この素晴らしいたゆんたゆんにたゆんたゆんを! (膝に矢うけたった)
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この素晴らしいお姉さんに狂化を!


気の向くままにスタート


「ヒーヒャァッハハッハハァアアアアアア!! チェェエストォゥ!!」

 

(……どうしてこうなった)

 

 平野で少年が一人空を見上げて遠い目をしていた。彼の名前は佐藤カズマ、異世界地球から神の力で転生してきた少年だ。

 何故彼が空を見上げて黄昏ているのか、その理由は遠くから響く声の主にあった。

 

(危機センサーに二重トラップとか気付くわけねーじゃん……)

 

 空から視線を下ろし、見つめた先には小柄ながら、とても豊満な胸部を持った女性が刀を振り上げて巨大なカエルを追いかけている姿があった。狂気的な、おおよそ女性がしちゃいけない表情をし、カエルの血液に塗れる姿は石器時代の戦士を思わせるものだった。

 

「空、青いなぁ……」

 

 彼は再び空を見上げ、自身の愚かさを呪うことしかできなかった。

 

 

 

 

 

「パーティー募集ってまだしていますか?」

 

 事の始まりは数時間前、一人の女性がギルドの酒場にいたカズマを訪ねてきたことだった。彼が冒険者になったばかりの頃、『二人』でやっていくことが無理だと悟った彼は、仲間を募集する張り紙をだしていた。つい昨日、『キャベツ狩り』の後、――彼にとっては不本意だったが――クルセイダーの女騎士が仲間に加わり、それ以前に加わったアークウィザードの少女、最初から共にいたアークプリーストで四人になったことで、張り紙を外そうと考えていた矢先だった。

 ちなみに、その女性たちは皆買い物やら、装備の修理やらで今日はギルドにこないらしい。ギルド内もキャベツの査定のためか、他に冒険者の姿が見当たらない。

 そんな彼の前に現れたのはプラチナブロンドの長い髪が眩しい女性だった。優し気な顔立ちに、楚々とした雰囲気、小柄な体躯ながら豊満な胸部、間違いなく美女、美少女に分類される姿だった。

 

(これ、あかん奴だ。間違いねぇ)

 

 彼には今までの経験から、その女性をそう感じた。まるで役に立ってる気がしない駄女神、一発しか撃てない魔法『しか』習得してない上に我慢ができない魔導士、攻撃が一切当たらず硬さだけが売りのドMな女騎士、彼女達との出会いが彼の危機管理センサーをより高精度な物へと変えていた。

 

「やっぱり、もう募集はしてないのでしょうか?」

 

 女性が俯き気味に小さな声でそう告げるのを聞いて、彼はより警戒を強くする。

 

(俺は知ってんだ。容姿とか態度に騙されたら最後、後に待つのは地獄だってことは!)

 

 彼の仲間たちはみな、美女、美少女と呼べる容姿をしているが、彼にとって彼女たちは例外なく胃痛の種だった。特に先日似たような状況で女騎士と出会ったのだから、警戒度は何段階も上がる。

 

「あの、私、『コレ』で敵を斬るくらいしか戦闘でできることはないですけど、もし、まだ募集してるんだったら御一考してもらえればと……」

 

 そう言って彼女は腰に差した刀の柄を白く綺麗な指で撫でる。それに合わせて柄頭に付けられた二つの鈴が音を鳴らして、その存在をアピールしていた。

 

「じゃあ、率直に聞くけど、あんた何か隠してないか? 欠点とか、常識では理解できないこととか」

 

 カズマがようやく口を開いたが、その内容はあまりにあんまりなものだった。センサーが間違っていた場合、失礼極まりない質問なのだが、埒があかないと思ったので真向から聞くことにしたのだ。さすがに鍛え上げられた危機管理センサーでも地雷の内容までは察知できない。

 

「常識で理解できないこと……」

 

 彼女は意を決したように瞼を閉じると、カズマに顔を近づけて困ったような表情を浮かべた。そんな状況に彼は顔を真っ赤にして目を見開いてしまっている。

たとえ相手が地雷だとわかっていても、美女の顔が近づけば冷静でいられないのは童貞の性である。ましてや、近づく瞬間には彼が見たこともないほど大きなお胸が『たゆん』と効果音が聞こえそうな動きで揺れたのだ。

 

(近ぇ、あとでけぇ、なんだこれ、超いい匂いするし、ダメだ、騙されるな俺、きっとコイツも地雷に決まって……)

 

「あの、誰にも言わないでくださいね……」

 

 艶のある声、僅かに揺れる身体に合わせて揺れる胸、全てが童貞少年の理性を殺しにかかってくる。それまで巡っていた思考は完全に停止し、この僅かな時間で彼の精神は死にかかっていた。

 

「私、異世界から転生してきた勇者候補なんです」

 

(ここがおっぱいの桃源……、は?)

 

「女神アクア様に転生させられてこの世界に来たんですが、理解できませんよね」

 

 彼女は困ったように小さな笑みを浮かべるが、それを聞いた彼はそれどころではない。

 

(マジで? あっちの人なら最低限の分別はあるよな。地雷ってのはアクア関係か? もらった転生特典がとんでもないとか、つまりセンサーの誤作動、いやセンサーは正しく機能してるのか?)

 

 彼女の口にした女神を彼はよく知っていた。というより、半ば嫌がらせで転生特典を『女神本人(本神?)』にしたため、現在の仲間の一人がそれだ。

 

「ちなみに、一日に一回しか戦えないとか、ステータスに致命的な欠陥を抱えてるとか、明らかに役に立たないスキルを習得してるとかそういうのは?」

 

「ありませんよ。長期戦もできますし、戦い方としては最前衛で敵に斬りこむ感じで、ちゃんと敵を倒せますし、スキルは火力に寄せてますが……」

 

 カズマは考え込む。戦闘能力に関しては問題ない、性格に難があったとしても、こうして話している内容を聞く限りでは致命的なものは感じない。むしろ、現在自分達に足りない部分を埋めることができる優良物件に思える。アクア関係の問題がある可能性は追々考えていけばいい。

 

(これ、超当たりじゃね? 戦闘できて、めっちゃ美人で、エロいし、全然ありだよな。というか、ついに正統派ヒロインきたんじゃね?)

 

 異世界の厳しさは身に染みてわかってはいるが、それでも夢を捨てきれないのが童貞というもので、彼もその例に漏れることはなかった。

 

「そんじゃ、女神云々は置いといて、ジャイアントトード相手にどれくらいできるか見せてくれよ」

 

(ここで俺は慌てない。ここでOK出して失敗したら目も当てられないからな……)

 

「うん、がんばりますねっ!」

 

 カズマの言葉を受けて、女性はその場で小さく跳ねて気合が入っていることをアピールする。鈴の音とともに、ビッグなものが縦に大きく揺れる。

 

(この大きさだとここまでダイナミックに揺れんのかっ!?)

 

 思春期の少年はそれから目を背けることはできなかった。むしろ、思春期じゃなくても無理かもしれない。

 

「朝ご飯がまだなら、お弁当あるから一緒に食べながら行きませんか?」

 

 更に女性はカバンから弁当の包みを取り出して、満面の笑みを向ける。それを開いてみれば、とても美味しそうなサンドイッチが数個姿を現した。

 

(料理もできるとか、マジで当たりか? ついに俺も異世界物の主人公デビューなのか?)

 

 彼は受け取ったサンドイッチを齧りながら、残っていた依頼書を手に二人でギルドの外へと歩いていく。その背中に何か視線を感じた気がしたが、今の浮かれている彼はそれがどういうものなのか気付くことができなかった。

 

「そうだ、まだ自己紹介してませんでしたね」

 

「ん、そうだったな。俺はカズマ、職業は冒険者で知っての通り最弱職だ」

 

 ギルドを出て街を歩きながら、そんな会話しているが、彼は大事なことに気付いていなかった。自分のところにいる一発屋の魔導士に何故仲間がいなかったのか……。

 

「私の名前はサユキと言います。見ての通り、得意武器は『刃物』です」

 

 彼がそれに思い至らなかったことこそが、この後の悲劇の引き金になる。今ならまだ引き返せた。

 

「職業は『狂戦士』、一応上位職なんですよ」

 

 そう、仲間がいない者には相応の理由があるはずだということに、彼は気付かなかった。

 




いつまで続くかわからない連載投稿開始です


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時間あったので二話目。たゆんたゆん


本日の成果 ジャイアントトード五匹の討伐 討伐に成功

 

 そこには真っ二つにされ原形を保っているカエルの死体が五体、原形を保っていない肉の塊や破片の山も大量に転がっていた。血液なのか体液なのか、よくわからない液体を滴らせた刀を持つ女性、彼女もまたその液体に塗れて佇んでいる。

 

「もぅ、終わりですか? もっと、もっと出てきてくださいな。全っ然足りないですよ……」

 

 妖しく艶やかな笑みを浮かべながら周囲に視線を向けた。普段なら色気を感じるのだろうが、今の状況ではただただ猟奇的なだけである。液体塗れの刀を抜き身のまま抱き寄せ、頬に当てる。顔に付着した体液と刀の体液が混ざり合い、冒涜的な光景を生み出す。

 蹂躙、虐殺、殺戮、そうとしか表現できない、戦いとは呼べない何かを目の前で見せられた少年はただ後悔することしかできなかった。彼は今すぐこの場から逃げ出したかった。地雷探知とかそういう次元の話ではなく、関わった時点ですでにアウトだったのだとようやく理解できたのだ。

 

(これが日本人ってマジ? 生まれる時代間違えちゃった系だよな。こんなん予想できるわけねーだろ……。うぇっ、吐きそう……)

 

「カズマ君、終わりましたよー。どうでしたかー?」

 

 ようやく諦めたのか、血振りして刀を慣れた動作で納刀した彼女が手を大きく振りながら声をあげた。尚、カズマの内心を察せられるような人物ではないらしい。

 

(やっべぇ、どうすっかな。うまく言いくるめないと、俺の首が物理的にサヨナラするとかないよな?)

 

 もはや、彼の中で彼女は戦国時代でも特にやばい部類の人たちと同じ扱いである。どうにかしてこの難局を乗り越えつつ、二度と彼女と関わらなくていい方法を求めて頭を悩ませるが、そんな都合のいいものが簡単に浮かんでくるはずもなく、時間がただ過ぎていくだけだった。

 長考に浸る彼の様子を見て、声が届いていないのかと思いサユキは意識が思考の奥に行ってしまっている彼の下へと走り出す。当然意識が向いていないので、その様子に気付くことはできない。

 尚、その光景は謎の液体に塗れたおっぱいがたゆんたゆんと迫る、冒涜、もとい誰得な光景であったとだけ記しておこう。

 

「カズマ君、私の戦いはどうでしたか? 合格でしょうか?」

 

「うぉっ!?」

 

 唐突に近距離から聞こえた声に、驚いてのけ反ってしまう。だが、驚愕、その次に感じたのは何とも言えない悪臭だった。カエルの体液に塗れた人間が臭くないなんてことはなく、当然のごとく悪臭の元凶は目の前の女性である。

 

(くっさ、この前の二人より更にくせぇよ!)

 

 出発に童貞心を掴んだ女性特有のいい匂いはどこへ行ってしまったのか。更に改めて目を向けてみれば全身のいたるところが体液で酷い有様である。こんな状況では彼もまともな考えなど浮かぶはずもない。

余談だが、彼は二回ほどカエルに飲み込まれかけて体液塗れになった女性を知っているので、ある程度カエルの臭いには耐性がある。

 今の状況では猟奇的な見た目で、瞳を輝かせて答えを待っている相手に彼ができることは一つしかなかった。

 

「とりあえず、身体拭いて、街で風呂入って来いよ。話はそれからってことで……」

 

 好意的に表現するなら、考えるための時間を作ることだ。つまり問題の先送りである。

 

 

 

 

 

 ギルドに二人が戻ってきた時には、サユキもすっかり元の綺麗な姿を取り戻していた。先ほどまでの姿は何かの間違いだったのではないかと思えてしまうほどだ。もちろん、ここに至るまで、一定の距離を空けていたカズマと彼女の間に会話など一切なかった。

 彼がギルドの扉を開けて中に足を踏み入れた時、出発時に意味に気付けなかった視線を再び受けることになった。中には夕飯時だからか、酒場にそれなりの人数の冒険者がいたが、全員が一斉に同じ視線を向ける。

 

「勇者の帰還か……」

 

 冒険者の誰かが呟いた。その声は確かにカズマの耳にも届いた。その結果、この視線が何を意味しているのか、否でも応でも理解させられる。

 

(こいつらぁ、この女のやばさ知ってやがったなっ!)

 

 上級職の冒険者に仲間がいないのに、何の理由もないわけがない。ましてや、こうしてパーティーを希望している人物で美女なら尚のことだ。つまり、彼女はどこのパーティーからもお断りされている状況なのである。

 彼は周りの冒険者を睨みつけながら、空いているテーブルへと歩いていく。彼女も当然その後ろを付いて歩いている。空いている場所を見つけ、全身にのしかかるような疲労を感じながら椅子に腰を下ろす。彼女は落ち着かない様子で、そんな彼の姿を立ったまま見守っていた。

 座ってもらわないと斬りかかられるのではないかと不安になるが、それを指摘する勇気は彼にはなかった。ただ、こうして綺麗になった彼女を見ていると、如何にハイスペックかがわかる。彼の仲間のロリっ娘(カズマ談)を除く残念美人と並べても遜色ないという日本人離れした美貌と言えるだろう。あと、おっぱいすごい大きいし、歩くだけ揺れるし、今も小刻みに揺れている。

 それでも、これ以上残念人類を引き連れたくない彼は心を鬼にすることを決める。一つ、ため息を吐いて口を開いた。

 

「結果を伝える前に聞いておきたいんだが、戦闘中のアレは何だ? 明らかに雰囲気おかしかったよな?」

 

 ただし、まだ解決策は思いついていないので、先送り作戦の途中である。気になったのは事実だが、これ以上関わりたくないので先延ばし以上の意味はない。

 

「戦闘中に喋ってたことについては、狂化(バーサク)のスキルの影響です」

 

(スキルの影響? それならそこまで問題じゃねーのか? 普段がコレならスキルも発動型か条件発動だろうし……)

 

 僅かな望みが見えた気がした。

 

狂化(バーサク)状態だと、身体能力系のステータスが軒並み上昇する代わりに、理性がなくなって『欲望』に忠実になっちゃうんです」

 

(アウトー! 完全にアウトじゃねーか。つまりアレか、こいつの本心はあの戦国武将状態ってことじゃねーか、なしだ、なし!)

 

 学習しない男である。そんな希望があるなら、今までにも彼女を仲間に迎えるパーティーがあっても不思議ではないのだ。

 

「失礼ですが、人間相手にその手のあの、えーっと」

 

 ここまで来たら、もうこれを聞くしかない。というか、聞いておかないと作戦の立てようもないわけで、聞かざるを得ないのだ。かなりおっかなびっくりである点は非情に情けないのだが。

 

「人間はダメだと思います。だって人間は『敵』じゃないですから!」

 

(え? 『敵』なら人間の首も獲るの? マジで、どこの戦国だよ……)

 

 本当に頭が戦国時代だったようだ。

 

「私みたいな薩摩隼人だって、敵味方の区別くらいつけます」

 

(今、薩摩って言った! 戦国一やばい連中の巣窟じゃねーか。どういうことだよ!?)

 

 とりあえず、敵でもない人間の首を斬ることはないとわかって一安心ではあるのだが、関わりたくない度は急上昇を続けている。

 

「よぉし、じゃあ、結果発表するからよく聞けよ。決定は絶対に覆らないからな!」

 

(こんなやべー奴とはさっさとサヨナラだ、サヨナラ。ただですら酷い連中と一緒だって言うのに、この上、薩摩なんか抱えてたまるか!)

 

「はいっ、お願いします! やれることはがんばりました、私は合格ですか?」

 

 さて、ここで少し、話をしよう。人間の目というのは、横に二つ、横長の形の物が付いている。そのため、視野を動かす時、左右に動かすのはそれなりに楽なのだが、逆に上下に動かすとなると、目を動かすだけではやり辛いのだ。

 今、カズマの前に『がんばりました』の言葉と同時に大きく跳ねた女性がいる、胸には特大メロンがくっついている。当然、そのメロンちゃんは盛大に上下移動を行うことになる。

 カズマは童貞である。そこまで拗らせてはいないが、それでも童貞が目の前でたゆんたゆんと歪み、揺れるビッグメロンを前にして目を逸らせるだろうか? 答えは否、不可能である。

 大きく上に持ち上がったそれを追うには、人間の縦に向けた視野は狭すぎた。故に必然的に首を上に動かす必要がある。次に、着地後の衝撃で弾む至高の果実を目に収めるために、彼は普段の倍以上の動体視力を発揮し、首ごと下方向へと視線を移動させる。

 

 瞬間、酒場中から歓声があがった。その声は勇者を称える声だ。今、ここに、このアクセルの街に新たな勇者が誕生したのだ。その女性はやれ『暴走馬車娘』だの、やれ『殺戮女』などと呼ばれ、恐れられていた。その女性に手を伸ばし、仲間へと迎え入れた勇者が現れた。

 

 いつ受け入れたというのか? 『合格ですか?』という言葉の直後に、首を上から下に、首肯した勇者がいたではないか。

 

(やっちまったぁあああ!!)

 

 気付いた時には既に時遅し、今の空気の中否定することもできなければ、頷いたのではなくおっぱいガン見してたなどという勇気も童貞の彼にはない。しかも、サユキ本人は涙を流して喜んでいる状況である。すなわち、詰みである。

 

「ま、まあ、あくまで俺だけの判断だし、一応仲間にも聞いてみないといけないけどな。いや、本当俺はいいと思うぜ」

 

 滝のような汗を流す彼のとった行動はまたもや、問題の先送りであった。

 




おっぱいが! 激しく! 上下したら! 全身使って追わないわけねーだろぅがぁ!


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今日中にたぶん、オリ主の容姿の絵を載せます。たぶん


 夜遅く、極大の疲労を抱え、寝泊まりしている馬小屋に辿り着いたカズマは入り口で空の酒瓶を抱えた珍獣、もとい女神を発見した。したというより、してしまった。いつもなら怒鳴るところだが、今日は疲労もあって無視したかった。

 

「おい、起きやがれ、この駄女神……」

 

 このまま放っておくの簡単だが、翌朝にはこの駄女神と馬小屋の持ち主がうるさいことがわかりきっているので無視するわけにはいかなかった。

 

「だぁれが、だめがみよぅ。私は高貴で美しい女神しゃまなのよぅ。ほら、運びなしゃいよー。もちろん、丁寧にねー」

 

 幸い反応だけは返って来た。自称高貴で美しい女神のアクアは酔っているのか、呂律は回っていないし、言っていることも酷いものだが、一応意識はあるらしい。

 ここでもう一度言おう、彼は現在とても疲れている。肉体よりも精神の余裕が特にない。普段からこの女神対して辛辣ではあっても、最後にはなんだかんだ面倒を見ている彼でも今こんなことを言われればどうなるか、それは物体が上から下に落ちるくらい明らかなことである。

 

「うるせぇ、こっちは疲れてんだよ。自分の足で寝床に行きやがれ!」

 

「私だって花鳥風月の連発でちゅかれてるのよー」

 

 額に青筋を浮かべて、怒りを隠すこともせずに足蹴にしてやろうかと考えるが、そんなことをすれば目の前の女神を自称する生き物が騒ぎ立てるのは目に見えている。そうなればどこから、誰が現れるかわからない。

 結局どう明らかなのか、最後にはカズマが折れて、乱暴に引きずりながら馬小屋に投げ捨てる。結局そうなるということである。

 余談だが、花鳥風月とは特に意味はない宴会芸スキルである。アクアがこの下界で初めて習得したスキルなのだが、女神としてどうなんだとか、そんな話は酒瓶抱えて駄々をこねる姿のせいで今更であろう。

 

「おい、アクア、サユキって名前に聞き覚えはないか?」

 

 たっぷり時間をかけて運んだ酔っ払いを藁の上に投げ捨てて、舌打ち混じりに質問を口にする。聞かれた本人は首を傾げながら、唸り声を上げるばかりで思い当たる節はなさそうである。

 

(まぁ、この駄女神が覚えてるわけねーよな)

 

 この女神に自分が転生させた人物を記憶していることを期待しても無駄である。カズマが転生する時にも、転生特典に悩む彼を散々煽るくらいには酷い有様だったのだ。

 

「あっ、あー、あの子ね。うん、覚えてるわ。あんた程じゃないけど死因が印象的すぎて記憶に残ってるのよね」

 

 だが、今回に限ってはそうではなかったらしい。完全に忘れていると思っていた彼も、その反応には驚きを隠せない。その表情は百年に一度の奇跡に遭遇でもしたかのようである。

 

「な、なによう、その顔は! わ、私、女神よ!? 転生させた子達のことくらい覚えてるわよ!」

 

「てか、お前の記憶に残る程の死因ってなんだよ……」

 

 さっきまで思い出すのに必死だったとか、嘘臭いとか、色々言いたいことはあったが、彼女の口にした『死因が印象的だった』という言葉の方が気になっていた。この駄女神が覚えている程の死因とはなんなのか、つい気になって聞いてしまった。

 しかし、その内容は彼が思っていたよりも遥かに酷いもので、聞いたことを後悔することになる。要約するとこうである。

 

 ある日、街を歩いていたサユキはバナナの皮を踏んで転んだ。仰向けに転んだ彼女の後頭部には木の板が一枚、梃の原理で上に乗っていた石が打ち上げられて近くの工事現場の鉄骨に直撃。

 鉄骨が一本ずり落ちてトラックに激突、トラックが衝撃で動いた結果クレーンのスイッチに激突。クレーンに括られていたコンテナが振り子の原理で振り回され、無人の民家に向かって吹き飛んでいった。

 破壊された民家からはよくわからない鉄柱が勢いよく飛び出し、完全に意識を失っていた彼女のすぐ隣に落下。地面に突き刺さったが、その地下にはガス管があって突き刺さる結果になった。

 その時、最初の鉄骨が倒れてきて、鉄柱に接触して火花を散らせる。火花はガス管から漏れたガスに引火、周囲を巻き込んで大爆発を起こした。尚、その間ずっとサユキは気を失っていて、周囲には人が一切いなかったらしい。大爆発事故なのに、死者一名の奇跡だったとか。

 

「どんな、人殺スイッチだよ! んな、死に方洋画以外で見たことねーよ!」

 

 内容は彼の名誉のために伏せるが、洋画でも見ない死に方をした彼をして叫ばずにはいられない話だったのは間違いないだろう。彼らのいた日本はどうやら、ファイナルでデスティネーションな世界だったようだ。

 

(いや、むしろ、薩摩が事故死するならそれくらいの出来事じゃないと無理ってことなのか? 薩摩こえぇ……)

 

 薩摩だと何故か納得できてしまう。これってトリビアになりませんか? などと彼が考えている間にもアクアは頭を抱えていた。視界の隅にその姿を捉えた彼はいつもと違う様子に疑問を覚える。普段の彼女なら腹を抱えて笑いそうなものだが、逆に唸り声をあげてしまっている。

 

「どうしたんだよ? お前らしくないんじゃないか?」

 

「あんた、私のことなんだと思ってんのよ……」

 

 極小の心配を込めて聞いてみるが、返って来た返事も珍しく覇気が感じられないものだった。

 

「あの事故の時はあまりに偶然が重なりすぎて、他の神から何かやったんじゃないかって苦情が大量に……」

 

(こいつ、神様の世界でも信用ねーのかよ)

 

 実際に調査に忙殺されて当時のアクアはかなり憔悴していたらしく、その痛々しい姿に他の神々の追求は止まったのだが、思い出すだけでもかなり堪える出来事だったらしい。余談だが、その時後輩の某女神が無理やり手伝わされたとか……。

 

(そこまでの出来事でも、思い出すのに時間かかるって、突っ込んじゃいけないんだろうなぁ)

 

 さすがにカズマでもそれ以上何か追求することはできずに、唸るアクアを放って藁に身体を横たえる。

 

(アイツがどんな転生特典もらったのか聞きたかったけど……。聞ける空気じゃないよな)

 

 そのまま目を瞑り、明日から増加する苦労に胃が痛くなるのを感じながら眠りに落ちていく。

 

「しかも、転生特典が『アレ』ってどういう……」

 

 そんな呟きが僅かに聞こえた気がしたが、もはやいっぱいいっぱいだった彼の耳には届くことはなかった。

 

 

 

 

 

翌日の昼頃、昨晩とは打って変わって上機嫌なアクアを連れて、ギルドに足を運ぶが、足を踏み出すのに一瞬の躊躇が生まれる。この一線を越えれば、爆裂娘、ドM騎士、薩摩と顔を合わせることになるだろう。できることなら前者二人が薩摩の加入に反対してくれると嬉しいのだが、彼の危機管理センサーが全力で警報を鳴らしている。

 

「なぁにやってんのよ。ほら、さっさと入るわよ。私の報酬見てたまげるんじゃないよ? あ、あとお金は貸さないからね」

 

 昨日の苦悩もキャベツの報酬のせいで頭からすっぽり抜け落ちている、駄女神は彼の気持ちに気付くことなく大股でギルドの中へ足を踏み入れていく。それに意を決してついていくカズマは、話もそこそこに自分の報酬だけ受け取って酒場へと歩いていく。自信満々に胸を張って自分の報酬を待っている駄女神は放置である。途中で棒状の物を抱きかかえて身体をくねらせている見覚えのある物体が目に入るが、あえて無視する。

 椅子に腰かけてコップに入った水を飲み干す。その後、ギルドカードを取り出して目を向ける。そこに書かれている『初級魔法』の文字をじっくりと眺めた後、習得の意志を込めて指でなぞった。一つ、深呼吸をしてから立ち上がって、空になったコップに手を向ける。

 

「クリエイト・ウォーター!」

 

 その言葉を発すると同時に手のひらから水が……、弱めのホースくらいの勢いで飛びしてコップを満たした。その水を飲み干して再び息を吐いたところで、拍手のような手を叩く音が聞こえた。油の差していない絡繰りのような動作で、首を横に向けると……。

 

「わぁ、カズマ君、魔法覚えたんですね」

 

 おっぱ……、もとい薩摩が腕の動きに合わせてたゆんたゆんしていた。彼としては今、一番会いたくない相手である。その視線は相変わらずだが。

 

「サユキ、どうした? ん、カズマではないか」

 

 別の声が聞こえ、そちらに顔を向ければ、そこにいたのはドM騎士、もといクルセイダーのダクネスだった。薩摩の名前を親し気に呼ぶ姿に嫌な予感がするが、今の彼にはどうすることもできない。

 

「カズマ、紹介しよう。私の友人のサユキだ。戦闘スタイルがかみ合わずペアで依頼をすることはなかったのだが、優秀な狂戦士だ。特に戦闘中のあの殺気が……ハァ」

 

 彼には理解できた、できてしまった。かみ合わないのは戦闘スタイルではなく、性癖であることを、そして一定人数以上のパーティーならこの変態は友人の加入を拒まないだろうこと。

 

「でも、ダクネスさんとはよく模擬戦をするんです。みねうちですけど、とても、えぇ、とても耐えてくれて、斬り甲斐が……」

 

「サユキの鋭い剣筋と殺気も、実に、んんっ、実に素晴らしいものだぞ」

 

 恍惚な笑みを浮かべる薩摩とドM、二人の話す光景を思い浮かべて、彼はとても頭が痛くなった。正直、彼は今すぐ帰りたくなった。帰って数日、できれば永遠にコイツらと顔を合わせたくなかった。

 

「ところで、二人はいつ知り合ったんだ? サユキは昨日まで遠くの依頼を受けて街にいなかったはずだが」

 

(できればそのまま帰ってきてくれなければよかったのに……)

 

 ダクネスの質問に昨日の出来事を思い出し、そんなことを考えてしまう。

 

「うん、昨日帰ってきたら、パーティー募集の張り紙があって、それでです」

 

「では、サユキもこれからは一緒の仲間になるのか。そうか、うん、パーティーが見つかってよかったな!」

 

「うん!」

 

 などと、すでに決定事項の様に会話が繰り広げられている。薩摩の目の端には涙が僅かに溢れていて、事情を知らなければ感動的な場面だ。だが、中身は薩摩である。感動もくそもあったものではない。

 

「ところで、二人ともこの鎧を見てくれ。キャベツの報酬で修理してもらったのだが……」

 

 ダクネスが自身の引き締まった身体で着ている鎧を持ち上げるようにして胸を張る。磨かれ光沢を持つ見事な白い鎧、室内を照らす光を反射して見事な輝きを放っていた。

 

「わぁ、ぴかぴかキラキラですね! とても、綺麗です」

 

 普段のカズマなら成金がどうとか、皮肉を言っただろうが、今の彼には余裕がない。微塵も、猫の額ほどもない。テーブルに突っ伏し、視線を向けた先では、胸の立派なものを弾ませて、修理したての鎧を手で何度も触る薩摩と、それをドヤ顔で受け入れるドMの姿があった。

 別の方向に視線を向ければ、新品の杖に頬ずりをする爆裂娘、もといめぐみんの姿がある。耳にはアクアが受付で騒ぐ声が聞こえてくる。レタスがどうこう聞こえるが、もはや反応することすら億劫であった。

 余談だが、アクアが掴みかかっている受付嬢もとてもたゆんたゆんしていたそうな。

 

(冒険者って……、なんだっけ?)

 

 哲学に目覚めかけた彼はそのまま、そっと瞼を閉じて、全てを諦めた。ちなみに、昨晩話しそびれた駄女神と、爆裂娘は普通に薩摩の加入を受け入れた。希望なんて最初からなかったのだ。

 




ドM×薩摩、地獄の始まり


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たゆんたゆん同士は引かれあうっ! 重力っ!


 翌日、そこには先日までのジャージではない、冒険者らしい格好をしたカズマの姿があった。個人で取り分にするという約束だった、キャベツの報酬である百万エリス――アクアの収穫したのはほとんど安いレタスだったらしく、ギルドに入る時と逆の立場でカズマに金を借りることになった――を使い揃えた装備だ。

彼は馬小屋生活からの脱却も考えたらしいが、貯蓄も考えてそれは見送りになった。決してアクアに夜の一人作業を知られていたのが原因ではないと、彼の名誉のために言っておこう。

 

「カズマがちゃんとした冒険者に見えるのです……」

 

 めぐみんの感想は尤もである。ジャージを着て冒険者と言われても、学生のアルバイトにしか見えないし、戦う人間にはまず見えない。アクアが小さな声でファンタジー感がどうのと言っているが、その言葉の意味を理解できるのはカズマと、サユキだけだ。現にダクネスは首を傾げてしまっている。

 

「初級とはいえ、魔法が使えるようになったし、これからは魔法剣士みたいなスタイルで行こうと思う。絶対に剣を振り上げたままモンスターを追い回すような戦い方はしない!」

 

 昨日の出来事は彼にとってトラウマになっているらしい。薩摩が肩を落としているあたり、本人も自覚しているのだろう。直ることはないだろうが。

 

「言うことだけはいっちょ前よね」

 

 今までの行動のせいか、そもそもアクアの性格故か、彼の決意も軽くあしらわれてしまう。それから、新たな一歩を踏み出した五人は討伐に行く相談を始めるのだが……。

 

 ザコがたくさん出るクエストに行きたい。要約・爆裂魔法で気持ちよく爆殺したい

 

 強いモンスターの出るクエストに行きたい。要約・嬲られて気持ちよくなりたい

 

 稼げるクエストに行きたい。要約・今日の晩御飯のお金がない

 

 斬り甲斐のある敵と戦いたい。要約・モンスターの肉とか首を斬り落としたい

 

 欲望に忠実すぎて、話が纏る気配が一切しない。全員狂化スキルでも使っているのではないかとすら思えてしまう。意外も意外、金欠の駄女神が一番まともに見えるのだから世も末である。

 

「はぁ……、じゃあ、ジャイアントトードが……、うっぷ」

 

 カズマが何とか纏めようと口を開く。ジャイアントトードの名前が出た瞬間、アクアとめぐみんの顔が青くなって何かを口にしようとした。だが、それも突然口抑えて吐きそうな姿を見せたカズマを前にして止まる。

 

「ちょっ、カズマ、大丈夫なのですか!?」

 

 めぐみんが心配して声をかけるが、カズマは片腕を突き出す形をそれを静止した。

 

「カエルは……、やめよう」

 

 その一言だけを口にして、全力でトイレに向かって走っていく。呆気にとられるアクアとめぐみんの後ろには、苦笑いをしているサユキと、それをジト目で睨むダクネスの姿があった。カエルの解体ショーは本日休業である。

 カズマの姿が見えなくなり、めぐみんの視線がサユキへと向けられる。

 

「そういえば、サユキには昨日はちゃんと自己紹介をしていませんでしたね」

 

 昨日は杖相手に頬ずりしたり、アクアがカズマにたかったりで、軽い挨拶しかしていない。ダクネスとは旧知で、アクアとは一回死んだ時に会っているのでめぐみんとだけ、サユキはちゃんとした挨拶をしていないことになる。

 めぐみんが自身のマント勢いよくはためかせ……。

 

「我が名はめぐみん! アークウィザートを生業とし、最強の攻撃魔法、爆裂魔法を操るもの!」

 

 格好いい――と思っている――ポーズをとっての、いつもの自己紹介である。サユキもこれにはびっくりしたのか、目を丸くして固まってしまっている。

 少しして、自分も自己紹介をせねばと気合を入れて、全身に小さく力を籠める。ちなみにその動作だけで揺れた。

 

「鬼に逢うては鬼を斬り、仏に逢うては仏を斬る。首級求めて幾星霜。二の太刀要らず。サユキでございます」

 

 そう言って、気品溢れる一礼をする。めぐみんは輝いた瞳でその様を見つめながら、小刻みに震えていた。相手に合わせた行動は日本人の美徳でもある。が、今回の場合は合わせる必要は全くないはずなのだが、この薩摩隼人、その辺りのことは全くわかっていない。

 

「ホトケというのが何かはわかりませんが、あなたも中々の名乗りではないですか!」

 

 めぐみんはその口上が気に入ったらしく、とても上機嫌だった。尚、アクアとダクネスは揃って手で顔を覆ってしまっている。ダクネスは純粋に紅魔族のノリに合わせる友人の姿に、女神であるアクアは言っていることのやばさにである。

 カズマがこの場に戻ってきた時、そこには混沌が広がっていたそうな。

 

 

 

 

 

 結局五人は程よい依頼がないかと掲示板まで来たのだが、そこで足を止めて悩みこむ結果となってしまう。

 

「なんだこれ、依頼がほとんどないじゃないか」

 

 そう、普段は依頼の紙一面至る所に張り出されている掲示板が、何故か閑散とした状態になっているのだ。残っている依頼と言えば、どれも高難易度のものばかり。ドMが嬉しそうにその一つを指し示すが、当然即却下である。

 

「あ、これと、あとこれ、昨日出かけた時に斬ったかもしれません」

 

 そう言って、薩摩が二枚の紙を手に取り確認している。

 

(え? 昨日解散したあとそんなことしてたの?)

 

 相談もなしにソロで狩り出ていたのは問題ではあるのだが、そもそも今までパーティーを碌に組んだことがない彼女にはその機微は全く理解できていない。高難易度の依頼をこなせる実力はあるのだろうが、コミュ力が最低値なのだろう。

 

「今度からはちゃんと相談してくれ……」

 

「はい……」

 

 そんなこんながありながらも、なんとか自分達でもできる依頼がないかと探してみるが、そう都合よくはいかないらしい。サユキがいれば余裕かとも考えたが、このバーサーカーは一人で突っ込んでいく、つまり奇襲されたら打つ手なしのデッドエンドなのだ。よって、見合った依頼を探すしかない。

 ここまでくるとパーティーに入ったのは彼女にとってマイナスに思えるが、そもそも彼女はやりたくてソロをしているわけではなく、普通に誰かと一緒に冒険したいと思っている。意外と寂しがり屋な一面があるのだ。中身薩摩だけど。

 

「申し訳ありません……」

 

 悩んでいる五人の後ろから声が聞こえてきた。そちらに顔を向けると、そこにはたゆんたゆん……、もとい、受付嬢のルナが立っていた。彼女が姿勢を正した瞬間、そのお胸がたゆん、後ろを振り向いた時にサユキのお胸がたゆん、二つ合わせてたゆんたゆんである。もしくはたゆんたゆんたゆんたゆんである。たゆんたゆんは引きあうのである。これ、テストに出ます。

 当然その瞬間を、一昨日たゆんたゆんの魅力を知り、それを脳内ストレージに保管すべく覚醒したカズマは見逃さなかった。

 

「実は最近、魔王の幹部らしきモノが街の近くに住み着きまして……」

 

 どうやらそれが原因で弱い魔物が姿を隠してしまったらしい。今の初心者の街詐欺な依頼状況はその幹部のせいということになる。王都から腕利きの冒険者か、騎士が派遣されるまで、この街の冒険者に見合った仕事は入ってこない。

 

(最初の街にラスダンの敵が出てくるとか、クソゲーじゃん……)

 

 カズマが心の中で愚痴をこぼすが、この世界がゲームでない以上あり得ない話でもない。納得はできないが、反攻の目を少しでも潰すにはいい手ではあるだろう。相手がそんなこと考えているかは知らないけど。

 結局のところ、使えない転生特典しかもらっていないカズマにできることはないわけで、嵐がすぎるまで食つなぐことを考えなければならない。

 

「見てなさいよ、もしアンデッドならこの私が……」

 

 などと転生特典は息巻いているが、アンデッドであることを祈るしかない。腐っても女神、アンデッドならどうにかできるかもしれない。

 

「はぁ、内職するしかないわよねぇ」

 

 やっぱりダメかもしれない。

 と、ここでカズマあることを思い出す。昨日はアクアの借金の件で結局聞くことができなかったことだ。他三人が意気消沈している隙に、サユキの耳元に顔を寄せて疑問を口にした。

 

「お前がもらった転生特典って何? すごい力だったりする?」

 

 その言葉を聞いて、最初の彼女の反応は驚愕だった。カズマはその反応が理解できずに首を傾げるが、彼女は周りを見渡しながら驚いているばかりである。

 

(あれ? もしかしてこいつ……)

 

「俺が同じ転生者って気付いてない?」

 

 落雷。今の彼女は、そう表現するほかないほどの驚愕の表情である。

 

(気付いてなかったんかーい! アクア連れてるし、ジャージ着てたし、気付けよ。そこは気付けよ!)

 

 彼の考えていることはまともなように思えるが、少し待ってほしい。女神を転生特典に選ぶ人間がいると思うだろうか? 割となんでもありな異世界にジャージがないと言い切れるだろうか? そういうことである。

 なんでアクアがいるのだろう、とか、この世界にもジャージってあるのか、程度にしか彼女は考えていなかった。そこに違和感を抱けるほど、彼女は他人とも世界とも付き合ってきていないのだ。

 結局、重い足取りで動き出した三人の後ろを歩きながら、彼女が落ち着いたところで改めて答えを聞く形になった。

 

「コレです」

 

 彼女はそう口にしながら、腰に下げた刀の柄に指を這わせた。鈴の音が鳴り、存在を主張する一振りの刀、それが彼女の選んだ転生特典だと言う。

 

「妖刀とか、なんかそういうのなのか?」

 

 妖刀とか男の子ならちょっとした憧れはあるだろう。紅魔族ではないが、その響きにそこはかとない格好良さを感じる。

 

「いえ、ただの折れない、欠けない、壊れない、メンテ不要のいつまでも使えるだけのただの切れ味がそこそこある刀です」

 

 所謂、伝説に出てくる『デュランダル』という剣の、切れ味を落とした劣化版のようなものである。転生特典のリストの中には切れ味もそのままで、なんか斬撃が飛ばせるっぽい完全なそれがあったはずだが、何故かそれではないらしい。

 

「え、なんでわざわざデュランダル劣化させてんの?」

 

「でゅらんだるってなんですか?」

 

 これは後からアクアに聞いた話だが、彼女は転生特典のリストを一切見ずに、この刀の条件を口にして転生したらしい。つまり……

 

(あ、サブカル知らないタイプの人だこれ……)

 

 そういうことである。ある意味自分とどっこいどっこいな転生特典の選び方をした女性、ちょっとは楽できるかなと期待もしたが、そんなことは夢のまた夢であったようだ。カズマの異世界生活は仲間ができても前途多難、むしろ仲間が悩みの種になっていた。

 

(あー、空、青いなぁ)

 

 ギルドの外に出た彼が見上げた空はとても青かった。

 




一章、この素晴らしいお姉さんに狂化を! はこれで終わりです。次から二章に入ります
たゆんたゆんさせたいだけで始めた連載ですが、思った以上にたくさんの方に見ていただけて感謝です。


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この不憫な騎士に安寧を!


たゆんたゆん同士は引かれあうっ! 重力っ! Ver2


 この日、アクセルの共同墓地では異様な光景が繰り広げられていた。邪教の集会とか、アンデッドの大群とか、それよりもはるかに冒涜的と言うか、非常識なことが行われていた。

 

「あ、カズマ、その肉、私が目を付けてたやつじゃない。サユキもこっそり持ってこうとしないでよ! 野菜食べなさい、野菜!」

 

 キャンプである。墓地でバーベキューをするバカなど普通はいない。眠っている死者たちもカム着火インフェルノしていい。土葬が当たり前の世界で、墓地でバーベキューの肉を取り合う姿を、冒涜や背徳と言わず何と言えばいいのか。お前らいい加減にしろ。

 ちなみに、そこそこいい値段がしそうな肉類があるが、これらの代金は唯一金銭に余裕があるサユキの懐から出ている。武器を買い換える必要がないのでお金には余裕があるのだ。

 この罰当たりどもがこうなったのには、ちゃんとした理由があった。支援が主であるプリースト系の職は経験値が稼ぎ辛い。そこでアンデッドの討伐をしようという話になり、丁度よく張り出された『ゾンビメーカーの討伐』という依頼を受けることにしたのだ。

 

(レベルが上がればステータスって上がるよな。つまり、駄女神もレベルが上がれば……知力が上がる!?)

 

 というカズマのひらめきもあって、ノリノリで共同墓地にやってきたのだ。実際、勢いで借金こさえるわ、自信満々に宴会芸を披露するわ、カエルに二度も打撃攻撃をぶち込むわ、酒瓶抱いて寝るわ、アクアの醜態は神と言う存在の知性を疑うレベルなので仕方ない。

 現在はゾンビメーカーが出てくるまでの時間潰しとして、バーベキューをして楽しんでいるというわけである。バーベキューである必要全く、これっぽっちもないね。誰かが突っ込んでもいい気がするのだが……、特に女神。今一心不乱に肉を確保している女神。

 

「ふぅ、クリエイト・ウォーター、よし次は、ティンダー」

 

 カズマが膨れたお腹を擦りながら、コーヒーの粉が入ったコップに魔法を使う。魔法で注がれた水はいい具合に粉を掻き混ぜ、即座にコップの底を火の魔法で熱することで程よく混ざったコーヒーが出来上がる。ティンダーはライター代わりくらいにしか使えない魔法だが、それはそれで便利なようだ。

 

「あ、カズマ、私にも水ください」

 

「あいよっ、クリエイト・ウォーター」

 

「ありがとうございます。カズマは、何か私よりも魔法を使いこなしてませんか? 初級魔法って意外と便利なんですね」

 

 カズマは初級魔法をただの便利魔法ととらえているらしく、首を傾げてしまう。そして、『クリエイト・アース』と唱えて、掌に少量の土を作り出した。どうもカズマにはこの魔法の使い道がわからないらしく、めぐみんに質問をしている。

 めぐみんによると、その土は作物を育てるのにいいらしいのだが、それ以外の特徴は何もないらしい。

 

「何々? カズマさんってば、冒険者やめて、農家にでも転職する気ですか! プークスクス!」

 

 その話を横で聞いていたアクアが煽るが、カズマはすぐに手の平の土を『ウインドブレス』という初級魔法で飛ばして、アクアの顔面にぶつける。それが目に入ったらしく、彼女は目を押さえて叫びをあげていた。

 彼の魔法悪用法にさすがのめぐみんも驚愕やら、呆れやらといった反応をする。初級魔法の扱いがあまりに達者すぎて、ある意味魔法使いよりも魔法の扱いがうまい最弱職がここに誕生した。

 

 

 

 

 

 ゾンビメーカーを待ってどれくらい経ったか、月が天頂を少し過ぎて今は深夜を回った頃である。アクアが大物のアンデットを相手にしたいとか、言っているがそんなことは望んでいない。というか、深夜過ぎているし、みんなもう眠いのだ。サユキなどは大きな欠伸をしては、ダクネスに小突かれている。

 敵感知スキルを持つカズマが先頭に立って、墓地の中を見回るが、中々反応は返ってこない。そうこうしていると、僅かに感じるものがあり、意識を向けると幾つか反応が返って来た。一つ、二つ、三つ、四つと増えていく。ゾンビメーカーは多い時は三体ほどのゾンビを呼び出すので想定範囲内だろう。

 彼が口元に人差し指をあてて、静かにするように仲間に伝えると、状況を理解したのか全員がお口チャックのジェスチャーで返事をした。ゆっくりと彼について歩いていく四人、彼らが少し開けた場所が見える位置についたとき、その場所にローブを被った何者かが青白い、幻想的な魔法陣を展開している姿が見えた。

 

「ゾンビ……メーカー? あれってゾンビメーカーなんですかね?」

 

 めぐみんには何か違和感があるらしく、困ったように首を傾げている。ダクネスはゾンビ相手に嬲られたいのか、大分落ち着かない様子で飛び出したそうにしている。

 

「ゾンビって、腐ってる分柔くて斬り応えがないんですよねぇ……」

 

 薩摩はやる気がないらしい。今回はアクアのレベル上げも兼ねているので一応問題はないが、何かあった時にはやる気を少しは出してもらいたい。

 それで、当のアクアはと言うと……。

 

「あ、あっーーーーー!!」

 

 声にならない叫びを上げなら、ローブの人物に向かって全力疾走かましていた。他のメンバーに気を取られていたカズマは駄女神の奇行に反応することができず、血走った眼で疾走する彼女を見送ることしかできなかった。

 

「リッチーがこんなところで何してんのよっ! 覚悟しなさい、成敗っ!」

 

 高く飛び上がってからの、飛び蹴り。見事にその蹴りは土煙を上げてリッチーの魔法陣に直撃した。

 ノーライフキング、リッチー。大魔法使いが自らの意志で、魔法で人間の身体を捨てて至る存在である。自然の摂理を捻じ曲げて至る存在故に、それは神々の敵対者とされる。決して初心者の街の墓地にいていい存在ではない。

 

「誰!? なんで私の魔法陣を壊そうと……、あっ、やめて、やめて、魔法陣壊れちゃう。それ以上は、あぁっ、やめてくださぁい!」

 

 神の敵対者は神の腰にしがみ付いて、必死に懇願していた。敵対者とはなんだったのか。

 

 

 

 

 

 どうやらこのリッチーはまともに供養されることのなかった、この共同墓地の迷える魂を天に還していたらしい。実際に人魂のようなものが魔法陣に吸い込まれては、天に昇っていっているのが見て取れた。

 が、アクアはそれすらも気に入らないらしく、自分がやってやると、墓地全体を『ターンアンデッド』で浄化するが、当然この善良? なリッチーもアンデッドなわけで、身体が透けて成仏しかけていた。

駄女神はすごく楽しそうに高笑いをしていたが、さすがにかわいそうになったカズマが剣で小突いて止める。彼が消えかかっているリッチーに声をかけると、彼女は涙目になりながらもゆっくりと立ち上がった。その際に頭部のローブを外すと、二十代にしか見えない美しい女性の顔と、綺麗な栗色の髪が飛び出してくる。

 

このタイミングで後ろにいた三人も到着するのだが、このリッチー、ローブの上からでもわかるくらいたゆんたゆんだった。そして、駆け足で合流した中にも普段からたゆんたゆんしている人物がいる。

リッチーの立ち上がり時の局部地震、駆け足でサユキに起こる局部地震、先日のギルドに続き、たゆんたゆんが共鳴し合う時間が、今、ここに訪れた。リッチーのたゆんを目に焼き付け、瞬時に駆け寄るたゆんを目に焼き付ける。脳内ストレージに日付とロックを付けて保存。一瞬の間にカズマの脳内でそれは行われた。そして、小さくガッツポーズ。

 

「迷える魂を天に還すとか、それってリッチーのやることなのか? プリーストとかの仕事のような気がするんだが」

 

 ウィズと名乗ったリッチーにカズマが疑問を投げかける。彼女はノーライフキング故に、迷える魂の声が聞こえるらしく、天に還りたい魂を放っておくこともできず定期的にこうしてここを訪れているらしい。

 一般人以外でカズマがこの世界で出会った初めてのまともな人である。というか、普通にいい人である。リッチーだけど。

 ちなみに、この街のプリーストはほとんどが守銭奴で、葬式もあげてもらえない仏さんの眠る共同墓地には近寄りもしないらしい。アクアは目を逸らして、鳴らない口笛を吹いていた。神もこんなんだし、プリーストが守銭奴でも不思議はない気がする。

 

 結局、その後、カズマ達はウィズを討伐することなく、墓地をあとにした。アクアは納得いかないようだが、さすがにあれほどの善人を討伐するわけにもいかない。ウィズが墓地にくると、魔力に影響されて自然とゾンビが出てしまうらしく、今後は代わりにアクアが魂を天に還すことになった。多少駄々はこねたが、それ自体は自称女神も女神なので受け入れた。

 モンスターを見逃すことになりはしたが、ウィズが人を襲わないなどの理由により他の三人も納得したようだ。当然、薩摩も『敵』でないためちゃんと納得した。

 そして、カズマは一枚の、ウィズの住所というか、彼女の経営するマジックアイテムの専門店の場所がかかれた紙をもらっていた。ダンジョンに住んでないことにはがっかりさせられたが、今度リッチーのスキルを教えてくれるらしい。

 

(これが、異世界……。異世界なのか? 俺が期待してたのと、何か違う……)

 

 歩きながら、めぐみんがリッチーの恐ろしさについて力説していた。聞けば魔法のかかっていない武器は効かないらしいので、サユキの剣も通じない。やはり、アクアは腐っても女神、そんな恐ろしいリッチーすら成仏させかけたその力だけは本物のようだ。

 

「そういえば、今回のクエストって結局どうなるんだ?」

 

 ダクネスの呟いた疑問に、四人の足が止まる。クエスト失敗である。

 




きりのいいところで話をきるので次回は今まで以上に短いです


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アニメそのままなシーンも多いので、ダイジェスト多めです

Q.薩摩がデュラハンに出会うとどうなるでしょうか


 寂れた古城に響くのは、長閑な風景に似合わない大爆音、弾けるのは大爆発、近所に人が住んでいたら大混乱間違いなしである。少し離れた場所にいるのは、バカとバカのお守りの二名だ。古城からそこそこ距離はあるはずなのだが、その二人の場所まで爆風と爆音は容赦なくやってくる。ちなみに、バカはうつ伏せに倒れた姿でだらしのない笑みを浮かべていた。

 

 話は少し遡る。共同墓地の件以来、受けられる依頼のない五人は相談の末に、しばらくは各々で行動することになった。アクアは生活費を稼ぐためにアルバイトをし、ダクネスはサユキと行動するか悩んだ末に実家に筋トレをしに戻った。サユキも時間のかかる依頼を受けてそれに向かった。一週間前後で戻るとのことである。

尚、討伐対象はグレートビッグボアとかいう、巨大猪らしい。ダクネスめっちゃ悩んでいた。そりゃもう、顔を紅潮させて、息を荒くして悩んでいた。長期間野営する経験がないので最後には諦めたが、それでもサユキをちら見しまくるくらいに未練を残していた。

とまあ、性癖が歪みまくっている二名と金欠女神はそんな感じだったのだが、新しい杖で爆裂魔法を撃ちたいバカと、そこそこ生活費に余裕のあるカズマはというと……。

 

「60点、音圧が物足りない」

 

 バカの爆裂欲求に付き合って、毎日こうして古城近くに来ているのだ。雨の日も、日差しが差し心地よい昼下がりにも、爽やか早朝であっても、毎日欠かさず爆裂魔法を撃ちこむためにここに訪れていた。

 その過程で、カズマは爆裂魔法に関する感性が磨かれに磨かれ、今では立派な爆裂ソムリエへと進化していた。人生でいらない技能トップ10に入る能力だろうが、進化は進化である。冒険者ってなんだっけ? あ、冒険ができないから爆裂してるんだったね。

 その後もカズマは爆裂魔法を見続けたり、ダクネスが帰ってきたり、サユキの帰還日が判明したり、魔王討伐を諦める宣言したり、ごく潰しだの回復魔法を教えろとアクアを口撃して泣かせたり、冒険の『ぼ』の字もない生活を送っていた。

 

 

 

 

 

「毎日、毎日毎日毎日っ、お、俺の城に爆裂魔法、う、撃ち込んでくる頭のおかしいバカは誰だぁっ!!」

 

 そんな生活を送っていたら、古城の家主? がお怒りで街を訪問してきた。それは最近近所の古城に引っ越してきた魔王軍幹部のデュラハンさんである。これが、庭を荒らされたとかなら、勝手に住み着いておいて何を言っているんだと言う話だが、爆裂魔法なら仕方ないだろう。最近はソムリエの評論のせいで特に磨きがかかっているし、怒っていいと思う。首が完全にないお馬様もお怒りの嘶きである。

 

(そういや、今日って何か用事があった気がするんだよなぁ……)

 

 カズマは一人、そんなことを考えていた。

 

 その後は注目を集めためぐみんが視線を逸らした結果、別の魔法使いに嫌疑が向いたり、めぐみんがデュラハンにいつもの自己紹介をして怒られたり――かわいいめぐみんの『ちがわいっ』は必見――、鬱憤の溜まっていたアクアが意気揚々と飛び出したり、めぐみんを庇ってダクネスが死の宣告を受けたりした。

 一週間後にダクネスが死ぬ。その原因が自分であると突き付けられためぐみんの受けるショックはでかかった。なのだが、そこはダクネスいつもの『発作』でデュラハンを困惑させる。しかも、デュラハンさんの目が嫌らしいだのなんだと言いたい放題である。果てには、自分から彼の下へと駆け出す始末。その際の一言は『いってくりゅ!』だった。

さすがにそれはカズマに阻止されたが、真っ当な苦情を言いに来てこれでは、いくら魔王軍幹部でも不憫としか言いようがない。

 

ダクネスの妄想について実際のところどうなのかは、本人の名誉のために伏せておこう。

 

そして、爆裂魔法をやめるように伝え、デュラハンは変態の呪いを解いてほしければ、城まで来いとめぐみんに伝えて、後ろを向いて去……。

 

(あっ、思い出した)

 

 ここでカズマが忘れていた用事を思い出す。

 

「は、はいぃいいっ!?」

 

 後ろを向いて歩きだそうとしたデュラハンが大声を上げた。彼は頭部を抱えていて視線が低い、そして今その視界いっぱいに広がる光景は……。

 

「い、いのししぃっ!?」

 

 猪の顔面ドアップである。さすがの魔王軍幹部でもいきなり、生気のない目をしたイノシシの顔をドアップで見れば驚く。これで驚かないのは悪魔くらいなものではないだろうか。更に、イノシシから視線をずらすと、そこには……。

 

「あ、悪魔かっ!?」

 

 傷だらけ、血塗れで、瞳の奥に深淵を宿す女の顔があった。その手には斬り落としたと思われる巨大猪の頭部を掴んでいた。先ほど彼が見たのはこれだったのだろう。更に、背中には女の数倍を超える首のないモフモフを背負っていた。何かの冗談かと思えるほどの異様、むしろ相手が魔王軍なのではと考えてしまう。

 

「カズマ君。最初から首が斬られてる魔物は、どこを斬ったら首級になるのでしょうか?」

 

(そういえば今日、サユキ帰ってくるんだった……)

 

 深淵の瞳をデュラハンに向けたまま、サユキはそう大声で尋ねる。元騎士の直感が彼に告げる。コイツは関わったらいけない相手であると。勝てるとか勝てないとかの話じゃない。関わること自体しちゃいけないタイプの相手である。

 恐る恐る視線を先ほど呪いをかけた女騎士の仲間に向けると、そこには滝のような汗を流す少年がいた。先ほど女騎士は少年を『カズマ』と呼んでいた。

 

「おま、お前の仲間なんなん!? 人の城に爆裂魔法ぶっぱなしたり、変なこと言いながら詰め寄ってきたり、次はコレ!? ほんと、お前の仲間なんなん? 頭おかしいってレベルじゃないだろ!」

 

 カズマは何も答えない。否、答えられない。それにプラスして、ごく潰しの宴会芸が得意な駄女神もいますとは口が裂けても言えない。むしろ、どうしてこうなったのかは彼の方が聞きたいくらいだった。

 

「もうっ、やだっ! 帰るっ!」

 

 そう言って、デュラハンは転移で帰ってしまった。そこには刀に手を伸ばして目を見開いている深淵の女性が残されていた。ダクネスの呪いとか色々、考えることがあるのだが、あまりに敵の去り際のセリフが不憫すぎて、思考はそれどころではなかった。

 めぐみんも呪いを受けている本人も、状況に取り残されている。残されたサユキは残念そうな、どこか泣きそうな顔をしていた。たぶん、デュラハンを斬ってみたかったのだろう。

 

「セイクリッド・ブレイクスペル!」

 

 だが、そんなことは空気を読まない駄女神には関係のない話である。杖から伸びる光が放心しているダクネスに着弾すると同時に、呪いの塊のようなものが身体から抜け落ちていった。

 

「ふっふーん。デュラハンごときの呪いなんて、この私にかかればちょちょいのちょいよ!」

 

 ダクネスが助かったのは嬉しいことのはずなのだが、どうにも素直に喜べない……、こともなく、暴走馬車娘から目を逸らすように、というかさっきの惨状を忘れるために声をあげるカズマたちと冒険者達。なんでかはしらないが、全員でアクアを胴上げしていた。

 尚、薩摩は一人、立ち尽くすことしかできなかった。グレートビッグボアの毛皮を撫でながら、その光景を羨ましそうに眺めているのだった。

 




A.どう首級を上げればいいか悩む


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ダメ。ゼッタイ。


「サユキ、そこのレモンとってください」

 

「はい、どうぞ、めぐみさん」

 

「ん? いえ、ありがとうございます」

 

 デュラハンさん襲来の翌日、カズマ達はサユキの報酬でちょっとだけ豪華なご飯を食べていた。めぐみんがサユキにからあげにかけるレモンを取ってもらったのだが、その時に何かがおかしい気がして一瞬動きが止まる。すぐに気のせいだと断じて、レモンをかけ始めたのだが、今回のようにめぐみんがサユキに違和感を抱くのは初めてではない。

 だが、めぐみん以外の人間はその違和感を持っていないらしく、いつも通り食事を続けている。尚、レモンをかけた時にカズマがキレるのところまでいつも通りだ。

 再び気になりだしたのか、からあげを飲み込んでから、口を開く。

 

「あの、サユキ?」

 

「はい、どうしましためぐみさん」

 

 やっぱり何かが変だ。めぐみんはどうしてもそれが気になってしまう。違和感は特にないような、それでもやっぱりあるような不思議な感覚だ。

 

「ふぉふぉろれさー……」

 

「口の中のものを飲み込んでから喋れ、何言ってるかわかんないぞ」

 

 口いっぱいに肉を頬張った駄女神が何かを喋ろうとするが、口の中の物が邪魔で何を言っているのかがまったくわからない。カズマがそのことを注意すると、口の中の肉をシュワシュワで流し込んで再び口を開く。

 

「ところで、なんでサユキはめぐみんのこと『めぐみ』って呼んでるわけ? どっちも大した違いはないからどーでもいいんだけど」

 

「あ、それです、アクア!」

 

 どうやら、めぐみんの感じていた違和感の正体はそれだったようだ。

 

「私の名前はめぐみんです、め・ぐ・み・ん! めぐみじゃないのですよ!」

 

 めぐみんがフォークを突き付けて力説するが、サユキは首を傾げるばかりで話をよく理解していないらしい。そうして、少し悩んだあと、手を叩いて理解できましたと言わんばかりに満面の笑みを浮かべた。

 

「あだ名で呼んでほしいってことですね、めぐみさんっ!」

 

 何もわかっていなかった。というか、彼女は『めぐみん』があだ名だと思っているようだ。デュラハンの人もふざけた名前だと言っていたし、この世界でも一般的な名前ではない。紅魔族パネェ

 日本人ならみな普通はあだ名だと思うだろう。アクアの解説付きとはいえすぐに飲み込めたカズマの順応力が高すぎるだけである。

 そこからアクアとダクネスによる紅魔族講座が始まったが、サブカルに疎い彼女はそれを理解するまでかなりの時間を要した。その際、めぐみんが族長の名前を口にした際にはカズマとサユキが全力で叫んで周囲に聞かれるのを避けた。なんでだろうね!

 

「ごめんなさい、めぐみんさん。地元じゃめぐみさんって人のあだ名が、めぐみんだったりするんで誤解してました」

 

「めぐみさんですか。変な名前ですね」

 

 頬を膨らませて少し不貞腐れた感じのめぐみんがそう返すが、『ん』が付いているかの違いしかないのでそんなに変わらない。

 そこからはまた賑やかな食事が始まった。そこで、ふと、カズマが思い出したように口を開く。

 

「つーかさ、サユキ帰ってきた時全身怪我だらけで、焦ったんだが。アクアが治したからよかったものの、痛くなかったのか?」

 

「え? 全然痛くないですよ。狂戦士ですし」

 

 返答の内容は納得していい物か否かすごく微妙なものだった。実際、顔だけではなく、全身至る所に傷があり、腹には浅くはあったが穴も開いていた。アクアが慌てるくらいには危ない状況だったらしい。

 

「んんっ、カズマ、狂戦士には『痛覚減少』という一定レベルまで上げると、痛覚が完全になくなるスキルがあるんだ」

 

 見かねたダクネスが注釈を入れるが、その内容にカズマの顔が思いっきり引きつっていた。痛覚と言うのは人間が備える防衛機能の一つなわけで、それがなくすスキルというはさすが狂戦士と言うべきなのだろうか。そして、目の前の美女(薩摩)はそれを取得している。

 余談だが、このスキルはダクネス的には邪道らしい。そりゃ、ドMからしたら邪道というか解釈違いというものだろう。攻撃は痛いからいいのであって、痛くなくしてしまえば気持ちよくないのだ。

 

(あ、薩摩なら当然か。うん、なにもおかしくないな。おかしくない)

 

 相手が薩摩だと思うと何故かすんなり納得できた。むしろ取得しなかったら異常を疑っていたかもしれない。だって、薩摩だし。ちなみに、『止血』という一定量以下の出血が自動で止まるスキルなんていうのも取っていたりする。

 

「更に、受けている傷の量や深さに応じて身体能力が上がるスキル、『決死』も取得してるんだったか?」

 

「あれは使い勝手がいいですから。実に戦場向きのよいスキルです」

 

 狂戦士はカズマが思っている以上に狂戦士だったらしい。最初に聞いた、『スキルを火力に寄せている』という言葉の意味は、火力のために命も捨てているという意味だったようだ。

 

(あれ、でもこれって、コイツをつっこませて、ほんとにやばい時にはダクネスを盾にして、トドメにめぐみんの爆裂魔法撃てば、かなりシナジーあるんじゃないか? 怪我はアクアに治させればいいし)

 

 カズマの頭の中には、見事な指示を出して、ポンコツ三人を操る自分の姿があった。そもそもの前提として、三人が欲望を抑える必要があるのだが、そこには気付かない。あと後方で指示を出すだけという地味に安全なポジションに自分を置いているのが、カズマらしいと言えるだろう。

 そうして和気藹々と会話を楽しんでいると、全員のお腹が膨れたため解散しようと言う話になる。

 

「あの、皆さんに相談があるのですが、聞いてもらえないでしょうか?」

 

 サユキが勢いよく立ち上がって、胸が大きく、そしてたわわに揺れた。その光景にめぐみんは心が荒んでいくのを感じていた。ちょっと、目が据わっている。アクアは帰る直前だったと言うのに、新しいシュワシュワを注文している。真面目に耳を傾けているのはカズマとダクネスだけだった。

 

「皆さん、野営経験もそうなのですが、野営道具って持ってます?」

 

 馬小屋暮らしのカズマとアクアは言わずもがな、基本的に嵩張る野営道具をレンタルではなく個人で所有している冒険者はこの街では少ない。初心者の街と言うだけあって、街近辺だけで冒険者の受ける大半の依頼が完結しているためだ。個人で野営道具を揃えている冒険者など、この街では一握り、しっかりしたものともなれば、この街一番と言われる冒険者のパーティーだけだ。

 

「サユキは持ってるんですか? 宿暮らしではあんな邪魔なもの置く場所がないと思うのですが……」

 

 めぐみんも宿暮らしであるため、当然持っていない。さて、ここで一つサユキと言う人物について考えてみよう。サユキが金を使うのはプリーストに怪我を治してもらう時くらいで、武器は壊れず、装備は軽装どころかただの服である。そのくせ、大物の首を獲ることを好んでいる。依頼の帰りに、受けていない依頼の魔物の首を落とすこともある。

 

「サユキはこの街に家を持ってるぞ。私も招かれたことがあるしな」

 

 ダクネスから衝撃の一言が出てくる。そう、サユキは家持ちなのだ。だから、多少嵩張るものでも個人で所有できる。尚、ダクネスは招かれた際に、敵の首でも飾っているのではないかと戦々恐々としていたのだが、家の中はむしろベッドとテーブルと冒険道具以外何もないという、別の意味で心配になる様相だったことに驚いた。

 

「ベッドが使えれば、他はどうでもいいので、うちを倉庫代わりに大きい物でも買えますよ」

 

「あ、じゃあ、そこに私のベッドも置きましょ。カズマは今まで通り馬小屋で。よかったわね、これでプライベートができるわよ!」

 

 などとアクアが調子に乗って言い始めるが、カズマは馬小屋というのは彼女なりに気を使った結果だったりする。夜に一人でごにょごにょする時間を作ってあげようという、的外れな物ではあるが。

 

「お前みたいなのを、他所様に預けるとか、逆に心配で眠れないっての。でも、そういうことなら遠出に備えて多少の道具は準備しておいてもいいかも……」

 

 冒険者が初めて野営を含む依頼をする際に生じる赤字には、実はこれらのレンタル品の破損などが含まれているのだが、そこまではわかっていない。意外と野営はお金がかかるのである。

 お開きになるはずだった集まりは、今後冒険に必要そうなものを話し合う場へと変わる。だが、その話はそんなに長く続かなかった。何故か……。

 

「でも、金がないな……。さすがにそこまでサユキに持たせると、パーティーって言えないし……」

 

 さすがに先立つものがなければ絵にかいた餅である。多少であればたかるのを恥じるつもりはないが、そこまでいくといくらカズマやアクアでもためらいが生まれる。結局、本日の集まりは何も得るものがないまま終わることになった。

 後日、皆でサユキの家に訪れた時、家の大きさに対して物があまりにもなさすぎて、心配になったのは言うまでもないだろう。

 




とくに何もなく、サユキに周りが振り回されるだけの回です
あと、族長ネタがやりたかっただけ


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たゆんたゆんメイン回


 この日、カズマは一人で街を歩いていた。アクアはバイト、めぐみんは宿で寝ているらしい、ダクネスとサユキは模擬戦をすると張り切っていた。つまり、一人、手が空いている状況だったのだ。

 見慣れた街並み、特に目新しい物もなく、近所に魔王軍幹部いる緊張感などはかけらもない。だから、適当な場所に腰かけて、彼は道行く人々をただ見つめることにした。まるで、枯れた老人のようにただそこに座っている。

 と、そこで彼の前方を見たこともない巨乳の女性が横切った。別に、見たこともない女性がいたからどうという話ではない。街の住人全てを知っているわけではないのだから、当然である。

 

(よし、脳内保存完了……)

 

 彼は無意識に、見ず知らずの巨乳が揺れる姿を脳内に焼き付けていた。もはや、習性と言ってもいいレベルの行動だった。自然に、あるがままに、ただ、その見逃してはいけない一瞬をその目に焼き付けたのだ。

 

(な、なんで俺、今……)

 

 そして、彼はその自分の行動に気付いてしまった。サユキと出会ってから、もとい、あのたゆんたゆんを目にした時から、揺れる胸から目を逸らせなくなってしまったのだ。幸いアクアの胸には視線を向けていないが、このままではいつかはあの駄女神にすら……。と、考えた瞬間、彼の中に凄まじい危機感が生まれる。

 

(薩摩とドMはまだいい、だが、だが、あの駄女神だけは、奴だけはダメ、絶対にダメ!)

 

 女神だからとかそんな理由ではなく、女として色々終わっていると思っている相手にだけは絶対に欲情したくないのだと、そう心が叫んでいるのだ。そんなことになれば、男として、一知性ある人間として確実に自分は終わってしまう。だから、彼はなんとしても、現在の自分を変えねばと決心した。

 

(おっ、脳内保存完了。よしよし、順調だ)

 

 元ヒキニートにそんな我慢強さがあればヒキニートになんかならない。カズマさんはちゃんとした思春期でピンクな思考を持つ男の子なのだった。

 

 

 

 

 

 自身に変革をもたらすべく、彼が最初に訪れたのはギルドだった。ウィズの店にも行ったのだが、今日はちょうど店にいないらしく閉まっていた。

 ギルドの中を見渡しながら歩き回り、ついに目的の人物を見つけることに成功した。そしてその人物の横を通り過ぎながら、横目でチラリと相手を見る。相手も動いていたので、結果的にすれ違う形になったが、その瞬間に起こった出来事を彼は見逃さなかった。

 彼女、受付嬢のルナは何かに引っ掛かったわけではないのが、偶然その場でたたらを踏むことになった。その時、彼女のふくよかなお胸が縦横問わずに揺れる。その服装では零れ出してしまうのではないかと思うほどの動きでたゆんたゆんした。

 その一瞬の出来事、カズマだけではない、ギルド内にいる多くの男冒険者が目撃し、脳内に確かに刻み込んだのだ。中には『今日は……あの店……ルナさん……』などと言う会話をして周りから殴られている男もいたが、カズマはそれどころではなかった。

 

(ダメだ……。この魅力には逆らえねぇ……)

 

 彼の目的はあくまで、たゆんたゆんに逆らう強い意志を育むことであり、妄想の種を探しているわけではないのだ。すなわち、これは絶対的な敗北である。今までカエルから逃げることはあった、デュラハンに見逃されたこともあった。しかし、ここまでの敗北は味わったことがない。彼は己の弱さを今、痛感している。なんのこっちゃ

 

(俺の未来のためにも、最高の異世界ライフのためにも、敗けたままじゃダメだよな!)

 

 俯いていた顔を上げた彼の目に飛び込んできたのは、一人の男の顔だった。その男はカズマの肩に手を置いて告げた。

 

「男には、時には負けなきゃいけない時もあるさ。勝つだけが人生じゃないぞ」

 

 それは、いつも意味深なことを言うモヒカンがトレードマークの荒くれ者だった。

 

(えぇ……)

 

 男は言うだけ言って、去っていった。カズマは遠くを見つめて、ただただ突っ立っていることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 次に彼が向かった場所、それはいきなりの本丸、まさに自分にこの性癖を植え付けた張本人のいる場所だった。……のだが

 

(こんなん、無理に決まってんだろ……)

 

 すでに敗北していた。

 彼の視界に今、映っているのは模擬戦を終え爽やかな汗――模擬戦の内容は考えないものとする――で身体を濡らし、肌に衣服が張り付いたダクネスとサユキの姿だった。木刀と防具なしで行われた模擬戦、運動により息が上がり、顔は赤く火照っている。――決して性癖が満たされたからではない――

 元々ダクネスのインナーは身体のラインがくっきりと出るものだが、汗に濡れた状態では更にすごいことになっている。普段、胸の上半分ほどを露出しているサユキだが、下半分は形がわからないくらいには隠れている。だが、今は汗のせいで完全に胸の形に吸い付いている状態だ。

 

「どうしたカズマ。そんな野獣のような眼で、嘗め回すような、んっ、じっくりと見るな……ハァハァ」

 

「カズマ君も模擬戦に興味があるんですか?」

 

 ドMと無防備であるが故に、それを気にもせず動き回るせいで、この場に到着してすぐに彼は降参宣言するしかなくなってしまったのだ。だが、ここまでハイレベルな容姿をしている二人が汗だくで胸を揺らす姿を見て嬉しくない男など、貧乳至上主義者か少女性愛者くらいしかいないのではないだろうか。

 中身の残念さを思い出して、なんとか耐えようとするカズマだったが、視界に映るのは楽しそうに模擬戦の感想を言い合い、その豊満な胸をたゆんたゆんと揺らす二人の姿である。傍目には『美人冒険者の休日』といった様相である。

 たまに横目でダクネスが期待するような視線を向けるが、それのおかげで辛うじて耐えようという意志だけは失わずにすんでいる。

 

(俺、なんでこんなに必死に耐えようとしてるんだっけ……)

 

 それでも目の前の桃源郷に、本気で折れかかっていた。

 

(ほんと性癖さえなければ、二人とも最高なんだけどなぁ……)

 

 

 

 

 

 結局彼はあの場から逃げ出してしまった。もはや、最初に抱いた意志は半分ほど折れており、半ば諦めの境地にあった。

 

(アクアも見た目だけは、見た目だけはいいんだよなぁ。最初に出会った時なんか、マジ女神とか思ったもんなぁ……)

 

 重い足取りで夜の街を歩きながら、カズマはただ一人思考の海に沈んでいた。アクアに初めて出会った時、死因を笑われるその時まで、彼女に対する印象はその美しさや荘厳さで埋め尽くされていた。

 女神と言う言葉をそのまま形にしたかのような存在、あまりの存在感に目を奪われた。もし、死因の話などせず、まともに転生特典を選んでいたなら、自分はあの女神のために魔王討伐を目指していただろうか。そんなことを考えてしまう。

 この時、カズマは考え事をしていたが故に、横を通り過ぎた黒い服でおさげのたゆんたゆんちゃんを見逃したのだが、それは余談だろう。

 

(何を考えてんだか、あれはアクアだぞ。どうせどっかでボロが出てたに決まってる)

 

 そんなことを考えながら歩いていたせいか、視界の先に水色の綺麗な髪の後ろ姿が映りこむ。あの時、確かに美しいと思ったその長い髪、完璧とさえ思えたプロポーション、それを前にしたところで、今更相手への駄女神という認識が変わることはない。

 

(けどまぁ、女としてはなしとしても、少しくらい優しくしてやってもいいかも……な)

 

 それは彼が今日一日かけて見つけた一つの答えなのかもしれない。彼女への見方が変わることを恐れ、足掻いた今日と言う日だからこそ辿り着いた答え。

見慣れた後ろ姿に向けて、一歩、足を前に踏み出した。近づく背中、それに辿り着いた時、彼はその背中に手を置く。

 

「なにやってんだ、帰るぞアク……」

 

 口から出てきた言葉は力を失い、表情は光を失っていく。目に映るアクアの顔は据わった眼、口の端に付着するナニカ、そして足元にはナニカの混合物。

 

(やっぱなぁし! さっきのなし! こんな奴にくれてやる優しさも、欲望も何一つないっ!)

 

 いくら女神でも道端でリバースしていれば、色々と台無しというか、マイナスである。さっき見つけた答えとやらは、実は散々たゆんたゆん相手に格闘した結果、頭が疲れ切ってまとも判断ができなかっただけなのかもしれない。

 

 こうして、カズマは人生最大の危機を乗り越えることができた。絶対にこの女神だけは妄想の種にしない、というかできないと心に深く刻まれたのだった。

 




ちょっとだけアクアにヒロインさせてみたかった
次回はいい加減ワニの話になります


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現実は非情である。そんなお話


異世界転生、そして冒険とはなんなのか。カズマがそんな哲学に想いを馳せる朝、視線の先にはおおよそ女神とは呼べない姿で眠るアクアの姿があった。佐藤カズマ、異世界転生するも、ハーレムどころかヒロインの影すら見えぬ日々に肩を落とすことしかできなかった。

 

 

 

 

 

「なんでもいいからクエスト受けましょう! もう、商店街のバイトはいやなのよっ!」

 

 ギルドで集まった時にアクアが発した言葉である。まともな依頼が受けられず、彼女はずっとアルバイトで生計を立てていた。しかも、どこかで借金もまたしているらしく、その訴えは切実であった。

 全力でカズマに縋りつきながら、必死に頑張ると訴えかけてくる。あまりにも惨めな姿に、呆れか同情か、はたまた両方が入り混じった感情か、アクアに適当なクエストを探してくるように伝えることしか彼にはできない。

 

「何か、とんでもないクエストを持ってきそうな気がしますね」

 

 そのめぐみんの一言を聞いて、ドMと薩摩は嬉しそうにしていたが、カズマはあり得ると思って、アクアを追いかけることにする。案の定、アクアが手に取っていたクエストは『マンティコアとグリフォンが縄張り争いをしているので討伐してほしい』という内容のものだった。

両方とも空を飛べるので、薩摩でも不得意な相手である。ダクネスでも立体的な動きをする相手だと庇うのも難しい。つまり、戦うとほぼ間違いなく誰かが死ぬと考えていいだろう。

そんなわけで当然却下となるわけで、カズマはその依頼書を取り上げてアクアを叱りつけている。

 

「あー、これなんていいんじゃない。内容も私にぴったりじゃないっ!」

 

 続いてアクアがスキップでもしそうな勢いで持ってきたのは、街の近くにある湖の水質を浄化してほしいといった内容のクエストだった。ブルータルアリゲーターという魔物が住み着いてはいるが、水の浄化さえできてしまえば魔物たちはそこを去っていくため討伐の必要もない。

 

「確かに討伐の必要はないかもしんないけど、お前、水の浄化なんてできるのか?」

 

 自信に満ちた表情のアクアに、カズマが心配になって質問を投げかける。そこは名前的にも、色的にも、司っているのが『水』ということもあって心配はないとのことだ。湖丸ごととなれば半日とかかる時間は少し長いが可能である。

 ただ、浄化中に魔物に襲われる可能性があるのが怖いらしく、一人では行きたくないらしい。縋りつくアクアに話を聞いてみれば、触れているだけで浄化はできると言っていた。そこで、カズマの悪知恵回路がフル回転で最適解を導き出す。

 安全に浄化できる方法があると、そう告げたカズマの言葉に、彼女は首を傾げて疑問符を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 湖までの道を一台の大きい荷台が進んでいく。その上には少しだけ大きめの檻が一つ、その中には珍獣が一匹……、ではなくアクアが座っていた。売られていく珍獣の気分を味わいながら、一行は湖に向けて進んでいく。

 

「まぁ、あれよね、いざとなったらサユキにモンスターを斬ってもらえばいいだけよね」

 

 そんなアクアの言葉を聞いて、カズマは以前のカエルの件を思い出して少し顔色が悪くなる。ただ、時間が経ったこともあってか、思い出して吐くような事態になっていないのは幸いだった。

 ただ、ここでふと、カズマは何かがおかしい、否物足りないと言うべきかもしれない、そんな感覚を覚える。普段ならあって当然の何か、それがないような気がするのだ。

 会話を楽しんだり、考え事をしたりしながら、湖に到着した面々は檻に鎖をつないで、反対側を大きな岩に括りつけた。そして、アクアの入った檻を湖の中へ入れる。中に入っている女神が程よく水に浸かっているのを確認して、彼女一人を残して少し遠くへと避難していった。

 これこそがカズマの考えた作戦、檻で外敵から身を守りながら安全に水の浄化を行うといったものだった。

 

 

 

 

 

 数時間後、そこには水に浸かりながら虚ろな目で、延々と鉄格子を数え続けるアクアの姿があった。確かにこの作戦は安全かもしれないが、精神に多大な負担をかけることになっていた。

 そんな状態でも檻の引き上げを要求しないのは、意地なのか、それとも報酬への執着心なのか、少なくとも女神としての使命感でないことは確かだろう。

 遠くでその様子を見ながら、雑談に勤しんでいるカズマは、ふと来る途中で感じた違和感の正体に気付いて口を開いた。

 

「お前、今日はやけに静かじゃないか? 行きの会話でも爆裂魔法推しをしなかったし」

 

 その視線の先にいるのは、当然めぐみんである。ダクネスとサユキも納得したように頷いて、カズマの言葉に肯定の意を表している。

 ただ、言われた本人としては、不服だったのか、自分のイメージというものに関して強く抗議していた。ワニ相手に撃つほど、爆裂魔法は安くないと言ってはいるが、カエルならいいのだろうか。そもそも、頬を流れ落ちる一筋の汗はなんなのだろうか。

 結局それ以上、特にめぐみんを詰問することもなく、時間は進んでいく。

 アクアにトイレは大丈夫かと聞けば、アークプリーストはトイレに行かないだの言い始め、めぐみんが対抗して紅魔族もトイレに行かないと言う。ダクネスも流れに乗る為か、性癖故か、顔を真っ赤にして、身体をくねらせながら続こうとする。

 

「ダクネスさん。そういうプレイはお一人の時にしてくださいね」

 

 と、珍しくばっさりとサユキが切り捨てていた。友人だけあって、その性癖を知ってはいるのだろう。ただ、その言葉でも頬を赤らめて僅かに喜んでいるのは予想外だったようだ。

 

 

 

 

 

 更に数時間後、アクアは浄化魔法まで併用して必死に水の浄化を進めていた。檻全体が大きく揺れているため、時折舌を噛みそうになってはいるが。

 それは何故か、絶賛ワ〇ワニパ〇ック捕食編の真っ最中だからである。四方からワニの顎が迫り、檻は何度も嫌な音を立てている。今、彼女は報酬三十万エリスのために、必死になって恐怖に抗っている。そんな様子を遠くで見つめるダクネスは何故か羨ましそうである。

 

「もう、いやっ、でも、報酬がなくなるのはもっと、いやっ! だから、サユキぃっ、助けてー!」

 

 そして、ついに禁断の扉を開いてしまう。カズマとダクネスはそっと、目を背ける。めぐみんはそんな二人の様子が理解できず首を傾げる。

 

 薩摩は笑っていた。そう、笑っていたのだ。お呼びがかかるまで心配そうにしていたのにも関わらず、満面の笑みを浮かべ、目を見開いている。彼女は刀に手を乗せて、ゆっくりと動き出す。そして、一瞬でトップスピードまで加速して、ワニの群れへと駆け出していた。

 この日、アクアとめぐみんは知ることになる。日本史上でも類を見ない、伝説の戦闘民族の一つ、薩摩隼人がいかなるものであるのか、その恐怖とともにしかとその胸に刻み込むことになる。

 

 

 

 

 

 青く晴れ渡る空の下、美しく、澄んだ湖、そして、檻に入れられた女性。水色の綺麗な髪は真っ赤に塗れ、整った顔にはナニカの欠片が付着している。その目は暗く、何よりも深く、世界を映してはいなかった。

 檻の周りに散乱する首やら手足を切断されたらしいワニの死体、更には臓物など、その中心に立つ女性は湖の水で『汚れ』を落としている最中だった。

 

「ふぅ、楽しかったですね。アクア様!」

 

 そう言って、女性は満面の笑みを檻の中のアクアに向ける。その女性、サユキは所々、赤い液体が混ざる湖の水を足で弾いて楽しそうにはしゃいでいた。当然、お胸の巨大水風船が揺れるのだが、この赤色の混じる光景にエロスもへったくれもない。その赤色もアクアの浄化の力のおかげか、徐々に薄れていってはいるが。

 

「なんというか、サユキは相変わらずだな」

 

 檻のある場所へと歩きながらダクネスが引きつった表情でそう告げる。さすがに虐殺はドMとしても解釈違いだ。ちなみに、めぐみんは現在茂みでリバース中である。

 三人が湖に到着したころには、水はすっかり赤さが抜け、ワニの死体は全て陸に運ばれていた。檻の中で深淵を見つめるアクアに、カズマが声をかけるが反応が返ってこない。

 

(まぁ、初めて見たらこうなるよな)

 

 と、自分の時を思い出して、彼女へ同情の念を抱く。だが、アクアは急に膝を抱えて泣き出してしまう。ワ〇ワニパ〇ックと薩摩隼人の相乗効果か、何故か呻きが少し引きつった声になっている。

 カズマとダクネスは互いに顔を見合わせて、ワニに襲われ始めた頃に決めた取り決めをアクアに告げた。

 

「みんなで話したんだが、今回の報酬、ワニの素材も含めて俺らはいらないからさ」

 

「そうだぞ、素材含め報酬三十万エリスオーバー、全部アクア一人の取り分だ」

 

 それでも反応は返ってこない。檻から出るように伝えるが……。

 

「コワイ……、コワイ……、オリノソトキケン、イッパイ。ワニ、サツマ、キケン、キケン、コワイ……」

 

 完全に精神が病んでいた。結局、リバースを終えためぐみんを回収したあと、カズマ達は檻ごとアクアを連れて帰還することになった。約一名、すごくいい笑顔をしていたが見なかったものとする。

 




アクア様、原作以上に壊れました。次回、ついにあの男が登場

あと、サユキのイメージ絵書き直しました。また書き直すかは未定


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思ったより長くなった


 勇者、それは異世界より舞い降りし勇気ある者。

 勇者、それは美しき女神に力を与えられ、人々の光となる者。

 勇者、それは魔王を討ち、世界を救う者。

 勇者、それは……

 

 一人の勇者がいる。彼は美しく、気高い女神に導かれ、この世界に降り立った。与えられた魔剣を手に、彼はかの女神の切なる願いを叶えるべく戦い続けてきた。彼は今日も、かの女神の涙を拭うべく戦い続ける。

 

 あぁ、勇者よ。勇者を目指す者よ。その脳裏にあるのは、かつて自分を導いた美しく、気高く、なによりも慈悲深い、青き女神の姿であろう。

 だが、あえて言おう。言わねばならぬ。この声が届かずとも、言わなくてはいけない。

 

 それ幻想なんすよ。

 

 あぁ、パネマジ級の詐欺に騙された哀れな青年よ。君の行く道に幸多いことを祈る。せめて、パネマジには気付くことができるようになろう。そんなんじゃ将来苦労するよ。

 

 

 

 

 

 さて、そんな哀れな青年が今、何をしているかと言うと、半壊した折に閉じ込められた――実際は閉じこもっているのだが――かの女神が壊れたラジオの様に言葉を発しながら運ばれている姿を眺めている。

 アクセルで有名な冒険者と言えば二人の名前がよく上げられる。一人はこの青年、ミツルギ・キョウヤである。強大な力を持つ魔剣グラムを持つソードマスター、ドラゴンすら一撃で屠る姿、彼に憧れる冒険者も少なくない。またギルドのみならず、国からも一定の信頼を得ている。

 そしてもう一人は『暴走馬車娘』『殺戮女』『女神を深淵に沈めた女(NEW!)』のサユキである。彼女に関してはとにかく悪い意味で有名なのである。魔物に出くわせば奇声を上げて首を獲りにいく。強敵に出会えば血塗れになりながら、笑顔で首を獲りにいく。見てくれはいいから最初は騙されるが、一度一緒に狩りにいけば、即お断り。

 この二人、逆方向に有名同士なのだ。そして、ミツルギは同郷の好で組もうとして、一度その戦闘を陰から目にしてトラウマになっている。生真面目な彼は日本にいたころ、勉強の中で薩摩隼人の存在を知る機会があったのだ。ちなみに彼女は割と頻繁に薩摩隼人を自称していたりする。

 つまり、彼は彼女が苦手なのである。そんな彼女が、愛しの女神を檻に閉じ込めて壊れたラジオにしているのを見てしまったのだ。

 

(め、女神様を助けなければっ!)

 

 当然こういう感想になる。過去のトラウマを振り切り、彼は足を前に進めた。その先にいるのは戦闘民族薩摩の継ぐ者。されど、彼もまた勇者を目指す者。心の勇気に火を灯し、例え相手が首狩り賊であろうとも立ち向かう。

 

「ちょ、ちょちょ、っと、ま、待ってくれないか」

 

 でも、怖いものは怖いのだ。サユキからしたら初対面の相手が挙動不審な様子で話しかけてきたわけで、何が起きているのか全く理解できていない。しかも、当然の様に他三名の姿は彼の目には映っていないようだ。カズマ達は完全に蚊帳の外に置かれている。

 

「いったい、君は女神さまに何を、何をしたんだっ!? 今、お助けします!」

 

 冤罪のような冤罪でないようなことを言いながら、サユキの横を通りすぎ、檻を素手でこじ開ける。ブルータルアリゲーターの顎にすら耐えた檻が、まるで飴細工のようにひしゃげて人一人通れるスペースができあがる。

 

「ソト、コワイ、サツマ、コワイ……」

 

 自分の殻に閉じこもるアクアに声が届くはずもなく、彼女は今も膝を抱えたまま呟き続けていた。必死に訴えかける青年の姿があまりに哀れで、見かねたカズマが檻の横からアクアに声をかける。

 

「おーい、呼ばれてるぞ。女神さまー。ショックだったのはわかるけど、いい加減立ち直ったらどうだ。め・が・み・さま」

 

 女神、その言葉にアクアが僅かに反応する。その時、彼女の脳内で様々な情報が駆け巡り、自分が何者であったのか、そしてそれがどれほどの存在であるのかを思い出させる。同時に、現状の精神状態を回復するための最善策を脳は導きだすのであった。

 

「そう、そうよ、私は女神、女神なのよっ! って、なんで私、街に帰ってきてるの? 依頼は?」

 

 最善策、それは忘却であった。嫌なことは忘れてしまおう、実に合理的かつわかりやすい解決法である。だが、周りが真実をそのまま教えるわけにはいかない。そんなことをすれば、再び壊れたラジオに逆戻りしてしまうからだ。

 

「依頼は『お前の頑張り』で大成功、途中で出てきたワニも『何一つ問題なく』討伐。報酬はお前一人のものだ」

 

 カズマが追及を避けるためにギリギリのラインで説明する。最後の報酬に関する一言があれば、その前の部分については深く考えることはないだろうと踏んでのことだ。

 

「え、ほんと? カズマさんったら、太っ腹じゃない。もしかして、ようやく私の偉大さに気付いちゃったとか? これからは私のことはもっと敬いなさいよね!」

 

 案の定調子にのって踏ん反り返ってのドヤ顔である。

 

(我慢、我慢だ、我慢っ)

 

 今回ばかりはカズマも耐えた。モザイク必須の情景をわざわざ思い出させる必要はない。後ろでめぐみんが口を押えて顔を青くしているが、必要な犠牲だったのだ。

 

「い、いったい、何があったんだい……?」

 

 ここに話に置いて行かれた青年が一人、聞いてしまった。ちょっと、話し方がむかついたとか、自分達を無視して話を進めていたとか、色々カズマも思うところがあったのだろう。そっと、耳元に顔を寄せて、今回の依頼での薩摩の所業を明かした。

 

 

 

 

 

「君も、うん、苦労してるんだね。彼女を仲間にした勇者がいるとは聞いていたけど、そうか、君が……」

 

 話を聞き終えた彼は、カズマの肩に手を置いて同情の視線を向ける。薩摩の所業がアレすぎて、アクアが檻に入っていた理由を聞くところまで頭は回っていないようだ。

 

(上から目線なのがむかつくけど、なんか、薩摩がいる苦労をわかってくれるのは普通に嬉しいな……)

 

 いっそのこと、駄女神含む他の仲間の愚痴も語ってしまおうかと思うくらいには、嬉しかった。

 

「ところで、あんた、誰よ?」

 

 ずっと胸を張っていた駄女神がここでようやく、目の前の青年を視界に入れる。以前この駄女神はサユキのことを覚えていたのだが、それは死因が人殺スイッチだったからであり、本来転生者の顔など一々覚えていないのだ。

 

「えっ!? 僕ですよ。あなたに魔剣グラムをもらって転生した、ミツルギ・キョウヤです!」

 

 ミツルギは腰の剣を鳴らしてそう告げるが、肝心のアクアはまるで思い出す気配がない。実はこれにはとても浅いわけがあって、この駄女神はただですら物覚えが悪い。だが、グラムを見てもかすかでも思い出すことができないのは、それだけが理由ではない。

 彼、ミツルギが転生する直前に転生したのがサユキだったのだ。覚えている読者もいるとは思うが、彼女はサユキの死因で他の神々から突き上げをくらっている。つまり……

 

 サユキ転生→ミツルギ転生→アクア突き上げを喰らって、調査せざる得なくなる

 

 この順番でことが起こっているのだ。すごく、間が悪い。この男、本当に間が悪かったのだ。

 

「えーっと、アレよね。うん、グラム、グラムね。思い出したわ。うん、思い出したわ。で、名前なんだっけ?」

 

 さすがのカズマもこれにはミツルギに同情した。しかも、アクアの目が泳ぎに泳いでいるせいで、全然思い出してないのが丸わかりである。そんな奴いたなー程度にも思い出していない。

 

「うわぁ……」

 

「さすがの私もあれは……」

 

 などと、後ろの爆裂娘とドMが言っているが、全面的に同意である。カズマもチート武器持ちで順風満帆なんだろうなとか、思わなくもないがそれを補ってあまりあるくらいには不憫である。

 と、ここでアクアが立っている台車が前へと動き始めた。彼女はバランスを崩しそうになりながら、台車前方へと視線を向ける。

 

「ちょっとぉ! 危ないじゃない、いきなり動かさないでよ」

 

「でも、アクア様、そろそろ行かないと、夜になっちゃいますよ?」

 

 サユキだった。話の外で何をしているのかと思ったら、台車を動かそうとしていたらしい。そんな二人の様子を眺めていたカズマだったが、今度はミツルギが彼の耳元に顔を寄せる。

 

「たぶん、君も転生者だよね? 転生特典は何をもらったんだい? 見たところ、職が冒険者のようだけど……」

 

 その質問に、カズマは少し悩んだ後、台車の上で涙目になりながら叫んでいるアクアを指さす。

 

「アレ」

 

 ミツルギは彼が何を言っているのか理解できなかった。

 

「だから、アレ、アクア。煽られてむかついたから、アイツを選んで引きずり込んだ」

 

 説明されたことで、ようやくカズマが何を言っているのか理解することができた。

 

「夜になる前に帰りたいし、もう行くわ」

 

 そう言って、驚愕した表情を浮かべるミツルギを置いて、カズマは歩き出した。それにダクネスとめぐみんも続いていく。その顔は可哀想なものを見る、生暖かい目をしていた。

 

「まっ、待ちたまえ! アクア様を引きずり込んだ!? むかついたから? 何を言ってるんだ君は!」

 

 あの時はどうかしていた。カズマも当時を振り返ってそう思うことは多い。もっとちゃんと転生特典を選んでおくべきだったと、何度も後悔した。彼はそれでも一からがんばってきた。ことあるごとに借金を作る駄女神、一発屋のアークウィザード、攻撃の全く当たらないドMクルセイダー、脳みそ戦国の薩摩産狂戦士。そんな癖しかない面子と共に頑張って来た。自分自身もそこそこ癖のある人物であることには気付いていないが。

 とにかく、彼は目の前のチート武器をもらって勇者街道を順調に進む人間とは、住む世界が違うのである。経験も考え方も合わないだろう。それ故に、彼の言葉に耳を貸すことはない。

 

「ちょっ、僕の話を……」

 

 ミツルギも中々に諦めの悪い男である。自分がパネマジ級詐欺の犠牲者であることも気付かず、今もアクアを美しい女神と信じている。

 そんな彼の言葉を止めたのは、小さく、だけどはっきりと聞こえた鈴の音色だ。この場で鈴を持っているのは一人しかいない。

 

「お話しでしたら、ギルドについてからか、後にしてくださいませんか? 大きな台車もあるのに、道のど真ん中でギャーギャーと囀るのでしたら、コレで片を付けますよ」

 

 あまりに理由が常識的すぎて誰も反論できない。しかも、その表情は珍しく大真面目である。指で柄をなぞっている以外はとても常識的である。結局、陰に隠れていたミツルギの仲間を呼んで、一度ギルドに檻の返却とクエストの達成報告に向かうことになった。

 

 

 

 

 

「もう、檻の修理代を査定するからって、報酬が明日になるなんて思わなかったわ」

 

 アクアが酒場の方に歩いてくる。その顔は少し不満そうではあったが、今回の報酬はそれなりに高額だ。期待の方が大きいのだろう、足はスキップをしていた。

 アクアが席に到着した時、一緒に来たはずのミツルギ達の姿はなかった。それを不思議に思ったのか、首を傾げながら彼女は口を開いた。

 

「シュワシュワ一つー。あの人たちはどこ行ったのよ? 何か話すって意気込んでなかった? てか、カズマとサユキもいないじゃない」

 

 何故か席にいたのはダクネスとめぐみんだけ、そこに前述の二人の姿はなかった。

 

「あー、それでしたら……」

 

「おーっす、戻ったぞ」

 

 めぐみんが説明しようとした時、丁度カズマとサユキがギルドの入り口から歩いてくる。カズマの手には巨大な剣、魔剣グラムが握られている。

 

「あんた、それどうしたのよ? まさか、盗んだんじゃないわよね。言っとくけど、それあの痛い人専用だから、あんたじゃ使えないわよ」

 

「いやさ、馬小屋で寝泊まりしてる話したら、アクアを賭けて決闘だーとかアイツが言い始めてさ。面倒だったからサユキに押し付けた」

 

「ダクネスさんに比べると、圧倒的に斬り心地が足りませんでした……」

 

 魔剣は決闘の報酬に奪ってきたようだ。尚、ミツルギは気絶した後仲間に引きずられてどこかに連れていかれた。彼の仲間も薩摩は恐ろしかったようだ。

 結局五人はいつも通り酒場で食事を取って解散することになった。

 

 

 

 

 

「ゴォッド・ブロゥッ!」

 

 翌日、グラムを返してもらうべく酒場を訪れたミツルギは、檻の修理代二十万エリスを払わされたアクアの、怒りと悲しみを込めた拳に吹っ飛ばされた。加えて、修理代三十万エリスを請求されて素直に応えた。二十万じゃないのかって? アクアに聞いてください。

 ちなみにグラムは朝のうちにカズマが武器屋で換金した。なので、ミツルギは泣く泣く、酒場から走り去ることしかできなかったのだ。尚、その際、始終その場にいないサユキに怯えていたのは余談だろう。

 何故、彼女がこの場にいないのか……

 

『明日はお菓子たくさん作ってから行きますね!』

 

 と意気込んでいたからである。今頃、家で焼き菓子を作っていることだろう。

 ミツルギ達が去った後、彼にアクアが女神と呼ばれていたことを疑問に思ったダクネスに質問をうけ、アクアが自分こそがアクシズ教の女神アクアであると名乗りを上げる。顔に食べかすが付いているので台無しである。そういう夢を見たんだなという言葉で軽く流されてしまったが。その時、街中に緊急放送が鳴り響いた。

 冒険者全てにかけられた、正門に武装した上での集合を呼びかける放送だった。

 

『特に、冒険者の佐藤カズマさんとその仲間は大至急、正門までお願いします!』

 

 そして、その中心にいたのはカズマ達だった。

 




馬小屋の話さえ聞かなければ運命は変わっていただろうに……


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色々な方に見ていただけて嬉しい限りです。ありがとうございます


 正門の前には一体の魔物、怒り心頭のベルディアと名乗ったデュラハンの姿があった。既視感のある光景に、カズマとしては首を傾げることになる。以前の襲撃以来、めぐみんは彼を連れて爆裂魔法を古城に撃ちに行っていない。

 だというのにベルディアは激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリームであった。しかも、人でなし呼ばわりまでしている。魔物に人でなしと言われてもちょっと、困ると内心思ってはいるが口にはしない。

 

「あれから、爆裂魔法も撃ち込んでないし、何を怒ってるんだ?」

 

 とりあえず訪ねてきた要件を聞こうと口にした言葉だったのだが、ベルディアは逆に怒りのボルテージを上げて、めぐみんを指さす。

 

「打ち込んでない、だと? そこの『頭のおかしい紅魔の娘』が毎日毎日、我が城に爆裂魔法を撃ちこんどるだろうがっ!」

 

 カズマがめぐみんに顔を向けると、彼女は顔を背けた。問い詰めてみれば、もじもじしながら『大きくて硬いものじゃないと満足できない』だとのたまう。だが、彼女一人では撃った後倒れてしまうわけで、共犯者がいるはずだとアクアを見る。

 そこには鳴らない口笛を吹くアクアの姿あった。しかも、理由は『ベルディアのせいでまともなクエストが受けられないから』といったもので、冒険者全体の生活に直結するだけに割とまともな理由だと言えた。やっていることは、一回お叱りを受けた嫌がらせでしかないのだが。

 

「それよりもだ! 俺が真に怒っている理由は他にある!」

 

 どす黒い怒りのオーラをまき散らしながら、ベルディアが言葉を続ける。そこから告げられたのは、ダクネスを騎士の鑑だとか――ドMに詰め寄られたのを忘れたのかな?――、彼女の死に報いる気概はないのかとか、全く身に覚えのない話だった。カズマの中ではアレは騎士の鑑などでは決してないし、なにより……

 

「騎士の鑑などとは、過分な評価をされると照れてしまうな」

 

 あのドMはそもそも生きているのだ。死の宣告で死んだと思っていた相手が、照れながら出てきて、さすがの魔王軍幹部も驚きを隠すことができない。城へは爆裂魔法を毎日ぶち込まれるし、ダクネスが死んだと思って元騎士らしく振舞えば見当違いだったり、なんというか可哀想である。

 

「ちょっとー、私があっさり呪いを解除されたことも知らずに待ってたとか、うけるんですけど。プークスクス」

 

 その挙句、アクアには大笑いされるわで散々である。

 

「うるさい! お、俺がその気になればこんな街……」

 

 彼が声を荒げて叫びを上げるが、その言葉は最後まで紡がれることはなかった。言い終わる前に、アクアがアンデットの癖に注目を集めて生意気だという理由でターンアンデットを発動したからである。

 アンデットを浄化する清浄なる光が彼と彼の馬を包みこみ、死の摂理に逆らう存在を消そうとする。確かに馬は浄化されて消滅したのだが、ベルディア本人は叫び声をあげて地面を転がり廻るだけですんだ。

すごく苦しそうではあるのだが、これは耐えたベルディアがすごいというべきか、魔王軍幹部をここまで苦しめるアクアがすごいというべきか悩むところではある。

 尚、アクアは自分の魔法が効いていないと思っているらしく、カズマに問いかけて呆れられていた。

 

「ここって、駆け出し冒険者の街なんだよな? いやぁ、魔王様に頂いた加護の宿るこの鎧には、神聖魔法なんて効かないけど、効かないけど本当にお前、駆け出し冒険者なのか?」

 

 ベルディアさん渾身の強がりである。気を取り直して自分の周囲に大量のアンデットを召喚する。配下を召喚し、それらに戦闘を任せるというのは幹部らしい行動に思える。

だが、アクアの魔法が思った以上にダメージがあったため、恐れを抱いているのではとカズマに指摘されてしまう。神聖魔法対策をぶち抜いてくる相手が怖くない訳もないのだが、そこは幹部としての意地もあって尚も強がっていた。

 

「セイクリッド・ターンアンデット!」

 

 まぁ、その強がりも再び話を聞かないアクアに邪魔されたのだが。再び転げまわるベルディアと、また効いていないと勘違いしているアクア。

 

(そういえば、サユキの奴遅いな……)

 

 ここまでサユキが一切言葉を発していないのだが、そもそもこの場にいないのである。カズマのパーティーは全員大至急とのことだったのだが、何故か彼女はここにはいない。どういうことかと、アクアとその他諸々を無視しながら考え込むカズマである。

 少ししてから思考を一旦中止して、状況に目を向ければ、女神故に救いを求めるアンデットの大群に一人追い回されるアクアの姿があった。

 

「え、なにこれ、どういう状況なの?」

 

「かぁじゅまさぁあん、助けてぇえ!」

 

 あろうことか、駄女神はカズマに向かって真っ直ぐに突っ込んでくる。慌てて逃げだすが、彼女が離れないため彼も一緒にアンデットに追い回されることになってしまう。逃げながら、必死に頭を働かせてこの状況を乗り切る方法を考える。

 視界にめぐみんの顔が映った時、彼の脳裏を電流が走った。走りながら、めぐみんにいつでも爆裂魔法が撃てるように指示をだすと、アクアと一緒にベルディアへ向けて猛ダッシュを行う。そして、寸でのところで横に大きく飛びのく。

 

「カズマっ! なんという絶好のシチュエーション、感謝します! 我が名は(以下略)、エクスプロージョンッ!」

 

 満面の笑みでベルディアに突っ込んでくるアンデット達へ魔法を放つ。爆裂魔法は膨大な魔力を消費する大魔法であり、生まれながら魔法の才を持つ紅魔族、その中でも成績優秀だっためぐみんですら日に一度しか撃てない程である。

 それ故、放たれる魔法は尋常ではない魔力の渦を巻き起こし、凄まじい勢いでそれを爆発という一つの現象へと変換していく。そうして一つの形に結実した魔法は、最強の魔法の名にふさわしい大爆発を起こすことになった。

 アンデットは全滅、爆心地を中心に巨大なクレーターができあがり、その威力の凄まじさを物語っている。周囲もあまりの威力に口を開くことができなかった。

 めぐみんはそれを誇らしげに眺めたあと、気持ちよかったと感想を残してその場に倒れこんだ。いつも通りカズマにおぶられての退場である。

 

 周りが状況を飲み込み始めると、ぽつりぽつりと歓声が上がり始める。『頭のおかしい紅魔の娘』がやっただとか、『名前と頭のおかしい紅魔の娘』はやればできるだとか、やたらと『頭のおかしい紅魔族の娘』推しの歓声である。めぐみんはカズマにそれを言った連中の顔を覚えておくように伝えると、顔を彼の背中に埋めて休息に入る。

 

「フフッ、ハハハッ、面白い、面白いぞ! まさか、配下を全滅させるとはな! ならば、今度はこの俺、自ら貴様らの相手をしてやろう」

 

 ベルディアがクレーターの中から立ち上がり、声をあげた。めぐみんは魔力切れ、アクアは決定打にならず、あとはここにいないサユキしか攻撃手段がないが、いない人物は勘定に入れられない。

 

『すぐにこの街の切り札がやってくる!』

 

 冒険者達の誰かが、そう口にした。カズマは誰のことかと疑問に思うが、その答えを得る前に冒険者の内数人がベルディアに向けて走り出していた。自身を取り囲む冒険者達を前にして、自身の頭部を直上へと放り投げる。

 何かに気付いたカズマが止めようと声を上げたが、冒険者達は止まることなく全方位から攻撃をしかける。しかし、相手はそれが全て見えているかのように防ぎ、いなし、攻撃の切れ目の瞬間に剣を両手で握って、薙ぎ払う。

僅か一瞬の攻防、たった一撃の攻撃、それだけで、周りを囲んでいた冒険者達は倒れ、その命を散らしていった。こと、ここに至って、カズマはようやく魔王軍の幹部というのがどれほどの存在であるのかを認識させられる。

 カズマ達、そして冒険者達の間に広がる絶望、そんな中声を上げる者がいた。

 

「『ミツルギ』さんが来たら、あんたなんか一撃なんだから!」

 

 勇気を振り絞った声だった。カズマの顔色が悪くなる。『ミツルギ』、そう『ミツルギ』である。昨日グラムを奪って、今朝グラムを売り払った。その持ち主だった男である。つまり、彼は今グラムを探して街を彷徨っているため、来ることはできない。

 彼に勝ったサユキならばとも思うだろうが、彼女が勝てたのは街中で相手が人間だったため、グラムの本来の力を使わず、ただのすごい剣として扱っていたからである。

 ベルディアが一歩、また一歩と近づいてきて、剣を振り上げる。対峙するのは一人の聖騎士だ。彼が剣を振り下ろしたその時、その聖騎士は己が剣でその攻撃を見事に受け止めてみせた。

 衝撃が僅かに周囲を揺らし、鍔迫り合いが始まる。カズマがそれを止めようとするが、彼女がその言葉に応じることはなかった。

 

「護ることを生業にするものとして、引くわけにはいかない時があるっ! た、たとえ、公衆の面前で、魔王軍による淫らな責め苦をうけるとしてもだ! さぁ、やってみせろぉっ!」

 

 少し格好いいかなとも思ったが、結局これである。ベルディアさんもあまりの言いがかりに怒り気味だった。

 

「んっぐ……。ふぅん、ダクネス結構やるじゃない。私の浄化が効かない相手にあそこまで粘れるなんて大したもんよ。あ、これ結構おいしいわね。今度はもっとたくさん作ってもらおうかしら」

 

 いつの間にかカズマの横に来ていたアクアが何かを頬張りながら告げる。手には少しだけ大きめの包みが一つ。反対の手には美味しそうなクッキーが握られていた。

 

「お前、何喰ってんだよ。サユキもいなくて、今、ピンチなのわかってんのか?」

 

「何って、『サユキにもらった』お菓子だけど? あんたも食べる? それにサユキなら……」

 

 その言葉を聞いて、カズマが急いでベルディアに視線を向けようとした時だった。

 

「チェェエエストォオオッ!!」

 

 平原に声が響き渡る。顔を完全に向けた瞬間襲ってくる、何かを砕く爆音と凄まじい衝撃。視線の先にいたのは、ダクネスとベルディアの間で刀を振り下ろし、小さめのクレーターを作り出したサユキの姿だった。

 

「火の後始末してたら、遅れちゃいました」

 

 そう告げた彼女の顔は、実にいい薩摩スマイルだった。

 




ちなみにサユキの服はノーブラ、ローライズスパッツ直ばき痴女スタイルです


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ベルベルベルさんは普通に強いと思う


 火の後始末、特に何かの隠語とかではなく、純粋に焼き菓子が完成した後のそれをしていただけである。火の用心を怠れば大惨事もあり得るので仕方ない話である。

 

「私としてはこれからいいところ……、んっ、決め手がないので助かるぞ」

 

 ダクネスが頬を染めながらそんなことを言う。遠くでその様子を見ていたカズマは大声で罵倒したくなったが、今はぐっと堪えて思考を巡らせた。今まで足りていなかった攻撃力が追加されたことで選択肢ができる。が、同時にそれが相手に通じるかという不安もある。

 が、そもそも引けと言って引く二人ではないので、とれる手段は一つしかない。

 

「おい、ダクネスがガードで、サユキが攻撃だ!」

 

 これ以外に取れる手段はないだろう。

 

「仕方ないですね。今の一瞬だけでも、私の負けなのはわかってしまいましたし、ダクネスさんはよろしいですか?」

 

「もちろんだとも。むしろガンガン盾に使ってくれていい。いや、むしろ使ってくれ!」

 

 意外と二人はすんなりと指示を受け入れる。サユキが僅かに見たダクネスとベルディアの鍔迫り合い、一撃を放った時の反応、一対一では勝ち目がないのを悟るには十分だった。

 

「ほう、聖騎士と狂戦士のコンビか。面白い、この俺にどこまで通じるか試してみるといい。安心しろ、こちらは魔王様の加護を受ける身、二対一が卑怯とは言わん」

 

 その言葉を受けて、サユキが瞬時に駆け出す。一瞬で立ちの姿勢から、大きく身体を下げての上下移動を含む踏み込み、人間相手であれば確実に視界から消えたと思われる動きである。だが、相手はデュラハン、頭部はもとより低い位置にあるが故にその動きを捉えるのは容易い。

 その巨大な大剣の腹で刀をいなそうとした時、急に剣筋が蛇のような変則的な動きを見せた。

 

「はっ?」

 

 思わず素っ頓狂な声が漏れてしまう。刀は鎧の肩部に当たって弾かれる。その結果を悟って、サユキはすぐにダクネスの傍まで後退する。そこには、不快な音を鳴らして自身の関節をはめているサユキの姿があった。

 

「なんというか、外すだけならいつでも自由自在というのは、身体は平気なのか心配になるな」

 

 ダクネスが小さな声で呟くが、その内容はカズマが聞けばお前が言うなと言いたくなるようなものだ。彼女の場合は身体よりもまず、頭を心配されそうだが。

 先ほどサユキは咄嗟に身体を動かして無理やり関節を外して、本来動いてはいけない方向に関節を動かしてガードを躱したのである。

 

「今ので確信しました。普通に戦ってもあの鎧、抜けませんね」

 

「諦めるか?」

 

「まさか。一太刀で断てぬ恥は捨てましょう。潔く死んであげるつもりはありませんので」

 

 友人故だろうか、二人は一度顔を見合わせて、いつもの朗らかな笑みを浮かべると、ダクネスを前衛に置いた縦の陣形でベルディアへと駆け出した。

 元来この二人は見合ったクエストでは互いの性癖故に、かみ合うことがない。サユキは首を落としたい、ダクネスは敵に嬲られたい。サユキが首を落とせばダクネスが痛みを得られず、ダクネスが敵の攻撃を受け続けている間はサユキが手を出せない。

 だが、今この場で展開されている戦闘にそんな様子は見られなかった。小柄なサユキがダクネスの背後から瞬時に剣を突き出す、相手の攻撃をダクネスが必死に耐える――耐えながら頬を赤くして、興奮したように息を荒くしているのは見ないものとする――。

 二人は友人であり、模擬戦も頻繁に行っているが故に、連携については問題がないのである。ただ、今回の様にサユキでも斬るのが難しい相手じゃないと成立しないだけである。

 

(どういうことだ? ベルディアの奴、ダクネスが前にいる時、やたら警戒してるが……、あっ)

 

 ベルディアは何故か、ダクネスが前衛にいる時に警戒して動きが鈍っていた。実は、これはサユキが乱入したタイミングのせいだったりする。彼女が乱入したのは鍔迫り合いから攻防に移行しようとした瞬間、すなわち、ダクネスが攻撃をするより前なのである。

 

(アイツ、ダクネスの攻撃が当たんないの知らねーのか!)

 

 ダクネスを警戒しているおかげか、思ったよりも攻防に差が出ていない。魔王の加護を受けたというその鎧の頑強さ故に、ダメージを与えるまでには至っていないが、僅かながら擦り傷のようなものは浮かんでいる。

 

「いいぞ。実に息の合った連携だ。これならば、少しは楽しめそうだ……、って、うぉっ」

 

 ベルディアが何か格好いいこと言っている最中、ダクネスの影から突きが放たれる。それに合わせて一歩横に回避するが、放たれた突きは引くことなくその場にとどまり続ける。不審に思い、刀を観察しようとした瞬間、それは起きた。

 

「斬る……、KILLッ」

 

 ダクネスの影から『無手』のサユキが横回転しながら飛び出してくる。そして、回転の勢いを殺さぬまま、刀をつかみ取ってそのまま斬撃へと繋げた。その奇襲に防御も回避も間に合わず、攻撃をもろに受けてしまう。

 

「これでも足りませんか……」

 

 そのままの勢いで斬り抜ける形となったサユキがそう告げるが、回転の勢いを加えた一撃は、僅かではあるが鎧に切り傷を与えるに至っていた。

 しかし、この瞬間、確実に二人の陣形が乱れてしまった。その瞬間を見逃す程ベルディアは甘くはない。瞬時にサユキへと攻撃を加えようと剣を横薙ぎに払うが、こと攻撃を受けることに関して尋常じゃない執念を燃やすダクネスもそれを許さない。二人の間に滑り込んで、全身で攻撃を受け止めた。

 

「ぐっ、だが、これは……。やはり、やるな。一気に鎧を破壊するのではなく、じわじわと嬲るように、わざと鎧を残しながら破壊するとは……」

 

「いい加減、その妙な言いがかりはやめろっ!」

 

 彼女にとってはこれ以上ないほどのご褒美だったようで、すごく喜んでいた。

 

「しかし、驚いたぞ。この鎧にここまで確かな傷を負わせられるとはな。先ほどの斬撃、なるほど、二人であるが故に放てたというわけか」

 

 先ほどの回転斬りは一人の状態で使えば隙だらけだが、ダクネスの影に隠れた状態であればその隙を隠すことができる。ただし、後ろに付いた状態で刀を持ったまま回ればダクネスも斬ってしまう。だからあえて刀を手放して自身だけで回転して、その最中に刀を握るという荒業を行ったのだ。それでも攻撃が当たるタイミングが早すぎれば、刀が十分に加速しないのだが、そこを合わせられるのは流石薩摩と言ったところだろう。

 

(うわっ、何あれ。アイツらって息が合うとあんな戦闘できるのかよ。普段からそうしてくれよ)

 

 などと、内心で愚痴を言っている苦労人もいるが余談だろう。

 三人の攻防が再び始まる。鎧に傷をつけることができるということで、僅かながらベルディアが防御側になることが多くはなったが、確実に疲労とダメージが蓄積しているのは二人の方だった。

 合間で、サユキは刀を手放しては縦に横に斜めにと、先ほどの荒業を繰り出しているが、知っていれば防ぐこともできる。何度も攻防を繰り返す中でベルディアはその動きを完全に捉えるまでになっていた。だが、ここで彼の予想しない事態が起こる。

 ダクネスが急に姿勢を低くして彼の懐に飛び込んできたのだ。掴むでも抑えようというのでもなく、ただ飛び込んできただけである。

 

「何をっ!?」

 

 瞬間、ベルディアの胸の少し上、その中心に突きが放たれる。それはベルディアに当たる前に止まるが、この位置では先ほどの荒業は使えない。そう思った矢先、空中で蹴りを放つ姿勢を取っているサユキの姿が僅かに目に入った。ダクネスが邪魔で良く見えなかったが、何をしようというのかは今までの行動と、騎士としての経験から理解できた。だが、もう遅い。

 

「チェエエエエイィッ!!」

 

 刀の柄、その尻を全力で蹴りつけた。刀は瞬時に加速し、ベルディアの鎧へと激突する。その激突により、鎧と刀の間で火花が散り、そして、僅かな金属片が空を舞った。

 

「フフ、ハハハッ! まさか、まさか、この鎧を僅かでも砕くとはなっ!」

 

 そう、舞った金属片は鎧の物だった。ベルディアは愉快そうに笑い声をあげる。

 

「貴様、その刀、ただの刀ではないな? あの勢いでこの鎧とぶつかって無事な刀が、まともなものであるはずがない」

 

 すでに元の陣形に戻った二人はどちらも、その問いに答えようとはしなかった。

 

「ふんっ、まぁよい。放っておけば危険であることは確か。ならば、この場でその命、もらい受けるとしよう」

 

 そう言って、頭部を握る腕に力を籠める。その瞬間、後方にいたカズマは確かに見た。サユキが困ったような表情で自分を見ていたのを。そして、露出している足、先ほど蹴りを放ったそれが真っ赤にはれ上がって折れているのを。

 




薩摩にもできないことはある


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禁断アクアかっこよすぎない? あんなのぼくらの知ってる駄女神じゃない! いいぞもっとやれ!
尚、私は引けてません


「あの鎧を抜くのに、あと何回くらい必要だ?」

 

「そうですね。四、五発といったところでしょうか。ですがこれ以上当てさせてもらえるかどうか……」

 

 二人は相談しながら、ベルディアが頭部を上空に投げる瞬間を待つ。全方位から迫る冒険者達の攻撃を完全に防いだカラクリはもうわかっている。あそこまであからさまでは、本人もばれていることは承知の上だろう。だからこそ、彼もすぐに投げることをしない。

 

「頭を投げる隙に一撃入れられるか?」

 

 頭を投げるという行動は僅かな隙を生む。相手がただの冒険者ならともかく、今のこの二人相手ではそこ突かれるのは間違いない。しかし……。

 

(アイツら、ブラフなんてできたのかよ)

 

 そう、ブラフである。サユキの片足はもう使えない。先ほどの一撃はもう繰り出せないのだ。頭を投げられてしまえばそれもばれてしまう。だから、ブラフを使って相手の行動を止める必要があった。

 ベルディアのカラクリはカズマも当然気付いている。頭部が上空にあるということは、視線がそこにあるということ、上空から広範囲を見下ろしている故に死角はほとんどない。

 

「なるほど。こちらの動きを待つか。いい判断だ。初心者の街などと、侮るつもりはなかったが、これほどの戦いに興じることができるとは思わなかったぞ。感謝しよう、そして、これで終わりだ」

 

 そう言って、ベルディアは頭部を上には投げなかった。

 

「なっ、地面にっ!?」

 

 ダクネスがその行動に反応して、動き出そうとするがすでに遅かった。地面に向けて自身の頭部を落とし、それを足で蹴り上げる。この行動にも隙は生まれる。しかし予想外の行動に対応が遅れてしまう。

 

(読み通りっ!)

 

 だが、ここに一人、それを読み切っていた男がいた。

 

「クリエイト・ウォーターっ!」

 

 その男、カズマの手から魔法が放たれ、上空より水がベルディアへと迫る。頭部を蹴り上げ、即座に迎撃の態勢に映っていた彼は、突然のことに大きく後ろに避けることしかできなかった。同時に、上空に頭部を停滞させるのを諦め即座に受け止める。

 

「カズマ、いきなりなんだ。こういうプレイも嫌いではないが……」

 

 一緒に濡れたダクネスは平常運転である。

 

「ちげーよっ! あぁ、もう、フリーズ!」

 

 カズマはすぐに、ベルディアに向かって、凍結の初級魔法を放つ。魔法は彼の足元の水を凍らせ、同時に彼の動きを阻害する。

 

「ふっ、こんなもの……」

 

「本命はこっちだ。スティ……」

 

 ベルディアが足に纏わりつく氷を砕こうと力を入れ、カズマがスティールを発動しようとする。

 

「ヒィ、ハッァア! チェェエエストォオッ!」

 

 だが、いきなり刀をぶん投げた薩摩がいたので遮られる形になる。ダクネスはまだかがんでいないし、カズマはもう一度蹴りを放てないのを知っている。そのため、その行動の意図が二人には全く読めなかった。

 が、次の瞬間両手を組んで片足で猛回転するサユキがダクネスの影から現れて、その手で刀の柄を殴りつけた。足がダメなら手を使えばいいという話なのだが、片足が折れている状況でできるのかと問われれば、薩摩だしとしか言いようがない。

 結果、刀は先ほど欠けた部分に寸分の狂いもなく突き刺さり、小さかった凹みを更に深く削ることになる。

 

「なぁっ、貴様なんだその脚は!? 何故それで、それだけの動きができる!?」

 

 さすがにベルディアもサユキの脚に気付く。それに付け加えるなら、今殴りつけた手の甲も見事に砕けている。

 

(って、完全にじり貧じゃないか。どうする、どうする。あいつに何か弱点とか……、あれ?)

 

 ベルディアは驚いているが、追い込まれているのは二人であり、ここまでボロボロだと攻撃手段もないと言っていい。カズマが必死に何かないかと、思考を巡らせる。その中で、先ほど水を避けた時のベルディアの動きに引っ掛かりを覚えた。

 

「クリエイト・ウォーター!」

 

 カズマは再び水を呼び出してベルディアへと発射する。彼は足の氷を砕いて脱出するが、その動きは少し大きすぎるように思えた。

 

「おい、貴様、何を無駄な……」

 

「みんなっ! こいつの弱点は水だぁ!」

 

 カズマが大声で周りにデュラハンの弱点を伝える。その言葉を聞いて魔法使いたちも、一斉にクリエイト・ウォーターを唱えた。この場で奮戦しているのが、カズマの仲間だからだろうか、誰もその言葉を疑うことをしなかった。もしかしたら、藁にも縋っているだけかもしれないが。

 

「なっ、貴様ら、いい加減に、おい、やめろ! そ、そうだ、俺とその二人の戦いに水を差すな!」

 

「あ、私達二人とあなたの戦いでしたら、私達の負けで結構ですよ。負けて生きながらえる恥は甘んじて受けましょう。でも、勝負に負けても、この『戦』には勝たせてもらいますね」

 

 いつの間にか狂化が切れて地面に座り込んだサユキがいつもの笑顔でそう告げる。

 

「仕方あるまい。私個人としては、この先に待つ魔王軍の辱めに興味があったが、クルセイダーとしてあまりわがままばかりも言えないしな」

 

 心の底から残念と思ってはいるが、状況を考えてダクネスもそれに同意する。その間もカズマと魔法使い達は水を呼び出して射出を続けている。水に色が付いていたら某イカちゃんに見えないこともない?

 

「ねぇねぇ、カズマは何を遊んでるの? バカなの?」

 

 空っぽになったお菓子の包みを持った駄女神が話かけてくる。この状況を何一つ理解していないらしい。その物言いにカズマは怒鳴り散らしたくなるが、ぐっと堪える。

 

「アイツの弱点が水なんだよ! なんちゃって女神でも水の一つくらい出せるだろ!?」

 

「あ、あんた、いい加減にしないと……、はぁ、まぁいいわ。サユキにもらったお菓子のお礼に、私が如何にすごい女神か見せてあげるわ。だから、私のことをもっと敬いなさい、そして、甘やかしなさい」

 

 よほど焼き菓子が口に合ったのだろうか、カズマの悪態に対して普段から想像もできないくらいあっさりと引き下がった。そして、詠唱を始める。その内容は水の女神に相応しい、荘厳なものだった。

 その詠唱、そして集まる水の魔力。その姿に、カズマとベルディアも驚愕する。ベルディアは危険を感じて逃げ出そうとするが、足にダクネスが纏わりついて逃がさない。

 

「セイクリッド・クリエイト・ウォーター!」

 

 そしてアクアの魔法が放たれた。空より落ちる水は大瀑布のごとく降り注ぎ、周囲一帯を巻き込んで荒れ狂う。もはや、大水害と言えるだろう。

 

「ちょっ、もういい、もうやめ……」

 

 カズマが止めようとするが、今の駄女神には声が届かず、大水害は勢いを増していくばかりであった。全てを飲み込み、門の一部を破壊し、天災のごとく全てを洗い流していく。水が収まった時、そこに立っている者は誰もいなかった。魔法を放った本人すら一緒に流されている始末である。

 膝をつくベルディア、目の前で起き上がるアクア。彼女に対して全力の罵倒を投げかけるが、彼女は不敵に笑っている。そして、今、この瞬間こそがチャンスであるとカズマに告げる。

 

「よっしゃ、任せろ。その武器、もらったぁっ! スティール!」

 

 カズマのスティールが発動する。本来ならレベル差で、現在の弱体化した状況でも効果が出ることはない。しかし、このカズマという男は、この幸運のステースが頭一つも二つも飛びぬけているのだ。つまり……

 

「あ、あのー、えーっと」

 

 ベルディアが困惑の声を上げるが、その声が聞こえてきたのはカズマの懐からだった。ベルディアの剣は未だ鎧が握っている。つまり、カズマが盗んだのは彼の頭だったのだ。

 

「おーい、お前らーサッカーしようぜー!」

 

 カズマがすごく悪い顔をして、みんなに呼び掛けた。サッカーを知らないこの世界の人々に、それがどんなものかを教え、ベルディアの頭部を足で蹴って別の冒険者に渡す。冒険者達は新しい遊びを教えてもらって楽しそうである。サッカーしようぜー、お前ボールなー、である。

 

「はぁ、セイクリッド・ハイネス・ヒールっと、サユキ、あんた毎回そんな戦いばっかりしてたらいつかとんでもないことになるわよ。あんたにはあのお菓子を私に献上するっていう大事な役目があるんだから無茶するんじゃないわよ」

 

「ありがとうございます。アクア様。じゃぁ、また作ってきますね」

 

 アクアは大事なパティシエを魔法で回復させていた。さすが女神と言うべきか、彼女の骨折含む自爆ダメージも完全に治っている。サユキもお菓子の評価が嬉しかったのか、たゆんたゆんを揺らして座ったまま小さく跳ねた。

傍らにいるベルディアの胴体はもはや動かず肩を落とした状態で静止している。それを見てダクネスが一思いに終わらせるべきだと進言して、カズマ僅かに考え込む。そして、サユキに向けて口を開いた。

 

「今のベルディアなら斬る方法はあるか?」

 

 その質問にサユキは笑顔で首を縦に振って答えた。それを確認したカズマは今も遊ばれているベルディアの頭部に向かって声をかける。

 

「おーい、今からお前を倒すけど、アクアの魔法とサユキの剣どっちがいい?」

 

「元き、き、騎士として、剣で死なせても、も、もらえるならほんも……」

 

「あいよー。んじゃ、サユキ頼むわ」

 

 その言葉を聞いて、サユキは立ち上がり、軽くストレッチをした後構える。その構えはあまりに異質なものだった。両手で刀を握り、限界まで後ろに下げ、頭を地面につけて、腕の代わりに頭で行うクラウチングスタートのような姿勢である。

 

(うわっ、なにあれ、きもくね?)

 

「ふむ、あれを使うのか。正直、隙が多すぎて実戦では使えないと思っていたんだが、まさかこの大一番で見ることになるとは」

 

 彼女はそのまま必要な部位に力を込めて、いつでも走り出せる状態になっていた。ダクネスはその姿勢に見覚えがあるらしいのだが、実戦では使い物になる技ではないとのことだ。

 

(格好は酷いけど、必殺技みたいなもんか。そう考えるとちょっとかっこいいかも……)

 

 などと、考えながら、カズマはベルディアの頭部を自分にパスするように指示する。

 

「言っておくが、もし、また向かってきたり、サユキの攻撃で死ななかったら、アクアに浄化させるからな」

 

 そう言って、その頭部を鎧の方へと蹴り上げた。近くには、いつでも魔法を放てるよう、杖を構えたアクア、カバーに入れるようにとダクネスが控えている。カズマも蹴った直後から、再びスティールが放てるように構えている。

 そして、サユキが走り出す。ベルディアの目の前に到達する前に身体を起こし、限界まで身体を後ろに反らせた。狂戦士のスキル故に痛覚はないが、やりすぎれば骨が折れて力が伝わらなくなる。絶妙な力加減で限界まで振り絞った全身を使っての振り下ろしである。

 力が余すところなく、刀に伝わり、弱ったベルディアの頭部と身体を縦一文字に両断した。

 

「まさか、アンデットに堕ちたこの俺が、剣で死ぬことができるとはな。感謝するぞ」

 

 そう言って、ベルディアは消滅していった。勢いが付きすぎた刀は地面に突き刺さり、大きな亀裂を生んでいる。こうして、魔王軍幹部との戦いは終わりを告げるのであった。

 

 緊急クエスト 魔王軍幹部の討伐 魔王軍幹部ベルディアの討伐に成功

 




というわけで、次回で第二章が完結となります。
最後の必殺技はテキトーなので、実際に使って威力が上がるのかとかは知りません


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後始末

エピローグです短いです


 あの後、ダクネスがベルディアに斬られた冒険者に祈りを捧げて、彼らを惜しんでいたら、実はアクアに蘇生されてりだとか、翌日にめぐみんがお酒を飲ませてもらえないと愚痴っていたり、ベルディアの討伐報酬で悠々自適な異世界ライフをカズマが送ろうとしたら、門の修繕費で借金を背負ったり、色々あった。

 現在は、ギルドの酒場でサユキの焼き菓子をつついている最中である。ベルディアがいなくなったからといって、即日元通りにクエストが出るわけでもなく、また貯蓄に余裕のない冒険者も多いため、依頼はすぐにはけるためカズマ達は依頼を受けていない状況だ。

 

「つか、お前ら二人、あんなコンビネーションいいなら、普段からあんな感じで戦えよな」

 

 カズマの視線がダクネスとサユキの二人に向けられる。

 

「無理です」

 

「無理だな」

 

 二人揃って即答である。この二人息は合うが、性癖が合わないので仕方ないのだ。カズマとしては少しでも楽して借金を返したいのだが、このメンバーにそれを求めるのは無理というものだろう。

 

「よっ、はっ、花鳥風月っ!」

 

 駄女神は今日も元気に宴会芸で冒険者からおひねりをもらっているし。

 

「カズマ、カズマ、爆裂魔法が撃ちたいです。もう、デュラハンがいないんですし、あの城に好きなだけ撃ち込んでいいんですよね?」

 

 めぐみんはベルディアの有無に関わらず撃ち込むだろ、と突っ込みたくなるようなことを言っているし。つまりは平常運転なのである。

 

(借金を返せる日は来るのだろうか……)

 

 しみじみとそんなことを考えてしまう。魔王軍幹部を倒そうと、カズマのやる気に火が付くわけもなく、如何に安定した生活を送るかが彼の課題なのである。

 異世界転生を果たした少年、佐藤カズマ。転生特典を勢いと嫌がらせで選び、異世界への期待など早々に打ち砕かれ、どうしようもない仲間に囲まれて、魔王軍幹部を倒しちゃったごく普通のちょっと性格の悪い少年である。

 

 

 

 

 

 夕暮れ時、夕食前に少し散歩をしようとギルドを出たカズマは、のんびりと街の中を歩いていた。夕陽はいつもと変わらず、つい先日魔王軍幹部との死闘があったことが夢なのではないかとさえ思える。魔王がいようがいまいが、世界は変わらず時を刻み続ける。

 そんな中、赤い夕陽に照らされたプラチナブロンドの髪が目に入ってくる。彼はその主へと足を進めた。

 

「サユキはこんなところで何してんだ?」

 

 声をかけて見れば、彼女は振り返ってカズマの顔を見るなり首を傾げてしまう。

 

「何、んー、何をしているのでしょうね。何となく、夕陽を見たくなったのでしょうか」

 

 その返答は要領を得ないものだった。彼女自身これと言って理由があってこうしているわけではないのだろう。

 

「ふぅん、まぁ、そのなんだ、ベルディア戦はお疲れ様」

 

 カズマとしても用事や話題があって話しかけたわけではないので、何を言えばいいのかわからない。ただ、夕陽を浴びる彼女になんとなく話しかけてみただけなのだ。

 

「あそこまで攻撃が通じない相手は初めてでした。ですが、それが楽しかったです。これはますます自分を鍛えなければいけませんね!」

 

 小さく跳ねて、たゆんたゆんをばるんばるんさせながら、すごく物騒なことを言っている。

 

(楽しいとか、勘弁してくれよ……。俺はできれば二度とあのレベルの相手とは会いたくないっての)

 

 お胸に視線を向けるのを忘れず、彼はそんなことを考えていた。

 

「それもこれも、カズマ君のおかげですね」

 

「は? なんでそこで俺が出てくるんだよ。特に何かした覚えはないぞ。そりゃ発端は俺とめぐみんかもしれないけど……」

 

 彼女は照れ臭そうにしながら、夕陽を見つめる。顔が少し赤いのは夕陽のせいか、それとも彼女自身が赤くなっているのか、それはわからない。

 

「私一人だと、たぶん、すぐに負けちゃってました」

 

 そう言いながら顔をカズマの方に向ける。真っ直ぐ、カズマの瞳を見つめながら、言葉を続けた。

 

「カズマ君が私を仲間に入れてくれたから、だからなんです。きっと、だから、ダクネスさんと一緒に最後まで戦えたんだと思います」

 

 彼女の瞳はどこまでも真剣で、真っ直ぐで、そこに嘘など一つもないのだとわかった。

 

「だからです。ありがとうございます、カズマ君」

 

 彼女はそう言って、優しい笑みを浮かべる。夕陽下で浮かべるその笑顔がとても綺麗で、カズマはそんな姿に思わず頬を染めて顔を背けてしまう。

 

「あ、あぁ、うん、そうか……」

 

 何か気の利いた返事ができるわけもなく。ただ、恥ずかしそうにそう返すことしかできなかった。

 

「これからもいっぱい敵の首を落としましょうね!」

 

 この一言がなければ、サユキルートに入ってもおかしくなかった。これでは折角の雰囲気も台無しである。

 

(これさえなければ完璧なんだよなぁ。神様はどうしてこいつを……。あ、日本担当の神様の一人はアクアだったわ)

 

 そうして話していると、夕陽も地平線に隠れ始めているのが見えた。

 

「そろそろいい時間だな。ほら、戻って飯でも食うぞ。早くいかないとアイツらが何をしでかすかわかんないしな」

 

 彼が背を向けて、歩き始める。そんな後ろ姿を彼女は見つめていた。

 

「ありがとうございます。こんな私を……。いつか、きっと、私も普通の……」

 

 小さく呟いたその声は空に溶けて消えていく。彼にも、誰にも届くことはなく、ただ消えていく。

 

「おーい、何してんだ。早くこいよ!」

 

 彼の呼ぶ声が聞こえる。その姿に向けて、彼女は駆け出していく。たゆんたゆんちゃんが駆け出せばどうなるか。もうわかりきっていることである。

 

(うおっ、走るとこれまたすっげーなぁ)

 

 カズマの脳内ストレージに永久保存された。

 

 

 

 

 

 ギルドに戻った時には陽は完全に落ち、夜の闇が一面を包み込んでいた。そして、ギルドの中では仲間たちが食事を注文し終えたところだった。ただし、駄女神だけは一人、すでにシュワシュワを飲んで上機嫌に騒いでいる。

 少年の二度目の人生、新たな日常はこうして続いていく。騒がしく、頭を悩ませ、時にトキメキを感じては裏切られて、苦労ばかりでも、痛みがあっても、前世と違う新鮮さと刺激の多い日々だ。

 

「おい、アクア! 何一人でできあがってやがる。少しは待てないのか!」

 

 この幸運で不運な転生者に祝福を……。

 




ちょっといい話風にまとめてみた
次からは新章に入ります。奴の時間が近づいてきた


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この巨大なワシャワシャに終幕を!


新章開幕
今回は新章のプロローグ的な話になります

気付いたら、ランキングに乗っていました。皆さま本当にありがとうございます。
これからも、たゆんたゆんをたゆんたゆんさせるべく頑張らせていただきます。


「うぅ、さみぃ……」

 

 冬の足音が近づいてきた今日この頃、馬小屋暮らしには厳しい朝がやってきた。この寒さの中、カズマが目を覚ませばアクアがいびきをかいて寝ている。なんとかは風邪をひかないとは言うが、駄女神が風邪でもこじらせようものならどんな大惨事になるかわからない。なので、極力暖かくして眠れるようにだけは考慮している。

 

「絶対うざさが天元突破するな」

 

 馬小屋をでて軽く体操をしていると、見覚えのある影が訪ねてくるのが見えた。

 

「おはようございます、カズマ君。スープ作ってきましたよ」

 

 サユキはこうして朝に暖かいスープを持ってきてくれる。本人曰く、女神様が風邪でもひいたらよくないから、とのことだが、単純にアクアがねだっただけである。それから毎日、彼女はこうして暖かいスープを届けに来てくれている。

 

「あの駄女神のわがままに付き合わせちゃって悪いな。嫌ならこんなことしなくてもいいんだぜ?」

 

 カズマは水筒のようなものを受け取りながら、そう伝える。彼女の持ってきたスープは一杯、カップに注ぐと冷ましながらそれを飲む。野菜の味がするオニオンスープのようなもので、身体の芯が温まるのを感じることができた。

 

「そんなことないですよ。料理自体は好きですし、誰かが食べてくれるなら嬉しいですから」

 

「うん、そっか。サンキューな。今日もうまかったよ」

 

 その感想を聞いた彼女は嬉しそうに身体を大きく揺らす。このたゆんたゆんを拝むのも彼の日課になり始めている。

 

「それにしても、これ魔法瓶だよなぁ……」

 

 スープの入った保温性ばっちりの水筒に視線を向けながらそんなことを呟いた。

 

「なんでも古い研究者が大量に作った魔道具らしいんですけど、数だけはあるから少し高めですけど気軽に買えるんですよ」

 

 誰が作ったかわからないが、この保温性の高い水筒はかなりの量が見つかっている。そのため、市場には大量に出回っていて、一部、特に転生者に絶大な人気を誇る。ただし、某元大魔法使いは何故かこれを入荷した経験はない。

 

「カズマー、サユキきたー?」

 

 駄女神が起きたようだ。これくらいの時間に起きれば、スープが飲めると本能的に理解しているのだろう。カズマの手の中にある水筒に気付くと、それを奪うように取り上げて、自分のカップにスープを注いだ。

 

「あぁー、やっぱり寒い朝にはあったかいスープよねぇ。サユキ、あなたきっとその内いいことがあるわよ。女神であるこの私にここまで尽くしているんだもの、絶対よ」

 

 焼き菓子やらスープやら、すっかりサユキは女神御用達の料理人扱いである。彼女はその言葉を聞いた直後、僅かにカズマに視線を向けた気がしたが気のせいだろう。少なくともカズマは気付いていなかった。

 

(俺は気付いてない。俺は気付いてない。こいつのいいことなんて、首級以外にない。絶対ない……)

 

 気付いてないふりだったようだ。

 

「……きっと、大将首に出会えるんですね」

 

(やっぱりじゃねぇか!)

 

 そんな騒がしい朝、二人が準備を終えて三人でギルドに向かうまでがいつもの光景である。

 

 

 

 

 

 ギルドに到着すれば、そこにはいつも通りめぐみんとダクネスが待っていた。

 

「また、二人はサユキにスープを恵んでもらってたのですか。あ、残ってたら私にもください」

 

 めぐみんがそう言いながら、カズマから魔法瓶を受け取って中身をカップに注いで飲んでいる。このスープ、意外とメンバー内で好評だったりする。

 

「サユキのスープはやっぱりおいしいですね。今度、私にも作り方を教えてくれませんか?」

 

「もちろんいいですよ。それなら、今度うちで一緒に作りましょうか」

 

 この手のことで話が弾むのはサユキとめぐみんの二人だったりする。めぐみんは意外と料理ができるのだ。ちゃんとした食材の処理もできるし、味付けもしっかりしている。普段の爆裂脳からは想像できないが、家庭的な面がある女の子なのだ。

 

「少し変わった風味はあるが、サユキの料理は相変わらず美味しいな」

 

 ダクネスにも好評だったりする。変わった風味というのは、和風っぽく作ることが多いからだろう。普段は洋風な作りがほとんどだが、カズマも飲むということで少しだけ和風にしてあるのだ。

 サユキとしても前世からずっと趣味にしていた料理で喜んでもらえるのがうれしいのか、先ほどから何度も小さく跳ねて、二つのお胸をたゆんたゆんさせている。

 

「おっ、勇者じぇねーか。こんなとこで何してんだ? 相変わらず、傍から見る分には随分と羨ましい光景じゃねーかよ、ケッ」

 

 そんな話をしていると、カズマに話しかけてくる冒険者がいた。跳ねた金髪の男、名前はダストという。ベルディアと戦う前に、カズマと知り合った冒険者である。

 

「羨ましいなら代わってみるか?」

 

「いやぁ、やめとくわ……」

 

 カズマがそう言ってジト目で睨むが、ダストは一瞬だけサユキに視線を向けると断りを入れる。

 彼がカズマを勇者と呼ぶのには理由がある。彼はサユキのことを以前から知っていた。というか、この街の冒険者では知らない方が珍しい。そんな彼女をパーティーに迎え入れた勇者がいると聞いて興味本位で尋ねたのが知り合った経緯である。

 彼がカズマを勇者と呼ぶのはそのためである。いくらいい女でも薩摩隼人は彼の管轄外であるので、嫉妬もあまりない。むしろ、その時にした会話のせいで、他のカズマの仲間に対しても僅かながら警戒心がある。

 

「そんじゃ、俺はもう行くけど、今日はもういい依頼は残ってねーと思うぜ」

 

 そう言って彼はギルドを出ていく。彼の言う通り、掲示板にはあまりいい依頼は残っていなかった。

 

(冬も近いせいか、俺達でもできそうなのは特にないか。借金もあるし、収入ないのはきついんだよなぁ)

 

 掲示板の前を去って、酒場の方に足を向ける。今日もサユキのおごりでご飯を食べなければならない。借金を等分した結果、サユキだけは即日返済が完了している。高難易度クエストを一人でこなしていた彼女の財力には驚かされたものだ。全部は無理でも、少しでも多めに出そうかという彼女を全員で必死に止めたのは記憶に新しい。

 

「悪い、やっぱこれといっていい依頼なかったよ」

 

 そう言って、席に行ってみれば、アクアがすでにからあげを頬張ってシュワシュワを飲んでいた。サユキは気にしていないようだが、カズマは自分がどんどんダメ人間になっていくようで耐えられそうになかった。

 

(くそ、なんとしても明日には何かクエスト受けないとまずいっ)

 

 女に集るダメ男の烙印だけは何が何でも避けたいカズマは決意を新たにする。明日からってのが何とも、元ニートらしい考えなのは気にしない方がいいだろう。

 

「カズマ君、無理しちゃダメですよ。なんなら、私がまた一人で高難易度クエスト受けてきましょうか?」

 

(やめろぉお。俺をダメ人間にしようとするな! 楽はしたいが、ヒモになるつもりはねーんだよ)

 

 サユキの誘惑に必死に抗う。ここで負けたら、二度と這い上がってこれない気がした。

 

「サユキ、ずるいぞ。それなら私も一緒に、そしてできれば最初は私一人に任せてほしい!」

 

 ダクネスが反応するが、何が目的か丸わかりである。カズマはもう何も聞きたくないと言わんばかりに耳をふさいでいる。めぐみんとアクアはのんびりとからあげを食し、サユキがダメ人間への道を舗装し、ダクネスがそこに別の理由で便乗する。何故、こうも美女美少女が集まって残念な光景を生み出すのか。

 

(もう、俺はダメかもしれない……)

 

 

 

 

 

 ギルドから逃げ出したカズマは街を一人で歩いていた。ポケットを探れば、逃げ出す直前にサユキからもらったお小遣いが入っている。一応言っておくが、いくら借金を背負っていても無一文というわけではない。事情が事情であったこともあって、その辺りの融通はかなりきくのだ。

 このお小遣いやら、食事のおごりというのは彼女が言い出したことである。理由を聞けば、ただですらそれまでベルディアの存在があって貯蓄が厳しいのに、冬が本格的になる今に使い切るのはよくないとのことだった。

 納得できる理由ではあったし、アクアが泣きながら喜んでいたので結局受け入れることにしたのだ。ただ、その時のカズマに向ける視線に少しばかり違和感があった気はする。

 

「何か、俺、やっぱりダメ人間になりかけてない?」

 

 そんな疑問を抱きながら、彼は当てもなく街を歩いていく。ギルドに戻った時には、宴会芸を披露する女神といういつもの光景に頭が痛くなるのだった。冬が始まるそんな日の出来事である。

 




サユキがダメ人間製造機になりはじめた
実は強キャラなダストさんはサユキのおかげであの三人とクエストに行く惨事を回避しました


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お待たせしました続きです



 カズマは何もなく、ただ床だけがある空間で椅子に座っていた。この場所には覚えがあった。以前一度だけ訪れたことのある場所だ。そこで出会った存在のこともあって、決して忘れることができない場所だった。

 

「そうか、俺、死んだのか……」

 

 そう、かつて彼が死んで、この世界に転生する時に訪れた場所だった。

 

 

 

 

 

 時間は今朝にまで遡る。冬本番になり、雪が降る場所もあって、野外活動が主な冒険者には辛い季節になった。そんな時でも、クエストを探さなくてはいけない冒険者も少なからずいる。

 

「金が欲しいっ!」

 

 そう、カズマである。彼は血を吐くような声でそう口にした。背負った借金もあって、並の依頼では報酬の大半が天引きされてしまう。生活費は何とか残るし、なんだかんだでサユキも支援してくれる。生活が困窮するまではいっていない。

 

「はぁー? そんなの誰だってほしいに決まってるじゃない。何言ってんのよ」

 

 目の前の駄女神の暴走で背負った借金に追われる生活とは、早くおさらばしたい。それがカズマの考えである。そんな彼の内心など知る由もなく、調子に乗って、自分を甘やかせという駄女神に借金の理由を突きつける。だが……

 

「私のちょーすごい活躍があったからベルディアを倒せたのよ。じゃなかったら、この街は滅んでたかもしれないのよ。もっと私を称えてよ! 褒めて、甘やかしてよ!」

 

 確かに彼女の活躍で倒せたのは事実なのだが、何事にもやりすぎというものは存在する。カズマはそんな自称女神に目を向けながら考え事をする。

 カズマの頭を巡るのは今朝の光景だった。まつ毛が凍り、干していた洗濯物も釘を打てそうなほど硬くなっていた。凍える身体を起こして、外で火を焚く。こうして朝の寒さとの戦いから一日が始まる。余談だが、その直後にサユキがスープを持ってくるまでがいつもの光景である。

 そんな生活から早く抜け出したいカズマは、目の前のアクアの『かまってちゃん』な言動に僅かながら怒りを覚える。

 

「そんなにお前の手柄がすごかったって言うんなら、手柄も報酬も、借金も! 全部お前一人のものな! 一人で借金返してこい」

 

 というわけで、目の前の駄女神を見捨てようとするのだが、そこは女神のプライドがどこに行ったかわからないアクアである。すぐにカズマに縋りついて、見捨てないでと懇願する。

 

「朝から何を騒いでいるのだ?」

 

 そこに、ダクネスとめぐみんが合流する。駄女神はそれでもカズマに縋りつくのをやめなかった。もはや根性である。恥も何もあったものではないが、それほどまでに彼女は借金を増やしたくなかったのだ。

 

「今日はサユキは一緒じゃないんですね」

 

 めぐみんがここ最近、朝はずっとカズマ達と一緒だったサユキがいないことに気付く。カズマはその言葉を聞いて、冒険者達で賑わう酒場を指さした。先日のベルディアの報酬は参加した全冒険者に支払われたため、懐に余裕のある冒険者はこの冬という時期に仕事を探す必要がなかった。

 そんな冒険者達の中心で一つのテーブルは一際大きな盛り上がりを見せている。そここそがカズマが指さした場所だった。めぐみんがテーブルに上って、そこで何が行われているのかを見る。

 

「ウィィイナァァア、暴走馬車娘ぇっ!」

 

 腕相撲だった。しかも、賭け腕相撲である。サユキは今、冒険者の中心で小銭を稼いでいた。現在、この酒場にいる冒険者のほとんどの懐は潤っているので、当然こういう遊びを行う者も現れる。

 

「あ、めぐみんさーん、結構稼げましたよー」

 

 彼女はエリス金貨の詰まった袋を掲げて、自分を見ているめぐみんに声をかける。小銭とは言ったが、小銭も積もればなんとやらだ。結構な金額を稼いだようで、袋はそこそこ大きく膨らんでいた。

 

「いくら、働く必要がなくても、身体を動かしたいのは冒険者の本能というものだろうな」

 

 ダクネスが呆れた表情で、人だかりをかき分けて走ってくるサユキを見つめていた。人にぶつかる為か、お胸は縦横無尽に暴れ回る。見えちゃいけないものが見えるのではないかと、心配になってしまう。

 四人の元に辿り着いた彼女は、金貨の詰まった袋をテーブルに乗せて大きく跳ねた。再び、お胸が大きく弾む。先ほどの光景と合わせて、カズマの脳内に永久保存されている。

 

「カズマ君、いっぱい増えましたよ!」

 

「よし、取り分は元金除いて、俺が3でサユキが7でいいか?」

 

 そう言って、カズマが金貨を分けていく。カズマの手元に残ったのは、元金含めその二倍ほどの金だった。サユキはウェイトレスに果実汁を注文している。どうやらこの悪巧みの大元はカズマだったようだ。正確には、元々賭け腕相撲していた連中の中に、元金を渡したサユキを突撃させただけである。朝から酔っぱらっている連中ならいいカモになる。

 

「カズマ、冒険者より詐欺師とかなった方がいいんじゃないですか?」

 

 めぐみんが心底呆れた表情で彼を見て言った。

 

「そう言うなって、これで明日の朝はまつ毛が凍ることだけは防げそうなんだよ」

 

 彼の言葉は切実だった。この稼いだ金で今晩は少しだけ顔周りを暖かくして眠ることができる。睡眠に命の危険を感じずに済むのだから、なりふり構っている余裕はないのだ。

 サユキが果実汁を飲み終わるのを待ってから、クエストを探すために掲示板へと足を運ぶ。ベルディアが倒されてからそれなりに時間が過ぎたためか、掲示板に張られる依頼の数はかつてと変わらない程になっていた。ただ、一部の冬眠するモンスターの依頼や、雪が原因で発生しない依頼があるためか、カズマが見たことのないものも多かった。

 

「カズマ、これなんてどうだ。白狼の群れの討伐。獣の群れに蹂躙されるのを想像すると……」

 

「カズマ、カズマ、一撃熊の討伐、これにしましょう。我が爆裂魔法とどちらが強力な一撃か、思い知らせてやりましょう!」

 

 ダクネスとめぐみんが思い思いに行きたいクエストを選ぶが、どちらも物騒すぎたためカズマに却下されてしまう。そんな中、一枚の依頼が目に留まる。

 内容は『機動要塞デストロイヤーの進路予測のための偵察』と書かれている。カズマは明らかにモンスターとは思えない名称に疑問を抱き、疑問を口にする。

 

「このデストロイヤーってなんなんだよ?」

 

「デストロイヤーはデストロイヤーだ。大きくて高速移動する要塞だ」

 

「ワシャワシャ動いてて、すべてを蹂躙する。子供たちに妙に人気のあるやつです」

 

「硬くて丈夫で、無駄に動きがよくて強い、虫っぽいあれですね」

 

(なるほど、まったくわからん……)

 

 上から順にダクネス、めぐみん、サユキの感想である。あまりに要領を得ない説明だったために、カズマには理解も想像もすることができなかった。

 

「確か、サユキは以前別の街で偵察任務を受注したことがあったんだったか?」

 

「えぇ、とても、えぇ、とても斬り甲斐がありそうで、ついつい、突撃してしまいました」

 

 ダクネスが思い出したことを口にした。サユキはその時のことを思い出しているのか、恍惚とした表情を浮かべている。

 

「よく無事だったわね。あんなのに突っ込んだら、普通死ぬわよ」

 

 あのアクアが呆れ顔になるような相手らしい。尚、無事だったのは突撃した直後に他の冒険者に全力で阻止されたからである。

 

(なにそれ、こわっ。関わりたくねぇ……)

 

 デストロイヤーにはもう触れずに、何かいいクエストはないかと掲示板を探す。彼の目に一件の依頼が目に飛び込んできた。

 

「なぁ、この雪精の討伐ってなんだ? 名前見る限り、そんなに強そうに聞こえないんだけど、一匹報酬十万エリスだってよ」

 

 その疑問に答えたのはめぐみんだった。雪深い場所に住み、討伐すると一匹につき春が半日早く訪れるようになる。そういうモンスターだという。弱く討伐は簡単だと言うが、それだけに報酬一匹十万エリスというのに引っ掛かりを覚える。

 

「そのクエスト受けるなら、私準備してくるわね!」

 

 カズマはまだ受けるとは言っていないのだが、アクアが勝手に準備とやらをしに走って行ってしまう。彼が顔をダクネスとサユキに向けると、二人して頬を染めて笑みを浮かべていた。

 

(この二人が嬉しそう? 今の話にこいつらの喜ぶ要素があったか?)

 

 疑問は残るが、金がない以上クエストを受けるしかない。彼は覚悟を決めて防寒具を取りに馬小屋に戻るのだった。

 

 

 

 

 

 一面雪に埋まった銀世界、そう表現するに相応しい光景がそこにはあった。白くて丸くてふわふわした何かが、小動物のような可愛らしい声を出しながら浮かぶ雪原だった。そんな場所に五人は足を踏み入れた。

 

「これが雪精かぁ……」

 

 その白くて丸いものこそが目的の雪精であった。防寒具、というか蓑を着たカズマが仲間たちに視線を向けると、そこには普段と違う姿があった。女性だけあって、この防寒具にもそれなりにこだわりがあるのだろう。

 

「その恰好、どうにかならんのか。冬場に蝉取りに行く、バカな子どもみたいだぞ」

 

 アクアだけは武器を持たずに虫取り網を持っているせいで、おかしな格好に見えてしまう。カズマにバカな子どもと評されたが、それに気を悪くすることなく彼女は自信満々な顔で口を開いた。

 

「これで雪精を捕まえて、小瓶に入れておくのよ。それで、飲み物と一緒に入れておけば、いつでもキンキンに冷えたシュワシュワが飲めるってわけよ!」

 

 頭いいでしょ、と告げるがいつもの彼女を思えば、しょうもないオチが待っているような気がしてならない。

 他の仲間にも目を向ければ、めぐみんは普通だったが、ダクネスとサユキは防寒具と言うには軽装に思えた。というか、ダクネスは鎧も着ていない。ダクネスの服装は上着にファーが付いてはいるのだが、下はミニスカートである。クエストに行く格好には思えなかった。それを指摘すると、寒さに頬を染めて喜んでいた。

 

(頭の暖かい変態は、体温も高いみたいだな)

 

 寒そうという面で言えば、サユキの方がやばかった。上着は羽織っているのだが、ボタンがかけられないのか、ダブルメロンがいつもと同じ状態で放り出されている。下に至ってはチャップスのようなものを履いただけだった。本人曰く、動きづらい服装だと首を落としづらいからだと言う。

 

(え、ちょっと待て。今回のクエストに、首を落とす相手がいるように思えないんですけど?)

 

 とても不安になるのだが、来た以上手ぶらで帰るわけにはいかない。借金をどうにかして、少しでも早く馬小屋生活を脱する。その目的のために、カズマは不安から目を逸らすことを選択した。こうして彼らの雪精討伐が幕を開けた。

 

 討伐クエスト 雪精たちを討伐せよ! 

 




少し遅くなって申し訳ない。
次回は奴が登場、カズマはどうなってしまうのか。
次回、『カズマ死す!』デュエルスタンバイ!


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