アストルティア戦記2550 (しろたく)
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1.銀の丘

 「大佐!」

 パンカネロは後ろから呼ばれ、振り向いた。ハパリーパ中尉が息せき切って駆けつけてきていた。前線から徒歩で戻ってきたらしい。

 「ドルボードは?」

 「エネルギー充填が間に合わないため、一旦前線に投棄してきました。回収班を急ぎ向かわせます。隊員の蘇生を最優先にしないと」

 「分かった。報告事項は?」

 「ドルワーム軍は機甲旅団2団をザグバン丘陵に展開しているようです。そのうち斥候部隊が運搬船約2隻にてミュルエル北部上陸を図り、現在我が軍の前衛と交戦中です。今のところ、上陸は阻止出来ていますが…」

 「2機甲旅団?確かなのか?」

 「はい。一旅団の規模はおおよそ3,000名。詳細は不明ですが、後方からの兵員補充も迅速に行われているようです」

 

 パンカネロは辺りを見回した。中継基地である銀の丘は、かのフォステイルが数百年ぶりにこの地に姿を現したことでも知られ、その名の通り銀色に薄く光る丘だ。木々の色も心なしか白っぽい。この地は防御に優れているため、メギストリス歩兵団の基地として早くから確保されていた。

 起伏の多いオルフェア西部~リンクル地方は豊かな緑に恵まれており、プクランド地方でも有数の風光明媚な場所だ。しかし、ドルワーム軍は我々の大陸を蹂躙することに何の痛みも感じないらしい。ミュルエルの森は彼らの侵攻により、大きな被害を受けている。

 

 「ミュルエルにルーラストーンを配置されるのは時間の問題か。オルフェア住民は既に避難を終えているのだな?」

 「はい」

 「ならば一旦、目処がついたら後退せねばなるまい。戦線の立て直しを優先する」

 「本部からの指令はどうなっているのですか?」

 「待っておれん。風車塔へのルーラストーン配置は?」

 「遅くとも明日午前には、配置が完了するかと思います」

 ハパリーパの回答を聞きながら、パンカネロはプロジェクションマップを起動した。プクランド大陸北部の3Dマップが中空に投影される。マップに兵力状況を記入させつつ、パンカネロはきびきびと指示を行った。

 「ミュルエル前線兵を一旦オルフェア北西キャンプまで待避させ、ルーラエネルギー充填に努めよ。

 報告に依れば敵兵力は最大3,000。賢者部隊の精鋭が含まれている可能性を考えると、万が一にもリスクは侵せん。ルーラストーン配置後、風車塔経由で銀の丘に兵を集結させ、敵前衛を迎え撃つ」

 ハパリーパは無言できびすを返し、前線に向かって全力で戻っていった。

 

 彼が見えなくなったところで、パンカネロはため息をついた。このところの劣勢は、目に余るものがある。

 先月末にプクランド船団がドワチャッカ南部に強行上陸し、アクロニア鉱山の南部採石場を一部制圧した時点で、一時休戦に持ち込めるはずだったのだ。

 ところが、ドルワームの戦力はこちらの想定を遙かに上回っていた。ドルワーム軍に賢魔編成の2個中隊が追加され、迎撃が開始された時点で、戦況は完全に逆転した。レンダーシア経由で行軍中のはずの、ガートランド・パラディン支援部隊の到着はいっこうに聞こえてこず、戦線は完全にプクランド大陸側に押し戻された。ミュルエル前線は、この劣勢を少なくとも五分に持ち込むための最低防衛ラインだ。

 

 考えながら、パンカネロは無意識のうちにメインエネルギーボックスモニターを起動し、数値をチェックした。ボックス残量38%。1日0.3~0.6パーセントの割合で、着実に減少が進んでいる。メインエネルギーボックスのモニター閲覧権限は、先週から大佐以上の階級に限定された。が、殆どの兵士たちは状況を知っている。兵士だけではない。一般市民もだ。

 ラグアス王に状況を伝えなければならない。パンカネロは二等兵に命じ、アカイライ飛脚を急遽3頭準備させた。

 アカイライ飛脚は丘陵に向かって走って行った。それを見届けたパンカネロは、数秒、目をつぶって瞑想した。



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2.ザグバン丘陵

 スライムナイト第1列の中央から、ドルボードを慎重に操作しつつ、セラフィは眼下の光景を一瞥した。

 数多くのクレーターで構成されたザグバン丘陵は、砂漠化の進むドワチャッカ大陸の中でもことのほか荒涼とした場所だ。

 かつてクレーター底部を生息地としていたメガザルロックたちは乱獲により大幅に数を減らし、今では数個のクレーター内にまばらに確認できるに過ぎない。それに伴ってサウルス類の生息数も徐々に、確実に減少していた。丘陵を通る風は生暖かく、曇天には時折ケツァルコアトルスの黄色い翼が見え隠れする。

 地形的にドルボードを使いにくい場所なので、セラフィの中隊は殆どが徒歩での行軍を強いられる。セラフィのドルボードも、セグウェイタイプ2のシンプルなものだ。

 伝書ドラキーマ4匹のうち、2匹が戻ってきた。セラフィは伝書内容を一瞥した後、スライムナイト及びダークパンサー4頭に、ペアでの南下を指示した。4つのチームは文字通り滑るように移動していった。

 

 流れ落ちる汗をぬぐい、セラフィは後ろにいるカレヴァンを見た。カレヴァンは、真のレンダーシア・アストルティアではキラーパンサーであるチョメの姿を取っている。この部隊の中で人間の姿に見えるのは、今のところセラフィ一人だけだ。

 「大丈夫かしら?」セラフィは尋ねた。

チョメの姿をしたカレヴァンは、泰然とした様子で首だけをこちらに向けた。

 「うむ。彼らは熟練の兵員たちだし、欠けることなく戦線まで行って戻ってこられるだろう」

 「何も手が出せないというのは歯がゆいけど…」

 「とにかく、待つことだ。今回の任務には相当の忍耐力が要求される。兵もそうだが、何よりあなたにだ。セラフィ」

 セラフィは微笑をもってカレヴァンに応え、荒涼たるザグバン丘陵に目を戻した。雨期でも殆ど雨の降らない丘陵大地には、まばらにしか草が生えていない。オーグリード大陸と並んで過酷な環境で知られるこの大陸の中でも、特に厳しい場所だ。

 セラフィは残った部隊を集合させた。モンスターたちへの訓示を行う。

 「ドルワーム部隊に発見されたときの措置は?」

 「スライム種・パンサー種・ドラキー種別に素早く散開し、モンスターの縄張り保全を装います」

 「よし。ではこの場で待機。今回の作戦では、交戦は基本的に一切禁止だ。指示があるまではこちらからの行動は行わないこと。では持ち場に着きなさい」

 毎日、一字一句違えずに行ってきたやりとりだ。相手がモンスターだから、ではなく、軍律を維持するための最低限の手段である。

 

 セラフィは疲労の色を悟られまいと、一人離れた小高い丘に向かった。

 自分がモンスター部隊のリーダーを務めるなど、想像したこともなかった。他ならぬ勇者姫とその盟友からの再三の頼みがあったから、受けただけだ。

 毎日、任務を受けたことを後悔していた。だが、CWが膠着することでアストルティア全体が崩壊の危機にさらされることは、十分に解っていた。

 ネルゲル危機ともマデサゴーラ危機とも違う。前の二つは共通の敵が相手だった。「世界の危機」に際して、アストルティア各国とレンダーシアは緊密に団結していた。今回、6つの大陸はCWによって急速に分裂・対立してきている。

 おそらく、彼の地には敵軍が常駐しているだろう。2機甲旅団という大軍がプクランド大陸に向かっている。彼の地ルートの部隊もかなり大がかりなはずだ。精鋭とは言え、このモンスター部隊で突っ込んでいって、果たして勝ち目はあるのか?

 

 一日数回は繰り返される脳内反芻を止め、セラフィはゆっくりと隊に戻った。



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3.ドルワーム水晶宮

 ドルワーム新王・ラミザは王宮・空中庭園の玉座を出て、庭園を見渡せる渡り廊下をゆっくりと歩いていた。彼の特徴でもあった長めの巻き髪は、新王即位に伴って短く刈り込まれていた。ずんぐりとした体型はドワーフ特有だが、ラミザの体躯からは一種の精悍さが感じられる。

 ドルワーム王宮は、420年前の新ドルワーム王国建国時からおよそ50年をかけて建設され、歴代の王が維持してきた建造物だ。空中庭園にはその名の通り壁が全くなく、四方の太柱と中央部分の格子状階段のみが天井部分を支えている。砂漠の地で庭園に常に水を供給し続けるため、これも建国当時から数十年をかけてデマトード高地から引かれた運河と、大陸深部の地下水をくみ上げ、王宮と王国が維持されている。

 ドワチャッカ大陸は大半が砂漠の土地だ。空中庭園の周囲は微弱な魔力シールドで保護されているが、砂漠を吹き渡る強風は王宮にも容赦なく吹き付けてくる。庭園の緑を前王ウラードはよく愛でていた。そのため、庭園には常に40名の園丁が勤務していたが、ラミザが即位してからは徐々に減員されている。

 

 「ラミザ王!」

 ラミザはゆっくりと振り向いた。ドゥラ院長が足早に近づいて来た。白い研究所作業服を着込んだドゥラはいつもの険しい表情を崩さないが、どことなく戸惑っているようにも見える。

 「ドゥラ君、今日はお休みではなかったのかい?」ラミザは答えた。王子として宮中にある時からのもの柔らかい話し方は、変わっていない。

 「は。非番ではあったのですが、状況が気になって登庁致しました。賢者部隊を新たに増援されたそうですね」

 「ボクの命令じゃないよ。チャムール旅団長の判断だ。昨晩彼から打診があってね。ボクも必要だと思ったから、彼の判断を支持した」

 ドゥラは少し目を伏せた後、もう一度ラミザの顔を見て、言葉を続けた。

 「チャムールは優秀な将校となりました。元々盗賊団を率いていたときから、リーダーの資質はあったのでしょう。その判断自体に余り異を唱えるつもりはないのですが、しかし…」

 「しかし?」

 「王国本土の防衛が手薄に過ぎませんか。ここに他大陸からの侵攻を受けたらどうなるでしょう。前線に兵を集中投入したことで、王宮の防衛部隊は通常の半分以下の大勢となっています。王もお気づきでしょう」

 

 ラミザは薄く笑った。ドゥラは表情を変えずにいたが、内心後ずさりをしたくなる気分に駆られた。王になってからのラミザは、ことあるごとにこの表情を見せる。

 「この状況下でドルワームに侵攻してくる勢力などあるものか、ドゥラ君。エルトナの各都市国家とは不戦協定締結済みだし、ガートランドが差し向けている援軍も到着まで5日は優にかかる。特に、彼らの交通手段は限られているからね」

 「お話の途中ですが、その件についても。我が国の方針により、大陸間鉄道が完全に不通になっているため、一般国民・市民の行き来にもかなりの支障が出てきています。このままでは国民の不満増大を抑え切れません。よって…」

 「だから短期決戦が必要なんだよ。速やかに我が国の意向をプクランド大陸諸国に示し、新生ドルワーム王国の覇権を盤石なものにするための、やむを得ない行為だ。これ以上、他国の後塵を拝するわけにはいかないからね」

 ラミザは暫し西の方角に目線を送り、話し続けた。

「もちろん、ラグアス王は全く侮れないし、ああ見えてメギストリス騎士団は非常に屈強だ。よって、戦線全体をコントロール出来る賢者部隊が最も重要だ。王宮の防衛力確保より、優先度は明らかに高い。ドゥラ君もその点には納得出来るだろう?」

 何度か話してきた内容とは言え、ラミザの語る戦術には隙がなかった。チャムールとの意思疎通も問題ないようだ。ドゥラは黙って下を向き、同意を示した。確かに隙がない。今までのラミザの考え方からは比べものにならないくらい、行動に隙がない。

 「さあ、我々が戦術のこまかいことを心配してもしょうがない。ちょうど庭園でハイ・ティーにしようと思っていたところだ。もちろん同席するよね、ドゥラ君?」

 ラミザは、ドゥラが幼少期からずっと見てきた、ちょっと頼りなげだが人なつっこい笑みを浮かべていた。ドゥラも微笑をもって返すしかなかった。

 自分がかつて無能な兄と蔑んでいたこの男は、実は常に心根の優しい、思いやりと気配りを欠かさない人物だった。二度にわたる天魔クァバルナの災厄を経て、ドゥラは彼の人品を見損なっていたことを深く恥じ、忠誠を誓った。彼であれば新しい国王を安心して任せられる。ドゥラはそう信じていた。

 

 信じていた、か。いや、その思いは今でも変わらない。

 ハイ・ティーが設けられたテーブルへ進むラミザの後を、ドゥラは足早で追った。



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4.カミハルムイ





 カミハルムイ城主・ニコロイ王は、王宮広間の玉座に座り、微動だにしなかった。自ら「仏壇」と呼ぶこの席を、ニコロイは極端に嫌ってきた。亡き母アグシュナの思い出と密接に関わっているのだから、なおさらだ。だがここ1ヶ月ほど、彼は殆どの時間をこの玉座で過ごすようになっていた。

 「ヘルガ大僧正様がお見えになりました」側近が告げた。

 ニコロイは黙ってうなずいた。程なくしてヘルガが玉座室に入ってきた。CW勃発後、アズランのキリカ修道会は緊急の軍事体制を敷き、ヘルガを王国軍補佐として昇格させていた。ここ1ヶ月、ヘルガはずっとカミハルムイ領に詰めている。

 

 「息子さんの具合は大丈夫かね?」ニコロイは尋ねた。

 「ご心配頂きありがとうございます。先ほどタケトラ領主がカムシカ隊をよこしてくれました。アルノーは一旦アズランに帰そうと思います。フウラ嬢とアルノーは仲が良いので、ちょうど良いかと」

 「そうか。済まないな、このような状況となって」

 ヘルガは少しだけ微笑んだが、いつもの酷薄にも見える冷静な表情にすぐ戻った。

 「防衛線の状況ですが、第2大隊への兵站補給を今朝指示しました。食料は向こう10日分を想定しています。一方で、ヒメア様の意向によりアズランの商業ギルドに対し、当面の食料供給のために即時の融資を実行すると…」

 報告内容はごく当たり障りのない進捗確認だった。ヘルガは話をしながら、手元に筆と記録紙を持ち出し、何かを書き付けていた。

 ニコロイはやはり微動だにせずに話を聴いていた。口頭での報告は単なるカモフラージュである。ウルベアの古代技術を用いたと推定される【からくり盗聴器】の存在が半月前に明らかになってから、ニコロイへの機密事項連絡は全てのこの方式で伝えられるようになった。盗聴器の発見は、ごく一部の幹部しか知らない事実だ。

 

 「…となっております。では殿下、こちらにてサインをお願い致します」

 ヘルガは話しながらメモを書き終えた。よく話をしながら全く違うことを書き付けられるものだと、ニコロイはいつも妙な感心を覚えていた。

 手元に渡されたメモをニコロイは一瞥した。ニコロイは大きくうなずきつつ、ヘルガに目線を預けた。

 「僧正、ご苦労だった。この通りにすすめよう。引き続き防衛線のケアを頼む。貴殿も体に無理がないようにな」

 「解りました。ありがとうございます」

 ヘルガはエルフの僧正を極めた者特有の、殆ど音を立てない優雅なしぐさで退出した。

 

 ニコロイは今手に取ったメモを袖の奥にしまった。1時間以内には焼却しなければならない。ここからは時間勝負だ。ニコロイは素早く席を立った。

 まずは、ラグアス王とルシェンダ様に連絡をせねば。その後、我々も行動を起こす必要がある。



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5.ヴェリナード

 ヴェリナード魔法戦士部隊は、王宮棟2階の詰め所に集合していた。新任戦士たちに対する講義が始まっている。講師を務めるユナティ副団長は、前列にいた戦士に尋ねた。

 「今回のアストルティア内戦、通称【CW(シヴィル・ウォー)】の発端を語りなさい」

 戦士は起立して答え始めた。

 「はい。CWの発端は、マデサゴーラ危機によって明らかになった偽レンダーシアの存在です。マデサゴーラは『偽レンダーシアは自分が作り出した並行世界だ』と豪語していました。そのエネルギー源が、アストルティアのエネルギーボックスなのではないかと言う推測が出るのは、当然のことでした。実際、本大陸と偽レンダーシアとの行き来が活発となった時期において、エネルギーボックスの消費スピードは従来の30%増となっています」

 「エネルギーボックスとは何か、説明しなさい」ユナティが促す。

 「はい。エネルギーボックスは、アストルティア・レンダーシア大陸全体のエネルギーを統括する機構です。太古よりマナと呼ばれてきた自然エネルギーを、回収・濃縮します。各大陸におのおの一つが設置され、主要王国最深部において厳重な警護の元に管理されています。魔法職が用いる魔力・ルーラストーン・魔導系武器への供給エネルギーは全てエネルギーボックスが源泉となっている、とされてきました」

 

 ユナティはわずかに眉をしかめた。

 「されてきた、とは?何か違うの?」

 戦士はたじろいだが、話を続けた。

 「…すみません。これは私が元いた隊で噂になっていたのですが、エネルギーボックス全体にエネルギーを供給する上位機構【メガボックス】というものがあるらしいと聞きまして」

 「その噂は確かにかなり広まっているわね。しかし…ええとあなた名前は?」

 「クインディです」

 「戦士クインディ。この場では確実な情報のみを話しなさい。【メガボックス】とは真偽不明の単なる噂。いいわね?」ユナティはクインディの真正面に立ち、多くの将軍たちを震え上がらせてきた眼光で、その目をまっすぐ見つめた。

 

 「失礼しました!」クインディは明らかな失言を悟り、額にうっすらと汗を浮かべている。彼を必要以上に責める必要はない。ユナティは、自ら説明を続けた。

 「マデサゴーラ危機終了から半年後、急遽即位したドルワーム王国のラミザ王子、じゃなくてラミザ新王が行動を起こした。それがCWの直接的発端ね。ラミザ新王は即位後、メギストリス王ラグアスに対し、プクランド大陸からドワチャッカ大陸へのエネルギー融通を求めた。

 エネルギーボックスの大陸間エネルギー融通は、全大陸級の危機など本当の緊急時にしか認められていない。だけどラミザは、マデサゴーラ危機によって最も被害を被ったのはドワチャッカ大陸で、復興を進めるためには被害の少なかったプクランドがエネルギーを供給すべきだと主張し始めた」

 一息ついて、ユナティはゆっくりと話を続ける。

 「ラグアス王は温厚な方だから、宰相フォステイルとも協議をしてある程度の妥協点を探ろうとした。だけどドルワーム側は一切譲歩せず、プクランド大陸との断交及び交通遮断を宣言した。この間たったの3週間」

 「そんなに急な話だったのですか」クインディは先ほど叱責されたことも忘れ、ユナティに尋ねた。

 「そう。最終交渉の2日後には、両大陸間の鉄道が封鎖された。その後の状況は、貴方たちも知っているとおり」

 一同はユナティを見つめた。

 

 「さあ、基本情報はこの辺りにしておきましょう。現戦局は従前のブリーフィングの通り。ドルワーム機甲旅団はザグバン丘陵南に展開していて、この後おそらく鉄道陸橋及び船舶の複数ルートで、プクランド大陸北部への上陸を図るでしょう。

 上記を踏まえ、ヴェリナード王立魔法戦士団として、これより我らが取るべき作戦行動をこれから…」

 

 詰め所の扉がいきなり開いた。

 「ユナティ!」

 「オーディス王子、どうしたのですか?」ユナティはオーディスの青白い顔を見つめた。いや、ウェディはそもそも肌の色が青白い種族だが、今日のオーディスの顔には青みがなく、ほとんど蒼白に見える。

 「第2海兵師団より連絡があった。船舶3隻が無許可でジュレー島より出航した。ディオーレ級巡洋艦まで引き連れてだ。つい30分前の話だ。何か情報はあるか?」

 ユナティは無言で部屋を飛び出し、半円形廊下向かいにある小部屋へ一目散に駆け込んだ。オーディス王子に対する非礼など完全に消し飛んでいた。部屋には案の定、誰もいない。

 

 「…ヒューザ!」

 ユナティは唇をかんだ。

 こんな行動が取れるのは、ヒューザしかいない。



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6.メギストリス

 メギストリス玉座の間で、ラグアス王と宰相フォステイルは、刻一刻と入ってくる前線の速報を聞きながら、各方面への指示に追われていた。

 ルーラが最小限しか使えない今、情報伝達は伝書ドラキー族・アカイライ飛脚に頼らざるを得ない。必然的に伝達効率は下がり、当を得ない不確かなネタも多くなっていた。そんな中、いくつかの重要な情報が彼らにもたらされた。

 ガートランド軍が24時間以内にはメギストリス西岸に到着するという。最初の予定では後5日以上はかかるとのことだったので、これは嬉しい誤算だ。一方でミュルエル北方の戦線がいよいよ崩れそうだというパンカネロからの速報がある。もう一つ、ヴェリナードからの不明船団が3隻接近中という、プテラサウルス族による遠視情報も届いていた。さらにもう一つ、ニコロイ王からの書簡。

 

 「フォステイル、このヴェリナードからの船団は何だろう?3隻だけだけど、ディオーレ級巡洋艦が中心らしいね。穏やかじゃない」

 「ヴェリナード軍が参戦するとは思えません。ドルワームとヴェリナード魔法戦士団との交渉は不調に終わっておりますし、彼らは此度の戦乱には興味がないというか、関与を避けたいようですので。ただ、船団の目的が何かという点については、私も今のところ見当がつきません」

 「そうだね」

 ラグアスは目をしばたたいた。ここ1ヶ月、ほとんど眠っていない。特に休戦協議が決裂し、両軍の衝突が始まってからのラグアスは、ほぼ不眠不休だった。フォステイルに寝ろ寝ろと散々叱られながら、ようやくうたた寝をするような状態だ。

 「…やっぱり、僕が前線に行くよ。フォステイル」

 フォステイルは首を振った。

 「国家元首の仕事は国の中央にしっかりと構え、臣下に指示を出すこと、そう申し上げたはずです。陛下が前線に出てもしものことがあったら、メギストリス全体が回復不能なダメージを受けます。同じことを何度申し上げれば良いのですか?」フォステイルはいつものように目をつり上げた。

 「分かってるよ。でも、よくよく考えた結果なんだ。聞いて欲しい」。

 ラグアスはそのつぶらな瞳で、フォステイルをひたと見据えた。亡き母・前王妃アルウェとうり二つの目線だ。

 550年前からこのアストルティアを生き抜き、アルウェにも寄り添って来たフォステイルは、どうもこの目線に弱い。仕方ないとばかりに、話の続きを聞くことにした。

 

 「ラミザ君、いやラミザ王に直接会う必要があると思う。ラミザ王は、絶対この最前線まで出てくる。確信があるんだ」

 「確信とは?」

 「さっき来た、ニコロイ王からの書簡だよ。急いで出したらしく要点しか書かれてないけど、ラミザ王が不戦協定内容をかなり念入りに確認してきたことが知らせてある。彼は後ろの不安を徹底的に排除したいんだよ。と言うことは、自分が出てくる気なんだ」

 「…かなり根拠薄弱ですな」

 「前線にドゥラ院長ではなくチャムールを差し向けていることもそうだよ。つまり、ドゥラをドルワーム城に残すつもりだ。本来なら、ドルワーム機甲旅団の参謀としてはドゥラ以外考えられないはずだからね」

 「なるほど」

 フォステイルはやや感嘆しながら、ラグアス王を見つけた。情報収集が行き届いているし、筋も通っている。プーポッパン前王の不幸な逝去以降、ラグアスは驚くほどの成長を見せていた。

 

 「根拠は分かりましたが、それと最前線に王が赴かれる理由が繋がりません」

 「顔を見て話したいんだよ、ラミザ王と」

 ラグアスの顔は少し紅潮していた。

 「確かに、今回のラミザ君の行動はどう考えても変だ。全く理屈が通らないし、同調する国も一つもない。

 その一方で、進軍はキチンと統率が取れていて、兵は一心不乱に戦っている。ちぐはぐすぎるんだよ。

 実際に彼に会って、顔を見て話せば何か分かると思うんだ。ボクはそうしたい。何より、国王が正面に出て行けば、向こうもそう簡単に侵攻してくることはできないだろう」

 「…その主張には全く同意出来ません。彼らが王を確認したからと言って、攻撃を控えるという根拠はありません。むしろ攻撃を強める可能性すらある。王の安全は、最優先事項です、しかし…」

 フォステイルは長い時間考え込んだ。

 

 「…こうしましょう。戒厳令を想定したシフトを取ります。王の影武者を置き、執政はいつも通り私が進めます。王には今晩のうちに、精鋭数名だけをつれて極秘裏に移動して頂きます。公の行動は認めるわけには参りません。随員は私が選びます」

 「解った。移動方法は?」

 「基本的にはルーラは控えるべきでしょう。ドルボードにて移動して頂きます」

 「よし。ではすぐ準備するよ。今の通り進めておいて、フォステイル」

 

 ラグアスは準備のために王座を離れた。フォステイルは一瞬悲痛な表情を見せたが、すぐさま王の移動手配にとりかかった。

 



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7.グランゼドーラ

 大賢者ルシェンダを中心とする【叡智の冠】会議は、このところ頻発する緊急事態のため、実質的に週2回以上開催されることも珍しくなかった。

 グランゼドーラ城地下の会議室には、オルフェアで釘付けとなっている賢者エイドスを除いた3名が集まっていた。エイドスは現地からホログラム参加だ。

 「戦況を共有化しよう。賢者エイドス、お持ちの情報をお話し頂けるか」

 その強大な魔力で、実年齢を完全にカモフラージュしてきたルシェンダだが、さすがに昨今は疲労の色を隠せない。エイドスもまた、ホログラム越しでも分かる困憊した顔つきで、説明を開始した。

 「ザグバン丘陵南部からドルワーム機甲旅団2隊が南下・上陸目前、ヴェリナードからは未確認船団が東進中。おそらく彼らの目的地は…」

 ぼそぼそと説明を始めたエイドスを、ブロッゲンの杖がいきなり遮った。

 「しかーし、ヴェリナード船団がメギストリス制圧を目的としているかどうかはまだ分からないのでアール!

 ブロッゲン様が見立てたところ、船舶数は3隻で、物資も最低限に過ぎないので、上陸戦を前提としたものとは考えにくいとのことなのでアール!」

 「…ホルタよ、この会議の時くらいは、そのしゃべり方を改めることはできんのか?」

 ルシェンダはウンザリ感を露骨に出しつつ、杖に憑依している神父を実名で呼んだ。生前のホルタは、あのルナナとか言うワガママ小娘の父親だった頃は、控えめで人徳のある神父だったのだが、杖に憑依してなぜこんなふざけたキャラになってしまったのか、全く理解できない。

 「これはしょうがないのでアール!!」

 いつも言下に否定されるところも、全く同じだ。諦めて、彼女はエイドスに向き直った。

 

 「ラグアス王とは、連絡がつきそうなのか?」

 「斥候ドラキー族が完全に払底しており、連絡手段はほぼ途絶えております。エネルギー充填量がもう少しあれば、ARマルチライン回線を使うことも出来るのですが、現状ではエネルギー枯渇も甚だしく…」

 ルシェンダはエイドスの報告を、手を振って制止した。ホログラム使用によるエネルギー消費もバカにならない。重要な論点に絞ることにした。

 「エイドス。やはり私はどうにも納得がいかない。今回のラミザ王の目的だ」

 「はあ」

 「そもそも、ウラード王が突如譲位をした経緯も全くドルワーム国外には伝わってこない。そしてラミザが即位した直後のこの暴挙だ。こんなことをすれば諸国全体を敵に回すことは明らかなのに、彼は矢継ぎ早に行動を仕掛けている」

 エイドスはホログラム上で、じっと耳を傾けている。

 「…どう考えても、王の背後に誰かが、あるいは何かがいて、彼を扇動しているとしか思えない。もちろん、これは誰でも思いつくことだ。だが、余りにも行動があからさま過ぎる。裏の裏があるのではないか、と勘ぐってしまうのだよ、エイドス」

 

 エイドスは、パイプの煙ですっかり黄色くなった眉毛と帽子の隙間から、ルシェンダを見つめた。

 「ルシェンダ様。私はこう思うのです。ドワチャッカ大陸はウルベア・ガテリアと言うアストルティア最古の文明を長きに渡り2つ擁していた大陸です。加えて、ドワーフとはそもそもが誇り高き種族です。

 ですが、ここ数十年ドワチャッカの人口は減少の一途をたどっております。産業水準でも5大陸の最低レベルにとどまっており、オーグリードやウェナの後塵を拝しています。彼らの誇りは、地に落ちていると申し上げて良い。

 ドルワーム王国の諸侯たちは、元々覇権を旗印にしていたところがあります。過去数代の王は、他国への侵攻こそ行わなかったものの、常に交易や領土交渉等を通じて自国の優位強化を図っていた。

 ですが、ウラード王は全く異なり、融和的・共和的な政策をとっていました。ラミザ王子は人知れず、そのような先王の姿勢に反感を持っていた、と言うことは考えられませんか?」

 淡々と語るエイドスの口調を、ブロッゲンの杖が大音声で遮った。

 「…うーむ、それは思いつかなかった。深い洞察でアール!!」

 ルシェンダはため息をついた。

 「なるほど、一理あるかもしれんな。また改めて話そう。賢者ホーロー、状況を共有化してくれるか」

 

 ルシェンダはホーローに向き直った。ホーローはここ2週間ほど、憔悴しているように見えたが、ぶつぶつと発せられる独り言からその理由ははっきりしていた。

 「…まったく、今日はカミハルムイ名物王都の桜餅を最低5個は食って力を蓄える日なのに、いつまでこれが続くのか…」

 ルシェンダは静かな怒りを覚えた。

 「賢者ホーロー。食べ物の話は暫し捨て置け。貴殿の知っている情報を、速やかに全て共有化したまえ」

 ルシェンダの幻視シールドが怒りによって少し弱まり、その【真の姿】がほの見えていた。ホーローはもとより、残りの賢者全てが正しく震え上がった。

 「大変失礼しました。私の得ている情報は、カミハルムイ王国の動きで…」

 ホーローがカミハルムイとアズランでの動向を説明し、議論はなお1時間ほど続けられた。

 とは言え、錯綜する状況を多少なりとも理解することは出来ても【叡智の冠】が手をつけられることは限られていた。殆ど成果らしい成果を得られないまま、会議は終了し、各賢者は自分たちの持ち場に戻っていった。

 

 薄暗い地下の会議室で、ルシェンダはまだ暫し佇んでいた。誰もいなくなった今、彼女の【真の姿】が、かなりはっきりと形を取って現れていた。幻視シールドを常に維持することが不可能なほど、彼女は疲れを隠すことが出来なくなっていた。

 「ルシェンダ様」

 少しまどろんでいたルシェンダは、はっとなって向き直った。瞬時に幻視シールドを張り直す。

 勇者姫、アンルシアが戸口にひざまずいていた。ルシェンダは彼女を招き入れた。

 「お疲れのところ申し訳ありません」

 「…うむ。会議は踊る、されど進まず、だ。」

 「大賢者の皆様も、お疲れの中懸命に働いていらっしゃるようですが」

 「だといいがな…で?」

 ルシェンダはじっとアンルシアを見つめた。アンルシアはつい最近髪をかなり短く切り詰め、より活動的なスタイルとなっていた。

 ここグランゼドーラ城地下のホログラム会議室は、盗聴や精神感応を含めた全てのエネルギーを遮蔽するシールドが完備されている。それでもルシェンダとアンルシアは、念には念を入れて固有名詞を避けながら、会話を続けた。

 

 「奴で、ほぼ間違いないのか?」

 「…間違いないでしょう。少し復活サイクルが早い気もしますが、それ以外は想定通りです。セラフィからの情報とも一致します」

 「うむ」

 ルシェンダは沈黙し、前をまっすぐ見つめた。彼女は基本的に熟慮する。素早い判断は余り得意ではないが、その代わり徹底して考え抜いた結論を、満を持して実行する。

 「奴だとした場合、今までと行動パターンがかなり異なる。少なくともこんな手の込んだ差し口は、以前にはなかったものだ。それが気になる。もちろん、彼を操作しているのは奴だと考えるのが妥当ではあるのだが…」

 「私もそれは考えていました、ルシェンダ様。ですが、最終目的地がA地であり、そこに向けて行動がなされているとすれば、辻褄が合います」

 「そうだな。最も可能性の高い仮説に集中することとしよう」。

 

 ルシェンダは手元のエネルギーボックスパネルを操作し、データスフィアを呼び出した。目下、ルシェンダにのみ許された特権的エネルギー使用である。彼女はレンダーシアの在野人物データベースにアクセスした。

 「リンジャの塔に居所を構える歴史学者がいたな。なんと言ったか、女性の…」

 「ヒストリカ博士ですか」

 「彼女の専門は旧リンジャ帝国だが、ドワチャッカ・プクランドの古代史にもかなり詳しかったはずだ。少々遠回りかもしれんが、意見を聞いておくのは手だろう」

 「分かりました。我が盟友に依頼し、情報を入手します」

 アンルシアは手早く一礼し、地下室を去った。

 

 CW下において、アンルシアは文字通り八面六臂の活躍を見せている。その体力は無尽蔵ではないかと思われるほどだ。マデサゴーラ危機と、何より兄トーマとの辛い別れが、彼女を一段とたくましくしたことは間違いない。

 ルシェンダはその後も黙考を続けていた。



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8.銀の丘

 ミュルエル方面の防衛隊がほぼグレイアウト(撤収)したことを確認し、パンカネロは一旦銀の丘方面へ全軍を集結させた。

 前衛ではドルワーム斥候部隊と小競り合いを演じてきたが、ひたすらモグラ叩きに近い行動を強いられ、兵員の損耗が強まっていた。一つルーラストーンを置かれてしまうと、敵の後続部隊が一気に上陸してくるのである。

 十分に時間稼ぎを行った後に退却に成功したものの、結局ルーラストーンを置かれ、ドルワーム軍の移動は始まっていた。

 銀の丘で待機すること30分、ようやく援軍が到着し始めた。莫大なエネルギーを使うルーラストーンの使用は、移動人数を含め厳しく規制されており、部隊を移動させるにはかなりの時間を要する。

 ハパリーパは、風車塔と前線との間を忙しく駆け回っていた。少しの合間を見て、彼はパンカネロの元に報告に走った。

 「…今のところ、配置可能な兵数は2,500です。長弓部隊500を含みますが、彼らの到着は少し遅れます。水際の攻防で多少の損耗が出ておりますし、それ以上に兵士の心理的圧迫感が大きいです」

 「うむ」

 「ラグアス王から緊急増援の旨、連絡を受けました。ガートランド・パラディン部隊の到着の目処が立ったようです。おそらく一両日中には合流可能かと。とは言え、敵の侵攻スピードを見るとかなりギリギリの線ですが…」

 「そうか。他には?」

 「魔法使い部隊は、今のところ確実に確保可能な兵数が900。バイシオンまで習得したデュピティ部隊を動員する予定ですが、そちらを入れても1,500と言うのが上限です」

 

 パンカネロは眉をしかめ、暫く考え込んだ。ハパリーパはよく訓練された軍人らしく、上官の言葉をじっと待っている。

 やはり、魔法使い部隊の数が少なすぎる。恐れていた事態となった。

 ドワーフ前衛の斧部隊は、アストルティア屈指と言われる精鋭部隊だ。並みの装甲と攻撃力では刃が立たない。よって、プクリポの前衛兵に対しいかに途切れなくバイキルトをかけ続けられるかが、戦闘の合否を分ける。

 しかしドルワーム軍は、中衛~後衛位置に分厚い賢者部隊を揃えてくるだろう。十分な魔法使い部隊を確保出来ない場合、バイキルトは賢者の『零の洗礼』によって即座に無効化されてしまう。今の戦力では、バイシオン部隊を含めても前衛強化が追いつかない。

 本来、一時休戦中に魔法使い部隊を増援し、ガートランドの協力を取り付けた上で恒久和平に向けた抑止力とするはずだったのだ。しかしドルワーム軍の侵攻は、想定を遙かに超えるスピードだった。

 

 パンカネロは、ようやく重い口を開いた。

「…プランBで行く。やむを得ない。この戦線を押し切られると、次の戦線はメギストリス周辺にまで下がる。ラグアス陛下をこれ以上の危険にさらすわけにはいかん」

 ハパリーパは、指示の意味を暫くかみしめていた。その上で、小さくうなずいた。

 「明朝までに到着した兵力を用いて、一次戦線を構築してくれ。現在の進行速度で行くと、敵の上陸は当面多くても一旅団の6割、2,000程度だろう。ここをまず最小の損害で切り抜ける必要がある。銀の丘戦線の死守が第一目的だ。増援まで持ちこたえれば、戦況は確実に好転する」

 「解りました」

 ハパリーパは再び忙しく駆けていった。

 

 半ば無意識に、パンカネロはエネルギー残量をチェックした。31%。ルーラを急激にかけたおかげで、大きく減少している。

 いつまでこの戦いを続けるのだろう?ドルワーム軍も同様のペースでボックスエネルギーを消費しているはずだ。双方のエネルギーが枯渇したら、戦争どころではなくなるではないか。

 頭の中で100回は繰り返した疑問を、パンカネロは口にした。

 

 「何がしたいんだ、ラミザは?」



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9.ヴェリナード東海域

 ヴェリナード東海域の風は強かった。通常の帆船では、転覆しかねない波の高さだった。

 だが、ディオーレ級巡洋艦は王国最強クラスの船だ。アストルティアでは非常に珍しい内燃機関エンジンを搭載し、最大で400名が乗船出来る。

 全く稼働していない大陸間鉄道陸橋を北方に見つつ、船団は一路メギストリス領に向かっていた。

 

 ヒューザは甲板にいた。少しでも早く大陸を見たいかのようだ。傍らに立つ巨躯の持ち主は、キャット・リベリオだった。

 「ヒューザ、これはどう考えてもとんでもないことニャ」

 かつての宿敵であったリベリオは、今やヒューザの片腕とも言える存在となっている。共に幾多の修羅場を乗り越え、お互いの腹蔵を知り尽くしていた。

 出帆の時は急を極めており話す暇もなかったリベリオとヒューザだったが、今こうしてみると一言言わずにはいられないらしい。

 「ディオーレ級を無断で出帆させるなんて、前代未聞だニャ。魔法戦士部隊が全力で追撃してくるニャ。こっちはこの船をほとんど操縦したことがない猫族ばかりだし、追いつかれたらひとたまりもないニャ。今のうちに…」

 「すまんな、リベリオ」

 話の腰を強引に折られたリベリオは、普段であれば露骨に不機嫌になるところだが、このときばかりは困ったように微笑み返すしかなかった。

 「…こうしないと、気が済まないのニャね?」

 「お前には話してなかったと思う。俺は流浪時代に、先代プーポッパン王と現ラグアス王には返し尽くせないほどの恩を受けているんだ。ジュレットに無事戻ることが出来たのは先王のおかげだし、ラグアス王にも幾多の支援を受けている。

 大体、大陸全体に苦難が押し寄せているときに、黙って見てられるか。魔法戦士団はくどくどレクチャーを繰り返すだけで、全く行動に出ようとしねえ。クソの集まりだ」

 「女王ディオーレは黙っていないニャよ?」

 「だろうな。知ったことか。そもそも何で、プクランドからガートランドに援軍要請が行ってるんだ。本来ならヴェリナードが真っ先に駆けつけるべきだろうが」

 「オーディス王子にも話してないのかニャ?」

 「時間がなかった。しょうがない」

 

 ヒューザとリベリオは、暫く黙ってじっと正面の海を見つめた。まだ、到着まで半日はかかる。

 「…で、間違いないのか?」ヒューザが尋ねた。

 リベリオはふん!と胸を張る。猫族の感情表現は、大変解りやすい。

 「キャットバット情報網をなめてもらっては困るのニャ。ルーラなんぞなくとも、五大陸の全ての場所に翌日中には情報伝達出来るのニャ。今やアストルティア最強ニャ」

 「解った。マダム・マンマーの了承はもらったのか?」

 「もらったも何も、マダムの指示ニャ。猫族の間でも、今回のラミザのヤバさはただ事じゃないという見方ニャ。こういうときは情報を素早く集めた者勝ちニャ」

 「そうだな。現場に先に着いちまえば、後は何とでもなる。ラグアス王への連絡体制は、任せたぞ」

 「もう手配済みニャ」

 「ありがとう」

 

 ヒューザは軽く足下に目を落としてから、リベリオを見上げた。

 「しかし、こんな大規模な内戦が始まっちまうとはな。マデサゴーラ危機が終わったら普通の生活が戻ってくると皆思ってたのに、どうなってるんだか」

 「内戦は初めてでも何でもないニャ」

 リベリオの口調には棘があった。驚いて、ヒューザはリベリオを見た。

 「猫族とウェディはずっと戦闘状態にあったニャ。30年前のラーティス王島の戦いでは、1万頭以上の仲間が喪われたニャ。そもそも猫族が、王島からあの狭い猫島に追いやられたのも、 ウェディの圧政が原因ニャ。

 ジュレットの連中は俺たちを悪魔みたいに呼んでるけど、そもそも最初に仕掛けてきたのはウェディニャ。

 普通の生活?そんなものは俺たちには殆どなかったニャ。俺たちはずっと抑圧されてきたのを、忘れたニャ?」

 ヒューザは苦い顔をしてうつむいた。

 

 リベリオは、少しだけ表情を和らげた。

 「…まあ、マンマー様を裏切った俺が言えた筋合いじゃニャいが。

 だけどヒューザ、これだけは覚えておいて欲しいのニャ。同じ種族同士でも、戦いなんてのはちょっとしたきっかけで始まるニャ。

 ましてアストルティアとレンダーシアにはこれだけの種族がいて、何もいざこざが起こらない方がおかしいニャ。争いが起こったら、出来るだけ素早く鎮めるのが俺たちの役目。少なくとも俺はそう決めてるニャ」

 ヒューザは再び足下に目を落とした。暫く考えてから、彼はリベリオに微笑みかけた。

 「全く、世紀の裏切り者キャット・リベリオが、こんなまともなことを言うとはな」

 「ちゃんと反省して、心を入れ替えたのニャ!」

 「解ってるって」

 

 もう一度ヒューザは前方を眺めた。

 「早く終わりにしようぜ、こんな茶番」



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10.真リンジャの塔

勇者の盟友の名前は、私が実際にDQ10内でプレイしているものです。


 ヒストリカは、真リンジャの塔6Fのいつもの小部屋にいた。いつになく上機嫌な彼女は、饒舌にクロニコに絡んでいた。

 「ルーラストーンだよ、クロニコ!あれがどれだけ画期的なツールであるか、今さらながらに感嘆するところが多いのだ。君はそんなことも考えたことがないのかね?」

 「・・・・・」クロニコは口端のみの微笑をもって、完璧に聞き流す構えを取った。

 「ユーも知っているな?太古の昔に明らかとなった、異世界空間(古文書では【プランク空間】と呼ばれていた)をつなぐ時空の穴(これは確か【ワームホール】と呼ばれていたはずだ)は、瞬間移動を行うための時空定点ポイント【旅の扉】として広く知られるようになったんだ。

 おい、聴いているか?(クロニコの頬をつねる)

 よしよし、続けるぞ(クロニコにつねり返された手の甲をさすりながら)。

 もともと【旅の扉】は自然に出来たワームホールで、場所は選べなかった。しかし、約50年前に再発見された【ルーラテクノロジー】は、任意の二点間をワームホールでつなぐことが出来る画期的なものだ。この技術は、かつてのリンジャハルが開発したものなのだ。ほぼ間違いないのだよ!素晴らしい、エクセレント!!」

 息切れし、ヒストリカは床に手をついてゼイゼイと喘いだ。その様子をクロニコはじっと見つめる。反応がないので、ヒストリカはそのまま話を続けた。

 「但し、自然エネルギーをそのまま用いてルーラストーンを制御するのは、リスクが大きすぎた。実際昔は転送事故が相当多かったらしいからな。

 状況が一変したのは、エネルギーボックス発明・ルーラストーンとの連動だ。これのおかげで、ルーラストーンの挙動が安定し、ルーラは重要な移動手段となり得たんだ。

 もちろん、ルーラのエネルギー消費量は莫大だし、庶民にとってルーラストーンはまだまだ高嶺の花だが、いずれはそれも…」

 

 ルーラの話をしている最中に、まさしくルーラによる移動衝撃波が伝わってきた。ヒストリカはビクッとして外を見つめた。クロニコも釣られて外を見る。

 「誰だ?ルーラがほぼ全面的に規制されているこの時期に」

 程なくして、人影が入ってきた。茶色の髪をもつ、まだ少年っぽさを残す男。ヒストリカがこのところずっと待ち焦がれていた、勇者の盟友・プパンだ。

 「おお、プパン!我が心のフレンド!よくぞ来てくれた!!」

 満面の笑みで駆け寄ろうとするヒストリカをクロニコが押しとどめた。文字通りわしづかみにして止めたため、彼女は勢いよく前のめりになった。

 「痛い!何をする、クロニコ!!」

 「プパンさんに危害を加えるわけには行きませんからね。プパンさん、わざわざルーラで来るくらいだ。緊急の要件なんでしょう?」

 プパンは大きくうなずき、手短にことのあらましを語った。みるみるうちに、ヒストリカの顔が輝きを増す。

 「…そうか!噂や都市伝説ではないのだな!こんなことが現実に起こっているとは、この目でそれを見られるわけか!素晴らしい!!」

 大声になるヒストリカを、クロニコが終始たしなめる。

 

 突如、ヒストリカが真顔になった。

 「だがな、プパンよ。勇者姫が仰ったその目的地は、おそらく全く違うぞ。なぜそのような推測をされたのか知らんが、ドルワーム・ウルベア・ガテリアの古代3文明いずれも、ザグバン海峡の海底を開発したという記録は残していない。私の知らない古文書はないからな。間違いない」

 意外な情報に、プパンの表情も厳しくなった。

 「ではどこに?」クロニコが思わずツッコミを入れる。

 「解らんのか?陽動作戦と見せかけて正攻法。敵は本能寺にあり、だ」

 「何ですか、その本能寺って」

 「古文書で読んだ。意味は解らん。とにかく、彼の狙いはまっすぐプクランド大陸と言うことだ。

 殆ど知られていないが、プクランド大陸にはガテリア文明をもしのぐ古代文明が存在していた。その名もプーポッパン王朝、奇しくも前国王と同じ名前だ」

 ヒストリカは、ラミザが目指す本当の目的地を口にした。

 「…そうか!」

 全員の顔に緊張が走った。

 

 「プパン、君はすぐにグランゼドーラ城に戻って、このことを伝えた方がいい。私も本来なら向かいたいところだが、行っても役に立つことは少なかろう。ルーラももったいないし、ここで事態を見守ることにするよ」

 プパンはすぐさま外に出て、ルーラをかけた。たちまち彼の姿は消え失せた。

 ヒストリカは酔いから冷めたかのように、やや蒼白な面持ちで虚空を見上げていた。後ろにいたクロニコがつぶやいた。

 「…珍しくかっこいいじゃないですか、ヒストリカさん」

 「は?」

 「CW解決の切り札になるかもしれませんよ、今の話」

 「…それは、ミーが英雄になるかもしれないと言うことか?そんなことを言って、ミーをぬか喜びさせようとしてもその手には乗らんぞ、このこのこのこの」

 ヒストリカは顔を真っ赤にしながら、クロニコの頬をグリグリした。余りにも意表を突いた攻撃に、クロニコは数秒反応を忘れ、それから慌てて手を振り払った。

 「痛い痛い、そんなことより!」

 「何だ」

 「本件、黒幕はやはり奴なのでしょうか?」

 「解らん。とにかく今回のCWは、そもそもが何から何まで辻褄が合わんと言うか、デタラメだ」

 「あなたに言われたんじゃあ、世も末ですね」

 「やかましい」



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11.ザグバン丘陵

 ザグバン丘陵南東の方角から、かなりの速度でモンスター第2チームが戻って来るのが見えた。砂埃を上げながら駆けるダークパンサーの姿は、とても隠密行動中とは思えない。彼らを叱責しなければならないのだろうか、とセラフィはぼんやり考えていた。

 帰投したモンスターチームは、口々に報告した。南方のドルワーム2機甲旅団は、一分隊がルーラストーンを用いてプクランド大陸へ本格上陸、残りの部隊もアクロニア鉱山港から合流した船舶、もしくは大陸間鉄道の軌道を用いてそのまま南下を始めたらしい。全部隊は二日もかからずにプクランド側に上陸するだろう。

 「ザグバン丘陵側には全く兵が残っていないの?」セラフィは尋ねた。

 「一分隊だけ残されています。但し完全に後方兵站を担う部隊で、戦闘レベルの兵力は有していません」

 「ザアグの洞門方面は?」

 「死角になってよく解りませんが、大きな兵力が割かれている様子は余り見受けられません」

 セラフィはカレヴァンを振り向いた。カレヴァンは小さくうなずいた。

 「確かに少しおかしいな。まさかほぼ全部隊を上陸させるとは。なぜザグバン丘陵を空にしたのだろう?我々の存在に気づいた上で、トラップを張っているのか?」

 一瞬の思考の後、セラフィは言った。

 「…確かに罠かもしれないわね。でも、少なくとも現有戦力の殆どが大陸を離れたのなら、これ以上のチャンスはない。そう判断すべきね」

 セラフィは全部隊に指示を出した。

 「当初の作戦通り、ザグバン丘陵最南部、ザアグの洞門を目指す。全軍進撃!」

 

 モンスター部隊の移動は異常に速かった。ダークパンサーは全力疾走だと軽くドルボードの2倍のスピードを出す。セラフィはカレヴァンと共に、最後衛を維持しつつザアグの洞門へ急行した。

 2時間程度で、洞門前に到着した。辺りにはモンスターも含め、敵の気配どころか生き物の気配が全くない。と言うより、そもそもこの洞窟に何者かが立ち入った形跡が、全くなかった。

 「…ほぼもぬけの殻で間違いないな、この洞窟は」カレヴァンが言う。

 「南方侵攻を済ませて、前衛を固めてから戻ってくるつもりなのかしら?」

 「いや、それであれば最小限の兵力は残しておくはずだ。そもそも、海底を経由した二重侵攻作戦をとっているのならば、この場所を完全に空けるはずがない」

 セラフィとモンスター隊は戸惑いながら、洞窟内部に入ろうとした。

 

 突然、上空から大きな羽音が聞こえた。すわケツァルコアトルスの攻撃か、と一同は身構え、上空を見据えた。

 モンスターではなかった。馬だ。羽の生えた馬、天馬が一目散にこちらに向かって飛んでくる。伝説の天馬、ファルシオンだった。

 ならば乗っている人物は一人以外考えられない。セラフィは逸るモンスター部隊を押さえ、天馬の降下をじっと待った。

 目の前にファルシオンが降り立ち、その背からアンルシアが降りてきた。セラフィはかけより、彼女の下馬を手伝った。

 「アンルシア様、どうなさったのですか。ちょうどこの洞窟内に進入しようとしていたのですが、ドルワーム軍の気配が全くないためどのような行動を取るべきかと…」

 「連絡もせずに来てごめんなさい、セラフィ。ことは急を要するの」

 アンルシアはいつものように、その少女のような可憐な顔立ちに似つかわしくない、射貫くような鋭い目線で、隊全体に語りかけた。

 

 「皆さん、ここはドルワーム軍の侵攻経路ではありません。彼らがザグバン海峡地下を通って、二正面でプクランドに向かうという作戦予測は、間違っていました。皆さんは、一旦ここで待機して下さい。まもなくカミハルムイ候ニコロイ王の派遣した部隊が、こちらに到着するはずです」

 アンルシアは、彼女はセラフィに向き直った。

 「セラフィ、一緒に来て。ファルシオンに同乗しましょう」

 「どこへですか?」セラフィは完全に困惑していた。

 アンルシアは少し唇を噛み、答えた。

 「…完全に虚を突かれたわ。彼らの目的地は、チョッピ荒野の北東部、チューザー地下空洞よ。今、関係者に大急ぎで連絡して、そちらに向かわせているの」

 「チョッピ荒野??」

 「メギストリス軍が破られたら、ドルワーム軍は直ちにチョッピ荒野に向かうはず。今から追えばギリギリ間に合うわ。詳しい話は馬上でしましょう」

 「待って下さい。いずれにしてもザアグ洞門はプクランドにとって脅威となるでしょう。この洞窟を封鎖する必要はないのですか?もともと、そのために我々はここに…」

 「…この洞窟の先には何もないの。もちろん海峡の下を通る遺跡や地下トンネルも、全く存在しない。作戦目的自体が大きく間違っていた。というか、ラミザ王に欺かれていたのね。

 あなたには、この作戦の真の目的はまだ知らせていなかった。ごめんなさい。状況が流動的だったので、まずはここへの潜行を優先してもらい、私がその後合流して真の目的伝達をするつもりだったのだけど、全部一からやり直し。

 とにかく乗ってちょうだい。話はそれから」

 

 アンルシアは、カミハルムイ部隊が到着したときに取るべき行動を、簡潔に部隊に指示した。その後、アンルシアとセラフィは、カレヴァンとモンスター部隊を残し、大きな羽音と共に再びその地を離れた。

 カレヴァンは今聴いた話にかなりの混乱を覚えていたが、すぐさまモンスター部隊を再配置し、カミハルムイ部隊の到着に備えた。



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12.オルフェア西平原

やや残酷な戦闘描写があります。ご注意下さい。


 父プデチョは希代の盗賊だった。自分は、父を憎みながらもずっと追い越すためにこれまでやってきた。今のポジションは、その成果だ。もちろん盗賊ではないが、もっと大きい。誰にも恥じることはない。

 チャムールは何度も自分に言い聞かせていた。

 プクランド大陸侵攻作戦が開始されてから2ヶ月。ミュルエル北方の敵前線は突破した。これから全軍の進撃を開始する。

 自分はまず最前線にルーラで赴こう。後方の移動指揮はシェリルに任せておけば良いだろう。ひ弱な賢者どもの間でも、彼女は多少役に立つ。

 チャムールは微笑を浮かべた。不安を押し隠すための微笑であることは、自分でも解ってはいる。だが、こんなチャンスは滅多にあるものではない。

 ラミザ王の行動を不安がる連中は、軍の中にもたくさんいる。だが、自分は王の気持ちがよく解る。ずっと虐げられてきたドワーフ、砂漠の真ん中で生きることを強いられ、人口も少なく、あの尊大なオーガや冷笑的なウェディ、さらには背後を虎視眈々と狙うエルフどもに、ドワーフたちは蔑まれてきた。

 そしてプクリポだ。ふざけた外見に犬みたいに媚びた行動パターン、おまけにお笑い好きと来やがる。あんな連中が、このアストルティアで最大の勢力を誇っているとは、世も末だ。虫酸が走る。

 我がドルワーム、そしてドワーフという民族は、アストルティアに君臨し、奴らに目にもの見せてやる必要があるのだ。それこそが、ウルベア・ガテリアを超える、真ドルワーム王家復興のための最低条件だ。

 

 チャムールはふと気づいた。そういえば、このところこんなことばかり考えているな。機甲旅団長というデカイ役目を担うことになって、気が張っているのだろうか。

 ミュルエルにルーラストーンが設置されたらしい。前衛部隊が続々とルーラ移動を始めている。ペースは遅い。エネルギーが逼迫しているからだ。早く、プクランド大陸のエネルギーボックスを我がドルワーム傘下に収めなければ。

 チャムールはピンクのモヒカン頭髪を軽くつかんで、上に引っ張った。自分に気合いを入れるときのしぐさだ。前方から続くルーラ移動の最後尾に位置取り、自分もルーラ移動した。

 ミュルエルから先、オルフェア平原には、既にメギストリス軍が隊列を構成していた。チャムールは自軍の隊列編成をもう一度確認し、再び微笑した。

 いよいよだ。

 

 

 かくして、ミュルエルの森防衛戦を突破したドルワーム機甲旅団第1分隊Aと、キラキラ風車塔から集結したメギストリス歩兵大隊は、オルフェア西平原北西部にて激突することとなった。

 

 ドルワーム軍は装甲兵を最前列に配置し、正攻法通り横列戦法で押してきた。その数推定1,500。予想されるより若干少なかった。ルーラによる移動にかなり手間取っているようだ。

 対するメギストリス軍は総勢4,000。やはり装甲兵を前衛に押し出しているが、余り前進はしない。戦線中盤に待機していると推測される賢者部隊を警戒してのことだ。横列体制を取ったまま。微動だにしない。

 突如、ドルワーム装甲兵が疾走前進を始めた。斧及び長槍隊がメインであり、いわゆる「槍ぶすま」を構えた状態だ。メギストリス歩兵大隊の前衛が緊張する。一旦進行を止め、槍ぶすまを避けるように盾を前面に出し、待ち構える。

 両者の距離が20mくらいに縮まった瞬間、第一歩兵団長ハパリーパの声が鳴り響いた。

 

「迎撃!」

 

 第一歩兵団を両翼に挟み、第二歩兵団(団長ペルイモン)、第三歩兵団(団長ヒッピャペ)からなるメギストリス歩兵大隊前衛隊が、一気に全力疾走を開始した。と同時に、後方で呪文詠唱を行っていた魔法使い中衛のバイキルトが、各歩兵に着唱する。瞬間的に前衛隊はバイキルト特有の紫色の薄いオーラに包まれた。

 メギストリス前衛隊は低い姿勢を保ち、ドルワーム装甲兵の槍ぶすまの下をかいくぐった。プクリポ族ならではの戦法だ。盾に気を取られていた装甲兵の数人は油断し、その瞬間に分厚い装甲を前衛隊の剣・槍・ムチに切り裂かれていた。数人の装甲兵が即座に倒れる。

 だが、ドルワーム装甲兵の反撃も敏捷だった。たちまち槍と斧が素早く空を切り、幾人かのメギストリス前衛兵が刺し貫かれた。ドワーフは緑、プクリポは赤黒、それぞれの血しぶきが周囲に飛び散る。

 バイキルトのかかったメギストリス前衛兵は、主にドワーフ装甲兵の足下を狙い、斧や槍を繰り出した。足をやられた、もしくは切断された装甲兵たちが次々と倒れていく。プクリポ前衛兵は倒れた装甲兵に素早くとどめを刺し、さらに前進を試みる。

 対してドワーフ装甲兵は力に任せてプクリポたちをなぎ払う。小動物的な外見を持つプクリポは、攻撃するものをひるませる効果を持っていたが、装甲兵はまさに情け容赦なかった。

 一瞬の躊躇もなく切り下げられ、プクリポの小さな体やその破片が、宙を舞った。屈強なドワーフ槍斧前衛兵の一閃で、多いときには3~4名のプクリポが倒される。

 戦いは数分間完全に膠着したが、後方のドルワーム賢者部隊は即座に応答していた。賢者部隊は素早く中衛に陣取り、次々と“零の洗礼”をかけていく。プクリポの戦士前衛部隊は見る間に攻撃力を失い、ドワーフ斧戦士に蹂躙された。

 とは言え数の上では勝るプクリポ部隊は、必死になって持ちこたえた。一人の装甲兵に3人~4人がかりで襲いかかる。プクリポ兵一人が足を取り、身動き出来ぬうちに一人が腕の武器を押さえ、もう一人が喉笛に武器を打ち込む。一度で仕留めることは難しい。これを何度も何度も繰り返し、ドワーフ戦士達を少しずつ沈めていった。

 その間にもドワーフ戦士の斧は猛威を振るい、プクリポ戦士は多くがなすすべもなく切り伏せられた、見る間に、ドワーフとプクリポの骸が積み上がっていく。

 

 メギストリス軍後方に、レンジャー長弓部隊が新たに到着した。その数およそ500。彼らは一斉に矢を射かけ、賢者部隊に狙いを定めた。

 ポランパン隊長率いるメギストリスレンジャー部隊は、カミハルムイの部隊と並んで長弓技術には定評がある。加えて賢者部隊の装甲は、上方からの攻撃に対してはかなり手薄だ。

 賢者部隊、及びその後方の魔法使い部隊は、ある程度の弓数をイオ系呪文で跳ね返したが、かなりの兵士が長弓に貫かれ絶命、あるいは負傷した。この二次攻撃で賢者の一角が大きく崩れ、ドワーフ軍全体に明らかな動揺が拡がる。

 

 パンカネロは最後尾、銀の丘の上で戦況を見極めていた。いよいよだ。メッサーラの角で作られた特大の拡声器を構え、指令を発した。

 

 「プランB、発動!!」

 

 プクリポ第二・第三歩兵大隊の両翼部分後方から、これまで姿勢を低くしていた軽装部隊が一気に前進をかけた。ドワーフ軍の両脇をちょうど挟むような形である。

 呪文詠唱のわずかな間があった後、軽装部隊から一気にメラ系呪文が放射された。後方の賢者部隊にメラゾーマ・メラガイアーが殺到する。呪文耐性の低い賢者達が真っ先に倒れる。慌てた賢者が次々とザオラル・ザオリクをかけるが、その上にも容赦なくメラゾーマが注がれる。

 賢者部隊が前衛にかけ続けていた“零の洗礼”が手薄になった。その機に乗じ、プクリポ魔法使い中隊は、デュピティのバイシオンまで総動員し、前衛装甲部隊にバイキルトをかけ続けた。部隊は攻撃力を盛り返し、賢者部隊の乱れにも乗じて、さらに攻撃をたたみかけた。

 

 一方で、軽装部隊に扮した魔法使い達は「特攻」に近かった。元々数が確保し切れていないことに加えて、防御力が絶望的に不足していた。彼らはたちまち賢者部隊と前衛両翼の兵士から反撃を受け、最初のメラを打っただけで絶命する魔法使いも多数だった。一時崩れたドルワーム軍の両翼は、すかさず体制を立て直していった。

 メギストリス軍は回復部隊も不足していた。比較的後方で絶命した兵士は、後衛に運ばれてザオラル・ザオリクで蘇生されていたが、全体の絶命率に対し間に合うわけもない。

 ドワーフ・プクリポ双方の最前衛兵士達、賢者、魔法使いが入り乱れる。最前衛はまさしく死屍累々となった。お互いが味方の屍を超えて剣や斧を交えた。乱戦はとどまるところを知らず拡大していった。

 

 ヒッピャペ率いる第三歩兵団は、メギストリス全軍の中でも気性の荒い連中が集まっていた。目の前で蹂躙・殺戮された魔法使い部隊(動員された少年兵も混じっていた)を見て、彼らの憤怒は頂点に達した。

 自らの傷を顧みず、部隊はドワーフ前衛兵に矢継ぎ早に飛びかかる。怒号と悲鳴がこだまし、多くのドワーフが倒れ、それに数倍する数のプクリポが力尽きていく。地面は負傷兵・瀕死の兵たちのうめき声が折り重なっていった。

 第三歩兵団の率いる右翼部隊が、再度わずかながらドワーフ軍を突き崩した。後方で戦況を見つめるチャムールは、すぐさま右翼への賢者部隊及び魔法使い部隊展開を命じる。戦線は再び均衡する。

 数で言えばドルワーム軍の3倍近いメギストリス軍だったが、個々の兵力は大きく劣っていた。なにぶん名高いドルワーム斧槍前衛部隊、耐久力は並みではない。わずかずつ、メギストリス軍は後方に押し込まれつつあった。

 

 チャムールはじっと戦局を見守っていた。ここは無理をすまい。1日待てば、船による本隊が到着する。暫くは敵の兵力をそぐことに専念だ。敵味方入り乱れる戦線を臨みつつ、チャムールはまた微笑を浮かべていた。



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13.ザグバン丘陵

 ニコロイ王の命を受けたキュウスケ率いるカミハルムイ小部隊は、2日前にドワチャッカ大陸・カルデア街道東部の狭隘な海岸に船で上陸、一目散にザグバン丘陵を目指していた。兵数は200。目立たないレベルで動くにしては最大数、軍として機能させるには最小数だ。

 4日前、ヘルガからの情報を得たニコロイの行動は早かった。メモにはたった1行『ザアグ洞門奥の海底に【メガボックス】あり』と書かれていた。ラミザの狙いはそこにある。間違いない。しかもどうもラミザ本人が、【メガボックス】の居所に赴く意思らしい。

 大軍を派遣することはドルワーム=カミハルムイ不戦協定上無理なので、あくまで援軍という名目で駆けつけた体を装うため、人数は最少としつつ、選りすぐりの精鋭200名が選ばれた。彼らはほぼ即日エルトナ大陸を離れ、ドワチャッカ大陸に上陸した。ドルボードとキラーパンサーを併用し、彼らは滑るように移動していく。

 広大なドワチャッカ大陸南部を縦断するには、さらに丸1日を要した。南部に行くに従い、キュウスケはスピードを落とし、モンスターの気配にも注意しつつ、慎重に歩を進める。

 殺風景なザグバン丘陵の向こう、クレーターをいくつも超えた先に、薄くザアグ洞門の入り口が見えてきた。洞門の前に、モンスターの集団が防備を固めている。

 「戦闘準備!」キュウスケは後方に命じた。

 

 ふと気づくと、モンスターの一団の真ん中に人影が見えた。エキゾチックな容姿、鳶色の髪に同じ色のヒゲ、何より十字に切り裂かれた右目の傷が否応なしに目に入ってくる。その隻眼の男が、こちらに向かって手を上げている。攻撃の意思はない、と言うゼスチャーだ。

 キュウスケは男に近づき、話しかけた。男は答えた。

 「カレヴァンと言います。勇者姫の命を受け、セラフィと共にこの地へ進んできました。元はアラハギーロの軍属です」

 「アラハギーロ?と言うことは、貴公は元々…」

 「はい。本来の姿はキラーパンサーです。現在は戦闘態勢ではないので、この姿ですが」

 アラハギーロ。マデサゴーラ危機の渦中に現れた偽レンダーシア諸国の中でも、異色の国、人とモンスターが丸ごと入れ替わった王国の名を、キュウスケは最近になって聞いていた。

 

 「で、貴公らはここで何を?」

 カレヴァンは事態を手短に説明した。キュウスケの顔色が変わる。

 「何と、それではこの先には【メガボックス】はおろか、地下通路すらないと言われるのか?」

 「そのようです。我々には任務の真の目的は伏せられていて、【メガボックス】なるものの存在は先ほど初めて聞いたのですが」

 「…うーむ、諸国を見事にだまし仰せたわけか、ラミザは。そうならばなおさら、南進せねばなるまい。このまま黙っていられるか。貴公らもそのつもりなのであろう?」

 「いえ、アンルシア姫は待機頂くようお願いせよ、と命ぜられました。エルトナの軍勢までがプクランドに上陸したら、事態はますます混乱することと、何よりドルワーム軍が早晩こちらに引き返してくる可能性を挙げられておりまして」

 「ドルワーム軍が引き返してくる?なぜだ、プクランド大陸を占領するのではないのか?」

 「そうではない可能性を、ルシェンダ様が指摘されているようです。私もそれ以上のことは訊けませんでした。なにぶん、アンルシア姫は非常に急がれていましたので」

 「そうか」

 キュウスケとカレヴァンは、黙って暫く南方を見やった。南方で何が起こっているか、ここからは殆どうかがい知ることは出来ない。



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14.チョッピ荒野

 ルシェンダは勇者の盟友、プパンと共に飛竜に乗り、一路チョッピ荒野に向かっていた。道中ルシェンダは、これまでの経緯を自らに言い聞かせるかのように、プパンにひたすら語っていた。

 

 「ラミザがここまで手のこんだ策を弄してくるとは思わなかった」

 「…もちろん、彼の狙いは【メガボックス】だ。我々にも皆目見当がつかなかった【メガボックス】の行方を、彼は突き止めていた」

 「…同時に、ラミザは『ドルワームが【メガボックス】の所在を突き止めた』ことをわざと他の諸国にリークし、かつその場所についてはフェイク情報を拡散することで、諸国の攪乱を狙った節がある」

 「…ラミザのフェイクはこうだ。ザアグ洞門の先に通っている未発見の地下遺跡を制圧し、そこにある【メガボックス】を確保する。かつそこからプクランド方面に地下トンネルを掘り抜いて、地上との二面作戦でプクランドに侵攻する」

 「殆どの関係者はこれをまだ真実だと思っているが、よく考えたらザグバン丘陵の先にそのような遺跡がある可能性は、これまで一度も議論されていない。どの国においてもだ。我ら『叡智の冠』も全く聞いたことがなかった」

 「…結局のところラミザの行動によって、プクランドへの地上侵攻は陽動作戦だと多くの国が判断し、兵力をいくつにも分散させることになった。カミハルムイのニコロイ王もその前提で動いていたようだ。今頃はさすがに気づかれていると思うが」

 

 「まんまとハメられたよ。まさかラミザの狙いがザグバン海峡の海底ではなく、シンプルにプクランド大陸南部だったとは。

 確かにそう考えれば一番話は簡単なのだが、裏の裏があると我々は勘ぐってしまい、ザグバン丘陵側を一生懸命張っていたんだ。その結果、ドルワーム軍のプクランド上陸を許してしまった。私としても、痛恨の極みだ」

 

 「…ラミザが何者かにコントロールされていることはほぼ間違いない。コントロールしているのが誰かについても、ほぼ見当がついている。それは…」

 「…うむ、確かにそうだな。奴は元々怒りにまかせて行動するタイプで、そんなに知恵の回る奴じゃない。私もその点については、以前から気になっていた」

 

 「大体、どうやってラミザは【メガボックス】のありかを突き止めたのか。我々もヒストリカに訊いて初めて気づいた。賢者の誰一人として、ラミザの真の狙いがどこにあるのか、気づかなかった。他の誰かが入れ知恵をしている、としか思えない…」

 「…そうなんだ。私も今になって疑問に思うようになってきたのだよ。ラミザの背後にいるのは、本当に奴なのかと」



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15.ミュルエル

 オルフェア北西部での衝突から、丸1日が過ぎた。

 

 メギストリス軍は果敢に戦ったが、劣勢は覆うべくもなかった。4,000の兵のうち、2割に当たる850名が失われた。

 最終的に、パンカネロは銀の丘戦線維持を諦め、キラキラ大風車塔への退却を命じた。残る兵士は遺体を必死で回収しつつ、第三歩兵部隊がしんがりを努め、辛くも風車塔への脱出を完遂した。

 風車塔では、戦線の立て直しが行われていた。戦死者のザオラル・ザオリクによる順次蘇生が全力で行われているが、爆死や損傷の激しい遺体はそのまま“真の死”に至らざるを得ない。必然的に、メギストリス軍は完全防衛体制に入った。

 

 緒戦での勝利を収めたチャムールは、意気揚々とミュルエルのルーラストーン周辺に引き上げた。ラミザが、ルーラストーンでミュルエルまで渡ってきていた。チャムールはラミザの前に跪き、戦況報告を行った。

 「ご苦労様」ラミザは柔和な微笑をもって報告に応じた。

 「メギストリス軍はキラキラ風車塔まで後退・籠城しました。あの城は鉄壁の防御を誇っていますので、現有勢力で抜くことは難しいですが、本隊が到着すればかならず…」

 「そうだね。君は本隊と合流し、私の命があるまで銀の丘方面で待機していてくれるかな。私は、チョッピ荒野に行かなければならないのでね」

 「チョッピ荒野?」チャムールは首をかしげた。

 「あそこで、済ませてしまわなければならない用事があってね。それが済めば、我がドルワーム軍によるプクランド大陸占領はほぼ万全のものとなるよ。君はそれまで、ここを固めているんだ」

 「は、しかし、王のみで向かわれるのは危険が大きすぎます。我が旅団の一部隊を…」

 「大丈夫だよ。そのためにメギストリス軍を風車塔に封じ込めてくれたんだろう?本隊直属チームに同行してもらう。信頼出来る案内人も一緒にね。ああ、もう来たね」

 

 チャムールは後ろを振り向いた。小柄な人物が歩いてきた。緑色のポンチョに短い杖をつき、顔は真っ白な口ヒゲ・あごひげ・眉で覆われている。パイプの煙で黄色く濁った眉と帽子の間から、鋭い目がこちらを見据えていた。

 チャムールは思わずつぶやいた。

 「…賢者エイドス様?」

 

 ラミザとエイドスは、十名程度の衛兵を引き連れ、ドルボード車で南方に向かった。

 残ったチャムールは混乱していた。なぜここに賢者エイドスが?ここまで攻め込んでおきながら、なぜ王のみがほぼ単身で南方に向かう?そもそも、我々に何の説明もないのは、なぜだ?

 突如、ルーラストーンの衝撃波が現れた。チャムールは振り向いた。ドゥラ院長がそこに立っていた。

 「ドゥラ様!王国での守備の任は?」

 「それどころじゃないよ。この侵攻を止めなければならない」

 「は?」チャムールは気色ばんでドゥラを睨んだ。この男、元が盗賊だけあって上官に対する態度が万全ではない。

 「王国地下にウラード前国王と、娘のチリ様が幽閉されていた。先ほどお二人を助け出したところだ」

 「え?お二人は退位後、偽レンダーシア訪問中行方不明となり、捜索中だったのでは?」

 「それはラミザ王が我々に説明・指示したことだ。ラミザ王の行動は、明らかにおかしい。これまでは静観してきたが、前王が幽閉されていたとなると、一大事だ。この侵攻自体に大義がなくなる。王に直言せねばならん。王はどこへ?」

 「それが、チョッピ荒野に用があるからと、なぜか賢者エイドス様と一緒に向かわれまして…」

 「エイドス様と?なぜだ?私は一言も聞いていないが」

 「解りません」

 ドゥラは唇を噛んだ。

 「くそっ、ここまで後手に回るとは。私の大失態だな。とにかく、機甲旅団2団は完全待機だ。一切の軍事行動を禁ずる。私は風車塔に使者を差し向け、取り急ぎの交渉に入る」

 

 ドゥラの話を聴きながら、チャムールは頭の中のもやが晴れていくような感触を味わっていた。確かにラミザ王の行動は、ムチャクチャだ。何より不思議なのは、そのことに自分が今の今まで、殆ど気づいていなかったことだ。



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16.チョッピ荒野

 飛竜に乗ったルシェンダ・プパンと、天馬に乗ったアンルシア・セラフィは、ほぼ同時にチューザー地下空洞の北方1kmの位置に集結した。空洞の前には、ドワーフ警備兵が配置されているようだが、ごく少数だ。

 上空から注意深く進んできたが、大軍がこちらへ向かっている様子はない。メギストリス軍とドルワーム軍は、キラキラ大風車塔の正面で向き合っているようだ。ドルワーム軍の本隊が到着するまで、膠着状態が続くだろう。こちらに大部隊が向けられることは、少なくとも一両日はない。

 「…ラミザめ、本当に小部隊でここに突っ込んだと見える。やはり完全に隠密に事を運ぶつもりだな」ルシェンダがつぶやく。

 「軍の侵攻がブラフに過ぎない証拠ですね。それにしても、これだけの犠牲を出してまで【メガボックス】を狙いに来るとは」アンルシアが答える。

 

 その時、後方から砂煙を上げ、100名程度の小部隊が駆け寄ってくるのが見えた。かなり不意を突かれ、アンルシア達はとっさに身構えた。

 部隊の先頭には姿の大きく異なる3名が立っていた。ウェディ・プクリポ・そして大柄の猫族だ。プクリポが真っ先に呼びかけた。

 「ルシェンダ様!ラグアスです!」

 ルシェンダは流石にビックリした様子で、ラグアスに答えた。

 「ラグアス王、なぜここに?それに、この部隊は一体…」

 「ヴェリナードのヒューザ、それにキャット・リベリオです」

 ヒューザが一歩進み出た。「俺が話すよ、ラグアス王」

 

 ヒューザはことのあらましを語った。

 元々はリベリオからの情報で、ラミザの狙いがチューザー地下空洞にあると知ったこと、動く意思を見せないヴェリナード魔法戦士団に業を煮やして、先回りしようと独断で出航したこと。メギストリス領に上陸直後、オルフェアの最前線に向かおうとしているラグアス王と遭遇したこと。ラグアスもラミザに会いに行こうとしていることを知り、小部隊のみを引き連れてこちらに急遽向かったこと…

 「ヴェリナードから同行した本隊には、風車塔方面への援軍に向かってもらったニャ」リベリオが補足する。

 「それに、ガートランド軍が上陸したのも確認したニャ。4,000の大軍ニャ。これでドルワーム機甲旅団が全軍上陸しても、そう簡単にはやられないニャ」

 「そうか、なるほど」ルシェンダが唸るように答えた。

 「しかし、我々も最近になって知ったラミザの真の目的地を、貴公らがいち早くつかんでいたとは、驚きだな。キャット・リベリオよ」

 「だーかーらー、キャットバット情報網をなめるなと言ってるニャ!!」

 リベリオは3倍マシで胸を張った。アンルシアが思わず吹き出す。

 

 「で、どうするんだ?ラミザの野郎はもうこの地下空洞に入ったんだろう。一刻の猶予もないんじゃないのか?」ヒューザが促した。

 「もちろんだ。思った以上に防護が手薄なので、トラップを警戒していたのだが、これは突っ込むほかになさそうだな」ルシェンダが応ずる。

 セラフィは集まったメンツを改めて眺めた。大賢者ルシェンダ、勇者姫アンルシア、勇者の盟友プパン、メギストリス王ラグアス、ヴェリナードのヒューザ、猫族キャット・リベリオ。そしてアラハギーロ王国の元スライムである、セラフィ自身。

 「役者が揃った、と言うことでいいですか?」セラフィは尋ねた。

 アンルシアが力強くうなずき、一行は一斉に動き出した。



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17.チューザー地下空洞

 地下空洞前のドルワーム警護部隊はあっという間に蹴散らされた。何しろ一騎当千のメンツだ。アンルシア・プパン・ヒューザ・リベリオ4名で、1分隊の戦力に相当する。おまけに後ろにルシェンダまで控えていた。

 7名はウェディ部隊を洞窟入り口の守りに残し、一気に中に駆け下りた。

 

 洞窟最深部は空洞となっていた。この先に間違いなく【メガボックス】がある。最深部の奥に佇んでいるのは、たった2名だった。

 そのうちの1名が、深く被った帽子の奥からこちらに目を向けた。

 ルシェンダはその人物に気づき、顔面蒼白となった。オーガ族は“顔面蒼白”になると、実際には顔色が薄いピンクとなる。

 「…エイドス!!なぜここにいる!!!」

 ルシェンダは聴いたこともないような大音声で呼ばわった。が、その声は明らかに震えていた。

 エイドスはこちらに向けて、わずかに会釈をし、口を開いた。

 「…ルシェンダ様。このような形でお会いすることは慚愧に堪えません。此度の事態は私の行動の帰結、もとより覚悟は出来ております」

 「どういうことだ!!!」

 

 取り乱すルシェンダを、ヒューザが制した。エイドスの後方から、微笑を浮かべたラミザが進み出て来る。

 「やっと来ましたね、大賢者ルシェンダ様とご一行様。ずいぶんとお越しが遅いので、心配していたところですよ」ラミザは語り出した。

 「【メガボックス】は、この奥にありますよ。間違いなく。プーポッパン王朝だかが作ったようですね。ドワーフの古代技術も大したものですが(例えば、盗聴器とかね)、古代文明の発明品としては、これがおそらく最高傑作でしょう。賢者エイドスの尽力で、この場所を突き止めることが出来ました。

 もちろん、プクランドからのエネルギー融通云々は、ありゃハッタリですよ。【メガボックス】が手中にあれば、全アストルティア・レンダーシアの支配は思うがままですからね。こんなアキレス腱を今まで放置していたとは、あなた方の無能さには呆れるばかりです」

 

 ルシェンダは冷静さを取り戻していた。ラミザを見据え、彼女は吐き出した。

 「…貴様、やはり天魔クァバルナではないな?」

 

 ラミザは一瞬きょとんとした後、火がついたように笑い出した。そして、ラミザに憑依している何者かの姿が、ラミザの背後に徐々に現れ始めた。

 「クァバルナ?クァバルナだと??あんな筋肉バカに私は間違えられていたのか?

 ハ、ハハハハ、この私も見くびられたものだ!何だ、ドルワームに恨みを持つものとして、奴の名前が挙がっていたのか?

 これだけの策を、あの太古の筋肉バカが立てられると思うのか?エイドスを籠絡出来ると思うのか?

 何より、このプクランド大陸に【メガボックス】があると解ったときの、私の悦びが解るか??そこにおるラグアスと勇者の盟友とやらに煮え湯を呑まされ、プクランドの連中に永遠の復讐を誓った私が誰か、まだ解らんのか?

 そういえば、フォステイルはおらんのか??あやつがここにいないのでは、私の復讐は不完全になってしまうなあ。まあ、後からゆっくり料理するとするか」

 じっと話を聴いていたプパンが、突如叫んだ。

 「魔軍師イッドか!」

 

 イッドは完全にラミザの支配から離れ、中空に姿を取っていた。爬虫類を思わせるその容姿は、以前より老獪な表情を見せていた。長い舌がチロチロと不快にうごめいている。

 「ほう、流石に勇者の盟友。貴様が最初に気づいたか」

 「風車塔の最上階に封じられてから、長かったよ。例のマデサゴーラとやらが暴れ、エネルギー結界が弱まったから、脱出出来た。マデサゴーラ様々だ」

 「ラミザに憑依し、このエイドスを引き込むのはチョイと手がかかったな。何、弱みなど探せば誰にでもある。それが解れば簡単なことだったよ」

 「一番面倒だったのはむしろ、ウラードを廃位・幽閉することだったなあ。あの娘、チリと言ったか、あいつも一緒に反抗してなあ。殺すのはたやすかったが、民衆がドルワーム王国から離反すると当面まずいのでな、その辺は、私としてもちゃんと考えているぞ?」

 「そこからは簡単だったよ。アストルティア諸国は一枚岩じゃないし、こうやってグダグダと参戦をためらっている。内戦なんぞに巻き込まれたくない本心がミエミエだ。バカなもんだよ。内戦そのものも、それによる諸国同士の離反も、当然私の狙いでなあ。揉めれば揉めるほどアストルティアは弱くなるからなあ。後で掌握するのが容易になる」

 

 一息ついて、イッドは全員を見渡した。

 「さて、何でこんなに長々と話していると思う?勝算もなしに私がこんなところで、貴様らに囲まれてただくたばると思うか?何のために、貴様らをここまでおびき寄せたと思うんだ?

 風車塔に封印されている間に、私はいろいろと新しい技を覚えてな。どれ、一つお目にかけるとしよう」

 言うなり、イッドは強烈な波動を発し始めた。

 ルシェンダを始め、全員がひるんだ。恐るべき負の思念が、脳内に流れ込んでくる。プパンは思い出していた。ああそうだ、こいつは確か“指パッチン”という技を持っていた。あのときは単なる魅了技で、『ツッコミ』さえ入れれば即座に回復していたが、今回の思念は全く強さが違う。

 何だこれは。アストルティアに対する憎しみが…イッドへの畏敬の念が…このまま眠ってしまえと言う誘惑が…いろんなものが一斉に…入り込んできて…

 そうか、この技、この魔力で、ドゥラやチャムールを始めとしたドルワームの主要な指導者達は、あるいは一兵卒に至るまで、イッドの支配下に置かれているのか、そして、このままでは俺たちも…

 イッドが不気味な笑顔を浮かべ、その手前でルシェンダ、そしてヒューザが倒れていくのが見える。リベリオは金縛りに遭ったように動かない。自分も、なんだか気持ちよくなっていく…

 

 崩れゆくプパンの後ろで、誰かが素早く動いた。

 銃声が響いた。通常の銃の鋭い音ではなく、くぐもったような音だった。

 

 瞬間、7人を覆っていた負の思念が一瞬で消え失せた。全員がイッドを見上げた。イッドは苦悶の表情を浮かべ、こちらを凝視している。全く動くことが出来ないようだ。

 見る間にイッドを黒の噴霧が多い、その全身をむしばみ始めた。アストルティアの魔族達が断末魔の際に発せられる、魔瘴だ。

 イッドは一点を見つめ、言葉を絞り出した。

 「お・・・おの・・・れ・・・・な・何だ・・・・・その・・・銃・・は・・・・こ・・この・・・・・わた・・・・わ・・・・」

 イッドは魔瘴に完全に取り込まれ、消え失せた。

 

 動きを取り戻したルシェンダ達は、イッドの目線の先を見つめた。やや不格好な形の銃を構え、青眼の姿勢で、セラフィが立ち尽くしていた。

 「その銃は…」ヒューザが尋ねる。まだ口元が麻痺しており、喋りがおぼつかない。

 「ゴーストガン。アラハギーロに現れた怨霊を撃退するための銃です。いつも持ち歩いているんです。習慣で」

 「それが効くとは…」アンルシア。

 「イッドでしたっけ、あいつの発するオーラがアラハギーロの怨霊とほぼ同じだったので、効くかなと思ったんです」

 「しかし、そなたはなぜ奴の術に取り込まれなかったのだ?」ルシェンダ。

 「多分、私が偽アラハギーロ出身だったからでしょう。こちらの世界の術や技は、我々には効かないことが結構あるので。カレヴァンがここにいたとしても、同じ行動を取ったと思います。まあ、偶然ですけど」セラフィは微笑した。

 「…全くだニャ」リベリオが立ち上がった。

 「セラフィがいなかったら、俺たち全員今頃イッドの手下ニャ。よく考えたら、実に無謀な突入だったニャ」

 「お前が言うなよ」ヒューザがつぶやいた。

 

 プパンとアンルシアは倒れている2名を助け起こした。イッドの憑依から解放されたラミザ。意識が全くない。そして、賢者エイドス。



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18.ドルワーム水晶宮

 ラミザが意識を取り戻すまでには、10日間を要した。彼の意識回復を待って、ルシェンダ以下主要な関係者はドルワーム水晶宮に集合した。

 

 最初にドゥラが口を開いた。

 「ドルワーム・メギストリス間の正式な休戦協定は一昨日に発効しました。ラグアス王含め一切の異存はなく、当ドルワーム王国からメギストリス王国・ガートランド王国への賠償協定についても、概ね了承を得ております。

 また、チャムールに命じ、全軍の撤退を速やかに進めております。貴軍のパンカネロ大佐及び、カミハルムイ王国のキュウスケ殿が率いる部隊が、念のため側面監視についております。大陸間鉄道の再開は、遅くとも2週間以内には実現する方向で動いております。

 いずれにしましても、かけがえのないプクランドの民を多数殺めたことについて、我々としてはお詫びと共にできる限りのことを…」

 

 「しょうがないことです。今回のCW、責任はいわば双方にある。ドルワーム軍にも多数の犠牲が出ています」ラグアス王が答え、傍らに控えたフォステイルを見やった。フォステイルも重々しくうなずいた。

 ドゥラは厳しい表情のまま、ニコロイ王に向き直った。

 「【からくり盗聴器】の撤去は終了したのでしょうか」

 「滞りなく。ディオーレ女王からも、ヴェリナード王執務室に盗聴器があったことを知らされた。内通して設置を行った人物も概ね解っている。幸い、レンダーシアやメギストリスへの設置はなかったようだが」

 ニコロイは静かに答える。

 「今回のお手際、見事でした。イッドに悟られないようにキュウスケ殿の隊を派遣・配置して頂いたおかげで、ドルワーム軍の撤収もスムーズに行われましたし、一部兵士の暴発を抑えることが出来ました」

 「…まあ、見当違いの場所へ向かっていただけなので、ケガの功名に過ぎませんがな。そういえばルシェンダ様、なぜキュウスケの隊をザアグ洞門前にとどめ置くよう指示されたのですかな?」

 「特に根拠はない。純粋なカンだ」ルシェンダがやや無愛想に答える。

 

 「それよりも諸侯殿、エネルギー状況はどうなった?」

 ガートランドを除く各国からの出席者が一様にうなずいた。エネルギーボックス残量はCW開始前のレベルにまで回復し、安定している。大陸全体にとっての最悪の事態は、どうやら免れたようだ。

 一息ついて、フォステイルがドゥラに尋ねた。

 「ラミザ王、じゃないか、王子のご容体は?」

 「まだ意識がスッキリしないようです。イッドの憑依を受けていた間の記憶は全くないわけではなく、イッドが何をしていたかはおぼろげに理解されています。チリ様が尽きっきりで看病されています」

 「ラミザ王子はどうなるのでしょう?」

 「ウラード王の意向としては、国民に今回の事態を出来るだけ率直に発表した上で、ラミザ王子の王位継承権は剥奪しない方向で行くそうです。王子も被害者、と言うのが王の考えで、チリ様も賛成されています」

 「ウラード王もチリ王女も大変ね。数ヶ月にわたり幽閉されていたのに」とアンルシア。

 そのままアンルシアは正面に座ったルシェンダの顔を見つめ、やや遠慮がちに尋ねた。

 「…エイドス様は?」

 ルシェンダは、無愛想な面を崩さずに答えた。

 「グランゼドーラ地下に禁固した。致し方ない。いかに娘を人質に取られていたとは言え、此度イッドに荷担し、多くの犠牲を生んでしまった罪人だからな。とは言え、死罪とまでは行かないよう、グランゼドーラの王政典範にも照らし合わせ、最適な処分を考えていくつもりだ」

 「エイドス様も、イッドの術中に捉えられていたのですか?」

 「…よく解らん。元々彼は、ドワチャッカ大陸の古代文明に対しかなりの愛着を持っていた。そういうところをイッドにつけ込まれたのかもしれん。彼の変調に気づくチャンスは、いくらでもあったはずだが、情けない」

 

 【叡智の冠】からイッドへの内通者を出してしまったことに、ルシェンダは深い悔恨を覚えているようだった。あの日以来、ずっと元気がない。アンルシアがブロッゲンに聞いてみたところ、賢者会議もその後全く開かれていないようだ。

 

 しばしの沈黙を破るかのように、ヒューザが口を開いた。

 「で、例の【メガボックス】とやらはどうなっているんだ?調査は進んでいるのか?」

 「専門家を派遣しておる。今回【メガボックス】の位置を看破した、ヒストリカ博士だ。プパンにも同行してもらっている。最も、正確な第一発見者はリベリオ殿だと思うがな」

 ルシェンダの発言に、リベリオは得意満面の面持ちで胸を張った。単純な奴だ、とばかりにヒューザが苦笑いしている。

 ルシェンダもこの日初めて、微笑を見せた。



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19.チューザー地下空洞

 チューザー地下空洞のさらに奥に拡がる、旧プーポッパン王朝の地下遺跡は実に広大だった。目的の【メガボックス】の正確な位置にたどり着くのに、優に3日を要した。

 ヒストリカら3名の前に現れた【メガボックス】は、人間の身長ほどの高さを持つ白い円筒だった。正直、直径数十メートルの球体を想定していたヒストリカは、拍子抜けらしかった。しかし、調査を始めるとヒストリカは即座に、異常に没頭した。

 「…なるほど、確かにこの位置から各国のエネルギーボックスにエネルギーが流れ出しているな!全ての計算がぴったり合う!!」

 「でも量子的に拡散されているので、エネルギー供給源は全く特定出来ないぞ!これは、これはどういう仕組みなんだ!?」

 「…旧王朝はこいつを開発した時点で、場所を完璧に秘匿するつもりだったんだな!何という超古代文明!素晴らしい、ワンダフル、エクセレント!!!」

 コマネズミのように動き回るヒストリカを、プパンは呆れた顔つきで見ていた。クロニコは彼を促し、【メガボックス】設置ルームから一旦外に出た。

 

 2時間後、部屋から出てきたヒストリカを見てクロニコとプパンは驚愕した。先ほどの勢いはどこへやら、真っ白な顔で憔悴しきっていたからだ。

 「どうしたんです?」

 「…解らない、全く解らない…」

 ぶつぶつとつぶやいた後、ヒストリカは堰を切ったように話し始めた。

 「エネルギーを全く生み出していない」

 「え?」

 「エネルギーは確かに放出されている。全大陸のエネルギー量を凌駕する勢いだ。だが、ボックス自体は何らエネルギーを生み出さず、外からエネルギーが入ってきている。その入り口が見つからない。こいつは、単なる通過ボックスなんだ」

 「…通過って、どこから?」クロニコが尋ねる。

 「偽グランゼドーラのある並行世界が発信源と考えていた、最初は。だがここに流入しているエネルギーの量子波動形は、偽グランゼドーラのものとは全く違うのだ。より強い。遙かに強烈だ。おそらくマデサゴーラは、ここからエネルギーをかすめ取っていただけだ!」

 クロニコとプパンは、黙ってヒストリカの顔を見つめる。

 

 「考えられる結論はただ一つ。この世界でも、偽グランゼドーラの世界でもない、第3の並行世界が存在する。アストルティア・レンダーシアのマナエネルギーは、殆どがそこから来ていると言うことだ。それがどこか、なぜそこからエネルギーが来ているのか突き止めない限り、問題は何も解決しない!!」

 プパンは思い出した。マデサゴーラとの死闘、勝利の瞬間を。あのとき【奈落の門】から這い出してきた無数の“悪しき竜の怨念”。竜へと姿を変え、その怨念達を一瞬のうちに炎でなぎ払ったクロウズ。そして、例によって何の説明もせずに【奈落の門】の先へと消えたクロウズ…

 【奈落の門】の先は、マデサゴーラが作り出した世界だと思っていた。そうではなく、全く別の並行世界なのか?

 

 プパンはヒストリカに、事の次第を語った。

 話を聴き終えたヒストリカは、虚空を見つめつぶやいた。

 「…バージョン3.0、が始まるのか?」



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20.ナドラガンド

最終話です。ビアンは主人公プパンの妹の名前です。
それにしても主人公の妹って、バージョン3以降ご都合主義的に使われすぎですよね…


 ナドラガンド、炎の領界。

 炎樹の丘のてっぺんに、クロウズは佇んでいた。

 

 「…私の目的が達成されるには、まだ時間が必要そうですね…」

 隣に同様に、ファルシオンが佇んでいた。彼は馬の姿を取っている。

 「全く、あなたはそうやっていつもはぐらかすようなことばかり言う。肝心なことを隠す。そんなんじゃ、いずれ勇者にもその盟友にも見放されますよ」

 「う」

 クロウズはファルシオンに向き直った。

 「…マデサゴーラ危機が落ち着いたらすぐにでも、プパン達をナドラガンドに迎えたかったのですよ。こんな内戦なんかが起こらなければ」

 「予測は出来なかったと?」

 「シンイから授かった能力には限界があるのです。全てを見通せるわけではありません」

 ファルシオンは頷き、座り直した。クロウズは語りを続けた。

 「まあ、アストルティアのエネルギー問題を一時的にでも棚上げ出来て良かった。

 あのヒストリカとか言う女性学者は気づいたかもしれませんが、結局かの地のエネルギー枯渇は、ここナドラガンドからアストルティアへのエネルギー供給量が、一時的に大きく減少したためですからね。

 まさかこれが内戦のきっかけになるとは、私もうかつでした。マデサゴーラやイッドのせいではなく、我々やこの世界のゴタゴタがCWの引き金であることをアンルシアやプパンが知ったら、私はつるし上げられるでしょう。

 退治されてしまうかもしれない」

 クロウズは我知らず苦笑し、一息ついた。

 

 「そろそろ領界の結界が解けます。こちらのエネルギー消費も、いったんは落ち着きました。ナドラガンドの存在をリリースして良い時期でしょう」

 「ビアンはなんと言ってますか?勇者の盟友と離れてから、久しいはずですが」

 「全くコンタクトが取れません。彼女は独自に動きたいようです。弟のことは、もちろん一番に気にかけています。生き返しとしては、彼女も大きな力を持つようになってきましたからね。無視出来ません」

 

 クロウズは炎樹の丘の向こうを見渡した。遙か先に【奈落の門】がうっすらと見える。いずれ結界は解け、同時に魔炎鳥が復活する。間違いなく。もう余り時間はない。

 「…やはり、迎えに行くことにしましょう」クロウズは立ち上がった。

 「我々が招待すべき者達が、一堂に会する催しがあります。場所はグランドタイタス号です。海洋上だから行動を起こしやすい。あなたも、一緒に来て下さい」

 クロウズは後ろも見ずに歩き始めた。

 ファルシオンは軽くため息をつき、瞬く間に金髪の美青年の姿を取った。そのままクロウズの後を追って、彼もナドラガンドを後にした。

 



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