ピースシーカー (イベリ)
しおりを挟む

第1話:もう、誰でもない

────お前、むかつくえ。

 

力なき一般市民に向けられた銃口は、一切の躊躇なく火を噴いた。

 

吹き出る血飛沫。苦しみに悶える男の声。子供の鳴き声。

 

全てが、不快だった。

 

不快で、不快で、仕方なかった。

 

「────っ!!」

 

我慢の限界。

 

自分の体は驚くほど自然に、担いでいた槍を砕けんばかりに握っていた。

 

背後から、自分の意図を読み取ったのか。背後に控えていた部下と上司が総出で止めにかかった。

 

「頼む、抑えていてくれっ…!そうじゃなきゃ…おれはっ、俺はァっ…!!!」

 

取り押さえられた状態のまま、銃声が2回、3回と響いた。

 

目の前でなんの罪もない男が、子供に看取られ死んだ。酷く、呆気なく死んだ。

 

雨がざんざんと降る中。もう動かなくなった男の傍にいた少女に、声が枯れるまで叫んだ。

 

済まない。君の家族を守れなくて済まない。

 

自分の無力さ、世界の理不尽さ。全てが憎かった。殴られて、殺されてもいいと思っていたのに。

 

その少女は、自分を許した。

 

彼女の父の最後の言葉が、そのような事だったらしい。

 

もう、詳しくは覚えていないけれど、そんな事だけは覚えていた。

 

明確に覚えているのは、自分の中にあった『正義』の支柱が崩れ落ちた事だけだった。

 

気がつけば、本部の訓練場でひたすらに暴れていた。

 

────俺はッ、あんな物を守る為にココにいるんじゃないッ!!!なにもっ、まもれながっだ……ッ!!

 

部下には随分と心配をかけた。その心配さえも、無視してしまったのだけれど。

 

止めてくれた上司は、厳しく咎めはした物の。心情を汲んでくれてはいた。

 

『まだ若いお前さんには、早かったかねぇ〜。これはわっしの責任…割り切らなきゃ、出来ない仕事もあるってことだねぇ〜。』

 

億劫そうに語った彼のどっちつかずな言葉は、ある意味で真理であったのだろう。

 

随分と小さい自分の頭に手をポンと置いて、あの人なりに慰めてくれた。

 

『……割りきれ、とは言わないわ。今、貴方には何を言っても響かない。私は、何も言えない…私も、無力なものね。ヒナ、痛感。』

 

随分と世話になったのに、何も言えなかった。きっと、あの人も自分の納得のいく答えを、用意できなかった罪悪感があったのだろう。

 

それ以上、何も言われることは無かった。

 

『あんなクズ共、守る価値もないわ…じゃが、そうもいかんのが歯痒いもんじゃ。』

 

硬いせんべいをバリバリ貪り、熱い緑茶で流し込んだ老兵は、ままならないと愚痴をこぼした。

 

そして、絶望した。

 

これほどの功績を残した英雄ですら、上層部を変えることは出来ないのだと。

 

そして、3日後。

 

俺は────海軍を、辞めた。

 

 

『残念だギネス…お前程の兵士、もうそうそう現れんだろう。』

 

『センゴクさん…もう俺は……俺の正義がわからねぇ……』

 

『………』

 

『お世話に…なりました…』

 

『────すまなかった。お前を、失望させてしまった。心からの謝罪を、ハートランド・ギネス大佐。』

 

『……』

 

『…お前の正義は、間違いなんかじゃない……!!』

 

最後にかけられた言葉は、まだ、ずっと頭に残っている。

 

その日、16の少年は迷いを抱えたまま、憧れだった場所を離れた。

 

元海軍本部大佐ハートランド・ギネスは、名と共に過去を捨て、ただ求める者に成り下がった。

 

 

 

 

「それにしても、こんな辺境まで来て…海軍は随分と暇になったんですね、ヒナさん。」

 

白髪の男は青い瞳を真隣の女性に向けて、からかうように口を開いた。

 

「どういう意味かしら?嫌味なら、随分といい性格になったものね。ヒナ、がっかり。」

 

黒檻の異名を持つ海兵────大佐ヒナは、あの時の彼からは想像も出来ぬ減らず口に、煙を吹かし肩を落とした。

 

ここは最弱の海『東の海(イーストブルー)』、ゴア王国、フーシャ村唯一の酒場『PARTYS BAR』。彼が住み込みで働く場所だ。

 

あれから2年が経った。

 

彼は今、片田舎でひっそりと生活している。

 

ただ、平和を乱す者を許せない性分は健在で、近くで海賊騒ぎがあれば、潰しに行き、手間賃を海軍にせびる生活をしている。

 

「それで『白槍のギネス』…いや────今はシーカーね。海軍に戻る気はない?ヒナ、提案。」

 

昔の名で呼ばれたシーカーは、特に反応することも無く、昔を斬り捨てるようにキッパリと断りを入れる。

 

「ありません。俺は、海軍に失望しちまった。二度と、戻れねぇ。」

 

「そういうところは…変わらないのね。」

 

「……聞いてますよ。スモーカーさん、また随分と上に楯突いてるみたいですね。貴方に迷惑かけっぱなしだとか。バスティーユさんに聞いてますよ。」

 

「『通らねぇ道理を押し通そうとするバカ共だ。マトモなら我慢できねぇぜ』ですって呆れちゃうわ。いま、謹慎中よ。」

 

「ははっ!相変わらずだなぁ。」

 

グイッと酒を煽ったシーカーは、あっ、という顔をしてカウンターを見た。

 

すると、美しく手入れされた黒髪をバンダナで纏めた女性が、仁王立ちでシーカーを可愛く睨んでいた。

 

「……シィ〜カァ〜?」

 

「わ、悪かったマキノ…!前の上司が来てつい、な?分かるだろ?」

 

「ダメよ。今日はこれ以上飲んじゃ!もう1人で4本も空けてるんだから!」

 

「そ、そりゃねぇって…明日抜いていいからさ…!」

 

「だーめ!それに、それ以上酔っ払うと…!」

 

そうして、マキノはその次の言葉を紡ぐことなく、ヒナをチラリと見た。

 

どうも、警戒されていることを理解したヒナは、お手上げと言わんばかりに肩を竦めて笑った。

 

「ふふっ、そうね。これ以上シーカーに酒を飲ませると、だーいすきな彼との時間も無くなっちゃうわね。ごめんなさい、マキノ。ヒナ、失念。」

 

「ひ、ヒナさん!からかわないでください!」

 

白い頬を朱に染めて、マキノはいーっ!と歯を見せて、心ばかしの抵抗をして見せた。

 

そんな微笑ましい彼女に笑いかけてから、ヒナは踵を返した。

 

「もう行くんです?」

 

「えぇ、そろそろ帰らないと、上にどやされるわ。貴方は可愛い子猫と大人しく過ごしてなさい。」

 

「もちろん、今日はそうさせてもらいます。」

 

「ちょっと!そういう事は言わなくていいのっ!」

 

「ごふぁッ!?」

 

ズドン!と腹に少女のパンチがかまされる。その細腕からはありえないほどの威力に、シーカーは前屈みになりながら親指を立てた。

 

「な、ナイスパンチ…これなら海軍大佐も任せられる…」

 

「まったく…それじゃあ、ヒナさん。また来てくださいね!」

 

「凄い切り替え。ヒナ、恐怖。」

 

またね、と手を振ったヒナを見送り、2人は身を寄せあった。

 

すると、心配そうにマキノが声をかける。

 

「……ねぇ、戻らなくてよかったの?」

 

「なんだよ、急に。」

 

「あなたの事は、知ってたわ。ガープさんにも聞いていたし、新聞にも…凄く有望な海兵だって…グランドラインで何人も海賊を捕まえたって…私、貴方の重りになりたくないの。」

 

性格、功績すらも知っていたマキノは、本当に良かったのかと尋ねる。イーストブルーの騒ぎなら率先して解決するくらいの正義感を持っている。

 

故に、自分の存在が彼をしばりつけてしまっていないかと、少し不安になってしまった。

 

「そうだったかもな。まぁ、もう捨てた過去だ。今はただのシーカー…このフーシャ村の、おまえの恋人だ。」

 

「…そっか。」

 

嘘は無いと確信したのか、マキノは満足気に笑った。

 

 

 

完全に冬が去り、春一番が吹く心地よい季節。シーカーは、港につけていた自身の船に荷を積み込んでいた。

 

「────シーカー!どこ行くんだ?」

 

そこに、フーシャ村唯一の少年が駆け寄ってきた。

 

それを目に留めると、シーカーは作業を中断して、堤防に腰掛けた。

 

「ルフィか。ちょいと遠くの島までな。」

 

「へぇ〜、何しに行くんだ?」

 

「海賊狩り。」

 

そう口にすると、少年ルフィはキラキラと目を輝かせ、いつもの言葉を叫ぶ。

 

「俺も乗せてくれ!」

 

「乗せてやりたいところだが、お前に何かあると俺がガープさんに殺される。」

 

「じ、じいちゃんにか…それは仕方ねぇな!」

 

どうやら、この少年の中で祖父であるガープは畏怖の対象らしい。この言葉を言えば、大抵諦めてくれる。

 

ここに移ってきた時、ガープに頼まれ共にすごしているが、もはや年の離れた弟のように思っているし、ルフィもシーカーの事を兄のように思っている。

 

「ルフィ!2日後に帰ってくるが、ちゃんとメニューやっとけよ?」

 

「おう!任せろ!約束は破らねえ!」

 

「それでこそだ、じゃあな。マキノを頼んだぞ!」

 

「そっちも任せろ!」

 

手を振るルフィを眺めながら、この先にいるであろう悪意に意識()を傾けた。

 

 

 

「────これで全部か。」

 

血塗れの黒槍を振るい、べっとりと付着していた血を払い、肩に担ぐ。

 

自身の足元で転がっているゴミを眺めながら、大きく欠伸をかいた。

 

「なん、で……東の海なんかに、お前みたいな、奴が……」

 

「へぇ、まだ意識あったか。寝てろ、起きたらインペルダウンだ。」

 

ごうごうと燃え盛るジョリーロジャーを掲げた船を槍で叩き斬り、真っ二つに沈める。

 

ついでに倒れる海賊の意識を刈り取り、縛って鎖に繋ぐ。船の後部に繋ぎ、海軍に引き渡す準備を終わらせる。

 

「お前900万もすんのか、いい臨時収入だ。」

 

東の海でこれだけの懸賞金が掛けられているとなれば、それなりの悪党だ。

 

「嫌な時代だ…大海賊時代。」

 

「────久しぶりじゃないの、ギネス。」

 

背後からキコキコと自転車に乗りながら、凍らせた海を渡る男がシーカーに声をかけた。

 

その声に、シーカーは目を見開いて驚いた。

 

「クザンさんなんでこんなとこに!あぁ、悪いけど、その名はもう捨てたんだ。今はシーカーって名乗ってる。」

 

頭をコリコリと掻いて、気だるげに答えた長身の男、海軍大将青雉────クザンは目を細めた。

 

「へっ、そうかよ。シーカー……海軍は、お前さんが求める場所じゃあ、なかったか。」

 

「……はい、今はもう宿り木を見つけてる。ヒナさんが先月来たんです、海軍に戻らないかって…でも無理だ、俺はもう…あそこじゃ、戦えねぇ。」

 

「…年少で大佐まで上り詰めたお前さんだからこそ…『割り切る正義』は納得いかなかったか。ボルサリーノの奴も嘆いてたぜ?」

 

「……すみません。」

 

「だからってお前、なんも言わずにいなくなることないでしょう。騒ぎんなったぜ?お前の部下達なんざ、今でも帰りを待ってる。」

 

「ははッ…悪ぃ事したなぁ……伝えといてください、今は…フーシャ村って所で、恋人とのんびり過ごしてるって。」

 

その言葉に、クザンは目を見開いてから、ニヤリと笑った。

 

「ボインか?」

 

「ボイン」

 

「いいねぇ、羨ましいなぁこの野郎!」

 

「ぜーんぶ捨てた俺の事、受け入れてくれた人です。だから、手放せません。」

 

「それがいいなぁ…伝えとくよ。」

 

あ、こいつら俺が連れてっからよ。と縛られた海賊を引き摺りながら、クザンが最後に1つ、と振り返った。

 

「なぁ、シーカー。お前さん、今何者なんだ?」

 

「────何もんでもないさ。俺はもう、なんでもねぇただの男さ。」

 

ピース・シーカー

 

この戒めとも言える名を背負って、彼はこの時代を傍観する。

 

いつの日か、どこかの誰かが、新たなる時代を。

 

平和を目指す者だった少年は、平和を求める者に、成り下がった。

 

 




やっちまったもんは仕方ねぇ…?させねぇよばーーーーか!!!

ワンピースってモブも可愛いよね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話:赤髪

近場に現れていた海賊をクザンに引き渡したシーカーは、フーシャ村に向かい船を出していた。

 

今回も割のいい賞金首で、あの程度をのしただけで900万も送金してくれるんだから、海軍は相変わらず羽振りがいいし、それと同時に悪意をばら撒く海賊が後を絶たないということにほかならなかった。

 

フーシャ村にも年に数度、海賊共が略奪をしかけに来て、尽くをシーカーに潰されていた。

 

東の海に存在する海賊などたかが知れてるし、実に退屈な作業に過ぎなかった。

 

「…退屈ではあるが…それが正しい。俺が苦戦する海賊がこの海にいたら…東の海は終わりだなぁ……」

 

ま、そんな海賊が東の海にいるわけないか〜と間延びした独り言は、波音に消されて行った。

 

数時間後、もうそろそろフーシャ村が見えるだろう頃、フーシャ村の小さな漁港に、見合わぬ船が停泊しようとしていた。

 

「あー、ありゃ海賊船だぁ。あのマークは…赤髪海賊団!そうか〜、赤髪海賊団かぁ〜………

 

 

 

 

…………

 

 

 

 

…………?

 

 

 

 

 

………なっ、なにぃぃぃぃぃぃっっ!!??」

 

普段の彼からは考えられないほどに目を見開き、焦りで全身の汗腺が冷や汗を吹き出させた。

 

「────マキノ…ッ!ルフィ!」

 

ゾッと、背筋に悪寒が走ると同時に、最悪のシナリオが脳裏を過った。

 

飛び起きたシーカーは白いロングコートを翻し、槍を手に海上へと飛び出す。

 

「【海歩(カイホ)】!!」

 

船を置き去りに、海上を滑るように突き進む。

 

海軍において広く習得される六式、その1つ月歩の応用。なんの接地面もない空中を移動するよりも早く、変幻自在で、月歩程の習得難易度のないこの技は、シーカーが海軍時代に独自に編み出した物。

 

この技術、海上において魚人の次に速く移動できると自負している。

 

港には船に気がついたのか、自分の約束を守るためか分からないが、ナイフを1本持ったルフィが仁王立ちしている姿が、小さく見えた。

 

「早まるなルフィ…っ!」

 

相手は海賊の中の海賊。海賊の頂点にある4つの席のその1席に最も近いとか言われてる奴らだ。

 

様々な噂はあるが、所詮海賊だ。ならば最悪を想定すべきだろう。

 

ぱしっぱしっと水を蹴り飛ばす速度を上げ、直前まで来ると、ルフィのなんとも怖いもの知らずな声が聞こえた。

 

「やい海賊!悪さするつもりだろ!俺が許さねぇぞ!」

 

「なに、アンタ?」

 

「ハッハッハ!この村には随分と勇敢な保安官が────」

 

言葉を言い切る直前、シャンクスはこの東の海ではありえない程の覇気を感じ取り、無意識に愛刀グリフォンを抜いていた。

 

瞬間、シーカーの黒槍が純白に光った。

 

「ルフィッ!!何かに捕まってろ!!」

 

「シーカー!!」

 

「ウタッ、伏せてろ!!」

 

「きゃあ!?」

 

突貫したシーカーの視界の端に、少女の影が写った。

 

(子供ッ!?)

 

激突の寸前、僅かに確認したその子供を見て、力を抜いた。

 

しかし、シーカーが練り上げた絶技とも言える突きは、激突する。

 

「っ【刺穂黎(しぼり)瀑牙(ばくが)】ッ!!!!」

 

「ぬぉっ…?!白い武装色…っ、お前は…!?」

 

いくら力を抜いたとはいえ、全力を出そうとしたシーカーとシャンクスの衝突は、想像を絶する余波を齎した。

 

船は軋み、木造の家々は突風に晒され、海鳥がいっせいに飛び立ち、凪いだ海面すらも揺らした。

 

拮抗したように見えた激突は、シャンクスに弾き返される事で、仕切り直しとなった。

 

「くっ…!やっぱ一筋縄じゃ行かねぇか…!」

 

「驚いた、東の海のこんな辺境に…まさか有名人がいるなんてな!」

 

「それはこっちのセリフだ!!なんだってこんな辺境に…!つーか、俺のこと知ってんのかよ…!?」

 

「最年少で大佐まで上り詰め、翌年は准将を飛ばして少将とまで言われていた男だ、知らない方がおかしいだろうよ、ハートランド・ギネス…いや、今はピース・シーカーだったか。」

 

「…その名も知ってるくせに、昔の名で呼ぶんじゃねぇよ赤髪…!」

 

集団の動きを睨みながら油断なく構えていると、衝撃の余波で転がっていたルフィが駆け寄ってきた。

 

「シーカー!!」

 

「ルフィ!?下がってろ!マキノの酒場に村のみんなを集めろ!絶対にそこから動くな!」

 

「何言ってんだ!俺も戦う!」

 

「ダメだルフィ!これは、遊びじゃねぇんだ!!」

 

「嫌だ!!」

 

いつにも増して強情なルフィに、シーカーはつい頭に血が上ったが、ダメだと己を律した。

 

「この…!……いや、頼む。お前にしか出来ねぇんだ!マキノも村のみんなを守るのも、俺だけじゃ出来ねぇ!だから、力を貸してくれ!」

 

「し、シーカー…でもよ!」

 

「行けぇ!」

 

「う、ぐっ…!」

 

見たことの無いシーカーの様子に、まだ幼いルフィは涙が込み上げてくるが、何とか堪えたようだ。日々の修行は、無駄になっていないと、シーカーは微笑ましく思えた。

 

「わ、わがった!!任せろ!!」

 

「頼むぞ、ル────」

 

「おいおい、待て待て!何も襲いに来たわけじゃねぇ!話を聞け!」

 

最後の別れのようなやり取りをする2人を前に、シャンクスは待ったをかけた。

 

「聞く気になったか?」

 

「そう言って騙し討ちをする海賊はいっぱいいるって爺ちゃん言ってたぞ!!」

 

「おっと、海賊に対しての問答としちゃ模範解答だな…こりゃ説得は難しいか…?」

 

困ったと唸るシャンクスだが、冷静になったシーカーはやっと頭で整理ができる状態になり、肩の力を抜いた。

 

「確かに…いつでも俺を殺せるあんたが、わざわざそんな騙し討ちをするわきゃねぇ…何より、赤髪海賊団は穏健派(ピースメイン)という噂もある。」

 

「おお、ようやく冷静になってくれたか!しかし、買い被りすぎだぜピース。いくら俺でも、お前を倒すにゃ、骨が折れる。」

 

「シーカーでいいぜ…掴めねぇ男だ…来いよ、そこの子の事も…話してもらおうか。」

 

シーカーの視線の先には、髪の毛が赤髪と白髪が真ん中で別れた少女が、髪の毛で出来た輪っかをぴょこっと立てて、こちらの視線に気がついた。

 

「……え、私?」

 

「言っとくが赤髪…ここは俺の女がいる村だ…!この村に手ぇだそうってなら容赦なく沈める!わかったな!!」

 

「あぁ、誓おう。いいか!野郎ども、この村で何があろうと暴れんじゃねぇぞ!」

 

『おおっ!!』

 

気のいい野太い声が、静かな港に響いた。

 

 

 

「新しい出会いに!乾杯だ!!」

 

『かんぱーい!!』

 

「よ〜し!私も歌っちゃうよ!」

 

「よぉし!いいぞウタ!かましてやれぇ!」

 

「なっはっはっ!!海賊っておもしれぇ〜!」

 

「……俺の心労を返して欲しい。」

 

「まぁまぁ、気のいい人たちで良かったじゃない。」

 

酒場で馬鹿騒ぎするのは先程の赤髪海賊団と、楽しそうに見つめるルフィ。そして、音楽家を自称する少女、ウタ。

 

歌がとんでもなくうまいあの少女はおいておくとして、問題は赤髪だ。

 

「こいつらの懸賞金知ってるのかマキノ!10億だぞ、10億!」

 

「あら、この辺じゃ見たことない金額の海賊ね。あ、クザンさんから送金来てたわよ。あと元部下さんからもお手紙。」

 

「おぉ、モモンガさん…中将になったんだな…!っいや違う違う!んな化け物が東の海にゴロゴロいてたまるか。とにかく、ヤベェやつらなんだよ…!」

 

「うーん、でも船長さん達はいい人たちよ?」

 

「あのなぁマキノ…お前はこいつらがどんなやつかわからんだろうが、あの海賊は海の皇帝とか言われてるヤツらに近いとか言われて────」

 

「でも、貴方が私を守ってくれるでしょう?だから、心配してないの。」

 

そのマキノの断言ともとれる言葉に、シーカーはなんとも言い返しがたい顔をしながら、言葉を絞り出す。

 

「………それは…ずるくないか?」

 

「ふふふっ、女は狡い位が可愛いのよ?」

 

お茶目に笑って見せたマキノに、シーカーは負けたと両手を上げてため息を零す。

 

「はいはい…死んでも守るよ。」

 

「うん、信じてるわ。でも、死んじゃ、嫌よ?」

 

「随分無茶言うねぇ……あの赤髪海賊団相手に。」

 

とん、と心地よい温もりと体重を肩に感じながら身を寄せ合う。絶対の信頼を向けられるというのは、存外悪くないものだ。

 

話が終わったことを聞いていたのか、赤髪海賊団副船長、ベン・ベックマンがカウンターの向こうにいるシーカーに笑いかけた。

 

「随分と持ち上げてくれるじゃねぇか、シーカー。あのとんでもババアんところの将星率いる4大隊を相手にたった1人で半壊させたお前さんに持ち上げられちゃ、俺らも下手なことできねぇなぁ。」

 

「……昔の話だ。それにひとりじゃねぇ。俺の部下たちもよくやってくれたさ。」

 

ザザッとノイズがかかるように当時の記憶を鮮明に思い出せた。その話を出されるのは、割と苦手だ。あの後に、自分は海兵を辞めたのだから。

 

「だからこそだろう。16やそこらでそのレベル、最弱の海にいるくせにその腕は欠片も鈍っちゃいねぇ…むしろ磨きがかかってる。あの一撃、ウタを見て手を抜いただろ?そうじゃなきゃあれだけで済まなかった。」

 

「よく見てんな本当に…ボルサリーノさんが警戒してたわけだ…あのちゃらんぽらんが船長じゃ苦労するな。あんたが居て締まる場面も多いだろう。あの滅茶苦茶加減、ルフィと似てる気がするよ。」

 

「よくわかってるじゃねぇか、兄弟!あのあんぽんたんに爪の垢を煎じて飲ませてやりたいくらいだ。」

 

おい!聞こえてるぞ!というシャンクスの声と、ゲラゲラと笑う船員の声は、海軍にはなかったものだった。こうして、自由に酒を鯨のように飲み、笑える仲間がいる海賊はきっと楽しいだろうと思えた。

 

ジョッキにお気に入りの麦酒を注ぎ、それをベックマンに差し出す。

 

「俺のお気に入りだ、兄弟。」

 

「……へぇ、有難く頂こうか。」

 

それは、シーカーなりに彼らを受けいれた証だった。

 

「今日という出会いに。」

 

「今日という出会いに。」

 

ウタの歌をBGMに、ガシャンっ、と鳴ったジョッキの音を、酒と共に流し込んだ。

 

 

 

 

 

 

「────────えっ?」

 

目を覚ますと、酒場にいた全員が眠っていた。よく見れば自分に覆い被さるようにマキノまで寝ている。随分と飲んでしまったものだと

 

1つ、欠伸をした。

 

 

 

 

シャンクスとの邂逅を境に、ルフィが修行に力を入れてくれとせがんで来たと同時に、海賊になりてぇと言い始めたのは、シーカーの胃痛を加速させるだけだった。

 

「爺さんに殺される…!!!!誰だこのアホタレに余計なこと吹き込みやがったのは!」

 

「にしししっ!海賊は自由なんだってさ!」

 

「おう、シーカー!お前、俺と一緒に海賊やらねぇか!楽しいぞ!もちろんマキノも一緒だ!」

 

「シャンクス……お前、ほんと黙っててくれ……」

 

「……あいつも苦労するなぁ、マキノ。」

 

「うーん、でもシーカーは何とかしますから、あんまり心配してません!」

 

「……熱い信頼だこと。羨ましいねぇ?」

 

「おいこらベック!マキノに近寄んな!お前の女癖の悪さについては腐るほど聞いてるからな!!」

 

「へいへい、わかったよ。」

 

「おし!野郎ども、ウタ!歌え!シーカーとマキノのこれからを願って!」

 

「任せて!シーカー、マキノさん!最高のステージにするから!」

 

「未来の歌姫に祝ってもらえるなんて、光栄だ!」

「お願いね〜ウタちゃん!…式の音楽隊はあの子にお願いしようかしら?」

 

「やめてくれ…式場が戦場になっちまう。」

 

「ふふっ、それもそうね……幸せね、シーカー。」

 

「……そうだな、マキノ。」

 

そしてまた、守りたい平穏を感じながら、シーカーはマキノの肩を抱く。そのしっかりとした腕に、暖かいものを感じて、マキノは体重を預けた。

 

シーカーの守りたい日常の、何気ない1幕だ。

 




実際のところマキノさんの子供って親誰なんだろうね。シャンクスっぽいけど、40億巻でベックマン説も出てきたし…エースとかサボも言われてますよね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話:Before Dawn

フーシャ村の初夏。その時期は、シーカーとマキノにとって大事な時期ということは、周知のことだった。

 

ぱちゃぱちゃっ、と水面を白魚のような美しい足が蹴る。

 

マキノは機嫌良さげに足をぶらぶらとしていると、頭にぽすっ、とマキノには少し大きな麦わら帽子が乗せられる。

 

「気持ちよさそうだな、マキノ。被っとけ日焼け、痛いだろ?」

 

「シーカー…ありがとう。日差しは暑いけど、ここは海風もあって涼しいから忘れてたわ。さっ、ここよ。」

 

ぽんぽんと自分が座る隣の位置を叩き、早くこっちに来いと催促する。

 

なにもないフーシャ村。それがこの村の魅力とも言えるが、子供には随分と退屈に思えるかもしれない。

 

けれど、飽きもせずルフィとウタは変わらず遊んでいるし、100回近く勝負と言う名の競争を行っている。

 

そんなフーシャ村の港で、シーカーとマキノの2人は、海に足を浸けながら水平線を眺めていた。

 

よそ行きの格好をしたマキノは、シーカーにとって何より美しい人。白いワンピースと、大きめの麦わら帽子は、彼女の透き通った白い肌と、緑がかった美しい黒い髪を引き立たせていた。

 

「ん〜っ…今年もこうやって過ごせるのね。あ、このみかん美味しいわよ。えっと、ココヤシ村って所が産地みたいね。はい、あーん。」

 

「あ〜…ん、ほんとだ美味い!今年は日差しが強いから、海水浴なんかしたら気持ちいいだろうな。ココヤシ村…あぁ、あそこか。みかん畑なんてあったのか。ほい、リンゴもあるぞ。」

 

「ありがと、シャリシャリしてて瑞々しくて…美味しい。んっ…無理よ、近海の主もいるし…シーカーならおっぱらえるんでしょうけど。」

 

「ご希望とあれば仕留めてご覧に入れますよ、ボス?」

 

「ふふふっ、なぁにそれ?」

 

アハハっ、と笑いあった2人は酒場の休みを取り、村人からすれば見慣れたデートをしていた。

 

一般から見て、2人のデートはささやかなもの。港で手を絡ませ海で足を冷やしながら、村人に貰った果物を齧り、海を眺め、互いの存在と気持ちを確かめるものだ。

 

この逢瀬は、太陽が水平線に隠れるまで続く。もうすぐ19歳となる年頃の2人にしてはあまりにも枯れている様に見えるが、これが2人にとっては何よりも幸せだった。

 

街での買い物、豪華な食事、高価なプレゼント。2人にとってそれは不純物でしかなく、こうした時間の方が尊い物だと、お互いに理解していた。

 

サァっと海風が吹いて、互いの髪が揺れる。

 

シーカーの後ろで括った長い白髪と、白いロングコートが風に揺れる度、マキノは2年前の戻ってきた頃の彼を思い出す。

 

酒を浴びるように飲んで酔い潰れては、救えなかったと涙を流す日々を数ヶ月。

 

初めて見る、彼の弱い部分。その分、強い部分もずっと多く知っていた。

 

なによりマキノは、こうして隣で穏やかに笑ってくれるシーカーを愛しく思った。

 

こてんっ、とシーカーの肩に頭を預けたマキノに、シーカーは優しく手を置いて、髪を撫でた。

 

「……なんだ、甘えたくなったか?」

 

「んー……そうかも。」

 

そうして、また沈黙。波音と、海猫の囀り。そして、互いの心音だけが聞こえた

 

肩に手を回されて引き寄せられれば、シーカーの腕の力強さに、惚れたのは自分が明らかに先だったなぁと、内心でマキノは苦笑する。

 

今は口にしないが、大好きな彼の腕の中は、マキノにとって居心地がよかった。

 

 

 

 

「ロマンチック〜…!私もいつか、あんな恋人が欲しいな〜…」

 

「あの二人何してんだ?たまーに店休んで、2人でああやってしてるけど?いいなぁ、あの果物…俺腹減った…」

 

「はぁ…アンタほんとガキンチョ。」

 

その2人の随分後ろで、ルフィとウタは絶賛デート中の2人を見て、ウタはロマンチックなその雰囲気にハスハスしながら創作意欲を湧かせ、正反対のルフィは、まだあの二人が何をしているのかわからないという反応だ。

 

「なんだとぉ!?よし、マキノ達に分けてもらいに行こうぜ!」

 

「2人はデート中なのよ!邪魔しちゃダメに決まってるでしょ!?」

 

「ウタの言う通りだ、ルフィ。男なら、空気は読めるようにならなきゃなぁ?」

 

えー?と不満げに声を出すルフィを抑えるようにシャンクスが頭をわしわしと撫でた。

 

なおも不満げだったルフィだが、思い出したかのようにシャンクスに尋ねた。

 

「なぁ、シャンクスはシーカーの昔の事知ってんだろ!ちょっと教えてくれよ!」

 

「シーカーの?」

 

「あぁ!俺、2年前にシーカーが村に来た海賊追っ払った時から、兄ちゃんみたいに思ってんだけどさ、シーカーのことなんも知らねぇんだ!だから教えてくれ!」

 

「…私も、ちょっと気になる。ベックもホンゴウもシャンクスも、シーカーは強いぞーっていつも言ってるし…なんの人だったの?」

 

シャンクスは少し黙り込んでから、口を開く。

 

「ルフィ。お前の爺さんは、あいつの事をなんて言ってた?」

 

「え、爺ちゃん?…んー…確か『アイツのようになれ』って、よく言われてた。俺もシーカーみてぇに強くなりてぇけど、海兵は嫌だ!」

 

「ハハハッ、ガープをしてそう言わせるか!あいつが今も海軍にいたらと考えたら恐ろしいな。アイツは、ウタの歳には並み居る海賊を倒していたらしい。そんで16で…そうだな、俺よりおっかない婆さんの海賊がいるんだがな?そいつらの部下をたった1人で仲間を庇いながら沈めちまったんだとよ。」

 

「シャンクスより!?すっげ〜!悪ぃやつ捕まえてたのは知ってるけど、そんなすげぇやつだったのか!」

 

「えー?シャンクスより強いお婆ちゃん?そんなのほんとにいるの?」

 

「世界は広い、そんな婆さんもいるのさ。」

 

「へぇ〜……でも、そんな強かったのに…なんで海兵辞めちゃったのかな?」

 

「確かに、なんでやめたんだ?」

 

当然の疑問だろう。

 

短い付き合いではあるが、子供から見てもシーカーという男は善良だし、シャンクスたちよりも規律や秩序を重んじる。

 

今でも海賊を狩っていることを知るルフィにとって、何故祖父と同じ海軍に所属していないのかは、理解が出来なかった。

 

しかし、シャンクスはニヤリと笑った。

 

「そりゃお前!マキノだろ!」

 

『マキノ?』

 

「あの惚れ具合だ!俺にはわかるね!きっと任務地で訪れたこの村に、とんでもなく好みのマキノがいたから、周囲の反対を押し切ってここにいるんだ!」

 

嬉々として語るシャンクスは、からかいの意味もあったのだろうが、あながち間違ったものでは無いのでは?と思っていた。

 

シャンクスの言葉を鵜呑みにしたウタは、お構い無しに黄色い声をあげた。

 

「好きな人と一緒にいる為に海軍を抜けてまでここにいるなんて…!いい!凄くいい!」

 

「へぇ〜、シーカーってやっぱすげぇ奴だったんだなぁ!」

 

そんな子供達の声は、2人にダダ漏れ。

 

「ふふふっ、あの子たち貴方からアプローチしたって勘違いしてるわよ?」

 

「まぁ、時間の問題だったろ。もう少し遅ければ俺だったさ。けど、あいつら…つーかシャンクス…後で殴ろ。」

 

「お手柔らかにね?」

 

「本気で殴ってもなんて事ないだろアイツなら。聞こえてんだろシャンクス!」

 

「げっ!?逃げろおまえら!」

 

そうして、笑いあった日々も過ぎ去り、シャンクスたちは次の航海に出ていった。

 

「ルフィ〜!次帰ってきたら!アンタがどれだけ強くなったか見てあげる!」

 

「おう!ほずえらかかせてやる!」

 

「吠え面、な?」

 

去り行く船に手を振りながら、ウタと約束を交わしたルフィの頭を撫でる。

 

「行っちまったなぁ、次はエレジアって言ってたか。」

 

「どんな場所なんだ?シーカー。」

 

「んー、音楽の島。あらゆる国の音楽、その知識が全て集約する、音楽を生んだ島と言ってもいい。」

 

「すんげ〜島ってことだな!ウタにピッタシだ!」

 

「ま、違いねぇな。ほら、次来たらどれだけ強くなったか見せてやるんだろ?」

 

「そうだった!修行行こう!!!」

 

「はいよ。」

 

ルフィはシーカーの言いつけを守り、体づくりに力を入れている。既に大人顔負けの体力は、ガープ譲りだろうが、体はまだ子供だ。

 

そろそろ時期だろうと考えたシーカーは、腕立て伏せをするルフィに言い聞かせるように語る。

 

「いいかルフィ。お前のパンチはピストルよりも強くなるだろう。だが、その使い方を間違えるな。」

 

「間違った使い方って、なんだ?」

 

「理不尽な暴力だ。例えば、2年前に村に来た海賊共の様にマキノを攫おうとしたり、村を襲いに来たりとかな。」

 

「そんな事しねぇ!俺は、海賊にはなりてぇけど!悪ぃやつにはなりたくねぇ!シャンクス達みたいに、自由に!みんなで宴して、ウタみたいに歌って!楽しく過ごしてぇ!そんで、シーカーみたいに強くなって、この先できる仲間を守るんだ!」

 

2年ルフィを見てきたシーカーにとって、ルフィは弟に近い存在。そんな存在に自分のようになりたいと言われて嬉しくないわけが無い。

 

どうしても海賊になるというところは変わらないようだが、この際それはどうでもいいだろう。

 

自分の思想を押し付けるつもりは無いが、シーカーはこれだけは言えた。

 

「ガープさんは海兵にすると言ってるが…やめた俺からの意見を言わせてもらうなら…あそこはお前がいる場所じゃねぇ。自由とは正反対だぜ。」

 

「シーカーが言うなら、俺絶対向いてねぇな!やっぱ海賊だ!」

 

「この際、お前が何になろうといいんだ。ただ大事なのは、何をするか。それは間違えちゃいけねぇ。」

 

「何を成すか…そうだ!ウタと誓ったんだ!『新時代』を作るって!」

 

「『新時代』?何をするんだよ。」

 

あの二人から随分と大人びた夢が出てきたと思ったシーカーは、半笑いで問いただす。

 

 

 

 

「俺は────────!」

 

 

 

それでも、ルフィは叫んだ。

 

この先の見えぬ海原のその向こう側、全てが置いていかれたその場所に見る、最高の自分を。

 

その自分が作る、夢の果てを。

 

「────お前、本気か?」

 

「あぁ!ウタと誓ったんだ!俺は、海賊王になって、俺の新時代を作る!」

 

あのルフィから、こんな言葉が出てくるなんて。思わず吹き出したシーカーは、同時にどこか感慨深い物が心を埋めつくした。

 

「ハハハハハッ!!!……そうか…………あぁ…そうか……っ……」

 

「シーカー?」

 

グッと唇をかみ締めて、目元に手を当てて俯く。

 

今だけは、こんな顔を見られないように。

 

ルフィが語ったそれは正しく『新時代』。自分が掲げ、折れてしまった夢の世界。その先だった。

 

この時、この瞬間。シーカーは未来の海賊王に、自身の夢の果てを見た。

 

夢見た世界の続きを見た。

 

この言葉が、シーカー(ギネス)を本気にさせた。

 

「ルフィ。」

 

「ん、なんだ?」

 

「その夢、叶えるんだな。絶対に。」

 

「当たり前だ!」

 

「よしっ!その言葉、忘れるなよ?俺は、これから本気でお前を海賊王にするために鍛える…ついてこれるな?」

 

「…っおう!!」

 

シーカーの修行は、お世辞にも優しいとは言えない。体を作るだけでもルフィが悲鳴をあげるくらいには厳しい。だがルフィは、その優しい希望が宿る瞳に応えたくなった。

 

「シーカー!!なるぞ、俺は!!海賊王に!!」

 

「………あぁ、頼むぞ。ルフィ!」

 

優しい微笑みと共に、シーカーは期待する。

 

目の前の少年の描く未来に。この歴史に何も刻み付けていな無垢な子供が、夢の果てにたどり着くことを願って。

 

 

 

 

 

1ヶ月後。

 

ルフィの地獄のような体作りは予想以上の速さで終わりを迎え、子供にしてはできすぎているレベルまで仕上がった。

 

この1ヶ月は、ルフィに付きっきりだったシーカーも、長めの休暇を満喫していた。

 

すると、沖合の方から感じ慣れた気配を捉え、隣でジュースを飲むルフィに、彼らが帰ってきたことを告げる。

 

「シャンクスたち、帰ってきたぞ。」

 

「あら、今回は随分と時間がかかったわね。」

 

「ほんとか!?なんで分かるんだ?」

 

「必ず教えてやる。修行の初めに言ったろ?」

 

「わかった!シーカーを『疑わねぇ!』だよな!!行ってくる!!」

 

元気に走っていったルフィに、ふふっと2人して笑いあった。

 

「ほんと、嬉しいのね。ウタちゃんも帰ってくるし。」

 

「そうだろうな。ウタが行っちまってから、少し元気なかったからな。」

 

いつも元気を分けてくれる、ルフィの元気な姿は2人が望むもの。2人の弟のような彼は、やはり元気な方が似合っていた。

 

自分達も行こうかと席を立ち上がり、マキノと共に港に向かう。すると、そこには想像していた赤髪海賊団の姿は、なかった。

 

「なぁ!また冒険の話聞かせてくれよ!みんな!────なぁ、聞いてるのか!」

 

「…みんな……?」

 

「…………」

 

そのいつもは快活な男たちの様子に、シーカーは察してしまった。

 

続々と降りてくる赤髪海賊団のメンツ。

 

ルゥ、ヤソップ、ホンゴウ、ベックマン、そして、シャンクス。

 

あぁ、そうか。とシーカーは納得いってしまった。

 

「ウタに聞くからいいよ!ケチ!ウター!今日も冒険の話聞いてやるよ!あと、俺も強くなったんだぞ!ウター!………あれ、ウタは?」

 

ゆっくりと降りてきたシャンクスは、ルフィの前で止まると、ルフィの目を見ることも無く、小さな頭に手を置いた。

 

「………ウタは、歌手になるために船を下りたんだ、ルフィ。」

 

「────────ウソだ…嘘つくなよシャンクス…!!」

 

ルフィの頭を優しく撫でたシャンクスの目を見て、あの日がフラッシュバックする。

 

あの眼は、あの瞳は、あの奥にあるあの感情は

 

 

 

────何が正義ッ!?何が海軍ッ?!!

 

(またか……)

 

────もう、俺はっ…俺はッッ…!!

 

「シーカー…?」

 

シーカーが拳をギュゥッと握りしめる音が、隣にいるマキノだけに聞こえた。

 

こんなにも無情なのか。

 

こんなにも残酷なのか。

 

 

何も言葉にしなかったシーカーに寄り添うように手を握ったマキノは、ルフィの悲痛な鳴き声に、胸を痛ませるように目を細めた。

 

 

小さな幼馴染の約束は、果たされなかった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話:バカ親父ども

消してみたりしたけどやっぱりタイトルつけます。タイトルないとモチベーションが上がらないので。


「────シャンクスとなんて絶交だ!!」

 

「お前だけが辛いと思うなよガキッ!!」

 

あの後、緩慢に過ぎて行った時間がルフィの初めての喪失を癒すはずも無く。攻め続けるルフィに、ウタを失い喪失に暮れていたシャンクスも耐えかねて、心の内を吐き出した。

 

怒鳴ったシャンクスに、ルフィはなおも睨みつけながら、走ってどこかに行ってしまった。

 

仕方がないと追いかけようとすれば、ベックマンが手で制し、話を聞いてやってくれとジェスチャーで伝えてきた。

 

シーカーは、またもな仕方ないとシャンクスの隣に腰掛けた。

 

「……シーカー…」

 

「らしくねぇな、シャンクス。まぁ、娘を失った気持ちは…わかるなんざ共感は出来ないが、な。」

 

カランっ、とグラスの中で氷が首を傾げる。無言の時間が、少し続いた後に、決心したようにシャンクスが語り出した。

 

「…ウタはエレジアに置いてきた。苦渋の選択だった。」

 

「…なんだ、生きてんのか。てっきり死んじまったかと思ったじゃねぇか…生きてんなら良かったよ。」

 

「……新聞、見たろ?」

 

「……マキノ、今日は店じまいにしよう。後はやっとくから…お前は、部屋に戻っててくれ。」

 

「シーカー…私…」

 

「マキノ、わかってくれ。お前は、何も知らない聞かなかった……いいな?」

 

「………うん、先に寝てるわ。おやすみなさい」

 

シャンクスの問の意味を悟ったシーカーは、マキノを部屋に行かせる。

 

マキノは、シーカーの真剣な眼差しから、これも自分を守るためであることを理解して、俯きながら部屋に戻って行った。

 

そう、数週間前に発行された新聞の記事一面。

 

『赤髪のシャンクス、エレジアを襲撃。』

 

というにわかには信じがたい内容だった。

マキノもシーカーもなにか裏があるのだろうとは思っていたが、どうやらその通りらしい。

 

ルフィには真偽が分かるまでは伝えないように、と2人は徹底していた。

 

「……あの日、俺たちは次の日にエレジアを離れるつもりだった。それで、最後にと国王がウタに大きな舞台を用意してくれた────」

 

話を聞くと、ウタはそのコンサートで導かれるようにある歌を歌ったのだという。

 

それが

 

「────トットムジカ……?なんだそりゃ。」

 

「ウタが呼び出しちまった魔王だ。いくら殴ってもかすり傷もねぇ……何とか、飲み込まれたウタの体力が尽きて消えていったが…そうじゃなけりゃやばかった。」

 

「…そうか……いや、待てよ……」

 

その時、シーカーの頭にある記憶がよぎった。

 

『エレジア……あの島には古代兵器にも匹敵する魔王が居る、気をつけてくれ。』

 

シーカーが請け負った任務の連絡時、たまたま近くを通り掛かった時にその言葉を漏らしたことを思い出した。

 

「……あの子は悪くねぇんだ…ただ運が悪かった…だが、やっちまった事実は変わらねぇし、周りがどう思うかはまた別だ。ウタには…受け入れられねぇ。だから、俺達がウタを利用し、国を滅ぼしたことにした。」

 

「……なるほど。だいたい理解出来た…」

 

要は、間接的にではあるが国を滅ぼしてしまった事にウタが耐えられないだろうという事で、自分を悪者にして、彼女の憎しみを自分にむくようにして彼女の心を守ったのだろう。

 

シーンと沈黙が酒場に響き、人の息遣いと、無理やりに酒を流し込む音だけが聞こえる。

 

緊張したようなシャンクスは、シーカーを見た。

 

「なぁ、シーカー…お前がウタを────」

 

「断る。俺も、マキノも…今の平穏な生活がある。センゴクさんが目をつけていた島だ…政府側は既に真相を嗅ぎつけてるだろうな。そこまでのリスクを犯して助ける義理はねぇ…ましてや、ウタもお前も海賊だ。」

 

「シーカー、てめぇ…!ウタに対してなんとも思っちゃいねぇのかよ!?」

 

「やめろ!!…無茶を言った、悪かったなシーカー。」

 

近くに居たホンゴウがたまらずシーカーの胸ぐらを掴むが、シャンクスがそれを止める。

 

それもそうだ。ウタは懐いてはいたが、シーカーは元を辿れば海軍だ。今も交流があるし、その人間関係を壊してまで助ける義理はない。今の関係でさえ危ういのだ。

 

何より、シーカーにはマキノがいる。

 

逃亡生活にマキノを飛び込ませるのは御免だ。

 

どちらかを天秤にかけた時、この答えは当然でもあった。

 

「弁えろよ海賊。お前達がどれ程善良かを俺が知っていても、世間は違う。その道を選んだのは…ウタを引き込んだのはお前たちだろう?海賊であるという事は、そういう事だ。」

 

襟を直しながら、冷たく言い放ったその言葉は今の世の真理だった。

 

シャンクスは酒を1口含んでから、弱々しく口を開く。

 

「そうだ………ウタは、海賊なんかにゃならねぇほうがいい。いつか、俺達が枷になる。」

 

「お前が決めたことだ…文句はねぇよ……ただ……─────それ、お前の本心なのか?」

 

シンっ、と静まり返った酒場で、誰かが唾を飲む音が聞こえる。

 

「海賊は仲間だけが助けだ。救えるのはお前たちだけ……あの子の頼りはお前たちだけなんだよ。」

 

「…あの子に海賊は……幸せにしてやれねぇ…」

 

「誰がそれを不幸だと決めた、全部────お前だろ、シャンクス。そこにあの子の意思はなかった。」

 

「……っ…」

 

「どんな子だとしても…拾って、育てたお前には、あの子を1番傍で見届け、願いに耳を傾ける義務があるんじゃねぇのか?例えそれが、どれだけ残酷な真実だとしても。」

 

「あの子に真実を話せってのか!?優しいウタが、耐えられるわけねぇだろ!?」

 

「ならッ!それをひっくるめて支えてやるのが親だろうが!!俺には親も兄弟もいねぇ!!でも、それは分かるぞ!!子供の幸せを願うだけでなんもしねぇのか!?フィガーランド・シャンクス!!お前はそんな男じゃねぇだろ!!」

 

叫ぶシャンクスの胸ぐらを掴んで、店が軋むほどに怒気を発した。

 

ジッ、と睨み合った2人。シーカーが突き放すように手を離す事で、また沈黙が訪れる。

 

シーカーの目を見たシャンクスは、崩れ落ちるように床に座り込んで、帽子を深く被った。

 

今まで抑えていた物が、ウタとの思い出の全てが、シャンクスの頭の中でリピートされる。

 

 

「……………………………ウタ……」

 

 

 

 

 

 

『────シャンクス(お父さん)!』

 

 

 

 

 

 

 

 

「────………っ会いてぇ……ウタに……会いてぇよぉッ………!!」

 

ボロボロと涙を流すシャンクスを見下ろしながら、シーカーは椅子に座り直した。

 

「………なら行けよ。それが出来んのが海賊だろう。」

 

「……許して、くれっかなぁっ…」

 

「殴られまくって、謝り倒せ。そんで、目一杯抱き締めてやれ…それが、償いだ。」

 

「あぁ…っ…あぁ…っ!!」

 

おかしらぁ!と、暑苦しい船員達が身を寄せあって、男全員が泣き出した。

 

むさ苦しいことこの上ない光景だが、全員があの子の親のような存在だ。親というのは、こんなにも暖かい存在なのかと、1人噛み締めた。

 

仕方ねぇなぁと苦笑しながら、シーカーはとっておきの樽を開ける。

 

「おら、飲めよ。俺のとっておきだ。この酒は俺の奢りだ!空にしてけよバカ親父ども!!」

 

「野郎ども、この酒に誓え!必ずウタを迎えに行くと!あの子にとって、最高の親になってみせると!飲めぇー!!」

 

『お"お"ぉぉぉッッ───!!!!』

 

「ハハッ、汚ねぇなぁ…」

 

そうして事が収まってようやく、ルフィを抱えたベックマンが帰ってきた。

 

「話は纏まったようだな。迷惑をかけたらしい。」

 

「ホントだよ、大迷惑だ……だが、お前達は俺の予想以上に、ちゃんと親をやってたんだな。」

 

「……よせやい、照れくさくなっちまう。」

 

「ルフィは、話ついたのか?」

 

「まぁな…存外コイツは大人だ。あんなこと言ってたが、何とか謝ろうとその辺をチョロチョロしてた。今は、泣き疲れて寝ちまってる……『強くなりてぇ』とよ。」

 

「………そうか。」

 

背中で眠るルフィを撫でれば、パチッと目を覚まし、大きな瞳がシーカーを捉えた。

 

「シーカー……俺…」

 

「行け、ルフィ。お前が思うことを、ぶつけてやれ。それが友達ってもんだ。」

 

ぐしぐしッと涙を拭ったルフィは、勇み足でシャンクスの元に向かった。

 

互いに謝り、ウタを迎えに行くと言って、また2人して泣きあっている。

 

やかましい奴らだ、と思いながらカウンターで頬杖をつきながら眺めていると、隣にふわりと、嗅ぎなれた花の香りが腰を下ろした。

 

「……終わったのね、流石…私のシーカー。」

 

それは、騒がしくなった音を聞き付け、解決したのだろうと下に降りてきたマキノだった。

 

「……悪かった。お前は聞かない方がいいと思った。」

 

「ううん…いいの。それも、私とこの村を守る為だもの…けど、わがまま、聞いて……」

 

「…なんだ?」

 

「暫く…このままでいさせて。」

 

ぎゅうっと、力いっぱい抱きついたマキノは、涙を隠すように顔を埋めた。

 

安心の涙が漏れるマキノを隠す様に、騒がしい中心を避けて端の方で震える背中を摩る。

 

特にウタに懐かれていたマキノにとって、ウタは本当の妹のような存在だった。こうして安堵の涙を流す事も、不思議じゃなかった。

 

「……生きてるってさ。」

 

「……うん…」

 

「……迎えに、行くってさ。」

 

「……うん…」

 

「だから、大丈夫……俺達は何も失っちゃいない。取り戻せるんだ。」

 

「……っ…うんっ……」

 

ぎゅうっと、背中に回った細い腕の力が強くなった。

 

マキノを慰めながら、シーカーは今も騒がしく泣き喚いているバカ親父共を苦笑しながら眺めていた。

 

 




ルフィと合わせるつもりは無いけど、これくらいの救いがあってもいいよね。本編じゃほんとに死んだ設定らしいですけど。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Twilight ZERO ①:折れた正義

〜2年前〜

 

心折れた海兵がこの辺境の土地にやってきた。

 

「こんな辺鄙な場所でいいのか、お前なら融通も聞かせられたじゃろう──────ギネス。」

 

海軍の英雄である老兵、ガープは目の前の元部下に声をかける。

 

ボサっと手入れされていない銀白の長髪を雑に垂らし、濃い隈を刻んだ少年──────ギネスは苦笑した。

 

「いいんだガープさん……俺は、もうなにもんでもねぇ……それに、俺もたった4年だがここで育った……穏やかで、昔から好きだったんだ。」

 

「……そうか。お前さんが納得しとるなら、ワシはもう何も言わん。ギオンのやつもそうじゃろう。」

 

「ははっ……結局、ギオンさんには挨拶もできなかった……こんなみっともねぇ俺…見せられねぇもんなぁ…」

 

捨てられなかった正義のコートを握りしめて、静かに涙を流すボロボロの少年を、いつもは豪快に笑い飛ばす老兵も見ていられなかった。

 

ハートランド・ギネス、16歳。彼は、ゼファーをして天才と言わせ、ガープの激しいちょっかいの日々を耐え抜き、異例中の異例、最年少の14歳で大佐の地位を与えられた。

 

それからは、次期大将候補を育成すべく、元帥センゴクとガープは、彼を鍛えるためにあらゆる任務をこなさせ、海軍の上に立つものとしての素養を鍛える事になっていた。

 

海軍の上層部や、英雄、黒腕の期待を一身に背負った彼は、直ぐに頭角を現した。

 

大佐を就任した翌年、世界政府加盟国に現れた銀斧を10時間以上単独で足止め。その後、合流した中将ギオンと共に、惜しくも撃退に留めたが、銀斧の左足と右腕を奪い、事実上の再起不能に追い詰めた。

 

そして大佐となって2年がたった頃。とある情報を掴み、四皇ビックマム海賊団、次兄の大船団と軍艦1隻で戦闘を繰り広げ相討ちにまで持ち込み、傷だらけになりながら船団を八割壊滅させ逃げおおせた。その結果、ビックマムが侵略しようと画策していた世界政府非加盟国4カ国の守備に成功。

 

彼は、命令を無視し、ビックマム海賊団に喧嘩を売った。非加盟国にとっては英雄的な存在として称えられている。事実として、海軍として守る必要のない非加盟国を守った事実は、海軍のイメージアップに繋がることではあった。

 

この時を折に、『白槍』の2つ名で呼ばれるようになった。

 

そして、年の替わりには、准将をとばして少将の地位を与えられる予定であった。

 

そんな彼は、己の正義に誇りを持っていたし、海賊のみが悪だと信じていた。

 

自分が守っている貴族や市民は、善だと信じていた。

 

それは、まだ彼が幼く無知がゆえの認識の差ではあった。しかしその差は、彼を壊すには十分なものだった。

 

彼をこの辺境のフーシャ村に送る船は、いつもの喧騒は也を潜め、少年をただ哀れんでいた。

 

彼の少年の瞳に、以前の白く燃る正義の炎は、もう灯っていない。

 

上層部への疑問は、膨れ上がる一方だった。

 

「……あんな奴ら、守る価値もない…本当に、ままならんもんじゃな…」

 

「ガープ中将……それ以上は…」

 

「バカもん。正義を掲げていた純粋な子供が心をへし折られてしもうたんじゃ……ワシは、悔しくてならん…やつならば、20の頃には次期大将として中将を任せられた。ギオンも銀斧の時に共闘したらしいが、ギネスがいなければ殺されていたという程じゃ。儂らは…守るべき人間を、間違えちまったのかもしれん……」

 

「……………そう、なのでしょうね……」

 

ガープは、ギネスが6歳の頃から見守ってきた。戦場で拾った教会の孤児院の中で、ひとり身の丈よりも大きな鉄棒で海賊を相手にしながら、他の孤児とシスター達を守っていた。

 

ボロボロのくせに闘志だけは衰えていないギネスを見たガープは、こいつを海兵にする!と、フーシャ村に連れてきたことがあった。

 

そこで数年育ち、気がつけば互いにとって家族のような存在となっていた。

 

その後も、基本的にガープが暴れていただけだが、海軍内でも本当の家族という認識を取られていたくらいには2人の関係が良好であり、功績を上げていくギネスをガープも鼻高に思っていた。

 

その最中に、こんな事になるなんて。

 

愚痴も吐きたくなるだろう。

 

その間も、ギネスは静かに海を眺めながら、無感情に揺れる水面を眺めていた。

 

フーシャ村の漁港に着くと、1人の少女が手を振りながら駆け寄ってきた。

 

「ギネスー!おかえりー!」

 

「…マキノ…⋯」

 

その少女は幼馴染の村人、マキノだった。

 

昔からギネスは活発な少年と言うよりは、落ち着いた子供だったため、2人は出会って直ぐに意気投合し、よく2人で海を見ながら話をしていた。

 

そこに、淡い想いがある事は、誰の目から見ても明らかだった。

 

けれど、そんな気持ちがあるからか、ギネスはこんな情けない顔を彼女に見せたくなかった。

 

「……っ……すまない…暫く、1人にしてくれ……」

 

「えっ……ギネス?待って────」

 

「待ってくれい、マキノ。」

 

俯いたままマキノの横をとおりすぎて行くギネスを追いかけようとすると、それをガープに止められた。

 

「ガープさん…あの、ギネスは……」

 

「…情けない大人からの頼みじゃ……今は………いや、ギネスを支えてやってくれい…!儂らじゃあ…もう奴に声を届ける資格がないんじゃ……」

 

「……はい!任せてください!」

 

こんなにも、情けないという感情を表に出したガープを初めて見たマキノは、相当なことがあったのだろうと、意気込んでギネスを追った。

 

きっと彼は、あの場所にいるだろうから。

 

フーシャ村で最も高い位置にある風車の中は、マキノと秘密基地にして遊んだ場所だった。何かがあると、お互いにここに来て、村と海を一望できるこの場所で、悩みを言葉にして風に乗せていた。

 

けれど、今のギネスはそんな気にもなれなかった。

 

「………っ…くそッ…」

 

血飛沫なんて、何度も見たのに。

 

「────ッ……クソっ……」

 

涙なんて、何度も見たのに。

 

「………仇も、とってやれねぇ…ッ!!」

 

この世界に、神など存在しない。

思い切り叩きつけた拳が裂けて、血を滴らせても、心はずっと叫び続けていた。

 

「よいっしょっと……やっぱり、ここにいた。」

 

そんなギネスの背後から、柔らかな声がかけられた。

 

「…っ…マキノ……どうして…」

 

「楽しい事も悲しい事も、2人で…いつも風に乗せるのはこの場所だったから。」

 

まぁ、そんなに悲しい事は覚えが無いけどね。と笑う少女に、弱いところを見せたくなかったギネスは精一杯の笑顔を見せた。

 

「……聞いてたよ。俺が居なくなってから、よくこの場所で声を風に乗せてたって。」

 

「だ、誰が言ってたの!?村長ね!村長でしょ!!」

 

「さぁ?それは言えないよ。」

 

そうして苦笑してみれば、マキノは口を真一文字にギュッと結んだ。その顔は、今にも泣きそうだった。

 

ギネスの胸が、軋みあげるような痛みを覚えた。

 

「ど、どうしたマキノ!なんでそんなに泣きそうに────」

 

「どうして……無理に笑うの?」

 

マキノの言葉で、ピタリとギネスの表情が止まる。

 

「無理に、なんて」

 

「無理してる。4年も一緒にいたんだ…分からないと思う?」

 

「してないよ…」

 

「してる!帰ってくる時、あなたは私を無視してどっか行ったりしないから。」

 

「…してねぇよッ!!これ以上優しくしないでくれっ!お前に、弱いところなんて見せたくないんだよ!!」

 

「嫌だっ!私を1人にしなかった貴方を!1人になんてできない!」

 

叫んでも叫んでも、マキノはギネスの傍を離れなかった。

 

あれ程に強かった彼の瞳は、今やくすんだ灰色に燃え尽きてしまった。

 

その正義を背負った広い背中は、今や随分と小さくなってしまった。

 

けれど、マキノにとってギネスという少年は、海軍の大佐ではなく、ただの幼馴染なのだ。

 

だらりと両腕を垂らし、膝から崩れ落ちたギネスは、マキノに縋り付きながら、ボロボロと涙を流し、懺悔のように語り出す。

 

守れなかった。仇も取れないと、悲愴に語る彼はもう、己の主柱であった正義を、叩き折られてしまった後だった。

 

彼は、もう正義のために戦うことは出来ないだろう。

 

これは、正義によって正義を砕かれた少年の黄昏。

 

明けることのない、暗闇の始まりだった。

 

 




ちょこっと設定変えました。

こっちに修正するので、こっちが正しいです。

矛盾点があればよく見て今後修正します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話:全ての盾だった

いやほんとに、感想通知くらいしか見ないからびっくりしたけどお気に入り2800!?

この4日?くらいで何があったんじゃ…

とにかく、期待を寄せてくれる方がいるということなので、頑張ります。よろしくお願いします。


初めて出来た妹のようなあの子は、寂しがり屋で、意地っ張りだ。もし、彼女が拒む様ならば、自分が連れていこうと思っていたところだったが、どうやら無駄骨に終わったらしい。

 

少し離れた場所で、シーカーは木に背中を預け、目を閉じながら事の行方を見守っていた。

 

背後から聞こえる大勢の男たちの泣き声と、そこに混じる子供の泣き声。

 

果たされた再会の末、落ちるところに落ちた、というところだろうか。

 

泣き声の方向に目をやれば、女好きの親友と目が合った。口だけで彼は礼を言うと、涙ぐんだ顔で、ニッ!と笑った。

 

地面に突き刺していた槍の穂先を蹴りあげ肩に担ぐと、ため息を零して苦笑する。

 

「......世話の焼ける野郎共だ。」

 

純白のコートと、銀白色の髪を靡かせながら、踵を返し船に向かう。

 

シーカーはその目尻を少し濡らしながら、船に乗り込み、最後の仕事に取り掛かる。

 

「────いつか、またどこかで会えるだろう、俺達の妹。だからいつか、その歌を...また聞かせてくれよ。」

 

そう呟いてから、機械帆船のエンジンを吹かせ、遠くの方に感じたこちらに向かう懐かしい覇気の元に向かった。

 

暫く船を走らせれば、覇気の持ち主はこちらに気がついたのか、無人島でこちらを待っているようだった。

 

相変わらずの漢気だと苦笑しながら、岸に船をつけてその者の元に向かう。

 

「……来たか。」

 

「あの日以来だな……今でも、鮮明に思い出せる。」

 

互いに過去を思い出しながら、感慨深そうに口を開いた。

 

一般的に高めと言われるシーカーは約175cm。しかし、目の前にいる男はシーカーの倍以上の身長に、口元を隠すようなマフラーを巻き、鋭い視線だけを覗かせていた。

 

「……衰えぬ覇気…いや、更に磨きがかかっている。若くしてあの"鷹の目"と同じ領域に達しただけの事はある。」

 

カタクリはシーカーが持つ黒槍にちらりと目をやってから、また目を伏せた。

 

「あんな化け物と一緒にしてくれるとは…随分と持ち上げてくれる。」

 

「当然だ。あの日、俺に敗北を刻んだ男だ。むしろ妥当な評価と言えるだろう。」

 

「何が敗北だ……ありゃ、相討ちって言うんだぜ───────シャーロット・カタクリ。」

 

「ふんっ、その間に船を8隻も落とされちゃ、敗北に違いないだろう────────ハートランド・ギネス。」

 

シャーロット・カタクリ。

 

グランドラインのその先、新世界を支配する4つの海賊の皇帝、その1席に存在する怪物。

 

"ビックマム"シャーロット・リンリンその次男。

 

無敗の男、超人とまで言われる完璧な男。

 

隙を一切見せぬその佇まいは、間違いなく最強の風格を宿していた。

 

しかし、そんな男にシーカーは相打ちの末逃げ果せた。

 

決して大っぴらに語られることでは無かったが、海軍時代のシーカーとの激突は、カタクリの戦歴に敗北を刻んだ。

 

「あの時…他の将星やオーブンであったなら…確実に殺されていた。本当に、俺で良かった。」

 

「買い被りすぎだ。相性もあるさ、俺とお前の相性は最悪だからな。」

 

自信に満ちたシーカーの言葉にも、カタクリは目を細め闘志を燃やすだけだった。

 

「……あの時、俺の見聞色が通じなかった謎……この2年間、考え続けても答えは出なかった……ウタウタの実の能力者の情報を確かめるつもりだったが…これも運命か…あの日の雪辱をここで果たす…ッ!!」

 

その啖呵を聞いても、シーカーは頭を搔きながら困ったように唸る。

 

「俺には、もう戦う理由もねぇんだがなぁ…」

 

「……どういう事だ?お前は海兵…俺を捕える意味はあるはずだが?」

 

「2年前……お前と戦った4ヶ月後か…辞めたんだよ、海軍。」

 

その言葉に、カタクリはらしくない程に目を見開き、疑問をうかべたがすぐに納得した。

 

「…なに……?いや、よく見ればお前のコート…海軍のものでは無い…新聞でほぼ毎週あったお前の記事も、ここ2年全く見なかった……お前の情報を集めてもなかったのは…そういうことだったのか…」

 

「せーかい……もう、俺の負けさ。こーさんだ。もう目的も果たしたし…お前一人だけなら…赤髪海賊団を1人で相手にするなんて無茶…しないだろ?」

 

両手を上げたシーカーに、カタクリは額に青筋を立てながら、怒気を増した。

 

「……俺が、それで納得できると思っているのか?」

 

「できるさ。お前は、戦意のない相手と無駄な戦闘はしねぇ。互いに死ぬリスクを背負ってまで、もう戦う意味もねぇだろうよ。」

 

それでも、シーカーは戦意を一切滾らせることなく、皮肉ったように笑うだけだった。

 

「貴様ァ…っっ!!!」

 

その様子に、拳をギリッと握ったカタクリは、シーカーに殴り掛かる。

 

ブワッ!と飛び散る砂塵を意に介することもなく、シーカーは目前で止まった拳越しに、カタクリの鋭い視線を見ていた。

 

「………いったい……一体何が貴様程の男の目をそこまで腐らせたッ!!!」

 

命を賭して戦った事のあるカタクリだからこそ、この言葉が言えたのだろう。

 

あの日、あの場所にいた海兵は、もっと高潔で、もっと誇り高い瞳をしていた。

 

なんなんだ、その燃え尽きたような目は!

 

カタクリの心の叫びを聞き取ったように、シーカーは口を開く。

 

「……世界政府」

 

「……天竜人か……」

 

納得のいったような顔をしたカタクリに、シーカーは諦めたように苦笑した。

 

「目の前で、子供の父親が殺された。なんの罪もねぇ……ただの一般人だ…そうじゃねぇんだ…仇もとってやれねぇ…それを受け入れる海軍にも、幻滅しちまった。」

 

「お前の正義は……あの盾を捨てた理由も、それか。」

 

随分と懐かしい自分の装備を思い出し、シーカーはまた笑った。

 

「まさか、覚えてるなんてな……」

 

「お前の『防御力』にどれほど手こずらされたと思っている。お前の事を…徹底的に研究した。まぁ、それも無駄骨だったようだが。」

 

ガチャっ、と装備を鳴らしたカタクリは目を閉じながら過去を思い出した。

 

全てを穿いた槍。自分の攻撃を当然のように防いだあの聖盾。全てが、戦いの喜びを思い出させた。

 

振り払おうとした戦意は、けれど払いきれなかった。

 

カタクリは、話がわかるやつではあったが、同時に武人でもあった。

 

「敵意のないお前と戦うつもりは無い……だが、納得がいかないことも事実だ。だから…一撃、それで俺を納得させてみせろ。」

 

口元を覆う分厚いマフラーに手をかけ、それを脱ぎ捨てれば、鋭い牙を覗かせる大口が顕になった。

 

グッと握ったカタクリの拳が、漆黒に染る。

 

不器用な男だと、海賊らしくないと、ギネス(・・・)は、笑いながら槍を構えた。

 

「……分かった。この一合、満足の行くまで戦えぬ詫びとして、お前に捧げよう。」

 

「……感謝する。」

 

一気に飛び退き距離をとったカタクリは、その場でドーナツのような形になりながら、猛スピードでギネスに向かう。

 

その技の挙動で、何が来るかを悟ったシーカーは、しかし焦らずに自身の内にある二色(・・)の覇気を、体の一部でもある槍に集中させる。

 

それこそが、シーカーの二つ名である『白槍』

 

純白に輝く二色の覇気を纏った槍こそが、シーカーの本領であるのだ。

 

目の前まで来たドーナツのようなカタクリは飛び上がり人型に戻ると、その回転力を利用したまま、右腕を肥大化。

 

赤黒い稲妻を飛ばしながら、剛腕をギネスにラリアットの形で質量を振りかぶった。

 

 

 

 

「【斬・切・餅】ッッ!!!」

 

 

 

 

2年前、この技で着いた決着。ならば、あの時と同じ技でこの一撃を受け止める必要があるだろう。

 

「……これが、最後……よしっ…!」

 

グッッ、と屈んだギネス(・・・)は、目前にいるカタクリの必殺に対して、笑った。

 

海軍武術を幼くして極めたギネスは、それを全ての動きに応用する。全ての筋肉を連動させ、眼前に向かいその純白の絶槍を放つ。

 

 

 

 

「【王槍生誕(ヴァン・ギネス)】ッッ!!!」

 

 

 

 

カタクリとの決着、その瞬間に完成した己の名を冠した、シーカーが出せる最高出力の技。

 

全力の覇気を込めた、全力の突きは、果たしてカタクリの剛腕と激突する。

 

 

瞬間

 

 

無人島を更地にする大爆発が巻き起こり、数百km離れた場所にいた馬鹿親父も、このあまりにもデカい覇気の激突を感知した。

 

数秒の拮抗。誰にも聞こえぬ雄叫びは、爆音に掻き消され、互いの肌を焼く程の覇気は、爆発を助長させ、2人が立っている地面すらも大きく抉った。

 

互いの覇気が、互いの体を容赦なく殴りつける。吹き出す鮮血、軋む骨。それでも、今は全てがどうでもよかった。

 

あとのことを考えるなど、この場においては無粋に過ぎた。

 

耐えきれぬその鋭さに、ギネスの技がカタクリの剛腕を穿いた。

 

支えきれぬその圧倒的質量に、ギネスの胴にカタクリの剛腕が激突した。

 

 

 

 

そして、決着がついた。

 

 

 

 

『……………』

 

あの一撃だけで、ボロボロの雑巾のようになった2人が、そのまま立っていた。

 

「……流石だ。」

 

「お前にそう言われるなら…俺も捨てたもんじゃねぇな……」

 

そう2人で苦笑して、同時に前のめりに揺れた。

 

小さな島1つを更地にした、既にバスターコール並の痕跡だけを残して、二人の男がその場に倒れ込んだ。

 

「はぁ…はぁ…なんで一撃貰っただけで…こんなアホみたいにダメージ残るんだよ…っ!」

 

「それはこっちのセリフだ……!はぁ…はぁ…どんな硬さをしてるんだ、お前の覇気は…!右腕がイカれたぞ…!」

 

「それもこっちのセリフだ…てか体格差考えろ……お前5mだろ……家かよ…家が武装色纏って高速でぶつかってくるって考えたら…やべぇぞ…」

 

「ママの遺伝だ……好きでこんな図体してると思うか……部屋も服も椅子もベッドまで特注だ…」

 

互いに文句を言いながら、ダメージを回復するために呼吸を整えていた。

 

ギネスはこの激突を経て、果たせなかった約束を思い、悔いた。

 

「……悪かった…あの約束、守れなくて」

 

「…………構わん、お前は軍人だった……しがらみは多いだろう……意志とは別にな」

 

それでも、カタクリはあの日あの時の、ギネスの言葉と、強い意志を思い出した。

 

『………苦しいのか……お前は…!』

 

「決着の後、ズタボロの両者が先のようにフラフラとなんとか立ちながら睨み合っていたのに。お前は俺の一言で、目の色を変えたな。」

 

『倒しに行くさ…っ!!誰かがあいつに苦しめられてるのなら!!俺がアイツをぶっ倒すッ!!』

 

相手は海賊なのに、海賊すらも救うと言い切った言葉を、カタクリは不思議と信じていた。

 

けれど、それは果たされなかった。それ自体は仕方がない。元々がしがらみだらけの組織だ。

 

あぁ、だが。とカタクリは続ける。その声音は、心底嬉しそうで、少しだけ悲しそうだった。

 

「……あの啖呵は……心地いいものだった。」

 

「………ハハッ………お互い、立場に苦労するな。」

 

「……あぁ………────」

 

そこで、お互いに意識を飛ばした。

 

 

 

 

 

ぎしっ、と体が軋む音が鼓膜に響き、痛みと共に目を覚ます。

 

周りは真っ暗、既に気絶してから数時間経っているようだった。

 

「────…っ…てぇ……」

 

「起きたか。」

 

目を覚ませば、さっきの状態で倒れたまま、2人とも寝込んでいたようだ。

 

先に目覚めていたカタクリは、大口を歪めてニヤリと笑った。

 

「俺の方が目を覚ますのが早かった。今回は……いや……俺の勝ちだ、ギネス。」

 

「……あぁ、お前の勝ちだよ、カタクリ。」

 

決着のつかなかった勝負に、ようやくつけられた結末に、互いに満足気に笑った。

 

お互い、立ち上がれすらしない状態で減らず口を叩きあっていると、なにか音が聞こえることに気がついた。

 

それは、自分のバックパックからでんでん虫の通知音だった。

 

サァッ、と青ざめたシーカーは、最悪を想像してしまった。

 

「あー…やべ、定期連絡してねぇ…」

 

「お前が起きる2時間前から何度か鳴ってるぞ。」

 

「起こせぇ……」

 

「知らん、そこまでやってやる義理はない。」

 

「いや、今ほんとに動きたくない。背中に手が届かん……カタクリ、カバン開けてでんでん虫取って。」

 

「ふざけるな!しかもお前、ぶっ壊れた右手側に倒れやがって!能力でとるしかないじゃないか!」

 

「あっ、とってくれるのね……やっぱ優しいよな、お前。」

 

「口を閉じろ阿呆。さっさと話をつけろ。」

 

空間から出てきた手型の餅が、バックを器用に開けてでんでん虫を顔の前まで律儀に運んでくれた。

 

恐る恐る受話器を取れば、案の定焦ったような彼女の声が響いた。

 

『────ギネスッ!?ギネス!!返事をして!ギネス!』

 

思わず昔の呼び名を呼んでいるあたり、相当心配させてしまったらしいことがわかった。

 

悪いことしたなぁと思いながら、重々しく返事をした。

 

「あ、あー…こちらギネス…悪い、連絡が遅れたマキノ…」

 

『ギネス!あぁ、良かった!もう3日も連絡がなかったから!こんな事っ、初めてだったしっ…!今回はグランドラインに行くって言ってたから…何かあったかと…っ!!』

 

「お、落ち着け…俺は無事だから。てか、み、3日……」

 

「…そんなに気絶していたのか。」

 

さっき起きたばかりで、そんなに時間が経っていると思わなかった2人は、思わず声を出してしまった。

 

『…ねぇ、誰かいるの?』

 

「あぁ、いや…気にするな…連絡が遅れて悪かった……今…ちょっと、戦ったあとでな…ボロボロなんだ。」

 

『貴方が、ボロボロになるくらい…?!大丈夫なの!?』

 

「あぁ、そこは問題ない……朝にはもうだいぶマシになる…そしたらすぐ帰るよ…」

 

そう言ったら、大きくため息を吐いたあとに、でんでん虫が泣き始めた。

 

でんでん虫は、喋っている本人の感情を読み取り、それに応じた表情をしながら、声を届ける。

 

つまり、今マキノは泣いているという事だ。

 

『…っ……ほんどに…良かった……心配で…心配で……っ…!』

 

「心配をかけた、ごめん……必ず帰るよ……なぁ、マキノ。帰ってしばらくしたら、どこか旅行に行かないか。」

 

『ほんと…?』

 

「あぁ、ホントさ。」

 

『…っ……うん…っ…楽しみにしてる……だから、帰ってきて…ね?』

 

「必ず帰る。俺が約束破ったことあったか?」

 

『……ふふっ、ない…少なくとも、私には。』

 

「な?だから、待っててくれ。ここからなら、飛ばせば1週間かからない。」

 

『うん……ねぇ、ギネス……愛してるわ。』

 

「俺もだ、愛してるよマキノ。旅行先、考えとけよ。」

 

『わかった……早く、帰ってね。それじゃあ、気をつけて。』

 

ガチャりと切れた通話の後に、ふぅとため息を吐く。どこか居心地の悪い気持ちのまま、カタクリをみれば

 

「……万国(トットランド)に来るか?観光地としては、とてもいい場所だ。」

 

「マキノを殺す気か?行くわけないだろ。新世界に行けってのかよ。」

 

「まさか東の海で旅行か?随分と枯れた大人しい旅行だな。」

 

「ほっとけ……どこでも、俺はあいつがいればいいんだ。その方が性に合ってるし…東の海でも、行きたい場所はあるからな。」

 

「ふっ…そうか。苛烈なお前を知る俺としては、穏やかに過ごすお前は、どうも想像ができんがな。」

 

「もう、随分と…その生活が馴染んだもんさ。」

 

少しの沈黙の後に、カタクリは感慨深そうにため息を吐きながら、体を起こした。

 

「身体中が軋む……本当に、たった一撃でお互いこうもボロボロになるか。」

 

「実力はほぼ拮抗してる。俺もお前も、この辺にいるにはおかしいレベルの覇気使いだ。こうもなるさ。」

 

耐久力が段違いすぎるがな、と呟きながら、ギギっと体から鳴る音を感じて、ギネスはカバンから包帯と薬を取り出し、手当をしながら立ち上がったカタクリを眺めた。

 

「行くのか?」

 

「あぁ……ウタウタの能力者が単独なら、連れて帰るつもりだったが…赤髪のところにいるとなれば、一筋縄では行かない…それに、今回は事実確認も含めたものだったからな。」

 

そっか、と手当を再開したギネスに背を向けて、歩き始めた。

 

「…これで、終わりだ……ギネス。」

 

「ああ……終わりだ、カタクリ。」

 

肩越しにニヤリと笑ったカタクリの別れ際は、清々しい程に男らしかった。

 

 

5日後、フーシャ村にようやく帰れたシーカーを待っていたのは、マキノの痛いほどのハグと、豪快に笑うガープ、そして元直属の上司だった。

 

 




映画の出来が良すぎてウタを救済する事を投稿直前までずぅっとやめたかった。

けどもうこの話には直接出番ないからいいやって思って赤髪海賊団の音楽家やっててもらいます。

何か違う未来があれば、フーシャ村から海賊王と共に出航していたことでしょう。

ルウタ、いいよね。

※前書きあとがきがこんなに長いのは今回だけです。だから許して。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話:好きに生きろ

まだウタを救った?ことが正解だったのかわからんな。


今夜は「PARTYS BAR」はおやすみ。それもそうだろう。いま、この店には海軍の英雄的存在が2人もいる。

 

「いやぁ!派手にやったようじゃなぁ!シーカー!」

 

「笑い事じゃねぇっての爺さん。」

 

「ガープ…あんた、ろくな親じゃないね。まぁ、今更か。」

 

「そう言うなおつるちゃん!こやつがその辺の四皇幹部に負けるわけなかろう!」

 

「アホか、その辺に四皇幹部がゴロゴロ居てたまるか。」

 

豪快に笑うガープとは対照的に、白髪を纏めた、凛とした初老の女性────海軍中将つるは、咎めるような目でガープを見ていた。

 

そして、シーカーは未だに隣に陣取ったマキノに手を焼いていた。

 

「お、おーいマキノさーん?……もう平気だって…」

 

「なにか?」

 

「あ、いや…その……」

 

「なに?3日も定期連絡しないと思ったら?ボロボロで帰ってきてっ…?挙句の果てにろくな手当もしないで放置しようとしたわよね?そんな自己管理が出来ないお子ちゃまを放ってはおけないでしょう?私、間違ってる?」

 

「……いぇ、なんでもありません……」

 

「見事に尻に敷かれとるね。きかん坊だったアンタが、ここまで大人しくなるかい?」

 

「うぐっ…そりゃ、昔はその…よく命令無視してたのはそうですけど…やめてくれよ、おつるさん…」

 

「ぶわっはっはっは!!尻に敷かれとる!!ワシの義息子の癖に!」

 

「このジジイ……っ!!」

 

マキノやおつるの手前、下手に暴れられないシーカーは、青筋を浮かべながら、拳を握るしか無かった。

 

「ジジイ!?儂と血の繋がりもない義息子の癖に、ジジイじゃと!?お父さんと呼ばんか!?」

 

「その血の繋がりもねぇガキを拾って義息子にしたのはてめぇだろこの自分勝手の擬人化!!海賊中将!!」

 

「なんじゃとシーカー!!貴様、よりにもよって儂に海賊中将じゃと!?」

 

「あぁ何度でも言ってやる海賊中将!おつるさんやセンゴクさんにいつも迷惑かけやがって!謝り回ってたこっちの身にもなれってんだよ!!てか親父の天職確実に海賊だろ!なんで海軍にいるんだ!?」

 

「何を言うか馬鹿もん!!ワシほど品行方正で完璧な海兵がどこにおると言うんじゃ!?」

 

「品行方正!?マジで言ってんなら病気だぞ!?傍若無人!これこそ親父の為にある言葉だね!」

 

「傍若無人!?義息子の癖に生意気なぁ…!よしっ、表に出い!そのねじ曲がった認識を叩き直してやる!」

 

「は〜ん!!やってみろ海賊中将がよぉ!!いつまでも昔のまんまだと思ってんじゃねぇぞ!?」

 

この2人、会えばいつもこのように喧嘩を始めるのだが、これは恒例のやつでこのふたりのコミュニケーションとも言える。いつもは穏やかで冷静なシーカーだが、ガープとはいつも子供のように言い争っている。

 

シーカー自身、自分よりも格下しかいない東の海でここまで実力を上げ続けているのは、この喧嘩のおかげだと思っている。

 

いつもはあらあら、とか言いながらマキノも流しているところだが、今日はタイミングが悪かった。

 

「喧嘩はいいがね坊や…後ろ、見てみな。」

 

「後ろ?……あっ」

 

ギネス(・・・)?私の話、聞いてた?」

 

満面の笑みのマキノ。いや、目が全く笑っていない。それに、呼び方も戻っている。

 

そのただならぬ様子に、顔色を青くしたシーカーは、必死に言い訳を募った。

 

「い、いや聞いてた!聞いてたって!い、今のは売り言葉に、買い言葉…ってやつ?!ほ、本気じゃねぇって!」

 

ふーん、と間延びした返事をしてから、マキノはすすすっとシーカーに近寄る。

 

「……つんっ」

 

「────っ!!?!!?!?!!」

 

シーカーの折れた助骨をつつけば、忽ちシーカーは崩れ落ち、冷や汗をダラダラ流しながら息を荒くした。

 

新世界、その中でも上澄み中の上澄み同士の激突。一撃とはいえ、互いにタダではすまなかったのだ。

 

「…こんな、酷い怪我なのに……私の言う事、聞けないの……?」

 

「…っ、そ、それは……」

 

「貴方に傷ついて欲しくないって、思う私はっ…間違ってるの?」

 

ギュッとスカートを握ったマキノの声は、少し震えていた。

 

今まで、切り傷程度を負う事はあったが、3日も連絡ができない状況などありえなかった。

 

だから、彼女の中に、シーカーが帰ってこないのではないか、という不安が過ぎったのだろう。

 

罪悪感が募るシーカーは、マキノの腰を抱き寄せて悪かったと笑った。

 

「熱くなったよ。ありがとう、治るまでは大人しくしてる。」

 

「本当?」

 

「本当さ、酒も断つよ。」

 

「────うん、わかったわ。」

そう言って笑ったマキノは、満足気にシーカーの腕の中に収まった。

 

「かなわないなぁ…」

 

「女は男が思っているよりもずっと強かなもんさ。ねぇ?マキノ。」

 

「ふふっ、はい。おつるさん仕込みの女ですもの、強かになりたくなくても、なっちゃいました。」

 

「それでこそ、私の教え子さ。」

 

にやりと笑ったおつる。シーカーがおつるの直属の部下だった時、帰省する際にはつるもここに来ていたことで、女として強く生きるにはどうすればいいかを叩き込まれ、海賊が来ても動じない肝の座った女になった。

 

「そうじゃ、忘れとったシーカー。」

 

「あん?なんだよ。」

 

「旅行に行くとか言っとったが、今はやめといた方がええじゃろう。」

 

「なんで?」

 

「【金獅子】じゃ。目撃情報があってのう…表立って動くつもりはなさそうじゃが……それでも念の為じゃ。ワシとおつるちゃんも、その確認で今海中回っとる。」

 

「シキ…だっけか。ロックス海賊団の一員だったとかいう。」

 

「そう。坊やとギオンが撃退した【銀斧】と仲間だった奴さ。」

 

「【銀斧】……懐かしいな。あの時は逃しちまったが、今なら……確実に捕えられる。」

 

懐かしい名前にシーカーは珍しく好戦的な笑みを浮かべ、あの戦いを思い出した。

 

今奴がどれほど成長していようと、確実に捕らえるという自信に満ちた笑みは、ガープとそっくりだった。

 

「……悪い顔しとるのぉ…!流石、我が義息子!」

 

「アイツと対峙して、そうやって笑えるのはアンタの強さなんだろうね。ガープに育てられただけはあるね……シキは制圧力に関しちゃ、頭1つ抜けた海賊だ。フワフワの実の能力を使って、軍艦を何隻も吹き飛ばすめちゃくちゃな奴さ。その上狡猾、海賊らしい海賊だね。」

 

「…で、その金獅子がなんだって俺たちの旅行と関係が?」

 

「奴が、東の海を壊滅させようとしとる噂がある。」

 

「………なんで?」

 

「話せば長くなるんじゃが…私怨じゃろう。」

 

「また傍迷惑な……まぁ、海賊なんぞそんなもんか。」

 

うんざりとした顔のままため息をしていると、ガープが部下に命じて荷物を持ってきた。

 

「ここは最弱の海なんぞと言われるが…それは平和の象徴でもある。お前さんは、東の海の治安維持に尽力してくれとるが、もしもがあった場合…全力を出せん状況は後悔を残すだけじゃ。」

 

「………」

 

「その黒槍は確かにお前さんの力となっている。だが、本領は矛ではなく"盾"じゃ。もし今回のカタクリとの戦い、コイツがあればそこまでの傷を負うことはなかったじゃろう。」

 

「────それは…!」

 

ゴトッ、とカウンターに置かれたソレは、 シーカーが目を見開く物だった。

 

それは、木製の円盾。かつてシーカーと共に死線を潜り、多くの人を護った。己の正義の根底ともなる、半身とも言える盾。

 

大佐の就任時にガープに贈られた、紛うことなき最強の盾。

 

宝樹アダムから直接削りあげた特注の盾。あらゆる弱者を、この盾と守ってきた。

 

「……お前としても、コイツを持つことは未だ悩むじゃろう……だが、守れなかった後悔を、お前はよく知っている筈じゃ。信念と、大切なものの命を天秤にかける真似だけはするな。お前にはもう、マキノがいる。」

 

「…………あぁ。」

 

懐かしい装備。昔は、どこに行くにもこの槍と共にあった盾。あらゆる海賊の攻撃を弾き、シーカーを、仲間を、市民を守ってきた。

 

────守れなかった俺にはもうッ…お前を持つ資格がねぇ…

 

「シーカー……」

 

マキノは、盾を捨てたその瞬間を知っている。あの日、どれだけの思いで彼がこの盾を捨てたのか、マキノには計り知れないものがあった。

 

だから、少しでも彼が悩まないように、そっと彼に寄り添った。

 

そうやってシーカーの腕を優しく抱き寄せたマキノを見て、シーカーは目を瞑った。

 

捨てた正義は取り戻せないし、取り戻すつもりもない。

 

けれど、守りたい物があることだけは変わらなかった。

 

「………もう一度、俺と共に…守ってくれるか?」

 

何も語らぬ盾に問い掛けても、答えはかえってこない。

 

久しく感じていない重みを左手に感じれば、今までずっとあったように馴染んだ。まるで、待ち侘びた主の問いかけに答えるように。

 

ずっと、待ってた。

 

そう言う様に、盾がかつてのように体の一部となった。

 

どこか吹っ切れたように清々しい表情を浮かべるシーカーに、ガープはいつものように笑った。

 

「決まったようじゃな!んじゃ、儂は帰るぞ!」

 

「そうか。じゃあな。」

 

「アッサリしすぎじゃ!!もっと惜しまんかい!!」

 

打って変わって、急にシーカーの頭を殴り付けたガープは、圧倒的理不尽を発揮した。

 

「ってぇなこのクソジジイ!?俺今重傷者なんだが!?」

 

「じゃあな、じゃないわ!もっと惜しまんか!」

 

「勝手に来て勝手にキレやがって!つーかルフィどうした!今日あってねぇぞ!?」

 

「あぁ、ダダンの所に預けた。」

 

「はぁ!?俺が鍛えてる話したよな!?」

 

「エースに会わせる為じゃ。奴には同年代の人間との接触も必要じゃろう。」

 

「お、このっ⋯⋯珍しく、まともなこと言うじゃん。」

 

「珍しくは余計じゃわい。ほんじゃあな。」

 

「私もこの辺で帰るとするよ。」

 

「はい、おつるさんも、また。」

 

はいよ、と手を振りながら去っていく2人を眺め、シーカーは盾を撫でた。

 

「⋯⋯守るんだ⋯俺が、この手で。今度こそ⋯」

 

「シーカー、2週間後にダダンさんのところに行こうと思うの、お酒の仕入れ手伝って!」

 

「はいよ〜。旅行、行けなくなっちまったな。」

 

随分と楽しみにしていたようだったマキノに尋ねても、マキノはいつもの笑顔を浮かべたまま口を開いた。

 

「いいの、貴方がそこにいれば⋯⋯それが私の居場所だから。旅行ならいつでも行けるし。」

 

「⋯⋯ありがとうな。今度、必ずお前の行きたいところに行こう。」

 

「本当?それじゃあ、ココヤシ村に行きたいわ。直接あの美味しいみかんを仕入れたくて。」

 

「わかった、あそこなら割とすぐ行ける。小旅行程度で行こうか。」

 

「うん、頼りにしてるわ。」

 

 

 

 

 

海上、海軍本部に向かうガープとつる。

 

ガープは久々に会った義息子の顔を思い浮かべながら、ガープは懐にしまっていた彼宛ての手紙をぐしゃりと握り潰した。

 

「渡さないのかい?それ、センゴク⋯いや、もっと上からのものだろう。」

 

「ええんじゃ⋯⋯もう、奴を縛る鎖なんぞ、あっちゃならん。」

 

「⋯⋯私達の正義は⋯⋯あの子を守れなんだ。もう、私達にその資格がないのは、間違いないだろうね⋯」

 

直属の上司だった物として、シーカーの脱退につるも責任と、罪悪感を感じている。彼の正義は清らかに過ぎ、綺麗に過ぎた。

 

この汚れきった海軍や、果てしない悪意が溢れる世界に、彼は突き放されてしまったのだ。

 

「あぁ⋯⋯この件は、ワシの首を掛けてでも握り潰す。なにせ、奴は海賊なんぞじゃないわい」

 

「野放しにしておくには強すぎる⋯⋯上の決定にしても、あの子の信念をへし折るやり方だ⋯私は、その事が辛くて仕方ないよ⋯」

 

「だからこそじゃ、儂の首と天秤に掛ければどっこいくらいにはなるじゃろう。」

 

「⋯⋯私も、罪滅ぼしとしてやろうかね。」

 

「んじゃあ、一緒にセンゴクの所に殴り込むか!」

 

「バカ言うんじゃないよ、殴り込むのはあの五人の老害の所さね。」

 

「ぶわははははっ!老害と来たか!そうじゃなぁ!始末書は後で書くとするか!」

 

夜の空を見上げながら、その手紙を海風に乗せる。誰も知る必要は無いと、誰にも知られることはないように。

 

「この名も⋯⋯奴が知る必要は無い物じゃ。あやつは、自由に生きるべきじゃ。老いぼれどもに、子供の人生を使い潰す権利なんぞ、ありゃせんわい。」

 

「⋯⋯あんたも、人の親だよ⋯ガープ。」

 

フワリと舞った紙は、形を元に戻しその内容を顕にし、海面にすぐ溶けて崩れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ハートラン・D・ギネスの七武海加入要請。】

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話:片鱗

10年の間の話、詳しくやって欲しい人が多いと思ったらどっこいくらいだから、ちょうどいい塩梅で行きます


ガープ達の来訪から2週間後、だいぶ怪我が癒えたシーカーは、何度かマキノと共にダダンという山賊の元に訪れたが、タイミングが悪くルフィに顔を見せられなかった。

 

そして、次にルフィの顔を見たのは半年がすぎた頃。

 

「あんな慌てて泣いてるマキノ初めて見たぞ!シャンクスの腕が食われちまった時もあんなに泣いてねぇし、慌ててなかったのによ。」

 

「悪ぃことしたって反省してるよ………待て、シャンクスの腕が食われた?」

 

あの日のことを話すルフィに、シーカーは何個か聞き逃せない単語を聞いたような気がしたが、とにかくそれを流した。

 

「ゴムゴムか⋯まぁ、悪くないだろ。路線は今まで通り素手の戦いを想定していいな。んで、進捗は?」

 

「あぁ!シーカーが言ってたそる?のにゅうもん?はできるようになったぞ!」

 

「いよし!んじゃ、修行は次の段階だな!」

 

「おっし!わかった!俺、もっと強くなるぞ!」

 

意気込むルフィを微笑ましく思いながら、背後から感じるこちらを非難するような視線と、それに呆れるような視線に目を向けた。

 

そこには、そばかすが目立つ黒髪の少年と、歯抜けのハットを被った少年が立っていた。

 

「そんで⋯⋯久しぶりだな、エース。悪人面に磨きがかかったか?」

 

「久しぶりってレベルじゃねぇわ!最後に会ったの俺が5歳の時だろ。聞きゃ2年半前からフーシャ村にいたらしいじゃねぇか!なんで会いに来なかった!」

 

子どもの頃、ガープに連れられてシーカーがこの村に来て数年が経った頃に、これまたガープが赤ん坊を連れてやって来た。それが、エースだった。しばらくはこの村で一緒に過ごし、海兵になってからも村に帰ってくるとよくマキノと共に遊び相手をしていたものだ。

 

「そりゃ悪かったよ、中々暇が出来なかったんだ。」

 

「どうせマキノとイチャイチャしてたくせに暇だらけだろうが!昔から俺がいるところでも、ジジイがいるところでも、イチャイチャイチャイチャ!子供のころから見せられてたこっちの身にもなれ!?」

 

「ばっかお前!マキノとのスキンシップが暇つぶしだとでも言いてぇのか!?いつでも本気だ!!」

 

「ほんと質悪いなお前っっ!!」

 

若干頬を赤くしながらツッコむあたり、初さが見て取れるが、シーカーは気にせずエースの隣に目を向けた。

 

「はぁ~…お前がふたりの言ってたシーカーか!めっちゃ強いんだってな!ルフィの強さの秘訣教えた奴なんだろ!」

 

「おう、お前がサボか。シーカーだ、よろしくな。」

 

「あぁ!よろしく!」

 

ニッ!と笑った歯抜けの少年は、ある程度の教養を感じさせ、ゴミ山の孤児ではないだろうと予想するが、やぶ蛇かもしれないと口を閉じた。

 

「なぁ!シーカー!俺、2人が兄ちゃんになったんだ!」

 

「そうか!良かったな、ルフィ。2人とも、このバカを頼むぞ。」

 

「シーカーに言われなくても、そのつもりだ。」

 

「おう!俺も弟は初めてだからな、大切にしてるよ。」

 

ぶっきらぼうに言うエースと、素直に笑ったサボを見ていい兄貴が出来たな、とルフィの頭を乱暴に撫でる。

 

「さて、クソガキども。親父から話は聞いてるよ。全員海賊になりたいんだって?」

 

『おう!止めんなよ!』

 

「声揃えんな、止めねぇよ。なら、お前たちがどんだけ強いか見てやる。来い。」

 

『望むところだ!』

 

またもや声を揃えた3人組に苦笑してから、シーカーは3人を見据えた。

 

「まずは俺からだ!修行の成果見せてやる!」

 

「ほぉ⋯!速くなったな!ルフィ!」

 

一番最初に向かってきたルフィは、既に剃を完成させていると言ってもいいレベルの速度で接近。

 

「ゴムゴムの…【(ピストル)】!!!」

 

「うおっ!?伸びるの意外と強いな!?」

 

ルフィの攻撃は想像以上の威力を持っていて、背後にあった木をなぎ倒した。

 

伸びる腕、伸びる足、打撃無効。悪魔の実を食ったと聞いた時は随分と驚いたが、どうやら当たりを引いたようだ。

 

「へへん!どーだシーカー!強くなったろ!」

 

「まぁな、だが⋯本物の剃を見せてやる。お前はこれ以上に速くならないといけないんだ。」

 

軽く音が鳴ったと思ったら、既にシーカーはルフィの後ろに陣取っていた。

 

「あれっ?シーカーどこ行った?」

 

「こっちだ。まだまだ甘いな。」

 

「えぇ!?どうやって移動したんだ!?」

 

「剃を鍛え上げていけば、こんなもんじゃないぞ?感知しても追えない速度になる。そして……」

 

指先にググッと力を溜めて、ルフィの額を弾けば、軽く吹っ飛びゴロゴロと地面をころがった。

 

「イでェぇぇ!!!?じいちゃんと同じだァァっ!?」

 

「お前、打撃は効かないはずだろ!?」

 

「ルフィになんで攻撃が通るんだ!?」

 

三者三様に驚く様をうんうんと満足気に頷いて、シーカーは笑った。

 

「これはもっと後で教えてやるよ。お前たちはまず基礎的な戦い方と体を作っていかないとな。」

 

え〜!!と避難の声を浴びせてくる子供たちを笑いながら、シーカーは残りのふたりに目を向けた。

 

「エース、サボ。かかってこい。見てやる」

 

「────へっ、2人同時でも余裕ってか?後悔するなよシーカー!あの時の俺じゃねぇぞ!」

 

「よっし!やるぞエース!」

 

好戦的に笑った2人が、シーカーの前後にまわり、挟んで同時に攻めたてる。

 

「おおっ、意外と考えてるな。人数のアドバンテージは活かせるなら活かした方がいいからな。」

 

正面のエースの拳を躱し、サボの蹴りを足裏で止めて弾き飛ばす。

 

「なんで当たんねぇんだ!?」

 

「おわぁっ!?なんで後ろ見てねぇのにわかるんだよ!」

 

「動きは悪くないな。寧ろそれで完成されてる、今から余計に手を加えると変な癖が着くか⋯おし、2人はそのままのスタイルでいいな。」

 

荒削りだが2人の戦い方は悪くない。単独で戦ってもそこらのゴロツキ海賊相手なら余裕だろう。

 

ずぶの素人であったルフィよりも手はかからないが、アドバイスの仕方を間違えれば沼にハマる可能性がある。このふたりは慎重に鍛えなければならないだろう。

 

エースの攻撃を掴み、背後にいるサボに投げて激突させる。

 

『どわぁ〜!?』

 

「よし、さぁどんどん来い!こんなんじゃいつまでたっても海に出るのはおろか、海兵にだってなれねぇぞ!!」

 

「シッシッシ!これからだシーカー!」

 

「クッソ!ルフィに負けてられるか!!」

 

「末っ子に負けられねぇ!」

 

「その意気だクソガキども!!」

 

その日、コルボ山に三人の悲鳴が響き渡った。

 

気が付けば辺りはもう真っ暗、三人は地面にぶっ倒れながら息を整えている中、シーカーは平然としながら火を起こしていた。

 

「あー疲れた!!よし、飯にしようぜ!メシ!」

 

「あぁ、待ってろルフィ。今この後ろにいるイノシシ丸焼きにしてやっからな。」

 

「なんで……そんなっ…平気なんだ…っ!?」

 

「シーカーはともかく……ルフィまでなんでこんな体力余ってんだよ……っ!?」

 

背後に迫っていたイノシシを瞬殺し、さっそく丸焼きに取り掛かった。

 

ヘトヘトでぶっ倒れているふたりとは対照的に、元気なルフィは流石シーカーの扱きを耐えて来た基礎的な体が出来上がっているだけはあった。

 

「シーカーの修行久々だけど、本当にキツイなぁ!」

 

「いやいや、ルフィは随分持つようになったろ。反対に、兄貴たちはだらしねぇなぁ!しゃんとしろよ!」

 

『お前らがおかしいんだよ!?』

 

「おいサボ…ルフィに負けてらんねぇぞ…!」

 

「明日から走り込みだなぁ…!」

 

二人の激しい突っ込みに笑いながら、四人で飯を食う。そこからは、ルフィの攻撃の提案、サボ、エースの体つくりのメニューを考えながら過ごした。

 

笑いながら飯を食う三人を眺めていると、自然とシーカーは孤児院に居た時の記憶のかけらを拾っていた。

 

『みんなでご飯食べましょう?おいで、怖くないわ。』

 

あの時、母のように自分を受け入れた名もなきシスターは元気だろうか。今も、どこかの地で孤児院を営んでいるのだろうか。

 

随分と懐かしい人の顔が浮かんだシーカーは、その顔を思い出と共にしまい込んだ。

 

「なんだと!?シーカーのほうが強いね!!」

 

「流石のシーカーでも主トラには勝てないだろ。」

 

「でも勝てそうなのがなぁ…」

 

「なぁ!シーカーも何とか言ってやれ!主トラにも勝てるだろ!?」

 

「──────さぁな?そいつがとんでもない化け物なら話は別だが。」

 

また、子供三人の声が響く。

 

シーカーはこれから、気まぐれにこの場に来て修行をつけながら、三人の成長を見守っていく。

 

 

 

 

 

 

 

そして、また季節が巡ったころ。その日、シーカーは珍しくピリついていた。

 

シーカー、マキノ21歳

 

いつも柔和な目をキッと細め、冷たく遠方を睨んでいた。

 

いい加減よして欲しいマキノは、痺れを切らしていつもより強めにいった。

 

「シーカー!そんなにイラつかないの。」

 

二週間前の新聞を見てから、ずっとこの調子。マキノが一緒にいるときはそうでもないが、そうでないときはひどいものだ。特に、サボが攫われてからは。

 

「でもよマキノ!なんだってあんな奴らがこんな辺境に来るってんだ!!」

 

「んもう……ここにはどうせ来ないんだから、そこまで気にする必要もないじゃない。」

 

「ああ俺たちはな!だがサボだ!あいつは元々この国に絶望してたんだ!それなのに⋯⋯!」

 

数週間前、サボが肉親に連れ去られた。シーカーとしても、居たくもない場所にいる苦痛はよく理解できるし、なんなら救い出してやりたいくらいだ。

 

場面にいあわせたエースとルフィなら、逃げきれただろうが、抵抗するなら指名手配をする、と脅されサボは2人を思って家に帰った。

 

確かに、今指名手配されてはこの国だけとは言え、陸軍が動く。流石にそうなればある程度の力しかない2人はいつか物量に押しつぶされる。サボの判断は正しかった。

 

シーカーが助けに行こうかと考えたけれど、それはサボの覚悟を踏みにじってしまう事になる。

 

歯がゆい想いのまま、シーカーは拳を握った。

 

「サボ君……高町に連れてかれちゃったから、直接見ちゃうかもしれないのね……」

 

「そうだ!あの神を騙った屑共が…!」

 

「………」

 

そう、このゴア王国に天竜人が視察に来るのだ。

 

シーカーの心が折れた原因を考えれば納得の反応なのだが、どうにもそんなシーカーを見るのは、あまり好きではなかった。

 

ずいっと顔を覗き込んだマキノは、シーカーの固くなった頬に手を当て、ムニムニと揉む。

 

「そんな顔してないで、私は優しく笑ってるあなたが好きよ?」

 

「………悪かった…イライラしてるんだ……また、誰かが殺されるんじゃないかって…俺は…」

 

「…………ねぇ、シーカー。ココヤシ村に行かない?」

 

「え、今?」

 

突然の提案に、シーカーはきょとんとしたまま放置して、マキノは早々に準備し始めた。

 

「お、おいおい!随分急だな⋯」

 

「思い立ったが吉日、その日以降は全て凶日。でしょ?丁度仕入れもしたかったし、旅行もコノミ諸島辺りなら行っても平気だと思うの。」

 

「⋯まぁ、そうだな。」

 

「それに、貴方がゴア王国にあまり居たくないのなら、ちょうどいいと思わない?」

 

「そうだなぁ、よし行く────」

 

「どっか行くのか!?俺も連れてってくれ!」

 

シーカーの言葉を遮るように、BARの入口には満面の笑みでルフィが立っていた。

 

「ルフィ!なんで一人でいるんだ?」

 

「今日マキノとシーカーに会いたくなってよ!そしたら、どっかいくんだろ!俺も連れてってくれ!」

 

2人で顔を見合せたシーカーとマキノは、弟の可愛いわがままに付き合ってやるか、と微笑んだ。

 

「わかった、連れてってやる!」

 

「それじゃあ一緒に行きましょうか。」

 

「ホントか!?やったぁ!!」

 

小躍りしながら喜ぶルフィに、2人はまた優しい微笑みを浮かべながら、子供がいたらきっとこんな感じだろうと、未来を思った。

 

「準備はまだここにお前の着替えとかあるから、必要ないな。」

 

「準備できたわ!」

 

「よし!じゃあ今行こう!」

 

「おっし、行くか!ココヤシ村へ!」

 

『おー!!』

 

揃ったその声に、シーカーは俺がお守りしなきゃなぁと苦笑した。

 

 

 

 

「すっげぇー!速ぇーー!」

 

「おう、そりゃそうさ。海軍に雇われたとんでも科学者が退職の時に贈ってくれた高速船【オリオン】だ。あれ、俺昨日もこれ説明した気がするんだが。」

 

「あっ!魚!」

 

「だよな。知ってた、お前人の話ホント聞かねぇもんな。」

 

今、3人は海上を高速で進み、コノミ諸島まであと数時間のところまで来ていた。

 

この自動高速船【オリオン】は、シーカーが海軍を退職する時に縁が出来た雇われの科学者が世話になったから、と贈ってくれたもの。今でも年1回は連絡を取るが、相変わらずの多忙ぶりで可哀想になるくらいだ。

 

せっかくこの船の形は風の抵抗を無くすためだとか教えたのに、としょんぼりしていると、水平線から島が見えた。

 

「島だああああ!!!」

 

「お、見えてきたな?」

 

「…んぅ……?……あれ…本当に速かったのね。」

 

風を切る音を押しのけるようにルフィの声が響く。船室でシーカーの肩を枕にして寛いでいたマキノはもう着いたのか、と欠伸を大きくこぼした。

 

「──────だれだ?」

 

「……ルフィ?」

 

「なぁ!だれだっておまえ!!」

 

船を港につけるために準備を始めようとすると、ルフィが急に独り言をし始めた。寝言ではない、確実に何かと意思疎通を図ろうとしているが、どうにも思うようにいかなかったようだ。

 

何事か見ていれば、シーカーの頭の片隅にあった可能性が、色を帯び、今の状況と結びついた。

 

まさか、と思ったシーカーは、この先にあるココヤシ村の気配を探る。

 

「ルフィ……何が聞こえる?」

 

「さっきから、なんで俺たちが、とか…まだバレてねぇとか…オレンジソースが最高とか言ってよ!ずっと誰かの声が聞こえんだ!」

 

「どういうこと?私には何も聞こえないけど…?」

 

耳に手を当てて眼を瞑り、真剣に聞き取ろうとするマキノには何も聞こえないようだが、それもそうだろう。

 

(覚醒した⋯⋯間違いない…今この瞬間に!?)

 

この色の覚醒には、いくつか方法がある。そのひとつが、人間の強い感情を、才能のあるものが一身に受けた時。

 

今、それが起こったのだ。

 

見聞色の覇気の覚醒時、周囲の強い感情を受け心の声が聞こえることがある。今、ルフィにはそれが起こっている。

 

元々、ルフィは野性の勘に近い感覚を持っていたことはそうなのだが、それはあくまで勘。今のように、内なる力に依るものではなかった。ただ、才能の片鱗は今思えばあった。

 

『ゴムゴムの⋯【ボー】⋯⋯』

 

『うわっ!?こんなアホ面なのに全然当たんねぇ!!』

 

そして今この瞬間、ルフィの内に宿っていた覇気が、覚醒したのだ。

 

「……ルフィ、今は何が聞こえる?」

 

「なんかやべぇ…!?叫び声が聞こえるぞ!?」

 

「確定か…⋯!」

 

「のじこ…なみ?……なんだ、だれなんだ!?」

 

気配を見るに、海賊に襲われているようだが重症者は一人。下手人は人ではない、この感じは魚人だろう。しかし、今ここから向かうとなっても、この船に二人を置いていくのは悪手だ。せめてマキノに停泊させる方法だけでも教えてから向かわなければ。

 

考えたシーカーは、槍を掴んだ。

 

「ルフィ。今からお前を、その叫びが聞こえる場所にぶっ飛ばす。コントロールは任せろ、時間稼ぎでいい、そいつをぶっ飛ばせ、必ずすぐに向かう。」

 

「わかった!行って、ぶっとばしゃいいんだな!簡単だ!!」

 

「ちょ、ちょっとシーカー何言ってるの?ルフィを飛ばすって…」

 

「マキノ、時間が思った以上にない。説明は後だ。」

 

ルフィに槍を握らせて、弱った気配のもとに狙いを定める。

 

「いいなルフィ!無茶だけは………────いや!無茶はしろ、だが死ぬな!!」

 

「おうっ!!」

 

守るべき対象だったルフィが、今目の前で強者へと至る片鱗を見せた。これからルフィを強くするなら、強敵との戦いは必須。だからこそ、シーカーはルフィを千尋の谷に突き落とす覚悟を決める。

 

それに対して、ルフィは当然とも言うようにニッと笑って即答した。

 

「行くぞ!」

 

「おし!」

 

槍をルフィごと持ち上げ、腰溜めに構えてバットのように振りぬいた。

 

「────おぉぉぉぉっ!!!────」

 

「頼むぞ、ルフィ…!マキノ、やり方を教える!操縦室に来てくれ!」

 

「う、うん!わかった!」

 

遠のくルフィの雄叫び、飛んで行ったルフィを見ながらすぐさまマキノに操作を教えにかかった。

 

 

 

「────くだらねぇ愛に、死ね。」

 

銃口を向ける男に、向けられる女。そして、ボロボロと涙を流しそれを見つめるオレンジ髪の少女と銀髪の少女────ナミとノジコ。

 

「ノジコ!ナミ!────────大好きっ!」

 

『ベルメールさんッ!!』

 

女は────ベルメールは覚悟した。これで、自分の人生は終わる。この子達の人生を見守ることが出来ないのが、悔やまれる。

 

それだけだ。

 

けれど、きっとこの子達は立派に成長する。

 

ノジコもナミも、綺麗に成長するだろう。だって、血は繋がっていなくても、2人とも私の子なんだから。

 

ベルメールは穏やかに笑いながら、その凶弾を受け入れようとした時

 

────諦めんじゃねぇ!!見てぇなら、自分の目で見ろ!

 

心に直接打ち付けるような声が、ベルメールの体を動かした。

 

「⋯⋯⋯なんの真似だ、女海兵。」

 

『────────おぉぉ────────』

 

「⋯⋯⋯⋯声⋯?」

 

爆発した銃口から放たれた弾を、避けた。

 

聞こえない声に突き動かされた。

 

「────────ははっ、死にたく⋯⋯ないな⋯」

 

抑えていた涙が、感情の発露と共に溢れ出た。

 

再度向けられた銃口は、もう避けられないだろう。後悔の涙を流しながら、ベルメールは吠えた。

 

「くたばれ!魚ヤロウ!2人に手ぇだしたら死んでも殺してやる!!」

 

「⋯⋯⋯遺言は、それでいいな?」

 

『────おおぉぉぉっ⋯────!!!』

 

「誰かぁっ!!助けてぇッ⋯⋯!!!」

 

その瞬間、確かにベルメールの耳に声が届いた。

 

男が引き金に、指をかけた瞬間。ナミの悲鳴とともに、男の真横に影が飛びこんできた。

 

「────ゴムゴムの〜⋯っ【大弩(バリスタ)バズーカ】ッ!!!」

 

「ゴブァッ!!?」

 

『ア、アーロンさん!?』

 

その影が、男────アーロンを家屋を崩壊させる程に大きく吹き飛ばし、バチンっ!と言うゴムが縮んだような音と共に着地した。

 

「────なっはっはっはっ!すげぇなシーカー!ドンピシャってやつじゃん!」

 

「⋯⋯⋯だ、誰?」

 

麦わら帽子を舞い上げ、着地した小さな影は、男を吹っ飛ばしたとは思えないほどおどけて笑っていた。

 

「ん!その声!お前だったのか!さっきから、成長をみてぇとか言ってたの!見てぇなら見りゃいいだろ!」

 

「えっ、まっ⋯⋯え?」

 

さっきから訳の分からないことを言う突如降ってきた少年は、困惑するベルメールをよそに、吹っ飛んだアーロンの方を向いてニッと笑った。

 

「おれ、シーカーが来るまで頼まれてんだ。なんか鼻が長ぇやつもここにいる全員も、おれが相手してやる!」

 

「⋯⋯バカっ!逃げな!子供一人がどうにかできる相手じゃないんだよ!!」

 

「怪我、してんだろ。大人しくしてろ!もうすぐにシーカーが来る。多分何とかしてくれる!」

 

その間に、駆け寄ってきたナミは、ベルメールにしがみつくように抱き着きながら、涙ながらに口を開く。

 

「ベルメールざん⋯っ!!あ、ありがと!ありがとうっ!!たすけてぐれでありがどうっ⋯!!」

 

「おう!いいんだ!」

 

あまりにも頼りないその小さな体から放たれる言葉は、あまりにも安心感に溢れていた。ベルメールの強ばった体がゆるみ、ぐちゃぐちゃに踏み潰された左腕が痛みを思い出すほどには。

 

「っ⋯!?クソガキィ⋯!とんでもねぇことしてくれたなぁ⋯!?」

 

瓦礫から飛び出したアーロンは、口端から血を流し、青筋をたてながらルフィを睨みつけた。

 

「頑丈だなぁお前!主トラでも1発で倒せた技なのに⋯⋯だけど、技の試し打ちにピッタリだ!」

 

「試し打ちだァ⋯?随分と大きく出たじゃねぇか。マグレで1発当たっただけで調子に乗るな⋯!」

 

「にっしっしっ!んじゃ、マグレかどうか試してみるか?俺の海賊になるための初めての戦いだ!」

 

ポキパキッ、と独特な音を指から鳴らして、ルフィは不敵に笑った。

 

アーロンは、目の前の小さな子供にさえ、容赦はしない。ましてや、海賊を名乗ったからには。

 

「海賊を語ったからには⋯名乗れ小僧⋯⋯殺す相手の名前位は知っておこう。」

 

舞い上がった麦わら帽子を掴み取り、少年はそれを見つめ、ナミの頭に乗せた。

 

「預かっといてくれ!俺の宝なんだ!」

 

「⋯⋯⋯うんっ⋯わかったっ⋯!!」

 

ぐしぐしっ、と涙を拭って、ナミは帽子を大切そうに被り直した。

 

1人アーロンの海賊団に立ち向かうルフィの気持ちは、不思議と冷静だった。

 

『感情を昂らせるのはいい。だが、クールに熱くなれ。なに、本当の戦闘になればよくわかるさ。』

 

今は、前にシーカーが言っていた言葉を理解できる気がした。

 

ルフィは心の中で高鳴るドラムの音に身を躍らせ、ニカッ!と笑った。

 

何者でもなかった夢を抱く少年は今日この日、この場に居合わせた全ての人間に、片鱗を見せつける

 

 

 

 

 

「おれは、モンキー・D・ルフィ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────海賊王になる男だッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話:俺の前で

アンケ、答えてお願いします。


盛大に啖呵をきったルフィに、アーロンは大きく笑った。最大限の侮辱を込めて。

 

「シャーハッハッハッハッ!!こんなガキが海賊王!?笑わせてくれるじゃねぇか!お前一人で、この人数を相手にするってのか!?ちっぽけなガキが俺に一撃食らわせて勘違いしちまったか!!お前一人にゃ、何も出来ねぇんだよ!!」

 

「そうだ俺は、ひとりじゃなんも出来ねぇ。」

 

「恥もプライドもねぇときた!所詮下等種族の人間!俺たち魚人とは産まれから天と地ほどの差が存在する!海賊王?あんなものは人間が一時に夢見た幻想!真なる海賊王は、魚人である俺たちにこそ相応しい!!」

 

高笑いするアーロン一味に、ルフィはただその言葉を聞いていた。

 

「────で?終わりか。」

 

「あん?」

 

「終わりかって聞いてるんだ。俺が、海賊王になれない理由ってのは、種族ってやつか?」

 

「あぁ!そうだ!お前が下等なのは人間という種族だから!!お前たちが俺たちの同胞にそうしたように!俺たちがお前たちを踏みつけ!尊厳を奪い!頂点に登り詰める権利を持っている!!そしたら⋯⋯その海賊王とやらもなれるかもしれねぇがな?」

 

その言葉を聞いて、ルフィは安心した!とほっとしたように笑った。

 

「じゃあ平気だな、おれがなるから!」

 

「────は?」

 

「種族も、人種も、地位も関係ねぇ!海賊王は誰よりも自由な奴のおれがなる!だから、平気だ!!」

 

「何が平気だ!?わけわかんねぇこと言いやがって!イカれてやがんのか!?」

 

相変わらずの謎理論だが、その謎理論をいつもゲラゲラ笑っているシーカーはここにはいないし、なんならその場で聞いていた全員がクエスチョンマークを浮かべているが、そんなことは知らないとルフィは笑っていた。

 

「それで、俺の相手は誰だ?鼻のお前か、タコのお前か、ヒレのお前か、クチビルのお前か……それとも全員か?」

 

「ニュ〜!生意気なガキだ!!」

 

「チュ♡だが、度胸だけは認めてやろうぜ。」

 

およそ、9歳の少年が放つ気迫ではなかった。ビリビリと肌を刺すような気迫。ただ1人感じ取ったアーロンがありえないとかぶりを振った。

 

(あり得ねぇ……この俺が、人間のガキに……脅威を感じた?……どちらにしろ、こいつはここで殺さなきゃなんねぇ……)

 

勘違いか、はたまた脅威か。アーロンはどちらにしろ殺す判断を変えず、自ら手を下そうと動いたとき、ルフィにヒレと言われた魚人────クロオビが前に出た。

 

「アーロンさん、俺が出る。身の程知らずのガキに、現実ってもんを教えてやる。」

 

「……わかった。やれ、惨たらしくな。」

 

「承知。」

 

「お前か……!強そうだなぁ、俺も本気で行くか!!」

 

拳を構えたルフィに、クロオビは同じように拳を構えた。

 

「小僧、俺は魚人空手40段の達人。下等種族の貴様らには決して習得できない究極の武術─────」

 

「ごちゃごちゃうるせぇな、早く来いよ。」

 

言葉を遮られたクロオビの沸点は爆発し、青筋を浮かべながらルフィに突っ込んだ。

 

「後悔するなよ小僧っ!!」

 

「お前がな!!」

 

ニッと笑ったルフィは、シーカーとの修行を思い返していた。

 

『お前の持ち味は速度だからな……剃を使いながら戦うとなれば、腕を伸ばして戦ってちゃ隙も大きいし、効率が悪い……そうだなぁ………あ、腕を圧縮するのなんてどうだ?』

 

この数ヶ月、ルフィは能力を伸ばすことをシーカーに強制されていた。

 

ルフィの戦闘スタイルは、基本的に前進する速度に拳を乗せる形なのだが、後方に伸ばしてそれを前方に叩きつけるスタイルでは、ルフィの剃が速すぎて拳よりも体が先に行ってしまうことが多々あった。

 

これではシーカーの言う通り効率が良くないし隙も大きい。

 

故に、今のルフィの最高威力を叩きだすには、隙が無く尚且つ高威力を弾き出せる攻撃法が必要だった。

 

今は剃との併用ができないが、いつかは編み出すと意気込んでいた。そして、シーカーの助言から生まれたこの戦闘法が、ルフィの現在の最高到達点。

 

ギチギチとゴムが擦れる音を鳴らし圧縮された腕は、肘あたりまでがバネのように縮んでいる。

 

向かってくるクロオビが射程に入った瞬間、ルフィは同じように圧縮させた足を開放し、最高威力で地を蹴った。

 

その場にいる誰もが、目を疑った。一瞬にしてクロオビの目の前に少年が移動し、既に照準を合わせていた。

 

「はっ───────!?」

 

「…嘘……あれ……!?」

 

驚愕したベルメールが理解した時には、既に決着がついていた

 

「ゴムゴムの……【重槍弾(バルカン・バレット)】っっ!!!!」

 

「ぐぅっぎああああああ!!!?」

 

自身が知り得る、最強のビジョン。それは、最も近くにいる兄の背中。

 

兄のようになりたいという少年の願いから編み出し模倣した、シーカー()の一撃。

 

速度、ゴムの反発、すべてを最高のタイミングで拳に乗せて、最高の場所───クロオビのガラ空きの胴に叩きつける。

 

反射的に防いだクロオビの硬いヒレを叩き折って胴に拳が突き刺さり、反発と共に吹き飛んだ。

 

数十メートル吹き飛んで岩に激突したころには既に意識はなく、ピクリとも動けない状態だった。

 

「クロオビ!!?」

 

「ニッシッシッシ!!俺!強くなってるぞ!シーカー!!」

 

尚も楽しげに笑う少年に、同胞を倒された魚人たちは一気に押し寄せた。

 

『クロオビさんの仇をとれ!!』

 

「っ待てお前ら!!」

 

「次はお前らだな!!」

 

今度は両腕を圧縮させたルフィは、向かい来る大群を見て、あの技が使えると心を躍らせた。

 

「ゴムゴムの……【重槍機関砲(バルカン・ガトリング)】!!!」

 

『ぎああああああ!!!??』

 

ルフィの対多数技、ガトリングの派生であるこれは、無駄なくガトリング以上の速度でその威力を徐々に上げていく。そして、最も脅威なのは、ルフィが独自の剃をしながらこの無限ともいえる拳の弾丸をバラまく事だろう。

 

その拳は、子供の物と侮るなかれ。魚人の屈強な肉体を容易く砕き、意識を刈り取る。ルフィの攻撃が終わった後にはもう、数多くいた魚人は半分以下になっていた。

 

「同胞たちを……!!小僧…死だけじゃ足りねぇぞ!?」

 

「ああ、足りねぇ!俺は死なねぇからな!!」

 

「なぜだ…なぜ邪魔をする!?お前には関係ねぇはずだ!!こんなちんけな村が滅んだところで!誰に迷惑がかかるってんだ!?」

 

「そうだ。俺には関係ねぇ。」

 

思い通りにいかなかったアーロンは、感情任せに吼えた。けれどルフィはいたって冷静だった。

 

「どこのどんな村がなくなっても、俺はなんもできねぇし、なんもしねぇ。」

 

ルフィはシーカーの背中を見て育ってきた。何度か連れて行ってもらった海賊狩りでは、助けを求められればすぐに手を差し伸べ、救ってきたのを後ろで見ていた。

 

だからこそ、シーカーの思想がルフィの心の底に強く根付いていた。

 

海兵にはなりたくない。海賊にはなりたい、けれど、シーカーのようにもなりたい。

 

だからこそ、だけどとルフィは叫んだ。

 

「俺の一番尊敬する兄ちゃんなら!!どんなに小さくても助けてって声は聞き逃さねぇっ!!」

 

「──────…聞こえてた⋯⋯わたしのこえ⋯っ⋯⋯!!」

 

「だから、俺は助けてって言われたら絶対に助ける!!そのために強くなった!!」

 

誰にも届かないと思っていたナミの小さな声は、確かにルフィに聞こえていた。

 

葛藤の末にたどり着いたルフィの答えは、模倣。

 

ルフィの偉大な兄であるシーカーならば、きっとこうするから。だから助ける。

 

いつか、兄も姉もずっと楽しくくらせる世界のために。

 

「俺は『新時代』を作る!!だから、お前じゃおれを止められねぇ!!兄ちゃんも姉ちゃんも、もう泣かねぇ様に!!」

 

幼馴染との約束。シーカーとの誓い。全てがルフィの力となる。

 

その言葉に、アーロンは静かに回想した。かつて自分が尊敬し、兄と呼んでいた男のことを。

 

だからこそルフィの言葉に虫唾が走った。

 

「………救えやしねぇ……お前程度のガキに、この俺が止められる筈がねぇ!!お前たちは救われた恩も返さねぇ!裏切り!憎しみを広げる!だから、奪って支配する!!もう誰も裏切れねぇように!!」

 

「……あの目…何度か見たことがある…海王類がキレた時の目だ…!!」

 

「支配…?俺の大嫌いな言葉だッ!!」

 

怒りが頂点に達したアーロンは、瞳孔を細くし、興奮状態を表していた。それは、ベルメールが言ったように、アーロンが本気になった証拠だろう。

 

アーロンの武装、大鋸キリバチを掴み、ルフィに向かうその速度はベルメールではもはや対処できない。すでに自分よりも強い目の前の少年に、すべてを賭けるしかないのだ。

 

「うわっ!?」

 

「ぬぅりゃぁぁぁあ!!!!」

 

「ぐへっ…!?」

 

「いやぁっ!?」

 

避けたキリバチの陰から飛んできた蹴りを諸にくらい吹っ飛んだルフィを見て、ナミは悲鳴を上げた。

 

ぶっ飛んでからすぐに起き上がったルフィは、目の前にいたアーロンの攻撃を躱し続けるしかなかった。

 

「うわぁ!?あぶねぇ!?」

 

「ちょこまかとサルみてぇに動きやがって……!」

 

なぜか今日は読みが次々にあたるルフィは何とか隙を探すが、なかなか見つからない。それに、集中力も切れてきた。今日の驚異的な読みも、体力もそろそろ限界に達しようとしたとき、キリバチがついにルフィを捉えた。

 

「ぐあっ!?」

 

肩に刃が突き刺さり、鮮血が弾ける。ニィッと笑ったアーロンは、そのままキリバチを持ち上げるようにして、ルフィをつるし上げた。

 

「ああぁぁぁ────ッ!!?」

 

それを見たナミとノジコが、いてもたってもいられず走り出そうとしが、それをベルメールが掴み止めた。

 

『────ッ!?』

 

「やめな!!ナミ、ノジコ!あんたらが行ったら、かえって邪魔になるよ!!」

 

「でも!ベルメールさん!」

 

「平気さ⋯⋯あの子は、諦めちゃいないよ⋯!」

 

そう、ルフィの目はまだ諦めていない。ベルメールが海兵時代、何度も見たその目は、何よりも頼もしく写った。

 

「どうだ、テメェは俺に一撃も入れることも出来ず、こうして死ぬ!!」

 

「死なねぇ…!おれは海賊王になる男だ!!」

 

尚もアーロンを睨みつけるルフィに、アーロンは嗤った。こういう自分を強いと勘違いしているガキに、現実を見せてやろう。そうほくそ笑んだ。

 

「よく見ておけ……現実ってもんを教えてやる…!!」

 

「チュ♡酷いことするぜ、アーロンさん。」

 

腰に提げていたピストルを構え、唇の魚人───チュウになげ渡し、殺れと命じる。

 

何をするのか悟ったルフィは、必死に叫んだ。

 

「…おい、何してんだ!お前達の相手は俺だろうが!!」

 

「お前じゃ相手になんねぇんだよ。弱いやつは、何も守れねぇ。」

 

「やめろ⋯!やめろよ!!」

 

ジタバタと動くルフィだが、痛みに顔を歪めその抵抗を弱めた。

 

ニィッと下卑た笑いを浮かべるアーロンは、言った。

 

「人間に生まれたてめぇの弱さを、恨むんだな。」

 

「──────ッ!!」

 

部下がピストルの引き金に指をかけた時。ベルメールは2人を抱きしめ庇うように背を向けた。今度こそ、終わりだと。そして、ルフィに目を向けた。

 

恨まない。ここまで頑張ってくれた、あの小さなヒーローに、せめて逃げてと言うように、笑った。

 

 

その口が、ありがとう。その言葉を紡いだ。

 

 

ベルメールのその笑顔を、ルフィは何度か見たことがあった。

 

助けが間に合わず、シーカーが抱える腕の中で死んだ老人。海賊を1人足止めし、せめて誰か、1人でも多く生き残って欲しいと願い、息を引き取った。

 

子供を隠すように抱きしめ、お願いしますと願い、安堵しながら死んで行った名も知らぬ女を。

 

ルフィは知っていた。

 

あれは、後に託す者の笑顔だ。

 

カッと血が上ったルフィは、全ての力を振り絞るように叫んだ。

 

 

 

 

「─────シーカァァァァァァ!!!!」

 

 

 

 

その瞬間、ベルメールに銃を向けていたチュウが、弾けるように吹き飛んで、ピクリとも動かなくなった。

 

「チュウ!?」

 

先のクロオビの数倍は吹き飛んだチュウに駆け寄る他の魚人は、焦ったようにアーロンを見た。

 

ギッ、と拳を握ったアーロンは、腹いせに目の前のルフィを殺そうとキリバチを振り上げ、地面に叩きつけようとした。

 

「───────よくやったぞ、ルフィ。」

 

アーロンがキリバチを振り上げた瞬間、どこからか吹いた風が、ルフィに突き刺さっていたキリバチを叩き折り、そのまま攫って行った。

 

「マキノ、止血だけしてやってくれ。この人も、腕の固定だけでいい。」

 

「うん、わかったわ。」

 

「あ、アンタ……」

 

「安心しな。すぐに終わるよ、ベルメール少尉。」

 

懐かしい称号は、ベルメールに痛みを忘れさせるほどに衝撃的だった。

 

「私のこと、知ってんの……?」

 

「つるさんに聞いた。不良娘だが、いい海兵だったとね。東の海にいるとは聞いてたが、こんなところにいたなんてな。」

 

白い髪を揺らし、ベルメールたちを背に立った男の手には、黒い槍と木の円盾。その姿に、ベルメールは聞き覚えがあった。

 

「……うそ…白槍……?」

 

血を失ったベルメールは、その言葉を最後に意識を失った。

 

心配する子供たちを慰めながら、マキノが戦いの被害が及ばない場所まで下がる。

 

それを見届け、シーカーはようやく目の前の海賊に視線を向けた。

 

(この俺が……人間の動きを捉えられなかった……?有り得ねぇ…!!)

 

信じたくない現実と、目の前で起こった現象に、アーロンは背筋に氷を突っ込まれたような気分だった。

 

「アーロン…タイヨウの海賊団か……ボルサリーノさんに捕まってたはずだが……」

 

シーカーは、語気を深く沈めたが、次の瞬間には、眦を釣りあげていた。

 

「だがよォ……お前は、もう二度と牢獄からは出られねぇ。」

 

冷静に見えるようだったシーカーは、内心で激しく燃え上がっていた。

 

「─────子供の目の前で親を殺そうとしたな……それだけは、許せねぇ。」

 

シーカーの特大の地雷を踏み抜いたアーロンは、この東の海の実質的な支配者と対峙した。

 

 




正直ヒロイン増やしたくないけど、読者様的にどうなんすかね

以下アンケ内容、シーカーのヒロインは増やす?です。言葉足らずかもしれないので追記します


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9話:やるせねぇ

シーカーと対峙したアーロンは、目の前の人間がどれ程に脅威であるかを本能で理解した。

 

ここで何とか殺さねば、自分たちに明日はない。壊れたキリバチを投げ捨て、男を見た。

 

「次はテメェが相手か、あのガキを───」

 

「ルフィ、よく見ておけ。今から、お前にある事を教える、聞き逃すな。」

 

「んん、わかった!」

 

その場に槍を突き刺したシーカーは、アーロンの言葉を無視して目の前に立ち、そのまま背を向けた。

 

「──────っ!?」

 

「お前に教えるのは、お前が感じるようになった…覇気という力についてだ。」

 

「ハキ…?」

 

「てめぇ…なんのつもりだ…!?」

 

「そう、覇気だ。感情の力、そう言い替えてもいいだろう。」

 

またもアーロンを無視してルフィに講義を始めるシーカーに、アーロンは我慢ならなかった。

 

魚人海賊団であるアーロンがこれほどの屈辱を味わったことはないだろう。

 

膂力に任せた拳を振り上げ、思い切りシーカーの頭に振り下ろそうとした時

 

「あっ!?シーカー!あぶねぇ!!」

 

「覇気には、基本2つの種類がある。そしてこの力は、強弱はあれど生きている人間すべてが備えている。まずは───頭部への振り下ろしの後に、下段の蹴り。」

 

「っなに!?」

 

ルフィに三つ指を立てながら説明するシーカーは、首を傾けるだけで攻撃を躱し、続けざまに繰り出される下段蹴りを飛んで躱した。その間も、アーロンに目を向けることは一切なく、何のこともないように躱し続ける。

 

「これは、見聞色の覇気。探知だったり、攻撃の予測ができるって考えてもらっていい。今日、お前の勘がやけに当たったのは、これが覚醒したってわけだ。」

 

「っの野郎…!!」

 

「す、すげぇ…全部何も見ないで躱してる!」

 

怒り狂ったアーロンが潰すように拳をに振り下ろせば、一歩前進してその攻撃を躱す。行き場のなくなった拳は地面に激突し、大きく罅を入れた。

 

「す、すごいパンチ……あんなの食らったら死んじゃう……!?」

 

「そして、誰もが備えているもう一つが───」

 

「カアァァッ!!!」

 

その瞬間、先まで攻撃を躱していたシーカーがアーロンの攻撃をまともに受けた。骨が折れるバキバキっという音を響かせながら、拳が当たった。

 

あれだけの攻撃を諸に喰らっては、シーカーもただでは済まないだろう。

 

「シーカー!?」

 

「──────ぐぅおぁぁぁぁぁっっ!?」

 

「えぇっ!?なんでアイツが痛がってんだ!?」

 

しかし、拳を押え悶絶したのはアーロンだった。

 

「それが、この武装色。見えない鎧を纏っているみたいな感じだ。防御、攻撃両方に使える。応用技だが、こんなことも出来る。」

 

シーカーがアーロンの胸に手を翳すようにすると、いきなりアーロンが吹き飛んだ。

 

「がァっ!?な、何がっ…!?」

 

「す、すげぇ…触れてねぇのに…吹き飛んだ…!!」

 

「本来3種類あるんだが…俺は3つ目は使えねぇからな。まずは見聞色だ!持論だが、見聞色を鍛えれば、自分の中にある他の色を感じやすくなって、修得速度が上がる。ま、向き不向きはあるがな。」

 

さて、授業は終了。そう切ったシーカーは、ゆっくりとアーロンに向かった。

 

悠然と歩くシーカーを見ながら、苦悶の表情を浮かべて立ち上がったアーロンは、既に肩で息をしていた。

 

内蔵を掻き混ぜるような先の衝撃波。魚人でなければ良くて気絶か、死んでいただろう。既にチュウはさっきの衝撃波でやられた。

 

「…タイヨウの海賊団……フィッシャータイガーの一味。こんな出会い方じゃなけりゃ…俺は、どうしてたんだろうな。」

 

「…はぁ…はぁ……てめぇ…!」

 

「なぁ、お前……なんでこんなことしてんだ?お前の乗ってた船の後任……海侠のジンベエは七武海になったはずだが?」

 

わかっている。けれど、人間として、聞かなければならないと思った。

 

「…ッ…テメェらが!!タイの兄貴にした事を、そのまましているだけだ!!」

 

それは、魚人族の怒り。心からのその怒りは、シーカーの強すぎる見聞色に呼応し、鮮明な過去を見せる程強烈だった。

 

 

───そんな血で……生き長らえたくねぇ!!

 

 

「何故だ…!何故俺たち魚人だけが迫害される!?」

 

 

───俺はもうっ!!人間を愛せねぇ!!

 

 

アーロンの記憶。フィッシャータイガーの最後を見たシーカーは、そのままギッと下唇を噛み、俯いた。

 

「……奴隷解放の英雄は……そうして逝っちまったのか。」

 

「お前たちが…同胞にそうしたように!!俺達もテメェらを所有物(・・・)にしてやるのさ!!」

 

アーロンの復讐は、筋が通っている。アーロンを責めていい人間など、きっとこの世に居ないだろう。

 

見逃す選択肢もあった。けれど、シーカーはその一言で見逃す選択肢を除外した。

 

「………お前が、海軍や政府の人間を襲っているのなら、俺は見逃すつもりだった。海賊なわけだし、お前の復讐は当然の行為だ。」

 

「………っ…なら何故!!」

 

「だがな、この人達は何の関係もねぇ……むしろお前が憎むクズ共の被害者。」

 

シーカーが海軍を見限った原因。天竜人は、無辜の民にすらも牙を剥く。気の向くままに引き金を引き、簡単に命を奪い。気にいった女がいれば当たり前のように所有物扱いをして、飽きれば捨てる。

 

そんな外道からヒトを救った英雄の意志を、無駄にしたくなかった。

 

「お前は……心から慕っていたヒトの心を無視して、自分で大嫌いな存在と同等の屑に成り下がったんだ!!」

 

「…っ……お前にっ、何がわかる!?虐げられてきた俺たち魚人の怒りが!?」

 

「命は物じゃねぇ……それは魚人だろうが人間だろうが関係ない……お前達は復讐とは言え、それを弄ぼうとした。お前はそうして、また憎しみを生み出し──────恩人の尊厳まで踏み躙った!!」

 

だから、ここでアーロンを確実に止める。

 

初めて構えたシーカーは、ある限りの力を込め、アーロンの腹に拳を突き刺した。

 

「───────っ…!!」

 

崩れ落ちるアーロンは、最後に兄と慕った男の最後を回想した。

 

────だから頼む!!お前らは島に何も伝えるな…!!おれ達に起きた『悲劇』を、人間達への『怒り』を!!

 

彼は、怒りをもって人間と接しろとは言わなかった。けれど、そんなの無理だ、アーロンには無理な話だったんだ。

 

誰よりも彼を敬愛し、虐げられる同胞に心を痛めたアーロンには、どうやっても無理な話だった。

 

続けざまに繰り出された拳が顔面に突き刺さり、地面に叩きつけられ、ようやくアーロンは意識を落とした。

 

「全員、降伏しろ。まだやりたいってなら、相手になるが……加減は出来ねぇぞ。」

 

ギッと睨んだシーカーの言葉に、魚人たちは次々と降伏し、すぐに縛りあげて1箇所に纏められた。

 

「ニュ…!あ、アーロンさん………ッ!!」

 

1人、タコの魚人が逃げたが、あの魚人は他に比べそれ程過激な思想をしていない事は、見聞色で読み取れた。

 

仕方ないと無視を決め込んで目を伏せ、作業に取り掛かろうとして、考え込んでしまった。

 

白目を向いて気絶するアーロンを見て、シーカーは拳をグッと握る。

 

自分は、どうするべきだったのだろうかと。

 

そこにパタパタっ、と軽い足音が近づいた。

 

「シーカー、お疲れ様。」

 

「………あぁ、2人はどうだ。」

 

「今は平気、村のお医者さんに見てもらってる。」

 

「そっか」

 

危機が去った村人たちの歓声を聞きながら、シーカーはアーロンを縛り終わり、被害の確認を終えた後、シーカーは1人瓦礫に腰掛け、浮かない表情をしていた。きっと、それに気がつけたのは、マキノだけだろう。

 

「なぁ、俺は────」

 

「ダメ、シーカー。助けたことを、間違いだったなんて思わないで。」

 

「…………」

 

マキノにそう言われても、シーカーの心には依然としてモヤがかかったままだ。けれど、マキノはそんな事も見越して、口を開く。

 

「例えどんな背景があったとしても、暴力から誰かを救う事が間違った事なわけ無いもの。だから、大丈夫……貴方は、間違ってない。」

 

そう最愛の人に断言されては、シーカーも苦笑するしか無かった。

 

「……ほんと、いい女だよ……お前は。」

 

「あら、惚れ直した?」

 

「ばーか、これ以上無いくらいに惚れてるよ。」

 

少し見つめあった2人は、軽く口付けをして、幼い頃のようにわらいあって、気恥しさを誤魔化した。




タバコ吸ってるキャラってすごく助かるんですよね。タバコ吸って黙ってるだけで意味深に表現できるので。

シーカー君タバコも帽子も被ってないから、深く考えてる時どうすりゃいいか悩んでしまう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10話:はじめの

 

「ほれ、処置は終わりじゃ。まったく無茶をしおって!!」

 

処置が終わり、村の医者にバシン!と叩かれた背中の衝撃が傷口に響き、ベルメールは元気に叫んだ。

 

「いったぁ!?ちょっと、私けが人なんだけど!?」

 

「馬鹿者!!そこの小僧もそうだが、彼らがいなければ死んでた!!分かっているのか!?」

 

「あー、もうわかってるって。彼には感謝してるし、何度もお礼したもん────体で♡」

 

「シーカー」

 

「おい、冗談でもそれやめろ。触ってすらいねぇだからその目やめろマキノ!?」

 

5日後

 

既に治療を終えたベルメールは冗談を言っているが、アーロンに踏み潰された腕は既に手遅れだった。

 

気絶しているベルメールに対し、シーカーがその場で切断し、気がついたらもう腕がなかった状態だ。

 

それでも、冗談が少し過ぎるくらいには回復の兆しを見せている。

 

「それにしても、こーんな辺鄙な田舎にまさか『海軍最強の槍兵』がいるなんてねぇ。本当に運が良かったよ、ギネス大佐。」

 

「……今はシーカーだ。やめてくれ、ベルメールさん……もう、昔の話だ。腕…悪かったな、遅れちまって。」

 

「うへー、暗すぎ〜…いいって言ってるじゃない。」

 

少しの間おどけたベルメールは、一息ついてから、真面目な顔で頭を下げた。

 

「ありがとう。アンタとあの子がいなかったら、私は…私たちは本当に死んでたわ。」

 

「……あぁ、礼は受け取っとくよ。だが体はいらん。」

 

「あははっ!いけずな男だね、まったく。マキノちゃん、こんな暗い男でいいの?」

 

「あら、私にはとっても優しいんですよ?おまけにハンサムだし!今回の旅行も、私のワガママなんですから。」

 

「おい、ハンサムはオマケか。」

 

「えっ、嘘。ベタ惚れじゃん!」

 

こんないい女を捕まえてずるいぞ〜、と下品な冗句を最後に、ベルメールは欠伸をした。

 

「ナミたちは?」

 

「ルフィと遊んでるよ。歳が近い子供は珍しいからな。」

 

「そう、良かった。この村じゃ友達もいなかったから。」

 

外で走り回る3人に、ベルメールは母の微笑みを向けた。つるに聞いていた印象とは随分と乖離している。手の付けられない不良娘という評価だったが、子供ができるとこうも変わるのだろうか。

 

そう考えていると、ベルメールはニヤニヤしながらこちらをのぞきこんだ。

 

「なあに?見とれちゃった?」

 

「はっ、寝言は寝てから言うんだな。綺麗なことは認めるが、タイプじゃねぇ。聞いてた印象と、随分違っただけだ。」

 

「ひっど!?そこまではっきり言わなくていいじゃない!」

 

ベッドの上でウガー!っと吠えたベルメールは、次には落ち着いた声音で訊ねた。

 

「ねぇ、海軍やめたんでしょう?なんでやめたわけ?アンタ、新世界の海兵だし…評価だって相当高かったはずよね?」

 

「政府、及び海軍に幻滅しちまった。それだけだ。」

 

「へぇ〜、位が高いと色々あるらしいもんねぇ。それに、アンタはあの英雄の息子…なに、家系なの?」

 

「さぁな。親父も大概嫌いだが、俺も相当の自覚はあるよ。」

 

海軍の中で、ガープが大将に昇格しない理由はあまりにも有名な話だ。

 

「…アーロンは、復讐としちゃ分からなくねぇのが、辛いところだ。八つ当たりもいいところだがな。」

 

「魚人差別…私らには結局縁のない話さ。した覚えも無いわけだしね。」

 

「……そうだな……俺が海軍にいて、そういうものの認識を変えられればよかったが……力不足だった。」

 

「アンタで力が足りないなら、ほとんどの海兵が力不足さ。」

 

「そんなもん言い訳にもならねぇ。」

 

それを鼻で笑って、シーカーは病院を出ると、村の外れにあるボロ小屋に向かった。

 

中に入ると、複数の息遣いとジャラッと鎖の擦れる音が響いた。

 

「よぉ、暴れねぇんだな。」

 

真っ暗の小屋の中に声をかけても、反応ない。

 

「……なにか言えよ、話も出来ねぇ。」

 

それでも帰ってこない返事に、シーカーはため息を1つこぼした。

 

「……お前の処遇意外と苦労するかと思ったが、よく調べれば離反したらしいな。ならお前は賞金首……海軍も動いてくれるだろう。」

 

暗闇にシーカーの声だけが響き、やはり返答は帰ってこなかった。

 

性にあわないと頭を搔いたシーカーは、声音を1段下げた。

 

「……これ以上喋らねぇ様なら、ここにいる下っぱ共は全員始末して行くが…だんまりって事は承知してるってことでいいんだよな?」

 

「─────ッ同胞に手は出すなぁッ!!」

 

漸く口を開いたアーロンは、鎖を引きちぎらんばかりに吠えて、シーカーを暗闇で睨みつけた。

 

漸く口を開いたアーロンに、シーカーは目線を合わせるようにしゃがみこんだ。

 

「お前達をこのままインペルダウンにでもぶち込めば、はいおしまい……みんな幸せだ。」

 

そう言った瞬間。アーロンが勢いよく頭を地面に叩きつけた。何事かと思えば、アーロンの懇願だった。

 

「………俺の首で、勘弁してくれねぇか。」

 

ほんの数分対峙しただけだが、この男のプライドの高さはわかる。そんな男が、下等種族と罵っていた人間に頭を下げるという事に、どれほどの覚悟と意味が込められているのか。

 

しかし、シーカーはそれを良しとしない。

 

「無理だな。ここで見逃せば、第2、第3のお前のようなやつが生まれるだけだ。」

 

「俺が言い聞かせる!」

 

「海賊の言うことを信用しろと?」

 

「……馬鹿なことを言ってるのは承知の上だ!!だが…コイツらは俺に付いてきちまっただけの奴ら…!大人しく魚人島に向かわせて出ないように言いつける…!」

 

『あ、アーロンさん…っ!!』

 

「……はぁ…お前な、どんだけ虫のいい───────っ!?」

 

瞬間、シーカーの見聞色に強い覇気の持ち主が引っかかった。その中に、先日に感じた気配があった。

 

(まさかあのタコ……増援を呼びやがったのか!!)

 

「な、なんだ…?」

 

「話はまた後だ…!お前を助けに来たか…!?」

 

「はぁ!?俺を、助けに?」

 

判断を見誤ったと思ったシーカーは、急ぎ寝泊まりしている借家に戻った。

 

やつが頼れる増援と言えば、亡きフィッシャータイガーの右腕、現七武海である海侠のジンベエだろう。それならば、この覇気の強さも納得できる。

 

「シーカー、そんなに急いでどうしたの?」

 

「マキノ!村人を集めて奥に下がらせてろ!やべぇのが来る!村が戦場になるかもしれねぇ!」

 

「わ、わかった!」

 

これで安心だと、とりあえず槍と盾を装備したシーカーはなるべく村から離れた場所に行こうと家を出ると、ルフィが立っていた。

 

「……シーカー。なんか、スゲェの来てるんだよな?全員が、あのアーロンとかいうやつと同じくらい強え。」

 

その言葉に、シーカーは瞠目した。

 

5日前に発現したばかり、なんなら制御の修行など一切していない。もしかすると、無意識のうちに強者の覇気を感じ取り、スイッチを入れたのだろうか。

 

戦うとすれば確実に、強者との戦いになる。それは、ルフィの未来にとっては必須レベルのものだ。先日の覚悟を思い出したシーカーは、ルフィに手を差し伸べた。

 

「ルフィ、来るか……いや、来い!多分、戦いになる。」

 

「おう!行くよ!足でまといかもしれねぇけど、戦わねぇで死ぬよりよっぽどいい!」

 

「よく言ったッ!!」

 

弟の成長に嬉しくなったシーカーだったが、後ろから駆け寄ってくる少女を見て、その獰猛な笑みを引っ込めた。

 

「────ルフィ!!」

 

「ナミ!!村の奥に逃げてろって言われなかったか!?」

 

すると、村の奥に逃げているはずのナミが、ルフィに駆け寄ってきた。きっと、1人反対方向に向かうルフィが心配で着いてきたのだろう。

 

「ルフィ、急にどっか行っちゃうから、心配で……なにか来るんでしょ…?に、逃げよ?シーカーさんに任せてさ…すっごく強いんでしょ?」

 

「…あぁ、シーカーはすっげぇ強え!じーちゃんとマトモに殴り会える奴は今じゃシーカーしかいないってじーちゃんも言ってたしな!」

 

「な、ならさ……私たちと一緒に隠れてよ?ね?危ないよ…!」

 

ナミとは、ノジコよりも歳が近く、夢も似通ったもので、何より死にかけたベルメールを救った張本人だ。ヒーローのように写っているのかもしれない。

 

困ったように顔を歪めたルフィは、思いついたように笑って、またナミに帽子をかぶせた。

 

「じゃあ、これまた預かっててくれ!必ず返してもらいに来るから!」

 

「──────ほんと?ほんとに、帰ってくるの?」

 

「当たり前だ!おれは約束は破らねぇ!!」

 

ニカッ!と笑ったルフィに、少し頬を染めたナミは、花が咲くような満面の笑みで答えた。

 

「っうん!待ってる!必ず帰ってきて!!」

 

それだけ言い残し、嬉しそうに村の奥に行ったナミを見て、ルフィはよしっと声を張り上げた。

 

「やるぞ!シーカー!」

 

「やるなぁ、お前…」

 

「ん、なにがだ?」

 

「無自覚ね…はいはい、んじゃ行くぞ!もうすぐそこだ。」

 

苦笑しながら走り出せば、ルフィはシーカーの後ろについて行った。

 

港につけば、もう目と鼻の先にタイヨウの海賊団の船が迫っていた。

 

七武海を初めて感じたが、おおよそあの時のカタクリと同等。今なら負けはしないだろうが、荒れた戦いになりそうだ。

 

そう考えていると、甲板から影が飛び出し、シーカー達の目の前に着地した。

 

「─────お前さんが、アーロンを仕留めた男か……気配を全く感じられん。掴めんのう。」

 

「海侠のジンベエだな、何の用だ…と聞くのは野暮か?」

 

「ふんっ!!」

 

「いかにも…なんじゃ、その小僧は?」

 

シーカーの倍はあろうかという巨漢。海侠のジンベエは、シーカーの挑発とも取れる言葉に、鋭い眼光を向けるだけだった。

 

「白髪に黒槍と聖盾。そうか、お前さんが『非加盟国の英雄』ハートランド・ギネス。銀斧をほぼ単独で退け、カタクリと互角を誇った男か。オトヒメ王妃が良い海兵じゃったと言うとったわい。」

 

「オトヒメ様……その名は捨てた…今はピース・シーカーだ。シーカーと呼べ。」

 

「……なるほど、失礼した。シーカー、儂らは戦いに来たわけじゃない。矛を収めちゃくれんか?ここで暴れたバカモンの落とし前をつけに来ただけじゃ。」

 

「信じられねぇな。やつの仲間の言うことだ。」

 

「ふむ…道理じゃな……」

 

しかし、このままでは平行線。シーカーは条件付きで許すつもりだった。

 

「条件付きだ。船と仲間全員は20海里離れた場所に位置取ること。お前だけが陸に上がること。それを守るなら会わせてやる。」

 

「感謝する。おい!船は20海里離せ!ワシが帰るまで動くな!!」

 

それに反応するように離れていく船は20海里ちょうどのところで止まった。

 

「これだけ離れてりゃ、お前が暴れても十分対処出来る。」

 

「ほう…面白いことを言う…試してみたいが、今はそんなことしとる場合では無いか。」

 

「まっ、着いてきな。」

 

ニヤリと笑ったジンベエに背を向け、アーロンの場所に向かった。

 

道中、何があったのかを詳しく話していた。

 

「被害はどうなっとる。」

 

「割と早めに止めたからな。それでも、女が1人片腕を切除した。」

 

「…………そうか。」

 

「ほら、ここだ。」

 

小屋の中にジンベエを招き入れ、中に光を入れれば、縛られた魚人たちが固まって縛られていた。

 

「じ、ジンベエ!?」

 

「……牢獄から出してやった返しがこれか、アーロン。」

 

「……っ…!!」

 

「最弱の海と呼ばれる平和な海を襲い、圧倒的強者に敗れたか。無様なもんじゃな。」

 

「…テメェ…言わせておけば!!」

 

そうアーロンが反応しようとした瞬間、アーロンが先日の戦いの比ではないほどの衝撃で地面に叩きつけられた。

 

「貴様!!あれだけ殴ってもまだ分からんかったようじゃな!!タイの兄貴の意思も!!魚人族の希望も!!貴様は踏み躙りおったんじゃっ!!」

 

「がハッ…!?」

 

(俺と同じこと言ってるわ。)

 

「シーカーと同じこと言ってんな。」

 

「よしルフィ、もうナミんとこに戻っとけ。」

 

「わかったー。戦いになんなそうだしな!あのオッサン、良い奴っぽい!」

 

ニシシシシ!っといつもの笑い声を残し去っていくルフィにため息を吐いて、未だ殴り続けるジンベエを眺めた。

 

「それになんじゃ、みかじめ料!?所有物にするだぁ!?貴様、天竜人にでもなったつもりか!?挙句の果てに、子供の前で母親を殺そうとし、結果的に片腕を奪った!!女の体に、二度と戻らん傷を残した!!やりすぎたワシを止めていたお前はどこに行った!?」

 

このジンベエという海賊、割と義理や人情というものを持っているらしい。無論、海賊なのだから無法者の悪人ではあるのだが。

 

「魚人族の怒り!?それでお頭が最も嫌った人間の真似事をしてどうする!?ワシらが憎むべきは人ではなく世界貴族じゃろうがァっ!!」

 

「っ…その憎むべき世界貴族の犬に成り下がったのはどこのどいつだ!?俺ァ…アニキだけは……っ!!」

 

「お頭の最後を!オトヒメ王妃の意志を無駄にするくらいなら、ワシの感情など些末なものじゃ!!一時の感情に任せ、オトヒメ様の人との融和の夢、それに加え貴様は全魚人の夢────タイヨウへの道を閉ざすところじゃった!!」

 

─────貴方のような人がいれば…私たちはきっと、タイヨウの元へ……!!

 

タイヨウの元へ。この言葉は、4年前に魚人島に逃げ込んだ億超えの首を捕らえた時に、魚人島の妃、オトヒメが呟いていたことを思い出した。

 

「……この落とし前…命では足らん!!」

 

グッと握った拳を覇気で纏ったジンベエは、アーロンを殺すつもりで拳を振り下ろした。

 

「やめろジンベエ。まだ、頭を下げさせてもいねぇ。」

 

がっしりと掴まれた拳は、アーロンの寸前で止まっていた。

 

「俺は魚人族との軋轢を残したくない…海軍を呼んでねぇのも、その迷いがあったからだ。このままじゃ、どっちにも最悪の印象だけを残して終わりだ。」

 

「ではどうせいと言うんじゃ……コイツを海軍に突き出して懸賞金をこの村に届けようか?」

 

「それじゃ結局同じだ……まぁ、とりあえず村人に会わす、ついてこい。」

 

「あぁ……お前も来るんじゃ、地に頭擦り付けて謝らんかいバカモンが。」

 

鼻を掴まれズルズルと引き摺られるアーロンを少しだけ憐れに思いながら、シーカーは村人の元に先導した。

 

 

 

 

 

「─────本当に、申し訳のないことをした。こやつを解放したのはワシの責任。アーロンの行いによってお前さんは腕を切断するまでの傷を負った。」

 

「………」

 

「謝って済むとも思うておらん。腹を切れと言うのなら、この場で切る覚悟は出来とる。」

 

広場、ジンベエがアーロンを地面に叩きつけるように頭を下げさせ、ベルメールの目の前に伏していた。

 

どうなるのか、その場を見守っていたシーカーは、怯えるナミたちを宥めているマキノの隣に陣取ったルフィとアイコンタクトをしながら、いつアーロンが暴れてもいいように気を抜いてはいなかった。

 

「…腹を斬るとか、そういうのは望んでない。アンタは弟分を信じて、裏切られただけ。アンタの責任はないよ。」

 

「じゃが、ワシがこのバカを解放しなければ…」

 

「そんな元も子もない話はいい……私なりに、色々考えてた。アーロン、あんたは結局弱者を支配して自分の欲求を満たすことしか考えていなかった。魚人族の怒りだとか言ってはいたけど、結局アンタは自分のことしか考えちゃいなかった。」

 

「……その、通りだ。俺は、ただ…怒りを発散させることしか、考えていなかった。だが、謝らねぇ。謝って、許されることでもねぇ……」

 

驚く程に正直に吐き出された言葉は、アーロンの偽りのない本心。分かっていた、自分の行いが、ただの八つ当たりであることなんて。

 

それでも、敬愛する兄の死は、冷静な考えを放棄させるくらいには、アーロンの心を打ち砕いたのだ。

 

何かを失い、自暴自棄になった姿は、どこか昔の自分に似ていると、ベルメールは苦笑した。

 

「……けどね、私は魚人が悪だなんて思っちゃいないし、魚人差別の根深さは今回でよく知れたし、これは人間の汚点ってのは間違いがない。ある人から…嫌って程世界貴族のクソっぷりを教えて貰ったしね。」

 

「……ふんっ…」

 

チラリとシーカーをみたベルメールに、なんとも言えない笑みで返したシーカーは、ヒラヒラと手を振るだけに留めた。今、誰かが口を開くべきでは無い。

 

「だから……ってわけじゃない。これで私の気が紛れるなんて思わない。でも……私は、許す!」

 

「───────はっ?」

 

まさかの言葉に、アーロンは素っ頓狂な声を上げた。そんなアーロンの目を見ながら、ベルメールは続けた。

 

「人の意思は巡る。それは憎しみも同じ。誰かがどこかでその連鎖を断ち切らなきゃいけない。1人のちっぽけな憎しみだって…それが鎖のように繋がって、やがて大きなものになって……人と魚人の間に、より深い溝を生み出す。なら、これくらいですんだ私が、あんたを許して、この鎖を断ち切るしかないじゃない?」

 

その言葉は、ベルメールにしか言えない言葉だったろう。母として、後ろに大事な娘たち2人が見ているから。

 

「なにより、あの子達の母親として……憎しみを憎しみで返す様な、悪い見本は見せたくないって理由が1番かな!」

 

あっ、腕無くなったことは恨んでるから、死ぬほどこき使う予定だからよろしく。と続けたベルメールを、アーロンは信じられないような顔で見ていた。

 

シーカーはベルメールが先程のボロ小屋の外で盗み聞いていたのには気がついていた。その時にはもう彼女の中でこの結論は出ていた。だからこそ、あの場でアーロンの罪を裁くことはしなかった。

 

ジンベエは涙を流しながら、頭を地面に擦り付ける程に何度も下げた。

 

「魚人族を代表して、ベルメール!!お前さんに敬意を払う!かたじけないッ!!!」

 

「ううん、いいの!だから、この話はこれでおしまい私たちは言葉が通じるんだから、私たちは手をとりあえるはずよ。」

 

その言葉を、魚人たちはどれほど待ち望んでいただろうか。

 

「ごめん、勝手に決めちゃったけど……いいよね?みんな!」

 

「1番被害を受けたお前がいいってんなら、構わん。」

 

「俺もだ!ベルメール!」

 

俺も、私も、と広がっていく肯定の声が、どれ程に嬉しいか。

 

ジンベエですら、人との融和は不可能だと内心では思っていたのに。目の前の人間達は、それをいとも簡単にして見せた。先日魚人に襲われ命の危機に瀕していたのに、だ。

 

なによりも、ジンベエの見聞色をもってして、嘘では無い事がわかったことが大きかっただろう。

 

「──────なんと言う、器じゃ……っ!!」

 

「魚人の人達って、ミカンは好き?特産品として取り扱いたいんだ。あと、旗を借りたいんだ。海中に靡くように、あなた達のタイヨウを。あなた達の夢に、少しでも歩み寄れるように、この村を始めの1歩にしてみない?」

 

その言葉が、どれ程の地上に憧れる魚人の救いになるか。

 

「あぁ!旗なんぞ幾らでも!困った事があれば、すぐに連絡して欲しい!果物は大好きじゃ!魚人島じゃ地上のものはあまり食えんから、きっと皆気に入る!シーカー!皆を呼んでもいいか!」

 

今にも飛び出したいだろうに、律儀にこちらに伺いたてるジンベエに少し呆れながら、シーカーは首肯した。

 

「ここまで来て俺が断っちゃ、彼女の覚悟を無駄にしちまう。行けよ。」

 

縛られたまま呆然としたアーロンを引き摺って仲間を呼びに行ったジンベエ。その後ろ姿が見えなくなった時、クラっとベルメールが崩れ落ちた。

 

「─────おつかれさん。かっこよかったぜ、先輩。」

 

「ははっ……あー…緊張した……ありがと、後輩。」

 

腰を抱くようにして支えたシーカーに、母らしい柔らかい笑みを浮かべた。

 

少し震える体は、トラウマに近いソレだ。魚人に対する恐怖は、気丈に振舞ってはいても体が記憶している。それでも、ベルメールは魚人を恐怖や畏怖の目ではなく、隣人として見た。

 

その覚悟を見透かすような視線に、ベルメールは深く息を吐き出した。

 

「私が、怖いって目で見てちゃ、ノジコやナミだって、怖いって思うに決まってる。あの人たちは腹を斬る覚悟を見せた。だから、私達も相応の覚悟を、見せなきゃね。」

 

「……歴史を変えた、なんて無責任なこと言えねぇ。けど…その行動は、確実に何かを変えた。ベルメールさん、貴女は偉大な女だ。」

 

シーカーの言葉に、ニッと笑ったベルメールは、おどけて見せた。

 

「だろう?嫁にどう?」

 

「間に合ってる。」

 

「ちぇ〜……ほんとに?」

 

「………しつこいなぁ。」

 

「今、考えた?」

 

「考えてねぇ、面倒臭いだけだ。」

 

腕の中でなんだとー!と吠えたベルメールには言わないが、いい女だとは思えた。

 

その後、アーロンの一味とジンベエ達魚人全員が、村人に土下座をして、和解とは言えないが、事態は収まりつつあった。

 

それからは、魚人も人も飲めや歌えやの村を巻き込んでの大宴会。

 

「ゲンゾウ!呑んどるか!」

 

「あぁ!飲んでいるともジンベエ!アラディンも飲め!」

 

「お、おい!無理やり飲ませるな!!」

 

そこかしこで人と魚人が酒を酌み交わし、肩を組む様子が見えた。マキノも料理を振る舞って楽しそうに笑っている。

 

その様子を、端の方で見ていたアーロンの隣に、ジョッキを持ったシーカーが腰掛けた。

 

「おら、飲めよ。」

 

「……あ、あぁ……」

 

困惑しながらジョッキを受け取ったアーロンは、そのままジョッキの中身を飲み干した。

 

「………ぶはぁっ……美味ぇ…」

 

「だろ?俺のイチオシさ。早速扱き使われてたな。」

 

「……肝の据わった女だ…相手は、自分の腕をぐちゃぐちゃにしたやつだってのに…」

 

それから、沈黙が続く。特に喋ることも無く、ただアーロンの中ではありえない光景を眺めていた。子供達が魚人の首にぶら下がり、背中に乗っかり。見たことの無い光景に、言葉を失っているという印象を受けた。

 

すると、唐突にアーロンは口を開いた。

 

「……タイの大兄貴は…奴隷だった人間のガキを故郷まで送り届けたことがあった。」

 

「………聞かせてくれ。」

 

「最後まで、ガキは感謝していたらしい。だがどうせ、大人になれば、他の人間と同じになるに決まってる。」

 

「…かもな。」

 

「……もし、変わらなかったとしても……1人が変わったところで、無くなる問題でもねぇ。」

 

「そうだな。」

 

「だから、俺の人間に対するスタンスは何も変わらねぇ。」

 

「あぁ。」

 

変わらない現実。きっとほかの魚人よりも聡いアーロンは、誰よりも現実主義者(リアリスト)であったが故に、人が変わることはないと確信したのだろう。それが間違いだとは思わない。現在まで、魚人の迫害は続いてきたし、根深いものだ。

 

それでも、変わったとまでは言わないまでも、アーロンの心に理解を見せたベルメールの覚悟に、アーロンは応えなければならないと思った。

 

「……けどよ、けど……俺はまだ、ああいうガキ共がどんな人間になるのか…この目で直接見たことはねぇ…だから…次に人間に失望するのは……あのガキどもを見届けてからでも、いいかと思った。あの時のタイの大兄貴の気持ちが……ほんの少しだけ、わかった気がする。」

 

「……そうか。」

 

同情の余地はないが、それでもアーロンは今日、少しだけ世界の広さを知った。

 

人間を知った。

 

「腕を失くしたってのに……子供にカッコつけたいってだけで許しちまう大馬鹿がいるってことは、よくわかった。」

 

「違いねぇ、ベルメールさんは筋金入りだ。」

 

アーロンはシャハハと小さく笑って、清々しく酒を煽った。

 

 




確実に賛否ある最後にしてしまったわ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11話:平和の裏

お気に入り5000突破しました。ありがとうございます。

だから今回は許して?2人をイチャイチャさせて?ね?


「……ぅぁっ……朝か…」

 

目を覚ましたシーカーは、しばらく天井を見ながら、昨日のことを思い返す。

 

あの日から4日続いた宴のあと、2人はほろ酔い気分のまま同じ布団に。子供たちは一緒に眠っているため、ベルメールが見ているからと、少し羽目を外しすぎた。

 

グチャっとしているシーツを洗濯して、互いに体を洗って、何事も無かったように……とは行かないだろうが、まぁそこは大人の暗黙の了解と言うやつで見逃してもらおう。

 

「…………シーカァー…もう……おさけぇ……」

 

「……夢でも俺といるのか?可愛いヤツめ。」

 

ペタッと額にくっついている前髪を、そっと手の甲で撫でてやれば、口をモニョモニョと動かし、最後は上機嫌そうに笑顔になる。

 

そんなマキノは、シーカーの胸に撓垂れ掛かるように眠っている。マキノの首筋に1つ、シーカーも同じ場所に1つ、昨夜の痕跡が見えた。

 

後で気が付くが、シーカーについた跡は深い歯型。痛くは無いが、良くもこう上手く付けられるものだ。

 

二人共が服を着ていても露出される部分であり、互いの白い肌でより目立って見えるそれは、お互いの独占欲の印でもあった。

 

昨日は特に長かったのもあり、いつもは早起きのマキノが、昼前までスヤスヤと眠っているが、数秒後には起きる。

 

「………ん、ぅ……シーカー…?」

 

「おはよう、マキノ。俺より遅いのは珍しいなあ。」

 

「……おはよう…仕方ないでしょ…?」

 

「可愛く言ってもなぁ?」

 

「もう!……ね、抱きしめて、シーカー。」

 

「はいはい、仰せのままに。」

 

少し枯れた喉の調子を治すように、咳払いをしてキスをする。そして、甘えるように首に手を回したマキノを要望通り軽く抱きしめて、髪を梳いた。

 

「ほら、風呂行ってこい。片付けとくからよ。」

 

そう言って立ち上がったシーカーの背中には、深く、大きな傷があった。

 

背中を袈裟に斬られたようなその傷跡は、痛ましい程に深いものだった。

 

それを見たマキノは悲しそうな顔をしてから、そうっとその傷をなぞった。

 

「どーしたよ。」

 

「……痛い…?私の事、恨んでる?」

 

「ないよ、お前を守った傷だ。名誉こそあれ、そこに恨みなんざ欠片もねぇ。」

 

「……そういうの、よく分からないわ。私の、せいなのに。」

 

「お前のせいなわけあるか。いつまでもこんなこと気にするな……お前に何も無くてよかったんだよ。」

 

垂れた目尻を少し撫でて、ほらっ、とベッドからマキノを追い出す。

 

「…ん……そろそろ、本当に起きないと。」

 

「だから言ったろ、さっさと行ってきな。」

 

はーい、と間延びした返事の後、マキノが真正面から抱きついてきた。

 

「…どーしたよ。」

 

「やっぱり……私には、貴方しか居ないわ。」

 

「俺もさ。」

 

「嘘よ、ベルメールさんもいるじゃない……」

 

「お前あれ信じてたのか?全部冗談だぞ、お前の反応見て面白がってただけだ。」

 

「えっ?」

 

「保証できるぞ、実際言ってたし……待て、昨日長かったのって……」

 

「………し、仕方ないじゃない!覇気?ってやつも私使えないし、あの人冗談なのか本気なのかわかんないんだもん!」

 

「アッハハハハ!そうかそうか、お前はほんとに俺が好きだな。安心しろ、お前以外は考えられんさ。ほら、速くシャワー浴びてこい。」

 

シーカーは拗ねながらシャワーに向かうマキノに苦笑して、掃除を始めた。

 

 

 

 

ごぽぽっと水の中で泡がたち、それがいっせいに空に上がる。

 

海中では、魚たちが衝撃に逃げ惑う中、2人の影が高速で水中を飛び交っていた。

 

「──────群雨(ムラサメ)!!!」

 

襲い来る水滴の弾丸。ジンベエの群雨の威力は、1発1発が船を貫く威力。それが、ガトリングガンのように飛んでくる。

 

その水の弾丸の隙間を縫うように高速で移動しジンベエに向かうシーカーに、ニヤリと笑った。

 

「甘いわ!五千枚瓦正拳!!」

 

それは、水の衝撃波。ジンベエの扱う魚人空手、それは水の制圧にあり、本領を出せない地上ですら大気中の水分を揺らし、人体に大ダメージを与える。しかし、その本領は水中。その威力は倍以上に跳ね上がり、確実に対象を破壊する。

 

その攻撃に、シーカーは臆すること無く槍を真下から上空に振り上げる。

 

たったのそれだけで、海水が衝撃波ごと上空まで打ち上がり、海が割れた。

 

ジンベエが信じられないという顔をしてから破顔する。

 

「ワハハハハッ!!なんちゅうデタラメな膂力じゃ!!ワシの技を打ち消して海水までぶち上げるとはな!それに、人魚顔負けの速度!お主本当に人か!!」

 

パパパンッ!!と水が破裂する音がしたと思えば、既にジンベエの背後にシーカーは移動していた。

 

3度(・・)か!その蹴りだけであの距離をここまで……なんちゅー恐ろしいやつじゃ!」

 

ニィッと好戦的に笑った2人は、技をぶつけあった。

 

「じゃが!こちらも意地があるんでな!水中で負けたら面目丸潰れじゃ!七千枚瓦回し蹴りッ!!!」

 

『─────ッ!!』

 

槍と激突した武装色を纏った回し蹴りは、海を激しく揺らすほどの衝撃をもたらし、海中にシャボンを張った海賊船から観戦していた観客たちはおぉ〜と声を上げた。

 

「に、人間ってあんな速度で水中泳げんのか…?槍を振り上げたら海が割れんのか?」

 

「まぁ、シーカーだからな。」

 

「シーカーだしね。」

 

ルフィとマキノの言葉に、エースが突っ込んだ。

 

「それで納得すんなよっ!?」

 

「まぁまぁ、エース?そんなに怒らないの、言わなかった事は確かに悪いとは思ってるけど…急だったから。」

 

「……別に、もう怒ってねぇよ。ちゃんと迎えに来て連れてきてくれたわけだしな。」

 

そう、宴が始まったその日、シーカーにエースから激怒のでんでん虫があった。

 

『おいコラッ!?ルフィだけ連れて何旅行なんて行ってんだ!!俺も連れてけこのバカシーカー(兄貴)!』

 

そして全力で飛ばしたシーカーは、その日のうちに戻ってきて、次の日には魚人達と打ち解けたエースは宴に参加していた。

 

そして現在、どうしても手合わせがしたいと言っていたジンベエに『魚人(お前たち)の土俵でやってやるよ。人間も、海を自在に飛べるってとこ見せてやる。』と、挑発をしてこうなっている。

 

流石に水中なら負けないだろうと踏んでいたジンベエと戦い始め、それから5分間。シーカーは無呼吸で戦い続けているが、そろそろ苦しそうだ。動きが鈍くなっている。

 

「んー…そろそろだな、シーカー辛そうだ。」

 

「そうか?まだやれそうじゃねぇか?」

 

「いや、たぶんもうすぐ限界だぞ。息が〜って言ってるしよ。」

 

「はぁ?ルフィお前、何言ってんだ?」

 

そう言っていると、シーカーが一直線に船に突っ込んでシャボンを突き抜け甲板に着地した。

 

「───────ぶはぁっ!?はぁ…はぁ…死ぬかと思った……!」

 

「な?エース、限界だったろ!」

 

「な、なんでわかんだよ…!?」

 

「何が死ぬかと思ったじゃ。何度こっちが冷や汗をかかされたと思っとるんじゃ。」

 

「お疲れ様シーカー、タオルよ。ジンベエさんもいる?」

 

「はぁ…はぁ…さんきゅー……はぁ〜…酸素って美味いんだな」

 

「すまんなマキノ、しかしワシら魚人はこれが普通じゃ、必要ない。だが、その気遣いには感謝する。」

 

「ふふっ、いいえ。」

 

柔和に笑ったマキノは、後ろでギャーギャー騒いでいる子供たちにメッ!と注意してから、またシーカーの隣に陣取った。

 

樽に腰掛けた2人の前に、ドカッと座ったジンベエは、しかしと語り始めた。

 

「お前さん、元海軍じゃろう。よく海賊を受け入れられるもんじゃ。」

 

「あー、その事か……白ひげだろうな。その辺の認識を変えたのは。昔は、全海賊殲滅すべしって狭い考えだったが……俺の正義が定まってからは、海軍が大手を振って守れない民をナワバリとして守ってる白ひげには、敬意を払うようになった。」

 

「そうか。たしか、お前さんの正義は『盾となる正義』じゃったな。オトヒメ様がようお前さんの記事を見せびらかしておったから知っとるわい。」

 

「ああ…それから、悪行をしねぇ海賊は無視するようになった。」

 

「ハハハッ!やはり変わった海兵じゃ!オトヒメ様と会った時、お前さん正義のコートを脱ぎ捨て、膝をついたらしいな?」

 

「また懐かしい話を……」

 

「えっ、シーカーそんなことしてたの?」

 

「そうらしいわい。コートを脱ぎ捨て跪き『人への不信がある事は理解している。だがどうか、ただの人間があなた達を守る事を許して欲しい。』じゃったか。海軍としてでなく個人として。正義の名の下に平等な正義を執行する固い意思。その後の戦闘では魚人達を庇い、怪我を負ったが4億の首を捕らえた。」

 

「なんで一言一句違わず知ってんだ…恥ずかしいからやめてくれよ。」

 

「あら、かっこいいじゃない。流石ね、シーカー?」

 

「よしジンベエ、もっと褒めたたえろ!」

 

「現金じゃなお前さん……海軍とはいえ、人が魚人を庇ったんじゃ。王妃が嬉々としながら言いふらしておったわ。帰り際は恩着せがましい言葉もなく、ただオトヒメ様に部下共々敬礼をして立ち去った。伝わっておるぞ、あれぞまさに、正義の所作とな。」

 

「ぅ…お……面と向かって言われると恥ずかしさヤバいな……」

 

「あっ、珍しい。シーカーがこんなに照れるなんて。」

 

「ほう?英雄殿にも弱いところはあるっちゅうことじゃなぁ?」

 

からかいを投げてくるジンベエに苦笑しながら水分を補給していると、ふと当時を思い出した。

 

「……あの日の前日、俺の船は結構ヤベェやつに襲われてな。『火災』と『旱害』……アイツらは強かった。」

 

「百獣海賊団!?四皇の大幹部2人か!!良く無事でいられたもんじゃ!?」

 

「相性も良かった。俺はフィジカルに自信を持つバカとは相性がいいんだ。奴らもその典型だったな…だが、特に『火災』はそこいらの幹部とはレベルが違った、他とは頭ひとつ抜けてる。あの頃は、船を守りきれねぇと判断して、逃げるしか無かったからな。」

 

百獣海賊団、現最強の海賊と恐れられる四皇の海賊団である。ワノ国を拠点としているが、シーカーが過去に大量に逮捕した傘下の報復に来たのだ。

 

「その帰りだな、魚人島に海賊が逃げたと通報があったのは。まぁ、あの二人と比べれば消化試合みたいなもんだったさ。魚人島には補給の意味もあったしな。」

 

「ふむ……よく働くのうお前さんは。」

 

「海軍なんざこんなもんさ。」

 

割とキツい職場だったなぁと思いながら、シーカーは笑った。

 

「そろそろ浮上しようかのう。貿易の話も進めんとなぁ。」

 

「そうだったな、作業も終わった頃だろ。」

 

浮上した船体が海上に飛び出し、シャボンがパチンッと割れる。

 

港には、大箱を大量に運んでいるアーロンが控えていた。

 

「兄貴!魚人島に贈る最初の貨物ここに置いとくぞ!」

 

「保存もバッチリ!しっかり送り届けてよね!」

 

「承知したぞベルメール!良いかアーロン!迷惑かけるんじゃないぞ!!」

 

「ハハっ!1週間もすれば随分と馴染んだもんだな、アイツも。」

 

すっかりとミカン農家が板についたアーロンに呆れていれば、つまみ食いを見つけたアーロンは速攻で下手人を捉えた。

 

「おいコラガキ共!!摘み食いすんなって何度言えばわかんだ!!」

 

「げえっ!アーロンにバレた!」

 

「逃げるぞルフィ!!」

 

「逃がすかこの糞ガキぃ!!」

 

遠くでは、ぎゃー!?と叫ぶ子供の叫び声が響き、タンコブをしこたまこさえたエースとルフィが引き摺られてやってきた。

 

「ったくこの餓鬼共…何度手ぇだしゃ気が済むんだ。」

 

『ズ…ズビマゼン……』

 

「お前らの反省は反省じゃねぇ。痛みという教訓でしかお前らは学習できねぇ……いや、嘘ついた、それでもお前らは学習しねぇわ。」

 

2人の扱いにも慣れたようで、結構な事だと2人して笑ったマキノとシーカーは、港で積荷の作業を手伝いながら、笑っていた。

 

「お二人さん、もう手伝わなくていいぜ。あと少しだし、休憩していてくれ。今日の夜にはこの村を出る。」

 

「あぁ、わかった。気をつけろよ、アラディン。」

 

「ははっ、俺たちにそれを言うか?まぁ、ありがとよ。」

 

副船長の魚人、アラディンと握手したシーカーは、マキノの手を取って貸家に戻った。

 

 

 

2人が借りた家は崖の上にあり、ちょうど太陽が沈む所がよく見える位置にあった。場所も良く、景観も良かったため、ちょうどいいと別荘としてここを借りることにしていた。

 

夕暮れ時、ベッドの上で本を読むシーカーの隣で、肩を枕にしながら昼寝をするマキノを起こさないように、慎重に起き上がる。

 

「紅茶でも飲むか……」

 

「私も飲む。」

 

「起こしたか?」

 

「ううん、寝てなかった。」

 

「そうか、いつもので?」

 

「うん、いつもので!」

 

そうして湯を沸かし、予め作っておいたミカンの砂糖漬けを取り出して、淹れた紅茶にポチャンっと落とす。

 

「ほら、出来たぞ。なんてことは無いフルーツティーだがな。」

 

「ありがと…ん〜、いい香り!やっぱりシーカーの紅茶は美味しいわね。これ、ベルメールさんのみかんでしょう?」

 

「そりゃな、あとこれミカンのドライフルーツ。」

 

「うん、やっぱり美味しいわね、ベルメールさんのみかん。」

 

お茶と菓子をつまみながら、ゆったりとした時間を過ごす。

 

いつものように、村で忙しなく店を回すのもいいが、こうして何も無い時間を2人で過ごすのも、やはり好きだった。

 

ソファーに2人で寄りかかって、水平線に沈む太陽を眺めていれば、どちらからともなく手を握った。

 

『夕日が見える場所で、指輪を渡されたら、ロマンチックよね。』

 

いつだったか、本を読みながら呟いた彼女の言葉。

 

頃合だ、最高のシチュエーション。今しか、ないだろう。

 

深く息を吸ったシーカーは、コートの内ポケットにある箱を意識しながら、話を切り出した。

 

「……なぁ、マキノ。俺達も、気がつけば20を超えたな。」

 

「……そうね…なに?老けたって言いたいの?」

 

「まさか、お前は変わらず……ずっと綺麗だ。」

 

「シーカー……ありがとっ。」

 

ニヤニヤと上がる頬を隠すようにそっぽを向いたマキノの手を取って、ポケットの箱を取り出した。

 

その箱を見て、マキノは色々と察したのだろう。頬に浮き出た赤は、夕陽に照らされたのかはわからないが、それでも、シーカーの目からマキノは目をそらさなかった。

 

「俺は……あの時空っぽだった。燃え尽きて灰色だった俺を、お前は隣で、ずっと満たしてくれた。なんども、何度も。」

 

「……うん。」

 

「あー…だから……」

 

「んふふっ、だからぁ〜?」

 

「えーと……あー……」

 

色々と言葉を考えて、やはりらしくないと頭を搔いて、ストレートに伝える事にした。

 

「俺は!お前とこれからを生きたい!いつも隣で、俺を支えてくれたお前を、今度は俺が支えたい!だから、俺と───────」

 

プルプルプルプル

 

最後の言葉を紡ごうとした時。緊急用でんでん虫が鳴き出した。

 

ブチッと、シーカーが確かにキレる音がマキノにも聞こえた。

 

ミシミシと軋みをあげる箱を潰さないようにそっとポケットにしまって、マキノの頭を1つ撫でて、気持ちを落ち着かせる。

 

苦笑したマキノは、早く行って上げて、と目を伏せてソファーの背もたれに寄りかかった。

 

仕方ないとでんでん虫を取れば、聞こえてきたのはしばらく聞いていない声だった。

 

『シーカー!?シーカーか!!』

 

「あん?ドグラか?」

 

『そうだ…!その、今日!天竜人が来たんだ!!おれ、それを見に行こうとおもってぃよー!?』

 

ダダン一家その1人、山賊ドグラ。あまり交流は無いが、行けば話すくらいの仲だ。しかし、彼の慌てようは凄まじく、どうやらこれだけでは無さそうだ。

 

「…あぁ、それが?」

 

『俺…み、見ちまったんだよ…!アイツらが、横切った小舟を砲弾で沈めティるのをよぉ…!』

 

「…………あぁ。」

 

その言葉に、嫌な予感がシーカーを襲う。

 

なにか、取り返しのつかない事が起きた気がして─────

 

 

 

 

 

 

 

 

『その船の中に!!サボがいて!砲弾で船ごとふっ飛ばされちまったんだよ!!』

 

 

 

 

 

 

 

最悪の予感は、往々にして当たってしまう。




早くシーカーのガチバトル書きたいなぁ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第12話:真なる竜

 

凍りついた空気の中、ようやくシーカーが口を開いた。

 

「サボ…が…?」

 

「嘘…サボ、君が…?」

 

まさか、なぜ、どうして。疑問が尽きない2人に、畳み掛けるように状況は悪化する。

 

ガタッ!と玄関から音がして、そちらを見れば、呆然とした姿で立ち尽くす、弟達の姿。

 

「エース…ルフィ…」

 

「嘘…だよな?シーカー…!」

 

「サボが…サボが…死んじまったのか…っ!?」

 

『ふ、2人がそこにいるのか!?』

 

でんでん虫越しに焦るドグラに、シーカーは至って冷静に尋ねた。

 

「……本当に、サボだったんだな?」

 

事実の確認をするシーカーは、既に砕けんばかりに拳を握っていた。

 

『ま、間違いニー……あれは、絶対にサボだった…!!』

 

「……そうか、伝えてくれて……ありがとう。」

 

ガチャっ、と通信を切ったシーカーは、ゆっくりと二人を見た。

 

エースもルフィも、いい意味でも悪い意味でも、生死感をしっかりと持っている。だからこそ、今回の兄弟の死は、耐え難いものがあった。

 

「どこのどいつだ…ッ!!サボを殺したのは!!」

 

「サボ…っ…さぼぉ…!!!」

 

「エース」

 

「ルフィ!お前も泣いてんじゃねぇ!すぐに戻ってサボの仇を─────」

 

「エースッ!!!」

 

『───────ッ!!?』

 

ビリビリッと、家すらも軋ませるシーカーの叫びが、エースとルフィの体を止めた。

 

普段、と言うよりも今までシーカーがこうまで怒鳴っている姿を見たことがなかった。

 

「この目で確実に見たわけじゃねぇ…まだ、死んだとは決まってねぇ…あそこの海流なら、どこかに流れ着くことは必ずしもないってわけじゃねぇ…」

 

「シーカー…だけどよ…ッ!!」

 

「お前たちが諦めんな!!アイツは生きてる!サボがこんな事で、死ぬ男か…っ!!」

 

そうは言ったものの、シーカーの拳からは既に血が滴っている。彼の生存を諦めた訳では無いが、正直絶望的だ。

 

それを出してしまったシーカーの失態だ。今のルフィに、その類の強がりは通用しない。

 

「死んじまったんだろ…!?サボは…!!」

 

「ルフィ……ッ…」

 

「うあああ────ッ!!!!」

 

「…ダメだ、我慢できねぇ…!!今すぐにサボを殺ったクソ野郎をぶっ殺してやる!!行くぞルフィ!!」

 

「待て!エース!ルフィ!?」

 

ルフィの涙に我慢が出来なくなったエースは、ルフィを引っ張って飛び出していった。

 

エースには船の操縦を教えている。やろうと思えば、すぐにフーシャ村まで行ってしまうだろう。

 

「離せシーカー!お前は悔しくねぇのか!?」

 

「サボが殺されて俺が悔しくねぇと思うか!!?相手が誰かわかってんのか!!」

 

「どこのどいつだか知らねぇが、必ずぶっ殺して─────」

 

「ジンベエ達魚人を奴隷にしてた張本人どもだぞ!!」

 

「───────」

 

エースには、度々この世界の常識を教えていた。航海するにしても、海軍に入るにしても、どちらでも一定の常識や知識は役に立つ。

 

その中で、先日教えたのが世界政府についての事だ。

 

エースは決して勉強熱心ではなかったが、ジンベエ達魚人を知り、その軋轢に興味を持った。

 

聞けば、シーカーは少し渋りながら天竜人の話をした。魚人やそこらの人を自分勝手に所有物にし、当たり前のように殺し、奪う。海賊よりも海賊らしいゴミ共、とシーカーが聞いた事ないレベルの暴言で貶していたため、印象に残っていた。

 

そして何よりも、見つけたらその場からすぐに離れること。と口酸っぱく教えられた。

 

「……奴らを殺すのは、別に難しくねぇ。お前らでも、不意をつけばできるだろう……問題はその後だ。」

 

「……」

 

「全部吹っ飛ばされる。フーシャ村も、ゴア王国も……ルフィも、俺もマキノも…確実に死ぬ。」

 

バスターコール。シーカーは経験したことは無いが、砲弾の雨で島ごと吹き飛ばす作戦らしいという事は、エースも聞き及んでいた。

 

「…だけど……俺たちにどうしろってんだよ!!」

 

理不尽な現実に声を上げようとする姿が、どこか昔のシーカーのようだった。

 

「何もするな……起きちまったもんは…もうどうしようもねぇ。だから、俺たちは少しでもアイツが生きていることに賭ける。」

 

拳を握りしめ、エースが言い返そうとした時。シーカーの目を見て、何も言えなくなった。

 

憎しみ、怒り。その2つが歪に混ざりあったシーカーの瞳は、エースをして恐怖を覚えさせた。

 

「……っ…わかった……シーカーが、間違えた事は…ねぇから…おら、ルフィ!いつまで泣いてんだ!探しに行くぞ!もしかしたら、海岸に流れ着いてるかもしれない!」

 

いつまでも泣いているルフィにゲンコツを落とし、エースは船にルフィを引っ張って行った。

 

「シーカー、準備できたわ!」

 

「ありがとうマキノ、船に行っててくれ。ジンベエ達に会ってくる。」

 

「わかったわ。」

 

そう言ってジンベエ達の元に向かえば、出航前の最後の村人との団欒をしていた。

 

「おぉ、シーカー……何があった?」

 

シーカーの顔色で何かがあったと察したジンベエは、神妙に尋ねた。

 

「今から、急遽帰ることになった。次に会うのはいつになるか分からんが……気をつけろよ。」

 

「……なんじゃ、水臭い。何かあったのなら、ワシらも力になりたい。」

 

「無理だ、お前たちを巻き込むと……余計話が拗れる。」

 

その言い草にムッとしたジンベエだったが、シーカーのような穏やかな男が、ここまでイラつきを隠すこともしていない様子は、どうも尋常では無いように思えた。

 

「なんじゃ…何をそんなにイラついておる。」

 

「…気にすんな、お前たちには、本当に関係ねぇし、巻き込みたくねぇ。」

 

「……ワシらはお前さんに恩がある。返せるのなら返したい。」

 

「気にすんなって…!」

 

「……お前さん、今正気じゃあないぞ。目を見りゃ分かる…一体、何があった。」

 

その一言で、シーカーの我慢は限界に達した。

 

「正気じゃねぇ…?当たり前だろうが…!弟の乗った船が天竜人に吹き飛ばされて正気でいろってのか!?」

 

「───────なんじゃと…!?」

 

溜め込んでいた天竜人への怒り、何も出来ない自分への怒り。全てをジンベエ達にぶつけてしまった。驚愕のあまり、何も言えないジンベエ達に踵を返した。

 

「……悪ぃ、お前たちに当たるつもりじゃなかった……」

 

やってしまったと後悔したシーカーは、振り返ることもなくその場から去ろうとした。

 

ジンベエは驚愕の後すぐさま懐にある物を掴んだ。

 

「シーカー!」

 

「まだ─────なんだ、これ?」

 

投げ渡されたそれは、珊瑚の欠片。

 

「魚人島にある珊瑚じゃ、握れば酸素と簡易的なシャボンを出してくれる。水中を探すんじゃろう…持っていけい。」

 

「………恩に着る、友よ。」

 

「…!……友情に貸し借りなどありゃあせん…そうじゃろう?」

 

ニィッと口元を歪めたジンベエに苦笑して、シーカーは今度こそ、歩を進めた。

 

「お前さんの弟じゃ!きっと、生きておる!!信じろ!!」

 

「───────っ」

 

背に受けた言葉は、シーカーに希望を持たせるにたる、強い言葉だった。

 

急ぎ船に向かったシーカーを待っていたのは、3人ともう1人、ナミだった。

 

 

 

船の中、海図と睨めっこをするシーカーとナミ、正確な情報を先ほどドグラに確認し、どこを探すべきかを検討していた。

 

「正午にここで……逆算して流されるとしたら、場所はここと、ここ……この辺の海流なら、多分ここまでの範囲があり得る。ここ数日は穏やかだったから、この範囲以外はないと思うの!」

 

「…あ、あぁ……わかった、すぐに行こう。エース、ルフィ!お前達はこの2箇所の近くに下ろす、海外に流れ着いてないか探してくれ。」

 

「すげぇなナミ!わかった!絶対見つけるぞ!」

 

「わ、わかった!よし、早く行くぞシーカー!」

 

あんまりにも的確な指示に、シーカーは目を白黒させながらこの少女の航海術と海への知識の多さに驚いた。

 

(レベルが高すぎる……海軍の航海士でもここまでのレベルは居なかったぞ…この子…一体……?)

 

『聞いたよ、シーカーさん…!私もきっと役に立つよ!ルフィの役に立ちたいの!』

 

そう言って同行した彼女の心意気を無駄にしたくはなかったシーカーは、彼女を連れて海へでた。

 

必要に迫られある程度の航海術を修めたシーカーよりも、好奇心とともに日々学んでいるナミでは、知識の質に雲泥の差があるだろう。

 

ナミの言う通りの場所を回り、ルフィを、エースを下ろし、最後にサボが沈められた場所の水底を探す。

 

ジンベエにもらった珊瑚を握って、シーカーは海底に潜った。

 

そして、4時間が経った。

 

サボは見つからず、ただ知らぬ場所に流れ生き延びた事に賭けるにも、分が悪過ぎた。

 

「すまねぇ、2人とも……これしか、見つからなかった…」

 

「っ……これ…サボの……間違いねぇ…っ…!!」

 

数百回の潜水の末に、見つかったのはサボが乗っていたと思われる船の残骸と、掲げていたと思われる海賊旗だけだった。

 

「ごめん、なさい……わたし、役に立てなくて……」

 

「そんな事ねぇ!ナミは頑張ってくれた!会った事もねぇおれの兄ちゃんのために……っよぐ、やっでくれだっ…!!」

 

力不足だったと落ち込むナミに、ルフィはそんなことは無いと声をかける。途中、声が震えることを抑えきれずに、泣き出してしまったが。

 

エースもマキノも、ずっと俯きながら無言を貫いた。

 

それから、3人が疲れで気絶するように眠った後に、シーカーとマキノは、店の中で二人しんみりとした空気の中、なにも喋ること無く時間が過ぎる。

 

すると、ぎぃっと軋みながら店のウェスタンドアが開いた。

 

フードを目深に被った男が1人、店の入口に陣取っていた。

 

これから接客という気分でもないシーカーは、立ち上がろうとしたマキノを制してそのまま口を開く。

 

「……今日は臨時休業だ。悪いが、帰ってくれ。」

 

シーカーの言葉を無視するように、男は口を開く。

 

「………ハートランド・ギネスだな?」

 

忌み名を聞いたシーカーは、すぐ傍に置いていた槍と盾を手に、立ち上がる。

 

「シ、シーカー…!」

 

「下がってろマキノ、誰だ。」

 

「思わぬ収穫……いや、これもまた運命か。」

 

フードの奥からこちらを覗く鋭い眼光は、とても堅気の人間には見えなかった。

 

「……少し、話をすべきか…運任せというのもたまにはいいか……!!」

 

そう男がつぶやいた瞬間。今まで感じた事のない程の圧迫感が二人を襲った。

 

「───────っ!?」

 

「キャァッ!?」

 

咄嗟にマキノを抱き留め覇気で受け流すが、流していなければシーカーでさえもしばらく動けなかっただろう。

 

(─────なんつーっ…覇王色…!?)

 

シーカーがルフィに説明しなかった、3つ目の覇気。

 

覇王色の覇気。それは、数百万人に1人、王の資質を持つ者にのみ発現する。

 

これほどの覇気の持ち主、カタクリ含め直接戦ったことのある四皇幹部でも感じたことがない──────いいや。ただ1度、感じた事がある、あの日死闘を演じた、銀斧。

 

奴は間違いなく大海賊だった。今の時代、海賊の質はピンキリだが、あれ以上に単独で強い海賊は、数えるほどしかいないだろう。

 

『守護』という分野において右に出る者はいないと自負しているシーカーに、マキノを守り切れるのかと一瞬でも疑問を過らせた。

 

「ほう…面白い見聞色の使い方だ。暴く事に特化した見聞色か……その若さで、まさか私の覇気が流されるか……お嬢さんには眠ってもらうつもりだったのだが。」

 

「ぐ、ぁ……!!」

 

「シーカー!?」

 

マキノを守る為にリソースを割いたが故に、シーカーが膝を着く。こんなに強い覇気は今まで数える程しか経験していない。何が起きたかわからないマキノは、ただシーカーの背に隠れているだけだった。

 

何とか立て直したシーカーは、すぐさま飛び出して、全力の覇気を纏ったシールドバッシュで目の前の男を店の外に吹き飛ばし、マキノを戦いの余波に巻き込まないようにできるだけ距離をとる。

 

とうの男と言えば、強烈なシールドバッシュを何も無かったかのように軽々と受けて、空中で身をひねり、華麗に着地した。

 

「マキノ!店から一歩も出るんじゃねぇぞ!!!」

 

それだけを叫びながら、シーカーは目の前の男から目を離さなかった。

 

(少なく見積って地力、判断力は全てが俺の1段…いや、2段は上……見るだけでわかる、潜ってきた修羅場の質が違ぇ…!!)

 

「なんという覇気…これは私も危ういな。」

 

「よく言う……その割にゃ随分と余裕そうじゃねぇか!」

 

シーカーの気迫に怯むこともせずに、男はクツクツと笑って初めの佇まいを崩すことはなかった。

 

どうこの場を切り抜けるかを思案していると、空にカラスが大量に飛んでいることに気が付く。

 

(カラス…こんな時間に……?いや……この男の能力か…!)

 

そう身構えていると、上空のカラスから人影が飛び降りた。

 

フードを目深に被っているため、個人を特定することは出来ないが、その人物がそれなりの使い手であることがわかった。

 

「っ……増援…!?」

 

「……やはり、運任せの賭けなど性にあわんな。」

 

「───────ッ嘘だろ、お前…!!?」

 

自嘲したような男は、そのままハンドサインでフードを外させた。

 

声を聞いたことも姿を見た事も無い。なんなら、政府ですらその全容を理解出来ていないだろう。だが、その佇まいは堂々たる先導者()の風格。世界最悪の犯罪者であることをおくびにも出さないような態度は、最早清々しかった。

 

左の左頬に走る稲妻のような刺青と、鋭い眼光。野心を秘めた瞳は、理知を備えた獣のようだった。

 

「……なんで…こんなとこにいやがる…!?世界最悪の犯罪者──────革命家ドラゴン!!」

 

「会いたかったぞ……ギネスよ。」

 

その男は、表立って世界政府────天竜人と敵対する組織【革命軍】その実質のトップである総司令官。それが目の前の男、ドラゴン。

 

そして、背後に現れた人影は、見た事のある顔だった。

 

エンポリオ・イワンコフだ。億超の賞金首2人が目の前に揃った。

 

覚悟を決めて、一気に覇気を解放すれば、槍が白く発光する。シーカーの本気だ。ここで全てを賭けるつもりだった。

 

それを見てか、イワンコフが口を開いた。

 

「なんて覇気…!!この最弱の海でこんな化け物がまだ眠っていたっちゃブルね……ドラゴン?この様子、ヴァターシ達を敵と見ているようだけど?」

 

「少し、試した…やはり慣れんことはすべきじゃないな。誤解を生んでしまったが、決してお前達に危害を加えようとした訳では無い。」

 

「どの口がほざく…!最初の覇気で、俺はとっくにやる気だぜ革命軍…!!」

 

「ふふっ…あのおっさんに聞いていた通り、潔癖だな…だがその根底は私と似通っている…我々を前にしても衰えぬ覇気も、強いな。」

 

「ほざけ……っ!!」

 

既にサボの件で耐えきれないほどにキていたシーカーの怒りの矛先は、目の前のドラゴンとイワンコフに向けられていた。

 

「ふむ、聞いていたよりも激情家……いや、こちらのせいか。」

 

獣のように構えたシーカーは、その実クールに現状を見ていた。

 

一挙手一投足に隠された癖、二人の利き手利き足を瞬時に見抜き、どうこの戦況をひっくり返すかを冷静に見極めていた。

 

しばらくの硬直の後、ドラゴンは少し驚いたように口を開く。

 

「……これは恐れ入った。先の評価を訂正しよう。激情家かと思えば、全て演技。内心では戦況を俯瞰している。冷静さと激情を同居させているのか…器用なやつだ。」

 

心の内を読み取られ、舌打ちをひとつしたシーカーは、戦闘の構えを解いた。

 

「俺に用があるんだろう……革命軍のトップが、俺に何の用だ。」

 

そう問いかければ、ドラゴンは少し目を瞑り、ゴア王国の方向を見た。

 

「この国こそ世界の未来の縮図だ。いらぬ物を淘汰した世界に幸せなど待ってはいない…そうは思わないか、ギネスよ。」

 

「その点に関しては……同意してやる。」

 

「お前も、私も……嫌うものは同じだろう?」

 

「どこまで知ってんだか……」

 

ギネスの脱隊の理由を知っている者は極少ないが、革命軍ならばどこかで情報を得て知っている可能性はゼロではなかった。

 

「元々、正義感が強く命令を無視し、非加盟国、冷遇されていた魚人を救った……なにより、天竜人に反感を持つお前には興味があった。」

 

なるほど、とそこで合点がいった。

 

「なんだ、勧誘にきたってか?天竜人に反感を持ってることは認めるが……今更犯罪者になるつもりはねぇ。」

 

「ふふっ……主を失った槍が、未だに主を持たぬなら吝かではなかったが……既に主……いや、拠り所があるとなっては、無粋だな。」

 

そう言って心配そうに覗くマキノを見て、薄く笑った。

 

「─────帰るぞ、イワ」

 

「あら、もういいの?ヴァターシ、何も聞いてないのだけど?」

 

「余計な詮索はやめろ、イワ。カラス、頼む!」

 

そう口にすると、カラスが2人を覆い隠すように飛び始める。

 

「……こっちとしても、お前とは何も無く帰って欲しかったところだ…おとといきやがれってんだ。」

 

「ハハッ、つれない男だ。」

 

少しの沈黙の後、またドラゴンが薄く笑う。

 

「時代は時として… あらゆる偶然と志気をおびて 世界に問いかける…!!我らがまた、出会う日も来るだろう───────息子を頼むぞ、我が義弟(・・)よ。」

 

「───────は?」

 

そのまま言い切って、バサバサと飛んでいくカラスに乗り去っていった。

 

シーカーは爆弾発言を飲み込めないまま、ドラゴン達が去っていった空を、呆然と眺めることしか出来なかった。

 

そして、マキノが心配そうにシーカーに近寄り揺さぶった瞬間。

 

「はぁぁぁあああ───────っ!?」

 

「きゃあっ!?」

 

『煩いぞシーカー!!!何時だと思っとるんじゃ!!』

 

シーカーの絶叫が、夜空に響いた。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第13話:どうか誰よりも

ドラゴンとの邂逅から3日。

 

彼の残した言葉、息子だの義弟だの。つつけば鬼しか出てこないことは分かりきっているため、最強の手段として、忘却の彼方に葬り去った。

 

と言うよりも、サボをすぐに探さなければならなかったため、忘れざるを得なかった。この3日間、シーカーは諦めること無くサボを探していた。

 

天竜人は翌日には帰ったため、活動範囲をすぐに広げられた。せめて何か手がかりがないかと、朝から晩まで海に潜る。既にナミが教えてくれた箇所は探し尽し、より広範囲を探した。

 

見聞色を最大に使い、微弱な気配すらも見逃さぬようにしながら、王国の海域全てを覆う範囲を探したが、結局体すらも見つからなかった。

 

天竜人が帰る数時間前、エースは怒りをぶつける対象を失い、暴れまくっていたところをダダンに捕まり、まだ木に縛り付けられているらしい。

 

ルフィは、本当にサボが死んでしまった事を突きつけられ、ほとんど泣きっぱなし。心配したナミが傍にいるが、立ち直るのがいつになるかは、わからない。

 

そして、今日も探しに行こうとしたシーカーを止めたのは、マキノから連絡を受けて休暇をとって来たガープだった。

 

店のカウンター席に2人で並び、そのままガープは諭すように語りかける。

 

「お前自身、もうわかっとるんじゃろう……サボは、もう死んだ。72時間……人間が飲まず食わずで生き残れる限界じゃ、ましてや海なら半分以下になるじゃろう。」

 

ガープの言葉は、至極真っ当だ。シーカーも理解はしている、それでも少しでも希望があるなら、縋りたかった。

 

「わかってるよ……もう、サボは死んじまった……そうだろ。」

 

「そうじゃ。」

 

暫くの沈黙の後、頭を抱えながらシーカーは怒りを滲ませながら拳を握った。

 

「……天竜人ってのはなんなんだ…!今の世を作った?バカバカしい…先祖の功績に永遠に股がってるゴミ共だ…!!俺が守りたいものを尽く奪って行きやがる…!」

 

「………」

 

継がれた言葉は、いつだったか。強く聡い息子が見せた、数少ない弱音だった。

 

「教えてくれ父さん……俺は、何も守りたいと思っちゃいけねぇのか…このままだと俺は…ルフィも、エースも……マキノも失くしちまうんじゃねぇか…!!」

 

「………」

 

「…俺は…弟1人も、守ってやれなかった…!」

 

それは、後悔の吐露。ルフィにも、エースにも、マキノにさえ吐き出すことができなかった言葉を、ガープに吐き出した。

 

誰にも弱音を吐けなかったシーカーの初めての弱音を受けて、次にでる言葉を読んでいたガープは立ち上がった。

 

「……マキノを連れて来い。先に行っとるから、探してそこに来い。」

 

「…マキノも…?」

 

「まぁ、楽しみにしとれ。」

 

その気配は、いつもの傍若無人な姿とは全く違っていて。あの時、シーカーを止めた、なにか決意をした目をしていた。

 

何かを察したシーカーは、黙ってマキノを連れて数キロ離れた場所の無人島まで向かった。

 

そこは岩山と森しかない、広い無人島。

 

「おぉ、来たようじゃな。」

 

大柄のジャケットを脱ぎ捨て、ガープが拳をパキパキッと鳴らした。

 

その瞬間、シーカーは拳を向けられるマキノの未来を見た(・・・・・)

 

背筋が凍るような思いを振り払い、ガープを睨んだ。

 

「…見えたようじゃな。」

 

「なんのつもりだ、親父。」

 

「シーカー…なにがあったの?」

 

「マキノ……そこを動くな。あの爺、とうとうイカれちまった…!」

 

剣呑な顔つきのまま、マキノを背に隠したシーカーは、槍と盾を油断なく構えた。

 

シーカーの見た未来は、確実な戦闘。見ていなければ、マキノを庇い重症を負っていただろう。

 

それもそのはず。シーカーとてこの世界では強者の列に連なる男ではあるが、目の前の70間近の爺さんは、その列の最前列付近に鎮座している。

 

白髪混じりの黒髪を、ガープはボリボリと掻きむしって、また笑う。

 

「おう、マキノ!悪いのぅ、ウチのバカ息子の問題に巻き込んでしもうて!」

 

そう反省の色なく謝ったガープに、黙っていたマキノが数秒考えてから、口を開いた。

 

「……これがシーカーに必要なことなら、私は付き合いますよ。」

 

「おい、マキノ!?」

 

「ブワッハッハッ!!本当に、いい女になったもんじゃ!!お前には勿体ない!」

 

「っせぇ!黙ってろジジイ!!」

 

「マキノはワシも小さい頃から知っとる!最早孫娘のような存在!守り切れねぇだのとほざき折れるようなら、ここでワシの愛の拳の錆にしてくれる!それにお前も、こっちのが本気を出せるじゃろう!」

 

「な、なんつー無茶苦茶な…!?倫理観どうなってんだあの爺!!?」

 

「まぁ、ガープさんらしいわね。」

 

「おいマキノ、今あの爺に殺されかけてるんだぞ?もう少し反論とかしろ?」

 

呑気なマキノに口を出すシーカーだが、そのすぐ後に黙らされた。

 

「そんなこと言って聞くようなガープさんなら、苦労しないわよ?それに、アナタは結局立ち上がってくれるもの。」

 

ニッコリと笑ったマキノは、いつも通りの笑顔と雰囲気で、この場に居た。

 

つくづく肝の据わった女だと思ったシーカーは、ガープと同じように頭を搔いて、大きくため息を吐き出した。

 

「ここまで本気な父さんを見るのはいつぶりだ……!?」

 

「何を言うとる。ワシらはどんな時でも、こうして語り合って(殴りあって)きたじゃろう!」

 

これは、ガープなりの慰めか、不器用な爺のお節介とも言える。と言うよりも、ガープはこれしか知らないのだ。なにかに悩み、弱音を吐く息子のマトモな慰め方など、この野蛮人が知っているはずがなかった。

 

『守れねぇと弱音を吐くのなら、より強くなれ。その手伝いは、ワシがしてやる。そら、訓練だ!!』

 

そうだ、教わったはずだ。迷ったのなら動け、より強く、願う全てを守れるように。

 

過去、偉大なガープ()に言われた事を思い出した。

 

薄く過去を思い出し笑ったシーカーは、パシン!と頬を張って、自身の目の前の地面を薙ぎ払い1本の線を引いた。

 

「この線は文字通り俺の生命線。もし!親父がここを通ったなら……すまん、一緒に死んでくれ!!」

 

「うん、わかったわ……ふふっ、最低のプロポーズね、やり直しよ?」

 

「どっちみちやり直しだったろう?終わったら、だな!」

 

どの道、ガープは結構本気だ。ここでシーカーが折れるようなことがあれば、殺すかは分からないが、間違いなく死ぬ程殴っては来る。そうなれば、マキノはどっちみち後を追って来る。

 

そうなって溜まるかと、シーカーは腰を落とし、ガープに集中した。

 

「お前のためにも、可愛い弟達のためにも……死ぬつもりはねぇ!」

 

「えぇ…行ってらっしゃい、シーカー」

 

その言葉を背に受けて、シーカーは1歩引いた線から前に進み、槍の切っ先をガープに向けた。

 

「父さん、俺の迷いと怒りを、どうか受け止めてくれ。」

 

ガープはニッと笑って、拳に覇気を纏う。

 

「我が息子よ……愛ある拳、久々に食らって行けいっ!!」

 

周囲の木々を吹っ飛ばす程の踏み込みから、一気に接近。

 

黒々と覇気によって輝く拳を、シーカーは盾で受け止める。

 

瞬間、ガープの背後の地形が吹き飛び、更地となった。

 

「────やりおる…!覇気の精度はむしろ上がっとるな!」

 

「そっちこそ…衰えるどころか、どんどん強くなってねぇか?いつまで現役でいるつもりだ。」

 

「ブワッハハハハ!!目指せ生涯現役じゃ!!」

 

それからも、豪快な笑い声と共に降り注ぐ最強のゲンコツの雨を、シーカーは盾で受け続ける。

 

「っぐ…!おッ、らあああぁぁぁ!!!!」

 

拳の雨を受けながら前に突進。吹き飛ばすようにシールドバッシュをガープに叩きつければ、真正面から激突したガープと拮抗。そのタイミングで、全力の覇気で弾き飛ばした。

 

「ぬぅ…!?やはり、厄介じゃな…お主の覇気…!」

 

「守ることに関しちゃ一家言あるんでね!親父みたいなフィジカル一辺倒なヤツには相性がいい!!」

 

「小癪なぁ…!ぬぅりぁあああッ!!」

 

「そらぁッ!!」

 

槍と拳が激突すればバリバリッと音を響かせ稲妻が迸る。それは、互いの覇気の強さを物語っている。

 

しかし、2人の実力はイーブンではない。確かに、シーカーの覇気も常軌を逸したものではあるのだが、覇気の強さで言うのなら、ガープに圧倒的な軍配が上がる。老いたとは言え、未だ英雄と名高いガープは、シーカーとの日々の喧嘩により、衰える力はより緩やかになっている。

 

では、何故拮抗できるのか。

 

「ワシも老いたとは言えど、拮抗されるか!相変わらず覇気の使い方が上手い!!コントロールならばワシの上か!その異常な見聞色……初めの頃は制御に苦労しとったのを思い出す…!!今や完全に掌握し、面白い使い方まで編み出しおった!」

 

そう、シーカーの強さは見聞色の強さにある。シーカーは見聞色を装備に纏う(・・)ことで、攻撃の点穴を暴き、覇気の流れや攻撃の威力を散らして、攻撃の流れを征することにある。

 

「ぶん殴るだけの父さんと一緒にするなよ、俺は技巧派なんだ、よっ!【銃脚(ガンキャク)】!!」

 

「むッ!?」

 

拮抗した拳を、一瞬の緩みを利用し、流れるように軌道をそらし、ガープの土手っ腹に弾けるような音と共に蹴りを叩き込む。

 

シーカーの戦闘は主に超接近戦。そのなかで、体術は必須とも言える課題だった。両手がふさがった状態で、更なる攻撃手段として編み出した、シーカーの第2の槍とも言える突き蹴り。

 

大佐だった当時ですら、中将含め10本の指に入る程の速度を誇った剃の応用。

 

単純に剃の速度で蹴り飛ばしているだけなのだが、単純故に隙がなく、そこに覇気が乗れば内部までを破壊し、必殺となる。

 

覇気で防いだガープを数メートル後退させ、また距離が空いた。

 

「くぅ〜…なかなか効く!!」

 

「なんだよ、手ぇ抜いてくれてんのか?」

 

「生意気なぁッ!まだまだこれからじゃっ!!」

 

ギアが1段階上がったことを理解したシーカーは出し惜しみはしないと、槍に武装色と見聞色を纏い、本領を発揮する。

 

「ぬんりゃあぁぁぁぁッ!!」

 

雄叫びと共に地面に右腕を突っ込んだガープは、そのまま隆々な筋肉を更に肥大させ、地面を引っこ抜いた。

 

その大きさは、巨人族の数十倍はあろうかというほぼ大地を引っこ抜いたガープは、それを右腕だけで持ち上げた。

 

「ハハッ、相変わらずデタラメ!」

 

「行くぞッ、シーカーッ!!これを防げるかぁ!?」

 

「攻撃には、必ず欠点となる『点穴』がある!俺の前で、完璧な攻撃なんざ存在しねぇ!!」

 

手を突っ込んだ岩山を武装色で纏い、そのまま猛スピードで突っ込んできた。

 

力、覇気には欠点となる穴が存在する。シーカーはそれを点穴と呼んでいる。

 

本来、武装色には同等の武装色でしか対抗ができない。これほどの岩山を覆い尽くす武装色、シーカーは持ち合わせていない。

 

だが、シーカーの白く輝く槍は、混ざり合う二色の覇気によって相手の覇気を乱し、攻撃した箇所の点穴を強制的に暴き弱点にする。

 

「【刺穂黎(しぼり)瀑牙(ばくが)】ッ!!!」

 

覇気を外側に一気に放出し、槍の攻撃力のみを追求したこの技は、2年前にシャンクスに放った時よりも、明らかに強い。

 

激突した白槍と黒い岩山は、拮抗することも無く砕け、吹き飛ばされた。

 

「────やりおるわ!!」

 

「まだまだッ!【空割(ブルワリ)】ッ!!」

 

「ぬぅりゃぁああぁぁぁ!!!」

 

シーカーは跳び上がり、空を蹴り抜いて真上からの強襲と共に、白槍を上段から振り下ろした。

 

「そらッ!!隙ありじゃ!!」

 

「んな隙与えるかよ!!」

 

覇気による波動が激突し、再び稲妻を生み出した。

 

「やはり堅いな!!海軍支給の安モンのパルチザンを、大業物レベルに引き上げただけはある!」

 

「【白槍】は伊達じゃねぇって事だ!」

 

「そのようじゃ……じゃが、まだまだ甘いわァ!!」

 

「───ぐがぁッ!!?」

 

一気に膨れ上がった覇気が爆発し、シーカーを吹き飛ばす。何とか姿勢を整え槍を地面に突き刺すことで持ち直すが、シーカーの鼻からツーっと血が滴った。

 

「クソッ…外に纏う覇気か、たしか流桜だったか?」

 

「あぁ、ワノ国じゃそんな呼び方をするらしい。」

 

「随分珍しいじゃないか…それだけ、本気ってことか?」

 

纏う覇気の応用、外に纏う事で覇気を体に直接流し込み、内部を破壊することに特化した覇気。遠いワノ国ではこれを流桜と呼ぶ。

 

ガープはあまり好んで使わないこの技術は、覇気を纏うよりもずっと高度なものだ。

 

これを習得すれば、触れずに敵を破壊する事もできるようになる。

 

この応用は内部への破壊。故にシーカーの覇気を貫通することが出来る唯一の手段。

 

「お前に攻撃を通すなら、これしかあるめぇよ。」

 

「ハッ!明確な弱点を、俺が対策してねぇわけねぇだろ!」

 

「さぁどんどん行くぞ!!」

 

再び地を蹴ったガープは、空中に飛び上がり、先のシーカーのように真上からゲンコツの雨をばら撒きながら空を蹴った。

 

「ほりゃほりゃほりゃ!!【拳骨流星群 全部拳バージョン】じゃ!!」

 

「ただのラッシュだろそれ!!?」

 

戦闘中も無茶苦茶な父に呆れながら、シーカーは白槍を一瞬で解除し、盾に覇気を集中させた。

 

「甘いわぁ!!!」

 

「ガァッ!?こんのクソ……!!」

 

「逃すかぁ!!!」

 

「っしゃらくせぇ!!!」

 

全力の覇気で弾くつもりだったシーカーの鉄壁の防御を強行突破した拳が脳天に突き刺さり、地面に叩きつけられる。

 

しかし、すぐに体勢を立て直し、マキノの前に戻りどっしりと構え、続けざまの拳を気合で弾き返す。

 

どろっ、と切れた額から血が流れた。

 

その血を拭って、改めてガープの異常な強さを認識する。

 

怪我をしたのは、2年前のカタクリ戦以来だ。

 

後ろにいる守る存在を感じながら、シーカーはまた盾を構える。

 

しかし、シーカーの心境を知らぬマキノに、迷いが生まれた。

 

「シーカー……私─────」

 

「頼む、そこにいてくれ……そうじゃなきゃ俺は、二度と戦えねぇ。」

 

シーカーは、攻撃の余波からマキノを守る為に意識と力を過分に割いている。

 

超高速の戦闘は何が起きているのか分からないが、自分が邪魔なことくらいは理解している。自分が立っている後ろはなんの被害がないのが証拠だ。本当に、この場には自分が必要なのか───────本当に、彼の人生に自分は必要なのか。

 

しかし、その考えを見透かすように、ガープは耳に小指を突っ込んでほじりながら口を開く。

 

「馬鹿じゃなぁマキノ。お前さんがいるから、シーカーはまだ立ってられるんじゃ。」

 

「え…?」

 

「……余計なお世話だぜ、父さん。」

 

この場にマキノがいなければシーカーは既に地に伏していただろう。

 

この戦い自体がシーカーの失意と、挫折しかけた心を、マキノを守らせることでその自信を取り戻させ、なおかつ修行もつけているという感覚だ。

 

ガープがそこまで考えているかは分からないが、シーカーはそう認識している。

 

しばらく考えたガープは、重々しく口を開いた。

 

「……ワシから言うのは初めてじゃが…お前、やはり海軍に戻らんか。もちろん、天竜人の仕事なんぞ受けさせやせんし、ワシから上に掛け合う。お前の力を腐らせるには、ここはぬる過ぎる。」

 

初めて、ガープに戻ってこいと言われたシーカーは驚いたように目を見開いてから、切れ長の目を柔く細め、首を横に振った。

 

「……父さん、俺の正義…覚えてるか。」

 

「【盾となる正義】息子の信念じゃ、忘れるはずがありゃせん。」

 

「…嬉しいよ、誰かがそれを覚えててくれるだけで……けど、あの日あの場所で。俺の正義は砕けた。もう俺は、ギネス(正義)じゃない。」

 

「それで…賞金稼ぎの真似事をするか?海軍にお前がいれば、大海賊時代を終わらせる鍵となるじゃろう。」

 

「そこからだ。そこから、海軍は間違っていた。」

 

そう、シーカーは常々思っていた。

 

「大海賊時代の始まり……それは海軍の失態。そもそも何故……求めるだけで罪になる…そりゃそうだよな?ワンピースを手に入れるには……この世界の過去を紐解かなきゃならねぇ!」

 

10年以上前、歴史を追い求めた学者たちが、島ごと燃やされた。海軍に入ってからも、他に学者を捕らえたことはあったが、当時何故それが悪なのかは分からなかった。

 

だが、今になってわかった。

 

『ワンピースを目指すにゃ、歴史を紐解かなきゃいけねぇらしい。まったく、困ったもんだぜ。』

 

いつだったか、赤髪の船長が酔ってボヤいたのを思い出した。

 

「海軍が、じゃないんだろ?もっと上が……何かを隠したがってるようにしか思えねぇ…!」

 

「………ギネス、お前……!」

 

「つまりだ…本当なんだろう…?大秘宝(ワンピース)を手に入れれば、この世界がひっくり返るってのは!!」

 

海賊王の元クルーが言ったように。アレを手に入れれば、必ず世界は変わる。

 

「海軍じゃ…変えられねぇ!裏側に血塗れた誰かがいる偽りの平和を……俺は平和とは呼ばねぇ!だから、砕けた俺は求める者(シーカー)に成り下がった!」

 

「そうか、お主のその名……なんという皮肉か…」

 

「アイツがきっとこの世界をひっくり返して、本当の平和が訪れる!そう約束してくれたから!!」

 

彼の名は、皮肉と、嫌悪。そして希望が複雑に混じった彼の願望に他ならなかった。

 

「犠牲の伴わぬ正義などありはせん!!」

 

「俺のこれは理想論でしかない…わかってる!所詮折れた男の戯言でしかねぇ!けどな!誰かの幸福の下に広がる血みどろの世界は何よりも醜い!!」

 

「流れる血が少ないのならば、それを正義と呼ぶしかあるめぇ!」

 

「俺の義弟(サボ)はこの世界に絶望して死んで行った!!」

 

「─────ッ!!」

 

だって俺の義弟は、血の繋がった家族といても、幸せじゃなかったんだから。

 

「だから俺は見限った!!俺の正義を砕いた海軍(あんた達)を!!」

 

正義(ギネス)としての、彼の最後の叫びはあまりにも悲痛なものだった。

 

「誰もが笑って暮らせる世界を作るのが海軍の仕事だろうが!!それを叶えようともしないで─────正義を語んじゃねぇッ!!!」

 

その言葉はガープにとって、どれ程苦しいものだっただろうか。

 

思えば、こうなることも宿命だったのかもしれない。

 

握った拳は、今日で1番弱々しいものだった。

 

『俺は、助けを求める人の盾になりたい。決まったよ、俺の正義が!』

 

己の正義を見つけた息子を、眩しそうに眺めた。

 

『ごめん…っ……ごめん、なさいっ!……俺がっ…守れなぐてッ…!!』

 

訓練所をぶっ壊すまで暴れた息子を止めたガープの腕は、弱々しく垂れ下がった。

 

なぜ、なぜいつもこうなるのだろうか。

 

思えば、奴もそうだった。

 

だが、若さ故に────いいや、誰よりも平和を願うからこそ、正義を捨てられた男達が、羨ましくて、眩しかった。

 

けれど、海軍中将ガープとして、それは許せるものではなかった。

 

「……ワシらは平行線じゃ。」

 

「俺は……このまんまじゃ終われねぇ。」

 

「ならば次の一撃……正真正銘の本気で行くぞ。」

 

大気が震える。ただの1人の人間が放つ覇気が、地を揺らす。

 

だが、目の前にいるのはただの老人ではない。

 

今を生きる伝説。正真正銘の英雄なのだから。

 

「耐えれば貴様の勝ち…耐えられねば……海軍に戻ってもらうぞ!!耐えて見せいッ……シーカー(・・・・)ッッ!!!」

 

今日1番の覇気は、先の攻撃がお遊びだったとわかる程に異常な強さを誇る。

 

間違いなく、次が最後の一撃。体力的に見ても、自分の全力を出せるのは一撃だけだろう。

 

「傍に、来てくれ。」

 

「……うん。」

 

そっと背中に寄り添ったマキノの熱を感じて、シーカーは薄らと笑う。

 

「……俺は、お前の隣にいたい。」

 

「私も……けど……」

 

「だから信じてくれ…俺に、お前を守らせてくれ!!」

 

「……っ…うん!」

 

シーカーの覚悟と、想いを垣間見たマキノは、いつものように笑って背中を押した。

 

何よりも守りたいものに背中を押され、シーカーは迷いを捨てた。ならば自分は、何よりも強くなれる。

 

「─────勝って、シーカーっ!!」

 

「当たり前だッ!!!」

 

願いを叫んだマキノの言葉をしっかりと噛み締めて、シーカーはニッ!と笑って見せた。

 

相手は間違いなく身近にいる最強。ならば、こちらはその最強を穿つしかない。

 

だが、王では足りない。目の前に立つのは、正真正銘の英雄。

 

シーカーにとって、神にも等しい存在。ならばこの一撃を、神を撃ち落とす一槍に。

 

思えばシーカーの敵は、初めから神なのだから。

 

今までのどの場面よりも、覇気が研ぎ澄まされた。沈んでいくような意識の中、自らの奥底に眠る、膨大な覇気(想い)を引っ張りあげる。

 

覚醒の雄叫びのように、シーカーの覇気が空気を揺する。

 

(……まだ、覚醒前じゃったか…!!?)

 

マキノを守っていた覇気を、次の一撃に全て篭める。意識の底に沈む覇気を叩き起し、正真正銘の全力を。

 

より白く、輝く槍を手に、シーカーは最強と相対した。

 

「行くぞ!!シーカーッ!!」

 

「来い!!ガープッ!!」

 

飛び上がったガープは、シーカーの真上から直線上に猛スピードで降下する。

 

流星(メテオ)など生ぬるい。

 

その速さ、彗星の如し。

 

 

 

「【拳骨彗星】ッ!!!」

 

 

 

間合いに入った瞬間、シーカーがグッと沈み、弾けるように真上に解き放たれた。

 

この一撃は、いつか神を堕とす。

 

 

 

「【神堕槍(ロンギネス)】ッ!!!」

 

 

 

白槍が彗星とぶつかり爆発する。

 

一瞬で巨大なクレーターを作った爆発に、ただマキノはシーカーの体にしがみついて吹き飛ばされないようにするので必死だった。

 

爆風が島を駆け巡って数十秒。ようやく爆風が収まり、爆煙も晴れた。

 

そこには、ボロボロのシーカーが、槍を突き上げ立っていた。

 

肩で息をするシーカーとは反対に、ガープは少し息を荒くするくらいだったが

 

シーカーとぶつかったその拳は、血に濡れていた。

 

「……老いたもんじゃ。ワシの拳が砕けおった…こりゃあ、しばらく使い物にならんなぁ!」

 

「はぁ…はぁ…コッチは、満身創痍だ…!」

 

「ブワッハッハッ!!まだまだじゃなぁ……だが!この勝負……お前さんの勝ちじゃ、シーカー。」

 

「ハハッ……初めてだ…父さんから、1本…とったの……─────」

 

「シーカー!!」

 

ガープの言葉を聞いて、全身の力が抜けたシーカーは、マキノに支えられながら崩れ落ちた。

 

「だはぁーっ!…っキツすぎる……あぁもう…泣くなよ……勝ったぞ……勝負には負けたがな。」

本当は、わかっている。この戦いに、本当は別の意味があっただなんてのは。けれど、今は全てがどうでもよかった。

 

「うん…っ!!流石、私のシーカー…っ!」

 

抱き合う2人を眺めながら、ガープはニンマリと笑った。これは、孫を見るのが早そうだと思いながら空を見ていると、カモメ─────ニュースクーが手紙をガープに渡した。

 

誰宛かと宛名を見れば驚きながら、ガープは手紙を投げる。

 

「お二人さん!!邪魔して悪いが、手紙が届いた!」

 

「手紙?誰か、ら───────嘘、だろ……!?」

 

「……っこれ!」

 

それは、サボからの手紙だった。

 

『兄貴、姉貴へ』

 

と書かれた便箋を慌てながら開くと、丁寧な字でサボの言葉が綴られていた。

 

『シーカー、マキノへ。

この手紙が届いてる頃には、俺はもう海に出ていると思う。色々あって、船出の時に挨拶も出来なくて、本当にごめん。行先は、この国じゃないどこか。シーカーに教わった強さで、マキノに教わった優しさで、最高の海賊になって、また会いに来るよ。』

 

それは、果たして海賊なのだろうかと苦笑した2人は、それでもサボらしいと笑う。

 

『2人には、本当に世話になった。マキノにはメシとか服とか常識とか…シーカーからは、誰にも負けない強さを。けど、俺は心配だ。シーカー!迷ってたプロポーズの言葉、考えたか?マキノ!掃除の時に見つけちまった指輪、ちゃんと隠せたのか?それだけが心配だったんだ。』

 

「知ってたのかよマキノ…!?」

 

「うんっ…知ってたわ…けど、野暮でしょう?」

 

「そりゃそうだな…」

 

『書きたいことは沢山あるけど、とにかくエースとルフィを頼む。2人にしか頼めねぇ。ダダンにもありがとうって言っておいてくれ。』

 

サボがいた日々が、ポツポツと2人の脳裏を過ぎていく。

 

何も知らない子供たちに、言葉使いや常識を教えた。

 

無鉄砲な馬鹿どもに、戦い方を教えた。

 

無関心な彼らに、女の子の扱い方を教えた。

 

海賊を目指す少年たちに、過酷な場所での生き方を教えた。

 

本当に、どれもが楽しい日々だった。

 

そんな2人の文字を読む視界が、酷くぼやけた。

 

『最後に───────2人が、俺たちの兄貴と姉貴で本当に良かった。どうか、誰よりも幸せになってくれ!俺は、2人の幸せを願ってる。また、どこかで会おう!』

 

二人が彼に願った事を、彼もまた二人のために願っていたのだ。

 

「…ッ……サボッ…っ!!」

 

「サボ君っ…うぐっ…ひぐっ……!!」

 

ぽと、ポトッと手紙に雫が落ちてじんわりと染み込む。

 

サボの訃報から、エースとルフィの前で、シーカーは絶対に泣くまいとしていた。けれど、その緊張が解けた今、シーカーは初めて泣いた。

 

「サボ、くんッ……っ…さぼぉっ…ぐっ……!!」

 

ボロボロと泣くマキノを胸に抱いて、シーカーも涙を流しながら、弟の最後の願いを叶える為に、いえなかった言葉を紡いだ。

 

「マキノっ……幸せに、なろうっ…!俺たち…っあいつのっ…最後の、願いだがらっ…!!」

 

「うんっ……うんっ……!!」

 

少し離れたシーカーは、マキノの目を見てストレートに告げた。考えた言葉なんて、今はただ無粋にしかならないから。

 

 

 

 

 

 

「結婚、しよう…」

 

「……っ…はい……」

 

 

 

 

 

 

思い描いた理想じゃなかったけれど、弟の願いと、2人の願いは同じだったのだから、過程が違うに過ぎない。

 

これで、良かったのだ。

 

二人共が泣きじゃくり、互いに抱き合う。絶対に幸せになろうと、そう心に決めた2人は、もうきっと前に進める。

 

迷うこともあるだろう、壁にぶつかることもあるだろう。だが、この2人ならば、きっと歩幅を揃えて、仲良く進んでいく。

 

そう思ったガープは、見た事がないほどに、柔らかく笑った。

 

「なんじゃまったく……まだまだ、子供じゃな、お前たちは。」

 

グズグズと泣く2人の傍に寄り添ったガープは、暑苦しいほどに逞しい腕で、めいっぱい2人を抱きしめた。

 

その安心出来る温もりが、余計に2人の涙を誘った。

 

ガープは、濡れる胸元を気にもせず、強く、強く抱き締めた。

 

2人の悲しみの涙が、これから先ずっと、枯れることを願って。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ビブルカード:ピース・シーカー

ワンピ世界の普通体型。ローとか、ゾロみたいな体型。

 

誕生日

12月31日

 

身長

184cm

 

体重

72kg

 

見た目

普段は胸元の空いたVネックのグレーの大きめシャツと、パリッとした白いコートにゆったりとしたパンツが戦闘装束。マキノに貰った白いバンダナで髪を括っている。店に立っている時は酒場のマキノと共に調理兼マスター担当。

 

女も羨む美しく長い白髪を、馬の尾のように後ろに括っているため、時々女に間違えられる。ワイルドと言うよりも美男子という表現が合うが、よく見るとだいぶガタイがいい。切れ長の目は青みがかった灰色でとても珍しい。

 

武装

海軍で支給されたただの槍と、ガープに贈られた宝樹の盾。

 

槍は一般的なパルチザン。斬撃、突き共に優れているため入隊当初から気に入っている。

 

気がついたら黒槍となっていて、武器マニアからは『番外大業物』などと呼ばれ、収集癖のある武器マニアにたまに売却を迫られるが、槍を見せればただの槍だと理解してか、肩を落として帰っていく。

 

宝樹アダムの木から直接削り出された、円盾。覇気による効果かは分からないが、傷一つないその盾は、彼が掲げていた正義のように、何よりも堅固で潔癖であった。

 

名前なんて本人はつけてないが、手入れは欠かさずに毎日行っている。

 

つけた覚えのない名前が出回っていて少し混乱している。

 

槍:黒槍【アイン・ベッカー】

 

盾:【ククノチ】

 

覇気

武装色、見聞色のみ。覇王色は無し。

 

好物

麦酒

 

年齢

現時点21歳

原作開始時29歳

 

配偶者

ピース・マキノ

 

異名

『白槍』

 

能力

槍と盾を扱い、タンク役にも攻撃役にもなれるバランスのいい攻守特化型。

 

六式は3つを習得。他は必要性を感じなかった。

 

見聞色と武装色を混ぜ合わせるように纏う事で、白く輝く特殊な武装色となった。名付けるならば【見武色】と言ったところだろう。

 

覇気にある点穴を作り出し、繊細なコントロールと見聞色の覇気を必要とする技術のひとつ。攻撃した地点の覇気や防御を崩し、強制的に無防備状態にする。

 

見聞色に優れており、相手に感情を流し込む事で探知に誤差や間違った未来を見せることが出来る。覇気に優れた実力者により強く効果が働く。

 

覇気の練り方、コントロールや精密さに関しては右に出るものは居ない。

 

性格

穏やかな人物に見られがちだが、実は命令を無視して非加盟国を守りに行ったり、割と上司に噛み付くことが多かった。当時は可愛い顔に似合わず上司に噛み付く狂犬ちゃんと呼ばれ親しまれていた。

 

内心熱い男ではあるが、戦闘においては冷静であり時には敵を欺く演技をすることもある。

 

経歴

6歳の時に南の海の孤児院で、襲ってきた海賊を1人で叩き潰した所をガープに見込まれ拾われ、6歳から10歳までフーシャ村で過ごし、その時にマキノと出会う。

 

出会った初日から年齢が同じだったこともありすぐに仲良くなり、村ではセットのような扱いを受けていた。

 

それから4年後の10歳で海軍に所属、溢れんばかりの才能で11歳で覇気を習得。全ての海軍を育てたと言われる男をして、数万人に1人の天才と言わせた。

 

12歳で9000万ベリーの賞金首を単独で撃破し、2年後の14歳という最年少で本部大佐に昇格。この歳に大量に検挙した百獣海賊団の報復としてキング、ジャックに襲われるも、何とか逃げ延び魚人島へ行き、4億の首を捕らえ本部に帰還。

 

その翌年である15歳で加盟国を攻め込もうとしていた【銀斧】とその海賊団と戦闘。【桃兎】ギオンと共闘の末、片腕と片足を奪うも、逃げられる。16歳のころ、とある情報によりビックマム海賊団が非加盟国を4カ国攻め落とす作戦を実行する情報をつかみ、本部の命令を無視し、軍艦1隻で総勢12隻の艦隊のほとんどを沈め、敵幹部であるカタクリと相打ち。

 

その数ヶ月後、天竜人の護衛任務につき、世界政府の闇の側面を知ってしまい、偉大な父であるガープですらも変えられない現実に絶望、正義を見失い海軍を辞職、失意の中フーシャ村へ。無気力な日々を過ごす中、共にあってくれたマキノのおかげで立ち直る。

 

そして、2年後の18才。物語が始まる。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第14話:タイヨウの国

あれから、怒涛の1ヶ月を過ごした。

 

サボの願いを無駄にしないため、2人はまずルフィとエースに報告をした。

 

どうやら、2人もサボの死を乗り越えたようで、騒ぎながら祝いの言葉をくれた。

 

村に結婚の報告をすれば、村をあげてのお祝いムード。

 

ようやくかだの、意気地無しだの散々な言われようではあったが、その言葉の裏にはどれも祝福の心がこもっていた。

 

そして、村でささやかではあったけれど、小さな式を開いた。

 

どこからかガープが揃えてきたドレスとタキシードに着替えれば、シーカーは言葉を失った。

 

結婚式は女の晴れ舞台だと聞いていたが、それは間違いでもなんでもなかった。

 

真っ白なウエディングドレスを着たマキノは、今まで見てきたどんな女性よりも美しかった。

 

場所は、海に続く一本道をヴァージンロードに見立てて煌びやかに飾られていた。

 

どうやってこんなに…と考えたのも束の間。よく見れば、ガープの部下達がヘトヘトの状態で転がって、こっちを見て爽やかな笑顔を見せていた。マキノと2人でそれを眺めて、後で盛大に労おうと苦笑した。

 

そして2人は、手を取り合ってヴァージンロードを走る。辿り着いた目の前で肩を寄せ合い、声を揃えて、大海原を前に叫ぶ。

 

『病める時も健やかなる時も、荒波のようなこの世界だけど!きっと、2人で乗り越えていきます!!』

 

この世にもう居ない1人の弟の姿を、海に重ねて。

 

2人は、未来を誓った。

 

 

 

 

 

『────そうか!お前さんたち、結婚したのか!』

 

「あぁ……悪かったなジンベエ、心配かけた。」

 

『細かい事はええんじゃ!とにかくめでたい!』

 

「ははっ、ありがとう。お前らも呼びたかったんだが、まぁ、俺の親父が海軍でな…うるさかったんだ、悪いな。」

 

『そんなもんどうでもいいわい!ワシらははみ出しものなんじゃ、友の晴れ舞台を汚す訳にも行かんじゃろうて。』

 

「そう言うなよ……お前たちははみ出しものでも、マシな部類だからよ。」

 

『ワッハッハッ!言うてくれるわ!』

 

式から1週間。マキノとシーカーの間で特に何かが変わったとかは無く、日々をいつも通り過ごしていた。

 

一応、婚姻を結んだということは言って回っていて、海軍時代の知人には報告し終えていた。

 

今は送られる大量の祝いの品を受け取り終え、ようやく開封という日々を送っている。

 

最後に、でんでん虫の連絡先を交換をしていたジンベエの元に近況報告をしていた。ココヤシ村との交易がどうなったかも気になるところだったし、ちょうど良かったのだ。

 

日々は大変ではあるが、とても幸せだった。

 

『そりゃあ祝い事じゃなぁ。お主ら、ハネムーンはもう決めたのか?』

 

「いやまだ……マキノが別にいいって言うんだが、するつもりではあるよ。」

 

『そうか……』

 

すると数秒考えた後に、ジンベエが言いずらそうに提案した。

 

『聞くだけなんじゃが……魚人島に来んか?』

 

「魚人島に?」

 

『あぁ、オトヒメ様が是非きて欲しいとな。もちろん行き帰りは儂らが送り届けるし、安全を保証する。どうじゃ?』

 

「なるほど……」

 

シーカーとしても、これは渡りに船。いつかこの村から出て移住しようかとか、今でもたまに話に上がる事があるため、その候補地は多くていいし、魚人島ならば余生も子育ても悪いことはないだろう。

 

それに、自分たちから魚人と人の輪を広げられる可能性だってある。

 

「マキノ!ジンベエに魚人島に招待されたが、行くか?」

 

「行く〜!!シーカーが言ってた人魚姫様とお友達になれるかしら!」

 

店で作業していたマキノの声が、階下から響いた。

 

「だそうだ、ジンベエ。頼むよ、日取りは適当で構わないから。」

 

『そうか!そりゃよかった!今上がる!』

 

「あいよ〜……ん、今上がる?」

 

ジンベエの言葉の数秒後、波飛沫が上がる音が港から聞こえ、言葉の意味を悟った。

 

「……あいつ俺が断ったらどうするつもりだったんだよ……悪いマキノ、今から出発だ!!」

 

「え!?今から!?」

 

呆れながら直ぐに荷物をケースに詰めて、マキノに声をかけた。

 

 

 

 

「わぁ〜……グランドラインの海の中って、こうなってるのね……!」

 

ここは既に海の中。周りはマキノの見たことの無い景色で溢れていた。

 

「そうか、マキノは見るのが初めてか!どうじゃ、知らぬ海中を行くというのも悪くは無いじゃろう!」

 

「はいっ!こんなに綺麗な景色…すこし、魚人の人たちが羨ましいです。」

 

「ワシらにとっては、これが空みたいなもんじゃが…そう言って貰えるのは嬉しい!」

 

楽しそうにあれはなんの魚だ、とか。あの不思議な海流はなんだ、とか。マキノは新鮮な景色に目を光らせる。

 

いつも姉のような役割だった彼女を、この旅行は子供に戻してくれた。

 

「あのお魚美味しそう!」

 

「取ってやろうか?」

 

「ううん、それはいいの。食材はいっぱいあるもの。無駄にしたくないし。」

 

「そっか…なんか作らねぇか?腹減っちまった。」

 

「そうね、何かリクエストはある?」

 

「肉だな。」

 

「ふふっ…本当に、兄弟そっくりね。」

 

そうしてシーカーとキッチンに向かおうとしたマキノが、驚いたように振り返った。

 

「───────え…?」

 

「どうした、マキノ。」

 

「……あ、いや…その…なんか声が聞こえた気がして…」

 

「声?……いや、聞こえねぇな。」

 

耳を済ませたシーカーだったが、水の音以外はほとんど聞こえない。

 

自分よりも耳のいいシーカーがそういうのだから、とマキノは納得した。

 

「うーん…そうよね、海中だもの、音なんてそうそう聞こえないわよね。」

 

まさかね、と外に見える巨大な海王類に目をやってから、2人はキッチンに向かった。

 

 

 

薄暗い深海を抜け、そこは海底1万メートル。陽樹イブによってもたらされる陽光が、海底を照らし、深海の景色とは一変。一面に広がる美しい白い砂地の底は、幻想的だった。

 

「凄い…言葉に出来ないくらい……キレイ…」

 

「あの時はカッコつけて1回も振り返らなかったからちゃんと見れなかったけど……やっぱりすげぇな……」

 

「ワシらはその話聞きたくなかったがなシーカー。」

 

「ついでに教えてやるけど、正直に言えばあの時の俺最高にかっこよかったと今でも思ってる。」

 

「あら、シーカーはいつもカッコイイわよ?」

 

「おいおい、やめろよマキノ…」

 

「残念な事実吐いてから惚気けるな……まだお主を英雄視する民衆もおる。絶対に口を滑らすんじゃ……って聞け!!?」

 

シーカーもあの1度の来訪以来、ここに来たことは無い。しかもあの時は色々あったため、景色を見て回ることなんてなかったから、その感動はマキノと同じかそれ以上だった。

 

「あれは…太陽?どうして海中にあるのジンベエさん?」

 

「知ってるなら教えてくれよ。」

 

「陽樹イブが太陽光を出してくれておるんじゃ。これは地上の光を────」

 

ジンベエがこれはこうで、あれはこうで、と説明をしてくれるのだが、植物について明るい訳では無い2人はポカン、とした後に、揃って納得した。

 

「不思議な木があるのね。」

 

「不思議大樹だな。」

 

「あら、感想がお揃いね。」

 

「ハハッ、そうだな。」

 

『ね〜』

 

「夫婦揃って理解する事を諦めるな!?おのれらが聞いたんじゃろがい!?」

 

クワッ!とツッコミを入れるジンベエをよそに、2人は目の前に現れたシャボンに覆われた島を見て、圧巻される。

 

「これが、魚人島……おっきいシャボン玉の中にあるのね……」

 

「2度目だが本当に圧巻のデカさだな。」

 

そうして魚人島をキラキラとした純粋な瞳で見つめる二人を見て、ジンベエは仕方ないと微笑んだ。

 

しばらくその景色を眺めていたいとお願いして、船を泊めてもらっていると、マキノがまたも不思議そうに首を傾げた。

 

「……ねぇ、やっぱり声が聞こえない?なんというか…おっきい人の声というか…じゃーもんじゃーもんとか…?」

 

「さっきからどうしたんだよ…?聞こえねぇぞ?」

 

「う〜ん……変だわ、疲れてるのかしら…?」

 

「かもな。短い時間だったとはいえ、船の中ってのは圧迫感もあるしな。魚人島についたら、ゆっくり休もうぜ───────ん?」

 

「…ねぇ、聞こえない?ほら!」

 

相当に疲れたのだろうと気遣ったシーカーがマキノを抱き上げて、ベットに運ぼうとした時。ようやくマキノの言葉を理解した。

 

上の方向から船の数倍はあるリュウグウノツカイと、クジラに乗った巨大な人魚族が現れ、こちらに近寄る度に「じゃ〜もん、じゃ〜もん」という声が聞こえる。シーカーはようやくあぁ…と納得がいった。

 

「まさか出迎えなんて……随分と歓迎してくれるな。」

 

「ほら!聞こえるわ!じゃーもんじゃーもん!」

 

「俺のが耳はいいはずなんだが……俺もようやく聞こえたよ。」

 

近くまできたリュウグウノツカイは、船の横に着けると、背負った籠のその中からシャボンを通じてヒラリと人魚が舞い降りた。

 

天女の衣を纏い金髪を靡かせ、その人魚は真っ直ぐにシーカーを見つめる。まるで、あの日のように。

 

「─────今でも、覚えています。ボロボロの貴方が魚人達を庇い、悪を打ち倒した勇姿を。そして、何よりも嬉しかった。貴方が私たちを『人』として見てくれていたこと。私達は、片時も貴方と言う【友】を忘れたことはありません……例え貴方が全てを捨て、名を変えていたとしても。」

 

『俺の後ろには守るべき『人』がいる。俺が、引くワケねぇだろ。』

 

昔、自分が言い放った言葉を思い出して、シーカーは照れくさそうに頭を搔く。

 

「……相変わらず義理堅いお人だ……お久しぶり……いいや……初めまして。ピース・シーカーと申します。お会いできて光栄です、オトヒメ様。」

 

「はい……初めまして、シーカーさん…!」

 

感極まった様に涙を流す人魚。人呼んで、【愛の人】────オトヒメはいつかのようにまた手を差し出す。

 

「……また、私たちを貴方の友にしてくれませんか?」

 

差し出されたその手に、あの日を重ね、シーカーは微笑む。

 

「……えぇ、喜んで。」

 

そして、あの日のように握手を交わす。

 

友好の架け橋が、また繋がる。いつの間にか周りを囲むように島民がその様子を見守っていたが、その表情はとても明るいものだった。

 

過去、シーカーが来た時の様に鋭い視線を向ける魚人は少ない。噂だが、天竜人すらも屈服させ、調印をもぎ取ってきたと聞いている。

 

全てオトヒメの努力の賜物と言えるだろう。

 

「あら…そちらの方は…?」

 

はわはわとシーカーの後ろを右往左往するマキノを、オトヒメが不思議そうに見遣れば、シーカーはマキノを捕まえて、前に押し出す。

 

「紹介が遅れました。先日、私の妻になった────」

 

「ぴっ、ピース・マキノです!は、初めまして……お、オトヒメ様…!」

 

ガチガチのマキノとは対照的に、微笑ましいものを見るようなオトヒメは、黄色い歓声をあげた。

 

「まぁ!シーカーさんの!良く来てくださったわ。遠かったでしょう?」

 

「い、いえ…ジンベエさん達がしっかりと送って下さったので…!」

 

彼女には珍しく伏し目がちな態度に、シーカーは「ははーん?」と理由に勘づいてくすくすと笑うが、オトヒメはその反応に少し陰りを見せた。

 

「…私たちは、怖いかしら…?確かに、あなたより随分と大きいけれど、危害を加えたりは絶対にしないわ。」

 

「あっ、いや…その…っ違くて…!」

 

「いや、違いますよオトヒメ様。憧れの人魚姫に会って感極まってるだけです。」

 

「しっ、シーカーっ!!」

 

「人魚姫……?もしかして、私?」

 

「いや他に誰がいると言うんです。」

 

キョトンとしたオトヒメは、すぐにぱぁっと表情を明るくして、マキノの手を取った。

 

「もう私は随分と貴方よりも年上だけれど、人魚姫だなんて呼んでくれるのね!」

 

「は、はひ!も、もちろん!こんな綺麗な人、私見たことなくてっ…!その、し〜かぁ〜…!」

 

「お会いできて光栄です、大騎士ネプチューン。」

 

「ほっほっ、儂も会えて光栄じゃもん。妻の友として、よくしてやって欲しいんじゃもん。」

 

「えぇ、私の妻とも、仲良くなれそうですしね。」

 

更にテンパってシーカーに助けを求めるが、シーカーは巨大な男性の人魚────国王ネプチューンと談笑していた。

 

助けを求めるマキノには気づいているが、こうして焦る彼女が珍しく、面白いから放っておこうという魂胆だろう。マキノは顔を見なくてもわかる。

 

すると、オトヒメは何かを見透かしたようにニンマリと笑って、マキノの手を両の手で包んだ。

 

「私は確かに王族だけれど、そう緊張しないで?私達は、あなた達人の良き隣人になりたいの。」

 

「………!」

 

船の移動中、彼女については聞いていた。彼女は親愛と尊敬を込めて【愛の人】と呼ばれている。それは、種族に関係なく与えられる、真なる愛だと。

 

「是非、彼と一緒にリュウグウ城にいらして?そこで私の天使、私の人魚姫のお友達になってあげてほしいの。勿論、私ともね?」

 

嘘は、この人はついていない。直感か、そう信じたかったのか、マキノは自然とそう思えた。直接心に語り掛けるような彼女の言葉は、思っていたよりもずっとすんなりと入ってきた。

 

なにより、彼女の心が少しだけわかった気がした。

 

「─────はい!」

 

少しだけ緊張が解けたマキノに、柔く微笑んでから、船を誘導する。

 

関所から門を潜れば、色とりどりのサンゴ礁と、空を飛ぶクジラや、魚達。そして、マキノ憧れの人魚たちが、こちらに手を振っていた。

 

国民を背に、オトヒメは手を広げまた笑った。その笑顔は、正しく愛に溢れた笑顔だった。

 

「国民を代表して歓迎します!ようこそ、リュウグウ王国へ!」

 

 




式は絶対グダる確信があるので回想で脳内再生してください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第15話:泡沫

ここは、人魚の入江。

 

マキノ憧れの人魚たちの憩いを一目見たいと、遠くからその景色を眺めるだけにする、という話だったのだが、王族直々の歓迎があった故に、それが広まらないわけがなく、ソワソワしていた人魚達に気が付かれたのは必然だった。

 

そして今、マキノは憧れの人魚たちに引っ張られ、水辺で戯れていた。

 

キャッキャッと聞こえる可愛い声と、楽しそうな笑顔。シーカーは、それだけで満足だった。

 

「それでそれで、マキノさん!どうなったの?」

 

「シーカーが私をこう、庇ってくれて......大怪我したのに、お前が無事ならそれでいいって…」

 

『キャ〜っ!』

 

頬を染めて両の手で顔を隠すようにするマキノは、人魚たちに囲まれて恋バナをさせられていた。

 

その中に、オトヒメまでいるのは予想外だったが。

 

どうやら自分の話をしているらしいと気まずくなったシーカーは、本を読んでいるふりをして気にしてない風を装う。

 

触らぬ神に祟りなし、女の輪の中に男が入ってもいいことは無いだろうと、気まずい会話から意識を遮断する。

 

本を少しずらして、随所に掲げられる大海賊の旗を眺めた。

 

見たことはないが、白ひげの縄張りでの犯罪率の低さと、海賊の大人しさは異常だ。大海賊の名はそれだけで抑止になるのだろう。実際に魚人島も、縄張りとなってからは治安も安定した。

 

「旗が、気になるんじゃもん?」

 

そうして旗を見ていた事に気がついたのか、隣で一緒に肩身の狭い思いをしていたネプチューンが、シーカーに声をかけた。

 

「やはり…元海軍のお主は、海賊の縄張りは好かぬか?」

 

「あぁ、いやそうじゃないんです。むしろ、俺は白ひげを尊敬している。というか、それを言うなら海軍はココを守る責務を放棄してるんだ。文句なんて、口にする権利がない。」

 

「お主は、責務を果たしただけと?なんとも謙虚な男じゃもん。」

 

「謙虚と言いますか……海軍として、当たり前のことをしてただけですよ、加盟国であるリュウグウ王国を守るのは。」

 

「加盟国であることなぞ、もはや我々は忘れている。最後に世界会議に参加したのも、既に200年近く前じゃもん。」

 

「……」

 

魚人の歴史は奴隷の歴史だという過激な歴史学者もいるくらいには、古くからあった根深い問題だ。

 

魚見目の麗しい人魚は攫われ、売られ、酷い仕打ちを受け、魚人は死ぬまで籠代わりなんて話を聞く。

 

本当かどうかは分からないが、シーカーは目の前でそれを見ているため、否定ができない。

 

「ジンベエに聞いたんじゃもん。お主が魚人と人の関係を思い、魚人の悪行を許すように促したと。」

 

「そんなんじゃない。もし村人が拒絶するようなら、俺は容赦なく海軍にやつの首を差し出してた。褒めるべきは、それを許した村人ですよ。」

 

「ベルメールは偉大な人だった。交易の初めに、ここに来てもらったんじゃもん。その時も、彼女は我々を偏見の目で見ることなく、分け隔てない接し方をしていた。」

 

「なんだ、来てたんですね。いい人だったでしょう?」

 

「違いない⋯⋯ああいう人がいてくれることだけで、ワシらも希望をもてるんじゃもん。」

 

果てしなく遠い夢だとしても、1歩ずつ近づいているのだろうか。

 

そう考えていると、マキノがこちらに手を振った。どうやら、呼ばれたらしい。

 

人魚たちの中で仲良く笑っているマキノを見ると、その夢も遠いものじゃないのかもしれないと思えた。

 

「シーカー!」

 

「呼ばれておるぞ、色男。」

 

「⋯やめてくださいよ⋯では、失礼します。」

 

シーカーは苦笑して、すぐにマキノの元に向かった。

 

 

 

 

「ま、マキノ様⋯!次は、こちらをどうぞ⋯!」

 

「あら、ありがとう、しらほしちゃん。あむ⋯ん〜っ!とっても美味しいわ!」

 

「あ、えへ、えへへ⋯⋯!」

 

リュウグウ城に招待されたマキノとシーカーは、オトヒメの子供────しらほしとおままごとをして遊んでいた。

 

シーカーは別でオトヒメの子供達、フカボシ王子達に槍術を教えてくれとせがまれて、今は訓練場にいる。

 

初めはネプチューンよりは小さいがマキノの数倍ある大きさに目を見張ったが、気弱で可愛らしい性格に、マキノはすぐに子供という認識を持ち、姉のように接した。

 

「こうして遊んでいると、私の弟達が思い浮かぶわ。あの子たちとこんなふうにゆっくり遊んだことは無いけどね。」

 

「マキノ様には、弟様がいらっしゃるのですか?」

 

「うん、血は繋がってないけど3人いてね⋯1人は、しらほしちゃんの3歳年上で、もう1人が6つ上の男の子よ。やんちゃ盛りで、シーカーも手を焼いているけど、2人ともいい子たちよ。」

 

「も、もう1人のお方は⋯?」

 

無意識のうちに3人と答えていたマキノは、ハッとして、少し狼狽えながら返答する。

 

「あ、あぁ⋯えっと⋯少し遠くに引越していっちゃってね?私たちも、もう会えなくなってしまったの。」

 

「そうなのですね⋯残念です⋯」

 

乗り越えたとは言え、まだ悲しみと未練はある。いなくなってしまった彼を引き摺ることも良くは無いし、忘れたくもない。すこしブルーな気持ちを隠し、マキノは残念そうにするしらほしに笑いかけた。

 

「わ、私もその弟様達と仲良く、なれるでしょうか⋯⋯?」

 

「勿論、きっと気が合うと思うわ!2人とも、しらほしちゃんと仲良くなれる。誓ってもいいわよ?」

 

目を輝かせながらどんな話でも可愛らしく反応するしらほしに、マキノは笑顔を浮かべる。きっと、自分に妹がいたらこんな感じだったのだろうか、と。

 

「わ、私にお姉様がいたら⋯マキノ様みたいな感じなのでしょうか⋯?」

 

「ふふっ、いいのよ?私をお姉様って呼んでも?」

 

「えぇっ!?ま、マキノ⋯お姉様⋯?」

 

「⋯⋯はぁ〜⋯ほんと、しらほしちゃんは可愛いわね⋯このまま私たちと一緒に住まない?」

 

「えぇっ!?」

 

恥じらいながら姉と呼んでくれるしらほしが、オトヒメに天使と形容される理由を知った。

 

「ま、マキノ様!次は⋯地上のお話を、聞かせてくださいまし!」

 

「⋯もちろんいいわよ、何が聞きたい?」

 

「じゃあ⋯その⋯⋯タイヨウを⋯太陽を見たことはありますか?」

 

その言葉で、マキノはこの子はちゃんとオトヒメの子供なんだと実感して微笑んだ。

 

「えぇ、あるわよ。暖かくて熱くて眩しくて⋯⋯見続けていられないけれど、私たち人は太陽が無くちゃ生きられないの。」

 

「いつか⋯⋯私も、見れるでしょうか⋯?」

 

どこか、夢を語るようなその声音に、マキノはしらほしの手を取って力強く頷いた。

 

「絶対見れるわ⋯⋯その時は、私のいる村に来て?案内してあげるから!」

 

「ほっ、本当ですか!」

 

「えぇ、本当よ。だから、約束⋯指切りしましょ!」

 

しらほしの大きな小指に、マキノの小さな小指を添えて、2人で歌った。

 

『ゆーびきーりげーんまーん、うそつーいたら針千本のーますっ、ゆーびきった!』

 

しらほしはマキノの触れていた小指を大切そうに抱えて、可愛らしく微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぼうっとする意識。眠っているような浮遊感の中、意識だけが漂っている感覚があった

 

ゆらゆらと揺らぐ熱気が顔に当たり、パッと目を開く

 

気がつけば、見知らぬ広場に立っていた。さっきまで、リュウグウ城に泊まっていってくれと言われ、一室を貸し与えられた所までは覚えている

 

どこだろうかと辺りを見渡せば、オトヒメが高台に立って演説をしている

 

その次にはパッと場面が変わり、オトヒメが燃え盛る籠に手を突っ込み、何かを必死に掻き集めている

 

突然の場面転換と、覚えのない場所。あぁ、これは夢なんだと気がついた

 

なにかに、誰かに触ろうとすると、するりとすり抜けてしまう

 

何も出来ないと、ただそれを眺めていると、揺らいだ炎の中から、パンッという乾いた音が5度響いた

 

サメのような瞳が、こちらを睨みつける

 

景色がウタカタのように弾け、赤が広がった

 

 

 

 

 

 

 

「───────嫌ッ!?いやぁぁっ?!シーカーッ!!?」

 

「ッ!?マキノ!?どうした、マキノ!!」

 

突然、夜中に隣で眠っていたマキノがパニックを起こした。急いで押さえつけたシーカーは、落ち着かせるようにマキノの顔を包んで、耳元で落ち着かせるように声をかける。

 

「落ち着け、マキノ。大丈夫、俺だ⋯!マキノ⋯!」

 

「あぁっ⋯!?あぁぁっ!!ぁぁっ⋯ぁっ⋯⋯っぁぅ⋯⋯⋯しーかー⋯⋯?」

 

「あぁ、俺だ。落ち着け、大丈夫だ。」

 

顔を涙でぐちゃぐちゃで汗だくのマキノは、気がついたのか、すぐに脱力してシーカーの胸に縋るように収まった。

 

「何を見た⋯?酷く魘されてたぞ。」

 

「⋯っ⋯わかんない⋯⋯けど⋯嫌なものを見た気がして⋯⋯っ⋯ごめんなさい⋯起こして⋯」

 

「謝るな、こういう時はなんて言うんだ?」

 

「⋯⋯ありがとう⋯シーカー⋯っ⋯」

 

憔悴仕切ったように腕の中で眠ったマキノは、安らいでいるようだったが、シーカーは少し怪訝な表情でその顔を見ていた。

 

優しくベッドに寝かせ、起こさないように部屋を出て、外に駆けつけていた気配と顔を見合せた。

 

「何があったのですか?マキノさん⋯⋯何か悪いものでも⋯?」

 

「オトヒメ様⋯夜分にすみません⋯分かりませんが、何か悪い夢を見たようで。」

 

「そうね⋯私は、あまり距離(・・)があると聞こえないのだけれど、はっきりと本殿の私まで届いたものだから⋯何かあったと思いました。」

 

オトヒメは、騒ぎを一人聞きつけ飛び起きて様子を見に来てくれたようだった。

 

「そうか⋯⋯貴方の見聞色は心の声を聞けるんでしたね。」

 

「えぇ⋯⋯だから、彼女の悲痛な叫び声が聞こえて。あんな叫び声、無視できないもの。」

 

「ご厚意感謝します。」

 

「そう畏まらないで⋯⋯あなた達とは、対等でいたいの。」

 

「ありがとう⋯流石は、【愛の人】だ。」

 

シーカーは礼をしてから、部屋に戻りマキノの隣に寝そべった。

 

安らかに寝息を立てる彼女は、もう悪夢を見ていないようだった。

 

「⋯⋯アレは⋯⋯⋯⋯いや、まさかね⋯」

 

最後に流れ込むように見えたあの景色を、シーカーはありえないと首を振って、大人しく眠りに落ちた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第16話:泡沫は波に呑まれる

感想、高評価、モチベーションに繋がります。いいな、と思ったらポチッとお願いします。


翌日、マキノとシーカーは街に繰り出していた。

 

昨夜のマキノの錯乱はあの時だけで、それ以降は一切魘されている様子はなかった。

 

不思議なことに、マキノに夜のことを聞けば、その記憶が無いという。本当に寝ぼけて魘されていたのだろうと揶揄えば、少し膨れるだけだった。

 

とりあえず、今を楽しんでいるようだったマキノに、シーカーはほっと安堵のため息を漏らした。

 

「次は⋯⋯海の森に行きましょ?しらほしちゃんもまだ行ったことが無くて、感想聞かせて欲しいって。」

 

「わかった、その辺は店も無いらしいから、何か軽く飯と飲み物だけでも買っていこうか。」

 

そうして屋台の前に行くと、2人に気がついたのか魚人の店主が話しかけてきくる。

 

「おっ、お二人さんがオトヒメ様のご友人かい?」

 

「あぁ、光栄な事にね。人間は気分が悪いかい?」

 

「いやぁまさか!俺ァ署名したんだ!今に見てろ?あんたの村にだって堂々と旅行してやるさ!」

 

「ハッハッハッ!そうか!なら、俺も最高の酒でアンタをもてなしてやるよ。楽しみにしてろ?」

 

「おやマキノ!しらほし様には会ったのかい?可愛かっただろう?」

 

「シャーリー!えぇ、とっても可愛くて、オトヒメ様が天使って言うのも納得したわ。妹にしたいくらい!お姉様って呼んでくれて⋯連れていきたいくらい可愛いわ。」

 

「私たちの天使でもあるんだ、それは勘弁願いたいね?」

 

「なぁに⋯⋯?本気だと思ってるの?さすがに弁えてます!」

 

2人で食事を買い揃える最中も、友好的に接してくれる魚人、人魚は多かった。手を振られ、過去シーカーの行いを直接見ていた魚人には、握手を求められることもあった。

 

軽食を買う程度だったのに、気がつけば2人で食べるにはやや多いくらいにオマケされたり、渡されたりで、これは帰りには苦しくなりそうだと、2人して笑った。

 

オトヒメに貰った地図を頼りに南東へ向かい、街の喧騒を離れる。

 

みるみる静かになっていく郊外は、徐々に幻想的なサンゴの森へと変わる。魚人島の全貌を見た時とはまた違った、ここだけが別の世界のような感覚を覚えた。

 

「わぁ⋯⋯本当に綺麗!」

 

「俺も初めて見たが⋯⋯絶景だな!」

 

陽樹イブに導かれ、集まるクジラの群れや魚の群れが穏やかに泳いでいる。

 

「森の中にも入っていいそうだから、景色のいい場所でご飯にしましょ?」

 

「そうだな。でも気をつけろよ?俺も荷物が多くて転んでも支えてやれないからな〜?」

 

「シーカーの中の私ってそんなドジなわけ?」

 

「忘れたとは言わせないぞ?12歳の頃、風車の窓から落っこちそうになって、俺に助けられたことあったろ?あれホントにヒヤヒヤしたぞ。」

 

「あぁ〜⋯確かにあった!でも、アレはシーカーも悪いのよ?ただでさえ貴方の方が身長高かったのに、真下を見るとちょっと怖いとか言うから⋯」

 

「なんでそれで見たんだよ!?つーか、俺に抱えてって言えば良かったろ。」

 

「それは⋯子供の好奇心というか⋯貴方と同じ景色を見たかったというか⋯⋯とにかくっ、恋する乙女は複雑なのよ?」

 

「便利な言葉だな、恋する乙女⋯⋯ま、それはお互い様だったか。」

 

当時を懐かしむように思い出話に花を咲かせていると、シーカーは気になる脇道を見つける。

 

獣道では無いが、人が通った跡は無く、とても古い時代に作られた道のようだった。手付かずの場所ならばきっと景色もいいだろうとマキノの手を引いた。

 

「こっちに行こう、人が通ったあとは全く無いし⋯きっと秘密の場所に繋がってるぞ?」

 

「─────ふふっ、冒険ね!」

 

いつかのように、一回りも小さいマキノの手を引いてイタズラっぽく笑うシーカーは、どこか変わらない姿があった。

 

管理が行き届いていないのか、それとも忘れ去られた場所なのか。シーカーが選んだ道の先は、予想通りの、光景であった。

 

正規の道にあったサンゴ礁とはまた違う、より古いサンゴ礁が、その空間を彩っていた。

 

「わぁお」

 

「本当に秘密の場所に繋がってたのね。」

 

「いや、ホント⋯⋯でも、ちょうどいい。あそこの岩、ちょうど平らだし、あの上で食おうぜ。」

 

「そうしましょうか。」

 

ちょうど真四角の岩の上にマットを敷いて、景色を楽しみながら魚人島の美食を楽しんだ。

 

ちょうど貰ったものも含め食べ終わり、休憩がてら昼寝でもするかと寝転がった時。シーカーはあることに気がついた。

 

「なぁ、マキノ。この岩、他の奴と質が違くないか?」

 

「⋯⋯あら、ほんとね。なんだか、作り物みたい。」

 

「というか、こんな真四角な岩人工物以外あるわけねぇよな。」

 

『⋯⋯⋯』

 

サァッと血の気が引いた2人は、すぐさま飛び降りて、岩にこびりついた海藻をナイフで剥がす。

 

まぁ、案の定だった。

 

「⋯石碑だな、これ。」

 

「石碑ね⋯」

 

「俺らこの上で飯食ったわけか。」

 

「食べちゃったわね。」

 

『⋯⋯⋯まぁ、いっか!』

 

しばらく考えた2人は、まぁ、起きてしまったものは仕方ないと、この場だけの秘密として、事実から目を逸らした。

 

「しっかし、デケェな。しかも真四角に綺麗に削られてら。」

 

「ほんとね、魚人の人達は石の職人さんでもいるのかしら?」

 

2人揃って口を開けて、はえー。とその大きな石碑を見上げていた。ナイフで海藻を切り落として見れば、その石碑には隅々まで文字が刻まれている。しかし、その文字を読む程の教養は、シーカーにはなかった。

 

「読めるの?」

 

「んなわけ。魚人島の昔の言語か⋯⋯?でもそれなら、もうちょっと手入れされててもいいよな?」

 

明らかに長い時間、それこそ数十年単位で放置されていたであろう石碑に気を取られていると、マキノがあることに気がつく。

 

「⋯⋯あれ?ねぇ、見てシーカー。この石碑の隣⋯⋯同じくらいの大きさの跡があるわ。」

 

「ほんとだ。2個あったのか?もう1個はどこ行ったんだろうな。」

 

周囲を探してもそれらしきものは見つからない。恐らく歴史的価値があるものならばネプチューンが知っているだろうが、この上で昼食を食べた負い目から、直接聞こうだなんて言う考えはすぐさま捨てた。

 

その考えを見抜いたのか、顔を見合せたシーカーとマキノは呆れたように乾いた笑いをこぼした。

 

何となくその石碑の文字をなぞっていると、ふとある単語に目が止まった。

 

「⋯⋯いや、待て⋯ここだけ、読める⋯?」

 

「え?なんて書いてあるの?」

 

なぜ、その部分だけを単語と理解出来たのか、そしてなぜこの部分だけを読み解くことが出来たのか。シーカーですらわからなかったが、この単語────人名には覚えがあった。

 

「ジョイボーイ⋯⋯⋯」

 

「ジョイボーイ⋯楽しそうな人ね?」

 

「ハハッ、たしかに!」

 

「んー⋯でもそれじゃあこの石碑は、そのジョイボーイさんについて書かれてるのかしら?」

 

「じゃねぇかな⋯⋯まぁ、これ以上読めないんだから意味ねぇけどな。」

 

仕方ないとその石碑から視線を切って、時間を見れば、もうオトヒメとの約束の時間。

 

「ありゃ、もうこんな時間か⋯⋯ちょうどいい、ギョンコルド広場に向かおうか。オトヒメ様と約束した時間もある。」

 

「ホントだ、もうこんな時間⋯⋯是非来て欲しいって言われたけど、その場に私たちがいるのはいいのかしら⋯」

 

「さぁな⋯⋯まぁ、こんだけ歓迎してくれてるんだ、看板になるくらいどうって事ないだろ。」

 

「それもそうね。」

 

そう言って先導しよ歩き出したシーカーを眺めると、マキノの視界を、ノイズが遮った。

 

「───────ぁっ⋯」

 

思わず手を掴めば、シーカーは不思議そうに振り返った。

 

「どうした?」

 

「あ⋯⋯いや、その⋯立ちくらみが、しちゃって⋯⋯ごめんなさい⋯」

 

咄嗟に出た嘘にシーカーは目を細め、しかしそれを暴くことはしなかった。

 

「オトヒメ様には悪いが、部屋に戻らせてもらうか?」

 

「ううん、もう治ったから⋯⋯大丈夫!」

 

「⋯⋯そっか、んじゃあ行くか。」

 

そう握られた手は、心做しかいつもより優しくて、強かった。

 

あんな、あんなものは幻覚だ。なれない場所に来て、少し疲れたのだろう。そう自分に言い聞かせたマキノは、それでも目にこびりつくように漂う赤を、振り払えないでいた。

 

 

 

 

 

「⋯⋯⋯なに、これ⋯!」

 

「何があった⋯!!」

 

ギョンコルド広場の近くまで来れば、何かが焦げるツンっとした匂いと、黒煙が高々と上がっている。何事かと現場に急げば、オトヒメが集めたという書状の山が、轟々と燃え上がっている。

 

「オトヒメ様!一体何が!?」

 

「お2人とも⋯!とにかく、消火を手伝ってください!」

 

「わかりました!マキノ、ここにいろ!濡れた書状を集めるんだ!」

 

「あ⋯⋯う、うん!」

 

そう告げられ、マキノは呆然としたままその光景を見ていた。

 

燃え上がる書状、それを必死で集めるオトヒメ。

 

どこか既視感のあるそれに、縛り付けられるように足が止まった。

 

なにか、なにか良くない予感がする。

 

ドクンッドクンッと、心臓の音がやけに響く。口が乾く、あぁ、これは、これは───────

 

 

 

 

強く、炎が揺らぐ

 

「───────えっ⋯?」

 

ドサリと押されるように倒れたオトヒメは、目を見張った。

 

「マキノ⋯さん⋯⋯?」

 

「っ⋯⋯ぐっ⋯ぅっ⋯⋯!!?」

 

肩からドクドクと血を流し、必死に痛みを堪えるマキノが、覆い被さるようにして倒れていた。

 

マキノの肩が、撃ち抜かれた。

 

「マキノさん⋯!?マキノさん!!誰か!誰か手当を!!誰かッ!!?」

 

「───────マキノォッッ!!!!!」

 

初めて聞く、彼の悲痛な叫びは、心の揺らぎを表していた。あそこまで彼が取り乱すなんて。

 

オトヒメは、ようやく自身達に向けられる悪意を感じ取るも、時は既に遅かった。

 

 

 

 

 

 

5度、音が響いた。

 

 

 

 

 

 

散った赤い飛沫が、マキノの頬に飛んで、ツーっと垂れた。

 

マキノは、時が止まった感覚に陥ったまま、目の前に立つ彼の背中を見ていた。

 

「⋯⋯シー、カー⋯⋯⋯?」

 

「───────」

 

後ろにいる2人の安全を確信すると、受け身もないままに、そのまま後ろに倒れた。

 

「⋯⋯シーカー⋯⋯?」

 

幼子のように彼の名を呟き、肩の痛みも忘れ這うようにシーカーのそばに近寄った。

 

ドクドクと流れ続ける血。ぬるま湯に使っているような温かさが、膝下から冷めていく。

 

比例するように握った手が、本当に徐々に体温を失い、生気のない白に色を変える。

 

しーん、と命の炎が静まり返っていく感覚が、直に理解出来た。

 

「シーカーっ⋯シーカー⋯⋯シーカーっ!起きてっ!!シーカー!」

 

「ジンベエ!アラディン!こっちです!早く!?」

 

「何が───────アラディン!!急げ!!拙い!!」

 

「一体何があった!!こいつ程の男が!?」

 

合流したジンベエとアラディンが治療に入ろうとするも、マキノはその傍を離れようとはしなかった。

 

「マキノさん!マキノさん!!」

 

「シーカーっ⋯しぃかぁ⋯っ⋯おき⋯起きて⋯⋯おきてよ⋯てを、握ってよ⋯っ⋯!」

 

「っ⋯⋯無意識に重要器官を庇ってはいるが、血を流し過ぎてる!!血が足りん!!マキノ!!シーカーの血液型はなんだ!!」

 

「しーかー⋯⋯しーかー⋯!」

 

酷な話だ、本来は村で平和に血など見ることも無く幸せに暮らしていたであろう優しい娘だ。それが、つい先日に結婚をした幼馴染がこんな姿になれば、こうもなるだろう。

 

しかし、アラディンはだからこそ声を荒らげる。

 

「マキノッ!!!」

 

「───────っ!?アラディン、さん⋯!シーカーが⋯!」

 

「こいつを救えるのは今、俺だけだ!!だが!お前の情報がなきゃ、救えるものも救えねぇ!!こいつを助けてぇなら!しっかりしろ!!」

 

その言葉で、ようやく少し落ち着いたマキノは震える声を押さえつけるように叫んだ。

 

「あの⋯⋯XF型の、Rh+です⋯!!だれ、誰でもいいんです⋯!私は、S型の+だから⋯あげれなくて⋯っ⋯⋯お願い、しますっ!血を⋯!血を分けてください!!」

 

頭を地面に擦り付け、懇願するマキノ。関わった魚人たちは皆気のいい人だった。きっと、きっと誰かが助けてくれる。そう安心したマキノを覆ったのは、沈黙だった。

 

そして、ソレは最悪のタイミングで覚醒する。

 

─────オレ、同じだ⋯!けど⋯いいのか⋯人間に、輸血なんてして⋯⋯!?

 

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯ぇ⋯⋯?」

 

─────人間に輸血したら⋯俺たち⋯犯罪者になったりしないよな⋯?

 

「何⋯⋯⋯なに、それ⋯⋯?」

 

「アラディン!お前確か同じ型だったな!?」

 

謎の声が頭に響く中、ジンベエの声がマキノに光明を見せた。

 

「っ!アラディンさん、お願いします!血を、シーカーを⋯たすけてくだ─────」

 

これで助かる。そう思ったマキノの希望は、震えるアラディンの手を見て潰えた。

 

「俺、俺は⋯⋯っ!」

 

その瞬間に、マキノは感じ取ってしまった。

 

どうしようもない、人間への嫌悪を。

 

「ぁ⋯っ⋯あぁ⋯っなん、で⋯?」

 

「マキノ⋯⋯さん⋯⋯?」

 

「輸血、が⋯⋯⋯罪⋯⋯?」

 

ずっと、頭の中に響く、人々の声。人間への輸血の、どうしようもない嫌悪感が、余すことなくマキノに流れ込んだ。

 

誰も悪くない。誰も、悪くない。

 

ただ、タイミングだけが悪かった。

 

────シーカーさんはいい人だけど⋯犯罪者になりたくねぇ⋯!

 

────きっと、彼らも内心では私達のことを下に見てるのよ。

 

────バカ言うな!!じゃあなんでオトヒメ様を庇ったりなんかした!?俺は⋯⋯⋯けど⋯っ⋯!

 

────俺が⋯⋯人に、血を⋯⋯どうして⋯こんなに手が震える⋯っ!!タイの兄貴は⋯っこんな気持ちだったのか⋯!?

 

集まった民衆の、目の前のアラディンの嫌悪と拭いきれない疑念は、容易にマキノの心にヒビを入れた。

 

虚ろに光を失って行くマキノの瞳を見て、オトヒメは人の感情が一気に冷める様を、初めて見た。

 

そして、彼女に何が起こっているのかを理解する。

 

「マキノさん、これは違うのッ!私たち王族が出してしまった法律が───────」

 

けれどもう、マキノにその言葉は聞こえない。

 

あの時、手を取って言ってくれた言葉は、嘘だったの?

 

『あなた達の、良き隣人でありたいの。』

 

パチンっと、何かが割れた音がした。

 

『俺ァ署名したんだ!今に見てろ?あんたの村にだって堂々と旅行してやるさ!』

 

そう言った彼も、ただこちらを見てから、慌てたように目を逸らした。

 

みんな、みんな、みんな

 

嘘をついていた。

 

嗚呼、そうかと理解した彼女は、迷うこと無く鼓膜を叩き破った。

 

『───────っ!?』

 

何かを言っているが、もう何も聞こえない。

 

もう、何も聞きたくない。

 

何も知りたくない。

 

これ以上、この人たちを嫌いたくない。

 

どんな背景があろうと、どんな事情があろうと、彼女にとっては今この現状が全てなのだ。

 

荒くなる呼吸を押さえつけ、肩の痛みも忘れて消え入るように、声を絞り出す。

 

その声は、きっとその場にいた3人にしか聞こえなかっただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───────嘘つき⋯⋯ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全ての思い出や、約束、好意が、泡沫のように、憎しみの波に呑まれて消えていった。

 

オトヒメの心が、初めて明確に挫けた瞬間だった。

 

あれほど優しさに満ちていた彼女の眼差しは、酷い裏切りに絶望し、憎しみの濁流を見せた。

 

ジンベエも、市民も、アラディンも。誰もが最悪手を選び、最悪のタイミングで露呈した人間への本音。

 

なんだ、歩み寄っても無駄じゃないか。

 

そう思ったマキノは、シーカーに倒れ込んだ。

 

もう、体を起こすことも限界だった。小さな彼女の体から、血を流し過ぎた。

 

ゆっくりと、体が冷えていく感覚が、死を知覚させる。

 

嗚呼、死ぬならもう何もしないでくれ。手をつけず、このまま静かに2人で死なせてくれ。

 

もう、彼の匂いに溺れて死のう。

 

『お前はホントに俺が好きだな』

 

「えぇ⋯⋯好き⋯⋯大好きよ、シーカー⋯だから、ずっと一緒にいましょ⋯⋯ずっと⋯⋯⋯───────」

 

最愛の彼の声を頭で再生し、目を閉ざした。

 

最愛の者との永遠の微睡みが、こんなにも幸せだなんて。

 

彼女は恍惚と微笑みながら、意識を手放した。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第17話:最悪の後

ガシャン!と物が倒れる音を聞いて、扉が勢いよく開けられる。

 

「───────マキノ!起きたか!」

 

「……お義父、さん………」

 

虚ろな瞳で自分を見つめる、先月晴れて義娘となったマキノの姿に、義父───────ガープは目を見張った。

 

いつもシーカーの隣で心のそこから幸せそうに微笑んでいた彼女は消え失せた。

絶望を瞳に宿したその姿が、恐ろしい程に儚かった。

 

「嫌な予感がして魚人島に向かって良かったわい!もう大丈夫じゃ、しかし血を流しすぎじゃ、安静にしとれ、何か欲しいものは───────」

 

「───────なんで……生きてるんですか……?」

 

ピタッと、ガープの動きが止まった。

 

「…シーカー……シーカーは……?」

 

「……隣じゃ。」

 

恐る恐る隣を見ると、大量の管に繋がれたシーカーが変わり果てた姿で未だ死の淵をさまよっていた。

 

「血を流しすぎた……じゃが、安心しろ!すぐに目覚める!」

 

小さな、嘘をついた。

 

何があったかは聞いた、酷な事はわかっている。けれど、ここで慰め程度の嘘を吐かなければ心が先に倒れる。ただの村娘に追い討ちをかけるのはしたくはない、ガープなりの配慮だった。

 

「奴が目覚めた時に……お主がそんな顔をしていては、喜ぶに喜べん。今は、お前も安静にしておるんじゃ。」

 

ぼうっと、焦点の合わない瞳をシーカーに釘付けにして、マキノはズキッと痛む頭を抑えた。

 

「……っ……ぁ、ぁ…っ……」

 

─────俺は、犯罪者になりたくねぇ…!!

 

ズキッ、と傷んだ頭が、最悪を1つ思い出させた。

 

─────人間に輸血なんて…!

 

「ぁ…ぅあ……!!」

 

「マキノ……?」

 

ぐしゃっ、と髪の毛を掴んで痛みと記憶を消すように握っても、声は消えてくれなかった。

 

さっきまで仲が良かったのに、さっきまで、村に来るだなんて言っていたくせに。

 

そして、フラッシュバックする、血溜まりに沈むシーカーの姿。

 

ゆっくり、ゆっくりと死へと歩みを進める最愛の人。

 

「どう、して……シーカー…っ!!」

 

「…マキノ……!」

 

「私達…っ…まだ…いっぱい……ずっと…っ!!」

 

ドサッと受け身も取れずにベッドから落ちたマキノは、未だ眠るシーカーに手を伸ばし、這いながら傍に寄った。

 

肩の傷口が開いたことも気にせずに。

 

「っ…!医者を呼べ!!マキノ!ベッドに戻るんじゃ!っ!?」

 

そうして戻そうと支えたガープの手を、マキノは振り払った。

 

そうは言ったが、ガープ自身、医者に言われた目覚めるか分からないという言葉に、希望を持てないでいた。

 

睨んだマキノが、その開花した見聞色で一帯の心を無意識に聞いてしまう。

 

「可哀想……?目覚めないっ、かもしれない……?」

 

全身を貫くような覇気に、ガープは動きを止めた。

 

「───────ッ!?マキノ、お前まさか!?」

 

見聞色の覇気を使える物ならば、誰が覇気を使ったのかを特定出来る。そして、それを極めた領域にいるガープは、目の前のなんの力もなかった村娘から発せられる見聞色の覇気に驚愕した。

 

(今の一瞬で、ここら一帯の声を聞いたのか!?)

 

「うぅ…っ…また…!!うるさいっ…うるさい!!もう嫌…!もう何も聞きたくないっ!消えろっ…消えろっ!消えろぉっ!!」

 

「ガープ中将!?」

 

「遅いわ!早うせんか!!」

 

そうして、地面に頭を打ち付けるマキノを取り押さえ、ようやく鎮静剤を打ち込んで落ち着かせることが出来た。

 

けれど、その譫言は変わること無く、幼子の様に最愛の人の名を呟くだけだった。

 

 

 

「───────っ……?」

 

目が覚める。

 

ここは、どこだろうか。

 

薬品の独特な匂いと、エタノールの染みた匂いが、シーカーの鼻を刺激する。どうやら、医務室や病院の類にいるらしい。

 

全身がだるく、力が入らない。よく見れば、全身が包帯で巻かれている。

 

清潔さを見るに最近巻かれたようたが、それを確認する手立てもなかった。

 

乾いた喉からは、空気が通るような音しか出ず、喋る気も失せた。

 

(この倦怠感⋯⋯血を失いすぎたか⋯⋯なんで、こんな⋯⋯大怪我を⋯っ⋯)

 

どこからかの記憶からかすみがかかったようにぼんやりとしている。

 

すると、ガチャリと扉が開き、誰かが入ってきた。

 

「なんじゃ、目を覚ましたか。随分寝とったのぅ。もう1ヶ月じゃぞ。」

 

「⋯⋯⋯と、ぅさ⋯⋯」

 

少し、安心したようにため息を吐き出したのは、ガープだった。声を出そうとしても、声が満足には出てくれなかったが。

 

「無理に声を出さんでええわい⋯⋯まったく、嫌な予感がして、無理をおして魚人島にくれば、あんなことが起こっとるとはな。」

 

そこから聞いたのは、魚人島での出来事だった。マキノとオトヒメを庇って銃に撃たれて瀕死の重症だったと。

 

そうして、事の顛末を聞いたシーカーは、驚くように目を見開いた。

 

その様子から、ガープは目を細める。

 

「なんじゃ⋯⋯覚えとらんのか?」

 

コクリと頷くと、ガープは頭をボリボリと掻きむしって、またため息を吐き出す。

 

「首、心臓、肺。無意識に重要器官を庇ってはいたようじゃが、ギリギリだったそうじゃ。よう生きとったもんじゃ!お前も、マキノもな。今は本部の医務室じゃが、なかなかやばかったぞ。」

 

「───────っ!!」

 

そうだ、マキノだ。ようやく思い出せたのは、マキノが撃たれ蹲る光景だけ。

 

ガタガタと動こうともがいても、力が入ってくれない体を恨み、ガープをみれば、隣を顎でしゃくってみせた。

 

「安心せい。オトヒメ王妃が輸血を申し出てくれてな。マキノも助かったわい。お前も、癪じゃがアラディンには感謝しとけい。」

 

安らかに寝息を立てるマキノが、隣のベットに寝ていた。窶れているように見えるが、どうやら無事なようだ。

 

ホッとため息を吐き出したが、ガープは浮かない顔のままに続けた。

 

「ただ⋯マキノの方は、心がやられちまっとる。なんの影響か、見聞色まで開花しちまったようでな。なにも聞きたくないと人を避ける。魚人島で⋯⋯余程聞きたくない物を聞いたようじゃ。」

 

『声が聞こえない?』

 

「⋯⋯⋯!!」

 

見聞色の覚醒と聞いて、シーカーは思い出した。彼女の言葉の端々にその兆候はあったのだ。

 

「まぁ、とりあえずお前もマキノも無事だったんじゃ⋯はよう治して、さっさと元気にならんかい。」

 

ゴツゴツした手が、シーカーの頭をワシワシと撫でて、そのまま部屋を出ていく。

 

扉を出たガープは、外に護衛として待機するため、その場にドッカリと座り、内ポケットからあるものを取り出した。

 

『俺のせいだ…っ…俺には⋯⋯これだけしかできなかった⋯2人にはもう、合わせる顔がねぇ⋯⋯!!』

 

そう言ったアラディンに、ガープは何も言えなかった。あまりにも悲痛な面持ちを浮かべる魚人達をみれば、何も言わずに受け取るしか無かった。

 

渡された合計6発の血塗れた弾丸。マキノに撃ち込まれた1発を除き、シーカーの体から見つかった弾丸の型は、魚人島では見たことの無い型だと言う。

 

「全て急所に綺麗に命中…混乱に乗じて上手くやったつもりじゃろうが…ワシの息子と可愛い義娘を殺しかけて…逃げ切れると思うとるんか……!!」

 

暫く掌で弄び、硬く握りしめる。

 

また内ポケットにしまい込んで、その場から動くこと無く、静かに怒りに震えた。

 

 

 

 

3日後、治療を終え絶対安静を言い渡された2人は、既にフーシャ村に送り届けられていた。

 

ガープはこれからやることがあると笑いながら去っていき、部下にシーカーたちを送らせた。どこか含んだ言い方だったが、もう海軍とは関係の無いシーカーには、関わりようのない話だった。

 

「そういえば…なんで父さんは魚人島にいたんだろう。聞いてるか?」

 

「娘と息子が危ない気がするって言って、魚人島に来てくれたそうよ。」

 

「いや……ホントにどういうこと…?」

 

シーカーは順調に回復し、マキノもシーカーが目覚めてからは精神も安定し、随分と普段通りになっていた。

 

反対に、シーカーはまだ杖を突きながらでなければ歩けない位には傷ついているのだが。

 

店は暫く休業。2人で何もしない日々を過ごすことにした。

 

「⋯⋯なんだか、やっといつも通りだな。こうして、2人で時間が流れていく。」

 

「こんな時間は、好きじゃない?」

 

「まさか、お前がいればそうでも無い。」

 

そういえば、いつも通り「シーカーったら」と照れる反応が来ると思っていたのだが、それが来ることなく、マキノはシーカーの腕に抱きついて、黙り込んでしまった。

 

「⋯⋯どうした?らしくないぞ、ここはいつもみたいに──────」

 

「ねぇ、シーカー。」

 

「⋯⋯なんだよ、改まって。」

 

体勢はそのまま、離れることなく。マキノは俯きながら、ボソッと口にした。

 

「───────アナタは、ずっとアナタなのね。」

 

「⋯⋯どういう意味だ?」

 

「⋯あの日から⋯人の声が聞こえるの。」

 

聞きたくない、聞こえてはいけない心の声。それが、無差別に聞こえる。マキノの心は、ようやっとの状態で支えられていた。

 

「何も偽りなく接してくれるのは、貴方だけ……」

 

「………」

 

「……こんなものが聞こえなければ…私、あの人達を嫌いにならないで済んだのかな…っ…?」

 

「マキノ……」

 

「もう…っ…あなたの声以外聞きたくない…っ……!」

 

シーカーが目覚めるまで、自傷行為を繰り返していたマキノ。あの日、あの時。マキノは本当にシーカーと死ぬつもりだった。

 

目を覚ませばシーカーは意識不明。いつ目覚めるかも分からず、目覚めない可能性の方が高かった。それからのマキノは荒れに荒れた。

 

どうして死なせてくれなかった、どうして私だけ目覚めたと叫んで、暴れることもあったらしい。

目覚めてからも、魚人島での出来事はただ、「裏切られた」ということしか聞いていない。

 

病んでしまった、というのだろうか。ただの平和な村娘であるマキノは、確かに強かではあるが、最愛の人を失う覚悟など、ましてや友達だと思っていた人達に裏切られる事など、想像もしないだろう。

 

シーカーの温もりに依存しているようなマキノは、見ていて苦しかったけれど、突き放すなんて事できる筈がない。

 

優しく肩を抱いたシーカーは、けれどはっきりと口にした。

 

「教えてくれ、魚人島で何があった?」

 

「………」

 

それでも、マキノは首を横に振る。

 

「どうしてだ?」

 

「アナタは…私の事を、大切にしてくれるから…何があったか言ったら、あの人達のことを嫌いになってしまうかもしれない……」

 

「場合によってはな。」

 

「……なら、だめ……知ってるのは……私だけでいい…あの人の努力を……私の感情が否定しきれないから…」

 

嫌いだけれど、努力や心情はきっと本物だった。だから、嫌うのは私だけでいい。

 

酷くマキノらしい選択に、シーカーはまた苦笑する。

 

『ワシらはもう、お前さん達に合わせる顔がない。いつか必ず、タイヨウの元─────お前達に謝らせてくれ。』

 

名前は口にしなかったが、恐らくオトヒメだろう。ジンベエとも、ガープ経由の伝言のみを最後に、連絡が取れないでいた。どうやらその出来事、随分とマキノと魚人達の中で大きなものだったらしい。

 

抱え、押さえつけているのはわかるが、マキノがそう決めたのなら、とシーカーはマキノの頭を撫でて、それ以上何も聞かなかった。

 

「お前がそう決めたなら……俺はもう聞かねぇ。ただ、辛くなったら話せ……それくらい、許されるはずだ。」

 

「……うん…っ……」

 

少し微笑んだマキノにまたシーカーも笑い、よしっ!と膝を叩く。

 

「そしたら…マキノ。その見聞色、抑える練習だな……と言っても、抑えるだけなら俺が干渉すれば、いつもの状態にはできるぞ。」

 

「ほんとに?」

 

「あぁ、だがマキノの覇気は凄いな。お前、全部聞こえてんだろ。人含め、動物のまで。」

 

「…分かるんだ、そういうの。」

 

「そりゃな。伊達にこの力を扱ってるわけじゃないさ。」

 

シーカーが出会ってきた覇気使いの中でも、特に異質なのがマキノの見聞色だった。

 

マキノの性質なのか、聞くこともそうだが、未来視に特化している。しかしいつでも見れるというわけではなく、夢による未来予知。

 

シーカーが転びそうになる度にベストのタイミングで支えてくることが何度かあり、気になって探ってみれば、夢の中で追体験のようなものをしているらしい。夢の中ではシーカーが転び、怪我の完治が遅くなるようだった。

 

もし、マキノに鍛える意思があれば吝かでは無かったが、今のマキノの精神状態で鍛えろなどとは口が裂けても言えなかった。

 

それを加味した上で、シーカーはマキノの覇気を封じる(・・・)事にした。

 

「いいか、マキノ。俺に身を委ねてくれ。」

 

「……うん。」

 

その一言だけで、全てを委ねたマキノに呆れ笑って、マキノの額に自身の額を重ねる。

 

「いいか、少し変な感覚があると思うが、脱力を解くなよ?」

 

「わかったわ。」

 

覇気は意志の力であり、体を流れる人の力の源。

 

そのため本来、意志と意志は反発し激突する。

 

しかし、干渉することも出来る。マキノのMAXまで出力された見聞色の出力を、シーカーであれば相手方が身を委ねている状況に限り、感情領域に直接干渉する事でノーリスクで調整・封印することが出来る。

 

点穴を突く応用技術。鍛え上げた見聞色の覇気と精密なコントロール、そして限定的な状況のみでしか使えない技術ではあるが、こんなところに使い道があるとは思ってもみなかった。

 

「……ぁっ……んっ…?」

 

この技は、感情に直接入り込んでいるに近い故に、本来痛みを伴うのだが、マキノは完全に心を委ねているために痛みがなく、変な感覚だけがあるようだ。

 

「もう少し───────よし…目を開けろ。」

 

「……終わった…の?」

 

「あぁ、どうだ…聞こえるか?」

 

恐る恐る、というように周囲に耳を立てていると、驚いたように笑った。

 

「……ない……聞こえない!シーカー!聞こえないわ!」

 

本当に辛かったのだろう。久々の心からの笑顔に、シーカーも思わず綻ばせた。

 

憑き物が取れたような彼女は、表通りまで飛び出して、聞こえないことを実感する。通りかかったニュースクーに手を振って新聞を手にこちらに走ってきた。

 

「本当に聞こえないの!凄いっ!」

 

「おおっ、落ち着け落ち着け!お前怪我人なんだぞ?」

 

「うんっ!でも、もう悩まなくていいんだもの!」

 

胸に顔を埋めるマキノを1つ撫でて、シーカーは

新聞を片手に読み始めた。

 

つらつらと文字をなぞっていると、一つ気になる記事が目に止まる。

 

「『ドレスローザ陥落、堕ちたリク王』…?馬鹿な……あの王が…?」

 

「どうかしたの?」

 

「あ、あぁ…なんでもないよ。」

 

それは一国の王が一夜にして人々を鏖殺し、颯爽と現れた海賊が国民を救ったという話。

 

海賊にも、白ひげやシャンクスのような奴らがいることは分かってはいるが、その端に書かれた次期王位の名を聞いて、シーカーは目を細めた。

 

(ドンキホーテ……確か…おつるさんや中佐が追っていた……)

 

『大佐…俺は、兄を止める。』

 

そう語っていた彼を思い出し、少し懐かしい気持ちになったけれど、事の顛末に全てを察した。

 

きっと、彼は止められなかったのだろう。死んでしまったか、あるいは手を引いたのか。

 

どちらかはわからないが、場所はグランドライン後半の海。1度だけ行っただけの国に、そこまでの情はない。どちらにしろ、海軍が手を引いているのなら、シーカーではどうしようもないだろう。

 

それにしても、と溜息を吐き出してその名を振り払った。

 

「ドンキホーテ、ね……嫌な、名だ……」

 

偶然の一致か、それともそういう事なのか。けれど、シーカーとしては、もう二度と聞きたくない、関わりたくない一族の名に違いはなかった。

 

 

 

そして、4年の時が過ぎる。

 

 

 




感想、良ければ高評価お願いします。モチベーションにつながります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第18話:最弱の海

今年最後の更新です。


「ゴムゴムの〜…!!」

 

「甘いぞルフィ!!【銃脚(ガンキャク)】!!」

 

「おっとっ!にししっ、当たら───────ぶげっ!?」

 

狙いをつけていたルフィの顔面に、エースの靴底がめり込んで、ルフィがボールのように吹き飛ぶ。

 

「全く、何度言えばわかる?見聞色が甘い!集中力が切れすぎだ!」

 

「アハハハハ!またルフィの負けじゃない!」

 

「おいナミ!やっぱりお前、俺の船に来いよ!こんなへなちょこ野郎に、可愛い妹分任せらんねぇぜ。」

 

「ほーら、エースのところ行っちゃうわよ〜?」

 

「くっそ〜!エースは来年に海に出ちまうのに、まだ3回しか勝ててねぇ!!ナミは俺のクルーだぞ!!渡さねぇ!!」

 

「っ!ほらほらその意気よ!立ちなさい!」

 

「まったく、ダシに使いやがって……」

 

この戦いも、もう何千回と繰り返してきた。

 

4年の歳月は、3人を着実に成長させていた。

 

エース16歳、ナミ14歳、ルフィ13歳。

 

あれから、ルフィ達はシーカーの扱きに耐え抜き、更に力をつけていた。海に出るなら、強くなくちゃ!と、2年前にナミもその仲間に加わり、シーカーから棒術と六式を教わりながら、仲良く扱かれている。

 

「お前能力の扱いは上手くなったけど、見聞色は全然じゃねぇか。前はともかく、今じゃただの武装色だけの脳筋って言われてるしな。」

 

「そんなこと言ったら、エースは見聞色鍛えすぎて武装色俺以下じゃねぇか!!バランスが悪ぃってシーカー言ってたぞ!!」

 

「うっせぇ!俺はシーカーに覇気の概念教わったのお前より後でここまでやってんだよ!」

 

「たった何日かの差じゃねぇか!?」

 

「はいはいそこまでバカ2人!喧嘩しないの!どっちも頭おかしいくらい強いんだから、それでいいでしょう?」

 

ヒートアップする2人に、ついにナミのストップがかかるが、熱くなったら止まらない2人は余計な事まで口にする。

 

「うるせぇ!『逃げ足』のナミ!」

 

「才能『ナミ()』!」

 

そして、容赦なく叩き落とされる拳骨の嵐。ガープ直伝のそれは、2人の顔面をパンパンに膨れあがらせる。

 

「ほんっと余計な口が減らないわね…この兄弟!!」

 

『ず、ずびばぜん……』

 

「はぁ…アーロンが言ってたあんたらの反省は反省じゃないってやつ、ほんとにその通りねっ。」

 

「くっ、くそぅ……覇気も使えねぇくせに…!?俺の見聞色突破してきやがった!?」

 

「ナミの拳骨……ご、ゴムなのに痛え…!!?」

 

「愛ある拳は、全てを貫通するのよ!」

 

ふんすっ、と胸を張ったナミに、2人は苦い顔をする。

 

「じーちゃんと同じこと言ってるぞ…」

 

「嫌な影響受けちまったな…」

 

2人にとっては最悪の影響の受け方をしているナミは、ガープにとっては可愛い孫娘同然の存在になっていた。ベルメールのように強かなところは変わっておらず、甘えられるところは甘えて色々と教わっている。

 

1年と経たずに剃と月歩を覚えた段階だが才能は並か、むしろ秀才の部類。1週間も経たずに六式を半分以上覚える馬鹿二人が異常なのだ。

 

「はぁ……ん?おい、ルフィ!シーカー達が来たぞ! 」

 

「おっ、ホントだ!よし!きしゅーするぞ!きしゅー!」

 

「おっしゃいくぞ!」

 

「どうせ捻り潰されるんだからやめとき───────はぁ……速すぎあの2人。ま、それ以上に速いシーカーさんも大概だけど。」

 

遠くの方から聞こえる断末魔に呆れながら、その場に向かえば、いつも通りの姿がナミの目に入った。

 

「あのなお前ら?奇襲っていうのはな?意表を突くから奇襲なんだよ。雄叫びをあげながらこっちに来たら意味ねぇだろ?」

「この2人にそんな器用なことできるかしら?」

 

2人を軽くひねり潰したシーカーは、1つ欠伸をした。うふふっ、と笑うマキノもこの2人を充分に理解している。

 

いつも通りに槍と盾を抱え、白のバンダナで括った白髪を揺らしたシーカーは変わらず。しかし、4年前よりも研ぎ澄まされた彼の実力は、ガープのお墨付きだ。

 

その隣に立つマキノは、お揃いのバンダナで纏めた髪を伸ばし、4年前の少女らしい彼女より、大人の女性を思わせた。

 

マキノ、シーカー25歳。結婚4年目の2人は、喧嘩をしているところなど見たことは無いと言われるほど、村1番のおしどり夫婦。変わること無く、酒場を営みながら、穏やかに過ごしている。

 

「くっそぉ〜!静かにやればよかったんだ!」

 

「お前が声出しながら突っ走るからだろ!!」

 

「お前も叫んでたけどなエース。つーかこれ毎月やるのか?毎月同じこと言ってる気がするんだけど。」

 

「楽しそうならいいじゃない。これもスキンシップよ?」

 

「シーカーさん!マキノさん!」

 

「こんにちは、ナミ!」

 

「ナミ、先月ぶりだ。欠かさず鍛えてるか?」

 

「もちろん!」

 

ギューッとマキノに抱きついたナミは、彼女の胸に頬擦りをして引っ付いていた。

 

ノジコとはまた違う、もっと年上の姉のようなマキノは、ナミにとって穏やかさの象徴になっていた。

 

「そういえば、今月は随分早い気がするけど、何かあったんですか?」

 

いつも、2人は決まった日にちに来るのだが、今月は10日以上早くこの場に来ていた。

 

「あぁ、東の海できな臭い動きがあってな。それの対処に向かうつもりなんだ。だから、それまで3人に村を見てて欲しくてな。」

 

「なんだ水クセェ!俺達も行くぞ!なぁ、ルフィ!」

 

「おう!俺達もやるぞ!」

 

いきり立つ2人に苦笑して、シーカーは手を振った。

 

「ちげぇよ。そっちは俺一人でいい…むしろ、この村の守りが手薄になる。そっちを頼みたい。」

 

「あー…なるほどな、雑魚ばっかってことか。」

 

「なーんだ、んじゃあかじょー戦力ってやつか!」

 

「そういうこと…まぁ、何かあったら一緒に戦ってもらうがな?」

 

「あぁ、そんときゃ任せろ!」

 

「俺も準備は万端だ。なんでもこいって感じだぜ!」

 

頼もしい弟2人の言葉に苦笑した。

移動した5人はシーカーを見送るために港に集まる。

 

「よっし……ナミ、エース、ルフィ。ここと、マキノは任せたぞ。」

 

「任せろぉー!」

 

「おう!早く帰ってこいよ?マキノに愛想つかされねえようにな!」

 

「まぁ、マキノさんに限ってそんなこと絶対ないだろうけど。気をつけて!」

 

「おう。」

 

3人の顔を確認してしっかりと頷き、最後にマキノを見つめる。

 

「……帰ってきてね。行ってらっしゃい。」

 

「あぁ、必ず。行ってきます。」

 

それだけ言って、シーカーは船を走らせた。

 

姿が見えなくなるまで船の影を追っていたマキノの姿に、ナミとエースは苦笑した。

 

「健気だねぇ…」

 

「ホントね……でも、なんか…魚人島に行ってから、2人の雰囲気が変わったと思うのよねぇ……4年前くらいかしら。」

 

「へぇ……魚人島に?いつの間にいってたんだあの二人。だがまぁ…それは、少しわかる。」

 

4年前の事は、シーカーとマキノの口から語られることなく、たまたまその期間会うこともなかったルフィとエース、ナミはその事実を知らない。ただ、なんだか雰囲気が変わったくらいにしか思っていない。

 

「まぁ、言わねぇって事は平気なことさ。関わってやるべきじゃねぇ。えっと、なんだったか……便りがないのは良い便りってやつだろ?」

 

「そうなのかなぁ…?まぁ、エースがそう言うなら…」

 

ナミを納得させたエースは、マキノの後ろ姿を眺め、ガシガシと頭を搔いた。

 

 

 

 

数日後、酒場にて各々がくつろぐ中、ナミは魚人島のことに興味津々で、マキノに質問をなげかける。

 

「どんなところなの?綺麗だった?」

 

「…そうね、綺麗だったわよ?サンゴとか、クジラの群れとか、幻想的だったわ。」

 

「へぇ〜、じゃあお友達は?魚人とか、人魚のお友達は出来た?」

 

「……っ…そう、ね…出来た…」

 

その言葉を聞いて、マキノの顔が曇る。一瞬過ぎった嫌な記憶を振り払おうとしても、こびりついて離れない。そうして狼狽えていると、エースの腹がぐぅぅっと大きな音を鳴らした。

 

「……悪ぃマキノ、何か食わしてくれねぇか?」

 

「え、えぇ…わかったわ。2人もなにか食べる?」

 

「俺肉ぅー!首払いで!」

 

「私、オレンジのパンケーキ!ルフィのお金はこの間換金した賞金首のお金で払います。」

 

「お前の金ナミが金管理してんのかよ……俺はパスタで!俺もこの間の懸賞金で払うからよ。」

 

「みんなしっかりしてるわね。いいのよ、お金なんて。じゃあ、少し待っててね。」

 

「パンケーキかぁ、ウタも好きだったなぁそういや。」

 

「ウタ?知らねぇやつだな。」

 

「誰よ、それ。」

 

「ウタはな───────!」

 

ホールから聞こえてくる声を背に、マキノは安堵の溜息を吐き出した。

 

ナミに悪気がないことはわかっているし、アーロンがいるココヤシ村にたまに帰っているのだから、魚人島に行ったことは知っていてもおかしくは無い。

 

「……知らなくて、いい。私だけで…いい……」

 

姉のように慕ってくれるあの子たちに言えば、絶対とは言えないが、嫌ってしまうことは間違いないだろう。これからを生きる彼らに、先入観で物事を決めて欲しくは無い。

 

無心で料理を作りホールに持っていけば、待っていましたと言わんばかりに、ルフィの手が伸びてきた。

 

「んほー!肉ー!マキノ〜いただきます!!」

 

「わぁっ、美味しそうっ!いただきます!」

 

「たく…この2人も大概似てるぜ。悪ぃな、マキノ。」

 

「いいのよ。はい、どうぞ。」

 

ドンッと置かれたパスタは、2人のよりも大盛りにされている。食に関して目敏いルフィは、直ぐにそれに気がついた。

 

「あぁ〜!!エースだけ大盛りだ!!ズリィぞマキノ!!」

 

「ふふっ、お礼よ、お礼。」

 

上品に笑ったマキノに、エースは苦笑しながら礼を言ってパスタを口に運ぶ。

 

「……わざとらしかったか?」

 

「ううん。エースらしかった、ありがとう。」

 

「そりゃ褒めてんのかねぇ…?」

 

ナミとの会話中。ただ1人マキノの顔色が曇ったことに気がついたエースは、話をそらそうとマキノを遠ざけた。

 

「まっ、何があったかは聞きゃしねぇよ。俺たちの仕事じゃねぇしな。」

 

「ふふふっ、シーカーみたいなこと言うのね。兄弟そっくりだこと。」

 

「そりゃ嬉しいこった」

 

山盛りのパスタをあっという間に平らげて、エースは1つ溜息を吐き出した。

 

そして、酒場の前にいる気配に気がついた。

 

「───────邪魔するぜ。」

 

そう言って扉を開けた男に、4人は目を見開いた。

 

着流しを纏い、黄金の鬣の様な長髪を靡かせる男。その男の体は、足に括られた2本の刀で支えられていた。

 

それよりも特徴的だったのは、頭に刺さった舵輪だった。

 

「いらっしゃい、旅行の方かしら?」

 

「まぁ、そんなところだ。」

 

店に入ろうとした瞬間。エースが待ったをかける。

 

「おいオッサン、ここは人様の店だぜ。剣で床に傷つけんじゃねぇよ。」

 

「おっと、こりゃすまねぇ───────よっと。」

 

軽い掛け声と共に、その男が宙に浮いた。その様子に、更に目を丸くする。

 

しかし、ルフィだけがあ〜!と理解した。

 

「ニワトリのおっさん、悪魔の実の能力者か!」

 

「おぉ、よく知ってんなボウズ!あとニワトリのおっさんはやめろ?」

 

「俺もそうだからな。ほら、ゴム人間になっちまった!」

 

「難儀だなそりゃあ!んじゃ、席はここでいいか?」

 

「えぇどうぞ。何飲みますか?」

 

「あー、んじゃあ適当にビールでいい」

 

ドンッと出されたビールを飲んで、美味いな…と呟いた男は、エースとルフィを見ながら笑った。

 

「しかし、こんなみてくれの俺に突っかかるとは、根性あるじゃねぇか…どうだ?俺の船に乗らねぇか、ボウズ!」

 

「おっさん海賊だったのか、だが悪ぃな!俺は、俺が船長じゃねぇと気がすまねぇんだ。ちなみにこいつもそうだぜ?なぁ、ルフィ。」

 

「おう!」

 

「ジハハハハ!そうかそうか…そりゃあ、結構な事だ。お前たちがどうなるか、楽しみなもんだ。」

 

またビールに口をつけて、1つため息を吐く。

 

「しっかし、こんな辺境の酒場にこんな可愛いベイビーちゃんが2人もいるなんてな?ベイビーちゃん達はどうだ?これでも名の通った海賊だ、不自由はさせねぇぜ?」

 

「悪いけど、私にはもう先約があるの!」

 

「ふふっ、折角ですけれど、私には帰りを待つ人がいますから。」

 

そう言って指輪を見せ付ければ、男はアチャーと額に手を当てた。

 

「なんてこったぁ…この俺様が女に振られちまうなんて!!」

 

「だっはっはっ!おっさん振られてらァ!」

 

「アハハハハッ!まぁ、変なことを考えるのはやめといた方がいいわよ?この人の旦那さん、とっても強いんだから!」

 

「そういや、名乗ってなかったな。俺はエース、こっちがルフィでオレンジ色がナミ。あとこっちの人妻がマキノな。」

 

雑な紹介ではあったが、満足したようにうんうんと頷いた男は、ナミの言葉を思い出し、質問を返した。

 

「このベイビーちゃんの旦那は、そんな強えやつなのか?」

 

「おう!強いなんてもんじゃねぇぞ!」

 

「そーそー!東の海の守護者なんて呼ばれてるのよ?」

 

「そうね、シーカーのお陰でこの海はいつも平和だもの。」

 

「───────シーカー?」

 

その一言に、空気が変わった。さっきまでの好々爺の様な雰囲気は吹き飛び、海賊のそれに変わる。

 

エースとルフィが、立ち上がった。

 

「俺は、そいつを探しにここまで来たんだ。」

 

「……へぇ…?そんで、どうするんだよ。シーカーと会ってよ。」

 

「そりゃあ、強え男なら勧誘するだろ。」

 

「……もし、断ったら?」

 

数秒の沈黙。ナミもその気配に気づき、マキノのそばに控えた。

 

「───────殺すだけだ。」

 

男がその言葉を吐いた瞬間。エースとルフィが爆発したように飛び出し、男の顔面に蹴りと拳を叩き込んで、外に飛び出した。

 

「ナミ!マキノと村人を連れて逃げろ!!シーカーに連絡を!ルフィ!お前は俺とこいつを!!」

 

「あぁ!!行け!ナミ!!」

 

「わかった!マキノさん、しっかり掴まって!」

 

「う、うん!」

 

思わぬ弟妹達の苛烈さに面食らったマキノだが、すぐに気を取り直してナミに掴まった。

 

「ってて……まさか、東の海のこんな辺境に、2人も覇気使いがいるとは…」

 

「シーカーは俺たちの兄貴だ…!!てめぇなんざの下に付く男じゃねぇ…!!」

 

「シーカーは元海軍だ!!海賊にはならねぇし!お前に殺されるようなやつじゃねぇ!!」

 

「ジハハハハッ!!大層な信頼だ!だがな、この海にそんな情は必要ねぇのさ。残念だ……お前たちも所詮、ミーハーだったか。」

 

「ルフィ、全力で行くぞ。」

 

「おう、わかってる。コイツは、様子見してたらこっちが殺されちまう。」

 

大股に開き、片手を地面に付ける。すると、ルフィの全身がポンプのように動き、体から煙を吹き出した。

 

空気が震えるほどの熱さを、男に伝える。

 

「───────ギア2(セカンド)…!!」

 

「あぁ?なんだ、そりゃあ…?」

 

「ゴムゴムの〜…!!」

 

左腕を前に出し、狙いをつけながら、右腕を圧縮。ギチギチと腕が縮んでいく様は、男の興味を引いた。

 

そして、ルフィが力を込めれば、右腕が黒々とした覇気に覆われる。

 

「─────JET・(ピストル)ッ!!」

 

「ぐおぁっ!!?」

 

超高速で放たれた拳は、男の土手っ腹に突き刺さり、海に吹き飛ばす。

 

海上に放り出された男の真上に、影が落ちた。咄嗟に見上げれば、既に空中を走っていたエースが、ニヤリと笑っていた。

 

「能力者は海に落ちたら終いだ。あばよ、オッサン!!」

 

「ぐおぉっ!!?」

 

顔面を捉えたエースの踵落としが炸裂し、男は海に向かって真っ逆さまに落ちていく。

 

しかし、着水の瞬間。ピタッ、とその落下が止まった。

 

「エース!」

 

「ルフィ!ギア解いとけ、長期戦になる。」

 

ルフィの戦闘スタイルの完成系ではあるが、消耗が激しく、長く使えば、命に関わると口酸っぱく言われているため、そう出せる技でもない。

 

そんな技とエースの蹴りを食らって、空中で止まった男は、うぁ〜っ、と唸った後に殴られた箇所をそれぞれ摩る。

 

「い〜い覇気だ。互いに見聞色、武装色を補ってやがる…既に4つの海の中じゃ敵はいねぇだろう。グランドライン級と言っても間違いねぇ。」

 

「そりゃそうだ。最高の師匠がいる。」

 

「シーカーのおかげだ!」

 

「いい師にも恵まれている…だが、そうだな……まだまだひよっこだ。宝石の原石…殺すにゃ惜しいな……最後だ、俺の船に乗れ。そうすりゃ、お前達は海賊王のクルーになれる!」

 

その言葉が、ルフィの琴線に触れた。

 

「海賊王…?俺がなるんだ!お前じゃねぇ!!」

 

「へっ、よく言ったぜルフィ!生憎だったな!俺たちは、何言われようとお前の下にはつかねぇよ!」

 

「ジハハハハッ!!おもしれぇガキどもだ───────あぁ、本当に惜しいガキ共だ。」

 

その瞬間。2人を圧倒的なプレッシャーが襲う。

 

「こ、こいつは……!?」

 

「な、なんだこれ…!?」

 

二人共が一気に飛び退いて港に逃げてしまう程の覇王の色。話だけは聞いていたが、ここまでとは思ってもいなかった。

 

「ほう…俺の覇王色に耐えるか……ますます惜しい。」

 

残念だ、と肩を落とした男は、けれどニヤッと嫌な笑みを浮かべた。

 

「名乗っておこう。殺す相手だが、敬意位は手向けてやる。」

 

片腕を前に突き出し、クンッと何かを持ち上げるように上にしゃくった。

 

「俺は金獅子のシキ。この海を、空から統べる男だァッ!!カエル共、これが本当の海賊!よーぉく味わえッ!!」

 

その瞬間、2人の立つ大地が唸りを上げて動き出した。

 

「な、なんだこれ…!?」

 

「む、村が!!?」

 

村を飲み込むように大地が渦を巻き、獅子を象る。2人は、大海賊の力の一端に触れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───────獅子威し…!!」

 

 

 

 

 

 

 




感想、高評価良ければお願いします。モチベーションが炸裂します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第19話:本物

あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。


数分前まで長閑だったフーシャ村は消え去り、跡形もなくなった更地には、土塊の獅子と金獅子。それに相対する少年二人のみ。

 

「なんなんだこりゃぁ…!?」

 

「村が、ライオンになっちまった!?」

 

「ジハハハハッ!!冥土の土産ってやつだ。これが、俺の獅子威し!とくと味わえいっ!!」

 

「来るぞ!ルフィ!!」

 

「あぁ!やるぞ、エース!!」

 

咆哮をあげて突撃してくる獅子の攻撃を躱し、2人は空を舞う。

 

「ほんと、月歩は便利だ!」

 

「特に、能力者のお前はな…!来るぞ、横に飛べ!」

 

宙を舞いながら土塊の獅子の攻撃を避ける。

 

「次は右!───左だ!!」

 

「よし来た!!」

 

「ほぅ…やはり見聞色が尖っているな、エース…!!どこまで見える!?」

 

ルフィに指示を飛ばしながら、見聞色で躱し続ける2人。エースは冷静に戦況を判断しながら、攻撃のチャンスを伺っていた。

 

「ジハハハハ!!よく飛ぶな!一体増やしてみるか!!」

 

シキの言葉の数秒後、土塊からもう一体獅子が現れる。

 

「さぁ!もっと踊れ!!」

 

「ハッ!言ってろよ金獅子!すぐにテメェをぶっ飛ばしてやる!!」

 

「でもエース!これ、どうすんだ!!」

 

「狼狽えんじゃねぇぜ、ルフィ!俺達は、こんなもんよりずっと早くて強いもんと戦ってきたろ!!」

 

「───────そうだった!!」

 

ニカッと笑った2人の様子に、シキは尚の事この兄弟が欲しいと思った。

 

月歩の苦手なルフィの手を掴み、回転の反動で投げ飛ばし、回避。ルフィが腕をのばし、エースが裁ききれない背後からの攻撃を避けさせる。

 

まだ月歩を完全にものとはしていないルフィを上手くカバーしながら、善戦する。

 

2人の着地に合わせ、獅子が真上から強襲を仕掛けた。

 

「ルフィっ!!」

 

「エース!!」

 

ルフィはギアを発動させ、2人は同時に拳に覇気を纏い、獅子を殴るがエースの破壊した獅子は、すぐに再生してしまう。

 

「ジハハハハッ!!いいぞ、足掻け!!」

 

「クソッ!再生しやがった!」

 

「エース!!」

 

「ルフィ!お前はもう一体を完璧に壊せ!!」

 

考えるに、純粋に破壊力が足りないのだ。

 

ルフィの攻撃、それよりも1段劣るエースの覇気では通じるはずがない。

 

互いに相反する色を苦手とする2人だったが、ルフィとは違い、攻撃力が物足りないエースは苦心していた。破壊力で言えば、ルフィに1歩先を行かれているのだ。そんな時に、シーカーの言葉が繰り返される。

 

『いいかエース。お前の見聞色は既に開花していたルフィの上を行ってる。これはお前の才能だ。』

 

いつだったか、シーカーが語った覇気という概念の言葉、きっとあれはこの概念の本質だったのかもしれないと、今になってエースは思っている。

 

『武装色?安心しろ、お前はもう使えてる。覇気の強さは総量や強度に目が行きがちだが、本質はそこじゃない。』

 

覇気の総量や強度。それは、エースやルフィレベルになれば、シーカーと大した差はないのだと言う。しかし、シーカーと2人の間には、隔絶した差が存在する。

 

『使い方と感じ方だ。お前たちは、漠然と覇気を纏う事を目的にしてる。そうじゃねぇ、本質はコントロールだ。力むな、身体に流れる覇気を感じろ。お前達の覇気は、こんなもんじゃねぇ!』

 

(力むな……体に流れる覇気を感じろ……そうだ……俺の覇気は、こんなもんじゃねぇだろ…!!)

 

深く沈んだ様な感覚の中、エースは自身の中に流れる覇気を感じた。

 

「───────これか、シーカーッ!!!」

 

その瞬間、エースは確かに掴んだ。身体を流れる覇気の動きを。

 

再び襲いかかる獅子を真っ直ぐに見すえ、エースは拳を握る。

 

流れる覇気を外に纏って、内部から獅子を砕く。

 

「今の…俺のと違ぇ…!!」

 

感覚でエースの覇気と違うことにか気がついたルフィは獅子を砕きながら、その覇気に驚いていた。

 

「ほぅ……久しく見なかったが、たった今流桜を会得したか。」

 

「ハハッ、こんな集中力使うのか…っ!!そう何発も打てねぇな…こんなもんを戦闘中常にやってやがんのかシーカーのやつ…!!」

 

ある程度の実力を得たからこそ、シーカーとの実力差はまだまだ圧倒的な物だと理解が出来る。そもそもの話、あの拳骨爺(ガープ)と正面切ってまともに殴り合う時点でお察しなのだが。

 

「エース!今のなんだ!!教えてくれ!」

 

「何をするにも、あのオッサンをぶっ飛ばしてからだ!!」

 

「威勢がいい。だが、口だけじゃねぇ……あぁ、本当に惜しい。」

 

空で悠々と見ていたシキは、やはり惜しいとこぼした。

 

「俺の目的は、この東の海を惨劇の海にする事だ……だが、お前たちが付いてくるというのなら、見逃してやろう。ともにこの海を空から支配し、紛い物共を一掃し、真の海賊王となる!今日のことはお互い水に流そうじゃねぇか…俺の下に付け、ルフィ、エース!」

 

今のように、シキはこうしてある男を誘った。思えば奴も、東の海出身の男だった。

 

『───────シキッ!!』

 

嗚呼そうだ、俺は、期待をしているのかもしれない。

 

 

 

 

 

「俺達は、支配に興味がねぇんだ!!」

 

「やりてぇようにやるのが海賊だ!そうじゃなきゃ海賊になる意味がねぇ!!」

 

 

 

 

 

そうだ、俺はその答えを待っていたんだ

 

脳裏で憎たらしく笑う髭面の男は、彼が求めた本物の海賊だった。

 

自然と笑っていたシキは、あの時(・・・)の言葉を繰り返す。

 

「─────それはつまり、ここで殺してくれって意味だよなぁ!?」

 

その答えに、2人は口角を上げる。

 

『お前をぶっ飛ばすって意味だッ!!』

 

シキという男がこの大海賊時代の中、数多のルーキーを見てきたが、ヤツと同じ言葉を吐いたこの男達は、彼が求める本物だった。

 

「気に入ったァッ!!お前達はこの俺が、念入りに殺してやるッ!!」

 

「やってみやがれ!!」

 

「ギア 2(セカンド)!!」

 

2人が高速で飛び立ち、シキを挟むように移動する。

 

「オラァッ!!」

 

「だりゃっ!!」

 

「ジハハハハッ!いい速度だ!!だが空を駆けるお前達が、空の支配者に敵う道理はねぇ!!」

 

「そんな道理知るか!!」

 

「俺達は、自由だ!!」

 

空を飛ぶシキに文字通り空を駆けて追い縋る。思わぬ速度に、油断していたシキの体が固まる。

 

「何ッ!?」

 

「ゴムゴムの〜……!!」

 

「ぶっ飛べシキ…!!」

 

2人の拳が黒々と鈍く輝く。

 

1人は、最強の槍を夢見て

 

1人は、最強の拳を燃やし

 

互いに最強を掲げ、空の支配者を打ち砕かんと猛り、燃え上がる。

 

JET・重槍火銃(バルカン)ッ!!!

 

火拳ッ!!

 

2人の燃える拳がシキの顔面を捉え、シキを大きく吹き飛ばし、村の地面に激突させる。

 

「やったな、ルフィ!」

 

「あぁ、勝ったぞ!!」

 

「ルフィー!エースー!」

 

「2人とも、怪我は?!」

 

着地した2人は、勝利を確信していた。それを見ていたのか、ナミとマキノも2人に駆け寄った。

 

「ああ、ほぼ無傷だ!」

 

「強ぇやつだったが、油断が仇になった見てぇだ。しっかし…フーシャ村が、無くなっちまった…」

 

「いいのよ、家はまた建てればいいもの。」

 

「村のみんなは平気か?」

 

「えぇ!しっかり避難できたわよ!」

 

そりゃよかった!とシシシッと笑ったルフィとそれにつられて笑うナミ。

 

微笑ましげにそれを眺めるエースだったが、そうだったと、シキを縛る為に叩きつけた場所に向かう。

 

「大海賊だったみてぇだが、案外呆気ねぇもんだな…さっさとジジィ呼んで、海軍に──────待て……奴は、どこに行った……ッ!!?」

 

しかし、その場所にシキは影も形も無く、困惑したエースは、まともに見聞色を発動させることなく、周囲を見渡した。

 

そして、気がついた。己の背後にある気配に。

 

「─────最後の攻撃、良かったぜ?ちょびっとだが、血を流したのは久々だ。」

 

「……ッ!!?」

 

シキの声が聞こえたかと思えば、既にエースを浮遊感が襲い、次の瞬間にはルフィ達が居た場所に叩きつけられていた。

 

「ッが…っく、そっ…!!」

 

「エース!?」

 

「シキだ、ルフィ!!まだ、やれて、なかった!!」

 

「にゃろう!どこだ!!?」

 

「───────こっちだぜ、ルフィ?」

 

そして、エースと同じようにルフィもその場に叩きつけられる。

 

「いてぇぇぇ!!?」

 

「クソッ、ルフィ……!!」

 

「2人とも、よく戦った。その歳でお前達は強い、将来が楽しみだ。」

 

シキが2人の頭を鷲掴みにし持ち上げ、能力で服を浮かび上がらせる。

 

「だが、まだ発展途上。本物の覇気を叩き込んでやる、その身に刻むがいい!!」

 

浮かんだ2人の胴体に拳が深々と叩き込まれる。

 

「ルフィ!!エース!!」

 

「2人とも!!」

 

駆け寄ろうとするマキノとナミの行く手を阻み、シキが不敵に笑った。

 

「行かせねぇぜ、ベイビーちゃん?」

 

「っ!?」

 

「逃げてっ、マキノさん!!」

 

「で、でも…!」

 

「いいからッ!」

 

「……っ!!」

 

非戦闘員のマキノを逃がそうと、ナミが鉄パイプを持ってシキに立ち向かう。

 

「やぁあああ!!!」

 

「おっと…!ジハハハハっ!健気だな、だが無意味だ。誰も生かしてはおけねぇ。」

 

「うぁっ…!!?」

 

「ナミっ!!」

 

ナミの首を捕まえ、シキはマキノに見せつけるように視線を投げた。

 

「このまま捕まえるのも簡単だが……お前さん、あのピース・シーカーの嫁なんだって?」

 

「…っだ、だったらなんですか!!」

 

シキは、今までよりも更に下卑た笑みを浮かべ、悪魔のような提案をする。

 

「選ばせてやる。この3人を見捨てれば、お前だけは逃がしてやる。逆に、お前が捕まるのなら…この3人は見逃してやろう。」

 

「そんなの……っ!!」

 

そんなもの、選択肢などありはしない。

 

「マキノ、さんッ!逃げて!!どうせこいつは、マキノさんを捕まえた後に私たちを殺す!」

 

「おいおい、見くびって貰っちゃ困るぜ?俺は金獅子のシキ。約束は守る男だ。」

 

「マキノ…!逃げろぉ…っ!!」

 

「俺達は…っ死なねぇ!!」

 

「ルフィ、エース…っ…」

 

「ほう、まだ立つか。頑張るな!」

 

倒れていた2人も、マキノを逃がそうと立ち上がった。

 

わかっている。ここでマキノが捕まれば、シーカーが満足に動けなくなる。最悪の場合、自分のせいでシーカーが望まない殺戮を迫られる可能性もあるのだ。

 

ここで、マキノが逃げる事が最前の可能性が高い。けれど、マキノの感情がそれを許さなかった。

 

「……私が、貴方について行けば、3人は見逃してくれるんですか…!」

 

「あぁ、必ず。」

 

「マキノ、さんっ……!!」

 

苦しげにシキの手の中で呻くナミに、マキノは震えながら笑いかけた。

 

「大丈夫…きっと、あの人が、来てくれるから…っ!」

 

「健気だねぇ…あぁ、感動しちまったぜ!さぁ、行こうかベイビーちゃん………あん?」

 

マキノを連れ去ろうとして触れた時、彼女の中に眠る見聞色に、シキは気がついた。

 

「ベイビーちゃん…まさか覇気使いだったとはな…いや、これは……封じられている?自分でって訳じゃなさそうだな……他人が干渉して封じたのか?なんつー繊細で高度なコントロール……シーカーの実力はこれ程までか…いや、おもしれぇ。」

 

ぐっ、とマキノの頭を掴んだシキはにやりと笑った。

 

「あうっ……!!?」

 

「面白い見聞色だ。夢での未来予知か……研究すりゃあ、予知装置にできるか?面倒だ、無理やり解除させるか。」

 

それは、マキノにとってあまりにも地獄のような言葉だった。

 

あの地獄が、また訪れるのだ。

 

「かい、じょ……?まって……やめてっ…!嫌ぁぁぁぁぁっ!!?」

 

「マキノにてぇ出すんじゃねぇ……っ!!」

 

「やめろぉ…っ…やめろよッ…!!」

 

立ち上がり猛ったルフィとエースに向けて、シキは残酷に告げる。

 

「覚えとけガキども……弱ぇ奴は、何も救えねぇのさ。」

 

「助けっ、助けてっ…シーカー!!シー───────いやぁあああああああっ!!?」

 

頭のてっぺんから爪先まで、電流のように流れた覇気。あの時とは違い、激しい痛みがマキノを襲う。

 

悲鳴の後、数回痙攣したようにピクピクと震え、マキノは気を失った。

 

「っマキノさんっ!!?」

 

そしてその叫び声に、ナミの悲鳴に、ルフィとエースは怒りの限界を超えた。

 

 

 

やめろっつってんだろうがァァァッ!!!

 

 

 

身体を突き抜けるような威圧に、シキは目を見開いた。

 

「なにぃッ!!?は、覇王色……ッ!!?」

 

「もう一度だルフィ!!絞りだせぇッ!!」

 

「ゴムゴムのォ〜……ッ!!!」

 

砂塵を巻き込み突撃した2人に、冷や汗を掻きながらも、シキは尚不敵に笑う。

 

「ちょいとヒヤッとしたが……まさか2人とも、王の資質か…惜しい、だが1つの海賊団に王は何人もいらねぇ、待つのはただの破滅だ……学習しねぇとな……獅子威し『地巻き』!!」

 

隆起した地面が目の前まで迫った2人を飲み込み、2人を封じる土の塔を作り出した。

 

「チクショウッ!!マキノを離しやがれニワトリ野郎!!」

 

「口が過ぎるぜ…小僧!!」

 

『うわぁああああああッ!!!?』

 

「ルフィ!エース……!!?」

 

シキが握り潰すように手を翳せば、2人を締め付けるように土の塔が捻れる。

 

悲鳴をあげる2人に、ナミは何も出来ずただ唇を裂けるほどに噛み締めるだけだった。

 

「さて……手に入れるもんも手に入れた、戻るとしよう。」

 

「なに……アレ……!?」

 

今までさしていた陽の光が突如遮られたと思えば、空を島が覆っていた。

 

信じられない光景に、ナミは目を見張っていたが、まさかと思考を巡らせ、思い至った。

 

「─────能力で……島を浮かせてるの…!?」

 

「正解だぜ…?ベイビーちゃん!!」

 

ふわっと浮かび上がったシキが、マキノを抱えナミを見下ろした。

 

「奴が帰ったら伝えといてくれ。嫁は預かったってな!!ジハハハハッ、ジハハハハ!!!」

 

高笑いと共に、シキは空に浮かぶ島へと消えていった。

 

3人はこの日、敗北の味と、本物の海賊を知った。

 




感想、高評価、良いと思ったらお願いします。モチベーションになります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第20話:秘境メルヴィユ

フーシャ村上空、シキが拠点とする島、秘境メルヴィユ。

 

拠点を目指し飛ぶシキは、眼下に広がっている光景を眺め、先の戦いの余韻を味わっていた。

 

「いいガキどもだった……将来が楽しみだ…その点で言えば、ベイビーちゃん…お前が俺に捕まったことは正解だったぜ?」

 

「……っ…あの子、達は……貴方なんかを……っ楽しませる道具じゃない……っ!!」

 

「ほぅ、目覚めたか……いい根性だ。気に入ったぜ。」

 

上空の風に冷めた体がぶるりと震え、目を覚ましたマキノは、シキの呟きを聞いて精一杯の抵抗を見せる。

 

ジハハハハ!と高笑いするシキに、マキノはらしくない冷笑を浴びせた。

 

「……随分と余裕そうだな。」

 

「……っ…そう…………貴方は、気づいてない…のね……っ…」

 

「あん?」

 

「貴方は……あの人を、怒らせた…っ……もう…貴方は、シーカーに勝てない…!」

 

「面白い事を言うな、ベイビーちゃん……このシキ様が負ける?ジハハハっ、有り得ねぇ。分かるか?奴が狩ってきたその辺のミーハー共とは違ぇのさ。」

 

息も絶え絶えに言葉を続けるマキノに、シキは同じように冷笑を返した。

 

それでも、マキノはどこか余裕のある態度を崩さない。自信なのか、町娘は大海賊を前に言い切った。

 

「シーカーは……貴方を許さない……貴方を、必ず倒す…地の果てまで追い掛けても…っ…!」

 

「……随分な自信だ。」

 

「だって…私のシーカーは……誰よりも強いんだもの……」

 

「………それほどの信頼か……ますます興味深いものだ…」

 

マキノの言葉でより興味をひかれたのか、シキは目を細める。

 

すると、突然全身から力を抜いたマキノは、安らかに笑った。

 

「あぁ……来て、くれた───────

 

 

 

 

 

 

シーカー…」

 

そう、マキノが彼の名を呟いた瞬間。

 

「────────────あ?」

 

背中から胸を貫く槍に気がついた。

 

ゾッと全身に怖気が突き刺さり、誰かの感情がシキの体を駆け巡る。

 

強い怒り、ただその感情だけがシキの全身を貫いた。

 

頭に強い衝撃を受けたように、シキの意識が激痛に明滅する。

 

「──────……ッ…ぶはぁっ…はぁ……!?」

 

そして、数秒するよりも前に、気合いで跳ね除けたシキは冷や汗を流す。

 

「今のは…っ……まさか、イメージを直接俺に叩きつけてきやがったのか!?ふざけんじゃねぇ…っ!痛みを伴ったイメージなんざっ…!?」

 

続け様に2本、3本と突き刺さる槍は、痛みをシキに錯覚させる。

 

本来、見聞色は相手の感情や気配を強く感じ取る能力。その延長線に未来視や、シーカーの白化などが存在するのだが、今シキが喰らったそれは、まさに荒業。

 

感情やイメージを読めるのなら、その逆。

 

イメージを送り込む(・・・・)事だってできる。

 

見聞色という覇気の性質上可能ではあるが、まずやろうと思わない。

 

可能であるだけで、そんな面倒な事をやるよりも未来視をして戦った方が余程効率がいい。こんな事をやるのは、馬鹿のやること。なにより相手の意識の隙間を縫って見聞色を叩き付けるため、極精密なコントロールを要求される。ましてやそんな事、戦闘中になんてできるはずがない。

 

けれど、痛みを感じる程に鮮明なイメージなど、触れていなければシキでも不可能だ。

 

信じられない荒業に驚愕しつつ、シキはその出処を探す。

 

「どこだ…!どこにいやがる!?───────グガッ!!?」

 

一気に見聞色で捜索範囲を広げたシキ。その範囲はフーシャ村を含む数十kmに及ぶ。

 

しかし、それでも探せるのは現地民や動物の気配のみ。

 

そして、5本目の幻想の槍がシキの胸を穿いた瞬間、その気配を辿ったシキは、地平線の彼方を呆然と眺めた。

 

「───────ジハハハッ!!!もう、戻ってきやがったか……5億の首が3人、億超えが何十人もいたはずだぜ…!?」

 

痛みに悶えるシキは、突き刺さるイメージを起点に、大元に辿り着く。そして、その人物の気配を漸く捉えた。

 

シキの見聞色範囲ギリギリ、数十km先。見聞色を使っているから気配はわかるが、覇気を使っていなければ感知すらできない距離。

 

シーカーは、そこから痛みを錯覚させる程鮮明なイメージをシキに向けて飛ばしている。

 

シーカーという男を理解したシキは、先の言葉を訂正する。

 

「……見聞色において、奴は俺より強ぇ……ベイビーちゃん、お前の信頼、間違ったものじゃねぇ。訂正するぜ、奴は…ピース・シーカーは、俺と張れる男だ…!!」

 

先の宣戦布告を経て、力を認めた3人の男達。

 

期待と悪意を込めて、シキは虚空に呟く。

 

「……明日、グランドラインの本拠点に向かう。来るなら乗りな……歓迎するぜ?ジハハハハハッ!!!!」

 

その来訪を待ち遠しそうに笑い、拠点へと飛び去った。

 

 

 

 

マキノ達からのSOSにできる限りの速さで戻ってきたシーカーだったが、到着した時には、すでに村が更地になった後だった。

 

「ルフィ!!エース!ナミ………ッ!!」

 

弱い気配が3つ固まっている場所に急行すれば、2つの土の塔を削る、ナミの姿があった。

 

「ナミ!!」

 

「…シーカー……さん…っ…」

 

「これか……!!ルフィ、エース!?」

 

土塊の塔に巻き込まれるように顔を出しているルフィ達は、白目を向いて気絶しているし、ナミはそれを掘り出すために手をボロボロにしていた。

 

すぐに2人を救い出し、下に下ろせば、息苦しそうに目を覚まし、開口一番で2人は謝罪を口にした。

 

「…すまねぇ…シーカー…ッ!!俺達…マキノを…ッ!!」

 

「連れ去られてっ…おれっ…何も出来ながっだァ…!!」

 

「ごめんなさい…っ…!」

 

「いいんだ!今はお前たちが無事で良かった。」

 

帰ってきたシーカーが目撃した村の惨状は、絶望的なものではあったが、3人が無事でよかったと安堵する。シキが直接出向いてくるなど予想できるはずがない。

 

幸い、シキの部下になろうとしていた海賊は潰せたが、大切なマキノが連れ去られてしまっては、後手に回るだけだ。

 

いや、とそこで事の経緯を振り返るシーカー。良く考えれば、情報の出方も何もかもが都合の良すぎるものだった。

 

そこで初めて、嵌められたのだと気がついた。舌打ちを一つしたシーカーは、気を取り直して3人に尋ねる。

 

「……マキノは連れ去られたんだな?」

 

「うん……私たち…何も、できなくて……ごめんなさい…っ…」

 

「いいんだ。マキノは……気絶してるみたいだが、生きてはいる。見聞色を解除されたなら、早く救出してやんねぇと…父さんも今は新世界に居るらしいから、助けに来れねぇ。俺たちでやるしかねぇ。」

 

「こ、こっからわかったのか?すげぇなシーカー…!」

 

「あぁ、あそこくらいなら射程範囲だ。」

 

そう言って上空を指さし、遥か上にある天空島全域を見聞色で探ったシーカーは、既にマキノの居場所を掴んでいた。

 

とりあえず、と3人を手当したシーカーは、天を見上げる。

 

「敵の本丸に乗り込むしかねぇ……優先事項はマキノを救い出すことだが……現地民の捕虜までいやがる。派手な陽動は控えるべきか……いや…ルフィ、エース、ナミ…動けるか?」

 

様子を見ながら3人に問えば、3人ともが頷いた。

 

「あぁ!飯も腹いっぱい食ったし、怪我も治った!行けるぞ!」

 

「俺もだっ!」

 

「私も、行けます!」

 

「よし……あの鶏野郎を後悔させてやるぞ。」

 

初めて、3人の前で静かに怒りを発露させたシーカーに少しだけ震えたが、すぐに気を取り直した。

 

シーカーの言葉に、3人はそれぞれに頷く。

 

「へっ、派手に暴れてやる…!」

 

「乗り込んで……なら、準備しないと…ルフィ!手伝いなさい!」

 

「おう!わかった!」

 

「明日……移動を済ませグランドラインに入るらしい。それまでに準備を済ませるんだ。」

 

各々が準備のために解散したあと、月夜に照らされる島を見上げ、願うように呟いた。

 

「必ず……助けに行く。」

 

 

 

 

翌日、合流した4人は作戦決行のためにメルヴィユに乗り込んでいた。

 

「しっかし…とんでもなく強ぇ動物たちがいるんだなぁここ。フーシャ村じゃ有り得ねぇな。」

 

「あんな化け物達がいたら人間なんて滅んでるわよ!」

 

「元々はグランドラインの島だ。そりゃ生息してる動物だって強くはなるさ。」

 

空に浮かぶ森を突き進み、木々をかき分けながら、4人は行軍。彼らが通ってきた道には、一撃で気絶させられた巨大な動物たちが横たわっていた。

 

「んじゃあ、どうして現地民がいて、安全に過ごしてんだ?」

 

「あぁ、それは─────あれのお陰だろうな。」

 

エースの疑問にシーカーが答え指を指す。その先には、円状に植えられた木々に囲まれた集落が現れた。

 

よく見ると、その円の輪郭に使われている木には、動物が近づいていない。

 

「ダフトグリーン、動物が嫌う毒の粒子を漂わせる植物だ。お前たちも、あの傍で匂いを吸いすぎるなよ?」

 

「毒…!」

 

強い動物が集まる場所に生えている植物、ダフトグリーン。木が自衛の為に身につけた能力であるそれは、その島々に住む人々を守る防御壁にもなっている。

 

「とにかく、あの村に行ってみよう。少しでいい、情報を集めたい……ルフィ、エースはここで待っててくれ。ナミ、着いてきてくれ。」

 

「なんでナミだけなんだよー!」

 

「ばーか、ゾロゾロ連れて歩いてたら警戒されんだろ?なら、子供がいた方がまだ警戒はされねぇ。」

 

「あー!そっかァ!なるほど、シーカー頭いいなぁ!」

 

「っつーわけだ。待っててくれ……特にルフィ、お前に言ってるからな?」

 

「ルフィ!大人しくしてるのよ?」

 

「なんだ2人とも、シッケイだな!!」

 

まだまだ落ち着きのない弟に釘を刺して、ナミとシーカーは村に向かう。

 

「気をつけろ、ナミ。ほら、手を。」

 

「ありがとっ……シーカーさん、マキノさんはまだ無事?」

 

「あぁ、無事だ。今の所何もされてないようだ。」

 

「その……シキは…強いの?」

 

「……直接は見てねぇが……見聞色は俺が上だが……それ以外はなんとも言えん……能力も未知数だしな。父さんに、少し近い気配って言えばわかるか?」

 

「ガープさん並ってこと…?」

 

「必ずしも実力がそうとは限らないがな……けど、少なくとも10年以上のブランクがあるはずだ。俺レベルと戦うなら、そこは致命的な弱点になる。勝つさ、何がなんでもな。」

 

「うん……逆にシーカーさんが負ける光景が浮かばないというか……」

 

「負けらんねぇよ。こっちはマキノ奪われてんだ。」

 

さ、着いたぞ。とシーカーの言葉に、ナミは体を固めるが、シーカーがその緊張を読み取って、ナミの手を優しく引きながら進む。

 

閑静と言えば聞こえはいいが、実際のところ二人がたどり着いた村は、お世辞にも賑わっているとはいえなかった。

 

子供はいる、女もいる。しかし、その子供の母親かと問われれば、些か歳を食いすぎている。何より、男が一人もいない。

 

そう考えながら、村を進むと様々な目線が向けられる。

 

余所者を見る好奇の目線、怯えるような視線もあった。

 

そして、思い至る。

 

ここは、シキに支配された村なのだと。

 

そこに1人、こちらを柔らかな視線で見つめる老婆を見つけ、彼女がいいだろう、と声をかける。

 

「すまない、少し話を聞きたいんだが宜しいだろうか。」

 

「えぇ…構わないよ…あんた達は……シキの手先じゃ無さそうだ。」

 

「おばあちゃん、分かるの?」

 

「あぁ、わかるとも。なにせ、この白髪のお兄さんはお嬢ちゃんを気遣っているからね。手の握り方を見ればわかるよ。」

 

ニンマリと笑った老婆は、座っていた隣をポンポンっと叩いて、2人を座るように促した。

 

「失礼する。ここは…」

 

「ここはメルヴィユ……グランドラインでは、秘境なんて呼ばれ方もしたね。十数年前だったかね…シキが来るまでは、平和な島だったんだよ。」

 

「そうか……それは、この村に若い女や男が居ないことも関係して?」

 

そう聞けば、老婆はこぶしをギュッと握って俯いた。

 

「そうさ……やつは、若い娘と男たちを連れて中央に向かった……宮殿を作らせているらしい。昔は、動物達とも共存してたんだ…最近、動物達も凶暴になってきたし……奴らがなにか薬を撒いてるようでね。孫を満足に外で遊ばせてやれもしないよ……」

 

「そうか……宮殿の作りについて、何か知らないか?」

 

「そこまでは……でもきっと、村のようになっているはずだよ。猛獣達が近寄らないようにダフトグリーンで。」

 

そうか…と呟いたシーカーは立ち上がり、礼を言った。

 

「それが聞ければ十分……感謝する。礼は……おいたが過ぎた獅子狩りで勘弁してくれ。」

 

そう言って笑ったシーカーに、老婆はポカンとした後に震えながら笑った。

 

「随分な自信だ……アンタは、なんでシキを?」

 

「昨日妻をな、奴に奪われた。」

 

「昨日の爆音はそういう……」

 

んじゃ、と手を振ったシーカーは聞きそびれた事を思い出し、振り返る。

 

「最後なんだが……なぜ、手に羽が?」

 

そう、ここの現地民には、二の腕辺りから腕撓(わんとう)側部に羽毛が生えているのだ。

 

種族問題はデリケートではあるが、なるべく誤解がないように尋ねれば、気のいい老婆は元気に答える。

 

「あぁ、これかい?そうだね……私達はきっと、鳥になりたいんだよ。」

 

そうニッコリ笑った老婆に、ナミとシーカーは顔を見合せて不思議そうに首を傾げる。

 

そんな二人の様子を、老婆は楽しそうに眺めていた。

 

 

 

 

「───────やっぱりあの二人いないじゃない!!」

 

戻ってみれば案の定。2人は忽然と姿を消していた。

 

「はぁ……ナミを残すべきだったか…?いや、対して変わらねぇな。」

 

「もうっ!こんな時に!!───────キャッ!?」

 

「ナミっ!!」

 

仕方ないと探そうとすると、ナミの背後から木々が倒れる音が響く。咄嗟にナミの前に出たシーカーたちの前に現れたのは、巨大なライオン。仕方ないと槍を構えるが、背中からひょっこりと顔を出した見覚えのありすぎるふたつの顔に、2人揃って肩を落とした。

 

「シーカー!!こいつ!捕まえたんだ!!」

 

「この森の主だったらしいぜ!ま、俺たちの敵じゃなかったがな!」

 

「ルフィ、エース………いや、待てよ…?」

 

呆れそうになったシーカーだったが、二人が騎乗するライオンを見て考えを変える。

 

従順そうに従っているところを見るに、強者には従うという弱肉強食の摂理と一定の強者への忠誠心があるようだ。

 

これは、使えるとほくそ笑んだシーカーは、3人を集めた。

 

「─────これから、マキノを救う。」

 

「……おう。ついに乗り込むんだな?」

 

「あぁ、だがそれにはお前たち2人の働きが重要だ。これは、天でふんぞり返る生意気な老いた獅子を叩き落とす策だ。」

 

「俺たち…」

 

「2人の…?」

 

そうして首を傾げる2人に、シーカーは悪どい笑みを浮かべながら、2人に命じた。

 

 

 

 

「お前たち───────明日までにこの島のボス()になれ。」

 

 

 

 




いや、理論上可能じゃない?感情を読み取ることが出来るなら、読み取らせたりイメージを叩きつけたりだって出来るはずや…!!映画での視界のリンクとか、相手に感覚を見せてるわけだから、これに近い感覚です。そう思ってください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。