TSウマ娘の日記 (空色)
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1話

〇月×日

ある日目を覚ましたら、TS獣耳美少女に転生していた。書き起こすと意味不明だが実際にそうなのだから、しょうがないと思う。一般的な転生は素晴らしいもののように語られるが実際はそうではない。知らない国に突然放り込まれるようなものなのだ。俺はそれを強く実感している。孤独。ひたすら孤独だ。祖父と名乗る人間と二人暮らしをしているため、一人というわけではない。少し歪んではいるがこの身体は愛されているのだと思う。しかし、どうしようもなく独りなんだと実感する日々だ。何で転生なんてしてしまったのか。

 

〇月×日

転生してから3年が過ぎた。今年10歳になった俺はこの奇妙な世界に少しだけ慣れた気がする。この世界では馬という存在の代わりにウマ娘という不可思議な存在が闊歩している。超人的な身体能力を持ち美少女であること以外は、外面的には他の人間と同じである。しかし、内面はそうではないらしい。走るということにこだわりがあるそうだ。人間には備わっていない本能と言えばいいだろう。まあ、残念ながらそんな御大層なものは俺には備わってないけどな。あるのは中途半端に速い足だけだ。

 

〇月×日

家にいるよりも外にいる方が気持ちが楽という理由で俺は外を走ることがよくある。今日もそうだった。家からは少し遠いのだが人が驚くほどいない過疎った公園があり、暇さえあればそこに来ていた。寂れたジャングルジムの上で空を見る。その時間だけが好きだった。前世の日本とほとんど変わらない日本。それ故に些細な違いが目立つ。学校に行っても精神年齢が合わないせいで、過ごしづらいのだ。どこにいても異物だと見せつけられている。だけど、空を眺めている時だけは前世と同じものを見ている気がする。

 

〇月×日

学校で男子に告白されてしまった。いや元男なので絶対にお断りなわけだが、対処が面倒だったのは女子の方であった。どうやら人気のある男子だったらしい。手ひどく振ったせいで喧嘩を吹っかけられてしまった。しかし、手を挙げるとそれなりに問題になる。相手は普通の子供。ウマ娘の身体能力で手を挙げれば殺してしまう危険性すらある。普通のウマ娘は温厚であるためそんなことは滅多にないらしい。だが、俺は残念ながら普通ではない。それどころか異物なのだ。精神が肉体に影響され始めたとはいえ、押さえなければ。

 

だから言葉だけで言い負かしたのだがやはりよくなかったようだ。

 

〇月×日

祖父の都合で転校することになった。俺は数日前の件を含め、気まずくてだるかった学校を転校出来てうれしかった。

それだけでなく、俺は反省した。大人げなかったなと思った。だけど、人と関わるのも関わられるのもだるい。反省しつつも自分の欲を受け入れた俺は結論を出した。

 

異物である俺が摩擦を生むなら、摩擦の少ない誰かを演じればいいと。

 

結果、たぶん同世代の子供たちとは仲良くなれないが、疑似的に距離を詰めようと思い、ロールプレイを始めた。一人称も僕に変えて笑みを作った。話し方も拒絶を示す冷たいものから、やんわりと距離を取るために誰に対してもですます口調に。例え女子が相手でも見るだけで惚れさせ怯ませるために、容姿と見せ方を鍛える。成績も上位をキープした。正直二週目なだけあってある一点を覗いては楽勝だった。きつかったのはレースだ。ウマ娘と普通の生徒は体育だけは別で行われる。そこで扱う競技はレースだった。俺の学校には数えるほどしかウマ娘はいなかったが、それでも一位を取るのには苦労した。普通のウマ娘からしてもそこそこ速い俺に肉薄する奴がいたからだ。

 

美しい橙色の髪と視線を吸い寄せる琥珀色の瞳を持ったクソガキに、俺は出会ってしまった。

 

〇月×日

ァァアアァァァァァァァァァァァァなんだあのクソガキ!!!!!

 

出会って早々「それ何かの練習?劇とかやるの?」「あ!マヤ、わかちゃった!ちゅーに病ってやつでしょ?」

 

アアァァアアァァァァァァァァァァァァ

 

しかも昨日は手を抜いてたのか俺のこと普通に抜かしやがった。変人に絡まれたせいで俺まで変人扱いされて、想定と違う意味で浮いてしまった。つうか普通に距離詰めてくんな!

 

〇月×日

才能が憎い。何だよあれ。反則だろ

 

〇月×日

もしかしてあいつチート転生者か?何で俺が2週間以上かけて更新したタイムを3日で超えるんだよ

 

〇月×日

今日学校でクソガキの悪口を聞いた。あれだけ才能が有れば、才能で周囲を傷つけたことを自覚しなければ嫌われもすることは予想できる。フッ、ざまーないぜ。俺は予定通り高嶺の花ポジだ。レースも人間関係もポジショニングが大事なんだ。クソガキもそのうちわかるだろ。

 

〇月×日

ちょっと、ヒトミミ怖くね?物隠したりとかは元に戻すことでフォローできたけど、教科書を破くとかはフォローできないって。何をどうしてもクソガキが気づくじゃん。っていうか、クソガキ潰しのために俺を味方にしようってか?マジでうぜぇ。異世界人が気安く触れんな。

 

〇月×日

最近、情緒が不安定だなと思う。ちなみにヒトミミたちの攻撃はクソガキの「つまんない」の一言で終わりを告げた。すげー冷めた目をしてたな。正直俺が逃げたかったわ。

 

□月×日

中学に上がりトレセン学園に入学した俺は何故かクソガキにデートに誘われた。マジでどうしよう………

 

少し頭を整理しよう。俺から見たクソガキはどんな印象だ?

 

周囲と違う。それを気にしていない。

才能があることに罪悪感などない。

その在り方はひどく眩しい。

 

□月×日

それなりの時間、クソガキと過ごしてわかった。天才であるが故の飽き性、物事を「楽しそう」か「つまらなさそう」の両極端で捉えてしまう性格。きっとクソガキの大人への憧れは退屈の裏返しだ。大人になれば…いや、大人の世界に入れば自分と並ぶ退屈じゃない人間に出会えると思っている。いつか自慢していた父親と同じ、『大人』であれば。子供が持つ大人への幻想。

 

しかし何故俺を疑似デートの相手に選んだのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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2話

5月×日

同室の先輩が怖すぎる件について。マジで怖いんだけど。バチバチに不良じゃん。日本ダービーを制し三冠を期待されるウマ娘らしいのだが、眼光が鋭いし寡黙で喋ってくれないし、ガチで言葉足りないし怖いわ。何で俺のルームメイト、高校生なんだよ!?普通中等部の生徒と同じにするんじゃないのか?マヤノは中等部生と同室だったのに………。

 

6月×日

6月の後半。メイクデビューの時期に差し掛かると、学園内はヒリつき始める。俺は今年のデビューはまだ早いと思い、1年間様子を見ることにしたため関係ないが、今年デビューするウマ娘は大変だ。

 

6月×日

今日は模擬レースを行った。正直に言えばちょろかった。俺は才能がある側のウマ娘なんだと思う。何も考えずに逃げているだけで勝てる。スタミナもスピードも他のウマ娘よりも優れているのだと周囲には褒められた。まあ、他人に褒められてもうれしくないけどな。裏があるんじゃないかとさえ、本気で思うよ。そういえば、マヤノも圧勝だったらしい。俺は今までの積み重ねとか一人の時間に走ってたからスタミナが付いたっていう理由があったりと才能を研磨することを多少してきたからこその楽勝だが、マヤノは違う。才能を研磨する必要すらない。生まれて生きているだけで勝てる。何もしなくてもわかる。本当に羨ましいことだ。

 

7月×日

俺がこの学園を選んだ理由はお金のためである。独りで生きていくためにはお金がいるのだ。そういった理由で走っているウマ娘は多少いるが、憧れや理想もなくただお金だけを目的にしている奴はそうはいない。態度には出さなかったが、熱量のギャップを思い知らされた一日だった。

 

7月×日

マヤノはレースへの出走が禁止されたらしい。正直驚かなかった。最初の数回以降、トレーニングに参加していないのだから、模擬レースも含めた全てのレースに出れなくなるのは当然の処分だろう。前世でもそうだったが、この世界は周囲と違うものを拒絶し否定したがるのだ。まったくもって反吐が出るが、周囲とある程度は合わせないと摩擦で自分がダメージを受ける。マヤノの場合周囲と違うのは絶対的才能。同室の先輩がそういった目に遭っていないのは、最低限の道理がわかっているが故だろう。マイペースであることや他人に歩み寄らないのは同じだが。

 

9月×日

マヤノと同室の先輩は割と共通点が多いと思う。マヤノは退屈に喘ぎ刺激を求める。先輩は渇きを潤すために闘争を求める。自分の何かを埋めるために、レースに夢を求めているのは同じだ。天才肌とか直感で生活しているが故のマイペースさ何かも同じだ。あとはコミュニケーション。先輩は寡黙で言葉足らずでストレートしか投げないから、コミュニケーションが成り立ちにくい。マヤノは自分の繊細な感性を言葉に変換しきれないが故の擬音の多さ。コミュニケーションが得意なやつはいないのか?

 

12月×日

マヤノとかマヤノのルームメイトとクリスマスパーティをした。今の感情は言葉で書けない。

 

 

2月×日

行きつけの喫茶店でナンパされた。あまりにだるいので素の自分で対応しそうになったが、ギリギリロールプレイを続けた。癪だが、間に入ってきて男を追い返してくれたおじさんのおかげだろう。おじさんと言ってもまだギリギリ20代らしいが。感謝しなくもない気がなくもなくない………。やっぱり感謝はないな。あの男、初対面の俺にいきなり「ひどい目だな、クソガキ。ほんとに中学生かよ?」とか言ってきたし。何だ?あいつ。喧嘩売ってんのか?ヒトミミ風情がよ。あばらへし折るぞこの野郎。ロールプレイしてなかったらぶん殴ってた。

 

2月〇日

専属のトレーナーが決まった。業腹だがあの時の男である。かなり口論になったが、最終的に「オレが稼がせてやるからメイクデビューまでのトレーニングで決めろ」と言われ、了承した。

 

〇月×日

マヤノと男が歩いてたんだけど………は?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

模擬レースはウマ娘にとってもトレーナーにとっても重要だ。ここから数年は付き合っていくため、相性も大事だしそのウマ娘を勝てるウマ娘に成長させられるかも重要だ。

 

メイクデビューの時期を考えるとこのくらいの時期から、担当を見つけておきたいと考えるトレーナーは多い。だからこそ、会場には様々なトレーナーがいた。

 

大御所トレーナーや新人トレーナー、勉強と娯楽目的で観戦するトレーナーとウマ娘達。

 

空色銀河という男もまた、ここトレセン学園に勤務するトレーナーであった。目元の隈と乱雑にまとめられた長髪が近寄りがたい雰囲気を感じさせるが、顔立ちはいい。

 

様々な思惑が交錯する場所に彼女は現れた。

 

スラリと伸びた手足。身長は高くもなく低くもなく。陽光を反射する美しい茶髪と紅蓮の瞳。

 

まずその容姿に誰もが息を呑んだ。

 

僅かに揺らめく長髪と見られることを完全に知っている動きは、すべての視線を捉えて離さない。端正な顔立ち、ほんのりと上気した頬、吸い込まれてしまいそうな紅色の大きな瞳。多くの人間が見惚れる中、銀河は顔をしかめた。数日前に自分がナンパから助けた少女だったから、ではなくその瞳があまりにも濁っていたからである。

 

「あのときよりも濁ってんじゃねえか」

 

レースを娯楽として見ている観客達だけでなく真剣に担当を探していたトレーナーもその美に飲まれる中、男だけが少女の歪さを見止めた。

 

模擬レースに実況はない。だから簡素な合図だけがスタートを知らせる。

 

いいスタートをほぼすべてのウマ娘が切る。しかし、その数秒後スタートの出来なんて全く関係ないと言いたげな結果が展開される。

 

茶髪の少女はただただ、前を向き走る。それだけで勝負がついてしまう。誰とも関わりたくないと絶叫しているかのような走り。

 

大半のトレーナーは知る由もないが、彼女の走りを見たことがある人間なら怪訝に思うだろう。逃げを好むことは同じだが、彼女は序盤から中盤にかけ後ろのウマ娘を動かしたり、揺さぶったりして削り倒してから勝負を決めるのである。もっとも、マヤノトップガンの動きを模倣しただけの出来損ないであるため、そこまで効果はないが。

 

序盤は少し駆け引きをしているようにも見えたが、後半はただの力押しだった。

茶髪の少女に追いすがろうとして、無駄に体力を吐き出したウマ娘はずるずると下がっていく。

 

最終的に、スパートをかける最終コーナーのあたりで完全に大差がついていた。

 

結果は茶髪のウマ娘、ユニークナイターの逃げ勝ち。それも大差での勝利だ。

 

レースの後、多くのトレーナーが彼女に声を掛けては袖にされていく。唯一オグリキャップを担当していたトレーナーとは少し話し込んでいたが、結局袖に振ったようだった。

 

銀河はゆっくりと歩いて少女に近づく。

 

そして一言文句を言った。

 

「相変らずのクソガキっぷりだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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3話

2月×日

マヤノにもトレーナーが付いたらしい。それについて驚きはない。マヤノは大人への憧れを持ってるから、成人男性とデートをしたがるのもわかる。わかってる………わかってる。驚愕したのは練習をしていることだ。随分前にマヤノに聞かれたことがある。「ねーねーユニちゃん。努力する意味って何だろう?」と。マヤノはすぐにわかってしまうから、努力する必要性がないのだ。一般人は事象を理解し、習得するために努力を行う。しかし、見てすぐに理解できてしまうマヤノは努力する意味を見出せない。小学生が行う漢字ドリルを例に出せばわかりやすいだろう。あれは何度も書いて覚えることを目的とした努力だが、マヤノは一度見れば覚えられるが故に何度も書く必要性がない。だから何度も書くという努力に意味を見出せない。俺は別にそれでもいいと思う。結果は同じなのだから。ただ、習得する技術が複雑になればなるほど、話はややこしくなる。理解でき習得したと言っても、練度に差が出てきてしまうからである。マヤノはAという走り方を見ればすぐに習得できる。しかし、マヤノは天才であって完璧ではない。誰よりもうまくその走り方ができるかと言えばそうではないのだ。だから壁にぶつかれば、努力する必要が自然とわかるはずだ。あの時そんなことを言った気がする。それ故に、マヤノの方針を変えることに成功した人間がいることに驚いた。………いや、変えようと思えば変えられたかもしれないが、俺は揺れるマヤノを見たくなかったが故に言わなかったのだ。

 

 

2月〇日

トレーニングをサボらなくなった姿勢が認められたマヤノはついにレースへの出場を許可された。俺もレースに出ないかと言われたが、トレーナーに止められたため断った。絶対に見に来てくれと言われたため、レースは観戦した。少し掛かり気味だったが、悪くない試合運びだ。何の因果なのかマヤノは先輩との勝負になり、彼女の天性のひらめきが先輩の厚みに踏みつぶされる結果になった。それでもトレーニングを積んでいたからこそ、最後の追い込みで新たなひらめきを見つけ、実行、一矢報いることができたのだからやはり、マヤノは天才なのだろう。トレーニングをしていたからこそレースで新たな可能性を見つけることができたため、努力の意味の一端を知った。この事実は、俺にとっては脅威だった。努力できる天才は非常に厄介だからだ。それでもまあ、マヤノが笑っているからいいかな。

 

マヤノのトレーナとも少し話した。うん、話しただけだ。きちんと笑えていたと思う。

 

2月△日

今日授業終わりに空き教室で泣いているウマ娘に会ってしまった。近くに他のウマ娘がいたこともあり、無視するわけにはいかずロールプレイ状態で話を聞いた。泣いている彼女はメイクデビューに勝てなかったウマ娘だった。ここから9月までの未勝利戦に勝てなければ、名を残すことも爪痕すら残せずに学園を去ることになる。彼女は極度の恐怖とストレスで胃の内容物を床にぶちまけていた。

この学園は残酷だ。たった一人の勝者がすべてを砕いていく。人生を掛けた勝負事をしにくる場所がこのトレセン学園だ。見たところ、彼女は凡人側である。ただ、一つ違うことは夢を見つつもブレーキを踏んだ凡人ではなく、夢を見てアクセルを全開にしてしまった凡人だということだ。走るところを一度見ただけで何がわかるのかと言われるとそうなのだが、何となく結末が見える。未勝利戦は勝てるだろう。日々のトレーニングや実際の走りを見れば決して低いレベルではないことが伺えた。しかし、彼女以下の努力と彼女以上の才能を持っている俺の方がやはり強い。俺もどちらかと言えば凡人だが、中途半端に才能があるため余計にこの残酷さがわかる。日記に書いて思考を整理していたが、やはり俺から言えるのは一つだけだった。

 

全部投げ出して逃避することも悪くはないと。

 

 

4月×日

色々あって日記を書くのを忘れていた。今日は花見をしてきた。と言っても誰かと行ったわけではない。一人の時間を作りたくて人気のない河原で花を見ていたのだ。そこで偶々自主練をしていたウマ娘に出会ってしまった。トレセン学園の生徒でなければ無視したのだが、ジャージからトレセン学園の生徒だとわかってしまったので、ロールプレイで応じざるを得なかった。薄青色の髪を持ったウマ娘だった。名前はケイエスミラクルだっただろうか。軽く足を捻ってしまったようなので、応急処置をしてあげトレセン学園まで付き添ってやった。別れ際に連絡先を交換していたら、黒髪ドリルに睨まれたんだけど何だあいつ?

 

4月×日

マヤノは入学してから今日に至るまでそれなりの頻度で俺の部屋に遊びに来る。父や母を思い出してキューっとなったときに来るのだそうだ。トレーナーが出来てから頻度が減るかと思ったが、そうでもなく普通に遊びにくる。その度に絡まれる先輩は見ていて少しだけ面白い。

 

4月×日

トレーナーの腕は確かだったようだ。まったく勝てないウマ娘ではないと思っていたが、この数ヶ月で想像以上の仕上がりになってきていると感じる。一番衝撃だったのは、俺は逃げよりも追い込みの方が合っているということだった。しかし、G1まではこれは伏せて逃げで行こうと思う。G1は賞金が高い。ホープフルステークスの賞金7000万を確実に取りに行く。

 

5月×日

トレーナーは相変わらず失礼な男のため、かなり口論になるが腕だけはいいのでこのまま行こうと思う。

 

6月×日

色々あったが、予定通りの時期にメイクデビューを終え、いよいよ俺のレースが始まる。最低でもこの3年間で2億は稼ぎたいところだ。

 

 

 

2月〇日

 

レース場にて

 

レースを終えたマヤノトップガンはユニークナイターに駆け寄った。その数秒後、ユニークナイターに向かって抱き着いたマヤノは興奮気味に捲し立てた。

 

「さっきの、ほんとにほんとに楽しかった……!だって、初めてだったんだよ!レース中に新しいことがわかっちゃったの!なのにブライアンさんには届かなくて、わかんないことがもっと増えて……。そのぶん、もっともっとワクワクした!こんなにワクワクしたの、あの時のユニちゃん以来!」

 

ユニークナイターはマヤノトップガンから感じる体温を堪能しながら、冷静に言葉を掛ける。

 

「それはよかったですね。………努力を行う忌避感は消えましたか?」

 

ユニークナイターは仮面をかぶったまま、そう問いかけた。対してマヤノトップガンは、感じるままの表情と言葉を吐き出す。

 

「んー……トレーニングはやっぱりつまんないし、うににーってなるよ」

 

ユニークナイターはその答えに僅かな安堵を覚えた。しかしその理由を彼女は理解していない。そしてユニークナイターの覚えた安堵は、次の言葉で吹き飛ぶ。

 

「でもね…これがトレーニングのおかげなら、マヤつまんなくても、ガマンできるよ」

 

「ッ!」

 

ユニークナイターは顔が引きつるのを感じた。

 

「だからね、あのね……待っててね?マヤ、絶対キラキラな大人のウマ娘になってユニちゃんをジャラジャラ縛ってるそれ解いてあげるから!ユー・コピー?」

 

自信満々で天真爛漫な少女は、ユニークナイターの心に宣戦布告した。彼女は理解していない。自身が何故こんなにもうれしいのに不愉快なのか。どうしてこうも情緒を搔き乱されているのか。

 

「アイ・コピー」

 

ユニークナイターはそう答えるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








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4話

書き直すかも


7月×日

12月のレースを見据えて、中山で練習してこうということになった。そういうわけで、9月にある中山のレースに出ることにした。俺はスピードとパワーは優れているが、スタミナはダメダメだそうだ。そういった意味でも中距離は理にかなっているそうだ

 

7月×日

トレーナーに過剰に負荷をかけすぎだと怒られた。ひっくり返るまでトレーニングをしていたのだから当然と言えば当然だが。別にトレーニングが好きなわけでも過剰に勝ちたいわけでもない。ただ、肉体を追い詰めている時このまま死んでしまうのではないかと感じることがある。普通のウマ娘はその時点でトレーニングの行い過ぎで、膝をついてしまうのだが俺は何というか実感がなくて続けてしまうんだよな。この身体を自分のものだと理性では理解していも心のどこかで納得できていない。未だにこれは夢なんじゃないかと、錯覚して死ねば元に戻るんじゃないかと思うことがある。誰かと一緒いても誰かに話しかけられても、それは俺じゃない。ユニークナイターというこの身体なんだろう。

 

ただ、マヤノだけは俺を見つけた。だから俺は—————

 

 

8月×日

前に出会った空き教室で泣いていた子。デビューには成功したようだ。よかったなとは思う。しかし、勝ち続けられるかはわからない。俺の見立てだと入賞できるのはGⅢまでだろう。俺と距離適性が別でよかったなと思う。GⅢまでなら俺は勝てるだろうから。

 

9月×日

1600万ゲットだ。中山の直線が思ったより長いなと思った。

 

9月×日

唐突だがマーベラスとは何だろうか?最近、マヤノとマーベラスサンデーと一緒に出掛けることが多いのだが、長時間話すと正気度が減っていく気がしている。マヤノ通訳があるのとないので疲労が全然違う。

 

10月×日

京都ジュニアステークスに出ることになった。やはりG1に勝つ前にGⅢを経験しておいた方が良いだろう。

 

11月×日

ハナ差だったが2000万を手に入れることができた。ここまでは順調だ。

 

12月×日

マヤノは逃げも差しも先行もすべてにおいて適性があった。何が言いたいかと言えば、毎回異なる走り方で相手を蹂躙していくレース運びは同世代の中では受けが悪く、また孤立気味になり始めていた。ただウマ娘は性格が温厚であるため、昔のようなことは起こらない。はずだ。

 

12月×日

レース前日にトレーナーから追い込みで走るなと言われた。今のお前では1着は取れないから。手札を隠して今回は負けろと。………合理的な判断だと思う。

 

 

 

 

 

空色銀河は同僚のトレーナーととある飲み屋に来ていた。

 

大衆居酒屋ではなく機密性の高い個室付きのバーだった。薄暗い店内をジャズの音楽が漂う。

 

「正直意外だった。君はトレーナーを辞めると思っていた」

 

開口一番そう切り出したのは銀河と長い付き合いのある先輩トレーナーだった。あのシンボリルドルフやシンザンを育成していたベテランである。

 

「君は、彼女が引退した件でだいぶ気に病んでいたからな」

 

思い出されるのは数年前の事件。銀河にとっての不幸は最初の三年間でミスターシービーという特別なウマ娘を担当したことではなく、優しさ故にウマ娘を尊重しすぎたことだろう。

 

「オレもやめようかと思っていましたよ…」

 

先輩トレーナーは銀河を見て安堵したように笑みを浮かべる。

 

「………新しい担当はどうだ?」

 

「クソガキですね」

 

「即答か」

 

「あいつやシービーに比べれば酷いもんですよ。いつも作り笑いだし、この世のすべてを知っているような顔しているし、オレをおっさん呼ばわりしやがります」

 

「ハハハハハ、もう30前だもんなぁ。14とか15の学生から見ればおっさんだろう」

 

愉快そうにケラケラと笑う先輩トレーナーを無視して、思考に耽った。

 

「ただ、ウマ娘としての素質はシービーに近しいものを持っています。バ群を捌くセンスとか、走ることだけに集中する性格とか、スピード重視なところとか。ミスターシービーと近しいと言えますね」

 

少し間をおいて銀河は続けた。

 

「性格面で見れば自由を愛する彼女や天真爛漫だった《あいつ》とは真逆ですが………《あいつ》と同じく危ういんですよ」

 

銀河は昨日の晩にユニークナイターにレースで負けろと告げた。それは勝利への布石であると同時に、彼女の心を保護するためでもあった。

 

ユニークナイターは勝てる側のウマ娘である。同時に天才ではない。上澄みであっても天才には勝てない。記録には残っても記憶には残らない。

 

残酷なのはユニークナイターはこの事実を知っているということだ。嫌というほどこの事実を見せつけられてきたのだろう。

 

ユニークナイターはミスターシービーと同じ適性を持っている。資質も同じだ。だが、決定的に才能が足りていない。顔の整い方と見せ方以外は、すべてのパラメーターがシービーの劣化品でしかない。確かにシービーは逃げに適性はないし、頭の良さは彼女が勝るが、それだけだ。総合してシービーには及ばない。

 

だから見定める。最良のタイミングで、最良の手札を切るため。

 

これを伝えた時、銀河は殴られても仕方がないと思った。ウマ娘の力で殴られれば死ぬ可能性すらある。しかし、それを受け入れるのがトレーナーだと彼は思っている。

 

「だがそうはならなかった。あのクソガキは、まるで他人事みたいにそれを聞き流して笑顔で了承した。オレは許せなかったですよ。あんな顔をするガキがいることも。あんな顔をさせたオレが言えたことじゃねえんだけど」

 

銀河はグラスに入っているカクテルを飲み干し、溜息を吐いた。

 

「先輩なら、どうしますか?何がしてやれると思いますか」

 

「………それはお前が一番よく分かってるだろ」

 

先輩トレーナーのその言葉を聞き、銀河は肩を震わせた。

 

「とりあえずはシービーに会わせてみたらどうだ。焦ってどうにかなる話ではないはずだろう?」

 

先輩は会計のため席を立ち、銀河は座り込んだままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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5話

12月×日

結局逃げで走った俺は4着という結果に終わってしまった。G1とはいえ、賞金はしょっぱいの一言だ。

 

12月×日

正直ロールプレイをする気力が起きなかった俺は、授業をサボった。自分でも驚いている。ロールプレイを行っていないと、かなりの不安に駆られるというのに、気力がないだなんて。ひどい矛盾である。

 

12月×日

マヤノやマーベラスが平日の昼間でも俺の部屋に来るので、仕方がなく授業に出ることにした。マヤノは授業は聞かなくてもどうにでもなるからわかるが、マーベラスも一緒に来るのは意外だった。

 

12月×日

頑張るのにはエネルギーがいると思う。日々のトレーニングは大変だし、結果が出なければきつい。それを夢とか約束とか誰かのためとかそういったキラキラした情熱で、誤魔化しているのが中央のウマ娘である。対して、俺はそういったものを持って走っているわけではない。ここで将来の金を稼げれば後々他人と関わらなくても済むなとか現実感が希薄ながらお金を大事だからなという漠然とした理性の残り香でここにいる。だから、いざ足を止めると次への一歩が踏み出しづらい。逆によくここまでやってきた方では?いいじゃないか。そこまでの熱量を持たなくても、GⅢでチマチマと勝ったり入賞すれば目標の金額には行くはずだ。それでいいだろ?

 

12月×日

マヤノは勝手な娘だと思う。あの子が俺に向ける憧れは錯覚だ。初めて会った時、マヤノが俺に負けたのは単に積み重ねの差でしかない。その証拠に次のレースでマヤノが俺に勝った。

俺が大人に見えるのは俺が転生者だからだ。前世の年齢を足せば十分大人と言える年齢になっているはずだ。精神が肉体に引き寄せられても揺るぎはしない。お互いにとって最初の出会いが鮮烈だったのは認めるが、マヤノがあの時感じたワクワクは錯覚なんだ。だから、あの目で見ないでくれ。その透き通った眼が俺を狂わせる。

 

12月×日

今更になってマヤノの体温を思い出してきた。………やばい今マヤノに会いたくない。

 

12月×日

久しぶりにトレーナーと話した。トレーナーは開口一番、こう言い放った。皐月賞を獲る。そう言い放ったトレーナーは、俺にミスターシービー先輩を紹介してきた。名前ぐらいは知っている。三冠を獲ったウマ娘だ。彼女の走りを観察し、並走を持って習得しろと言われた。無茶苦茶言ってくれる………。彼女は紛れもなく天才だ。それは走りを見ればわかる。そして、彼女のパラメータは基本的に俺より上で、努力だけでは追いつけない。必然的に俺はミスターシービーの劣化品になるとトレーナー自身が断言した。だが、それでも皐月賞を獲るだけなら問題ないとも断言した。スピードが重視される皐月賞と俺の相性はいいらしい。加えて、前回のレースで俺をマークするウマ娘は激減しただろう。確かに、掛けるのなら今なのかもしれない。………皐月賞か。

 

1月×日

スタミナやパワーを捨てスピードのみを鍛える方針になった。元々、スピード型のウマ娘であるこの身体は、速度に関しては目を見張るものがある。同時に、過去のレースの動画を漁る。

 

2月×日

数年前、トレーナーが考案した特殊な走法があるとシービー先輩が教えてくれた。トレーナーに聞いたら怒鳴られてしまった。

 

3月×日

なんかシービー先輩に最近連れ回されているような気がする。自由人には慣れているから、別にきつくないけど。

 

 

 

12月25日。その日は雪が降っていた。ゆっくりゆっくりと降り積もる氷の結晶が、地面を水分で黒く染めていく。

 

マヤノは一直線にとある場所に向かっていた。それはトレセン学園の校舎、その屋根だった。暗くて見えないがマヤノには確信があった。そこに探し人がいると。

 

ユニークナイターが高い場所を好む理由の一つとして、視界内に他の建造物が入らないことで前世と同じ景色を見ている気分になれるからというものがある。

 

マヤノはその理由は知らないが結果的に周囲で最も高い場所にいることをわかっている。

 

「不良少女、ここは立ち入り禁止だ。とっとと帰れ」

 

ユニークナイターはいつもの口調を止めて、素で話しかける。それは彼女にとって、気分を高揚させるものだった。

 

「それユニちゃんが言っちゃうの~?マヤの方が成績もいいしゆーとーせーだと思うな」

 

帰る気はないと察したユニークナイターは、寝転がっている体勢から体を起こし自分の隣を空ける。そしてポケットから小さなタオルを取り出し、綺麗に引いた。

 

雪で湿ってきた場所に座らせないための彼女なりの配慮だった。マヤノはそれを見て楽し気に尻尾を振る。

 

マヤノはタオルの上に座り少女に向き直る。

 

「何でここに来た?」

 

ユニークナイターはそう問いかけた。

 

「んー、今のユニちゃんを放っておけなかったからかな?」

 

「今の俺が何だって?いつもと同じだ」

 

「全然違うよー。うにゃにゃーってなってるもん!」

 

マヤノの言葉に少女はため息を吐いた。白い息が空を舞う。

 

「だとしてもお前と話すことはない。帰れマヤノ。風邪引くぞ」

 

しかし、マヤノは少女を説得しに来たわけではなかった。ユニークナイターがこうなった原因をマヤノは完全には把握できていない。だが、自分が何をすればいいのかはわかっていた。マヤノは少女に言いたいことだけを言いに来たのである。

 

「マヤはね、昔からいろんなことがつまんなかったんだ。勉強も運動も絵もドラマの結末もなんでも『わかっちゃう』から」

 

マヤノは空を見上げながら続ける。

 

「キラキラしたものやワクワクすることだっていっぱいあったよ?カワイイお洋服。キラキラなお菓子。ロマンチックな映画にオシャレな雑誌。特にトゥインクルシリーズはワクワクだったの。テレビで見る大人のウマ娘さんはキラキラしてて、マヤノわからないことをわかったしてて、だからあの場所でマヤも走りたーいって思ってレースを始めたんだ。でも、小学校でレースをした時つまんなかったの。全部わかっちゃったから。キラキラに憧れるだけじゃダメなのかなーって思ってた。でもね――――――」

 

ユニークナイターは何となく視線を隣の少女へと移した。そこで、空を見ていたはずのマヤノと交錯した。

 

「マヤはワクワク(ユニちゃん)と出会ったんだ」

 

ゾクリとユニークナイターは背筋が凍るのを感じた。天真爛漫な彼女の瞳に確かな熱が宿っている。

 

「初めて会ったときは変な子ーって思ってた。何でいつも誰かを演じてるんだろうって?最初はそれだけ。でも一緒にいたらだんだんとわかってきたの。ユニちゃんはマヤが見てきた友達の中で一番大人だった。レースもうまかった。それだけじゃなくて、マヤが『わかっちゃう』ことをわかってたの!」

 

マヤノは目を見開き固まっている少女に晴れやかな笑みを浮かべる。

 

(マヤはわかってるよ?ユニちゃんはマヤみたいに『わかっちゃった』できるタイプじゃないこと。知ってるよ?小学校の時マヤのこと守ってくれてたの。わかってるんだ、『わかっちゃった』がないのに、必死にマヤに張り合おうとしてたの。何となくマヤと似たような感じだったことも。マヤにゾリゾリってする気持ちを持ってるのに、マヤの話を真面目に受け止めてくれるユニちゃん)

 

マヤノは少女の膝に手を置き、グイっと体を近づける。ユニークナイターは、熱に浮かされたような表情のマヤノと目が合い、目を回していた。彼女の柔らかな身体の生々しい感触が制服越しに伝わってくる。

 

「ま、マヤノ!?」

 

「ねえ、ユニちゃん」

 

マヤノの瞳にあるそれを見て、彼女の思考は冷やされた。いつもよりも真剣な声色が、雪に溶ける。

 

「マヤはまだユニちゃんのこと『わかっちゃった』できてないけど、でも、でもね?マヤから目を離さないでね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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6話

『さあ間もなく始まります、今期クラッシック路線を走るウマ娘にとって初めてのG1となる皐月賞。勝利を掴むのは一体どのウマ娘なのか!』

 

『生憎の曇り空が広がる中山レース場。バ場状態は良の発表です』

 

『雨雲が心配ですが、バ場は各ウマ娘が存分に競い合える舞台へと整いましたね。今年の皐月賞も楽しみです』

 

ゲートの暗がりの中で、ぼんやりと実況を聞いていた。

 

それと同時に自分に向けられた視線を感じていた。敵対だとか警戒とか負の感情が乗った視線とは違う、興味と憧れを乗せた視線。その原因は、彼女が勝負服を着ているからである。

 

肩出しの薄手シャツからの大きめのジャケット。萌え袖から覗く小さな手と大胆に露出した脚。全体の色は彼女の髪色に合わせ、暖色になっている。わかるものにはわかる。自分がどうすればよく見えるか知っている組み合わせである。

 

陽光を反射する明るい茶髪をまとめて、マリーゴールドを模した花飾りで少し高めに固定している。その結果、後ろから見ると普段髪に隠された背中や肩が露出する。しかし、肌は見えておらず代わりに勝負服に刻まれたオレンジ色の宝石が見える。

 

ファンファーレが鳴り響き、全ウマ娘のゲートインが終わる。そして、紹介実況が始まった。

 

『三番人気を紹介しましょう。タヤスツヨシ。4枠5番での出走です』

 

『ライバルたちは強力ですが、好走を期待したいところですね』

 

『この評価は少し不満か? 二番人気は―――――』

 

雑音が耳障りだった。

 

皐月賞。最もはやいウマ娘が勝つと言われるG1。クラシック級のみが走るが故に、G1としての難易度は高くはない。

 

それでもユニークナイターにとっては別だった。天才ではない彼女にとっては。

 

『スタートしました。各ウマ娘たちがきれいなスタートを――――おっと!?ユニークナイター、出遅れてしまったか!?』

 

『逃げのウマ娘である彼女にとっては苦しい展開です』

 

ユニークナイターは遅れてスタートする。ポジションとしては後方の内側。スタミナや脚を温存して、他のウマ娘を壁にすることで風の影響も弾く。

 

ウマ娘の興味は前に向く。それはそうだ。逃げのウマ娘が出遅れただけでなく後方にいるのだ。警戒する必要がない。

 

ましてやユニークナイターは前回のレースで4着であり、今回のレースで巻き返したいという印象をインタビューなどで、周囲にアピールした。

 

掛かってしまったのだろうという認識を周囲に与えることに成功し、ユニークナイターはこの瞬間完全に伏兵と化した。

 

『先頭が最初のコーナーに差し掛かります。現在先頭から10番、14番、一バ身離れて1番、7番。二バ身離れて――――――』

 

まだ。まだ仕掛けない。

 

『1000m通過。先頭に続き中団がバックストレッチを駆け抜けていきます。5番タヤスツヨシここにいた。人気に応えることができるか?』

 

中山の直線は短いと言われる。通常であれば最終直線だけで最後尾から先頭に追い抜くことは困難である。

 

しかし、今回の条件は特殊だった。誰もが警戒していない状況、溜めきれた脚、綺麗な道筋。敵であるウマ娘の多くは未だ完成前の未熟者。スピードのみに重点を置き、この瞬間のみを想定したトレーニングを積んできた一人のウマ娘がいる。

 

ユニークナイターは、自分にそしてあの日のトレーナーに問いかける。

 

最終コーナーと直線だけでバ群を捌ききれるか?

 

できる。道筋は見えている。全体を把握しやすいのが、追い込みの強みだ。

 

この距離ですべてのウマを追い越せるか?

 

できる。そのためのトレーニングと末脚だ。

 

本当に勝てるのか?他のウマ娘を甘く見ているのではないのか?

 

―――――問題ない。なぜならここにマヤノトップガン(本物)はいないから。

 

「見せてやるよ。半端者の異物が普通で正しいお前たちを踏みにじる」

 

『おっと!?ここで仕掛けたッ!ユニークナイター!!!!!まさかここから間に合うのか!?』

 

『最終コーナーを超え、最後の直線に差し掛かります。中山の直線は短いぞ!番狂わせが起きるのか?』

 

動揺が広がる。予想外の刺客が、すべてのウマ娘の意識を死角から殴りつける。

 

『内を突いて上がってきたのは9番ユニークナイター。4番マジックリングに並び………抜いたァ。見事なごぼう抜きを見せるゥ!躱してどんどん上がっていくぞ』

 

見えている。行くべきルートが。わかっている。最適な抜き方を。完成品であるミスターシービーで、知っているから。

 

動揺が焦りに代わり、歓声が悲鳴とさらに大きな熱に化ける。

 

「前回は世話になったな。タヤスツヨシ」

 

前回のレースで自身を抜き去ったタヤスツヨシにそう言い放つ。

 

『可能なのか!?あの位置からの逆転が!これではまるで――――』

 

ユニークナイターは、ロールプレイ中は浮かべないはずの獰猛な笑みを引っ提げ、最速で駆ける。

 

『並ぶ、並ぶ、並ぶ、並ぶ!!!!!タヤスツヨシ、ユニークナイター、横一線だ!』

 

「負けるかああああああああああ!」

 

タヤスツヨシが叫ぶ。その横で少女はあくまで冷静に告げた。

 

「いい加減、墜ちろ」

 

残り50m。

 

残り40m。

 

残り30m。

 

そして、前に出たのはユニークナイターだった。

 

『抜いたァ!!!!!そのままゴールイン!!!!!一着でゴールしたのはユニークナイター。これはとんでもない伏兵だったァ』

 

『今年の皐月賞ウマ娘が決まりました。ホープフルステークスの雪辱を見事果たして見せましたね』

 

会場が湧く。誰もが予想しなった結末に、その熱は最高潮に達する。

 

実況を聞きながら勝利を噛み締める少女が最初に見たのは、タイムでもトレーナーでもなく、先ほどから声援を送っていた一人の少女である。

 

少女は何も言わずただ、少女に向かって人差し指を突き付け笑った。

 

 

 

 

 

 

 

そのウマ娘は、タブーを犯した。最後尾から先頭に出る。過去に衝撃を与えたミスターシービーの再現を。

 

1:名無しのウマ娘ファン

ユニークナイター可愛いィィィィィィィィィィィィ!

 

2:名無しのウマ娘ファン

あの綺麗な笑顔から一転冷めた目になる瞬間が俺を狂わせて放さない

 

3:名無しのウマ娘ファン

マジで顔がいい

 

4:名無しのウマ娘ファン

顔が良すぎて一番人気やろ

 

5:名無しのウマ娘ファン

最高やな

 

6:名無しのウマ娘ファン

顔が良すぎるんや

 

7:名無しのウマ娘ファン

あの笑顔がたまらんのや

 

8:名無しのウマ娘ファン

ファンサすごいよな

 

9:名無しのウマ娘ファン

涼しげな顔しているのに、レースになるとにこやかに手を振ってくれるんだ

 

10:名無しのウマ娘ファン

あの紅蓮の瞳が俺を狂わせる

 

11:名無しのウマ娘ファン

ブルマじゃなくて短パン、それがいい

 

12:名無しのウマ娘ファン

あれ?スレ間違えた?

 

13:名無しのウマ娘ファン

何でこのスレタイでこんな会話

 

14:名無しのウマ娘ファン

 

15:名無しのウマ娘ファン

マジで変態しかいないのか

 

16:名無しのウマ娘ファン

変態すぎる。短パンじゃなくて制服が一番そそる

 

17:名無しのウマ娘ファン

もしもし、ポリスメン

 

18:名無しのウマ娘ファン

話を戻すと、マジで興奮した

 

19:名無しのウマ娘ファン

ユニークナイターの身体に?

 

20:名無しのウマ娘ファン

レースにだ

 

21:名無しのウマ娘ファン

ほんと草

 

22:名無しのウマ娘ファン

実際、凄まじい追い上げだった

 

23:名無しのウマ娘ファン

ミスターシービーと重ねたファン多いだろ

 

24:名無しのウマ娘ファン

今まで逃げだったのに、急に追い込みに切り替えたの作戦だったらしいな

 

25:名無しのウマ娘ファン

マジで出遅れだと思ってぞ

 

26:名無しのウマ娘ファン

やっぱり、追い込みと差しはいいよな。迫力がある

 

27:名無しのウマ娘ファン

フロックじゃないのかっていう声もあるけど、あれはなるべくしてそうなった。周囲の油断も動き方も予定調和だった。随分前からこのレースのための準備していたんだろう。

 

28:名無しのウマ娘ファン

日本ダービー出走予定だし、期待できるな

 

29:名無しのウマ娘ファン

彼女のポテンシャルじゃ、3冠は厳しいだろうけどね

 

30:名無しのウマ娘ファン

相手次第かな

 

31:名無しのウマ娘ファン

でもトレーナーは空色らしいから、行けるんじゃないか?なおその後のウマ娘の人生は関係ないものとする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




勝負服に付属している髪飾りは、マリーゴールドか薊で悩みました。


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7話

4月×日

5月の後半にダービーに出走することにした。皐月賞にも勝ったから勝てるだとかそういった楽観的な理由ではない。あと一回、GⅠに勝つとすればそこが一番勝ちやすいと判断したからだ。大器晩成なウマ娘や敗北を糧に才能を開花させる子、俺を研究する子もいるだろう。だが、今は別だ。皐月賞から時間も経っていない上に追い込みを見せたのは一度だけ。そうトレーナーに言われた。懸念事項があるとすれば、マヤノが出てくることだろう。

 

5月×日

皐月賞を獲ってから周囲にいつもとは違うベクトルで見られるようになった。三冠のうちの一つを取るということは、やはり特別なことらしい。俺は常に他人と摩擦を起こさず、それでいてあまりそっけないと思われない距離感を取っているが、そういった調節を受け付けない猪突猛進タイプの子が最近現れる。どちらかと言えば、マーベラスサンデーもそういったタイプだけど、マーベラスサンデーは聡く気を使えるタイプなので土足で踏み込んできたり、本当に大事なところには来ない。

 

5月×日

新聞記事に日本ダービー出走バの名前が掲載されてた。目立ってるのは3人だろう。一人はタヤスツヨシ。二人目はマヤノトップガン。マヤノは初のGⅠとなるが、今まで5戦5勝の戦績を収めている。GⅡでも勝っているし、OPではあるもののマイルにも出走し勝利。逃げ、先行策、差し、この3種類を使い分けて縦横無尽にレースを蹂躙する様が、ファンを増やしたようだ。三人目は俺だが、これはまあ皐月賞の勝ち方だろう。

 

5月×日

しかし、税金はカスだと思う。賞金にまで税金を掛けるのかよ。

 

5月×日

いよいよだな。日本ダービー。

 

5月×日

日本ダービー、結果は2着だった。1着はマヤノ。いい、その着順は予想していたものだ。だけど、それでも、こんなに遠いとは思っていなかった。理解させられた。圧倒的な才能の差を。今まで俺がマヤノに張り合えていたのは、マヤノが才能を一切磨かなかったから。わかっている、わかっていた、最初からわかっていたことだ………それでも、ここまで心が搔き乱されるのは頭の片隅で実は意外と通用するんじゃないかと思っていたからだ。いつの間にか思い上がっていたんだ。ここ半年、必死に努力して結果が出たものだから。勝てないまでもいい勝負ができると思っていた。しかし、それは幻想だった。

何をこんなに焦っているのか。あの夜マヤノに言われた言葉が頭の中を滑っていく。マヤノから目を離さないでくれだと?言われずとも、あれは俺のだ。だけど………このままではあの子の世界に俺は―――――――

 

滲んでおり解読できない………

 

 

 

 

 

 

深夜2時を回ったトレーナー室。外から差し込む月明りだけが、静謐な室内を照らしている。音も光もないその部屋の扉をユニークナイターは開いた。広い室内には、一人だけ背を向けて座っている人物がいた。

 

「何の用でしょうか?シービー先輩」

 

ユニークナイターは、カーペットを踏む音さえ響きそうな静寂を切り裂くように、そう声を上げた。

 

「………」

 

振り返ったシービーは口元をモグモグと動かして、ハンバーガーを食べている。深夜2時、ハンバーガーを食べるレジェンド。加えてここはトレーナー室だ。無断で忍び込んでいるのである。

 

情報量の多さにユニークナイターは硬直し、ほとんど素の状態で問い掛けた。

 

「何してるんですか?」

 

「え?ハンバーガー食べてるんだけど、食べたいの?」

 

「いや、そうじゃないです」

 

ユニークナイターは頭が痛かった。ダービーでの出来事の整理がついていない状態で、シービーの相手をしたくなかったのだが、それでも応じたのは彼女の瞳に真剣さがあったからだ。

 

「ねえ、ナイターはさ。走るの好き?」

 

「………質問の意図がわかりません」

 

走るのが好きか。その問い掛けに、彼女は咄嗟には答えられなかった。困惑の色が滲んでいる目の前の後輩を真っ直ぐ見るシービーに、少し怯む。

 

「そのままの意味だよ。走るのは好き?」

 

「…好きですよ。ウマ娘ですからね」

 

誰もが魅了し流される笑みを浮かべる。しかし、シービーは目を細めるだけだった。

 

「ナイターはいつも何かを演じてて不自由だね」

 

「………」

 

「話を変えようか。今日のダービー、最初から勝てないと確信してたでしょ?」

 

「ッ!」

 

ユニークナイターは苦虫を噛み潰したように、顔を歪めた。

 

「わかるよ。アタシには。走りを見ればさ」

 

5バ身の大差で負けた今日の記憶がフラッシュバックした。

 

「勝つって思わないとGⅠでは勝てないよ?勝ちたいって執念をエンジンに。歓声も熱も相手も限界も、全部を飲み込んで走り駆け抜ける。ここに全部置いたっていい。その位全力で走らないと得られないのが三冠だ。だってそのレースはその瞬間にしかいないんだから」

 

「勝つという思いで勝てれば苦労はしないでしょう?見ただけでも僕がマヤノに勝てないのは先輩もわかっていたのではないでしょうか?」

 

「レースはアタシたちの世界だよ?ナイターならどうにでもできるはずだよ」

 

「………どういう意味ですか?」

 

「君はこちら側に来れるウマ娘だってことだよ」

 

困惑しているユニークナイターに、シービーは一冊の手帳を手渡した。

 

「何でしょうか?これ」

 

使い込まれた手帳だった。

 

「君の先輩が残したものだよ。ここにはあの子とトレーナーが考案した走法が残されている。本当ならナイターがこちら側に来るまで待ってから渡すべきなんだろうけど、アタシは今渡したいと思ったから」

 

「………これはトレーナーが僕に隠していた走法ですね?」

 

ユニークナイターには、心当たりがあった。

 

「うん、あの子から託された贈り物だよ」

 

表紙の文字は滲み擦れ読みづらいが、辛うじてアリスという文字だけは読み取れる。ページを捲り視界に入ってきたのは、見開きすべてを使用し書かれた文章だった。

 

己と才能を呪うウマ娘に捧ぐ

 

 

 

 

 

 



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