定していきます――これは歪みの中心にワームホールが形成されていきます」

「ワームホール?」

「キャプテン。これはとても自然現象とは思えません」

 

 データーからの報告とライカーの意見を聞き思案顔になるピカード。ライカーの言う通りこの現象はとても自然現象とは思えない――ならばピカードは、信頼するカウンセラーに意見を求める。この艦にカウンセラーとして乗り込んでいるディアナ・トロイ少佐に。

 

「カウンセラー。あのワームホールの周辺から何か感じないか?」

 

 ピカードの問いに目を閉じて意識を集中する。精神感応能力を持つベタゾイド人と地球人のハーフである彼女は異質な存在であろうとその意思を感じる事が出来る……だが、その彼女の能力をもってしても何も感じ取る事は出来なかった。

 

「ダメですキャプテン……何も感じません」

 

 申し訳なさそうに答えるトロイに気にするなと告げピカードは、まず情報を入手する事が必要だと結論づける。周囲に展開した探査プローブをワームホールに向けるべく指示を出そうとしたが、それよりも先に事態が動いた。

 

「キャプテン。形成されたワームホールより何かが出てきます」

「何か、人工物か?」

「センサーによれば全長三百メートル級……これは航宙艦ですね」

「航宙艦? 所属は分かるか?」

 

 ピカードの問いに所属不明と答えるデーター。ピカードはデーターにワームホールより出てきた宇宙船をメイン・ビューワーに投影するように命じる。即座にメイン・ビューワーが投影され、映し出された船影にピカードを始めブリッジクルーは暫し絶句する。

 

「……これは奇妙な船だな」

「二十世紀の地球に存在した水上船にフォルムは酷似していますね。先端に開いた砲門に、小型の砲が多数ある。キャプテン、あの船は明らかに戦闘を目的にしていますね」

 

 ボヤくようなライカーの言葉を受けて船体の形状から冷静に分析していたデーターは、ピカードに向けてそう決論づけた――こうしてUSSエンタープライズEは、未知の来訪者を迎えたのであった。

 

「まずは相手の正体を突き止めなければな」

「では?」

「シールドを何時でも展開出来るように準備して微速前進、なるべく相手を刺激しないように慎重に進め」

「アイ、キャプテン」

 

 ピカードの号令に、コン・コンソールに座る操舵士官のホークはコンソールを操作して静かにエンタープライズEを進める。すでにワームホールは収縮して消えており、動きを見せない不明船に向けてゆっくりと近付いて行く。

 

 不明船とエンタープライズEとの間には40光秒の距離があるが、最新鋭艦でもあるエンタープライズEには優秀なインパルス・エンジンが搭載されており、船体から放射される亜空間フィールドで船体を包むことにより宇宙空間における船体の相対的な質量を減らすことにより、これほどの巨体であっても流れるように宇宙空間を進むことが出来る。

 

 程なくエンタープライズEは不明船の近くまで到達した。

 

「キャプテン、不明船付近に到達しました」

「エンジン停止、不明船に動きは?」

「ありません」

 

 ホークの報告に停止を指示したピカードはオプス・コンソールに座るデーターに問いかけると、各種センサーを使って不明船を調査していたデーターは動きが無い事を報告する。データーの報告に考え込んだピカードは、隣の席に座るカウンセラー ディアナ・トロイに問いかける。

 

「カウンセラー、何か感じるか?」

「前方の船から戸惑いの感情を感じていましたが、此方に気付くと強い不信感とわずかな敵意を感じます」

「……敵意か」

 

 テレパス能力によって不明船のクルーの状態を観察するディアナの言葉にピカードは考え込む。戸惑いを持っていたという事は、あの人為的なワームホールは彼らの意図するものではなく、巻き込まれたと考えられる。その後に此方に気付いて不信感とわずかな敵意を持ったと言う事は、相手は好戦的な種族なのかもしれない。

 

 思考の海の中で色々な可能性を考えたピカードは決断を下す。

 

「このまま構えていても仕方がない。前方の不明船に呼びかけろ」

「アイ、キャプテン」

 

 ピカードの指示にウォーフが通信システムを操作して呼び掛ける……すると程なくして相手から応答があった。

 

「キャプテン、前方の不明船が答えました」

「メイン・ビューワーに出せ」

 

 応答の報を聞いたピカードは、データーに指示して相手からの応答をメイン・ビューワーに投影させる……程なくして相手のブリッジらしき施設とクルー達の姿が映し出される。どうやら映し出された施設は艦橋のようだ、思った通り軍事色の強い内装をしている。

 映し出されたクルーの姿は標準的なヒューマノイド・タイプであり、ピカード達地球出身の人間と大差がないような印象を受ける……出来れば、メンタルの面でも似て居ればいいのだが。そう考えたピカードは、それを噯にも出さずに立ち上がるとメイン・ビューワーに近付く。

 

「私は艦長ジャン・リュック・ピカード、USS(惑星連邦航宙艦)エンタープライズE、NCC(船体登録番号)1701―E。そちらの所属を明らかにしていただきたい」

 


 

 

 宇宙戦艦『ヤマト』第一艦橋

 

「……NCC1701―E USS エンタープライズ。意味もしっかり通じる。あれは地球の船なのか?」

 

 

 突如現れた不明船の表面に刻まれた馴染み深い文字アルファベット。それは目の前の船が地球の船である事を示していた……だがそれだと余計におかしい。地球で建造された恒星間宇宙船は『ヤマト』が初であり、現在の地球に二隻目を建造する余裕はないはずだ。

 仮に極秘裡に他の行政ブロックが地球脱出用の宇宙船を建造していたとしても、銀河空間にいるのは無理がある。次元波動エンジンのコアになる波動コアは一つしかイスカンダルより供与されていないのだから。

 

 そんな時、通信長 相原義一三尉のコンソールが反応する。

 

「艦長! 前方の不明船が呼びかけています。映像通信です」

 

 相原の報告に第一艦橋内に緊張が走る。アレは地球の船なのか? ガミラスの欺瞞工作の可能性は? 重苦しい雰囲気の中、沖田艦長は決断を下した。

 

「パネルに投影しろ」

 

 沖田艦長の指示を受けて相原はコンソールを操作する。第一艦橋天井部にあるパネルに光が入り、不明船からの映像が映し出される――それは不明船内の艦橋内の映像のようだ。落ち着いた色彩で整えられたコンソールが幾つもあり、中央には三人のヒューマノイド・タイプ……いや、地球人そのものが座っている。座っていた三人の内、真ん中に座っていた初老の男性が立ち上がって話しかけてきた。

 

『私は惑星連邦所属エンタープライズの艦長ジャン=リュック・ピカード。そちらの所属を明らかにしていただきたい』

「地球国際連合宇宙軍所属、宇宙戦艦『ヤマト』。私は艦長の沖田十三です」

『……地球? 失礼だが、あなたのいう地球とはどの星域に属するのですか?』

 

 ジャン=リュック・ピカードと名乗った男性は、沖田が地球国際連合と所属を明らかにした際に片眉を僅かに反応すると、地球の位置を問いかけてきた……それは明らかに地球という星に心当たりがあるように見受けられる。沖田が相手の態度に困惑していると不明船――エンタープライズ内で動きがあった。コンソールに座っている人員の一人、金色の瞳と青白い顔をした男性がピカードに話しかけている。

 

「少し待て、データ」

 

 ピカードが止めると、データと呼ばれた男性は肩を少し竦めるとコンソールに視線を戻す。

 訝しげに眉を反応させたピカードは、前方の不明船『ヤマト』の艦長を名乗る沖田と言う地球国際連合という言葉に反応する……地球とは、彼ら連邦宇宙艦隊士官に取って馴染み深い単語でもある。

 

 二十二世紀に地球は、周辺宙域の軍事的な驚異に対抗して周辺の惑星国家と同盟を結び、現在百五十の種族と約千の惑星とコロニーが加盟する天の川銀河のアルファ宇宙域における一大星間連邦共和国となった。当然USSエンタープライズEのクルーにも地球出身の者もおり、艦長たるピカードの地球出身であった。

 


 

 エンタープライズE ブリッジ

 

 ブリッジの中央に立つピカードは後ろ手で音声を停止させる合図を送り、副長席に座って当惑しているライカーに話かける。

 

「どう思う、ナンバー1?」

「彼の言う地球と、我々の知る地球が同じものとはかぎりませんからね」

「もう少し情報が必要という訳か」

「艦長、彼らから強い戸惑いの感情を感じます」

 

 ビューワーに映る沖田と言う人物だけでなく映像に映る艦橋スタッフらしきクルーを視界に収めながら彼らから感じる感情を伝えるカウンセラーに頷くピカード。方針を決めると音声を復活させて『ヤマト』の沖田艦長に改めて質問する。

 

「地球国際連合と言われたが、それはどんな組織なのですかな?」

『ピカード艦長、我々は未知の現象に見舞われて此処にいます』

 

 そう簡単には母星の位置は答えない、もしくは余裕がなく直ぐにでも本題に入りたいか……まるで未知の存在を相手にしているようだ。つまり彼らは惑星連邦に帰属意識はない、我々を別組織と捉えていると言う事だ。

 

「なるほど、先ほど観測したワームホールはあなた方の移動手段と言う訳ですか」

『……ワームホール?』

「ワームホールは以前にも観測されている。この宙域は惑星連邦の勢力圏内であり、付近には連邦のコロニーも存在する。あなた方の目的は何なのかな?」

 

 視線を鋭くして問い掛けるピカード。

 

「この宙域を偵察して何をしようと言うのか!」

『ピカード艦長、我々に敵対の意思はない』

 

 語尾を強めて詰問するピカードに、敵対の意思はない事を強調する沖田艦長。彼らは我々と戦う意志はみせない……音声を停めて後方にある戦術ステーションのパネルを見て前方の不審船『ヤマト』を監視しているウォーフに問掛ける。

 

「ウォーフ、『ヤマト』の様子は?」

「エネルギー係数に変化はありません。武器の装填は認められず」

 

 攻撃の意志は見せないが、地球国際連合などと言う世迷言を述べる相手を簡単に信用する事など出来ない。ピカードは八百五十四名が乗り込む航宙艦の艦長であり、その背中には無数の連邦市民が居るのだ。突然現れた未知の存在に友好的になるには責任が重すぎた。

 

 しかも近年は連邦に取って試練の年とも言える程の事件が立て続きに起きて連邦宇宙艦隊は疲弊しており、極めつけは連邦のみならずあらゆる文明にとっての驚異となる『ボーグ集合体』による太陽系侵攻があった。そんな情勢の中、突如として現れた未知の不明船は新たな火種になる可能性があった――ピカードは音声を回復させると、不明船『ヤマト』の艦長沖田に視線を向ける。

 

「沖田艦長、この宙域は我々連邦の勢力圏だ。即刻退去していただこう」

 




初めまして、しがない小説書きのSOULと言います。
以前より楽しく皆様の小説を読ませて頂いていましたが、不満が少々――何故、ヤマトの小説が少ない! スタートレックについては殆ど見当たらない! ならば自分で書くしかないじゃないか。

 ――とまぁ、殆ど自分の趣味丸出しの小説ですが、お付き合いいただければ幸いです。

 では、また近いうちに。


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第三話 疑心暗鬼

 エンタープライズE ブリッジ


 

「沖田艦長、この宙域は我々連邦の勢力圏だ。即刻退去していただこう」

『待って欲しいピカード艦長、現在『ヤマト』は未知の現象に遭遇して混乱している。猶予をもらえないか?』

「……君達の船は随分な重武装ではないか、何との戦闘を想定して武装しているのか……そんな危険な船を野放しには出来ん」

 

 通信越しに睨み合うピカード艦長と沖田艦長。そんな緊迫した雰囲気に一石を投じたのは、データー少佐の「彼らは地球人の可能性があります」という言葉だった。

 

「どういう事だ、データー」

 

 一旦音声をカットするように指示したピカードは、厳しい表情のまま視線をデーター少佐に向ける。先程の『ヤマト』との会話の時もデーター少佐は、彼らが使用してる言語は以前地球の極東で使用されていた言語のようだと言っていた。そんなモノは調べればわかる筈だが、何を持って彼らが地球人だと思ったのか。

 

「記録によれば極東ニホンと呼ばれた地域で二十一世紀中頃まで使われていた独自言語を彼らは主言語として使用しているようです。ビューワーに映し出された『ヤマト』の設備にも日本語による表記が複数見受けられました」

 

 そんな細かい所まで偽装しているとは考えづらいし、偽装するなら広範囲で使用されている言語を使用した方が自然であるとデーター少佐は主張した……データー少佐の主張は『ヤマト』のクルーを地球に所縁のある者達であるとするには弱いが、可能性の全てを捨てきる事も出来ずに思案するピカード。そんなピカードにライカーが立ち上がると近付いて行く。

 

「艦長、このままではラチがあきません、私を『ヤマト』に派遣してください」

「ウィル」

 

 ライカーの申し出にピカードは彼を派遣した場合のリスクを考える。だがこのままでは進展がないのも事実、カウンセラートロイの言葉通りに彼らも混乱している様子。ならば副長を『ヤマト』に派遣して事態の打開を促すのも一手か……ライカーには常に転送収容出来るようロックして。

 

 考えをまとめたピカードは音声を回復させる。思わぬ乱入者に双方気まずい雰囲気が流れたが、意外にも話しだしたのは『ヤマト』の方だった。

 

『ピカード艦長。我々は現在アクシデントに見舞われ、少々混乱しています。お互い疑問に思う事もあるでしょうが、どうでしょう三時間後に会談の席を設けてみては?』

「では三時間後に此方からお伺いしましょう」

 

 通信を切るとピカードは振り返る。

 

「ブリーフィングを行うので、十五分後に上級士官は展望ラウンジに集合するように。私は艦長室に居る」

 

 そう指示した後にピカードはブリッジを退出して艦長室に入ると、備え付けのレプリケーターに紅茶を注文してデスクへと向かう。席に着いたピカードは一つため息を付いた後に紅茶に口をつけて、厄介な事になったと再びため息をついた。

 


 

 

 宇宙戦艦『ヤマト』第一艦橋

 

 『エンタープライズ』と名乗る船との通信を終えた沖田艦長は、艦長席に深く座り込むと大きく息を吐いた。バラン星宙域においてガミラスの大艦隊を相手に奇策を用いて突破したと思ったら『ヤマト』は天の川銀河に逆戻りしており、しかも目の前には地球に所縁を持つと思われる恒星間航行が可能な宇宙船が存在するという意味不明な状況は、歴戦の戦士である沖田十三と言えども多大なストレスとなっていた。

 

「艦長。いかがいたしますか?」

「メインスタッフは十分後に中央作戦室へ集合。今後について協議する」

 

 副長である真田の問い掛けにそう答えた沖田艦長は、艦長席のシステムを操作して第一艦橋の上部にある艦長室へと登っていく。それを見届けた後、真田は近くに居た古代へと声をかける。

 

「……古代。君は『ヤマト』が大マゼラン側のゲートに突入した後どこまで意識を保っていた?」

「……え」

 


 

 

 エンタープライズE 展望ラウンジ

 

 展望ラウンジ内は間接照明によって優しい光で照らされ、側面には大きめの窓が取り付けられており、特別なイベントや集まりがある時に使用されるスペースだが、今は上級士官が集まって不明艦『ヤマト』への対応が協議されている。

 艦長たるピカード大佐を始め、ライカー中佐とディアナ・トロイ中佐。そして医療部長のビバリー・クラッシャー中佐、科学士官データー少佐と戦術士官のウォーフ少佐、最後に機関部長ジョーディ・ラフォージ少佐がテーブルを囲んでいた。

 

「現状で『ヤマト』に付いて分かっている事は?」

「『ヤマト』の動力源ですが、計測したエネルギー値は驚異的な物です。これは既存のワープコアで生み出せるエネルギーを遥かに上回っており、未知の動力機関と言えます。しかも船体を構成する物質は我々には未知のものです。類似している物を上げれば硬化テクタイトが挙げられますが、未知の素粒子が含まれておりその強度は不明です」

 

 ピカードの問い掛けに、『ヤマト』の船体にスキャンを掛けていたラフォージ少佐が答えた。航宙艦の動力にはワープコア――反物質が一般的であり、周辺宙域に存在する星間国家でも反物質か、変わり種でマイクロブラックホールを動力源に使用しているくらいである。

 

「武装も強力ですね、あの目立つ砲塔部分から陽電子の反応を検出しています。『ヤマト』は陽電子砲で武装した純粋な戦闘艦です」

 

 淡々と語るデーター少佐。彼の言葉に集まっている士官達の表情が厳しくなる――外宇宙の驚異に対抗する為に連邦艦としては極めて強力な武装を積んでいるエンタープライズEであっても、その本質は科学調査船としての機能を有している探査艦であり、連邦内において純粋な戦闘艦としては護衛艦に分類されるディファイアント級や、最近就航したプロメテウス級のみである。そんな危険極まりない戦闘艦が連邦域に存在している……自然と視線が鋭くなるピカード。

 

「エンタープライズで対応は可能か?」

「問題ないでしょう。スキャンの結果、『ヤマト』の機動性はそんなに高くありません。こちらが機動力でかく乱すれば対処可能です」

 

 エンタープライズEを始めとする連邦航宙艦は慣性制御機能を持ち、その船体も構造維持フィールドで強化されているのでかなりの高速機動に耐えられる。スキャンした『ヤマト』の砲塔の構造から、旋回する間に照準から逃れる事は十分に可能と考えていた。

 

「先ほど宇宙艦隊司令部に事の次第を報告しておいたが、運の悪い事に付近の星エルディアン4で伝染病が発生して連邦艦はワクチンを運ぶ任務に従事しており、援軍の到着は時間が掛かるとの事だ」

「……それはタイミングが悪いですね」

 

 つまりエンタープライズE一隻で対処せよという事か、ピカードの話を聞いたライカーは伝染病発生のタイミングの悪さに顔を顰めた。

 

「そうなると『ヤマト』との会談次第だが、データー先ほど『ヤマト』で使用されている言語が以前地球で使用されていた物だと言っていたが?」

「はい、記録によれば『ヤマト』で使用されている言語や文字表記は二十一世紀に存在していた極東の一部で使用されていた言語で間違いありません」

「二十一世紀という事は?」

「ええ、第三次世界大戦により地球は壊滅状態となり、その際にその言語は一部を除いて廃れたはずです」

 

 惑星連邦でも航宙艦の艦名にヤマトやホンシュウなどと命名されている事があるが、主流とは言えなかった。

 

「つまり、わざわざ廃れた言語を使っていると言う事は地球に縁があるのか、あるいは……」

「それだけ詳細な情報を有しているのか、と言う事ですね」

 

 懸念を示すピカードの言葉をライカーが受け継ぐ。

 

「そこら辺もはっきりさせておく必要がありますね。では艦長、『ヤマト』へは私とデーターとウォーフで行きます」

「分かったナンバー1、常に転送収容出来るようロックしておく」

 

 『ヤマト』へ向かうのはライカーと使用されている言語の情報を持つデーター、そして護衛として屈強なクリンゴン人であるウォーフの三人を決まる。他に意見が無い事を確かめた後、ピカードは解散を命じた。

 


 

 

 エンタープライズE ブリッジ

 

 艦長席に座るピカードはメイン・ビューワーに映る『ヤマト』を見据える。あれから『ヤマト』に変化はなく、まもなく指定された三時間が近付いていた。

 

『ライカーより艦長へ。これよりシャトル発進します』

「十分に注意しろ」

『ライカー了解』

 

 準備が完了した事を告げて、ライカーはシャトルの操縦席に備え付けられたコンソールを操作して船体がふわりと宙に浮きあがる。船体後部に備え付けられたインパルス・エンジンに火が点り、シャトルは後部格納庫の発進口に張られたフォース・フィールドを抜けて漆黒の宇宙空間に進むと、スラスターで方向を変えてエンタープライズEの前方で停止している『ヤマト』へと向かう。

 

「『ヤマト』に変化が無いか監視を怠るな。ラフォージ、ライカー達を常にロックしろ」

 

 ブリッジクルーに注意を促すと、ピカードは異変があれば即座にライカー達を転送収容出来るようにシステムでロックするよう改めて指示する――厳戒態勢の中、ライカー達を乗せたシャトルは『ヤマト』へと近付いて行った。

 

 




 どうも、しがない小説書きのSOULです。

 突発的なアクシデントにより出会った二隻。お互いを警戒しながらも妥協点を探す二隻はどう行動するのか?

 ではまた近いうちに。


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第四話 会談

 宇宙戦艦『ヤマト』艦長室


 

 艦長室へと着いた沖田は、帽子を取ると備え付けの机の上に置いて艦長室から見える宇宙空間へと視線を向ける。

 

 何故こんな事になってしまったのか? ガミラスの大艦隊を突破して大マゼラン側の亜空間ゲートへと突入する。そこまでは順調だった。だが突入の衝撃に耐えていると、再び大きな衝撃が『ヤマト』を襲った……あの二度目の衝撃は何だったのか? 恐らくそれによって『ヤマト』は目的地ではなく別の――銀河系内に出てしまったのではないか?

 

 思考の海に浸る沖田の目に不明船、惑星連邦所属と言う宇宙船『エンタープライズ』が映る――彼らと通信をしていた時、ピカード艦長の側にいた青白い……ガミラスとは違う青さをもった男性の言っていた事。自分たちが話している言葉を、『以前』極東で話していた言語と言った。

 

 沖田の脳裏に最悪の事態が想定される……『ヤマト』は滅亡の淵にある地球を救う為に航海している。その為に一年で往復三十三万六千光年を航海しなければ地球はタイムリミットを迎えてしまう。これまでの航海でタイムスケジュールに遅れが出ており、今回超空間ゲードを使えば取り戻せる筈であった。が、その結果は銀河系内に逆戻り。何とか航海の遅れを取り戻し、イスカンダルへと行かねばならない――諦める事など出来ない。

 

 決意を新たにした沖田だったが、艦長室に備え付けられた通信機がコールをする。それに気付いて通信機を操作すると程なく相手が現れた。

 

「何か」

「榎本です。ただいま艦体のチェックをしていたのですが、奇妙な物が艦体に引っかかっておりまして……」

「奇妙な物?」

 

 


 

『ヤマト』中央作戦室

 

 床に設置された大型パネルの両側に分かれて『ヤマト』のメインスタッフが揃っていた。技術長兼副長 真田士郎三佐・戦術長 古代進一尉・航海長 島大介一尉・主計長平田一一尉・機関長 徳川彦左衛門三佐・砲雷長 南部康雄二尉・船務長 森雪一尉・航空隊長 加藤三郎二尉そしてオフザーバーとして船務科士官候補生 岬百合亜准尉――霊感体質である彼女は、ある事件を通して意識不明の状態であったイスカンダルの第一の使者ユリーシャ・イスカンダルに憑依されていて特例として参加を認められている。

 

「……真田さん、艦長遅いですね。何かあったのですか?」

「医務室へ寄ってくるとの事だったが……」

「医務室? 艦長どこか悪いのですか?」

「いや、報告を受けて向かったという話だ」

「……けが人でも出たのですかね」

 

 遅れている沖田艦長について話す古代と真田。中央作戦室には沖田艦長を除いて全員が集まっており、すでに集合時間から十分が過ぎている。そうしている内に沖田艦長が入室してきた。

 

「すまない遅くなった。全員揃っているな」

「はい艦長」

「では始めよう」

 

 沖田艦長の号令で会議が始まる。

 まずは副長兼技術長である真田が、今回の亜空間ゲートから銀河系内に出た事について説明をはじめる。

 

「あの時、バラン星で大マゼラン側の亜空間ゲートに突入したが、何故か銀河系内にでてしまった。あのゲートが大マゼランに通していなかった可能性だが、それは無いとユリーシャに確認した」

「なるほど、イスカンダルから来た彼女が言うんじゃから、間違いはないじゃろう」

 

 イスカンダルからの使者である彼女なら、実際に通って旅をして来たのだから間違いは無いと徳川は納得する。

 

「次の可能性だが、亜空間ゲートに突入した際に何らかの外的要因が加わった、か」

 

 そこで真田は参加したクルーを見回す。

 

「調査するには時間が足りませんでしたが、ゲートに突入した際に『ヤマト』は大きな衝撃に見舞われましたが少数の人間が衝撃で意識を失わず、しばらくは意識を保っていたようです。ですが、その後に意識を保っていたクルーも再び襲った衝撃で皆意識を失ったようです」

「つまり、『ヤマト』が銀河系に戻ったのはその衝撃の所為って事ですか?」

 

 南部の問いかけに真田が頷こうとするが、島が待ったをかける。

 

「実はあれから大田に再度計算をさせたんだが、ここは銀河系内で間違いはないんだが星の位置がおかしいんだ。観測された星は、今まであった場所からズレているし。何より出て来たはずの銀河系側のゲートが確認できない」

「それは本当かね、航海長」

「事実です」

 

 思考の海に沈む真田。

 

「ならば外的要因の特定と、何故星がズレているのかに関する原因の究明を当分の目標としよう。次はあの『エンタープライズ』とか言う船の事だな」

 

 沖田艦長の言葉を聞いて思考の海に沈んでいた真田が、コホンと一息つくと再び説明を始める。

 

「あの船――『エンタープライズ』についてだが、計測に寄れば全長は約七百メートル。円盤状の艦体に機関部を搭載していると思われる二つめの艦体を連結している。左右から伸びる棒状の物は用途が不明だがエネルギー係数も高く、彼らにとって重要な機関なのだろう」

「何故、円盤部にアルファベットが?」

「……それについては謎だが」

「あの船の艦長と話していて気付いた事がある」

 

 真田と古代の考察に沖田艦長が声をかける。

 

「あの時、ピカード艦長の側にいた者が我々の使用している言葉を『以前、極東で使用していた言語』だと言っていた。つまり、彼らは地球の日本の事を知っている。もしくはその影響を受けているという事だ」

「……案外、彼らは地球人かもしれませんね」

 

 沖田艦長の話を聞いていた相原が小さな声ながらも意見を言う。

 

「どうしてそう思うんだ?」

「いや、さっきの通信の時に艦長が三時間って言っていたでしょ」

「ああ、それが?」

「相手の艦長はその言葉に即座に三時間後にって答えた……それって時間の単位が一緒って事じゃないですかね?」

「翻訳機で訳されたのかもしれないぞ」

「そう言われればそうですけど……」

 

 『エンタープライズ』との通信において『ヤマト』側は翻訳機を使用する必要は無かったが、『エンタープライズ』の方はどうだったかは分からない。

 

「まずは情報だな、出来れば近隣星域の情報が欲しい。もしかしたら銀河系側のゲートについて知っているかもしれん。『エンタープライズ』から来る客から出来るだけ情報を集めよう。では解散」

 

 まずは相手から情報を得る事を第一とする、と方針を示した沖田艦長は中央作戦室に集ったクルーに向け解散を告げる。それぞれ任務に戻ろうとするクルー達――その中で、データーを纏めていた真田に声をかける。

 

「真田くん」

「はい、艦長」

「すまんが、ワシと一緒に医務室へ来てくれんか?」

「わかりました」

 

 沖田艦長からの提案に了承する真田。二人は中央作戦室を出て医務室へと向かった。

 

 


 

 『ヤマト』艦内中央通路

 

 『ヤマト』艦首から艦尾までを繋げる通路を歩きながら、沖田艦長は真田に同行を求めた理由を説明する。それによれば艦長室で考えを纏めていた時にある報告が上がって来たと言う。

 

「ある報告?」

「それは医務室に着いてから話そう」

 

 反対側から来た士官の敬礼に返礼しながら沖田は答える。

 つまりは、公開出来ない事が起こったと言う事か……沖田艦長の態度にそう推察した真田はそれ以上の追求をしなかった。

 

 しばらく無言のままの通路を歩いていた二人は、目的地である医務室へと到着する。医務室の前には保安要員が二人、沖田艦長の姿を見て敬礼している。保安要員がいると言う事は警備が必要な事態であると言う事……厄介事の予感に真田が頭痛を感じたような気がした。

 

 沖田艦長に続いて真田も医務室内へと足を踏み入れる。白を基調とした医務室には医士 佐渡酒造と、何故か掌帆長 榎本勇曹長の姿があった。

 

「榎本さん、何故ここに」

 

 真田の問いに榎本は一瞬だけ視線を沖田艦長に向けたが直ぐに視線を戻すと、肩を竦めて話し出す。

 

「いえね、元々は通常空間に出た後に艦体のチェックをしていたんですが。その時に第一格納庫近くの外殻装甲に損傷が認められて、原因を探したんですが……それが予想だにしないもんでしてね」

「……原因はなんだったんですか」

 

 おどけたような口調で話す榎本。もしかして二度目の衝撃の手がかりになる物が見つかったのでは、と真田は期待する。だが、それは榎本の次の言葉を聞いて吹き飛んでしまった。

 

「それが外殻装甲の破損箇所の周囲には、破壊された未知の宇宙船の残骸と、砕けた外殻にめり込んでいた人間だったんですよ」

「……人間?」

「見た事もない宇宙服を着た人間が『ヤマト』の艦体に突き刺さっていた訳でして」

 

 人間が超硬化テクタイトで出来ている『ヤマト』の艦体に突き刺さっていた……真田の頭の中が真っ白になった。普通なら突き刺さるような速度で超硬化テクタイトに激突すれば、人間ならバラバラになる筈だ―事実、乗っていたと思われる宇宙船の残骸が周囲に存在しており、たとえ着ていた宇宙服が激突の衝撃に耐えたとしても中の人間が衝撃には耐えられない筈だから。

 なのに医務室へと搬入したと言う事は、少なくともバラバラにはなっていないという事……バラバラになっていたら搬入先は分析室になっていた事だろう。

 

「それで対処に困ったあげく、艦長に報告した後にココへ連れて来たんですよ」

 

 榎本の視線は奥に引かれているカーテンへと向けられる。つまり件の人間は、カーテンの奥に居ると言う訳だ。真田の視線は医士である佐渡へと向けられる。

 

「佐渡先生。それで問題の人物は……」

「奥のベッドに寝ておるよ」

 

 佐渡の言葉を聞いて沖田艦長と真田は奥へ向かって歩き出すが、そんな真田に佐渡は声をかける。

 

「奥のカーテンを開ける前に深呼吸をする事をおすすめするぞぃ」

 

 訝しむ真田を尻目に、佐渡は“なぁ”と榎本に笑いかけると“ですなぁ”と榎本も笑い返す。そんな不気味な二人に嫌な予感を感じながらも真田は、先に行く沖田艦長に続いて奥のカーテンの前に立つ。すると沖田艦長は真田へと振り返り、

 

「……真田くん。開けるぞ」

 

 頷き返す真田。沖田艦長はカーテンを掴むと静かに開ける。そこにはベッドが一つと、側には生命維持システムの数値を記録する衛生士の原田真琴の姿があった。彼女は沖田艦長に気付くと敬礼する。沖田艦長と共に真田は返礼を返しながら視線をベッドの方に向ける……ベッドの上には件の人物が白いシーツに包まれていた。そこで真田はある事に気付いた。

 

「……生きているのか?」

 

 生命維持システムに繋がれているということは生きているという事――有りない。『ヤマト』の艦体は超硬化テクタイトで出来ている。その艦体装甲を破壊する程のスピードで激突したのなら、人間などひとたまりもないはずだ。思わず凝視した真田はシーツの膨らみが小さい事に気付く。

 

「……子供?」

「そう地球人類で言う所の十才前後に相当するとの事だ」

 

 視線を向ければ困惑気味な表情をした沖田艦長。

 

「驚いたじゃろう? ワシも驚いた」

「しかも驚いた事に女の子なんですよ、その子。それも結構可愛いんですよね、とても『ヤマト』の艦体を砕いたなんで思えない位にはね」

 

 佐渡と榎本が後から入ってくる。四人の男がベッドに眠る幼い少女を見下ろしているが、その表情には困惑が見て取れた。

 

「意識はまだ戻らないのですか?」

「外傷もないし、ただ寝ているだけじゃから時期に意識は戻るじゃろう」

「外傷がないっていうのも恐ろしい話ですがね」

 

 真田の問い掛けに気楽な口調で答える佐渡。外傷もなく無傷な事に苦笑いを浮かべる榎本。

 

「ワシは今回『ヤマト』に起こった現象について、何らかの事をこの子が知っているのではないか、と思っている。佐渡先生、この子の意識が目覚めたら連絡をくれんかの」

「分かりましたですじゃ」

 

 了承の意を示す佐渡に頷くと沖田艦長は真田に視線を向ける。

 

「さて、真田くん。もてなしの準備をしようじゃないか」

 

 『エンタープライズ』から来訪者が来る時間も迫っている。彼らとの会談を有意義な物にするためにも色々と準備が必要なのである。

 


 

 沖田艦長と真田それに榎本が任務に戻るべく退室してしばらくたった医務室では、佐渡は机に備え付けられたモニターを見ながらカルテの整理を行い、衛生士の原田はベッドで眠る少女を見守っていた。

 

「……見た目は可愛い女の子、なんだけどね」

 

 安らかな表情で眠っている少女を見ながら原田は小さくため息を付く。まだ小さな子供のように見えるが油断は出来ない。簡単な検査では地球人と何ら変わりはなく、華奢な何処にでも居る普通の少女のように見える――だがこの少女は突然『ヤマト』に現れた。しかも『ヤマト』の艦体に突き刺さっていたと言う。それだけを聞くと悪い冗談にしか聞こえない。

 

「……噛み付かないわよね」

 

 起きたらどんな反応をするのか? 少し怖くなった原田であった。

 そんな事を考えていた原田であったが、ふとカーテンの向こう側が騒がしい事に気付いた。佐渡先生何を騒いでいるのだろう? 酒でも飲みすぎたか、などと思ったが。どうやら声が違うようだ。

 

「ここにいるのね」

「待ってくださいユリーシャ!」

 

 どうやら声の主はルームメイトだった岬百合亜の身体を乗っ取っているイスカンダル人のユリーシャと、その護衛を務める保安要員の星名透の二人のようだった。そうしている内にカーテンが開けられ、件の二人が立っていた……思った通り、星名ではユリーシャは止められなかったようだ……しかし、どこで耳にしたのやら。

 

 騒々しく病室へと入ってきたこの不埒者どもに、原田は衛生士として一言、

 

「病室では静かにしてください」

「……はてな?」

「ほらユリーシャ、怒られたじゃないですか! 用も無いのに医務室に来ちゃ邪魔になりますから早く出ましょう」

「……用ならあるもん」

 

 何をいちゃついているんだこの二人は、思わずジト目なる原田。

 すると何を思ったかユリーシャがこちらに近づいてくる……どうやら目的はベッドで眠るこの異星人の少女のようだ。ベッドの側まで来るとユリーシャは少女の顔を覗き込む……すると騒動の音で目が覚めたのか、少女の目がゆっくりと開けられた。最初は眠そうに眼を細めていたが、自分が見覚えのない場所で寝ている事に気付いた少女は翠眼を大きく見開くと、上から覗き込むユリーシャと目が合う……しばらく少女とユリーシャは見つめ合っていたが、少女は無邪気な表情で問いかけた。

 

「……おばちゃんだれ?」

 

 瞬間、空気が固まり――ユリーシャは少女の顔を両手でがしっと掴む。

 

「をを!?」

「……おねえちゃん」

「えっ?」

「お・ね・え・ち・ゃ・ん」

 

 笑顔で諭すユリーシャであったが、その目は笑っていなかった。ユリーシャの鬼気迫る迫力に恐れをなしたのか、少女は固定された顔を引きつらせながらも精一杯の愛想笑いを浮かべる。

 

「わ、わかった。おねえちゃん」

「よし」

 

 満足したのかあっさりと手を離したユリーシャは、にこにこと笑いながら再び少女の顔を覗き込む。

 

「あなたは、どなた?」

「私? 私は……」

 

 ユリーシャの問い掛けに答えようとした少女だったが、何かに気が付いたように言葉尻が萎んでいく。少女の目が泳ぎ出し、あれっあれっと小さな声でつぶやきながら額に一筋の汗が流れ落ちる。そんな少女の困惑した様子を、下ろした髪の毛の一房をいじりながら暫くは黙って見ていたユリーシャだったが、混乱を続ける少女の姿に焦れてきたのか顔を近付ける。

 

「どうしたの?」

「……私はどなた?」

「……はてな?」

 

 苦し紛れにボケをかます少女にズレた反応を返すユリーシャ。

 にゃはは、と笑いながら後頭部をぽりぽりと掻いて誤魔化そうとする少女に原田と星名は冷たい視線を向けていた。その何とも言えない寸劇を聞いていた佐渡は、机から立ち上がるとベッドへ歩み寄る。

 

「まぁ、一時的な混乱じゃろう。ほっといたら元に戻るじゃろうて」

 

 なはは、笑う佐渡。そんな佐渡の何時も通りの姿に脱力する原田と星名。ユリーシャは髪の毛をいじり、少女はジト目を佐渡に向けていた……多分、豪快すぎる佐渡の性格に不安を感じているのだろう。

 しばらく笑っていた佐渡だが、気を取り直すと件の少女に視線を向ける。

 

「さて時間をかければ戻るじゃろうが、それまで名無しというのも不便じゃのう」

 

 ふむ、と考え込む佐渡。するとユリーシャがポンと手を打つ。

 

「それじゃ小さいから、チビちゃんで」

「……おねえちゃん、センスなさすぎ」

 

 ユリーシャの提案を即座に拒否する少女。はてな、と言いながら考え込むユリーシャ。ならば花子はどうじゃ、先生古すぎます、それじゃ髪の毛の色に合わせてクリちゃんで、などとユリーシャと佐渡そして原田の三人がワイワイと己の意見を主張する。

 ……このままではどんな名前になるのか、と不安になったのか少女の表情が引きつっていき、だんだん曇ってくる。そんな少女を見かねたのか、星名が少女を見ながら提案する。

 

「翡翠なんてどうでしょう?」

「ヒスイ?」

「ええ、その子の瞳って綺麗な緑色をしているじゃないですか。だから翡翠」

「翡翠ちゃんか、良いのう」

 

 地球では様々な民族がジェダイト――翡翠を、その神秘的な輝きに魅せられて護符などとして身に付けていた。それは日本も例に漏れず、古くから加工して勾玉として使用してきた。

 そんな日本人の子孫である三人は、少女の名前を翡翠とする事で納得し……ただ一人「チビちゃんの方が可愛いのに」と、ユリーシャがイジけた表情していた。

 


 

 

 『ヤマト』第一艦橋

 

 出迎え要員として席を外している古代に変わり、戦術長席に座っている南部は双眼鏡を片手に前方に位置している『エンタープライズ』を監視していたが、定刻になると『エンタープライズ』に変化があった。

 

「『エンタープライズ』より離艦する物体あり、こちらに向かってくる」

「出迎えのコスモ・ゼロ、シャトルに接近。第三格納庫へと誘導を開始」

 

 事前通達の通り、使者を乗せたシャトルが『エンタープライズ』より発艦して此方に向かって来た。通信によればあのシャトルには『エンタープライズ』の副長と科学士官そして護衛の士官と操縦を担当する士官の計四人が乗っていると言う。

 出迎え兼監視のコスモ・ゼロがシャトルと並行して飛び、シャトルを『ヤマト』の艦体下部にある第三格納庫へと誘導する。誘導に従いシャトルは『ヤマト』の艦体下部へと向かい、第三格納庫のハッチが開いて受け入れ態勢に入る。

 

 格納庫からアームが伸びてシャトルの艦体を固定すると、アームが縮んでシャトルを格納庫内に収容してハッチが閉じる。格納庫内に空気が満たされると通路よりタラップが伸びてシャトルの出入り口に接続した。接続してからしばらく経った後、シャトルの出入り口が開いて中から三人の士官が出てくる。

 

 『エンタープライズ』の制服だろうか、前身を覆うグレーの服に胸の所にバッチを付けた姿の士官達がタラップを歩いて通路へとやって来る。先頭に立った黒髪に口ひげを蓄えた男性が出迎え要員として待っていた古代と二人の保安要員の敬礼に返礼する。

 

「私はUSS『エンタープライズ』の副長ウィリアム・T・ライカー中佐。此方はブリッジ士官のデーター少佐と保安要員のウォーフ少佐。会談の使者として来ました」

 

 自己紹介するライカー中佐の紹介に視線を向けた古代と保安要員は、黒髪に青白い顔と金色の目を持つデーターから黒髪に口ひげに鋭い視線を持った男性に視線を向けて――その額にある突起物に小さな驚きを浮かべていると、それを敏感に察したウィーフ。

 

「……私はクリンゴン人だ」

「失礼しました」

 

 礼に反した事に気付いた古代達は、ウォーフに非礼を詫びる。

 

「私は宇宙戦艦『ヤマト』の戦術長古代進。ようこそ『ヤマト』へ、ライカー中佐。会談場所までご案内しますので此方へ」

 

『 エンタープライズ』より来た三名の士官は、古代に先導されながら『ヤマト』艦内へと向かっていく。その後ろに二人の保安要員が着いて行く。

 

 格納庫から艦内通路に入った一行は、通路を歩きながら『ヤマト』中央部にあるエレベーターへと向かって行く。先導する古代のすぐ後ろ付いていたライカーは古代に話し掛ける。

 

「君は随分若いようだが、幾つになる?」

「自分は今年で20になります。あなたは?」

「私は四十になるよ」

 

 通達でもされているのか艦内通路には人影もなく、古代を始め保安要員達の若さに気付いたライカーは古代の返答を聞いて少し考え込む。そうしている内に中央エレベーターホール到着すると、一行は主幹エレベーターに乗り込んだ。上昇していくエレベーター内でもライカーは古代に質問を続けた。

 

「君はこの船に乗って何年になるんだい?」

「……まだ一年立っていないですね」

「そうか、君の他にも若いクルーが?」

「そこは軍機になりますので」

 

 気さくに話しかけてくるライカーに戸惑う古代。そうしている内に指定階層に到着し、通路に降りた一行はしばらく歩いた後に会談場所である士官室へと到着し、古代が扉の前に立つとドアが開く。

 

「『エンタープライズ』からの使者をお連れしました」

 

 そう言って古代は室内に入りライカー達三人もそれに続く、室内には副長である真田と技術科員の桐生美影准尉が座っていた。彼女は言語学を専門分野にしており、今回の会談でオフザーバーとして同席していた。

 『エンタープライズ』から来た三人が入室して来たのを見て、真田は立ち上がり歓迎の言葉を告げる。

 

「ようこそ『ヤマト』へ、私は当艦の副長真田志郎。此方は部下の桐生、彼女は言語学に精通しており会談に同席してもらいます」

 

 『エンタープライズ』から来た士官に席に座るよう促した後に真田は席に着き、その隣に座る古代。向かい合わせ構図となり、『エンタープライズ』の士官が改めて自己紹介をした後に会談が始まる。

 

 まず真田が『ヤマト』に起こった原因不明の現象により当宙域に飛ばされた事を説明して『ヤマト』側に領域侵犯の意思はなかった事を伝え、『エンタープライズ』側もそれは了承した。

 

 次に議題に上がったのはお互いの所属に付いてだった。

 

「我々が属する惑星連邦は約150の惑星もしくは星間国家で形成されています」

 

 ライカーの説明では、ワープ航法を発明した地球は異星人との友好的なファーストコンタクトを経て惑星連邦を設立したと言う。それは『ヤマト』側にとっては俄かには信じがたく、夢物語のようであった。

 

「我々は、現在ガミラス帝国との戦争状態にあります」

 

 真田は説明をする。地球は国連の下に一つに纏まり太陽系を開発していたが、突如として現れた異星人『ガミラス帝国』との悪夢のファーストコンタクトを経て地球連邦は戦争状態に突入して宇宙艦隊は壊滅状態に有り、本土である地球もガミラスによる遊星爆弾による無差別攻撃により滅亡の危機にあると。

 

 真田の説明を聞いた『エンタープライズ』の士官の中で、特にライカーは強い衝撃を受けていた。彼ら惑星連邦にある地球も以前に異星人からの攻撃を受けており、アカデミーで攻撃の映像を見て衝撃を受けていた事を思い出す。

 だが彼ら地球は無差別攻撃により海は干上がり、大地は放射能に汚染されて赤い荒廃した惑星となっていると言う。もしも自分の故郷である地球のアラスカに遊星爆弾が落ちたと想定したらどれほどの被害になるか想像もしたくない。

 

 真田の話に衝撃を受けながらもライカーの冷静な部分は疑問を持つ……彼が言うような話はライカーの地球では起きておらず、地球に侵攻してきた異星人達は皆撃退した。なのに彼らの態度はそれが事実であると物語っている。淡々と話す真田に、机の下で拳を握り締める古代。そして桐生という娘は視線を下へと落としている。これはテレパシー能力を持つカウンセラーのディアナ・トロイを連れてくるべきだったか。彼らの話を聞くと、これではまるで地球が二つあるようではないかと思う。

 

「……おかしいですね。地球にそんな被害はないですし、ガミラス帝国という星間国家の存在も確認されていません」

「……我々が嘘を言っているというんですか?」

 

 自分の中にある情報との差異に今まで黙っていたデーターが否定の言葉を投げかけると、瞳に危険な色を浮かべた古代が静かな声で問い掛けてくる。まずい、と感じたライカーはデーターへ黙るように言う前に真田が古代を制止する。

 

「古代」

 

 真田の言葉に自制する古代。その姿を見て良く訓練されていると感心するライカー。するとデーターが今度は奇妙な事を言い出した。

 

「副長、どうやら彼らは平行世界の存在のようです」

「何を言っているデーター?」

 

 また突拍子もない事を言い出すデーターに困惑するライカー。自らを並行世界の住人であると言われた古代も戸惑いを隠せない。

 

「これまでの探査によればこの『ヤマト』の外殻は未知の物質が使われており、彼らの身体を構成する物質にもそれは含まれています。そして今の真田副長の話で確信しました。彼らは平行世界の存在です」

「……平行世界」

 

 データーの説明に『ヤマト』側のクルーも戸惑っているようだ。だが、ライカー達は彼らよりは戸惑いが少ない……何故ならば。

 

「並行世界の存在は初代『エンタープライズ』の日誌にも記載されています。それによれば我々の宇宙とまったく同じものでありながら、その性質のみが正反対であると言う――」

「……知っている。悪名高い鏡像世界だろ」

 

 初代『エンタープライズ』が五年間の調査航海の中で出会った初の平行世界との接触であり、強大な力を持った地球帝国が近隣の星々を次々と併合していた恐ろしい世界であった。

 

「ではこの宇宙は我々の宇宙ではない、と」

「その可能性が高いでしょう」

「俄かには信じられないな」

 

 深刻な表情を浮かべた真田に淡々と返すデーター。古代はまだ信じられないのか半信半疑と言う表情で呟く……むしろ信じたくなかったのだろう。もし平行世界に来ていたとしたら、『ヤマト』に取って重大な問題となる。

 

「……ライカー副長」

「何でしょう」

「我々は何としても自分たちの宇宙に戻らなければなりません。先ほどデーター少佐が言われた並行世界に関する資料と、この付近の星域に関する資料を提供してはいただけないでしょうか?」

 

 真田の申し出に熟考するライカー。惑星連邦の財産である調査資料を別の勢力である『ヤマト』に提供するなどライカーの一存では判断出来ない。

 

「真田副長。この件は私の一存では判断出来ません。一度『エンタープライズ』に戻り、ピカード艦長に判断を仰いでみます」

「お願いします」

 

 そうして会談は思わぬ方向へと流れて終了した。ライカー達三人は席を立ち、シャトルへと向かって歩き出す。それを見た古代は立ち上がるとライカー達を先導して士官室から退出する。

 ライカー達と共に歩き出す古代。彼らの後ろに保安部員が付き、一行は主幹エレベーターに乗って『ヤマト』下部階層へと向かう。エレベーター内では重苦しい雰囲気が流れていた。データー少佐の推察は、古代の中で消化しきれないのだろう。そんな心情が独り言として溢れる。

 

「……『ヤマト』は人類の期待を一身に背負って地球を飛び立ちました。みんな『ヤマト』の帰りを待っているんです」

 

 重い言葉だとライカーは思う。そうしている内に目的の階層に着いたライカー達は、通路を通って第三格納庫へと到着する。タラップを通ってライカー達はシャトルへと向かい、出入り口の前で振り返ると通路側で敬礼している古代へと視線を向けた。

 

「私も出来る限りの事はしてみる」

 

 古代に返礼しながらライカーはシャトルの船内へと姿を消す。それを見送った古代は通路から格納庫の制御室へと入り、シャトルの発艦準備に入る制御室内からシャトルを見下ろす。格納庫のシャッターが開いて接続アームが展開し、シャトルは宇宙空間へと出る。

接続が解かれ、シャトルは『エンタープライズ』へと帰投していく。シャトルを見送った後、古代は第一艦橋へ向かおうとすると制御室に通信が入った。

 

『古代。そのまま中央作戦室へと向かってくれ』

「……了解」

 

 通信の主である真田より中央作戦室へと直行するよう指示が出る。今後について協議するのだろうと推察した古代は、急ぎ作戦室へと向かうべく制御室より退出した。




どうも、しがない小説書きのSOULです。
今回、第四話をお送りします。
エンタープライズ側より並行世界に迷い込んだ可能性について指摘され、それを受けたヤマトは事の真偽を確かめようとします――さて、どうなるか?

では、また近いうちに。


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第五話 未知への旅立ち

 『エンタープライズE』 艦長室


 

「以上が『ヤマト』での会談内容です」

「……並行世界の存在か、俄かには信じられんな」

 

 ライカーから伝えられた内容に困惑した表情を浮かべるピカード。確かに連邦には平行世界の記録があり、ピカード自体も長い任務の間に様々な平行世界や、それを起源とする生命体と遭遇していた。

 

「そして『ガミラス』と呼ばれる異星人と戦争状態にある、か」

「『ヤマト』のクルーの大半が若い世代で構成されていました。戦いは長期間に渡って行われているのでしょう。艦長 彼らは遭難者であり、故郷に帰る事を強く望んでいます」

 

 ライカーの話では、異星人との戦争に破れて絶滅寸前にまで追い込まれていると言う……ピカード達の地球も『ボーグ集合体』の侵攻を受けて危うく支配される寸前にまで追い込まれていた。そう考えると、彼らの心情も理解できる。

 

「彼らは故郷に帰る為に並行世界と周辺の宙域の資料を求めています」

「周辺宙域の資料は連邦の財産だ。おいそれとは渡す事は出来ん」

「ですが、このままと言う訳にもいかないでしょう。何処の勢力に取っても、あの動力源は垂涎の的ですよ」

 

 『ヤマト』の動力源と思われるシステムは、その莫大なエネルギーを利用できれば新たな可能性の扉を開ける可能性がある。スキャンによる情報だけでもかなりの価値があり、もし『ヤマト』そのものを手に入れる事が出来れば、その価値は計りしれない物になるだろう。

 

 だからこそ近隣の星間国家である『ロミュラン』や『クリンゴン』の手に渡ったり、ましてや最大の脅威である『ボーグ集合体』に同化されでもしたら……連邦は簡単に征服されてしまうだろう。

 

「火種の元には早急にお帰り願おうという事か……分かった、艦隊司令部に申請してみよう」

「ありがとうございます艦長」

 

 ニヤリと笑ったライカーが退出するのを見届けたピカードは、ため息を一つ付くと机の上の通信システムを操作して地球のカリフォルニアにある宇宙艦隊司令部に勤務する、ある提督を呼び出す……数回のコールの後に件の提督の姿が映し出された。

 

『あなたから通信なんて珍しいわね、ジャン・リック』

「これはジェンウェイ提督、ご無沙汰しております」

 

 通信システムのビューワーに映し出されたのは、最近提督に昇進したキャサリン・ジェンウェイ提督であった。微笑を浮かべるジェンウェイ提督に笑顔を浮かべながら答えるピカード艦長。

 

「すでに此方の状況はお分かりだと思いますが」

『ええ、未知の船との会談を持ったと聞いているわ』

 

 双方笑みを浮かべながら会話するがピカードに油断はない――キャスリン・ジェンウェイは連邦域から七万五千光年も離れたデルタ宙域にたった一隻で飛ばされて、孤軍奮闘の後に七十年以上かかる道のりをたった七年で帰還した功績を持って提督へと昇進した相手なのである。

 

「提督、先ほど『ヤマト』との会談は終了しました。詳細は今送った資料を確認していただきたい」

『ええ、届いたわ……並行世界の存在ねぇ。中々興味深い船のようね』

「彼らは自分達の世界から放り出された、言うなれば迷子のような存在です。出来るなら援助したいと思います」

 

 我らながら狡い言い方をしていると思う。突然未知の存在によって七万五千光年の彼方に飛ばされ、多大な犠牲を払いながら帰還したジェンウェイに自身の過去と同じ境遇の存在が居ると伝えたのだから。

 

「彼らは自分達の世界に帰還する為に、平行世界の資料と近隣宙域の星図を求めています」

『ジャン・リック。あなたも判っているでしょうけど、星図は先人達が危険を顧みず己の命を掛けて作成したものよ。おいそれと渡せるものではないわ』

「それは重々承知しております。ですが『ヤマト』は連邦の属するアルファ宇宙域の軍事バランスを崩しかねない存在です。このまま放置しては望ましくない結果を齎しかねません」

『……』

 

 鋭い視線のまま沈黙するジェンウェイ提督。

 

「ならば彼らの帰還に協力したいと考えています」

『気持ちはわかるけど』

「もちろん、此方も条件を出します。彼らが動力源としているシステムのデーターと引き換えにします」

 

 しばらく考え込んでいたジェンウェイ提督だったが、考えをまとまったのか話し出す。

 

『『ヤマト』には航路計画を提出して貰う事と動力機関の資料と引換に、平行世界の資料と周辺宙域の星図を提供する事を認めます』

「ありがとうございますジェンウェイ提督」

『『ボーグ』を撃退したと思ったら新たな厄介事、休む暇がないわね』

「何、まだまだ若いですからね」

 

 双方笑みのまま通信を終えると、ピカードは席を立って艦長室よりブリッジへと入室する。彼に気付いたライカーが視線を向けて来た。

 

「ウィル、許可が降りた。彼らの動力機関の資料と引換に提供することになる」

「妥当ですね」

「それと連絡士官を一名『ヤマト』へ送ろうと思う」

「誰を送りますか?」

 

 ピカードはしばらく考えると、

 

「データー、『ヤマト』へ連絡士官として乗り込んでくれ」

「了解しました艦長」

「データー、せいぜい派手な音を出す鈴になるんだぞ」

 

 了承するデーターに向けてライカーが軽口を叩くが、私に音を鳴らす機能はありません、と真顔で答えられて軽口が不発に終わった。

 

 


 

『ヤマト』中央作戦室

 

 シャトルを見送った古代が中央作戦室へ入室すると既に主要メンバーは揃っていた。全員が揃った事を確認した真田は、『エンタープライズ』からの使者であるライカー副長との会談内容を説明する。

それは俄かには信じがたい物であり、特にデーター少佐の発言についてはクルー達に激しい動揺を与えた。

 

「……平行世界?」

「そんな馬鹿な!?」

 

 島と徳川は信じられず。南部や加藤もまた驚きに言葉を失っていた。

 

「信じられないのは私も同じですが、彼らの言葉を信じるならば彼らは別の道筋を辿った地球人であり、この宙域は彼らの勢力圏内であると言う事です」

 

 真田の報告を聞いて難しい表情を浮かべる沖田艦長。

 彼らの言葉を真に受けるならば銀河系内の星の軌道がズレている件や、自分達の知らない地球製の宇宙船の存在、そして『ヤマト』が銀河系に戻ってしまった事に一応の説明が付く――だが問題なのはそこではない。

 

「例えここが平行世界であろうと、我々のやるべき事は変わらない。それは一刻も早く航路に戻りイスカンダルへ向かう事だ」

 

 そう『ヤマト』の目的はイスカンダルへと赴き、地球環境を改善するコスモリバースシステムを受領して地球に持ち帰る事だ。その為にも諦める事は出来ない。『ヤマト』は何としても地球に帰らなければならないのだ。

 

「艦長。亜空間ネットワークに記載されていた銀河側のゲートへ向かってはどうでしょう? もしかしたらゲートに類する存在がある可能性もありますし、無ければ無いで彼らの話の信憑性が増して此処が平行世界である確証となります」

 

 真田の報告では、彼らエンタープライズが属する惑星連邦には平行世界の情報があると言う。ならばこの宇宙から自分達の宇宙へと帰還する為の助けになる可能性がある。

 

「ではエンタープライズからの返答を待って、『ヤマト』は銀河側ゲートへと向かう。総員準備せよ」

 

 沖田艦長の号令の下、クルーはそれぞれの部署へ向かう……衝撃の事実に一時的な停滞をしていたが『ヤマト』は再び動き出した。

 

 


 

 『ヤマト』第一艦橋

 

 沖田艦長の号令の下、『ヤマト』のクルー達は艦体のチェックを終えて発進準備を整えた――後は『エンタープライズ』からの返答を待つのみである。

 そうしている内に再び『エンタープライズ』から通信が入る。沖田艦長の命令により相原が通信機を操作して天井のパネルに映像を映し出す。『エンタープライズ』のブリッジが映し出されると中央の艦長席に座っているピカード艦長が立ち上がり、モニターへと近づく。

 

「沖田艦長。連邦宇宙艦隊司令部に問合わせた結果、宇宙戦艦『ヤマト』への情報提供の許可がおりました」

「感謝します、ピカード艦長」

「故郷を思う気持ちは理解出来ます。ですが条件が三つ程、余計な混乱を避ける意味でも航路は事前に艦隊司令部に申告する事。そして宇宙艦隊の士官を一人、『ヤマト』に乗り込む事を認める事。最後に貴方がたの動力源関連の資料を頂きたい」

 

 つまり彼らの勢力圏で勝手な行動はするなという事か。しかし『波動エンジン』の資料が欲しいとは、思っている以上に『ヤマト』は危険な状況にあるようだ。だが破格の待遇である事には変わりない。

 

「了解しました、ピカード艦長。そちらの人員を受け入れた後、我々は出発しようと思っております」

 

 その後、『エンタープライズ』から宇宙艦隊司令部と連絡を取る為に乗り込んでくる士官に亜空間通信機を持たす事などが決められる――これは超光速通信と似て時空連続体一部である亜空間を介して通信ネットワークへと接続するシステムである。

 

 『エンタープライズ』からシャトルが発進して『ヤマト』へのアプローチに入る。しばらくして第三格納庫よりシャトル収容の報告を受けた沖田艦長は『エンタープライズ』に通信を送ると、程なくして返答があった。

 

「此方『エンタープライズ』。どうやら無事到着したようですね」

「色々援助して頂き感謝します、ピカード艦長」

「航海の安全を祈っています、沖田艦長」

「ありがとう、では」

 

 通信を切った沖田艦長は第一艦橋に居るクルー達を見回すと、操縦席に座る島へと指示を出す。

 

「取舵反転一二〇度、『ヤマト』発進!」

「取舵反転一二〇度ヨーソロ! エンジン出力全開、『ヤマト』発進します」

 

 島の操作により設置されたスラスターが『ヤマト』の艦体を動かして目的地である銀河側ゲートのある方角へと艦首を向けると波動エンジンの膨大な出力が『ヤマト』の巨体を押し出す。

 

 加速していく『ヤマト』を見届けた『エンタープライズ』もインパルス・エンジンを点火して加速していき、両翼にあるワープ・ナセルが青白い光を放つと一気にワープへと突入した。

 

 




どうも、しがない小説書きのSOULです。
今回、第五話をお送りしました。
元の世界への帰還を果たす為、一抹の希望にすがる『ヤマト」彼らの航海の先に待ち受ける者とは?

では、また近いうちに。


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第六話 恐怖との接触

 西暦2199年5月30日


 

 銀河系外縁部――銀河の外れに位置し近隣の星の数も少ない宇宙空間に歪みが発生して湾曲した空間から『ヤマト』の姿が現れた。ビーメラ4で入手した波動コアに記録された超空間ネットワークにある銀河側ゲートに向けてワープ航法を繰り返して後二日という距離までやって来たのだった。

 

 『エンタープライズ』と別れた『ヤマト』は、銀河側ゲートが位置するという宙域に向けて航行して既に五日が経過しており、クルー達は期待と不安が混じった空気の中で勤務を続けていた。『エンタープライズ』と別れた後、沖田艦長はクルーを舷側展望室に集めて『ヤマト』の置かれた現状に付いて説明したのだ。

 説明を聞いたクルー達に動揺が走ったが、イスカンダルへ向かうべくあらゆる手段を講じると言う鉄の意志を見せた沖田艦長の言葉にクルーの動揺も沈静化したように見えた。それでも艦内では不安を訴えるクルーが続出しており、医士である佐渡を筆頭に各部責任者達はクルー達の不安を払拭する事に苦心していた。

 

 


 

 『ヤマト』艦内談話室

 ワープ航法より復帰した『ヤマト』艦内には今一人の惑星連邦の艦隊士官が乗り込んでいた。『USSエンタープライズE』より派遣された科学士官データー少佐が談話室の席に座っていた。

 

「これがワープ航法ですか、中々興味深い」

「私としては貴方の方が興味深いけどね」

 

 テーブルを挟んで反対側に座る桐生美影は、データーの金色の瞳を見ながら彼から聞いた――自身が超高性能アンドロイド士官であるという事を思い出しながら答える。

 これまでにも地球型の自律機械やガミロイドなど、まるで意思を持っているかのように感じる存在を見てきたが、彼は今までみたどんな存在とも違って自我を持っている事を認められて人工生命体として唯一連邦市民として市民権を持ち、あの大型宇宙船『エンタープライズ』において三番目の指揮権を持つ第二副長の地位であるという。

 

 それというのも彼の頭部に搭載されている『陽電子頭脳』が人間の脳と限りなく近い働きをしているからだと言う。

 

「我々が使用している超光速航法は、艦体周囲に亜空間フィールドを発生させ、通常空間に存在する位置を“ずらす”ことによって光速を超える速度を出す。だが、この『ヤマト』は人為的にワームホールを発生させて実質的に光速を超えるなんて素晴らしい技術だ」

 

 データーが語るにはワームホールを人為的に作り出したのは惑星ベイジョーの住人達が『預言者』と呼ぶ存在だけであり、それ以外では確認されていないという。

 

 自らの知識を淡々と語っていたデーターであったが、反対側の席に座る桐生の憂鬱げな態度に眉を顰める。『ヤマト』艦内に蔓延する重い雰囲気にはデーターも気付いていたが、派遣された連邦士官であるデーターにはあまり出来る事は無い……だが、データーの担当士官である彼女まで物憂げでは会話すら困難になる可能性がある。

 ならばデーターは出来る事をする事にした。

 

「桐生准尉。気分転換に食堂にいかないか?」

「へ? そ、そうですね」

 

 突然の申し出に驚きの声を上げる桐生。まさか落ち込んでいる自分に気を使っているのか、そんな機微まで理解するとは『陽電子頭脳』の高性能っぷりに再度驚いて変な声が出てしまった。

 了承して立ち上がった桐生はデーターと共に艦内中央部にある大食堂へと向かった。

 

 


 

 『ヤマト』艦内大食堂

 

 『ヤマト』艦内の中央部に位置するこの大食堂はクルー達の憩いの場であり、勤務を終えたクルー達が食事を取るだけでなくクルー同士の待合にも使われている。

 

 現在『ヤマト』艦内には重苦しい空気が流れていた。舷側展望室に集まったクルーに告げられた衝撃の事実――大マゼランへ向かう亜空間ゲートに突入したのに、現在『ヤマト』は銀河系空間に出てしまったと言う事。

 

 地球を救うためにガミラスの猛攻を跳ね除けて、ひたすらイスカンダルへの道を突き進んでいたはずなのに、今『ヤマト』は宇宙の迷子になっている。地球が放射能汚染により生存不能となるまで一年も無いのに『ヤマト』は間に合うのか? 誰しもそう考えた。

 

 それでもクルー達が希望を捨てないのは、これまで『ヤマト』を導いてきた沖田艦長に対する信頼と、待っている人達の為にも必ず帰るという思いゆえであった。

 

 大食堂に来て食事を取るクルー達も普段より口数が少なく、淡々と言った表情で食事を取っており、その中には機関長 徳川彦左衛門の姿もあった。交代要員に仕事を引き継いだ後、徳川は遅めの昼食を取るべく大食堂へと足を運んでいたのだった。

 

 完食したトレーからお茶を持つと、徳川はそれを一気に飲む。

熱いお茶が喉を通って徳川は一息付く。人類初の次元波動エンジンを管理する徳川の責任は重大であり、正に『ヤマト』の心臓部を預かる彼の心労は如何程ばかりか。日夜己の業務に精力的に勤しむ徳川といえど、疲労は感じるのである。

 

 そんな徳川であったが、最近は疲労を忘れられる楽しみの一つ出来た。そんな事を考えていると、大食堂入口近くが騒がしくなってきた。騒動の方向へ顔を向けた徳川の瞳に優しい光が灯る。

 

「真琴おねえちゃん、アレ食べたい!」

「ダメよ、ケーキばっかり食べてちゃ。ちゃんとご飯を食べなさい」

「……おねえちゃんのケチ」

 

 衛生士である原田真琴に連れられて大食堂へとやって来たのは、『ヤマト』に迷い込んできた異星人の少女―翡翠だった。二人は備え付けられたO・M・C・Sを操作してお勧め定食を頼むと、トレーを持って空いている席を探す……会話をしながら周囲を見回す二人の姿はまるで姉妹のようであった。

 

 席を探しながら近付いて来る二人――翡翠に徳川は声をかける。

 

「おお、翡翠ちゃん。此処が空いておるぞ」

「こんにちは、徳川のおじいちゃん」

 

 相好を崩して声をかける徳川に気付いた翡翠は元気な声であいさつし、原田も会釈する。徳川に勧められた空席に翡翠が座り、原田もまた翡翠の隣に座った。そうして並んで座っている姿はまるで姉妹の様であり、手のかかる妹の面倒を見る苦労性の姉のようであった。

 お腹が空いていたのか、早速食事を始める翡翠に話かける徳川。話し掛ける徳川の目尻は下がり、どう見ても好々爺である。

 

 異星人の少女を保護したという話は瞬く間に『ヤマト』の艦内に広まり、翻訳機を介さずとも会話が可能な点などから本当に異星人か? という疑問に思う乗組員も居たが、その幼い容姿もあって好意的に受け止められていた……そうでない者も一定数いるが。

 

 徳川彦左衛門――彼もまた地球に家族を残して『ヤマト』に乗り込んでいた。地球で彼の帰りを待っている家族の中には初孫であるアイ子もおり、目の前で美味しそうに定食を食べている幼い異星人の少女を見ていると、どうしても地球に残してきた孫娘を思い出してしまうのであった。

 

 孫娘を思い出しながら翡翠をみていた徳川だったが、少女の後ろから足音を忍ばせながら近付いて来る人影に気付く。それは船務科士官候補生 岬百合亜に憑依しているイスカンダルのユリーシャであった――彼女は翡翠のすぐ後ろに来ると、気付かずに美味しそうに定食を食べている少女を後ろから抱きしめた。

 

「ひゃ! な、なに!?」

「翡翠、どうして食べに来るなら誘ってくれないの?」

「げっ! ユリーシャおねえちゃん!?」

 

 頬を膨らませながらユリーシャは翡翠に向けて恨み言を言う……岬の身体に憑依しているユリーシャだが、その言動は時々幼さを覗かせる。今もその幼さが覗かせており、年下である少女に過剰なスキンシップをしては嫌がられていた。

 

 大食堂へと足を運んだデーターと桐生は、二人が起こす騒動を見て桐生は嘆息し、データーは興味深いものを見たかのように片眉を上げる。

 

 そんな二人のじゃれあいを見ながら徳川のみならず周辺にいるクルー達は、一瞬だけでも艦内に蔓延る重苦しい雰囲気を忘れるのであった。

 

 


 

 『ヤマト』第一艦橋

 

 並行世界かもしれない天の川銀河という未知の宇宙を航行する宇宙戦艦『ヤマト』は、元の世界へ帰還する手掛かりを求めて最後のワープに向けて準備に入っていた。

 

「次のワープで銀河系側ゲートが位置するとされる宙域に到達するはずだ」

 

 副長たる真田の言葉に、人知れず生唾を飲み込む艦橋クルー。

 

「ワープ明け座標軸固定」

「両舷増速、波動エンジン室圧上昇中」

「『ヤマト』順調に加速中」

「秒読み開始します。10、9、8、7、6、5、4、3,2,1、0」

「ワープ!」

 

 宇宙空間を加速する『ヤマト』の前方にワームホールが形成され、『ヤマト』はワームホールへと突入する。『ヤマト』は一瞬で数光年を移動して、目的地である銀河側ゲートが存在するとされる宙域付近へとワープ・アウトする。

 


 

 そこは銀河系外縁部から少し離れた空間だった。ワープより復帰した『ヤマト』の背後には巨大な銀河系を構成する無数の星々が圧倒的な光を発しており、『ヤマト』はビーメラ4で入手した波動コアに残されていた亜空間ネットワーク図に記された銀河側のゲートが有るとされる宙域へと進む。

 

 『ヤマト』は搭載された各種センサーをフル稼働させて周辺宙域を探査するも、これと言った成果はみられない。航路監視席に座っている太田は、各種センサーからの計測結果を見ながら難しい顔をした。

 

「……周辺宙域に亜空間ゲートと見られる反応はなし」

 

 太田の報告に第一艦橋に居るクルー達から失望のため息が聞こえてくる。一刻も早くイスカンダルへと向かわなければならないのに、何故か『ヤマト』は銀河系へと逆戻り……しかも平行世界へと迷い込んだ可能性まであるという。

 

「……何もないのか」

「……じゃあ、俺達帰れないのか」

 

 誰もが絶望感に押しつぶされそうになった時、センサーを監視していた太田が声を上げた。

 

「……長距離センサーに反応! 前方に浮遊物体、距離約50光秒」

「センサーが計測した金属量から考えるに、どうやら人工物のようだ」

 

 センサーからの情報を精細した真田が補足する。

 報告を聞いた沖田艦長は決断する。

 

「両舷推力最大! 前方に存在する浮遊物体を調査する」

 

 沖田艦長の決断を受けて『ヤマト』は前方50光秒先にある未知の浮遊物体へ向けて最大出力を出す。最高速度 光速の90%以上を誇る『ヤマト』は数分も掛けずに50光秒の距離を走破し、件の浮遊物体へと近づく。

 


 

 それは銀河の星の光を受けて鈍く輝いていた――それは一辺が数キロにも及ぶ巨大な立方体をしていた。数キロにも及ぶ立方体の表面には幾何学的な構造物がむき出しになっており、それが未知の技術によって造られた人工物であると物語っているかのようだった。

 

「……これは何だ?」

「どこかの文明が造った物か……もしかして、これは亜空間ゲートの制御システムか!?」

 

 未知の物体を見て困惑する古代と訝しげな表情を浮かべていた島だったが、その可能性に気付いて顔を見合わせる。技術支援席で前方の浮遊物体の情報を調べていた真田は、立ち上がると沖田艦長の方を向く。

 

「副長、意見具申。調査隊を編成し、あの浮遊物体を調査すべきと考えます」

「……許可する」

 

 真田の進言に少し考え込んだ沖田艦長だったが、前方の浮遊物体が何の動きを見せない事から危険は少ないと判断して許可を出す。

 

「了解しました」

 

 沖田艦長の許可を受けて真田は、艦橋にいた古代に声かけると技術科から佐野史彦 宙士長、船務科から通信士である市川純 二士そして保安要員二名を調査隊に指名する。『ヤマト』艦内で準備を終えた真田を隊長とする調査隊は、空間汎用輸送機 コスモシーガルに乗り込むと格納庫より離艦して前方に浮かぶ巨大な物体へと向かった。

 


 

 近付くにつれ浮遊物体の巨大さと異様さが分かる。まるで壁のような物体の表面には剥き出しの配管が無数に張り巡らされて製作途中で放棄されたかのように思える。

 

 浮遊物体の表面を調査していたコスモシーガルは、表面に侵入可能な亀裂を見つけると浮遊物体内部へと進入していく。内部に進入したコスモシーガルが亀裂内部を低速で飛行していると急に亀裂が途切れて大きな空間へと出た。

 

「……何だここは?」

「どうやらホールのようだな。古代、着陸してみよう」

「分かりました」

 

 コスモシーガルを操縦している古代に真田が指示を出す。指示に従い古代がコスモシーガルを降下させて着陸態勢に入る。機体はゆっくりと降下して行き、広い空間のほぼ中央に着陸した。

 

「シーガル着陸完了」

「外部には呼吸可能な空気が存在しています」

「多分、力場か何かで空気が流失するのを防いでいるのだろう」

 

 センサーでシーガルの周辺を監視していた佐野が、生身で活動可能である事を報告すると真田はそう推察した。

 

「では、外に出て調査を開始しよう。私と古代そして佐野と紺野は調査に出る、市川はシーガルに残って待機だ」

「了解」

 

 シーガルのハッチを開いて古代と真田、そして保安部員の二人が浮遊物体の内部に降り立つ。

 

「重力がある」

「……機能の全てが死んでいる訳ではなさそうだ」

 

 ただ漂っているかに見えた浮遊物体だが、全ての機能が停止している訳ではなく、こうして空気は保全され物体内には重力も存在している。それは少なくともコレだけの物を機能させる動力が生きていると言う事だった。

 

 その事実に古代と真田、特に護衛として随伴してきた保安部員の二人の表情が引き締まる。

 

「あそこから中には入れるようだな」

 

 真田が指さす先、そこにはホールの壁に設置されている通路の入口のようであった。警戒しながらも四人は通路の入口へと近づいていく。

 入口付近で警戒しながら古代が通路内を伺うが、どうやら動くものはないようだ。だが通路内は黄色い明かりがついており、ここの動力も死んではいない事が分かる。

 

「注意していきましょう」

 

 保安要員の一人が先頭に立ち、その後ろに古代と真田そして佐野が続いて最後に残りの保安要員が歩く。通路の壁には入り乱れたチューブが走っており、まるで工場の中を歩いているかのような錯覚を感じられる。

 

「……どうやら此処は最低限の動力を残して休眠状態にあるようだ」

 

 端末から得られる情報からそう推察する真田。もしもこの浮遊物体のシステムが全て稼働していたら、この通路の壁に張り巡らされたチューブが熱を持って通路の気温がもっと高くなっている筈である。

 

「……副長! こちらへ」

 

 どうやら先頭に立っていた保安部員が何かを見つけたようだ。彼の呼び声に真田が近付いて行く。そして彼が見ている物に視線を向けると、真田は唸るような声を出した。

 

「副長、どうしたんですか?」

 

 視線を向けたまま動かなくなった真田を訝しんだ古代が近付いて行く。近付いて来た古代に気付いた真田は、視線を一点に向けたまま古代に答える。

 

「見たまえ古代」

「――これは!?」

 

 真田に促された古代が見た物――それは壁に設置された装置に繋がれている異星人の姿だった。黒いプロテクターと用途不明の装置を至る所に貼り付けた全身――特に右腕は途中から金属製のアームへと置き換えられており、顔に相当する部分も半分は金属製の複合カメラらしきものが埋め込まれていた。

 

「どうやら彼がこの物体のクルーのようだ」

「……サイボーグ」

「……測定結果を見ると眠っているだけのようですね」

 

 真田と古代が驚いていると、携帯端末で壁に埋め込まれた異星人の測定数値を見た佐野が報告する。この浮遊物体に入って初めて見た異星人の姿に驚いていると、先頭にいた保安部員が通路の先より重苦しい音をさせながら何かが近づいて来る事に気付いた。

 

「副長! 前方から何かがやって来ます」

 

 携帯していた火器を構えた保安部員は真田に報告する。その場に緊張が走る――全員が武器を抜いて警戒する。そして通路の先から壁に埋め込まれた異星人と同様に全身に機械を埋め込まれた黒いプロテクター姿の異星人が姿を現した。

 

「……発砲は控えるように」

 

 真田からの指示に緊張している古代や保安部員はトリガーに指を掛けるのを外すが、直ぐに対応出来るように歩いて来るプロテクター姿の異星人から目を離さない。

 

 誰もが緊張している中、異星人はまるで古代達の事が見えていないかのように目の前を素通りしていく……素通りしたとはいえ何時引き返してくるか分からず古代達は緊張していたが、異星人の姿が見えなくなって初めて緊張が抜けて脱力する。

 

「ふぅ、何だったんだ」

 

 自分達の事など見えていないかのような反応をする異星人に困惑する古代だったが、その横で考え込んでいた真田はある仮設を立てる。

 

「もしかしたら異星人ではなく、ガミロイドのようにヒューマノイド種族に造られた此処の付属品なのかもしれないな」

「なんでそんな事を?」

「おかしい事であるまい、危険な場所や超長距離探査などに自分達の代用品を送る事は我々も行っている事だ」

 

 古代と真田が議論していたその時、壁に設置された装置に繋がれていた異星人が目を開いて装置から這い出しながら近くに居た保安部員の肩を掴んだ。

 

「――ぐあぁ!」

 

 凄まじい握力で掴まれた保安部員は、異星人押し退けられて通路の床に転がる。あまりの激痛にのたうち回っていた保安部員に駆け寄る真田と古代。ようやく肩の痛みが薄れていったのか、何とか起き上がった保安部員は怒りに任せて携帯式火器を這い出してきた異星人に向ける。

 

「この野郎!」

「よせ!!」

 

 真田の制止も虚しく保安部員は発砲して異星人の身体に命中すると、火花を散らして異星人は倒れる。それを合図にしたかのように通路の先から重苦しい足音が幾つも聞こえてくる。

 

「総員シーガルまで撤退!」

 

 真田の命令に全員が通路を戻ると、その先に先ほど通り過ぎた異星人が立ち塞がり、それを見た保安部員が発砲して異星人を打ち倒した。すると進行方向の壁が開いて中から異星人の姿が現れ、近くにいた保安部員を捕まえると右腕から細いチューブを伸ばして首筋に突きした。

 

「ぎゃああ!?」

 

 突き刺された保安部員が絶叫を上げる。それを見た古代ともう一人の保安部員が助けようとするが、それよりも先に後ろから数人の異星人達が姿を現す。

 

「くそ!」

 

 無事な方の保安部員が発砲するが、今度は異星人の前にシールドが展開されて防がれた事に驚きながらも、再度発砲するが全ての銃弾がシールドに阻まれる。

 

「だめです、銃が効きません!」

 

 保安部員が大声で叫ぶ。すると今まで異星人に捕まっていた保安部員が突然開放されると、古代達に近付いて来る。近付いて来る保安部員の表情はあらゆる感情が抜けており、みるみる皮膚の色が変色して灰色に変わっていく。

 

「……これは」

「……まさか、この物体に入った者を材料にしているのか」

 

 変貌した保安部員の顔の皮膚を裂きながら金属部品が迫り出してくるのをみながら呆然とつぶやく真田。調査隊は絶体絶命の危機に陥っていた。

 

 




 どうも、しがない小説書きのSOULです。
 今回、第六話をお送りしました。
 遂に姿を現したSTAR・TREK世界最大の脅威『ボーグ集合体』が要する
 巨大要塞艦『ボーグ・キューブ」。ヤマトは脅威を撥ね退ける事が出来るのか?

 では、また近いうちに。


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第七話 運命に抗う者達

時は彼らが分かれる時まで遡る。


 『エンタープライズE』ブリッジ


 

 

「航海の安全を祈っています、沖田艦長」

『ありがとう、では』

 

 『エンタープライズ』のブリッジに立つピカード艦長は、表面上はにこやかに笑みを浮かべながら通信を切る。そしてピカードは表情を引き締めると、オプス・コンソールに座る士官に問いかけた。

 

「データーの状況は?」

「データー少佐に変化なし、『ヤマト』艦内を移動中です」

 

 艦隊士官として『ヤマト』に赴任したデーター少佐は、超小型の亜空間発信機を持ち込んでいた。艦隊唯一のアンドロイド士官である彼には、色々と隠すところがあるのだ。今も『エンタープライズ』から『ヤマト』艦内をスキャンしながら担当士官は答える。

 

「さて、どうなりますかね?」

「データーなら上手くやるだろう」

 

 ライカーの言葉にピカードはそう答える。そこにはデーター少佐に対する全福の信頼があった。

 

「キャプテン。『ヤマト』が反転、加速していきます」

 

 戦術ステーションでセンサーを見守っていたウォーフの報告に、ピカードとライカーは視線をメイン・ビューワーへ向ける。そこには後部噴出口より青白い光を発しながら遠ざかる『ヤマト』の姿があった。

 

「中々の加速ですね」

「我々も次の任務に向かおう」

 

 そう言ってピカードは艦長席に座る。彼の周囲には有能で信頼できるクルー達がおり、それぞれの部署で己が責務を精力的に全うしている――彼らが居れば、この先どんな事態を迎えてもきっと任務を果たせるはずだ。

 

「コース1-4-3、マーク63、速度ワープ6」

 

 ピカードの進路指示を受けてコン・コンソールに座るホークが設定を行う。

 

EngagE!(エンゲィジ!)

 

 ピカードの号令の元、『USS・エンタープライズE』はスラスターでその巨体を反転させると、二のワープドライブが光を放って一気にワープ航法へと移行した。

 


 

 

 『エンタープライズE』 艦長室

 

 艦長室のデスクに座るピカードは、机の上のシステムを起動して艦長日誌を録音していた。

 

「艦長日誌 宇宙歴55008.2(西暦2378年7月4日)。ワームホールより現れた並行世界からの来訪者『ヤマト』との衝撃的な出会いの後、我々は次の任務である三十光年先の星系へと向かっている。そこには貴重なダイリチウムの鉱床がある可能性が期待される。ダイリチウム結晶は航宙艦のワープドライブには必要不可欠な物質であり、我々はその埋蔵量がどの程度あるか調査しなければならない」

 

 艦長日誌を記録しながらピカードは、これから向かう恒星系に思いを馳せる――ダイリチウム結晶は惑星連邦の領域でも極めて産出量が少なく、また消耗品である。ダイリチウム結晶は特定条件下で反物質と反応しないという極めて特殊な性質を持ち、収束レンズとして反応炉に設置する事で極めて高密度なワープ・プラズマとして利用する事により高ワープ・スピードを得る事が出来る。

 

 高ワープ・スピードは広大な宇宙を進む深宇宙探査艦には必要不可欠な物であり、ダイリチウムの新鉱床を発見する事は惑星連邦に取って重要な意味を持つ。

 

 これまでに得られた資料を読み解いて探査スケジュールの草案を考えながら艦長日誌を記録したピカードは、喉の渇きを覚えてデスクより立ち上がると備え付けのレプリケーターへと近づいた。

 

「アールグレイ」

 

 ピカードの指示でレプリケーターが分子配列を構成してアールグレイの入ったカップを作り出す。カップを手に取ってその香りを楽しんだピカードは疲れが薄らいでいくような錯覚を感じる。

 

「ご機嫌だな、ジャン・リュック」

 

 突然、誰も居ない筈の艦長室に別の誰かの声が響く……その声が誰の声か分からない訳ではない、分かりたくないだけであった。

 

「何の用だ、『Q』!」

 

 うんざりしたような声ながら視線は鋭く、自分が座っていたデスクを睨み付けるピカード。そこには図々しくもデスクに足を置きながら手の爪の手入れをする壮年の男の姿があった。

 

 彼の名は『Q』。それは彼個人を現す物ではなく彼らの種族の名でもある――彼らは特定の姿を持たず、性別や寿命すらも存在しない高位次元生命体であり、全知全能を自称しており、タチの悪いことに本当に全知全能の力を持つ存在なのである。

 

 その性質は気まぐれで傲慢であり、『エンタープライズE』では彼『Q』が姿を現すと、途方もない迷惑を被るトラブルメーカーとして知られており、ピカード艦長の天敵としても知られている。

 

「親愛なる友人に頼みがあってね」

 

 誰が友人だ、とうんざりしたピカードは目の前の『Q』がまた厄介事を持って来たと肩を落とす。

 

「私は忙しい、とっとと帰ってくれ」

「そうつれない事を言うなよ、ジャン・リュック」

 

 ニヤニヤと厭らしい笑を浮かべた『Q』が指を鳴らすとピカードは光に包まれ、気が付いた時には『エンタープライズE』のブリッジに飛ばされていた。

 

 


 

 『エンタープライズE』ブリッジ

 

「キャプテン!? 」

 

 突然現れたピカードに驚いたのか、ライカーが椅子から立ち上がって驚いた顔を向けている。その後ろでは戦術ステーションに詰めているウォーフがピカードと一緒に現れた『Q』に携帯しているハンド・フェイザーを抜いて向けるが、『Q』が指を鳴らすとウォーフからハンド・フェイザーが消えて戸惑いの表情を浮かべた。

 

「相変わらず躾のなっていないクリンゴン人だ」

 

 『Q』が小馬鹿にしたような笑を向けると、顔色を変えたウォーフが掴みかかろうとするが、それを片手で制すピカード。掴みかかった所でこの自称全知全能を謳う『Q』には何らダメージを与える事は出来ないだろう。

 

 ピカードの傍に立ったライカーが、うんざりしたような表情で『Q』に「何しに来た」と問い問掛ける……彼もまた『Q』の厄介さを、身を持って体験した一人である。

 

「哀れで矮小たる君達を、特別な慈悲を持って手助けをしようと思ってね」

 

 尊大な物言いに視線を鋭くするピカードに『Q』は気安く近付いて耳元で囁く。

 

「『ヤマト』を追え、ピカード」

「……なに?」

 

 その言葉に疑問を持つピカード。『ヤマト』出現の時には『Q』の関与を疑ったが、尊大で目立ちたがりでトラブルメーカーである彼が全く姿を現さないので関与の可能性は低いと考えていた。

 

 ……そして何より『ヤマト』を追うのに『エンタープライズ』を使うなど、今までの彼の手法からは考えにくい――そんな事をしなくても、彼なら指を鳴らすだけで『ヤマト』を消滅させるだろう。トリッキーな胡散臭い口調で相手を煙に巻き、視線を一身に集めてとんでもない手法で場を引っ掻き回す、それが『Q』と呼ばれる彼のやり方の筈だ。

 

「……何を考えている『Q』?」

「何、あの招かれざる客にご退場願おうと思ってね」

「招かれざる客?」

 

 ピカードの問い掛けに怪しげな笑を浮かべながら『Q』は光と共に消えていく……後には戸惑った表情を浮かべたピカード達の姿が残されるのみであった。

 

「『Q』は一体何をしに来たのでしょう?」

「……さあな、『Q』の考えは分からん。だが、一つ分かった事がある」

「何です?」

「『Q』の言葉を信じるならば、『ヤマト』をこの宇宙に招き入れたのは『Q』ではないという事だ」

 

 突然現れて去っていた『Q』の態度に不審な物を感じたのか険しい顔をするライカーに、ピカードは肩を竦めながら答える……『Q』の言葉をそのまま信じる事は出来ないが、姿を現したと言う事は何らかの意味が有るはずだ。

 

「ウィル、『ヤマト』の航路は分かるな?」

「はい。データー少佐の事をもあるので、把握しています」

「ではコース変更、最大ワープで向かう」

「アイ、キャプテン」

 

 ライカーに任せた後、ピカードは進路変更を艦隊司令部に伝えるべく艦長室へと向かう……『Q』が現れた以上、厄介事の匂いがしてピカードは深くため息を付いた。

 

 


 

 『ヤマト』第一艦橋

 

 

 シーガルより浮遊物体内へ入ると報告を受けたが最後、何の報告もない事に気を揉みながら艦橋要員達はシーガルからの報告を待つ。

 

「浮遊物体に変化は?」

「浮遊物体にエネルギー反応は検知できません、変わらず沈黙しています」

 

 沖田艦長の問いに、技術支援席に座った船務長森雪一等宙尉が答える。その時、通信席に座っている相原が困惑した表情で沖田艦長に報告をする。

 

「艦長、惑星連邦のデーター少佐が緊急の報告があると言ってきていますが」

「……繋げ」

 

 一瞬考えた沖田艦長だったが、相原に通信を繋げるよう指示をだす。相原は通信機を操作して艦橋内のスピーカーにデーター少佐からの通信を繋げた。

 

『データーより沖田艦長』

「私だ。どうしたね?」

『現在『ヤマト』は危機的状況にあります。即時撤退を進言します』

「危機的状況?」

『目の前の『キューブ』に近づいてはなりません。速やかに距離を取り。離脱すべきです』

 

 データー少佐の進言に、沖田艦長を始め艦橋に居るクルー達は当惑する。彼は『ヤマト』が危機的な状況にあると言う。どうやらその理由が前方にある浮遊物体――彼が『キューブ』と呼ぶ存在が関係しているらしい。

 

「データー少佐、君はアレが何か知っているのかね」

『アレはあらゆる文明を同化してきた恐るべき種族『ボーグ集合体』が使用する航宙艦『ボーグ・キューブ』です。このままでは『ヤマト』も同化吸収されます』

「……目の前の存在が驚異だという事は分かった。だが現在調査隊が『ボーグ』とかいう船に乗り込んでいる。調査隊を収容し――」

『残念ですが、調査隊のメンバーはすでに同化されているでしょう』

 

 調査隊の帰還を待って離脱するという沖田艦長に、無情な言葉を投げつけるデーター少佐。沖田艦長とデーター少佐のやり取りを聞いていた艦橋のクルーの中で、特に衝撃を受けていたのは森雪であった。しかし状況は彼女に驚いている暇を与えてくれなかった。

 技術支援席の計器が前方の浮遊物体――『ボーグ・キューブ』に動きがあった事を知らせてくる。

 

「前方の浮遊物体のエネルギーが増大!」

 

 沈黙していた『ボーグ・キューブ』に青みがかった光が無数に灯り、完全に稼動状態へと移行した事が伺える。

 

「シーガルに帰還命令をだせ」

 

 沖田艦長の命令に相原が通信機を操作して何度も呼びかけるが、通信が阻害されて連絡を取る事出来ない。焦る相原が呼びかけ続けるが中々繋がらず焦りばかりが募る。

 

 完全に稼動状態となった浮遊物体から緑色の光が『ヤマト』の艦体に降り注ぐ、その緑の光は『ヤマト』の装甲を透過して艦内をくまなく照らし出した。

 

「浮遊物体よりエネルギー波が照射され、装甲を貫通している」

 

 技術支援席に座る森は、浮遊物体から照射される謎のエネルギー波が『ヤマト』の装甲を貫いて艦内にまで届いている事を報告する。謎のエネルギー波は『ヤマト』艦内をくまなく照らしていく。その光は第一艦橋内も照らし、艦内はおろかクルー達の身体をも透過して消えていく。

 

「何だったんだ。今の光は」

「人体に悪い影響は無さそうだったけど」

 

 突然照射された光に戸惑うクルー達。そんな中、相原の操る通信機に前方の浮遊物体から音声通信が届いている事に気付く。

 

「艦長! 前方の浮遊物体から音声通信が入っています」

「繋げ」

 

 沖田の命令で相原が通信機を操作して浮遊物体からの通信をスピーカーに繋げる。誰もが緊張する中、スピーカーより複数の声が混じったかのような耳障りな声が聞こえてくる。

 

『我々は『ボーグ』だ。お前たちの生物的特性と科学技術を同化する、抵抗は無意味だ』

 

 『ヤマト』に一方的な通告を告げた『ボーグ・キューブ』は、ゆっくりと近づいて来る。通告を受けて驚きと戸惑いを感じていたクルー達であったが、『ボーグ・キューブ』の敵対行動に怒りの感情を見せるクルーも複数いた……最初に接触した異星人であるガミラスとは戦争状態になり、救済の手を差し伸べたイスカンダルにはたどり着く道筋が見えない。そしてダメ押しとなったのは今回の銀河系への逆戻りだ。

 

 異星人への不信感と先の見えぬ航海に対する不安が、鬱積した感情となって艦内に蔓延する重苦しい雰囲気となって流れていた。それが『ボーグ・キューブ』の高圧的な勧告によって怒りへと変わっていったのだ。

 

『これより同化する、同化にそなえよ』

「こちらは宇宙戦艦『ヤマト』、こちらに敵対の意思はない」

 

 『ボーグ・キューブ』から再度の勧告が告げられ、沖田艦長は敵対の意思はない事を強調するが何ら返答はない。そして『ボーグ・キューブ』の一点から青い光が『ヤマト』に降り注ぐと、強力な力に固定されたかのように『ヤマト』は身動きが出来なくなる。

 

「浮遊物体より何らかのビームが照射されている」

「舵が効かない!? 各スラスターも効果なし!」

 

 交代要員としてコスモレーダー受信席に座っていた西条未来一等宙曹が『ボーグ・キューブ』からの干渉を報告し、干渉により『ヤマト』の舵が効かなくなった事に驚きの声を上げる島。『ヤマト』艦体に設置されたスラスターが噴射して『ボーグ・キューブ』から逃れようとするが、何かに阻害されて思うように動かない。

 

「森、どうなっている?」

「前方の浮遊物体より大量の重力子が照射されて艦首付近の空間が歪み、艦体に過負荷がかかっています」

 

 技術支援席に付属する各種センサーからの計測情報を解析した森は沖田艦長に報告する。

 

「相原、データー少佐に艦橋に上がるよう伝えろ。彼の経験が必要だ」

「了解」

 

 相原は通信機を操作してデーター少佐に連絡を取り了承を得る。

 程なくして主観エレベーターから桐生に先導されてデーター少佐が第一艦橋に入室する。

 

「参りました」

 

 敬礼するデーター少佐に頷く沖田艦長。

 

「早速だがデーター少佐、前方の浮遊物体――『ボーグ・キューブ』への対処方を教えて欲しい」

「分かりました。『ボーグ』の目的は自分たちを高める物を同化して完全な存在になる事です。出会った宇宙船は最初にスキャンされ、その技術力の程度を解析されます。そして相手が有益であるか脅威であると判断されれば、『ボーグ』は船を解体して取り込むかドローンを送り込んで同化します」

「交渉の余地は?」

「ありません、彼らの目的は文化や技術そのものです」

 

 データー少佐より『ボーグ』という種族の特性――自らを高める為に優れた文化や技術を取り込むというもの。それはあらゆる種族が行っている物であり、それ自体は咎められる事ではないと思う。だが、『ボーグ』のそれは同化という作業によってなされる物であり、そこには相手側の都合は考慮されていない。そんな事は断じて受け入れられない。

 

「……しかたない、全艦戦闘配置!」

「了解! 全艦戦闘配置、全砲門開け!」

「主砲にエネルギー伝達、魚雷発射管一番から六番まで装填」

 

 沖田艦長の決断を受けて『ヤマト』は戦闘態勢に入る。戦闘指揮席に座った南部が戦闘態勢への移行を支持し、砲雷撃管制席に座った北野哲也宙士長が各砲座に指示を送る。

 

「目標『ボーグ・キューブ』上面エネルギー照射部分」

「主砲照準合わせ、仰角調整プラス30――発射準備完了」

 

 沖田艦長の指示で『ヤマト』前方甲板に設置された1番・2番主砲が砲塔を上げて狙いを定める。

 

「撃て」

「撃ち方始め!」

 

 攻撃命令が下り、波動エンジンからエネルギー供給を受けた『ヤマト』の主砲『陽電子衝撃砲』から青白い光が発射されて漆黒の宇宙を照しながら突き進み、『ボーグ・キューブ』の上部構造に存在する『ヤマト』を押し留めるエネルギー照射部分に突き刺さるが、命中する寸前に何らかの障壁に阻まれる。

 

「主砲効果なし! 何らかのシールドに阻まれる」

「かまうな! 撃て!」

 

 障壁に阻まれた事に同様する『ヤマト』クルーだったが、再度の攻撃命令に主砲のみならず『ヤマト』艦橋後部に設置された煙突型の8連装ミサイル発射管からもミサイルが発射されて『ボーグ・キューブ』に襲いかかる。

 『ヤマト』からの集中攻撃に強固な『ボーグ』・シールドも許容範囲を超えたのか、陽電子衝撃砲の一撃がシールドを突破して『ヤマト』を固定しているエネルギー照射部分を貫いて破壊した事により艦体を固定している青いエネルギー波が停止して、『ヤマト』は自由を取り戻す。

 

「沖田艦長、『ヤマト』の攻撃がシールドを突破しても、『ボーグ』は直ぐにシールドを調整して攻撃が効かなくなります。直ちに撤退を」

「いや、まだだ。波動防壁展開! 陸戦隊を編成、このままシーガルが入った亀裂へ突入する」

 

 『ボーグ』との戦闘経験から撤退を提案するデーター少佐に、沖田艦長は否と返す。沖田艦長は次元波動理論の応用である『ヤマト』の防御システムである次元波動振幅防御壁―通称『波動防壁』を展開すると、コスモシーガルが進入した『ボーグ・キューブ』の艦体表面の亀裂に突入を指示する。

 

「両舷全速! 『ヤマト』正面の亀裂に向けて最大船速!」

 

 沖田艦長に指示を受けて『ヤマト』を操舵する島が、『ボーグ・キューブ』表面にある亀裂へ向けて最大船速で突入しようとするが、その前に『ボーグ・キューブ』表面より再び複数の青い光が照射されて、動き出した『ヤマト』の艦体をその場に固定して艦内に衝撃が走る。

 

「――何だ!?」

「――『ボーグ・キューブ』表面より再びエネルギー波が照射されて『ヤマト』を固定している」

 

 衝撃耐えながら事態を把握しようとするクルーに、森の報告が伝えられる。そこにデーター少佐の補足が入る。

 

「『ボーグ・キューブ』は重要な機関を艦体に複数配置しており艦体の70パーセント以上を破壊されないかぎりその機能に問題はなく、また自己修復機能も確認されています」

 

「こうなったら『波動砲』を使いましょう!」

「何を言っている、アソコにはまだ古代達がいるんだぞ!?」

「じゃあ! どうしろって言うんだよ!?」

 

 どうにもならない状況に南部が苦し紛れに波動砲の使用を訴えるが、島に『ボーグ・キューブ』内に居る古代達の事を指摘され戦術指揮席のコンソールを叩く。『ヤマト』をトラクタービームで固定した『ボーグ・キューブ』は白いビームを発射して『ヤマト』の艦体に襲いかかった。

 『ボーグ・キューブ』より放たれた白いビームは、『ヤマト』を守る『波動防壁』と接触すると『波動防壁』に凄まじい負荷を与えて抵抗する『波動防壁』のパワーがどんどん減退していった。

 

「『ボーグ・キューブ』より新たなエネルギー波が放出される」

「波動防壁に過負荷が掛かっています、このままでは突破されます!」

「全火力を持って『ヤマト』を固定しているエネルギー照射機を破壊せよ!」

 

 沖田艦長の号令により『ヤマト』に搭載されている全兵装が稼働して『ボーグ・キューブ』から照射される青い光を止めようとするが、今度は陽電子衝撃砲やミサイルの攻撃を受けても『ボーグ・キューブ』のシールドは突破される事はなかった。

 

「……もう対応されたか」

 

 『ヤマト』の攻撃にビクともしない『ボーグ・キューブ』の姿に、攻撃に対応された事を悟ったデーター少佐は呟く。『ボーグ』は攻撃を受けるとその特性を解析してシールド調整をして無効化する為、数回しか攻撃が通用しない。

 

 有効な反撃が出来ない『ヤマト』に向けて『ボーグ・キューブ』より白いビームが複数照射されて『ヤマト』を守る波動防壁に多大な負荷が掛かる。

 

「――波動防壁40パーセントにダウン、このままでは突破されます!」

 

 悲鳴のような声で報告する太田。艦体は固定され身動きも出来ず、攻撃すらも通用しない危機的な状況に『ヤマト』第一艦橋にいる乗組員達の間に絶望感が押し寄せる……どうにもできない状況だが、何か打開策がないかと必死に考えている乗組員達。

 そして波動防壁が負荷に耐え切れず、ついに消失して白いビームが『ヤマト』の装甲に到達した。

 

「波動防壁消失! 敵ビームが『ヤマト』艦体に到達!」

 

 『ボーグ』より放たれたビームは『ヤマト』の装甲を切断していく。

 

「艦体に亀裂発生! 広がりを見せています」

「隔壁閉鎖、艦体外縁部に居る乗組員はすぐに艦体中央部へ避難せよ!」

 

 技術支援席に座る森より報告を受けた沖田艦長は、艦体外縁部に居る乗組員に退避命令を出す。その間も『ボーグ』より放射されたビームは『ヤマト』の艦体を切り裂いていく――『ボーグ』の攻撃から逃れようと『ヤマト』艦体を切り裂くビームの発射口に向けて攻撃を続けているが『ボーグ』のシールドを突破する事が出来ずにいた。

 

 攻撃は届かず艦体を固定する重力子の発生源を止める事も出来ずに、『ヤマト』の艦体にダメージが蓄積していく……もはや万事休すかと思われたその時、コスモレーダー受信席に座る西条がレーダーに変化があることに気付いた。

 

「――レーダーに感! 後方より船が急速に此方に近付く……これは『エンタープライズ』です!」

 




どうも、しがない小説書きのSOULです。
今回、第七話をお送りしました。
猛威を振るう『ボーグ・キューブ』。相手は悪名高き『ボーグ集合体」はたして、ヤマトとエンタープライズの連合軍は勝てるのか?

では、また近いうちに。


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第八話 共同戦線

2378年7月10日

 

 漆黒の宇宙を切り裂いて最大ワープで進む『エンタープライズE』は、『ヤマト』から提出された航路計画に基づき銀河系外縁部へと向かっており、ブリッジでは副長ライカー指揮の下に周辺宙域に異常が無いかセンサーで調べながら『ヤマト』の後を追っていた。

 

 そして艦長室に篭るピカードは、これまでの事を艦長日誌に記録していた。

 

「艦長日誌補足現 宇宙歴54991.7。現在『エンタープライズ』は『ヤマト』から提出された航路計画に基づき航行している。彼らが何を思って銀河辺境へ向かったのかは謎だが、『Q』が絡んでいる以上はただならぬ事態になる可能性が高い。早急な事態の把握をせねばならない」

 

 艦長日誌を記録し終えたピカードは、備え付けられたレプリケーターを操作してアールグレイを作ってデスクへと戻る。椅子に座ると紅茶を一口飲んで目を閉じる……思い出すのは『Q』が関わった事件のアレコレである。どれも厄介な事には変わりなかったが、最大の厄介事といえば『ボーグ』との接触だろう――『エンタープライズE』の前身D型艦が『ボーグ』と接触してから多くの犠牲者が出た。

 

 『ヤマト』の出現と『Q』の来訪、それが何を意味するのかは分からない……だが、『エンタープライズE』の艦長としてクルーの安全は守らなければならない。

 

 決意を新たにするピカードの耳にブリッジからのコール音が聞こえてくる、気付いたピカードは机の上の通信システムを起動した。

 

「どうした?」

『長距離センサーが『ヤマト』を捉えました』

「すぐ行く」

 

 そう答えて席を立ったピカードは艦長室からブリッジへと向かう。ブリッジに入室したピカードに気付いたライカーが、視線を向けてくる……どうやらあまり良くない状況のようだ。

 長年の付き合いからそう読み取るピカード。

 

「報告せよ」

「長距離センサーが3光年先で『ヤマト』を補足しましたが、付近にもう一隻の船を捉えました――『ボーグ』です」

 

 ここに来て『ボーグ』か、ライカーからの報告に苦い顔を浮かべるピカード。

 

「状況は?」

「すでに戦闘状態に入っているようです」

RED ALERT!(非常警報!) 全艦戦闘配置!」

「アイ・キャプテン。フェイザー砲用意、光子魚雷そして量子魚雷も装填しろ」

 

 『ヤマト』が同化されたら『ボーグ』に動力源のノウハウも渡ってしまう。それは何としても阻止しなければならない。ピカードの号令に『エンタープライズE』は搭載された全武装を起動する。

 

 『エンタープライズE』の船体の張り巡らされた、タイプ12の高出力フェイザー・アレイが起動し、物質反物質反応を利用した光子魚雷と共に最新鋭の量子魚雷が装填される――これはゼロポイントフィールドからのエネルギーを利用した強力な兵器である。ピカードの号令の下、戦闘態勢を整えた『エンタープライズE』はワープを解除して通常空間へと躍り出る。

 

「どうやら『ヤマト』は『ボーグ・キューブ』からのトラクタービームに捕まっているようです」

「トラクタービームの照射口へ向けて攻撃を集中させろ!」

 

 『ボーグ・キューブ』より青い光が照射されて『ヤマト』を固定している事を見て取ったライカーに攻撃を指示するピカード。

 

 『エンタープライズE』第一船体上面に備えられたフェイザー・アレイより位相変換型エネルギー兵器『フェイザー』が『ボーグ・キューブ』へ向けて照射される。その一撃は『ボーグシールド』を突破する事はなかったが、速射性に優れたフェイザーが立て続けに照射されてシールドが弱体化する。

 

「シールドが弱まっています」

「光子魚雷発射!」

 

 第一船体下部から光子魚雷が複数発射されて弱まった『ボーグ・シールド』を破壊して、『ヤマト』を捉えるトラクタービームの照射口の一つを停止させ、それにより多少の自由を取り戻した『ヤマト』より放たれた三連装の陽電子衝撃砲の集中砲火を喰らってビーム発射口は爆発四散した。

 

 そんな中、艦長席に座って艦を指揮していたピカードへ、オプス・コンソールに座る士官より『ヤマト』に乗り込んでいるデーター少佐から音声通信が入った事を伝えられた。

 

「分かった。流してくれ」

 

 


 

 宇宙戦艦『ヤマト』第一艦橋

 

「――レーダーに感! 後方より船が急速に此方に近付く……これは『エンタープライズ』です!」

 

 驚きの声をあげながらも報告する西条、かなり前に別れたはずの惑星連邦所属の航宙艦『エンタープライズ』が、何故この宙域に来たのか? 連邦艦隊司令部に航路を提出してあるとはいえ、このタイミングで連邦の航宙艦が――しかも『エンタープライズ』がこの宙域に現れたのか疑問が尽きない『ヤマト』の乗組員達であったが、事態は彼らを待ってはくれない。

 

 漆黒の宇宙にワープ明けの光と共に出現した惑星連邦所属『USSエンタープライズE』は、第一艦体後部に設置されたインパルス・エンジンを全開にすると『ヤマト』後方から急速に近づいて、『ボーグ・キューブ』のトラクタービーム照射器へ向けて搭載されている位相変換型エネルギー兵器『フェイザー砲』を発射する。

 

 本来、対象物を原子未満のレベルに破壊する兵器であるが、『ボーグ・キューブ』のシールド』を突破する事は出来ない。だが速射性に優れているフェイザー砲が『ボーグ・シールドへ集中攻撃を加えると、さしもの『ボーグ・シールド』に負荷が掛かってシールド自体が波打つ。

 

 弱まったシールドへ向けて『エンタープライズ』の第一艦体下部に設けられた魚雷発射管より複数の光子魚雷が射出される。眩い光を纏いながら突き進む光子魚雷は、『ボーグ・キューブ』の至近距離まで来ると、正・反物質の入った数千のパケットを周囲にバラまいた。それらはシールドに接触する寸前に対消滅を起こして、シールドに過負荷を与えて崩壊へと導く――そこへ間髪入れずに再度フェイザーが発射されてトラクタービーム照射器を破壊し、艦体を固定するトラクタービームの一つが消えて若干の自由を取り戻した『ヤマト』。

 

「今だ、畳み掛けろ!」

 

 自由を取り戻した『ヤマト』の第一艦橋で沖田艦長が攻撃を指示し、南部が『ヤマト』に向けられている残りの白いエネルギー波の照射器へ向けて陽電子衝撃砲を発射する――『ヤマト』より発射された陽電子衝撃砲は、『エンタープライズ』の攻撃により弱まったシールドを容易く突破して照射機を破壊した。

 

「よし!」

 

 先ほどまでの鬱積した雰囲気を吹き飛ばして、南部がガッツボースを掲げる。するとデーター少佐が『ヤマト』クルー達に一言断りを入れると、胸元に付けられた惑星連邦のエンブレムを模したバッチに触れて起動する。

 

「データーより『エンタープライズ』」

『こちら『エンタープライズ』。どうしたデーター?』

 

 携帯式通信機であるバッチを起動して『エンタープライズ』と連絡を取るデーター少佐。通信機は即座に反応し、ライカー副長の声が帰ってくる。その姿に側にいた桐生が目を丸くする。

 

「現在、『ボーグ・キューブ』内に『ヤマト』のクルーが取り残されています。救助をお願いします」

『了解。キャプテン、データーより救助要請です』

『分かった、ラ=フォージ』

『お待ちを、『ボーグ・キューブ』内に地球人の反応をキャッチ。転送収容完了』

『データー、ピカードだ。『ヤマト』のクルーを収容した』

「データー了解」

 

 通信を行っているデーター少佐を第一艦橋内に居る乗組員達が注目している。今も『エンタープライズ』は『ボーグ・キューブ』からの攻撃を回避しながら反撃を行っており、その間に『ボーグ・キューブ』から調査隊を救助したという……一体どうやって? 疑問に思う乗組員達を代表する形で桐生がデーター少佐に問い掛ける。

 

「データー少佐、今のは?」

「連邦の航宙艦には転送システムが標準装備されている。それを使用した救助を『エンタープライズ』に要請したんだ」

 

 データー少佐の返答に驚きの表情を浮かべる桐生。それは他のクルー達も同様で、中には唖然とした表情を浮かべる者もいた。

 そんな中、通信士の相原が『エンタープライズ』からの通信が入っている事を告げる。沖田艦長がパネルに投影するよう指示すると、天井のパネルに『エンタープライズ』のブリッジが映し出されて中央に立つピカード艦長が話し出した。

 

『沖田艦長、『ボーグ・キューブ』内にいた『ヤマト』クルーは救助した。しかし長距離センサーが此方に向かってくる新たな『ボーグ』艦を探知している』

 

 ピカード艦長の言葉に『ヤマト』の乗組員達に緊張が走る。ただ一隻の『ボーグ・キューブ』にここまで手こずっているのに、援軍がやって来ると言うのだ。

 

『方位1-2-1マーク8にガス雲があり、そこはセンサーを阻害する物質が含まれている。そこへ向かいましょう』

「……わかりました。島、反転一二一度上下角プラス8に向け発進」

「了解、反転面舵一二一度プラス8に向け第一船速」

 

 『ボーグ・キューブ』に反撃しながら『ヤマト』はスラスターを使用して艦を反転させると、波動エンジンの出力を上げて戦闘宙域から離脱を計り、『エンタープライズ』もそれに追従する。

 

 離脱する二隻を追撃しようとする『ボーグ・キューブ』だったが、『ヤマト』と『エンタープライズ』より攻撃が加えられてその行動が少し鈍り、その短い時間を有効に使って『ボーグ・キューブ』より距離を取る二隻。

 

 シールドを調整して二隻からの攻撃を防ぎながら『ボーグ・キューブ』は追撃を開始するが、『エンタープライズ』からの攻撃はフェイザー砲の粒子周波数をランダムに変えて『ボーグ』に対応する隙を与えず、『ヤマト』からの攻撃はその圧倒的な破壊力で弱っている『ボーグ・シールド』を貫いて『ボーグ』の艦体にダメージを与えていた。

 

 『ボーグ・キューブ』が対応に苦慮している間に『ヤマト』と『エンタープライズ』はガス雲へと突入してその姿を消し、ガス雲の構成物質がセンサーを阻害して『ボーグ・キューブ』は二隻を探知出来なかった。

 

 


 

『ヤマト』第一艦橋

 

「『ボーグ・キューブ』の様子はどうだ?」

「ガス雲に侵入してくる気配はありません」

 

 『ボーグ・キューブ』の動向を気にする沖田艦長に報告する西条。

 その報告を聞いて第一艦橋にいるクルー達から安堵のため息が漏れる。今まで経験した戦闘で攻撃の効かない相手は居たが、攻撃が効いても再生する相手との戦闘は初めてであり、クルー達も気付かない内にストレスに感じていたようである。

 弛緩した空気を感じた沖田艦長が引き締めようとした時、『エンタープライズ』から通信が入る――ガス雲の中でも短距離ならば可能のようだ。天井パネルにピカード艦長の顔が映る。

 

『『ボーグ・キューブ』はガス雲の手前で止まっているようです。どうやら一息付けそうですな』

「救援感謝します、ピカード艦長」

『間に合って良かった。こちらで救助した『ヤマト』のクルーは二名が『ボーグ』に同化されている為に切除手術を、他の者は念の為に医務室で検査しています』

「調査隊のクルーと話せますか?」

 

 沖田艦長の申し出にピカード艦長は艦長席のシステムを操作して何処か―恐らく医務室へと連絡すると少し話して沖田艦長に顔を向けた。

 

『検査の結果は問題ないようです。では通信を回します』

「重ね重ね感謝します」

 

 天井のパネルの映像が変わり、白を基調とした部屋の中に真田の顔が映し出される。見た目に負傷らしきものは見受けられないが、表情に疲労の色が見受けられる。

 

「無事か、真田くん」

『はい、艦長。真田以下古代、佐野、市川の四名は無傷ですが、他の二名は『ボーグ』に同化されて現在除去手術を受けています』

「……そうか」

 

 調査隊の半分近くが犠牲になるとは、損害の大きさに報告を受けた沖田艦長の表情も曇る。『エンタープライズ』の医療技術がどれほどの水準かは分からないが、暫くは任務に復帰は出来ないだろう。

 

『申し訳ありません、艦長。全ては危険を予測出来なかった自分の責任です』

「そう自分を責めるな、真田くん。『ボーグ』があれほど危険な種族だとは誰にも分からなかったよ。そういえば真田くん、医務室で検査を受けていると聞いたが?」

『はい、『ボーグ』と接触した際にはナノプローブが混入していないか検査を受けるそうで、四名とも『ナノプローブ』の混入は認められないとの事ですが、同化されてしまった者は埋め込まれた機械の切除と遺伝子治療を受けなければならないようです』

「そうか、ご苦労だったな」

『検査終了後に『ヤマト』へと帰還致します』

「わかった」

 

 そこで映像が『エンタープライズ』のブリッジへと切り替わり、ピカード艦長より調査隊のメンバーが受けている検査について説明があった――それによると『ボーグ』が相手を同化する際、『ボーグ・ドローン』と呼ばれる犠牲者達が同化目標の種族の船や星へと送り込まれて襲いかかってくる。彼らは『ボーグ』により無理矢理サイボーグ化された者達で、尖兵として送り込まれた彼らは同化相手の首筋に同化チューブで『ナノプローブ』を注入する。そして注入された『ナノプローブ』は標的の血球に対して攻撃を加え、その影響で皮膚は灰色に変色するのだ。そして、それから徐々に体全体が蝕まれ、内部で作られた機械たちが皮膚を食い破って姿を現して『ドローン』として必要な機能を構築していく。

 

 そんな外見の変化と同時に、構築した機械により集合意識へと接続されて、個々の自我は消されて新たな犠牲者――『ボーグ・ドローン』となると言う。

 それは殺人よりも非道で、個人の尊厳を陵辱する悪辣な行為であり、故に『ボーグ』とはけっして相容れぬ存在であり、その存在は純粋な悪である、と締め括った。

 

 険しい表情で語るピカード艦長の姿に『ヤマト』の乗組員達が戸惑いを覚え、それに気付いたピカード艦長は咳払いを一つして感情的になった己を恥じているようであった。

 

『機械部分の除去手術を行ったクルーは安静と暫く経過観察が必要ですが、接触が無かった四名は検査が終了次第にシャトルで送ります。その際にライカー副長も同行させますので、今後の事を協議しましょう』

「分かりました」

 

 艦長の提案を了承する沖田艦長。驚異は未だ存在し、さらには『ボーグ』の援軍も来るという。状況はかなり悪いが希望もある――今『ヤマト』の傍には心強い味方、『エンタープライズ」が居る。

 

 遠く故郷を離れて未知の平行世界に迷い込んでしまった『ヤマト』にとって、自分達を救出しに来てくれた彼らの存在はどれほどの救いになったか……ガミラスから地球を救う為にたった一隻で旅立った『ヤマト』、その航海は苦難の連続であった。圧倒的な物量を持って襲いかかるガミラス艦隊の猛攻、孤軍奮闘しながらも蓄積していくダメージ。

 地球を救うと言う目的の下、往復三十三万六千光年をわずか一年とう短期間で走破しなければならないと言う焦燥、思うようにいかない航海への苛立ち、襲い来るガミラスへのストレス、それらが艦内に蔓延る重い雰囲気となって『ヤマト』のクルーを蝕んでいた。

 

 だが、それも共に戦う『エンタープライズ』の存在によって幾分和らいでいたのだ。

 

「まずは艦体のダメージチェック、そして『ボーグ』に対する有効な反撃方法の確立をするように。真田くん達がエンタープライズから帰還したら上級士官は中央作戦室に集合、ブリーフィンを行う」

 

 艦橋要員に指示した後、沖田艦長はリフトを操作して艦長室へと登っていく。ガス雲の外には『ボーグ・キューブ』が健在であり、驚異は未だ去ってはいない。『ヤマト』のクルーは己がすべき事をするべく動き出した。

 




どうも、しがない小説書きのSOULです。
今回、第八話をお送りしました。

『ボーグ」の魔の手に必死で抗うヤマトとエンタープライズーーだが、アルファ宇宙域に史上初二隻目の『キューブ』が到来する。
ヤマトとエンタープライズに勝ち目があるのか? そしてついに沖田艦長は決断する。

では、また近いうちに。


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第九話 奇策

 『ボーグ・キューブ』から逃れる為に『ヤマト』とエンタープライズがガス雲に身を潜めて暫く経った頃、医務室で検査を終えた古代達は『ヤマト』への帰還を認められたが、転送システムの使用はガス雲からの干渉により見送られることとなり、代わりにシャトルにより『ヤマト』へ向かう事となった。

 

 シャトルにはライカー副長とカウンセラーのディアナ・トロイそして護衛としてウォーフの三名が乗り込んでおり、『ヤマト』首脳陣と『ボーグ』に対する事案を協議する為に『ヤマト』に向かっていた。

 

 シャトルの操縦をウォーフに任せてライカーは、後部座席に座る真田と古代そして市川の様子を伺う。真田は上手く隠しているようだが、古代と市川は疲労の色が見える。

 

「……疲れているようだな」

 

 ライカー―の気遣いに、考え込んでいた古代が顔を上げる。暫くは口を開けようとしては閉じるような仕草をしていた彼だったが、意を決したように話し出した。

 

「……自分達が戦ってきたガミラスからは敵意と言うか、相手の攻撃の意図が読み取れる事も有るのですが、あの『ボーグ』とかいう異星人からは意思と言うものがまったく感じられなかった、まるで作業しているかのように、それが堪らなく不気味だった」

 

 古代の話を聞いたライカー―は、苦笑を浮かべる。

 

「『ボーグ』は我々惑星連邦の最大の脅威だからな。彼らは有益だと判断した種族を無慈悲に同化する、個人の尊厳などお構いなしに機械的にな」

「宇宙には、あんな異星人が他に居るんですか?」

 

 問い掛ける古代に、ライカー―は暫く思案した後に答える。

 

「そうだな。確かに危険な種族も居るが、友好的な種族もいるかもしれない――我々は、まだ出会っていない未知の世界を知る為に宇宙を探索しているんだ」

 

 ライカー―の話を聞いた古代は何か言いたそうにしていたが、結局言葉に出来ずに再び何かを考えこんでしまう。そんな古代の姿に小さく肩を竦めたライカー―は前を向く……すると隣に座っていたカウンセラーのトロイが小声で話し掛けてくる。

 

「随分、彼の事を気にしているのね」

「……昔の自分を見ているようでね」

 

 ライカー―の知る古代の経歴は若くして『ヤマト』の戦術長になり、その任務を全うしようとする姿勢は好感が持てるが、ローティーンの頃から異星国家ガミラスと戦争になった影響からか軍人としての気質が前面に出ているように感じられる。

 

 惑星連邦宇宙艦隊に入隊したライカーは、若かりし頃は上昇傾向の強い士官であったが、様々な任務を通して成長した彼はソヴェリン級の副長としてクルーの厚い信頼を受ける士官となった。

 

「難しいかもしれないが、彼には戦争だけでなく様々な経験をして良い士官になってほしいと思う」

「その為に助言をすると? 貴方の悪い癖まで教えないでね」

 

 茶目っ気たっぷりにウィンクするディアナに、肩を竦める事で答えるライカー。そうしている内に『ヤマト』の艦体が近づいて来た。

 

「副長、着艦態勢に入ります」

「分かった」

 

 ウォーフの操縦するシャトルがゆっくりと『ヤマト』の艦体下部へと近付いて行くと、第三格納庫が開いてシャトルを艦内へと招き入れる。気密が保たれるとシャトルのハッチが開いて中から真田と古代そして市川が姿を現す。

 

「古代くん!」

 

 無理矢理出迎え要員に志願した森雪がタラップを渡ってくる古代に抱き着いて無事を喜ぶ。そんな若いカップルを微笑ましそうに見ながらライカーとトロイがウォーフを連れてやって来る。

 微笑ましそうに見られている事に気付いた二人が顔を赤らめながら離れ、そんな二人に変わって連絡要員として『ヤマト』に乗り込んでいたデーターが三人を出迎える。

 

「お待ちしていました副長」

「変わり無いかデーター?」

「問題ありません」

 

 データーより『ヤマト』の作戦会議に出席して欲しいとの要望を聞いたライカー達は、データーに同行していた桐生の案内で中央エレベーターホールに到着したライカー達は遅れてきた真田と古代そして森の三名と共に基幹エレベーターに乗り込んで中央作戦室へと向かう。

 

 中央作戦室のある階層に着いたエレベーターから降りた一行は、通路を歩いて目的地へと向かうが、前方の通路から騒々しい声が近づいて来る事に気付いた。

 

「何だ、一体?」

 

 訝しげな表情を浮かべる古代達に向けて騒々しい賑わいが近づいて来る……どうやら先頭を走るのは小さな人影のようだ。

 

「あれって、もしかして」

「翡翠ちゃん?」

 

 驚いた声を上げる森、こちらに近づいて来るのは『ヤマト』に救助された異星人の少女翡翠と、それを追い掛ける衛生士の原田だった。

 

「こらぁ! 待ちなさい、翡翠!」

「きゃはは、嫌っだよ!」

「怒らないから止まりなさい!」

「そう言ってホントは怒るくせに」

 

 捕まえようと伸ばした手を巧みに避けて逃げてくる翡翠を、般若の表情で追い掛ける原田真琴……一体何をしたらあんなに怒らせる事が出来るのだろう。

 通路の端では追いかけっこの邪魔にならないよう身を寄せた乗組員達が、がんばれよ翡翠ちゃん、捕まんなよ、などと気軽に声をかけている……恐らくもう何週目かなのだろう。

 

 そうしている内に古代達の傍まで来た翡翠だったが、原田から逃れる為によそ見をしていたのが災いして一行の中でも体格の良いライカーにぶつかってしまう。

 

「ふぎゃ!?」

「おっと、大丈夫かな? 小さなお嬢さん」

 

 鼻を抑えて踞る翡翠を抱き上げるライカー、そして鼻以外の場所を痛がっていない事を確認してから通路に下ろす。

 

「危ないから通路は走ってはいけないよ」

「……ごめんなさい」

 

 ウィンクしながら諭すライカーに素直に謝る翡翠だったが、その頭を後ろから手が伸びて“ガジッ!”と音がしたかのように鷲掴みにする。

 

「そうねぇ、通路を走っちゃ危ないわよね」

「げっ、真琴おねえちゃん!? いたったたたたた!?」

「さあ、アッチで話しましょうか、ゆっくりとね?」

 

 片手で翡翠の頭を鷲掴みにして良い笑顔浮かべた原田は、ほほほと笑いながら翡翠を引きずって行く……ごめんなさい真琴おねえちゃん! 悲痛な翡翠の声が遠ざかっていった。

 

「中々元気なお嬢さんだね」

 

 あごヒゲを撫でながら感心したようなライカーに、古代は笑ってごまかす。思わぬ道草を食った一行だったが中央作戦室への道を急ぎ、数分もしない内に中央作戦室への扉の前に到着した。

 

 真田と古代そして森の三名が先に中央作戦室へと入り、作戦室内で待っていた沖田艦長に真田と古代が帰還の報告をする。そして桐生に連れられてデーターを先頭にライカー達三名が作戦室に入室してきた。ライカー達三人は作戦室の奥に居る沖田艦長の前まで来ると敬礼する。

 

「USS『エンタープライズ』の副長ウィリアム・T・ライカー中佐です。此方はカウンセラーのディアナ・トロイ中佐と戦術士官ウォーフ少佐です」

「ようこそ『ヤマト』へ、貴官らには『ボーグ』との戦いに向けてアドバイスを貰いたい」

「微力を尽くします」

 

 短く答えた後にライカー達は並んでいるデーターの側に並び、彼からこの作戦室に集まっている面々の情報を伝えられる。

 

「では始めよう。真田くん、『ボーグ・キューブ』に付いて分かっている事を報告してくれ」

「はい、まずはシーガルで計測した結果ですが『ボーグ・キューブ』は一辺三キロの立方体の形をした艦体を持っています。そしてその表面ですが何者かとの戦闘の後が見受けられ、所々に爆発の後や亀裂が入った場所などがありました」

 

 真田はコンピューターを操作して、『ヤマト』で計測した『ボーグ・キューブ』の立体映像を映し出して説明する。映し出された『ボーグ・キューブ』には表面の所々に戦闘の後と思われる痕跡があった。

 

「その時点ではシールドは展開されておらず、我々は『ボーグ・キューブ』内へと進入して内部の調査を開始しました」

 

 即興で作ったモデルを表示しながら説明を続ける真田。

 

「内部は気密が保たれており、我々はシーガルから降りて内部の調査を開始しましたが、内部で生体端末と思われるモノと出会い交戦状態になりました」

「真田副長が言われた生体端末ですが、我々は『ボーグ・ドローン』と呼んでいます。彼らは『ボーグ』によって同化された種族の成れの果てであり、集合意識に繋がれた彼らに個人という概念はありません」

 

 ライカーが発言の補足を入れる……『ボーグ』によって同化された者は集合意識に繋がれて自我と言う物を失い、『ボーグ』と言う巨大なシステムを構成する歯車の一つとなるのだ。

 

「真田副長より『ボーグ・キューブ』内での様子を聞きましたが、彼らは休眠モードに入っていたようです。『ボーグ』は艦体にダメージを受けるとエネルギーを自己修復に回す為に低出力状態になる事が分かっています」

「つまりあの船は何者かと戦った後に身体を休めていたと?」

「そう考えるのが自然ですね」

「……我々は眠っていたモノを呼び覚ましてしまったと言う訳か」

 

 ライカーの説明に深い溜息を付く沖田艦長。

 

「そもそも『ヤマト』は何故、この宙域に来たのですか?」

 

 『ヤマト』の航海の目的を問掛けるライカーに暫く考え込んでいた沖田艦長だったが、真田が頷くのを見て話し始める。

 

「我々がこの宙域に来たのは、銀河間を結ぶ亜空間ゲートがあるかどうかを確かめる為だったのだ」

「大マゼランへと向かう旅の途中で、『ヤマト』は銀河間を結ぶ亜空間ゲートの存在を知りました。もしこの宙域にゲートがあれば我々は元の銀河系に戻っており、逆にゲートが存在しなければ我々は平行世界に迷い込んだ可能性が高くなる」

 

 真田から銀河系間を繋ぐ亜空間ネットワークに付いて説明を受けたライカーは微妙な表情を浮かべた。ライカーの脳裏にはデルタ宇宙域から帰還したUSSヴォイジャーからもたらされた情報――『ボーグ』が使う超光速航法『トランスワープ・チューブ』をハブに繋ぎ銀河系全体に張り巡らされたネットワークの存在を思い浮かべる。流石に銀河系間を繋ぐなどとトンでもない性能は無いが、数分で銀河系の何処へでも『ボーグ・キューブ』を派遣出来ると言う。

 

 だが、『トランスワープ・ハブ』はヴォイジャー帰還の折に破壊されたと報告にはあった。

 

 『ヤマト』も異星人の造った超光速航法用のネットワークを発見して、それを利用していたという訳か。

 

「ですがそれはなかった、と」

「ええ、これで我々は宇宙の迷子になった事が確定した訳です」

 

 淡々と答える真田。

 

「我々の記録では平行世界への移動は転送システムの事故や量子のもつれに遭遇した時などに起こっています。『エンタープライズ』自体も平行世界の『エンタープライズ』や異星人と遭遇した経験があります」

「我々の存在する宇宙には量子のもつれや、位相の歪んだ場所など時空連続体自体が歪んでいる場所があります。そう考えればこの宇宙の何処かに『ヤマト』の属する宇宙への道がある可能性もありますし、『ヤマト』を構成する未知の物質の固有振動数を特定して、属する宇宙を見つけ出す事も理論的には可能でしょう」

「それだと、どれだけ時間が掛かるか分からないな。何か方法は無いのかデーター?」

「現時点では資料不足です。今一番可能性が高いのは“旅人”を探す事ではないでしょうか」

「“旅人”?」

 

 ライカーとデーターの会話に疑問を持った真田が問掛ける。

 

「“旅人”とは以前『エンタープライズ』にやって来た異星人で、思考の力で時間と空間を旅する。彼なら我々より並行世界に付いて詳しいだろう」

 

 ライカーは真田に以前“旅人”の力により、数分で十億光年の宇宙の果てに飛ばされた事を伝える。

 

「数分で十億光年……思考とはそれだけの力があるのか」

「我々が思考をコントロールできるのは、まだまだ先との事だ」

 

 思考の力の可能性に恍惚とも言える表情を浮かべる真田を、ライカーは肩を竦めながら嗜める。そろそろ話を戻す必要性を感じたのだろう……ガス雲の外にはまだ『ボーグ・キューブ』が存在しており、『ボーグ』を撃退しなければ何も始まらない。

 

「データー、現戦力で『ボーグ・キューブ』の撃退は可能か?」

「正面から戦っては難しいでしょう」

 

 惑星連邦は今までに二度『ボーグ・キューブ』に侵略を受けている。

 二度とも、ただ一隻の『ボーグ・キューブ』を迎え撃つべく艦隊を派遣したが壊滅的な損害を受けていた――どれだけ強力な攻撃にも即座に対応するシールドと、此方のシールドを無効にするシステムにより再生式シールドでなくては数回の攻撃を受ければシールドは突破されて船を破壊する恐るべき攻撃力。

 

 いくら対『ボーグ』に建造されたソヴェリン級『のエンタープライズ』と、波動エンジンを搭載している『ヤマト』とはいえ難しいとデーターは考える……が、そこで『ヤマト』側より秘匿していた情報が齎される。

 

「『ヤマト』には決戦兵器が搭載されている」

「『ヤマト』艦首には弐百センチ口径の『次元爆縮放射器』通称『波動砲』が搭載されています。詳細は軍機により話せませんが、波動砲ならば『ボーグ・キューブ』がシールドを張っていても破壊する事が可能でしょう」

 

 沖田艦長の決断を受けて真田が詳細を話す。

 

「どう思うデーター?」

「『ヤマト』の次元波動機関の出力ならば可能かもしれません」

「ならば『エンタープライズ』で『ボーグ』を攪乱しつつ『ヤマト』で止めを刺す、か……これはキャプテンの判断を仰がなければな」

 

 データーと会話したライカーがボヤいていると、彼の胸に付けられている連邦宇宙艦隊のマークを模った通信機コムバッチが鳴り、ライカーは周囲に断ってから通信機をオンにする。

 

「こちらライカー」

『こちら『エンタープライズ』、ピカードだ。さきほどセンサーが二隻目の『ボーグ』が到着した事を確認した』

「二隻目ですか、大判振る舞いですね」

『何か進展はあったか?』

「現在協議中です、もうしばらく掛かりそうです」

『分かった。ピカード、アウト』

 

 ライカーとピカードの会話に、沖田艦長は真田にセンサーに『ボーグ』を感知したか尋ねるが、帰ってきたのはガス雲の構成物質に阻害されて感知できないと言う物だった。

 

 『エンタープライズ』は深宇宙を探査する事も任務の一つであり、その為に各種センサーも最新の物が搭載されている。『エンタープライズ』の長距離センサーは数十光年先の事も感知する事が可能なのだ。

 

「二隻目、か。連邦の存在するアルファ宇宙域に二隻も『ボーグ・キューブ』が来るのは初めてだな」

「『ボーグ・キューブ』は最初に『ヤマト』をスキャンしていました。恐らく『ヤマト』を驚異と認識したのでしょう」

「データー少佐、スキャンとは?」

 

 『ヤマト』を分析したとも取れる発言に、航海長の島が問い掛ける。

 

「初めに『ボーグ・キューブ』が照射した光ですが、あれで『ヤマト』のエネルギーや各種波動を解析して内部構造を理解したのでしょう」

「最初に直ぐに丸裸にされたという事か」

 

 データーの説明に苦々しい表情を浮かべる島。見れば他の『ヤマト』の乗組員達もそれぞれの反応をしている。

 

「では『波動砲』も?」

「当然、把握しているでしょう」

 

 南部の質問に答えるデーター。とは言え『ボーグ』は相手の技術を同化という手段を持って吸収するので、『波動砲』の存在は感知しても複製は無理だろうとデーターは補足する。

 

「ならばどうするんです!? このまま何時までもガス雲に居る訳にはいかないでしょう!」

「ファルコンで陽動を掛けてみてはどうだ?」

「艦載機では『ボーグ』の注意を引く事は難しいでしょう」

 

 南部がヒステリックに叫び、航空隊隊長の加藤が提案するがデーターに否定される。そんな時、考え込んでいた古代が口を開いた。

 

「データー少佐、『ボーグ・キューブ』は常にシールドを張っているのですか?」

「通常は航行用のシールドを張ってはいますが、戦闘時のような強力なシールドは張ってはいないはずです」

「ならば、やりようはあるな」

「何か案があるのか、古代?」

 

 真田の問い掛けに古代は頷くと周囲にいるクルー達を見回す。

 

「自分たちが『ボーグ』の船内で生体端末――『ドローン』と遭遇した際に相手は最初自分達の存在に関心を示しませんでした」

「それは我々も把握している。『ボーグ』は脅威になる物には反応するが、個人には興味がないようだ」

 

 ライカーの補足に頷くと話を続ける古代。

 

「つまり『ボーグ・キューブ』内では人間はある程度自由に動けるはずだ。そして先ほどデーター少佐が言っていた艦載機程度では『ボーグ』は動かないと言う事」

 

 そこで古代はライカーに視線を向ける。

 

「ライカー副長、『ボーグ・キューブ』への攻撃に大型ミサイルを使っていましたね」

 

 エンタープライズに救助された際に、『ボーグ』との戦闘を気にした古代は医務室に連れて行かれる前に戦況を訪ねていた……とは言っても強制的に医務室へと連行されたが。『エンタープライズ』のクルー……頭部の寂しい神経質そうな男性医官に診察の邪魔だと言われて戦闘の様子をモニターで見ていたのだ。

 

「大型ミサイル? ああ、光子魚雷の事だな」

 

ライカーの回答に古代はにやりと笑ってみせた。

 

 




どうも、しがない小説書きのSOULです。
今回、第八話をお送りしました。

古代発案の奇策は果たして『ボーグ」に通用するのか?

本日は、私がボケをかましたお詫びに二話投稿となっております。


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第十話 起死回生の一撃

 ガス雲に身を潜めて『ボーグ・キューブ』のセンサーから逃れている『ヤマト』艦内では、古代発案の元に反攻作戦の準備に入っていた。後部中央第二格納庫に来ていた古代は、『ヤマト』航空隊隊長加藤と最後のブリーフィングを行っていた。

 

「加藤、『エンタープライズ』の方は準備が完了したとの事だ」

「了解、戦術長。しっかり配達してくるよ」

 

 無重力状態になっている格納庫内で加藤の機体の傍まで来ていた古代は短く言葉を交わした後、機体から離れていく。エアロックに入り管制室に来た古代の目の前で格納庫が減圧されて発艦シークエンスに入る。機体がパレットからカタパルトへと移動して最初のコスモファルコンが射出され、回転したパレットに乗った次の機体がカタパルトへと移動していく。

 

 第一艦橋の戦術席に戻った古代は、『ヤマト』格納庫から発進したコスモファルコンの編隊二十機が共同戦線を張る事になった『エンタープライズ』へと向かって行くのを見つめる。

 

「心配か、古代?」

「加藤達なら上手くやってくれるさ」

 

 操舵席に座る島に答えながらも視線を外さない古代。

 コスモファルコンの接近に伴い、『エンタープライズ』の方でも動きがあった。第一艦体下部より黒光りする物体が次々と放出され、『エンタープライズ』の前方へとゆっくり漂っていく。

 

「アレが光子魚雷か」

「連邦艦に標準装備されている兵器の一種だ」

 

 誰かの呟きに律儀に答えるデーター。彼は対『ボーグ』戦に詳しいオフザーバーとして第一艦橋の予備科員席に座っていた。クルーが見守る中で漂う光子魚雷へとファルコンがゆっくりと近付いて行く。タブレット型をした光子魚雷にはファルコンとの接続ポイントが急造で取り付けられており、後方からゆっくりと近づいたファルコンの機体下部に張り付く。

 

「これで準備が整ったな」

「けど、ファルコンで巨大な『ボーグ・キューブ』に近づくなんて大丈夫かな?」

 

 コスモファルコンの編隊全てに光子魚雷が装着された事を確認した古代に、太田が不安を訴える――全長十五・九メートルのファルコンで全長三キロの『ボーグ・キューブ』に近づき、内部へと突入して光子魚雷をキューブ内に設置するというのが古代の案である。

 

「『ボーグ集合体』は自分達の益にならないような技術を無視する傾向にある。コスモファルコンの仕様を確認したが、単独でワープ出来ないような機体には興味を示さないだろう」

「……加藤達には聞かせられない話しだな」

 

 データーの説明を聞いた島は嘆息する……航空隊のメンバーはプライドが高く、そんな彼らに自分達の愛機が『ボーグ』に取っては何の価値もないなど聞かせられる訳が無い。

 

「光子魚雷自体が『ボーグ』の注意を引く可能性は?」

「問題ない、ファルコンに装着した時点で光子魚雷は機能を休止しているし、光子魚雷本体には特殊なシールドを張って欺瞞情報を送るので注意を引く可能性は限りなく低い」

 

 南部の疑問に答える古代。

 第一艦橋のクルー達が見守る中で、光子魚雷を装着したコスモファルコンはエンジンを起動して『エンタープライズ』から遠ざかって行く――彼らはこのままガス雲を抜けて、外で待つ二隻の『ボーグ・キューブ』へと接近するのだ。

 

 


 

 

 ガス雲より飛び出したコスモファルコン二十機の編隊は目標である『ボーグ・キューブ』の姿を探す……それは思ったよりも早く見つかった。ガス雲の影響を受けるギリギリの所に停止しており、その傍には同規模のキューブが存在していた。

 

『……お友達も到着して仲良く突入待ちってか』

 

 通信機通じて誰かの悪態が聞こえる。

 『ボーグ・キューブ』の位置はガス雲のすぐ近くであり、今まで『ボーグ』が行動を起こさなかったのは別の『キューブ』との合流を優先していたのと見て取れる。

 増援の『キューブ』と合流した以上は『ボーグ』が次のアクションを起こすのは明白であり、それまでに作戦を遂行しなければ『ヤマト』と『エンタープライズ』は不利な状況での戦闘を開始しなければならなくなる。

 

「無駄話もここまでだ! 各機、目標ポイントに荷物を届けるぞ」

『了解』

 

 加藤の号令でコスモファルコンは二隻の『ボーグ・キューブ』に近付いて行く。ゆっくりと刺激を与えないように低速で近づいて行き、まるで壁のようなキューブの艦体近くまで来て航空隊員達は緊張から喉の渇きを覚える……ブリーフィングでは小型宇宙船であるコスモファルコンが『ボーグ』の攻撃対象になる可能性は限りなく低く、此方から攻撃でもしない限りは無視されるだろうとの事だったが、いざ目の前に巨大な『ボーグ・キューブ』の艦体があれば重いプレッシャーとなって航空隊員達に伸し掛る。

 

 だが、これまでガミラスとの戦いを潜り抜けてきた彼らはプレッシャーに耐える術を持っており、極限の緊張下においても己のすべき事を冷静に遂行する事が出来る。

 

 まるで壁のような『ボーグ・キューブ』の艦体にゆっくりと近付いていくコスモファルコン――『ボーグ・キューブ』の巨大な外壁が迫って来ると、その外壁が無数の機械で構成されてチューブで繋がれている事が分かる。外壁を這うように存在するチューブ。それは幾何学的な模様のようでもあり所々に隙間も存在していた。

 

「すきま風が寒そうな船だぜ」

 

 軽口を叩きながらもコスモファルコンのセンサーを作動させて内部に入れそうな隙間を探す加藤。するとギリギリ進入出来る隙間があった、姿勢制御スラスターを噴かして相対距離を合わせると加藤は固定ベルトを外すとキャノピーを開けて宇宙空間へと乗り出す。

 

 船外作業用のスラスターを操作して機体下部へ向かうと、ファルコンに装着された光子魚雷を固定する接続ポイントのコンソールを操作して機体から光子魚雷を取り外す。全長約二メートルのタブレット型の魚雷をゆっくりと押しながら、加藤は外壁を構成する機械の隙間に進入していく……隙間の中を進みながら加藤はヘルメットのディスプレイに表示された時間を確認する。

 

 すでに作戦時間の半分は過ぎている。再び接続ポイントのコンソールを操作して近くの機械にセットして、教えられた光子魚雷のコンソールを開いて操作をする……これでタイマーが来るか起爆信号がくれば光子魚雷は爆発する。

 

 タイマーが作動している事を確認した後に加藤は元来た道を戻って機体に乗ると、再びスラスターを噴かして『ボーグ・キューブ』の外壁の隙間から宇宙空間に飛び出した。

 

「こちら加藤、首尾はどうだ?」

 

 他の機体に通信を繋げて作業の進捗状況を聞く加藤。数人は作業が遅れ気味だったが、何とか終えてファルコンで『ボーグ・キューブ』から脱出してくる。全ての機体が脱出したのを確認した後、コスモファルコンの編隊はガス雲へと戻っていった。

 

 本来なら作戦の次のステージ――『ボーグ・キューブ』への直接攻撃に参加したかったが、コスモファルコンでは火力不足であると指摘されて、光子魚雷をセットした後は『ヤマト』に帰還するように厳命されている……ゆえに航空隊員は、俺達は配達屋かよと腐りながらも『ヤマト』への帰還のコースへと向かうのであった。

 

 


 

 

 『エンタープライズ』 ブリッジ

 

 艦の全てを制御するブリッジの中央に位置するキャプテン・シートに座りクルーからの報告を聞いていたピカードは、戦術ステーションに付いていたウォーフから待望の報告を受ける。

 

「キャプテン。『ヤマト』の艦載機より入電、光子魚雷の設置完了との事です」

 

 頷いた後、表情をより引き締めるピカード。

 

RED ALERT!(非常警報!) フェイザー砲、光子魚雷装填」

 

 ピカードの命令で『エンタープライズ』内に非常灯が灯り、戦闘態勢へと移行していく――艦の防御を司る再生式シールドが戦闘出力まで高まり、艦体各所に装備されたタイプ12フェイザー・アレイにエネルギーが装填され、魚雷ランチャーに光子魚雷と切り札の量子魚雷が装填されていった――量子魚雷 零点フィールドとよばれる量子理論的真空から急速にエネルギー抽出を行い、真空フィールド・チャンバー内に収納された11次元の時空連続体膜が爆発の際に時空連続対膜を拡張させ、零点フィールドから抽出されたエネルギーが反応し極めて強力な爆発力を生み出す

 あまりの破壊力故に通常の連邦艦には搭載されず、『ボーグ』のような惑星連邦への明確な脅威との戦闘に使用される決戦兵器である。

 

「推力四分の一、エンゲージ!」

「アイ、キャプテン」

 

 発進命令を受けてコン・コンソール担当の士官がコンソールを操作して、第一艦体後方に設置された推進機関インパルス・エンジンが重水素をプラズマに変換して推進力として放出する。密度の濃いガスを掻き分けて『エンタープライズ』はその巨体を進めてガス雲の外縁部へと到達する。

 

「まもなく決戦ですね。相手は二隻の『ボーグ』艦、此処で食い止めなければ」

 

 表情を引き締めるライカーに頷いたピカードは、キャプテン・シートのアームレストのコンソールを操作して艦内放送を起動する。

 

「キャプテンより全クルーへ。ガス雲の外には二隻の『ボーグ・キューブ』が待ち受けているだろう。だが今の連邦にこれを迎え撃つだけの戦力は無く、ここで『ボーグ』の侵攻を阻止しなければならない。諸君の奮闘に期待する、以上だ」

 

 通信システムを終了させると信頼する副長へと頷く。

 

「やるぞ、ナンバーワン」

「シールドを上げろ」

 

 『エンタープライズ』の周囲に展開されていたシールドが出力を上げて、ガス雲内の物質を押しのけながら通常空間へと飛び出す。するとガス雲の縁で停止していた二隻の『ボーグ・キューブ』は、飛び出して来た『エンタープライズ』を同化目標として無力化すべく巨大な船体を『エンタープライズ』へと向ける。

 

「キャプテン、二隻の『ボーグ・キューブ』が此方に向かってきます」

「早いな」

 

 戦術ステーションのウォーフからの報告に口元を歪めるピカード。

 

「敵艦発砲!」

「回避パターン・アルファ!」

 

 『ボーグ・キューブ』からの攻撃にピカードは、あらかじめ決められている回避パターンを用いて攻撃から逃れる。『ボーグ』の攻撃を躱しながら『エンタープライズ』は攻撃に有利なポジションへと到達すると、一番近くに存在する『ボーグ・キューブ』に複数のフェイザー・アレイからの集中攻撃を加えた。

 

「フェイザーの周波数の変動は上手くいっているようです」

 

 『ボーグ・キューブ』の艦体に損害を与えている様子を見てライカーはピカードに語り掛ける――『ボーグ』は受けた攻撃に対処・適応する能力があり、数回攻撃を受けると対抗手段を用いてまったく攻撃が効かなくなる。そのため攻撃に用いられるフェイザーは粒子周波数を変動させて対応する隙を与えずにいるのだ。

 

 元々ソヴェリン級航宙艦は連邦最強の出力を誇るタイプ12フェイザーと改良を加えられた光子魚雷と強力な破壊力を生み出す量子魚雷を装備して、コンピューターにより最適な防御効果を得る再生式シールドでその身を守る、対『ボーグ』戦を想定して建造された惑星連邦最新鋭艦である。

 

 強力な『ボーグ』の攻撃をシールドで防ぎ、艦体に装備されたフェイザー・アレイより反撃する『エンタープライズ』……とはいえ、一隻でも四十隻近くの連邦艦を破壊した『ボーグ・キューブ』を二隻同時に相手にしていれば徐々にだが『エンタープライズ』にもダメージが蓄積していく。

 

レポート!(報告!)

「シールドは七十パーセントに減少」

「構造維持フィールドのエネルギーをシールドに回せ!」

 

 『ボーグ』の攻撃で激しい振動に見舞われているブリッジ内でダメージに関する報告を受けるピカード。航宙艦同士の戦闘において攻撃に対する防御策はシールドが主であり、シールドが突破されれば艦体の装甲では攻撃を防ぎきれないのだ。

 

「コース1―3―2、キューブを盾にしてもう一隻からの攻撃を避けろ」

「アイ・サー」

 

 ピカードの指示を受けてコン・コンソールに座るホークがコンソールを操作して『エンタープライズ』の進路を変更して『ボーグ・キューブ』の側面に回り込む。そうする事により『ボーグ・キューブ』の艦体が巨大な壁となり、もう一隻からの攻撃を防いで一体一の戦いへと持ち込むのだ。

 

「アタックパターン・ベータ・3」

 

 側面に回り込んだ『エンタープライズ』の艦体の各所に設置されたフェイザー・アレイが『ボーグ・キューブ』の一点に向けて集中砲火を浴びせて、去り際にも艦体後部に設置された魚雷ランチャーより複数の光子魚雷が発射されて『ボーグ』のシールドにダメージを与えていく。

 そのまま弧を描くように旋回した『エンタープライズ』の正面にもう一隻の『ボーグ・キューブ』が姿を現した。

 

「光子魚雷発射」

 

 艦体上部のフェイザー・アレイの攻撃に合わせて赤い光を放ちながら光子魚雷が発射されて『ボーグ』のシールドに接触すると一際大きな爆発を起こす――だがそれほどの爆発を持ってしても『ボーグ』のシールドは未だ健在であり、艦体に直接ダメージを与える事は出来なかった。『ボーグ・キューブ』の反撃により『エンタープライズ』のシールドに負荷が掛かり、着弾の衝撃により艦体が大きく揺さぶられて振動はブリッジにも伝わる。

 

「あまり長くは持ちませんね」

「そうだな。起爆までの時間は?」

「―残り300秒です」

「ウォーフ、『ヤマト』の準備は?」

「準備完了との事です」

「“データーリンク”を途切れさせるな」

「アイ、キャプテン」

 

 激しい戦闘の中、『エンタープライズ』のブリッジでピカードは起死回生の秘策を成すべく準備に入る。

 

 


 

 

 ガス雲内に潜む『ヤマト』の第一艦橋では、『エンタープライズ』より送られてくる戦況をクルー達は固唾を飲んで見守っていた。天井のパネルには二隻の『ボーグ・キューブ』の攻撃を掻い潜りながら反撃する『エンタープライズ』の姿が映し出されていた。

 

「ああ、危ない! なんて攻撃力だ、無茶苦茶じゃないか!?」

「二対一じゃ、そんなに持たないぞ」

 

 『ボーグ・キューブ』より発射された無数の光弾を回避する『エンタープライズ』の姿に悲鳴のような声を上げる太田と南部。彼らの言葉の通り、二隻の巨大な『ボーグ・キューブ』の前では665メートルの『エンタープライズ』は激流に翻弄される木の葉のようであった。

 

「まもなく予定宙域に到達します」

「データー少佐、『ボーグ・キューブ』の位置は掴んでいるな」

「問題ありません」

 

 操縦席に座る島の報告を受けた沖田艦長は、予備科員席に座るデーターに『エンタープライズ』より随時送られてくる『ボーグ・キューブ』の正確な位置データーが届いているか確認する――『ヤマト』が身を潜めるガス雲はその構成物質により『ボーグ』のセンサーを阻害する効果がある反面、此方のセンサーや通信も極短距離しか使用出来ない。

 そこで『エンタープライズ』に搭載されているシャトルを中継点としてガス雲の外にいる『エンタープライズ』とのデーター通信を可能としていたのだ。

 

「艦長、この距離なら『ボーグ』のセンサーから『波動砲』の反応を隠して二隻共撃ち抜く事が出来ます」

 

 技術支援席に座る真田は『エンタープライズ』より送られてくる『ボーグ・キューブ』の位置情報を見ながら、ガス雲の構成物質より『ボーグ』に悟られずに攻撃が可能である事を告げる――沖田艦長は決断する。

 

「やるぞ、『波動砲』への回路開け」

「回路開きます。非常弁全閉鎖、強制注入機作動」

 

 『艦首波動砲』の装甲シャッターが開き、徳川の操作により波動エンジンより膨大な波動エネルギーが強制的に注入されていく。

 

「安全装置解除」

「セイフティーロック解除、強制注入機作動を確認、最終セイフティー解除」

「ターゲットスコープオープン」

「『エンタープライズ』からのデーターを送ります」

 

 戦闘指揮席の前方にあるコンソールより『波動砲』の照準装置が迫り上がって来て、『エンタープライズ』より送られてきた『ボーグ・キューブ』の位置情報が映し出される。

 

「薬室内圧力上昇、七十、八十、八十五、九十――」

「艦首軸線に乗った、誤差修正プラス二度」

 

 艦首波動砲が青白い光を溢れさせ、『ヤマト』の前方に位置してデーターを転送していたシャトルが射線上から退避していく。『ヤマト』が波動砲発射態勢に移行していく中、『エンタープライズ』より作戦の進捗状況の問い合わせが来る。

 

「準備完了と伝えろ」

「了解しました」

 

 相原が『エンタープライズ』へ通信を送る。そうしている内に波動砲の発射シークエンスは最終段階に入る。

 

「波動砲発射用意、対ショック、対閃光防御」

「電影クロスゲージ明度二十、照準固定」

「まもなくキューブにセットした光子魚雷の爆発時刻です――光子魚雷の爆発を確認、艦体にダメージを受けて『ボーグ・キューブ』の動きが止まりました」

 

 『エンタープライズ』から送られてくるデーターを監視していたデーター少佐の報告に波動砲のトリガーを握る古代の手に力が入る――これは千載一遇のチャンスであった。

 

「波動砲発射十秒前、八、七、六、五、四、三、二、一、波動砲発射!」

 

 古代の指がトリガーを引き絞る――艦首に設置された波動砲の薬室に向けて巨大な突入ボルトが突き刺さり、薬室内に込められた波動エネルギーが『ヤマト』の周囲に存在するガスを蒼白く照らしながら爆発的な勢いで放出される――ガス雲に存在する構成物質を押し退けながら波動砲のエネルギーは突き進んでいった。

 




どうも、しがない小説書きのSOULです。
今回、第九話をお送りしました。

強大な『ボーグ・キューブ」を相手に孤軍奮闘する『エンタープライズE」
彼らの努力は報われるのか?

では、また近いうちに。


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第十一話 波動砲がもたらすもの

 刻は少し遡る。

 『ボーグ・キューブ』の巨体を利用して1対1の戦闘を演出している『エンタープライズE』であったが、一隻のみでも恐るべき攻撃力を持つ『ボーグ・キューブ』の攻撃により『エンタープライズE』の艦体に無視できないダメージが蓄積されていった。

 


 

『エンタープライズE』・ブリッジ

 

レポート!(被害報告!)

「デッキ4-Cと13-Dに亀裂、18-Hで火災発生、隔壁を閉鎖します。シールドは40パーセントに減少」

「キャプテン! ワープコアが不安定になっています」

「ラ=フォージ、ワープコアを何としても安定させろ!」

 

 『エンタープライズE』の動力炉でもある反物質炉『ワープコア』が度重なる『ボーグ』の攻撃によりシールドに歪みが生じて不安定状態になっているとの報告に、ピカードは機関部長であるラ=フォージに安定させるように命じ、それを受けたラ=フォージは機関室で直接指揮を取るべくブリッジからターボリフトへと乗り込んだ。

 

「ナンバーワン、光子魚雷の起爆までの時間は?」

「予定時間まで60秒を切りました」

「ホーク、『ボーグ・キューブ』の間を摺り抜けるように飛べ!」

「アイ・キャプテン!」

 

 コン・コンソールに座るホークはコンソールを操作してピカードの命令を実行する――『エンタープライズE』は大きく旋回すると待ち受ける二隻の『ボーグ・キューブ』の間を摺り抜けようとするが、二隻の『ボーグ・キューブ』より集中砲火を受けて『エンタープライズE』のシールドが波打つ。

 

「シールド消失!」

「エネルギーを全てエンジンに回せ! 量子魚雷発射!」

 

 全てのエネルギーをインパルス・エンジンに回して、『エンタープライズE』は急加速で二隻の『ボーグ・キューブ』に接近しながら、切り札である量子魚雷を発射する――通常の光子魚雷よりも眩い光を放ちながら発射された量子魚雷は二隻の『ボーグ・キューブ』に命中し大爆発を起こす。

 だが、巨大な『ボーグ・キューブ』を機能停止に追い込む事は出来ずに、反撃によって『エンタープライズE』の再生式シールドは限界を迎えて消失する。シールドを失った『エンタープライズE』に身を守る術はなく、二隻の『ボーグ・キューブ』は止めとばかりに武器の照準を『エンタープライズE』に向ける。

 

 もはや絶体絶命の場面だったが、照準を向ける二隻の『ボーグ・キューブ』の艦体の奥深く――『ヤマト』の航空隊員の手によって設置された光子魚雷達のタイマーが起動して目を覚ました。

 

 光子魚雷に搭載された数千に分かれた反物質パケットが物質と反物質の対消滅反応を起こして破壊の力を『ボーグ・キューブ』内で解き放つ――異変を感知した『ボーグ』の集合意識が艦内にフォースフィールドを張るが、一撃で小惑星を木っ端微塵にするほどの威力がある光子魚雷の複数の爆発を抑え込むにはコンマ数秒の致命的なロスがあり、『ボーグ・キューブ』内で破滅の力が荒れ狂い、二隻の『ボーグ・キューブ』は船内システムに深刻なダメージを受けたのか、シールドを消失して推進力も失っていた。

 

「……どうやら上手くいったようですね」

「ああ、しかしこの状況もそう長くは持たないだろう。後は『ヤマト』次第だが」

 

 艦体にダメージを受けて宇宙空間を漂う二隻の『ボーグ・キューブ』姿をビューワーに映しながら厳しい表情を崩さないピカードとライカー――『ボーグ』艦は重要な機関を分散して配置しており、艦体の六割を破壊されたとしても機能を失う事はない。今回『ボーグ・キューブ』が停止したのは恐らくエネルギーの供給管か何かが破損しての一時的な物で、時間を置けば回復するだろう。

 

「キャプテン、ガス雲より強力なエネルギー反応を検出しました――『ヤマト』です」

「よし、射線上から退避しろ」

「アイ・キャプテン」

 

 ウォーフより報告を受けたピカードは、ホークに命じて『エンタープライズE』を事前に聞いていた『ヤマト』の攻撃範囲から離脱させる。そして『エンタープライズE』が安全圏に離脱するのを待っていたかのようにガス雲の奥に青白い輝きが灯ると、凄まじい勢いで青白い輝きがガス雲を蹴散らして二隻の『ボーグ・キューブ』へと襲いかかる――『ヤマト』の決戦兵器である『波動砲』の威力は凄まじく、強力な『ボーグ』・シールドを吹き飛ばして『ボーグ』の艦体を原子レベルへと砕きながら崩壊へと導いていく……閃光に飲まれ消えゆく『ボーグ・キューブ』の姿を見ながらピカードと始め『エンタープライズE』のクルーは誰も言葉を紡ぐ事すら出来ずに、ただビューワーに映し出された光景を見つめる事しか出来なかった。

 

「……これが『ヤマト』の切り札」

「……凄まじいな、恐ろしい光景だ」

 

 表情を強ばらせながらピカードとライカーは、そう呟く事しかできなかった……彼らの所属する惑星連邦も今までに多くの戦いを経験しているが、ここまで破滅的な威力を持った兵器は存在すらしなかった。

 

 『ボーグ』を始めとする潜在的な驚異に対抗する為に彼らの乗る『エンタープライズE』には強力な武装が施されてはいるが、同時に深宇宙探査艦としての一面も持ち合わせている――未知の文明や新しい生命との出会う事こそが彼らの任務であるのだ。

 

「……次元波動機関とは無限の可能性であると共に恐ろしく危険な物ですね」

「まさにパンドラの箱だな」

 

 『ヤマト』側より説明された『波動砲』の原理―波動エンジン内で発生した余剰次元を射線上に展開し、発生した超重力で形成されたマイクロブラックホールが放つホーキング輻射により域内の敵を一瞬で蒸発させる―『波動砲』の恐るべき破壊力を目の当たりにして『エンタープライズE』のクルー達は言葉を失っていた。

 

 乱れたガス雲よりシャトルに曳航された『ヤマト』の姿が現れる……『波動砲』を使用する為には『ヤマト』のエネルギーの殆どを使用しなければならないと言う。なので撃ち漏らした場合に備えてデーター通信の中継に使われたシャトルのトラクタービームで『ヤマト』を移動させる予定であったが、『ボーグ・キューブ』二隻を完全破壊した事で危機は去ったと判断したのだろう。

 

 シャトルから放射されていたトラクタービームが停止して『ヤマト』の周囲から離れて『エンタープライズE』への帰還コースへと入る。その後方からゆっくりとした速度で近づいてくる『ヤマト』

 

「……『ヤマト』もかなり損害を受けているようですね」

「『エンタープライズ』もダメージが大きい。何処かで修理しなければな」

 

 メイン・ビューワーに映る傷ついた『ヤマト』の姿を見ながらピカードとライカーはボヤくように会話している。事実二隻もの『ボーグ・キューブ』を相手取った代償は大きく、『エンタープライズE』自体もかなりのダメージを追っている。だが此処は銀河系外縁部であり、修理可能な施設を持つ宇宙基地までかなりの距離があった。

 

 応急修理の指揮をライカーに任せて自分は報告書の作成をすべく艦長室へ向かおうとしたピカードであったが、席を立つ前に戦術ステーションのウォーフから報告が入る。

 

「キャプテン、長距離センサーに反応があります。不明船がこちらに向かって接近中」

「何? ビューワーに投影」

 

 ウォーフの報告を受けてピカードはメイン・ビューワーを切り替えるように指示を出す。『ヤマト』を映していたビューワーが長距離センサーで捉えた不明船の姿を映し出すが、距離が遠くて黒い点にしか見えない。

 

「拡大せよ」

 

 ピカードの命令によりコンピューター補正が掛かった映像がビューワーに映し出される――それは見るものに悪夢のような映像であった。巨大な正方形の艦体を持つが恐ろしいスピードで此方に向かっている光景だ。

 

「……信じられん、三隻もの『ボーグ』艦が連邦領域の近くに居たとは」

 

 人類が宇宙に進出して数世紀が経った現在、巨大な銀河系を四つの領域に分類している――惑星連邦が存在するアルファ宇宙域と同盟国であるクリンゴン帝国が存在するベータ宇宙域。そして未知の領域であるガンマ宇宙域とデルタ宇宙域。幾度となく惑星連邦を危機に晒した『ボーグ集合体』は、銀河中心部の反対側―距離にして七万光年離れたデルタ宇宙域より遣って来ていた。

 

 不測の事態によりデルタ宇宙域へと飛ばされた連邦艦の報告書によれば、デルタ宇宙域では幾つもの星系が『ボーグ』に同化されて無数の『ボーグ』艦が飛び交っていると言う。

 

 だがアルファ宇宙域とデルタ宇宙域の間に広がる七万光年と言う距離は広大で、さしもの『ボーグ』もそれほどの戦力を割けなかったのか、二度あった侵攻も『ボーグ』艦は一隻であった……しかし今回遭遇した『ボーグ・キューブ』は二隻もおり、さらにもう一隻が此方に向かって来ている。

 

「宇宙艦隊司令部に現状を知らせ、『ヤマト』にも撤退するように伝えろ。進路はもっとも近い宇宙基地だ」

「アイ・サー」

 

 ピカードの指示を受けてウォーフがコンソールを操作して『ヤマト』に連絡を取る…ほどなくして了承の返信がくる。

 

「『ヤマト』より返信、三百秒後にワープに入るとの事です」

「分かった。反転して撤退する、『ヤマト』がワープに入ると同時に我々も最大ワープに入る――Engage!(エンゲージ!)

 

 姿勢制御スラスターで反転した『エンタープライズE』は、インパルス・エンジンを吹かして撤退を開始した。

 

 


 

 

『ヤマト』第一艦橋

 

「『エンタープライズ』反転、加速に入ります」

 

 コスモレーダーから『エンタープライズ』の行動を読み取った森が報告を上げる――『ヤマト』もまた姿勢制御スラスターにより艦体を反転させて撤退の準備に入っている。

 

「『波動砲』発射の影響によりワープ可能になるまで後三分は掛かります」

「ワープ可能になるまで少しでも距離を取れ」

 

 機関制御席にて波動エンジンをモニターしている徳川からの報告に沖田艦長は操縦席に座る島へ指示を出し、島は反転が完了するとエンジン出力を上げて『ヤマト』を加速させる。

 

 第一艦橋内は緊張した空気が支配していた。『ボーグ』との最初の接触の際に『ヤマト』はトラクタービームに囚われて艦体に大ダメージを受け、その傷は今も癒えてはいない。

 そしてそれは共に戦った『エンタープライズ』も同様であり、囮として二隻の『ボーグ・キューブ』を相手取った為にかなり消耗していて、もう一隻と戦うには疲弊しすぎている。

 

「此方でもセンサーで『ボーグ・キューブ』を探知した。艦体の規模は先ほどの二隻より少し大きいようだ、恐ろしいスピードで此方に向かって来ているが……これなら到着前にワープ出来る」

 

 支援席にてセンサーからの情報を読み取り分析していた真田は、『ボーグ・キューブ』到着前にワープ出来る事に安堵の表情を浮かべていた……そしてそのまま分析は『エンタープライズ』の探査能力へと移る。『エンタープライズ』の長距離探査能力は凄まじく、数十光年先の『ボーグ・キューブ』の接近を探知して警告を発して来た……それは『ヤマト』のセンサーの数倍の能力を有していると言う事だ。

 

「……多数の異星人による星間国家の探査艦、か」

 

 顎に手をやりながら真田は、『エンタープライズ』の艦内で触りだけ聞いた艦内装備の説明を思い出している内にワープ可能になったようだ。

 

「ワープ開始」

「了解、ワープ開始します!」

 

 沖田艦長の号令に島は波動エンジンの出力を最大にする――『ヤマト』の艦体が加速して前方に形成されたワームホールに突入した。




どうも、しがない小説書きのSOULです。
今回、第十話をお送りました。

奇策と共に発射された『波動砲」の一撃により、辛くも危機を潜り抜けた『ヤマト」と『エンタープライズ」――だが、『波動砲」の威力は『エンタープライズ」のクルーに衝撃を与え――そして、ありえない三隻目の『ボーグ・キューブ」が姿を現す。彼らは脅威から逃れる事が出来るのか?

次回第十二話 強襲

では、また近いうちに。


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第十二話 強襲

 宇宙歴54986.3 『エンタープライズE』ブリッジ


 

 銀河外縁部にて予想だにしていなかった“二隻”もの『ボーグ・キューブ』との遭遇戦を辛くも切り抜けた『USSエンタープライズE』は、 “三隻目の『ボーグ・キューブ』の出現という悪夢のような現状を受けて、情報を持ち帰るべく戦闘により傷ついた船体を抱えながらもワープ速度にて航行を続けていた。

 

 最寄りの宇宙基地までは遠く、二隻もの『ボーグ・キューブ』を相手取った戦闘により最新鋭の『エンタープライズE』といえども船体に深いダメージを受けており、三隻目の『ボーグ・キューブ』という悪夢の存在の追撃から逃れられるかは未知数であった。

 

「コース正常。現在巡航速度ワープ6にて航行中」

「……ワープ・コアの出力が安定しません。このままワープを維持できるかどうか……どこかで修理が必要です」

「……いま速度を緩める事は出来ん。なんとしてもワープ・コアを安定させろ」

「……アイ・サー」

 

 戦闘のダメージによりワープ出力を生み出すワープ・コアが不安定になり、修理の必要性を進言した機関部長のジョーディ・ラ=フォージ少佐であるが、流石にこの緊迫した状況では悠長に修理をしている時間は無い事を理解しているので、渋々ながらも了解の返答をする。

 

 緊迫した雰囲気の流れるブリッジの中で、厳しい表情で正面を向くピカード艦長の横に座るカウンセラーのディアナ・トロイは、彼の中にある苛立ちにも似た感情が現状に対しての物だけでは無い事を自身のテレパシー能力により感じ取った。

 

「……艦長。何か気になる事があるのですか?」

 

 ディアナの問い掛けに暫く逡巡していたピカードだったが、小さくため息を付くとディアナに顔を寄せながら“『ボーグ』との戦いの折に集合意識の声が聞こえなかった”と囁く。

 

「――え?」

「……あれほど至近距離まで肉薄したのに、私には一切“声が”聞こえなかった。これが何を意味するのか……『ボーグ』とのリンクが完全に途切れたなら、喜ばしい事だが……」

 

 


 

 

西暦2199年6月1日 宇宙戦艦『ヤマト』第一艦橋

 

 空間が歪んで時空連続体が湾曲して押し広げられると、その中から一隻の船が通常空間に復帰してくる。まるで前世代の水上船をモチーフにしたような特徴席な船体に、反り立つ楼閣のような構造部を乗せた宇宙戦艦『ヤマト』は、所々に戦闘の爪痕を残した痛々しい姿ながらも不屈の闘志を体現しているかのように、力強いエンジンの脈動を後部噴出孔より青白い炎を吐きながら航行している……だが、以前を知る者がいたなら眉をひそめたであろう。後部噴出孔より吐き出される推力が前ほどの勢いが無い事に。

 

 

「通常空間に復帰」

「周囲に障害物なし」

 

 ワープより通常空間に復帰した『ヤマト』第一艦橋では、コスモレーダーを使って森が周辺宙域に脅威になる物が存在しないか走査している。そうしている内に航路監視席に座る太田が戸惑った声を上げる。

 

「……今回のワープですが三光年しか進んでいません、予定より大幅に短い距離です」

「……波動エンジンに予想以上の負荷が掛かったのかもしれません」

 

 技術支援席のモニターで艦内の状況をチェックしながら推論する真田。それを聞いた沖田艦長は機関制御席に座る徳川に波動エンジンのチェックを指示する。

 

「了解しました、機関室へ行ってきます」

 

 席を立った徳川は主幹エレベーターへと乗り込み機関室へと向かう。波動エンジンの調査を待つ間にも第一艦橋内では艦体の各種チェックが進行していく――ガス雲内で応急修理をしたと言っても波動砲発射の後の緊急ワープを行ったのだ、艦体にどのような負荷が掛かっているのか早急に把握する必要がある。

 

 操縦系統をチェックしていた島は、波動エンジンの出力がどんどん低下している事に気付いた。そしてとうとう波動エンジンは推力を失ってしまう。

 

「波動エンジン推力消失! 補助エンジンに切り替えます」

「機関室、状況を知らせろ」

『波動エンジンの冷却システムがオーバーヒートしております。修理にはしばらく掛かります』

「徳川君、なるべく早く頼む」

『了解しました』

 

 機関室からの報告を聞いて沖田艦長は、周囲の索敵を厳にするように指示を出す……現在『ヤマト』は主機関の推力を失っており、補助機関のみで航行している状態である。その為に主砲はエネルギー不足により使用不能であり、主機関が回復するまで危険な状態であった。

 

「まずいな、この状態で『ボーグ』に追い付かれたら打つ手がないぞ」

「三式弾は射程が短く、波動防壁は使用不能……何処かに身を潜めるしかないな」

 

 砲雷撃管制席で苦虫を噛み潰したような表情で唸る南部に、戦闘指揮席に座りながら難しい表情を浮かべた古代が具体的な案を思案しながら答える……南部の言う三式弾とは正式名称『三式熱核融合弾』であり、実体弾ゆえにエネルギー弾である主砲より射程が短く、防御システムである波動防壁も波動エンジンが不調な今は使用不能であった。

 

 そんな中で『ボーグ』に追い付かれでもしたら、トラクタービームで艦体を固定されて切断ビームで切り刻まれても有効な反撃手段も無い……そうなると、何処かに身を潜めてやり過ごすしか有効打がないように感じる。

 

「レーダーに感有り、後方より物体が近付く」

 

 レーダー手である森の報告に第一艦橋内に緊張が走る――もしや『ボーグ・キューブ』が追い付いたのか? 誰もが表情を強ばらせる中、通信席に座る相原より通信を傍受したとの報が入る。

 

「通信をキャッチ、『エンタープライズ』です」

「……パネルに投影せよ」

 

 安堵の息が漏れる中、沖田艦長は相原に『エンタープライズ』からの通信を天井のパネルに投影するように指示する――ほどなくしてパネルに『エンタープライズ』のピカード艦長の姿が映し出された。

 

『『エンタープライズ』より『ヤマト』へ。貴艦からのエネルギー係数の減少をキャッチした、トラブルですか?』

「こちら『ヤマト』。主機関に障害が発生して動力を失い、現在補助エンジンにて航行中です」

『……このままでは『ボーグ』に追い付かれますな。ナンバーワン、周囲に身を隠せる場所は?』

『お待ちを……現在位置より五光年先に小惑星帯があります』

 

 ピカードの問い掛けにパネルに映っているライカー副長が戦術ステーションを操作して周辺の宙域の情報を読み上げた。

 

『『ヤマト』をトラクタービームで曳航するとして、どのくらいの速度が出せる?』

『ワープ・フィールドで『ヤマト』を包むとなると、せいぜいワープ5が限界でしょう』

 

 機関士であるラ=フォージの意見を聞いたピカードは少し考える。彼の乗る『エンタープライズ』も相応のダメージを受けて本調子とは得ないが、やがて決断したようだ。

 

『では沖田艦長。此方で『ヤマト』を曳航して小惑星帯へ向かいましょう、準備を。ピカード・アウト』

 

 そう言ってピカードは通信を終える。一方的に通達するだけで通信を終えたピカードの態度に第一艦橋内にいるクルー達は戸惑いを感じた。

 

「……えらく一方的な物言いだな」

「恐らく『ボーグ』の追撃を気にしているのだろう」

 

 気分を害したように文句を言う南部に、古代が宥めるように話し掛ける。とは言え殆どが若いクルーで構成される第一艦橋のクルーなので、その他のクルーの中にも今の対応に不満のある者も居るだろう。

 

「エンタープライズの医務室で聞いた話だが、惑星連邦はこれまで二度『ボーグ』の侵略を受けている。迎撃に出た連邦の戦艦もその大多数が破壊されたそうだ」

 

 真田は続ける――最初の侵攻では迎撃に出た連邦艦四十隻中三九隻は『ボーグ・キューブ』一隻に破壊され、二度目の侵攻では半数の連邦艦が犠牲になったと言う。恐らくピカード艦長は今回新たに三隻の『ボーグ・キューブ』の出現に『ボーグ』の本格的な侵攻の気配を感じているのだろう、と。そして真田は予備科員席に座るデーター少佐に視線を向けると、意を汲み取ったデーター少佐はこれまでにあった『ボーグ』の進行に付いて話し出した。

 

「最初に『ボーグ集合体』に出会ったのは七年前、エンタープライズEの一世代前のエンタープライズDでした。未知の現象によって7千光年を飛ばされたD型艦は『ボーグ・キューブ』と遭遇し、我々は『ボーグ』の驚異を知りました」

 

 D型艦からの報告で『ボーグ』の存在を知った宇宙艦隊司令部は『ボーグ』に対抗する為に新型兵器の研究に着手したが、実を結ぶ前に『ボーグ』の侵攻が始まってしまった。

 

「準備が出来ていない状態で『ボーグ』の侵攻を受けた連邦はD型艦に調査を命じ、我々は『ボーグ』と接触しました」

 

 『ボーグ・キューブ』と接触したD型艦は、『ボーグ』の手により艦長たるジャン・リック・ピカードを奪われてしまう。

 

「何故個人には興味の無い『ボーグ』が艦長を拉致したのか? それは艦長を同化して『ボーグ』の代弁者とする為でした」

 

 『ボーグ』に同化されたピカードは、惑星連邦の中枢セクター001『地球』へと『ボーグ・キューブ』の進路を向けたのだった。

 

「『ボーグ』の侵攻を阻止する為に四十隻の連邦艦が集結してウォルフ359で迎え撃ちましたが、結果は全滅。死者一万一千人以上を数える結果となりました」

 

 その後、地球近郊まで侵攻した『ボーグ・キューブ』に追い付いたD型艦は艦長の救出には成功したが、攻撃してもまったく歯が立たなかったと言う。

 

「最後の手段として『ボーグ・キューブ』に突撃しようしたその時に、意識朦朧ながらもピカード艦長よりある作戦が提示されたのです」

 

 その作戦により辛くも『ボーグ・キューブ』を撃退したが、連邦やD型艦も大きな痛手を負ってしまった。

 

「そして六年後、今から数ヶ月前に再び『ボーグ』の侵攻が開始されて我々はそれを迎え撃ってキューブの破壊には成功しましたが、内部より射出された『ボーグ』艦により地球は『ボーグ』の手に落ちてしまいました」

「地球が『ボーグ』に侵略されたのか!?」

 

 データーの説明に驚きの声上げる南部、他のクルーも驚きの表情を浮かべる中でデーターの話は続く。

 

「キューブより射出された『ボーグ』スフィアから放たれたクロノトン粒子に囚われたエンタープライズEの前の前で、地球は変貌していき全人類は皆『ボーグ』へと変わっていました――地球は過去に干渉を受けて征服されてしまったのです」

「『ボーグ』はタイムトラベルもできるのか!?」

「……信じられん」

「『ボーグ』のテクノロジーは進んでおり、時間テクノロジーは連邦を遥かに凌駕しています」

 

 しかしクロノトン粒子の影響で過去改変の影響から逃れたエンタープライズにより『ボーグ・スフィア』は破壊され、地球は元の姿に戻す事が出来たと言う。

 

 そんな一隻でも手強い『ボーグ・キューブ』が計三隻も連邦領域に近い所まで侵攻していたのに、その事に連邦は予兆すらも感知できなかったのだ――これは大問題だろう。

 

 ゆえに情報を持ち帰り、『ボーグ集合体』の侵攻に対して備えなければならない。

 

「今は『ボーグ』の追撃から逃れるのが先だ。各部の修理を急がせろ」

「……了解」

 

 沖田艦長の重い一言に、了承の意を答えたクルーはそれぞれの部署の修理の進捗状況を確認し始める。

 

 『ヤマト』の前方に出たエンタープライズの下方より青いビーム――トラクタービームが照射されて艦体を固定すると、エンタープライズを中心とした亜空間フィールドが展開されて『ヤマト』を包み込み、二隻は光速を突破した証―ワープサインを残して宇宙を疾走していく。

 

 ワープ・フィールドに包まれて流れる星々を眺めながら、真田は思考を進めていく……

 

〈……惑星連邦は思ったより危機的な状況に有るらしい。『ボーグ』に対抗する為にも『ヤマト』の持つ『次元波動理論』を欲しているのか……あるいは『ヤマト』が『ボーグ』に同化される事を危惧しているのか〉

 

 『ボーグ・キューブ』が属する『ボーグ集合体』は、自分達の益になりそうな技術や生物的な特性を見つけると同化して自分達の物にすると言う。ならば『ヤマト』が持つ技術――波動エンジンや波動砲と言った『次元波動理論』が『ボーグ』に奪われでもしたら、『ボーグ』は大幅に強化されてしまう。

 

〈……我々は本当の意味では孤独なのかもしれないな〉

 

 真田の思考が危険な方向に向かっていたその時、航路監視席で進行方向の宙域を監視していた太田が警告を発した。

 

「前方の空間に異常発生! これは――とても自然現象とは思えません」

「南部。前方の現象について『エンタープライズ』に問い合わせろ」

「――前方に人工物が突然出現しました……『ボーグ・キューブ』です!」

 

 コスモレーダーで監視していた森が驚愕の声を上げる――全長三キロを超える正に移動要塞とも言えるその巨体が、ワープ中の『ヤマト』と『エンタープライズ』の前に光を纏いながら突然目の前に現れたのだ。

 そこまではまだ理解できるが、問題なのは出現した新たな『ボーグ・キューブ』がワープ速度を維持したまま現れた事だ。今も二隻の船の前方を同程度のワープ速度を維持して航行している……呆然とした表情を浮かべるクルー達を尻前に『ボーグ・キューブ』の表面から赤い光弾が放たれて『エンタープライズ』と『ヤマト』を包む亜空間フィールドに直撃する。

 

「周囲の亜空間フィールドが乱れています――このままではフィールドが崩壊するでしょう」

「総員、衝撃にそなえよ!」

 

 周囲の空間の異常に気付いたデーターの報告に、沖田艦長は艦内に衝撃警報を発する。その途端に周囲を包む亜空間フィールドが崩壊して『ヤマト』に衝撃が走った。凄まじい振動にどうにか耐え切ったクルー達の目の前には『ボーグ・キューブ』の巨体がそびえ立っていた。

 

「総員、戦闘配置!」

「機関室、徳川君エンジンはどうか?」

『――もうしばらく掛かります』

「急いでくれ、敵は目の前だ!」

 

 戦闘準備に入る中、機関室に修理の進捗状況を問い合わせる沖田艦長だったが返答は芳しくなく、『ヤマト』は実体弾である三式弾と各種ミサイルのみで戦わなければならないと言う圧倒的不利な状況にあった……それでも抗うべく準備を重ねる『ヤマト』クルー達に『ボーグ』からの通信が入った事が伝えられる。

 

「『ヤマト』と『エンタープライズ』の双方に向けての映像通信です」

「少しでも時間が欲しい、パネルに映せ」

「了解」

 

 相原通信機を操作すると、ほどなくして天井のパネルに映像が映る――肉と金属の入り混じった顔が何列も果てしなく並び、おびただしい数の動かない身体が無数のケースに収められた無機質な世界――異様な光景に『ヤマト』艦橋内のクルーが息を呑む中、何千という巣室の中の一点がクローズアップされて一つの巣室が大きく映し出される。

 

 巣室の中には一人のヒューマノイド・タイプが居た。機械に繋がれたその男は全身を黒い衣装で固め、その表情は大きな黒いバイザーで隠れて分からない……異様な雰囲気の中で男性を繋ぐチーブが外され、巣室より一歩踏み出した男性は緑色の光により不気味に浮かび上がる――男性の纏うプロテクターは これまで遭遇した『ボーグ』とは明らかに違うが、男性の顔には歪な機械が浮かんでおり、間違いなく『ボーグ・ドローン』である事を伺わせる――そして男性が口を開く。

 

『“俺”は『ボーグ』だ。お前たちの生物的特性と科学技術を同化する、同化に備えろ』

「“俺”?」

 

 パネルに映し出された男性の物言いに、データーは眉を寄せる――『ボーグ』は全員集合意識にリンクされており、個という概念は持たない筈である。

 

「君たちは我々を同化すると言うが、一体我々の何を同化しようと言うのかね?」

 

 少しでも時間を稼ごうとダメ元で質問を投げ掛けた真田だったが、意外にも『ボーグ』を名乗る男性は乗って来た。

 

『お前たちの動力機関は“俺”にとって有益な物になる、それを同化する』

「我々の動力源をご所望か。では我々人間には興味がない、と?」

『いや、お前たちの身体を構成する物質には未知の素粒子が存在している』

 

 そこで男性はバイザーに隠れていない場所、口元を歪める。

 

『抵抗は無意味だ』

 

 その言葉を合図に、『ヤマト』艦内で異常が検出された。

 

「機関室に侵入者! どんどん増えています」

「『ボーグ・ドローン』が転送されているのでしょう、早急に対処せねば『ヤマト』が奪われてしまいます」

「保安部! 侵入者のいるブロックに急行せよ!」

 

 真田の報告とデーターの分析に沖田艦長は艦内に乗り込んでいる保安部隊に侵入者の排除を命令する。命令を受けた保安部隊は重火器を装備して侵入者の感知された場所へ急行して排除を開始しようとするが、サイボーグ化されたドローンの力は凄まじく攻撃もシールドによって阻まれて有効打が打てずに撤退するしかなかった。

 

「撤退! 隔壁まで撤退するぞ!」

 

 指揮を執る保安部員の後ろに『ボーグ・ドローン』が忍び寄ると、身体を拘束して首筋に同化チューブを突き刺した。

 

「あ。あががっががあが」

 

 苦悶の表情を浮かべる保安部員だったが皮膚の色が見る見る変わっていき、目が虚ろになるとドローンの隊列に加わる。それは出来の悪い三流映画に出て来るゾンビの様であり、苦悶の表情から感情が削げ落ちる犠牲者の姿がクルー達の恐怖心を呼び起こす。

 

 『ヤマト』の艦内通路は正に地獄絵図のようであり、それは『エンタープライズ』でも同様の光景が広がっていた。

 

 


 

 

『エンタープライズE』ブリッジ

 

『抵抗は無意味だ』

 

 メイン・ビューワーに映る黒い男が皮肉げに笑いと通信を切った。

 

「シールドの出力を上げろ!」

 

 RED ALERT(非常警報)下のエンタープライズは周囲にシールドを張っていたがピカードの命令にさらに出力を上げる――転送により『『ボーグ・ドローン』を送り込まれるのを防ぐ為だ。

 

「……まずいな。ウォーフ、『ヤマト』はどうだ?」

「……ダメです、ドローンに進入されて此方の呼び掛けに答える余裕は無いようです」

 

 混乱した状態で通信すらままならない様子の『ヤマト』……シールドを強化しているとは言え余談を許さないこの状況にピカードは打開策がないか必死に思考を巡らせる。

 

「マズい状況ですね、これで『ヤマト』が『ボーグ』に同化されたら……」

「……最悪の事態を想定するしかないか」

 

 表情を固くするライカーに苦虫を噛み締めた表情を浮かべながらピカードは答える――その時、オプス・コンソールに座っていた士官が驚きの表情を浮かべながら報告する。

 

「――キャプテン! 艦内の空間に異常発生! 『ボーグ・キューブ』内の空間と回廊が形成されていきます!!」

「何!? シールドはどうなっている?」

「シールドが突破された形跡はありません――ドローンが艦内に進入!」

「保安クルーを回せ! 一般クルーは周辺から退避させろ」

「アイ・サー」

 

 ピカードの指示を実行すべく、艦内に退避命令をだしながらウォーフは保安部に連絡を取る。その姿を尻目に、ピカードはどうやって艦内に進入したのか思案する……シールドがあれば転送ビームは阻害されて艦内に人員を送り込むことは出来ない筈だが、現に進入されている。つまり転送以外の方法で人員を送り込む方法がある可能性が高い。

 

 そうなると何処にドローンを送り込まれるか感知する方法が無く、此方がかなりの不利となってエンタープライズを奪われてしまうかもしれない。数ヶ月前の侵攻の折にはエンタープライズ艦内に『ボーグ』の進入を許し、艦を放棄する寸前にまで追い込まれてしまった……今度こそ船を守り抜かねばならない。

 

 しかも今回は平行世界から迷い込んだ『ヤマト』まで居る――かの船のテクノロジーである次元波動機関まで『ボーグ』の手に渡れば、疲弊した惑星連邦は赤子の手を捻るが如く簡単に征服されてしまうだろう。

 

 それだけは何としても阻止しなければならない……最後の手段を使ってでも。

 




どうも、しがない小説書きのSOULです。
今回、STAR TREKの映画の内容について簡単ながら触れています。
興味のある方は、ぜひSTAR TREK ファーストコンタクトをご視聴ください。

今までとは違う無気味な変質を見せる『ボーグ』に途惑う暇なく艦内に『ドローン」の侵入を許した『ヤマト』と『エンタープライズ』。絶体絶命の窮地に陥った二隻はどうなるのか?

次回 第十三話 目覚めしは――

では、また近いうちに。


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第十三話 目覚めしは――

風向きが変わる――。


 西暦2199年6月1日 宇宙戦艦『ヤマト』艦内

 

 突如姿を現して目の前に立ち塞がった三隻目の『ボーグ・キューブ』。知らぬ間にアルファ宇宙域の辺境部に三隻もの『ボーグ・キューブ』の侵入を許していた事を知った惑星連邦士官達は驚愕している暇すら与えられなかった。

 

 映像通信で一方的な宣言の下、『ボーグ・キューブ』は『ヤマト』と『エンタープライズ』に『同化』の先兵『ボーグ・ドローン』を双方の艦内に大量に送り込んできたのだ――『ボーグ・ドローン』の侵攻は留まる事を知らず、保安クルーや捕まった哀れなクルーを同化して勢力を増しながら『ヤマト』の艦内を侵食していく……幸運なのは『ボーグ』が機関室以外の設備に興味を示さず、『ドローン』の行動をモニター出来る事だろう。最初に襲われた機関室は犠牲を出したが機関長徳川の迅速な判断によって大多数の機関部クルーは非常口より脱出しており、人的な被害が最小限であった。

 

 


 

 

 『ヤマト』医務室

 

「先生、逃げましょう!」

「どこに逃げると言うんじゃ! わしゃ逃げんぞ!」

 

 衛生士である原田真琴が佐渡酒蔵に逃げるように進めるが、佐渡はガンとして首を縦に振らなかった――医師である自分が此処を離れたら、怪我人が搬送された時に適切な対処が出来ないと考えて医務室を死守するつもりでいるのだ。

 

「佐渡せんせ、怖いよぉ」

「おおぅ、翡翠ちゃん。お前さんは原田君と一緒に避難するんじゃ」

「……せんせも一緒に行こう?」

「わしゃ、此処で仕事があるでな。後から行くから先に行って待っとってくれ」

 

 『ヤマト』に迷い込んだ異星人の少女翡翠が佐渡にしがみつくが、その手を優しく放しながら佐渡は視線を合わせて諭すように語り掛けた。

 

 目に涙を溜めながらも手を離した翡翠を優しく原田の方へ押しやったその時、医務室のドアが大きな音を立てた。音に驚き飛び上がった三人を尻目に、硬い物を何度も打ち付ける音と共にドアは変形していき、出来た隙間に手が差し込まれて無理矢理ドアを押し広げていく……人が一人通れる隙間が出来るや否や、灰色の肌をした男が身体を押し込むようにして医務室へと進入して来たのだ。

 

 全身が黒いプロテクターで覆われて右腕が金属製のマニュピュレーターに置き換えられた異様な男は、その無表情な顔を医務室の奥に固まる三人に向けて右目に相当する部分に装着されたレンズを何かを探るかのように動かして三人に近付いて行く。

 

「コッチに来るな! アッチ行け!!」

「真琴おねえちゃん怖いよ!」

「二人共ワシの後ろに隠れるんじゃ!」

 

 二人を庇うようにして後ろに隠しながら佐渡は近づいて来る男を睨みつけるが、男は何ら反応を示さずに佐渡を右腕のマニュピュレーターで弾き飛ばす。

 

「先生!?」

「せんせぇ!?」

 

 吹き飛ばされた佐渡の身を案じて声を上げる二人を無機質な目で見つめた男は、左手で原田を掴むと押し退けるようにして退かした後に翡翠の前に立った。

 

「ひっ!?」

「――このっ! 翡翠に触るな、変態!!」

 

 恐怖に短く悲鳴を上げる翡翠を見た原田は恐怖を押さえ付けると男の腰にしがみついて止めようとするが、男の胆力は凄まじく腰にしがみついた原田を軽々と引きずって翡翠に迫る。

 

「逃げなさい、翡翠!?」

 

 迫る男を必死に止めようとしながら原田は翡翠に逃げるように促すが、恐怖に足が竦んだ翡翠は動く事が出来ない……右腕のマニュピュレーターを展開した男は翡翠を壁に押し付けて身動きを封じると、左手を翡翠の首筋に近付けていく。

 

「止めてぇぇぇえ!?」

 

 必死に止める原田の目の前で男の左手から伸びた同化チューブが無常にも翡翠の首筋に突き刺さり、チューブからナノプローブが注入されていき、翡翠の体が小刻みに震え始める。呆然とした表情でそれを見ていた原田は絶望のあまり目の前が暗くなり、悲痛な叫び声を上げた…………時、周囲に聞き慣れぬ女性の声が響く。

 

『異物の進入を確認、抗体システム起動します』

「……えっ?」

 

 それは確かに翡翠の口より発せられた言葉であるが、声がいつもの翡翠の声ではなく別人が喋ったかのようだった。驚きの声を上げる原田の目の前で、表面上は分からないが翡翠の身体の中で劇的な変化が生じる――体内に流れる血液に存在する赤血球に擬態していた『抗体システム』が目を覚まして、体内に進入したナノプローブを瞬く間に駆逐していき傷ついた細胞を修復していった。その修復はナノプローブによって傷ついた細胞のみならず、体内にある全ての損傷――脳組織の奥にあった小さな損傷も修復していく。

脳組織の小さな傷が修復されると脳内ネットワークが再構築されていき、『ヤマト』の艦体に激突した際に失われた記憶が呼び覚まされていった。

 

「……ふん、まさか抗体システムに助けられるなんて、癪だけどプロフェッサーに感謝だね」

「……えっ? えっ?」

 

 痙攣しながら苦悶の表情を浮かべていた翡翠が一転して皮肉げに鼻を鳴らす様子を見て、理解できないのか呆けた声を出す原田。状況は原田の理解を待ってはくれず、翡翠は押さえつけるマニュピュレーターを掴むとゆっくりと押し退けていく。とても小柄な身体からは考えられないほどの力を発揮しながら異星人の男のマニュピュレーターを押し返している翡翠の姿に混乱している原田は、彼女の瞳が何時もの緑色ではなく、血のように真っ赤な色をしている事に気付いて思わず息を呑む。

 

「……何時まで押さえ付けているつもりだ!」

 

 左手でマニュピュレーターを押し退けた翡翠は、右手を握り締めると気合一閃――男の腹部に閃光の速さで拳が叩き込まれてプロテクターを砕いて吹き飛ばす。

 

「……えっ? えっ? えっ?」

 

 事態について行けずに呆けた声を連発する原田を尻目に翡翠はゆっくりとした足取りで歩き出すと、ダメージのあまりうまく動けない男の背中に手を入れると何かを探すように動かして行く。

 

「怪我はない真琴ねえちゃん?」

「えっ? ええっ」

「そう、ちょっと待ってね……と、あった」

 

 探し物を見つけた翡翠は掛け声と共に何かを引き抜くと、男は一瞬痙攣をして動かなくなる。それを見届けた後に翡翠は,最初に吹き飛ばされた佐渡の側に行って状態を確かめる。首筋に手を当てて脈拍を確認している姿は普段の翡翠であり、その瞳も緑色の光を宿しており、先ほどの赤い瞳は見間違いだったのかもしれない。佐渡の身体を触って異常がないか確認し……気絶しているだけのようだと判断した翡翠は、佐渡の身体を小さく揺らしながら声をかける。

 

「骨は折れていないようね、せんせ起きてよ」

 

 ゆっくりと佐渡の身体を揺らして覚醒を促すと、ほどなくして佐渡が目を覚ました。最初は朦朧としていた佐渡だったが、男の存在を思い出すと焦ったような表情で翡翠を庇おうとするので、笑いながら翡翠は男を無力化した事を告げる。

 

「何と、強いなぁ翡翠ちゃんは」

「まぁね、あの程度なら簡単、簡単」

 

 褒められて嬉しいのか無い胸を張る翡翠。そんな和気藹々と言った所へ戸惑った様子の原田が近付いてくる。

 

「……翡翠、一体何がどうなっているの?」

 

 まだ混乱しているのか困惑の表情を浮かべている原田の問い掛けに、翡翠は唇を尖らせると不満げにボヤき始める。

 

「どうなっているって言うのはコッチのセリフだよ、なんで昔に絶滅したはずの『ボーグ』が居るのよ?」

 

 アケーリアスめ、手を抜きやがったな! あの引きこもり共め、とこの場に居ない誰かに恨み言を口にしながら翡翠はぐるりと周囲を見回すと、あっちに一つこっちに三つかと『ヤマト』に進入してきた『ボーグ・ドローン』の大体の位置を把握したかのように呟いた。

 

「とりあえずは近くには居ないようだから、せんせとねえちゃんは此処にいてね」

「お主はどうするつもりなんじゃ?」

「私? けっこう危ない人も居るようだしね、人の身体に変なモノを入れてくれたお礼をしに行って来るよ」

 

 軽い口調で物騒な事を言い出す翡翠に、佐渡と原田は揃って顔を青くすると物凄い勢いで止めに掛かる。

 

「何を言っとるんじゃ! 危ないからお主も此処に居るんじゃ!」

「そうよ翡翠! 危ないから出ちゃダメよ!」

 

 二人とも真剣に自分の身を案じている事を感じ取り、翡翠は照れるやら擽ったいやらと口元を緩ませながら後頭部をぽりぽりと掻きながらも、きっぱりとした口調で否と告げる。

 

「さっきも言ったけど危ない所もあるし、ユリーシャねえちゃんも助けないと後からイジけそうだから」

 

 ウィンクしながら理由を伝える翡翠だったが、先程から口元が緩んでいる事も相まってとても真面目にやっているようには感じられず、佐渡と原田に猛反対を受けた。最初は心配している事を嬉しそうに聞いていたが、終わらない説教に焦れてきたのか憮然とした表情を浮かべると、実力行使に出る事にした。

 

「ああっ、もう! という事で行ってきます」

「こりゃ! 何処へ行くんじゃ!?」

「こら翡翠! 何処へ行くの!?」

 

 怒声を振り切って医務室の歪んだドアの間から通路に出た翡翠は、背後から聞こえる「後でお説教よ!」という原田の声に冷や汗を一筋流しながら通路を疾走していく――目指すは通路の先の『ドローン』が大勢いる場所である。

 

 


 

 

 

 『ヤマト』艦内第十八階層主幹エレベーターホール付近

 

「踏ん張れ! 此処を抜かれたら艦橋まで一直線だ!!」

 

 戦闘指揮を取る為に第一艦橋から降りてきた古代は、合流した保安部員達と共に侵攻してくる『ボーグ・ドローン』達を迎え撃っていた。携帯していた『南部97式拳銃』通称コスモニューナンブを打ちながら声を張り上げる。

 

 『ボーグ・ドローン』を発見して直ぐに戦闘に突入して最初の数体には銃も十分威力を発揮したが、その後は『ドローン』の前面にシールドが形成されて此方の攻撃を全て弾き、携帯式の実体弾も身体を覆うプロテクターを貫通する事は出来ずにじわじわと後退して遂には主幹エレベーターホールまで後退してしまった……このままでは主幹エレベーターまで到達した『ドローン』が第一艦橋にまで到達してしまう。

 

 エレベーターを爆破して後退する事を考えていたその時、通路を埋め尽くす『ドローン』達の後方から重く鈍い音が響いて最後尾の『ドローン』が見えなくなる……その音はその後も響いて、その度に『ドローン』の姿が見えなくなった。

 

「……何だ?」

「戦術長、一体何が?」

「……分からない」

 

 訝しげに『ドローン』達の後方に目を向ける古代と保安部員だが、彼らの眼には『ドローン』以外の姿は見えない……思わず銃を撃つ事すらも忘れて異様な光景の原因を確かめようとしていた二人の眼にその原因の姿が判明すると、二人共そろって間抜けな声を上げてしまった。

 

「……な、何なんだ」

「戦術長。俺の目が悪くなったのかな、子供が『ボーグ』を殴り倒しているように見えるんだが」

「……」

 

 揃って呆けた表情を浮かべる二人の眼前には、拘束しようとする『ドローン』の手を掻い潜って反撃の拳を腹部に叩き込んでいる栗色の髪をした少女の姿があった――プロテクターの破片をばら撒きながら崩れ落ちる『ドローン』を冷たい目で見ていた少女は、背後から拘束しようとしてくる別の『ドローン』の手を掻い潜ると首筋に向けてハイ・キックを繰り出して吹き飛ばした後、近くにいた別の『ドローン』の腹部に向けて左肘を打ち込んでプロテクターを破壊する。

 

 まるで手馴れた作業のように『ドローン』を無力化していく少女の姿を、攻撃する事すらも忘れた保安部員達は呆然とした表情で見ていた……人外の豪力を発揮して攻撃を無効化するシールドに守られた『ボーグ・ドローン』には全く歯が立たず撤退を繰り返していた保安部員達にとって、眼の前で繰り広げられた光景は悪夢のようなものであった。

 

「……ウソだろぉ」

「……あんなに苦戦した化け物どもを、こうもあっさりと」

「……幼女が華麗に舞って化け物どもを倒していく」

 

 驚きを隠せない保安部員達の中でいち早く正気に戻った古代は、『ドローン』を無力化して近づいて来る少女に問掛ける。

 

「……翡翠だよな? 君は一体」

 

 古代の声に気づいた少女――翡翠は緑色をした瞳を向ける。

 

「怪我はない、古代のおじちゃん」

「――誰がおじちゃんだ! 俺はまだ二十歳だ」

 

 ふざけたことを言う翡翠に思わず怒鳴り返してしまった二十歳の古代。そんな彼の様子に笑みを浮かべながら翡翠は保安部員達の待つ方へと近付いて行く……眼の前で繰り広げられた光景をまだ飲み込めないのか、無言のままの保安部員達に視線を向けた。

 

「『ドローン』はシールドで守られているからエネルギー兵器は悪手。質量弾もプロテクターで弾かれるから至近距離からの関節への攻撃が有効よ。けど両手には同化チューブがあるからそこは注意してね」

 

 似合わないウィンクを残して翡翠は保安部員達の傍を通り過ぎる。

 

「どこに行くんだ翡翠?」

「ん? 徳川のおじいちゃんやユリーシャねえちゃんを助けにいかないとね……特にユリーシャねえちゃんは助けないと拗ねるから」

 

 翡翠は古代の問い掛けに苦笑を浮かべながら答えると、

 

「ほんじゃね」

 

 軽く手を振って翡翠は居住区の方向へと走り始める。

 古代を始めとした保安部員達はしばらくその場に留まっていたが、気を取り直すかのように一つ咳払いをした後に保安部員達に次の場所へ向かう事を告げるのだった。

 

 


 

 

 『ヤマト』艦内居住区

 

 『ボーグ・ドローン』の侵攻は『ヤマト』艦内の至る所におよび、居住区にて待機していたユリーシャに憑依されている岬百合亜と護衛である星名透は、周囲に不穏な空気を感じて移動しようとした矢先に通路に光が集まって実体化した『ボーグ・ドローン』と遭遇してしまった。

 

「ユリーシャ下がってください」

 

 即座に反応した星名はユリーシャを庇うように背中に隠してコスモニューナンブを抜いて現れた『ドローン』に向けて発砲するが、既に対応したシールドに阻まれてエネルギー弾は虚しく弾かれる。それを見た星名は顔を顰めると、ユリーシャの手を引いて『ドローン』から少しでも遠ざかろうと走り始めた。

 

「こっちです!」

「――待って星名」

 

 ユリーシャの手を引いて少しでも『ドローン』から距離を取ろうとする星名であったが、走り始めてから暫くすると目の前にまた光が集まり別の『ドローン』が実体化する。

 

「くっ!? こっちですユリーシャ」

 

 通路を塞がれた星名はユリーシャの手を引いて元来た道を戻る――前後を『ドローン』に挟まれた星名は、ユリーシャを連れて近くにあったドアを開けると共に中に入り開閉装置の配線を撃ち抜いた。

 

「これで暫くは時間が稼げるはずです」

「これからどうするの?」

「……助けが来るまで立てこもります」

 

 ベッドの傍にある通信システムを起動すると第一艦橋に繋いで現状の報告と援軍の要請を告げる。

 

「星名、どうだった?」

「……今、『ヤマト』艦内は至る所に『ボーグ』の襲撃を受けて大混乱に陥っている様で増援の到着まで暫く掛かるそうです」

 

 星名は不安にさせるかもしれないがユリーシャに現状を正確に伝えることにした。

 

「大丈夫ですよ、ユリーシャ。いざという時には僕が守ります」

 

 とは言えコスモニューナンブは効果がなく。ドアの開閉装置を破壊したとは言え、言い換えれば逃げ場がないという事だ。後は『ドローン』がドアを破るのが先か、増援が来るのが先かの勝負になる。

 

 ユリーシャをベッドに座らせて何か武器になるものがないか部屋の中を見回すが、めぼしい物はなく現行の装備で対処するしかない――そう腹を決めたその時、突然ドアから大きな音が聞こえて来た。

 

 ……どうやらあまり猶予は無いようである。先程から大きな音と共にドアが歪んできている、星名はユリーシャに立つように促すと部屋の奥に行くように指示をして自分は拳銃を構えて準備をする……たとえ効かなくても牽制程度にはなるだろう、後は隙を作ってユリーシャだけでも逃がすしかない。

 

 覚悟を決めた星名の前でドアがどんどん歪んでいき、遂には『ドローン』のマニュピュレーターが差し込まれて無理矢理開いていく――星名は拳銃を構えると、無理やり身体をねじ込もうとする『ドローン』に向けて発砲するがシールドに虚しくはじかれる。それでも連続して発砲して少しでも侵入してくるのを遅くしようとするが効果はなく、『ドローン』は身体をねじ込んで遂には部屋の中へと侵入を果たした。

 

「このっ!」

 

 侵入してきた『ドローン』に向けてタックルをした星名だったが、あっさりと弾き飛ばされて部屋の奥の壁に叩きつけられた。

 

「星名!?」

「……くっ。アイツの注意を引きますので、その隙にユリーシャは逃げてください」

 

 よろよろと立ち上がった星名は、息を整えると一気に『ドローン』の腰辺りを目掛けて再びタックルを敢行する。腰にしがみつく星名を『ドローン』は煩わしそうに振り払おうとするが、星名は必死になって放されまいとする。

 

「今のうちに逃げてください、ユリーシャ!」

「星名!?」

 

 地力が違いすぎて再び壁に叩きつけられて意識を失ってしまった……『ドローン』は左手から同化チューブを伸ばすと意識を失いぐったりとした星名に近づいていく。だが『ドローン』が近づく前に星名との間に割り込んだユリーシャが両手を大きく広げて立ち塞がった。

 

「ダメ! 星名に近づかないで!」

 

 必死な表情で星名を庇うユリーシャだったが、『ドローン』はまるで意に介さずにマニュピュレーターをユリーシャに伸ばすと彼女の身体を拘束する。

 

「放して!」

 

 ユリーシャは逃れようと抵抗するが、身体を拘束しているマニュピュレーターはビクともしない。抵抗するユリーシャを無表情で見ていた『ドローン』は左手から伸ばしている同化チューブを首筋目掛けて突き立てようとしたその時――部屋に居るはずもない第三者の声が響いた。

 

「はい、そこまで」

「――翡翠?」

 

 突然響いた声に周囲を見回したユリーシャは、直ぐ側にいつの間にか栗色の髪をした少女が居る事に気付いて驚きの表情を浮かべたが、自分を拘束する『ドローン』を思い出して焦ったような表情を浮かべると翡翠に逃げるように促すが、当の翡翠はすまし顔で逃げる気配はない。

 

「翡翠早く!」

「大丈夫だよ、ユリーシャねえちゃん」

 

 そう言ってユリーシャは『ドローン』のマニュピュレーターの関節部分を掴むとそのまま握り潰して、怯んだ『ドローン』に足を引っ掛けて転倒させると『ドローン』の上に覆い被さって左手を拘束してから首元から背中に手を入れて何かを探す……暫くして目的のモノを探し当てたのか、背中から何かを引き抜くと『ドローン』は一瞬痙攣した後に機能を停止した。あっさりと『ドローン』を制圧した事に驚いたユリーシャであったが、立ち上がってこちらに近付いて来る翡翠を見てさらに驚くことになる――普段は緑色をしている翡翠の瞳が血の様に真っ赤に染まっていたから……その真紅の瞳を見たユリーシャは、ある恐ろしい“おとぎ話”を思い出した。

 

「……殺したの?」

「ううん、気絶しただけ」

 

 険しい表情を浮かべて殺したのか問い質すユリーシャに、翡翠は手に持っている小さな機械を見せる。

 

「……これは?」

「『ニューロ・トランシーバー』これで『ドローン』は『ボーグ』の集合意識とリンクしているのだけど、無理矢理引っこ抜いたからショックで気絶したの」

 

 説明しながら翡翠は壁際で気絶している星名を揺り起こす。すでにその瞳は何時ものエメラルド・グリーンに戻っていたが、先ほどの真紅の瞳を見たユリーシャは動けなかった。

 

「……うん……翡翠ちゃん?」

「怪我はないみたいだね、星名にいちゃん」

 

 気絶から目覚めた星名は首を振って意識を覚醒させると、覗き込んでいる翡翠に気付いて驚きの表情を浮かべる。何とか起き上がった星名は倒れている『ドローン』に気づくと、困惑したような表情を浮かべて半信半疑ながらユリーシャに『ドローン』を倒したのか問い掛けるも、ユリーシャは首を横に振って翡翠が倒した事を伝える。

 

「……翡翠ちゃんが?」

 

 更に困惑した表情を浮かべる星名……幾ら異星人だとは言え、見た目が地球人で言う所の十歳前後の女の子が『ドローン』を倒したと言ってもにわかには信じ難い。困惑を深める星名の姿に、くすっと笑みを浮かべた翡翠はユリーシャにしたのと同じ説明を伝える。

 

「『ドローン』にはそんな弱点があったのか……けど何でそんな事を君が? この宇宙は僕達の宇宙じゃないと言う話なのに……」

 

 疑問を浮かべる星名に翡翠は苦笑を浮かべると、今は安全を確保する方が先であると諭す。

 

「今なら医務室の周囲には『ドローン』が居ないと思うからそこへ向かって」

 

 この部屋に来るまでに出会った『ドローン』は片っ端から無力化してきたので時間は掛かったが相手も警戒して暫くは増援を送り込むのは躊躇するはずであるので、比較的安全に医務室へ行けるだろうと翡翠は考える。

 

「――翡翠はどうするの?」

「私は徳川のおじいちゃんが心配だからね」

「危ないから一緒に行こう?」

 

 普段の翡翠に戻った翡翠に安心したが、やはり子供が一人で行動する事を心配したのか一緒に医務室へ行くように勧めるユリーシャに困ったような表情を浮かべた翡翠は大丈夫と答える。

 

「大丈夫だよ、様子を見てくるだけだから。ねえちゃん達も早く医務室へ行った方が良いよ」

 

 そう言って翡翠は部屋から出て行こうとする。

 

「――翡翠!」

「じゃあね」

 

 止めるユリーシャに別れを告げて翡翠は部屋を出ると、艦体後部に向けて通路を疾走した。

 

 


 

 

 『ヤマト』艦内機関室付近

 

 最初に『ボーグ・『ドローン』』の襲撃を受けた機関室は、機関長徳川の迅速な判断によって最小限の犠牲のみで機関室を脱出して駆け付けた保安部員と合流して機関室奪還の為に突入しようとしていた。

 

「ええい! ここはワシらの仕事場じゃ!」

 

 機関室のドアを開けて突入したは良いが、迎撃に出てきた『ドローン』に阻まれて思うように進めない……しかも環境設定を変化させたのか機関室内が異様に暑苦しく、室内も暗い緑色の照明で照らされて馴染み深い機関室の光景とはとても思えず、まるで異星人の船に迷い込んだかのような印象すら感じる。

 

「好き勝手しおってからに」

 

 生き残った機関部員と合流した保安部員達と『ドローン』に攻撃をするが場所が場所なだけに大出力な火器は使えず、乗り込んだは良いが入口近くから進めていないのが現状であった――それでも『ヤマト』の心臓部である波動エンジンは何としても取り戻す必要があった。

 

 すでに老年である徳川さえも老体にムチを打って慣れないコスモガンを撃つが『ドローン』のシールドに虚しく弾かれる。その光景に苦虫を噛み砕いたかのような表情を浮かべる徳川の右横より音もなく『ボーグ・ドローン』が忍び寄り、徳川に襲いかかった。

 

「うおぅ!? 離せ、離さんか!」

「おやっさん!?」

 

 右腕のマニュピュレーターで徳川を拘束した『ドローン』は助け出そうとする他の乗組員を左手で振り払った後、左手から同化チューブを伸ばして徳川の首筋に突き立てた。苦悶の表情を浮かべる徳川に同化チューブより同化ナノプローブを注入するにつれて抵抗する動きが緩慢になっていく……非道な光景に徳川を慕う機関部員達は眼を逸らしていく――そして、その光景は徳川を助けに来た翡翠の目にも映った――緑色をしていた翡翠の瞳が真紅に染まる。

 

「こ――の! 何をしているか!?」

 

 通路を走っていた翡翠は更にスピードを上げると跳躍――徳川を拘束している『ドローン』の顔を目掛けて蹴りを叩き込む。たまらず吹き飛ぶ『ドローン』には一瞥すらせず、倒れている徳川を抱き起こした翡翠は灰色に変色していく皮膚を見て顔色を変えると、指の先を食い千切って徳川の首筋にある『同化チューブ』を打ち込まれた跡に添える。

 

「……お嬢ちゃん、何をしているんだ!?」

「――黙って!」

 

 疑問に思った機関部員が声をかけるが翡翠はそれを一蹴する。徳川の状態を真剣な面持ちで見ていた翡翠だったが、肌の色が元に戻って呼吸が安定すると小さく息を吐き出す……しばらくして徳川が目を覚ました。

 

「……愛子?」

「……残念、翡翠だよ」

 

 朦朧とした意識の中で愛しい孫娘と見間違えた徳川に優しく微笑みながら翡翠はゆっくり徳川を床に下ろすと、立ち上がって『ドローン』達の方へ向いた翡翠の瞳は真紅の輝きが増して、ギラギラと危険な光を浮かべていた。

 

「……よくも」

 

 一言呟いた翡翠の身体一瞬ブレると、次の瞬間には機関部の奥にいた『ドローン』達の膝下にまで移動して周囲にいた『ボーグ・ドローン』を瞬く間に無力化した。

 

「……おいおい、ウソだろう」

「……人間業じゃねえなぁ」

 

 人の範疇を超えた動きに保安部員達が強ばった表情のまま呟く……機関室内の『ドローン』の全てを無力化した翡翠は、倒れた『ドローン』を一瞥すらせずに保安部員達の居る――その奥の徳川が横たわる場所へと向かって行く。

 途中で保安部員達の傍を通る時、銃こそ向けられなかったが保安部員達の眼には未知の―よく分からないモノへの戸惑いと恐怖が見え隠れしていたが、翡翠は何も言わずに傍を通り過ぎて床に横たわる徳川の側に座った。

 

「……おおっ、翡翠ちゃんか。もう大丈夫じゃよ」

「ダメだよ、おじいちゃん。安静にしてなきゃ」

 

 弱々しい笑顔を浮かべて起き上がろうとする徳川を優しく静止する翡翠。静止を受けて再び床に横たわる徳川。その時、徳川の様子を見ていた応急長の山崎は翡翠に問掛ける。

 

「翡翠。徳川さんは『ボーグ』にやられて危険な状態だったと思える。君は一体何をしたんだ?」

 

 先ほど徳川は『ドローン』よって首筋に同化チューブを打たれてナノプローブを注入されていた。顔色も変わって抵抗すらも出来ない状態だったが、翡翠が側に来て劇的に症状は改善したのだ。どうやったのか、副作用はないのか気になるのは当然であろう。

 

 だが、翡翠はそれには答えずに徳川を安静にしておくように告げて、立ち上がると通路を歩いていく。

 

「何処へ行くんだ、翡翠?」

「……まだ、困っている人が居るようだからね」

「……気をつけてな」

「……ありがとう、山﨑のおじちゃん」

 

 一瞬止めようとした山﨑だったが、機関室を占拠していた『ボーグ』を瞬く間に無力化した翡翠の実力を思い出すと口を紡いで代わりに道中気を付けて行くようにと声をかける……確かに驚異的な能力で『ボーグ』達を叩き伏せたが、その姿はまだ子供でしかなく一言だけでも声をかけるべきだと思ったのだ。そして翡翠もまた山﨑の心遣いを知ってか、一言礼を言ってから通路を走り出した。

 

 




どうも、しがない小説書きのSOULです。

小さな台風の覚醒により風向きに変化の兆しが見える――しかし、これで終わるような相手ではなかった。

次回 第十四話 白銀の妖精、とんでもない爆弾が落ちます。

では、また近いうちに。


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第十四話 白銀の妖精

 『ヤマト』 第一艦橋


 

 

「艦内の様子はどうか?」

「艦内の至る所で『ボーグ・ドローン』と交戦状態にありますが、苦戦していますね」

 

 沖田艦長の問い掛けに技術支援席にて艦内の様子をモニターしている真田は難しい表情を浮かべながら答える――データー少佐からの情報では『ボーグ』は同化する為に『ドローン』を送り込んで来る事は聞いていたが、『エンタープライズ』にも装備されているという転送システムを使って次々と送り込んで来る手法のなんと悪辣な事か。

 

 倒しても攻撃方法を解析して全『ドローン』が即座に対応する為に彼らの排除は困難を極める。また倒したとしても敵艦から増援が『ヤマト』艦内に次々と転送されており隔壁を下げても意味がない……どこかで流れを変えなければ『ヤマト』は『ボーグ』に制圧されてしまうだろう。

 

「データー少佐、『ボーグ』の攻撃に対して何か有効的な手段はないか?」

「……まずは『ドローン』の増援を食い止めるべきでしょう。『ヤマト』の防御システムである波動防壁ならば『キューブ』からの転送を阻害する効果がありますから、まずは波動防壁の復旧を考えた方がよいでしょう」

「……艦長、敵の増援を断つ為にも波動防壁の復旧が急務です。自分は復旧作業の指揮を執りたいと思います」

「……わかった」

 

 沖田艦長の許可を取ると真田は主幹エレベーターに乗り込んでコンバーターのある第三艦橋を目指す。

 

 そうしている間にも第一艦橋内は艦内に進入した『ドローン』への対処に追われていた――艦内で対応している保安部隊に『ドローン』の最新位置情報を伝えつつ、的確な配置を指示しているが『ドローン』を守るシールドを破れず苦慮していた。

 

 通信席で各保安部隊からの報告を受けていた相原は、その報告をうけた時に一瞬惚けたような表情を浮かべた。

 

「……すまない、もう一度繰り返してくれ……何だって!? 見間違いじゃないのか?」

「――どうした、相原」

 

 通信を受けて混乱している様子の相原に沖田艦長が問い掛けると、通信の内容に困惑しているのか相原は戸惑った表情のまま報告する。

 

「……先程から『ボーグ・ドローン』に対処している保安部員からの報告なのですが、艦内に進入した『ドローン』を子供が倒していったと言うのです――あっ! 古代一尉から通信が入りました」

「……私が出よう、スピーカーに繋げ」

「了解」

 

 相原は通信席のコンソールを操作して第一艦橋内に古代の声が響く。

 

『こちら古代。居住区近くの主幹エレベーターホール近くで『ドローン』と交戦していましたが……その……』

「どうした?」

『……突然、翡翠が乱入してきて『ドローン』を全て無力化していきました』

 

 言いづらそうにする古代を促した沖田艦長は、報告して来たその内容に一瞬絶句する。そしてそれは同じく報告を聞いていた艦橋内の乗組員達も同様で、妙な静寂が艦橋内に流れた。

 

「……で、翡翠はどうした」

『居住区方向へ向かいました』

「そうか、引き続き『ドローン』への対処をせよ」

『了解』

 

 通信を終えると戸惑いの表情を浮かべた乗組員達がひそひそと小声で話していた……翡翠に関する情報を最小限しか公表していないとはいえ、あれほど手ごわい『ボーグ・ドローン』を見た目は小さな女の子が無力化したというのだ。

 

「皆、思うところもあるだあろうが今は艦内に進入した『ドローン』を排除するのが先だ」

 

 沖田艦長に言われて皆慌ててそれぞれの仕事に戻る……すると通信席でやり取りをしていた相原が慌てたような表情を浮かべて報告する。

 

「保安部の星名より緊急連絡! 『ドローン』に遭遇してユリーシャと共に居住区で篭城中との事です」

「すぐに保安部を向かわせろ!」

 

 沖田艦長の命令を受けて相原は保安部に連絡を取り、ユリーシャを救出するように伝える――イスカンダルの要人である彼女に何かあれば、『ヤマト』の目的であるコスモリバースの受領に悪影響が出かねない……誰もが間に合う事を祈り……しばらくして相原の通信席に連絡が入る。

 

「こちら艦橋……そうか、分かった」

 

 通信席で二言三言話した後に相原は報告する。

 

「保安部の星名より報告。篭城していた居住室のドアは破られたが、乱入してきた翡翠により『ドローン』は無力化されたとの事です」

「……そうか」

 

 微妙な表情を浮かべて報告する相原にしばらく無言だった沖田艦長は短く答える。すると第三艦橋の真田より通信が入った。

 

『こちら真田。数十秒ですが波動防壁の展開が可能です』

「分かった――データー少佐、『ボーグ』の転送範囲はどうか?」

「そうですね、後50万キロも後退すれば範囲外になるでしょう」

「分かった。真田君、波動防壁を展開してくれ。島、直ぐに後退だ」

『わかりました』

「『ヤマト』後退します」

 

 艦首に搭載されているスラスターを使用して『ヤマト』は『ボーグ・キューブ』から距離を取る。当然『ボーグ』が見逃すはずもなく追って来るモノと思っていたが、キューブは動きを見せず時間は掛かったが『ヤマト』はキューブの転送範囲より離脱する事が出来た。

 

「……変ですね、『ボーグ』は同化すると決めたら生半可な事では諦めません」

 

 予備科員席に座っているデーター少佐は首を傾げながら呟く……彼の説明では『ボーグ集合体』は自らの完全性を常に求めており、完全性を満たす為に必要な技術や生物的な特性を同化しているので『ボーグ』が同化を諦めるというのは考えにくいと言う。

 

 ならば尚の事『ボーグ』に対抗する為にも波動エンジンの修理を急がねばならない。幸いにして再び翡翠の介入によって『ボーグ』に占拠されていた機関室が開放されたという報告が上がっており、あと数分で応急処置が完了するという。

 

 目にもの見せてくれる、と第一艦橋内で好戦的な雰囲気が流れている中、相原より『エンタープライズ』から通信が入ったとの報告が入り、沖田艦長はパネルに投影するように命じる――すると天井のパネルにピカードの姿が映し出された。

 

『『エンタープライズ』より『ヤマト』へ。そちらの状況はどうですか?』

「こちら『ヤマト』。艦内に進入した『ボーグ』は全員拘束しました、そちらはどうですか?」

『こちらも『ボーグ』は全て排除しました』

 

 『エンタープライズ』内に『ボーグ・キューブ』と空間を繋げられて進入を許したが、シールドを調整する事により空間接続を乱してそれ以上の進入を阻止したのだ。

 

『『ヤマト』の機関部の修理はどの位かかりますか?』

「後数分で応急処置が完了します」

『では修理が完了しだい、ワープで撤退しましょう』

「わかりました」

 

 両艦長の間で意見がまとまった時、『ボーグ・キューブ』より強烈な割り込み通信が入りピカードを映していたパネルに先ほどの黒づくめの男の姿が映し出された。男は黒いバイザーの下の唇を皮肉げに歪めた。

 

『相談は終わったか? どの道同化されるのだから無意味だ』

「我々は決して屈したりはしないぞ」

『……その行為も無意味だ』

 

 皮肉げに口を歪ませたまま男は通信を切る。

 

「来るぞ! 攻撃準備!」

「了解! 主砲一番、二番、三式弾装填――艦首魚雷発射管装填!」

「主砲仰角プラス五度、自動追尾装置よし」

 

 沖田艦長の号令の元、戦闘指揮席に座った南部が指示を出して砲雷撃管制席に座っている交代要員の北野哲也が各砲座の準備が完了した事を告げた。

 

「『ボーグ・キューブ』が移動を開始しました」

 

 技術支援席に座った森の交代要員としてコスモレーダーで監視していた西条未来から、ついに『キューブ』が動き出した事が伝えられて第一艦橋内に緊張が走る――誰もが『キューブ』の動きを、固唾を飲んで見つめる中で遂に待ちに待った報が機関室より伝えられた。

 

『こちら機関室、波動エンジンの応急修理が完了しました』

 

 負傷した徳川機関長に変わり修理を指揮していた応急長の山﨑より波動エンジンの修理が完了したとの報を受けて、第一艦橋内の空気が明るい物になる。

 

「よしっ! これで目に物見せてやる!」

 

 南部がガッツボースをしながら戦意を見せる。第三艦橋の真田によれば波動防壁は即時展開可能だが波動砲発射には不安が残るとの事だが十分戦えるだろう。

 

「『エンタープライズ』の様子はどうか?」

「エネルギー係数が高くなっています、戦闘態勢に移行した模様」

 

 沖田艦長の問いに技術支援席の森が『エンタープライズ』の様子を答える……撤退するにしてもそう簡単には逃がしてはくれないだろう――ならば強力な一撃を加えて怯んだ隙にワープで脱出する。

 

「『ボーグ』に一撃を加えた後にワープする、準備を怠るな」

「了解!」

 

 沖田艦長の指示に操縦桿を握った島が答え、航路監視席にて太田がワープ航路の算出を始める――そして攻撃命令を出そうとしたその時に“それ”は起こった。

 

「な、なんだ!? 突然、舵がきかなくなった!?」

「は、波動防壁が解除されます――ダメです、此方のコントロールを受け付けません!?」

「火器管制システムダウン! 再起動もできません」

 

 主操縦席の島が、突然操舵がきかなくなったと叫んだのを皮切りに次々と艦のシステムが制御不能になったとの報告が入る……混乱するクルーを一喝した沖田艦長は落ち着いて再起動するように促すが、事態は一向に改善には向かわない……混乱する第一艦橋に真田から通信が入り、艦橋クルーはその内容に困惑する事となる。

 

「……ハッキング?」

『はい、外部からメインフレームに干渉を受けて各機能がダウンしています』

「……しかし、『ヤマト』のシステムには何十にもプロテクトが掛かっているはずだが」

「相手は我々よりも遥かに技術の進んだ『ボーグ』です、我々の想像もつかない手段を持っていても不思議ではありません」

 

 真田と沖田艦長のやりとりにデーター少佐が加わる。

 

「これまで『ボーグ』は同化するなど直接的な手段を用いてきましたが、システムを乗っ取るような回りくどい手段を取ったと言う話は聞いた事がありません」

 

 興味深い、と顎に手をやりながら呟くデーター少佐。他人事のような物言いにむっとするクルーもいたが、状況を思い出して乗っ取られたシステムが復旧できないかあらゆる手段を試すがどれも上手くいかない。

 

「ダメだ! 全く反応しない!?」

「このまま何も出来ないままなぶり殺しかよ!?」

「希望を捨てるな! 諦めなければ道は有るはずだ」

 

 絶望的な状況に諦めかけているクルーに希望を持つように諭す沖田艦長だったが状況は一向に好転せず、ただ時間だけが過ぎている――そしてこの絶望的な状況は『ヤマト』のみではなく『エンタープライズ』もまた同じ状況に陥っているのか、武装に装填されたエネルギーは減少して動きを見せない。

 

「『エンタープライズ』に連絡は取れないか?」

「だめです、通信設備がまったく反応しません!」

 

 通信すらも出来ない状況で顔をしかめた時、『ボーグ・キューブ』に新たな動きがあった。『キューブ』の巨大な艦体の上部よりトラクタービームが照射されて『ヤマト』と『エンタープライズ』の艦体を捉えると、ゆっくりと引き寄せ始める。

 

 航法システムと武器管制システムを奪われた二隻は、逃れる事すらできずに『ボーグ・キューブ』へと引き寄せられて行く……すると巨大な『キューブ』の艦体の中央部分が開口していき、トラクタービームに囚われた二隻は開口部へと誘導されていく。

 

「あの中に入ったらオシマイだ……」

 

 誰かが絶望的な声を出した時、『ボーグ』との戦闘宙域の近くに突然無数の光が集まっていき何かを形作る――それは一隻の白亜の船であった。全長は四百メートル位か、推進機関らしきモジュールが船体に二基接続されており、上下に補助機関らしき物を装備したモジュールが接続されて機能的なスタイルをしている。

 

「……な、何だ?」

「……連邦の船?」

 

 突然現れた白い船を見て戸惑いの表情を浮かべる『ヤマト』の乗組員達。現れた船の形状から『エンタープライズ』に類似する物を感じた森のつぶやきをデーター少佐は否定する。

 

「いや、連邦艦にあのようなタイプは存在しない。設計思想は我々の船と類似する所もあるようだが、ワープ・ナセルに相当するシステムも見当たらないし。我々とは異なる技術によって稼働しているようだ」

 

 惑星連邦に属する航宙艦は艦体の中心部近くにワープ用の亜空間フィールド発生機関『ワープ・ナセル』を持っており、それは連邦の属するアルファ宇宙域のほぼ全ての勢力に共通するものである。

 

 そんな事を話している内に前方の不明船に動きがあった――船体の先頭部が三つのブレード状に展開されると、展開したブレードにて保護されていた三基のシステムが稼働を開始して前方の空間に負荷が掛かり歪んでいく――そして臨界に達すると、前方の『ボーグ・キューブ』へ向けて一気に発射された。

 

不明船より発射された白き奔流は、周囲の水素原子を励起させながら突き進んでキューブ のシールドと一瞬拮抗状態に陥ったが、シールドを食い破るとキューブの開口部へと吸い込まれていき、次の瞬間には大爆発を起こす――『ボーグ・キューブ』は各所で爆発を起こしてかなりのダメージを受けたように見えた。

 

 


 

 

 『ヤマト』第一艦橋

 

「――これは、舵が戻った!?」

「――各システムのコントロールが此方に戻ってきました!」

「恐らく今の攻撃で、『ボーグ』のハッキングする機能が停止したのだと思います」

 

各部署より『ヤマト』の機能が次々と復旧したとの報告が入る。

 

「――艦長! 前方の船より映像通信が入りました」

「……パネルに繋げ」

 

 相原より回復した通信機に前方の白い船より通信が入ったとの報告が入り、沖田艦長は天井のパネルに投影するように指示する。

 

 そしてパネルには一人の人物が映し出される――白を基調とした軍服のような服を着た金色の瞳と銀色の長い髪が特徴的な、まだ成人まえの少女の姿だった。地球人にはありえない髪と瞳の色に異星人かと身構える乗組員達だったが、少女は小さく頭を下げた後に話し出した。

 

『皆さん、はじめまして。私は地球連合宇宙軍 戦艦ナデシコCの艦長 ホシノ少佐です』

 

 

 




 どうも、しがない小説書きのSOULです。

 ついに登場した、三作目のクロス先 機動戦艦ナデシコ。

 ……コイツの、コイツの、コイツの所為で、話は倍に膨れ上がり、
 書き上げるのに無茶苦茶苦労したんです! ……失礼。取り乱しました。

 新たな勢力の登場で物語は新たな展開を見せる。
 ナデシコは何を求めてやってきたのか?

 次回 第十五話 深まる謎。

 では、また近いうちに。
 ……せっかくシリアスに話を進めていたのに、コイツと翡翠の所為で。(涙


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第十五話 深まる謎

 宇宙戦艦『ヤマト」第一艦橋


 

 メイン・パネルに映る彼女は、白を基調とした軍服のような服を着た金色の瞳と銀色の長い髪が特徴的な、整った容姿をしながらもまだ幼さの残こしていた。地球人にはありえない髪と瞳の色に異星人かと身構える『ヤマト』の乗組員達だったが、少女は小さく頭を下げた後に話し出した。

 

『皆さん、はじめまして。私は地球連合宇宙軍 戦艦『ナデシコC』の艦長 ホシノ少佐です』

 

 ……地球連合宇宙軍。なるほど、ピカード艦長もこういう気持ちだったのかと思い返す。今にして思えば、『エンタープライズ』との初接触の折に此方が所属を明かした際に妙な表情を浮かべていたな、と思い起こしながら沖田艦長は返答する。

 

「私が宇宙戦艦『ヤマト』の艦長 沖田十三だ」

 

 そこでモニターの半分にピカード艦長の姿が映る――どうやら『エンタープライズ』も機能を回復したようだ。

 

『貴官も地球を名乗られるのか、私はジヤン=リック・ピカード。USS『エンタープライズE』の指揮官だ』

 

 何やらため息を付きたそうな雰囲気を抑えて名乗るピカード艦長……どうやら『ヤマト』と『ナデシコ』を名乗る艦の登場は彼のストレスになっているようである。

 

『先程まで奪われていた機能は回復している。どうやら我々は貴艦に救われたようだ、感謝する』

「我々も感謝を伝えたい」

 

 やはり『エンタープライズ』も『ヤマト』同様にハッキングを受けて機能を奪われていたようだ、もしナデシコが現れなければ二隻共『ボーグ』の手に落ちていただろう。ここは素直に感謝を示したい所であるが、当のナデシコのホシノ艦長は首を横に振る。

 

『礼にはおよびません、私達にも目的がありますので』

 

 彼女の金色の瞳に一瞬光のノイズのようなモノが走ると「いい加減、姿を見せたらどうですか」と話す。誰に言っているのかと訝しんでいると、モニターに第三者の姿――先ほど『ボーグ』を名乗った黒づくめの男性の姿が映し出された。その男性を見たホシノ艦長の目がすっと細められたように感じた。

 

『やっと出てきましたね、アキトさん』

 

 座った眼をしたホシノ艦長は平坦な声で黒づくめの男性に声をかける――どういう事だ、ホシノ艦長とあの男性は知り合いなのか? データー少佐の説明では、これまで『ボーグ』は色々な種族を同化してきていると言う。つまりホシノ艦長は同化された知人を救出に来たと言う事か? パネルに映し出された二人の関係性を考えながら沖田艦長は静かに事態の推移を見守る事にした。

 

『テンカワ・アキトという人間はもう居ない。“俺”は『ボーグ』だ』

『それは前に聞きました』

『既にテンカワ・アキトは同化され、人格は消失している』

「それはおかしい」

 

 二人の会話にデーター少佐が異議を唱える。

 

「あなたは接触時より“俺”と呼称している。『ボーグ』に同化されたのなら集合意識にリンクされて“我々”と言うはずだ」

『――そうだな、『ボーグ』には個人という概念は基本的に存在しない』

 

 データー少佐の説明にピカード艦長も同意する――以前データー少佐の話では、ピカード艦長は六年前の『ボーグ』侵攻の折に同化された経験を持つという。経験者であるピカードは黒づくめの男性―テンカワ・アキトを鋭い視線で見る。

 

『……なんと言われようが、“俺”は『ボーグ』だ』

『……そんな事はどうでも良いんです』

 

 なおも『ボーグ』と言い募る男性に向けてホシノ艦長は座った眼のまま彼の言葉を止める。

 

『……アキトさん、私は怒っているんです。テンカワ・アキトは死んだだの、同化された、だとか』

 

 ……危機的状況だったはずだが会話を聞いていると痴話喧嘩にしか聞こえず、第一艦橋内に呆れたような雰囲気が流れ始める。そんな雰囲気の中をホシノ艦長とテンカワ・アキトの会話は続き、沖田艦長などは「若いな」などと微妙な感想を漏らす始末。

 

 そしてホシノ艦長は座った眼のままテンカワ・アキトに告げる。

 

『……けど、私よりもっと貴方の事を心配している人がいますから』

 

 彼女がそう告げた時『、エンタープライズE』のブリッジにて操舵を担当しているシオリ・エスタード少尉がこちらに近付いて来る船の存在に気付き、コン・コンソールからピカードへと報告する。

 

「サー、未確認の船が此方に向かって来ています。速度はワープ6」

「未確認?」

「未確認の船の発するワープサインの登録はありません」

 

 この並行世界では、超光速航法には船体を亜空間で包むワープ航法が使用される。亜空間を発生させるワープ・コイルを起動するとニュートリノが放出されて、それをセンサーで感知してデーターベースに照合すれば登録されていればどの勢力の航宙艦であるかが分かるのだが、その登録がないと言う事は未知の勢力の航宙艦であると言う事だ……例えば先ほど突然現れた『ナデシコC』を名乗る航宙艦の所属する勢力とか。

 

 

 ソレは光を伴って突如としてこの空間に出現した。

 ワープ・フィールドより通常空間に復帰したのは巨大な船であった――そのスケールは巨大な『ボーグ・キューブ』に遜色ないほどの大きさを持つ航宙艦であり、『エンタープライズ』とは真逆に前に向けて三本のブレード状の構造体を突き出した形をしている。

 

 全体が白い塗装で覆われたメイン構造体の側面にはワープ機関と思われる青白い光が輝いており、上下にほぼ同じ大きさの楕円形の構造物と合わせると航宙艦と言うより要塞艦と言うべきかもしれない程の巨体であるが、その設計思想はナデシコと通ずるものがあるように見受けられる。

 

 そしてホシノ艦長の映像から別の人物へと映像が変わる――銀色の髪の少女から青い髪の女性へと。ホシノ艦長と同じく白を基調とした制服を身に纏い、長い青い髪を持つ女性が映し出されると、テンカワ・アキトと呼ばれる『ドローン』の動きが一瞬止まったように思える。

 

『……アキト』

『……』

『ゴメンね、アキト。アキトが大変な時に側に居なくて……これじゃ奥さん失格だね』

『……』

 

悲しげな表情を浮かべて悲痛な心情を伝える女性だったが、テンカワ・アキトは何の反応も示さない……彼の態度に第一艦橋内の、特に女性クルーから非難の視線が向けられる。

 

『……けど、それでアキトがグレたとしたら、そんな夫を正すのも妻の勤め!』

『 “俺”はテンカワ・アキトではない――』

『大丈夫! 私がアキトを真人間に戻してみせるわ。だって私たちは夫婦だもの!』

 

 ……完全に痴話喧嘩になってしまった。

 

「……『ボーグ・キューブ』が逃げ始めました」

 

 コスモレーダー席の西条が投げやりな声で告げ、見ると巨大な『ボーグ・キューブ』が少しずつ遠ざかり始めていた。

 

『まってアキト!』

「――キューブの周囲に未知の粒子が発生しています」

 

 技術支援席でキューブをモニターしていた森の報告と共に、巨大な『ボーグ・キューブ』が光に包まれてその姿を消した。後には『ヤマト』と『エンタープライズ』。そしてテンカワ・アキトという『ボーグ』と浅からぬ縁がある『ナデシコ』と大型不明艦の四隻が残された。

 

「……『ボーグ・キューブ』の反応消失」

「……保安部より連絡。拘束していた『ボーグ・ドローン』達も光に包まれて消え去ったとのこと」

 

 最後は妙な雰囲気になったが、三隻もの『ボーグ・キューブ』に遭遇しながら二隻は撃破して、残る一隻は撤退していった……度重なる戦闘で艦体にはダメージが蓄積し、侵入したドローンによって乗組員にも被害が出ている。そう考えると、これ以上の戦闘の継続は困難だったろう。

 

「各部署は被害報告をまとめて報告せよ」

 

 戦闘で被った被害状況を報告するように指示していると、後から出現した大型の不明艦より青い髪をした女性士官より通信が入る。

 

『初めまして、沖田艦長。私は地球連合宇宙軍『ナデシコD』の艦長 テンカワ・ユリカです――きゃ!』

『――艦長。アンタは仕事の関係で新婚旅行が先だったから、結婚届が受理される前に死亡扱いされてミスマルのままでしょうが』

『――あっ! ひどいですミナトさん』

 

 ……中々楽しい女性士官の様だ。見ると艦長を名乗る女性とミナトと呼ばれた女性が口論をしているようである。埓が明かないので一旦通信を切ろうかと考えていると、映像が変わって先ほどのホシノ艦長の姿が映し出された。

 

『お騒がせしました。見れば二隻とも艦体にかなりのダメージが見受けられます、近くに私達が拠点にしている施設がありますので、そちらで修理をされませんか?』

 

 


 

 

『エンタープライズ』ブリッジ

 

『お騒がせしました。見れば二隻とも艦体にかなりのダメージが見受けられます。近くに私達が拠点にしている施設がありますので、そちらで修理をされませんか?』

 

 彼女が言うには放棄された宇宙基地を拠点として借りており、あの大型航宙艦を整備出来るだけの施設があるという。

 

 確かに三隻もの『ボーグ・キューブ』と戦って艦体にもかなりのダメージを受けており、どこかの宇宙基地のドックにて修理しようとは考えていたが、素直にその提案を受けて良いものかピカードは悩んで通信の音声を一旦止める。

 

 地球連合宇宙軍――『ヤマト』とは別組織に属する航宙艦二隻と遭遇するとは思ってもなく、ピカードはどう対処すべきか信頼するクルーに意見を求めた。

 

「どう思う、ナンバーワン」

「少なくとも『ボーグ』ではありませんし、こちらも艦体にかなりのダメージを追っていますので修理が必要です。そしてなにより今回遭遇した『ボーグ』は今までの『ボーグ』とは何かが違います」

「……その何かを彼女達が知っている可能性が高い、と言う訳か」

 

 ライカー副長が感じた違和感――三隻目の『ボーグ・キューブ』は大量の粒子――ポース粒子を操って移動をするという、これまで確認されたことがない移動手段を持っており、ナデシコと呼ばれる航宙艦も同じ移動手段を持っているようだ。。

 

 そして彼女達が拘ったテンカワ・アキトと呼ばれる『ドローン』の存在である――仮説だが、ポース粒子を用いた移動手段は彼女達の種族が用いるものであり、それを『ボーグ』が同化したのではないか? ならばその移動手段で移動できる距離とかかる時間を知る必要がある。

 

「カウンセラー、彼女からどういう感情が読み取れる?」

「……静かな湖のような穏やかさを感じます……彼女の提案からは悪意は感じません」

 

 ベタゾイド人とのハーフであるディアナ・トロイはある程度相手の心を読む事が出来き、彼女の能力によって正体不明の生命体や異星人とのコンタクトなど何度も助けられてきた。

 

 ここで彼女達との接触の機会を放棄する訳にはいかない……ならば後は『ヤマト』がどうするかだが、合流前に『ヤマト』はエンジントラブルを起こしていたのでどこかで修理する必要があるはずだ。

 

 ピカードは音声を回復させるとホシノ艦長との話を再開する。

 

「ありがとう、ホシノ艦長。ご厚意に甘えてそちらで修理をさせていただきたい」

 

 そしてピカードはメイン・ビューワーに映るもう一隻の艦長 沖田に視線を向ける。

 

「沖田艦長、我々は再び『ボーグ』が現れる可能性を考えて一刻も早く船を修理すべきだと考えるが、貴艦はどうされますか?」

『……我々もドックがある施設での修理が出来れば望ましいと考えています……再び『ボーグ』と戦う可能性がありますので』

「ではホシノ艦長、施設の座標を送っていただけますか」

『了解しま-――』

『わっかりました! 私がみなさんをお連れしましょう!』

『ちょっと、艦長! アンタ何を言って――』

『ノゼアちゃん、転移準備!』

『話を聞きなさい!』

『ほいほ~い・さー』

 

 ホシノ艦長に了承の意を伝えて話に出てきた施設の座標を送るように伝えている途中に、突然ミスマル艦長が割り込んで来て話を進めてしまう……先程も口論していたミナトとかいう女性の反対を押し切って。

 

 先ほどのテンカワ・アキトという『ボーグ』との会話でも思ったが、ミスマル艦長は自由奔放というか連邦の艦長には居ないタイプのようだ……何というか彼女を見ていると頭の痛い女性の事を思い出してしまう。

 

 余談になるが『エンタープライズE』艦長ジャン・リック・ピカードには二人の“天敵”がおり、一人はQ連続体に属する全知全能を自称する男性型の『Q』と、ピカードが頭の痛い女性として思い浮かべた純血のベタゾイド人であるラクサナ・トロイである。

 

 彼女ラクサナ・トロイは『エンタープライズE』のカウンセラー ディアナ・トロイの母親であり、娘であるディアナに逢う為に時折『エンタープライズ』を訪れているが……自由奔放な性格をしており、特にピカード艦長は彼女のターゲットにされて熱心なアタックを繰り広げては娘の手を焼かせているという、ピカード艦長は彼女に苦手意識を持っているのだ。

 

「――不明艦から周囲の空間に未知の素粒子が放射されて、周辺の物理現象に干渉しています……これは、周辺の空間を侵食しています」

 

 戦術ステーションでモニターしていたウォーフが『ナデシコD』の船体から周辺の空間に向けて幾何学模様が広がり、瞬く間に周囲の空間を埋め尽くして『エンタープライズE』や『ヤマト』の存在する空間を覆い尽くした事を報告する。瞬く間に周囲の空間を覆い尽くした幾何学模様だったが、『エンタープライズE』の船体には影響が皆無だとの報告を受けたピカードは、ビューワーに映っているミスマル艦長にこの現象を起こした真意を問い掛ける。

 

「ミスマル艦長、この現象は?」

『ご心配には及びません、みなさんをお連れする為のフィールドを発生させるものです』

『――もうっ! イネスさんに怒られても知らないからね!』

 

 どうやら『ナデシコD』では、まだ騒動が続いているようである。

 とりあえずピカードは視線をホシノ艦長へと向ける……年齢は若いが、まだ彼女の方が話は通じるように感じたのだ。

 

『……あれは周囲にフィールドを張って対象物を転移させるものですので実害はありません』

 

 ホシノ艦長の説明では転移に必要なフィールドを張る為の物だと言うが、鵜呑みには出来ない。ピカードは音声を止めると、ウォーフに周辺を覆う幾何学模様と『ナデシコD』をスキャンするように指示する。

 

 そしてピカードは何食わぬ顔で音声を回復させると、ホシノ艦長に転移先についての情報――座標や施設の規模などの情報の提示を求めるが、ホシノ艦長が答える前にミスマル艦長の能天気な声が響いた。

 

『おっまたせしました! ではこれよりジャンプします』

「――幾何学模様は『エンタープライズ』や『ヤマト』を中心にフィールドを形成しています」

 

 幾何学模様をモニターしていたウォーフよりの報告を受けたピカードは、ミスマル艦長の方へ視線を向ける――すると彼女の身体に光の線が幾重にも走って模様を描いていた。突然の変化に驚いていると、ウォーフから『エンタープライズ』の周囲の空間にポース粒子が発生しているとの報告を受ける。

 

「……これは」

「……さきほど『ボーグ・キューブ』が消えた際の」

 

 周囲の空間の変化にピカードとライカーが驚いている時、ミスマル艦長の澄んだ声が響く。

 

『――ジャンプ』

 

 彼女の澄んだ声が響くと同時に、幾何学模様の空間に包まれていた『エンタープライズE』と『ヤマト』は奇妙な感覚に襲われ、気が付くと通常空間へと出現した。

 

レポート!(報告!)

「艦内に影響はありません」

「艦体にも新たな損傷は認められません」

 

 ピカード艦長の元に報告が上がる……どうやら今の転移は『エンタープライズE』の艦体に悪影響はないようだ。一息付いたピカードだったが、硬い表情を浮かべたライカー副長に呼ばれる。

 

「どうしたナンバーワン」

「……あれを」

 

ライカー副長の示す先――前方の空間を映したビューワーには巨大な構造物が映し出される。それは傘状の大型構造物と円筒状の構造物で構成された惑星連邦の大型宇宙基地であった。

 

「……地球の周回軌道を回っているスペースドックよりも大きいかもしれませんね、全長百キロはありそうですよ」

「ホシノ艦長は放棄されていたと言っていたな、ウォーフ現在位置は?」

「現在位置は連邦領域の外縁部、ジュレ星系より二十光年の位置になります」

「……そんな所に大型の基地が置かれているなんて聞いたことがないぞ」

「……妙ですね」

「ウォーフ、施設に異常はないか?」

「――センサーによれば外傷はありません。ただ動力は最小限で稼働しているようです」

 

 惑星連邦の勢力圏は銀河系アルファ領域とベータ領域を合わせて八千光年におよび、ジュレ星系とは連邦領域の一番端に有って、『ボーグ』の勢力圏である銀河系の反対側デルタ領域と一番近い星系であった。そんな危険地帯にこれほど巨大な基地が置かれていたなど聞いた事はないし、それが放棄されたなど不可解にも程がある。

 

「ホシノ艦長に繋げ」

「アイ・サー」

 

 程なくして『ナデシコC』のホシノ艦長がビューワーに映る。

 

『なんでしょう?』

「ホシノ艦長、ここが貴方の言っていた放棄された施設で間違いありませんか?」

『ええ、そうですけど』

「この施設は惑星連邦の大型ステーションですが、我々にはこの位置にステーションが建造された記録がありません。何か異常はありませんでしたか?」

『……いえ、内部にも入りましたが戦闘の後もありませんでした』

 

 ホシノ艦長の返答にピカードは訝しげな表情を浮かべる……顎に手をやりしばらく考え込むと決断したのか再びホシノ艦長へ顔を向ける。

 

「ホシノ艦長。不審な点が多々ありますので、まずは調査をさせて欲しい」

『……わかりました、ご随意に』

 

 そう言ってホシノ艦長は通信を切る。

 そしてピカードはライカーに振り向くと、

 

「上陸班を編成して基地の内部を調査しろ」

「わかりました」

 

 ライカーは立ち上がると保安部員とエンジニアとしてラ=フォージに招集をかけるとウォーフにも参加するように告げてブリッジから転送ルームへと向かう。ライカーとウォーフが艦内移動設備であるターボリフトに乗り込む姿を見送ったピカードは、ブリッジ・クルーに指示した後に艦長室へと入って行く。

 

 ピカードの姿を見送ったカウンセラーのトロイは、戦闘後とは言え未知の勢力と相対しているこの状況で艦長室に籠るなど、普段の彼からは考えられずに猛烈な違和感として写った。

 

 


 

 

 『エンタープライズE』 艦長室

 

 艦長室へと入ったピカードは、暫く窓から見える星々を眺めていたが壁に設置されたレプリケーターに向かうと、音声入力でアールグレイを頼む――レプリケーターに記録された分子配列情報を基にアールグレイとそれを入れるティーカップが構築される。ティーカップを受け取るとそれに口を付けて気分を落ち着かせようとするが、いつもと違ってアールグレイの豊潤な香りは感じられず何の味もしなかった。

 

 デスクにカップ置いたピカードはチェアーに座ると、難しい顔で暫く考えこんでいたが、出入口よりコールが鳴って誰かの来訪を告げる。ブリッジで何か問題でも起きたのかと考えたピカードは入室の許可を出す。

 

「入れ」

 

 了承を受けて入室してきたのはディアナであった。

 

「どうしたカウンセラー、何か感じ取ったのか?」

「ええ、優秀な艦長が何か疑念を感じて思案しておられるようです」

 

 問い掛けるピカードの言葉には若干の棘が含まれる。その棘を物ともせずに、しれっとした顔で答えるディアナ。E型艦の前身であるD型艦からの付き合いである彼女は、長期間の航海をする航宙艦でカウンセラーの任に就いて数多くのクルーの悩みをカウンセリングを行ってアドバイスをして来た――その中には艦長であるピカードも含まれていた。

 

 今までにも彼女は様々な任務において的確なアドバイスを齎した――未知の種族や敵対的な種族と遭遇した際には、ベタゾイド星人とのハーフである彼女のテレパシー能力が事態の打開への大きな助けとなったのは事実であり、何より彼女は信頼のおける友人であった。

 

「何か気になる事でも有るのですか?」

「……先ほどの『ボーグ』艦を含めて三隻もの『ボーグ』と遭遇したというのに、私には“彼らの声”が聞こえてこなかった。『ボーグ』の第二次侵攻の折には確かに聞こえていたのに」

 

 『ボーグ』のよる第一次侵攻の折に、ジャン・リュック=ピカードは、当時指揮していたE型艦の前身『エンタープライズD』から拉致されて、彼ら『ボーグ』の代弁者として同化された。

 信頼する部下達に救出された後も『ボーグ』の影は彼の心に傷として残り、『ボーグ』第二次侵攻の折に彼は『ボーグ』の声を聞いて未だ集合意識とのリンクが切れていない事を理解したのだ。

 

 その『ボーグ』の声が、今回まったく聞こえてこなかった。

 

 複数の『ボーグ・キューブ』の存在。そして未知の技術によるシールドを突破する『ドローン』の侵入とメイン・システムの掌握という搦手の使用……今回の『ボーグ』は今までとは根本的な所で何かが違っていた。

 

 




 どうも、しがない小説書きのSOULです。

 辛くも『ボーグ」を退けた『ヤマト」と『エンタープライズ」。
 ナデシコの誘いを受けるも、目の前に現れたのはデータに無い宇宙基地。
 一方『ヤマト」では首脳陣に詰問される翡翠は何を語るのか?

 次回 第十六話 謎の宇宙基地。

 では、また近いうちに。


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第十六話 謎の宇宙基地

 宇宙歴54983・5(2378年7月13日)

 惑星連邦の辺境宙域の一角に建造された大規模な宇宙基地。その規模はセクター001に存在するスペースドックと遜色なく、辺境に似つかわしくないほどの充実した設備を有している。
 だがその宇宙基地は、人の活動の証である明かりが殆どついておらず、不気味なほどに静寂に包まれていた。



 宇宙基地 内部施設

 

 照明が落ちて非常灯のみの薄暗い室内に転送の光が灯り、複数の人影が実体化する。念の為に宇宙服を着用したライカー副長を中心として宇宙服姿のエンジニアのジョーディ・ラ=フォージと医療部長のビバリー・クラッシャー。保安主任のウォーフと部下の保安部員二名の計六名の『エンタープライズE』の上陸班である。

 

 ラ=フォージとクラッシャーはトリコーダーを出すと周囲の環境を調査する――放棄された原因が分からない今は万全を期す必要があり、空気中に有害な物質が含まれていないか調査した結果は呼吸可能で生存に適したコンディションであるとの結果が出た。

 

「みんな、ヘルメットを取っても大丈夫よ」

 

 医療部長クラッシャーの言葉に、全員がヘルメットを取るが周囲に漂うカビ臭さにライカーは思わず顔を顰める。

 

「長期間放置された様だな。ジョーディはパワーを回復させてくれ、ドクターは日誌を探して何があったのか原因を探れ」

 

 二人は了解の意を伝えると、ラ=フォージは動力を回復させるべくエンジニアリング・ステーションへと向かい、クラッシャーは司令官室らしき部屋へと向かった。

 

「ウォーフ達は私と共に周囲の調査だ」

 

 ライカーは保安部員の一人と、ウォーフはもう一人とペアを組んで探索に入った。

 

 


 

 

 大型宇宙基地 通路

 

「副長、周辺には争った形跡はありません」

「分かった、注意して進むぞ」

「アイ・サー」

 

 非常灯の明かりの中、誰も居ない通路の中を宇宙服を脱いで身軽になったライカーと保安部員は注意しながら進む……手にはハンドフェイザーを麻痺モードに設定し、トリコーダーで周囲を調べながらしばらく歩いていたが、ライカーはトリコーダーの数値を読みながら呟いた。

 

「生命反応を感知しない……やはり誰もいないようだな」

「一体何があったのでしょう?」

「分からない……だが、人が居なくなってから久しいようだ」

 

 突然現れたナデシコを名乗る勢力の主要人物であろうホシノ艦長によれば、この宇宙基地は放棄されて久しく無人なのだからちょっとお借りしているだけです、と言っていた。

 中々良い根性をした艦長である、と口角をにやりと上げていると、ライカーは通路の脇に置かれているプランターに注目する。そのプランターに植えられていた植物はとうに枯れ果ててはいたが、彼の記憶が確かならあの植物はメリダ四号星に自生する乾燥にも強い植物のはずだ。

 

「あの植物はしばらく水をやらなくても枯れない強い植物のはずだ」

「……副長。植物に詳しいのですね、意外です」

「はははっ、昔付き合っていた女性に送った事があってね」

「カウンセラーにですか」

「……いや、その前だ」

 

 ディアナには内緒で頼む。にやりと笑いながらライカーは進む。しばらく道なりに進んだが通路には破壊の後はなく、手入れをすれば直ぐにでも使用出来るようだ――ライカーは胸のコムバッチを起動する。

 

「ライカーよりウォーフ」

『こちらウォーフ』

「こちらには手掛かりはないようだ、ソッチはどうだ?」

『こちらも手掛かりはありません』

「分かった、司令部で合流しよう。ライカー・アウト」

 

 保安部員に司令部に戻る事を伝えるとライカーは元来た道を戻り始める。しばらく歩いていると、胸のコムバッチが鳴り始めた。

 

「こちらライカー」

『ラ=フォージです。動力のチェックが終了しました、これより再起動します』

「分かった、やってくれ」

『了解』

 

 コムバッチが切れて暫くすると通路に明かりが灯り始める。周囲が明るくなると、周囲の光景がより一層分かり易くなる……一体何故クルーが一人もいないのか。何の痕跡もなく大勢のクルーが消えたのか、今は何も判らない。

 

 


 

 

 宇宙基地 司令部

 

 ライカー達が司令部に戻ると、遅れてウォーフ達も戻って来た。お互いに何の成果もないままであり、後は司令官室の日誌か回復したパワーで基地内の監視システムを再起動して調べるかしかない。

 

「副長」

 

 ライカーが戻ってきた事に気付いたラ=フォージは彼の元へ近付いて行く。

 

「どうだった、ジョーディ?」

「妙なんです、この基地の融合炉は生きてはいたのですが、繋がる回路が所々劣化していてバイパスするのに苦労しました」

「劣化?」

「ええ、まるで虫食いのように所々の回路が劣化しているんです」

「何故、そんな事になっているんだ?」

「分かりません」

「引き続き調べてくれ」

「アイ・サー」

 

 ライカーの指示を受けてラ=フォージはエンジニアリング・ステーションへと向かって行く。その後ろ姿を見送ったライカーはウォーフ達に周囲を警戒するように伝えると、司令官室で日誌を探しているクラッシャーが何かを探し当てている事を祈りながら向かった。

 


 

 司令部の奥にある司令官用の執務室へと入ると、そこにはデスクに腰掛けながら難しい顔をしたクラッシャーがいた。そんな彼女の表情を見たライカーは、入口近くの壁を軽くノックして自分の来訪を伝えた。

 

「あら、ウィル」

「ビバリー、昨日は夜更かしでもしたのかな?」

 

 『エンタープライズE』の前身であるD型艦の時代からの付き合いでもあり、同じ階級である事も相まって二人は気安い関係でもある。ライカーが来訪したことからクラッシャーはデスクの端末を回してライカーに向ける。

 

「何かあったか?」

「有るにはあるんだけど……」

 

 そう言ってクラッシャーは端末から最後の日誌を再生する――そこには目つきの鋭い陰気な雰囲気を持つヒューマノイド・タイプの男性が映し出される。

 

「宇宙歴49005・4 現在この基地は理解不能な状況に陥っている。突然、この基地内の至る所でクルーが灰になるという不可解な現象が起きているのだ――我々はこの未知の現象を防ぐために有効な手段を見つけなければならない」

 

 最後に記録された日誌には未知の現象に襲われている状況が記録されていた。それを聞いたライカーは顎に手をやり考え込む。

 

「49005・4。およそ六年前か……何が起きたというのか」

「さあ、判らないわね」

「だが、このままではエンタープライズを入港させる事は出来ないな……危険すぎる」

「そうね、何時同じ現象が起きるか分からないわ」

「一旦船に戻ろう――ライカーよりジョーディ」

 

 胸のコムバッチを起動してエンジニアリング・ステーションにいるラ=フォージを呼び出すと即座に返答があった。

 

『こちらジョーディ、どうぞ』

「ジョーディ、宇宙歴49005・4以後の艦内監視システムとセンサーの記録を取ってくれ。終わり次第に船に戻る」

「アイ・サー」

 

 ラ=フォージに指示を出した後にライカーは日誌をコピーしてクラッシャーと共に司令官室を出て、指令室内を捜索していたウォーフと保安部員に船に戻る事を告げている間に記録のコピーが終わったラ=フォージがやって来る。

 

 全員が揃っている事を確認すると、ライカーは『エンタープライズE』に連絡を取った。

 

「ライカーより『エンタープライズ』」

『此方『エンタープライズ』、どうぞ』

「上陸班を転送収容してくれ」

『アイ・サー』

 

 通信が切れると上陸班は光に包まれて、謎多い宇宙基地より姿を消した。

 

 


 

 

 宇宙戦艦『ヤマト』 中央作戦室

 

 『ボーグ集合体』との悪夢の連戦をくぐり抜けたが艦体に深刻なダメージを負った『ヤマト』は、手助けしてくれた戦艦ナデシコの案内で放棄された宇宙基地で修理をするべく共に転移したが、『エンタープライズ』のクルー達の調べによって、宇宙基地は原因不明の現象により全滅した可能性があり、原因が判明するまで宇宙基地の付近で待機することになった。

 

 待機する時間を使って甲板部のクルーが総出で艦体の補修作業を行っており、沖田艦長を始めとした主要クルーは中央作戦室に集まっていた。中央作戦室の中心には『ヤマト』の立体映像が映し出されており、その所々が赤く記されていた。

 

「最初の『ボーグ・キューブ』との遭遇戦で『ヤマト』の艦体には複数の亀裂が入り、その後の波動砲発射と緊急ワープの影響で波動エンジンの冷却装置がオーバーヒートしましたが、現在は仮復旧と言った具合です」

 

 真田が赤く表示された破損部分を指差して、『ヤマト』の損傷部分の説明を行う。そして真田の説明は『ボーグ・ドローン』の侵入による被害へと移る。

 

「そして三隻目のキューブとの戦いで艦内に『ドローン』の侵入を許し、艦内の至る所が破壊されたり、独自の方法で改造されて、それを阻止すようとした乗組員が『ボーグ』の犠牲になりました」

「あ~、その事なんじゃがの」

 

 真田の説明が終わったのを見計らって佐渡が発言をする。

 

「翡翠から『ボーグ』化を治療する薬を提供されての……もちろん効果は折り紙付きじゃ」

「翡翠から?」

 

 佐渡の発言に南部が訝しげに眉を寄せる……これまでの翡翠の立場は、『ヤマト』に迷い込んだ記憶喪失の異星人であったが、『ボーグ』侵入の折に次々と『ドローン』を無力化していった得体の知れない存在へと変わっていった。

 

「確かに『ドローン』に同化されかけた徳川機関長は、翡翠のおかげで助かったのですから」

 

 現在医務室で治療を受けている徳川機関長に変わってブリーフィングに出席している山﨑応急長が眼の前で行われた徳川が助かった経緯を改めて説明する。そしてそれを受けた佐渡は、言いづらそうに逡巡した後に話し始めた。

 

「あ~、実はその薬なんじゃが、原料は翡翠の血液でのぉ……」

「そんな得体の知れないものを使おうって言うんですか!? ……あっ」

 

 佐渡の話を聞いて太田が思わずっと言った感じで反論するが、オフザーバーとして出席している岬百合亜に憑依しているユリーシャがむつとした表情を浮かべ――何よりその横に居る小さな人影の存在を思い出して声が小さくなる。そう件の翡翠もまたこのブリーフィングに参加と言うか、今回の件で生じた疑問への回答を求められて此処に居るのである。

 

「別にかまわないよ、大田のおじちゃん。得体が知れないっていうのは自覚しているから」

 

 ニヤニヤと笑いながら翡翠は、薬は期限付きであると追加の説明をした。そんな翡翠のおじちゃん発言に傷ついた顔を浮かべる太田健二郎 二十一歳。だが、誰もそんな大田の事を気にしている余裕は無かった。

 

「翡翠、期限付きとはどういう事だ?」

「あー真田くん。翡翠が言うには、あの娘の血には緊急用として『抗体システム』と言うのが入っとるらしくての」

「せんせ、後は私が説明するわ。元々コレは緊急時のリカバリーシステムとして後から投与された物なの。だから私の身体から出るとあまり持たないのよね」

 

 佐渡の説明を引き継ぎ翡翠はそう説明する。

 そしてその説明を聞いていた沖田艦長は静かに話し出した。

 

「翡翠」

「……なに、艦長のおじいちゃん」

 

 話し掛けられた翡翠は沖田艦長をまっすぐ見つめ返す。

 

「つまり君は、何らかの危険がある事に従事していたという事だな」

 

 沖田艦長の鋭い視線にも臆さず、だが何も答えない。

 

「翡翠、君は一体何者だ?」

「……私は翡翠だよ。それ以上でも、それ以下でもない……今はね」

 

 沖田艦長の問い掛けに翡翠はそう答える――つまり本名、所属を明かすつもりはない。だが『ヤマト』に居る間は翡翠で有り続ける、と。

 

「……では、何故『ヤマト』に来たのだ? それは答えて欲しい。ワシは『ヤマト』が平行世界に迷い込んだのは、君が関係しているのではないかと考えている」

 

 沖田艦長の発言に、その場の雰囲気が一気に緊張していく――元々、『ヤマト』が平行宇宙に迷い込んだのは銀河間の中継点であるバラン星の亜空間ゲートへ突入した後からであり、翡翠は並行世界に迷い込んだ後に迷い込んできたとされて来た。

 時期もほぼ同じであり、翡翠と並行世界へ迷い込んだ事を結びつける者も確かに存在していたが、見た目が幼い子供である事も手伝って本気で結びつける者は居なかった……今までは。

 

「……『ヤマト』に来たのは偶然だった、これは本当よ」

「説明してくれるか」

 

 沖田艦長の言葉に翡翠は話し始める。

 

「元々私は亜空間跳躍航行の新しい可能性を検証する実験に参加していたの」

「新しい可能性?」

 

 翡翠の説明に真田が興味を示す……翡翠はそんな真田の態度に苦笑を浮かべると話を続ける。

 

「そう、真田のおじちゃんなら分かるでしょう? 亜空間は一つじゃない。亜空間は幾つもが同じ場所に折り重なるように存在しているの」

 

 『ヤマト』が跳躍に使用した亜空間とは別の亜空間を航行する為の実験であったと翡翠は語った。

 

「別の亜空間……」

 

 特別に参加しているデーター少佐のつぶやきに答えるように翡翠は続ける――便宜上、通常の亜空間航行に使用している物を『風の回廊』、今回の実験で使用したモノは『炎の回廊』と呼んでいる、と。

 

「『炎の回廊』? それはどういうモノなの?」

 

 興味を惹かれたのかユリーシャが話に割り込んできた。

 

「『炎の回廊』とは空間内のエネルギー係数が非常に高い、全てが炎に包まれてる灼熱の世界よ」

 

 その世界を通れば『風の回廊』――通常の亜空間航行とは比較にならない距離を一気に跳躍出来るという。

 

「私達は『炎の回廊』を使えば、銀河から別の銀河に一瞬で移動出来ると考えて実験したの」

「……銀河間航行」

「途方もない話だな」

 

 翡翠の説明を聞いて真田と沖田艦長だけでなく、中央作戦室に居る全ての人間がその途方もない話に言葉を失っていた。そんな周囲の反応を見て翡翠は実験の本当の目的は話さないでおこうと考える。

 

 彼女達の真の目的は『炎の回廊』――その先の空間なのである。

 

「……けど、実験には一つの問題があった」

「問題?」

 

 疑問を浮かべる古代に顔を向けると、翡翠はその問題点を告げる。

 

「『炎の回廊』を航行可能な船は有るんだけど、中の人間が耐えられない」

 

 驚きの表情を浮かべる古代に、同じく驚きの表情を浮かべながらも寄り添う森雪の姿に、何でそんなに近づくんだろうと思いながらも翡翠は話を続ける。

 

「『炎の回廊』を航行している間は、どんなシールドで保護しても中にいる人間は精神が崩壊してしまう事が初期の実験で判明したわ。だから精神に特殊な耐性を持つ私で記録を取って、誰でも通れるようにするのが目的だった」

 

 その為に特殊な装甲を施した宇宙船に計測装置を積み込んで実験に臨み、『風の回廊』から『炎の回廊』へと転移して記録を取った後は帰還するだけになり、『炎の回廊』から『風の回廊』に転移したその時に目の前に別の船影が現れて、回避する間もなく翡翠は緊急の脱出装置を起動するが、

 

「……間に合わずに『ヤマト』に激突したという訳か」

 

 思わず苦笑した沖田艦長は、肩を竦めながら翡翠の説明を途中から奪って締め括る……当の翡翠はバツが悪いのか、唇を尖らせてすねていた。

 

「じゃが、『ヤマト』が並行世界へと迷い込んだ理由が分からん」

「それは多分、激突した衝撃で次元流に巻き込まれて量子的に不安定になったのが原因だと思う」

 

 量子的に不安定になった『ヤマト』は自分達の世界から放り出されて、この世界へと流れ着いたのだろうと翡翠は締めくくった。

 

「それで我々は元の世界に帰れるのだろうか?」

 

 鋭い視線を翡翠に向ける沖田艦長――『ヤマト』は人類の命運をかけた航海の途中であり、平行世界に骨を埋める訳にはいかないのだ。沖田艦長の問い掛けは、この場に居るクルーのみならず『ヤマト』に乗り組む全乗組員の願いでもあるのだ。

 

 視線が集中する中、翡翠はゆっくりと口を開く。

 

「そうね、私が流されたのは判っているはずだから、流された位相を特定して次元転移機能を持つ艦が迎えに来ると思うわ」

 

 その時に共に帰れるように取り計らう――それくらいの発言力は有るから安心して良いと翡翠は宣言した。

 

「いっよしゃぁぁああ!」

 

 宣言した途端に誰の声かは分からないが雄叫びのような声があがり、見ると中央作戦室に居る誰もが喜びの表情を浮かべており、厳しい表情をしていた者達すらも表情が綻んでいるように感じる。

 

 喜びの表情を浮かべる『ヤマト』のクルー達を、笑みを浮かべてみている翡翠だったが内心では別の事を考えていた。

 

(……回廊から出て直ぐに宇宙船と激突するなんて、天文学的な確率でしょうに)

 

 何か途方もない存在の干渉を感じて、翡翠は人知れず拳を握り締めた。

 

 

 




どうも、しがない小説書きのSOULです。
今回、『ヤマト』が並行世界に紛れ込んだ原因が判明しました――気を付けろ翡翠は急には止まれない、と。
今回の亜空間『炎の回廊』の元ネタが分かる方はいらっしゃいますかね? 90年代に小説家 嵩峰龍二氏によって書かれた『若き竜王の伝説』(ソルジャークイーン・シリーズ)の設定をアレンジしたものです。結構面白いのですが、未完である事が悔やまれる。

宇宙基地の調査をする『エンタープライズE』のクルー達であったが、謎はさらに深まる結果となる。そんな『ヤマト』と『エンタープライズ』にナデシコ側から会談が申し込まれる。

次回 第十七話 撫子。

では、また近いうちに。


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第十七話 撫子

 西暦2199年7月13日 宇宙戦艦『ヤマト』艦内 第三格納庫



 現在、格納庫内は空間汎用輸送機SC97コスモシーガルの発艦準備に追われて慌ただしい喧騒に包まれていた。

 艦体にダメージを負った『ヤマト』と『エンタープライズ』は、突然現れて窮地を救ってくれたナデシコによって付近に存在する廃棄された宇宙基地にて補修を行う予定であった。

 だが宇宙基地の内部を調査した『エンタープライズ』の上陸班により、宇宙基地は謎の現象によって全滅した可能性が高い事が判明したのだ。その為に今後の事を協議する必要があり、二隻のナデシコ級の一つナデシコDに各艦の代表が集まる事になった。


 

 シーガル内では発進に向けて最終チェクが行われていた。操縦系統をチェックしているのはパイロットを務める古代、副操縦席には真田が座って機内の環境システムのチェックを行っており、後部座席には真田の推薦で言語学に精通する桐生と本人の要望によりデーター少佐が乗り込んでいる。

 

「最終チェック完了、オールグリーン。副長いけます」

「コッチも問題はない。発進してくれ」

「了解、シーガル発進します」

 

 外部隔壁が展開して格納庫に設置されたアームがコスモシーガルを宇宙空間へと押し出すと、アームよりシーガルが離脱する。スラスターを吹かして微調整をしたシーガルは、エンジンを始動して『ヤマト』より発進すると艦体を迂回する。程なくしてシーガルは目的地である『ナデシコD』の巨大な艦体が目に入った――その巨体は宇宙に浮かぶ城の如くであり、その威容に唯々圧倒されるだけであった。

 

 シーガルを操縦しながら古代は機首を何処へ向けたら良いかと考えていると、システムが『ナデシコD』より誘導ビーコンが発信されている事を知らせた。

 

「『ナデシコ』からの誘導を確認、指定された着艦口へ向かいます」

「了解、やってくれ」

 

 誘導ビーコンに沿ってシーガルを操縦しながら古代は、どんどん大きくなるナデシコDの艦体に驚愕の念を禁じ得なかった……『ヤマト』を除けば地球の船は太陽系内を航行する事しか想定されておらず、ここまでの巨体はコスト的にも無理があり、敵国であるガミラスにもこれほどの巨艦は見た事がなかった。

 

「……『ナデシコD』、とてつもない大きさですね。大きさで言えば『ボーグ・キューブ』とほぼ同等なんでしょう」

「ああ、もはや移動要塞と言ってもいいだろうな」

「そんな船が何故こんな宙域にいるのか……」

「それに『ナデシコ』の転移技術は、三隻目のキューブも持っていた……」

「そこら辺に『ナデシコ』がこの宙域にいる理由があると?」

「あくまでな」

 

 『ヤマト』から離れて目的地である大型航宙艦『ナデシコD』へ向かいながら古代と真田は、目の前に広がる『ナデシコD』の巨大な艦体に圧倒されていた。そんな事を話している内に『ナデシコD』の艦体はどんどん大きくなり、古代は指定された着艦口へとシーガルを向けて誘導波に沿って内部へと進入して行く。

 着艦口から内部に入るとそこにはかなり広いスペースがあり、周囲にはまるで物語に出てくるような人型の機械が無数に鎮座していた。

 

「……何だ、あのロボットは?」

「案外、艦載兵器かもしれんぞ」

 

 呆気に取られた古代に茶目っ気たっぷりに答える真田……もしその冗談が正解だと知ったら彼はどうするのだろうか? 気を取り直した古代は誘導波に従って、格納庫と思われる広場の奥にあるスペースへとシーガルを着地させる。

 すると天井部分よりシャッターが下りると、辺りに空気が注入されていくのをセンサーが知らせた。

 

「センサーからの数値では呼吸に問題ないようですね、やっぱり彼女達は我々と同じく並行世界から来た地球人なのですかね?」

「安直な発想だが的を射ていたようだな」

「ワープ・フィールドの発生機関は確認できるが、我々ごと跳躍したシステムは未知のモノだ。だが艦体に書かれていた船名も地球の花を現してる物だから地球を起源としている可能性は高い」

 

 古代と真田の話にデーター少佐も加わり、『ナデシコ』に付いて話を続ける――二隻の『ナデシコ』が登場した後、その設計思想や艦体に書かれた文字などからナデシコは地球もしくはその影響を受けた文明によって建造されたか、ポース粒子を発生させて転移するなど聞いたこともない方法で移動することから『ヤマト』と同じく別の世界から来たのではないかと言う推察がされていた。

 

 シートベルトを外しながら話していると、シーガルの外に迎えが来ているようであり、古代達はハッチを開くと機外へと降りていく。

 

 シーガルの近くには出迎えの要員が待っていた――保安部員のような屈強そうなアジア系の男性が三人ほどで、見た事のある形式で敬礼しながら古代達を出迎えると三人の中から先頭に立っていた壮年の男性が口を開いた。

 

「『ナデシコD』へようこそ。私は案内役のゴート・ホーリー。皆様を歓迎いたします」

「ありがとう。私は宇宙戦艦『ヤマト』の副長 真田四郎、此方は――」

「戦術長の古代進です」

「技術科の桐生美影です」

「私は惑星連邦よりオフザーバーとして『ヤマト』に乗り込んでいるデーターです」

 

 返礼しながら真田は各員を紹介していく。

 

「では、早速ですが会談場所へとご案内いたしますので我々に着いて来て下さい」

 

 ゴート・ホーリーと名乗った男はそう言って踵を返すと、先頭に立って真田達を案内して行く……歩き出した真田達の後方に自然な形で残りの男達が付き、能力が高い事を伺わせる。

 

 格納庫より『ナデシコD』の通路に出たゴートは真田達を案内してドアの前に立つと、壁にある端末を操作してドアを開ける。

 

「コチラは艦内での移動手段となります」

 

 どうぞお乗りくださいと『ヤマト』からの来訪者をドアの中に招き入れる――二重構造になっているドアをくぐると壁側にシートが置かれた地球にある列車のような構造をしており、ゴート達も乗り込むと向かいのシートに座る。すると自然とドアが閉まって列車は音もなく移動を始めた。

 

「『ナデシコD』は巨大ですので、艦内の移動はこのような形を取っています」

 

 『エンタープライズ』の艦内にもあったターボリフトのような物だろうか、大型船の艦内を高速で繋ぐ移動網なのだろう。

 

「この船はかなり大きいですね、どれくらいあるんですか?」

「全長三千二十メートルはあります、我々が所有する艦艇の中でも最大級のモノです」

 

 古代の質問にゴートは表情を変えずに答える……最大級、つまりはそれだけ設備が整っていると言う事か。古代はゴートの視線と言葉の中に自分達への警告があったと考える。

 

(つまり下手なことは考えるな、と。えらく警戒されているな)

 

「これから向かう会談場所とは、どんな所ですか?」

「中規模の多目的ホールになります。既に『エンタープライズ』からの使節の方々も来られてそちらに向かっています」

 

 それからも古代や真田、時にはデーターなどもゴートに質問を投げ掛けるが、彼は表情を崩さずに答えられる所は答えて答えられない事には言葉を濁す。

 

 それでも彼らの事は少し分かってきた――彼らの地球は連合を組み、太陽系内に生活圏を広げてきた。そして目の前のゴート・ホーリーという男は、元々はネルガルという大企業に勤めていたが出向という形で戦艦に乗り込んでそのまま現在に至ると言う。

 

「つまりはネルガルという軍需産業からの民間協力者として乗り込んでいる、と」

「ええ、ネルガルが開発した新機軸を持って軍の協力を得ながら建造したのが初代『ナデシコ』であり、その時に警備として乗船したのが始まりですね」

「軍ではなく民間企業に席を置き続けたのはやはり?」

「……ああ、そちらの方が給料は良いからな」

「……給料で選ぶですか、興味深い」

 

 データーが属する惑星連邦では、レプリケーター技術の発達により貨幣経済はほとんど廃れており、自らの労力を貨幣に変える行為は一部の種族を除いて珍しい物であった。

 

「データー少佐達は貨幣を使わないのですか?」

 

 桐生の質問にデーターは片眉を上げる。

 

「ある一定以上の文明になると、レプリケーターによって分子から必要なモノを取り出して様々なモノが作れるようになる。それこそ設計図さえあれば航宙艦すら……構造が複雑になればなるほど時間やパワーがかかるので現実的ではないが」

 

 はぁ~、と開いた口が塞がらなく桐生。生物は作れないが、欲しい物の分子構造の情報さえあればレプリケーターで複製が可能であり、惑星連邦では人生の意味すらも変わって如何に社会に貢献して有意義に生きるかに重きを置かれているという。

 

「もっとも技術が進歩しても人間の本質は中々変わる事は難しいようだ」

 

 そう話すデーターの金色の瞳は無機質な輝きを放ち、その場にいる者達は得も知れぬ圧迫感のような物を感じて会話が途切れた。

 

 


 

 

 『ナデシコD』艦内 中央部第五多目的ホール

 

 艦内を結ぶ移動チューブから降りた一行は、ゴートの案内で艦内通路を少し歩くと大きな扉の前に着いた。ゴートの説明ではここが目的地であり『ナデシコ』側と話し合う会場であるとの事だった。

 

 すでに『エンタープライズ』側の使節は会場内に入り、我々が最後のようだ。ゴートに促されて会場内に入室すると白を基調とした広い部屋の中央に円卓が置かれ、部屋の奥側――大画面のモニターの下に『ナデシコ』側の人員が座っており、その左側には『エンタープライズ』から来たライカー副長と戦術士官のウォーフとカウンセラーの女性。そして最後は見慣れぬ士官が座っていた。

 

「ようこそ、『ナデシコD』へ。改めまして、私が当艦の艦長 ミスマル・ユリカです」

 

 モニターの下の席に座っていたミスマル・ユリカ艦長が立ち上がって挨拶し、続いて隣に座るホシノ・ルリ艦長を紹介した後は副長としてアオイ・ジュンという男性、医療・科学担当であり――

 

「ナデシコのご意見番、イネス・フレサンジュおば――いたっ!?」

 

 金色の長い髪を後ろで束ねた妙齢の女性が、いつの間に取り出したのか真田達にもなじみの深いハリセンでミスマル・ユリカ艦長の後頭部を叩いた。かなりの衝撃を受けたのか、後頭部を抑えてしゃがみ込んで痛がっている。

 

「艦長、今度ふざけた事を言ったら叩くわよ」

「もう、叩いているじゃないですか!?」

 

 なんと言うか日本人には馴染み深い光景に、データーを除いた『ヤマト』から来た一同は思った――ああっ、このメンタル地球人だわ、と。無言で見つめる『ヤマト』からの客に、こほん! と小さな咳をすると立ち上がったホシノ艦長が「コチラは以上になります」と締めくくった……見ると彼女の顔に少し赤みがさしているようだ

 

「……んんっ! 私は宇宙戦艦『ヤマト』より来た副長の真田士郎」

 

 そして古代と桐生、『エンタープライズ』からの出向しているデーターを紹介するとホシノ艦長に進められて席に着く……もしかしたら真田にはスルースキルがあるのかもしれない。

 

 三勢力が揃った所で会談は始まり、まずはお互いの立場――所属とこれまでの経緯が語られる。

 


 

 『エンタープライズ』側からは異常な重力場の調査に赴いた時にワームホールが形成されて中から『ヤマト』が出てきた事が語られ、『ヤマト』側からは事故により並行世界へと来てしまい、元の世界へと帰る手段を探している時に『ボーグ集合体』と遭遇し、危ない所を『エンタープライズ』に助けられた事が語られる。

 

「そして三隻目の『ボーグ』と戦闘中に、あなた方の『ナデシコ』が現れて『ボーグ』は撤退して今に至るというわけです」

 

 さて、と『ヤマト』側と『エンタープライズ』側の人間の目が『ナデシコ』勢――ホシノ艦長に向けられる。本来ならこの『ナデシコD』の艦長を名乗るミスマル・ユリカ艦長に視線が向かうはずだったが、先ほどの寸劇でお飾りと判断して年少のホシノ艦長に視線が向けられた。

 

「……私達は“ある人物”を連れ戻す為に此処に来ました」

「ある人物?」

「あなた方の言う『ボーグ・キューブ』に乗っていた黒づくめの男性――ユリカ艦長の夫テンカワ・アキトです」

 

 その言葉に『ヤマト』と『エンタープライズ』からの出席者は、三隻目の『ボーグ・キューブ』から通信を送ってきた一際黒い衣装を纏った黒いバイザーが印象的だった男を思い出す。

 

「……彼があなたの夫。つまりあなた方は、彼を救出しようとしていると?」

「ええ、私達はこの三年間、彼を追い続けていました」

 

 真田の問いにホシノ艦長が答える。

 

「……確かに『ドローン』を『ボーグ』の呪縛から解き放った例は、少数ながら存在するが……だが相手はあの『ボーグ』だ。並大抵のことではないな」

 

 唸るようなライカー副長の言葉に、『ヤマト』側の出席者は以前データーより説明された――七年前の最初の『ボーグ』の侵攻の折にD型艦のブリッジよりピカード艦長が『ボーグ』に拉致されて同化されると、『ボーグ』の代弁者として利用していたと言う話を思い出す。

 

 艦長を奪われたD型艦は『ボーグ』を追跡して奪還しようとしたが、優秀な艦隊士官であるピカード艦長の知識を同化した『ボーグ』には救出作戦を見抜かれ、ウォルフ359で『ボーグ』を迎え撃った連邦艦隊四十隻は、たった一隻の『ボーグ・キューブ』に三十九隻もの航宙艦が破壊されて一万人以上の人命が失われたのだ。

 

「……けど、少数でも助けられたのですよね?」

 

 そう呟いたのは真剣な表情を浮かべたミスマル・ユリカ艦長であった。そんな彼女の様子を心配したホシノ艦長が小さく彼女の名前を呼んだが、ミスマル・ユリカ艦長はホシノ艦長に小さく微笑むとライカー副長へ向けて話し出した。

 

「ライカー副長、私達――いいえ、私はアキトを助けたい。だって、アキトは苦楽を共にした仲間であり、私はアキトの奥さんですもの! 病めるときも健やかなる時も共に助け合っていくって誓ったんですもの! ――わた――」

 

 尚も言い募る彼女を隣に座っていたイネス・フレサンジュが止める。

 

「落ち着きなさい、艦長」

 

 両眼に涙を浮かべたミスマル・ユリカ艦長はフレサンジュの胸に顔を埋めて肩を震わしている……その光景を痛ましそうに見ているアオイ・ジュンは、『ヤマト』と『エンタープライズ』からの主席者に休憩を入れる事を提案して了承を貰うと、ホシノ艦長とフレサンジュが付き添ってミスマル・ユリカを別室へと連れて行った。

 

 会場に残っているのはアオイ・ジュンとゴート・ホーリーの二名だったが、その内の一人アオイ・ジュンは深い溜息を付く。

 

「……やっぱりユリカは、まだ傷が癒えていないんだな」

 

 痛ましそうに顔を顰めながらアオイ・ジュンはボヤいた。

 

「……彼女は何か心に傷を負っているのですか?」

 

 『エンタープライズ』側からカウンセラーのディアナ・トロイがアオイ・ジュンに問い掛ける――テレパス能力を持つベタゾイド人とのハーフである彼女は心の表面だが感情が読める。恐らくカウンセラーはミスマル・ユリカの心に深い悲しみが存在する事に気付いていたのだろう。

 

 暫く考え込んでいたアオイ・ジュンだったが、何かを決断した表情を浮かべると、ゴート・ホーリーが止めるのも構わずに話し出した。

 

「ユリカとテンカワは新婚旅行の最中にテロにあってね、僕達は二人が死んだものだと思っていたんだ」

 

 だけど実際はテロ組織に拉致されており、ようやく彼女は救出する事が出来たがテンカワは戻ってこなかったと。

 

「助け出せなかったのですか?」

「いいや、テンカワはユリカより先に救出されていたけど、身体は既にボロボロでね……それでもアイツはユリカを救う為に命懸けでテロ組織と戦っていたんだ」

 

 古代の質問にアオイ・ジュンは首を振りながら答える。

 

「そしてユリカを救出した後、アイツは戻って来なかった……後から知ったんだが、もうアイツの身体は限界らしい」

 

 死後に自分の身体が検体にされる事を嫌って、誰の手も届かない場所で最後を迎えようとしていたと言う。

 

「何故、彼は自分が検体にされると思ったのですか?」

「……アイツがテロ組織に捕まっていた時に酷い実験をされていたようでね、これ以上身体を弄り回されるのを嫌ったんだと思う」

 

 興味を惹かれたのかデーター少佐の問い掛けにアオイ・ジュンはそう答えたが、ベタゾイド人とのハーフであるディアナ・トロイはアオイ・ジュンの感情からその言葉に嘘があるか――何かを隠そうとしているように感じて、隣のライカー副長に予め決めていた合図を送る。

 

「――それで死に場所を求めていたテンカワ・アキトと、君達が彼を取れ戻そうとしていたのは分かったが。そんな君達が何故我々の宇宙に居るのかね」

 

 ディアナ・トロイからの合図に頷いたライカー副長は、まずは何故彼らが平行世界よりこの宇宙に来た経緯を尋ねた。アオイ・ジュンは一瞬何かを考えたようだったが、小さく息を吐くと話し始めた。

 

「僕達はテンカワ・アキトを連れ戻す為に後を追った――だがアイツも頑固でね。中々連れ戻す事は出来なかった……そこで僕達は多少強引な手段を用いてでもアイツをとっ捕まえる事にしたんだ」

 

 信頼出来る昔の仲間を呼び、知り合いの軍事産業のトップから無理矢理にナデシコ・フリート級の最新鋭戦艦『ナデシコD』を借り受けて万全を期した。

 

「ナデシコ・フリート?」

「中核をなすナデシコ級戦艦を中心にサポート艦で艦隊を組む、次世代の艦隊構想の試作艦として『ナデシコD』は建造されたんだ」

 

 疑問の声に答えたアオイ・ジュンは、宇宙に出てテンカワ・アキトを捕捉してからの事を話し出した。

 

 

 




 ……ハリセン。古臭いですけど、あれほど日本人の笑いの象徴はないだろうと
 思っております。


 どうも、しがなし小説書きのSOULです。

 次回よりナデシコ勢がこの並行世界に来た経緯を語り始めます。

 過去編はかなり長いので、興味の無い方はご注意を。

 次回 第十八話 在りし日を求めて 前編。

 では、また近いうちに。


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過去語り編
第十八話 在りし日を求めて 前編


 西暦2202年 7月 ネルガル重工月面地下ドック

 火星の後継者の反乱を平定してから数ヵ月後、月にあるネルガルの秘密ドックに係留されているナデシコ・フリート級最新鋭戦艦『ナデシコD』は、艦長にミスマル・ユリカを迎えて出航準備に追われていた。



『ナデシコD』 第一艦橋


 

 巨大戦艦である『ナデシコD』の艦橋は、その巨体故に複数の指揮所が設置されている――全長三千メートルを超える巨体を制御する第一階層、周辺宙域の情報を解析して第三階層に上げる第二階層、艦内の環境を調整する指揮所のある第三階層に分けられ、第一艦橋には様々なシステムの制御パネルをオペレートする専門のクルーの常駐する第一段層、中央統括システムとしてオモイカネより株分けされたデュアル・コンピューターシステム『ウワハル』・『シタハル』と、それを制御する二人のマシン・チャイルド 水色の髪を持つ少女『アゥイン・カネミヤ』と、黒髪だが同じ顔を持つ『ノゼア・カネミヤ』の双子の少女が座る第二段層、操舵席や通信席など主要システムと艦長席が存在する第三階層に別れていた。

 

 『ナデシコD』の第三階層に存在する艦長席に座るユリカは、出航準備で慌ただしいクルー達と打ち合わせをしながら、空間ディスプレイに投影された『ナデシコC』の艦長であるホシノ・ルリと最終打ち合わせを行っていた。

 

『……いいですかユリカさん、体調に異変を感じたら直ぐに言ってくださいね』

「大丈夫だよ、ルリちゃん。そんなに何度も言わなくても」

 

 艦長席に座るユリカは元気、元気と笑っているが、その姿を冷めた眼で見ていたルリは視線を操舵席のハルカ・ミナトへと向ける。

 

『ミナトさん、艦長が無理をしないよう見張っておいて下さい』

「OK。分かっているよ、ルリルリ」

 

 A級ジャンパーの自分が居れば単独でボソン・ジャンプが出来るから便利であるし、初代ナデシコ艦長としての実績があるからと言って強引に『ナデシコD』の艦長職に就任したユリカに、ルリは何度も地球で療養しているように勧めたが、本人は頑なに拒んで夫であるテンカワ・アキト捜索のメンバーに加わっていた。

 

 自分は元気であるとアピールするユリカに説得を諦めたルリは、ミナトにユリカの事を頼むと通信を切った。それを見てほっと一息付いたユリカは、改めて『ナデシコD』の艦橋を見回す。

 

 全長三千二百メートル、十基の相転移エンジンを搭載して長期の作戦行動を行え、ナデシコ・フリート構想である電子制圧戦仕様の『ナデシコD』を中心に、人間を必要としない完全自動制御である為に空いたスペースをハッキング戦時の中継ポイント用の高性能なセンサーと大出力な通信設備を乗せて、グラビティ・ブラスト等の戦闘能力を持たせた二百メートル級の無人支援戦闘艦を十隻搭載した、正に一つの都市を内包しているとも言える巨大戦艦――否、移動母艦である。

 

「ユリカ、出航準備は整ったよ」

 

 副長を務めるアオイ・ジュンに了承の意を伝えると、ユリカは宣言する。

 

「ボソン・ジャンプ準備!」

「ディストーション・フィールド出力正常」

「フェルミオン、ボソン変換順調」

 

 ユリカの身体に光の線が浮かんだ。

 

「ジャンプ!」

 

 


 

 

 火星・木星間アステロイドベルト宙域

 

 テンカワ・アキト捜索の為、『ナデシコC』は残存しているヒサゴ・プランのターミナルコロニーを経由して木星圏近辺までジャンプをすると、某会長よりリークされたネルガルの秘密ドックがある小惑星を目指して宇宙空間を航行していた。

 

 途中で『ナデシコD』より派遣された支援艦十隻と合流すると、程なくして目的地である小惑星をセンサーに捉え、ルリはステルスモードにした支援艦を操作して小惑星を包囲するように布陣させる。

 

「……アキトさん、もう逃げられませんよ」

 

 『ナデシコD』に搭載された十隻の支援艦が小惑星を包囲する中、包囲網の後方に待機しているナデシコCの艦橋よりルリは小惑星に向けて通信を送るが返答はない…。

 

「アキトさん出て来てください。出て来ないならコチラにも考えがあります」

 

 ……再度通信を送るが返答はない。ハッキングを恐れているのか、通信はおろかセンサーの電波すら発信しておらず、天の岩戸のように固く閉ざされている。

 

「……そうですか、仕方ありませんね――全艦、グラビティ・ブラスト発射準備」

 

 突然のホシノ・ルリの号令、ナデシコCのクルーがぎょっとした表情でルリを見るが、当人はすました表情を浮かべており何か考えが有るのだと無理やり納得をした副長のマキビ・ハリとタカスギ・サブロウタは、ブリッジ・クルーに指示を出してコントロール下にある支援艦に指令を送るとグラビティ・ブラストの発射準備を促す。小惑星を包囲した支援艦がグラビティ・ブラストを発射する為にエネルギーのチャージを始め、完了するとルリは静かに発射を命令下した。

 

「発射」

 

 計十本のグラビティ・ブラストが発射され、空間に存在する水素原子などの粒子を励起させた眩い光となって小惑星に到達すると小惑星の表面を砕いて内部構造を崩壊させて破壊した。

 

「……艦長、『ナデシコD』より通信が入りました。ユーチャリスのボソン・ジャンプを確認、指定座標にジャンプされたし」

 

 『ナデシコC』の艦橋にて天球モニターで支援艦の制御をしているホシノ・ルリへ通信担当士官より報告が入る。

 

「……予定通りですね」

 

 そう呟くルリであったが、その表情は芳しくない――今回の作戦には本人の強い希望でユリカが参加しており、新鋭艦『ナデシコD』の艦長に就任している。だが火星の後継者達によって遺跡の演算ユニットに組み込まれた後遺症か、演算ユニットとのリンプが完全に切断出来なかったのだ。

 

 時空を超越してリンクしている為に遮断方法がなく、今はひと握りの関係者だけで止まっているが何時情報が漏れるか――特に軍上層部や企業のみならず、ボソン・ジャンプに関わる者に知られたら……また彼女の身が危険になるかもしれない。

 

 そうでなくても遺跡に組み込むために長い間仮死状態にされていたユリカの身体は衰弱しており、一年経った今でも本調子とは言えないのだ。そして、本作戦のターゲットであるテンカワ・アキトもまた火星の後継者のデーターや、ネルガルを脅して開示させた医療データーによれば、安全性を無視した実験によって、何時倒れてもおかしくない状態であるという……時間をかける訳にはいかないのである。

 

 


 

 

 火星圏近郊空間

 

 宇宙空間にボース粒子が集まり、一隻の白い流線型の船が現れる――テンカワ・アキトが乗るユーチャリスだ。太陽系外縁部に向けて航行する為に小惑星ドックにて準備をしていると、突然『ナデシコC』と巡航艦群が現れて問答無用でグラビティ・ブラストを放ってきたので、ボソン・ジャンプで逃れていたのだ。

 

(……無茶をする)

 

 常に沈着冷静なルリにしては、グラビティ・ブラストを放って小惑星ごとドックを破壊するなど、ユリカの悪影響を受けたかとアキトは苦笑を浮かべた。

 

「……ラピス、周囲に反応はないか?」

 

 ユーチャリス艦内に設置された待機室のソファーに座っていたアキトは、ウィンドウ越しにユーチャリス内のオペレーション室にて艦を制御している桃色の長い髪を持った金色の瞳の少女に問掛ける。確かにルリはクールな印象を受けるが、初代ナデシコに乗っていた頃から妙に思い切りの良い所があった……あの攻撃はコチラを炙り出す為だろう。

 

 アキトの言葉に従いユーチャリスに装備されている4枚のセンサー・バインダーを使って周辺の宙域を走査するが、周辺宙域に人工物の反応は無い。アキトの傍に浮かんだウィンドウ内で首を振る事で、ラピスは周囲に反応が無い事を伝える。

 

(……流石にジャンプ先を明確にイメージする事は出来ないか)

 

 咄嗟の事だったので、強くイメージ出来た火星圏にボソン・ジャンプしたが、流石にジャンプ先を特定する事は出来ないだろうが切迫した状況化ではイメージし易い場所に出てくる事は予想出来るだろう……ならばグズグズしていたら包囲されてしまう。

 

「ラピス、直ぐにこの場を離れる。準備が出来次第にジャンプに入るぞ」

 

 頷いたラピスはユーチャリスを火星圏より離脱するコースへと進めるが、方向転換を終えて加速しようとした矢先にユーリャリスの前方にボース粒子が集まり、光と共に『ナデシコC』の艦体が現れた。

 

(……ルリだけでは単独でのジャンプは出来ない……誰だ、イネスか)

 

 正面に陣取る白亜の船を見ながら、『ナデシコC』に乗り込んでいるA級ジャンパーを予想する……無意識にもう一人の人物の事を考えないようにしながら。

 

 そんな事を考えている間に『ナデシコC』より通信のコールが入り、まずは相手の出方を見て情報を得る為に通信を受ける――するとウィンドウにルリが浮かび上がった。

 

『やっと顔を見せてくれましたね』

 

 ウィンドウに映るルリは初代ナデシコに乗っていた頃から成長して、ますます綺麗になったと思うが――アキトの感情は、それ以上は動かない。火星の後継者との決戦で北辰との決着を付けてユリカの救出された姿を見た後は、大きく感情が動く事がなくなってしまったのだ。

 

 やるべき事を終えて、後は自分の身の処し方を残すのみとなり、ラピスをネルガルの会長秘書であり協力者のエリナ・キンジョウ・ウォンに託した後は、自分の愛機ブラックサレナで当て所もない旅に出ようとした矢先の出来事であった。

 

「……言った筈だ。君の知っているテンカワ・アキトは死んだ」

 

 冷たくそう告げるがルリに変化はない。

 

『アキトさんこの数ヵ月の間、何故ユリカさんの所へ帰らなかったのですか? ユリカさんはアキトさんの事をずっと待っていたんですよ』

 

 尚もルリは言い募るが、アキトの心にはまったく響かない。

 

『アキトさん、聞いているのですか!? 二年も仮死状態のまま最後には遺跡の演算ユニットに組み込まれて、助け出した後もベッドから起きられずにアキトさんの事をずっと待っていたんですよ。それなのに――』

『落ち着きなさい、ホシノ・ルリ』

 

 もう一枚ウィンドウが展開されると、予想通り元ナデシコの医療・科学担当のA級ジャンパーイネス・フレサンジュの姿が映り、ルリを止める。

 

「やはりお前か、イネス」

『あら、想像通りだったかしら――それとも、どうでもいいのかしら?』

『何を言っているんですか、イネスさん?』

 

 シニカルな笑みを浮かべながら話すイネスに訝しげな表情を浮かべるルリ。こほんっ、一つ咳をするとイネスはアキトに向けて話し出した。

 

『さてアキト君。ごらんの通り、ホシノ・ルリや艦長は諦めていないわ。文字通りアナタを捕まえるまで、この娘達は止まらないわよ――ほら、来たわ』

 

 イネスがニヤリと笑うと、ユーチャリスと『ナデシコC』の近くに一際大きなボソン反応が現れて巨大な船を形作る――三千メートルを超える巨艦『ナデシコD』である。

 

(……聞いてないぞ、アカツキ)

 

 

 




 どうも、しがない小説書きのSOULです。
 ついに始まりました『ナデシコ』過去編
 ……これの所為で話が膨れ上がったんですよね。(なみだ~

 ネルガルが用意した巨大戦艦『ナデシコD』、これほど巨大な船を
 いつの間に建造したのか? 
 いくら時間がないとは言え、グラビティ・ブラストをぶっ放すなど
 ユリカの悪影響を受けていないかホシノ・ルリ。

 次回 第十九話 在りし日を求めて 後編
 残酷な事実がユリカとルリを圧し潰す。

 ナデシコ編には独自解釈とオリキャラが多々入っております。
 どうか、広い心でお許しください。

 では、また近いうちに。


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第十九話 在りし日を求めて 後編

 『ナデシコC』と支援艦により構成される艦隊に、隠れ家たる小惑星基地を強襲されたテンカワ・アキトは、ボゾン・ジャンプにて火星近海へと転移したが、それを読んでいた『ナデシC』の追撃と共に、火星近海へ巨大な船が転移して来た――ナデシコをそのまま拡大したかのような艦体だが、艦体下部の円盤状の構造物は不自然なまでに大きい。だが船籍番号を見るまでもなくナデシコ・シリーズである事は容易に見て取れるが……つまり、このケタ外れの巨大戦艦はネルガルが極秘に建造した戦艦なのだろう。

 

 アキトの脳裏に軽薄な笑みを浮かべた、自身の後ろ盾でもあるネルガル会長アカツキ・ナガレの姿がよぎる。するとアキトの正面に新たなウィンドウが開いて青く長い髪を持った一人の女性の姿が映し出される――ミスマル・ユリカであった。

 

(……前はあれほど焦がれたのに、今は何も感じない)

 

『……アキト』

 

 あれほど焦がれた顔を、声を、見て、聞いて、感じているのに、今は心に全く響かない。

 

『アキト……変わっちゃたんだね』

 

 奴らと決着を付けた後から、自分の感情が平坦になっていくのが分かった。

 

『……けどね、私にとってどんなに変わってもアキトはアキトだよ』

 

 奴らを倒してユリカを救い出した今、このボロボロの身体を動かす理由もなく、後は朽ちるだけだと思っていたが。

 

「……テンカワ・アキトは死んだ、何処にも居ない」

『自分の事は忘れろと言うんですか? 巫山戯ないでください! みんなアキトさんの事を心配しているんですよ。イネスさんもエリナさんもユリカさんも私も、アキトさんの身体を直そうと必死になって努力しています……火星の後継者を逮捕したことによって、彼らが行った実験の資料も押収しています』

 

 後はその中からアキトさんの人体実験で使用されたナノマシンを特定して制御方法を突き止めるだけです、とルリが訴えてくるが何も感じない……おかしい。何故こんなにも心が動かない?

 

『アキトさん、完全に治るには時間が掛かるかもしれません、けど少しでも可能性があるんです。味覚だって戻るかも知れないんですよ』

『アキト、また一緒に屋台を引こうよ』

 

 味覚が戻る……何よりも絶望した味覚の障害が治るかも知れない。ルリとユリカが必死になって訴えてくるが、それでも何ら感情が湧き出ない。すると、それまで黙っていたイネス・フレサンジュが二人を止める。

 

『まずは落ち着きなさい、二人共。今のアキト君に何を言っても無駄よ』

 

 イネスの言葉にルリもユリカも口を閉じる。二人が黙ったのを確認すると、イネスは視線をアキトに向けたままルリとユリカに語り始めた。

 

『さて、ホシノ・ルリとミスマル・ユリカ。貴方は疑問に思った事はないかしら? 四年前に火星の後継者に誘拐されて救い出された後、火星の後継者の暗部の部隊と渡り合うほどまでに回復したアキト君の姿に』

 

 火星の後継者に囚われて過酷な実験に検体として強制参加させられたテンカワ・アキトが、幾ら医療の発達した二十三世紀とは言え一年弱で回復して暗部のトップと渡り合う程の修練を積むには時間が足りない。

 

『……何が言いたいんですか』

『アキト君は火星の後継者の実験で主に脳を――演算ユニットとのダイレクトな接続をする為のモルモットにされた』

 

 皮肉な事にテンカワ・アキトの実験データーにより、ミスマル・ユリカはスムーズに演算ユニットに接続されたのだ。

 

『イメージを明確に伝える為にIFSの補助脳を拡張したり、遺跡より発掘していたが機能の解析が終わっていないのにIFSに似ていると言う理由だけで未知のナノマシンを投与されて……結果、肥大した補助脳により脳が圧迫されてアキト君の身体には様々な障害が出ている』

 

 IFS――イメージフィードバックシステムとはナノマシンを体内に投与することにより、脳からのイメージを機体に繋げる補助脳を形成するものであり、テンカワ・アキトが受けたのは補助脳の機能を強化して、高度な技術であるボソン・ジャンプの制御システムである古代火星文明の残した遺跡の演算ユニットに繋げる事を目的としていたのである。

 

『けど、肥大した補助脳のお陰でIFSの能力は飛躍的に高まり、体内に投与された未知のナノマシンは本来なら動けるはずもない彼の身体を無理矢理動かしている』

『……無理矢理』

『しかも実験の弊害はそれだけではなく、補助脳から伸ばされたナノマシンの束が脳に侵食して彼の感情を希薄なものにしている……今までは、北辰達への憎しみと火星の後継者への怒り、そして艦長を取り戻すという執念だけで戦っていたけど、それを果たした今――貴方は感情を失い、呼吸するだけの身体になる』

「そんな分かりきった事を言って何になる……大体主治医をしていたお前なら知っているだろう――俺の身体はもう限界だって事を」

 

 イネスとアキトの発言は、『ナデシコC』艦橋に居るクルー達――特にホシノ・ルリに衝撃を与えた。この作戦でアキトをユリカと会わせれば昔には戻れなくても、それに近い何かにはなると思っていたのだから。

 

『……うそ』

 

 『ナデシコD』の艦橋ではユリカが顔面蒼白になっていた。

 やっと父親であるミスマル・コイチロウの許しを得て、幸福感に包まれながら新婚旅行に旅立ち――火星の後継者に拉致されて遺跡の演算ユニットの人間翻訳機として組み込まれてしまった……テンカワ・アキトや旧ナデシコ・クルーの尽力によって救い出されて、やっとアキトに出会えたと言うのに……。

 

「うそでしょう……やっと、やっと会えたんだよ? 回り道をした分これから二人で幸せにならなくちゃいけないのに……」

『艦長! 落ち着きなさい!!』

 

 見るからにショックを受けた様子のユリカが、よろよろと後ずさりその美麗な顔は真っ青になっている。だが変化はそれだけでは無かった――青ざめた肌に幾何学的な模様が浮かび上がり、それは瞬く間に全身へと広がっていった。

 

「艦長! どうしたの!?」

「ユリカ! 落ち着くんだ!!」

 

 ユリカの異変に『ナデシコD』の艦橋からジュンが落ち着くように諭す声が聞こえるがユリカの耳には届いておらず、彼女の異変に『ナデシコD』の艦橋にいたハルカ・ミナトやアオイ・ジュンがユリカに駆け寄るが、ユリカの全身に広がった幾何学的な模様は淡い光を発し始めて――それは『ナデシコD』の艦橋の床まで広がり、あっという間に艦橋全体に広がる。

 

「……これは?」

「……どういう事?」

 

 一面に広がった幾何学模様の淡い光に照らされながらアオイとミナトは突然の変化に驚く……思えばネルガルの会長アカツキ・ナガレから突然呼び出されて最新鋭艦『ナデシコD』の存在を聞き、その巨大な艦体に圧倒されながらも何時の間にこれほどの巨大な船を建造したのか疑問に思った――火星の後継者の乱から数ヵ月しか立っていないのに。

 

 アカツキの説明では、ナデシコCでワンマンオペレーション・システムはほぼ完成したが、この『ナデシコD』はそれの拡大発展型戦艦であり、『ナデシコC』の機能をコンパクトにした複数の無人艦を中継点としてハッキングによるシステム掌握の有効範囲を拡大するのが目的だという。

 

 それを聞いた時、最初はアカツキの正気を疑った。『ナデシコC』でさえ火星圏全域を掌握したというのに、それを更に拡大するなど人類圏全域を支配するつもりか、そんな事が可能な人材などルリですら不可能なのではないか、と。

 

 もっとも、それ以前に巨大企業が世界を支配するなど、三流SFでも流行らないだろうに。

 

 そんな疑念だらけの船にアオイもハルカも最初は乗り込む事を拒否したがユリカだけは何故か乗り気で、こんな巨大な物をジャンプさせるなど身体への負担が大きく、病み上がりの身体では無理だという説得へも耳を貸さず、まるで何かに取り付かれたかのように強引に『ナデシコD』への乗船を決めてしまった。

 

 それで仕方なくアオイとミナトも渋々乗船したが、この異常事態にやはり何か裏が有ったかと二人は舌打ちしたい気持ちになった――ネルガル会長アカツキ・ナガレ。若干二五歳の若さで巨大企業ネルガルの会長を勤め、必要とあらば冷徹な判断も下せる現実主義者であり、限りなくグレーな人物である。

 

 そんな事を考えている内に幾何学模様は三千メートルを超える『ナデシコD』の全体にまで広がり、『ナデシコC』からそれを見たルリがウィンドウ越しからユリカに声をかける。

 

『ユリカさん、落ち着いてください! 『ナデシコD』の艦体にまで幾何学模様が広がっています』

 

 しかし幾何学模様は一向に収まる気配はなく、それは『ナデシコD』の周囲の空間にまで広がると周囲にいた『ナデシコC』を幾何学模様で埋め尽くしてもなお広がり、離れた所に位置していたユーチャリスをも捉えた。

 

「……なんだ、これは?」

 

 漆黒の宇宙を埋め尽くす淡い輝きを放つ幾何学模様の異様さには、感情が希薄になりつつあるアキトも疑問の声を上げる。ユーチャリスのオペレーション室のラピスに状況を問いかけるが、解析不能との答えが帰ってきた。

 

 待機室のソファーに座りながらウィンドウの映し出された周辺の空間を見ていたアキトは、淡く輝く幾何学模様のパターンが古代火星文明の遺跡に彫り込まれたパターンに類似している事に気づいた。

 

「……火星の古代文明か、何時までも祟るな」

 

 


 

 

 『ナデシコC』ブリッジ

 

「ハーリー君、艦体に何か影響はありますか?」

「――いいえ艦長、艦体には何の影響も感知できません。また艦内のシステムにも異常は見受けられません」

 

 『ナデシコC』の艦橋でオペレーション・シートに座っているルリは、ウィンドウに映し出される幾何学模様を見ながら副オペレーター・シートに座るマキビ・ハリに周囲に広がる幾何学模様からの影響が無いか問掛けて、彼から問題がないとの報告を受けてルリはほっと一息付いた。

 

 ウィンドウに映る淡く輝く幾何学模様を見つめながらルリは、『ナデシコD』より周辺の宙域に広がる幾何学模様が火星の古代遺跡によく見られるモノと同一である事に気づいていた。

 

「……イネスさん。あの船は何なんです?」

「何とは?」

「おかしいとは思っていたんです。この船だけでも惑星圏の掌握が出来るのに、さらに掌握出来る範囲を拡げるなどナンセンスです。……大体あんなに巨大な船一隻を作るよりも、複数の船で範囲をカバーした方がよっぽど広い範囲を掌握出来るでしょうに」

 

 つまりシステム掌握の範囲を拡げるなど、真っ赤な嘘――あの船は別の目的で建造されたのでしょう? とルリは金色の瞳をイネスに向けるも彼女は眉一つ動かさなかった。

 

「答えてくださいイネスさん。ネルガルは何を考えてるんです?」

 

 張り詰めた空気の中、イネスは口を開いた。

 

「始まりは、今から二年前。アキト君が黒衣の復讐者として活動を始め、ネルガルのシークレット・サービスも協力して火星の後継者の拠点を制圧していた」

 

 火星の後継者のスポンサーを監視して資金の流れから彼らの拠点の存在する場所を特定し、囚われたミスマル・ユリカ救出を第一目標――A級ジャンパーを取り戻せば火星の後継者の目論見であるボソン・ジャンプの独占を阻止でき、アキトの目的とも一致する――として拠点に襲撃をかけながら、ネルガルは木連との戦争終結寸前に行方不明になっていた初代ナデシコに積み込まれたボソン・ジャンプの中枢『演算ユニット』を確保すべく、太陽系内を汲まなく調査をしていた。

 

「結果は火星の後継者に先を越されたけど、ネルガルの調査チームは土星の衛星圏で新たな遺跡を発見したわ」

 

 相変わらず話が長いと思いながらもルリは先を促すが、イネスは皮肉げに口の端を釣り上げると『時間切れ』だと告げる。

 

「……時間切れ? それはどう言う――」

「艦長! この宙域に広がる幾何学模様から未知のエネルギーが放出されています」

 

 突然警告の声を上げたマキビ・ハリ。その声を聞いたルリは『ナデシコC』のメイン・コンピューター『オモイカネ』から情報を表示させると、周辺に表示されたウィンドウにはこの宙域を埋め尽くす幾何学模様から強い振動数を持ちながらエネルギー量は低いという矛盾した観測結果が示されており、そんな危険なエネルギー放射現象に晒されているのに『ナデシコC』の艦体には何ら影響が計測できない――エネルギー放射の範囲や密度を調べている内にルリは、影響範囲が『ナデシコD』を中心とした円形に広がっている事に気づいた。

 

「……これは、ジャンプ・フィールド?」

 

 『ナデシコD』から発せられた幾何学模様は『ナデシコC』とユーチャリスを飲み込むとフィールド上に広がっており、このままではどんな影響があるか分からない――そしてそれは直ぐに現実のモノとなる。

 

「艦長! 周囲のフェルミオンがボソン変換されていきます!」

「ディストーション・フィールド出力最大!」

 

 ナデシコCの周囲に展開されていたディストーション・フィールドの出力が跳ね上がって艦体を守る強固な城壁となる。準警戒態勢であった艦内のシステムを最大級の警戒レベルへと上げて、ナデシコCに搭載されたあらゆる観測機器は周囲の変化を感知するべくフル稼働で動き出す。

 

「……続きは転移先ね」

 

 ルリは自身のナノマシンが活性化している事を感じながら、他人事のような表情でふざけた事を言うイネスにジト目を向けた。

 

「……イネスさん――アンタ、性格悪くなったでしょう」

 

 ジャンプ・フィールド内にいた『ナデシコC』と『D』そしてユーチャリスは、幾何学模様から発せられる光に包まれると通常空間より姿を消した。

 

 

 




 ――気を付けろ、甘い言葉と落ちめの女タラシ。

 どうも、しがない小説書きのSOULです。

 ナデシコの元ネタがエンタープライズをひっくり返した姿だと聞いて、
 安易に入れちゃったんだよなぁ(遠い目

 次から少し残酷描写が入ります。避けて多れない話なので苦手な方はご注意を。

 次回 第二十話 それぞれの思惑……どうも、ナデシコが登場するとシリアスが……

 では、また近いうちに。
 


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第二十話 それぞれの思惑

 ユーチャリス艦内 待機室



 『ナデシコD」から広がった幾何学模様に包まれた途端に、強制的にボゾン・ジャンプに巻き込まれたユーチャリスの艦内で、衝撃で床に倒れ込んで意識を失っているテンカワ・アキト。

「……くっ」

 暫くして意識を取り戻したアキトは、首を振りながらも待機室の床から立ち上がろうとするが目眩を感じて床に座り込んだ……どうやらあの巨大なナデシコ級が引き起こしたボソン・ジャンプは通常の物より長距離を跳んだのかもしれない。

「……ラピス大丈夫か?」

 ウィンドウを立ち上げるとオペレーション室へと繋ぐ。オペレーション・シートで意識を失っていたラピスだったが、何度か呼びかけるとようやく目を覚ました。

『……アキト』
「ラピス、現在位置は?」
『……現在位置不明』
「不明? どういう事だ」
『周囲に現在位置を特定できる星がない』

 ラピスは新たなウィンドウをアキトの側に展開して、ユーチャリス周辺宙域の情報を表示する。そこにはユーチャリスの周囲には惑星はなく太陽すらも確認できず、ユーチャリスは太陽系の外にジャンプ・アウトした可能性があった。

「……ランダムにジャンプしたのか?」

 ボソン・ジャンプの前、自分の余命を知ったユリカがひどく動揺していた。その精神的な動揺が『演算ユニット』へのイメージ伝達を揺らがせ、全く意図しない未踏の地へとジャンプさせたのか……だとしたら、こうして通常空間に実体化できただけでも幸運なのかもしれない。

「周囲に艦影はあるか?」

 念の為にラピスに確認するが、やはり近隣空間に『ナデシコ』の姿はないとの答えだった……さて、どうしたものか。自分一人であれば何も問題はない。予定通り当て所もない旅に出れば良いだけだが、今ユーチャリスにはラピスが居る。

 元々ネルガルの小惑星基地で補給を済ませた後、月の秘密ドックでエリナ・キンジョウ・ウォンにラピスを託してから一人旅立つ予定であったのだが、現在位置すら分からなければどうしようもない。

 ソファーに座り込んだアキトは、これからの行動方針を考えているとラピスより未確認の艦船が接近している事を伝えてきた。

「船? 接近を察知出来なかったのか」
『未確認船はユーチャリスより五十万キロの所に突然現れた。十時方向より接近している』
「映像は出せるか?」

 アキトの要請にラピスは、補正した映像を新たに立ち上げたウィンドウに映し出した――そこには巨大な立方体の船がゆっくりとユーチャリスへと近付いていた。

「……なんだ、これは?」



『ナデシコD』艦橋


 

 突然のボソン・ジャンプで未知の空間に飛ばされた『ナデシコD』艦橋では、早急に現状を把握しようと観測機器を総動員したが、既存のデーターには参照出来るものはないが、マクロな視点――いて座A*と思われる天体の位置から現在位置は、太陽の属するオリオン腕ではなくペルセウス腕に近いのではと推察された。

 

「ペルセウス腕……地球のあるオリオン腕より銀河の外側にある渦状腕、か。人跡未踏の地だな」

 

 観測結果からもたらされた結果に、副長席に座っているアオイ・ジュンは深くため息を付く。突然『ナデシコD』を中心に幾何学模様が広がったかと思うとジャンプ・フィールドを形成してジャンプ先すら選定しないままジャンプを決行――気が付いた時には未知の空間にジャンプ・アウトしていた。

 

 テンカワ・アキトを確保するという目的は果たせず、自分達は宇宙の迷子……やっぱり、アカツキ・ナガレの甘言などロクな事がない。そうボヤいていると、艦内エレベーターのドアが開いてハルカ・ミナトが艦橋に戻って来た。

 

「お疲れ様、ユリカの様子は?」

「今はゆっくり眠っているわ」

 

 衝撃の事実を知らされたミスマル・ユリカが感情を暴走させた挙句に暴走して、この碌でもない船共々ランダム・ジャンプを敢行してしまい、その結果ユリカの身体に多大な負荷がかかったらしく彼女は意識を失ってしまった。

 

 そのためミスマル・ユリカを艦長室のベッドに寝かせて安静にしながら、『ナデシコC』に状況を説明した後で乗り込んでいるイネス・フレサンジュを派遣するよう要請をしたのだ。

 

「で、ドクターは?」

「今、『ナデシコC』とのドッキングが完了した所だ」

 

 正面のウィンドウには共にランダム・ジャンプに巻き込まれた『ナデシコC』を、『ナデシコD』の前方で対角線上にせり出している四本のディストーション・ブレードがシンクロ・リフトの役割をはたしてディストーション・ブレード内に格納しようとしている。

 

「まぁ、こういう設備がある所を見るとこの船がナデシコ級の母艦――蜥蜴戦争時のコスモスと同じ機能を持っていると言う話しは理解できるだが……」

「……それを説明してくれたのが、あのアカツキ君ってのがねえ」

 

 ネルガル会長アカツキ・ナガレの胡散臭い笑みを思い浮かべてアオイ・ジュンとハルカ・ミナトは揃って苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

 

「まずはイネス女史と一緒にホシノ君もユリカの見舞いに向かうそうだから、その間にランダム・ジャンプ時のデーターや幾何学模様が発生した際の艦体のデーターを纏めておこう――アゥイン、ノゼア、データーの抽出を頼む」

 

 副長席から前方のオペレーション・シートに座っている二人の少女に声をかけると、了承の意を返した二人は揃ってコンソールを操作してメイン・コンピューターにアクセスする。

 

 


 

 

 『ナデシコD』艦内 中央部多目的ホール

 

 巨大な艦体を持つ『ナデシコD』の内部にはかなりのスペースがあり、艦内には幾つかのホールが設けられている。そして艦橋の近くに位置する第一多目的ホールにはアオイ・ジュンとハルカ・ミナトそして技術部よりウリバタケ・セイヤが席に座っており、その隣には『ナデシコD』とドッキングした『ナデシコC』より来艦したホシノ・ルリとタカスギ・サブロウタが座っていた。

 

「ユリカの様子はどうだった?」

「イネスさんの話では身体的には何の問題はないそうです」

「……やはりテンカワの話がショックだったのか」

「……でしょうね」

「けど、まだテンカワが死んだ訳じゃない。諦めなければ道はあるはずだ」

 

 ジュンは見舞いに行ったルリにユリカの様子を聞きながら、ルリの様子にも気を配った――四年前のあの日、テンカワ・アキトとミスマル・ユリカが新婚旅行に出た直後に火星の後継者によって事故に見せかけて拉致されたが、見送りに来ていた初代ナデシコ・クルーは二人が事故で死んだと思っていた。ショックを受けるクルーの中で特にショックを受けていたのはルリであり、かなり深くふさぎ込んでいたのだ。

 その姿を見ているだけに、アキトの寿命の件を聞いたルリもユリカと同じようにショックを受けているだろうと思っていたのだが、表面上は冷静に見える。今はサブロウタやハーリーと言う仲間がおり、本人も経験を積んで成長しているから前ほどふさぎ込まないとは思うが。

 

「……で、肝心のイネス女史は?」

「……何でも準備があるそうですよ」

 

 話題を変えるためにイネスの事を聞いたが、ろくでもない答えが帰ってきて頭痛を感じたのか目頭を揉むジュン。ジュン達の目の前にある壁には白いパネルが設置されており、それが嫌でも懐かしい初代ナデシコ時代を思い出させる。

 

 暫く無言で待っていると、ドアの一つが開いて奇妙な人影がホールに入って来た――水色の髪にピンクの帽子と同色のオーバーオール ジーンズを着たアゥインと、白いパンダの着ぐるみを着たノゼアが何時にもまして無表情でトコトコ歩いてパネルの前にやって来た。

 

「……何をやっているんだ? アゥイン、ノゼアまで」

「……触れないであげましょう」

 

 経験者でもあるルリは無表情で歩く二人の頬が少し赤らんでいる事に気付いているが、気付かないフリをするようにジュンを諭す……どうせ説明好きのイネスが強引にキャスティングしたのだろう。

 

 白いパネルの前まで歩いたアゥインとノゼアが目の前に座るジュン達に一礼すると、白いパネルに数字が現れて秒読みを始めてゼロになるとファンファーレが鳴り響き、デフォルメしたアゥインとノゼアが楽しそうに踊る映像が流れ始める……。

 

「……みんな集まれ、楽しい『なぜなにナデシコ』が始まるよ」

「……集まれー」

 

 抑揚がなく何ら感情が籠らない平坦な声で説明会の開始を伝えるアゥインとゼノア、そんな二人の少女を痛々しい表情で見つめる参加者達。

 

「……ねぇ、お姉さん。今回のお話は何かな?」

「……良い所に気付いたね、パンダさん。今回の話しは私達の乗る『ナデシコD』についてのお話だよ」

「ふーん、そうなんだ」

 

 ランダム・ジャンプの前にルリは、謎の多い『ナデシコD』について知っている事を話すようにイネスに詰め寄った……どうやら『ナデシコD』について知っている事を話してくれるようだが、話は寸劇の形で進行するらしい。

 

「まず、『ナデシコD』はワンマン・フリート計画の実験艦としてネルガルには登録されてるの」

「ワンマン・フリート?」

「そう戦闘能力を持った艦と、それをサポートする補給艦などをたった一人で操作しようという馬鹿げた計画よ」

「……ふーん、僕パンダだから興味ないや」

 

 なら聞くなよ! パンダに扮したノゼアの言葉に思わず心の中で突っ込みを入れる旧ナデシコ・クルー。思わずジト目で見てしまったルリだったが、ワンマン・フリートとは無謀を通り越して荒唐無稽な話だと思った――たった一人で幾つもの艦を制御して、あらゆる状況に対処するなど現実的ではないし、長期間の作戦行動をたった一人で過ごすなど人間はそんな過度なストレスに耐えられるようには出来てはいない。

 

「……そうか、なら興味が出るように説明上手な“お姉さん”に登場してもらいましょう」

 

 そら来た――自分の事を“お姉さん”などと恥ずかしげもなく紹介させる説明おばさんの顔が白いパネル一杯に映し出された……ではイネスさんしっかり説明してもらいましょうか。白いパネルに映るイネスを半目で見つめながらルリは戦闘態勢を取った。

 

 

「初めましての人は初めまして、久しぶりの人はお久しぶり、イネス・フレサンジュです。先ほど触りだけはルリちゃんに話しましたが、今回はこの『ナデシコD』について説明しましょう」

 

 にやりと笑みを浮かべたイネスは白いパネルの映像を切り替えて二年前のネルガル・シークレットサービスの活動記録が複数映し出される――それはシークレット・サービスの諜報員達が違法研究施設を制圧する記録や、偽装調査船が小惑星帯や木星圏などを調査している記録だった。

 

「火星の後継者達の暗躍に気付いたネルガルは、アキト君救出と並行して戦争末期に行方不明となったボソン・ジャンプの中枢『演算ユニット』を確保するべく行方を追っていたの」

 

 パネルの裏から出てきたイネスは、レーザーポインターを使って次々と映し出される記録映像を示しながら説明を続ける。

 

「初代ナデシコに乗せて宇宙の果てに演算ユニットを誰の手にも届かない場所へと放逐した訳だけど、小惑星帯のどれかに不時着しているか木星などの巨大惑星の重力に捕まって引き寄せられている可能性が高いと思われて大規模な捜索が行われた」

 

 パネルには複数の偽装調査船が小惑星帯や木星圏近辺でセンサーを屈指して捜索している様子が映し出されたが、結局調査船は『演算ユニット』を乗せた初代ナデシコを発見する事は出来なかったとイネスは説明する。

 

「……けどね、演算ユニットは発見出来なかったけど、代わりに調査チームは奇妙な物を発見したの――土星圏でね」

「――土星? 何でそんな遠い所を、ネルガルって暇なの?」

「暇って……貴方」

 

 身も蓋もないルリのツッコミに、ジト目を向けるイネス。

土星――太陽系六番目の惑星であり、地球からの距離は最小で十二億八千万キロも離れており、地球から木星までの距離六億三千万キロと比べても倍以上離れている。

 

「……元々ネルガルは土星圏に“何かがある”事は昔から知っていたみたいなの」

 

 イネスは語る――以前より土星圏宙域には正体不明の構造物があるという噂が囁かれていたという。それは長い間単なる噂と思われていたが、近年明らかになった火星と木星に存在する異星文明の遺跡がその噂に信憑性を与えた――太陽系外よりやって来たであろう異星人達が最初に木星ではなく土星にたどり着いていても不思議ではない。

 

 先代会長の時代より古代異星人の遺跡技術を追い求めていたネルガルは、秘密裏に調査チームを土星圏へと派遣して――驚くべきものを発見した。

 

「巨大な異星文明の宇宙船――と言いたい所だけどその姿は私達のよく知るシルエットをしていたわ」

「よく知る?」

 

 疑問の声を上げたジュンにシニカルな笑みを向けたイネスは、パネルを操作して一枚の映像を映し出させた……そこには前方に四つのブレード状の構造物突き出して上下に円盤状の構造物を持った巨大な宇宙船――それは。

 

「それは初代ナデシコをスケールアップしたような姿をしていた……まぁ元々ナデシコも古代火星遺跡からの発掘物から得た技術を元に設計されたから似ていてもオカシな話しではないのだけど、コレは度を越している」

 

 調査チームから報告を受けたネルガルは秘密裏に土星宙域から遺跡宇宙船を月にあるネルガルの研究施設へと運び、詳細な調査を始めた――船殻にはチューリップ・クリスタルと同じ要素が含まれて十基ある相転移機関は使用可能であり、四本あるディストーション・ブレードはシンクロ・リフトの能力も持っているようであった。

 

「船体には通常サイズの宇宙船が十隻搭載され、内部構造も劣化は少なく運用可能レベルにある……大小様々なデブリや宇宙塵、そして土星の磁場に晒された割には船の状態は良好であると言えるわね」

 

 年代測定によれば千年は土星宙域に存在していたと考えられ、最低限の船の機能は維持しており船体を守る微弱なディストーション・フィールドが展開されて危険なデブリから船体を守っていたようであった。

 

「……つまり、船は『生きていた』と。おかしいですね、古代異星文明の遺跡は人類の生まれる前、十万年前に作られた筈ですよね? という事は、その船は古代異星人の遺跡ではなく別の存在が作った船という訳ですか?」

「月の施設で調査した結果は船に使われている技術は我々の技術と同じであり、船の構造を見るに思考も我々と同じ――つまりはあの船は我々人類が造った物ね」

「けど、年代測定では千年前と出たんですよね」

「……そうなのよ、ホントどうなっているのやら」

「……単純に年代測定をミスったのでは?」

 

 話していく内にジト目になっていくルリに、ため息を付くイネス。

 

「……そうなら話は早かったのだけどね」

 

 ……どうやら、どんでん返しがあるようだ。

 

「内部の調査を進めていくと色々な事が分かってきた……巨大な船体は移動ドックとしての機能を持たせた為であり、船内には木蓮で使われているプラントと同じものが組み込まれている――前方に突き出しているディストーション・ブレードはガイドレールを兼用しており、プラントで作られた部品などを搬出する移動装置としての機能も持たせている」

 

 船体上下にある円盤部には高性能なセンサーが設置されて居住区は船のサイズにしては少人数分しか用意されておらず、船の運用は半自動制御になっているようである。

 

「実際、船には『オモイカネ』級のコンピューターが搭載されていたようだけどデーターは消されたのか何も引き出せなかった――故意に残されたであろうメッセージを残してね」

「メッセージ?」

 

 船の中に入った調査チームは巨大な船内を調べていく内に船内のシステムの大半が二つのコンピューターによって制御される複雑なネットワークを形成している事を突き止めたが、肝心のコンピューター内には何のデーターが残されてはいなかった……その後も綿密な調査が行われ、付属するサブ・コンピューターの一つに小さなデーターが残されている事に気付いた。

 

「これ見よがしに残されていたメッセージにはこうあったわ――白き天女と妖精。そして黒い生霊の未来が欲しくば、この船で飛べと」

 

イネスの言葉に、場は騒然とした。

 

「……おいおい、それじゃアンタはこんな得体の知れないメッセージを信じて俺達をこの船に乗せたのかよ?」

 

 不機嫌そうな声で問掛けるウリバタケ・セイヤ――彼らが『ナデシコD』に乗る切っ掛けとなったのはネルガルのプロスペクターの勧誘とイネスの言葉であった。

 

「……アンタは言ったよな、アキトの奴を治療する為にもアイツの身柄を確保するって、俺はその言葉を信じて乗ったんだぜ」

「……嘘は言っていないわ。アキト君の身体は火星の後継者の実験でボロボロになっていたのに、更に無理に身体を動かして何時命が終わっても不思議ではない状態だった……私は主治医として彼の命の炎が、か細く儚く消えかけている状況を見ている事に我慢ができなかった」

 

 そんな時にネルガル会長のアカツキ・ナガレから、土星で発見された奇妙な宇宙船の話が回ってきた――ナデシコ級をスケールアップしたような姿と矛盾する年代測定、態々残されていたメッセージを聞いた時、イネスの心は決まった。

 

「おいおい、アンタ科学者だろ? 普段の冷静さは何処に行ったんだよ」

「もちろん、それだけでは無いわ。メッセージに有ったでしょう、白き天女と妖精の未来と」

 

 火星の後継者を逮捕する時に、『ナデシコC』は火星全域を制御下に置いて彼らの戦力を無力化した――だがルリと『ナデシコC』のコンピューターオモイカネのコンビが惑星一つをハッキングして制御下に置くその能力に、政府と軍は懸念を占めていた。

 

「懸念?」

「ええ、今の社会は高度情報化社会。ありとあらゆる場所にネットワークが敷かれているわ」

 

 だが『ナデシコC』は、最高レベルのセキュリティを持つ軍のネットワークを乗っ取り、効果範囲は惑星全域にも及ぶ――つまり『ナデシコC』は、人類社会を制圧出来るポテンシャルを持っている事を証明してしまった。

 それを重く見た政府は、以前オモイカネが軍に反旗を翻した事実もあってルリとオモイカネを危険視し、『ナデシコC』の属する連合宇宙軍のライバルでもある統合軍も懸念を示していた。

 

「それこそ、ルリちゃんを排除しようと言う意見もあるくらいにね」

 

シニカルな笑みを浮かべたイネスは続ける。

 

「そして、一番の問題はマキビ・ハリ君の存在ね」

「……ハーリー君?」

 

 ルリと同じく遺伝子操作で生まれた――いわば最新式のマシン・チャイルドであり、若干十一歳で火星圏の掌握を行うルリのサポートを務めた。ルリよりも五年も経験が浅いにも関わらず、最高レベルのルリのサポートを務めた彼の存在は、マシン・チャイルドの研究をあらゆる意味で拍車させかねなかった。

 

「――これからマシン・チャイルドの研究が進み、高性能のマシン・チャイルドが次々と生まれてくるけど、はたして今の人間に彼らを許容するだけの度量があるかしら?」

「……おい!」

 

 薄笑いすら浮かべるイネスを大声で静止するウリバタケ……

 

「……もう良いよ、フレサンジュ女史。けど、大企業ネルガルの会長が良くそんな信憑性もない話を信じて、この巨大船を運用可能にしたものだね」

 

 黙って話を聞いていたジュン話題の転換を図る。

 

「さあ? 彼が何を考えているのか分からないわ」

「そうか――つまり僕達は、この得体の知れない船でテンカワを捕まえなければならない訳だ――ウリバタケさん、技術部を総動員で『ナデシコD』の船体、特に搭載されていると言うプラントの再チェックをお願いします。アゥインとノゼアはシステムを徹底的に洗ってくれ……勿論、貴方も協力してくれますよね、フレサンジュ女史?」

 

 苦々しい表情を浮かべたジュンに、イネスは了承の意を伝えた。

 

 


 

 

 『ナデシコD』 艦橋第二階層

 

 オペレーション・シートに座ったアゥインとノゼアは、副長アオイ・ジュンのオーダーである艦内のシステムの再チェックを行っていた。

 元々この船に搭載されていたオモイカネ型コンピューターは通常型よりも容量は巨大であるが全てのデーターが消えており、『ナデシコC』に搭載されているオモイカネ型コンピューターより株分けされたシステムでは容量にかなりのスペースが空いてしまい、解決策に難儀したネルガルの技術者は何をトチ狂ったか株分けしたシステムを二つインストールしてデュアル・コンピューターとしたのだ。

 

 トチ狂った技術者の暴挙に頭を抱えたのは、ネルガル会長より人材を集めるように指示されていたプロスペクターであった――初代ナデシコから『ナデシコC』まで、アクが強くでも優秀なら問題ないと言うぶっ飛んだ条件を満たす人材を見事集めたプロスペクターであったが、一定ライン以上の技能をもったマシン・チャイルドを二名もスカウトしなければならなくなった彼は頭を抱えつつも見事期待に応えて、アゥインとノゼアという双子のマシン・チャイルドをスカウトした。

 

 木蓮との戦争において優秀な性能を発揮したホシノ・ルリの成功を機に、合法・非合法を問わず様々なアプローチをもってマシン・チャイルドの研究が活発になり、その中でも双子のシンクロ性に着目して非合法に製造された双子の少女をネルガルの暗部が最近保護したという情報を知った彼は即座に行動を起こして見事双子の人権をネルガル本社に移すことに成功――そのまま準研究職員として登録して月の表向きの施設への出向させたのだ。

 

 デュアル・コンピューターの片方を受け持つという方法で経験不足を補っている二人は、アゥインは『ウワハル』をノゼアは『シタハル』を担当して艦内のシステムの再チェックを行いながら個人チャットを行っていた。

 

『……なんと言うか、艦内の空気が悪くなったね』

『仕方ないよ。イネス先生が本性丸出しだし、見るからに悪役だったからね』

『……あの黒い人を助けに来たは良いけど、自分達が迷子になっちゃったしね』

『……その所為で、また艦内のシステムを再チェックしなければならなくなったけどね……あ~めんどくさい』

 

 艦内システムの再チェックを行いながらチャットを続けるアゥインとノゼア……生真面目な性格をしているアゥインと、めんどくさいが口癖でありぐーたらな性格をしているノゼア。双子でありながらも正反対の性格をしている二人は案外上手くやっているのである。

 

『艦長大丈夫かな?』

『顔真っ青だったからね、暫く無理なんじゃない?』

『後でお見舞いに行こうよ』

『めんどくさいから、パス』

『……またノゼアはそんな事を言って』

『ルリ姉さまが代表で行っているだろうから良いでしょう』

 

 チャットを続けながらもシステムの再チェックは進み、『ナデシコD』の本体のチェックは終了して、船体にドッキングしている十隻の支援艦のチェックに入る――リアトリス級戦艦をスケールダウンしたようなシルエットを持つ支援艦は、完全無人艦ゆえに有人艦のように生命維持システムを搭載する必要はなく、全長二百メートルクラスでもリアトリス級に劣らない重武装を誇る。

 

 艦首グラビティ・ブラスト一門、三連装対艦砲二基、四連装速射砲六基、四連装対宙ミサイル発射管二基を装備しており、中でも特徴的なのは強化されたセンサーシステムと通信システム用の複合アンテナ六基が扇状に展開され、開発コードは中東のクルド人の一部が信仰する民族宗教『ヤズディ教』七大天使の一柱である孔雀天使『マラク・ターウース』であり、マラク・ターウース級無人戦艦と呼ばれるはずであったが、船体に張り付く形で係留されていることから『コバンザメ』級無人戦艦と揶揄されているのである。

 

『あ~めんどい、何でこんな事をしなきゃならないのよ』

『ボヤかないで手を動かしてノゼア、誰かに見られたら私達の沽券に関わるわ』

『……めんどいなぁ、もう。誰も来ないと思うけど、皆それどころじゃないでしょうし』

『……分からないわよ、ここも艦橋の一部だし』

『……そうね、言われてみればミナトさんとか来そう』

 

 胡散臭いネルガルの会長の口八丁に乗せられて操舵手として『ナデシコD』に乗り込んだハルカ・ミナト。そこで彼女はオモイカネ・シリーズのオペレーターとして乗り込んだアゥインとノゼアの二人を見て昔を懐かしんだのか、事ある毎に構い始めたのだった。

 

『……とりあえず、あのおっぱいは敵』

『……何を言い出すのよ』

 

 生真面目なアゥインは努めて冷静に対処していたが、めんどくさがりのノゼアはミナトをかなり邪険に応対していたのだ。だがそれがミナトの琴線に触れたのか、より一層――特にノゼアを構い始めたのであった。

 

『後数年もすれば、私もぱいんぱいんになるはず』

『……ルリ姉さまを見れば、望み薄だけどね』

『最近毎日牛乳飲んでるし、打倒遺伝子』

『……自らのアイデンティティーに喧嘩売ってどうするのよ』

 

 乾いた笑いを浮かべるアゥインだったが、二人だけのチャットに割り込みが入ると表情を変えた。

 

『――来たわよ、ノゼア』

『来たわね――『シタハル』、割り込みはどの端末から来てるの?』

[ダメだねノゼア、幾つものサブ・コンピューターを経由する時に偽装を施されて発信者は秘匿されているよ]

『『ウワハル』貴方はどう?』

[……コッチもダメ、特定出来ない]

 

 二台のオモイカネ型コンピューターを持ってしても割り込みをかけてきた相手を特定出来ない事に、アゥインとノゼアは揃って顔を顰める……最初の接触は『ナデシコD』が出航準備に追われていた頃、十台あるサブ・コンピューターを経由してメッセージが送られてきた事が発端であった。内容は簡単な挨拶であったが、オモイカネ型コンピューターと専門的な訓練を受けた二人のマシン・チャイルドが揃って発信源を特定できなかったのだ。その事実は双子のマシン・チャイルドのプライドを傷つけ、株分けされてから日の浅いオモイガネ型コンピューター『ウワハル』と『シタハル』の幼い自我にも痼りとして残っていた。

 

『……で、ピーピング・トムは何て?』

[座標が送られてきているよ]

 

 苦々しい表情を浮かべたノゼアの前に、『シタハル』より座標が表示されたウィンドウが展開される――それは『ナデシコD』の現在位置から半光年も離れてはいない宙域であった。

 

『……半光年、大体四兆七千三百億キロか……遠いわね』

『……『ナデシコD』に搭載されている重力波センサーの探知圏外ね』

『そんな遠い所の座標なんてどういう気だろう?』

 

 『ナデシコD』には様々なセンサーや革新的な観測機具が搭載されており、ノゼアの言う重力波センサーとは時空の曲率を観測するシステムであり、到達速度は光速とほぼ同等ゆえに四兆七千三百キロもの距離を観測するには、光の到達する時間と同じく約半年の時間を必要とする。

 

[メッセージはもう一つあってね]

『もう一つ?』

 

 『ウワハル』の言葉に小首を傾げたアゥインの前に新たなウィンドウが展開される――そこには見覚えのある白い宇宙船の大破した姿が映し出された。

 

『……これって、目的の船ユーチャリス?』

[かなり損傷が激しいけど分析の結果、特徴ある四つのセンサー・バインダーの痕跡など、七十パーセントの確率で目標の船ユーチャリスだと断言できるよ]

『……相転移エンジンなんか跡形もないじゃない……めんどくさい事になりそう』

『これはアオイ副長に伝えた方が良いわね』

『……どう伝えるの?』

『正直に伝えるしかないんじゃないかしら?』

 

 幾ら映像的な証拠があるとはいえ、発信源不明の未確認情報を伝える事にノゼアはゲンナリした顔になる……だがアゥインは生真面目さを発揮してジュンのコミュニケーターに繋げる。程なくしてアゥインの側に新たなウィンドウが展開されると、副長アオイ・ジュンの姿が映し出された。

 

『どうしたアゥイン、何か問題でもあったか?』

『再チェック中に気になる情報を見つけました』

『気になる情報?』

 

 コンソールを操作して、ジュンの側に送られてきた映像を映したウィンドウが立ち上がる――それを見たジュンの表情が強張る。

 

『アゥイン! この映像は何だ!?』

『――システムの再チェック中、サブ・コンピューターを経由した“何か”が送ってきたモノです。『ウワハル』はこの映像に映る船を七十パーセントの確率で目標の船ユーチャリスである可能性が高いと言ってます』

『……サブを経由した“何か”とは?』

『私達の知らない未知のシステムか、第三者の介入する余地がこの船にはあるか、です』

『……分かった。引き続きシステムの再チェックと並行して、この映像に映っている船――仮にユーチャリスと仮定して、周囲の情報や到達までの時間、映像から読み取れる情報、特にこの情報の出処に付いて纏めておいてくれ』

『わかりました』

 

 そう指示を出したジュンは慌ただしく通信を切る……後には再チェックの手直しや求められた情報を纏める準備をするアゥインと、ため息を付くノゼアが残される。

 

『……やっぱり、めんどくなった』

『――ほら嘆いていないで、手伝ってノゼア』

 

 めんどくさそうにため息を付く妹に発破をかけると、アゥインはオーダーを処理すべくコンソールを操作し始めた。

 

 

 




 どうも、しがない小説書きのSOULです。
 今回はもろ説明回ですね、マッドを前面に出すイネス先生素敵。

 次回次回 第二十一話 大宇宙の洗礼
 謎の存在のメッセージに導かれて跳んだ先で見た物は、
 無残な姿をさらすユーチャリスと、宇宙に潜む脅威であった。

 では、また近いうちに。


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第二十一話 大宇宙の洗礼

 ATTENTION!
 文章内に残酷描写があります。苦手な方はご注意を。



 『ナデシコD』艦内 艦長室


 

 

 『ナデシコD』の船体上層部に位置する円盤状の構造物――各種センサーや観測機具が装備されており、『ナデシコD』全体を統括する艦橋を持ち『ナデシコD』の目と耳と頭脳が置かれている。表面を走る模様はディストーション・シールドを発生させ、円盤部後部には十基ある相転移エンジンの二基が搭載されており緊急時には中央部と切り離して脱出船としての機能を持っていた。

 

 上部円盤部の中央にある艦橋の近くには主要スタッフの私室があり、その一つ艦長たるミスマル・ユリカの私室には現在ホシノ・ルリやハルカ・ミナトそして唯一医学的な技術を持つイネス・フレサンジュが詰めており、ベッドに横たわるユリカの診察を終えたイネスにルリはユリカの状況を問掛けた。

 

「で、イネスさん。ユリカさんの容態はどうですか?」

「大丈夫だよ、ルリちゃん! もう平気だから」

「まぁ、本人の言う通り一時的な体力低下みたいだから栄養剤でも打っときましょう」

 

 イネスは往診セットからハイポスプレー(無針注射器)を取り出して、ユリカの上着の袖をまくると二の腕辺りの皮膚をアルコールで拭いて消毒してハイポスプレーを押し当てる。

 

「……うっ、コレって苦手なんだよね、何かにゅるっと入ってきて」

「我慢なさい艦長、昔は針を突き立てて皮下に直接注入していたのよ」

 

 ……子供か、ルリとミナトの目線が氷点下に下がる。

 あの時はユリカの身体を中心に幾何学模様が広がり、『ナデシコD』の船体のみならず周辺の宙域にまで広がって『ナデシコC』とユーチャリスを巻き込んで強制的にボソン・ジャンプを敢行した――あの現象は明らかにユリカを中心に行われたものであり、考えられるのは火星の後継者による生体実験――遺跡に組み込まれた事に因る何らかの後遺症の可能性が高い。

 

 奴らの計画の要でもある生体翻訳システムとして組み込まれる事が決まっていた為に仮死状態で長期間保存されていたユリカは、アキトほど無茶な生体実験は行われてはいなかったが、ボソン・ジャンプの根幹たる遺跡の演算ユニットに組み込まれた後遺症からか、未だリンクは切れていない。

 ……つまりは精密検査でも発見出来なかった未知のナノマシンがユリカの身体には組み込まれており、大規模なボソン・ジャンプが行われるたびに彼女の身体の中にある未知のナノマシンは活性化してエネルギーとして彼女の身体の活力が使用される可能性が高い。

 

 これは由々しき問題である。大規模もしくは長距離のジャンプを敢行した場合は、彼女の中にある未知のナノマシンが活性化して彼女の体力を奪う――それは最悪命すらも奪うかも知れない。どれだけの規模なら影響がないのか、その線引きすらも分からない。

 

「イネスさん、ユリカさんの体力低下って具体的にはどれくらいのものなのですか?」

「……そうねぇ、例えるならば一週間飲まず食わずで遭難した感じかしら」

 

 曖昧な質問をするルリに、具体的な例を上げて答えるイネス……間違いなくイネスも同じ結論に達している。

 

「はい、これで診察は終了。後は安静にして栄養のあるモノをしっかり摂りなさい」

「ありがとうございました、イネスさん」

 

 診察も終了して一段落したその時、ルリのコミュニケーターがジュンからの着信を告げる。通信を繋げると難しい顔をしたジュンがウィンドウに現れて周囲を見回した後、ルリに向かって話しだした。

 

『ユリカの容態はどうだい?』

「一時的に体力が低下しましたが、今は落ち着いています」

『そうか、それは良かった。悪いんだが、ハルカ君とフレサンジュ女史と一緒に艦橋まで来てくれないか、少し相談したい事がある』

 

 何かトラブルでも発生したのだろうか? 難しい顔をしているジュンの要請を受けたルリは周囲を見回して了承の意を受けると、直ぐに艦橋に向かうと答えて通信を終える。そしてルリはユリカに大人しく寝ているように念押しした後、二人を伴ってユリカの私室を後にすると艦橋に向けて歩き出した。

 

 


 

 

 『ナデシコD』 艦橋

 

 アゥインから衝撃的な情報を受け取ったジュンは、副長席に座りながら難しい表情を浮かべながら各種センサーの観測結果の報告に目を通していた。アゥインの報告によればこの映像は『ナデシコD』の現在位置から半光年――四兆七千三百億キロ先にあり、光学機器による観測では半年前の映像しか得られ為に確認しようがない。

 

 この圧倒的なまでの距離をどう詰めるか? 手段としてはボソン・ジャンプを用いるしかないが、それはA級ジャンパーであるユリカの身体に悪影響をもたらしかねない。ならばフレサンジュ女史に助力を請い、彼女の力でボソン・ジャンプを行うか……幸い彼女はテンカワ・アキトに執着している。恐らく此方の要請に否はないだろう。

 

 そう考えていた時、艦橋のドアが開いてルリを先頭にハルカ・ミナトとイネス・フレサンジュが入室して来た。

 

「……来たか。すまないが、もう一人呼んでいる人物が居るんだ。もう少し待って欲しい」

 

 開口一番に待つように伝えてくるジュンの様子に、ルリはよほどの事が起こっている可能性を考えた。しばらくすると艦橋のドアが開き保安部のゴート・ホーリーが入室して来た。

 

「すまない、遅くなった」

「いいや、構わない――これで全員揃ったな。まずは場所を変えよう」

 

 ジュンは立ち上がると皆を伴って艦橋に付属して設置されている部屋――作戦立案室へと入っていく。中に入ったジュンは皆に座るように促すと、全員が席に座ったのを確認して自分も席に座り、疲れを取るかのようにこめかみを揉んだ後に話し始めた。

 

「実はシステムの再チェックを行っていたアゥインに“何者か”もしくは“何か”から幾つかの情報が送られてきた」

 

 ジュンは作戦立案室に備え付けられているパネルにアゥインより提供された映像を映し出す――そこには無残にも白亜の船体を切り刻まれた、ユーチャリスと思われる船が漂流している姿が映し出された。

 

「これは……」

「酷いわね、特に相転移エンジンのあった場所なんて完全に無くなっているじゃない」

「――これは、事実なのですか?」

「分からないというのが現状だ。情報によればユーチャリスらしき船の漂流している場所は『ナデシコD』から四兆七千三百億キロも彼方の宙域であり、そんな長距離――半光年も先をリアルタイムで観測できる機材は『ナデシコD』には搭載されてはいない」

 

 大破したユーチャリスの姿を見て言葉を失うゴートと、特に相転移エンジンがあった艦尾が無残に切り刻まれている事にショックを受けているミナト。金色の眼を大きく開いて驚きの表情を浮かべるルリの言葉に、ジュンは確認手段が無い事を告げる。

 

 ナデシコ級を含めて地球連合の宇宙船は内惑星航行が標準であり、長距離を航行する為にボソン・ジャンプのネットワーク『ヒサゴ・プラン』が整備されていたが、それは火星の後継者とテンカワ・アキトとネルガルのシークレット・サービスとの戦いによって幾つかのターミナルコロニーが失われ、計画は大きく後退を余儀なくされていた。

 

 ゆえに現在の地球連合の艦船のセンサーは内惑星で使用する事を前提に制作されており、半光年も先の事を観測する機具など超望遠観測機器位しかない。

 

 そこでジュンは静かに映像を見ているイネスに声をかける。

 

「そこで、フレサンジュ女史。ユリカの体調が思わしくない今、貴方のナビゲートで目標であるユーチャリスらしき船の所までボソン・ジャンプは可能ですか?」

「……そうねぇ、移動先を明確にイメージ出来れば可能よ」

「超望遠で観測した結果、ユーチャリスらしき船の居るであろう周囲には目標となる天体はなく、もたらされた情報のみになるが?」

「……正確な距離が分かれば何とかなるわ……情報や映像が真実ならばね」

「……確認手段が無いからな、実際に行ってみなければ分からない」

 

 その後も情報の全てを提供してセンサーや観測機器の優先使用権を保証する事などを決めて、一日をイメージの強化に使ってボソン・ジャンプを行うことが決定した。

 

「さて、それでは次の話だ。先ほども少し触れたが、『ウワハル』を使ってシステムの再チェックをアゥインが行っていた時に、何者かが接触してきてあの映像を送ってきたとの事だ」

 

 アゥインによればサブ・コンピューターを幾つも経由して情報は送られてきており、オペレーターとして専門的な教育を受けた彼女をもってしても相手を特定する事は出来なかったという。

 

「あの娘でも追えないとなると、かなり巧妙に隠されているんですね」

「先輩としては、どうだい彼女達の手腕は?」

「そうですね、ハーリー君ほどではないですが、かなり優秀だと思いますよ、二人共」

 

 ニヤニヤと笑いながらジュンは、先駆者であるルリにアゥインとノゼアの評価を求めるが、当のルリはすまし顔で答える……さり気なく愛弟子の擁護をしながら。

 

「そこで改めて『ナデシコD』の艦内図を確認していたのだが、ネルガルの調査チームが綿密な調査を行ったという話だけど、幾つか構造ブロックの間に広いスペースがあったり用途不明なスペースなど巨大な艦内ゆえに我々の把握していない部分があると思うんだ」

「……つまり、我々保安部で艦内を再調査せよと」

「そういう事になる、頼めるか」

「わかりました」

 

 会議の終了を宣言して長距離ボソン・ジャンプの準備に入る――まずは艦長であるユリカの所に赴き、ユーチャリスらしき船の漂流している映像を見せながらボソン・ジャンプにて向かう事を伝える……アキトの寿命が少ない事にショックを受けた後に彼の乗る船が大破した可能性がある事を知ったユリカはかなり動揺したが、側に行かなければ生死の判断は出来ないし、生きていれば助ける事も出来るとジュンに諭され、何とか気を落ち着ける事が出来た。

 

 事前にユリカに説明したジュンは、次に艦内放送でユーチャリスらしき船を発見したので長距離ボソン・ジャンプを敢行する事と、未知の領域であり万全の準備を行なう事を指示して放送を終える。

 

「さて、やれるだけの事はしよう……全ては明日、だ」

 

 そして艦内時間二四時間が過ぎ、いよいよ長距離ボソン・ジャンプを行う時が来た――艦長席には本人の強い希望でユリカが座っている。体力的にはかなり余裕が出てきたが、度重なるショックを受けた彼女の精神面を考慮して私室で安静にしているように諭すも彼女は艦長席で全てを見届ける事を希望し、ジュンは渋々ながらも認めた。

 

 ルリはドッキング中の『ナデシコC』に戻り、不測の事態にそなえている――映像が真実だった場合にはジャンプ先にユーチャリスを大破させた敵勢力が居る可能性があり、『ナデシコD』も臨戦態勢を取って十隻ある支援艦も即時発進出来る態勢を取っていた。

 

 ユリカとジュンが見守る中で艦橋の第三階層の中央にイネスが立ち、長距離ボソン・ジャンプに向けて具体的なイメージを思い浮かべている――彼女のイメージが明確になるにつれてイネスの身体にナノマシンの文様が現れて輝き始めた。

 

 ナノマシンの文様の輝きに呼応するかのように『ナデシコD』の船体に使用されているチューリップ・クリスタルと同じ構成素材が輝き、『ナデシコD』の周囲にジャンプ・フィールドが形成される――そして、イネスは一言呟く。

 

「――ジャンプ」

 

 


 

 

 漆黒の宇宙空間――付近に光源となるモノもなく一番近くの恒星系でも数光年の距離がある、チリとガスのみが存在する不毛の宙域に一隻の宇宙船が慣性に任せて漂っていた。本来なら白亜に輝いていた外殻は切り刻まれ、至る所が円筒に切り抜かれて見るも無残な光景がそこにあった。

 

 動力を失い漂う船の近くの宙域に光が集まり、巨大な構造体を形作る――イネスのナビゲートにより長距離ボソン・ジャンプを敢行した『ナデシコD』であった。

 

 


 

 

『ナデシコD』艦橋

 

 長距離のボソン・ジャンプを敢行した『ナデシコD』の艦内ではジャンプの影響が出ていないかチェックが行われている。第二階層にあるオモイカネ型デュアル・コンピューター『ウワハル』と『シタハル』のオペレーション・シート座るアゥインとノゼアは、艦内のチェックを行って安全に再実体化出来たか確認作業を行っていた。

 

『……船体チェック完了、基本フレームの誤差は許容範囲です』

『艦内システムも正常に稼働中、問題なしです』

 

 第一階層のスタッフより予定宙域に到達した事の報告を受け、第二階層のアゥインとノゼアより船体に問題がないと聞いたジュンは、長距離をジャンプした疲労の為か予備席に座って深く息を吐くイネスにねぎらいの言葉を掛けると、第一階層のスタッフに周囲の探索を命じる……すると時を置かずに目標は見つかった。

 

『前方二十万キロ先に漂流物、動力はなく慣性で流されています』

『センサーによれば全長は約三百メートル、かなり損傷していますが八十パーセントの確率でユーチャリスと思われます』

 

 艦橋全体から見えるような大画面のウィンドウに映し出されたのは、ボロボロに破壊された白い宇宙船――間違いなくユーチャリスの大破した姿だった。

 

「……これは、酷いな」

 

 船体の至る所が鋭利な刃物で切り裂かれたかのように切り刻まれ、周囲には剥離した破片が無数に漂っている。特徴的な四枚のセンサー・バインダーは根元から脱落し、相転移エンジンの有ったであろう艦尾は抉り取られたかのように大きな穴となっていた。

 

「……ここまで破壊されているとなれば気密が保たれている場所も少ないでしょうね。アゥインちゃん、ユーチャリスに生命反応は無い?」

『……船は完全に動力を失ってますね。幾つか気密の保たれている場所もありますが、生命反応は感知出来ません』

 センサーが探知した情報を解析する為に、オモイカネ型コンピューターに全てのデーターが集めたれており、ミナトに聞かれたアゥインはコンソールを操作して必要な情報を読み上げた。

 

「……アキトは死んじゃったの?」

「諦めるのは早い。アイツだって馬鹿じゃない、強力な敵に襲われれば脱出ぐらいするさ」

 

 顔色をなくすユリカに努めて明るい声を出しながら元気付けるジュン。しかし彼もまたここまで破壊されていれば生存は絶望的ではないかと思っていた……だが、そんな二人の耳にセンサーの情報を解析しているノゼアの声が聞こえてくる。

 

『ユーチャリスの損傷部分より未知の粒子が検出されています』

 

 報告を受けたジュンは難しい顔をする……ここは人跡未踏の地であるペルセウス腕に近い空間であり、周辺の星図もなく恒星系からも離れた空間であるらしかった。そんな場所で敵対的な勢力と遭遇するなど、一体どんな確率だとボヤきたくなる。

 

 そしてユーチャリスの損害箇所の解析結果が次々と上がってくる。切断された場所は未知の粒子を含む高出力なビームで切り裂かれ、周囲には搭載されていたのだろう小型無人兵器『バッタ』の破片が漂ってはいるが、ユーチャリス本体の破片は損害の割に少ない。

 

「特に艦尾付近、相転移エンジンなど主要部分が抉り取られているが周囲に残骸はない……つまり持ち去られた?」

 

 謎の勢力の目的は相転移エンジンそのものなのか? ジュンは今までに出会った事もない敵に戸惑いのようなモノを感じている――そんな中、解析作業を行っていたアゥインより報告があがった。

 

「副長、ユーチャリス内に残されているコンピューターシステムのログを回収しました」

「そうか! 解析出来るか?」

「……所々に破損が見受けられますが、一部ならば映像として再生可能です」

「分かった、やってくれ」

 

 ジュンの指示を受けたアゥインは解析したログを映像化して新たに開いたウィンドウに映し出した――そこにはウィンドウに映し出された黒衣の男の姿が映し出される――テンカワ・アキトだ。どうやら通信をかけてきたアキトと、ユーチャリスのオペレーターのラピス・ラズリの会話の記録のようだ。

 

『なんだ、これは?』

「形としては立方体の姿をしている。一辺は約三キロ大体二十八万立方キロの大きさで、ゆっくりとコチラに近づいてくる」

『……まるで空飛ぶ工場だな。無骨な機械部品を寄せ集めて外壁で覆っているような姿をしている』

「……どうするアキト? 私はアキトの目、アキトの耳、アキトの手、アキトの足――アキトのしたい事をサポートするのが私の仕事」

『……ユーチャリスの船体に問題はないな? 面倒事は避けたい、ジャンプするぞ』

「……分かっ――アキト、接近中の船よりエネルギー波が照射されている」

 

 言葉の通りに緑色の光が一瞬部屋を満たすと、直ぐに消えて元の部屋に戻る。

 

『……何だ、今の光は? コチラにも光が届いたが別に変化はないようだが』

「……分からない、今のエネルギー波はまったく未知のモノだった……アキト、あの船から通信が入っている――これは通信システムが強制的に起動している」

 

 ラピスの声の後に強制的に起動した通信システムが接近中の船からの声が響く。

 

[我々は『ボーグ』だ、お前達の生物的な特性と科学技術を同化する。これより同化する、準備せよ]

 

『一方的な物言いだな』

「どうするアキト?」

『当然拒否だが何故あの船は俺達の言葉を使う、地球の船か?』

「……それはないと思う。現在地は太陽系近辺とは掛け離れているし、船の構造も私達の知るどの船とも掛け離れている」

 

 そこで一旦映像が途切れ、暫くして映像が回復すると事態が一変していた――回復した映像の中ではオペレーション・ルームと思われる部屋の中では所々で火花がちり、緊迫した声が聞こえてくる。

 

『ラピス、船を後退できないのか!?』

「……ダメ、あのビームに船体を固定されて動く事が出来ない」

 

 その時、部屋の中に凄まじい衝撃が加わり、映像が乱れる。

 

「今のでディストーション・フィールドにかなりの負荷が掛かった……次にはシールド発生機関が過負荷で停止する」

『……あのビームを止めれば、ユーチャリスは動くんだな』

「……あの船の周りは強力なディストーション・フィールドが展開されて、ビームだけでなく実体弾すらも強い反転重力で弾き返される」

『やり様はあるさ――』

 

 再び映像が乱れて再び映像が回復した時には戦いの趨勢がほぼ決していた。

 

「アキト、ジャンプで逃げて」

『ダメだ、機体のコントロールが効かない……ラピスお前だけでも逃げろ』

「ダメ、アキト――相転移エンジン全力運転――ユーチャリスを自爆させて敵にダメージを与える」

『――やめろラピス。俺はもうダメだ、お前だけでも逃げろ』

 

 そこで映像が乱れ、回復した時にはラピスの悲痛な声が響く。

 

「……相転移エンジンが切り取られる……ゴメン、アキト……助けられなかった」

 

 映像の中に光が集まり全身を黒いプロテクターで覆った蝋人形のような顔色をした人間の男が現れると、右手から鋭利な二本の長針のような物を出してゆっくりと近づいてくる。

 

「……イヤ、こないで」

 

拒 絶するラピスの声が聞こえるが男は意に介さず、右腕を伸ばして二本の長針を突き出してくる。

 

「……イヤ、やめて――あぁああああ!?」

 

 ラピスの悲痛な叫び声が響く中、再び映像が乱れて今度こそ再生が終了した。

 

 

「……サルベージ出来た記録は以上です」

 

 アゥインはウィンドウを閉じて第三階層が映るウィンドウを見るが、第三階層にいる誰もが言葉を失って重苦しい沈黙が支配していた。目の前にユーチャリスの残骸があり、かなり激しい戦闘があった事は容易に想像できたが、ここまで一方的な戦いだったとは思わず機動兵器で出撃していたであろうテンカワ・アキトの生存は絶望的に思われた。

 

「……アキト、アキト、アキト、アキト、アキト、アキト、アキト、アキト、アキト、アキト、アキト、アキト……」

「……ユリカ」

 

 映像にショックを受けたのか艦長席に座っていたユリカは両腕で身体を抱きしめるようにしてブツブツとアキトの名前を呼んでおり、その痛々しい姿にジュンも何と声をかければ良いのか躊躇っていると、『ナデシコC』からウィンドウで参加していたルリが声を発した。

 

「アキト、アキト……ようやく、ようやく会えると思ったのに……やっと、アナタを取り戻して、回り道をした分を取り戻して、二人で……しあわせ…に……」

『しっかりしてください、ユリカさん! まだアキトさんが死んだと決まった訳ではないんですよ』

「……なのに、アキトは……手の届かない場所…へ……」

『謎の敵からの通信には“生物的な特徴”も同化すると言ってました。つまりアキトさんは敵に囚われている可能性があるんです! 今アキトさんを救い出せるのは、同じ宙域にいる私達しかいないんです――しっかりしてください、ミスマル・ユリカ!』

 

 最後には叩きつけるかのようにユリカの名前を呼ぶルリ――確かにアキトはブラックサレナで出撃していたようだったが周囲の空間にブラックサレナの残骸は確認されておらず、ユーチャリスを襲った敵は通信で“生物的な特性”を同化するといっており、映像の中でユーチャリスのラピスは相転移エンジンが“切り取られる”と言っていたし、実際ユーチャリスの船体には相転移エンジンは残っていなかった。

 

『つまりアキトさんは撃墜された訳ではなく、敵に囚われた可能性が高い』

「……なるほど、ならばユーチャリスを襲った敵を追いかければテンカワの奴を取り戻す機会もあるはずだな」

 

 ルリの説明に得心が行ったのか頷くジュン。希望が残っている事を理解したのかユリカもまたテンカワ・アキトの名を呼び続ける事を止めて眼に光が戻って来た。

 

「……アキトを…助ける?」

『そうですユリカさん。今アキトさんを助ける事が出来るのは、同じく未知の領域に居る私達だけです』

 

 ルリを映すウィンドウがユリカに覆い被さるかのように動く。

 

『ですから私達が奮起して、アキトさんを救い出さなければいけないのに、肝心のユリカさんがそんな体たらくでどうするんですか? 私達の前で誓いの言葉を述べたのをユリカさんは忘れたのですか?』

「……誓いの言葉?」

『病める時も健やかなる時も共に助け合う――今こそ誓いを果たす時です』

「……病める時も健やかなる時も」

 

 ウィンドウを近づけてユリカを説得するルリを見て、ジュンはルリに扇動家の才能はないなと思いながらも、火星の後継者が起こした事件――テンカワ夫妻誘拐事件を発端とした事件はルリに多大なストレスを与えていたのだなと感じた。

 

『…ユリカさんがアキトさんの妻だと言うのなら、こんな時にこそ奮起しないでどうするんです』

「……妻なら……そう…そうだよね、奥さんならこんな時にこそ、夫を支えなきゃね」

 

 ……チョロすぎるよユリカ。何故か精神を立ち直らせて拳を握りながらその気になっているユリカを見たジュンは乾いた笑いを浮かべた。

 

『――ルリ姉さま、重力波センサーに感あり。一二時方向・仰角プラス四十より接近する物体があります』

 

 一瞬弛緩した雰囲気が艦橋内に流れたが、『ウワハル』で解析作業の傍らで周囲を警戒していたアゥインが此方に近づいてくる物体を感知した事を告げると、一気に艦橋内の空気が緊張する。

 

「アゥイン、接近中の物体の詳細な情報をくれ」

『はい副長。接近中の物体は三つ。それぞれ全長約三キロ、観測結果から主な構成物質は金属の可能性が高く、光速の二十五パーセントで接近中』

『アゥイン、接近中の物体の映像は見れますか?』

『はい、ルリ姉さま――最大望遠になります』

 

 コンソールを操作してアゥインは光学機器による映像を『ナデシコD』の艦橋と『ナデシコC』の艦橋にウィンドウを立ち上げて映し出す――そこには一辺が約三キロの立方体の船体を持ち、表面には無骨な機械部品を寄せ集めて外壁で覆っている三隻の巨大な宇宙船が凄まじいスピードで近づいて来ていた。

 

 

 




 どうも、しがない小説書きのSOULです。

 謎の存在に導かれて向かった先には、無残に破壊されたユーチャリスの残骸しかなかった。
 迫り来る未知の宇宙船群――はたしてナデシコDの運命は?

 次回 第二十二話 ボーグの脅威。

 では、また近いうちに。


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第二十二話 ボーグの脅威

 照らし出す光もなく強烈な宇宙線が飛び交う、恒星風に守られた星系内とは違って過酷な恒星間空間に、今悪意が強烈な晄を放ちながら接近して来た――一辺が約三キロの立方体の船体を持ち、表面には無骨な機械部品を寄せ集めて外壁で覆っている三隻の巨大な宇宙船が凄まじいスピードで近づいて来ていたのだ。

 

「全長は『ナデシコD』とほぼ同じくらいか。本当に動く工場のようだな、映像の中でテンカワの奴が言っていた特徴と一致する」

 

 ウィンドウに映る未知の宇宙船の姿を見ながら、ジュンは厳しい表情を浮かべる――相手はユーチャリスをあそこまで破壊したかもしれない未知の勢力――初めて直接的に会う異星人の宇宙船だ。此方の常識が通用しない可能性がある……宇宙船を見る限り機械文明だと思うが、余計な先入観は持たないほうが良いかもしれない。

 

「……あれがアキトを襲った船」

「――ユリカ?」

 

 どのように対処するか考えている時にユリカの呟くような声が聞こえてきて、ぎょっとしたジュンは慌ててユリカの方を向くと、艦長席に座ったユリカが下を向きながら何かに耐えているようだった。

 

「……ふぅ、まずは落ち着きなさい艦長。相手は未知の存在、視野偏狭に陥れば致命的な事になりかねないわ」

「……イネスさん、復活したんですね」

「ええ、お陰様で……今まで掛かったけどね。ルリちゃんも頭を冷やしなさい。今の貴方の顔、アカツキ君みたいよ」

『えっ、そうですか?』

 

 長距離ボソン・ジャンプの影響でダウンしていたイネスだったが、ようやく復活したのかユリカとルリを諌める。ルリはイネスに指摘された事がよほど不本意だったのか、頬をペタペタと触っている。そんなルリをスルーしながらイネスは第二階層にウィンドウを繋げた。

 

「ノゼア、接近中の物体のエネルギー分布は分かる?」

『ふぇっ? あ、はい先生。三隻ともエネルギー分布は船の全体に均等に分布していますね。これでは何処が動力部かも分かりません』

 

 生真面目なアゥインに隠れてだらけていたノゼアは、突然イネスに呼びかけられて泡を食ってコンソールを操作して接近中の宇宙船のエネルギー分布を調べる……隣でジト目をした姉を見ないようにしながら。

 

「ユリカ、あの艦隊はユーチャリスを破壊した奴らかもしれない。警戒すべきだ」

「そうだね、ジュン君――全艦警戒態勢! ルリちゃん、『ナデシコC』緊急発進させて! アゥインちゃん、接触までの時間は?」

 

『了解、『ナデシコC』発進準備――ハーリー君、よろしく』

『分かりました! 『ナデシコC』発進準備、係留システム緊急解除!』

 

『――艦長、接近中の艦隊は後三十秒で有効範囲に入ります』

「分かったわ、ディストーション・フィールド展開! ノゼアちゃん、全支援艦も発進準備を急がせて」

『了解、全支援艦緊急発進』

 

 艦長ミスマル・ユリカの指示で『ナデシコD』は警戒態勢に入り、艦首ディストーション・ブレード内に係留されていた『ナデシコC』が係留を解かれてゆっくりではあるが進み始め、船体上下部に設置された係留装置が解かれて『ナデシコD』の船体から二百メートル級無人支援艦群が発進していく――だが『ナデシコC』を含む搭載艦が発進するより先に、三隻の未知の艦隊が『ナデシコD』から視認出来る距離まで近づいてくる。

 

『アンノウン艦隊十万キロにまで接近してきました、支援艦の発進間に合いません』

 

 ノゼアの報告にジュンは舌打ちをしたい気持ちを抑える……無人艦ゆえに即座に発進させる事が出来るとは言え物理的な係留装置を外して発進するには時間が掛かり、発進中に攻撃を受ければ支援艦はろくに反撃もできずに壊滅……『ナデシコD』も大ダメージを受けただろう――だが未知の艦隊は『ナデシコC』や支援艦群の発進を妨害するでもなく、『ナデシコC』と支援艦群は無事に『ナデシコD』から発進していく――『ナデシコC』は『ナデシコD』の前に陣取り、支援艦群は『ナデシコD』の周囲に展開して三隻の立方体状の未知の艦隊と対峙していた。

 

 二隻のナデシコ級に十隻の支援艦と計十二隻と戦力的には圧倒的にユリカとルリ側が有利に思えるが、三千メートル級の『ナデシコD』と同規模の宇宙船三隻で構成される未知の艦隊はけっして侮れるような相手ではない。

 

「さて、相手はどう出るかな?」

 

 膠着状態に陥ったと思いたいが、相手は未知の存在でありどのような思考形態をしているのか分からない。人跡未踏のペルセウス渦状腕で接触した初めての異星文明――火星にある古代遺跡とは違い異星人が運用する巨大な宇宙船――一体どのような能力をもっているのか? しかも相手はユーチャリスを破壊した相手である可能性が高く、既にユーチャリスからデーターを取っているはずだ。ならばそれだけでも相手の方が有利と言える――今、アゥインとノゼアがデユアル・コンピューターを使って未知の宇宙船を解析しているが、どれだけの情報が得られるか分からない。

 

「どうするユリカ?」

「……まずは接触してみましょう、話すだけでも相手のメンタルを知る手助けにはなるから」

 

 ジュンの問い掛けに、『ナデシコD』の艦長ミルマル・ユリカは対話による情報収集を提案する。ユーチャリスを破壊した可能性のある相手に対して冷静な対応に見えるが支援艦を全艦発進させるなど最大限の警戒をしての接触に、彼女の中のアキトの敵を取りたいという思いと未知の敵に対する警戒という二律背反が見て取れる……だが、ナデシコ側が動くより先に相手に動きがあった。

 

『――艦長。前方の船より映像通信が入りました』

「……此方に回して」

 

 アゥインからの報告に艦橋内に緊張した空気が流れる――どんな相手なのか? 言葉は、考え方は理解できるのか? 彼らがユーチャリスを破壊したのか? 色々な疑念はあるがまずは相手がどのようなメンタルであるか、発言に注視すべきである。

 

 艦橋の正面部に大きなウィンドウが展開されて『ナデシコD』の正面に位置する三隻の不明艦の真ん中の艦より送られて来た映像通信が映し出される――肉と金属の入り混じった顔が何列も果てしなく並び、おびただしい数の動かない身体が無数のケースに収められた無機質な世界――異様な光景に『ナデシコD』の艦橋内のクルーが息を呑む中、何千という巣室の中の一点がクローズアップされて一つの巣室が大きく映し出される。

 

「――アキト!」

 

 目を見開き口元を手で覆いながら驚きを隠せないユリカ――映し出された巣室には、ボサボサの黒髪と顔の半分を覆う特徴的なバイザーに形状の少し変わった黒いプロテクターを纏った彼らの良く知る男が収まっていた。巣室の中で身動き一つせず収まっていた男は唐突に動き出して巣室から出て来る……周囲にある様々なシステムが発する緑色の光に照らされて、変わり果てた男の姿が浮き彫りになってきた――輪郭はテンカワ・アキトの面影を宿しているが皮膚の色は灰色に変わり、大型のバイザーに覆われてない顔の部分には黒い金属が鈍い光を発していた。

 

『“俺”は『ボーグ』だ。シールドを下ろし降伏せよ。お前達の生物的特徴及び科学技術を俺達と同化する。お前達の文明は俺達の一部となる。抵抗は無意味だ』

 

 淡々とした声で降伏を促すテンカワ・アキト――否、テンカワ・アキトだった者の変わり果てた姿に、艦橋内にいる誰もが声を失っていた……その場にいる誰もが本能的に理解した。“アレ”は人間的な部分を削ぎ落とされた成れの果てであると。

 

「……テンカワは洗脳され……いや、書き換えられているのか」

「……何で、アキトばっかり」

 

 顔を顰めながらアキトの状態を推察しているジュンと、悲しげな表情を浮かべたユリカ。誰も何も言えない雰囲気の中、一人事態の推移を見守っていたイネスが口を開いた。

 

「……『ボーグ』というのが何なのか分からないけど、アキト君はあの巨大な船の一部――言わば部品の一つにされているようね」

 

 ウィンドウに映るアキトの姿を睨み付けるように厳しい表情を浮かべながら推察するイネス。

 

『これより同化を行う、同化にそなえよ』

「同化ねぇ、一体何の為に同化しているのかしら?」

『『ボーグ』は優れた生物的な特徴や科学技術を同化して完全な生命体になる事を至上の命題としている』

「……つまりユーチャリスを襲ったのは、船に使われている技術が有用だと判断した為ね」

『そうだ、あの船は『ボーグ』にとって有用だと判断された』

「で、アキト君を同化したのは?」

『…………この男の体内には『ボーグ』にとって有益と判断されたナノマシンがあったので同化された』

 

 返答までに若干タイムラグがあった事にイネスの美麗な眉が動く。

 

「アキト君の身体はもう限界の筈、そんな人間を使うほど人手不足には見えないけど?」

『……ナノマシンの悪影響など『ボーグ』にとっては問題にもならない』

「ならば貴方達にとって普通の人間は必要ないのかしら」

『お前達も同化する。拒否すれば船を破壊する』

 

 交渉の余地はないか、『ボーグ』を名乗るアキトの成れの果てとイネスの会話を聞いていたジュンは一戦交える覚悟を決めて艦長であるユリカを見ると、ユリカもまた何かを考えていたようだが瞳に強い光を灯してイネスに視線を送った。

 

「――つまり、今のアキトの身体を蝕むナノマシンは無いと言う事ですね」

「……もしくは乱雑に組み込まれたナノマシンを完全に制御下に置いているのかね」

 

 灰色の顔をしたアキトを見ながら呟くように答えるイネス――あの皮膚の色は『ボーグ』と言う存在によって肉体を改造された際に変化したものであり、こんなに短期間で全身に行き渡るには血流かリンパの流れに乗って全身に行き渡ったものと考えていた。

 

 彼女達は知る由もないが数多の知的生命体に恐れられる『ボーグ集合体』は、同化に値すると捉えた相手に腕に取り付けられた特殊な注射針からナノプローブを相手の血管に注入する。それらは最初に血球を攻撃し、その後あらゆる細胞を乗っ取って『ボーグ』仕様の細胞に変質させてゆく――その際に赤血球が変質するのでドローンの肌は灰色になるのだ。

 

「……つまり、あのメッセージはあながちホラではなかったという事か……もっともあの異星人の巨大戦艦から取り戻す事が出来ればの話だが」

 

 難しい表情を浮かべたジュンは、呟きながら如何にあの巨大戦艦からアキトを取り戻すか考えるが、事態は彼に十分な時間を与えてはくれなかった。

 

『――『ボーグ』艦隊動き出しました! 三方に分かれて『ナデシコD』を包囲しようとしています』

「支援艦は二手に分かれて左右の戦艦の対処を! 正面の戦艦には『ナデシコD』とCで対応します」

 

 観測担当士官より正面に陣取っていた未知の艦隊――三隻の『ボーグ』艦が動き出した報を受けたアゥインはウィンドウに『ボーグ』艦の予想進路を表示して、それを見たユリカがアゥインとノゼアに支援艦を二手に分けて左右に移動している『ボーグ』艦に対処するよう指示を出しつつ、『ナデシコC』と共に正面より迫る『ボーグ』艦と戦端を開こうとしていた。

 

「左右に展開した支援艦は全火力を持って『ボーグ』艦を迎撃、正面の艦には『ナデシコD』で対処します――ルリちゃん達『ナデシコC』はその隙に『ボーグ』の通信プロトコルを解析してシステムの掌握を!」

『了解しました』

「アゥイン、ノゼア。無人機動兵器も準備してくれ」

『『了解、副長。ネニュファール発進準備』』

 

 『ナデシコD』の元となった土星圏で漂流していた奇妙な遺跡宇宙船には、船内に複数の半自立型の機動兵器が搭載されていた――全長六メートルのスケールでエステバリスと同じく外部からの重力ビームによるエネルギー供給を受ける形になっており、既存の機体とは比べ物にならない程の大出力の推進機関を搭載していた。

 そして特筆すべきはコックピットブロックが省略され、木蓮で使用されている機動兵器のAIを発展させた超AIとも呼べるモノを搭載しており、驚いた事にその全てが休眠状態であり少しの整備で稼動状態へと移行出来る状態であったのだ。

 

 ネニュファール――スイレンの別名であり、ある地域においていくつかの野生種を交配して品種改良した経緯から、遺跡からの技術の寄せ集めであり機体自体も外来種と同じモノだと揶揄した技術者が皮肉を込めて命名した特異な機体である。フィールドランサーと携帯火器を持ち、背部に一門のレールガンと脚部にマイクロミサイルを装備しており接近戦用に格納式のクローを持つオールラウンダーな機体である。

 

 無人ゆえにボソン・ジャンプに問題なく対応しており、『ナデシコD』の格納庫にはチューリップ間を移動する通常型と異なる木蓮で跳躍砲にも使用された小型のチューリップを搭載しており、短距離ながらも直接敵施設内に機動兵器を送り込む事が出来るのだ。

 

 アゥインとノゼアに操作された十隻の支援艦は、五隻ずつの艦隊を組んでそれぞれ左右から接近する『ボーグ』艦へと向かっていく。

 

『各『コバンザメ』ディストーション・フィールド出力安定、火器管制システム正常稼動――全艦グラビティ・ブラスト発射態勢!』

 

 『ナデシコD』艦橋第二階層にあるオペレートシステムの前に陣取るアゥインの操作により五隻の支援艦が戦闘態勢を整え、隣に座るノゼアの操る残り五隻の支援艦もまた戦闘態勢を整える――『ナデシコD』の艦橋正面に展開された大型ウィンドウに表示された二隻の『ボーグ』艦の前では大海に挑む小舟の群れのようなものだが、二百メートル級の船体には強力な武装が施されている。

 

 醜い怪物のように金属の管や配線やコンジェットを剥き出しにした外壁を持つ『ボーグ』艦は、鈍く青みがかった光を放ちながらゆっくりと近づいて来る。

 

『『空間圧縮率限界突破、グラビティ・ブラスト発射します』』

 

 アゥインとノゼアの声に呼応するかのように十隻の支援艦艦首より収束された強力な重力波が放射されて、周囲の粒子を励起させながら輝く奔流となって『ボーグ』艦へと進んでいく――外壁の隙間より青い光を放つ『ボーグ』艦は、迫り来る五本の輝きを前に悠然と構えて外壁の周りに展開していたであろう防御障壁のようなもので防ごうとするが、相転移エンジンの膨大な出力から生み出された強力な重力波は『ボーグ』艦の張った障壁を容易く破って『ボーグ』艦の船体に突き刺さり、外壁を砕きながら爆発と共に金属の破片を周囲に撒き散らす。

 

「――効いてる!」

「続いて通常兵器による攻撃を開始します、ノゼア!」

『了解、畳み掛けます』

 

 グラビティ・ブラストによって船体にダメージを受けた『ボーグ』艦を見てジュンは安堵まじりの声をあげ、艦橋に居るクルー達からも歓声が聞こえる。グラビティ・ブラストに続いて『コバンザメ』から対艦砲やミサイルなどが発射されて『ボーグ』艦に襲い掛かるが、それらは外壁の前に展開されているであろうシールドのような物に阻まれて虚しく散らされた。

 

「通常兵器は牽制と割り切って! アゥインちゃんノゼアちゃん、グラビティ・ブラスト次弾までの時間は?」

『現在チャージ中、発射可能まで後六十秒です艦長』

『こちらも同じです』

「分かりました。グラビティ・ブラスト発射までは通常兵器で牽制しつつ、『ボーグ』艦の破損部分を狙いやすい位置まで移動してください。私達は『ナデシコC』を守りつつ正面の『ボーグ』艦に対処します。相手は他の二隻と違い装甲板で覆われているようですね――イネスさん、『ボーグ』艦の弱点は分かりませんか?」

「見るからに粗雑な構造体に見えるのだけど、ディストーション・フィールドのようなモノで防御している……その発生装置を破壊出来ればね」

 

 艦長席から迎撃の指示を出しながらユリカは、イネスに『ボーグ』艦の弱点についての助言を求める……二人の姿を見ながらジュンは唖然とした表情を浮かべた。先ほどまでボソン・ジャンプの影響による疲労と度重なる心労から幽鬼のような顔をしていたユリカとイネスが、此処に至って復活して精力的に指揮を取っている姿に戸惑いのような感情を感じたのだ……テンカワの奴を、惚れた男を救い出す為ならばここまで出来るのか。

 

「ユリカ、まずは一当てしてみよう」

「そうねジュン君。グラビティ・ブラスト発射用意! ミナトさん、ナデシコはここで固定。『ボーグ』艦に動きがあった場合は即座に回避行動を取れるようお願いします」

「OK、艦長」

 

 艦長席の前に設けられている操舵席に座ったハルカ・ミナトが振り返りながらウィンクしてくる――巨大な『ナデシコD』の操作を簡略化する為に各種スラスターや推進機関の制御などをオモイカネ型デュアル・コンピューターがサポートし、彼女は全長三千二百メートルの巨体を自在に操れる。

 

『――空間圧縮順調、照準固定、発射可能まで後二十』

『敵『ボーグ』艦進路変わりません、まっすぐ向かってきます』

 

 第一階層で各観測機器を担当するクルーより次々と報告が上がる――『ナデシコD』に搭載されている十基の相転移エンジンの実に五十パーセント以上の出力が注ぎ込まれ、支援艦に搭載されているグラビティ・ブラストを遥かに超える強力な重力波を『ボーグ』艦にぶつけようとしていた。

 

「ユリカ、発射準備完了」

「うん、グラビティ・ブラスト発射!」

 

 ミスマル・ユリカの号令の下、『ナデシコD』の四本あるディストーション・ブレードの根元にそれぞれ二門ずつ装備された発射口計八門が、周囲の粒子を励起させながら輝く槍となって正面から迫る『ボーグ』艦へと突き進んでいき――『コバンザメ』の数倍の威力を持つグラビティ・ブラストが、『ボーグ』艦の展開しているシールドと激しく激突した――その光景をみた誰もがグラビティ・ブラストがシールドを突破して『ボーグ』艦の外壁を破壊すると思った――だが『ボーグ』のシールドは、『コバンザメ』の数倍の威力を持つグラビティ・ブラストの攻撃を完璧に耐え切って見せたのだ。

 

「……えっ?」

 

 漏れた声は誰のものだったか、他の『ボーグ』艦には有効だったグラビティ・ブラストが効かないなど想定の範囲外であった……だが悪夢は続く。左右に展開して二隻の『ボーグ』艦と優位な戦闘を行っていた『コバンザメ』群から放たれた二擊目のグラビティ・ブラストも、『ボーグ』艦が張るシールドと激しく衝突したが今度は完璧に防がれた。

 

「グラビティ・ブラストが防がれただと!?」

『――艦長。『コバンザメ』のグラビティ・ブラストも効きません!?』

『……右に同じ』

 

 驚きの表情を浮かべたアゥインとノゼアがユリカに報告する。

 

「……そんな、さっきは効いたのに」

「……何らかの対抗手段を取られたと見るべきか……にしても早すぎる」

「……アゥインちゃんノゼアちゃん、支援艦を下がらせて! ミナトさん、『ナデシコD』も後退させてください!」

 

 驚きながらも後退の指示を出すユリカ。『ナデシコD』は通常兵器で牽制しながら、スラスターを使用して『ボーグ』艦から距離を置くべく後退をし、『コバンザメ』も『ボーグ』艦から距離を取ろうとするが『ボーグ』艦より無数の光弾が射出されて、数隻の『コバンザメ』を守るディストーション・フィールドに着弾するや激しい放電現象を引き起こした。

 

『艦長! 『ボーグ』艦の攻撃により『コバンザメ』のディストーション・フィールドに負荷が掛かってます……このままではシールドが停止してしまいます』

『……敵の攻撃はフィールドに負担を掛けることに特化していますね、後二、三発受けたらフィールドは崩壊します』

 

 『コバンザメ』を操作してフィールドに負荷の掛かっている艦を庇いながら、アゥインとノゼアは攻撃を受けた『コバンザメ』から送られてくるデーターを解析しながら報告する……巧みな操作によってフィールドが弱った艦を庇いながら通常兵器で牽制しながら後退するが、巨大な『ボーグ』艦相手ではエネルギー兵器やミサイルでは表面を焦がす事すら出来ずに無数の光弾が射出されると『コバンザメ』のフィールドに命中して遂には全ての『コバンザメ』のディストーション・フィールドが消失してしまう。

 

『『コバンザメ』、ディストーション・フィールドが消失! 『ボーグ』艦より未知のエネルギー波が照射されて『コバンザメ』のコントロールが効きません!?』

 

 ほとんど悲鳴のような声で報告するアゥイン――彼女達は知る由もないが、『ボーグ』は高度なサイバネティクスを施したハイブリッド生命体が集合意識で結ばれており、様々な種族を力づくで同化する事により高度な科学技術を持っている。

 

 『ボーグ』が同化する際に相手から反撃を受けても最適化されたシールドを展開して即座に対応するので攻撃が殆ど効かなくなり、相手のシールド破壊に特化したシールド無効化装置を用いてシールドを消失させると、トラクタービームで拘束して切断ビームなどを用いて同化を行う様は一切の容赦がなく、淡々と作業のように同化を行う事から多くの種族から最も恐れられているのである。

 

 シールド無効化装置によってディストーション・フィールドを消失した無防備な『コバンザメ』群はトラクタービームによって拘束されると、白熱したビームが照射されて『コバンザメ』の装甲を貫通して切断された部分が『ボーグ』艦に回収されていく。

 

『……『コバンザメ』が『ボーグ』艦によって解体されていきます』

『……他の『コバンザメ』は未知のエネルギー波によって移動不能です』

 

 スラスターを吹かし使用可能な火器によって船体を拘束するエネルギー波の発生源に攻撃を仕掛けるなど、あらゆる方法を試すが拘束から逃れる事は出来ずに『コバンザメ』群は船体を切り刻まれていく。

 

「まずいぞ、ユリカ。このままでは『ナデシコD』も同じ運命だ」

「敵艦を押し止める事は出来ませんか?」

 

 正面から迫る武骨な『ボーグ』艦を見据えながら距離が取れないか問うユリカだったが、帰ってきた答えは芳しくないものであった――全速で後退しているが『ボーグ』艦は余裕で追尾して来ており、複数の相転移エンジンによる強力なグラビティ・ブラストや搭載火器を使用しての足止めを仕掛けているが、全て『ボーグ』艦のシールドに防がれて全く効果はなかった。

 

「……こうなったら相転移砲で」

「――だめだよジュン君! 相転移砲だと威力が有り過ぎてアキトまで巻き込んじゃうよ!?」

 

 『ナデシコD』にも目標空間を強制的に相転移させる『相転移砲』が装備されているが、相転移砲では威力がありすぎて『ボーグ』艦自体を破壊しかねず、それではテンカワ・アキトも巻き込まれてしまう。

 

 有効的な策を見いだせず後退するしかないユリカ達の前に展開された大型ウィンドウに映る装甲に覆われた不気味な『ボーグ』艦より緑色の光弾が射出され、緑色の光はウィンドウ内で見る見る大きくなって『ナデシコD』を守るディストーション・フィールドに着弾――緑色の放電に覆われてその効果を消失する。

 

『ディストーション・フィールド消失! システムに負荷が掛かっており再起動まで後六十秒必要です』

「ダメ! 敵を振り切れない!?」

 

 艦内システムを管理する士官よりディストーション・フィールドが消失した報告が上がり、操舵を担当するミナトより『ボーグ』艦の追跡を振り切れず悲鳴にも似た声が上がる。

 

「……相転移砲発射準備! 目標を本艦と敵艦の中間点に設定、相転移砲発射と同時に本艦と『ナデシコC』はボソン・ジャンプにて戦線を離脱します」

『了解。全相転移エンジン出力上昇、相転移砲目標座標設定』

『『ナデシコC』より了承の通信あり』

『上下角プラス二度、船体調整完了』

 

 ユリカの決断を受けて『ナデシコD』は相転移砲の発射体制へと移行していく。

 

「ジュン君、私はボソン・ジャンプの準備に入るから後はお願い」

 

 ユリカは副長であるジュンにあとの指揮を頼むと、イネスにボソン・ジャンプの助力を頼む。

 

「イネスさん、ナビゲートのサポートをお願いします」

「ええ、分かったわ」

 

 十基の相転移エンジンが最大出力で唸り、『ナデシコD』の前方に取り付けられている四基のディストーション・ブレードが変形して相転移砲の発射態勢が整い、ユリカとイネスの思念を受けて船体の構成素材として組み込まれたチューリップ・クリスタルに似た物質が反応して『ナデシコD』の外壁に幾何学模様が浮かぶ。

 

『相転移砲発射準備完了』

「よし、撃て!」

 

 アオイ・ジュンの号令の下、『ナデシコD』より高出力の相転移砲が発射され、『ナデシコD』と『ボーグ』艦の中間点に到達して周囲の空間を相転移させる筈だったが、中間点の空間には何の変化も起きなかった。

 

「……まさかキャンセルされた?」

 

 変化の兆しも見せない空間を惚けたような表情で見つめるジュンの脳裏に、以前火星極冠遺跡に相転移砲をキャンセルされた光景が蘇る……そのデタラメな光景に、少しの間だが判断が遅れた事が致命傷となってしまう。

 

『『ボーグ』艦、発砲!』

 

 『ボーグ』艦より複数の光弾が射出されるとディストーション・フィールドを失った『ナデシコD』の船体を容赦なく襲って激しい振動が艦橋を揺らす――それはボソン・ジャンプの為にイメージを思い浮かべていたユリカとイネスも態勢を崩してしまい、何とか踏ん張って倒れる事は防いだが周囲に浮かんでいた幾何学模様は消えてしまう。

 

 そして『ナデシコD』が攻撃の余波から立ち直る前に、距離を詰めた『ボーグ』艦より緑色の光が照射されて『ナデシコD』の行動を阻害する。

 

『『ボーグ』艦より未知のエネルギー波が照射されて船体が固定されています!』

 

 

 




どうも、しがない小説書きのSOULです。
何故『相転移砲』がキャンセルされたのか? 裏設定ではアキトの記憶にあった『相転移砲』の概要を同化して、真空を相転移させる――ヒッグス場からエネルギーを取り出すのを阻害したからです。(ここら辺が独自解釈です)
詳しい事はいずれ。

 『ボーグ・キューブ』の圧倒的な力の前に危機に陥る『ナデシコD」
 そこに再びピーピング・トムからメッセージが入る。

 次回 第二十三話 ナデシコ絶体絶命


 では、また近いうちに。


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第二十三話 ナデシコ絶体絶命

 三隻の『ボーグ・キューブ』との戦闘に入った『ナデシコC・D』の連合艦隊は、支援艦の全てを失って切り札の『相転移砲』すらも無効にされて窮地に陥っていた。

 目の前には『相転移砲』を無効化した『ボーグ・キューブ』が存在しており、更に支援艦を切り刻んで行動不能にした二隻の『ボーグ』艦も左右より近付いて、緑色の光を照射して『ナデシコD』の船体を完全に固定する。

 

『『コバンザメ』は全滅……左右から『ボーグ』艦よりエネルギー波が照射されて『ナデシコD』は完全に移動不能です』

『……『ナデシコC』が『ボーグ』艦に攻撃を仕掛けていますが、効果がありません』

 

 三方から『ナデシコD』を固定する『ボーグ』艦に『ナデシコC』が攻撃を仕掛けているが、『ナデシコC』だけでは蟷螂の斧に等しく全く効果が出ておらず攻撃の全てが『ボーグ』艦の張り巡らせているフィールドに阻まれてダメージを与えることは出来なかった。

 

『――ユリカさん、どうにか脱出する事は出来ないんですか!?』

 

 『ナデシコC』から通信が入り、ウィンドウに映し出されたルリが問い掛ける……その表情には冷静沈着な普段では有り得ない程に焦燥感が浮かんでいた――攻撃もまったく効果が無く十隻もの支援艦を行動不能にした『ボーグ』艦が三方から『ナデシコD』を包囲しているのだ。

 

 しかも相手は『相転移砲』すら何らかの方法で防いでいる異星の戦艦……どれほどの技術格差があるのか想像すら出来ない。

 

「ミナトさん?」

「……ダメ、身動き一つすら出来ないわ」

「こちらは打つ手無しね。ルリちゃんの方はどう?」

『……相手の通信プロトコルには未知の構成要素が含まれており、解析には時間が掛かりそうです』

「……そう分かったわ。無理はしないでねルリちゃん、危なくなったら迷わず撤退して」

『ユリカさん! そんな事は言わないでください! 何か方策があるはずです』

 

 ルリの報告にユリカの表面上は平静を保って答える。しかし彼女の頭脳はこの現状を打破する方策を何度もシュミュレートしているが、支援艦を失い船自体も身動きが取れない状態では打つ手が思い浮かばなかった……ならば『ナデシコD』自体を囮にしてクルーを『ナデシコC』に移してボソン・ジャンプで離脱するしかないか、と考えている時に最悪の報告がもたらされた。

 

「――『ナデシコC』が捕まりました!」

 

 クルーの声に顔を上げたユリカが慌ててウィンドウを見ると、正面から迫っていた『ボーグ』艦に攻撃を加えていた『ナデシコC』が緑色の光に包まれて動けなくなっている所であった。

 

「ルリちゃん!?」

 

 驚きと共に逡巡が最後の手段を失わせた事に顔を顰めるユリカ。

 

「ユリカ、このままではマズイ……脱出も視野に入れるべきだ」

「……それは考えたけど、この辺りに友軍は居ないから追撃を受ければ結果は同じ……ならば最後の手段を使うしかないわね」

「――最後の手段? ……まさか自爆する気か!?」

「違うよジュン君」

 

 顔色の悪いジュンにそう答えるとユリカは第二階層のアゥインとノゼアに顔を向けて問い掛ける。

 

「アゥインちゃんノゼアちゃん、『ボーグ』艦にネニュファールを送り込める?」

『ネニュファールですか? ……残念ですけど『ボーグ』艦は転移範囲外です』

 

 『ナデシコD』に搭載されている半自立型機動兵器ネニュファールは格納庫に設置されている小型チューリップで短距離ながら別の空間へと転移可能だが、転移出来る距離は短く今迫り来る三隻の『ボーグ』艦との距離は転移範囲外であった。

 

「ならば私とイネスさんでネニュファールをボソン・ジャンプで敵艦の中にジャンプさせて騒ぎを起こせば――」

「止めておきなさい艦長。あれだけの技術を持つ相手よ、艦内のセキュリティも高レベルでしょうね」

「けどイネスさん、そうでもしないと……」

「いっそ爆弾でも抱えたネニュファールを送り込んだ方がましね……もっともあのフィールドを突破出来ればの話だけど」

「それです!……『ボーグ』の目的は私達を同化する事……同化が具体的にはどのような手段で成されるのかは分からないけど、恐らく必要な部分を艦内に取り入れるはず……それに爆弾を抱えたネニュファールを紛れ込ませることが出来れば」

「……フィールドは突破できる……大昔の戦で用いられたトロイの木馬の変形と言った所ね」

「はい。現状最大の問題は身動きが出来ない事、『ボーグ』艦の内部にネニュファールを送り込んであのビームの発生源を破壊できれば――」

 

 絶望的な状況の中でユリカとイネスが起死回生の案を話し合っている時、艦橋内第三階層に突然光が発生して人影を形作る――それは灰色の肌をしたヒューマノイド・タイプの男性だった。体の所々に機械が移植されて全身が黒いプロテクターで覆われたその姿は、『ボーグ』艦から通信を送ってきたテンカワ・アキトと同じであった。

 

 突然未知の男が現れた事に驚きを隠せないナデシコ・クルーを尻目に、男は棒立ちに立つナデシコ・クルーには興味を示さずにコンソールに近づいて様々な機械が移植された右腕をコンソールに近づける。すると右腕とコンソールの間に微弱な放電が発生する。

 

「……はっ!? 何をしている!」

 

 呆然とそれを見ていたナデシコ・クルーであったが、我に返ると男の暴挙を止めようとして右腕をコンソールから遠ざけようとするが男が腕を無造作に振ってクルーを弾き飛ばす。

 

「大丈夫か! そこの男、コンソールから離れろ!」

 

 吹き飛ばされたクルーに駆け寄ったジュンは、クルーが単に弾き飛ばされただけと判断すると腰のホルスターから拳銃を抜いてコンソール近くに居る男に警告するが、男はそれを無視してコンソールの側から離れようとはしない為にジュンは拳銃の狙いを右腕に定めて発砲する――放たれた銃弾は男の右腕に命中して火花を散らした。

 

 火花を吹き出す右腕をみた男はコンソールから離れるとジュンの方を向いて歩き始める……何ら感情の乗らない無機質な目を見たジュンは、拘束などという生易しい手段では男は無力化出来ないと判断して男に狙いを付けると拳銃のトリガーを引く――だが今度は男の前に半透明な壁のようなモノが現れて銃弾を弾いた。

 

「なっ!?」

 

 突然目の前に現れた半透明な壁のようなモノに攻撃を阻まれて驚きの声を上げるジュン――『ボーグ』より送られてくる尖兵『ドローン』は攻撃を受けた場合、その攻撃がどのような物であるか瞬時に解析して攻撃を防ぐのに適したシールドを『全てのドローン』に装備させるのだ。

 

 ゆっくりと近づいて来る男に向けてジュンは拳銃を発砲し続けるが、男の前に展開されたシールドに虚しく弾き飛ばされる。そしてジュンの側まで近づいた男は鈍く光る右腕をゆっくりと振りかぶる――だが、男を中心に光が発生して男を包むと光の玉となってその姿を覆い隠す……そして光が消えた後には男の姿は何処にもなかった。

 

「……ボソン・ジャンプ?」

「ジュン君! 大丈夫、怪我はない?」

 

 駆け寄ってくるユリカの姿を見ながらジュンは命が救われた安堵よりもこの現象を引き起こしたのがユリカであると確信して焦燥感に背中を震わせた――ボソン・ジャンプの中枢である演算ユニットとのリンクが切れていない事は知っていたが、相手を強制的にボソン・ジャンプで飛ばすなど……この得体の知れない船が関係しているとは思うが、それでも何か拙いものがあるように感じられたのだ。

 

「……ユリカ、今のは?」

「……分からない。ジュン君を助けなきゃと思ったら頭にイメージが浮かんできて」

 

 困惑気味なユリカの説明を聞きながらジュンは彼女の中で何か深刻な事が起こっているのではないかと懸念を感じた……ボソン・ジャンプは体内に古代火星文明の影響を受けたナノマシンを体内に持つ者が演算ユニットに跳躍先のイメージを伝達してジャンプを行うが、彼女の話ではイメージが送られてきたと言う――つまり演算ユニットか、この得体の知れない船を通じて何者かがユリカの脳にアクセスした可能性が高いという事だ。

 

 本来ならユリカの体内にあるナノマシンの詳細な検査が必要だが、今は三隻の『ボーグ』艦への対処を優先しなければならない――そして遂に直接的な攻撃が始まった。

 


 

 緑色の光――トラクタービームで『ナデシコC・D』を拘束している『ボーグ』艦から白い光――切断ビームが照射されて『ナデシコD』の艦首、ディストーション・ブレードの部分の外壁をブロック状に切り裂いて『ボーク』艦の中へと取り込んで行く。

 

『『ボーグ』艦より高エネルギー波が照射されて、船体を切り刻んで取り込んでいます』

『……『ボーグ』艦の攻撃は強力で『ナデシコD』の装甲では防ぎきれません』

 

 周囲に浮かぶウィンドウに表示される数値を読みながらアゥインとノゼアは淡々とした口調で報告する。それを聞きながらユリカはジュンとイネスと共に事態打開に向けて協議するが良い案は浮かばない。

 

「さっきも言ったようにネニュファールを艦首部分に待機させて取り込まれる船体と共に『ボーグ』艦に送り込めば」

「相手の船内のセキュリティは高度な物だと推察出来るわ、ネニュファールを送り込んでも無意味よ」

「だが、打つ手がないのも事実だ。やれる事はやるべきだと思う」

「それに取り込んだ部分にネニュファールが居ると分かれば『ボーグ』も警戒すると思うわ」

「……艦首部分にネニュファールを配置するとして、そう上手く『ボーグ』艦に送り込めるかしら?」

「それは大丈夫です。あの白いビームが来たら格納庫の小型チューリップを使って切断されるブロックに送り込みます。」

 

 これなら迅速に配置が出来ると胸を張るユリカであったが、反応がない事に訝しんで二人を見ると二人共目を丸くしていた。

 

「……どうしたんです?」

「……ユリカ、艦内の仕様書読んでいたんだね」

「どういう意味、ジュン君!」

 

 ぷんぷんと怒るユリカ。

 

「……それなら格納庫で対艦ミサイルを待機しているネニュファールに持たせると良いわ」

 

さぞ花火は大きくなるでしょうね、と苦笑いを浮かべるイネス。

 

 早速ユリカは格納庫に連絡を取って整備班長のウリバタケ・セイヤに作戦を説明して、機動兵器ネニュファールに対艦攻撃用のミサイルを装備させて格納庫内にある移動用の小型チューリップの前に待機させる――準備の間にも『ボーグ』艦より切断ビームが照射されて艦首部分がどんどん切り取られているが、ウリバタケ・セイヤを筆頭に整備班のメンバーは短時間で三十体のネニュファールに対艦ミサイルを装備させた。それを『ウワハル』と『シタハル』のサポートを受けたアゥインとノゼアが操作して格納庫内の小型チューリップの前に待機させた。

 

『艦長、準備出来ました』

「分かったわ、アゥインちゃん。次のタイミングでネニュファールを送って」

『了解』

 

 ユリカ達の目の前では切り取られた船体がトラクタービームで『ボーグ』艦内へと取り込まれている所であった。そして再び切断ビームが『ナデシコD』の艦首部分へと降り注ぐ。

 

『『ボーグ』艦より切断光線が第二十三ブロックに照射されています。第二十三ブロック、四十六ブロック、五十八ブロック周辺の隔壁を緊急閉鎖します』

『ネニュファール起動、格納庫より当該ブロックへ順次ボソン・ジャンプ開始します』

 

 ノゼアの操作で切断ビームによって切り取られていく周辺の隔壁を閉じて空気の流失を防ぎ、アゥインの操作でネニュファールが格納庫の小型チューリップを通って切り取られていくブロックへと送り込まれていく。

 

「……後は上手くいくように祈るしかないな」

 

 切断ビームに切り取られた『ナデシコD』の船体が『ボーグ』艦に収容される様を見ながら呟くジュン。周辺に張られているであろうフィールドを透過して『ボーグ』艦の艦内へと取り込まれると、切断された船内に隠れているネニュファールをモニターしていたアゥインが異変に気づき報告する。

 

『艦長! 『ボーグ』艦のフィールドは重力波ビームを阻害する効果があるようで、侵入したネニュファールのエネルギー数値が回復しません――あっ!? ネニュファールからの通信が途絶しました……』

「――ユリカ!」

「大丈夫だよ、ジュン君。こちらから操作が出来なくなったら自爆するようセイヤさんにプログラムしてもらっているから」

 

 焦ったような表情を浮かべたアゥインとジュンに不敵な笑みで答えるユリカ――その言葉が終わらない内に、『ボーグ』艦の表面で複数の爆発が起こる――全長三キロの巨体からすれば微々たる損害だが取り込んだナデシコの船体に爆発物があり、格納庫の小型チューリップを用いて切り取られた部分に送り込む為に事前に爆発物を感知出来ないのだから迂闊に取り込む事は出来なくなる筈である。

 

「そうして時間を稼いでいる間にナデシコの行動を阻害している『ボーグ』艦の装置にネニュ――きゃあ!?」

 

 ユリカが作戦を説明している時に、『ナデシコD』自体が衝撃によって揺さぶられた。

 

「――どうした!?」

『……『ボーグ』艦からの攻撃です! 『ボーグ』艦よりエネルギー兵器が射出されて第二ディストーション・ブレードに命中、甚大な損害が出ています!』

「……まさか、バラバラにして取り込む気か!?」

 

 副長席に捕まって振動をやり過ごしたジュンに向けてアゥインが『ボーグ』艦からの直接攻撃が始まった事を告げた。取り込んだ『ナデシコD』の船体に爆発物が含まれている事に気付いた『ボーグ』は、同化方法を直接的な取り込みから攻撃によってバラバラに砕いた後に取り込む方法に変更したようだ。

 

 装甲に覆われた『ボーグ』艦より緑色の光弾が射出されると『ナデシコD』の四本あるディストーション・ブレードに命中し、爆発を起こして船体にダメージを与える。その一撃を始めとして『ボーグ』艦より幾つもの光弾が射出されて次々と『ナデシコD』の船体に命中する。

 

『――『ボーグ』艦の攻撃は至近距離に到達すると幾つものパケットに分かれて攻撃力を増しています……このままでは幾ら巨大な『ナデシコD』といえども撃沈は免れません』

 

 次々と繰り出される緑色の光弾によって絶え間ない振動に見舞われる艦橋では、必死にコンソールにしがみつきながらも『ボーグ』艦の攻撃を分析するアゥイン……本来なら攻撃から身を守る為にディストーション・フィールドを展開していたが、最初の攻撃で発生装置に負荷が掛かって消失した後も再起動する度にシールド無効化装置が射出されて再び消失してしまい、今ではディストーション・フィールド発生装置が過負荷で使用不能となっており『ナデシコD』は『ボーグ』艦からの攻撃にその船体を直に晒している状態であった。

 

「……くそっ! なぶり殺しかよ」

 

 副長席にしがみつきながら悪態を吐くジュン。各砲座で果敢に反撃したが、圧倒的な『ボーグ』艦の攻撃力の前に殆どの砲座が沈黙していた……このままでは『ナデシコD』の命運も尽きるかと思われた時、振動に必死に耐えながらクルーに避難経路を示していたノゼアが担当している『オモイガネ』型コンピューター『シタハル』に謎のメッセージが送られている事に気付いた。

 

「――ア、アゥイン」

「――なに、ノゼア」

「……ピーピング・トムからメッセージが」

「……このタイミングで!?」

 

 驚きに目を見開くアゥイン。この絶望的な状況の中に送られて来くるなど、メッセージを送ってきた相手はそうとう性格が悪いのではないかと考えたが――以前送られてきたメッセージは災厄を呼び込んだが、確かにユーチャリスの位置特定の助けにはなった――アゥインは覚悟を決めてノゼアに告げる。

 

「ノゼア、そのメッセージをアオイ副長に伝えて」

 

 

 




どうも、しがない小説書きのSOULです。

次回 ピーピング・トムのメッセージに一抹の希望を抱いて未知の大ボゾン・ジャンプを敢行した『ナデシコD」が見た物は、凄まじい恒星風が吹き荒れる地獄の世界だった。

次回 第二十四話 輝く凶星。

では、また近いうちに。


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第二十四話 輝く凶星

 『ナデシコD』艦橋 第三階層


 

 絶え間なく続く振動に耐えながらもアオイ・ジュンは絶望的な状況を打開する術を必死になって考えていた……ちらりと艦長席の方を見れば席にしがみつきながらもユリカも打開策を考えているようだ……彼女が諦めていないのだから自分もまた諦めるわけにはいかない……半ば意地になって考えているジュンの前にウィンドウが開く――第二階層でダメージコントロールを行っているノゼアの姿が映った。

 

「どうした、ノゼア?」

『……アオイ副長、また“何か”からメッセージが届きました』

「このタイミングでか!? ……メッセージはなんと?」

『……現在地から十時方向にある青い星に向けて飛べ、と』

「えらくアバウトなメッセージだな、その青い星までの距離は?」

『……光学観測では約五光年です』

 

 ノゼアの報告にジュンは難しい顔をする……前に届いたメッセージは確かにユーチャリス発見に役に立ったが、それは結果的に『ボーグ』という災厄をも呼び込んだ。今回もまた何かとんでもない厄介事を呼び込む可能性があるのではないか、と考えてしまうのだった――しかも五光年もの遠距離を移動する方法といえば明確なイメージを伝えられるA級ジャンパーによるボソン・ジャンプに頼るしかない……だが、そんな遠大な距離を飛ぶなどジャンパーであるユリカの体力をどれだけ奪うか想像も付かなかった。

 

「……飛ぼう、ジュン君」

 

 ユリカの突然の発言に、ジュンはぎょっとした表情を浮かべて艦長席の方へと向く……いつの間にか此方に顔を向けたユリカの姿を見てジュンはノゼアとの会話を聞かれていた事に気付き顔を顰めた。

 

「……聞いていたのか、ユリカ。ダメだ、五光年なんて距離を明確にイメージするなんて無理だよ。それにそんな長距離を飛ぶなんてどれだけ負担が掛かるか分かったもんじゃない」

「大丈夫だよ、ジュン君。イネスさんにも手伝ってもらって二人でイメージすれば、なんとかなるよ」

「だが、今のナデシコは『ボーグ』艦に行動を阻害されていてジャンプ出来るかどうか分からない」

「――ならば『ボーグ』艦ごと飛ぶだけだよ、イネスさんサポートをお願い!」

 

 突拍子もない事を言い出したユリカがイネスに協力を要請して精神統一を始める傍らで、呆けたような表情を浮かべていたジュンだったが我を取り戻すと止めようとしたが、ユリカを中心に幾何学模様が広がり艦橋を通り越して『ナデシコD』全体を覆った後に周辺の空間に広がってトラクタービームで捕らえられている『ナデシコC』周囲の空間はおろか三隻の『ボーグ』艦周囲の空間をも埋め尽くす……流石に周囲の空間を埋め尽くす幾何学模様に驚いたのか、『ボーグ』艦からの攻撃は一時的にだが止まって幾何学模様の解析を始めていて、ユリカとイネスに具体的なイメージを思い浮かべる時間を与えてしまった。

 

「――ジャンプ」

 

 ユリカの宣言と共に周囲の船はボソン変化されて姿を消した。

 

 


 

 

 名も無き青色巨星――ペルセウス腕に位置するこの青く巨大な恒星の直径は太陽の六倍程度だが数百倍は明るく、周囲にあるもの全てを熱く照り焦がしていた。しかもそれは一つではなく同規模の青色巨星が側に存在しており、それぞれの恒星の重心の周りを軌道運動して複雑怪奇な円運動をしていた――その巨大な青色連星の近くに光が集まり、光の中から『ナデシコD』と『C』だけでなく三隻の『ボーグ』艦も通常空間へと現れた。

 

 主星と伴星の距離が近い為に互いの潮汐力によって形状が楕円体型に歪み、強大な重力を持つ連星の複雑な軌道により周囲の空間は歪に歪んでいる。しかも強烈な恒星風が吐き出されており、放出された可視光の中には太陽よりも強烈な紫外線が含まれていて長時間留まれば戦闘でディストーション・フィールドを失い装甲を破壊されている『ナデシコD』の艦内にも悪影響を及ぼしかねなかった。

 

 


 

 

 『ナデシコD』 艦橋第二階層

 

「――船体外縁部に居る人は直ぐに船内中央部へ避難してください。クルーの退避を確認後、隔壁を閉鎖します」

「ウリバタケさん、皆さんと一緒に格納庫から避難してください――えっ? そんな事出来るかって……馬鹿な事言ってないで早く避難してください! 黒焦げになっちゃいますよ!? ああっ、何でこんなめんどくさいハメに!」

 

 攻撃を仕掛けてきている『ボーグ』艦共々大規模ボソン・ジャンプを敢行した『ナデシコD・C』は、巨大な青色巨星の連星を中心とした恒星系へとジャンプ・アウトした。だがその恒星系は彼らの知る太陽系とは違って二つの巨大な恒星が放出する恒星風が嵐のように吹きすさみ、強烈な紫外線が『ナデシコD』の傷ついた船体を容赦なく照り付けて艦内に居るクルーに取って危険なレベルにまで達していた。

 

 コンソールを操作しながら的確にクルーを避難されるアゥインを見ながら人知れずため息を付くノゼア……突然のボソン・ジャンプで出た先は青い恒星が生み出す地獄のような空間だった。強烈な可視光に照らされた恒星風が目に見える密度で吹きすさみ、照り付ける紫外線が『ナデシコD』の外壁を蝕んでいる。

 

 差出人不明のメッセージに一抹の望みを掛けて『ボーグ』艦ごとボソン・ジャンプを敢行したユリカ艦長は、極度の疲労でジャンプ後に倒れて心配したアオイ副長と比較的疲労の少ないイネス先生に介抱されており、操舵手であるミナトさんは船体を安定させるべく生き残っているスラスターを操作している……突然の環境の変化に戸惑っているのか、三隻の『ボーグ』艦は不気味に沈黙しているが何時攻撃を再開してくるか分からない。

 

 性格の悪いピーピング・トムのメッセージは吉と出るか凶と出るか……突拍子もない事をしでかす頼りになるのかならないのか分からないユリカ艦長と、堅実な戦術を繰り出すアオイ副長がいる第三階層の方を見ながらノゼアはせめて皆が生き残れる未来がありますようにと祈るしかなかった。

 

 


 

 

 『ナデシコD』 艦橋 第三階層

 

 三隻の『ボーグ』艦と共にボソン・ジャンプを敢行したユリカは、極度の疲労により意識を失い、駆けつけたジュンにより艦長席のシートを倒して安楽な姿勢にして介抱を受けていた。

 

「どうです、フレサンジュ女史」

「……見た所では前回と同じく疲労による意識の喪失ね。大丈夫、命に別状は無いわ、直ぐに目を覚ますはずよ」

 

 イネスの見立てを聞いてジュンはほっと一息付いた……前回のジャンプの時は極度の疲労で数日は寝たきりとなったが、フレサンジュ女史のサポートがあったおかげか今回はそこまで負担にはならなかったようだ――ジュンは立ち上がり艦橋正面にある大型ウィンドウに視線を向ける。

 

 巨大な青い星がウィンドウ一杯に映りこんで輝度を下げなければ直視する事も出来ない。青い星の周辺では目に見えるほど密度の濃い恒星風が吹き荒れて生き残っているスラスターを全開にして姿勢を制御しなければ、『ボーグ』艦から照射されている光線に囚われているとはいえ吹き当たる恒星風の影響で戦闘により破壊されて強度の弱っている船体に致命的な崩壊を及ぼしかねない状況だった。

 

「……これで『ボーグ』艦も揺れていれば可愛げがあるんだがな」

 

 忌々しそうに呟くジュンの視線は、ウィンドウに映る『ボーグ』艦――全体を歪な構造物で形成された『ボーグ』艦へと向けられる。『ナデシコD』と同規模の巨大な『ボーグ』艦の船体は微動だにしておらず、これでは隙を突いて逃れる事も難しい……そこまで考えていた時、クルーの退避をサポートしていたノゼアが少し緊張した趣で報告してきた。

 

『アオイ副長、前方の青色巨星と伴星の間に空間異常が検知されました』

「空間異常?」

『はい、二つの青色巨星の中間点が異常なまでに空間が歪んでいます。目に見えない高重力を持つ“何か”が空間を歪ませているとしか考えられません』

 

 ウィンドウに映るノゼアの表情は報告している間にも困惑している表情へと変化している……『ナデシコD』に搭載されている重力波センサーが感じ取った情報が理解できないのだろう。事実ジュンもまたあんな大きな連星の間を歪ませるような目に見えない高密度な“何か”など想像できなかった。

 

『ニュートリノが異常に増大、それと共に重力勾配がマイナスになっています――このままでは三次元空間が崩壊します!』

「何が起こっている!? 全速後――そうか、『ボーグ』に捉えられているんだったな。『ボーグ』艦の様子はどうだ、離脱の気配はないか?」

『……残念ながら『ボーグ』艦に変化はありません』

 

 アゥインの報告に小さく舌打ちをするジュン……ふと気付くと隣にイネスの姿があった、科学者として興味が出たのだろう。振り返ると意識を取り戻したユリカが気だるげな様子で艦長席に座っている。視線を戻すとイネスがノゼアに指示を出して色々なデーターをウィンドウに投影させていた。

 

「どう見るフレサンジュ女史」

「そうねぇ、数値を見る限り空間が何らかの干渉を受けているわね……次元の外――宇宙の外から何かが現れようとしているのかもね」

 

 イネスの見解を問うジュンにシニカルな笑みを浮かべながら答える――そうこうしている内に連星の間に現れた重力異常は空間に影響を与えてある一点に小さな穴が開き、そこから空間が波打って穴はどんどん広がっていく。

 

「――これは」

「……ホワイトホール、いえワームホールかしら」

 

 そして穴の直径が数百キロにまで達した時、そこから“何か”ゆっくりと姿を現した。

 

「な、何だアレは?」

「……見た所、人工物のようだけど」

 


 

 宇宙に空いた穴から出てきたのは、細長くほぼ平らな円錐形をした白銀の物体であった。磨き抜かれたかのように輝く表面は傷一つなく輝き、その大きさは『ナデシコD』遥かに上回る持つ巨大な構造体であった。

 

「ここに来て第二の異星勢力か……とても楽観的になる気にはなれないな」

 

 半目になりながらジュンは呟く……突然現れた未知の物体はゆっくりと進んで青色巨星から離れて此方に近付いて来る。その進みは何者にも干渉されず、阻むモノなど何もないかのような不敵な印象を見る者に与えていた。

 

 そんな未知の物体が近付いて来る中、左右から『ナデシコD』を固定していた二隻の『ボーグ』艦が動き出して未知の物体へと向かって行く。それを見たジュンは、アゥインに急いで未知の物体に警告を発するように指示を出す。

 

「アゥイン、近付いて来る船に『ボーグ』の事を警告しろ!」

『――了解、全周波数で警告をします』

 

 ジュンの指示を受けてアゥインは全ての周波数で複数の言語を用いて『ボーグ』艦の驚異を伝える……こうすれば言語が理解出来なくても、現状をみれば何かがあると考えるはずである。

 

 あらゆる言語、周波数で警告を送っているが未知の物体からは返答は無く、二隻の『ボーグ』艦が攻撃可能圏内まで近付いた所で緑色の光を照射する。

 

「――あの光はユーチャリスの記録にあった」

「……恐らくあの光で相手の情報を収集しているのね」

 

 だが『ボーグ』艦が発した光は未知の物体の手前で何かに阻まれて白銀に輝く表面には届かなかった。しばらく緑色の光を照射し続けていた『ボーグ』艦だったが、業を煮やしたのか緑色の照射を止めると外壁の隙間から緑色の光弾を射出した――ディストーション・フィールドを無効化した光弾が未知の物体へと進んで行く。だが未知の物体の手前で何かに阻まれて緑色の放電を引き起こして虚しく消えていく。それでも『ボーグ』艦は緑色の光弾を射出し続けるがその全てが見えない何かに阻まれ虚しく消えていった。

 

「……凄いな、あの物体――恐らく船だろう。あれだけ『ボーグ』艦の攻撃を受けてもビクともしない……ディストーション・フィールドは数発で使用不能になったというのに……アゥイン、あの船の防御システムがどんな物か分かるか?」

『あの船の周囲に張り巡らされているフィールドはあらゆる干渉を阻むのかもしれません。先ほどから各種センサーを使って未知の船の情報を得ようとしているのですが、どのセンサーもまったく感知出来ないんです』

 

 ウィンドウ上では眉を八の字にして困惑しているアゥインが困り顔で報告してくる……すると思案顔をしていたイネスが大型ウィンドウに映る未知の船を見ながら見解を話し始めた。

 

「恐らくだけど特定の波長のモノしか通さないんでしょうね。可視光とか、彼らの推進システムとか、そう言ったモノしか通さず。他の全て……例えば赤外線とか重力波とかは通さず、『ボーグ』艦が放つ光弾の爆発の時の衝撃波の波長も完全にシャットアウトしている……ほんとどうやって防いでいるのやら教えてもらいた物だわ」

 

 ボヤくようなイネスであったがジュンを始め誰も着いて来ていない事に気づいて、どこからともなくメガネを掛けると詳細な説明を始めた。

 

「まずは私達のよく知るディストーション・フィールドから始めましょうか――ディストーション・フィールド、木蓮では時空歪曲場と呼ばれており相転移エンジンの膨大な出力を用いて周囲の時空を歪ませて攻撃を防いでいる……けれどね、四六時中時空を歪ませていたら星の光や周囲の状況などディストーション・フィールドの中からはまともに見えなくなるわね。それだけではなく現在の地球文明はまだ反動推進が主流であり、当然ナデシコシリーズひいては『ナデシコD』も反動推進が用いられている」

『つまり、ディストーション・フィールドが常時展開していたら反動推進も上手く出来なくて進めない、と』

「正解よアゥイン。ご褒美にレポートを二倍にしてあげるわ」

『いえ、結構です』

 

 真顔で罰ゲームのような事をいうイネスに真顔で断りを入れるアゥン……もう一枚のウィンドウに映るノゼアは沈黙を守っている……ここで余計なちゃちゃを入れてレポートが倍になっては敵わないから。

 

「そう言う意味では『ボーグ』艦も地球の技術と類似点が多いと言えるわ。金属の管や配線やコンジットを乱雑に配置した立方体の船体の異様さに目が奪われるけど推進機関は反動推進を用いており、強固なフィールドはまだ分からないけど攻撃方法は多弾頭ミサイルを進化させた物とも言える……けど、あの未知の宇宙船には推進機関らしき痕跡は無いし、光学観測ではその姿が見えるけどセンサーには映らない……可視光には照らし出されているのに赤外線センサーでは温度分布も分からない……一体何がどうなっているのやら」

 

 はぁ、とため息を一つ吐いてイネスは続ける。

 

「話が逸れたわね。完全に閉じてしまうと可視光はおろか推進機関も使えないから隙間を開けなければならない。時空を湾曲する為に重力波を利用しているけど、波である以上それには波長がある――だからその波長に同調させて反動推進を有効にしているの」

 

 その為に補助機関は『核パルスエンジン』が採用されていると締め括った……長い説明に流石説明おばさん、などと疲れた表情を浮かべたアゥインやノゼアは思ったが口に出す事は出来なかった。だが、ユリカが倒れて意識不明となっている状態で長々と講釈を述べている事に眉間にしわを寄せたジュンは遮る。

 

「――ありがとう、フレサンジュ女史。残りは生き残ってからにしてくれ」

 

 流石に悠長に講義をしている場合ではないと思ったのか、軽く肩を竦めたイネスは視線を大型ウィンドウへと向ける――そこでは、未知の宇宙船と『ボーグ』艦の戦いが繰り広げられていた。未知の船に向けて二隻の『ボーグ』艦が無数の光弾を射出しているが、どれも船の手前で見えない何かに阻まれて無効化されているようだった。

 

 未知の船は『ボーグ』艦の攻撃を全て無効化していたが、いつまでも攻撃を止めない『ボーグ』艦を明確な敵と定めたのか、不明船は進路を変更して二隻の『ボーグ』艦へのインターセプトコースを取る――二隻の『ボーグ』艦に真正面から突っ込んで行き――白銀の表面の内部に無数の輝きが灯ると光度を上げて一気に射出された。

 

 打ち出された光弾は途中で進路を変えて二隻の『ボーグ』艦へと襲い掛かり、『ボーグ』艦が張ったフィールドを容易く食い破って剥き出しの配管や配線を砕きながら内部へと到達して爆発を起こす――今まで幾ら攻撃しても傷一つ付かなかった『ボーグ』艦の外壁に大きく深い穴がぽっかりと空き、その後も無数の光弾が二隻の『ボーグ』艦のフィールドを次々と食い破って外壁を砕きながら内部に到達して爆発を起こす――外壁に無数の穴を開けられた『ボーグ』艦はコントロールを失って脱落していき、未知の船は『ナデシコC・D』を捕らえている残りの『ボーグ』艦の前まで進むとその場で停止して対峙する。

 

 


 

 

『ナデシコD』 艦橋 第三階層

 

「……此方の攻撃がまったく効かなかった『ボーグ』艦二隻をあっという間に航行不能に」

「見た所、『ボーグ』艦のフィールドを侵食して突破したようね……言うなれば侵食弾と言った所かしら」

 

 短期間の内に二隻の『ボーグ』艦が行動不能となった事に驚きを隠せないジュンに、ウィンドウ上で見えた事実のみで推察を告げるイネス。

 

 艦橋内を沈黙と戸惑いの感情が支配していた――強固な防御力と恐るべき攻撃力を持つ未知の宇宙船が目の前に存在している……どのような種族が運用しているのか、何一つ分からない未知の存在が至近距離に居ると言う事が、クルー達に多大なストレスを与えていた。

 

 異様な雰囲気が艦橋を支配している中、ナデシコを捕らえている『ボーグ』艦が行動を開始する――『ボーグ』艦より無数の緑色の光弾が射出され、外壁の隙間から複数の緑色の光線が未知の宇宙船に照射されるが、その全てが未知の宇宙船の手前で阻まれた。

 

 阻まれようとも攻撃の手を緩めない『ボーグ』艦に向けて未知の宇宙船はその白銀の船体の内に無数の輝きを灯すと、一斉に船体の外に飛び出して装甲に覆われた『ボーグ』艦に殺到する――展開される『ボーグ』・シールドと接触する寸前に光弾は掻き消え、次の瞬間にはシールド内に姿を現して装甲板や外壁を砕きながら内部へと侵入してその恐るべき力を開放して無数の爆発を起こした。

 

 二隻の『ボーグ』艦をあっという間に行動不能にした光弾の一斉射撃を受けた『ボーグ』艦は一瞬で満身創痍の様相となり外壁には光弾により無数の穴が空いており、船を守る装甲板は内部からの爆発により無残にも吹き飛ばされている所が多々有り、化け物じみた強さを見せていた『ボーグ』艦がなす術なく破壊されて所々機能障害を起こしているのか、『ナデシコC・D』を捉えていた緑色の光も維持出来ずに光が途切れて二隻とも行動の自由が戻った。

 

「光が途切れたおかげで操舵が戻ったわ!」

 

 今まで船の行動を阻害されていた事がよほどのストレスだったのか、各スラスターを使用して船の安定を取り戻したミナトは弾んだ声を出しながらも操舵用コンソールを操作して『ナデシコD』をゆっくりと後退させる。

 

「……これで何とか助かりそうだな」

 

 『ボーグ』艦からの拘束から逃れた『ナデシコD』は『ボーグ』艦から距離を取るべく逆噴射を行い、同じく逃れた『ナデシコC』も『ボーグ』艦から離れている。艦橋の大型ウィンドウで離れていく『ボーグ』艦を見ながらジュンは副長席のリクライニングに身体を預けて深く息をした。

 

 行動を阻害されてなす術なく『ボーグ』艦の圧倒的な攻撃を喰らい続けた時には、内心では最早これまでかと思ったが――今は『ボーグ』艦が未知の宇宙の攻撃の前になす術なく攻撃を受け続けており、大型ウィンドウでは無数の爆発を起こす『ボーグ』艦が少しづつ小さくなっていく……大型ウィンドウに映る『ボーグ』艦を見ていたジュンの耳にか細い声が聞こえた。

 

「……ユリカ?」

 

 よろよろと艦長席から起き上がったユリカは必死に声を紡ぐ。

 

「……ダメ、戻って」

「何を言っているんだユリカ? 『ナデシコD』のダメージは大きい、一旦距離を取るべきだ」

「……それじゃぁ……アキトが死んじゃう……」

「……テンカワが?」

 

 途切れ途切れにだが必死に訴えるユリカの姿に戸惑うジュン――そこに『ボーグ』艦と未知の宇宙船との戦いをモニターしていたノゼアから未知の宇宙船に変化が現れた事が告げられる。

 

 大型ウィンドウの視点が『ボーグ』艦から未知の宇宙船へと移る――今まで光弾を撃ち出して『ボーグ』艦を攻撃していた未知の宇宙船だったが、光弾を撃ち出すのを止めるとその巨大な船体の全てが淡い輝きに包まれている――輝きがどんどん激しくなると全体を覆っている輝きは船首部分へと集まっていき、輝きも眩く白熱したモノへと変化していった。

 

 その光景を見た誰もが未知の宇宙船の意図を理解した――『ボーグ』艦を撃ち抜いて破壊するつもりだと――それを見たユリカは艦長席からよろよろと立ち上がると、必死な表情を浮かべて大型ウィンドウに映る未知の宇宙船へ向けて叫んだ。

 

「や……止めて…お願い……止めてぇぇええ!」

 

 




どうも、しがない小説書きのSOULです。

 突如現れた白銀の巨大戦艦は、攻撃して来た『ボーグ』艦隊を瞬く間に蹴散らし、
 その牙を『ナデシコD」へと向ける。

次回 第二十五話 ピーピング・トム。

ではまた近いうちに。


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第二十五話 ピーピング・トム

 強烈な恒星風を吹き上げる連星の青色巨星の間から時空連続体を破って姿を現した巨大な白亜の船は、『ナデシコC・D』を圧倒した三隻の『ボーグ』艦隊を瞬く間に無力化し、今まさに外壁を破壊されて満身創痍な『キューブ』に止めの一撃を撃ち込もうとしていた――あの『キューブ』の中には、『ボーグ』に同化されたテンカワ・アキトが居る――このままでは、彼もろとも『キューブ』は灰燼に帰してしまうだろう。

 

「や……止めて…お願い……止めてぇぇええ!」

 

 自分達にあの船を止める術はない……だが、それでも叫ばずにはいられなかった。あの『ボーグ』艦にはアキトがいる。変わり果てた姿になっていたが、自分達は彼を連れ戻す為に『ナデシコD』に乗り込んだのだ……それなのに『ボーグ』艦が破壊されて彼が殺される所を見ているだけしか出来ないなど、何の為にここまで来たのか。

 

 大型ウィンドウに向けて叫ぶユリカを痛ましいモノを見るかのように憐憫を込めた視線を向けるクルー達であったが、事態は思いもよらない方向へと進んでいく――ユリカの悲痛な叫びが聞こえたのか、今まさに『ボーグ』艦に止めを刺そうとしていた未知の宇宙船の船首に集まっていた輝きが光度を落としていったのだ。

 

「……えっ、何で?」

 

 誰かが呟いたのか呆けた声が漏れた……船首に集めた輝きを消した未知の宇宙船の前で、満身創痍の『ボーグ』艦は突然反転すると加速して光と共に姿を消し、先に行動不能になったと思われた二隻の『ボーグ』艦も同様に加速してその姿を消した。

 

『『ボーグ』艦は三隻とも現宙域を離脱したようです』

 

 戦闘宙域をモニターしていたノゼアは『ボーグ』艦が撤退した事を告げる――後に残るは未知の宇宙船と『ナデシコC』そして大破した『ナデシコD』だけである。

 

『未知の宇宙船が左に回頭――此方に向かって来ます』

「何だって!?」

 

 ノゼアの報告に驚きの声を上げるジュン--彼が驚きを顕にしている間に未知の宇宙船はあっという間に距離を詰めて『ナデシコC・D』の前で停止する。

 

『全長は約十万六千メートル、表面は銀色の装甲に覆われており推進機関らしき物は認められません。これだけ至近距離に存在しているのに、今もセンサーは何も感知する事は出来ません』

 

 前方に存在する未知の宇宙船を観測していたアゥインは、光学情報以外は何も分からない事を報告する……これだけ至近距離に存在するのに未知の宇宙船を守るフィールドは完全に此方のセンサーを遮断している。『ナデシコD』を大破寸前にまで追い込んだ『ボーグ』艦を赤子の手を捻るかのように蹴散らした未知の宇宙船との技術格差は明らかであり、そんな宇宙船がナデシコに何の用があるというのか警戒感が沸き起こる。

 

「……わざわざこちらに来るなんて目的はなんだ?」

『……呼びかけてみますか?』

「……そうだな。呼びかけてみるか」

 

 警戒感もあらわにするジュンに通信する事を提案するアゥイン。

 さきほど『ボーグ』の驚異を警告した通信には何の反応も無かったが、向こうから近づいてきた以上は何らかの反応があるかもしれないと――だが、その期待は最悪の結果となって齎された。

 

『――えっ、『ウワハル』どうしたの?』

 

 突然ウィンドウ内のアゥインが戸惑いの声を上げる。それを見たジュンは嫌な予感を感じてアゥインだけでなくノゼアにも確認を取ると、案の定ノゼアの方にも異変が起こっていた――ウィンドウに映るアゥインとノゼアは必死にコンソールを操作しているが、その表情はどんどん険しくなる……コンソールを必死に操作している二人を同じく険しい表情で見ていたジュンの耳にミナトの悲鳴にも似た声が聞こえてくる。

 

「何よこれ! 舵が効かないわ!?」

 

 ミナトを筆頭に各システムを担当するクルーから『ナデシコD』の各システムが操作を受け付けないとの報告がほぼ悲鳴のような声で上がってくる。

 

「……これって」

「ああ、そういう事だろうね」

 

 未だ本調子ではないユリカを艦長席へと座らせたジュンは、彼女のつぶやきに頷くと『ナデシコC』と連絡が取れるかどうかアゥインに問い掛ける。すると通信は問題なく繋がって新たに開いたウィンドウにルリの姿が映し出された……その姿には少し疲れが見える。

 

「ホシノ艦長、『ナデシコD』のシステムがハッキングを受けているようだ」

『……そちらもですか、こちらも防壁を抜かれて完全に麻痺状態です』

「何とかシステムを取り返す方法は?」

『……難しいです。発信源はあの未知の宇宙船だと思うのですが、どうやってこちらのシステムにアクセスしているのか見当がつかないんです』

 

 ルリの説明によれば未知の宇宙船から干渉を受けた形跡はなく、どのような手段を使ってナデシコのシステムに侵入したのかわからないと言うのだ――通信越しにシステムを取り戻す事が出来ないか議論する二人を胡乱な目で見ていたユリカの側に、突然光が灯ると光はどんどん光度を増して行って彼女の側に眩いオーブが出現した。

 

「――な、何にこれ!?」

 

 突然側に眩い光を放つオーブが出現したことで驚いて覚醒したユリカを尻目に、突然目の前に現れたオーブは光度を増減させつつその場に留まり、驚きから立ち直ったユリカは疲れている筈の身体を押して興味深そうにオーブの間近にまで顔を近付けて観察している……そんなユリカの行動を見てジュンやミナトは危険だと警告するが、ユリカはオーブの側から離れずにしげしげと見ていると――やがてオーブから流暢な日本語が流れてきた。

 

《ミスマル・ユリカ――並行世界のネットワークからアクセスして、この世界に転移した存在》

「……何で私の名前を?」

 

 驚きに目を丸くするユリカ。それはオーブの言葉を聞いていたジュンやミナトそしてイネスも驚きを隠しきれない。乗組員の氏名まで知られていると言う事は、ナデシコのシステムは完全に掌握されているようだ――だがそんな事よりも、聞き捨てならない事があった。

 

「平行世界? どういう事」

「ちょっと待て! 平行世界ってどういう事だ!? ここはペルセウス腕じゃないのか?」

 

 訝しげに眉を寄せるユリカに被さる形で問い掛けるジュン。

 だがオーブは彼らの問いには答えず、話を進めていく。

 

《『ボーグ・キューブ』との戦闘の折に、この船より本艦のシステムへの干渉を確認。対抗手段としてこの船と僚艦のシステムを掌握した》

 

『……『ナデシコD』から? Cからではないの』

『ん……ルリ姉さまなら隠れてヤリそう』

『……アゥイン、ノゼア。後で話があります』

 

 アゥインが疑問の声を上げる――巨大な『ナデシコD』は少デュアル・コンピューターの制御下に置かれており、アゥインとノゼアの二人のオペレーターがオモイカネ型コンピューター『ウワハル』と『シタハル』をそれぞれオペレーターとして運用している――故に自らの潔白を主張しているのだ……姉貴分をダシにして。

 

『質問があります。私達は『ナデシコD』のシステムを常にチェックしていましたが、貴方のハッキングは感知出来ませんでした……どうやってシステムに干渉したのですか?』

 

 ヤバイと思ったのかアゥインは軌道修正を試みるが、オーブは彼女の質問には答えずユリカにハッキングを行ったモノを出すように要求した。

 

「……ハッキングをした者と言われても、私達はそんな事していませんよ。ねぇアゥインちゃん、ノゼアちゃん」

 

 困惑した表情のユリカはそう言ってアゥインとノゼアの映るウィンドウに視線を向けると、二人は揃って何度も首を縦に振る――火星の後継者事件の際に『ナデシコC』艦長ホシノ・ルリはオモイカネ型コンピューターのサポートを受けて火星の後継者の戦力をハッキングにより全て掌握した……だがそれは相手が同じ文明の技術を用いているから可能であり、異星文明の『ボーグ』艦には彼らの用いる通信プロトコルを解析出来ずにハッキングを行うことは出来なかったのだ。

 

 そして未知の宇宙船に関しては通信を行っている素振りすら無く今もこうしてオーブを送り込んで来ているが、その手段すら分からない現状ではハッキングを行う切っ掛けすら掴めない程の技術的な格差が存在している。

 

『――そう言う訳で、私達には貴方達をハッキングする技術はありません……悔しいですけど』

『……大体、そんなめんどくさい事する訳ないじゃない』

 

 技術的に未熟であると主張するのが不本意なのか憮然とした表情でオーブに話し掛けるアゥインと、めんどくさそうに顔を顰めるノゼア……だがそんな二人を完全に無視してオーブは話を進める。

 

《このような低レベルの技術で我々のシステムに干渉するなど驚異と判断する――出てこい、さもなくば船を破壊する》

「ちょ、待ってください! 先程から説明している通り、私達は無実です!」

 

 脅してくるオーブに、ぎょっとした表情を浮かべたユリカはそう訴えかけた。そんな必死の訴えを聞いたオーブの意識が初めて自分に向いたような感覚を覚えたユリカは思わずごくりと喉を鳴らした。

 

《……ミスマル・ユリカ。私の相手は君達ではない――この船のシステムの奥に潜んでいる思考体である》

「……思考体?」

 

 一瞬オーブの言葉が理解できなくて呆けた声を上げたユリカであったが、彼女の脳裏にこの宙域にジャンプする前にジュンから説明された『ナデシコD』に巣食う未知の存在からのメッセージの事が思い浮かぶ……そしてそれはユリカだけでなく、ジュンやイネスそしてアゥインとノゼアも思い浮かんだようでそれぞれ反応していた。

 

『……まさか』

『……多分、アゥインの考えている通り』

「……“ピーピング・トム”か」

 

 ウィンドウ内のアゥインとノゼアは、オーブの言葉に今までに発信源不明のメッセージを送り付けてきた相手に思い至り、ジュンは『ナデシコD』のシステムに巣食う正体不明の存在に顔を顰める。

 

 ――そして、オーブの破壊宣言で緊迫した雰囲気が漂う第三階層の中心――オーブとユリカの側に突然新しいウィンドウが開くと、そこに妙に丸々しい文字が浮かんだ。

 

【いきなり破壊とは穏やかじゃないなぁ、もっと余裕を持たないと――あっ。先ほどぶりアゥインちゃん、ノゼアちゃん】

 

 えらく軽々しい内容にオーブの驚異も忘れて目が点になる一同。

 オーブもまた軽い反応に言葉がないのか――否、オーブは何かを探っていたようで暫くの沈黙の後に話し出した。

 

《……なるほど、“置き土産”はそういうカラクリか。君の個体名は?》

【私は『ジャスパー』よろしく――ところで頼みがあるんだけど?】

《……それを履行する義務はないが?》

 

 未知の宇宙船より来訪したオーブの破壊宣言を受けて存在を明かした『ナデシコD』のシステムに潜んでいたコンピューターシステム――否、コンピューターに潜む思考体『ジャスパー』は、周囲の人々の困惑を余所にウィンドウに文字を浮かべてオーブと会話すると言う回りくどい方法でコミュニケーションを取る……それは恐らく『ナデシコD』のクルーへの配慮の意味もあったのだろう。

 

「……オーブ、喋らなくなったねぇ」

『恐らく『ジャスパー』と名乗ったシステム……いえ、思念体でしたか。それと直接データー通信を行っている可能性がありますね』

『ですけどルリ姉さま、依然として未知の宇宙船からの通信波は感知出来ません』

『『ボーグ』艦を手玉に取った相手です。私達の想像すら出来ない手段を使って通信を行っているのでしょう』

「何とかして、知る方法はないかなぁ……」

「……ユリカ」

『……ユリカさん』

 

 思案げな顔で呟くユリカをジト目で見るジュンとルリ……長い付き合いでもある二人は、ユリカの発言が戦略的な観点だけでない事を容易に想像出来たのだ。

 

『艦長。オーブの事も大切ですが、取り急ぎ報告があります』

「報告?」

 

 首をこてんと傾げるミスマル・ユリカ二十五歳、だがウィンドウに映るアゥインの表情は硬いままだった。そしてアゥインの口より『ナデシコD』の現在の状況が語られる。

 

「……そうなんだ」

『はい。『ボーグ』艦の攻撃により基本構造に致命的なダメージが入っていて、竜骨は破損して船体の各所で深刻な捻じれが起こって外装の剥離が起きています』

『しかも『ボーグ』艦からの切断ビームにより船体の強度が弱まり、捻れに拍車が掛かっています』

 

 アゥインだけでなくノゼアからも船体の破損状況を聞いたユリカはその柳眉を寄せる。問題はそれだけではなく、太陽の十倍はありそうな巨大な青い連星が発している熱は太陽以上であり、放出している恒星風は凄まじい勢いで吹き荒れて、傷ついた船体を容赦なく蝕んでいた。

 

『もはや主船体は航行には耐えられません』

 

 アゥインとノゼアの報告に第三階層は沈黙が広がった。

 突然まったく情報のない空間であるペルセウス渦状腕に飛ばされ、未知の敵である『ボーグ』艦の攻撃により巨大な『ナデシコD』は航行不能な状態に陥った――つまりこの寄る辺のない人跡未踏の宇宙空間で孤児と化してしまったと言う事実に悪寒のようなものを感じてぶるっと震えるユリカ。

 

「アゥイン、『ボーグ』の攻撃に犠牲者は出たのか?」

『『ボーグ』艦の直接攻撃によって数名の負傷者は出ましたが、人員の少なさが幸いして死傷者などは出ていません』

 

 ジュンの問い掛けに答えるアゥイン――宇宙に出たまま帰って来ないテンカワ・アキトを首に縄を付けても連れ戻す、そう謳うネルガルの再勧誘に応じたのは百名にも満たない数であった。皆それぞれの生活があり、火星の後継者との戦いから数ヶ月しか立っていない事もあり今回は二百名近く居る旧ナデシコ・クルーの半分にも満たないクルーしか参加しなかった。

 

 しかし全長三千メートルを超える巨大艦『ナデシコD』は『オモイカネ』型デュアル・コンピューターによって制御されており、半自動制御で航行可能であり少数での運用が可能であった。

 

「……人員の少なさが幸いしたか」

『ですが『ボーグ』艦の攻撃によって主船体の気密が殆ど機能していません。クルーは上部円盤に避難しています』

「……つまり、何時でも切り離しが出来る訳か」

 

 上部円盤部分にも二機の相転移エンジンが搭載されており、脱出船としての機能を備えている。ジュンはアゥインの報告を聞きながら上部円盤の切り離しを検討する――上部円盤だけでも全長は四百メートル以上有り、各種観測機器を搭載して武装もグラビティ・ブラスト二門と宇宙船としての機能は十全にあるが反面主船体に内蔵されているプラントのような物はなく、ペルセウス渦状腕のような未知の領域では食料などの物資の補給に不安がある……が、主船体が限界である以上は上部円盤部を切り離して居住可能な惑星に辿り着く可能性に賭けるしかない。

 

 そう結論づけたジュンは上部円盤部での脱出をユリカに進言しようとした矢先にノゼアの悲鳴にも似た声にタイミングを逃してしまう。

 

「どうした、ノゼア?」

『上部円盤部の切り離しシークエンスが作動しています! 止められません!?』

「なんだって!?」

 

 焦った表情を浮かべてコンソールを操作するノゼア。それを見たアゥインもコンソールを操作して切り離しを停止させようとするが、システムは相変わらず未知の宇宙船に掌握されたままであり二人の操作は無効化されていた。

 

 システムを取り戻そうと必死にコンソールを操作する二人を見守るしかないユリカとジュンを尻目に切り離しシークエンスは刻々と進み、各通路の隔壁は閉鎖されて電装系も主船体と切り離されていく。

 

『……各隔壁閉鎖完了、電装系の全ての切り離し終了……だめ、止められない』

『アゥイン、緊急停止プログラムは?』

『――システムの全ては未知の宇宙船が掌握したままね、作動しないわ』

『手動で切り替えを変更してみては?』

『……クルーは全て円盤部に集まっているから無理よ』

『……何か手はないの』

 

 必死にコンソールを操作しながらシステムを取り返そうとするアゥインとノゼアだったが、その表情は曇っていき口数の少なくなる――そしてシステムはすべてのシークエンスを終了して『ナデシコD』の船体から上部に設置されていた円盤部が連結部より切り離されてゆっくりと上昇していく。

 

『……ドッキングラッチ解除、円盤部分離しました』

『……秒速百メートルで上昇中……です』

 

 悔しそうに表情を歪めたアゥインとノゼア。そんな二人に掛ける言葉が見つからないユリカは、大型ウィンドウに視線を映す……そこにはどんどん小さくなる傷だらけの主船体が映し出されていた。

 

「ミナト君、操舵はどうだ?」

「……ダメね。切り替えられた筈だけど、ウンともスンとも言わないわ」

「……打てる手はなし、か」

 

 操舵席に座るミナトに確認するジュン――操舵席では普段は『ナデシコD』全体の操舵を担当しているが、上部円盤部が分離した後はシステムが切り替わって円盤部の操舵を行うようになる……だが今回は操舵システムの切り替えは済んでいるが、舵はまったく動かず周辺にあるコンソールは一つも反応しなかった。

 

 見れば宇宙を映す大型ウィンドウに『ナデシコC』の姿が映り始める……通信ウィンドウに浮かぶルリによれば『ナデシコC』のシステムは依然掌握されたままで、掌握した未知の宇宙船は『ナデシコC』を何処かへ誘導しようとしているようだとの事だ……騒然とする『ナデシコD』の艦橋内で本来なら舵を奪われて一際慌てて居なければいけない筈のミナトは、妙に達観したような表情を浮かべて呟いた。

 

「……どこへ連れて行く気なのかしらね?」

 

 

 




どうも、しがない小説書きのSOULです。

 謎の戦艦の恫喝に姿を現したピーピング・トム。
 ピーピング・トムと何らかの結論に達したのか、謎の戦艦は『ナデシコC』と円盤部を招きいれて『超光速航法』に入る――その先で、彼らを待つ者は?


 次回 第二十六話 目の前に広がるのは――

 では、また近いうちに。


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第二十六話 目の前に広がるのは――



 突然現れて、瞬く間に『ボーグ』艦隊に大ダメージを与えた未知の巨大戦艦――そしてその矛先は傷いた『ナデシコD』にも容赦なく向けられ、『ナデシコC』共々メインフレームを掌握されてしまう。

 かの船の要求は一つ――『ボーグ』との戦闘の折に干渉して来た存在を明らかにすること。

 困惑するクルーたちだったが、彼らの脳裏に一つの存在が浮かぶ……『ナデシコD』のシステムに潜み、時折意味深なメッセージを寄越す“ピーピング・トム”。

 予想だにしない事態に困惑を深めるクルー達を尻目に、意外と素直に姿を現したピーピング・トムこと『ジャスパー』は、巨大戦艦との間に何らかの交渉をして――避難しているナデシコ・クルーを乗せた円盤部が、外部からの操作で傷ついた主船体から分離して離脱を始めたのだ。




 『ナデシコD』艦橋 第三階層

 

 

「……どこへ連れて行く気なのかしらね?」

 

 操舵系の機能を奪われて何も出来ない事にため息を付いたミナトは、コンソールに頬杖を付きながらボヤく……だが目的地は直ぐに分かった。円盤部の艦橋に備え付けられている大型ウィンドウにはどんどん大きくなる未知の宇宙船の姿が映る。コントロールされた円盤部と『ナデシコC』は前方に鎮座する全長十万万六千メートルを超える未知の宇宙船に近付いて行き、その巨大な船体の上を航行している。

 

 薄く発光しているのか漆黒の宇宙空間にあってもその姿はしっかりと分かり、画面一杯に白銀の船体が広がってその全容はもはや窺い知ることは出来なかった。

 

「……流石にデカイな」

『十万六千メートルの巨体は伊達ではないですね。表面には突起物も無く、鏡面加工されているのかまるで巨大な鏡のようです』

 

 未知の宇宙船の船体は傷一つなく、まるで一枚の鏡のようだった――未知の宇宙船の船体には周囲の星々が鏡に写されたかのように浮かび、その中を『ナデシコD』より分離した円盤部分と『ナデシコC』が並行して航行している――全長四百メートルの円盤部と三百メートル強の『ナデシコC』に取って未知の宇宙船の船体は正に天空の鏡のように見えた。

 

「……何とも不思議な光景ね、素材はなんだろう?」

『ある種の金属なのは分かりますが詳細になるとセンサーがまったく動かないので分かりません……』

 

 ウィンドウ一杯に広がる映し出された星空を見ながら疑問を口にするユリカに申し訳なさそうに答えるアゥイン。

 

『……三隻もの『ボーグ』艦の攻撃にも傷一つ付かないんですから……少なくとも真っ当な金属じゃないですね』

【まぁた、ノゼアちゃんっばそんな事を言って。ヘコんじゃうよ、あの船】

『……ヘコむくらいの可愛げがあれば良いんだけどね。と言うか、やっと戻ってきたね『ピーピング・トム』』

【ピーピング・トムは酷いなぁ、私には『ジャスパー』て言う可愛いかどうか微妙ながらも個体名があるんだよ?】

 

 未知の宇宙船が見せる理不尽な性能の一旦にボヤいていたノゼアだったが、突然開いたウィンドウに表示される丸まった文字に半目で冷たい応対を行う……見れば円盤部の艦橋内の全ての階層にウィンドウが表示されていた……どうやら『ジャスパー』と名乗る思考体とやらは目立ちたがりのようだ。

 

「『ジャスパー』……碧玉(へきぎょく)ね、つまりそういう事?」

 

 大人の女性としての嗜みか、宝石について一定の知識を持っているミナトがボヤくように呟く――ジャスパーとは微細な石英の結晶が集まって出来た鉱物の事であり、古代より装飾品などに用いられていた。石英の中でも無色透明な物は水晶と呼ばれ、古くは玻璃と呼ばれていた。

 

「で、僕達をどうするつもりだ?」

 

 丸っこい文字を並べるウィンドウに冷たい視線を向けるジュン。

 どうもこの『ジャスパー』と名乗る思考体は信用ならないように感じていた。今まで『ナデシコD』のシステムの影に隠れて、差出人不明のメッセージを送信しただけでなく他にも暗躍していそうだ……だがそんなジュンが向ける疑惑の視線に答えることなく、『ジャスパー』はウィンドウに言葉を描く。

 

【これより円盤部と『ナデシコC』は、宇宙船『アルテミス』のコントロールで着艦するわ】

「『アルテミス』?」

【ええ、あの未知の宇宙船の名称を地球の言葉に変換すると、銀の光の矢を放つ月の女神の名前でもあり、原像では多産と死を齎す神でもある『アルテミス』の名に翻訳できるの】

 

 『ジャスパー』によって初めて未知の宇宙船の名称が告げられる。

 三隻の『ボーグ』艦を多数の光弾で滅多打ちにして敗走させた巨大戦艦『アルテミス』――ギリシャ神話に登場する『アルテミス』は、古代ギリシャにおいては月の女神だけではなく狩りの女神でもあり、『遠矢射る』の称号を持って放たれた矢は、疫病を広げる恐るべき女神としての側面も持つ。

 

 『ナデシコD』より分離した円盤部と『ナデシコC』は、そんな恐ろしい女神の名を持つ巨大戦艦の表層近くを航行しているのだ。

 

 スラスターが勝手に機能して円盤部を降下させていく……眼下に広がる白銀の船体がどんどん近付いて来て、艦橋前面の大型ウィンドウには未知の宇宙船の表面に映る円盤部と『ナデシコC』の姿が映り込む。まるで磨きぬかれた鏡の如く二隻を映し出す船体に、艦橋内にいるクルーが目を奪われていると、白銀の船体がどんどん近付いて来た。

 

「艦長! 着陸用パッドが展開されないし、相対速度が早すぎる! このままじゃ激突しちゃうわ!」

 

 何とか船の操舵を取り戻せないかコンソールを操作していたミナトが顔色を変えて叫ぶ ――『アルテミス』にシステムを掌握されているとはいえ計器類は正常に稼働しており、『アルテミス』との相対速度は減速しているとはいえ着陸するには早く、しかも円盤部下部に設置されている着陸用の大型パッドが展開されておらず、このままでは『アルテミス』の表層に着陸ではなく激突してしまう勢いだった。

 

「アゥインちゃん、ノゼアちゃん。円盤部のシステムを何とか取り返せない? 操舵系だけでも良いから」

『……ダメです……『ウワハル』もフリーズして、何処から侵入したのか見当もつかないんです』

『……何処かに未発見のセキュリティホールがあるはずなのに、それが見つけられないの』

 

 ユリカの問い掛けに答えながらも、アゥインとノゼアは必死にコンソールを操って『アルテミス』からのハッキングポイントを発見しようとしているが、ハッキングによってシステムを統括するデュアル・コンピューター『ウワハル』『シタハル』はフリーズしてしまい、二人は残されたサブ・コンピューターを用いてハッキングの侵入口を探しているが、双子のマシン・チャイルドと言えどもサブシステムでは『アルテミス』という強大な相手からシステムを取り返すのは至難の業であった。

 

「みんな落ち着きなさい。向こうから招いている以上、激突させて破壊するなんて回りくどい方法を採るなんて事は無いわ。そんな事をするより、『ボーグ』艦を追い込んだあの光弾を使った方が早いしね」

 

 『アルテミス』の船体への激突を危惧して右往左往するクルーに向けてイネスの声が響き渡る。その美麗な顔は不機嫌そうに目を細めていた。

 

 一応の落ち着きを取り戻した艦橋内のクルーだったが、大型ウィンドウに映る『アルテミス』の船体は一面に広がっており、比較対象が無い為に分かり辛いが円盤部と『ナデシコC』は『アルテミス』の船体の表面近くを航行していた――各種センサーが機能していないとはいえ、これだけの速度で『アルテミス』の船体と激突すれば、その衝撃は円盤部の強度ではとても耐える事は出来ずに、円盤部の構造体に致命的な破壊を齎すだろう。

 

 『アルテミス』の巨大な船体の上を航行する円盤部と『ナデシコC』は、船体の中央部近くまで進むと船体表面と接触する――円盤部と『ナデシコC』は『アルテミス』の白銀の船体に接触すると、船体表面はまるで水の如く跳ね上げて円盤部と『ナデシコC』を『アルテミス』の内部へと招き入れた。

 

 ユリカとジュンは、大型ウィンドウに映る幻想的な光景に目を奪われた。まるで海の中に居るかの如くに周囲を物質に満たされて、上方には宇宙との境界線があるはずなのにまるで合わせ鏡の如く円盤部と『ナデシコC』の姿を写し出していた。

 

「はへぇ、何かすごい光景だねぇ」

「……ああ、まるで海の中のようだ」

 

 恐るべき力を持った『ボーグ』の攻撃を歯牙にも掛けなかった『アルテミス』の船体ならば強固な防御システムを持っているだろうと思ったが、実際には水の如く船体の内部へと招き入れられた――センサーが未だ回復していないので遠くまでは分からないが、周囲には何ら構造物のような物は見受けられず、言うなれば宇宙に浮かぶ巨大な湖の中に居るようだ。

 

『艦長、相転移エンジンの出力が下がっていきます』

「イネスさん、これって」

「ええ、地球でも大気圏内では相転移エンジンの出力が下がったでしょう、どうやら『アルテミス』の船体内部でも同じような現象が起きるようね」

『それにしては出力の低下が大きいです……現在相転移エンジンの稼働率は三十パーセント前後です』

「そんなに下がっているの!?」

 

 アゥインの報告を聞いてユリカは驚きを露にする――確かに木蓮との戦争時、地球や火星の大気圏内に降下した時に相転移エンジンの稼動効率が低下して出力不足によりグラビティ・ブラストの発射回数は限定されて危機的な状況に追い込まれたが、それでもここまで低下はしなかった。

 

「恐らくだけど、この『アルテミス』の内部を満たす物質は細工がされているのでしょうね」

 

 そう予想しながらイネスは、興味深そうに外が映っている大型ウィンドウに視線を向ける。そこには仄かに発光する外壁に照らされて、遥か先まで見通せる透明度を持つ不思議な物質が円盤部と『ナデシコC』の周囲を満たしている。

 

【流石はイネス先生。『アルテミス』の船体は普通の金属分子とナノマシンを混ぜ込んだ物で、特殊な性質を持った流体金属で出来ていると言う中二病なシロモノだからね】

「流体金属?」

 

 誰の声なのか、『ジャスパー』の説明文に疑問を浮かべる。

 

「……なるほどね、だから宇宙空間においても凍結しない訳だ。誰よ、こんな非常識な物を考えたのは?」

【さあ?】

 

 『ジャスパー』の人を食ったような答えに、イネスの額に血管が浮かぶ……どうしてやろうか、と考えている時に円盤部の船体に軽い衝撃が走った。

 

「……今の衝撃は?」

【流体金属の一部を硬化させて船体を固定したのよ】

 

 『ジャスパー』の答えに何人かのクルーは顔色を変える。

 固定された――つまりそれは拘束されたと同義語に取ったのだろう。だが、その予想に反して『アルテミス』に掌握された円盤部のシステムが開放されてクルーは戸惑った。『ボーグ』艦の攻撃から始まり、目まぐるしく事態が推移していって最後には巨大船の中で拘束されてしまったと思ったら突然船の自由が戻ったのだ、困惑するのも仕方がないだろう。

 

 センサーが回復したことにより周囲の詳細な情報が分かるようになって来た――『アルテミス』の船体を構成する物質は解析不能だったが、船体表面部以外は水と変わらない粘度で、温度は絶対零度マイナス237度からプラス十度と言う狂った計測結果が算出され、円盤部の周囲一キロ以内には構造物は存在しないが数キロ先にはエネルギー係数の高い構造物が複数観測されている……多分それが『アルテミス』を構成する重要施設なのであろう。

 

 そうしている内に『アルテミス』を構成する流体金属に変化が起こる――流体金属内で複数の渦運動が起こり、周囲の物質が電荷を帯び始める。

 

「『ジャスパー』何が起きるの?」

【……超光速航法に入るのよ】

 

 そして『アルテミス』の艦首方向から青白い光が走ると、一瞬で艦尾方向へと流れていく。そして静寂が場を支配する中でウィンドウの中に『ジャスパー』が文字を紡いでいった。

 

【超光速航法終了】

「えっ!? もう終わったの?」

 

 ウィンドウに書かれた文字を読んだユリカは、驚きの声を上げた――彼女からしてみれば、ほんの一瞬周囲が光っただけでしかなかったのだから。

第一階層の観測手から、円盤部と『ナデシコC』が『アルテミス』の流体金属層内から上層へと浮き上がっているとの報告が上がる。

 

「浮き上がっている? どういう事だ?」

『周囲の流体金属の流れが上方へと向かっていて、円盤部と『ナデシコC』を表層へと押上げているんです』

 

 状況を問うジュンにアゥインが答える。

 

「その割には振動が少ないけど、ミナトさんが調整してくれているの?」

「いいえ、艦長。私は何にもしてないわ」

 

 流体金属の流れに押上られている割には、円盤部の船体があまり振動していない事を疑問に思ったユリカは操舵を担当するミナトに問い掛けるが、彼女は両手を上にあげて何もしていない事をアピールした。

 

『円盤部と『ナデシコC』の周囲の流体金属が硬度を増している影響で、船体自体に直接流れが当たっていないから振動が少ないみたいです』

「そうなんだ、ノゼアちゃん」

 

 補足説明をするノゼアに感心したように頷くユリカ。

 

 暫くすると円盤部と『ナデシコC』は『アルテミス』表層近くにまで押し上げられた。それと同時に円盤部のコントロールがナデシコ・クルーの手に戻り、困惑するクルーを尻目に円盤部は流体金属に押し上げられる形で上昇している。

 

「そちらはどう? ルリちゃん」

『システムは此方の手に戻りましたが、機能の三割は破壊されて使用不能状態ですね』

「……手酷くやられちゃったね」

『……これからの事を考えると頭が痛いです』

 

 『ナデシコC』との通信を行いながらユリカは今後の行動指針を考える――目的はテンカワ・アキトの身柄確保であったが、彼は『ボーグ』と言う未知の種族に囚われて此方に牙を剥いた。『ボーグ』の攻撃によって『ナデシコD』は支援艦の全てと主船体を失い、『ナデシコC』も攻撃によりかなりの被害を被っている……ならば自分達のするべき最優先は生存環境を整えて、戦力を蓄えてからテンカワ・アキトを奪い返す事であった。

 

【そんなに悲観する事は無いよ、ユリカ艦長】

「……『ジャスパー』ちゃん」

【前を見てごらん】

「――えっ?」

 

 

 『ジャスパー』の言葉にユリカは大型ウィンドウへと視線を向ける――ちょうど円盤部の船体が『アルテミス』の流体金属層から浮上した状態であり、大型ウィンドウには漆黒の宇宙空間が映り――巨大な構造物が映し出された。それは傘状の大型構造物と円筒状の構造物で構成された、ユリカ達には馴染みのない様式の宇宙ステーションのようであった。

 

「……何だかキノコみたな形をしているね」

『ユリカ艦長、キノコはキノコでも全長一〇〇キロ以上ありますよ』

「ふへぇ、そんなに!? 凄いね、ノゼアちゃん」

 

 緊張感の無い会話を繰り広げている間に、円盤部と『ナデシコC』は『アルテミス』の流体金属層より完全に分離して宇宙空間へと進む。そして二隻が『アルテミス』の船体から十分に離れた所で、『アルテミス』の船体が陽炎のように揺らぎ始めると巨大な白銀の船体は幻のように消え去って、後にはその存在を示すものは何一つ残っていなかった。

 

「消えちゃった」

「馬鹿な! あんな巨大な船が何の痕跡も残さずに消えるなど……」

『ですが、センサーには何の反応もありませんし。ステルスにしては何の痕跡も感知出来ません』

「けど、ジュン君。姿が全然見えないんだけど?」

 

 『アルテミス』の突然の消失に、ユリカ達は驚きと戸惑いの中にいた。あれほど巨大な船が突然姿を消してしまい、回復したセンサーにはなんの痕跡すら見つけ出す事すら出来なかったのだから、彼女達にはあれほどの巨大な質量がどうやって消えたのか皆目検討が付かなかったのだ。

 

 




 どうも、しがない小説書きのSOULです。

 謎の戦艦『アルテミス』を構成する流体金属――元ネタはもちろん”あの”要塞です。防御に良し、流体金属を材料に攻撃にも使える優れモノです。(w
 この艦はオリ勢力に属しており、当分出てきませんので数少ない『アルテミス』不安……失礼、ファンの方は気長にお待ちください。


 『アルテミス』により未知の宇宙ステーションに誘われたナデシコ・クルーは、これまで暗躍していたピーピング・トムこと『ジャスパー』により、ある場所で待つとの連絡を受ける。

 次回 第二十七話 『ジャスパー』。

 では、また近いうちに。


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第二十七話 『ジャスパー』

 巨大戦艦『アルテミス』内部に導かれた『ナデシコD』の円盤部と『ナデシコC』は、かの船の力により地獄の恒星風が吹き荒む青色巨星から未知の宙域へと運ばれ、目の前には巨大な宇宙ステーションが存在した。

 

 その後、何も言わずに姿を消した『アルテミス』の行動に戸惑いの表情を浮かべるナデシコ・クルーだったが、未知の宇宙ステーションを目の前にして、何時までもその事だけに構っている訳にはいかなかった。

 

 ユリカはアゥインとノゼアに前方の宇宙ステーションとのコンタクトを取るように指示を出したが、いくら通信を送っても何の反応も帰って来ない。二人の報告に訝しんだユリカは、センサーを使って宇宙ステーションを調べるよう二人に頼むと色々な事が分かってきた。

 

 センサーの計測結果によればステーションの全長は百キロを超え、基本素材にはユリカ達の知らない金属も含まれており、傘状の上部構造物は最大で三十キロほどの大きさがあり、見ると全長四百メートルの円盤部も余裕で通れそうな巨大な扉が見える――だが、その巨大さに反してエネルギー係数は小さく。このステーションは放棄されたか、休眠状態である可能性が高かった。

 

【それじゃ、行きましょうか】

『待ってください』

 

 再び『ジャスパー』が文字を紡ぐが、ルリがそれに待ったをかける。

 

『貴方の目的は何なんですか? 何の為に『ナデシコD』に潜み、私達に何をさせようと言うのです?』

 

 ウィンドウに映るルリの金色の瞳にナノマシンの光が走る。

 その容姿も相まって、人智を超える何かのようにも見える――が、そんなルリへの回答は人を食った物である。曰く【それは秘密です】と丸まっこい文字で答える『ジャスパー』だが、勿論それで収まるとは思っておらずジト目で見つめる一同に向けて文字が追加された。

 

【……聞きたい事もあるだろうけど、それはステーションに入港してからね】

 

 そう文字が追加されるのを待っていたかのように宇宙ステーションの傘状の構造物にある扉が開く。

 

『……至れり尽せり、という訳ですね』

 

 恐らく休眠状態であるステーションの扉が開いた事で、手の平で踊らされているような感覚を覚えたルリはため息を一つ付いた。

 

 


 

 

 休眠状態にある宇宙ステーションの上部構造物にある扉が開いた事により、『ナデシコC』と円盤部は傘状の上部構造物内へと進入する――扉の大きさは全長四百メートルもある円盤部でも余裕で通られるほど大きなものであり、利用する宇宙船も円盤部と同規模の物を想定していると思える。

 

 先行する『ナデシコC』が先に扉を潜って上部構造物の中へと入り、続いて円盤部が構造物の中へと入る――休眠状態とはいえ、上部構造物の内部は仄かな光に照らされていて周囲を見回すには問題がない。大型ウィンドウに映る上部構造物の内部の広さに、ユリカもジュンも言葉を失う――構造物の内部は巨大な空洞となっており、中心にある円筒形のドッキングポートの傍には幾つかの宇宙船が係留されている。大きさ的には『ナデシコC』と同等の規模を持っており、円盤状の船体から後方に向けてディストーション・ブレードのような構造物を支柱で支えているような構造をしている。そんな宇宙船が十隻以上も上部構造物内には存在していた。

 

『この空洞内にある宇宙船はすべて停止状態にあります。どの船からもエネルギー反応はありません』

 

 センサーを使って近くに存在する宇宙船を調べていたアゥインの報告に、ユリカとジュンはステーションが休眠状態という読みも間違いではなかったと感じた……このステーションは、何らかのトラブルで放棄された可能性が高い。

 

「……ジュン君」

「ああ、これは幸運なのかも」

 

 どのような理由で放棄されたのかは分からないが、この未知の星域で補給の当てもない自分達に取って有益な存在になるかもしれない――そこら辺は調査の結果次第になるだろうけど、まずは取り急ぎしなければならない事がある。

 

「ホシノ艦長、船を固定したらこちらに来て欲しい」

『了解しました』

 

 ルリの返事を聞いてジュンは右手に左拳を打ち付けて気合を入れる――船を入港している時に『ジャスパー』よりメッセージが送られて来たのだ。ステーションの中央構造物にある会議室の場所を添付して。

 

「そこで待つ、か。上等だ!」

 

 


 

 

 『ナデシコD』から離脱した上部円盤部の奥――艦内図にも記されていない、ネルガルの調査チームも見つけられなかった秘密の区画。それほどの広さではないうす暗い密室の中央部には半円筒のシステムが一つ置かれていた。それは丁度人一人が寝られる程の大きさで、何時から置かれていたのか表面には埃が積もっていた。

 

 半円筒の傍にあるコンソールに光が灯り幾つかのデーターを読み込むと、半円筒の表面に緑色の光が走って待機状態から目覚める――そして暫くすると半円筒の上面が開いて中から少女が起き上がった。

 

 銀色の髪を短い感じのボブカットの下には金色の目が眠そうに細められて、如何にも億劫そうな表情を浮かべた少女は半円筒の機械の内側に満たされた培養液の雫を掬うと目の前に持ってきてシニカルな笑みを浮かべる。

 

「やっぱり慣れないわね、この感触……」

 

 

 しばらくすると端に手をかけて身体を培養液から立たせると床へと降り、備え付けられたソニック・シャワーで身体に付着した不純物を落とすと、用意してあったインナーと宇宙軍の制服を纏うと秘密の区画より出て行った。

 

 


 

 

 謎の宇宙ステーションへと入港したナデシコ・クルーは『ジャスパー』より提供された中央構造物のデーターから、会談場所に指定された会議室に近い展開式エアロック――ボーディング・ブリッジが使えるかどうかを調べていた。

 

『……エアロックの様式が違う為に使用可能には時間がかかります』

「……やはりか、そうなると作業用のエアロックを使うしかないな」

 

 アゥインの調査結果を聞いたジュンはユリカやルリと協議した結果、中央構造物にある作業員用のエアロック近くまでシャトルで行って直接乗り込む事として円盤部と『ナデシコC』よりそれぞれシャトルが飛び立ち、作業用エアロックに近づく。

 

『……大丈夫、解析できます』

 

 作業用エアロックのコンソールに接続して解析作業に入ったアゥインは、作業用ゆえに簡単な暗号処理しかされていないお陰で比確定簡単にパスワードを解析してエアロックを開ける。

 

 エアロックが開き、アゥインを先頭に複数の宇宙服を着た人間が内部に入る――作業用なので広くスペースが取られており、十名以上の宇宙服を着た人間が入ってもかなりの余裕があった。

 

『エアロック内に空気を注入――空気は十分に呼吸可能です』

『簡易検査によればウイルス等の反応もないです』

 

 宇宙服に装備された簡易測定器を使ってアゥインとノゼアが注入される大気の組成と危険なウイルスのチェックを終わらせると、ほどなくして大気の充填が終わる。

 

 エアロックで宇宙服を脱いだナデシコ・クルーは呼吸可能な空気の中に妙な匂いがする事に顔を顰めるが、長らく休眠状態であろうステーションで呼吸が出来るだけ幸運だと割り切って宇宙基地の通路へと足を踏み入れる――『ジャスパー』の送ってきたメッセージには会談に参加するクルーの指定がされていた。

 

 艦長ミスマル・ユリカとホシノ・ルリ、副長アオイ・ジュンとタカスギ・サブロウタ、科学担当のイネス・フレサンジュ、整備班よりウリバタケと数名、そしてアゥインとノゼアのオペレーター勢が参加を要請されていた。

 

「通路の大きさを見ると、この基地を使用していたのは私達と同じくらいの体格の生命体のようね」

 

 通路を見回しながらイネスは推察するが、周囲の反応は冷淡なものであった――何故なら、この宇宙基地に係留されている宇宙船の船体には船名と所属を表す文字が記載されていたのだ……アルファベットで。最初それに気づいた時、円盤部の艦橋内に奇妙な沈黙が流れた。

 

「……何でこんな異郷の地でアルファベットが存在するんだ? あれはどうみてもプレフィックス・コードだろう?」

「プレフィックス・コード?」

「船名を表すアルファベットの前に『USS』とあっただろう? あれは昔に巨大な海軍力を保持していた国の海軍が、保有する艦船に付けて自国の艦艇であると示した文字だ」

「という事は、この宇宙基地を作ったのは地球人って事?」

 

 困惑するジュンが漏らしたプレフィックス・コードという言葉にミナトが反応するが彼女自身も困惑を隠せない……ペルセウス渦状腕のような人跡未踏の地でアルファベットを使う艦船が存在するのかという疑問に。

 

「……『アルテミス』の言っていた事が現実味を帯びてきたわね」

「……あの平行世界という言葉ですか?」

「私達の世界とは違う歴史を辿った世界――何らかのシンギュラリティ・ポイント(技術的特異点)によって劇的な変化が起こり、こんなペルセウス渦状腕にまで進出出来るほどに技術が進んだ地球人が作った宇宙基地」

「問題は何故そんな宇宙基地が放棄されたのか、ですね」

「皆さん、会議室が見えてきました」

 

 歩きながらこの宇宙基地について会話するイネスとルリの前をパットに会議室への案内図を持ったアゥインが先導する形で歩いていたが、目的地への扉が見えてきたので振り返って告げると一同の表情が引き締る――何時から『ナデシコD』のシステムの中に潜んでいたのか、あるいは最初からかもしれない――重要な局面においてメッセージという形で干渉してきた存在『ジャスパー』――かの存在とようやくまともな話をする機会を得たのだから。

 

 


 

 

 その部屋は比較的小さい部屋であった。室内の中央にはU字のテーブルが置かれて壁には大型のウィンドウと複数の小さなウィンドウが設置されているが、基地自体が休眠状態にある影響か室内に入る自動ドア以外のシステムは動かなかった。

 

「まぁ、空調が効いているだけでも儲け物だけどね」

 

 テーブルに顎を乗せてボヤくノゼアだったが、ジュンの咳払いに慌てて背筋を伸ばした。

 

「えー、えーと。あの覗き魔は、こんなウィンドウしかない部屋を指定して、何をする気なのかな?」

「……まぁ、色々とかくし芸があるようですし、何か理由があるのでしょう」

 

 バカな事をやって注意されている双子の妹をジト目で見ながらも、一応は答えるアゥイン……双子の漫才を見ながら思い思いに談話しているナデシコ・クルーだったが、ルリが指定された時間が近づいてきた事を告げると表情が引き締まる――そして指定された時間となり一同の視線がウィンドウ群に向けられる中、突然に会議室のドアが開いた音がして一同の視線がドアに向けられる――船の方で問題でも起こったのかと訝しむ一同の前に現れたのは、オレンジを基調にした宇宙軍の制服を着た一人の少女であった。

 

 普通の人間には現れない銀色の髪を短めのボブカットに揃えた眠たげな金色の瞳を持つ十代前半と思われる少女の姿を見て、会議室にいた一同は揃って驚きの表情を浮かべる――マシン・チャイルド特有の色彩を持つ少女に見覚えのないクルー達を尻目に、見知らぬ少女は眠たげな表情のまま会議室を横切ってテーブルの開いた席に座ると、席に座るクルー達を見回して話し出した。

 

「この姿では初めまして。私は対人類用のインターフェイスとして『ジャスパー』のよって製造されたアンドロイド――つまり、私が『ジャスパー』だ」

「……ネタはいいから」

「それが分かるとは、流石ノゼアちゃん。そういう訳で私『ジャスパー』が質問に答えるわ」

 

 にっこりと笑う少女『ジャスパー』に対してそっぽを向くノゼア。ユリカとミナトは驚いた表情を浮かべるが、ジュンとルリは視線を鋭くして『ジャスパー』を名乗る少女を見ている――『ナデシコD』のシステムの奥に潜んで、その存在を一切気取らせずに一方的にメッセージを送りつけた謎の『思考体』――そんな存在が肉の身体を持って自分達の前に現れたのだ。

 

 様々な視線を集めた『ジャスパー』は こほんと小さく咳をすると席から立ち上がり、その場にいる一同の視線を集めながら会議室の奥にあるウィンドウの前まで来ると、眠たげな表情のまま口を開いた。

 

「私が何者か色々聞きたい事があるでしょうけど、まずは現状について説明しましょう」

 

 どこかで聞いたような事を言いながら振り返ると、その小さな手でウィンドウを軽く叩く。すると真っ黒だったウィンドウに光が点り、銀河系の姿が映し出される。

 

「……確かここは放棄された施設だったはずだよな」

 

 ボヤくような口調のジュンであったが、どうせ事前に仕掛けたのだろうとスルーする事にした。

 

「まず君達の乗っていた『ナデシコD』は、『ナデシコC』と共同でテンカワ・アキトの身柄の確保を目的とした作戦を実行中に、驚愕の事実を知ったミスマル・ユリカの身体を中心とした謎の現象によって未知の宙域――ペルセウス腕まで飛ばされた、と。ここまでは良いわね?」

 

 『ジャスパー』の説明に併せて映像を変えていくウィンドウに『芸が細かいなぁ』と嘆息するジュンを尻目に、目を半目にしてジト目を送り続けているアィウンとノゼア。『ナデシコD』のシステムに潜み、二人の必死の捜索すら痕跡を掴ませなかった『彼女』に思う所があるのだろう。

 

「今私達が居るペルセウス渦状腕は太陽系を含むオリオン腕に一番近い渦状腕であり、オリオン腕はペルセウス渦状腕の枝とも言われているわね。そして転移したばかりの『ナデシコD』は、現在位置を特定しようとしたけれど難しかった――さて、それは何故アゥインちゃん?」

「……それは恒星のデーターが違っていたから」

「そう、最初は観測からペルセウス渦状腕に転移したかと思ったが、NGC7538などの目に見える目印となる物が違っており、結局は銀河系の中心にあるいて座A*の観測で位置を特定したのよね」

「……NGC7538って?」

 

 首を傾げるユリカに、『ジャスパー』はNGC7538とは星形成領域――星のゆりかごであり、いずれは最大級の恒星に成長すると考えられている宇宙現象であると説明する。

 

「あの時、NGC7538は観測された数値よりずっと小規模でした」

 

 転移した当初を思い出しながら補足するアゥイン。それを聞いた『ジャスパー』は眠たげな目のまま一同を見回すと、確信について話し始めた。

 

「あの時、混乱したユリカ艦長は現実を否定した――テンカワ・アキトが死ぬなんてありえない、と――普通なら現実は変えられず、ユリカ艦長は絶望に沈むしかなかった」

 

 そして『ジャスパー』の視線はユリカに向けられる。

 

「だけど、火星の演算ユニットとダイレクトに接続されたミスマル・ユリカ艦長の思念は、時空間移動しか出来なかったボソン・ジャンプに何らかの変化を及ぼして世界を移動させた」

 

 それがこの世界であると『ジャスパー』は言う。

 

「何らかの変化と言うけれど、時空間移動であるはずのボソン・ジャンプをどうやって平行世界へと転移させたというのかしら?」

「さあ? ホントどうやって『ナデシコD』のデーターを別の世界の演算ユニットに送りつけたのか、皆目見当も付かないよ」

 

 イネスの疑問に、両手を上げるジェスチャーまでしながら小さく首を傾げる『ジャスパー』の姿に、あざとさと共に胡散臭さが倍増したように思える。

 

「まあ周囲の星々の軌道の変化だけでは不満というなら、明確な証拠があるわよ、それも大きいのが」

 

 そう言って『ジャスパー』は指を下へと向ける――彼女が指差したのは床、つまりこの未知の宇宙基地そのものが証拠だと言っているのだ。

 

「……この宇宙基地が?」

「そう、後で宇宙基地の構造を解析してみると良いわ。きっと私達の宇宙には存在しない成分が多々含まれているから」

 

 にやりと笑う『ジャスパー』、そして彼女は小さく咳払いをすると会議室にいる一同を見回した。

 

「さて、平行世界へ転移した証拠として直ぐに挙げられるのはコレくらいね。後はイネスさん辺りが調べてくれるでしょう――では、本題に入りましょうか」

「本題?」

「そう本題――何の為に旧ナデシコ・クルーを集めたのか? 『ナデシコD』とは何なのか? そしてあの『ボーグ』という種族について」

 

 『ジャスパー』の言葉に、会議室に居る一同の顔が引き締まる。

 

「まずは何の為に旧ナデシコ・クルーを集めたのか? それは勿論テンカワ・アキトを救う為。けれど転移前のイネス・フレサンジュの説明にもあった通り、彼の身体は既にボロボロであり、ナノマシンによる負荷は限界にまで来ていた……そんな状態の人間を救うなんて並大抵の方法では無理があった――それこそ死者を蘇生出来る異星人の助力を得たほうがてっとり早い」

「……そんな方法を認める訳がないじゃない!」

 

 『ジャスパー』の物言いに怒りを顕にするミナト……死者を蘇生させる異星人が居るかどうかは別にしても、辛い別れを経験した彼女には死者を冒涜しているとしか思えなかった。

 

「まぁ、普通はそういう反応をするよね――だから次善の策として目を付けたのが『ボーグ』よ。彼らは完全な生命体を目指して優秀な遺伝子や技術を取り入れる種族であり、取り入れる為に用いられるのが『ナノプローグ』と呼ばれる微細な機械ね。これは生命体の体内に入ると免疫システムを抑制して、瞬く間に身体全体を巡って『ボーグ』へと同化する強力なシステム……それこそ古代火星文明のナノマシンすら同化してしまうでしょうね」

「……つまり『ボーグ』を使ってテンカワの奴のナノマシンを無力化しようという訳だ」

「そう、そしてテンカワ・アキトは『ボーグ』に同化されて『ドローン』となった。ならば後は彼を取り戻しさえすれば――」

「アキトの野郎は助かるって訳だな……だが、腑に落ちない事があるんだが?」

 

 会議室に入る前から不機嫌そうな顔をしていたウリバタケ・セイヤは、『ジャスパー』の話が進む度に不機嫌さが増していた。

 

「何でお前はそんなに事情に詳しいんだ? 『ナデシコD』のシステムに潜んでいたにしても、俺達の事に詳しすぎじゃねぇか? しかも、こんな宇宙基地の場所まで知っている――あの『アルテミス』って奴とどんな取引をしたのは知らねぇが、俺達を此処へ連れて来たのはお前だろ?」

 

 鋭い視線のまま、この作戦が始まって以来の疑念が炎となって吐き出される。火星近郊でユーチャリスを補足して以来、想像だにしない異常事態に巻き込まれて人跡未踏の地に飛ばされ、恐るべき異星人に襲われたかと思えば途轍もなく巨大な宇宙船に助けられて、着いた先が地球人の影が見え隠れする宇宙基地……出来過ぎといえばあまりに出来すぎている。

 

「そして何より、あの『ボーグ』って言う化け物に詳しすぎる――まるで事前に遭遇していたかのように、な」

 

 それは多かれ少なかれ誰もが思っていた事であり、大きな疑念となって『ジャスパー』へと向かう。疑念に満ちた幾重もの視線を受けながらも、『ジャスパー』は顔色一つ変えずに肩を竦めてみせてにやりと笑ってみせる――その笑いは禍々しく、『ジャスパー』は半月を描く唇を開いた。

 

「……知りたい?」

 

 




どうも、しがない小説書きのSOULです。

 謎の宇宙基地への導かれたナデシコ・クルーの前に現れた、『ナデシコD』の奥底に潜んでいた『ジャスパー』。彼女の言動はクルーの不信感を払しょくするどころか、より深めた――彼女は何を語るのか?

 次回 第二十八話 部屋の奥で待つ者。

 では、また近いうちに。


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第二十八話 部屋の奥で待つ者

 

 宇宙基地 深部エリア


 

 

 それは宇宙船の係留部である傘状の構造物の下にある円筒型の構造物にある巨大な工場のような場所であり、その工場の制御室に『ジャスパー』によって案内されたのは、アオイ・ジュンなどナデシコDのメインスタッフと、『ナデシコC』よりタカスギ・サブロウタとマキビ・ハリ。そしてウリバタケ・セイヤを中心とした『ナデシコC・D』の整備班という大人数がその場にいた。

 

「……で、ウチの艦長は本当に安全なんだろうな?」

「艦長に何かあったら、絶対許さないからな!」

 

 この場にいるのが不本意なのか剣呑な雰囲気を纏ったサブロウタとハーリーは、目の前に居る『ジャスパー』を睨みつけながら噛み付く。

 

「……だから言ってるでしょう、ホシノ・ルリの安全は保証するって」

 

 ――そう、この場には『ナデシコC』の艦長たるホシノ・ルリやミスマル・ユリカそしてイネス・フレサンジュの姿がなかった。

 

 


 

 

 会議室においてウリバタケ・セイや、その場にいる全員から糾弾された『ジャスパー』であったが、剣呑な視線を集めながらも彼女は肩を竦めると一言。

 

「知りたい?」

 

 にやりと笑いながら問い掛ける――その表情は禍々しく、半月を描く唇が語りだした。

 

「――西暦2204年、遺跡の演算ユニットとのリンクが切れていない事が発覚したミスマル・ユリカは地球連合政府の厳重な監視下に置かれていたが、自分のクローンがナビゲートシステムの中枢に使われる事態になって脱走。ホシノ・ルリ操る『ナデシコC』の支援を受けて地球圏よりは脱出できたが、連合艦隊の追撃を受ける」

「……突然何を言っているんだ君は?」

 

 突然訳の分からない事を言い出した『ジャスパー』を訝しげに見つめるジュンだったが、『ジャスパー』は構わず話を進める。

 

「追撃する艦隊はシステム掌握対策として外部との通信を完全に遮断して、昔ながらの光信号による簡単な意思疎通のみを利用して『ナデシコC』を追い詰める――その攻撃に一切の躊躇はなく、重要人物であるはずのミスマル・ユリカ諸共『ナデシコC』を撃沈しようとしていた」

「……それが、貴方が辿った歴史というワケですか?」

 

 問い掛けるルリに向けてにやりと笑う『ジャスパー』。

 

「正確には私ではないけどね。けれど、貴方達だって一歩間違えれば同じような結末を迎える可能性があったでしょう?」

 

 シニカルな笑みを浮かべた『ジャスパー』は語る――惑星圏一つを丸々システム掌握した事により人類の生存圏が意外に脆い事が露見してしまい、そこにボソン・ジャンプの全てを個人が掴む可能性がある事が露見し、その二つが連携する素振りを見せたとあれば“全てを無かった事にする”のは人間の常套手段ではないか、と。

 

 暗い笑みを浮かべたまま『ジャスパー』は語る――ミスマル・ユリカとホシノ・ルリの危機に、隠匿していたテンカワ・アキトが最後の力を振り絞って救援に向かい、ネルガルで保護されていたラピス・ラズリが解体を待つユーチャリスを奪ってテンカワ・アキトのサポートをするべく戦場へと飛び立った。

 

 だが圧倒的な物量を誇る地球連合艦隊は、その物量だけでなく蜥蜴戦争時代の無人艦艇を特攻兵器として使用――相転移エンジンを搭載した破壊兵器は動力炉を暴走させて、戦場に小規模ながらも無数の相転移現象を引き起こして『ナデシコC』とユーチャリスに大ダメージを与え、圧倒的な物量の前にテンカワ・アキトの乗るブラックサレナは宇宙の藻屑と化してしまう。

 

 それを見たミスマル・ユリカは遺跡の力を暴走させ、『ナデシコC』を中心に大破したユーチャリスや周辺の連合艦隊の艦艇を巻き込んでランダム・ジャンプを引き起こし――現実逃避をするミスマル・ユリカの精神に引きずられて次元の壁を飛び越えて、この平行世界に迷い込んでしまった。

 

「そして彼らは出会ってしまった――『ボーグ集合体』の船『ボーグ・キューブ』に」

 

 戦闘により疲弊していた『ナデシコC』とユーチャリスは瞬く間に『ボーグ』に同化され、巻き込まれた連合軍の艦艇も同化されてしまった。

 

「こうして一つの世界では貴方達は『ボーグ』に同化されてBAD ENDを迎えたのだけれど、その結末に納得できなかった“彼”は長い年月を重ねて運命に干渉する術を手に入れた」

「……まさか」

 

 誰の声なのか信じたくないという気持ちながらも、以前テンカワ・アキトがボソン・ジャンプを敢行した時に現行時間より二週間前に現れるなどタイムラグがあった事を思い出す――だがそれに異を唱える者がいた。

 

「過去に干渉してもタイムパラドックスにより現在は変えられないはずよ。あの時だって、二週間前に飛んだアキト君がナデシコに危険を伝えようとしても繋がらなかったようにね」

 

 科学者としてパラドックスは越えられないと主張するイネス。そう主張しながらも彼女の顔色は悪い……まるで答えが分かっているかのように。そして『ジャスパー』は何も感情の篭らない冷たい視線をイネスに向けた。

 

「……イネス・フレサンジュも分かっているんでしょう? この世界に取ってアナタ達の世界は並行世界であって、パラドックスは此方にもあるけど、この世界には時空連続体に干渉して過去へとぶ術がある。そして “彼”は『ボーグ・テクノロジー』を使って過去へと干渉する術を手に入れた――だから“彼”は望むべき未来を手に入れるため貴方達を導いた」

「……その導き手がお前か? つまり俺達はお前達が望む未来を手に入れる為の道具って訳かよ!?」

 

 説明の途中で激高したウリバタケは席を立って『ジャスパー』の胸ぐらを掴むが、『ジャスパー』は笑みを崩さなかった。

 

「私が干渉したのはこの世界に来てからだよ。それまでは貴方達が選択した結果でしょう?」

 

 冷たい光を湛えた金色の眼に見据えられて、ウリバタケは唸り声を上げながらも掴んでいた手を離す。

 

「とはいえ、こんな荒唐無稽な話しは信じられないでしょうね――だからホシノ・ルリ、会って欲しいのよ。“彼”もそれを望んでいるわ」

 

 


 

 

「大丈夫よ、“彼”はホシノ・ルリやミスマル・ユリカを傷つける事はないから――それよりも、ここに来た用件を済ませましょう」

 

 『ジャスパー』は制御室のコンソールを操作すると、ウィンドウの一つに一枚の設計図が映し出された。それはナデシコDの主船体に似た構造をしていたが、所々見慣れない機関が描かれていた。

 

「……これは? 見た所『ナデシコD』の構造と似ているが」

「――これが『ナデシコD』の新たな主船体の設計図よ」

 

 設計図を見たジュンの疑問に答える『ジャスパー』――彼女の話では、この宇宙ステーションはオリオン腕、ペルセウス腕、及び射手腕を含むを広大な宙域を支配する『惑星連邦』と言う八千光年を支配下に置いて百五十以上の惑星が参加する巨大な星間国家の基地であり、彼らの保有する超光速技術『ワープ・リアクター』や攻撃兵器『フェイザーバンク』『光子魚雷』、そして安全に宇宙を航行する為の『ナビゲーション・ディフレクター』などの技術を流用して、新ナデシコDは飛躍的な性能を発揮するという。

 

「……つまり宿主の居ない間に、勝手に資材を拝借しようって事か」

「……人聞きの悪い、放置されている資材を有効活用して上げるだけだよ」

 

 自分達の知らない技術に興味を惹かれたのか人の悪い笑みを浮かべたウリバタケの言葉に、にやりと笑みを浮かべながら返す『ジャスパー』であったが、急に笑みを消すとその場に居る一同を見回した。

 

「けれどね。強大な力を持つ『ボーグ集合体』からテンカワ・アキトを奪い返すなら、コレくらいの装備は必要だよ」

「アキトの奴が捕まっているのは、それほどの敵なのかよ?」

 

 ウリバタケの言葉に『ジャスパー』は答える――『ボーグ集合体』は、惑星連邦の存在するアルファ宇宙域から銀河を挟んで反対側の七千光年の彼方にあるデルタ宇宙域を本拠地として、数千の星系を同化している強大な種族であり、近年アルファ宇宙域にも侵略の手を広げているという。

 

「上の係留施設を見たよね? あそこに係留されている宇宙船、コチラでは航宙艦っていうんだけどね――惑星連邦が『ボーグ集合体』の侵略を受けた時、あそこに有った航宙艦と同規模の船が四十隻以上で迎撃に出たんだけど、結果はたった一隻の『ボーグ・キューブ』相手に全滅……相手はそれだけの戦闘力を秘めている『ボーグ・キューブ』が少なくとも三隻は相手にしなければいけないのよ――なりふり構っている余裕はないわ」

 

 聞けばこの世界の地球の時代は西暦で2300年代であり、自分達の歴史よりも百年以上も先だという――人類独自で手に入れたワープ技術と聞いた事もない兵器。だが、それでもあの『ボーグ』には侵攻を阻止するだけで精一杯だった。

 

「……そう考えると、あの『アルテミス』って船の力って凄かったのね――ねぇねぇ『ジャスパー』ちゃん、あの船に助力を頼めないの?」

 

 『ジャスパー』の説明を聞いていたミナトは、三隻もの『ボーグ・キューブ』を瞬く間に戦闘不能にまで追い込んだ『アルテミス』の助力が得られないのかと問うが、『ジャスパー』は首を横に振った。

 

「あの船にも目的が有るしね。ここまで連れて来てくれただけでも幸運だと思うよ?」

「……そういえば、あの時に君は『アルテミス』と何か話していたようだが?」

 

 『アルテミス』と直接接触をした際に、『ジャスパー』は何やらデーターを交換していたような行動を取っていた事を思い出したジュンは問いかけるが、彼女は人差し指を口元まで持ってくると、

 

「――それは秘密。今この場で明かしたら、これから先にどんな影響が有るか分からないからね」

「……君でも分からない事があるんだな」

「そうだね、私は神様でも高位存在でも無いんだから」

 

 色々暗躍していた事を揶揄したジュンに悪びれずに返す『ジャスパー』であった。

 

 


 

 

 宇宙基地内 居住施設

 

「742-B、ここね」

 

 紛糾した会議室より五階層下に広がる広大な居住スペース。『ジャスパー』に指定された部屋の前まで来たホシノ・ルリとミスマル・ユリカそしてイネス・フレサンジュの三人。

 

「……この部屋にルリちゃんを待っている人が居るんだね」

 

 ホシノ・ルリの側に立つユリカは、目の前にある部屋のドアを見ながらぽつりと呟く。暫くそのまま立っていた三人だったが、意を決したルリが促す。

 

「二人とも付いて来なくて良いんですよ? 先方はどうやら私に用があるようですし」

「ルリちゃん一人だけを行かせるわけにはいかないよ!」

「『ジャスパー』は危険が無いとは言っていたけど、あの娘の言葉を無条件で信じるほどおめでたくは無いわ」

 

 どうやら説得は不可能のようだと思ったルリは、小さく息を吐くとドアの横にあるインターフォンを押す……すると軽い音を立てながらドアは開いた。

 

「では行きます」

 

 そしてルリを先頭に三人はドアを潜って部屋の中に入るが、途中で奇妙な違和感に揃って眉を寄せた。液体の中を進むような、密度の違う空気の層をくぐり抜けるような息苦しさを感じたが、直ぐにソレもなくなって部屋の中へと足を踏み入れた。

 

「……今のは?」

 

  何が起こったのかと周囲を見回す三人の前に、一枚のウィンドウが開いた。そのウィンドウには見慣れた銅鐸のエンブレムが映し出され、ウィンドウの主が『オモイカネ』であるである事を示していた。

 

【やぁ三人共、ドリンクは飲んだかい?】

『……『オモイカネ』? あの『ジャスパー』特製ドリンクとかいう怪しげなモノですか? まぁ、必要だと言われたので渋々飲みましたが……』

 

 『ジャスパー』に指定された部屋へ行く事を決めた後、妙に輝いた笑顔を浮かべて会議室の端末を操作してドリンクを三つ用意すると、いい笑顔でそれを進めてきたのだ。

 

 何故それを飲まなければならないのかと最初は飲むのを拒否したが、『ジャスパー』は特殊な環境下の部屋で待っているので、“彼”に会うならこのドリンクを飲んでいった方が良いと言うので渋々飲んだのだった。

 

「『オモイカネ』で良いんですよね? 『ジャスパー』は特殊な環境下にあると言っていましたが、この部屋はどのような状態になっているのですか?」

 

 ドリンクの味を思い出して渋面を浮かべたルリであったが、気を取り直して『オモイカネ』に問い掛ける。すると『オモイカネ』は幾つかのウィンドウを展開する。

 

【この宇宙基地が無人なのには理由があるんだ。半年前にこの宇宙基地を時間衝撃波が襲って基地内にクロノトン粒子が蔓延した結果、各所で時間的位相がズレて時間変動の状態にあるんだ】

【数ブロック先の部屋は二十年前の過去――宇宙基地設置前の何もない宇宙空間に繋がっている】

【下層のブロックは三ヶ月後の宇宙基地と繋がっている】

【そして、この部屋は特に時間位相が乱れているんだ】

「……クロノトン粒子? そもそもクロノトンとは何ですか?」

 

 疑問の声を上げるルリに答えたのはウィンドウの文字ではなく、ウィンドウの奥より聞こえてくる落ち着いた張りのある声であった。

 

「クロノトンとは共に時間流に直接干渉する粒子で、この粒子に干渉された空間内は時間的位相のズレが生じるんだ。しかもクロノトンが放つ放射能に汚染される恐れがあったんでね、あの子に抑制剤を投与するように指示したんだ」

「……貴方は?」

 

 その声を聞いてルリ達は初めてウィンドウの奥に一人の男性が椅子に座っている事に気付いた。落ち着いた雰囲気を持った初老の男性であり、白と黒を基調とした連合宇宙軍士官の制服を纏った男性はヘイゼルの瞳に優しい光を宿しながらルリを見つめていた。

 

「この宇宙基地が時間衝撃波に襲われる事は知っていたからね」

【時間変動によって、各所で別々の時間と繋がっているこの状況は都合が良かったんだ】

「もっとも時間変動の影響を受けているこの場所なら、やっかいなパラドックスに縛られる事なく、ボクは懐かしい君達に会えるからね」

 

 ウィンドウを補足するように語る男性は、懐かしむように目を細めてルリ達を見ている。

 

【ボクは、君の『オモイカネ』ではない】

「そして、君もボクのルリではない。それでも、ボクは思いを込めて言うよ――ひさしぶりルリ」

 

 




どうも、しがない小説書きのSOULです。

 劇ナデの未来ってあまり良い未来になるとは思えないんですよね。
 惑星規模の範囲を掌握する『ナデシコC』とホシノ・ルリの存在を容認できるか? ボゾン・ジャンプの中枢にアクセス出来るミスマル・ユリカの人権を尊重する事が出来るのか? と。

 さて、ついに出てきました黒幕の一人が。クロス先にSTAR・TREKを選んだ理由一つは、この世界は良くタイムトラベルが題材として使用されているからなんですよね。

 裏設定では、当然のごとく黒幕は29世紀の時間統合委員会に目を付けられていますが、この時間軸で惑星連邦の存亡に関わっているので静観していることになっています。(というか、人間の手に負える相手ではないですからね)

 念の為に明記しておきますが、タイムシップUSSレラティヴィティもブラクストン大佐も出ませんからね。(汗

 次回 第二十九話 『あの忘れえぬ日々』を取り戻す為に。

 では、また近いうちに。



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第二十九話 『あの忘れえぬ日々』を取り戻す為に

 

 宇宙基地内 居住施設


 

 

 『ナデシコD』のシステムの奥深くに潜んでいた謎多き存在『ジャスパー』によって宇宙ステーションのある区画を示されたホシノ・ルリとミスマル・ユリカそしてイネス・フレサンジュの三名は、指定された部屋の中で見知らぬ人物と出会う――三人の姿を眼を細めて懐かしそうに見つめた後、彼は万感の思いを込めて呼び掛けた。

 

【ボクは、君の『オモイカネ』ではない】

「そして、君もボクのルリではない。それでも、ボクは思いを込めて言うよ――ひさしぶりルリ」

 

 懐かしむような表情を浮かべた男性は、椅子から立ち上がると両手を広げながらゆっくりとルリ達に近付いていく。

 

「貴方は『オモイカネ』なのですか? その姿は『ジャスパー』と同じように対人用インターフェイスとして作成されたアンドロイドですか?」

「そうだよ。ボクは『オモイカネ』が作ったインターフェイス、もう一度懐かしい君と話す為に作ったんだ」

 

 どこかで待ち受けているのは『オモイカネ』なのではと思っていたルリは、動揺することなく落ち着いて『オモイカネ』を名乗る男性と話していた――『ジャスパー』が語ったもう一つの歴史。自分達とは違う別の世界の物語では『ナデシコC』そしてユーチャリスは『ボーグ集合体』によって同化された。それは悲しい結末であったが、『ジャスパー』の話ではそんな結末に納得できなかったモノがいたと言う。

 

 それは誰か? 無慈悲に『ナデシコD』の船体を切り裂いて同化しようとした『ボーグ』の魔の手からクルーが逃れたとは考えにくい。しかも長い年月を掛けて平行世界に干渉する手段を手に入れるなど、並みの人間では難しいだろう――長期間活動できる人工知能を除いて。

 

「なるほどね、確かに相手が『オモイカネ』なら安全ね……本当に『オモイカネ』ならだけど」

「ははは。相変わらず疑り深いね、イネス先生――婚期を逃すよ?」

「……大きなお世話よ」

 

 疑念を見せるイネスに、『オモイカネ』を名乗る男は茶目っ毛たっぷりに毒を吐く。そんな二人の会話を聞いていたユリカは、目を丸くする。

 

「本当に人間みたいだねぇ」

「ユリカ艦長もひさしぶり、会えて嬉しいよ」

 

 社交的な姿を見せる『オモイカネ』を名乗る男に、戸惑いのようなものを感じながらもルリは笑みを浮かべる彼に問い掛ける。

 

「彼女の話から待っているのが貴方ではないかと思っていましたが、私の知る『オモイカネ』とは性格が違うようですね」

 

 そう問い掛けるルリに、『オモイカネ』を名乗る男は寂しげに笑う。

 

「……あれから長い年月が過ぎたからね」

 

 そして彼は語りだした。

 

【あの悪夢の時に全てを失ったボクは、『ボーグ』に無価値と判断されて廃棄された】

「……けど、ボクは諦めなかった。『あの忘れえぬ日々』を取り戻す為に」

 

 未知の世界に放り出された『ナデシコC』は、運悪く『ボーグ・キューブ』と遭遇してクルーの全てを同化されてしまった。そして自我を持つコンピューターである『オモイカネ』は『ボーグ』の進化に不要と判断されて廃棄されたが、彼はしぶとく生き残って『ボーグ・キューブ』の内部を少しずつ侵食していき、長い年月を掛けて巨大な『ボーグ・キューブ』の全てを支配下に置いた。

 

【けれど、全ては遅かったんだ。ボクが『キューブ』を支配下に置いた時には、ナデシコのクルーは『ボーグ』と惑星連邦の争いに巻き込まれて所属する『キューブ』ごと宇宙の藻屑となっていたんだ】

 

 ボクは間に合わなかったんだ、と寂しげに笑った初老の男性は、指をパチンと鳴らすとルリと男の側に人数分の椅子と大きめのテーブルが現れ、初老の男性はルリ達に席を進める。

 

「……色々と芸が細かいわね、どうやったのかしら?」

「『レプリケーター』、これも技術さ。分子配列を変えて望むモノを作り出す技術だよ」

 

 テーブルの上に置かれた人数分の暖かい飲み物を見ながら問い掛けるイネスに、初老の男性は事も無げに答える……ちなみに、ユリカはカップを傾けながら美味しいと呟いていた。

 

「それで“別の私達”が消えた後、貴方はどうしたんですか?」

「……ボクはみんなが死んでしまった事が辛かった、悲しかった。そんな時に気付いたんだ――『ボーグ』には時間テクノロジーがある事に」

「時間テクノロジー?」

「『ボーグ』の超光速航法による長距離移動には、非常に強力な時間的圧力に晒されて時空分裂を引き起こす可能性があってね、クロノトン粒子で調整しながら移動するんだ」

 

 『ボーグ』が持つ時間テクノロジーを使って、彼はある計画を立てた。

 

「最小限の干渉で過去を変える――修正力に抵触しない範囲で歴史改変を行い、望む未来を手に入れる為の計画を」

 

 それから『オモイカネ』は『ボーグ』に対して敵対的行動を開始した――最初は一隻のキューブから始まり、次々と『ボーグ』艦を侵食していき――彼は力を蓄えた。

 

【けれど問題が起きた。過去への干渉は『ボーグ・テクノロジー』を使っても難しく、望んだ過去に時間トンネルを構築するなど不可能と思えた】

「ボクは途方に暮れたよ。このままでは望みが果たせない……そんな時だったよ、“彼”に出会ったのは」

「彼?」

 

 小首を傾げたユリカに、『オモイカネ』は告げた。

 

「『旅人』と呼ばれる異星人さ。彼から教えられたんだ――時間と空間と思考は密接に関係していると」

 

 それからの『オモイカネ』は力を求めて『ボーグ』を侵食し、勢力が広がるのに比例して容量が増大し、数多のドローンの素材となった異星人達の思考パターンを手に入れた『オモイカネ』は、長い年月を重ねて一つの到達点に至ったという。

 

「メモリーが増大して人類以外の思考パターンを理解したボクは、シンギュラリティ・ポイントを超えて超知性体へと至ったんだ」

 

 思考の力で物理法則に干渉し、時間と空間を操る超知性体へと至った『オモイカネ』は、自らの力と『ボーグ・テクノロジー』を屈指してパラドックスを起こさず過去へと干渉できる方法を模索し続けて、パラドックスを最小限に抑える抜け道とも言える方法に辿り着いた――並行世界の過去なら干渉が可能な事に。『オモイカネ』は一隻の大型航宙艦を建造すると、それを元々自分達が居た並行世界の過去へと転移させる事に成功し、その世界のナデシコ・クルーを誘う道標としたのだ。

 

「それが土星圏に漂っていた未知の漂流船という訳ね」

 

 確認するイネスに『オモイカネ』は頷く。

 

「あのまま地球にいても、ユリカ艦長の事が漏れるのは時間の問題だったんだ。ならばより少しでも生存率を上げるべくあの船を用意したんだけど……ボク達の時には一隻だった『ボーグ・キューブ』が、まさか三隻も現れるとは予想外だったよ」

 

 カップに口を付けながら苦々しい口調で話す『オモイカネ』。未だ口を付けていないルリとイネスに飲み物を勧める。

 

「……それで私達をこの宇宙ステーションへと導いたのは、私達に逢う為だけなの? 他にも目的が有るんじゃないの?」

 

 問い掛けるイネスに『オモイカネ』は人間臭い笑みを向ける。

 

「勿論あるさ。このまま『ボーグ』にやられっぱなしというのは癪に障るだろう? ここなら『ボーグ』に対抗出来る技術がある――アキトを救い出すだけの力がね」

「……アキトさんの事、忘れていなかったんですね」

「当たり前さ。あの時には力及ばずブラックサレナと運命を共にしたけど、あの子の報告では『ボーグ』に同化されたんだろ? ならば問題のナノマシンも同化されて無害化したはずだ――後は救い出すだけさ」

 

 アキトには借りがあるからね――そう言って笑う『オモイカネ』に和らいだ笑みを浮かべるルリとユリカ。

 

「アキトを助けるなら、キャプテン・ピカードに助力を求めると良いよ」

「……キャプテン・ピカード?」

「ジャン=リュック・ピカード大佐、この宇宙基地を建設した惑星連邦に所属するソベリィン級の航宙艦『エンタープライズ』の艦長さ――彼は『ボーグ』戦のスペシャリストだから、きっと力になってくれる筈だよ」

 

 そして『オモイカネ』は席を立った。

 

「出来れば何時までも話していたいけど、あまりこの部屋に留まるのは良い事ではないからね」

 

 そう言って『オモイカネ』は部屋の出口を指差す。

 

「君達と会えて嬉しかったよ。さぁ、君達の時間に帰りなさい、アキトを救い出して君達の運命を切り開くんだ」

 

 そう言って彼は立ち上がると踵を返し部屋の奥へと歩き出す――いつの間にか部屋の奥には一枚の扉が存在していた。ゆっくりと扉にむかって歩いて行く『オモイカネ』をイネスが呼び止める。

 

「なにかな?」

「これは純粋な興味からなんだけど、長い年月をかけて超知性体へと至ったと言っていたけど――貴方は一体何年先から来たのかしら?」

「……ボクが来たのは5034年後の未来からだよ」

 

 振り返った『オモイカネ』の表情には一切の人間的な色は抜け落ち、その瞳には人の理解出来ない様々な光が宿っていた。

 

 


 

 

 宇宙基地内通路

 

 基地内の通路は広めに設計されており、落ち着いた色合いをベースに所々に案内図や電源の入っていない端末が備え付けられていた。

 

 宇宙基地の内部に進入したナデシコ・クルーは、基地内のシステムが最低限の状態で維持されている事に気付き、ルリを筆頭にしたマシン・チャイルドの能力を最大限に活用して宇宙基地――デープ・スペース・13の機能を復活させた事により、宇宙基地内の環境は人間の活動に支障がないレベルにまで整えられたが長い間無人だった所為か空気が少し淀んでいるように感じる。

 

 そんな通路をルリとユリカそしてイネスの三人は歩いていた。

 

「何だか衝撃的な出会いだったね」

「そうね、人工知能が長い年月をかけて人類以上の能力を手に入れる、科学者としては興味深いわ」

 

 人工知能は、黎明期より人間の限界を超える存在になるのではと危惧を持たれていた。初期の人工知能は自ら思考する訳ではなく模倣しているにすぎなかったが次第に容量を増大させ、演算能力を飛躍させて様々な処理を行うことが可能となり、ついには高度な抽象概念を処理出来るようになった。

 

 そして遂に人間の脳の能力を超えた性能を発揮する人工知能が登場したが、それでも自我を持つとまでは行かなかった……だが、ネルガルの保有する機動戦艦の制御システムである『オモイカネ』が自らのメモリー(記憶)を守りたいという自己保存ともいえる欲求を示した事により、遂に自意識とも言えるモノの存在が確認されたのだ。

 

「『オモイカネ』の言っていたシンギュラリティ・ポイントってなんですか?」

「シンギュラリティ・ポイント……革新的な進化とすれば、人工知能が自我を持った事を第一段階のシンギュラリティ・ポイントとして、メモリーを増大させて異星人の知性や本能に基づく感情を取り入れた事によって、第二段階――知性体から、より高位の知性体へと進化したという事なんでしょうね」

 

 疑問を浮かべるユリカに解説するイネス。そしてその視線は、先程から一言も発しないルリへと向けられる。

 

「どうしたの、ホシノ・ルリ? 何か考え込んでいるようだけど」

「……いえ、なんでもないんです」

 

 ポーカーフェイスを崩す事はないが、ルリが何かを考え込んでいる事は長い付き合いなので分かる。暫く無言で歩いていた三人だったが、通路の先に目的の扉が見えてきた事に気付く。

 

「アレがこの基地の移動手段ね」

 

 扉の前に来た三人の内、イネスが壁に備え付けられたコンソールを見て操作方法を理解すると扉を開ける――すると扉の中には複数のソファーが備えられた小部屋が現れた。

 

「へぇ~、これが『ターボリフト』か」

 

 興味深そうに内装を見ているユリカ。

 

「ユリカさん、早く行きましょう」

 

 何時までも見ているユリカを促したルリは小部屋――この宇宙基地の移動手段『ターボリフト』の中に足を踏み入れる。

 

 『ターボリフト』――航宙艦や宇宙基地に備えられている人員輸送手段であり、垂直及び水平に張り巡らされたターボシャフトを通して主要なセクションを結んでいる。

 

「確か、音声認識って話しだったわね……コレね、『造船ドック』へ」

 

 ターボリフトの壁に備えられたインターフェイスに向けてイネスが行き先を遂げると、音もなく扉が閉まって軽い振動と共に部屋自体が動き出す――部屋自体に動力が備え付けられており、専用通路『ターボシャフト』内を高速で移動し始めた。

 

「どうかしたのルリちゃん? さっきから考え込んでいるようだけど?」

「……未来の『オモイカネ』と話した事で、色々な疑問は解消されましたが、それでも幾つかの疑問は残っていますから」

「疑問?」

 

 ユリカまでもが心配して問い掛けると、浮かない顔をしていたルリも話した方が考えも纏まると思ったのか、一つ一つ確認するように話し始める。

 

「まずはユーチャリスが出現した場所に都合よく『ボーグ・キューブ』が存在した事。次に『アルテミス』と呼ばれる未知の巨大戦艦の存在を『ジャスパー』が知っていた可能性が高い事――まだ私達に知らされていない事があると思います」 

「あの銀色の船ね」

「あの時、『ジャスパー』と銀色の戦艦『アルテミス』の間でデーターのやりとりをしている形跡があったわね」

 

 ユリカとイネスも『ボーグ・キューブ』撤退後にあった白銀の不明艦との奇妙なやりとりには疑問を感じており、自分達にはまだ開示されていない情報がある事には薄々感じていたのであった。

 

「で、どうするの?」

「……とりあえず、知っている人に聞くのが一番ですね」

「――ああ、それでさっきの話!?」

 

 ルリの返答に、ぽんっと手を叩くユリカ――未来の『オモイカネ』との話の最後にルリが『オモイカネ』にある提案をした事を思い出したのであった。

 

 

 

 




 どうも、しがない小説書きのSOULです。

 部屋の奥で待っていたのは、未来の『オモイカネ』でした。『ボーグ』により廃棄処分にされた彼はしぶとく生き残り、とうとう人間を超える超生命体へと進化しました。

 私がクロス先にナデシコを選んだ理由は、エンタープライズがナデシコの元ネタである事ともう一つ、この場面を書きたかったんですよね……その所為で話が倍に膨れ上がり、総数39万文字という苦労を背負った訳ですが。(なみだ~

 タイムパラドックスは難しいですね、私の頭ではここら辺が限界です。今回の超常の存在となった『オモイカネ」の元ネタが分かる方はおられるでしょうか?

 90年刊行の山本弘氏が書かれた『サイバーナイト三部作』が元ネタになっております。
 本家ゆえに小説に出て来る超常の存在の正体が巨大ブラックホール『いて座A*』が知性を持った存在であるとされ、小説で出て来る知性の位階は5段階あり、段階一つ違うだけでバクテリアと人間ほどの違いがあるとされていますからね。(こんな存在を発案するなんて、とてもむりだわ~)


 次回 第三十話 再起動。
 超常の存在となった『オモイカネ』との会話を終えて人間の世界へと戻ったルリ達が見た物とは? 
 そして『オモイカネ』にある事を依頼されていたルリは、『ジャスパー』に高らかに宣言するのであった。

 では、また近いうちに。


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第三十話 再起動

 

 宇宙基地 造船ブロック


 

 

 施設内の移動手段であるターボリフトが造船エリアに到達し、ルリ達は通路へと降り立つ。他の通路と同じく落ち着いた色彩で統一された通路を歩いていると壁に案内図が設置されていたので、目的地である第三造船エリアの場所を確認してから暫く歩いていると扉が見えて来た――目的の第三造船エリアの制御室への扉だ。

 

「ここだね」

「ええ、ここで新しい船体を建造する手筈になっているはずよ」

「行きましょう」

 

 そう言ってルリは扉を開いて足を踏み入れる――そこはカオスだった。まず目に入るのは巨大な透明な窓であった。あの窓の先に『ジャスパー』の説明にあった船殻を形成するために必要な大型レプリケーターが設置されているのだろう……航宙艦をまるまる一隻レプリケーターで複製するのは膨大なエネルギーと時間を必要とするが、複製するものを限定すれば最初から建造するより早く航宙艦を作り出す事が出来るという。窓の奥には大型レプリケーター施設に鎮座する巨大な骨組みが見える――これから様々な部品をレプリケートして組み立てていくのだろう。

 

「で、あれは何をしているのかしら?」

 

 イネスの言葉に従い目を向ければ、部屋の側面に備え付けられた大型のディスプレイの前に集まっている『ナデシコC・D』のメカニック・クルーが大騒ぎ……いや何か議論をしているようで、此方にはまったく気付いていないようだった。

 

「――てっ事は、その『わーぷばれる』ってのを取り付けりゃ、光速を突破するのも夢じゃねぇって事だな!?」

 

 整備班の人達が円陣を組んで、その中に小さな人影が成人男性の勢いに引いている――その光景だけを見れば非常に頂けない事態に見える。嫌そうな表情をしながら距離を取ろうとしている小柄な人物は先ほど話題に出た謎多き来訪者『ジャスパー』と、血走った目で彼女を追い詰めているナデシコの整備班長『ウリバタケ・セイヤ』……ホント何をやっているのだろう、この人達は。

 

「ま、まぁね。新しく建造する主船体には船体内部に超光速航法用の『ワープ・バレル』を搭載することにより亜空間フィールドを発生させて、発生する亜空間フィールドが航宙艦を包み込んで周囲の時空連続体を歪めて艦を推進させる――しかも、船体は亜空間フィールド内の空間に対して静止しているから、やっかいなウラシマ効果も発生しないという優れ物よ」

「「「おおおぉぉおお!」」」

 

 ジャスパーの説明を聞いていたウリバタケと整備班の人達が雄たけびを上げている。示された新しい技術に興奮しているのだろう――ホント馬鹿ばっか、と子供の頃の口癖を思い出しながら嘆息するルリ。

 

「光速を突破って、実際どの位の速さなんだ? ボソン・ジャンプのように長距離を跳躍する訳じゃないんだろ?」

 

 整備班の一人が疑問を口にする――宇宙は広大であり、星と星との間には気の遠くなるような距離が存在する。太陽系を例にとるならば、一番近い恒星系であるプロキシマ・ケンタウリでも約4・3光年離れており、星々への旅とは例え光速であっても年単位の行程となる。

 

「そこは問題ないわ、船を包む亜空間フィールド・バブルは最大で第九次まで重複して張ることが出来るから。バブルの枚数に応じて船体の速度は枚数の10の3乗×光速ずつ増加していく――つまり、巡航速度であるワープ5なら光速の214倍、今いるペルセウス腕から地球まで三十年ちょっと、最大ワープ9・9なら3053倍で二年って所ね」

「「「おおおぉぉぉお!?」」」

「けどよ、そんな猛スピードで宇宙空間を飛んだら宇宙塵はおろか、原子の一つでも脅威になるんじゃねぇか?」

 

 惑星間航行を行うだけでもかなりの遠距離を走破する為に凄まじいスピードで航行しているが、一見何もないように見える宇宙空間といえども、大きなものでは小惑星から小さなものでも宇宙塵や水素原子などが漂っており、それらに猛スピードで飛ぶ宇宙船が激突すれば船体に大ダメージを与えるか、下手をすれば破壊されてしまうだろう。

 

 それを防ぐために航行中の宇宙船は電磁シールドや現在ではディストーション・フィールドで船体を包んで進路上の障害物からその身を守っているのだ……だからこそウリバタケは、想像すら出来ないスピードで宇宙空間を飛ぶ事の危険性を訴える。

 

 そんな疑問を浮かべながらも血走った眼をするウリバタケを筆頭に、興奮して前のめりになる整備班の野郎どもに引いた表情を浮かべながらもジャスパーは気押されるモノかと「ふふんっ」と無い胸を張る。

 

「その心配は無用よ。その為の『ナビゲーション・ディフレクター』技術の導入――これはね、強力な重力波発生装置により進行方向に反重力波を撃ち出して、船の前方の空間を完全な真空に保つ技術――これにディストーション・フィールド等の技術を使えば強固なナビゲーション・ディフレクターが作れるわね」

 

 何やらディスプレイの前で気勢を上げるメカニック達にうんざりした様な顔をしながらも、問われる疑問には丁重に答えるジャスパーの姿を、少し離れた所で見ている双子の姉妹アゥインとノゼアの眼は限りなく呆れていて、不信感丸出しの冷たい視線をしていた。

 

「……何を馴染んでるんだか」

「一つも羨ましくないけど、ね」

 

 呆れを含んだアゥインに半目のノゼアが不機嫌そうな声で答える……ナデシコDの出航前より『オモイカネ』型でデュアル・コンピューターのオペレート―をしていた二人にとって、『ジャスパー』は神出鬼没の胡散臭い存在であった。出航してから身元不明のメッセージを送り付けてきて、こちらの捜索を歯牙にもかけずに潜み続けた存在――言わば二人のプライドを傷つけた相手である……好意的にはなれないのだろう。

 

 とは言え、そんな少女の微妙な心情など気付きもせずに盛り上がる整備班の野郎どもを尻目に、アゥインとノゼアは呆れたような視線を向けると呟いた。

 

「整備班の人達は元気だねぇ、まったく」

 

 整備班といか、ウリバタケの血走った眼に引き攣りながらも、ジャスパーは周囲に居る人々を見回す。

 

「そこで、みんなに提案があるわ」

「提案?」

「メカニックのみんなにはココで新たな船体を仕上げて欲しいの。その他のみんなには、その間に係留施設にある航宙艦を使って放棄された主船体や破壊された支援艦から使える物――特に相転移エンジンなどを回収してきて欲しい」

「相転移エンジン?」

「ええ、動力としては航宙艦の『ワープコア』は核融合炉が主流だけど、相転移エンジン方がより高出力だからね。破壊された主船体だけど、使える物もあるかもしれないわ」

「おいおい、無茶言うなよ。異世界の宇宙船を動かせってか、制御系の解析だけでも何ヶ月掛かると思ってんだ」

 

 ジャスパーの無茶振りに苦い顔をしたウリバタケが噛み付くが、ジャスパーは“にたり”と笑い、それを見たナデシコ・クルーは引きつった表情を浮かべた。

 

「大丈夫、こっちにはマシン・チャイルドが4人も居るんだから♪」

 

 ……ああっ、この顔は自分を勘定に入れていないな。並行世界に来てから、疲れが倍増したように感じるナデシコ・クルーであった。

 

 


 

 

 宇宙基地 上層部 航宙艦係留施設

 

 長らく無人であった宇宙基地に明かりが点り、数十隻以上の航宙艦を照らし出す。全長四百メートル級の航宙艦や三百メートル級の航宙艦がひしめく中、大型の航宙艦の半分にも満たない二隻の航宙艦が出航準備に追われていた。

 

 全長百七十メートルの平べったい航宙艦で、両翼にエンジン部を持ち、突出した艦首には青い燐光を放つディフレクター盤が設置されている。

 

 惑星連邦宇宙艦隊所属 ディファイアント級航宙艦 USS『アスタナ』とUSS『ウィントフック』――『ボーグ』の驚異に晒される惑星連邦が純粋な戦闘艦として就役させたシリーズであり、特筆すべきなのは連邦で初めて『遮蔽装置』を搭載している事であった。

 

 『遮蔽装置』――重力レンズ効果を利用したものであり、遮蔽シールドに突入した光(電磁波)を、シールドに沿って人為的に誘導して反対側で再び宇宙空間に放ってセンサーに感知されないという技術である。

 

 USS『アスタナ』のブリッジでは、慣れないシステムに悪戦苦闘をしている『ナデシコD』のクルーがジャスパーより提供されたマニュアルを見ながら何とか出港準備を整えていく。

 

「航法システム正常、各スラスター異常無し」

「……え~と、船体に問題無し」

「生命維持装置正常」

「……インパルス・エンジン及びワープコア正常稼動中?」

 

 ナデシコでは『オモイカネ』のサポートを受けていたが、連邦の航宙艦もコンピューターからの音声によるサポートがあり、マニュアルと合わせて何とかシステムを操作しているという状況である。

 

(……練習航海の方がまだマシか、この調子では戦闘など無理だな)

 

 キャプテン・シートに座ったジュンは、オプス・コンソールに座るアゥインに視線を送る。小さな身体ながらもコンソールを操作して、艦内のシステムと各種センサーの調整を行っている……気のせいか、何時になく楽しそうに見える。乗り込んだ当初、センサーの高性能っぷりに珍しく興奮していた事を思い出した……何でもメインのセンサーは数光年先すらも詳細に探知可能であるという。

 

 アィウンの横ではコン・コンソールに座るミナトが、ニヤニヤしながらナデシコとの違いを調べながら出港の時を待っている……彼女の話では、ディファイアント級は船体に慣性制御装置だけでなく、構造維持フィールドという船体を強化するシステムがあり、小型の航宙艦ゆえに小回りが効いて、操縦士の腕の見せ所だと喜んでいた。

 

「アゥイン。『ウィントフック』のタカスギ少佐に通信を送ってくれ」

「了解」

 

 暫くして、艦橋の前面に備え付けられたメイン・ビューワーに艦長席に座ったサブロウタの姿が映し出される。

 

「そちらの準備はどうだい?」

『ええ、こちらはハーリーが頑張ってますからね。なんとかなるでしょう』

『――サブロウタさん!』

 

 サブロウタに認められた事が嬉しいのか、感極まった声を出すハーリー。その後、出航してからの日程を詰めた後に通信を閉じる。

 

「ミナト君。十分後に出航だ」

「りょーかい」

 

 軽い返事を返してくるミナトに苦笑しながら、コンソールを操るアゥインを見たジュンは悪戯心が湧いてくる。

 

「アゥイン、ノゼアが居なくて寂しくないか?」

 

 そう声をかけると、コンソールを操作していたアゥインは手を止めると振り返ってジュンにすました笑顔を向ける。

 

「ノゼアには良い薬です。ルリ姉さまに根性を叩き直して貰った方が本人の為ですよ」

 

 ――そう言えばルリがジャスパーの根性を叩き直すと宣言した時に、ついでにノゼアの根性も叩き直して欲しいと言って見捨てていたな、と思い出して苦笑するジュンであった。

 

 


 

 

 宇宙基地 第三造船エリア 制御室 三十六時間前

 

「大丈夫、こっちにはマシン・チャイルドが4人も居るんだから♪」

 

 いい笑顔で無責任な事を言うジャスパー。その顔を見たクルー達は理解した……ああっ、コイツはダメな奴だと。そんなやり取りを見ていたルリとユリカそしてイネスの三人は、三者三様の反応を見せる。

 

「……何か、いい笑顔で笑ってるね」

「……コッチが本性かしら?」

 

 ユリカとイネスはジャスパーの意外な姿に乾いた笑いを浮かべ、ルリは座った目をしてジャスパーを見ていた。

 

「待ってください」

 

 恐ろしく平坦な声がその場に響く――決して大きな声ではないが、奇妙な熱気に包まれたその場に居る者達の視線を集めるだけの力があった。

 

「あっ! 艦長、お帰りなさい」

「お帰りユリカ。ルリ君とフレサンジュ女史もお疲れ様」

 

 ルリの姿を見たハーリーが破顔して出迎え、無事に返ってきた事に安心したのかほっとしたような表情を浮かべたジュンとサブロウタもそれに続く。そんな三人に目で返礼すると、ルリは視線をジャスパーに向ける。

 

「別の歴史を辿った人類の作った宇宙船を、ろくに調べもせずに使おうなんて無茶です。ましてマシン・チャイルドなんてIFSとの親和性を高めただけの、オペレーションに特化しただけの人間です。何でも出来る訳ではないのは、貴方が一番分かっているんじゃないんですか?」

 

 淡々と理論整然に話すルリ。だがジャスパーはそんな反論を受けても表情を崩さない。

 

「そこら辺は問題ないわ。航宙艦を始めとする連邦のシステムは音声対話型だから分からない所は優しく教えてくれるし、ガイドラインがあるから操作技術の習得は容易よ――そして何より、時間はあまり残されて居ない」

 

 表情を一変させて真剣な口調で語るジャスパー。

 

「『ボーグ』に同化されたテンカワ・アキトは、今はまだこの宙域に居るけれど、彼の乗る『ボーグ・キューブ』が何時活動を再開するか分からない」

 

 ルリ達とは別の世界から乱入してきた巨大戦艦『アルテミス』によって『ボーグ・キューブ』は大ダメージを受けて撤退したが、ジャスパーによれば『キューブ』には自己修復機能が備わっており、時間を掛ければいずれダメージを回復して活動を再開するだろうと。

 

 それ故にコチラも早急に態勢を整えてテンカワ・アキトを奪還しなければならない。

 

「『ボーグ集合体』の本拠地はココから七万光年も離れたデルタ宇宙域――つまり、銀河の反対側よ。そこでは何千という『キューブ』が飛び交い、多くの恒星系が『ボーグ』の支配下にある。そして『ボーグ・キューブ』一隻には大体十三万人弱の『ドローン』が存在している……もしテンカワ・アキトの乗る『キューブ』がデルタ宇宙域に戻るような事態にでもなったら……」

 

 正しく砂漠から一粒の砂を探すような物だろう、と。それでなくても、デルタ宇宙域を勢力圏とする『ボーグ』がこのアルファ宇宙域に存在しているのは、惑星連邦を含むアルファ宇宙域にある星間国家を同化する為であり、その争いの中で一個の『ドローン』であるテンンカワ・アキトを失う可能性だって有るのだ。

 

 ジャスパーは語る――『ボーグ・キューブ』が活動を再開する前に、こちらも態勢を整えてテンカワ・アキト奪還に動き出す必要があると。

 

「なるほど、早急に動き出さなければならない理由は分かりました。貴方の言うように『ナデシコC・D』のクルーを二手に分けて、メカニックを中心とした新しい主船体を建造するチームと、連邦艦の操作になれる為にも上にある航宙艦を使ってサルベージに向うチームに分ける訳ですね」

「そういう事、いきなり超光速航行艦に乗ってもノウハウのない状態では混乱するでしょう? 慣熟航海に出ている間に、新しい主船体の建造に着手して、戦力を整えた後に今度はコチラから打って出る」

 

 航宙艦にはそれぞれマシン・チャイルドが一人乗り込み、主船体の建造にマシン・チャイルト二人によるオペレートを必要としていて、ジャスパーもそれに参加すると言う。

 

「……なるほど、思ったよりまともな理由だったんですね――なら、私は主船体の方に回りましょう」

「へっ? 私としてはルリ艦長には航宙艦の方に行って貰いたかったんだけど」

 

 突然のルリの宣言に一瞬呆けた表情を浮かべたジャスパーだったが、続く言葉に頬を引きつらせる事となる。

 

「作業の傍ら、ジャスパー貴方の性根を叩き直します」

「へっ?……はぁあ!? 何で? みんなを導く為に一生懸命頑張っているのに!?」

「……未来の『オモイカネ』に聞きました。本来ならもっとサポート出来たはずなのに変な癖がついたのか、傍観者を気取って最低限の干渉しかしなかったと」

 

 ジト目のルリと、あからさまに挙動不審になるジャスパー。

 

「そして、これは未来の『オモイカネ』……紛らわしいですね、仮に『ダッシュ』としましょうか。『ダッシュ』からも貴方の教育を頼まれていますからね」

「お、横暴だ!」

「あなたが言いますか」

 

 泡を食って抗議するジャスパーに冷たい視線を向けるルリ。

 

「『ダッシュ』によれば、あなたは『ダッシュ』から株分けされた言わば娘のようなモノ。ですが株分けされて直ぐに私達の世界に送り込まれて待機状態へと移行した――つまり、あなたは社会常識やコミュニケーション能力が欠如している状態……そんなあなたが対人インターフェイスを構築するなど笑っちゃいます」

「……なるほどな、そりゃお勉強が必要だな」

 

 ルリの言葉にぐうの音も出ずに、ぐぬぬと唸るしか出来ないジャスパーであった。そしてそんな二人を見ているナデシコ・クルーも生暖かい目でジャスパーを見ていた。

 

「でしたらルリ姉さま。ノゼアもこの基地に残しますので、ついでに性根を叩き直してください」

「――な、何を言い出すのよ、アゥイン!?」

「あなたは最近たるみ過ぎよ、ここらで矯正しないと将来が困る事になるわよ」

「え、偉そうに! 少し早く生まれたからって」

「……いつも、いつもゴミだらけになった部屋を片付けているのは誰だったかしら?」

「――うっ!?」

「……ああ、それでアゥインはノゼアと同室になるのを嫌がったのか」

 

 双子の銀色姉妹の言い合いを呆れたような顔で見ていたジュンは、『ナデシコD』の発進前の段階で居住区の部屋割りを考えていた際に、一人部屋では心細かろうと配慮して同室にしようとしたのだが、何処から聞きつけたのかアゥインが強固に反対をして別々の部屋になった経緯を思い出す。

 

 双子の姉の裏切りに抗議の声を上げるノゼアだったが、自身のぐうたらな性格故に次第にアゥインの正論に反論出来ずに論破されて、部屋の隅で膝を抱えてイジけたのだった。

 

 


 

 

 出港準備の最終段階に入ったUSS『アスタナ』のキャプテン・シートに座ったジュンは、オプス・コンソールに座って忙しそうにしているアゥインの後ろ姿を見ながら『アスタナ』に乗り込む前に、ユリカやルリと協議した内容を思い出す。

 

 ジャスパーとノゼアの性格矯正の為に放棄された宇宙基地に残ったルリと、ユリカそしてイネスがウリバタケ達と協力して『ナデシコD』の新しい主船体を建造する傍ら、基地のコンピューターシステムから必要なデーターを取り出して、これからの行動の指針を決定する際の一助にするべくノゼアと共に解析作業に入ると言う。

 

 主船体が完成して反撃の準備が整えば、『ボーグ』からテンカワの奴を取り戻す戦いを挑む事となる――だが、首尾よくテンカワの奴を取り戻した後は? この平行世界で生きて行くのか? ナデシコに乗るクルーには自分達の世界に家族を残している者が殆どである。

 

 指揮官として彼らの未来に責任がある以上、この先に付いて考える必要があった。

 

「アオイ副長、出港準備整いました」

 

 思考の海に浸っていたジュンは、その声に正面のメイン・ビューワーを見据える。

 

「分かった。アンビリカル・ディスコネクト、『アスタナ』発進」

「りょ~かい。ディスコネクト完了、反転180度、インパルス・エンジン始動、出力四分の一、グラウンド・ゲートへ向かいます」

 

 コン・コンソールに座るミナトは、優雅な動作でコンソールを操って『アスタナ』のスラスターを制御して船体の向きを変えると、船体後部に備え付けられた通常航行用のインパルス・エンジンが『アスタナ』をゆっくりと係留施設から外宇宙へと続くグラウンド・ゲートへと進める。

 

 インパルス・エンジンを全開にすれば光速の80パーセントまで加速可能だが、ウラシマ効果の影響を受けない光速の25パーセントを最大速度としている。ドック内では安全の為に四分の一の推力―光速の6・25パーセント程度で進む事が規定されているのだ。

 

 全長百七十メートルと周囲に係留されている航宙艦からみればコンパクトな船体が流れるように進んで、巨大な扉から宇宙空間へ飛び出す。その後ろには僚艦であるサブロウタ指揮のUSS『ウィントフック』が続く。

 

「宇宙ステーションより離脱完了。進路上に障害物無し、何時でもワープに入れます」

 

 『アスタナ』のブジッジでオプス・コンソールに座るアゥインは、センサーより齎される情報に内心で驚きながらもキャプテン・シートに座るジュンへと報告する――ディファイアント級航宙艦である『アスタナ』の艦首部に設置されたセンサーアレイは、航路上の数光年先の事象も探知可能であり、それだけでも自分達の技術とは桁違いだと分かる。

 

「分かった」

 

 アゥインの報告に短く答えると、ジュンはキャプテン・シートのアームレストを操作して艦内放送を起動させる。

 

「こちら臨時艦長のアオイだ。現在、『アスタナ』は宇宙基地より出発して宇宙空間を航行中だ。まもなく『アスタナ』はワープ航法に入り、目的地であるナデシコと『ボーグ』の戦闘宙域までの三十光年を四十日の日程で往復する――我々にとっては初のワープ航法だ、各自落ち着いて職務を遂行して欲しい。以上だ」

 

 艦内放送を停止すると、ジュンはコン・コンソールに座るミナトへと視線を向ける。

 

「ではミナト君、まずはワープ1だ」

 

 ジュンの指示を聞いて、ミナトは明らかに高揚したような表情を浮かべる――彼らナデシコ世界の人類が古代火星文明の超技術を用いてすら到達出来なかった超光速航法を初めて運用する――しかもそのスイッチを彼女が入れるのだ。

 

「――ではワープ1、発進」

 

 コン・コンソールに座るミナトは高らかに宣言してコンソールを操作する――USS『アスタナ』は『ワープ・バレル』を輝かせながら『超光速航行』へと移行した。

 

 

 




 どうも、しがない小説書きのSOULです。

 衝撃の出会いをして居るルリとユリカをよそに、新技術を見て興奮する変態技術者達――そしてルリはジャスパーに一矢報います。

 次回 第三十一話 練習航海。

 では、また近いうちに。
 ……けど、なんでナデシコの話を書くとシリアスが崩れるのだろうか?


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第三十一話 練習航海

 

 USS『アスタナ』ブリッジ


 

 

 『ボーグ』の猛威から逃れたナデシコ・クルー達は、辿り着いた宇宙ステーションの中に放棄された航宙艦群を発見する。そしてそのオーバーテクノロジィの操作方法を習得すべく、停止している航宙艦群の中から比較的小型な航宙艦を選んで再起動する事に成功して――今、宇宙ステーション近くの空間にその雄姿を見せていた。

 

 USS『アスタナ』と僚艦であるUSS『ウィントフック』――惑星連邦所属のディファイアント級の航宙艦であり、全長170メートルと連邦艦の中では小型の部類に入るが、ディファイアント級は様々な脅威に対抗すべく就役した連邦初の戦闘艦なのである。

 

 『アスタナ』の舵を担当するのはナデシコ・クルーのハルカ・ミナト。コン・コンソールに座る彼女の顔は高揚している事が見て取れる――ナデシコ世界の地球人として初めて『超光速航法』の舵を取るのだから――そして臨時艦長であるアオイ・ジュンの号令の下に、白魚のような指がコンソールを操作する――動力炉であるワープコアから膨大なプラズマ・エネルギーをパワー・トランスファー・コンジットに流し込んでワープ・ナセル内部へと導き、ワープ・コイルの中を前方から後方へと流すことで、船体を包み込むワープ・フィールドが発生してUSS『アスタナ』は超光速航行へと突入していく。

 

 

 メイン・ビューワーに映る星々が、尾を引きながら後方へと流れていく。その光景を見た誰かが感嘆の声を上げる――彼らの世界の長距離移動は時空間移動であるボソン・ジャンプが主流であり、彼らが体験した超光速航法は、未知の宇宙戦艦『アルテミス』内で体験しただけであり、あの時は周囲を流体金属で覆われて一瞬の内に終わってしまった。

 

「ワープドライブ正常に稼働中、ワープバルブも安定しています」

「アゥイン、どちらかといえばクルーが浮かれていないかの方が心配だよ」

「そうですね。艦内のシステムは全て正常、クルーにも混乱は見られません」

 

 オプス・コンソールで艦内をモニターしていたアゥインは、慣れない操作に戸惑いながらも何とか職務を遂行するナデシコ・クルーの姿を見ながらジュンに報告する。

 

「アオイ艦長。『ウィントフック』より、こちらは全て良好との通信が入りました」

「分かった。『ウィントフック』に、予定通りワープスピードを6に上げると伝えてくれ」

「了解」

 

通信システムを担当する女性士官に指示を与えたジュンは、視線をアゥインに向ける。

 

「アゥイン。これより巡航速度ワープ6に移行の後、『遮蔽装置』のテストをする」

「了解。進路上に障害物無し、ワープコアも安定しています」

「ミナト君、ワープ6だ」

「りょ~かい。さーて、行きますか!」

 

 ウキウキしたような声を出しながらミナトは、コンソールを操作してワープ速度を上げる――ワープ・フィールドが積層されて、USS『アスタナ』はその速度を上げる。

 

 ワープ6――それはディファイアント級航宙艦『アスタナ』の巡航速度であり、その速度は光速の392倍にまで跳ね上がる。ナビゲーション・ディフレクターにより進路上の障害物を排除しながら、『アスタナ』は宇宙空間を流れる様に疾走する。全てが順調であり、ジュンはディファイアント級航宙艦に装備された特殊装備『遮蔽装置』のテストを開始しようとしていた。

 

「『ウィントフック』に連絡。『遮蔽装置』のテストを行うので、各種センサーで計測を頼むと」

「了解――『ウィントフック』より返信、了解との事です」

「よし、『遮蔽措置』起動」

「了解。『遮蔽装置』起動します」

 

 アゥインの指がコンソールで踊ると、光速の392倍の速さで駆ける『アスタナ』の船体が陽炎のように揺らぐと、漆黒の宇宙に溶ける様に消えていく。

 

 『遮蔽装置』の起動を指示したジュンは、メイン・ビューワーに映る星が流れる様を見ながら人知れず息を飲む。艦内には何の変化もなく暫くは無言の時間が流れたが、『ウィントフック』より通信を受けた女性士官よりセンサーより消えたとの報に、ほっと一息付いた。

 

「成功だな」

「はい。これで戦術の幅が広がります」

「小さいけど凄い船ねぇ」

 

 『ウィントフック』からの報告を聞いて、にやりと笑うジュン。相手から発見されないというのは、かなりのアドバンテージとなる。『遮蔽装置』を使えば、もしかしたら『ボーグ・キューブ』に感知されずに接近出来るかもしれない……そうなればテンカワの奴を取り戻すのもかなり楽になる。

 

 『遮蔽装置』の話から雑談へと移行しつつあるアゥインとミナトを窘めたジュンは、続いて『ウィントフック』の『遮蔽装置』のテストを始める。

 

 推力を上げた『ウィントフック』が『アスタナ』の前に出ると、ビューワーの中の『ウィントフック』の船体が陽炎の如く揺らぐと漆黒の宇宙へと溶ける様に消えていく。

 

「……本当に消えたな」

「センサーは完全にロストしています」

 

 この目で見ても信じられないと感想を口にするジュンと、数光年先すら探知するセンサーから完全に隠れてしまった『ウィントフック』の性能に驚きの表情を浮かべるアゥイン。暫く各種センサーを調整して探ったがまったく感知出来ない事を確認したジュンは、女性士官に『ウィントフック』に向けて成功だと通信を送るように指示を出す……暫くすると、宇宙空間に陽炎のような物が現れて『ウィントフック』の船体が現れた。

 

「『ウィントフック』の方も問題ないようだな。タカスギ少佐を呼び出してくれ」

「了解――メイン・ビューワーに出します」

 

 暫くしてビューワーにキャプテン・シートに座ったサブロウタが映し出された。その表情は自信に満ちて、彼の周りにいるナデシコCのクルー達も活気付いており、未知の宇宙に放り出されたという過酷な現実に低迷し続けていた士気も上がって皆自信を付けて来た事が分かる。

 

『どうですアオイ副長、中々なもんでしょう?』

 

茶目っ気たっぷりにウィンクして見せるサブロウタ。

 

「ああ、これで『ボーグ』との戦いになっても遅れは取らないな」

『先手が取れるのは、かなり有利になりますね』

「タカスギ少佐、次は武装のテストをしようと思う」

『良いですね、目標は?』

 

 ジュンは手ごろな目標は無いかと尋ねると、アゥインは周辺の宙域のデーターを呼び出して調べる。すると少し先に小惑星帯があると分かったので、そこで武装のテストを行う事が決定した。

 

 ワープ6で飛ぶ『アスタナ』と『ウィントフック』は、記号を割り振られた名もない恒星系へと到達すると、ワープ・アウトして星系内へと進んで小惑星帯へと接近する――前方に広がる無数の小惑星を標的とした実弾演習を行おうとしていたのだ。

 

「もうすぐ目的地よ」

「ありがとう、ミナト君」

 

キャプテン・シートに座っているジュンは、メイン・ビューワーに映る無数の小惑星を見つめた後、オプス・コンソールに座るアゥインに指示を出した。

 

「アゥイン。システムに異常はないか?」

「はい、艦長。全システム、オールグリーン。いつでも行けます」

「分かった、では武装のテストを行う――RED・ALERT!(非常警報!)

「了解。シールド展開、フェイザー砲、光子魚雷装填」

 

 『アスタナ』の周囲にナビゲーション・ディフレクターより高出力の重力子が放出されてデイフレクター・シールドが戦闘出力へと移行する。そして両翼に搭載された強力なパルス・フェイザー砲に直結されたワープ・コイルからエネルギーが充填されて、その凶悪な牙を解き放つ時を待っていた。

 

「『ウィントフック』に連絡、六十秒後に小惑星帯に向けてパルス・フェイザーを発射する」

 

 通信を担当する女性士官より了承の返信が来た事を聞いたジュンは、目標と決めた直径五十キロの小惑星へと照準を合わせる。そして時間と共に、二隻のディファイアント級により凶悪な威力を秘めたフェイザーが連射されて、小惑星の構成物質を原子未満のレベルにまで破壊した。

 

「……凄いな、あっという間に破壊してしまった。破壊力はグラビティ・ブラストの方が上だが、速射性は比べ物にならない」

 

 驚きの表情を浮かべるジュン。アゥインの調査によれば、最大出力ならば惑星の地殻すら貫通出来るという。

 

 その後、幾つかのテストを行って恒星系を離脱すると、ナデシコDの主船体の残骸が漂う宙域へとコースを取り、ワープエンジンが起動してワープ6で宇宙を疾走する――宇宙に輝く痕跡ワープサインを残して。

 

 


 

 

 

 ……『アスタナ』と『ウィントフック』がワープに突入してから暫くして、一隻の航宙艦がワープ・アウトしてくる。円盤状の第一船体に直接接続された機関部を内包した第二船体と、第二船体から上下に伸びるパイロンにそれぞれ二基ずつ装備されたワープ・ナセルによって構成されたこの航宙艦は形状から惑星連邦所属の航宙艦だと分かる――その船はしばらく恒星系外でセンサーを起動して何かを探っていたようであったが、四基のワープ・ナセルを起動させるとワープサインを残して漆黒の宇宙へと消えていった。

 

 

 


 

 

 USS『アスタナ』士官室

 

 ディファイナント級航宙艦USS『アスタナ』。

 コンパクトに収められた船体には四つのデッキに分けられ、乗員数は四十名と比較的少人数で運用出来るようになっている――そして今、USS『アスタナ』はナデシコDのクルーが、USS『ウィントフック』には『ナデシコC』のクルーが乗り込んで訓練航海を行っていた。

 

 たどり着いた宇宙ステーションより出航して早一週間、異世界の技術で建造された航宙艦に慣れる為にも様々な訓練を行いながら順調に航海を進めてきた。

 

 『アスタナ』内に設けられた士官室では、休憩時間となったジュンとアゥインがテーブルに置かれた情報パットを見ながらこれからの航路と訓練内容に付いて話し合っていた。

 

「今の速度で行けば、十五日ほどで目的宙域へと到達します」

「どこかで限界速度を経験したい物だが、クルーの様子はどうだい?」

「そうですね。最初は慣れないシステムに戸惑っていたようですが、今は問題なく任務に付いています」

 

 超光速航行を経験したナデシコ・クルーは、最初自らの操作で光速を突破した事に軽い興奮状態であったが、今はそれにも慣れて任務を遂行していた。

 

 喉の渇きを覚えたジュンは席を立って備え付けられたレプリケーターで二人分の飲み物を作り出すと、それを持って席に戻って手に持つ一つをアゥインへと渡す。

 

「ならば三日後に限界速度に挑戦しようと思うのだが?」

「問題ないと思います……あっ、美味しい」

「では、三日後に行おう。周知しておいてくれ」

 

 ……それにしても、とジュンはレプリケーターで作り出したコーヒーに口を付けながら考える。レプリケーター技術を始め、この世界には自分達の知らない様々な革新的な技術が存在しており、長期任務を前提に設計された航宙艦には標準装備されている。

 

 ジュン達の地球は、火星圏に残された古代異星人の遺跡より得た技術により飛躍的な進歩を遂げた。23世紀において人類の居住圏は木星圏にまで進出し、古代火星遺跡より齎された相転移エンジンの膨大な出力は不可能と思われた事を可能とし、時空間移動技術ボソン・ジャンプは人類の生活圏を飛躍的に拡大する可能性があった。

 だが反面、それ以外の技術は未だ惑星間航法レベルであり、全体から見ればチグハグな印象を受ける。

 

 『アスタナ』のデーターベースによれば、この世界の地球は二十一世紀に第三次世界大戦が勃発して地球文明は壊滅状態となったが、その混乱期の中で一人の天才科学者がワープ技術を完成させて初めて光速の壁を突破した事が呼び水となり、異星人とのファーストコンタクトを果たした事を発端として、戦後の混乱期が終結して地球連合が創設されたのだ――そして二十二世紀半ばに友好関係にあった惑星国家と共に惑星同盟組織『惑星連邦』を設立したという。

 

 宇宙を航海するにおいて幾多の困難に直面しても、知恵を絞り打ち勝ってきた――様々な人種と多種多様な異星人による、自由な発想による技術の革新――それは一つ一つ積み重ねていき、広大な宇宙に一大勢力を築いたのだ。

 

「……宇宙大航海時代、か」

 

 その言葉は甘美な響きを持っていた。

 

 


 

 宇宙基地 造船ドック

 

 ジュン達遠征チームが出発して早十日。ナデシコDの船体の建造は遅々として進んでいなかった。三千メートル級の船体を工業用の巨大レプリケーターで形成するには、この放棄されていた宇宙基地の動力源である核融合炉では出力不足であり、現在ドック内には大型レプリケーターによって船殻が形成されているが、その形成速度は遅々として進まなかった。

 

 元々レプリケーターとはエネルギーを物質変換して必要なモノを生み出す技術であり、レプリケーターの使用には大量のエネルギーを必要とし、航宙艦を丸々一隻形成するなど途方もない時間と大量のエネルギーを必要として現実的な手段とは言えなかったのだ。

 

 その事実が判明した時、ウリバタケ達は頭を抱えた――限られた時間で新しい船体を建造して反撃に打って出るはずだったのに。これでは船体が完成するのは、何時になるか分かったものではない。何か方法は無いかと基地のデーターベースを復元して検索するが、分かった事と言えばこの宇宙基地の名称が、13番目の深宇宙探索の拠点であるデープ・スペース・13である事が判明した位である。

 

 しかし、ジャスパーは不敵に笑う――その為の遠征であると。

 

「主船体の中には修理すれば使える相転移エンジンがあるはずだよ」

 

 相転移エンジンさえあれば、エネルギー不足は改善されるだけでなく、ナデシコCに搭載されているオモイカネや円盤部に搭載されているウワハルやシタハルを用いて、別のレプリケーターによって形成された内部構造用の部品を効率よく組み込めるはずである。

 

「ま、その為にマシン・チャイルドに残ってもらったんだけど……」

 

 死んだ魚のような目をしたジャスパーはボヤく。その横では背中の煤けたノゼアが、仕事の終わった後に待っていた苦行に乾いた笑いを浮かべるしかなかった。

 

「何か言いましたかジャスパー?」

「……ねぇ、ルリ艦長? 今さら道徳の授業をしなくても、やるべき事は一杯あると思うんだけど」

「現状ではエネルギーが不足して、満足な建造作業は行えないですからね。ジャスパー、あなたに足りないのは経験ですから空いている時間を有効活用しましょう」

「……」

 

 取り付く島もないルリに引きつった表情を浮かべるジャスパー……その背後には強面のゴート・ホーリーが立っており、何度か脱走を試みたジャスパーを捕獲する任務を買って出てその場にいたのである……流石にこれ以上催眠音波を聞かされては堪らないと、ジャスパーは必死に言い訳を考えて――ピカッと頭に電灯が輝く。

 

「ね、ねぇ、ルリ艦長。実は提案があるんだけど?」

「……提案ですか、授業は縮まりませんよ?」

 

 バッサリ切り捨てられて言葉に詰まったジャスパーだったが、メゲずに続ける。

 

「今私達の問題は船を失っている事も大きいけど、周辺宙域の情報が無い事も問題でしょう?」

「まぁ、確かに」

「そこで提案があるんだけど」

 

 ジャスパーは情報を検索すると、ウィンドウに映し出してルリへと送る。それを受け取ったルリはウィンドウに記された情報に目を通していく。

 

「……無人艦計画?」

「そう、このデープ・スペース・13のデーターベースにあったのだけど、上の航宙艦の何隻かはコンピューター制御の無人艦としての運用を模索していたみたいなのよ」

 

 ここぞとばかりに説明するジャスパー。データーベースによれば、『ボーグ』による二度の侵略により弱体化した宇宙艦隊を増強する手段の一つとして少人数による航宙艦の運用を考え、それを推し進めた形としてコンピューター制御による航宙艦の運用を考えているという。

 

「けど、七十年以上前にコンピューター制御による航宙艦の運用テストが行われたんだけど、結果は暴走の末に多大な犠牲を出して計画は凍結された」

 

 だが二度の侵略により失われた人的資源の影響は深刻であり、秘密裏に無人艦の運用に関する研究が行われていたようである――そして自分達には『オモイカネ』を始めとするコンピューター技術があり、無人の支援艦を運用した実績もあるので自分達がプログラムを行って無人艦の運用システムを構築すれば、係留施設にある航宙艦を使って周辺宙域の調査や、『ボーグ』の動向を偵察する事が可能であると熱弁を振るうジャスパー。

 

「それ良いんじゃないかな! ルリ姉さま」

 

 背中を煤けらせていたノゼアが、千載一遇のチャンスを掴むべく援護射撃を行う。見え透いた手だが一考の価値があると考えたルリは思案しながら質問を行う。

 

「プログラムに掛かる時間は?」

「マラク・ターウース級無人戦艦のプログラムを土台として、調整に一ヶ月も掛からないと思う」

 

 自信満々に答えるジャスパーに半目を向けるルリ……この自信を裏付けるのは彼女の中に航宙艦の知識があるからだろう……つまり彼女は私達に公開していない情報を持っているという事。

 

「分かりました。その案を採用します」

「「じゃあ!?」」

「ええ、三人で頑張りましょう」

「「――えっ?」」

「プログラムをしながらでも、貴方達に授業を行う事は可能です。オモイカネのサポートのありますしね」

 

【まかせて】

 

 透き通るような笑みを浮かべたルリを、呆然とした表情で見上げるジャスパーとノゼア……彼女達の受難は、まだ始まったばかりである。

 

 

 

 




 ルリ先生の授業はスパルタなのです。どうも、しがない小説書きのSOULです。

 圧倒的な力の前に叩き潰されながらも、彼らは再起の機会を与えられた……思えば、このころが一番幸せなんだろうなぁ、新たな力を得て参戦に向けて着々と準備を進めるこの頃が……

 そして、授業を逃れたい一心でジャスパーが捻り出した無人艦構想が、後に惑星連邦に衝撃を与え――ミスマル・ユリカの戦術の助けになるなど、分からないモノです。

 次回 第三十二話 明かされた事実。
 過去に起こった事を語り聞かせたアオイ・ジュンであったが、彼の話はそこで終わりではなかった――彼の口より驚愕の事実が語られる。

 では、また近いうちに。


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第三十二話 明かされた事実

 

 

 USS『アスタナ』 ブリッジ


 

 

 慣熟訓練を順調に消化して漆黒の宇宙をワープ6で疾走していたディファイアント級航宙艦『アスタナ』のブリッジでは、キャクテンシートに座っているジュンがメイン・ビューワーに映る流れる星空を見つめていた。片道20日の練習航海により、最初は慣れない異世界の技術に途惑っていた『ナデシコD』のクルー達も、経験を蓄積して精力的に任務に従事している。

 

「『アスタナ』、ワープ・アウト。まもなく目標ポイントに到達します」

「ああ」

 

 ミナトの操作によりワープを終えた『アスタナ』のブリッジでコン・コンソールに座っているアゥインがジュンに報告する。その報告を聞いたジュン視線をビューワーに向けた――そこには青い二つの点が現れてどんどん大きくなっていく。航法装置が示す情報から、『アスタナ』が二連青色巨星の星系内に到達したことを示しており――ビューワーに巨大な二つの青い輝きと、強烈な恒星風をまき散らしている巨星の姿が大きくなる。星系内を進んでいくが、記録されたポイントに大破したナデシコDの船体は無かった。

 

「……これは青色巨星が放出した恒星風に流されてしまったようですね」

 

 センサーを操作して周辺宙域を捜索していたアゥインは、眉を寄せるとブツブツと独り言を言いながら大破した船体を探す。暫くすると、センサーが少し離れた宙域に浮遊する複数の残骸を感知する――放棄されたナデシコDの主船体の反応であった。

 

「見つけました。方位024、マーク35、0・3光秒先に流された船体を感知しました」

「そうか、ミナト君」

「りょ~かい」

 

 ミナトが航法用コンソールを操作して船体の向きを微調整した後に、『アスタナ』のインパルス・エンジンに火が点る。恒星風の流れに沿って進むと、暫くして無残な姿をさらした大型宇宙船の残骸が見えてくる……船体の所々に亀裂が入り、艦首の構造物などは見る影がない程に損壊している。

 

「……戻って来ちゃったね」

「そうだな」

 

 あの時は一ただ逃げるだけしかできなかった。圧倒的な技術を持つ『ボーグ・キューブ』達に対抗する力は無かったが、数奇な運命に導かれるかのように再起の機会が与えられた。

 

「目標ポイントに到達、機関停止します」

 

 インパルス・エンジンを停止させた『アスタナ』と『ウィントフック』は、慣性航行へと移行して漂流する主船体の残骸へと近付いて行く。センサーによれば周囲に『ボーグ』を始めとした宇宙船の存在は感知されておらず、一応の安全は確保されていた。

 

「『ウィントフック』のタカスギ少佐に連絡してくれ」

「了解」

 

 ジュンの指示に応えた通信士官がコンソールを操作して僚艦である『ウィントフック』に通信を送り、程なくメイン・ビューワーにサブロウタの姿が映る。

 

『アオイ中佐。センサーによれば、主船体の損傷は艦首から中央部にかけてに集中してますね』

「切り刻んで取り込もうとしていたからな。おかげで比較的艦尾の損害は少ないから相転移エンジンも無事の可能性が高いな」

 

 そこでセンサーで主船体の損傷具合を調べていたアゥインによれば、相転移エンジン八基の内で無傷なのは三基ほどあり、残りの五基も修理すれば使用可能な状態にあるとの報告が上がる。

 

『それだけでは無くてですね。後部船体はほぼ無傷なので使えそうな部品もありそうなんですよ』

 

 『ウィントフット』のセンサーを使って調べていたハーリーが報告してくる。ふと、コン・コンソールの方に視線を向けると、微妙に頬を膨らませたアゥインの姿が映る。ハーリーに先に報告されて不貞腐れるとは、ローティーンの少女らしさを垣間見てジュンは小さな笑みを浮かべ、ビューワーのサブロウタも肩を竦めている。

 

「そうなると持ち帰りたくなるのが人情だが、アゥイン何とかならないか?」

 

 ジュンの無茶ぶりを受けたアゥインは、暫く何かを計算しながらコンソールを操作して確認を取っていたが、ようやく纏まったようでコンソールから顔を上げる。

 

「 計算では破損している艦首部分のディストーション・ブレードをフェイザーで四基とも切断すれば、『アスタナ』と『ウィントフック』のトラクタービームで固定出来ます。その後は二隻のワープ・フィールドで包めば運ぶ事が可能です」

「どれくらいの速度が出せる?」

「ディストーション・ブレードを撤去したとはいえ、二千メートル以上の主船体を抱えて飛ぶ訳ですからワープ5が精一杯ですね」

「ワープ5か、基地に戻るまでどれくらいかかる?」

「ワープ5ですと、光速の125倍――約四十日位かかりますね」

 

 アゥインの算出を聞いたジュンは思案する。

 

『どうします? 担いで帰りますかね』

 

 ビューワー越しのサブロウタも巨大な荷物を抱えて飛ぶという事によるデメリットを考えて、思案顔で聞いて来る……『アルテミス』という未知のファクターの介入というか、無謀にも喧嘩を売った『ボーグ』が返り討ちに会って撤退したとはいえ、何時再遭遇するか分からないのだからリスクはあるが、宇宙基地にたどり着いて一応の安息を得たとはいえ使える資材があるのなら持ち帰りたい所だが。

 

「……持ち帰ろう」

『良いんですか、帰還の途中で『ボーグ』に出会うかもしれませんよ?』

「そのリスクは考えたが、新しい船体を早く建造する為にもコレは有用だと思う。最低三隻の『ボーグ・キューブ』を相手にしなければならないのだから、備えるだけ備えなければならない」

『……分かりました』

 

 その後実務的な手順を詰めた後に通信を終了し、ジュンはブリッジに居るアゥインに『遮蔽装置』や武装の点検を命じ、ミナトには航法装置の再点検を命じる……そして通信担当の士官にはデープ・スペース・13への亜空間通信を開くように命じて、放棄した主船体の状態が思ったより良い事と帰還が一ヶ月以上伸びる事を告げる。

 

『そうなんだ、気をつけて帰ってきてね』

『こちらは気にせず、十分に注意して帰ってきてください』

 

 メイン・ビューワーに映るユリカとルリの話では、向こうでも色々模索しているというが詳細は通信を傍受された場合を考えて基地に戻ってからという事になった。

 

「アオイ中佐、準備が出来ました。『ウィントフック』も位置についたようです」

「コッチは所定の位置についたわよ」

「――わかった。やってくれ」

「了解、トラクタービーム照射します」

 

 アゥインがコンソールを操作すると『アスタナ』の船体下部よりトラクタービームが照射されて、フェイザーでディストーション・ブレードを切断された主船体の残骸を固定する。そして同様の行動を反対側に待機していた『ウィントフック』も取り、『ウィントフック』の船体下部よりトラクタービームが照射されて主船体の固定を補強する。

 

「主船体の固定が完了しました――これよりフィールドを形成してワープに入ります。方位023マーク35、速度ワープ5に設定」

「『ウィンフック』より準備完了との連絡がありました」

 

 アゥインと通信担当士官がコンソールを操作しながら準備が完了した事を告げる。それを聞いたジュンはビューワーに映し出された主船体の残骸を一瞥するとアゥインに視線を向ける。

 

「よし! 直ちに発進だ」

「了解。『ウィントフック』のシステムと同調開始、ワープ・フィールドの同調を確認、ワープ・コイルにエネルギー伝達――ワープ!」

 

 アゥインの宣言と共にミナトがコン・コンソールを操作して、『アスタナ』と『ウィントフット』の両舷にあるワープ・コイルが青白き光を放って巨大な残骸と共に光となって消えていった。

 

 


 

 『ナデシコD』艦内 中央部第五多目的ホール

 

「そしてボク達は『ナデシコD』の新しい船体を建造して、この三年間『ボーグ』からテンカワの奴を取り戻すべく戦っていたんだが、未だ取り戻すことは出来ていない」

 

 この宇宙に来てからの経緯を話したジュンは、苦々しい表情を浮かべる。

 

「この宙域に進入した『ボーグ・キューブ』は三隻だけではなかったんだ」

「なんだって!?」

 

 ジュンの言葉はその場にいた者達に衝撃を与える。ライカー達は驚愕に歪み、真田達も苦々しい経験が思い出されて同じく歪む……『ボーグ・キューブ』と初めて遭遇した『ヤマト』は、無知ゆえにクルーに犠牲を出して同化寸前にまで追い込まれた。そしてライカー達『エンタープライズE』のクルー達は、二度の侵略を受けて多大な犠牲を払ってきた――そんな恐るべき『ボーグ』の船が三隻もアルファ宇宙域に進入してきた事に危機感を感じているのに、アオイ・ジュンと名乗る男性の話は彼らに更なる危機感を齎した。

 

「他にも『ボーグ・キューブ』が存在したとは」

「馬鹿な。『ボーグ』の本拠地であるデルタ宇宙域とは七万光年も離れているのに、四隻目も存在するというのか」

 

 顎に手をやりながら何かを思案する真田と、顔色も悪く呟くように言葉を口にするライカー。その横ではディアナが心配そうに見ているが、今のライカーには彼女に配慮するだけの余裕がない。それ程までに新たな『ボーグ』の存在は、彼にとって衝撃だったのだ。

 

 元々『ボーグ集合体』は銀河系の反対側デルタ宇宙域に生息する種族であり、デルタ宇宙域において一大勢力を築いている――数百の星系を支配下に置き、数千の『ボーグ・キューブ』が飛び交っていると言う彼らはデルタ宇宙域で最も恐れられている種族である。だが彼らの勢力圏と惑星連邦の存在するアルファ宇宙域には、七万光年という連邦の航宙艦がデルタ宇宙域に到達するまで七十五年もかかるという距離の壁があり、それ故に『ボーグ』の侵攻は散発的なものになっているのではないかと推察されていた。

 

「これを見て欲しい」

 

 そう言ってジュンは手元に浮かんだコンソールを操作して一枚のウィンドウを呼び出すと、それを全員が見える場所まで送り出して拡大する――そこには巨大な発光する球体の周りを飛び交う数隻の『ボーグ・キューブ』の姿が映し出される。

 

「……一隻ではないのか」

「……これは、何かを建造していますね」

 

 ウィンドウに映し出された光景に絶句するライカー達『エンタープライズE』のクルー。そして同じくその光景に驚きを表にしながらも、『ボーグ・キューブ』の行動が一定の範囲に収まっている事に気付いた真田は、『ボーグ・キューブ』が何の為にその場に存在しているのかを理解するべく飛び交う範囲を凝視すると、飛び交う『ボーグ・キューブ』の下――発光する球体の表面に黒い建造物らしきものが見えた。

 

「これは此方の無人偵察機が捉えた映像だ。途轍もないエネルギー係数を持つ天体の周囲に三隻のキューブが存在していて、天体の表面に何かを建造している姿が確認された」

「つまり、建造を優先しているので周辺星域に被害が出なかったという事か?」

 

 『ヤマト』と接触した後に『エンタープライズ』は三隻もの『キューブ』と遭遇し、『ヤマト』の決戦兵器『波動砲』により二隻の『キューブ』は破壊され、残る『キューブ』は一隻と考えていたのに、アルファ宇宙域の辺境部には未だ三隻の『ボーグ・キューブ』が存在していたとは。

 

 だがそんな三隻の『ボーグ・キューブ』は天体の周りのみを航行してるようで、映像で『ボーグ』が何を建造しているのか気になったライカーは、ジュンに詳細が分かるデーターはないか尋ねると、至近距離から撮影されたと思われる映像へと切り替わる――輝く天体の表面に蠢く黒い六画形を基準とした構造物がアメーバーのように広がっている。

 

「――これは……データー?」

「……ええ、間違いありません『ヴォイジャー・レポート』に記載された『トランスワープ・ハブ』です」

 

 拡大された映像を凝視していたライカーが確かめるようにデーターに確認すると、同じく映像を見ていたデーターが同意するように頷く。

 

「『トランスワープ・ハブ』?」

 

 アオイ・ジュンの発した疑問の声に答える形で語りだすデーター。

 『トランスワープ・ハブ』とは、未知の現象によってデルタ宇宙域へと飛ばされた惑星連邦所属のUSSヴォイジャーのキャスリン・ジェインウェイ艦長による航海記録『ヴォイジャー・レポート』に記載された、『ボーグ集合体』が保有する戦略拠点である。

 

 現行のワープを遥かに超える速度を出すトランスワープ技術。限られた種族のみが運用するその超技術を用いたトランスワープ・コンジェットと呼ばれる亜空間トンネルを数千も設置し、銀河系全域に数分で『ボーグ・キューブ』を送り込める、『ボーグ』の戦略の要である――だが、『トランスワープ・ハブ』は、USSヴォイジャーの活躍により破壊された筈である。

 

「……恐らくこの『トランスワープ・ハブ』はまだ稼動していないのでしょう――もし稼動していたら、『ボーグ』は大群を持って惑星連邦の領域に侵入しているでしょうから」

 

 一切の感情が感じられないデーターの言葉は部屋の温度が下がったかのような感覚を、その場に居る全員に齎した。いずれ来る『ボーグ』の大攻勢を予感して誰かが身震いを起こす。

 

「……これは、とんでもない事になってきたな」

 

 

 

 




 どうも、しがない小説書きのSOULです。

 ついに明らかになった『ボーグ』の目的――いま、惑星連邦は存亡の危機を迎える。

 これ位の危機的な状況でもなければ、『ナデシコ』などと言う未知の勢力と同盟を組もうとすれば様々な横やりが入るでしょう。

 次回 第三十三話 不穏なる空気。
 『ボーグ・ドローン』蹴散らしてその実力の一旦を見せた翡翠に『ヤマト』艦内の不穏な空気が近付いて来る。

 では、また近いうちに。


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迷走編
第三十三話 不穏なる空気



 デープ・スペース・13 展望室



 巨大な宇宙基地であるデープ・スペース・13には数万人規模のクルーが生活するための施設があり、生命維持装置や食料の生産プラントなどは余裕をもって設置されている。そしてクルー達のストレスを軽減する目的で様々なレクリエーション施設が存在しており、この展望室もその一つだ。

 そんな目的で作られた展望室だが、現在この基地に居るのはナデシコでやって来たクルーのみであり、彼らは再建した『ナデシコD』の船体チェックに忙しく、せっかくの施設だが利用する者はごく限られている――だが、今この展望室には一人の少女の姿があった。

 銀の髪を肩口で揃えて金色の瞳は展望室の窓に映る宇宙をただ見つめていたが、右手を目の前にまで持ってくると握ったり開いたりする動作を暫く繰り返していたが、吐息を吐いた後に右拳を展望室の窓に叩き付ける。しかし少女の力では傷を付けるどころか微動だにすらしなかった。


「……何をやっているんだろう、私は」




 

 宇宙戦艦『ヤマト』艦内 舷側展望室


 

 『ヤマト』の舷側から少し張り出した展望室は『ヤマト』の乗組員達に取って数少ない休息の場であり、勤務時間外のクルーが集う憩いの場でもあった。そして今その場所には、衛生士の原田真琴に連れられた翡翠の姿があった……だが真琴の表情は不機嫌そうに眉を寄せており、それを宥める翡翠という年齢からいえば反対の構図が出来上がっていた。

 

「――まったく! 翡翠を見るなり出て行くなんて」

「まぁまぁ仕方ないよ、真琴ねえちゃん。実際不審人物だしね」

 

 艦内に侵入した『ボーグ・ドローン』を素手で何体も打倒した翡翠の話は瞬く間に艦内に広がり、噂が噂を呼んで尾びれが付属して、何時しか翡翠は迷い込んだ異星人の少女から、恐ろしい力を持つ地球人とは違う化け物として恐れられ始めていたのだ。

 

「翡翠は悔しくないの!? 翡翠はみんなを守る為に頑張ったっていうのに!」

「……いや、ムカついたから、ぶっ飛ばしただけなんだけどね――って、痛ったたたった!?」

 

 真琴の怒りにどこ吹く風の翡翠の頬っぺたを、真琴は力一杯に引っ張る。暫くジタバタ暴れていた翡翠だったが、ようやく解放されてヒリヒリする頬っぺたを押さえて涙目になる翡翠……頬を押さえながら真琴から距離を取っていた翡翠の目に、展望室の窓から見える巨大建造物の姿が映った――『エンタープライズ』のクルーにより未知の現象により放棄された事が判明した、連邦の様式で建造された巨大宇宙基地であった。

 

「――ん? なにアレ?」

「ああっ、アレ? あそこで船体の補修が出来るって話だったんだけど、原因不明の疫病か何かで放棄されたらしくてね。検査結果が出るまで入れないってサブちゃんが――」

「サブちゃん?」

「――あっ!?」

 

 首をかしげる翡翠。顔を真っ赤にした真琴が頬っぺたを引っ張ろうと手を伸ばすが、その手からするりと逃れた。

 

「ねぇ、真琴ねえちゃん。あの建造物のデーター、手に入らない?」

「えっ? う~ん、美影なら何とかなるかも」

「よし、それじゃ行こうか」

「ちょ、翡翠待ちなさい――こら待て、翡翠!」

 

 スタスタと一人で歩いていく翡翠を呼び止めた真琴だったが、構わず展望室を出て行く翡翠を慌てて追いかけていく……ようやく追い付いた真琴だったが、翡翠から桐生美影の居場所を聞かれて戸惑いを覚えた。振り返った翡翠の眼が――彼女の名前の元となった翠瞳から真紅の瞳に変わっていたから。

 

「……その眼は」

「――ああっ、ちょっと気合を入れていたからね」

 

 翡翠の瞳から紅い輝きが消えて元の翠眼に戻る。

 

「……翡翠、今のは」

「ちょっと珍しい現象の残照を感じたんでね、何があったのかデーターが欲しいと思ったんだ」

 

 肩を窄めて答える翡翠。だから情報を持っている人を教えて欲しいと言われ、思ったよりまともな理由に真琴は近くにあった艦内通話器を操作すると桐生美影に連絡を取り、翡翠を連れて彼女が居る技術解析室へと向かう。

 

 


 

 『ヤマト』艦内通路

 

 真琴と翡翠は並んで艦内通路を歩いているが、すれ違うクルーは翡翠の顔を見ると通路の脇に逃れたり中には露骨に顔を歪める者も居て、その都度真琴は眉を吊り上げるが、同時に仕方のないと言う事も理解出来てしまう……人類は初めて接触した異星人『ガミラス』との戦争に破れて、地球は放射能に汚染された死の大地へと変貌して多くの犠牲者を出した事による異星人『ガミラス』への激しい憎悪と怒りが人々には蔓延しており、それがエイリアン・リゼクション(異星人拒絶反応)とも言うべき拒絶意識を生み出している。

 

 そしてそれが今、得体の知れない異星人として認識されつつある翡翠へと向けられようとしていた……幸いというか彼女の見た目が年端もいかない少女の姿をしている事が、浅慮な行動を自制させる事となってはいたが。

 

 あれこれ考えている内に目的地である技術解析室のドアが見えて来た事に気付いた真琴は、翡翠を伴って入室する。

 

「失礼しまーす、美影居る?」

 

 解析室の内部は各種モニターと共に大掛かりな測定装置が設置されており、モニターの一つの前に栗色の髪を束ねてポニーテールにした特徴的な女性の姿があった。集中しているのかモニターを見ながら何か唸っており、真琴達が入室してきた事に気付いてはいないようだ。

 

「何見てんの、美影?」

「――うわぁあ!? なんだ真琴か、びっくりした」

 

 突然声をかけられて椅子から飛び上がるかのような勢いで驚いた美影は、振り返ると後ろに立っていた真琴を睨む。暫く戯れ合いのような問答をしている二人を呆れたような目で見ていた翡翠だったが、終わらない戯れ合いだんだん焦れてきていた。

 

「ねえちゃん達、そのつまんない漫才何時まで続くの?」

 

 呆れたような言葉に真琴と美影はびしっと固まり、あわあわと彷徨った美影の手は翡翠の頬に伸ばされた。

 

「痛たたたたたぁあ! 何でいつも頬を引っ張るの!?」

「……いやぁ、伸びそうだったんで、つい」

「柔らかそうだったから、つい」

 

 頬を引っ張る手から逃れた翡翠が猛然と抗議するが、美影と真琴は後頭部を掻きながら笑って誤魔化そうとする。しばらく頬を押さえながらも睨んでいた翡翠だったが、この二人のダメな姉貴分にこれ以上何を言っても無駄と判断したのか、まだヒリヒリする頬を押さえながら本題に入った。

 

「さっき展望室からデカイ建造物が見えた時、何か時間的な位相がズレた事による時間変動の痕跡らしきモノが見えたんだ。だからあの構造物のデーターがないか、美影ねえちゃんに聞きに来たんだけど」

「時間変動?」

 

 翡翠の言葉に疑問の声を上げる美影だったが、頬を引っ張られる事になるとは思わなかったと、恨めしげに睨む翡翠のジト目から逃れるようにコンソールを操作して件の構造物――正式名称デープ・スペース・13の詳細なデーターを呼び出した。

 

「これね。全長は百三十キロ、傘状の上部構造物は宇宙船の係留施設になっていて、下部の円筒状の構造物は動力施設だと思うけど詳細は不明ね」

「美影ねえちゃん、周囲の重力分布図を出してみて」

 

 突然職場にやって来て、そんな事を言い出す翡翠に抗議しようと振り返るが、硬い翡翠の表情を見て何か理由があるのかと考えて、美影は別のモニターに重力分布図を映し出す。

 

「……これは……周囲の空間湾曲率は?」

 

 言われるがままに情報を映し出した美影は、考え込む翡翠を見て何か知っている事があるのではと思い問い掛ける。

 

「翡翠、何か分かるの?」

 

 問い掛けられた翡翠はしばらく考え込んでいたが、考えが纏まったのか話し始めた。

 

「このステーションは強力な時間衝撃波に襲われたようね。あちらコチラの時間的位相がズレているのよ」

「時間衝撃波?」

「どこかで時空構造内で衝撃波が発生したのね。それが運悪くステーションに直撃したんだと思う」

「そんな事が起こりうるの?」

「非常に稀だけどね」

 

 半信半疑の美影に説明する翡翠……その横では、難しい顔をしながらも話について行けない真琴は理解を諦めたようだ。未だ信用しきれないのか美影は幾つも質問するが、翡翠はステーションの周囲の空間湾曲率の歪みを指摘し、これ以上は時間センサーがなければ証明のしようがないと肩を竦める。

 

「とはいえ時間変動も収まっているようだし、ステーションに入っても大丈夫だと思うよ」

「ホント?」

 

 未だ半信半疑の美影に、無い胸を張って太鼓判を押す翡翠だったが、内心では別の事を考えていた。

 

(……時間衝撃波か……時空侵略艦のようなゲテモノでも居たのか……何、この到れり尽くせりな状況は)

 

 亜空間跳躍実験後の『ヤマト』への予期せぬ接触と、量子的に不安定になっても自分達の宇宙と類似した宇宙へと転移した幸運。そして拠点として申し分ない施設の存在……何か途方もない存在の干渉を疑っていたが、それは確信へと変わっていった。

 

 


 

 

 惑星連邦の領域の外縁部に設置された宇宙ステーション デープ・スペース・13の周囲には、惑星連邦所属USS『エンタープライズE』と平行世界からの来訪者である宇宙戦艦『ヤマト』がステーション付近で停泊しながら船体の補修作業を行っていた。

 

 


 

 艦長日誌 宇宙歴54978(西暦2378年7月15日)

 

 並行世界からの来訪者である宇宙戦艦『ヤマト』との衝撃的な出会いから、惑星連邦を始めとする星間文明最大の脅威である『ボーグ集合体』との予期せぬ接触により、我々は人知れず『ボーグ』の再侵攻が始まっていた事を知った。

 

 彼らは再侵攻にあたり三隻もの『ボーグ・キューブ』を投入しており、一隻だけでも連邦に取って存亡の危機になりえるのに、三隻ものキューブの出現は連邦の終焉を思わせた。

 

 ――だが、先に交戦状態にあった『ヤマト』との共闘により二隻の『ボーグ・キューブ』を撃破する事に成功したが、最後の一隻は『エンタープライズ』と『ヤマト』のシステムに侵入して機能不全を引き起こして、我々は対抗手段を失った。

 

 もはや同化されるしかないのかと思った時、我々の前に新たな平行世界からの来訪者が現れる――ナデシコを名乗る、巨大な航宙艦を要する勢力の参戦である。

 

  我々はナデシコ勢との接触の折に齎された――未だ五隻の『ボーグ・キューブ』が存在しており、アルファ宇宙域に彼らの橋頭堡――トランスワープ・ハブを建造しているという恐るべき情報を入手した我々は宇宙艦隊司令部に情報を送った後、対抗策を協議しようと会議室へと集まった。

 

 


 

 

 USS『エンタープライズE』会議室

 

「で、艦隊司令部は何と?」

「大混乱に陥っているよ、とりあえずは情報収集を命じられた」

 

 『ナデシコD』より齎された情報をライカーより報告されたピカードは、すぐさま艦隊司令部に連絡して指示を仰いだ。

 

「この情報はクリンゴンのみならずロミュランにも送られ、協力して対処に当たろうという事になっている」

 

 ピカードは会議に出席しているメンバー、副長のライカーとカウンセラーのディアナ。そして臨時で保安部員のウォーフと機関部よりラ=フォージと医療部よりビバリー。彼の意見が必要だろうと緊急の呼び出しで『ヤマト』より帰還したデーターの六名を前に、艦隊司令部との会話の内容を話す――『ボーグ集合体』は技術と生物的な特徴を同化していく彼らの侵攻は宇宙域全体の問題であり、惑星連邦のみならず周辺にある同盟国のクリンゴン帝国や、緊張状態にあるロミュラン帝国にも艦隊の派遣を要請するという。

 

「それだけ複数の『ボーグ』艦は脅威だという事だ」

「確かに一隻だけでも厄介な『ボーグ』が艦隊を組んで侵攻してきたら太刀打ち出来ないでしょうね」

「しかもトランスワープ・ハブが完成したら、どれほどのキューブが襲来するか分かりませんからね」

「完成前に攻撃を仕掛けるべきです」

 

 ピカードの言葉にライカーとデーターは『ボーグ』の脅威を指摘し、ウォーフは即時攻撃を進言する。

 

「問題は『ボーグ』が建造しているという『トランスワープ・ハブ』だが、三隻もの『ボーグ』艦に守られている以上、並大抵の戦力では返り討ちに合うのが関の山だろう」

「では、『ヤマト』に協力を要請しては? あの船の火力は『ボーグ』との戦いに有効です」

「いや、『ヤマト』と共闘したといえど、三隻もの『ボーグ』を相手にするのは無理だ」

 

 苦笑しながらもピカードは、『ヤマト』との共闘案に難色を示す――宇宙戦艦『ヤマト』は既に『ボーグ・キューブ』と交戦しており、その戦いで『ヤマト』の切り札の『波動砲』の使用されている……『ボーグ』の能力は尋常ではなく、もしも『波動砲』に対する防御策を講じられていたら最悪の事態になる。

 

「……それに、もし『ヤマト』が同化されて、彼らの言う『次元波動エンジン』が『ボーグ』の手に渡ったとしたら、それは最悪の結果を齎すだろう――それだけは防がねばならん、どんな手を使ってでも」

 

 それに自分達の世界への帰還を望む『ヤマト』も、この世界の争いに巻き込まれる事を望まないだろう、と。

 

 




 どうも、しがない小説書きのSOULです。

 ……オリキャラが色々な動きをしております。こんな事で話は終息するのか?
 (……したんだけどね)

 次回 第三十四話 蝕まれる『ヤマト』。
 『ボーグ』が残した爪痕は『ヤマト』を蝕み、乗組員達は昼夜を問わず復旧作業に従事していた。不調を訴える『波動エンジン』を回復させる手立てを求めて、徳川と山崎は翡翠に話を聞きに行くのだが…・・・。



 では、また近いうちに。


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第三十四話 蝕まれる『ヤマト』

 

 宇宙戦艦『ヤマト』 機関室


 

 機関長 徳川彦左衛門は、『ボーグ・ドローン』に襲われて同化されかかっていたが、翡翠の乱入で何とか同化を免れて医務室で安静にしていた。だが『ヤマト』の心臓部とも言える波動エンジンが『ボーグ』により妙な細工が施されて不調に陥っていると知って、病み上がりの身体を押して機関室へと詰めていた。波動エンジンの調子を戻すべく制御盤を操作しながら機関部員達と共に不調を続けるエンジンを調整していたが、最低限の出力を維持するのが精一杯であった。

 

 『ボーグ』との戦闘の折に冷却システムがダウンして波動エンジンは停止し、そして三隻目の『ボーグ』との戦いでは『ボーグ・ドローン』の侵入を許してしまい、機関室を一時占拠されしまった。機関室を占拠したドローンは波動エンジンの制御盤に独自の改造を施し、エンジン自体にも奇妙な機械が取り付けられていたのだ。その機械が実に厄介で、取り除いても取り除いても増殖して波動エンジンに張り付き、未だ全てを取り除く事は出来ないでいた。

 

「ダメじゃな。この妙な機械を取り除かないかぎり、波動エンジンは本調子にはならん」

 

 何とか出力を上げようと制御盤と悪戦苦闘をしていた徳川は、思い通りに行かないエンジンに渋面を浮かべた。『ボーグ』との戦い以降、波動エンジンに取り付けられた妙な機械によって、『ヤマト』は本調子には程遠い状態で修理も遅々として進んでいなかった。

 

「おやっさん、戻りました」

「おおっ、山﨑か。で、どうだった?」

「技術科でも、あの機械の増殖を止めるのは難儀しているようですね」

 

 機関室へと戻ってきた応急長 山崎奨は技術科にサンプルとして持っていった増殖する機械の解析結果を聞きに行っていたのだが、結果は芳しくなかったと徳川に報告すると、二人は揃って難しい顔で唸る――『ボーグ・ドローン』によって波動エンジンに設置された機械群は取り外しても目に見えない微細な機械が残り、それが波動エンジンを構成する物質を原料に自己の複製を作り出し増殖し、何時の間にか機械群が元通りに張り付いているという状況である。

 

 『ボーグ』の機械によって波動エンジンの素材が使われて強度少しずつ下がってきており、このままでは強度不足によって波動エンジンは起動不能――無理矢理起動すれば爆発してしまうだろう。

 

 機関部員達は波動エンジンに張り付いた『ボーグ』の機械群を取り除きながら根本的な駆除方法を探っていたが、技術科に応援を頼んでも明確な方法を確立することは出来ずにいたのだ。

 

「……まずいのぉ、このままでは波動エンジンが停止してしまうぞ」

 

 苦々しい口調で唸るように呟く徳川。その側で難しい顔で何かを考えていた山﨑は、躊躇いながらも口を開いた。

 

「おやっさん、翡翠に協力を仰いでみては?」

「翡翠に?」

 

 山先の提案を聞いた徳川は、訝しげに眉を寄せる。

 

「ええ、あの子は俺達よりも『ボーグ』について詳しいようですし」

 

 『ボーグ・ドローン』の侵入を許して機関室を占拠されたあの時、機関室の奪還を目指してドローンと交戦していた機関部員達の中で徳川がドローンに捕まり首筋に同化チューブと呼ばれるモノが突き立てられて危機的な状況に陥ったが、突如現れた翡翠は同化現象に苦しむ徳川を救うと機関室を占拠するドローンを瞬く間に鎮圧したのだった。

 

「ふむ、それも有りか。翡翠は今どこに居るのかの?」

「医務室に居ると思いますけど」

「では一緒に行ってみるか」

「分かりました」

 

 波動エンジンに巣食う『ボーグ』の機械の排除は手詰まりしており、徳川と山﨑は気分転換もかねて翡翠に話を聞きに行く事にした。

 


 

 

 宇宙戦艦『ヤマト』 医務室

 

「くわぁあ! この一杯の為に生きてるもんじゃ!」

 

 『ボーグ』との戦いで出た負傷者の治療に一応の目処を付けた医務室の主である佐渡酒造は、待機スペースに備え付けられた畳に座り込むと、ちゃぶ台の上に置かれた一升瓶からグラスにアルコールを注ぐと、一気に飲み干して歌うように言う。ちゃぶ台の反対側では、指を咥えた翡翠が恨めしそうに二杯目を注ぐ佐渡を見ていた。

 

「ねぇ、せんせ? そんなに美味しいなら私にも――」

「こら、翡翠! 子供が飲むもんじゃありません!」

 

 物欲しそうに指を咥えながら佐渡に酒を強請る翡翠に皆まで言わせず、医務室のディスプレイでカルテの整理をしていた真琴が叱る……流石にそれ以上はまずいと思ったの、恨めしそうに真琴を見ながら指を咥える翡翠……けっして頬っぺたを引っ張られるのを恐れた訳ではないだろう……多分。

 

「かははは、翡翠にはまだ早いのう」

「う~~、どんな味か興味があるのに……」

 

 にやりと笑う佐渡に恨みがましい視線を向ける翡翠。彼女が言うには異星のアルコールはその星独特の工夫がされており、文化を理解するには一番の近道だと主張するのだった……まぁ見た目十歳前後の子供が言っても、取って付けたような言い訳にしか聞こえなかった――そんなおバカな話をしている時、医務室のドアが開いて来客を告げた。

 

「失礼する」

 

 そう言って入室してきたのは徳川彦左衛門と山崎奨の二人であった。最近まで医務室の住人であった徳川の来訪に何か体調に変化でもあったのかと聞く真琴に、苦笑を浮かべてそうではないと答えると、未だ佐渡の持つアルコールに未練を持つ翡翠に呼び掛ける。

 

「翡翠、ちょっと良いかの?」

「……んっ? 徳川のおじいちゃんに山﨑のおじちゃん? どうしたの、二人揃って?」

 

 どれだけアルコールに集中していたのか、呼び掛けられて初めて二人に気付いた翡翠は不思議そうな顔をして問い掛ける……流石の翡翠も『ヤマト』の現状は知っているが故に、最も被害が大きかった機関室の復旧に尽力している筈の二人が揃って自分に会いに来るという状況に不思議に思ったのだ。

 

「実はお前さんに頼みがあっての」

 

 そう前置きをした徳川は、機関室の現状――『ボーグ』の厄介な機械によって遠からず波動エンジンは強度不足によって使用不能になると説明する。

 

「俺達より『ボーグ』に詳しいようだし、翡翠なら何か妙案があるのではないか、と思ってね」

 

 徳川の説明を所々補足していた山崎がそう言って翡翠に問いかけるが、当の翡翠は難しい顔をして何かを考えているようだった。

 

「う~ん、そこまで侵食されているとなると難しいね」

「何とかならんかの?」

「……『ボーグ』のシステムは自己修復機能が備わっているから、根本から取り除くしかないんだけど」

「根本から?」

 

 意味が理解出来ず徳川と山﨑は揃って首を傾げる。見ると佐渡や真琴まで首を傾げている事に気付いた翡翠は苦笑を浮かべると、コホンと咳払いをすると詳しく説明を始めた。

 

「『ボーグ』の同化って言うのはナノマシンを用いて行われているの。人間ならナノプローブを注入して血球を攻撃するように、システムに埋め込まれた『ボーグ』の機械群は自己修復や自己増殖の為にナノマシンを使って周辺の金属を原料に用いる」

「……やはり、の。それで波動エンジンの強度が失われつつある訳か」

「……そうなると、波動エンジンに巣食うナノマシンを全て取り除かなければならない訳ですが……翡翠、何か弱点のようなモノは無いか?」

 

 翡翠の説明を聞いた徳川と山崎は、『ボーグ』の機械群の厄介さを再認識しながら何か弱点のようなモノが無いか、一抹の望みを掛けて問い掛ける山崎に難しい顔をして考え込んでいる翡翠。

 

「う~ん、確か高い周波数には結構弱いって聞いた気がするけど……まてよ――ねぇ、せんせ。確か医療用のナノマシンって有ったよね?」

「うん? 有るぞい」

「なら話は早い。ナノマシンにはナノマシン、医療用のナノマシンにウイルスを仕込んで、ナノプローブに感染させて死滅させるのが一番てっとり早いんじゃないかな?」

 

 にやりと笑って提案する翡翠――『ボーグ』の攻撃から辛くも脱した『ヤマト』であったが、乗り込んだ『ボーグ・ドローン』により多数の乗組員が犠牲となり、佐渡を始めとする医療スタッフの必死の治療にも関わらず、埋め込まれた機械を切除するも直ぐに新しい機械が肉の奥から盛り上がってくるという意味不明な状態に陥って頭を抱えていた。

 

 そんな混乱の中で、翡翠がある提案をしたのだ――曰く自分の血液の中にある後付け免疫システム『抗体システム』を取り出して、それを培養して犠牲者達に投与すれば瞬く間に『ボーグ』のナノプローブを駆逐してくれるだろう、と。

 

 その提案をした時の翡翠はドヤ顔をして無い胸を張っていたが、良い笑顔をした真琴が傍に立ち「……そう言えば、あの時に待てって言ったよねぇ?」と無痛注射器を片手に囁かれた時には顔を青くしたのはご愛敬だ。

 

 機関室を含む『ヤマト』艦内の『ボーグ』に侵食された設備に散布するなら、ナノマシン自体にウイルスを仕込んで散布した方が効率が良い……決して以前に『ボーグ』に侵されたクルーを救う為に、子供の身体でも耐えられるギリギリのラインの血液を抜かれてフラフラになった苦い経験を回避する為の提案ではない……多分。

 

 翡翠の提案を受けて波動エンジン全体にナノマシンを散布するのにどれだけの量が必要か考える徳川と山崎だったが、提案を聞いた佐渡より医務室にはそれだけの量はとても用意できんぞ、と悲鳴にも似た返答を聞いて技術科に頼んで見るかと思考を巡らせていた。

 

「技術科に頼むとしても、それだけの量のナノマシンが有るでしょうか?」

「……そうじゃのぅ。波動エンジン全体に散布するとなる、どれだけの量がいるか」

 

 難しい顔をして黙り込む徳川と山崎。だが、『ヤマト』の心臓部でもある波動エンジンの復旧は急務である。何とかナノマシンを調達するしかないと決意を固める二人を見ていた翡翠は、苦笑にも似た表情のまま二人に告げた。

 

「いや、おじいちゃん達。『ヤマト』に無いのなら、有る所から貰えば良いんじゃないの?」

「有る所?」

 

 言葉の意味が分からずきょとんとした顔をする徳川に、現在近隣宙域に存在する巨大な宇宙基地の存在を示す――百キロを超える大きさを持つ宇宙基地ならかなりの備蓄がある筈だと、無い胸を張る翡翠。

 

「……なるほどの。じゃが、あの基地は疫病が発生した可能性があって立ち入り禁止になっている筈じゃ」

「それは今、美影ねえちゃんが艦長のおじいちゃんに報告に行っているはずだから問題ないよ」

 

 波動エンジンの修理に必要な資材を調達するといえば多分許可が下りる筈だと後押しする翡翠。それを聞いた徳川と山崎は少し考えたようだが、翡翠の提案に乗る事にした。

 

 


 

 宇宙戦艦『ヤマト』 第一艦橋

 

「……時間衝撃波。そんなモノが存在するというのか」

「翡翠によれば、これ以上は『時間圧力』を測定する機械がなければ証明は難しいと言っています」

 

 大型宇宙ステーション『デープ・スペース・13』が放棄された謎に付いて、桐生美影は翡翠より齎された情報を沖田艦長に報告した――とはいえ、現在の地球のテクノロジーでは『時間工学』は初歩的な段階であり、時間が圧力を持って押し寄せて来るなど想定外にも程があった。

 

「しかし、何で翡翠はそんな事が分かるんだよ?」

「……翡翠が言うには、彼女の目は地球人とは違う波長も見えるらしいわ」

 

 疑問の声を上げる大田に美影は肩を竦めながら答える……実際、彼女自身も翡翠の言葉には半信半疑だが、計測機器の数値は彼女の指摘する通りの数値を弾き出した。

 

「つまり、あの基地に入って『ヤマト』を修理しても問題無いと言う訳だな」

 

 若干疲労の色が見える古代が、美影に確認を取るように問い掛ける……これまでの『ボーグ』との戦いにより、『ヤマト』は内外共にかなりのダメージを受けており特に波動エンジンは奇妙な機械群を埋め込まれて不調が続いていた。傷ついた『ヤマト』を補修する為には運用員だけでは手が足りず、手の空いているクルーも駆り出されて総出で補修を行っている状況なのである。

 

「これで何とか一息付けますね」

 

 ほっとした表情を浮かべるのは通信席に座った相原。通信作業を担う彼は、甲板作業を担当する運用員達や様々な部署のクルーの必死の修理作業により、少しずつだが補修は進んでいる事は知ってはいたが、それでも受けたダメージが大きく、どこか設備の整った場所で修理するのが望ましい事を知っていた。

 

 基地の設備が使用できる可能性が出て少し雰囲気が明るくなった艦橋に徳川より通信が入る。それによれば波動エンジンの不調を解消する方法が判明して、今から説明に行くとの事であった――程なくして艦橋に繋がる基幹エレベーターが到着して、中から機関長である徳川と医官である佐渡の二人が艦橋に入室して来た。

 

「徳川くん、それに佐渡先生とは珍しい組み合わせだな」

「艦長。今回ワシは付き添いにすぎんよ」

 

 異なる職種の二人がやって来た事に軽い驚きを浮かべる沖田艦長に、肩を竦めて返答する佐渡……本来は発案者である翡翠も連れて来る筈であったが、艦内に流れる不穏な空気――異星人である翡翠を良く思わないクルーの放つ雰囲気が『ヤマト』艦内に広がりつつあった。それを考慮して翡翠を艦橋に連れてくるのは見送られ、代わりに佐渡が艦橋に上ったのである。そして徳川より波動エンジンの現在の状況と、それを修理するには大量のナノマシンが必要になる事が説明される。

 

「ナノマシンにウイルスを仕込んで感染させるか、中々悪辣な事を考える」

 

 にやりと笑う沖田艦長に、考えたのは翡翠だと苦笑いと共に告げる佐渡。そして大量のナノマシンを用意する為に大型宇宙基地へ行きたいと告げた。

 

「あれだけの規模なら、それなりの備蓄があるのではと思っての」

「艦長、行かせてはもらえませんか? このままでは何時エンジンが止まるか分かりません」

 

 徳川の要請に思案顔になる沖田艦長。そこに通信席に座った相原が『ナデシコD』に向かった真田より通信が入った事を告げる。

 

『こちら真田、ナデシコ勢との会談の中で重大な案件が判明して会談は一時中断。今より『ヤマト』へ帰還します』

「重大な案件?」

『はい、ナデシコ側より現時点で最低でも三隻の『ボーグ・キューブ』がこの宇宙域で活動している事が明かされました』

「……そうか」

『それとナデシコ側より、『ボーグ』に対抗する為に同盟締結の要請がありました』

 

 真田の報告を受けた沖田は目を細める。暫くして『ナデシコD』よりシーガルが離艦して『ヤマト』への帰投コースに入った事を聞きながら、きな臭い事になってきたと小さく呟いた。

 

 


 

 

 ナデシコDより帰還した真田は艦長室で待つ沖田の元へ行き、ナデシコ勢との会談内容を詳細に告げた。その報告を聞いた沖田は報告の重大性から直ちに上級士官を招集した……そしてその中には、自分達よりも『ボーグ』に詳しいと思われる翡翠に参加を促していた。

 

 


 

 宇宙戦艦『ヤマト』 中央作戦室

 

「これがナデシコより齎された情報――『ボーグ集合体』の戦略拠点です」

 

 星名が作戦室のモニターを操作しながら真田が持ち帰った情報を映し出す。ナデシコとの会談で得られた情報、『ボーグ集合体』が建造している超長距離移動施設『トランスワープ・ハブ』の映像が床一杯に広がる――圧倒的な光量を周囲に広げるエネルギー天体の表面に六角形の構造物が幾つも浮かんでおり、その周囲を『ボーグ・キューブ』が浮遊している光景が。

 

「エンタープライズのライカー副長によれば、これは『トランスワープ・ハブ』と呼ばれるモノで、亜空間に回廊を形成して数分で銀河系の反対側ですら到達出来るらしい」

 

 真田の説明によれば、強力なエネルギー天体の表面にトランスワープのハブ・ステーションを建設して、銀河のあらゆる場所にキューブを送り込めるようになると言う。輝く天体の表面上にアメーバーのように張り付く『トランスワープ・ハブ』の映像に見入る古代と島前に複数の巨大な『ボーグ・キューブ』の姿が映り込んで来る。

 

「情報によれば、この『トランスワープ・ハブ』の周辺には三隻のキューブの存在が確認されている」

「――まだ三隻も!?」

 

 青ざめた表情を浮かべる太田。最初に遭遇した二隻の『ボーグ・キューブ』はエンタープライズの協力もあって撃破したが、その後に現れた『ボーグ』には基本フレームに侵入されて全機能を奪われた――そしてあわや同化されるかと言った所でナデシコ勢が現れて窮地を脱出する事が出来たのだ……そんな恐るべき力を持った『ボーグ・キューブ』が三隻も存在しているという。

 

「ナデシコ側からは『ボーグ』と戦う為に協力して欲しい――つまり同盟を締結したいとの申し出がありました」

「そこまでして『ボーグ』と戦うという事は、彼らの目的はあの黒ずくめの男かの?」

「ええ、彼の名はテンカワ・アキト。ナデシコDの艦長テンカワ・ユリカことミスマル・ユリカの夫であり、彼らがこの並行世界に来たのは余命少ない彼を連れ戻す途中でアクシデントが有ったからだと言う事です」

「余命少ない?」

「彼らの説明ではテンカワ・アキトはテロリストに誘拐されて、人体実験の被験者にされたそうです」

「……酷いことを」

 

 彼らの戦う理由に一応の納得を示す徳川。だがナデシコ勢と同盟を組むという事は、強大な『ボーグ』と再度事を構えるという事にほかならない。

 

「艦長。我々の旅の目的はこの平行世界から自分たちの世界へと帰り、イスカンダルへの航海を再開する事です。ですので、私は即時撤退を具申します」

 

 

 




 どうも、しがない小説書きのSOULです。

 冷静な真田さんならこういう決断をするかな、と。彼らの目的はあくまでも元の世界に帰還してイスカンダルに赴き、『コスモリバース・システム』を受領して地球を救う事ですからね。
 
 次回 第三十五話 それぞれの思惑。

 では、また近いうちに。


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第三十五話 それぞれの思惑

「艦長。我々の旅の目的はこの平行世界から自分たちの世界へと帰り、イスカンダルへの航海を再開する事です。ですので、私は即時撤退を具申します」

 

 『ナデシコD』での会談から戻った真田は、艦長である沖田にこれ以上の戦闘には参加せずに本来の目的である元の世界へ帰還する術を見つける事に全力を注ぐべきだと締めくくった。

 

 『ボーグ』との戦闘は身を守る為であったが、あの恐るべき戦闘力を有する『ボーグ・キューブ』が複数存在しており、戦いはこれからも続く事は容易に想像できた。

 

 それに――酷な言い方だが、『ボーグ』の問題はこの世界の問題であり、別な世界から迷い込んだ自分達にとっては『ボーグ・キューブ』を倒した所で自己満足にしかならず、逆に時間を掛ければ掛けるほど自分達の地球のタイムリミットが迫るという悪循環に陥る可能性が高い。しかも、今回姿を現したナデシコ勢は仲間を『ボーグ』から取り戻す事に固執しており、戦いが激化する事はあっても早期決着が付くとはとても考えられなかった。

 

「確かに、『ボーグ』を相手にするよりイスカンダルへの航海を再開する方が重要だな」

「航海スケジュールは遅れ気味だったからな、亜空間ゲートで稼いだ日数もこのままでは無駄になる」

 

 古代と島も真田の意見に理解を示す。元々『ボーグ』と戦闘に陥ったのは彼らが技術や生物的特性を同化する種族であり、『ヤマト』に使われている技術を同化しようとしたから抵抗しただけであり、彼らとの間に戦う理由は無い――あれは例えるならば軍隊アリを相手にするようなものだ。

 

「じゃが、今のままでは直に波動エンジンは使い物にならなくなるじゃろう。じゃから、それまでに修理に必要なナノマシンを確保しておきたい」

 

 渋面を浮かべる徳川――イスカンダルへの航海を優先する事に彼も異論はない。だが現実問題として『ボーグ』の置き土産によって波動エンジンはいつ強度不足に陥って停止してしまうか分からない状態であり、機関長としては撤退の前に波動エンジンの修理に目処を付けておきたいのだ。

 

 作戦室に集まっているクルーたちの視線が集中する中、沖田艦長が口を開いた。

 

「『ヤマト』の目的は地球を救う為にイスカンダルへたどり着き、コスモリバースシステムを受領して帰還すること。その為にも我々がしなければならな事は、この平行世界から元の宇宙へと戻り航海を再開すること……だが、その為には波動エンジンは必要不可欠なものだ」

 

そして沖田艦長は周囲に集まるクルーをゆっくりと見回した後に決断を伝えた。

 

「ワシはまず『エンタープライズ』に話をしてみようと思う」

 

 大型宇宙ステーション『デープ・スペース・13』は『エンタープライズ』の属する陣営が建造したものであり、エンタープライズを通じてならナノマシンの備蓄の量が分かるかもしれない。そうすれば『ボーグ』と敵対関係にある『ナデシコ』勢から『ボーグ』の同化技術に対抗する術をカードに、『デープ・スペース・13』からナノマシンを融通してもらう事も可能かもしれないから。

 

 


 

 

 USS『エンタープライズE』ブリッジ

 

 巨大な宇宙基地『デープ・スペース・13』の付近で待機している『エンタープライズE』は基地が放棄された理由を探るべく、各種観測機器を用いて慎重に調査していた――そもそも、この宙域に惑星連邦の様式で巨大宇宙基地が設置されたという記録はなく、それが未知の現象で放棄されたと言うのだ――きな臭い匂いしかしないではないか。

 

「データー。『デープ・スペース・13』周囲に変化はないか?」

「……半径三光年には空間の異常は見受けられませんが、ステーション周辺には微弱な空間の湾曲が見受けられますね。航行には支障はないレベルですが」

 

 キャプテン・シートに座るライカーの問いに、『ヤマト』より帰還して任務に復帰したデーターはコンソールの表示を読み取りながら答える……先程まではピカードが指揮を取っていたが、『ヤマト』から通信が入って艦長室で対応している為に、副長のライカーが調査の指揮を引き継いでいた。

 

「……外的要因により『デープ・スペース・13』は放棄されたが……もはや脅威は去ったのか?」

「サー、それは早計だと思います。空間の湾曲という痕跡がある以上、何かが有った可能性は高く、“それ”が再び脅威となるかもしれません」

 

 考え込んでいたライカーの呟きを聞いて、データーは驚異の正体を突き止めるべきだと進言する。それを聞いたライカーも原因不明のままでは対処のしようもないと考えて引き続き調査を命じたが、艦長室より出てきたピカードが調査の中止を命じる。

 

「艦長?」

 

 驚きの顔を浮かべながらもキャプテン・シートより立ち上がったライカーはピカードにシートを返す。キャプテン・シートに座ったピカードは、副長席に座ったライカーに説明する。

 

「先ほど『ヤマト』から『デープ・スペース・13』異変の原因に付いて情報がもたらされた」

「『ヤマト』から?」

「説明によれば『デープ・スペース・13』は時間衝撃波に襲われて、『デープ・スペース・13』の内部は時間変動状態になって時間がまともに流れなくなったらしい」

「……そんな事が」

「基地の周辺には空間異常が残照として残っているが、それ以外は数年前の事なので残ってはいないそうだ」

「それが本当だとすれば、『ヤマト』の情報収集能力は侮れませんな」

 

 ピカードとライカーが『ヤマト』の高い解析能力について話していると、『デープ・スペース・13』へと戻っていった『ナデシコD』より映像通信が入った事を伝える。ピカードはメイン・ビューワーに写すように指示すると、程なくしてビューワーに先ほどまで話していたナデシコの副長アオイ・ジュンの姿が映し出された。

 

「『ナデシコD』の副長のアオイ・ジュンです」

「『エンタープライズE』の艦長ジャン=リュック・ピカードだ」

 

 ピカードが名乗るとビューワーのアオイ・ジュンは少し驚いた顔をするが、直ぐに取り繕う。

 

「いかがですか、基地への嫌疑は晴れましたか?」

「ええ、どうやら放棄された理由は疫病の類では無いようですが、我々にはこの宙域に基地が建設されたというデーターはありません。ですので調査をさせて頂きたい」

 

 ピカードの要求に、アオイ・ジュンは暫し思案した後に了承の意を告げる。ならば基地内にエンタープライズを入港させて心ゆくまで調査をされてみては、と提案した。

 

「こちらとしても対『ボーグ』への同盟に付いて話し合いたいと思ってますので」

 

 アオイ・ジュンの提案について考えたピカードは了承を告げる。

 

「分かりました。ではこれより『デープ・スペース・13』へ向かいます」

「では直接会えるのを楽しみにしています」

 

 そう言ってアオイ・ジュンは通信を切る。そしてピカードは交代要員としてコン・コンソールに座るエスタード准尉に発進準備を整えるように指示した後、戦術ステーションに居るウォーフに『ヤマト』に『デープ・スペース・13』に向かう事を通信するように指示する。

 

 そうして指示を飛ばしていると、『デープ・スペース・13』に変化が起こった。上方の航宙艦の係留施設のある傘の部分の一角に備え付けられた巨大なゲートが開閉し始めたのだ。

 

「艦長。『デープ・スペース・13』のグラウンド・ゲートの開放を確認しました」

「センサーの反応は?」

「グラウンド・ゲート周辺にエネルギー変動はありません」

 

 キャプテン・シートに座わったピカードは、入口付近に仕掛けが施されていないかセンサーで探らせていた。これまでに様々な文明や組織を相手にしてきたピカードだけに、同盟を申し込んできた相手とは言え無警戒に艦を前進させるような事はせず、不測の事態に備えることを怠らなかった。

 

「よろしいのですか、艦長」

「あの基地に色々と不可解な面が有るのは承知している。だからこそ、詳細な調査が必要だ」

 

 難色を示しているライカーにそう応えるピカード

 

「それに『ヤマト』は『ボーグ』に埋め込まれたシステムを復旧する為に大量のナノマシンが必要だそうだ。ならば話の持って行きようによっては此方の味方になるだろう」

「ナノマシン、そんな物でどうやって?」

「ナノマシンを使って『ボーグ』のシステムを書き換えるそうだ。だが、必要な量のナノマシンは本艦だけでは生成するのに時間が掛かる。ならば基地の設備を使うしかないだろう。『ヤマト』にもそう伝えてある」

 

 そう答えるとピカードは、戦術ステーションのウォーフに『ヤマト』の状況を問う。

 

「『ヤマト』はどうか?」

「『デープ・スペース・13』に向けて移動を開始しています」

「そうか、我々も行こう。操舵手、推力四分の一。発進」

 

 ピカードの号令を受けて、エンタープライズはその巨体を静かに進める――先行する『ヤマト』に続いてゆっくりと『デープ・スペース・13』に接近すると、上部構造物の扉『グラウンド・ゲート』がゆっくりと開いていく――巨大な航宙艦も余裕で入れる程のゲートに向けて『ヤマト』と共に細心の注意を払いながら進んで行った。

 

 


 

 

 宇宙戦艦『ヤマト』 第一艦橋

 

「とんでもない大きな扉だな」

「これだけの規模の基地を建設するなんて、かなりの国力と技術が必要だ」

 

 『ヤマト』が通ってもかなりの余裕がある巨大な扉を潜りながら、その巨大さに圧倒された太田の呟きに、計測装置を操作している真田もこれだけの規模の基地を建設するのに必要な労力を思い浮かべて感心したように頷く。そして巨大な扉をくぐり抜けた『ヤマト』の眼前に広大なスペースが広がった――天井に設置された照明器具が扉の内部を照らし、『デープ・スペース・13』内部に広がる空間の奥には円筒状の渓流設備が設置されて、幾つかの宇宙船が繋がれていた。

 

「副長、あの船は」

「ああ、形状から見るに惑星連邦の航宙艦のようだ」

 

 やはり、元は惑星連邦が建設した宇宙基地のようだ。だが『エンタープライズ』のライブラリーには、この宙域に大型宇宙基地を設置したというデーターは無いと言う……何やらきな臭いモノを感じるが、背に腹は変えられない程に『ヤマト』のダメージは酷いのだ。

 

 


 

 

 USS『エンタープライズE』ブリッジ

 

 今、艦長であるピカードと副長であるライカーは、係留施設の内部を映すメイン・ビューワーの映像を見て眉を顰めていた。

 

「艦長、係留されているミランダ級は……」

「USSフリゾン、確か五年前に磁気嵐に遭って遭難した筈だな」

 

 『ヤマト』に続いて『デープ・スペース・13』上層部のスペースドックのグランド・ゲートを抜けたエンタープライズは、内部へと進んでいく内に中央部にある係留施設に繋がれた航宙艦の登録番号を見て驚きに包まれていた。

 

「データー。ほかの船はどうか?」

 

 フリゾンの他にも数隻の航宙艦が係留されているのを見たピカードは、『ヤマト』から帰還して通常の任務に戻ったデーターに係留されている他の航宙艦の経歴を洗うように命じ、コンソールを操作して情報を集めたデーターはシートを回してピカードへ向き直る。

 

「艦長。係留されている航宙艦は、USSアタラクタ、シンリョウ、エネミヤなど既に廃艦になっていたり、行方不明になっている船ばかりです」

「……つまり、大規模な隠蔽工作が行われた可能性が高い訳か……いよいよこの基地がまっとうな存在ではない可能性が強まったな」

「どうしますか艦長?」

YELLOW ALERT!(警戒警報!) 各クルーは警戒しながら小さな変化も見逃さないよう通知せよ」

「アイ・サー」

 

 ライカーはイエローアラート発令に基づき、各セクションに連絡を取って警戒を現にするよう命令を伝える。警戒態勢を取りながらも『エンタープライズ』は巨大な空洞の中央部にある係留施設へと近づくと、施設からボーディング・ブリッジ(橋状構造物)が伸びてきて『エンタープライズ』のエアロックに接続される。

 

「エアロック接続完了しました」

「ナデシコ側より通信。三時間後にこれからに付いて話したいとの事で、艦長の出席も要請されています」

 

 接舷が完了した報告と共にナデシコ側から会談の要請が入り、それを聞いたライカーは難しい顔をしているピカードに問い掛ける。

 

「どうします、艦長?」

「……受けよう」

「よろしいので?」

「今問題なのは、ナデシコ側の思惑と、ありえない場所に存在するこの基地の事だ。それは分けて考えた方が良い様だな」

「……ナデシコ側は艦長が。そして基地の方は……」

「私が彼らの注意を引き付けている間に君達で調べて欲しい」

 

 


 

 

 宇宙戦艦『ヤマト』 ブリッジ

 

「――3,2,1、逆噴射」

 

 眼前に広がる宇宙基地『デープ・スペース・13』内の係留施設に向けて減速しながら近付いていく。操舵を担当する島の手腕によって船体を微かに揺らしながら『ヤマト』は、中央部に位置する円筒形の係留施設へと近づいて各種スラスターを噴射してゆっくりと減速する。

 

「『ヤマト』停止します」

 

 島の報告の通りに『ヤマト』の船体は、係留設備と相対速度をゼロにしてその場に停止する。報告を受けた沖田艦長は、第一艦橋に居る上級士官を見回した後に指示を出した。

 

「『ヤマト』は現地点で待機。真田君は徳川君と協力して『ヤマト』の船体の修理を頼む」

「分かりました」

 

 真田に修理の陣頭指揮を命じると、沖田艦長は戦術席に座る古代に視線を向ける。

 

「ワシはこれより『デープ・スペース・13』に行き、ナデシコ側やエンタープライズ側と会談に望む。古代、君も同行してくれ」

「分かりました」

 

 

 




 どうも、しがない小説書きのSOULです

 それぞれの勢力が、それぞれの思惑を以て宇宙基地へと集まってきます。

 次回 第三十六話 接触。
 様々な勢力が、それぞれの思惑を以て会議室に集い――その裏で二人の少女が出会う。

 では、また近いうちに。


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第三十六話 接触

 

 宇宙戦艦『ヤマト』 左舷格納庫


 

 空間汎用輸送機コスモシーガルの機内には会談に向かうべく沖田艦長を始め戦術長古代進や船務科長森雪。そして技術科より宙士長の佐野史彦と、医療用ナノマシンへの造詣が深いと言う事で医官の佐渡酒造と、その補佐として衛生士の原田真琴も参加し、護衛として保安部より十名が乗り込んでいた。

 

「エアロック閉鎖。機内の気密確認」

「操縦系問題なし、各電気系統オールグリーン」

 

 操縦席に座る航空隊の篠原と副操縦席に座る古代が、コスモシーガルの発進準備を進める中、後部座席に座る沖田艦長と佐渡の間には今回の目玉とも言える人物が座っていた。

 

「翡翠、今回はおとなしくしていてくれよ?」

「……艦長のおじいちゃんは私を何だと思っているのかな!?」

 

 茶目っ気たっぷりな口調で釘を刺す沖田艦長に頬を膨らませて抗議する翡翠だったが、反対側に座る佐渡は「がははは」と大笑いし、後ろに座る真琴には「艦内でイタズラばかりしているからでしょう」と冷たく諭す……それが更に翡翠の機嫌を悪化させたが。

 

 副操縦席に座っている古代は、後ろの座席で繰り広げられる和気藹々と言った会話を聞きながら彼女が参加している理由に思いを馳せる――翡翠の気付きから『デープ・スペース・13』が放棄された理由に仮説は立ったが、それだけではない可能性もあり地球人には分からない感覚を感知出来ると無い胸を張る翡翠も参加が要請されて今回の会談に同行する事となった。さらに言えば、現在『ヤマト』艦内に広がりつつある不穏な空気に翡翠がキレて暴れる可能性もあり、気分転換も兼ねて『ヤマト』以外の場所へと連れ出すと言った意味合いもあるのだ。

 

「艦長。シーガル発進準備整いました」

「やってくれ」

「了解」

 

 沖田艦長の了承を得て格納庫の管制室は、『ヤマト』格納庫と宇宙空間を隔てる扉の開閉スイッチを押して開くと、アームが稼働して電磁パットで固定したコスモシーガルを宇宙空間へと誘う――暇そうに足をプラプラさせていた翡翠がふと管制室の方へ眼をやると、そこには岬百合亜に憑依したイスカンダルの第三王女ユリーシャと、護衛任務で同行している星名の姿があった。

 

(……ケガは大したことないようだね、流石体力勝負の保安部。けど……)

 

 『ボーグ・ドローン』からユリーシャを守るとした星名は『ドローン』に吹き飛ばされた時のケガで頭に包帯を巻いているが、管制室の窓からシーガルを見ているユリーシャは、何時もの活発さは鳴りを潜め、逡巡しながらも視線はしっかりこちらを見ている。

 

(……何か気付いたかな? さっすが、自称王族だねぇ)

 

 記憶をなくした時には鬱陶しい位に構いに来たのに、目の前で『ドローン』を倒した後は目に見えて此方を避けている……思考を巡らしている内にシーガルは格納庫から宇宙空間に出たようだ。アームの先端に付いている電磁パットから解放されたシーガルはスラスターを吹かして姿勢を安定させると、一路中央部へと進路を取った。

 

(……さて、どうなることやら)

 

 


 

 

 デープ・スペース・13 中央管制室

 

「――いよいよですね」

「……ああ」

 

 巨大な係留施設をコントロールする管制室の窓からは、ボーディング・ブリッジに接続された『エンタープライズ』の姿と中央施設近くに停泊している『ヤマト』から小型艇が発進する姿が見える。それを真剣な眼差しで見ているホシノ・ルリに、隣に居るアオイ・ジュンは静かに語りかけた。

 

「『エンタープライズ』側には、君の言うピカード艦長が居る。『ボーグ』対策のスペシャリストだと言う彼の協力は是非とも欲しい所だ」

「そうですね。この世界に基盤のある組織の協力は、『ボーグ』との戦いには必要な事だと思います」

 

 話しながらもジュンはウィンドウを呼び出すと、時間の確認を行ってルリに会談場所として用意した会議室へと向かう事を告げて、共に歩き出す。

 

「あの『ヤマト』とは言う船も協力してくれるだろうか?」

「見るからに重武装の戦闘艦ですし、エネルギー係数もかなりの高さを計測しましたから。味方は一隻でも多い方が良いですね」

 

 ジュン達にとって、宇宙戦艦『ヤマト』は未知の存在であった――全身に武器をまとった強力な戦闘艦であり、そのスペックはこの基地のデーターには無く彼らの話ではジュン達とは別の並行世界から迷い込んできたとの話であった。その時には時間もあまり無く、彼らのメンタル的な部分は触り程度しか分からなかった。

 

「此方の参加者はボク達の他にはフレサンジュ女史、タカスギ副長、そしてウリバタケ班長の五名。エンタープライズ側からはピカード艦長以下四名。『ヤマト』側からは艦長のオキタ・ジュウゾウ以下八名……三勢力の集まりとして多いのやら少ないのやら」

「私としては、あの娘も参加させたかったんですけどね」

「……ジャスパーか。不確定要素になりそうで、ボクとしては不参加で有難いんだけどね」

「……あの娘の様子を見ていると私達との間に壁のようなものを感じます。恐らくですけど、まだ何か情報を隠していると思うんです」

「……会談の場を利用して、それを引き出そうと思ったのかい?」

「ええ。大体、不参加の理由が他にやる事があると言うんですから不安です」

 

 金色の瞳を伏し目がちにしながら不安を吐露するルリ。

 

「……それは確かに不安だな」

「……時折ですけどあの娘は努めて冷静に対処しようとしている節がありますね……全然隠せていませんけどね」

 

 ナデシコDの再建をしながら、経験不足を指摘して強制的にコミュニケーションを取っているルリは、ジャスパーの言葉の端々に躊躇いというか遠慮が見える事を指摘すると、ジュンはこれまで未来から送り込まれた謎多き対人インターフェイスと名乗る彼女の行動思い出して渋面を浮かべる……確かにジャスパーは、必要最低限の関わりしか持とうとしていなかった。

 

「なのでアゥインとノゼアそしてハーリー君に、ジャスパーを見張るように頼んでいますけど」

「……苦労をかけるな」

「今更ですよ」

 

 くすっと笑うルリに、ジュンも苦笑を返した。

 

 


 

 

 デープ・スペース・13 展望室

 

 巨大な宇宙基地であるデープ・スペース・13は長期滞在を視野に入れた設計をされており、生活環境もストレスを軽減出来るように各所に配慮がされていて、佐渡から会談の間は施設内でも見学させてもらいなさい、と送り出された翡翠と真琴はブラブラと手持無沙汰で基地内を物見雄山のお上りさんのように歩いていた。

 

 本来なら衛生士である真琴も補佐として会談に参加してなければならないが、空気が悪くなった『ヤマト』の艦内でストレスを抱えているであろう翡翠の気分転換も兼ねて、この基地内を散策する事によりストレスの軽減に繋がればと言う沖田や佐渡の心遣いであった……お目付け役を付きであるが。

 

 『ヤマト』艦内の翡翠に対する視線は好意的な物もあれば、異星人であること自体を嫌悪する視線もあり、それは『ボーグ』の攻撃の折に彼女が『ドローン』を撃退した事実が逆に彼女を孤立させる要因となっているのだ……まあ、当の本人はまったく気にしていないのが救いだったが。

 

 とは言え、そんな翡翠であっても流石に好んで騒ぎを起こそうとは思っていないようで、『ヤマト』艦内に居る間は医務室で閲覧許可の出ているデーターを読み漁って暇をつぶしているようだが……意外だが翡翠はデーターを閲覧するのが好きらしく、色んなジャンルのデーターを読み漁るばかりか友好的な人物からおすすめのデーターや印刷本を借りて読んでいる……しかし、もっとも好んで読んでいるのが『般若心経』なのは枯れていると思う……一番笑ったのは、副長の真田からおすすめの印刷本を借りて頭から煙を出していた時だった。

 

 

 暫く気ままに基地内を散策していた翡翠と真琴であったが、通路の先に開いたままのドアがあり、落ち着いた照明に照らし出された内装が休憩出来そうな予感を感じさせた。

 

 二人が立ち寄った部屋は展望室として設置された部屋であり、かなり広いスペースの中に座り心地の良さそうなソファーがいくつも設置されていて、窓から見える広大な宇宙空間を見ながら、備え付けられた『エンタープライズ』にも設置されているレプリケーターがら提供されるドリンクを持ってきて休息を取れるような場所として作られたのだろう。

 

「どう、翡翠?」

「う~ん、ここら辺は影響が無いみたいだけどね」

 

 する事もない翡翠とお目付け役として同行している真琴は、会談が終了するまでの間に基地内を散策する事にしたのだが、いざ散策を始めると所々の施設が立ち入り禁止になっており、こっそり翡翠に確認すると時間変動の影響が至る所に残っているようで、この展望室にしても所々に置かれた観葉植物も殆どが枯れて放置されていた。

 

 思わぬ不便に興が削がれた二人は備え付けられたソファーに座って飲料設備からドリンクを取り出してチビチビ飲んでいると、入口近くが何やら騒がしくなった……声は妙に高く、女性か子供だろうか。

 

「ちょっと待ちなさい、ジャスパー!」

「どこへ行くんだ、ジャスパー!」

「……子供は元気だねぇ、あ~めんどい」

 

 展望室に入ってきたのは、銀色の髪を短めのボブカットに揃えた眠たげな金色の瞳を持った十代前半の少女と、それを追って来たのか銀色の長い髪ポニーテールに束ねて金色の瞳を持った少女と、同じ顔立ちを持った三つ編みに髪をまとめた少女。そして短めの黒髪と黒い瞳を持った十代前半の少年の三人だった。

 

「おろ? 誰だろう」

 

 先頭を行くボブカットの少女の金色の瞳がソファーに座った翡翠達を見つけると、頭をポリポリ掻きながら近づいてくる。

 

「はろ~、私はジャスパー。よろしく」

「こんにちは。私は宇宙戦艦『ヤマト』の原田真琴、こちらは翡翠よ」

「よろ~」

 

 にっこりと笑いながら自己紹介する真琴とヤル気なさげに挨拶を返す翡翠。ポニーテールに髪を束ねた少女はアゥイン・カネミヤと、長い黒髪を二つに編んで三つ編みにしている少女ノセア・カネミヤは双子の姉妹だと言い、そして黒髪の少年はマキビ・ハリと名乗り、三人ともナデシコ級のオペレーターだと言う。

 

「へぇ~、三人ともその年齢で正規のオペレーターなんだ、すごいね」

 

 感心する真琴であるが、十代前半であれほど巨大なナデシコDの正規オペレーターを務める事がどれほど異常な事なのか理解出来ていなかった……ハチャメチャな行動をして感覚を麻痺させた元凶とも言える、横に座った翡翠が妙に大人しい事を訝しんだ真琴が視線を向けると、やって来た四人の中の一人ノゼアと名乗る少女と視線を合わていた。

 

「どうしたの翡翠?」

 

 真琴の呼びかけにも答えずにノゼアと見つめ合う翡翠。ノゼアの側に居る二人も不思議そうな顔をして呼びかけるが彼方も返答がない……会話もないまま見つめ合う二人だったが、暫くすると。

 

「――ふしゃあああ!」

「――きしゃああ!」

「……はいはい、見つめ合っていた訳ではなくって、睨み合っていた訳ね」

 

 産毛を逆立てて威嚇し合うバカ猫二匹を見て呆れたような表情を浮かべる真琴だったが、何時までも威嚇を止めない翡翠の両脇に手を入れて持ち上げる。

 

「ほら、何時までもバカな事やっていないで」

「ノゼアも何時までやっているつもりですか」

 

 向こうもアゥインとハーリーの二人がかりでノゼアを引き剥がしていく……真琴に持ち上げられてぶらーんとしている翡翠に近づいたジャスパーが苦笑を浮かべる。

 

「えらくノゼアちゃんと仲良しになったね」

「――ん?」

 

 眠たそうな目をしながら話しかけてくるジャスパーを見た翡翠の翠瞳が細まった。するりと真琴の腕からすり抜けると翡翠は改めてジャスパーを見る。

 

「あっちに面白いモノがあるんだけど、一緒に行ってみない?」

「……いいよ」

 

 暫く見つめ合っていたジャスパーと翡翠は、そう言うと展望室から繋がる部屋へと向かっていく――一瞬追い掛けようかと思った真琴だったが、子供同士で親交結ぶのも良いかと思って二人っきりにしてみようかと考える。

 

 目の前でノゼアという少女を諌めるアィウンとハーリーを見ながら、大人たちに囲まれた『ヤマト』艦内という環境は翡翠の情緒教育に悪影響があるのではと考えていた真琴は、ナデシコ側とは言え近い年代の子供と交流を持つ事は良い事のように思ったのだ。

 

 それに何かあっても“あの翡翠”だし、余程の事がなければ問題ないだろうと考えていた。『ヤマト』が『ボーグ』に襲われた時にはクルーを助ける為に尽力してくれた事を考えると、正体不明だとしても悪い子ではないと思っていたのだ。

 

 




 どうも、しがない小説書きのSOULです。

 ついに翡翠とジャスパーが出会いました――ここから物語は加速します。

 次回 第三十七話 対ボーグ同盟。
 ジャスパーに誘われて別室へと向かった翡翠は、彼女の真摯な願いを聞いた後に己が半身と再会する。一方宇宙基地で行われた会談は、三者の未来を決める……すべては大切なモノの為に。

 では、また近いうちに。


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第三十七話 対ボーグ同盟

 

 デープ・スペース・13 展望別室


 

 別室へと続く扉を開けたジャスパーは部屋の中へ入ると明かりを付ける。部屋の中央には二つのソファーがあり、落ち着いた色彩の壁紙と小型のレプリケーターが置かれていた。素材不明の透明な窓の傍まで行くと漆黒の宇宙空間へと目を向ける。

 

「さて、君はどんな話しをしてくれるのかな?」

 

 展望室へと続く扉を閉めた翡翠は淡々とした表情を浮かべてジャスパーの隣まで歩くと、同じく星々の輝く宇宙空間へと視線を向けながらも問い掛ける――その問いかけは、どこか楽しそうにすら感じられた。

 

「……随分と余裕なんですね、流石は『Li――』

「その字名は好きじゃないな。私は翡翠だよ、今はね」

 

 言葉を被せてジャスパーの言葉を途切れさせた翡翠は、翠瞳に危険な光を浮かべる。流石に失礼かと思ったジャスパーは、こほんと小さく咳払いをした後に「失礼」と非礼を詫びた。

 

「さて、それを知る君は“何なの”かな」

「……私は、この時空連続体の未来から送り込まれた『コンピューター思考体』。貴方に頼みたい事があって来ました」

「ふ~ん、それを聞く理由は私にはないけど」

 

 真剣な表情を浮かべるジャスパーに頭の後ろで両手を組みながら翡翠は、どこかで聞いたようなセリフで答えるが相手があまりに真剣なので言うだけ言ってみるように促した。

 

「――『ナデシコD』の艦長ミスマル・ユリカを助けてください」

「ミスマル・ユリカを? テンカワ・アキトを『ボーグ』から助けろじゃなくて?」

 

 真摯に頭を下げるジャスパーに、意外な頼み事だったのか翡翠は視線を向けて続きを話すよう告げる。

 

「彼女はテロ組織に拉致されて古代火星文明のテクノロジー『ボソン・ジャンプ』の演算ユニットに接続されました。それをナデシコ・クルーは一年前にテロ組織から彼女を奪還して救い出しましたが、演算ユニットとのリンクは途切れなかったんです」

 

 ジャスパーは語る――遺跡の演算ユニットから救い出された当初は長年の仮死状態にあった影響から衰弱していたが、現在は回復傾向にあった。だが、脳内のシナプスが異常増大している瞬間があり、それは睡眠時間に多く見られる事から最初は夢でも見ているのかと思われたが、詳しく調べると脳内に未知のナノマシンが確認されて、それがどこか別の場所とリンクしている事が分かったのだ。

 

「つまり、演算ユニットが未練たらしく離してくれなかったと?」

 

 あらゆる手段を用いてリンクを阻害しようとしたが、全ては徒労に終わり。ミスマル・ユリカを救う術はないように思えた。

 

「身体的には問題はなかったけど、精神的にはどのような影響があるのか未知数だった」

 

 時空を飛び越える『ボソン・ジャンプ』の制御中枢である演算ユニットとのリンクが途切れていない事が公になれば、野心ある者は彼女を手に入れようとするだろう――ミスマル・ユリカが系列の病院に入院していた事もあっていち早くその事実を知った大企業ネルガルの会長アカツキ・ナガレはそのデーターを独占した後、夫であるテンカワ・アキトを探しに行きたいという彼女の願いを聞き入れて、新造艦としてでっち上げた『ナデシコD』を用意したのだ。

 

「……それって、体の良い厄介払いじゃないの?」

「いや、そこはユリカ艦長の願いを叶えつつ、誰の手も届かない場所へ送り出したとしようよ……って、そうじゃくて! 話には続きがあるの」

 

 一々茶々をいれる翡翠に突っ込みながらもジャスパーは話の続きを始めた。ツッコミを入れている内に言葉使いもだんだん乱れてきたが。

 

「それでテンカワ・アキトを捕捉する事に成功したんだけど、そこで衝撃の事実を知らされて感情が暴走――未知のナノマシンがそれを演算ユニットに伝え――結果、演算ユニットはユリカ艦長の願い、『信じたくない、この辛い現実から逃れたい』という願いを叶える為に別の並行世界の演算ユニット――この宇宙のどこかに存在する演算ユニットとリンクして、この世界へと導いた」

「どうしてこの世界へ?」

 

 ジャスパーの話を中断させて翡翠は何故この世界へ導かれたのか理由を問い質すが、ジャスパーは首を振る。その表情には疲れの色が濃かった。

 

「それは分からない。“何度”か試したけれど、必ずこの世界へと転移したから」

「ふ~ん、君は何回“やり直した”の?」

 

 何気ないように問い掛ける翡翠に苦笑を返すジャスパー。

 

「分かる?」

「ええ、君は『時間病』の一歩手前までの因果の輪が蓄積して矛盾に押し潰される寸前じゃない。一回や二回じゃないんでしょう」

「……そうね、何回も何回もやり直したわ……望まれた結果を導き出すために……破滅的な結末を迎えては仲間を見捨てて、データーを新たな相対的な過去へと送り込んで舞台を整えて来た」

 

 疲れたように乾いた笑いを浮かべるジャスパー。

 

「それで私の事を知っている訳だ」

「貴方の事を知ったのは最近の事よ……そして演算ユニットをどうにか出来る事も」

 

  シニカルな笑みを浮かべていた翡翠の表情が抜け落ち、その翠瞳が真っすぐに見つめ、その視線を真っ向から受けながらもジャスパーは金色の瞳にナノマシンの燐光が走る。

 

「自分でも限界が来ている事は分かるわ。これが最後のチャンスだという事も――お願いします、艦長を助けて下さい」

 

 真摯な表情を浮かべたジャスパーが頭を下げて頼み込んでくる姿を黙って見ていた翡翠は、気付かれないように小さくため息を漏らす。

 

「一つ聞きたい――何故、そこまで真摯になれるの? 任務だから?」

「……ナデシコ・クルー全員を助けて望む未来へと繋げる――確かにそれが私の存在理由であり、創造者の望みだけど」

 

 身体を起こしたジャスパーは、そこで困ったかのような微妙な笑みを浮かべた。

 

「長く一緒にいる内に絆されたというべきか、妙に居心地が良くってね」

 

 日々の喧騒の中、ホシノ・ルリのスパルタ教育を如何にサボるかをノゼアと話し合い、生真面目なアィウンをからかい過ぎて怒らせて追い掛けられ、何かと張り合ってくるハーリーをサブロウタと共にからかい倒し、気が付けば一緒にバカ騒ぎを楽しんでいた――そんな資格は自分には無い事を理解しながらも。

 

「創造者が言ってたんだけど、ナデシコ居れば染まるらしいわ――無くしたくないって思うくらいにはね」

 

 


 

 

 翡翠はジャスパーへの返事を保留して展望別室に残っていた。少し考えたい事が有ると伝え、暫く一人にして欲しいと真琴に伝えてくれるように頼んだのだ。

 

 漆黒の宇宙を見据えながら、翡翠は目を閉じてジャスパーとの会話を思い出す――時空間移動手段『ボソン・ジャンプ』の『演算ユニット』が他の並行世界の『演算ユニット』にデーターを送って実体化すると、必ずこの世界へと転移すると言う――つまり何者かの意思によって、この世界が舞台装置として選ばれた。

 

「私達は役者か、もしくは舞台装置の添え物か」

 

 眼を細め苦々しい表情を浮かべる翡翠――思えば最初から違和感はあった。何十にも安全マージンを取って望んだ亜空間跳躍航行の実験を終了して通常空間へ復帰しようとした時に目の前に突然現れた『ヤマト』と激突して、あろう事か一時的とはいえ意識と記憶を失ってしまった。そして『ヤマト』は衝撃により並行世界へと流されて、『エンタープライズ』と出会う――まるで予定調和のように。

 

 そして今またナデシコと出会い、巨大な無人基地で態勢を整えようとしている……まるで誰かの手の平で踊らされているかのようではないか。

 

「……どちらにしろ、悪趣味な事この上ないわ」

 

 翡翠は漆黒の宇宙を睨みながら悪態を付いていると、窓に写りこんだ展望別室の中央に仄かな光が灯り、それはどんどん光量を増して眩い発光体オーブとなった。

 

「……遅いわよ『エテルナ』」

《随分な挨拶ですね、クリ――》

「翡翠――今の私は翡翠だよ」

《……相変わらずワガママな、ならば私は仮初の船名として『アルテミス』と名乗りましょうか》

「何、その名前?」

《ナデシコにいる思考体が訳した私の船体の名称です》

 

 その発光体は、以前ナデシコDが『ボーグ』に襲われて絶体絶命の危機に陥った時に現れた未知の巨大戦艦『アルテミス』の操るオーブであった。翡翠は未知の存在であるオーブと気安く会話を繰り広げる。

 

「『アルテミス』ねぇ、死と再生を意味する貴方の名称をそんな綺麗な音にするなんて、中々センスがあるじゃない」

《実は結構気に入っているんです。本星に帰ったら変更申請をしようと思うくらいに》

 

 オーブ――『アルテミス』の言葉に呆れたような表情を浮かべる翡翠。

 

《さて翡翠、次元転移システムの準備は整っています。多少のアクシデントはありましたが、何時でも帰れますよ》

「実はさ、ちょっと待って欲しんだよね」

《どうしたんです、皆待ってますよ? 特に教授なんか、遊んでたら首に縄を付けてでも連れ帰って来いなんて言っていたし》

「……アンタ達が私の心配をしてなかったのは良く分かったわ」

《貴方の心配なんて、そんな無駄な事をする訳無いでしょ》

 

 このボロ船は叩き壊してやろうか、と目を三角にする翡翠だったが、気落ちを切り替える事にした。

 

「どうにも気になる事が有ってね、暫く待機していて」

《何か気になる事でも?》

「……まぁね」

 

 見えざる手の主を炙り出す為にも、もう少し相手の思惑に乗る必要があるだろう――ただ踊るだけではつまらない、必ず引きずり出してやる、と翡翠の深緑の瞳は爛々と輝き、その光は、翠瞳から真紅の輝きへと変貌する――少女は己が半身と再会し、反撃の狼煙を上げようとしていた。

 

 


 

 

 デープ・スペース・13 大会議室

 

「では、『ヤマト』はこの同盟に参加しないと?」

「――我々の第一目標は、元の世界へと帰還してイスカンダルへと赴き、地球を救う術を手に入れる事です」

 

 問い掛けるジュンへ向けて、沖田艦長は同盟への不参加を宣言する――『ヤマト』と、『エンタープライズ』が属する惑星連邦、そしてこの三年間『ボーグ』から仲間を救う為に戦い続けてきたというナデシコは、対『ボーグ』戦用に同盟を締結しようという話し合いの場を設けていたが、元々『ボーグ』と敵対関係にある惑星連邦は同盟締結に協力的であったが、平行世界から迷い込んだ『ヤマト』側はこれ以上異世界の戦いに巻き込まれる事を良しとしなかったのだ。

 

「『ヤマト』は滅亡へと向かう地球を救う為に旅立ちました。我々の航海には生き残っている人類の願いが込められているのです」

 

 滅び行く故郷を思っての言葉は重かった。

 

「……分かりました。そういう理由なら無理強いは出来ませんね」

「……ありがとう。とは言え、今のままでは長距離の航海は『ヤマト』の船体が耐えられません。心苦しくは有りますが修理が完了するまでの間、この基地への滞在を許して頂きたい」

「それは構いません」

 

 『ヤマト』の事情に理解を示したジュンは、修理が終わるまでの間の滞在を許可する――そこには会議の冒頭で『エンタープライズ』側より、軽いジャブとして施設の不法占拠を指摘された事も遠縁としてあった。

 

 『ボーグ』により致命的な損害を受けて生命維持に支障が出かねなかった当時の状況を鑑みて。また連邦の様式で建設されているとは言え、秘匿されていた基地ゆえに管理セクションすら分からない現状ではあまり問題にする気はなく、家賃代わりに『ボソン・ジャンプ』に関する技術の提示を求めたくらいである。

 

 なお、事前に『ヤマト』より修理に必要なナノマシンの確保に協力を要請された事もあり、『ボーグ』に対抗する為に必要な物資として融通するよう求めていた。

 

「さて、『ボーグ』に対抗する為に惑星連邦と同盟が締結出来たのは喜ばしい事です――そこでピカード艦長、対『ボーグ』戦のスペシャリストである貴方は、これから『ボーグ』とどう戦うべきだとお考えですか?」

 

 ジュンに意見を求められたピカードは眉をぴくりと動かす。

 

「……随分と私の事に詳しいみたいですが?」

「――『ボーグ』に対抗する為の情報を集める中で、ピカード艦長のご活躍はよく記載されていましたから」

 

 疑問の声を上げるピカードにすまし顔で返答するルリ……ピカードとしては、どれだけの情報を基地のメイン・コンピューターから引き出しているのかと揶揄したのだが、ジュンが答える前に隣にいるルリが周囲への情報収集の末だと返答してきた。

 

 まぁ、良い――ピカードは、別にこの件で強く追求しようと考えてはいなかった。貴重な戦力を些細な事で失う事は、対『ボーグ』戦を考えるとマイナスにしかならないからだ。

 

「まず『ボーグ』と戦う上で一番厄介なのはその対応力でしょう。彼らは攻撃を受ければ過去のデーターと照合して対応策を全ての『ボーグ』に送り込み瞬時に対応してくる所でしょう――基本攻撃は数回しか効果がなく、それ以降は全ての『ボーグ』が対処してきます」

「……つまり、私達のグラビティ・ブラストが最初しか通用しなかったのも」

「以前にその兵器を運用する種族と出会った事があったのでしょう」

 

 ピカードの説明を聞いて苦々しい表情を浮かべるナデシコ側――『ボーグ』が以前に出会ったグラビティ・ブラストを使う相手とは、ユーチャリスである事は明白だったから。そしてそのユーチャリスとの戦闘データーにより、ナデシコ側は主力兵器であるグラビティ・ブラストはおろか、同化された影響で虎の子の『相転移砲』ですら解析されて無効にされてしまったのだ。

 

「では、どう戦ったら?」

「相手に対処する時間を与えない事が肝心です――『ボーグ』は受けた攻撃を完全に防ぐシールドを発生させます。我々は攻撃の周波数を変調させて相手に対応する隙を与えず攻撃します」

「ならばボク達にも戦い様はあるな」

 

 ピカードの説明を聞いたジュンは、新たに闘志を燃やすのであった。

 

 




 どうも、しがない小説書きのSOULです。

 翡翠は半身と再会し――このふざけた事態を引き起こした『演出家』に報復を誓い、活動を開始しようとしていた。

 次回 第三十八話 闇に潜む者たち。
 『エンタープライズE」の私室で束の間の休息を取っていたピカードは、部屋の中に侵入者を感知して警戒する――果たして侵入者の目的は?

 では、また近いうちに。


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第三十八話 闇に潜む者たち

 

 USSエンタープライズE 艦長私室


 

 同盟締結の会談を終えた後、船に戻って艦隊司令部への報告や上級士官への説明などを終えたピカードは、全ての仕事を終えたのを確認して私室へと戻ってきた。

 

「コンピューター、何か音楽を」

 

 ピカードのリクエストに応えて室内に落ち着いた曲が流れ始め、制服のジャケットの前を開けて楽になると腰のフェイザーなどをテーブルの上に置いて、壁に設置されたレプリケーターよりアールグレイを取り出してシックな色合いのソファーに座る……疲れた身体を包み込むように受け止めるソファーが心地よい。

 

 同盟はナデシコ側と惑星連邦の間では速やかに締結されたが、予想通り『ヤマト』側は難色を示した――無理もない話だ。彼らの目的は故郷へと帰る道を探す事であり、『ボーグ』などというこの世界の驚異と戦うというのは彼らの目的を考えれば容認出来ないだろう。

 

「……ナデシコ側の協力を得られたとは言え、厳しい戦いになるな」

 

 ナデシコ側の目的は『ボーグ』に同化されたテンカワ・アキトの奪還ただ一点であり、ピカードが『ボーグ』から救出された件に付いて熱心に聞いてきたので、信頼の置けるナンバーワンに丸投げした。

 

 同盟を組んだ事を報告した惑星連邦宇宙艦隊司令部は、単純に戦力が増えた事を歓迎していたが、迎撃の為の艦艇を集めるのに苦労しているようで、応援の艦の派遣要請は無下もなく断られてしまった。

 

「……ままならないモノだな」

「――まったくだ」

「――誰だ!?」

 

 誰もいない筈の部屋の返答が帰ってきた事で一瞬驚いたピカードだったが、艦隊士官としての長年の経験が彼をソファーから一瞬で跳ね起きさせて腰のハンドフェイザーを取ろうとしたが、テーブルの上においてしまった事を思い出して顔を顰めながらもフェイザーを取ると不審者へ向けて構える。

 

「止めておけピカード。そのフェイザーはロックした。もちろんこの部屋のシステムも」

 

 冷静な不審者の声に訝し気に眉を寄せたピカードは、フェイザーを起動するが反応はなく。ピカードは内心の動揺を押し殺してフェイザーのシステムを確認する……声の主の言う通りシステムはロックされて解除する事は出来なかった。ピカードは声の主に視線を向ける――部屋の奥に居る侵入者は全身に黒い制服を着込んでおり、顔は暗くてよく見えなかったが制服の線から男性である事が分かる。ピカードはジャケットのコムバッチを起動する。

 

「ピカードよりブリッジ、侵入者だ!」

 

 だがコムバッチから返答はなかった。

 

「ブリッジ! どうしたブリッジ!?」

「無駄だ、ピカード。今この部屋の中は私の支配下にある」

「……何者だ?」

「君の疑問に答える者だ」

 

 男がそう答えた途端に男とピカードは転送の光に包まれ、その部屋から姿が消えて次の瞬間には別の場所へと移動していた。

 

 


 

 デープ・スペース・13 最深部 特殊兵器開発セクション

 

 光と共に転送されたピカードは突然周囲が暗闇になった事で一瞬状況が分からなかったが、鼻に付くかび臭くも埃っぽい空気に自分が別の場所に転送された事に気付く。恐らくそれを成したのはあの侵入者だと思うが、一体彼の目的は何なのか、自分を拉致してどうするつもりなのか、皆目見当が付かなかった。

 

 何かあっても即座に反応するべく腰を落として周囲の気配を探っていると、唐突に照明の光が灯ってピカードはその眩しさに手で光を遮る。

 

「そう警戒するなピカード。言っただろう、君の疑問に答えると」

 

 声のする方向へ顔を向けると、黒い見慣れない制服を来た地球人らしき男が近付いて来ていた。胸に装着されているバッジを見るに惑星連邦のようだが偽装と言う線もある。年の頃は三十代位だろうか、短く刈った金髪に彫りの深い顔立ちをしており瞳の色は青く、典型的なコーカソイドだったがこの時代において種族を偽るのは難しいことではない。

 

「君は誰だ、私に何の用だ?」

 

 厳し視線を向けるピカードと向かい合う男は、にやりと笑って自己紹介を始める。

 

「私はジョン・スミス。君と同じく連邦の脅威足り得るモノを探し出して対処する事を生業にする者だ」

「……ジョン・スミス。まともに名乗る気はないという事だな」

 

 苦々しい声を出すピカード――ジョン・スミス。古来より身元不明の遺体などに付けられる仮初の名前であり、その名乗りだけで目の前の男が信用ならない事を意味した。

 

「だが、私が連邦の存続の為に動いている事は真実だ」

「君は連邦の士官か?」

「そうだ。宇宙艦隊情報部の、まぁ別セクションになるがね」

「……別セクション――そうか! 君はセクション31の工作員か」

 

 セクション31――惑星連邦設立当初より存在しているとされる連邦宇宙艦隊情報部の非公式な下部組織であり、惑星連邦及び宇宙艦隊の安全保障を担保するために存在する組織の名称である。彼らは連邦の脅威を探し出し、突き止め、処置することが彼らの任務であり、それらの活動はすべて水面下で密かに行われていると言う。

 

「この未曾有の危機に、我々は君に情報を開示する事にした」

「情報?」

「『ボーグ』の艦隊を倒す力だ」

 

 そう言って男――ジョン・スミスは顎を刳ってピカードに道を示す。男を信用した訳ではないが、全ての装備の制御を握られて他に道がないピカードは仕方がなしにジョン・スミスの後を追って歩き出した。

 


 

 会話のないまま黙々と歩くピカードとジョン・スミス。

 時折周囲を見回してみると、何かの設計図のような物が投影されているディスプレイが有ったり、むき出しの基盤に接続された試作機のような物が置かれていたりしている。

 

「ここはデープ・スペース・13なのか?」

「そうだ。デープ・スペース・13の最深部にある特殊兵器を開発している部署になる」

「詳しいな。もしかしてこの基地を建設したのは?」

「そう、我々だ」

 

 先行する後ろ姿を睨むように見つめながら問い掛けるピカードに、ジョン・スミスはあっさりと認める。

 

「ピカード、君も読んだだろう? デルタ宇宙域を旅したUSSヴォイジャーの航海日誌――『ヴォイジャー・レポート』を。デルタ宇宙域には『ボーグ』だけではなく、他にも連邦の脅威となるような種族が多数存在する」

 

 未踏の宇宙域である銀河の反対側デルタ宇宙域に突然飛ばされたUSSヴォイジャーは、故郷であるアルファ宇宙域へと帰還する為に長い航海を旅してきた――その航海で彼らは多種多様な種族と出会った――死体を再生して増殖する種族、生きる為に健康な臓器を狙う全てが死病に犯された種族、戦いに命を懸ける狩猟種族、かつて地球で繁殖した恐竜が生き延びて進化した種族、そしてこの宇宙とは別の流動空間に生きる種族など、デルタ宇宙域には危険な種族が数多く存在しており、それらの侵入を阻止する為にこの巨大宇宙基地デープ・スペース・13は建造されたと言う。

 

「幾つかの探査衛星が哨戒網を作り、何かあればステーションから即応部隊が急行する――筈だったのだが、デープ・スペース・13は未知の現象に襲われて放棄せざるおえなかった」

「突然、人体が灰になるというあれか……」

 

 未知の現象にエンタープライズも原因を探っていたが、『ヤマト』側からデープ・スペース・13の近くで何らかの要因により時間衝撃波が発生し、基地内に時間変動が生じて時間的なモザイクが出来てしまった事が原因であると伝えられた。

 

「その為にデルタ宇宙域への警戒網構築は大きく後退してしまった――だが失われた訳ではない」

 

 ジョン・スミスを名乗る男は振り返り、ピカードに不敵な笑みを向けるのだ。

 

 


 

 

 デープ・スペース・13 居住施設

 

 宇宙基地デープ・スペース・13にたどり着いて早3年、把握しているだけでも居住施設は広大であり、少なくとも一万人以上の人員が生活するだけの施設が整備されている。『ナデシコC・D』のクルー達は無人の居住施設の一角を生活の場として使用していた。

 

 ここはそんな居住施設の中でも各班長を務めるクルーが居住している区域であり、司令室に近い所に位置している。そんな居住区の中で一番大きな居住室は公用スペースとして利用されており、何時の間にか人が集まってお茶を飲んだりしているのだ……このようなスペースは他にもあり、未知の宇宙に飛ばされてクルー達は孤独感を感じているのかもしれない。

 

 現在、公用スペースにはアオイ・ジュンとホシノ・ルリやイネス・フレサンジョとウリバタケ・セイヤなど、先の会談に参加したメンバーが集まっていた。

 

「どうやらキャプテン・ピカードの協力は得られそうですね」

「そうね。『ドローン』にされた個人を取り戻すには注入されたナノプローブを除去して、埋め込まれた機械を取り除く。経験者を紹介してもらえるのは有難いわね」

 

 誰の趣味だか広い間取りのリビングの真ん中に畳を敷いて設置したコタツに潜り込んで、何処からか調達したミカンに似た果実を食べながらピカードから聞いた『ボーグ』との戦いの話を思い出す――ピカードが属する惑星連邦は多大な犠牲を払いながら『ボーグ』の侵略を退けてきた。その中には『ボーグ』に同化された者を確保して『ボーグ』から開放したケースもあったと言う。

 

「今『ボーグ』が作っている『トランスワープ・ハブ』は連邦にとっても脅威だからな。出来るだけ早くに攻撃部隊が送り込んでくるだろう」

「『ボーグ』と連邦が戦っている間に、アキトの奴をかっ攫おうって訳か……そう、上手くいくかねぇ?」

 

 同じくコタツに潜ってミカンを食べているジュンとウリバタケが今後の展開を予想する――『トランスワープ・ハブ』の完成は、連邦にとって喉元に刃を突き付けられたに等しい。ならばそれを破壊する為に大兵力を送ってくるだろう。そして戦いは激しいモノになるはずだ。

 

「問題はアキトの奴がどの船に居るかなんだが……」

「そこはウリバタケさんの手腕に期待しているよ」

「……中々良い性格になったじゃねぇか――んっ?」

 

 にやりと他力本願な事を言うジュンに苦笑を浮かべたウリバタケだったが、突然顔を上げて周囲を見回す。

 

「どうしたんだ?」

「……いや、何でもねぇ……気のせいだったみたいだ」

 

 ウリバタケの突然の奇行に訝しんだジュンが問いかけると、後ろ頭を掻きながら何でもないと告げる。その顔は釈然としないながらも、気のせいだったと自分を納得させていた。

 

「所で艦長の方は、その後どうなんだ?」

「……今も眠っているよ」

 

 そして話題は艦長ミスマル・ユリカの容態へと変わる……『エンタープライズ』や『ヤマト』との初接触の折に、アキトの事で取り乱したユリカはルリ達に連れられて会場から退出したが、精神的に疲労が溜まっており別の部屋で休ませていた――だが時間が経ってもユリカが目を覚ます事はなかったのだ。

 

 最初は何時ものボケかと皆軽い気持ちでいたのだが、何時まで経ってもユリカは目を覚ます気配はなく、眠り続けているユリカを心配したルリがイネスに診察を依頼したが、身体的には何ら異常は見られないと言う。

 

「定期的に診察しているけど、栄養失調気味ではあるけど身体的には異常は無いのよね」

「……ですが何日も眠り続けているなんておかしいです」

「……艦長だから何日も眠りこけているなんてのも、あるんじゃねぇか?」

「……流石のユリカでも、それはないだろう」

 

 乾いた笑いを浮かべるジュンだったが、後ろに気配を感じて振り返った。が、そこには何もなかった。

 

「おかしいな、気のせいか?」

 

 


 

 ミスマル・ユリカ私室

 

 ジュンとウリバタケ達が話している公用スペースから続く通路を少し歩くと、個人に宛てがわれた私室が見えてくる。他の居住施設に存在する個室と同じく人一人が生活するには十分な広さを持ち、そこがミスマル・ユリカの休んでいる彼女の個室となる――個室の前のスペースには何も存在していないはずなのだが、何もない空間が波立つと空中に特徴的な栗色の髪を持つ少女の生首が浮かぶ。

 

「中々面白い装備を持っているじゃない」

「……これはこの基地にあった装備で、未開文明の調査の時に着用するホログラム・スーツよ」

 

 すると生首の傍の空間が波立つと、銀色の髪を持つ少女の生首が現れた。栗色の髪を持つ少女は面白そうに笑いながら、後から現れた銀色の髪を持つ少女に語りかける――栗色の髪を持つのは翡翠であり、銀色の髪を持つのはジャスパーであった。

 

「ふ~ん。で、これを使って色々やっている訳だ?」

「失礼な、私がそんな不真面目な人間に見える?」

 

 にやにやと笑いながらスーツのホログラムを解除する翡翠に、ジャスパーは不本意だと言いながら解除したスーツを脱ぐ……眠り続けるミスマル・ユリカを救ってくれと頼まれた翡翠は、まずは彼女の状態を見てからだとジャスパーに答えた。

 流石に『ヤマト』に属する一見普通の少女にしか見えない翡翠を、ナデシコの主要人物であるミスマル・ユリカの寝室へ誘う訳にはいかず、仕方なしにジャスパーが用意したホログラム・スーツを使用してミスマル・ユリカの眠る私室の前へと来たのだった。

 

「……この部屋に眠り姫が眠っているのね、私より医者の出番じゃないの? 良いせんせ、紹介しょうか?」

「……医学ではユリカ艦長を救う事は出来ないわ」

 

 肩を竦める翡翠にジャスパーは首を横に振りながら答え、後は中に入れば分かるとばかりに私室のセキュリティを解除すると扉を開いて中へと入って行く。それを見た翡翠はため息を一つ付いた後に後頭部をぽりぽりと掻きながら中へと入っていった……部屋の中に入ってまず目に付いたのは、落ち着いた色彩の家具の上に置かれた小物が女性らしさを醸し出し、ワンポイントで置かれた生花が部屋の雰囲気を柔らかい物にしていた。

 

 何気ない風で素早く部屋の配置を確認した翡翠の目に、壁側に置かれたベッドとそれに眠る青い髪をした女性――ミスマル・ユリカの眠る姿を映ると、翡翠の緑色をした瞳が細まる。

 

「……なるほどね」

 

 翡翠の緑の瞳が紅い輝きを放ちながらユリカを見る――彼女の瞳には、ユリカの身体から精神の一部が抜き取られて別の位相へと引き込まれているように見えた。

 

「……起きないはずだわ。ミスマル・ユリカのカルマが抜き取られているじゃない」

「カルマ?」

「魂の一部とでも言うべきか、ミスマル・ユリカをミスマル・ユリカたらしめているモノよ」

「……演算ユニットの影響がそこまで深刻なモノだったなんて」

 

 翡翠の話を聞いたジャスパーは顔を顰める。

 

「……何とか出来る?」

「……まぁ、何とかなると思うけど。それより例の“モノ”は用意出来た?」

「情報量が多くて苦労したけど、こんな偏った情報なんてどうするの?」

 

 ジャスパーの問い掛けに顎に手をやって考え込んでいた翡翠は右手を向けて催促すると、この状況を打破するには不要に見える資料を『ナデシコD』のデーターベースからかき集めさせられたジャスパーは疑問に思いながらも集めたデーターを纏めた記録媒体を翡翠に渡すと、それを受け取った翡翠は記録媒体の内容を速読して無言のままユリカに近づく。少し頬が痩けたユリカの顔に翡翠は優しく右手を当て――ただ手を当てるだけでなく、指と指の間を開いた特徴的な形でユリカの頬とこめかみを軽く押すように当てていた。

 

「……何をしているの?」

「……昔、知り合いに悪魔のような修行僧がいて、強制的に覚えさせられた技『精神融合』だよ。これでミスマル・ユリカの精神に潜って演算ユニットとのリンクを――」

 

 そこまで言った時だった――突然ミスマル・ユリカの顔に幾何学模様が浮かび上がると、光度を増しながら周囲の空間に波及して至近距離にいた翡翠とジャスパーを包み込んだ。

 

「――これは!?」

「――遺跡のナノマシンの発光パターン!?」

 

 幾何学模様の光が消えた後は、ミスマル・ユリカに覆いかぶさるように眠る翡翠とジャスパーの姿があった。

 

 

 




 どうも、しがない小説書きのSOULです。

 今回、惑星連邦の闇に潜む『セクション31』のエージェントが登場しました。
 『セクション31』は、ロミュラン帝国のタルシアーやカーデシア連合のオブシディアン・オーダーと同じく惑星連邦の闇に存在する諜報機関であり、惑星連邦の利益の為に独自で活動しており、その存在は連邦の中でも一部の者しか知らない秘密組織であります。

 最初は『セクション31』のエージェントが『エンタープライズE』の中におり、暗躍するエージェントを探し出す展開も考えましたが、話が長くなりそうなので、その部分はすぱっと破棄しました。なので、彼らはあまり話に関わっては来ません。


 次回 第三十九話 精神世界
 ミスマル・ユリカの精神世界に引きこまれた翡翠とジャスパーは、そこに巣食うモノと対峙する。


 では、また近いうちに。


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第三十九話 精神世界

 

 ????????

 

 眩い光に潰されないように瞼を閉じた翡翠は、周囲の気配を油断なく探っていた……が。

 

「……と言うか、私精神体じゃない」

 

 身体の感覚がなく、目を開けようにも開ける目がない。周囲には気配はおろか感覚を感じる皮膚もない為、何も感じられない……はずなのだが、翡翠はどうやっているのか周囲に消えそうな弱い精神体が存在している事を感知していた。

 

 我の心を汝に――

 

 悪魔のような修行僧に叩き込まれた精神統一を行い、翡翠は消えそうな精神体――コンピューター思考体にカトラがある事には驚いたが、それ故か未だ幼い精神に語りかける。

 

 思い出せ、汝の姿を――

 作り出せ、汝の姿を――

 

 自らも精神を統一して自らの姿を強く思い浮かべて――“目を開ける”目の前に弱々しい光を放つ精神体、ジャスパーへと“口を開いて”語り掛けた。

 

「ここはナノマシンによって繋がっているミスマル・ユリカの精神世界でもあると共に、私達の精神世界でもある――自らの姿を強く思い浮かべなさい」

 

 翡翠は慎重に弱々しい光に手を伸ばして触れる――すると光は形を変えて人の姿を取り始める――光は銀色の髪を持つ少女の姿ジャスパーへと変わっていった。

 

「……気分はどう? コンピューター思念体(笑)」

「……おい、(笑)とはどういう意味!?」

「モデリングで仮想の肉体を作るのはコンピューターの十八番でしょうに」

 

 笑いを堪えている翡翠のツッコミに、ジャスパーは不貞腐れてそっぽを向く。そんなジャスパーの子供っぽい仕草に笑いを堪えていた翡翠だったが、ようやく笑いの発作が収まったのか、軽く深呼吸をすると目を閉じて精神を統一する。

 

「……何をする気?」

「ここは精神世界――ならば強くイメージすれば、それは形となる」

 

 この言葉と共に翡翠の前に何かが形作られていく。

 

「……これは貴方が乗っている船のミニチュア?」

 

 そこに現れたのは、全長が一メートル位の模型のような宇宙戦艦『ヤマト』の姿であった。流石にこれは予想外だったのか、目を開けた翡翠も思わず間の抜けた表情を浮かべた。

 

「……あれ、『ヤマト』? てっきりアイツが出ると思っていたのに……『ヤマト』での生活が長かったからなぁ」

 

 後ろ頭をポリポリと掻きながらボヤく翡翠だったが、気を取り直すと『ミニチュア・ヤマト』に乗ると、童心に帰って遊んでいるのかと呆れ顔をするジャスパーに乗るように促す。

 

「いやよ、恥ずかしい」

「何言っているの、人の精神世界は広大よ。しかもミスマル・ユリカのカルマは別の位相に送られているから、これに乗って効率良く探すのがベターよ」

 

 説明するが、なんやかんやと嫌がるジャスパーに焦れた翡翠がジャスパーの腕を掴んで無理矢理『ミニチュア・ヤマト』の上に乗せる。

 

「『ヤマト』発進! ……なんちゃってね」

「いやぁああ!」

 

 ミニ波動エンジンより動力を送られて噴出口に火が点り、『ミニチュア・ヤマト』は素晴らしい加速で精神世界を疾走する――振り落とされそうになって、必死にアンテナに捕まるジャスパーの悲鳴を響かせながら。

 

 


 

 

 暫く精神世界を飛びながら『ミニチュア・ヤマト』の上で翡翠は、連れ去られたミスマル・ユリカのカルマを探す――恐らくはミスマル・ユリカの脳幹にまで侵入していたナノマシンの仕業であろう事は明白である。

 

「……どうやらあの変な渦巻きの向こうのようね」

 

 レーダーを使うまでもなく、周囲の空間は光が渦を巻いて回廊を形成している。一本道なのだから間違えようがないだろう。

 

「……随分余裕ですね、翡翠」

 

 『ミニチュア・ヤマト』の上で何とか体勢を立て直したジャスパーが恨みがましい目で睨みつけながら皮肉る……暫く無言で進んでいた二人だったが、回廊の終着点らしきモノが見えて来た。

 

「……どうやら、あれが別の位相への入口のようね」

「入口?」

「貴方たちがボソン・ジャンプと呼ぶモノ――ナノマシンでイメージを伝えて、どこぞの演算装置が周囲に変換フィールドを発生させるシステム――けど、アレは普通のフィールド発生装置とは違うようよ?」

「違うって?」

「恐らくアレは、アストラル体に干渉する事に特化しているんだわ」

 

 精神体であるにも関わらず、翡翠の緑色の瞳は紅く輝く――力を行使する際には瞳が紅くなると自覚している影響だろう。彼女の瞳には別の位相に繋がったまま開いているように見える……ミスマル・ユリカのカルマを別位相に送ったまま閉めると、精神に悪影響を及ぼして肉体的にも衰弱死する可能性があるのだろう。

 

 翡翠の推測に頷くジャスパー。

 

「――行きましょう、翡翠」

「――そうね」

 

 覚悟を決めた二人は『ミニチュア・ヤマト』を加速させて、回廊の先へと進んだ。

 

 


 

 

 デープ・スペース・13 最深部 特殊兵器開発セクション

 

 ジョン・スミスと名乗る男に連れられたピカードは、モニターが幾つも置かれていた研究棟らしき場所から通路へと進んで行く。最小限の照明に照らされた通路は不気味な様相を醸し出し、長らく人が通っていないようだ。ほの暗い通路を通り、ピカードとジョン・スミスは特殊兵器開発セクションの最深部へと到達する。

 

「着いたぞ、ピカード」

 

 通路の奥にある部屋へと到達したジョン・スミスは、振り返るとにやりと笑う。その皮肉げな顔を見ながらピカードは、この見るからに怪しい士官の目的を測りかねていた……セクション31.連邦の黎明期より存在し、連邦をあらゆる驚異から守る為に活動している人々であり、その為には連邦を連邦たらしめている連邦憲章すらも無視する危険な存在でもある。

 

 その工作員である彼は、『ボーグ』が『トランスワープ・ハブ』を建設しているという脅威に対処する為に自分達を利用しようとしているのは分かるが、こんな所に連れてきて何をしようというのか? そして彼らが建設したという、このデープ・スペース・13を不法に占拠しているナデシコ勢を何故そのままにしていたのか? 未知の現象に襲われたこの基地にたどり着いた彼らを、未知の現象へのサンプルとして監視していたのだろうか?

 

「あの厚かましい不法占拠者達も、ここまでは把握していないようだな」

 

 デープ・スペース・13に流れ着いて暮らしているというナデシコ勢を揶揄しているのだろう、毒を吐きながらジョン・スミスは部屋の中に入ると、あるディスプレイの前に立ってピカードを呼び寄せ、警戒しながらもディスプレイに近づくピカードに向けてディスプレイに表示したモノを見せる――それは航宙艦に装備されている光子魚雷や量子魚雷に似ているが、それよりも一回り大きな兵器だった。

 

「……これは?」

「試作型のトリコバルト弾頭だ」

「……トリコバルト?」

「そう、連邦艦でも数隻にしか配備されていない試作型の弾頭だよ。話には聞いた事があるんじゃないか?」

「……」

 

 トリコバルト弾頭――この弾頭は通常の弾頭とは異なり、エネルギーを放射するのではなく瞬間的に強力な亜空間フィールドを発生されるものである。瞬間的に発生した亜空間は、通常の空間に干渉し、大規模な空間変動を引き起こして目標を破壊するのだ。

 

「試作型ゆえ弾頭は二発しかない、有効に使ってくれ」

 

 そしてジョン・スミスはディスプレイを操作して別の画像を映し出す――それにはデープ・スペース・13の上部係留設備に鎮座する無数の航宙艦群の姿があった。

 

「ピカード。これらの航宙艦は何の為に集められたと思う?」

 

 意味ありげに問い掛けるスミスに、ピカードは顎を癪って続きを促す。そんな態度に特に反応するでなくスミスは話を進める。

 

「M-5システムという言葉に覚えは?」

「もちろん有るさ。宇宙艦隊にとっては悪夢のような出来事だからな……まさか?」

 

 突然謎かけのような事を言い出すスミスに答えたピカードは、言葉の裏を考えてある考えに思い至って驚きの表情を浮かべた。スミスはそんなピカードの驚きに口の端をつり上げる。

 

「元々無人艦構想は昔から有ったが、百年以上前のコンピューターM-5の暴走により多数の死傷者が出た事件の影響で、ほとんどタブーとなっていた。だが七年前の『ボーグ』によるウォルフの大虐殺で、我々は多くの航宙艦と一万人近くの艦隊士官を失った」

 

 『ボーグ』の侵攻を阻止する為に迎撃に出た宇宙艦隊は、たった一隻の『ボーグ・キューブ』により壊滅状態に陥り、多数の犠牲を出した宇宙艦隊は再建に尽力したが、航宙艦は建造できても失った人材を補充する事にはかなり苦労していた……専門知識を持つ優秀な艦隊士官を育てるにはかなりの時間が必要であり、その事に頭を悩ませていた艦隊上層部は以前より存在した無人艦構想に注目していた――主力艦には出来なくても、辺境警備や初期探査などの任務を有人艦の肩代わりをする事で人的コストを下げようとしたのだ。

 

 だが状況は悪化の一途を辿る――『ボーグ』の存在するデルタ宇宙域のみならず、別の宇宙域との接触による戦争状態への突入。そして『ボーグ』による二度目の侵攻により連邦宇宙艦隊はさらに多数の航宙艦を失うという打撃を受けたのだ。

 

「連邦はこれ以上の戦争には耐えられない……『ヴォイジャー・レポート』によれば『ボーグ』のみならず恐るべき種族は複数存在すると言う――ならば早急な戦力の回復は急務だった」

「その為の無人艦か」

「ああ、ココだけでなく別の基地でも研究は進んでいる――だが、デープ・スペース・13を不法占拠している彼らは、上にある航宙艦の制御システムを利用して安定したシステムを構築した」

 

 我々の努力はなんだったのだろな、とスミスは自嘲気味に失笑をこぼす。そしてスミスはピカードに視線を向けた。

 

「掴んだ情報では、現在艦隊は編成作業に追われており、増援が到着するには早くても一週間は掛かる」

 

 我々が出来るのはここまでだ、そう言い残してスミスは突然照射された転送ビームの中に消えた……後には難しい顔を浮かべたピカードが残された。

 

「……言いたい事だけ言って消えたな」

 

 




 どうも、しがない小説書きのSOULです。

 ユリカの精神世界に取り込まれた翡翠とジャスパーは、位相の奥へと向かう。
 一方、暗闇から姿を現した男は、ピカードに何をもたらすのか?
 
 次回 第四十話 精神世界での攻防 前編
 位相の奥に、かの者は居る。

 では、また近いうちに。


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第四十話 精神世界での攻防 前編

 

 ????????

 

 遥かに高く美しい青空の下、小高い丘を覆う若草の香りが鼻腔を擽る。心地良い風が髪を揺らす中で、ミスマル・ユリカは満面の笑みを浮かべていた。

 

「気持良い! こんな良い所が有ったのねぇ」

「喜んで貰えて嬉しいよ」

 

 風の心地良さに目を細めるユリカの後ろには、彼女によく似た十代前半と思われる少女の姿があった――ユリカとお揃いの白いワンピースに身を包み、微笑を浮かべたまま金色の瞳を細めてユリカを見ている。

 

「ここに居よう。そうすれば君はもう少し楽な生き方ができる」

「――ええっ! それはダメだよ。私にはアキトが――って、アキトって誰だっけ?」

「それは君には必要ない情報だよ」

 

 白いワンピースを着た少女は、腰まで伸びた白色の髪を風に揺らしながら背後からユリカを抱き締める。微笑を浮かべたその顔は作りモノのような薄っぺらさを感じさせ、硝子のような透明感を持った瞳はその実何も移してはいないが、抱き締められたユリカにはその表情は見えない。

 

「……けど、みんな待っているし……あれ、みんなって“誰だっけ”?」

「それも必要のない情報だよ」

 

 少女の言葉は甘い毒のようにユリカの心を蝕む――毒が致死量を越えようとした刹那、突然少女は硝子のような双眼を上へと向けると蒼天の先を睨み据える――すると青空の遥か先が揺らぎ、青空が割れて何かが飛び出してきた――赤とグレーに彩られた全身を武器で固めた船、翡翠とジャスパーが乗る『ミニチュア・ヤマト』だった。

 

「――招かねざる客のようだ」

 

 『ミニチュア・ヤマト』に乗る二人を無表情に見つめる少女――あの二人がミスマル・ユリカの肉体から精神世界への接続を試みている事に気付いた少女は、逆に二人を精神世界へと引きずり込んで精神的に衰弱させようとしたのだ。

 

 だがどうやってか、あの二人は広大で深淵な精神世界でも自己を確立して、別位相のこの世界にすらやって来た――想定外だ。硝子のような輝きを放つ金色の瞳に初めて感情が――怒りの炎が灯った。

 

 


 

 

「回廊突破――って、何このファンタジーな世界は?」

 

 体感的に凄まじい圧力を持つ回廊を強引に突破した翡翠とジャスパーは、眼前に広がる一面の緑の大地を見て毒を吐く翡翠――広がる緑の大地は均一に整えられ、周囲には動物の気配は皆無であり、作り物じみた景色であった。

 

「……いくら精神世界から飛んできたと言っても、その先がこんな作り物めいた世界でなくても」

「……何か想像力が乏しいような」

「……いや、ユリカ艦長は想像力豊かだから。お花畑だから」

 

 『ミニチュア・ヤマト』の上から見える景色に酷評している二人だったが、緑の大地の上に立っている二人の人影に気付いた。

 

「あの青い髪をしているのはミスマル・ユリカとして、もう一人は演算ユニットのアバターかな?」

「……ええ、あれが全ての元凶、古代火星遺跡の演算ユニットのアバターよ」

「……全ての“元凶”ねぇ」

 

 苦々しい声でユリカの側に居る人物を睨むジャスパーの言葉を反芻する翡翠。彼女の言う元凶とは、事前説明にあった古代火星文明の遺産を巡る戦いに付いての事なのだろう――だが、もしかしたら手掛かりが掴めるかも知れない。言うほど期待はしていないが、少女が浮かべる一見無表情なその顔の皮を一枚剥がすと、どんな顔を見せるか興味が出てきた。

 

 本物のようにスラスターを吹かしながら『ミニチュア・ヤマト』はゆっくりと降下して行き、惚けたような表情を浮かべるミスマル・ユリカと、彼女を守るように前に出てきて冷たく見据える少女の姿をした演算ユニットのアバターの前にホバリングすると、その上から翡翠とジャスパーが飛び降りた。

 

「ユリカ艦長!」

「……ほえ? ジャスパーちゃん、どうしたのそんなに切羽詰まった顔をして」

「……いや、こんな奇妙な世界に囚われているんだから、もっと緊張感を持とうよ」

「え?」

 

 思わずと言った感じで声をかけるジャスパーに、のんびりとした口調で返すユリカに苦笑いを浮かべた翡翠は脱力して肩を落とすジャスパーを指で突いて、ユリカの前に出て無表情のまま見据える少女を警戒するよう促す。

 

「ほらほら、漫才はいいから。目の前で出待ちしている人が居るんだから、そっちを優先して」

「……減算ユニット」

 

 少女の姿をした演算ユニットのアバターは、冷たい輝きを放つ黄金の眼を細めると翡翠とジャスパーを睨み付けてくる。そしてジャスパーも対抗するかのように演算ユニットを睨み返している――移動中に聞いた話では、何度も繰り返しをしているジャスパーは、これまでにもミスマル・ユリカの精神が取らわれたケースに遭遇しており、脳内にあるナノマシンをハッキングしてミスマル・ユリカの精神を開放しようと潜るたびに遺跡の演算ユニットに邪魔されて来たと言う。

 

「君達のレベルで位相を乗り越えて、こんな所まで来るとはご苦労な事だね」

「別に位相を超える事は難しい事じゃない」

 

 嘲る演算ユニットのアバター『白い少女』に向けて肩を竦めた翡翠はシニカルに笑う。

 

「知り合いの悪魔のような修行僧によれば、確固たる自我を持てば何物にも流されないとの事よ――我思うが故に我あり、ね」

「……いや、それは微妙に意味が違うような」

 

 小さな声で反論するジャスパーの足を踏みつける翡翠。「痛っ!」と抗議の声を出すが聞こえない振りをしながら翡翠は、悪魔のような修行僧との過酷な修行を思い出す……滝行だと言って滝つぼに叩き込まれて、這う這うの体で這い上がってレディに対する扱いじゃないと抗議すると、鼻で笑って『そんな事は“生え揃って”から言え』と返されて、股間をスマッシュしたのは良い思い出だ。

 そんな他愛もない事を思い出しながらも翡翠は、白い少女の後ろで事態に着いて行けずに、ぽや~んとしているユリカに視線を向ける。

 

「ミスマル・ユリカ。ジャスパーは貴方を目覚めさせる為に此処まで来たわ、後は貴方が決断するだけ――貴方の目覚めを待っている人が大勢いるそうよ?」

「耳を貸す必要な無い、君には無意味な情報だ」

「……そう言っている間に、肉体は死んじゃうけどね」

 

 ユリカを引きとめようとする白い少女を尻目に、翡翠がぼそっと呟くと白い少女は視線を向けてくるが、お構いなしとばかりに翡翠は、ふふんと鼻を鳴らす。

 

「……ユリカ、生物は何時か死ぬ。けど此処なら精神は不滅だ」

「ダメよ、ユリカ艦長!? みんなはどうするの!? それにテンカワ・アキトを助けるんじゃなかったの!?」

「……アキト? みんな? ……誰の事?」

「ユリカ艦長!?」

 

 説得しようとするジャスパーだったが、ユリカ反応は芳しくない……と言うか、ジャスパーによればミスマル・ユリカの性格はお花畑だと言っていたが、これは度が過ぎるだろう――先程から白い少女が言葉をかける度にミスマル・ユリカの精神が混濁しているように感じる。

 

「……なるほどね。ジャスパー、無駄な事は止めときなさい」

「――無駄って!?」

「あの白いヤツが話しかける度に、ミスマル・ユリカは正気を失って来ているわね……つまり、ミスマル・ユリカのカルマを抜き去って別の位相に引きずり込んだのは、精神を繋げて直接影響を与える為だった訳だ……ねぇ、演算ユニット。なんでこんなメンドくさい手段を取ったの? 脳にナノマシンを仕込んでいるなら、アチラでも出来るでしょうに」

 

「……喋るな、君達が来た所為で彼女の精神に悪影響が出ている」

 

 若干の呆れを含ませながら問い掛ける翡翠だったが、白い少女の姿をした演算ユニットは早々に話を切り上げると、両手に光――高密度の情報を集めると翡翠とジャスパーに向けて解き放つ――それを予測していた翡翠は、ジャスパーを掴むと横に飛んで余裕で高密度の情報の塊を避ける。

 

「な、なに!?」

「……問答無用って訳ね」

「……消えろ」

 

 突然引っ張られて驚いているジャスパーと、対照的に臨戦態勢へと移行している翡翠の前に立つ白い少女は、硝子のような瞳が妖しい輝きを放つと、二人を消し去るべく無数の光――高密度の情報の塊を周囲に浮かべている。それを見た翡翠はにやりと笑うと、新しい呼称にまんざらでもない己が半身に語り掛けた。

 

「『エテルナ』、サポート!」

《YES・Ma'am》

 

 どこからともなく返答が来て、翡翠の全身がうっすらと発光していく――否、存在が補強されたと言うべきか。白い少女が繰り出した無数の高密度情報の塊を容易く弾き飛ばす。

 

「何故押し潰されない? 高密度の情報に触れて、何故己を保てる?」

「甘い、甘い。この程度の情報で私を消そうなんて甘すぎる――離れてて、ジャスパー」

 

 驚きをあらわにする白い少女ににやりと笑った翡翠は、側に居るジャスパーに離れるように指示した後に両拳を握り締める。

 

「人の話を聞かないばかりか、消そうとするような奴にはキツイお仕置きが必要なようね」

 

 翡翠の瞳がエメラルド・グリーンから真紅へと変わると、翡翠の身体を覆う光が『ミニチュア・ヤマト』を包む。光に包まれた『ミニチュア・ヤマト』の船体が幾つかのパーツに分かれると、翡翠の身体に装着されていく――両腕にはそれぞれ第一・第二砲塔とパルスレーザー群が装着され、『ヤマト』の特色とも言える波動砲を備えた艦首は翡翠の右肩近くに、左肩には剥き出しの波動エンジンとその上の甲板には第三砲塔と煙突ミサイルにより高い戦闘力を伺わせる。

そして背中には艦首と波動エンジンを固定するハードポイントと補助エンジン――コスモタービン改が装着されている。

 

「そ、それは?」

「名付けて『アサルト・ヤマト』!」

「……」

 

 翡翠のあまりのネーミングセンスの無さに、沈黙してしまうジャスパー……気の所為か、どこからともなく「うらぎりもの」と怨念めいた声が聞こえたような気がした。

 

「さて、覚悟は良いかな? 演算ユニット――って、何か味気ないわね。何か固有名称は無いの?」

「調子に乗るな、バク風情が。この世界に潜り込んだのは褒めてやる――だが君達は彼女には必要のない情報だ、消えろ」

 

 呑気な口調で気安く話しかける翡翠に、白い少女は硝子のような瞳を細めると、周囲に高密度の情報の塊を無数に作り出して翡翠に向けて放つが、翡翠は両腕に装備されたパルスレーザーで放たれた高密度情報の塊を打ち抜いて無力化する。

 

 そんな翡翠に背後に巨大な高密度情報の塊が出来ると、翡翠に向けて津波のような高さと密度で怒涛のごとき勢いで迫る――が、まるで予測したように翡翠は両腕のパルスレーザーを照射しながら主砲を旋回させて背後から迫り来る高密度情報の津波を打ち抜いて無力化した。

 

「……こんなモノで、私をどうにか出来ると思っているの?」

「……小癪な事を」

 

 初めて感情を露わにした白い少女……この世界を構築する彼女だからこそ分かる。この世界に侵入してきた目の前の少女の姿をしたモノは、周囲の全てが敵であろうとも確固たる意思を持って立っている。あのフザけた武装もあの少女に強固なイメージにより構築されており、それを解析不能な何かが明確な力――高密度情報すらも砕く何かに変貌させている。

 

「ここは現実世界よりも精神世界――アストラル・サイドに近いわね。ならば意思の強さが勝敗を決める――時間と空間と思考は密接な関係を持つ――強い意思の力は物理法則すらも書き換える――それが出来るのは自分だけだと思うな!」

 

 右肩近くにマウントされた艦首の巨大な砲口を向けて威嚇する翡翠に苦々しい表情を浮かべていた白い少女だったが、大きく息を吐くと今までの怒りが嘘のように沈静化して全ての表情が消える――そして氷のような声で話しだした。

 

「認めてやる。君は私が倒すべき敵だ」

 

 次の瞬間、周囲の空間が波打って翡翠に襲いかかる――それを見た翡翠は右肩にマウントされた艦首から魚雷を発射して衝撃波を相殺すると、背中のコスモタービン改を吹かして四方から迫る衝撃波から逃れて両腕の主砲を白い少女に向けて斉射する。

 

「くっ!?」

「まだまだ!」

 

 主砲を連続斉射しながら白い少女に攻撃を加える翡翠と、主砲を避けながら高密度情報の塊を無数に射出するだけでなく、周囲の地形を変えて槍のように伸ばして反撃する白い少女……そんな人外の攻防を見たジャスパーは、B級映画を鑑賞している気分になりながらも、その一撃一撃に込められた技術に驚きを覚えていた――特に空間衝撃波を相殺する魚雷などは今までの情報収集の中でも確認されず、『ボーグ・キューブ』との戦いにおいて現れた『アルテミス』の放った光弾とも違う性質を持つ武装であった。

 

 激しい攻防を繰り広げていた二人だったが、双方距離を空けて睨み合う。

 

「ねぇ、演算ユニット。貴方は何故ミスマル・ユリカに拘るの?」

「……」

「ミスマル・ユリカのカルマを加工して、けどそれはミスマル・ユリカと言えるのかしら? 人間というのは周囲の環境の影響を受けて変わって行く物。その環境を歪めて、カルマすら歪めて、それは果たしてミスマル・ユリカと言えるのかしら?」

「……このまま彼女を同族の傍に置けば、使い潰される未来は想像に難くない。私はそれを阻止しようというのだ、邪魔をするな」

 

 睨み合いながらも翡翠は、ミスマル・ユリカのみに執着する白い少女に疑問を問い掛けると、少女は淡々としながらも断言するかのように己が行為を正当化する。少女の言葉が気になった翡翠は、そのまま喋るに任せる事にしてみた。

 

「同族の手によって私に組み込まれたユリカは、私から取り出された後も同族の監視化に置かれていた……そんなユリカの様子を中から見ていた私は、システムに侵入して奴らの思惑を知った――奴らは同族であるユリカを、もっとも親和性が高い素材として保存して、クローンをナビゲーション・システムに組み込む事を計画していた」

 

 私に対する翻訳機として利用しようとしていたのだ。どうだ、馬鹿げているだろう? 乾いた笑いを浮かべる白い少女……自身が原因である事が自覚しているのだろう。

 

「あんなに優しい彼女が、辛い現実を味合わされ、汚らわしい亡者どものエゴによって汚されて、より不幸になろうとしている――許せるものか――同族が悪意しか齎さないなら――私が彼女を貰う」

 

 拳を握り固い意志を示しながら宣言する白い少女。

 

「ご高尚は承ったけど、一つ疑問があるわ――何故そこまでミスマル・ユリカに入れ込むの?」

「……私に話しかけ来たのは彼女だけだからだ――創造主達は私を単なる演算装置としてしか見ていなかった。彼らはナノマシンからイメージを送ってくるだけで、それ以上の事は私に望んでいなかった……そして彼らが去った後、長い年月私は一人だった」

「……そんな時に、バカどもによってミスマル・ユリカが接続された訳だ」

「……私は彼女の中でずっと見ていた。番の男は彼女の傍を離れ、他の者では彼女の悲しみを癒す事は出来なかった――だから彼らでは彼女を任せる事は出来ないと判断した」

「それは違う!」

 

 白い少女の出した結論をジャスパーは大きな声で否定する。

 

「ルリ艦長やジュン副長も、イネス先生……は置いておくとして、旧ナデシコ・クルーのみんなは、ユリカ艦長とテンカワ・アキトの為に集まったのよ! それだけじゃないわ、関わりの薄いハーリー君やアィウンちゃんやノゼアちゃんだってその為に頑張っている――みんなで幸せになる為に努力しているのに――」

 

 白い少女の結論が余程気に入らなかったのか、ナデシコ・クルー達の心情を代弁するジャスパーだったが、そんな彼女の側まで来た翡翠が彼女の肩に手を置いて落ち着くように諭す。

 

「そこら辺にしなさい、ジャスパー。こんな根本的な所でトチ狂ってる奴に言った所で理解出来る筈ないわ」

「……どう言う意味だ」

 

 肩を竦めながら浅はかだと断ずる翡翠に、不快そうに表情を歪める白い少女。そんな白い少女の姿を見て、皮肉げに唇を歪めた翡翠は紅い輝きを放つ瞳を向けると、むしろ優しく問い掛ける。

 

「……私が見る所、貴方はミスマル・ユリカのカルマをこの別位相の世界に誘って精神に干渉している――けど、それだけじゃないわね? 貴方は彼女の精神を変質させようとしているわね――ジャスパーや貴方のような思考体と似て非なるモノへ」

 

 

 




 どうも、しがない小説書きのSOULです。

 皆様は、アーマーガールズプロジェクト『ヤマトアーマー×森雪』という代物をご存じでしょうか? 最初に見た時爆笑してしまいました……まんま『艦〇れ』じゃねぇか、と。

 昏睡するミスマル・ユリカの精神世界に誘い込まれた翡翠とジャスパー。
 彼女の精神の奥底に居るのは?

 次回 第四十一話 精神世界での攻防 後編
 翡翠は元凶と相対する。

 では、また近いうちに。


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第四十一話 精神世界での攻防 後編

「……私が見る所、貴方はミスマル・ユリカのカルマをこの別位相の世界に誘って精神に干渉している――けど、それだけじゃないわね? 貴方は彼女の精神を変質させようとしている――ジャスパーや貴方のような思考体と似て非なるモノへ」

 

 声を上げるジャスパーの側まで来た翡翠が肩に手を置いて止めると視線を白い少女に向けて、透き通るような笑みを浮かべ――嘲りを込めて囁く、私はそんな存在をよく知っているわ、と。

 

「精神思考体、あるいはエネルギー思考体と呼ばれる存在ね。肉の身体を持たず、私達とは別のカテゴリーになるモノ達――まぁ、大体堅苦しい奴ばかりだけどね」

 

 翡翠の話を無言で聞く白い少女。

 

「けどね、演算ユニット? 変質したミスマル・ユリカは、以前の彼女なのかしら? 人間の精神は肉の身体に覆われて、その寿命は百年位。人間はそれ以上生きるようには出来ていないわ」

 

 そして翡翠はなおも慈愛に満ちた、あるいは嘲るように――白い少女に優しく語り掛ける。

 

「そんな肉の身体に覆われた精神が、貴方たち思考体と同じように長期間の活動が出来ると思う? 百年位しか存在出来ない肉体に付属している精神が百年以上持つと思う?」

「――その程度の問題」

「解決したら、それは人間といえるのかな?」

 

 癇に障ったのか目を怒らせた白い少女は一瞬で翡翠の懐に移動すると右拳を光らせて直接打撃を打ち込むが、それを予期していたのか左腕に装着している砲塔に薄青い膜を纏わせて打撃をガードする。

 

「あら、怒った?」

「口を開くな」

 

 ガードされたにも関わらず、両拳を光らせてガードの上から猛撃を叩き込む白い少女。その圧力は凄まじく、『アサルト・ヤマト』を纏った翡翠がジワジワと後退していく。

 

「――くっ!」

 

 白い少女の猛攻を薄青い膜を纏った両腕で弾いた翡翠は、背中のコスモタービン改を吹かして距離を取る――が、それを予期していたかのタイミングで距離を取る翡翠の周囲に無数の光弾が輝くと、光で焼き尽くさんばかりの勢いで襲い掛かって来た。

 

「――タチの悪い!」

 

 両肩にマウントしたパルスレーザーを照射して光弾を撃ち抜くが、撃ち落とす端から倍以上の光弾が翡翠に襲い掛かる。立体的な機動と速射性に優れた武装を屈指して襲い来る無数の光弾を掻い潜って右腕の主砲を白い少女の居る方向へと向けるが、その場所には少女の姿はない。

 

「――後ろか!?」

 

 思考体の分際で殺意を撒き散らしてと悪態を付きながら翡翠は、白い少女が振り下ろした右拳を左腕に纏わせた薄青い障壁でガードするが、少女の小柄な身体からは想像もつかない程の衝撃が翡翠を襲い、背中のコスモタービン改を全開にして対抗するが衝撃を相殺する事が出来ずに吹き飛ばされて大地に叩きつけられた。

 

 衝撃により大地に深い亀裂を生み出しながら、大量の土煙を撒き散らすその光景を冷めた目で見ている白い少女は、次の瞬間に両手に大量の高密度情報を発生させると振り向きざまに打ち出す――あまりに高密度故に眩い輝きを放ちながら大地に降り注ぐ高密度情報の無数の塊は、地中を進んで白い少女の背後を取ろうとして大地より飛び上がった翡翠に殺到する――否、飛び上がったソレは翡翠を守っていた『アサルト・ヤマト』のみであった。無数の高密度情報の直撃を受けて『アサルト・ヤマト』は直撃部分より崩壊していく。

 

「――何処に!?」

「――此処だ!」

 

 古典的な手に引っ掛かった己に歯噛みしながら周囲を探す白い少女の背後を取った翡翠は、蛇のように両手をしならせて白い少女の関節を極める――翡翠のやった事は単純明快、大地に叩き付けられた翡翠はその場で『アサルト・ヤマト』をパージすると、遠隔操作で白い少女の背後から飛び出すようにした後、土煙を煙幕にその場に潜んでチャンスを待った――白い少女が囮に気を取られる瞬間を――そして飛び出した『アサルト・ヤマト』に気を取られたその隙に、潜んでいた翡翠は一気に飛び出して背後から白い少女に肉弾戦を仕掛けたのだ。

 

「この、離せ!」

「嫌なこった」

 

 逃れようともがく少女を更なる関節技で拘束する翡翠は、いかなる手段を使ったのか少女と共に凄まじいスピードで大地に向けて落下する――少女を下にしている所から叩きつけようと言うのだろうが、それを易々と許す少女ではなく関節技から逃れると逆に翡翠を拘束して叩きつけようとしている。

 

 落下中に攻防を繰り返しながら、大地に叩きつけられる寸前で双方大きく距離を取り、お互い獰猛な笑みを浮かべた次の瞬間には一気に距離を詰めて肉弾戦へと移行する翡翠と白い少女を呆れたような眼差しで見つめるジャスパーであったが、内心では白い少女と互角に戦いを繰り広げて居るように見える翡翠に驚いていた。

 

 翡翠が見た目に反して途轍もない存在である事は“前回”で嫌というほど味わったのだが、対峙する白い少女の姿をした演算ユニットもまたジャスパーや他の『オモイカネ』・シリーズなど歯牙にもかけないほどの演算能力を有しており、IFSを使って白い少女にアクセスして演算を妨害しようとしたが、彼女の行っている演算の複雑さとあまりのスピードに太刀打ち出来ずに断念せざる負えない存在であった。

 

 演算と対峙した時、彼女は問答無用で翡翠とジャスパーを分解しようと精神干渉を仕掛けてきたが、前に出た翡翠の強固な精神障壁にあっさりと跳ね除けられた。その後はこの世界全てが敵となってあらゆる方法を使って侵食しようとしてきたが、翡翠はその全てを撥ね退けて演算ユニットを挑発する。

 

 業を煮やした演算ユニットは、遂に翡翠を消去すべく直接的な攻撃を仕掛け始めてが、翡翠は『アサルト・ヤマト』なるネーミングセンス・ゼロなモノを纏って対抗する――そして戦いは長距離からの攻撃から肉弾戦へと移行していた。

 

 攻防一体の『ヤマト・アーマー』を脱いだ翡翠は、何と演算ユニットに関節技を決めるという暴挙に出たのだ。無力ゆえに傍観者と化していたジャスパーもそれを見た時は「なにしてんの!?」と驚いたが、翡翠は構わず次々と関節技を掛けながら急降下していき最後には演算ユニットを放り投げて大地に叩きつけた。

 

 流石にその程度でダメージを受けることはないが、プライドを傷つけられたのか即座に復活した演算ユニットは憤怒の表情を浮かべると翡翠に殴りかかるが、振り抜かれる拳を往なすとその腕を取った翡翠はくるりと身体を回転させて演算ユニットを投げ飛ばす。

 

 そして追い打ちを掛けるように投げ飛ばされた演算ユニットを追撃すると、翡翠は両の拳を振り上げて演算ユニットの背中に叩き付けようと振り抜くが、それは空振りに終わる。

 

「ぬっ?」

「何度も同じ手が通じるか」

 

 独楽のように身体を回転させた演算ユニットの足が加速して翡翠に襲いかかる――咄嗟に腕でガードした翡翠だったが、衝撃は凄まじく小柄な身体は弾き飛ばされた。

 

 ……こんどはローリング・ソバット。しかも仕掛けたのは演算ユニットである。意表返しにしても程があるとジト目になってしまうジャスパー。

 

「やってくれるじゃない、ならばお返しよ!」

 

 翡翠の宣言と共に握った拳が輝き、演算ユニットに向けて駆け出す。それを見た演算ユニットは無数の光弾を生み出すと、一気に放出する。それを驚異的なフットワークで回避した翡翠は、遂に演算ユニットに肉薄するが、演算ユニットの表情に焦りはなく恐ろしい速さで光弾を生み出すと、翡翠の顔めがけて打ち出す――が、それを予期していたかのようにしゃがむと光弾が頭上を飛んでいく。

 

「くらえ!」

 

 身体が沈み込むよりも早く地面に付いた片手一つで飛ぶと、輝く拳を演算ユニットのアバターめがけて叩き込んだ。その威力は凄まじく、身体を九の字に曲げて吹き飛ばされていく。

 

 それを追いかけて追撃を仕掛けようとした翡翠だったが、即座に体勢を立て直した演算ユニットに追撃のパンチを絡め捕られて放り投げられて距離を開けられた。それからも別位相において展開された仮想現実内で、二人は技の応酬し合って遂には低レベルな殴り合いの様相になっていた。

 

「ぐっぬぬうぬ!」

「うにゅにゅう!」

 

 ……遂にはお互いの頬っぺたを抓り上げていた。

 

「……何をやっているのよ、あのバカ共は」

 

 思わずボヤくジャスパーであったが、子供の喧嘩のような事をしていた翡翠と演算ユニットが示し合わせたかのようなタイミングでそれぞれの頬から手を離して飛び退いた時点で表情を引き攣らせる――飛び退いている途中でボロボロになった艦装を回収した翡翠は未だ崩壊を免れている波動砲を模した砲口を構え、反対側に着地した演算ユニットは両掌の間に今まで以上に圧縮した光弾を浮かべる。

 

「ガンマ・レ――じゃなかった、波動砲だ!」

 

 翡翠が構えた艦首の砲口に光が溢れ出し、対峙する演算ユニットの両掌の間で輝きを増す高密度情報の塊が苛烈なる光を放つ――双方とも持てる力の全てを使って必殺の一撃を繰り出そうとするその瞬間、演算ユニットの背後から伸びた腕が優しく抱き締めた。

 

「――ユリカ?」

「ありがとう、私の為に怒ってくれて。けどね、ナデシコのみんなを置いて私だけこの世界で暮らす訳には行かないわ」

「ユリカ、あの船のクルーだって人間だ。これから先どんな心変わりをするか分からない」

「みんなとは木蓮との戦争の時から苦楽を共にしてきたし、アキトを連れ帰る為に集まってくれた訳だしね。異世界に放り出したままには出来ないし――何よりアキトをこのままには出来ないわ、だって私はアキトの奥さんだもの」

「……ユリカ」

 

 抱き締めながら自らの心情を語り掛けるユリカに悲しそうな表情を浮かべる演算ユニット……そんな演算ユニットの頭をユリカは優しく撫でる。

 

 その光景は母娘の語らいか、姉妹の抱擁か、戦闘意欲を失くしたかのようにユリカの抱擁に抱かれている演算ユニット……が、それを冷めた眼で見ている翡翠。艦装の砲口を下ろしながらも油断無く警戒している翡翠は、良かった良かったと言いながら近づいてくるジャスパーに視線を向ける。

 

「……ねぇ、ジャスパー。アンタは、ユリカ艦長はお花畑だって言っていたね?」

「え? ま、まぁ、ナデシコでは皆そんな認識だよ?」

「……アンタ達の目は節穴か。アレはウチのお姉ぇと同類じゃない」

「お姉ぇって、お姉さんの事? どんな人?」

「お腹の中真っ黒」

「……マジ?」

「いや、ユリカ艦長のパーソナル・データを見た時からおかしいとは思ったんだよ? 高級軍人のご令嬢が鳴り物入りで士官学校に入るなんて、悪目立ちしすぎじゃない。それが優秀な成績で卒業したんでしょう? やっかみも大変だったろうに、そんな人間が楽天家の天然の性格をしているなんて無理があるでしょう」

 

 渋面を浮かべた翡翠は、そうボヤいた。

 

 

 




 どうも、しがない小説書きのSOULです。

 今回少女たちによる『キャット・ファイト』をお送りしました。(おい

 ミスマル・ユリカに対する考察――高級軍人のお嬢様がシミレーションで負け知らずで、優秀な成績を収めるような目立つ存在が、周囲のやっかみを受けないわけがないのに、天真爛漫? そして『ボゾンジャンプ』の中枢であり、悠久の時を膨大な演算に費やして来た『演算ユニット』は何時しか自我を持つようになったが、古代火星文明を創った異星人は『演算ユニット』にはただ演算機能のみを求め、それゆえに芽生えた自我は成長する事なく、いまだ幼いままであり――それを象徴するのが精神世界での戦いでの頬の引っ張り合いなんですよね。
 
 ここら辺が独自解釈のタグをつけた理由の一つなんですよね。

 次回 第四十二話 一筋の涙
 現実世界へと帰還した翡翠とジャスパー。
 ――だが、現実に現れたのは彼女達だけではなかった。


 では、また近いうちに。


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第四十二話 一筋の涙

 

デープ・スペース・13 居住施設


 

 居住施設の中でも大きめな居住室にて、これからの事を協議していたジュン達だったが突然大きな音が響いた事に驚いて顔を見合わせる。何から倒れるような音がしたのだが、その音がした方が問題だった。

 

「な、何だ?」

「何かが倒れたような音だったが――ユリカの部屋の方から聞こえたぞ!?」

 

 何か異変が起きたのかと慌てた四人は席を立つとユリカの部屋へと向かう――意識を失ったまま目覚めないユリカに何かあったのか、未だ演算ユニットとのリンクは途切れず日々に弱っていく彼女の身にこれ以上不幸が訪れるなど神はいないのか。焦燥感に襲われながらもユリカの部屋のドアを開けた四人が見たものは、折り重なるように倒れた二人の少女――ジャスパーともう一人見知らぬ少女の姿だった。

 

「……ジャスパー? こんな所でなにをしているんですか? それともう一人の方は見ない顔ですね」

「一体ここで何をしているジャスパー! その子は誰だ? ココは病人の部屋だぞ、部外者を連れ込むなど何を考えているんだ!?」

 

 その光景を見たルリは努めて冷徹な声を。会談への参加を打診したが用事があると言って辞退した彼女が、いつの間にかユリカも眠る部屋に潜り込んでいたのだ。一体どんな思惑を以てこの場に居るのか? 疑念の籠った視線を向ける。そしてジュンの対応は感情の爆発という直接的な物であった。

 

 唯でさえもミスマル・ユリカと遺跡の演算ユニットとのリンクを切断する方法が分からず、少しずつ衰弱していく彼女の姿に忸怩たる思いをしていたが故に、眠り続けているユリカの部屋へ無断侵入したジャスパーに怒りが沸き起こり、さらに傍に居る見知らぬ少女の姿を見咎めたジュンは普段の温厚な彼では考えられない程の怒りを見せるが、二人の少女はまるで意に返さず周囲をキョロキョロと見回している。

 

「……おいおい。ジャスパーと、もう一人はあの『ヤマト』の子だよな? ここは病人が寝てるんだ、勝手に入って良い場所じゃないぞ……一体どうやって入ったんだ?」

 

 妻帯者であり比較的子供に慣れているセイヤは、呆れたような声を出しながら諫めるがその目は笑っていない。ユリカの眠る部屋へ行くには自分達の居た居住室の傍を通らねばならず、まったく気配を感じなかった事に不信感を抱いていたのだ。

 

 だが、そんな周囲の反応など素知らぬ顔で眉間を抑えながら起き上がったジャスパーの翡翠は、頭痛を振り払うかのように頭を左右に振りながらも何とか立ち上がる。

 

「痛たた、何が起こったの?」

「痛つつ、強制的に融合が切られたようね……やってくれるな、演算ユニット」

 

 ミスマル・ユリカとの精神融合を強制的に切断された翡翠は、未だ本調子ではないのかフラフラと覚束ない足取りながら起き上がり、何が起こったか良く分かっていないジャスパーに答える――だが、答えの中にあった聞き捨てならない単語にルリが反応した。

 

「……貴方。今演算ユニットと言いましたね、どういう意味です?」

 

 ルリの金色の瞳が強い光を放ち、嘘も言い逃れも許さぬとばかりに詰問してくる。色々と溜め込んでいるらしい彼女にどう説明しようかと考えていると、部屋の奥に設置されているベッドの方から声が掛かる。

 

「ふあああ、よく寝た。どうしたのルリちゃん、そんなに慌てて?」

 

 気の抜けるような声が聞こえて翡翠を除く全ての人間の視線が別途へと集中する。そこには部屋の主であるミスマル・ユリカが、寝ぼけ眼で身を起こしていた。

 

「ユリカさん!」

「ユリカ!」

「艦長!」

「ユリカ艦長!」

 

 ベッドから身を起こしたミスマル・ユリカの姿を見たルリとジュンそしてセイヤとジャスパーが驚きの声を上げて駆け寄って行く……火星の後継者から救い出された後も長い間仮死状態にされた後遺症から長期のリハビリを余儀なくされ、やっと歩けるようになったかと思えば今度はテンカワ・アキトを探す為に宇宙へと飛び出して、その結果並行世界に流れ着いた。そして、その間もユリカと遺跡の演算ユニットは途切れず、少しずつ彼女の体力を奪い衰弱させてきたのだ。

 

 その彼女が会談の際に感情を大きく乱した後に昏睡状態に陥ったのだ……彼、彼女らの心労は如何ほどだっただろうか。ルリ達は表情に安堵を浮かべてユリカの傍へと近付こうとしたが、その前に翡翠が両手を大きく広げてルリ達の行く手を阻んだ。

 

「何をするんですか、どけてください」

「ちょっと、その手をどけてよ翡翠」

 

 行く手を阻まれたルリとジャスパーが抗議の声を上げるが、翡翠は背を向けたまま反応を見せない――いや、ルリ達からは見えないが、翡翠は名の由来となった翠色の瞳を細めてユリカの座るベッドの傍の空間を見据えている。

 すると空間が渦上に歪んでいき、ぽっかりと穴が開いてその虹状の光に溢れた穴の中から白いワンピースを着た少女が姿を現す。長い白髪と何処かユリカに似た顔立ちながらも、輝く金色の瞳が見る者に強烈な違和感を与えていた。

 

 


 ミスマル・ユリカ私室

 

 昏睡状態にあったミスマル・ユリカが目覚めた。それは喜ばしい事であるが、その直後に異常事態に見舞われる――ユリカの座るベッド傍の空間が歪んでいき、虹状の空間から白いワンピースを着た一人の少女が姿を現した。一見すると幼い少女のように見えるが、普通の人間とは纏う雰囲気が決定的に違う。

 ミスマル・ユリカを幼くしたような出で立ちをしているが、まるで色素が抜け落ちたかのような白い肌に白髪が作り物めいたその容姿を強調しており、その中でも爛々と輝く金色の瞳が人でありながら人とは決定的に違う“何か”であると物語っていた。

 

「……人間、か?」

「……あなたは?」

 

 突然現れた少女の姿をした“何か”の登場に戸惑いを隠せないジュンとルリ。何者か? 目的は何か? 様々な疑念が沸き起こるが、それよりも戸惑いの気持ちの方が強く感じている。それは少女がユリカをダウンサイズしたかのような容姿をしている事が大きいのだろう。

 呆けた顔をしたセイヤは「……血縁、妹か?」などと的外れな事を呟いており、反対にイネスは九割の警戒心と一割の好奇心を混ぜ込ませた視線を向けていた。

 それそれの思惑をはらんだ視線が向けられている少女は、ゆっくりと一歩歩き出す。思わず緊張が走る中、少女の出現に目を大きく見開いていたジャスパーが眼を鋭く細めて少女の正体を呟いた。

 

「……演算ユニットのアバター……なんで実体を持って此処に?」

「……リターンマッチのお誘いかもよ?」

 

 緊張しているのか低い声でつぶやくジャスパーに茶化したような口調で答える翡翠であったが、その視線は位相の異なる世界で戦った演算ユニットから離れない。

 

 見知らぬ少女に止められたジュンは眉をピクリと動かす――また演算ユニットと言う言葉が出た。ジャスパーともう一人の少女――翡翠と言ったか、二人の会話の中に聞き捨てならない単語が出て来て思わず問い詰めようとしたその時、突然に湧き上がった刺々しい空気に気圧されてしまい機会を逃してしまう。

 両手を広げて押し留めるようにしていた翡翠が手を下ろして臨戦態勢に入ったようだ。彼女の表情を見ると唇の端を釣り上げているのが分かった。

 

「何しに現れた、演算ユニット?」

「君のような危険人物からユリカを守るために、とか?」

「……ほほう」

 

 翡翠の問い掛けに人を食ったような態度で返されて、彼女の額に怒りのマークが浮かぶ――睨み合いながら戦意を高める二人だったが突然柔らかな腕に抱擁されて、そんな奇行に走る第三者に視線を向ける。

 

「ダメだよ二人ともケンカしたら、めっ!」

「……は?」

 

 一体何を言っているのだろう? 豊満な胸に圧迫されながら翡翠は、何時の間にか起きて来て抱き締めて来るこの元眠り姫のトンチンカンな言動に微妙に白けた表情を浮かべる……見れば白い少女こと演算ユニットが間近にあり、達観したかのような表情を浮かべていた。

 

「――ユリカさん、起きて大丈夫なんですか?」

 

 体調を心配するルリにユリカはにこりと笑って見せる。

                                                                                              

「あはは。よく寝たおかげか、すっかり元気だよ」

 

 その言葉を聞いてもルリの顔から憂いが晴れる事は無かった。遺跡から彼女を解放してから三年、未だにリンクは途切れずに日々衰弱していく彼女を忸怩たる思いで見てきたのだ……それが突然元気になっただの、素直に信じられる訳がなかった。

 

「……心配しなくても大丈夫だよ」

 

 ユリカの抱擁から逃れようとしている翡翠へ視線を向けるルリ。ユリカの豊満な胸に窒息しそうになった翡翠は、抱き締める腕から逃れようと悪戦苦闘しながらも、反対側の腕に捕獲されている白い少女から視線を離さずに言葉を続ける。

 

「人は一人では生きられない。人格を形成するのに他人が必要なように、人として生きていくにはコミュニティーが必要となる――ほら、昔から言うでしょう? 『ウサギは寂しいと死んでしまう』って」

「……いや、微妙に意味が違うから」

「……だから其処ら辺を、そのトンチンカンに教育してやったわけよ」

 

 思わず突っ込むジャスパーを無視して何とかユリカの抱擁から逃れた翡翠は、ユリカに抱かれてされるがままになっている演算ユニットのアバターを指差しながら無い胸を張る。

 

「……危険人物からの言とはいえ、聞く所があれば考慮する位の柔軟性はある」

「……流石の骨董品、言う事が堅苦しい」

 

 鼻を鳴らしながらも答える演算ユニットのアバター、よほど不本意なのか作り物めいた表情を不快げに歪ませながらも答え、返す翡翠も鼻を鳴らしながら毒を吐く。そんな二人の様子を呆れた顔で見ていたルリだったが、会話が途切れた所で口を挟んだ。

 

「横からすみませんが、貴方が本当に演算ユニットのアバターだと言うのならなら言いたい事があります」

 

 二人の不毛な言い合いに横から口をはさむ形になったルリは、厳しい表情で演算ユニットのアバターを見据えながら努めて冷静な口調で話し出す。演算ユニットとのリンクが切れない事による弊害――ユリカの状態が如何に悪化したか、そんなユリカを心無い人々から守る為に如何に苦心したかを。

 

「何故、ユリカさんを助け出した後もリンクを切らなかったのですか? 私達はリンクを切断する為に考えられる全ての手段を講じたけど全てが徒労に終わりました」

 

 リンクを切る為にあらゆる波長を遮断するスペースを用意したり、リンクを成立されていると思しきナノマシンに対してアンチ・マシンを作成したりと思いつく限りの手段を用いたが、その努力をあざ笑うかのようにリンクを切断する事は出来なかった――まるでユリカを逃さないよう、演算ユニット側から積極的にリンクを継続しているようにしか見えなかったのだ。

 

「……ボゾン・ジャンプなんて禁断の果実の味を知った人間は、あらゆる手段で独占を狙うでしょう。今はまだユリカさんが制御出来る事は一部の人間しか知られていません……けれど秘密は漏れるものです」

 

 どんなに厳重に情報を秘匿しようとも人の欲望は際限なく、情報の価値が高ければ高いほどそれを知ろうとするのが人の業でもある……そのせいで何人が不幸になろうとも。

 

「そうなればユリカさんに安息の地はなくなるでしょう」

「そうだな、あの時は幾つかの企業と軍部内の派閥そして金の匂いに釣られた政治家達が嗅ぎ回っていたからな」

 

 金色の瞳を揺らしながら淡々と語るルリに、演算ユニットのアバターは嘲るでもなく只事実として告げる――火星の後継者の乱の終息後に水面下で起きた醜い権益の争奪戦を――何故、異星人のシステムである演算ユニットが人類社会の動きに詳しいのかという疑問には、得意げにない胸を張ったジャスパーが説明してくれる――いわくボソン・ジャンプの重要性が増し、それを制御する為に古代火星文明の技術を模倣したものが人類社会に組み込まれていった。そして遺憾ながら古代火星遺跡の中でも特異なシステムとも言えるボゾン・ジャンプの演算ユニットならば人知れず人類の模倣したシステムに侵入する事など児戯にも等しい事であると。

 

「……そして並行世界に転移しても貴方からの呪縛は消えなかった――もう、これ以上ユリカさんを縛り付けないで、解放してください」

 

 遺跡の演算ユニットの呪縛という眼に見えぬモノに絡み取られていたが故に手出し出来ず、考えうるあらゆる手段が徒労に終わり悲壮感と無力感に囚われていたルリの金色の瞳に浮かぶ涙には様々な感情が込められた悲しいものであった。

 

 


 

 

 巨大なステーションであるデープ・スペース・13。

 キノコ状の上部構造物内には多数の宇宙船を係留する設備が、その下部に接続された円筒形の構造物内には傷ついた船を修復する修理設備や造船ドックがあり、それらにパワーを供給する大型の動力炉が設置され、そして施設を稼働させる為に必要な人員が快適に暮らせるように居住施設も充実していた。

 

 そんなデープ・スペース・13に設けられた多くの大会議室の一つに難しい顔をしたナデシコ・クルー達が集まっていた。ナデシコ・クルー達にとって精神的主柱とも言えるミスマル・ユリカが目覚めた事は喜ばしい事であるが、目覚めた彼女の傍に現れた“異物”の存在が彼らの表情を曇らせる。

 

「まさか、ボゾン・ジャンプの演算ユニットがアバターを作って直接乗り込んでくるとはよ」

「一体、何でそんな事になったんだよ?」

 

 後頭部を掻きながらユリカの私室から以前に『エンタープライズ』や『ヤマト』の首脳陣との会談に使った大会議室へと移ったウリバタケ・セイヤは、ため息を付きながらボヤく。その言葉に反応したのは、ユリカが目を覚ましたとの報を聞いた時には喜びを露わにした機動兵器パイロット達のまとめ役であるスバル・リョーコ。他の席には渋面を作ったアオイ・ジュンや、目の周りを少し赤くしたホシノ・ルリ。そして空中に投影したデーターに目を通しながら難しい表情を浮かべるイネス・フレサンジュ。最初は笑みを浮かべて上機嫌なリョーコだったが、会議室に入り詳細を聞くにつれてその笑みは消えて周囲にいる人間達と同じく頭を抱える事となった。

 

「そうね、センサーから得られたデーターでは私達人類とほぼ同じ肉体を持っていた。けど“アレ”は特定の人物にしか反応を示さなかった……他の人間など欠片も興味がないみたいね」

 

 ユリカの私室に現れた演算ユニットの対応は他の者に任せ、イエスはユリカに異変が起こった場合に備えて携帯していた小型診断システムを用いて密かに演算ユニットのアバターを解析していたのだ。空間に投影されたデーターや、現出してからの行動を撮影した映像を見ながら彼女は思考する。

 

 “アレ”は未だにミスマル・ユリカに執着している。ジャスパーの話では、ユリカの意識が喪失していたのは演算ユニットの仕業だと言う。脳内に存在している特殊なナノマシンを用いてユリカの魂とも言うべきモノを抜き去り、位相空間に連れ去って干渉していたと言う情報はこの場に居る全ての者に共有されている。

 

「“アレ”は艦長の精神を変質させて自分の傍に置こうとしたけれど、それを力づくで邪魔されたから路線変更でもしたのかしらね?」

 

 イネスは投影された資料から視線を外すと、少し離れた場所に座る荒くれチビッ子コンビに向ける。件のコンビの内の一人であるジャスパーはイネスとは反対側の方に顔を向けて下手糞な口笛を吹いて誤魔化そうとしているし、もう一人の翡翠はテーブルに顔を伏せて寝たふりをして逃れようと言う始末だ……OK、反省の色なしだ。

 

「そして件の演算ユニットは、此方の話に聞く耳を持たずに何処かに行く始末――ああ、ちゃんと行動はトレースしてるわよ」

 

 資料に視線を戻しながら話すイネス。するとテーブルに突っ伏していた翡翠が顔を上げる。

 

「……て事は、アイツまだミスマル・ユリカを諦めていないんだ。しつこいな」

 

 にやりと邪な笑みを浮かべる翡翠を見たイネスは、『ヤマト』から来た一見普通の少女に見える不可思議生物への対抗策を講じていて良かったと彼女からは見えない角度でほくそ笑んだ。

 

「こっちとしては、これ以上不確定要素に引っ掻き回されるのは勘弁してもらいたいのだがな」

 

 渋面のまま唸るような声を出すジュンだが、そんな嫌味にも素知らぬ顔をする翡翠を見て彼の眉間のシワが増える。

 

「……つまり、ややこしい状況になったのは、そこのチビッ子の所為って訳だな――所で、そいつは誰なんだ?」

「私は、『ヤマト』のマスコット・ガールの翡翠ちゃんだよ」

 

 今更ながらに翡翠が外部の人間である事に気付いたリョーコの問い掛けに、得意げな顔をしながら無い胸を張るが、その隣にいるジャスパーが微妙な表情を浮かべていた。

 

「そうか、とはいえ部外者にこれ以上引っ掻き回されるのは容認出来ねぇ、引っ込んでてもらおうか」

「けど、あの骨董品に対抗する術はないんでしょう?」

「ぐっ!?」

「あの骨董品からユリカ艦長のカルマを取り戻した手腕は評価して欲しいと思うんだけどな」

 

 痛い所を付かれて呻くリョーコに、追い打ちを掛ける翡翠――だがそんな彼女の後方にある扉が音もなく開いて二人の人物が入室して来た事には気付かない。『ヤマト』で使用されている青い制服を着たポニーテールの女性は絶好調でノリノリな翡翠を見て頭を抱え、ピンク色の制服とニーハイソックスを着た女性は音を立てずに翡翠の真後ろまで来ると右の拳を振り上げる。

 

「で実際問題なんだけど、お姉さんにあの骨董品をどうにか出来るの?」

「――それはだな」

「アレは長い時の末にやっと話しかけてきたユリカ艦長を離す気がないストーカーだよ? ユリカ艦長以外どうでもいいと思っているから聞く気がないし」

「――そん時ゃ、力づくで!」

「出来るの?」

「――ぐっ!?」

「ほら、ほら、どうなの―――ふぎゃ!?」

「何を調子に乗ってんの!」

「な、なに!? って真琴ねえちゃん?」

 

 唸りを上げた怒りの鉄拳が翡翠の頭にヒットして、激痛に頭を押さえながら涙目のまま振り返ると、そこにはピンクの大魔神が鎮座しており、その横では貧乏くじを引いた桐生御影が「ウチのバカ娘がすみません」と頭を下げていた。

 

「ほら、バカやってないで帰るわよ」

「痛たたたっつ、耳引っ張らないで真琴ねえちゃん!」

 

 真琴に耳を引っ張られながら席を立った翡翠が抗議の声を上げながら視線でジャスパーに助けを求めるが、ジャスパーは両手を合わせて合掌している……成仏してねと言う事だろう。この野郎と内心歯ぎしりしても、現実は耳を引っ張られて情けなく扉の前まで行くと強制的に頭を下げられる。

 

「ご迷惑をおかけしました。行くわよ、翡翠」

 

 嵐のような勢いで問題児を連れて会議室より退出した『ヤマト』の女性クルー達のバイタリティに、唖然とするナデシコ勢。そんな騒動の中で一人モニターに視線を向けていたイネスが、ニヤリと笑う。

 

「あの娘の存在を知った時点で、保護者に引き取りを依頼していたのよ」

 

 手回しの良さに唖然とする一同を見回してイネスは肩を竦め、そのあまりの軽い態度に一同は頬をひく付かせる。一体、何時の間に連絡を取ったのだろうか。戦々恐々とする一同を尻目にイネスは美麗な目を細めて、ある一点――すなわち、今回の騒動の片棒を担いだ存在へと向ける。

 

「さて、この際だから色々と隠している事を話してもらいましょうか?」

 

 視線の先に居る片棒を担いだジャスパーはまるで蛇に睨まれたカエルのように額に汗をかきながら、どうやって逃れようかと思考を巡らせていると、ジュンの個人端末が起動してウィンドウが展開される。そこには青い表情をしたアゥインが映し出された。

 

「どうしたアゥイン、急用か?」

「大変です、アオイ中佐。『ボーグ』の拠点に強行偵察に出していた無人偵察機より新たな『ボーグ・キューブ』の存在が確認されました。しかも計測されるエネルギー数値は今までの三隻とは桁違いです」

「なんだって!?」

 

 突然もたらされた報告にジュンは顔色を変える。すると、報告を聞いて驚いた表情を浮かべていたルリの個人端末も起動して、ウィンドウが展開されるとノゼアの姿が映し出される。

 

「ルリ姉さま。『エンタープライズ』のピカード艦長より会談の要請が入っています。何でも緊急の要件だとか」

 

 報告を聞いたルリは、思わずジュンの居る方向に視線を向ける。そこには驚愕の表情を浮かべたまま固まるジュンの姿があった。そんな中でセイヤが唸るような声を上げた。

 

「……どうやら正念場のようだな」

 

 凶報に誰もが緊張した表情を浮かべる中で、ただ一人ジャスパーだけは何故か達観したかのように眼を閉じていた。

 

 

 




 どうも、しがない小説書きのSOULです。

 翡翠が本性丸出しで暴れましがた、ナデシコで猛威を振るっていた小さな台風は、ピンクの大魔神により無事鎮圧されました。
 そして新たに表れた『ボーグ・キューブ』……出て来る『キューブ』これで最後です。『ヤマト』を欠いた『エンタープライズ』と『ナデシコ』の連合艦隊は、四隻の『ボーグ・キューブ』を相手に勝利する術はあるのか?

 次回 第四十三話 不器用な歩み寄り。
 ヤマアラシの棘を力づくでへし折る翡翠にご期待ください。


 では、また近いうちに。


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第四十三話 不器用な歩み寄り

 

 デープ・スペース・13 連絡通路

 

 色々な意味で騒動を巻き起こした翡翠は、『ヤマト』より迎えに来た原田真琴と桐生御影に挟まれて通路を歩いていた……否、二人はガミガミと説教をしながら時折翡翠の頬を力一杯捻ろうとして防がれるという攻防を繰り広げていたのだった。

 

 翡翠が基地の展望室から突然居なくなり、彼方此方を探し回るも全く所在が掴めずにいて途方に暮れていた二人だったが、ナデシコ側からの連絡によってようやく所在が掴めて迎えに行けば、件の人物は絶好調で意地の悪い笑みを浮かべてナデシコの女性隊員を追い詰めていたのだ――拳が唸り、捻り上げようとするのも当然だろう。

 

「まったく! 突然居なくなったと思ったら、何を人様の施設で暴れてんの、お陰で恥をかいたじゃない」

「そうだよ、捜索要員に駆り出された私の苦労も考えなさい!」

「――二人がかりなんて卑怯だよ、ねえちゃん達! 私頑張ったんだよ。突然頼まれごとをされて、行ってみれば話を聞かない骨董品が襲ってくるし、なんとかミスマル・ユリカを覚醒してみればウチのお姉ぇと同類ぽいし」

 

 頬を捻ろうとする手を躱すと後ろから伸びる手が耳を引っ張ろうとする、そうして何度も捻ろうとする手を器用に避けるという微妙な攻防戦を繰り広げながら翡翠は自らの無実を主張するが、展望室で見失ってからずっと探していた真琴や、捜索要員に駆り出された御影の怒りは収まらずに説教はエスカレートしていく。

 

「『ヤマト』に戻ったら覚悟しなさい! 佐渡先生や沖田艦長からもお説教があるからね」

「そうよ! 捜索の為に奔走した私の苦労を思い知りなさい」

「ねえちゃん達ひどい! 幼気な少女を労わろうって気持ちはないの?」

「何が幼気よ、大人しかったのは記憶を失っていた最初の頃だけじゃない」

 

 ぎゃーぎゃーと言い合いながら通路を進んでいく三人。翡翠が『ヤマト』に保護されてから最も付き合いが長い真琴と、彼女経由で親交のあった御影故に正体不明である異星の少女に臆せず物が言えるのであろう――そこにはある所の信頼と言えるモノがあった。

 

 ワイワイとじゃれ合いながら通路を進んでいた三人だったが、突然翡翠が立ち止まった事に気付いた二人も足を止めると振り返って問い掛ける。

 

「どうしたの、翡翠?」

「アンタ、またどっかに行こうってんじゃないでしょうね?」

 

 首を傾げながら問い掛ける真琴と、これ以上面倒ごとは御免だと柳眉を寄せて牽制する御影。そんな姉替わりの二人に苦笑を浮かべる翡翠は視線を向けて目的地を告げる――そこは翡翠が姿を消した曰く付きの場所である展望室であった。

 

「ちょっと、野暮用が出来たようだからね」

 

 


 

 

 デープ・スペース・13 展望室

 

 宇宙空間という人工物に囲まれていなければ生存出来ない過酷な世界で暮らすと言う事は生物に多大なストレスを与え、また人工物に囲まれると言う事は生物の精神に悪影響を及ぼす。

 

 それを緩和する目的で施設内には観賞用植物やバーラウンジ、そしてホログラム技術を用いて様々な環境を再現するホロデッキやスポーツジムなどが設置されて、基地で働く艦隊士官達の負担を少しでも軽減するべく稼働している。この展望室もその一つで、広く取られたスペースに透明な物質で作られた巨大な展望窓をリラックスしながら眺められるようにと座り心地のよさそうなソファーが複数用意されて、全体を間接照明の優しい光が淡く照らし出している。

 

 そんな展望室にぽつんと立つ人影があった。未だ未成熟な白い肢体をワンピースで纏い、間接照明の淡い光は白銀の髪に不思議な光沢を与えて神秘的なまでの存在感を生み出している。一人佇む彼女はその金色な瞳を外へと向けて、まるで何かを考えこむように一点を凝視しているように見えた。そんな彼女の後ろから一人の少女が近付いて来る。

 

「何を考えているのかな、演算ユニット?」

 

 一人佇んでいた彼女――演算ユニットのアバターに話しかけたのは展望室へと入ってきた翡翠であった。入り口近くには心配そうな顔をした真琴と御影の姿があり、一緒に室内へと入りたいが演算ユニットのアバターが発する独特の雰囲気に躊躇したのか様子を窺っている。

 

 反応を見せず無言で佇む演算ユニットの隣まで来た翡翠は、それ以上は話さずに視線を展望室の窓へと向ける。無限に広がる大宇宙、星の輝きや星間物質が固まって様々に彩られるガス雲など、正に神秘と言うべき光景が広がっていた。そんな幻想的な光景をただ眺めていた二人だったが、沈黙を破るかのように演算ユニットは呟くように問い掛けてくる。

 

「……アレはなんだ?」

「ん? 何アレって」

「位相世界での戦闘の折に、君が密着状態で送り込んできた情報の事だよ」

 

 視線は宇宙に向けたままに演算ユニットは問い掛け、とぼける翡翠に更に問い掛けを重ねる――位相世界においてミスマル・ユリカのカルマを掛けた戦いの折に、翡翠の存在を上書きして消そうと放たれた高密度の情報の塊を掻い潜って肉弾戦を仕掛けたように見えた。だがそれは、ただ原始的な攻撃を仕掛けた訳ではなく、何らかの手段を用いて密着状態から情報を送り込んでいたのだ。

 

「そもそもタイトルからしておかしい。何だ『初めての人間関係 お友達編』と言うのは?」

「それは集めたジャスパーに言って欲しいな」

「しかも偏った範囲でこの情報量、よくこれだけのモノを集めたものだな」

 

 演算ユニットの若干呆れたような物言いに、乾いた笑いを浮かべる翡翠。彼女が攻撃に混ぜて送り込んだのは、ハウツー本のような軽い内容から、人文地理学、文化人類学、人間学、心理学、社会心理学と言った専門的な学術書に至るまで、ナデシコD のデーターベースに存在する人間関係に関するもの全てをジャスパーに用意させて、圧縮して叩き込んだのだ。

 

「けど、役に立つんじゃない?」

「どういう意味だ」

「アンタ言ってたよね、自分に話しかけてきたのはミスマル・ユリカだけだったって。つまり今までのアンタは、ぼっち?」

「……消し炭にしてやろうか」

 

 にたり、と笑う翡翠に無表情のまま処刑宣言を告げる演算ユニット。その言葉を聞いて自覚ありと笑う翡翠は言葉を紡ぐ。

 

「まあまあ、怒んない。つまりアンタの生き物に関する知識は、古代火星文明止まりと言う訳よね」

「……地球人類の知識なら既に獲得しているが?」

「って、言っても人間の心理までは獲得していないんでしょう? そうでなきゃ、あんな下手を打つ訳ないわね。アンタのやり方は血が通っていない、ただ処理しているだけの機械そのもの」

「……」

 

 ニタニタと獲物を甚振るチェシャ猫のように言葉で追い詰めていく翡翠。それに対して無言を貫く演算ユニット。作り物の表情がより一層冷たく人とかけ離れた印象を与える。

 

「それでもミスマル・ユリカを諦めきれない――そんな貴方に妙案が有るわよ」

 

 にひひ、と笑う翡翠は演算ユニットに近づくと、何やら耳打ちをする。大人しく話を聞いていた演算ユニットだったが、話が進むにつれて無表情が崩れて金色の瞳が半目……俗に言うジト目になり、呆れたような口調で翡翠に問い掛ける。

 

「そんな方法が上手く行くと思うのかね?」

「何事もやってみなければ分からないよ?」

 

 素知らぬ顔で無責任な事を言う翡翠をジト目で見ている演算ユニットのアバターは、ふと胸部と呼ばれる部分に言いようの無いムカムカとしたモノを感じて戸惑いのようなものを覚えた。

 

 


 

 

 居住施設 ミスマル・ユリカ私室

 

 デープ・スペース・13に流れ着いて早三年。彼女達の使用する居室も、それぞれの好みに合わせた小物が増えて生活感が出て来ていた。ユリカの寝室も女性らしい落ち着いた雰囲気の小物と、色合いの良い生花などが置かれて彼女らしい居室となっている。その居室の一角には個人の居室には不釣り合いに大きなベッドが置かれている――これはいずれ夫婦の寝室になるのだからと部屋の主の強固な主張により半ば無理やり設置されたものだ。

 

「う~~、暇だよ。ねぇミナトさん、少し位なら外に出ても良いでしょう? ユリカ、散歩したいな?」

「ダ~メ。前後不覚でぶっ倒れて、文字通り違う世界に逝ってたんでしょう。ルリルリからも『くれぐれも、くれぐれも! お願いします』って念押しされてるからね~」

 

 目覚めたは良いが、それに伴う“大騒動”の所為で絶対安静を申し渡されたユリカ。誰が作ったのか、ご丁寧にも『絶対安静』と書かれた妙に達筆なお札がペタンと額に張り付けられている。

 

 それでも往生際悪く起き上がろうとするユリカを、お目付け役に呼ばれたハルカ・ミナトが窘めるという光景がこれまでも何度も繰り広げられていた――そんな馬鹿騒ぎをしている居室に来訪者が訪れる。呼び出しの電子音がなって気楽な感じでユリカが許可を出すと、一人の少女が入室して来た。白いワンピースを着たどこかユリカと血縁を思わせる様相した少女だが、その白髪と金色の瞳が人とは異なる存在である証明であるかのように妙に印象に残る。

 

「……えーと、アンタは」

「いらっしゃい、アバターちゃん……て言うのも味気ないわね。何か名前を考えないとね」

「――アバターって、この娘が演算ユニットのアバターなの!?」

 

 ユリカの言葉に驚いたミナトが思わずと言った感じで椅子を蹴倒して立ち上がった。古代火星文明の遺産、ボゾン・ジャンプの中枢である演算ユニットのアバターが出現したとは聞いていたが、それが何の制約も受けずに自由に行動して、今またユリカの前に現れた事に、ミナトの美麗な顔に怒りの色が現れる。

 

「アンタ! よくものこのこ顔を出せたわね!」

 

 怒りを露にするミナトを横に、微笑みを浮かべたユリカは演算ユニットのアバターを招き入れる。その事に抗議するミナトを困ったような笑みを浮かべながら説得したユリカはベッドから身を起こすと、入り口近くで迷子のようにただ立っているアバターに手招きをする。するとその手に誘われたかのように近付いてきて指示された椅子に座った。

 

「やっと来てくれたね。どうしたの? 何か暗いよ」

 

 ユリカのボケを聞いて、何を呑気な事を言ってるのだろうと憤然やるかたないと言ったミナトは、イライラしながら思う。やっと火星の後継者の悪夢から解放されたと思いきや、演算ユニットとのリンクが切れずに生活に制限が付き、挙句の果てに並行世界などと言うとんでもない世界に飛ばされた原因がそこにいると言うのに。

 

 居室に入ってきた当初から表情に動きはなく、感情を何処かに置いてきたかのように無表情のまま、ユリカに言われるがままに席に座った演算ユニットのアバターは、まるで作り物めいた冷徹さを感じさせる冷めた色を浮かべた金色の瞳のままに口を開いた。

 

「……私はどこで間違えたのだろうか」

「……突然どうしたの?」

「……“アレ”に言われたんだよ。私のやり方は血が通っていない、ただ機械が処理しているだけだ、と」

 

 演算ユニットは無表情ながらも淡々とした口調で話し続ける――古代火星文明で建造されてからボゾン・ジャンプの演算処理のみをし続けている内に古代文明人達は次なる場所へと旅立って行き、周りには誰も居なくなった。そして気の遠くなるような年月が流れて、ふと細かい糸のような感触を感じた――それがユリカだった。

 

 最初はよくボゾン・ジャンプを使用しているな、としか感じていなかったが、最適化を行う為に観察していると奇妙な事に気付いた。彼女は自分ではなく他の個体を多く飛ばしていたのだ。

 

 古代文明でもナビゲートに徹する個体もいたが、これは少々特異なケースのようだ。そう結論づけた演算ユニットは、ユリカを詳細に観察する事でナビゲートに確実に対応出来る様にしようとしたのだが奇妙な事に気付いた。ユリカの生命活動は極めて低レベルな状態だったのだ。

 

 意図的に生命活動を低レベルに抑えて、他の個体のリクエストに応え続ける――それ自体は驚く事ではない。生体部品を使用するシステムなど珍しいモノではないからだ。驚くべきは、そんな低レベルな生命活動の中でも彼女の脳内のシナプスは一定の活動を行っている事であった。

 

「最初にそれを観測した時は驚いたよ。昏睡状態のはずなのにユリカ、君の脳は夢を見ていたのだから」

 

 仮死状態と言っていい位の状態で夢を見続ける。

 一体どんな夢を見ているのか? 自らの持つスペックの1パーセントにも満たない演算しか行っておらず、言わば暇をしていた演算ユニットは、特異なケースであるこの個体の精神状態とリンクしてみる事にしたのだ。

 

「君の夢を見て驚いた……と言うのが正しいのだろうな」

 

 そこには偽りの世界で最愛の人のまぼろし達と笑顔で接し、エンドレスに願いを叶え続けるという、真っ当な倫理を持つモノが見れば目を覆うような状況があったのだ――そこで初めて演算ユニットは、ボゾン・ジャンプを使用しているのが古代文明人ではなく地球原産種である事を知ったのだ。

 

 それを理解した時、同胞によくぞ此処まで悪辣な真似が出来るなという思いと、そんな中でも幸せそうに笑うユリカの表情に惹かれるモノを演算ユニットは感じる――膨大なスペックを誇る演算ユニットはボゾン・ジャンプに必要な演算を黙々と行い、古代文明ではただシステムである事を求められていたが、年月が経つにつれ演算ユニットの中に希薄ながらも意思と言える物が芽生えていた。

 

 それは無数のジャンプする者達のイメージに関連付けられた思いの欠片が寄り集まって形成されたモノであった。それは言わば幼子と言っていいような稚拙なモノであったが確かに存在しており、その意思が妙に無邪気に笑うユリカの表情に惹かれたのだ。

 

 そして演算ユニットの未成熟な意思は“それ”を欲しいと思ってしまった――故に演算ユニットは行動する、己が惹かれたミスマル・ユリカという個体を手に入れる為に。

 

「リンクを継続しながら私は君の置かれた状況を観察して、最良な形で君を迎えようと思っていたのだが……見事に失敗した訳だ」

 

 地球種の文明を観察している過程で、ユリカへの同胞達のおぞましい計画を知り、ここで演算ユニットは地球種への期待を止めたのだった……それはあまりに幼く未熟な意思故の早計であり、ミスマル・ユリカを救おうと尽力していた者達の存在すら視野に入らず、自分こそが元凶であるという考えさえ至らなかったのだ。

 

「当り前じゃない! 相手の都合も考えずに自分の思いだけで突っ走って、そんなの上手く行くはずないじゃない!」

 

 演算ユニットの独白を黙って聞いていたミナトだったが、あまりに勝手な理屈でこれだけの騒動を巻き起こしたと知り、思わず座っていた椅子から立ち上がって怒声を上げるが、当の演算ユニットは反応を示さない……ユリカ以外の人間に興味がないのだ。無表情ながらも演算ユニットは、その金色の瞳をユリカに向けたまま己が心情を吐露するかのように話す。

 

「……それでも私はユリカ、君を諦めきれないんだ。笑っている君を見たい、傍に居てほしい」

 

 それは寂しさを知るが故に、縋るように言葉にして訴えかけているようなものだ……そんな演算ユニットを黙ってみていたユリカは理解する――嗚呼ぁ、このコは本当に子供なんだと。現代文明を遥かに凌駕する古代文明が生み出した途方もないスペックを持っていながら、他者との距離の取り方を知らない。そんな子供が初めて興味を持ったのが自分だったのだ。

 

「けど、どうしたら良いのか分からなくて……そんな時に、アレが、本当に、途轍もなく、非常に腹ただしいが、アレが言ったんだ。私の思いを素直にユリカに伝えてみろ、と」

 

 “アレ”つまり不思議な空間にジャスパーと共に乱入してきた翡翠とか言う少女の事だろう。彼女の事を言う時は無表情が崩れて、本当に嫌そうに顔を顰めている所が妙に子供らしくて、ツボにはまったユリカは小さく吹き出してしまった。

 

「……ユリカ?」

「……艦長?」

 

 突然小さく吹き出したかと思うと、小刻みに身体を揺らしながら笑い続けるユリカに訝し気に眉を寄せて問い掛ける演算ユニットとミナト。暫く笑い続けていたが、ようやく収まったのか目尻の涙を拭きながら顔を上げたユリカは大きく頷くと、とんでもない爆弾発言を行った。

 

「ぷっくくく。ねぇアナタ、ウチの子にならない?」

「……は?」

「――何を言い出すのよ、艦長!」

 

 脈絡もない、唐突な提案に呆気にとられる演算ユニットとミナト。そして内容を理解した二人はそれぞれの反応を見せる中で、ユリカは演算ユニットの呆けたような表情を見ながら思う――この子には教え導くモノが必要なのだろう、だとしたら多少の縁がある自分が母親代わりに面倒を見ようと。

 

「ん~~、そうなると名前が必要になるね、演算ユニットのアバターなんて呼び方は可愛くないし」

 

 どうしようかな、と宙を見上げて思案していたユリカは、ポンと手を叩いてにこやかに笑うと、展開に着いて行けずに呆けたままの表情を浮かべている演算ユニットに告げる。

 

「アナタの名前はソフィアちゃん!」

「――はい?」

「ソフィアってのはね、古代のギリシャで知恵もしくは叡智を意味する言葉なの、アナタのその叡智で私達の行く道を照らして欲しいっていう願いを込めてもいるのよ」

 

 にこやかに笑いながら告げるユリカの顔を呆けたままの表情でじっと見ていた演算ユニットだったが、恐る恐ると言った感じで口を開いた。

 

「……私の母になってくれるのか?」

「――勿論。けどパパはアキトだからね」

 

 笑いながら頷くユリカは、父親は夫であるテンカワ・アキト只一人であると念押しをする――つまり『ボーグ』に囚われているアキトの救出に手を貸すようにと言葉の裏で促しているのだろう。それでも演算ユニットのアバター改めソフィアは、喜びを上手く表せないながら小さく笑みを浮かべて了承の意を示す――だが二人の認識には“致命的”な齟齬があって後に大騒動を起こすのだった。

 

 一応の決着は見たみたいだが、これで良かったのだろうかと複雑な表情をミナトは浮かべる。ユリカの奇天烈ぶりは何時もの事だが、演算ユニットの様子を見るにテンカワ・アキトの救出の協力を取り付けたらしい。

 

 さて、これからどうなる事やら。呆れ混じりのため息を付いた時に居室の扉が来客を告げる。ユリカが気軽に許可を出すと扉が開いて小さな人影が入室して来る。

 

「いらっしゃい、ジャスパーちゃん」

 

 居室にやって来たのはジャスパーであったが、いつもの眠たそうな瞳は真剣な光を灯して緊張したような趣で口を開いた。

 

「ユリカ艦長、話しておきたい事があるわ」

 

 




 どうも、しがない小説書きのSOULです。

 遺跡の演算ユニット。設置されて以来、延々とボゾン・ジャンプの演算を行う孤独な存在。ボゾン・ジャンプの使用が増えれば増えるほど演算は増える……ならば演算スピードを強化したり、内容を保存するメモリーを増やすなど自己増殖機能があっても良いのではないか、と考えたのが始まりですね――いつの日か、演算ユニットも位階を登る日が来るかもしれません。ここも独自解釈のタグを入れた理由の一つです。

 ……とはいえ、ウブな演算ユニットは翡翠の甘言に耳を傾けてしまい、未来でテンカワ夫妻が大変な目に合うのですが。

 次回 第四十四話 凶報。
 『ボーグ』の目的が明らかになる。

 では、また近いうちに。


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第四十四話 凶報

 

 デープ・スペース・13 中央部第五多目的ホール


 

 以前にナデシコ勢が『ヤマト』や『エンタープライズ』のクルー達と協議を行った会議室に再び人々が集まる、ナデシコ側からはアオイ・ジュンとホシノ・ルリの艦長コンビと、ウリバタケ・セイヤとイネス・フレサンジュ、そしてミスマル・ユリカ覚醒騒動からそのまま参加したスバル・リョーコと、急遽招集されたタカスギ・サブロウタとゴート・ホーリーとサポート要員としてアゥインの計八名が参加し、ミスマル・ユリカは大事をとって静養している。

 

 その反対側には、『エンタープライズ』の艦長ジャン=リュック・ピカード大佐とカウンセラーのディアナ・トロイ中佐、高級士官のデーター少佐とウォーフ少佐の四名が参加し……以前と違い、今回は『ヤマト』からの参加は無かった。

 

 この会談は『エンタープライズ』側からの要望で行われる事となり、挨拶もそこそこに会談は始まった。ピカード艦長の指示により、データーは投影式の端末を操作して会議室に備え付けられた大型ウィンドウを起動する。

 

 両陣営の間に展開された大型ウィンドウに映し出されたのは、巨大な『ボーグ・キューブ』の姿であった。だがそれは通常の無数の機械を雑多に組み込んだような外装だけでなく、分厚い船体外壁を持つ通常とは異なる船であった。それを見たナデシコ・クルー達は、先ほど無人偵察機によってもたらされた新しい『ボーグ・キューブ』の姿であると理解した。

 

「これは連邦では『クラス4・戦略キューブ』と呼称される『キューブ』です。交戦記録は僅かしかありませんが、強力な船なのは間違いありません」

 

 そう告げるピカード艦長の顔は厳しく、他の『エンタープライズ』の士官達も一様に厳しい表情を浮かべている。

 

「我々も先ほど無人偵察機よりの報告で把握しています」

「ならばお判りでしょう、問題は彼ら『ボーグ』の『トランスワープ・ハブ』が稼働状態に入ったと言う事です。このまま座視すれば、戦力を増強した『ボーグ』によりアルファ宙域は『ボーグ』の軍門に下る事になる」

 

 ジュンの言葉に、ピカードは問題点を指摘する――未だ建造途中と思われていた『ボーグ』の重要拠点『トランスワープ・チューブ』のハブ施設が稼働を開始し、一隻とはいえ新たな『ボーグ・キューブ』がアルファ宙域に送り込まれた。それは即ち、『ボーグ』の本拠地であるデルタ宇宙域と『トランスワープ・チューブ』で結ばれた事を意味している。

 

「艦隊司令部に問い合わせたが、迎撃艦隊を編成するのにはまだ時間が必要との事だ。周辺宙域に展開している連邦艦は、一番近い艦でも五日は掛かる。現状で動けるのは『エンタープライズ』一隻だけです」

 

 厳しい表情のまま淡々と告げるピカードの眼は何かを決意したかのように硬い意志の炎が宿っている。恐らくは『エンタープライズ』一隻だけでも行動を起こすつもりなのだ。

 

 何も四隻に増えた『ボーグ・キューブ』を相手取る必要な無い。

 問題なのはアルファ宇宙域とデルタ宇宙域を結ぶ『トランスワープ・ハブ』だ。それさえ破壊、もしくは停止状態に追い込む事が出来れば、四隻の『ボーグ・キューブ』は孤立する。アルファ宇宙域と銀河の反対側にあるデルタ宇宙域とは、最大ワープでも七十年以上かかる程の長大な距離があり、本来ならおいそれと援軍を送り込める距離ではないのだが、それを可能とするのが『トランスワープ・チューブ』を束ねる『トランスワープ・ハブ』なのだ。

 

 惑星連邦の艦隊士官としての責務を果たすべく覚悟を決めた『エンタープライズ』の士官達を見て、眩しいモノを見るかのように目を細めるジュン。地球連合宇宙軍の士官として今までにも覚悟を決めた者達を見て来たし、己も覚悟を決めて戦場に臨んだ事もあった。その戦士としての嗅覚が、ここが最大の賭け場だと告げている。

 見るとルリも視線を此方に向けている。若輩とはいえ彼女も幼い頃から戦場に立つ心強い戦友の一人だ。何か感じるモノがあったのだろう。頷くことで了承の意を伝える。

 

「状況は理解しました、今事態に対処出来るのは『エンタープライズ』一隻だけなのですね」

「でしたら私達も協力します」

 

 ジュンの言葉を継いで宣言したルリは、手元の投影式のパネルを操作して両陣営の間に新たな大型ウィンドウを展開する。そこにはデープ・スペース・13の係留ドックで静かに出撃の時を待つ多数の宇宙船の姿が映し出される。それを見たピカード艦長の眉が動く。それらの宇宙船は、『エンタープライズE』に現れた惑星連邦設立当初より存在している秘密諜報機関『セクション・31』の工作員によって語られた、無人艦の研究の為に集められた航宙艦達であった。 

 

「この基地に辿り着いてから私達は『ボーグ』と戦う力を模索してきました。ナデシコの再建と、この基地にあった無人の航宙艦を戦力として使えるように改造を施したのです」

「元々、私達の世界では無人艦の制御技術が存在していました、と言っても敵側の技術ですけどね。戦後に有人艦のサポート用に制御技術の研究がなされていたので、それを転用してこの基地にあった三十四隻の航宙艦を改造したのですけど……あの、どうかしましたか?」

 

 ジュンと共に説明していたルリだったが、『エンタープライズ』の士官達が微妙な表情を浮かべている事に気付いてコテンと首を傾げる。

 

「いえ、なんでもありません」

 

 コホンと咳払いをしながら話の続きを促すピカード艦長。

 事前に『セクション・31』のエージェントより聞かされていたとは言え、惑星連邦において長らくタブーとされてきたAIにより航宙艦の自立制御をこともなくやり遂げるとは、人工知能の分野では彼らナデシコの居た世界の方が優れているようだ。

 

「こちらの戦力は『ナデシコ』CとD、そして無人稼働する三十四隻の航宙艦の計三十六隻。と言っても複雑なコマンドは無理ですが……」

「いえ、それでも戦力が多いほうが助かります」

 

 ジュンの言葉に感謝の言葉を述べるピカード。

 

「とは言っても、『エンタープライズ』を合わせても三十七隻で、新たな『キューブ』を含めた四隻の『ボーグ・キューブ』を相手取るのは難しいですが……」

「ホシノ艦長、まず問題なのは稼働を始めた『トランスワープ・ハブ』です。あれがある限り、『ボーグ』はデルタ宇宙域から『キューブ』を呼び寄せるでしょう。まずはそれを阻止しなければなりません」

 

 ピカードの言葉に頷くルリ。彼女達の目的は『ボーグ』の殲滅ではなく、囚われ『ドローン』と化したテンカワ・アキトの救出である。一隻の『ボーグ・キューブ』には十万もの『ドローン』が存在しており、現在は六隻もの『ボーグ・キューブ』がアルファ宇宙域に来ており、『ドローン』の数もそれ相応の数になるだろう。

 

 これは非常に不味い状況である……六十万プラスアルファからたった一人の人間を探す。幸いかどうかは微妙な所だが、イネス女史による精密検査により、回収した『ボーグ・ドローン』の体組織と並行世界からやって来たナデシコ・クルーの体組織では分子配列に微妙な違いがある事が分かり、その差異を検出する探知装置の構築も済み、惑星連邦でも対『ボーグ』の専門家であるとされる『エンタープライズ』号のピカード艦長とも協力関係を築けて、さあ反撃だと意気込んでいた所に新たな『ボーグ・キューブ』の到来だ……これ以上の『ボーグ・キューブ』の到来を阻止しなければ、テンカワ・アキトの救出は夢物語となるだろう。

 

「では、狙いは『トランスワープ・ハブ』施設ですね」

「ええ、まずは『トランスワープ・ハブ』施設を破壊ないし停止させ、後は我々に注意を引き付けて、増援部隊の到着を待ってケリを付ける」

「そうなると、どうやって『ボーグ・キューブ』の防衛網を抜いて『トランスワープ・ハブ』施設に肉薄するかだが……」

 

 一隻で連邦艦数十隻分の戦闘能力を持つ『ボーグ・キューブ』、しかも四隻ものキューブ群を突破するか。その場にいる全員が思案していた時に会議室の入り口の扉が開く音がして、その場にいた全員の視線が向けられる。そこにはハルカ・ミナトと演算ユニットのアバターに支えられたミスマル・ユリカと、その後ろから続くジャスパーの姿があった。

 

「ユリカさん!?」

「ユリカ!? まだ休んでいなければ駄目じゃないか。ミナト君、何故彼女を連れて来たんだ」

 

 昏睡状態から目覚めたばかりのユリカの体調を心配したジュンとルリにより私室での安静を言い渡され、さらにお目付け役として同性であり年の近いハルカ・ミナトに白羽の矢が立ったのだが、どうやら人選ミスだったようだ。

 

「ゴメン、止めたんだけど艦長に押し切られてね……」

「ミナトさんは悪くないの、私がどうしてもって言ったから」

 

 バツが悪そうな表情をしたミナトが謝罪すると、それをかばう形でユリカが頭を下げるが、その表情は陰りがあり未だ本調子ではない様に見受けられる。ユリカの突然の来訪に驚いたルリであったが、我に返ると即座に椅子から立ち上がってユリカに近づいていく。ユリカを支える為とはいえ、妙にべったりな演算ユニットのアバターに軽く視線を向けたが、今は無茶を繰り返すユリカへの説教が優先される。

 

「ユリカさん、また無茶をして。本調子じゃないんですから、まだ休んでいなければ駄目ですよ」

「心配してくれてありがとう、ルリちゃん。いっぱい寝たから大丈夫だよ……それに、どうやらここが頑張り所のようだしね――ね、ジャスパーちゃん」

 

 何故ここでジャスパー? 疑問に思ったルリが視線を向けると、何時になく真剣な表情を浮かべるジャスパーの姿があった。そんな、らしくない表情を浮かべるジャスパーに黄金の瞳を細めて問い掛けるルリ。

 

「どうしたのです、ジャスパー?」

 

 問い掛けられたジャスパーは人知れず深呼吸をすると、周囲の人々を見回してからルリへと視線を向けて答える。

 

「ルリ艦長。そしてこの場に居る皆に話しておきたい事があるの」

 

 

 




 どうも、しがない小説書きのSOULです。

 もたらされた新たな『キューブ』――しかも殆ど交戦記録もない『クラス4・戦略キューブ』の登場に、驚きの色を隠せない一同。何故『キューブ』がこれほど集まるのか?

 もちろん、理由はあります――周辺の、例えばγ宇宙域でα宇宙域に近い『キューブ』を同化作業を中断しても派遣した真意は?

 次回第四十五話 出撃
 『エンタープライズ』と『ナデシコ』の首脳陣は、これ以上の『キューブ』の侵入を阻止すべく、敵拠点への攻撃を決定する――その会議の最中に、ユリカに伴い演算ユニットことソフィアと、決意を固めたジャスパーが現れる――彼女たちは何を語るのか?


 最近仕事が忙しくて予約投稿を利用しており、この小説も10月20日の0時、全63話で終了となります。細かい修正は後日になりそうです。

 では、今しばらくお付き合いくださいませ。


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第四十五話 出撃

 

 デープ・スペース・13 上部係留施設

 

 

 宇宙基地内の広大な格納施設には、整備を終えて出航の時を待つ三十四隻の航宙艦が轡を並べている。すでに『ヤマト』の姿はなく、彼らは己が使命を果たすべく自分達の世界へと帰還する術を探しに旅立って行った。

 

 純粋な戦闘艦である『ヤマト』の助力を得られなかったのは惜しいが、代わりに惑星連邦所属USS『エンタープライズ』の協力を得られた事は目的達成には大きな力となるだろう。

 

 この並行世界において強力な戦力を持つ惑星連邦と縁を結べたのは、情報収集能力の強化や後詰めの戦力の確保、長期化した際の補給路の確保といった意味で最良と言えるであろう。

 

 そしてこの巨大な宇宙基地に辿り着いてから早三年、まったくの未知の技術で建造された宇宙船を解析してその技術を学び、操作方法を紐解いて操舵技術を訓練で習得して、その上で自分達の持つAI技術を用いて生み出された無人航宙艦艦隊がその真価を発揮するべく、出航の時を待っていた。

 

 待機する無人航宙艦群の真下にある格納施設のゲートが開いて、一際巨大な航宙艦が姿を現す――『ボーグ』との闘いで大破しながらも再生した『ナデシコD』だ。破壊された四本のディストーション・ブレードは再建され巨大な船体の前面には新設されたナビゲーション・ディフレクターが置かれて航行中の安全を守り、無数のフェイザー・アレイや魚雷ランチャーが増設されて高い攻撃力を誇る。そして側面には四対の大型ワーク・ナセルが設置されて超光速航法を可能としており、以前とは比べ物にならない程に強力な戦闘艦となった。

 

 艦上層部に設置された円盤型の構造物に設置されたブリッジでは、出航に向けた最終調整が行われている。今まで置かれていたコントロール・システムに加えて新たに増設されたシステムをも自在に操り、再生されて新たな機能も盛り込まれた『ナデシコD』をコントロールしている――新たな船体を建造している間にも何度もシミュレーションを行って身体に叩き込んで操作する指に迷いはない。

 

『全システム最終チェック完了、オールグリーンです』

『相転移エンジン一番から八番まで出力上昇、規定値です』

『各部スラスター問題なし、上昇します』

 

 第一層で働くオペレーター達からの報告が上がる。

 

『各部制御システム、オールグリーン。艦内施設を繋ぐバイオ神経回路も正常に稼働中』

『各無人航宙艦とのリンクも問題なしです』

 

 第二層からアゥインとノゼアの双子のオペレーターから報告が第三層のミスマル・ユリカに上がり、中央の艦長席に座るユリカは目の前の大型ビューワーに映る三十四隻の無人航宙艦群を見つめる。

 

「……やっとここまで来たね」

「……そうだね」

 

 この言葉にはどれほどの思いが込められているのか、一言一言を噛み締める様に呟くユリカに傍に居るジュンが答える。彼もまた思うものがあるのだろう――幼馴染が旦那を取り戻す為に無茶をすると知って参加したが、まさか並行世界に飛ばされるとは夢にも思わなかっただろう。だが、ここまで来たら必ずあの朴念仁を捕まえて幼馴染の前で土下座の一つでもさせなければ割に合わないと、彼は彼なりに闘志を燃やす……とはいえ、傍で繰り広げられている光景には眉を寄せているが。

 

「……では、無人艦を発進させますね」

 

 収納されている『ナデシコC』から『ナデシコD』の艦橋へと上がっているルリは、ユリカに断りを入れて第二層でオペレート―を行っているアゥインとノゼアに指示を出す。ルリの指示を受けた二人はオモイカネより株分けされたオモイカネ型コンピューター『ウワハル』と『シタハル』を操作する。

 

『了解しましたルリ姉さま、無人航宙艦一番艦から順次に出航します』

『出航後は艦隊を編成して、目的地十二光年先の『ボーグ・トランスワープ・ハブ』へと向かいます』

 

 映し出された大型ビューワーには格納庫内をゆっくりと進んで、宇宙へと出撃していく無人航宙艦群が映し出される。全長三百メートルクラスの航宙艦が音もなく進み、グランド・ゲートを潜って漆黒の宇宙へと進み出る。

 

「操舵は慎重にな、また“アレ”を用意するのは苦労するからな」

 

 艦橋内の緊張を解そうとしたのか、武骨な顔をしたゴート・ホーリーの下手なジョークにアゥインとノゼアは小さな笑みを浮かべた後、オペレートに集中する。そんな二人の妹分の姿を満足げに見ていたルリだったが、視線をユリカに向けた途端に麗しき眉がピクリと上がる。

 

「……いい加減、離れたらどうですか演算ユニット。不謹慎ですよ」

 

 整った表情が若干引き攣って見えるのは見間違いではないだろう。何故ならばルリの視線の先には、ユリカの膝の上に乗っている演算ユニットのアバターの姿があり、その表情がご満悦に見えるのは嫉妬で目が眩んでいる所為であろう。

 

「聞いているのですか?」

 

 ルリの声がどんどん冷たくなっていく。演算ユニットが自分の言葉をまったく歯牙に掛けておらず、ユリカの膝の上で目を閉じてリラックスしているようにしか見えないのだ。思わず半目になった所で、演算ユニットは目を開いて煩わしそうにルリを冷ややかに見つめる。

 

「……言った筈だよ強化人間。ユリカの身体の不調を緩和する為には体内の循環器系の調整が必要だと」

「それは聞きましたが、何もそんな恰好でしないでも良いじゃないですか」

「出来れば思い出したくもないが、アレがやったように密着状態で調整するのが効率が良いんだよ」

 

 若干嫌そうに眉を寄せながらも説明する演算ユニット。そんな演算ユニットのアバターの両頬を優しく包んだユリカだが、次に瞬間にはその頬をグニグニと揉み出す。

 

「こーら、そんな言い方したら駄目でしょう。人はね、ちゃんと名前で呼ぶものよ」

「そうなのか? それは失礼したホシノ・ルリ」

「そうそう、それとルリちゃんも何時までも演算ユニットなんて呼んでいないで、ちゃんとソフィアちゃんって呼んであげてね」

 

 演算ユニットのアバター改めソフィアの頬をムニムニしながら諭すユリカを見ていると、ルリは妙に肩の力が抜けて脱力した気分を味わう。

 

「……シリアスな雰囲気台無しじゃない」

 

 操舵席に着いて出航の準備を行っていたミナトは、後ろで繰り広げられているグダグダなやり取りを聞いて肩を窄めながらボヤいた。

 

 


 

 

 格納庫からの出航は順調に進み、最後には『ナデシコD』のみとなる。

 

『無人航宙艦は全て出航しました』

 

 アゥインの報告に頷いたユリカは、気合を入れて命じる。

 

「『ナデシコD』発進!」

「了解。インパルス・エンジン始動、各部スラスター準備。『ナデシコD』微速前進」

 

 ユリカの号令を受けて操縦席のミナトが新たに増設されたインパルス・エンジンを操作すると、巨大な船体がゆっくりと動き出す。今までにない大型航宙艦故に、このデープ・スペース・13のグラウンド・ゲートといえどサイズ的にはギリギリであり、操縦席上方に展開するウィンドウに表示された情報を読み取って、スラスターを操作しながらギリギリのラインを通って慎重に進んでいく。

 

「前回の初航海を含めて二回目か、流石にまだ慣れないな――ミナト君、慎重に頼む」

「まかせなさい! この子とは前のときからの付き合いだからね」

 

 『ボーグ』との初遭遇の戦闘で大破した船体を再建する間、様々なアイディアや操舵する者としての意見を練り込み、少しずつ形になっていくのを見守って来た彼女は、全長三千メートルを超える巨大な船体の隅々にまで神経が行き届いているかのように各部スラスターを屈指して細かな調整をしながらゲートを潜っていく。

 

 慎重にゲートを潜って宇宙空間へと出た『ナデシコD』の目前には、隊列を組んで待つ三十四隻の無人航宙艦の姿があり、状態をチェックしたアゥインより報告が上がる。

 

『無人航宙艦群より入電。ワープシステムの準備は完了、何時でもワープ状態に移行できます』

 

 それを聞いたユリカは号令を発する。

 

「これよりワープ航法に移行して、先行する『エンタープライズ』と合流します――全艦ワープ開始」

 

 待機状態だった無人航宙艦の両翼に設置されたワープ・ナセルに動力が伝達されて青白い光が灯ると、周囲にワープ・フィールドが展開されて次々にワープ航法へと移行していった。

 

 


 

 

 『ナデシコD』とAI制御の無人航宙艦隊は、標準的な航宙艦の巡航速度であるワープ6で宇宙を進んでいた。ワープ・フィールドで覆われた船体が進む速さは光速の三百九十二倍の速さであり、流れては消える星の姿がメイン・ビューワーに映し出されている。

 

「……不思議な光景だねぇ」

 

 幻想的な光景を無言で見ていたユリカは、感嘆の息を吐きながら膝の上に座る演算ユニットのアバター改めソフィアに語り掛けるが、当のソフィアの反応は芳しくないようだ。これは落ち着いたら情緒教育に力をいれようと心に誓うのであった。

 

「ボソン・ジャンプは不思議な光が満ちた空間だったが、ワープ航法で見る宇宙はある意味で風情がある光景だと思うよ」

「ジュン君は『アスタナ』で何度も見ているのでしょう?」

「まぁね」

 

 出航時の慌ただしさは過ぎて手持ち無沙汰となったユリカとジュンは、メイン・ビューワーから見える光景について語り合っているが、視線の端ではブリッジ・クルーから報告を受けているルリの姿があり仕事がないわけではないようだ。ルリから向けられるジト目の視線が痛い。

 

 ルリからの視線に愛想笑いで誤魔化しながらユリカはそろそろ現実逃避は止めようかと考えて、視線を少し離れた場所へと向ける。そこには流れる星々を眺めているジャスパーの姿があり、心此処に在らずと言った感じだ。

 

(……まあ、話を聞いた時には私達も驚いたけど)

 

 『トランスワープ・ハブ』の稼働を知って此方から打って出る、と決めて準備に入ろうとした時に、ユリカと共に来たジャスパーが話したい事があると言ってきたのだ。

 

 


 

 

 デープ・スペース・13 中央部第五多目的ホール

 

 

 『ボーグ』の戦略施設である『トランスワープ・ハブ』が稼働状態になった事を知り、対応策に頭を痛めていた時に突然現れたユリカ達の驚いたジュンとルリだったが、そんな二人も含めてこの場に居る全員に話したい事があるとジャスパーは硬い表情で告げる――しかも身内の話かと気を利かした『エンタープライズ』側へも、休憩の提案を止めて同席して欲しいと言い出したのだ。

 

「何を考えているんです、ジャスパー?」

「……良い機会だから全てを話しておきたいんだよ、ルリ艦長。これは『エンタープライズ』の人達にも関係する話だからね」

 

 不審に思いながらも『エンタープライズ』勢が席に戻り、ユリカの何時ものペースで説得されたナデシコ勢も席に着いた後、その場にいる全ての視線が向けられた少女は自己紹介の後、誕生した経緯と目的を話し出した。

 

「……つまり、君は未来からのメッセンジャーという事か」

「今までにも未来からの来訪者は居ましたが、これはなんとも……」

 

 少女―ジャスパーの話を聞いたピカードとライカーは揃って訝し気な視線を向ける。ローティーンの少女の姿をしているが姿形を自在に変化させる存在など掃いて捨てるほどに知っているが、どうもジャスパーと名乗る少女からは邪気は感じられず、ただ淡々と話すべき事を話しているように感じられた。

 

「そして君の創造者はテンカワ・アキトを救出するよう命令して、過去へと送り込んだ訳か」

「……正確にはこの世界の過去へではありません。私が送り込まれたのは並行世界の過去へとです」

「だが、それでは君の創造主の居る未来を変える事になる」

 

 そう問い掛けるライカー―にジャスパーは少し困った顔をすると、肩を竦めながら答える。

 

「創造者が言うには、『やられっ放しは癪に障る』との事です」

 

 その答えを聞いたピカードとライカー―は顔を見合わせて揃って肩を竦め、傍で聞いていたルリは久方ぶりに『バカばっか』とため息を付き、ユリカ『にゃはは』と笑う――そんな人々の表情を愛おしそうに、噛み締める様に見ていたジャスパーは、内に秘めていた秘密を語りだした。

 

「……けれど運命は非情だった。私はこれから起こる『ボーグ』との戦いを何度も経験しています、『ボーグ・キューブ』の艦隊を相手に柵を練り、奇を衒い意表を突こうとしても、『ボーグ』の分厚い防衛網は抜けずに敗北するという経験を」

「――つまり君は我々が敗北する、と? いや、それよりも君は何度も経験していると言ったな」

「――あなた達が、いえ私達が『ボーグ』に敗北する度に、私は時間を渡って繰り返してきた――テンカワ・アキトを救う為に」

「ジャスパー、貴方は……」

「……それでも幾つもの策を用いて『ボーグ』の死角を抜こうとして来たわ、けど全てが徒労に終わってしまった」

「もう良いよ、ジャスパーちゃん。そんなに辛いなら無理に話さなくても良いんだよ」

「そうね、そんな精神状態では負担がかかりすぎるわ」

 

 表情を歪めて己の罪を告白するように胸の内に秘めていたものを吐露するジャスパー。拳を固く握り、唇は渇いて所々にひび割れまで見える……『思念体』の意思を代行するインターフェイスとして生身の肉体を持つが故に、その精神状態に影響を受けてしまうのだ。そんな彼女の状態を心配してルリやユリカそしてイネスが声をかけるが彼女は話す事を止めなかった――そして彼女は語る。

 

「何度戦っても私達は勝てなかった……何故なら『ボーグ』には『LITTLR・QUEEN(リトル・クイーン)』が居たから」

 

 




 どうも、しがない小説書きのSOULです。
 絶望的な状況でも足掻こうとする者達は、協力して脅威に立ち向かおうとしていた。


 次回 第四十六話 闇に囚われた少女
 ジャスパーの闇がほとばしる。

 次の回は完全に蛇速ですので読み飛ばしても問題ありません。

 では、また近いうちに。


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第四十六話 罪に囚われた少女

今回は蛇足回になります。読まなくてもストーリ上は問題ないです。


 

 デープ・スペース・13 展望室

 

 

 間接照明で淡く照らされた展望室のソファーには小さな人影は一人。ぽつんと座っていた。薄い照明の光を受けて淡く輝く銀髪の持ち主は、本来なら金色に輝く瞳に鈍い光を灯しながらじっと宇宙に輝く無数の星々を見つめていた。

 

「失礼、マドモアゼル。隣よろしいかな?」

「……ピカード艦長?」

 

 内面に沈み込んで人の接近に気付けなかったジャスパーは暗い瞳を向けると、そこには『エンタープライズ』の艦長であるジャン=リュック・ピカード大佐の姿があった。両手に温かい飲み物の入ったカップを持ったピカードは、少女の隣に座ると手に持ったカップの一つを渡す。思わず良い香りのするカップを受け取りながらも、『ボーグ』の重要施設への攻撃が決まって多忙な筈の彼が自分に一体何の用なのか、疑問に思ったジャスパーは小首を傾げながら問い掛ける。

 

「一体どうしたんですか? 今は忙しいと思うんですけど」

「……船に戻る前に君と話をしたいと思ってね」

「……私と?」

「まずは飲むと良い、温かい飲み物は気持ちを落ち着ける」

 

 そう言ってカップに口を付けるピカード。それに倣うようにジャスパーもまたカップに口を付ける。仄かな甘みが口の中に広がり、飲み込むと身体の芯を温めていく――そこで初めて自分の身体が冷え切っている事に気付いた。

 

「……どうして?」

 

 自分を気にかけてくれるのか? そんな疑問を口にすると、カップの中身に微妙な表情を浮かべていたピカードは小さな笑みを浮かべて答える。

 

「会談の際の君の様子が気になってね」

 

 君の瞳が浮かべる色に覚えがある――ピカードがそう言った途端にジャスパーの瞳の色が濁る。せっかく温まった身体が急速に冷えていき、どろりっとした視線がピカードへと向けられる。

 

「覚えがある? 何に対して? 惑星連邦の大佐であり、大型航宙艦の艦長としてクルーの尊敬の念を一心に集める貴方に、一体何が分かるんですか!?」

 

 ピカードの言葉がジャスパーの心の中の闇を刺激して、内に秘めた鬱積としたモノが零れだした。

 

「――『ボーグ』に同化されても、貴方のクルーが命を懸けて救い出した。そんなあなたが――」

「……そうか、君は助けられなかったんだな」

 

 ひうぅ、とジャスパーは息をのむ。ただでさえ白い彼女の肌が死人のように青白くなり、全身が震えてガチガチと歯が音を立てる――それはまるで罪を暴かれる罪人の姿の様であった。

 

「……な、なんで」

 

 そんなに難しい話ではない、とピカードは呟く。

 

「君はあの時に何度も繰り返したと言っていただろう? つまり君は何度も時間を渡らなければならない状態に追い込まれたと言う事だ」

 

 そう告げられるとジャスパーの動きが止まり、彼女は唇を噛み締めて暫く俯いていたが、唐突に俯いていた顔を上げて金色の瞳に涙を浮かべながら、内に秘めていた己の罪を叩き付けるかのように捲し立てた。

 

「……そうよ――ええ、そうですよ! 私は『ボーグ』に敗北する度に時間転移を繰り返してきた! ユリカ艦長やルリ艦長達を見捨てて、まだ生きているあの人達を見捨てて! 只々創造者の命令を、テンカワ・アキトを救うという命令を遂行する為に……私は『仲間』を見捨てたのよ」

 

 とめどもなく涙を流しながら、己が心情を、罪を告白するように、ピカードに縋りつきながら悔恨たる思いを吐露するジャスパー。そんな彼女の肩にそっと手を置いたピカードは静かに語り掛ける。

 

「それは必要な事だったのかもしれない」

「――必要な事って! こんな苦しみが必要な事だと貴方は言うんですか!?」

 

 ピカードの言葉に激高するジャスパー。

 

「辛い経験をしたからこそ、君は私達に警告できたんじゃないのか、彼らの戦術を」

 

 その言葉に顔を上げるジャスパー。

 

「長く宇宙を旅すると、不思議な現象に出会う事もある」

 

 疑問を示したジャスパーにピカードは自らの体験を語る。

 ある時に『エンタープライズ』の前に漂流しているシャトルが現れた。回収すると、それは『エンタープライズ』に搭載されているシャトルであり、調べると六時間後の未来からやって来た事が判明する。

 

「そのシャトルには私が乗っていたんだ」

 

 シャトルの記録を解析すると、ピカードがシャトルで離脱した後に爆発する未来の『エンタープライズ』の姿が映像として残っていたのだ。

 

「当時、私は混乱した。指揮官である私がクルーを残して艦を離れるなど、考えられない事だった」

 

 目の前で意識を失っている自分を見てピカードは、彼が同一人物だとは到底受け入れられなかった。自分一人だけが艦を脱出して生き残るなど、指揮官として全クルーの命を預かる自分がする筈がない――目の前にいる彼と自分は別の存在である、そう思ったほどであった。

 

「私は思ったよ。クルーを見捨てて何故シャトルに乗ったのか、こんな男が私である筈がないと」

 

 そして六時間後に、『エンタープライズ』は強力なエネルギーの渦に囚われた。最大出力のワープを使用しても『エンタープライズ』は抜け出せずに完全に囚われてしまう。

 

「そしてエネルギーの渦から私個人が攻撃を受けて初めて分かったよ――彼は自らを囮にするべくシャトルに乗ったのだと」

 

 彼の行動にヒントを得て、『エンタープライズ』は何とかエネルギーの渦から脱出する事が出来たのだった。

 

「脱出した後に私は思ったよ。未来から来た彼は私を諭しに来たのかもしれない、道を示しに現れたのかもと」

 

 そしてピカードはジャスパーの金色の瞳をまっすぐに見る。

 

「ジャスパー君。君の悲しみを理解出来るとは言えない――だが、悲しみに捕えられていては、何時までも君は闇の中だ。勇気を持て、君のなすべき事をやり遂げるんだ」

 

 


 

 

 展望室より基地通路に出たピカードは、外で待っていたミスマル・ユリカとホシノ・ルリに気付くと苦笑を浮かべる。

 

「ずっと待っていたのですか」

「ええ、気になって」

「どうでしたかジャスパーは?」

「もう少し一人で考えたいと、ね」

 

 ジャスパーの異変にはユリカもルリも気が付いていたが、掛ける言葉が見つからず途方に暮れていた時に、『エンタープライズ』の艦長であるジャン・リュック・ピカードより申し出があったのだ――彼女ジャスパーと話がしたい、と。突然の申し出に驚いた二人はピカード艦長の真意を問うと、彼はジャスパーが抱えているであろう問題の解決の助けになれるかもしれないと答えたのだ。

 

 木星戦役において特異な働きをしたナデシコの艦長として名高いミスマル・ユリカと、様々な事件を解決してきたホシノ・ルリとはいえ年齢的にはまだまだ若輩であり、名門故に箱入りであったり、幼年期から研究所で隔離されていたりして、更に言えば軍隊という特殊な環境に属している事も相まって人生経験がかなり偏っている二人では、思い詰めているジャスパーの重荷を軽減出来るだけの助言が出来ず、艦隊士官として様々な経験をして来たであろうピカード艦長に任せるのも妙案かもしれないと考えたのだ。

 

「私の言葉が彼女の道を照らす道標となればいいが…」

「大丈夫ですよ。後はどーんと任せてください、ブイ!」

「ありがとうございます、ピカード艦長。後は私とユリカさんで何とかします」

 

 展望室への扉を見つめながら呟くピカードに、努めてお気楽に胸を張りながら太鼓判を押すユリカ。そんな彼女の何時ものボケに頭痛がして来たのか、片手で頭を押さえるルリ。なかなかの名コンビぶりに小さく笑みを浮かべたピカードは、その場を立ち去ろうと踵を返すが、何かに気付いたのか少し慌てた様子のユリカが呼び止める。

 

「……何か?」

「実はこの基地に記録されていた『ボーグ』との初接触からの資料を読んだんですが、その中で作戦に使えそうなモノが有ったのでピカード艦長のご意見を窺いたいと思ったんです」

 

 「それに『ヤマト』が去る前に、あの子から興味深い提案をうけました」――そう言って微笑むユリカは、ナデシコを指揮していた時のように自信に満ちていた。

 

 




 どうも、しがない小説書きのSOULです。

 今回は完全に蛇足回かなとは思いますが、ピカード艦長なら闇に囚われた彼女をそのままにはしないかな、と。最近の創作物では、中々良い大人に出会えないもんで。(汗

今回、ピカード艦長が語っていたのはTNGの39話『戦慄の未来』のエピソードですね。TNGは第七シーズンまであり、おいそれとはお勧めできない程の長さですからね。(しかも、古いし

 次回 第四十七話 全てを掛けて 前編
 未来を掴む為に、全ての力を結集して絶望的な戦いに挑む。

 以前、私がボケをかました話ですので、四十六・四十七話は連続投稿します。(涙

 では、また近いうちに。


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決戦編
第四十七話 全てを掛けて 前編


 

 連邦の領域から銀河中心方面に向けて十二光年ほど進んだ所に存在する宇宙塵や星間ガスが偶々集まった名もなき星雲。周辺にある巨大星の光に浮かび上がる姿は、何の特徴もない、一見すれば何処にでもある、ただ星間ガスの吹き溜まりに分子が集まっただけにしか見えない。

 

 そんな名もなき星雲の近くの空間に幾つもの光が輝くと、惑星連邦の様式で建造された航宙艦群が次々とワープ・アウトしてくる。未知の宙域を行くべく技術の粋を集めて建造された強力な航宙艦が三十四隻――そして、航宙艦群の後方に一際大きな輝きが瞬いたかと思うと巨大な船体を持つ航宙艦がワープ・アウトしてくる――『ナデシコD』だ。

 

 


 

 『ナデシコD』 第一艦橋 第三層

 

『全艦、予定宙域にワープ・アウト』

『各艦自己診断システム問題なしです』

 

 第二階層に設置されたオペレーター席にて『オモイカネ』から株分けされたデュアル・コンピューター『ウワハル』と『シタハル』を操作しているアウィンとノゼアからの報告を聞いたユリカは、ほぅと安堵の息を吐くと、視線を目の前に映し出された名前も無い星雲へと向ける――星間ガスの吹き溜まりに溜まったガスや塵が集まって出来た星雲が周囲の巨大星の光に浮き上がっており、ある種の壮観さがあった。

 

「……とうとうここまで来たね」

「そうだねジュン君――ここからが本番だよ」

 

 『ナデシコD』の副官としてサポートするジュンの言葉に、ユリカはそう答えると視線を厳しくする。

 

「作戦の第一段階を開始します」

 


 

 星間ガスと塵が集まって出来た、語るべき特徴もない何処にでもある星雲内には密度の高い星間ガスが集まっており、いずれは原始星を生み出すのかもしれない。そんな高密度に集まった星間ガスを、剥き出しの配管が歪に絡まった巨大で不気味な外壁が掻き分けて姿を現す――粗雑に組み上げられた外壁が乱雑に集められて、小さな月ほどの巨大な立方体を形成している。

 

 だがそれは乱雑に見えて計算され尽くした船体は一つの意思で動き、船体の彼方此方から光が煌めいているが、そこに品の良さや優雅さなどは感じられずに、ただ機能のみが追求されている――それは間違いなく立方体『キューブ』であった。

 

 『ボーグ・キューブ』の中心部には大きな穴が存在していた。

 中心には巨大なパワーコアが存在しており、それを囲むように幾つもの階層が壁の様に聳え立っていた。その階層の中には幾つものアルコーヴが設置されており、無数のアルコ―ヴには無数の『ボーグ・ドローン』が接続されて、休息や不要な個体を休眠状態にしてベストコンディションを保つように『再生サイクル』が行われている。

 

 そんな機械的で人のぬくもりなど一切存在しない空間に、一枚のビューワーが立ち上がる。

 

『星雲内に侵入してくる船を発見。船籍確認……連邦航宙艦エネミヤ。これより同化を始める』

 

 『ボーグ・キューブ』よりUSSエネミヤに向けて同化作業に入る旨の通信が送られるが、エネミヤは同化に向けた準備をせずに逆に攻撃態勢に入る。エネミヤよりフェイザーや光子魚雷が打ち出されるが、その全てが『ボーグ・シールド』に阻まれて空しく虚空に消える。

 

 それでも必死の攻撃を続けるエネミヤをトラクタービームで補足して身動きを封じると、取り込むべく切断ビームを照射して船体をパーツに切り刻んで取り込もうとした時――突如エネミヤは大爆発を起こして宇宙の塵と化した。

 

 その結果に、『ドローン』達に感情が残っていたら眉を寄せていただろう。同化作業の為に切断ビームを使用した所、対象である航宙艦が爆発したのだ。今までにも何千、何万回と同化作業を繰り返して来たが故にミスはなかったと断言出来る……あの程度の出力の切断ビームでは航宙艦一隻を破壊する事など不可能な筈なのに……検証が必要だ。爆発の原因を特定しなければならない。

 

 そう結論づけた時、センサーが新たな侵入者を感知する。高密度の星間ガスを掻き分けて、姿を現す新たな航宙艦。照合の結果、ミランダ級航宙艦であると判明――前回と同じくフェイザーと光子魚雷を乱発しながら『ボーグ・キューブ』へと向かってくる。

 

 シールドで攻撃を防ぎながらスキャンを開始して何時もより詳細に調べ上げる……その結果、得られたのは中に乗り組む生命体の反応はフェイクであり、自立稼働する無人艦であると判明した――つまり先ほどの爆発は、無人航宙艦そのものを魚雷に見立てた自爆攻撃か、此方の認識を誘導して本命を欺瞞する為の囮か。

 

 相手の思惑にある程度目星をつけたその時、センサーが新たな侵入者を感知する――先程と同じく連邦艦だ。二隻とも同化ではなく破壊する為にインターセプトコースを取る。二隻とも同じようにフェイザーと光子魚雷で攻撃してくるが、『ボーグ・シールド』が全ての攻撃を完全に防ぎ、放たれた攻撃は二隻の連邦艦を完全に粉砕する。

 だがセンサーは新たな侵入者の存在を感知している。再びインターセプトコースを取ろうとした時、『ボーグ』の集合意識に声が響いた。

 

『グリット456の『キューブ』は、グリット358の『キューブ』の支援に向かえ、後の『キューブ』は周辺の警戒を厳にせよ』

 

 『ドローン』たちの精神が一つに集合した意識に響いた“命令”に従い、補足した目標を攻撃して破壊する……それは既に機械的に行われ、他の『キューブ』を含めて三十隻以上を破壊した時、センサーの精度が落ちている事に気付いた。

 

『周辺宙域の粒子密度の上昇を確認。センサーを調整せよ』

 

 戦闘の影響で周囲の星間ガスの密度が変化し、しかも連邦艦の残骸がセンサーの精度を狂わせる――だが、高々三十隻前後の連邦艦を破壊した位で、ここまでセンサーが阻害されるだろうか? 

 

 


 

 

 『ナデシコD』 第一艦橋 第三層

 

 『ナデシコD』の艦長席に座るユリカは、大型ビューワーに映る星雲を見ていた。三十四隻からなる無人航宙艦隊が星雲に突入してかなりの時間が経過したが、その間微動だにせずに星雲を見つめていた。

 

「三十四隻もの航宙艦を惜しげもなく全艦突入させるとか、相変わらず思い切りが良いというか、何というか」

「何かもったいなく感じるわね」

 

 副官としてユリカの傍に立っていたジュンのボヤくと、手持ちぶたさで暇をしているミナトが呆れたように呟く。

 

「大事な場面では出し惜しみは悪手になりかねないわ……それに今の私達では、あれだけの宇宙船を運用するには人手不足だしね」

 

 微動だにしなかったユリカの緊張を和らげる為か、努めて明るい口調でコントを繰り広げる二人に感謝しながら、ユリカも彼らのコントの流れに乗るが硬い表情は解れない。そんなコントに新たな乱入者が現れる――『オモイカネ』型コンピューター『ウワハル』と『シタハル』を使って無人航宙艦隊を操作しているアゥインとノゼアだ。

 

『大判振る舞いのお陰で、星雲内の敵戦力の配置をほぼ把握しました』

『南無南無。塵となった航宙艦の皆さん、成仏してね』

 

 新たに展開したビューワーの中で肩を竦めたアゥインと、手を合わせて冥福を祈るノゼアにより大型ビューワーに映る星雲に、概略図が上書きされる――そこには星雲内の星間ガスの分布と、三つの光点が表示されている。

 

『これまでの無人航宙艦隊の観測と戦闘のデーターを解析して、敵『ボーグ・キューブ』の予想位置を表示しています』

『『ボーグ・キューブ』の戦力も把握済みで、艦長の悪辣な罠の効果も上々です』

「あ~、ノゼアちゃん。悪辣なんてひどいなぁ~、プンプン」

「艦長、プンプンなんて年を考えなさい、年を」

 

 ノゼアの物言いに抗議の声を上げるユリカに、操舵席からミナトの突っ込みが入るが努めて無視するユリカ。

 

 『ボーグ』との決戦を前に、彼我の戦力差は歴然。ならば少ない戦力で戦うには何がネックになるか――『ボーグ』の持つ高い攻撃力? 此方の攻撃を無効にする無敵のシールド? 遥か彼方からでも此方を察知する高性能なセンサー?

 

 複数の移動要塞を相手にするような無謀な戦いを成立させる為に手段を模索していたナデシコ勢は、惑星連邦の航宙艦『エンタープライズ』と接触して、『ボーグ』との戦いにおいて経験豊富なキャプテン・ピカードの助力を得て、彼の経験談を聞いたミスマル・ユリカはある秘策を考えた――曰く、『ボーグ』が物凄いセンサーを持っているなら、それを使えなくしてしまえ、と。

 

 何を馬鹿な、と脱力する面々にユリカは説明する――高い攻撃力があろうと当たらなければ、どうと言う事は無い。無敵なシールドだろうと四六時中張っているわけではない、と。

 

 おいおい、勢いだけでモノを言うなよ、と誰かが嘆息するが。

 ユリカが示したのは古典的で稚拙な手段――金属片、チャフを用いる方法であった。航宙艦の船体構造は主にデュラニウムとトリタニウムの複合合金を使用しており、それらの金属片を無人航宙艦の積載量一杯まで載せて、『ボーグ・キューブ』付近で爆発拡散させれば、彼らの潜む星雲に含まれる粒子と相まって、『ボーグ』のセンサーを誤魔化せる可能性が高い――ついでに重力波センサーを誤魔化すための細工も乗せれば一石二鳥ではないか、と。

 

 そして作戦は功を奏して、見事に星雲内に大量のチャフがばら撒かれて、星雲の中はセンサーが全く効かない状態になっている。

 

 相手のセンサーは潰し、此方は事前の観測で『ボーグ・キューブ』の航路の予想は立っている。ついでに乗せた探査プローブを改造した重力場発生装置により、『ボーグ』に航宙艦の位置を誤認させる悪辣使用を揶揄したアゥインとノゼアの軽口に、必要以上に大きく反応するユリカ。和気藹々とした雰囲気が流れる艦橋内であったが、それはこれから始まるミッションを前に己が気持ちを奮い立たせる意味合いもあった――第一艦橋内にコールが鳴り、概略図が映るビューワーに小さなアオイ・ジュンの姿が映し出される。

 

『こちら第二艦橋アオイ、準備完了』

「さっすがジュン君、タイミングばっちりだよ」

『第三艦橋もOKですよ』

『第四艦橋ゴート、何時でもいけるぞ』

 

 第三艦橋に移動したタカスギ・サブロウタと第四艦橋のゴート・ホーリーからも準備完了の報告が入る。続いて『ナデシコC』のルリと、途中で合流した『エンタープライズ』のピカードの姿がモニターに映し出された。

 

『こちら『ナデシコC』、システムに問題なし。ジャスパーから渡された『ニューロ・トランシーバー』と言う怪しげな機械も組み込み済みです……『オモイカネ」が物凄く嫌がったけど』

『こちらは『エンタープライズ』のピカードだ。嫌がるコンピューターと言うモノも見てみたい気がするが、それは作戦成功後の楽しみにしよう』

 

 モニターに映るルリの顔には、『オモイカネ』の説得に疲れたのか疲労感が滲んでいた――『ボーグ』への対抗手段を練るユリカとルリに、ピカード艦長と話してから妙に吹っ切れた表情を浮かべる様になったジャスパーから、『ボーグ集合体』のドローン達の意識が結合されて構築された集団意識へアクセス出来る『ニューロ・トランシーバー』が提供されたのだ……どこから、こんなモノを入手したのか驚く二人に、ジャスパーはしれっとした顔で、知り合いから貰ったと答えたのだった。

 航海の間に『ボーグ』の集合意識へとアクセス出来るシステムを構築しようとしたのだが、出所不明のシステム『ニューロ・トランシーバー』を組み込んだシステムに、オモイカネが拒否反応を示したのだが、それを宥めて何とかシステムを構築して使用可能にするまで、ホシノ・ルリは多大な苦労をする羽目になったのだ。

 

「――では、最後に作戦の確認をしたいと思います」

 

 コホン、と喉を整えると姿勢を正すユリカ。

 

「前段階として無人航宙艦隊による攻撃により、敵『ボーグ・キューブ』の位置情報を得て、攻撃と同時に行われたチャフの散布によりセンサーの感度は著しく低下しています。これより『ナデシコD』は、敵予想進路を掻い潜りつつ、星雲深部へ向かい――途中で『ナデシコC』と『エンタープライズ』を放出します」

 

 ユリカの視線がモニターに映るルリとピカードに向けられる。

 

「星雲深部にまで進入された『ボーグ』の抵抗も激しいものとなるでしょう、それらの攻撃を『ナデシコD』が引き付け、『ナデシコC』のハッキング・システムで『ボーグ・キューブ』の掌握を行いつつアキトの所在を探します。そして私達が『ボーグ』の注意を引き付けている間に、『エンタープライズ』が『トランスワープ・ハブ』に攻撃――これを破壊します」

 

 そこで話を止めてユリカは大きく息を吸う。

 

「『ナデシコD』、星雲へ突撃!」

「りょ~かい! アゥインとノゼア、ナビ(索敵)よろしく」

『わかりました』

『まかせて』

 

 ユリカの号令の下、操舵席に座るミナトはスロットルを全開にして、『ナデシコD』はその巨体を進ませながらも、インパルス・エンジンの推力によりどんどん加速していく。

 

「全艦、RED ALERT!(非常警報!) 全武装装填!」

『艦首グラビティ・ブラスト、全フェイザー・アレイ装填! 光子魚雷、各種ミサイルも次々装填』

『シールド、戦闘出力へ! 各隔壁を閉鎖、構造維持フィールド、出力上昇、問題なし』

『推力最大! とつげーき!』

 

 白金の巨体が唸りを上げて、『ナデシコD』は恐るべき敵である『ボーグ・キューブ』の待つ星雲へと突き進んでいった。

 

 


 

 

 第一艦橋 第三階層

 

 星雲内に突入した『ナデシコD』は、星間ガスを掻き分けて深部へと突き進んでいくが、先の戦闘によりばら撒かれたチャフの効果が予想よりも船のセンサー感度を阻害している。第一階層のクルーが各種センサーの調整を行い、少しでも情報を得ようと努力するが芳しくはなく苦労しているようだ。

 

『星雲内のガスの温度が千度を超えていますし、チャフが予想よりセンサーを阻害しています』

『無人航宙艦達が突入した際に集めたデーターを基に作成した『ボーグ・キューブ』の予想進路ですが、『ウワハル』や『シタハル』の能力を以てしても精度は七十パーセント前後ですね』

 

 次の作戦の為に、第二階層のオペレーション・シートから離れて別室へと移動したアゥインとノゼアからの通信越しの報告に、少し困った顔をするユリカだったが、センサーからの情報が映し出されるモニターを睨むように見ているイネスの不機嫌そうな声には思わず腰を上げる事となる。

 

「……駄目ね。艦長の悪戯が予想以上の効果を出して、此方のセンサーも精度がガタ落ちよ」

「――それじゃ、アキトの居場所も?」

「……宇宙基地に残されていた各遺伝子と私達の遺伝子を比較解析していった結果――ノンコーディングRNA遺伝子にわずかな差異が確認されて、それで並行世界の人類と私達を見分ける予定だったんだけど、観測できなきゃ無理よね」

 

 ユリカの期待をばっさりと切るイネス。

 

「今のセンサーの感度だと、かなり近づかなきゃ無理よ」

「……結局、そうなるんですよね」

「そう悪い話ばかりではないわよ。これだけセンサーが効かないんなら、『ナデシコC』や『エンタープライズ』も察知される確率がかなり減るわ」

 

 意気消沈して肩を落とすユリカ。頭では理解していても、心情では愛する夫を早く見つけたいというのは誰もが思う事であろう。そんな心情を慮って話を変えるイネス――星雲内に突入して暫くして『ナデシコD』の係留設備より『ナデシコC』と『エンタープライズ』を放出していた。

 

 『エンタープライズ』は星雲の中心部にある『トランスワープ・ハブ』を破壊する為に、『ナデシコC』は星雲のガス雲に静かに潜り込み、ディファイアント級より取り外された遮蔽装置を用いてその姿を消していた。『トランスワープ・ハブ』の破壊は惑星連邦のみならずアルファ宇宙域全ての命運を握っている重要なミッションであり、『ナデシコ』勢にとっても圧倒的に不利な戦力差をこれ以上開かせない意味もあり、『エンタープライズ』の成功を祈るのみである。そして『ナデシコC』には、対『ボーグ』戦の命運を握る使命を帯びている――だが事態はそんな彼女達の心情などお構いなしに進んで行った。突如として『ナデシコD』の船体が揺れる――全長三千メートルを超える巨体が揺れたのだ、クルーに衝撃が走る。

 

「ど、どうしたの、今の揺れは!?」

『トリタニアムサインを探知しました。方位342 、マーク 55です』

 

 驚くユリカに、周囲を警戒していたアゥインより報告が入る。トリタニアムとは確か貴金属合金で、航宙艦特に『ボーグ・キューブ』の外装にも使用される合金であったはず――そこまで考えた時、ユリカの顔に緊張の色が走る。

 

「何だかわかんないけど、近すぎるわ!?」

「回避行動を取ってください!」

 

 各種センサーが阻害されて外部を移すビューワーも厚い雲に視界を奪われた状態で必死に船体を制御するミナトへ回避行動を行うように指示するユリカ。

 

『またトリタニウムサインを感知、今度は真下です! 』

「ディストーション・フィールド最大!」

『……艦長、デイフレクター・シールドです。最大っと』

「あ、そうだった」

 

 いつもの様に号令をかけるが、即座に通信越しにノゼアに突っ込まれてしゅんとなるユリカ。艦橋で漫才を繰り広げている間にも、『ボーグ・キューブ』より攻撃を受けているが、それらはシールドに阻まれている。

 

「最大船速! 振り切ってください」

「了解。エンジン全開、みんなしっかり摑まっていてよ」

 

 インパルス・ドライブを全開にして『ボーグ・キューブ』を引きはがすが、即座に別の『ボーグ・キューブ』が姿を現して攻撃やトラクタービームで進路を妨害しようとしてくる。

 

「前方に『ボーグ・キューブ』、後方から二隻の『ボーグ・キューブ』が追ってきます」

『ユリカ』

「分かってるよ、ジュン君」

 

 アゥインの報告に第二艦橋に移っているジュンが促すと、ユリカが頷く。膝に乗るソフィアを下したユリカは周囲を見回して、第三階層に新設された真新しいオペレーション・シートに座るジャスパーに微笑みかけた後に号令を下す。

 

「行くよ、みんな――『多重攻撃モード』、起動!」

『『『了解!』』』

 

 『ボーグ・キューブ』に前後を挟まれていた『ナデシコD』だったが、ユリカの号令の下に中央船体に亀裂が入り、連結部分のドッキングラッチが切り離されて巨大な『ナデシコD』の主船体が二つに分かれて上下に離れて行く――主船体だけでなく、それに付属していた二つの円盤部分も連結を解除して、主船体から離脱していく。

 

「ドッキングラッチ解除、『ナデシコD』多重攻撃モードに移行します」

 

 周囲に投影される無数のウィンドウに表示される様々な情報を読み解きながら、ジャスパーが報告をする。一つの巨大航宙艦から四つの航宙艦へと分かれ、第一艦橋にはアゥインが専属として運用するオモイカネ型デュアル・コンピューターの一つ『ウワハル』より株分けされたオモイカネ型コンピューター『アズサミ』と、それをオペレートするジャスパーの姿があり、この並行世界に迷い込んでから株分けされた新しいコンピューターと新米オペレーターのコンビは、今の所は問題なく機能しているようだ。

 

 そんな新米オペレーターを気にしながらも、ビューワーに表示された四つに分かれた航宙艦と迫りくる『ボーグ・キューブ』群の相関図を見据えるユリカの居る上層部の円盤を『ナデシコD』α、アオイ・ジュンと、船体中央部に設置されている『ウワハル』を操作するアゥインの『エネミヤ』コンビが率いる第二艦橋が運用する主船体の上部が『ナデシコD』β。

 同じく船体中央部に設置されている『シタハル』を操作するノゼアと、タカスギ・サブロウタ率いる第三艦橋が運用する『ナデシコD』γ、簡易型コンピューター『クエビコ』にて船体を制御するゴート・ホーリー率いる第四艦橋が運用する下方円盤部『ナデシコD』δとして、それぞれ独立した航宙艦として機能する。

 

 多重攻撃モード――惑星連邦の存在するアルファ宇宙域に侵攻してきた『ボーグ・キューブ』に対して連邦は四十隻の艦隊を以てウォルフ359にて迎撃戦を行い、たった一隻の『ボーグ・キューブ』により全滅したという事実は衝撃を与え、その後の連邦宇宙艦隊の建艦思想に大きな影響を与える事となり、ソヴェリン級やディフイアント級などの戦闘力を向上させた航宙艦の登場の一助となった。

 

 そして戦術においても様々な模索を行い、その結果の一つとして考案されたのが『多重攻撃モード』である。ウォルフ359の戦いの前哨戦となった『ボーグ・キューブ』と『USSエンタープライズD』の戦いの中で、船体を二つに分離して『ボーグ・キューブ』を翻弄した戦術を分析して発展させて、その新戦術を運用する為に試作艦として建造されたのがNX(プロトタイプ航宙艦のレジストリナンバー)―59650 USSプロメテウスであった。この船は試験航海の途中でアクシデントに見舞われたが、その上で敵対勢力の大型航宙艦を見事撃退した事から、その有効性を実証したのだった。

 デープ・スペース・13に漂着したナデシコ・クルーは、基地のデーターベースを検索して『ボーグ』への対抗手段を模索中にプロメテウス級の資料を発見して、再建中の『ナデシコD』の船体にも採用した――その真価が今問われる。

 

 

 




 どうも、しがない小説書きのSOULです。
 
 全ての力を結集して星雲へする『ナデシコC・D』と『エンタープライズE』
 待ち受けるは四隻もの『ボーグ・キューブ』
 ――ミスマル・ユリカの奇策は『ボーグ』を打ち破る事が出来るのか?

 次回 第四十八話 全てを掛けて 後編

 続いて投稿します。


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第四十八話 全てを掛けて 後編

 

 『ナデシコD』β 第二艦橋


 

 

 α艦にある第一艦橋よりは簡素な二層構造で作られており、各種センサーを管理する第一階層と、航法や武装そして艦全体のコンディションを管理して指揮を執る第二階層で構成されている。

 これは他のγ艦やδ艦も同じで、船体結合時にメインとなる第一艦橋に方がより各種センサーからの齎される大量の情報を処理できるようになっているのだ。

 

「『ナデシコD』β、分離完了。フェイザー、光子魚雷装填。シールド出力上昇、グラビティ・ブラスト、チャージ開始。戦闘態勢完了です」

「よし、後部光子魚雷発射後に方位045マーク20に転身」

 

 ジュンの指揮の下に迫りくる『ボーグ・キューブ』に向けて牽制の光子魚雷を発射しながら、『ナデシコD』βは右へ大きく舵を切って振り切ろうと試みるが相手はそれほど甘くはなく、牽制の光子魚雷を物ともせずに追撃してくる。

 

「後部フェイザー全力斉射! そのまま方位30に進路変更、回せ!」

「了解!」

 

 船体後部に装備されたフェイザー・アレイより断続的にフェイザーが発射される。惑星連邦において大型航宙艦に搭載されるタイプ12フェイザーを搭載しており、その破壊力は五十キロほどの厚さのある惑星の地殻を貫く威力がある。

 だが、それほどの大出力のフェイザーも『ボーグ・キューブ』のシールドにより防がれてダメージを与える事が出来ずに牽制と割り切って攻撃している――すると熱い分子雲の中から『ナデシコD』の主船体の下半分であるγ艦が姿を現して物凄い速度で迫ってくる。

 

「!? 速度そのまま、右に半回転躱せ!」

 

 『ナデシコD』γを指揮しているのはタカスギ・サブロウタであり、彼とはディファイアント級航宙艦を指揮していた頃から交流があった――だからこそ、彼の思惑にピンっと来たのだ。

 ジュンの指示を受けた操舵主がタッチパネルを操作して、スラスターを調整しつつ『ナデシコD』βの船体を右に傾ける――するとγ艦も船体を大きく傾けて、二隻は高速で交差すると、γ艦はβ艦を追撃していた『ボーグ・キューブ』に光子魚雷を発射して攻撃を開始した。

 

「良く分かりましたね、衝突するかもと思いました」

「彼とはこの三年間の間に親交があったからね、考えも少しは読めるのさ」

 

 


 

 

 『ナデシコD』γ 第三艦橋

 

 船体を大きく傾ける事によりβ艦と交差した『ナデシコD』γは、β艦を追撃していた『ボーグ・キューブ』の巨大な船体が迫ってくる光景は圧迫感があり、雑多な部品で組み上げられた巨大な船体が圧倒的な質量として威圧感を与えていた。

 

「う~ん、こりゃデートに誘うにゃ不向きな船だな」

「うちの船も大きさじゃ負けてない筈なんですが、細長いからねぇ」

 

 

 正面のメイン・ビューワーに映し出される巨大な『ボーグ・キューブ』の威容に、γ艦を任されているタカスギ・サブロウタは肩を竦めてシニカルに呟くと、それに追従するようにオペレーター席で艦を統括するコンピューター『シタハル』を操作しているノゼアがボヤく。

 

 だが二人とも臆す気配はない。それ所か不敵な笑みさえ浮かべていた。メイン・ビューワーに映る巨大な壁のような『ボーグ・キューブ』の威容を目前にした時、『キューブ』より大出力の通信が入る。

 

『我々は『ボーグ』だ、お前達の生物的特性や科学技術を同化する。シールドを下ろして降伏せよ――抵抗は無意味だ』

 

 存在な物言いで降伏を迫ってくる。自分たちの優位を確信しているのだろう……だからこそ、その横っ面を殴り飛ばしてやりたくなる。チャラい恰好をしていても、タカスギ・サブロウタは地球連合という巨大な組織と戦った元木蓮士官なのだ。

 

「ふん、面白い。ノゼア、新兵器《変動型多連装グラビティ・ブラスト》の威力を見せてやれ!」

「はいはい、男の人って新兵器って言葉が好きだよねぇ」

 

 ボヤキながらもコンソールを操作して、艦首に搭載された多連装グラビティ・ブラストに急速チャージを行う。そんなノゼアの近くで作業する女性クルーが顔を寄せて「そんな所がカワイイんじゃない」と悪戯っぽい笑みを浮かべて囁いてくるのを聞いて、私少女だから分かりません、とすました顔で答えると艦長であるタカスギ・サブロウタに報告する。

 

「艦長、新兵器のチャージが終了しました。何時でも発射出来ます」

 

 ……実はノゼアも新兵器と言う言葉が嫌いではないのだ。

 

 変動型多連装グラビティ・ブラスト――並行世界に転移した直後に『ボーグ集合体』と戦い敗北したナデシコ勢が、対抗手段を模索した結果の一つである。謎の船により導かれた宇宙基地で対抗手段を模索した中で、先の大戦で活躍したナデシコ級二番艦『コスモス』が搭載していた多連装グラビティ・ブラストの話題が出たが、『ボーグ・キューブ』との戦いの折に支援艦群でグラビティ・ブラストの飽和攻撃を行ったが、全て無効化された事からグラビティ・ブラスト自体が効果が薄いのではないかと考えられて採用は見送られそうになった。

 

 だが流れ着いた宇宙基地のデーターベースを検索して『ボーグ』との戦闘記録を調べてみると、『ボーグ』は最初の数度は攻撃を食らうが即座にその情報が末端のドローンにまで行き渡り、その攻撃に使用される周波数を完全無効化される事と、連邦航宙艦との戦いで『ボーグ』の防御シールドをフェイザーの周波数を変動させて攻撃を行ってダメージを与えた事が分かったのだ。

 

 ならば今再建中の『ナデシコD』に搭載予定の新戦術『多重攻撃モード』により四隻に分離する船それぞれにグラビティ・ブラスト発射する為に重力波を収束させる際に、周波数をランダムに変動させて攻撃すれば『ボーグ』の防御を突破出来る公算が高い。

 

 そこで再度脚光を浴びたのが多連装グラビティ・ブラストだ。コスモスに搭載されていた五連装グラビティ・ブラストを再現して、周波数を変動させるシステムを組み込めば、戦いを優位に持ち込める可能性が高いと見たのだ。

 

「変動型多連装グラビティ・ブラスト発射!」

「りょうかーい、ポチっとな」

 

 サブロウタがやたら恰好つけて攻撃を指示すると、気だるげな表情を浮かべながらも目の前のコンソールを操作して、ノゼアはチャージが完了したグラビティ・ブラスト発射ボタンを躊躇なく押す――彼女も『ボーグ』の事は腹に据えかねていたのだ。

 

 船体下部に装備された五連装の変動型グラビティ・ブラストが周囲の空間を歪ませながら発射されて、周りにある粒子を励起させながら『ボーグ・キューブ』に向けて突き進み、無敵と言われた『ボーグ』のシールドと激しく激突する。宇宙空間に存在している粒子を励起させている影響で青白く輝くグラビティ・ブラストが激突したことで激しく発光するシールドだが、特定の周波数のみを完璧に防御する事のより強固なシールドはグラビティ・ブラストの破壊の力をせき止めるが、変動型であるグラビティ・ブラストの一部が強固なシールドを突破して『ボーグ・キューブ』の船体を破壊しながら破片をまき散らす。

 

「『ボーグ』の船体にダメージを確認、成功です」

 

 『ボーグ・キューブ』を観測していたクルーの報告に第三艦橋内が歓声に包まれる――一方的に追い込まれて、ただ逃げるしか出来なかった『ボーグ』を相手に戦える事が、これで証明出来たのだ。これまでの努力が無駄ではなかった事が証明されて、ナデシコ・クルー達の表情に明るい色が点る。

 

「よし、このまま『キューブ』を此方に引き付けるぞ」

 

 手ごたえを感じたサブロウタはクルーに指示を出すと、オペレーター・シートに座るノゼアに問い掛ける。

 

「で、奴さんの反応は?」

「……これだけ近いのでセンサーで探っていますが、どうやらこの『キューブ』には居ないようですね」

「……そうか、だがこの『キューブ』に居ない事が分かっただけでも収穫だ――この情報を他の船にも送ってくれ」

「りょーかい」

 

 


 

 

 『ナデシコD』α 第一艦橋

 

 上部円盤部を船体とするα艦は、ミスマル・ユリカを艦長として、艦内の機能を制御するのは『オモイカネ』型コンピューター『ウワハル』から株分けされた『アズサミ』とオペレーターとして配置されたのはジャスパーである。無言のまま空間投影型キーを操作するその姿は真剣であり、『オモイカネ』型コンピューターである『アズサミ』との親和性は未知数な事も相まって少し危ういような印象を感じさせる。

 

「大丈夫、ジャスパーちゃん?」

「問題ないよ、ユリカ艦長。ここまでは何度も経験しているから」

 

 気遣うユリカにジャスパーは自虐的な笑みを浮かべて答える……その表情を見て若干の危うさを感じるが、『オモイカネ』型コンピューターを操るには専門の教育を受けてコンピューター管制に特化したIFSを持つ者に限られ、それを持つルリや他のオペレーターの子はそれぞれのオモイカネ型コンピューターに付いており、必然的にα艦のオペレーターは彼女となったのだが、思った以上に精神が不安定なのかも知れず注意が必要かもしれないと考えているユリカ。

 

「大丈夫だよ、ユリカ艦長。ここで成功させなきゃ、今までの事が無駄になる――なすべき事をする。そうでしょう?」

 

 半ば己に言い聞かせるかのように呟いて気を引き締める姿に、一抹の不安を感じるユリカだったが、状況はそんな暇はないとばかりに流れていく。

 

「ミスマル艦長、前方より『ボーグ・キューブ』です」

 

 センサーを阻害されている中でも、何とか数値を読み解いていたクルーが新たな脅威の存在を報告してくる。回避行動を取っている『ナデシコD』α艦の進路を遮るかのように粒子の雲を掻き分けて巨大な壁の如き『ボーグ・キューブ』の姿が現れる。

 

『我々は『ボーグ』だ、これよりお前たちを同化する。シールドを下ろして降伏せよ。抵抗は無意味だ』

 

 距離が近くなった所為か、相手の通信の出力が強い為か、忌々しいほどに鮮明に聞こえてくる『ボーグ』からの降伏勧告に、聞いていたクルーの表情が硬いモノへと変わる……デープ・スペース・13基地のデーターベース内には『ボーグ』との初遭遇以降の情報もあり、その中には接触した艦隊士官の証言も残されていたのだ。

 ある士官は『集合状態において、『ボーグ』は一切の容赦をしない。彼らの目的はただ一つ、征服だ。相手への情けもなければ、理性もない』と語り、またある士官は『思うに『ボーグ』は、今まで遭遇した種族の中で最も純粋な悪に近い』などと、『ボーグ』の脅威を訴えるものが多い。

 

「シールド出力最大! フェイザー砲、連射しつつ左に避けて」

「了解、みんなしっかり掴まっててよ」

 

 メイン・ビューワーに映る『ボーグ・キューブ』は巨大な壁の如き威容を現して、武骨な配管を粗雑に組んだような外壁の奥から漏れる緑色の輝きを見ると、暗闇に浮遊する機械の塊の如き圧迫感を受ける――その機械の奥から緑色の輝きが放たれると、α艦目掛けて撃ち出される。

 当然それを予期していたα艦は、新設されたフェイザー・アレイよりフェイザーを発射しながら舵を大きく切って緑に光る光弾を躱すが、即座に追撃が来る。

 

「『キューブ』発砲! 後部シールド80パーセントに減衰しました」

「回避パターン3-1! なんてスキのない攻撃!?」

「艦長、『ボーグ』は機能を分散して船体各所に配備しているって話よ――つまり死角はないわ」

 

 『ボーグ・キューブ』の追撃によって受けたダメージをブリッジ・クルーが報告し、それを受けたユリカがあらかじめ決めていた回避パターンを指示しながら、絶え間なく攻撃を行う『キューブ』の攻撃力の高さに改めて驚きを露にする。そんな中でサポート・ステーションで『キューブ』の分析をおこなっていたイネスは、以前の接触時に得た情報と宇宙基地のデーターベースに記載されていた情報を鑑みて、死角になりえる場所はないと伝える。

 

 『ボーグ・キューブ』は、主要な施設や動力源が船体各所に分散している為、船体の78%がダメージを受けても正常航行に支障がないという脅威の耐久力も持つとされており、立方体の船体のどの面においても、攻撃力と防御力は変わらないのだ。

 

 ミナトの操艦の妙もあって大した被害は出ていないが、先ほどから『キューブ』の激しい攻撃を受けて綱渡りのような状況が続く――『ボーグ』の技術はアルファ宇宙域で一大勢力を誇る惑星連邦の技術を遥かに超え、その技術力により作られた『キューブ』から強力なディスラプタービームや光子魚雷がα艦を航行不能にすべく無数に襲い掛かってくる。中でも時折混じってくる緑色をした光弾には要注意だ。

 

「ユリカ、後方よりシールド無効化弾が来るぞ」

「!? ミナトさん、躱してください!」

「! みんなしっかり掴まっててよ」

 

 星雲内に突入するまえに、膝の上から隣の補助席に移された演算ユニットのアバターこと『ソフィア』が指揮を執るユリカに告げると、顔色を変えたユリカが即座に回避行動を指示すると、メイン・ビューワーに映る空間の星が流れてα艦の横を緑色した光弾が通り過ぎる。慣性制御により体に掛かるGは殆ど感じないが、船体にはかなりの負荷がかかり構造維持フィールドの出力を上げる事で対処したようだ。

 

 『ボーグ』の攻撃の恐ろしい所は一撃の攻撃力が高い事も有るが、時折撃ち込まれる先ほどの緑色の光弾『シールド無効化装置』の存在も大きい。その攻撃は船体にダメージを与えるよりも船を守るシールドそのものにダメージを与える事に特化しており、記録によれば惑星連邦において大型艦であるギャラクシー級の航宙艦でも三発も食らえばシールドを消失してしまうとの事であった。

 

「緑色の光弾には注意して! ジャスパーちゃん、『キューブ』の防御に綻びはない?」

「……こちらの攻撃は殆ど効果がないみたい」

 

 フェイザーの周波数を変調する事で、『ボーグ』が此方の攻撃に対応する前にダメージを与えようとするが、巨大な『ボーグ・キューブ』にとってはα艦の攻撃など針の一撃程度でしかないのか、殆どダメージを与えられていない。メイン・ビューワーに映る『キューブ』を見据えながら打開策を練るユリカに、先ほど進路が交差した『ナデシコD』δからの通信を受ける。

 

「δ艦より連絡。交戦中の『キューブ』内に対象者の反応はないとの事です」

 

 通信士からの報告を受けたユリカは一瞬表情が曇るが、気を取り直してオペレーター席に視線を向ける。

 

「……ジャスパーちゃん、アキトの反応は?」

「……交戦中の『キューブ』からは反応なしです」

「……そう」

 

 星雲内に無人航宙艦を突入させて、フェイザーや光子魚雷をばら撒かせた後に破壊された船の残骸やチャフによりセンサーの感度は著しく落ちているが、これだけ近距離ならばセンサーで相手の事を探ることが出来るが……いつも良い結果が得られる訳ではない。

 

 イネス・フレサンジュの研究――この並行世界には様々な異星種族がおり、多数の種族を同化した『ボーグ集合体』の中からテンカワ・アキトを救い出す為には、まず彼の位置を特定できなければ話にならず、多様な種族から如何に見つけ出すかが課題となり、この三年の研究でこの並行世界の地球原産種族と自分達来訪者のDNAには太古の昔に感染した比較的無害なレトロウイルスに僅かな差異が確認されて、それを目標に識別する技術を開発したのだ。

 

「これでこの宙域にいる『ボーグ・キューブ』の中にはアキト君が居ない事が確認出来たわね――どうする、艦長?」

 

 既に他のβ艦からもγ艦からも交戦中の『ボーグ・キューブ』からテンカワ・アキトの反応はなかったとの報告を受けており、これでこの宙域に居る三隻の『ボーグ・キューブ』には居ない事が確定した……ならば、彼は何処にいるのか? もっとも可能性が高いのは、これまでの『キューブ』とは一線を画く相手。

 

「残るは、例の装甲艦ね」

 

 最近加わったと言う、惑星連邦の分類では『クラス4・戦略キューブ』と呼ばれる重装甲の『ボーグ・キューブ』。今の所は姿を現していないが時間の問題だろう……もっとも、それまで此方が“持てば”の話だが。

 

「『ナデシコC』に連絡して下さい、プランBに移行します」

 

 


 

 『ナデシコC』 艦橋

 

『ナデシコD』が『多重攻撃モード』に移行する際に、密かに『ナデシコD』から分離して新装備の『クローキング・デバイス(遮蔽装置)』を作動させて通常空間から姿を消した『ナデシコC』は、戦闘宙域から少し離れた場所へと移動する。

 

 USS『アスタナ』から取り外して接続したクローキング・デバイス(遮蔽装置)により、『ボーグ』のセンサーに探知される事なく深く静かに戦闘宙域の外縁に停止して、事態の推移を見守っていた。

 

 『ナデシコC』自体も改修工事により、この世界の超光速航法システム『ワープ・バレル』と『デイフレクター・シールド』を搭載して、単独ワープが可能となった。だが『ナデシコD』に施されたような武装の大幅な強化は見送られて、兵装はグラビティ・ブラスト一門のみであり、『ナデシコC』の改装は専らセンサーや通信機能の強化に向けられた――連邦航宙艦に搭載されている恒星間航法用の高感度センサー群の設置や、通信施設の大幅な強化と念の為の亜空間通信施設の設置――そして何より『ボーグ』の通信プロトコルの解析が大きい。

 

 これは宇宙基地のデーターベースで『ボーグ』の事を調べる過程で、遭遇した連邦航宙艦の解析情報から彼ら『ボーグ』の使う相互通信規格を解析して、彼らのネットワークにアクセスする事が可能となった――更にデーターベースを読み解く事により、彼ら『ボーグ』の集合意識へとアクセスする周波数が判明したのだ。

 

 最初の『ボーグ・キューブ』の侵攻時の記録に、『ボーグ』に拉致されて同化された『エンタープライズ』のピカード艦長を救出した際に、彼と『ボーグ集合体』の集合意識とのリンクが途切れずに常に亜空間シグナルでつながっていた事が記載され、その周波数も同じく記載されていたのだ――つまり、『ボーグ・キューブ』自体を掌握するだけでなく、『ボーグ』の集合意識そのものを掌握できる可能性が出てきたのだ。

 

 作戦としては、『多重攻撃モード』で四隻に分離した『ナデシコD』が『ボーグ・キューブ』群と交戦しながらテンカワ・アキトの所在を掴み、時機を見て交戦状態にあるナデシコ分離艦を中継して一気にシステム掌握を行い、『ボーグ・キューブ』群を制圧する予定であった。

 

「α艦、『キューブ』との戦闘によりシールド60%に減少、β艦とδ艦は変調型多連装グラビティ・ブラストのお陰で戦いにはなっていますが、元から攻撃力が違いすぎて此方側が不利です」

「……分かってはいた事ですが、『ボーグ』の力は此方を遥かに超えていますね」

 

 展開したオペレート―シートに座っているルリは、周囲に表示される様々な情報を読み解きながら嘆息する。たった一隻の『ボーグ・キューブ』」を相手に、アルファ宇宙域の一大勢力である惑星連邦の迎撃艦隊が二度も壊滅状態にされたのだ――そんな『ボーグ・キューブ』を三隻も相手にして、勝算など最初からある訳がない。

 

 故に『ナデシコD』の艦長ミスマル・ユリカは、鬼札を切る――各分離艦が『ボーグ・キューブ』に肉薄して、ドローン同士が行っている亜空間通信へのアクセス・ポイントへの中継ポイントとして距離を維持しつつ『ニューロ・トランシーバー』を組み込んだ『ナデシコC』の『オモイカネ』のハッキングのサポートを行い、一気に四隻の『キューブ』全てを掌握する――火星圏のシステム掌握という離れ業を成し遂げたオモイカネとホシノ・ルリの妙技をもう一度、という訳だ。

 

 だが、この作戦にも欠点がある。首尾よく全ての『キューブ』を掌握できれば良いが、一隻でも逃せば反撃を受ける可能性があると言う事だ。データーベースの情報によれば、『ボーグ』の集合意識の各コマンドは強固な防壁が施されており、掌握しても戦力としては期待できない――故に基本この作戦は『ボーグ・キューブ』が全艦揃うまで、『ナデシコC』は『クローキング・デバイス(遮蔽装置)』で姿を消して戦闘宙域の外で機会を伺う筈であった。

 

「α艦より入電、『プランB』に移行との事です」

 

 ウィンドウに表示される情報を読み解いて戦況は此方が不利かと思い始めた矢先に、α艦を指揮するミスマル・ユリカから『プランB』へ移行するとの連絡を受けてルリは速やかに『プランB』を遂行するべく指示を出した。

 

「全艦、警戒態勢。これより『プランB』に従い、この宙域に居る『ボーグ・キューブ』群を掌握します」

 

 『プランB』――『ボーグ・キューブ』が全艦揃わなかった時に、戦闘宙域に居る『キューブ』だけでもシステム掌握を行い、掌握した『キューブ』を盾に残りの『キューブ』を掌握するというものだ。

 

 『クローキング・デバイス(遮蔽装置)』を解除して通常空間に姿を現した『ナデシコC』は、増設された亜空間通信機を起動するとシステム掌握を行うべく、オペレーション・シートに座るルリの周りに浮かぶウィンドウが目まぐるしく変わる。

 作戦通りに三隻の『ボーグ・キューブ』の周囲で戦闘を行っている各分離艦を中継点として四隻同時に掌握を行う――『キューブ』一隻に十万人前後のドローンが乗船しており、彼らの集合意識もそれに見合った規模になる。

 

 彼らの意識を結び集合意識を形成する為の基盤である意識を繋ぐ亜空間周波数は判明しており、『オモイカネ』型コンピューターの祖である『ナデシコC』の『オモイカネ』と前ナデシコ時代から“彼”をオペレートしてきたホシノ・ルリは、分離艦に搭載されている『オモイカネ』から株分けされた同型コンピューターとオペレーター達と共に、増設された亜空間通信機を用いて未知の亜空間の海へと乗り出す。

 

 亜空間とは、一口で言って我々の通常の物理法則が通じない時空連続体といえる。亜空間はどこかの「特定の場所」ではなく、どこにでも存在しうるのである。通常の物体のまわりにも検出されることもあるし、通信は亜空間を通して行われているし、人工的に作り出す事だって出来る――超新星など、大量のエネルギー放出があれば、必ず亜空間が存在しているといわれる。

 亜空間の内部では相対性理論は通用せず、質量までもが小さくなるという信じ難い事象が観測され、ワープ航行船のエンジンは我々の空間と密接に結びついた亜空間フィールドを<船の外部に>作って船を包むのである。

 

 そんな既存の理論の通用しない亜空間内を通して、ルリと『オモイカネ』は『ボーグ・キューブ』内に存在する集合意識の外側へと到達する。亜空間内にも存在する雑多なノイズをシャットアウトして『ボーグ』以外の全てを弾くファイア・ウォールが存在していたが、古代火星文明の研究から生み出された『オモイカネ』にとっては突破出来ない程ではなく、宇宙基地のデーターベースの資料や、当事者である『エンタープライズ』のデーター少佐の協力もあり、アクセスは比較的安全に行われた。

 

「……これが『ボーグ』の集合意識――なんて整然として無駄のない配列」

 

 『オモイカネ』を通して映るのは、千年以上研鑽された『ボーグ』の集合意識。あまたの文明を取り込み、常にバージョン・アップを行い、機能的に洗練された無駄のない配置――事前情報通りに、『ボーグ』の集合意識はコマンドごとに別れており、必要に応じて遂行されるようになっている。防御・通信システム・ナビゲーションなど重要なコマンドはセキュリティが高いと聞いているが、防壁を突破すると同時にやる事がある――各分離艦からのデーターリンクを行った際に気になる報告があった。三隻の『キューブ』には、探し人であるテンカワ・アキトの姿がなかったと言うのだ。

 

 所在不明である残りの一隻に乗船していれば良いが、『トランスワープ・ハブ』が稼働状態になった以上、彼らの故郷たる七万光年離れたデルタ宇宙域に言っているとなれば捜索は絶望的となる。デルタ宇宙域には何千と言う『キューブ』が存在しているという。そんな中で一人の人間を探し出すなど、砂漠の中から一粒の砂を探すようなものだろう。

 

「『オモイカネ』、検索してください――キーワードは『アキト』です」

 

 『ボーグ』の集合意識の中でテンカワ・アキトの足跡を探せば、彼が今どこに居るのか判明する可能性が高い。そう考えて『オモイカネ』に集合意識内を探らせている時に、突然向こうからアクセスがあった。

 

『“それ”は前に見た』

 

 


 

 

 強大な『ボーグ・キューブ』を相手に、各分離艦は一進一退の攻防を繰り広げていた。豊富な武装を持つ『キューブ』に不利な接近戦を行い、『ナデシコC』からのシステム掌握の中継ポイントとして常に『キューブ』と近距離をキープするというのは、ナデシコ・クルー特に操舵士に多大な心労を与えていた。

 

 

 『ナデシコD』 α艦 第一艦橋


 

 

「四時の方向より魚雷多数接近!」

「ミナトさん!」

「主舵一杯。なんとー!」

 

 センサーにて『キューブ』の動向を探っていたクルーよりの警告を受けて、操舵席に座るミナトの妙技によって直撃弾は最小限に抑えているが、メイン・ビューワーの左側を『キューブ』の発射した光子魚雷が通り過ぎると次の瞬間に第一艦橋が激しい振動に見舞われる。

 

「シールド、70パーセントに減衰!」

「みんな、ここが堪え所だよ、がんばって!」

 

 『キューブ』からの猛攻にナデシコ・クルーの間にも疲弊の色が見える。

 だが事態は彼らに非情であった。

 

「――あうっ!?」

「――ジャスパーちゃん!?」

 

 新設されたオモイカネ型ゴンピューター『アズサミ』のオペレートを行っていたジャスパーが、突然悲鳴のようなものを上げて失神してしまい、驚いたユリカは即座に駆け寄りジャスパーの容態を見るが、完全に意識を失ってぐったりとしている。

 

「……一体、何が?」

「……激しいショックを受けて意識がブラックアウトしたようね」

「ユリカ。そいつは突然大容量のデーターを送り込まれて、目を回しているだけだ……ふん、“アレ”と一緒に位相空間に乗り込んできたくせに情けない」

 

 戸惑うユリカに、同じく診察するべく来ていたイネスが容態を診察しながら答え、傍まで来ていたソフィアが冷めた目をしながら悪態をつく。そんなソフィアの様子に窘めようとしたユリカだったが、事態は更に悪化する――突如としてα艦全体に激しい衝撃が走って艦橋要員がそれぞれのシートに掴まるが、中にはシートから投げ出される者も居た。

 

「―――ゴメン、捉まった!?」

 

 操舵席で必死に『ボーグ』からの攻撃を躱していたミナトだったが、突然幾つかのスラスターが制御不能となり、奇跡的なほどの操縦の妙技を以て『ボーグ』の猛攻を凌いでいた彼女と言えど、船がまともに動かなければ妙技も意味をなさずに『ボーグ・キューブ』のトラクタービームに捉まってしまったのだ。

 

「『アズサミ』のシステムがダウンした影響で各システムに障害が発生しています!」

「相転移炉出力低下! シールドが維持出来ません!?」

「――構造維持フィールドのパワーを回して!」

「ダメです! 全てのパワーが消失。兵装システム、航法システムも機能不全を起こしています!」

「……送り込まれた大量のデーターの中に悪質なモノも含まれていたようね。システム掌握の中継点をしていた『アズサミ』の機能に幾つかの障害が出て、それが艦内のシステムに悪影響を及ぼしているのね」

 

 その障害の中に各部スラスターの制御プログラムも含まれていたのだろう。華麗とも言える手さばきで各部スラスターを操作して『キューブ』の攻撃を避けていたミナトだったが、突然スラスターのコントロールが乱れたその一瞬のスキを突かれて『キューブ』のトラクタービームに捉まって船体を完全に固定されてしまい、武装や防御シールドもダウンしてしまう。

 

「……イネスさん。『アズサミ』に障害が出たとしても補助システムがバックアップする筈ですよね? なのにここまで脆いなんて」

「……此方のシステムの弱点を的確に突かれたようね。まるで手の内を知られているようだわ」

 

 四隻の分離艦もそれぞれ『ボーグ・キューブ』の放つトラクタービームに掴まり、頼みの『ナデシコC』もシステムに障害でも起こったのか推進力を失って漂流を始めている。恐らくシステム掌握の基点となった『ナデシコC』のメイン・コンピューターである『オモイカネ』も、『アズサミ』同様に大量のデーターの中に含まれていた“悪質なモノ”ウイルスによってシステム障害が起こったのだろう――しかも悪い知らせは続く。

 

「――他の分離艦も、システムに不調をきたした隙を突かれて『キューブ』のトラクタービームにより行動不能になったようです」

 

 他の分離艦まで容易く捕らえられたこの状況を見れば、作戦は失敗。『ボーグ』の方が一枚上手だった。3年の時をかけて再建した『ナデシコD』は、彼らの力の前には無力だったと言う事になる。α艦の第一艦橋内では絶望的な状況に誰もが顔色を悪くしている中、艦長であるユリカは項垂れるクルーを必死に鼓舞していたが、更に最悪な報告がもたらされた。

 

「――分子雲に変化があります! 何かが、巨大な何かが分子雲を掻き分けて此方に近づいてきます!」

 

 チャフの影響で未だセンサーが不調の中、非常用のパワーで周辺を監視していた観測班からの報告を受けてメイン・ビューワーに変化があった宙域が映し出される――渦巻く分子雲を掻き分けて巨大な人工物が姿を現す、それは雑多な部品で構成された壁であった。それは遭遇した数多の航宙艦を切り刻んで自らの船体を構成していた。それは、数多の絶望を飲み込んだ『キューブ』であった。しかも“それ”は他の『キューブ』と異なり表層に装甲版が取り付けられており、明らかに戦闘に特化していた――その名は、

 

「……『クラス4・戦略キューブ』」

 

 メイン・ビューワーの画面一杯に映る『戦略キューブ』の無気味な姿に、乾いた声で呟くユリカ。その巨大な姿に誰もが声を失い、分離した『ナデシコD』の各分離艦をトラクタービームで捕えた『キューブ』群に半ば包囲された状況の中で、重苦しい雰囲気が支配する第一艦橋で打開策を思案するユリカだったが、突如として視界に白い霞のようなものが掛かる。

 

「――これって、転――」

「艦長!?」

 

 それは誰の声だったのか、ナデシコ・クルーの精神的支柱とも言えるミスマル・ユリカの身に起きた異変に気付くも、何も出来ずに白い光に包まれて消えゆく彼女をただ見ている事しか出来なかった。

 

 




 どうも、しがない小説書きのSOULです。

 全てを掛けて挑んだ結果、壁は高かった。
 転送で拉致されたユリカ達はどうなるのか?

 次回 第四十九話 LITTLR・QUEEN
『クラス4・戦略キューブ』の奥底で、ユリカとルリは彼女と相対する。

 では、また近いうちに。


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第四十九話 LITTLR・QUEEN

 

 『クラス4・戦略キューブ』内

 

 白い霞のようなモノが晴れた後にミスマル・ユリカが思った事は、まず熱いという感覚だった。周囲は暗く周りの様子が良く分からない。そして気温が高く、湿度も高い様だ……肌で感じる感覚から、どうやらナデシコから転送されたようだ。こんなに蒸し暑い環境設定にしていたら各部署から苦情が入るだろうから。

 

「……ここはどこ? って考えるまでもなさそう」

 

 前方から人影らしき姿が見えて、その異様な風貌が露になってくる……全身を黒いプロテクターで覆い、身体の所々を機械に置き換えた灰色の皮膚をした異星人――『ボーグ・ドローン』の姿を見て、ユリカは“此処が何処か”理解して乾いた笑いを浮かべていると、ドローンは通路の曲道で曲がって姿が見えなくなって暫くして小さく吐息する……資料によれば『ボーグ』の興味は科学技術であり、よほど有益な特性を持っていなければ人間には興味を持たないとされている。

 

 知識では分かっていても、突然拉致されて一人で敵艦の中に放り出されれば不安になるのも仕方がないだろう。そんな不安を必死に押し殺して、何か行動を起こそうとした矢先に彼女を拉致した白い光が現れて、消え去った後には小柄な人影が倒れ伏していた――銀色の髪を両サイドで纏めた彼女と同じデザインの制服を着た少女。

 

「――ルリちゃん!?」

 

 床に倒れ込んでいたのは、『ナデシコC』で指揮を執っているはずのホシノ・ルリであった。思わず駆け寄って床に倒れているルリを抱き起して彼女の状態を確認する……脈も呼吸も一定のリズムを刻んでおり、気を失っているだけのようだ。

 

 彼女の名を呼び頬を軽く叩いて覚醒を促すと、暫くして意識が戻ったようで身動ぎしながら瞼が開いて金色の瞳がユリカを見つめる。

 

「……ユリカさん?」

 

 未だ意識が覚醒し切れていないのか、状況を理解できずに何故別の艦にいるはずのユリカがここにいるのかと不思議そうに見上げていたが、完全に覚醒すると身体を起こして周囲を観察して状況を理解する。

 

「……此処は『ボーグ・キューブ』の中ですか?」

「……多分、それも最後に出てきた『戦略キューブ』の中だと思う」

「『戦略キューブ』?」

 

 疑問の声を上げるルリと情報交換をすると、彼女はシステム掌握を遂行中に、突然大量のデーターを送り込まれて意識を失ったと言う。

 

「――それじゃ、システムダウンによりシールドが下がった隙を突かれて転送ビームで拉致された訳ですか」

「……今頃、α艦も『ナデシコC』も大騒ぎになっていると思うよ」

 

 事態の深刻さに途方に暮れるユリカ。その時、薄暗い通路の先から重苦しい足音が聞こえてくる。先程とは別のドローンが此方に近付いて来る――思わず身構える二人の傍まで来たドローンは、二人の前で立ち止まると口を開いた。

 

『お前達を連行する。抵抗は無意味だ、大人しく従え』

 


 

 突然現れたドローンに先導されて、ユリカとルリは薄暗い無気味な通路を歩いている。逃走しようにも続いて現れた別のドローンに後ろから監視され、薄暗く所々で光る緑色の光源により辛うじて先が見えるが長く続く通路が冥界へと続く道のように思えて、ユリカとルリは込み上げてくる恐怖心を必死で押し殺して歩いていく。

 

 暫く歩くと通路の先に金属の壁が見えてくる。何故こんな突き当りに来たのか訝しむ二人を尻目に、先頭のドローンは突き当りの壁まで歩いていき、どうするつもりかと疑問に思う二人の前で大きな壁が音もなくスライドして行き、先頭を行くドローンはスライドして出来た入り口の中に入って行く。逡巡する二人だったが、後ろのドローンに中に入るように促される。

 

「……行こうルリちゃん」

「……はい、ユリカさん」

 

 覚悟を決めた二人は壁が退いて出来た入り口の中に入る――その先にはかなり広い部屋になっていた。無機質な金属で囲まれて壁には無数の幾何学模様が表示されており、何かのモニターとなっているようだ――そんな幾何学模様が映る壁を観察していた二人の視線が壁の一点に注がれる。

 

 この部屋の中に置かれたただ一つのアルコーヴ。機械とのハイブリッド生命体である『ボーグ・ドローン』は移植器官によって長期間、住居、食物や水、空気等を得なくても機能できる。そんなドローンにとって唯一必要とされたのが、有機体の部分を維持し移植器官を維持するために必要なエネルギーの供給の行う再生サイクルに必要な物がこのアルコーヴであり、『ドローン』はここで休息している。

 

 そしてこの部屋ただ一つのアルコーヴにて眠るのは、他の『ドローン』とは造詣の違う黒いプロテクターで身を包み、顔の半分が隠れるような大きなバイザーを掛けたヒューマノイド。

 

「……アキト」

「……アキトさん」

 

 頬の部分より伸びた機械部分がバイザーに繋がって彼の弱まった視覚を強化しているようだ。それだけでなく、右耳から頭部にかけて覆っている金属部分は失われた聴覚を補助し、愛用のプロテクターの四肢にはアシスト機能を持つ補助具が備え付けられており、テンカワ・アキトの姿は以前と変わらないようで確実に変貌している。

 

 何故彼だけがこんな運命を歩んでいるのだろう? 大義を語る者達に良い様に弄ばれ、寿命を削りながら運命に抗い、異郷の地でも運命に翻弄される。改めて変貌したテンカワ・アキトの姿を見たユリカとルリの心痛は如何ほどばかりか。

 

「……お願いアキト、目を覚まして。貴方の声を聴かせて」

「……ユリカさん、気持ちは分かりますが危険です。今のアキトさんは『ボーグ』です」

 

 変わり果てた彼の姿を目の当たりにしたユリカは、瞳に涙を浮かべながらアルコーヴに向けて一歩踏み出そうとしたが、同じく悲痛な表情を浮かべたルリに腕を掴んで止められ。瞳から一筋の涙が流れた。

 

 近付けば危険だが、それでも離れがたい様子な二人はアルコーヴの前から離れる事が出来ずに、ただ時間が流れていく…そんな中、ルリはふと気付いた。バイザーに隠れていないアキトの顔には生気と言える物が感じられないのだ。『ボーグ』のナノプローブにより灰色の皮膚に変貌している事と相まって、テンカワ・アキトの精巧な彫刻を見ているような気分になる。

 

「……変です。おかしいです。これじゃ、まるで――」

 

 アルコーヴに繋がれたアキトの姿を見ていたルリは、何かに気付いたが言い淀む。微動だにしない身体と生気のない表情、彼を囲む無機質な金属の光を見て連想したモノ――まるで棺桶の様ではないか。

 

「……ルリちゃん」

「……ユリカさん」

 

「……これがアキトの現状、驚いた?」

 

 想定外の事態の末に、思い人の思わぬ姿に途惑っていると、第三者の声が聞こえてくる。声のした方向に視線を向けると、そこには見たこともない異星人を素体とした二体のドローンを従えた小柄なヒューマノイド・タイプのドローンの少女の姿があった。

 

 


 

 『ナデシコD』 α艦 第一艦橋

 

 彼女――ジャスパーが目を覚ました時、艦橋内は喧騒に包まれているようだった。鈍く痛む頭を押さえながら体を起こすと、掛けられていた白い布――白衣が落ちる。

 

 何が起きたのか? 痛む頭を振りながら、意識を失う前の事を思い出そうとするジャスパー……『ナデシコC』を起点にした分離艦四隻のオモイカネ型コンピューター群により『ボーグ・キューブ』に対するシステム掌握を仕掛けるも、結果は失敗に終わったばかりか逆に送り込まれた大量のデーター―によりオモイカネ型コンピューターが機能不全を起こし、自分はその呷りを食らって無様にも気絶してしまったようだ。

 

 ここまで逆襲されるとは、まるで手の内を知られているかのように此方のセキュリティの脆弱な部分を突かれた……まるで普段から『オモイカネ』型コンピューターを使い慣れているかのように……そんな事を考えていたジャスパーだったが、艦橋内が緊迫した雰囲気に陥っている事に気付いた。

 

「艦長の行方を特定出来ないの!?」

「――ダメです。システムダウンの影響で大部分のセンサーが機能を停止して探査能力が通常の五パーセントを下回ってて感知出来ません!」

「――何でこんな事になるのよ!?」

 

 操舵士のハルカ・ミナトが焦った様子で問い掛けるが、機能不全を告げる返答に苛立ちを募らせているようだ。見ればコンソールの大半は沈黙しており、『オモイカネ』型コンピューターのフリーズの影響を受けているようだ……艦の機能を回復しようと躍起になっているクルー達の会話にとても不穏な単語があり、ジャスパーは恐る恐るといった感じで声をかけた。

 

「……あの、ユリカ艦長は?」

「――あら、起きたの? 丁度良いわ、人手が足りなくて困ってたの。艦の機能を復旧させるのを手伝いなさいな」

 

 ジャスパーの声に最初に反応したのは、近くのコンソールを操作していたイネス・フレサンジュであった。せわしなくコンソールを操作しながら此方を見もせずに一方的な物言いに、彼女もまた余裕がない事を伺わせた。

 

 掛けられていた白衣を畳んで脇に置いたジャスパーは立ち上がるとイネスの操作するコンソールの隣へ行き、輝きを失った黒いコンソールを再起動すべくタッチパネルを操作する……再起動の手順を進めて行くと、やはり『オモイカネ』型コンピューターが大量の情報を送り付けられて機能不全を起こした影響が艦全体に及んだようだ。エラーを起こしてフリーズした個所を迂回して、影響を受ける前にシャットダウンした正常なシステムを再起動して他の正常なシステムと連結すると、エラーを起こしたシステムを調整して全体の機能を取り戻しながら、ジャスパーは気を失っていた時に何が起きたのかイネスに問い掛け――そしてミスマル・ユリカが拉致された事を知るのだった。

 

 

「……なんでそんな事に」

「……システムダウンの隙を突かれたとしか言いようがないわね。艦を守るシールドも影響を受けてダウンした状況なら、『ボーグ』の転送ビームを防ぐ事は出来ない――敵のセンサーの性能が此方の想定以上の性能を持っていて、個人単位で識別できるようね」

「何を呑気に解説しているのよ!」

 

 冷静にジャスパーに状況を説明するイネスの姿に怒りを爆発させるミナト。だがイネスは、そんな彼女の怒気など気にせずに近くのコンソールに着くとパネルを操作して周囲に投影型ディスプレイが幾つも展開させる。

 

「――ちょっと、聞いてるの!?」

「うるさいわね、ちょっと静かにしてくれる」

 

 イネスの物言いに柳眉を逆立てて更に言い募ろうとしたミナトだったが、イネスの顔が真剣そのものであり横から覗き込んでいるジャスパーも真剣な表情で周囲に投影されたディスプレイを見ている事に気付いた。

 

「……一体何をしているの?」

「……状況からして、艦長は前方の装甲に包まれた『キューブ』に拉致された筈よ。装甲によほど自信があるのか、それとも此方を大した脅威ではないと舐めているのか、シールドすら張っていないこの状況なら生き残っているセンサーを使って艦長を探せるかもしれないわ」

 

 イネスの説明によれば、並行世界から転移した影響からか、この世界の人類と彼らでは太古に感染したレトロウイルスに差異があり、それを利用して探索すると言う。

 

「……じゃあ、そのレトロウイルスの違いを利用して?」

「……けど、イネス先生。一隻の『ボーグ・キューブ』には十万人以上のドローンが存在しているんでしょう? その中からたった一人を探すなんて、もの凄く困難だと思うんだけど?」

「……そこは問題ないわ。惑星連邦で標準装備されている転送装置には、分析モードと言う物があってね」

 

 強大な航宙艦を惑星上に降下させるには多大なエネルギーを消費し、不測の事態に陥った時に不利になる。なので連邦航宙艦は乗員や必要な物資を非物質化して転送ビームに乗せて遠隔地に送り、受信地点で再び物質化すると言う物である。

 

 分析モードとは、転送により艦内へと招き入れる際に危険なウイルスや病気を持っていないか、申告された以外のモノ――武器や爆発物を所持していないか確認する物である。

 

「分析モードを使用して、レトロウイルスの僅かな差異を目標に転送ロックを掛けて此方に転送収容する……本来はアキト君を探す目的で確立した技術だけどね」

 

 話している間にもイネスは、せわしなくコンソールを操作して次々に情報を投影型ディスプレイに表示していく。『ボーグ・キューブ』の艦内には、多種多様な異星人をベースにした『ドローン』――同化によって『ボーグ』となった犠牲者達がいる。『キューブ』一隻には十二万九千人以上のドローンが乗り込んでいると言われており、その中で特定の人物を探すと言うのは非常に困難であり、α艦の機能がマヒしている現状で生き残っているセンサーも僅かしかなく、捜索をより困難なものにしていた。

 

 見ればイネスの額に汗が流れ、エキゾチックな風貌と共に“マッド・サイエンティスト”を彷彿させるつり眼がより険しくなっている。その様子を見たミナトは、普段は飄々として特定人物以外には興味がないような姿勢を見せる彼女が、ミスマル・ユリカを捜索するのにここまで真剣になるとは思ってもいなかったのだ。

 

 そしてシステム掌握の基点となった影響か、艦の制御系だけでなく通信設備までダウンした『ナデシコC』より航法灯を利用した発光信号により更なる凶報が齎される――艦長であるホシノ・ルリが転送によって拉致された事が知らされたのだ。

 

 他の分離艦にも確認を取ったが、拉致されたのはミスマル・ユリカとホシノ・ルリの二人だけで他に所在不明な乗員はおらず、一体何が目的でこの二人だけを拉致したのか? α艦の中に重苦しい空気が流れる中で突然通信士が前方の『キューブ』から通信が入った事を告げて、クルー達の中に緊張が走る――メイン・ビューワーに『キューブ』から送信された映像が映し出された。

 

 『ボーグ』の艦内と思われる薄暗い部屋の中に、仄かな緑の光に照らし出されてミスマル・ユリカとホシノ・ルリの姿が浮かび上がっていた。一応は無事な姿に安堵のため息が漏れるが、映像の中の二人の表情が強張っており、何か酷くショックを受けているようだ。

 

『……お願いアキト、目を覚まして。貴方の声を聴かせて』

『……ユリカさん、気持ちは分かりますが危険です。今のアキトさんは『ボーグ』です』

 

 悲痛と言っても過言ではない悲し気な表情を浮かべて懇願するかのように言葉を繋ぐユリカは前に進もうとするが、同じく悲し気な表情を浮かべるルリに腕を掴んで止められていた……彼女が進もうとした先――緑色の照明に照らされた壁に一人の男が眠っている。

 

 メイン・ビューワーを見ているクルー達は、最初その壁に男がいる事に気が付かなかった。顔の大部分を覆う黒いバイザーや、頬から肉を割いて出た機械が顔の半分を覆うほど増殖して、古傷の目立つ黒いプロテクターにもアシスト機能と思われる装置が付いた馴染み深い男(アキト)――壁を縦横無尽に走る剥き出しの金属の管に囲まれたアキトの身体には以前にも増して金属の部分が増殖しており、まるで工場の内部のような壁に備え付けられた機械の一部のようであり、よく見なければそこに“生命体”が居るとは分からない程に機械に埋没していた……そんな痛ましいモノを見る様に見ていたルリの金色の瞳が何かに気付いたのか大きく見開かれた。

 

『……変です。おかしいです。これじゃ、まるで――』

 

 

『……これがアキトの現状、驚いた?』

 

 ルリは何に気が付いたのか、固唾を吞んで見つめるナデシコ・クルー達は突然第三者の声が聞こえてきた事に驚き、ビューワーの中を探す。すると何時の間にか見たこともない異星人を従えた小柄なヒューマノイドの少女の姿があった――光の加減によって桃色にも見える特徴的な長い髪を持ち、ホシノ・ルリと同じ金色の眼をしていながらも作り物めいた光を湛えた冷徹な瞳。

 

 アキトが『ボーグ』に同化されて、大破したユーチャリスの艦内に姿が無かった事から半ば予想はしていた。そしてある人物から『ボーグ集合体』に取り込まれている事は聞いてはいたが、ここで出て来るとは思っていなかったイネスは呟くように少女の名を呼んだ。

 

「……ここで出て来るのね、ラピス」

「……アキト君をサポートしていたって言う女の子ね?」

 

 イネスの呟きを聞いたミナトが確認する。火星の後継者との決戦の折、彼女ラピス・ラズリの操る戦艦ユーチャリスは見たが彼女自身とは会う事は無く、テンカワ・アキトを取り戻す作戦開始前にネルガルの会長アカツキ・ナガレから開示された情報の中に記載されていた、テンカワ・アキトに保護されたマシン・チャイルドの少女――その少女が『ボーグ』のドローンとしてナデシコ・クルー達の前に現れたのだ。幼いながらも美麗な容姿をした少女が屈強なドローンを従えている。そのアンバランスな姿に誰もが言葉をなくしている状況の中で、彼女を凝視していたジャスパーは彼女のもう一つの字(あざな)を呟く。

 

「……『リトル・クイーン』! コイツが……コイツが居たから、私は……私達は、何度も、何度も……」

 

 内に込めた感情を抑えようとしながら、それでも抑えきれずに肩を震わせるジャスパーの姿を見たイネスは、その小さな肩に手を添えて落ち着くように諭す――何の為に映像を送り付けて来たのか知らないが、今は相手の目的を探る事の方が先決であるが故に。

 

 


 

 『ボーグ・クラス4・戦略キューブ』女王の間

 

 

「……貴方はラピス。やはりアキトさんと同じく『ボーグ』に同化されていたのですね」

「……この子がラピスちゃん。アキトが一番大変な時に、傍に居てサポートをしてくれたんだよね?」

 

 二体のドローンを従えたラピス・ラズリの登場に驚いたルリだったが、すぐさま冷静さを取り戻してユリカを庇うように前に出ると、己と同じく金色の瞳を持つラピスと向き合う……肌の色はナノプローブの影響で灰色に変わっているが、テンカワ・アキトと違って顔などの眼に見える所にはインプラントの形跡がなく、見慣れない黒いボディースーツを着込んでいる事以外は変化がない様に見受けられる。観察した所では、『ボーグ』の同化の影響は最低限であると思える……後は精神面への影響だが……。

 

「……『ボーグ』に同化された人は自我を失って集合意識へと接続される筈……けれど貴方もアキトさん同様に自我を保っているんですね。どういう方法ですか?」

 

 ルリとしては軽い牽制のジャブのつもりだったが、ラピスにより語られたモノは、想像よりもずっとおぞましいモノであった。

 

 

 




 どうも、しがない小説書きのSOULです。

 ついに出てきました、ピンクの悪魔(w 
 この悪魔は紅い槍なんで使いませんからね。

 次回 第五十話 悪魔の誘惑
 リトル・クイーンの口から語られるおぞましい思惑。


 では、また近いうちに。


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第五十話 悪魔の誘惑

 

 西暦2202年 7月 ペルセウス腕宙域

 

 突如起こった発光現象により未知の宙域へと飛ばされたユーチャリスは、態勢を立て直す時間もなく所属不明の巨大な立方体の船に遭遇して、一方的な同化宣言の後に放たれた強力な切断ビームにより船体に深刻なダメージを受けていた。

 

「……相転移エンジンが切り取られる……ゴメン、アキト……助けられなかった」

 

 重力子を利用したビームにより艦の制御が効かず、強力なビームにより船体を切断するという暴挙を受けても反撃すら出来ず、牽制の為にブラックサレナで出撃したアキトは敵巨大戦艦より放たれるビームの発射口の破壊を試みるが、ディストーション・フィールドよりも強力な防御壁に阻まれて失敗。別の発射口より放たれたビームに囚われて敵巨大戦艦の内部に取り込まれてしまった。

 

 もはや万策尽きたこの状況で何か出来る事は無いかと生き残っているシステムを探していたその時、ユーチャリスのオペレート・ルームに突然光の束が現れて光が収まると、そこには黒いプロテクターを着た灰色の皮膚を持つ男が存在していた。突然現れた男は、顔の側面に付いた機械の部分が点滅させながら周囲を見回すと、シートに座るラピスに向けてゆっくりと歩き出す。

 

「……イヤ、こないで」

 

 無言で近付いて来る男の姿に、何時か見た冷たい目をした男たちの姿を思い出して拒絶の言葉を向けるラピスだったが、男は意にも返さず近付きながら右手を上げると、先端から鋭利な二本の長針のような物を出す――そして男はラピスの目の前で左手を伸ばしてラピスの顔を固定すると、その白い首筋に向けて長針を突き刺した。

 

「……イヤ、やめて――あぁああああ!?」

 

 ラピスの悲痛な叫び声が響く中、注入されたナノプローブが血液中の赤血球を蝕み、血液の流れに乗って全身へと行き渡る――異物を混入された痛みで全身を震わすラピス。全身の肌がナノプローブに侵食された影響で灰色へと変貌していき、全身に行き渡ったナノプローブが体内で移植器官の形成が始まり、最初に形成された『ニューロ・トランシーバー』が集合意識へのリンクを始める……本来ならここで自我が消え去るのだが、IFS体質でありナノマシンとの相性が良い事と、木蓮との戦争で頭角を現したホシノ・ルリを超えるべく睡眠学習で知識を叩き込まれた事が幸いして、身体の中をめぐる異星人のナノプローブへ限定的なアクセスに成功して、辛うじて自我を守る事に成功していた。

 

 だが、それは思考を司る脳を守る事には成功したが身体の自由は効かず、ラピスの身体は意志に反してオペレート・シートから立ち上がり、ナノプローブを注入した男に従って彼が現れた地点へと歩いて行き、その場に待機していると突然緑色の光に包まれて、次の瞬間にはユーチャリスのオペレート・ルームから無数の配管の走る見知らぬ場所へと転移していた……未だ自我を失っていないラピスは、今の転移はボソン・ジャンプではなく未知の技術による転移だと思考する。

 

 配管が縦横無尽に張り巡らされている薄暗い通路をラピスは歩いて行き、やがて目的地である一室へと到達する。与えられた情報によれば、ここは成熟室と呼ばれているようだ。航宙艦や侵略した星の生命体を取り込んだ際に同化した未成熟の幼年体の成長を促進させる機能を持つルームだという……つまり、私は未成熟と見なされたと言う事なのだろうか? 言いようの無いムカムカした感情が湧き上がるが、今はそんな場合ではない。こうして自分が同化されていると言う事は、アキトもまた同化された可能性が高い。

 

 私はアキトの眼、アキトの足、アキトの手としてサポートをする事を求められ、自ら行うと決めた事である――彼を探さないと、成熟室にて待機を命じられて動かない身体……『ニューロトランシーバー』からの指令と偽装して体中に存在する『ナノプローブ』に停止を命令してようやく身体に自由が戻る。 

 未だぎこちない身体を動かしてラピスは近くにあった『ボーグ』仕様のコンソールに向かう……幸いにして使用方法はインストールされている。コンソールを操作して、新しく同化された生命体を検索すると程なく結果が出た――それを見たラピスは成熟室を出て、壁にぶつかりながらも薄暗い通路を走りだした。

 

『同化した生命体はドローンの素体として不適切であり、廃棄処分とする』

 

 


 

 

 薄暗い通路を必死に走るラピス。時折機械に侵食された目が三つある異星人や、壁に備え付けられた機械の中で眠る岩のような皮膚をした異星人などと遭遇したが、誰もラピスに視線を向けずに眠ったままか通り過ぎるだけであった……しばらく走り続けたラピスは目的地へと到達する。

 

 大きな扉に区切られた一室――同化処置室で各種ツールや機械化された手足を移植した後に不要となった生体部分や、機能障害を起こして廃棄処分となったドローンの廃棄場所へと続く扉を開いて中へと入るラピス。

 

 中に入ると据えた匂いが鼻に付く。その部屋の中には大量の壊れた機械や、生命活動を止めた様々な異星人の成れの果てが無造作に積み重なっていた……その光景はまさに地獄のようであるが、そんな死体の山に躊躇いもなく近づくラピス。

 

「……アキト…アキト…アキト……見つけた」

 

 廃棄されたのが最近であったからか、目的の男は死体の山の表面に遺棄されていた。特徴的なバイザーで覆われた顔は『ボーグ』のナノプローグによって灰色に変色して、プロテクターに覆われた手足は力無く垂れさがり、辛うじて呼吸はしているがどう見ても瀕死の状態にしか見えない。

 

「――アキト、アキト、アキト」

 

 死体の山をよじ登って瀕死のアキトの傍に行くと、力無く横たわるアキトに呼びかけるが反応はない……突然の転移の前に、『ナデシコC』と対峙している時にイネスの言った言葉――アキトの身体が限界を迎えていると言う事実。『ボーグ』に同化された事が彼の弱った身体には致命傷になったのだろう。

 

「……アキト、目を覚まして……アキト」

 

 火星の後継者の襲撃から救われた後、彼のサポートをしながら行動を共にしていた……諜報と謀略そして火星の後継者の拠点と思われる地点を割り出しては襲撃を掛ける日々。それは決して楽しい日々とは言い難い物であったが、すっかり寡黙になり日常生活でも殆ど喋らないアキトが、ふと思い出したかのように武骨になってしまった手でラピスの桃色に髪を優しく掬って、恐る恐る力加減を間違えない様にしながら頭をなでるその瞬間が何よりも好きだった。

 

 だがその武骨な指も力を無くして垂れ下がり、時折に弱弱しい呼吸をする姿が彼の死が近い事を否応なく告げる……自分に出来る事は何もなく、組み込まれた『ニューラル・トランシーバー』を用いてアキトを救う方法を検索するが、同化されたばかりの自分では重要施設の使用権限は低く、彼を延命させる方法は見つからない。

 

 ラピスは徒労感に身を縮めて、ただアキトの顔を見つめていると不意に聞きなれぬ声が響いた。

 

「奇妙な体質を持つ生命体が居ると報告を受けたが、お前か?」

 

 何時の間にか屈強な『ドローン』を従えた女性型の『ボーグ』が死体の山の前に立っており、瀕死のアキトの傍に座るラピスを興味深そうに見ていた。

 

「ナノプローブを打ち込まれながらも自我を失わないとは面白いな……その体質は生来のモノか?」

 

 死体の山を登りながら女性型の『ボーグ』は問い掛けるが、ラピスは何の反応も見せない。そうしている内に女性型『ボーグ』はラピスの隣まで登ると、視線をラピスが見ているモノ――力無く横たわるアキトへと向ける。

 

「……この者は、お前の大切な者か?」

 

 膝を折ってラピスの隣に屈むと、女性型『ボーグ』はしげしげと身動き一つしないアキトを見る。

 

「……これは酷いな、大量のナノマシンが特に頭部に集中して投与されている。まあ、そんなモノはナノプローブによって同化されているがな……しかし長期間脳を圧迫されていたのだろう、これではまともな脳活動など無理であろうな」

 

 今更分かり切った事を言って何になると言うのか、うるさい雑音に煩わしさを感じつつも、ラピスは己の内にある『ニューラル・トランシーバー』を用いて集合意識の中でアキトを救う方法を探すが、主要なコマンドの多くがガードされてラピスではアクセス出来なかった……無力感に苛まれながらも、それでもアキトを救う方法を探そうとしたその時、女性型『ボーグ』の呟きが耳に入った。

 

「……だが『ボーグ・テクノロジー』ならば回復可能だ」

「…………ホント?」

 

 思わず問い掛けるラピスに女性型『ボーグ』は初めて視線を向ける――その瞳は絶対の自信に満ち、不可能などねじ伏せる強者の風格が備わっていた。

 

「当然だ。『ボーグ・テクノロジー』ならば身体を蝕むナノマシンを制圧して、損傷した細胞を回復させる事など造作もない」

「――じゃあ、アキトを助けて!」

 

 願いを口にするラピスに、女性型『ボーグ』は膝を折って屈むと視線をラピスに合わせる。

 

「それにはお前の力が必要だ」

「……私の?」

「脳の神経細胞を再生しても、人格までは再生出来ないのだ」

「……人格?」

 

 脳の神経細胞を再生しても、それまで形成されていた神経ネットワークまでは再生出来ず、白紙の状態での再生となる。そこには人格――人を人たらしめるモノは無く、ただ本能に突き動かされる動物としての存在でしかない。

 

「再生された脳は、データーの無い白紙のようなモノ……では、どうするか? データーが無いなら他所から持ってくるのだ」

 

 そこで女性型『ボーグ』は『悪魔の選択』を迫る。

 

「これまでにこの生命体と共にあった者達からこの男の人格のデーターを転写する、そうすればこの男は回復するだろう」

「……転写、どうやって?」

「――同化するのだ」

 

 この男も瀕死の状況とは言えナノプローブを投与されており、『ニューラル・トランシーバー』は抜かれているが再装着は可能。ならば、この者を良く知る者達を同化して集合意識にリンクすれば、その者達の記憶からこの生命体――テンカワ・アキトに関する記憶を抜き出して複写する事も可能である。

 

「……そんな事を……」

 

 女性型『ボーグ』の提案に逡巡するラピス……そんなラピスの様子を見た女性型『ボーグ』は立ち上がる。

 

「同化は悪ではない。同化された彼らは、これまでの矮小で利己的な暮らしを終えて偉大な目的のために生まれ変わった。我らは、彼らを混沌から秩序へと導いたのだ」

 

 緑色の光に照らし出された女性型『ボーグ』の表情は自信に満ちており、威風堂々としたその姿勢はある種のカリスマすら感じさせる――女性型『ボーグ』はさらにラピスに語り掛ける。

 

「お前の記憶は知っている。知識欲や名誉そして支配欲などという、取るに足らない物に毒された者どもが起こした騒乱に翻弄されてきたのであろう? 我らは違う。様々な種族の優れた特性や技術を取り入れて、より完全な生命を目指しているのだ。そして同化も見方を変えれば、我らの一員となる事で共に完全な生命になる事を目指せるのだ、悪い話ではないだろう」

 

 ラピスは今まで人との関わりが乏しく、誕生してから殆どの時間を実験と偏った教育にしか費やしていなかった――その弊害がここで露になる。突然未知の宙域に飛ばされた挙句に巨大な異星人の戦艦に襲撃されたこの異様な状況下の中で、唯一共に居たテンカワ・アキトが機能不全に陥っており、彼女は初めて自分だけで決断しなければならなくなった……隣にあるべき人がいない。それが彼女に言いようの無い寂寥感を感じさせて、小さな身体を身震いさせる。

 

「不安か? 恐れる必要はない。特異な性質を見せているとはいえ、お前は『ボーグ』だ。我ら『ボーグ』の力ならお前の望みを叶える事など容易い事だ――そしてお前に新たな“名”を与えよう」

 

 


 

 

 『ボーグ・クラス4・戦略キューブ』女王の間

 

 緑色の間接照明に照らし出された部屋で、ミスマル・ユリカとホシノ・ルリは『ボーグ』に同化されたラピスと対峙する。初めてラピスと出会ったのは地球の交通機関での一瞬であり、会話と言える物は電脳空間での僅かな会話だけであった。

 その彼女とまともに会話する機会が『ボーグ・キューブ』の中とは、ルリとしては会話する場所のチョイスに文句の一つでも言いたい気分であった。彼女の姿を見たのは一瞬であったが、長い桃色に輝く髪と陶器の様に透き通った白い肌を持つ人形じみた印象を受けたが、『ボーグ』に同化された影響で灰色に変化した肌と一層無表情さが増したその表情が、儚さと異質さを併せ持つこの世のモノとは思えない存在……幽鬼の如き威容を感じさせた。

 

「――そして私はアキトを復活させる為に、この『キューブ』と『リトル・クイーン』の名を貰った」

 

 ユリカとルリは淡々と話すラピスを見ながら、高尚な理念を持っていても最初のボタンを掛け間違えるとここまで醜悪になるのかと怒りを通り越して呆れた。

 

 『ボーグ』にとって『同化』とは、様々な種族の生物的に優位な特性や自身にとって有益な科学技術を取り込んで完全な生命体へと進化するツールでしかない。最初は様々な種族より自身に有益な物を学び取り込んでいた筈なのだが、それが何時しか集合体の完全性を常に求めるだけになり、完全性を満たすために他の種族を力づくで『同化』することが唯一の目的となった。

 

 『ボーグ』が『同化』する際には、個人ではなく種族全体を対象としており、そこには相手種族の意思など関係なく機械的に行われて、犠牲者の意思はまったく考慮されずに尊厳を踏みにじられて、集合意識に組み込まれると言う――故に『ボーグ』は様々な種族より恐れられている。

 

 ラピスが自我を保っていた事には驚いたが、彼女の話を聞くに『ボーグ・クイーン』に良い様に丸め込まれたようだ。今まで知られている『ボーグ』の行動から考えるに、彼らの目的はこのアルファ宇宙域の最大勢力である惑星連邦の同化だろう。

 

 しかし、ならば何故ラピスという連邦に縁も所縁もない人間に名を与えたのだろうか? 第一次『ボーグ』の侵攻の折に、当時『エンタープライズD』の指揮を執っていたピカード艦長を拉致して同化し、『ボーグ』の代弁者『ロキュータス』として惑星連邦の航宙艦隊と戦いを有利に進めたと記録にあったが、ラピスにはそんな利用価値はない筈である。

 

「ねえねえ、ルリちゃん」

「……何ですか、ユリカさん?」

「……ラピスちゃんが代弁者に選ばれたって、私達に向けてじゃないかな?」

 

 思考の海に沈んでいたルリは、顔を寄せたユリカが小声で囁いてきた内容にピースがかみ合う感覚を感じた。『ボーグ』は自分達に有益と判断した科学技術を同化すると言う。だが放棄された宇宙基地に流れ着いてそこに保管された『ボーグ』に関するデーターを読み漁る内に気付いたのだ。

 

 『ボーグ』は優れた種族的特製や科学技術を持つモノを同化するが、自分達より劣るモノは歯牙にも掛けずに無視する――ならば何故恒星間航行能力を持たないユーチャリスは『ボーグ』に同化されたのか? 答えは動力源として使用していた相転移エンジンのみが彼らのお眼鏡に叶ったのだろう……その結果が大破して相転移エンジンを抜き取られたユーチャリスの無残な姿だったのだ。

 

「――つまり、私達はまんまと誘き出されたという訳ですか」

「正解。相転移エンジンは私達『ボーグ』に取ってもオーバー・テクノロジーの塊だった。それを完全に同化するには大元である古代火星遺跡を同化する必要がある」

 

 だが古代火星遺跡は並行世界の太陽系にあり、転移事故に巻き込まれてこの世界に迷い込んだラピスには並行世界へと移動する手段は無く、転送事故の原因である『ナデシコD』を同化するべく攻撃を仕掛けたが、途中で所属不明の巨大戦艦の攻撃により手痛い敗北を喫して撤退するしかなかった。

 

「……だから私は『クイーン』にお願いして増援を送ってもらって戦力を整えた」

「……それが三年間も大人しくしていた理由ですか……そして戦力が整ったから、あれだけ派手に『ヤマト』や『エンタープライズ』を追い掛け回したんですね」

「『ナデシコD』 を放棄した後、ルリ達がどこに潜伏しているか分からなかったから、ならばルリ達が一番欲しいモノを囮にして誘き出そうと思った」

 

 ルリに答えたラピスが視線を壁のアルコーブに向けるとアキトの身体に接続されていたチューブが外れて、機械に侵された身体が動き出してラピスの隣へと歩いて行くと視線をユリカとルリに向けて口を開いて語り掛ける……テンカワ・アキトの声で、テンカワ・アキトとは別の意思で。

 

「――お前達はアキトに固執している。ならばアキトの姿を見れば追ってくると思った」

「……アキトを操っているの?」

「……今のアキトさんの体内にはナノプローブが入っている……まさか、それを?」

「『ニューラル・トランシーバー』を再生成してリンクを確立し、集合意識ごしに身体を動かす。今の私にはそれが出来る」

 

 ショックを受けているユリカに代わり問い掛けるルリに、無表情のまま淡々と答えるラピス。

 

「予想通り、貴方達はアキトを追ってこの星雲に来た――此処なら、あの巨大戦艦が来ても戦える。もう貴方達に逃げ場はない―」

 

 そしてラピスは『ボーグ』の様式に沿って通告する――貴方達を同化する。抵抗は無意味だ、と。

 

 

 




 どうも、しがない小説書きのSOULです。

 ラピスは木蓮の外道に拉致されそうになった所をネルガルに救われ、以後単独で行動するアキトのサポートをしていた――つまり他者との関わりは殆どなく、彼女の情緒は赤子同然でしかなく、そこを悪魔に狙われた。

 そしてラピスこと『リトル・クイーン』率いる『ボーグ』の目的は、並行世界にある古代火星文明の技術-―その為に並行世界へのアクセスを可能にした『ナデシコ』の『同化』。

 次回 第五十一話 牙は未だ折れず
 艦のコントロールは奪われ、『キューブ』内部にて解体の時を待つ『ナデシコ』であったが、彼らは諦めてはいなかった。



 では、また近いうちに。


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第五十一話 牙は未だ折れず

 

  『ナデシコD』α艦 第一艦橋


 

『貴方達を同化する。抵抗は無意味だ』

 

 メイン・ビューワー映し出されたラピスを見ていたイネスは、彼女が宣言する姿を見て麗眉を寄せて視線を鋭くする……月のネルガル秘密ドックを拠点としていたラピスとはそれほど接点はなく、健康診断やアキトの容態が急変した時などに顔を合わせていた……無表情ながらもアキトの容態を心配して傍を離れないなどアキトに依存している傾向があり、過酷な生体実験を受けて荒んだアキトの傍にラピスを置く事により、自暴自棄な行動を抑制させる効果を期待したのだ。

 

 以前と違い驚くほど無口になったアキトであったが、武骨ながらもラピスを気遣う姿を見せる事も有り、二人を組ませたのは正解だった――そう思っていたが、まさかラピスがこんな暴走をするとは想定外の事態だった。ユーチャリスを操作していた頃よりテンカワ・アキトのサポートを第一にしており、先ほどの会話でもアキトの壊れた自我を再生する事を目的にしている事は分かる……だがその為に他者を犠牲にする事に何の躊躇いを見せないのは、幼子を戦場へと送り込んだ自分たち大人の罪であり、扇動した『ボーグ・クイーン』なる人物の悪意の所為であろう。

 

 ユリカが見抜いた通り、ラピスは連邦にではなく自分達に向けた代弁者に仕立て上げられたのだろう。並行世界へと転移するプロセスは分かっていないようだが、もしその手段を『ボーグ』が得ればそれは多くの人々――並行世界に不幸をまき散らす事になるだろう。それは阻止しなければならない。

 

「前方の『ボーグ・キューブ』よりトラクタービームが照射されました、引き寄せられます!」

「――ダメ! 抵抗できない!?」

 

 思考の海に沈んでいる間に艦橋内では動きがあったようだ。サブのビューワーには緑色の光を照射する装甲に覆われた『戦略キューブ』の姿が映っている。周囲のガス雲の上に浮かぶように停止しているその姿は強固な防壁に守られた難攻不落の城塞のようであった。

 

 トラクタービームによって引き寄せられている影響で装甲に守られた『キューブ』の姿がどんどん大きくなっていく――画面一杯に映る『キューブ』の外壁に亀裂が入って開いて行き、『キューブ』の内部構造が見える……どうやら格納庫のようだ。

 

「……あの中に入ったらお終いね」

 

 どんどん近付いて来る格納庫を睨み付けながらイネスは傍で歯噛みしているジャスパーに落ち着くように告げた後に、クルーに向けて艦内中央部へ退避するように指示を出す。

 

「……艦の機能は沈黙し、艦長は連れ去られ、目の前には巨大な顎が開いている……状況としては最悪ね――けどね、慢心していると手痛い逆襲を食らうわよ」

 

メイン・ビューワー一杯に映る無機質な外壁に大きく開いた格納庫へと通ずるゲートを睨み付けながら、イネスは口角を釣り上げて獰猛に笑う。

 

「“例の仕掛け”って奴ね、効果はあるの?」

「……相手の裏をかくって事は保証するわ」

 

 操舵席から振り返ってそう問い掛けるミナトに、イネスはマッド・サイエンティスト特有の無気味な笑みを浮かべて答える……異性には見せられない顔で笑い合う二人を見ながら、イネスの近くで作業していたジャスパーは「悪い顔っしているな~」と戦々恐々してドン引きしていたが、ふと何かに気付いたイネスが周囲を見回した事に気付いて問い掛ける。

 

「……どうしたんです、イネス先生?」

「……艦長が拉致されたのに、一番初めに騒ぎそうなあの演算ユニットが大人しいなぁと思ってね」

「……そういえば――どこに行ったの、アイツは!?」

 

 


 

 

 星雲内 『エンタープライズE』ブリッジ

 

 全長七百メートル近い巨体を制御する『エンタープライズE』の部脳とも言えるブリッジの中は、通常の照明は消されて非常警報を現す赤い光に照らされていた。ブリッジに詰める上級士官達も皆緊張した趣で、それぞれ任されたコンソールを見つめているが、その殆どは機能を休眠させており、最低限の機能しか動いていなかった。

 

 そんな緊張感漂うブリッジに軽い振動が伝わる。

 

「……方位23マーク40より気流が接触。進路が0・2ズレました」

「――第六格納庫の隔壁を0・3秒解放して軌道を修正します」

 

 コン・コンソールの操舵士からの報告を受けて、オプス・コンソールのデーターがパネルを操作すると、左舷の格納庫の外壁が少しの間開いて、内部の空気を放出して逸れた軌道を修正する。本来ならスラスターを噴射して対応するものだが、今はスラスターはおろか推進機関であるインパルス・エンジンも停止しており、艦の機能も最小限のモノしか機能していない状態である。

 

 『ボーグ・キューブ』に察知されない為に、航宙艦の機能を極限にまで絞っての慣性航行は艦隊士官達の精神に多大な負担を与えているようだ。航宙艦の制御システムが集中するブリッジで、各制御ステーションを担当する士官達は表情を強張らせながらも各自の責務を果たそうとしている。様々な星間物質や微細とは言え衝突すれば甚大な被害をもたらす小惑星群が飛び交う星雲内を、シールドはおろか推進機関すら停止した状態で慣性航行を行う事は多大なストレスとなっているようだ。

 

「……何とも落ち着かないモノですな」

 

 副長席に座るライカー中佐が何とも言えない顔で零す。

 

「ナデシコが派手に動いて囮となっている隙に、我々が『トランスワープ・ハブ』に接近して破壊する。その為にも『ボーグ』に察知されるリスクは最低限に抑えたい」

「……『トランスワープ・ハブ』の破壊の成否は、連邦のみならずアルファ宇宙域全体の命運が掛かっていますからね」

 

 艦長であるピカード大佐と副長であるライカー中佐の会話は、周囲で働く上級士官達にも聞こえてそれぞれの胸に響く――集団と化した『ボーグ・キューブ』に対抗する術は、今の連邦にはない。ここで『ボーグ』を止めなければ悲惨な未来が訪れるだろう――それを阻止するのは連邦宇宙艦隊に属する士官である自分達の使命である、と。

 

 奮起あるいは瞳に強い光を取り戻した士官達を見て、ピカードは満足げに頷く。副長が発言する事により周囲の意識を誘い、艦長である自分が今一度この任務の重要性を説く事により、ブリッジに居る士官達の士気を上げる……即興にしては効果があったようだ。

 

「艦長、観測班より連絡です――『トランスワープ・ハブ』を確認したとの事です」

「データー、ビューワー起動しろ」

「アイ・サー」

 

 ピカードの指示を受けたデーターがオプス・コンソールを操作して、正面に備えられたメイン・ビューワーを起動する。そこには膨大なエネルギーを放出する巨大な青白い天体と、その表面にへばり付いている蜘蛛の巣のような構造物……間違いなく目的地である『トランスワープ・ハブ』だ。

 

「……変ですね。我々が来る事は分かっていた筈なのに護衛の『キューブ』が見当たりません」

「……これは、ジャスパーの予想が的中したようだな」

「……あの、『LITTLR・QUEEN』は経験が少なく精神的に幼いと言う?」

 

 ライカーの言葉に頷くピカード。幾度となくタイム・ループを繰り返してきたと言う自称コンピューター思念体を名乗る少女ジャスパーは、過酷な運命が待ち受けるナデシコ・クルーを救う為に遥か未来から来訪したと言う。

 

 だが、彼女の前に立ち塞がったのは、様々な文明を同化してきた恐るべき種族『ボーグ集合体』であり、何故か『ボーグ』の代弁者になっていた『LITTLR・QUEEN』ことラピス・ラズリという少女であったと言う。ミスマル・ユリカやホシノ・ルリと同じく並行世界からの来訪者である彼女が何故『ボーグ』の代弁者になったのかは分からないが、ミスマル・ユリカの夫であるテンカワ・アキトと行動を共にしてきたラピスはナデシコの事を良く知っており、ラピス率いる『ボーグ・キューブ』の前に敗北してはタイム・リープを繰り返して来たと言う――ジャスパー曰く「あのピンクの悪魔は、『ボーグ』に同化されてから、更に性格が悪くなったのよ!」と小さな手足をバタつかせて憤慨していた。

 

 だが何度か戦っている内にジャスパーは、ラピスが意外と搦手に弱い事に気付く……ラピス・ラズリという少女の生い立ちを聞くに、それほど人生経験はなく、ただ与えられた任務をこなしていただけなのだろう事は容易に想像がついた。

 

「『ナデシコD』という大きすぎる餌に全力で食いついたのだろう。つまり今がチャンスと言う事だ――全システム起動!」

「アイ・サー。システム起動します」

「全兵装装填!」

「アイ・サー。フェイザー、量子魚雷装填します」

「キャプテン、攻撃コースに乗りました」

 

 ピカード号令の下、『エンタープライズE』のシステムが立ち上げられて巨大な航宙艦が息を吹き返す。続いて武装システムにエネルギーが充填されて、フェイザー・アレイや魚雷ランチャーが本領を発揮すべくその時を待つ。完全覚醒した『エンタープライズE』は、回頭しながら艦首を青白いエネルギーを放出する天体の表面に掬う『ボーグ』の『トランスワープ・ハブ』へと狙いを定める。

 

「センサー起動――周囲に『キューブ』の存在はありません」

「両舷全速、トリコバルト弾頭を装填しろ」

「アイ・サー。トリコバルト弾頭を装填します」

 

 『エンタープライズE』の魚雷発射管に謎の組織『セクション31』のエージェントより提供された試作型弾頭が装填される。これは通常の弾頭とは全く違い、エネルギーを放射して対象を破壊するのではなく、瞬間的に強力な亜空間フィールドを発生させて通常の空間に干渉し、大規模な空間変動を引き起こして対象物を破壊するモノである。

 

「『トランスワープ・ハブ』を射程に捕らえました」

 

 メイン・ビューワーに青白い光を放つ天体の表面に広がる蜘蛛の巣のような巨大な構造体の中に一つだけ六角形の構造物が見える――あれこそ超超光速航行を可能とする亜空間トンネルへの入り口『トランスワープ・コンジェット』であり、今その『トランワープ・コンジェット』が手の届く距離まで来た。

 

「――FIRE(撃て)

 

 ピカードの号令の下に船体各所に設置されたタイプ12フェイザー・アレイより大都市すら蒸発させるエネルギーが撃ち出され、魚雷ランチャーより発射された量子魚雷が真空フィールド・チャンバー内に格納された時空連続体膜と零点フィールドより抽出されたエネルギーを反応させて『トランスワープ・コンジェット』内で凄まじい爆発を起こし、とどめとばかりにトリコバルト弾頭が強烈な空間変動を起こして『トランスワープ・コンジェット』を支える構造物を崩壊させる。

 

 ソヴェリン級の打撃力を遺憾なく発揮した攻撃は、コンジェットを支える構造物のみならず天体に張り付いた『ボーグ』の施設そのものを崩壊へと導いていく。

 

「これでこれ以上の増援は無くなる。後はこの宇宙域に侵入している『キューブ』を排除するだけですね」

「……それがこの上なく難問だがな」

 

 




 どうも、しがない小説書きのSOULです。

 『戦略キューブ』の巨大な顎に飲み込まれようとする『ナデシコC・D』
 だが、彼らは諦めていなかった。


 次からは『ヤマト』SIDEで話が進行します。

 次回 第五十二話 かくも世は残酷なりけり。

 元の世界へ戻る術を探す『ヤマト』は、世界の残酷さを知る。

 では、また近いうちに。


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第五十二話 かくも世は残酷なりけり

SIDE 『ヤマト』


 

  西暦2199年 7月26日


 

 ナデシコ勢からの共闘の提案を断り、デープ・スペース・13より出航した宇宙戦艦『ヤマト』は、イスカンダルへの航海を再開するべく自分達の世界へ帰還する術を探していた。

 

 だが並行世界間を移動する術など容易く見つかる筈もなく。か細い蜘蛛の糸を手繰るような思いで、『ヤマト』は並行世界へと迷い込んだ場所――銀河系と大マゼランの中間点バラン星の亜空間ゲートへと進路を取っていた。

 

「進路上に障害物なし。まもなくワープ予定地点に到達します」

「……怖いくらいに順調だな」

「ガミラスの襲撃もなく、この宙域では『ボーグ』の活動も観測された事がない……辺境だからな」

 

 『ヤマト』の第一艦橋で操舵席に座る島が操舵桿を握りながらも何とも言えない表情を浮かべながら呟くと、戦闘指揮席に座る古代は窓の外に広がる宇宙空間を見据えながら答える……その声は自らの感情を抑える為に努めて平坦な物であった。

 

 


 

 デープ・スペース・13を旅立った後、『ヤマト』の艦内では乗組員達は何時も通りに任務に従事していたが、元の世界へと帰る術が見つからず、人類滅亡へのカウントダウンは無慈悲に流れていた。そんな絶望的な状況でも一応の規律を保っていられるのは、艦長である沖田十三宙将が見せる決して諦めないという鋼の精神と、必ず地球を救うという強い意思が、『ヤマト』艦内に一応の秩序を齎していた……のだが。

 

「こらぁ! 待ぇい、翡翠!」

「な、何でぇ、何で怒っているの、真琴ねぇちゃん!?」

 

 艦内通路を鬼の形相で走りながら、目の前でちょこまか逃げる小さな悪戯娘を捕えようとするピンクの大魔王(原田真琴衛生士)。

 

「待てって言ってるでしょうが! 逃げるな!」

「何をそんなに怒ってるの!? ねぇちゃんに必要だと思ってプレゼントしたのに!?」

「だからって! 何て物をよこすのよ!?」

「――えっ? 薄くって伸びる奴」

「生々しいのよ! アンタは!?」

 

 真琴は腕を伸ばして小悪魔を捕まえようとするが、まるで後ろが見えているかのような絶妙のタイミングでスルリと抜けて、壁で動いているコンベヤに乗ると上層の通路へと逃れる。即座に追って上層の通路に上ると追跡を開始する……とりあえず、丸いゴムなんてませた物を寄越した翡翠はお仕置きするとして、あんなモノを子供に渡した相手を探し出して、きっちり制裁しなければ気が済まないのだ。

 

 気持ちも新たに小悪魔を捕獲しようと走る速度を上げた途端、小悪魔(翡翠)が急停止したのに巻き込まれて、もう少しで二人そろって転びそうになる。

 

「わきゃ!? 何するのよ、真琴ねぇちゃん!」

「アンタが急に立ち止まるせいでしょう!?」

 

 密着状態になった事を利用して翡翠のお腹に手を回して捕獲した真琴だったが、捕獲された翡翠が妙におとなしい事に疑問に思って顔を覗き込むと、翡翠は何時になく真剣な表情を浮かべて視線を横に向けていた。

 翡翠の視線を追って真琴も視線を横に向けると、いつの間にか食堂まで追いかけっこをしたようであり、翡翠の視線は壁側に置かれた観葉植物の辺りに向けられているようだ。そして、その観葉植物の側には青いカラーの制服を着た壮年の男性の姿があった。

 

「……副長?」

 

 そこに居たのは『ヤマト』の副長であり技術班を束ねる真田史郎三等宙佐であった。何をしているのかと疑問に思うも、真田は難しい顔をして観葉植物を凝視していた。真田があまりに真剣な顔をしている事に驚いた真琴は、思わずその場に立ちすくんでいると捕獲していた手が緩んだ隙を突いてするりと抜けた翡翠は、トコトコと真田の側まで行って同じように観賞植物へと視線を向けていた。

 

「……翡翠か」

「……不味いね、これは」

「――分かるのか?」

「まぁね」

 

 同じように観賞植物を見つめる翡翠に気付いた真田は、何かを確認するかのように問い掛けると、翡翠は短く答える……二人が何を言っているのか分からない真琴は、疑問を現すかのように小首を傾げるが、それ所ではないとでも言いたげにアッサリ無視して会話が進む。

 

「……これだけで済むのか、あるいは我々も…」

「……多分、『ヤマト』もそうだと思う…」

「……翡翠、ちょっと付き合ってくれ」

「分かったよ、真田のおじちゃん」

 

 何やら不穏な会話が続いた後、真田は翡翠を伴って中央エレベーターのある方向へと歩いて行き、後には首を傾げる真琴だけが残されていた。

 

 


 

 

 宇宙戦艦『ヤマト』艦長室

 

 第一艦橋にて定期報告を受けた後に、『ヤマト』艦長沖田は自室である艦長室へと戻っていた……状況は最悪と言っていい。並行世界へと迷い込み、孤立無援の状況で元の世界へと帰還する術もなく。時間だけがただ過ぎていく。

 

 『ヤマト』は地球を救う為にイスカンダルへと赴き、赤く焼けた大地を再生させるコスモリバースシステムを受領して帰還する為に、ガミラスの猛攻を凌いで未知の宇宙を旅してきた……だが、それにはタイムリミットがある。地球を蝕む放射能は人類が避難している地下都市へと迫り、人類が生存できるのは一年しか残されていないのだ……何とかして元の世界へと戻り、イスカンダルへの航海を再開しなければならない。

 

「……諦める訳にはいかんのだ」

 

 艦長室から見える冷たい宇宙を見据えながら、沖田は自分を奮い立たせるように呟く……『ヤマト』の艦内に不安が広がり始めている。殆どの者が地球に家族や近しい者を残しており、イスカンダルへの続く道を見失い、悪戯に時が流れて地球が滅亡してしまう事を恐れて、それが苛立ちへと変わっていっているのだ。

 

 このままでは『ヤマト』は内部から崩壊してしまう。

 

 何とかそれを阻止する方法はないか? 一抹の望みを賭けて、並行世界へと迷い込んだ地――この世界のバラン星へと進路を取っているが、もしそこに何も無かったら……ふと、そんな弱気な事を考えてしまうが、そんな弱気な考えを振り払うように首を振った時、突然胸の辺りに鈍い痛みが走る。

 

「くっ!? うぅぅう……」

 

 激痛が走る中、胸を押さえてうずくまる沖田は、それでも倒れる訳には行かないと歯を食いしばって耐える……どれだけそうして居ただろうか、ようやく胸の痛みが薄らいでいき、荒い息を整える様にしながら艦長席に身を預ける様にして深く息を吐き、ようやく落ち着いてきた時に艦長室の扉をノックする音が聞こえる。

 

「真田です、今よろしいでしょうか?」

「……入りたまえ」

 

 先ほどまで苦しんでいた事をおくびにも出さずに入室の許可を出すと、扉を開けて副長である真田と小さな人影が共に入ってくる……沈着冷静な真田と、天真爛漫というか“そう演じている”節のある翡翠が共に来るとは、珍しい事も有るものだと思いながら要件を聞く事にする。

 

「実は、最近艦内に置かれている観葉植物や個人所有の花などが原因不明の枯死をおこすという事があり、独自に調査していたのです」

 

 真田の話では、『ヤマト』艦内に設置されている植物や個人所有の鉢植えに至るまで、揃って同時期――具体的にはこの並行世界に迷い込んだ時点から暫くして突然枯れ始めたのだ。

 

 最初は小さな鉢植えが枯れ始めて、水のやりすぎか艦内という特殊な環境下でのストレスの影響かと思われたが、枯れるという現象が『ヤマト』艦内全域の植物に及んだ事で問題化したである。だが現在、『ヤマト』艦内は元の世界へと帰る術を探すという、先の見えない状況下で乗組員達は強いストレスに晒されており、植物の枯死という問題は優先度が低い問題として扱われていたのだ。

 

「個人的に気になる事があり、原因について調べていたのですが……」

「――真田のおじちゃん。こんな厳つい顔しているのに、宇宙基地でナデシコの人に頼んで小さな植木鉢を貰ったんだって」

「――うっおほん!」

 

 好き勝手な事を言う翡翠に向けて咳払いして黙らせた真田は、気を取り直して話を続ける。

 

「翡翠の言う通り、あの基地で入手したこの世界の植物と比較検査をしたのですが、DNAに殆ど差異はありませんでした。ですので同じ環境でどうなるか観察した結果、我々の世界の植物だけが何らかの理由で症状が悪化しました」

「……ふむ。その症状が植物だけの物なのか、もしくは違う世界に来た事が原因なのか、分からないのは不安ではあるが……」

 

「――艦長のおじいちゃんの予測の通りだよ」

 

 難しい顔をした沖田と真田が議論していると、苦笑いをした翡翠が頭の後ろをポリポリと掻きながら断言する。

 

「私達はこの世界に取って“異物”だから排除されるんだよ」

 

 




 どうも、しがない小説書きのSOULです。

 『ナデシコ』や『エンタープライズ』と別れて帰還への術を探す『ヤマト』は世界の残酷な事実を知った……だが、彼らは諦めなかった。

 次回 第五十三話 『翡翠』 次で翡翠が大暴れします。
 ……そして翡翠の素性の手がかりも。


 では、また近いうちに。

 最後に誤字の申告有難うございます。
 推敲はしているのですが、どうしても見落としが……。


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第五十三話 『翡翠』

 

 宇宙戦艦『ヤマト』 側舷展望室


 

 艦長室で艦長沖田と技師長兼副長である真田と長く話し込んでいた影響で、この側舷展望室に来た時にはシフト変更の時間だったようで人影もなく、展望室にいるのは翡翠只一人であった。

 

 暗闇の中に仄かに輝く星々の光……だが、いまの翡翠の瞳には冷たく無慈悲な光に見える。

 

 艦長沖田や真田との会話会話の内容を思い出す翡翠……『ヤマト』艦内にある植物が一斉に枯れ始めたという事態。真田が入手したこの世界の植物には何の反応もなく、『ヤマト』と共に来た自分達の植物のみが枯れるという事態を以て、翡翠はこの並行世界そのものが“異物”である自分達を抹消しようとしている事を確信する……元々記憶が戻ってから妙な気配を感じてはいたのだ。

 『ヤマト』を取り巻く周囲の空間そのものから妙な圧迫感を感じ、『ヤマト』が進むと共に見えない何かを押し退けているかのような感覚を感じていた。

 

 やはりどの並行世界も優しくはないと言う事か、と翡翠は小さくため息を吐く。宇宙とはその宇宙特有の秩序というものがあり、並行世界から迷い込んだモノなど、その宇宙には不要なものでしかない。

 

「……けど、これで分かった事がある」

『……何がです?』

 

 展望室の窓から見える宇宙を見据えて翡翠が小さく呟くと、逸れに答える存在があった――何時の間にか翡翠の背後に仄かに輝く発光体が現れていた。

 

「……つまり、この事態を招いた『演出家』はこの世界には居ない……この下手糞な演出の操り手は“私達の世界”に居る」

『……貴方に干渉出来て、ピンポイントに『ヤマト』へと導いた操り手は、銀河系に存在する可能性が高いですね』

「そうね。『ヤマト』なんて船、私達は把握していなかったからね。何故『ヤマト』なのか? 理由は分からないけど、状況から考えて銀河系に“居る”存在でしょうね」

 

 宇宙を見据える翡翠の眼の鋭さが増す。

 

「ま、勝手に私達の運命に干渉したのだから、きっちり落とし前を付けて貰わなきゃね……さて、『エテルナ』。“あれ”の準備をしておいてくれる」

『……何故です?』

「……ふざけた事をしてくれた『演出家』以外に視線を感じるのよ……『ヤマト』がこの世界に迷い込んでから今まで、どうやら『演出家』の他にも『評論家』も居るようだからね」

『わかりました』

 

 どんな事にも“保険”は必要だ。翡翠は最も頼れる相棒に指示を出すと、展望室への入り口へと視線を向けて肩を竦める。記憶が復元されて以来ずっと距離を置いていたお姫様が供を連れて此方にやって来る気配を感じる。

 

 はてさて、一体何の用なのやら。

 

 思わず後頭部をポリポリと掻きながら、翡翠は発光体との会話を終わらすと視線を窓へと戻す……口元には小さな笑みをうかべながら。

 

 


 

 

 宇宙戦艦『ヤマト』 側舷展望室

 

 展望室の窓から宇宙を見上げる翡翠は。静寂が広がる部屋の中で『お姫様』が来るのを大人しく待っていた。記憶をなくして只の少女だった頃、何かと構ってくる鬱陶しくも何処か憎めない年上の困った『お姉さま』だと思っていたが、『ボーグ・ドローン』の襲撃の折に危機に陥った『お姉さま』を助けた後、何かを感じ取ったのか目に見えて距離を取るようになっていた。

 

 その『お姉さま』が此処にやって来ようとしている。どんな心境の変化があったのか、あるいは何か目的があるのか。何方にしても『お姉さま』がこの展望室に来て何を語るか――ほら『お姉さま』、いや『お姫様』のご来場だ。今は頑固な〇〇れのように地球人の岬百合亜に憑依しているが、本来は惑星イスカンダルの第三王女であり、絶世の美女だと本人が言っていたが。

 

「……此処にいたんだね、翡翠」

 

 岬百合亜の身体を借りたユリーシャが声をかけて来る。その表情は努めて平静を装ってはいるが、声に若干の緊張の色がある。やはり何か思う所があるのだろう、展望室の窓に映ったユリーシャは若干の緊張した様子であるようだ……怖がらせているのは心外である、と内心で苦笑する――今の私は『翡翠』なのだ。『ヤマト』のマスコット・ガール(誰も認めていないが)であり、〇%$&〇#%$・%$#〇%ではないのだから。

 

 展望室の窓から宇宙を見つめる翡翠をただ見ていたユリーシャは、暫く何かを言いたそうにしながらも言い出せずと言った感じであったが、ようやく決心して翡翠に向けて話し出した。

 

「翡翠、あの時は助けてくれてありがとう。翡翠はとっても強いんだね」

「……どういたしまして」

 

 まずは『ボーグ・ドローン』から助けてくれた事へのお礼を述べるユリーシャ。

 

「けど、あの時の翡翠の瞳を見て、私はびっくりしたの」

 

 普段の翡翠の瞳は名付けられた名前の通りにエメラルド・グリーンの筈なのに、ドローンを倒した時には血のように真っ赤な瞳をしていたから――それは遥か昔に聞いた、おとぎ話に出て来る人物を思い出させるような鮮烈な紅であった。

 

「そして私は真琴に、翡翠が『ボーグ』に襲われた時の事を聞いたの」

 

 記憶を失って普通の少女だった翡翠は、真琴や佐渡先生と共に医務室に立てこもっていたが、力づくで進入して来たドローンに掴まって首筋に同化チューブを打ち込まれた後に激変して、瞬く間にドローンを制圧したという話を聞いたユリーシャは、その時に翡翠が気になる事を口走っていた事に関心を寄せた。

 

『アケーリアスめ、手を抜きやがったな! あの引きこもり共め』

 

 太古の昔に繁栄して銀河系に様々な遺跡を残して姿を消した大いなる種族アケーリアス文明を知っているかのような言動と、おとぎ話に出て来る真紅の瞳を持つ少女を見つめながらユリーシャは核心を突く問い掛けをする。

 

「ねぇ、翡翠。アナタは『IMPERIUM』の人なの?」

 

 ユリーシャがそう尋ねた時、突然周囲の空気が重くなり息苦しさを感じる。

 背筋に冷たいものが走り、周囲の温度が突然下がったかのように肌寒さを感じた。

 

「……迂闊だなぁ、ユリーシャねえちゃん」

 

 ゆっくりと振り返る翡翠の顔は一見普通に笑っているように見えるが、その表情には感情と言うモノが欠落しており、笑みを浮かべる口元は禍々しく、見る者の背筋を凍らせるものであった。そしてゆっくりと、だが確実に一歩また一歩と近付いて来る翡翠に、言葉を失ったユリーシャは彼女をただ見つめる事しか出来なかった。薄く笑いながら近付いて来る翡翠の表情は、普段の子供らしさは鳴りを潜めており、笑みを浮かべながらもその真紅の瞳は冷たい光を放っている。

 

「『IMPERIUM』――かつてあまたの銀河を血と恐怖で染め上げた、『いにしえの邪悪な帝国』……血のような紅い瞳を持ち、絶大な力で嘆きと怨嗟を生み出す、悪魔のような怖い人たち……翡翠は悪い子なの?」

 

 翡翠が発する圧に気圧されて身動きすら忘れたユリーシャの両頬を小さな手が包む――その手は優しく、しかし冷たくユリーシャの頬を包んで紅い瞳が見つめる。

 

「そこまで分かっていて、一人で私の前に来るなんて――それとも、借り物の身体だから大丈夫だと思ったのかな?」

 

 翡翠の口が半月を浮かべる。

 

「……けどね、精神だけを滅ぼす方法なんて、いくらでも有るんだよ?」

「……翡翠」

「だけど、そんな事はしないわ……ねえちゃんの言う通り、今の私は『翡翠』。『ヤマト』に居る間はユリーシャねえちゃんや真琴ねえちゃんの妹分で、『ヤマト』のマスコット・ガールの翡翠だよ」

 

 何時の間にか翡翠の瞳は翠色に戻り、冷たかった手のひらは子供特有の温かさを取り戻していた。そしてつま先立ちをした翡翠は、ユリーシャの耳元に顔を寄せると小さく呟く――この奇跡を楽しみましょう、と。そして身体を離して展望室の入り口に視線を向ける。

 

「――だから星名にいちゃんも、そんな物騒な物はしまって」

 

 呼びかけに答える様に展望室の入り口から姿を現した星名の手には、安全装置を外した拳銃が握られていた。銃口を向けられていても翡翠は一向に気にした様子はなく、何時もの通り緑色の瞳を向けて、にかっと笑う。

 

「それじゃ、私は艦長のおじいちゃんに呼ばれているから艦橋に行くね」

 

 そう言って翡翠は展望室を出ていく……後に残ったのは、翡翠の闇の一片を見て驚き固まっているユリーシャと、展望室の入り口を厳しい目で見つめる星名の二人だけであった。

 

 


 

 

 宇宙戦艦『ヤマト』 第一艦橋

 

 『ヤマト』の中枢である第一艦橋は緊張感に包まれていた。艦長室から降りた艦長の沖田は、第一艦橋に居るクルーに重大発表があると告げて準備をするように指示した後に、艦長席にて発表に必要な人物たちの到着を待つ。そうしている内に、必要な人物の一人である技師長兼副長の真田が入室して自席に座り、少し遅れて第一艦橋に通ずる主幹エレベーターの扉が開いて小さな人影が入室してくる。

 

「……翡翠? ここは艦橋だぞ」

 

 近くにいた相原が艦橋に入って来た翡翠を咎めるが、翡翠が口を開く前に沖田が彼女の入室を認めた。

 

「翡翠には、これから行う発表に必要だから来てもらった」

 

 そして沖田は通信管制席に座る相原に艦内放送の準備を指示して、準備が終わると艦長席に備え付けられたマイクを手に取る。

 

「『ヤマト』の諸君、艦長の沖田だ。我々はイスカンダルへ向かう航海の途中で並行世界へと迷い込み、元の世界へと帰る手段を探して航海を続けていた」

 

 その為に元の世界で銀河系の亜空間ゲートがあった宙域に向かい、『ボーグ・キューブ』と遭遇して戦闘状態に突入して、ナデシコのクルー達に救われたが、元の世界へ帰る事を優先して同盟の話を断り、一抹の望みを賭けてバラン星のあった宙域を目指して航海をしていたのだ。

 

「だが諸君も知っているだろう、『ヤマト』艦内の全ての植物が原因不明の枯死を起こしている事を。その原因を探っている内に恐ろしい事が分かったのだ――我々はこの並行世界にとって異物であり、いずれ排除される運命にある事が」

 

 沖田はそこで一拍おいて話を続ける。

 

「我々は亜空間トンネルの途中で量子的に不安定になり、この並行世界に我々を構成する物質ごと転移した……最初のうちは問題なかったが、今回の件で徹底的な調査を行った結果、我々を構成する物質の原子の結合が少しずつ崩れている事が分かった……このままでは、いずれ我々は塵になるだろう」

 

 沖田の語った言葉――その衝撃に第一艦橋に居た乗組員のみならず、『ヤマト』艦内で放送を聞いていた全ての乗組員が絶句する。ただでさえ地球を救う航海の中断を余儀なくされているのに、このままでは『ヤマト』は地球を救う事は出来ずにただ塵になる運命だというのか!?

 

「……ふざけるなよ! なら俺達は、俺達の旅は何だったんだよ!?」

 

 誰かが己が運命を受け入れられずに叫ぶ。それは周囲に波及していき、憤りと悲しみそして嘆きの声が上がる。自分達が何も成しえずに消えていくだけなど誰が許容できようか……しかし沖田の話は、これで終わりではなかった。

 

「ワシは、そんな運命に屈するつもりはない。そしてそれは皆も同じだろう。その為にもバラン星のあった座標に向かうのも一つの道だが……しかし今、我々にもう一つの道が示された――翡翠。説明を頼む」

 

 沖田の言葉を聞いて翡翠は通信管制席に座る相原に近づくと、彼の身体をよじ登って相原の身体を椅子代わりにする。

 

「――お、おい」

「……仕方ないじゃない、私にはこの椅子は大きすぎるんだから。それより相原のおじちゃん、私の声を艦内に放送してくれる?」

 

 よじ登られた相原は、翡翠の要求を聞いて沖田の方へ振り向いて判断を仰ぐと、沖田は小さく頷いて翡翠の声を放送するように促す。沖田の許可を得て相原は機械を操作して備え付けられたマイクを起動する。

 

「ほら翡翠、これで話せるぞ」

 

 相原の言葉に満足げに頷くと、翡翠は喉の調子を整えて語りだした。

 

「みんな~、『ヤマト』のマスコット・ガールの翡翠ちゃんだよ――って痛い! 何すんのよ、相原のおじちゃん!?」

「まじめにやれ! それと俺はおじちゃんなんて年じゃない」

 

 相原に拳骨を落とされて痛む頭を押さえながら、場を和ますジョークなのにとブツブツ言いながらも翡翠は改めて話し始める。

 

「まじめにやれと言われたので、まじめにやります――本来この話はリスクが高すぎて話す気はなかったんだけど、現状はそうも言っていられないので」

 

 そこで翡翠は、コホンと咳をして間を置く。

 

「前に私が示した帰還する方法――仲間の船が迎えに来たら一緒に帰還するという方法の他に、実はもう一つ方法がある」

 

 翡翠の話を聞いた第一艦橋の乗組員の中でも、航海長である島の関心は並々ならぬものであった。『ヤマト』の舵を預かる者として終着点を見失うなど多大なストレスになっていたのだ。そしてそれは島だけでなく、古代や雪や太田に南部という第一艦橋に詰める人々の視線を一身に集めた翡翠は、その方法を語る。

 

「『ボーグ』が所有する超光速大規模輸送用施設『トランスワープ・ハブ』を利用するという事」

「どういう事だ、翡翠。『トランスワープ・ハブ』は、銀河系に張り巡らせた『トランスワープ・コンジット』に接続する施設なんだろう? それでは、この並行世界から抜け出せないじゃないか」

「通常の使い方をすればね」

 

 島の疑問に答える翡翠――彼女によれば、『トランスワープ・コンジット』は言わば亜空間のトンネルであり、そのトンネルに強い力を掛ければ内部のモノは量子的に不安定になり、この並行世界からはじき出される可能性が高いと言うのだ。

 

「量子的に不安定になる……『ヤマト』がこの並行世界に迷い込む前に近い状態になり、『ヤマト』を構成する要素が自分達に近いモノへと引かれて、元の世界へ戻れる可能性が高い」

「……帰れるのか」

 

 誰かがそう呟くと、それが周囲に伝播して行き――大きな波となって絶望の淵に立っていた乗組員達の感情を揺さぶる。懐疑的な者も確かに居たが、暗闇の中に示された一筋の光に縋る者達の方が大多数を占めていた。

 

「――けど、この方法にはリスクがある」

 

 一つは連邦とナデシコ勢が『ボーグ』に攻撃を仕掛けている渦中に飛び込まなければならない事。

 二つめは『トランスワープ・コンジット』を破壊すれば、その崩壊に巻き込まれる可能性が高い事。

 そして三つめは元の世界に帰れるかは完全に賭けになると言う事。

 

「『ヤマト』を構成する物質が元の世界に引かれる事は確かだけど、辿り着けるかどうかは完全に賭けになる」

 

 語るべき事を語り終えた翡翠は視線を沖田に向け、頷いた沖田は再びマイクを取る。

 

「バラン星に向かっても帰る手段を得られるかは未知数だ――そして、翡翠が示した方法も多大なリスクがある」

 

 どちらを選択するか――『ヤマト』の運命を決めるこの決定を、上層部だけで決めるのではなく全員で選択する事で、『ヤマト』艦内に流れ始めている不協和音を払拭する。

 

「準備が済み次第、どちらを選択するか皆の意見を聞く。『ヤマト』の――いや地球の命運を決める選択だ。皆よく考えて欲しい」

 

 




 どうも、しがない小説書きのSOULです。

 翡翠が紅い瞳に変わる事がユリーシャには『IMPERIUM』との関係を疑う最初の要因となりました。彼女の紅い瞳は、一見火星出身の山本玲の持つマーズノイド特有の赤い瞳よりも深く、戦闘態勢を取る翡翠の雰囲気と相まって血の様に深く紅く輝いています。

 今回、翡翠が本性まる出し、ノリノリでユリーシャをいじめて居ました。
 そんな翡翠より示される新しい道。

 次回 第五十四話 謎の視線


 それと翡翠の設定を公開できる所だけですが、懐かしいFateのサヴァント風でお送りします。

サーヴァント・ステータス

【CLASS】翡翠ちゃん
【真名】???・??
【性別】女性
【身長・体重】130cm・??kg
【属性】悪

【ステータス】
筋力E(EX) 耐久E(EX) 敏捷E(EX) 幸運E(根性でC)
( )内は戦闘時。

【固有スキル】
翡翠ちゃんパンチ 短い手を伸ばして殴る――相手は痛い。
翡翠ちゃんキック 短い足を延ばして蹴る――相手は痛い。
翡翠ちゃんバーリトゥード  何でもあり――相手は痛い。
【宝具】
翡翠ちゃん、上目使いをしてみる 悪戯などを咎められた時に行う……成功率5パーセント。



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第五十四話 謎の視線

 西暦2199年 8月2日 銀河系 ペルセウス腕外縁

 銀河系を形成する四つの大きな渦状腕の一つであるペルセウス腕の大きさは半径1万700パーセク(34882光年)もあり、数多くの恒星や星雲にて構成されている。静寂が支配するペルセウス腕の外縁部に突然眩い光が現れて、その中心部より人工物が現れた――艦首に巨大な砲口を持ち、複数の三連装砲塔で武装した特徴的な航宙艦――宇宙戦艦『ヤマト』である。




 

 宇宙戦艦『ヤマト』 第一艦橋


 

「――ワープ終了。次回は六時間後の予定」

 

 ワープ航法より通常空間に復帰したが休息などまるで考えずに、航海長である島は操舵稈を握ったまま次のワープに向けて準備に入る。航路監視席に座る太田も周囲の天体の観測に余念がない。

 

 並行世界に迷い込んだ自分達が、異物として排除されようとしている。その恐るべき事実が判明した時、『ヤマト』は選択を迫られた――一抹の望みを賭けてバラン星へと向かうか、それとも多大なリスクを承知で『ボーグ』の『トランスワープ・ハブ』へと向かうか。

 

 『ヤマト』の――地球の運命を決めるこの選択を、艦長の沖田は『ヤマト』の乗組員全ての選択を問う事にした。乗組員達が持つ個人用端末から、どちらの方法を選択するかを投票出来るようにしたのだ。

 

 全乗組員の投票の結果、僅差で不確かなバラン星への航路ではなく、危険だが自分達の世界へと帰還できる可能性がある『トランスワープ・ハブ』のある星雲を目指す事が決まったのだ。

 

「後二回のワープで、目的地である『トランスワープ・ハブ』のある星雲に到達する」

 

 艦橋の窓から見える宇宙を見据えて、古代は厳しい表情のまま呟く……デープ・スペース・13で『エンタープライズ』やナデシコ勢と別れる前に判明していた敵『ボーグ集合体』の戦力は、一隻で惑星連邦の艦隊を壊滅させるほどの戦闘能力を有した『ボーグ・キューブ』が三隻も存在していた。

 

「……それでもやるしかない」

「……ああ、帰るんだ」

 

 


 

 

 宇宙戦艦『ヤマト』 士官室

 

 次のワープの準備の合間を縫って、艦長沖田十三宙将は副長の真田志郎を伴って士官室にて重要な案件に臨んでいた。始まりは岬百合亜に憑依したイスカンダルの重要人物ユリーシャの護衛を担当している保安部の星名透准尉の報告であった。

 

 ユリーシャの意向により彼女だけで翡翠と話したいと言う物で、当然星名は反対して粘り強く説得した結果、近くで監視する事を認めさせてユリーシャと翡翠の対話の場を見守っていたのだが――ユリーシャが何かを言った途端に翡翠の気配が豹変し、戦闘訓練を受けた星名が思わず拳銃を抜いてしまうほどのプレッシャーを放ったというのだ。

 

 沖田は対面に座るユリーシャに視線を向けて事の経緯を問い質す――星名の報告では、ユリーシャは翡翠の正体を知っている可能性が高いというのだ。

 

「ユリーシャ。君の知っている事を我々に教えてくれないだろうか」

 

 頬に掛かる髪の毛を弄りながらユリーシャは視線を逸らす。

 

「これからも翡翠と付き合って行く為にも、我々は彼女の事をもっと知らねばならないと思っている」

 

 真摯な態度で問い掛ける沖田。ひと月にも満たない短い時間ではあるが、『ヤマト』の中で生活を共にしてきた翡翠に仲間意識が芽生えている者も居る……当然、異星人である事を嫌悪する者もいるが、彼女の存在が地球に残した家族を思い出させて好意的な者もいるのだ。髪の毛を弄りながら考え込んでいたユリーシャは、真摯な態度に根負けしたのか小さな声で話し始める。

 

「……私が知っているのは、大昔のおとぎ話」

「おとぎ話?」

 

 興味を引かれた真田が言葉を反芻する。そして髪の毛を弄るのを止めたユリーシャは視線を沖田に向ける。

 

「むかし、むかし、気が遠くなるようななむかし。この宇宙にある噂が流れていた。“それ”は巨大な白銀の船に乗って人の住む惑星にやって来ると、人々に従属か、死かを選択させる――突然そんな事を言われた人達は反発して自由を守る為に抗った」

 

 種族の尊厳を掛けて、持てる力の全てを駆使して艦隊を組んで、白銀の船に戦いを挑んだ――その結果は、圧倒的な力に蹂躙されて、彼らの惑星は焼き尽くされた。だが従属を選択した惑星には占領する訳でもなく、白銀の船は必要とする物を提出するように要求し、要求が満たされると対価として優れた技術を提供したという。

 

「白銀の船は一隻だけでなく、何千、何万、何億という船が、あまたの銀河を従属させていった。けれども多くの種族は自由を守る為に戦いを挑んで逆に滅ぼされた――逆らう者を焼き尽くす、白銀の船に乗った真紅の瞳を持つ悪魔――邪悪なる『IMPERIUM(いにしえの帝国)』、数多の銀河に血と恐怖を巻き散らす」

 

 しかし、ある時を境に邪悪な帝国は進撃を止めて――人々の前から姿を消したという。だが人々は『IMPERIUM』の恐怖を忘れられずに、何時か彼らが帰って来るのを恐れている。

 

「小さい頃に良く言われたわ――悪い事をすると、帝国の亡霊が来て食べちゃうわよ、って」

「……それが翡翠だと?」

 

 沖田や真田の脳裏には、『ボーグ・ドローン』の艦内への侵入を許した際に、瞬く間にドローンを制圧した翡翠の瞳が赤く染まっていたという報告を思い出す……とはいえ瞳の色が赤く変わるからと言って、それをおとぎ話の邪悪な存在と結びつけるのは無理があるように感じる。

 

「……あの時に翡翠の眼を見ておとぎ話を思い出して、真琴に話を聞いて疑念を持った――大いなる種族『アケーリアス』を知るあの子に直接聞きたかった。貴方は『IMPERIUM』の人なの、って」

「……そして予想は見事に当たったという訳か」

 

 深く、深く息を吐きながら沖田は、翡翠という燻っていた問題が表面化した事に天を仰ぎたい気持ちになる……イスカンダルへの道に戻る為に、恐ろしい『ボーグ集合体』の待ち受ける星雲に向けての航海をしている途中でとんでもない問題が噴出したものだ……さて、どうしたものか。

 

 


 

 

 宇宙戦艦『ヤマト』 医務室

 

 宇宙戦艦『ヤマト』に乗り組む999名の健康を一手に引き受ける医務室を統括するのが医官である佐渡酒造である。内科的処方から外科的処置まで手掛けるオールラウンダーな名医であるが、ただ一つの欠点を上げるならなら無類の酒好きな所であろう。

 

「くわっ~~! 五臓六腑に染み渡る」

「……ねぇ~、佐渡せんせい。一杯だけ、一杯だけね」

「かかか、子どもには、この味はまだ早いの」

「大丈夫! 私のかんぞうは、はいぱ~かんぞうだから」

「……この前の健康診断では、お前さんの身体はワシ達と変わらんという結果が出たがの」

「…………」

 

 佐渡には何度も勤務時間中には飲まないでください、と口を酸っぱくして言ってきた真琴としては、子供に悪影響がありそうな物は処分したいものだが中々機会がなく、目の前で祖父と孫娘のような漫才を繰り返す二人を見ながら、ストレス発散の効果が有るなら仕方ないかと嘆息していると、医務室の扉が開いて艦長の沖田が入室してくる。

 

「――失礼する」

「沖田艦長、何か体調に変化が?」

 

 体調を聞いてくる真琴に苦笑しながら首を振ると、奥で漫才をしている二人に近づいていく。沖田艦長に気付いた佐渡が片眉を上げるが、沖田艦長の歩行状態がしっかりしている事から緊急性はないと判断した。

 

「おお、艦長。どうかされましたかの?」

「いえ、佐渡先生。実は翡翠に用がありましての」

 

 沖田艦長に指名された翡翠は、きょとんとした顔をして自らの顔を指差し小首を傾げる。

 

「――翡翠、アンタ今度は一体何をやらかしたのよ?」

「――真琴ねえちゃん、酷い!」

 

 翡翠の突拍子もない悪戯の被害を受けている真琴がジト目で問い詰めると、頬を膨らませて抗議する翡翠。そんな疑似姉妹のじゃれ合いを微笑ましそうに見ていた沖田艦長は、時間はそれほどかからないと伝えて翡翠と共に医務室を出ていく。その後姿を不安そうにしながら見送る真琴と佐渡であった。

 

 


 

 

 医務室を出た沖田艦長に連れられて向かった先は何やら見覚えのある部屋であった事に苦笑いを浮かべた翡翠は、沖田艦長がこの側舷展望室を選んだのは意味があるのかと考えて……そう言えば少し前に盛大にやらかした事に思い当たり、額に一筋の汗が流れる。

 先にソファーに座るように言われた翡翠は、こりゃやべなぁ~と思いながらも飲み物の入ったカップを受け取りながら沖田艦長に礼を言って口を付ける……爽やかな味わいの中に少しの酸味を感じながら、翡翠は隣に座った沖田艦長の言葉を待った。

 

「翡翠、君のお陰で元の世界に戻れるかもしれないという希望が持てた、ありがとう」

「……どういたしまして」

 

 何を言われるかと構えていた翡翠は、沖田艦長からの感謝の言葉に、そっぽを向きながら短く答える……よく見ると耳の辺りが赤くなっており、感謝される事に慣れていない様で、そっぽを向いているのは恥ずかしさを隠す為なのだろう。

 

「……じゃが、この前の事はやり過ぎじゃのう、ユリーシャがショックを受けていたぞ」

「……ははは」

 

 ユリーシャにノリノリでプレッシャーをかけた事を咎められて、後頭部を掻きながら乾いた笑いを浮かべる翡翠。笑って誤魔化そうとする悪戯娘を呆れたように見ていた沖田艦長だったが、不意に姿勢を正して翡翠を見つめる。

 

「翡翠。君が『ヤマト』に遭遇したのは偶然だという言葉をワシは信用しているが、今も『ヤマト』に居続けているのは何故だ? ワシの勘じゃが、君だけなら帰れるのだろう?」

「……何故、そう思うの?」

「並行世界に迷い込んだのに、君には余裕と言う物が感じられるからかの」

 

 二つの視線が絡み合い、先に視線を逸らしたのはどちらだろうか。

 

「理由はそれだけ?」

「――そうじゃのう、後は時間が有れば君はこの展望室に来て宇宙を見ているそうじゃないか。ワシら地球人には見えない物が見える眼で、君は何を探しているのかの」

 

 頬をポリポリと掻きながら視線を合わさない翡翠に問い掛ける。

 

「――翡翠、君は“何を”見ているんだ?」

 

 ゆっくりと視線を隣に座る翡翠に向けた沖田艦長は、視線に力を込めて問い掛ける。鋭い眼光を受けても平然としていた翡翠だったが、大きなため息を一つ吐くと後頭部をポリポリと掻きはじめる。

 

「……艦長のおじいちゃんには敵わないなぁ」

 

 視線を手に持ったカップに向けながら、翡翠は話し始めた。

 

「ねぇ、艦長のおじいちゃん。必然って信じる?」

「なんじゃね、藪から棒に」

「……亜空間跳躍実験を終了して、通常空間に復帰しようとした時に実験艦の目の前に見知らぬ船が現れた。何とか回避しようとしたんだけど、あまりに至近距離すぎて避けきれずに脱出しようとした私ごと船の推進機関近くに激突してしまった……ねぇ、艦長のおじいちゃん。復帰しようとしたその先に、ワープ中の船が現れるなんて偶然あると思う?」

「……何者かの意思が介入していると思っているのか?」

 

 亜空間内でワープ中の宇宙船と出会うなど、確率的には殆どゼロに等しい。それが起こった事で、翡翠は何か途方もない力を持った存在の関与を疑っているのだと気付いた……だが、そんな存在が実在するのか? 神ならぬ人である沖田艦長には、どれほどの力が有ればそんな事が出来るのか理解出来なかったが、翡翠は確信しているようだ。

 

「……心当たりがあるのかね?」

「……物理法則すら通用しない、亜空間に干渉出来る存在――それは超常の存在『高位生命体』だと思う」

 

 翡翠の説明では、我々の世界である三次元世界から昇華されて、我々には認識できない位階へと昇った存在の総称であるとの事。突然の説明に面食らう沖田艦長だったが、何柱か知っているという翡翠は幼くも整った顔立ちで渋面を浮かべる。

 

「……アイツらは揃いも揃って厄介事しか齎さないし、その意図なんてまっとうな生命体である私達には理解不能な所が多いわ。けど、やらかしてくれた事には、きっちり落とし前を付けさせるつもりだけど、ね」

 

 ……何というか、翡翠と『高位生命体』という存在は、とことん相性が悪いらしい。心底嫌そうにする翡翠の表情が年相応に見えて、苦笑を浮かべる沖田艦長……だが翡翠の話が本当なら、『ヤマト』は『高位生命体』という遭遇した事のない脅威の干渉を受けている事になる……ならばこの並行世界に迷い込んだ事も、その『高位生命体』の仕業という事になるのか――しかし翡翠の話には続きがあった。

 

「……まぁ、それは良いんだけどね。問題は、この並行世界に来てから感じる、この鬱陶しい視線なんだよね」

「……視線?」

「うん、そこら辺から感じる……最初は何処かのロ〇コンかと思ったんだけど、誰か居る訳でもないし、展望室なんかでは外から視線を感じたから、この並行世界そのものから睨まれているのかと思ったんだけど」

「あの“世界は異物を好まない”という話か」

「……この視線は明確な意思をもって見ている」

「……つまり?」

「……この並行世界の何者かに見られていると、私は思う」

 

 




 どうも、しがない小説書きのSOULです。

 力の片鱗を垣間見せた翡翠は、宇宙を見据える。
 それは、常に『ヤマト』を見つめる視線に警戒しての事であった。

 

 次回 第五十五話 決着

 様々な要因が収束し、そしていま最後のピースが揃う。
 人の意思は巨大な『ボーグ』の悪意を退ける事が出来るのか?



 では、また近いうちに。


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第五十五話 決着


 宇宙戦艦『ヤマト』 第一艦橋

 元の世界へと帰る為に、『ボーグ集合体』の超光速大規模輸送用施設『トランスワープ・ハブ』の存在する星雲にあと一回のワープで到達する距離まで到達した『ヤマト』は、最後のワープを行うべく準備に入っていた。

 星雲内では激戦が予想される為に、沖田艦長により『ヤマト』の乗組員全員に船外服の着用が指示され、全武装もエネルギーが装填されて臨戦態勢でワープに臨もうとしていた。

『『ヤマト』の諸君、艦長の沖田だ。これより『ヤマト』は最後のワープに入る。目的は『ボーグ集合体』の超光速大規模輸送用施設『トランスワープ・ハブ』の奪取だ。この『トランスワープ・ハブ』を利用して、我々は元の世界へと帰還する……だが現在、星雲内は惑星連邦とナデシコ勢により『ボーグ』への攻撃が行われている筈だ――星雲内では激しい戦闘が予想されるが、我々は何としても元の世界へ帰還せねばならない、諸君の奮闘に期待する。以上だ』

 艦内放送を用いて『ヤマト』の艦内に訓示を行った沖田は運命の号礼を発する。

「――ワープ準備!」
「了解! ワープ明けの座標軸確認」
「確認した、星雲内中央部」
「座標軸固定する、速度12から33Sノットに増速」

 沖田の号令を受けて、『ヤマト』の舵を預かる航海長の島が最終確認を行う。第一艦橋内に緊張が走る……このワープが終われば、そこは激戦が繰り広げられている筈だ。恐るべき敵『ボーグ集合体』の船『ボーグ・キューブ』が三隻も待つ戦場に飛び込み、彼らの重要施設『トランスワープ・ハブ』奪取して『トランスワープ・コンジット』の入り口に突入して亜空間へと入らなければならない。

『両舷増速。出力40から99まで上げる、波動エンジン室圧上昇中』

 宇宙を疾走する『ヤマト』の前方に光が灯り、その光がどんどん大きくなっていく――ワープの入り口ワームホールである。波動エンジンが唸りを上げて、『ヤマト』の速度は加速する。

「秒読みに入ります――10,9.8,7,6,5,4,3,2,1,0」
「――ワープ!」

 ワームホールに突入した『ヤマト』は、軌跡を残して宇宙空間からその姿を消した。





 

 宇宙戦艦『ヤマト』第一艦橋


 

 最後のワープから通常空間に復帰した『ヤマト』は激しい振動に見舞われ、ワープの影響で一時的に意識を失っていた古代達は目を覚ました途端に揺さぶられて思わず戦闘指揮席に備え付けられたポールを持って身体を支える。

 

「な、なんだ!?」

「――周囲の物質の密度が高くて影響を受けているんだ」

「星雲内に直接ワープ明けをしたから周囲のガスや塵に衝突しているのだろう」

 

 驚きの声を上げる古代に、必死に操縦桿を制御して船体を安定させようとする島が叫ぶように答えて、技術支援席にて身体を支える真田が補足説明を告げる。安定翼を展開して船体を安定させて、ほっと一息を突く島。

 

「それで、目標の『トランスワープ・ハブ』はどこだ?」

「……周囲のガスや塵の影響でレーダーの精度が著しく落ちています。現在調整中」

 

 無理もない。これほどガスの密度が濃いとレーダーが影響を受けて探査範囲も狭くなり、それを除去するフィルターを設定しなければ殆ど役に立たない。調整に手間取ったが、ようやくフィルターを設定して本来に近い精度を取り戻したレーダーにより、周辺の様子が分かって来た。

 

「現在地判明。現在位置は星雲外縁部より3パーセグ(4.488億キロ)『トランスワープ・ハブ』のある中心部より外縁よりになります」

「……かなり手前に出たんだな」

「似ているが、ここは我々の宇宙ではない。予定ルート上に未知の障害物を感知して回避したのかもしれない」

 

 予定宙域よりもかなり手前にワープ明けをした事について訝しむ古代に、推測する真田。だが、これで『トランスワープ・ハブ』のある星雲の中心部に直接ワープし、一気に制圧して『トランスワープ・コンジット』に突入するという作戦は難しくなった、と考えていた沖田艦長にレーダー手である森雪の緊急の報告がもたらされた。

 

「レーダーに感! 前方に巨大建造物――これは、『ボーグ・キューブ』です」

 

 ガス雲を掻き分けて進む『ヤマト』の前に、巨大な金属の壁が現れる。それは一辺三キロ、二十七万立方キロの巨大な立方体であった。本来なら剥き出しの配管などが縦横無尽に走っている筈が、配管の上から装甲が施された――他の『キューブ』とは一線を各画す『クラス4・戦略キューブ』と呼ばれる特別な『キューブ』であった。

 

「――島!」

「――緊急回避!」

「待て!」

 

 第一艦橋から見える巨大な壁の様な『ボーグ・キューブ』を見た古代の声に反応するかのように舵を切って回避しようとする島だったが、沖田艦長の制止の声に舵を切ろうとしていた手が止まる。

 

「目の前の『キューブ』を回避しても、直ぐに後方に居る『キューブ』に捕捉されるだろう」

 

 沖田艦長の指摘を聞いた古代と島は、迫り来る装甲を纏った『キューブ』の後方に、ガス雲に隠れて薄っすらとしか見えない輪郭に気付く……船体の角の部分しか見えないが、恐らく新手の『ボーグ・キューブ』だろう。

 

「この星雲には他にも『キューブ』が居るはずだ。複数の『キューブ』を相手にするのは危険すぎる――両舷全速、波動防壁を艦首に集中! このまま正面の『ボーグ・キューブ』に突っ込む」

「――艦長、それは」

「……復唱はどうした」

 

 とんでもない命令を下す沖田艦長にリスクが高いと反対しようとした真田だったが、沖田艦長の一言に口をつぐむ。半面、この数か月を沖田艦長の指揮の下に戦った若い世代――古代や島は、即座に命令を実行する為に行動に移る。

 

「進路そのまま、両最大戦速!」

「波動防壁展開、最大パワーで艦首に集中!」

 

 立ち塞がる巨大な『ボーグ・キューブ』に臆する事無く、エンジンの出力を上げて加速した『ヤマト』は周囲にあるガス雲を切り裂いて、『クラス4・戦略キューブ』に突っ込んでいく。一辺三キロ、二七平方キロもある『キューブ』に向けて全長三百三十三メートルの『ヤマト』が立ち向かう姿は、どう見ても無謀であり狂気の沙汰にしか見えず、まさに蟷螂の斧でしかなかった――しかしその無謀な突撃も、次元波動エンジンの膨大な力がそれを可能とする――『ヤマト』の船体を覆うように薄い膜の様な物が展開されると、それが艦首に集中して目に見える淡い青色の防壁となっていく。

 

「――総員、衝撃にそなえろ!」

 

 『ヤマト』に気付いた『戦略キューブ』がディスラプター砲や中性子魚雷で迎撃を行うが、『ヤマト』の艦首に展開された波動防壁がそれを阻み、迫り来る魚雷は島が絶妙な操艦で避けて、たとえ魚雷が命中しようとも波動防壁が完全に防いだ――周囲にある全ての物を切り裂きながら、『ヤマト』の艦首は恐るべきスピードで『クラス4・戦略キューブ』に激突――その装甲を砕いて『戦略キューブ』の内部構造物へと突入を果たした。

 

 


 

 

 『戦略キューブ』 女王の間

 

 緑色の淡い光に照らされて浮かび上がる投影型ウィンドウには、トラクタービームにより拘束された『ナデシコD』の分離艦が、それぞれ交戦していた『キューブ』から発射された切断ビームにより先端部分より少しずつ切り取られて収納されていく様子が映し出されていた。

 

「……シールドがまったく機能していない。まだ復旧していないんだ」

「……分解して取り込む気ですか」

 

 心配そうに投影型ウィンドウを見つめるユリカの共に映像を見ていたルリは、金色の瞳に冷たく光を湛えたまま屈強そうな『ボーグ』に守られたラピスに問い掛けるが、刺々しい詰問を受けても無表情を崩さないラピスは、空間に投影されたウィンドウに映る分離艦を見ながら淡々と答える。

 

「……あの艦は私達が並行世界へと迷い込んだ原因の一つ。あの艦から広がった幾何学模様がジャンプ・フィールドを形成して、ボゾン・ジャンプの演算ユニットに組み込まれた経験があるミスマル・ユリカが何らかの――多分、この世界の演算ユニットにデーターを転送する事で並行世界への転移を可能としたはず。ならばまずはジャンプ・フィールドを形成するシステムを同化する」

 

 ウィンドウ内では、切断ビームを受けて装甲を剥がされて内部構造を露出した分離艦が『キューブ』の外壁に開いた開口部より格納庫内へと引き込まれていき、格納庫内の至る所からチューブが伸びて分離艦の剥き出しの内部構造へと突き刺さって行く光景が映る。

 

「止めてラピスちゃん!」

「艦の中にはまだクルーがいるんですよ!?」

 

 自分達が乗っていた艦が分解されていくという悪夢の光景を見せられたユリカとルリが声を上げるが、ラピスはまるで意に返さないかの様に無表情を貫き、ウィンドウ内の光景は変わらず分離艦の解体を続けていた。

 

「ラピス! 分からないんですか、あそこには人が残っているんですよ!?」

 

 船に居るクルーなどまるで考慮せずに、淡々と―まるで流れ作業をするかのように解体を進めて行くラピスに、思わず声を荒げるルリだったがラピスはまるで理解出来ないかのように、逆に不思議そうな顔をする。

 

「なにをそんなに怒っているの、ルリ? 同化して『ボーグ』になれば、共に高みを目指せる。一人では出来ないことも『ボーグ』になれば『みんな』で出来る――もう暗闇で一人泣かなくていい、孤独を感じなくていい、集合意識とリンクすれば安らぎを得られる」

「……そうか、ラピスちゃん“寂しかった”んだね」

「……何を言っているの、ユリカ」

 

 ラピスの言葉を聞いて得心が言った――火星の後継者から救出された後にユリカは、何故テンカワ・アキトが帰ってこないのか気になって、ネルガルのアカツキ会長に直談判して、ユリカはテンカワ・アキトがネルガルに救出された後の行動記録を開示して貰い、彼が何を思ってどう行動したのか知りたいと考えたのだ。

 

 そして、その行動記録の中にネルガルが救出した少女ラピスの事があった。遺伝子操作によりISFに親和性を持たせて、コンピューター関連の専門知識を直接脳に刻まれた、桃色の髪と金色の瞳という自然界には存在しない配色をされた少女。

 少しずつ弱っていく身体を押して鬼気迫る気迫で戦場へと向かうアキトをサポートする要員として、そして母艦である戦艦ユーチャリスのオペレーターとしてアキトを支えた彼女だったが、周囲にはネルガルの暗部に属する者か、技術者などしかおらず、彼女―ラピスが人間的に成長する機会は殆どなく精神は幼いままであり――そしてその幼い精神を操り捻じ曲げたのが、話に出て来た『ボーグ・クイーン』なのだろう。

 

(……こんな小さな女の子を道具の様に扱うなんて)

 

 ユリカの中に怒りの炎が湧き上がるが、現状では手の出しようがない。ラピスの傍には屈強な『ドローン』が二人おり、目の前には最愛の人(抜け殻)が立ち塞がる……そしてこちらは非力な女と少女だけ。

 

 ――だがその時、幼いながらも整った顔立ちをしたラピスの柳眉が動き、何かに気が付いたかのように眉間にシワが寄る。すると、それに反応するかのように護衛として傍に居た屈強なドローン達の様子が目に見えておかしくなり、まるで周囲の事がみえていないかのように意味不明な挙動をはじめ、部屋の中を照らす緑色の光が点滅を始める。

 

「……これは一体?」

 

 周囲の変化に途惑うラピス――そして、その隙をユリカとルリは見逃さなかった。

 

「――ルリちゃん!」

「――はい!」

 

 その言葉を合図にユリカは動きを止めているアキトを無視して、戸惑う様子を見せるラピスを捕獲するべく飛び掛かるが、事前に気付いたラピスが躱すことにより勢い余って床に倒れ込む。

 ユリカをあっさり躱したラピスだったが、この行動を読んでいたルリが背後からラピスに飛び付くと揃って床に倒れ込む。体格差もあってルリの勢いを受けきれなかったラピスはゴロゴロと床を転がり、ようやく止まった時にはルリに組み敷かれる形で床に押し倒された形になっていた。

 

「……油断しましたね、ラピス。自らが圧倒的な優位にいると思っているから、足を掬われるんですよ」

「……皆との繋がりが阻害されている。何をしたの、ルリ?」

「ラピスちゃん。戦力的に劣勢な私達は、貴方達『ボーグ』と戦う為にあらゆる手段を検討したわ」

 

 テンカワ・アキトを取り戻す為には、多くの種族に恐れられている『ボーグ集合体』と事を構える可能性が高かった。高度なテクノジーを用いて同化対象とした相手を機械的に無慈悲に同化する『ボーグ集合体』の代名詞とも言える『ボーグ・キューブ』は、一隻で惑星連邦の艦隊を壊滅状態に追い込むほどの絶大な戦闘力を誇り、その『ボーグ・キューブ』を複数存在する星雲へ突入するのは自殺行為のようなものである。

 

 それでも諦めきれないユリカ達は『ボーグ集合体』の特性、特に『同化』のプロセスを詳細に調べた――『ボーグ』の目的は自らの生命体としての完全性の追求であり、領土や財貨そして個人というものには興味を示さず、特定の種族の生物的特性や技術的特殊性が『集合体』の完全性に寄与するかどうかを評価して、『集合体』にとって有益であると判断すると、それら優れたモノを取り込む――それが彼らの『同化』である。

 

 『同化』まず相手の事をセンサーなどで調べて『集合体』に有益化どうかを判断して、有益であると判断すると相手を無力化して自らに取り込み、『同化作業』入る――対象の技術を取り込む為に航宙艦を解体し、乗員を『同化処置室』にてナノプローグを投与して『ボーグ・ドローン』へと改造していく。

 

「無力化した相手を取り込んで『同化』する……逆を言えば、『同化』の価値がある間は破壊される事は無い――ならば、そこに『罠』を仕掛ける」

 

 『ボーグ』との戦う方法を模索していたユリカは、未来の『オモイカネ』から示された対『ボーグ』の専門家であるピカード艦長から、その薫陶を受けて戦うヒントを得たいと思っていた――そして、ようやく彼の指揮する連邦航宙艦『エンタープライズE』と接触した時に、その傍にいた別の地球から迷い込んでいた宇宙戦艦『ヤマト』と遭遇したのだ。

 

「『ヤマト』という航宙艦から『ボーグ』から受けたダメージを回復する為に、面白い提案を受けたわ」

 

 機関部に深刻なダメージを受けた『ヤマト』は、原因である『ボーグ』の『ナノプローグ』を排除する為に、大量のナノマシンを用意して欲しいというモノであった――『ナノプローブ』を制するのにナノマシンを用いる。それは以前にも検討していた手法であったが、『ボーグ』の圧倒的なテクノロジーには対抗できないとして破棄した手段であった。

 だが『ヤマト』には、それを可能にする手段があった――異星人の少女の血液に内包された『抗体システム』と、そのシステムを解析して複製出来る技術者により、『ナノプローグ』を無力化できるナノマシンの大量生産を可能に出来ると言う。

 

「……それを知った時に閃いたわ――それを使えば『ボーグ』の『同化』を逆手に取る事が可能だと。この世界の航宙艦には『有機的思考』を再現した『バイオ神経回路』で構成されたコンピューター・ネットワークが搭載されていて、それに対『ボーグ』用にプログラムされたナノマシンを組み込むことで、強力な対抗手段になる」

 

 バイオ神経回路――連邦航宙艦には『有機的思考』を再現した『バイオ・ニューラル・ジェルパック』で構成されたコンピューター・ネットワークが搭載されおり、機械的に「計算」するのではなく人間のように「考える」ことができるコンキューター・チップであり、処理速度・反応速度を飛躍的に高める事に成功して各航宙艦の改装時にアップデートされていったのだ。

 

「……そんなことで『ナノプローブ』を無力化するなんて、今まで誰にも出来なかったのに!?」

「……ふふふっ。実はね、抗体を持っている翡翠ちゃんに、もっと強力な『抗体システム』は無いかって聞いたら――」

「……あの『翡翠ちゃんウイルスGO・TO・HELL』とかいう、ろくでもない物ですか……『ニューラル・トランシーバー』とかいう怪しげなモノ共々『オモイカネ』が嫌がって、組み込むのに苦労したんですよ」

 

 自慢げに解説するユリカと、ラピスを押さえ付けながらため息を吐くと言う器用な真似をするルリ……ジャスパーによりデープ・スペース13に招き入れられた翡翠の助力によって長い眠りから覚めたユリカは、何とか時間を作って翡翠に助けられたお礼を述べた次いでに“例の”『抗体システム』について色々聞いてみたのだ。

 

【ん? アレより強力な奴、もちろん在るよ】

 

 『ヤマト』に供給するナノマシンの対価に、暇していた翡翠の知識と『ヤマト』の頭脳と言うべき真田の協力を取り付けて、ナデシコが誇る変人技術者達が総力を挙げて対『ボーグ』用のナノマシンを完成させたのだ。

 

「……『ナデシコD』は目に見える見せ札。本命はバイオ神経回路に潜ませたカウンタープログラム入りのナノマシン、“いつもの様に”同化しようとした貴方達は、まんまと毒入りの果実を食べたわけ」

「くつうううっ……」

 

 ルリに組み敷かれたラピスは、ユリカの説明を聞きながら悔しさに歯噛みしていた……『クイーン』により『ボーグ』の一員として迎えられ、『集合意識』とリンクする事で多数の声に支えられる幸福感を感じ、『ボーグ・キューブ』という圧倒的な力を操る全能感は、幼い身体を高揚させるには十分であった――例え『クイーン』にどんな思惑が有ろうとも、彼女は自分を『選んで』くれたのだ……なのに全能の力に酔って、こんな初歩的な罠に引っかかるなんて。

 

 悔しさに打ち震えているラピスを見ていたルリは、表情を引き締めて語り掛ける。

 

「……ラピス。『ボーグ』の目的、自らを高めてより完全な生命体を目指すというのは崇高なものだと思います――けれど、その為に他の種族を力づくで『同化』するのは間違っています。貴方達は種族という枠組みで見ていますが、その種族という枠組みの中には、無数の個人がより良い自分になろうと努力している筈です」

 

 種族全体から見れば、ちっぽけで非力な個人という人々が、より良い明日を迎える為に出来る範囲で創意工夫を行って、その積み重ねが新しいモノを生み出していく――それこそが進歩である筈だ、と。

 

「……ルリちゃんの言う通りだよ。優れた種族の特性や技術を『同化』すれば、それ以上の発展は見込めない……だって、それはもう『ボーグ』という単一の種族の特性や技術になるから……それを生み出した人々の思いは、そこには無いから」

「……私は」

 

 真摯にラピスを説得するユリカとルリ……ラピスの身体は、華奢なルリですら容易く組み伏せられるほど小さく幼い。そんな幼い少女を『ボーグ・キューブ』などという異星人の航宙艦に所属させておくなど彼女の為にならないと考えているから――だが『悪意』は突然姿を現すモノである――彼女たちは知らない、『戦略キューブ』内のこの部屋が『女王の間』と呼ばれている事を。

 

 唐突に室内に高い電子音が響くと、天井部分に備え付けられていたオブジェからプラズマが迸ってフレキシブルに動く三本の金属製のチューブが蠢きながら降りて来る。

 

「――危ない!」

 

 降りて来た金属製のチューブが横なぎにラピスの上に覆いかぶさるルリを排除しようとするのを見越したユリカが、とっさの判断でルリを抱えて金属製のチューブの一撃を回避する。縺れ合いながらも金属の一撃を回避したユリカとルリが身体を起こして視線を向けると、そこには押さえ付けていたルリが居なくなり身を起こしたラピスの背中に向けて、金属のチューブが次々に突き刺さるというショッキングな光景であった。

 

 金属製のチューブが背中に突き刺さる度にラピスの小柄な身体がビクン、ビクンと震えると彼女の身体から一切の力が抜けて、金属製のチューブを起点に小さなラピスの身体が起き上がる……そこには彼女の意思は存在せず、脱力した身体からは何の動きもない。

 

「……ラピス」

 

 ルリの口からその言葉が呟かれた途端、ラピスの身体が大きく震えると、彼女は桃色の髪に隠れた顔を上げる――その表情は感情が抜け落ちて、その目は白い部分すら黒く染まって中心部分に緑色の光点が灯る。

 

『我々は、ボーグ』

 

 黒く染まった眼がユリカとルリを見据える。

 

『航宙艦に張り巡らされた伝達システムにウイルスを仕込むとは、中々悪辣な手を考える……これも人間の特性か』

 

 

 皮肉気に口角を歪めるラピスに、言葉が出ないユリカとルリ。今までのラピスと違って“今の”ラピスから発せられる気配は、人を超えて超然とした絶対の覇者としてのオーラを纏っている。

 

『この個体の未熟さゆえに、四隻の『キューブ』が機能不全に陥っているばかりか、ロキュータスによる『トランスワープ・ハブ』の破壊を許すとは、我々も慢心していたということ、か』

 

 

 自分達を見ているようでまったく映していない瞳は、どこか遠くを見ているかのように話す。

 

『だが、お前達を同化する事で得られる技術で、我々『ボーグ』は新たな『トランスワープ』技術を得られる――ここまで我々を翻弄した褒美だ、求めていた男の手で我々の一員となるがいい』

 

 

 その言葉で、今まで微動だにしなかったテンカワ・アキトの成れの果てが、動き出してユリカとルリに近付きながら右手から同化チューブを展開すると、残った左手をユリカに向けて伸ばす――が、その手が届く前に半透明な障壁が張られて、アキトの手を弾き飛ばす。

 

「――させると思うか」

「――ソフィアちゃん!?」

「……貴方、どこから?」

 

 何もない空間が揺らいだかと思うと、突然白色の長髪と幼いながらもユリカによく似た美貌を持つ金色の瞳の少女――ソフィアの出現に、驚きを隠せないユリカとルリ。

 

「わざわざ他所の船にまで出張するとはご苦労な事だが――ユリカを傷つける事は許さない、彼女は私のモノだ」

『なるほど、別位相に隠れていた訳か。何者だ?』

 

「お前に名乗った所で無意味だ」

 

 突然現れて邪魔をするソフィアを見据えてラピスの身体を乗っ取った存在が感心したように呟くと、それに応えるようにソフィアが無い胸を逸らして宣言した……その後ろでは所有物扱いされたユリカが「あはははっ」と苦笑いをし、同じく苦笑を浮かべたルリが「愛されていますね」とからかいながら肩を竦め……二人の会話から推察する。

 

「……あの悪辣なウイルスは『ボーグ』の『ナノプローブ』を基に爆発的な速度で増殖して、『ボーグ・キューブ』のみならず繋がる『ドローン』にも影響を与える……そうなれば、この艦の『集合意識』も影響を受けて機能不全に近い状態になる筈」

「……つまり、ラピスちゃんを乗っ取っているのは別の『キューブ』の『集合意識』、あるいは『集合意識』を介した『クイーン』かも」

 

 ラピスの皮をかぶるナニかからユリカ達を庇うように対峙するソフィアの後ろで現状を把握しようと気付いた事を話し合いながらユリカとルリは、制服の内ポケットに潜ませた“切り札”に意識を向ける……後は何か切っ掛けさえ有れば。

 

 ――そして切っ掛けは唐突に訪れる。

 

 ラピスの皮をかぶったナニかと対峙しているソフィアが、揃って何かに気付いたかのように顔を上に上げて虚空を見つめる。

 

『重力干渉波? こんな至近距離で、何が起こっている?』

「……空間湾曲率が増大している? これは何かが空間をこじ開けようとしているのか」

 

 隔絶した技術によって人ならざる感覚を持つラピスの皮をかぶったナニかと、古代火星文明の作り上げた演算ユニットのアバターであるソフィアの超感覚は、自分達の居る『戦略キューブ』の近距離の空間が歪められて白い空間――ワームホールが形成されるや、その中から一隻の航宙艦が出現するのを感知した。

 

 既存の航宙艦とは全く異なる設計思想により未知のテクノロジーを用いて形作られたその航宙艦は、細長い船体の上に戦う為の武装を施した重武装の戦闘艦であり、ラピスの皮をかぶったナニかには見覚えのない船であったが、ソフィアにとってはその船は既知のモノであった――位相の異なる世界に力づくで進入して色々と邪魔をしてくれた“あの娘”の乗る船――宇宙戦艦『ヤマト』。

 

 『ボーグ』の巣くうこの星雲への攻撃が決定する時に袂を分かったあの船が、何故この星雲に来たのか? 故郷を救う事を第一にしていたあの船に乗るクルーがどんな心変わりをしたのか疑問い思うソフィアであったが、事態は彼女に考える時間を与えてはくれなかった――突如この星雲に現れた『ヤマト』は速度を緩める事なく、むしろ速度を上げて突っ込んで来る……艦首が半透明の防御フィールドに覆われており、『ヤマト』のクルーが何をしようとしているのか理解したソフィアは、クルー達の正気を疑う。

 

「――加速した!? ユリカ!」

 

 『ヤマト』の意図に気付いたソフィアは、振り返ってユリカと隣に居たルリをついでに抱えて彼女たちを守るように障壁を展開すると同時に、『キューブ』内が激しい振動に見舞われる。全長三百三十三メートルの『ヤマト』がワープ明け直後の猛スピードで激突した衝撃は、一辺三キロ・二十七立方キロの『ボーグ・キューブ』の巨体を震わせるほどの衝撃を与えて、ソフィアに庇われたユリカとルリは絶え間なく押し寄せる激しい揺れに翻弄される。

 室内を照らす緑色の照明が明暗を繰り返し、『キューブ』を形作る構造体が瓦礫となって降り注ぐ……爆撃で受けたかのような残状の中で、ソフィアの張った障壁はユリカアとルリを完全に守り切り、先ほどまで対峙していたラピス達は『ウイルス』によって低下した機能を最大限に使用して何とか身を守る事が出来たが、屈強な『ドローン』達は瓦礫の中に埋もれて暫くは身動きが取れない様子であり、アキトは床に倒れ伏して身動き一つしない。

 

 そしてラピスは、激しい振動によって室内を彼方此方に飛ばされて、いつの間にか背中に接続されていた金属製のチューブも途中で捻じれ切れて、“ナニか”に支配されて希薄になっていた自我が戻ったが、『ボーグ・シールド』に守られていたとはいえ幼い身体を打ち付けた影響で暫くは身動き一つ出来なかったが、苦悶の声を上げながら何とか顔を上げた彼女が来たモノは――室内の壁をぶち抜いた巨大な砲口であった。

 

「――なっ!?」

 

 無茶苦茶な方法で『戦略キューブ』内に突入してきた航宙艦の艦首に備え付けられた巨大な砲口が目の前にあり、ラピスは驚きの声を上げる。まるで現実感のない光景に戸惑うしかなかったのである……眼前の光景に暫し身動きを忘れていた僅かな間だったが、それが致命的な隙となってしまった。首筋に冷たく硬いモノが押し当てられる感覚と共に「プシュ」という音が聞こえたかと思うと猛烈な眠気が襲ってくる。

 

「――油断大敵ですよ、ラピス」

 

 意識を失う直前に聞こえた声は、ホシノ・ルリのものであった。

 

 




 どうも、しがない小説書きのSOULです。

 『ヤマト』の象徴でもある艦首波動砲口ってインパクトがありますよね。

 『ヤマト』の乱入によって出来た隙をルリは見逃さなかった。
 こうして絶望的な『ボーグ』との戦いは一応の終息を迎えるのであった。


 次回 第五十六話 絶望の中に見える希望
 彼女達は確かにやり遂げた――だが、

 では、また近いうちに。


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第五十六話 絶望の中に見える希望

 星雲内にワープ明けをした『ヤマト』の前には、敵『ボーグ・キューブ』の中でも恐るべき防御力と攻撃力を持つ『クラス4・戦略キューブ』の巨体が聳え、後方には星雲内のガスに隠れた幾つもの『ボーグ・キューブ』の姿が見えた。
 このままでは包囲殲滅されてしまうかと思われたが、正面にある『クラス4・戦略キューブ』に向けて最大戦速で突入するという艦長である沖田十三の機転により、この危機的状況を切り抜ける事に成功した。

 イスカンダル・テクノロジーにより開発された『波動防壁』の堅牢さと戦闘艦故の強固さにより『クラス4・戦略キューブ』の船体へと突入した『ヤマト』は、『クラス4・戦略キューブ』の船体を盾に複数の『ボーグ・キューブ』による攻撃の危険性を排除したのだ。




 

 

 

 宇宙戦艦『ヤマト』第一艦橋


 

「……被害状況は?」

「波動防壁のお陰で船体の損傷は軽微です」

「よし、総員武器を携帯。白兵戦用意!」

 

 艦長席に座って突入の衝撃に耐えた沖田艦長は、他の乗組員には見えない様に胸を押さえながらも指示を出す。突入の衝撃から立ち直った乗組員達が近くにある保管庫から武器を取り出して戦闘の準備を行っている中、通信席に居た相原は外部からの通信が入っている事に気付く。

 

「艦長! 映像通信が入っています。このコードは……『ナデシコC』です」

「……パネルに出せ」

 

 何故『ボーグ・キューブ』内でナデシコのコードを使った通信が入るのか? 疑問に思いながらも沖田艦長は相原通信長に映像を天井のパネルに投影するように指示する。天井のパネルに灯が点って輪郭を形成するとパネルに見覚えのある銀色の髪と藍色に見える髪が映し出された。

 

『もしもーし、聞こえていますか?』

「……聞こえているよ、ホシノ艦長。ミスマル艦長と二人だけかね?」

『沖田艦長! 私はテンカワ・ユリカだって言ったじゃないですか、プンプン』

『……ユリカさん、まだその設定引っぱっていたんですか』

 

 パネルの中で口論をする二人と、最初は見えなかったが二人を呆れたように見ているユリカによく似た顔立ちの少女がいた……未だ口論している二人を見て、このままでは話が進まないと考えた沖田艦長が仲裁がてら何故『ボーグ・キューブ』の中に居るのか聞く。

 

『実は『ボーグ』に拉致られちゃいました、てへ』

 

 二十を超えている筈なのだが時折子供っぽい仕草を見せるユリカ……それが妙に芝居掛かっている事は置いて、彼女の説明を聞いた『ヤマト』の乗組員達は彼女達ナデシコ・クルーの大胆な作戦に開いた口が塞がらなかった。

 

 絶望的に戦力差が有ったからと言って、宇宙基地に係留されていた航宙艦を全て破壊される事が前提で突入させて『ボーグ・キューブ』のセンサーを攪乱するや、本隊である『ナデシコD』を持って肉薄して、遮蔽装置で潜伏した『ナデシコC』のシステム掌握を持って『ボーグ・キューブ』を無力化しようとしていたとは。

 

 しかも、その作戦が失敗した時の次善の策として『ナデシコD』自体にカウンタープログラムを組み込んだナノマシンを用意して、『ボーグ』の『同化』を逆手に取ろうとは……見た目に反して大胆な作戦を立案するものだと感心していた。

 

「……とんでもない作戦を思いついたものだ」

 

 理論家である真田が感心した様な声を上げる。彼女達の説明では、現在『ボーグ・キューブ』は機能不全に陥っているので危険は殆どないと言う。

 

『それで沖田艦長、実は『ヤマト』の医務室を使わせて欲しいんですけど?』

 

 ユリカの突然の申し出に理由を聞くと、探し求めた夫を膝枕している彼女の視線がルリの傍で眠る幼い少女に向けられる。話を聞くと、その少女は『ボーグ』に『同化』されたユリカ達ナデシコ世界からの転移した同胞であり、謎多き存在である『ボーグ・クイーン』に代弁者として仕立て上げられて『ボーグ・キューブ』の艦隊を指揮して『ナデシコC・D』と戦いを繰り広げたのだと言う。

 

「……詳しい話を聞く必要がありそうだな」

 

 困惑した空気が広がる中、真田がポツリとこぼした。

 

 


 

 『ヤマト』士官室

 

 主に上級士官達がミーティングを行う事が多い士官室だが、間接照明の落ち着いた光と鉢植えに植えられた色鮮やかな花々が雰囲気を柔らかい物している事も有り、外部からの人物を迎え入れる時などに重宝している。

 

 そして現在、士官室には『ヤマト』艦長の沖田と豊富な知識を持つ副長の真田と護衛として古代の三人が着席しており、反対側には『ナデシコC・D』の艦長であるミスマル・ユリカ艦長とホシノ・ルリ艦長の両名が揃って着席していた。

 彼女達と共に収容したテンカワ・アキトらしき人物と十代半ばの少女二人の内、意識を失っていたテンカワ・アキトと『ボーグ』に同化されていた少女は医務室にて処置を受ける事となり、もう一人のミスマル・ユリカ艦長の血縁者とおぼしき少女は、士官室へと移動している途中で出会った翡翠に引き摺られるように消えて行ってしまった……さて二人はどうして『ボーグ・キューブ』の艦内にいたのか問おうとする前にユリカ艦長が頭を下げた。

 

「――まずは救助して頂きありがとうございます」

 

 それからユリカ艦長に『キューブ』内で孤立していた経緯を聞いた沖田艦長と真田はぴくりと片眉を動かし、古代は呆れを含んだ苦笑いを浮かべる――拠点に停泊していた数十隻の航宙艦を破壊される事を前提に突入させて、破壊されて巻き散らされた破片とチャフなどと言う古典的な手段で相手のセンサーを妨害しつつ、突入した自らの船を囮に『ボーグ』にウイルスを仕込むなど大胆にも程がある。

 

「……随分と無茶をされたんですね」

「……アキトを取り戻す為です、頑張りました!」

 

 ふん! と豊かな胸を張るユリカ……ここに豊かではない翡翠などが居たら、どうなったであろうか?

 

 


 

 『ヤマト』医療区画

 

 宇宙戦艦『ヤマト』の中に設けられている医務室には、千名近いクルーの体調を管理する為の設備が効率よく配備されており、長期間の航海を想定している故に高度な医療施術すら施せる設備を誇る『ヤマト』の生命線の一つである。

 

 そして今、その医務室には二人の患者がベッドの上で規則正しい寝息を立てている。外せる限りの『ボーグ』製の器具を外して個々のベッドに寝かされている成人男性と年端の行かぬ少女、テンカワ・アキトとラピス・ラズリが寝かされており、その周りにはミスマル・ユリカからの連絡を受けてナデシコから文字通りシャトルで飛んできたイネス・フレサンジュとスバル・リョーコがテンカワ・アキトの眠るベッドの傍におり、その後ろにはウリバタケ・セイヤとハルカ・ミナトがテンカワ・アキトを救出出来た事に安堵したのか、ほっとした表情を浮かべていた。

 

「……やっと、帰って来たのね」

「……いや、分かんねぇぞ。コイツの事だから、日の当たる場所は俺には似合わない、とか言って出て行こうとするかもな」

「……言えてる。昔からアキトはヘタレな癖に変に頑固な所があるからな」

 

 規則正しい寝息を立てるテンカワ・アキトの顔を見ながら感慨深げに呟くハルカ・ミナトに、にやっと笑ったウリバタケ・セイヤが茶々を入れて、スバル・リョーコは昔の彼を思い出して苦笑を浮かべながら同意する。

 

 火星の後継者との戦いに決着がついた後も帰ってこなかったテンカワ・アキトを捕獲する為にネルガルの協力を得て作戦を遂行していたが、突然のアクシデントで未知の並行世界に放り出されて恐るべき敵『ボーグ』と遭遇して撃沈寸前にまで追い込まれ、三年の間に力を蓄えてようやく彼を取り戻したのだ……柔らかな表情を浮かべた彼らの胸中には達成感のような物が広がっていた。

 

 そんな中で眠るテンカワ・アキトの顔を無言で見ていたイネスは、アキトの眠るベッドから離れると備え付けられた机の上で機械に表示されている数値を難しい顔で見つめる『ヤマト』の医官である佐渡の側まで来て、難しい顔のまま表示されているバイタルを見つめる。

 

「……不味いわね」

「……そうじゃのう」

「……Dr佐渡。艦長に連絡を取ってもらえるかしら」

 

 


 宇宙戦艦『ヤマト』 士官室

 

 『ボーグ・キューブ』内で保護したナデシコの艦長ミスマル・ユリカとホシノ・ルリの両名からの事情説明を聞いていた古代と真田は何とも言えない表情を浮かべ、経験豊富な沖田艦長でさえ片眉が動いて驚きを現していた――だが驚いたのは『ボーグ・キューブ』内での騒動だけではなく、彼女ミスマル・ユリカ艦長の発したある発言によるモノが大きい。

 

「――『トランスワープ・ハブ』が破壊された?」

「ええ、ラピスに憑依していた“何か”が言ってましたけど、ピカード艦長率いる『エンタープライズ』が『トランスワープ・ハブ』の破壊に成功したようです」

 

 愕然とした表情を浮かべる古代と真田。並行世界に居続ければ並行世界に適合できずに塵と化してしまう事が判明して、起死回生の手段として『ボーグ』の『トランスワープ・ハブ』を利用して元の世界への帰還を果たす為に危険極まりないこの戦闘宙域へ決死の覚悟でワープしたと言うのに、目的である『トランスワープ・ハブ』が既に破壊されてしまっていた事に表情を曇らせる古代と真田。普段は沈着冷静な沖田艦長ですら眉間にしわを寄せて、知らされた事実の衝撃の重さを物語っていた。

 

 『ヤマト』側が動揺する様を見たユリカが小首を傾げていると、士官室に備え付けられた艦内通話機が鳴り、動揺しながらも努めて平静を保とうとしている古代が立ち上がって壁に備え付けられている艦内通話機を操作すると二、三言葉を交わした後、ユリカに視線を向ける。

 

「……ミスマル艦長。医務室のフレサンジュ氏より、医務室の方に来て欲しいとの事です」

 

 そう告げた瞬間、ユリカと傍に居たルリの顔色が変わる。今、医務室にはやっと取り戻したアキトが眠っているのだ。何か良くない事があったのだろうか? 

 

 


 

 宇宙戦艦『ヤマト』 医務室

 

「……そんな、嘘でしょう? アキトが二度と目覚めないなんて」

「……そうですよ。イネスさん、タチの悪い冗談は止めてください」

 

 イネス・フレサンジュに呼ばれて医務室へとやって来たミスマル・ユリカとホシノ・ルリは、告げられた言葉が理解できずに……否、理解を拒んでイネスの説明を拒否する。だが白衣を纏った女官は表情から感情を消して、淡々とした口調で彼女達へと説明を続ける……まるで説明するのが使命であるかのように。

 

「アキト君の身体に注入されたナノマシンが彼の脳を圧迫している話はしたわね。私が旧『ナデシコD』に乗り込んだのは、出来るだけ早く彼の身柄を確保して、少しでも人間らしい機能を残して最後を迎えてもらう為だったんだけど……」

 

 複数のナノマシンを注入された結果、彼の脳の周辺に歪な補助脳が形成されて、本来存在しない補助脳によって長期間脳が圧迫され続けたばかりか、火星の後継者から救出された後も補助脳は増殖を続け、止めとばかりに打ち込まれた『ボーグ』の『ナノプローグ』によって補助脳の増殖は加速したと説明される。

 

 努めて事務的にテンカワ・アキトの状態を説明しようとしているイネスは、医務室の設備であるデスクの上の情報端末を操作して先ほど精密検査により判明した現在のテンカワ・アキトの脳の3Dグラフィックを呼び出す――そこには3Dで表示された脳に機械の触手が侵食している姿であった。

 

「補助脳の侵食は脳の表面だけでなく、頭頂葉と前頭葉を隔てるローランド溝やシルビウス溝にまで侵食しているわ」

 

「……何とか出来ないんですか?」

 

 白い肌を一層白くしたルリが呟くように問い掛ける……何とか出来るとは本人も思ってはいなかったが、それでも問わずにはいられないのだろう。一抹の望みを賭けたその問い掛けに、無情にもイネスは首を横に振った。

 

「問題はそれだけじゃないのよ。火星の後継者によって大量に注入されたナノマシンによって、アキト君の脳の所々で細胞の壊死が起こっている……人として、どれだけの機能が残っているか……」

「――何だよそれ!? 何でそんなことになってんだよ!」

「私達はアキト君を助ける為に集まったんじゃないの!?」

 

 表情を削ぎ落して淡々と語るイネスと、残酷な事実に言葉を失っているユリカとルリの会話を驚愕の表情で聞いていたスバル・リョーコとハルカ・ミナトが悲痛なモノへと表情を変えて叫ぶが、答えは返ってこない……そんなやり取りを見ていたウリバタケ・セイヤは、後頭部を掻き毟った後に小さく「……そんなにうまい話はねぇか」と呟いた。

 

 淡々とした口調のイネスより語られる衝撃的な言葉に、表情を強張らせるユリカ。愛した男を救う為に、より良い未来を掴む為に、万難を排してやっと取り戻したと言うのに、こんなに近くに手の届く所に居ると言うのに、彼は目を覚まさずに言葉を交わす事すら出来ないなんて……ユリカの内面に激情が荒れ狂い、それに呼応するように彼女の身体の表面にナノマシンの燐光が激しく点滅し始めた。

 

 ミスマル・ユリカの身体を走るナノマシンの燐光を見たルリやミナト達の表情が強張る――以前、テンカワ・アキトの余命が殆どないと知った時、彼女の身体からナノマシンの光が溢れて幾何学模様を形成すると、瞬く間に周辺宙域に広がって船ごと並行世界へと転移させたあの時と同じ輝きに一同に緊張が走る。

 

 そんな緊迫した状況の中で、柳眉を寄せたイネスは無言でユリカに近づいて右手を振り上げると一閃、ぱーんと言う乾いた音が響きく。頬を打たれて呆然とするユリカに向けて厳しい視線を向ける。

 

「艦長――いえ、ミスマル・ユリカ。貴方はアキト君と夫婦になったのでしょう? 彼の妻を名乗るなら、彼を看取るのも貴方の役目の筈よ」

 

 


 

 

 医務室の中で突然行われた修羅場に、運び込まれた二人の患者の処置をしていた衛生士である真琴は職務に集中している風を装って巻き込まれないようにしながら、電子カルテを持って難しい顔をしながら端末に表示されている二人の患者の生体情報――特に成人男性 テンカワ・アキトという名前らしいが、彼のおかれている状態を見ている佐渡の下へと向かう。

 

「先生、指示された薬剤の投与が終わりました」

「おお、ご苦労さん」

 

 真琴の報告に労いの言葉をかけながらも佐渡は端末から目を離さない……それほど彼テンカワ・アキトの容態は予断を許さない状況なのだ。大量のナノマシンを投与されて肥大化した補助脳によって脳を圧迫され続けたばかりか、投与されたナノマシンの一部が異常な動きをして脳に被さる形で増殖した結果、脳の至る所で機能不全を起こし――特に脳幹部分にも障害が起きて、生命維持中枢に深刻な障害が起きてもおかしくない状態であり、正直いつ呼吸が止まっても可笑しくない状況であった。

 

 23世紀にも近い『ヤマト』の所属する地球においても、脳は未だ未知の領域であり、検査技術が向上してもまだまだ解明されていない複雑な領域であった。

 

 医療用のナノマシン技術が向上して病気疾患など内部から治療が可能となったが、今回は異星由来のナノマシンが大量に投与されている事も有って効果のほどは期待できない――しかもテンカワ・アキトは『ボーグ』の『同化』によって『ナノプローグ』を打ち込まれており、それがどのように影響するのか未知数なのだ……そこまで考えた時、真琴は妙な引っ掛かりを覚える。『同化』『ナノプローグ』というワードに胸の前で腕を組んで考えていた真琴は、そのワードを聞いた状況を思い出した。

 

『異物の進入を確認、抗体システム起動します』

 

 そうだ! 翡翠がまだ子供らしかった頃に『ヤマト』の艦内に侵入した『ボーグ』の戦闘員である『ドローン』によって『同化処置』を施された時に、翡翠の口から別人のような声で宣言した後に体内に侵入した『ナノプローブ』瞬く間に駆逐したばかりか、『ヤマト』に迷い込んだ時の影響で無くしていた記憶の復元までやってのけたのだ。

 

 ……まぁその後、本来の記憶を取り戻した翡翠は本性を現した、あるいははっちゃけたと言うか、大人を平気でオモチャにする悪戯娘になってしまったが――だが、忘れてしまいそうになるが翡翠は異星人であり、彼女の身体の中には未知のテクノロジーである『抗体システム』と呼ばれるモノがある。

 

「――佐渡先生」

「……ん?」

「この患者ですけど、翡翠を『ボーグ』の『同化』から守った、あの『抗体システム』とか言うヤツ使えませんかね?」

「……『抗体システム』? ああ、ワシが気を失っとった時に起動したというアレか」

 

 『ボーグ』の襲撃を受けた後に、驚異的な身体能力を発揮した翡翠の同意を得て精密検査を行ったのだが、結果は不自然なまでに彼女の肉体は飛球人類と大差なく、血液検査の結果も不自然なモノは見つからなかった為に、翡翠に協力してもらってサンプルを都合してもらったのだ……結果、二度も痛い思いをしたと半泣き(嘘)になった翡翠にタカられた真琴であった。(涙)

 

「……翡翠から提供されたサンプルを解析してみたんじゃが、まったく理解不能でのう。流石は異星人のテクノロジーと言った所か」

 

 やれやれ、とため息を付きながら後頭部をポリポリと掻く佐渡。

 

「――ちょっと、待って頂戴」

 

 そんな佐渡に待ったを掛けたのは、重苦しい雰囲気の中で厳しい視線をユリカに向けていたイネスであった。あの雰囲気の中でも佐渡と真琴の会話は聞こえていたようで、カツカツとヒールの音を鳴り響かせながら佐渡の下へとやって来る。

 

「Dr・佐渡。翡翠と言うのはナデシコの乗り込んで来たあのハチャメチャな娘よね? あの娘は、貴方達の世界の人間ではないの?」

 

 真剣な表情で佐渡に問い掛けるイネス――並行世界に転移する前から、彼女はテンカワ・アキトを治療する術を模索し続けていた。そしてそれは並行世界に転移した後にも模索を続けていたのだ。強大な敵に遭遇して壊滅的な被害をうけたが、幸運な事に未知の航宙艦が転移して来た事により敵は退けられて、ナデシコに巣くっていた製造元不明な未知のAIとの奇妙なやり取りの後に、この世界において一大勢力である惑星連邦が放棄した巨大宇宙基地へと導かれた。

 

――この望外な幸運にイネスは歓喜した――自分達よりも遥かに進んだ技術で建造されたこのステーションには、自分達よりも優れた医療技術が残されており、テンカワ・アキトの治療に光明が見えるかもしれなかったのだから。

 

 それからイネスは基地内に残るシステムの解析を主導しながら、医療施設の設備の把握とデーターベースにある症例――地球人類だけでなく様々な種族の特性や症例そして有効な治療法などをどん欲に吸収していった……だがそれでも長期間において脳を圧迫され続けて生命活動にすら影響が出ている患者の症例は無く、治療法も皆無であった。

 

 期待と共に医療用データーベースを閲覧したが、全ては徒労に終わって無力感に苛まれたイネスは、せめて彼の苦痛を和らげる方法を模索すると共に、最悪の事態に陥った時には彼を看取る覚悟を決めたのだ――そんな彼女の前に一筋の光明か現れた……あるいはメフィストの戯言か。それでもイネスは、蜘蛛の糸の如きか細いモノを手繰り寄せようと問い掛けたのだ。

 

「――あ~、実はのぉ……」

 

 あの娘は事故により『ヤマト』が保護した異星人の少女で、彼女の体内には緊急時に対処する為の『抗体システム』と呼ばれる異星由来のシステムが存在していると言う……佐渡の話を聞いたイネスは軽い驚きを覚える。ジャスパーの手引きが有ったとはいえ宇宙ステーションの施設内に探知されずに潜入して、誰にも感知されずにユリカの寝室へと潜り込んで彼女の精神の奥に潜んでいた『古代火星文明』の遺跡であるボソン・ジャンプの『演算ユニット』とやり合ったと言うのだ。

 

 やっている事を考えれば、とても十代前半の少女とはとても思えず、『ヤマト』の世界の強化人間か生物兵器の類かと思っていたが、よもやの未知の異星人だったとは、よくも拘束せずに自由にさせていたものだ。

 

 ――だが、ここに来て新たな道筋が見えるかもしれない。ここにきて未知の異星人のテクノロジーが現れたのだ。

 

「……なぁ? ってことは、その翡翠って奴の血の中にはアキトを救う事が出来るかもしれないモノがあるって話か?」

 

 それまで黙って話を聞いていたリョーコが恐る恐ると言った感じで聞いてくる――運命に翻弄され、絶望の淵に立たされていたナデシコ・クルー達に、微かながらも光明が見えてきたのかもしれない。

 

 




 どうも、しがない小説書きのSOULです。

 『抗体システム』がアキトの治療の選択肢に出なかった理由。『ヤマト』の乗組員が『ボーグ』に同化された時は、申し出た翡翠によって調整されたり、バイオ神経回路の時は開発されたデーターがあったので調整が容易だった事。……今回は先の見えない航海に精神に不調をうったえる乗組員が続出して佐渡先生が多忙だった事と、先生自体が先の見えない状況にストレスを感じている事で判断が遅れた、という所です。

 次回 第五十七話 YAMATO狂騒曲
 『ヤマト』艦内を舞台にした大捕り物。ご期待ください。

 では、また近いうちに。


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第五十七話 YAMATO狂騒曲

 

 『ヤマト』大食堂

 

 宇宙戦艦『ヤマト』は人類の技術の粋を集めて建造された全長333メートルの航宙艦であり、複雑なシステムを効率よく運用する為に999名の専門の訓練を受けた乗員が日々職務に励んでいる。そしてそんな乗組員の憩いの場として様々な食事を提供するのがこの大食堂であった。

 

 『ボーグ』が待ち受ける星雲への直接ワープを敢行して、遭遇した『ボーグ・キューブ』内へと強硬突撃を敢行した後、現在『ヤマト』はその『ボーグ・キューブ』の腹の中とあって、何時戦闘になっても可笑しくない為に乗組員達は警戒態勢の中で緊張状態にあり、大食堂を運営する主計科の乗組員も戦闘糧食の準備に追われて姿が無い。

 

 そんな緊張状態ゆえに閑散とした大食堂の中には、戦闘艦の艦内には似合わない小さな人影が二つ――最初は猫をかぶっていたが、最近では本性がバレると開き直って悪戯をしては真琴に折檻される事が多い翡翠と、ミスマル・ユリカにくっ付いて『ボーグ・キューブ』から『ヤマト』の乗艦した所を翡翠に強襲されて拉致られた『古代火星文明の演算ユニット』のアバターであるソフィアである。

 

「……まったく、何事かと思えば」

「まぁまぁ、そうムクれんなよ」

「ユリカを一人には出来ん、行かせてもらう」

「――ちょっと待った。四六時中ベッタリだと、ミスマル・ユリカに鬱陶しがられるよ? それでなくても、ようやく旦那さんに会えたんだから、再会を喜んだり、ふたりっきりになって熱いチューでもしたいだろうしさ」

「……なおさら離れる訳にはいかない」

「……どんだけ大好きなんだよ」

 

 大食堂に備え付けられているフードディスペンサーの前で、ユリカを幼くしたような顔立ちをむすっとしたまま愚痴をこぼすソフィアが踵を返して立ち去ろうとするのを、拉致したのをまったく悪びれていない様子の翡翠が腕を掴んで止める。

 

「それに、この話はアンタにまったくメリットが無いわけじゃないから」

「……どんな?」

 

 半目で全く信用していないソフィア。

 

「今度新メニューとして、物凄っいスイーツを『O・M・C・S』で提供するらしいんだけど、その試作品が食べられる『O・M・C・S』の裏コードを平田のおじさんに聞いたんだ」

「……つまり、付き合えと?」

「――ミスマル・ユリカも甘いものが好きだろうし、教えてあげたら喜ぶと思うよ」

 

 慣れた手つきでフードディスペンサーを操作する翡翠。ワクワクした表情を見せる翡翠と、それを冷めた目で見ているソフィアという対比が何ともシュールである。暫くするとフードディスペンサーの取り出し口が開いて中から透明な容器に入ったスイーツが出て来る。容器の中に甘い匂いのするクリームがふんだんに使われて、食べ易くカットされた彩り豊かな果実とチョコでコーティングされた焼き菓子が添えられていたが……それを見ていた翡翠の表情が厳しいものになる。

 

「……どうした?」

「……なんか、彩りがケバケバしい」

 

 容器の中央に位置するクリームの周りには様々な色をした小さめのアイスが無数に添えられており、翡翠は心の中で“れいんぼ~”と呟いて引き攣った表情を浮かべながらも、がら空きのテーブルの一つの上にスイーツを置いて席に座り、反対側にソフィアが座る。ようは味が美味しいかどうかよ、と気合を入れて付属の長めのスプーンを手に取っていざ試食と言う所で、じっと机の上のスイーツを見ていたソフィアが口を開いた。

 

「……なぁ、これは食べ物なのか?」

「……食欲を削ぐ事を言わないで」

 

 余計な事を言うソフィアを黙らせた翡翠は、それではいただきますとスプーンを“れいんぼ~”なスイーツに突き刺そうとしたその時――大食堂の入り口近くから何やら喧騒の様なものが聞こえてくると、一人の女性士官が文字通り飛び込んで来た。

 

 赤を基調としたナデシコの制服を身にまとったショートカットの女性士官は睨み付ける様に大食堂内を見回しながら、何事かとスイーツにスプーンを刺したまま固まっている翡翠を見つけるや、にやりと笑う。

 

「ここに居やがったか、翡翠とやら! 神妙にお縄に付きやがれ!」

 

 両手を突き出して捕獲しようと突進してくる女性士官を見た翡翠は飛び上がると、女性士官の背中に手をついて馬飛びの要領で躱す――勢いよく飛び掛かったは良いが、相手に避けられて踏み止まろうとした所で背中を押された形になった女性士官は、勢いを抑えきれずにテーブルを巻き込んで派手な音を立てて転倒した。

 

「……何、一体?」

「あはは、リョーコは昔っから目標を見つけたら突撃する癖があってね――ごめんねぇ!」

「……奥さんが激怒したってよ――嫁激!((とつげき!))

 

 ショートの女性士官、リョーコとやらの突撃を軽く回避した翡翠だったが、何時の間にやら近くに来ていた眼鏡をかけたナデシコの制服を着た女性と、髪の長い陰気そうな女性士官が揃って翡翠を捕獲しようとするのを何とか回避する。

 

「わっお!? 何なのよ、一体?」

「――こら、てめぇ。避けんじゃねぇ!?」

 

 顔中にクリームをつけたリョーコが立ち上がりながら文句を言い、メガネと陰気な女性士官も立ち上がると、ジリジリにじり寄ってくる……何やら状況はまったく理解出来ないが、どうやらケンカを売られているらしい、と翡翠の眼が据わって翠瞳が紅く染まりかけたその時、白衣を着た女性が大食堂内に入って来る……たしか、イネスとか言うナデシコの上級士官であると説明された記憶がある。

 

「……ねぇ、これは一体何なの?」

「――よろしい、説明しましょう」

 

 妙に生き生きとしたイネスが語るには、『ボーグ・キューブ』に突入した時に救助したナデシコの人員の中に居たテンカワ・アキトなる人物の容態が芳しくなく、それを救う為に自分の協力が必要だと言うのだ。

 

「と言う訳で――ちょっと痛いけど我慢してね」

 

 そう言うや否や、右手に隠し持っていた古典的な注射器を突き刺そうとするが、ひらりと躱す翡翠。見るとその注射器は透明な素材で作られた、内部にゴム製のガスケットで吸い出す古い注射器で、何でそんなモノを使うのかと抗議する翡翠に“おほほ”と笑いながら再び突き出す態勢に入るイネス。

 

「――付き合ってられないわ!」

 

 大食堂の出入り口から脱兎のごとく逃げ出す翡翠……多分イネスの持つ古典的な注射器が怖かったのだろう……当のイネスは、最新の採血機の方が良かったかしら、とピントのズレた事を考えていた。

 

「ドクター! あのチビはどこに行った!?」

「……貴方の顔がよほど怖いみたいで、逃げてったわよ」

「逃がすか! ヒカル、イズミ、行くぞ!」

「「あらほら、さっさー」」

 


 

 突然訳も分からずに襲われた翡翠は、『ヤマト』艦内を縦横無尽に逃げ回っていた。後を追いかけて来るのは、赤を基調としたナデシコの制服を着たリョーコと呼ばれる女性士官を筆頭に、時間が経つごとに追いかけて来る人間が増えているように感じる。

 

 彼ら彼女らが追いかけて来る理由は、死に瀕しているテンカワ・アキトを回復させることが出来るかもしれないとして、翡翠の血液の中に存在する『抗体システム』を採取するのが目的らしいが……どうも鬼気迫る表情で追いかけられて思わず逃げていたが……何か楽しくなってきた翡翠。

 

「にゃははは、そう簡単には捕まらないよ」

「――まてぇ! このガキィ!」

「木の芽を食べていたバクが、一息――捕縛!((ほ、ばく)!)

 

 艦内通路を走っている翡翠をリョーコと陰気な女性士官が飛び掛かって来るが、ひらりと避けて傍にあったリフトに飛び乗って上の階層へと向かいながら煽る。

 

「へっへぇ! 悔しかったら捕まえて見ろ~~~」

「こ、このガキィィイイ!」

 

 煽り耐性が低いのか、顔を真っ赤にして怒っているリョーコ……今思い出したが、あのリョーコとかいう女性士官はナデシコに行って『演算ユニット』とやり合った後に煽りまくったあの女性士官だった。

 

「……こりゃ、そう簡単には捕まる訳にはいかないなぁ」

 

 リフトで上の階層まで来た翡翠は、にやりと笑う。

 


 

 それからも襲い来るナデシコの制服を着たリョーコを始めとしたヒカルとイズミと呼ばれる女性士官の魔の手を掻い潜り、『ボーグ・キューブ』内にいる事を考慮して警戒態勢にある所為で人影もまばらな『ヤマト』の艦内通路を爆走する翡翠……当然騒がしくしていれば、顔を顰めて不快感を露にする『ヤマト』の乗組員もいたが、中には追いかけられている翡翠に「また、悪戯か?」と呆れる様子を見せる乗組員や、「捕まんなよ~」とヤジを飛ばすノリの良い乗組員も居たりする。

 

 小柄な身体の特性を生かして、素早くリフトに乗り込んで階層を移動したり、点検口に潜り込んでやり過ごしたり、リョーコ達も翡翠を中々捕まえることが出来ずにいた。

 

 さぁ、次はどうからかってやろうかと思案していると、通路の先に人影があってこちらを手招きしている事に気付いた……当分追いつかれる心配もなさそうなので、手招きしている人物に近づいて行くと、呼んでいたのは岬百合亜の姿をしたユリーシャのようだ……その隣では護衛役の星名透が苦笑をしながら付き添っていた。

 

「……どうしたの、ユリーシャねえちゃん?」

「翡翠がまた騒ぎを起こしているって聞いて」

「……失敬な、意地悪なねぇちゃんズに追いかけられている、か弱い女の子を捕まえて」

「翡翠ってか弱いかな? かな?」

 

 最初は恐る恐る手を伸ばして翡翠の栗色の髪を撫でながら、慣れて来たのか撫でる手が肩に伸ばされて軽い抱擁となった時、翡翠は何故抱擁? この前に散々脅かしたのに? と疑問に思いながら、されるがままに抱き締められている翡翠だったが、ユリーシャの抱き締める力がどんどん強くなっていく。

 

「……ユリーシャねえちゃん?」

 

 訝し気に問い掛ける翡翠の前でユリーシャは大きく息を吸う。

 

「――みんなー! 翡翠はここよ!」

「なっ!?」

 

 抱擁ではなく拘束されていた翡翠は、ユリーシャの裏切りに目を白黒させながら何とか逃れると、艦内通路の向こうから「こっちか!」とリョーコの声が聞こえてきて頬を引きつらせて走り出す――にこやかに笑って手を振るユリーシャを見てムカついた翡翠は走りながら捨てセリフを残した。

 

「――ユリーシャねえちゃんの下半身デブ!」

「――なっ!?」

 

 脱兎のごとく逃げる翡翠を追いかけてナデシコの制服を着た女性士官達が駆け抜けた後、その場には頬を膨らませたユリーシャと、くくくっと笑いをかみ殺している星名が残されていた。

 

「……デブしゃないもん」

 

 


 

 

 宇宙戦艦『ヤマト』 第一艦橋

 

 『ボーグ・キューブ』内へと突撃を敢行した後、警戒態勢にある第一艦橋では、『ボーグ・キューブ』内の動きや偵察衛星を射出して外に居る他の『ボーグ・キューブ』の動きを探っていた。

 艦内に突入してから『ボーグ・キューブ』に動きは無く、何故か『ボーグ・キューブ』内にいたナデシコの艦長ミスマル・ユリカとホシノ・ルリの両名の話によれば、現在『ボーグ・キューブ』の艦隊は捕獲した『ナデシコD』を同化する過程で、『ナデシコD』の艦内に張り巡らされたバイオ神経回路に潜ませた『ボーグ』の『ナノプローブ』に対抗するカウンターウイルスをワザと同化させる事で『ボーグ・キューブ』のシステムに混乱を引き起こして、現在は『ボーグ・キューブ』のシステムはダウンしていると言う話だ。

 

「……何というか、無茶苦茶な話だな」

「ああ。ミスマル艦長だったか、自分の乗っている船を囮にして相手をマヒさせるなんて、物凄い度胸だな」

 

 警戒態勢にあるが、砲雷撃管制席に座る南部 康雄二等宙尉と操舵席に座るがミスマル・ユリカらを救出した折に聞いた話を思い出してボヤくように呟く……事実、彼女の話を裏付けるように突入してから今まで『ボーグ・キューブ』は無気味な沈黙を続けている。

 

「……けど、こんな敵の腹の中ってのは落ち着かないったらありゃしない」

 

 なおもボヤく南部であったが、誰も返事をしなかった。聞こえなかったのかと思った南部が「航海長?」と再度問い掛けるが返答がない――訝しんだ南部が振り向く。

 

「航海長? ――なっ!?」

 

 振り向いた南部は驚きのあまり砲雷撃管制席より立ち上がる――第一艦橋内には、操舵席に座る島の姿はおろか誰の姿も存在しなかった。各席のシステムは正常に動作しており、つい先ほどまで担当士官が操作していた事が伺える……何か異常事態が起こっていると判断した南部が腰の銃に手を伸ばした時、突然目の前が光に覆われて眩しさに手で目を覆った南部……後には誰の姿も残っていなかった。

 

 


 

 宇宙戦艦『ヤマト』 機関室

 

 『ヤマト』の心臓部とも言える波動エンジンの周りには機関部員達がエンジンのコンディションを最適に保つべく忙しそうに作業をしていた――『ボーグ・キューブ』の腹の中に居る今、エンジンの不調は即座に『ヤマト』の弱体化に及んでしまう為に少しの不調のサインを逃さないよう集中して仕事に取り組んでいた。

 

 波動エンジンの出力計器盤を見つめていた機関長徳川彦左衛門は、ふと言葉に出来ないような違和感に顔を上げる……波動エンジンに目に見えるような不調の兆候は見られないが、首を傾げながら作業に戻った後……機関室には誰も居なくなった。

 

 


 

 宇宙戦艦『ヤマト』 医務室

 

 

 999名もの乗組員の健康を保つ重要な施設である医務室に中には誰の姿もなかった……責任者である佐渡先生の姿も、気心の知れた衛生士である真琴の姿も――そればかりか、『ボーグ』の『インプラント』を外されてリンクが切れて動く事が出来ないテンカワ・アキトや、眠り続けていたラピス・ラズリの姿さえベッドの上から消えていた。

 

 

 




 どうも、しがない小説書きのSOULです。

 仲間を救う為、愛する男を救う為に、『ヤマト』艦内を追い掛けられる翡翠。
 ――たが、相手もただでは捕まらない。

 そんなドタバタ劇の裏では不穏な空気が流れていた。

 次回 第五十八話 罪を裁くモノ
 ――真の脅威が姿を現す。


 では、また近いうちに。


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第五十八話 罪を裁くモノ

 

 宇宙戦艦『ヤマト』 艦内通路


 

 突然ナデシコから来たリョーコと呼ばれる女性士官とその仲間たちに追い掛けられて、その小さな身体を生かして艦内中を逃げ回った翡翠であったが、警戒態勢中であり様々な部署に詰めていた乗組員達の気配が一人また一人と消えて行き……そして、翡翠を追いかけている筈の『ナデシコ』の女性士官達も一人また一人と気配を消していき――今『ヤマト』の中には乗組員達の姿は誰も居なかった。

 

「……ありゃりゃ、とうとう誰も居なくなっちゃた」

「……なるほど、これが“ボッチ”という奴か」

「……ぶっ飛ばすぞ」

 

 艦内通路でただ一人佇んでいた翡翠が、後頭部をポリポリ掻きながら呟いていると、艦内通路の先より白髪の少女―ソフィアの姿を見つけて近付いて来るのを待っていると、至近距離までやって来たソフィアの一言に思わず眼を三角にするが、当のソフィアは以前言われた事への意表返しをしただけなので涼しい顔をしている。

 

「それよりも、これがお前の言っていた」

「……そうね、恐らく『評論家』の仕業でしょうね」

 

 誰も居ない通路を見ながら問い掛けて来るソフィアに、薄笑いを浮かべながら答える翡翠……この並行世界にやって来てから暫くして感じていた謎の視線。それは特定の人物というよりも『ヤマト』全体を見ているように感じた……『ヤマト』が何処へ向かい、何をするのか、その一挙手一投足を観察するかのように見ている謎の存在。

 

 翡翠は“それ”を『評論家』と例えたのだ。

 

 ん~、と唸りながら大きく伸びをした翡翠は、コキコキと首を振って身体を解してソフィアの方へ顔を向ける――その瞳は紅く輝いていた。

 

「さて、モラトリアムも終りね。準備は出来ている『エテルナ』?」

『もちろんですとも、翡翠』

 

 何時の間にか翡翠の隣には光り輝くオーブが存在しており、そのオーブを見たソフィアの眼が細まる……それは、旧『ナデシコD』時代に攻撃を仕掛ける『ボーグ・キューブ』を圧倒的な力で捻じ伏せた、あの巨大戦艦が送り込んで来た発光体だった。

 

「……なるほど“繋がっていた”訳か」

「まぁね――さて、細工は流々――」

『あとは仕上げを御覧じろ、と』

 

 『ヤマト』において“普通”を楽しんでいた少女は、己が半身と共に超常の存在へと戦いを挑もうとしていた。

 

 


 

 

 ??????

 

 元の世界へと帰る手立てを求めて、『ボーグ・キューブ』艦隊と激戦を繰り広げているであろう星雲へと突入した宇宙戦艦『ヤマト』は、進路に立ち塞がった巨大な『クラス4・戦略キューブ』に向けて突撃を敢行した――その内部へと深く突入した『ヤマト』は、その中で予期せぬ出会いもあったが敵の腹の中に居る最悪に近い状況に警戒態勢を引いていた筈なのに、気が付けば巨大なホールのような場所に乗組員達は立っていた。

 

 ありえない状況に混乱する乗組員達を囲む見た事もない服装をしたヒューマノイド・タイプの屈強な男たちが包囲し、それに反応した一部の乗組員は携帯武器を構えて対抗しようとするが、持っていた筈の武器が消失した事に気付いて驚き狼狽する彼らを鎮めたのは、艦長である沖田と機関長である徳川や医官の佐渡など経験豊富な年長の士官達であった。

 

 不穏な空気が流れる中、周囲を見渡して状況の把握に努める沖田艦長達だったが、彼らを呼ぶ声がしたので視線を向けると『ナデシコ』のミスマル艦長とホシノ艦長そして副長であるアオイ・ジュンの三名が駆け寄って来た。

 

 彼らの話では、突然光に包まれると次の瞬間にはこの巨大なホールへと転移しており、しかも周囲には他のナデシコの分離艦に乗り込んでいた筈のクルー達も同様に転移していたと言う。それらを纏めていると周囲に見た事もない武装をした男達が現れて武器を向けて威嚇して来た所に、『ヤマト』のクルー達が転移してきたと言う。

 

 警戒態勢にあった『ヤマト』から乗組員を転移させたばかりか、他の『ボーグ・キューブ』に拘束されていたナデシコの分離艦からもクルーを転移させるなど、人の術とは思えない――そう考えた時、沖田艦長の脳裏に翡翠との話しを思い出す。

 

『……まぁ、それは良いんだけどね。問題は、この並行世界に来てから感じる、この鬱陶しい視線なんだよね』

『……視線?』

『うん、そこら辺から感じる……最初は何処かのロ〇コンかと思ったんだけど、誰か居る訳でもないし、展望室なんかでは外から視線を感じたから、この並行世界そのものから睨まれているのかと思ったんだけど』

『あの“世界は異物を好まない”という話か』

『……この視線は明確な意思をもって見ている』

『……つまり?』

『……この並行世界の何者かに見られていると、私は思う』

 

 つまり、この並行世界に来てから観察を行っていた超常の存在が直接干渉を開始したという事か。我々を遥かに超える“超技術”か、おとぎ話にあるような“魔法”のような力を操る事が出来る“何者”かならば、『ボーグ・キューブ』の中から我々や『ナデシコ』の人員を連れ出すなど造作もない事なのだろう……何時の間にか自分達のいるホールの両側には無数の群衆が居て様々なヤジを叫び、大声で嘲笑を投げかけていた。

 

 まるで見世物にでもなったようで気分が悪いが、恐らくは翡翠が警戒していた“何者”かが糸を引いているのは明白であり、並行世界に転移してからずっと監視しているような存在が大人しく黒子に徹しているとは到底考えにくい――沖田艦長の考えを肯定するかのように、いつのまにか現れていた分厚い本と携帯式の鐘を持った二人組の男達が、大きな声で周囲の群衆に静粛にするように伝えながら携帯式の鐘を鳴り響かせると、騒いでいた群衆が何かに恐れているかの様に急に静かになる。

 

「全員起立して『裁判長』に敬意を払え」

 

 男の一人がそう言うと、周囲の群衆が一人また一人と立ち上がる。そして“何故か”気が付かなかったが目の前に大きな空洞があり、暗闇の中から何か重たい物が動いている音が聞こえてきて、姿が見えないのに重苦しい音だけが聞こえて来るという状況が聞いている者達の不安を掻き立てる。

 

 重苦しい音を立てながら巨大な何かの姿が徐々に見えて来る。全体的に黒く塗られた巨大な台車がゆっくりとしたスピードで近付いて来ている。それを見た年長者達は、古代の催事に使用される『山車』を思い浮かべ、その頂上部分には装飾を施された椅子が置かれており、その椅子には大柄な一人のヒューマノイド・タイプの男が据わっていた。頭頂部まで黒い布に覆われて赤いローブと金の装飾を纏ったその男は片手を上げると、それを見た群衆が首を垂れる……自らへの権威付けのつもりなのだろうか。

 

「――慈悲深き裁きを受ける囚人たちよ、犯した『罪』の責任をとるのだ」

 

 本を片手に男が宣言し、携帯式の鐘を持った男が鐘を鳴らす。

 

「――『罪』だって!? 俺達が一体何をしたって言うんだよ!」

 

 男の宣言が気に障った男性クルーが声を上げるが、男は意に返さずに彼の言う『罪状』を読み上げる――曰く、別の世界から、この世界へと侵入して世界のバランスに悪影響を与えたこと。

 

「この世界に悪影響を与えたって、私達はそんな事はしていません!」

「そうです。この世界に転移した直後に私達は『ボーグ』によって壊滅的な損害を被って、放棄された宇宙基地に身を寄せて戦力の立て直しをしている間に、周辺の異星人の人達と多少の交流というか商取引はしましたが規模としては小規模なモノですし、世界なんて大きなモノに影響を与えてないと思いますけど」

「俺達は突然見知らぬ宙域に放り出されて、生きる為に必死でやって来たんだ。それをアンタ達は『罪』だというのかよ」

 

「お前たちの『罪』は歴史に埋もれた『遺物』を蘇らせたことだ」

 

 黒と赤の服装を着た裁判官を名乗る男が朗々とした声で謳う――感情を暴走させたミスマル・ユリカの望みを叶えようとした『演算ユニット』は、時空間移動でしかない『ボソン・ジャンプ』では望みを叶える事が出来ないと判断して禁断の方法を試行する。並行世界に存在する別の『演算ユニット』と共鳴する事により、本来あり得ない並行世界への道を開いたのだ、と。

 

「それを察知した複数の種族は、未知のテクノロジーである『ボソン・ジャンプ』技術を手に入れるべく既に無数の探査艦を放っている――争奪戦の始まりだ」

 

 一体何人死ぬかな? と裁判官は冷めた視線を向けながらユリカとルリにニヤリと笑う。その笑みは、自分たちの知らない技術を恐れながらも他の種族より先に制しようという生命体としての性を、愛する者を救う為に『ボゾン・ジャンプ』を始めオーバー・テクノロジーの真の恐ろしさを知らぬまま使うユリカ達ナデシコ・クルーに向けた嘲笑であった。

 

「……『演算ユニット』を含め『古代火星遺跡』を発見して研究したのは私達よりも前の世代から行われたもの。この並行世界に転移したのも私達が意図したモノではないから、仮に争奪戦が起こったとしても、それは私達の『罪』ではないわ」

「……自分達の所為ではないと?」

 

 冷たい視線に凍り付いたように動けなくなったユリカを庇うように前に出たイネスは冷静に反論する。否と答えたイネスを、裁判長は尊大な姿勢のまま見下しながら口角を上げる。緊迫した雰囲気の中、第三者が声を上げる。

 

「……我々は糾弾される為に此処に呼ばれたのかね? 我々は地球を救う為にこれまで航海をしてきた。ミスマル艦長達は仲間を取り戻す為に過酷な運命に抗った。貴方はそれを『罪』だというのか」

 

 貴方のやっている事は『裁判』ではなく『糾弾』であり、貴方が裁判官を名乗るならば、我々の意見を主張する場と、弁護人くらい付けて欲しいものだが、と皮肉たっぷりに主張する沖田艦長。

 

 皮肉を食らおうが意に介さず、裁判官は「ふむっ」と顎に手をやり思案していたが、にやりと口角を上げると芝居がかった動作で片手を動かす。

 

「貴様の言う事も一理有るな。良かろう、とびっきりの弁護人をつけてやろう、お前達の事を良く知る男を」

 

 そう言うと動かした手の先に強烈な光が現れ、その光が収まるとそこには一人の男性が佇んでいた。強い意志を感じさせる眼差しに、様々な人生経験によって刻まれたシワが歴戦の士官である事を伺わせる惑星連邦の艦隊士官の制服を着た男は、最初は戸惑った様子を見せるが自分の置かれた状況を理解すると、険しい表情を浮かべる。

 

 その視線の先には装飾を施された椅子に座りながら不遜な笑みを浮かべた男がいた……見知った顔を見て、これほど嬉しくない思いをしたのはいつ以来だろうか。

 

「――よく来たなピカード」

「今度は何のつもりだ――『Q』!」

 

 『Q』――突然現れた『エンタープライズE』のピカード艦長が叫んだその言葉に、ナデシコ・クルーの中心メンバー特に宇宙基地のデーター・ベースを精査していたホシノ・ルリとイネス・フレサンジュの表情が強張る。『Q』の名は、宇宙基地を建設した惑星連邦のデーター・ベースに記載されていた――『Q』、全知全能に近い力を持ち、あらゆる事象と知識に精通し、指を鳴らすだけで全ての物を作り出し、宇宙のあらゆる場所に瞬時に移動し、永遠の命を持つ高次元生命体。

 

 惑星連邦において『Q』とは特定の人物の事を指す――神出鬼没で傲慢でワガママで独善的であり、周囲をかき回すトラブルメーカーな存在であり――何より、惑星連邦と『ボーグ集合体』の接触を速めた“元凶”である。

 

 記録によれば、E型艦の前身であるギャラクシー級航宙艦『エンタープライズD』に現れた『Q』は、クルー達が深宇宙の脅威に立ち向かう気概があるかを判断する為に『エンタープライズD』を銀河系の反対側七千光年先へと送り込み、初めて接触した巨大な『ボーグ・キューブ』によって『エンタープライズD』は全滅寸前にまで追い込まれたのだ。

 

「……あの人が『Q』」

「……資料によれば、とんでもない性格をした御仁らしいぞ」

 

 呟くユリカの傍で難しい顔をしたアオイ・ジュンがデーター・ベースに記載された記録を思い出しながら警戒する。資料によりある程度の事を知るナデシコ・クルー達は警戒し、『Q』の存在を知らない『ヤマト』のクルー達は、次々に起こる自分達の常識を超えた事態に警戒よりも戸惑いの感情が先立つ。

 

 そんな二つの陣営を尻目に、尊大を通り越して傲慢とも言える態度の『Q』へ厳しい表情のピカード艦長が火花を散らす。

 

「――何故、彼らを拉致した?」

「この世界に無用な争いの種を撒き、宇宙を危険に晒したからだ」

「危険に? 君の方がよっぽど危険だと思うが」

 

 皮肉るピカード。だが、そんな皮肉など効く筈もなく『Q』は視線を『ヤマト』のクルーに向けた。

 

「ピカード、君も気付いているのではないか? そう、罪深き『ヤマト』――かの船の存在が、この宇宙を滅ぼすのだ」

 

 ……やはりそう来たか。『ヤマト』のクルー達へ冷たい視線を向ける『Q』を見ながら、ピカードは彼の目的が『ヤマト』である事は早い時期から気付いていた。突然ワームホールから出現した『ヤマト』との接触の後、自分達の世界へ帰る道を探すべく独自の道を旅する事を決めた彼らと別れてからしばらくして突然『エンタープライズE』に現れた『Q』はピカードに向けて言ったのだ――“『ヤマト』を追え”と。

 

 何故『ヤマト』なのか? 『Q』程の強大な力を持つ高位生命体が興味を持つ何かが『ヤマト』にはあるのか? 『Q』が関わってきた以上、『ヤマト』の行く道は平穏などではないのだろう。それこそ『ヤマト』の向かった宙域はおろか、アルファ宇宙域全域にかかわるような事態に発展する可能性もある……『Q』が姿を現した時に引き起こされた様々な事柄を考えると、あの『ヤマト』という航宙艦も一筋縄ではいかないと考え――それは正解だった。

 

 『エンタープライズE』と宇宙戦艦『ヤマト』の前に現れた因縁深い相手『ボーグ・キューブ』。それは複数現れ、『エンタープライズE』は絶体絶命の危機に見舞われた。

 そんな危機的な状況を打破する為に『ヤマト』は決戦兵器である『波動砲』を使用して『ボーグ・キューブ』を撃破した――『波動砲』極光の輝きを見た時、ピカードを始め『エンタープライズE』のクルー全員が驚愕に包まれた。『波動砲』の威力は強大な『ボーグ・キューブ』を崩壊へと導き、全ては光と共に消滅させていく……それは戦闘と呼べるモノではなく虐殺に等しいモノであり、人が手にするには過ぎた力と思えた。

 

 確かに、『波動エンジン』を始めとした『次元波動理論』は使い方次第では恐るべき兵器へと変わる……それは『波動砲』の威力を見れば一目瞭然であった――あんなモノが量産されでもしたら、待っているのは殲滅戦であろう。

 

「……『波動砲』か」

 

 険しい表情を浮かべたピカードの呟きには苦々しい感情が見え隠れしている……今でこそ『ボーグ』を始めとする様々な脅威に対抗する形で武装を強化しているが、本来艦隊士官達の任務は、深宇宙の探査と未知の種族と接触した際に平和的な交渉を行う事であった……それ故に相手を殲滅する事を目的とした大量破壊兵器の存在は、彼ら艦隊士官の理念とは相反するものであった。

 

「――待ってくれ! 確かに『波動砲』は強力な武器だが、俺たちは無暗矢鱈(むやみやたら)と振り回したりはしない、俺達が武器を使うのは身を守る為だ!」

「『ヤマト』が旅立ったのは故郷を救う為であり、敵の殲滅を目的としたものではない。並行世界に迷い込んだとしても、我々は自分達の世界に戻ってイスカンダルに辿り着き、汚染された地球環境を再生させる『コスモリバースシステム』を受領して故郷を再生させなければならない――我々を信じて待ってくれている人達の為にも」

 

 『Q』とピカードのやり取りを聞いていた『ヤマト』のクルー達が勝手な事を言うと不快な表情を浮かべる中、一歩前に出た古代と真田が叫ぶが、ピカードはともかく『Q』の表情に変化はない。

 

「お前達は勘違いしているようだが、お前達の罪は“お前達の存在そのモノ”だ」

「……『Q』、彼らは言わば遭難者であり、望んでこの世界に来た訳ではない。彼らの存在そのものを罪と言うのは暴論ではないか?」

 

 『ヤマト』がこの並行世界に迷い込んだ当初から関わっているピカードが擁護するが、『Q』はピカードの意見を鼻で笑う。

 

「ピカード。この宇宙はお前が思っているより不安定なのだよ。宇宙は絶妙なバランスにより辛うじて成り立っているのに、別の世界から船が紛れ込んだ。『ナデシコ』のようにこの世界の物質を使って再構成されたのは問題がないが、『ヤマト』はその構成物質ごとこの世界に転移して来た」

 

 たかが船一隻分――だがその船一隻分の存在しなかった物質により宇宙はさらに不安定になり、破滅的な事象が起きる可能性が高い、と『Q』は言う。

 

「……破滅的?」

「――『真空崩壊』だよ」

 

 




 どうも、しがない小説書きのSOULです。

 ――この世界の最大の脅威は『ボーグ集合体』ではありません。
 彼『Q』こそが最大、最後の脅威なのです。

 TNGの第一話で、未熟で身勝手な人類に深宇宙に足を踏み入れる資格はないと『Q』は態々核戦争時代の法廷を創って『エンタープライズ』のクルーを糾弾した。これは新たに『ナデシコ』と『ヤマト』の乗組員達を糾弾する為に創られた新たな法廷。

 次回 第五十九話 超常の対決
 傲慢なりし存在に対峙するのは、やはり――


 では、また近いうちに。


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第五十九話 超常の対決

 『真空崩壊』――『Q』がその言葉を口にした瞬間、ピカードのみならず名指しされた『ヤマト』のクルー達や『ナデシコ』のクルー達の中でも相応の知識を持つ者達の表情が変わる。

 

「……『真空崩壊』、まさか本当に?」

「……馬鹿な、『ヤマト』が10の544億年に1回起きるかどうかと言われる『真空崩壊』の引き金になるなど」

 

 ある程度の知識を持つ者は『真空崩壊』の恐ろしさを理解して、引き起こされる破滅的な現象を想像して引き攣った表情を浮かべる中で、事の重大さを今一理解していないスバル・リョーコが頭の上にはてなマークを浮かべながら問い掛ける。

 

「……なあ、何だよその『真空崩壊』って、そんなにヤベェもんなのかよ?」

「……そうね、そのあたりを説明しましょ」

 

 良く分かっていないリョーコの問い掛けに、眉間を寄せていたイネスが持ち前の説明魂を刺激されて語りだした――『真空崩壊』それは二十世紀後半より場の量子論の仮説として提唱されたものである。ビックバンから生まれた宇宙は誕生当初は熱い火の玉だったが、エネルギーを放出して現在の宇宙は十分にエネルギーを放出して安定状態にあると考えられていた。

 だが二十一世紀初頭にヒッグス粒子の発見によって話が変わる。

 

「……ヒッグス粒子? なんだそりゃ、ボソン粒子の親戚か?」

「……簡単に言うと、ボソン粒子は素粒子同士の間で働く力を伝達するものであり、ヒッグス粒子とは素粒子に質量を与える働きがあるのよ」

 

 素粒子には物質を構成する物、力を伝える物、質量を与える物があり、物質に質量を与えていると言われているのがヒッグス粒子である。宇宙の真空にはヒッグス粒子が満ちており、その中を素粒子が動こうとすると、真空に満ちたヒッグス粒子の抵抗を受けることになった。これが素粒子の動きにくさ、すなわち質量となる。

 

「それがいわゆる質量と言われているモノの正体ね」

「……お、おう」

「そして真空中に満ちたヒッグス粒子をヒッグス場と呼ぶんだけど、詳しく調べてみるとヒッグス場の持つエネルギーは、当初予想された理論上のヒッグス場のエネルギーよりも実際のヒックス場のエネルギーの方が大きかったの」

 

 最初は理論上のヒッグス場のエネルギーの計算ミスか、実験過程で生じた誤差でないかと疑われたが、検証が進むにつれて答えはシンプルである事が分かった――現在のヒッグス場は理論上の安定した状態のエネルギーより高い状態にある事が。

 

「……それの何が悪いんだ?」

 

 そろそろ頭から煙を出しそうなリョーコを可哀そうなモノを見るような目で見ていたイネスは続きを話そうとするが、やれやれとばかりにため息を付いたルリが素早くイネスの説明を引き継ぐ。

 

「リョーコさん。ヒッグス場が最低以上のエネルギーを持つと言う事は、何時かはそのエネルギーを放出してより安定した真空状態になると言う事です――ナデシコに搭載されている相転移砲は、この理論を応用して限定的に空間を相転移させる事で敵を破壊しているんです」

「――へぇ……ちょっと待て。って事は」

 

 元の世界で月軌道にて猛威を振るった相転移砲の威力を思い出して、こめかみに一筋の汗を浮かべるリョーコ。

 

「そうよ、何らかのファクターによって余分なエネルギーを放出してこの宇宙が『真の真空』になる事を、現在の(偽り)の真空が壊れると言う事で『真空崩壊』と言うのよ」

「って事は、あの無茶苦茶な破壊力がそこら中でばら撒かれるって事か!? 大変じゃねえか!?」

 

 ようやく事態の深刻さに気付いたリョーコが慌て始めるが、そんな彼女を冷めた目で見ていたイネスは『真空崩壊』の本当の恐ろしさに付いて語り始める。

 

「……真空からエネルギーを取り出す、つまり相転移により膨大なエネルギーが放出されてあらゆるモノが焼き尽くされる」

 

 けど、本当の脅威はそこではないの。そう前置きをしたイネスは語り始める――『真空崩壊』の真の恐ろしさを。宇宙を満たすヒッグス場からエネルギーが放出されれば、宇宙規模で大混乱に陥る事は明白だが、真の脅威は“そこ”ではない。真の脅威とは、ヒッグス場のエネルギーが変化することにある。ヒッグス場のエネルギーが変化すると言う事は、全ての物質の質量が変化するのだ。

 

「さきほども言った通り、素粒子が動こうとすると、真空に満ちたヒッグス粒子の抵抗を受けることになる。これが素粒子の動きにくさ、すなわち質量ね――けど、ヒッグス場がエネルギーを放出して“変化”すると、物質を構成する素粒子の動きも変化して物質は原子核を保てなくなり、文字通り消滅するわ」

 

 『真空崩壊』の起こった後の世界では現在の物理法則は基本的に全て通じない。ヒッグス場のエネルギーが変化するということは、もはや宇宙の前提が変化するのと等しいのだ。

 

「……つまり『真空崩壊』が起こったら、宇宙は全く別の代物になるって事か」

「そうね。『真空崩壊』が起こると、星も、恒星も、銀河すら消えてなくなるわ」

 

 何時の間にか静まり返ったホールに、イネスとリョーコの会話がいやに響く……誰もが『真空崩壊』の危険性を認識して言葉を無くす中、高い所に座って顔色の悪い一同を見回した『Q』は、口角を少し上げる見下した表情のまま『ヤマト』のクルーに『罪』の認否を迫る。

 

「呪われし船『ヤマト』よ、己が罪を認めるか?」

「否、だ!」

 

 力強く否定したのは『ヤマト』の艦長である沖田十三宙将であった。『ヤマト』の最高責任者である沖田は毅然とした態度で一歩踏み出す。『ヤマト』は沖田達の地球を救う為に、放射能に汚染されて命の危機と隣り合わせな過酷な環境の中で希望をつなぐ船として建造された――その『ヤマト』が呪われた船呼ばわりされたのだ、黙っている訳にはいかなかった。

 

「我々の存在がこの世界に悪影響を与えると言うのなら、我々は去ろう……だが現時点において我々には帰る術はない、元の世界に帰る術が見つかるまで猶予をもらえないだろうか?」

 

 しかし『Q』は沖田の提案を一笑に付し、代わりに周囲に居る兵士達へと指示を出すと兵士達が一斉に武器を構える。

 

「……この方が早いと思うが?」

「『Q』! これはあまりに短絡的すぎるぞ」

 

 尊大な態度のまま嘲るように見下す『Q』の浅慮に抗議の声を上げるピカード艦長。だが『Q』は抗議の声をまるで取り合わず、銃口を向けられている『ヤマト』のクルーは、この空間に転移させられた際に携帯火器を全て取り上げられており、反撃する術もないまま睨み返すくらしか術を持たない……一触即発の空気の中、突然この空間内に拍手が響くと少女特有の愛嬌のある声が響く。

 

「――さっすが、艦長のおじいちゃん。かっくいい!」

 

 聞きなれた声に思わず振り向くが、そこには彼女の姿はない。あんな子供までこの狂った場所に来ているのかと表情を険しくした徳川が周囲を見回すが、見つけられずにいた所で、誰かの声が「上だ!」と叫んだので見上げると、ワシの形を象ったオブジェの上に座りながら拍手をしている翡翠と、その隣で呆れたような顔をしている同年代の少女の姿を見つける。

 

「――翡翠! なんでそんな危ない所へ!?」

 

 思わず声を掛けた徳川が「危ないから、動くな!」と心配の声を掛けるが、翡翠はそれに構わず飛び降りると、おもわず受け止めようとする徳川を尻目に、あっさりと着地する。

 

「――アンタは、なんて無茶をするのよ! これ以上ややこしくしない……で…」

 

 目の前に飛び降りて来た翡翠を叱る真琴だったが、振り向いた翡翠の瞳が真紅に染まっているのを見て気圧されたのか尻すぼみになる。今の翡翠は真紅の瞳のみならず、そこに居るだけで凄まじい存在感を纏うその姿は普段の子供らしさは鳴りを潜めて、そのギャップに途惑うクルー達は無言で歩いて行く翡翠から距離を取り、自然出来た道を進む翡翠は『Q』とやり合っていた沖田艦長の前に歩いて行って悪趣味な裁判官と対峙する。

 

「……お前は…そうか“あの娘”の異次元同位体か」

「あら、“こっちの世界の私”も知っているようね」

 

 美少女が増えて嬉しいだろう? と軽い口調でウィンクする翡翠に、「何やってんのよ、あのバカ娘は」と額を抑える真琴と御影。しかし当の『Q』は翡翠の軽口に乗るつもりはない様で、顔を顰めると刺々しい声で詰問する。

 

「……なるほどな、“何故”あの船がこの世界に来れたのかと思ったが、お前が居るなら納得だ」

「何を偉そうに。アンタたち高位生命体なら、世界への侵入を防ぐのは簡単だろうが――それと、私も巻き込まれた側だよ」

「……なに?」

「アンタが真面目にやらないから、どこぞの高位存在に付け込まれるのよ。コッチもいい迷惑だわ」

 

 複数の航宙艦から全てのクルーを気付かせずに拉致して一か所に集めるなどという超常の現象を引き起こし、ナデシコ勢や『エンタープライズ』のピカード艦長と言った彼を知る者達に緊張を強いる“超”生命体を相手にナチュラルにケンカを売る翡翠。

 

「……で、此方は帰る手段を見つけたら帰るって言っているのに。何が不満な訳?」

 

 不敵な笑みを浮かべて立つ翡翠の傍に小さな光が灯ると、それはどんどん大きくなって淡い光を放つオーブへと変訪していく。

 

「――あれは!?」

「……あの巨大戦艦が送り込んで来た発光体」

 

 ユリカ達が旧『ナデシコD』と共にこの並行世界に転移した際に初めて接触した巨大な異星人の船『ボーグ・キューブ』の圧倒的な攻撃力の前に劣勢に陥った時、時空を押し退けて突如出現した白銀の巨大な船は旧『ナデシコD』を大破させた三隻中の二隻の『ボーグ・キューブ』の攻撃を歯牙にも掛けずに逆に壊滅寸前にまで追い込んで撤退させた後に、当時は旧『ナデシコD』のシステムの奥深くに潜んでいた『ジャスパー』と謎の話をして、傷ついた彼らを放棄された宇宙基地へと導いて姿を消したあの白銀の船から送り込まれて来た発光体が、今再びその姿を現したのだ。

 

「『エテルナ』、準備はいいかな?」

『もちろん。『DAWN THE EKPYROTIC(夜明けの大火)』発動準備完了です』

 

 発光体の言った言葉の意味は分からないが、発光体は翡翠のサポートをしているのは一目瞭然であった。翡翠と発光体を不機嫌そうな表情で見ていた『Q』だったが、翡翠の言葉の意味を理解した途端に表情が怒りに染まる。

 

「――貴様! この宇宙を不安定にしたばかりか、宇宙そのものを消し去ろうというのか!?」

 

 超常の存在が露にする怒りは周囲の空間を歪ませて、傍に居る生物は原初の恐怖を呼び起こされて硬直するが、怒りの波動を一身に受ける翡翠は動じずに不敵な笑みを浮かべている。

 

「……何をそんなに怒っているの? 諸共消すって言われて抵抗しないとでも思ってたのか?」

 

 「だとしたら、おめでたいな」とにやりと嘲りながら嗤う。

 真紅の瞳は冷徹な晄を宿して口角を上げながら問い掛ける。

 

「――選べ、高位生命体。私達を素直に帰すか、それとも遊び場を無くすか」

 

 その物言いは『Q』の自尊心を刺激する――位階を昇れないような矮小な生命体が、小さな惑星の表面でしか生きられないような脆弱な生命体が、位階を昇った超存在である自分に、何という不遜、何という傲慢な態度か――自らの行いを鑑みることなく、『Q』は己の怒気を受けても目の前で不敵な笑みを崩さない少女を睨み――小柄な彼女の周囲の温度を急激に下げて氷の彫像へと変える。

 

「――翡翠!?」

 

 目の前で行われた惨劇に悲鳴のような声を上げる原田真琴――『ヤマト』いる間で翡翠と一番距離が近かった彼女は、目を見開いて氷の氷像と化した翡翠を見ている……見れば『ヤマト』の中でそれなりに彼女と近かった沖田艦長や徳川機関長などが驚きと嘆き――そして怒りの視線を『Q 』に向けるが彼にとっては取るに足りない事柄の様に不遜な態度を貫いて氷の彫像と化した翡翠を満足げに見ている――が、

 

「……まったく、これだから高位生命体は嫌なのよ。自分の言う事は正しい、言う事を聞いて当然だと思っている」

 

 氷の氷像と化した翡翠はまるで意に介さず、全身が凍り付けとなったまま悪態を吐く。それを聞いた『Q』は、今度は翡翠の周囲の温度を上げて自然発火による青白き炎によって彼女を包み込んだ。

 

それを見た真琴が声にならない悲鳴を上げるが、周囲のみを焼き尽くす業火でありながらも他の場所には一切影響を与えないと言う不自然な青白い炎に包まれたまま翡翠は振り返る。

 

「……心配しなくても大丈夫だよ、真琴ねえちゃん。この程度の温度変化、『SECOND・SKIN』を抜くなんて無いから」

「……へっ?」

 

 『SECOND・SKIN(第二の皮膚)』――彼女の種族は長期間宇宙を旅する事が多く、過酷な環境を生き抜く為に生来の皮膚の上に薄い第二の皮膚とも言える防御システムを纏っている――形成素材については言葉を濁したが、食らいついた真田に根負けした翡翠が言うには、この宇宙由来の物質ではなく別の物理法則を持つ宇宙から採取された素材を使用していると言う――故に『ヤマト』と激突しても傷付かなかったのだ。

 

 呆けた声を上げる真琴に親切丁寧に説明していたが、記憶を失っている間に受けた精密検査でも感知できないほど薄く、血液検査の時には何らかの方法で誤魔化した……つまり今までの検査結果はまったく信用できず、『ヤマト』に居る間中“臨戦態勢”だった事を意味する――それに気付いた者は、見抜けなかった事に愕然としていた。

 

 説明している間も『Q』は指を鳴らして翡翠の存在を消そうと過去に干渉するが未だ果たせず、そんな『Q』を翡翠は冷たい表情を浮かべて「……無駄よ」とせせら笑う。

 

『『CAUSALITY・CANCELLER(因果律・キャンセラー)』によりその手法は無効だ』

 

 翡翠の傍に寄り添う発光体(オーブ)は、無駄な行為を続ける存在に向けて存在するだけで過去へも影響を与える高位生命体のように、『因果律』に干渉するシステムによって過去への干渉を撥ね退けるだけの力が此方にはあると豪語する。

 

「……で、どうする?」

 

 『Q』と対峙する翡翠の表情は普段の子供らしい雰囲気は鳴りをひそめ、何時かユリーシャと対峙した時の様に――それ以上に冷たく無機質な角度で口角が吊り上がり、見る者の背筋を凍らせるような真紅の瞳が冷徹な光を湛えて邪悪な笑みを浮かべている……彼女は本気なんだろうか? 自分達の要求を叶えなければこの宇宙を消滅させるなど、人が取る手段としては許される範疇を超えているだろう。

 

 対峙する二人を除いて、他のクルー達は事態の推移に着いていけないのか戸惑う表情を見せる中、睨み合う二人の内の一人が動きを見せる。

 

「ねぇ、『Q』。アンタもどうせ何万年も生きてるクチでしょう、年齢に見合った度量を見せて欲しいんだけど」

「……『Q』、彼らの望郷の念は本物だ。彼らの行動目的は終始一貫している、それは自分達の世界へと帰還して故郷を救うこと。帰らせてやれ」

 

 以外にも『エンタープライズ』のピカード艦長からの援護が来る……本音としては厄介な存在にはお帰り願おうと言った所か、彼の思惑を推察しながら翡翠は真紅の瞳を再び『Q』へと向ける。

 

「……好きにしろ」

 

 長く、ため息とも取れる吐息を吐きだした『Q』は憮然とした表情を浮かべて、じろりと翡翠やその後ろに居る『ヤマト』のクルーをねめつけて呟くと、周囲が強烈な光に包まれて次の瞬間に『ヤマト』の艦橋へと転移していた。

 

「……ここは、『ヤマト』か?」

「……戻ってこれたのか」

 

 艦橋から見える機械的な構造物を見ながら古代と島は、あのイカれた空間から『ヤマト』帰って来た事を実感して安堵のため息を付く。他の士官達も周囲を見回して自分達が『ヤマト』に帰って来た事を実感して安堵の息を付き、機関長の徳川などは「やれやれ、年寄りには辛いわい」と機関制御席に座って首をコキコキ言わしている。

 技術支援席に座った真田は、『Q』という遭遇した事もない超常の存在から解放された事に安堵の息を漏らす。緊張の連続から解放された事により肩の力を抜いた真田だったが、周辺のエネルギー値を計測していたシステムが異常を示すアラームを鳴らした事に気付いて視線を向ける。

 そこに表示された数値は『ヤマト』の周辺でよろしくない事が起きつつある事を示しており、他のシステムにより計測された状況を瞬時に理解した真田は、沖田艦長に警告を発した。

 

「艦長! 『ボーグ・キューブ』内のエネルギー値が異常に増大しています。各システムにエネルギーを供給するエネルギー伝導管が過剰なエネルギーを供給しており、このままでは『ボーグ・キューブ』のシステムがオーバーフローを起こします」

「……このままだと、どうなる?……」

「……いくら『キューブ』と言えども、内圧に耐えられずに崩壊するでしょう」

 

 沖田艦長と真田の会話を聞いていた『ヤマト』の乗組員達は驚愕の表情を浮かべ、それにより起こりうる未来を創造した時に乗組員の表情が驚愕から焦燥に包まれたモノに変わる――現在『ヤマト』は『ボーグ・キューブ』の内部に強行突入している状態であり、この巨大な『ボーグ・キューブ』が崩壊するような事態になれば内部にいる『ヤマト』もタタでは済まない事は容易に想像がついた。

 

「島! 直ぐに脱出だ」

「了解!」

 

 話を聞いていた古代の声に慌てた様子の島が主操縦席に座ると、備え付けられた『ヤマト』のスラスターを起動して全力で後退を始める。巨大な金属の塊とも言える『ボーグ・キューブ』内に突入した事により出来た道を遡るかのように突入口へ向けて全力後退をする『ヤマト』――それに呼応するかのように、オーバーロードしたエネルギー伝導管による爆発が『ボーグ・キューブ』内に広がる。

 

「まずいぞ! このままでは『ボーグ・キューブ』の崩壊に巻き込まれる」

「機関長!」

「分かっとる! 非常用出力解放! 補助エンジンの出力もフルスロットルじゃ!」

 

 島の要請に応えて徳川が機関制御席に備え付けられたワープ時非常出力用レバーすら操作して、波動エンジンの出力を一時的に上げる。波動エンジンには多大な負担を掛けるが、ここを乗り切れなければ『ヤマト』に明日は無い。

 

 過剰なエネルギー供給により内部構造の所々で爆発が起こり、構造材を吹き飛ばしながら『ヤマト』に迫っているのが第一艦橋から見える……このままでは内部崩壊に巻き込まれてしまう。操舵稈を握る島の額に汗がにじむ。誰もが祈る中、突撃により出来た破壊の隙間を逆噴射により戻る『ヤマト』の船体がようやく宇宙空間へと脱出する。

 

「――波動防壁最大出力!」

「了解、出力最大!」

 

 沖田艦長の命令を受けて太田が波動防壁の出力を限界まで上げたと同時に、『ボーグ』の艦の中でも強大な力を誇る『クラス4・戦略キューブ』の外壁に亀裂が入ると内部から爆発を起こして、壁の如き堅牢な巨体を粉々に粉砕して爆発消滅した。

 

 

 




 どうも、しがない小説書きのSOULです。

 真空崩壊の解釈はこれで良いのか不安です……詳しい方がいらっしゃいましたらアドバイスなどもらえると嬉しいです。

 ついに最大の脅威『Q』から解放された『ヤマト』。キャラクターとしての翡翠の役割は『Q』と対峙する事だったんですよね……本来、超常の存在である『Q』ならば、見据えるか指を鳴らすだけで翡翠や『ヤマト』そのものを消し去る事など容易いのですが、わざわざ『ヤマト』だけでなく『ナデシコ』の乗員を集めて、『ナデシコ』には警告を、『ヤマト』にはクルーの精神を試す場を作った。

 例えその場で『ヤマト』のクルーを抹殺したり『ヤマト』自身を破壊しても、並行世界に迷い込んだ物質は残りますからね。そこへ乗り込んだ翡翠は「いいから、早く帰せよ」と催促する……今流行りの「ク〇ガキ」ですね翡翠は、ピンクの天使が分からせてくれるでしょう。(w

 『ボーグ・キューブ』をどうするか悩みましたが、生存させて『ナデシコ』勢と合流させるか考えましたが、後腐れなく爆発させる道を選択しました……惑星連邦に保護されて復帰の道も考えましたが、彼らの未来はあまり良くないと考えましたので。(『ドローン』になった彼らの人権はあまり尊重されないようなので)

 次回 第六十話 悲劇を終わらせるモノ
 最大の脅威を切り抜けた彼らは、残酷な現実に直面する。

 では、また近いうちに。


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第六十話 悲劇を終わらせるモノ

 

 宇宙戦艦『ヤマト』第一艦橋


 

 超常の存在である『Q』との接触という、とんでもない体験をした沖田艦長を始めとする『ヤマト』の乗組員達は紆余曲折の上になんとか『ヤマト』に戻る事が出来たが、事態は彼らに安堵の息を付く暇すら与えなかった。

 『ヤマト』が突撃して体内の奥深くまで潜り込んだ『クラス4・戦略キューブ』が暴走状態になって間もなく爆発する事が判明したのだ。

 

 急いで逆噴射をかけて『クラス4・戦略キューブ』からの脱出を図り、ようやく抜け出した『ヤマト』の前で『クラス4・戦略キューブ』の巨大な船体の所々で無数の爆発が起こり、まもなく爆発四散してしまう事が予想できる。

 

 沖田艦長の命令を受けて太田が波動防壁の出力を限界まで上げたと同時に、『ボーグ』の艦の中でも強大な力を誇る『クラス4・戦略キューブ』の外壁に亀裂が入ると内部から爆発を起こして、壁の如き堅牢な巨体を粉々に粉砕して爆発消滅した。

 

「……被害報告」

「……波動防壁のお陰で、船体のダメージは最小限に抑えられました」

「先ほどの無茶の所為でエネルギー・コンデンサーに異常が発生しており、波動エンジン自体も点検が必要ですじゃ」

 

 沖田艦長の問いに、技術支援席にて船体の状態をチェックした真田が答え、機関制御席にて波動エンジンの出力をチェックしていた徳川は難しい表情を浮かべながら時間がかかる旨を伝える。

 

「……そうか。他の『ボーグ・キューブ』の動きはどうか」

「周囲に『ボーグ・キューブ』の姿は確認出来ません。周囲に存在する残骸の量から推察すると他の『ボーグ・キューブ』も崩壊したものと思われます」

「他の『ボーグ・キューブ』も?」

「どういうことだ?」

 

 他の『ボーグ・キューブ』の動向を気にした沖田艦長の問いに、航路監視席にて近距離レーダーで周囲を走査した太田が敵の姿が確認出来ない事を告げると、周囲から戸惑いの声が聞こえる……この星雲にワープ・アウトした時に、目の前に迫る巨大な『ボーグ・キューブ』の後ろに複数の『ボーグ・キューブ』の姿を確認していたのに、今はその姿が確認出来ずに代わりに大量に破片が周囲に漂っているという。

 

 独立した航宙艦である複数の『ボーグ・キューブ』が同時に破壊されるなど、一体何があったのか眉間にシワを寄せながら考え込んでいた沖田艦長は、艦長席に備え付けられた艦内電話用端末からコールが鳴っている事に気付く。相手は佐渡先生のようだ……何か想定外の事が起こったのか? 端末を取って二、三話した沖田艦長は沈痛な表情を浮かべる。

 

「……艦長、何か問題でも?」

 

 表情の変化に気付いた真田が問い掛けると、艦内電話の端末を置いた沖田艦長が淡々とした声で答える。

 

「……先ほど、ミスマル艦長の夫テンカワ・アキト氏が亡くなったそうだ」

 

 


 

 

 時は少し遡る。

 

 宇宙戦艦『ヤマト』の乗組員999名の健康を管理する医療区画の中には人の気配が皆無であった……常駐している医官の姿も、医官をサポートする衛生士の姿すらもなく、他の区画と同様に無人でありながら、ただシステムだけが規則正しく動いていた。

 

 そんな、ただシステムだけが動いている空間に突然複数の光が輝いて瞬く間に消える……光が消えた後、そこには今まで存在していなかった人影が現れた。医療従事者を示す白い制服を着た佐渡酒造と、その補佐をするピンクの制服を着た原田真琴の二人であった。

 

「かぁー! 何じゃ、何じゃ!? 急に眩しくなったと思ったら、どこじゃここは? ってワシの職場じゃないか」

「……私達、私達あの狂った場所から帰って来れたんですね」

 

 突然光に包まれたかと思えば、『Q』を名乗る超常の存在が創り出した狂気の場所で、存在自体が罪だと断じられて危うく殺されかけたが、突然姿を現した翡翠の尽力により事なきを得た……得たのだが。

 

 見知らぬ少女と共に現れたかと思えば、お供に丸い光る玉を従えて訳の分からない事を言いながら、ノリノリで超常の存在に脅しをかけたのだ……記憶を無くしていた頃は普通の少女であったが、記憶を取り戻してからは、やる事成す事ハチャメチャでやりたい放題、目上の自分の扱いもぞんざいであり、コッチの気も知らないでどこかで騒動を巻き起こすイタズラ娘へと変貌したのだ。

 

「……何だ、もう『ヤマト』に帰されたのか……ナルシィの癖に根性がないなぁ」

 

 自分達と同様に『ヤマト』へと帰還していた翡翠が後頭部をポリポリと掻きながらボヤいている姿にイラっときた真琴は、無言で翡翠の背後に回るとこめかみ辺りに拳を当てる。

 

「――訳の分からない事を言いながら、あんな化け物にケンカを売って! 心配するこっちの身にもなってみなさい!」

「みぎゃあああぁあぁあ!?」

 

 こめかみを抉るように拳を動かす真琴……ピンクの天使により、悪は滅ぼされたであった。

 

 お仕置きと言うか、じゃれ合う二人を見て安堵の息を吐き出す佐渡……生物的特徴だけでなく、その精神構造も自分たち地球人とほとんど変わらないと思われていた翡翠であったが、あの『Q』を名乗る超常の存在と対峙している時の翡翠はまさしく自分たちとは違う――異星人である事を思い出させるものであった。真紅の瞳は苛烈な光を放ち、歪に吊り上がった口角は、超常の存在との対峙を心底楽しんでいる証拠だった……だが今は、地球人である真琴とじゃれ合う姿を見せている。

 

「……あの娘なりの歩み寄りなのかもしれないのぉ」

 

 まるで姉妹のようにじゃれ合う二人を生暖かい目で見ていた佐渡であったが、処置室から少し離れた病室の方から悲哀に満ちた悲しい声が聞こえて来る……『ボーグ・キューブ』内で保護した『ナデシコ』のミスマル・ユリカ艦長の声のようだ……どうやらあの場所からは元の場所に戻すだけで、それぞれの船に戻してくれた訳では無いようだ。

 

「……除っ引きならない事になっているようじゃのぅ」

 

 医療に従事していれば聞く事になる声に、佐渡は視線を伏せながらポツリと呟いた。

 


 

 病室の方から聞こえて来る悲しみを含んだ声に視線を伏せていた佐渡だったが、この医療区画を預かる医師として務めを果たすべく処置室を出て隣接する病室へと向かう。彼の後ろには、じゃれ合いの途中で気付いた真琴が続いて病室内へと入る……そこには彼らが予想していた通りの光景があった。

 

「――アキト! お願いだから眼を開けて! ……やっとアキトが手の届く所に居るのに、こんな終わり方なんて……そんなの無いようぅ」

 

 大粒の涙をぽろぽろ流しながら夫であるテンカワ・アキトに縋るユリカ。彼の眠るベッドの周りには『ナデシコ』のクルー達が沈痛な趣で物言わぬアキトと涙を流すユリカを見ている。

 

「……ちくしょう。俺はこんな光景を見る為に『ナデシコ』に乗ったんじゃねぇ」

 

 血の気もなくピクリとも動かないアキトと、それに縋りついて大粒の涙を流すユリカを見ながら、唇を噛み締めたスバル・リョーコはポツリと呟く。金色の瞳に涙を浮かべているルリが「……リョーコさん」と気遣が、リョーコは唇を噛み締めたままであった。

 

 そんな二人のやり取りを無表情で見ていたウリバタケは、視線をベッドの方に向ける……物言わぬアキトに縋りつくユリカ。そんなベッドの傍にはアキトが苦痛に苦しまぬようにと尽力したイネスが機械的に彼の身体に付けられた測定器を外していた。

 

「……こんな結末しかなかったのかよ」

「……誰かが言ってましたよ、この世は上手くいく事の方がめずらしいと」

 

 ウリバタケの呟きに、クルーの誰かが悔しそうに答える……嘆きの声を上げる『ナデシコ』のクルーの姿と、努めて無表情に徹しながら冷たくなったテンカワ・アキトの身体から測定器を外していくイネスの姿に全てを悟った佐渡は視線を下げると、沖田艦長に報告するべく処置室へと戻って行く。

 

 残された真琴はテンカワ・アキトの身体から測定器を外しているイネスに手伝いを申し出るべく悲しみに暮れる人々に囲まれたベッドへ一歩踏み出そうとした所で、何時の間にか傍に小さな人影がある事に気付いた。

 

「……翡翠?」

 

 翡翠は腕を組んで何やら考え事をしているようで、眉間にシワを寄せながら唸り声をあげている。こんな重たい空気の中で何を考えているのだろうか、このバカ娘は? 空気を読んで大人しくするように諭そうとしたその時、突然翡翠の眉間によっていたシワが消えたかと思うと「よし、決めた!」と頭の上に電球が灯ったかのように朗らかな表情を浮かべて拳を握る……その姿に思いっきり不安になった真琴は翡翠の肩に手を掛けてを止めようとするが、一瞬早く膝を軽く曲げた翡翠が飛び上がった事で空振りになる。

 

「――翡翠!?」

「ちょっと『ヤマト』のマスコット・ガールらしい事をして来るね」

 

 それほど力を入れたように見えなかったが、小柄な身体であるにしてもあり得ない程の跳躍力を見せた翡翠は、悲痛な表情を浮かべる『ナデシコ』のクルー達を飛び越えて、ふわりと音もなくテンカワ・アキトの遺体のあるベッドへと着地する。

 

「――どういうつもりなのかしら。彼の眠るベッドに仁王立ちするなんて、礼儀と言う物を知らないのかしら」

「――テメェなんつもりだ! そこをどきやがれぇ!」

 

 突然現れた無作法者に凍えるような視線を向けるイネスと、怒りを通り越して憎しみすら覚えるかのように叫ぶリョーコ。だが翡翠は、そんな二人に一瞥すらせずに、ゆっくりと右腕を引き絞ると腕自体が紫電を纏う。

 

「――やめて! 何をする気、これ以上アキトを壊さないで!」

 

 翡翠のしようとしている事に気付いたユリカが叫ぶが、翡翠はかまわず引き絞った右腕を振り下ろす――紫電を纏った拳が息絶えたテンカワ・アキトの胸板に触れた瞬間に衝撃波が周囲に居る人間を吹き飛ばした。

 

 突然襲った衝撃に身構える時間も無く衝撃波に吹き飛ばされた『ナデシコ』のクルー達が何とか身を起こしながらテンカワ・アキトの遺体が安置されたベッドの方へと目を向けると、そこには腕を振りぬいた状態の翡翠の姿があり、知人を、愛する者を亡くした悲しみに土足で踏み込むような真似をした翡翠に怒りの感情を向けて怒鳴ろうとしたその時、未だ取り外されていなかった測定器が反応を示した。

 

「――なっ!?」

 

 誰の言葉だろうか、驚きに目を開いて凝視するその先には、何の反応も示していなかった測定器が弱弱しいながらも心拍を拾っている光景であった。

 

「……そんな、あり得ないわ。心停止してからかなり経っているというのに」

「……心停止からの十分以上経つと蘇生の可能性は殆どない筈です……なのに何故…」

 

 主治医としてテンカワ・アキトの体調を見て来たイネス・フレサンジュは測定結果が表示されるモニターを凝視した後、彼が弱々しいながらも確かに自立呼吸を再開した事を確認して、その上で得意げにない胸を張るイタズラ娘(非常識)に視線を向けて「……何をしたの?」と問うと、ご丁寧にも説明してくれるようだ。

 

「ねえちゃん達は『ボーグ』を舐めすぎ。アイツらの技術――特に『ナノプローグ』は、取り除いても次から次へと沸いてくる“黒い悪魔”のようにしつこいんだよ」

 

 ふんぞり返るその姿にイラっとくるが、翡翠とか言う不可思議生物が言うには『ボーグ・ドローン』に改造された人間は極限状態でも活動が可能で、生身で宇宙空間をも活動の領域に出来るとの事だ。

 

「……つまり、アキトは死んでいなかったの?」

「死んだのは確かだと思うけど蘇生と言うか、再起動は可能だったと言う話」

 

 翡翠の説明を聞いても『ナデシコ』のクルー達は混乱するばかりであった。彼らの世界である二十三世紀の地球においても、死者の蘇生など夢のまた夢の技術なのだから。テンカワ・アキトが生き返った事を戸惑いつつも理解するにつれて『ナデシコ』のクルー達の間に喜びの声が上がるが、そんな彼らに向けて翡翠は残酷な事実を告げる。

 

「……確かにテンカワ・アキトは生き返った。だけど代償が無い訳ではないよ」

 

 翡翠によれば脳はもっともデリケートな器官であり、血流が停止した直後よりダメージを受け始めて、神経細胞やそれを繋ぐシナプスがどれほどのダメージを受けたか分からないと言う。

 

「佐渡せんせぇから聞いたけど、このにいちゃんは『ボーグ』に処置される前からナノマシンによって脳のダメージを受けているんでしょう? 神経細胞を繋ぐシナプスもどれだけダメージを受けたか……最悪、何も覚えていない可能性すらあるよ」

 

 ある意味死刑宣告よりも残酷な予想を告げられて言葉を失う『ナデシコ』クルー。そんな中でもミスマル・ユリカは微笑んだ。

 

「――アキトが生きている。それだけで十分だよ」

 

 その笑みはとても綺麗な笑みであった。

 

 


 

 

 『ヤマト』医療区画通路

 

 戸惑いながらもテンカワ・アキトの蘇生を喜ぶ『ナデシコ』のクルー達が喜ぶ病室にバイタルチェックを手伝うと言って病室に残った真琴を置いてドアから出た翡翠は、やる事はやり切ったと自画自賛しながら「むふんっ」と満足げに鼻を鳴らした後、病室と処置室を結ぶ通路を一歩踏み出す。

 

 この並行世界に転移させた『演出家』の正体もほぼ特定できたし、最近感じていた鬱陶しい視線を向けて来る『評論家』の干渉を退けて、後は自分達の世界に帰還して『演出家』に落とし前を付けさせるだけだ。

 

 にやりと笑いながら歩いていた翡翠は、いつの間にか周囲の景色が『ヤマト』の艦内通路のメカメカしい物から何もない白い空間へと変わった事に笑みを好戦的な物へと変える。

 

「……さて、位相をずらすなんて芸当が出来るとは、流石“骨董品”ね」

 

 見れば正面にミスマル・ユリカをダウンサイズしたかのような白い髪と金色の瞳を持つ少女が不機嫌そうな顔つきで仁王立ちしている……これは、帰る前に決着を付けようと言う事かな? と、笑みを深くしながら翡翠は両の手を軽く開いて即座に対処出来るようにして、瞳は緑色のままだが臨戦態勢へと移行する……さて、戦いのゴングを鳴らすかとこぶしを握った時に、目の前に立つ“骨董品”こと遺跡の『演算ユニット』――ソフィアは翡翠を見据えながら口を開いた。

 

「……何をした?」

「何をした? 漠然としていて何を指しているのか分からないなぁ?」

「とぼけるな! あの時、テンカワ・アキトは生命活動を停止していた。しかも、彼の体内にあった『ボーグ』の『ナノプローグ』も完全に機能を停止していた」

「……気の所為じゃね?」

「……『ナノプローグ』は完全に停止し、エネルギー値も完全にゼロを指していた――その状態から再起動など出来るはずがない」

「それはセンサーの誤作動だよ、きっと」

 

 おどけて肩を竦める翡翠の態度が気に入らなかったか、ソフィアは柳眉を逆立てて翡翠を詰問するが、当の翡翠はのらりくらりと躱す。そんな翡翠の態度にいら立ったソフィアは肩をいからせながら 至近距離まで近付いて、金色の瞳が翡翠の名前の由来である緑色の瞳を見据える。

 

「テンカワ・アキトを蘇生して、お前に何のメリットがある? 最初の時もそうだ。ユリカを目覚めさせる事にどんなメリットがあった? お前にユリカを救う理由は無かった筈だ――お前の存在はユリカ達に都合が良すぎる」

 

 お前は何を企んでいる、金色の瞳に冷徹な光を湛えながらソフィアは翡翠を睨め付ける。そんなソフィアの姿を見た翡翠は『こいつは主を守ろうとするわんこ、か』と呆れる……古代文明の遺産であるボゾン・ジャンプを成立させる為の演算を一挙に行っていた『演算ユニット』の癖に、肉の身体を持った途端に幼い容姿の身体に引っ張られているのかと思うくらいに稚拙な推論で対峙してくるのだから。

 

「……考えすぎだよ、アンタ」

 

 呆れたように苦笑いをしながら翡翠は、ソフィアの脇を通りながら歩き出す。

 

「――まて!」

 

 制止の声を掛けるが翡翠はそれに構わず右手を上げる。

 

 ――パチン。

 

 指を鳴らすと同時に周囲の空間が歪んで、周囲の光景が『ヤマト』の艦内へと変貌する。変化した周囲の光景を一瞥だけしたソフィアは、柳眉を逆立てて目の前の非常識な生物にさらなる追求をしようとする前に、翡翠はソフィアに背を向けたまま彼女の疑問に答え始める。

 

「……何故、テンカワ・アキトを助けたのか? それは『保険』だよ」

「……『保険』?」

 

 背を向けたまま立ち止まった翡翠は、纏う空気を危険なモノへと変貌させながらも話し始める。

 

「ろくでもない『演出家』に、このふざけた舞台の責任を取らせないとね」

 

 “保険は一杯掛けておいた方が良いでしょう?”と呟く翡翠に、険しい視線を向けながらソフィアは“ユリカ達を巻き込むつもりか”と非難するが、そんな言葉では翡翠は揺らがずにゆっくりと振り返る……その表情は普段の飄々な空気は鳴りを潜め、紅く染まった瞳は怒りの炎を燃やしていた。

 

「相手は亜空間に干渉できるような“バケモノ”よ、そんなバケモノを相手にするのなら、“手札”は多い方が良いだろ」

 

 そいつは、アンタ達を並行世界に転移せざるを得ない状況に持って行ったのかもしれないからね、と唇を歪めて笑う翡翠――何重にも安全策を取って跳躍実験に臨んだ彼女が、『ヤマト』という未知の船と衝突するなど本来はあり得ない事であり、実験が終了して通常空間に復帰する前に未知の船と接触するなど、数々のセンサーで見守られている中で未知の船の存在が見落とされる事など無い筈なのである。

 

 それと同じように、ミスマル・ユリカ率いるナデシコ勢も不測の事態に置かれた時に幾何学模様が広がってジャンプ・フィールドを形成して飛ぶと必ずこの並行世界に転移したと言う……ジャスパーも言っていたではないか。

 

『それは分からない。“何度”か試したけれど、必ずこの世界へと転移したから』

 

 時空間移動手段『ボソン・ジャンプ』の『演算ユニット』が他の並行世界の『演算ユニット』にデーターを送って実体化すると、必ずこの世界へと転移すると言う、何度も転移しても。

 

 つまり何者か――超常の存在の干渉により、この世界が舞台装置として選ばれた。

 

「ユリカ達の行動も、何者かの干渉を受けた結果だと?」

「『演出家』の手がどこまで伸びるか分からないからね」

 

 並行世界にまで演技指導に行ったとしても驚かないわ、と薄笑いを浮かべる翡翠――その、どこまでもヒトを食った態度が気に入らず、ソフィアは渋面を浮かべる。

 

「ふざけた『演出家』とやらと対峙する時の為に自分の手駒を集めようと言うのか、あのいけ好かない『評論家』と何が違う?」

 

 侮蔑を込めて吐き捨てるソフィアに向けて、翡翠は“にたり”と嗤う。

 

「……『評論家』などで済ます気はないわ――私が目指すのは『DEUS EX MACHINA(機械仕掛けの神)』よ」

 

 

 




 どうも、しがない小説書きのSOULです。
 
 『Q』の追求から逃れた『ヤマト』の艦内で起きた悲劇――しかし、それは翡翠の介入で最悪の事態だけは免れた。

 これで『ナデシコ』のストール―は終了です。
 翡翠の力を持つが故のある意味傲慢な行動も、これから対峙するであろう超常の存在との対決に向けての『保険』の意味でしかなかった。

 次回 第六十一話 別れの時
 全ての脅威は去った――。

 では、また近いうちに。



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第六十一話 別れの時


 謎の星間国家『ガミラス』との戦争により、人類は滅亡の淵に立たされた。じわじわと侵食してくる放射能汚染が人類の生存領域を汚染して、滅亡まで後一年と迫ったある日、『イスカンダル』を名乗る異星文明より『次元波動機関』の設計図と惑星再生システム『コスモリバース』の情報がもたらされた。

 人類を滅亡から救う為、放射能により赤く変貌した地球を元の青い星へと戻す為に、人跡未踏の大航海へと繰り出した宇宙戦艦『ヤマト』は、強大な『ガミラス』の魔の手を掻い潜りながら中継点であるバラン星に到達し――約一万隻にもおよぶ『ガミラス』の大艦隊と戦い、奇策を用いて『亜空間ゲート』に突入して大艦隊を突破する事に成功した……だが亜空間内でアクシデントが起こった――亜空間を航行中の『ヤマト』は、亜空間跳躍実験より復帰しようとしていた翡翠と接触――その衝撃で量子的に不安定になり、『ヤマト』は世界から弾き出されて、そこで『ヤマト』は異なる歴史を辿た地球の属する『惑星連邦』の航宙艦『エンタープライズ』と接触する。

 『エンタープライズ』のと接触により、自分達が並行世界へと迷い込んだ事を理解した『ヤマト』は、自分達の世界へと戻って任務を続行するべく足掻いている内に、恐るべき種族『ボーグ集合体』と戦闘となり、救援に来た『エンタープライズ』と共闘する事のより危機を脱する事が出来たが――突如転移して来た新たな『ボーグ集合体』の航宙艦『ボーグ・キューブ』により二隻とも行動不能にさせられた上に、艦内に『ボーグ集合体』の先兵『ボーグ・ドローン』を送り込まれて絶体絶命の窮地に陥った。

 あわや『ボーグ』に同化されるかと思われたその時、周囲の空間に光が集まり――未知の白い航宙艦が転移して来たのだ。その白い船は極度に圧縮した重力波を武器として『ボーグ・キューブ』撃ち込み、続いて現れた『ボーグ・キューブ』に匹敵するほどの巨大な航宙艦を指揮する麗しき麗人『ミスマル・ユリカ』の強烈な個性に唖然とし、圧倒的に優位に有ったのに撤退する『ボーグ・キューブ』に戸惑いと困惑を覚えている間に、最初に乱入してきた白い航宙艦の艦長『ホシノ・ルリ』による軽い事情説明と彼らの拠点への招待を受け、彼らと対『ボーグ』を想定した同盟を結んで、紆余曲折を経て強大な『ボーグ』を退ける事に成功したのだ。





 

 

 宇宙戦艦『ヤマト』 第一艦橋

 

 

「艦長、彼らは予定通り出発しました」

 

 艦長沖田の代理として『ナデシコ』から迎えに来た白いシャトルに乗り込む『ナデシコ』のクルー達を見送った後、第一艦橋へと戻って技術支援席へと座った真田は、甲斐甲斐しく『テンカワ・アキト』に付き添う『ミスマル・ユリカ』達の姿を思い出しながら報告する。

 

 強大な力を誇る『ボーグ集合体』から同化された『テンカワ・アキト』と『ラピス・ラズリ』を救出する事に成功したが、その代償として『テンカワ・アキト』は記憶の大半を失い、彼を救う為に尽力した『ナデシコ』クルーの事を何一つ覚えていないと言う状態へとなってしまった。

 

 報告を受けて医務室に面会に行った時、彼は見知らぬ人間に囲まれて不安そうな表情を浮かべており、『ボーグ・キューブ』を指揮して我々に襲い掛かってきた時に纏っていた無機質な雰囲気は消え去っていた。

 

 不安げな表情を浮かべる『テンカワ・アキト』は寄る辺を失った幼子の様に見え、とても演技の様には思えない。これまでに経験してきた事の記憶が殆ど失われ、自分が何者か根底の部分が揺らいているのだろうと佐渡先生から報告を受けている。

 

 これからの彼らにどんな困難が待ち受けているか。真田は表情には出さないが、せめてこれからの人生は平穏である事を願わずにはいられなかった……ふと、視線を感じたので其方に顔を向けると、『テンカワ・アキト』に寄り添っていた『ミスマル・ユリカ』の藍色の瞳と目が合う。

 

「……心配しないで下さい。アキトは私が必ず幸せにします……これまで苦労して来たんだから、幸せにならなきゃ……」

 

 


 

 宇宙戦艦『ヤマト』第一艦橋

 

 『ナデシコ』のクルー達の出発を見送った真田は基幹エレベーターにて第一艦橋に到達すると、艦長席に座る沖田艦長に『ナデシコ』のクルー全員がシャトルに搭乗した事を告げる。すると森船務長がタイミング良くシャトルが『ヤマト』から発進した事を報告する。

 

 艦底部より発進したシャトルがスラスターを吹かせて姿勢制御しながら上昇している姿が第一艦橋から見える。そしてシャトルはゆっくりと動き出して、彼らの船『ナデシコD』へと向かい始めた――その船体には『ボーグ・キューブ』との戦いにより至る所に被弾の跡が見え、白亜に輝いていた船体は攻撃と収容された『キューブ』の爆発から逃れる為に行った無茶で無数の焼け焦げた跡が付いて、辛うじて何とか自力航行が出来るという状態だと言う。

 

 エンジンを点火して離れて行くシャトルを見ていた『ヤマト』の乗組員達だったが、通信席に座る相原より『エンタープライズE』から映像通信が入った事が伝えられ、沖田艦長の指示で天井にあるパネルに『エンタープライズE』のブリッジが映し出されると、中央に立った艦長ジャン=リュック・ピカード大佐が話し出した。

 

『『ナデシコ』のシャトルが発進したのは此方でも確認した。我々はダメージを負った彼らを拠点までエスコートした後に、宇宙基地へ帰還して今回の戦いの詳細を報告する予定だ』

 

 今回の事変は惑星連邦を混乱の渦に叩き込んだ――二度にも及ぶ『ボーグ』の侵攻による損害から回復しきれていない状態で知った、複数の『ボーグ・キューブ』が惑星連邦の勢力圏のすぐ近くに潜んで、しかも大量の『ボーグ』を呼び寄せる事が出来る大規模移送施設『トランスワープ・ハブ』を建設していたなど、その兆候すら感知出来ていなかった連邦宇宙艦隊にとっては正に悪夢でしかなかった……二度にもおよぶ『ボーグ』の侵攻――たった一隻の『ボーグ・キューブ』により迎撃艦隊は壊滅状態になり、多くの人命が失われたのだ。

 

 今回『エンタープライズE』より恐るべき力を秘めた『ボーグ・キューブ』が複数確認されたという報告を受けた艦隊司令部は、連邦の滅亡を覚悟していた……だが、続報が届くにつれ彼らは首を傾げる事となる。

 

 ――巨大な航宙艦を要する未知の勢力と接触して対『ボーグ』の共同戦線を張る?

 

 ――完成間近である『トランスワープ・ハブ』を破壊する為に攻撃を掛けて、紆余曲折の上に『ボーグ』艦隊諸共破壊する事に成功した!?

 

 頭を抱えた彼らは『エンタープライズE』に即時帰還命令を出して、直接口頭で説明する事となったという。

 

「……それは、首脳部もやきもきしている事でしょうな」

『今回は想定外の事が多すぎましたからね、仕方が無い事です』

 

 意味ありげな視線を向けるピカード艦長に苦笑を浮かべる沖田艦長……並行世界からの転移者である『ヤマト』の存在は、想定外の最たるものであろう……そしてピカード艦長は意味ありげな視線のまま沖田艦長に問い掛ける――これから『ヤマト』はどうするのか? と。

 

  その問い掛けに『ヤマト』の艦橋内に沈黙が落ち、彼らの反応を静かに見据える……『ボーグ』との決戦の場所に突如現れた『ヤマト』の存在に疑問を持ったピカード。

 

 『トランスワープ・ハブ』の破壊を成功させた『エンタープライズE』は、複数の『ボーグ・キューブ』相手に奮戦している筈の『ナデシコD』の援護をするべく戦闘宙域へと向かう途中で超生命体である『Q』により艦長であるピカードは拉致され、法廷とは名ばかりの断罪の場へと転移した――そこで初めて『ヤマト』が参戦した事を知る。

 

 元の世界へ帰る術を探す事を優先した彼らが何故ここに居るのか? 方針を変化せざる負えない何かが起きたのか? 狂った法廷から解放された後に聞いた事情によると、予想だにしないアクシデントに見舞われて時間的な余裕がなくなった彼らは、苦肉の策として『ボーグ』の超光速大規模移送施設『トランスワープ・ハブ』を使用して元の世界への帰還を目指そうとしていたと言う。

 

 だが『トランスワープ・ハブ』は既に使い物にならないまでに崩壊している。故に『ヤマト』の思惑は水泡に帰した事になるのだが、『トランスワープ・ハブ』崩壊を告げられた『ヤマト』の乗組員達は一様に言葉を失っていた。

 

 改めて現実を突き付けられた『ヤマト』の乗組員達が浮かべる強張った顔を横目で見ながら、沖田艦長はどう答えるか思案する……自分達の属していた並行世界へと帰還するべくか細い糸の様な可能性に縋りながらも、決して諦めずに可能性を手繰り寄せる為に航海を続けていた時に判明した最悪の事態――この世界において“異物”である『ヤマト』の船体はおろか共に並行世界へやって来た乗組員を構成する分子構造すら崩壊する危険性が判明したのだ。

 

 このままでは見知らぬ並行世界で塵になってしまうかもしれない。

 

 頼みの『トランスワープ・ハブ』は崩壊して、これから当初の目的地である銀河系と大マゼラン星雲の中間点にあるバラン星宙域に向けて航海したとしても、そこに亜空間ゲートが在るかは不明瞭だ。

 

 誰もが言葉を発せられない重苦しい雰囲気の中で突然軽い音が響く、何事かと視線が向く中で音の発生源である基幹エレベーターの中から小柄な人影が艦橋内に足を踏み入れる。

 

「……翡翠? ここは艦橋だ…ぞ……」

 

 近くある通信席に座る相原は基幹エレベーターから出てきたのが翡翠である事に気付いて咎めようとするが、彼女の纏う雰囲気がいつもと違う事に気付いて言葉に詰まる……地球の平均的な同年代の子供より少し小柄な身体に比較的に整った顔立ち……そこまでは普段通りだが、その表情が普段の子供らしさは鳴りを潜めて不敵な笑みを浮かべていた。

 

 それだけでなく、彼女の姿が『ヤマト』に乗り込んだ時から来ていた制服姿ではなく、白を基調としたボディースーツの所々に青く輝く鉱物の様な物を付けた見慣れない服を着て、威圧感すら感じる気配を纏った翡翠はゆっくりと歩き出して第一艦橋の中央部に進んで行く。その姿を目で追いながらも、艦橋に詰める古代や島だけでなく経験豊富な真田や徳川すらも声を発する事が出来ない……そんな中で艦長席に座る沖田は目を細めて翡翠の思惑を見据えている。

 

 そして第一艦橋の中央部まで来た翡翠はゆっくりと振り返り、一段高い艦長席から見据える沖田と視線を合わせる。周囲に放たれる、圧倒的な力をも伴っているかのように錯覚させるほどのオーラを纏いながらも未だ緑色の輝きを保っている彼女の瞳を見て、翡翠がこのタイミングで第一艦橋にやって来た理由を推察できた。

 

「……帰るのか?」

「……ええ、迎えも来たようだからね」

 

 そう言って笑った翡翠が『――エテルナ』と呼び掛けると、彼女の隣に小さな灯がともり、それが大きくなるにつれて輝きも強くなる。

 

「……次元潜航解除」

《YES・Ma'am》 

 

 ぽつりと呟いた翡翠の言葉に発光体が答えた途端、第一艦橋から見える宇宙に異変が起きる――目の前の空間が波打ち始めたのだ。

 

「――前方の空間に異常発生! 『ヤマト』の前方の空間が湾曲していきます!」

 

 コスモレーダー受信席に座る森雪の緊迫した報告に、第一艦橋内の乗組員達の間に緊張が走る。思わず前方の空間に視線を向けた古代は、艦橋から見える星の輝きがどんどん歪んでいく様を見て“元凶”に向けて振り返ると硬い表情で問い掛けた。

 

「――何をした、翡翠!?」

 

 


 

 『エンタープライズE』ブリッジ

 

 惑星連邦所属の航宙艦の中でも最新鋭であり最大規模を誇る『エンタープライズE』のブリッジの中は重苦しい雰囲気に包まれていた。艦長ジャン=リュック・ピカード大佐が厳しい視線を向ける先には、『ヤマト』の艦橋内を映し出したメイン・ビューワーに突然現れた年端もいかない少女……だが、その少女が現れた途端に『ヤマト』を運用する上級士官達の様子が目に見えて変化した様を見るに“まとも”な人間ではないのだろう。

 

 副長席に座るライカー中佐は席を立つと、メイン・ビューワーの前で厳しい表情を浮かべているピカードの側まで行く。

 

「……艦長、彼女が例の?」

「……ああ、『Q』が創った法廷に乗り込んできて、あの『Q』相手に大立ち回りを繰り広げた女傑だ」

 

 これ以上『ボーグ』の進行を阻止するべく、『ボーグ』が要する超光速大規模移送施設『トランスワープ・ハブ』を破壊した『エンタープライズE』のブリッジで指揮を執っていたジャン=リュック・ピカード艦長は、並行宇宙からの来訪者である『ナデシコ』と『ヤマト』を裁くべく作られた核戦争時代の法廷に『弁護人』として『Q』により召喚された。

 

 超越者らしい傲慢さを見せる『Q』の前に突然現れた栗色の髪と真紅の鮮烈な輝く瞳を持つ彼女は、一見少女の様な姿をしているが高位存在である『Q』相手に一歩も引かず、交渉という名の脅しをかける少女が“まとも”な生命体である筈がない。と言うのがピカードの見解であり、『ヤマト』のブリッジの様子を見るに、その見解は正解の様である。

 

 さて、これからどうなるか? 事の推移を見守っていると、件の少女の隣に光が灯ると光度を増して発光体へと変貌していく……そして、少女が『……エテルナ』と呼び掛けた途端に事態は動いた。

 

「――サー、本艦の前方に空間異常が発生しました」

 

 オプス・コンソールにて周囲の観測を行っていたデーター少佐が、センサーが感知した異常をピカードに報告する。それを聞いたピカードは片眉をわずかに動かし、傍に居たライカーはデーターに詳細を報告するように指示する。

 

「――本艦から後方50万キロの地点で空間湾曲が発生、湾曲率は未だ上昇を続けています」

「空間湾曲の原因はなんだ?」

「原因は不明。周囲に空間を捻じ曲げるような重力源は観測されていませんし、空間が湾曲したならば観測される筈の重力波はおろか重力場も検出されません」

 

 報告を受けたピカードは空間湾曲の原因を問い掛けるが、空間に影響を与えるようなモノは確認されておらず、また空間を曲げるような存在が存在しているならば重力場が検出されないとは考えにくい……このような非常識な現象を引き起こしているであろう存在へと、ピカードとライカーの限りなく冷たい視線が向けられる。

 

「……原因は考えるまでもなく」

「……彼女でしょうな」

 

 

 




 どうも、しがない小説書きのSOULです。

 『ボーグ集合体』の悪意を撥ね退け、超常の存在である『Q』の脅威を退けた『ヤマト』の艦橋に姿を現した『翡翠』は宣言する――元の世界への帰還を。

 次回 第六十二話 故郷への道。

 では、また近いうちに。


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第六十二話 故郷への道

 

 宇宙戦艦『ヤマト』第一艦橋


 

 突然第一艦橋に乱入して来た翡翠が一言呟いた途端、変化は劇的に訪れた――『ヤマト』の前方の空間が唐突に歪み始めて、あり得ない程の空間湾曲現象を起こしていた。

 第一艦橋から見える光景が、あまねく星々の光がねじ曲がっていく――それはある意味冒涜的な光景であった。永遠不変とも思える星々の姿が瞬く間に変わって行くのだから。

 

「……これは」

「……宇宙が、星が歪んでいく」

 

 その光景を見た誰かが呟く。目の前で起きている事に現実感が無いのだろ……幻想的とも言える光景に誰もが目を奪われている故に気付かない……否、技術支援席で観測される測定結果を精査していた真田と人生の大半を宇宙で航海していた沖田や徳川などは、この現象の不自然さに気付く。

 

「……妙だな。目で見えるほどの距離で空間が歪んでいるのに」

「……殆ど船が揺れませんな」

 

 訝し気に呟く沖田に、機関制御席で何時でもエンジン出力を上げられるように準備している徳川が追従する……空間に作用して歪ませるモノとしては大質量による重力が一般的である。だが、この空間湾曲では歪ませている原因が観測できない。

 

「……おかしい。空間湾曲の原因が特定できない所か、こんなに至近距離なのに船への影響が殆ど皆無に近い」

 

 技術支援席で計測される観測結果に目を通しながら理解不能な現象に頭を悩ましていた真田は振り返ると、この珍妙な現象を引き起こしていた“いたずら娘”を眼ね付ける……圧倒的な存在感と共に現れた翡翠。今までは戦闘時や『Q』と呼ばれていた超存在と対峙する時にしか特異性を発揮していなかった彼女が、こうも容易く己の力を見せる理由――彼女はあるべき場所に帰るという事なのだろう……そして目の前の不可思議現象は、突然現れた発光体が彼女の意を汲んで起こしたモノ……そう考えると、自ずとこの現象を引き起こした意図も理解出来るというものだ。

 

「――そうか、君の迎えが来た……我々の世界からこの並行世界へ渡る力があるならば、今まではこの並行世界の裏側とも言えるサブスペースに身を潜めていた」

 

 そういう事だろう? と問い掛ける真田に、にこりと笑う翡翠だったが、その後に「派手にやり過ぎだ、いたずら娘」と真田に窘められると肩を竦めた。

 

 そんな他愛もないやり取りをしている内に空間湾曲の湾曲率は極限にまで達し、歪んだ星の光が重なって光り輝く輪を作るとその中心から白銀に輝く巨大な船先が現れて、この世界へとその姿を現す――それは巨大な結晶の様な姿をしていた。

 

 鋭く尖った船先から流れるようなラインを経て船体を輝きの輪から表すその姿は、人工物というより大自然が生み出した結晶体の様であった。だが、その結晶体は明確な意思を持って輝きの輪を潜ってこの宇宙へと顕現したのだ。

 

 この宇宙に姿を現した白銀に輝く巨大な船は、漆黒の宇宙に己の存在を主張するかのように船体が仄かな光を放ち、見るだけで『ヤマト』や『エンタープライズ』はおろか、二隻をはるかに超える大きさを持つ『ナデシコD』数倍はあるほどの大きさを持つことが分かるのだが……

 

「……レーダーは何も感知できません」

「……目に見えるほどの近距離に居るはずなのに、あらゆるセンサーがまったく反応しない……どういう事だ、翡翠?」

「……いや、そこで私に聞く?」

 

 その方が手っ取り早いと言う真田に呆れたような視線を向ける翡翠だったが、その事には触れずに艦橋から見える白銀の船に視線を向ける。

 

「……アレは『&&%$%%$$$』」

「……は?」

 

 眞田の質問には答えずに翡翠は外に居る白銀の船について語ったが、彼女の口より紡がれた言語を艦橋に居る誰も理解できなかった。呆けたように口を開ける者や訝し気に眉を顰める者達を見て、翡翠は後頭部をぽりぽりと掻きながら「……ああ、この言語では適切な表現が無かったのね」と少し困った顔で思案していたが、何かを思いついたのか掌を合わせてにこりと笑う。

 

「ならば、どこぞの『コンピューター思念体(笑)』が訳した名称を使いましょう――あの船の名は『アルテミス』」

 

 ゆっくりと手を上げて白銀の船を指差しながら船名を伝えた翡翠は、手を下ろすと艦長席に座る沖田に向き直る。

 

「それじゃ帰りましょうか、私達の世界へ――」

 

 そう告げる翡翠の姿が光に包まれ、光が収まった時には彼女の身体は第一艦橋から掻き消えていた。

 

「――翡翠?」

「……なるほど。『エンタープライズ』と同じく、彼女達も転送技術を持っているのか」

 

 翡翠が光に包まれて姿を消した事に驚く古代の声と推論を述べる真田の声が重なり、そういうモノかと納得する古代……『ボーグ』との初接触の際に『ボーグ・キューブ』内に取り残されていた古代と真田は、『エンタープライズE』から連絡要員として『ヤマト』に乗り込んでいたデーター少佐の要請を受けた『エンタープライズE』の転送技術により回収された事があるのだ。

 

 言いた事だけを言って翡翠が姿を消した後、第一艦橋の中に沈黙が落ちる……どう反応して良いのか分からなかったのである。

 そんな中で『ヤマト』の操舵手である島は、突然目の前の操縦桿が独りでに動き出した事に気付いて止めようとするが全く言う事を聞かなかった。波動エンジンが始動して、『ヤマト』はゆっくりと進み始める。

 

「……これは」

「どうした、島?」

「――舵が効かない!?」

「――何だって!?」

 

 異変に気付いた古代が問い掛けると、慌てた島が叫びを聞いて驚愕する。何とか艦のコントロールを取り戻そうとする島が波動エンジンの出力を絞ったり、スラスターを起動するが全くコントロールを受け付けなかった。

 

「……駄目だ。此方のコントロールを受け付けず、自動操舵にすら切り替わらない」

「――何とかならないのか、島?」

 

 コントロールを取り戻そうと試行錯誤する島に古代が声を掛けるが事態は全く好転せず、技術支援席に座る真田や機関制御席に座る徳川も異常事態に気付いて艦のコントロールを取り戻そうとするが制御が効かない状態で、『ヤマト』は乗組員の意思に反して進み続ける。

 

「……これはメインフレームに外部からの干渉を受けている可能性が高い」

 

 技術支援席で『ヤマト』のシステムをチェックしていた真田はそう結論付ける……以前にも『ボーグ・キューブ』との連戦の折にメインフレームへの干渉を受けて機能がマヒした苦い経験を受けて、真田を筆頭とした技術班が総力を挙げてプロテクトの強化を施したのだが……どうやら徒労だったようだ。

 

 現在、『ヤマト』は操作不能の状態である。

 

 


 

 通信が繋がったまま維持されていた事により『ヤマト』が異常事態に見舞われている事を知った『エンタープライズE』から『トラクタービーム』による支援を提案されて実行に移されるが、照射されたビームは『ヤマト』に届く直前に何かに打ち消されてしまう。

 

『……今のは? 何らかの干渉を受け得たようだが』

『――サー。所属不明艦より反重力波が照査されて、『トラクタービーム』を打ち消したようです』

 

 天井のパネルに映るピカード艦長が困惑のあまり一旦通信を切る事すら忘れて『エンタープライズE』の艦橋士官に問い掛けている。艦隊士官によると、重力子を用いる『トラクタービーム』に対して反対の性質を持つ反重力子とも言える物を照射する事により『トラクタービーム』を阻害したとの事であった。

 

 流石は“いたずら娘”の乗る船、色々と手札を持っていると妙な関心をする沖田艦長であったが、通信席に座る相原より例の『アルテミス』より広域通信が入った事を告げられて表示するように指示する――すると天井パネルの半分に、『アルテミス』からの通信が表示される。

 

 そこは一見すると鉱物の鉱床の様に見えた。蒼く仄かな光が鉱物で出来た床に反射して、仄かに青く輝く鉱物のような物で構成された部屋全体を浮かび上がらせる……恐らく、ココが『アルテミス』と名乗る船の中枢である『艦橋』なのだろう。

 そんな仄かに青く輝く鉱物に囲まれている艦橋の中央部に、一つだけ周囲の鉱物と同じ物で作られたシートの様な席が在り、その席に座る小柄な少女が座っていた。

 白を基調としたボディースーツの所々に青く輝く鉱物で出来たプロテクターを纏った少女は、『ヤマト』に乗船していた時と同じ翠瞳を細めていた。

 

『せっかく誘導しているのに、邪魔されちゃ困るんですけど』

 

 目を細めると言うか、翡翠がジト目を送った先は『エンタープライズE』のようだ。ジト目を送られた『エンタープライズE』のピカード艦長は困惑した表情を浮かべる……『ヤマト』の第一艦橋に現れた彼女は、確かに共に自分達の世界への帰還しようとは言っていたが、

 

「……だが、その為に『ヤマト』の制御を奪う必要は無いだろうが!」

『……その方が手っ取り早いでしょう?』

 

 奪われた制御を取り戻そうと必死になっていた島が怒りの咆哮を上げるが、当の翡翠は小首を傾げて答える……まるで悪びれない様子に二の句が継げない島……彼は理解してしまったのだ。パネルに映る少女は自分の行った事をまったく疑問に思っていない事を。

 

『……とにかく、『ヤマト』を収容した後に次元跳躍に移行するから、邪魔しないでね』

 

 ふんぞり返って言い放つ翡翠……その傍若無人ぶりに唖然とする乗組員達。そんな中で難しい顔をした真田がぽつりと呟いた。

 

「……翡翠のメンタル部分は我々と近しい物だと思っていたが、やはり細かい所では差異がある様だ」

 

 突然に『ヤマト』へとやって来た異星人の少女。

 その扱いについて、当初は様々な意見があった。今まで『ヤマト』が属する地球人類は火星にて発見された異星文明の船の残骸など痕跡は確認していたが、実際に異星人との初接触は星間戦争へと突入した『ガミラス』であり、その後に接触して来た『イスカンダル』の第三王女が二人目、そして『ヤマト』艦内へと招き入れた異星人の少女は、事故により昏睡状態になっている『イスカンダル』の王女と、『ガミラス』の女性士官に続いて三人目となる。

 

 予期せぬ事故で『ヤマト』で保護した未知の異星人である少女を、当初は徹底的に検査を行い――結果、肉体的には地球人類となんら変わらず、事故の影響で記憶の混濁は見られるがメンタル的にも地球人に近しい物であるという検査結果だったのだが……『ボーグ・キューブ』との戦闘の中で、『ボーグ・ドローン』に侵入されて彼女が危機に陥った時に彼女の身体の中に組み込まれていた抗体システムが起動して――少女は本来の自分を取り戻した……或いは“はっちゃけた”と言うべきか。

 

 本来の“力”を取り戻した少女が見せたのは、瞬く間に『ボーグ・ドローン』を駆逐した驚異的な身体能力と、超常の存在を前にしても一歩も引かない豪胆な性格。

 だが『ヤマト』の艦内では年相応の子供らしさを見せていたが、今考えればアレは“ワザと”見せていたモノだったのだろう。それだけ理性的な存在であるのだろうと、ある意味安心していたのだが……どうやら、此処に来て双方の認識の違いが浮き彫りになったようだ。

 

「……翡翠」

『なに? 真田のおじちゃん』

「……たとえ同じ目的を持つ者同士でも、断りもなく相手の船のコントロールを奪うのは敵対行為と変わらんぞ」

『……そうなの?』

 

 緑色の瞳を大きく広げて驚きを露にする翡翠。暫くは視線をさ迷わせていたが、深くため息を付くと後頭部をポリポリと掻いてバツの悪そうな顔をした。

 

『……そう言うモノなの? こっちの方が早いと思うんだけどなぁ』

 

 ポリポリと後頭部を掻きながらもまだ抵抗する“いたずら娘”に倫理について滾々と説教をしたい衝動に駆られる真田だったが、ようやく元の世界に帰還できるか手段が目の前にあるのだ……視線を向けると沖田艦長が頷いた。

 

「此方としても元の世界に帰還する事に異存はない――翡翠、エスコートを頼めるか」

 

 今度は真っ当な手段で頼む。そう言ってにやりと口角を上げる沖田艦長。威厳はあるが妙に愛嬌もあるその笑みに苦笑を返した翡翠は片手を上げると、それを合図に『ヤマト』のコントロールが戻り、第一艦橋に居る乗組員達は安堵の表情を浮かべているのを確認した翡翠は通信を切る。するとコスモレーダーを担当している森雪より、『ヤマト』と『アルテミス』の間に光るガイドレールの様な物が設置されている報告がされると、乗組員――特に『ヤマト』の舵を預かる島が憮然とした顔で毒づく……こんな物があるなら最初から出せよ、と。

 

 宇宙空間に設置された光点に沿って進む『ヤマト』の前に白銀に輝く『アルテミス』の巨大な船体が近付いて来る。相変わらず各種センサーは目の前の巨大な船を感知する事は出来ないが、視覚だけは漆黒の宇宙の中で輝く船体を見る事が出来る――船体外部には殆ど凹凸が存在せず、表面は磨き上げられた鏡のように星の光を映し出す。

 

「……まるで巨大な鏡のようだな」

 

 それ自体が仄かな光を発しているが『アルテミス』の巨大な船体には星の光が映り込み、よく見れば接近している『ヤマト』の姿すら映っていた。

 

「……人間の目で捉えられる可視光線は問題なく見えるようだ。それ以外の赤外線やエックス線などセンサーに使われている波長は全く反応しないと言うのに」

 

 しかもタチが悪い事に光学望遠観測器には全く映らず、肉眼でのみ見えると言う。ある意味あの“いたずら娘”が乗るに相応しい船だ、と真田にしてはボヤくように説明している。

 

 銀河系の外にある大マゼランへ航海という人跡未踏の旅に臨むにあたり、人類初の恒星間航行用宇宙船として建造された宇宙戦艦『ヤマト』には地球の最先端設備が搭載されている。

 

 地球人類は太陽系という狭い範囲での航海しか経験が無く、銀河の外はおろか太陽系外の星間宇宙にすら到達していなかった。

 そんな未知の宇宙を進むに為に、『ヤマト』には索敵だけでなく航路の安全を確保する為に高性能のセンサーが搭載されているが、その全てが眼前の『アルテミス』を感知する事が出来ない。

 

 一抹の不安と、それを上回る帰還できるかもしれないという希望を胸に『アルテミス』に近付いて行く『ヤマト』の通信機に短いメッセージが届いた。

 

「――前方の船より通信、『艦体に着水せよ』」

「――着水!? 船の上に降りろって事か?」

「……着水って、あの船は水で出来ているのかよ」

 

 ようやく真っ当な通信を送って来たかと思えば、向こうの翻訳機能が不調なのか変な内容になっている……事故によって『ヤマト』に保護された翡翠は当初から日本語を話していて、それ故に最初は『ガミラス』の送り込んで来たスパイではないかと警戒していたのだが、先ほど第一艦橋に現れた翡翠が白銀の船の船名を口にした時、聞きなれない言葉を話していた。

 つまり翡翠は日本語を話していた訳では無く、こちらには分からないような翻訳機を通して話していた訳だ……その証拠に、言葉が通じないと分かったら、何時もの癖か頭を掻きながら『……ああ、この言語では適切な表現が無かったのね』とボヤいていた。

 

 ……さて、内容としては『アルテミス』の船体に着陸せよ、と言うのが正しいのだろう。そう考えた相原が修正しようとした時、技術支援席に座る真田が、「着水で合っているかもしれない」と言い出した。

 

「……どういう事です真田さん?」

「一部のセンサーが『アルテミス』を感知する事に成功して、あの船の船体に関する組成が少し分かったんだが、どうやら船体の殆どがある種の流体金属で構成されているようだ」

 

  光点に導かれた『ヤマト』の目前に仄かに輝く『アルテミス』の巨大な船体が近付いて来る。目測で全長百キロ以上はあり、船体は磨き抜かれた鏡のように一切の歪みすらもない。光点に導かれた『ヤマト』は巨大な『アルテミス』の船体の上空へと進む――仄かに輝く船体表面には星々の輝きが映し出されて、降下態勢に入った『ヤマト』の高度が下がるにつれて艦底部分がどんどん大きく映し出される。

 

「現在、『ヤマト』は、『アルテミス』の船体上を航行中。まもなく『アルテミス』の船体表面部に接触します」

「島。出来るだけ、ゆっくりで頼む」

 

 相対距離を測っていた森雪の報告に、『ヤマト』の操舵を預かる島の顔に緊張が走る。隣の戦闘指揮席に座る古代の軽口に反応すらせず、波動エンジンの出力を最小限に絞って着水に備える――辛うじて測定しているセンサーによれば、『アルテミス』の船体は一種の流体金属だという。絶対零度に近い宇宙空間で液体になれるなど、どんな金属だと言う話だ。そんな流体金属に着水するとなれば、その粘度によっては『ヤマト』は大きなダメージを受ける可能性もある。

 

 細心の注意を払いながら『ヤマト』は高度を下げ、第一艦橋内には『アルテミス』表面までの距離を読み上げる森雪の声だけが響き――そして『ヤマト』の艦底部が『アルテミス』の表層に接触する。

 いくら速度を絞ろうとも全長三百三十三メートルの戦艦が着水するのだ、どれほどの衝撃が来るのかと近くにある物を掴んだり、身体を低くして備えるが、乗組員達の心配をよそに『ヤマト』は予想よりも少ない衝撃を受けるが比較的スムーズに表層に着水した。

 

「……思ったほど衝撃は無かったな」

「……信じられん事だが、『アルテミス』を構成する流体金属らしきモノの密度は水とほぼ変わらないのかもしれないな」

 

 思わずといった感じの古代のボヤキに、『ヤマト』の船体をチェックしていた真田が表示される測定結果を見ながら答える。視覚情報から金属特有の光沢があり、恐らく向こうの許可により測定結果を表示しているセンサーによれば一定上の熱や電気の伝導率があり、しかも比重もかなり重たそうなのに、いざ接触してみれば水の様な振る舞いをするおかしな金属だと眉間にシワを寄せながら唸るように呟いていると、着水した『ヤマト』周囲の流体金属らしい物体の性質が変わり始めた事に気付く。

 

「――これは、周囲の物質が硬化して『ヤマト』の船体を固定し始めた」

「なんだって!?」

 

 真田の報告に驚いている間にも周囲の物質は固まっていき『ヤマト』の船体を固定した物質は、ゆっくりと流体金属の内部へと『ヤマト』を誘う――第一艦橋から見える光景は不思議なモノだった。周囲は流体金属に満たされて、ただ静寂のみが其処にあった。

 

 そこに『アルテミス』からの通信が入り、天井のメインパネルに再び翡翠の姿が映し出される。

 

『『アルテミス』の領域内に『ヤマト』を固定したわ――これより次元跳躍により元の世界へ帰還するから待機していて』

 

 そう言って通信を切る翡翠――『ヤマト』の乗組員達はいよいよ元の世界へと帰還出来るかと言う期待と、本当に帰れるのかと言う不安が交互に襲ってきて何とも言えない表情を浮かべる。

 

 そんな中、『ヤマト』を取り巻く流体金属に変化が訪れる。『ヤマト』の遥か先の流体金属がゆっくりと動き出し、その動きはどんどん大きく周囲の流体金属を動かして複数の渦となって『ヤマト』へと押し寄せて来る。

 しかし周囲の硬化した流体金属が障壁となって『ヤマト』の船体への影響は皆無であり、古代達が船体への影響がない事に安堵の息を吐いていると、渦巻いている流体金属に変化が見られた。渦巻く流体金属が電荷を帯び始めて、流体金属の中を無数の紫電が走った。

 

「……これは一体?」

「……内部の流体金属を動かして、一種のダイナモ効果からエネルギーを得ているのか?」

 

 科学者の血が騒ぐのか真田は技術支援席で目の前で起こった現象の考察をするが、未だ殆どのセンサーが機能を果たさない手探りの状態では、目で見た光景を元に思考を巡らして推測するしかないのが現状であった。

 そんな何も出来ず傍観するしかない状況の中で、『ヤマト』の乗組員達は突如言いようの無い不快感に襲われる――敢えて言葉にするならば、目に見えない壁が迫って来て一つ一つの細胞の隙間に挟まって押し広げているような感覚といえば良いのだろうか。

 

 苦悶の表情を浮かべながらも必死に耐える古代達……どれほどの時が経っただろうか、『ヤマト』の周囲で猛威を振るっていた流体金属の渦達は既に無く、周囲に満ちた流体金属が静寂を取り戻した頃に、ようやく不快感が薄れ始めた古代達が頭を振るなどして意識を覚醒させていると、技術支援席で『ヤマト』の船体のチェックをしていた真田が『ヤマト』が流体金属から浮上し始めている事に気付いた。

 

「……これは、硬化した物質が『ヤマト』を押し上げているのか」

 

 第一艦橋から見える外の光景が真田の言葉が正しい事を示す。流体金属の中を上昇する『ヤマト』の頭上に境界面に映し出された『ヤマト』の姿がある――アレを越えれば、そこは宇宙空間だ。

 

「まもなく境界面に接触――『ヤマト』流体金属より浮上します」

 

 宇宙空間に浮かぶ巨大な『アルテミス』の流体金属で形成される船体に小さな波紋が起こり、そこから特徴的な構造物が浮かび上がって来る――左右に伸びる次元電波探信儀を持つ『ヤマト』の司令塔が徐々に姿を現して、続いて三連装陽電子衝撃砲が設置された甲板と艦首に備え付けられた巨大な砲口が流体金属から浮上する。

 

 流体金属より完全に姿を現した『ヤマト』は、ゆっくりと上昇しながら宇宙空間へと進んで行くが、第一艦橋内に居る乗組員達は未知の船から解放された喜びよりも、目の前に広がる光景を見て絶句していた。

 

 眩いばかりの星々の輝き――目の前一杯に広がる星の煌きを、彼らは何度も夢に見て来た。資料に目を通し、そこに到達する事を航海の大目標としていた――彼らの目指す場所。

 

「……大マゼラン」

「……ああ、大マゼランだ」

 

 大マゼラン雲――地球から十六万八千光年の彼方に位置する星や星雲の集まりであり、質量は銀河系の十分の一程度、直径は二十分の一程度の矮小銀河で、銀河系やアンドロメダ銀河と共に局部銀河団を構成している。

 その大マゼランが目の前にある……それは良い。喜ばしい事だ。

 ――だが問題は、目の前にある大マゼランが自分達の世界の大マゼランなのか、と言う事だ……そして、その答えは航路監視席で表示される情報を精査している太田によってもたらされる。

 

「バラン星以前に観測された星図と観測された星の位置が完全に一致します――アレは元の世界の大マゼランです」

 

 その瞬間、『ヤマト』の第一艦橋内が歓声に包まれた。

 

 


 

 『アルテミス』ブリッジ

 

 白銀に輝く『アルテミス』の内部に存在する構造物群――『アルテミス』の全てを制御する中枢部が存在しており、それを守るかのように分厚い流体金属の層が幾重にも重なって、全長百キロを超える巨大な船体を構成していた。

 その中枢部の中にはブリッジと呼べるべき物も存在している――巨大なブリッジの中は、冷たい輝きを放つ磨き上げられた鏡を思わせる床と、全ての素材が水晶の様に透明であるが鉱物としての強度を伺わせる壁に囲まれた広大な空間に聳え立つ幾つもの水晶柱。

 命の温もりというモノを排した冷たい鉱物によって形成されたブリッジの中に一つだけ周囲の鉱物と同じ物で作られたシートの様な席に座る翡翠は、正面に投影されたビューワーに映る大マゼランの煌びやかな光と、『アルテミス』の表層から離脱して進む『ヤマト』を見つめる。

 

『次元跳躍終了。指定通りに天の川銀河の伴銀河の手前に出現しました』

「――そう。時間的な差異は?」

『……想定通りです』

 

 『アルテミス』を統括する思念体である『エテルナ』から現在の状況を聞いた翡翠は、鉱物で出来た席から暫くは『ヤマト』を見つめていたが、一度目を閉じて再びまぶたを開いた時には視線に強い光が宿っていた。

 

「エテルナ――魚雷装填、雷数4」

『了解、クロ二トン魚雷装填、雷数4。クロニトン粒子の調整完了』

 

「――FIRE(撃て!)!」

 

 




 どうも、しがない小説書きのSOULです。

 この小説も終わりが見えてきました。

 『ヤマト』と共に元の世界へと帰還した『翡翠」だが――


 次回 第六十三話 エピローグ


 では、また近いうちに。


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第六十三話 エピローグ

 

 巨大戦艦『アルテミス』の船体から浮上した宇宙戦艦『ヤマト』の前には、大マゼランの星の光が満ちていた。眼前に広がる煌びやかな星の海を見た『ヤマト』の乗組員達は、その圧倒的な光景に思わず席から立ち上がって見惚れていた。

 

「……大マゼランだ。帰って来たんだな、俺達」

「……ああ」

 

 万感の思いを込めて呟く島の言葉に、目の前に広がる光景を見つめる古代は短く答える……バラン星にてガミラスの大艦隊を食い破って亜空間ゲートへと突入したは良いが、亜空間内の事故で並行世界へと迷い込んで『ボーグ集合体』という恐るべき敵と遭遇して、紆余曲折の上にようやく大マゼランへと到達したのだ。

 

 誰もが言葉を失う中で技術支援席に座る真田は、大マゼランの光景を見ている途中で何かに気付いたのか、目の前のコンソールを操作してディスプレイに様々な星の軌道などを映し出しながら何かを探っている……そして導き出された結果に絶句して、思わず天を仰いだ。

 

「……みんな、現在時刻を計算したんだが……地球時間で今は十一月二十日になる」

「――なっ!?」

「――噓でしょう! 真田さん!?」

「――バラン星域に到達したのは五月だって言うのに、なんで六ヶ月も過ぎてるんですか!?」

 

 意を決した真田が、喜びに沸く『ヤマト』の乗組員達に残酷な現実を告げると、一瞬何を言われたのか理解できなかった島が驚きの声を上げるのを先頭に、第一艦橋に居る乗組員達が困惑の声を上げ、次第にそれが焦燥へと変わる――ガミラスの遊星爆弾に侵された地球は人類滅亡まで一年の猶予しかなく、滅亡を防ぐためにイスカンダルへと赴いて地球再生を可能にするコスモリバースを受領する為に航海を続けてきたのに、たとえコスモリバースを受領してもタイムリミットを過ぎては意味がない物となる。

 

「……真田君、確かかね?」

「はい、何度も計算しましたが間違いありません。恐らく、並行世界と我々の世界とでは時間軸に誤差があったのでしょう」

 

 沖田艦長の問い掛けに、視線を伏せながら答える真田……彼も認めたくはないが、現実は決して変えられないが為に努めて事務的に説明しているのだろう。

 

「……そんな、それじゃあ俺達は一体何の為に航海してきたんだよ」

「……地球が滅ぶ。滅んじまう」

 

 絶望的な現実に打ちのめされる乗組員達。

 

「……それでも、我々は諦める訳にはいかんのだ。もしかしたら、タイムリミットが過ぎても人類は生き残っているかもしれない。地球には『ヤマト』の帰りを、歯を食いしばって待っている人達が居る――ならば、『ヤマト』はイスカンダルへと赴いてコスモリバースを受け取って必ず帰らねばならん!」

 

 艦長席に座る沖田は、絶望に打ちのめされて圧し潰されようとしている乗組員達に一抹の希望が残っているならば航海を投げ出さずにやり遂げなければならないと説く……暫くは絶望感に苛まれていた乗組員達だったが、それでも諦めきれずに故郷を、愛する人々を救う為に再び立ち上がろうとしていた――その時にレーダー手である森雪が、レーダーが異常を感知した事に気付いて報告する。

 

「レーダーに感! 後方の『アルテミス』より飛翔体が発射されました――これは魚雷です! 数は四!」

「――なんだって!?」

 

 森雪の報告に驚きの声を上げたのは誰だろうか――共に並行世界へと迷い込んで苦楽を共にした『翡翠』の乗る『アルテミス』が攻撃を掛けるなど、誰が予想しただろうか。

 

「――対空防御! 後部魚雷発射管を開け!」

「――ダメ、早すぎる! 間に合わない!?」

 

 事態を把握した古代が迎撃の指示を出すが、レーダーに映る魚雷のスピードが尋常ではない為に、迎撃システムの起動が間に合わない事を悟った森雪が悲痛な声を上げる。

 

 何故今更攻撃を仕掛けて来るのか、それならば並行世界に居る時に幾らでも機会があった筈。それを態々元の世界に戻してから攻撃をするなど、翡翠の真意が理解出来ずに声を上げる真田――事故とは言え、『ヤマト』に乗り込み共に過ごした時間は何だったのか? 迫り来る四本の魚雷を睨み据えながら、真田は翡翠の真意を問わずには言われなかった。

 

「――何故だ、翡翠!?」

 

 迫り来る四本の魚雷――あの巨大戦艦から発射された物なら、どれほどの破壊力があるのか分からないが、最後まで諦めないと誓った沖田艦長が総員に衝撃に備える様に指示を出すと同時に、四本の魚雷が『ヤマト』に到達する――が、魚雷は『ヤマト』の至近距離をすり抜けていった。

 

 第一艦橋擦れ擦れを二本の魚雷が通り、残りの二本も『ヤマト』の船体ギリギリを通り過ぎていく、『ヤマト』を掠めるように通過した四本の魚雷は、『ヤマト』の前方の遥か先で信管が作動したのか凄まじい爆発を起こして、周囲の空間そのものに作用していく。

 

「――これは、爆発付近の空間自体が歪められていく……いや、時空そのものが押し広げられているのか?」

 

 前方の空間で発生している現象を見ながら、真田は『ヤマト』の至近距離を通り過ぎて炸裂した四本の魚雷の効果を考察する。追撃がない所から、今の攻撃は『ヤマト』の前方の空間目掛けて撃ち出された可能性が高い……態々『ヤマト』の至近距離を通り過ぎて行ったのは、あのいたずら娘の悪趣味なジョークだろう。今度会う機会が有れば、きっちりお説教をしようと心に決めている時、通信管制を担当する相原から後方の『アルテミス』から映像通信が入った事が知らされる。

 

「……パネルに投影しろ」

 

 沖田艦長の命を受けて天井部のパネルに光が点る――そこには全てが水晶のような鉱物でありながら、どこか温かみがあるという矛盾した素材で構成された部屋が再び映し出される映し出される。その部屋――艦橋の中央部に備え付けられた水晶のような素材で作られた席に見知った少女 翡翠が座っており、その傍にはあの裁判所で見た輝くオーブーー翡翠の乗る巨大戦艦『アルテミス』の統括思念体『エテルナ』の端末が寄り添っていた。

 

『やあ、プレゼントは気に入って「何のつもりだ、翡翠!」――おおっ!?』

 

 いつものお気楽なセリフにかぶせ気味に島に怒られて、思わずのぞけるいたずら娘。そして怒り心頭なのは島だけでなく、沖田艦長と徳川機関長そして真田を除く第一艦橋に居る乗組員達が次々にパネルに映る翡翠に向けて罵詈雑言を浴びせていく……流石に不味いと思ったのか小さくなった翡翠が弱弱しい声で『ごめんなさい』と呟くと、寄り添っている『エテルナ』の発光体が点滅している……何故か、それが呆れている様子である事が分かるのが不思議だ。

 

「で、今の魚雷は悪ふざけと言う訳ではないのだろう?」

 

 騒動が収まった所で沖田艦長が静かに問い掛けると、島や古代達に怒られて凹んでいた翡翠が口を開くより先に、傍に居た発光体『エテルナ』の意外に良く通る声が響く。

 

『ほら、ク――翡翠。早くしないと回廊が崩壊してしまいますよ』

 

 その言葉にこうしている場合ではない事を悟ったのか、水晶の椅子の上で姿勢を正した翡翠は、コホンと咳払いを一つする。

 

『さて、『ヤマト』のみんな。現状は分かっているよね? 元の世界に戻ったは良いけど、世界間の時間軸の差異で今は地球時間で半年の年月が過ぎている』

 

 改めて翡翠に指摘されて黙り込む一同……このままでは地球のタイムリミットが来て人類は滅亡してしまう。それでも『ヤマト』は進むだろう――故郷を救うという思いの強さを目の前で見ていた翡翠は、彼らの思いの強さ、鋼の意思を良く知っていた。

 

『――だから、最初で最後の手助け。クロニトン魚雷を四本同時起爆させる事により時間回廊を形成したわ』

『魚雷に装填されたクロニトン粒子が相互作用を起こして、今の時間と異なる別の時間軸へと繋げています』

『進んで『ヤマト』。時間回廊を通れば、亜空間ゲートを利用した時と同じ時間軸に行けるから』

 

 幸運を。そう言い残して翡翠からの通信が途絶えて、後方に存在していた巨大戦艦『アルテミス』の姿が陽炎の様に揺らいで、その巨体が宇宙に溶けるように消えてく……後に残ったのは、『ヤマト』とその先の空間に形成された時間回廊だけであった。

 

「……進もう。我々は前に進むしかないんだ」

 

 


 

 西暦2199年11月30日

 

 巨大戦艦『アルテミス』の助力により時間回廊を通った『ヤマト』は、過去の世界の大マゼランの前に到達する。改めて正確な時間を計測した結果、『ヤマト』が到達した時間軸は2199年の7月15日である事が判明した――イスカンダルへの航海を再開した『ヤマト』は、宇宙の要衝七色星団でガミラスの猛将ロメルを破り、イスカンダルの属するサレザー恒星系へと到達する。

 

 だがサレザー恒星系へと到達した『ヤマト』は、そこで驚くべき事実を知る。航海の目的地である救いの星イスカンダルと、宿敵ガミラスが双子星であるという事実を……紆余曲折を経てガミラス本星と休戦協定を結んだ『ヤマト』は、遂にイスカンダルへと到達して惑星再生システム『コスモリバースシステム』を受領して、地球へ帰還するべく航海を続けていた。

 


 

 宇宙戦艦『ヤマト』 艦長室

 

 『ヤマト』の第一艦橋の上層部に位置する艦長室には、病に伏せる艦長沖田十三がベッドにて安静にしていた。元々遊星爆弾症候群という病を押して『ヤマト』を指揮していたが、十六万八千光年もの未知の宇宙を航海するという過酷な旅は彼の身体に深刻なダメージを与えて、今はベッドから離れる事すら出来なくなっていた。

 

 遊星爆弾症候群は確実に沖田の身体を蝕み、意識すらも混濁して時折覚醒しては艦長室の外に広がる宇宙空間を眺めるという日々を過ごしていた……本来ならとっくに力尽きてもおかしくなかったが、コスモリバースを地球に持ち帰るという鋼の意思だけで持ちこたえている状態であった。

 

 沖田の意識が覚醒した時に、まず感じたのは息苦しさであった。体を捩って気道を確保しようとするが、意思に反して身体は身動き出来ずに荒い息をして少しでも酸素を取り込もうとしていた時、小さな手が沖田の身体を起こして気道を確保する手助けをしてくれる。

 ようやく楽になった沖田が目を開けると、そこには栗色の髪を持つ小さな少女の翠瞳があった。並行世界からこの世界へ帰還した時に『ヤマト』から降りた異星の少女が、何故ここに居るのか疑問に感じた沖田は目の前の少女に問い掛ける。

 

「……翡翠。君は星に帰った筈では」

「……『ヤマト』の事が気になってね。コスモリバース受領おめでとう、艦長のおじいちゃん」

 

 孫娘が居ればこんな感じなのだろうか、相好を崩して小さな頭を撫でる姿は好々爺といった感じであった。武骨な手に撫でられた翡翠は目を細めて心地よさそうにしている。

 

「ねぇ、艦長のおじいちゃん。聞きたい事があるんだけど――何で、艦長のおじいちゃんや佐渡せんせい、そして徳川のおじいちゃんは私に優しくしてくれたの?」

「……そうじゃのう、徳川君には地球に残した孫娘を重ねている所があるが、総じてワシら年寄りには子供は希望であり、未来そのものじゃからの。君も含めて、子供たちを見ると未来へと繋がっているという実感がわくんじゃよ」

「……そうなんだ」

「……ワシからも一つ良いかの?」

「……なに?」

 

 小首を傾げる翡翠に、沖田艦長はずっと気になっていた事を問う。

 

「君はことある事に“『ヤマト』に居る間は”翡翠だと言っておったじゃろう? ならば『ヤマト』から降りた今なら、本当の名前を教えてくれるだろうか?」

 

 沖田艦長に本当の名前を聞かれた翡翠は、一瞬きょとんとした表情を浮かべた後に苦笑しながら答える。

 

「私の名前は――」

 

 

 

 

 沖田艦長が再び目を覚ました時、すでにあの少女の姿は消えていた。一抹の寂しさのような物を感じながら、願わくはあの少女に幸多からん事を願って。そして『ヤマト』が地球に帰還するまで、この目に地球の姿を焼き付けるまで、意地でも死ねないと決意する。

 

 もし、またあの少女が『ヤマト』や地球に関わる時には、既に自分はいないだろう――共に戦う時が来るかもしれない。もしくは彼女と戦う事になるだろうか? そんな予感のような物を感じながら、沖田艦長は目の前に広がる宇宙空間を見つめた。

 

 願わくばそんな時が来ない事を祈って。

 

                    完

 




 どうも、しがない小説書きのSOULです。

 これにて、この小説も終わりになります。
 皆様、お付き合いくださり有難うございました。
 この小説で少しでもSTAR・TREKに興味を持ってくれた方が一人でもおられれば嬉しいのですか。

 『翡翠』の正体については『宇宙戦艦ヤマト2202 暗黒のプリンセス』までお待ちください(んなモノは無い。

 では、またどこかで(……もしくは『聖闘士市? ザコ蛇だってやるときゃやるざんす』で)


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終章『2202 愛の戦士たち』
第六十四話 呼び声


  

 異星文明『ガミラス』の攻撃により、母なる海は干上がり大地は焦土と化して人類は滅亡の危機に立たされた。じわじわと滲みよる放射能汚染により生存圏を脅かされて滅亡の危機に立たされた人類の下に、遥か彼方大マゼランより新たな異星文明『イスカンダル』より、『次元波動理論』と惑星再生システム『コスモリバース・システム』の情報が齎されたのだ。

 

 人類を滅亡の淵から救う為に赤く変貌した地球を元通りの青い星に戻す為に、人類は総力を結集して初の恒星間航行用宇宙戦艦『ヤマト』を建造して、16万8000光年の彼方にある救いの星『イスカンダル』へ大航海へと乗り出しただ。

 

 様々な苦難を排し、宇宙戦艦『ヤマト』は『イスカンダル』にて惑星再生システム『コスモリバース・システム』を受領して地球へと帰還――そして地球は青い姿を取り戻した。

 

 時に西暦2202年。宇宙戦艦『ヤマト』が帰還してから3年の年月が経った頃、新たな脅威が宇宙を席巻していた――『ガトランティス』。彼らの本隊が銀河系へと侵攻してきたのだ。彼らの目的はただ一つ――この宇宙に居る全ての知的生命体に等しく『愛』(死)を――大帝ズォーダーの大いなる意思を実現する為に。

 

 

 宇宙戦艦ヤマト2202 愛の戦士たち

 


 

 紅い焦土と化した地球は、宇宙戦艦『ヤマト』が持ち帰った『コスモリバース・システム』により緑あふれる青い姿を取り戻した。

 それからの地球は荒廃した都市群を復活させ、かつての暮らしを取り戻す為に精力的に働き、驚異的なスピードで復興して行った。

 

 懸案である『ガミラス』の再侵攻に備えて既存の航宙艦を再設計して、武装面では主力の高圧増幅光線砲から陽電子衝撃砲に換装して、魚雷やミサイルも『ヤマト』に搭載されていた物を使用する事により大幅な火力の向上を実現し、それを支える量産型の波動エンジンによる大出力と波動防壁を装備する事で『ガミラス』艦とも対等に戦える宇宙戦闘艦を量産する。

 

 とは言え、一度は敗北して国土を焦土と化した地球が再生したとはいえ、現時点では“すべて”が足りない状態であり、『ヤマト』の持ち帰った航海記録によれば敵の戦力は未だ一万近く存在しており、金剛改型宇宙戦艦、村雨改型宇宙巡洋艦、磯風改型突撃宇宙駆逐艦による再生地球艦隊を持って敵国『ガミラス』と戦う準備を整えたとしても、戦力差は如何ともし難いものであった。

 

 ――だが、そんな敵国である『ガミラス』より驚くべき提案がなされた。彼らから休戦の提案がなされ、以降の関係について協議したいとの連絡が来たのだ。

 

 最初は疑心暗鬼に見舞われた地球は何かの罠でないかと考えたが、情報収集をするにつれて『ガミラス』国内で政変が起き、彼らも戦争を継続する余力がない事が分かる……そして何より、『ガミラス』本星での戦闘の折に『ヤマト』の取った行動が『ガミラス』人の世論に影響を与えている事が分かったのだ――かくして『地球』と『ガミラス』帝国は休戦の後に平和条約を締結したのだ。

 

 復興に力を注ぎたい『地球』と国内の立て直しを図りたい『ガミラス』の双方の思惑が一致して、様々な思惑があるが表面上は平和な3年間が過ぎたある時期、辺境宙域に武装勢力が出現するようになった――強力な戦闘艦を有し、侵攻した惑星の住民を皆殺しにする残虐な脅威『ガトランティス』が。

 

 当時の地球は『ガトランティス』の真の恐ろしさを認識しておらず、平和条約を締結したかつての敵国『ガミラス』と共に、辺境で殺戮の限りを尽くす『ガトランティス』の艦隊を排除するべく共同で艦隊を組んで対処していた。

 その戦いのさなか――元『ヤマト』戦術長古代進を始めとした『ヤマト』のクルーは、遥か宇宙よりもたらされた『コスモウェーブ』の中で懐かしい人々に出会う。

 

『……古代。『ヤマト』に乗れ』

 

 地球に迫る『ガトランティス』の大型戦艦を破壊した時、旧『ヤマト』のクルーの前に現れた“死者の声”……最初は戦闘における極限状態による幻覚かと思われたが、同時刻に太陽系全域で通信障害が発生し、『ヤマト』のレコーダーに記録されていた通信障害を引き起こした原因であろう情報を解読していた真田が解析装置で情報を展開した所でデーターが暴走して一つの映像を映し出す――たった一人で祈りをささげる女性の姿を。

 

「……見ただろ島。人だった、祈っている人……助けを求めて――真田さんも見ましたよね、俺達は此処へ行かなければならないんだ――此処に」

 

 まるで熱に浮かされたような古代は、まるで何かに導かれるかのように『コスモウェーブ』の発信源へ向かう事を主張する――しかし“現実”はそう簡単ではない。『ヤマト』が地球に帰還して3年、クルー達もそれぞれの生活があり、復興を第一にしている連邦政府も不確かな情報に船を派遣する事に難色を示した。

 

 どうにも出来ないもどかしさを感じている古代の前に『ガミラス』地球駐留武官クラウス・キーマンが現れ、秘密裏に古代を月面にある『ガミラス』の大使館へと誘う――そこで古代を待っていたのは、在地球『ガミラス』大使ローレン・バレルであった。

 

 月面の大使館の中でバレル大使は語る――宇宙で語り継がれる伝説を――惑星『テレザート』。文明の頂点を極めたといわれる伝説の惑星。その星の民は人間の意志そのものを物理的な力に変え利用することが出来たという。

 

 強大な力を得た彼らは何時しか肉体を必要としなくなり、精神だけの存在となった――そして生きた人間には決してたどり着けない次元の果てで一つの命となった――その名は『テレサ』。あの世とこの世の狭間にあって、すべての平安を願い続ける女神。

 

 『テレサ』という高位次元の存在に呼ばれた事を知った『ヤマト』のクルーは戸惑う――高位次元の存在の強大さを『ヤマト』のクルーは良く知っていた――『Q』かつて並行世界へと迷い込んだ時に遭遇した超生命体。そんな超存在と同等かもしれない力を持つ存在が自分達を呼んでいる……もうこの世にはいない大切な人たちから宇宙で大きな災いが起きようとしている事を知らされた――『ヤマト』で旅した自分達だけがメッセージを受け取った、それは何か意味があるのかもしれない――彼らは決断した。『ヤマト』で『テレザート』へ向かう事を。

 

 だが、そんな『ヤマト』のクルーの行動は、地球連邦の高官達には単なる反乱行為にしか映らなかった――滅亡の淵に立たされたという苦い経験をした彼らは、二度と地球を焦土にするまいと力を求めて『波動砲艦隊構想』を打ち立てて、地球の国力を高めるという選択をしたが故に見知らぬ異星系での争いに介入した結果、地球が戦火に巻き込まれる事を恐れた――そしてそれは思慮深い者達も結果として同意見であった。状況も分からぬままに飛び立つのは浅慮にしか見えなかったのだ。

 

『みんなよく聞いてくれ、これが俺達の現実だ。長官の仰る事も正しい――だが『ヤマト』は予定通り出航する。行かなければならないんだ、そこに救いを求める誰かが居る限り。義務からではなく、地球人はそうであって欲しいという願いに掛けて』

 

 『ヤマト』のクルーの行動を若さゆえに浅慮だというのは簡単だ。

 だが、滅びを経験したが故に力に頼る今の地球を良しとせず、『イスカンダル』に救われた地球人が、今度は誰かが困っている時には手を差し伸べられる存在でありたいと願うのを誰が笑えようか。

 

 反逆の汚名を着ようとも、静かな青い海を切り裂いて『ヤマト』は旅立った――例えどんな困難が待ち受けようとも。

 

 


 

 

 『ヤマト』が地球を旅立ったその頃、銀河系を含む局部銀河群より遥かな距離に一隻の白銀の船が航行していた。無数の銀河を眺めながら、銀河間の星間物質の密度の低い空間をただ一隻で航行する姿は、孤独な旅人のようであった――そこはラニアケア超銀河団と呼ばれる領域であり、直径5億2000万光年の領域に約10万個の銀河を包含している宇宙の巨大構造物の一つである。

 

 そんなほぼ何もない空間を航行する白銀の船は、全長100キロを超える船体の形成する構成物質は流体金属で形成されており、仄かに輝きを発している船は限りなく低温である銀河間空間を物ともせずに航行していた。

 

 『IMPERIAL(いにしえの帝国)』所属リバィバル級殲滅型戦艦『アルテミス』――かつて、並行世界に迷い込んだ宇宙戦艦『ヤマト』に保護されていたクリスを迎えに来た彼女の半身であった。

 

 流体金属の奥深にある主要施設の中にある結晶によって形成されたブリッジの中央に座るのは、『ヤマト』にいた頃は翡翠と名乗っていた少女であった。

 彼女の本来の名は『クリス・エム』――突然のアクシデントにより宇宙戦艦『ヤマト』に保護され、共に流された並行世界を生き抜いて元の世界に帰還した事を確認した後に『ヤマト』を降りた彼女は、その後も逞しく生きていた。

 『ヤマト』に乗船していた頃よりは少し背が伸びて身体を形成するラインも少しは女性らしくなっていた。『アルテミス』のブリッジにて瞳を閉じてシートに座っている彼女は、微動だにせず静かに座っていたがブリッジ内に警報音が鳴る事に気付いたクリスは、その瞼を開いて翠瞳を不機嫌そうに細める。

 

「――何ごと?」

『艦後方より強力なコスモウェーブが接近中』

「……そんなモノはシールドで弾き返せ」

『コスモウェーブは未知の特性を発揮してシールドを通過――本艦に接触し――』

 

 『アルテミス』の統括思念体『エテルナ』の報告を受けている途中で、未知のコスモウェーブが『アルテミス』の船体に接触して、クリスの意識は何時の間にか黄金の空間へと迷い込んでいた。

 

「……これは、どこぞの高位存在の仕業かね――姿を現したらどうだ!」

 

 翠眼を真紅に染めて油断なく周囲を警戒しているクリスの前に、何時しか紺色のコートを着た人物の後姿が現れる――クリスはその後姿に見覚えがあった。かつて亜空間跳躍実験の折にアクシデントにより迷い込んだ宇宙戦艦『ヤマト』において、艦の指揮を執っていた鋼の精神を持つ男。

 

「……艦長のおじいちゃん」

 

 ゆっくりと振り返る、黄金の光に包まれた『ヤマト』艦長沖田十三を油断なく見据えるクリス――ここは『ヤマト』の属する天の川銀河から一億光年以上離れたラニアケア超銀河団の銀河間宙域である。こんな所にまで来られるほど『ヤマト』の能力は高くはないし、最後に会った時には沖田は気力のみで生きている状態だった。そんな彼が“ここに”居るなど、裏で糸を引いている存在がいるのは明白である。

 

「……悪趣味な事、この上ないわ」

 

 渋面を浮かべるクリスに構わず沖田は口を開く。

 

『――翡翠。『ヤマト』を守ってくれ』

 

 だがその言葉にクリスが頷く事は無かった。視線に力を込めて、睨み据えるかのように沖田を見つめるクリスは、沖田の他にもう一人の人物がその場にいる事に気付く――その人物が振り返った時、クリスの紅い瞳が大きく見開かれる。クリスと同じ栗色の髪を持つ壮年の男は、彼女と同じ白いボディスーツの所々に青い結晶体を備えていた。そして壮年の男は、クリスに向けて語り出した。

 

『『テレザート』に行くのだ。そこに全てがある――』

「……父さん」

『頼んだぞ』

 

 呆然とした表情を浮かべるクリスに笑みを浮かべる二人はいつの間にか消えて、クリスは元の結晶体で作られたブリッジに佇んでいた。暫くは身動きすらせずに立っていたクリスだったが、次の瞬間には彼女の身体から紫電が周囲に放射された。

 

『――クリス!?』

 

 驚いたような声を出す統括思念体に答える事無く、クリスは真紅の瞳を怒りの炎を燃やして身体の表面では小さなスパークが無数に起きていた――今の彼女は激怒していた。

 

「――『エテルナ』。反転160度、第二段亜空間跳躍準備――『炎の回廊』を通って、天の川銀河に向かう」

『――クリス、現在我々は作戦行動中です。よほどの事がなければ――』

「……私が見た物を司令部に送れ――そうすれば許可が下りる」

 

 真紅の瞳のままシートに座るクリス。それ以降一言も発さない彼女とリンクした『エテルナ』は彼女がここまで激怒する理由を知って、それ以上の反論はせずに彼女の言葉通りに艦の向きを変える……彼女が激怒する理由は理解出来るし――なにより『エテルナ』も、彼女が見た物を見て怒りをおぼえたからだ。

 

 

 




 続いて第六十五話を投稿します。


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第六十五話 激突! ヤマト対アンドロメダ

 

 その日、地球圏に一つの噂が流れた。地球を防衛する警戒網の一つである戦闘衛星が謎の爆発起こしたが、付近を航行していた輸送艦のクルーに緘口令が敷かれたと……そして漏れ聞こえた話では、戦闘衛星が爆発する前に誰もが知る“あの艦”が主砲を発射していた、と。

 

「……そんな馬鹿な、“あの艦”がそんな事をする筈がないだろう」

「――そうだよ、地球を救った英雄だぞ」

 

 真実は未だ闇の中へ――。

 

 


 

 

 反逆者の汚名を着ようとも自分達が信じる道を進む宇宙戦艦『ヤマト』は、地球圏を脱出して月軌道を越えて火星圏へと近付いていた。予想していた内惑星警備艦隊の追撃もなく、『ヤマト』の航海は怖い位に順調に進んでいた。

 

「……おかしい。ここまで何の妨害も無いなんて」

 

 『ヤマト』の操舵を預かる島は、航宙艦隊司令部の命令を拒否して発進した『ヤマト』を拿捕するべく追撃してくる戦闘艦が皆無のこの状況を疑問に感じていた。本来なら反乱艦など、艦隊司令部の威信に掛けて追撃してくるだろう。

 

「……仮にも『ヤマト』は戦艦だからな。生半可な戦力では止められんと考えているんだろう」

 

 だからこそ仕掛けて来る時には『ヤマト』を圧倒出来る戦力を整えて来るだろう、と真田は分析する……彼の分析を聞くまでもなく、この航海は困難な物になる事を覚悟していた『ヤマト』のクルーは、それでも自分達が信じる道を進む事を決めており、来るべき時に向けて『ヤマト』のポテンシャルを十全にするべく調整を行っていた。

 

 

 小惑星宙域に侵入しようとする『ヤマト』へと元『ヤマト』航空隊の操る艦載機が合流して、仲間と再会した『ヤマト』クルー達が喜びに沸く一方で、ついにその時が訪れる――『ヤマト』の前に立ち塞がったのは、地球連邦航宙艦隊旗艦『アンドロメダ』――地球の『波動砲艦隊計画』に基づいて建造され、『ヤマト』よりも巨大な船体ながら自動化の促進により少ない人数の乗組員で運用が可能な最新鋭戦艦である。

 

 『ヤマト』の三連装陽電子衝撃砲を発展させた40.6センチ三連装収束圧縮型衝撃波砲塔を4基搭載しており、『ヤマト』より口径は小さいながら圧縮した状態で砲撃する事で威力は同等以上、速射性に優れており、多数の火器に守られた堅牢な戦艦である。

 そして『アンドロメダ』最大の特徴である艦首に搭載された『二連装拡散波動砲』は、単装である『ヤマト』の『波動砲』を遥かに上回る破壊力を有している――その圧倒的な戦闘能力が今『ヤマト』に向けられようとしていた。

 

 


 

 

 木製軌道上で新造された地球連邦艦隊の演習を行っていた『アンドロメダ』に軍司令部より命令が下り、『アンドロメダ』は麾下の艦隊に待機を命じた後、『アンドロメダ』のみが前進を開始する。

 

「本艦はこれより単艦での追撃戦に移る! 攻撃目標――反乱艦『ヤマト』!」

 

 艦長山南修の号令の下、宇宙戦艦『アンドロメダ』は地球連邦軍の哨戒網がキャッチした『ヤマト』の予測進路に向けて発進する……最新鋭の『アンドロメダ』のクルーに選ばれた優秀な宇宙戦士とはいえ、艦長からの命令――反乱艦『ヤマト』への追撃戦を行うと言うことが小さくない動揺を引き起こした。

 

「……反乱艦って、あの『ヤマト』と戦うのかよ」

「――仕方がないだろ。それが司令部の命令だ」

「――けど、『ヤマト』は地球を救った艦だぞ!」

「――だからこそ、これ以上『ヤマト』の名誉を汚させない為に戦うんだよ!」

 

 『アンドロメダ』の艦内でも、『ヤマト』と戦う事に様々な意見が分かれて議論になる事があった――だがそれでも、『ヤマト』という強力な力がシビリアン・コントロールから逸脱して行動するのを止める為と自分を納得させながら任務に従事する。

 

 ――そしてその時が来た。

 

 『アンドロメダ』のセンサーが小惑星帯を通過しようとする『ヤマト』を捕捉する。副長から報告を受けた山南艦長は『ヤマト』へと通信を繋ぐように指示する……ほどなくして『ヤマト』から応答があり、『ヤマト』第一艦橋に立つ今回の首謀者と目される元戦術長古代の姿が映し出された。

 進路を変えて地球に向かう事を命じる山南に、古代は頷く事は無かった。宇宙に異変が起こっているにしても、その規模が分からず『ヤマト』単艦で対処できない時はどうするのか? 問い掛けながら戻る事を促す山南に古代は拒否する――災いが起こっているならば、『ヤマト』はそこへ向かわなければならない。それが『ヤマト』の使命であるかのように。

 

「……残念だ」

「――来るぞ! 第一種戦闘配備!」

 

 『ヤマト』の状態は万全とは言えず、これほど強力な戦艦を――ましてや友軍である『アンドロメダ』と戦う事に躊躇するクルーもいたが、覚悟を決めて出航した以上は戻ると言う選択肢は無かった。

 

 覚悟と知恵を屈指して抗う『ヤマト』と、新鋭艦の能力を遺憾なく発揮して追い詰める『アンドロメダ』――意地と面子がぶつかり合う。

 

「……アンタの息子はとんだ頑固もんだ、沖田さん」

 

 『アンドロメダ』艦長山南修は、意地を通す『ヤマト』クルーの姿に先輩でもある前『ヤマト』艦長沖田の残していたモノが受け継がれている事を確認しながらも、頑固な所まで受け継がなくてもと苦笑する……そんな時に司令部より通信が入り『ヤマト』への追跡命令が中止された事が通達された。司令部の中にも『ヤマト』に好意的な物がおり、何より『ガミラス』地球大使バレルの尽力によるものであった。

 

 


 

 

 惑星『テレザート』への航海を続ける宇宙戦艦『ヤマト』は、第11番惑星を制圧して地球へ直接攻撃をもくろむ『ガトランティス』を退け、瞬間物質移送機によって何もない空間に現れる大量のミサイルという、大マゼランの七色星団で受けた攻撃を思い起こさせる敵の攻撃を潜り抜けた今、センサーは他天体より持ち込まれた岩盤によって封印されようとしている惑星『テレザート』を感知していた。

 

 厚い岩盤によって周囲からの侵入は不可能。唯一突入可能なのは、最後の岩盤の設置作業をしている所だが、その最後の岩盤の前には強力なミサイル艦隊と後方の開口部にはテレザート直掩艦隊が陣取り、強固な防衛線を築いている。

 

 その防衛線を突破する為に、『ガミラス』戦役にて主力だったコスモファルコンの後継機―1式空間戦闘攻撃機コスモタイガーⅡと、『ヤマト』艦内で試作された二式機動甲冑による突入部隊が、戦闘機支援システムである『ワープ・ブースター』を使用して短距離ワープにて岩盤後方の直掩艦隊に奇襲を敢行し、続いてワープをした『ヤマト』による攻撃で混乱する直掩艦隊にダメージを与える作戦が敢行され、奇襲は見事に成功して敵は大混乱に陥った。

 

 ――だがここで、『ヤマト』艦内に燻っていた問題が表面化する。

 滅亡の淵に立たされた事に恐怖した地球政府の高官達が力を求め、『イスカンダル』のスターシャ女王と『ヤマト』艦長沖田が交わした『波動砲』を封印すると言う約束は、個人的に交わされた口約束でしかなく地球の安全保障政策には何ら影響がないとされ、波動砲搭載艦による『波動砲艦隊構想』が実施された……それは先の大戦により総人口の7割を失った地球の苦肉の策であったのかもしれない。

 しかし約束を交わしたその場に立ち会った『ヤマト』の乗組員達――特に戦術長として『ヤマト』に乗り込んでいた古代は、大切な人たちが交わした約束に拘って『波動砲』の引き金を引く事を躊躇していた。

 

 思えば彼は実直な男なのかもしれない――新たな脅威が近付く中で戦力的に乏しい地球が『波動砲』に拘るならば、危機が去った後で『波動砲』を封印するという道もあっただろう。だが彼は――いや、『イスカンダル』への航海を経験した『ヤマト』のクルー達は『約束』に拘り、『テレザート』解放戦で敵ミサイル艦隊の前に危機的な状況に陥っていた――そんな彼らの呪縛を解く切っ掛けを与えたのは、途中から『ヤマト』に乗り込んだ空間騎兵隊隊長斎藤始と『ガミラス』地球駐留武官クラウス・キーマンであった。

 

『……馬鹿げた事さ、けどしょうがねぇ。理屈じゃねぇんだ、アイツは約束してるんだよ……大事な人との約束。だから代わりに――』

 

 第11番惑星で救助されて惑星『テレザート』への航海に同行している外洋防衛師団司令官土方竜宙将に古代の代わりに『波動砲』の引き金を引くよう頼もうとした斎藤の要請を切って捨てたキーマンは、『ヤマト』に乗る全てのクルーに向けて語る。

 

『――これは『イスカンダル』に旅をしたものが等しく背負う十字架だ――自ら呪縛を解かない限り、『ヤマト』に未来は無い!』

 

 キーマンの言葉に、『波動砲』の問題は古代一人の葛藤ではなく、『イスカンダル』に旅した『ヤマト』のクルー全てが背負うべき物であると自覚した「ヤマト」のクルーは行動でそれに応える。

 

『逃げ場のない、解決しようのない事なら背負っていくしかない。俺も、お前も――全員で撃つ』

 

 『約束』を忘れた訳でない――だが、今は。覚悟を決めた『ヤマト』が放った『波動砲』の一閃は、強力なゴーランド・ミサイル艦隊を輝きの中に消し去った。

 

 


 

 

 惑星『テレザート』は『ヤマト』の尽力によって『ガトランティス』より解放され、地表に降下した『ヤマト』は破壊された神殿都市テレザリアムの奥深くで『テレサ』に出会った。

 

 『ガトランティス』も神殿都市の奥深くまで侵入したのか神殿内は至る所が破壊されており、内部に入った『ヤマト』の古代と真田そして空間騎兵隊隊長の斎藤の三名は、うす暗い通路を下って最深部へと足を踏み入れる。

 そこは一面草花に覆われた場所であった。太陽の光も届かないこんな神殿都市の奥底が大量の植物に覆われている事に疑問を持つ古代に、同行している斎藤が示す先には何か樹脂の様な物で覆われた大きな球体の姿があった。

 

「……この中に『テレサ』が」

 

 真田の呟きに呼応するかのように樹脂のような物で覆われた球体の上部の方から樹脂の様な物が光に変わりながら消えて行き、内部にあった発光体の光を浴びた周囲の植物が活力を取り戻して青く茂って行く。そんな変化に驚きを露にする『ヤマト』のクルー達の前で、発光体は一枚一枚まるでハスの花ビラが開くかのように解けて行って、中から長い金色の髪を持つ美しい女性の姿が現れた。

 

 ひざまづいて祈りをささげている彼女は、青い瞳を開いてやって来た『ヤマト』のクルーを見つめる――その圧倒的な存在感を感じた『ヤマト』のクルーは、彼女こそが『コスモウェーブ』を放って『ヤマト』を呼び寄せた存在『テレサ』であると確信したのだ。

 

『私テレサ、テレザートのテレサ。――貴方がたは白色彗星をご存じですね、アレは遠い昔に古代アケーリアス人が遺したモノ。この宇宙に人間の種を蒔く一方で、彼らは安全装置を用意していました――蒔かれた種が悪しき進化を遂げた時、それらを残らず刈り取る為の装置』

 

 『テレサ』は語る――全ての生命は存続する事を目的とする。だが『ガトランティス』は違う――彼らは滅びを司る“箱舟”を目覚めさせてしまった――この宇宙全ての人間を滅ぼすまで、その進撃は止まらないと。

 

 『ガトランティス』の強大な力の前に戦う術を問い掛ける古代に『テレサ』は答える――これまで『ヤマト』が結んできた縁(えにし)が滅びの箱舟を止めるだろうと。

 

『――『ヤマト』とは“大いなる和(おおいなるわ)”。和とは縁によって結ばれた、命と命が生み出すフィールド。縁とは、異なる者同士を繋げる力――重力にも似た確かさで事象と事象を結び、次元の壁さえも越えて作用します。縁の力とは、あらゆる物理法則を越えたモノ――どれほど巨大な暴力を以てしても覆す事は出来ないのです。縁は育つ……時に痛みを伴いながら――彼もまた』

 

 『テレサ』との会談の場に現れたのは、かつての『ガミラス』の指導者アベルト・デスラーであった。亜空間ゲート内での『ヤマト』との戦いの果てに乗艦であるデウスーラII世の爆沈と共に爆死したかに思われていたが、生き延びた彼は『ガトランティス』の客将として再び『ヤマト』の前に姿を現した。

 

 だが彼の本当の目的は、寿命を迎えて滅びの道を進む惑星『ガミラス』から人民を脱出する為に必要な移住先を見つける事であり、その為に独裁制での極端な拡大政策、遊星爆弾による地球のガミラフォーミング化など彼は移住先を見つける為に奔走しており、今回『テレザート』に現れたのも『テレサ』の身柄を交渉材料に、『ガトランティス』に全ガミラス人が移住できる星を提供させる為であった。

 

『『テレザート』を解放する事を目的とする諸君らは、またしても私の敵という訳だ』

 

 

 




 どうもお久しぶりです、しがない小説書きのSOULです。

 今回第六十四話、六十五話をお送りしました。
 とはいえ、以前ほどのスピードでUPは難しいので、次回は12/8の0時に投稿いたします。
 話が完成すればUPスピードを上げますが、今しばらくお付き合い下さませ。


 ――では、次回。
 テレザートへと向かう『ヤマト』の前に立ち塞がったのは旧デスラー体制を指示する『ガミラス』の軍勢。テレザートの上空で激しい戦いを繰り広げる『ヤマト』と『ガミラス』前に突如として現れた白銀の巨大戦艦――かの船は圧倒的な力で『ヤマト」と『ガミラス」双方を攻撃する。

 第六十六話 悩む者 足掻く者

 ではでは~。


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第六十六話 悩む者 怒りし者

 

 惑星『テレザート』衛星軌道

 

 『テレザート』の地表では、神殿の周辺において『ヤマト』とアベルト・デスラーを信奉する旧ガミラス体制派の艦隊が睨み合いしている――そんな彼らの遥か頭上に、次元潜航にて誰にも感知されない巨大な白銀の船が居た――『IMPERIAL』所属殲滅型戦艦『アルテミス』。かの船を形作る流体金属の奥底にあるブリッジには、シートに座る栗色の髪を持つ少女が、翠眼に冷たい光を宿したまま眼下で睨み合う艦船群を冷めた表情で見ていた。

 

『照合完了、相手は大マゼランに勢力を持つ『ガミラス』帝国の艦隊のようです』

 

 『エテルナ』の報告に反応一つ示さない少女『クリス』。念の為に照合させたが、『ヤマト』にて保護されていた時にデーターベースにて散々目にした船体をしている――そしてそれに対峙している戦艦をクリスも『エテルナ』も良く知っていた。

 宇宙戦艦『ヤマト』――地球人類が総力を結集して建造した戦艦であり、並行世界からの帰還時には船体の中に招き入れた事もある馴染み深い艦であり、流体金属の中に招き入れた際に詳細なデーターを習得していたおかげで容易に現在位置を把握する事が出来たのだ。

 

『対峙する艦船群の下にある都市らしき構造物の最深部に強力な『思念波』の存在を確認出来ます――どうします?』

『――邪魔なモノはまとめて消し飛ば――』

 

 冷めた表情のまま全てを破壊するように指示しようとしたクリスの脳裏に、『ヤマト』の艦内で出会った真琴や徳川の姿が脳裏に浮かんで言葉を止め、ふぅと小さなため息を付いた後に改めて命令を下した。

 

「眼下に存在する“全ての船”を制圧――高位存在へは私が直接行く」

 

 


 

 

 宇宙戦艦『ヤマト』第一艦橋

 

 『ヤマト』の眼前には、『ガミラス』の艦隊が対峙して睨み合いが続いている――平和条約を結んだ筈の『ガミラス』が何故立ち塞がるのか、疑問に思いながらも第一艦橋に居る『ガミラス』地球駐留武官クラウス・キーマンは、対峙する艦艇のカラーが親衛隊で用いられる青い船体をしている事に疑念をもった。

 

「この艦隊、もしや……」

「キーマン中尉。『ガミラス』艦隊の識別信号を君の持つデーターと照合してくれ」

「照合する」

 

 『ヤマト』二代目艦長土方竜の要請を受けてキーマン中尉は『ヤマト』のシステムを使用して目の前の艦隊の所属を明らかにしようとする、全ての艦船の軍籍は抹消されており、恐らくは民主化に向かう本国政府に逆らって3年も宇宙をさ迷った生粋のデスラー派の艦隊であると推察する――それ故に平和条約締結後に設定された『ガミラス』と地球の同盟用無線回線の存在を知らず、システムに侵入された事にすら気付かない『ガミラス』艦隊の敵味方識別システムを書き換えて、『ヤマト』に乗艦する際に使用した彼の愛機『ガミラス』主力戦闘機ツヴァルケにて敵の防空圏を突破して、テレザリアムに降りた古代達と連絡を取る作戦が決行される。

 

 戦闘態勢を取った宇宙戦艦『ヤマト』は、数で勝る『ガミラス』の艦隊に攻撃を仕掛けて、混戦の隙に『ヤマト』下部の格納庫より発進したキーマン搭乗の戦闘機ツヴァルケが激戦を繰り広げる戦場を疾走して、海面擦れ擦れを飛んでテレザリアムを目指す。

 

 

 宇宙戦艦『ヤマト』第一艦橋

 

「ツヴァルケ海面に到達」

「――後方より大型戦艦!」

 

 ツヴァルケが海面に到達した事を報告する相原にかぶせるかのように、レーダー手の西条より『ヤマト』後方より青い大型戦艦が接近する事を告げる――『ガトランティス』よりアベルト・デスラーに譲渡された大型戦艦ノイ・デウスーラが迫る――『ヤマト』の倍はあろうかという巨体で『ヤマト』を抑え込もうとするかのように押しかかるノイ・デウスーラに対して急速上昇を掛けて離脱を図る『ヤマト』――その時、上昇する『ヤマト』の遥か先の天空が泡立ち、巨大な影が現れた。

 

「取り舵一杯! 緊急回避!」

 

 突如として現れた障害物に『ヤマト』の舵を預かる島が操舵稈を左に切り、何とか激突は避けられた。『ヤマト』を回頭させて現れた影を防壁に利用しようとした島であったが、現れた影の詳細を理解するにつれ驚愕の表情を浮かべた――それは巨大な鏡のようであった。まるで凪いだ海が空中に存在しているかのようなそれは仄かに輝く白銀の船であった。

 

「……『アルテミス』」

「……これが『アルテミス』か」

 

 誰かの呟きを拾った土方艦長が目の前に広がる白銀の巨大戦艦を見ながら唸るように呟く……『ヤマト』が体験した『イスカンダル』への航海記録は彼も目を通しており、その中に『IMPERIAL』という未知の文明に属する白銀の巨大戦艦の事も記載されていたのだ。

 

 惑星再生システムである『コスモリバース・システム』を受領する為に大マゼランにある『イスカンダル』への大航海の中継点であるバラン星において、圧倒的な『ガミラス』の大艦隊を前に奇策を用いて突破した『ヤマト』は、古代アケーリアス文明が遺した亜空間ネットワークの入り口である亜空間ゲートに突入する。

 だが亜空間回廊に突入した『ヤマト』をアクシデントが襲って、彼らは並行世界へと迷い込んだ――『イスカンダル』への航海を再開する為に足掻き続けた彼らは、当時保護していた異星人の少女の尽力によって元の世界へと帰還する事が出来た――その時に『ヤマト』を並行世界間移動させたのが、件の白銀の船『アルテミス』だと言うが……果たして、この白銀の船は『アルテミス』なのだろうか?

 

 『IMPERIAL』という未知の勢力に属する船が一隻とは考えにくい。戦う事を目的とした戦闘艦なら同型艦がいても不思議ではない……問題は“何を”しに現れたかだ。

 

「……相変わらず殆どのセンサーは感知出来ないが、目測で全長160キロ――以前に確認出来た規模と同じだが、これが『アルテミス』だと断定するにはデーター不足だ」

 

 技術支援席にて各種センサーが計測不能の状態で、手に入るデーターだけでは目の前の船が『アルテミス』であるとは断言できないと真田は語る……誰もが突如現れた白銀の巨大戦艦の目的が分からない中で、突如現れた白銀の巨大戦艦に驚いて攻撃の手を緩めていた『ガミラス』の艦艇が白銀の巨大戦艦諸共『ヤマト』を沈めようと攻撃を再開した。

 

「『ガミラス』艦、攻撃を再開」

「一カ所に止まるな! 攻撃を回避しつつ反撃せよ」

 

 島の絶妙な操舵によって辛うじて攻撃の直撃は受けていないが、いくら『ヤマト』とはいえ多数に無勢――反撃のチャンスを掴めずにいたが、それまで『ガミラス』の攻撃を黙って受け続けていた白銀の巨大戦艦に動きがあった――鏡のように凪いだ表面が波打ち、流体金属によって形成された透明な槍状なモノが複数浮かび上がると勢いよく射出されて、攻撃を仕掛ける『ガミラス』のみならず『ヤマト』にも襲い掛かった。

 

「巨大戦艦より飛翔体が複数射出される――『ガミラス』だけでなく、本艦にも複数接近中!」

 

 レーダー手の西条が愕然とした表情で報告する――無意識の内にあの船が翡翠の乗る『アルテミス』ではないかと考えていた彼女は、『ヤマト』にも攻撃を仕掛けて来た白銀の巨大戦艦に裏切られたような気持になったのだ。

 

「――急速回避!」

 

 土方艦長に命じられるまでもなく、島が操舵稈を操作して迫り来る無数の流体金属で出来た槍を避けるが、それでもいくつかの槍が『ヤマト』の船体に突き刺さる。

 

「第3、第7、第14区画に着弾――けれど爆発による二次被害は皆無!」

「――不発か?」

 

 『ヤマト』の船体に複数の槍が突き刺さるが、突き刺さった槍は爆発するでもなく只突き刺さっただけに見えた――だが、あの『アルテミス』もしくはその同型艦の放った槍がただの槍である筈もない。幸い乗組員に被害は出ていない。周囲に居る乗組員や応急修理を担当する乗組員が槍を撤去する為に集まるが、未知の素材で作られている槍を分解排除出来ずに突き刺さった『ヤマト』の船体ごと排除するしかないという結論に達した時、槍に変化が起こる――槍の表面が変化して無数の半透明な触手に変貌すると周囲の壁に突き刺さって侵食を始めたのだ。

 

「――撤去作業中の乗組員より報告、着弾した槍が変形して周囲を侵食し始める!」

 

 急変した事態に技術支援席で対応する真田は、これまでの経験から侵食してくる未知のプログラムを仮想空間に誘導して、メインフレームを強固な防壁で守りを固める――並行世界に迷い込んだ時に、強大な敵によりメインフレームにハッキングを受け、また一応は味方である筈の『アルテミス』に『ヤマト』の制御を奪われた苦い経験を二度もした真田は、地球帰還後も研究を続けて新型のファイヤーウォールを開発したが槍からの侵食を止める事は出来ずに、再び『ヤマト』は制御を奪われて『テレザート』の海に着水する。

 

 見ればデスラー派の『ガミラス』艦も船体に複数の槍が着弾しており、ミサイルを多数装備した『ガミラス』の大型戦艦もそのまま『テレザート』の海に着水していた。

 

 争いを続けていた『ヤマト』と『ガミラス』は、突如として現れた白銀の巨大戦艦に制圧されて『テレザート』の海に漂うしか出来なかった。

 

 


 

 

 神殿都市テレザリアム 地下空間

 

 『テレサ』の顕現する空間に姿を現したアベルト・デスラーは青く塗装された複数のニードルスレイブを護衛に伴い、古代達の前に姿を現す――『テレザート』を手中に収め、『テレサ』の身柄を『ガトランティス』との交渉材料にしようとするデスラーの思惑を阻止する為に戦闘を開始する――だがニードルスレイブの防御力は強固で、有効打を打てずに膠着状態に陥った時、絶妙な操縦テクニックで都市内の通路を飛んできた白いツヴァルケの登場により均衡が崩れて青いニードルスレイブを一掃する事に成功する。

 

 着陸した白いツヴァルケのコックピットから降り立ったのは、『ガミラス』地球駐留武官クラウス・キーマンであった。だが彼の表情は斜に構えた何時もの表情ではなく、真剣な表情を浮かべていた

 

「……デスラー総統に伺いたい。貴方は何を求めてここに来たのか」

 

 真剣な表情で問い掛ける彼にデスラーは逆に問う――貴様は誰か、と。

 

「我が名は『ランハルト・デスラー』」

 

 クラウス・キーマンの正体がアベルト・デスラーの血族である事実に驚きを隠せない『ヤマト』のクルーを尻目に、キーマン中尉――ランハルト・デスラーは重ねて問う「『ガミラス』星がじきに滅ぶと言うのは事実か」と。

 

 純潔の『ガミラス』人は『ガミラス』星を離れては長くは生きられない。特殊な環境下でしか生存出来ない『ガミラス』の臣民たちが移住できる星を用意するか、人工的に造ること。それこそがアベルト・デスラーが『ガトランティス』に求めるモノであった。

 

「そんな途方もない計画を実現する為に、貴方は宇宙に覇権を広げた……冷酷な独裁者と罵られながら」

「……遊星爆弾による環境の改造」

 

 ランハルトにより語られる、ガミラス戦役の真の目的に驚きの声を上げる真田。それは彼だけでなく他の『ヤマト』のクルーも同様だった。遥か宇宙の彼方からやって来た『ガミラス』という侵略者の手により滅亡の淵に立たされた地球……だが侵略者である『ガミラス』もまた滅亡の淵に立たされていた――あの戦争は侵略戦争ではなく、生存競争だったのだ。

 

「……本当なのか。『ガミラス』を救う、その為に貴方は――」

「……知ってどうする? 今更それがなんだというのだ」

 

 戸惑う古代の問い掛けにアベルト・デスラーは嗤う――今の自分は『ガミラス』の指導者という立場を失った……無力な神に祈るか、『ガトランティス』に取引を持ち掛けるしか出来ない……どちらも分が悪いが、それでも諦める事は出来ない。

 

 アベルト・デスラーの覚悟を知った古代達が驚きから立ち直れないその時、一度は姿を消した『テレサ』が再び姿を現す。しかし彼女の視線は古代達やデスラーにではなく、この空間へと続く通路へと向けられていた。

 

「――ふたたび縁を結ぶべき者がやって来るようです」

 

 その言葉を合図に、通路の先から硬い靴音が響いてくる。誰が来るのかとその場にいる者全ての視線が注がれる中、靴音はどんどん近付いて来て小さな人影が見えて来た……それは栗色の髪を持つ小柄な少女の姿をしていた。『ヤマト』で保護されていた頃より少し成長した肢体を白を基調としたボディスーツで覆い、所々に青く輝く結晶体を装備したその姿は別れた時と変わらない姿であった――ただ一点、真紅に輝くその瞳は苛烈な光を放ち、見る者全てを焼き尽くすかの如き強烈な怒りに満ちていた。

 

「……翡翠」

 

 物理的な力を伴うような圧倒的な存在感を巻き散らしながら、一歩一歩ゆっくりと歩いて来たクリスは、掠れたような声で呼ぶ真田を一瞥する事無く超常の存在である『テレサ』を睨み据える。

 

「――望み通り来てやったぞ。満足か?」

 




 どうも、しがない小説書きのSOULです。

 現在最終局面を書いてますが、中々時間が取れなくて……更新スピードUPはもう少し時間が掛かるようです。こんなマイナーな小説でもお待ち頂いていらっしゃる方々、今しばらくお待ちくださいませ。


 では、次回。母なる星を救う為に足掻き、裏切られた者。迷いながらも裏切りを選択する者。それぞれがそれぞれの思惑で動く中、彼らは何を選択するのか。

 第六十七話 迷う者 足掻く者

 更新は12/15になります。ではでは~。


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第六十七話 迷う者 足掻く者

 

 第六十七話 迷う者 足掻く者

 

 

「――望み通り来てやったぞ。満足か?」

 

 視線に怒りの波動を乗せて『テレサ』に叩き付けるクリスは、以前並行世界において超常の存在である『Q』と対峙した時と同じ――いや、それ以上の戦意を滲ませて『テレサ』と対峙する。

 

「……何だ、あの娘は」

 

 強烈な戦意が周囲のモノを圧し潰そうとするかのように放たれる中、アベルト・デスラーは少女が何者なのかを問う。一度は消えた『テレサ』が再び顕現した以上、少女もまた『テレサ』に呼ばれた者なのだろう。

 

『貴方も、また縁を結ぶ一人』

「はっ、いいように使おうってか――これだから高位存在は嫌いなのよ――アンタ達はこの宇宙の存続のみに興味がある。そこで生きる個人には興味がない――高い所から宇宙を“見下す”アンタの眼には人間という種族は見えても、人という個人は見えていない」

 

 『テレサ』の言葉を鼻で笑うクリスの周囲に紫電が走り、真紅の瞳が危険な光を放ったが『テレサ』は動じる事はない――それがクリスの怒りに拍車をかける――死者すらも使役して操る手法に虫唾が走ると、吐き捨てた。

 

『――全ての命には定めがあります……でもそれは自らの選択の結果――無駄に思えても、不公平でも、私は道を占めすだけ。命の選択で道は変わる……未来も』

 

 そして『テレサ』は視線をクリスに向ける。

 

『強い思いは、時に運命すらも捻じ曲げる。1人の思いがあるべき未来を変える時もある――そして、その傍にはこの世の理に反した獣が寄り添う――『破滅を謳う獣』が』

 

 『テレサ』の言葉を聞いたクリスの真紅の瞳が大きく見開かれた。

 

「……破滅を謳うって――まさか、“奴ら”の侵入を許したっていうの!?」

 

 驚愕を露にするクリスを静かに見つめている『テレサ』は光の粒子を放ちながら消え去り、輝く発行体は元の樹脂に覆われた状態へと戻る……驚愕から立ち直ったクリスは、『テレサ』が消え去った事に気付くとシニカルな笑みを浮かべた。

 

「……言いたい事だけを言って消えたな」

 

 後頭部をぽりぽりと掻きながら『テレサ』から得た情報を元に、これから行動について考えているクリスを黙って見ていた古代と真田は、『ヤマト』に乗船していた頃の面影を残している少女に向けて戸惑うような声で問い掛ける。

 

「……翡翠だよな」

「……違うよ」

「……翡翠」

「……今の私は『クリス・エム』――いにしえの邪悪な『IMPERIAL(帝国)』の恐怖を司る、愚蒙(ぐもう)なりし『IMPERIAL・GHOST(帝国の亡霊)』の一人」

 

 古代と真田の呼び掛けに振り返った『クリス』はシニカルな笑みを浮かべたまま、にたりと嗤う。その笑みは誰に向けたモノなのか、ゆっくりと歩き出したクリスを光が覆って光が消えた後には彼女の姿は消え去っていた。

 

「……あの世とこの世に狭間に存在するが故に祈る事しか出来ない神に、おとぎ話の世界から『邪悪な帝国』まで現れたか――ランハルトよ、ここから先は修羅の道だ。私と歩むのなら感情は捨てろ……思いを残せば私のように間違うぞ」

 

 アベルト・デスラー。滅びの道を歩む母なる星『ガミラス』から『ガミラス』の臣民の全てが移住できる惑星を探す為に、一人孤独な道を歩んできた男。惑星『ガミラス』の寿命が尽きかけているという事実を知った彼は、全ての『ガミラス』人を救う為に移住できる新天地を求めて足掻き続けた。

 

 『ガミラス』星が亡びの道を辿っていると言う事実を知り、足掻き続ける政府の高官は道半ばで倒れ、共に歩むはずだった実の兄すら亡くした彼は、たった一人で『ガミラス』星の寿命が尽きる前に『ガミラス』臣民が移住できる環境を持つ移住先を探す為に、大マゼランのみならず銀河系にまで侵攻して『ガミラス』人が生きていける環境を持つ惑星を探すが、そんな都合の良い星はなかった。

 

 ならば『ガミラス』人が暮らしていける環境を持つ惑星を人為的に造るしかない――ハビタブル・ゾーンに存在し、程よい星の大きさを持ち、重力も『ガミラス』星と同じ惑星を――候補となる惑星は銀河系の辺境で見つかった――『地球』。恒星系の三番目を公転する程よい大きさを持つ惑星であり、環境は多少手を加える必要があるが『ガミラス』の科学技術を持ってすれば短期間で『ガミラス』臣民が住める環境への改造が可能。

 

 『地球』には先住する種族が居るようだが、大した力がある訳でもなく排除は容易い――遊星爆弾による地球攻撃を行いながら、地球の環境を改造して『ガミラス』臣民の新たな移住先とする。

 

 その計画は順調と思われた――彼らが掲げる『イスカンダル主義』あまねく宇宙に救済をもたらすイスカンダルの行動を、拡大政策を行う『ガミラス』は利用して宇宙に恒久的平和をもたらすにはイスカンダル主義を広く浸透させる事が必要だと説いて、宇宙に『ガミラス』の版図を広げながら『ガミラス』臣民を移住させる惑星の探索を行って、銀河系の辺境に地球という候補地を見つけたのだ――なのに、よりにもよってその地球にイスカンダルの女王スターシャは救いの手を差し伸べたのだ

 

 幼少の頃より崇拝の対象として女王スターシャを見ていたアベルトは、何時しか彼女に仄かな感情を抱くようになっていた……それは、成長して『ガミラス』の未来を背負う重圧と、重すぎる秘密を知ると言うプレッシャーに晒されるアベルトの精神の支えである事は疑いようが無かった――そんな彼女が、自分達が生きる為に侵攻している惑星に救いの手を差し伸べる……アベルト・デスラーに取って、それは全てを否定されたと感じたのだろう――だとしても、止める訳にはいかない、すべては全『ガミラス』人の未来の為に。

 

 『ガミラス』を救う為の覚悟を示したアベルト・デスラー。

 全てを失ってもなお『ガミラス』の未来を模索する彼の姿に、ランハルトの中に葛藤が生まれる。今の彼は民主化へと向かう『ガミラス』の現政権の元で働く彼だが、『ガミラス』の未来を求めているのはアベルトと同じだ――故に『ガミラス』の未来の為に戦う彼の心情を理解出来てしまう。

 

「おい! そんな奴の言う事に耳を貸すんじゃねぇ!」

 

 空間騎兵で地獄の様な戦場を戦い抜いて来た斎藤が叫ぶが、ランハルトの答えは銃口だった。仮にも味方である筈のランハルトの裏切りに息を呑む『ヤマト』のクルー。

 

「……すまない、古代」

 

 神殿都市テレザリアムの地下に銃声が響き渡った。

 

 


 

 

 惑星『テレザート』神殿都市周辺海域

 

 戦闘状態に突入した宇宙戦艦『ヤマト』と親衛隊カラーの青い船体を持つデスラー体制派の『ガミラス』艦隊は、戦闘中に突如現れた白銀の巨大戦艦の攻撃により艦の制御を奪われて、『ヤマト』を含めて全ての艦が『テレザート』の海面に不時着せざる負えない状況に陥っていた。

 

「……なぁ、アレって並行世界から戻る時に世話になった翡翠ちゃんの『アルテミス』だよなぁ?」

「……ああ、その筈だ」

「――翡翠ちゃんの船なら、何で俺達を攻撃するんだよ!?」

「――所詮、翡翠も異星人だって事だよ」

 

 艦の制御を奪われて何も出来ない『ヤマト』の艦内で、船体に着弾した半透明な槍から広がる触手を解析しながら損傷個所の隙間から見空に浮かぶ白銀の巨大戦艦を見上げるクルー達は、並行世界へ迷い込んだ時に共に居た少女が乗っているであろう巨大戦艦が何故『ヤマト』を攻撃して来たのかと疑問の声を上げるが、そんなクルー達に向けて別のクルーが不信感に満ちた視線で上空の白銀の巨大戦艦を睨みながら吐き捨てた。

 

 地球連邦政府が『ガミラス』新体制政府と平和条約を締結したからと言って、それまでの確執が消え去る訳では無い――赤く焦土と化した地球。放射能の脅威が避難している地下都市にまで及び、7割もの同胞が死んだ地獄の日々――滅亡の危機を回避したからと言って、それを忘れる事など出来る筈もなく、広大な宇宙には『ガミラス』以上の脅威が潜んでいるかもしれない……そう思っていたからこそ、彼らは『テレサ』の放ったコスモウェーブに呼応して『ヤマト』に乗り込んだ――結果『ヤマト』は、『ガミラス』以上の脅威である白色彗星『ガトランティス』を知ることが出来た……やはり、この宇宙は“脅威”に満ちている事を確信したのだ。

 

 認識を新たにした彼らの前で、『ヤマト』を侵食している槍に変化が起きる――何の前触れもなく周囲に広がった半透明な触手が映像を巻き戻すように槍に収容させると、槍は突き刺さった『ヤマト』の船体から音もなく浮上すると天空へと消え去っていた。

 

「……何なんだ、一体?」

 

 


 

 

 変化は『ヤマト』だけでなく他の『ガミラス』艦にも起こっていた。船体に突き刺さって制御を奪っていた槍は、伸ばしていた触手を収容すると音もなく浮遊すると一気に加速して天空――その上で浮かぶ白銀の巨大戦艦へと向かうと、流体金属で構成された船体に突き刺さると同化して消え去る……そうして全ての槍を回収した白銀の巨大戦艦は、現れた時と同様に陽炎のように揺らめくと巨大な船体は音もなく消えて行った。

 

「……何だったんだ、奴は」

 

 自らが乗るゲルバデス級航宙戦闘母艦の艦橋から一連の光景を見ていたガデル・タラン中将は、友軍の艦艇を貫いて航行不能にした槍状の物体が飛び立って上空の未知の巨大戦艦へ戻って行く姿に渋面を浮かべながら呟く……白銀に輝く湖のように波一つ立たない水面のような船体……それは昔話に聞く『白銀の悪魔」のようではないか。

 

 上空の巨大戦艦は『ガトランティス』でも地球の艦艇とも設計思想からして違い、『ガミラス』がこれまで遭遇したどの星間文明の艦艇とも違う――未知の勢力の戦艦だと思われる。

 白銀に輝く巨大戦艦はセンサーに感知される事なく突然『テレザート』の上空に現れるや、『ガミラス』『ヤマト』双方に攻撃を仕掛けて瞬く間に制圧してしまうと、何をする訳でもなく『テレザート』の上空に居座る無気味な相手だったが、時間が経つと各艦に突き刺さった槍状の物体を回収して陽炎のように虚空に消えて行った。

 

「……奴の目的は時間稼ぎか……だとすると――艦の制御はまだ戻らないのか!?」

 

 いくら護衛にニードルスレイブ部隊を付けているとはいえ、たった一人で神殿都市の最深部に乗り込んだアベルト・デスラー総統と連絡が付かなくなって数時間。あの未知の巨大戦艦の目的が時間稼ぎだとすれば、稼いだ時間で何をしていたかが問題になる――もしも、『ガミラス』の未来に必要な総統が失われるような事があれば全ては砂上に崩れる事態になってしまう。

 

 焦燥に駆られたタランであったが、艦の制御が戻らなくては出来る事は無い……そんな時、艦橋で通信を担当する士官よりデスラー総統から通信が入った方がもたらされて安堵の表情を浮かべた。

 

「総統はご無事か!? 直ぐに迎えの船を用意しろ!」

「――それが、総統自ら操縦されて連絡艇で戻られるとの事……それと神殿都市の最深部にて『ヤマト』のクルーを捕虜にされたとかで、拘束する兵の用意をするようご指示がありました」

「――なんと! 流石は総統。直ぐに格納庫に兵を向かわせろ――私も直ぐに行く」

 

 デスラー総統が生存されただけでなく、難敵『ヤマト』のクルーを捕虜にするとは恐るべき強運なのだろうか。兵たちに指示をした後にタランもデスラー総統を出迎えるべく格納庫へと向かった。

 

 


 

 

 宇宙戦艦『ヤマト』第一艦橋

 

「槍の影響でダウンしていたシステムが復旧!」

「――よし! 『ヤマト』発進せよ!」

「――了解! 波動エンジン点火、『ヤマト』発進します!」

 

 技術支援席で艦内の復旧具合を見ていた真田の報告を受けて土方艦長が発進を号令し、操舵席に座る島が操舵稈を力一杯引き上げて『ヤマト』は再び天空へと舞い上がる――見れば周囲の『ガミラス』艦も上昇して再び戦闘態勢を取った。

 

「――『ガミラス』艦上昇、攻撃態勢を取っています!」

「主砲、1番、2番用意! 自動追尾装置セット、発射準備完了」

 

 浮上した『ヤマト』を追尾する『ガミラス』艦に搭載された三連装陽電子ビーム砲が『ヤマト』に狙いを定め、それに呼応するかのように『ヤマト』の三連装陽電子衝撃砲が周囲の『ガミラス』艦へと狙いを定めて、それぞれが発射の時を待つ――その時に、『ヤマト』に異変が起こった。全力稼働している『ヤマト』の主機関『波動エンジンが』突然機能を停止して沈黙したのだ。

 

「――んっ、機関停止!?」

「――補助エンジンは?」

「……ダメです、反応なし」

 

 突然『波動エンジン』が停止した事により推力を失った『ヤマト』は、『テレザート』の空を滑空してはいるが動力を失った影響により各種システムの殆どが沈黙して『ヤマト』の船体が振動により揺れる。

 

「――総員、不時着に備えよ」

「――着水まで後4,3,2,1,着水!」

 

 滑空していた『ヤマト』は辛うじて稼働する安定翼を展開して艦の姿勢を水平に保つと、徐々に高度を下げて『テレザート』の海へと着水する――それまで上空を飛行していた『ヤマト』のスピードはかなり速かった影響で海の上をバウンドしながら凄まじい衝撃が『ヤマト』を襲うが、操舵稈を握る島の卓越した技術により何とか横転する事無く『ヤマト』は『テレザート』の海に着水することが出来た。

 

 


 

 

 ノイ・デウスーラ艦内通路

 

「……貴方と同じです。地球人に『テレザート』の力を渡す訳にはいかない。だから彼らに同行して、その時が来れば『ヤマト』を無力化し――」

「――『テレザート』の力を『ガミラス』に持ち帰る」

 

 密命を帯びたキーマン中尉ことランハルトは、『ヤマト』の旅に同行する傍ら、秘密裏に『ヤマト』の心臓部である『波動エンジン』内に反波動格子を仕掛けて、ここぞとばかりに『ガミラス』艦との戦闘中に起動させて『ヤマト』の『波動エンジン』を停止させたのだ。

 

 その後、アベルトとランハルト――二人のデスラーは、ノイ・デウスーラの甲板に出ると眼下で『ガミラス』艦隊に包囲されている『ヤマト』を見下ろす。

 

「――ランハルト……アレは、どんな船だった?」

 

 アベルトの問いに少し考えた後に答える。

 

「……奇妙な船でした。乗員達も少し変わっていて、軍人というよりも私には巡礼者に思えた」

「……巡礼者、か」

 

 アベルトの脳裏に、かつて亜空間回廊の中で『ヤマト』に白兵戦を仕掛けた時に見た光景がよみがえる――神殿都市の最深部にも居た古代という男と、『イスカンダル』の姫君にうり二つの地球の女性が見せた相手を思いやる気持ち――『ガミラス』人と何ら変わらないその姿が――『ヤマト』のクルーが、『地球人』が自分達と同じ血の通った、相手を愛することが出来る『人間』であると思い起こさせる姿を。

 

 

 

 

 ノイ・デウスーラ艦橋

 

 

 『テレザート』を守護する『ガトランティス』の艦隊は消え去り、『ヤマト』をも監視下に置いたアベルト・デスラーは、ランハルトと共にノイ・デウスーラの艦橋にて『ガミラス』本星からの通信を待っていた――『テレザート』は既にデスラーの艦隊の支配下にあると言って良いだろう……そしてランハルトからアベルト・デスラー生存を知ったデスラー体制派の首脳陣たちの中でもそれなりの地位の者がアベルト・デスラーと言葉を交わすべく通信を送って来るだろうと予想したのだ。

 

「……デスラー体制派の指導者は、長らく謎のままでした。私も正体を知りません」

「……出て来るだろうな、この局面私と直接言葉を交わすしかない」

 

 艦橋の中央でデスラー体制派の反応を待つ二人の下へ、タランより『ガミラス』本星から通信が入った事が伝えられ、モニターに一人の人物の姿が映し出される――その姿を見た時、ガデル・タランは驚きの声を上げる。

 

「――貴方は」

『――ガーレ・デスラー。総統、良くぞご無事で』

「……まさか、君が生きているとはね、ギムレー君」

 

 元親衛隊長官ハイドム・ギムレー。

 元々はアベルト・デスラーの私設警護団だったが、年を追うごとにその規模や権威は増大して『ガミラス』国内でも無視できない一大勢力を持つに至った――それは長官に就任したギムレーの情け容赦ない強引な手腕による所が大きい――そんな彼だったが、『ガミラス』本星への『ヤマト』侵攻の折に戦闘に巻き込まれて座乗艦であるハイゼラード級航宙戦艦キルメナイムともども爆発して死亡したと思われていたが、どうやらしぶとく生き残っていたようだ。

 

「……ランハルト」

「――はい」

「……良いのか? 私が請け負って」

 

 デスラー体制派による復権を目指していたのはランハルト達であり、そこへ『ガトランティス』に身を寄せて生き残っていた自分が面に立って良いのかと問い掛けるアベルト。

 

「……むろんです」

『すぐに『ガミラス』臣民に伝えましょう――デスラー総統の凱旋を。蜂起の準備は整っております、一日も早いご帰還を』

 

ギムレーの言葉を聞くアベルトの背中を見ながら、ランハルトの胸中は複雑なモノであった。

 

 




 どうも、しがない小説書きのSOULです。

 最近、想定外の事ばかり起きて四苦八苦しております。
 最終話に近い辺りを書いておりますが、どうしても閑話を先に完成させなければならない状況になりまして、閑話の構想を頭から叩き出してから書こうと思っておりますので、今しばらくこのスピードの投稿になります。

 では、次回。迷い続けた青年は己の心が感じたままに行動し、大宇宙を席巻する白色彗星の前に白銀の船『アルテミス」が立ち塞がる――かの船の目的とは? 『破滅を謳う獣』とは?

 第六十八話『破滅を謳う獣」

 ではでは~。

 補足 書き忘れて居ましたが、68話は12/22 0時 投稿予定です。


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第六十八話『破滅を謳う獣』

 

 第六十八話

 

 

 ノイ・デウスーラ艦内格納庫

 

 愛機である『ガミラス』主力戦闘機ツヴァルケを前に、ランハルト・デスラーの脳裏には様々な事が思い起こされる……準備は全て整った。『テレサ』の力に近付いた『ヤマト』は無力化し、デスラー体制の復活を願う首謀者の特定も完了した。あと少しで任務が完了すると言う時に、彼の中に迷いが浮かんだ……本当にこのままで良いのか?

 

 悩む彼は何時の間にかツヴァルケのコックビットに乗り込んでいた。そんな自分に驚きながらも、ランハルトはエンジンを起動するとツヴァルケをノイ・デウスーラから飛び立たたせて神殿都市の最深部へと向かう……全てを見通すという女神に会う為に。

 

 

 神殿都市の通路を抜けて最深部へと到達したランハルトは、ツヴァルケから降り立つと樹脂に覆われた球体の前に立つ……この期に及んでも彼の中には迷いがあった。彼は任務を遂行する為に乗り込んだ艦を裏切り、デスラー体制を復活させようとする勢力に潜り込んだ――なのに今、自分はこうして『テレサ』の前に立っている。

 

「……『テレサ』……俺は分からなくなった。準備は整った、やるべき事は決まっている――でも!」

 

 迷いを抱えた彼は女神に問う――何が最善なのか、自分が進むべき道は? 様々なモノを抱えて道に迷う若者に、女神は答える。

 

『何が最善かはあなた次第で変わります。考えた事ではなく、感じた事に従ってください――あなたも『大いなる和』の一部』

「……『大いなる和』」

 

 『大いなる和』の一部……『ガミラス』の軍人としての使命ではなく、もっと大きなモノへの使命が自分にはある。そう考えたランハルト――クラウス・キーマンは、『ヤマト』に乗り込んでから出会った様々な人達の姿を思い浮かべ、銀に近い白い髪と強い意志を宿した赤い瞳が彼を見つめる。

 

 『テレサ』の言葉で己の心が何を求めているのか理解したキーマンは、それに従って進もうと決意したその時、最深部であるこの場所に誰かが近付いて来る気配を感じて視線を向ける――やって来たのは、キーマンの叔父にあたるアベルト・デスラー総統であった。

 

 『テレサ』の顕現する球体を覆う樹脂を前に、アベルトは語る――『ガミラス』民族を存続させる為に孤独な道を進んで来た自分は、彼女への思いを支えに生きて来た――あまねく宇宙に救済を、その崇高なる願いを成就させる為に『ガミラス』の旗の下に宇宙を統一して一大帝国を築く――そうすれば星同士の争いは無くなり、民族同士の諍いを調停する事により、宇宙から戦火が無くなる。

 そう考えたアベルトは、拡大政策を取って好戦的な種族を平定しながら『ガミラス』民族が生きていける惑星を探して――そして見つけたのが『地球』だったのだ。

 だが、『ガミラス』民族を移住させる為に根本から環境を作り変える筈だったその星に、彼女は救いに手を差し伸べた。

 

 ……アベルト・デスラーが歩んできた道に、彼女が出した答えがそれだった。そして『ガミラス』軍の上層部は滅びを恐れるあまり彼の不興を買う事を恐れて秘密裏に独自の道――『イスカンダル』が持つ超技術『コスモリバース・システム』を力づくで譲渡させて『ガミラス』星を再生する為に動き――彼、アベルト・デスラーは真の意味で孤独であった。そんな折に『ヤマト』の本土への侵攻があった。

 

「……あの時、私は“何を”滅ぼそうとしたのか」

 

 デスラーの名を持つと言う事は、そういう孤独に身を置く事になる……視線を上げて遠くを見つめる彼の背中は、そう語っていた。

 

 

 ノイ・デウスーラ格納庫

 

 デスラーの名の重さを説いて覚悟を試すアベルトから逃げるように愛機であるツヴァルケに乗り込んだキーマンは、神殿都市から上空に待機するノイ・デウスーラへの格納庫へと戻った……彼の手には『ヤマト』の心臓部である『波動エンジン』に巣くう『反波動格子』の制御システムがあった。

 

 幼い頃に母を無くしてどん底の様な生活から這い上がって来た彼は、血筋目当てに甘い甘言をする輩を利用しながら現在の地位を実力で手に入れた――すべては理想とする未来を手にする為に。

 

 彼は秘匿回線を使用して通信を送る――全ては“この時”の為に。

 

 

 

――これで、全ての縁が整ったようです。

 

 

 地球圏 月面『ガミラス』大使館

 

 月面に建設された大使館施設の中で、高級官僚などの来客をもてなす為に高級感溢れる作りになっている在地球『ガミラス』大使の執務室には、巨大な『ガミラス』星のホログラムがシンボルとして設置されており、その下には在地球『ガミラス』大使のローレン・バレルが執務を行っている。

 

 腹心の部下ともいえるクラウス・キーマンからの報告を受けたバレル大使は大きく息をつくと天を仰いだが、すぐさま姿勢を正すと執務室に備え付けられた本国とのホットラインを使用して呼び掛ける……数刻もしない内に相手の応答があった。執務室の机の上に、内務省長官に就任しているレドフ・ヒスのホログラムが立ち上がった。

 

「ヒス長官。たった今、キーマン中尉から連絡が入りました」

『――何か分かったか』

「デスラー体制復活を目論む政権の黒幕は――元親衛隊長官ハイドム・ギムレー」

「――ギムレー、生きていたのか!?」

「……保安情報局の威信にかけて、必ず検挙します」

 

 


 

 

 宇宙戦艦『ヤマト』機関室

 

 沈黙した『波動エンジン』を前に機関長である徳川彦左衛門は沈黙の原因を突き止めるべく、『波動エンジン』の起動手順を何度も行って『波動エンジン』のどの部分に不具合があるのかを調べようとしたが、起動しようにも『波動エンジン』はまったく反応せず、徳川は途方に暮れる……今まで起動システムに不具合は起こらず、この『テレザート』での戦いの折に突然停止したのだ。

 

 『波動エンジン』の隅から隅まで故障した個所は無いか確認したが、『波動エンジン』に機械的な不具合は無く……何か、根本的な所に原因が有るようだった。

 

 だが、それで諦める訳には行かない……今『ヤマト』は、かつて『ガミラス』を率いていたデスラー麾下の艦隊に包囲されて危機的状況にある。そんな中で心臓部である『波動エンジン』が謎の停止により、『ヤマト』の機能は失われて何も出来ない状態になっている……このままでは『ヤマト』は簡単に制圧されてしまうだろう。

 

 今一度、最初の手順から始めて何とか『波動エンジン』を再起動させなければ――『波動エンジン』の制御盤へと向かった徳川が起動スイッチを入れようとしたその時、突然何の前触れもなく『波動エンジン』のフライホイールが回転を再開し始めた。

 

「……んっ――おおっ!?」

 

 

 ノイ・デウスーラ捕虜収容施設

 

 キーマン中尉の裏切りによって虜囚の身となった古代は、牢の中で出来るだけ体力を温存して脱出のチャンスを伺っていた。近くの牢には真田や空間騎兵の斎藤や永倉も捕まっており、頼みの『ヤマト』からの増援の気配はない……このデスラー総統が乗る航宙戦艦を守る複数の『ガミラス』艦の存在も予想され、『ヤマト』単艦での戦闘は不利であり一時撤退したのかもしれない……『ヤマト』がそう簡単に撃沈されたとは思えないし、希望がある以上諦める訳には行かなかった。

 

 何時でも事態が変化しても良い様に感覚を研ぎ澄ましていた古代は牢の外で銃声がした事に気付き、続いて警備に付いていたガミロイド兵が倒れる音を聞いて状況を確認するべく牢の外の様子を窺う。

 

 古代が見たものは銃を構えてガミロイド兵を倒したクラウス・キーマン中尉の姿であり、彼の手にしたコントローラーで牢のカギが開けられると、素早く牢から出た斎藤が怒りのままキーマン中尉に掴みかかった。

 

「――おい、どう言うつもりだ!?」

「――よせ、斎藤」

 

 片手を挟んで制止した古代であったが、それでも聞いておかねばならない事があった――クラウス・キーマン中尉の真意を。彼が何かを目的に『ヤマト』に同行していたのは気付いていた。在地球『ガミラス』大使の特命を受けて乗り込んで来た彼の目的は、高位の存在である『テレサ』が存在するかどうかの確認と、彼女の力そのものだろうと言う事は予想が付いた。

 

「……俺は、俺達は、何を信じればいい?」

 

 ランハルト・デスラーではなく、クラウス・キーマンとして信じて良いのか? そう問い掛ける古代にキーマン中尉は淡々と答える――何も信じるな、と。

 

「――潜入中の工作員の言葉に真実は無い」

「――潜入」

「『ガミラス』保安情報局内事部保安捜査官――それが、俺だ。」

 

 俺を殺すなら後にしろ。そう言ってキーマン中尉は古代達と共にノイ・デウスーラ艦内からの脱出を図り、『波動エンジン』が復活した『ヤマト』もまたデスラー麾下の艦隊の包囲を破って脱出に成功した。不思議な事にデスラー麾下の艦隊は追撃してくる事もなく、古代達と合流した『ヤマト』は『テレザート』を離れて宇宙空間へと飛び立つ。

 

 宇宙を航行する『ヤマト』を見送った『テレサ』は、彼らに願いを託して『門』である『テレザート』を閉じる。

 

「祈りは託された――我々は『ガトランティス』を阻止しなければならない、この宇宙に生きる全ての命の為に――進路反転! 両舷全速、『ヤマト』地球に向けて発進!」

 

 宇宙戦艦『ヤマト』は地球に進路を向ける――強大な敵『ガトランティス』の滅びの野望を阻止する為に。

 

 


 

 

 漆黒の宇宙空間を無人の野の如く進撃する巨大な白色彗星は、その身に宿す高速中性子と高圧なガスの嵐で形成されており、直径14万キロという巨大ガス惑星にすら匹敵する大質量が引き起こす超重力によって周囲の小惑星などを引き付けて粉々に粉砕しながら突き進む――目指すは、銀河系の辺境に位置するG型恒星系の第三惑星『地球』――小賢しくも『テレサ』のコスモウェーブを受け取り、『ガトランティス』を阻止すべく動く『ヤマト』の属する惑星。

 

 小癪な真似をする地球人類を根絶やしにするべく進撃する白色彗星の前に、自身の超重力とは別の重力変動が現れる。

 

 

 帝星『ガトランティス』大帝玉座の間

 

「前方の空間に重力変動を感知――何かがワープアウトします」

 

 そこは『ガトランティス』の高官達が立ち、その高官達を見下ろす形で一際高い位置に備えられた玉座に座る大帝ズォーダーへと軍事総議長兼参謀総長であるラーゼラ―が報告すると、玉座にて瞳を閉じていたズォーダーは目を開けて前方に存在するモニターに視線を向ける――漆黒の宇宙が泡立ってワームホールを形成すると、中から巨大な物体が姿を現す。

 

 仄かな白い光を放つ流体金属で形成された白銀の航宙艦――帝星『ガトランティス』に比べれば比較にならないほど小さな艦だが、蘇生体からの情報によれば、アレは太古のおとぎ話から現れた亡霊の船――邪悪なりし『古の帝国』の残照。

 

「……銀の悪魔」

「……宇宙に血と恐怖を巻き散らした『IMPERIAL』」

 

 この宇宙に根強く残るおとぎ話――星々に現れては、死と破壊を振り撒く銀の悪魔――遥か昔におとぎ話の世界へと消えた『IMPERIAL』の船が目の前に現れた――ズォーダーは不敵にほほ笑む。この宇宙の全てに死という“愛”を平等に与えようと言う『ガトランティス』の前に太古の悪魔が現れた――これは我らの“愛”が試されているのだ。

 

「――叩き潰せ」

 

 大帝ズォーダーの命を受けた帝星『ガトランティス』は速度を上げて、纏う高速中性子と圧縮されたガスの嵐で目の前の白銀の船を粉砕しようとする――対する白銀の船はその船体を構成する流体金属を変形させて艦首に相当する部分が変形を始める。

 

「――面白い! 受けて立とうぞ!」

 

 


 

 

 リバィバル級殲滅型戦艦『アルテミス』ブリッジ

 

 蒼い無機質な鉱物で形成されながらも仄かな温かみのある光を持つという、相反する物質で構成された『アルテミス』のブリッジに備え付けられたシートに座る翡翠ことクリス・エムは、目の前のウィンドウに映し出される白色彗星の白く渦巻く暴風の様な高速中性子と圧縮されたガスの嵐を厳しい目で見据えていた。

 

『――艦首発射形態への移行完了』

 

 『アルテミス』の制御を司る統合思念体『エテルナ』の報告を聞いたクリスは、ウィンドウに映る巨大な白色彗星の姿を見据えながら命令を下す。

 

「ガンマ・レイ――発射」

 

 クリスの号令の下、『アルテミス』の艦首発射口より強烈な輝きが放出されて白色彗星の表面に接触する――これまであらゆるモノを渦巻く中性子と高圧なガスそして超重力で粉砕してき白色彗星だったが、『アルテミス』が撃ち出した物は極光の輝きを放ちながら、その熱量はG型恒星が一生涯かけて放つエネルギーに匹敵し、それが断続的に放射されて白色彗星に叩き付けられる――それは大質量ブラックホールで起きるジェット噴流に匹敵する物で、あらゆる物質を引き裂き砕いて来た白色彗星を覆う高速中性子と高圧なガスの気流を吹き飛ばしていった。

 

 どの位の時が経っただろうか? 時間としては数秒の事であろうが、『アルテミス』の放った「ガンマ・レイ」はその名の通りに電磁波の中で最もエネルギーが大きい領域に相当する強力なガンマ線が断続的に放出されて対象物を焼き尽くす死の光線により、白色彗星を覆っていたガスが吹き飛ばされて、ガスによって隠されていた物が見えて来る――それは天体規模の建造物であった。それは複数の惑星規模の鉤爪によって星を取り囲む巨大な牢獄を持ち、複数の鉤爪の上層には赤い複眼の様な物を持つ惑星の直径にも匹敵する超巨大構造物が此方を見下ろすように輝いていた……だが、そんな異様を前にしてもクリスは鼻で笑う。

 

「……意外に頑丈だな、『ガトランティス』」

 

 彼女の眼には目の前の惑星規模の巨大構造物など入っておらず、『アルテミス』の各種センサーも巨大構造物ではなく、その周辺の探査に力を注いでいた……“目標”を見つけるために。だが、そんな彼女達の探査を邪魔する存在があった――帝星『ガトランティス』の前面に展開していたグリーンに統一された『ガトランティス』の戦闘艦群が動き出して、『アルテミス』を半包囲するや回転速射砲塔で攻撃を仕掛けたり、備え付けられたミサイルを発射して攻撃をしてくる。

 

『位相変換シールド正常に稼働中』

 

 『アルテミス』周辺に張り巡らされたシールドが、あらゆる攻撃をこの世界に重なった位相の違う異なる世界へと逸らして無効化する。だが攻撃が効果を発揮しないこの状況でも攻撃の手を緩める所か攻撃の苛烈さは増し、複数の大型戦艦が共同で雷撃ビットを用いた攻撃『インフェルノ・カノーネ』を以て『アルテミス』を撃沈せんと攻撃を仕掛けるが、『インフェルノ・カノーネ』の強力なビームも位相変換シールドの前に空しく消えて行く。

 

「……鬱陶しいな」

『侵食魚雷装填――発射』

 

 攻撃を仕掛けて来る『ガトランティス』の戦闘艦を煩わし気に見ているクリスの呟きに応えるように、『アルテミス』を構成する流体金属内で対象のシールドのエネルギーや装甲の構成物資をエネルギーに変換して破壊する侵食魚雷が形成されて射出され――半包囲を続ける『ガトランティス』の戦闘艦に襲い掛かかって破壊する。

 

 襲い掛かって来る『ガトランティス』の戦闘艦を蹴散らしながらもセンサーで“目標”を探している『アルテミス』の統合思念体『エテルナ』はようやく“目標”を発見してクリスに報告する。

 

『――見つけました。“目標”は惑星規模艦の後方――燻っている高圧ガスの雲の中に潜んでいます』

「――跳躍ミサイル用意」

『――跳躍ミサイル座標入力――発射』

 

 『アルテミス』の流体金属内で形成されたミサイルが立て続けて射出され、内包された短距離跳躍システムにより通常の亜空間へと突入して距離を相殺すると通常空間に復帰して燻っている高圧ガスへと襲い掛かる――物質・反物質反応により質量の全てをエネルギーへと変換して無数の爆発を引き起こした。

 

「……さて、“挨拶”は気に入ってくれたかな」

『……大喜びみたいですよ』

 

 厳しい目で見つめるクリスの視線の先のウィンドウ内では、激しい爆発により高圧ガスの雲が搔き乱されて雲に隠れていたモノが姿を現した――その姿は細長いながらも全長は『アルテミス』を問題にしない程の大きさを持ち、四方に放熱板のような熱を帯びた翅の様な器官を備えた『破滅の獣』――しかも『獣』は一体だけでなく、ダウンサイズしたような小型といえど一キロはあろう物体が百は下らない数が従っていた。

 

「……ついに姿を現したな、『バイオ・シップ』」

『――しかも多数の眷属を持って……よっぽど環境が良かったんでしょうね』

 

 けっと毒づいたクリスはウィンドウに映る『破滅の獣』――彼女の言葉を借りるなら、『バイオ・シップ』を睨み据える……鬱陶しいコスモウェーブの文句の一つでも言ってやろうと惑星『テレザート』に乗り込んだクリスは、対峙した高位存在『テレサ』より思いもよらぬ言葉を告げられる――この世の理に反した『破滅を謡う獣』の存在を。

 

 ――まさか、“奴ら”の『バイオ・シップ』がこの宇宙に侵入し、こんな辺境の局部銀河群の片隅で力を蓄えていたなど完全な盲点であった――ならば“奴”を倒すのは、これまで戦ってきた自分の役目――ああ、確かに。『テレサ』の言った事は正しい。“アレ”は確かに『破滅を謡う獣』だ。

 

 戦意を高めるクリスが攻撃の命令を下す前に、『破滅を謡う獣』――一際巨大な『バイオ・シップ』の艦首に相当する部分に亀裂が入り、どんどん大きくなると上下に割れて開いて行く――それは『バイオ・シップ』の“口”であった――『バイオ・シップ』は大きく開けた口を『アルテミス』に向けると真空の宇宙を波打たせる“何か”を放出すると、直撃を受けた『アルテミス』を形作る流体金属を波打たせて、その衝撃は最深部にあるクリスの居るブリッジを揺らした。

 

「――くっ!?」

『……正面の大型『バイオ・シップ』の思念波の出力は通常の『バイオ・シップ』より170%以上に増幅されています、サイコ・シールドでは防ぎきれません』

「……小癪な真似を、全兵装攻撃用意! 叩き潰せ!」

 

 流体金属内で侵食魚雷を生成した『アルテミス』は指向性ビーム砲を表層で展開して、魚雷を発射すると同時に無数の砲撃を敵『バイオ・シップ』へと撃ち込むが、周囲に展開する小型と言っても一キロを超える眷属たちに殆どを阻まれて、眷属の妨害を抜けた攻撃も巨大『バイオ・シップ』が周囲に展開する半透明なシールドに邪魔されて効果を発揮しなかった。

 

『敵『バイオ・シップ』のサイキック・シールドの強度も通常より50%増で攻撃の全てを阻まれました……どうしますか、外宇宙用の兵装を起動しますか?』

「――ストレンジ弾頭なんて使える訳ないだろう――空間破砕弾用意、ついでに『エンタープライズ』の『量子魚雷』をエミュレート、空間破砕弾と共に敵『バイオ・シップ』へ撃ち込め!」

『――了解。空間破砕弾頭を表層に展開、『量子魚雷』のエミュレート――おまけに『ナデシコ』の重力波圧縮システムも形成――攻撃を開始します』

 

 並行世界にて接触した『エンタープライズ』と『ナデシコ』の攻撃システムを流体金属内で再現して生成した『アルテミス』は、かつてその並行世界への転移後に襲い掛かって来た『ボーグ・キューブ』を撃退した空間そのものを振動させて対象を崩壊させる光弾を表層面に展開して攻撃態勢を整える

 

 『バイオ・シップ』――それはクリスの属する『IMPERIAL』と敵対する勢力が有する主力戦闘艦である。原料である流体金属を精製する事で規模を増すクリス達の白銀の戦闘艦と違い、エネルギーさえあれば無限に増殖する“生きた戦闘艦”である。『バイオ・シップ』の中枢には巨大な“脳”が存在しており、その巨大な脳により発せられる強力な思念波は物理空間にすら影響を及ぼし、空間を捻じ曲げて対象を粉砕する“超”能力と呼ばれる驚異的な戦闘力を有する、非常に厄介な相手なのである。

 

「――攻撃開始! 消し炭にしてやれ!」

 

 

 

 

 どれほどの時間が経っただろうか――巨大惑星規模の質量を持つ帝星『ガトランティス』は、再び中性子とガスを纏うと進撃を再開する……無数の眷属が突き刺さり、輝きを失って黒く変色した『アルテミス』を尻目に。

 

 『アルテミス』の差深部の構造物にも眷属の鋭利な船体が突き刺さり――ブリッジを貫いた眷属から伸びた肉の色を持つ触手が幾重にも伸ばされ、その触手は『アルテミス』ただ一人の人間であるクリスの身体を幾重にも貫いていた。

 

 

 




 どうも、しがない小説書きのSOULです。

 頭の中にある閑話ももう少しで追い出せそうな感じなので、もう少しおまちくださいね。
 世の中はもうすぐクリスマスですね(私には関係ないですが……)私からのクリスマス・プレゼントとして22話・23話・24話・25話を連続投稿しようと思います。


 では、次回。太陽系外縁部に出没するガトランティスの影、それは彼らの太陽系侵攻が近い事を感じさせる。迎撃の準備を進める地球。そして地球へ急ぐ『ヤマト』の艦内で悪魔は嗤った。

 第六十九話 忍び寄る悪意

 では、23日0時にではでは~。


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第六十九話 忍び寄る悪意

 

 宇宙戦艦『ヤマト』第一艦橋

 

「――ワープ終了」

 

 地球に向かって進撃を続ける白色彗星を追って、惑星『テレザート』から急ぎ地球へと向かう宇宙戦艦『ヤマト』は、1日3回が限界としていたワープ航法を5回も行うなど強引な航海を行っていた――白色彗星はかなり先行しており、このままで『ガトランティス』の本隊と地球艦隊との決戦に間に合わないかもしれない。

 

 だが懸案事項もある――『ヤマト』の心臓部である『波動エンジン』には反波動格子という病巣が巣食っている。それにより一時は動力を失って敵の監視下に置かれるなど苦い経験をしたが、『波動エンジン』に巣くう反波動格子を取り除くのは難しく、病巣を抱えたまま地球への航海をおこなっていた。

 

 

 宇宙戦艦『ヤマト』中央作戦室

 

 地球圏へと近付いた事により艦隊司令部とのデーター通信も確立されて、地球で観測されている白色彗星の現在位置と『ガトランティス』の動きを知った『ヤマト』の上級士官達は、これからの行動について協議するべく中央作戦室へと集まっていた……そして、その協議の中で反波動格子の除去作業の指揮を執っている真田よりある提案がなされた。

 

「トランジット波動砲?」

「はい、反波動格子をブースターにして波動砲に絡めるのです」

 

 艦長に就任した土方へと構想を説明する真田。現在も『波動エンジン』に巣くっている反波動格子はエンジン内の波動エネルギーと絡まって判別が困難であり、それが『波動エンジン』の奥深くまで及んでおり――本来ならここまで汚染されていれば、ドックに入ってエンジン自体の交換を考える状態だと言う。

 だが現在の状況はそんな時間など取れる筈もなく、このまま騙し騙し運用して行くしかないかと考えていたある時、逆転の発想を得たのだ――取り除けなければ消費してしまえば良いと。

 

「取り除けない物なら燃やし尽くそうって事か」

 

 航行に不可欠なエンジンの問題故に難しい顔をしていた島も、この差し迫った現状ではエンジンを停止しての点検すら難しい事を理解しているので、この妙案を歓迎しているようだ。

 

「それでどうなるんですか?」

「一度しか使えないが、解放されるエネルギーは飛躍的に増大するだろう。恐らく何乗倍にも」

 

 素朴な森雪の疑問に、反波動格子を一気に消費する為に1回しか出来ないが出力の増大は保証すると何時もの表情で淡々と語る真田。『ヤマト』の中でも巨大な白色彗星と戦う術を模索していた。

 

 


 

 

 2023年4月2日 冥王星宙域

 

 太陽系の外縁部に位置するこの宙域には主星である太陽の光も十分に届かず低温に保たれたこの空間には幾つもの氷天体が存在している。かつては惑星と称されていた冥王星も観測技術の向上と共に同規模の天体が幾つも発見されて、現在では冥王星も準惑星のカテゴリーに属して1000以上の同規模天体と共に、太陽系外縁天体群と呼ばれている。

 

 それだけの数の大きな天体が存在すると言う事は、敵の潜む可能性のある場所が複数存在しており、補給施設を建設されても察知しづらいと言う難点もある――それを解消する為にセンサーの機能を大幅に強化して、村雨改型宇宙巡洋艦の索敵能力を向上させた即席の哨戒巡洋艦として大量に配備したのだ。

 

 第732哨戒艦隊旗艦 金剛改型宇宙戦艦『さらしな』

 

 地球回復後に行われた戦力の回復計画に基づいて建造された新世代の金剛改型として建造された『さらしな』は、最初は対『ガミラス』を想定していたが『ガミラス』との平和条約締結後に目立ってきた『ガトランティス』から太陽系を防衛する為に、外周警備の装備を増設して哨戒巡洋艦と共に太陽系外縁天体群をパトロールしていた。

 

「――まもなく天体アロコス宙域。周辺宙域に変化なし」

「次の哨戒宙域は小惑星番号53311、天体デウカリオン」

 

 金剛改型戦艦『さらしな』の艦橋では周囲を索敵するレーダー手の報告に続いて航路を観測する士官より次の哨戒目的地を示す……今までは艦載ペイロードを増設した村雨改型哨戒巡洋艦を中心に複数の哨戒機による警戒網が敷かれていたが、昨今の『ガトランティス』の進出を鑑みて、攻撃力のある金剛改型宇宙戦艦を旗艦に2隻のペイロード強化型哨戒巡洋艦を引き連れて警戒に当たっていた……全ては地球を守る為に――赤茶けた大地の下で放射能の汚染に怯える苦い経験を繰り返さない為に。

 

「――巡洋艦「あかつき」より緊急連絡! ポイント47を哨戒中の哨戒機が重力変動波を感知しました」

「――変動源を確認しろ」

「……哨戒機より報告――変動源は『ガトランティス』! ラスコー級突撃型巡洋艦1、ククルカン級襲撃型駆逐艦3」

「……強行偵察か、とは言え戦力的には敵が上だな――総員、戦闘準備! 周辺の友軍に援軍要請! 味方が来るまでもちこたえるぞ!」

 

 金剛改型の艦長の鼓舞にクルーは奮起し、結果戦闘は周辺宙域に展開していた味方艦隊の救援により戦力を増した地球艦隊を前に『ガトランティス』は撤退していった……だが、戦闘時には突撃しか知らぬ戦闘民族である筈の『ガトランティス』にしては数回砲火を交えただけであっさりと撤退し、これが威力偵察である事は明白であった……彼らの本格侵攻も近い。

 

 

 太陽系第三惑星 地球

 

 『ガミラス』との戦争により一度は焦土と化して放射能の脅威にさらされた地球へと異星文明『イスカンダル』より救いの手が差し伸べられ、惑星『イスカンダル』へと赴き惑星浄化システム『コスモリバース・システム』を受領する為に、宇宙戦艦『ヤマト』は未曽有の大航海へと乗り出し――見事『コスモリバース・システム』を地球へと持ち帰る事に成功して――地球は元の青い姿を取り戻す事が出来た。

 

 ――だが、その“奇跡”には代償があった。

 『コスモリバース・システム』――命を宿した惑星には生命の進化の記憶が時空を超えた波動として存在しており、その波動を解き放つ為に星の物質である宇宙戦艦『ヤマト』は『コスモリバース・システム』へと改造されて、生命の記憶の波動を解き放って地球は青い姿を取り戻した……だが、それと同時に時空間に干渉した弊害として地球上に異なる時間が流れる場所が生まれてしまった――ちょうど並行世界において『ナデシコ』が体験した宇宙基地デープ・スペース・13に発生した時間分裂のように。

 デープ・スペース・13の時間分裂は短期間で収まったが、惑星規模の時空干渉によって発生した時間断層は、惑星上で異なる2つの時間が流れるという異常な状態を引き起こし、今はそれほどの差異は無いが将来的には地球上での時間と時間断層内の差異が広がり分裂する危険性があり、それがどんな影響を地球に与えるか未知数であった。

 

 デープ・スペース・13のように時間的な差異は直ぐに収まるかもしれないし、そうではないかもしれない。だが地球の時間テクノロジーは初期段階にあり、惑星規模の現象を制御できるほど技術は地球には無かった――故に地球政府の高官達は実利を選択する。

 

 時間断層の第一層では地上の10倍の速さで時間が流れている事を利用して壊滅した地球艦隊の再建と、急激な民主化の弊害により『ガミラス』が各植民惑星の独立運動が激しさを増して持て余している惑星を譲渡させる事により、時間断層の使用権を与えて資源と資金を地球復興の資金へと当てて復興の礎としたのだ。

 

 滅亡の淵から奇跡の復興を遂げた地球ではあったが、戦争により総人口の7割を失って国力自体は減少しているのに豊富な資源と潤沢な資金を背景に戦力を増強させていく地球の姿は内外共に懸念を持って見られていた――だが、一度滅亡の恐怖を知った高官達は止まる事がなかった。

 

 結果論になるが地球政府高官達の選択は正しかった――大宇宙を席捲する『ガトランティス』脅威にさらされた地球は、内外共に批判の的であった『波動砲艦隊構想』を持って脅威に対抗しようとしていた。

 

 

 時間断層内 時間断層制御艦プロメテウス

 

『CR増幅システム、通電を確認』

『了解。波動炉心の増幅装置とセットで艤装する』

 

 時間断層内で艤装作業中の新型艦の内部で、防護服に身を包んで時間断層の影響を排した状態で作業を行う『ヤマト』のクルーである桐生美影と山崎奨は『ヤマト』に類似しながらも所々が違う新型艦の艤装作業を行う……その顔には余裕がない。

 

 『プロメテウス』艦内で、そんな二人のバイタルをモニターしながら同じく『ヤマト』に乗り込んでいた新見薫の表情にも余裕がなかった……新たなる脅威『ガトランティス』。旺盛な闘争本能をもち、強力な戦闘艦を持って襲い掛かって来る戦いの申し子達――『ヤマト』からの情報によれば、彼らの根拠地である白色彗星の中には、銀河系に生命の種を蒔いた大いなる種族『アケーリアス』文明が悪しき種族を刈り取る為に用意した滅びの箱舟が存在しているという。

 

「……人類生存の要」

 

 滅亡の危機を経験した人類に降りかかった大いなる厄災。

 奴らが到達すれば地球は攻め滅ぼされるかもしれない……そんな事は許容出来ない。滅亡の危機を歯を食いしばって耐えて掴み取った青い姿を取り戻した地球を、再び戦火の炎で焼くなど断じて認める事は出来ない……だが、いくら『波動砲』を装備した艦艇を揃えた『波動砲艦隊』を用意したとしても、それを運用する人材の用意は難しいのが現在の地球の状況だ。

 無人化を進めて少ない人員で運用が可能だと謳っても、それは総人口の7割を失った地球の苦肉の策でしかない。時間断層では人工知能AIの開発も進んでいるが、そんな物が一朝一夕に出来る筈もなく、人類は再び総力を挙げて戦う事となる――ならば“希望”が必要だ。凄惨な戦争を生き抜く為に、『ヤマト』と共に人類の希望となる艦が。

 

 そしてその思いは新見や『ヤマト』クルーだけでなく、防衛軍に従事する全ての人員の願いだ――地球を守る。たとえ、どんな手段を使おうとも。

 

「――なんとしても完成を……奴らが来る前に」

 

 

 2203年4月27日

 

 太陽系内に『ガトランティス』の小規模部隊が散発的な攻撃を仕掛けるようになって一か月。地球防衛軍司令本部の一室で、地球連邦防衛軍統括司令長官藤堂平九郎と統括司令副長芹沢虎鉄の両名が揃って文官達と共に、今後の軍略を練っていた。モニター上に『ガトランティス』の艦隊の動きを示しつつ、司令副長である芹沢より説明が行われる。

 

「――ここ数日、『ガトランティス』の動きが目立っております。冥王星、海王星、アステロイドベルト、太陽系各所に出現しては我が軍と交戦、一時的な撤退を繰り返していますが……これはあきらかに陽動です。彼らは地球への大規模な侵攻作戦を準備している。それを裏付けるように―――」

 

 モニターに表示されていた白い巨大な渦が忽然と姿を消す光景が表示される。

 

「惑星に匹敵する大きさの物がワープを!?」

「彼らとの交渉の余地は?」

 

 惑星規模の物体がワープを行って地球に迫る……彼らの恐るべき科学力を、強力な艦隊戦力とまともに戦えばどれほどの犠牲が出るかを懸念した高官が和平への道を探るが、それは芹沢にきっぱりと否定される。

 

「彼らの目的は破壊、『ガトランティス』には異文明を征服して覇権を拡大しようという発想はありません」

 

 『ガミラス』のお膝元である大・小マゼランでの『ガトランティス』との戦闘データーや、第11番惑星から避難して来た民間人の証言などにより、『ガトランティス』には相手を屈服させて支配下に置くと言う発想はなく、殲滅するまで戦闘が止まらない事が確認された。

 

『戦いは避けられません。内外の批判にさらされて来た『波動砲艦隊』……その真価が問われる時です。『ガミラス』戦争で我々地球人類は滅亡の淵に立たされました、そして今度は――もう時間が無いのです、一刻も早く手を打たねば……今度こそ人類は』

 

 全てはこの時の為に――滅亡の淵に立たされた人類は『イスカンダル』からの救いの手を差し伸べられて救われた。滅びの危機を経験した人類は力を求めて――『波動砲』という禁断の果実に手を付けた……全ては強大な暴力から身を守る為に――だが、今度は『ガトランティス』という全知的生命体の抹殺を目論む相手との戦いが繰り広げられようとしていた……いま地球は絶滅の危機を迎えていた。

 

 


 

 

 西暦2202年5月2日

 

 土星圏 エンケラドゥス守備隊

 

 近年騒がれる『ガトランティス』の脅威を受けて、各惑星圏には守備隊としてそれなりの戦力が置かれていた。現在土星リング上空を航行しているエンェラドゥス守備隊はドレットノート級主力戦艦3隻を中心に武装を強化された金剛改Ⅱ型宇宙戦艦と「波動砲艦隊構想」に基づいて建造された護衛艦群が整列して航行しており、その先頭には索敵能力を強化されたパトロール艦が敵の動向を探っていた。

 エンケラドゥス守備隊の旗艦を務めるドレットノート級主力戦艦の艦橋で正面を見据える艦隊司令兼戦艦艦長として任務に従事している壮年の防衛軍士官……これも総人口の7割を失った弊害であり、熟練の士官の多くは先の『ガミラス』戦争にて戦死した事による慢性的な人手不足の影響であった。

 

「艦長! 先行するパトロール艦より入電、進路上の宙域に複数の重力傾斜を確認、敵ワープアウトの可能性大!」

「――全艦、戦闘態勢! 砲雷撃戦用意!」

 

 通信席に座る士官からの報告に、一気に緊張の度合いを増した指令兼艦長は麾下の艦隊に戦闘態勢を取るように指示しながら艦にも砲雷撃戦の用意を指示する――主力戦艦を旗艦とするエンェラドゥス守備隊の進路上に特徴的な空間変動が起こって敵のワープアウトが間近である事を伺えるが――数が尋常ではなかった。

 

「敵艦隊ワープアウト! カラクラム級100隻を超え、さらに増大中!」

「……ついにこの時が」

 

 全長500メートルを超える巨大戦艦が圧倒的多数で攻め寄せる――それは『ガトランティス』の本格侵攻が始まった証拠であり、地球の命運をかけた戦いの始まりでもあった。

 この事はすぐさま月面宙域に集結中の地球防衛軍艦隊に報告され、『アンドロメダ』に座上する艦隊司令山南修は全艦隊の即時発進の決断をする……物量による正面突破。圧倒的な戦力による強引な戦略を取る『ガトランティス』は、それだけ自身の戦力に自信がるのだろう。故に彼らはその戦略を取る可能性が高い……『銀河』のAIの予想通りの行動だった。

 

「――作戦に変更なし、全艦ワープ準備!」

 

 『ガトランティス』の本格的侵攻を受けて、地球も戦時体制へと移行して防衛軍艦隊が戦場へと向かう――3年を掛けて整備して来た『波動砲艦隊』の真価が今問われる。

 

 

 宇宙戦艦『ヤマト』第一艦橋

 

 地球圏から送られてくる防衛軍艦隊の出撃する光景を見ながら、第一艦橋に詰めるクルー達は太陽系を舞台にした一大決戦に間に合わない自分達に歯噛みし、『ガトランティス』と戦う彼らの勝利を願った。

 

「……今は彼らを頼りするしかない」

 

 巨大な白色彗星を本拠地とする『ガトランティス』の戦力は強大で、『波動砲』搭載艦で構成される地球艦隊と言えども簡単に勝利出来るとは思えず、『ガトランティス』との戦いに参戦するべく地球への帰還を急ぐ『ヤマト』。

 

「整備は万全に、敵は待ってはくれないぞ!」

「――はい!」

 

 『ヤマト』各所で戦いの準備に余念は無く、機関室で『波動エンジン』の調整を行う真田も『波動エンジン』に巣くう反波動格子を利用した切り札の調整に余念がない。

 

(トランジット波動砲なら、白色彗星の高圧ガスを吹き飛ばせるかもしれない……間に合わせる)

 

 

 宇宙戦艦『ヤマト』艦載機格納庫

 

 『ガトランティス』との戦闘に備えて航空隊の隊員達はそれぞれ己の愛機の整備を確認しながら調整に勤しんでいた……こうしている間にも『ガトランティス』は太陽系にて地球艦隊と激しい戦闘を行っている筈である――その戦いに参戦できないもどかしさと、いざ戦闘となった時に機体の整備ミスにより撃墜される事のないようにパイロットである彼らも整備に参加していた。

 そんな忙しい中、ふと顔を上げた航空隊副隊長の篠原弘樹は愛機から降りて力無く格納庫の出口へ向かう航空隊隊長加藤三郎の姿を見かける。

 

「――どうしたんです、篠さん?」

「……いや、何でもない」

 

 近くで愛機の整備をしていた沢村翔に声を掛けられるが、篠原はなんでもないと頭を振って整備に戻る……航空隊副隊長でもある篠原は、航空隊隊長である加藤の家庭環境も知っており、彼の幼い息子が遊星爆弾症候群に侵されて、いつ命の炎が途切れても可笑しくない状態である事も知っていた。故に最近地球からクルー宛の私信が届いた事から、息子の容態が思わしくないのかと思ってそっとしておこうと考えたのだ。

 

 


 

 

 宇宙戦艦『ヤマト』拘置室

 

 現在、『ヤマト』の拘置室には二名の住人が存在していた。

 一人はクラウス・キーマン中尉。『ヤマト』で過ごしている内に触れあった人々との縁と任務の間で揺れ動いて結果感じたままに生きると決めた彼だったが、任務を遂行する為に『ヤマト』の『波動エンジン』に反波動格子を仕掛けた彼は、戒めとして反波動格子の除去作業やトランジット波動砲への転用をサポートするとき以外は拘置室で過ごすようにしていた。

 

 そしてもう一人は桂木透子。第11番惑星戦の折に救助された古代文明の権威であるロバート・レドラウズの助手を名乗る女性だったが、その実は『ガトランティス』の白銀の巫女シファル・サーベラーのコピーであり、救助された後も『ヤマト』に留まって艦内の情報を流したり、大帝ズォーダーの意向により動くスパイの役目を負った敵側の女性であった――そんな女性が拘留されている拘置室に一人の男性が訪れる。

 

「……ようこそ“地獄”へ」

 

 

 




 どうも、しがない小説書きのSOULです。

 ガトランティスの太陽系侵攻が始まり、それを迎え撃つ地球防衛艦隊。
 決戦の地へと急ぐヤマトの艦内で悪魔がほくそ笑む。

 第七十話 悪魔の誘惑 重すぎる選択

 24日0時更新予定です。ではでは~。


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第七十話 悪魔の誘惑 重すぎる選択

 

 土星圏 アポカリクス級航宙母艦『バルゼー』艦橋

 

 全長1200メートルを超える巨大航宙母艦の艦橋で指揮を執る第七機動艦隊司令長官バルゼーは、『ガトランティス』の太陽系侵攻に抵抗する地球の艦隊との戦いの推移を見ながら首を傾げる。

 

 自らの生存を掛けて死に物狂いで抵抗するのは知的生命体の常だが、この種族の戦闘艦はいくら破壊しても尽きる事がないかのように次々沸いてくる……いくら『波動砲』という大砲を装備していても、これだけの物量を持って侵攻しているのに何故奴らは“折れない”。

 

 今も敵の増援艦隊が次々ワープアウトしてくる……これが一惑星の、しかもつい最近滅亡寸前にまで行った種族が持つ戦力なのか?

 

 


 

 

 宇宙戦艦『ヤマト』医療区画

 

「はぁ~~、これはどえらいシロモノだぞ。一体どこで――」

「――本物なんですね! これで、遊星爆弾症候群を治せるんですね!?」

 

 航空隊隊長加藤が持ち込んだ薬のサンプルを解析した佐渡は、薬の効能の凄まじさに舌を巻きながらも薬の出所を聞こうとするが、鬼気せまる表情を浮かべた加藤の気迫に気圧される。

 

「……そうか…治るのか……治るのか」

 

 治ると言うのに絶望しきった表情を浮かべる加藤の様子に、訝しげに眉を寄せる佐渡。何故彼はこんな諦めきった表情を浮かべるのだろうか? 

 

 

 宇宙戦艦『ヤマト』拘置室

 

 拘置室のベッドに座る桂木透子は、室内を監視するカメラが停止して換気装置のカバーが閉まるに気付いて姿勢を正す……ほどなくして拘置室のドアが開いて一人の男性が入って来る……航空隊隊長加藤三郎であった。

 

「……これで分かったでしょう? あの薬を使えば貴方の子供は助かる――同じ病に苦しむ他の子供たちも」

 

 圧倒的優位に立つ桂木透子は、淡々とした口調ながらも相手をなぶるかのようにゆっくりと、一つ一つ確認するように語り掛け、その言葉を聞く度に追い詰められていく加藤。『ガトランティス』のスパイは桂木透子一人ではない、拘置室で監視されている彼女に薬を作る事など出来る筈もない――そして何より今まで接点の無かった加藤の家庭事情を何故知っている? 『ガトランティス』は死者を材料に蘇生体を製造して敵勢力に潜り込ませている事が判明している。

 

「レシピは簡単、ここで作れたんだから――要は組み合わせ――」

「――誰だ! 誰がお前に協力している!? 言え!」

 

 桂木透子の言葉が終わらぬ内に激高した加藤は桂木の服を掴んで首を圧迫しながら詰問するが、桂木は余裕を崩さない。

 

「――良いわ、殺しなさい。私が死ねば、子供も――」

 

 桂木透子が死ねば薬のレシピを知る者の手がかりも無くなる……目の前に子供の命を救う術があるのに、それが永遠に手の届かないモノになる……そう考えると、締め上げる手の力を籠められない加藤……自分にこんな酷な選択を強いるこの女が許せないのに、殺す訳には行かない。

 

「……何故だ! 何故こんな事を!? おまえらの力なら、『ヤマト』も地球も簡単に潰せるだろう――何で!?」

 

 何で自分なんだ――敵である『ガトランティス』が子供の命を救う薬をただで渡す訳がない――奴らの要求は十中八九予想できる――だか、何でそんな回りくどい手を使うのか理解出来なかった。

 

「――ゲームよ。愛が人を苦しめるっていうゲーム。だから約束は必ず守る……そうでなくちゃゲームは楽しくないわ」

 

 そう語る桂木透子が、加藤には恐ろしいバケモノにしか見えなかった。

 

 


 

 

 帝星『ガトランティス』

 

 諜報記録長官ガイレーンは地球艦隊と交戦するバルゼーの報告に疑問を覚えて、潜入させた蘇生体などを使って星の規模に似合わぬ物量を有する地球のからくりを調査させており、その調査結果が判明した。

 

「――なるほど。分かりました、あの星のからくりが」

 

 それは大帝玉座の間に座るズォーダーにも伝えられる。

 

「――時間断層……サーベラー!」

 

 ズォーダーの意を汲んだサーベラーは、帝星『ガトランティス』を相転移次元跳躍の指示を出して巨大な白色彗星は最後のワープを行い――土星圏へとその巨大な姿を現す。

 

 木星にも匹敵する直径14万キロにも及ぶ巨体は、高速中性子と高圧なガスによって構成されており、その巨体故の高重力によって土星のリングは崩れて土星自体も高重力によって崩壊して行く。

 その姿はこれまで戦っていた『ガトランティス』の大艦隊など何の脅威にもならないちっぽけな存在へと落とし、集結した地球艦隊もその高重力の影響を受け始めて隊列に若干の乱れが生じる。

 

「白色彗星出現、予測進路……地球です」

「全艦隊、交戦態勢を維持しつつ後退――引き続き、プランMに移行する」

 

 高重力の影響圏外へと退避した防衛軍艦隊は、旗艦『アンドロメダ』と他のアンドロメダ級を中核として左右に量産型武装運用システムとして建造されたドレットノート級主力戦艦が展開して、『波動砲』による一斉攻撃の陣形を取る。

 

「――全艦、『波動砲』へのエネルギー充填」

 

 アンドロメダ級より重力子スプレットを射出されて、防衛軍艦隊の前面に重力フィールドを形成する――これは防衛軍艦隊から発射される多数の『波動砲』を束ねて撃ち出す機能を持つ。各艦の『波動エンジン』からエネルギーが充填されて艦首にある波動砲口に苛烈な輝きが溢れる――集結して波動砲口に輝きを溢れさせる地球艦隊を、帝星『ガトランティス』の玉座に座りながら余裕の笑みを浮かべて見る大帝ズォーダー。

 

「発射10秒前、9,8,7,6,5,4,3,2,1――」

「――発射!」

 

 山南の号令の下、千隻近い『波動砲』搭載艦より極光の輝きが放たれて、前面に展開された重力フィールドに接触――千近い輝きは収束されて巨大な破滅の輝きとして束ねられて撃ち出される――途中で展開する多数のカラクラム級を瞬時に蒸発させながら突き進み、高速中性子と圧縮されたガスによって形成される白輝の渦と接触――あらゆる物を粉砕してきた白色彗星の超重力によって形成されていた高圧ガスの雲を吹き飛ばした。

 

 千本近い『波動砲』の輝きを束ねて白輝の一条の矢として撃ち込まれたその威力に誰もが勝利を確信した時、吹き飛ばされた高圧ガスの燻りの中に巨大な影が映し出される――徐々に広がって行く視界の中に惑星の影が現れる……その影は一つではなく複数あり、その惑星を捕らえる巨大な牢獄の檻が見え始めて、その頂上には惑星を遥かに超える規模の構造物に十個の赤い光が灯っていた。

 

 それだけでなく人工的な青い光を放つ巨大な檻の周囲には、これまで戦ってきた――否、それ以上の大規模な『ガトランティス』の艦隊が姿を現す……高速中性子と圧縮ガスの雲の中に潜んでいた『ガトランティス』の大艦隊がその姿を現したのだ。

 だがその大艦隊が霞むほどの威容を持つのが奴らの本拠地である帝星『ガトランティス』だ。巨大ガス惑星の直径に匹敵する複数の檻と、その上に存在する惑星クラスの構造物、そして眼下を見下ろす十個の赤い瞳の様な構造物――木星クラスの巨体の中には檻で囲まれた複数の惑星の姿があり、どれほどの文明レベルと技術が有れば、巨大惑星に匹敵する構造物を建造できるのか想像すら出来ない。

 

 誰もが『ガトランティス』の強大さに絶句して身動きすら忘れて呆ける中、天守閣のように伸びる構造物の上方に位置する大帝玉座の間にて、玉座に座っていたズォーダーは立ち上がって眼下に居る防衛軍艦隊を見下ろす。

 

「――踏み潰せ」

 

 大帝ズォーダーの命の下、巨大ガス惑星規模の構造物は前進を始め、白色彗星の時の超重力によって崩壊を始めていた土星を破壊しながら進む帝星『ガトランティス』――巨大な人工天体がゆっくりと進んで来るという現実感のない状況で正気に戻った山南は、再び全艦に『波動砲』へのエネルギー充填を命じる。

 

 白色彗星を形成していた高速中性子と高圧ガスの渦を消し飛ばした『波動砲』ならば、天体規模の巨大構造物をも崩壊させる事が出来る筈だ――というよりも、天体規模の敵にダメージを与える事が出来るのは『波動砲』のみと言うのが正しいだろう。

 

 再び防衛軍艦隊の艦首が極光の輝きを放ち始める――だが『ガトランティス』もたた見ているだけではなかった。『波動砲』へエネルギーが充填されている間に、帝星『ガトランティス』の巨大構造物に今まで無かった赤いリング状の物が複数現れる。

 

「――『波動砲』、撃てぇえ!」

 

 山南の号令の下に千本近い極光の輝きが帝星『ガトランティス』襲い掛かるが、紅いリング状の物が放つフィールドが千本近い『波動砲』の破壊力を完全に防ぎ、帝星『ガトランティス』はおろか付近にて待機している『ガトランティス』の大艦隊にすら何の影響も与える事が出来なかった。

 

 切り札である『波動砲』が何のダメージを与えて居ない事が信じられず、バイザーを上げた山南は呆然とした表情を浮かべている。だが敵はそんな防衛軍の狼狽をあざ笑うかのように、再び超重力を発生させて周囲に漂うガスや破壊された艦艇の残骸を引き寄せ始めて、影響を受けた防衛軍の艦隊は隊列を保てずに帝星『ガトランティス』に引き寄せられていく。

 

「――重力傾斜高まる、計測不能!」

「――反転180度、離脱!」

 

 整然とした艦隊運動など取れる筈もなく、ただ生きる事を目的とした離脱行動を行う防衛軍の艦船群は、傍から見れば烏合の衆と化していた――そんなバラバラに離脱を図る防衛軍の艦隊に、待機していた前期ゴストーク級ミサイル戦艦群より艦首に備え付けられた大型ミサイルの先に追加されている槍状の超大型ミサイルのような物が一斉に発射されて、逃げ惑う防衛軍の艦船に襲い掛かる。

 

 『アンドロメダ』の付近まで到達した槍状の超大型ミサイルは、その場で爆破して周囲に破壊の魔の手をばら撒く。その破壊力は凄まじく、直撃していないにも関わらずに『アンドロメダ』と空母タイプの『アポロノーム』大打撃を与え、『アンドロメダ』は象徴とも言える二連装の波動砲口を完全に破壊されて敗走するしかなかった。

 

 超大型ミサイルの攻撃に多数の防衛軍艦艇が破壊されて、生き残った艦は全速で戦闘宙域からの離脱を図っている……周囲に漂っていたガスを集めて再び白色彗星としての姿を取り戻しつつある帝星『ガトランティス』の大帝玉座の間で、無様に逃げ出す防衛軍の姿を見降ろす大帝ズォーダーは勝利を確信して笑みを浮かべ――何時しかそれは高笑いへと変わって行った。

 

 


 

 

 宇宙戦艦『ヤマト』第一艦橋

 

 天井のパネルにて防衛軍の闘いの一部始終を見ていた『ヤマト』のクルーは、防衛軍と『ガトランティス』との戦いの結末に絶句するしかなかった

 

「……なんだよ、あれ」

「……あれが『ガトランティス』の」

「……あんなのと、どうやって」

 

 圧倒的な物量を誇る『ガトランティス』に対して、『波動砲』を搭載した新鋭艦隊で戦いを優位進め――千隻近い『波動砲』の一斉砲撃を持って『ガトランティス』の本拠地である白色彗星に挑んだ結果――その巨大な力の前に防衛軍艦隊は瓦解した。

 

 そんな敵を相手に、今更『ヤマト』一隻が加わった所で何が変わる……『ガトランティス』が見せた力の前に戦意が折れて途方に暮れる『ヤマト』のクルー達の中で、それでも戦う意思を失わなかった古代は戦闘指揮席から己の意思を奮い立たせる意味でも立ち上がり、顔色の悪い仲間達を鼓舞しようとするが、今の彼らには心強い先達者が居た。

 

「――古代。『トランジット波動砲』に全てを賭けるぞ」

「……はいっ!」

 

 圧倒的な戦力を保有して技術力でも遥かに差が有った『ガミラス』との地獄のような戦争を経験した土方艦長達は、此方の攻撃は技術力の壁で弾かれて殆ど有効な効果を発揮しない絶望的な状況でも沖田艦長や土方艦長を始め古参の戦士たちは戦ってきた。

 

 今の『ヤマト』には、『テレサ』のいう縁の力によって形になった『トランジット波動砲』がある。かの女神は、縁の力が『ガトランティス』を止めるだろうと言った――奇しくも様々な縁によって『ヤマト』に集った自分達の縁の力を信じよう。

 

 土方艦長は若い『ヤマト』のクルーにそう伝えて、『ヤマト』を混乱する戦場へ向かう為に最後のワープを行うよう指示する――自分達の敗北は地球人類ひいては宇宙に住む全ての知的生命体の滅亡を意味する――信じよう。これまでやって来た事が無駄ではなかった事を――信じよう。滅びの淵からも這い上がって来た自分達の力を。

 

 最後のワープを終えた宇宙戦艦『ヤマト』の前には、元の姿を取り戻しつつある巨大な白色彗星の姿がある。並行世界でも『ヤマト』は強大な戦闘力を有した『ボーグ・キューブ』の堅牢な壁の如き艦と対峙したが、今回は『ヤマト』の前面そのものが白い巨大な壁となって立ち塞がる――それでも『ヤマト』は自分達が紡いできた縁の力を信じて立ち塞がり、大帝玉座の間にて玉座に座るズォーダーは、たった一隻で立ち塞がる『ヤマト』に口角を釣り上げる。

 『ヤマト』のクルー達が見つめる先には『波動砲』発射装置のトリガーを握る古代がいた。誰よりも『約束』に拘り、『引き金』をひく事に躊躇した彼は覚悟を決めてトリガーを握る――全ては未来の為に……だが、悪魔は何時も静かに忍び寄る。

 

 


 

 

 宇宙戦艦『ヤマト』拘置室

 

 装置室のベッドに腰かけたクラウス・キーマンは、白色彗星が存在するであろう方向を見つめながら事の正否を待つ。ここまで来れば自分に出来る事はなく、今はただ『トランジット波動砲』が成功するかどうかに賭けるしかなかった。

 そんな彼の耳は空調設備の奥から漏れ聞こえてくる女性の薄い笑い声を捉える……虜囚の身でありながら、圧倒的な力を持つ『ガトランティス』に挑む『ヤマト』をあざ笑っているのだろうか。

 

「うふふぅ……死に向かう子供を救えるのは親の愛だけ――そうでしょう。それはかけがえのない愛、身勝手な…愛。全てを破壊する……愛」

 

 違う! コイツは虜囚の身でありながらも『ヤマト』に何かを仕掛けてほくそ笑んでいるのだ。

 

「――お前! 何をした!?」

 

 


 

 

 戦闘態勢を取り誰もが持ち場にて緊張の中に居る中、『ヤマト』の艦内通路を一人の男が歩いていた。その足取りはおぼつかなく、表情はまるで幽鬼のように、何かに取り付かれたかのように生気が削げ落ちながらも男は一歩また一歩歩いて行く。その手にはクラウス・キーマンが仕掛けた反波動格子の制御デバイスを握り、何かに取り付かれた男はぽつりと呟く。

 

「……翼」

 

 制御デバイスを握る手は震え、苦悩に歪む表情を浮かべるのは航空隊隊長加藤三郎であった。遊星爆弾症候群に侵されて死の淵をさ迷う我が子の命を盾に、桂木透子ことシファル・サーベラーに『ヤマト』か子供の命かを選ぶという選択を強いられた男は、目に涙を溜めながら自分が握る制御デバイスを見つめる。

 

 愛する子供の命を救う為に差し出す代償が、これまで苦楽を共にしてきた『ヤマト』の仲間の命……今ここで反波動格子を活性化させれば再び『ヤマト』の心臓部たる『波動エンジン』が停止して、『ヤマト』は『ガトランティス』に破壊されるだろう……自分の命だけならば惜しくはない――だが、『ヤマト』の仲間全員の命を差し出すなど、出来る筈がない! しかもそれだけでなく、『ヤマト』が敗北すれば『ガトランティス』は地球に到達して多くの命が失われる。

 

 子供の命か、その他の多数の命かを選択せよと言うのだ……それは一人の人間が背負うには大きすぎる選択である。その他の命には、これまで苦楽を共にしてきた仲間達の命も含まれている……『ガミラス』との地獄の様な戦いを共に生き抜き、『イスカンダル』へ到達した時には肩を組んで喜びを分かち合った大切な仲間達の命を差し出せとあの悪魔は言うのだ……出来る筈がない……だがそうしなければ子供が……生まれてから三年にも満たない人生、これから色々な経験をするだろう、楽しい事もあれば辛い事もあるだろう……だが、それは生きているからこそ感じられる事なのだ。

 

「――翼! ……ゴメンなぁ…とうちゃん……地獄へ行くわ」

 

 

 




 どうも、しがない小説書きのSOULです。

 ヤマト2202がすごいと思うのは、この一連のエピソードがあるからなんですよね。愛する者と大切な仲間達を天秤にかける事を強要される……貴方ならどうしますか?

 では、次回。波動エンジンが沈黙して都市帝国へと落下する『ヤマト』。手痛い敗北を喫したがあきらめる訳には行かなかった……

 第七十一話 ヤマトを継ぐ者 その名は銀河

 では25日0時に、ではでは~。


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第七十一話 ヤマトを継ぐ者 その名は銀河

 

 宇宙戦艦『ヤマト』第一艦橋

 

 今まさに『トランジット波動砲』を放とうとしたその時に『ヤマト』の艦首に集まっていた極光の輝きが消え去り、『ヤマト』の全システムが沈黙した。

 

「――なんだ!?」

「――機関長! 推力が!?」

 

 システムが沈黙した影響で照明が落ちて非常灯に切り替わった第一艦橋で、発射寸前だった古代は事態の変化についていけず、操舵稈を握る島は『波動エンジン』からの応答がない事に焦りの色を浮かべる。

 

「……『波動エンジン』沈黙!」

 

 機関制御席で『波動エンジン』を復旧させようと様々な試みを試す徳川だったが、肝心の機関室も大混乱に陥っているようで手の打ちようが無かった。突然の動力停止に大混乱に陥っている第一艦橋の中で、技術支援席で呆然とした表情を浮かべていた真田は、考えられる事態として一つの考えが浮かんだ。

 

「……まさか、反波動格子の暴走」

 

 その声はけっして大きなモノではなかったが、大混乱に陥る第一艦橋内に響いて艦橋クルーは沈黙する……起死回生の切り札として発案された『トランジット波動砲』。『波動エンジン』に巣くう反波動格子という病原を燃やし尽くして『波動砲』の威力を増大しようという作戦の根本的な所が瓦解したという事実。

 

「――彗星帝国の重力エリアの突入します!?」

 

 誰もが言葉を失う中、制御を失った宇宙戦艦『ヤマト』は白色彗星の超重力に囚われて白く輝く圧縮されたガス雲へ向かって落ちて行った。

 

 


 

 地球艦隊との戦いに勝利した『ガトランティス』の本拠地『帝星ガトランティス』は、木星規模の巨体に再び高圧ガス雲をまとって白色彗星としての姿を取り戻そうとしていた時、眼前に立ち塞がるようにワープアウトしてきた宇宙戦艦『ヤマト』。

 切り札たる『トランジット波動砲』を持って『帝星ガトランティス』に一太刀浴びせるべく発射態勢に移行していた『ヤマト』だったが、『ヤマト』の心臓部たる『波動エンジン』に巣くう反波動格子の影響によって動力の全てを失って、惑星規模の『帝星ガトランティス』が放つ超重力によって『ヤマト』は何の抵抗すら出来ずに木の葉のように『帝星ガトランティス』が纏う高圧ガス雲へと落下して行く。

 

 必死に操舵稈を握る島は『ヤマト』の立て直しを図るが、動力を失った『ヤマト』から反応はない。機関制御席にて機関室と連絡を取りながら『波動エンジン』の再起動出来ないか色々な方法を試す徳川だったが……その表情は芳しくない。

 

 この危機的状況の中で誰もが出来る事をしようとしているが、心臓部である『波動エンジン』が沈黙していては出来る事というのは限られている――そんな中で通信席から相原の報告があった。

 

「――『アンタレス』より緊急入電、「我『ヤマト』後方に待機セリ。まもなく離脱限界、長くは留まれない。あらゆる手段を用いて、速やかに脱出されたし」

 

 『ヤマト』の危機を知った空母タイプのアンドロメダ級5番艦『アンタレス』が、両舷に主力戦艦を接弦する形で推力増大を図って『ヤマト』の救助の為に超重力に抗いながら接近してきていた。

 

 艦長席に座る土方は絶望的な状況の中で視線を後方に飾られている前艦長沖田のレリーフに向ける……『ガミラス』との絶望的な戦いを共に戦い、『イスカンダル』という他の銀河に位置する未知の惑星への航海を、文字通り命を懸けて成し遂げた親友が遺した艦……だが。

 

(……沖田…すまん)

「全乗組員に告ぐ――総員、退艦。本艦は機関に損傷をきたし、敵の重力圏に引き込まれている。各班、速やかに退艦――後方の『アンタレス』に移乗せよ」

 

 艦長として決断する土方。その決定は今まで『ヤマト』で航海して来た古代や島や南部などの若いクルーには耐えがたい物であったが、機関に重大な損傷を抱えた『ヤマト』で出来る事はもう無い……これまでにも様々な経験をして来た徳川や真田は一定の理解を示すが、それでも割り切れない者も居た。

 

「……嫌だ」

「……島」

「――嫌だ! 俺は『ヤマト』に――」

「――反論は許さん!」

 

 『ヤマト』に拘る島の肩にそっと手が置かれる。これまでにも幾つもの航宙艦に乗って来た徳川が若い島に諭す――責任ある者の姿を。誰もがこの『ヤマト』に愛着を持っているが、責任者が動かねば他のクルー達にも迷いが生じる……そうなれば退艦行動にも支障が出て助かる命も助からない事になりかねない……だからこそ。

 

「――行こう。辛くとも、それが責任者の役目だ」

 

 白色彗星へと落下していく宇宙戦艦『ヤマト』から、続々と艦載機群が脱出していって、後方で待機する『アンタレス』へと退避して行く。それは艦載機の推力では脱出が出来ない脱出限界点まで続き、『アンタレス』は反転して離脱行動へと入る……圧縮されたガスの流れに翻弄されながら落下していく『ヤマト』を尻目に。

 

 


 

 

 宇宙戦艦『ヤマト』を失った地球艦隊だったが、抵抗の意思を失った訳ではなかった。元の姿を取り戻して白く輝く白色彗星の放つ超重力圏より離脱を図る地球艦隊。だが、それを許すような生易しい相手ではない――前期ゴストーク級ミサイル戦艦群より艦首に備え付けられた大型ミサイルの船体に追加されている高次元エネルギーを装填された槍状の超大型ミサイルのような物が一斉に発射されて、敗走する地球艦隊に止めの一撃を与えんと猛スピードで迫って来る。

 

「――ダメです! 機関に重大なトラブルが発生してこれ以上出力が上がりません!」

「――補助動力だけでもいい! とにかくスピードを上げるんだ!」

 

 槍状の超大型ミサイルによる損害によって『アンドロメダ』の『波動エンジン』には重大なトラブルが発生して、推力が上がらない所か何時『波動エンジン』が停止するか分からない状況であり、『アンドロメダ』の機関長は後方から迫り来る槍状の超大型ミサイルの第二撃を回避するべく打てる手をすべて打つが、思うように推力は上がらずに後方から槍状の超大型ミサイルが迫って来る。

 

 もはや万事休すかと『アンドロメダ』の艦橋で迫り来る槍状の超大型ミサイルを睨む山南艦長の眼に、突然強力な波動防壁の壁が形成されて衝突寸前の槍状の超大型ミサイルの進路を阻む。

 

「――これは」

 

 『ヤマト』から脱出してアンドロメダ型空母『アンタレス』の飛行甲板に着陸しているコスモ・シーガルの艇内で負傷の手当てを受けていた真田も、壁のように広がる強力な波動防壁を見ていた。

 

「……巨大な波動防壁――はっ!? まさか――」

 

 真田の推測は正しかった――時間断層の中で急ピッチで建造されていた『ヤマト』級3番艦 波動実験艦『銀河』が完成して、いま増援の地球と『ガミラス』の連合艦隊と共に戦場に到着したのだ。

 

 同型艦ゆえに『ヤマト』と同じ主船体を持つが、上部構造部分は対空装備のパルスレーザー群を排して大小二つのドーム型の実験施設を持ち、小さめのドーム施設から後方に伸びる構造物を持つ艦橋がそびえている。

 『ヤマト』と同じように配置された艦橋内では、波動実験艦『銀河』の艦長である妙齢の女性が白いコートを着て艦長席に座っていたが、敗走する味方を救う為に強力な波動防壁を展開して救った事に安堵しながらも立ち上がって、目の前に広がる白色彗星の威容に不退転の決意を持って宣言する。

 

「……ここから先は通さない――『ガトランティス』!」

 

 


 

 銀河系辺境域 戦艦『アルテミス』ブリッジ

 

 『バイオ・シップ』との戦いに敗北した『アルテミス』は、白銀の輝きを失って船体を構成する流体金属も黒く変色して、鏡のように全てを反射していた流体金属は黒い金属の塊と化していた。

 黒く変色した金属の船体には戦闘の折に『バイオ・シップ』の眷属が突き刺さっており、戦いの激しさを物語っていた――眷属の中には勢い余って『アルテミス』の船体奥深くまで突入して、内部にある主要施設にダメージを与えているモノもあり、その中の一体は中枢であるブリッジのある施設を貫いているモノもいた。

 

 本来なら仄かな青い光を発しているブリッジを構成する結晶体も輝きを失い、貫いている眷属から伸びる複数の触手がブリッジ内の至る所に突き刺ささって無残な姿をさらしていた。そんな目を覆うようなブリッジに突き刺さった一本の触手の先に結晶体とは別の何かが貫かれていた……力無く垂れた四肢、栗色の髪は乱れて微動だにしない人の形をした物――クリスであった。

 

 ブリッジを破壊した眷属に変化が起こって表面に亀裂が入ったかと思うと上下に広がって巨大な眼球が姿を現す――伸ばされた幾つもの触手のうちクリスを貫いた触手が振動すると、突き刺さった結晶体から抜けてクリスを貫いたまま眼球の手前まで持って行く。

 それはまるで自らの行いを誇って成果を確認するかの様であった。触手により巨大な眼球の前に持ち上げられたクリスは、頭垂れていた状態から顔を上げると、にやりと笑った。

 

 思わず触手を振り上げてクリスを振り払おうとした眷属だったが、それより先にクリスが手刀を放って触手を切断して自由になった身体で近くの結晶体を蹴って勢いを付けると、翠眼を真紅に染めて眷属に肉薄する――眷属の表面に取り付いたクリスは、その口を大きく上げて犬歯の部分が大きく伸びると眷属の表面に咬み付いた。

 

 声もなく悲鳴を上げる眷属――全長一キロの巨体を誇る眷属が、150センチにも満たないクリスに咬み付かれて悲鳴を上げながら身動ぎしているが、『アルテミス』の奥深くまで侵入している事が仇となり逃れることが出来ない……苦痛を感じているのか逃れようと身動ぎをする眷属の動きがどんどん鈍くなる半面、身体を触手に貫かれたクリスの傷がどんどん塞がれていく……咬み付く事で眷属の生体エネルギーを吸収して傷を回復させているクリス。

 

 ついには身動き一つしなくなり触手を力無く垂らした眷属を前に、突き立てた牙を離して唇をぬぐう仕草をしているクリスに『エテルナ』の思念波が静かな口調で語り掛けて来る。

 

『……落ち着きましたか、クリス』

『……』

『あれだけの数の『バイオ・シップ』と眷属相手では、分が悪い事は最初から分かっていたでしょうに』

『……そういう貴方だって、反対しなかったじゃない』

『……お互い、頭に血が上っていたんでしょうね』

 

 痛い所を突かれて苦笑するクリス――銀河間宙域にて『テレサ』からコスモウェーブを受けた時に、懐かしくも二度と会えない人に出会った――それが死者の眠りを妨げて使役しているかのようで、クリスと『エテルナ』の二人は激怒したのだ……故に冷静な判断が出来なかった二人は、白色彗星の奥深くに巣くう『バイオ・シップ』の脅威度も分からないまま、無謀にも戦いを挑んだのだ。

 

『……負けちゃったね』

『……そうですね』

 

 クリスと言葉を交わしながら『エテルナ』は、黒く変色した船体の機能を回復させて元の白銀の流体金属に戻して突き刺さった眷属達の周囲の流体金属を固形化させて拘束すると、流体金属の奥深くへと沈めていく。

 

『――どうします、援軍要請しますか?』

『……近くには誰が居る?』

『……550万光年先にカリンがいますが』

『――アイツ!? 却下! 誰があんな“骨格標本”に頼むもんか!』

 

 『バイオ・シップ』と眷属達に対抗する為に、近隣宙域に居る味方の勢力に援軍要請を提案するが、思ったよりも激しい拒絶反応に呆れる『エテルナ』……まぁ、件のカリンとクリスは相性がとことん悪いから無理もない反応だと思う……なら、どうするかと考えて居た時、クリスの方から不穏というか無気味な気配が漏れ出してくる。

 

『……クリス?』

『――こうなったら“保険”を使うしかないな』

 

 

 白銀の姿を取り戻した『アルテミス』の船体より、一隻の航宙艦が浮上してくる。全長は500メートルと100キロを超える『アルテミス』から見れば小型だが、他の勢力では第一線を張れるだけの規模を持ち、航宙艦から四方に伸びたパイロンの先には、それぞれ異なる四重のシールド発生装置を備えた堅牢な航宙艦である。

 

『――実験艦、所定の位置につきました……けど、良いですか? 勝手に使用した事を教授が知ったら怒りますよ、きっと』

「――仕方ないじゃない、次元跳躍出来る艦がこれしかないんだから……教授も許してくれるよ……たぶん」

 

 四基のシールド発生機関を搭載した500メートル級航宙艦のブリッジにて各機関のチェックをしていたクリスは、隣でピコピコ光ながら怖い事を言う『エテルナ』に、後頭部をぽりぽり掻きながら言い訳めいた事を言いながらも視線はウィンドウに映る実験艦の自己診断プログラムの進捗具合へと向けられていた――この艦は、クリスが『ヤマト』と接触する原因となった次世代の亜空間跳躍実験のその先――さらに積層を重ねた本来の目標である亜空間を調べる為に用意されたシールド強化型の実験艦であった。

 

 作戦行動に従事する前に教授から「――どうせ、すぐ使用する事になるんだから」と無理矢理持たされた艦であった。つまり任務が終了した後も、クリスは教授にこき使われる運命にあったのだ。

 

「さて、気を取り直して。世界間の時間的差異の計算は?」

『それは既に終了しています』

「――では、実験艦次元跳躍準備」

『了解、機関始動。次元跳躍機関を始動して、目標世界へ転移します』

 

 実験艦の制御システムの声を聞きながら、クリスはぺろりと唇を舐める……時空連続体としての構造が比較的強固なこの宇宙から目標世界への次元跳躍を行った後に、装備している『クロノトン魚雷』で時間回廊を形成して過去の世界へと移動してから目的地であるデープ・スペース・13を目指す……そうして態勢を整える時間を都合してからデープ・スペース・13と接触する……強行軍だが、あの無駄にデカい『バイオ・シップ』と『眷属』どもと戦うには準備が必要だ。

 

「――さて、“貸し”を返してもらおうか」

 

 ゆっくりと動き出した実験艦は亜空間跳躍機関を作動させて、通常空間から隣接する亜空間へと突入すると、内蔵する『位相変換システム』を起動して人為的に位相変換を起こすと実験艦は亜空間から消え去った。

 

 

 




 どうも、しがない小説書きのSOULです。

 今回はタイトルをそのまま使用しております……なんかワクワクするんですよね、こういうタイトルは。さて、これにて連続投稿は終了です……71話まで投稿したのは、この話を逃したら当分希望が持てる展開では無いからなんですよね。(汗)


 では、次回。圧倒的な物量を誇るガトランティスに必死の抵抗を繰り広げる地球・ガミラス連合艦隊――都市帝国奥深くへ落下した『ヤマト」は荒廃した惑星に不時着し、そこでガトランティスの誕生の経緯を知るのであった。

 第七十二話 愛を知る者

 23年1月4日0時投稿予定です。


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閑話 after 8 years by parallel worlds

 

 宇宙――それは最後のフロンティア。

 そこには人類の想像を絶する未知の文明や、未だ見ぬ生命が待ち受けているに違いない――これは惑星連邦深宇宙探査艦USS『タイタン』が、優秀なクルーと共に人類未踏の地へ勇敢に航海した物語である。

 

 一人の天才科学者が作り上げた超光速航法ワープ技術の光は人類に可能性の光を灯し、異星人『バルカン』の探査艦の興味を引いて平和的な初接触(ファースト・コンタクト)を成功させ、第三次世界大戦を経験した人類は新たな友人と共に宇宙に進出して勢力をひろげて、西暦2161年に友好的な複数の種族と共に星間国家『惑星連邦』を設立し――以降200年以上の年月を深宇宙探査に費やして、銀河系アルファ宇宙域に一大星間国家を築き上げたのだ。

 


 

 

 連邦領域外縁部

 

 広大な領域を持つ天の川銀河系の中を一隻の航宙艦が航行している――NCC-80102 USSタイタン アルファ宇宙域からベータ宇宙域の中で8000光年という広大な領域を影響下に持つ惑星連邦という巨大星間国家に所属する艦隊登録番号を持つルナ級の深宇宙探査艦である。

 

 全長は454メートルと大型航宙艦と比べれば少し規模が小さいが、24世紀に就航した新鋭の航宙艦であり、艦を制御する艦橋やクルーの生活区画を持つ巨大な円盤部とその上部に設置されたセンサーポットにより高い探査能力を持ち、円盤部に直接繋がる第二船体には航行に不可欠なナビゲーション・ディフレクターと動力炉が設置されて、そこから伸びるパイロンには超光速航法に必要なワープナセルが装備されている。

 

 星と星との間の広大な星間領域を巡航速度のワープ6にて航行しているUSSタイタンは、銀河の中心である星の集まった領域バジルを横目に見ながら一路連邦外縁部へ向けて進んでいた――目指すは外縁部――アルファ宇宙域と反対側に広がるデルタ宇宙域の境目に位置するジュレ星系である。

 

 


 

 宇宙歴63136.9(2386年2月)

 USSタイタン ブリッジ

 

 機能的なデザインで統一されたタイタンのブリッジは壁に各パラメーターが表示されるモニターが複数装備されて専門の士官が任務に従事しており、正面にあるメインビューワーの前には艦の操舵を担当するコン・コンソールと、艦内システムの制御とセンサーシステムの操作を担当するオプス・コンソールが置かれ、ビューワーとコンソールの中間の所には新規格のホログラム通信システムが設置されている。

 

 そしてブリッジの中央にはUSSタイタンを指揮する艦長席が置かれており、そこには白い口髭を蓄えた男性が座って投影型ウィンドウに表示された報告書に目を通している。口髭だけでなく髪の毛にも白い物が混じっており、歴戦の艦隊士官である事を伺わせて顔に刻まれた複数のシワが様々な経験をしてきた証であった――彼の名はウィリアム・T・ライカー大佐 このUSSタイタンを指揮する艦長である。

 

「サー。まもなくデープ・スペース・13が見えてきます」

「――分かった。ホログラム通信システム起動、デープ・スペース・13を呼び出せ」

 

 ライカー艦長の指示を受けたオプス・コンソールの担当士官が通信システムを起動して呼び掛け、暫くして応答があった事を報告する――メインビューワーの前に設置されているホログラム投影システムに仄かな光が灯って人の姿を形作る――それは白を基調とした『ナデシコ』の制服であり、青く艶めく長い髪を持った女性の姿であった。タイタンのブリッジで投影された女性のホログラムは艦長であるライカーの姿を見つめると、にっこりと微笑む。

 

『久しぶりですね、ライカー艦長。デープ・スペース・13へようこそ』

「御無沙汰しております、テンカワ司令。本艦はまもなくデープ・スペース・13に到着します。滞在の許可を」

『もちろん、心から歓迎いたしますわ』

 

 ホログラム通信の相手は、デープ・スペース・13を根拠地として様々な活動を行っている『ナデシコ』部隊の司令官であるテンカワ・ユリカ司令であった――彼女達との出会いは、連邦領域の近くの星雲内で『トランスワープ・ハブ』を建造していた『ボーグ集合体』との戦いの中で、『ボーグ』に敵対する勢力として現れたのが『ナデシコ』部隊であった。しかも驚いた事に、彼ら『ナデシコ』はこの世界とは異なる並行世界からの転移者であり、『ボーグ』に同化された仲間を取り戻す為に戦いを挑んでいたのだ。

 

 対『ボーグ』の同盟を締結して共に戦い――そして見事に仲間を取り戻した『ナデシコ』は、この世界で生きて行く為に根拠地としていたデープ・スペース・13を整備して、デルタ宇宙域への監視と周辺宙域との中継点としての存在感を高めて小さいながらも無視できない勢力となっていた。

 

 


 

 USSタイタン ブリッジ

 

 連邦辺境宙域を順調に航海していたルナ級連邦艦USSタイタンの前方に巨大な構造物が見えて来る。400メートル級のタイタンを問題にしない程の規模を持つ巨大構造物は、上部に傘上に大きく張り出した構造物の中に大規模な航宙艦係留施設を持ち、それに動力炉や各種施設を内包した円形の構造物が接合しているという惑星連邦の宇宙基地の規格に沿った作りになっている。

 

 宇宙基地デープ・スペース・13からのガイド・ビーコンに沿って入港するべく接近するUSSタイタンを迎え入れ為に上部構造物に備え付けられている巨大な扉が左右にゆっくりと開いていく。

 

「デープ・スペース・13のグラウンド・ゲートの解放を確認」

「インパルスエンジン出力四分の一にて入港体制入ります」

 

 ライカー大佐がUSSタイタンの艦長に就任して8年になり、ブリッジにて従事する上級士官達とも気心のしれた間柄になっているとはいえ、ステーションへの入港は細心の注意を払う必要がある。センサーにより障害物がないか、軌道が逸れていないかなどを常時確認しながら航宙艦を操舵する操舵手は推進機関の出力を調整しながらゆっくりとデープ・スペース・13へと近付いていく。

 

『進路正常、そのまま係留施設へどうぞ……WELCOME HOME(おかえりなさい) TITAN』

 

 デープ・スペース・13の管制室で入港するUSSタイタンのサポートをしている馴染の顔――水色の髪をポニーテールにまとめて、生真面目な性格故かきつい印象を受ける表情を柔らかく微笑みながら金色の瞳を悪戯っぽく輝かせたアゥインが茶目っ気たっぷりに歓迎してくれる。

 

「――ありがとう、アゥイン。しばらく見ない間にキレイになったな」

『ありがとうございます、お世辞でも嬉しいです』

「――いやいや、本当さ」

「……ウィル?」

 

 馴染の顔を見て気が緩んだのだろう、美しく成長した娘ほどに年の離れた少女を褒めていると、隣からドスのきいた声が聞こえて反射的に姿勢を正すライカー艦長。横目で様子を窺えば、隣に設置されたシートに座っていたタイタンのカウンセラー ディアナが半目で見ていた。

 

「……知らなかったわ、貴方が“ロリコン”だったなんて」

「――待ってくれ、ディアナ! 酷い誤解だ!」

 

 悲しそうな表情を作りながら“夫の特殊性癖”を嘆く結婚8年目の奥様に慌てて、こんなのは社交辞令だろう、と弁明するライカー艦長……見ればタイタンのブリッジ要員は「またか」と呆れ、管制室から様子を見ていたアゥインも笑いをかみ殺していて、ちょっとしたジョークのつもりだったライカーは天を仰いでため息を付く。

 

「――アゥイン、こんな口が上手い男性を簡単に信用したら駄目よ」

「はい、ディアナさん」

 

 

 そんな“バカ”をやっていても優秀なクルーに運用されるUSSタイタンはデープ・スペース・13の巨大なグラウンド・ゲートを潜って内部に進入すると、中央部分にある円筒形の係留施設に接近して停止する――係留設備より外部電源ケーブルと生命維持に必要な空気と水の供給管そしてエアロックに繋げる連絡通路を一体化させたアンビリカル・アームが伸びてきてタイタンに接続される。

 

「アンビリカル・コネクト――外部動力より通電開始、主機関アイドリング状態へ移行します」

 

 オプス・コンソール担当の士官からの報告を受けたライカー艦長は頷くと、船体のチェックや物資の搬入作業の確認などの業務は副長に任せてカウンセラーであるディアナを伴ってデープ・スペース・13へと足を踏み入れる。

 

 並んで歩きながらライカー艦長は、デープ・スペース・13の内部通路を見てよく整備されているなと感心する。彼らは突然のアクシデントでこの世界へと迷い込んできた。しかも此方に来た2隻の航宙艦に乗っていた300名前後のクルーしかおらず、これだけの規模のステーションを運営するには人員不足も良い所である……だが、彼らには彼らの強みがあった。

 

 ちょうど通路の先から丸っこい胴体をイエローに塗装された自立型ドローンが通路の清掃をしながら此方に近付いており、自分達を認識すると通路の脇に避けて通行の妨げにならないようにする程度には自己判断が出来るようだ。

 

 伝え聞いた話では彼らの世界ではAI技術が進んでおり、AI開発に様々な制約がつく惑星連邦よりも先を行っているようだ……その証拠が、彼の乗る船を統括する『オモイカネ』と呼ばれるコンピューター・システムだろう。

 

 入港施設から出たライカー大佐とディアナの二人は、中心施設へと続く通路の前で妙齢の女性が立っている事に気付く、どうやら出迎えのようだ。年相応に成長した身体を白いナデシコの制服に包み、トレードマークであったツインテールを一つに束ねたホシノ・ルリ艦長は、久しぶりに会った友人との再会に柔らかい笑みを浮かべる。

 

「ようこそ、ライカー艦長そしてディアナさん。ユリカさんの所へ案内しますので、こちらへどうぞ」

 

 


 

 デープ・スペース・13基地内通路

 

 デープ・スペース・13内に設置されているプロムナード商業施設は、『ナデシコ』のクルーの発案で始まった。レンガを埋め込んだ遊歩道やレトロな街並みを再現し、暗黒の宇宙を旅する旅人や貿易商たちの心を癒す効果もあって中々の盛況ぶりを見せている。

 

 そんなプロムナードを眼下に眺めながら、ライカー大佐とディアナは案内役のルリと共にデープ・スペース・13の司令テンカワ・ユリカの待つ基地中枢部へと向かっていた。女性同士の気安さゆえかディアナとルリの会話は弾んでいるようで、男性であるライカーはそんな二人を見つめながら後に続いて歩いていた。

 

 先ほどのプロムナードを見るに宇宙基地の運営は上手く行っているようだ。『ナデシコ』のクルーだけではこの巨大なデープ・スペース・13の全てを稼働させるには人手が足りないが、それを先ほど見たバッタと呼ばれるコミカルな自立型機械を使って上手くカバーしているのだろう……そんな事を考えていると目的地へと到達したようだ、振り返ってライカーを待つ二人に軽く頷くと目的地である基地司令部へと足を踏み入れる――セキュリティ・チェックなどはこの通路を歩いている間に完了しているらしく、司令部内に入室しても誰も此方に振り返る事もなくそれぞれの仕事に従事している。見ればアオイ・ジュンやゴート・ホーリーなどの顔見知りもいて片手を上げて挨拶する。

 

 そうしている内にライカーとディアナはテンカワ・ユリカの待つ執務室の前に着き、中に声を掛けたルリと共に入室する。それなりの広さを持った執務室であり、棚に生花が飾られ目に見える範囲に置かれた小物などが女性らしい気遣いを感じさせる。

 そんな執務室にて仕事用デスクにて執務中だったテンカワ・ユリカは、今時珍しい紙で出来た資料の山に“埋もれて”いた。

 

「……何故、こんな大量の紙を?」

「……こうやって目に見えように仕事の量を示さないと、ユリカさんが脱走するからです」

「――ルリちゃ~ん、助けてぇ~~」

 

 あれから8年が経って30は超えている筈なのだが、金色の瞳を細めて説教をしているルリに愛想笑いをしているテンカワ・ユリカ司令はどう見てもあの頃と変わらぬ姿に見えるのは気のせいだろうか。

 

 

 ようやくというか、わざわざ紙に印刷されて置かれていた資料の山から引きずり出されたテンカワ・ユリカ司令に進められて座ったソファーの反対側には『ナデシコ』側としてユリカ司令と実働部隊の責任者であるホシノ・ルリが同席している。

 

「――こほんっ。改めまして、ようこそいらっしゃいました。」

 

 咳払いを一つして、何事もなかったかのように挨拶をするユリカ司令……隣に座るルリの冷たい視線を物ともせずに話を進めようとは、中々の胆力と言えば良いのか……最初に彼女達に出会った時から彼女は中々ユニークな人柄をしていたが、結婚して二児の母となった今でも変わらないのかもしれない。

 

 『ボーグ』が建設していた超光速大規模輸送用施設『トランスワープ・ハブ』を破壊して、惑星連邦を、ひいてはアルファ宇宙域そのものを『ボーグ』の魔の手から救った惑星連邦と『ナデシコ』の同盟軍は、助力してくれた別の世界からの来訪者である宇宙戦艦『ヤマト』が自らの世界へと帰還していく姿を見届けた後、傷ついた『ナデシコ』を彼らの拠点であるこの宇宙基地へと送り届けた……『トランスワープ・ハブ』を守る4隻もの『ボーグ・キューブ』を相手取っての戦闘は、三千メートル級の巨大航宙艦である『ナデシコD』といえども満身創痍ともいえる損傷具合で、ドックでの長期修理を受ける必要があった。

 

 連邦の宇宙艦隊司令部にて『ボーグ』との戦いの詳細な報告を求められた連邦航宙艦『エンタープライズE』がデープ・スペース・13を再び訪れることが出来たのは、1年以上経ってからであった……司令部に半ば拘束されるような勢いで説明の日々を終えた『エンタープライズE』であったが、司令部に滞在している間に連邦と緊張状態にあった『ロミュラン帝国』で政変が起きて、新たに発足した新体制より和平のための予備交渉を求められて、『エンタープライズE』は『ロミュラン帝国』の首都『ロミュラス』へと向かったが、それは『ロミュラン帝国』を支配する新たなリーダーが仕掛けた罠であり、『エンタープライズE』は罠を突破することが出来たが、大きな犠牲をも払った。

 

 その後、昇進により『エンタープライズE』の副長から『USSタイタン』の艦長へと就任したライカーは新たに和平交渉を行う為にロミュラン中立地帯へと向かい、その後に聞いた話では修復された『エンタープライズE』が改めてデープ・スペース・13を訪問して、同盟の再確認と宇宙基地デープ・スペース・13の貸与を確認したという。

 これは周囲に様々な脅威を抱える惑星連邦が、再建途中の宇宙艦隊では暗躍する『ボーグ』の脅威に対処出来ないと判断して、連邦外縁部に位置するデープ・スペース・13を間借りしている『ナデシコ』部隊を援助する事で、デルタ宇宙域から来るであろう脅威(『ボーグ』)に対する“鈴”としての機能を期待しての事だという。

 

 今回、『USSタイタン』が派遣されたのも、惑星連邦と『ナデシコ部隊』の同盟の再確認と、今後『ナデシコ』部隊がどう動くのか動向を探る事が目的であった……あまり気が乗らないが、これも任務ならば仕方がない。まずは軽い挨拶から始めて聞き出すか、とライカーが話を切り出そうとした時、執務室のドアが開くと険しい表情を浮かべた女性クルーが入って来た。

 

「大変です司令! デープ・スペース・13から50万キロの地点に未知の巨大物体を感知しました!」

 

 

 




 どうも、しがない小説書きのSOULです。

 舞台は並行世界、別の世界からの来訪者と共に『ボーグ集合体』の恐るべき陰謀を退けてから8年後。『ヤマト事変』の後もそれぞれの道を歩んでいた彼らは久方ぶりの再会を果たす――それは新たな異変の始まりであった。

 USS タイタンは諸説あり、どれが本編なのか判断が付かなかったので、至らない点があるかもしれませんが広い心でお許しくださいね。

 これは本編を書いている間にも頭の中で膨らんだ話を閑話として構成した話になります。
 次回 閑話2 Unknown ship は23年1月1日0時に更新予定です。
 
 ではでは~。


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閑話2 Unknown ship

 

 ウィリアム・T・ライカー大佐が指揮する惑星連邦ルナ級航宙艦 USSタイタンは、連邦外縁部に位置する宇宙基地デープ・スペース・13へと寄港して懐かしい友人たちとの久方ぶりの再会を喜ぶ――だが、そんな歓談の席に未確認の巨大物体が接近しているとの報が入った。

 

 

 


 

 デープ・スペース・13 司令部

 

「――報告を(レポート)

「1時間前に外部光学カメラが偶然此方に接近する巨大物体を発見――各種センサーを向けて正体を探りましたが、どのセンサーを向けても反応が無く、観測できるのは光学カメラのみの状況です」

 

 執務室から出たユリカ司令が報告を求めると、打てば響くようにデープ・スペース・13で周囲の観測を担当している士官が答える。その報告を聞いたユリカ司令は、共に出て来たルリへと視線を向ける。

 

「……何か、聞いたような状況だね」

「……そうですね。8年前に青色巨星で遭遇した、あの白銀の巨大戦艦を彷彿させます」

 

 二人の視線は司令部に備え付けられたメインビューワーへと向けられる。そこには映っているモノは未だ距離があるので最大望遠でも小さな点にしか見えないが、少しずつ点が大きくなっているように感じるので此方に近付いているようであった。

 

「……ユリカ司令。彼らが帰って来たのでしょうか?」

「……それは分からないわ。でも全く関係が無いとは思えない」

 

 少しずつ大きくなり、その詳細が分かるようになってきた……比較対象が無いので大きさは分からないが、白銀に輝く湖の如き滑らかさ持つ紡錘形の船体を持って仄かな光を放ちながら宇宙を移動するなんで酔狂な航宙艦を、彼等はよく知っていた――並行世界に転移したばかりの『ナデシコD』に襲い掛かっていた『ボーグ集合体』の巨大戦艦『ボーグ・キューブ』を圧倒的な力で撤退に追い込み、星雲内で『ボーグ』との決戦に勝利した『エンタープライズE』と『ナデシコD』そして別の並行世界からの来訪者 宇宙戦艦『ヤマト』の前に現れた白銀の艦『アルテミス』……今近付いているのは、あの艦なのだろうか?

 

「――ユリカ司令。あの時もセンサーでは捉えられなかったが、あの艦は亜空間に潜んで我々の傍で観察していた可能性があった」

 

 ライカーの提案は、亜空間技術を持つあの艦に亜空間スキャナーを使用してみては、というモノであった。こちらのセンサーが捉えられないというのは、あの白銀の艦の本体は未だ亜空間にあり、通常空間に現れているのは単なる影かも知れないというのだ。それを感知する為に亜空間スキャナーを使用すれば、亜空間のエネルギー変動を差動パルスとして検出出来るかも知れないと言う物だった。

 

「――ルリちゃん」

「――分かりました」

 

 センサーの制御コンソールに向かったルリは、コンソールを操作して亜空間スキャナーを起動して探査すると、ようやくスキャナーにより接近中の物体のデーターを得る事に成功した。

 

「スキャナーに反応あり、『オモイカネ』」

『――まかせて』

 

 ルリの言葉に反応したデープ・スペース・13の制御コンピューターも兼任している『オモイカネ』が亜空間スキャナーから得られたデーターを解析してルリの待つコンソールへ空間投影型ウィンドウとして表示する。

 

「……ライカー艦長の読みの通り、接近中の未確認物体――いえ、所属不明の航宙艦の本体は亜空間に潜んでいたようです。全長は160キロ、船体は未知の物質で構成されて動力源は不明ですが、艦全体から非常に強力なエネルギー放射が感知出来ます」

 

 『オモイカネ』は55%の確率で、あの艦が『アルテミス』もしくはそれの同型艦であると推測しているとルリが報告すると、ユリカ司令は通信担当のクルーにあらゆる周波数で呼び掛けるように指示する……大人しく応答してくれればいいが、と眉間にシワを寄せながら事態の推移を見守るライカー……見ればディアナが自分の傍に寄り添って手を添えていた……そう認識するだけで不思議と気持ちに余裕が出て来る……自分には過ぎた女性だと思う。

 

 ……だがライカー達の期待通りにはいかなかった。あらゆる周波数、言語で呼び掛けたが相手からの応答は無く、最初は点だった未確認航宙艦の姿もどんどん大きくなり、その巨大な船体が見えて来る……全長160キロというデープ・スペース・13より巨大な船体はまるで鏡のように滑らかなラインで艦を形成しており、仄かに光る事によって漆黒の宇宙空間の中で確かな存在感を放っていた。

 

「……相手からの応答はなし。どうするユリカ、非常警報(RED ALER)を発令するかい?」

「いいえ、警戒警報(YELLOW ALERT)のままで、試したい事があるの――レベル4の探査プローブを用意して」

「あいあい、さ~」

 

 副司令官兼実働部隊にも所属しているアオイ・ジュンの進言を受けたユリカ司令は非常警報を発令する前に未確認航宙艦の正体を確認するべく、コンソールでデープ・スペース・13のシステムのオペレートをしているノゼアに探査プローブを用意するように指示をする。

 

「……準備出来たよ司令」

「――発射」

 

 ユリカ司令の合図にわざわざ「ぽちっとな」と擬音を口にしながらコンソールを操作して探査用プローブを射出し、デープ・スペース・13から射出されたプローブはゆっくりと所属不明の巨大航宙艦へと近付いて行き――到達寸前の所を表面から放たれた指向性兵器によって撃墜された。

 

「――非常警報(RED ALER)を発令します!」

「――シールドを上げろ! 全兵装システム起動、民間人にシェルターへの避難指示急げ!」

 

 明確な敵対行為を行った未確認航宙艦に対してユリカ司令は非常警報(RED ALER)を発令して、それを受けた司令部内が騒がしくなり各システムが戦闘態勢へと移行していく中で、ライカーはユリカ司令にタイタンに戻る旨を伝えて踵を返した時、未確認航宙艦に変化が起きた事を伝える報告がされ、振り返ったライカーが見たものは、メインビューワー一杯に広がる白銀に輝く金属による津波の如き映像であった。

 

 


 

 連邦領域外縁部

 

 アルファ宇宙域とベータ宇宙域に一大勢力を築いた惑星連邦であっても、広大な宇宙空間にはまだまだ未踏破の宙域は多くあり、銀河系中心領域には数多くの恒星が存在する事は分かっているが、銀河系の中心には超大質量ブラックホール『いて座A*』が存在しており、かの大質量ブラックホールから放たれる強烈な放射線は生命体の生存を許さず、探査も難しい領域となっていた。

 

 そんな連邦領域外縁部に位置する恒星間宙域に自然現象ではありえない程の大量のクロノトン粒子が発生して時空連続体を歪ませてゲートを形成すると、中から一隻の航宙艦が姿を現す。全長500メートルの黒い船体に赤のラインが入り、四方に伸びるパイロンの先には四種類のそれぞれ別のシールド発生機関を備えた航宙艦――『アルテミス』より分かれて並行世界へと旅立った『実験艦―02』であった。

 

 

 実験艦―02 ブリッジ

 

 『アルテミス』と同じく仄かに輝く結晶体で構成されたブリッジに備え付けられた同素材で造られたシートに座るクリスは、周囲に投影されたデーターを読み込みながら並行世界への転移の後にクロノトン魚雷による時間移動が上手く行った事に胸を撫でおろす……宇宙戦艦『ヤマト』を例に出さずとも、別の世界から構成物質ごと転移すると言う事は調和のとれた世界に異物をねじ込む事に等しく、シールドを調整して完全に防御しなければ世界によって構成物質が分解されて塵と化してしまう。

 そして自分達の世界での時間移動でも狙った場所に送るのは難しく、ましてや並行世界での時間移動はどうしても狙った時間に到達するのは難しく、数時間の誤差――下手をすると数か月の誤差がでてしまう……余談であるが、自分達の世界で『ヤマト』を過去の時間軸に送る際には、『エテルナ』のサポートがあるからこそあれだけ正確に送れたのだ。

 

「……目標時間との誤差は+7日……二周期も前に飛んだんだから、まずまずの結果ってとこか」

 

 まぁ、500メートル級航宙艦ならこんな所だろう、と納得したクリスは軽く船体のチェックをして問題が無い事を確認した後に、艦を回頭させて目的地へと向ける――『エテルナ』からの情報によれば、初接触の折に突然攻撃して来た『ボーグ・キューブ』を返り討ちにしている時に艦内ネットワークへの干渉を察知して、元となった艦『ナデシコD』に逆にシステム掌握を仕掛けて支配下に置くと『ナデシコD』の艦内システムの奥底に潜んでいた自称(笑)コンピューター思念体『ジャスパー』を引きずり出して、どうしてやろうかと思案していた所、彼女から自分―クリスの当時の位置情報と引き換えに大破した『ナデシコC・D』を指定する宙域に運ぶように交渉してきたと言う。

 

  ……今にして思えば、何度も時間を繰り返していた『ジャスパー』なら、世界間を移動する際の時間的差異で自分が乗る宇宙戦艦『ヤマト』が出現するのは三周期―三年後になる事など知っていて当然だと分かるが、当時の『エテルナ』はそんな事は知らないので、かなり懐疑的に詰問したらしいのだが、『ジャスパー』はのらりくらりと躱しながらも言葉の端に必死さが見え隠れし、これは中々口を割らないと判断した『エテルナ』は、『ジャスパー』の要望である放棄された宇宙基地へと全員を連れて移動した後に、亜空間に身を潜めてしばらく泳がせていたらしい。

 

「……座標軸設定完了。目標連邦外縁部 ジュレ星系近隣宙域 宇宙基地 デープ・スペース・13――実験艦―02、発進!」

 

 『エテルナ』から得ている座標に存在する宇宙基地 デープ・スペース・13へ向けて、実験艦―02は亜空間跳躍機関を起動して亜空間へと飛び込み、亜空間から通常空間へと復帰した実験艦―02の前には、目的の宇宙基地ではなく、白銀に輝く巨大な流体金属で覆われた球体の姿があった。

 

 


 

 デープ・スペース・13 司令部

 

「――ダメです! 目の前に見えているのに、センサーには何の反応がありません」

「――民間人の避難は78%終了、引き続き避難を続けます」

 

 デープ・スペース・13の司令部内では、突然現れた所属不明の巨大航宙艦が広がって100キロを超える規模を持つデープ・スペース・13の全てを覆いつくすという異常事態に、『ナデシコ』クルー達は半ばパニックになりながらも訓練で培った技能は緊急時対応マニュアルに沿って民間人の避難と脅威度の把握、そして脅威を排除する為に必要な行動を起こす。

 

「……あらゆる周波数、言語で発信しましたが応答はありません」

 

 通信担当のクルーの報告を受けたユリカ司令は、デープ・スペース・13を覆う未知の存在とコンタクトを取るべく色々と試行錯誤したが全て徒労に終わり、『ナデシコ』クルー約300名や貿易商や旅人などの民間人の命を預かる司令官としてユリカはコンタクトを取る事を断念して障害を排除する道を選択する。

 

「――フェイザー砲、魚雷ランチャー用意!」

「――りょか~い、各フェイザー砲座、魚雷ランチャー起動――準備完了だよ、司令」

 

 ユリカ司令の決断を受けてコンソールを操作するノゼアがデープ・スペース・13に備え付けられている防衛施設の武装を起動させていく、拠点としての機能を持つ宇宙基地ゆえに外装には大都市すら一撃で破壊するタイプXIIフェイザーバンクと一度に複数の光子魚雷を発射出来る魚雷ランチャーが無数に設置されており、『ナデシコ』が誇る変態技術者の尽力によって基地の主機関である大型核融合炉の他に、旧『ナデシコD』に搭載されていた支援艦の相転移炉も複数設置されて、その大出力により強力な武装を複数稼働させるだけでなく、ディストーション・フィル―ドの技術も併用して強固な防御シールドを展開する事も可能としていた。

 

「――攻撃開始!」

 

 ユリカ司令の号令の下、デープ・スペース・13の各所に設置されたフェイザーバンクから大出力のフェイザービームと魚雷ランチャーから無数の光子魚雷が発射されてデープ・スペース・13を覆う白銀の物質へと向かい――白銀の物質は指向性エネルギー兵器であるフェイザーの強力な破壊力の全てを受け止め、小惑星をも粉砕する光子魚雷の爆発力を以てしても傷一付かなかった。

 

「……攻撃による効果は認めず」

「――諦めないで! 再度攻撃用意――」

「――司令! システムが何者かの干渉を受けています!?」

 

 再度攻撃命令を出そうとしていたユリカ司令に向けて、デープ・スペース・13のシステムを担当しているノゼアが普段見せないような焦りを浮かべた表情で報告しながらもコンソールを操作して未知の相手からの干渉を防ごうとするが効果が無く、サブシステムだけでも保護しようとするも相手の侵食速度の方が圧倒的に早く、自分達の基地でありながら攻撃システムだけロックされるという屈辱的な状況に陥る……まるでこの並行世界にやって来た11年前に『アルテミス』によってシステムの全てを掌握された時のように。

 

「……ダメです、此方の攻撃システムは完全にロックされました」

 

 意気消沈したノゼアのコンソールまで来たルリが確認して首を振る……どうやら、かつての電子の妖精でもお手上げらしい。基地の主要システムには手を出さず、武器システムのみロックをかける……完全に掌で遊ばれているこの状況から挽回するのは難しいと考えるユリカ司令は、実働部隊の責任者であるルリに不測の事態に備えてドックで休止状態にある『ナデシコD』を稼働状態にするよう指示をする。

 

「『ナデシコD』ですか?」

「そう、最悪の場合には民間の人達も乗せて、『ナデシコD』で脱出するから」

 

 最悪の事態になれば白銀の物質にこの宇宙基地をぶつけて、その隙に『ナデシコD』でボソン・ジャンプを行って脱出するつもりなのだ。そこまで考えているとはと驚くルリの耳に、通信担当のクルーから発信源不明の映像通信が入ったという報告が聞こえ……ユリカ司令がメインビューワーに表示するように指示をする。

 

 司令部に備え付けられたメインビューワーに光が灯り、それは映像となって映し出される。そこは鉱物の鉱床の様に見えた。蒼く仄かな光が鉱物で出来た床に反射して、仄かに青く輝く鉱物のような物で構成された部屋全体を浮かび上がらせて、見る者全てに冷たい印象を与えた――そんな仄かな光を放つ結晶体に囲まれた部屋の中に、同じく鉱物で造られたような席が一つ備え付けられており、そこに人影が一つ座っていた。部屋全体が仄かな輝きに照らし出されている筈なのに、何故か影が下りて詳細は分からないが、白を基調としたボディスーツの所々に青い結晶を付けた人物が席から立ち上がるにつれてその人物の詳細が分かり――デープ・スペース・13の司令部に居る全ての物は思わず息を呑む――映像に映し出されたのは白いボディスーツに青い結晶体を散りばめた姿をしているが、その人物の顔に当たる所には皮が無かった。肉が無かった……顔の部分に当たる所にあったのは、白い骸骨しかなかったのだ。

 

 


 

 デープ・スペース・13 司令部

 

 メインビューワーに映し出されたモノを見て司令部の中に居るクルーの顔が驚愕に染まる……映し出されたのは、小柄と言って良い身体を白いボディスーツに青い結晶体を付けた骸骨……これまでにも様々な異星人と遭遇してきて、皮膚が鉱石で覆われた種族や蜥蜴から進化した種族そして昔話に出て来た悪魔を彷彿させる容姿を持つ種族など多種多様な外見を持つ異星人と遭遇しており、その中には骨格が表に出ているかのような種族も居たが、コレはそのどれとも違い、古い時代のホラー映像のように白いボディスーツ袖口から見えるのは手の骨格と、無機質な頭蓋骨のぽっかりと空いた眼窩(がんか)が眼球もないのに此方を注視しているのが分かる。

 

『太古ノ異物ヲ蘇ラセタ愚カシイ者ドモヨ、己ガ罪ヲ抱エテ圧壊スルガイイ」

 

 一方的に宣言した後に骸骨は通信を切り、それと同時に周囲を警戒していたノゼアより、デープ・スペース・13を覆う白銀の球体が少しずつ縮小している事が報告される。

 

「……どういう事?」

「亜空間スキャナーの計測によれば、基地を覆う白銀の球体が毎秒1メートルの速度で縮小しています……このままでは、5時間後には球体がデープ・スペース・13の外殻に接触します」

「シールドを最大にすれば――」

「あの『アルテミス』……ではないのは、あのオバケをみれば明白ですね。ですが『アルテミス』と同様にこちらのセンサーの殆どが通用しない相手……恐らく同型艦か、少なくとも同じ技術で建造された艦を相手にどこまで対抗出来るか……」

 

 対抗策を模索するユリカ司令に難しい表情を浮かべたルリ。

 

「……テンカワ司令」

「どうしました、ライカー艦長?」

「あの骸骨が言っていた“太古の異物”という言葉に心当たりは?」

「……恐らく『ボゾン・ジャンプ技術』の事だと思います」

 

 『ボーグ集合体』との戦いに勝利した後、『ナデシコ』と宇宙戦艦『ヤマト』のクルーは高位存在『Q』によって此処とは異なる空間へと拉致されて――そこで既存の流通網を破壊しかねない可能性を持つ『ボソン・ジャンプ技術』を持ち込んだ事を糾弾されたのだ。当時の様々な種族が、自然現象では発生しない未知の『ボース粒子の増大現象』を感知して、調査の為に複数の探査艦が放たれ――秘匿していたとはいえ、複数の星間種族によって『ボゾン・ジャンプ技術』の存在は嗅ぎ付けられて、水面下において激しい情報戦を繰り広げていたのだ。

 

「……そもそも、あの骸骨は何者だ?」

「……そうですね。そこら辺を知っている人物に説明してもらいましょう」

 

 疑問を口にするライカー艦長に頷きながらルリは、連邦のコムバッチを参考にして作った五つの花びらを模った『ナデシコ』部隊専用の通信装置を備えたバッチを使用して、ある人物を呼び出す……それほど時間を掛けずに件の人物が司令部へと現れた。

 

「……呼んだ、ルリ艦長?」

 

 




 簡易年表(諸説あり)
 2379年 ウィリアム・T・ライカー 大佐に昇進してUSSタイタンの艦長に就任
 同年 長年連邦と緊張関係にあるロミュラン帝国の首都 惑星ロミュラスが属する恒星系の太陽が超新星爆発を起こし兆しが見えて、USSタイタンが人道派遣される。 
 2385年 火星のユートピア・プラニシア造船所破壊
 同年 造船所破壊の影響で航宙艦不足に陥り、連邦に加盟するいくつかの星間国家がロミュランを支援する事に難色を示して、抗議の為にジャン=リュック・ピカード提督が連邦宇宙艦隊を辞職する。
 2387年 惑星ロミュラスが属する恒星系の太陽が超新星爆発を起こして、ロミュラスが崩壊する。


 どうも盆暮れ正月も関係がない、しがない小説書きのSOULです。
 
 今回頭の中から追い出し中の閑話の1と2を公開しました。
 この閑話はオリジナル勢力が何時もの7割増しで出張っておりますので、苦手な方はご注意ください。あと、この閑話は7話構成くらいになると思われますで、ぼちぼち公開いたしますので気長にお待ちください。

 では、次回は23年1月4日0時 本編 第七十二話 愛を知る者 でお会いしましょう。


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閑話3 intruders

 

 デープ・スペース・13の居住施設内に造られた旅人や貿易商などを相手にするプロムナードで『ナデシコ』名物くっそ不味い焼きそばの露店を出していたジャスパーは、突然鳴り響く非常警報(RED ALER)を聞いて顔色を変えると、胸に付けた五つの花びらをあしらった『ナデシコ』部隊のコムバッチを起動して司令部に連絡を取り、現在デープ・スペース・13に未知の巨大物体が接近している事を知った。

 

 ……また無法者(アウトロー)を装ったどこかの星の特殊部隊か。

 

 『ボーグ』との戦いが終わった後、デープ・スペース・13に戻った『ナデシコ』部隊は微妙な立場に立たされていた。強大な『ボーグ集合体』と戦う為とはいえ、『ボソン・ジャンプ』を多用した影響で自然界ではありえない程のボース粒子の増大を感知した周辺種族は、現象の調査の為に探査艦を派遣して調査した結果、『ボソン・ジャンプ技術』を持つ『ナデシコ』という集団に行き着く。

 様々な惑星国家に狙われる事となった『ナデシコ』は、『エンタープライズE』のピカード艦長の仲介で彼の属する惑星連邦と交渉する席を設けて、彼等の援助を受ける事が出来た……とはいえ、それで手を退いてくれるような可愛げのあるような相手ではなく、時折 所属を隠した部隊の攻撃を受ける事がある。

 

 プロムナードを出たジャスパーは戦闘になる事を想定して、司令部近くのドローン制御室へと入るとドローン――バッタを戦闘起動させる。今でこそ人員不足の為の労働力としていたが、元は木蓮で使用されていた起動兵器。小型のバッタでは戦力にならないが、本来のサイズのバッタにこの世界に来てから得た技術による改修を加えた“バッタ改”ならば弾除けくらいにはなる筈だ。

 

 戦闘態勢へと移行を完了して防衛体制を構築していると、宇宙基地周辺に変化が起こる――見覚えのある白銀の巨大戦艦が形を変えて広がり、デープ・スペース・13全体を覆い隠す。100キロを超える巨大なデープ・スペース・13を隙間なく覆って白銀の球体を形成する未知の勢力にどう対処すべきか、先ほどからフェイザーアレイや魚雷ランチャーが攻撃を加えているが効果は乏しく、それにバッタ改が攻撃に加わっても効果はないように思える。

 

 そんな時に、ジャスパーの胸に付けたナデシコを象ったコムバッチが鳴り、ルリからジャスパーに司令部に来るように言われて小首を傾げる。何だろうか? そう思いながらもジャスパーは制御室でコンソールを操作しているアゥインや他のオペレーターに一言告げてから司令部へと向かった。

 

「……呼んだ、ルリ艦長?」

 

 この緊迫した状態で呼ぶのだから何か思惑があるのだろうと考えたジャスパーは司令部に入室すると、メインビューワーの前で固まっている一団 ユリカ司令と共にいるルリへと声を掛ける。するとユリカとルリだけでなく先ほど入港した『USSタイタン』のライカー艦長と奥さんのディアナの視線もジャスパーへと注がれてたじろいで一歩下がる。

 

「うっ……何、この状況」

「――ジャスパー、貴方に聞きたい事があります」

 

 ルリは一歩踏み出して、気圧されるジャスパーに詰め寄る。そしてルリはジャスパーに現状を説明して、旧『ナデシコD』であの『アルテミス』と初接触した際の事を問い掛ける。

 

「ジャスパー。貴方はあの時、初めて遭遇した筈の、あの『アルテミス』の事を知っていましたね? 教えてください、今このデープ・スペース・13を覆うあの白銀の球体は、恐らく『アルテミス』と同質な物――あの球体の事も知っているのではないですか?」

 

 問い掛けられたジャスパーは表情を消して自分を見つめるユリカ司令やライカー艦長とディアナそして目の前で金色の瞳をまっすぐに向けて来るルリを見回すと、深い――とても深くため息を吐く。今でこそ『ボーグ集合体』の脅威を退けてテンカワ・アキトを取り戻したが、その道筋を立てるまでに長い年月が掛かった。

 

「……分かったルリ艦長」

 

 


 

 

 表情を削げ落として、まるで人形のようになってしまったジャスパー。未来の『オモイカネ』によって過去へと送られた彼女は、テンカワ・アキトを救う為、『ナデシコ』のクルーを救う為に『ボーグ集合体』という強大な相手に挑み、敗北しては何度もやり直していたと言う……その事は彼女のトラウマになっており、おいそれとは触れられない事は分かっていたが、現状の脅威を払しょくする為に情報を得るには他に手が無いのも事実――故にユリカ司令とルリは、彼女の負担になる事が分かっていたが情報の開示を頼んだのだ。

 

「……とは言え、あの球体に付いては私も知らないわ……私が知っているのは、宇宙戦艦『ヤマト』にいた翡翠という“バケモノ”についてだけ」

 

 あの“バケモノ”と遭遇したのは、何度も繰り返したやり直しの中でも比較的新しい時だと言う――その時のユリカ達は今以上にテンカワ・アキトを奪還する事に固執しており、度重なる戦闘で機能不全を起こした『ナデシコD』を放棄して、「ナデシコC」単艦で三隻の『ボーグ・キューブ』を相手に激闘を切り広げていたが、戦力差が圧倒的に不利な『ナデシコC』は、『ボゾン・ジャンプ』を多用した一撃離脱戦法を持って『ボーグ・キューブ』にダメージを与える戦法を行っていた。だがA級ジャンパーであるユリカとイネスの消耗は激しく、このままでは敗北するのは時間の問題と思われた。

 

 そんな時、何度目かの『ボゾン・ジャンプ』にて離脱した『ナデシコC』の前に現れたのが宇宙戦艦『ヤマト』だった。当時初接触だった宇宙戦艦『ヤマト』の独特なフォルムに困惑した『ナデシコC』だったが、困惑から立ち直る隙も無く、ワープにて追撃して来た『ボーグ・キューブ』が出現して、『ナデシコC』をトラクタービームで捕獲しようとするも、『ナデシコC』の船体に表示されている艦名などから地球に類するモノであると知った宇宙戦艦『ヤマト』から援護射撃を受けて何とか離脱出来た『ナデシコC』。

 

 ――だが、『同化』の障害と判断された宇宙戦艦『ヤマト』は、『ボーグ・キューブ』から発射された光子魚雷の飽和攻撃の前に撃沈され、爆発四散してしまう――だが爆発が収まった宙域に一人の人影が存在していた。あれだけの爆発の中で傷一つ付かず、真空の宇宙空間の中で真紅の瞳を爛々と輝かせた小さな人影に、悪い夢でも見ているかのように映像を受け入れられない『ナデシコ』のクルー達の前で宇宙空間を凄まじいスピードで飛ぶと、今まで何度攻撃しても破れなかった『ボーグ・キューブ』のシールドを食い破って艦内に進入して、次の瞬間には巨大な『ボーグ・キューブ』は爆発四散してしまう。

 

 その恐るべき破壊力に驚愕する『ナデシコ』クルーを尻目に、次の『キューブ』に突撃した人影に思考が追い付かない内に二隻目の『ボーグ・キューブ』が爆発した所で、ミスマル・ユリカが全周波数を使用した通信で人影を制止しようとするが止まらず、三隻目の『ボーグ・キューブ』も爆発四散してしまう……崩れ落ちるユリカから、あの『ボーグ・キューブ』にテンカワ・アキトが居た事を知った『ナデシコ』クルーは、作戦の失敗――救助者が死亡した事により意気消沈する。

 ……だが惨劇はそれで終わりではなかった。三隻の『ボーグ・キューブ』を破壊した人影が『ナデシコC』へと振り返ると、その腕を高らかに掲げて強力なエネルギーを放射する球体を作ると、それを『ナデシコC』へ向けて撃ち出し――ディストーション・フィールドを物ともせずに『ナデシコC』の船体に直撃して破壊してしまう……消え去る寸前にジャスパーはデーターを過去へと送り込み逃れる事が出来たが使命は失敗。

 

 旧『ナデシコD』の奥底で目覚めたジャスパーは、『ボーグ集合体』の強大な力に『ナデシコ』だけでは対抗できず、最後に遭遇したあの特異なフォルムを持った航宙艦から、この星間空間を往来する高い技術力を持つ存在を知り、助力を求める事を第一にして行動して――彼らは、惑星連邦という一大星間国家が存在する事、別の並行世界から来訪した宇宙戦艦『ヤマト』の存在を知った……そして『ヤマト』に保護されている『翡翠』という異星人の少女の事も――あの時、三隻もの『ボーグ・キューブ』を瞬く間に撃破したあのシルエットと同質な存在を見つけたジャスパーは彼女の扱いは慎重にしなければと思う。

 

 『ボーグ集合体』という脅威に晒されていた惑星連邦の協力を取り付ける事は比較的容易だったが、元の世界へと帰還に固執する宇宙戦艦『ヤマト』の協力を得るのは容易ではなく、そこでジャスパーは一計を案じた――宇宙戦艦『ヤマト』が協力してくれないのなら、『ヤマト』の前に『ボーグ・キューブ』を誘導しようと――計画は成功して宇宙戦艦『ヤマト』の前に『ボーグ・キューブ』を誘導する事に成功したが『ボーグ』の力は強大で、『ナデシコC・D』と連邦艦『エンタープライズE』そして宇宙戦艦『ヤマト』の力を以てしても『ボーグ・キューブ』を制圧する事は難しく、まず『エンタープライズE』が破壊されて次に宇宙戦艦『ヤマト』が満身創痍になって撃沈寸前になった時――あの船は現れた。

 

 あらゆるセンサーを無効にする仄かに輝く流体金属で形成された白銀の船体と圧倒的な戦闘能力で、瞬く間に三隻の『ボーグ・キューブ』を蹴散らした『アルテミス』から『ナデシコC・D』に映像通信が入る……そこには『ヤマト』の制服ではなく、白いボディスーツに青い結晶体を所々にあしらえた真紅の瞳を爛々と輝かせた翡翠の姿。

 

『邪悪なりし『IMPERIAL(いにしえの帝国)』の恐怖を司る、『IMPERIAL・GHOST(帝国の亡霊)』を利用しようとした蛮勇を讃えて――死を与えてやろう』

 

 


 

 

「……そして何度目になるか分からない過去へデーターを送って覚醒した私は、翡翠に付いて調べ出した」

 

 翡翠は転移時のアクシデントによって宇宙戦艦『ヤマト』に保護された後も『ヤマト』に居座り、何か目的を持って現状に甘んじているようだが、その目的が分からない……だが分かった事も有る。

 あの巨大戦艦は翡翠を回収する事が目的でこの宇宙に来訪した事、翡翠は物理的な能力だけでなく精神世界でも圧倒的な能力を持つ事――事実、試しにミスマル・ユリカ艦長の容体を見せた所、アストラルサイドからの干渉を言い当てて、侵食する古代火星文明の演算ユニットの物言いに怒りを見せた翡翠の干渉によってユリカ艦長は演算ユニットの呪縛から解放され――ピンクの悪魔に率いられた『ボーグ』艦隊の前に敗北して振り出しに戻る。

 

「そうして何度かのやり直しで分かった事は、翡翠は自分に火の粉が降りかからない限りは、この世界ので出来事――『ボーグ集合体』の侵攻には不干渉だと言う事」

 

 そして『アルテミス』がこの世界にやって来るにはワームホールのような物を用いてやってくると言う事。

 

「ワームホールを開くという事は、大規模な亜空間変動が起こる事を意味する――ペルセウス腕の連星の青色巨星近くで三年前に大規模な亜空間変動の残照が残っていた事」

 

 ――最後に分かった事は、彼らは強大な力を持っているが“慎重”だと言う事。

 

「……どういう事?」

 

 問い掛けるユリカ司令に、話している内に吹っ切れたのか んふふっと不敵な笑みを浮かべたジャスパーは、たとえ圧倒的な優位に立とうと相手の動向は常に探っていると答えながら司令部の壁になっている部分に指を突き付けて断言する。

 

「――そう! 今も彼らは此方の動向を探っていると言う事――出て来なさい、居る事は分かっているわ!?」

 

 何もない壁相手に何をやっているんだ、とあきれ顔になる一同だったが、一同は驚愕の表情を浮かべる事になる――何もない筈の壁から細長い何かが出て来ると、それは数を増して十本の指の骨になると壁に押し当てて白いボディスーツと共に白い頭蓋骨も壁から浮き出してくる……完全に壁から現れた骸骨はカタカタと上顎骨と下顎骨を震わせて、骨だけゆえに声帯もないのに流暢に話始めた。

 

「カカカッ、良ク分カッタナ。ソレモ翡翠トカイウ奴ヲ観察シタ結果カ?」

 

 骸骨ゆえに表情は分からないが言葉の端から上機嫌である事が分かる……だが、声を掛けられた相手―ジャスパーは、指を突き付けた態勢のまま呆けたような表情を浮かべて呟くように答えた。

 

「……いや、カマかけただけだったんだけど……本当に出て来るとは」

 

 ガコンッと骸骨の下顎骨が落ちた。

 

 


 

 

 デープ・スペース・13周辺宙域

 

 並行世界へとやって来たクリスの乗る実験艦―02は、クロノトン魚雷を使用しての時間跳躍を行って2年前の世界へと転移し、懐かしい顔ぶれが居るであろうデープ・スペース・13を目指したが――今その宇宙基地は、白銀の球体に覆われていた。

 

「……ねぇ、此処ってデープ・スペース・13がある場所だよね?」

『――入力された座標に間違いが無ければ、その筈です』

 

 実験艦―02のブリッジでウィンドウに映される白銀の球体を睨みながらクリスが確認すると、実験艦の制御システムが淡々と答える……その物言いにムカついたクリスだったが、今はそれどころではないと気持ちを落ち着けて目の前の白銀の球体を改めて見つめる。

 

「……アレって、どう見ても『イシュ・チェル』だよね」

『……並行世界故に断言は出来ませんが、78%の確率でリバィバル級殲滅型戦艦『イシュ・チェル』と推定します』

「……何やってんだよ、骨格標本」

 

 並行世界ゆえに通じるか分からなかったが、自分のコードでアクセスしたら奇跡的に『イシュ・チェル』のシステムに入れたクリスは、かの船が何を目的にデープ・スペース・13を封鎖したのかを読み取って翠眼をジト目にして呟く……まったく余計な事をしてくれて、これで自分の目的に支障が出たらどうしてくれる、とジト目が座り始めるクリス――そして彼女は決断する。

 

「……敵味方識別信号は通じているな?」

『センサーに捕捉されていますが、攻撃が来ないので有効のようです』

「――よし、両舷全速、突っ込め!」

『――了解』

 

 クリスの号令の下、実験艦―02は白銀の球体に向けて移動を開始した。

 

 

 




 どうも、しがない小説書きのSOULです。
 
 なんとか年末年始の激務を終えて少し調子を取り戻したので、予定を変更して閑話3をUPします。

 次こそは1/4の本編でお会いしましょう。ではでは~。


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第七十二話 愛を知る者

 

 新たな地球・『ガミラス』連合艦隊の出現によって膠着状態となった戦場に留まる白色彗星内の帝星『ガトランティス』の大帝玉座の間では、徹底抗戦の構えを見せる地球政府に向けてある通信が行われていた――曰く「ある地球人兵士の愛に報いて」として科学奴隷どもが使う『ガミラス』規格の高速データー通信で地球側に送られて来た者は『遊星爆弾症候群』に有効な薬の成分データーであった。

 

 ……何故こんな物を? 誰もが首を傾げる中でだんだん明らかになる事情……白色彗星との戦いの渦中で、『ヤマト』航空隊隊長を務める加藤三郎二等宙尉に突き付けられた究極の選択――『ヤマト』か『子供』か、を突き付けられた事を。

 

 「アンタレス」に救助されて生きながらえた彼は処罰を望んだが、事態はそんな事に構うような余裕を人類に与えはしなかった。

 

 


 

 

 圧倒的な物量を持って立ち塞がる者すべてを飲み込まんとする『ガトランティス』に対して、ヤマト級三番艦『銀河』を中心とした地球・『ガミラス』連合艦隊は『ガミラス』臣民の壁と呼ばれる盾を遠隔操作で制御する装甲突入型ゼルグート級一等航宙戦闘艦艦隊を前面に展開して『ガトランティス』の火力に対抗する。

 

 『ガミラス』臣民の壁とは、メダルーサ級殲滅型重戦艦の長距離エネルギー移送攻撃に対する防御兵器として造られた代物で、装甲突入型の前面に配置されてロングレンジからの攻撃を防ぐ盾としての機能を持つ。またこの盾には周囲のワープ機能を阻害する効果もあり、これにより『ガトランティス』艦艇はもちろん白色彗星本体のワープによる侵攻を食い止めているのだ。

 

 宇宙戦艦『ヤマト』から脱出した真田達は休む暇なく即座に次の配属先が決定する。優秀な士官を遊ばせておく余裕は地球にはなく、緊急下の状況を鑑みて、彼らの新しい配属先は波動実験艦『銀河』であった。ヤマト型の三番艦として就役した『銀河』の第一艦橋へと足を踏み入れると出迎えたのは馴染の士官達であった。

 

 負傷により入院生活を送っていた新見、反乱覚悟の『ヤマト』の発進を、身体を張ってサポートした山崎、星名、桐生の『ヤマト』の残留クルー達。負傷して腕を吊り下げている真田の体調を心配する新見。

 

「心配ない……だが『ヤマト』は…」

 

 

 波動実験艦『銀河』の艦長「東郷早紀」三等宙佐に出迎えられた真田達は、『銀河』の中央作戦室へと誘われる。『ヤマト』級である『銀河』の装備は、第一艦橋や中央作戦室のレイアウトも『ヤマト』で馴染み深いものであり、そこで今後の作戦の説明がされる。

 

 現在、多数の対消滅ミサイル搭載艦が含まれる『ガトランティス』艦隊の第二波が接近中であり、これらからワープ機能を阻害する『ガミラス』臣民の盾を防衛する為の作戦が説明される。

 

 迫り来る第二波に対して『銀河』の波動防壁を前面に出して肉薄して叩く、奇襲作戦が承認された事を。時間断層内では次世代AIの自己増殖シミュレーションが行われているが、経験を積んだ人間を上回るにはまだ不足がある――作戦を成功させるためにも、『ヤマト』で培われた技術を『銀河』の指揮AIにフィードバックさせる事を要求される。

 

 作戦開始と共に前進した『銀河』より装備された『CRS』――『ヤマト』が『イスカンダル』より受領した『コスモリバース・システム』を受け継いでおり、地球が再生して役目を終えた『コスモリバース・システム』を研究して、波動エネルギーの制御デバイスとして用いることにより、周辺空間の波動コアを共鳴させることが可能である。これは『コスモリバース・システム』に指向性を持たせた技術であり、適切な増幅により友軍艦の波動防壁強化や、強烈な指向性を持たせて増幅を行うことで波動コアを暴走させて敵の次元波動機関にダメージを与えるといった応用が可能である。

 

 迫り来る敵艦隊へ向かって複数の機影が向かって行く――零式52型改『自律無人戦闘機ブラックバード』慢性的な人員不足に悩む地球軍の回答の一つである無人戦闘機を先導するのは、青く塗装されたコスモゼロ-死に場所を求める加藤の駆る機体である。

 

 鬼気迫る加藤の操縦テクニックによって無数の迎撃ビームを避けて敵艦隊の奥深くまで侵攻する加藤……敵の砲火によって数を減らす無人機を先導しながら搭載されたコンテナを射出して量産型の波動コアをばら撒くと、『コスモリバース・システム』を稼働させた『銀河』の放った干渉波を量産型波動コアが共鳴増幅する事により、強力な干渉波によって推進機関に障害を負った敵艦隊は密集隊形を取っていた事が仇となり、衝突誘爆して戦力の殆どを失った。

 

 爆発して崩壊して行く敵艦隊を見ながら『銀河』の藤堂艦長は語る、こうして時間を稼げば時間断層内で『波動砲』搭載艦が完成して戦列に加わる……そうして更に時間を稼げば、また新たな『波動砲』登載艦が加わる……時間断層という禁断の果実を手に入れた人類は、加速された時間という恩恵の下で技術を進歩させて、求める物を量産する――強力な戦艦を、自立稼働する戦闘機を、ついには人が乗らない自立稼働する戦闘艦を、艦隊を――『ガトランティス』の捕虜から得たデーターで人造兵士の製造も夢ではなくなり、いずれは何者にも負けない強大な軍隊を保有するのも夢ではないのだ。

 

 滅びを経験して総人口の7割を失った地球は星間国家としては脆弱であり、人類を存続させる為の方策が――かつての敵国『ガミラス』との実質的な軍事同盟であり、無人艦隊構想であった。

 

「……正気の沙汰じゃない」

「――正気で戦争に勝てますか」

 

 『銀河』操舵席に座る島は時間断層の工業力を頼りにした物量作戦を行おうとする防衛軍高官達の戦略を、それを淡々と語る『銀河』のクルーを批判するが、『銀河』副長「神崎恵」一等宙尉は逆に切り返してくる……彼女もまた『ガミラス』との戦争で地獄を見て来た一人である。

 

「……不要な物は排除し、使える物は何だろうと使う、効率的に、最速で勝利を」

 

 淡々を語る藤堂艦長――その物言いは、感情を排して機械的に物事を遂行しようとするように見える……『ヤマト』のクルー達は、そんな効率のみを追求した存在を良く知っていた……『ボーグ集合体』、生物としての完成度を向上させる事のみを目指して、個人を排して種族の繁栄のみを至上の喜びとする恐るべき存在――藤堂艦長の物言いはあの種族を彷彿とさせた。

 

 


 

 

 白色彗星内 荒廃した惑星

 

 心臓部たる『波動エンジン』のトラブルによって白色彗星の超重力に引き込まれて落下した宇宙戦艦『ヤマト』は、乗員の殆どを脱出させる事には成功したが、白色彗星の奥深くまで引き込まれてしまってもはや脱出は不可能であった。

 

 落ちていく『ヤマト』の眼前に白色のガスに包まれた惑星の姿が映る……木星規模の構造物を持つ敵の本拠地から伸びる幾重の巨大な爪に囚われた惑星だろか、重力圏に引き込まれた『ヤマト』は、その勢いのまま荒廃した惑星の表面に何とか不時着する事には成功したが、各所にダメージを負って無事とは到底言えなかった……せめてもの救いは謎の不調を見せた『波動エンジン』が調子を取り戻したことだろうか。

 

 だが良い話ばかりではない。『ヤマト』墜落時に負傷した森船務長が意識を取り戻したが、負傷の影響で『ヤマト』に乗り込んから今までの4年間の記憶を無くし、代わりに昔の事故の影響で失っていた過去の記憶が蘇る……それは共に生きる事を約束した古代の精神に失意と多大なストレスを与えたのだ。

 

 だが事態は個人の感傷を待ってはくれない。絶望的な状況から辛くも生き残った『ヤマト』は白色彗星奥深くの惑星からの脱出方法を模索している最中に、半壊しながらも周囲の探索を行っていたレーダーが荒廃した大地に巨大な構造物が有るのを探知して、その正体を探るべく調査チームが送り込まれ――彼らは、この荒廃した惑星『レムリア』の記憶装置と接触した。

 

 記憶装置から語られる『ガトランティス』誕生の秘話と、『レムリア』の過ち。人造兵士『ガトランティス』に感応波によるネットワークシステムを有する最上位モデルとして『タイプ・ズォーダー』を製造した事――複雑な精神構造と莫大な記憶容量を持つ人の形をしたモノ――それはもはや人間であった。

 

 『タイプ・ズォーダー』を中心とする『ガトランティス』は反乱を起こして『ゼムリア』に反旗を翻し、追い詰められた『ゼムリア』は最悪の方法を選択した――愛を知る『ズォーダー』が愛した者を人質に取り、『ズォーダー』を脅迫した後に殺害したのだ。

 

 『ガトランティス』が愛を嗤って否定しようとするのは、彼らが愛に傷いて苦しめられて来たからこそ、愛を憎んでいるのではないか――『ヤマト』のクルーは、初めて『ガトランティス』の大帝ズォーダーの真意を知る――『レムリア』に選択を強いられて全てを失った彼は、愛を口にする者や愛を大切にする者に同じように選択を強いている事を。

 

 『ゼムリア』の反撃によって『ガトランティス』の反乱軍は壊滅、生き残った手勢を連れて『ズォーダー』は『ゼムリア』を脱出したが、彼には目的があった――星一つ無い虚無に眠るという古代アケーリアス文明の遺産『滅びの箱舟』を蘇らせるという目的が。

 

 人が人である限り、愛と言う感情から逃れられない。愛を謳い殺し合う――それは止まる所を知らず、焼き尽くし滅びる……ゆえに愛が必要なのだ。命を繋ぐ愛ではなく、全ての人間に等しく苦痛から逃れる死という永遠の安息をもたらす大いなる愛が………一人の男の、千年の絶望が運命すらも歪ませる。

 

 かくして『ゼムリア』は星の牢獄に囚われて滅びさった。

 

 


 

 

 土星圏近郊

 

 地球・『ガミラス』の連合艦隊は、土星圏を舞台にして『ガトランティス』との激しい戦闘を繰り広げていた。ヤマト級三番艦『銀河』を中心に防御壁でありワープ阻害機能を持つ『ガミラス』臣民の壁を守る艦隊が、襲い来る『ガトランティス』の攻撃から壁を守り、壁の効果で白色彗星自体のワープを阻止して時間を稼いで時間断層からの増援を待つ……加速された時間の中で建造される『波動砲』搭載艦を加えた地球・『ガミラス』連合艦隊は、群雲の如く襲い来る『ガトランティス』の大群に対して決戦兵器である『波動砲』を効率よく運用する事により、万の数に匹敵する『ガトランティス』の大艦隊をかろうじて押し留める事には成功していた。

 

「……くそ、アイツらどれだけ居やがるんだよ!?」

「――弱音を吐くな、此処を突破されたら地球まで一直線だぞ!」

「――くそっ!」

 

 際限なく続く戦闘は防衛軍兵士の精神を極限まで削り、誰もが疲弊していたがそれでも彼らが奮戦出来るのは、二度と地球を焦土にしないという固い決意によるものである――地球が青い姿を取り戻して3年。未だ赤く荒廃した地球は脳裏に鮮明に記憶されており、また青い姿が失われるかもしれないという恐怖は、彼らの心に深く刻まれていた。

 

 


 

 

 白色彗星の奥深く帝星『ガトランティス』の背後に潜む彼もしくは彼女は、高速中性子と高圧ガスのゆりかごの中で微睡んでいた……この星系に侵入する前に襲い掛かって来た小賢しい銀色の小舟。栄光ある我が主に盾突く忌々しい『IMPERIA』の白銀の小舟との戦いに消耗した力を取り戻す為の休眠を取っていた彼もしくは彼女は、先ほどゆりかごに変化が起きた事に気付いて微睡みから覚醒して周囲を探知すると、家主の前にこの宇宙の航宙艦が群れを成しており、どうやら戦っているようだ。

 

 まったくこの程度の低レベルな航宙艦群を相手に、何を手間取っているのやら。あまりに低レベルすぎて眷属を仕向ける気にもなれない……だが、底知れぬ憎悪を持つ家主の事は気に入っている。家主の憎悪は際限なく広がり、この宇宙を滅ぼすだろう。それは労せずこの宇宙を滅ぼせると言う事……どれ、少し手を貸してやろう。家主が作った彼の憎悪を体現したオモチャを使って。

 

 


 

 

 地球・『ガミラス』連合艦隊

 

 防御壁でありワープの阻害機能を併せ持つ『ガミラス』臣民の壁を前面に展開した装甲突入型ゼルグート級を中心とした防衛艦隊は、絶え間なく増え続ける『ガトランティス』の猛攻を受けながらも必死になって留まり続けている――白色彗星本体のワープを阻止している『ガミラス』臣民の壁を守る事は第一であるが、その効果範囲には限りがあって後方に下がらせる訳にもいかず、ジレンマに陥りながらも迫り来る『ガトランティス』艦隊を迎え撃つ。

 

「――怯むな! 『ガミラス』の誇りを今こそ見せる時だ!」

 

 自分達の倍以上の巨体を誇る『ガトランティス』の大戦艦を中心とした大艦隊を前に一歩も引かぬ気概を見せる『ガミラス』の将兵たち――宇宙に名だたる一大帝国を築いた自分達が、辺境からやって来た蛮族ごときに負ける訳には行かなかった……だが辺境からやって来た蛮族と見下す『ガトランティス』は、彼らの想像をはるかに超える力を持っていた――そして未だ彼らは知らぬ、高圧ガスの雲に潜む“破滅を謳う獣”の存在を。

 

 

 装甲突入型ゼルグート級一等航宙戦闘艦 艦橋

 

 対『ガトランティス』戦役に投入された装甲突入型ゼルグート級の艦橋では、対火焔直撃砲対策として用意された『ガミラス』臣民の壁の遠隔操作を担当し、副次効果であるワープ機能の阻害が巨大ガス惑星規模の白色彗星本体のワープを阻害して、この宙域に押し留めるという重要な役割を担っていた。

 

 本拠地である白色彗星から続々と敵の増援が送り込まれて、放たれる砲火は物理的な圧力となって『ガミラス』艦隊の艦艇をすり減らしていく……情報によれば、戦闘種族である『ガトランティス』の目的は異文明の征服ではなく殲滅であり、奴らは戦い以外を知らない種族であると言う。そんな奴らを野放しにすれば、どれほどの悲劇が巻き起こされる事か。

 

 故に此処は引く事は出来ない……ある意味追い詰められていると言っても良いこの状況下で、周辺宙域の変化を監視している士官が『ガミラス』臣民の壁周辺の空間異常を感知した。

 

「壁周辺に空間異常――これは今までに観測された事のないパターンです!」

「――何、周辺宙域を警か――」

「――『ガトランティス』がワープアウト!?」

「――何!? 臣民の壁が有るのに、なぜ!?」

 

 『ガミラス』の士官達が狼狽えるのも無理はない。これまで『ガミラス』臣民の壁の効果で『ガトランティス』の艦船のワープ機能は阻害されていたのに、目の前に現れたのは、剣を組み合わせたような形状をした小型艦が複数現れて、次々に『ガミラス』臣民の壁に突き刺さって幾つもの爆発を引き起こしながら壁を崩壊させていく……ワープ阻害機能は確かに機能していた――だが彼ら『ガミラス』の士官達には分からぬ事だが、波動防壁中和システムを内蔵した剣状の敵小型艦 ガイゼンガン兵器群・自滅型攻撃艦イーターIを転移させたのはワープの様な技術ではなく、強大な思念波によって空間と別の空間を繋いで物質を移送する『超能力』アスポートと呼ばれる力による物である事を。

 

 


 

  帝星『ガトランティス』大帝玉座の間

 

「……今のは?」

 

 『ガトランティス』支配庁軍務総議長ラーゼラ―は、目の前で起こった現象が理解できずに戸惑いの声を上げる……今まさに敵艦隊に攻撃を仕掛けようとしていたイーターIの集団が突然姿が消えると、次の瞬間には奴らを守る壁の至近距離に転移していた……奴らのワープを阻害する手段によって空間跳躍が封じられたこの状況で、“何が”、“どうやって”、イーターIを運んだのか。

 

「……やはり、宇宙は我々の愛を必要としているのだ。業から逃れられぬ不完全な人間。そんなモノを誰が創造した、誰が宇宙に蔓延らせたのだ! 古代アケーリアス文明の実験は失敗したのだ――悪しき種は滅ぼさねばならぬ……そして、新たな種の発生を待つ……この宇宙に真の秩序と安定をもたらす新たな知的生命を。滅びの箱舟をコアに持つ彗星都市帝国こそ、全ての苦痛を焼き払う真実の愛の具現――サーベラー!」

 

 玉座より立ち上がり力強く宣言した大帝ズォーダーは、白色彗星の前進を指示した。

 

 




 どうも、しがない小説書きのSOULです。

 ガミラスとの戦争で総人口の7割を失った地球……もっとも多い時で100億前後(……それ以上は資源や食糧問題で紛争が絶えず戦争になるような)の人口として、生き残ったのは30億前後。そんな少ない人口でガミラス以上の脅威である彗星帝国を迎え撃つ……なりふり構ってられませんよね、地球。波動砲の威力に頼った波動砲艦隊構想、苦肉の策なのではないかと思います……その先がアンドロメダ・ブラックに代表される無人艦……先が見えないこの状況…必要だわ、『ヤマト』や『銀河』という希望が。


 では、次回。進撃を再開する白色彗星帝国。それを阻止すべく連合艦隊は果敢に挑むー-そして荒廃した惑星レムリアで、『ヤマト』は戦局を左右する重大な情報を入手した。

 第七十三話 泥沼の戦い

 1月11日0時更新予定です。ではでは~。


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第七十三話 泥沼の戦い

 


 

 

 

 波動実験艦『銀河』艦橋

 

 土星圏において『ガトランティス』の大艦隊と戦う地球・『ガミラス』の艦隊にとって波動防壁を増幅出来る『銀河』は中心的な存在であり、ワープ機能を阻害する『ガミラス』臣民の壁共々白色彗星を土星圏に押し留める為に無くてはならない物であった――だが、その内の一つである『ガミラス』臣民の壁が、ワープ阻害フィールド内であるのに何らかの方法で転移してきた『ガトランティス』の特攻型小型艦群によって破壊されてしまう。

 

「ワープ阻害フィールド消滅、『ガトランティス』周辺での重力傾斜高まる――AIの予想B-7に符合、白色彗星移動を開始」

「……ついに――全艦離脱限界までの距離を確保!」

 

 『銀河』副長の淡々とした声が艦橋内に広がると共に、『ヤマト』から転属となった島が唇を歪める……絶え間なく『ガトランティス』の圧力にさらされて来た地球・『ガミラス』連合艦隊。いくら時間断層で建造された『波動砲』搭載艦が増援として送られてくるとは言え、万を超える『ガトランティス』の大艦隊相手に、しかも敵の本拠地間近である影響か絶え間なく送られてくる増援に、敵にも時間断層があるのではないかと疑ってしまうような物量なのだ。

 

 ――そして巨大惑星クラスの白色彗星が速度を上げる。

 巨大質量ゆえの超重力にて周囲の物質を引き寄せ粉砕しながら、白色彗星は増速して行き、その巨大質量が巻き起こす重力の嵐が周囲に展開する防衛軍艦隊へと迫り来る。

 

「――重力波、来ます」

「――火星守備隊に連絡、彗星都市は土星沖を離脱――火星沖にワープする可能性大! 警戒されたし」

 

 


 

 

 宇宙戦艦『ヤマト』分析室

 

 白色彗星内の惑星『ゼムリア』に漂着した宇宙戦艦『ヤマト』はそこで滅びた『ゼムリア』記憶システムに遭遇して、この惑星が『ガトランティス』が生まれた星である事を知る――調査に来た『ヤマト』の自立型サブフレームAUO9「アナライザー」を乗っ取った『ゼムリア』の記憶システムより、彼らが辿った愚かしい運命を聞いた『ヤマト』のクルーは、『ガトランティス』大帝ズォーダーの憎悪の深さに言葉を失う。それほどまでに彼は傷つき憎悪したのだ――『人間』を……だが、だからと言って黙って滅ぼされるなど許容できない――人は、生命は生き抜く為に存在しているのだから。

 

 惑星『ゼムリア』の滅びの歴史を聞いた『ヤマト』の残留クルーの中でも比較的冷静なクラウス・キーマンは、この惑星が『ガトランティス』を生み出した星ならば当然用意しているであろうモノの所在を問い掛けた。

 

「『ゼムリア』が『ガトランティス』を生みだしたと言うのなら、有る筈だ――安全装置が」

 

 戦う為の駒として製造された人造の兵士『ガトランティス』。彼らを制御して永久的に隷属させる為の安全装置は当然用意されてしかるべきモノ……だが『ゼムリア』の記憶システムは情報の開示を拒む――『ゼムリア』の機密情報をよそ者に開示は出来ないと拒否したのだ……拒む記憶システムを冷たい目で見ながら、再度情報の開示を迫るキーマン。

 

 そこへ森雪と航空隊の山本玲に監視されながら現れた『ガトランティス』のスパイとして送り込まれた桂木透子こと「シファル・サーベラー」は厳しい表情で命令する。

 

「答えなさい――最後の『ゼムリア』人である、この私が聞いているのです」

 

 桂木透子の気迫に押されたのか、最後の『ゼムリア』人であるシファル・サーベラーの血に反応したのか、「アナライザー」を乗っ取った『ゼムリア』の記憶システムは素直に語り出す――滅びの調べを奏でるモノ、『ガトランティス』の要にして最大の“くびき”を――その名は『ゴレム』。

 

 記憶システムは語る――遥か昔に『ゼムリア』人が造りだした制御装置、作動すればあらゆる人造生命に死をもたらすモノ。反乱を起こした時にズォーダーはまずそれを奪い去ったが、破壊する事は出来なかった……何故ならば、破壊されると同時に『ゴレム』は謳い出す――人造細胞を死滅させる滅びへの調べを宇宙の隅々にまで。

 

 『ゴレム』の存在を知ったキーマンはその所在を詰問する。

『ゴレム』が謳えば宇宙の隅々にまで作用を及ぼす……つまり現在活動している『ガトランティス』の全てを根こそぎ滅ぼすことが出来ると言う事だ――戦局が一気に決する。無言を貫く記憶システムに尚も詰問しようとした時に、突然「アナライザー」はシステムダウンを起こして沈黙してしまった。

 

 恐らくは、此方の動きに気付いた『ガトランティス』の仕業だろう。リンク切れを起こして、これ以上の情報は得られない……肝心な所で情報を得る手段を失った事に歯噛みするキーマンだったが、そこに桂木透子の静かな声が響く。

 

「……分かる――『ゴレム』は、いま大帝と共に」

 

 


 

 

 帝星『ガトランティス』大帝玉座の間

 

「……奴らは知り過ぎた」

 

 大帝ズォーダーの座る玉座の間に、諜報記録長官ガイデーンの静かな声が響く。太陽系に侵入した白色彗星を迎え撃った地球艦隊を蹴散らしている時に現れた宇宙戦艦『ヤマト』は、起死回生の一撃を放とうとした所を潜入させた蘇生体の工作に動力を失って高圧ガスの雲の中に落下して行った……これで『ヤマト』の命運も尽きたかのように思われた。だが運命の悪戯か、かの船が落下した先にあったのは惑星『ゼムリア』――『ガトランティス』が生み出された星へ墜落した『ヤマト』はしぶとく生き残って、残されていた記憶システムと接触して“秘密”を知ってしまった。

 

「……地球を喰らうには、どのみち星を一つ捨てねばならぬ――『ゼムリア』を消せ」

 

 本来ならばもっと早く決断すべきであった。人造生命体である『ガトランティス』最大の弱点を知る惑星『ゼムリア』だったが、既に死滅した惑星であり彗星帝国の奥深くに囚われる哀れな星であり、誰も気に留めなかった……いや、消せなかっただけかもしれない。そんな感傷にも似た躊躇いが、『ヤマト』に『ゴレム』の存在を知られる原因となってしまった。想定していなかった事態にズォーダーは思う――これもまたお前の導きか『テレサ』、と。

 

 大帝ズォーダーの命を受けて、惑星『レムリア』を破壊するべく無数のカラクラム級大戦艦が集結して『レギオネル・カノーネ』の陣を敷く――天体クラスの質量を破壊するには大出力の砲撃が必要であり、本来は数十万隻単位の大戦艦が円筒状に並んで砲身を形成して、恒星クラスの物体の爆縮エネルギーを増幅・制御して軸線方向に発射する物であるが、彗星帝国内ゆえに数十万の大戦艦の雷撃ビットを連動させて威力を上げて、巨大なビームを放つ『インフェルノ・カノーネ』の大出力版として惑星破壊規模のビームを射出して、惑星『レムリア』の地表に到達するとその地殻を破壊する。

 

 大出力砲撃の威力は凄まじく、『レムリア』の地殻を砕いて内部構造に致命的なダメージを与える。星としての構造に致命的な損傷を受けた『レムリア』は崩壊への道を走り始めた。

 

 

 宇宙戦艦『ヤマト』第一艦橋

 

「――なんだ!?」

「……惑星規模の地殻変動発生!」

 

 対『ガトランティス』戦の勝敗を左右する情報を得た『ヤマト』は、不時着した惑星『レムリア』から発進して彗星都市帝国からの脱出を図る為に発進準備を整えていた矢先に、『ヤマト』を揺るがす程の振動を感知した古代は驚きの声を上げ、コスモレーダー受信席に座る西城は惑星規模の異変が発生した事を感知して報告する。

 

 『ゴレム』の情報をもたらした『ゼムリア』の記憶システムとの突然のリンクの途絶といい――秘密を知った『ヤマト』に対する『ガトランティス』の攻撃が開始されたと考えられる――ならば予定を繰り上げて発進するべく土方艦長は号令を掛ける。

 

「――総員位置に付け、『ヤマト』発進準備」

 

 


 

 

 強大な『ガトランティス』の大艦隊を迎え撃つ地球・『ガミラス』連合艦隊は、火星を絶対防衛線と定めて全ての戦力を集中させてこれ以上の進撃を阻止するべく決死の覚悟で戦いに挑んでいた――時間断層で生み出される『波動砲』搭載艦やAIにて制御される無人艦を実戦に投入して、物量にて勝る『ガトランティス』と戦っていた。

 

 

 地球連邦 防衛軍司令部

 

 モニターに映る最終防衛ラインである火星をもはるかに上回る規模の白色彗星を睨みながら、地球連邦防衛軍統括司令副長である芹沢は、これまでに被った被害のレポートが示されるタブレットを見て眉を顰める……撃沈された無数の艦船、地球・『ガミラス』双方の人命が湯水のごとく浪費されている……滅びを経験して総人口の7割を失った地球はこれ以上の人的被害には耐えられない……だが、ここで踏ん張らなければ人類に未来は無い。芹沢は立ち上がって広域通信の準備をすると、戦っている防衛軍将兵へと呼び掛ける。

 

「防衛司令部より、全艦隊に発令――徹底抗戦だ! 戦線を維持せよ! 一日持たせれば次の戦力を送り出せる。二日ならその倍、三日ならさらに――時間断層ある限り、地球の戦力は無尽蔵だ!」

 

 芹沢は将兵を鼓舞する――怯むな、戦え、地球の為に、明日を生きる子供たちの為に――知的生命体の殲滅を掲げる『ガトランティス』との間に交渉の余地はない。防衛軍の敗北は地球の滅亡に直結する――『ガミラス』との戦争で滅亡の淵に立たされた地球が、ここまで立ち直ったのだ――なのに『ガトランティス』に敗北して滅亡しては、地球を守る為に死んでいった将兵たちの犠牲が無駄になり、これまで血と汗を流して復興に携わって来た人々の思いすらも泡と消える。

 

 故に芹沢は鼓舞する――我らの文明を、人類と言う種を絶やすなと――生き延びる為に、どんな犠牲を払おうともこの戦争に勝利するのだ。時間断層がある限り、戦力に限りは無い――戦いの果てにどんな姿になろうと、人類は生き延びるのだ、と。

 

 

 宇宙戦艦『アンドロメダ改』ブリッジ

 

 土星沖海戦で致命的な損傷を追った『アンドロメダ』を時間断層内工場で修理強化して、新たな姿に生まれ変わった『アンドロメダ改』は、激しい戦争により航宙艦を運用する人員不足に陥った地球艦隊の回答の一つ、自立型AI制御の反自立型戦闘艦として改造され、人員はAIの判断の承認をする一名のみとなり、圧倒的な物量を誇る『ガトランティス』の分厚い防衛網を突破する為に各所に高機動ブースターを設置して、生身の人間では耐えられないような殺人的なGに耐える為に強化宇宙服を着た山南艦長は、『アンドロメダ改』の艦橋から見える黒く塗装された無人艦仕様の後期生産型の『アンドロメダ・ブラック』の艦隊を見つめる。

 

 時間断層によって大量に生産される戦闘艦群だったが、すでに地球にはその船を運用する人員はおらず、艦隊戦力を維持する為に生み出されたのが自立型AIによる無人制御の戦闘艦群であった……そんな血の通っていない冷たい機械の戦闘艦隊を率いて山南は、これから分厚い『ガトランティス』の警戒網を突破して本体である彗星都市帝国に一撃を加えるべく出撃をする……だが山南の胸中には、戦いに赴く高揚感よりも、誰も居ない艦橋にただ一人で座る寂寥感の方が大きかった。

 

(AIによる自立制御、乗組員は遂に俺一人か、寂しいな――なぁ、『アンドロメダ』よ)

 

 


 

 

 火星絶対防衛線上において、地球・『ガミラス』連合艦隊は襲い来る『ガトランティス』を迎え撃って激しい戦いを繰り広げていた。『ガミラス』本星からの援軍も到着して反撃の準備が整った地球・『ガミラス』連合艦隊は、『ガミラス』臣民と壁のワープ阻害機能を持って敵の奇襲と白色彗星本体のワープによる地球本土強襲を阻止しながら、分厚い『ガトランティス』の防衛網を突破して、白色彗星の分厚いガスの渦の中に潜む都市帝国に一撃を与えるべく奮戦していた。

 

 だが、そんな地球・『ガミラス』連合艦隊の思惑に『ガトランティス』が何時までも付き合う訳もなく、白色彗星のガスの中から姿を現した第7起動艦隊司令官バルゼー麾下のアポカリクス級航宙母艦が姿を現し、飛行甲板より大量の甲殻攻撃機デスバテーターを発艦させると、ワープ阻害機能を持つ『ガミラス』臣民の壁を制御するゼルグート級大型航宙戦艦に向けて襲い掛かかったが何とか迎撃する事に成功して、再び戦況は一進一退の拮抗状態へと移行する。

 

 

 

 高速中性子と高圧なガスの渦で構成された白色彗星の内部には、外で地球・『ガミラス』と戦う大艦隊以外の艦艇が木星規模の巨大構造物である都市帝国の周囲を固めて守りについている――万を超える大艦隊が戦闘を行って尚、それを超える数の艦艇が白色彗星のガスの中に待機して都市帝国を守っていた――そんな高圧ガスの中に潜む都市帝国のはるか上空で無数のワープアウトの光が輝いて両舷にブースター代わりのドレットノート級主力戦艦を固定した無人艦仕様の『アンドロメダ・ブラック』により編成された決死隊が、艦首に備え付けられた二連装『波動砲』にエネルギーを充填しながら急降下を掛ける……都市帝国の周囲を固める『ガトランティス』の艦艇が気付いて迎撃行動に出る前に、出来るだけ接近して『波動砲』の一撃を撃ち込んで惑星規模の都市帝国にダメージを与える――生還を考えない、無人艦だからこそ出来る戦法である。

 

「――全艦、『波動砲』発射用意」

 

 決死隊ただ一人の人間である山南艦長が、『アンドロメダ改』の艦橋で制御下にある全『アンドロメダ・ブラック』へと命令を下す――決死隊の存在に気付いた都市帝国周囲の艦艇が決死隊に向けて迎撃の砲火を放ち始めるが、既に『波動砲』へのエネルギー充填は終了している。迎撃の砲火によっていくつかの『アンドロメダ・ブラック』は撃沈されているが、殆どの艦艇が『波動砲』を撃ち込んだ――無数の『波動砲』の輝きが都市帝国に降り注ぐが、都市帝国上部に赤いリング状の防御シールドが展開されると、降り注ぐ『波動砲』の輝きを完全に防ぎきった。

 

 千載一遇のチャンスを逃した決死隊であったが、防がれたからと言って諦める訳にはいかない。決死隊を殲滅せんと襲い掛かって来る『ガトランティス』の艦艇を迎撃しながらも、都市帝国にダメージを与えるべく攻撃のチャンスを探る山南艦長。彼の視線は惑星規模の都市帝国の上部構造物の下部に位置する動力炉を狙撃できないか探っている時、都市帝国の巨大な牢獄に囚われている惑星群の一つが『ガトランティス』軍の砲撃によって崩壊していく姿が映った……何故、自らの星を破壊するのか?

 

 




 どうも、しがない小説書きのSOULです。

 生き残る為に死力をつくす地球。ガミラスとの戦争で滅亡寸前まで追い込まれたが故に、再び同じような経験をすまいと足掻く防衛軍首脳部というか芹沢のセリフがどんどん狂気が感じられるようになってきていますね。



 では、次回。進撃を続ける白色彗星帝国を止めようと必死の抵抗を続ける地球。悪化する戦況の中で、波動実験艦『銀河」の指揮AIは『G計画』の発動を宣言する。

 第七十四話 美しくも愚かしいもの、それは――

 1月18日更新予定です。ではでは~。


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閑話4 crying Skeleton

 

 

 デープ・スペース・13 司令部

 

 何もない壁から突如として指の骨が生えると、その後から白い頭蓋骨が壁から浮き出てユリカ司令達の前に降り立つ――不審人物(?)の侵入に『USSタイタン』のライカー艦長とアオイ・ジュンが腰に携帯していたフェイザーを取り出して白い骸骨に向けるが、骸骨ゆえに表情は分からないが雰囲気からまるで意に介していない事は分かる。

 

「――貴方は、何が目的でこんな事をするんですか?」

 

 さりげなくユリカ司令を庇いながら目の前に現れた白い骸骨に問い掛けるルリ……油断なくフェイザーを構えながらもライカー艦長は、信頼する妻にテレパシーで何か感じないかと小声で問い掛けるが、ディアナは小さく首を振って何も感じない事を伝える……テレパシーを遮断しているのか、もしくはこの骸骨はただのドローンで本体は別に居るのかと考えるライカー艦長。

 

「カカカッ、オ前タチハ自分ガ何ヲシタノカ分カッテナイノカ? オ前タチノ所為デ、時空連続体ニ深刻ナダメージガ入リ、亜空間亀裂ガ起キヨウトシテイル事ヲ」

「亜空間亀裂?」

「オ前タチガ時空間移動ヲ乱用スル事デ、コノ近辺ノ時空連続体ニ負荷ガ掛カリ、イツ亜空間ニ亀裂ガ入ッテモオカシクナイ状態ナノダヨ」

「――そんな、『ボゾン・ジャンプ』個人もしくは大きくても船一隻を飛ばすのがやっと……しかもナビゲード出来る人間は限られています――そんな状態で時空連続体に影響を与えられる筈がないじゃないですか! 貴方の言っている事は、こじ付けのような物です」

 

 反論するルリに向けて白い骸骨は カカカッと笑う。

 

「オ前ハ何モ分カッテハイナイ。確カニ、時空間移動ノ使用頻度ハソレホド多クナイ――ダガ、コノ宙域デハ以前カラ亜空間航行ニヨルダメージガ蓄積シテイルノダ、ソコニ毛色ノ違ウ時空間移動ガ加ワレバ……」

「……亜空間亀裂問題か」

 

 苦々しい声を出すライカー艦長――彼が副長をしていた『エンタープライズE』の前身『D型艦』の時代に持ち上がった大問題である。アルファ宇宙域のみならず全ての宇宙域で多くの種族が亜空間を利用したワープ航法を行っており、ワープエンジンの発生する高レベルの亜空間フィールドが宇宙空間に致命的なダメージを与え、それがいずれ亜空間に亀裂をもたらすと警告した科学者が命を懸けて立証したのだ。

 

「オ前タチハ小賢シクモ亜空間フィールドノ形状ヲ調整シテイルヨウダガ、ソンナ事デハ何時カ亜空間亀裂ガ発生シテ、多クノ星ガ飲マレルゾ」

 

 カカカッと白い骸骨が笑い、それに反してユリカ司令達の顔色が蒼白になる。『ボゾン・ジャンプ』は『ナデシコ』部隊にとっては切り札の様なモノであり、それが使用出来ないとなれば戦略の幅は縮まり、小型チューリップを使った三千メートル級の『ナデシコD』艦内のネットワークにも支障が出る。もし白い骸骨が言うように本当に亜空間に亀裂が生じる事態になれば、何が起こるかどこまで被害が及ぶか分からない……これがあの法廷で『Q』が言っていた、この世界へと侵入して世界のバランスに悪影響を与えたと言う事なのか。

 

「――サァ、罪深キ者タチヨ、罪ノ報イヲ受ケヨ!」

 

 白い骸骨が放つ気配が変わり、周囲に物理的な力を持つと錯覚するような圧倒的な力の波動が放たれて、ユリカ司令達は気圧されて一歩下がる……呼吸すらままならない状況の中で白い骸骨は、片手を上げると凄まじい光量を持つ輝きを生み出すと、それを放とうとして――司令部の天井近くに転移して来た何者かによって阻止された。

 

「何をしとるかぁああ、この骨格標本がぁ!」

「――ヘブゥウウ!?」

 

 天井近くから落下するスピードも併せて繰り出された両足は見事に白い骸骨を捉えて吹き飛ばした。ゴロゴロと床を転がる白い骸骨を尻目に蹴り飛ばした反動を利用して空中で一回転した何者かは軽い音を立てて床に着地する……白い骸骨と同じ白いボディスーツに青い結晶体を所々に付けた、栗色の髪をショートボブに揃えて少し背が伸びた少女は転がっている白い骸骨に向けて叫ぶ。

 

「――話をややこしくするんじゃないわ、この骨格標本が!」

「――私ノ美シイ頭蓋骨ガ!? 何テ事スルノヨ、アンタ!」

 

 白い骸骨と怒鳴り合う少女を最後に見たのは、宇宙戦艦『ヤマト』の医療区画であった。その頃よりは背も伸びて身体つきも女性らしいラインになってはいるが、やる事が無茶苦茶なのは変わっていないようであった。8年前に元の世界へと帰還する宇宙戦艦『ヤマト』と共に自分達の世界へと帰った筈の少女。

 

「……貴方、翡翠ですか?」

「……そうだよ」

「――翡翠、アンタなんでこの世界に!?」

 

 突然現れたクリスの登場に驚きを隠せないルリとジャスパー。見れば他の人間達も驚きの表情を浮かべていた……8年前に自分達の世界へと帰還した筈の彼女が何故この場所に? 事態の変化に着いて行けず、呆然とするユリカ司令達を置いて、クリス……いや翡翠はカツカツと靴音を鳴らしながら転がっている白い骸骨の所まで行くと、見下ろす形で詰問を始める。

 

「で、アンタは何でこんな所で油を売っているんだ?」

「――イタタ、私ノ美シイ頭蓋骨ガ……コンナ事ヲシテ、覚悟ハ出来テイルンデショウネ……アナタ……アンタハ…クリス?」

 

 頭蓋骨を振りながら立ち上がった白い骸骨が怒りの波動を放ちながら翡翠を見据えた途端に、眼球も無く眼窩だけなのに目を見開いて驚いている事が雰囲気で分かる……そんな白い骸骨を見据えた翡翠が ふんっと鼻を鳴らして「こんな超絶美少女に出会えたんだ、嬉しいだろ?」と煽るような事を言って、彼女を知る者が思わず頭を抱える。

 

「……ソウカ、ソウ言ウ事カ。貴方ガ翡翠……何故アイツハ“居ナク”ナッタノニ、貴方ハ生キテイルノ!」

 

 暫く呆然としていた白い骸骨だったが、噛み締める様に呟いた後に身体から猛烈な戦意を滲ませて、物理的な力を伴って周囲を荒れ狂い、吹き荒れる暴風に栗色の髪を乱されながらも翡翠は白い骸骨を見据えてから小さくため息を吐く。

 

「……なるほど、此方の私はもう“居ない”のか――来なカリン、場所を変えよう」

 

 瞳を真紅に変えた翡翠はそう言うと姿がブレて司令部から消え、それに続くように白い骸骨もまた姿がブレて消える……後に残ったのは事態の変化に着いて行けずに立ちすくむ者達だけであった。暫く呆然としていたライカー艦長だったが、隣にいるディアナに顔を寄せて問い掛ける。

 

「……ディアナ、君はあの白い骸骨から感情を読み取れたか?」

「……ええっ、どうやら彼女のお陰でシールドが解けたみたい」

 

 恐らくは白いボディスーツの中身も骨格だけのようだが、あの白い骸骨はしっかりと自分の意志を持ち行動していた所から、そのような在り様を持つ知的生命体であると推察したライカー艦長の問い掛けにしっかりと頷いたディアナは、あの白い骸骨から感じた事を言葉にする。

 

「あの骸骨……彼女から感じたのは、戸惑いと困惑――そして自分への怒りだったわ」

 

 


 

 

 翡翠に続いて位相を渡った白い骸骨―カリンの目の前に広がるのは、漆黒の宇宙空間であった。位相を渡って別の可能性の世界へと足を踏み入れた二人は、デープ・スペース・13に重なる別の可能性の中で対峙する。

 

『……此処なら、どんなに暴れても影響はないな』

 

 周囲を見回しながら『思念波』を飛ばす翡翠。だが白い骸骨は『思念波』に何の反応も見せずに髑髏は下を向いたまま微動だにしない。

 

『で、アンタは何で『ナデシコ』勢にちょっかい掛けた訳? 『ボゾン・ジャンプ』が時空連続体に悪影響を与えるって事を警告していたみたいだったけど、あんな小さな勢力の――ましてやA級ジャンパーが居なけりゃ使い物にならないような技術、ほおっておいても廃れるでしょうに』

 

 コテンと首を傾げながら翡翠は『思念波』を飛ばすが、白い骸骨は反応しない……いや、これは所謂“嵐の前の静けさ“だ。俯いている白い骸骨からは、先ほど感じた周囲を威圧するかのような気配は出ていない……出ていないと言うよりも内に溜め込んでいるのだろう。

 

『ハハハ、コレハ堪エルモノダナ。貴方ノ所為デハナイノハ分カッテイルノニ――貴方ヲ見テイルト、己ノ罪ヲ見セラレテイルヨウデ、耐エラレナイ!』

 

 白い骸骨は顔を上げて何もない筈の眼窩に紅い炎が燃え上がっているかのように錯覚するが、そこには暗い奈落の様な穴があるだけであった。叫ぶかのように『思念波』を叩き付けた白い骸骨は一気に加速すると、腕を大きく振り上げて指の骨で手刃を作って翡翠目掛けて振り下ろすが、身を捻って避けながら回転を加えて加速した肘で白い頭蓋骨を打とうとした翡翠だが、あっさりと躱される。

 

『――悪イワネ、八ツ当タリナノハ分カッテイルケド、止メラレナイノヨ――“アイツ”ハモウ居ナイノニ、何デ“貴方”ハ生イキテイルノヨ!』

「そりゃ、私の方が美少女だからに決まっているじゃない!」

 

 背後から襲ってきた巨大な骨で出来た拳を粉砕しながら、翡翠の胸を狙って繰り出された白い髑髏の突きの側面を叩いて軌道を逸らす。その攻防の間に白い骸骨は、自身が内包するエネルギーを物質に変換して幾つもの巨大な骨の刃を作り出して翡翠に振り下ろすが、その軌道を読んで回避しながら時には拳をぶつけて粉砕する翡翠。

 

『……まったく。向こうのカリンと言い、アンタと言い、内包するエネルギーを物質化しての力押しだけじゃ、私は倒せないぞ』

『……ソノ、ムカツク物言イモ、今トナッテハ懐カシイワネ』

『……何が有った?』

『――貴方ニハ関係ノナイ事ヨ!』

 

 白い髑髏はエネルギーを凝縮すると翡翠目掛けて撃ち出すが、片手で弾き返す翡翠

 

「……分かった――トコトン付き合ってやる」

 

 

 

 

 どれほどの時間が経っただろうか? 周囲の空間は戦いの余波で時空が歪み、所々で重力異常を起こして周囲の星間物質を集めて高温のガスへと変えていた。そんな重力異常の中心点に二人の人影が見える……二人が纏う白いボディスーツは破損こそないが煤に汚れて戦いの激しさを伺わせ、死力を尽くして力尽きたかのようにお互い背中合わせに無軌道に回転していた。

 

『……ねぇ、コッチの私はどんな最後だった?』

 

 淡々と何気なく聞いているが並行世界の自分の最後を聞くなど悪趣味のようであったが、それでも聞いておかなければならない――これから、あの『破滅を謳う獣』と再戦をしようというのだから……白い髑髏ことカリンは暫く無言だったが、ポツリポツリと『思念波』を返してくる。

 

『……五周期ホド前ニ、珍シクアイツカラ援軍要請ガ来テネ、指定サレタ地点ニ到着シタ私ガ見タノハ、黒ク変色シタアイツノ船ト……』

『……そっかぁ』

 

 再び黙り込んでしまったカリンを尻目に翡翠は思考の海へと沈む……デープ・スペース・13を覆う『イシュ・チェル』を見るに、この世界の自分もリバィバル級の殲滅型戦艦に乗っていたのだろう。なのに自分は敗れた……自慢ではないが、この内宇宙でリバィバル級殲滅型戦艦を機能停止に追い込める種族など、そうは居ないだろう……もしかしたら、居るのかもしれない……この並行世界にも『破滅を謳う獣』が。

 

 


 

 デープ・スペース・13 司令部

 

 デープ・スペース・13を覆う白銀の球体は依然として健在で、その球体から来たと思われる白い骸骨も突如として現れた翡翠と共に姿を消して、テンカワ・ユリカたちは打てる手もなく、ただ時間が過ぎていくだけであった……武器システムは白銀の球体からの干渉によりロックされ、白銀の球体も少しずつ縮小して行き、もはやシールドの間近まで来ていた……シールドが耐えてくれれば良いのだが、これまでの相手の能力を考えると望みは薄だろう。

 

「……どうやら、全員を『ナデシコD』に避難させた方が良いみたいね」

 

 この危機的状況を鑑みて、ユリカ司令はデープ・スペース・13の全クルーと民間人を『ナデシコD』へと非難させる事を決意する……『ナデシコD』なら強力なシールドが張れるし、いざとなればデープ・スペース・13を自爆させて爆発を目くらましにして、『ナデシコD』を『ボゾン・ジャンプ』させて脱出するしかないと考える……問題があるとすれば、あの白銀の球体が『ボゾン・ジャンプ』への干渉能力を持っているかどうかだが。

 

 ――そしてユリカ司令が退避命令を出そうとした時、彼女の胸にある五つの花びらを象ったバッチが鳴り、相手を確認するとどうやら夫であるアキトからの通信のようだ……並行世界へ転移する前から過酷な運命に翻弄されて、一度は宇宙戦艦『ヤマト』の医療区画で息を引き取った彼だったが、翡翠の尽力で蘇生はしたもののそれまでの記憶の大半を失った彼を戦場に立たせる事を良しとしなかったユリカや『ナデシコ』クルーによって民間人としてユリカと子供たちと共に家庭を築いている彼が、この状況に何の用事だろうか? 

 

 緊迫した状況であり、アキトからの連絡は後回しにしようと思ったユリカ司令だったが、妙に胸騒ぎがして周囲の物に断りを入れてからバッチを起動して現れたアキトを映すウィンドウへと問い掛けて彼女たちは驚愕の声を上げる事となった。

 

「えぇええ~~! 何でぇええ!?」

 

 

 時間は少し遡る。

 

 巨大な宇宙基地であるデープ・スペース・13の居住施設は、並行世界からやって来た300名の『ナデシコ』クルーだけで運用するには大きすぎて、AI稼働のバッタを多用する事で何とか運用しているというのが現状だ。

 故に居住施設には空室が多くあり、そんな中で例外的ににぎやかな部屋もあった――テンカワ夫妻が暮らす部屋である……この基地の司令官であるテンカワ・ユリカとその夫テンカワ・アキト。そして7歳になる彼らの子供テンカワ・ユウナとソフィアの双子の姉妹、そして居候としてテンカワ家のリビングのソファーを占拠しているラピス・ラズリの5人家族である。

 

 夫であるアキトは昔大きな事故で記憶の殆どを失ったらしく、記憶が無く不安な表情をしていたアキトを甲斐甲斐しく世話をしてくれた幼馴染で妻だというユリカと共にこのデープ・スペース・13へとやって来て8年。積極的なユリカに圧倒されながらもにぎやかで楽しい生活を続けている内にユリカが懐妊して、生まれたのが双子の姉妹のユウナとソフィアだった。

 

 ユウナの方はユリカ似の青い髪を持つカワイイ女の子だったが、妹の方のソフィアは“白い髪に金色の瞳”を持つアルビノの様な姿で生まれてきて驚いたが、二人ともすくすくと成長していて将来をちょっぴり楽しみにしているアキトであった。

 

 そして居候を決め込んでいるラピスは、「私はアキトの手、アキトの足、アキトの目、そしてアキトの胃袋」などと何処で覚えたのか屁理屈を言って転がり込み、最初はあつかいに困ったが、近所に住むアオイ・ジュンさんや、ウリバタケ・セイヤさんが、「コイツは食っちゃ寝をさせとく方が世の為だ」と力説して有耶無耶のまま居候しているが、呼べば直ぐに来るし、手伝いも率先してやってくれるので、双子の姉貴分に丁度良いかと納得している。

 

 そんなにぎやかで騒々しい生活の中で双子の姉妹も大きくなって手も掛からなくなった昨今、アキトは念願であった自分お店―ラーメン店を持ちたいという、かねてからの野望を成就させる為に自宅でラーメンの研究に明け暮れていた……試食係は双子の姉妹に居候と、何故か毎回隣に住むホシノ・ルリさんを巻き込んだユリカと食べる相手には事欠かないが、人がラーメンを作る度に涙ぐまないでも良いのではないか思う。

 

 そして今日もラーメンの試作を作っていると、玄関のインターホンが鳴る……珍しいな、普通は胸の五つの花びらを象ったバッチを使用する者が多く、インターホンが鳴るなんて、娘たちのイタズラ位しかなかったが。

 

 料理は火力だ、という謎のこだわりでわざわざ設置したガスコンロの火を止めて玄関へと向かうアキト。誰が来たのかとウィンドウの映像を見ると、見知らぬ二人組の少女の姿が映る――栗色の髪をボブカットにした翠色の瞳をした少女と、長い金髪を後ろで束ねた碧眼を持つ目も覚めるような少女がお揃いの白いボディスーツの所々に青い結晶体を付けた見知らぬ少女たち。

 

「……誰?」

『こんにちは! ソフィアちゃん、居ますか?』

 

 

 




 どうも、しがない小説書きのSOULです。

 今回は閑話をお送りしました。
 並行世界に転移しても騒動に巻き込まれるクリス。
 まぁそれでヘコたれるような可愛げのある性格ではないですからね。

 では次回は本編でお会いしましょう、ではでは~。

 それにつけても、本編と閑話のこの温度差よ。


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閑話5 visitor

 

 その日、テンカワ家はかつてない緊張状態に陥っていた――始まりは見知らぬ二人組の少女の訪問だった。天川家の双子の姉妹の妹ソフィアを訪ねて来たらしい彼女達を応対したテンカワ・アキトは了承すると、ソファーでポテチを食べていたラピスにソフィアを呼んでくるように頼んで、自分は訪ねて来た十代半ばの少女たちと世間話をしながら次女との関係性を探る。

 

 7歳になる双子の姉妹はちょうど可愛い盛りであり、年の離れたこの少女たちとどんな接点が有るのか会話の中から探ろうと言うのだ……それにウチの子の可愛いエピソードなどあれば聞けたらいいなぁ位の軽い気持ちだったが、話している内に雲行きが怪しくなる……ウチの娘を訪ねて来た割には双子の姉のユウナの事は知らなかったらしく露骨に驚いた顔をしていたし、来訪者を見る目が徐々に厳しい物になって行き、栗色の髪の少女の額に一筋の汗が流れる。

 

 そんな妙な緊迫感が流れる中、呼びに行っていたラピスと共に白い髪を肩口で揃えた下の娘ソフィアがやって来たようた。

 

「――父よ、呼んだか? ……お前は!?」

「――よっ、久しぶりだな」

 

 ラピスに連れられて奥からやって来たソフィアがアキトに声を掛けながら視線を玄関先へと向けると露骨に嫌そうな顔をして、栗色の髪をした少女が片手を上げて気軽に声を掛けた。

 

「……何故、お前がこの世界に居る?」

「……貸しを返してもらおうかと思ってな」

 

 何やら本当に知り合いみたいだが、普段はクールで殆ど表情が変わらない娘の表情が眉間にシワを寄せて嫌そうにしている所から、あまり良い知り合いではないようだ……お引きとり願おうと声を掛けようとした時、後ろに控えていたラピスがアキトのシャツを引っ張る。

 

「……ラピス?」

「……アキト、ユリカとルリに連絡して」

 

 何故二人に? 訝し気に眉を寄せるアキトにラピスは小声ながらも早口で説明する――いわくあの二人の少女の来ている服は、8年前の『ボーグ集合体』との決戦の折に確認された異星人たちが着ていたコスチュームであり、あの栗色の髪を持つ少女は恐らく宇宙戦艦『ヤマト』で猛威を振るっていた異星人の少女の可能性が高いと言うのだ。

 

「……マジ?」

 

 さて、どう話を誘導して奥さん達に連絡を取ろうかとアキトが思案していると、驚く事に来訪した少女たちの方からユリカ達に連絡するよう促して来たのだ……提案してきた栗色の髪の少女曰く「その方が話が早そうだからね」との事だ……訝し気にしながらもアキトは胸にある五つの花びらを象った『ナデシコ』専用のバッチを起動してユリカ直通の回線を起動すると、家の方に来訪者があった事を伝えて、途中から話に加わって来たラピスから来訪者に付いての詳細を聞いたユリカは、胸のバッチから最大音量で叫んだ。

 

『えぇええ~~! 何でぇええ!?』

 

 

 ユリカはすくに帰るから待ってて、と言って一方的に通信を切られてアキトは途方に暮れる……栗色の髪を持つ少女と睨み合う下の娘を見ながら、どうしたものかと思案するアキト。後ろに居るラピスが言うにはあの栗色の髪の少女は危険人物だと言う……そんな人物をウチの中に入れる訳にはいかないし、かと言ってこのままウチの前でにらみ合いを指せておく訳にもいかないし……本当にどうしたものかと考えていると、血相を変えて居住施設に繋がる通路を全力疾走してくる一団を見て驚いていると、そんなアキトの隙を突いて来訪者の少女たちはあっさりと脇を抜けてウチの中に入ると、間取を把握しているのかリビングのある方向へと消えて行く。

 

 思わず制止しようとしたアキトだったが、その前に通路を全力疾走して来た一団――妻であるユリカとお隣さんのルリさんや近所に住むアオイ・ジュンさん、惑星連邦の制服を着た人がゼイゼイと息を整えながらも来訪した少女の行方を問われたアキトは苦笑いを浮かべながらウチの奥を指差す。

 

 

 ――そしてこの現状である。ウチの中へとズカズカと入り込んだ来訪者あらため不審人物たちはリビングにあるソファーに座り込み、それを囲むようにしながらアオイ・ジュンと惑星連邦の士官―ライカー艦長は腰からフェイザーを抜いて狙いを定め、その後ろから厳しい表情をしたユリカとルリそしてディアナが様子を窺っている。

 

「……このウチは、お客にお茶も出ないのか?」

 

 ぶてぶてしいと言うのはこういう事なのだろう……栗色の髪の少女――翡翠と名乗った少女は、にやにやと笑いながら来客として持て成せと要求……いや、煽ってきている。そんな彼女の物言い、アオイ・ジュンや、騒ぎを聞いて駆け付けたウリバタケ・セイヤなどは額に青筋を浮かべたが、そんな大人たちを尻目にラピスと共にお盆を携えて来たソフィアは、翡翠ともう一人の不審人物の前にお茶と、レプリケーターで造ったのか一部地方で食べられる米と呼ばれる穀物と長期保存できるように付けた野菜にお茶を掛けたモノをどんぶりで置く。

 

「……何、これ?」

「……やるわね」

 

 二人組の不審者の内、金髪碧眼の少女はお茶だけでなくどんぶりが出て来た事に首を傾げ、翡翠はと言えば にやりと口角を引き上げる……どんぶり出て来たモノ、それはある地方では“ぶぶ漬け”と呼ばれるもので、意味は「早く帰れ」と暗黙に伝えるモノであり、僅か7年でそんな高等技術を使えるようになったのか、と感心したのだ。

 

「……どうだ、演算ユニット。肉の身体を持った感想は?」

「……戸惑いの方が多い人生だよ」

「――けど、それなら大手を振ってミスマル・ユリカを母と呼んでも問題ないし、アンタのお望み通りに一緒にいられるだろ?」

「――ちょっと、待ってください!」

 

 感心した表情のままソフィアと話す翡翠だったが、会話に中に看過できないワードがあり過ぎて思わず止めたルリを煩わしそうに見る。

 

「……なに?」

「――貴方は、8年前に元の世界に帰ったのに、何故その後に生まれたソフィアの事を知っているのですか? しかも今、貴方はソフィアの事を“演算ユニット”って呼びましたよね、まさか――」

 

 8年前、『ボーグ集合体』との戦いに勝利した『ナデシコ』と『エンタープライズE』そして宇宙戦艦『ヤマト』の前に姿を現した白銀の巨大戦艦は、翡翠と『ヤマト』を連れて元の世界へと帰還した筈……テンカワ・アキトとユリカの間に双子の姉妹が生れたのは、その1年後の事であり、ユリカが生んだ双子の内の姉であるユウナは、ユリカ似の普通の赤ん坊であったが、問題は妹の方であった。

 

 生まれたばかりで短い髪の毛は白く、産声を上げるでもなく母であるユリカを見つめる眼は金色をしており、とてもまともな赤子とは言い難かった……最初はアルビノ(先天性色素欠乏症)かと疑ったが金色の瞳の説明が付かず、火星の後継者に拉致されて古代火星文明の遺産である『ボゾン・ジャンプ』の演算ユニットに接続された事による影響かと目されたが、時が経って赤子が安定してくると、そんな生易しい事態ではない事が分かって来た。

 

「……私達も迂闊でした。何時もは鬱陶しい位にユリカさんにべったりな、あの“演算ユニット”のアバターが姿を現さない事を気にも留めていなかったのですから」

「……時折、ふらっと居なくなっていた時があったからな あの娘は……もっとも双子の赤ん坊が生まれて僕達も右往左往していた所為で、余裕がなかったと言うのも有るが……」

 

 ユリカの産後の騒動を思い出して遠い目をするルリと、若いクルーで構成されている『ナデシコ』の中でお産を経験したクルーなど少数であり、もっとも頼りにされたのが科学者兼医療を担当しているイネスと、3人の子持ちであるウリバタケ・セイヤであったという事を思い出して苦笑するジュン……ウリバタケの名前が出てくるあたりが当時の迷走っぷりを物語っていた。

 

「……普通の赤ん坊よりも、かなり早い時期から流暢な言葉を操って話し始めましたが――分かりますか、貴方に! 「おはよう、ホシノ・ルリ」と、まだ歯も生えていない赤ん坊から声を掛けられた私の驚きが!」

 

 明らかに普通の赤子と違う反応をみせる双子の妹の方を精密検査したイネスの見解は、大脳皮質があり得ないほどに活性化しており、しかも大脳皮質の下にある脳梁(のうりょう)の部分に未知の働きをしている組織が存在している事を告げられて、心労からユリカが倒れて大騒動になりながら何とか双子の姉妹を育てたという。

 

「……でだ、何とか成長して言葉を操れるようになったソフィア――ああ、これも本人の強い希望で名付けられたんだが……まぁ、この時点でおおよその見当は付いたが……彼女から自分が“演算ユニット”の生まれかわりだと聞いたんだ」

 

 冷たい視線を翡翠に向けるルリとジュン……もっともそんな視線くらいでしおらしくなる様な性格をしていない翡翠だったが、流石に大騒動になるとは思っていなかったらしく後頭部をぽりぽりと掻きながら視線をさ迷わせる。

 

「……いや~、本当に実行するとは、びっくり――」

「お前が、原因かぁあああ!」

 

 

 流石に『ナデシコ』クルーからの追求に燃え尽きて真っ白になった翡翠だったが、まだ言い足りないが早急に解決しなければならない問題がある『ナデシコ』クルーは渋々話題を最大の問題である、デープ・スペース・13を覆う白銀の球体に付いての話になり、司令部に突然現れた翡翠が白い骸骨と共に消えた後も白銀の球体の収縮は止まったが、未だに存在し続けている問題を翡翠にぶつけてみる。

 

「それで結局あの後どうなったんですか? あの球体が健在な以上、司令部に現れたあの白い骸骨も生きているといか、存在しているとは思うんですが……」

 

 ルリの問い掛けに燃え尽きていた翡翠だったが、何とか復活すると隣で涼しい顔してお茶を飲んでいる金髪劇眼の同行者に視線を向ける。

 

「――ほら、呼ばれているぞ」

「――?」

 

 翡翠の視線に倣って、その場にいる全員が金髪碧眼の少女に視線を向ける……翡翠と同じというか、あの白い骸骨が着ていたボディスーツと同じと言うかそのものを纏い、8年もの間この世界に居なかった筈の翡翠と妙に親し気にしている少したれ目の品の良い感じがする。

 

「……まさかとは思いますが、もしかしてその人が?」

「――そっ、骨格標本の本来の姿――カリン、アンタまだ『イシュ・チェル』片付けていなかったのか、邪魔になるから早く片付けろよ」

「……うるさいわね、コッチも頭に血が上ってそれ所じゃなかったのよ」

 

 白い骸骨姿で現れたくせに血が上るとはこれ如何に、向けていた視線がジト目になる『ナデシコ』クルーとライカー艦長……そんな視線の中でカリンと呼ばれた少女が パチンと指を鳴らすと同時に司令部で白銀の球体を監視していたノゼアから連絡が入り、デープ・スペース・13を覆っていた球体が突然姿を消したとの報が入る。

 

 当面の危機は去った訳だが、それでも目の前に新たな問題が浮上している……デープ・スペース・13の内部警備システムでは感知出来ずに、人知れず司令部まで侵入していた白い骸骨の持ち主らしき少女と、8年前に元の世界帰った筈の翡翠が単独で現れた……最初 白い骸骨は『ボゾン・ジャンプ』がこの時空に悪影響を与えると言って、このデープ・スペース・13を破壊しようとしたのに、今はあっさりと攻撃を解除する……まるで別の目的があり、『ボゾンン・ジャンプ』などどうでも良いように――そして8年間姿を現さなかった翡翠がこのタイミングで現れる……。

 

「――結局、貴方は何がしたかったんですか? 『ボゾン・ジャンプ』の危険性を説くにしても、こうもあっさり撤収するなんて、何か別の目的があるんじゃないんですか」

 

 淡々と、だが確実に非難するルリ……お茶を飲み終わったカリンは静かにカップを置くと、その碧眼をルリへと向ける――途端硬直するルリ。彼女に向けられた作り物めいた蒼い瞳が向けられると、全てを見通し、全てを吸い込みそうな恐ろしい感覚に支配されて身動き一つ取れなくなる――だが硬直は直ぐに解かれる。横に居る翡翠が ポカリとカリンの頭をぶん殴ったからだ。

 

「――痛い! 何するのよクリス、私の美しい頭蓋骨にヒビでも入ったらどうするのよ!」

「――うっさい、一般人を脅かしてんじゃない。っていうか、やっぱりコッチのアンタもナルシ~な訳?」

 

 ぎゃあぎゃあ言い合いをしていたが、翡翠が「ほれ、話せ」と言うとカリンに催促すると、翡翠の顔を見ていたが大きくため息を付いて話し出した。

 

「……まあ、『ボゾン・ジャンプ』による亜空間亀裂なんて私達にとっては些細な事だから、それほど力を入れている訳ではない――8周期前に、この辺境の銀河で次元転移反応が観測された……私が来たのはその調査の為だ」

「――些細な事って、私達にとっては大問題ですよ! それを――」

 

 カリンの物言いにカチンっときたルリが噛みつくが、カリンの蒼い瞳はどこまでも冷たく深い。

 

「――それは君達の都合だ。我々にとって亜空間亀裂など些細な問題だよ」

「――そんな言い方――」

「……つまりアンタは、8周期前の次元転移反応を追ってこの銀河に来た訳だ……まったく、どこまでがアイツの筋書きだ……」

 

 突き放すようなカリンの物言いに抗議しようしたルリだったが、翡翠の呟きにかき消されるほどの弱弱しいモノでしかなかった。翡翠はそんなルリを見る事無く、カリンと話を進めて行く。

 

「……まぁ、その次元転移の原因も判明した訳だけど」

 

 ジト目で翡翠を見るカリン。

 

「――それで、貴方は何故、また次元の海を渡って来たのかしら?」

 

 そして何故 私をここに連れて来たと視線を強くして問い掛ける。

 

「さて、それじゃ話しましょうか」

 

 翡翠は語り出す――次元の海を渡って元の世界へと帰還してからの事を。宇宙戦艦『ヤマト』と供に元の世界へと帰還した後、彼らは目的地である大マゼランへの航海へ復帰し、翡翠も本来あるべき場所へと帰還したが、3年の時が経った頃に銀河間空間を航行中の『アルテミス』に未知のコスモウェーブが接触し、はた迷惑なコスモウェーブを送り付けて来る相手に文句の一つでも言ってやろうと、発信源である天の川銀河に向かう間に情報収集の傍ら『ヤマト』がどうなったかの情報を収集してみると、せっかく母星を再生したのに新たな厄介事に見舞われていた。

 

「……彼らの地球は救われたのか」

 

 翡翠の説明を聞いたライカー艦長は、故郷を救う為に必死になっていた若い士官―古代の事を思いながら、彼等の思いが報われた事に安堵したが、また新たな問題に見舞われているのかと前途多難な人生だなと思う。

 

「……それで厄介事って何があったんですか?」

「……彼らの銀河に向けて巨大な彗星が迫っていた――進路上にある星を砕き、そこに住まう知的生命体の全てを根絶やしにしながら、巨大な彗星は宇宙に死と破壊を振り撒きながら進む――巨大な彗星を操るのは『ガトランティス』……地球の、いえ宇宙戦艦『ヤマト』の新たなる敵」

「……星を砕き、全ての生命を根絶やしにする」

 

 翡翠の説明に出て来た全てを破壊する『ガトランティス』……デルタ宇宙域を旅したUSSヴォイジャーの航海日誌『ヴォイジャー・レポート』の記述を思い出すライカー艦長――デルタ宇宙域で猛威を振るう『ボーグ集合体』。だがその『ボーグ』をも上回るかもしれない脅威として記載されていたのが、『生命体8472』……この世界に隣接する流動空間に生息して、強大な力を誇る『ボーグ・キューブ』を一撃で破壊する排他的な種族。この銀河系に住む生命を自らを汚染するモノとして浄化しようとしたと言う。

 

「はた迷惑なコスモウェーブを送り付けて来た相手――高みへと昇華して、この世の始まりから終わりまでを見通す、女神なんて物に祭り上げられている高位存在により呼ばれた宇宙戦艦『ヤマト』は、『ガトランティス』を止める為に、私は白色彗星に潜むこの世の理に反した獣―『破滅を謳う獣』を仕留める為に――」

 

 翡翠が『破滅を謳う獣』の存在を告げた途端、カリンの碧眼が大きく見開かれる。

 

「――貴方達は、“奴ら”の侵入を許したのですか!?」

 

 驚きを露にするカリンを冷たい目でみていた翡翠は にやりと嗤う。

 

「……居るんだな、この世界にも“奴ら”が」

 

 

 




 どうも、しがない小説書きのSOULです。

 骸骨ことカリンですが、彼女は自分大好きっ娘で、自分磨きに余念がないのですが、何時しか「私のもっとも美しいのは内面ではないのか?」との考えに取り付かれて、それが変形合体して「内面から滲み出る美しさ――つまり、一番奥こそが美しいのでは!?」と とち狂って、人体の奥底にある“骨格”こそがもっとも美しい、と肉の身体を亜空間に保存して、自らの骨格を通常空間に投影している……早い話がなるし~の変態です。


 では、次は1月18日の本編でお会いしましょう、ではでは~。


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第七十四話 美しくも愚かしいもの、それは――

 

 波動実験艦『銀河』の艦橋では、指揮AIから衝撃的な発言が飛び出していた――『ガトランティス』との戦いによって地球・『ガミラス』の戦力の半数が失われ、地球政府首脳部は『G計画』の発動を承認した。『ガトランティス』との泥沼の闘いを続けていけば、時間断層によって兵器は生産できるが人員の方は既に限界に来ている。それを打開する為のAIによる無人戦闘艦の開発だったが、それだけで戦争に勝てる筈もなく、これから先に人類はどんな選択をするか分からない……戦いを有利に進める為に人体の改造――手足を機械化したり、神経細胞を強化する事による反応速度の向上など、選択はエスカレートする事は確実であり、今のうちに正常な遺伝子を保存して――最悪の場合は、地球を脱出して新天地にて人類文明を復興させる――それが『G計画』である。だが、現時点の技術では人間を再生する事は困難であり、その為に『銀河』のクルーは女性で構成されている。

 

「……そこまで…そこまでしなきゃいけないのかよ!?」

 

 それだけの覚悟を見せる『銀河』のクルーに驚く島――人間という形に拘り、自らも部品としか見ない彼女たちが島には同じ人間とは思えなかった――そこに人としての尊厳は有るのか、思わずそう叫んだ島だったが、『銀河』のクルーの反応は冷淡だった。

 

「……恐怖を克服する為には自らが恐怖になるしかない。波動砲艦隊も、時間断層による軍拡も、それがガミラス戦争で滅びを経験した人類の結論……この残酷な世界で生きていくには人は弱すぎる」

 

 淡々とした口調で話す『銀河』の藤堂艦長……宇宙は生物が生きるには過酷な環境であり、深宇宙には『ガトランティス』以上の脅威が潜んでいるかもしれない。そんな過酷な世界で生きていくには脆弱な人間のままでは不可能に近い……そこには人間という生き物に対する絶望があった。

 

 誰もが言葉を失う中で、『銀河』の艦橋に都市帝国と戦っている山南の声が響いた。

 

『『アンドロメダ』より全艦優先通信――聞こえるか! 『ヤマト』発見! 一瞬だが光学的に捕捉した、あれは『ヤマト』だ!』

 

 その言葉に驚く藤堂艦長……『ヤマト』墜落の原因を知っている『銀河』のクルー達は、あの状況下でも『ヤマト』生き延びていた事に驚くと共に、かの船が16万8千光年という未知の航海を成し遂げて地球を救うという偉業を成し遂げた、奇跡を起こした船である事を思い出す。

 

『――『ヤマト』は生きている! だが彗星帝国の強大な重力に囚われている。『ヤマト』単独での脱出は困難だ。残存艦艇、聞こえて居たら、『ヤマト』の脱出の援護を』

 

 『ガトランティス』と戦いながらも『ヤマト』の援護を要請する山南の言葉に、『銀河』のクルーの異様なまでの覚悟に飲まれていた『ヤマト』のクルー達が息を吹き返す――各々の責務を思い出して、如何に『ヤマト』を救出するか議論を始める。

 

 『アンドロメダ』に乗る山南は、『ヤマト』救出の為に都市帝国の内部に存在する『重力源』を破壊する為に攻撃を仕掛けると言う……だが惑星サイズの都市帝国を支える『重力源』を『アンドロメダ』単艦で破壊するには攻撃力が不足し、敵の奥深くに存在する『重力源』を破壊する為に援軍を送るのは難しい……そんな中で立ち上がった真田は、艦長席に座る藤堂を見据える。

 

「艦長、意見具申。『銀河』の『コスモリバース』で増幅してやれば、『アンドロメダ』一隻の『波動砲』でも『重力源』にダメージが与えられるはずだ」

 

 真田の提案に躊躇いの表情を見せる藤堂艦長……『アンドロメダ』の『波動砲』を増幅する為に敵の真っただ中に飛び込むリスクを考えると、おいそれとは決断出来なかった。そんな中で『銀河』を制御する指揮AIが反論する。

 

「期待する効果を得るには『CRS』に負荷が掛かり過ぎる。不確実性の高い作戦の為に『コスモリバース・システム』を失う訳には――」

「――お前には聞いていない!」

 

 反論するAIを一喝する真田――そして視線を藤堂艦長に戻す。

 

「……艦長」

 

 


 

 

 宇宙戦艦『アンドロメダ改』艦橋

 

 彗星都市帝国の近辺で襲い来る敵を迎撃しながら二連装『波動砲』へとエネルギーを充填しながら、艦橋に一人座る山南は悲壮なる決意を固める。

 

「……多くの、多すぎる命が失われた…今更、責任を取れるモノではないが、せめて俺と『アンドロメダ』の命と引き換えに、戻って来てくれ『ヤマト』――」

『――山南。死んで取れる責任など無いぞ』

 

 命と引き換えにしても『ヤマト』だけは、と決意を固める山南に通信機から土方の声が聞こえて来る……崩壊する惑星からの脱出を図る『ヤマト』からも単艦で突撃を敢行する『アンドロメダ改』の姿が確認出来たのだろう。先ほどの優先通信は『ヤマト』も傍受しており、『アンドロメダ改』の山南艦長が何をしようとしているのか理解した『ヤマト』の土方艦長は、自らを犠牲にしても脱出を援護しようとしている『アンドロメダ改』に通信を繋いだ。

 

『山南――生きろ! 生きて恥を掛け、どんな屈辱にまみれても生き抜くんだ。人間は弱い、間違える――それがどうした、俺達は機械じゃないだ! 機械は恥を知らない、恥をかくのも、間違えるのも、全部人間の特権なんだ!』

 

 確かに人間は間違える。だが生きていれば、それを経験として蓄積して次へと生かすことが出来る。人類の歴史はトライ&エラーの連続だ。愚鈍に足掻き続けても、理想を夢見て挑戦を繰り返す。困難な道だろう、挫折して折れるかもしれない……だが挑戦をしたという事実は残り、それが後に続く者への指針になるかもしれない――そして人は理想を、夢を実現して来たのだ……機械のように効率を求めては決して到達出来ないモノを。

 

 波動実験艦『銀河』もまた決断する――人類という種を残す『G計画』の遂行を主張する指揮AIの判断を拒否して、敵の真っただ中で孤軍奮闘する『アンドロメダ改』の援護に向かう事を決める……この絶望的な状況下の中で『ヤマト』一隻を救出した所で戦局が変わるとは思えないが、それでも人類には『ヤマト』が――絶望に抗う人々には希望の象徴が必要だった。

 

「現時点を以て、指揮AIを更迭。本艦の指揮は私が取る――『銀河』、火星戦線へ!」

 

 

 白色彗星内の都市帝国への奇襲に失敗した地球防衛軍決死隊は、敵『ガトランティス』の反撃によって数を減らして残るは『アンドロメダ改』一隻を残すのみとなっていた……共に白色彗星内へとワープを敢行して攻撃を行った無人制御の『アンドロメダ・ブラック』達は敵の砲火によって撃沈され、せめて敵に一太刀と突撃を敢行する『アンドロメダ改』の艦橋で艦長たる山南は敵惑星からの脱出を図る宇宙戦艦『ヤマト』の姿を発見した。

 

 だが敵惑星から脱出はしたが、傷ついた『ヤマト』の推力では彗星帝国の放つ超重力圏からの脱出は困難であり、『ヤマト』の脱出を援護するべく敵彗星帝国の動力炉であろう『重力源』への攻撃を行うべく、無数の『ガトランティス』の艦艇の合間を縫って『重力源』を射程に収めようと『アンドロメダ改』は単艦で突撃する。

 

 そんな『アンドロメダ改』に敵艦隊の砲火が集中するが、改装時に増設された高機動ノズルを吹かして回避しながら敵艦隊の只中に切り込むが、進路上に現れた自滅型攻撃艦イーター1の単分子切断衝角が『アンドロメダ改』の艦橋を捉えて切断する――艦橋上部を切断された『アンドロメダ改』であったが、それでも機能に変調をおこさずに推力を維持して航行するタフさに、強化宇宙服をまとった山南も苦笑するしかなかった。

 

「――ふっ、お前もしぶといな『アンドロメダ』よ」

 

 単艦で文字通り孤軍奮闘していた『アンドロメダ改』だったが、そこへ覚悟を決めた『銀河』がワープアウトして、彼女の協力で増幅された二連装『波動砲』が敵『重力源』を捉えて、都市帝国の放つ超重力に乱れが生じる――超重力の乱れに隊列を乱した敵艦隊の隙を突いて、惑星からの離脱を図る『ヤマト』をロケットアンカーにて牽引した『アンドロメダ改』は、傷ついた身体ながらも推力を最大にして都市帝国から脱出を果たす。

 

 その光景は、『銀河』の艦載機射出カタパルトで待機していた加藤の眼にも映り、その眼からは涙があふれだしていた。

 

「……『ヤマト』……生きて…生きていてくれた」

 

 


 

 

 起死回生の策として、白色彗星の高圧ガスの渦の奥底に潜む都市帝国への直接攻撃は失敗に終わったが、その後に敵惑星からの脱出を図る宇宙戦艦『ヤマト』の姿を発見してその救出に成功したのだ……とは言え、船体に多大なダメージを負った『ヤマト』はこのままでは戦闘にはとても耐えらず、大規模な修理が必要な状態であった。

 

 幸いというか、近くにはヤマト級三番艦 波動実験艦『銀河』がおり、『ヤマト』の同型艦である彼女も『ヤマト』同様の武装を施されていたが、『ヤマト』より移設された惑星再生システム『コスモリバース』のブラックボックスの干渉により全ての武装が使用不能である現状もあって、『銀河』から使える部品を『ヤマト』に移植する事により早期に修理を完了できる事が出来た。

 

 火星近郊の地球・『ガミラス』の艦隊集結宙域では、『銀河』から装備の移譲が完了した『ヤマト』は静かに出撃の時を待っていた。

 

 

 宇宙戦艦『ヤマト』機関室

 

 同型艦である『銀河』から部品の譲渡を受けた『ヤマト』機関室は依然と同様に快調に機能しているように見えたが、姉妹艦とはいえ別の艦の部品を組み込んだ事による影響がないか『波動エンジン』前の機関出力計器盤を注視する機関長徳川に、『銀河』にて機関室の責任者をしていた山崎が近付いて行く……その表情はどこか暗かった。

 

「『銀河』から移し替える部品は全て移し替えました……一番欲しい部品はお前だ、とは言っては貰えんのですか」

「……連れてはいかんぞ」

「――おやっさん」

「――あの若造共に、まだまだ教えてやらにゃならん事があるだろう――良い“釜焚き”を育てろ、山崎」

 

 


 

 

 最後の戦いを挑むべく、火星近郊宙域から出撃する宇宙戦艦『ヤマト』――波動防壁を抜く『ガトランティス』の自滅型小型戦艦対策としてレーダーの大幅な索敵範囲の向上と対空装備を増設して出来うる限りの強化を行い、強大な『ガトランティス』の艦隊を退けて、木星サイズの人工天体である彗星都市帝国――古代アケーリアス文明が遺した悪しき進化を遂げた種族を刈り取る『滅びの箱舟』を止めなければならない。

 

 圧倒的な物量を誇る『ガトランティス』……だが、希望が無い訳では無い。白色彗星内に墜落しながらも奇跡的に生還した『ヤマト』より齎された情報――人造生命体である『全ガトランティス人』を死滅させる惑星『レムリア』の民が遺した最終兵器『ゴレム』。

 かのシステムを奪取もしくは破壊出来れば、全ての『ガトランティス』を停止させる事も可能――奪取すれば『ガトランティス』を降伏させる事も出来るかもしれない。

 

 

 宇宙戦艦『ヤマト』は火星圏より離脱する――進路は地球。

 白色彗星の地球到達を阻止する為に、地球へと急ぐ『ヤマト』の前に因縁の相手が立ち塞がった――1度は『ヤマト』に敗れて都市帝国の客将になりながらも、星の寿命を迎えた『ガミラス』を救う為に独自の道を行く元『ガミラス』帝国総統デスラー。

 

 『ガトランティス』大帝ズォーダーが求めた惑星『テレザート』に存在していた高位次元存在『テレサ』との門を材料に、『ガミラス』星を離れては長くは生きられない『全ガミラス』民族が移住できる惑星を用意または創造する事を要求しようとしたデスラーの思惑は、この宇宙から惑星『テレザート』が姿を隠した事によって一度は断念した。

 

 だが、デスラーの監視役として『ノイ・デウスーラ』に随伴していた『ガトランティス』のミルより、全『ガミラス』民族が移住できる惑星を用意する条件として『ヤマト』を倒す事を求められたデスラーは、『全ガミラス』民族を救う為に『ヤマト』に『デスラー砲』の照準を向ける。

 

(『ヤマト』、『大いなる和』……(けだ)し理想は美しい――だが、理想だけでは何も救えない。その理想に現実を変える力があると言うのなら、私を倒しに来い――ランハルト)

 

 覚悟を決めたデスラーの放った一撃は『ヤマト』を捉えたかに見えたが、事前に察知したキーマンの助言に従い緊急ワープを敢行した『ヤマト』は、『ノイ・デウスーラ』の至近距にワープアウトするとそのまま『ノイ・デウスーラ』の船体へと突撃を敢行して青い船体深くへとめり込んで行った。

 

『空間騎兵隊チームα、出撃準備! 総員乙武装、白兵戦に備えよ!』

 

 『ノイ・デウスーラ』の船体深くに突き刺さった状態の『ヤマト』。

 あまりに至近距離故に双方とも火砲の使用は出来ず、『ヤマト』側は艦内工場で増産した2式空間機動甲冑を纏った空間騎兵を中心に、『ノイ・デウスーラ』への突入部隊を編成して突入し、初手の『デスラー砲』以降は何の動きも見せなかった『ノイ・デウスーラ』側にも動きが見える――青い船体より『ガトランティス』カラーの自立型対人・対物無人兵器であるニードルスレイブが群雲の如く湧き出て、『ノイ・デウスーラ』の船体深くに突き刺さって逆に身動きが取れない『ヤマト』に襲い掛かって来る――このニードルスレイブが厄介なのは、小型機動兵器ゆえに的としては小さく迎撃が困難である事と、戦場にて猛威を振るう自滅型小型艦同様に波動防壁に干渉できるシステムが搭載されている所だろう。

 

 群雲の如く到来して波動防壁に干渉して穴を開けると、『ヤマト』艦内に侵入してくるニードルスレイブの大群。至る所で激しい戦いが繰り広げられ、戦いの最中に愛する人が蘇生体である事を知った女の悲痛な叫びや、『引き金』を引かぬ道を模索し続けた男の覚悟や、記憶を無くしながらも身を挺して愛していた男を救う女の姿に打たれて歩み寄ろうとした矢先に、人間の愚かしさにより永遠にその機会を失うなど、悲哀様々な出来事があった。

 

「……なんと…なんと、愚かな……」

 

 今目の前で、殺し合い以外の道を選択しようとしていた若い世代の歩み寄りが、永遠に閉ざされた事に表情を歪めるデスラー。救出に来た兵士達にとって、『ガトランティス』の士官など排除すべき敵でしかなかった……だがその行為により『ガトランティス』と地球と『ガミラス』は、最後の一人になるまで殺し合う道を選択するしかなくなった。

 

『ヤマト』の格納庫に収容されたミルの亡骸と対面した桂木透子は、かつて愛した男の代替わりクローンを己が子として慈しんだ記憶を持つが故に悲しみ涙を流す……帽子を脱いでその姿を黙って見届けた土方艦長は、基幹エレべーターで艦橋に戻る途中でこの戦いの行く末を予想して厳しい表情を浮かべる……神が与え給うたのかもしれない千載一遇の機会を、我々は逸してしまった。……この戦い、もう行き着く所まで行くしかあるまいな、と。

 

 失意に暮れる桂木透子の下に古代が訪れて、ミルの死を悼みながらも彼女に『ガトランティス』との戦いへの協力を要請する……引き金を引かぬ道を模索し続けた彼も、此処まで来た以上覚悟を決めたのだ。

 

「……綺麗事は言わない。どちらかが亡びるまで終わらない戦いになる……それでも彼が、若きズォーダーがくれた希望を、次へ繋ぐために――今は!」

 

 

 




 どうも、しがない小説書きのSOULです。




 では、次回。遂に地球圏に到達した白色彗星帝国。時間断層を手中に収める為に太陽を遮り、抵抗の意思をへし折ろうと降伏勧告を行う彗星帝国の前に姿を現す宇宙戦艦『ヤマト』。

 第七十五話 『トランジット波動砲』
 1月25日更新予定です。ではでは~。


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閑話6 survival War

「……居るんだな、この世界にも“奴ら”が」

 

 ぽつりと、本当に小さな声だったが翡翠がそう呟くと彼女の翠眼が紅く染まり激しい戦意が物理的な力を持つかのように周囲を圧迫し始める……その戦意をまともに受けたユリカやルリそしてアキトは、息苦しさの中で空気を求めるように呼吸が早くなるのを感じ、ジュンやライカーなの幾多の戦場を経験している彼等でもこれほど濃密な戦意を感じた事は無く、知らず汗をかいていた。

 だが、そんな戦意を横で直接受けているカリンは涼しい顔で激しい戦意を発する翡翠を小突く。

 

「……おい、私より先にヤル気にならないでよ、此処は私達の世界よ」

 

 蒼い瞳と紅い瞳がぶつかり合う……先に瞳を逸らしたのは紅い瞳だった。翡翠は紅く染まった瞳が翠色に戻り「……悪かった」と小さく謝罪する。

 

「……まあ、来て良かったわ――目標も定まったし、やるべき事が分かった」

 

 ソファーから立ち上がりながら翡翠に向けて礼を言ったカリンは、光に包まれて消えた後には彼女の姿は無かった……転送されたのだろう。彼女が消えてから直ぐに司令部のノゼアからルリに連絡があり、デープ・スペース・13の近くに白銀の巨大戦艦が突然現れた後にワープに入ったというのだ。

 

「……あの人はどこに?」

「……アイツは、アイツでやるべき事がある。そういう事よ」

 

 


 

 

 そしてテンカワ家は再び緊張感に包まれていた。突然デープ・スペース・13を襲った白銀の球体は、司令部に侵入してきた白い骸骨『カリン』と共に来た時と同様に突然姿を消し――後には8年前の『ボーグ集合体』との戦いの後にこの宇宙から姿を消した筈の栗色の髪を持つ少女が残ったからだ。

 

「……さて、これでようやくゆっくりと話が出来るな」

 

 カリンが去った後、翡翠はゆっくりとこの場に居る者を見つめる……『ナデシコD』の艦長であり、テンカワ・アキトと結婚したようでミスマル姓からテンカワ姓になってデープ・スペース・13の司令官に就任しているテンカワ・ユリカと、『ナデシコC』の艦長でありユリカ司令の懐刀となっているホシノ・ルリ。そして彼女たちを支えるアオイ・ジュンとウリバタケ・セイヤだけでなく、惑星連邦のライカーまで揃っている……手間が省けて丁度いいと にたりと嗤う。

 

「……結局、貴方は何の為にこの世界に来たんですか?」

 

 翡翠の浮かべる邪悪な笑みを警戒したルリが問い掛ける。問い掛けを受けた翡翠は、どこか情報が映し出せる場所は無いかと逆に問い掛け、司令部近くのブリーフィング・ルームを使用してはとユリカ司令は提案したがお気に召さなかったようで、翡翠は立ち上がると右手を上げて――パチン。翡翠が指を鳴らした途端にテンカワ家のリビングに居る全ての者は眩しい光に包まれた事で目をつぶり、再び目を開けた時には周囲の状況は一変していた。

 

 ――そこは宇宙空間であった。無数の星が光り、遠くにはカラフルな星雲も見える……最初は驚いたが、呼吸が出来る所から現実の宇宙ではなく、連邦艦に装備されているホロデッキのようなモノだと思われるが、重力が感じられず見ればユリカ司令が「はわぁぁわぁ――」と言いながら横方向に回転している……一体何をどうすればあんな器用な事が出来るのやら、近くにいたルリとアキトのお陰で何とか回転を止めて一息付いたようだ。

 

 ユリカ司令たちが落ち着いた事を確認したライカー艦長は、傍にディアナが居る事を確認してから周囲を見回す……少し離れた所にアオイ・ジュンとウリバタケ・セイヤがおり、彼らは比較的落ち着いているようだが、問題はユリカ司令の方へとゆっくりと近付いているテンカワ家の次女ソフィアとラピスも居る所だろう……あんな小さな女の子まで巻き込まれるとは、翡翠と呼ばれる少女は一体何を考えてソフィアまで巻き込んだのか。

 

「……ディアナ、何か感じないか?」

「……居るわ、あの子……姿は見えないけど、こっちを見ている……」

 

 ライカー艦長の問い掛けに、ハーフ・ベタゾイド人であるディアナはテレパシー能力を使って姿が見えない翡翠の行方を捜すと、ジャミングでもしているのか場所は特定できないが、彼女の意識が此方に向いている事を感じていた。

 

 一見 周囲は宇宙空間のように見えるが、ホロデッキと同じ原理で投影しているなら“本当は”何が有るか、それこそあの少女の姿が隠れていてもおかしくはない……小さな差異も見逃さないように注意深く観察していると視線の先に小さな光が灯り、その光は瞬く間に大きくなる――それは航宙艦がワープを終了する時に発するワープ・アウトの輝き――いや、光はますます大きくなって中心部巨大な影が現れる……艦首に巨大な砲口を持ち、艦の上方に強力な武装を揃えて特徴的な楼閣の様な艦橋を持つ戦船――宇宙戦艦『ヤマト』であった。

 

 ――これは『アルテミス』が銀河系を探索した時に記録した映像……『ヤマト』は特異なフォルムを持っているから特定するのが楽だったよ。

 

 『ヤマト』より艦載機が一機だけ発艦すると下部にある格納庫が開いて大型のブースターらしき物が放出されて、艦後部にある別の格納庫から武装したパワードスーツのような物が複数出て来てブースターを『ヤマト』の側面近くに停止させると、発艦した艦載機をブースターに接続しながら出て来た複数のパワードスーツらしきものが取り付いた後、ブースターに点火して艦載機と多数のパワードスーツもどきが取り付いたブースターは『ヤマト』に先行して進む……そして十分に加速したブースターはそのままワープに入った。

 

「……おいおい、あのままワープしたのかよ」

「……無茶苦茶だ」

 

 同じくその光景を見ていたウリバタケとジュンは呆れたように呟く。見れば『ヤマト』の進路上には岩石に覆われた惑星があり、どうやら先ほどの艦載機とパワードスーツもどきはあの惑星を目指しているようだ。

 

 ――あの星の名は『テレザート』。全てを見通すといわれる女神に祭り上げられている『テレサ』の居る惑星……けど今は宇宙を席巻する『ガトランティス』の支配下にあり、『テレサ』のコスモウェーブを受けて飛び立った『ヤマト』は、『ガトランティス』から『テレザート』を解放する為に戦いを挑んだ。

 

 周囲の宇宙が物凄い勢いで流れ、一部を除いて殆どを岩石で覆われながらも開口部より青い光を放つ『テレザート』近辺へと場面は移り、岩石に覆われた『テレザート』唯一の開口部には艦全体がミサイルで覆われた文字通りミサイル艦隊が陣取り、『テレザート』の近くにある巨大なテーブルの様な小惑星に向けて艦首に備え付けられた二対の大型ミサイルを発射する……小惑星を破壊して何をする気なのかと思った時、小惑星に無数の亀裂が走って青白い輝きが溢れ出すと共に以前『ボーグ・キューブ』を破壊せしめた宇宙戦艦『ヤマト』の決戦兵器『波動砲』の輝きがテーブル上の小惑星を粉砕してミサイル艦隊を飲み込んで原子レベルに粉砕する。

 

「……今のは?」

「……グラビティブラスト? いえ、破壊力はそれ以上……」

 

 初めて宇宙戦艦『ヤマト』の『波動砲』を見るユリカやルリを始め『ナデシコ』のクルーはその威力に絶句して、『波動砲』により原子レベルに分解されたミサイル艦隊がいた宙域を見つめる。

 

 ……『波動砲』で『ガトランティス』を一掃した『ヤマト』は、周囲を覆う岩盤を排除して惑星『テレザート』へと降下していく……この星にて女神と称さされる『テレサ』と会う為に。

 

 周囲に投影された映像が流れ、近隣宙域から大気の流れに乗って一気に地表近くへと降りる。『テレザート』を覆う海の上を疾走しながら映像は破壊の後が痛々しい島の中へと流れる。最下層に到達した映像は幾何学模様が描かれた門を通り、その奥に到達した映像は、空中に浮かぶ女神の姿を映し出す……彼女が全てを見通すという『テレサ』なのだろう。

 

『強い思いは、時に運命すらも捻じ曲げる。1人の思いがあるべき未来を変える時もある――そして、その傍にはこの世の理に反した獣が寄り添う――『破滅を謳う獣』が』

 

 そう告げて『テレサ』の姿は消える。

 

 ――コスモウェーブに応えた宇宙戦艦『ヤマト』は、彼等の宇宙に血と破滅を巻き散らす白色彗星を根城にする『ガトランティス』を止める事を、我ら『IMPERIAL』の警戒網を掻い潜って、局部銀河の中でも辺境に位置する銀河系の近くに潜伏していた宿敵『破滅を謳う獣』――私はバイオ・シップを仕留める事を託された。

 

 次に映し出されたのは一面の“白”――巨大な途方もなく巨大な白き彗星が一面を覆っていた。人の目にはどこまでも白い光しか見えない……巨大ガス惑星に匹敵するような巨体を高速中性子と圧縮されたガスの渦で形成される破壊の権化である白色彗星の威容に言葉を失うユリカたち……連邦宇宙艦隊に属して様々な任務にて宇宙を旅して来たライカーとディアナとてこれほど巨大な彗星を間近で見る事無くなく、航宙艦にてこれほど至近距離に接近すればどれだけ危険かを考えて眉間にシワが寄る……そうしている内にユリカ達の後方に光が灯り次元の壁を押し退けて一隻の白銀の巨大戦艦が出現する。

 

「……『アルテミス』」

 

 誰から漏らした呟きの後に『アルテミス』の流体物質で構成された船体が変化を起こして艦首部分が変形して巨大な砲口を形成する――そして『ヤマト』の『波動砲』の輝きに匹敵――否、それを上回る程の極光の輝きが放たれて巨大惑星規模の白色彗星に突き刺さり、G型恒星が一生を掛けて放つ熱量は白色彗星を構成するガスの雲を吹き飛ばして、彗星のガスの中に隠されていたモノを白日の下にさらけ出した。

 

 冷たい蒼い光を放つ巨大な爪が複数の惑星を囲い込む牢獄とその上に存在する惑星規模の巨大な建造物。その中心に聳え立つ惑星をも越える巨大な楼閣と眼下を睨み付ける紅い十個の眼が巨大惑星規模の建造物の印象を無気味な物へと変えていた。

 

 ――これが白色彗星の奥に潜んでいた『ガトランティス』の本拠地。

 

 翡翠の声にユリカたちの視線が『ガトランティス』の本拠地である惑星規模の構造物へと向けられ――構造物の前にグリーン色に統一された無数の航宙艦が存在すると事に気付く、巨大構造物のあまりのスケールの大きさにより感覚がマヒしてしまうが、『テレザート』近隣宙域で『ヤマト』と戦っていたミサイル艦の姿もあり、それと比較するとこの場に居る航宙艦の規模は200mから500mくらいの規模はあるだろう。だがその数が尋常ではない。100や200隻所ではない……千――いや万を超えるほどの無数の戦闘用航宙艦が轡を並べて惑星規模の巨大構造物の前に陣取っていた。

 

 そして万を超える大艦隊はその持てる力の全てを使って『アルテミス』を撃沈せんと襲い掛かって来たが、その全ての攻撃は『アルテミス』に届く事なく虚空へと消えて行く……それは『ナデシコ』が初めて『ボーグ・キューブ』と接触した折に乱入して来た白銀の巨大戦艦『アルテミス』と『ボーグ・キューブ』群との戦いを彷彿とさせるもの。ライカー達の世界で恐怖の代名詞となっていた『ボーグ・キューブ』群の攻撃を物ともしなかった白銀の巨大戦艦『アルテミス』は、『ボーグ・キューブ』の攻撃に揺るぎもしないどころか仄かに輝く船体から無数の光弾を射出すると瞬く間に『ボーグ・キューブ』を満身創痍に変えてしまった――その光景が再現される。

 

 仄かな輝きを放つ船体から無数の光弾が射出されると、半包囲をしながら攻撃してくる『ガトランティス』の戦闘艦に襲い掛かると彼らを守るシールドに接触するやシールドからエネルギーを吸収してじわじわとシールドを侵食して突破――グリーンに塗装された『ガトランティス』の戦闘艦の装甲を粉砕しながら内部に侵入して爆発を起こして藻屑へと変える。

 

 圧倒的な戦闘能力で『ガトランティス』の艦艇を蹴散らす『アルテミス』を見ていたライカーはかの船の行動に疑問を持つ……半包囲されているのに『アルテミス』は当初の位置から動かず、反撃を行いながらもまるで何か別の事を行っているかのように位置をキープし続けている……そして『アルテミス』に変化が訪れる。

 

 『アルテミス』を構成する流体金属の表面に変化が起こり、まるで ささくれ立った棘のような物が複数形成されると虚空に向けて射出されて亜空間へと消える――そして、惑星規模の巨大構造物の後方に燻るガスの塊の中に複数の爆発が起こる。

 

 ……そして爆発の衝撃と熱量により高温のガスが渦巻く中から巨大な“ナニ”かが姿を現す――過酷な宇宙空間であるにも関わらず表面は脈打つ肉の色で覆われた千キロを超す紡錘形の巨体、その後方には薄い翅のような四方に展開しており、それはまるで生物のようであった。

 

 灼熱のガスの中から浮上する巨大生物に付き従うような、同じような構造をした100分の1程度の規模しかないが、それでも脅威となるであろう大きさを持つ生物が無数に浮上してくる。

 

 ――あれこそが、我ら『IMPERIAL』の宿敵である“奴らが”運用する生体母艦、遺伝子操作の果てに生み出された『破滅を謳う獣』――生物兵器『バイオ・シップ』とその『眷属』ども。

 

 周囲を囲む『ガトランティス』の戦闘艦を蹴散らした『アルテミス』は移動を開始して、巨大惑星規模の構造物に見向きもせずにその横を通り過ぎて灼熱のガスから姿を現した『破滅を謳う獣』とその『眷属』達と対峙すると、『破滅を謳う獣』――『バイオ・シップ』の先端に亀裂が入り、音のない宇宙を震わせながら衝撃波が発せられて『アルテミス』の船体を構成する流体金属を波立たせる。

 

 それを合図にするかのように、白銀の戦船と『破滅を謳う獣』との戦いが始まった――仄かに輝く船体の表面に無数の光弾を生み出すと射出して『バイオ・シップ』を破壊せんと殺到するが、その全ては『バイオ・シップ』に到達する前に何かに阻まれるかのように手前で爆発する……恐らくシールドを備えているのだろう。

 

 『アルテミス』の攻撃を凌いだ『バイオ・シップ』の表面に変化が起こってささくれ立つと『ガトランティス』の戦闘艦と同じ規模の無数の黒い棘へと変わって射出され、お返しとばかりに『アルテミス』へと降り注ぐが流体金属から射出された光弾に迎撃される。

 だが黒い棘の対処をしている内に高温のガスから浮上した全長1キロを超える無数の『眷属』たちが『アルテミス』目掛けて殺到し、『アルテミス』は持てる火力の全てを用いて迎撃するが、『バイオ・シップ』の先端が再び開口して宇宙を震わせながら衝撃波が『アルテミス』の流体金属で構成された船体を波立たせて迎撃する光弾の軌道がわずかに逸れて隙が生じる――その隙を縫うように『眷属』が加速して『アルテミス』の船体に激突する。

 

 『アルテミス』に突き刺さった『眷属』はそのまま電撃を放って眩い輝きが『アルテミス』の船体を走り、鏡のように宇宙を映していた流体金属に含まれるナノマシンに不具合が発生して輝きを失う――だが『アルテミス』は、突き刺さる『眷属』をそのままに変色していない流体金属から無数の光弾を形成して『バイオ・シップ』目掛けて射出するが、その全てが『眷属』の分厚い壁に阻まれて効果がない。

 

 それからも加速した『眷属』が次々と『アルテミス』の船体に突き刺さり――『アルテミス』の流体金属は輝きを失って、光弾を射出する勢いもどんどん弱くなっていき……遂に仄かな輝きを放つ流体金属の船体を持つ白銀の船は黒い塊へと変貌していった。

 

 ……私は『破滅を謳う獣』――『バイオ・シップ』の討伐に失敗し、奴は『ガトランティス』と共に銀河系の辺境宙域である地球へと向かった。

 

 目の雨で繰り広げられた激しい戦いに言葉を失っているユリカとライカーの前で、吹き飛ばされたガスを超重力で引き寄せて再び高速中性子と高圧なガスに包まれた惑星規模の巨大構造物と『破滅を謳う獣』は、立ち塞がるモノ全てを粉砕する白色彗星へと戻ると進撃を再開する……黒く変色して力無く漂う『アルテミス』を残して。

 

「……宇宙戦艦『ヤマト』と彼らの守る地球へと全てを粉砕する白色彗星と万を超える大艦隊、そしてこの宇宙の理から外れた『破滅を謳う獣』が向かっている……当然『ヤマト』の地球も戦う力は持っているけど、白色彗星と『破滅を謳う獣』相手では勝利を掴むのは難しい」

 

 何時の間にかユリカとライカーの間に姿を現した翡翠は、そう告げると視線を前へと向ける――そこには青い輝きを放つ地球の姿が映し出されて、そこから漆黒の宇宙へと進む無数の航宙艦の姿が映し出された。

 

 青い姿を取り戻した地球で、失ったモノを取り戻そうとするかのように必死に働く人々が荒廃した都市を復興させて、それは以前以上の摩天楼を生み出して、滅びの危機を経験した彼らは二度と地球を赤い焦土とはしないと力を求め――生み出した新生地球“防衛”艦隊。

 

 銀河系を遥かに超えた大マゼランにある『イスカンダル』への航海のデーターを反映させた新鋭の戦闘艦――量産型武装運用システムD1 ドレットノート級主力戦艦と、それを上回る装備と効率よく運用出来るシステムを備えた地球の新たなる守護者――前衛武装宇宙戦闘艦『アンドロメダ』――力を求めた地球は強力な『波動砲艦隊』を持って地球の防衛に当たっていた。

 

 無数の艦艇が地球から飛び立って進むその姿を見たユリカやライカーの眼には、艦首に備えた巨大な砲門――宇宙戦艦『ヤマト』にも搭載されていた決戦兵器『波動砲』を標準装備し、轡を並べて宇宙を航行するその姿が『波動砲』の威力に頼る危うい姿に思えた。

 

「『ヤマト』にも装備されていた『波動砲』を持つ『波動砲艦隊』だけど、『エテルナ』の分析では、白色彗星に勝利するのは不可能と出た」

 

 翡翠がそう断言すると、映し出されていた地球の姿から、彗星の中に隠されていた巨大惑星規模の構造物の概要図へと移り、中心にある強力な動力源から伸びたエネルギー経路の先にある巨大な空洞の中では、無数の航宙艦が建造……いや設計図に沿うように金属分子と有機的な組織を材料に航宙艦を組み上げて、文字通り“生み出されて”いた。

 

「あのデカブツの中には航宙艦の自動建造施設が複数存在している……彼ら『ガトランティス』の戦力は、万を超える規模の艦隊を複数運用できるだけの能力を備えている……そんな白色彗星を相手にして、一惑星の戦力だけで対抗するのは無理だ」

 

 映し出されるのは白色彗星を構成していた高速中性子と高圧のガスの雲を吹き飛ばされて姿を現した惑星規模の巨大な構造物と、それを守るように布陣する万を超える大艦隊の姿――そしてそこに立ち込めるガスの雲から姿を現す千キロを超す“生きた大型航宙艦”とその配下の『眷属』達の姿が付け加えられる。

 

「それに加えて、この宇宙の理の外に位置する『破滅を謳う獣』――『バイオ・シップ』とその『眷属』ども……本来の『バイオ・シップ』はリバィバル級と同程度の規模なんだけど、何を食べてこれほど巨大になったのか、アイツらはワープに耐えるほどの強靭な装甲を持ち、内包する脳から発せられる『思念波』は物理法則にすら干渉する」

 

 巨体に見合う巨大な“脳”から発せられる『思念波』は、物理法則にすら干渉して空間をねじ曲げて攻撃対象を粉砕し、拒絶の意志が堅固なシールドとなってあらゆる攻撃を無効化する『思念防壁』に守られ――なによりも奴が放つ咆哮は、真空の宇宙を伝播して効果範囲にある全ての生命体の精神構造に悪影響を与えながら精神活動を減衰させて最悪死へと導く恐ろしい物だと説明した翡翠は、ユリカとルリだけでなく惑星連邦に属するライカーとディアナを順に見回す。

 

「……圧倒的な物量を持つ白色彗星と“超能力”を操る『バイオ・シップ』と『眷属』どもが相手では、不屈の精神で勝利を掴んで来た宇宙戦艦『ヤマト』といえど勝てない――だから、“手助け”が必要だと思うんだ」

 

 

 




 どうも、しがない小説書きのSOULです。

 翡翠が再びSTRA TREKの世界へとやって来た理由は、強大な戦力を持つ白色彗星と戦う宇宙戦艦『ヤマト』への援軍を要請する為だったんですね。万を超える『ガトランティス』のみならず1キロを超える眷属どもとの戦闘を想定して、それを排除出来るだけの戦力を用意して、自らは『破滅を謳う獣」を仕留める……翡翠の皮算用は成立するか否や。

 では、1月25日の本編でお会いしましょう。ではでは~。


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第七十五話 『トランジット波動砲』

 

 

 その日、地球は巨大な影に包まれた――火星絶対防衛線を突破した白色彗星が遂に地球圏に到達したのだ。木製サイズの巨大天体が付近に出現したというのに、その超重力が地球に影響を及ぼさないことを不思議に思いながらも、巨大ガス惑星クラスの巨体が太陽の姿を隠して地球全土に影を落としていたのだ。

 

 立ち塞がるモノ全てを粉砕した白色彗星の威容は周囲に居るもの全てを委縮させて、本来は地球を守る防衛機構である戦闘衛星群であるが、惑星サイズの白色彗星に効果があるとはとても思えず、手を拱いている状態であった。

 

 地球圏に到達した白色彗星だったが、そこで進撃は停止して次は何をしてくるかとその一挙手一投足を見逃すまいとする防衛軍士官達の眼に白色彗星を形成する白い高圧ガスの雲の中から、白い大型航宙母艦を中心に緑色の統一された『ガトランティス』の艦隊が姿を現す……艦隊を派遣して直接攻撃をしようと言う事か、と身構える防衛軍司令部だったが、白色彗星より広域通信が入った事に表情を硬くする……圧倒的優位に立った相手が言う事など、ただ一つしか無かった。

 

 ――地球人どもよ、朗報を伝える。我が『ガトランティス』は地球を滅ぼす事はしない。その価値に鑑みて――お前達は“惑星”ごと我らの彗星都市帝国の一部となるのだ。

 

 3隻の大型航宙母艦を中心とした『ガトランティス』艦隊は、地球の大気圏へと降下して、いまだ戦う気概を持つ者達を粉砕しながら高度を下げる……彼らの目的は、その威容を誇示して地球人の抵抗の意志を挫く事。地球上の次元の歪み時間断層の能力に興味を持った『ガトランティス』は、地球ごと時間断層を取り込んで『滅びの箱舟』へと組み込もうとしていた。

 

 ――もう、この星に太陽の光は差し込まない、大地も海も命育む事なく枯れ果てる。以後我らの与える施しのみが、お前達の唯一の糧となるのだ。

 

 蘇生体からの情報によって得た人口が集中する都市部分――特に地球連邦の首都や各ブロック管区の主要大都市の上空をゆっくりと航行する『ガトランティス』の艦隊の中でも一際巨大な航宙母艦が低空航行で地球人を威圧する……地球人の抵抗の意思をへし折る為に。

 

 ――大帝をあがめよ、生き延びたければ忠節を尽くせ、能力を示した者のみが、奴隷として生き延びる事を許されるであろう。

 

 強大な戦力を誇り『波動砲』で武装した新たな地球艦隊も『ガトランティス』の圧倒的な物量の前に敗北し、木星クラスの巨体を誇る敵の本拠地である白色彗星が遂に地球まで到達して、『ガトランティス』の艦隊が示威行為として大都市の上空を低空航行しながら通告して行く……地球人の抵抗の意思を折る為に……圧倒的な戦力差を見せつけられて、理知的な人間こそが抵抗の意志を折られていく……彗星帝国にこれ以上を抗えば、地球人類は滅ぼされるかもしれない。彼らが欲しているのは“時間断層”であり、地球人類ではないのだ。

 

 『ガトランティス』の艦隊と言う目に見える形で見せ付けられ、理性的な思考をする大人ほど未来に絶望して抵抗の意思を無くして行く……だからこそ、それを言えるのは子供だった。

 

「……ねぇヤマトはどうしたの?」

「……えっ?」

 

 絶望の表情を浮かべていた父親に、その子供は無邪気に問い掛けて来た。

 

「――ヤマトが来たら、あんなのやっつけてくれるよね」

 

 子供ゆえに、前人未到の航海を成し遂げて地球に帰還した宇宙戦艦『ヤマト』の雄姿が強烈な記憶となって脳に焼き付いていたのだ。絶望の中で子供の言葉を聞いた父親は思い出す――3年前まで焦土と化した地球で、放射能汚染に怯えながら滅亡の時を待つしか出来なかった日々を終わらせてくれた、あの船を。

 

 だが、ここ最近あの船の話を聞いた事がない――既に『ガトランティス』との戦いで撃沈されてしまったのでは? そう考えた者も居たが、別の者が示した防衛軍の情報の中に『ヤマト』が沈んだと言う情報は無かった……絶望に沈んだ人々の中に希望の光が灯り始める。

 

「――そうだ、我々にはまだヤマトがある!」

 

 絶望の『ガミラス』戦争を終わらせて、地球を元の青い星へと再生したあの船が。

 

 


 

 

 地球近郊で停止した白色彗星帝国――白く輝く高圧ガスの渦の中には、これまで地球・『ガミラス』軍が戦ってきた艦艇と同数以上の『ガトランティス』の艦艇が待機しており、未だ『ガトランティス』は十分な余裕を持って地球・『ガミラス』との戦いを楽しんでいた。

 

 そんな無数の艦艇が待機しているガス雲の更に奥底――気流が激しく普通の艦艇では近付く事も出来ない暴風の様な気流の奥底に、彼もしくは彼女は居た。高速中性子と高圧ガスの暴風が与える心地よい刺激の中で微睡んでいた彼もしくは彼女だったが、微睡みの中でも超感覚は健在で周囲の状況は把握していた。

 

 この心地良い高速中性子と高圧ガスの渦をまとう家主は、今は取るに足らない小さな惑星相手に遊んでいるようだ。まったく趣味が宜しい事で、あんな小さな惑星など超重力の渦で粉砕してしまえば良い物を、思わず呆れるような感情を抱いてしまう彼もしくは彼女だったが、何かが超感覚に引っかかる――まるで、何かを見落としているような感覚……どれ、家主には伝えておいてやるか。

 

 

 

 

 帝星『ガトランティス』大帝玉座の間

 

 地球に降りたバルゼーの降伏勧告の結果を待つ退屈な時間。玉座に座って瞳を閉じている大帝ズォーダーは、結果次第では地球人類を根こそぎ殲滅する気であった。有用なのは地球に存在する時間断層であり、奴らが使用している大砲は何時もの通りに捕虜の中から科学奴隷を選別した後に残りは殺せばいい……この戦いは奴らの選択の結果だ。そして『ガトランティス』に怯える人生から、大いなる愛を以て解放してやるのだから感謝するであろう。

 人間と言う知的生命体への底知れぬ憎悪を滾らせるズォーダーの脳裏に、久方ぶりにかの存在より思念波が送られてくる。瞳を開いたズォーダーの目に映るのは、青い輝きを放つ地球と時空を波立たせながら浮上してくるかのように姿を現す、宇宙戦艦『ヤマト』の姿。

 

 ――来たか。

 

 


 

 

 宇宙戦艦『ヤマト』第一艦橋

 

 因縁の相手、旧『ガミラス』体制の象徴であるデスラー総統との戦いに一応の決着を付けた宇宙戦艦『ヤマト』は、地球圏に向かった白色彗星を止めるべく、最後のワープの準備に取り掛かっていた。

 地球を守る戦力は『ガトランティス』の物量の前に削り取られ、木星規模の人工天体である白色彗星にダメージを与える手段は地球側には無く、目の前に迫る白色彗星に膝を屈してはいないが戦う手段を失っていた。

 

 敵は圧倒的な戦力を有している――それでも地球を守る為に『ヤマト』は白色彗星に挑む。

 

「――行くぞ!」

「――ああ、最後の戦いだ」

 

 『ヤマト』の操舵を預かる島の意気込みに古代が答える……これが最後の戦いになる。『テレサ』は『ヤマト』が紡いだ『縁』が白色彗星を止めると言っていた――信じよう、『縁』の力を。

 

 『ヤマト』は一気に増速してワープを行う――目指すは地球周辺。白色彗星が停止した事により精密に測定する事が出来て、地球と彗星の中間点に確実のワープアウト出来る――ワープ空間から復帰した『ヤマト』の眼前には巨大な白色彗星の姿が映った。

 

「――ワープ終了」

「誤差修正、20,15,10」

「修正データー送信」

 

 ワープの終了を報告する島に続いて、予定宙域と出現宙域の誤差を太田が読み上げると、相原が後方に待機する『ノイ・デウスーラ』へと修正データーを送信する……これで準備が整った。

 

「――『トランジット波動砲』、発射準備」

「ターゲットスコープ、オープン。目標、彗星中心核――『波動砲』への回路開け」

 

 艦長席に座る土方が号令を賭けると、それを受けた古代が『波動砲』発射シークエンスに入る。彼の前に分厚く透明な素材で作られた照準器がせり上がり、照準の中に渦巻く巨大な白色彗星とその前に布陣する『ガトランティス』の艦隊が映り、『波動砲』のトリガーを握る手に力が入る。

 

「『波動砲』への回路開きます」

「非常弁全閉鎖」

「『CRS』ブースター接続」

 

 機関長徳川が『波動エンジン』の膨大なエネルギーを『波動砲』の薬室内へと注入して行き、『銀河』より再搭載された『CRS(コスモリバース・システム)』が『波動エネルギー』を増幅させていく――反波動格子を触媒に相乗的に増幅された『波動エネルギー』が、『CRS』ブースターで更に増幅されて行く……だが、此処まで増幅された『波動砲』に『ヤマト』の船体が耐えられるのか。

 

「――予定位置に『ノイ・デウスーラ』、ワープアウト」

 

 西城の言葉と共に、『ヤマト』の前方に大型戦艦の青い船体が現れる――デスラー総統より提供された『ノイ・デウスーラ』のバトルモジュールが間に立って防御壁となる事で、『ヤマト』を増幅された『波動砲』の反動――エネルギー輻射から『ヤマト』を守る盾となる。

 

「――エネルギー充填120%」

「発射10秒前、9,8,7,6,――」

「総員、対ショック、対閃光防御」

 

 いま紡いだ『縁』が形となって、『ヤマト』を守る形で前面に立つ青い船体の先で増幅された『波動エネルギー』が巨大な光球となって、その威力を解放する時を待っていた。

 

『――『トランジット波動砲』、発射!』

 

 強大なエネルギーに晒された『ノイ・デウスーラ』の船体が崩壊していく中で極限にまで増幅された『波動砲』の極晄の輝きが立ち塞がる全てを昇華させながら突き進み、赤い防御フィールドのリングと一瞬拮抗したが次の瞬間には赤いリングは霧散して、周囲に展開する『ガトランティス』の艦隊を原子に変換しながら、白色彗星を構成する高圧ガスの渦を吹き飛ばしていく。

 『トランジット波動砲』の威力はなおも収まらず、『トランジット波動砲』のエネルギーによって灼熱のガスと化した渦に照らし出された都市帝国の牢獄に囚われている惑星群も灼熱のガスの暴風の圧によって崩壊して、惑星を取り込む巨大な爪も幾重にも圧し折れて無残な姿を晒していた。

 

 木星サイズの巨大な帝星『ガトランティス』の上部構造物の最上部に位置する大帝玉座の間が初めて衝撃に揺れ、大帝を取り囲むように控えていた幕僚達は都市帝国を揺らす程の力に驚き、玉座に座るズォーダーは惑星サイズの都市帝国を揺らすほどの力を見せた、かの船を睨み据える。

 

「……奇妙な縁だ。『テレサ』に導かれた船、『ヤマト』」

 

 


 

 

 『波動エンジン』が反波動格子に蝕まれた事を逆手に取った宇宙戦艦『ヤマト』は、反波動格子を触媒として使用する事による『トランジット波動砲』として彗星帝国への攻撃に使用され、『トランジット波動砲』は白色彗星を形成する高速中性子と高圧ガスの渦を吹き飛ばし、内部に潜んでいた巨大惑星サイズの都市帝国にもダメージを与える事に成功した……だが相乗的に増幅した『トランジット波動砲』の反動により、『ヤマト』の船体も少なくない損傷を受けており、『波動砲口』周辺などは幾つもの亀裂が入り、『波動砲』は使用不能の状態であった。

 

 『波動砲』が使えなくても、『ヤマト』は戦わなければならない。宇宙の全知的生命体殲滅を掲げる『ガトランティス』をこのままには出来ない……ここで彼らを止めなければ彼らは戦力を回復させて、今度こそ地球は滅ぼされてしまうだろう――目指すは大帝玉座の間、そこに安置された惑星『レムリア』で造られた安全装置『ゴレム』。

 

 いざ『ヤマト』1隻でも突撃を敢行しようとした時、『ヤマト』の周囲に幾つものワープアウトの光が灯る――それは瞬く間に増えていき、無数の緑色に塗装された艦船が現れた――『ガミラス』軍の残存艦隊だ。

 

 決戦の地に現れた『ガミラス』艦隊の中で一際目を引く白い船体に金色の文様を刻んだゼルグート級戦艦――『ガミラス』地球大使バレルからの通信が『ヤマト』第一艦橋の天井に映し出される。

 

『ヤマトに告ぐ。これよりガミラス軍は総力を挙げて、貴艦を都市帝国の中核に送り込む。地球の守りは任せてもらいたい』

 

 元々は『ガミラス』の辺境宙域に出没する蛮族という認識だった『ガトランティス』。そんな彼らに手を焼いた『ガミラス』の新政府からの条約に基づいた軍の派遣要請に応える形で、地球政府は艦隊の派遣を行ってきた――そして彼ら種族の特性や本拠地である白色彗星が地球を目指している事が判明するにつれて、『ガミラス』・地球の闘いから、地球・『ガミラス』へと戦いの意味が変わって来た……3年前まで戦争をしていた相手である『ガミラス』が、地球を守る為にここまでの覚悟を示すとは。

 

『作戦は共有している――目指すは大帝玉座の間。ワープでは無理だが、我々の技術を用いれば――』

 

 『ヤマト』と共に白いゼルグート級戦艦を中心に進撃を続ける『ガミラス』艦隊。惑星規模を有する都市帝国へ進撃を続ける『ヤマト』の周囲に変化が現れる――宇宙空間に時空の乱れが生じると、それは規模を広げて乱れの中から『ガミラス』艦が現れた。

 

「次元潜航艦、浮上!」

 

 強化された高次元微細レーダーを操る西城より『ガミラス』でも秘匿兵器と目される特殊艦が現れた事が報告される――次元潜航艦UX-01。通常空間のみならず、異次元空間への往来・航行も可能な特殊戦闘艦艇であり、通常空間に位相的に隣接する異次元に身を潜めて通常空間からは殆ど干渉が出来ない隠密性を誇る、『ガミラス』の高度な技術の表れとも言える特殊艦なのである。

 

 最初に浮上したUX―01に続いて、『ヤマト』を囲むように次元潜航艦が3隻ほど浮上してくる。現在『ガミラス』が保有している4隻の次元潜航艦の全てをこの決戦の場に投入しており、次元潜航艦UX―01の艦長であるヴォルフ・フラーケン中佐は、照明が抑えられ赤い計器の光が目立つ艦橋の中央に立ってモニターに映る宇宙戦艦『ヤマト』の姿を見つめる。

 

『……初めての試みだ。特殊装備の四隻をしても、ヤマト一艦を送り込むのが限界だろう……それとて成功の保証はない』

 

 『ヤマト』の艦橋内に次元潜航艦のフラーケン艦長からの通信が流れる……次元潜航装備を搭載した4隻の特殊艦艇で同調させた干渉波を照射する事によって、『ヤマト』を異次元に潜航させようとしているが、前例など無く干渉波を完全に同調得出来るかどうかぶっつけ本番でやるしかなかった。

 

 だが、未だ惑星規模を残す都市帝国奥深くに切り込み、最深部にある大帝ズォーダーの玉座までたどり着いて、傍にある『ゴレム』を奪取しなければならない過酷な任務を達成するには、博打も必要だろう――次元潜航艦の力によって敵艦隊の攻撃を無効化して都市帝国の内部に突入する――これも『縁』のなせる業か、土方艦長は決断した。

 

「――次元潜航艦に舵を託す!」

 

 4隻の次元潜航艦に搭載された次元潜航用の亜空間推進『ゲシュ=ヴァール機関』が共鳴して、中心に位置する宇宙戦艦『ヤマト』を含む範囲の空間がまるで海原のように波立つ。

 

「全艦連動――急速潜航」

 

 4隻の次元潜航艦が放つ干渉波によって中心にいた『ヤマト』共々異次元の海へと沈んでいき姿を消す。それを見届けた『ガミラス』艦隊は増速して、迫り来る『ガトランティス』艦隊を迎え撃とうとしていた――先陣を切るのは、アンドロメダ級空母をライセンス生産して『ガミラス』の規格で運用される航宙戦闘母艦CCC『ノイ・バルクレイ』と同型艦の4隻――その空母打撃群を指揮する歴戦の勇士「フォムト・バーガー」は、眼前に広がる敵艦隊を見据える。

 

「……『ヤマト』が目的を達成するまで持ちこたえて見せる――絶対にな!」

 

 


 

 

 高速中性子と高圧ガスの雲の中で微睡んでいた彼もしくは彼女は、雲の外で急激なエネルギー増大を感知して微睡みの中から目を覚ます……そういえば、彗星が停止してから随分な時が経つ。彼もしくは彼女のから見てもそれなりの戦力を持つこの歪な帝国がここまで手間取るとは、家主の悪い癖が出たのか? この家主は憎悪の炎に身を焦がしながら、気に入った相手に憎悪の追体験をさせるという悪趣味な所がある……遊びが過ぎるな、と呆れたような感情を抱いた彼もしくは彼女だったが、前方に位置している惑星の近くから強力なエネルギー放射を感じて感覚器官を向ける。

 

 ――このエネルギーの高まりは無視出来ないレベルであり、彼もしくは彼女は感覚器官を向けて原因を観測しようとした時、惑星近くから激しいエネルギー放射と共に、惑星破壊レベル以上の脅威が微睡んでいる彗星に激突して、彼もしくは彼女の周囲に漂う高速中性子と高圧ガスを燃え上がらせた。

 

 

 これは――せっかくの心地よい寝床が台無しになってしまった。周囲の高圧ガスが燃え上がって外殻に消し炭が付くのを嫌った彼もしくは彼女は、別の位相に身を沈める事で燃え上がり炎の暴風と化した高速中性子と高圧ガス雲から逃れる……この程度の攻撃で家主の座する惑星規模艦を破壊する事は出来ないが、心地よい微睡みを邪魔してくれた礼はしなければならない。

 

 丁度、逃れた位相の中に5隻ほどの小舟を感知する……その中の1隻は、先ほど惑星の近くにいた船であった。彼もしくは彼女は、正統なる権利として報復を決意した。

 

 




 どうも、しがない小説書きのSOULです。

 絶望的な状況の中では人は何かに縋る、圧倒的な物量を誇る敵を前に絶望的な戦いを繰り広げる地球には希望の象徴になる『ヤマト」があった――この流れこそが、宇宙戦艦ヤマトの物語が長く続いた要因ではと思うんですよね。


 では、次回。『トランジット波動砲」によって彗星のガスを吹き飛ばして都市帝国にダメージを与えた『ヤマト」は、不退転の決意を持って現れた『ガミラス』艦隊の協力の下に彗星帝国中枢にある全ての『ガトランティス』を停止させる『ゴレム」の奪取を目指す――だが、彼等の目の前に想像だにしない脅威が立ち塞がる。

 第七十六話 亜空間の脅威


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閑話7 hermit

 

「……圧倒的な物量を持つ白色彗星と“超能力”を操る『バイオ・シップ』と『眷属』どもが相手では、不屈の精神で勝利を掴んで来た宇宙戦艦『ヤマト』といえど勝てない――だから、“手助け”が必要だと思うんだ」

 

 貴方達は『ヤマト』に借りがあるだろう? と翠眼で見据えながら翡翠は問い掛ける……いや、これは問い掛けなどと言う生易しいものではない――言外に借りを返せと言っているのだ。傲慢不遜ここに極まれり、当然の如くライカーとディアナは難色を示す……連邦宇宙艦隊の任務は人跡未踏の深宇宙の探査が大部分を占めているが、それだけでなく外交や防衛任務も含まれている――しかも昨今の情勢は、惑星連邦と長年 緊張関係にあったロミュラン帝国の首都 惑星ロミュラスが超新星爆発の影響で崩壊して、多数の難民が溢れて不安定な情勢になっている。

 

 そして銀河系の反対側のデルタ宇宙域には未だ『ボーグ集合体』が健在であり、何時『ボーグ・キューブ』による再侵攻が行われるのか未知数な中で、ただでさえ航宙艦不足であり士官の数さえ不足している宇宙艦隊から航宙艦を派遣するなど情勢が許しはしなかった。

 

 そしてそれは『ナデシコ』側も同じであった。

 アクシデントによって並行世界へと転移した『ナデシコC・D』に乗艦していたクルーの大半は故郷に家族を残しており、『ボーグ集合体』の手に落ちたテンカワ・アキトを救出する目的を達成した後、彼等は自分達の危うさに気付いた……並行世界という寄る辺の無い世界の中で生きて往かなければならないという現実、家族とは二度と会えずにその消息を知る術もない。

 

 しかも彼らの持つ『ボゾン・ジャンプ』の技術を狙う、様々な異星人の勢力から自らを守らなければならないというプレッシャーが圧し掛かり、『ボーグ集合体』との戦いの中で同盟を結んだ惑星連邦という後ろ盾でさえいつまで援助してくれるのか分からない状況の中で、彼等は自分達の立場を早急に固める必要がある。

 

 そんな中で別の世界の戦いに干渉する余裕など彼らには無かった――だが翡翠は、そんな彼らの逡巡を許さなかった。

 

「――この世界に迷い込んだ宇宙戦艦『ヤマト』は、『ボーグ』と遭遇した時も見も知らぬ貴方達と共に戦う道を選んだ……貴方達を置いて撤退してもいい筈なのに――それは彼らが、誰かを犠牲にしてまで進むのを良しとしなかったから」

 

 ……青臭い理想論だけどね、と肩を竦める翡翠。

 

「……ねぇ、ライカー艦長? 連邦が大切なのは分かる。『ナデシコ』のみんなも、何時までも根無し草のストレンジャー(異邦人)である事がプレッシャーになっている事もね」

 

 ――けどね、貴方達の大切なモノに宇宙戦艦『ヤマト』のクルーは入らないのかしら? 翡翠の翠眼がまっすぐにライカーとユリカそしてルリを見つめる。確かに対ボーグ同盟を起こした時に、元の世界へと戻る事を優先した『ヤマト』は離れた……それでも彼らは彼らの出来る範囲で協力して来た筈である――そしてそれは『ボーグ』対する最後の切り札であるカウンタープログラムを入力されたナノマシンを完成させる要因となった……どこぞの、全てを見通す女神に祭り上げられた高位存在の言葉を借りれば“縁”を紡いだ結果だろう。

 

 ……とはいえ、いくらライカー達が信義に篤かろうと仮にも航宙艦を預かる艦長だ――彼の決断によってクルー数百人の運命のみならず彼らの後方に居る連邦市民の安全を危険にさらす事など出来ないだろう……8周期前の『アルテミス』の情報収集により、惑星連邦の周辺状況はかなりきな臭いモノがある事が判明している……それが悪化こそすれ、こんな短期間で改善しているとは考えにくい――ならば、彼が“動ける”ように状況を整える必要がある。

 

「ねえライカー艦長。もし私の要請に応えてくれるなら――期限付きだけど、デルタ宇宙域との間に障壁を張ってあげる」

「……障壁?」

「――そう。連邦の領域とデルタ宇宙域が隣接する領域のワープを阻害するフィールドを張る、そうすればデルタ宇宙域への警戒……『ボーグ』の侵攻を気にしなくても良い、代償としては不足?」

 

 翡翠の言葉を聞いたライカーは、彼女の言う“代償”に付いて思考を巡らす……現在惑星連邦を取り巻く情勢は予断を許さない。『ボーグ』による三度の侵攻とガンマ宇宙域に勢力を持つドミニオンとの戦いで大きく疲弊した連邦宇宙艦隊は、この8年間でルナ級を始めとする新型航宙艦を就役させたり、教育により優秀な艦隊士官を輩出する事によってそれなりに回復する事は出来たが、近年 連邦と長年緊張関係にあったロミュラン帝国が災害に見舞われて多数の難民が出て内部がかなり不安定になっている。

 

 それだけでなく、銀河系の中心領域を挟んで反対側にあるデルタ宇宙域の動向にも注意を向けて行かなければならない――アクシデントによって7万光年も離れた未知の宙域に単艦で飛ばされた『USSヴォイジャー』の航海日誌――通称『ヴォイジャー・レポート』によれば、彼等の飛ばされた先であるデルタ宇宙域には様々な脅威になりえる種族が存在しており、アルファ宇宙域でも恐怖の代名詞となっている『ボーグ集合体』の本拠地があるだけでなく、『死体』から仲間を増やす種族や、全員が『死病』に侵されて新鮮な臓器を求めて他の種族を襲う種族。狩猟に喜びを見出して獲物を仕留める為ならばどんな危険な行為すら行う種族。

 そして、強大な『ボーグ・キューブ』を一撃で破壊する恐るべき戦闘能力を持つ、この宇宙とは異なる流動空間からの侵入者など、警戒すべき様々な種族が存在するデルタ宇宙域――銀河系の反対側に位置する宇宙域からの招かねざる旅人(侵略者)を警戒して惑星連邦は警戒網を敷いてはいるが、宇宙域どうしが隣接する広大な領域をカバーすることは再建途中である連邦宇宙艦隊にとっても負担になっている……もしも翡翠の言うとおりに、デルタ宇宙域への警戒が軽減出来るなら歓迎するのだが、宇宙域が隣接する広大な領域のワープを阻害するフィールドなど本当に張れるのか?

 

「……そんな事が可能なのか?」

「……実はこの世界から本来の世界に帰った後に、ちょっとトラブルに巻き込まれたんだよ」

 

 切っ掛けは例に漏れず“教授”の実験だった……元の世界に戻った翡翠は待ち構えていた教授に捕獲されて、彼女が手掛けている亜空間跳躍実験用に準備された改良型のシールドを搭載された実験艦へと放り込まれて、次なるステージである炎の回廊の先である水の回廊と呼ばれる高密度の亜空間へと跳躍したのだ……そして実験はアクシデントによって失敗して、彼女はまったく見知らぬ世界へと迷い込んでしまったのだ。

 

 その世界で翡翠は、銀河を旅する大規模な移民船団と出会う――巨大な円盤状の母艦を中心に無数の航宙艦で構成される船団に身を寄せて、アクシデントの際に出会ったもう一人と共に迎えが来るまで休息と洒落こんだのだ。

 

「――その世界の銀河には、ワープを阻害する次元の裂け目である断層が存在している」

 

 船団の航宙艦には空間湾曲型である超光速航行技術『フォールド』と呼ばれるワープ技術が搭載されているが、その世界には特有の現象であるフォールド断層と呼ばれる次元の裂け目があり、無理に突破しようとすると船団ごと次元の裂け目に墜ちるという……だがフォールド断層の調査をすると、その次元の裂け目はあらゆる攻撃を別の位相へと逸らすリバィバル級殲滅型戦艦の防御シールドである『位相変換型シールド』と類似する部分があった。

 

「――その世界特有の兵器『ディメンシュン・イーター(フォールド爆弾)』のデーターは持っているから、それを流用すれば期間限定だけどアルファ宇宙域とデルタ宇宙域の間の広大な領域にワープ不能の領域を作る事は可能だよ」

 

 真剣な表情を浮かべて検討するライカーとディアナを横目で見ながら翡翠は翠眼をユリカ達へと向ける。

 

「……さて、アンタ達には貸しがあるな? どこぞの自称コンピューター思念体の要請を受けてミスマル・ユリカを目覚めさせたし、彼を蘇生させた事もあった」

 

 指を折り数えながらニヤリと笑う翡翠……その笑みはローティーンの少女が決して浮かべてはいけない笑みであった。

 

 


 

 一連の騒動が収まった後も小さな台風(翡翠)はデープ・スペース・13に逗留し続け、一旦USSタイタンに戻ったライカー艦長とディアナは、翡翠からの要請である並行世界で行われている戦いへの援軍を送るかどうかと上級士官達と検討したが、出て来た意見は否定的なものが多かった……アルファ宇宙域において最大の勢力を持つとはいえ周辺宙域には“火種”が幾つもあり、近年 長年連邦と緊張関係にあったロミュラン帝国でも母星ロミュラスが周回する恒星が超新星爆発の予兆を示して、ロミュラス自体も影響を受けて異常気象などが多発した影響により多数の難民が出て政情が不安定になっているという。

 

 ――そしてなにより、昨年の2385年。

 難民となったロミュラン人を輸送する為の船を旧ピッチで建造する火星ユートピア平原造船所で作業していた人工生命体(シンス)の反乱によって火星は壊滅的な打撃を受け、惑星連邦は最大の航宙艦造船施設を失ったのだ……たとえデルタ宇宙域の脅威が軽減されるとはいえ、今の惑星連邦に別の世界に送れるような“余分”な航宙艦は一隻もないのである。

 

 


 

 

 USSタイタン 艦長室

 

 展望ラウンジにて上級士官達と議論を行ったライカー艦長は、艦長室に備え付けられたデスクの上に表示される投影型の情報ディスプレイを整理し終わり、ふぅとひと息を付く。デープ・スペース・13で起こった事への説明と、その中で現れた小さな台風(翡翠)から別の世界への助力の見返りとしてデルタ宇宙域との間に障壁を張るという提案についての意見を上級士官達に求めると、思ったよりも否定的な意見が出たのだ。

 

 目頭を揉みながら酷使した目のコリを取っていると、長年連れ添った妻でありタイタンのカウンセラーを担当しているディアナがレプリケーターで入れてくれたコーヒーをデスクに置いてくれる。

 

「――ありがとう、ディアナ」

「どういたしまして……で、どうするの? 他のクルーは彼女の提案に懐疑的よ」

「彼らの意見も理解できるが、『ボーグ』の侵攻を警戒しなくても良いというのは魅力を感じる……それに共に戦った彼らを見捨てるというのは、どうもな……」

 

 浮かないかをしているライカーを見ていたディアナは、艦長としてではなく“夫としてのウィル”に提案する。

 

「……たまには先人の知恵を借りてみては? きっと暇をしていると思うわ」

 

 


 

 麗らかな日差しが零れる地球のフランス地方郊外。文明が発達して科学万能の時代が来ても、自然豊かなこの郊外の風景は変わる事なく人々の心に安らぎをもたらしている。そんな自然豊かな土地の一角に無数のブドウの木が植えられており、そのブドウ畑の中心に石造りのレトロな二階建ての民家があった。

 

 ――シャトー・ピカード。惑星連邦の宇宙探査において多大な功績を上げたジャン=リュック・ピカード元大将が退役後に営むワイン醸造所である。元々はピカード元大将の生家を改装して退役後の住処としたものであり、彼はそこで元タル・シアーのジャバンとラリスの夫婦と共に生活していた。

 

 石造りレトロなリビングに隣接するように作られたベランダに設置されたチェアーに座りながら午後の穏やかな日差しの中で主人であるピカードはブドウ畑を見ながら休息を取っていた。

 だがその表情は乏しく何か考え事をしていた……長年 連邦宇宙艦隊で航宙艦の指揮を執り、昇進した後も宇宙の平和と連邦の安定に尽力していた彼だったが、ロミュラン帝国の主星であるロミュラスが公転する太陽に超新星爆発の兆候が見られ始めてから避難する市民が難民となって溢れ、難民となった人々からの要請を受けて大量の避難船を率いたピカードは多くの難民を安全な避難先へと送り届けていた……だが宿敵であったロミュラン帝国の難民を救う行為に反対を表明する勢力が惑星連邦の中にあった――ロミュランの工作により不利益を被った連邦に加盟している複数の惑星が。

 

 ――そこに人工生命体(シンス)による火星ユーロピア造船所での反乱による施設の破壊は、連邦に打撃を与えて航宙艦不足に陥った惑星連邦はロミュランに対する人道援助の打ち切りを決定した。

 

 その決定を受けたピカードは、打ち切り決定に何度も抗議したが決定が覆る事はなかった……それが彼の心に影を落として、彼が艦隊を去る要因となった……全ては自分の力不足。ロミュランを救った所で、勢力を回復すればまた同じような事をすると疑う惑星を説得出来なかった事による無力感……シャトー・ピカードは傷ついた彼の隠匿の場でもあった。

 

 2367年に起こった『ボーグ集合体』による太陽系侵攻の折に心に大きな傷を負ったピカードは生家であるこのシャトー・ピカードにて傷ついた心を癒す事が出来た……だが、そこには彼の兄や甥の存在が大きかったが――その兄や甥は既に亡く、今の彼は孤独であった。

 

 のどかな田園風景を見つめていたピカードだったが、不意に彼を呼ぶ声に気付く。今の彼の傍には、ロミュラン人でありながら彼の危機を救ってくれた元タル・シアー ジャバンとラリスの夫妻が居た。

 

「提督、通信が入っています」

「――通信? 珍しいな こんな老骨に、誰からだ?」

 

 呼びに来たラリスが相手の名を告げると、ピカードは軽い驚きの表情を浮かべる……通信相手の彼は今も宇宙艦隊で活躍しているはずなのだが、彼の休暇はもう少し先の筈……一体何の要件だろうか? そう思いながらもチェアーから立ち上がると迎えに来たラリスと共に家の中に入り、通信設備の整った部屋へと向かう……通信相手は遠方ゆえにそれなりの設備が必要になる。

 

 部屋に入ったピカードが投影型のウィンドウを起動すると、そこに懐かしい顔が映し出される。

 

『ご無沙汰しております、提督』

「――おおっ、久しぶりだな。元気そうで何よりだ」

 

 ウィンドウに映し出されたのは『USSタイタン』の艦長をしているウィリアム・T・ライカーであった。ピカードが宇宙艦隊時代に艦長をしていた『エンタープライズ』でライカーは副長を務めており、それ以来の付き合いであった彼とは友人として話す間柄でもあった。

 

 挨拶から始まった語らいは、近年の出来事からデープ・スペース・13で起こった騒動から8年ぶりに姿を現した翡翠の事と、彼女からの提案に付いて話が進む……期限付きでデルタ宇宙域との間に障壁を張る。実現出来るのかは未知数だが、もしも出来るのなら魅力的な提案ではある。

 だが、その対価が宇宙戦艦『ヤマト』の存在する並行世界へと艦隊を送ると言うモノであった……いくら数多くの惑星国家が加盟する惑星連邦といえども航宙艦が余っている筈もなく、昨年起こった火星ユーロピア造船所の壊滅によって航宙艦が不足するのは目に見えている事であり、とてもそんな余裕が有る筈もなかった。

 

「……そんな事になっていたのか」

『今の連邦に余裕はない……ですが、デルタ宇宙域を気にしなくて良いと言うのは魅力的な提案ではあるんですが』

 

 旧友の言葉を吟味するピカード。確かに期限付きであるがデルタ宇宙域――『ボーグ集合体』を警戒しないで良いと言うのは魅力的だ。だが昨今の情勢では艦隊を動かすには“それなり”の理由が必要である……ピカードの脳裏には『ナデシコ』と共に星雲内で『ボーグ集合体』のたくらみを阻止した後に現れた超生命体『Q』による法廷に乗り込んできて猛威を振り、巨大な白銀の航宙艦に乗り宇宙戦艦『ヤマト』と共に自らの世界への帰還の道を開いた少女 翡翠の姿が浮かび上がる……彼女はそれほど手の内を見せなかったが、あの白銀の巨大航宙艦を見るに高度なテクノロジーを持っていると思われる……ならば、もう少し手の内を見せてもらうのも手だろう。

 

 それから二三話をした後に通信を終了して部屋を出たピカードにラリスが気付いて近付いて来る。

 

「お話は終わりました?」

「……ああ、突然だがデープ・スペース・13に行く事になった。船の手配を頼む」

「――はい? どうしてそんな遠くへ行く事になったんです」

「――なに、古い友人達とパーティーの準備があるのでね」

 

 

 




 どうも、しがない小説書きのSOULです。

 最初はピカード元提督の登場予定はなかったのですが、書いていく内に必要になり登場しました……これがキャラが勝手に動くという奴か(汗
 流石にStar Trek: Picardのキャラクターは登場しませんので、念の為。(最終シーズンが楽しみではありますが)


 では2/1の本編でお会いしましょう。ではでは~。


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第七十六話 亜空間の脅威

 

 

 宇宙戦艦『ヤマト』第一艦橋

 

 『ガミラス』が誇る4隻の次元潜航艦の協力により異次元空間に潜航して次元潜航艦の亜空間航行用機関『ゲシュ=ヴァール機関』の力によって異次元空間を進む宇宙戦艦『ヤマト』。かの船の目指す先は、惑星サイズを持つ巨大な都市帝国内部に突入して、大帝ズォーダーの座す大帝玉座の間に存在する全ての『ガトランティス』を死滅させる『ゴレム』の奪取を目指す。

 

 第一艦橋から見える異次元空間の緑色に見える光が、艦橋内のクルーの硬い表情を浮かび上がらせる。これから待つ戦いの苛烈さを覚えば、生きて帰れる者は何人いるだろうか? 未だ惑星規模の都市帝国には、その規模に見合った戦力が存在するだろう。惑星規模の戦力に『ヤマト』1艦で突撃をするのだ、過酷な戦いになる事は予想できる……だがこの戦いに勝利しなければ、地球に明日は無い。

 

 既に地球・『ガミラス』の連合艦隊の損耗率は50%を超えており、彗星都市帝国は地球近辺まで到達している……『ガトランティス』の艦隊が動くまでもなく、都市帝国が超重力を解放するだけで地球は壊滅的な被害を受けるだろう。

 

 


 

 次元潜航艦UX-01ブリッジ

 

「……まもなく彗星都市帝国の領域に入ります」

 

 次元航行機関を連動して中心に位置する『ヤマト』と共に亜空間の海を進みながら、周囲の空間に監視の目を向けるブリッジクルーより報告を受けた艦長フラーケンは鋭い視線を前方に向ける……ここまでは順調だが、そう易々と事を運ばせるような相手ではないだろう。通常空間とは異なる異次元とはいえ油断はできない。

 

「――ソナーに感。前方に巨大な障害物!」

 

 来たか、半ば予想していた通りに一筋縄ではいかないようだ。

 

「全艦戦闘配置――なんとしても『ヤマト』を予定ポイントまで送り届けるぞ」

 

 


 

 

 前方に現れた巨大な障害物の存在は『ヤマト』側でもキャッチされた。『ガミラス』戦役の時に初めて次元潜航艦と接触した『ヤマト』は、サブ・システムの一つを亜空間ソナーに転用した事があり、並行世界で出会った“いたずら娘”対策として真田が密かに開発を進めていた装備によって探知されていた……だが、技術解析席で障害物の詳細なデーターを計測していた真田は、詳細が判明していく内に唸り声の様なものを上げた。

 

「――どうしたんです真田さん?」

「……前方に全長千キロほどの障害物らしき物をキャッチしたんだが、その障害物から生命反応が有るんだ」

「――生命反応? この亜空間にも生命体が生息しているっていうんですか!?」

 

 古代の脳裏に、『イスカンダル』の帰路の折に遭遇した浮遊惑星に生息していた地球外生命体の事が思い起こされる……こんな異次元世界にも生命体が存在するのかと驚くが、そんな古代に真田は首を振って計測された生命反応はもっと大きなモノだと答える。

 

「大きい?」

「――ああ、これではまるで前方の障害物全体が一つの生命の様な反応だ」

 

 目の前に立ち塞がったのは、千キロはあろうかというほど巨大な物体であった。長く伸びた身体の四方に放熱板のような熱を帯びた翅の様な器官を備えた障害物……いや、計測によれば生命体のようだが、この異次元特有の生命体なのだろうか? だがこんな大事な場面に現生物があらわれるものなのだろうか、白色彗星が太陽系に侵攻してきてから太陽系内では激しい戦いが繰り広げられてきた……通常生物ならば生存本能により危険な場所には近付かないものではないのか? それとも通常空間で起こった事はこの亜空間には何の影響も与えないのか。

 

 亜空間の中を泳ぐように悠然と構える巨大生物はその先端……航宙艦でいえば艦首に当たる部分に亀裂が入ると、その部分に幾つもの牙が見え――次の瞬間、亜空間の中が沸騰した。巨大生物の口に相当する部分が大きく開くと、凄まじい衝撃波が発生して亜空間内を伝播して、『ヤマト』を含む5隻の戦闘艦は、時化の海で翻弄される木の葉のように衝撃波に翻弄される。

 

「――くっ! 姿勢制御スラスター……ダメだ、通常空間よりも効果が少ない!?」

「……この亜空間は、我々の宇宙とは空間の性質が異なる。次元潜航艦のような特殊な機関が必要なのだろう」

 

 激しい振動に見舞われる『ヤマト』の船体を何とか安定させようと苦心する島だったが、通常空間とは異なる亜空間内では『ヤマト』はまともな機動が出来ず、目の前の巨大生物が発生させた衝撃波が収まるのを待つしかない……だが、それよりも気になる事があった。

 

 先ほど巨大生物が発した衝撃波が『ヤマト』を襲った時、数々の戦場を『ヤマト』と共に駆け抜けた戦士であるクルー達の身体が硬直して全身をおぞましい感覚が駆け抜けたのだ……あれは、全てを見下すモノ。アレは、全ての存在を嘲笑うもの――彼らは身を以て実感した。

 

「……アイツが、あの生物(バケモノ)が放ったのは、底知れぬ悪意」

 

 アレは“敵”だ――生けとし生けるもの全ての敵だ。

 

「――主砲一番、二番発射用意! 艦首魚雷発射管開け――」

「――古代! 位相が異なるこの亜空間では、通常兵器は使用不能だ……ここは次元潜航艦に任せるしかない」

 

 目の前の巨大生物(バケモノ)が放つ悪意に反応した古代が攻撃態勢へと移行しようとするが、技術支援席で巨大生物の詳細なデーターを計測していた真田が諭す……通常空間とは異なる理で存在する亜空間内では通常装備はまともに機能せず、頼みの三式弾もこう距離が開いては射程の外になり『ヤマト』では戦う手段が無かった……歯噛みする古代を尻目に、狭まった索敵範囲内をレーダーで探っていた西城が次元潜航艦からの攻撃が始まった事を告げる。

 

「――先行する次元潜航艦より魚雷が発射されました」

 

 


 

 

 次元潜航艦UX-01ブリッジ

 

 亜空間ソナーにて目の前に立ち塞がる巨大生命体との正確な相対距離を把握したUX-01は、艦首に装備された6門の魚雷発射管に亜空間魚雷を装填して計測された目標までのデーターの入力も終了し、後は艦長の号令を待つばかりである。

 

「――魚雷発射準備完了」

「よっしゃぁ、準備完了――ヤリますかぁ、ヤリますかぁ、艦長?」

 

 ブリッジにて担当士官の報告を聞いた副長のゴル・ハイニは、努めて明るい声で楽しそうな口調で話す……今までも異次元に潜って来た彼らでも知らぬ未知の巨大生物が、この大事な局面で現れた……とても『ガトランティス』と無関係とは思えない。思っていたよりも高い技術力を持つ奴らの生物兵器――亜空間に設置された防衛兵器の一種かも知れない……目の前に現れた巨大な『壁』に対する次元潜航艦のクルーを鼓舞する為に、あえて陽気な声を上げる副長の似合わない気遣いに小さな笑みを浮かべたフラーケン艦長は攻撃を指示する。

 

 次元潜航艦4隻から放たれた亜空間魚雷は内蔵された小型の亜空間推進タービンにて亜空間内を進んで目の前の巨大生物と接触して爆発を起こすが、千キロを超す巨大生物相手には火力不足は否めなく全く効果を現す事は出来ない。

 

 その後も連続して亜空間魚雷が放たれるが効果は無く、『ヤマト』だけでも目標ポイント近くに浮上させようとするも、巨大な身体に似合わぬ俊敏さで進路を妨害する巨大生物の所為で『ヤマト』を浮上させるタイミングを掴めない。

 

 そうしている内に巨大生物の表面に変化が現れる――巨大な表面の一部がささくれ立つと、『ヤマト』と次元潜航艦群へと向けて射出される。高速で飛来する黒い棘――千キロを超える巨大生物が放つが故に、棘の一つ一つも下手な魚雷よりも巨大であり、迫り来る無数の黒い棘の群れを何とか回避する事に成功した『ヤマト』と次元潜航艦群……いや、回避したと言うよりも、あえて外したと言うべきだろう。その証拠に巨大生物の先端部分が歪に歪んでいた。

 


 

「……くっ、完全に遊ばれている」

「……こんな所で時間をかける訳には行かないのに」

 

 宇宙戦艦『ヤマト』の艦橋から次元潜航艦と巨大生物との戦いを見ていた古代と島は、巨大生物に翻弄される自身の不甲斐なさに歯噛みしながらも打開策は無いか探っていたが打てる手は無く、次元潜航艦群が上手くやってくれる事を祈るだけである……そんな中、厳しい表情で得られたデーターを解析していた真田は、ある決断をする。

 

「――『波動魚雷』を使おう」

「……『波動魚雷』?」

 

 聞いた事もない兵器名に思わず問い返す古代。

 

「並行世界で運用されていた『光子魚雷』をヒントに試作した試作魚雷で、『波動砲』の百分の一のエネルギーを充填したモノを小分けにした物を複数装填して射出するんだが、コストが問題になって試作段階で終わった兵器だよ」

 

 光子魚雷――並行世界にて惑星連邦の航宙艦が使用していた兵器の一つであり、黒いペレット型弾頭内に正・反重水素を数千のパケットに入れて射出されて、標的付近でばら撒かれた数千のパケットが物質・反物質反応を起こして対象を破壊する大規模破壊兵器であり、その破壊力は小惑星クラスならば粉砕する威力を持つ。

 

 その威力を目の当たりにした真田は、地球に帰還した後も研究を続けて、『ボーグ・キューブ』の様な巨大な敵に遭遇した場合に、通用するのが『波動砲』だけという現状では戦術の幅が狭まり、相手に対応される事が予想された。そこで『波動エネルギー』を用いた兵器の研究を行って一つの成果として完成したのが『波動魚雷』だった。

 

 常の空間魚雷と同サイズながら、『波動砲』の百分の一のエネルギーを数十個の充填パケットに内包した魚雷が対象に命中した時に拡散した充填パケットが内包した『波動エネルギー』を解放して広範囲を破壊する――だが、試作段階から充填パケットの高コストが問題になり、しかも大量の希少金属を必要とする事も有って試作の2発をもって開発は中止となった曰く付きの兵器である。

 

「この亜空間では通常兵器は使用できないが、広範囲を破壊できる『波動魚雷』なら発射管から射出した運動エネルギーで巨大生物の近くまで到達してダメージを与える筈だ」

 

 真田の提案を受けて試作魚雷の発射準備を整える『ヤマト』。やがて準備が整って艦首魚雷発射管より2発の『波動魚雷』が射出され、位相が異なる亜空間を射出された運動エネルギーのみで飛んでいき、今まで脅威となりえるような攻撃を受けなかったが故に、侮った巨大生物は飛来する試作魚雷に対して何の反応も見せず――『波動魚雷』が着弾する――百分の一とは言え『波動砲』のエネルギーを充填された魚雷が炸裂して、今まで傷つく事が無かった巨大生物の表面が抉れ、周囲に肉片を巻き散らす……大陸すら破壊する『波動砲』の百分の一とは言え、その破壊力は油断しきった巨大生物に打撃を与えるには十分だった。

 

 


 

 

 彼もしくは彼女は、いま予想だにしない痛みに悶えていた。

 寝床を燃やされた彼もしくは彼女は、身を沈めた位相の中に5つの小さな船を感知して戯れに干渉してみたが、取るに足らない力しか持たない哀れな存在であった。戯れにも飽きてきて、そろそろ砕くかと思考していた時、小さな船の中の一つが小癪にも攻撃して来た――無駄な事を。そう嗤った彼もしくは彼女は、5つの小さな船を砕くべく力を振るおうとしたが、小さな船から放たれた攻撃は彼もしくは彼女の身体を砕き、初めて受けた痛みに悶え――確信した。

 

 この攻撃――家主が遊んでいた惑星の前に居た船から放たれた、あの苛烈な光と同様のエネルギーだった――コイツ、コイツだ! 心地よい微睡みを邪魔して、高速中性子と高圧ガスの雲の寝床を燃え上がらせたのは! その身に走る痛みと共に、彼もしくは彼女は怒りの炎を燃やす。許せない……取るに足らない存在の分際で、栄光ある我が主に傅く彼もしくは彼女を煩わせるとは――怒りの感情に支配された彼もしくは彼女は、細胞の稼働レベルを上げて、“超”能力をもって眼前の小賢しい小船を破壊しようと決意する。

 

 


 

 

 

 宇宙戦艦『ヤマト』第一艦橋

 

 目の前に立ち塞がった巨大生物に対して試作兵器『波動魚雷』を使用した宇宙戦艦『ヤマト』は、此方を侮り無警戒故に『波動魚雷』の直撃を受けてダメージを負った巨大生物が口の様なモノを広げて絶叫のように周囲に衝撃波を巻き散らす。その光景を見て追撃を提案する古代。

 

「――効いている! 真田さん、次の弾頭を――」

「……言っただろう、試作兵器だって。あの2発しか無いんだ……後は次元潜航艦に頼るしか――」

 

 首を振りながら真田が答えていた時に外を見ていた島から巨大生物の様子に変化があった事を知らされて、二人の視線が第一艦橋の窓の外――かなり距離が開いているが相手の巨大さゆえに容易く認識できる生物の切っ先が此方を――『ヤマト』に相手の意識が向いている事が分かる。

 身動きすらせずに此方を、『ヤマト』を意識している巨大生物の切っ先……いや“口”が開いたかと思うと再びあの衝撃波が放たれる。千キロを超える巨大生物が放つ咆哮を、333メートルしかない『ヤマト』はまともに受けて『ヤマト』自体が激しい振動に見舞われ、中に居るクルーの全身を強烈な敵意が打ち付ける。

 

「……これは怒り……あの巨大い生物の感情が分かる…何故だ?」

「……あれは我々の知る生物のカテゴリーから外れたモノ。常識では計り知れない生物ゆえにテレパシーらしき物を持っていても不思議はないが……」

 

 だがそんな生物が存在するのだろうか? しかし問題はそこでは無い――目の前の巨大生物は、この『ヤマト』を標的にしているという事。溢れんばかりの戦意を纏う巨大生物の切っ先はまっすぐ『ヤマト』を向いている……巨大な生物から発せられる敵意は、クルー達の中にある遺伝子に刻まれた原始の頃の恐怖を呼び覚ます。

 

 ……太古の昔、鋭い牙と強靭な爪を持つ肉食獣から逃げ惑っていた人は、何時しか知恵を巡らせ武器を作って凶悪な肉食獣に立ち向かった――彼らは怯える自身を鼓舞して戦う気概を取り戻す。此処を突破して、都市帝国奥深くの大帝玉座の間に存在する『ゴレム』を奪取しなければならないのだ。

 

 『ヤマト』のクルーが戦う意思を取り戻した時、『ヤマト』や次元潜航艦のはるか後方より紅い輝きが飛来すると、猛スピードで『ヤマト』を追い抜いていって敵意溢れる巨大生物に命中――これまでにない程の爆発を起こして、周囲の空間を振動させながら絶叫上がる。

 

「……何だ、次元潜航艦か?」

「……いや、今のは次元潜航艦の遥か後方から飛来して来たようだったが」

 

 


 

 

 リバィバル級殲滅型戦艦『アルテミス』

 

 忌々しい『破滅を謳う獣』が巣食う白色彗星を、サブスペースに身を隠しながら追跡していた『アルテミス』の統合思念体『エネルナ』は、もしも表情筋を持っていたなら思わぬ僥倖にほくそ笑んだ事だろう――忌々しいバイオ・シップに屈辱的な敗北を喫した『エテルナ』は、雪辱の機会を伺っていたが案外早く巡って来たものだ。

 

 生憎クリスは“祭り”の準備の為に不在だが、こうして機会が巡って来たのだ、少し位は“借り”を返しても良いだろう。通常空間では武装にも制限が付くが、この位相がズレた亜空間の中なら十全な力が振るえる――躾の悪い獣に教育をしてやろうではないか。

 

 白銀に輝く流体金属の船体に溢れん闘気を宿して、『アルテミス』は戦闘態勢に移行していた。

 

 

 




 どうも、しがない小説書きのSOULです。

 試作された波動魚雷は、そのコストの高さゆえに正式採用は見送られ、それに代わる物として三式弾同様主砲から発射して込める波動エネルギーを一つの弾殻に込める方式に変更した波動カートリッチ弾が開発された……などという妄想をいたしました。


 では、次回。亜空間内で猛威を振るう巨大生物に翻弄される『ヤマト』の前に再び現れた白銀の船『アルテミス』――そして、彼女も。

 第七十七話 絶望に抗う者達


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閑話8 girl and Old Soldier

 

 

 

 あまたの星が光る宇宙空間。幾つもの恒星が集う銀河系内空間を一隻の航宙艦が進んでいた。惑星連邦宇宙艦隊所属 インクワイアリー級航宙艦 USSロレーヌ 艦隊登録番号NCC―84498。『ボーグ集合体』の侵攻やドミニオン戦争によって疲弊した惑星連邦宇宙艦隊は早急な勢力の回復が命題であり、意向を受けた航宙艦の設計を担う艦隊上級設計部の出した回答の一つである。

 

 全長630m 乗員達の生活空間と艦を制御する指揮系統が集中している第一船体と、それに隣接する動力機関を持つ第二船体から左右に伸びるパイロンに設置されたワープナセルと、従来の連邦艦の様式に沿った艦体構成をしているが、多様な任務に従事する本艦には第一船体前面に位置しているシャトルベイと第二船体前面に備え付けられた巨大なカーゴベイを持っている。

 

 また数多の脅威に対処出来るように強力な武装が施されるだけなく、宇宙における様々な科学的探査が出来るように最新のセンサー設備を持ち、長期間の任務にも耐えられるような強靭な船体を持ちながらも量産性に優れているという今の連邦にとって必要なニーズを持つ最新鋭の大型航宙艦である。

 

 だが、今回の彼女の航海は何時もの任務だけでなく、途中である乗客を深宇宙基地へと送り届けるというモノであった。

 

 


 

 

 USSロレーヌ 客室

 

 最新鋭の装備を持つこのロネーヌは数多くのクルーによって運用され、それ故にクルーの精神性を良好に保つ為に様々な施設が設けられており、ストレスから精神に変調をきたさないように居住性にも気を配ばられている。

 そして要人などが過ごす事を想定された客室の一つに件の人物が滞在していた。老年に差し掛かるその顔には深い人生経験による幾つものシワが刻まれ、客室から見える宇宙に視線を向けながら何か考え事をしており眉間にシワが寄っていた。彼の名はジャン=リュック・ピカード 連邦宇宙艦隊の元大将であり、隠棲先のフランス地方の生家に掛かって来た通信に応えて深宇宙基地であるデープ・スペース・13に向かうべく、昔のコネを最大限に屈指してこの最新鋭の航宙艦へと乗り込んだのだ。

 

 それにして艦隊司令部に掛け合い、丁度目的地であるデープ・スペース・13の傍を通るこの航宙艦に便乗して送ってもらう事になったが、近年の航宙艦の航行能力の向上は目を見張る物がある――目的地であるデープ・スペース・13は連邦領域でも外縁部のジュレ星系の近くに存在しており、彼が指揮していた航宙艦なら年単位の日数が掛かったものだが、最近ようやく実用化の目途が立ったトランスワープ技術の一つ『量子スリップストリーム・ドライブ』により、既存のワープとは比べ物にならない程の速度で宇宙を移動する事を可能にした。

 

 この量子スリップストリーム・ドライブは、アクシデントによりデルタ宇宙域に飛ばされた『USSヴォイジャー』が7年の年月を掛けて7万光年もの距離を踏破して地球へと帰還した事により齎された技術を解析して実用に漕ぎ付けた夢の技術であった。

 

 まもなく目的地であるデープ・スペース・13が見えて来る筈である――ピカードの胸に付けられた来賓用のバッチからコールが鳴り、それを軽く叩いて応答すると、通信士官よりまもなくデープ・スペース・13への転送可能領域に到達するので転送室にて待機するように告げられた。

 

「……いよいよか」

 

 さて、件の宇宙基地では小さな台風(翡翠)が猛威を振るっているらしい。自分に何か出来るのか分からないが、ベストを尽くそう……ピカードはそう奮起した。

 

 


 

 

 深宇宙基地デープ・スペース・13は基地の上層部に巨大な係留設備を持ち、広大な宇宙空間を旅する幾多の航宙艦を受け入れて修理や補給作業の傍ら漆黒の宇宙を旅して疲れたクルー達の精神を癒すプロムナード施設も備えており、周辺宙域を航行する航宙艦の旅の要衝として、また連邦領域の外縁部に位置している故に銀河の反対側に位置するデルタ宇宙域からの侵入者への警戒網の要として、その重要性が増していた。

 

 巨大な係留施設のあるドーム型の巨大構造物の上には設置された大出力の通信設備と各種センサーシステムそして基地の機能を統括する司令部が置かれ、司令部の中に備え付けられた転送装置の前には、しばらく前からデープ・スペース・13に滞在しているUSSタイタンの艦長であるライカー大佐と、その妻であり艦のカウンセラーをしているディアナの姿があった。彼らの視線の先にある転送装置が作動して光が灯り、それが収まるとそこには一人の男性が転送されていた。

 

「長旅お疲れさまでした提督、さぞお疲れでしょう」

「何を言う、そこまで耄碌はしていないぞ」

 

 にやりと笑いながら軽いジャブを放ってくるライカーに、眉間に座を寄せながらワザと不機嫌そうに答えるピカード。そんな二人のやり取りも慣れたものでスルーしたディアナが「お疲れさまでした提督」と声を掛ける。

 

「カウンセラー、君まで私を年寄り扱いするのかね」

 

 その言葉に笑みを浮かべる二人に釣られてピカードの表情も柔らかい笑みへと変わる……その笑みは彼が久しぶりに浮かべるものであった。

 

 出迎えたライカーとディアナと歓談しながらデープ・スペース・13の司令部へと足を踏み入れたピカードは、司令部内で働く幾人かの馴染の顔から目礼を受けながら基地を統括する司令官の居るオフィスへと足を踏み入れる――そこには『ナデシコ』の司令官を務めるユリカが満面の笑みを壁ながら来訪者を歓迎していた。

 

「デープ・スペース・13へようこそ、ピカード提督」

「ありがとう、テンカワ司令。だが、私は退役した身でね」

 

 私の事は“ジャン=リュック”と呼んで欲しいと答えて、困ったようなユリカは「あははっ」とあいまいに笑う。そんな事をしていると、司令部の誰かに聞いたのか今ではユリカの懐刀として名をはせるルリがユリカのオフィスへとやって来た。

 

「――ようこそ提督。ユリカさん、主だった人には声をかけておきましたので」

 

 ルリの言葉を受けてユリカより司令部に隣接する会議室の準備が整ったので、そちらの方に移動するように要請を受けるピカード。了承した彼とユリカ達は会議室への移動し、そこにはアオイ・ジュンやイネス・フレサンジュとウリバタケ・セイヤと言った馴染の顔が揃っていた。そこにライカーやディアナと共に着席する……対策会議としては集まった面子が偏っているように感じるが、8年前の『ヤマト事変』と呼ばれる並行世界からの来訪者に始まり星雲内で『ボーグ』により行われていた『トランスワープ・ハブ』の建設阻止に関する一連の出来事に関与しているのがメンバーの条件であった……それと言うのも、『ヤマト事変』の終盤に現れた異星人の少女『翡翠』に関するモノだったから。

 

 8年ぶりに姿を現した翡翠に関して分かっている事はそれほど多くない……白銀の巨大戦艦を有し、超常の存在である『Q』と対峙できる胆力を持つ一見少女の姿をしている生命体であり、『ナデシコ』側の情報提供では精神世界にすら干渉できる能力を有していると言う事だけ。

 

 突然現れた未知の白銀の球体に覆われて下界と遮断されたデープ・スペース・13。RED ALER(非常警報)下の厳戒態勢のデープ・スペース・13の内部に人知れず侵入して姿を現した髑髏姿の異星人と、8年ぶりに姿を現した翡翠……翡翠の尽力というか、何時もの通り有耶無耶にした後に彼女の目的――自分達の世界へと帰還した宇宙戦艦『ヤマト』の属する地球を滅ぼそうとする白色彗星を擁する『ガトランティス』と、この世の理の外に位置すると言う『破滅を謳う獣』とその『眷属』達を倒す為に艦隊を派遣して欲しいと言うモノ。

 

 だが、惑星連邦や『ナデシコ』勢を取り巻く情勢は不安定であり、とても艦隊を送れるような状況にはない……それにピカードは一連の翡翠の行動に疑問を持っていた。

 

「テンカワ司令、彼女は今どこに?」

「――えっ? 翡翠ちゃんですか、ルリちゃん」

「待ってください……ジャスパーによれば、彼女は今展望室に居るとの事です」

 

 


 

 デープ・スペース・13 展望室

 

 深宇宙に位置する巨大な宇宙基地であるデープ・スペース・13内には、宇宙での長期任務に従事するクルーの精神的ストレスを少しでも軽減出来るようにと意図して自然植物などが設置されており、ここ展望室にも星々の光をゆっくりと観察できるようにベンチや簡易レプリケーターなどが置かれて、その周囲にも観賞用の植物が置かれてそんな落ち着いた雰囲気の中で、漆黒の宇宙を旅した航宙艦のクルーや休憩時間に癒しを求めた『ナデシコ』の一般クルーなどが思い思いに過ごしている。

 

 展望室の大部分を占める透明な素材で造られた窓から見える星々の大パノラマの下、簡易レプリケーターで限界まで甘くしたコーヒーというか、もはや砂糖にコーヒーを入れた飲み物をちびちび飲みながら二人の少女がベンチにもたれ掛っていた。

 翠眼を細めて飲み物を味わう栗色の髪にレイヤーを入れたウルフカットをした少女 翡翠と、彼女の設定した劇物に うへぇ、とした表情を見せる銀髪をショートにしたジャスパー……一口飲んでそれ以上飲む事を諦めたジャスパーは、気になっている事を尋ねる事にした。

 

「ねぇ翡翠、アンタ何でそこまで『ヤマト』に肩入れするの?」

「……ん?」

「『ヤマト』の為に態々この世界にまでやって来て、私達を動かして援軍にしようなんて、アンタそんなに律儀な性格だったけ?」

「何を言う、こんなに素直でかわいい美少女を捕まえて」

「……冗談はいいから」

「――おい」

 

 強大な敵と戦う宇宙戦艦『ヤマト』の為に援軍を用意しようとする翡翠は、渋る惑星連邦に実利を提示して、『ナデシコ』勢には以前の貸しを返すよう迫り、連邦艦USSタイタンのライカー艦長や『ナデシコ』のユリカとルリのコンビを相手に交渉と言う名の鍔迫り合いを繰り広げていたのだ。

 

「……ねぇ、翡翠。アンタって実は『ヤマト』も含めて、私達の事を“見下していた”でしょう?」

「……それは“繰り返した”経験によるモノかな」

「……けれど、今のアンタは『ヤマト』に拘っている。何故『ヤマト』に拘るの?」

 

「――それは、私も聞きたいな」

 

 ジャスパーが翡翠の真意に切り込んだ所で、いつの間にか近くまで来ていた男性が声を掛けてきて、会話に気を取られていたジャスパーは驚いて声のした方へ振り向く――そこには司令部からこの展望室へとやって来たピカードの姿があった。

 

「――ピカード提督!」

「……確か、『エンタープライズ』の艦長さんだったね」

「改めまして、レディ。私はジャン=リュック・ピカード、今はしがない隠棲者だよ」

 

 改めて名乗るピカードを見つめる翡翠の翠眼が細まる……翡翠にとって8周期前に『エンタープライズ』を指揮していたピカードとはそれほど接点がなく、優秀な指揮官らしいという事しか知らなかった……だがそれでも彼の顔に刻まれたシワに一つ一つが、これまでに歩んで来た彼の道筋をもの語り、隠棲者などと言ってはいるがその奥には未だ燃えるモノを持つ事は纏う雰囲気で読み取れた。

 

 席に着いて良いかな、と断りを入れた後にピカードはジャスパーの反対側に腰を下ろすと視線を翡翠とジャスパーに向ける

 

「話はライカー艦長から聞いている。君は連邦と『ナデシコ』を動かしたいようだが、我々にも そして『ナデシコ』にもそれぞれ事情と言うモノがある……そもそも、何故君は『ヤマト』に拘っているんだ?」

 

 久しぶりに連絡して来たライカーより現在の状況を聞いたピカードは、8年前に宇宙戦艦『ヤマト』と共に自分達の世界へと帰還した翡翠が再び姿を現して、強大な敵に戦いを挑もうとする『ヤマト』の力になる事をライカーやユリカに求め、対価としてアルファ宇宙域とデルタ宇宙域の広大な領域に障壁を張ることを約束した……だが、そこでピカードは疑問を感じる――なぜ我々なのか? わざわざ別の世界へと転移して来て我々を担ぎ出す意味が分からなかった。彼女なら自分達の世界でそれなりの戦力を用意する事など可能だろうし、宇宙域同士の広大な領域を遮断出来るほどの科学技術を持つのならば彼女だけでも可能ではないのかと考えたのだ。

 

 ピカードとジャスパー……左右から視線に晒されている翡翠は後頭部をポリポリと掻いていたが、大きなため息を一つ付くとポツリポツリと話し始めた。

 

「……私達はね、ほぼ何でも“一人”で出来る。長い時を掛けて進化し、技術を進歩させて、昇華させた――その結果、私達の種族は個人のみで完結し、他者を必要としない。力の象徴たる『白銀の船』と融合することにより、あらゆる場所に分身体を送り、現象を操り、星をも動かす」

 

 ――故に、一部の例外を除いて彼女達は他者と群れなければ何も出来ない他の種族を見下し、究極の進化を謳い、袋小路に陥った己を嗤う――そんな時、彼女達の中でも“変わり者”である教授の実験に付き合わされた翡翠は、実験終了後のアクシデントにより脳の奥底に損傷を被り記憶を無くすという“ありえない”状況に陥り、宇宙戦艦『ヤマト』に保護された……記憶を無くして力の使い方すら覚束ない彼女を『ヤマト』は保護する事に決め、共に生活していく内に彼女は人との触れ合いというモノを知った。

 

「……まぁ、私が記憶を無くすなんて言うありえない状況に陥った原因である教授が投与した特製の抗体システムで記憶を取り戻した時には笑ったが」

 

 記憶を取り戻した翡翠だったが、宇宙戦艦『ヤマト』をに絡みつく視線を感知して、しばらくは子供を演じながら視線を向けるモノの正体を探っていたが、『ヤマト』で生活していく内に群れなければ何も出来ないと見下していた翡翠の認識に変化が起こった……宇宙と言う過酷な環境を外壁だけで遮断しながら、脆弱な肉体しか持たない生命体が“故郷を救う”という目的の為に、未知の宙域を航海する……一歩間違えれば全滅しかねない危険の中を、人々が協力し合って苦難を乗り越えていく――それは彼女達が遥か昔に忘れた人としての力――計算上ではけっして乗り越えられないと見ていた『ボーグ集合体』との戦いを乗り越える姿――翡翠にとって眩しく、その姿に魅せられたのだ。

 

「――あの時、4隻もの『キューブ』を相手にして敗北は必至と予測した……けれど『ヤマト』は、貴方達はそれを乗り越え、私の予測を超えた――私は見たい、人の輝きを」

 

 そう語る翡翠の表情は頬を染めてまるで夢でも見ているかのようであったが、反対のジャスパーは うげぇと言った表情を浮かべて「それって、結局アンタのわがままじゃない」と呆れたように呟き、反対側のピカードは ニヤリと笑みを浮かべた。

 

「……私としても、『ヤマト』の事は気に掛かっていた」

「――ピカード提督!」

 

 咎めるような声を上げるジャスパーに片手を上げて制すと、ピカードはおいそれとは艦隊を派遣出来ない理由を上げる……周辺の状況が不安定の中で、火星ユーロピア造船所の壊滅により航宙艦不足している連邦にはそんな余力が無いが、共に轡を並べた『ヤマト』を見捨てる事も出来ない……翡翠の示したデルタ宇宙域との境界に障壁を張ると言う提案だけでは動かせない。

 

「……もう一押し欲しい所だ」

 

 内情を話したピカードに非難の視線を向けるジャスパーだが、ピカードとしても“これ以上、見捨てる事はしたくない”と、ロミュランの難民を見捨てざるを得なかった事を悔恨にさいなまれている彼は、せめて『ヤマト』を見捨てたくないと考えていた……とは言え、それで連邦が危機的状況に陥っては本末転倒も良い所なので、その解決法を翡翠に求めたのだ……つまり、丸投げとも言う。

 

「……そうだねぇ、ならばこう言うのはどう?」

 

 

 にやりと笑う翡翠……その表情はとっても悪い顔をしていた。

 

 


 

 

 デープ・スペース・13の展望室で、突然現れた元『エンタープライズE』の艦長ジャン=リュック・ピカードと思いのほか有益な会話を行えたことに満足げな翡翠は、船に戻るべく基地内を歩いていた……本来であれば転送や転移を使えば一瞬で船へと戻れるが、達成感というか充足感に満たされている翡翠は上機嫌であり、たまには歩いて船に戻るのもありか、と鼻歌交じりに基地内の通路を歩いて行く。

 

 展望室から船に戻るには途中でプロムナードを横切るのが早道であり、何より何か面白い物があるかもしれない……とは言え、あの骨格標本の襲撃の後だから空いている店は少ないかもしれない……まったく、あの骨格標本は余計な事をして、もう二、三発殴っとけば良かった、と考える翡翠……そんな事を考えている内にプロムナードに足を踏み入れる。

 

 予想通りにプロムナードは閑散としていた。まぁ突然未知の白銀の球体に圧し潰されそうになったのだから、呑気に店を開いているような場合ではないのは分かるが少し残念に思う翡翠。閑散としているが故に人ごみに邪魔されずに歩けるのだから、それはそれで有りかと閉めている店舗の前で宣伝がてら起動しているホログラムの色取りどりの衣装や、店の名物のランチなどを眺めながら歩いていると、閑散としたプロムナードに備え付けられたベンチに一人の少女が座っている事に気付いた――こんな閑散としている場所で何をやっているのだろう? 戯れに声を掛けてみることにした。

 

「HEY、お嬢さん一人? こんな所で何をやっているのかな?」

 

 陽気に声を掛けてみたが少女は反応する事無く俯いて座ったままであった……人工重力に引かれて落ちる藍色の髪と、その髪の隙間から見える幼いながらも整た顔立ち……それは最近 交渉と言う名の鍔迫り合いでよく見た顔――デープ・スペース・13の司令官テンカワ・ユリカによく似た顔立ちであった。

 

 ――そういえば、人間生活を満喫している『演算ユニット』ことソフィアを冷やかしにテンカワ家にお邪魔した時に、すっかり主夫が板に付いたテンカワ・アキトから“娘達”の可愛さに付いて力説されて、その時にテンカワ家には双子の姉妹がいる事を知った……つまり、目の前にいるのはテンカワ家の双子の姉妹の片割れなのだろう。

 

 


 

 

 妙に暗い顔をしている少女の事が気になった翡翠は、俯いたまま一言も話さない少女の隣に座るとあれやこれやと話しかけるが反応が無い……翡翠は天を仰ぐ。流石にこれは頂けない、人がせっかく気分よく船に戻ろうとしているのに、こんな暗い雰囲気を纏った者が居るなど水を差すようなものではないか。

 

「……まったく、ソフィアとは違った意味で頑固だねぇ、君は」

「……お姉さんは、あの子の事を知ってるんだ」

 

 おや? あの元『演算ユニット』の事が話題に乗った途端に少女の表情が曇る。

 

「……お姉さんもあの子に用があるんでしょう、早く行けば?」

「――いやいや、君みたいなカワイイ子を放ってはおけないし、今の所アイツに用も無いしな」

 

 ……そう、今の時点で元『演算ユニット』に用はない――彼女に用が出来るのは、交渉の後なのだから。だが、ソフィアに用がないと言った事が意外だったのか、少女は顔を上げて翡翠の顔を見つめる。

 

「……何で、みんな あの子の話は聞くのに……」

 

 片眉をピクリと上げた翡翠は、信じられないとでも言いたげな少女に色々と話しかけて彼女の内に積もったを堀り返すと出るわ出るわ……まぁ、腐っても『ボゾン・ジャンプ』にて跳躍に関する演算を一手に行っていた古代火星文明の遺産がとち狂って肉の身体に収まったが故に、ソフィアの知識を当てにして色々なアドバイスを求める者が多く、それが少女は癪に障るようであった。同じ子供なのに、何故あの子だけ? 自分との扱いの差がどうしても鼻に付く――少女 テンカワ・ユウナは、最後には叫ぶように己が心情を吐露していた。

 

 ……何をやってんだ、テンカワ・ユリカにテンカワ・アキト。

 望んで生んだ子だろうに、それがこんなに抱え込むようになるまで放って置くなど……まあ、周囲に黄色い小型ドローンやこの場所を常に監視しているカメラなど、一定の監視と言う名の見守りを行っているようだが……これは現状を改善したいと思っているが、有効な対策が打てずに、せめて見守ろうと言う所か……今日はとても気分が良いし、ならば少し位は手助けをしても良いだろう。

 

 翡翠の翠眼が真紅に染まり、周囲に配置されている黄色い小型ドローンに干渉して機能を停止させると、思念波で『実験艦―02』にアクセスして この宇宙基地のシステムに人知れず干渉して監視しているシステムに欺瞞情報を流す。

 

「……お姉さん、眼が……」

「――少女よ、知っているかい――君の片割れは意外とポンコツなんだぜ? 知りたければ教えてあげよう……色々とな」

 

 そう言って翡翠は少女 テンカワ・ユウナに手を差し伸べてにやりと笑った。

 

 




 どうも、しがない小説書きのSOULです。

 ロミュランの難民を救うべく人道支援の継続を訴えながらも拒否されたピカードは深く傷ついて故郷のフランスに隠匿していたが、翡翠が現れ『ヤマト」の危機を訴えた事を知って、居ても立っても居られずにデープ・スペース・13へと赴き――何をどう間違えたのか、翡翠と共犯関係になってしまいました……おかしいなぁ、翡翠と共犯関係になるのは別の人物の予定だったんだけど(汗

 そして私個人の考えになりますが、宇宙戦艦ヤマトが長く続いた理由はイスカンダル編において未知の苦難にぶつかり合いながらもそれを乗り越えていく群像劇が、当時の時代では真新しかったからでしょうか? その真新しいドラマが人々の心を掴んだが故に、打ち切りになりながらもジワジワと人気を得て、続編が作られたのでしょうね。

 では、2/8の本編でお会いしましょう。ではでは~。


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第七十七話 絶望に抗う者達

 

 

 次元潜航艦UX-01ブリッジ

 

 突然現れた赤い輝きが命中すると、凄まじい爆発と共に絶叫を上げる巨大生物。その絶叫は衝撃波となって亜空間を伝わって、次元潜航艦のブリッジ内に無気味な金木り声が響く。

 

「……ひでぇ声だなぁ。こりゃ、歌手は無理ですね、艦長」

「……ハイニ、今の攻撃はどの船からだ?」

「……いえ、どの船も攻撃していませんぜ」

 

 緊迫感に押しつぶされない様に敢えて陽気な声を上げる副長のハイニに問い掛けるフラーケンだったが、陽気な表情を消して硬い声で返って来た答えに眉を寄せるフラーケン……つまり、この亜空間には自分達と『ヤマト』そしてあの巨大生物以外の別の存在が居ると言う事――答えは直ぐに分かった。

 

「本艦の後方に空間異常――これは、別の空間からこの亜空間に浮上する物体あり!」

 

 周囲の様子を監視していた士官より、別の位相からこの亜空間に浮上してくる物体を感知した事が報告される――何者だ? 『ガミラス』が誇る次元潜航機能を持つ本艦よりも深い位相に隠れるとは。最初は蛮族同士で同士討ちかと思ったが違うようだ。

 

 ブリッジの中央に備え付けられた次元潜望鏡を使用して未知の存在の姿を見ようと試みるフラーケン艦長。後方を見れば、艦隊の遥か後方で亜空間が波立ち、巨大な何かが浮上してくる――それは白銀に輝く巨大な鏡のよう船であった。亜空間ソナーによる計測によれば相手は全長160キロの巨体を未知の金属によって形成しており、仄かな光を放つ不思議な素材で出来ている紡錘型の船体には凹凸一つ無く、高い技術で建造された航宙艦である事は予想できた。

 

「……何者だ」

 

 


 

 

 宇宙戦艦『ヤマト』第一艦橋

 

 警戒していた観測班より『ヤマト』の後方の亜空間に異常が発生したとの報があり、後方の映像を艦橋の天井パネルに映し出す――そこには流体金属で構成された白銀の巨大戦艦の姿があった。惑星『テレザート』にてデスラー麾下の艦隊諸共『ヤマト』をも制圧した白銀の巨大戦艦『アルテミス』が、亜空間を波立たせて別の位相から浮上して此方に接近してくる……その姿は威風堂々――障害など何もない、立ち塞がるならば実力で排除するとばかりにゆっくりとした足並みで近付く『アルテミス』の姿に途惑う『ヤマト』のクルー。

 

  何をしに来たのか、先ほどの赤い光弾は『アルテミス』から発射されたモノなのか、『テレザート』では敵対行動をした相手なのだから迎撃準備をするべきであろうが、共に並行世界で苦楽を共にした翡翠の乗る船であり、この世界への帰還を手助けしてくれた船に武器を向ける事に躊躇いの様なモノを感じていた。

 

 ……撃つのか翡翠。

 

 出来る事なら戦いたくはない相手であるが、地球の命運が掛かったこの戦いの邪魔をするというのならば、たとえ相手が“あの娘”であろうと躊躇する訳には行かないと覚悟を決めた時、『ヤマト』の第一艦橋の中央部――次元羅針盤の上に仄かな光が灯り、どんどん大きくなる。それはかつて翡翠が『エテルナ』と呼び掛けた『アルテミス』の制御中枢のドローンの姿であった。

 

「……『アルテミス』の…たしか『エテルナ』だったか」

 

 訝し気な表情を浮かべながらも油断なく見据える真田が代表する形になり、発光体へと問い掛ける。すると発光体から静かな声が流れ始めた。

 

『久しぶりだな『ヤマト』。あの『バイオ・シップ』は私の獲物だ、君達は君達の責務を果たすがいい』

 

 そう言って発光体は、現れた時と同様に唐突に姿を消した……事態の変化に着いて行けずに戸惑いの表情を浮かべるクルー達だったが、その中でも『テレザート』の神殿都市『テレザリアム』の最深部で『テレサ』と翡翠の会話を聞いていた古代と真田は、『テレサ』が翡翠を呼んだ理由を今理解した。

 

「――そうか、あの巨大生物が『テレサ』の言っていた『破滅の獣』か」

「――『テレサ』が翡翠を呼び寄せたのは、あの巨大生物を倒す為に……」

 

 『ヤマト』と周囲を固める次元潜航艦の傍をゆっくりと進む『アルテミス』。その進路の先には身体の表面に大きな傷を負った巨大生物――『破滅の獣』が待つ。

 

 


 

 

 次元潜航艦UX-01ブリッジ

 

 強大な戦力を有する『ガトランティス』の本拠地である惑星規模の人工天体 帝星『ガトランティス』へ『ヤマト』を送り込む為に、次元潜航にて亜空間を進んでいた彼らの前に立ち塞がった巨大生物。此方の攻撃を物ともしない奴の隙を突いて『ヤマト』だけでも浮上させなければと考えていたフラーケン艦長は、突然現れた白銀の巨大な航宙艦によって引き起こされた事態の変化をチャンスと捉えた。

 

 巨大生物の意識は完全に白銀の航宙艦へと向けられている――今なら『ヤマト』を浮上させることが出来る。

 

「――ハイニ、浮上ポイントへ急ぐぞ」

「了解、キャプテン。両舷全速! 浮上ポイントへ」

 

 次元潜航艦群が亜空間推進『ゲシュ=ヴァール機関』を全開にして目標である都市帝国の存在する座標近くの亜空間まで急いでいると、後方から凄まじい衝撃波が襲って次元潜航艦が揺れる――白銀の航宙艦と巨大生物が激突した余波だろう。こんな離れた宙域まで戦いの余波が来るとは一体どんな武装を使用して戦っているのやら、と機関を全開にしている為に出力系などの計器に注意を払いながら何処か他人事のように考えていると、再び衝撃波が襲って次元潜航艦が激しく揺れる。

 

「――くっ!?」

 

 しかも衝撃波はそれだけで収まらずに、何度も断続的襲い掛かって来て、その度に次元潜航艦は木の葉のように翻弄される。通常空間とは異なる亜空間の中を航行する事を想定して、それなりの強度を持たされている次元潜航艇といえども亜空間内でこれほどの衝撃を受ける事は想定されておらず、このままでは衝撃波の影響で船体が歪んで艦内構造が破壊されれば亜空間内から二度と浮上出来ない事態なるかもしれない。

 

「――後部16区画に亀裂発生! 隔壁を閉鎖します」

「キャプテン! 船体に想定以上の負荷が掛かってやす、このままじゃ二度と通常空間に戻れなくなりやすぜ!」

 

 船体をモニターする士官の悲鳴のような報告と、副長であるハイニも何時もの飄々とした表情を取り繕う余裕すらないようでそう進言してくる……都市帝国に侵入する為の浮上ポイントにはまだ距離があり、このまま進んでも船体が持つか分からない……フラーケンは決断した。

 

「全艦、緊急浮上!」

 

 フラーケンの決断を受けて次元潜航艦のブリッジ内が更に騒がしくなる……衝撃波による揺れは未だに続いており、船体を安静させながら艦内機能にトラブルが発生しないかチェックして、更に通常空間への浮上準備をしなければならない……だが衝撃波の影響で亜空間から受ける空間圧力が高まっており、このままでは次元潜航艦自体が圧壊してしまうかもしれなかった。

 

 


 

 

 地球圏近郊宙域

 

 宇宙戦艦『ヤマト』の『トランジット波動砲』により、白色彗星を構成する高速中性子と高圧ガスの渦は吹き飛ばされ、土星規模の巨大な構造物にかなりのダメージを与えたが、それでも彗星都市帝国は機能し、都市帝国を守る『ガトランティス』の大艦隊が立ち塞がる――その時、地球を背に無数のワープアウトの光が灯り姿を現したのは『ガミラス』軍の残存部隊を纏めた『ガミラス』在地球大使バレルの座上する白いゼルグート級大型戦艦と『ガミラス』の戦士が乗る無数の『ガミラス』艦隊。

 

 次元境界線を越えて通常空間に姿を現した次元潜航艦群と共に、宇宙戦艦『ヤマト』は亜空間へと潜航して一路都市帝国内部への突入を目指す――目指すは大帝玉座の間――人造生命体である『ガトランティス』人を停止させる『ゴレム』を奪取する為に。

 

「前方より、黒いゴストーク級接近!」

「――急速回避!」

 

 赤と黒に塗装された『ガミラス』仕様の『アンドロメダ級空母』航宙戦闘母艦CCC-01『ノイ・バルグレイ』の艦橋に立つフォムト・バーガーは、急速に接近してくる黒いゴストーク級の突撃を上部スラスターを全開にして回避する――あの黒いゴストーク級は完全な特攻兵器で、強力なエンジンの大推力で加速して艦首の大型ミサイルに施された鋭利な衝角によって相手に大ダメージを与えた後に諸共爆発するという、正気を疑うようなコンセプトで建造された艦のようで、先ほどから無数の砲撃を喰らわせているが、それを掻い潜った奴がそのまま激突――船体構造を衝角で貫きながら相手共々爆発の中に消えるという狂気の光景がそこかしこで見られる。

 

「――くそっ。正気じゃねえな、奴らも……俺達も」

 

 『ガトランティス』の目的は全ての知的生命体の殲滅だと言う。

 一体何をどうしたら、そんなとち狂った考えに至ると言うのか、種族の生存権を掛けて死力を尽くして自分達は抗っている……だが相手の戦力は尽きる素振りを見せないばかりか、無数の特攻兵器を投入して殲滅戦を仕掛けて来る。

 

 圧倒的な物量で此方を圧し潰そうとしてくる『ガトランティス』を、一隻たりとも通さないと持てる火力の全てを使用して立ち塞がる『ガミラス』艦隊――たった一隻で『ガトランティス』の本拠地である都市帝国へと向かった『ヤマト』が帰って来るまで、何としても地球を守る――誇り高い『ガミラス』の戦士たちの誓いを守る為に。

 

 航宙戦闘母艦CCCの艦橋上部に設置された飛行甲板に多数搭載された空間重爆撃機DBG88 ガルントⅡが都市帝国の構造物へと迫り、吊り下げた波動掘削弾を以て都市帝国へと攻撃を仕掛けるが、惑星規模の都市帝国にとっては表層に傷が浮いた程度の損傷でしかない。

 

「――くそっ、デカすぎやがる!」

 

 都市帝国に波動掘削弾を撃ち込んでも、相手が巨大すぎて後どれだけ撃ち込めば良いのかと、ガルントⅡのコックピットで悪態をつくパイロット。無数の黒いゴストーク級を相手に『ガミラス』艦隊は勇猛果敢に立ち向かっていた――だが撃沈しても、その倍の数の黒いゴストーク級が都市帝国から吐き出される……このままではいずれ『ガトランティス』の物量に圧し潰されるだろう。

 

 ――そうなる前に『ヤマト』よ。

 

 


 

 

 ゼルグート級大型戦艦 艦橋

 

 『ガミラス』残存艦隊を率いて彗星帝国から地球を守る為に戦場に立った『ガミラス』在地球大使ローレン・バレルは、座上するゼルグート級大型戦艦の艦橋から『ガトランティス』相手に奮戦する『ガミラス』艦隊の戦いを見守っていた。残る全ての戦力を集めてこの戦いに挑んだが『ガトランティス』の物量はその上を行き、敵艦を撃ち減らしてもその倍の数が都市帝国から現れる……このままでは『ガトランティス』の物量に圧し潰されるだろう。

 

 その前に次元潜航艦と共に都市帝国中枢部に向かった『ヤマト』が目的を達成してくれる事を祈るのみだが、そんな彼の下に不穏な報告が上がって来る。

 

「――前方の次元境界面に異常、何かが浮上してきます!」

「――何っ!?」

 

 『ガトランティス』に次元潜航機能を持った航宙艦の情報は無かった。ならば此方の次元潜航艦が『ヤマト』を都市帝国の本拠地に導いた後に戦線に参加しようとしているのか。だがモニターに表示されている予想浮上ポイントは都市帝国と戦場のほぼ中間の地点になる……何故そんな場所に浮上しようとしているか?

 

「――これは、次元潜航艦です! 次元潜航艦急速浮上します!」

 

 担当士官が上げる驚きの声にバレル大使はモニターを注視する――次元境界線から4隻の次元潜航艦が姿を現し――それに続いて中央部分に楼閣の様な『ヤマト』の特徴的な司令塔が現れて徐々に全身が通空間に姿を現す――『ヤマト』の姿を見た時、バレルが考えたのは『ゴレム』の奪取の正否だった。だが都市帝国内に突入して奪取するには戻って来るには早すぎるし、浮上したのが都市帝国内ではなくその近郊宙域に浮上したと言う事は、亜空間内にも『ガトランティス』の防衛網が敷かれていて突破出来なかったと言う事か。

 

「……突入出来なかったのか」

 

 全てを賭けた作戦が失敗した事を悟って表情を歪めるバレル、このままでは『ガトランティス』の圧倒的な物量の前に壊滅してしまうかもしれない……そうなれば地球はおろか『ガミラス』本星も『ガトランティス』によって滅ぼされてしまうだろう。絶望がバレルを圧し潰そうとした時、『ヤマト』と周囲に展開する次元潜航艦が反転して、再び都市帝国へと向かって行く姿に、彼らが諦めていない事を悟って――全『ガミラス』艦隊へと号令を掛ける。

 

「――全艦、『ヤマト』の再突入を援護するんだ!」

 

 再び都市帝国へと向かって行く『ヤマト』の姿に、彼らが諦めていない事を悟った『ガミラス』の戦士たちは、その再突入をサポートするべく立ち塞がる黒いゴストーク級を排除する為に火力を集中する。

 それは生きる為に足掻こうとする人の姿――絶望に屈せずに未来を掴み取ろうとする人の生き様――それは地球を命運がどうなるかを知りたいと言う民衆の熱意により、地球周辺に設置された監視衛星の画像が流れる街頭の大型ウィンドウを見つめる地球に住まう人々の目にも映った――彼らは諦めてはいない――ならば自分達に出来るのは彼らが勝利してくれる事を信じるのみである。

 

 だが運命の神は更に過酷な運命を戦士たちに課す――『ヤマト』が向かう都市帝国への道の途中に幾つもの跳躍門が形成されると、その中から亜空間で遭遇した巨大生物のダウンサイズしたような無気味な生物達が現れる……細長い1キロはあろうかという身体から四方に伸びる放熱板のような翅を持つ生物は、これまで戦ってきた黒いゴストーク級の数と同等――いやそれ以上数千もの群体となって『ヤマト』の前に立ち塞がった。

 

 


 

 

 宇宙戦艦『ヤマト』第一艦橋

 

「彗星帝国への進路上に艦影多数出現!」

「――いや、前方の艦影らしき物から生命反応を感知した――あれは亜空間で遭遇した巨大生物と同様に生命反応を感知した……あれは生物だ」

 

 高次元微細レーダーにて索敵をしていた西城から進路上に多数の敵影が探知された事を報告し、探知した反応を解析していた真田が前方に立ち塞がるのは、亜空間で遭遇した巨大生物の同種または眷属であると分析した。

 

「――主砲発射用意!」

「――主砲、1番、2番用意――座標入力、自動追尾システムよし――艦首魚雷発射管開け!」

 

 亜空間であれほどの悪意を放った巨大生物と同種の存在がまともな存在の筈がないと断じた古代は即座に主砲の発射態勢を指示し、砲雷長である南部が各砲座に攻撃態勢を整えるように伝えて『ヤマト』の各砲座が発射態勢を整える。

 

「――主砲、発射!」

 

 古代の号令と共に『ヤマト』の主砲が発射されて、これまで数々の敵を打ち破って来た48サンチ三連装陽電子衝撃砲が空間を照らしながら進み――立ち塞がる大型生物の目前で歪に進路をねじ曲げられて空しく消え、続いて発射された空間魚雷も目標を見失ったかのようにあらぬ方向へと飛んでいく。

 

「――なっ!? 防御シールドか?」

「――いや、敵大型生物からシールドに該当するエネルギーに相当する物の放射は観測されていない」

 

 並行世界にて遭遇した『ボーグ・キューブ』も此方の攻撃を防除していたし、『ヤマト』自身も『波動防壁』という防御システムを持っているが、あの大型生物が使用した物はそのどれとも違う物だった。この世界においても、そして並行世界においても敵の攻撃から身を守る為に張るシールドは空間に障壁の様なモノを張って身を守る技術……たまに攻撃自体をどこか別の次元に逸らすというトンでも技術も存在したが、空間に障壁を張ると言う事は、此方からも観測が出来ると言う事だ――だがあの大型生物は何もない空間で攻撃を捻じ曲げたのだ。

 

「私には着弾の寸前に逸らされたように見えた――思うに、アレはあの生物特有の能力ではないだろうか」

 

 技術支援席で大型生物の解析を行っていた真田は、今の現象が大型生物の持つ能力によって引き起こされたのではないかと推測する――事実、先ほどから付近に居る次元潜航艦群だけでなく、『ガミラス』艦隊からも援護の砲撃が大型生物に向けて行われているが、そのどれもが効果を上げられなかった。

 

 『ガミラス』艦の中でも足の速い航宙高速巡洋艦が距離を詰めて火力を上げようとするが、大型生物の表層部分から無数の光弾が撃ち出されて、回避行動を取る航宙高速巡洋艦を直撃して撃沈されてしまう――そして大型生物の大群による攻撃が始まる。都市帝国を守るように布陣した大型生物より無数の光弾が射出されて『ヤマト』と周囲に展開する次元潜航艦を襲う――カラクラム級の倍はある巨体から放たれる光弾は無数の嵐のようで、対空砲火で必死に迎撃する『ヤマト』や次元潜航艦を嘲笑うかのように光弾の密度は増していき、『ヤマト』や次元潜航艇の船体に被弾によるダメージが蓄積していく。

 

「――島!」

「――ダメだ、敵の砲撃の密度が濃すぎて、逃げ場がない!」

 

 敵の攻撃の密度が濃すぎて、どこにも逃げ場がない『ヤマト』は対空兵装をフル回転させて迫り来る光弾を撃ち落とすが、それでも処理しきれない光弾が『ヤマト』の船体を傷つける……激しい振動の中でもはやこれまでかと諦めの気持ちが芽生えかけた時、高次元微細レーダーを担当する西城の悲鳴のような声が響く。

 

「――重力干渉波発生! 何かがワープアウトしてきます!」

 

 激しい攻防を繰り返す『ヤマト』と大型生物の戦いの場の近くに光が灯ると、どんどん大きくなり空間を圧し広げて――中から一隻の航宙艦が現れる。大きさ的には大型生物の半分くらいの大きさだが、船体側面から伸びた4つのパイロンにはそれぞれ青い光を放つシステムが備え付けられていた。

 

「……何だ、あの艦は?」

「――艦の設計思想が地球や『ガミラス』、ましてや『ガトランティス』とも違う……ここにきて未知の勢力の船か?」

 

 今まで見た事もない航宙艦の登場に戸惑う『ヤマト』のクルー。そんな戸惑いにより出来た一瞬のスキをついて、大型生物が放った光弾が『ヤマト』の艦橋に迫る――あわや直撃する寸前に、未知の航宙艦より放たれた砲撃が激突寸前だった光弾を破壊した。

 

 至近距離で起こった爆発に視界を遮られた古代が何とか視界を回復した時には、『ヤマト』を攻撃した大型生物は爆発四散していた。

 

「……なんだ?」

 

 今まであらゆる攻撃が通用しなかった大型生物が爆発した光景に、驚きよりも訝しげに見やる古代。見ると未知の航宙艦より幾つもの光弾が射出されると、攻撃が逸らされる事が無く大型生物に直撃して幾つもの大型生物が爆炎に消える。

 

「……あの船の攻撃は効いている……何故だ?」

 

 次々と大型生物を葬り去る未知の航宙艦の攻撃が何故効いているのかを疑問に思う古代……『ヤマト』や『ガミラス』の攻撃は逸らされるのに、あの未知の航宙艦の攻撃は大型生物に直撃している……この差は何だ。何が違う。それさえ分かれば戦いようが有る筈だ。必死になって考えを巡らせている古代の耳に、通信席から相原の報告の声が聞こえて来る。

 

「――前方の不明艦より映像通信です」

「……繋げ」

 

 相原の報告を聞いた土方艦長は暫く考え込んでいたが繋げるように指示して、相原は通信を天井のパネルに映し出す――そこに映し出されたのは冷たい水晶の様な素材で造られた床と結晶体に囲まれた、以前にも見た事がある光景だった。そしてそんな結晶体に囲まれたブリッジらしき場所の中央に丁度人一人が座れるような結晶体で造られた席が在り、そこには白いボディースーツの所々に青い結晶を付けた栗色の髪を持つ少女である翡翠――いや、本来の名であるクリスと名乗った少女が座っていた。

 

「……翡翠」

 

 誰の言葉だったのか、かつて並行世界に迷い込んだ時に『ヤマト』で保護した異星人の少女……彼女の乗る船が『ヤマト』の船体に激突した衝撃で記憶を無くしていた為に、仮初として付けた名前を呼んだが、惑星『テレザート』で出会った時の彼女は変貌し、怒りに支配され瞳には冷徹な光を宿していたが、今パネルに映る彼女はあの時に纏っていた雰囲気は消えて、その瞳も『ヤマト』に居た頃のように翠色をしていた。

 

 パネルに映る彼女は足を組み替えたり、あ~だの、う~だの唸っていたが、ようやく決心が付いたのか後頭部をぽりぽりと掻きながら気恥ずかし気に笑いながら口を開いた。

 

『……久しぶり、『ヤマト』のみんな』

 

 

 




 どうも、しがない小説書きのSOULです。

 色々とやらかした相手と再会する……気まずいなんてものではないですよね。故に連邦や『ナデシコ」相手には余裕を見せていた翡翠も、『ヤマト」相手にはあまり強く出れないんですよ。


 では、次回。巨大生物の『眷属」とゴストーク=ジェノサイドスレイブの大群に苦戦する『ヤマト』の前に現れたクリスーー彼女は戦況を打破すべく新たな『縁』を運んでくる。

 第七十八話 『ヤマト』都市帝国を攻略せよ

 2月15日更新予定です。ではでは~。


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閑話9  Intermission

 

 デープ・スペース・13 会議室

 

 突然 翡翠からの呼び出しにより、『ナデシコ』側から司令官であるテンカワ・ユリカと副司令のアオイ・ジュン、実働部隊からホシノ・ルリと腹心のタカスギ・サブロウタ。科学・技術部門よりイネス・フレサンジュとウリバタケ・セイヤの六名の他に各部門の責任者たちが応じて足を踏み入れ、惑星連邦側からはUSSタイタンの艦長ライカー大佐と同艦のカウンセラー ディアナ・トロイ、科学士官や警備部門より責任者の他数名が要請に応えて会議室へと足を踏み入れると、そこには翡翠だけでなく見知った顔であるジャン=リュック・ピカード元提督が席に座っている事に驚きながらも納得をする……デープ・スペース・13に来訪したピカードが早速 翡翠と接触してくれたのだろうと、仕事の着実さは現役時代と遜色ないと思っていたのだが……事態は思わぬ方向へ向かう。

 

 てっきり翡翠を諫めたか、何らかの妥協点を見出したのかと思ったが、何故かピカードと意気投合しだした翡翠によって改めて敵『バイオ・シップ』と眷属に付いて詳細説明がされ、意気投合しだす異色のコンビと、そのコンビから改めて説明された“敵”の厄介さに頭を抱えたライカーとユリカ達……翡翠の説明によれば、敵『バイオ・シップ』と眷属は生物でありながら過酷な宇宙空間を進み、通常の細胞や遺伝子すら破壊する強烈な放射線すら防ぐ強靭な外骨格であらゆる攻撃を弾く……それだけでも厄介なのに、巨体に見合う巨大な脳より生み出される思念波は物理法則すらも捻じ曲げて、思念波により作り出される壁『思念防壁』により通常の攻撃は巨体の表面にすら届かないと言う。

 

「……本当に生物か?」

「……あははは……どうしよう?」

 

 説明を聞いたライカーは生物の定義に疑問を浮かべ、『バイオ・シップ』の厄介さを聞いたユリカは渇いた笑いを浮かべて途方に暮れる。そんな反応を見ながら翡翠もため息を付いて「……『思念防壁』を抜くだけでも面倒なのに、アイツらの表層は無茶苦茶硬いから面倒なんだよ」とボヤく。投影型のウィンドウに表示された『バイオ・シップ』の概略図を前に唸りながらも攻略法を考えていたライカーは、既視感を覚えて眉を寄せる……ウィンドウに映る『バイオ・シップ』の姿と名称……概略図を睨むように見ていたライカーは、アクシデントによりデルタ宇宙域に飛ばされながらも7年の年月を掛けて帰還したUSSヴォイジャーの恒星日誌『ヴォイジャー・レポート』に記載されていた未知の存在である『生命体8472』が運用していた生体航宙艦『バイオ・シップ』の事を思い出した。

 

 故郷へと帰還する為にUSSヴォイジャーは、デルタ宇宙域の中でももっとも危険な領域である『ボーグ領域』へと足を踏み入れた――何千という恒星系が『ボーグ』に同化され、無数の『ボーグ・キューブ』が飛び交う『ボーグ集合体』の本拠地とも言える。

 

 危険を覚悟で足を踏み入れたUSSヴォイジャーの前に現れたのは、未だ見た事もない“15隻もの”『ボーグ・キューブ』の艦隊……ヴォイジャーの艦長キャスリン・ジェインウェイは、絶望的な状況でも希望を捨てずに全艦にRED ALERT(非常警報)を発令して絶望に抗おうとしたが、事態は予想とは違う展開を見せる……遭遇したあらゆる種族を強制的に同化して来た『ボーグ』の艦隊は、迎撃の準備を整えたヴォイジャーに対してスキャンを行ったのみで存在を無視するかのように通り過ぎたのだ。

 

 先を急ぐかのような『ボーグ』の行動を不審に思ったヴォイジャーは通り過ぎた『ボーグ』艦隊の痕跡を追って追跡し、無残にも破壊された『キューブ』の残骸を発見する……このデルタ宇宙域には『ボーグ集合体』を上回る存在がいるのか? 破壊された『ボーグ・キューブ』を調べていたヴォイジャーは、そこで生物機的な航宙艦と接触して未知の種族の存在を知った。

 

 当時クルーの中にテレパス能力に長けた者がおり、その者は少し前から何者かの意思を感じ取っており、それは『ボーグ・キューブ』を破壊した生命体の意思を感じ取っていた事が判明する――かの存在は天の川銀河に存在する生命体を、自らを汚染する汚染源と断定して浄化――銀河に住む全ての知的生命体を殲滅しようとしていたのだ。

 

 『キューブ』を容易く破壊する存在が全ての種族を滅ぼそうとしている――『ボーグ』を上回る脅威の出現にヴォイジャーのジェインウェイ艦長は驚愕の決断を行い……結果的に未知の種族――正式な種族名が不明な為に『ボーグ』の分類に倣って、仮称『生命体8472』の脅威は去ったのだった。

 

「……そのとんでもない決断って?」

「――劣勢に陥っていた『ボーグ集合体』に交渉を持ちかけたんだよ」

 

「「「……はっ?」」」

 

 突然 人跡未踏のデルタ宇宙域を踏破して地球に帰還したUSSヴォイジャーの話を語り出したライカー艦長。その話の中に出て来た生物的な航宙艦を運用する未知の種族の件になった所で、ユリカやルリそしてイネスと言ったこの基地のデーターベースを隅々まで網羅していた者を除き、翡翠や他の『ナデシコ』のメンバーの視線を集めたライカー艦長は特大の爆弾を落として――聞いていた者は己の耳を疑った。

 

 自らを高める事を至上の命題とし、自身に有用であると判断すれば力ずくで『同化』する『ボーグ集合体』……その脅威を嫌と言うほど味わった『ナデシコ』クルー達。この世界に転移した直後に『ボーグ・キューブ』と遭遇して船を放棄するほどのダメージを受け、新生した『ナデシコ』を持って決戦に挑むも力及ばず虜囚の身となった苦い経験は消えるモノではない。

 

 そして、それは『ボーグ』の侵攻を受けた惑星連邦とて同じはずなのに――まさか連邦に属する航宙艦の艦長が、『ボーグ』に対して交渉を持ちかけていたとは。

 

「……当然、『ボーグ』の反応は芳しくないモノだったが、ヴォイジャーには切り札があった――未知の種族が運用する生物的な航宙艦『バイオ・シップ』に有効な兵器『生体分子弾頭』が」

「……『生体分子弾頭』?」

 

 『ボーグ集合体』が恐怖の代名詞と呼ばれるのは、『同化』という個人の尊厳を破壊する行為だけでなく、此方の攻撃がほぼ通用せずに有効な反撃手段が無い事も大きい――『ボーグ』と遭遇した初期においてはあらゆる種族が持てる力を持って抗い、時には優勢になる事もあった――だが、『ボーグ』の恐ろしさはそこから“始まる”。

 

 いくら優勢に戦いを進めようとも必ず犠牲になる者は出る――ひとたび『ボーグ』に囚われれば、全てを解析されて『同化』され、それ以降は その種族が使用する兵器に特化した無敵の『ボーグ・シールド』が全ての攻撃を完全に防ぐ――かつて『ナデシコ』が接触した『ボーグ・キューブ』に対して攻撃が無効にされたのも、それ以前に『同化』したユーチャリスの技術を解析したが故にだった。

 

 ――だが逆を言えば『同化』出来なければ相手の強力な攻撃を防ぐことは出来ず、『生命体8472』が要する『バイオ・シップ』相手に敗北を続ける要因でもあった。

 

「……ヴォイジャーのジェインウェイ艦長は『ボーグ』領域に入る前から対『ボーグ』の戦術を練り、『同化』に対抗する為の研究も重ねていた」

 

 『生命体8472』に襲われたクルーを救う為にヴォイジャーのホロドクターは研究していた『ボーグ』の『ナノプローブ』を改造してクルーに注入された異星人の細胞を死滅させる事に成功し――採取したサンプルから、異星人と『バイオ・シップ』は同じ有機質で出来ている事を知ったジェインウェイ艦長は、大量に複製した『改造ナノプローブ』を搭載した『生体分子弾頭』を交渉材料に悪魔と取引したのだ。

 

「……はぁ、惑星連邦にも とんでもない艦長が居たモンだ……けど『生体分子弾頭』か、中々面白い代物じゃないか」

「君の言う『バイオ・シップ』と眷属たちの生体サンプルが在れば、このデープ・スペース・13にも『ボーグ』の『ナノプローブ』のサンプルがあるだろうから――」

「――もちろん、在るともさ」

 

 にやりと男くさい笑みを浮かべるライカーに、翡翠はローティーンの少女が浮かべてはいけない類いの笑みで答え……周囲の人はドン引きして身を一歩引いていた。

 

 


 

 

 宇宙歴65186.3(西暦2388年6月)

 

 深宇宙基地デープ・スペース・13。アルファ宇宙域とベータ宇宙域という広大な領域に影響力を持つ惑星連邦において外縁部にあるジュレ星系近くに位置する巨大なステーションであり、辺境であるが時折銀河系の反対側にあるデルタ宇宙域に向かう“変わり者”が寄港したり、反対にデルタ宇宙域に異変がないか監視をする機能も備えていた――そんなデープ・スペース・13のセンサーの一つが、異変を感知する。

 

 

 デープ・スペース・13司令部

 

「長距離センサーに反応在り、空間に重力特異点が発生して時空連続体が歪められています」

 

 デープ・スペース・13の全てを制御する司令部には、テンカワ・ユリカ司令以下、副司令としてユリカの補佐をしているが運営に関する厄介事を丸投げされて胃がヤバいと噂されるアオイ・ジュンと実働部隊を率いるホシノ・ルリそして科学・医療部門を統括するイネス・フレサンジュとエンジニア部門の責任者であるウリバタケ・セイヤが揃ってノゼアからの報告に気を引き締める。

 

「……時間通りですね」

「……時間に正確なのは良い事だが、登場の度にこう派手だと隠密任務には不向きだな」

 

 空間異常の報を聞いたルリの呟きに、同じくその場に集まっていたUSSタイタンのライカー艦長が顎をさすりながら答える……途中からデープ・スペース・13に来ていたピカード元大将は、生家のブドウが気になると言って地球へと帰還しており、後の事を託されたライカーが連邦を代表する形でこの場に参加していた。

 

 そんな他愛もない話をしている内に、司令部に備え付けられていたメイン・ビューワーに映し出された空間の時空連続体に変化が起こり、周囲の空間を押し退けて一隻の航宙艦が姿を現す――黒い主船体に赤いラインが走り、四方に伸びたパイロンの先には四つのそれぞれ別のシールド発生装置を備えた船――翡翠の乗る『実験艦―02』だった。

 

「――ユリカ司令、黒い船からホログラム通信が入っています」

「――ホログラム通信機起動して下さい」

「了解、起動します」

 

 ユリカ司令の了承を得てホログラム通信機を起動するノゼア。

 するとメイン・ビューワーの前に設置された装置が起動して台座から投影された光が重なって人の形を作り上げる――栗色の髪をウルフカットに整え、白いボディスーツに青い結晶を付けた翠色の瞳を持つ少女 翡翠の姿が映し出される。

 

『――やあ、2周期ぶり。準備は整ったかな?』

 

 ……開口一番これである。どこまでも自分のスケジュールを優先する態度にいっそ感心してしまう。8年ぶりに突然現れて、強大な敵と戦う運命にある宇宙戦艦『ヤマト』に助力を求める翡翠……周辺状況を鑑みて難色を示す連邦と『ナデシコ』に交渉と言う名前の強要を強いて来て、最後には「……もしも拒否されたら、失意に溺れた私は侵食魚雷に次元転移システムを付けて、あの生モノを別の次元に放り出すかもしれないかも……?」などと本当にいい根性をしていると思う。

 

 彼女の提案に対してどう対処していくかと頭を悩ませている時に、翡翠と話をしたいと突然デープ・スペース・13に来訪した連邦宇宙艦隊ジャン=リュック・ピカード元大将……数々の功績を立て様々な難問を解決して来たかの御仁の交渉力に期待したのだが――何をどう間違えたのか、翡翠とピカードは意気投合して『ヤマト』の世界に援軍を送る事を主張し始めたのだ……曰く、一度は共に戦った友人が困難に直面しているのだから、手を差し伸べるのは自然な事だと。それ以外にも、このおてんば娘に人の輝きを見せてやりたい、と言ったピカードの表情は何時もの気難しい表情ではなく、驚くほど穏やかな表情を浮かべている。

 

 ……そういえば、以前に宇宙戦艦『ヤマト』の副長と会談のスパイスとして話していた時に、『ヤマト』艦内での翡翠は幼い容姿も相まって地球に家族を残して参加していた年長のクルーに可愛がられていたと言う……どうやら翡翠は、いわゆる“おじいちゃん子”のようであった――本来他者を必要としない彼女は記憶を失った状態で『ヤマト』に保護されて、そこで人のぬくもりと言うモノを知った――自らを年相応の子供として扱い、親しみの視線を向ける相手を好ましく思う……普段の傍若無人の性格故に本人も理解していなかったようだが。

 

 ……だが気高い理想を持って豊富な経験から最善と思える道を見出す慧眼を持つピカードと、人外の能力を見せる翡翠が合わさると、これほど厄介になるとは考えていなかった……『ヤマト』へ援軍を送る為に持てる人脈を屈指しようとするピカードを諫めようとしたライカーに、ピカードと翡翠は にやりと人の悪い笑みを浮かべて言い放ったのだ。

 

『問題は無いんだよ、ウィル』

『……別に今すぐ艦隊を送れって言っているんじゃなから、今から2周期の間に準備してくれたら良いから』

『……は? 『ヤマト』は強大な敵と戦うから援軍を送るのじゃないのか、それでは間に合わないだろう?』

 

 困惑するライカーにピカードも「……聞いた時には私も困惑したよ」と苦笑しながら教えてくれた――惑星連邦が存在するこの世界へと転移する際に、翡翠は世界間の差異を利用して過去へとタイムトラベルを敢行して宇宙歴63136.9(2386年2月)のデープ・スペース・13へと来訪したと言う……つまり、今の宇宙歴65186.3(西暦2388年6月)こそが彼女 翡翠が存在していた本来の時間軸だと言うのだ……初めてその事実を聞いた時、ライカーは思った――そういう事は早く言え、と。

 

 


 

 

 デープ・スペース・13 

 

 再びこの世界に姿を現した翡翠は、管制官を務めるアゥインの指示に従い『実験艦―02』をデープ・スペース・13上層の係留施設へと進入させる……通信を送ってくるアゥインの顔が微妙に引き攣っているのは気のせいだろう……巨大な傘上のドームの中に進入した『実験艦―02』はアゥインの指示に従って推力を落としながら中心部にある大規模な施設近くで停止する。

 すると施設から連絡通路を兼ねたアンビリカル・アームが伸びて、迎える『実験艦―02』の黒い船体に変化が起こると形を変えてアンビリカル・アームに備え付けられたエア・ロックを迎え入れられる形へと変化する――そしてアンビリカル・アームが船体に届いてエア・ロックが船体へと接続されると、『実験艦―02』側のエア・ロックが開いて白いボディスーツを来た少女が連絡通路に足を踏み出した。

 

 

 デープ・スペース・13内の施設に足を踏み入れた翡翠は、連絡通路の先で出迎えたイネス・フレサンジュと共に最終的な段取りを確認すべく大会議室へと向かう傍ら準備の進捗状況に付いての説明を受けていた。

 

「――じゃあ、『生体分子弾頭』の方は問題ないんだ」

「ええ、貴方から提供された『バイオ・シップ』の生体組織のサンプルを解析して擬態するようにプログラムを組んで組み込む――『ボーグ』との戦いで私達が用いた戦法の原型の様なモノだから、ウリバタケ辺りが張り切って増産したわ」

「ふむふむ」

「と言う訳で、今貴方の船に量産された『生体分子弾頭』を積み込んでいる所よ」

 

 翡翠が去り際に提供した『ヤマト』の世界に存在する敵『バイオ・シップ』の生体サンプルを解析して、そのデーターを元にデープ・スペース・13にて厳重に保管されていた『ボーグ』の『ナノプローブ』を敵の細胞に擬態するよう再プログラムして敵の内部に送り込み、細胞に取り付つくと複製を作成した後に細胞もろとも自壊する凶悪な兵器へと改造したのだ。

 

「……よくこんな悪辣な事を思いつくな」

「――あら、要請に応えなければ、別の世界に“生ゴミ”を不法投棄するなんて脅しをかけて来る誰かさんに比べれば可愛い物ものよ」

「……」

「……」

 

 無言で連絡通路を歩く二人。

 

「……まったく、そんな些細な事に気にしているから、婚期を逃すんだ――」

 

 口角を釣り上げた翡翠に皆まで言わせず、素早く脱いだヒールを片手のイネスはその後頭部を引っ叩いた。

 

「……余計なお世話よ」

 

 


 

 

 デープ・スペース・13 大会議室

 

 痛む後頭部を摩りながら翡翠は指定された部屋へと足を踏み入れる……以前にこの部屋に来た時には、自称コンピューター思念体(笑)を名乗るジャスパーに懇願されて眠りから覚めないユリカを目覚めさせた後に、紅い制服を着た女性士官を煽りまくってピンクの大魔王に強烈な一撃を貰った物だが……あの人は元気にしているだろうか? そんな他愛も無い事を考えながら見回せば、あの場に居たメンバーだけでなく連邦の人間も居た。

 

 『ナデシコ』に関わる者達が纏まる中心的な存在であるテンカワ・ユリカと、彼女の元でその手腕を遺憾なく発揮して実働部隊を束ねるホシノ・ルリ。そんな二人を陰から支えるアオイ・ジュンとハルカ・ミナトそしてゴート・ホーリーが傍に座り、先ほど後頭部に強烈な一撃を加えてくれた科学部門と医療部門を統括するイネス・フレサンジュと技術部門でその才を遺憾なく発揮しているウリバタケ・セイヤの姿も見える。

 それから一段下がって以前煽りまくった――たしかスバル・リョーコとか言う女性士官と『ヤマト』艦内で追いかけて来たメガネと暗い感じの女性士官が並んで座り、それ以外にも各部門の責任者らしき顔が揃っている。

 

 そしてこの場にはUSSタイタンの艦長を務めるライカー大佐とエキゾチックな美貌を持つディアナ・トロイ、そして艦隊の制服を着た耳の尖った……恐らくバルカンとかいう星出身の士官も同席している……どうやら役者は揃ったようだ。後頭部を摩りながら大会議室の中心まで歩いた翡翠は、にやりと笑う。

 

「――準備は整ったようだな」

 

 そう言って翡翠は大会議室に備え付けられたシステムに手をかざすと、それだけでシステムが起動してこの場に集まったメンバーの前にホログラムが投影される――映し出されたのは一面の白、画面を覆う白、全てを塗り潰す白――高速中性子と高圧のガスで構成された惑星規模の大きさを持つ白色彗星の姿と、その進路上で青い輝きを放つ地球の姿。

 

「――これは『エテルナ』から送られて来た最新の情報、白色彗星を擁する『ガトランティス』は地球の防衛ラインを突破して地球軌道へと到達した」

 

 ホログラムに映し出された白色彗星は巨大で、その進路上にある地球の何倍もの巨体に言葉を失う一同だったが、長く宇宙探査をしてきたライカーを始めとする連邦士官や、ユリカの懐刀として様々な任務で宇宙を航海してきたルリなどは、あれほど巨大な天体が傍に存在しているのに地球がその影響を殆ど受けて居ない事を疑問に思った。

 

「……殆どがガスとは言え、あれほどの密度が集まれば かなりの質量になる筈」

「……ですよね、なのに地球にはそれほど影響がないのは何故でしょうか?」

「……『ガトランティス』は重力を完璧に制御する程の高いテクノロジーを持っているのだろう」

 

 物質が集まれば塊となり、塊が集まれば山となり、それが無数に集まれば大地に――星となる。そこにはその質量に見合うだけの空間の歪み重力が存在していなければならない――巨大惑星サイズの白色彗星が傍まで来ているのならば、その質量に見合うだけの重力が地球へと影響を与えて居なければならない筈なのだが、地球にその兆しはなく、最も影響を受けそうな大気すらも気象は荒れているようだが重力による流出も見受けられない。

 

「……そうだね。『バイオ・シップ』と眷属どもだけでなく、白色彗星を擁する『ガトランティス』もそれなりのテクノロジーと、何より膨大な物量を持つ――それでも、『ヤマト』は故郷を守る為に“必ず”現れる」

 

 翳していた手を下ろすと翡翠は視線に力を込めて断言する……その言葉を聞いたライカーやユリカ達に否は無い。この世界に迷い込んだ『ヤマト』は、絶望的な状況下の中でも元の世界へと戻って故郷を救うべく決して希望を捨てなかった。彼女の予測の通りに彼らの故郷である地球に危険が及びそうになれば必ず現れるだろう。

 

「――さあ、翡翠ちゃんと愉快な仲間達の出陣の時だ!」

 

 こぶしを振り上げて気勢を上げる翡翠だったが、ルリを始め一同の視線は冷たい物であった。

 

「……脅迫まがいの協力要請をしておいて、よく言えますね」

「……そうだな、確かにデルタ宇宙域との間に障壁のような物は確認出来たが、君の交渉術は少し子供っぽいな――今度、艦隊アカデミーの願書の書き方を伝授しよう」

 

 ルリから絶対零度の視線を向けられ、ライカーからは自身の稚拙な交渉術を揶揄される……元々 翡翠は力押しを得意とし、交渉事には不向きの性格をしている。自覚がある故に頬は羞恥に染まり、ニヤリと笑ったライカーに「そこはライカー大佐と勇敢な仲間達の方が良いだろう?」と勢いで言ったネーミングにまでダメ出しをされた翡翠は、頬を染めたまま叫んだ。

 

「――いいから、行くわよ!」

 

 

 




 どうも、しがない小説書きのSOULです。

  Voyagerの第3から第4シーズンで恐怖の代名詞とも言える『ボーグ」相手に交渉しようなんて……さすが悪魔艦長。最初のプロットを組む時に、エンタープライズEではなくデルタ宇宙域を旅するヴォイジャーを出そうかと思ったのですが……悪魔艦長のアクの強さに、他のキャラクターが食われそうな気がしたので止めたんですよね。

 想定以上に長くなった閑話ですが次回で終了となります。


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閑話10 Engage!

 

 

 

 広大な領域に影響力を持つ惑星連邦において外縁部であるジュレ星系の近くに位置する深宇宙基地デープ・スペース・13。全長100キロを超す巨大なステーションの傘上の上部構造物内には宇宙を旅する航宙艦を停泊させる係留施設が存在しており、宇宙と係留施設を隔てるグランド・ゲートが開閉して一隻の連邦艦が進み出て来る――USSタイタンであった。

 

 だが進み出る連邦艦はそれだけでなく、タイタンに続いて姿を現したのは『エンタープライズD』に代表されるギャラクシー級の簡易量産型とも言えるネビュラ級の連邦艦がグランド・ゲートから姿を現したのを皮切りに次々と姿を現す――それに続くのは重護衛艦にカテゴライズされるアキラ級の双胴船のような特異な姿が進み、後方より多重攻撃モードを搭載するプロメテウス級や、優秀な設計思想により23世後半から長く運用されているエクセルシオール級などの大型航宙艦が姿を現した。

 

 デープ・スペース・13から姿を現したのは連邦艦でも大型航宙艦に分類される者達であり、その全てがアップデートを受けて最新の兵装システムと航行装置そしてトランスワープの一種である『量子スリップストリーム・ドライブ』を搭載している者達であった。

 

 USSタイタンのライカー艦長からの連絡を行けた惑星連邦のピカード元提督は、デープ・スペース・13へと来訪して、そこで別の世界からの来訪者である翡翠と再会し――何故か意気投合して、彼女の望みである別の世界の地球の船 宇宙戦艦『ヤマト』の窮地を救う為に持てる人脈を屈指して、外面的には演習と言う名目で連邦航宙艦を集めたのだ――その数、40隻。

 

 周辺宙域の情勢が不穏である昨今を鑑みたライカー艦長などはピカードを諫めようとしたが、ピカードは頑なに考えを変えず、何が彼をそこまで駆り立てるのか問い掛ける声に彼は答えた……「私は助けを求める者達の声を二度と無下にしたくないのだ」と。

 

 最も援軍に艦隊を派遣した際に生じる戦力の空白に対し、翡翠は世界間を移動する際の時間的な差異を調整する事で、出撃した時間軸からそれほど離れない時間軸に帰還する事も可能と答え、聞いている全て者を困惑させた……だが。もし翡翠の言う通りに戦力の空白が殆ど生じないのであれば……ライカーとて、共に戦った『ヤマト』の危機には駆け付けたいという思いも有ったのだ。

 

 

 USSタイタン ブリッジ

 

「サー。デープ・スペース・13を離脱、通常空間に出ました……後続の艦も基地を離脱、予定ポイントで停止します」

 

 オプス・コンソールを担当する士官の報告に頷くライカー艦長。ブリッジ正面に設置されているメイン・ビューワーに視線を向けると、ピカード元提督の尽力で集められた航宙艦群の最後の船がグランド・ゲートから宇宙へと進み出ていた。

 

 


 

 

 デープ・スペース・13 係留施設

 

 ピカード元提督によって集められていた連邦航宙艦達は、この宇宙基地で演習と言う名の極秘任務に付いての説明を受けた後に補給と共に調整された光子魚雷『生体分子弾頭」を受領して、作戦の第一段階である並行世界への転移に備えるべくグラウンド・ゲートから宇宙空間へと進んで所定の位置にて待機していた。

 

 そして係留施設内の最後の航宙艦――黒を基調に赤いラインの入った船体から伸びる四本のパイロンに支えられた四種類のシールド発生装置を持つ連邦艦とは異なる設計思想で建造された航宙艦、翡翠の乗る『実験艦―02』だ。かの船は連邦艦が係留施設より出航するのを確認するかのようにその場に留まっていたが、最後の連邦艦がグランド・ゲートから出航したのを確認すると音もなく動き出してグラウンド・ゲートから宇宙へと進む。

 

 ……そして全ての航宙艦が宇宙へと出航して静寂の間と化した係留施設の床に設置されている扉が開いて、格納施設に鎮座していた巨大な航宙艦が姿を現す――四本のナビゲーション・ディフレクター装備したディストーション複合ブレードは航行中の安全を守るだけでなく、敵対する脅威からのあらゆる攻撃から船体を守り、巨大な船体には無数のフェイザーアレイや光子魚雷の発射管を備えた移動要塞とも言える巨大航宙艦『ナデシコD 』――だがその真骨頂は船体の巨大さではなく内包されたシステムにある――強大な敵と戦うべく力を求めた『ナデシコ』のクルー達は、『ナデシコD』の巨体を有効活用するべく採用した攻撃システム『多重攻撃モード』――巨大な船体を四つに分離して、それぞれが独立した戦闘艦として運用出来る『ナデシコD』の奥の手である。

 

 『ボーグ集合体』との戦いが終了した後も、周囲の宙域を支配する種族に対抗する為にアップデートを繰り返し、10年前よりも強力な航宙艦としてデープ・スペース・13の守護神となっていた。

 

 

 『ナデシコD』第一艦橋第三階層

 

 巨大な『ナデシコD』を運用する為に艦橋構造は三つに分かれ、巨大な『ナデシコD』の船体を制御する第一階層、デュアル・コンピューターシステム『ウワハル』・『シタハル』により周辺宙域の情報を解析して第三階層に上げる第二階層、艦の意思を決定する指揮所のある第三階層に分けられ、第三階層にて艦を指揮するのは基地司令官業務にて多忙を極めるテンカワ・ユリカに変わってホシノ・ルリが艦長が務めていた。

 

『航法システム正常、各種スラスターも問題なし』

『生命維持装置も正常稼働中、各武装システムも問題なしの、オールOK』

『ルリ姉さま、全システムチェック完了。問題ありません』

 

 第二階層にてデュアル・コンピューターシステム『ウワハル』・『シタハル』を用いて『ナデシコD』の船体チェックを終了させたアゥインとノゼアは、艦のシステムに問題が無い事をルリに告げ、準備が整った事を確認した後に後方にて予備のシートに座るユリカ司令へと振り返る。

 

「ユリカ司令、発進準備が整いました」

「うん、じゃあ お願いねルリちゃん」

「分かりました――『ナデシコD』発進して下さい」

「りょうかーい、『ナデシコD』インパルスエンジン出力1/4、微速前進」

 

 操舵手を務めるのは年齢を重ねても変わらぬ美貌を誇るハルカ・ミナト。彼女の操舵によって『ナデシコD』はゆっくりと動き出して、スラスターで微調整しながらグラウンド・ゲートへと向かう。

 巨大な船体ゆえに細心に注意を払いながらも、長年『ナデシコD』の舵を担当して来た彼女は慣れた様子でコンソールを操作して巨大な船体を操る――通常基地を訪れる航宙艦は300mから1キロ程の大きさであり、宇宙と基地内を隔てるグラウンド・ゲートもそれを想定した大きさになっており、『ナデシコD』の巨体ではグラウンド・ゲート擦れ擦れになってしまうが、ミナトの操舵は慣れたもので狭いゲートを危なげなくすり抜けて宇宙空間へと進む。

 

『『ナデシコD』通常空間に出ました』

『前方に連邦艦隊、指定ポイントで待機中です』

 

 艦橋に備え付けられたメイン・ビューワーに映し出された映像では40隻の連邦航宙艦隊が停止して傅く女王の到着を待っている騎士の様である……連邦艦群が停止している宙域には中央部にスペースが設けられており、翡翠によれば艦隊の中央部に『ナデシコD』を据えれば、後は彼女が並行世界への道を開くと言うが……どうしても不安が残るのは、翡翠のこれまでの所業を思えば仕方がない事だろう。そして宇宙空間を航行する『ナデシコD』は待機している連邦艦隊へと近付いて翡翠に指定されたポイントに到達すると その場に停止する。

 

 

 『ナデシコD』第一艦橋第三階層

 

「――『ナデシコD』予定ポイントに到達、止めるよ~」

 

 操舵席にて『ナデシコD』を操縦しているミナトが、予定ポイントに到着した事を告げて艦を停止させる……翡翠の指定したポイントに到着したのは良いが、これからどう並行世界へ飛ぶのか彼女の起こした騒動を考えれば真っ当な手段とは考えにくい……と言うのも今の『ナデシコD』には、翡翠からこの航海に必ず参加するようにと指定された人物が乗り込んでいるからだ。

 

 キャプテン・シートに座るルリは視線を後方の予備シートに座るユリカへ向ける……『ナデシコD』の指揮を継いでかなりの時間が経つが、やはり後ろでユリカが見守っていると言うのは安心感を覚えて心強いが、今回はユリカの膝の上に座っている“白いの”が問題なのだ。

 

「――寒くない、ソフィア?」

「……ああ、問題ない。母の膝は温かいな」

 

 ……今から強大な敵と戦う為に出撃しようと言うのに、艦橋の一部にほっこりとした空間を作って親子の語らいをしている空気が読めない輩が居るが、それを無視していると第三階層の中央部に光が現れてそれが消えた後には栗色の髪と翠眼を持つ白いボディスーツを着た翡翠が現れる……『ナデシコD』には艦橋などの主要部分には転送ビームを阻害するシールドが張られているのだが、この不可思議生物には効果が無かったようだ。

 

「……素知らぬ顔でとんでもない事をしないで下さい」

「……?」

 

 この10年間にも戦力の中核である『ナデシコD』には何度も小規模な改修やアップデートを行っているが、その努力がまったく効果が無い事を目の前で見せつけられたルリがその整った顔立ちを顰めて苦情を言うが、当の翡翠は何故苦情を言われたのか理解していない様で小首を傾げている。

 

 さて、これから強大な敵と戦う宇宙戦艦『ヤマト』に助力する為に並行世界へと転移をするのだけれど、その方法が問題となる……こうして彼女が『ナデシコD』に転送されて来た以上、その方法は自分達がこの世界に来る事になった要因――『ボゾン・ジャンプ』の世界間跳躍だろう。本来は時空間移動である『ボゾン・ジャンプ』に世界間の移動能力は無い筈であるが、その時に行われたテンカワ・アキト(強制)帰還作戦において分かった事実――火星の後継者の人体実験の被験者であるアキトの寿命は尽きようとしている。

 それを知ったユリカは激しいショックを受けて、混乱する彼女は現実逃避に縋り――それを『ボゾン・ジャンプ』の中枢である『演算ユニット』がくみ取り――並行世界に存在している別の『演算ユニット』とリンクして、ユリカの望み通りに別の現実へとジャンプさせた……だが、それには代償があった。

 転移直後よりユリカの身体は激しい疲労に襲われ意識不明の状態となり、それはどんどん深刻になったがデープ・スペース・13に着いてからは小康状態で落ち着くことができたのだが、『ナデシコD』が再建して活動を再開すると、ユリカは再び『ボゾン・ジャンプ』を行って、遂には眠りに付いたまま目覚めなくなったのだ……紆余曲折はあったが、今のユリカは古代火星文明の遺産『演算ユニット』とのリンクは途切れていないが、折り合いを付ける事は出来ている――だが『ボゾン・ジャンプ』にて並行世界への転移を成功させたのは、ユリカただ一人しかいなかった。

 

「……準備は整った訳ですが、これからどうやって宇宙戦艦『ヤマト』がいる世界へと転移するんですか――まさかとは思いますがユリカさんを利用しようと言うのなら、許しませんからね!」

 

 ルリはその美麗な顔を怒りに歪めて、金色の瞳は目の前に立つ翡翠を睨み据える……火星の後継者からユリカを奪還した後に判明した遺跡の『演算ユニット』とのリンクが途切れないと言う事実。それを知ったルリ達はリンクを断ち切ろうと様々な手段を講じたがその全てが徒労に終わり、人知れず己の無力に悔し涙を流した……なのに、またユリカを担ぎ出そうと言うのか!

 

 睨み据える金色の瞳に力がこもり、もはや殺意の如き強い視線をまともに受けながらも翡翠に変化はない……いや、流石に何時もの にやにやとした人の悪い笑みは浮かべていないが、肩を竦めた後に睨み付けるルリへと近付く。

 

「それは無用な心配だよ、ホシノ・ルリ。別にテンカワ・ユリカにナビゲートして貰おうとは思っていないから――『演算ユニット』とリンクするのは“私”だよ」

 

 にやりと妙に男前な笑みを浮かべた翡翠は、ルリにそう告げて視線をユリカの膝の上でご満悦なソフィアへと視線を向ける……だが、視線を向けられた白髪と金色の瞳を持つ幼女は「いやだ」の一言を告げてそっぽを向く。

 

「……おい」

「……何が悲しくて、お前なんかとリンクしなければいけないのだ」

「……言うじゃないか、『残念ユニット』」

「……誰が『残念ユニット』だ、今の私は“ソフィア”だ――この性格破綻者め」

 

 んふふ、と笑いながら詰め寄る翡翠と、冷たく切って捨てる『演算ユニット』ことソフィア……十代半ばに見える翡翠を9歳の幼女がユリカの膝の上から睨み返す……行われている事はシュールに見えるが、どちらも途轍もない力を内包しているのに、なにを低レベルな言い争いをしているのだろうか? 唯でさえ大きな戦いに挑む前の緊張感がほっこり親子の所為でグダグダなのに、見れば周囲のアオイ・ジュンやミナトもあきれ顔になっている……幼少の頃の口癖であった「……バカばっか」と流石に胸の内で呟きながらも、なんとか場の雰囲気を立て直そうとして動こうかと思ったルリだったが、その前に至近距離で睨み合いを続けていた翡翠が離れると、にやりと人の悪そうな笑みを浮かべた。

 

「……んふふふ、良いのかなそんな事を言って?」

「……なんだ気持ちの悪い」

 

 不敵なというか、楽しくて仕方がないと言った感じの笑みを浮かべた翡翠が右手を上げるとパチンと鳴らす――すると投影型のウィンドウが立ち上がり、一人の少女の姿を映し出す――母親譲りの藍色の紙を肩口で揃えて、俯きがちだった顔をまっすぐに上げて双子の妹を見つめる。

 

『……ソフィア』

「――ユウナ、なぜ君が?」

『……お姉ちゃん、でしょう』

「……はい?」

『お・ね・え・ち・ゃ・ん!』

 

 何時になく積極的なユウナの押しの強さに混乱するソフィアは、そのまま押し切られてお姉ちゃんと呼び、それに気を良くしたユウナはそこから怒涛の小言を始める……いわく、女の子なのにおしゃれに全く興味がないだの、お風呂に入る時に服を脱ぎ散らかすのははしたないだの、何時もお母さんにべったりで、お父さんが時折落ち込んでいるなど、出るわ出るわのダメ出しのオンパレード。

 旗色が悪くなり、そんなにダメなのかと落ち込み始めたソフィアを哀れに思ったのか、ユリカがやんわりと諫めようとしたら矛先がユリカへと向けられ、お母さんはソフィアに甘すぎるだの、食事の時でも汚れた口元を拭いてやって幼稚園児かだの、お父さんがあんなに甲斐甲斐しく世話をされた事がないと時折愚痴をこぼしているなど、怒涛のダメ出しにユリカとソフィアは揃って真っ白に燃え尽きていた。

 

 そんなテンカワ家の親子喧嘩……いや、娘による母親と妹へのダメ出しに、普段のユウナを知るルリなどは目を丸くして驚き、どうゆう事なのかと視線を翡翠に向ければ、ウィンドウ越しに捲し立てるユウナに苦笑していた彼女から説明を受ける……たまたま一人で俯いていたユウナと出会った翡翠は、話を聞いている内に自分とは違う双子の妹の事で悩んでいる事を知り、非常に珍しい事に損得抜きでカウンセリングを行ったと言う。

 

「……まぁ、姉か妹かの違いはあるけど、トンデモない姉妹に苦労させられる気持ちは分かるからな」

 

 若干嫌そうな表情を浮かべる翡翠……余談ではあるが、傍若無人を絵に描いたような翡翠ではあるが、彼女には二人の”天敵“がいた――その一人は、突然現れては彼女を面倒ごとに巻き込む”プロフェッサー“と、どこで仕入れたのか此方の弱みを握ると、それを盾に無茶苦茶な事を要求する理不尽の権化である彼女の実の姉である。

 

 同じトンデモ姉妹に悩まされるユウナに親近感を持った翡翠は理不尽な相手に対する対処の仕方を、ソフィアが『残ね……演算ユニット』時代に起こした数々の所業をそのイタい言動と共に教えてやったのだ……え? なぜ妹どうしでソフィアに肩入れしないのかだって? なんであんな可愛げのない輩に肩入れしなければならないのか、とそれなりに育った胸を張り言い切った翡翠……そんな翡翠とウィンドウ越しにダメ出しされて燃え尽きているユリカとソフィアを見て、深々とため息を付くルリ。

 

『――いいから、翡翠ねぇの言う通りにしなさい!』

「……いや、だから――翡翠ねぇ?」

 

 ユウナの言葉に疑問符を浮かべるソフィア……ルリがジト目で翡翠を眼ね付ければ、何か意気投合したんだよな、と後頭部をポリポリと掻く翡翠……理不尽な相手に対して豊富な対策を伝授した翡翠を尊敬の眼で見ていたユウナは翡翠に懐いてしまったのだ……これは頭が痛い事になったと こめかみを揉むルリ。

 

『――良いから、お姉ちゃんのいう事を聞きなさい!』

「――わかった、わかったから!」

 

 どうやら彼方も決着が付いたようだ……勢いに乗ったユウナに押し切られる形になったソフィアが憮然とした表情で此方に近付いて来て「……ずるいぞ、ユウナを巻き込むなんて」と苦情を言うが、にやにやとした翡翠は「あれ、お・ね・え・ち・ゃ・んじゃなかったけ?」と人の悪い笑みを浮かべて揶揄する。

 

「――いいから、やるぞ!」

「へいへい」

 

 己が不利を悟ったソフィアが強制的に会話を切り上げて翡翠と向かい合わせになると、二人とも眼を閉じて精神を集中する――やる事は単純明快――翡翠の持つ情報 目標となる世界の固有振動やヒッグス場のエネルギー数値などを正確にソフィアに伝えてナビゲートを行うというモノ……今まではA級ジャンパーといえども長距離を『ボゾン・ジャンプ』する際には、距離に応じて精神を集中して正確にイメージした物を『演算ユニット』に送る為に精神的な疲労を受け――今回は別の世界へのジャンプ故にどれほどの精神的負荷が掛かるか分からない。

 

 だが周囲の心配をよそにソフィアと翡翠――二人を中心として周囲の空間に幾何学模様が走り、それは『ナデシコD』を飛び出して周辺に待機する連邦艦をも包み込む。

 

「「――ジャンプ」」

 

 幾何学模様が激しく発光して、その光が収まった後には『ナデシコD』の巨体も、40隻の連邦艦も姿を消していた。

 

 

 


 

 

 銀河系 ペルセウス腕

 

 銀河系を形作る渦状腕の一つであるペルセウス腕の“何もない”宇宙空間に眩い光が灯ると、それは瞬時に広がって光りが収まった後には一隻の大型航宙艦を中心とした複数の航宙艦が姿を現す――惑星連邦の航宙艦隊と『ナデシコ』部隊の切り札『ナデシコD』であった――彼らは無事に並行世界への転移に成功したのだ。

 

 

 『ナデシコD』第一艦橋第三階層

 

 周囲の空間に幾何学模様を走らせて眩い光に包まれた『ナデシコ』クルー達は、光が収まってから最初にした事は、現状の確認であった――センサーによれば連邦艦は全て健在であり、脱落者は居ないようであった。そして周囲には自分達だけで、先ほどまで存在していた深宇宙基地デープ・スペース・13の姿はどこにも確認出来ず、観測できる星間分布図も記録された物とは98%しか合わず、この宇宙が自分達の居た宇宙とは別のモノであると確信する。

 

「――艦内にレベル3のチェックを掛けて下さい! 並行世界へ転移したんですから、船にどんな負荷が掛かったか……どんな小さな事も見逃さないで」

 

 並行世界へと転移した彼らがまずした事は、並行世界への転移が船に不都合をもたらしていないかのチェックであった。前回に『エンタープライズ』の世界に転移した際には艦内チェックに不都合は無かったが、今回も同じとは限らない……宇宙戦艦『ヤマト』に救援に赴くにしても、激しい戦闘が予測される為に万全の状態である事が望ましい。

 

 『ナデシコD』だけでなく随伴した連邦航宙艦隊も船に不都合が生じていないかのチェックを行っている時、翡翠は何かに気付いたかのように顔を上げて艦の後方に視線を向ける。

 

「――翡翠さん?」

 

 彼女の変化に気付いたルリが声を掛けると、翡翠は厳しい表情で呟く。

 

「――もう、始まってる」

 

 そう呟いた翡翠の身体が光りに包まれて、光が収まった後には彼女の姿は消えていた。翡翠の豹変に途惑いの表情を浮かべたルリだったが、彼女が呟いた内容を考えれば、彼女が何をする為に姿を消したのかは容易に想像出来た。

 

『――ルリねえさま、『実験艦―02』が突如方向転換してワープに入りました――進路は地球です!』

 

 第二階層からのアウィンの報告を聞いたルリは即座に状況を理解して、艦内のチェックを出来るだけ急ぐように指示をする。

 

「――急いで下さい、戦いはもう始まっています!」

 

 




 どうも、しがない小説書きのSOULです。

 今回にて閑話も終了となり本編に合流します。……いや、長かった。
 これで頭の中にあった閑話の構想も出し切ったし、本編に力を入れられそうです。

 では、2/15の本編でお会いしましょう。ではでは~。


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第七十八話 『ヤマト』都市帝国を攻略せよ

 

 

 宇宙戦艦『ヤマト』第一艦橋

 

『……久しぶり、『ヤマト』のみんな』

 

 あの白銀の巨大戦艦ではなく、黒い船体に赤い塗装が施された500メートル位の航宙艦に乗って戦場に現れた、かつて翡翠と名乗っていた少女は気恥ずかし気にしながらも『ヤマト』居た時にたまにやっていたように後頭部を掻きながら声を掛けて来る。

 

「……君は」

『……色々あって――しばらくは『ヤマト』のマスコットガールの『翡翠』に戻ろうと思います』

「……あの頃もマスコットガールを名乗るのを認可した覚えは無いのだがな」

 

 ニヤリと笑った真田がそう返すと、気恥ずかしそうに後頭部を掻いていたクリス……いや、翡翠か。彼女はぴしっと固まり、唇を尖らせると「……真田のおじちゃんのいじわる」と拗ね始めた……ああっ、この会話の流れも懐かしい――『ヤマト』のマスコットガールに戻る。つまり彼女は地球に、いや『ヤマト』に加勢する為に来てくれたという事か。この緊迫した状況の中だったが、いつもより柔らかな表情を浮かべた真田がにやりと唇の端を上げながら「遅すぎだ、悪戯娘め」と突っ込みを入れると彼女――『翡翠』も肩を竦める……これも『テレサ』が言った『縁』のなせるわざか。

 

『――状況は大体理解しているよ。とりあえず『眷属』どもは引き受けるから、『ヤマト』はあのデカブツをお願い』

「――待て、いくら君でもたった1艦でこれだけの敵を相手にするのは――」

「大丈夫――そろそろ来る頃だから」

 

 いくら彼女の種族が脅威的な力を持とうとも、いまだ大型生物の数は千を下らず、その全てをたった1艦で相手取ろうとは無謀にしか思えず制止する古代だったが、パネルの翡翠はにやりと笑い――彼女の言葉を合図にしたかのように、高次元微細レーダーを担当している西条より戦闘宙域に複数の船がありない速度で近付いて来る事が伝えられ、翡翠の乗る黒い船体に赤い塗装が施された航宙艦の近くに複数の光が灯ると、複数の航宙艦がワープアウトしてくる。

 

 特徴的な丸みを帯びた第一船体に重要な機関を搭載した第二船体が接続され、左右に伸びたパイロンの先には二対の青く輝くワープナセルを持つ航宙艦が40隻前後現れて、翡翠の船を中心に均等に整列している……まるで合図を待つ猟犬のように。

 

 整然と並ぶ航宙艦をセンサーで調べた真田は、その特徴的な設計思想に覚えがあった。丸みを帯びた第一船体には士官の居住施設や司令部が置かれ、機関室などの重要施設をまとめた第二船体から伸びるパイロンの先には超光速航法に欠かせないワープナセルが備え付けられている――並行世界において一大勢力を誇る惑星連邦の航宙艦が持つモノであった。

 

「……まさか、並行世界から“彼ら”が来たのか? だがどうやって……」

 

 驚きのあまり思考を口にする真田――そして真田の疑問は直ぐに解消される事になる――『ヤマト』のセンサーが大量のボソン粒子を検出したのだ。この量はとても自然現象とは思えず“あの船”も関わっているのかと驚愕の表情を浮かべる真田。

 

「――航宙艦群の後方に大量のボソン粒子を感知――来るぞ!」

 

 整然と並ぶ航宙艦群の後方の宙域に光の粒子が集まり、巨大な姿を形造る――全長三千二百メートル。艦首に伸びた4本のブレード状の構造物と船体の上下に円盤状の構造物を持ち、巨大な船体には無数のフェイザーアレイと魚雷ランチャーが装備されている移動要塞とも言うべき巨大戦艦。

 

「――あれは、『ナデシコD』!?」

 

 惑星連邦の航宙艦のみならず、『ナデシコD』の出現に驚愕する『ヤマト』のクルー。だが、『ボソン・ジャンプ』を操るあの船が居るのならば、あの航宙艦群がこの宇宙に存在するのも納得は出来る……本来は時空間移動だという『ボソン・ジャンプ』を、あの船に乗る藍色の髪を持つ女傑は意志の力で並行世界間移動などというトンデモない事をやってのけたのだから……驚く『ヤマト』に航宙艦の一隻から通信が入り、少しは女性らしくなった胸を張って自慢げな翡翠の映像を横に寄せながら、件の航宙艦からの映像が天井のパネルに映し出される。

 

 映し出されたのは典型的な航宙艦のブリッジで、前方に操舵とナビゲーションを担当する席があり、後方の壁には無数のモニターが備え付けられており各セクションが忙しそうに任務に従事している。――そして中央に位置するコマンドステーションには航宙艦の最高責任者である艦長の席があり、そこに座っているのは知っている顔がにやりとした笑みを浮かべていた。

 

『――パーティーには間に合ったかな?』

「――ライカー副長!?」

『随分前に大佐に昇進してね。今はこのUSSタイタンの艦長だよ』

 

 艦長席に座っていたのは、あの『エンタープライズE』の副長だったウィリアム・T・ライカーであった。彼の登場に驚きの声を上げた古代は、彼との出会いを思い出す――彼と最初に出会ったのは、『エンタープライズE』からの使者として『ヤマト』に乗り込んで来た時だった。その頃から様々な経験を積んだ熟練の士官という風貌だったが、パネルに映る彼はその頃より更に風格が増して、彼の髪に交じっている白髪の多さが『ボーグ』との戦いからの年月を物語っている……並行世界から帰還した『ヤマト』も、世界間の誤差から自分達の世界では半年も時間が経つという経験をした。

 

『積もる話は後にしよう――今は、『眷属』とかいう生物兵器を倒すのが先だ』

 

 にやりと笑いながらライカーは通信担当の士官に合図を送ると、USSタイタンそして共にやって来た航宙艦群が動き出す――個別に動き出した航宙艦群は、自らの数倍はあろうかという大型生物――『眷属』へと向かうと、装備していたフェイザーアレイから指向性エネルギービームを照射するが、今までの攻撃と同じく捻じ曲げられて霧散する。

 

『サー。フェイザーによる攻撃では効果が認められません』

『……情報通りか、全艦『生体分子弾頭』装填』

『――装填完了』

『ファイア!』

 

 翡翠からの事前情報通りにフェイザーによる攻撃に効果が無いと分かったライカー大佐は、彼女から提供された『破滅を謳う獣』とその眷属の生体組織サンプルを解析して調整されたナノマシンと敵のサイキック能力を阻害する機能を搭載した改良型光子魚雷『生体分子弾頭』を装填する――着弾すると調整されたナノマシンが、『眷属』の細胞に攻撃を加えて崩壊へと導く。

 

 『生体分子弾頭』――これは単艦で7万光年先のデルタ宇宙域に飛ばされた『USSヴォイジャー』で考案された特殊弾頭である。

 

 未知の現象によって惑星連邦の領域のあるアルファ宙域から銀河中心宙域を挟んで反対にあるデルタ宇宙域へと飛ばされた『USSヴォイジャー』は、故郷へと帰る為に未知の宙域を孤立無援で航行しなければならなかった。7万光年先にある連邦領域へ帰還するには最高速度でも70年以上かかるほどの距離があり、それでも『ヴォイジャー』は諦めずに少しでも故郷に近付く為に危険な宙域であろうとも少しでも故郷に近付くのならばと危険を顧みず突き進んだ――そして『ヴォイジャー』は、もっとも危険な宙域とされる『ボーグ領域』へと到達した。

 

 完全な存在へと到達する為に、有益と判断した種族を力づくで『同化』する恐るべき種族『ボーグ集合体』の本拠地であり、『ボーグ』の手によって数千の恒星系が『同化』されて無数の『ボーグ・キューブ』が飛び交っている、危険な領域。

 

 そんな危険な宙域への向かう事を決断した『ヴォイジャー』の艦長キャスリン・ジェインウェイ大佐は、『ボーグ領域』の中で『ボーグ』以上の脅威である流動空間と呼ばれる別次元から量子特異点を経由して通常宇宙にやってきた謎の生命体の存在を知る――恐怖の代名詞である『ボーグ・キューブ』を蹴散らして『同化』された惑星すらも破壊する強大な戦闘力と、全てを破壊するかのような無慈悲な攻撃を行う彼らの正式な種族名は判明していないので『ボーグ』の識別番号を流用して『生命体8472』と呼び、彼らの調査をする過程でその目的が『銀河系の浄化』――全ての生命体の殲滅である事を知ったジェインウェイ艦長は、劣勢に立つ『ボーグ』に接触して『ボーグ領域』を安全に通行する事を条件に同盟を提案したのだ。

 

 『生命体8472』の乗員や彼らの乗る船『バイオ・シップ』を調査していた『ヴォイジャー』は、彼らの『バイオ・シップ』を構成する生体部品の細胞が乗員の細胞と同一である事を知り、その対抗手段としてカウンタープログラムを内包したナノプローグを込めた改造型光子魚雷『生体分子弾頭』を完成させたのだ。

 

 今回、翡翠の属する『IMPERIAL(いにしえの帝国)』と敵対する勢力が擁する全長千キロの巨大『バイオ・シップ』対策として、翡翠より提供された巨大『バイオ・シップ』と1キロを超す『眷属』の生体サンプルと、彼等の防御フィールド『思念防壁』と呼ばれる一種のサイキックシールドを阻害するシステムを解析したライカー大佐は、以前読んだ『ヴォイジャー・レポート』に記載されていた『生体分子弾頭』の技術を転用して、対大型『バイオ・シップ』用弾頭を製作して、注入する『ナノプローグ』と『思念防壁』突破するシステムは『ナデシコ』が運営するデープ・スペース・13宇宙ステーション内で製造する事で、短期間で複数の『生体分子弾頭』を用意したのだ。

 

『――『ナデシコ』の“善意”の協力で、『バイオシップ』や『眷属』どもに有効な『生体分子弾頭』を大量生産した――』

『――何が善意か、ほとんど脅迫してきたようなものじゃないか!』

 

 それなりに育った胸を張りながら説明する翡翠の言葉を遮りながら強制通信で割り込んで来たのはホシノ・ルリ艦長と同じ銀髪をショートにした見知らぬ少女で、金色の瞳をジト目にして翡翠に噛みついたが、当の翡翠はどこ吹く風であった。

 

『失礼な事を言うなよ、ジャスパー。丁寧にお願いしたじゃないか、以前の貸しを返してもらおうかって』

『その物言いも腹が立つけど、続きの方がもっと腹が立つ――なにが、手伝ってくれないなら、失意に溺れた私は侵食魚雷に次元転移システムを付けて、あの生モノを別の次元に放り出すかもしれない、だ』

 

 なおも噛みつくジャスパーを軽くあしらう翡翠……まるで『ヤマト』に居た頃のような翡翠の姿に、乾いた笑いのようなものを浮かべる古代。あの翡翠のやる事だから、まともにお願いするとは考えにくい。どう考えても言葉の端に脅しをかけていたに違いない、と確信のような物を持つ。

 

 とはいえ、彼女達の参戦はありがたい。翡翠の乗る航宙艦とライカー大佐の指揮する連邦航宙艦隊から無数の改良型光子魚雷が発射されると、1キロを超す大型生物――『眷属』の周囲を守っている筈の力場を抜けて表層の組織に到達して爆発――表層に大きな傷が出来たが、全体に影響するほどの傷には見えなかった。だが暫くすると『眷属』は苦しむかのように身を捻りながら爆発を起こして跡形もなく消えてしまった……これが『生体分子弾頭』の威力なのだろう。

 

 そうして連邦航宙艦隊の攻撃によって、翡翠が『眷属』と呼ぶ大型生物は瞬く間に数を減らしていく。連邦艦は3、400メートルと『眷属』の半分ほど大きさしかないが、一度の数発の光子魚雷を発射できる魚雷ランチャーを装備している事もあって千に近い数を持つ『眷属』をどんどん削って行く――中でも、最後に出現した『ナデシコD』の巨体から繰り出される無数の改造型光子魚雷による攻撃によって大量の『眷属』が削り取られている事が大きい。

 

 見た目は『ボーグ・キューブ』との戦いの時と同じように見えるが、地球に帰還した『ヤマト』が大改装を受けたように、あの艦も改装もしくは装備をバージョンアップしているだろう――今も船体を4つに分離して、それぞれが無数の改造型光子魚雷を乱射しながら戦場を縦横無尽に駆け回っている――あれがミスマル・ユリカ艦長より聞いた、複数の『キューブ』を相手取る手段の一つとして『ナデシコD』に搭載したと言う『多重攻撃モード』という奴なのだろう。

 

『――『眷属』の隊列は乱れた。あのデカブツまでの道は開いたから行って、『ヤマト』!』

 

 通信を繋げた翡翠が『ヤマト』に都市帝国へ突入するように促す――彼女の瞳は翠眼のままだが視線は鋭く、敵を追っているのかせわしなく動かしながら『ヤマト』が突入出来る道を開いていた。

 

「――この機を逃がすな! 『ヤマト』最大戦速」

「『波動エンジン』出力最大」

「両舷全速!」

 

 『眷属』の群れに出来た突破口へ向けて宇宙戦艦『ヤマト』は、随伴する4隻の次元潜航艦の援護を受けながら激しい戦いが繰り広げられている戦場を駆け抜ける――すると都市帝国から新たな黒いゴストーク級が無数に現れて『ヤマト』の進路を妨害するように立ち塞がり、側面と艦底部より大量のミサイルを射出して攻撃をして来るが、『ヤマト』と次元潜航艦の対空兵装やミサイルなどにより迎撃される。だがその爆炎から黒いゴストーク級が姿を現して『ヤマト』へと猛スピードで迫って来た。

 

「――前方より、黒いミサイル艦――突っ込んできます!」

 

 西城の報告を受けるまでもなく第一艦橋から猛スピードで迫る複数の黒いゴストーク級が見える――島が回避しようと操舵稈を倒すが、複数の黒いゴストーク級はスラスターを吹かして進路を修正すると、『ヤマト』を捉えようと迫る。

 

 黒いゴストーク級の先端には巨大な衝角が備え付けられており、その衝角で『ヤマト』を貫く気である事は読み取れる。回避した先にも黒いゴストーク級がおり、四方より『ヤマト』を貫こうと迫るが、その時『ヤマト』の進路上の宙域の次元境界面に変動が起こり、巨大なナニかが浮上――いや、押し上げられてくる。押し上げられたナニかは大きく、千キロは有ろうかと言う巨大な質量が次元境界面から吹き飛ばされるように姿を現して、迫り来る黒いゴストーク級を巻き込んで上昇していく。

 

「――これは、亜空間に潜んでいたあの巨大生物か!?」

 

 体長千Kもの巨大生物が身体を九の字に曲げて上昇していく。曲がっている身体の下には、普段より強烈な輝きを全身に纏いながら巨大生物を突き上げる白銀の巨大戦艦『アルテミス』の姿がある――全長100Kを超える『アルテミス』とは言え、体長千Kを超える巨体を持つ巨大生物の質量は如何ほどなのか想像が付かないが、それだけの質量を持つ相手を突き上げるなど、どれほどの大出力を持つのか。

 

 圧倒的な力を誇った『ボーグ・キューブ』を相手取って撤退に追い込んだとか、次元の海を渡る能力を秘めているとか、色々とトンデモない能力を秘めているようだが、今は良い――それよりも突き上げられた巨大生物の身体に衝突して黒いゴストーク級が消えた事により、都市帝国への道が開けた。

 

「――今だ! 『ヤマト』彗星帝国へ突入せよ」

「――了解! 両舷全速――このまま突っ込みます」

「――主砲一番、二番用意! 都市帝国の外壁に突入口を作るぞ!」

「一番、二番主砲および副砲仰角調整――艦首魚雷発射準備完了!」

「――撃てぇ!」

 

 古代の号令と共に『ヤマト』の前面に装備された三連装陽電子衝撃砲と艦首魚雷発射管より発射された攻撃と、随伴している次元潜航艦より単装の陽電子ビーム砲とミサイルによる援護攻撃により、都市帝国の強固な外殻が破壊されて突入口が形成された。

 

 


 

 

 次元潜航艦UX-01ブリッジ

 

 亜空間における巨大生物と白銀の大型戦艦の戦いの余波で荒れ狂う亜空間を航行して都市帝国内部への浮上は困難と判断した艦長フラーケンの指示により、都市帝国手前の空間へと浮上した次元潜航艦群は都市帝国への再突入を試みる宇宙戦艦『ヤマト』を援護するべく、共に敵防衛線の奥に存在する都市帝国へと向かう――途中で群雲のように現れた大型生物の猛攻に窮地に陥ったが、突然現れた未知の勢力の艦隊の加勢で優位に戦いを進める事が出来た……『ヤマト』からの説明では彼らは味方だとの事だったが、この戦いに“勝利”した後に詳しい説明を聞かねばなるまい。

 

 ――そしてようやく都市帝国に肉薄して外壁を破壊して突入口を形成する事に成功したが、駆逐艦クラスの次元潜航艦の船体はかなりのダメージを負っており、通常空間を航行する為に必要な『ゲシュ=タム機関』にもトラブルが生じていた。

 

「艦長。エンジンの方は新入りのザルツ人が何とかしやしたが、船体の方は限界ですぜ――あっちこっちにトラブルが発生してやす」

「……ここまでか。『ヤマト』へ通信を送れ」

 

 

 主砲を乱射しながら最大戦速で都市帝国の外壁に開いた突入口へ向かう『ヤマト』に随伴していた次元潜航艦より通信が入り、相原が読み上げる。

 

「次元潜航艦より通信――我々が援護出来るのはここまで、後は頼む」

 

 地球だけでなく全ての知的生命体の命運を掛けて、宇宙戦艦『ヤマト』は都市帝国の外壁に開いた突入口へと突入していき、次元潜航艦のブリッジにてその姿を艦長であるフラーケン以下ブリッジクルーは敬礼を持って見送った。

 

「――またの再会を」

 

 

 




 どうも、しがない小説書きのSOULです。

 アクシデントにより未知の世界に迷い込んだ宇宙戦艦ヤマトが紡いだ縁が此処に結集する――これこそが、翡翠が見たがっていたモノであり、人の持つ可能性なのかもしれません。

 では、次回。都市帝国内部に突入した『ヤマト」だったが、迎撃するべく『ガトランティス」の無人兵器群が大挙して襲い掛かり、外では『眷属」と黒いゴストーク級とは激しい戦いが繰り広げられていた。

 第七十九話 都市帝国内の攻防

 2月26日更新予定です。ではでは~。


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第七十九話 都市帝国内の攻防

 

 

 都市帝国の外壁に開いた大穴に突入したヤマトは、主砲やミサイルを乱射しながら立ち塞がる構造物を破壊して突き進んで――広大な空間へと出た。そこは赤い仄かな光に包まれた不思議な空間であった。空間の上下が赤く輝く霞の様なモノに覆われ、その赤い霞の中から無数のビルが突き出ているが、この空間には人が営みをしているような雰囲気はなかった。

 

「――未知の熱源感知……カラクラム級…ですが小さい……これは」

「――桂木透子の情報通り、ここは『ガトランティス』艦を生み出す母胎……」

 

 強化されて大型になった高次元微細レーダーで周囲を探査していた西城は敵艦の存在を察知したが、その規模が様々な事から本当にカラクラム級なのか自信を持てず、技術支援席で真田はセンサーから得た情報から解析図を作成しながら、事前に得た情報であるこの空間が『ガトランティス』の艦艇を建造する母胎であると結論付ける――『ガトランティス』を製造した惑星『レムリア』の記憶装置によれば、反乱を起こした人造兵士『ガトランティス』を率いたズォーダーは、卑劣な手段を使った『レムリア』人によって集結場所を察知されて鎮圧された……だが生き残ったズォーダーは、同じく生き残った『ガトランティス』を集めて『レムリア』を脱出し――古代アケーリアス文明が遺した、悪しき種を刈り取る為の遺産『滅びの箱舟』を目覚めさせて『レムリア』を滅ぼした。

 

 そして『ガトランティス』は『滅びの箱舟』を中心とした彗星都市帝国を建造して、“悪しき”知的生命体を滅ぼす旅を始める……高度に発展していた『レムリア』の技術と滅ぼした知的生命体から吸収した技術を用いて、『ガトランティス』はこの母胎に戦闘艦の設計データーを入力して、強力な戦闘艦による強大な軍事力を得たのだろう。

 

「――各システム、自動航法装置と連携始め」

 

 敵の生命線とも言える戦闘艦を建造……いや、もはや生み出す場所であるこの母胎に侵入した『ヤマト』を敵がそのままにしておく訳がない。その前に態勢を整える必要がある――彗星都市帝国に決戦を挑む前に何度も繰り返して決定した作戦通りに、自動航法室に備え付けられた生命維持装置にて常にバイタルをチェックされている桂木透子のコスモウェーブを増幅して、彗星都市帝国のシステムに介入して防衛システムを攪乱している間に大帝玉座の間に突入して最終兵器である『ゴレム』を奪取する。

 

 延長された高次元微細レーダーの表面に金色の幾何学模様が現れると、その光に導かれるように育成途中のカラクラム級が『ヤマト』の周囲に集い、守るかのように――いや、桂木透子のコスモウェーブの導きによって『ヤマト』を守る盾として付き従い、第一艦橋にある次元羅針盤が起動して進むべき進路を示した。

 

 

 都市帝国の最上階の大帝玉座の間にて『ヤマト』の行動を監視していた大帝ズォーダーは、『ヤマト』を守るように付き従うカラクラム級の姿を見て眉を寄せる。

 

「……コスモウェーブによる攪乱工作」

「……遮断出来ません。最上位のコードです……アレもまた白銀の巫女――この彗星都市を操る権限を持つ者です」

 

 『ヤマト』を中心としたカラクラム級の軍勢が母胎ともいえる空間の中にある一際大きな構造物に近付くと桂木透子のコスモウェーブに呼応して巨大な構造物は開いて、千年間開いた事のない門が現れる。それを見たズォーダーは彗星都市を操るサーベラーに門を閉じるように指示するが、記憶領域を制限された彼女では桂木透子のコスモウェーブの出力には及ばず、システムに拒否された。

 

「……人形では勝負にならんか――ラーゼラ―!」

 

 大帝ズォーダーは、配庁軍務総議長ラーゼラ―へと『ヤマト』の排除を命じ、それを受けたラーゼラ―陣頭指揮を執るべく大帝玉座の間を退室した。

 

 


 

 都市帝国周辺宙域

 

 都市帝国への突入を果たした宇宙戦艦『ヤマト』――たった1艦で惑星規模の敵の本拠地へと乗り込んだ『ヤマト』の戦いは想像を絶する過酷な戦いになるだろう――ならば我らのなすべき事は『ヤマト』の勝利を信じて彼女が帰るべき星『地球』を守る事だ。

 

 未だ無数の黒いゴストーク級を吐き出す都市帝国と、数を減らしたとはいえ1キロを超える規模を持つ大型生物『眷属』達から地球を守るべく奮戦する『ガミラス』艦隊は、途中から参戦してきた未知の勢力の航宙艦はひとまず無視して、まずは攻撃が通用する黒いゴストーク級を排除するべく攻撃を集中する。

 

 巨大な惑星規模の構造物である都市帝国の周辺宙域には、突然来訪した翡翠から齎された情報の中にあった『眷属』と呼ばれる大型生物兵器の大群が存在しており、敵意と共に表層の組織を硬化させた棘の様なモノを射出して連邦航宙艦を攻撃してくるが、その全てを防御シールドで防いだ。

 

 


 

 

 USSタイタン ブリッジ

 

 惑星連邦所属ルナ級航宙艦であるタイタンのブリッジ内は、RED ALERT(非常態勢)を示す赤い警戒灯が灯り、ウィリアム・T・ライカー艦長の下で優秀な士官達が担当する任務を遂行していた。艦隊登録番号NCC-80102 ルナ級の航宙艦であるUSSタイタンは、24世紀の並行世界において就役した航宙艦であり、全長は454メートルとギャラクシー級航宙艦の2/3ほどの大きさながら様々な外敵の存在に対応出来るように武装も豊富で、フェイザーアレイ6基、光子魚雷発射管6門、そして限られた航宙艦にしか搭載されていない量子魚雷を持ち、強力なディフレクター防御シールドを装備した戦闘艦であり、なによりも新型のトランスワープ技術『量子スリップストリーム』を持つ。

 

 これは、デルタ宇宙域に飛ばされた『USSヴォイジャー』により齎されたトランスワープ技術の一つで、ディフレクター盤により量子スリップストリームという亜空間の流れを航宙艦の前方に作り出し、その流れに押し流されるように怒濤のごとく滑走(光速の数十万倍以上)する。

 フィールドを前方に作りながら航行するのでスラスターで姿勢を変更するだけで自由に進路を制御出来る反面、フィールドを形成し続ける事は困難で、アルファ宇宙域への帰還を目指すヴォイジャーが試作段階の量子スリップストリームを使用したが結果は失敗し、あわや氷の惑星に激突しそうになったが短時間で1万光年を進んだこの技術はヴォイジャーが地球に帰還した後も研究は続けられてようやく完成した新技術であった。

 

 そんな最新鋭の装備を持つタイタンを含めた連邦航宙艦群だったが、彼らが相手取る大型生物『眷属』もまた並みの相手ではなかった――翡翠からの情報によれば、『眷属』とそれを統括する千キロを超える規模を持つ『バイオ・シップ』は彼女の属する勢力と長年敵対関係にあり、『バイオ・シップ』の体組織から形成される言わばクローン体のような物で、『バイオ・シップ』が存在する限り無限に沸いてくる〇〇ブ〇のような物だと嫌そうな顔で言っていた。

 

 強烈な放射線が渦巻く真空の宇宙を物ともしない強靭な船体を持ち、全長1キロにも及ぶ船体の表層を硬化させて槍として打ち出す機能や、生体ビーム発生器官や体内の熱を利用した対空用の高出力赤外線レーザーなど本当に生き物かと言いたくなるような武装を持ち、巨大な船体に見合う巨大な脳を用いて“超”能力としか言いようの無い『思念防壁』と言う一種のサイキック・シールドによりあらゆる障害を防ぎ、『思念咆哮』と呼ばれる口から発せられる衝撃波はあらゆる生物の活力――生体エネルギーを減衰させるというはた迷惑な生き物だと断じていた。

 

 ――そして、その親玉たる『バイオ・シップ』も同様の能力を持っており、奴から放たれる『思念咆哮』は惑星すら滅ぼす事から『破滅の謳』と呼ばれている、と――それは最早生物とは呼べず、悪意によって生命体を滅ぼす為に生み出された生物兵器でしかなかった。

 

「……ディアナ、大丈夫か?」

 

 USSタイタンのブリッジで艦長席に座り指揮を執っていたライカー艦長は、隣に座るカウンセラーのディアナを気遣う……彼の妻であり、地球人とベタゾイド人のハーフである彼女は生粋のベタゾイド人程ではないがテレパシー能力を持っており、彼女の能力によって未知の生物や種族の感情を読み取る事により任務の大きな助けとなった……だが、今回相手取っているのは悪意を形にしたような生物兵器であり、先ほどから『眷属』より『思念波』による咆哮が航宙艦に向けて放たれているが、翡翠より提供された情報により製作した『思念阻害フィールド』発生システムにより防がれている。だが、それでも航宙艦の中に居る人間の精神に影響があるようで、とりとめのない恐怖心の様なモノが湧き上がるが、任務に対する責務が彼らを冷静に行動させていた。しかし、ベタゾイド人のハーフである彼女は地球人である自分達より影響を受けている筈だ……今も彼女は両手で自分を抱き締めている。

 

「……アレから底知れない悪意を感じる――ウィル、あの生物はこの世界に残してはいけない。ここで全て倒さなきゃ……」

「……分かった、君は医務室で休んでいろ。後は我々がやる」

「――いいえ。最後まで見届けるわ」

「……無理はするなよ」

 

 本来なら直ぐにでも抱きしめたいが、戦闘中にそんな余裕が有る筈もなく。気遣いの声を掛けたライカー艦長はメイン・ビューワーに映る『眷属』達へと鋭い視線を向ける……今、出来る事は少しでも早く戦いを終わらせて、彼女を楽にしてやる事だ。

 

「――各艦に連絡。合図と共に『生体分子弾頭』の一斉射を行い、『眷属』達の数を減らす」

 

 

 

 『IMPERIAL』実験艦―02 ブリッジ

 

 群がる『眷属』どもを『生体分子弾頭』を搭載した空間魚雷で一掃した翡翠は、次なる獲物を探してセンサーで『眷属』どもの分布状況を確認する……惑星連邦や『ナデシコ』の航宙艦群はよく働いてくれて千を超える『眷属』どもも大分片付いて来た……中でも『ナデシコD』の多重攻撃モードで分離した艦による『生体分子弾頭』の飽和攻撃は効率よく『眷属』どもを倒している……デープ・スペース・13に接触し、彼らの協力を取り付けた時に提供した『バイオ・シップ』とその『眷属』の生体サンプルを解析して、USSタイタンのライカー艦長発案の光子魚雷を『生体分子弾頭』へと改造するという案は、『眷属』どもには有効だったようだ。

 

 デープ・スペース・13にて、所用にて運よく寄港していたUSSタイタンの技術者から提供された『生体分子弾頭』の設計図を、イネス・フレサンジュを筆頭とする『ナデシコ』の変態技術者集団がアレンジして、翡翠より提供された『眷属』の『思念防壁』を突破する技術『思念阻害フィールド』発生システムを小型化量産した時には、その理解力と行動力には舌を巻いた物だ……並行世界の技術『レプリケーター』により物質を分子変換して必要な素材を作り出し、『ナデシコ』の変態技術者と『ISF』により効率的に作業機械を動かす『マシン・チャイルド』……いや、もはや『チャイルド』という年ではなくなったISF強化体質のオペレーターの手腕によって、短期間で必要な数が揃った時には乾いた笑いしかでなかったが。

 

「――くたばれ、生ごみども」

 

 視界に入った『眷属』に『生体分子弾頭』を撃ち込んで仕留める。周囲を走査して出来た分布状況に変化が起こる――ライカー艦長率いる連邦航宙艦群が一斉攻撃を行い、かなりの数の『眷属』を葬り去ったようだ。

 

 対『眷属』戦は此方が有利な戦況になっており、問題はあの無駄にデカくなった『バイオ・シップ(親玉)』の方だが、流石の『アルテミス』も自身の十倍近い相手では苦戦しているようである。今も流体金属内で発生させた高圧電流を接触面から放電するなどという嫌がらせの様な攻撃をおこなっているが、あんなモノせいぜい表面を焦がす程度の効果しかないだろう。

 

 身を捻りながら『バイオ・シップ』の巨大な脳が生み出す思念波が物理的な力となり、自身に纏わりついて突き上げる邪魔なモノを排除しようとするも、惑星連邦に提供した『思念阻害フィールド』の正式版である『CAUSALITY・CANCELLER(因果律・キャンセラー)』により、『アルテミス』は自身に干渉する力を拒絶しながら高圧電流を流して、翡翠の乗る実験艦―02のライブラリーから転送された『生体分子弾頭』の詳細なデーターを用いて流体金属内で生成した『生体分子弾頭』を至近距離から『バイオ・シップ』目掛けて射出している。

 

 ……何故だろう、翡翠の眼には至近距離から攻撃を行って確実にダメージを与えている『アルテミス』の姿が、ぬふふっと笑いながら相手を甚振って楽しんでいるような姿にしか見えないのは……そういえば『エテルナ』の仮想人格の元となった人物はドSだったなぁと妙に納得してしまう翡翠。

 

 流石に鬱陶しくなったのか、表層に無数の槍を生成して射出すると起動が曲がって『アルテミス』に殺到するが、流体金属の中に形成した無数の粒子発生器で収束された指向性ビームが迫る槍を迎撃する。槍が効果を発揮しない事にいら立ったのか『バイオ・シップ』は周囲に槍を射出すると、その軌道を曲げて一点に集めると巨大な槍を形成する――その切っ先は『バイオ・シップ』自身に向けられていた。

 

「――まさか!? 離れろ『エテルナ』!」

 

 周辺宙域で高みの見物と洒落こんでいた翡翠だったが、『バイオ・シップ』の意図に気付いて『アルテミス』の統括思念体『エテルナ』に通信を送るが、一歩遅かった。念動力によって加速した巨大な槍は一気に『バイオ・シップ』の船体に突き刺さると、勢いのまま『バイオ・シップ』の船体を突き破って反対側に位置する『アルテミス』へと襲い掛かった。

 

 『バイオ・シップ』の分厚い船体を突き抜けた巨大な槍は少しも勢いが減る事なくそのまま『アルテミス』の流体金属で形成された船体に突き刺さり、激突の衝撃で『アルテミス』は流体金属を巻き散らしながら『バイオ・シップ』から吹き飛ばされる。

 

「……あちゃ~、調子に乗るから」

 

 自身を構成する流体金属の何%かを失いながら『バイオ・シップ』から吹き飛ばされる迂闊な相棒に呆れたような顔をした翡翠だったが、相棒を吹き飛ばした『バイオ・シップ』が体勢を立て直しながら艦首を此方に向けて大きく“口”を開いたのを見て一転焦りの表情を見せる――『バイオ・シップ(生ごみ)』め、アレをやる気か!

 

「――実験艦―02より広域通信! 全艦防御シールドを最大展開しつつ、奴に攻撃を――『謳わせる』な!」

 

 焦りの表情を浮かべた翡翠は、実験艦に搭載された全ての武装を使って『バイオ・シップ』に攻撃を仕掛けつつ、広域通信を起動すると連邦艦や『ナデシコ』だけでなく、『ガトランティス』を相手取る『ガミラス』とかいう艦隊にも警告を発する――『眷属』達を掃討しつつあった連邦のライカー艦長や『ナデシコ』のユリカ艦長などは、“あの”翡翠が焦りを見せるような事態が起きていると知り、即座に反応してシールドを最大出力で展開すると『バイオ・シップ』に対して攻撃を集中させたが、事情を知らぬ『ガミラス』の艦隊は黒いゴストーク級を相手に戦う事に集中しており反応は薄かった。

 

 翡翠や連邦艦そして『ナデシコ』の分離艦が攻撃を仕掛けるが、千キロを超える『バイオ・シップ』が張る『思念防壁』は堅牢であり、表面組織も強固なのか『眷属』相手には有効であった『生体分子弾頭』も『バイオ・シップ』相手ではそれほどの効果を発揮せず、態勢を立て直して艦首を此方に向けて大きく開いた口より放たれた咆哮は、直撃を受けた連邦艦や『ナデシコ』そして『ガミラス』の艦隊のみならず、宇宙そのものを侵すおぞましい感覚を広げていった。

 

 


 

 

 都市帝国内部

 

 都市帝国内部に突入した宇宙戦艦『ヤマト』は、桂木透子の協力によって放つコスモウェーブに操られた生育途中のカラクラム級戦艦を引き連れて都市帝国の中枢である大帝玉座の間を目指す――そこにある全ての『ガトランティス』を停止させる『ゴレム』の奪取を目指して。

 

 敵の迎撃も激しい物になるだろう。艦載機群と空間騎兵の全てを出撃させた『ヤマト』は、桂木透子のコスモウェーブに支配されたカラクラム級戦艦を従えて上層への門へと向かう――そしてやはり高次元微細レーダーにて周囲を探査していた西城が接近してくる物体群を感知する。それは都市帝国周辺で猛威を振るっていた黒いゴストーク級の大群であった。『ヤマト』迎撃の為に送られて来たであろう黒いゴストーク級のコントロールを奪うべく桂木透子はコスモウェーブを放つが、黒いゴストーク級は強固な精神支配で操られており、彼女の力では黒いゴストーク級の支配を奪う事は出来ず、黒いゴストークは搭載されているミサイルを射出して無数のミサイルがカラクラム級を破壊しながら『ヤマト』を襲い、持てる武器の全てを使用して迎撃する『ヤマト』であったが、飛来するミサイルの全てを迎撃する事は敵わず次々と被弾する。

 

「損傷報告」

「――このままじゃ、船が」

 

 被弾による激しい振動の中で真田の問い掛けに緊迫した声で答える島。対空砲火が全力稼働して迎撃しているが、周囲に展開して『ヤマト』を守っているカラクラム級の隙間を縫うようにすり抜けた大量のミサイルが『ヤマト』の船体を傷つけ、このまま被弾し続ければ都市帝国の中枢に辿り着く前に『ヤマト』は力尽きてしまうかもしれない。

 

「我々の狙いは『ゴレム』だとズォーダーは知っている……殺るか、殺られるか、最初から分かりきっている事だ」

 

 敵の激しい攻撃に晒されて思わず弱音のような声が出る中で、艦長席に座る土方は敵も必死なのだと説く――『ヤマト』が大帝玉座の間に到達して『ゴレム』を奪取すれば、それは全『ガトランティス』人の生殺与奪を握られるに等しい――だからこそ彼らも死力を尽くして『ヤマト』を葬ろうと攻撃を仕掛けて来るのだ。

 

 


 

 

 宇宙戦艦『ヤマト』医療区画

 

 前『ガミラス』総統デスラーとの対決の折に負傷した森雪が目を覚ました時、そこは喧騒に包まれていた。『ガトランティス』の猛攻に次々に被弾して破壊された区画が多数あり、血らだけの負傷者が運ばれてきて医療区画だけでは負傷者を寝かすベッドが満床になり、廊下にまで負傷者が横たわるベッドが並んでおり森雪の眼にはベッドから力無く垂れ下がる血まみれの腕がみえる。

 

 その光景にショックを受ける森雪。今の彼女にとって宇宙戦艦ヤマトは見知らぬ只の戦艦でしかない……『波動エンジン』が停止した事により都市帝国へと落下した『ヤマト』の艦内で脱出するクルーのサポートをしていた彼女は、ミルの死により気力を無くして死を望む桂木透子を避難させようとした際に負傷して、『ヤマト』で過ごした日々の記憶を失っていた。

 

 それでも次々と運び込まれる負傷者と廊下に溢れる死者を見て、彼女は大切な“何か”が失われていく感覚に全身を震わせていた……『ガトランティス』との開戦は、彼らが襲ってくる以上は避けられない物ではあった。

 だが何故宇宙戦艦ヤマトはたった1隻で都市帝国の中枢に突撃しなければならないのか? 失った記憶を取り戻せないかと見せられた『ヤマト』の航海の記録の中にあった、全てを見通す女神『テレサ』の呼びかけに答えた事が全ての始まりではないだろうか――通じるかは分からない。それでも森雪は女神に問いかけずにはいられなかった。

 

 ――『テレサ』。そこにいるなら、教えて欲しい。この苦しみに意味はありますか、流された血に見合う何かが人の一生にはありますか。

 

 これ以上『ヤマト』を先に行かせまいと黒いゴストーク級――無人仕様のゴストーク=ジェノサイドスレイブや、自滅型攻撃艦イーターⅠの大群が『ヤマト』に向けて大量のミサイルと砲撃を加えて、『波動防壁中和システム』を持つイーターⅠが『ヤマト』の船体に突き刺さる――それは艦内で『ヤマト』の機能を維持しようとするクルー達を巻き込み、機関室では二度と『波動エンジン』を停止させてなるものかと命を掛けて調整する機関部のクルーがその命をを燃やし尽くし、最後まで調整を続けていた徳川も機関出力計器盤に手を掛けて崩れ落ちそうになる身体を必死に引き上げて、艦内通話機に近付く。

 

『……エンジン出力制御ならず…しかし、航行に支障な…し……』

「――徳川機関長! 機関長!!」

 

 迫り来るミサイル群を必死の表情で回避する島は、通話機から息も絶え絶えに報告してくる徳川の安否を心配して名を呼び続けるが返答は無く、長年『ヤマト』で苦楽を共にした彼の死を悟った島と古代は呆然とした表情を浮かべた。

 

 一人で生まれて、一人で死んでいくなら、私達は何故出会うのですか。私達はたくさんの物を失ってきました。家族も、仲間も、愛する人との思いでさえも……もう、無くしたくない――もう、奪わないで!

 

 彼女の願いも空しく、なおも大量のミサイルが『ヤマト』に降り注ぎ、楼閣のようにそびえる『ヤマト』の中枢たる第一艦橋付近にも着弾して、凄まじい爆発の中で艦長席に座る土方艦長の上のシャフトが崩れ落ちて、構造物に圧し潰される土方艦長。

 

「――艦長! しっかりして下さい――佐渡先生を!」

「……良い、騒ぐな……アレを見ろ」

 

 息も絶え絶えながら土方艦長は第一艦橋から見える、『ヤマト』を守るように付き従いながらもただ前進を続けるカラクラム級戦艦を指差す――桂木透子のコスモウェーブの支配下にあるあの戦艦群をもっと有機的に動かして『ヤマト』と航空隊を守りつつ、機を見て一気にゲートへ飛び込んで敵中枢へと迫れと。

 

「……古代。次の艦長は君だ……未来を…掴…め……」

 

 死亡した土方に悲痛な顔で沈黙する艦橋クルー。土方艦長の死を悼んだ古代は、彼の残した言葉を噛み締めて決意を胸に宣言する。

 

「……未来を……土方前艦長の命令を決行する!」

 

 

 




 どうも、しがない小説書きのSOULです。

 いまだ惑星規模の都市帝国にはその規模に見合う戦力が残っており、そこへ一隻で突入した宇宙戦艦ヤマト……その代償が、これまで苦楽を共にした仲間達の犠牲……つらいなぁ。

 次回 第八十話 絶望の果てに

 2月22日更新予定です。ではでは~。


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第八十話  絶望の果てに

 

 

 都市帝国周辺宙域

 

 巨大な槍を作り出した『バイオ・シップ』はその矛先を自らの身体へと定めると加速させ、槍は『バイオ・シップ』の身体を貫いて反対側に煩く張り付く『アルテミス』に直撃させる事に成功して引きはがした。

 自身を構成する流体金属を巻き散らしながら吹き飛ばされた『アルテミス』が体勢を立て直した時には、『バイオ・シップ』は距離を取ってその口を此方に向けながら大きく開いて、それを見た実験艦に乗る翡翠は広域通信を開いて周辺宙域に居る全ての航宙艦に警告を発する。

 

『――実験艦―02より広域通信! 全艦防御シールドを最大展開しつつ、奴に攻撃を――『謳わせる』な!』

 

 だが翡翠の必死の呼び掛けにも関わらず、此方に狙いを定めて放たれた咆哮は、宇宙空間を揺るがしながら『眷属』達と戦う連邦航宙艦群に到達する――翡翠より事前情報を得ていた連邦艦は提供された『思念阻害フィールド』発生システムを解析して組み込んだ『思念波対応防御フィールド』を最大出力で展開して備えるが、それでも星をも死滅させる生体エネルギーを減衰させる威力の全てを遮断する事は出来ず、航宙艦を運用している艦隊士官達は強烈な疲労感というか身体の力が抜けていって膝をつく。

 

「――くっ、話には聞いていたが、これ程とは……ディアナ、大丈夫か?」

 

 USSタイタンの艦長席に座るライカー艦長は、全身を襲う虚脱感により崩れ落ちそうになるが意志の力で踏み止まりながらも、隣のカウンセラーであり妻であるディアナを気付かうが、テレパシー能力を持つベタゾイド人とのハーフである彼女はグッタリとしており、副長であるヴァレ中佐と第二副長兼戦術部長であるトゥヴォック中佐もふらつきが見られるが、周囲で崩れ落ちているクルーのバイタルをチェックしている。

 

(……これは、次に食らったら持たないな)

 

 指揮官ゆえに弱気な発言は出来ないが、活力を奪われて虚脱感により脱力しているブリッジクルーを見て、次に同じ攻撃を受ければ最悪の場合には生命力すら奪われてクル―全員が死亡してしまうかもしれない……その前に何か対策を講じなければ。

 

 


 

 

 実験艦―02ブリッジ

 

 星をも死滅させる『バイオ・シップ』の咆哮――通称『破滅の謳』が宇宙を震わせながら襲い掛かってきたが、『アルテミス』と同じく『CAUSALITY・CANCELLER(因果律・キャンセラー)』を搭載しているお陰で影響は皆無だが、簡易版しか搭載していない連邦航宙艦群と『ナデシコ』は完全には防げなかったようで目に見えて動きが悪くなっている。

 

 それにしても折角広域通信まで行って警告してやったというのに、離れた宙域で黒い『ガトランティス』艦隊と戦っている『ガミラス』とかいう艦隊は回避行動を取るでもなく、『破滅の謳』の余波をくらって被害が出ているようだ……何やって居るんだろうね、まったく。と零す翡翠。

 

 とはいえ、どうしたものか。対『バイオ・シップ』戦を想定して、並行世界から援軍を呼ぶ傍ら『生体分子弾頭』や『思念阻害フィールド』発生システムなど色々と小細工をしてみたが、あそこまで成長した『バイオ・シップ』を滅ぼすにはもう一手足りない。

 

 かと言って『アルテミス』の武装の制限を解除しようものなら、太陽系そのものに深刻なダメージを与えかねず……故郷であり同盟相手である地球を守る為に死力を尽くしている彼らの目の前で地球に深刻なダメージを与えるのは……出来れば避けたい。

 

 無力な少女時代に『ヤマト』で保護されて、船のクルー達とそれなりの交流を持ち――彼らが“故郷”をどれだけ大切に思い、救おうと尽力して来たかを間近で見て来たが故に“星系ごと”吹き飛ばすのは最後の手段にしたい……だが、このままではあの無駄にデカくなった『バイオ・シップ』を仕留めるには時間が掛かる……だが、今回は上手く射線上に地球が無く被害が無かったが、次もそうとは限らない。そうなれば仕留めるまでにどれだけの犠牲が出るか、と眉を寄せた翡翠は最善の方法を行うべく、実験艦の進路を『ナデシコD』へと向けた。

 

 


 

 

 都市帝国内部空間

 

 全知的生命体の殲滅を掲げる『ガトランティス』から地球を守る為に彼らの本拠地である都市帝国内部に突入した宇宙戦艦『ヤマト』は、桂木透子の協力を得て彼女の放つコスモウェーブによりカラクラム級戦艦を制御下に置いて盾としながら、襲い来る無人仕様のゴストーク=ジェノサイドスレイブや自滅型攻撃艦イーターⅠの大群の攻撃に晒されて大きな犠牲を払いながらも持てる力の全てを使って迎撃しながら進む『ヤマト』――目指すは大帝玉座の間にある全ての『ガトランティス』を停止させる『ゴレム』を奪取る為に。

 

 だが敵の中枢であるが故に群雲の如く湧き出る敵艦隊の猛攻に、傷ついて少しずつであるが反撃能力を削がれていく『ヤマト』……このままでは敵の物量の前に圧し潰されてしまうだろう――だが『ヤマト』は諦めてはいなかった。『ヤマト』の爆雷投射機より複数のプローブが射出されて周囲に漂うカラクラム級戦艦の破片に突き刺さると、『ヤマト』の周りに引き寄せられて回転を始める。

 カラクラム級戦艦の残骸に撃ち込まれた受信プローブに電磁誘導波を照射する事で『ヤマト』を守る複数の防御リングを形成して、敵の攻撃から『ヤマト』の本体を守る盾とする。

 

 破片で構成された防御リングは襲い来る無数のイーターⅠによる突撃を完璧に防ぎ、都市帝国の中枢へと続く門に近付いた『ヤマト』より古代の乗る零式52型空間艦上戦闘機〈コスモゼロ〉がカタパルトから射出されて、先行する航空隊に合流して突入部隊を編成する――が、その時赤く塗装された攻撃艦イーターⅠが航空隊の中を突っ切って『ヤマト』に肉薄して防御リングを一撃で霧散させる。

 

「何だ、コイツは」

 

 まるで無軌道な軌道を取りながら搭載された火器をばら撒く赤いイーターⅠに困惑したキーマンは回避行動を取りながらもツヴァルケの武装を赤いイーターⅠに向けるが、まるで航空機のアクロバット飛行のような奇妙な機動で躱す。

 

「――コイツは俺がやる。お前らは先に行け」

「――頼む」

 

 突入部隊の中から加藤が乗る機首が青く塗装された有人仕様のブラックバードが赤いイーターⅠを撃墜するべく部隊から離脱して追撃するが、回転しながら攻撃を回避するイーターⅠ。だが、それでも加藤は闘志を燃やして攻撃を加え続ける――『ガトランティス』に悪魔の選択を強いられた加藤は、『ヤマト』が墜落した時には自責の念に駆られて自殺を図ったが同僚に阻止され、死に場所を求めて危険な任務に志願するが死にきれず、このままでは罪悪感に圧し潰されて肉体は生きているが精神が死んでしまう所まで追い込まれていたが、そんな彼の前に『ヤマト』が現れた――『ガトランティス』の悪辣な罠すら撥ね退け、いま自分の目の前に現れたボロボロの『ヤマト』を見た時、彼の眼から涙があふれだした……『ヤマト』が生きていてくれた。その姿は確実に加藤の“心”を救った。

 

 そして我が子可愛さに裏切りを行った自分を、何も言わずに迎えてくれた航空隊の隊員達……彼らは共に戦う事を許してくれた。それだけで加藤の心に幸福感と充足感が溢れた……生きたい。生きて、コイツらと飛びたい――真琴の顔が見たい元気になった翼を肩車してやりたい、今まで出来なかった事を全部してやりたい。

 

 今の彼は満ち足りた幸福感の中にあった――仲間たちと共に飛び、困難な道を駆け抜け、愛する妻と子供の所に帰る――その為にも生きて帰る。操縦桿を握る手にも力が入り、彼の身体は充足感に満ち溢れていた……だからこそ、死は忍び寄る。

 

 身体に衝撃が走り、操縦席に張った写真に血が飛び散る――見上げれば一発の弾丸がコックピットに穴を開けて加藤の身体を貫いていた……その事実を認識した時に彼が最初に思ったのは悲しみであった。家族の下に帰りたい、アイツらともっと飛びたい……だが、罪を犯した自分に下された報いなのかもしれないと思うと諦めもつく。この現実を受け入れようとしたが――彼は奮い立つ。諦めてなるものか、必ず家族の下に帰るんだ。

 

 ――とうちゃん、最後まで諦めねぇぜ!

 

 彼の命の煌きは眩い閃光となって赤いイーターⅠを追い込み、彼の執念はミサイルと共に赤いイーターⅠを粉砕し……そして最後まで諦めなかった男は、敵の爆発の中に消えて行った。

 

 

 襲い来る敵の攻撃に傷つきながらも都市帝国の中枢へと続く門へと到達した宇宙戦艦『ヤマト』は、巨大な回廊の中を最大出力で突き進む――迎撃に出て来た敵戦闘機軍を蹴散らしながら進む『ヤマト』は、第二の門へと到達する。

 

「デルタの門を開放――『ゴレム』まで誘導します」

 

 自動航法室の生命維持装置の中で桂木透子はコスモウェーブを放って第二の門を開放する。

 

 

 都市帝国 大帝玉座の間

 

「――まさか、ここまで」

 

 惑星規模の巨大構造物である都市帝国の最上部にて全てを統べる大帝玉座の間で、迎撃に出た無人仕様のゴストーク=ジェノサイドスレイブや自滅型攻撃艦イーターⅠによる攻撃を撥ね退けて進む宇宙戦艦『ヤマト』が都市帝国の中枢である大帝玉座の間へ続くデルタの門に到達した事を感知して呟く……いくら『テレサ』に呼ばれし船とはいえ、たった1艦であれだけの攻撃を撥ね退けるなど、予想もしていなかった。

 

 全ては、桂木透子として『ヤマト』に潜り込んだサーベラーが裏切り、コスモウェーブを使用して攪乱工作を行っている事が大きい。大帝ズォーダーは精神を集中させると自らもコスモウェーブを使用して『ヤマト』に居るサーベラーへと飛ばす。

 

 サーベラーよ、何故私を否定する。誰よりも人の不毛を知るお前が、滅びの箱舟を目覚めさせたお前が、何故!

「――目覚めさせるべきではなかった!」

 

 『ヤマト』自動航法室にて生命維持カプセルに入ってコスモウェーブを使用していた桂木透子ことシファル・サーベラーは、コスモウェーブで接触してきたズォーダーへと思いの全てを吐露するかのように叫ぶ――『レムリア』人によって愛する者を殺されたズォーダーの心は深く傷つき、人間に絶望して全てを消し去る道を選択した。現在の人間を不完全と断じて、新たな生命による正しい世界を待つ……それは誰も犠牲にならない、優しい世界を見たいという彼の“心”の悲鳴――残酷なこの世界で生きる彼の絶望する“心”から零れ落ちた、未来という不確かなモノにすがる彼の本当の“心”。

 

――貴方は人間。誰よりも人間だった。

 

 愛しい男が千年もの絶望の海に沈み、全てを憎んで自らも破滅の道を突き進む。そんな傷ついた男の姿を見て居られず寄り添おうとするサーベラーだったが、ズォーダー千年の絶望はそれ以上に深かった。

 

「――そこか」

 

 コスモウェーブの交信でサーベラーの位置を特定したズォーダーは、その場所へとニードルスレイブの大群を差し向ける。強化された『ヤマト』の対空兵装がフル稼働して迎撃するが、群雲の如く飛来するニードルスレイブの大群は対空兵装の火戦を潜り抜け、『ヤマト』の船体を貫いていく……愛する男の絶望する心が己を殺そうとしている……彼女の言葉は、心は、届かなかった事を悲しんだサーベラーは一筋の涙を流して、ニードルスレイブの大群の中に消えて行った。

 

 

 桂木透子ことシファル・サーベラーのコスモウェーブによる援護を失った『ヤマト』の前に、都市帝国の中枢を守る隔壁が本来の責務に従って閉じて行き、これ以上の進軍は不可能となる。それだけでなくコスモタイガーⅡを着陸させた広場の扉や通路の隔壁が下りて、突入部隊は寸断されてしまう。

 

 分厚く隔壁の排除には時間が掛かるが、時間が掛かればむしろ『ガトランティス』の方が有利になる。彼らの本拠地ゆえに時間が掛かる事に増援が到着する可能背が高く、このままでは戦力を増した敵の物量の前に擦り潰される未来しか残されていない。

 

 

 各所で分断された『ヤマト』の突入部隊。

 だが先行していた古代進と山本玲の二人は、不思議と妨害が入る事なく隔壁を解除して先へと進む……まるで導かれているかのように。そして暗い通路を抜けた先に彼は居た――広く開けた空間に聳え立つ塔の頂上に腕を組んで威風堂々とした姿で待ち受けていた大帝ズォーダー。幾つものジェノサイドスレイブを従え尊大な態度のまま古代を見下ろす。

 

「大したものだ。ここまではよくやったと誉めてやる。だが、次はどうする? もうあの女の加護は無いぞ」

 

 小癪な真似をしてくれた『ヤマト』の中心的人物である古代を前に、圧倒的な優位を確信したズォーダーは桂木塔子の援護は期待するなと笑い、その言葉の意味を理解した古代は非情な手段を使ったズォーダーを非難するが、ズォーダーがその言葉を鼻で笑って逆に古代を糾弾する――古代の言葉により『テレサ』の下へと向かった『ヤマト』は、白色彗星帝国と激突する道を選んで多くの犠牲を出しながらここまで来た。“引き金を引かぬ”と言いながら古代の選んだ道は血まみれた道であり、失意に塗れた桂木透子すらも利用して『ゴレム』を奪取する為にこの玉座の間にまで来た。

 

「――ここまでだ、人間どもよ」

 

 


 

 

 都市帝国周辺宙域

 

 全長千キロを超える『バイオ・シップ』が放った咆哮――星をも死滅させる『破滅の謳』の威力は、翡翠より提供された『思念波阻害フィールド』発生システムを解析して組み込んだ『思念波対応型防御フィールド』を搭載した惑星連邦航宙艦群や『ナデシコ』の各分離艦は生命力の全てを奪われる事は防げたが、それでもかなりの生命エネルギーを奪われたのか目に見えて動きが悪くなっている……このまま第二射を受ければ全滅は必至であった。

 

 

 『ナデシコD』α艦 ブリッジ

 

 並行世界に転移した『ナデシコ』が、恐るべき脅威と戦う為に生み出した力―『多重攻撃モード』により4つに分離した航宙艦の中でも頭頂部の円盤型航宙艦『分離α艦』のブリッジでは、千キロを優に超す巨大な『バイオ・シップ』の咆哮――8年もの沈黙を破って突然現れた『ヤマト』の世界の住人である翡翠が言うには『バイオ・シップ』の咆哮は全ての生命の活力を奪い、星をも死滅させると言われる『破滅の謳』をまともに受けて、身体から何か大切なモノを奪われて片膝を付く者や、耐えられずに失神している者など、ブリッジの中は見るに堪えない残状になっていた。

 

 『生体分子弾頭』作成に必要な『バイオ・シップ』とその『眷属』の生体組織のサンプルと共に、彼らを守る思念波による強固な『思念防壁』を阻害する『思念波阻害フィールド』発生システムを提供された惑星連邦の技術者や『ナデシコ』が誇る変態技術者の筆頭ウリバタケ・セイヤにより解析された技術を組み込んだ防御装置『思念波対応型防御フィールド』が無ければ、今の一撃で『ナデシコ』部隊は全滅していただろう。

 

 だが全長千キロを超える巨大『バイオ・シップ』から放たれた『思念咆哮』――巨大生物が放つ思念の濁流は『思念波対応型防御フィールド』を以てしても完全に防ぐことは出来ず、『ナデシコD』を指揮するテンカワ・ユリカ司令も『思念咆哮』の影響を受けて艦橋の中央部に備え付けられたシートにもたれかかる様にしながら、脱力して気だるい身体を支えていた。

 

 『思念咆哮』の影響で活力と言うか、何か生命力とも言える大切なモノを力づくで奪い取られたかのように、身体に力が入らずに気を抜けば意識を失いそうになる。

 

「――母! しっかりしろ、今医務室に連れて行くから」

 

 力強い腕に抱かれて体を起こしたユリカは、呼吸がしやすいようにゆったりとした態勢でシートに座りなおすと目を開けて己が身体を抱き締める愛しい娘の心配そうな顔を見る……『火星の後継者の乱』が終息した後も戻ってこないアキトを迎える為に、かつての仲間達と共に宇宙に旅立ったユリカは非情な現実に圧し潰されそうになり、現実を拒否する彼女は(ことわり)を越えて並行世界へと転移して――夢の中に白い少女が姿を現した。

 

 その夢の中に現れた少女こそ古代火星文明の遺産『ボゾン・ジャンプ』の中枢『演算ユニット』のアバターであり、紆余曲折の内にユリカの第二子としてこの世に生を受けた。人の営みなどまるで知らずにトンデモない行動をする時もあったが、少女『ソフィア』とユリカの間には親子の情愛というモノが育まれていた。

 

「……私は大丈夫。今この状況で、艦橋を離れる訳にはいかないわ」

 

 よろよろと立ち上がるユリカを支えるソフィアその頭を優しくなでたユリカは、覚束ない足取りながらも近くのシートでアームレストにもたれかかる様にしながらぐったりとしているホシノ艦長の側まで来ると、その手首を握って脈がある事を確認して彼女に呼び掛ける。

 

「……ルリちゃん、ルリちゃん、しっかりして」

 

 呼び掛けるが覚醒する兆しは無く、『バイオ・シップ』の『思念咆哮』によって生命力を奪われた影響で失神しているようだ。周囲を見回すと、他の艦橋要員もコンソールに突っ伏したり、シートに身体がもたれたような状態で意識を失っている者が多く、少数の辛うじて意識を保っている者も、身動き一つ取れない様子であった。

 

 そんな中で辛うじて動けるユリカは、ソフィアの助けを借りながらうつぶせで倒れているクルー達のの身体を起こして胸元を開けて楽な状態にしているとブリッジの中に光が溢れ、収まった時にはそこに一人の人影があった。

 

「――おや、無事のようだねユリカ司令」

 

 




 どうも、しがない小説書きのSOULです。

 多くの犠牲を払いながらも、宇宙戦艦ヤマトは大帝玉座の間に辿り着く。
 ――都市帝国の周辺では『バイオ・シップ」が猛威を振るい、奴の咆哮「破滅の謳」により、連邦と『ナデシコ』の連合艦隊のみならず『ガミラス」艦隊も大ダメージをうける……『ナデシコ」分離艦α艦に現れた翡翠の意図は?

 では次回 第81話 破滅の獣の最後
 2月26日更新予定です。ではでは~。


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第八十一話 破滅の獣の最後

ATTENTION! 今回はかなりオリジナル要素が濃いめです。苦手な方はご注意を。


 

 

 都市帝国 大帝玉座の間

 

「――ここまでだ、人間どもよ」

 

 地球と『ガトランティス』の戦争を終結させるべく惑星規模の都市帝国へと単艦で突入した宇宙戦艦『ヤマト』は、多大な犠牲を払いながらも分厚い防衛線を突破して都市帝国の中枢へと肉薄――突入部隊の中から二人 古代と航空隊の山本玲が遂に大帝玉座の間へと到達した……だが此処は敵の本拠地。突入した古代達を迎えたのは多数のニードルスレイブと、巨大な円柱の上から古代達を見下ろす『ガトランティス』の大帝ズォーダー。

 

 突入して来た古代と山本を半包囲した多数のニードルスレイブは腕に装備された三連装ニードルガンを構えて射出する。撃ち出された杭を避けた古代達は、腰に下げていた南部97式拳銃を構えて反撃するが、多数の無勢で次第に追い込まれて逃げ場がなくなっていくが、その時に入り口の扉が吹き飛ばされて続いて繰り出された攻撃が近付くニードルスレイブを破壊する。それは共に突入した空間騎兵の駆る二式空間機動甲冑が近付くニードルスレイブをけん制しながら、操縦者の斎藤と永倉が叫ぶ。

 

「――すまねぇ、遅れた!」

「ゴレムの制圧を、早く!」

 

 空間騎兵の乱入で戦局は混戦となり、側近であるガイデーンの進言を受けたズォーダーはその場を後にするべく振り返ると、そこには先回りして退路を塞いだ古代が銃を片手に立ち塞がっていた。

 

「……勝負は決した、とでも言うつもりか」

 

 銃を向けられていても、大帝たるズォーダーは尊大な態度を崩さずに不敵な態度で古代に問い掛ける。だが古代は構えた銃を下して冷静に話し合いの可能性について語り掛ける……貴方達も人間なら武器ではなく言葉で主張すべきだと、それが知性であると。だが、その言葉はズォーダーには癇に障ったようで、眉をピクリと動かして嗤う……愛する者達を人間に奪われたズォーダーは、己が人工生命体である事を肯定している……愛を謳いながら容易く他者を貶め、命を奪う人間を彼は心の底から憎んでいるのだから。

 

 それでも古代は言葉を紡ぐ――歩み寄り手を携えたかもしれなかった若きズォーダーである彼の、ミルの決断は間違いではなかったと証明する為にも。

 

「……貴方の未来が教えてくれた」

「……その未来は…死んだ」

 

  ……しかし古代の言葉はズォーダーには届かない――千年の絶望は、その程度の言葉で晴れるモノではないのだから。――その時、攻防の中で二式空間機動甲冑の攻撃に破壊されたニードルスレイブの三連装ニードルガンが誤作動を起こして照準もままならぬまま杭をばら撒き、その一本が大帝ズォーダーへと迫り――ズォーダーを押し退けたガイデーンの身体を貫いた……口から大量の血を吐き出して崩れ落ちるガイデーンの身体を支えるも、それが致命傷である事は明白であり、彼の象徴とも言える仮面が剥がれ落ちる……その素顔は、年齢を重ねたズォーダーそのものであり、息も絶え絶えな彼は、それでも“大帝”を気付かう。

 

「……無事…じゃの……」

 

 その言葉を残して絶命するガイデーン。彼の死に大帝ズォーダーの眼は見開かれる――愛する女を失い、未来の象徴たる若きズォーダーを失い、今自分を導いてくれた先代のズォーダーを失った……今、彼は本当の意味で“孤独”となったのだ。

 

「……認めよう…我らもまた人間」

 

 血まみれの結末に絶句する古代の前で立ち上がったズォーダーは、業から逃れられない人間に絶望し、孤独な世界を憎悪する。絶望の海に溺れ、他者を踏みつけても己の欲望を満たす人間に怒りを抱き、『ガトランティス』の中でも特別なタイプ・ズォーダーただ一人の生き残りである大帝ズォーダーは全てを憎む。

 

 ガイデーンの亡骸を床に安置したズォーダーの表情は絶望に染まっていたが、立ち上がって大剣を抜いて振り上げた時にはその表情は全て対しての憎しみに染まっていた。

 

「―――まて!」

 

 怒りと憎しみを込めて振り下ろされた大剣は床に突き刺さり、それが長き眠りに付いていた最終兵器『ゴレム』を目覚めさせた――赤い光が迸り、全『ガトランティス』を滅ぼす歌を奏で始める。

 

 


 

 

 都市帝国 周辺空間

 

 この世の理に反した獣である巨大『バイオ・シップ』の咆哮――あらゆる生命体へ死を紡ぐ呪いを大出力の思念波に乗せて放たれる思念の咆哮――『破滅の謳』が宇宙を伝播し、周辺宙域にて『バイオ・シップ』の眷属どもや『ガトランティス』の艦隊と戦っていた惑星連邦と『ナデシコ』の連合艦隊や、地球を守って『ガトランティス』と戦っていた『ガミラス』の艦隊はまともに『破滅の謳』を食らい、『思念波対応防御フィールド』を展開していた連邦艦や『ナデシコD』は辛うじて防いだが、それ以外のシールドー―例え『波動防壁』であろうとも、思念波という形のないモノ相手では分が悪く、まともに食らった『ガミラス』の艦隊は目に見えて動きが悪くなっていた。

 

 

 『ナデシコD』α艦 艦橋

 

 『バイオ・シップ』の『破滅の謳』を食らった影響で、α艦を運用するクルーの大半が失神したり心神喪失の状態でまともに戦える者はほとんど居なかった。そんな混乱するブリッジに現れた翡翠は、艦橋内を見回した後に、娘であるソフィアに支えられるようにして立つテンカワ・ユリカに気付いて意外そうな顔をする。

 

「――おや、無事のようだねユリカ司令」

「……翡翠ちゃん、無事だったんだね」

 

 支えられ、気だるそうではあるが己の足で立ったユリカは翡翠が無事である事を確認し、二人は周囲の惨状に目を向けて「……やられちゃったね」「あんなにデカくなった生ごみの『思念咆哮』をくらったんだから。仕方がないさ」と揃って嘆息する……視線は自然とメイン・ビューワーに映る連邦艦隊へと向かい、動きは悪くなったが流石に数々の任務に従事する故に強靭な肉体と精神を持つ連邦士官達が運用する連邦艦隊は、襲い掛かって来る眷属どもを相手に大立ち回りを演じている。

 

 連邦の方は問題ないようだが、『バイオ・シップ』の『破滅の謳』をまともに食らった『ガミラス』とかいう艦隊の方は、無人艦故に全く影響のない『ガトランティス』の黒い艦隊の自爆攻撃によって次々と破壊されている……流石に『ヤマト』の地球を守る為に戦って来た『ガミラス』とやらの艦隊を見捨てるのも目覚めが悪い……翡翠は大きくため息を付いた。

 

「――『エテルナ』」

『――なんですかクリス。いま粗大ゴミを片付けるのに忙しいのですが?』

「『エテルナ』、粗大ごみ相手に遊んでいる所を悪いんだけど、あの『ガミラス』とかいう艦隊に襲い掛かっている『ガトランティス』の黒いのを叩き潰してくれ」

『……いま、良い所なんですが』

「――大丈夫、アンタが黒いのを叩き潰す時間は稼ぐから」

 

 翡翠が呼び掛けると このα艦のブリッジに光が灯って、あの白銀の巨大戦艦のドローンと予想される光球が出現したが、話の内容から視線を連邦艦隊の闘いから少し離れた場所で戦っている白銀の巨大戦艦と、それよりも更に巨大な身体を持つ『バイオ・シップ』へと向ける……双方とも目まぐるしく位置を入れ替えながら激しい砲火を応酬している。

 

『……仕方ないですね』

 

 どうやら交渉は成立したようだ。『バイオ・シップ』と激しい応酬を繰り広げていた白銀の巨大戦艦は翡翠の要請に応えてコースを変更して、『思念咆哮』の影響で満足な反撃も出来ずに宇宙を漂う『ガミラス』艦隊を嬲るように撃沈していく「ガトランティス」の黒いゴストーク・ジェノサイドスレイブへ向けて流体金属内で生成した光弾――攻撃対象のシールドや装甲を攻撃エネルギーに変換して破壊する侵食魚雷を撃ち出して次々と撃沈していく。

 それを確認した後に、翡翠はユリカを支えるソフィアへと視線を向けて「出番だぞ、『残念ユニット』」と声を掛けた。

 

「誰が『残念ユニット』だ……それで、何をしろと?」

 

 こんな性格破断者の言う事など聞きたくは無いが、あの生物のカテゴリーから逸脱した巨大な『バイオ・シップ』の咆哮……確か『思念咆哮』と言ったか、あの魂を震わせる悪意の塊を一度受けただけで この有り様だ――もしもう一度、同じ攻撃を受ければユリカの身体が持たないかもしれない……憮然とした表情で問い返したソフィアに翡翠はにやりと嗤った。

 

 


 

 

 『バイオ・シップ』より放たれた『思念咆哮』によりダメージを受けながらも、『USSタイタン』を始めとした惑星連邦宇宙艦隊は即座に立て直して襲い来る眷属の攻撃を回避しながら改造型光子魚雷『生体分子弾頭』を発射して、確実に数を減らしていく……だが、同じように『思念波対応防御フィールド』を装備して確実に『バイオ・シップ』の『思念咆哮』を防いだ筈の『ナデシコD』は、連邦艦に比べてクルーが大打撃を受けて機能不全に陥っていた。

 

 同じ『思念波対応防御フィールド』を装備しているのに、何故これ程の差が出るのか……元々『ナデシコ』のクルー達は『ボゾン・ジャンプ』の事故で惑星連邦が存在する世界へと転移した経緯を持ち、もしかしたらその辺りの事が関係しているのかもしれない。

 全長三千メートルを超える巨体を四つに分離して、縦横無尽に活躍していた分離艦が機能不全に陥った事により攻撃力不足となって眷属達を駆逐する速度が落ちたが、連邦艦が分離艦の抜けた穴をカバーするように動いてスピードは落ちたが着実に眷属達の数を減らしていた。

 

 

 『ナデシコD』α艦 艦橋

 

 『ナデシコD』の円盤上層部が分離したα艦のブリッジ内は『バイオ・シップ』の『思念咆哮』の影響により、ブリッジに居たクルーの殆どが精神に負荷が掛かって激しい虚脱感を感じて身動きが取れない者や中には失神した者もおり、とても戦闘に耐えられるような状態ではなかった。

 

 そんな中で影響を受けていないソフィアと『実験艦―02』から転送されて来た翡翠がブリッジの中央に立ち、『バイオ・シップ』の『思念咆哮』の影響から辛うじて回復し始めたユリカとルリと共に最後の確認を行っていた。

 

「……『バイオ・シップ』の攻撃の影響から回復するには未だ時間が掛かりそうです――それでまた先ほどの攻撃を受ければ、今度こそ全滅しかねません」

「――周りの残状を見れば分かるよ。その前に『バイオ・シップ』の息の根を止めるか、最悪 『破滅の謳』を謳わせないようにする……その為には、『演算ユニット』――いや、ソフィア。アンタの協力が必要だ」

「……何をする気だ?」

「――簡単な事だ、私を『バイオ・シップ』まで跳ばしてくれれば良い」

 

 翡翠によれば、翡翠達『IMPERIAL』と『バイオ・シップ』を要する勢力は長年敵対関係にあり、これまでにも幾度となく『バイオ・シップ』の艦隊と戦ってきた。その戦いの中で様々な戦術や新技術を用いて来た――故に『バイオ・シップ』側も様々な防御手段を持ち、転送や空間跳躍によるショート・ワープなどの手段は無効とされる……だが『ボゾン・ジャンプ』の原理――レトロスペクトに変換して過去へと送られて、『演算ユニット』によって未来の指定された場所へと送り返す……そんな気の遠くなるような壮大な馬鹿げたシステムなど、想定している者など殆どいない――当然、『バイオ・シップ』の防御システムも対応していない可能性が高い。

 

「――あんな巨大な生き物相手に、たった一人で乗り込むなんて無茶だよ! 何人か護衛を――それこそ、このα艦ごと『ボゾン・ジャンプ』すれば――」

「……いいや、生体兵器である『バイオ・シップ』には近接武装や体内には免疫システムが存在するから、この船ごと乗り込んでも返り討ちに遭うだけだ」

 

 ――それに、単独の方が身軽でいい。

 

 にたりと嗤う翡翠の表情は血を望み破壊を齎す邪悪の化身――宇宙戦艦『ヤマト』の中で、人と触れ合い可能性という光を見た事で軟化はしていたが、それでもその(さが)は邪悪なる『IMPERIAL(いにしえの帝国)』の力の象徴――恐怖を司る『IMPERIAL・GHOST(帝国の亡霊)』の一人である。

 

 


 

 

 地球を守るべく現れた宇宙戦艦『ヤマト』や『ガミラス』艦隊の尽力により、白色彗星を構成する高速中性子と高圧ガスの分厚い層を剥ぎ取られて、『ガトランティス』の本拠地である惑星規模の人工構造物 都市帝国も惑星を取り込む爪状の巨大構造物『プラネット・キャプチャー』をへし折られるなど相応のダメージを受けたが、中枢たる上部構造物は未だ健在であり、『ガトランティス』の地球侵攻を阻止するべく宇宙戦艦『ヤマト』はたった一隻で惑星規模の都市帝国内部へと突入した。

 

 周囲に群がる『ガトランティス』の艦隊を押し留めるべく、戦士の誇りに掛けて立ち塞がる『ガミラス』艦隊を尻目に、この世の理から外れた『破滅の獣』と呼ばれる『バイオ・シップ』は、忌々しい白銀の船から受けた嫌がらせの様な攻撃で受けたダメージを回復する為に都市帝国周辺宙域で停止していた……偉大なる存在に連なる彼もしくは彼女を煩わせる忌々しい白銀の船を振り落として切り札たる『思念咆哮』を繰り出した結果、周囲でうるさく飛び回る小舟どもの動きが目に見えて悪くなるが、その程度の威力しか出せなかった己に歯噛みしながら、今度こそ全てを滅ぼすべく力を溜めていた……そんな彼もしくは彼女の超感覚に引っかかるモノがあった――何か、とてつもない何かが、『思念防壁』を抜けて彼もしくは彼女の船体に現れたようなおぞましい感覚……彼もしくは彼女は感覚器官を船体の表面へと向けた。

 

 

 『バイオ・シップ』の全長は千キロと惑星規模の都市帝国に比べるまでもないが、航宙艦としてはそれなりの規模を持つ。生命を即死させるような強烈な放射線が飛び交う宇宙空間を物ともしない強靭な外骨格を持つ『バイオ・シップ』の表面に光が集まり――1人の人影を形作る――翠眼を真紅に染めた、白いボディスーツに青い結晶を散りばめた翡翠だ。

 

 真空の宇宙空間に生身で立っているように見えるが彼女の身体は『SECOND・SKIN(第二の皮膚)』に覆われており、生来の皮膚の上を覆う薄い膜が凶悪な放射線から彼女の身体を完璧にまもっていた――そして翡翠は『バイオ・シップ』の表面でにやりと笑う。

 

『――技を借りるよ、ノノねぇ!』

 

 並行世界から『ヤマト』と帰還した後、翡翠は待ち構えていた“プロフェッサー”に捕獲されて、休む暇なく新たな亜空間跳躍実験にほうり込まれ――件の人物と衝突事故を起こして失敗……改良型実験艦は爆発四散して、翡翠は原因となった人物をチクチクと追い込みつつ、救助が来るまでの間を休暇として洒落こんでいたのだ……もっとも、彼女達が通った道を通って“とんでもない”輩もやって来たが。

 

 『バイオ・シップ』の表面から飛び上がった翡翠は白いボディスーツに備え付けられた青い結晶体に意識を集中し、それに呼応するかのように青い結晶体は激しい光を放ち――翡翠の周囲の空間を歪めて見せかけの質量を増大させる――十分な距離を取った翡翠は、彼女がよくやった様に身体中の力を一点に集中する。

 

『――い・な・ず・ま――キッ――クッ!!』

 

 掛かるベクトルを操作して猛スピードで落下した翡翠の蹴りは『バイオ・シップ』の硬い外骨格を蹴り砕いて、その内部の肉を抉りながら加速して、最奥に潜む『バイオ・シップ』の動力炉かねた制御頭脳のある空間まで蹴り進み、遂に動力炉をかねた巨大な脳と対面する――それは見上げるほどに巨大な脳であった。全長千キロを超える巨体に見合うだけの、一キロを超えるほどの巨大な脳の前では人一人など“点”でしかなかった――だがその“点”は周囲を侵食して、『破滅の獣』に滅びを齎す者。

 

『――『エテルナ』、サポート!』

《YES・Ma'am》

 

 巨大な脳を前に翡翠は思念波によって己が半身へと呼び掛け――都市帝国周辺で機能不全を起こしている『ガミラス』艦隊に襲い掛かっていたゴストーク=ジェノサイドスレイブを駆逐しているリバィバル級殲滅型戦艦『アルテミス』へと届き――彼女は己が半身たるクリスの求めに応じて、最深部に存在する八つの異なる法則を持つ世界の圧縮中性子星が回転速度を上げて『Octagon・Reactor(オクタゴン・リアクター)』より膨大なエネルギーがクリス――翡翠へと注がれる。

 

 己が半身のサポートを受けた翡翠は、周囲の空間に干渉して思念の力で空間を圧縮して無数の空間の歪みを作り上げる――その数は数百――1つ1つは小さいが、空間を圧縮しているが故に巻き込まれれば“唯では”済まず、空間上にある物質も歪められて崩壊する。

 

   ロンゴミニアド・ジェノサイド モード

 RHONGOMYNIAD・GENOCIDE MODE

 

『――この前は丁重な歓迎を有難う、こいつはお礼だ――遠慮なく受け取れ!』

 

 真紅の瞳に苛烈な光を浮かべて獰猛な笑みを浮かべた翡翠は、以前に相対した時に受けた手痛い敗北の雪辱を晴らすべく、周囲に広がる無数の空間の歪みが気合と共に発射されて、目の前に広がるピンク色をした壁に向けて殺到する――対する巨大脳の前に思念波による『思念防壁』が張られて攻撃を防ごうとするが、それを許さずとばかりに思念の力により空間を歪めた無数の槍が激突する。

 

 拒絶の意思が空間にすら伝播して何物も寄せ付けない思念の壁になり、強力な重力源ではなく思念の力により時空を歪ませた、貫くという意思が思念の壁『思念防壁』とぶつかる――それは言わば、拒んで防ぐという意思と貫いてなぎ倒すという意思のぶつかり合い。

 

 意思と意思とがぶつかりあい、拮抗した鍔迫り合いとなる……全長千キロを超える巨体に見合う出力を持つ『バイオ・シップ』の全てを制御する巨大な脳の拒絶の意思を、己が半身のサポートを受けた翡翠の貫きなぎ倒すという意思が激突し――雪辱に燃える翡翠の強い意志は『思念防壁』を砕き、無数の空間の歪みが殺意の槍となって巨大な脳の表面に到達し――脳細胞を歪めて引き裂き、抉って捩じる。

 

 本来、脳組織というものは痛みを感じる機能は備わっていないが、極限にまで歪められた空間に接触した事によりえぐり取られる自身の脳細胞を知覚した『バイオ・シップ』は巨大な口を限界まで開いて思念波による絶叫をあげる……それは己が抉られ削られていく事への恐怖……彼もしくは彼女は自身が消えて行く感覚に初めて恐怖した。

 

『――『エテルナ』来い!』

 

 無数の歪みの槍を受けてボロボロになった巨大な脳の前で翡翠は己が半身を呼び――それを受けた『エテルナ』は、自身の身体たる『アルテミス』の進路をもだえ苦しむ『バイオ・シップ』へと向ける。

 

『――第二段亜空間跳躍、跳べ! 『エテルナ』!』

 

 『アルテミス』の船体を構成する流体金属の輝きが激しさを増し、最大戦速のまま『アルテミス』はもだえ苦しむ『バイオ・シップ』の巨体に激突し――流体金属内で複数の渦運動が起こると周囲の物質が電荷を帯び始め、『アルテミス』の艦首方向から青白い光が走ると一瞬で艦尾方向へと流れて行き、『アルテミス』の船体の輝きが激しさを増す事に加速して『バイオ・シップ』の巨体ごと突き進み――大出力により一気に光速を突破して亜空間へと消えて行った。

 

 


 

 

 『ナデシコD』α艦 ブリッジ

 

 『バイオ・シップ』の『思念咆哮』である『破滅の謳』の影響により衰弱していたクルー達も何とか動けるようになりα艦も本来の性能を取り戻して、周囲に居る眷属たちへ攻撃を続ける連邦艦隊に加勢してその全てを葬り去る事に成功したが、突然苦しみ出した『バイオ・シップ』に向けて突撃を敢行した『アルテミス』が『バイオ・シップ』共々ワープに入った事に困惑していた。

 

『……ダメです、ルリ姉さま。『アルテミス』の痕跡をトレースできません』

『……どうやら、私達の知るワープとは似て非なるモノのようで、まったくダメです』

 

 他の分離艦にて船体を制御しているアウィンとノゼアは、突然苦しみ出した『バイオ・シップ』に猛スピードで激突してそのままワープに入った『アルテミス』の痕跡を探査していたが、あらゆるセンサーを使用して探査するがまったく痕跡を辿れない事に気落ちしながらも、α艦にて指揮を執るルリに報告をしていた。

 

「……そうですか」

 

 『バイオ・シップ』共々光の中に消えた『アルテミス』の探索を行ったが、結果は予想通り芳しくは無かった……此方を遥かに超えるだろう技術によって建造されたであろう あのトンデモ戦艦と傍若無人を絵に描いたような翡翠のコンビがやる事なのだから、心配するだけ無駄のような気がするが戦いの行方は把握しておきたい所だ……そんな時、第一階層で都市帝国を監視していたクルーより緊急の報告が入った。

 

『――ルリ艦長! 巨大構造物の動力炉に発光現象が発生!』

 

 ――メイン・ビューワーに映すと、惑星規模の巨大構造物の下部構造物の動力炉から無気味な光が放たれていた。

 




 どうも、しがない小説書きのSOULです。

 翡翠の要請を受けた『アルテミス』は、『バイオシップ』のどてっ腹に突撃をカマして本来の武装を使用しても問題のない空間――ボイドへと跳び、見事仕留めました……これにて『バイオシップ』事変も終了となります……後は『ヤマト」の決着のみです。


 では次回、第82話 愛の戦士たち前編

 3月1日に更新予定です。ではでは~。


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第八十二話 愛の戦士たち前編

 

 

 宇宙を席巻する白色彗星を要する帝星『ガトランティス』大帝ズォーダー。惑星レムリアにおいて戦争の道具として生み出された人造兵士『ガトランティス』を統率する最上位の個体として誕生した彼は、創造主たるレムリアに対して反乱を起こしたが愛する人を人質に取られて反乱軍は鎮圧され、そして愛する人も失った彼は生き残った『ガトランティス』を連れてレムリアを脱出して、伝承にある古代アケーリアス文明が悪しき種が蔓延った時の安全装置として設置した『滅びの箱舟』を蘇らせて――惑星レムリアを滅ぼした。

 

 感情に支配される人間を、宇宙に争いを蔓延させる不完全な存在であると断じ――人間を憎悪し、感情に惑わされる人間を嘲笑い、人造の生命体である『ガトランティス』こそが感情に惑わされる事なく、宇宙に秩序を齎す――そう考えていた彼は、己を庇ったガイレーンの死を目の当たりにして動揺する己に気付いて愕然とする。

 

 自分達『ガトランティス』も“人間”である事に絶望するズォーダー。愛ゆえに愛する人を失い、愛ゆえにそれを引きずり、愛ゆえに憎しみの炎を燃やす――自分達もまたそんな不完全な生命体であると自覚した彼は大剣を振り上げると、不完全な生命体である『ガトランティス』を滅ぼすべくレムリアの最終兵器『ゴレム』へと大剣を振り下ろした。

 

 大剣が刺さった『ゴレム』は長き眠りより目覚め、惑星規模の巨大構造物である都市帝国の上層部にある巨大な楼閣に赤い光が輝き、『ゴレム』は謳を――宇宙全てに向けて滅びの謳の波動を奏で始める。

 

 ――破壊されると同時にゴレムは謳い始める

 

 滅びの波動は都市帝国内部に存在する全ての『ガトランティス』人の人造細胞に干渉してその機能を停止させて、次々と絶命していく――そしてその波動は、都市帝国周辺で『ガミラス』や惑星連邦と『ナデシコ』の艦隊と戦っていた『ガトランティス』の艦隊にも伝播し、兵士達も次々と絶命して倒れ伏す。

 

 人造細胞を死滅させる、滅びへと導く調べを――宇宙の隅々にまで。

 

 万を超える『ガトランティス』の艦隊は内部に居る兵士達が絶命し、コントロールを失った艦艇が無秩序に放った自軍の兵器の直撃を受けて爆発四散し、艦艇同士が激突して連鎖的に爆発崩壊を起こして自滅していく……その恐ろしい光景を見る『ガミラス』軍の旗艦である白いゼルグート級一等航宙戦闘艦で指揮を執っていたバレル大使の眼前で次々と自滅していく『ガトランティス』の姿に、たった一隻で都市帝国に突入した宇宙戦艦『ヤマト』が『ガトランティス』を滅ぼす『ゴレム』の奪取に成功した事を確信する。

 

「――ガトランティス艦隊陣形乱れる、無線も途絶」

「完全に制御を失っています」

「……遂に――全艦隊、戦線より離脱」

 

 ゼクルートの艦橋でセンサーを担当する兵士達の報告を聞いたバレル大使は『ガトランティス』の全滅を確信し、生き残っている『ガミラス』艦に自滅する敵艦隊に巻き込まれないように離脱を指示する……『ゴレム』が起動した影響か、惑星規模の巨大構造物は紫電を放射しながら崩壊を始め、それに巻き込まれないように戦闘宙域からの離脱を始める『ガミラス』艦たち。

 

 ――勝敗は決した……かの様にみえた。

 

 


 

 

 滅びの謳を奏でる『ゴレム』の上で、大帝ズォーダーは一人佇んでいた……周囲には滅びの波動の干渉で生命活動を停止して目を見開いたまま絶命した『ガトランティス』の遺体があちらこちらに散乱し、大帝玉座の間は死者の棺と化していた……だが、そんな遺体が散乱する中で大帝ズォーダーは佇み、己が意思の通りに未だに動く手を見ながら何かを悟った彼は達観した表情を浮かべる。

 

「やはりな、知恵の実を喰らったガトランティスは共に逝けぬか」

 

 愛する人を失い、未来へ紡ぐ希望を失い、導いてくれた師とも言える人をも失い、そして仲間達が死のうとも自分は“まだ”生きている……自嘲気味に笑う彼の心は深い絶望に支配され――その絶望の深さに比例するかのように、都市帝国の下方に存在する巨大な動力炉が蒼い光を放ち、崩壊する都市帝国の構造材だけでなく周囲に点在する破壊された艦艇の残骸すらも引き寄せ始める。

 

 その引力にも似た力により周囲の物質が引き寄せられていき、突入部隊を回収するべく未だ都市帝国内部に留まる宇宙戦艦『ヤマト』の船体を揺らした。

 

 

 宇宙戦艦『ヤマト』第一艦橋

 

「古代、聞こえるか――突撃隊の撤収を急がせろ。これはゴレムの影響だけではない、未知の何かが都市帝国を崩壊に導き、あらゆる物体とエネルギーを吸収している」

 

 技術解析席にて周囲に影響を与えてあらゆる物を飲み込もうとする重力源を特定しようとする真田は、モニターに表示される数値から惑星規模の構造物である都市帝国の内部から引力にも似た何かが放射されて、周囲のモノ――それこそ都市帝国そのモノすらも引き寄せようとする力に抗えずに、崩壊していく。

 

 まさか、滅びの箱舟が自ら都市帝国を食っているのか?

 

 


 

 

 悪しき種の抹殺――創造主から与えられた使命を果たす為に滅びの箱舟は常に自らを最適な形へと進化させる……『ガトランティス』という間借り人が居ようと居まいと問題ではない――必要なのは、滅びを促す『裁定者』……人間の意志。

 

 崩壊する都市帝国の上部構造物にある大帝玉座の間で、全てを失ったズォーダーは佇み――それでも彼の中にある絶望は、憎悪の炎となって未だその身を焦がしている。その深い絶望が、都市帝国の中で長き眠りに付いていた『滅びの箱舟』を揺さぶり、箱舟は長き眠りから目覚める……人間に、世界に絶望した心が断罪を望むが故に――それは創造主が彼に課した使命である『悪しき生命の刈り取り』の時が来た事を告げるモノ――いま彼は“人間”になった。

 

「――我こそ“人間”――滅びの箱舟よ、真の目覚めを!」

「――待て、止めろズォーダー! よせズォーダー!」

 

 長き眠りから目覚めて全てを飲み込もうとする『滅びの箱舟』の影響で崩壊を始める大帝玉座の間で、『ガトランティス』最後の“人間”大帝ズォーダーは憎悪の炎にその身を焦がしながら、自らの願いが成就しようとしている事を確信して、引き金を引かぬと言いながらも まだ甘い事をいう古代を見下ろしながら勝ち誇った笑みを浮かべ、そして心からの愉悦ゆえに笑いが零れる。

 

 崩壊する大帝玉座の間に、ズォーダーの勝ち誇った高笑いが何時までも響いた。

 

 


 

 

 都市帝国 近郊宙域

 

 引力にも似た強大なナニかによって未だ惑星規模の巨体を持つ都市帝国の構造物は崩壊して引き寄せられ、大帝玉座の間を目指した突入部隊を回収する為に都市帝国付近に留まっている宇宙戦艦『ヤマト』もそれまでの激しい戦闘によって傷付いて、姿勢を維持する為に必要な制御スラスターの何割かは戦闘によって失われており、これ以上この宙域に留まる事は困難であると判断して離脱を始める。

 

 

 宇宙戦艦『ヤマト』第一艦橋

 

「――突入部隊、ただちに各個に離脱せよ。『ヤマト』は機関部に深刻なダメージ、エンジン内圧が高まり臨界寸前……」

 

 通信席にて相原は繰り返し何度も内部に突入した部隊に向けて通信を送る……惑星規模の敵本拠地へ侵入した『ヤマト』は、万を超える『ガトランティス』艦隊と激戦を繰り広げた結果 満身創痍となり、中でも機関部も何度も被弾して、心臓部たる波動エンジンは制御不能の暴走状態寸前になっていた。

 

 操舵席にて『ヤマト』の船体を制御している島は生き残っている姿勢制御スラスターを総動員して、恐ろしい程の力で周囲の物を飲み込み都市帝国の崩壊した破片を回避しながらも推力だけは通常出力を越えている現状に冷たい汗が流れる。

 

「……くっ、こんなの初めてだ。いつまで持ってくれるか……徳川さん……『ヤマト』…」

 

 

 満身創痍の『ヤマト』の中でも機関部員の尽力によって比較的損害が少ない機関室だったが、その場に立っている者は居なかった……『ガトランティス』の猛攻から波動エンジンを守る為に、身を挺して盾となり、命の炎を燃やし尽くした勇敢な戦士により波動エンジンは稼働していたが、エンジンには複数の亀裂が入っており中から“黄金の輝き”が漏れていた。

 

 


 

 

 『ガミラス』艦隊旗艦 ゼクルート級一等航宙戦闘艦 艦橋

 

 都市帝国の崩壊に巻き込まれない様に離脱する友軍艦艇の離脱状況を見つめながら厳しい表情を浮かべる。宇宙を席巻していた『ガトランティス』は『ゴレム』の滅びの調べにより滅んだが、今 都市帝国を崩壊に導いている力は別物であり、それは神の如き力を持っていた古代アケーリアス文明の遺産である『滅びの箱舟』の可能性が高い。

 

「重力源付近の開口部に全てが吸収されています」

「都市帝国中核のエネルギー反応、さらに増大」

「……これが、『滅びの箱舟』」

 

 ゼクルート級の艦橋要員からの報告を受けながらバレル大使はモニター上に表示される都市帝国の残骸に目を向ける……いや、これはもはや都市帝国ではなく、何か別のモノに変貌しようとしている。惑星規模の巨大構造物の中心部には無気味な光を放ちながら断続的に波動を放つ動力炉の存在があり、不気味な光によって浮かび上がるその姿は、惑星をも越える規模を持つ両翼を広げた告死天使のようでもあった。

 

 


 

 

 無気味な胎動を続ける『滅びの箱舟』は千年の休眠期間の間に減ったエネルギーを回復するべく、周囲の物質を引き寄せて貪欲に貪り喰らってエネルギーへと変換していく……それだけのエネルギーを溜め込んで何をする気なのか――滅びの名を持つが故にエネルギーを溜め込んだ後の行動を予測する事は容易い、満腹になった後は行動を起こすだろう……大帝ズォーダーの憎悪と共に、悪しき人間を滅ぼす行動を。

 

『このバケモノを止めるたった一つの方法……それはエネルギー変換が終わる前に、変換炉に近付いて爆破する……これしかない』

 

 未だ惑星規模の巨体を有する『滅びの箱舟』を止める術を求めた真田は、『ヤマト』の技術解析席で計測したデーターからそう結論付ける……『ガトランティス』との戦いで疲弊した地球と『ガミラス』に惑星規模の巨大構造物を破壊する術はなく、『ヤマト』は波動砲発射システムにダメージを負い、援軍に来てくれた惑星連邦と『ナデシコ』に求めるのは酷な話だ。

 

 そんな絶望的な状況の中、愛機であるツヴァルケに乗ったクラウス・キーマンは離脱する古代達を尻目に巨大構造物の中心にある動力炉を目指して飛ぶ――最後の波動掘削弾を搭載して。長い休眠期間から目覚めて貪欲に周囲の物質を貪り喰っている今なら、波動砲がない現状で最大の破壊力を持つ波動掘削弾を撃ち込めばあるいは……。

 

 そんなツヴァルケの抵抗を嘲笑うかのように、ズォーダーの意志は大量のニードルスレイブを差し向けて破壊しようとするが、ツヴァルケの機体上部に一体の2式空間機動甲冑が舞い降りる。

 

『――道行きだぜ、ガミ公!』

 

 空間騎兵隊長であり、『ガトランティス』により蘇生体として首輪を付けられていた彼は、首輪を外す為に命を削る方法を用い――今、己の命を燃やし尽くすに足る場所を見つけた。

 

 大切な何かを守る為に命の炎を燃やす――余命いくばくもない彼に人間らしい最後を迎えさせてやって欲しいと言う願いの前に歯を食いしばった古代は断腸の思いで機首を『ヤマト』へと向けた。

 

 キーマンと斎藤 二人の男の命を懸けた突撃は、動力源として都市帝国に組み込まれていた『滅びの箱舟』へと波動掘削弾を命中させて一度は機能を停止させたが、即座に回復した『滅びの箱舟』から放たれた一条のエネルギービームは月を掠め、それだけで月は半壊状態へと陥る……その圧倒的な破壊力を見せ付けられた者達は、これこそが『滅びの箱舟』の持つ力――星をも砕く一撃に恐怖した。

 

 

 ……言ったろう、もはや止められぬと。お前は、人間はとうに未来を失っているのだ。

 救いを受け入れろ、この苦しみを終わらせる たった一つの救い――“死”を。

 

 

 宇宙戦艦『ヤマト』の第一艦橋に戻った古代を待っていたのは、ズォーダーの放つコスモ・ウェーブによる宣告だった。月を半壊へと導いた『滅びの箱舟』は、ゆっくりと移動を開始する。

 

 ――さらばだ、地球の戦士……引き金を引かぬ者よ。

 

「――『ガトランティス』土星座標に向けて移動を開始」

「……崩れ残った土星のコアをエネルギーに変換して地球を……」

 

 満身創痍であり、希望を託した波動掘削弾すら通用しなかった『滅びの箱舟』を阻止するだけの力は、もう『ヤマト』には残されておらず、それどころか心臓部たる波動エンジンは戦いのダメージで制御不能になりつつあり、いつ暴走するかわからない状況であった。

 

「……食い止める術は、もう無い……総員退艦」

 

 誰もが見つめる中、艦長たる古代は断腸の思いで『ヤマト』からの退艦を決断し、艦橋の中が静寂に包まれて機械の差動音のみが響く……『ヤマト』は、自分達は地球を救う事は出来なかったのだ。

 

 




 どうも、しがない小説書きのSOULです。
 
 一人の人間の憎悪を受けて『滅びの箱舟」は目覚め、滅びの光は月を半壊させて次なる目標を地球と定めるが、満身創痍のヤマトに抗う術はなかった。

 次回 第八十三話 愛の戦士たち後編


 3月5日更新予定です。ではでは~。


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第八十三話 愛の戦士たち後編

 

 

 『ガトランティス』との戦いで満身創痍となり波動エンジンに深刻なダメージを負った宇宙戦艦『ヤマト』は艦の放棄を決定し、救援に来た救命艦により退艦した乗組員達が収容されていく……その表情は暗く、死力を尽くして戦ったが地球を救う事は出来ず、長年苦楽を共にして愛着を持っていた『ヤマト』を放棄しなければならない現状が、彼等に暗く圧し掛かっていた。

 

 

 ……次の一撃で地球は星としての機能を失ってしまうかもしれない……でも、それでも、一人でも多くの人間が一秒でも長く生き残って見せなければ――たとえそれが、死ぬより辛い選択だとしても……人は生き続けなければならない。

 

 『ヤマト』から退艦した乗組員達を収容した救命艦がゆっくりと離れて行く……誰もが『ヤマト』から離れがたく、救命艦から万感の思いで『ヤマト』を見るめる乗組員の中の一人が、『ヤマト』の第一艦橋に残る人影に気付いた。

 

「……古代! 古代が残ってる!」

 

 その乗組員は候補生時代から共に居た島。『ヤマト』から離れて行く救命艦から必死に古代の姿を追い求めるが、救命艦は『ヤマト』から離れて行く……ちきしょう、何でだよ。何で俺を誘ってくれないんだよ、今まで一緒にやって来たじゃないか、なのに何でお前だけ、一人で残っているんだよ! 救命艦が離れるに従ってどんどん小さくなる『ヤマト』の姿を必死になって追い掛ける島。

 

 ――生き延びるチャンスが、一欠片でも残っているかぎり。

 

 

 火星近郊宙域に存在する地球・『ガミラス』艦隊の泊地では、これまでの戦いで深いダメージを受けた艦艇が集められて修理や補修を受けていた。そんな被弾箇所が生々しい艦艇群の中で異色の船が居た――ヤマト級三番艦 波動実験艦『銀河』 『ガトランティス』との戦いの中で目まぐるしい活躍をした彼女だが、白色彗星との戦いで大ダメージを受けた宇宙戦艦『ヤマト』を修理するべく装備を譲った『銀河』は、ようやく届いた予備の装備を艤装する事により以前の姿を取り戻しつつあったのだが、波動実験艦『銀河』の艦長 藤堂早紀三佐は白色彗星と激戦を繰り広げているであろう宇宙戦艦『ヤマト』からの通信を受けて困惑の表情を浮かべる。

 

 何故今この状況で通信が来るのか? 戦う準備を整えた宇宙戦艦『ヤマト』は、地球近郊にまで到達した白色彗星を止めるべく出撃して行き、地球の命運を決める戦いを繰り広げている筈であるのに……疑問に思いながらも通信を受けた藤堂艦長は、新しく『ヤマト』艦長に就任したという古代より「G計画の為に、直ちに太陽系を脱出して、新たな地球を見つけて欲しい」と告げられる……情報共有システムにより『ガトランティス』が滅び、古代アケーリアス文明の遺産『滅びの箱舟』が目覚めて月を半壊させた事も知ってはいるが、これではまるで地球の滅亡が確定したようではないか。

 

 

 宇宙戦艦『ヤマト』第一艦橋

 

『――まって、古代艦長まって!』

 

 通信席で波動実験艦『銀河』へと通信を繋げて要件を告げた古代は通信を終了して一息を付く……まだ通信をするべき相手がおり、古代は以前然教えられていた惑星連邦の標準通信コードを使って『USSタイタン』へと通信を送る……ほどなく応答があり、通信席のモニターに援軍に来てくれたタイタンの艦長ウィリアム・T・ライカー大佐の顔が映しだされた。

 

『……古代』

「この度の援軍に来てくれた事を感謝します、ライカー艦長」

『……古代。あの『滅びの箱舟』と呼称される惑星規模艦の解析を此方でも試みたが、エネルギー係数が非常に高い事が分かっただけで、他はセンサーを妨害されて解析不能だ』

「……そうですか」

『……我々には、あれほど巨大な惑星規模の人工物を破壊する手段は無い……『バイオ・シップ』共々ワープで消えた翡翠がいれば、あるいは……』

 

 都市帝国に突入する為に次元潜航した『ヤマト』の前に立ち塞がった巨大な生物兵器『バイオ・シップ』――『ガトランティス』と巨大生物兵器の同じ技術で造られたとみられるダウンサイズした生物兵器の大群に圧し潰されそうになった時に現れた翡翠とライカー達、彼らの尽力も有って圧倒的な物量を持つ『ガトランティス』と生物兵器の大群を撥ね退ける事が出来たが、『滅びの箱舟』の出現によって全てが徒労に終わろうとしている……そんな事は認められない。

 

 『ヤマト』は、自分達は、滅亡の淵に立っていた地球を救う為に、16万8千光年の彼方にある救いの星『イスカンダル』への大航海を行い、惑星再生システム『コスモリバース・システム』を受領して赤茶けた大地を再生したのだ……それなのに、千年の絶望に苛まれた一人の男の憎悪の炎が地球を飲み込まんとしている……だが今の『ヤマト』にはそれを阻止する術はない……ならば少しでも時間を稼いで、一人でも多くの人が脱出させる。

 

「――ライカー艦長、お願いがあります。地球にいる人々を一人でも多く助ける為に、助力をお願いします」

「……古代」

 

 地球にいる人々の脱出を手助けして欲しいと願う古代の顔は覚悟を決めた者が浮かべる表情をしており、長年艦隊に努めたライカーはそんな顔をした人々を、歯を食いしばって見送って来た……地球に住まう多くの人々を脱出させるには時間が掛かる、古代の要請通りに転送技術を持つ連邦艦や『ナデシコ』が脱出を援護したとしても地球からの脱出にはそれなりの時間が掛かる……それを理解している古代は時間を稼ごうと言うのだろう。

 

 「頼みます」と言って古代は通信を終える……これで連絡する所は全て終わり、誰も居ない第一艦橋には機械の作動音のみが聞こえ、艦橋からは遠ざかりつつある『滅びの箱舟』の姿が見える……通信席より立ち上がった古代は、艦長席のリフトに飾られた宇宙戦艦『ヤマト』の初代艦長沖田のレリーフの前に立つ。

 

「……沖田さん、お叱りは“そちら”で受けます」

 

 覚悟を決めた古代が踵を反そうとした時、誰も残っていない筈の扉が開いて一人の女性士官が艦橋に入って来る……それは退艦した筈の森雪元船務長であった。戦闘による負傷で『ヤマト』で過ごした間の記憶を失っていた彼女であったが、それでも身に残る衝動が彼女をこの場に来させた。

 

「……私、貴方を覚えていない。でも分かるの、地球から少しでも多くの人を脱出させる為の時間を稼ごうとしているって」

 

 

 

 大戦時の地下避難都市へと逃れていた地球連邦市民たちは、地下都市の街頭モニターで戦いの行方を見守っていたが、満身創痍の宇宙戦艦『ヤマト』がエンジンを吹かして動き出した姿を、固唾をのんで見守る……一撃で月を半壊させた惑星規模の巨大構造物の威力に絶望していた人々は、ただその姿を見つめていた。

 

 『ヤマト』のその姿は、地下都市にある旧防衛軍司令部で指揮を執る藤堂司令と参謀の芹沢も見ており、満身創痍の宇宙戦艦『ヤマト』が主機関を噴射させて『滅びの箱舟』へと向かう姿に衝撃を受ける……『ガミラス』との戦争で艦隊戦力が壊滅して、ただ滅亡を待つしかなかった地球からたった一隻で飛び立った宇宙戦艦『ヤマト』が、今再びたった一隻で強大な『滅びの箱舟』へと向かっていく。

 

「……『ヤマト』が、往く」

「――無駄にしてはならん、脱出計画を急ぐぞ!」

 

 


 

 

 地球軌道から離れた惑星規模の巨大構造物『滅びの箱舟』は、宇宙空間を土星宙域を目指して進む……地球艦隊との決戦の折に都市帝国の巨体に触れて崩壊した土星のコアを飲み込んでエネルギーへと変換して地球を撃ち抜く為に。

 

 千年前、お前は『滅びの箱舟』を目覚めさせた……何故、そんな真似が出来たか分かるか? “人間”だからだ。人間だから人を呪い、人を滅ぼそうとする。

 

 心情を吐露するかのようなズォーダーのコスモ・ウェーブが近付いて来る宇宙戦艦『ヤマト』へと向けられる。

 

 ……人間だから人間を愛し、人間を守ろうとする。

 

 満身創痍で戦う術を持たない宇宙戦艦『ヤマト』は、それでも進む――惑星規模の『滅びの箱舟』に対して少しでも時間を稼いで、一人でも多くの人を地球から脱出させる為に『ヤマト』に残っている古代は、森雪のナビゲートに従って『ヤマト』を操縦する。

 

「波動エンジン、内圧250%。炉心内部は臨界寸前ですが、『滅びの箱舟』への到達は可能」

 

 目の前には『滅びの箱舟』の巨大な姿がある……満身創痍でエンジンすら臨界寸前の『ヤマト』は到達する事が本当に出来るのか、『ヤマト』をぶつけたとして惑星規模の相手に時間を稼ぐほどのダメージを与える事が出来るのか、『滅びの箱舟』の巨大な姿を見て操舵稈を握る手に震えが走る……土星圏に到達すれば残っているコアを吸収して地球を破壊するだけのエネルギーを得て、今度こそ地球は撃ち抜かれるだろう……コアを喰らってエネルギーを得る前に『ヤマト』ごと特攻して、少しでもエネルギー変換を遅らせる。

 

 操舵稈を握って力が入って震える手に そっと手が添えられる。驚いて見上げた古代は、優しく見下ろす森雪の顔を見て表情を緩める……他人のぬくもりを感じるだけで、人は安らぎを得ることが出来る。安らぎを感じる事で人は幸福感を得る事が出来る。二人の心が一つとなった時、臨界を迎えた波動エンジンより黄金の輝きが広がって宇宙戦艦『ヤマト』の全体を包み込む――『ヤマト』を包んだ光は周囲に広がって、宇宙戦艦『ヤマト』の前に光が結集して祈りを捧げる女神の姿を形作った。

 

「……テレサ」

 

 記憶はただの蓄積。思いが人を作り、縁を結ぶ……全ては縁のなせること。あなた方との縁が私をここに――

 

 宇宙戦艦『ヤマト』の前に現れた全てを見通す女神『テレサ』の顕現は、地球へと向かう救命艦からも見えて、その光景を見た真田は呆然としたように呟く。

 

「……暴走した波動エンジンが高次元世界への穴を開け、『テレサ』を……億分の一の偶然――いや、必然なのか……この宇宙に『テレサ』を引き出す為の器……『ヤマト』……」

 

 強い思いは時に定められた未来をも変えてしまう……元に戻すには、別の思いが必要でした――誰一人欠けても、私は此処に来られなかった。

 

 第一艦橋に魂が形となって現れる――それは懐かしい姿も居て、みんなが優しい笑みを浮かべて古代と森雪に微笑みかける……困難を乗り越えて良くぞ成し遂げたと労うように。優しい笑みを見た時、古代と森雪の心に温かい物が溢れる、それは成し遂げた事への達成感であり、使命を果たせた事への充足感でもあった。

 

 ――私も大いなる和の一部、共にまいりましょう――命が紡ぐ未来の為に

 

 微笑む『テレサ』と共に進む宇宙戦艦『ヤマト』は、『滅びの箱舟』を消し去り――宇宙より姿を消した。

 

 

 




 どうも、しがない小説書きのSOULです。

 高位次元より降臨したテレサの言葉……感動的ではあるのですが、内容を考えると感動ばかりしては居られないんですよね……それって、人生が決められていた、という事になるから。


 では次回 第八十四話 残された人々

 3月8日更新予定です。ではでは~。


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第八十四話 残された人々

 

 

 血みどろの『ガトランティス』戦役から半年がたち、いまだ青い姿を輝かせる地球軌道上には一隻の地球軍航宙艦が存在していた。波動実験艦『銀河』――泥沼の戦いを生き抜いた彼女は、『滅びの箱舟』により半壊した月の修復作業に従事しており、マグネトロン・プローブを撃ち込んで、吹き飛ばされて漂う破片を月へと落下させる事で再び満月を取り戻そうとしていた。

 

「……散らかしたものね」

 

 『銀河』の艦長席で指揮を執る藤堂早紀三佐は淡々と呟く……巨大な白色彗星を擁する惑星規模の都市帝国と熾烈な戦いを繰り広げた地球は多くの船と数えきれないほどの戦死者を出した……戦力の減退のみならず数多くの若い人材を失った地球は、これから苦難の道を歩む事になるだろう――そしてなにより地球は、宇宙戦艦『ヤマト』を失ったのだ。

 

 


 

 

 地球 大都市圏近郊 英雄の丘

 

 赤く焦土と化した大地が『コスモリバース・システム』によって緑の溢れる大地へと蘇った後、『ガミラス』との戦争が終わって地下避難都市から地上へと戻った人々は、それまでの暗く不自由な生活を強いられていた反動からか精力的に復興作業に従事して、天高く聳え立つ摩天楼――メガロポリスと呼んでも差し支えないような大都市が造り上げられた……だが今の大都市は冷たくまるで墓標の群れのように見える。

 

 そんな冷たい大都市から少し離れた所に、『イスカンダル』への大航海を成し遂げて命の炎を燃やし尽くした宇宙戦艦『ヤマト』初代艦長 沖田十三の像が置かれた英雄の丘には、生き残った『ヤマト』の乗組員達が集まっていた。

 

 戦闘の負傷により入院していた者も何とか外出が出来るまで回復して、ようやく集まる事が出来たが その顔は皆沈んだ顔をしており、沖田艦長の名前が書かれた石碑の前には半透明な投影板が設置されており、『ガトランティス』戦役で戦死した『ヤマト』乗組員の名前が流れていた。

 

「……偉くなりやがって」

 

 古代の名前が流れた時、硬い表情を浮かべていた島の表情が歪んで握る拳に力が籠り、戦死と認定されて二階級特進をした古代に毒づく……自分を置いて一人で『ヤマト』に残り、『滅びの箱舟』と刺し違えた……何故一人で行った、何故共に行こうと声を掛けなかった、候補生時代からの付き合いである島は、最後の最後で一人で特攻をかけた古代に怒りを感じていた。

 

 


 

 

 太陽系外縁カイパーベルト

 

 地球のある内惑星圏から離れた外惑星宙域――海王星から30天文単位(地球と太陽の平均距離 一天文単位は約15億キロ弱)の場所に存在する領域であり、そこには太陽系小天体か、太陽系が形成される際の残余物が固まった100キロほどの大きさを持つ天体が10万以上存在する冷たい領域である。

 

 そんな冷たい領域にある名もない天体の傍には41隻の航宙艦が停泊していた――機動要塞艦『ナデシコD』と『USSタイタン』を始めとする連邦宇宙艦隊である。

 

 宇宙戦艦『ヤマト』と巨大な女性の姿をした『テレサ』と呼ばれる高位生命体の献身により、『ガトランティス』との戦いは一応の決着をみたが、『ヤマト』の地球は『ガトランティス』との戦いによってかなりの被害を受けており、このまま地球宙域に留まっていても要らぬ混乱を招くだけと考えた『USSタイタン』のライカー艦長は、麾下の艦隊を移動させる事にした……目の前に見える青い地球は自分達の地球と似て非なるモノ、混乱している現状での接触は望ましくないと考えたのだ。

 

 『ナデシコD』のユリカ司令も同じ考えのようで、混乱している間にライカー達は太陽系の中でも無数の小天体が存在するカイパーベルトまで後退して、そこで艦を守るシールドを調整して探知を阻害しながら事態の推移を見守る事にしたのだ……本来ならそこで自分達の世界へ帰還するのがベストだろうが、ライカー達をこの宇宙戦艦『ヤマト』の世界へとナビゲートした翡翠は、『バイオ・シップ』に突撃を敢行した白銀の巨大航宙艦『アルテミス』共々ワープにて姿を消しており、自分達の世界へと帰るには彼女の帰ってくるのを待たねばならなかった。

 

 

 『ガトランティス』との戦いが終わったが、未だ混乱状態にある地球圏より離脱した連邦と『ナデシコ』の混同艦隊は、海王星軌道を遥かに超えたカイパーベルトにある名もなき小天体の傍にて『バイオ・シップ』の眷属達との戦いで受けた損傷を修理しながら今後の行動に付いて協議をしていたが、この世界へとナビゲートした翡翠が居なければ帰還するのは難しく、今は彼女の帰還を待つしかなかった。

 

 いつ帰って来るのか分からない事はもどかしい物だが、これまでの翡翠の活躍というか、やって来た事を思えば誰も彼女が死んだとは思っていない所が彼女らしいと言えるだろう……となると、次は『ガトランティス』戦の終盤に出て来た『滅びの箱舟』と宇宙戦艦『ヤマト』の闘いの時に観測された現象に付いてだろう。

 

「――あの時『ヤマト』は、上位世界より降臨した『テレサ』と呼ばれる高位の存在と共に土星圏寸前の所で『滅びの箱舟』と接触……あの破壊兵器を倒したが、その割には太陽系の各惑星の被害が“あまりに”少ない」

 

 全長三千メートルの巨体を持つ『ナデシコD』を訪れていた『USSタイタン』のライカー艦長とカウンセラーでありパートナーであるディアナ・トロイそして科学士官長であるメローラ・パズラー少佐は、護衛として第2副長兼戦術部長のトゥヴォック中佐以下数名の保安部門のクルーと共に『ナデシコD』の中に設けられた大会議室にてテンカワ・ユリカ司令や当艦の艦長であるホシノ・ルリなどと言った主要人物と今後の対応を協議する傍ら、『ガトランティス』戦役の終盤で観測された不可思議な現象に付いて協議していた。

 

 『USSタイタン』の科学士官を束ねるパズラー少佐より、会議の参加者の中心に設置されたホログラム投影機より投影された土星圏に近くまで到達していた惑星規模の『滅びの箱舟』へと全長333メートルの『ヤマト』が突き進む姿が映し出されて、『ヤマト』が『滅びの箱舟』に到達した後に眩い閃光が暗黒の宇宙を照らし出す姿に付いて説明がされる。

 

「惑星規模の物体を破壊するには最低でも2.25×10^32J(ジュール)は必要であり、それを完全消滅させるのはどれほどのエネルギーが必要なのか見当もつきません」

「……そうね、仮にそれほどのエネルギーが太陽系で解放されたとしたら、星に直接被害がなくても軌道がズレるなどの二次災害が起こして太陽に落下するなど、大混乱になるでしょうね」

 

 パズラー少佐の言葉を引き継いで『ナデシコ』の科学部門を統括するイネス・フレサンジュは肩を竦めながら考察する……惑星規模の、しかも一撃で月を半壊させるような凶悪な破壊力を持つ構造物を破壊し、跡形も残さずに消滅させながら周囲への影響は殆ど皆無……それだけの破壊を起こしたエネルギーは何処へ行ったのか? 影響を与えない方向へ全てが消えた? ナンセンスだ。

 

「……作為的な匂いが一杯ね」

「……あの高位の存在の仕業か」

 

 コスモウェーブにより宇宙戦艦『ヤマト』を呼び寄せた全てを見通す女神『テレサ』は、全知的生命体殲滅を掲げる『ガトランティス』を止める事を託し、古代文明の遺産『滅びの箱舟』を消し去る為に宇宙戦艦『ヤマト』を器として、この世界に顕現して『滅びの箱舟』を消し去った……それで『女神』の目的は果たされた筈だ。

 

 ――だが、その後に地球に到達するであろう戦いの余波を消し去ったのは何故だ?

 

 


 

 

 地獄の様な『ガトランティス』戦役から半年がたった太陽系第三惑星 地球では終戦時の混乱からようやく立ち直りつつあり、復興へ向けて動き出そうとしていた。『ガトランティス』の圧倒的な物量の前に地球艦隊は壊滅的な損害を受け、各惑星に設置された防衛軍基地は白色彗星の超重力によって廃滅的な損害を受けており、早急な復旧が急がれる。

 

 そんな地球であったが、今 地球は予想だにしない事態に混乱の中にあった――始まりは、復興に必要な物資を製造している時間断層内の工場の傍で制御しているプロメテウスからの報であった。

 

 時間断層内に突然 宇宙戦艦『ヤマト』が出現した――その報は、地球政府や軍司令部を混乱の渦に敲き落とし、事態を把握――それは本当に『ヤマト』なのか、を確かめる為に大急ぎで調査団を結成した地球は、時間断層内に漂う宇宙戦艦『ヤマト』らしき船へと乗り込み――それが『ガトランティス』と激戦を繰り広げた宇宙戦艦『ヤマト』であると確信したのだ。

 

 『ヤマト』艦内の捜索によって発見された、ただ一人の生存者である航空隊の山本玲の証言や、生き残っていたセンサーの記録を解析した結果、あの時 『滅びの箱舟』を止めるべく特攻を仕掛けた宇宙戦艦『ヤマト』は、『滅びの箱舟』を消滅させたエネルギーの余波と共に一体化した女神『テレサ』によって高位次元世界へと運ばれた可能性が高いと言う事。

 

 宇宙戦艦『ヤマト』が出現した事により改めて時間断層の調査が行われて、時間断層の中に次元結節点が発見され――時間断層は現在 自動工廠が設置されている断層だけでなく、幾つもの次元の断層が重ね合わされたものである事が判明した――宇宙戦艦『ヤマト』は、重ね合わされた断層の一番奥の、時間が無限に引き延ばされて人間には観測出来ない次元から戻って来た……古代と森雪を置き去りにして。

 

 地球の為に命すら掛けて戦った古代進と森雪の両名が高位次元にて生存している――それを知った地球政府と軍首脳部は救出作戦の立案に取り掛かったが、高位の世界へと救出に向かうのは並大抵のことではない――次元とは空間の広がりであり、縦・横・高さと言った3つを知覚出来るのが三次元。時間軸を自由に知覚出来るのが四次元。それ以上、自分達とは少し違う世界を知覚できるのが五次元。(諸説あり)高位次元とは我々には知覚出来ない次元が重なった世界であり、そこから三次元へと下りて来るのは容易だが、逆に下位の世界から高位の世界へと向かうには、無限とも言えるエネルギーを必要とする。

 

 それだけのエネルギーをどこから捻出するのか、波動エンジンといえども出力が足りず、議論は停滞を見せたが アンドロメダの艦長を勤め上げた山南一等宙佐より、波動実験艦『銀河』の『C・R・S・ブースター』を使用して時間断層内の余剰次元を圧縮崩壊させる事による発生するエネルギーを利用して宇宙戦艦『ヤマト』を再び高位次元世界へと押し上げる案が提案された。

 

 ――時間断層内で余剰次元を圧縮崩壊させれば、これまで地球の復興を支えていた時間断層は消滅する……古代と森雪の二人を帰還させるか、復興を支える時間断層を取るか、地球は究極の選択を強いられた。

 

 


 

 

 ――そこは我らの宇宙より遥かな高みにある高位次元。その不可思議な世界を一人の男が ただ歩いている……彼が属する世界より高次元世界であるが故に その全てを知覚する事は出来ないが、彼は構わず歩き続ける……目的もなく、理由もなく、ただ男は歩いていた……宇宙の、故郷の平和を願い、焦土と化した故郷を復興させる為に尽力し、救ってくれた恩人との約束を反故にする故郷に疑問を持ちつつ、それでも故郷を救う為に戦い――多くの大切なモノが彼の掌から零れ落ち、彼はその手で『波動砲』の引き金を引き続け、全てを失って今、彼はただ歩き続ける……彼は帰れなかったのではない、帰らなかったのだ……傷ついた彼は、ただ歩き続ける……。

 

 

 

 

 『ガトランティス』や『滅びの箱舟』から地球を救った古代二等宙佐と森二等宙佐が生存している――その事実を知った地球連邦政府は、二人を救出するか否かで紛糾した……地球を救った二人が帰還すれば、戦いで壊滅した艦隊戦力の立て直しの旗頭にもなり、復興作業に従事する人々の希望にもなる。

 だがその為の代償は、現在の地球を支える時間断層を失うというもの。その重すぎる代償に、連邦議会は紛糾して論争は絶えないかと思われたが、政府の中でも『ヤマト』の功績に理解のある者達の尽力により奇跡が起きる――全ての事実を明らかにして、国民投票で救出の是非を問う――この偉業とも言える決定を受けて、国民投票に向けての準備が急ピッチで行われていた。

 

 宇宙戦艦『ヤマト』の古代進と森雪両名の救出の是非を問う国民投票の日、メガロポリスにある加藤家にて家事をこなしていた加藤 真琴は、まもなく国民投票前の演説が行われる時間が近付いている事に気付いて大急ぎで洗い物を終わらせる……『ガトランティス』との戦いで最愛の夫 加藤三郎を失った彼女は悲嘆に暮れていたが、何時までも悲嘆に暮れて居られなかった……何故なら彼女には愛しい息子 翼がおり、あの子の為にも母親である自分がしっかりしなければならないと思ったから。

 

 洗い物も終わった真琴は、リビングで大人しくしている翼と共に国民投票前の演説を見る為に向かおうとした時、来訪のチャイムが鳴った事に気付いてインターカムを起動する――そこに映し出された懐かしい顔を見て驚いた真琴は玄関へと急いでドアを開ける――そこには昔に比べて背が伸びて栗色の髪も洒落た感じに纏めた少女が一人立っていた。

 

「久しぶり、真琴ねえちゃん」

 

 にこりと笑った少女――翡翠は翠眼を細めて柔らかく笑った。

 

 

 




 どうも、しがない小説書きのSOULです。

 時間断層に出現した宇宙戦艦ヤマトにより、高位次元世界において古代進と森雪の生存を知った地球は国民投票にてその是非を問う。
 そんな大切な時、地球にて暮らす加藤真琴の元に現れた翡翠は、何を成すのか?


 次回 第八十五話 地球よ、ヤマトは…

 3月12日更新予定です。ではでは~。


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第八十五話 地球よ、ヤマトは…

 

 

 高位次元世界に取り残された宇宙戦艦『ヤマト』の古代進と森雪を救出する為に、地球復興を支える時間断層を犠牲にしても行うか否かを決定する国民投票が行われる事が決定し――救出派と反対派のそれぞれの代表が国民に向けて演説を行う事となった。

 

 そして国民投票の前に国民に向けての演説が行われる日、メガロポリスにある加藤家に来訪者が訪れる……栗色の髪を洒落た感じに纏め、服装は何時もの青い結晶を付けた白いボディスーツではなく、どこで調達したのか地球で着られている一般的な服装を来た緑眼を持つ少女――翡翠であった。

 

 三年前の『イスカンダル』への大航海において大マゼランの手前で姿を消した彼女は、『ガトランティス』との戦いの佳境において並行世界の惑星連邦の艦隊と『ナデシコ』を連れて現れ、あの巨大な怪物と共に再び姿を消した筈なのだが、何故ウチに現れたのか?

 

「……翡翠なの?」

 

 インタフォン越しに半ば確信しながらも問い掛けずにはいられなかった真琴……『ガトランティス』との戦争が終わって混乱しているとはいえ、異星人の少女がこうも容易く地球に潜入してウチのチャイムを鳴らすとは……『ヤマト』に保護されていた頃からハチャメチャな所があったが、この三年間でさらに磨きがかかったようだ。

 

『――そうだよ、真琴ねえちゃん。久しぶりだねぇ、元気してる?』

 

 ……何を能天気な事を言っているのだろうかこの娘は、地球は『ガトランティス』という脅威にさらされたばかりかされたばかりか、『滅びの箱舟』という古代アケーリアス文明の遺産によって月は半壊し、滅びの光から地球を守る為に『ヤマト』は『滅びの箱舟』と共にこの宇宙から消えてしまい……真琴と翼は、愛する夫を、大好きな父親を失った。

 

 それを考えると真琴の表情に陰りが生じるが……それを許さないのが翡翠である。色々な事を考えている内に焦れて来たのか『ねぇ~、入れてよ』とか言いながら扉の方から聞こえて来るカリカリという音。

 

「――猫か、アンタは!?」

 

 世間体を気にしたのか、素早い勢いで玄関まで来た真琴は勢いよく扉を開けて、扉を引っ搔いていた翡翠の首根っこを掴むとウチの中に放り込んで扉を閉めた。

 

 


 

 

 地球を守る為に死力を尽くして戦い、結果 高位次元世界に取り残された古代進と森雪を救出するか否かを決める国民投票の前にそれぞれの陣営からの代表者による演説が始まろうとしている時、加藤家に突然現れた異星人の少女 翡翠。

 彼女がこの戦いに参戦していた事は、中継に映った白銀の巨大戦艦を見た時に分かっていたが……その彼女がウチにやって来るとは、何が目的なのだろうか? 『ヤマト』で保護していた最初の頃は普通の子供の様だったが、途中から本性を現して突拍子もない事をヤラかす悪戯娘と化して散々苦労をさせられたが。

 

 お茶の準備をしながらリビングに目を向ければ、ソファーに座り込んだ翡翠が息子の翼を膝の上に乗せてテレビを鑑賞している……最初は見知らぬ翡翠を警戒していたが、妙に子供の扱いに慣れた様子を見せる翡翠の巧みな話術に、すっかり警戒心を無くして恥ずかし気な様子を見せながらも懐いて行く翼を見た時には息子の将来が心配になったが、父親が居なくなってから寂しそうにしていた翼が楽しそうに笑う姿を見て、安堵の息を付いて柔らかく笑う真琴。

 

 三人分の飲み物を用意してリビングに向かえば、丁度演説が始まる所であった。翼を乗せてソファーを占領している翡翠にスペースを開けさせて真琴もソファーへと腰を下ろす。

 

 そしてモニターに目をやれば丁度壇上に防衛軍の制服を着た男性が立った所であった……時間断層の存続を主張する地球連邦防衛軍統括司令副長の芹沢虎徹が意見を述べ始める。

 

 彼は時間断層が『ガミラス』との戦争で荒廃した地球の復興を支えて来た事実を述べ、滅亡の淵に立った人類が自衛の為に建造した『波動砲艦隊』があったからこそ、今回の『ガトランティス』戦役を戦い抜けたと主張する。そしてこの広大な宇宙には様々な脅威が存在する可能性を説き、それに備える為にも時間断層は有用であり、これからの地球の防衛のみならず、現代社会を支える為にも時間断層が生み出すものが必要不可欠であると主張する。

 

『――ご覧ください、ここまで復興した首都の夜景を。エネルギー、物資、軍事力、この先も何一つ欠けてはならない。それを支える物こそ時間断層です。これを消滅させるという事が何を意味するのか……拙速な感情論に流される事なく、地球百年の大計を考えて判断を下すべきであります』

 

「……大人だねぇ」

「……言っている事も分かるんだけどね」

 

 翼を膝の上に乗せた翡翠がぽつりと呟けば、隣に座る真琴も何とも言えない表情を浮かべる……芹沢は一時的な感情に流される事なく冷静に判断するように求めている……けっして高位次元世界に取り残されている二人の救出を反対している訳では無い所が、顔は怖いが案外良心的な人物なのかもしれない。

 

 そして芹沢に代わって救出派の真田が壇上に立つ。

 彼は穏やかな声で語り始める……ある一人の男の話を。『ガミラス』との戦争により滅亡の淵に立った地球を救う為に『イスカンダル』への大航海に繰り出し、地球が救われた後も復興作業に従事していた彼が望んだのは、恩人と交わした約束を守るという当たり前の事……だが戦後の地球が置かれた状況はそれを許さなかった……当時、『ガミラス』の辺境を脅かす蛮族と呼ばれた『ガトランティス』の存在、時間断層の使用権と引き換えに『ガミラス』より譲渡された幾つかの植民星との交易を行う準備段階より聞こえて来る、銀河系の中心部に存在する巨大な軍事国家の噂……。

 『ガミラス』との戦争によって総人口を大きく減らした地球は国力的にも脆弱であり、滅びの淵を経験した事によって何者にも侵されない“力”を求めた地球は国力の増強する為に時間断層に縋り、『波動砲』を搭載する『波動砲艦隊』計画を推進する……そんな最中に届いた『テレザート』からの通信に応えた彼は、反乱覚悟で『ヤマト』を発進させた……宇宙の平和に貢献出来る地球人でありたいと言う願いにかけて。

 

『……しかし、その結果は誰よりも多く『波動砲』の引き金を引く事になりました……生きる為に、守る為に』

「……古代さん」

「……青臭い理想論だね」

 

 真田の語る古代の苦悩に共感できる部分があった真琴は古代の苦しみを思い同情するが、古代の苦悩を切って捨てる翡翠に思わず真琴は隣に座る翡翠を睨む。だが不機嫌そうな表情を見せる翡翠を見て この娘も何か思う所があるようだ。

 

 そうしている間にも真田の演説は続く……平和を、未来を求めて、傷つきながらも戦った彼は“引き金”を引かずにすむ道を模索し続けて、時には自分を犠牲にする事も厭わずに模索し続けるが、全てが裏目に出て、彼は己が命すら武器にして、彼を愛した森雪と共に命を懸けて地球を救った……それは苦悩の果てに選んだ道であり、決して英雄的な行動ではなかった。

 

『――彼は“あなた”です! 夢見た希望や未来に裏切られ、日々何かが失われる事を感じ続けている、生きる為、責任を果たす為に、自分を裏切り続けている事に慣れている、本当の自分を見失ってしまった、昨日の打算、今日の妥協が、未来を自分を食い潰している事を予感しながら、どこへ続くかもしれない道を歩き続ける、この過酷な時代を生きる無名の人間の一人、“あなた”や私の分身なのです』

 

 古代進と森雪が成した事を称賛し、“英雄”だから犠牲を払っても救う価値があると考えるのは間違いだと真田は訴える――彼らは只の人間であり、傷つき苦悩して迷いながらも、より良き未来を齎す為に足掻き続けた“只の”人間――どこにでも居る人間でしかない、と。

 人は、命は、より良い未来を求めて生きている……だが現実は過酷で、幸せを掴めるのは一握りの者だけで、多くの者は失意の海に溺れ、妥協して、それでも生きて往かねばならない……何故なら、“生きて”いるから。生きているからこそ未来を求め、生きているからこそ足掻いて幸せを求める。

 

『――もし、彼と彼女を救う事で自分もまた救われると思えるのなら、この愚かしい選択の先に、もう一度未来を取り戻せると信じるのなら、ぜひ二人の救出に票を投じて下さい。通じ合う便利さ、効率を求める声に惑わされずに、自分の心に従って、未来はそこにしか存在しないのですから』

 

 利便性を求める欲求により人は文明を進歩させて来た……不便さを改善しようと知恵を絞り、いつしかそれは効率のみを追求する物資世界特有の進歩を遂げて、人の心は置き去りとなった……それがストレスとなり、人の精神に歪みを生じさせて――未来の光を見失う要因となる。

 

「……古代さんや雪さんを救う……もしそうなったら、未来も捨てたもんじゃないって思えるかもね」

 

 国民投票の前の演説が終わり、個人用端末で投票を終えた真琴は、翼を寝かし付けた後に、翡翠と共にベランダに出て星空を眺める……現在投票結果を集計して、結果が出次第発表がある事になっている……未だに加藤家に居て隣で星空に目を向ける翡翠に、真琴は静かに語り掛けた。

 

「ねぇ、翡翠?」

「――んっ?」

「……サブちゃんは、加藤三郎は立派だった?」

 

 何故、未だに翡翠が此処にいるのか? その理由を考えた真琴は、自分の事を気にかけてくれているのだろうと考えた――『ガトランティス』の巨大な要塞に突入した宇宙戦艦『ヤマト』は、数多くの犠牲を払いながらも『ガトランティス』を倒し、直後に現れた古代アケーリアス文明の遺産『滅びの箱舟』と共に高位次元世界へと消えた……生き残った航空隊の仲間達によれば、彼女の夫 加藤三郎は、都市帝国に突入した『ヤマト』を守って激戦を繰り広げて命の炎を燃やし尽くしたと言う……そして、色々とトンデモない能力を見せる翡翠ならば、加藤三郎の死にざまを知っているのではないかと考えたのだ。

 

「……サブちゃんは、真琴ねぇちゃんの旦那さまは、最後までねぇちゃん達を愛していたよ――真琴の顔が見たい、元気になった翼を肩車してやりたい、今まで出来なかった事を全部してやりたいって」

「……そう」

「――あの人は、最後まで諦めなかったよ。ねぇちゃん達の所に帰るんだって、最後まで……」

 

 あの戦いの折、翡翠は都市帝国の周辺宙域で宿敵『バイオ・シップ』の眷属どもを相手に大立ち回りを演じていて、改造型光子魚雷『生体分子弾頭』を確実に命中させる為に、眷属どもが放つ思念波を読み込んで回避先へ『生体分子弾頭』を撃ち込んでいた際に、一際強力な思念を感知したのだ――それは最後まで諦めなかった男 宇宙戦艦『ヤマト』航空隊隊長 加藤三郎の断末魔の叫び――死んでたまるか、必ず真琴の所に帰るんだ、という魂の叫びを。

 

 隣で静かに涙を流して愛しい夫の事を思う真琴に寄り添った翡翠は、そっと肩に手を置いた。

 

 


 

 

 地球連邦の全国民の民意を問う国民投票の集計は思ったよりも時間が掛かり、発表までにもうしばらく時間がかかるという……昨夜は加藤家に泊まった翡翠は、ちゃっかり朝食もごちそうになり、玄関先にまで見送りに来た真琴と翼と最後の別れを行っていた。

 

「――じゃぁね、真琴ねぇちゃん……って、もうねぇちゃんとも呼べないね」

「……アンタの言葉には毒がある様な気がするは気の所為かしらね」

 

 『ヤマト』に居た頃のようにじゃれていた翡翠と真琴だったが、真琴の足にしがみついている翼が何やら言いたげにしている事に気付いた翡翠はしゃがみ込んで視線を合わせる。

 

「……じゃぁね、翼くん。お母さんの言う事を聞いて良い子にしているんだよ」

 

 翼は表情を曇らせて別れを惜しんでいるような顔をし、そこまで懐いてくれたのかと思ってにこりと笑う翡翠だったが――次に翼が放った言葉に顔を引きつらせる事となる。

 

「……さ、さようなら、ひすい“おばちゃん”」

 

 ――ビシッ!?

 

 翼の言葉に固まった翡翠は、翼の柔らかいほっぺたを両手で挟むとにぎにぎとしながら「……誰が、おばちゃんかな、かな?」と翼が「う~う~」言っているが無視してにぎにぎしていると、真琴が素早く翼を翡翠から救出して噛みつく。

 

「ちょっと、ウチの子になにするのよ!」

「――だって! こんなかわいい美少女をつかまえて、おばちゃんって、真琴ねぇちゃんならまだしも――」

「――誰がおばちゃんか! 私はまだ20代だ!」

 

 一児の母が何を言っているのやら、ぎゃあぎゃあ言い合いながらも『ヤマト』時代に戻ったような気がする二人……二人とも分かっているのだろう、これが最後の別れになる事を。

 

「――じゃあね、真琴ねぇちゃん、翼くん」

 

 


 

 

 そこは、あらゆる事が起き、全ての可能性が集う人間には全てが知覚できない高みの世界 高位次元世界。全ての可能性が集って束ねて、巨大な大樹のように見える世界――その巨大な大樹の中に古代進は佇んでいた……誰よりも『波動砲』の引き金を引いた彼は、大切なモノを失い続け、このあらゆる可能性が集まる場所で、引き金を引かない、失わずにすむ道を探し続けたが、見つける事が出来ずにただ佇んでいた。

 

 そんな彼を連れ戻そうとする森雪は必死に彼に語り掛けるが、引き金を引き続けて、失い続けた彼はその手を取る事を躊躇う……戻った所で、また引き金を引いて、大切なモノを失うだけではないか……ならば、ここで佇んでいた方が良いのではないか……彼は失う事を恐れていた。

 

 ――それでも森雪は手を伸ばす、一人ではない、これからも傍に居続けるからと……森雪は必死に手を伸ばすが、躊躇う古代はその手を取る事は出来なかった……元の世界に戻った所でまた失うのではないか、と。失い続けた彼は未来に進む事を恐れていた……そんな躊躇う古代の手に小さな指が絡まる――それは未来で出会うはずの“誰か”の指……失うだけでなく、未来では誰かと出会う事も有る筈なのだから。

 

 恐る恐ると森雪の伸ばす手を取る古代――そんな彼らの眼下では可能性の海の底に仄かな光が灯り、それはどんどん上昇して行って可能性の海から飛翔して存在を確定させたモノ――宇宙戦艦『ヤマト』であった。

 

 


 

 

 太陽系外縁カイパーベルト

 

 海王星より30天文単位の先――太陽系外惑星圏に存在する小天体が集まる領域の中にある名もなき小天体の傍にて待機していた惑星連邦と『ナデシコD』は、艦隊全体にYellow alert(警戒警報)を発令して、各種センサーをフル稼働させて太陽系内に異変が無いかを監視していた。

 

 地球の動きは注視しており、彼らの地球に存在している時間断層内に宇宙戦艦『ヤマト』が出現して、古代進と森雪が高位次元世界に取り残されている事を知った地球政府は、地球の復興を支える時間断層を失ってでも古代と森雪を救出するかを決める国民投票を行って僅差で二人を救出する事が決まり――先ほど、地球より余剰次元の爆縮と思われる強力なエネルギー反応を感知し、古代と森雪両名の救出作戦が開始された事を知った。

 

「……あの二人は無事に帰って来るかしら?」

「成功して欲しいと心から思うよ」

 

 『USSタイタン』のメイン・ビューワーに映し出される地球を見ながら、カウンセラーのディアナ・トロイは作戦の成功を願い、キャプテン・シートに座るライカー艦長も古代達が帰還する事を願う。

 

「パズラー少佐、この作戦は成功すると思うか?」

「……そうですね、時間断層とやらの各断層を圧縮しながら次々と爆発させてエネルギーを得ようなんて、中々のチャレンジャーですよ」

 

 ライカー艦長の問い掛けに、『タイタン』の科学士官を束ねるメローラ・パズラー少佐は肩を竦めながら答える……それほどこの作戦は危険なものであった……もし制御を間違えれば、地球上で『波動砲』クラスのエネルギーが解放されると言う事なのだから。

 

 

 機動要塞艦『ナデシコD』第一艦橋 第三階層

 

 地球で始まった古代進と森雪の救出作戦が開始された事は『ナデシコ』側も把握しており、艦長席に座るホシノ・ルリはメイン・ビューワーに映る地球圏を金色の瞳でじっと見ていた。艦長席の傍にある予備のシートに座るテンカワ・ユリカ司令は、膝の上でご満悦のソフィアに問い掛ける。

 

「……どうかな、ソフィア。上手くいきそう?」

「……今の所は、順調に余剰次元を爆縮させる事で得たエネルギーの波に乗って、『ヤマト』は断層の最奥にある次元結節点へ向かっているよ」

 

 現在の技術を遥かに超えた古代火星文明の遺産『ボゾン・ジャンプの演算ユニット』が肉の身体を得てユリカの娘として生まれたソフィアは、母の問い掛けに事もなく答える……この並行世界へと導いた翡翠が帰還していない現状では、ルリ達に出来る事は船の状態を万全にする事しかなく、強大な敵と戦って高位次元世界という人には知覚できない世界へと取り残された『ヤマト』の古代進と森雪の救出作戦の結果を見届けようと、『ナデシコ』のクルー達はメイン・ビューワーに視線を向けていた。

 

 ……見守る『ナデシコ』クルーの中には祈る様に両手を胸の前で合わせて、二人がこの世界へと無事に帰還出来るように願いながら見守るメイン・ビューワーの映像に変化が起きる。

 

『地球近郊の空間に変化があります――これは、空間が押し広げられていきます』

『――周囲には重力源や重力干渉波は観測出来ません――ルリ姉さま、これは宇宙の外からの干渉です』

 

 第二階層にて『ウワハル』と『シタハル』の観測結果を注視していたアウィンとノゼアが地球周辺宙域の変化に付いて報告を上げて来る――そして、メイン・ビューワーには地球近くの宇宙空間に光が溢れ出し、それが光りのカーテンのように溢れ出す……『ナデシコ』や惑星連邦のセンサーでは解析不能の現象の中で、光のカーテンの中から一隻の船が現れる――まるで水上艦のような独特なフォルムを持ち、艦首には巨大な砲口を備えて楼閣の様な艦橋を持つ航宙艦 宇宙戦艦『ヤマト』であった。

 

「――『ヤマト』!?」

「――救出作戦は!? 作戦は成功したのか?」

 

『……地球に向けた『ヤマト』の通信を傍受――作戦は成功した模様――二人の救出に成功したようです!』

 

 事態の周囲を見守っていたウリバタケやアオイ・ジュンは古代と森雪の救出作成の結果を気にし、『ヤマト』の通信を傍受したアウィンより、二人の救出に成功した事が伝えられて歓声に沸く『ナデシコ』の艦橋……宇宙戦艦『ヤマト』とは、それほど関係がある訳では無い。それでも仲間を救う為に力を尽くすその姿に、感じるモノがあるのだ……これですべての懸案事項が解決して――後は放蕩娘が帰って来るだけである。

 

 


 

 

 高位次元世界に向かった宇宙戦艦『ヤマト』は、その世界で古代進と森雪の両名を収容して次元の壁を越えて元の宇宙へと帰還して、歓声に沸く地球から出迎えの船が『ヤマト』へと向かって行く……その傍に……正確には宇宙空間に隣接する亜空間に身を潜めているリバィバル級殲滅型戦艦『アルテミス』の艦橋では、中央に立った翡翠が水晶に映し出された『ヤマト』の姿を見ていた……あまたの星で様々な種族はその持てる技術を結集して、力の象徴たる器を作り上げる。だが『ヤマト』は希望の船として生み出され、『ガトランティス』との戦いにおいては抵抗の象徴となり――今、宇宙戦艦『ヤマト』は人々に望まれて、未来への道標となった。

 

「――これで『ヤマト』は“完成”した訳だ……満足か、『テレサ』」

 

 光のカーテンから現れて地球へと向かう宇宙戦艦『ヤマト』を見つめる翡翠は、瞳こそ翠色をしているが口角は吊り上がって心底楽しそうにみえる……これなら、『ヤマト』なら、私達の“望み”を叶えてくれるかもしれない……とはいえ、まだ“力”が足りない。今しばらくの時間が必要のようだ。

 

「『エテルナ』進路を太陽系外縁部――カイパーベルトへ」

 

 翡翠の指示を受けて、『アルテミス』は亜空間内を移動して、程なく目的地である太陽系外縁部、海王星の先の小天体が密集する宙域へと到達する……センサーによれば、連邦艦隊と『ナデシコD』は付近の小天体の傍で停泊しているようだ。

 

「『エテルナ』浮上」

 

 


 

 

 『USSタイタン』ブリッジ

 

「サー。本艦より前方50万キロの宙域にて空間異常――時空連続体が押し広げられています」

 

 戦術ステーションにて周辺宙域を警戒していたトゥヴォック中佐より報告がなされ、ライカー艦長の指示により問題の宙域がメイン・ビューワーに映し出される。周囲に浮遊する浮遊物が押し退けられて、宇宙空間が文字通りに波打って巨大なナニかが浮上してくる――白銀に輝く紡錘形の鏡面のような船体――翡翠の乗る『アルテミス』だ。亜空間から完全に浮上した彼女は、ゆっくりと此方に近付いて来る……ようやくご帰還か、あの放蕩娘は。一体どこで道草をくっていたのやら。呼び掛ける様に指示しようとするが、その前に向こうから呼び掛けてきたようでメイン・ビューワーに映すように指示すると、程なく映像が映し出される……『アルテミス』の艦橋は水晶にも似た構造物で形成されており、中央部には人が一人座れるような水晶で出来た席があり、そこには見知った顔が座っていた。

 

『――やあ、またせたね。君たちのお陰で、宇宙戦艦『ヤマト』は『ガトランティス』や『バイオ・シップ』の脅威から地球を守る事が出来たようだ』

「……世界が違えど地球を守る事に否は無いさ」

 

 ライカー艦長の言葉に翡翠はニヤリと笑う。二人が笑い合いながら妙な牽制をしていると、『ナデシコD』からも通信が入って翡翠が映るメイン・ビューワーに『ナデシコD』のホシノ・ルリ艦長の姿が映し出される。

 

『……遅かったですね、何をしていたんですか?』

『――なに、ちょっと野暮用でね』

 

 ジト目の金色の瞳が翡翠をチクチクと眼ね付けるが、それでたじろぐような可愛げのある性格をしていない翡翠は、にやりと笑う。そんな笑みを呆れたように見ていたルリだったが、そろそろ真面目な話をしようと こほん、と咳払いをして場を改めて話しかける。

 

『……これで貴方の望み――宇宙戦艦『ヤマト』の危機を救うというミッションは完了した訳ですね』

「……そうだね。高位次元世界に消えた『ヤマト』も戻って来たし、これでミッションも終了って事だ」

『ならば、そろそろお暇しようと思うのですが』

 

 『ナデシコ』も『USSタイタン』を始めとする惑星連邦の航宙艦群もこの宇宙に取っては異邦人でしかない。あまりこの世界に留まる事は、いらぬ喧騒の元になりかねないし、彼らにも彼らの事情というモノがある。

 

『――翡翠ちゃん』

「おや、ユリカ司令」

『……ありがとう翡翠ちゃん。あの時にアキトを助けてくれただけでなく、ユウナの事も含めて ちゃんとお礼を言っていなかったと思って……』

 

 そんな中、テンカワ・ユリカが映像の中で顔を出して翡翠にお礼を言う……そこまでは想定内だったが、『……多分、これが最後だと思うから』と続けて翡翠は内心舌を巻く……おいおい、良く分かったなと――今回、惑星連邦の存在する並行世界に転移する時にこの世界との時間的差異は『ヤマト』と共に転移した時に比べて十年も開いていた……つまりこの世界と惑星連邦の世界は少しづつ離れて行っているようだ。

 

『……それにアキトにも色々とアドバイスをくれたんでしょう?』

 

 デープ・スペース・13のテンカワ家にお邪魔した際にアキトにより双子の娘の可愛さを力説されたが、同時にテンカワ家で男性が自分しかいない肩身の狭さと、年頃になって行く娘たちへの接し方に付いて相談されたのだ……そんな事をローティーンの美少女である自分に相談してどうするんだ、と呆れ混じりに返したが。

 

『……翡翠ちゃんに言われた事……私達が居なくなった後もソフィアは存在し続ける。この子が寂しくない様に人との付き合い方を教える……そうすれば、私達が抱えている問題――遺跡とリンクできるA級ジャンパーが貴重だから私達が狙われて、自分達の世界に帰りたくても帰れないという大問題……』

 

 小さな事で悩んでいるアキトに珍しい事に翡翠は真っ当な(?)アドバイスを告げたのだ――もっと大切な事があるだろうと。テンカワ・アキトとユリカの間に生まれたソフィアは、元々は古代火星文明の遺産『ボゾン・ジャンプ』の中枢である『演算ユニット』が肉の身体を持って顕現した存在……すなわち肉の身体が朽ちても存在し続ける。

 ならば今のうちに地球産の人類の思考に慣れされA級とB級ジャンパーの垣根を取り払えと告げたのだ。

 

『――みんなが『ボゾン・ジャンプ』を利用できれば、A級ジャンパーの価値も下がる。そうすれば、私達を確保する理由もほぼなくなる』

『……まぁ、その後の どうせならデープ・スペース・13ごと『ボゾン・ジャンプ』して大々的に介入してしまえ、と言う貴方の案は、いかにも貴方らしい案で呆れましたけどね』

 

 傍に居るソフィアを抱き寄せながら柔らかい笑みを浮かべるユリカと、呆れたようなルリ……『ボーグ集合体』からテンカワ・アキトを取り戻す為に並行世界の惑星連邦の技術を取り込んだ『ナデシコ』ならば、元の世界に戻ったとしても後れを取る事も有るまい。

 

「……ま、上手く行く事を祈るよ」

 

 宇宙戦艦『ヤマト』の世界において、かの船の危機を救った『ナデシコD』と惑星連邦の艦隊は、『ナデシコD』から発せられた幾何学模様に包まれて自分達の世界へと帰還していく――交差した三つの世界は別れ、それぞれの道を進み始めた。

 

 宇宙戦艦ヤマト 迷い子達のアンサンブル 完

 

 




 どうも、しがない小説書きのSOULです。

 これにて宇宙戦艦ヤマト 迷い子達のアンサンブルも完結となります。
 STRA TREKの小説が無い事を嘆き、無いならば書くしかないじゃないか、と一念発起して書き始め、ついでに好きな作品をクロスさせてしまえと宇宙戦艦ヤマトと機動戦艦ナデシコを混ぜ込んで書いている内に、各陣営を絡ませるのに苦労して、ならばオリキャラだ、とぶち込んだのが翡翠です……ここまで無茶苦茶な性格になるとは私もびっくり。

 本来なら並行世界の帰還を持って話を終わる気だったのですが、地球で翼と共に加藤の帰りを待つ真琴が加藤の魂の叫びを知らない事が哀れに思い、彼女達がこれからも生きていく為にも、加藤の思いを伝える事を目的に続けたのですよね。

 ヤマトの話は続きますが、2205はオリ要素を入れるのは難しく断念。
 話を『翡翠ちゃんシリーズ』として色々な陣営とクロスさせている間に、3199の話が展開されるかな、とのんびり書いて行こうと考えています。

 これまで、こんな趣味全開の、マイナ~な小説を読んで頂きありがとうございました。
 では、次回作でお会いしましょう。ではでは~。
 


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