I AM INEVITABLE. (アジ・ダハーカ)
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終わりと始まり
1話


今現在オバロの二次創作がアツイので、この流れに便乗して前から温めていた作品を投稿してみることにしました。初投稿なので暖かい目で見ていただけると幸いです。


西暦2138年現在、DMMO-RPGという言葉がある。

 

<Dive Massively Multiplayer Online Role Playing Game> の略称であり、サイバー技術とナノテクノロジーの粋を集結した脳内ナノコンピューター網ニューロンナノインターフェースと専用コンソールとを連結。

 

そうすることで仮想世界で現実にいるかのごとく遊べる、体感型ゲームのことである。つまりはゲーム世界に実際に入り込んだごとく遊べるゲームのことだ。

 

数多開発されたそんなDMMO-RPGの中に、燦然と煌く一つのタイトルがある。

 

 

YGGDRASIL(ユグドラシル)

 

 

2126年に日本のメーカーが満を持して発売したゲームである。

 

700種類を超える種族、2000を超える職業クラス、6000を超える魔法の数々、自身のアバターやアイテム、住居等の外装、内包データの設定が可能、プレイヤーを待ち構えるのは、9つある世界からなる広大なマップ。

 

戦闘が主であった既存のDMMO-RPGと一線を画す、無限の楽しみを追求できるゲームとして、日本国内においてDMMO-RPGといえばユグドラシルを指すとまで言われる評価を受けていた。

 

しかし、それもひと昔の話である。

 

 

 

 

 

 

「サービス終了まで残り10分を切りましたね…」

 

「そうですね…」

 

見上げるほどに高く積み上げられた大量のユグドラシル金貨。数多の剣に盾、槍などの武器、鎧。

 

それらは全て神器級、伝説級であり、ユグドラシルのサービス終了を受けて格安で売りに出されていたものを全て買い取ったものである。

 

この空間はギルドメンバーに与えられた部屋の中でも特別製で、内装を弄り、空間を広げ、あらゆる財宝、マジックアイテムを周囲一体に集め、飾り付けることが出来る。

 

それが、ユグドラシルの極悪ギルドとして名高いアインズ・ウール・ゴウンの第一線で活躍したプレイヤー、イオニスの自室にして宝物庫である。

 

「それにしても、よくこんなに買い込みましたね?」

 

「最後だからこそですよ、モモンガさん。せっかく格安で売られてたのでコレクター心に火がついちゃいましてねー。それに僕の種族といったら、財宝に囲まれてなんぼですから」

 

「それもそうですね」

 

会話が途切れた事で沈黙が場を満たす。積もる話は幾らでもあるはずなのだが、こういう時にちょうど良い話が思いつかないのはよくあることである。

 

双方俯いて会話のネタを探す様子は、異形種であることもあって傍から見ればとてもシュールだが、当人たちからすれば非常に居心地が悪い。

 

もっとも、イオニスの種族は数ある異形種の中でも飛びぬけて巨体なため、俯くというよりは目線を下に向けている、といった方が正しいか。

 

「――ところで」沈黙を破ったのはモモンガだった。彼の目線に顔を合わせて、尋ねる。「この後、どうしますか?」

イオニスはしばらく思案した後「自分はここに残ろうと思います」と答えた。

 

「一緒に行きたい気持ちは山々なんですが、自分は財宝に囲まれたこの場所で最後の瞬間を迎えたいなと思いまして」

「そうですか……。私は玉座の間ですかね。あそこでサービス終了を待とうと思うんです」

 

一緒に残ったのに、最後は別々の場所なんておかしいですね、と互いに笑いをこぼす。先程までの重い雰囲気は既に無くなっていた。

 

モモンガが立ち上がり、笑顔のエモーションと共に別れの挨拶を交わす。

 

「それじゃあモモンガさん、お元気で。風の噂でユグドラシル2なんてのもありますし、また会いましょう」

 

「ええ。その時は、よろしくお願いします。お疲れ様でした」

 

「――モモンガさん」

 

扉を開けて立ち去ろうとするモモンガをふとした思いつきから呼び止める。

 

「はい?どうしました?」

 

「最後ですし、ギルド武器を持って行ってはどうですか?モモンガさんはギルド長ですし、終わりを迎える時ぐらいはモモンガさんの手にあった方がいいと思うんです」

 

モモンガは少し考えたのち、「⋯それもいいですね。それじゃ、持っていきますね。⋯では失礼します」そう口にして、今度こそ出ていった。

 

自分以外誰もいない部屋。今度こそ真の沈黙が舞い降りる。

 

「この世界も、栄華を極めた栄えあるナザリックも、もう終わりか…」

 

そう独りごちる。

 

「明日は何時起きだったっけ…後で確認しなきゃ」

 

サービス終了まで残り10秒を切った。

 

「(9、8、7、6、5、4、3、2、1…)」

 

脳内でカウントしながら━━━━

 

「⋯さようなら。アインズ・ウール・ゴウン。NPCの皆」

 

そう、呟いた。

 

 

そして、この世界は終わる━━━━

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

━━━はずだった。




ヘロヘロさんはカットされました。ただここからどうやって展開広げていこうか全く考えていないので不安ですね。


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2話

忙しい時期を抜けたのでぼちぼち更新していきますよ~


「…………ん?」

 

イオニスは目を開ける。そして驚愕とともに大量の疑問符を浮かべた。

 

サーバーダウンに伴う強制排出が起きないどころか、気づけば見知らぬ洞窟と思しき岩に囲まれた謎の空間にて佇んでいたからである。

 

また、つい先程まで己を取り囲んでいた数多の宝物達は跡形もなく消え去っていた。

 

「何らかのトラブルが発生しているのか…?」

 

自室に時限発動式の転移罠でも仕掛けられていたのだろうか。時計は直前まで確認していたため、時間を間違えているというのは考えにくい。

 

念のため確認するが時刻は0時1分37秒。0時は確実に過ぎている。

 

そして時計のシステム上、表示されている時間が狂っているはずが無い。

 

これは緊急事態だと考えたイオニスは、GMに連絡を試みようとシステムコマンドを開こうとして手が止まる。

 

一切の反応がない。シャウト、GMコール、システム強制終了入力。どれも感触が無い。同じ操作を再三繰り返すが一切反応しない。

 

「ふざけるな!糞運営が!最後の最後で何をしてやがる!」

 

怒声がこの空間に響き渡る。怒りのままに吠えるなど何年ぶりだろうか。

 

運営に対する怒りを吐き出しながらも頭の回転を止めていなかったイオニスは、ここである事実に気付き、怒りを通り越して頭が真っ白になる。

 

自身の手、いや前脚或いは前肢といった方が正しいか。その手は見慣れた人のものではなく、黒い鱗に覆われ、指先には武骨で長い鉤爪。

 

そのまま首を後ろに向ければ折りたたまれた翼があり、更には長い尻尾が見える。頭を触れば後ろ向きに生えた角があるのが分かった。

 

間違いなくこれはユグドラシルで使っていた自分のアバターのものだ。しかし問題なのは別にある。

 

()()()()()()のだ。

 

まるで生きているかのように自然とした挙動がある。

 

そして何よりこの身体を()()()()()()()()()()()()()()()()()。自分には翼も尻尾もなかったはずなのに。

 

生まれた時から自分には翼と尻尾が最初からあったかのように動かすことができている。できてしまう。

 

もしやと思い自らの口元に手を当てる。そして声を発する。

 

 

――口が動いた。

 

 

それはDMMORPG上の常識から考えればありえないことだ。口が動いて言葉を発するなんて。

 

なぜなら外装の表情は固定され動かないのが基本であり、たとえ表情を弄れたとしても発声に合わせて正確に口元を動かしていくのはほぼ無理に近いからなのだ。

 

ゲームとしてのアバターが己の身体のように扱え、尚且つ自分の挙動をしているとなると、考えられることはただ一つ。

 

 

――アバターとしての身体が現実になっている。

 

 

勿論ここがユグドラシルのどこかである可能性はある。或いは噂に聞くユグドラシルⅡが始まった可能性もある。

 

しかし、そのどれでもないだろうと彼は考えていた。

 

地面に触れ、匂いを嗅ぐ。

 

『触覚』と『嗅覚』が正常に働いているのが分かった。

 

これは仮想世界と現実世界を混同しない為の電脳法を思い切り破る違法行為だ。『触覚』に関しては元々ある程度機能はしていたがここまでリアルな感触はない。

 

「…なんにせよ、現状の把握が最優先か」

 

現状のままでは分からないことだらけ。

 

ここで頭を回転させるのもアリだが、幾つか試したいこともできたイオニスは、外の様子を確認するため、出口に向けて歩き始めた。



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3話

イキテル…イキテル…


「これは…」

 

外に出たイオニスは目の前の光景に圧倒されていた。

 

無限に広がる星空、連なる山々、大地を照らす月、息を吸い込めば肺に流れ込んでくる空気。

 

かつて居た世界では、空は黒いスモッグに常に覆われ、街は有害物質を含む濃霧に包まれている。

 

そのため防毒マスク無しの外出はほぼ不可能。太陽を見ることはほとんどできず、それ故に植物は枯れ果て、同様に虫や鳥などの生物もほぼ見られない。

 

生命に溢れ、昼は太陽が射し、夜は月が照らす、それらの姿は画面の向こうで閲覧出来るだけ。

 

生まれた時には既にそのような環境であったイオニスとって、およそ現実味の無いもの。

 

圧倒的なまでの情報(リアル)

 

記録や知識でしか知らぬモノ。

 

とあるギルメンが熱く語っていた雄大な自然がそこにはあった。それとともに確信する。

 

ここは仮想現実ではなく、現実であり、自分の知る世界ではない、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

情報に整理がついたため、イオニスは早速実験を開始する。

 

彼の種族は邪竜(イビル・ドラゴン)といい、背中には飛ぶための翼が備わっている。ユグドラシルでは、翼などの人間に存在しない部位はプログラムで動かされていた。

 

その上飛行するとなれば、そちらの操作に大部分を割かねばならず、剣で切り結ぶような空中戦はかなり難しいとされている。

 

では現実となったこの世界ではどうなのか?

 

当たり前だが、元人間であったイオニスは翼の使い方など知らない。

 

しかし、飛ぶための身体の動かし方は、12年間という圧倒的プレイ時間によって目をつぶってても行えるほどやり方を熟知している。

 

ユグドラシルがサービスを開始した初期の頃から最後の日まで、一度も種族変更をせずにプレイしてきたからだ。

 

だが、ゲームが現実となった以上、これまでのように身体を動かすことができるか分からないため、試す必要があったのだ。

 

最悪の場合、浮かび上がる練習からまたやり直さなければならないのだから。

 

四肢を踏み締めて地面を蹴り、同時に翼を思いっきり羽ばたかせる。

 

すると身体が完全に地面から離れ、空中に留まることに成功する。

 

「離陸、ホバリングは無事に出来る、と」

 

まるで以前からやり方を知っていたかのように、むしろユグドラシル時代よりもスムーズに、使いこなすことが出来た。

 

そして上に行こうと思えば、身体はまるでやり方を知っているかの如く、空を自在に舞うことができた。

 

そのまま速度を上げながら、どんどん上昇する。空を自在に舞える感動に浸りながら、ひたすらに上を目指す。

 

一体何メートル上昇しただろう。

 

イオニスは遙か上空にて月を見上げ、星々を眺め、そして世界を見下ろす。月光が大地を微かに見える程度に夜闇を晴らし、遠目には奥まで広がる森林が辛うじて視認できる。

 

なんと美しい世界だろうか。

 

今見ているこの景色だけは、あらゆる世界級(ワールド)アイテムにも勝ると確信できる。

 

「世界という名の宝、か。本物は、そのような陳腐な表現ではとても収まりきらないですよ、ブルー・プラネットさん」

 

可能ならこの光景を仲間と共に見たかったが、生憎と今は自分1人である。仲間のモモンガさんや他のフレンドも同じくこの世界に来ている可能性はあるが、伝言(メッセージ)は誰とも繋がらなかった。

 

道中で他の魔法や特殊技術(スキル)の使用も試しながら昇ってきたが、上昇中に周囲の温度がどんどん下がっていることや、風の強さが増していることが体感で分かったことから、この身体は相当に優秀なセンサーをお持ちらしい。

 

恐らくは竜の超感覚(ドラゴン・センス)のスキルによるものだろう。

 

元々は一定範囲内の敵の存在や視覚外から放たれた攻撃、向けられているヘイト値などを感知し、場合によっては警告を発するもので、種族レベルを上げるほど範囲は広くなり、性能が強化されていく特徴を持つ。

 

種族レベルは最大まで上げていることもあり、広い範囲をカバー出来るこのスキルは、100レベルのプレイヤーの集団やボス戦相手でも十分に使える優秀な代物だったが、今となっては生物はもちろん、周囲の温度や風向き、匂いなど、周囲の環境も含めたより詳細な情報を感知できるようになった。

 

不可視化や幻術、隠密行動などに対しては相手がいない為何ともならないが、そう都合のいい存在がいるとも限らない。

 

そもそも自分以外に知的生命体がいるのかすら分かっていない。小さな虫や小動物はセンサーに引っかかることから生き物がいることは確認しているが、それらは別の機会に試すとしよう。

 

また、これとは別に、竜の眼(ドラゴン・アイ)というパッシブスキルがあり、通常の視界の2~6倍までの距離を見通し、かつ闇視(ダーク・ヴィジョン)の効果によって、闇の中でも真昼のごとく見ることができる。

 

飛び立った場所を見れば、そこには地表面のすぐ近くを雲が通っているのが確認できることから、自分の目覚めた洞窟もこの目の前で連なっている山々に近い高さの位置に存在することが伺えた。

 

今日の所はこれで良いと判断したイオニスは、地面に降り、目覚めた洞窟の中で寝そべり、眠りについた。




何か間違いやこの表現おかしくね?みたいな箇所があればご指摘頂けると幸いです


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4話

お待たせしました


夜が明け、目が覚めたイオニスが一番最初に取り掛かったことは、周囲の探索であった。

 

人間の頃であればとっくに起床し、手短に朝食を終えて出勤していたところだが、この身体はとある職業クラスを修めた際に獲得した耐性の1つに飲食不要がある。

 

故に食事は摂らなくても活動することが可能だ。

 

次の仕事のことを考えながら眠りにつき、早朝から夜遅くまで過酷な労働に追われる。そんな日常は既に過去のもの。

 

人間関係やノルマに悩まされる事が一切ないストレスフリー。とても心地が良い。

 

なによりここは異世界なのだ。心ゆくまで冒険したいと思うのは当然だろう。

 

とっくの昔に失われた自然が目の前にあるのだから。

 

(とりあえずは、遠目に見える雪山を目指してみよう)

 

イオニスは地面を蹴り、翼を広げ、飛び立つ。そのまま速度を上げていき、空の世界へと躍り出る。

 

当然だがこの世界に何が潜んでいて、何が脅威となるかまるで分からない状態で、身を守る備えもせず目立つ行動をすることは大変危険である。

 

ここから1歩出るだけでイオニスを片手間に殺害できるような存在が闊歩しているかもしれないのだから。

 

モモンガであれば周囲の探索も慎重に行うだろう。魔法やスキルを用いて眷属を召喚したり、NPCいれば彼らにやらせるだろう。

 

しかしここにNPCはいないし、召喚も出来ないことは無いが、眷属にやらせるのも気が乗らない。

 

彼からすれば、この美しい世界の状況を、誰かを通して把握するのは非常にもったいない。

 

この瞳で、直接見て回りたいのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

移動を開始して3日が経った。渓谷や滝壺など、目まぐるしく変わっていく地上の様子を目に焼き付けながら、道中で見かけたモンスターは調査も兼ねて倒しつつ、探索を続けている。

 

様々な実験をしたあの日は流れで眠りについたが、ユグドラシルでは(ドラゴン)という種族は基本的に麻痺と睡眠に完全耐性を持つ。

 

それでも眠りにつくことはできたことから、恐らく外的要因で眠りに落ちることは無いが、自発的に眠ることはでき、眠らずとも活動に支障は無い、といった方が正しいと言うべきか。

 

三日三晩、飛び続けることが出来たのはそのためだろう。

 

食う必要もなければ、眠る必要も無いとは、なんと便利なことだろうか。最早食事や睡眠といった生体活動は自分にとって娯楽でしかない。

 

また、発見したモンスターと実際に戦って判明したことだが、この世界のモンスターはとても弱い。

 

レベル換算で強い個体でも10に届くかと言ったところ。

 

話にならないほどに脆弱である。少しは手応えのあるものを期待したが、爪の一振で細切れにされ、噛みつきでバラバラの肉片になり、尾を叩きつければ地面の染みと化し、ブレスを浴びせれば灰も残らなかった。

 

戦いというにはあまりにも一方的過ぎてモンスターの方がとても哀れである。

 

また、会話のできそうな知的生命体とも遭遇していない。普通の動物からユグドラシルのモンスター、或いは初めて見るモンスターなど、この3日間で様々な生き物を見かけたが、その殆どがこちらを見るなり一斉に逃げ出し、或いは身を守るためかその場に蹲るなどしたが、稀に敵意剥き出しで立ち向かって来る者もいた。

 

前者2つは自分ドラゴンだし、ビビるのはまぁ普通では?と言える反応だが、レベル10前後ぐらいしかない程度の実力でありながら逃げずに立ち向かってくるモンスターがいるのには驚いた。

 

何かしらの逃げられない事情でもあったのだろうか。子持ちだったとか?まぁ考えてもしょうがない事だろう。

 

捕まえて意思疎通を試みたこともあったが、如何にこちらが出来るだけ優しく、丁寧な口調で話しかけても、相手の反応は上記と大して変わらず、それどころかより血相を変えて自分から逃れようと全力で抵抗するだけだった。

 

結果、人間が道端の蟻に話しかけるような、一方通行の構図が出来上がる。

 

あまりの手応えの無さに思わずため息が出てしまう。

 

そろそろ現れないものだろうか、会話のできる奴が。

 

道なりは遠い。

 

 

 

 

 

更に移動することしばらく。日数のカウントは途中で飽きてからやっていない。

 

草木は消え失せ、ゴツゴツとした岩場が続く殺風景な地形も通り過ぎ、辺り一面銀世界に包まれた降雪地帯に入った矢先、竜の超感覚(ドラゴン・センス)にこれまでとは違う気配が引っかかった。

 

数は1。今まで遭遇したモンスターと比べて強い気配を感じる。

 

(すわ知的生命体か!?次は話せる相手なんだろうな!?)

 

知的種族とのコンタクトはほぼ諦めていたが、今回こそは行ける気がする。

 

竜の直感がそう訴えている。そろそろ会話が出来るやつが現れてもいいんじゃないかと思っていたところだったのだ。

 

この際種族は問わない。会話が可能な知性があればいい。

 

とにかく情報が欲しい。でもその前に俺と言葉を交わして欲しい。

 

ドラゴンとは群れで生活をしない孤高の存在であり、基本的に他者と交流をすることは無い。

 

そんなフレーバーテキストが頭をよぎったが実際に自分が孤立するとなると話が変わってくる。

 

この身は既に人外のものとはいえ、精神まで完全に変貌したかと言うと、そういう訳でもない。

 

人間だった頃の価値観や習慣などは、残滓のような形で残っている部分もある。

 

実験の後眠りについた時もそうだ。この衝動も、かつて人間として生きていた頃の名残だろう。

 

逆に人間の頃であれば躊躇したであろう「殺し」に対する抵抗感は既に無い。

 

自分の手で下したこと、それによってミンチと化した死体を見ても何とも思わない。

 

必要とあらば容赦なく敵を害する。これはこの身体になってから初めて手に入れた価値観だ。

 

とはいえ、今この時は人間時代に培ったコミュニケーション能力が試される。

 

報告、連絡、相談を筆頭に他者との意思疎通、情報交換は、社会では必須のスキル。

 

あの荒廃した世界で生きていく上で培われた対人スキルは、この世界でもきっと役に立つはずだ。

 

この世界で初の現地人交流だ。ユグドラシルでは異形種に対する認識はとても厳しいものだったが、この世界ではその常識が違う可能性も大いにある。

 

第一印象は非常に大事だ。何事も先ずは挨拶からだ。

 

相手の目をしっかりと見て、相手より先に挨拶をすること。

 

明るい笑顔でハキハキと喋ることも忘れない。初対面で好印象を持たせるためのコツが全てここに詰まっている。

 

ここまでやれば相手側も元気に挨拶を返してくれることだろう。少なくとも悪印象を抱かれることは無いはずだ。

 

手土産を渡し、世辞を言い、その後こちらの要求を簡潔に伝える。場合によっては相手から何か要求されることもあるかもしれない。

 

その場合は無理のない範囲で応じる。鱗や爪などを求められたら流石に困るかもしれないが、1、2個あげるぐらいなら別になんともない。

 

場合によっては相手側が法外な要求をしてきたり、失礼な態度をとる可能性もあるが、私は広い心を持つ人間(ドラゴン)である。

 

思わずくしゃみをしてしまい、相手にブレスを浴びせてしまう可能性があるが、くしゃみは生理現象なので目を瞑って欲しい。

 

実力行使は最後の手段だ。交渉が決裂しない限り私からは決して手を出さない。

 

大きな期待と希望を胸に抱き、イオニスは現場に急行する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヘジンマールは過去100年以上の時を過ごした中で、間違いなく過去一の速度で走っていた。

 

今すぐ住居に帰りたい一心でいっぱいだった。くそったれ、などと毒づくぐらいには外に出たことを後悔していた。

 

彼は迫りくる危険から必死に逃げながら、この状況を作り出すきっかけとなった父親を呪っていた。

 

約一時間ほど遡る。いつものように書物を読みふけっていたところ、どこから聞き付けてきたのか、あの自称偉大なる白き竜王ことお父上が部屋に乗り込んできたのだ。

 

そして驚きに呆ける自分をを冷たい目で見下ろすなり「碌な働きもせず、貴様は部屋に引きこもって何をしているのだ?ドラゴンともあろう者がその体たらく、この白き竜王の息子として実に示しがつかぬ」とか捲し立ててきたかと思えば「少しは狩りでもして身体を動かさんか」などと怒鳴りつけられ、更には獲物のひとつでも狩ってくるまで帰ってくることは許さんなどと言い出し、強引に外まで引き摺られ締め出されたのだ。

 

この身は100年以上生きたドラゴンとはいえ、ブクブクと肥え太ったこの身体で戦闘などとても自信が無い。

 

むしろ苦手を通り越して弱いとさえ思う。

 

父達のいう、あるべきドラゴンの在り方というものにどうしても馴染めず、いつものようにドワーフの書物を読み漁り、様々な知識を得ていた所を邪魔された上、挙句狩りを成功させるまで帰宅禁止ときた。

 

筋金入りのインドア(ニート)であるヘジンマールにとっては、この暴挙に対して断固として抗議したいところだったが、先程述べたように戦闘面は苦手を通り越して最早弱点の域。

 

父親は勿論、歳下の弟や妹にすら負けるかもしれないのだ。

 

恐らく可能だが、空も満足に飛べるのか分からない。唯一ドラゴンブレスだけは年相応の威力を誇るが、ここは寒冷地帯である以上、冷気に耐性を持つモンスターは多い。

 

そんな自己分析を行っていたところ━━━━

 

ぞわり

 

ヘジンマールは全身の鱗が逆立ったような感覚を覚えた。

 

恐ろしい()()()が来ている。

 

自分の鈍った本能でさえも警鐘を鳴らすような何かがこちらに向かっているのを感じ取る。

 

そちらに目を向ければ、黒い何かが物凄い速度でこちらに迫ってくるのが見えた。

 

ドラゴンとしての鋭い視力も他と比べて劣っているせいか、あれがなんなのかまではまだはっきりと判別出来ない。

 

あれはほんとに生き物だろうか?いや、翼や尻尾が辛うじて見えたことから生き物なのだろう。

 

(いやいや!そんなことはどうでもいい。アレがなんなのか気になるかといえば気になるけど、とにかく逃げないと!)

 

劣っているとはいえドラゴンの眼をもってしても追い切れない速さで飛んで来るものがこちらに害を与えない訳が無い。

 

しかし、

 

(無理だ!逃げようにも間に合わない!)

 

黒い点にしか見えていなかったソレは、こちらが逃げる姿勢を見せた途端、より速度をあげてこちらに向かってきた。

 

(ひぇええ!!ぶつかるぅ!!)

 

そしてそのまま一切減速することなく、半ば墜落するような形で地面に衝突した。

 

大きな轟音と風圧、そして全身を殴られたかのような衝撃がヘジンマールを襲った。

 

文字通り山そのものが揺れたようだった。

 

地面ごと身体が吹き飛ばされ、宙を舞う。衝撃を和らげるため、体を丸めて受け身の姿勢をとる。

 

大きく叩き付けられ、全身を激痛が襲うが、身体を覆う鱗と脂肪のおかげでダメージはそこまで受けていない。それでもめちゃくちゃ痛いけど。

 

やがて砂煙や石片が晴れ、目線をそちらに向けると━━━━

 

 

 

 

 

父親よりも遥かに大きな、見たことも無い黒いドラゴンがこちらを睨み付けていた。

 

 

 

(はい到着~。さあ、オハナシしよう。まずは挨拶からだ)

 

今度こそ絶対に逃がさないように、飛ぶというよりは落ちると言えるようなかなり乱暴な方法で着地したが、四肢も頑丈に出来ているためか、痺れひとつ無い。

 

見つけたのは霜の竜(フロスト・ドラゴン)だろう。

 

寒冷地帯のフィールドで見かけるモンスターで、冷気のブレスを吐き、冷気に完全耐性を持ち、火に弱い特性を持つドラゴンである。

 

着地時の衝撃に巻き込んで怪我をさせてしまったかもしれないが、その時は治療すれば良い。

 

死んでしまったのなら、蘇らせれば良い。

 

また、全体的に細い見た目をしているはずの霜の竜(フロスト・ドラゴン)にしては些か太っているような気がしたが、そんなことはどうでもいい。

 

会話が可能な相手であることが重要なのだ。

 

そして、イオニスはこの地で目覚めてから今に至るまでに思い浮かんだ無数の疑問を消化するべく、意気揚々と話しかけようとして、

 

「こんにちh」

「ひぇええええええええええええ!!!!!」

 

全力で逃走された。




フォントとか特殊タグ初めて使ってみたけど面白いねこれ
更新次も間空く可能性が高いです


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