袁家から始まる中華統一 (鈴木颯手)
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登場人物紹介(12月20日更新)

第三十六話までのネタバレを含みます。注意してください
赤文字→故人


南陽袁家

板垣莞爾←更新

今作の主人公。本編開始時(第一話)で袁術に仕官するとたった半年でナンバー3に上り詰める。その後は邪魔な張勲を殺害しつつ板垣に不満を持つ人物たちを粛清して以降は宰相の地位に上り詰めて事実上南陽袁家を取り仕切る立場となった。そして、荊州内乱を利用して自身の仕官前から存在する大物である紀霊将軍を殺したことで事実上乗っ取りに成功した。この内乱を終えた後は荊州の半分を支配下に置き、事実上中華一の大勢力となった。内乱後は内政に集中し、中華一の勢力をまとめ上げた。さらに秘密裏に現代兵器で武装した特殊部隊を設立している。

反董卓連合ではついに総大将として出兵し、南陽袁家の力を見せつけるようなパフォーマンスを披露する。軍議においては終始流れをつかみ思い通りの展開に持ち込んでいる。

汜水関攻略時に華雄と一騎討ちをしたがその際に孫策も視認できなかった速度でもって華雄の首を一刀で切り落とした。しかし、一騎討ちはする前から反対されていた為に終わった後は怒られる結果となった。

その後の虎牢関攻略の軍議にて劉備に対して1万の兵を貸し与えた。戦後にたくさん搾り取る予定。董卓軍の奇襲時には後方にいたために貸した兵以外に損害はなかったが代わりに董白からの文を受け取り、孫策と周沙を連れて話し合いに向かい、董卓軍の主要メンバーを手に入れる代わりに保護を約束した。

虎牢関攻略は終盤まで何もせずに終わった。

謎が多い人物で、仕官前の素性は誰も知らない。特殊な能力を持っているようだがそれも真偽不明となっている。

その正体は人生を2回経験してきた人物。元々は遥か未来の中国に生まれたが国共内戦時に中華民国側として戦ったがその際に中共に故郷を焼かれて全てを失った。以来、中共引いては共産主義に対して憎悪を持つようになり、資本主義というより弱肉強食の思想が強くなった。死後に神と出会い、特典として「何でも保存していいつでも取り出せる空間」のような物をもらって日本人に転生する。転生後はそれまでの経験を生かして起業し、大企業の会長になって様々なものを収集し、天寿を全うしたのちにこの世界に転生した。

自分の秘密の事は誰にも言うつもりがなく例外として未来の兵器を取り扱う部隊の指揮を任せた賈詡にだけ話しているがそれ以外にはいうつもりがない。

彼の最終目的は中華を統一したうえでユーラシア大陸を統一すること。そして、その過程で欧州の歴史を大きく狂わせる事である。具体的には中華があれる原因となったイギリスやロシアが誕生しない若しくはこちらに向かってこれないような歴史にすること。それをいち早くなすために規模がでかい癖に優秀な人材がほぼいないから乗っ取りがたやすかった南陽袁家に仕官した。

知略に優れている他武勇もあるが宰相になってから頭を使う事ばかりになっている。謀略を得意としており、様々な面で暗躍を行っている。

名前のモデルは板垣征四郎と石原莞爾。理由は特にない。強いて言うのなら書く直前にWikipediaを読んでたくらい。

 

周沙

板垣の腹心。元々南陽に存在した賊だったが板垣に降伏して彼の家臣となった。板垣の教育を受けた結果軍政両方に精通した傑物となる。曹操からは武は夏候惇と戦え、知では荀彧などと同じと評価される。

荊州内乱においても1万の兵を率いて出陣した。討ち死にした紀霊将軍と違い順調に反乱地域を鎮圧していき、劉琦側と共に決戦を挑むまでに至った。

反董卓連合では5万の兵を率いる将となる。

モデルとかはいない。強いて言うなら元黄巾党と言われている周倉。

 

袁術

蜂蜜水の誘惑に負けて板垣を仕官させてしまった南陽の太守。板垣が持ってきた蜂蜜水を飲んでから虜になり、以前にもまして蜂蜜水を求めるようになり、張勲の暗殺後には更にのめり込むようになる。結果として宰相に任じた板垣に国政の一切を一任して表に出て来なくなった。

見た目だけなら天使。

 

張勲

袁術の側近。袁術が堕落する原因と呼べる人だが知能は高い。板垣の危険性に気付き排除を狙うが仕官直後から袁術が蜂蜜水の虜になっており、それを持って来る板垣を排除できない状態となってしまう。結果として手を出しあぐねていたが先手を打った板垣に暗殺され、反板垣派の人間の粛清に利用される。

正直に言ってちょろい袁術陣営内で唯一の強敵と言える人物と考えている。

 

紀霊

袁術陣営で最も武勇に優れた武将。軍事面では一番の権力を持っている。

……が、仕官の際に出てきて以降特に出番はなかったが荊州内乱を受けて2万の兵を率いて出陣する。黄巾の乱では兵の鍛錬を行っていたらしい。

しかし、義陽を難なく平定したが続く江夏で黄祖の罠に嵌りまともな活躍を見せる事無く討ち死にした。更に、紀霊将軍が消えた事で板垣が仕官する前に存在した権力者が全滅したために事実上南陽袁家の乗っ取りに成功した状態となる。

胸は大きくもなく小さくもない微妙な大きさ。板垣に対しては仕官の際に褒められた事や賊の地図を持ってきたことで友好的だったが板垣にすれば紀霊将軍は邪魔以外の何ものでもなかった。

 

魯粛

史実では孫家に仕える軍師だがその前に南陽袁家に登用され、紀霊将軍配下の軍師となった。その為、黄巾の乱では活躍してない為に荊州内乱の出兵が初陣となっている。

しかし、明らかに罠と分かる状態で突っ込んだ紀霊将軍を止める事が出来ず、生き残った兵を連れて義陽に撤退した。

反董卓連合では全体を率いる軍師となる。汜水関攻略時には失言しながら一騎討ちを望む板垣に苦言を呈した。

この作品でも上昇志向は強く、失言も多い。因みに史実でも魯粛は袁術に仕えていた時期があるらしい。

 

孫策←更新

孫家の太守。元長沙太守の孫堅の長女だが孫堅死後に長沙を劉表に奪われ、一族や家臣とともに流浪の身となる。最終的に板垣のもとにたどり着き、散り散りになる可能性を持ちながら仕官し、孫家の再興を目指している。黄巾の乱において周瑜と共に出陣し、豫洲の平定を行った。

内乱後は長沙の太守に就任するが長沙が南陽袁家の領土の為に引き続き従属状態にある。

反董卓連合では長沙の私兵と板垣から借りた兵を率いて出陣する(南陽袁家の配下のため、原作と違い軍議には参加しなかった)。華雄と板垣の一騎討ちでは板垣の武勇に驚き、恐怖心や闘争心の他に何かを感じた模様。

董白との話し合いにもついていき、わずかな情報から正確な状況を当てている。

板垣からの信頼は厚く、別動隊の総大将に任命され、見事洛陽を陥落させた。

一方で知らず知らずのうちに今の環境に居心地の良さを覚えており、周瑜に言われるまで独立する気概を失いつつあったが周瑜の言葉で葛藤するようになる。

 

周瑜←更新

孫策とは断金の交わりと言う深い友情(愛情?)で結ばれた仲。南陽袁家に仕官後は孫策とは別々の部隊で働いていたが黄巾の乱では孫策と共に鎮圧に向かった。

反董卓連合でも孫策を支え、別動隊にも参加した。その際に孫策に対して独立する気があるのかを尋ね、葛藤させる原因を作った。

 

黄祖(元劉表配下)

江夏太守。劉琮側の主要メンバーの一人。紀霊将軍の迎撃の為に江夏に戻るがその際に勝手に襄陽の兵を引き抜いていた為に蔡瑁に激怒される。

江夏に侵入した紀霊将軍を2万の兵ごと葬り去った。裏設定だけど孫堅も同じように嵌め殺しにした。

荊州内乱決戦後に板垣に降伏した。

 

周倉と廖化(元黄巾族)

張曼成の配下にいた人物。両者ともに優秀で周沙を相手に有利に戦況を運んだ。漢軍到着後は形勢不利と判断して戦場から逃亡。無事に逃げ延びる。

荊州内乱後に板垣に仕え、反董卓連合時にも兵を率いて参戦する。劉備に貸し与えた1万の兵の指揮を任される。董卓軍の奇襲時には呂布軍と戦うも呂布の前には歯が立たず、関羽と張飛に代わりを任せて兵の指揮に専念した。

 

荊州劉家

劉表

荊州刺史を持ち、南陽と魏興を除く荊州北部から中部にかけて勢力を持つ。劉表本人に大した能力はないものの、配下には優れた将が多い。

豊かな南陽を手に入れようと5万の兵を出したが1万の兵をひきいた紀霊将軍に返り討ちに遭う。黄巾の乱終結直前に再び8万の兵を動員するが侵攻前に暗殺される。

 

劉琦

劉表の長女。14歳の少女で僕っ娘。本人に権力欲は全くなく、劉琮が望むのなら刺史の座を譲っても良いと考えていた。しかし、それを実行する間もなく劉琦が刺史に任じられてしまい、蔡瑁達が劉琮を担いで内乱を起してしまった。その際でさえ自分の首を差し出して穏便に終わらせようとしたが南陽袁家の早期介入により失敗。戦後、荊州が南陽袁家に良い様にされてしまう可能性が高い事に嘆く。

荊州内乱決戦では本陣にいたために特に活躍していない。鎮圧後は正式に荊州刺史となるが領土は内乱時より縮小した。

反董卓連合にも参加する。虎牢関攻略のための軍議では曹操・劉備と共に第一陣に指名される。しかし、その後に起きた董卓軍の奇襲で呂布軍の攻撃を受けてしまい壊滅的な損害を受けてしまい、戦闘の継続が不可能となった。

本当は一人称は私だったが酔った作者によって僕っ娘にされてしまう。実際口調が私より似合う感じだったし。

 

黄忠

劉表配下の武将。弓の名手。璃々と言う娘がいる未亡人。

板垣によって璃々を誘拐され手ごまとして利用される。その第一歩として主君である劉表の暗殺を実行させられる事になる。荊州内乱では劉琦側についていたが同じく劉琦側についた交友のある厳顔の手によって牢に入れられた。

 

璃々

黄忠の娘。板垣に誘拐される。

 

厳顔

劉表配下の武将。特殊な武器を使うらしい。

黄忠とは交友があるが荊州内乱後から様子の可笑しい事から劉表暗殺の理由に気付き、更に情報を集める事で板垣による指示の可能性が高いという事を突き止める。そして、黄忠を牢に入れると改めて板垣と交渉する為に南陽へと向かった。

黄忠への対応を既に知っていた板垣によってアポなし訪問であったものの話をする事が出来た。結果として彼女は自分と黄忠、璃々の安全の為に荊州を売る事を決め、板垣もそれを受け入れた。

荊州内乱決戦では張允軍と相対した。

 

蔡瑁

襄陽の太守で劉琮側の主要メンバーの一人。事実上の総大将として全体の指揮を行っている。

黄祖に勝手に兵を持っていかれて激怒した。

荊州内乱決戦では自ら1万3千の兵を率いて周沙の足止めを買って出るがまともな足止めすら出来ずにいい様にやられて討ち取られる。

 

張允

蔡瑁の親戚。劉琮側の主要メンバーの一人。黄祖からの手紙を蔡瑁に渡した。

荊州内乱決戦では厳顔軍と相対した。

 

漢王朝

霊帝←New

隷帝とも揶揄される漢王朝の皇帝。袁紹達反董卓連合に参加した諸侯をほめた。

 

皇甫嵩←更新

漢王朝で数少ないまともな上に優秀な人。女性としての幸せを犠牲に軍人として成功した。朱儁や曹操を率いて討伐に出る。

反董卓連合では直接諸侯と戦う事はなく、長安の守備に就いていたが董卓が南陽袁家に降る事を決めるとそれに従い動き、孫策たちを招き入れた。

戦後は何進の地位に就いたが彼女も南陽袁家に降ったために事実上漢王朝の軍事力は消滅した。

 

曹家

曹操

言わずと知れた後の魏の王。現在はまだ都で頭角を現したばかりで自分の勢力を持っていなかったが黄巾の乱での功績を受けて陳留の太守となる。それでも親戚の夏候惇や夏侯淵、軍師に荀彧と言う優秀な人物を抱えている。

反董卓連合時に板垣と対面する。お互いに最大の敵となるだろうことを認識することとなる。虎牢関攻略では第一陣に指名される。しかし、その後の董卓軍の奇襲で李傕軍と張遼軍の攻撃を受けてしまう。本陣からの指揮では意味がないと悟ると危険を冒して前線で指揮を執り、曹操軍の崩壊を辛うじて食い止めたが壊滅的な被害は免れなかった。

その後は劉備達と協力して虎牢関の裏手から奇襲をかけたりしたが失敗に終わる。戦後は李傕や張遼相手に戦い抜いた為か済陰をもらっている。

今のところ出てきていないが百合も健在。

 

夏候惇

曹操の配下。武勇に優れている。まだ左目は見えている。

董卓軍の奇襲では李傕軍と戦うが翻弄されてしまい、満足に戦闘をこなすこともできずに終了する。

 

夏侯淵

曹操の配下。夏候惇の妹。董卓軍の奇襲時には前線で指揮を執った。

 

荀彧

曹操の配下。男嫌い。

董卓軍の奇襲時には本陣から指揮を執った。

 

河北袁家

袁紹←更新

河北袁家の当主。馬鹿だけど優秀な人材が揃っているために河北にて一代で勢力を築き上げた。

董卓軍の奇襲時には総大将故に後方にいたために損害はなかったが曹操に貸し与えた兵は全滅させられた。

第二陣による虎牢関攻略では何時までも落とせない第二陣に失望して自軍を向けるが結果的に顔良と文醜という二枚看板を失うこととなり、茫然自失となる。それでも洛陽では総大将として皇帝との謁見はきちんとこなした。

反董卓連合の発起人として冀州全土を領有する。

史実においては曹操を追いつめられるだけの名君だった。馬鹿みたいな風評は確実に早死にしたうえで河北袁家がお家騒動で衰退からの曹操に攻め滅ぼされたのが原因。一歩違えば魏は袁紹の勢力だったかもしれない。

 

田豊←New

袁紹軍の軍師。指示を聞いてくれない袁紹に振り回されつつも軍の強化を行っていた。その一環として超高価な金で覆われた床弩と攻城櫓を用意した。

 

顔良←New

袁紹の二枚看板の一人。袁紹軍の中にあって田豊とともに数少ないまともな感性を持った人物。巨大な大金槌を武器に戦う。

虎牢関攻略時に文醜とともに李傕と闘い、囮となったために重傷を負う。そのまま文醜と撤退しようとしたときに李傕によって壁からともに落ちて落下死した。

実は当初は死ぬ予定ではなく、殿を務める李傕を文醜とともに討ち取る予定だったが壁上での戦いとなり、道連れに全員死なそうと思いつきこうなった。後悔はしている。

 

文醜←New

袁紹の二枚看板の一人。袁紹と同じく後先考えない性格で顔良を振り回している。常に顔良を自分の嫁と言い張っている。

虎牢関攻略時に顔良とともに李傕と闘う。顔良の捨て身の囮で李傕の隙をついて重傷を負わせることに成功した。そして瀕死の顔良を連れて自軍に戻ろうとしたときに李傕によって顔良共々壁から落とされて落下死した。

 

劉家

劉備←更新

言わずと知れた三国志の英雄の一人。黄巾の乱時に義勇軍を組織し、賊と戦った。その功績で平原の相に任じられている。

反董卓連合にも参加する。虎牢関攻略では曹操・劉琦と共に第一陣に指名されるが兵の少なさから難しいと考えていたところに板垣から兵を貸すという申し出を受けてあっさりそれを了承してしまう。

董卓軍の奇襲時には唯一攻撃を受けなかったため、隣の劉琦軍の救援に向かう。

その後は曹操たちと共に虎牢関の裏手から奇襲をかけるが失敗する。

戦後は陶謙配下となって徐州の東海に移封となる。

 

諸葛孔明

言わずと知れたはわわ軍師。虎牢関攻略のための軍議にて板垣の兵を貸し与える事に対してその真意を理解していたが主があっさり了承したために頭を抱えることとなった。

 

関羽

劉備と姉妹の契りを交わし、次女となった女性。劉備を武の方面から支える。

董卓軍の奇襲時には周倉と廖化を救援し、呂布と戦った。

 

張飛

劉備と姉妹の契りを交わし、三女となった少女。劉備軍一の怪力を誇る。

董卓軍の奇襲時には周倉と廖化を救援し、呂布と戦った。

 

董家

董白←更新

董家一族の少女。董卓と同年代で似た容姿をしている。反董卓連合の中で板垣に注目し、彼に保護を求めた。それを受け入れる条件を賈詡に持ち帰り、彼女とともに準備を開始した。

南陽袁家によって洛陽が落とされる際には董卓を連れて脱出したが董卓の境遇を悲しむ。

 

賈詡←更新

董卓軍を支える軍師。政治にも明るく、そちら方面が不足しがちなために軍政両方を一手に引き受けることが多い。

董卓軍を支えながら十常侍亡き後の洛陽の統治をしていたが文官からの嫌がらせでストレスをため込んでいた。そんな中で董白が持ち帰った南陽袁家での保護の条件を聞き、この状況を打開するために準備を始めた。

南陽袁家による洛陽攻撃時には兵を率いて迎撃に出るも孫策に捕まる。その後は板垣によって董卓のためなら清濁併せ吞む覚悟を見出されて近代武器を装備した部隊の指揮官に命じられる。その際に彼の過去を知り、そのうえで彼に協力する道を選び、彼に真名を預けた。

ちなみに彼女は今後拡大する現代兵器部隊や諜報組織など表にできない組織や集団を一手に抱えこんで過労死レベルで酷使される予定。僕っ娘キャラで大好きだから優遇(?)しているだけ。

 

華雄

董卓軍の武将。圧倒的な武を持っているがプライドが高さと突撃癖のせいで全く生かし切れていない。汜水関の守りについていたが板垣の挑発に乗り一騎打ちを仕掛けるが返り討ちにあう。

結構序盤から登場するキャラなのに真名が分からないなどある意味可哀そうな人物。白月の灯火ではそれが明かされるのか謎を持っているらしい。

 

張遼

董卓軍の武将。なぜか関西弁で話す。だけどそれがいい。

汜水関の守りについていたが華雄が勝手に兵を連れて出陣した上に瞬殺された事を受けて汜水関の防衛は不可能と判断して放棄した。と、同時に一瞬で華雄を殺した事で板垣にトラウマのような恐怖心を植え付けられることとなった。

その後の奇襲時には曹操軍と激突。特に戦果を挙げることはなかったが無難に戦った。

 

李傕←更新

董卓配下の武将。豪快な性格をしている一方で配下の兵は姑息・卑怯といえる手を平気で使う。

奇襲時には曹操軍と戦い、夏候惇を封じ込めることに成功した。

虎牢関攻略では董卓軍が降るために必須な呂布と張遼を失わないために一人で指揮を執るが袁紹のごり押しの前に突破されそうになり、急遽自分も前線に立つが二枚看板に致命傷を与えられる。その結果、二人を道づれに落下死する。

張遼からは旦那と呼ばれて慕われているほか董卓軍でも一定の評価を得ている。しかし、反董卓連合までは基本的に留守を任されていたために外部で彼の実力を知る者はほとんどいない。

元々は虎牢関を奪われて敗走する中呂布と張遼を逃がすために殿を務め、二枚看板に殺される想定をしていたが虎牢関が落ちなかったために道連れという形になった。

 

呂布

董卓配下の武将。中華最強の武将として名が通っている。

奇襲時には劉琦軍と戦い、配下の兵とともに壊滅にまで追い込むが周倉と廖化に邪魔をされる。しかし、その武で二人を圧倒し、討ち取る寸前まで行くが直後に関羽と張飛が乱入。そちらと闘いをすることとなるが決着はつかずに撤退する。

 

陳宮

呂布配下の軍師。実力はあるが経験不足が足を引っ張っている。

 

咒可←更新

董白付きの侍女。女尊男卑に染まっており、板垣を男というだけで嫌悪し、酷評した。

元は西方民族の出であったが故郷が襲撃され、男たちの性奴隷となっていたが董卓に救われ、董白の侍女として仕えることとなった。名前はその際に現在の物に改名した。

 

馬家

馬超

涼州馬家の当主代理人。槍の使い手だが馬鹿。

反董卓連合にも参加し、虎牢関攻略のための軍議では第三陣に指名されるがその意味を理解していなかった。

 

馬岱

馬超の従妹。馬超より頭が回り、フォローしている。

 

黄巾党

張角

黄巾党を結成して反乱を起こしたとされる人物。本編に登場する事もなくフェードアウト。え?三姉妹の歌手?曹操にでも引き取られたんじゃない?

 

張曼成

史実では南陽で蜂起した南方における重要人物。南陽が安定していた為に豫洲で力を蓄え、蜂起する寸前に周沙に見つかり奇襲を受ける。その後は数を生かして追い詰めるが漢軍の到着により敗北。周沙に首を切られる。最後はどこぞの30人切りに似た台詞を言って死んだ。

 



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第一章【漢王朝編】
第一話「仕官」


「そなたが妾に仕えたいと申している者か?」

 

 その日、荊州は南陽を拠点とする袁術の下に一人の男が仕官をしたいと訪れていた。本来、袁術が態々会って話す必要もない人物であったが、担当した者の推薦と手土産にと持ってきた品物につられて直接会う事となっていた。

 そして、その周りには袁術を甘やかし、好き勝手に振舞わせる原因となっている張勲、袁術陣営最大の武勇を持つ紀霊が護衛の為にそろっている。政治と軍事のトップにこの国の長が揃った状態に大抵の者は震えあがるだろう。

 しかし、男はそんな様子は見せずににこりと笑みを浮かべて下げていた頭を上げる。

 

「はい。荊州において、いやこの大陸において最も優秀と噂される袁術様の下で働きたいと思いまして」

「おお! 中々分かっておるではないか!」

 

 男の見え透いた言葉に袁術が機嫌を良くする。たったこれだけの様子から袁術の能力が見て取れるが、そんな事はどうでもいいとばかりに男は続ける。

 

「本来であれば卑しいこの身、小間使いでも充分すぎますがなんと態々袁術様に加え、武勇を誇る紀霊将軍に袁家の政治を一手に担う張勲様とのお目通りが出来た事はこれまでの人生の中で最上の喜びにございます」

「うむ! 中々分かっているではないか!」

「……」

 

 袁術だけではなく自分も褒められたことで紀霊は大きすぎず小さすぎない胸を張り、張勲は笑顔のまま無言を貫いたがその視線には明らかな警戒が見て取れた。男は一瞬張勲の様子を確認すると傍においていた壺を手に取った。

 

「袁術様、これは私の故郷で取れる蜂蜜を用いて作った蜂蜜水でございます。お納めください」

「っ! 待っておったぞ! 早く寄越すがよい!」

 

 袁術が態々男と謁見した目的である蜂蜜水を聞き上機嫌で持って来るように指示を出す。紀霊が壺を受け取り、毒見の為に一口飲んでから問題ないと判断して袁術に渡すとそれを一気に飲んでいく。

 

「んく、んく……。うまー! こんなにおいしい蜂蜜水は初めてじゃ!」

「お気に召した様でこちらとしてもうれしい限りです。……故郷は外部の者を受け入れない閉鎖的な場所でして余所者が手に入れる事は出来ない貴重なものでございます」

「……それならば、そなたを雇えばいつでもこの蜂蜜水を飲めるのか!?」

「ええ、袁術様のもとで働けるのであればいくらでも調達しましょう」

「よし! ではお主を雇おう! 蜂蜜を持って来るのじゃ!」

「……お嬢様? もう少し話を聞いてからでもいいのではないですか? いくら何でも蜂蜜水につられ過ぎですよ~?」

 

 即答で雇う事を決める袁術に対して明らかに警戒心を持った張勲がもう少し調べたいという。しかし、そんな張勲を制するように男は更なる一手を繰り出す。

 

「袁術様。実は手土産はもう一つございます。南陽周辺に蔓延る賊どもの拠点を記した地図にございます」

「っ!? 貴方が、何故それを……!」

 

 懐から地図を広げた男に張勲は笑顔も忘れて驚愕の表情を作る。地図は南陽を中心としたもので、山や川、森林などが正確に書かれている。そして、その地図には10を超える×字が刻まれており、賊の拠点を示していた。

 しかし、張勲が驚いたのは地図の正確性である。自分たちが持つ地図をはるかに上回る正確さがあった。測量が発達していないこの時代において正確な地図は金の塊と同じくらいの貴重なものである。それを出自すら分からない男が持っている。張勲は魅力的な土産だとしても袁家に入れるのは危険と判断した。

 

「……残念ですが貴方は「素晴らしい! これだけの情報があれば南陽は平和になれますぞ!」紀霊将軍……」

「袁術様! この者を雇うのに私は賛成です!」

「紀霊もそう思うか! やはり雇おうではないか!」

 

 武勇は有れど騙し合いには弱いとは言え将軍である紀霊が賛成に回った事で、袁術は張勲の話を聞かずに男を雇う事を決めた。張勲が何かを言おうとしても既に袁術は雇う事で決定しており、意見を覆すのは不可能に近かった。

 

「そう言えばお主の名前を聞いておらなかったの。なんと申すのじゃ?」

 

 男の名前を聞いていなかった事を思い出した袁術は今更ながら男に名を問う。その問いに対して男は笑みを浮かべて答えた。

 

「我が名は板垣莞爾と申します。こことは違う風習故に字は有りません。ですがどうぞよろしくお願い致します」

 

 男、板垣莞爾はそう言って深々と頭を下げる。口角を上げ、作戦通りに上手くいったと思いながら。

 



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第二話「台頭」

 後漢末期より遥か未来。日本と呼ばれるその場所に男は生まれた。

 

 男は幼少期の頃から天才と呼ばれ、また気味悪がれていた。

 

 小学生に入学する頃には中学生の教科書で勉強を学び、中学生に入学する頃には東大すら狙える学力を手にしていた。高校、大学では勉学を退学にならない程度に抑え、バイトなどを通じて社会勉強に励んだ。

 

 そして、大学卒業前には起業し、卒業後には僅か半年で大企業に成長させる手腕を発揮した。

 

 彼が30歳を超えるころには彼の造った企業は世界でも有数な大企業に成長し、小国家並みの売上をたたき出す事も起こる程になった。

 

 そんな彼を周りはもてはやすがそんな彼には一つだけ、おかしな趣味があった。

 

 それは収集癖である。

 

 未成年の時には様々な参考書を集め、大企業の社長になると様々な食料、酒、嗜好品を集め始めた。

 

 そしてついには銃や大砲などの武器にすら及び、彼がこれまでに集めた物だけで一つの国を養えるほどにまでなっていた。

 

 彼の収集癖は死ぬまで続いたが、不思議な事に彼が集めた膨大な物品は一つとして見つかる事はなかった。

 

 まるで、彼が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 板垣が袁術に仕えるようになってから半年が経過した。たった半年間とは言え、その間に彼は袁術陣営の中で重要な立ち位置にまで上り詰めていた。

 彼は仕官してから僅か数日後に開始された賊の討伐において賊の頭を討ち取るなどの功績を上げた。最後の賊の討伐ではそれが認められて100人の部下を持つまでになったがそれらを見事に扱い、1000人の賊を奇襲。大きく混乱させて後からやって来た紀霊将軍と共に賊を殲滅させている。

 また、政治においては農業改革を実施。試験的に新たな方法を討伐した賊を用いて見事成功させて南陽の収穫高を倍にしている。軍事でも政治でも優秀さを示した板垣を袁術は気に入り、軍政統括官と言う役職を作り与えている。これは軍事と政治において一定の権力を有しており、事実上張勲、紀霊に次ぐナンバー3に上りつめた事を意味していた。

 当然ながら彼の露骨な出世に対して不満を持つ者は多い。が、それらを板垣は賄賂や女などを駆使して懐柔していき、最大で7割は敵と言えた状況から2割にまで減少させる事に成功していた。

 しかし、残りの2割、その中で最大と言えるのが張勲であり、彼女は仕官当時から板垣を警戒していた。板垣も彼女に良い印象を持ってもらおうと動いたが尽くが失敗に終わっていた。

 

「……厄介だな」

「だったらさっさと殺せばいいじゃないですか」

 

 賊の討伐の為に2000の兵を率いて出陣した板垣は馬上にてそう呟いた。そんな彼に対してその言葉の意味を理解し、アドバイスを送ったのは副官の周沙である。彼女は板垣が仕官の為に持ってきた地図に記されていた賊の一人であり、板垣に敗北してからは彼の副官として活躍している。

 

「ただ殺すのは不味い。何しろ袁術のお気に入りだからな。殺した瞬間に俺も殺されかねない」

「んー、確かにそれもそうですね。なら張勲を殺しつつ袁術の怒りを買わない方法を考えるしかないですね」

 

 副官として板垣から教育を受けた彼女は元々の素質も相まって板垣と同じように軍政両方で優秀な人物となっていた。そんな彼女は板垣が信頼する数少ない人物であり、こうして他者に聞かれれば不味い話を平然と出来る仲であった。

 

「それに張勲以外にも閻象がいる。あいつは取り込む価値もない雑魚だが、そろそろ放置するのも面倒になってきた」

「何か企んでいるんですか?」

「ああ、俺の暗殺だ。高い金を払って暗殺者を雇った。()()()()()()()()()()()

「えぇ……」

 

 あまりにも残念過ぎる閻象のエピソードに周沙はなんて言っていいのか分からずに言葉を詰まらせるが、板垣は何かを思い至ったかのように目を見開いた。

 

「……そうだな。あの無能を使おう。周沙、準備をしてくれ」

「手紙や噂の流布ですね?」

 

 板垣が何をしようとしているのかを瞬時にくみ取った周沙は準備するべきものを伝える。そんな彼女に板垣は「何時の日か俺を超えそうだな」と苦笑いを浮かべるのだった。

 



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第三話「警戒」

 張勲はこの日、何度目かの袁術への直訴を行った。内容は板垣に対する警戒を持ってほしいというものである。張勲は別に板垣がどれだけ台頭しようが気にする事はない。ただし、袁術に害となる可能性があるのなら別だ。張勲は仕官すると言ってやって来たあの日、板垣が袁術を操り人形にして乗っ取る姿を幻視した。それが何だったのかは分からないが、それからというもの彼女は板垣を警戒せずにはいられなかった。

 実際、既に袁術陣営の半数は彼の味方である。紀霊将軍との仲も悪くはなく、袁術に反旗を翻しでもしないかぎり板垣の味方に付くだろう。

 無能と称して追い出そうにも彼は軍政問わずに能力を発揮している。一部では彼の指示がないと出来ない政策もある程で、彼を排除するには遅すぎた。

 そうである以上閑職に回しつつその能力だけを吸い取るようにすればいいのだが、袁術は頑なに同意しなかった。

 

『袁術様。私を廃そうとする者がいるようですが、そうなれば私は失望のあまり蜂蜜水の提供を止めてしまうかもしれません』

『それは嫌じゃ! 妾はそなたを冷遇したりしない! だから蜂蜜水を!』

 

 どこか狂気すら感じる袁術の蜂蜜狂いは日を追うごとに増している。何故袁術がそうなってしまっているのかは張勲には分からなかったが、板垣が持って来る蜂蜜水に原因があるというのは一目瞭然だった。

 そこで彼女は蜂蜜水を少しだけ分けてもらい、それを囚人に飲ませて実験を行った。

 

『あの蜂蜜水をくれ! あれを飲まないと心が落ち着かないんだ!』

 

 結果として毒が仕込まれている可能性があると判明した。選んだ囚人は甘いものが苦手であったにもかかわらず、蜂蜜水を求めるようになったのだ。何かしらの依存させるものが含まれている可能性が高いと張勲は睨んでいた。

 しかし、いくらそれを袁術に伝えても「この蜂蜜水はそれだけ美味しいという事じゃ!」と聞き入れてもらえない。全幅の信頼を寄せているはずの張勲ですらこの話を持ち出すと最近では機嫌が悪くなるほどで、袁術の中で張勲の言葉より蜂蜜水の方に傾いているのがはっきりと理解できてしまった。

 

「私としても彼を何とかしないといけないのにそれが出来ない状況にある。……こういうのを八方塞がりと言うのですかね~」

 

 いっそ袁術を連れて逃げ出そうかとも考える。南陽はかなりの離反者を出しながら板垣の勢力となるかもしれないが、袁術を魔の手から救い出す事は出来る。後は不承不承だが異母姉の袁紹を頼れば何とかなるかもしれない。

 

「お嬢様には悪いですがこれもお嬢様の為。実行する方向で考えていきますか……」

「張勲様」

 

 逃げ出すための準備に入ろうとした時、後ろから声をかけられた。そして、その声に先ほどまでのほんわかした雰囲気を消して警戒心マックスの雰囲気で振り返る。

 

「どうしましたか? 板垣殿」

「少し、お話をしませんか? 内容は()()()()()()()()()()()()()()()()

「……良いでしょう」

 

 逃げる原因となった板垣の言葉に、張勲は警戒を解く事なく話の内容から彼を政務室に案内した。いざとなれば殺す事を覚悟して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「むぅ……」

 

 袁術は自室にて落ち込んでいた。と言うのも全幅の信頼を寄せる張勲に対して怒鳴りつけてしまったからだ。

 

『お嬢様! 板垣殿は危険です!』

『七乃……。またその話か』

『軍政統括官と言う職を解き、小さな役職に移して飼い殺しにするべきです!』

『くどい! 板垣は美味い蜂蜜水をくれるのじゃ! これ以上話などききとうない!』

『お嬢様……』

『出ていくのじゃ!』

 

 最近、怒りっぽくなった袁術は感情のコントロールが出来ずにそう怒鳴りつけて張勲を追い出してしまった。そして、冷静になった時に酷い事を言ってしまったと落ち込んでいたのだ。

 

「七乃に悪い事をしてしまったのじゃ……」

 

 今日は既に夜である。今から行っても寝ているだろう張勲を起すのは悪いと袁術は明日謝ろうと考えて眠りについた。

 その日、彼女は久しぶりに張勲と楽しく過ごす夢を見た。まるでもう会えないかのように幸せな夢だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして朝、政務室にて張勲は血だらけの状態で、物言わぬ死体として見つかった。

 



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第四話「粛清」

 朝を迎えると同時に張勲の死体が発見された。発見したのは侍女であり、張勲の姿が見つからなかったために彼女の政務室を訪れた結果、死体を発見したのである。

 

「館を兵で取り囲め! 手遅れかもしれないが館の外に誰一人として出すな!」

 

 この状況に迅速に対応したのは板垣だった。彼は政務室を確認するとすぐさま兵を用いて館を取り囲んだ。出入りを制限し、潜んでいるかもしれない刺客を逃さない為に。

 

「今日行うはずだった政務に関しては私が確認するが、先に袁術様にお伝えする」

 

 張勲が死んだ以上政治に関するトップは板垣となった。彼は張勲のやる予定だった政務を一手に引き受けつつ、未だに事態を把握していないであろう袁術の下に向かう。

 

「袁術様。板垣にございます」

「んゅ? 何の用じゃ……」

 

 袁術の寝室の前に向かうと館の騒ぎで起きていたようだがまだ眠いらしく、扉越しに寝ぼけた声が聞こえてくる。板垣は覚悟を決めると張勲の死を伝える。

 

「……実は、張勲様が何者かに殺害されました」

「……板垣、お主は何を言っておるのじゃ? 七乃が死んだ? 馬鹿を申す出ない」

「……残念ですが事実です。私を始めとして複数の者が目撃しております」

「……」

 

 衝撃過ぎる事実を伝える板垣だがふと、袁術の反応が消える。と思えばカツカツとこちらに近づいてくる足音が部屋の中から聞こえてくる。

 そして、扉が勢いよく開くと同時に板垣の胸倉を袁術は掴んだ。

 

「嘘をつくでない! 七乃が、七乃が……!」

「……」

「うそ、じゃ……。なな、のが……!」

 

 袁術は怒りの表情を浮かべていたかと思えば大粒の涙を流し始める。板垣はそんな主君を黙って抱きしめ赤子をあやすように頭を撫でる。そして若干落ち着いてきた袁術に持ってきた蜂蜜水を飲ませながら話を続ける。

 

「……張勲様に会われますか?」

「……うん」

「そしてこのような時に伝えるのもどうかと思いましたが、犯人は()()()()()()()()()

「……誰じゃ?」

()()()()()()()()。彼は張勲様に対して不満を持っており、暗殺をしようとしていた事も判明しています。……実は張勲様にお伝えして直ぐにとらえるつもりでしたが、先を越されてしまいました……」

「閻象……。そいつが、七乃を……」

「その通りでございます。彼は口八丁手八丁で今の地位に就いた人物です。もし、本人が何かを言っても信じてはなりません」

「そうか……」

「はい。彼は袁術様の良き理解者であり、母のような存在であった張勲様の仇でございます。情けは必要ありません」

 

 何処かぼんやりとした表情で蜂蜜水を飲む袁術に笑みを浮かべる板垣。しかし、その笑みは全てが上手く進んでいると感じている悪人の如き表情であったが、袁術はそんな事など目に入っていないかのように天井を見ている。

 

「……許さぬ。七乃を殺した閻象と言う奴を……! 板垣! そやつを、そやつを! 殺すのじゃ!」

「お任せください。では張勲様の下に向かいましょう。そして、その時に改めて私にお任せするとお伝えください。さすれば見事仇を討ってみせましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 板垣たちが政務室に着くころにはそれなりの人だかりが出来ていた。彼らは袁術の到着に気付くと道を開ける。板垣に手を握られた袁術は血まみれの張勲を見て固まってしまう。いくら言われていたとはいえ実際に見ればショックはあまりにも大きすぎた。心のどこかで感じていた板垣の冗談ではないかと言う希望が完全に打ち砕かれた瞬間だった。

 

「……七乃」

「……袁術様。張勲様をこのままにしておくわけにも行きません。悲しいですが葬儀の準備をいたしましょう」

「……分かった。板垣、後は全て任せる。葬儀も、犯人探しもお主が主導で行うのじゃ」

「はっ! 必ずや下手人を袁術様の下に連れてまいります! ……どうかそれまでは心安らかにお過ごしください」

 

 悲し気ながらも穏やかに言う板垣の姿は誰から見ても理想の臣下とみえるだろう。しかし、袁術のお墨付きを得た板垣はそれから徹底的に犯人探しを始めた。とは言っても板垣は最初から犯人を断定しており、町に滞在していた閻象を捕縛している。

 更には彼の家から押収した()()()()()()()()()()()()()()()()()()を基にそこに描かれていた人物全てが数日のうちに捕縛され、袁術の下に連れて来られていた。その様に民たちは板垣を優秀な人物と評価するが、少しでも内情を知っている人からすればあまりにも出来過ぎていると感じさせるものだった。何しろ、捕まった人物は全て()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なのだから。

 

「袁術様の親代わりと言える張勲様を殺した罪、貴様等の命で以て償ってもらう!」

「馬鹿な!? 我らは何もしていない! 血判状も知らん!」

「うるさい! おぬしらが七乃を殺したのじゃろう! 絶対に許さぬ! 板垣! こやつらを即刻処刑するのじゃ!」

「お、お待ちください袁術様! 我らは本当に殺して等……」

「連れていけ! そして直ぐに首を切り落とせ!」

 

 無罪を訴える閻象達の言葉を聞き入れる者は誰もいなかった。袁術が閻象たちを本気で犯人だと思っている事で処刑は即時に実行され、全員の首がさらされる事となった。

 そして、張勲の死によって空いた地位に板垣が昇りつめ、彼は袁術に次ぐナンバー2と言える宰相の地位に就いた。これ以降南陽袁家は板垣の勢力と言える状態となっていき、袁術の勢力とみなす者は少しずつ減っていく事になる。

 



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第五話「孫家」

 張勲の死から半年、つまり板垣が袁術に仕えてから一年が経過した。この一年で袁術の拠点である南陽は著しい程の大発展を遂げた。農地改革により収穫量は倍に、領内の賊は一つ残らず駆逐され街道は大きく凹凸の無い歩きやすく馬車が通りやすい道に整備された。

 都市も区画整理され、スラム街は根絶。大通りを中心とする整備された街へと生まれ変わりつつあった。交易は盛んに行われ、商人は決められた税さえ払えば様々な商売を行えるようになっていた。見るからに変わり、良くなっていく暮らしに民の表情は明るく、これを成し遂げた袁術と板垣に称賛を送り、忠誠を誓う様になっていた。

 

 しかし、そんな南陽も決して平和だったわけではない。豊かになればそれを羨み、奪おうとする者が出て当然である。

 南陽の南、荊州北部一帯を支配する劉表は朝廷から荊州の刺史に任じられており、それを理由に南陽の平定を目指して兵をあげたのだ。その数は5万。北部の諸侯すら合流しての大軍であったが一年で鍛え上げた兵と紀霊将軍の武勇によりたった1万の軍勢で以て追い払っていた。それだけでなく、義陽や南郷に兵を進めて一部町や村を占領した。これらは後に劉表との話し合いで返還されたが、それまでの間に南陽袁家お抱えの商人が商売に来たことで活気づいており、袁家撤退後は劉表に対する反対運動が起こるようになっていた。

 占領地からの撤退の代わりとして受け取った莫大な資金を、板垣は領内の発展や軍資金に割り当てて更なる国力の増加を図る事に成功していた。

 

 そして、板垣が最も力を入れていた人材登用では無能から優秀な人物まで様々な人物が集まる結果となっていたがこれは理由がある。春秋戦国時代に実際あった登用方法を応用した結果であった。先ず、板垣の息のかかった人物が仕官に訪れる。男は能力もなく、兵士としても役立たずと言ってよかったが、集中力だけは人一倍存在した。

 板垣はその男に書物の写しの仕事を与えた。それも重要書類を含む書類を、である。当然、明らかな才能を持たなくても仕官できると聞き一芸に特化した者から全てにおいて並みだがそつなくこなせる者まで様々な人々が南陽に集まった。急速に発展する南陽だからこそ仕官できるかもしれないと思わせられたという理由もあった。

 結果的に板垣は一定数の実力を持った武官、文官を多数登用する事が出来ていたが、その中でも掘り出し物と言えるのが魯粛と言う女性である。史実においても袁術に仕えていた時期がある彼女だが、孫家に仕える前に見事袁家で雇う事に成功していた。軍師よりで上昇志向が強いうえに失言も多いが、そこに目をつぶれば優秀な彼女は紀霊将軍の下で軍師として活躍する事となった。

 

「それで? 孫家の一族が一体何の用だ?」

 

 魯粛を登用したためであろうか? 孫策を始めとする孫家の一族及びその家臣が南陽へと訪れていた。正確には逃げ延びて来た。

 

「はっ! 話によると我らが劉表を敗北に追い込んだ事で孫堅が劉表の領土に侵攻。しかし、返り討ちに遭い孫堅は戦死。領土も劉表に奪われたとの事で我らに保護を求めてきています」

「成程……」

 

 正直に言って孫家を保護する事は可能である。むしろ彼女達を身動きできない状態にして手駒とする事さえ可能だが、勇猛果敢な孫策や曹操と渡り合った周瑜などが健在であり、失敗すればこちらも大きな被害を受ける可能性があった。そもそも、彼女達がいなくとも南陽袁家は盤石であり、時とともに巨大化していく事は確定していた。態々不確定要素を組み込む必要など存在しなかった。

 

「……一応話だけ聞こう」

 

 とは言え南陽袁家は仕官する気がある者なら誰であろうと話は聞く様にしている。それを貫いているからこそ今でも仕官にやって来る者は後を絶たないし、同時に他国の回し者も多くやってきていた。

 板垣は宰相として孫策に会おうと彼女達を謁見の間へと通す事を決めた。

 

 

 

 

 

 

 江東の虎と呼ばれた母が死んでから我が孫家は一気に没落した。袁術に大敗した隙をついて北上したものの、母上は戦死して太守を務めていた長沙は劉表に奪われた。生き残った私達はついてきてくれた家臣たちと共に放浪する事となったけど、最終的に南陽にたどり着いた。

 元々、この地を治める袁術の評価は最悪だったけど一年くらい前からその名声は上がり始めて最近では洛陽すら上回る活気を持っていると聞くわ。そして、誰でも仕官出来るという状態で今の私達には丁度良い場所でもあった。劉表ですらまともに近づけないここでなら孫家を復興させる事も出来るかもしれない。

 その為に仕官したいと言ったのだけど結果的に通されたのは謁見の間。そして私の他に妹の孫権と周瑜、黄蓋の4人だけ。明らかに仕官を許されるとは思えない状況だけど、少なくとも殺されるという心配はなさそうね。だって謁見の間に通されるという事は公の話をすると言っているに等しいんだから。

 

「待たせたようだな。南陽袁家宰相板垣莞爾だ。字はない為板垣と呼んでくれればいい」

「孫家当主孫策よ。こっちは妹の孫権。軍師の周瑜に宿老の黄蓋よ」

 

 互いに自己紹介を交わしたけど……。どうやらこの男が南陽が発展した理由のようね。確かに宰相の案でここまで発展してきたらしいし。それに、仕官したのは一年前。もし、彼が私達の仲間だったら……。いえ、こんな事を考えてもしょうがないわね。母は死んで孫家は崩壊した。事実はそれだけなんだから。

 

「それで? 孫家の方々が一体何用かな?」

「家臣に話はしてあるわよ。仕官しに来たのよ」

「……」

 

 そう言えばとたんに顔をしかめる板垣と言う男。明らかに私達を邪魔者として見ているわね。気付いているのかしら。南陽袁家の力を使って孫家を復興させようとしている事に。そして、時が来たら独立する予定でいる事も。だとすると仕官は失敗かしら。でもここ以上に居心地のいい場所はそんなに無いし、これ以上私達についてきてくれた家臣たちに不自由な思いをさせたくはないわ。

 

「あら? 嫌だったかしら?」

「本音を言えば嫌となるでしょう。我々としても明らかに南陽袁家を盛り立てる気がない者達を雇う程切羽詰まっている訳ではありませんので」

 

 やっぱり気付いているみたいね。となると何か交渉するべきなのかもしれないけど私はそう言う事は苦手だし、冥琳に任せましょうか。彼女ならきっといい成果を出してくれるでしょうからね。

 



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第六話「論破」

「板垣宰相殿。ここからは私が話をさせていただきます」

 

 孫策の目配せを受けて隣にいた周瑜が名乗りを上げた。史実においては断金の交わりと言う友情を持っており、この世界においてもそれが適用されている。孫策にとっては最も信頼する人物の一人と言えるだろう。

 そんな彼女はその信頼に値する能力を持っている。史実では孫策を傍で支え続け、孫権に代が移ってからもそれは変わらなかった。三国志で最も有名と言っても良い赤壁の戦いでも指揮を執った人物である。残念な事にその後の荊州争奪戦において受けた傷が原因で急逝してしまうがもし彼が存命なら孫家は史実とは違った形になっていただろう。

 

「……残念ですが周瑜殿。貴方と話をする気はありません。孫策殿、貴方から話してください。私が考える不利益を覆せるだけの条件を」

「なっ!?」

「……そう」

 

 それ故に、板垣は彼女の発言を許さない。彼女の手にかかれば板垣を丸め込む事は容易かもしれない。しかし、あくまで頼んできているのはそちらであり、当主自ら話す事で誠意を見せろと言外に伝える。そして、これはこういった事が不得意な孫策に話させる事で拒否の姿勢を見せていた。それは孫策にも伝わったようで、観念したように板垣の方を見た。

 

「確かに私達は一生誰かの下で終わる気はないわ。私達についてきてくれた者達の為にもこの中華に孫家の名を轟かせたいもの」

「その為の第一歩として我らの下に来たと?」

「別に誰でも良かったというのが本音ね。ただ、一番近い勢力が貴方達で且つこの中華で一番の勢力であっただけで」

「なら益々仕官を受け入れる訳には行きませんね」

「だからこそ、私達は利益を提供するわ」

 

 孫策はまるで知的な軍師を思わせるように冷静に、そして力強く話す。その姿は()()()()()()()()()()()()()の板垣をして驚愕させるものだった。

 

「まず、近いうちに中華は荒れるわ。元々不作や凶作、重い重税で民は疲弊していた。そこにつけ込むように最近張角と言う者が民衆を束ね始めているわ。近いうちに反乱を起こしてしまいそうな規模にまで発展してきているわ」

「……それが事実であれば貴方達の助けは必要ですね」

 

 もし、この場で嘘だと判断して追い払った場合はどうなるか? 史実通りに黄巾の乱が起きれば安定している南陽でも反乱が発生する可能性がある。そして、今の南陽袁家に突出した武力は無いに等しい。負ける気はないがそう言った存在がいた方が戦いを有利に進められるのは事実だ。

 その点でいえば孫家は悪くはない。孫策を始めとして豪傑の将が多数おり、それらを支える周瑜などの頭脳もいる。武に関して言えばこの中華において最上の戦力と言える。

 孫家を抱え込めば多大なる武力を手に入れられるが、将来の敵を強くする結果となる。しかし、抱え込まなければ近くに起こる黄巾の乱で自力で独立勢力として復興する可能性が高い。無論、それまで現状維持が出来ていればの話にはなるが。

 

「……良いでしょう。ですが、召し抱える以上主従は明確にさせていただきます。そして指示にも従う様に」

「勿論それで構わな……、いえ、構いません。我ら孫家に対し寛大な処置、ありがとうございます」

 

 まるで人が変わったかのようにため口を止めて礼をする孫策。それに倣う様に他の面々も頭を下げた。板垣はしてやられたと感じつつも強力な駒を手に入れたと割り切り、彼女達を戦力に組み込むべく色々と試行しながら面接を終えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……流石に疲れたわ」

 

 雇うと決めた以上彼女達には家が宛がわれた。元々大所帯と言う事もあって全員が住めるだけの大きさだが、孫家の面々は戦力を削ぐ意味も兼ねてバラバラに運用される事が決まっている為この家は一時的なものになる予定である。

 そして、板垣を相手に話し続けた孫策は疲労困憊と言わんばかりにベッドにダイブする。そんな彼女を周瑜はお疲れと慰めつつベッドの端に座った。

 

「これでひとまずは安心だ。少なくとも我らが飢えて野に死体を晒す事はなくなった」

「流石に荊州を避けて揚州を通って来たからね。もうへとへとよ」

 

 劉表の執拗な追撃を避けるべく、揚州を通って北上したのだがその結果として余計な消費がかかってしまい、ほとんど着の身着のままに近い状態で南陽にたどり着いていた。もし、板垣が仕官を拒否していれば彼女達はその日の糧を得るために賊となるか、身売りをする羽目になっていただろう。そう言った事を悟らせなかっただけでも孫策の勝利と言える。

 

「でも冥琳、これで本当に良かったの? ここって袁術の町でしょ? 危なくない?」

「そうでもないさ」

 

 いくら南陽が変わったからと言って無能だった袁術もすぐに変わったとは思えない。もしかしたら殺される可能性もと考えるがそれを周瑜は諭すように否定する。

 

「正式に雇った以上使いつぶすような事はしても直接的な危害は加えないさ。それをやれば彼女達の名誉に傷がつく。そして、袁術はおそらく変わっていないが、もう彼女が統治している状態ではないのだろう」

「どういう事? 殺されちゃってるって事?」

「そうではない。だが、この町、いや袁術の勢力はあの板垣と言う男に乗っ取られている。恐らく半年前に起きた張勲の死が決め手だろう。そこから板垣が南陽を好きなように統治している状態が続いているようだ」

「主君を傀儡にして自分の好き勝手に、ね。なまじ能力はあるから厄介ね」

 

 孫策も周瑜の言葉を聞いて理解する。確かにこれまでの噂に聞く袁術ならこのような政策をする事は出来なかったはずだ。精々増税して民を苦しめて終わり。しかし、今ではどうか? 田畑はキレイに耕され賊は一つとして存在せず都市は清潔感と笑顔で溢れる住み心地の良い場所となっている。孫策をして自分がただの民だったのなら一生をここで終えても良いと思える場所だった。

 

「板垣莞爾。恐らく中華の出ではないな。この様な名前の響は西方や北方でもないだろう。そんな彼が突如として中華の中央に位置する南陽に現れた」

「……冥琳。貴方、あの噂を信じているの?」

 

 1年前、エセ占い師として中華に名を広めている管路が新たなる占いを行った。その内容は「これからこの中華を導く人物が現れる。彼と周りの者次第では中華を混沌にも千年に及ぶ安寧にも導ける」と言うものであった。管路の占いと言う事で誰もが知っていても、それを信じる者はいなかった。目の前の周瑜を除いて。

 

「時期的に合致する。彼は1年前に袁術のもとにやってきた。そして、たった1年で袁術の勢力を事実上乗っ取る事に成功している。そしてその領地は中華で最も栄えている場所となっている。これが中華全土に及ぶのなら、確かに千年の安寧も嘘ではないだろう」

「となると千年の混沌が意味するのは一体何なのかしらね。まぁ、そんな事はどうでもいいわ」

 

 孫策はベッドから起き上がり、周瑜の隣に座る。

 

「私達はこれから復興の機会と同時に滅亡の危機を迎える事になるわ」

「ああ、その通りだな。板垣宰相は元々私達の受け入れに難色を示していた。となると我らの力を削ぎつつ駒として利用するつもりだろう」

「そうね。だからこそ心が高ぶるわ。大きな壁だけどそれを乗り越えた先にはきっといい未来が待っているわ」

 

 板垣の妨害を乗り切った先にはより良い未来が待っていると、孫家の復興が待っていると孫策はそう考えていた。周瑜もそれに賛同しつつ今後の動きを予測するべく頭を回らせていくのだった。

 

 



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第七話「黄巾」

 孫家の面々が南陽袁家に雇われてから約一月後、張角を首魁とする黄巾の乱が発生した。漢王朝の転覆を企む彼らに各地の民がこぞって参加したが、数が膨大になるにつれて無秩序な集団と化し、気づけばただの巨大山賊にまで変貌していた。

 漢王朝は自力での鎮圧に失敗し、各地の諸侯に反乱の鎮圧要請を出した。これは領土を持たない者達にも適用され、各地で義勇軍が誕生して黄巾党と戦う様になっていった。勿論、領土を持つ諸侯とて同じであり、腕に覚えのある者達は動き出していた。そう、南陽袁家も同様に。

 

「今よ! 突撃するわよ!」

 

 孫策は南陽袁家の兵1万を率いて豫洲から侵入してきた黄巾党5万人を相手にしていた。たった1万と言う事で孫策を潰すつもりかと思えるが実際は違う。そもそも、今の南陽袁家が出せる最大兵力は5万を切る。その5万で同数以上の兵で攻めて来れる劉表に備える必要もあり、更には豫洲以外の国境にも兵を割く必要がある。そんな状態で1万を出したという事実は、南陽袁家が自由に動かせる兵の全軍に等しかった。

 それに、孫策のサポートとして周瑜を始めとする孫家の面々が集っている。兵こそ孫家の者達ではないが、それに引けを取らない練度で以て孫家の動きについて行っていた。

 その証拠として孫策が突撃を始めるころには5万の軍勢は陣形を崩されて崩壊していた。孫策の突撃を止められる部隊など存在せずにいい様にやられて行き、孫策の手によって大将は呆気なく討ちとられた。

 

「降伏せよ! 降伏するのであれば命までは取らない!」

 

 出陣前に板垣に言われたとおりに大将を失い士気すらも崩壊した黄巾党に投降を呼びかけていく。一部過激派や賊上がりの連中は抵抗を示したが孫策の出番すらなく黄蓋を始めとする孫家の家臣たちに討ち取られていった。南陽の豊かさを知り略奪の限りを尽くそうと侵攻した5万の兵が、半分以下の1万の軍勢の前に壊滅した瞬間だった。

 

「まったく、味気ないわね」

「そうぼやくな雪蓮」

 

 あまりにも呆気なく勝ててしまった事で何処か満足しきれていない様子の孫策を、周瑜は呆れつつ出迎える。一月ぶりに共に戦場を駆けた為に何処か高揚感を感じつつも戦後処理へと移る。

 

「冥琳。板垣宰相は捕虜を取って何がしたいのか分かる?」

「一応はな。荒れ地の開墾や鉱山奴隷として活用するらしい。今もなお流民が流れてきているが耕せる土地はまだまだあるらしい」

 

 黄巾の乱が始まって以来、多くの民が各地で略奪を繰り返す黄巾党を恐れて逃げ回っていたが、大半の流民はこの中華で最も豊かと言われている南陽に向かっていった。結果、元々あった流民の数は十倍以上になったが、今の南陽袁家はそれらを受け入れる余裕があった。結果的に彼らを荒れ地の開墾や田畑の復興、街道の整備、鉱山での発掘に回して南陽を更に発展させていった。

 

「でも意外ね。兵にはしないなんて」

「今の南陽袁家で徴兵された兵はほとんどいない。志願して入った者達ばかりだ。士気も高くやる気に満ち溢れている」

 

 この豊かさを失いたくない。そう思う者達はこぞって兵に志願している。そして板垣宰相考案の厳しい訓練を受けた彼らの力は黄巾党相手に戦い抜いた様子を見ても分かるだろう。

 

「ふぅん。ま、士気も低くて弱い兵なんていらないわよねぇ」

「そう言うな。追い詰められた者は時に強者をも殺す力を見せてくる。今の黄巾党がそうだろう」

 

 貧しさ故に山賊となる者が多いこの中華において黄巾党にはそう言った者達が多く在籍している。結果として腐敗した漢軍を相手に有利に戦う事が出来、朝廷は諸侯に賊の討伐を命じる事となった。この後に増大化した諸侯と言うどうしようもない問題が浮上するとしても。

 

「孫策様! 板垣宰相の使いが参られました!」

「板垣宰相の? 通して頂戴」

 

 そこへ現れた使いの者に孫策は何かが起きると感じつつ会うのだった。

 

 

 

 

 

「初めまして孫策殿。板垣宰相の使者として参った周沙です」

 

 使いの者は周沙だった。未だ孫家の者は会った事がないがその噂は聞いていた。軍政両方において板垣から学び自分のものにしていった弟子とでもいうべき存在だと。実際、彼女も板垣の下に来てから一年にも関わらずに元々彼が担っていた軍政統括官に就任している。

 

「実は孫策殿にはこのまま軍勢を率いて北進していただきます」

「北進? ついに打って出るってわけね?」

「正確には違います。最近、朝廷工作が完了しました。袁術様が、になりますが新たに豫洲の潁川と汝南の太守を兼任される事になりました。よってそこに巣食う黄巾党を殲滅して統治政策を始めます」

「成程ね。そう言えばそこの太守はどうしたの? 別の所に移動になったとか?」

「そんなわけないですよ。彼らは既に死んでいます。流石は黄巾党ですね。漢の太守と言うだけでなぶり殺しにしたそうですよ」

 

 漢を滅ぼすという大義名分を掲げている為か太守すら簡単に殺す黄巾党だが、板垣はこういう存在を有難いと感じている。それだけ領土を増やす事が出来るのだから。

 

「両郡の統治が順調に始まればそのまま豫洲を制圧します。そうなれば朝廷とて我らを無視できず、豫洲の刺史となれるでしょう。その為の賄賂や根回しは始まっていますからね」

「そう。やっぱり板垣宰相は侮れないわね」

 

 武勇においては自分が優れていると感じるがこういった知略戦、特に板垣は他者が手出しを出来ない、し辛い状況で楽々と動く根回しなどを得意としていた。落ちぶれているとは言え南陽の太守の地位を正式に認めさせ、荊州の刺史である劉表の権力が及ばないように手も打ってある。そして今回の一件。南陽袁家は豫洲に攻め入る、占領する大義名分を手に入れる事が出来るのだ。もし、孫家が板垣と戦う事になればどんな手を使ってくるのか予想がつかなかった。戦でなら勝つ自信はあるが彼女の母孫堅も武勇に優れていたのに劉表に敗北して戦死している。油断は出来なかった。

 

「それで? まさかとは思うけど私達1万だけで豫洲に行けって言わないよね?」

「勿論です。この後、増援の1万5千が到着し、彼らの指揮は私が取ります。そこから孫策殿は汝南を、私達は潁川を攻めます。占領が完了次第東に向かいます」

「それなら良いわ。それじゃ私達は兵に休息を取らせて明日、向かう事にするわ」

「分かりました。孫家の当主の武勇を見れる事を楽しみにしています」

 

 そう言うと自身も兵を率いる関係上周沙は直ぐに自軍の下に向かっていった。周沙が出ていった天幕にて孫策は隣にいる周瑜に問いかける。

 

「彼女、中々やるわね。冥琳はどう見えた?」

「油断ならない相手、以外に説明が難しいな。恐らく、能力を大分隠している。本気になれば予想外の手を三手四手と一斉に仕掛けてきそうだ」

「それは面白そうね。私も機会あればが手合わせをしてみたくなったわ」

「……雪蓮はまず顔の火照りを消すところから始めるべきだな」

 

 戦場で返り血を浴び続けたせいか、雪蓮は興奮して顔を真っ赤にしている。その状態で周沙と普通に会話が出来ていたのはある意味では凄い事だが、雪蓮はもう我慢できないと言わんばかりに周瑜を押し倒すとそのまま天幕で発散を開始するのだった。

 



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第八話「激戦」

「予想外にも敵は多いですね」

 

 1万5千の兵を率いて潁川へと雪崩れ込んだ周沙だったがここには10万を超える黄巾党が集結していた。これらを率いるのは史実においては南陽で決起した張曼成、今は無名だが頭角を現していた周倉、廖化などの強者が揃っていた。明らかに豊かな南陽に攻め入るための軍勢であり、これらが雪崩れ込めば1年で発展した南陽は再び荒廃するだろう。それが分かった周沙は圧倒的戦力があると理解しながら奇襲と言う形で戦端を開いた。

 最初こそ敵の虚をついて大暴れをしていた周沙だが直ぐに数の差に飲み込まれ始めた。張曼成は将として黄巾党を軍隊に育てつつあった周倉と廖化を中心に包囲戦を仕掛けてきている。突破を図ろうとすれば周倉と廖化が邪魔をする。撤退すら難しい現状では戦線を保つことが精いっぱいだった。

 とは言えこの軍勢を発見した時には孫策と板垣に使者を送っている。この事態は把握しているはずであり、南陽が奇襲を受ける心配はないだろう。それが分かるからこそ周沙は時間稼ぎと敵の力を削っておくことも兼ねて周倉と廖化によって鍛え上げられた兵を自らの手で血祭りにあげていく。10人単位で敵を切り殺すと休憩と指揮を執るためにいったん後方に下がり暫くすると再び前線に出る、を繰り返す周沙に戦場は膠着し始めていた。

 

「姉御! 右の部隊がやられそうだ! それと左で兵がやられちまってる!」

「中間の兵を500送ります! 左は私が行きます!」

 

 山賊上がりの者達から姉御と呼ばれて慕われる周沙から何時もの雰囲気は気づけば消えて、真剣な表情で指示に攻めにと無我夢中で取り組んでいた。そんな彼女をみて兵たちも負けられないと力を振り絞っていく。

 しかし、兵は周沙が1万2千、黄巾党が9万と戦力差こそ減ってきているが、それでもまだまだ相手の方が大軍である事に変わりはない。

 

「そろそろやばいかもね……」

 

 負傷兵が全軍の三割近くまで増えて来た事で戦線の維持が難しくなり、周沙の頭に壊走の文字が出てきた時だった。俄かに左側で歓声があがる。しかしそれは黄巾党の者ではなかった。

 

「っ!? まだ私達の運は尽きていないみたいですね。全軍! 左翼に攻撃を集中せよ!」

 

 援軍なのかそれとも第三勢力なのか。周沙は新たな乱入者の下に圧力をかけ始めた。

 

 

 

 

 

「進めぇ! 袁術の軍勢を助けるのだ!」

 

 9万の黄巾党に囲まれていた周沙を助けようと乱入してきたのは漢軍5万を率いる皇甫嵩だった。彼女は同僚の朱儁や洛陽で頭角を現してきた曹操を引き連れてきており、それらの活躍であっという間に黄巾党を蹴散らしていく。元々練度の低いと言われる漢軍だがそれは中枢が腐敗している故にきちんとした調練が行われないからであり、将軍として堅実に生きて来た皇甫嵩の軍勢は彼女と同じように高い戦闘能力を有していた。

 故に、前後から自分たち以上の猛者に挟まれる形となった黄巾党は呆気なく瓦解した。正確には先方を務めた曹操率いる軍勢が黄巾党右翼内を縦横無尽に駆け回り陣形を散々に降すとそこを皇甫嵩や朱儁の軍勢が踏みつぶすように進軍した結果僅かな時で三分の一を失ってしまったのだ。

 

「おのれ! まさかこうもしてやられるとは……!」

 

 本陣にて張曼成はせっかく集めた軍勢が蜂起する前に崩されていく様子に地団駄を踏んだ。この直前には周倉と廖化も戦線を離脱しており、更に戦力の減った黄巾党は立て直す事も出来ずに壊走となっていた。

 

「将軍! ここも危険です! 袁術の軍勢がすぐそこまで……!」

「逃がさない!」

「なっ!?」

 

 黄巾党が崩れたのを確認した周沙は自らの精鋭のみを連れると壊走する黄巾党内を通って本陣を強襲した。結果として奇襲となり、張曼成は無防備な状態を周沙に晒す結果となった。

 

「ま、待たれよ! 貴殿らの実力誠に感服の至り! この張曼s……!」

「死ね」

 

 慌てて降伏しようとした張曼成の体を真っ二つに切り裂いた周沙は周囲で固まる黄巾党と気付かないで逃げている残党に聞こえるように大声で宣言した。

 

「敵将! 張曼成を討ち取ったりぃ!」

「「「「「ウオォォォッ!!!!」」」」」

 

 瞬間、割れんばかりの歓声が上がり、両者の戦いの軍配がどちらに上がったのかを知らしめると同時にこの潁川における黄巾党の流れを完全に消す勝利となるのだった。

 



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第九話「暗躍」

 最近有名になってきた袁術の軍勢。意外とやるようね。たった1万5千で10万と互角に戦うなんて。それに見たところ黄巾党もただの賊の集まりではなくかなりの精鋭だったわ。恐らくこの5万の軍勢でも苦戦するくらいには手強かったでしょうね。

 

「皇甫嵩将軍。助太刀感謝します」

「構わないわ。むしろ本来であれば我々がやらなければいけない事をさせてしまって申し訳ないわ」

 

 袁術軍を率いていた周沙と言う少女と皇甫嵩将軍が挨拶をしている横で見ているけど……、なるほどね。かなりの実力者ね。噂通りであるなら武勇は春蘭と戦える程、知略は桂花や凛と同程度。政治に関してもそれなりに出来る。人材としては最高過ぎるわね。本当なら私の部下に欲しいけどあの娘には他者が映っていないわ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。でも何時の日か私の部下にして、そしてベッドの上で鳴かせてみたいわ。

 

「それで皇甫嵩将軍はこの後は?」

「我らは豫洲の解放の為に来た。とは言え既に袁術殿が動かれているのであれば豫洲の次にと考えていた兗州に向かおうと思うわ。そちらにも数万規模の軍勢が蔓延っていると聞くからね」

「ではもし我らが豫洲の解放に成功した際には援軍としてそちらに向かいましょう」

「それは有難いわ。その時はよろしくね」

「はい。勿論です」

 

 お互いに進むべき道を確定させたけど今日は既に日が落ち始めている。これ以上の進軍は危険だとして兵の休息も兼ねて今日はここで宿営する事になったわ。そして夜、私は配下の春蘭に桂花と共に昼の事について話し合った。

 

「……周沙と言う者、かなりの強者ね」

「張曼成は南方における黄巾党の頂点と言える重要人物でした。それ以外にもかなりの実力者が多く揃っていた中であの数を劣勢とは言え凌ぎきった。悔しいですが私でも指揮は出来ても防げるとは思えません」

「春蘭はどう? 武人としてどう感じた?」

「はっきり言って強いです。私が勝ちますが苦戦しそうな実力はあるように感じました。それに、兵も一人一人がかなりの練度を持っているように見えました」

「……そう。どうやら都で頭角を現さんとしている内に、南では既に新たな力が台頭してきている様ね」

 

 やはり私の領地が欲しいわ。自分だけの軍を組織する。漢王朝に代わる、私の国を作るには今のような役職だけの身ではいけないわね。

 

「明日から兗州に向かう事になるわ。位置的に最初は陳留の黄巾党を殲滅する事になるわね。そしてその先鋒は私。桂花、軍の指揮は任せるわ」

「はい! お任せください!」

「春蘭。いつも通り先陣を切りなさい」

「はっ! 華琳様に勝利を持ってまいります!」

 

 春蘭に桂花。後、春蘭の妹の秋蘭。皆優秀だけどこれだけでは足りないわ。もっと優秀な者を集めないと。それにはどうしても領地が必要になる。……さっさと黄巾党を駆逐して褒美を得たいわね。諸侯も動いた今黄巾党が勝つ未来はなく、褒美の取り合いになる事は確実。ならば確実な褒美を得られるようにしないといけないわね。

 

 

 

 

 

 

 

「お初にお目にかかる。黄忠殿」

「……」

 

 南陽の一角、宿が立ち並ぶエリアに板垣はいた。机を挟み、目の前には一人の女性がいる。しかし、穏やかに話しかける板垣とは対照的に女性、黄忠の視線は鋭く、まるで今にも射殺さんとばかりに睨みつけている。二人以外にこの部屋にはいないがもし誰かいれば怒りを覚える光景だったかもしれない。この南陽の救世主と言える人物を睨みつけているのだから。

 

「さて、早速だが要件を聞こうか。私はこう見えて忙しい。最近では君の主君、劉表の動きがきな臭くてな。その備えを行わなければならない。分かるだろう?」

「……ならば言いましょう。璃々を返しなさい!」

「それが要件か? ならばこちらは時間を無駄にされただけだな」

 

 璃々。自らの娘の名を口にする黄忠の様子から、板垣が行った事は誰もが察しがつくだろう。しかし、娘の安否を気にする母親の様子など知った事ではないと言わんばかりに板垣は興味を失った表情で椅子から立ち上がるとそのまま扉に向かっていく。

 

「っ! 待ちなさい!」

「……最初に伝えているはずだ。()()()()()()とな。まだまだ時間はあるとはいえ期限は近づいてきている。結論はさっさと出す事だ。出なければ結論を出す前に娘が悲惨な目に遭う事になるだろう」

「……貴方は、市井に流れる噂とは真反対の人ですね。人の心を失った悪鬼のよう……」

 

 怒りの籠った黄忠の言葉、そんな彼女の言葉を板垣は鼻で笑い飛ばすと一度だけ顔を振り向かせる。そこには嘲笑とも取れる笑みが浮かんでいた。

 

「強大な敵を潰すために謀略を尽くすのは当然だろう? 例え今いる何十、何百万の民を犠牲にしようとも、その後の数千万の民が幸せになるのなら俺は喜んでそれを行おう。その結果が俺の無残な死だとしてもな」

 

 それだけを伝えると板垣は本当に部屋を後にした。一人残された黄忠は悔しさからか、怒りからか、はたまた別の感情ゆえか血が出る程に拳を握り締めいていた。

 

 

 

 

 

 

 黄巾の乱終結寸前、劉表は南陽を手にするべく8万という軍勢を率いて出陣した。

 そして、その夜に劉表は矢による狙撃を受けて暗殺された。

 



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第十話「内乱」

 黄巾の乱と言うのは蜂起した数に反して僅か半年で鎮圧された。漢軍だけでは対応できないとして早期に諸侯に鎮圧命令を出したことが要因の一つだったが、結果として漢の脆弱さと権威の低下を示す結果となった。

 とは言え今回の乱の鎮圧で功績を上げた諸侯には褒美が与えられている。まず、南方における事実上の総大将だった張曼成を討ち取る助力をし、豫洲を解放した袁術には豫洲刺史の地位が与えられ、事実上豫洲全土を支配下に置く事となった。

 また、涼州から態々軍勢を率いて鎮圧に加勢した董卓には雍州の刺史が、皇甫嵩の配下として活躍した曹操は陳留の太守と言う褒美が与えられている。他にも義勇軍を率いて活躍した劉備と言う少女は平原の相に任じられている。

 様々な勢力が力を伸ばす中、唯一と言っていい程衰退した勢力があった。黄巾の乱終息直前に暗殺された劉表の勢力である。彼の死後、娘の劉琦とその弟である劉琮のどちらかが後継者となるべきかについて、劉琦を推す諸侯と、劉琮を推す漢王朝に対して譜代の家臣たちとで意見が分かれていた。

 劉琦としては劉琮が後継者となっても問題ないとしていたが、漢王朝が劉琦を荊州の刺史として任命してしまい、結果としてそれを劉琦による野望の表れとして内乱とも言える形で争いが激化し始めた。

 

「その為、漢は一番近い我らに内乱の即時鎮圧を求めてきているという訳だ」

「それ、何処までが()()()()()()()?」

 

 大まかに状況を伝えた板垣に対して周沙はあっけらかんと聞く。この場に二人しかいなかったからこそ聞ける大胆な疑問でもあった。そして、周沙はこの一件も板垣が動いていると本気で思っていた。と言うよりも動いていないと可笑しいという確信すら持っていた。

 

「劉琦が2万。劉琮が4万。まぁ、劉琦側の兵が2万程少ないくらいか」

「うへぇ、宰相ってここまで来ると気持ち悪いですね」

 

 周沙は本気で味方で良かったと感じるとともに、山賊だった頃の自分の幸運に感謝を感じている。山賊だったという事であの場で殺されていても可笑しくはなかったのだから。

 

「話を戻すが紀霊将軍に2万、お前に1万を預ける。劉琮軍を殲滅してこい」

「あ、今度は紀霊将軍も出すんですね」

「指揮官の調練は大分完了しているからな。褒美も兼て戦場で暴れてきてもらう」

 

 黄巾の乱では指揮官の教育のために暴れられなかった紀霊将軍は何かと不満をこぼしており、今回の内乱は丁度良いストレスのはけ口として板垣は紀霊に軍を任せる事にしていた。

 

「それにしても劉琦さんも災難ですよね~。本人に刺史を継ぐ気はなかったのに、宰相のせいで勝手に巻き込まれて内乱の一勢力の長となってしまう」

「強大な敵の力を削ぐにはこれが一番効果的だ。どれだけ強大な武力、国力を有していても国を割る内乱が起これば疲弊する。長ければ長い程な。そしてその後の復興もきちんと行わなければ何時まで経っても内乱前には戻らない。そして何より、そんな状態に陥ってしまう隙を見せた劉表や劉琦、その家臣たちが悪いのさ。ああ、そうだ。周沙、お前には()()()()()()()()()()()()()()()()()。存分に暴れて来い」

「……へぇ、了解しましたー!」

 

 そして、数日後には準備を整えた紀霊将軍率いる2万と周沙率いる1万の軍勢が荊州に侵攻を開始した。侵攻先は当然劉琮側の勢力である。

 今回も板垣は南陽に残り、新たに手に入れた豫洲の安定化の為に動く事になる。

 

 

 

 

 

 

「よっしゃー! ついに私の出番だーーーー!!!!」

 

 事実上の主力部隊を任された紀霊将軍は馬上にて大はしゃぎしていた。黄巾の乱においては出陣する機会が訪れず、劉表への備えと兵の訓練の為に南陽に閉じこもっていた。しかし、今回は主力部隊を率いての出陣である。自然と興奮してしまうのは仕方のない事だろう。

 

「紀霊さん。少し落ち着いてください! 兵たちがついていけてませんよー!」

「あれ? ……あ、ごめん」

 

 結果、紀霊は後ろからついてきている兵たちを置いて先に進んでしまっており、軍師として彼女の下についた魯粛に言われるまで気づかなかった。紀霊は馬を止めて兵たちが追い付くのを待つ。

 

「紀霊さん! ここはまだ義陽だからいいですが今後もその様子だと戦になりませんよ! 私が勝手に指揮してもいいんですか!?」

「えっと、それは、困る……かな」

 

 上昇志向の強い魯粛はことあるごとに勝手に指揮を執ろうとする。軍師としての能力に不備があるわけではない彼女の指揮なら問題こそないがそうなれば紀霊の将軍としての威信は地に堕ちるだろう。浮かれすぎて兵を置いて行く彼女に落ちるほど威信があるかは疑問ではあるが。

 

「それにこの先の江夏は危険ですよ! 分かっていますか!?」

「それはもちろん。なんせ孫堅殿が討たれた地だからね」

 

 領土拡大を目指して江夏へと侵攻した孫堅だったが江夏太守黄租の罠の前に戦死した。更には反撃と言わんばかりに現れた劉表によって孫家は長沙を失い南陽袁家に仕官する事となったのだ。孫堅の武勇は紀霊も知っており、それを討ち取った黄租と江夏の地は危険だと理解しているつもりだった。

 

「だったら少しはそれらしい行動を取ってくださいね」

「わかったわかった。だからもう小言はやめて」

 

 軍師と言うより監視と言うべき魯粛の小言を受け流しながら占領統治の出来事から友好的な者が多い義陽を抜けて2万の軍勢は江夏へと入った。そこに大きな罠が仕掛けられているとも知らずに。

 





【挿絵表示】

現状の勢力図(本編に登場した勢力のみ記載)
紫:南陽袁家(事実上板垣の勢力)→豫洲全土及び荊州南陽
青:曹家→兗州陳留
赤:劉琮→荊州北部
橙:劉琦→荊州南西部
緑:劉備→冀州平原


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第十一話「動向」

「おのれ……! 何故このような事に……!」

 

 劉琮側の家臣で最も有力な蔡瑁は自らの勢力である襄陽を拠点に劉琦勢力との争いを開始していた。最前線と言っていいここには劉琮を始めとして主要メンバーが集まっていた。そして、彼らは大急ぎで軍議を行っていたが、その理由が朝廷の命を受けたとして侵攻してきている南陽袁家に関してだった。

 劉琦の倍の兵力を持つとはいえ互いの戦線は広大である。その全てに兵を配置した影響で直ぐに動かせる兵は少ない。精々がここに居る5千と各諸侯の私兵数千が限度と言えた。それだけを以て計3万の軍勢を追い払う必要があった。

 

「敵の将は紀霊、そして周沙と言う小娘だ。どちらも武に優れた武将だ。とてもではないが数で劣る状態で相手できる者達ではない」

「だがこのままでは挟み撃ちにされる我らが不利だぞ」

「単純計算で劉琦側に3万の援軍が来たようなもの……。数の差はひっくり返ってしまっている……」

 

 既に義陽や南郷が陥落しているという情報は彼らの耳に入ってきている。しかし、そこはかつて劉表が南陽を狙い侵攻した際に占領の憂き目に遭っている場所。その日の統治を忘れられない民たちからの反発が強かった事もあり、これほどまでの早い陥落も想定内であった。しかし、それは同時に更に奥深くまで敵が迫ってきている事も意味しており、早く何とかしなければ彼らは勢力の維持さえ困難になるだろう。

 

「……とにかく先ずは南部に兵を進めてきている紀霊に対してだ! 本来は南郷で敵を食い止めて劉琦と領地を接するのを防ぎたいが、それが出来ない以上主力とみえる紀霊を何とかするべき……なのだが、そのための黄租は何処に行ったぁ!?」

 

 主要メンバーの中で唯一顔を見せていない黄租に蔡瑁は怒鳴る。義陽を攻略した紀霊が次に攻め込んでいる江夏の太守であり、かつて同じように攻め込んできた孫堅を返り討ちにした現状で最も期待できる存在の不在に怒鳴らずにはいられなかった。しかし、その隣で軍議に参加する張允が恐る恐ると手紙を出す。

 

「蔡瑁、実は軍議が始まる直前に黄租からの手紙が届いてな……」

「それを早く言わんか! 貸せ!」

 

 張允から手紙をひったくった蔡瑁は手紙を確認する。最初こそ怒りで顔を真っ赤にしていた蔡瑁だが手紙を読むにつれて怒りが収まったのか神妙な顔になっていく。そして、手紙を読み終えるころには怒りが完全に収まった様子で息をついた。

 

「何と書いてあった? 軍議が始まる故に私も中は見ていないんだ」

「……黄租は既に江夏に入っている。私兵の2千と()()()()()()()3()()()()()迎撃に出ているそうだ」

「成程……。ん? 3千をここから?」

「そうだ! あいつ! 実力があるからと見逃してきたが勝手に兵を持っていくなど……! これで失敗した際にはその首切り落としてやる!」

 

 蔡瑁は決して怒りを静めた訳ではなかった。あまりにも怒り過ぎて一周回って冷静になっていただけだった。そして、蔡瑁の怒りは暫く続き、軍議らしい軍議も出来ずにその日を終える事になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く、劉表様も面倒な形で亡くなってくれたの」

 

 劉琦側についた厳顔はそう言いながら徳利に入った酒を飲み干す。常に酒を飲む彼女は酔っていない時の方が珍しい方であり、荊州一の酒豪と言えた。

 

「……」

「ん? どうした紫苑よ。お主も飲まぬか」

 

 そんな彼女の相手をしているのは同じく劉琦側についた黄忠であり、最近暗い表情している事が多い彼女を気遣いついでに最近感じる()()()()()の為にこの場を設けていた。

 

「それはそうとお主、璃々はどうした?」

「っ! ……親戚に預けているわ。今の荊州は危険が多いもの」

「……」

 

 付き合いの長いからこそ分かる明らかな嘘。しかし、それを問い詰めるような事は出来なかった。明らかに苦し気な様子であったために。同時に黄忠のこの様子をみて確信した厳顔は徳利に酒を注ぎながら問う。

 

「劉表様を殺めたのはお主であろう?」

「……」

「劉表様は出陣中に後方から矢を頭に受けて死んだ。それだけならただの暗殺だが大軍がいる中で()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のは大陸広しと言えどおぬしくらいであろう」

「……」

「そしてなぜそのような暴挙に出たか? 簡単じゃな。璃々を人質にとられたのじゃろう」

「っ!」

 

 ここまで無言を貫いてきた黄忠が見せた明らかな驚きの感情。厳顔は自分の予想が当たった事で最悪の事態を想定する必要があり、悲し気な表情で続ける。

 

「おそらく劉表様の暗殺が璃々の返還条件じゃろう。だが、それがなされていないという事はこの内乱をその者の()()()()()()()()()を新たな命令とされたか?」

「わ、私は……」

「……それほどまでに恐れる相手か? ()()()()()()()()

「っ!!!!?????」

 

 その名が出てきた瞬間、黄忠は自らの得物である弓を手に取るが矢を取り出す暇もなく厳顔に組み敷かれる。力では上の厳顔が黄忠をうつ伏せにするとその上に乗り、身動きを封じた。

 

「やれやれ。少しは落ち着いたらどうじゃ?」

「っ! 離して!」

「訳も話さずに儂を攻撃する。それほどまでに強く脅されておるのか……。黄忠、済まぬがお主を殺す事も説得する事も儂には無理じゃ。せめて、終わるまでは大人しくしておいてくれ。璃々に関しては儂も動こう」

 

 この日、黄忠は厳顔の手によって地下牢に入れられた。罪状は劉琮側への情報の漏洩であり、内乱終結までの拘束とされた。黄忠の下を訪れられるのは厳顔以下限られた者のみであり、黄忠がどうなってしまっているのかを民たちが知る事は出来なかった。

 そして、南郷を通じて劉琦側と接触が可能になった事を生かしてか、厳顔は劉琦側の使者と言う名目で南陽に一人向かうのだった。

 



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第十二話「討死」

「宰相。厳顔と名乗る方が来ています」

「厳顔? 確か劉琦の配下の諸侯の一人だったな。いや、確か……。分かった通せ」

 

 本来、事前に通達しないでいきなり来るのは緊急の時以外は失礼に当たる。そういった者は追い返されて当然だが厳顔の交友関係と最近起こった黄忠の更迭事件を受けて板垣は会う事を決めた。暫くして、政務を行っている板垣の部屋に厳顔が入って来た。その顔には僅かな怒りが浮かんでおり、それが政務を行いながら面会する板垣への怒りか、それとも()()()()()()()は読み取れなかった。

 

「それで? 私に何かようか?」

「紫苑……、黄忠の件じゃ。それだけ言えば分かるだろう?」

「確かにな。で? 何が目的かな?」

 

 互いにうわべのみをすくって話す。板垣にとっては暗躍して動いたことであり、疑惑は持たれても誰もが知る真実にする必要はなかったし、厳顔も譲歩を引き出すにあたって公に晒す事は避けていた。

 

「その前に聞かせてほしい。お主は何処までを目的としておる? 義陽と南郷か? はたまた北部かそれとも()()()()()()

「逆に聞こう。黄忠の代わりとなったに等しいお前は()()()()()()()()

 

 政務の手を止めて厳顔の方を向く板垣。両者の視線がぶつかり合い、静かな攻防戦が起こる。しかし、それは直ぐに終了した。止めたのは、厳顔の方だった。

 

「……少なくともお主の手腕は見事じゃ。荊州全てを統治してもそれは変わるまい」

「素直に受け止めておこう」

「故に、劉表様には申し訳ないが儂は黄忠と璃々を優先する。条件は儂らの安全確保と二度と介入しない事。それの礼として()()()()()()()()

「お前らが敵対勢力及び第三勢力に与しない。我が領内で暮らす。必要とあれば軍の招集に応じる。これはつけさせてもらう」

「……いいじゃろう。ただし、将として扱う場合はそれ相応の扱いをせよ」

「無論だ。両者ともに使い捨てにするには惜しい逸材だ。裏切りさえなければ問題ない」

 

 両者の間で合意に至り、板垣は早速ある命令を下すと厳顔を下がらせた。表向きは援軍への礼と言う事になり、両者の密談は表に出る事はなかった。

 

「黄忠の一件はまぁ、想定外だがこのくらいなら問題はない。そしてそろそろ紀霊将軍にも動きがあるころか……」

「宰相!」

 

 そう思っていたからか、兵が慌てた様子で入ってきた。その手には書簡らしきものが握られており、血が付着している事も相まってただ事ではないのがうかがえた。

 

「紀霊将軍からの書簡です!」

「貸せ」

 

 兵からひったくるように書簡を奪い取った板垣は直ぐに中身を確認する。それは板垣の予想通りに事が進んだことが書かれており、にやりと笑みを浮かべると兵に命令する。

 

「南部の防衛を固めつつ兵を受け入れる準備を整えよ」

「……? 紀霊将軍が勝利したのではないのですか?」

「そんなわけないだろう。……紀霊将軍は戦死した。敗残兵を魯粛が指揮して撤退してきている。さっさと迎え入れる準備をしろ」

 

 淡々と告げる板垣に対して絶句する兵。予想外の出来事に混乱する中必死に命令を伝えるべく走り出す。口角を上げて笑みを浮かべる板垣に気付くことなく。

 

 

 

 

 

 

「くそっ! 何なんだよ!」

 

 江夏に入り、次々と村や町を占領していった紀霊将軍だが遂に黄租の罠が発動した。きっかけはほんの些細な事だった。まず、斥候の未帰還率が増大したのだ。情報を得る事が難しくなったがそれでもか細い情報を基に兵を進めていったが途中で千人規模の奇襲を受けた。とは言え直前になって気付いたために迎撃は容易であり、呆気なく返り討ちに出来たがそれ以来奇襲は無く、魯粛も奇襲部隊が周辺の全兵力だったと考え、次の町へと足を進めた。

 そして、次の町に兵の半数が入った時、城壁が突如として閉じ、町にはいった兵に矢の雨が降り注いだのだ。慌てて逃げ惑う兵たちだがまるでこの状況の為に造られたかのように町は入り組んでおり、逃げれば逃げる程兵たちは散り散りとなって討ち取られて行った。

 

「将軍! 前方に障害物!」

「飛び越えろ!」

 

 騎兵の動きを封じる為か道には飛び越えないといけない障害物が多数置かれており、紀霊将軍についてきた騎兵100の内20を残して転倒していた。紀霊将軍は事前に気付いた事もあって見事な馬さばきで障害物を飛び越えるが何時までもそうしている訳にはいかない。この町を脱出しない限り状況は悪化するばかりである。

 

「この町はなんなんだよ! さっきから全然出口にたどり着けない!」

 

 3万の兵の内既に5千近くは討ち取られているであろう。幸いにも魯粛が後方にいたために町には入ってきていなかった事で外にいた兵1万弱を指揮できている事だろう。後は自分が出られれば問題ないと紀霊は上から見える光景を確認しながら進んでいく。

 すると、開けた場所に出てきたが反対側には騎乗し、兵に囲まれた黄租の姿があり、それを見た紀霊は警戒する。

 

「……誰?」

「江夏太守黄租だ。お前が紀霊だろう? まさかここまで綺麗に罠にはまってくれるとは思わなくてね。気が載ったから態々出向いてやったのさ」

「へぇ、とても余裕ね。だけど私にとってはありがたい! 貴方を討ち取ればわが軍は勝利できる!」

「討ち取れれば、ね」

 

 自らを先頭に突撃する紀霊に黄租は兵を向かわせる。複数人から一斉に槍が放たれるがそれを自慢の青龍偃月刀を振るい一刀両断していく。剛勇無双と言う言葉が相応しい紀霊将軍のその戦いぶりに誰もが南陽袁家一の武勇を持つと言われるだけの事はあると感心する。

 しかし、紀霊が近づけば近づくほどに兵は増えていき、遂には頭上に矢が降り注ぎ始める。味方は次々と討たれて行き、気づけば紀霊の周りに味方はいなくなっていた。それでも、黄租を討ち取れば勝てると信じて前に進んでいく。背中や脇から槍に刺されても動じることなく進み、遂に黄租の目の前までたどり着く事に成功した。

 

「へぇ、意外とやるじゃないか」

「黄租! かくg……!」

 

 武器を構える事もせずに感心する黄租に紀霊は偃月刀を振り上げるがその時、後方から放たれた矢が紀霊の喉を貫通した。

 

「……え、?」

「まぁ、態々私が相手する程の猛者ではなかったけどね」

 

 それを合図に紀霊の四方八方から矢が降り注いでいく。何が起こったのかさえわかずに茫然とする紀霊は避ける事も出来ずに矢を受けるとそのまま戦死した。そして、首を切り落とされると槍に括りつけられ、黄祖に渡された。

 黄祖はそれを城壁まで持っていくと、外で右往左往する袁術兵に見せながら叫ぶ。

 

「貴様等の大将は死んだ! いずれ中の兵も全滅するだろう! 帰りたいのなら帰してやる! 中の掃討が終わった際に残っている様ならその時は相手してやろう」

 

 そう言い終えると紀霊の首を無造作に兵たちに投げる。自分たちの総大将の死に動揺する中、魯粛は撤退を決めると直ぐにその場を離れて行った。

 こうして、南方における南陽袁家の侵攻は失敗に終わった。そして、紀霊の死は板垣の前から存在する()()()()()()()()()()()()()()()事を意味しており、これ以降軍においても板垣の浸食は進んでいくことになる。

 



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第十三話「軍議」

 約2万と言う大軍を失った南陽袁家だが、生き残った1万の兵は戦闘らしい戦闘もしていない為に怪我等はなく、すぐにでも出陣できる状況だった。加えて、劉琮側も追撃するだけの兵はない為に江夏から撤退しつつも義陽はきちんと確保する状態となっていた。

 しかし、周沙率いる1万の兵は北部にて猛威を振るっていた。元々武勇に優れていた彼女は時には前線で、時には後方から指揮をして巧みに劉琮兵を駆逐していき、損害を多く与えていた。彼女の活躍により南郷を完全に制圧し、劉琮側の本拠地である襄陽の攻略に着手し始めていた。

 

「襄陽には撤退して来た兵も合わせて3万5千程がおります。これらは一か所に集まり決戦の構えをとっています」

「一方の我らは1万5千と周沙殿の1万の計2万5千。数の上では劣っているな」

 

 劉琦兵と合流した周沙はこの先で待ち構えている劉琮兵に対抗するべく軍議を開いていたが斥候の情報から敵の方が数が多いことが判明する。元々劉琦2万、劉琮4万で始まったこの戦は途中で3万の南陽袁家が劉琦側で介入したことで数を覆していた。しかし、南方に侵攻した紀霊将軍が敗北し、2万の兵が脱落した事で再び数では劉琮が有利な状況となっていた。

 

「とは言え敵に警戒するような将はいません。精々が蔡瑁と張允くらいでしょう。そして兵も両者の兵が中心となっています。私は西部から敵を突破して本陣を狙います。よろしいですね」

「無論です。我らは中央と東部で守りの構えを」

 

 周沙が槍、劉琦が盾の役割りで合意するが両者は内乱が無ければ争っていた仲である。下手に陣形を組むよりもこの程度の大雑把な話でまとめる方が理に適っているだろう。

 

「では私は先に出立します。騎兵中心の我が部隊の方が足が速いので斥候ついでに敵の様子も確認しておきましょう」

「了解した」

 

 劉琦側についた諸侯に周沙に反論できる者などいない。荊州の刺史の座を巡り二分された彼らは独力では勢力を維持する事すら出来ない。実力も上、国力も上にも関わらずこちら側に付いた南陽袁家の力がなければ劉琦側の諸侯に明日はないのだから。

 そして、周沙が陣幕を出ていった後に諸侯たちは安堵の息をつく。見た目では対等に接していたつもりでも彼らと周沙では格の違いが大きすぎた。それは軍議に参加していながら一言もしゃべれず、ただ黙っている事しか出来なかった劉琦を見れば一目瞭然だろう。

 

「……なんで、こうなっちゃったのかな?」

 

 今年14になったばかりの劉琦はぽろぽろと涙を流しながらつぶやく。元々、劉琮に刺史の座を渡しても構わないと思っていた程の野心の無い彼女はその様に行動を起こしていた。しかし、気づけば漢王朝から劉琦に刺史の座が与えられ、それに激怒した蔡瑁達に劉琮が擁立されて内乱を起した。劉琦はその時でさえ自分の首でおさまるのならと降伏さえ視野に入れていたが実行に移す間もなく隣国の南陽袁家に劉琦の支援を行う様に通達があり、他家を巻き込んだ大戦となってしまった。

 結果的に南陽袁家の力を借りる事で劉琮側を追い詰め始めているがその後の統治では劉琦の荊州刺史の称号はお飾りのものとなるのは明白であった。何しろ、この討伐で活躍しているのは南陽袁家なのだから。既に南郷と義陽を自身の勢力下においているがそこからどれだけむしり取られるのかは分からない。

 

「劉琦様、厳顔殿がお戻りになりました」

 

 勝手にとは言え劉琦側の使者として南陽に向かった厳顔の帰還。黄忠が牢に繋がれた今劉琦側において最上の武の持ち主の帰還を誰もが歓迎した。

 

「厳顔! 何故勝手に南陽に行っていたんだ!? おかげで大変だったんだよ!」

 

 厳顔の顔を見るなり劉琦が涙目で問う。厳顔不在の穴は思いのほか大きく、一部の村や町が劉琮側の攻撃を防ぎきれずに陥落していた。いずれも厳顔がその武勇で支えていた箇所だ。

 

「大変申し訳ございませんでした。ですがその代わりとは言えるかは分かりませんが南陽袁家から更なる支援を約束させてきました」

「それは本当? 貸与だったりしないよね?」

「無償での支援です。内乱後に何を要求されるかは分かりませんが敗北するよりはマシでしょう」

 

 敬語で話す厳顔に劉琦はまるで母を慕う子の様に接しているが上に立つ者として聞くべきことは確認していく。未だ若い劉琦だが数年もすれば立派な刺史として荊州を統治できる器があった。しかし、原石である今の状況においてその数年を待つ余裕はなかった。

 

「武具や弓矢は数日中に到着します。残念ですが劉琮との決戦には間に合わないでしょう。それと食料は兵が数か月は飢えない量を受け取っています」

「そんなにたくさん……。厳顔、本来は僕が命じないといけない事なのに率先して動いてくれてありがとう」

「いえ、私は……」

 

 板垣との密約を話す訳にもいかず、劉琦の純粋な感謝の気持ちを受け取る事が出来なかった。厳顔は友とその娘の為に荊州を売り払ったのだから。

 そんな厳顔の心のうちなど分からない劉琦は不安を感じながら明日の行軍に備えて軍議の終了を宣言し、自身の寝所に向かうのだった。

 

「……すまない」

 

 一人残された陣幕内で悔し気に呟く厳顔のその言葉を拾う者は誰もいなかった。

 



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第十四話「決着」

 襄陽北部にある開けた場所。そこが内乱の行く末を決めるであろう決戦の舞台となった。劉琮側3万5千に対して劉琦側は2万5千。数において1万の差があるがその内1万が周沙率いる南陽袁家の兵である。荊州兵を上回る実力を持っていた。

 それゆえだろう。周沙達を警戒しているのが丸分かりな陣形となっていた。

 

【挿絵表示】

 

 周沙の対応するのは蔡瑁率いる1万3千であり、最も数が多い部隊となっている。

 

こっち(劉琦側)は私達が敵陣を突破して本陣を陥落させる。相手は私達を抑えつつ他を突破する事が狙いって事ね」

 

 お互いに真逆と言える作戦内容だが同時に周沙達がどれだけ重要な立ち位置にいるかを理解させられる。とは言え兵たちに緊張はない。自分たちは出来るという自信で溢れており、必ず成功させると闘志を燃やしていた。

 

「よし。それじゃぁ……、始めようか」

「「「「「オオォォォォォォォォッ!!!」」」」」

 

 周沙率いる南陽袁家の兵が動き出したことにより、荊州内乱最大の決戦が幕を開けた。

 最初に激突したのは当然周沙軍と蔡瑁軍だった。兵数の上ではわずかに蔡瑁軍が上回っていたがそんな事は関係ないと言わんばかりに周沙軍は圧倒していく。

 

申馥(シン フク)は敵陣に突撃! 楼随(ロウ ズイ)雅祗(ガ シ)は開いた穴を広げるように左右に展開! 卑顗(ヒ ギ)は歩兵を率いて内部に突入せよ!」

 

 後方からの指揮に徹する周沙は適確な指示で蔡瑁軍を蹂躙していく。互角に戦えたのは最初の三太刀程であり、そこからは良い様に陣形を崩されていく。

 

「馬鹿な!? こうも簡単に……! 何をしている! さっさと立て直せ!」

 

 蔡瑁は自軍の兵のもろさに驚くが元々彼の兵は水上戦闘こそ得意であるが陸上での戦闘には不慣れな者が多い。陣形の組み方など理解は出来ても実戦で出来る訳ではなかった。

 加えて、申馥や楼随などの周沙の下で鍛錬を励んだ者達は精鋭として敵陣を蹂躙していく。僅か一時間程で蔡瑁軍はズタズタにされた。他の軍が必死に劉琦軍を抜こうとしている中での敗北である。

 

「よし、総員! 突撃! 蔡瑁を討ち取り、本陣を叩く!」

 

 そして、止めと言わんばかりに周沙が本陣の精鋭を率いて突撃を開始した。既に蔡瑁軍にこれを止める力は残っておらず、横陣をつきやぶっていく。その先には蔡瑁がいた。騎乗し、抜刀する彼は逃げる事は考えていないと誰もが分かる程の覇気に満ちていた。

 

「袁家の将よ! ここを通させはせん!」

「それはどうかしら? 今降伏すれば命は助かるかもしれないよ?」

「それは不可能だろう。劉琦殿とて内乱を起した首謀者を許しはすまい。それにここは戦場である! 言葉は無粋! 通りたければ押し通れ!」

 

 互いに対面に立った二人は短い言葉の応酬をすると蔡瑁は一気に駆ける。どちらかと言えば後方での指揮を得意とし、接近戦は苦手な蔡瑁だがこの剣にはこれまでの生涯で出した事のない一撃が載っていた。

 

「見事、ね。だけど私には届かない」

 

 そして周沙はそれを真っ向から打ち破り、蔡瑁の体を両断する。蔡瑁の上半身は宙を舞い、戦っている蔡瑁軍たちに自分たちの当主の死を見せつける。やがて地面に落下し、無残に散ると周沙は偃月刀を掲げて大声で叫ぶ。

 

「敵将! 蔡瑁を討ち取ったりぃ!!」

 

 蔡瑁の死。それは片翼がもがれた事を意味しているだけではなく、劉琮側の主要メンバーの一人が死ぬという事を意味していた。周沙は蔡瑁の亡骸をそのままに親衛隊や敵陣を突破した兵数百を連れると劉琮がいる本陣の横を付く様に攻撃を開始した。

 

【挿絵表示】

 

 劉琮の本陣には5千の兵がいるが蔡瑁が抜かれた時の為に右翼側に兵を多く集中させていた。それゆえに周沙は厚い敵兵の中を突入する事になったがそんな事は関係ないと馬の速度を緩めず、むしろ速度を上げていく。それに答えるように親衛隊も突撃し、劉琮の陣営を縦横無尽に突き進んでいく。劉琮の代わりに指揮をする老将は立て直しを図ろうとするが蔡瑁が出来なかったように周沙を止めるには至らなかった。

 

「馬鹿な……! 袁家はこれほどまでに強いというのか……!」

「当たり前でしょう。尤も、袁家がと言うよりも板垣宰相が強いのだけれどもね」

「あの者か……」

 

 老将は板垣宰相と言う人物に改めて恐怖を感じながら周沙の一撃で胴と頭を別々にされる。本陣の守備兵の掃討は親衛隊に任せると恐怖で動く事も出来ずに震える劉琮のもとに向かっていく。

 

「へぇ、事前に知っていたとはいえ実際に見ると違うね」

「……」

 

 劉琦よりも幼い少年は戦場の恐怖から声すら出せずに震えている。その瞳には生気はなく、既に幼い少年の心は壊れた後だった。周沙はせめて苦しまないようにと偃月刀を振り上げると一刀で以てその首を切り落とす。そして劉琮の頭を偃月刀で刺すと天高く掲げ宣言する。

 

「敵将劉琮は死んだ! 反乱兵どもよ! 降伏せよ! この戦、我らの勝利である!」

「「「「「ウオオォォォォォォォォォッ!!!!!」」」」」

 

 周沙の宣言により雄たけびを上げる親衛隊。それだけで戦闘中の兵が何が起きたのか、勝敗がどうなったのかを悟った。やがて一人、また一人と武器を落としていき、劉琮側の兵は投降していった。

 

 

 

 

 

 こうして黄巾の乱後に起きた内乱は劉琦の勝利で幕を閉じた。この決戦後に江夏太守黄租は南陽袁家に降伏。板垣も()()()それを受け入れ南郷、義陽、江夏を板垣派が領有する事となった。更に板垣は劉琦に支援した褒賞として襄陽をももぎり取っていった。そして残った長沙すらかつての太守にと孫策が統治する事が決められ、劉琦は刺史として名乗りを上げながら隣国の豫洲刺史である南陽袁家に荊州の半分を持っていかれる事となった。

 更には厳顔の働きもあって劉琦は様々な方面で失敗の連続となり、刺史としての信頼を失っていくことになる。

 




舞台裏は次回やるかも


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第十五話「密談」

 時間は荊州内乱の決戦の前、黄祖が紀霊将軍を討ち取った直ぐ後にまで遡る。魯粛が率いる残党軍を義陽で受け入れると板垣も現地に入った。軍の再編成と義陽統治の準備を兼ねてのものであったが板垣はそこで思わぬ人物と出会う。

 

「お前が南陽袁家を事実上乗っ取っている板垣とか言う男か」

「……そう言うお前は黄祖だな?」

 

 義陽のとある町に滞在した板垣は高級宿に宿泊していたのだがその部屋には一通の手紙が置かれていた。まるで板垣がここに泊まると分かっていたかのように板垣を名指しで指名し、とある時刻に近くの酒場で会いたいと書かれていた。そして、板垣はそれに応じて酒場の端の席で黄祖と出会ったという訳であった。

 

「……何の用だ?」

「ふぅん? なんで手紙を置けたのかは聞かないんだね?」

「聞く意味があるか? お前は何らかの手段で以て俺との連絡を取った。ただそれだけだ」

 

 自身の周りに内通者や買収された者がいるのかもしれない。若しくはこの周辺の情報をくまなく集め、精査して自身が宿泊する宿を予測したのかもしれない。しかし、それは既に過ぎ去った過去であり、気にするべきことではないと板垣は考えていた。加えて、黄祖から理由を聞いたところで本当の事を言うとは限らない。敵である将の言葉を信用できない以上聞いたところで混乱するだけである。

 

「へぇ、噂通りと言えば噂通り、いやそれ以上だね。お前とは仲良くできそうだ」

「仲良くしたいと? お前は敵。それも紀霊将軍を討ち取った怨敵とも言える相手だ」

「怨敵? 本気で言っているのか?」

 

 黄祖はずっと感じていた違和感が板垣と話す事で解けていた。何故、紀霊将軍が簡単に罠に嵌ったのか? 紀霊将軍が余計な事を考えない性格と言われればそれまでだが魯粛と言う軍師がついているのは黄祖も確認していた。軍師がさせるとは思えない軽率な行動に黄祖はずっと違和感と疑問を持っていたのだ。

 

「あんただろ? 紀霊将軍が死ぬように仕向けたのは」

「何の事だ?」

「ここでとぼけるのか? 紀霊は袁術側の人間の中で最も権力と実力を持った将だ。私に紀霊を殺させる事で南陽袁家を完全に自分の物にするつもりだったのだろう? いや、()()()()()()()()()()()()()

「……」

 

 黄祖の予測を聞き、板垣は無言を貫く。しかし、その瞳には警戒が浮かんでおり、必要とあらばここで始末するという気配さえ感じてくる。そして、それが自身に向けた警告である事も黄租は理解できた。それゆえに、関係を壊しかねない考察は終えて本題へと入る。

 

「ではこんな与太話は終えて本題に入ろう。私はお前に降伏したい」

「土産は?」

「桂陽群太守趙範と零陵群太守劉度の恭順。それと劉琦陣営における諸侯の情報」

「悪くはないな」

 

 お互いに不必要な会話はいらないといわんばかり要点のみで話を進めていく。板垣は警戒こそ解いていないが殺そうという意志は鳴りを潜め、黄祖も自らを積極的に売り込んでいく。

 

「……どうだ? 少なくとも今の私に出せる全てを出したつもりだが」

「良いだろう。少なくともお前でなければ既に要職付きで登用している土産だった」

「それは嬉しいねぇ。なら私はどうすればいい?」

「劉琮側が決戦を仕掛けるべく襄陽に兵を集中させているという情報が入って来た。お前が現時点で降伏してはこの決戦が出来ない可能性がある。確実に決戦に持ち込むために劉琮側が決戦で敗北してから降伏せよ」

「へぇ? 決戦で負けるとは考えていないんだね」

「当たり前だ。将は周沙。南陽袁家において俺の後釜を任せられる優秀な部下だ」

「知っているさ。私としては是非とも部下に欲しいと思える逸材さ」

「お前ごときには勿体ない者だ」

 

 お互いに要件を終えると二人はさっさと酒場を後にする。誰が見ているのか分からないという事もあり、長居は無用だった。

 

「黄祖、か。アイツを味方に引き込むのは危険だが敵にいるのはもっと危険だ。やはり長沙を孫策に与えて抑えとするか。母親の仇だ。暴発するかもしれないが孫家の力が落ちると考えれば悪くはないか」

 

 豫洲刺史となった為に豫洲全土を領土としたが未だ東部においては独立の動きを見せる諸侯が蠢いている。その抑えと鎮圧を孫策に頼んでいるが荊州内乱で最も出陣したかったのは彼女だろう。敵側に母である孫堅の仇の黄祖がいるのだから。とは言え紀霊将軍を排除する目的の為に孫策の要望を無視した結果、彼女は豫洲でストレス発散をするが如く反抗的な諸侯を次々と鎮圧していく。

 主要な孫家の面々は軍師として同行した周瑜以外にいない彼女だが黄巾の乱の際に村を守るために奮闘していた許褚と言う少女を配下に入れつつ兵の信頼を得て周沙の親衛隊に勝るとも劣らない力を手に入れていた。その気になれば豫洲で独立出来そうな程今の孫策は力を付けてきている。長沙の太守にする事でかつての領土に戻れたという安堵と貸しを作りつつ、黄祖と隣同士にさせる事でお互いに牽制乃至戦をして力を削ぎ落す事になれば板垣にとっては申し分ない結果と言える。どちらかが倒れた際には板垣が介入する事で力を増やす事を阻止する。

 三国志に登場する英雄の一人である以上孫策及び孫家に警戒を解く事はない。必要とあらば排除する事も常に考え孫策を扱う。彼女達は板垣にとってもそれほど警戒し、慎重に挑まねばならない相手と言えた。

 その結果であろう。史実では袁術の力すら吸収して急速に力をつけた孫策の力は史実程には至らず、南陽袁家の者達で彼女達について行こうとする者はほとんどいない状況が今後も続く事になる。

 



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第十六話「内政」

 荊州の半分を支配下に置いた板垣は本格的に内政に力を入れる事になった。先ず、これまでの文官を倍以上に増やすために様々な場所で仕官の募集を行った。これは領地が急激に広がったが故に人手が足りなくなっていたからであり、その補充を狙っての事だった。この募集には中華全土から応募が殺到する。ただでさえ豊かな南陽袁家のもとで暮らしたいと願う者は多いのに、更にかなりの数の文官を募集するとあっては無所属やまだ野に隠れている者達がこぞって名乗りを上げるのは当然と言えた。

 結果的にそれなりに優秀な文官が一定数手に入り、それらを領土中に振り分けて統治を開始した。新規で入った文官数名を古参の文官一名がリーダーを務めてやり方などを教えていく事になる。加えて、沛の太守である陳珪が協力した事もあり文官方面の人手不足は大幅に改善されていく事になる。

 一方で武官でもそれなりの応募があったが、一番の大きな功績は典韋を引き込む事に成功した点だろう。元々は許褚の勧めで孫策に仕える予定であったが途中で立ち寄った南陽で料理を披露したところ、その腕を見込まれて城の料理人として登用された。本人は路銀を貯めるまでの短期のつもりだったが居心地が良い事と南陽で許褚と再会出来、仕えている孫策が板垣の配下と言う事もあってそのまま料理人として働く事になった。しかし、本人は武勇にも優れていた為に武将兼料理人のような立場となり、戦場における炊事の責任者として抜擢されるようになった。

 他にも豫洲を故郷とする者が多く仕官しており、周沙や孫策の下で鍛錬を積み、南陽袁家の誇る兵として強力な存在となっていくことになる。そして、これらの中には黄巾党に参加した周倉と廖化の姿もあった。彼らは黄巾党の壊滅後もしぶとく生き残っていたが板垣は黄巾党の残党も組み込むために恩赦を出しており、日々疲弊していた二人はわらをもつかむ思いで仕官したのである。結果的に板垣は即応可能な両者の兵数千すら指揮下に置き、軍事面において紀霊将軍の穴を埋める事に成功したのである。

 

「よし、そろそろだな」

 

 文官と武官の補充を終えた板垣は武官の中で100名を選び、城の地下に新設された特殊訓練場に招集した。この100名は親族がおらず、いなくなっても誰も気にも留めない程人脈がない者達ばかりであり、実際に彼らが姿を消したのを知るのはごくわずかとなっていた。

 

「諸君、何故集められたのか。それを理解できない者もいるだろう」

 

 訓練場の中央に整列した100名の兵に板垣は台に上り演説を始める。

 

「もし粛清を恐れている者がいるのであれば安心してほしい。諸君らは南陽袁家軍約10万の中からえらばれた精鋭の卵である。これより、諸君らには特殊部隊の隊員としての訓練を受けてもらう。はっきりいって死人が出る可能性が高い厳しい訓練であるがそれを乗り越えた先には精鋭として、我が軍最強の兵士となる事を約束しよう。

……おっと、先に言っておくがこれは受けるも受けないも自由である。この事を口外しないのであれば普通の職務に戻ってくれて構わない。死ぬ事さえ厭わないという覚悟のある者だけ参加してくれ」

 

 板垣の厳しい演説を聞き、訓練に参加すると希望したのは30名。予想通りと言える数に板垣は満足しつつ早速訓練を開始した。

 走り込み、筋トレから始まりロッククライミングや匍匐前進、重りを背負っての水泳等訓練は過酷を極めた。当初こそ音を上げる者が続出していたが無視して進めていくうちに声を上げる者はいなくなり、板垣が求める水準に達した精鋭兵が誕生した。

 

「では次にこれの使い方を学んでもらう」

 

 そう言うと板垣は()()()()()()()()()()()()()()()()を取り出すと一人一人に手渡した。

 

「これは()()と呼ばれる武器だ。鉄の塊をすさまじい速度で飛ばす武器と考えれば良い。扱い方は弩と同じだ。引き金を引き、弾を出す。なくなれば弾を装填する。……先ずはこの武器の力を見てもらおう」

 

 板垣はそう言うと慣れた手つきで遠くに設置された鎧を打ち抜く。凄まじい破裂音に呆気なく風穴を開ける鎧。鉄で出来ている事さえ忘れそうな程簡単に貫いて見せる小銃に誰もが恐怖を覚える。

 

「見たな? これからこの小銃がお前達の武器だ。では今から弾薬を配る。先ずは装填の仕方を教えよう」

 

 30人の精鋭たちは戸惑いや恐怖心を感じつつも板垣の指導を受けて小銃の扱いをマスターしていく。そして実弾による射撃訓練も始まり、メキメキと上達していく。

 

「よし、では次にお前達に小銃を武装する前提の動きと隊列、陣形を教えていく」

「次は小銃を装備した状態での近接戦闘の方法だ。基本は銃剣を用いるが零距離となれば組手による相手の無力化が好ましい。小銃を持った状態、落とした状態両方での組み手を学んでもらう」

「小銃は慣れたな? 次は手投げ弾と呼ばれる兵器の扱い方を教える。小銃以上に失敗すれば死の危険が存在する武器だ。心して扱う様に」

「ここでは無理だがいずれ野砲と呼ばれる兵器も使えるようになってもらう。その時の為に使い方に空砲の射撃訓練も行おう。ん? 野砲だけで終わりではないぞ。武器はまだまだ存在する。どれだけ時間があっても訓練時間は足りないと思っていろ」

「弾薬の心配はしなくていい。使()()()()()()()()()()()()()()()()()。何しろ()()()()()()()()()()()()()()()。……なに、気にするな。ただの独り言だ」

 

 板垣による直接指導は続けられ、30人の精鋭は現代兵器で武装した中華、いや世界最強の部隊へと昇華していった。

 しかし、板垣が訓練を施している間にも中華の情勢は少しづつ悪化の一途をたどっていた。彼ら精鋭兵が活躍する機会は直ぐ近くまで迫っていた。

 



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第十七話「決起」

 板垣が精鋭兵を作り上げた約半年後、黄巾の乱から凡そ一年半後に朝廷で政変が起こった。元々、漢の大将軍何進と内政を牛耳る十常侍が対立をしていたが遂に十常侍が何進大将軍の暗殺という暴挙に出た。幸いにも何進は逃げ延びる事が出来たが朝廷は完全に十常侍の支配下となった、訳ではなかった。何進大将軍の暗殺未遂を行った十常侍は漢軍の信頼を得る事が出来ず、更に霊帝の要請を受けた董卓が宮中に雪崩れ込むと十常侍を粛清していった。

 このような経緯を経て朝廷は董卓の支配下に置かれる事となり、霊帝は董卓を宰相に任命して国政の一切を任せる事となる。しかし、この一連の流れを不服に思う諸侯は多い。特に河北にて独力で勢力圏を作り上げ、自身も三公と言う名門の出である袁紹は反董卓の感情をむき出しにしていた。それゆえに、彼女が諸侯に手紙を出すのも当然と言えた。

 

「……このように、袁紹様は袁術様を含めた諸侯と共に董卓排除をしたいと願っております。袁術様が参加為されるとなれば他の諸侯も参加をするでしょう。どうか袁紹様への協力をお願いしたく」

 

 南陽袁家に訪れた顔良は主君である袁紹からの言葉と手紙を伝える。宰相としてそれを受け取った板垣は史実の反董卓連合が始まったと感じながら返答する。

 

「袁術様に代わり宰相の私が答えさせていただきます。我らとしても董卓の専横を見過ごす事は出来ません。袁紹様が大々的に反董卓連合の結成を宣言為される時には我らは喜んで参加させていただきましょう」

「それは有りがたい返答です。早速袁紹様に伝えさせていただきます。……ところで、その」

「何か、ございますか?」

「い、いいえ。なんでもありません……」

 

 顔良は玉座に座りながらも一言もしゃべらずに、一心不乱に蜂蜜水を飲む袁術に恐怖を感じつつ疑問として投げかけようとしたが、それを許さないと言わんばかりに板垣は黒い笑みを浮かべる。場合によっては排除も辞さないという雰囲気を醸し出す板垣に、顔良もそれ以上聞く事は出来ずに城を後にする。

 

「……さて、そろそろ限界か」

「……」

「袁術様。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 板垣が調合した麻薬が含まれた蜂蜜水を飲み続けた袁術は既に思考する能力すら持たず、ただ蜂蜜水の為に板垣の言葉通りに動く傀儡となっていた。しかし、反董卓連合が終わった後には漢王朝の秩序は崩れ去り、群雄割拠の時代が訪れる。そうなれば袁術を傀儡とする今の状況を維持する必要はなくなって来る。板垣は本格的に袁術の排除を考えつつ反董卓連合の為に兵を集め始めるのだった。

 

 

 

 

 

「反董卓連合には袁紹と俺らが確実に参加する。そうである以上大半の諸侯は追随するはずだ」

 

 板垣は早速領内の有力者を招集して会議を開催した。この会議には周沙を始めとする武官や軍師、孫策や黄祖などの太守、そして陳珪を始めとする文官が集められていた。その数は100人を軽く超えており、まさに南陽袁家の全ての権力者が集まっていると考えて良かった。

 

「ここで董卓に与する乃至不参加を決め込むというのは両袁家を敵に回す事を意味し、加えて事実かどうかは分からないが洛陽を暴政で荒廃させている董卓から皇帝をお救いするという大義名分を掲げている以上逆賊になりかねないからな」

「と言う事は宰相は董卓が暴政を強いていないって考えているんですね~?」

「当たり前だろう。董卓はこれまでに暴政を強いていたという情報はない。そんな奴なら最初から皇帝の信頼を得られるわけがない」

「それだけ分かっているのにあなたは袁紹と手を組むのね? これじゃこっちが逆賊みたいじゃない」

 

 孫策の何処か呆れた言葉に板垣は失笑する。正義だ悪だと板垣は考えていない。国家を統治するうえでそう言ったものは不必要だと考えているからだ。

 

「勝てば官軍負ければ賊軍。そして歴史は勝者が作り上げていくものだ。俺達がここで勝てればそれまでの過程は好きなように出来る。敗者の言葉より、勝者の言葉の方が誰もが聞きやすいからな」

「……そう。貴方はそう考えるのね」

 

 孫策は板垣の思想とも言える本質の一部が見えた事でそれ以上何かを言う事はなかった。彼女の表情からは、板垣の言葉を聞きどのように感じたのかは計り知れなかった。

 

「我々は豫洲及び荊州半分を手に入れた事で動員できる兵もけた違いだ。恐らく我らが最大兵数を出せるだろう。周沙、お前には主力である5万の兵を任せる」

「はーい」

「孫策や黄祖ら太守は私兵を連れて参加せよ。加えて、5千の兵を貸し与える。兵数の少なさは気にする必要はない」

「存分に使わせてもらうよ」

「任せなさい」

「魯粛、お前は本陣から全体の指揮を執れ。今回は俺も出るが軍の指揮に関してはお前の右に出る者は少ない。重要な立場だがしっかり頼むぞ」

「は、はい!」

「周瑜及び孫家の軍師は散って各陣営の指揮を執れ。魯粛も全てを見れる訳ではない。細かい所を補助せよ」

「……分かった」

 

 軍勢の振り分けを行っていき、南陽袁家は直轄軍だけで10万、太守の私兵を含めれば12万もの大軍勢となった。これは次点で数が多い袁紹の軍勢を大きく引き離す結果となった。

 

 

 

 数日後、袁紹が反董卓連合の結成を宣言した。これに南陽袁家が応じると各地の諸侯もこれに追随する事となる。荊州の劉琦を始め、陳留の曹操、涼州の馬超、幽州の公孫瓚、冀州の劉備などの諸侯が参加したこの連合軍は30万を超える大軍勢となった。一方の董卓は漢軍も吸収して10万近い兵で迎え撃つ事になる。

 

 こうして漢王朝の力を完全に消失させる反董卓連合による戦が遂に始まった瞬間だった。

 



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第十八話「合流」

今週の月曜日から生活環境が変わり(長期出張)今までの様に時間を作る事が難しくなりました。その為にこれまでのような毎日投稿が難しくなると思います。ストックは明日の分まででそれ以降は書きあがり次第となります


 反董卓連合は一度豫洲の潁川群に集まる事となった。ここは南陽袁家の勢力圏内であり、東から洛陽に向かうための要所汜水関と虎牢関と絶妙な位置にある場所であった。それゆえに、本営を置くには最適として決定されたのである。

 そして、板垣は本営周辺に柵や天幕を作り、各地からやって来る諸侯を受け入れる準備を整えていく。本来、これらはそれぞれの勢力でやるべきことだが南陽袁家の力を見せる意味合いも兼ての設置だった。

 

「あら、私達の分までやるなんて気が利くじゃない。それとも? 自分たちの力を見せつけたいのかしら?」

 

 最初に到着したのは目と鼻の先にあると言っても良い陳留の太守曹操だった。板垣と初対面をした曹操は周沙が配下に降るだけの人物だと瞬時に見抜くと同時に自分の覇道の邪魔をする最大の壁になる事が理解できてしまった。

 

「(この男、私の様に覇道を進むわけでもなく、ましてや王道を行くわけでもない。どっちつかずと言うのが適切な感じがするわ。でも、それは意見が簡単に変わるのではなく、どちらでも選んで適切に行動できる方ね。味方として見ればこれ以上ない程頼もしい人物だけど敵にだけは絶対にしたくない相手ね)」

「(流石は未来の王、と言った所か。やはり曹操が目標の障害となりそうだ。今のうちに排除できればいいんだが……)」

 

 互いに最大の敵として認識しつつ表面上は穏やかに対話を続けていく。未来は敵だとしても今は協力するべき相手である。私情を挟む事はしないし、相手に見せればそこを突いてくるだろうと本能的に理解できてしまっていた。故に、本心を見せないようにしながら友好的に接していく。

 

「お待たせしました」

「おーほっほっほ! 袁本初華麗に参戦ですわ!」

 

 次に到着したのは劉琦と袁本初だった。劉琦より近いとはいえその倍近い兵を動員した割には素早い行軍に板垣は袁紹の警戒度を上げていく。本人は馬鹿に近いが不思議なカリスマ性を持っており、優秀な部下がいたとはいえ河北を切り取っていったのは紛れもない彼女の実力だった。

 

「お、お待たせしまた~!」

 

 次に到着したのが冀州平原の相である劉備だった。袁紹より近い位置にいるはずの劉備だが義勇軍から成りあがった為か行軍速度はそこまで早くはなく、袁紹に追い抜かれた結果となっていた。とは言え後の蜀を建国する人たらしとも言える才能を持つ人物である。警戒する相手としては当然と言えた。

 

「私達で最後か?」

「そうみたいだな」

 

 最後に到着したのは最も遠い位置に存在する幽州の公孫瓚と涼州の馬超だった。お互いに騎兵を主力とするために距離の割には素早い到着であり、大幅に予定を繰り上げて行動するができるだろう。板垣は参加する諸侯が全員集まった事を確認するとその日の夜に軍議を開く事を通達した。

 

「おーほっほっほ! 皆さんよく集まってくれましたわ!」

 

 反董卓連合の事実上の盟主として袁紹が諸侯をねぎらう。特に馬超や公孫瓚などの直ぐには駆け付けられない場所からも来ている事がこの連合がどれ程受け入れられているかを示していた。そうでなければ遠くから態々参加しようとはしないのだから。

 

「早速軍議に……、と行きたいところですが、貴方は誰ですの?」

「これはこれは失礼しました。袁術様の下で宰相を任されている板垣莞爾と申します」

 

 袁紹は袁術がおらず、代わりに板垣が参加する状況を訝しむが板垣は笑顔の仮面で以て接していく。

 

「袁紹様。我が主君は病気を患ってしまっておりまして、人前に出る事も叶わない状態となっているのです。それはそれとして、袁紹様。初めて顔を合わせる者も多いですし先ずは自己紹介をしてはいかがでしょうか?」

「……確かにそうですわね。ではわたくしから!」

 

 そして自己紹介が始まり、袁紹が長々とした発表を行っていく。あまりにも長すぎて一部の者は眠気を堪える程だった。そして漸く自己紹介を終えた袁紹に続き、板垣が自己紹介を行う。

 反董卓連合と言うほぼすべての諸侯が参加する中で初めて板垣は名乗りを上げる。そして、これが自分の国を持つ大きな一歩だと感じながら。

 

「皆様、私は南陽袁家宰相を務める板垣莞爾と申します。病気で出陣出来ない袁術様に代わり南陽袁家12万の兵を率いてきました。我が主君とその従姉妹である袁紹様、そしてこの場の誰にも恥じぬ戦いをしていきたいと思っています」

 

 そう言って板垣は不敵な笑みを浮かべるのだった。

 



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第十九話「志願」

「さて、最初の関門である汜水関についてですが……」

 

 自己紹介を終え、早速軍議に入る。その前に袁紹による連合の盟主が誰かを決めるような事を話そうとしたが板垣が「今回この連合を作り上げたのは袁紹様です。そんな袁紹様を差し置いて盟主となりうる者がおりましょうか? 私はいないと考えています。よって私は袁紹様が相応しいと考えております」と言う言葉に誰もが賛同した事で話を強制的に終えると、そのまま板垣が司会進行のような役回りとなって軍議を円滑に進め始めた。あまりにも自然にその役についた板垣に誰もがん?となりつつも口を挟む事が出来なかった。

 

「汜水関には華と張の旗が翻っております。更に偵察した者の証言で董卓配下の華雄と張遼がいることが分かっております。兵はおおよそ3万。現在の連合の10分の1の兵力です」

「意外と少ないわね。汜水関は捨てるつもりなのかしら?」

 

 董卓は漢軍も吸収して10万近い兵を用意している。それらすべて、とまでいかないまでも5万くらいはいると思っていただけに予想外にも少ない兵に曹操は疑問を投げかける。

 

「可能性は低いと思われます。何しろ董卓はここ以外にも守備兵を多少なりとも置かなくてはなりません。それに、ここに居る諸侯も領地に兵を残しているでしょう。そこからの奇襲を警戒していると考えられます」

「いくら盟主が正面からの突撃しか知らない麗羽と言えどもその下に着いた諸侯も同じ阿呆とは限らない、と董卓は考えている訳ね。それなら3万と言う兵は多いわね」

「……華琳さん? 遠まわしにわたくしを侮辱してませんこと?」

「あら、それに気づく脳はあったのね」

「何ですって!!」

「……話を続けますよ」

 

 曹操の見え透いた挑発に乗った袁紹が騒がしいものの、板垣は無視して話を続ける。

 

「汜水関は虎牢関程ではないにしろ洛陽を守る関として堅牢を誇っています。そしてここに武勇に優れた華雄と張遼を配置する事で盤石の体制となっています。これを正面から打ち破るのは厳しく、加えて並みの兵では両者の相手すら出来ません」

「つまり汜水関を攻略できる策と二人の猛者を相手に出来る武将を持つ者が行うべきと言う事か?」

「公孫瓚殿、そう言う事になります」

 

 板垣の話を簡潔にまとめる公孫瓚。彼女の言う通りそれが前提となるがそれが出来る勢力は限られている。まとめた公孫瓚は自身では不可能だと思い、汜水関の攻略には消極的であった。

 他の諸侯も兵の少なさや相手できる将の不足等から汜水関攻略をしようという勢力は誰もいなかった。

 

「まったく……。皆さんはなぜこうも消極的ですの!? 志願し、名を上げようとする者はおりませんの!?」

「なら貴方がやればいいじゃない」

「わたくしはこの連合の盟主ですよ!? いきなり総大将が出ては舐められますわ!」

「それもそうね」

 

 連合の盟主が初戦に出てくる。それは他の諸侯に自分たちを相手に出来る勢力はいないと侮られたり嘲笑される事になりかねない。そう言う事は曹操も分かっている為に軽口程度で言っていた。だが、もう片方の袁家なら可能でもあった。

 

「……では、ここは我ら南陽袁家が志願するとしましょうか」

「あら? 貴方の所で出来るのかしら?」

「我らは12万の軍勢を誇っています。周沙を始め孫策などの猛者も多いです。そしてここは南陽袁家の勢力圏です。兵の補充も多少ですが可能であり、損害をある程度は気にしなくても問題ありません。いかがでしょうか?」

 

 板垣の賛同を得るような問いかけに諸侯は答えられない。本音を言えば板垣に任せても良いと考えているがそれを最初に口に出すのは……、と言う思いもあった。とは言えここで誰かが言わなければ先には進めない。

 

「あ、あの。私は良いと思います……」

 

 そしてついに、一人の諸侯が賛同した。先の黄巾の乱で平原の相に任じられた劉備である。この連合内では一番の弱小とは言え反董卓の意思を持った同志である。諸侯は端を発したように賛同し、先鋒が南陽袁家で確定した。

 

「(南陽袁家をここまで大きくした板垣宰相の腕前、見せてもらおうかしら)」

「(まさか美羽さんの所が出て来るとは思いませんでしたわ。とは言え美羽さんはいないのですから失敗したらこの男に責任を丸投げしましょうか)」

「(南陽袁家か。最近急速に勢力を拡大しているみたいだし上り調子と判断したのかな? 失敗しないと良いけど……)」

「(姉さま、蒲公英たちが先鋒じゃなくてよかったね)」

「(まぁ、私達は騎兵が中心だしこういう攻めには向かないからなぁ)」

「(すごいなぁ、私達の10倍以上の兵を持ってるなんて……)」

 

 諸侯はそれぞれの思いを抱きながら板垣のお手並みを拝見する。汜水関攻略に関する事が決定されたために軍議はこれでお開きとなり、板垣は直ぐに軍を動かすべく自軍へと戻った。そして、そこには既に準備万端の周沙達が待機しており、板垣の命令を待っていた。

 

「諸君。我らの力を本格的に天下に知らしめる時が来た。ありとあらゆる準備を整え、厳しい鍛錬を乗り越えた諸君らならどのような相手でも攻略できるだろう。故に、俺が命じるのはただ一つ。勝利をつかみ取れ!」

「「「「「ウオオォォォォォォォォォッ!!!!!」」」」」

 

 板垣の短い激に兵たちは雄たけびを以て返す。板垣は自身の馬に乗り込むと高々と宣言した。

 

「南陽袁家軍! 前進!」

 

 その言葉と共に、反董卓連合最初の戦闘である汜水関攻防戦が幕を開けた。

 



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第二十話「無謀」

一年ぶりです。パソコンのデータがなくなり萎えてしまっていましたが一年かけて気力を取り戻して続きを書きました。久しぶりなので少しおかしい部分もあるかもしれないです。


「さ、宰相様。本当に先頭を行かれるのですか?」

「やめておいた方が良いと思いますよ? 流石に危険です」

 

 南陽袁家軍12万を率いて出陣した板垣に対して全軍の総指揮を執るように命じられた魯粛と5万の主力を率いる周沙は二人そろって批判的な言葉を発した。というのも板垣が放った一言が原因であり、とてもではないが承諾できない内容だった。

 

「やはり反対か?」

「当たり前ですよ! どこの世界に宰相という地位の人が先頭に立とうというのですか!」

「ここにいるが?」

「だ! か! ら! 止めているんじゃないですか! 宰相がもし死んだらどうなると思っているんですか!? 南陽袁家は終わりですよ!? ただでさえ手に入れた荊州の安定化も済んでいないのに死なれたらここは空中分解しますよ?」

「その通りですよ。宰相が好きなように弄った南陽袁家が宰相なしで回るわけないじゃないですか」

 

 声を張り上げる魯粛とおっとりとしている周沙。二人は対照的ながら板垣の行動を止めようとする思いは同じであった。

 そもそも、この戦いにおいて板垣が前に出る必要はない。12万の兵に任せればいいだけの話なのだ。これが板垣が仕官する前の兵たちならそうも言っていられなかっただろう。しかし、ここにいるのはわずか二年程で板垣が鍛え上げた立派な兵士である。そしてそれを率いるのは板垣の弟子にしてその能力を受け継ぎつつある周沙。失言が多いが実力は確かな魯粛。更に普段は炊事をしているがその怪力は確か典韋、元黄巾族でありながら将軍に匹敵する実力を持つ周倉と廖化、そして現在は各軍に散らばせてある孫家が抱える軍師に武将たち。数もあり、現在の中華において間違いなく最強の軍勢と言えた。

 故に、板垣が危険を犯す必要はない。むしろ彼の死で今の南陽袁家が確実に崩壊する事を考えれば完全なる愚策と言えた。それは軍師ではない者でも分かる事であり、魯粛と周沙だけではなく他の面々も板垣を止めようとした。

 

「板垣宰相。流石に私でもこの状況な先頭を行ったりしないわよ? 少し落ち着いたらどうかしら?」

「孫策殿に賛成だな。この状況でのそれは馬鹿のすることと変わらんぞ?」

 

 長沙・江夏の太守である孫策と黄祖も同じように反対した。とはいえ二人とも死んだら死んだで面白い、勢力を拡大できるという思いもあったために反対しつつ死ぬなら死ぬで構わないとさえ思っていたが。

 

「そもそもどうして先頭に行こうとしているんですか?」

「簡単な話だ。そろそろ武の方面でも力を見せておこうと思っただけだ」

 

 板垣は宰相という地位についている為に最近では文官というイメージが定着しつつあるが実際は自ら馬に乗り、戦場を駆け、敵将を屠れる武の持ち主であった。仕官直後など賊退治に軍勢を率いて出陣したこともあるほどで、周沙とはその時に出会っている。

 

「最近では俺を文官と軽んじる武官も出始めている。特に新人に多い傾向だ。故にその思い込みをこの戦いでなくしてやろうと思っただけだ」

「それなら別にここじゃなくていいんじゃないですか?」

「いや、()()()()()()()()()だ。それに敵将にいい感じのやつがいるしな」

「華雄将軍ですね?」

 

 華雄。それは董卓軍の中でも屈指の武勇を誇る将軍だ。その実力は飛翔将軍呂布に並べるほどだ。しかし、そんな彼女には大きな欠点があった。それはプライドが高く、突撃狂と呼べるほど敵を真正面から叩き潰そうとすることだ。

 

「平原での戦いなら華雄の突撃は脅威だ。しかし、今はいうなれば攻城戦。華雄のような将には不得手な戦いだ」

「それに加えてプライドが高い華雄将軍なら挑発して汜水関から飛び出させることも出来ると考えたわけですね」

「つまり宰相は自身の武勇をこの戦いで知らしめるのに華雄将軍を討ち取る事を選んだわけですね?」

 

 周沙と魯粛は板垣の狙いに気づいたがだからと言って賛成できるわけがなかった。そもそも武勇を示すだけなら新人の前で模擬戦でも行えばいい。相手が孫策や周沙などの実力者なら納得できるだろう。態々この場で行う意味が分からなかった。

 

「確かにこれは俺のわがままだ。やらなくていいことをやり、背負わなくていい危険を背負おうとしている。だが、それに見合った成果は必ず上げるさ」

 

 そして、板垣は退くつもりはなかった。これも自らの野望の一歩であると考えているからだ。

 

「(それに、本当に危険で華雄に負けそうになっても問題はない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()())」

 

 板垣は心の中でそう呟き、遥か彼方の丘の上を一瞬だけ見ると未だ反対意見を言う二人を宰相命令で黙らせ、自ら軍の先頭へと馬を進めていくのだった。

 

 

 

 

 

 

「天気は快晴。無風であり、()()するには絶好の天気だ」

「! 宰相殿を確認した。予定通り華雄との一騎打ち次第では援護するぞ」

 

 板垣が見た丘の上。そこには迷彩柄のテントを張り、うまい具合に自然に溶け込んだ特殊部隊が存在した。彼らは南陽袁家軍とは別に動きだし、この地に布陣していた。

 

「華雄に関しては殺されそうになった時で良いが問題はもう一人の張遼の方だ。見えるか?」

「ギリギリだな。城壁に登ってくれれば見えるが裏に回られれば見えない」

 

 双眼鏡を使い汜水関の様子をうかがう隊員は険しい表情で答える。狙撃地点としては良好な場所を選んだが残念なことに汜水関の裏手を見れるような位置にはなかったために完全な把握は不可能だった。

 

「とはいえ張遼の姿は確認できた。やはりそれ以外に主だった将軍はいないようだな。残りは洛陽か虎牢関か。漢軍はどうなっていたか?」

「事前の情報だと皇甫嵩将軍は長安の守りについている。朱儁将軍は洛陽で帝のお守りだ」

「名目上とはいえ何進大将軍の死を引きずっているわけか」

 

 とはいえそれも直ぐに収まるだろう。それだけ何進大将軍は無能で影響力も低いやつだったのだから。

 

「それより今は引き続き汜水関の監視を続けるぞ」

「ああ、分かっている」

 

 

 隊員たちは話を一旦切り上げ、汜水関の目前まで到達した南陽袁家軍そして板垣宰相の様子を確認しつつ汜水関の動きに目を光らせるのだった。

 





【挿絵表示】

現状の勢力図(本編に登場した勢力のみ記載)
紫:南陽袁家(事実上板垣の勢力)→豫洲全土及び荊州6郡
黄土色:黄祖(南陽袁家勢力範囲)→荊州江夏
薄紫:孫家(南陽袁家勢力範囲)→荊州長沙
青:曹家→兗州陳留
橙:劉琦→荊州西部
緑:劉備→冀州平原
緑:馬超→涼州全土
茶:董卓→司隷及び雍州全土
黄:袁紹→冀州北部
灰:公孫瓚→幽州西部


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第二十一話「一閃」

「ええか華雄! 絶対に敵の挑発に乗ってはアカンで!」

「そのくらい分かっている! 私だってこの状況で敵の挑発に乗ったりなどしない!」

 

 洛陽へと通ずる二つの関のうち、最初の汜水関を守る華雄と張遼は城壁の上に登り、迫りくる袁術軍の様子を見ていた。数は12万。汜水関を守る兵の約4倍の兵数であった。

 

「……やつら、精鋭だな」

「ああ。見ただけで分かるわ。兵の動きに無駄や乱れがあれへん。ほんでいて行軍速度は信じられへん程素早い。余程鍛えへんとあんな動きは無理や」

 

 そして、二人の将軍の目に、袁術軍は油断できない、全力で挑まないと勝てない軍として映った。ただでさえ12万というのは董卓軍すら上回る兵数なのにその兵は見る限り強者ぞろい。生半可な兵では相手にすらならないというのが分かってしまったからだ。

 

「こりゃ討って出れば死ぬで」

「せめて噂の宰相が前に出てきてくれれば勝てるのに……」

「さすがにそんなアホな真似はせんとしょ?」

 

 華雄の言葉に張遼は呆れたが展開した袁術軍の中から一人の男が出てきたことで流れは大きく変わることとなった。

 

「私は南陽袁家宰相、板垣莞爾である! 剛勇無双で知られる華雄将軍殿との一騎討ちを望む!」

「んなっ!? アホな!?」

「……ほう?」

 

 まさかの人物の登場に張遼は目を見開き、逆に華雄は興味深そうに眼を細めた。板垣は矢が届かない場所にいるため若干の距離がある。それゆえに本人かどうかは怪しいところがあったがそれでも宰相を名乗る人物が一騎討ちを求めている事だけは理解できた。

 

「っ! 華雄! 決して出て行ってはアカンで!」

「分かっている。だが、地位ある者が危険を犯してまで一騎討ちを望んでいるのだ。これに答えねば武将ではない!」

「どう見ても挑発やろ! 絶対に行ってはあかん!」

「むぅ……」

 

 張遼の説得に華雄は渋々ながら動きを止める。しかし、その目には今にも飛び出していきそうな感情が籠っており、張遼はこりゃ目が離せなくなってしもたと頭を抱えることになるがそこに板垣の次の手が放たれる。

 

「どうした? 噂に聞く華雄将軍はこの願いを聞き入れる御仁と聞いていたが嘘であったか?」

 

 板垣は張遼達から見ても分かるほどの落胆の声色で話を続ける。

 

「それとも華雄将軍は噂でしか強がれない臆病者であったか?」

 

 ギリッ、と華雄の右手が強く握りしめられる。

 

「それならば失礼した。臆病者にこの状況はキツイであろう。無理をする必要はない」

 

 ガリリッ! と華雄は口をかみしめる。その勢いで若干だが歯が欠ける。

 

「我らは本日攻めることはしない。臆病者の華雄将軍殿はゆっくりと休まれるが良い」

 

 フー! フー! と、華雄の鼻息は荒くなっていく。

 

「そして私は今日はここで休ませてもらおう。こう見えて私は度胸はある。敵の前に身を晒せる程度には、な」

 

 目は血走り、今にも射殺さんとばかりに板垣をにらみつける。

 

「我が南陽袁家の兵たちよ! 今日はゆるりと休むと良い! 敵将華雄は我らの前に姿を晒せないほどに臆病者であったようだ。この調子なら汜水関の攻略も楽であろう」

 

 張遼が必死に止めようとする声も華雄の耳には届かない。

 

「……華雄。フ、貴様をここに配置した董卓も程度が知れるな」

 

 ブツリッ! 脳内で何かがはち切れる音と共に、華雄から理性は消え去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……! どうやら挑発は成功したようね」

 

 おおよそ1万の兵を率いる長沙太守孫策は南陽袁家の先陣として板垣の後方に陣取っていた。とはいえ板垣と兵の間には30歩程度の間があるためにそれなりの距離が開いていた。

 

「……それにしても板垣もよくやるわね」

 

 臆病者と誹り、最後に主君を馬鹿にする。特に最後のは見えていなかったとはいえ表情は嘲笑を浮かべていたことが察せられた。そして板垣の様子からまだまだ挑発する言葉や行動は用意していたように見受けられた。

 

「周瑜とは違った形で口が達者なわけね。それに統治者としての能力も持っている」

 

 そして板垣はこの場で武力さえ見せてくれるという。孫策とて板垣が南陽袁家で行ってきたことは周泰を通じて調べてあった。そのために板垣がただの文官ではなく、文武両方に秀でた人物であることは知っていた。しかし、実際に板垣が戦っているところを見たわけではない。

 

「(信じないわけじゃないけどやっぱり自分の目で見た方が疑う余地がないわ)」

 

 果たして板垣の武はどれほどのものなのか? 孫策は兵をいつでも動かせるようにしながらも打って出てきた華雄と板垣の様子を見守る。華雄は自らの兵と共に出陣してきたようで門からは続々と兵が出てきている。そしてその先頭には顔を怒りで真っ赤にした華雄が居た。板垣の挑発に乗り、彼と一騎討ちをしに来たのだろう。

 

「板垣とやら! そこまで言い切ったからには覚悟はできているんだろうな!」

「これは驚いた。まさか本当に出てくるとは。臆病者だと思っていたが実際は戦況も見えない阿呆であったらしい」

「なんだと!?」

「正直に言って一騎討ちを申し込んだ私は恥ずかしい。この()()の将なら相手するだけ無駄であったな」

「き、き、きさ、きさまぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 煽る。煽る。煽りに煽る。一体どれだけの言葉が出てくるのか。孫策は純粋に彼の人を怒らせる才能に感心した。ただ口で言うのではない。全身を使い感情を表すことで相手を怒らせて来るのだ。短気な華雄には一溜りもないだろう。

 

「その減らず口、直ぐに聞けなくしてやる!」

 

 そして、そんな板垣に対して華雄は馬を駆け、己の得物である巨大な斧を振り上げる。板垣の直上に来ると同時にそれは振り下ろされる事となるだろう。にも拘わらず、板垣は動かない。ただ華雄の方を見ているだけであった。

 その姿に孫策は危機を覚えると同時に馬を駆けていた。なぜそうしたのか孫策は分からなかったがこうしないと後悔すると本能のままに動いていた。しかし、今からではとても間に合わない。

 

「しぃぃぃぃ!!! ねぇぇぇぇぇぇっ!!!」

 

 もはや絶叫と呼ぶに相応しい声量とともに華雄の斧が振り下ろされる。それは板垣の頭を勝ち割る軌道を描き、並みの将では受け止めきれないだろう重い一撃となって板垣へと迫っていく。

 

「っ! 板垣……!」

 

 思わずそう叫んだ孫策だがその次の瞬間には驚きで目を見開いていた。

 決して瞬きなどしていない。最後の最後まで目を開き、板垣の姿を見失わないようにしていた。それにもかかわらず、孫策は()()()()()()()()姿()()()()()、気付いた時には華雄の背をゆっくりと馬で歩いていた。そして、斧を外した華雄はそのまま斧を持ち上げる事はなく、ゆっくりと崩れ落ちた。()()()()()()()()()()()()()()()

 

「安心せよ華雄将軍。死人である貴様に何か言う事は二度と、ない」

 

 板垣はそれだけ言うといつの間にか抜いていた剣をしまう。それは孫策も見たことがない曲刀であり、一種の美しい芸術作品にさえ思える武器であった。

 

「(……まさか、私でも追いきれない速さで剣を抜いてそのまま華雄の首を切り落としたの? そんなことが出来るなんて……!)」

 

 あまりにもあっけなく、一瞬でついてしまった決着にその場の誰もが声を出す事はできず、呆然としていたが、主を失った華雄の兵たちの前に板垣が立ち、声を張り上げた。

 

「敵将! 華雄を討ち取ったりぃ! 華雄配下の兵たちよ! 我ら南陽袁家に降れ! さすれば、命の保証はしよう!」

「……う」

「「「「うおおぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!!」」」」」

 

 板垣のその叫びを聞き、南陽袁家の兵たちは雄たけびを上げた。自らの主が瞬殺されたという非現実的な状況と、12万の兵士の雄たけびに華雄の兵士達は戦意を維持する事も出来ず、ただただ呆然としながらその場に武器を落としていくのだった。

 



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第二十二話「衝撃」

何か一日でお気に入り数が80近く伸びてランキングにも乗りました。いきなりすぎて少しびっくりしました


「嘘やろ!?」

 

 華雄と板垣の一騎討ちを汜水関より見ていた張遼は華雄が討ち取られたことに驚きの声を上げた。汜水関の真下では南陽袁家によって華雄隊の武装解除が行われており、汜水関の防衛兵力が今まさに削られていた。

 本来であればこれを阻止せねばならないのだが残っていた兵士たちも華雄が瞬殺された事実と12万の南陽袁家の前に打って出る勇気が砕かれていた。それは張遼とて同じであり、彼女の場合は衝撃の方が強かった。

 

「(華雄が一撃で倒される? んなアホな! あれでもウチラの中では剛勇無双の将やぞ!?)」

 

 突撃狂でプライドが高いと残念な部分が多い華雄だがその分実力は折り紙付きであり、董卓軍の中では個人の武勇で呂布に告ぐ猛者なのだ。そんな華雄がたったの一撃、それも華雄よりは実力は低いと考えていた相手に瞬殺されたのである。

 張遼とて板垣が一騎討ちを求める以上それなりの武はあると考えていた。だが、華雄には膂力で劣るだろうとも。なので想定していた一騎討ちは華雄の攻撃を避けながら細かくダメージを与えていくやり方で長引くようなら華雄を回収するつもりでいたのだ。

 

「アカン……! これじゃここはもたん……!」

 

 兵士たちの動揺はすさまじい。自分でさえ呆然と呼ぶにふさわしい状況なのだ。兵士たちも同じかそれ以上の衝撃であろう。張遼は直ぐに汜水関の防衛を諦め、虎牢関に撤退する事を決めた。

 

「誰か詠に伝令を出すんや! このことを一刻も早く伝えて、対策を! そしてウチラは虎牢関に撤退や!」

「は、はっ!」

 

 近くにいた兵士を無理やり覚醒させて命令を伝えた張遼は改めて板垣の方を見る。彼を守るように複数の兵や将が取り囲んでおり、更に軍師らしき少女に詰め寄られていた。おそらく一騎討ちの事を叱られているのであろう。

 そして、板垣と視線があう。板垣が城壁の張遼を見ていたのだ。その瞳から感情は見抜けない。ただし、先ほどの一騎討ちもあり、張遼には心臓をわしづかみにされている感覚に襲われる。つかまれていると言っても力は入っていない。痛みがないが不快感と恐怖に襲われる感覚であった。

 

「……(アカン。暫く南陽袁家と、あの宰相の顔を見れない。見たら、恐怖でどうにかなってしまう)」

 

 張遼は心の中からこみ上げてくる恐怖心に気づかないふりをしながら板垣から視線をそらした。そして退却の準備を整えていく自軍の兵士のもとに向かっていくのだった。

 

 

 

 

 

 

「……」

「宰相様! 聞いているんですか!?」

「勿論だ。今日のような無謀な事はしないさ」

「約束してくださいね!? せっかくここまでの地位を手に入れたんですからまた一からやり直すなんて嫌ですからね!」

 

 板垣は城壁から見えた張遼から視線を外していまだに怒っている魯粛をあしらう。隣には同じように不安そうな顔をしている周沙もおり、ほのかな怒りの感情が見えていた。

 

「それにしてもあの状況から瞬殺するなんて凄いですね。遠かったとはいえ全然見えませんでしたよ」

「私もよ。一体どれだけ濃密な鍛え方をしたのやら」

 

 周沙も孫策も武においては中華で上位に位置する力を持っている。そんな二人でさえ見えなかった板垣の一撃。それがどれだけ凄まじく、恐ろしい事かを二人は理解できていた。

 

「(もし、私が板垣と懐を別ち、敵同士となった場合、あの一撃が私を襲う事になるのね)」

 

 こんな状況はあり得ないが、孫策と板垣が一騎討ちをすればあの華雄のように孫策の首が飛ぶことになる。そう考えた孫策は背筋にゾクリとしたナニカを感じる。それは恐怖心であり、闘争心であり、言葉では説明できないものであった。

 

「(一つだけ言えるのは万全な板垣と戦ってはいけない事ね。それこそ一騎討ちなんて無謀だわ)」

 

 決して今のように万全な状態にしてはいけない。孫策は板垣という人物の評価をさらに上げると同時に自分の全てをかけて倒さないと勝利の光さえ見えない相手と改めて判断した。

 

「……約200年もあればこの程度誰だってできるようになるさ」

「……? 今なんて言いました?」

「独り言だ。忘れてくれ」

 

 故に、板垣が放った言葉を聞き取る事はできなかった。それは板垣の正体に近づくものであったのに。

 

「それよりも早く董卓軍の武装解除をさせろ。完了次第汜水関に入る」

「張遼が防衛している可能性は低いですからね」

「むしろ今襲撃を仕掛けてくるかもしれないという可能性の方がありますね」

 

 魯粛も周沙も張遼がこのまま汜水関に籠っているとは思っていない。おおよそ半数の兵を失い僅か1万数千で連合軍の猛攻を防ぎきれるとは考えないだろうと。

 

「攻撃を始めて一刻も経たずに勝利。これで南陽袁家の評価は更に上がりますね!」

「そしてこれで諸侯達は次の虎牢関を自分たちで攻略しないといけなくなった。また私たちで対応して攻略したら諸侯の面目は丸つぶれになりますからね」

 

 そう、連合軍は今後虎牢関を死ぬ気で落とさないといけなくなった。数が多いとはいえ南陽袁家が単独で、それも手早く、兵の損失なく汜水関を落としてしまった以上諸侯たちの評価は下がってしまう。南陽袁家で十分だったではないかと。そうなれば諸侯はお飾りとしか思われない。それも連合の盟主たる袁紹も同様だ。

 

「では周沙。本陣まで出向き華雄を討ち取ったこと。敵兵の半数を捕縛した事。そして、汜水関も陥落間近という事を伝えてきてくれ。ああ、出来れば諸侯たちの反応をしっかり見ておけ」

「はっ! 了解しました!」

 

 板垣の命を受けて周沙は馬を駆けて本陣へと向かっていく。これほど素早い攻略は諸侯の誰もが、それこそ曹操とて想定外であろう。そして、板垣はぐるりと周囲を、南陽袁家の兵士たちを見る。そこに板垣の武を疑う者はいない。彼の目的は達成されたのだ。

 

「(武は示した。兵士達にも、()()()()。さて、俺の力は示した。そのうえでお前はどう出る? これでもまだ独立を狙うのか? それとも、屈するか? ()()()()()()殿()?)」

 

 板垣は心の中で孫策にそう問いかけながら武装解除が終わるのを待つのであった。

 

 そして、その日の夕刻。汜水関には袁の旗が掲げられ、連合軍が次々と門をくぐっていくのであった。

 



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第二十三話「戦間」

「おーっほっほっほっ! 袁術さんのところの宰相は中々やるようですわね!」

 

 汜水関を落とした翌日の軍議にて袁紹は機嫌良さげに板垣の活躍を褒めた。同じ袁家の人間の将が活躍したことが喜ばしいのだろう。

 

「ですが袁術さんの所はしばらくお休みなさい。後はこの袁本初が虎牢関を落として見せますわ!」

「あら? あなたの弱兵で虎牢関を落とせるのかしら?」

 

 袁紹の言葉に待ったをかけたのは曹操であった。とはいえその気持ちは他の諸侯とて同じであった。何しろここで袁紹が虎牢関を落としてしまった場合、袁家だけが活躍して終わりになってしまうからだ。それでは連合に参加した意味がなく、だれもが手柄を求めていたのだ。

 

「今度の虎牢関は董卓軍も全力で守ろうとするでしょう。そうなればあなたの兵では簡単に返り討ちにあうんじゃないかしら?」

「なんですって!」

 

 ムキー! と声を上げる袁紹だが傍で控えていた軍師の田豊に宥められて落ち着きを取り戻した。

 

「わかりましたわ。そこまでおっしゃるのなら華琳さんがやればいいですわ。勿論、貴方一人で、ですが」

「っ! 私の所は1万程度の兵力よ? 私たちに死ねと言いたいのかしら?」

「大口をたたいたのですからそのくらい出来るかと思いましたが……」

 

 元々仲がそれほど良くはない袁紹と曹操は互いに罵り合いを始めるがそれを見て板垣はため息をつきながら止めに入った。

 

「お二方、喧嘩はそれくらいにしましょう。この調子ではいつまでも軍議が進みませんよ」

「……そうですわね。華琳さんにわざわざ付き合う必要はありませんからね」

「そうね。ここは有意義な軍議をする場。お馬鹿さんに付き合うのは阿呆のする事ね」

 

 互いに睨みつつも板垣が二人を制した事でそれ以上の言い合いには発展せずに済んだ。

 

「では虎牢関を誰が担当するかですがここは袁家の者以外でお願いしましょう。第一陣として曹操殿、劉琦殿、そして劉備殿にお任せしましょう。第二陣として陶謙殿、孔融殿、王匡殿に。第三陣に公孫瓚殿、馬超殿、劉岱殿がついてもらいましょう」

「あたしらは最後なのか?」

 

 板垣が決めた陣決めに疑問を投げかけたのは涼州から来た馬超であった。とはいえそれは不満から来るものではなく第三陣に置かれたのが分からないというなんとも言えないものからだった。そして、その後ろに控えていた馬超の従妹である馬岱が頭を抱えている。

 

「公孫瓚殿もそうですが馬超殿が率いる軍勢は騎兵が主力と聞きました。騎兵は今回のような攻城戦には不得手であると判断したためですよ」

「……あ、そうか。確かにそうだよな」

 

 本気で忘れていたと言わんばかりの馬超の様子に板垣も呆れるが決して表には出さずに話を続ける。

 

「他の方で何か不満や疑問点に思う者はおりますかな? あくまで大雑把に分けただけですので変更なら受け付けますよ?」

「いや、私は特に不満はないぞ」

「某も同じく」

「ここは血気盛んな曹操殿に荊州の刺史となったばかりで功績が欲しいであろう劉琦殿。同じく義勇軍から成り上がり確かな功績が欲しいと思われる劉備殿に任せるのが最適でしょう」

「板垣殿は素晴らしい采配を成されている」

 

 劉岱を始めとする諸侯は一斉にそう言って現状維持で合意した。とはいえこれは明らかに曹操、劉備、劉琦を使い捨てにし、董卓軍が弱ったところを自分たちでかすめ取ろうと考えており、曹操や公孫瓚などもそのことに気づいていたがあえて何もいう事はなかった。

 

「それでは虎牢関攻略に関してはこれでいいでしょう。明日、全軍で進み虎牢関前に陣を敷きます。攻撃は明後日からとなるでしょう。第一陣の皆さま方はその心づもりでいてください」

「そうね。分かったわ」

「……了解したよ」

「え? あの……」

 

 曹操、劉琦は納得したが気づけば第一陣に組み込まれていた劉備は流れについていけずに困惑してしまう。劉備が率いてきた兵はおおよそ3千程。3勢力を合わせても2万と少し程度だろう。それで虎牢関を攻めるなど自殺に等しかった。

 

「何かな? 劉備殿。既に陣決めは終わったのですよ?」

「ですが、私たちの兵数では……」

「ああ、貴殿は黄巾の乱後に平原の相となりましたからね。兵が少ないのは仕方ない事です。……分かりました。第一陣は3つの陣の中で最も数が少ないです。希望するのであればわが軍の兵をお貸ししましょう」

「本当ですか!?」

「勿論です。同じ連合の仲間ではありませんか」

 

 板垣の言葉に劉備は目を輝かせているがその後ろに控えている軍師諸葛孔明ははわわ! と板垣の言葉に目を見開きつつ警戒心をあらわにした。

 板垣は確かに言った。()()()()()と。借りるからにはきちんと借りたときの状態で返すのが礼儀であり、借りる以上そこに何かしらの見返りが発生する。それを理解したからこそ板垣から、南陽袁家から借りることだけは絶対にダメだと理解していた。

 

「(ダメです桃香様! それを受け入れては……!)」

「ありがとうございます! それじゃお願いします!」

「ええ。いいでしょう。軽く1万程お貸ししましょう。きちんとした将と兵を選びますよ」

「(桃香様――――!!!)」

 

 孔明が止める間もなく劉備は板垣の提案を受け入れて兵1万を借り受けてしまう。そのことに孔明は頭を抱え、板垣はほくそ笑み、劉備は純粋な笑顔で笑うのだった。

 ちなみに、曹操は板垣の申し出を受け入ることはなかったが代わりに袁紹の兵5千を借り受けることに成功し、劉琦は誰からも兵を借りる事はなく、ただただ板垣を不審な表情で見るだけだった。

 兎にも角にも第一陣の総数はこれで約4万となり、虎牢関に籠る董卓軍を相手に出来るだけの数となった。そして、軍議を終えた連合軍は次の戦場であろう虎牢関に向けて前進を開始したがその直後、予想外の出来事が連合軍を襲った。

 “呂”と“張”、そして“李”の旗を掲げた董卓軍が第一陣に対して奇襲を仕掛けてきたのである。

 



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第二十四話「奇襲」

「さぁ! 我が李傕が率いる最強の兵たちよ! 連合の息の根を止めてやるのだ!」

 

 まさに大柄の熊の如き男と呼ぶにふさわしい董卓の配下李傕は敵軍にも伝わる大声で兵を鼓舞して奇襲を開始した。彼の左右には同じく配下の張遼と、呂布がそれぞれ軍勢を率いていた。連合軍から見て右斜め前からの奇襲であり、そこに陣取っていた曹操軍はまともな奇襲を受ける結果となった。

 

「落ち着け! 今こそ曹操軍の実力を見せるときだ! 敵を返り討ちにせよ!」

「前線には袁紹の兵を配置しなさい! 元々壁として使う予定のやつ等だったんだから失っても問題ないわ!」

 

 前線では曹操軍随一の武勇を誇る夏候惇が得物を振るって敵をなぎ倒し、後方では軍師の荀彧が袁紹軍を盾に立て直しを図っていた。とはいえ端っこであったために曹操軍は李傕、張遼軍からまともに攻撃を受ける状態となっており、かなりの速さで被害が広がっていた。

 

「董卓軍を迎え撃つんだ! 曹操軍を助けに……っ!?」

「行かせない」

 

 そして、中央に布陣していた劉琦が兵を動かして救援に動こうとするもそれを呂布が止めた。呂布は先頭に立ち劉琦軍を次々となぎ倒していく。たった一人で軍隊規模の損害を与えていくがその後方から呂布軍の兵士が劉琦軍に襲い掛かっていく為に曹操軍並みの速度で追いつめられていた。

 そんな中で左翼側に展開ていた為に奇襲を受けずに済んだ劉備軍は多少の混乱はあれど健在であり、隣の劉琦軍の支援へと即座に動いた。その中には当然板垣が貸した1万の兵もおり、呂布軍相手に猛攻を繰り返していた。

 

「南陽袁家の力を見せてやれ!」

「……前進せよ」

 

 その1万の兵を率いるのは元黄巾族だった周倉と廖化である。二人とも武勇も知略も申し分なく、元賊という事で信用を得るために劉備軍に向かうように言われていたのだ。

 

「敵は天下の飛将軍、呂布奉先か。中々手厳しい戦いとなるな」

「……問題ない。数で押せばいい」

「そんな状況を相手が作ってくれるとは思えないけどな!」

 

 周倉と廖化は兵の指揮をとりながら自ら剣を振るい敵を殺していくが呂布の兵士だけありその質はかなり高く、南陽袁家の兵も次々と倒れていた。

 

「しっかし、こうなるとまともに連携を取らずにお互いに独立行動をとるというのはあっていたかもな!」

「同感だ。そもそも、彼女たちとの連携を重視すれば我らの、力は半減する」

 

 出発前に周倉と廖化は劉備軍との顔合わせを行っていた。義勇軍でありながら漢軍や諸侯に負けない活躍をしただけの事はあり、二人から見ても劉備軍は実力者ばかりが揃っていると感じていた。

 劉備軍の中では一番の怪力を誇る張飛、力でこそ劣るがそれ以外の面では張飛を抜くどころか劉備軍で一番の実力者と言える関羽。神速の槍使いで、この中では前々より名が知れていた趙雲。そしてそんな武闘派をまとめあげる劉備軍の頭脳たる諸葛孔明と鳳統。成程義勇軍でありながら活躍できたわけだと二人は劉備軍の状況を正確に当てていた。

 同時に、そんな実力者をまとめあげる劉備に対しては最も警戒を見せた。何しろ、本人には目立った才能はなく、武は護身術程度、智は話の土俵に立てる程度と一般兵と同程度なのにただ一つ、周囲を引き込むカリスマだけでここまで上り詰めたのである。これを警戒するなという方が難しいだろう。彼女が歩き、話すだけで後ろをついてくる者が増えるのだ。きっちりと止めを刺さないと彼女の周りには人が集まり、大きな勢力となっていくであろう。

 とはいえ今の劉備軍は味方であり、板垣によって二人には命令されていた。

 

-劉備軍として暴れてこい。そして恩を溢れるくらい売ってこい

 

 二人から見ても板垣は劉備を警戒しているようにも見え、そのために彼女たちを縛り付ける為の首輪の一つとして考えているようだった。

 そのためには正直に言って劉備軍とは別に行動しつつ旗に劉備軍の物を使うようにする方が得策だった。ただでさえ義勇軍上がりで訓練が足りていない。そんな奴らが南陽袁家の兵についてきて、連携を取れるとは思わなかった。

 

「あの時の関羽はやばかったな。切りかかられるかと思ったぜ」

「同感だ」

 

 独立して動くと言ったとき、援軍にもかかわらずこちらに従わないとはどういう事だ! と関羽が怒りをあらわにしたのだ。とはいえそれは劉備や孔明、鳳統によって止められた為に大事には至らなかった。しかし、その後も不服だと言わんばかりに関羽の機嫌はとても低かった。

 

「っ! いたぞ! 呂布奉先だ!」

「お前らは周囲の兵を相手にしろ。呂布と決して打ち合うな」

 

 やがて、呂布軍の中を突っ切り、呂布の真後ろまで接近した周倉と廖化はお互いに得物を握りしめて後方から襲い掛かる。よく見れば劉琦がいる本陣が見える位置まで接近しており、かなり苦々しい表情の劉琦の姿が見えていた。

 

「呂布! これ以上は進めさせるわけにはいかないな!」

「排除する」

「……邪魔」

 

 この世界において、男性より女性の方が力が強いというのはなんら不思議でも珍しい事でもない。呂布や夏候惇、張飛などのような者は別格としてそれでも男性より力がある女性は結構存在するのだ。

 そんな中で周倉と廖化の二人は男性でありながらそんな彼女たちに並ぶ武を持っていた。でなければ黄巾の乱にて兵を率いながら生き残ることなど不可能であっただろう。そして、二人がかりなら大半の武将に負けることはない。それだけの武を持っていたのだ。

 しかし、目の前の呂布にそんなものは通じない。二人がたとえ武に自信があろうとも、呂布の前では無力であった。

 

「死ね」

「ぐっ!? これは……!」

「っ!!??」

 

 横に払う。たったそれだけの事で周倉と廖化は大きく後方に吹き飛ばされた。衝撃を完全に防ぎきれたわけではなく、ガードしたはずなのに腕は痺れが残るほどだった。そんな状態でも呂布は更に追撃を加えていく。片手で軽々と得物を振り回し、周倉と廖化を防戦一方に追い込んでいく。とはいえ一般兵では防御すら出来ない呂布の一撃を防いでいる事が二人の実力を表しているがそれでも防戦一方である以上いずれは呂布に押し負けるだろう。実際、二人の腕は限界に達しており、あと数回防げば腕が使い物にならなくなるだろう。

 

「天下の飛将軍を侮っていたわけじゃないがいくら何でも規格外すぎるだろ……!」

「俺はそろそろ限界だ」

「……意外とやる。だけどこれで終わり」

 

 呂布はいい加減二人の相手をすることが嫌になったのだろう。得物を両手で持つと先ほどとは比べ物にならない力で二人に攻撃を加える。まず、最初の一撃で矛が砕け、二回目で柄が二つに折れ、三回目で武器として完全に使い物にならなくなった。

 

「おいおいおいおい! これはまずいぞ……!」

「ここまでか……」

「これで、終わり……」

「させん!」

「させないのだ!」

 

 そして二人にとどめを刺そうと動き出した所で、劉備軍が到着し、関羽と張飛が呂布の前に躍り出たのだ。新たに現れた武将に呂布の警戒はそちらに向き、二人を放置する。

 

「周倉殿。ここは我らが請け負います」

「……それは助かる。正直、剣を持つのもしんどいからな。悔しいがいったん下がらせてもらおう」

 

 周倉はそう言って廖化を連れていったん引き下がっていく。劉備軍に恩を売るつもりが助けられたことに周倉は「これは宰相に怒られるな」と考え、苦笑いを浮かべた。それでもここまでの間にそれなりに貸しは作れていると判断し、助けられた恩を帳消しにするべく、兵の指揮に専念していく事になるのだった。

 

 呂布軍と劉琦軍の戦いは南陽袁家軍1万を含む劉備軍の介入で膠着の様相を見せていく事になるのだった。

 



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第二十五話「白明」

「華琳様! このままでは敵に押し切られてしまいます! 一旦後退しないと……!」

「分かっているわ。桂花。でもそれは出来ないわ」

 

 一方、董卓軍の奇襲を諸に受けることとなった曹操は張遼と李傕という董卓軍の中でも呂布や華雄に並ぶ豪傑の相手でじりじりと消耗していた。元々1万程度の兵に加えて肉壁の袁紹軍5千しかいないのに対し、相手はそれぞれ1万5千の兵を率いて奇襲を仕掛けてきていた。つまり、曹操は奇襲を受けた上に約2倍の敵兵を相手にしなくてはいけない状況にあったのだ。

 曹操には夏候惇を筆頭に妹の夏侯淵、義勇軍上がりの楽進と言った猛将を有しているがそれでも兵の差を覆すには至らなかった。

 特に李傕の兵は卑怯と言っていい動きを平気で行う。例えば敵を背中から切りつけたり、多数で一人を相手にしたり、目つぶしや金的などの急所への攻撃をしてきたりなどである。敵を楽に倒せるという意味では合理的かもしれないが純粋な武将からすれば卑怯以外の何物でもなく、現に夏候惇が李傕軍に怒り狂い、相手にしている。対する李傕軍は決して勝負をしたりしないで防戦や回避を中心に行い、死傷を避けていた。結果、夏候惇はたかが一般兵に足止めを喰らう結果となっている。

 そこに張遼が兵を率いて曹操軍の深くまで入り込み、陣を乱し、混乱させていく。軍師である荀彧が必死に兵の指揮を執っていくが肉壁にしたはずの袁紹軍が押し込まれ、曹操軍の中に入り込んでからはまともに指揮も出来なくなっていった。

 

「後方には劉岱の軍勢がいるわ。私たちが後退した途端、敵前逃亡と言い出して弓を射ってきかねないわ」

 

 劉岱は曹操が太守を務める陳留が属する兗州の刺史だ。彼は黄巾の乱においてまともな功績を上げられず、結果的に曹操に領土を奪われる形となったことを恨んでおり、隙あらば曹操を貶めようと画策していたのだ。そんな彼に付けこむ隙と言える後退をすればどうなるのか? 曹操はそれを考えて後退するという選択肢が取れなかった。

 

「ですがこのままではわが軍は壊滅してしまいます! 華琳様のおっしゃることも分かりますが兵をみすみす見殺しにするなど……!」

「分かっているわ。だから桂花。絶対に本陣だけは混乱しないように気をつけなさい」

「? それはどういう……」

「私も前に出るわ。直接指揮を執り、混乱を多少なりとも抑えるわ」

「それは……!?」

 

 まさかの言葉に荀彧は言葉を失ったが同時にそれならば兵の混乱も抑えられると考えてしまった。本陣から指示を出すより、近くで直接、それもこの軍の総大将たる曹操が指揮を取れば混乱など直ぐに収まるだろう。そうなれば曹操を中心に軍は再構成されていき、董卓軍とも戦える状態になるだろう。

 しかし、それは同時に諸刃の剣でもある。本来なら遥か遠くの本陣にいるはずの総大将が近くまで来ているのだ。敵からすれば千載一遇のチャンスであり、曹操を仕留めようと攻撃が集中するだろう。むろん、曹操とて一角の武将であり、夏候惇や呂布と言った豪傑にはかなわなくとも一般兵では太刀打ちできない程度には武を持っている。だが、それも数が多くなれば別だ。

 荀彧としては曹操の行動を止めたかった。曹操が倒れれば混乱する曹操軍は立て直す事が出来なくなり、そのまま崩壊するだろう。そして、曹操を敬愛する荀彧にとってたとえ命の危険がなかったとしてもそんな危険な場所に主君を行かせたくはなかった。

 

「桂花。この状況で本陣を任せられるのは貴方しかいないわ。大丈夫。必ず戻ってくるから安心しなさい」

「華琳様……。……分かりました。華琳様のご武運と武勇を祈っています。そして、出来る限り支援をします」

「そう。……ありがとう」

 

 そう言ってほほ笑んだ曹操の顔を荀彧は二度と忘れる事は出来ないだろう。

 

「栄えある我が軍の兵士たちよ! 落ち着きなさい! 陣形を組みなおすのよ!」

「っ! 曹操さまだ! 曹操様が前に出てこられたぞ!」

「急げ! 曹操様のもとに集まるんだ!」

「曹操様の盾になれ! 敵を倒すんだ!」

 

 斯くして、曹操の登場により曹操軍は壊滅を避け、立て直しを図る事に成功した。曹操を中心に陣形が組みなおされ、敵の攻撃に耐えられる状況になったが、同時に荀彧の読み通りに敵の攻撃、特に張遼の攻撃が集中する事となった。

 

「敵の親玉が前に出てきとる! この好機を逃すなや!」

「華琳様!? くっ! 華琳様のもとに向かい、この状況を立て直すぞ!」

「おのれ! 先ほどからちょこまかと逃げおって……! 私と正々堂々と戦わぬか!」

 

 曹操軍対李傕・張遼軍の戦いはこの時を持ち、曹操によって勝敗が決する状態となっていく事になるのだった。

 

 

 

 

 

「お嬢様。予想通り南陽袁家は後方に待機しているようです」

「分かりました。では手はず通りにお願いします」

 

 連合軍が董卓軍と戦っている戦場よりも遥か後方、南陽袁家が布陣する場所にほど近い森にて二人の少女が身をひそめあっていた。身なりはそれなりによく、金持ちとはいかなくてもそれなりに金はありそうな感じとなっており、中の中の暮らしをしてそうな雰囲気をしていた。

 

「ですが本当に南陽袁家でよろしいのですか? 確かに彼の勢力は今や中華における最大勢力となっていますが……」

「その通りです。彼らが中華最大の勢力だからこそこの文書を届ける意味があるのです」

 

 そう言って白髪の少女は隣の黒髪の少女に文書が書かれた紙が縛られた矢を渡す。

 

「連合軍が結成されてしまった以上私たちはここでおしまい。ならば、私たちが生きていける相手に降るのが一番いいでしょ?」

「それが南陽袁家だと? 私には理解できませんが……」

 

 黒髪の少女は未だに懐疑的なのだろう。白髪の少女の言葉に疑問しか感じていなかった。しかし、白髪の少女はそれでも言い切る。

 

「南陽袁家、正確には板垣と名乗る男ね。彼なら私たちを保護してくれるわ」

「野蛮な男に何ができるのですか?」

「……明。いい加減その女尊男卑思想を何とかしなさい。だから貴方は頭脳が高くても視野が狭いと言われてしまうのよ?

いい? まず、板垣が来るまでの南陽袁家が酷い状況だったのは知っているでしょう?」

「勿論です。何しろ私はあそこの出身ですから」

「でも今の南陽袁家はそんな面影がないくらいに発展しているわ。それは彼が来て、政治を執り行うようになってからよ」

「……偶然ではないのですか?」

「偶然で豫洲と荊州の半分を統治する勢力になれると思う? 彼は天才よ。まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()適格に軍政両方で結果を残しているわ。それでいて周囲に対する工作も忘れていない。朝廷には今も南陽袁家を支持する者は多くいるわ」

「ですが、やはり男などに……」

「……逆に聞くけどもし、南陽袁家以外にこの文を渡すならどこにするの? 袁紹? あそこもいいけどそもそもの元凶よ? 私は嫌。では頭角を現してきた曹操や劉備? 無理よ。勢力が小さすぎるわ。ならば公孫瓚? 彼女も彼女で影響力は低くて使えそうにないわ。ならば他の諸侯? ほとんどが男で貴方は嫌でしょ? 有能はほとんどいないし」

「はい。……そうなると南陽袁家が適任なんですね」

「そうよ。いやかもしれないけどこれさえ乗り切れば何とかなるわ」

「…分かりました。ではこれを撃ちますよ?」

「お願いね。私たち董家の命運がかかった()()()()()()()()を」

「勿論です」

 

 黒髪の少女、明は白髪の少女の言葉に答えて弓を引く。それは大の大人でも引くのは難しいと思えるほどの大弓であり、それが放たれると南陽袁家の布陣する真横に突き刺さった。突然の事に驚きの声が上がるのを確認した白髪の少女は満足げにうなずいた。

 

「よし。これでいいわ。戻るわよ明」

「了解です! お嬢様」

 

 お嬢様と呼ばれた少女、()()は森の中を駆けていき、南陽袁家の哨戒を振り切って洛陽へと帰還していった。自らの目標を完璧に完遂して。

 そしてこの文、そしてその後の会談こそ南陽袁家が、板垣が更なる飛躍を見せる最大の要因となっていく事になるのであった。

 



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第二十六話「話合」

気付いたらお気に入り数が1000を超えているしランキングも15位までいく事が出来ました。これからも完結できるように投稿していきます。


「ハーッハッハッハッハ!!!! 今日はこのくらいで満足してやろう! 引き上げだ!」

「ちょっ!? 李傕の旦那! 声がおっきいわ!」

「それだけ満足したという事だ! ハッハッハッ!!!」

 

 董卓軍の攻撃は夕暮れ時まで続けられたが空が赤くなってくると最初に李傕軍が撤退を始め、それに続き張遼軍も撤退を開始。呂布軍のみ殿のようにゆっくりと後退を行った。それを受けて陶謙・孔融・王匡の第二陣が追撃を開始したが呂布軍の前に蹴散らされ、追撃を諦めることとなった。

 この戦いにおいて第一陣は大きな損害を受けた。劉備軍は一番被害が少なかったものの、もともとの兵数が3千程で、うち千名程が戦闘不可能な傷を受けていた。南陽袁家が貸し与えた兵たちも精強な呂布軍と正面から戦った事によって半数が脱落、周倉と廖化もかなりの疲労と傷を受けて休む必要があった。

 劉琦軍は第一陣の中で最も被害を受けていた。厳顔や黄忠が()()()()()()()()()()()()()()という理由もあったが劉琦軍は半数が討ち取られ、残った兵も半数が負傷と戦える兵は4分の1しかいなかった。まさに壊滅と言っていい状態だった。

 そして、曹操軍は主だった将の負傷こそなかったものの、借りた袁紹軍は全滅。曹操軍も4千近い死傷者を出してこれ以上の戦闘継続は不可能な状況になっていた。

 無論、第一陣とてただでやられたわけではない。計4万5千のうち、1万以上を失い、開戦当初から合わせて華雄軍と合わせて4分の1の兵を損失していたのだ。今回の戦いでお互いに同じ兵数を損失した以上表面上だけ見れば連合軍が優勢と言えるだろう。

 

「何をしているんですの!? 董卓軍の奇襲を許しただけではなく、私が貸して差し上げた華麗なるわが軍を全滅させるなんて!」

「それだけ董卓軍の動きが素早く、予想外だったのよ。それにあなたの軍勢は弱いし大した役にはたたなかったわよ。……肉壁としては優秀だったけどね」

「なんですって!!」

 

 その日の夜の軍議にて、袁紹は奇襲を受けたことで足止めされ、さらには第一陣が使い物にならなくなったことに苛立ちを覚えていた。更に貸した兵を全滅させられた事で曹操に当たり散らしているが曹操も負傷したためか全身に包帯を巻いた状態で袁紹に反撃を行っていた。

 

「……こうなった以上第一陣に虎牢関攻略を任せる事はできません。第一陣は下がらせ、第二陣に攻略をさせる事にしましょう」

「……そうですわね。彼等なら曹操さんよりも華麗な戦果を持ってきてくれる事でしょう!」

 

 板垣の進言に袁紹は同意したがこの決定に第二陣の陶謙・孔融・王匡は不満を持っていた。本来であれば第一陣が虎牢関攻略にあたり、程ほどに弱ったところを攻略するという戦果だけ奪っていく予定だったのだ。しかし、董卓軍の奇襲を受けたことでそれが出来なくなり、自分たちが虎牢関攻略をしなくてはいけなくなったのだ。

 

「(虎牢関攻略などやってられるか! ……だが、ここで断れば戦意がないとして戦後の褒賞を得られない可能性が出てくる、か)」

「(おのれ董卓軍め! 奇襲などせずに虎牢関に籠っていればいいものを……!)」

「(くそっ! どうにかして敵をこいつらに押し付けて俺の軍を守らないと……!)」

 

 三者三様の不満を板垣は感じつつも何かを言うことはなく、予定を改めて組みなおして軍議を手早く終わらせた。名目上は第一陣の者たちに休息を取らせるためという事であったが本音は違うところにあった。

 それから少しして、板垣の姿は連合軍が布陣する場所から離れた森の中にあった。隣には周沙と孫策を連れており、護衛として連れてきていた。

 

「それにしてもこんなところに連れてくるなんて私と()()()()()()をしたいのかしら?」

「孫策殿、はしたないですよ。それとも孫家の皆さまは貞操観念もない野蛮な方々なのですか?」

「やめろ周沙。孫策、ここに来たのはこれから話し合いをするためだ。決して青姦が目的ではない。興味もないしな」

 

 この中で、唯一事情を知らない孫策に対して板垣はそれだけ言った。そもそも、孫策を連れてきたのは予定外の事だった。周沙を連れて森に向かおうとしたところにばったり孫策と出くわしたのだ。結果、何かが起ころうとしていると感じた孫策が一緒についてくることとなり、現在に至っていた。

 

「話し合い、ねぇ? あなたはいつの間にそんな繋ぎを作ったのかしら?」

「繋ぎ自体は存在している。だが、この局面においては全く使い物にならなかっただけだ」

「……」

 

 この状況において板垣の言葉を察せない程鈍い孫策ではない。これから、起ころうとしているのは董卓軍との密談であり、内容は和睦や降伏などの話。そして、板垣が持つ漢王朝へのパイプに、董卓軍に繋ぎを取れる者はいなかったが今日までの間にそれが出来ていると。

 

「(あちらから接触をしてきた? なら昼間の奇襲はそれを隠すため? でもそれにしては動きが大きすぎるわ。隠すだけならもっと小規模でもいいはず。つまり、話し合いの相手は()()()()()()()()。でも、話し合いを出来るだけの権力もしくは影響力を持っている人物というわけね。……ほんと、いつの間にそんな人物との縁を作っていたんだか)」

 

 考えれば考える程、板垣という人物は強大になっていく。当初、劉表に奪われた長沙を取り戻すための一時的な仕官に過ぎなかった。しかし、気付けば孫策は長沙の太守に返り咲くことが出来ていた。確かに板垣には恩があるが本来であれば既に手切れして離れていてもよかったのだ。なのに今もこうして板垣の傍にいる。

 

「(恋、というにはちょっと違和感があるわね、これは。確かに好ましいとは思うし、()()()()()()()()()()くらいには情があるのも事実。だけど、違う)」

 

 少しづつ大きくなっていたその感情。それは板垣が華雄を殺した時から爆発したように大きくなっていた。孫策はそれがいったい何なのか理解する事はできなかった。愛情でもなく、闘争心でもないそれの正体を。

 

「(……いいわ。いずれにしろ南陽袁家とは近いうちに離れる事になる。この連合で、いいえ。黄巾の乱の時から漢王朝は限界を迎えているわ。遠からぬうちに中華は荒れる。次の覇者を求めて)」

 

 孫策には今後起こるであろう乱世の到来が見えていた。それはそれなりに広い視野を持っている者ならだれもが見えている光景だった。ふと、孫策は板垣が今後の事についてどう思っているのかが気になった。板垣が何を目指し、どこに向かおうとしているのか。

 

「(多分だけど板垣は最初からその目標を目指している。だけどその先がどうなっているのか私には分からない。だけど……)」

 

 共にその景色を見てみたい。孫策は自然とそう思っていた。そして、その景色を()()()()()()()()を自覚した時、孫策が感じている違和感の正体にも気づくことが出来るであろう。

 

 

 

 

 

 

「……ここだな」

 

 それから少しして、板垣は目的の場所に到達した。板垣は改めて文に記されていた内容を思い出す。

 

-今宵、森の中にある巨大岩の前で話し合いを行いたい。巨大岩は先端が鋭くとがり、三つに分かれている為直ぐに発見できるだろう。具体的な場所は……

 

 板垣は目の前の岩がそれだけと確信した。目の前には確かに文に記された岩があった。

 

「……どうやら私の申し出を受け入れてもらえたようですね」

「……私にとってもこの話し合いは利点が多いと判断したためですよ」

 

 ふと聞こえてきた声。それに板垣は返答する。それをきっかけに巨大岩の影より二人の少女が姿を見せた。白髪が特徴的などこか儚さを思わせる容姿をした少女と、黒髪の、どこかゴリラを思わせる武闘派な雰囲気を見せる少女だ。

 

「まずは挨拶を。南陽袁家宰相、板垣莞爾です」

「私は董家一族董白、こちらは咒可(しゅうか)と言います」

 

 そう言って白髪の少女、董白は頭を下げた。板垣は董家の人間の登場に驚きつつも、この最大の好機を逃さぬために頭を回転させ、話し合いに挑むのだった。

 



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第二十七話「賈詡」

 漢の帝都、洛陽は現在董卓による統治が行われている。十常侍を粛清した為に国政は董卓とその配下で回さなければならなくなっており、それは反董卓連合が結成され、洛陽と目と鼻の先にある虎牢関にまで敵が進軍してきている状況でも変わりはなかった。

 

「ああ! もう! このままじゃ僕たちは負けるっていうのに洛陽の文官共は!」

 

 董卓軍の軍師にして董卓の側近である賈詡は苛立ちが込められた怒声を上げ、手に持っていた書簡を放り投げた。束になっていたそれが上空で散らばり、部屋一面に落ちていくが賈詡はそんなことを気にしていられない程怒りで満ちていた。

 

「確かに十常侍を粛清したから国政が止まって、いろんな文官に迷惑をかけているのは理解しているけどだからと言ってこんな幼稚な嫌がらせをしてくるなんて……!」

 

 賈詡はそういうと再び怒りのあまり机に拳をたたきつける。彼女がここまで怒りをあらわにしているのには理由がある。それは董卓が宰相になったことを気に入らない文官たちによる小さな嫌がらせである。それも処罰されないが、される側は微妙にストレスと苛立ちが発生するものだった。例えば、わざと誤字脱字ばかりの報告書を提出したり、書簡が不ぞろいの、小さかったり大きかったりする物や、わざわざ長く文章を書いて何十枚にも及ぶ書簡を提出するなどの事である。一つ一つは確かに小さく、気にすることもないがそれが何十も合わされば別である。特に最終的にすべてを確認する賈詡の精神的疲労は高まりつつあったのだ。

 

「ただでさえ軍事面でも劣勢に追い込まれているのに……!」

 

 汜水関は陥落し、華雄は戦死。彼女が率いていた1万5千の兵は連合軍に投降した。虎牢関に近づけさせないための、李傕が提案した奇襲作戦も敵に確かな損害を与える事に成功したが同時に董卓軍も無視できない損害を被ることになった。それに加え、最も警戒していた南陽袁家に大した損害は無く、周沙を始めとする南陽袁家の将兵は健在であった。

 賈詡は正直に言って南陽袁家のみを警戒しているといっても過言ではなかった。確かにそれ以外の諸侯も警戒する必要はあるがそれ以上に南陽袁家が脅威的過ぎたのだ。

 

「南陽袁家がいるだけで他の連合はいらなくなる。彼らだけでも僕たちと戦うことはできるだろうから」

 

 官軍を吸収し、10万を要する大軍となった董卓軍と南陽袁家が拮抗する。それがどれだけ異常なことかがよくわかるだろう。なんなら董卓以上に連合の餌食になってもおかしくはないが漢王朝で最大の勢力ということと、次点の勢力が董卓と袁紹であるため、南陽袁家がよほどの、それこそ()()()()()()()()()()()()()()()()連合を組んで倒そうとは思わないだろう。

 

「このままじゃまずいのに突破口が全く見えてこない……」

 

 何もかもが足りない。特に軍師の数が足りなかった。現在まで董卓軍の軍師は賈詡と陳宮しかいなかった。しかし、陳宮に関してはまだまだ経験不足であり、この局面を任せるには不安しか感じず、かといって賈詡の代わりに政務を行おうにもそれこそ連合軍との闘い以上に難しすぎた。つまり、賈詡はあまりにも身動きがとれなさすぎたのだ。

 

「せめて、月だけでも助かるようにしないと……」

 

 そこまで考えた時だった。コンコンと、賈詡がいる部屋の扉がノックされた。現在の時刻は深夜。あと一刻もしないうちに空が赤く輝きだすこの時間に来客など珍しいを通り越してありえないことで、賈詡は若干の警戒心を持つ。

 

「……誰?」

「詠さん、私です」

「? 光? こんな時間にどうしたの?」

 

 ノックをしたのは董白であった。扉を開けて入ってきた彼女は侍女の咒可を連れており、どこか真剣な雰囲気を醸し出していた。

 

「それで? 本当にどうしたの? まさか、何かあったの?」

「正確には何かを起こしに行きました」

 

 賈詡の疑問に董白は曖昧な言葉で返答する。しかし、董白は間髪入れずに話し始める。

 

「詠さん。あなたにとって月は何者にも代えがたい存在ですか?」

「いまさら何を言っているの? 当り前じゃない」

 

 そうでなければこんな状況になっても連合と戦ったりなどしない。それは董卓軍に所属する誰もが、呂布や陳宮、張遼に李傕、そして死んだ華雄も同じ思いであろう。

 

「では次に。この洛陽は、今の地位は大切ですか?」

「月を守るために捨てないといけないなら喜んで捨てるわ」

 

 これについても即答する。賈詡にとっての優先すべきものは董卓なのだ。それ以外のものは捨てても構わない。そう思っているのだ。

 

「それでは最後に。あなたはもし、月の為に一生生き地獄を味わうとしても受け入れますか?」

「もちろんだよ。僕にはその覚悟ができているよ」

 

 そう断言する賈詡の瞳は覚悟と信念がこもった強い目をしていた。それを正面から見た董白はにっこりと笑みを浮かべた。

 

「……わかりました。詠さん。もし、月どころか董卓軍を助けられると言ったら、どうしますか?」

「っ!? それはどういう……! まさか!?」

 

 董白が何を言いたいのか? なぜこんな夜更けに訪ねてきたのか? 先ほどの質問の意味は何なのか?

 賈詡にとってはそれだけの情報で十分だった。そして、董白が一体何と、()()()交渉してきたのか。それを知るために話を続けさせる。

 

「相手方の条件は全董卓軍が臣下になること。それを認めてもらえるのであれば董卓軍を助けましょうと、彼の警戒すべき方は言っています」

「……南陽袁家が、板垣宰相がそういったと?」

「もちろんです」

 

 

-保護されたいと、そういうのであれば董卓軍すべてが南陽袁家に忠誠を誓ってもらう。

-ただ保護するのではなく自分たちに投降したという形なら了承するというわけですね?

-そうだ。そして、その条件には董卓、賈詡、呂布、陳宮、張遼は必須とさせてもらう。これらだれか一人でも欠けていれば話はなかったことにする

-……欲張りな方ですね

-俺とお前には圧倒的な差がある。その差を埋めるために何かを犠牲にするのは当然のことだろう?

 

 

 

「(あの人は聞いていた以上に危なく、強大な人でした)」

 

 董白は板垣の姿を思い出す。20代前半くらいの若い容姿をしていたが、その体から放たれる覇気は若者が出していいものではなかった。まるで、()()()()()の如くであったと董白は思い返す。それが何を意味しているのか、それを理解することはできなかった。できなかったからこそ、彼に対して恐怖と警戒心を持ち、自分が助かる道として最適と判断したのだ。彼ならば自分たちを囲い込んでも問題ないだろうと思えたから。

 

「……わかったわ。ひとまず全員を集めて、は無理ね。恋達は虎牢関でしょ?」

「そうですね。今洛陽に残っている主だった人物は私たちと月と音々音だけです」

「それでいいわ。日が昇り次第呼んでちょうだい」

 

 賈詡は覚悟を決めた。このままではどうしようもなく、ただ死を待つのみだった現状に一筋の光が下りてきたのだ。たとえそれが罠だったとしても動かないでいるよりはマシだと。

 

「僕たちはこれから南陽袁家に保護される前提で動くよ。そのための準備と伝令を準備してね」

 

 賈詡は先ほどまでの怒りを忘れ、希望が見えた未来に向けて準備を開始した。

 



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第二十八話「攻防」

 虎牢関へとたどり着いた連合軍はさっそく、第二陣による攻撃が開始された。第二陣には青州北海の太守孔融、徐州刺史の陶謙、兗州泰山の王匡による約5万の軍勢であり、対する虎牢関を守る董卓軍は呂布軍1万5千、張遼軍1万、李傕軍1万5千の計4万である。数は第二陣の方が多いものの、わずかな差であり、防衛側が大きく有利となっていた。

 そこで第二陣は第一陣とは違い、自前の攻城槌や攻城櫓を投入した。これらは堅牢な虎牢関を簡単に攻略できるだろうと。実際、これらの兵器は攻城戦における必須アイテムと言えるものであり、あるのとないのとでは攻撃の幅が大きく違っていた。そして、これらの兵器は関たる虎牢関にも有効であった。

 

「進め! 我ら徐州兵の強さを知らしめるのだ!」

「虎牢関に一番乗りを果たせ!」

「手柄を立てて俺も刺史になるぞ!」

 

 第二陣の面々はそう兵を鼓舞しながら攻撃を開始する。本来、第二陣である彼らは第一陣にある程度敵を叩かせてから攻撃をしようと考えていた。しかし、敵の奇襲で第一陣が使い物にならなくなったために彼らは本来第一陣がやるべきことをこなさなくてはならなくなっていたのだ。手を抜けば得られる功績は減り、最悪の場合敵と内通していると思われかねない。そうである以上彼らが手を抜くことはなく、特に王匡の活躍はすさまじいものがあった。

 何しろ彼の後ろには彼が属する兗州の刺史たる劉岱の軍勢が控えているのだ。曹操軍の時もそうであったが刺史である自分に従わない彼らを劉岱は嫌っている。故に彼は前進するしかない。少しでも手を抜けば後ろから殺されかねないために。

 

「おのれ……! 劉岱め、第一陣のように我らを使いつぶす気か!」

 

 王匡はそう叫びながらも敵の攻撃をやめたりはしない。そうなったときが自分の最後なのだから。

 

「王匡様! 陶謙の攻城櫓が虎牢関に接触しました!」

「何!? 我らも攻城槌で門を破るのだ! 門は我らの担当場所に存在するのだ! この好機を逃すな!」

 

 右翼に展開する陶謙軍が攻城櫓を設置できたことで王匡は焦りを感じ始める。このままでは功績すら奪われてしまうと。ただでさえ、王匡より刺史である陶謙の方が連れてきている兵は多いのだ。

 

「くそっ! 急げ! 門を破壊するのだ!」

 

 そう叫ぶ王匡だったが虎牢関の門は堅牢であり、一度や二度ぶつけた程度ではビクともしていなかった。さらに上空からは矢の雨が降り注ぎ、王匡軍を地に伏せていく。それでも王匡軍は虎牢関にかじりつき、城門の突破を目指していくことになる。

 そして、虎牢関攻略にくぎ付けにされているために第二陣はその違和感に気づくことはなかった。呂布や張遼の旗があるのに本人たちが前に出てくることはないという違和感に。

 

 

 

 

 

 

「そらほんまの話か?」

「ええ、光の言葉を信じるならね」

 

 第二陣による攻撃が始まる少し前、やる気十分の董卓軍の将校たちの前に賈詡が姿を見せていた。そして、彼女が話した内容は、董白が持ち帰った板垣との会話の内容と、これからの動きについてだった。

 

「確かに南陽袁家ならうちらを全員抱え込む余裕はあるんやろうけど……」

「少し心配」

「俺も信用するには美味しすぎる話だ」

 

 板垣の条件も含めて話すと誰もが懐疑的な反応を見せる。確かに条件はあれどだからと言ってそんな危険な橋を渡るのだろうかと。

 

「残念なことに具体的な話に関してはできなかったみたいだから具体的にどうするのかはわからないけどね。だけど近いうちに知らせを送ると言っているみたいよ」

「ふむ。だが南陽袁家なら可能なのか? 確かにあそこは一年で急成長を遂げているが……」

「にしてもうちらを含んでおきながら李傕の旦那をのけ者にするのはいただけへんがな」

「それはある意味では仕方ないことだろう。最近は留守を任される事が多かったからな。特に黄巾賊の討伐の時などずっと涼州に引きこもっていたからな」

「それでハブられた?」

「最悪俺の存在を知らない可能性がある」

 

 とにかく、と李傕は話を続けた。

 

「今の俺らには二つの道が存在する。一つ目は条件を受け入れて降伏する道。これは罠だったという可能性さえ排除すればこれ以上のない手だ。二つ目は信じずにこのまま防衛を続け、やがて最悪の未来を受け入れるという道だ。これは万が一、運が良ければ連合軍が瓦解して引き上げていく可能性がある。しかし、南陽袁家なら単独でも攻撃をしてくる可能性がある。そうなればどちらにしろ訪れるのは破滅だ。

つまり、俺らは南陽袁家と敵対するか、味方になるかどちらかの道を選らばないといけないわけだ」

「李傕の言うとおりだよ。僕たちはすでに、南陽袁家との付き合いで生きるも死ぬも決まってしまう状況にあるわけだよ」

 

 ある意味ではすでに賈詡達に決定権はない。南陽袁家次第で彼女たちはどうにでもなってしまう状況にあるのだ。

 

「ま、どちらにしろ張遼と呂布は前線に出ない方がいい。受ける場合にもすぐに対応できるようにしておく必要がある。董卓様はなんといっているのだ?」

「月はみんなを守りたいと言っているわ。それにこの戦いは望んでいたわけではないしね」

「それもそうか。ならば我らは南陽袁家からの連絡待ちという事だな」

 

 張遼と呂布も不服な点はないようで、頷いて同意する。これで、董卓軍は虎牢関の攻撃の直前に全体での意思疎通を完了させた。その結果として呂布や張遼が前線に出てくることはなくなり、その代わりといわんばかりに李傕が軍を率いて第二陣を相手に奮戦するようになる。

 そして、その状態が三日続いた明朝。敵の攻撃に備えていた虎牢関に一本の矢文が射られた。それは表向きは降伏勧告であるが本当の所は板垣からの指示が書かれているものだった。董卓軍は即座にその矢文に従い準備を行った。

 その日の夜、虎牢関裏手より、曹操・劉備軍による奇襲が行われた。

 



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第二十九話「待伏」

 話は一日前に遡る。二日間にわたる第二陣の攻撃は確たる成果を残せないままとなっていた。初日こそ攻城櫓や攻城槌による攻撃が行われたが二日目には攻城櫓に油がつけられ火あぶりとなり一台が破損。攻城槌も壁上からの落石で破壊されて動かすことさえできなくなっていた。つまり、事実上門から侵入することはできなくなっていたのだ。それをするには壊れた攻城槌を後方に下げるしかない。敵の攻撃を搔い潜りながら。

 

「何をしているんですの!? 今日も虎牢関の攻略に失敗するなんて!」

 

 その結果、袁紹は第二陣の面々に対して怒りをあらわにしたのだ。ただでさえ第一陣が敵の奇襲を受けて使い物にならなくなったのにそこへきて第二陣の体たらくである。袁紹は汜水関を攻略してからうまくいかない状況にいら立ちが募っていた。

 とはいえ本来であれば攻城戦とは時間がかかるものであり、一日、さらに言えば一瞬で決着をつけた板垣が普通ではないのだ。しかし、そんなことは袁紹には関係のないことであり、汜水関で出来たのだから虎牢関でもできると考えてしまっていたのだ。

 

「袁紹様、本来であれば城攻めは時間がかかるものです。彼らは十分にやってくれていますよ」

「だから何ですの!? わたくしは彼らに虎牢関の攻略をお任せしたのですよ! ならばそれにこたえてさっさと落とすべきでしょう!」

 

 板垣のなだめる声も怒りの袁紹の前には意味がない。とはいえこのままでは延々と軍議が終わらないために板垣はさっさと切り上げることにした。

 

「では何か策を出しましょう。実は虎牢関の裏手に抜けるけもの道を発見しました。これで敵を後ろから奇襲するのです」

「……何ですかそれは。華麗ではありませんね。却下ですわ」

「そうですか。……ではこの策はあきらめましょう」

 

 板垣の策は袁紹によって却下されたが不思議なことに板垣はあっけなく引き下がり、策を取り消した。しかし、板垣の話を聞き、一部の人間がピクリと反応を示すこととなった。そして、その後にはその諸侯達が板垣の天幕を訪れた。

 

 

 

 

 

「これはこれは皆様方、どうされましたか?」

「白々しいわね。軍議の時の話についてよ」

 

 曹操を筆頭に劉備と公孫瓚、馬超を迎え入れた板垣は恭しく話を始めたが曹操によってあっさりと要求を伝える。

 

「先ほど言っていた獣道、教えなさい」

「構いませんが……、まさか裏手に回るつもりですか?」

「当り前じゃない。ここで虎牢関を落とすことができれば後は洛陽に向かうだけ。董卓に止めを刺すことができるわ」

 

 そう言う曹操だが板垣の目には彼女が焦っているように見えた。それもそうだろう。陳留の太守こそ務めている彼女だがそれで終わるわけがなく、漢を降し、自分の国を持ちたいという野望を持っている。その野望をかなえる第一歩としてこの反董卓連合に参加したのに蓋を開けてみれば何一つ活躍できず、逆に奇襲を受けて損害を出すだけで終わっている。

 このままでは戦後の褒章でそれほどもらえるとは思えなかった。そのため、彼女は多少危険でもここで功績をあげておきたいと考えていたのだ。

 

「(桂花は止めたけど賭けに出てでも功績を上げなければ私の野望は遠のいてしまうわ……!)ダメかしら? あなただってせっかく相手の裏をかける方法をみすみす逃したいとは思わないでしょう?」

「曹操殿の言いたいことはわかります。ですがお教えしたからと言って確実に敵の裏手をかけるとは限りませんよ? すでに敵も知っている可能性だってあります」

「それは理解してのことよ。やるのはここにいる私たちだけ。あなたたちには迷惑をかけないわ」

「……」

 

 曹操の言葉にほかの面々は頷いて見せた。ここに来る前に話を合わせていたようで全員の心は一緒であったようだ。

 板垣は目をつぶり、悩みに悩んだ末に口を開く。

 

「……わかりました。ですが、たとえ失敗しても私には関係ありませんよ? あなた方が勝手に行うだけなのですから」

「それでいいわ。私たちが見事虎牢関を落としてあげるから」

 

 自信満々ともいえる曹操の言葉に板垣は普段の顔を崩さずに獣道の場所と詳細を教える。場所を把握した曹操たちはお礼を言って天幕を出ていき、自軍へと戻っていく。板垣はその後姿を見送ると、用意していた文に曹操や劉備などの奇襲に参加する勢力の名前を加え、それを矢文に括り付けた。そして、朝日が昇ると同時に降伏勧告の矢文として射て、董卓軍に伝えた。

 奇襲のことと、する勢力の情報とともに。

 

 

 

 

 

 

 

「攻撃、開始!」

 

 虎牢関攻略3日目の夜、曹操のその言葉とともに虎牢関の裏手に兵が躍り出た。その数は凡そ1万人。曹操と劉備の軍勢であり、公孫瓚と馬超の軍勢は狭すぎる獣道のせいで第二陣として待機していた。

 

「奇襲を受けた借りを返すぞ! 李傕! 出てこい!」

「我らも行くぞ! この関雲長に続け!」

「鈴々も行くのだ!」

 

 曹操・劉備の武将たちが一斉に飛び出し、虎牢関へと向かっていくがそんな彼女たちを出迎えたのは現れた両軍を反包囲の陣形で迎え撃つ準備を整えた董卓軍であった。

 

「フハハハハハ!!! やはり来たか! 全軍! 敵を返り討ちにせよ! 董卓様に仕える我ら涼州兵の恐ろしさを教えてやるのだ!」

「「「「「うおおぉぉぉぉぉぉっ!!!!!」」」」」

 

 李傕のその言葉に従い、董卓軍3万5千が曹操・劉備軍に襲い掛かった。数の差もあり、奇襲の効果は完全になくなっていた。

 

「っ! 華琳様! 敵の待ち伏せです!」

「まさか!? 私たちの行動が読まれていたとでもいうの!?」

 

 本来であればありえないまさかの事態にさすがの曹操も驚きで固まるがすぐに頭を回転させるがこの戦いの勝利は難しいと悟った。

 

「(敵の数は見るからに3万を超えているわ。対するこちらは劉備の所も併せて1万ほど。後方には公孫瓚や馬超が控えているけど現状ではこの数で戦うしかない。でも相手は反包囲しているうえで準備が万端。これは無理ね……)桂花、今すぐ全軍撤退を指示しなさい。劉備にも伝えて」

「はい! すぐに!」

 

 荀彧に指示を出した曹操は悔しい気持ちで心がいっぱいになる。功を焦った結果、敵に見透かされて奇襲すらできなかった。だが、これは同時に新たな事を曹操に教えることでもあった。

 

「(董卓軍の動きは明らかに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だった。それはつまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なことだわ。それが意味するのは連合内に董卓軍と通じている者がいる。そして、その可能性が一番高い人物は……)」

 

 曹操の脳裏に通じているだろう人物の姿が思い浮かぶ。そう、南陽袁家の板垣宰相の顔を。

 

「ほんと、でかい勢力だからって好き勝手にしてくれるわ」

 

 曹操は董卓と板垣が笑顔を浮かべながら盤上遊戯である軍棋をしている様子が思い浮かんだ。お互いに駒を調整しながらまるで弄ぶように動かすその姿を。

 

「板垣、悪いけど私はこれ以上駒になる気はないわ。そして、この曹孟徳を駒にしたことを後悔させてあげるわ」

 

 曹操は殿を務める夏候惇に敵兵が引き寄せられているのを確認しながら通ってきた獣道を戻っていくのだった。

 

 

 こうして、曹操・劉備による奇襲はあっけなく失敗に終わった。

 そして、この結果を受けて袁紹はついに自らの兵を動かすことを決定した。

 ここから、董卓との戦いは急加速を見せることとなる。

 




想像以上に長くなっているので反董卓連合をそろそろ終わらせたい


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第三十話「袁紹」

「おーっほっほっほっ!!!! 華麗なる袁紹軍、前進ですわ!」

 

 虎牢関攻略に手間取った上に曹操が勝手に奇襲を仕掛けたうえで失敗したことを受けて、袁紹は我慢の限界を超え、自軍を動かすことに決定した。黄金の鎧を着こんだ袁紹軍10万が第二陣、第三陣を押しのけて前に出ていく。その中には第二陣が用意した攻城兵器など貧相に見える豪華絢爛な攻城櫓があり、それも計10個にも及んだ。それだけでも袁紹軍の豊かさを示しているがさらに巨大な床弩もそろえてあり、完全に城攻めの準備が整っていた。

 これらは袁紹軍の軍師である田豊によって設計・生産がされており、彼女の奮闘により弱軍たる袁紹軍をカバーしていた。

 

「はぅ! ここまで揃えたのは戦のためだってわかっているけどもし壊されたりしたら……」

 

 一方で、田豊は戦い次第ではこれらが破壊される可能性を考えてお腹が急激に痛くなっていた。渋る袁紹を辛うじて説得し、やるからには豪華にと主君から言われたために20倍近いコストと手間暇がかかり、何とか形にできたこれらが破壊される。その場合の作り直しを考えた結果、田豊の胃は限界を迎えたのだ。

 

「心配すんなってあたいと斗詩に任せておけって!」

「そううまくいくとは思えないけど精一杯やるよ」

 

 袁紹の二枚看板と呼ばれる文醜と顔良も自分の兵を率いて出陣する。まさに袁紹軍総力を挙げた攻城戦が始まったのである。

 

「ええい! こうなったらやけよ! 床弩をありったけ放ちなさい! 壁上の敵を一掃するのよ!」

 

 覚悟を決めた田豊の指示のもと、床弩が発射され、壁上に降り注いでいく。放たれる矢は兵士が持つ槍の三倍の太さはあろうかというものであり、それが人の力ではなしえない力で放たれる。当然ながら当たった兵は体を吹き飛ばされて絶命していく。攻城櫓から乗り込んでくる敵を迎え撃つために密集していたのが仇となっており、董卓軍の兵士たちが面白いように死んでいく。

 

「続けて火矢を放て!」

 

 ある程度の損害を与えたと判断した田豊は続いて矢の先端を油が入った陶器に変える。放つ前に表面に火をまぶせたそれは壁上を越えて奥の董卓軍の陣地に落下し、火災を生み出していく。中には壁上に落ち、兵士たちを燃やすものもあった。

 

「さすがは袁紹! 金持ちらしい闘い方だな!」

 

 これだけの油を用意し、次々と惜しみなく投入するやり方はなかなか真似はできないだろうと李傕は感心する。実際、こんなことは董卓軍ですら不可能であり、辛うじて同じ一族の南陽袁家なら可能であろうといえた。

 

「兵を半分下すぞ! このままでは敵が来る前にやられてしまう! 呂布も張遼も使えない以上兵の数は戦況にそのまま影響するぞ!」

 

 怪我でもされてはたまらないと呂布と張遼は虎牢関防衛時より後方に下げており、李傕は三軍の実質的な総司令として指揮を執っていた。そして、三人の中では、いや董卓軍の中では最も卑怯と呼ばれるような事も平気で行う李傕である。この状況においても李傕に焦りはなかった。

 

「壁上についた火は放置して構わん! どうせそこには敵も近寄れんからな! 後方に落ちたものに関しては砂でも土でもかけて消せ! 水は使うなよ。余計に燃え上がるぞ!

では、こちらも反撃といこう! 攻城櫓は直接ではなく引いている兵士を狙え! さらに壁の近くにいる兵には岩を落としてやれ! 攻城槌も同様に引いている兵を殺せ!」

 

 李傕は即座に指示を出し、対策と反撃を行っていく。攻城櫓や槌は引いていた馬や兵に次々と矢が刺さっていき明らかに動きが遅くなっていき、ほとんど動くことはなくなっていた。

 

「フハハハハハッ!!!!! この俺が指揮をし、守っている虎牢関を落とそうなど千年早いわ! ただ数で押すことしか能がないお前らに落とせる虎牢関ではないわ!」

 

 その後も、床弩は董卓軍に少なくない損害を与えつつも袁紹軍は最重要目的である虎牢関の攻略はほぼ失敗と言っていい状態となった。

 結局、その日は袁紹軍はそれ以上の成果を出すことはできずに終了した。董卓軍の士気は大いに上がり、連合軍の士気はさらに下がり、一部には厭戦気分が出始める始末であった。

 しかし、そんな中にあった一番の怒りを見せたのが袁紹である。虎牢関がいつまでも落とせないからと自軍を率いたのに結果を見れば第二陣以上の失態と言える。何しろ攻城櫓や槌は一つとして虎牢関にたどり着くことはできなかったのだから。

 

「このままでは終われませんわ! たとえ最後の一兵になったとしても虎牢関を攻略しなさい!」

 

 翌日より袁紹は董卓軍相手に一歩も引かない無制限攻撃を開始した。絶え間なく床弩から矢は降り注ぎ、虎牢関の眼下は袁紹軍で埋め尽くされた。攻城櫓や槌には次々と兵が群がり少しでも前に進めようと力を入れて引き、押していく。当然ながら李傕はそれらの兵を中心に攻撃するが袁紹軍は数にものを言わせて前進させた。

 そして、この恐るべきところは夜になっても止まる気配がなかったところにある。袁紹は自軍に対して文字通りの昼夜を問わない無制限の攻撃を指示したのである。これには余裕の表情を浮かべていた李傕の顔も険しいものとなった。

 

「うそだろ? 袁紹は全滅覚悟で兵を攻撃させてきているのか!? あいつは阿呆か!」

 

 当然ながら夜になれば壁上からの攻撃はあまり届かなくなり、日付が変わるころに攻城櫓のほぼ全てが虎牢関に到達した。そして、その時を待っていたのが文醜と顔良率いる精鋭兵である。この状況にあり英気と体力を温存していた彼らは待ちわびたとばかりに躍り出たのである。

 

「行くぜ! ここまでの犠牲を無駄にするな!」

「虎牢関を落とすわよ!」

 

 二枚看板はそれぞれの得物を用いて董卓軍の兵士を薙ぎ払っていく。夜になっても続く攻撃で眠気に襲われつつあった彼らに二枚看板を止める術は存在していなかった。さらに、暗闇という事もあって同士討ちも起こり、虎牢関の壁上は大混乱に陥った。

 

「おのれ……! いや、ここは袁紹の馬鹿さ加減を見誤った俺の落ち度! お前ら! 火を焚き同士討ちは避けろ! そしてこれ以上敵を登らせるな! あの女どもは俺が相手をする!」

 

 ここにいたり李傕は覚悟を決めると自分の得物である矛を手に持ち二枚看板の前に出た。明らかに周りの兵士とは違ういでたちの李傕に二人は警戒するべきと判断して構えた。

 

「猪々子! この人はかなりの強敵だよ」

「んなもん見ればわかるって! 行くぞ! おらぁっ!!!」

「ぬんん!」

 

 先手を取った猪々子の大剣による振り下ろしを李傕は矛を振り払うことで迎え撃つ。重力と遠心力が乗ったことで猪々子の大剣が有利だが李傕はその状態から猪々子ごと吹き飛ばして見せた。

 

「文ちゃん!? ならば!」

「無駄だ!」

 

 同僚である文醜が吹き飛ばされた事でお返しと言わんばかりに顔良が巨大な大金槌を振り回すがそれすら李傕は矛で弾き飛ばして見せた。

 

「この李傕、伊達に呂布や張遼、華雄とともに董卓軍を担っていたわけではない! 彼女たちに負けないように武に力を入れてきたつもりだ!」

 

 そういって力んで見せる李傕の腕は大木の如く太く、卑怯な手を好んで使う将には見えなかった。だが、ここまでくれば二人も李傕が豪勇の武将であるとは理解させられている。今まで以上に慢心も油断もなくなっていた。

 

「一斉に行くぞ!」

「うん!」

 

 そして、力ではかなわない以上二人がとる行動は連携による同時攻撃である。前後左右から挟み込むことで李傕の死角を突こうというものだった。単純な策だがそれゆえに効果は絶大である。よほどの超人や化け物でもない限り、後方からの攻撃を防ぐことなどできないのだから。

 

「ここでこいつを討ち取って虎牢関を落とすぞ!」

「そうだね! 私たち袁紹軍の手で!」

「ふっ! そんなこと、この俺がさせるわけないだろうがぁぁっ!!!」

 

 斗詩と猪々子の大金槌と大剣が李傕の矛とぶつかり大きな火花を挙げた。三人の戦いは、そして袁紹軍と董卓軍の戦いはまだまだ苛烈さを増していくのであった。

 



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第三十一話「一撃」

 袁紹軍が急速に数を減らしながらも虎牢関の確保寸前までいっているとき、南陽袁家もこの戦いに終止符を打つべく行動を起こしていた。

 実は汜水関を落としてから兵を少しずつ移動させており、それらは虎牢関をぐるりと回り、長安へと到達していた。その時点で南陽袁家の兵数は3万を超えており、最後に到着した孫策は長安に掲げられている“袁”の文字に呆れを感じていた。

 

「まさか本当に長安を手に入れてしまうなんてね。板垣の行動力はすさまじいわね」

 

 あの時、董白との話し合いを聞いていたために長安方面の別動隊の総大将に任命された孫策はそんな言葉を零しながら長安へと入った。中では進軍準備を行う南陽袁家の兵とそれを手伝う漢の兵の姿があった。先遣隊が入ったのは2日前の事であったが多少の混乱はあれど無事に長安の鎮圧に成功していたらしかった。

 

「孫策殿ですね?」

「その通りです。貴方は、皇甫嵩将軍ですね? 早速ですけど準備はどこまで進んでいますか?」

 

 孫策を出迎えた女性、皇甫嵩に訪ねる。南陽袁家で過ごすうちにすっかり慣れてしまった敬語での会話。士官前の自分が知ればどう思うのかしらと思いつつ皇甫嵩の説明に耳を傾けた。

 

「準備はほぼ完了しています。後は予定通りに明日の朝にここを出発し、洛陽へと向かいます。そこで董卓軍と()()()()()()()、民衆の目をごまかします。それ以降の動きについてはご存じですよね?」

「もちろんです。それまで私も休息をとらせてもらいます」

「構いませんよ。あちらに専用の部屋を用意しています」

 

 皇甫嵩の案内で部屋へと入った孫策は自身の軍師である周瑜を呼んで今後の話を始めた。

 

「明日には洛陽に向かい、董卓軍と戦闘をしたのちに洛陽を開放。そのまま虎牢関に向かってそこにいる守備兵を投降させるわ。流石に一日では終わらないでしょうから二日に分けて行われると思うわ」

「私もそう思っている。しかし、雪蓮はいいのか?」

「? 何がよ」

 

 周瑜のどこか不服そうな態度に孫策は不思議そうに首をかしげる。この戦いにおいて何か必要な物がそろっていなかったのだろうか? 孫策は周瑜の次の言葉を待った。

 

「この戦いが成功すれば南陽袁家は更に巨大化するだろう。次点の袁紹すら対抗できないほどの、漢を飲み込む大勢力にな。そうなれば孫家が天下を取ることは不可能になるぞ? ただでさえ現状のままでは南陽袁家の臣下と変わらないのだから」

「あー、そうね。確かに、そうね……」

 

 正直に言って孫策はすっかりそのことを忘れてしまっていた。南陽袁家の居心地の良さに。南陽袁家の庇護下に入って以来、孫策は自由気ままという言葉がふさわしい日々を過ごした。好きな時に闘い、好きな時に酒を飲み、好きな時に好きなことをする。太守になってからは政務に忙しくなったがそれも予想していたほどではなかった。

 その理由は後から知ったことであるが大まかな政策は南陽袁家、つまり板垣があらかじめ決め、それに沿った統治が行われているからである。太守に必要な事は現場からの不満や意見をまとめ、南陽袁家に送り、送られた指示を現場に通達するという中間管理職のようなものとなっていた。加えて、孫策の補佐をするために複数の文官が配置されていたために孫策はかなり自由にできる時間が存在したのだ。

 

「(それだって私に太守として活動させないためっていうのはわかるけど実際長沙は発展しているし文句なんてないわね。でも確かにこのままじゃ臣下と変わらない。……板垣の、臣下。板垣の……、臣下……)」

「雪蓮? どうかしたのか?」

「ッ!? な、なんでもないわ!」

 

 前々より感じていた感情、それが一瞬見えてきそうになるも周瑜の声掛けによって現実に戻されてしまい答えが見えることはなかったが、これがヒントになるだろうとは孫策にも理解できた。

 

「今はこのままでいいわ。どちらにしろ私たちが今反旗を翻してもうまくはいかないわ。兵の大半は南陽袁家の兵なのよ? それに皇甫嵩将軍も最悪の想定はしているはずだわ」

「それもそうだな。しかし、独立するなら早いうちがいいぞ。このままでは差が開くばかりだ。そのうち、独立すらできなくなる」

「分かってるわ。それも、近いうちに決めるわよ」

 

 どこか不貞腐れたような態度を見せる孫策に周瑜は呆れたようなため息をつくがそれ以上何かを言ってくることはなかった。しかし、この周瑜の言葉が孫策の中で気づかないうちに目をそらしていた天下を取るという野望を蘇らせることとなり、これ以降孫策の中でくすぶり続けることとなった。

 

 

 

 

 

「おらぁっ!」

「やぁっ!」

「フハハハハハッ!!!!! 何のこれしきぃ!!!」

 

 一方、虎牢関では顔良・文醜対李傕の熾烈な戦いが続いていた。二人は全身に傷を負い、服は汚れてしまっていたがそれでも尚闘気は衰えていない。一方の李傕は傷こそないものの日が昇り始めた現状に至るまで二人を仕留め切れていないことに焦りを感じ始めていた。

 

「(ぬぅ……! やはり俺では呂布や張遼、華雄の如き武は手に入らない、か。あいつらならこの二人を倒すことも出来たであろう……)」

 

 李傕は自分が南陽袁家に呼ばれないはずだと自嘲する。董卓が太守のころより仕え、卑怯と罵られ続けた兵法を賈詡に認められ、張遼には旦那と呼ばれて慕われ、華雄とは互いにライバルのように切磋琢磨し、呂布を武の頂点と定めて訓練をしてきた。そんな李傕だからこそ董卓が洛陽に呼ばれた時には誰よりも喜び、反董卓連合が結成された時には誰よりも怒りをあらわにした。そして、今董卓の勢力が消えゆこうとしている現状には涙を流した。

 

「(全てはこうなる前に手を打てなかった我ら臣下の罪! そして、保護の条件である彼女たちはなんとしても守る!)ふん!」

 

 李傕は覚悟を決めると矛を振り上げて一気に決着をつけるべく動き出した。それをみた二人は頷き、行動に出た。顔良は前に出ると李傕の全力の振り下ろしを大金槌で受け止める。全力で防ごうとするが当たった瞬間に顔良の全身に耐え切れないほどの衝撃が走る。もし、大金槌が不良品であったならへし折れていただろうその一撃に顔良は崩れ落ちる。そんな彼女に李傕の矛がそのままめり込んでいく。

 

「ぎ!? あ……!」

 

 顔良の右腕が粉砕され、大金槌の持ち手が肩にめり込む。あまりの激痛に顔良は大きく目を見開き、口からは声にならない悲鳴を上げる。

 

「一人目! 次は……!?」

「くらえ! 斗詩の仇だ!」

 

 しかし、その顔良の捨て身の防御をもって文醜が自慢の一撃を与える隙を作った。文醜は李傕の左側に躍り出ると自身の大剣を力いっぱいにふるう。横薙ぎに払われたその一撃を李傕は飛び跳ねて回避しようとしたが持っていた矛が何かに引っ掛かり一瞬動きを止めた。見れば顔良が激痛に耐えながら左手で矛を握っていたのだ。

 

「文ぢゃん! 今、だよ゛!」

「おう! 斗詩! 愛してるぜ!」

 

 顔良の犠牲は無駄にしないと文醜はすべての力を込めて李傕の腹部に大剣をめり込ませた。その一撃は李傕の左わき腹をたやすく引き裂き、内臓を押しつぶしながら背骨に激突した。そこまで来てようやく李傕の体は吹き飛び、真っ二つになることはなかったが李傕の体は大きく吹き飛ばされることとなった。

 

 李傕と袁紹の二枚看板による戦いは焦りのあまり勝負を急ぎ、隙を見せた李傕と自らの犠牲をもって隙を作りだした顔良によって李傕の敗北で幕を閉じたのであった。

 



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第三十二話「道連」

「斗詩! 大丈夫か!?」

「文ちゃん……。ちょっと無理そう」

 

 李傕を倒した文醜は倒れた顔良に駆け寄った。顔良の傷はかなり深かった。まず、右腕は完全につぶれており、特にひじから先は長さが半分になるほどつぶれている。肩には大金槌の持ち手が食い込んだことによりその辺が少し凹んでおり、青くなっていた。足を見れば膝が砕かれており、あらぬ方向に曲がっていた。唯一無事な左腕も矛の刃部分を掴んだために手の内には深い切り傷ができていた。

 はっきり言って顔良の容体は全治出来ればいいというレベルの重傷だった。この状態で意識を保ち、文醜の問いにきちんと答えているあたり、顔良の精神力の高さがうかがえた。

 

「仕方ねぇな。ほら、抱っこしてやっから」

「ありがとう、文ちゃん……」

 

 立ち上がることさえ出来ない顔良を文醜は抱っこする。顔良程ではないが文醜もここまでの戦闘でそれなりの怪我を負っている。これ以上の戦闘は難しいと判断し、後は自軍の兵に任せることにした。全体を見れば袁紹軍が押しつつあり、このままいけば虎牢関は近いうちに袁紹軍が制圧することになるだろう。呂布や張遼が出てこないのが不安定要素だったがこの状態では自分たちではまともに戦えないと文醜は判断した。

 

「よし、やぐらを通って一旦下に降りるぞ。いいな斗詩?」

「うん……。文ちゃん! 後ろ!」

「え? ……っ!!??」

 

 顔良の慌てたような声に気づき、文醜が振り向こうとした時だった。文醜のわき腹に何かがぶつかってくる感触が走ると同時に体が持ち上げられて壁の端まで動かされたのである。

 

「な!? 何が……!?」

「ふ、ふふ、ははは……。こんな、ところで……」

「お、お前は……!?」

 

 文醜を持ち上げている人物。それは何と倒したと思っていた李傕であった。彼は左の腹部からとめどない血を流しながらも文醜を持ち上げ、そのまま虎牢関から落とそうとしていたのだ。最悪なことに文醜は顔良を持ち上げるために大剣を置きっぱなしにしていた。顔良の武器も同様に離れた場所にあるため二人は丸腰であった。

 そうこうしている間にも李傕はゆっくりと端まで進んでいく。慌てて顔良だけでも助けようとするが文醜と李傕の間に挟まれて抜け出すことができなくなっていた。

 

「こ、この野郎……!」

「離して!!!」

「董卓様、も、しわけ、ありま、せん。華雄、ともに、あな、た、さまの、お、つやくを、いのり……」

「くそ! くそぉぉぉぉっ!!!!」

「いやぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 意識がもうろうとする中、李傕は最後まで董卓のことを思いながら、袁紹の二枚看板である顔良と文醜を抱えたまま、虎牢関の壁より落下した。二人はかなりの高さから落下しながら悲鳴を上げ、僅か10数年の命に幕を閉じることとなった。二人が落ちる姿は下の袁紹軍からよく見えた。奇しくもその姿は日の出により明るく照らされ、誰かも確認することができてしまっていた。

 二人が死んだことで袁紹軍の士気は下がった。更に二人を失ったと知った袁紹がパニック状態になったために田豊は袁紹軍の後退を命令。自分たちの上官を失い、怒り狂う董卓軍の追撃を受ける壁上の兵も回収し、袁紹軍は大打撃を受けながら虎牢関の攻略に失敗した。この戦いにおいて袁紹軍の死傷者は3万を超え、文醜と顔良という二枚看板を失った。一方の董卓軍も総司令を務めていた李傕と1万5千もの兵を失うこととなり、お互いに大きな被害を受けることとなった。

 反董卓連合はその後、立て直しを図るためにその日の攻撃がなくなり、次の攻撃者を決めるべく軍議が開かれた。

 

「……申し訳ありませんが袁紹様は現在軍議に出られる状態ではありません」

「それは理解しています。袁紹様にとって大切な二枚看板を失ったのです。その悲しみは計り知れないものでしょう」

 

 袁紹軍を代表して出席する田豊に対して板垣はそう返した。反董卓連合に漂う空気は重い。第一陣の損害と第二陣の攻略失敗。そして今回の袁紹軍の大打撃である。汜水関時に存在した士気の高さはここにはすでに存在していなかった。

 

「とはいえこのままでは虎牢関の攻略は難しいでしょう。ですので今後虎牢関の攻略は我ら南陽袁家で行わせてもらいます。よろしいですね?」

「私は構いませんが……」

「お待ちください!」

 

 袁紹軍に代わり南陽袁家が攻略を引き継ぐといったとき、劉岱が声を上げた。

 

「虎牢関の攻略は我ら第三陣にお任せいただきたい! 我らなら必ずや虎牢関を落として見せましょう!」

 

 功を望む劉岱は南陽袁家が攻略してしまうかもしれないとそう声を張り上げたのだが同じく第三陣に属していた公孫瓚と馬超の表情は硬い。

 

「私は反対だ。わが軍は騎兵が主力。城攻めと同等の今回の虎牢関攻めには活躍できない」

「あたしも同じ考えだ。涼州兵は平野では強いが城攻めは苦手でな」

 

 何の事前相談もされていない公孫瓚と馬超は当然ながら反対の意見を出す。そもそも第三陣はおまけ程度の扱いで城攻めには期待されていない。彼女たちは参加することで今後自分たちが不利な立場にならないようにしただけなのだ。他の諸侯とて戦力としては考えていない。

 

「なっ!? 貴様ら、なぜそこまで臆病なのだ! 今こそ董卓軍を倒し、漢に平和を取り戻すときであろう!」

「そういわれても騎兵じゃ城攻めは無理だぞ?」

「ならば降りて戦えばいいだろうが!」

「騎兵をそろえるのがどれだけ大変かわかっていっているのか!?」

「その通りだ! それではなんのための騎兵かわからないじゃないか!」

「お三方、そこまでです」

 

 劉岱と公孫瓚、馬超は言い争いを始めるがそれを板垣が止めた。鋭く、射殺さんばかりの殺気を乗せたその視線に三人は一斉に口を閉ざした。

 

「まずは劉岱殿。貴殿の覚悟はわかりました。では次の虎牢関攻めは劉岱殿にやってもらいましょう」

「なっ!? まさか一人でか!?」

「ご安心ください。わが南陽袁家も助勢します。わが軍は劉岱殿の後ろに展開します」

「馬鹿な。それでは……」

 

 それでは逃げることも出来ないと言いそうになったがさすがにそれ以上は口にはしない。板垣が後ろにいる理由は督戦隊の如き動きをするためであろうことは劉岱にも理解ができてしまった。

 

「……いや、私も熱くなりすぎていたようです。今一度冷静になるべく今回は南陽袁家にお任せします」

「そうですか? ではお言葉に甘えさせていただきましょう」

 

 劉岱は渋々と引き下がり、板垣はシレっとそれを受け入れる。そんな茶番の如き軍議の結果、南陽袁家が攻略することとなり、すぐに陣変えが行われた。そして、その次の日には南陽袁家による攻略が始まるが諸侯はここで反董卓連合結成から一番の衝撃と驚愕を受けることとなる。

 攻略より半日後、洛陽も含めた全ての董卓軍が南陽袁家に降伏したのである。

 反董卓連合の目的は、この日をもって達成されたのであった。

 



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第三十三話「演技」

「全軍前進! 洛陽を占拠する董卓軍を撃破せよ!」

「「「「「うおおぉぉぉぉぉぉっ!!!!!」」」」」

 

 孫策のその言葉に、南陽袁家軍3万5千は一気に洛陽に向けて前進した。すべてがこの日の為にひそかに回り道を通ってきた兵たちである。

 

「迎え撃て! 敵を洛陽に入れるな!」

「「「「「うおおぉぉぉぉぉぉっ!!!!!」」」」」

 

 それを迎え撃つのは董卓軍の軍師賈詡が率いる1万である。それ以外の兵は長安で武装解除されているか虎牢関に向かっているためであり、董卓軍には余剰兵力がこれだけしか残されていないという証でもあった。

 

「手筈通りに殺しあう必要はないわ! 適当に撃ち合って相手が逃げる演技をしやすいようにすればいいわ!」

「南陽袁家の兵と殺しあうな! 適当に打ち合って程ほどの所で逃げ出せ!」

 

 孫策と賈詡が出した指示はほぼ一緒であった。そもそもこれは洛陽の市民に見せつけるためのパフォーマンスであり、両軍ともにそれを理解し、きちんと動ける者のみが集められていた。

 両軍が直ぐにぶつかり、戦いが始まるがもともとの数の差と、南陽袁家の士気の高さ故に董卓軍は終始劣勢であり、あっという間に壊走を始めた。武器を捨てて洛陽とは別の方向に逃げていく。逃げていく先は北だが洛陽から見えなくなったあたりで長安に向かうように指示もされていた。

 

「逃げるな! 最後まで戦うんだ!」

「お前が賈詡だな! 投降しろ!」

 

 兵を鼓舞する言葉を発した賈詡を騎乗した孫策が剣を向けて捕縛する。当然ながらこれも演技であり、賈詡は孫策に頷きかけると孫策もそれを理解して頷き返す。

 

「敵の指揮官はとらえた! 今こそ洛陽に攻め入り中華に弓引く董卓を殺すのだ!」

「「「「「うおおぉぉぉぉぉぉっ!!!!!」」」」」

 

 無傷の南陽袁家軍はそのまま洛陽へと雪崩れ込む。本来であれば閉じているはずの門は賈詡の仕掛けですべてが開ききっており、孫策達を一切の邪魔もなく洛陽入りを果たさせていた。洛陽内では董卓軍の散発的な攻撃を退けながら宮中に向かっていく。そして、その宮中には火がつけられており、侍女や文官の悲鳴がそこら中から聞こえてくる。当然ながら入るための門も完全に開いた状態となっていた。

 

「……頃合いですね」

 

 孫策が宮中に入り、袁の旗を堂々と掲げたのを見届けた董白は咒可のみを連れて奥の方へと歩いていく。

 

「お嬢様。本当にこれでよろしかったのですか?」

「ええ。どのみち月は今のままでは生きてはいけないわ。諸侯の手によって処刑されて終わり。私たちも運が悪ければそれに巻き込まれて終わり。敗者とは、賊軍とはそういうものです」

「それもそうですね。私も経験者ですので」

 

 元々、咒可は漢民族ではなく、羌や氐といった西方民族の出であったが故郷が襲撃され、男たちの慰み者となっていた時期があった。そして、その後は様々な勢力をたらいまわしにされた末に董卓に救われ、董白の侍女として仕えることとなり、漢風の咒可という名前に変更したのである。

 

「その点今の状況は打てる手の中で最善と言えるわ。後は月を秘密裏に逃がして長安に向かわせるだけね」

「その点はすでに準備を終えています」

 

 咒可がそういうと同時に目的の部屋へとたどり着く。董白は遠慮なくその部屋の扉を開ければそこには董白と似た顔立ちの少女、董卓が座っていた。

 

「月、時間よ」

「光ちゃん……。わかったわ」

 

 どこか悲しげな表情をした董卓を董白は問答無用で連れ出す。彼女たちは宮中における侍女の服を着ており、侍女とともに脱出する手筈となっていた。幸いな事に董卓の顔はあまり知られていない。というのも基本的に他者との面会は賈詡が率先して行ってきており、身内以外で董卓のことを知っているのはそれほどいない。故に、侍女として逃げても何の問題もなかったのだ。

 董卓として処刑される少女は既に用意済みである。先の粛清で処刑された宦官の妹であり、牢につながれていたところを今回の謀に利用したのである。まもなく顔に火傷を負い、声を出せなくなった董卓が孫策の手によって大衆の面前に引きだされ、処刑されることとなるだろう。そうなればだれもが董卓が死んだと思い、それ以上董卓の捜索をしようとは考えなくなる。

 

「長安についたら休息をとって直ぐに南陽に向かうことになるわ。月、覚悟はできているだろうけど私たちは董の姓を捨てることになるわ。月は咒卓、私は咒白と名乗り、咒可のいとこという形をとるわよ」

「う、うん……」

 

 董卓という存在が死ぬ以上それまでの名を使うことはできない。同一人物だと気づかれることはないだろうが何かと注目を集めることは必須。それを防ぐためにも名を変えることは必要な事だった。

 

「(月はこれで大陸に名をとどろかせることは出来なくなったわ。政務や軍務に関しては下級文官や武官よりいい程度。上に立つ者としてみれば人を引き付ける魅力と落ち着かせる話術を持っているけどそれは余計な火種になりかねない。である以上、月はこれから一生ただの侍女として南陽袁家で生きていくことになる。いいえ、()()()()()()()()()()()()()()()()())」

 

 板垣ならば、本人にその気がなくとも不穏な動きを見せる行為を見逃すはずがない。出なければ南陽袁家には様々な派閥が出来、板垣の座を虎視眈々と狙うやつがいてもおかしくはないのだ。だが、南陽袁家にそのような様子はない。董白はそれを板垣が予めつぶしているか、派閥を作りそうな者たちのそばに息のかかった者が潜み、暗躍していると考えていた。

 

「(月。私たちは命が助かる代償に二度と飛び立てないように翼を、牙を奪われることとなったわ。でも後悔はしていない。最初から分かっていたことだから)……行きましょう。月」

 

 外を見れば孫策が火傷を負った少女を担ぎだしていた。事前に通達したとおりに動きを見せる孫策を見て私たちも早く行動しないと董白は董卓と咒可を連れて歩みだす。その先に待っているのが、檻と、首輪だとしても。

 



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第三十四話「褒章」

 反董卓連合に加盟し、軍を挙げてこの場に集まった諸侯にとって呆然としてしまう程、終戦は即座に訪れた。南陽袁家が攻撃を開始して僅か一日で董卓軍は降伏。賈詡、呂布、張遼、陳宮といった主だった将は捕えられた。董卓自身も別動隊を率いて洛陽に突入した孫策によってその場で処刑された。顔は火傷のせいで判断が難しかったものの、捕縛した場所や着ていた服装から考えて董卓である可能性が高いという判断となった。

 

「結局、最初から最後まで南陽袁家だけで終わらせてしまったわね」

 

 連合最後の軍議にて、曹操はそのように発言した。しかし、その言葉は真実であり、いかに南陽袁家が戦いの主導権を握り続けていたかを物語っていた。

 兎にも角にも虎牢関を抜けた連合は南陽袁家が制圧した洛陽に入ると袁紹を筆頭に皇帝へと謁見を行った。

 

「陛下、この度は陛下のお膝元を騒がせたことに対して謝罪を申し上げますわ」

「……構わぬ。朕に被害はない」

 

 霊帝と呼ばれる少女は袁紹の言葉に簡潔に答えた。漢を思う臣として袁紹は本音を言っていたが霊帝にとってはどうでもいいことであり、ただただ話相手の董卓が死んだことだけを悲しんでいた。

 

「陛下、二度とこのような事が起こらないように後の処理はこの袁紹にお任せください」

「いいわ。袁紹、あなたを相国に任命するわ。後のことはあなたの好きにしなさい」

「はっ! 必ずや漢の平和を取り戻して見せます!」

 

 相国という漢において皇帝に次ぐ権力を得た袁紹は即座に洛陽の保護を行った。とはいえ董卓の治世は世間に流れるような悪政ではなく、善政を敷いていたために治安はよく、南陽袁家の兵も乱取りを行わなかったことで町は保全されていたために特にやることはなかった。

 次に袁紹は論功行賞を行ったがこれは事実上南陽袁家しか功績をあげていなかったが板垣が袁紹と相談の末に以下のように決められた。

 

「では、まずは曹操殿には兗州は済陰群の太守を兼任していただきます。

劉備殿は徐州は青海群に移封していただき、陶謙殿の傘下になっていただきます。

王匡殿、劉岱殿、公孫瓚殿、馬超殿、孔融殿は金及び貨幣による報酬とさせていただきます。

袁紹様に関しては正式に冀州の刺史となり、冀州全土の統治をおこなっていただきます」

 

 発表された褒章はほぼすべてが金銭による礼であり、領土がもらえたのは曹操のみであった。それどころか劉岱に至っては削られている状態なので彼は怒りで顔を真っ赤にしていた。

 

「そして、最後に南陽袁家は揚州の刺史を兼任していただくこととなりました」

 

 最後に発表された南陽袁家の褒章はこの中では最もでかいものであった。だが、それも南陽袁家が挙げた功績を考えれば当然ともいえるものであり、彼らは不満を抱きつつも表面上は納得した雰囲気を見せた。

 そして、董卓が統治していた洛陽が存在する司隷は漢王朝による直接統治が行われることとなった。更に将軍には皇甫嵩が付き、武の頂点となったが彼女は反董卓連合末期には董卓達と同じように南陽袁家に降っている。彼女の場合、皇族に対して危害を加えないという内容も含まれているが未だ漢王朝に使い道を見出している板垣にとっては何の問題もないものであった。

 本来であれば相国となった袁紹が司隷も統治することになるが彼女は冀州全土の掌握でそれどころではなく、漢王朝の人間から選び、その者に一任することとなった。ちなみに、袁紹が選んだ者は()()にも板垣が黄巾の乱時より厚意にしている者であり、いざとなれば板垣に首を垂れられる人物であった。

 つまり、漢王朝の中心地である司隷は南陽袁家の息のかかった者が文武の頂点に君臨したことを意味しており、これ以降司隷は南陽袁家による間接統治が行われていくことになるのであった。

 

 

 

 

 

 そんな大事な論功行賞を終わらせた板垣は足早に洛陽を後にした。彼は周沙や孫策等の護衛とともに長安に向かい、そこで捕縛されている、と対外的には言われている賈詡達董卓軍の面々に会いに行っていた。そして、ここに至り董卓軍の軍師賈詡と南陽袁家の実質的な支配者である板垣は初めて顔を合わせることとなった。

 

「南陽袁家宰相、板垣莞爾だ」

「董卓軍軍師、賈詡よ」

 

 板垣と賈詡は互いに短く挨拶を済ませると視線をまじりあう。賈詡は目の前の板垣という人物を測りかねていた。

 

「(さすがに南陽袁家の宰相だけあって隙がないなぁ。華雄を討ち取ったのもうなずけるわ)」

「(……この人、強い? けど、弱くはない)」

「(確かに南陽袁家を事実上乗っ取るだけの実力があるように見える。だけど、それなのに()()()()()()()()()。これじゃ能力だけ示して()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()みたいだ)貴方が言っていた通り僕たち全員は南陽袁家に仕えることに同意したよ」

「それで構いません。士官後の詳細な役職等に関しては後日通達します」

 

 そういってほほ笑む板垣に対するそれぞれの反応は違っていた。

 まず、賈詡は能力の高さしか見えてこない板垣に対して不信感のようなものが浮かび上がり、張遼は改めて近くで見たことで彼の武に納得し、呂布は動物的直観から彼の実力が単純な武勇では測れない所にあると見抜いていた。

 

「では貴方方はこれより孫策とともに長安を出立していただき、南陽に向かってもらいます。私が戻るまであなた方は客将という扱いになります。兵の訓練に参加するも政治を見るも、周辺に出かけるのも自由とします」

「その間に南陽袁家の雰囲気を感じ取って慣れておけって言いたいわけね?」

「そう捕えてもらって構いません。どちらにしろ私はひと月ほどは洛陽にいます。それだけの期間があれば自然と当家の雰囲気にも慣れてくるでしょう。そうなれば即座に当家の臣として十分に働くことができるでしょう」

 

 つまり、板垣は自分が戻った後はお前たちを馬車馬のようにこき使うといっているに等しく、張遼はそれを想像して苦笑いを浮かべていた。

 とはいえこれで顔合わせは完了し、板垣は戦後処理を本格的に終わらせるために洛陽に戻ることになっていた。しかし、その日の晩に板垣は賈詡を一人呼び出した。彼女に、板垣が構想するとある部隊を任せるために。

 



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第三十五話「部隊」

 賈詡にとって板垣という存在は良くも悪くも自分たちの生き方を変えた存在となった。彼がいなくとも反董卓連合は結成され、同じように勢力としての破滅を迎えていただろうと予想できたからだ。そのため、こうして自分たちを保護した彼には借りがあるものの、彼の様子を見ていると反董卓連合すら彼がそうなるように仕向けたのではないかとさえ感じてしまっていた。それほどまでに彼は、南陽袁家は今回の戦いで多くの利を手に入れていたのだ。

 

「(彼が南陽袁家の宰相に留まっているのが不思議なくらい、彼は野心的な行動をしている。なんで袁術に仕えたのかが理解できないくらいだ。彼なら劉備のように義勇軍から成りあがることも可能だったはずなのに)」

 

 賈詡はそう考えながら板垣がいる部屋に続く廊下を歩ていく。彼女のほかに兵士はおらず、不用心にも無人の廊下が続いていた。暗殺でもされたらどうするのか? と賈詡は一瞬思うが即座に汜水関で見せた武勇を思い出す。張遼から聞き、華雄を一撃で葬った事実に最初は信じられなかったが自分よりも武に優れている張遼の言葉である以上真実なのだろうと頭で納得させていた。彼ほどの武の持ち主ならば直接害を与える暗殺など返り討ちにできるだろう。

 

「(それにしてもなんで僕だけ呼び出されたんだろう。特に何もしていないし、問題も起こしていない。まさか、情事の為に? 確かに誰かと付き合っているなんて話は聞かないけどさすがにそんなわけないわよね?)」

 

 理由が不明、無人の廊下、夜という事も合わさって賈詡は変な事を考えてしまうがそれにしてはあからさますぎる上に板垣はそういう事で呼び出すような人物には見えなかった。それどころか本当にそういうことに興味があるのかさえ分からない不気味さがあった。

 

「……よし」

 

 そして、板垣が待つ部屋にたどり着いた賈詡は意を決して扉をノックする。数秒後に板垣の声で「入れ」とだけ聞こえてきたために賈詡が中に入れば板垣が一人、書簡を手にしながら政務を行っていた。

 

「少し早くきちゃった?」

「そんなことはない。少し策を思いついたためにその準備を行うための書簡を書いているだけだ」

 

 板垣がそういう事は再び謀略の嵐が起こるのだろうかと賈詡は想像した。次は一体どこに手をかけるつもりなのか。そんなことを考えているとひと段落したのか筆をおき、改めて賈詡の方に視線を向けた。

 

「今回、お前を呼んだ理由だが単純な話だ。とある部隊を率いてほしい」

「部隊? 降ったばかりの僕に?」

「その通りだ。お前ほどこの部隊、いやいずれは組織にしたいと考えているこれを率いるのに相応しい人物はいないと考えている」

「……やけに持ち上げてくるわね。それほどその部隊は危険なのかしら?」

 

 懲罰部隊のようなものなのだろうか? 賈詡にはその部隊がどういうものなのか理解できなかった。そもそも、板垣がそういった部隊を保有している事さえ知らなかった。袁紹でも曹操でも董卓でもそういった公にできない部隊を持つ者はいてもそれを完全に隠しきることは不可能だ。何かしら影や形が見えてくる。

 

「危険という意味なら危険だ。この部隊の価値は呂布の武にすら勝る代物だ。当然外部に漏らせばそれ相応の処罰を受けてもらうことになる。もちろん、処罰が本人にだけ被るとは限らないがな」

「……確かに、僕には適任かもしれないね」

 

 賈詡は自分が選ばれた理由の一つを察した。もし、自身が外部に情報を漏らせばその時には董卓が罰を受けるといっているのだ。自分よりも董卓を大切に思っている賈詡には大きな人質と言えた。

 

「次にこの部隊を率いるには保守的な考えではだめだ。臨機応変に対応できる知略と柔軟性が必要だ」

 

 軍師ならばそれらは持っていて当然のスキルである。特に賈詡や荀彧、周瑜といった名が知られた軍師ならば特に。

 

「その点は董卓軍を支えた軍師であるお前は適していると判断したわけだ」

「それはわかったわ。で? その部隊はどういったものなの?」

 

 ここまで来た以上賈詡に残された返答ははい、かいいえであった。そして、いいえと答えた先にあるのは自分か董卓の死であろうと。

 

「それは今から案内しよう。すでに部隊は動き出している。ただ、指揮官を務められる人材がいないために規模を拡大することは出来ていないがな」

 

 そういうと、板垣は賈詡だけを連れて長安から抜け出し、近くの森へと向かう。道から外れた上に夜という事もあり手元すら見づらい状態になっていた。

 

「(こんなところに部隊がいるというの? いえ、こんなところにいるという事は今回の戦いにも参加していたはず。でもそんな部隊がいる気配なんて一切なかったわ)」

「ついたぞ」

 

 賈詡がまだ見ぬ部隊について考えているとようやく目当ての場所についたようで板垣の足が止まった。賈詡がそちらの方を見れば滑らかな絹の如き小さな天幕が張られた野営地が存在した。天幕の大きさと数から30人程の部隊というのが想像できた。

 

「総員、集結!」

「「「「「はっ!」」」」」

 

 板垣の言葉に従い、暗闇から複数の男たちが姿を見せた。森に擬態できる迷彩柄を着込み、見慣れぬ弩のような武器を装備したその姿に賈詡は驚くと同時にその異様さに恐怖を抱いた。

 

「諸君、これより君たちの直属の上司となる人物を紹介する。元董卓軍軍師の賈詡だ。武に関してはともかく指揮官としての能力は保有している。わかったな?」

「「「「「はっ!」」」」」

 

 まるで一個の存在のように一糸乱れぬ動きをする彼らは少数精鋭と呼ぶにふさわしかった。恐怖で若干顔が引きつっている賈詡に板垣は振り返る。

 

「これからお前にはこの部隊を指揮してもらう。まだ無名の、功績すらないがいずれは俺の野望の手足となるであろう部隊だ。よろしく頼むぞ」

「っ! 予想以上ね。……一つ聞いてもいいかしら?」

「ああ、なんだ?」

「あなたの野望って? 南陽袁家に取り入り、内部から蝕み、こんな部隊を用意する君の野望が具体的に見えてこない。君は、いったい何をしたいの?」

 

 賈詡がずっと感じていた疑問、それを問われた板垣は隊員たちを下がらせると微笑する。しかし、その笑みには深く重たい野望を持った覇王の如き重厚さが存在していた。

 

「野望は簡単だ。俺を頂点とし、中華を中心とする大陸統一国家の建国だ」

 

 そして、板垣が持つ野望はどこまでも広く大きなものであった。

 



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第三十六話「過去」

板垣の出生が明かされますがあまりピンとこないので後で修正するかもしれません


 20世紀と呼ばれる時代に、その男は存在した。男は中華の中で貧しい家庭に生まれ育った。その日に食べるものを得るために幼少期からなんでも行い、時には窃盗や殺人さえ行った彼だが家族と過ごす毎日に幸せを感じていた。

 しかし、そんな男の幸せは時代の流れの中にはかなく消え去った。男が20を迎える前に中華は内戦に陥ったのである。以前には極東の国の侵略を受けていた中華はその脅威がなくなった途端、二つに分裂したのである。男は義勇兵として赤き軍勢との終わりなき戦いに駆り出されることとなった。幸いな事に男には戦いの素質があり、さらには男が属した部隊には極東人とのハーフが在籍しており、その者より剣術や格闘術を教わり、近接戦闘のやり方も学ぶことができた。

 そのためか男の属する部隊は功績を挙げていったがそれも突如として終わりを迎えた。男が属した勢力が敵の罠にはまり、山岳部にて反抗を受けたのである。彼の属した部隊は散り散りとなり、男に武術を教えた者は男を庇って戦死したが男自身は何とか逃げ延びることに成功した。

 男はこれ以上戦争に巻き込まれたくはないと故郷に帰還するもそこは既に赤き軍隊によって焼き払われていた。村民は皆殺しにされ、男は焼けて更地となった実家の前に積まれた家族の遺体の前で泣き続けた。

 最終的に男は義勇軍に戻ることはなく2年後には政府が変わり、赤き軍隊が属する勢力が中華を支配するようになった。何もかもが変わっていく中で男は様々な事を学んだ。そして男は赤き勢力に憎悪を抱いたまま生涯を終えることとなった。

 

-おめでとうございます! 貴方には転生するチャンスをあげましょう!

 

 しかし、幸か不幸か。男は死後の世界にて神を名乗る人物と出会い、転生した。かつて敵であった極東の国の中流階級に生まれ変わったのである。

 転生前、男は神より聞いていた。次の人生はデモンストレーションだと。全てはその次の転生先で生きるための準備期間であると。転生先はこことは違う世界であり、どのような準備をするのかは男の自由だと。そして、次に転生した時には自分との関係も切れ、その世界の住人として男は固定されるだろうと。

 それを知っていた男はありとあらゆる準備を行った。知識をため込むことは勿論、剣術を学び達人の域にまで磨き上げ、効率的な筋肉トレーニングを欠かさずに行った。無限にため込める異空間をもらい、男は自分が手に入れた物全てをその中に放り込んだ。時間が止まり、中の物が腐らないことを利用し、食品だろうと氷だろうとなんでも詰め込んだのである。

 男はやがて会社を設立し、様々な事業を展開していくと同時にこれまででは手に入れられなった兵器類も集めるようになった。

 周囲から見れば男は奇妙な人物に映り、商人にとっては特大のお得意様となった。男はそうして極東人としての生涯を終え、神の言うとおりに漢王朝時代の中華に転生することとなったのである。

 

 

 

 

 

「男はそこから、神に与えられた中途半端な知識をもとにとある勢力に仕官し、野望の為に仕込みを開始した、というわけだ」

「……」

 

 板垣の長い語りに、賈詡は絶句した。全ては嘘であったと叫びたい。だが、板垣の雰囲気がそれを許さない。200年の自分の歴史を否定させない。そんな圧力が板垣からは発せられていた。

 それと同時に賈詡も嘘ではないという事は理解できてしまった。部隊の謎も、板垣の武の強さも。

 

「……なんで、南陽袁家に仕官したの? 君なら、独立だって……」

「権威というものは馬鹿にはできない。無名の男がいくら力を示してもそれを認める者は少ない。人は知らないモノを恐れるからだ。だが、これが三公を輩出した名門袁家が後ろ盾となった力ならどうだ? 人々は抵抗なく受け入れるだろう」

「それだけの為に、袁家を自分のものにしたって事ね」

「いっただろう? 俺が持つ知識は中途半端だと。この世界は面白いことに知っている歴史とは違う。神がくれた知識にはその人物の人となりしか記されていなかった。経歴は全く分からなかったのだ」

 

 だから南陽袁家にしたと。名門の中で最も取り入りやすいからと。

 

「袁術には悪いが彼女は既に廃人同然だ。まともに思考する能力はなく、俺の言うとおりになんでもこなす存在となった。邪魔な張勲や動かしづらかった紀霊もいない。もはや南陽袁家は俺の勢力となった」

 

 後は袁術を使って袁家を自分の一部にするだけだと、板垣は話す。賈詡はその板垣の言葉が理解できてしまった。板垣とは権威を利用した成り上がりものであると。古きものを切り捨てるのではなく、その価値を最大限に生かして自分の力にする保守的な側面を持った人物だと。

 

「俺が作りたいのはな、俺の故郷を焼き払ったふざけたやつらが生まれてこれない世界にすることだ」

「それが大陸の制覇だというわけね?」

「そうだ。これより1000年以上先の時代に大陸を股にかける勢力が誕生するがそれでは遅い。俺はこの時代に大陸の隅々まで、それも西戎よりも先の先、大陸の端にまで中華の旗を翻す。そして、その地域にいる民族を徹底的に破壊する」

 

 あの時代につながる民族をなくし、あの時代につながる国を消し、あの時代につながる思想が生まれないようにする。

 

「中華人という異物を大いに混ぜてあの時代につながる歴史をすべて壊す。さすれば、良くも悪くも俺の故郷があれらに焼かれる歴史は消えてなくなる」

「……そう。貴方は、そういう人なのね」

 

 板垣の野望。それを理解した賈詡は目の前に立つ男を王にしてはならないと感じた。板垣がやろうとしているのは人生を股に掛けた壮大な復讐であると。全ての人間を引っ掻き回してしまうと。今ならそれも止められると。

 

「……」

「俺の野望は危険だと思ったか?」

「っ!?」

「そうだろうな。端から見れば俺の野望は復讐だ。他人を巻き込んだ壮大な復讐。それを実現させていいわけがない。お前はそう思ったな?」

 

 賈詡が感じたことをしっかりと見抜いてみせた板垣は話を続ける。

 

「だがな、同時に中華は世界の王になることができる。補足しよう。俺が生まれたのはこの長安の近くだ。わかるか? この時代には中華の中心地であるここがはるか未来では貧しい村となっているのだ。それは何故か? 大陸の西よりやってきた者たちに中華は負け、奴隷の如き運命を辿ったからだ。結果として中華は100年にわたる混乱と荒廃を招き、あいつらが支配する国が出来た」

「大陸を制することはその歴史をなくすことにつながるといいたいわけ?」

「ああ、むろん、その時に中華が腐りきっていれば元も子もないがな」

 

 いいわけだ。賈詡にはそう感じたがもし、男の言うとおりならどうだろうか? 賈詡はわかりやすく匈奴などの周辺民族に置き換えて考えてみることにした。

 蹂躙され、養分を吸い取られる中華。そして奴隷のように使役され、貧しい暮らしを送る人々。それを見て笑う周辺民族たち。ああ、いやだと感じてしまった。板垣の言葉に賛同するように心は傾いてしまったと。

 

「……そもそも、復讐に取りつかれているのなら俺は生まれ変わった時点で行動を起こしている。復讐をするのならここで、ではなく時代が同じ前の時にしている。それをしなかったのは復讐なんて考えていないから。ただ、あの悲劇を避けたい。そう思っているに過ぎない」

「……そう」

 

 板垣はいまだ迷う賈詡に改めて問いかける。所詮、今までの話は賈詡の回答を聞くための情報でしかない。

 

「一応聞いておこう。俺が作った部隊の指揮官となるか? それとも、否か?」

「……そんなの、決まっているじゃない」

 

 だが、賈詡は板垣への不信は生まれど覚悟は既に決まっている。董卓を守ると決めたあの時から。

 

「月を守れるのなら何でもやるわ。たとえ貴方が作り上げる世界が最悪のものだったとしてもそれで月が幸せに生きていけるのなら喜んで手伝ってやるわ!」

「……それを聞いて安心したよ。ではこれからよろしく、賈詡」

「詠、でいいわ。板垣宰相様」

 

 この日、賈詡はすべての不安や恐怖を飲み込み、巨大な野望を掲げた男の正式な配下となった。そして、これ以降賈詡は表舞台より姿を消すのであった。

 



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第三十七話「揚州」

お久しぶりです。風引いて寝込んでいました


 董卓を討ち取り、漢王朝に平和が戻った事で諸侯たちは自分の領地の帰路についた。目的が達成された以上何時までも洛陽に留まっているわけにはいかないからだ。みんな自分の領地があり、統治を任せている以上早く戻らないといけないと感じるのは当然といえた。

 特に劉備は陶謙が治める徐州に移封となるために他よりもやるべきことが多く真っ先に帰国している。ちなみに、劉備が平原を離れる時には彼女を慕った民衆たちがついていき、平原は数万単位の人口を失うこととなった。

 そして、南陽袁家軍を率いた板垣も様々な事後処理を終えると南陽へと帰還した。既に帰還した周沙達によって政務は滞りなく行われていたがそれとは別の準備に追われてもいた。

 

「先ほど、返答の使者が訪れた。揚州刺史の劉繇は揚州の引き渡しを拒否した。更に厳虎や王朗といった揚州の太守達も従わない姿勢を見せている」

「つまり討伐する必要があるというわけですね!」

 

 漢王朝より命じられた揚州刺史の任を全うするべく劉繇に使者を送っていたが彼女は拒否しており、更に厳虎や王朗といった揚州の太守も同様の姿勢を見せていた。それを受けて板垣は南陽袁家の主だった将を呼んで軍議を開いていた。

 

「敵の数は具体的には不明だが劉繇が4万、厳虎が1万、王朗が1万5千ほどと推測している。むろんそれ以上に兵を集めてくる可能性はあるだろう」

「6万強。反董卓連合が終わったばかりで兵はいつでも出撃できる準備を整えています。下知があればすぐにでも出立できますよ」

 

 6万という数字に対して周沙は強硬的な姿勢を見せる。彼女の言うとおり南陽袁家軍約12万はほぼ無傷であり、いつでも出撃が可能な状態であった。これは揚州の勢力が素直に従わなかったときに即座に行動にできるようにと考えていたためであった。そしてそれが現実となったわけである。

 

「だが劉繇には太史慈という優れた武将もいると聞く。厳虎も山越の長として相応しい武を持っているとか。油断することは出来ないぞ」

 

 一方で慎重論的な発言をしたのは周倉であった。武を信じて行動した結果呂布に惨敗した彼はその傷のせいか尻込みすることが多くなっていた。とはいえ現状では物腰が落ち着いた程度の影響しかなかったが。

 だが、彼の言うとおり揚州には太史慈を始めとした優れた武将が数多く存在する。それを無視することは出来ず、すればこちらが損害を被るというのは周沙も理解しているところだった。

 

「それは私もわかっていますよ。ですが数の差を生かさないのも問題でしょう? 宰相、私は南陽袁家軍10万を用いた戦術を提案します。先ずは軍勢は3つに分けます。一つは主力と定める5万の軍勢です。これには精鋭兵を中心に配置します。この軍勢は豫洲から淮南に侵攻させます。そうすれば劉繇や厳虎が反応するでしょうからこれを叩き、進みます。

その一方で残り二つをそれぞれ3万と2万にして荊州から侵攻させますそうすれば揚州南部に位置する王朗はこれに意識を割かれます劉繇も同様に意識を割かれて兵を半分に分けざるを得ないはずです。そうなれば敵など各個撃破して揚州を手に入れられます」

「ふむ……」

「宰相! 俺の意見も聞いていただきたい!」

 

 周沙の案に対して周倉も負けじと自分の策を話し始めた。

 

「刺史である劉繇はともかくほかの太守は自分の領土を奪われる可能性があるから反対しているだけです! なればこそここで兵を進めるのではなく彼女らの懐柔を行うべきです!」

「確かに懐柔できるならするべきでだろう。無駄に敵を作る必要もない。厳虎に関しては山越を丸ごと保護すると約束すれば頷くだろうし王朗に関してもこちらにつく利を伝えることが出来れば抵抗することはないでしょう。噂に聞く限り時世を見誤る御仁でも無いようですから」

 

 周倉は懐柔案を出し、それに対して周瑜が賛同した。彼女の言うとおり太守が反発する理由が領土を奪われるかもしれないという不安からであり、それが解消されれば南陽袁家に従う者が出てもおかしくはなかった。そもそも、彼我の戦力差を見て南陽袁家に勝てると思うような者はなかなかいないだろう。

 

「……」

 

 板垣は何かを考える素振りをした後、一瞬だけ賈詡の方を見た。つい最近まで敵対していたという事で旧董卓軍の面々は軍議に参加していても発言権はないような末席に集められていた。

 賈詡は何かを察したのかわずかに頷き返し、板垣は口を開いた。

 

「周沙。5万の精鋭を率いて豫洲の沛に迎え。先ずは揚州の各太守に再度降った場合の約束事を提示し、反応を見る。期限は軍が沛に到着してからひと月とし、それまでに従属の返答をしない勢力を敵とする。孫策、黄祖。お前たちも侵攻が始まったら適当に暴れて構わん。揚州南部にその力を示せ」

「分かったわ」

「おや? いいのか? 派手にやらせてもらうぞ?」

「構わん。どうせお前らの州境は全て劉繇の勢力圏だ。降りたいというのなら即座に使者を立てるだろう。その場合は受け入れるように」

「はいよ」

 

 相変わらず黄祖はつかみどころのない性格をしており、南陽袁家において異物かの如き雰囲気をまとっているがさすがの彼女もこの大勢力にちょっかいをかけるつもりはないのか大人しく従っていた。板垣も何かをしない限り彼女を使うことはあっても排除に動くことはないだろう。

 

「では各々準備を進めてくれ」

 

 そのまま軍議をスムーズに終わらせた板垣は賈詡に目配せをして執務室に呼びつけた。

 

「で? 何をすればいいわけ?」

「察しがよくて助かるな。王朗および厳虎。この二人を懐柔して欲しい。条件は彼らの領土である呉と会稽の安堵。厳虎については山越を漢民族と同等に扱うと断言してもいい」

「ま、妥当なところね。一応聞くけど僕に頼むってことはきちんと諜報員は存在するんでしょうね?」

「一応はな。まともに情報を持ってこないか戻ってこない程度の人材ばかりだがな」

 

 密かに部隊を作った際に諜報を専門とする組織も作っていたがこちらの出来は酷かった。そもそも一からの作成だった為にきちんと育てる余裕も時間もなく、中途半端な素人に任せた結果商人から話を聞く方が精度が良い、早い、確実という結果となっていた。

 

「まともな人材が出来上がるのは半年は先だ。詠、お前にはそちらの指揮も任せる予定だ」

「そりゃやると言ったからにはやるけどこれじゃ……。はぁ。仕方ないから知り合いの商人に頼んで接触させてみるよ。うまくいく保証はないけどそれでもかまわないでしょ?」

「無論だ。俺がやったのではそもそも劉繇の勢力圏を突破できるかさえ怪しいからな」

 

 そういう意味では諜報員として申し分ない周泰という少女を使うのもアリではあったが彼女は彼女で致命的な欠点を持っているうえに彼女の主は孫家であった。それも板垣とは親しい間柄となってきている孫策ではなく現状では全く接点がない孫権が主であった。そんな人物に南陽袁家の機密を任せるわけにはいかなかった。

 

「どちらにせよ失敗したところで劉繇共々叩くことに変わりはないのだ。そも、12万対6万の戦いだ。不測の事態さえなければ負けるはずがない」

 

 板垣はそう言って笑みを浮かべたが、これより数日後、彼が言った不測の事態が突如として発生することとなる。

 そして、半月後。劉繇が全軍を率いて南陽袁家に侵攻を開始した。更に、荊州刺史の劉琦が軍勢を率いて挟み撃ちをするように南陽袁家に侵攻してきたのである。

 





【挿絵表示】


現状の勢力図(本編に登場した勢力のみ記載)
紫:南陽袁家(事実上板垣の勢力)→豫洲全土及び荊州6郡、司隷(事実上南陽袁家領)
黄土色:黄祖(南陽袁家勢力範囲)→荊州江夏
薄紫:孫家(南陽袁家勢力範囲)→荊州長沙
青:曹家→兗州陳留及び済陰
橙:劉琦→荊州西部
茶:陶謙→徐州全土
緑:劉備(陶謙勢力範囲)→徐州東海
深緑:馬超→涼州全土
白:劉岱→兗州東及び山陽
藍:王匡→兗州泰山
黄:袁紹→冀州全土
灰:公孫瓚→幽州西部
水色:孔融→青州全土

最近思い出したんですけど荊州の零陵と桂陽って黄祖が降伏したときに南陽袁家に降ってたんですけどここでは表向きは降ってという事にしときます


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第三十八話「毒牙」

「もう嫌だよ!」

 

 荊州刺史、劉琦は自室にて泣きながらそう叫んだ。とっさのことだったのだろう。叫ぶと同時に投げ捨てられた書簡は甲高い音を立てながら地面にぶつかり、劉琦はハッとしたようにその書簡を取りに向かう。

 劉琦が投げ捨てた書簡は今回の反董卓連合で犠牲となった者たちの遺族に与える金銭について書かれており、簡潔に言えばこれを支払う余裕が劉琦陣営には存在しないというものだった。そもそも、彼女の父親である劉表が生きていた時でさえ財政はそこまでよくはなかったのだ。それなのに内乱が起こり、資金がほぼ劉宗側に持っていかれたうえでそれらは南陽袁家が持って行ってしまっていた。

 本当であれば内乱での傷を理由に反董卓連合の参加を見送りたいと思っていたが南陽袁家の板垣宰相より届いた書状がそれを阻害させた。

 

-発起人である袁紹様は荊州刺史である貴殿の参加を強く望んでおられる。もし、兵を出さずに参加しないのであれば董卓に通じる逆賊として討伐するとおっしゃられています。弟君と刺史の座を巡って殺しあったばかりで苦しい状況だとはわかっているつもりです。しかし、袁紹様の命令である以上参加することが賢明だと愚行致します

 

 嘘であれ本当であれ、参加しないのであれば南陽袁家が動き出して自分たちはつぶされる。劉琦はそう考えてしまい、結果的に1万だけとはいえ出して参加することとなったのだ。

 

「どうして僕ばっかりこんな目に……!」

 

 書簡を机に戻した劉琦は布団に入るとそのまま毛布で自分を包み込んだ。その姿は雷におびえる幼子のようであるが目を見開き、体を揺らす姿からそれ以上の何かを感じさせた。

 反董卓連合に参加した結果、劉琦軍の損害は大きく、それでいて遺族に支払う金がない。近いうちに彼女の陣営は崩壊する可能性すらあったのだ。

 

「何か、何かないのかな? このままじゃ駄目なのに……!」

「劉琦様」

 

 コンコン、と扉がノックされる。劉琦が入るように促せば一人の女性が入ってきた。名は

司緒といい、内乱から幾ばくも無い時に雇った文官である。同性の劉琦ですら見惚れそうになるほどの美貌を持ちながら文官としての腕前は高く、僅か半年も満たない期間で彼女は劉琦含めて様々な者たちに信用・信頼されていた。

 

「どうしたの?」

「それが……。いえ、まずは見てもらった方がいいかもしれません」

 

 司緒はそう言って一枚の書簡を渡す。高価な紙を用いたそれを受け取った劉琦が中身を見れば、それは揚州の刺史である劉繇からのものであった。内容は南陽袁家に攻め入るため、貴殿も荊州から攻め込んでほしいというものだった。更に成功した暁には荊州の全土と豫洲の半分を渡すというものであり、劉琦にとっては破格の条件が書かれていた。

 

「なんで……!? こんな……!」

「……無礼を承知で申し上げますが私はこれを受け入れるべきと判断します」

 

 驚き固まる劉琦の背中を押すように傍に控えた司緒が話し出す。口調はとても穏やかで、幼子をあやす様な温かさを感じる一方でそこには否と言わせない圧力があった。

 

「このままでは劉琦様は支払いすら出来ず、兵の信用を失ってしまいます。そうなれば諸侯を味方につけることさえ出来なくなり、劉琦様の陣営は瓦解するでしょう。そうなってしまえば劉琦様は諸侯の手によって殺されるか、正当性を維持するために婚姻を無理やりさせられるでしょう」

 

 司緒は劉琦のベッドに腰かけると劉琦を抱きしめる。彼女の全身からは甘い香りが漂い、劉琦の思考を鈍らせていく。

 

「ですがここで南陽袁家を、板垣を倒すことが出来れば解決します。彼の者は財を蓄え、それを背景に広大な領地を統治しています。もし、板垣を倒すことが出来ればその財を劉琦様が手に入れることが出来るのですよ」

「広大な、財を……。僕が……」

「その通りです。そうすれば支払いも可能となるだけではなく、真の意味で荊州の刺史となれるのです。そうすれば弟君も報われるでしょう……」

「そう、かな……。そう、だよね」

 

 司緒は劉琦をゆっくりと押し倒す。媚薬がしみ込んだ香を思いっきり吸い込んだ劉琦の体は真っ赤に染まり、苦し気に呼吸をしていた。その瞳は夢現と呼ぶにふさわしいほど蕩け、司緒を誘っていた。

 

「司緒。僕、頑張ってみるよ」

「ええ、劉琦様ならいけますよ。私も応援しています」

 

 そういって司緒は劉琦と一つになる。その際、劉琦の部屋に近づく者は誰もいない。彼女の体すら用いた手練手管により劉琦の陣営は司緒に半ば乗っ取られていた。諸侯の一部すら彼女の前に屈した現状で、彼女が命令した“劉琦の部屋に近づくな”、という命令に逆らう者など現れなかった。

 

 こうして、劉琦は司緒の言うがままに南陽袁家との戦いに踏み切ったのである。裏で糸を引いている人物がいるとも知らずに。

 

 

 

 

 

「万事うまくいったようね」

「ええ、劉琦は板垣の意表をついて侵攻。南郷や襄陽を占領しつつあります」

 

 兗州は陳留にて。曹操は荀彧からの報告を受けて満足げに頷いた。彼女たちが見下ろす先には中華南部、荊州、揚州、豫洲の全土が書かれた巨大な地図があり、そこに各陣営を模した駒がおかれている。南陽袁家の駒は劉繇の方に向いており、劉琦側には一切視線が行っていなかった。

 

「劉繇も沛や安豊に侵攻していますがこちらは軍が展開しているために思うように行っていないようです」

「仕方ないわ。劉繇はそういう予定でいたのだしこの際だから完全に使いつぶすつもりでいきましょう」

 

 荀彧の申し訳なさそうな表情を楽しみながら、曹操は多少の予定変更を決定した。本来であればまだまだ使う予定であったがここで使い切っても問題はない。曹操は頭の中で変更に伴う今後のずれを修正していく。

 

「ですが驚きました。華琳様がこのような諜報組織を有していたことに」

「正確には私ではなく父様が作ったものだけどね」

 

 曹操の父である曹嵩は漢王朝に仕える政治家であり、十常侍が権勢を誇っていた時期から宮中を渡り歩いてきた傑物である。反董卓連合時こそ家族を連れて避難していたがそれも落ち着いた現在では漢王朝に戻り政治家として働いていた。

 そんな彼が宮中を渡り歩くために使用していたのが曹操が譲り受けた諜報組織である。ここには美男美女だけではなく西方の少数民族や北方の騎馬民族も属しており、様々な事に対応できるようになっていた。曹嵩はこれを宮中で働くために使用していたが陳留の太守になったことで譲り受けた曹操はこれを自身の勢力拡大の為に使用した。河北袁家や南陽袁家、劉琦に劉繇。陶謙、王匡、劉岱、公孫瓚と様々な勢力に諜報員を送り込み情報を得たり、篭絡して傀儡にするなどしていた。

 しかし、もともと宮中を渡り歩くためだけの組織であり規模はそこまで大きくはない。更に南陽袁家ではたった一週間で連絡が取れなくなり、河北袁家では新参者が入り込む余地がなさ過ぎてやるだけ無駄という状況だった。公孫瓚の所は得られる情報がなさ過ぎる上に遠いために監視のため以外の人員は下げていた。

 とはいえうまくいったところもあり、劉岱、劉繇、劉琦の所では本人から信用を得られるところまで入り込むことが出来、王匡は多少の影響力を行使できるところまで、陶謙の場合は反対勢力に入り込むことに成功していた。更に孔融に至っては本人を含めたほぼすべての諸侯を骨抜きにすることに成功していた。

 

「父様がこんな組織を持っていたなんて知らなかったけどおかげで助かったわ。こうして、一番厄介な板垣に出血を負わせられるのだから」

 

 曹操は板垣を最大の敵として認識している。反董卓連合で唯一得をしたといって過言ではない彼が揚州を手に入れてしまえばだれも対抗すらできない勢力になってしまう。曹操はそれだけは何とかして阻止したかった。せめて自分が勢力を更に拡大するまでは。

 

「本当なら板垣の反対勢力を焚きつけたいけどあそこにはそんな勢力はいないわ。あれだけ広大な領土を持っているのに板垣の下で結束しているわ」

「それだけ板垣の力が大きいという事でしょうか?」

「いいえ、反対勢力をなくしていくのがうまいのよ。きっと彼には誰が不平不満を持っているのかわかるのよ。そしてそれをつぶすのではなく時には取り込み、自分に心酔させているんだわ。もしかしたら私が送り込んだ諜報員すら取り込んでしまっているかもね」

「それは、流石に……」

 

 ない、と言い切れない所が板垣の怖い所だ。と荀彧は思う。男嫌いの彼女でも板垣という存在の異常さは理解している。

 

「とにかく、これで時間が稼げるわ。今のうちに私たちも勢力を拡大するわよ。先ずは劉岱ね。あの男の方から動いてもらいましょうか」

「分かりました。諜報員に連絡して彼の華琳様への敵愾心を煽って兵を出すように仕向けます」

「それでいいわ。それでこそ私の軍師よ」

 

 曹操は荀彧を愛でながら心の中で思う。必ずや、板垣を降し、中華を統一してみせると。

 後に反板垣包囲網と呼ばれるようになる反板垣の流れは、この時から始まり、形成されつつあるのだった。

 



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第三十九話「独立」

「前衛は後退! 中衛は前進して前衛の後退を支援! 騎兵は左右から回り込んで敵の陣形を乱せ!」

 

 周沙は吐血しそうな程の叫び声をあげながら指示を出す。目は血走り、髪は手入れがされていないのかぼさぼさになりつつあった。それでも彼女も含めて誰もがそれを気にすることはない。できない。

 揚州の刺史、劉繇が攻めてきてすでに()()()。当初4万と言われていた劉繇の軍勢はふたを開けてみれば6万を超えており、周沙が率いていた5万をわずかに上回ることとなった。とはいえ本来であればそれでも十分に対応可能だったが開戦から3日目にして厳虎と王朗の軍勢まで出てきたことで状況は一変した。

 

「ワハハ!!! どんどん攻め込めぇ!!!」

「我ら王朗軍の力を見せてやれ!」

 

 厳虎軍1万5千、王朗軍2万と予測を上回る兵が追加されたことで周沙は一斉に劣勢となった。3日間戦い続けていたところに3万越えの新手である。とてもではないが対処は難しかった。結果、周沙はじりじりと後退を余儀なくなれ、豫洲は少しずつ奪われていた。

 

「くそ! 宰相からの援軍は!? 来ないの!?」

「そ、それが。劉琦が予想以上に手ごわく、そちらの対応で精いっぱいとの事で……」

「劉琦! あいつ!」

 

 劉琦と直接会ったことのある周沙は彼女の思いがけない行動に発狂したように大声を上げた。あの時は宰相の策で勢力を割かれた上にその対処を策を弄した者に頼むしかない現状に憐れみを感じていたがこうなれば話は別であった。

 

「こうなったら豫洲で徴兵をして数の差を少しでも埋める! 今から使いを出して兵を募って!」

「で、ですがそれを勝手にするのは……!」

「いいから! このままじゃ豫洲は遅かれ早かれ陥落するよ!」

 

 訓練を受けていない一般人を戦闘に参加させるのは避けたい事であったがこのままではジリ貧だと周沙は独断で徴兵を決定した。後から処罰は免れないだろうが板垣宰相ならわかってくれると周沙は豫洲を守ることを優先した。

 とはいえそれまでに劉繇達、揚州連合の猛攻を何とか防がないといけなかった。ここまで追い込まれていなければ周沙も前に出て敵兵を倒すのだがこの状況では難しかった。しかし、劉繇には虎の子の太史慈と呼ばれる猛者がいる。彼女は劉繇軍の兵として周沙軍の前衛相手に暴れている。これを相手にできる猛者が周沙側には周沙しかいない。後からくるはずだった旧董卓陣営の武将は劉琦の侵攻のせいでそちらに駆り出されていた。呂布や張遼が向かった為に劉琦の陣営はすぐに降るだろうがそれまでに豫洲が失いかねなかった。

 

「くっ! 早く前衛を下げなさい! 今はまだ私たちで戦わないといけないのだから!」

 

 その後、周沙は徴兵した兵を前線に出すことで辛うじて軍の崩壊と豫洲の陥落を防ぐことに成功するが揚州連合に豫洲深くまで入り込まれてしまった上にそれを押し出す力をなくし、劣勢のまま防衛せざるを得ない状況になっていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 一方、本来ならば揚州に入って周沙を助けるはずだった孫策はどうしているかというと……、

 

「雪蓮! この好機を逃すべきではない!」

「姉さま! 決断してください!」

「……」

 

周瑜と孫権によって独立するべしという声に身動きが取れないでいた。本来ならば軍を率いて揚州と戦うつもりだったが周瑜がそれに待ったをかけたのだ。

 

-この機会を逃すべきではない。今すぐ独立するべきだ。

 

 この声に妹の孫権は賛成し、家中も大半が独立を支持したのだ。そして、後は孫策が独立するといえばいいだけの状況となっていたが孫策は首を縦に振らなかった。

 

「(私は、私はどうしたいのだろうか……)」

 

 孫策は迷っていた。孫家の旗を中華に翻したいという気持ちはあれどそれよりも板垣と共に歩みたいという気持ちが大きくなっていた。

 

「(私はどうやら彼の剣となって、彼の敵を倒しながら中華の統一を一緒に見たいと思っていたようね。でも、それに気づくのが遅すぎた)」

 

 自覚したのがつい最近であり、独立の機運が高まった後だった。今、ここで孫策が板垣の家臣として彼と歩みたいといえば孫家は大混乱に陥り、最悪の場合崩壊するだろう。

 

「(……駄目ね。私は、私についてきた冥琳たちを見捨てられないわ。板垣、貴方のもとで過ごした日々はとても楽しかったわ。もし、機会があれば私を受け入れてほしいわ)……わかったわ。冥琳、蓮華。みんなを集めて」

「っ! それじゃ……!」

「ええ、私たちは独立をするわよ」

 

 孫策は決断した。板垣との決別を。孫策は自分の心を奥深くにねじ込むと孫家の当主としての意識を前面に出した。そうしないと、心が持ちそうになかったから。故に、孫策の目から涙が一筋垂れていたことに誰も、本人でさえ気づくことはなかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 揚州連合の侵攻より凡そ10日。長沙太守の孫策は南陽袁家からの独立を宣言。劉琦や揚州連合と連携して南陽袁家に侵攻を開始した。それを受けて江夏太守の黄祖は孫策に備えるためと言って江夏にひきこもってしまう。それによって南陽袁家は南部における防衛能力を一時的に喪失し、そちらの対処にも追われることとなるのだった。

 曹操が作り出した板垣包囲網は思わぬ拡大を見せ始めていた。

 



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第四十話「暗殺」

「劉琦軍2万がわが軍3万と交戦を開始! 戦況は五分という状況です!」

「豫洲はほぼ全てを喪失! 揚州連合軍約9万は周沙軍5万と対峙! わが軍劣勢との事!」

「孫策によって襄陽陥落! 江夏も半数が落とされています! 黄祖殿から救援要請!」

「旧董卓軍が襄陽に到着! 準備ができ次第孫家と戦闘に入ります!」

 

 開戦より凡そひと月。ついに板垣が最初に決めていた揚州侵攻の日を迎えたが実際には南陽袁家はその存在を危ぶまれていた。孫家の独立による新たな戦線の発生により劉琦を速攻で倒すことは出来なくなり、そちらに兵を割かざるを得ない状況になった。孫家には孫策を始めとする剛勇無双の兵が多い。更に周瑜を筆頭とする軍師も多く、手ごわい相手と言えた。

 それを受けて板垣は董卓軍の派遣を決定した。更に軍師として魯粛をつけて余程のことがない限り問題はないと判断した。

 しかし、それでも兵の数が足りておらず、このままでは近いうちに揚州連合によって豫洲を超えて本拠地である南陽まで失うことになるだろう。そうなれば南陽袁家は終わりであり、何としても避けたい出来事であった。

 

「……」

 

 板垣は政務室にて戦況をまとめ終えると文官に退席を促すと同時に賈詡を呼ぶように伝えた。暫くすると賈詡が姿を見せた。

 

「何? ついに部隊を動かすことにしたの?」

「ああ。本当は劉琦にしたいところだが劉繇にした。このままではここは落ちかねない」

「……劉琦ならともかく劉繇だと全滅もあり得るわよ?」

「だから本音はやりたくはない。だが仕方あるまい」

 

 板垣の表情は暗く、怒りすら浮かんでいた。それが何に対する怒りなのかは賈詡にもわからないがこれが覚悟を決めての決断だという事は賈詡にもわかった。

 

「なら直ぐに部隊を動かすわ。目標は劉繇の命でいいわね?」

「できれば厳虎と王朗もだ。その三人が揚州連合の頭だ。それを一斉に失えば揚州連合は大混乱に陥る。そうすれば周沙が対応してくれるだろう」

 

 周沙がこの部隊のことを知っているわけではないが何かあれば即座に気づく。そうなればすぐにでも兵を出して攻め入ると予測していた。

 

「劉琦の方はどうするの?」

「仕方ないが俺が出る。劉琦はこれらの中で最も弱い上に仕込みもしてある。即座に叩いて東に集中できるようにする」

「そ。だけど気を付けた方がいいわよ。南陽袁家はあなたがいて成り立っている勢力なんだから」

「無論だ。こんなところで死ぬつもりはない。敵対したことを後悔する程に徹底的にたたく。そして、二度と慢心するつもりはない」

 

 先ほどの怒りは自分に対してであったか、と賈詡は板垣の様子を感じつつ部隊を動かすべく政務室を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 この日の夜、月は雲に隠れ、暗黒の世界が広がっていた。曇天とも言える天気によって日差しが昇るまで空が明るくなることはないだろう。闇に乗じて動き出す者たちにとってはこの上ない最適な夜であった。豫洲の汝南と汝陰の境に展開した揚州連合は明日の攻勢に向けて皆が寝静まっていた。起きているのは見張りの兵と明日の攻勢に興奮して眠れない者のみであり、本陣には篝火の中で気が燃える音以外何もしていなかった。

 そんな中を足音を立てないようにゆっくりと動く影があった。全身黒い服装に身を包み、鉄兜をかぶって顔には絡繰りを付けたそれらは中華の人間には見慣れない筒状の武器を構えて本陣内を進んでいた。

 

「……」

 

 ふと、先頭を行く男が軽く手を挙げた。それを受けて後続は止まり、次の指示を待つ。先頭の男が天幕の陰からゆっくりと覗けば見張りをしている兵がおり、巡回を行っていた。しかし、その顔は眠そうであり、ふらふらとした足取りからいやいややっているのがまるわかりであった。

 先頭の男は見張りが背を向けたタイミングを狙い口に手をやり首をナイフで描き切った。鮮やかなその動作に見張りの男は声を上げるどころか何が起きたのかさえ分からずに絶命する。先頭の男は見つかりにくい天幕の陰に見張りの男を隠すと再び歩み始めた。

 彼らは板垣が作り上げた現代武器で武装した特殊部隊である。実戦こそ初めての彼らだがこの日に備えてあらゆる準備と訓練を行ってきた彼らは何のミスをする事もなく劉繇の本陣に侵入を果たしていた。しかし、予想以上に時間がかかっており、既に日付は変わっている。ほかの目標である厳虎と王朗のもとにも隊員が向かっているとはいえこのままでは暗殺するのが難しくなっていくだろう。

 

「ここだ」

 

 そして、ついに劉繇がいると思われる天幕に到着したほかのものよりも豪華なそれは誰が見ても総大将の天幕だとわかる様相をしていた。とはいえ本当にそうかはわからないため、隊員の一人がスネークカメラを用いて中の様子を確認する。カメラには劉繇らしき女性が娼婦と思われる女性と抱き合っており、何かを耐えるような息遣いをしていた。

 

「劉繇か?」

「おそらくな。今まさに情事の真っ最中だ。数は2。この天幕に敵はいない」

「よし。入口の見張りを倒してさっさと終わらせるぞ」

 

 隊員は入口方面に向かい、即座に見張りを始末すると中にゆっくりと入っていく。中ではまさに最後の瞬間を迎えようとしており、こちらに気づく様子はなかった。それを受けて隊員は銃をしまうとクロスボウを取り出す。板垣が前世において通販で大量購入したそれは現代の工夫がされており、この時代の弩よりも強力であった。それを劉繇及びそれと抱き合う女性に向けると一気に発射した。大した音も出ることなく劉繇は一瞬で命を刈り取られることとなった。

 

「目標完了だ。これより脱出する」

「了解だ」

 

 目的を達した隊員は即座に本陣を離れようとしたが最初に天幕を出た隊員の首が突如として吹き飛んだ。

 

「「「「っ!!??」」」」

 

 突然のことに驚き、銃を構える隊員たちの前に一人の女性が姿を現した。ほぼ服としての機能をはたしていないような煽情的な格好をしつつもその体から湧き出る武の気配を抑えることなく漂わせる人物。

 

「全く……。劉繇様を殺したからには、生きて帰れるわけないじゃない」

 

 劉繇配下において、板垣ですら警戒した剛の者、太史慈が隊員たちの前に立ちはだかった。軽い雰囲気とは似つかない、確かな怒気を溢れさせながら。

 



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第四十一話「無双」

「くそっ!」

 

 隊員の一人が銃を構えて発砲する。しかし、それを太史慈は発砲する直前に隊員の前に突撃し、発砲と同時に首を切り落とした。頭部を失った胴体はそのまま崩れ落ちるがその際に銃が発砲され天幕に穴を開けた。

 

「わぁっ!? 君たちの持つ武器ってすごいんだね! やっぱり全員生きて返せないよ!」

「退避! 退避!」

 

 ここにいるのはわずか8名ほどの隊員である。全員が武に自信がある者ではなく、ただの一般兵程度の力しかない。太史慈を相手にするには全員力不足であった。それを補うための武器である銃も太史慈の動きの前には無意味であり、一人、また一人と殺されていく。

 

「う、うわぁぁぁぁっ!!!」

「ほいっと!」

 

 そして太史慈に恐怖を抱いた一人が闇雲に発砲するがそれを隊員の死体を利用して盾代わりにされてしまい失敗に終わる。それどころか玉切れのタイミングを待つことなくそのまま突貫して死体事突き刺して殺して見せた。

 

「馬鹿な……!」

「うーん。弩を改良したっぽいけど威力はこっちの方が大きいね。いったいどうやって作ったのかな」

 

 たった一人生き残った隊員に目を向けることなく太史慈は無邪気と呼べる雰囲気で銃を手に取って確認する。相手にされていない。そういう状況であるがだからと言って逃がしてくれると考えられるほど甘くはない。太史慈は銃を手に取ると生き残った隊員に向けた。

 

「多分だけど南陽袁家の人間でしょ? となると噂の板垣宰相が作ったのかな? 噂通りならやりかねないと思うし」

「……くそ!」

 

 たとえ無理だとわかっていてもこれ以上はまずいと隊員が発砲しようとする前に太史慈の持った銃が発砲されてしまい、そのまま崩れ落ちた。

 

「玉切れかな? でもどうやって球を入れるのかわからないしこれはもう使えないかな~?」

「……!」

 

 無造作に投げ捨てられた銃を見ながら、隊員は最後の力を振り絞ると腰に付けた丸いものを投げる。それは太史慈に向かっていったがあっけなくはじき返されて隊員の近くに落ちた。

 

「最後に何をしようとしたのかわからないけどいい加減n……」

 

 太史慈がそこまで行った時だった。隊員が最後に投げた丸いもの、手りゅう弾がさく裂し、天幕を吹き飛ばした。至近距離にいた太史慈はその爆風をもろに受けて吹き飛び地面にたたきつけられた。発砲音に気づいて外から様子をうかがっていた兵たちが慌てて太史慈を保護し、天幕から離れていくのだった。

 

 

 

 

「周沙様! 劉繇の本陣で何やら煙と爆発音が響いています!」

「あれは……」

 

 劉繇軍の混乱は周沙からも把握することが出来た。突如として本陣の方から爆発音と煙があがり、それに伴って敵兵が混乱状態になったのだ。周沙には何が起きたのか理解することは出来なかったが好機であるという事は理解できた。

 

「全兵に通達! これより劉繇軍に夜襲を敢行する! 今が敵を倒す好機だ!」

「はっ!」

「いいえ、この際本陣の兵士だけでもたたき起こせ! それ以外の兵を待っているのが惜しい! 私たちだけでも出陣する!」

 

 周沙は即座に命令を出すと改めて劉繇軍の方を見る。本来であれば混乱が収まる気配を見せてもいいのだがその様子はない。たとえ劉繇に何か起こったのだとしても太史慈あたりが難なく兵を抑えていそうだと思うのにそれがない。周沙は太史慈も劉繇も死んだか兵の統率が取れない状況に陥ったのだと判断した。そして、タイミング的にそれを行った可能性が高いのは板垣だろうことも。

 

「全く。うちの宰相は本当に規格外ですね。どうやって本陣にまで行かせたのやら」

「周沙様! 準備が整いました! また、新たな情報ですが同様の混乱は厳虎と王朗の軍勢にも広がっているようです!」

「分かったわ。これは揚州連合をこの地で、この夜の間に降すことも可能だわ! そのことも伝えて兵を動かしなさい!」

「了解です!」

 

 周沙は馬に乗ると準備を整えた本陣の兵と共に夜襲を開始した。混乱していた劉繇軍は更に大混乱に陥り、まともな戦闘が出来ずに討ち取られていった。そこに周沙軍全軍が襲い掛かり、劉繇軍は統制も取れないまま勝手に逃げ出していった。

 崩壊した劉繇軍を執拗に追いかけることはせずに周沙は軍を半分に分けると厳虎と王朗軍に襲い掛かった。同様の混乱が広がる両軍もまともな抵抗も出来ずに逃走を開始した。

 朝を迎える頃には揚州連合は瓦解しており、約9万のうち1万近くが討ち取られ、3万が投降。残りは散り散りとなって逃亡し、揚州連合が復活する可能性はなくなった。更に敵本陣にて劉繇と王朗の死体を確認。太史慈と厳虎が重傷で捕縛され、南陽で治療を受けることとなった。この一連の戦いで周沙軍は夜襲の混乱と同士討ちで千名近い死傷者を出していたが敵との差を見れば圧勝と呼べる形で幕を閉じたのだった。

 

 

 

 

 

 

『宰相様。隊員より成功との報告が入ったわ。突入した24人の隊員のうち死者は21名。2名が重傷よ。死んだ隊員の装備は味方によって回収されているわ。既に通達しているから装備は戻ってくるはずよ』

「分かった。報告ご苦労」

 

 詠からの通信を聞いた板垣は短く返答すると通信を切り、目の前のことに集中する。現在、彼は5千の兵と共に劉琦と相対する南陽袁家軍のもとに向かっている。もう少しすれば南陽を抜けて最前線となっている南郷に到着するだろう。

 

「20人。やはりほぼ全滅という形になったか。理解はしていたとはいえこれだけの消耗か」

 

 せっかくそろえた部隊もこの消耗では意味がない。ただでさえ現代兵器を扱うという事で慎重になっているのに、と板垣は改めて部隊の運用について考える必要があると感じていた。

 

「それについては今後だな。先ずは余計な事をしてくれた劉琦にお礼をしないとな」

 

 劉琦は自分の勢力圏内から大量に徴兵を行っており、数を増やしていた。南陽袁家軍3万と相対した時点で劉琦軍は2万だったが僅か数日で5千人を増強している。このままいけば南陽袁家軍を上回る事さえ可能だろう。烏合の衆とはいえ数で負けるというのはよくはないと板垣は早期の決着を決めていた。

 

「2万5千対3万5千。よほどのことがない限り敗北はないだろう。だが、確実に劉琦軍を弱体化しておきたい。厳顔め、一体何をしているんだ……」

 

劉琦側に残り、裏工作をしているはずの厳顔からの連絡がないことに板垣は不信感を覚えつつもそれに頼り切らないように策を考えるのだった。

 



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第四十二話「捕縛」

短いです


 劉琦軍が南陽袁家に攻め入る前夜。劉琦は突如として家臣を集めると宣言した。

 

「僕たちは南陽袁家に、板垣に対して攻撃をする。荊州全土を奪い返し、本当の意味で僕が荊州の刺史になる!」

 

 そう宣言する劉琦の表情は覚悟で決まっており、反対意見は許さないといっていた。突然のことに誰もが驚くがその中で真っ先に声を上げた人物がいた。

 

「某は劉琦様の意思に賛成です」

「私も同じく」

 

 声を上げたのは王威と文聘であり、劉表時代からの臣だが内乱時には劉琮側についていた者たちだ。内乱後に劉琦に許されて将軍として復帰していたが実は彼らは既に司緒の手にかかっていた。つまり、彼らが賛成したのは予め司緒から話を聞いていたためであった。

 

「私も賛成します」

「俺も!」

「わ、私も賛同しますぞ!」

 

 そして、当然ながら後に続く者たちは司緒と通じている者たちであり、あっという間に開戦する方向に空気が流れていた。そうなればほかの者たち、司緒の手が入っていない者たちも困惑しつつ賛成に靡くこととなる。……一部を除いて。

 

「劉琦様! まさか我らだけで板垣と戦うわけではありませんな?」

 

 その筆頭と言えるのが厳顔であった。彼女は同僚である黄忠の代わりに板垣に劉琦陣営の情報を流していた。それゆえに板垣と敵対することを嫌がったのだ。ただでさえ黄忠は娘を板垣に取られて以降情緒が不安定になっているときに南陽袁家との戦争を聞けばどう出るかはわからなかった。しかし、その黄忠はこの状況において不自然なほど落ち着き、無言を貫いていた。

 

「板垣の力は今や中華に比肩する者がいないほどの大勢力となっています。漢王朝とて彼を無視することは出来ず、事実上中華を統べる存在となっています。その相手に、我らだけ挑むわけですか?」

「さすがの僕もそこまで無謀ではないよ。これを見てよ」

 

 そういって劉琦が見せてきたのは劉繇より送られてきた書簡であった。互いに南陽袁家を挟み撃ちにしようというものであり、劉琦はこれに乗ったからこそ今回の発言をしたのだと厳顔は理解した。だからと言って賛成するわけではなかったが。

 

「つまり、劉琦様は板垣との戦いはどうあっても行うつもりであると?」

「そうだよ。僕はもう二度と失いたくないんだ。だから、僕は板垣を倒して真の意味で荊州の刺史になるんだ!」

 

 厳顔には劉琦の今の姿が正気には思えなかった。これまでは野心もなく、成り行きで刺史となってしまった少女という印象だったが今の彼女は違う。目は曇りきり、周囲が見えずに疾走しているようにしか見えなかった。その先に崖が広がっていようとも。

 

「劉琦様! 劉繇ごときで板垣と戦えるとは思えません! 今一度再考を……!」

「厳顔殿、劉琦様の決定にケチをつけられるおつもりか!」

 

 厳顔の諫言に対し司緒は遮るように怒鳴る。それと同時に指を鳴らすと諸侯が集まった部屋に兵が押し入ってきた。突然のことに諸侯が驚くがやはり司緒の手がかかった者に驚きはなかった。

 

「司緒! 貴様……!」

「厳顔殿。貴殿はどうやら板垣と通じているらしいではないですか。なんでも、内乱時に荊州を板垣に売り渡したとか」

「っ! なぜそれを……!」

「あなたのお友達が全て話してくれましたよ」

 

 クスクスとおかしそうに笑う司緒に対して厳顔は何故? 何処から? と疑問でいっぱいだったがその答えは司緒のお友達という言葉と黄忠が立ち上がったことで理解した。してしまった。

 

「紫苑!? おぬし……!」

「ごめんなさい。私は、駄目な母親よ……」

 

 そういって剣を厳顔に向ける黄忠の表情は今にも泣きそうであった。その顔は内乱時にも見た顔であり、黄忠に何が起きたのかが理解できてしまった。

 

「司緒! お主瑠璃を!」

「ご安心ください。黄忠殿の娘、瑠璃は劉琦様の親衛隊として遇します。そのために母親とは引き離してしまっただけですよ」

「白々しい嘘を……!」

 

 司緒の言葉が本当とは思わない。本当であれば黄忠がこのような顔をするわけがない。人質にされているんだと厳顔は察することが出来たがこの状況で何かができるわけでもなかった。

 

「残念ですが明日にも我らは行動を開始します。厳顔殿、貴殿の処遇については全ての決着がついてからという事になるでしょう。それまでは自分がしたことに後悔しながら牢で過ごされるとよろしいでしょう」

「……そのような時が訪れればいいがな。むしろそうなるのは劉琦様や司緒、お主かもしれぬぞ」

「なんとでも言いなされ。もはや今のあなたは逆賊、誰も耳を貸しませんよ」

 

 そうして、厳顔は牢につながれることとなり、劉琦は南陽袁家に侵攻を開始したのであった。

 

 

 

 

 

「……」

 

 厳顔は牢の中で一人腕を組み瞑想をしていた。脱獄防止のためか足首には枷がはめられ、先には巨大な鉄球がつけられている。そんなことをしなくても彼女は逃げるつもりなどなかったが素直に受け入れていた。

 

「(紫苑。お主と瑠璃が睦まじく暮らせる世はいつ来るのであろうな)」

 

 娘を二度も人質に取られた友のことを心配する厳顔だが彼女はそれとは別に不安な事があった。

 

「(焔耶が暴走していなければいいが……)」

 

 自身の配下にして弟子と呼ぶべき魏延のことを心配する厳顔。魏延は騙されやすい性格をしているうえに猪突猛進なところがあり、それが最大の欠点と言えた。もし、自分が捕まったという事を彼女が知れば劉琦を殺さんと暴れかねないが司緒に言いくるめられれば板垣との戦いに身を投じていくだろう。

 

「(焔耶、紫苑。死ぬでないぞ)」

 

 厳顔は一人、牢の中で友と弟子の無事を祈りながら決着の時を大人しく待つのであった。

 




実は途中まで魏延の存在を忘れていました。


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第四十三話「開戦」

オリキャラが複数出てきます。


 自軍と合流した板垣は改めて劉琦軍と相対させた。これまでもそれなりの戦闘があったもののお互いに決定打にかけており、五分五分の戦いが続いていた。板垣はその状況をひっくり返すべく軍を動かしたのである。それを受けて劉琦も兵を動かし、決戦を行うべく陣形を整えた。

 

「敵将は劉琦、金旋、王威、呉巨、文聘、魏延、黄忠……。他にもいるがほぼすべての劉琦陣営の将がここに集っているというわけだ」

 

 主だった者を集めた軍議にて板垣はそう発言した。実際、劉琦は全力を出しているようでその軍勢には劉琦陣営の名だたる将がほぼ全てそろっていた。内乱時には劉琦側について戦った武陵太守の金旋、内乱時には劉琮側にいながら戦後には許されて将軍となった王威と文聘。劉表の命令で南方に派遣されていた呉巨。厳顔配下の将で武力だけなら劉琦陣営で最上位に位置する魏延。弓の名手で中華で十指に入る黄忠。まさに劉琦軍の総兵力と言えた。

 対する南陽袁家軍に有名どころは存在しない。精々板垣程度であり、ほかの将はいまだ無名の将ばかりだった。だが、あくまで現時点で無名の将というだけであり、実力は申し分なかった。特に今回兵の指揮権を与えた4名は板垣の元で頭角を現してきている人物であり、今後頼もしい存在となると期待されていた。

 

「これに対して我らは正面から打ち破る必要がある。これ以上劉琦と無駄に争っている暇はない。揚州連合は周沙が奇襲で撤退させたが豫洲は未だ彼らの占領下となっている。これを取り返す必要がある」

「ではやはりここは積極的な攻勢に出るわけですね?」

 

 板垣の言葉に反応したのは板垣が来るまで総大将を務めていた韋惇である。20代の女性であり、元は北方に住んでいたが故郷が鮮卑に荒らされたために移住を決め、南陽袁家に仕えたという経歴を持っている。故郷では戦い慣れていない村人を率いて鮮卑相手に戦っていただけに用兵術は高い。

 

「攻勢するにも劉琦やその側近は逃がすわけにはいかないぞ。宰相が望む短期で決着をつけるのならここで討ち取るなり、捕縛するなりしないといけないぞ」

 

 韋惇の攻勢発言に対して補填するように話を引きついだのはこの中では最年長の史忌である。今年で65を数えるこの男は年齢にふさわしい場数を踏んでおり、経験だけで言えば南陽袁家ですら匹敵する者はいないだろう。そんな人物だけに若い韋惇の補佐を担当するようになっていた。韋惇も経験豊富な彼の注意にはよく耳を傾けており、現状では特に問題は発生していなかった。

 

「であれば中央を一気に突破するのがいいでしょう! 僕に任せてください!」

「別動隊を作って回り込んで本陣を強襲の方がいいんじゃない?」

 

 猪突猛進と言える発言をしたのは孟端という少女である。彼女は猪武者という言葉がぴったりな性格をしており、何事も正面突破を敢行する人物だった。一方で彼女とは真逆の提案をしたのは閔叙という女性である。まもなく30を迎えるという彼女は誰がどう見ても10代後半にしか見えない美貌を誇っていた。

 

「別動隊に関しては賛成ですな。だがここら辺は平原が広がる地。陣形を組むには最適だが奇襲には向かない場所だ。気付かれずに運用することは不可能だろう」

「となると正面突破するのがいいけどそのためには劉琦が逃げないようにしないといけないけど……」

「ならばこういうのはどうですか? 先ずは……」

「なるほど、では……」

「いや、それよりも……」

 

 板垣は4名の将が様々な策を出しながら軍議をする様子を満足げに眺めた。板垣が仕官した当時の南陽袁家はお世辞にも将の質がいいとは言えなかった。優秀な人物は今は亡き紀霊将軍くらいしかいなかったのだ。だが、今の南陽袁家は周沙を筆頭に周倉と廖化、旧董卓軍に韋惇達などが揃っている。

 

「(三国志にもこの世界にも詳しくはないがこれなら曹操や劉備といった有名どころにも引けを取らない、はずだ。この調子で人材を質と数両方で揃え、中華から打って出られるようにしないとな)」

 

 板垣がそう未来のことについて考えていると軍議も方向性が決まり、陣形や配置をどうするかという話になっていた。板垣は軍議に参加するべく韋惇達の話に耳を傾けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 翌日。両軍は平原のど真ん中に布陣し、相対した。この日は朝から快晴であり、正面から激突するには最適な天気と言えた。東には“袁”の旗を掲げた板垣率いる南陽袁家軍3万5千が、西には“劉”の旗を掲げた劉琦率いる劉琦軍2万5千が展開する。

 

「全軍に伝えよ。攻撃を開始せよ!」

「全軍に伝えて! 板垣軍を攻撃しろ、と!」

 

 そして、互いに攻撃の命令を下したのはほぼ同時であった。こうして、のちに南郷決戦と呼ばれるようになる劉琦軍と南陽袁家軍の戦いが開始した。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「進めぇ! 前方の敵を倒して本陣を強襲するぞ!」

「我ら劉琦様に仕え続ける忠臣の力を見せつけよ!」

 

 最初にぶつかったのは元総大将韋惇率いる8千と金旋率いる6千である。互いに率いる兵は精鋭であり、韋惇の突撃を金旋は防御陣形を敷いて迎え撃った。

 

「騎兵隊“赤”! 突撃! “緑”と“黄”は援護の為に左右に展開せよ!」

 

 韋惇は北方の民らしく騎兵の扱いがうまかった。彼女が率いる兵の一部は騎兵で構成されており、“赤”、“青”、“緑”、“黄”、“白”、“黒”の6部隊に分けられている。そのうちの半分が金旋軍に突入し、敵兵を内部から崩していく。

 

「敵は騎兵だけだ! 正面からは攻撃せずに左右から挟み撃ちにせよ! 弩を持つ者は馬を狙って敵の足を封じろ!」

 

 しかし、それに対する金旋の対応も早かった。兵士たちはこの状況を予期していたように慌てず騎兵の対処を行いつつ開いた穴の補修を行っていく。

 

「確かに南部には湿地帯が多く、騎兵の運用には向いていない。だからと言ってその対策を疎かにするほど愚かではないぞ」

 

 金旋はそう言ってにやりと笑みを浮かべた。武陵太守としてある程度隙に用兵が可能な為か彼が率いる兵は練度が高かった。

 

「騎兵は下がらせて! 歩兵を前面に出しつつ騎兵は左右から挟み込め!」

 

 これ以上は騎兵の突撃は無意味と判断した韋惇は陣形を変えて攻撃を続行する。まだまだ韋惇と金旋の戦いは決着がつきそうにはなかった。

 一方で、韋惇の次に劉琦軍と戦闘を開始したのは韋惇の左に展開していた史忌である。彼が率いる兵は南陽袁家軍の凡庸な兵であり、特に際立った特徴はないが経験豊富な史忌だからこそ卒なく率いられる兵とも言えた。そんな彼に立ちはだかったのは呉巨である。内乱で唯一といっていいどちらにもついていなかった彼は残念な事に帰還後に司緒の毒牙にかかってしまっていた。結果、彼は司緒にいい所を見せようと張り切っていた。

 

「司緒よ。我が武勇を持って娶ろうぞ!」

 

 呉巨はそう叫びながら史忌の軍勢に襲い掛かる。前線に出て敵と戦うタイプの将である彼は史忌の兵を相手に得物を振り回しながら暴れ始めた。巨体から繰り出されるその攻撃は立ったひと振りで兵を鎧ごと砕き、つぶし、吹き飛ばしていく。

 

「敵は前線で戦う武将か。単独で攻撃しようとするな。常に多数での包囲を意識せよ」

 

 史忌は幾度となく戦ったタイプの敵に冷静に対応し、指示を出した。呉巨は確かに強いがそれでも世間を賑わす剛勇無双の将たちに比べれば幾分も見劣りした。厄介だが脅威とは言えない。それが戦いを通して史忌が下した呉巨の評価である。

 

「とはいえ敵にとっては軍の支柱も同然。指揮をしている人物は別にいるだろうがアヤツを討ち取ることが出来れば敵の士気は大きく乱れることになるであろう」

 

 史忌は呉巨に対して攻勢を強め、敵の早期における瓦解を狙っていくのだった。

 



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第四十四話「攻勢」

今日は大晦日。2023年最後の年。来年もまたよろしくお願いします


「いけぇぇぇっ!!! 敵中突破だぁぁぁっ!!!」

 

 右翼に展開する孟端は初手でそう叫ぶと一気に前進を開始した。猪武者である彼女にこれ以外の策はなく、ただ敵を突破して敵の陣形をズタズタに引き裂くという事しか考えられない。故に彼女の突破力は高いがそれ以上に返り討ちにされる事も多かった。

 

「敵は突進することしか能がない孟端だ! 左右から挟み込んですり減らせ!」

 

 そして、そのことはここまで戦ってきた劉琦軍にもバレている。結果、相手である文聘によってあっさりと対応策をとられてしまう。前方ではなく左右から挟み込んで敵を削り倒す。孟端には最も効果的な策と言えた。

 だが、そんな事は孟端にも理解できていた。故に、彼女は彼女なりの対策をとっていた。

 

「予備隊! 左右の敵を迎撃!」

 

 それは単純なもので左右に予備隊を置くというものだ。予備隊と言ってもその数は本体とほぼ同じにしている。よほどのことがない限り左右から挟みこむ敵兵はそこまで多くはない。故に本体と同規模の予備隊ならば余裕で対応可能だった。

 

「どうだ! 僕だってやればできるんだよ!」

「猪武者だが浅知恵は働くようだな! ならば更に策を繰り出して対応できないようにするまで!」

 

 敵陣深くに入り込み、戟を手に敵兵を葬っていく孟端に対処するべく文聘はさらなる策を講じ始めるのだった。

 

 

 

 

 

 孟端が突進を続ける右翼とは違い、閔叙率いる左翼はとても静かな攻勢だった。韋惇のように騎兵を大胆に用いた用兵術でも、孟端のような苛烈な突撃もない閔叙は堅実な戦い方でもって攻撃をしていた。そもそも、対する敵は王威軍4千であり倍近い差があった。下手に策を弄するよりも数の差を生かして敵に圧をかけながら戦う方が無難だと判断したのだ。

 

「でも予備隊は周囲を警戒して。敵の奇襲がないとも言い切れないし逆にこちらが敵を横から攻撃すると思わせることも出来るから」

 

 閔叙は優勢だからこそ慢心せずに周囲を警戒していた。こういう時にこそ敵に虚を突かれた際の混乱と隙は大きく、こちらが負ける可能性すら出てくるものとなることを閔叙は知っていたからだ。というよりも経験者であり、かつてはその行き着く結果として討ち取られる寸前までいっていた。二度とあのような経験はしないと閔叙は視野を広く持ち、それでいて足元にも気を配った。

 

「くっ! 敵は堅実だな。それにこの数の差では攻勢も難しい。……仕方ない。防御に徹しつつ後退する! 総崩れだけは避けるぞ!」

 

 堅実な閔叙の戦い方に王威は攻勢は難しいと判断し、防御に徹することを決めた。自分では目の前の敵を倒すことは出来ない。攻勢はほかの味方に任せて自分は目の前の敵をくぎ付けにすることを選んだのである。

 

「敵兵がゆっくりと後退していきます!」

「そう。ならばこちらも陣形を崩さずに前進。敵に反撃の機会を与えずに確実に倒すよ」

 

 閔叙の戦い方では敵を短期でつぶすことはできなくとも反撃することさえ難しくしている。閔叙もまた自軍による敵への攻勢は諦めて味方に託すことにしたのである。

 互いに攻勢は他力本願ともいえる現状故に、ここの戦いはほかの戦線とは違いゆっくりと、静かな戦場となっていたのである。この二人の戦闘は全体の勝敗が決まるまで続くこととなる。

 

 

 

 

 

 本陣から全体の様子を見ていた板垣は戦況を優勢と判断した。韋惇や孟端などの右翼は敵に対応されて攻勢する力をそがれていたがそれでも敵を押し込んでいることに変わりはない。史忌に至っては敵の将軍を囲い込む事で身動きが取れない状況に追い込んでいた。討ち取ることが出来れば敵の士気は大きく減少することになるだろう。閔叙に関しては手堅く敵を追い詰めて攻勢も反撃も許していなかった。とはいえ手堅過ぎて決着がつくのはまだまだ先のように見えてしまっていたが。

 

「となると鍵は史忌の場所か」

 

 劉琦のいる本陣に雪崩れ込むための攻勢地点。板垣はそれは史忌の場所だと判断した。実際それは史忌本人にも分かっているのだろう。明らかに後方に予備兵を多く配置して攻め時を見計らっている。それどころか隣の韋惇も一部の騎兵を左側に配置していた。史忌の戦場で何かあれば突入できる準備であった。

 

「孟端は相変わらず突撃して他を見る余裕はなさそうだ。閔叙に関しても同様だな」

 

 板垣はそこまで予測を立てると本陣5千の兵にいつでも出陣できる準備をさせた。攻め時が来れば自ら劉琦の本陣を落とすためであり、今回は板垣も戦場に出て敵兵を切るつもりでいた。

 

「さて、凡そ一年ぶりの戦場だ。勘が鈍っていなければいいが……」

 

 そう呟きながら未来より持ってきた刀を振るう。未来においてコネと権力と金をふんだんに使い仕上げたこの刀はこの世界では破格の切れ味を持っていた。剣どころか鎧ごと敵兵を真っ二つに切り裂けるくらいには。

 

「手入れが難しいがそのための予備も用意してある。使いつぶす気で今回は暴れるか」

 

 久しぶりの戦場であるためか、板垣は闘争心を高ぶらせる。総大将のそんな姿を見た兵たちもまた士気を高め、闘争心を高ぶらせていった。

 南陽袁家軍は、準備を整え、その時が来るのを今か今かと待ち続けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「司緒、本当に大丈夫なんだよね?」

「もちろんですよ。劉琦様」

 

 板垣と相対する劉琦軍の総大将である劉琦は不安げな表情をしながら司緒にしがみつき、心配そうに何度も訪ねていた。そのたびに、司緒は赤子をあやすようにやさしく大丈夫だと返答していた。それでも、戦いが進めば進むほどに劉琦の不安は募っていく。

 司緒によって篭絡され、脳の働きを阻害する特殊な薬が含まれた香をかがされ続けた劉琦に刺史として苦心しながら統治をしていた面影は残されていなかった。今の彼女は司緒により与えられる快楽におぼれ、すべてのことに不安と恐怖を感じるただの人形と化していた。その点でいえば板垣に麻薬付けにさせられた袁術に似ているが彼女は幸福を感じ続けているだけまだマシと言えるだろう。こうして司緒によって骨の髄まで使いつぶされそうになっている劉琦よりも大分マシだろう。

 

「(そろそろ限界ね)劉琦様。ではその不安を無くすために黄忠と魏延を出しましょう。猛将である魏延と弓の名手である黄忠を前面に出せば不安も消えますよ」

「そ、そうかな? なら、その通りにして。お願い……」

「ええ、お任せください。劉琦様は何も考えずにただ安らかにいてくれればいいですから……」

 

 そういって司緒は劉琦を胸元に抱きしめる。劉琦と司緒の年齢と身長に差があることもあり、仲のいい親子のようにも見えた。しかし、そんな雰囲気は伝令兵がやってきたことで終わりを告げた。

 

「報告します! 呉巨様が討ち死に! 呉巨軍が乱れ敵兵に突破されました! 更に、敵本陣が前進を開始! 呉巨軍の場所よりこちらに向かってきています!」

「っ!!?? し、司緒……!」

「大丈夫ですよ劉琦様。黄忠に本陣の指揮を任せます。魏延は副将。本陣が来るという事は敵の総大将である板垣も来るでしょう。必ずや討ち取るように厳命しなさい」

「はっ!」

 

 伝令兵に指示を出した司緒は改めて劉琦の方を見る。先ほどまで落ち着いていた劉琦は顔を真っ青にし、体を震わせ始めた。恐怖で心が押しつぶされそうになっているのだ。司緒はそんな劉琦を再び抱きしめるのだった。

 

 南郷決戦は佳境に入り始めるのであった。

 



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