ブルペンは今日も平和です。 (通りすがりの猫好き)
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プロローグ

 肩の力を抜いてご覧ください。


 プロスポーツ。それは競争社会となった現代において特に争いの激しい世界である。シーズン中は一流選手同士が火花を散らし、オフにはその年棒の高さで世間の羨望の視線を集める。それは無数のファンの視線をくぎ付けにし、国を、そして世界を酔いしれさせる。

 

 

 

 そんな華やかな表の世界とは打って変わって裏の世界は残酷だ。結果を残せず消えていった選手、怪我で人知れず消えていった選手たちはごまんといる。そう、彼あるいは彼女らは無数に重なる屍の上で今日も生きるか死ぬかの戦いを繰り広げているのだ。

 

 

 

 その中でも特に入れ替わりが激しいのがプロ野球のリリーフ陣だ。4、5年もすればその面々はがらりと変わり、第一線を張っていた投手は加齢や酷使による劣化や相手の研究によってその姿をくらましていく。リリーフとして10年持つ投手などほんの一握り、15年ともなると指折り数えるほどしかいない。

 

 

 

 だと言うのに、守護神と呼ばれる抑え投手を除けば彼らにスポットライトが当たる事はあまりない。せいぜい最優秀中継ぎというタイトルがあるのみだ。だが、考えても見てほしい。先発がもし5回投げ切ったとして、残りのイニングを誰が投げているのか。高校野球でも分業制が浸透し始めているこの野球というスポーツにおいて、最も割を食ってあげているのは誰なのか。リリーフというポジションは最早先発失格の烙印を押された者が集まる場所ではない。チームの勝利を導く尊ばれるべき立ち位置なのだ!そのために我々ができることは何か。現状をひたすら嘆くことか?否、彼らの戦うさまを余すことなく伝える事である!

 

 

 

「…っていう企画を考えてみたんですけど、どうですかね?」

 

 

 

 愛知県にホーム球場を置く、名古屋ブルーバーズ。その球場の一室で監督の金子 真寧(かねこ まねい)を唸らせていたのは、ブルーバーズの誇るクローザー、黒鵜座 一(くろうざ はじめ)が提出したとある企画書だった。その表紙には『ブルペン中継ラジオ』とデカデカと書かれている。この企画書によると、黒鵜座が司会として他のブルペン投手たちとの会話をラジオにして送るというものだった。試合中にそういう事をやるというのがまずありえない。そもそも広告担当でもないたかだか選手がこういったものを自ら書き上げることなどまずもって前代未聞だ。

 

 

 

「色々聞きたいことはあるが、まず一つ。何でこんなものを提案しようと?」

 

 

 

 金子の鋭い視線に対して黒鵜座はにへら、といった感じの笑みを浮かべたまま平然としている。彼は頭を面倒くさそうに掻きながら話し始めた。

 

 

 

「いやー、こういうの夢だったんですよね。誰だって一度はテレビに出たいと思ったことあるじゃないですか。要はそれと同じ感覚ですよ」

 

 

 

「そういうのは地元のテレビ局が取材してくるだろう。それに出ればいいじゃないか」

 

 

 

「いやいや監督、分かってないですね。今は選手から自分をアピールする時代ですよ。それに普段あまり日の目を見ないリリーフ投手に焦点を当ててみるってのも面白い案だとは思いませんか?選手への固定ファンが増えればグッズの売れ行きも良くなります。そうすれば監督の懐も潤うんじゃないっすかね」

 

 

 

 懐が潤う、その言葉を受けた金子の肩が少しだけ動いたのを黒鵜座は見逃さない。元より金子が守銭奴かつ金に目ざとい性格である事は知っていた。聞けば夫人に相当な浪費癖があって苦労しているらしいが、そんな事はどうでもよかった。黒鵜座は金子に対する敬意などほとんど払っていない。世間では名将、と言われている金子だがその実は現在強いチームの成績にあやかっているだけの木偶の坊である。現場で戦う黒鵜座はそれをよく知っていた。僅かに金子が揺らいだのを確認すると、これがとどめ、と言わんばかりにまくしたてる。

 

 

 

「他の球団と同じことやってるようじゃ、いつまで経っても利益は平行線をたどるままですよ。ここは一つ、新しい可能性に賭けてみるのも一興だとは思いますがね」

 

 

 

 しばらくの沈黙が走ったのち、金子は大きなため息をついた。

 

 

 

「…分かった、上に掛け合ってみよう。ただし一つ、条件がある。お前が司会をやる以上は、それなりの成績を残してもらわなければならない。そちらに現を抜かして成績を残せなかったら、批判は必至だろう。よって『2敗、セーブ失敗は5度まで』だ。それ以上成績が悪化するようならこの企画は即打ち切りとする」

 

 

 

「いいっすよ。まぁそのくらいは覚悟の上ですし」

 

 

 

 かなり厳しい条件であるにも関わらず、あっけらかんとした様子で黒鵜座は答える。昨シーズンの成績は2勝1敗で防御率2.33、セーブ数は29。大台の30セーブにはギリギリ届かなかったものの、抑え投手としてはそこそこに優秀な成績を残せている…とは思う。セーブ失敗もそこまで多くはないし。まぁ4回くらいかな。今シーズンからは新しい秘策も用意してあるし。

 

 

 

「まぁそれでいいなら全然自分はOKっす、じゃ上にもよろしく言っておいて下さいね~」

 

 

 

「ちょっ、待っ……あの馬鹿。本気でやる気か……」

 

 

 

 まさか本当にやる気とは思わなかった。黒鵜座が上機嫌な様子で勢いよく出ていった後、一人監督室に残った金子は大きく息を吐いた。

 

 

 

「ありえんだろ普通……何のためにそこまで入れ込むんだ」

 

 

 

 うちのチームは投手が他と違って充実しているし、黒鵜座はその中心だ。チームを支えるいわば大黒柱とこんな事でいざこざを起こすのは得策ではない。かといってこれを球団が許可してくれるのかと言えば、そうもいかないだろう。

 

 

 

(どうすりゃいいんだ……)

 

 

 

 常勝軍団の監督が幸せかというと、これが中々そうもいかない。勝利を義務付けられ、思い通りにいかないとすぐにファンは罵詈雑言を浴びせてくる。その上、選手は選手で自由が過ぎる。プロ野球選手である以上、どいつもこいつも我が強いのは分かりきっていたことだが、監督となるとそれを強く痛感させられる。

 

 

 

 あぁ、俺が現役の頃は全員拳で黙らせればそれで良かったのに。昔はそうさせられてきたし、それが正しいものだと思っていた。今じゃ手を出せば一発アウト、暴言でも場合によっては処分を受けなければならない。本当に嫌な時代になったものだ。そうやってまた一つ、頭痛の種が増えた。

 

 

 

 その後、監督とその周囲の尽力によってこの難題ともとれる計画は何とか軌道に乗り、地元の小さなケーブルテレビとラジオによってその放送が決定した。放送日は開幕戦、3月25日に生放送される予定だ。

 

 

 

 これが後に伝説となる、『ブルペン放送局』の幕開けであった。



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#1 part1

祈念すべき第一回です。


「……さぁやってまいりました、開幕戦!という事はつまり、この番組『ブルペン放送局』の始まりというわけでございます!テレビをご覧の皆さん、ラジオをお聞きの皆さんこんばんわ、司会兼ブルーバーズのクローザーを務めております黒鵜座 一(くろうざ はじめ)です。いやー待ってました、待ちかねましたこの時を!僕はね、ずっと夢に持ってたんですよ、こうやって自分が司会の番組を持つのが!まぁ自分が立ってるのはひな壇じゃなくてブルペンですけど!ってやっかましいわ!……ゲフンゲフン、えー、ってなわけでやってまいりましたけどもね。まずは栄えある初回のゲストからご紹介しましょう。我らがブルーバーズが誇るサブマリン!火消しはもうお手の物!へり下った投法から打者を仕留める若手リリーバー、石清水禄郎(いわしみずろくろう)君です!」

 

「……ど、どうも。ねぇ先輩!その紹介でどんな顔して出てくればいいんですか!ちょっと、というかかなり恥ずかしいんですけど!」

 

「ほらほら、そんな事言わずにさぁ禄郎。カメラはこっち!はい、とびっきりの笑顔!」

 

「えぇっ!?えっと、こ……こうっ!?」

 

 青いショートヘアーに黒縁の眼鏡をかけた青年、石清水禄郎がカメラに向かってぎこちない笑みを見せる。禄郎は若いしルックスもいい方で、今はやりの草食系男子というやつだ。女性人気もそこそこある。この顔をテレビで見る事が出来ているファンにとっては僥倖だろう。ラジオで聞いている人にとっては残念なことだろうが。それにしたって作り笑いが過ぎるその笑顔に、黒鵜座は思わず吹き出しそうになった。

 

「ぷふっ……お前、お前その顔最高!放送中ずっとその顔でいてくれる?」

 

「やれっていったの先輩ですよね!?っていうか記念すべき第一回の放送がこれって大丈夫なんですか!」

 

「まぁ大丈夫でしょ。よほど変な事言わなけりゃ打ち切りはないってさ」

 

「というか僕なんかが第一回ゲストで本当にいいんでしょうか……地味だし、あまり話も上手い方ではないし、それに、ブツブツブツ……」

 

 出た。禄郎の十八番。考え込みすぎる悪癖が顔を出した。禄郎は割と結構なペースで考え込んでしまう事が多い。言ってしまえば、根が真面目すぎるのだ。もう少し何とかなると思っていれば色々と楽なのに。損の多い性格だと改めて思わされる。でも今は生放送中だ。番組の説明をしないといけない。

 

「禄郎が恒例のネガティブタイムに入った所で話を進めましょうか。あー、そうですね。んじゃまぁこの番組の説明から始めましょう。この番組はですね、試合開始からブルペンの様子を中継で伝え、プロの中継ぎが普段どんな様子で過ごしているのか。それを皆さんにも知ってもらおうというね、番組なわけなんですけども。大体中継が終わるのは9時になるか、僕がブルペンで投球練習に入るまで、まぁ大体8回くらいまでになるんですかね。まぁ結構時間あるんで、のんびりやっていきましょう。とういわけで、ヘイ禄郎!カムバック!」

 

 完全に自分の世界に入りきっている禄郎を揺さぶって現実に引き戻す。もともと禄郎がネガティブなのは把握しているが、こうなると揺さぶるか登板するまで戻ってこないので結構面倒くさい。

 

「あばばばば……、ハッ!?自分、何か変な事言ってましたか!?」

 

「大丈夫大丈夫、放送コードには抵触しない範囲だったから」

 

「ってことは何か口走ってたんですか!?うわぁ最悪だ……家族も見るって言ってたのに……!」

 

「冗談だよ、だから早く戻ってこい」

 

 このまま禄郎をいじり倒してやるのも一興だが、それでは視聴率は上がらない。話を進めよう。

 

「早速ですが、お便りが来ております。いやー、これが結構寄せられているんですよね。まだ放送していないのにありがたいことですよ本当に。それじゃあ早速読んでみましょうか。えーと、じゃあまず一通目。ペンネーム、『青鳥軍団』さんから。『こんな事してないで練習しろ』……あっ、ふーん。そう来たか。禄郎、これ破り捨てていい?」

 

「何でOKが出ると思ってるんですか、ダメでしょ現実的に考えて……」

 

「というかそもそも何故これを通した撮影陣!」

 

 撮影しているスタッフたちから笑いが起こる。いや、はははじゃないんだが?いきなり初回から放送事故になる所だったぞ貴様ら。

 

「……んまぁ一応お便りを送ってくれたわけですし、真面目に答えましょうか。プロって球団によっては練習量がまちまちだとは思うんですけど、うちってその中でも結構厳しい方なんですよね。常勝軍団って呼ばれてるだけあって、その分ふるいにかけられる人もいるわけでして。その中でずっと生き残り続けるっていうのは中々難しいことなんですよ。と、いうわけで我々も結構頑張ってますって言いたいんですけど、これじゃ不十分かな?」

 

「十分ではあるとは思いますけど、それじゃ納得しないファンもいるかもしれないですね」

 

「うん、でもまぁ相手もプロだしこっちも人間なんで。調子の良い悪いもありますし、相手の方が一枚上手をいくことだってあります。相手を全員打ち取れれば最高なんですけど、どうしてもそうはいかない時はやっぱりありますからね。こればっかりは仕方のない事ですよ。それでも僕のピッチングが不満なら、この番組まで送ってきて下さい。まぁ次回来たら破っちゃうかもしれないですけど。あ、僕にならいいですけど他の投手の方への批判は抑えて欲しいです。ピッチャーって生き物はどうしてもこう、繊細なものでね。心持ち一つで悪化しちゃう事もあるんで」

 

「確かに、僕に対して批判の手紙が届いてきたら、結構凹むかもしれないです」

 

「禄郎の場合は極端なんでいいとして」

 

「いや良くはないんですけど」

 

「まぁ僕はメンタルが強い方なんでいいですけど、そういう批判が来るのが怖いって人もいますよね。そういう場合は一旦周りからの情報を絶ってみるっていうのも一つの手ですよ。人を傷つけるためだけに生み出された言葉なんて、百害あって一利なしですからね。いちいちそんなものに付き合っていると疲れちゃいますから」

 

「……おお、普段ちゃらんぽらんな黒鵜座先輩がまともな事言ってる」

 

「禄郎は僕の事なんだと思ってるの?」

 

「そりゃあ性格の悪い遊び人って感じですけど」

 

「酷くなーい?あ、そろそろCMの時間らしいですね。では続きはコマーシャルの後で!番組はまだまだ続きますよ!」

 




まだ番組ははじまったばかり。
続きます。


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#1 part2

前回のあらすじ
いきなりクレームが来た。
以上!


「えーじゃあ丁度CMも明けたみたいなので、とりあえずもう一、二通くらい読んでみましょうか。ど~れ~に~し~よ~う~か~な、ハイこれ!禄郎読んで!」

 

 箱の中に入った手紙たちに手をつっこみながら、黒鵜座は適当にシャッフルする。その中から一通の手紙を掴むと、禄郎のもとへと差し出した。おずおずと禄郎が手紙を受け取り、その内容を話し始める。

 

「あっはい。えーとペンネーム『烏骨鶏』さんからですね。『黒鵜座選手、石清水選手こんばんは』、どうもこんばんはです」

 

「こんばんはー!」

 

「『僕は幼少のころからブルーバーズの大ファンです。こうしてお便りを送ることは初めてなので、とても緊張しております』」

 

「いいよいいよー、物怖じせずにどんどん送っちゃってー!」

 

「『球場にも時折足を運んで応援をしています。そこで質問なのですが、いつも球場に来た時何を食べるか迷ってしまいます。よければお二人の球場飯を教えてもらえないでしょうか』」

 

「二通目にしてまともな質問キター!そうそうこういうの!こういうの求めてたんだよ!」

 

 黒鵜座が鼻息を荒くしながら立ち上がる。どうやらテンションが爆上がりしているらしい。それにしても、と禄郎は考える。やはりこういう質問を求められた時は定石通り、自分プロデュースの球場飯をお勧めした方が無難だろうか。

 

「あー、そうですね。僕がおススメするのは……」

 

「やっぱりビビンバかな~!」

 

「ちょっ、遮らないで下さいよ今僕が言おうとしてたのに!っていうかビビンバ!?それって確か野手の()選手がプロデュースしている料理ですよね!?」

 

「いやぁ本場の味って言うの?ピリ辛なのがいいんですよ!結構食べ応えのある量だし、値段もリーズナブル!食べたことがないなら是非食べてほしいね!」

 

 ダメだ全然こっちの話が伝わってない。普通自分がプロデュースした料理を選ぶでしょ。頼むよ、半ば救いを求めるような目で黒鵜座を見つめる。それで察してくれるような人間なら苦労などしていないのだが。仕方ない、こっちからヒントを出すか。

 

「それもいいですけど、先輩がプロデュースした食べ物がありましたよね?ほら、『絶対零度のクローザー』にふさわしい『か』から始まる食べ物が!」

 

「あー、そういえばやったなぁ」

 

 黒鵜座があごに手をつけて考え始める。しめた。これできっと思い出してくれる。禄郎はほっと胸をなでおろした。

 

「か……か……なんだっけ、カキフライ?」

 

「な・ん・で・そこで間違えるんですか!わざとですかわざとなんですか!?」

 

 なでおろしたはずの胸を返せ。やっぱりこの男はちゃらんぽらんでふざけた人物だと思い知らされる。まともな返答を求めた自分が馬鹿馬鹿しくなってしまう。禄朗はげんなりした様子で肩を落とした。

 

「いやほら、カキフライって多分冷凍だろ?そういう意味じゃ『絶対零度のクローザー』にふさわしいかと……」

 

「そういう事は言うなぁ―――!!もしそうだったとしてもそういう事は言わないお約束でしょうが!今の生放送じゃなきゃカットされてますよ!」

 

 思わず禄郎が声を荒げる。撮影陣の間には笑いが起こっているが、こちとらそれどころじゃない。はははじゃないんだよはははじゃ。当の言われた本人は相変わらずヘラヘラした様子だし。

 

「んな怒んなよ禄郎。耳に響く。端正な顔が台無しだぞ?」

 

「怒ってないです、先輩に普通の答えを期待してた自分に失望しているだけです……」

 

「まぁそうしょげんなよ。大事な所はちゃんとわきまえてるからさ」

 

 黒鵜座がここぞとばかりにへったくそな目配せをする。下手。本当に下手くそだ。できないなら最初からやるなよ。

 

「誰のせいだと……って今の話、本当ですか」

 

「そうそう、ちゃーんと分かってるって。何てったって自分が作ったメニューだもんな。『か』から始まる食べ物でしょ?か……か……カレー……は他の選手がやってるし、寒天……なわけないし。おいおい禄郎、そんな不服そうな顔しなくてもいいじゃん。そう、かき氷だかき氷!いやはや、盲点だった!」

 

「全然盲点じゃないですよ。かき氷より先に寒天が出てくるって思考回路どうなってるんですか……」

 

「そらお前」

 

「いやいいです。聞きたくて言ったわけじゃないですもん。というか聞きたくないです」

 

「あ、そう?でもさこの時期にかき氷ってのもあんまりないよなぁ。だってまだ三月だぜ?風邪ひくって」

 

「まさかの作った本人が全否定!?いやいやこの時期でも全然食べれますってかき氷!」

 

 かけてあげた梯子を勝手に外すんじゃないよ全く。何とか軌道を修正しなくてはいけなくなった。本当はこの時期にかき氷なんて普通食べたいとも思わないけど、商品を出している以上持ち上げなくては。

 

「えーそうかなぁー?」

 

 黒鵜座がいたずらっぽく笑みを浮かべる。あれは何かを企んでいる顔だ。そこそこ付き合いの長い禄郎だけに、ある程度察することができた。しかし禄郎は決心した。嫌な予感はするけど、やってやろうじゃないか。球団の面子のため、自分のイメージのために。

 

「食べます食べます!いや逆にっていえばいいんですか?この時期だからこそいいんですよ!」

 

「ですって。スタッフの皆さん、聞きました~?」

 

 禄郎は甘く見ていた。黒鵜座の事ではなく、この番組の撮影陣の悪い意味でのノリのよさに。一人のスタッフの手に握られていたのは、小さなサイズのカップから山のように青く、はみ出たかき氷だった。

 

「売ってたので、是非にと買ってきました!」

 

「なっ、なななっ……」

 

「ほらほら、この時期だからいいんでしょ?かき氷。優しい優しいスタッフさんが用意してくれましたよ。食べないの?」

 

 てめぇハメやがったなこの野郎。もはや先輩という敬称も忘れ、禄郎は心の中で叫んだ。この人はやっぱりとんでもなく性格が悪い。とはいえ、今更引くわけにもいかない。

 

「わ、わぁ~オイシソウダナ~、先輩は食べないんですか?」

 

 ええい、死なばもろともだ。お前も一緒に極寒地獄に落ちてもらうぞ黒鵜座一ェ!

 

「いや僕はいいや。後でお腹壊すといけないし」

 

 世の中、割を食うのはいつだって真面目な人間だ。彼らが誰も知らないところで犠牲になっている事でその礎は築かれているのだ。そう、ちょうど今の禄郎のように。恐る恐るスプーンに手を伸ばす禄郎を、ニヤニヤしながら黒鵜座が見つめている。

 

「どう、お味の方は」

 

「……トテモオイシイデス」

 

「うんうん、良かったですね!僕プロデュース、禄郎おススメのかき氷ブルーハワイ味、絶賛発売中!それではそろそろCMに入りまーす」

 

「僕何とも言ってないですけどぉ!?」

 

「えっ、じゃあおススメじゃないの?」

 

「うぐっ、……おススメです」




ちなみに石清水禄郎選手のプロデュースメニューは温かい「オニオンスープ」です。
黒鵜座「地味だな」
禄郎「やかましいわ!」


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#1 part3

ちょっとここから野球要素が濃くなります。


「はい、またCMも明けたということでね!次のお便りに入っていきましょう!って禄郎?何頭抑えてんの?」

 

「頭が……かき氷を一気に食べたせいで頭がガンガンする……」

 

「あっはっは、全く禄郎は抜けてるなぁ」

 

「誰のせいだと……!」

 

「じゃあ時間も押してるんでね。続きいきますよ~」

 

「無視ですか」

 

「ドゥルルル……デーン!」

 

 しょぼくれた後輩を差し置いて、黒鵜座はまた箱の中に入った手紙を混ぜはじめる。自作のふざけた音楽と共にその中から一通、適当に指に当たったそれを抜き出した。

 

「今回のお便りは、ん~字からしてまだ小学生かな?ペンネーム、「とりから」さん。『くろうざせんしゅ、いわしみずせんしゅこんばんは』、はいどうもこんばんは~!『ぼくは野球をはじめてまだ数年ですが、投手をやっています』」

 

「お、僕達と同じじゃないですか!これは将来有望ですね!」

 

「『まだ早いとお父さんからは言われますが、変化球を投げられるようになりたいです。二人のとくいな球しゅを教えてください』」

 

「これは中々に当たりじゃないですか」

 

「いや待て、これは子供からの手紙に見せかけたライバルチームからの罠かもしれない」

 

 黒鵜座の顔はいつにもなく真剣だ。恐らく本当に疑ってかかっているのだろう。どうした、その性格のせいでついに誰も信じれなくなったか。禄郎は大きくため息をついた。

 

「……前々から思ってましたけど、先輩って変なところで馬鹿ですよね」

 

「馬鹿!?馬鹿って言った!?……そうはいっても性分なのかな、どうしても心のどこかで他人を疑っちゃうんですよね」

 

「そんな事言って、キャッチャーの扇屋(おうぎや)選手の事だけは信用してるんじゃないですか?」

 

「そりゃあもう……ね?」

 

「「へへへへへへ」」

 

「ってこんな事言ってる場合じゃないですよ、質問に答えないと。うーん、まぁ僕自身球種はそこそこある方だと思いますけど、一番の生命線はカーブですね」

 

「ほうほう。して、その心は?」

 

「アンダースロー、もっと分かりやすく言えば下手投げですね。それに転向したのが高校生の頃の話なんですけど。球筋が他の投手と違って独特になる分、やっぱり球速は落ちちゃうんですよね。そうなるとどうしても他の球種を見せて緩急・これはスピードの差ですね、を付けないといけなくなるんですよ。そういう意味ではカーブは結構いいボールでして。覚えるのに一番苦労した球種だった分、これを覚えたら世界が一気に変わりましたね。カーブをちらつかせて空振りを取れるようになりましたし、ストレート狙いの打者の裏をかくこともできる。カウントを取るのにもちょうどいい球だから、これが使えないとなると大変です」

 

 ちょっと長々しくなっちゃいましたけど、と禄郎が付け足す。それに感心した様子で、黒鵜座は何度も首肯してみせた。

 

「禄郎がそんなにペラペラ喋るの初めて見たかも」

 

「感動するのそこなんですか!?」

 

「とはいえなるほど、アンダースローにはアンダースローなりの戦い方があると」

 

「まぁそんな感じですね。今の時代、アンダースローは貴重ですから重宝されますよ。ぜひ『とりから』さんもアンダースローに挑戦してみてはどうでしょうか。ところで先輩は何の球種が一番大切なんですか?」

 

「僕は……そうだな」

 

 唸り声を上げながら黒鵜座は深く思考する。黒鵜座の球種はプロの中でもかなり少ない方だ。しかし、もしかするとその球種一つ一つが必殺の球であるとしたら?もしそうなら彼はその狭間で何が一番重要なのか、悩んでいるかもしれない。子供からの質問に対しては真面目に考えるんだな、と禄郎は感心していた。

 

「やっぱりストレートかな」

 

「え?」

 

「え?」

 

 二人の間に疑問符が浮かぶ。予想だにしなかった回答に驚く禄郎と、その反応に首をかしげる黒鵜座。ブルペンはそんな二人の微妙な空気に包まれていた。

 

「……いやいや、この子は変化球を投げられるようになりたいって話してたじゃないですか。その流れで行くなら普通変化球になるものだと思いますけど」

 

「分かってないなー。『とりから』君も禄郎も」

 

 ちっちっち、と黒鵜座は舌を打ちながら指を振る。何だコイツ。本日何度目かも分からない苛立ちを胸に抑え込みながら、禄郎はひとまず話を聞いてみることにした。

 

「まぁ話だけは聞いてあげますよ。くだらない理由だったらいよいよぶっ飛ばしますけどね」

 

「あれ、禄郎何だか今日は過激じゃない?」

 

「今日だけで黒鵜座さんへのヘイトが一気に上がりましたから」

 

「そんなかき氷食べさせられたくらいで大げさだな~」

 

「食べさせたってとうとう白状しましたね。……それで、ストレートを選んだ理由は何なんですか」

 

「考えてもみろよ禄郎。一部例外はいるが、ほほとんどの投手の投球割合を占めるのがストレート、もしくは速球だ。いくら軟投派といっても大体40%。つまり5球に2球はストレートを投げる計算になる。禄郎、お前のストレートの割合はどのくらいだ?」

 

「まぁ言われてみれば確かに僕も5割くらいでストレートを投げますけど」

 

「でしょ?そんなに高い割合を投げるんだから一番狙われやすいボールなんですよ。もしかしたらもう監督か誰かに教わっているかもしれないですけど、ストレートに振り遅れないようにっていうのはよく言われてる話ですね」

 

「あー、そうですね。僕も高校時代、そんなことをコーチから言われた気がします」

 

「だから僕はやっぱりストレートに落ち着きますね。スカウトも結構直球に関してみる人が多いですよ。どれだけいい変化球を持ってても基本はストレートですから。だからプロの投手になりたい!と本気で思うならまずは直球を磨くことですね。ウイニングショットとかは二の次でいいんです」

 

「なるほど、ちゃんとした理由あってのことなんですね」

 

「あとただ速いんじゃ駄目ですよ。ボールの伸びとか制球とか、最近で言うなら回転数とか。今は質が重視されますからね」

 

「プロではよく言われますよね、必要なのはスピードじゃなくて質だとか」

 

「一番大事なのはコントロールですね。とにかく失投を減らす事、それが一番の近道です」

 

「やっぱり技巧派は言う事が違いますね」

 

「禄郎だって技巧派の癖に~」

 

「「へへへへへへ」」

 

「あ、そろそろまたCMの時間みたいですね。それでは一旦コマーシャル入りまーす。次は試合の解説でもしましょうかね」

 

「うっ」

 

「どうした禄郎」

 

「試合の事を考えると……胃が痛くなってきました」

 

「ふーん、かき氷のせいなんじゃね?」

 

「鼻ほじんな。だとしたら既に拳が出てますよ」

 

 




ストレートは大事。
みんなそう言ってるから間違いない。


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#1 part4

無いよォ!(もうストック)無いよォ!


「それじゃCMも明けた事ですし、そろそろ野球選手らしく試合の解説でもしますかね」

 

 

 

 ブルペンからは試合の中継映像を見る事ができる。とはいえ、見る事が出来るのは黒鵜座たちだけで、テレビの視聴者でもそれを見る事はできない。他の局が放送しているものだから仕方がないとはいえ、やはり映像が無いと参考にはならないだろうか。そう考える黒鵜座の横では、禄郎が深々と首を垂れながら何やらぶつぶつと呟いていた。

 

 

 

「もうダメだ……おしまいだぁ」

 

 

 

「早くも禄郎がグロッキーになってますけど、まぁ放っておけば勝手に直るので大丈夫です」

 

 

 

「そんな人を家電みたいに、って駄目だぁ上手い事例えられない。終ってる、プロ野球選手としてもテレビに出る人間としても」

 

 

 

「はい、試合は4回の裏ですね。うちの先発の那須選手はここまで1失点。ここまではブルーバーズが3点リードしていますね。まぁそこそこの調子といったところでしょうか。開幕投手ですし、これくらいはやってもらわないと困りますけど」

 

 

 

「……でも那須さん、ここまで毎回ランナー背負ってるんですよね。球数も70球くらいいってましたし、上手く見積もって7回、6回投げられればいい方ですね」

 

 

 

 禄郎は顔を青くしながらも、落ち着いて分析する事が出来ている。多少動揺してもいつも通りを崩さない事、これもプロ野球選手にとって重要な要素だ。

 

 

 

「お、そこらへんは冷静に見れるんだな。偉いぞ禄郎」

 

 

 

 黒鵜座が感心し、禄郎の頭を撫でようとする。が、禄郎はそれを右手で振り払った。

 

 

 

「茶化さないでください。……まぁ自分が登板するかもっていう状況には敏感ですから」

 

 

 

「ピンチを背負ったところで禄郎に出番が回ってくるかもな」

 

 

 

「それが嫌なんですよ……何でいつもいつもピンチで登板しなきゃいけないんですか。こちとら毎回心臓止まりそうになるんですけど。あれ何かの嫌がらせですか、嫌がらせですよね。強いプレッシャーをかけて僕の事を使い潰す気なんだ……入る球団間違えた……」

 

 

 

 禄郎はそう嘆くが、恐らく他の球団に入団したとしても彼の運命は変わらないだろう。今こそこんな感じだが、実際ピンチで登板するときの禄郎のマウンド度胸は黒鵜座からしても目を見張るものがある。

 

 

 

「その内良い事あるって」

 

 

 

「そういう中途半端な慰めが!一番人を傷つけるんです!」

 

 

 

 いよいよキレたよ。キレちゃったよ。おいおい逆切れだよ。黒鵜座は呆れながら思った。人の事をめんどくさいとか性格悪いとか何だか言ってたけど面倒くささで言えば君も大概だろ、と。

 

 

 

「先輩はいいですよね……延長戦じゃない限り投げるのは9回だけって決まってるんですから、僕なんていつ投げるか分からないんで常に戦々恐々ですよ」

 

 

 

「ま、それが嫌なら早いとこクローザーの地位を勝ち取る事だな。まぁ俺が移籍するか引退してからの話になるだろうけど」

 

 

 

「う―――わ嫌な言い方。でも今のところそれが事実だから言い返せないのが一番腹立つ……。はあ、もうやだ、移籍したい」

 

 

 

「あ、そんな事を言っている間に攻撃終了しましたね。相手の先発もまがりなりにも開幕投手ですから仕方ないとはいえ、我々投手陣としてはもっと余裕が欲しいところです。ほーら、禄郎の出番が刻一刻と近づいてくるよ~」

 

 

 

「あぁぁぁぁぁぁ……」

 

 

 

 禄郎が登板するのは大体リードしているとき、なおかつチームがピンチを迎えた時だ。今日の先発の那須はのらりくらりとかわしてはいるものの、それもいつまで持つか分かったものじゃない。そうなれば禄郎が危惧していたようにランナーを背負った状態で登板するのも十分に起こりうる事だ。

 

 

 

「本当に反応が面白いな禄郎は、多分一生いじってても飽きないわ」

 

 

 

「他人事だと思って……」

 

 

 

「だって他人事だし」

 

 

 

「言い返す気力も起きない……」

 

 

 

 そんな事を話している内に、ブルペンに電話がかかってくる。試合は現在5回表。この状況で電話がかかってくるという事はつまり。雑談ではない。そういう事だ。

 

 

 

「ロク、準備しろ」

 

 

 

 電話を受けたブルペンコーチが淡々と告げる。ロク、というのはコーチから呼ばれている禄郎のあだ名だ。名前の頭を部分をとって、ロク。安直だけど、あだ名なんてそれくらいがちょうどいい。

 

 

 

「はい……」

 

 

 

 意気消沈した禄郎が体を動かし始める。黒鵜座はその背中を思い切り叩いてやった。

 

 

 

「痛って!何すか先輩!」

 

 

 

「まぁいつもの事だけどそんな固くなんなよ。いつも通り投げれば大丈夫だって」

 

 

 

「……そうですね。まぁ出来るだけやってみますよ」

 

 

 

「試合は他の皆さんテレビかラジオで見ているでしょうし、カメラさん。禄郎の事映してやって」

 

 

 

 軽いストレッチを済ませ、禄郎がブルペンのマウンドに上がる。息を大きく吐いて、ボールの握りを確認する禄郎の姿に、カメラの標準が合わせられた。

 

 

 

「さぁ今からは禄郎が普段どのように準備しているか、その裏側にピントを合わせていきましょうか!」

 

 

 

「……せっかくさっきの言葉に感動したのに。そう言われると余計緊張するんですけど」

 

 

 

「まぁまぁ、禄郎はいつも通りやってくれればいいから。僕らがそれを勝手に解説するだけ、それでいいでしょ」

 

 

 

「はぁ、どうせ何を言っても聞かないでしょうし、もうそれでいいですよ。それじゃストレート行きます」

 

 

 

 そう言って禄郎が投球フォームに入る。投球フォームと言っても禄郎の場合ランナーがいる状況での登板が多いため、動きは至ってシンプルだ。入団当初はもっとゆっくり構えてから投げていたが、プロでの経験を経てモデルチェンジしている。そうして下から繰り出されたボールは、唸りを上げてキャッチャーミットへと収まった。

 

 

 

「……よし」

 

 

 

「見ましたか今の投球、そして禄郎を!アンダースローっていうのはものすごく軌道がキモいんです!何せ下から投げるんですもん!それで見てください禄郎の表情!さっきまで子羊のように震えていたのが嘘のよう、今じゃもうキリッとしてる、カッコいい!皆さんに見て欲しかったのはこの表情なんですよね!」

 

 

 

「ちょ、先輩」

 

 

 

「いや~今のストレートは凄い軌道でしたね!ラジオで見れなかった皆さん、どうか音だけでも覚えて帰ってください!」

 

 

 

「先輩」

 

 

 

「ん、どした禄郎」

 

 

 

「そこまで行くと恥ずかしいです」

 

 

 

「……あ、そう。いいと思ったんだけどな。はいCM入りまーす、次映る時には禄郎がもう登板しているかもですね」

 

 

 

「そんな縁起でもない!」

 

 




次回からは不定期になるかもしれない……。っていうかなる(予言)。


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#1 part5

次回は遅れると言ったな。あれは嘘だ。
何か間に合いました。


「次、カーブでいきます」

 

 

 

 これで6球目。投げられたボールは一瞬浮いたかと思った矢先に横滑りしながら沈んでいく。ワンバウンドするその球をブルペンキャッチャーが掴んだ。

 

 

 

「……あ、もう回ってる?えー、ごほん。今は禄郎のピッチングに注目している所ですね。見ての通り、って言ってもラジオの人は見れないか。まぁ見れば分かるんですけどアンダースローは変化球も厄介なんですよね。総じて言えば全ての球種がキモいです」

 

 

 

「何かディスる声が聞こえたんですけど」

 

 

 

「気のせい気のせい。さて、試合の解説に戻りましょうか。五回裏の攻撃があっさり三人で終わって、今は早くも六回の表ですね。あ、打たれた。せっかく1アウト取ったのにもったいない」

 

 

 

「今度はシンカーで」

 

 

 

 黒鵜座の声をよそに、禄郎は淡々とボールを投げ込んでいく。額ににじむ汗をぬぐった。体中に熱が走り始める。そうだ、この感覚。この熱気がいつだって自分の事を燃え上がらせてくれる。

 

 

 

「那須選手はちょっと体力的にキツそうですね。ボールのコントロールもあまり定まってないです。だからこうしてカウントが悪くなって……ほら、四球を出した」

 

 

 

 テレビの中では投手コーチたちが輪を作っている一方で、またブルペンに連絡がかかってくる。これでまた打たれるようならいよいよ交代、という事なのだろう。黒鵜座はブルペンで準備をしている禄郎に視線を飛ばす。肩はかなり温まってきているようだし、いつ登板しても大丈夫そうだ。

 

 

 

「さあ初球、ここの入りは大事ですよ?……おおっと打たれた!うーん悪い球ではなかったんですけど、ボールが高くなっちゃった分外野手の前に落ちちゃいましたね。二塁ランナーが生還してこれで2点差です。監督が上がってきて……投手コーチがボールを受け取りました。あぁーやはり交代ですか、ここで交代になります。那須選手は試合こそ作ったんですけど、ここでの降板は悔やまれますね。さぁこの状況でで登板するのはーーー?ん我らが誇るサブマリン!石清水禄郎だぁー!」

 

 

 

「……よし、行ってきます」

 

 

 

 軽く水を口に流し込んで、禄郎がゆっくりとブルペンを出る。撮影陣も、黒鵜座も、その背中に対して拍手を送った。

 

 

 

『投手交代をお知らせします。ピッチャー那須に代わって石清水。背番号19、石清水禄郎が上がります』

 

 

 

 観客たちが拍手で帰ってくる那須を迎える。その裏で禄郎に対する拍手は少ない。まぁ、たかが中継ぎに対する声援なんてそんなものだ。だけどそれでいい。それくらいの期待感で見てくれた方が禄郎にとっては丁度心地よいプレッシャーだ。

 

 

 

「いいねぇ、やっぱりこういう痺れる場面で登板するのはリリーフの特権ですよ。まぁ僕はやりたいとは思いませんけど」

 

 

 

 おら、笑えよ、という視線を受けてまばらな笑い声が撮影陣の間で起こる。

 

 

 

「禄郎が投球練習している間は暇なんで、ブルペンコーチでも呼びますか。おーい、仲次(なかつぎ)コーチー!こっち来て話しませんか~!」

 

 

 

「断る。大体俺は電話を受けるので忙しいんだ、他当たれ」

 

 

 

 と言われても7回を主に投げるカイルも、8回に投げる予定の北きたも既にブルペンで準備し始めている。

 

 

 

「ちぇっ、つれねーでやんの。大人ってのは嫌だねぇ、理詰めで頭がカチカチになっちゃう。おっと、そんな事を言っている内にいよいよ禄郎が投げる番が来ましたね。相手は右打者、きっと初球を狙ってるからここは入りに気を付けたいところですね」

 

 

 

 禄朗が深呼吸してサインに頷く。その初球、打者の胸元近く、つまりインハイへボールを投げ込んだ。際どい球だったが、審判がストライクをコールする。

 

 

 

「お、いきなり厳しいコースを攻めてきました!これはバッテリーも強気ですね。ここはゴロを打たせてゲッツーを取るのが理想でしょう。……さぁ三球目、投げた!キタキタキタ!これは注文通りの打球!はい、4!6!3!ゲッツ―――!さっすが禄郎、たった三球でゼロに抑え込みました!ここからも聞こえるでしょうか、球場は大きな拍手に包まれています!見たかファンの皆ぁ!これが石清水禄郎だぁ!」

 

 

 

 ちょっと興奮気味に言ってしまったし、これはラジオ中継っぽいか、と黒鵜座は若干後悔していた。だがしかし、チームの危機を救って見せたのは事実だ。これぞ完璧な火消し、禄郎の真骨頂。これを評価せずしてどうする。ベンチで熱い歓迎を受ける禄郎を見ながら、黒鵜座は喋るのをやめない。

 

 

 

「……ん、ゴホンゴホン。すみません、少し興奮しました。とはいえこれが石清水禄郎選手のすごさです。皆さん名前だけでも覚えて帰ってください。ちょっとプロっぽい事を言うなら、最後の球はシンカーですね。右打者の手元に沈んでくるボールで、打者はストレートと錯覚したんじゃないでしょうか。最初の一球が上手くいった結果です、これはバッテリーの勝利でしょう。あ、じゃあ次は軽い運動がてらストレッチの話でもしますか」

 

 

 

「はい、まぁ僕がいつもやってるメンテナンスはこんな感じです。えー試合に戻りましょうか。今は6回裏の攻撃中なんですけど、まぁもうワンアウトだし下位打線なんですぐ終わるでしょう。……え、そんな事言うなって?仕方ないじゃんウチの下位打線の弱さなめんなよ。あ、テレビをご覧の皆様には分かるでしょうが、何と登板直後の禄郎が帰ってきてくれてます!いやー禄郎、ナイスピッチング。ところでベンチにいなくて良かったの?」

 

 

 

「まぁ代打送られるしうちのリリーフ、七回からは特に鉄壁なんで大丈夫でしょう。それとも何ですか、抑える自信がないんですか?」

 

 

 

「あ、今喧嘩売った?そりゃあ抑えるよ、当たり前じゃん抑えますよ」

 

 

 

「言いましたね?絶対ですよ?」

 

 

 

「分かってる分かってる!あ、そんな事言ってる間にもうツーアウトですね。このペースじゃもう終わりそうですね。んー次の打者が初球ピッチャーゴロ。……ほんっとウチのチームが守備力と投手陣で勝ってるのが分かりますね」

 

 

 

「いや放送中にそういう事言うのはまずいですって!下手したら干されますよ!?」

 

 

 

「さぁ七回のマウンドにはカイル投手、大きく縦に割れるカーブが武器のピッチャーですね」

 

 

 

 そんな事を話している内に、ブルペンに電話がかかってくる。ブルペンコーチの仲次がそれを受けると、何やら話し込んだ後に黒鵜座の元へと歩いてきた。

 

 

 

「ハジメ、準備だと。肩作っとけ」

 

 

 

「え、いやでも視聴者には8回までやるって」

 

 

 

「二度は言わんぞ、仕事はちゃんとやれ」

 

 

 

「……分かりましたよ。あー分かりました、やりますよ。でもちょっと次回予告だけさせて下さい。はい、禄郎後は頼んだ」

 

 

 

 そう言って黒鵜座が席を立って肩を回し始める。グラブを手にはめ、軽くその場で足踏みをしはじめる。今から準備、と言った感じだ。

 

 

 

「ええっ、僕ですか!?あ、これ読めばいいんですね。えー次回のゲストは『経験豊富なベテランリリーバー』芝崎 怜司(しばさき れいじ)選手です。はい、じゃあ次回お楽しみに!……これでいいですか?」

 

 

 

「ん、オーケーオーケー。じゃあ次回は明日のデイゲームですね!はいじゃあお楽しみにー!」

 

 




次回をお楽しみに!
まだ試合終わってないですけど!


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絶対零度のクローザー

いよいよ野球回です。


 ごぉん、ごぉん、ごぉん。三度、低い鐘の音が聞こえた。それが聞こえるやいなや、すごすごと球場を去っていくアウェーのファンの姿が見られるようになる。残っているファンもファンで、顔を青くしている。これはある選手の登場曲だ。曲、というにはシンプルすぎるが。一方でブルーバーズファンのテンションは最高潮にまで達していた。球場にいる誰もが、みなあの男を待っている。

 

 

 

『選手交代をお知らせします。ピッチャー、(きた)に代わりまして黒鵜座(くろうざ)。背番号99、黒鵜座一(くろうざはじめ)が上がります。また、角井(すみい)に代わって扇屋(おうぎや)。線番号63、がキャッチャーに入ります』

 

 

 

 そのアナウンスで、球場中が揺れた。

 

 

 

「「「くーろうざ!!くーろうざ!!」」」

 

 

 

 場内は黒鵜座の大合唱だ。しかし当の本人はそんな事に眉一つ動かさず、ゆっくりとマウンドへ歩みを進めていく。そして同じくキャッチャーとして出てきた扇谷とグラブ越しで話し始めた。

 

 

 

「調子は」

 

 

 

「まぁぼちぼちってところです。ストレートもそこそこで、決め球もバッチリ投げられます」

 

 

 

「お前の言う『ぼちぼち』は信用できんからな。何か始めたらしいが、それのせいで調子悪いとかはナシだぞ」

 

 

 

「ははは。大丈夫大丈夫、分かってますって」

 

 

 

「ならいい」

 

 

 

 扇谷がポジションへと帰っていく。黒鵜座は上に広がる天井を見上げながら、左の胸に手を当てた。……さぁ、ここから試合を締めるのが俺の仕事だ。しっかり頼むぞ、俺の右腕。マウンドを踏みしめ、確かめるようにボールを投げる。

 

 

 

(何が調子はぼちぼちだ)

 

 

 

 扇谷は今年36を迎えるベテランキャッチャーだ。その経験上、1球ボールを受ければ今日の投手の調子が何となく分かる。まぁ投球練習とはそういうものを確かめるためのものでもあるのだが、扇谷の場合は観察眼に優れていた。たった数球で使えるボール、そしてその制球や球威、ひいては今日はどんなリードをするのがいいのかを見極める事ができるのだ。

 

 

 

(中々にクールじゃねぇか……!)

 

 

 

 さて、黒鵜座が投球練習に入っている間に彼の軽い経歴、そして昨シーズンの成績を振り返ってみるとしよう。黒鵜座一。身長184㎝、体重92㎏(開幕前時点)、出生は愛知県名古屋市。岐阜県の私立高校に進学し、高校を卒業後4位指名で名古屋ブルーバーズに入団した。ドラフト当時は縁故採用だの地元優遇だのインターネットで好き勝手言われていた彼だが、3年後にリリーフとして初の開幕一軍を果たすと、それから一軍に帯同し続け実力でファンを黙らせて見せた。それから4年、つまり7年目となった昨シーズンも開幕一軍を果たすとセットアッパーとして好調を維持し続けた。そしてシーズン途中からはクローザーとして抜擢され、29セーブを上げる大車輪の活躍を見せる。その信頼は今シーズンになっても揺るがず、オープン戦ではヒットを一本しか許さない好調ぶりを見せつけた。そんな黒鵜座が、今シーズン初のマウンドに上がろうとしている。

 

 

 

(よし、肩はできたし、そろそろやっちゃいますかね)

 

 

 

 右の打席に打者が入って、審判がプレイの再開を告げる。確か彼は今年が1年目の、ピッカピカのルーキーだったと黒鵜座は記憶していた。一年目から開幕スタメンを果たすのは充分優秀な証だが、ここは現実を見せてやらないといけない。キャッチャーの扇谷から出されたサインに黒鵜座が頷く。元より、断れるほど球種があるわけでもない。黒鵜座のフォームは癖が無く、悪く言えば特徴のない標準的なフォームだ。

 

 

 

(OK、その球ですね)

 

 

 

 初球、真ん中高めへのストレート。厳しいコースではなかったが、打者は手を出すのをためらったか、それとも出せなかったのか。軽く首をかしげていたのを、扇谷は見逃さなかった。今度はアウトコースいっぱいのストレート。これにも手を出さず、一気にバッテリーが追い込む形となった。

 

 

 

(勝負は一瞬。迷ったら終わりよ)

 

 

 

 テンポよく3球目を黒鵜座が投げ込む。今度は高め、見逃せばボールになる釣り玉。しかし打者のバットが思わず出てしまった。ボールはバットをすり抜け、キャッチャーミットに収まる。悔しそうに見てくる打者の事など意にも介せず、平然と黒鵜座は次の打者への準備をする。

 

 

 

 次のところで代打がコールされた。打者は中堅、オープン戦から売り出し中の内野手だ。その初球、ストレートを狙っていたのだろうが、思ったところでボールが来ない。打者のタイミングを惑わす魔球にして黒鵜座の得意球、チェンジアップだ。完全に引っかけた打球がショートへと転がり、これを難なく捌いてあっという間にツーアウトとなった。

 

 

 

 「あと一人」コールが球場を支配する。試合はもはや青一色だ。

 

 

 

(よしよし、丁度肩も温まってきたな)

 

 

 

 打順は1番打者へと戻ってくる。ここまではほんの小手調べだ。ツーアウトから打たれるということも普通に起こりうるから、とにかく丁寧にを心掛ける。

 

 

 

 ここで、何故黒鵜座の球が打たれないのか解説しよう。彼の直球は平均速度145㎞/h、最速が148km/hだ。プロ野球界の平均球速が144km/hというから、プロの中ではいたって平均的、それほど大したものではない。しかし昨シーズンの彼のストレートの空振り率は20%程度。これは歴代の中でもトップクラスに並ぶほどの記録だ。

 

 

 

 ではなぜそこまでに空振りがとれるのか。少し話がそれるが、最近の野球のデータの一つとして重要視されるものに回転数、というものがある。これは投げたボールが一分間にどれだけ回転するのかを示すものだ。ストレートのこの数値が多いとどうなるか。打者の視点から()()()()()()見えるのだ。ストレートの回転数はプロ野球では2200回転、大リーグでは2500回転ほどが平均的と言われている。それに対して、黒鵜座の数値はどうなっているか。

 

 

 

「ストライ―ク!」

 

 

 

 その回転数、およそ2800回転。これは海を渡って世界一の胴上げ投手に輝いた某日本人大リーガー、そしてオールスターで全球直球で三振を取った事で有名な某投手の記録した2700回転を上回る数値である。つまり、彼の直球は文字通りホップアップして見えるという事になる。先ほど彼は石清水禄郎選手のボールの軌道を「キモい」と表現したが、彼の軌道の方がよっぽど気持ちが悪い。

 

 

 

「ストライクツー!」

 

 

 

 また、空振りを取った。一球ごとに大きな歓声が上がる。それに対して黒鵜座は喜ぶことも、動揺する事もない。マウンドに上がった時の黒鵜座はとにかく静かだ。ただ静かに、淡々と、それが息をするのと同じであるかのように当たり前に投げる。

 

 

 

(クッソ!何とかバットに当てねぇとそもそもヒットにならねぇ!)

 

 

 

 打者がバットを短く持って対応しようとする。が、そんなもので対応できるならそもそも彼が一流と呼ばれることなど無いだろう。サインに対して首を縦に振って標準的な構えから投げようとする。彼の投球はホームだろうとアウェーのだろうと関係なく敵チームのファンを凍り付かせるような支配的なものとなる。だからファンは―――

 

 

 

(こ、の野郎……!!)

 

 

 

「ストライク、バッターアウト!ゲームセット!!」

 

 

 

 だからファンは、彼の事を「絶対零度のクローザー」と呼んだ。




多分次回は本当に間が空くと思います。


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#2 part1

第二回、開催です!


「いやだからもう渋っても遅いって……、ってん!? もうカメラ回ってる!? そういうのは早く言ってよ! ……えーごほん、皆さんごきげんよう。ブルペン放送局、第二回の始まりでございます。まぁ最初ちょっと荒れていたのは許してください。生放送にありがちな放送事故ってやつです。えー昨日に第一回を放送したわけですけども、結構その反響と言いますか、結構色んな方からお声をいただきましてね。まぁそれ自体は嬉しい事なわけなんですけども、一番多かったのが『黒鵜座選手ってそんなに喋るんですね』っていう感想ですよ。いや皆さん僕のことどう思っていたんですかね、そりゃあ試合になったら集中もしますし静かになりますよ。まぁいいや、これもある意味ギャップという事で。皆さん、萌えてください。え、男だから無理って? うるせぇ萌え萌えビームぶつけんぞ。さて、前回と同様に前口上が過ぎました。今回のゲストを紹介しましょう。天然がウリの経験豊富なベテランリリーフ! 正に縁の下の力持ちというべき選手! 芝崎怜司(しばさきれいじ)選手です! はい拍手!」

 

 

 

「どうもー」

 

 

 

 拍手の中、芝崎がカメラに映る。しかしそれだけでは飽き足らずそのまま彼はフェードアウトしていく。それに目を丸くした黒鵜座が立ち上がって芝崎の背中を引きずり何とか元の場所に復帰させた。

 

 

 

「って違う違う! 何一般人みたいに通り過ぎようとしてんすか! さっきも言いましたけど今日のゲストは芝崎さんって決まってるんですからしっかりして下さい!」

 

 

 

「さっき言ったろう、俺はそもそもこの企画に賛同してない」

 

 

 

「いやこの前話をしてた時はうなずいてましたよね」

 

 

 

「……そんな話をしたか?」

 

 

 

「したじゃないですか。え、もしかして忘れてたんですか? ほら、最後のオープン戦の時僕この話をしたと思うんですけど。その時は何度も頷いてくれたじゃないですか」

 

 

 

「あぁ、あの時か。寝てたから覚えてない」

 

 

 

 あんまりにも堂々と言うものだから、思わず黒鵜座も一瞬呆気にとられて何も言えなかった。間が空いたのち、意識を取り戻した黒鵜座が大きく響く声でリアクションした。

 

 

 

「寝・て・たァ!? かなり苦しいですよその言い訳は! ……え、マジ? マジで寝てたの? あの時普通に試合中でしたけど」

 

 

 

「本当だ。俺が嘘をつくと思うか?」

 

 

 

 至って冷静に芝崎がダンディな声で話を進める。いや、そんな格好よく堂々としていても言っているのは試合中に居眠りしていたという衝撃の事実だからね? 後で懲罰調整されても知らないですよ? 黒鵜座は遠い目で芝崎から生えたあごひげを見つめていた。

 

 

 

「そんなキメ顔しても寝てた事実は変わりませんからね? まぁいいです、寝てた罰だと思って甘んじて受け入れてください」

 

 

 

「……納得はいかんが、仕方ない。これもファンのためだ」

 

 

 

「そんな、アタシの為だったらやらないっていうの!? 酷い! アタシと野球どっちが大事なの!?」

 

 

 

 黒鵜座のオカマ口調に対しても芝崎は動じない。じっと黒鵜座の方を見ている。いや、見ているというかこれは……見透かしている!? 僕の後ろに何かいるんですかね!?

 

 

 

「何だその喋り方。いいから早い所話を進めるぞ」

 

 

 

「ちぇっ、禄郎ならもうちょっといい反応してましたよ。まぁいいや。とりあえず今回もお便りを呼んで行きましょうか。じゃあはいコレ、選んでください。お便りボックスです」

 

 

 

そう言って黒鵜座が出した白い箱の中に芝崎は手を突っ込む。しばらく中身をかき混ぜてから一通のはがきを取り出した。

 

 

 

「これを読めばいいのか?」

 

 

 

「はい、ではお願いします」

 

 

 

「……えー、田中……」

 

 

 

「違うそこじゃない! 本名呼んじゃだめだから! ほらペンネームあるでしょ!」

 

 

 

「あ、これか。ペンネーム『幸せの青い鳥』さんから。『黒鵜座選手、芝崎選手こんにちは』」

 

 

 

「うぃーす、こんにちはー!」

 

 

 

「『私は現在草野球で投手をやっています。そこで質問なのですが、お二人が投手を始めたきっかけを教えていただけないでしょうか』……だってさ黒鵜座」

 

 

 

 黒鵜座は少し考える仕草を見せながら、こう思った。多分先に芝崎が投手を始めた理由を話した方がウケるんじゃないかと。だから自分はまだ思いつかないふりをして、先に芝崎に話させようとした。

 

 

 

「うーん……先に芝崎さん言ってもらえます?」

 

 

 

「……俺か?俺の場合はそりゃ楽だったからかな」

 

 

 

「おっと、今野球をやっている全方位に喧嘩を売るような発言が聞こえましたけど。まぁ話は最後まで聞きましょうか」

 

 

 

 場合にとってはとんでもない爆弾発言だ。この人は試合中に寝てた事といい今の爆弾発言と言いこれが放送されているという危機感が無いのか?

 

 

 

「俺が投手を始めたのは高校2年の時の話だ。投手の頭数が足りないから、なんて理由で監督に勧められた。それからの練習は楽だった。基本的に走る事以外は投げるだけでいいからな。打つことなんてほとんど考えなくていいし楽だった。幸い俺は大学に入ってから目立った成績を残せるようになって、こうしてプロにいるわけだが」

 

 

 

「高校野球って投手も打席に立ちますよね。そこんところ大丈夫だったんですか」

 

 

 

「監督には『とにかく投げる事に集中しろ』と言われていたから、打席では何も考えなかったな。それでも打てたし」

 

 

 

「はぁ~、これだから才能マンは嫌ですよねぇ」

 

 

 

「で、お前は?」

 

 

 

「僕はですねぇ、野球というスポーツにおいて投手程強いポジションはないと思ったので。ほら野球って三割打てれば万々歳じゃないですか。ということは、ということはですよ? 悪くても七割の確率で投手が勝つんです。それってもうほとんど投手有利ですよね。うぇーい野手の皆さん見ってる~!? 野球は投手のスポーツですよ~!?」

 

 

 

「お前もお前で大概野手に喧嘩を売っていないか?」

 

 

 

「これは愛のある煽りなんでセーフです! それでもまぁ打たれる時は打たれるんでそこは割り切りが必要になりますね。あ、そろそろCM入るそうです。いきなり波乱というか放送事故みたいな開幕を迎えましたが番組はまだまだ続きます!」



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#2 part2

「はい、ではやってまいりましたブルペンラジオ。引き続き視聴者の方々から寄せられたお便りを呼んで行きましょう! 先ほどは芝崎さんに読んでもらったので、今度は僕が読んで行きましょうかね。なっにが出っるかな~♪ なっにが出るかな~♪ はいこれ! えーペンネーム、『ハラミ先生』さんから。この前の『とりから』君といいみんなお肉が好きなのかな? みんなお肉大好きだろうけどちゃんと野菜も食べましょうね、あと大きくなりたいなら米食え米。実はうちの実家米農家なんで、がんがん消費して日本の農業を守っていきましょう。はいそんな事はどうでもいいんですよ。送ってくれたんだからありがたく読みましょうね芝崎さん」

 

 

 

「え、何?」

 

 

 

「どうやら芝崎さんは耳に水でも入ってるようですね。ほっといて質問に入りましょう。『黒鵜座選手、芝崎選手、こんにちは』、はいどうもこんにちはー、ほら芝崎さんも手振って」

 

 

 

「そういうのはお前に任せる」

 

 

 

「ええい、ごちゃごちゃうるさいわ! これもファンサービスなんだよ!」

 

 

 

 黒鵜座の言葉に少し不満そうな表情を見せるも、ファンサービスという言葉に反応したのかため息をついてカメラに向けて手を振り始める。

 

 

 

「ファンサービスって言っとけばほとんど何でもする当たり芝崎さんって思いの外チョロいっすね。まぁいいや、続き話します。『僕は野球は未経験ですが、野球ゲームが好きな高校生です』、はーなるほど僕も好きですよ野球ゲーム。特に選手のデータを見てこの能力は違うだろっていちゃもんを付けるあたりが特に」

 

 

 

「性格悪いな」

 

 

 

 黒鵜座が眉をひそめる。アンタもアンタでかなりの天然でしょうが。そういう人の方がよっぽど扱い難しいんだぞ、現に今僕はアンタの扱いに苦労しているんだし。

 

 

 

「まぁよく周りからはそう言われますが。野球選手は素行で問題さえ起こさなければ別に性格なんて多少悪かろうがどうだっていいわけですよ」

 

 

 

「お前そんなんだから女性人気ないんだぞ」

 

 

 

 せっかくいい事を言ったのに水を差すんじゃない。というか既婚者は黙ってやがれ。黒鵜座、性格が悪いというか子供よりである。

 

 

 

「うるさいなぁちょっと声がいいからって調子乗んなよ! ……ごほん、失礼しました。続きですね。『その中でも特に好きなのが今はやりの野球ソシャゲのプロ野球スターズというゲームで、よく他のユーザーと対戦をするのですが、黒鵜座選手の能力が弱すぎます! 黒鵜座選手からも何とか言ってやってください! 後、芝崎選手は強いのでよく使っています! これからも頑張ってください!』だそうです。良かったっすね芝崎さん、ついで程度ですけど」

 

 

 

「……そもそもプロ野球スターズってなんだ?」

 

 

 

 純粋な疑問―――。芝崎怜司、33歳、既婚、これまで野球一筋でやってきた男。彼が若いころにはソシャゲはあったかもしれないがスマホなんてものはまだ黎明期である。ゆえにゲーマーでない以上知らなくても当然といえば当然の話ではあるのだが。

 

 

 

「あー、そこからっすか。面倒くさ……いえ、何も言ってないですよ。ほんとほんと。だからその疑いと軽蔑に満ちた視線を送るのやめてもらっていいっすか」

 

 

 

 説明しよう! プロ野球スターズとは! 今野球のソシャゲの中で最も売れているゲームと言われている(他に競合するゲームがほとんどない)! 実在の選手達をガチャで手に入れ、自分だけのオールスターを作り上げようというゲームである(ここまでゲーム説明文)! イベントなども様々行っており、そのフォームの再現度の高さから選手達からの人気も高い。さらに前述の通り他のユーザーともリアルタイムで対戦が出来るなどファンを楽しませる要素も多い。

 

 

 

「……まぁ大体そんなとこです。分かりましたか?」

 

 

 

「そんな事より普通に野球した方が楽しくないか……?」

 

 

 

「ちょっと身もふたもない事言うのやめてもらえます? これ一応ゲームの親会社色んなチームのスポンサーやってるんすよ。それ言っちゃうと球団から怒られちゃうかもしれないんで」

 

 

 

「……野球ゲーム、楽しい」

 

 

 

「それもう言わされている感半端ないんですけど、かえって逆効果なんですけど。あーもういいや、こんなオールドタイプのおっさんは置いといて答えましょう。実は僕もですね、軽ーくなんですけどこのゲームやってるんですよ」

 

 

 

 今はスマホ鞄にあるんで見せられないっすけど、と黒鵜座が付け足す。

 

 

 

「まぁあのゲームに関しては言いたいことも色々ありますけど。ゲームだから仕方ないとはいえ普通の配球が通用しないんすよね。さんざんインコース意識させても外角のボールに踏み込んでくるんですから」

 

 

 

「なるほど、全員が好打者になると。それは厄介だな」

 

 

 

「まぁそんなところです。つってもウチのチームの選手は弱いもんですよ。長距離砲が外国人くらいしかいないものだから、ホームランが大正義なこのゲームにおいてはよほどファンじゃない限り打者が使われる事は無いですね残念なことに。唯一()選手が足の速さとパンチ力から使われることが多いらしいですけど」

 

 

 

「それで手紙で言われていたお前の能力が低いというのは」

 

 

 

「あー、このゲームのウリはやっぱりプレイヤー同士の対戦なんですけど、僕そのモードで全く使われないんですよね。本人の僕ですら使わないレベルなんで相当ですね。何でかって言うと球種が少ないんすよ。えー確かストレート、スライダー、カーブ、チェンジアップ。このゲームでのチェンジアップは変化量関係なくすごい弱いんであんまりというかかなり弱いですね。まぁさらに言うならスライダーもカーブもそんなに使わないけど、っとそんな事言ってたらまた能力下げられちゃいますね。せめてストレートが上方向に変化するように設定してくんないかなー、みんな僕のストレートは『浮いて見える』って言うくらいだし」

 

 

 

「よく分からんな」

 

 

 

「ま、所詮ゲームはゲームですよ。それで芝崎さんが強いって言われるのはツーシームを投げられるからですね。あのゲーム速いボールが強くて、それが変化するとなればなおさら強いんですよ。芝崎さんよくツーシーム投げてますよね」

 

 

 

「そうだな、結構よく投げる」

 

 

 

「つまりはそういう事ですよ。あーあ、僕もめちゃくちゃ強化入らないかなー! ……あ、そろそろCM入るそうです。それでは皆さん、チャンネルはそのままで!」



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#2 part3

「今日も今日とてお水がおいしい! ってなわけで続き、やっていきましょう! えいえい?」

 

 

 

「……」

 

 

 

「えいえい?」

 

 

 

「……」

 

 

 

「言うまでこの下り続けますからね?」

 

 

 

「……やー」

 

 

 

 いや違うでしょ。ちーがーうーでーしょー? 恥ずかしがっているのか、芝崎は微妙に言葉をずらしてきた。もう一回やってやろうかと黒鵜座は思ったが、流石にそれでは視聴者も飽きてしまう。よって話を続けることにした。

 

 

 

「はい、では元気にやっていきましょうかね。引き続きはがきを読んで行きましょう。えーでは……ペンネーム『100股男』さんから。ペンネーム大丈夫? どこかで天誅とか食らいそうな名前じゃない? ……まぁ大丈夫か、どうなろうと僕には関係ない事だし。とりあえず内容の方読んで行きましょう。『黒鵜座さん、芝崎さんこんにちは』、はいどうもこんにちはー」

 

 

 

「……やー」

 

 

 

「芝崎さん? そのくだりはもう終わったんですけど? 大丈夫ですかね本当に。えー、なになに? 『僕はサラリーマンとして働くかたわら、家に帰るとビールを飲みながらブルーバーズの応援をしています』ってことはヘビーユーザーですね。こういう人は球場でもよくビール飲んでお金を落とすんで貴重ですよ大事にしてきましょうね芝崎さん」

 

 

 

「俺はビールよりも焼酎派だ」

 

 

 

 ―――話が全くかみ合わない二人。ひょっとすると芝崎さんは天然というかただの馬鹿なのかもしれない。というか球場に焼酎なんて売ってないよ。よくてビールかサワーくらいだよ。

 

 

 

「よーしこういうのはスルーするのが一番ですねそうですね! はい、脱線したのは僕です。すいませんでした! 『そこでお二人に質問です。ぶっちゃけてお二人の苦手な打者を教えてください!』……なるほど、シンプルで答えづらいものが来ましたね。こういうので具体的な名前出しちゃうと打たれそうなんであんま言いたくないんですよね。というわけでちょっと申し訳なくはあるんですけど、具体的な名前は出さずに『こんなタイプの打者は苦手だ』という方向で答えていきましょうか、はいではまず芝崎さんから!」

 

 

 

「俺か。俺は……そうだな。やはり長打力のあるバッターが苦手だな。例を出すとすれば東京ヤンキースの鳩ヶ浜(はとがはま)選手とか、別リーグだと大阪オリオールズのマッケンジー選手とかか。ああいういかにもスラッガー、という選手に一発が出ると相手チームに活気がつく。それに俺たちリリーフにとって一点というのはあまりに重いものだ。どれだけ投手有利のカウントに持ち込んでも本塁打一本で勝負が決まってしまうと、何かこう、がっくりと来るものがある」

 

 

 

「なるほど、確かに一理ありますね。まぁ僕もホームランバッターは嫌いですよ。迷いなくバットをぶん回してくるところとか正に蛮族ですよね。もっと品のあるバッティングをしてもらいたいもんですよ。じゃあ品のあるバッティングなら打たれてもいいかって言われるとそうじゃないんですけどねー」

 

 

 

「で、お前はどうなんだ」

 

 

 

「あーそうですね。芝崎さんが名前出しちゃったんでこっちも名前出さざるを得なくなったんですよね。本当、どうしてくれる」

 

 

 

 さっき名前出すと打たれそうだからやめようって言いましたよねー、と黒鵜座が視線を向けるも芝崎はどこ吹く風だ。気にするこっちが馬鹿なのか? そんな事はないとは思うけども。

 

 

 

「じゃあこういうタイプ苦手だなーっていうのから発表していきましょうか。僕が苦手なのはやっぱり選球眼のあるバッターですね。いや別に僕のコントロールが悪いわけじゃないんですよ? ただよく打者に対して釣り玉を投げる事が多いんですよね。この球は振ってくれー、って感じの。分かります? 多分中継で見ている人なら分かると思うんですけど。そういうボール球を振ってくれないと配球が成り立たなくなると言いますか、まぁ自分の思い通りに行かなくなるんで嫌いですね」

 

 

 

「あ、そこのスタッフ。水とってくれるか」

 

 

 

「……って大丈夫ですか」

 

 

 

 芝崎はコップに入った水をグイッと飲み干し、サムズアップして見せる。違うんだよ喉が潤ったか聞いてるんじゃなくてね? そこは別に誰も心配しないからね? 昭和脳っぽい事を言うけど人が話してるときに水を飲もうっていうのが問題なんだよ。むしろ芝崎さんの方がそういうの分かるんじゃないの?

 

 

 

「それで苦手な打者は誰なんだ」

 

 

 

「もう気の赴くままに暴れまくりじゃないですか。何かこれで言うと芝崎さんの指示に従ったみたいで嫌なんですけど! ……まぁいいですよ苦手な打者ですね。これ毎回意外って言われるんですけど、広島レッズのキャッチャー・小西(こにし)選手ですね」

 

 

 

「小西って確か通算打率2割前半じゃなかったか? 球界屈指のクローザー様の苦手な打者がそんな相手とは意外だな」

 

 

 

「え、何て? 球界屈指の? ん? そこ良く聞こえなかったんでもう一回言ってもらえます? まぁ冗談はその辺にしておいて、実はこれ事実なんですよ。通算対戦打率何割だと思います?」

 

 

 

「相性が悪いと言うのなら……3割位じゃないのか」

 

 

 

「だと思いますよね? ところがどっこい、何と打率は丁度5割! 5割ですよ奥さん!」

 

 

 

「ほう、それは中々に重症だな」

 

 

 

「いや本当何て言うでしょう。僕が手を抜いているわけでもないし、かといって小西選手の読みがすごいとかそんなんじゃないんですよ。ただ……あの人良くボールの上を掠めての空振りが多い選手みたいで。僕の浮き上がるストレートと多分相性がもんのすごく悪いんですよね。こう言うのは失礼なんですけど、あのこんにゃくみたいなスイング(※誉め言葉です)がボールに合うんですよ。それはそれはもう嫌になりますよ!」

 

 

 

「随分恨みがこもってるな」

 

 

 

「だってあの人ただでさえ打つのに得点圏になるとバカみたいに打つんだもん! メジャーリーガーよりよっぽど怖いよ! と、お互い弱点をさらし合ったところでぼちぼちCMの時間でえす。……これで今度の対戦打たれたら本当に芝崎さんのせいにしようと思いまーす!」

 

 

 

「俺は知らんぞ」




まだまだ試合も放送局も続くようです。


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#2 part4

ちょっとバテてきた。もう秋なのに……


「試合は五回の裏まで来ていますね。ここまで両先発共に2失点、そこそこの好投を見せています。ただうちとしては昨日勝利の方程式を使っちゃってるんでどーですかね、先発の宮内(みやうち)選手が6回まで投げてくれるとして、そのどっかで芝崎さんが投げるかもですよ。はい、そんな真面目な解説からやってまいりましたブルペンラジオ。メインパーソナリティーは僕、黒鵜座一とゲストはそこに座っている芝崎怜司選手で引き続き送っております。それではお便りを読んでまいりましょ、じゃあ芝崎さんが引いて僕が読む形でいきましょう。では早速ヒュイゴッ!」

 

 

 

 はい、じゃあこの中からお願いします! といつものように黒鵜座が取り出したるは白い箱。この中にリスナーたちの夢と希望(質問)が詰まっている。芝崎はそれに手をつっこんで、2枚ほど取り出した。

 

 

 

「すまん、二枚出てきた」

 

 

 

「おおっとこれは珍しいですね。……一応聞きますけど、わざとではないですよね?」

 

 

 

「当たり前だ」

 

 

 

 まぁこの人がそんな器用なことするわけも、わざわざ二枚取る理由もないか。変に構えるだけ損なんだろうな、多分警戒する僕が悪い、うん。首をかしげる芝崎を見て黒鵜座は肩を落とした。

 

 

 

「いいでしょう。片方だけ読まないというのも可哀想なので両方読んで行きましょうか。まず一通目ェ! え-、ペンネーム『弁当の中に入っている緑色でギザギザのアレ』さん。はーなるほどね、中々ユニークな名前が来ましたね。いやー僕はそれの名前分かりますよ。緑色のアレですよね? 心配しなくてもちゃーんと分かってますよ。まぁでも最初に言っちゃったらもったいないですよね、だからここはあえて? 芝崎さんに聞いてみましょう。芝崎さん、何て名前だと思います?」

 

 

 

「……食用緩衝材?」

 

 

 

 ※バランです。

 

 

 

「考えてた時間返してもらえます? あと何ですかその無駄にカッコいい名前。食べられないですよ? まさか芝崎さん食べたわけじゃないですよね? マジで子供が真似しかねないのでやめてくださいよ。えー正解はですね。グリーンベレーです」

 

 

 

 ※重ねて言いますが、バランです。

 

 

 

「はい、いつも通り話が脱線したところで本題に入っていきましょう。えー『黒鵜座選手、芝崎選手こんにちは』、どうもこんにちは。『いつも楽しく家族で試合を見ています!』、ありがたい事ですね。こういうファミリー層に人気があるのは大変喜ばしいことですよ。『そこで質問です。お二人の仲のいい選手を教えてください』。……とのことです。なるほど、仲の良い選手ですか。僕の場合は投手でいうとよくつるむのは禄郎、あっこれじゃだれか分からない人もいるかもですね。えー石清水選手ですね。彼はなんだかんだ言いながら結構人付き合いがいいというか、僕が多少無茶を言っても合わせてくれるんで必然的によく一緒にいる感じです。第一回の放送のゲストもまぁ彼が受けてくれなかったら誰も受けてくれなかったでしょうね」

 

 

 

 石清水禄郎。アンダースローから繰り出す変幻自在の投球で打者を惑わす火消し役。もっと彼のことを知りたければ第一回の放送をプレイバックしよう!

 

 

 

「それで野手で挙げるとするならやっぱり扇谷選手ですね。よくバッテリーを組む立場な以上、会話する機会も勝手に増えていくといいますか。それで自然と噛み合うようになっていって。やっぱりバッテリー間でのコミュニケーションは必要だとひしひしと感じますね。まぁちょっと顔が強面なんで勘違いされる方も多いかもしれないですけど、普通にいい人ですよ。あ、顔怖いは余計か。でも時々ご飯おごってくれるし、キャッチャーとしての実力は折り紙付きだし。で、芝崎さんはどうなんですか?」

 

 

 

 芝崎はあごひげに手を当て、しばらく考え込む姿勢を見せる。そういえばあんまり芝崎が特定の人と話しているのは見た事がないな、と黒鵜座は記憶していた。一人でいるのが好きそうではあるけれど。

 

 

 

「そうだな……強いていうなら外野手の李選手か」

 

 

 

「え、え―――……」

 

 

 

「何だその反応は」

 

 

 

「いやだって二人ともそんな話すタイプじゃないですよね? 何話すんですか、っていうかどこ行くんですか」

 

 

 

「話してみると意外とウマが合ってな。最近は激辛料理が有名な店によく行くんだ。韓国出身という事もあって結構そういうものに対しては厳しくてな。『これくらい、韓国ではジョウシキね』とか前言ってたぞ」

 

 

 

「その時は何食べたんですか」

 

 

 

「俺は回鍋肉で、李は確か……麻婆豆腐を食べていたな」

 

 

 

 出てきたのはまさかの中華料理―――。これには黒鵜座も苦笑い。

 

 

 

「アレですか、ツッコミ待ちなんですか?」

 

 

 

「? 何が?」

 

 

 

「今日の放送ではっきりしましたね。芝崎さんが結構なアホだって事が。これ放送して大丈夫ですか、今お茶の間であなたのアホさがさらされているんですけど。あーもういいや僕しーらね。次行きましょう。ペンネーム『恋のキューピッド』さん。一文だけ書かれてますね。えーなになに? 『彼女いるんですか?』、……随分下世話な自称天使が出てきましたね。いいの? 恐らくこれ今日最後の質問だよ? というか芝崎さん既婚者ですよ。あ、でも週刊誌とかに暴露されるくらいならいっそここで言っといた方がいいですよ。芝崎さん、何か一言!」

 

 

 

「心配せずともそんな事はない」

 

 

 

「良かったです変な事言わなくて。あ、僕は未婚というか相手いないというか募集中というか。何故かそういう人は寄ってこないんですよね、こんなにイケメンなのに。おかしいと思いませんか? 思わない? あっそう。言っておくと好きなタイプは週刊誌にリークとかしない人ですね。スキャンダルとか選手のイメージめっちゃ下がりますからね。でもそれはそれとして彼女は欲しいです。えー丁度いい所でですね、そろそろCMに入るそうです。もしかしたら僕もこのままブルペンに上がっちゃうかもです」



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#2 part5+α

第二回、ここで終わりです。


「試合は六回の表、相手チームの攻撃を迎えております。……え、芝崎選手はどうしたのかって? 行ってしまったよ、戦場(ブルペン)にな。というわけで一人になってしまいましたので、新しくメンバーを呼ぼうかとも考えたのですが。恐らく僕もじきにお呼ばれされる可能性が高いので残念ながら独り言にお付き合いください。……あ、企画がある? 良かったですね皆さん。えー題して? 『黒鵜座一のココがすごい!』。え、これ自分が自分に言うんですか? 絶対他の人と進めるタイプの企画ですよねこれ」

 

 

 

 撮影陣はとにかく進めろとの方針だ。自画自賛する様子を放送するなんて羞恥プレイ以外の何物でもないし、これを企画した奴を一発ぶん殴ってやりたい。

 

 

 

「えー俺自身の事を褒めるの? まぁ自分が球界でも指折りレベルのクローザーである事は自負していますけど、それでも難しいですよこれは。だって良いところがありすぎて、放送時間オーバーしちゃいますよ。まずストレートでしょ? あれだけの回転数で投げられるようになったのはプロに入ってからなんですけど、まぁ高校生時代でもそこそこスピンのある球は投げれてはいたんですよね。それで他の球種を覚えるよりも、やっぱり自分の一番良い球を磨いていくのが一番だとコーチに言われまして。今はそのコーチはもういないんですけどね。当時はあのスパルタ教育を恨んではいましたが、今になって思えばあれがプロ野球選手として僕の分岐点だったと思います。多分そうじゃなかったらとっくの昔にクビになっていたと思います。本人の前じゃなかなか言えないですけど、間違いなくあの人は恩師ですね」

 

 

 

 黒鵜座がちらりとカメラの方向を向く。もういいでしょ? という視線を向けるも反応はない。むしろもっとやれという事なのか? かと思えば、何やら紙を渡してきた。

 

 

 

「あー、なるほど。SNSでそういう話を募集していたわけなんですね。いや本当どうしようかと思いましたよ。このままずっと一人で話し続けるの限界ですもん。えーっと『バンバン三振を取るところがすごい』ですか、これが一番多いみたいですね。ありがとうございます。まぁでも実は僕、あんまり三振を取ることはこだわってないといいますか、意識していないんですよね。結構球数がかさむし、できるなら一球で打ち取る方が楽だとは思うんですよ。三振って最低でも三球は投げないといけないし。まぁそれでも三振を取れた時は爽快ですけどね」

 

 

 

 これ次の紙は? と聞くとスタッフたちは紙をめくるように指示してきた。あーはいはい、めくればいいのね。

 

 

 

「次に多かったのは……えー『四球をほとんど出さないところ』、『コントロールの良さ』、なるほどよく見ていますね。そうです、僕結構コントロールには気を遣ってるんですよね。やっぱりどれだけいい球を投げられたとしてもボールが荒れまくりじゃどうしようもないですからね。だから多少球速が遅くなろうとも丁寧に投げることを心がけています。とはいえ、本気で投げても150㎞/hも出ないんですけどね。はい次。ほとんどはさっきの二つのどちらかに大きく分かれているみたいですね。えーだからここからは少数派の意見になります。『打者を惑わせるチェンジアップ』に『何気にフィールディングが上手い』。何気には余計ですよ何気には」

 

 

 

 パラパラと紙をめくりながら読み進めていく。目的というか、一番指摘して欲しいものはないか。……ないよな、というか流石にそこまで見ていないか。と諦めかけたその時、「それ」は顔を出した。

 

 

 

「えー次は……『何年もずっと投げているのに一度も大きなケガをしていない事』、そうこれ! これは僕も契約更改の度にアピールしているんですよマジで! いやーここに気づいてくれる人がいてくれて良かったー! あ、今視聴者の皆さん地味だなって思いました!? 思ったでしょ! いやこれがね、意外と大変なんですよ。まぁそりゃあ試合に出続けるのは野手としては当たり前だったりするんですけど、投手だと中々難しい事なんです。勤続疲労って言葉を皆さん知っていますでしょうか? 『投手の肩は消耗品』と言われるくらい投手は疲労の残りやすいポジションでして、起用され続けると肩や肘にダメージが残り続けるわけです。だから中継ぎは入れ違いが激しいわけなんですね。その戦場で残り続けていい成績をキープするというのは凄いことなんですよ。だから僕はそれを一番誇りに思っていますね」

 

 

 

 と言い終わったところで紙は最後を迎えていた。黒鵜座はあまりエゴサーチ(エゴサ)をしない人間である。というかそもそも野球選手という存在自体成績によってはファンに叩かれやすいので見ない方が得とも言える。そのためこのようにファンからの意見を見れるのも貴重な体験であった。

 

 

 

「さて、意見は以上ですかね……皆さんたくさんの声援ありがとうございます! こういう声を励みにして頑張りたいですね。あっ……とそろそろお別れの時間みたいです。最後に? 次のゲストの紹介だけして終わりましょうかね。えー次のゲストは、げ」

 

 

 

 次のゲストが知らされると、黒鵜座は文字通り固まった。その人物は彼が苦手とする人物だからである。露骨に低い声色へと変貌していく。

 

 

 

「えー……はい、次のゲストは名実ともに燃える熱き投手・熱田炎也(あつたえんや)選手です。いやまだ第三回なんですけど。第三回なのにこいつかぁ……。あっはい、そろそろ行かないといけないらしいんで、このフラストレーションは登板した時にぶつけようと思います。それでは、待て次回!」

 

 

 

 試合は8回表。この回登板した芝崎が先頭打者にヒットを浴びながらも後続をぴしゃりと抑え0行進。すると打線が奮起し、二死一三塁から美濃(みの)のタイムリーで勝ち越しに成功した。そして9回表のブルーバーズの守備、マウンドに送られたのはやはりこの男―――。

 

 

 

『選手交代のお知らせをします。芝崎に代わって、黒鵜座。黒鵜座一が上がります。そして角井に代わって扇谷。扇谷守がキャッチャーに入ります』

 

 

 

 ―――さて、大きな声援に見送られながらマウンドに上がった黒鵜座が大きく息を吐く。頭は冷静に、されど心は熱く。

 

 

 

(だいたいよぉ……)

 

 

 

 一人目。5球目のストレートを詰まらせセンターフライ。

 

 

 

(何でッ、僕がッ!)

 

 

 

 二人目。4球目のチェンジアップで見逃し三振。

 

 

 

(あいつの相手をせにゃならんのだッ!!)

 

 

 

 三人目。5球目のストレートを空振り三振。絶対零度のクローザー、面目躍如の活躍であった。キャッチャーの扇谷に肩を叩かれながら、黒鵜座は素知らぬ顔を浮かべる。今から明日の放送を考えると憂鬱であった。、




次回予告! 多分荒れます。


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#3 part1

第三回はいきなり波乱の予感……!?


「あぁん? やるかコラ!?」

 

 

 

「お、手ぇ出しちゃうわけ? いいの、野球選手がそんなことしちゃって。そんならこっちも反撃してもいいわけだよなぁ!?」

 

 

 

 放送開始直後。いきなりブルペンは険悪なムードに包まれていた。ガンを飛ばす二人の間には火花が散り、スタッフもハラハラさせられる。ともあれ黒鵜座は本題を忘れてはいなかった。

 

 

 

「……まぁ一旦この馬鹿は置いときましょう」

 

 

 

「誰が馬鹿だコラァ!」

 

 

 

「そうやっていちいち乗っかってくる所がだよ。はい、えーブルペン放送局第三回の始まりでございます。司会はいつも通り僕、黒鵜座一です。そして今回のゲストですが……めんどい。自分で自己紹介しろ」

 

 

 

「はぁ!? それがゲストに対する態度かテメェ!」

 

 

 

「いいだろ同期なんだし。ほら早いとこ言っちゃえよ」

 

 

 

「……チッ、仕方ねーな。熱き闘志を胸に戦う投手、熱田炎也(あつたえんや)です。この番組を視聴している方々、覚えて帰ってください! 熱田炎也です」

 

 

 

「何で二回言ったんだよ、選挙の演説じゃねーんだから。っていうかいつツッコもうか考えてたけど何その恰好。あ、ラジオをお聞きの皆さんにも分かりやすいよう言わなきゃですね。何かめちゃくちゃ変なハチマキつけてます」

 

 

 

 黒鵜座の言う通り、熱田の頭には「金子監督♡先発志望です」と書かれたハチマキが巻かれている。やはり自分の思った通り、こいつ馬鹿だと黒鵜座は確信した。

 

 

 

「あ? これ? 監督へのアピールだよ。見て分かんねーのか?」

 

 

 

「見たら余計意味分かんねーから言ってんだよアホ」

 

 

 

「アホって言うんじゃねぇ! つーかこれ作るのに三時間かけた俺の努力を笑う事自体許せねぇ!」

 

 

 

「もう喋んなお前。話せば話すほど墓穴が増えていくだけだぞ」

 

 

 

「あぁ!? んな事言ってたら喋りたくなるだろうが! あーもういい、登板するまで喋り倒して今回の放送で俺の名前を全国に轟かせてやるよ!」

 

 

 

 それは前回のゲストの芝崎以上。本物の馬鹿だコイツ。黒鵜座は呆れて声すら出ない、と本来ならそうなる所だが今は番組中だ。喋らなければ意味がない。というかコイツに話させるのは危険だ。何かの拍子にうっかり秘匿事項を話してしまいそうな……、いやコイツにそもそもそんな情報が行くわけないか。だって馬鹿だし。

 

 

 

「盛り上がっているとこ悪いけどこれローカルでの放送だから。よほどの物好きじゃない限りこの番組を見る人はほとんどが地元の人だぞ」

 

 

 

「何ィ―――ッ!? そういう事は早く言えこの野郎!」

 

 

 

「いや先に言ったはずなんだけど。……もういいや、こんな奴放っておいてはがきを読んでいきましょう。ペンネーム『ヘヴィメタヘッド』さんからですね。『黒鵜座選手と熱田選手の仲はものすごく悪いとどこかの噂で聞いたのですが本当でしょうか』、はい熱田何かコメントしろ」

 

 

 

「仲が良いわけねぇだろ、こんな理詰めの奴と。大体よぉ、俺は本能で投げるタイプの投手だ。そもそもの相性が既に悪いんだよ」

 

 

 

「珍しく同感だな。さっきのやりとりを見てもらえば分かる通り、僕がお前の事を好きなわけがない。お前みたいな球速以外は前時代的な投手なんて首脳陣としても計算しづらいだろうよ」

 

 

 

「テメェのピッチングもそう変わんねぇじゃねえか!」

 

 

 

「は~? 一緒にしないでもらえますかね~? こちとら生き残るためにデータを駆使して戦ってるんですー! 球が速ければいいだけの時代はもうとっくに終わりを告げてんだよ」

 

 

 

 これを見ている視聴者の方々、安心してほしい。彼らにとってはこれが通常運転なのである。むしろ無言ですれ違うほうが異常と思われるレベルなのだ!

 

 

 

「んだとコラァ……もっぺん言ってみろアホ、バーカ!」

 

 

 

「語彙力小学生じゃねぇか……。というか僕とコイツを突き合わせる時点でもうヤバいですよ。そうなった日にはもう天は裂け、地は割れ、海が荒れて、終いには火山が噴火するように投手が炎上してブルペンが総動員されますからね。何故かって? 知らんがな」

 

 

 

 黒鵜座が両手を広げ、まるでお手上げのようなポーズを見せる。オカルトっぽいかもしれないが、これが実は本当の話なのだ。互いの喧嘩が長ければ長い程何故か投手が炎上する。救いなのは二人がブルペンで顔を合わせる機会がそう無い事だろうか。ともあれ、知らないものは本当に知らないんだから仕方がない。

 

 

 

「あ、続きありますね。『もしそうであれば、どうしてお互いが嫌いなのか教えてください』、ですって。ファンに心配されるようじゃいよいよマズいですよ僕ら。じゃあ仲良くするかと言われればまぁしないんですけど。僕が彼を嫌う理由はですね、子供っぽいんですよ。言う事も本当に中学生のまま精神年齢止まってんのかってくらいアホだし。マジでコイツの方が上位指名なのが腹が立ちますね。まぁその分? 僕は泥をすする思いでここまで成長したわけですけども」

 

 

 

「子供っぽいという所が納得いかねぇ……」

 

 

 

「事実じゃん。で、お前から聞いてないんだけど。何で僕の事が嫌いなのか教えてくれる?」

 

 

 

「まぁ何が嫌いかと言われれば全部と答えるが、特にそういう所だよ。妙に大人ぶって理屈っぽい事ばかり言いやがる。確かにお前の方がプロとしていい成績残してんのは百歩譲って認めてやるがな、同級生なのに妙に上から目線なのがムカつくんだよ! 今に見てろよ。こっからだ! こっからお前をぶち抜いて活躍してやる! もちろん先発としてな!」

 

 

 

「はぁーん? んな事言ったって僕らもういい大人なんだから理屈っぽくなるのは当たり前でしょうが。逆に未だに子供なのはお前くらいのもんだよ。あーあ、どうせ同期とやるなら野手だけど美濃さんと組みたかったなぁ、あの人性格いいし、お前と違って。お前と、違って」

 

 

 

「あぁ?」

 

 

 

 黒鵜座と熱田の睨み合いはおでこがぶつかり合いそうなほどに近づいている。これがバラエティ番組じゃなくて良かったな二人とも。もしそうなら仲直りのキスをさせられる所だったぞ。少しして、黒鵜座がため息を吐く。

 

 

 

「……どうやら僕らは性格まで相成れないようだな」

 

 

 

「ハッ! 今に始まった問題じゃねぇだろうがよぉ。俺とお前は言わば真逆の存在だ。感覚派と理論派、この際どっちのが正解なのかはっきりさせようじゃねーか!」

 

 

 

「はっきりさせるって、どうやってだよ」

 

 

 

「どうやって? そりゃあ……理論派の出番だろうが! お前が考えろ!」

 

 

 

「お前そこ丸投げすんの!? うーわ馬鹿だ。馬鹿が出たわ。ちょっとこっち寄らないでもらえます? 馬鹿が移りかねないので。まぁそこは後で考えるとして、一旦CMに入ります。それでは皆さん、チャンネルはそのまま!」



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#3 part2

今回は募集いただいた中から採用させていただきました!


「……燃えたな」

 

 

 

「よく燃えたねぇ」

 

 

 

 試合は一回の裏。ブルーバーズはいきなり4点を追いかける展開となっていた。というのも先発の八家(はっけ)が今日は荒れていた。元々調子の良し悪しが分かりやすい投手ではあるのだが、その中でも今日は特に悪い方だ。四球とヒットであれよあれよという間にランナーを埋め、一死満塁から六番打者にグランドスラムを被弾。くしくも黒鵜座が言っていた通り、投手が炎上することとなった。

 

 

 

「最初に言い出したのお前だからな。お前のせいだぞ」

 

 

 

「いやいや、こればっかりは実力でしょうよ。まぁ確かに僕が不穏な事を言い出したのは事実だけど、結局は弱肉強食の世界だから。実力が無いなら打たれるのは当然の話だし」

 

 

 

「何か心なしか嬉しそうだな」

 

 

 

「あ、バレた? いやだって僕昨日も一昨日も投げてるから。開幕からいきなり三連投はちょっと嫌だなって思ってたし」

 

 

 

「ケッ、そーいう自分の事優先でチームの事が二の次な所が気に食わねぇ」

 

 

 

「まさかお前からフォアザチームみたいな言葉が出るとは思わなかったよ。何か変なものでも食ったか?」

 

 

 

「うるっせぇバーカ!」

 

 

 

「……あ、もうCM明けてる? えー、立ち上がりからいきなり不穏なのは今回の僕らの放送と同じですね。ってなわけでやっていきましょうブルペン放送局。不本意ですが、本当に不本意ですがゲストの方にもお便りを選んでもらうのが決まりなので。おら選べ熱田」

 

 

 

「あぁ? お前に言われるまでもなく取ってやるわ!」

 

 

 

 スタッフが毎度のごとく白い箱を持ってくる。それを熱田が受け取って乱雑に中身を取り出す。お前そういう風に物を大事にしないから大成しないんじゃねーの、なんて言う黒鵜座の声を無視しながら。

 

 

 

「オラァ! これでいいな黒鵜座!」

 

 

 

「いや読めよ」

 

 

 

「注文の多い野郎だな!」

 

 

 

「まだ前菜すら注文してねーレベルだわ」

 

 

 

「はいはい、読みますよ。読めばいいんだろ」

 

 

 

「すねた子供かよ」

 

 

 

「ペンネーム『薩摩な指名打者』から。……薩摩ってどこだっ、たっけ?」

 

 

 

「お前流石にそれはないだろ。鹿児島だよ鹿児島。中学生時代に社会の授業でやっただろ、何なら高校でも日本史で勉強しただろ」

 

 

 

「残念だったな黒鵜座! 俺は高校では世界史を取ってた!」

 

 

 

 ま、眩しい! 馬鹿すぎて直視できないほど眩しい。聞いているのはそこじゃないんだよ、と黒鵜座はツッコむ。

 

 

 

「知らねーよ……。というか自分の知識不足を鼻高々に話してんじゃねーよ」

 

 

 

「まぁいい。要するに鹿児島からのハガキという事だな! 結構字が綺麗じゃねーの。なになに、『桜の咲きつつある今日この頃、前回は』……えー」

 

 

 

 熱田が言葉に詰まったのを見計らって黒鵜座が後ろに回り込む。なるほど、漢字が読めないのか。仕方がないので補助をしてやる。

 

 

 

()く」

 

 

 

「『斯くの如き素晴らしき放送悉く申し上げ……』」

 

 

 

(そうろう)

 

 

 

「『候。小生これを聴きて一念……』」

 

 

 

発起(ぼっき)

 

 

 

「『一念発起(ぼっき)し』……ン? ぼっき?」

 

 

 

「んふふ……お前下ネタに敏感すぎでしょ。発起(ほっき)だバーカ」

 

 

 

「何だとこの野郎!」

 

 

 

 いよいよ下ネタに走り出した。会話の内容だけ聞けば中学生のそれと思うかもしれないが、二人とも割ともういい大人である。

 

 

 

「いーから次読め次」

 

 

 

「先に仕掛けたのお前だろうが! というか言われなくても分かっとるわ! 『一念発起しリリーフを始める事を決心致し候。ついては現役リリーフの方々に質問致したき事』……えー、読めないので飛ばします」

 

 

 

「大事なところかもしれねーだろすっ飛ばすな!」

 

 

 

「いいんだよ大事なのはその次だから。三つあるな、まず一つ。『リリーフの心構え』。……リリーフの心構えだと? そんなもの知るか! 投げる時は常に全力投球を心がけていれば大抵の打者などねじ伏せられる! というかリリーフだと? 先発をやれ先発を!」

 

 

 

「先発もリリーフもどっちつかずのお前が言うな」

 

 

 

「俺のハートは常に先発を求めている! つまりこういうものはプロ入りしてからずっとリリーフしている黒鵜座! お前の出番というわけだ!」

 

 

 

「人に押しつけやがったよ、もう。でもまぁコイツの言う事にも一理あるには一理あるんですよね。プロ入りしてからならともかく、今の内から自分の選択肢を潰してしまうのは勿体ないと思いますよ。やっぱりアマチュア野球で比重が大きいのはやはり先発です。その負担は確かに大きなもので、高校野球であれば150球近く投げさせられる事もありますけどそれはやはり投手が信用されている証なんでしょうね。僕も高校時代は先発やっていましたし。というわけで勧めるなら先発ですね」

 

 

 

「ふんっ、俺の言う事も的を得ていただろ?」

 

 

 

「まぁ前置きはそこら辺にしておきましょう。それでもリリーフをやりたい人とかもいるという事でしょうし、まぁそういう人のためにも教えてあげるのは悪い事でもないですからね。で、本題なんでしたっけ……そうそうリリーフの心構えですね。あー、これは先発にも同じことが言えるんですけどとにかく攻撃的でいることですかね、コイツみたいに」

 

 

 

「いい事言ってくれるじゃねぇか。そうだ、攻めの気持ちだ!」

 

 

 

「大事なのはとにかく自分を押し付ける事。『誰にもピッチングに文句など言わせない、これが自分だ!』という気持ちが大事です。弱気になってしまうとどうしても受け身になってしまいがちなので、そうなってしまうと球を置きに行ってしまって結果打者の方が優勢になってしまうわけですね。そうならないようにピッチングはどんな相手でも自分がコイツを倒すんだ! ってくらいの気持ちで向かっていった方がいいですね」

 

 

 

「そうそう、投手ってのは強気で行くもんだ!」

 

 

 

「後大事なのはは打たれてしまった時の切り替えでしょうか。反省するところがあるなら反省すればいいし、相手を褒めるしかないようなバッティングをされたら素直に相手を認める。これで問題ないと思います。それでも必要なのが本塁打以外では点が入らないわけです。つまりはどれだけランナーを背負ったとしても点さえ入らなければいいので、気楽に行きましょう。それでリリーフとして必要なもの、当たり前ですけどいつでも投げられるように準備しておくこと、ですね」

 

 

 

「こんな企画考えたお前が言う事なのか?」

 

 

 

「うるせーわ。……準備は何より大事です。事前に構えておくことで余裕が生まれます。僕もちゃんと準備してますけどやっぱり安心感が違いますね。答えになっていないかもしれませんがこれで大丈夫でしょうか? ちゃんと伝わっていればいいんですけど……ここでCMです。そんじゃ続きはまたこの後に読むということで」

 

 



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#3 part3

それっぽい事を言っていますが、作者は野球をしたことがないのであまり(というか9割くらい)信用しないで下さい。


「何だかんだ八家さんも修正してきたな。てっきりこのままズルズル行くもんだと思ってたけど」

 

「まぁあの人の場合ちょっと特殊だからってのもあるだろ。俺たちとは全く違うタイプの人だし」

 

 画面の先では八家が3回の表を三者凡退で締めてベンチへと帰る姿が映っていた。その姿を見て二人とも各々の感想をこぼす。自分がいつ登板するかに備えられるために、こうして試合の状況を見ておくのも大事な要素だ。

 

「それでもこのままビハインドで行くとあっという間にお前の出番が来そうだけどな。はいっ、そろそろ質問の続きに進みましょうか。熱田、続き」

 

「俺に指図すんな。えーと次は、『回転数並びに? 回転方向の調整』だと。俺の場合はそうだな、ストレートはしっかり握ってリリースポイントで力が100%、いや120%伝わるように投げる! こう、シュッという感じでな! まぁとにかく力強くを意識していればおのずと回転数などついてくるものだ!」

 

「2100回転の方は黙っておいてもらえます?」

 

「んだとコラァ!」

 

 熱田の威圧に怯むことなく、黒鵜座はひらひらと手を振る。寄ってきた野良犬をしっしと払いのけるかのように。

 

「そういう脳筋な考え方はもう古いんだって、それにこういう質問はどう考えても僕向きでしょうが。だからお前はそこで茶でもすすってろ」

 

「お茶なんてここにあるわけないだろ!」

 

「比喩表現すら分かんねぇのかよこの馬鹿! だったら水でも飲んどけ! えー、まぁ実はこれあんまり言いたくないんですよね。何故かって? そりゃあ真似して僕みたいな選手が量産されると困りますからね。それに当時の投手コーチと二人三脚で身につけたこれは、感覚に等しい物なので最終的には自分で掴み取るしかないんですよね。ですから理論で説明できる部分はそこまであるわけじゃなくて」

 

「なんだ、やっぱ感覚で覚えるのが正しいんじゃねーか」

 

「外野は黙ってて下さいねー。回転数を調整する上で大事なのはやっぱり指なんですよ。ボールに触れるのも指、最後に力を伝えてなおかつ回転を加えるのも指なわけです。つまり何が言いたいかというと、回転数を伸ばしたいなら指でその感覚をつかめって事ですね。『指で弾く』だとかそういう表現がありますけど、人によってその感覚は千差万別です。僕の場合なんかは指を食器のフォークに見立ててそれを突き刺すっていうのがしっくり来ますね。バックスピンの回転が多ければ多いほどボールの軌道も変化してくるので、皆さん頑張って自分なりの回転を身につけましょう!」

 

 ストレートの握りを見せたのち、説明を終わらせた黒鵜座が満足そうにドヤ顔を浮かべる。そのよそで、熱田は納得のいかないような表情で黒鵜座を見つめていた。

 

「……フォークで突き刺すってあんまり食事のマナー的にどうなんだよ」

 

「だから例えだっつってんでしょうがあぁん!? 終いにゃ普段温厚な僕でも流石にキレるぞコラァ!」

 

「お、やるか? リアルファイトで決着つけるか?」

 

 再び二人の額と額がぶつかり合った。互いの睨み合いはいよいよ危険な状態へと……行かない。黒鵜座も熱田もそこは流石に自重する。二人ともプロ野球選手という立場が無ければもしかすると殴り合いに発展していたかもしれない。

 

「……はぁ、馬鹿。本当に馬鹿。リアルファイトなんてプロ野球選手がやるわけないでしょうが。そんな事したら週刊誌にすっぱ抜かれて即干されてお払い箱まっしぐらだろうが。あー視聴者の皆さん安心してくださいね。僕らの仲はもう修正が効かないほど壊滅的ですが、ブルペンは今日も平和です。だから110番を押そうとするその手を今すぐ止めて下さい、お願いします」

 

「つーかお前が言ってた話も結局感覚の話じゃねーか!」

 

「……あのなぁ熱田。究極の理論派ってのは何だと思う?」

 

「究極って響きなんか良いな……ってそうじゃねぇ! あれだろ、こう……とにかく、理詰めで行く奴!」

 

「はい馬鹿。お馬鹿一級の資格を貴様に進呈しよう」

 

「何言ってるかはよく分かんねーけど馬鹿にされている事だけは分かるぜ……だったら何だってんだよ!」

 

「仕方ない、お前にも教えてやろう。究極の理論派とはな、自分の動きに()()()()()()()()()()()()()()の事だ。自分がどういう動きをして、結果ボールがどのような軌道を描いたか。それに名前や理由を付けられるから、説明が出来る。そして説明が出来るから、再現が出来る。再現が出来るという事はつまり、それを自分の手中に収めたと同じことだ。分かるか?」

 

「ちょっと何言ってるか分かんねぇ」

 

「お前マジ……かなり懇切丁寧に伝えたつもりだぞ今のは。だからな、自分の動きを体ではなく頭で理解できるのが理論派の究極型であり、理想だ」

 

「あー、それならまだ分からなくもない。うだうだ話を長引かせてないで、最初から一言で済ませりゃいいんだよ」

 

「今のはイラっと来ましたが、僕は大人なので続けます……。確かに僕の握りの表現は人によっては当てはまらないだろうし、違う解釈をする人だっている。でも最悪理解できるのは自分だけでいい。自分さえそのメカニズムを理解できているなら、動きを忘れないでいる事が出来る。大事なのはその原因だ。最も納得する原因を見つけるために、今の野球、いやスポーツ選手は自分の動きを繰り返し映像や画像を見て理解しようとする。正確には言葉で説明を付けようとするわけだ。これが今いる理論派の求める形、だと勝手に僕は思っている」

 

「ほーん、なるほどねぇ……通りで最近理論を付けようとする野郎が多いわけだ。てっきり今流行りの草食系が増えたのかと」

 

 熱田はというと、納得はしているみたいだ。先ほどまで黒鵜座が苦労していた分、今の説明で理解してくれたことで感涙にむせびそうな気分だ。

 

「感覚が全く重要じゃないかと言えばそんな事はない。お前みたいに感覚でつかむような選手が一定数いるのも事実だしな。だけど理論ってのを考えるのも中々に悪くないとは思うぞ?」

 

「ま、俺にとっちゃあ感覚第一だけどな。理論まで身につけちゃったら、いよいよ俺が最優秀投手としての才能が開花しかねないぜ」

 

「はいはいそーかよ、勝手に言ってやがれ。勝つのは僕だ。後でピーピー言ってても聞いてやらねーからな」

 

「ふんっ!」

 

「へっ! えーそろそろCMのお時間となります。放送はまだまだ続きますのでどうぞお楽しみに!」



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#3 part4

前回に引き続き野球の話が出てきますが(以下略)


「はい、続けて参りましょうブルペンラジオ! え? 熱田はどうしたのかって? あいつは今頃戦場に……」

 

 

 

「おーい黒鵜座、そろそろ……ってオイ続き始まってんじゃねーか! お前しばらくCMだからゆっくりトイレに行けばいいって言ってたよなぁ!」

 

 

 

「トイレという名の戦場に行ってました」

 

 

 

「いやーデカかった」

 

 

 

「聞いてねーよ……チッ、そのままブルペン(戦場)に向かえば良かったのに。そうでーす、まだコイツの出番は来ないらしいでーす。つーかお前、頭に付けてたハチマキは?」

 

 

 

 トイレに行く前と後で熱田には明確な見た目の違いがあった。頭に付けていたハチマキの有無である。確かに放送前には「金子監督♡先発志望です」と書かれたハチマキを付けていたはずだ。流石にそれを付けたまま登板するほど馬鹿ではないと思うが、準備が始まるまでてっきり付けたままなのかと思っていた。

 

 

 

「あぁ、あれか? 愛国心が足りないって」

 

 

 

「軍の回し者か!」

 

 

 

「日の丸を掲げろって」

 

 

 

「だから軍の回し者かっつの!」

 

 

 

「まぁ冗談なんだけど」

 

 

 

「じゃあ何でだよ、俺の忠告に対しては振り返りもしなかったくせに」

 

 

 

「いや、さっき丁度仲次コーチとすれ違ってよ。そん時にこれを説明したら何て言ったと思う?」

 

 

 

「『馬鹿じゃねーのお前』とか?」

 

 

 

「すげぇ、一文字違わず合ってる!」

 

 

 

 そりゃあ誰だって同じような感想を抱くだろう。心底呆れた顔で発言する仲次コーチの姿が容易に想像できる。あーあ、だから最初に言っておいたのに。また黒歴史のページが増えたな。

 

 

 

「まぁいいや、人の黒歴史が増える事に関してはどうでもいいし。なんならお前の馬鹿っぷりに毎回追われる人の苦労を知ってほしいぐらいだし。黒鵜座だけに」

 

 

 

 ここは室内だというのに、冷たい風が吹いた。絶対零度のクローザー様はトーク力でさえ聞いているものを凍り付かせる。……うん、今のは忘れよう。

 

 

 

「お前も黒歴史が増えたな」

 

 

 

「……そ、そんなことねーし。ばーかばーか」

 

 

 

「俺が言うのはどうかと思うけど、お前も追いつめられると語彙力なくなるよな」

 

 

 

「放っとけ! でそうだ、続きだよ! もう一個最後にあっただろ質問!」

 

 

 

「しゃーねーな。俺に言ってた事をそこで反省してろ。えー最後の質問は、『失投しないための心得』だそうだ」

 

 

 

 黒鵜座も熱田も、黙ったまま顔を見合わせる。口をついて出た言葉は二人とも同じものだった。

 

 

 

「「そんなものない(だろ)」(ですよ)」

 

 

 

「ここは同じなんだな」

 

 

 

「そりゃあそうでしょ。投手なら思う所は同じだろう、それが別にお前じゃなくても。だからこれに関しては僕達二人の気が合うとかじゃなくて、プロの投手としての総意? まではいかなくとも大体の投手はそう考えると思いますよ」

 

 

 

「まぁ投手なら誰しも夢を見るだろうな。ゲームの中みたいに、一度も失投をせずに勝負する事が出来れば投手が負ける事なんてほとんどない」

 

 

 

「僕らは失投を減らす方法は知っていても無くす方法は知らないんだよね。世界がまだそこまで追いついていないっていうか……そうですね、100年経てばそういう技術が生まれるかもしれないですけど」

 

 

 

「その頃には野球があるかどうかも疑わしいな」

 

 

 

「いや、100年前も野球はあったんだし残るだろ……根拠は無いけど」

 

 

 

「それぐらいになると日本があるかも怪しいかも」

 

 

 

「お前急に怖い事言うなよ! え、どうしたマジで。トイレから戻ってくる前に誰かと入れ替わったの?」

 

 

 

「失敬な! 俺はちゃんと俺だわ! ……何か変な事言ったみたいな目をやめてくれるか!?」

 

 

 

 だって突然変な事言い出すんだもん、仕方ねーだろ、という目で黒鵜座は熱田を見つめる。熱田がそんな危険な思想の持ち主だったとは。これからはちょっと距離を置こう。人知れず黒鵜座が熱田の評価を(悪い意味で)見直した瞬間であった。

 

 

 

「まぁそれは一旦置いといて、じゃあいかに失投を打たれないかについてを話しますか。何もないじゃ送ってくれた人も聞いた人もいたたまれないでしょ。ほいじゃあ熱田、言ってみ。返答によってはお前を偽物と判断するぞ」

 

 

 

「何でそんなに疑うんだよッ! まぁ俺の場合、失投する瞬間に力入れて無理矢理にでもワンバウンドさせる。ランナーがいる時だろうとホームランを打たれることに比べりゃ安いもんだからな」

 

 

 

「良かった本物だ」

 

 

 

「判断する基準がおかしいだろお前!」

 

 

 

「どおりでお前の暴投数がチーム内じゃぶっちぎりで多いわけだよ。そりゃあただでさえコントロールが悪い上に無理矢理違う所に投げようとするもんだから、クソみたいなところにボール投げる事もあるって事だな。キャッチャーの角井さんこの前泣いてたぞ。あいつだけはコントロールできないって。でもお前デッドボールをぶつけた相手に向かって喧嘩するのはどうかと思うぞ」

 

 

 

「あれは……仕方ねーだろ。こっちはもう頭を下げたしスポーツマンとしての礼儀というかマナーは果たしてるわけじゃん。まぁ当てたのは完全にこっちの非ではあるけど、それで向かってくるならそりゃあこっちだって自分の身を守るために必死になるよ」

 

 

 

「だけどお前乱闘になった時いつもより目が輝いてるじゃん」

 

 

 

「元からだそれは! で、俺としちゃお前の意見が気になるんだけど」

 

 

 

「僕? 僕の場合はそりゃあアレですね。打たれるような失投するからダメなんですよ。一流ってのはボールの質がいいからそうそう打たれないわけで、多少コースが甘くなろうが回転がすっぽ抜けようが打たれなきゃこっちの勝ちです。だから自信持って投げ込めばいいんです。まぁ強いて何かを加えて言うとすれば……そうですね、さっき言った『再現』を心がけて下さい。上手くいくのもその逆も必ず理由があるんです。それをすぐに見つけるのは難しいかもしれませんが、そのためにかけた時間は決して無駄にはなりませんから」

 

 

 

「流石理論派。ガッチガチに固めてるじゃねーか」

 

 

 

「いやいや、それほどでも」

 

 

 

「おい、熱田」

 

 

 

 黒鵜座と熱田が振り返った先には、笑顔の仲次がいた。笑顔といっても、目が全く笑っていない。

 

 

 

「俺、何回も呼んだんだけど」

 

 

 

「っす―――みませんでした!」

 

 

 

 仲次は表情を変えずに黒鵜座の方を見やる。黒鵜座までもが縮こまってそれが終わるのを待っていた。仲次敏治(なかつぎとしはる)。中継ぎ投手の整理や徹底した『投げさせ過ぎない』の精神で今の投手陣を裏から支えた名コーチ。そんな彼の欠点は一つだけ、皆が口をそろえてこう言うのだ。『怒らせるとめちゃくちゃ怖い』、と。

 

 

 

「おらさっさと行くぞ熱田。黒鵜座も、あんまり付き合わせんなよ」

 

 

 

「あっはい」

 

 

 

(すまん熱田、犠牲になってくれ……!)

 

 

 

 がっくりとうなだれながら半ば引きずられていく熱田を気の毒そうに見送りながら、黒鵜座はひたすらそう願った。少しして、一人だけになった場所に黒鵜座だけが取り残された。

 

 

 

「えー、はい。お見苦しい所をお見せしました。放送は続くので楽しみにしてください。仲次コーチマジ怖ぇ……」




次回で第三回は終わりです!


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#3 part5

「無抵抗だ……実に無抵抗」

 

 

 

 六回の裏の攻撃を終えてスコアは1-4。5回に1点を返すことができたものの、それ以降はさっぱりだ。今日は打線の調子もあまりよろしくない。打線は水物とはよく言ったものだ。こりゃあ今日は負けだな、と誰にも聞こえない声で黒鵜座はひとり呟いた。

 

 

 

「何とか八家さんが6回まで初回の4失点でまとめてくれたわけですが、やっぱりウチの課題は打撃陣ですね。まぁ球場が広いからそりゃあ長打が減るのは仕方ないとも言えますけど。でも相手は今日本塁打を打ってるわけだしなぁ。えーここでですね、一人では寂しいという事で助っ人に登場してもらいましょう。頼れる我らがリリーフ、石清水禄郎君です! はい拍手!」

 

 

 

 黒鵜座とスタッフの拍手に包まれながら、禄郎がカメラの範囲に入ってくる。その表情はげんなりとしていて、とにかく嫌そうな顔が伝わってくる。

 

 

 

「……あの、困った時に僕を呼ぶのやめてもらえませんかね。だって僕この前出たばっかりじゃないですか」

 

 

 

「はいはい、そういう固い事は言わない! 何たってこの放送は自由がウリなんだから。今決めたけど」

 

 

 

「聞こえてますよ。今決めたなら意味ないじゃないですか」

 

 

 

「それでさぁ、どうだったの? この前の放送の反響は」

 

 

 

「話を聞いてくれませんかね。……どうって言われると一概に答えるのは難しいですけど、一つ変化を挙げるとするならファンレターが少し増えました。まぁ気のせいかもしれないんですけど」

 

 

 

「お、いい事じゃないの! それはこの放送の効果があったってことで受け取っていいのかな?」

 

 

 

「それがですね……結構同情だとかの手紙が多いんですよね。『周りの人がうるさいだろうけど、頑張ってください!』とか『プロの投手と言えども大変なんですね』、だったり」

 

 

 

「まぁやかましい奴もいるからな。熱田とか熱田とか熱田とか」

 

 

 

「多分その中に先輩も入ってると思いますけどね。あとは意外だなって声もあって。『石清水選手もやっぱり緊張するんですね!』なんて手紙もありましたよ。多分僕ほど登板前に緊張している投手の方が珍しいと思いますけど」

 

 

 

「ファンはほとんどマウンド上の禄郎しか見る事が出来ないからな。意外だって声も分からなくないよ。投げてる時のお前は凛々しくて頼りになるし」

 

 

 

「え、凛々しいですか? えへへ、リップサービスかもしれないですけど嬉しいです」

 

 

 

「登板する前からそうならいいんだけどな」

 

 

 

「ああそういう……先輩って上げて落とすの本当に好きですよね。って僕の事はいいんですよ。試合の解説しましょう、ほら今から熱田さんが投げるみたいです!」

 

 

 

 禄郎が指さすモニターの中では、熱田が丁度投球練習を終えてバッターと対面する姿を映していた。だがしかし、黒鵜座は分かりやすく面倒な顔をしている。何で僕があいつの解説すんの? という顔だ。

 

 

 

「えぇ~面倒くさいよ、そこまで競った内容でもないし解説しなくてもよくない? というか現役の解説って役に立つわけ?」

 

 

 

 そんな様子の黒鵜座をよそに、左足を大きく上げてダイナミックなフォームから第一球を投じた。右腕からのオーバースロー、それが熱田のフォームだ。熱田は得意とするストレートを、球場内にも響く声と共に投じた。ストライクが審判からコールされる。

 

 

 

「少なくとも素人が解説するよりは意味があるんじゃないですかね、あっほら、いきなり156km/h出しましたよ!」

 

 

 

「ど~だか、あいつの場合球速が出ないと話にならねーでしょ。気合は入ってるけどコースも若干荒れてるしあんまりいい球じゃないね」

 

 

 

「辛口ですね」

 

 

 

「だってこんなビハインドの試合であんなに気合入る方がおかしいでしょ。まぁあいつにとっちゃ絶好のアピール機会ではあるんだろうけど」

 

 

 

「なるほど、じゃあ先輩は熱田さんの一番良い状態を知っているというわけですね」

 

 

 

 いたずらっぽく禄郎が笑う。この前の放送のお返しと言わんばかりのその表情は、とてもカメラ受けがいいものだろう。これを写真に撮れば多分「イケメンプロ野球選手」の写真集に確実に載る、と黒鵜座は確信した。

 

 

 

「ちょっとカメラマンさん! 今のちゃんと映してましたよね! あれを放送すれば視聴率アップ、ひいては僕のお給料アップに繋がりますよ! は、撮れてない? バッキャローそれでもプロか貴様ぁ! ちょい禄郎、もう一回今の頼む!」

 

 

 

「先輩って意外と分かりやすい性格ではありますよね。露骨に口数が増えた時は滅茶苦茶機嫌がいいか、何かを照れ隠しでごまかそうとするかの二択ですもん」

 

 

 

「は~? そんな事無いが~?」

 

 

 

「僕相手でもそういう下手なごまかしは通用しないですよ」

 

 

 

 禄郎の真っ直ぐな視線が黒鵜座を貫く。少しの沈黙の後、耐えきれずに黒鵜座が降参と言わんばかりに両手を上げた。

 

 

 

「……はぁ、そーですよ。認めます。あいつは最速159km/hのストレートもあるし、ノリがいい日はスライダーにもキレがある。調子が良ければガンガン三振を取れるタイプの選手だ。だから今の立ち位置がおかしいくらいの実力を持ってるんだよ」

 

 

 

「素直じゃないですね。というか何でそこまで熱田さんの事を嫌うんですか?」

 

 

 

「さっきも放送じゃ言ったけど僕とあいつじゃタイプがな……」

 

 

 

「そういうタイプとかで好き嫌い選ぶような性格じゃないでしょ先輩は。大体熱田さんと同じタイプの北君に対しては普通に接しているじゃないですか」

 

 

 

「分かったよ、言うよ。言うけどこれはあいつが後でこれを見返さない事前提だからな。くれぐれも本人には伝えるなよ」

 

 

 

「はいはい、ちゃんと秘密にしときますよ」

 

 

 

「……あいつがドラフト一位で僕が四位指名だから」

 

 

 

「え、そんな理由? 器小さくないですか?」

 

 

 

「いや気持ちは分かるよ!? けどこれにはちゃんとした理由があるんだ!」

 

 

 

「まぁ聞こうじゃないですか」

 

 

 

 禄郎が水の入った紙コップに手を付ける。これはあれか? 喫茶店で友人に相談する主婦の構図か? その二人を向けたモニターの先にはガッツポーズをしながらベンチへと帰っていく熱田の姿が映っていた。

 

 

 

「あいつには才能がある。だから一位指名なのは当然だと思ってた。だけど最近の体たらくを見ると、何かむしゃくしゃするんだよ」

 

 

 

「ははぁ、つまりは『僕は頑張ってるのに、お前はなんて有様だ!』ってわけですか」

 

 

 

「……外れてはないな。あいつは努力すればローテーションの一角を務めるポテンシャルを持っている。だけどいつまでもポテンシャルを期待するわけにもいかないから、そろそろ尻に火が着かねーとまずいんだ」

 

 

 

「なるほど、かなり面倒くさい感情を抱えてるみたいですね」

 

 

 

「うるさいわ! おっと、そろそろお別れの時間が来たみたいですね。喧嘩から始まり、最後は尻すぼみしたような気がする第三回でしたが、皆さまいかがでしたでしょうか。次の放送は再来週の火曜日です。えー次回のゲストですが……恐らくは黒船セットアッパー、KK(ケーケー)ことカービィ・カイル選手に来ていただく予定です。ゲストが変わる可能性も否定できませんが。それでは次回もお楽しみに! さようなら~!」




第三回、締まらないけどこれで閉幕!


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アウェーでも投げますよ

今回は箸休め回です。


開幕三連戦を終えた後、一日の移動日を挟んでブルーバーズはアウェーでの六連戦が控えている。その期間放送もないので、ダイジェストで試合をお送りしよう。まずは開幕初のアウェー、大学野球の聖地である神之宮球場での東京ヤンキース戦から。

 

 

 

 東京ヤンキースは投手力で守り勝つブルーバーズとは正反対のチームだ。四番打者にして昨シーズン36本塁打を放った鳩ヶ浜幸宏(はとがはまゆきひろ)を中心として、去年打撃が開眼して3割25本を達成した大型ショート・嵐山信(あらしやましん)、メジャーリーグ通算50発の助っ人大砲候補・ウィルソン等打撃陣のタレントが勢ぞろいである。

 

 

 

 その上で投手陣はどうかというと、その成績は12球団ワーストである。最も球場が地方のものを除いて一番狭いから仕方ないだろ! という声もあるが、それは相手も同じ条件であるので却下である。長年にわたる絶対的エースの不在が尾を引いているのか、ここ数年は優勝から遠ざかっている。球団側もその弱点を重々理解しており、市場に上がった投手の獲得には積極的に動いている。しかしフラれたり、はたまた獲得に成功してもその選手が活躍しなかったりとその結果は凄惨なものだ。

 

 

 

 話がそれた。ともかく神之宮球場で行われた三試合の内容をお送りしよう。第一試合、この試合ではいきなりヤンキース打線が大爆発。鳩ヶ浜のシーズン3号となる2ランホームランでブルーバーズ先発の出鼻をくじくと、その後も7番・朝野(あさの)がソロホームランを浴びせるなど4回の裏が終了した時点で6得点。先発投手をノックアウトした。ヤンキースの先発も7回1失点ときっちり試合を作り、試合は終始ペースを握る展開に。結局8-2でヤンキースが試合を制した。

 

 

 

 そして第二試合。今度はブルーバーズが反撃する番を迎えた。初回、先頭打者の李が初球を引っ張り先頭打者ホームランを放つと、その後も地味ながらもブルーバーズ打線が繋がりを見せて結局7得点。一方ヤンキースの打線は今日は不発に終わり、完封リレーでブルーバーズが試合に勝利した。

 

 

 

 両チーム一勝ずつで迎えた第三試合。この日は神之宮球場名物・少し早い花火大会が開催された。嵐山・鳩ヶ浜の二者連続ホームランでヤンキースが先制したかと思うと、ブルーバーズの四番打者にしてチーム随一の飛ばし屋・ドゥリトルの2ランホームランで一転、同点に。試合はヒットを積み重ねたブルーバーズがリードしたまま終盤を迎えるも、この試合でのヤンキースの得点は全て本塁打という驚異的な追い上げを見せる。ブルーバーズのセットアッパー・KKもその餌食となり、本塁打を浴びる。そして5-6で迎えた9回の裏、この緊張した空気の中登板したのが我らがストッパー・黒鵜座である。

 

 

 

(いきなり相手は四番の鳩ヶ浜さんかよ……)

 

 

 

 そう、黒鵜座にとっては最初にして最大の関門である鳩ヶ浜が右打席に入る。ここのところ鳩ヶ浜は非常に調子がいい。()()を使おうとも思ったが、生憎あの球の制球は荒れるしここで使うのは得策ではない。そして何よりまだシーズン序盤だと言うのに手の内を見せるのが勿体ない。よって黒鵜座が慎重に入るのも頷ける話であった。ストライク、ボール、ボール。カウントはバッター有利。捕手の扇谷がサインの交換をする。

 

 

 

(ここは自信のあるストレートにしよう)

 

 

 

(OKです)

 

 

 

 鳩ヶ浜が大きく上体を反らす。鳩ヶ浜のフォームはオープンスタンス。足を少し大きめに開き、バットをホームベース側に軽くバットを下げている。その構えには外角にも対応でき、隙が無いように思える。

 

 

 

(大丈夫、大丈夫……)

 

 

 

 グラブの中に入ったボールを見つめながら、黒鵜座は大きく息を吐く。最初から自分が出来ることなど決まっている。キャッチャーを信じて投げ込むだけだ。そして4球目、真っすぐを鳩ヶ浜が捉えた。打球はセンターまで飛んでいくも失速。ほとんど定位置でセンターの李がボールをつかんだ。

 

 

 

(やはり……打ちづらいな、あいつのストレートは)

 

 

 

(ヒヤッとしたわ~、ちょっとバットの上だった分伸びなかったな)

 

 

 

 その勝負でリズムに乗った黒鵜座は続く打者を連続三振に打ち取り、ゲームセット。乱打戦を制したのはブルーバーズだった。これで勝ち越しが決まった。とはいえ、あんまりここでは投げたくない。やっぱホームの広―い球場が一番っすわ。そう投手コーチにぼやきながら黒鵜座は神之宮球場をあとにした。

 

 

 

 次に向かうは横浜球場。ここもフェンスこそ高いもののここも結構本塁打の多いチームだ。ここを本拠地とするダイヤモンドバックスは、毎年歯車が嚙み合えば一位争いに食い込めるチームと言われている。個々の実力も高く、5年連続で三割を記録した綿引京志郎(わたひききょうしろう)やエース格の財前大我(ざいぜんたいが)などの主力選手がそろっている。が、何故か上手くいかない。主力の怪我だとか不調などで中々浮上しないのだ。まぁ毎年計算通りに動くことなどないのは当たり前なのだが。

 

 

 

 その第一戦、試合は両エースの好投からはじまった。ブルーバーズの先発・那須も財前もお互い開幕投手を務めていただけあって試合を作る能力には長けている。均衡を破ったのはブルーバーズだった。6回、二死二三塁から美濃の走者一掃タイムリーでついに2点を先制。那須が前回のパッとしない内容を打ち破るかのように8回無失点の快投。9回には黒鵜座が登板し、安定の三者凡退。きっちり試合を締めくくった。

 

 

 

 第二戦は宮内が力投。2回の犠牲フライで1点を先制したが、中押し点が遠い。しかしこの日のブルーバーズの先発、宮内にとってはそれだけで十分だった。初回にピンチを招くもこれを凌ぐ。そこから先は回を追うごとにギアを上げていき4回からは2塁をも踏ませない圧巻のピッチング。そのまま9回まで続投を志願し120球の快投で完封を記録した。

 

 

 

 第三戦。ブルーバーズの先発は八家。毎回のようにピンチを招きながらのらりくらりとかわすピッチングで、5回3失点に抑える。そしてブルーバーズ打線は8回に活性化。ダイヤモンドバックスの誇るセットアッパーを打ち崩し、この回5得点のビッグイニングを作った。リードを奪ったとなればブルーバーズも勝利の方程式の出番だ。その回の裏、北が五者凡退で抑えていよいよ試合は最終盤へ。9回のマウンドを任されたのはやはりこの男・黒鵜座だ。先頭打者に今シーズン初ヒットを許し、進塁打でランナーを二塁に進められたがここから黒鵜座が粘る。次の打者を高めの釣り玉で三振に仕留め、最後は二球目を打たせてサードへのポップフライ。相も変わらぬ安定感で試合を終わらせた。

 

 

 

 まだ春とはいえ、汗はかくものだ。汗をタオルで拭き一息つく黒鵜座の元へカメラマンが駆け寄ってくる。最初はヒーローインタビューかと思ったが、すぐに違うと分かった。

 

 

 

「ああ、ブルペン放送局の方ですか」

 

 

 

「黒鵜座選手、来週の放送に向けて一言お願いします!」

 

 

 

「突然ですね。じゃあえーっと、勘違いされるかもしれないですけど僕もちゃんとアウェーでも投げてますからね? そこんところお願いします」

 

 

 

 先週のあらすじは以上である。そして今から、第4回の放送が始まろうとしていた。




はい、というわけでアウェーでの試合は概要だけでスキップとなります。
後色んな選手の名前が出てきましたが、そこまで覚えておかなくても大丈夫です。


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#4 part1

第四回、開幕!


「お久しぶりです視聴者の皆さん! お元気にしていましたでしょうか! 少々大げさに聞こえるかもしれませんが、『男子三日会わざれば刮目して見よ』という言葉もある事ですし、一週間という期間は何か変化が起こるには十分すぎます。僕は僕で頑張りましたよこの一週間。一つ聞いてもらいたいんですよ本当に。ここまで9試合を消化したわけですが、僕が登板したのは5試合です。えーこのままのペースで登板が続きますとなんと80試合に登板することになるわけです。ハハッ、アンタッチャブルレコードは超えてないとはいえ60試合登板が結構な負担である事を考えると普通に過労死ラインですね。というか流石に80登板はきついですって、頑張ってくださいよ打撃陣。これで僕が怪我なんてしてこの番組打ち切りになったらどうしてくれるんですかって話ですよ。まぁ流石に最終的には60試合程度までには留まるでしょうけど……それでも先行きは不安ですね。今日は今シーズン初めての広島レッズ戦です。それはそうと、そろそろ本題に戻って今回のゲストを紹介しましょうか。今回はですね、まぁ予告はしていたんですけどブルペン放送局としては初! 外国人ゲストでございます! それでは登場していただきましょう! アメリカからやってきた黒船セットアッパー、KK(ケーケー)ことカービィ・カイル投手とその通訳にして代理人・ホークさんです!」

 

 

 

 スタッフと黒鵜座の拍手に包まれながら、手を振りながらKK達が入場してくる。KKは体格に恵まれているプロスポーツ選手の中でも群を抜いて背が高く、かなり筋肉質だ。加えて右耳にはピアスをして肩までの長さの金髪を一本にまとめていることから初対面の人からすれば威圧感を覚える見た目である。顔は外国人っぽく面長で、青くて細長い瞳、そして口元にも顎にもひげは生やしていない。以前黒鵜座が何故ひげを生やしていないのかを聞いてみたところ、妻に「清潔感がない」と言われ剃られたらしい。ユニフォームの上からだと見えないが、肩にタトゥーもしている。これが文化の違いという奴か。

 

 

 

「二ホンのミナサンこんにちは! ドウモ、黒鵜座というバカがお世話になってマス!」

 

 

 

「おいちょっと待てKK、最後のは誰かからの差し金だコラ」

 

 

 

「ダレって、エンヤが最初にこれを話せと言ってたケド?」

 

 

 

「やっぱり熱田か。あの野郎めェ……KKが純粋だからって変な事吹き込みやがって。後でとっちめてやる」

 

 

 

 頭に青筋を立てる黒鵜座の横でKKは首をかしげる。どうやら自分の言ったことの意味もよく分かっていないらしい。まぁだから通訳がいるわけなんだけど。

 

 

 

「まぁいいでしょう、とりあえずKK。今ブルペン放送局に出てるわけだけどどんな気分? ってホークさん伝えてもらえる?」

 

 

 

「OKネ! ~~~」

 

 

 

「~~~」

 

 

 

 二人が英語で会話している。黒鵜座は高卒であるために、その英語力もたかが知れたものである。よって彼は会話についていくことが出来ない。と、話が終わったらしい。

 

 

 

「日本のテレビ、クレイジーね! 自由の国アメリカでも普通こんな事しないヨ! でもトテモ興奮してるヨ! やっぱり新しいコトをするのは楽しみネ!」

 

 

 

「クレイジーの所だけ聞こえました。ありがとうございますホークさん。まぁそうですよね、いつかやりたいと自分では思ってましたけどそうそう許可してくれる所もないですから。それでもKKが割と乗り気で良かったですね。じゃあハガキを取ってください」

 

 

 

「~~~」

 

 

 

「OK、OK」

 

 

 

 ホークの通訳に首を縦に振ったKKがいつもの箱の中に手を入れる。よく分からない鼻歌を唄いながら中身を混ぜていく。そしてようやく一枚、ハガキを取り出した。

 

 

 

「Here you are」

 

 

 

「サンキュー。えーペンネーム『青鳥すこすこ侍』さんから。『黒鵜座さん、KKさん、こんにちは』、はいどうもこんにちはー! 『KKさんに質問です。日本に来てから好きになった日本食を教えてください』だそうです、じゃあホークさんお願いします」

 

 

 

「~~~」

 

 

 

「Yes,yeah.~~~」

 

 

 

「~~~」

 

 

 

「~~~」

 

 

 

「色々あるけど、やっぱり一番はラーメンダネ! あの味は一回食べちゃったらクセになっちゃうヨ!」

 

 

 

「あ~、熱く語ってくれている所申し訳ないけど、ラーメンって日本食じゃなくて中華料理じゃ……」

 

 

 

「黒鵜座さん黒鵜座さん。実はラーメンって発祥は日本らしいですよ」

 

 

 

「えっマジ?」

 

 

 

 その場にいたスタッフの一人の声によって訂正がされる。話によるとラーメンは確かに中華麺を使ってはいるものの、最初に作られたのは日本であるとか。何でも中国の料理人を雇って日本で一般向けに作られた中華料理の一つがラーメンであるらしい。何だかややこしいな。

 

 

 

「何か一つどうでもいい豆知識を学んだ気がしますね。あ、でもラーメンって色んな種類? というかスープがありますよね。醤油とか塩とか。そこんところどうなんですか?」

 

 

 

「~~~」

 

 

 

「~~~」

 

 

 

「やっぱりワタシのテイバンはトンコツだね!」

 

 

 

「あ~豚骨ラーメンか。臭いはちょっとキツイけど確かに美味しいよね」

 

 

 

「ソレにたっぷりのモヤシと肉厚のチャーシュー! ホークをよく連れていくけど、ヤミツキになるネ! ……実はワタシも結構食べマス」

 

 

 

「……んん?」

 

 

 

「アノ山盛りのラーメンにドロドロに溶けたスープ! あれを最後まで飲み干すのが礼儀って聞いたことあるヨ!」

 

 

 

「あー、もしかして三郎系ラーメンの事なのかな?」

 

 

 

 三郎系ラーメン。よく知らない人のために説明すると、一般的に麺が見えないほど具を盛りに盛ったラーメンの事である。ラーメンの一大有名チェーン店の名前からとってそのように呼ばれるようになった。黒鵜座も一度だけ食べた事はあるが、あまりの具の多さとその量から非常に苦戦した覚えがある。いや食べるのに苦戦ってなんだよ。人によって違いはあるだろうが黒鵜座としてはもう二度と行きたくないと思えるレベルだった。

 

 

 

「Yes,yes,yes!」

 

 

 

「その頷きようから見るにそうらしいですね。というかプロ野球選手があんないかにも不健康の塊です! って感じのものを食べるのはどうなの……?」

 

 

 

「~~~」

 

 

 

「~~~」

 

 

 

「Ah~、大丈夫だヨ! アメリカにいる時もしょっちゅうハンバーガー食べてたし! 運動してカロリーを消費すれば問題ナシ!」

 

 

 

「まぁ間違ってはないし、体を大きくする方法として間違ってはないのかもしれないけど。何か腑に落ちない……。えー話がとりあえず一区切りついたところでCMの時間です、この続きも皆さんお楽しみに!」




通訳を通しての会話なので少しテンポが悪いです。
ごめんなさい。


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#4 part2

「いきなり先制しましたね、我らがブルーバーズ。このままリードを広げて勝利の方程式が起用される事無く試合を終えてほしい所ですね」

 

 

 

「~~~」

 

 

 

「~~~」

 

 

 

「ワタシは登板しても構わないヨ! だそうですよ黒鵜座サン!」

 

 

 

「うっわー流石タフネス右腕、言う事と信頼感が違う。これ聞くと多分仲次コーチも金子監督も喜びますよ」

 

 

 

「何たってワタシのお給料に関わるからネ!」

 

 

 

「あ、そういう……結構そこら辺ドライなんですね」

 

 

 

 放送が再開した頃には、ブルーバーズが4番・ドゥリトルのタイムリーで先制に成功していた。とはいえまだ一点差、こういう緊張感のある試合で登板するのが一番プレッシャーになる。だから黒鵜座としてはあまり登板したくはないのだが……、KKはビジネスとして割り切っている分投げたがりだ。成果主義の傾向が特に強いプロスポーツ選手にとっては当たり前の事だが、チャンスは多ければ多い程よい。その結果悪い方向に転がる事もあるが、それはある程度仕方のないことだとも言える。

 

 

 

「えーそこはまぁ置いときまして。では引き続きハガキの紹介に戻っていきますかね。ペンネーム『そよ風の使者』さんから。『黒鵜座選手、カイル選手、どうもこんばんは』、あそっか今もう夕方だね考えてみれば。『お二人の活躍をいつもテレビから見ております、二人ともとてもカッコよくて子供たちも憧れています』、うんうん、ありがたいことですね。『お二人にお聞きします。カイル選手は日本に来て驚いたこと、黒鵜座選手はこれまでのプロ野球人生でびっくりしたことを二つずつ教えてください』との事です。というわけでホークさん、通訳」

 

 

 

「~~~」

 

 

 

「Yeah,yes,yes.~~~」

 

 

 

「~~~?」

 

 

 

「~~~」

 

 

 

「OK,OK」

 

 

 

 中々にこの状況はシュールだな、と黒鵜座は思う。とはいえ、間に挟まるようなことは出来ないけれども。改めて通訳とは大変なんだなと痛感させられる、これで代理人の仕事もやっているんだからすごいものだ。何でこの人通訳やってるんだろう……?

 

 

 

「アー、まず一つ目はタトゥーをしていると温泉に入れないことですネ。モチロンそうではない所もありますが、一番入りたかったところがダメだったのでショックでしタ」

 

 

 

「文化の違いですね。外国から来た方で驚く人は多いんじゃないでしょうか。確かにNGな所も結構ありますからね。タトゥーをしている皆さんは温泉に行く前に先に調べておきましょう」

 

 

 

「次に二つ目。ジャパニーズベースボールとメジャーリーグの違いね。メジャーの野手はセーフティバントくらいしかしないけど、二ホンはバント多い。それに足でかき乱してくることも多いから、最初はとても困惑したネ。クイック覚えたのも二ホンに来てからだし」

 

 

 

「小技をからめて得点を取るのは日本流ですよね。メジャーリーグはとにかく振ってヒットやホームランを打つビッグベースボールが主流ですから。海外から来る選手は新鮮でしょう」

 

 

 

「だけど、二ホンの人優しい。ワタシがここに来るときもいっぱいサポートくれた。おかげで家族みんなで二ホンに来れたヨ」

 

 

 

「あー、そういえばウチの球団は外国人に対して色々尽くしてくれますからね。家の手配から始まり家族の生活のサポートまで。だから結構ウチの球団は助っ人選手に感謝されるんですよ。前いた選手なんて別れるときに泣きながら『ここでの思い出は僕にとっての宝だ』とまで言ってたらしいですから。異国に慣れるためのサポートはやはり必須ですね」

 

 

 

「ウンウン」

 

 

 

 あ、そこで頷くのはホークさんなんだ。まぁ日本語分かるのはホークさんだし仕方ないか。

 

 

 

「それで僕の場合ですよね。一つ目は……分かってはいたつもりなんですけど、皆さんやっぱ球が速いんですよね。メジャーでも驚いたんじゃないですか?」

 

 

 

「~~~」

 

 

 

「~~~」

 

 

 

「そうですネ、向こうでは150km/hは普通だから。160km/hを投げるピッチャーを見た時は驚いたね。球が速い投手と言えばブルーバーズにもエンヤや北がいるけれど、最初は生き残れないかもと思わされたヨ」

 

 

 

「メジャーリーグの基準で考えるともっと顕著ですね。球速ってぱっと見で一番分かりやすい数字ですから、やっぱりすごく目立つんですよ。一応コントロールの良さとかを表す指標もあるにはあるんですけど、そういうのは数試合消化してからじゃないと分からないという欠点があるから球速のシンプルさには勝てないですね。話を戻しましょう、やっぱり球が速いというのは強いですよね。僕はプロになって球がそこそこ速くなった感じなんで初キャンプの時はすごい驚かされました。僕なんかすぐにクビになるんじゃないかと思いましたもん」

 

 

 

「~~~」

 

 

 

「~~~」

 

 

 

「それで、次の話は? って言ってますネ」

 

 

 

「そんなに気になる? いや~どうしよっかな~」

 

 

 

「ハジメ、イジワル!」

 

 

 

「分かった、分かったよ。ていうかそこは伝わるんだ。えーあれは二年前、つまりKKが加入した年だね。その6月……いや7月だったかも。そこのどっかの試合で代打に出されたことですかね」

 

 

 

 思い起こすのは、あの日の記憶。愛知ドームでの試合、延長戦で迎えた11回の裏、それも満塁のチャンスで黒鵜座は確かに()()として試合に出場した。

 

 

 

「~~~」

 

 

 

「~~~」

 

 

 

「そんな事もあたネ! びっくりしたのを覚えてるよ!」

 

 

 

「いやあの瞬間一番驚いたの僕ですからね。代打としてコールされる前に金子監督に『お前、バッティングに自信はあるか』とか言われたんですから。まさか野手を全員使い果たしたとは思わないじゃないですか。しかもその前最後の野手を代走に出してるし。投手のところに回るまで勝負を着けるつもりだったんでしょうけど、その目論見もものの見事に粉砕されてるし。マジでこの球団ブラックだなって思いました。あ、ジョークですよ? 軽いジョークですけど」

 

 

 

「~~~」

 

 

 

「~~~」

 

 

 

「ハジメ、そのジョーク中々にキレッキレね! とはいえあの打席の裏でそんな事があったとは思わなかったよ! それでも打つのがすごいよハジメ!」

 

 

 

「へへっ、よせやい。まぁ『とにかくバットに当てさえしてくれればいい』って監督に言われて。その通りに従ってそれだけ意識して見たら案外芯に当たりましてね。外野が前進守備だったのもあって打球はセンターの頭の上ですよ上。いやー当たった時の感触は気持ちよかったですね。あの時の相手ピッチャーの顔! ふふっ、多分あれは一生忘れないですね。ヒーローインタビューも投手の時より目立ってたし、なんやかんや打てて良かったと思います。それでは一旦コマーシャルです」



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#4 part3

「試合は現在3-1でブルーバーズが優勢。4回の表を迎えております。いやー僅差ですねぇ、中々に競ったいい試合じゃないんでしょうか。あとは先発の海原(うなばら)がどう踏ん張るかですね。裏とはいえローテーションの頭を任されている投手なんでしっかりリードを守り切ってほしいですね。前回みたいに爆発炎上しないといいですけど。幸いウチはリリーフが盤石ですから、6回まで繋げられれば勝てますよ。そこはもう任せてください。というわけで続き、やっていきましょう。それではKK、次のハガキを頼む」

 

 

 

 黒鵜座が箱をポンポンと叩いてハンドシグナルでハガキを取るようにKKに促す。流石に二回目なものだから、その意図はすぐにKKに伝わったらしい。ウンウンと首を何度も縦に振って箱を持ったかと思えば、両手で強く叩いた。バシン、という音がブルペンに響く。突然の事に黒鵜座も一瞬固まってしまうも、すぐに意識を取り戻した。

 

 

 

「って違う違うKK! え、何で!? 何で箱叩いたわけ!? さっきは伝わったじゃん!」

 

 

 

「アハン?」

 

 

 

「いやまぁ叩きはしたけどさ……あくまでも軽くだよ!? っていうか違うし、この中から引けって事だから!」

 

 

 

「Pardon?」

 

 

 

「あっ、ダメだ伝わってないなこれは。お願いしますホークさん」

 

 

 

「~~~」

 

 

 

「OK」

 

 

 

 ホークの通訳を通してようやく意味が伝わったらしい。大人しくホークさんに頼っておけばよかったと黒鵜座は後悔した。一枚の紙を取り出すと、ホークに渡した。ホークがそれを読み始める。

 

 

 

「Pen name『言語を覚えたカエル』サンから。『黒鵜座サン、カイルサン、コンバンハ。僕は来日以来カイルさんのファンで、ユニフォームを持っています』。~~~」

 

 

 

「~~~」

 

 

 

「それはとてもハッピーだね! と言っていマスね。『お二人に質問したいのですが、初めて会った時の第一印象を教えてください!』ということデスネ!」

 

 

 

「ありがとうございますホークさん、ハガキの内容まで読んでもらっちゃって。そうですね……僕から見たKKの第一印象というか、抱いた感想なんですけど『いよいよギャング連れてきちゃったよこの球団』と思いましたね。ただでさえでかい上にピアスとか入れ墨してるし、もう見た目がマフィアとかギャングとかのそれだったんですよね」

 

 

 

「~~~」

 

 

 

「~~~」

 

 

 

「それは心外ダって言ってるよ!」

 

 

 

「そこ訳さなくてもいいのに……大丈夫、今はそんな事思ってないから。で、話を戻しましょうか。ウチの外国スカウトの方がいるんですけど、その人もその人で顔がいかついというか怖いんですよ。以前監督をやっていた人なのでもしかしたらファンの皆さんも見覚え自体はあるかもしれないですね。本当にジャパニーズヤクザの組長と言われても信じるレベルの見た目なんです。まぁあの人見た目に反して結構気さくだし自分の見た目をある程度自覚している人なんで、こういういじり方しても怒られないから言わせてもらっているわけですけども。……え? 相手の様子見ていじるかどうか決めるなんてダサいって? 仕方ないでしょ、あの人の場合下手に怒らせたら何も言わずにドスを渡してきそうだし。うん、あれに関しては無理ですよ。それでもビビりというならお前やってみろやオオン!? ゴホン、大変お見苦しい所をお見せしてすみませんでした。まぁ長々と話してしまったわけですが、第一印象としては『日本と海外のマフィア同士が条約を締結したのかと思った』っていう感じですね」

 

 

 

 割と酷い言い様だけど、これを本当に思ったのだから仕方がない。スカウトの人がボスで、KKがその側近。結構これが絵になる、まぁ任侠映画だったらの話だけど。

 

 

 

「でも話してみるとKKは本当に良い人ですよ。皆さんこれを機にKKの良さを知ってください。彼は真面目だし家族思いでもある。そして何より勉強熱心なんですね。まぁ熱心すぎてたまに変な事を覚えたりもしますが、そこも長所と言えば長所ですね。助っ人外国人の鑑だと思います、ってホークさん伝えてもらえます?」

 

 

 

「I see! ~~~」

 

 

 

「~~~」

 

 

 

 何かホークとKKが会話したかと思うと、唐突にKKは笑顔で黒鵜座の頭を撫で始めた。元々黒鵜座は平均男性の中ではそこそこ高い身長ではあるが、プロ野球選手としてはそこまで高くはない。それとひきかえKKはかなりでかく、黒鵜座の頭がKKの肩にあるくらいだ。わしゃわしゃと頭を撫でる黒鵜座は当惑するほかない。

 

 

 

「ちょっ、えっ!? なんで頭撫でんのKK!? ホークさんマジで何て言ったんすか! というかそれよりも今何言ってるか通訳してもらえます!?」

 

 

 

「素直じゃないけド、たまにそう言う所がまた小動物みたいでいいよねって言ってるよ!」

 

 

 

「いや僕そんなにチビじゃないですから! そもそも年そんなに変わらないでしょ! っていうか分かった、分かったから撫でるのをやめろぉ!」

 

 

 

 黒鵜座がKKの手を掴んで、引きはがす。頭を撫でられるなんて小学生以来だよ本当に。

 

 

 

「~~~?」

 

 

 

「気に入らなかったカ? って」

 

 

 

「……別に、そういうわけじゃあ無いですけど。ただ髪の毛のセットはちょっとこだわってるんで。あーあ、自慢の黒髪ショートがちょっと乱れちゃいました。あの角度と長さを気に入ってたのに。それよりもKKからの第一印象ってどうなのよ?」

 

 

 

「~~~」

 

 

 

「~~~」

 

 

 

 KKが身振り手振りを交えながら何かを説明している。あ、今ちょっと背が低いってジェスチャーしたな。だからKKがちょっと背が高いだけで僕は普通だっての、と黒鵜座はこぼした。

 

 

 

「最初はこんな線の細い人が本当に野球選手なのか疑った! 背も低いし体格には恵まれてなかったからネ!」

 

 

 

「肉付きが良くなくて悪かったですね。そういう体質なんですよ昔っから。頑張って食べてはみるけど中々体重は増えないし、そのせいか以前は被弾する事も多かったのが悩みでしたもん」

 

 

 

「でも年が経つ程ハジメの凄さが分かるようになっていったよ! あんな独特な直球、メジャーでも見た事無いね! それに結構ハジメはチームメイトを大事にする人間だし、黙って結果を残す仕事人みたいな存在!」

 

 

 

「Like a……like a……dried squid」

 

 

 

「ウーン、それはまるで、例えるなら……スルメみたいな人間デスネ!」

 

 

 

「スルメか……スルメかぁ。え、褒め言葉だよね? しつこいとかそういう意味じゃなくて、噛めば噛むほど味が出る的な。肯定的に受け取っていいんだよね? ……ハッ、もしかしてこれは暗示!? このままだとお前、干されるぞというメッセージなのか!? でも人をいじるのはやめませーん、何たって楽しいですからね!」

 

 

 

「では、CMのお時間デス!」

 

 

 

「そこホークさんが言うんだ!?」



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#4 part4

「1点取ったよブルーバーズ! これで3点差ですね! これは先発の海原もある程度楽に投げられるんじゃないでしょうか、というわけでブルペンラジオの続き、やってまいりましょう! えー今度は僕が引く番ですね。じゃあ……これですね。ペンネーム『まつもと』さんから。これは字からして……ひょっとすると小学生かな? 『黒うざ選手、カイル選手こんばんは』、はいどうもこんばんは! 『僕はお父さんやお母さんによく夢を持つように、と言われます。だけど、夢ってどんなものなのか正直よく分かりません。なので二人の夢を教えてください』、だそうです。はー、なるほど最近の子供ってのも案外大変なものなんですねぇ。僕の場合なんかは親が良い意味で好きに生きろって感じだったんでそこまできつくは無かったです。教育に悪い事言うなって親御さんは思うかもしれないですけど、子供って意外と多感なんですよ。だからそうやってリードを繋がなくても生きていけると思いますよ。はい、とそんな無責任な事を言ったところで本題に入りましょうか。そんな屁理屈をこねるのも悪い大人ですからね。じゃあホークさん、KKに聞いてみてください」

 

 

 

「~~~」

 

 

 

「~~~」

 

 

 

「~~~」

 

 

 

「~~~」

 

 

 

 お、今度はホークさんが頷いている。何か羨ましく思えてきたな。こういう間に入れないのは何だかもどかしい。例えるならそう、二人が共通の話題で盛り上がっているのに自分だけ知らないから入れない、的な。あ、会話が終わったらしい。

 

 

 

「ワタシはですね、二つ目標を立てまス。小さなターゲットと、大きなターゲットですね。あえてこれを二つ作っておくことでモチベーションをキープしているわけなんです」

 

 

 

「あ、そうなんですね。KKの強さの秘訣はそんなところに……丁度いいや、大した目標とかないしパクろ、じゃなくて参考にさせてもらお」

 

 

 

「まず小さなターゲットですが、日本でリリーフとして活躍して『最優秀中継ぎ賞』を取ることデスネ」

 

 

 

「え、大きくない? 大きいよねその目標は。っていうかKKは最初先発として日本に来たから、てっきり目標に挙げるとしても最多勝とか最優秀防御率とかだと思ってたけど。そこのところどうなの?」

 

 

 

「~~~」

 

 

 

「~~~」

 

 

 

 今度はKKが首を横に振る。という事はもしかして今はあんまり気持ちが先発に向いていないという事なのだろうか?

 

 

 

「ターゲットはこれくらい大きくないと意味がありまセン。むしろ二ホンの皆さんは謙虚すぎです。夢を持っていないといい結果もついて来ませんから。それに、二ホンに来てからワタシ気が付きました。ワタシはどちらかというとリリーフ向きみたいです。1イニングを投げる事に全力を尽くした方が性に合ってるんだと思います」

 

 

 

「あー、じゃあやっぱり先発よりもリリーフでタイトル獲得を目指すと」

 

 

 

「けれど、メジャーリーグでのリリーフの評価低い。クローザーにならないとあんまりマネーもらえない」

 

 

 

 日本でもそうだが、メジャーリーグでのリリーフに対する評価の低さは特に顕著だ。抑えられるならそもそも先発やクローザーをやらされることが多いし、入れ替わりが日本よりも激しい分登板数もかさむことは無い。だからあまり中継ぎは他のポジションに比べて給料を多くもらえないのだ。けれど日本には最優秀中継ぎという分かりやすい賞がある。取るのは難しいかもしれないが、その分箔がつくというものだ。

 

 

 

「なるほど、だからKKは投げたがりなんですね。いつも投げようとする理由がちょっとだけ分かった気がします。あ、それでそれで、大きな目標は?」

 

 

 

「~~~」

 

 

 

「~~~」

 

 

 

「それはやっぱり、メジャーのマウンドに立つことですね。もうワタシの年齢は30を超えましたが、それでも夢を捨てきれないというか。子供の頃からずっと夢だったんです。多くのサポーターに見守られながら打者を見下ろす景色はどんなものなんだろうって思いながら生きてきました。だからワタシは、あのマウンドに立てるまで野球を続けると思いまス」

 

 

 

「いや~、立派ですね。万雷の拍手で称えたいほど立派な志だと思います。子供の頃に憧れてたものというのは大人になっても頭の中から引っ付いて離れないと言いますが本当なんですね。『まつもと』さん、こういうのですよ。今は分からなくてもいいです、だけど色々経験してみてください。もしかしたらその中で雷に打たれるほどショックを受けるものに出会えるかもしれません。それがきっと自分の夢になるんじゃないかと思います。まぁ僕もピッチャーというポジションに憧れた一人ですから」

 

 

 

「~~~」

 

 

 

「~~~」

 

 

 

「なんかイイ感じで締めようとしてるけど、ハジメの夢をまだ聞いてないネ!」

 

 

 

「え~、KKの夢に比べればちっぽけと言うか、多分視聴者も拍子抜けしますよ?」

 

 

 

 そういって黒鵜座はちらりとKKの方を見て確認するが、彼は依然目を輝かせたままだ。なるほど、言えという事か。こうなってしまったら言うしかないよなぁ。ため息をついて、黒鵜座は話し始める。

 

 

 

「……言っても笑わないですよね?」

 

 

 

「ヒトの夢は笑わなイヨ! そういうことはしないのがポリシーだからね!」

 

 

 

「はぁ~、仕方ないですねぇ。まぁKKの言う小さなターゲット、大きなターゲットに分けて話していきましょうか。まずは小さなターゲットからですね。これはシンプルに行きましょう。胴上げ投手になりたいです。いや本当は去年そうなりたかったんだけど、去年はマジック1の状態で2位が負けての優勝だったんで胴上げされなかったんですよね。だから今年こそは、という思いです。まぁ僕一人が出来る事なんてたかが知れているので皆さんにも頑張っていただきたいところですけども」

 

 

 

「~~~」

 

 

 

「~~~」

 

 

 

「ハジメならなれるよ! だそうデス」

 

 

 

「まぁウチはただでさえ接戦が多いチームなんで登板機会とかは心配してないよ。逆に投げすぎになるんじゃないかって話だけど。えーっとそれで大きなターゲットですね。これは平凡な願いなんですけど、出来るだけ長く投げ続けたいです。怪我や実力不足でチームを離れる人も多い中、怪我せずにっていうのは無理だとは思いますけどやっぱり一番長くマウンドに立てる人間でありたいですね。だからメジャーリーグでプレーして短い間で大金を稼ぐよりも息の長く、言い方は悪いですけどセコセコと地道に貯金を積み重ねていきたいと思ってます」

 

 

 

「~~~」

 

 

 

「~~~」

 

 

 

「それもそれでいい人生だと思うよ! でももっとでっかく野望を持ってもバチは当たらないね! との事です」

 

 

 

「うっせーわ、これが僕の人生なんですー」

 

 

 

「おい、KK。そろそろ準備すんぞー」

 

 

 

 後ろから仲次コーチの声がする。確かにそろそろ状況としてはセットアッパーが登板する機会が近づいている。じきに黒鵜座が呼ばれるのであろう事も容易に想定できた。

 

 

 

「OK、boss! じゃあハジメ、先行ってるヨ!」

 

 

 

「俺はボスじゃねーっての……」

 

 

 

 そう呟きながら仲次コーチがKKと共に歩いて行く。静寂の中に一人、ぽつんと黒鵜座が残された。

 

 

 

「えー、KKが行ってしまいましたが番組はもう少し続きます! なのでお楽しみに!」



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#4 part5

「はい、そろそろ試合もこの放送も終わりの時間が近づいてまいりましたが、元気にやっていきましょう! えーゲストのKKが今から登板しようという所で、自分もそろそろ行かなきゃいけないので代わりに新しく助っ人を読んできました。第二回のゲスト、芝崎怜司選手です!」

 

 

 

「おい待て。突然引っ張り出してきたかと思えばこれか」

 

 

 

「いいじゃないですか、どうせ今日は暇でしょ?」

 

 

 

 全くもって最近の若者はどうかしている、という芝崎のぼやきも無いかのような笑顔で黒鵜座は拍手を送る。それから黒鵜座が何か紙を取り出すと何やらカメラが拾わないレベルの声で芝崎にささやいた。

 

 

 

(大丈夫ですよ。ほら、ここに念のための台本がありますから。何かあった時はこれを使えば万事解決です)

 

 

 

(……なるほど、そういう手があったか。それにしても台本を用意しておくなんてお前も悪い奴だな)

 

 

 

(へっへっへ、褒め言葉として受け取っておきましょう。じゃあOKですね?)

 

 

 

 傍から見ると賄賂にしか見えないその構図だが、プロ野球選手は多分そんな事をしないので安心してほしい。多分。

 

 

 

「えーじゃあ僕が投球練習を始める前に次回のゲストだけでも紹介しておきましょうか。次回のゲストは……変幻自在の切れ者、八家亘(はっけあたる)選手です! って八家さんですか? あの人確かに時々リリーフやるけど基本は先発じゃ……いや別に先発投手を差別しているわけじゃないですよ、そういうわけじゃないですけどこの放送って本来リリーフに焦点を当てるためのものであって……まぁ放送が明日なので今更変えるわけにもいかないのは分かってますけど」

 

 

 

「おい、黒鵜座。次はお前の出番だぞ」

 

 

 

 後ろから仲次コーチの声が飛んでくる。こうなってしまっては黒鵜座も反論している暇はない。

 

 

 

「はーい、分かりました。今行きまーす! というわけで不本意ですが、後は芝崎さんにお任せしようと思います。それじゃ芝崎さん、後は手筈通りにお願いします」

 

 

 

「仕方ないな、任せておけ」

 

 

 

「それでは皆さんさようなら! もしくはこの後で!」

 

 

 

 手を振りながら投球練習場へと小走りで向かう黒鵜座を見送りながら、芝崎はふと考えていた。確かに一応台本をもらったとはいえ、一人というものは心細い。それにトークショーならまだしも、一人で喋り続けないといけないわけだ。ただ、出来るだけ黒鵜座の力を借りたくないというのも本音だった。

 

 

 

「えー……皆さん、晩御飯は食べましたでしょうか。もう食べたという人も多いと思います。俺はというと、まだです。試合開始が18時からなので、プロ野球選手の夕食は案外遅いんですよね。ちなみに今日は妻が鮭のムニエルを作ってくれると言っていたので、今から楽しみにしています」

 

 

 

 沈黙が続くことしばし。ようやく芝崎は黒鵜座が台本と言って渡した紙を開こうとした。すまん、黒鵜座。見栄を張って済まなかった。俺には荷が重すぎる。そうして開いた希望の中には―――。

 

 

 

『困ったら試合の状況でも解説してください。応援しています☆』

 

 

 

 反射的に芝崎はその紙を破り捨てた。いや、違うだろこれは。こんなものは台本とは呼ばない、ただのメモだ。嵌めやがったなあの野郎。黒鵜座のしたり顔が目に浮かぶ。よし決めた、あいつが今日戻ってきたら一発ビンタを決めてやろう。

 

 

 

「……すいません、何でもないです。さて、試合の解説をするとしましょう。今カイルが投球練習を終えて投げるところです。知っているとは思いますが、まずは彼の経歴から。アメリカの大学を卒業後、メジャーリーグのチームから指名を受けて入団。しかしメジャーリーグの壁に阻まれAAAでくすぶる日が続きました。その姿がブルーバーズスカウトの目に留まり、2年前に先発候補として入団。そうして紆余曲折を経て、現在は勝利の方程式として活躍というわけですね」

 

 

 

 KKがセットポジションから左足を踏みなおし、全体を大きく動かすフォームから1球目を投じる。148km/hのストレートが打者の内角、ストライクゾーンへと突き刺さった。審判の甲高いコールが球場によく響く。

 

 

 

「はい、今のボールに注目しましょうか。カイルの武器は大きく分けて二つ。その内の一つが今の直球です。最速何キロだっけ、確か……150km/h中盤だったと思います。それで、それがどう厄介なのかというと()()()()()んですよ。テレビや球場の遠くからだと分かりづらいと思いますが、打席に立ってみればわかります。微妙に変化します。これが外国人特有のボールと言いますか、まぁ打ちづらくてですね。打者が苦戦するというわけです」

 

 

 

 淡々と話しているうちに決着がついた。先頭打者は3球目の直球を詰まらせセカンドへの平凡なゴロ。これを冷静にさばいて1アウト目を取った。

 

 

 

「投手というものはどうしても繊細な生き物でして、リズムに乗れないと炎上することもしばしばあります。だからもし投手になりたい、もしくは投手をやっている人はここをよく聞いておいてください。一番大事なのは1アウト目です。そこを取るまでが難しいというか大変です。だから力を入れるべきなのは最初の打者ですね。これさえ取れればあとはその流れに任せて行けると思います。これはリリーフの話ですけど」

 

 

 

 そんな事を言っているうちに二人目の打者も初球を打ち上げてファーストへのファウルフライに倒れる。これで2アウト、これがリズムに乗るということだ。続く三番打者のところで投手に代わって右の代打が出される。一球目、右打者の肩に当たるかというボールが変化して糸で操られたかのようにストライクゾーンに吸い込まれた。

 

 

 

「これがカイルのもう一つの武器、縦に大きく割れるカーブです。とにかく変化量が大きくて、今みたいに打者に当たるかと思われるような軌道からゾーンに入ってくるのが厄介です。本人はこの球の制球の悪さを気にしていましたが、直球とのコンビネーションは抜群。だからあんまり気にしなくてもいいと思いますけどね」

 

 

 

 結局フルカウントまで持ち込んだものの、最後は直球で見逃し三振にとってこの回の頭を終えた。ベンチへと笑顔を浮かべながら引き上げていくカイルの姿を横目に、芝崎は解説を続ける。

 

 

 

「終盤で3点差とは想像以上に大きなものです。それにうちのホーム球場は広いので、ホームランも中々狙えません。後は勝利の方程式に任せれば完璧です。……なんて言っている間にまた点が入りましたね」

 

 

 

 その回の裏、ブルーバーズの攻撃。美濃の今シーズン第1号となる2ランホームランでレッズを突き放した。リードが出来たことで、リリーフは必要ないと判断されたらしい。黒鵜座が何かをつぶやきながら帰ってきた。

 

 

 

「投球練習したってのに今日はこれで終わりか~、何か投げ損って感じだな~」

 

 

 

「よう黒鵜座。突然だが、俺は今からお前をビンタしようと思う」

 

 

 

「え!? 何すか突然!?」

 

 

 

「じゃああの紙は何だ」

 

 

 

「あ、あ―――。だってそうじゃないと断りそうじゃないですか」

 

 

 

「とにかく一発ビンタさせろ」

 

 

 

「嫌ですよ! こういう時は逃げるが勝ち! じゃあ視聴者の皆さん今度こそサヨウナラ! 次回をお楽しみにね!」

 

 

 

「待てやおい」




第四回、これにて閉幕!
なおビンタは何とか口八丁で回避しました。


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#5 part1

先に謝っておきます。ラップ好きな方、申し訳ありません。


「平日の夕方、くたびれたサラリーマンの皆さまご機嫌いかがでしょうか! 元気なわけないだろって? はっはっは、まぁ今だけはこの放送を聞いて少しでもリラックスしていってください。ブルペン放送局、司会の黒鵜座一です。今回の放送からですね、新機能が追加されることになりまして。テレビ放送だけなんですが皆さんのコメントが画面下に流れるようになりました! これは今僕らでも見る事ができます、さながら動画サイトの配信みたいな感じですね! 盛り上げていくためにどんどんコメントいただけると嬉しいです。いやー、この番組にもいよいよ近代化の風が吹いてきたという所で今回のゲストを紹介しましょう。……と言いたいところなのですがゲストの方が登場の仕方をやけにこだわっているそうなので、今回は特殊な方法で登場してもらいましょう。それではミュージック、スタート!」

 

 

 

 黒鵜座がパチン、と指を鳴らすとブルペンの中にラップの音楽のようなものが響き渡る。ブルペンにもし人が多くいたなら絶対に「うるさい」というクレームが入るだろうが、今は関係ない。せいぜい仲次コーチの鋭い視線が黒鵜座に突き刺さるぐらいだ。なお黒鵜座はそれに気づいていない。気づけ黒鵜座、気づけ―――!

 

 

 

「Yo!Yo!俺の名を言ってみな♪ 当たるも?」

 

 

 

 そして目が見えないほど帽子を深く被り、紫色の短髪をした人物が何やら歌いながら登場してくる。ついには合いの手まで要求してくる厚かましさだが、黒鵜座はノリノリである。ストッパーがいないというのはこんな空気なのである。おいストッパーだろ黒鵜座、何とかしろ。

 

 

 

「八卦!」

 

 

 

「当たらぬも?」

 

 

 

「八卦!」

 

 

 

「Crap your hands! そうさ俺は八家♪ 八家亘(はっけあたる)、ここに参上! 沸かせてやるぜこの壇上♪ 胸からこみ上げるこの感情♪ そしてここがお前の刑場♪ Yeah~!」

 

 

 

「ヘイヘイヘーイ!」

 

 

 

「チェケラ!」

 

 

 

 二人の間で謎のハイタッチが交わされる。この地獄のようなラップを止める者は誰もいない。いないのである! 第5回もまた波乱の幕開けを迎えていた。

 

 

 

「えー、というわけで今回のゲストはですね。変幻自在の切れ者、八家亘さんでございます! まぁファンの皆さんも分かっていらっしゃるとは思いますが何が変幻自在かと言うとですね……」

 

 

 

「待つんだ、一君。ここは俺から言おう。俺は自分の身さえ委ねる唯一無二の旅人、そして誰にも囚われないそよ風さ」

 

 

 

「それで分かる人どれだけいるんでしょうね。『ここは俺から言おう』って何だったんですか。アレですか、自分が未だに中二病だというアピールをですか。仕方ない、これじゃ分からないんで僕が言いましょう。彼はですね、一言で表すと簡単なんですよ。野球史始まって以来の魔球ってなんだと思います? フォーク? それともカーブ? いえいえ、違うんですよ。無回転から生み出される不規則な変化、ナックルボールこそが真の魔球と言えるでしょう! その数少ない使い手こそが彼、八家亘さんというわけですね。初回の放送でほとんどの投手の基本はストレートと言いましたが、ウチには二人例外が居ます。その一人が彼なんですね」

 

 

 

「ふっ、中々いい響きじゃないか。悪くないだろう」

 

 

 

 まんざらでもない顔で八家が微笑む。少しキザという風に印象を受けるかもしれないが、これが八家にとっての自然体である。そっとしておいてあげて欲しい。

 

 

 

「ナックルの投球割合8割くらいでしたっけ?」

 

 

 

「いや……こういうのはあまり言うべきではないのかもしれないが、7割くらいかな?」

 

 

 

「まぁそれだけ投げられるなら大したもんですよ。あ、質問が来ているみたいですね。せっかく導入したんでコメントを読んでみましょうか。えーっと『八家さんにピッチングの極意を教えてほしい』ですってよ」

 

 

 

「簡単な事さ。握りはいつも通りに、後はそのまま流れに身を任せてしまえばいい。それで良き結果が付いてくるならそれでよし、悪い結果が出たとしてもその日は風向きが向こうにいった。そう考えて心の赴くままに臨めばいいんだよ」

 

 

 

「あー……これは、質問する相手が悪かったかもですね。この人本当にナックルと心中するくらいの覚悟を持ってプレーしているんですよ。まぁ禄郎のように開き直ってピッチングするのも大事だとは思いますけど、八家さんの場合は起こった事をありのままに受け入れますから。それって相当肝が据わってないと出来ないんですよね」

 

 

 

「故障? 重症? No,no! キープしろ不干渉!」

 

 

 

 類は友を呼ぶという。それと同じように、変人は変人を呼ぶのだ。ちょっとばかりチクチクと突き刺すような言葉が好きな黒鵜座と、回りくどい言い方を好む八家。彼らはどこか通じ合う所があるみたいである。何故か八家の言いたいことを理解できる黒鵜座は、とても良い理解者となっていたのだ。

 

 

 

「はいはい、別にとやかく言うつもりはありませんよ。でも突然ラップを始めるのはやめてくださいね、視聴者も僕もついていけなくなるかもしれないんで。あ、違うコメントも来ているみたいなんで読みましょうか。『八家さんが時折ナックルに交えてスローボールを投げるのは何でなんですか、ふざけてるんですか?』、フフッ、ふざけてるって……クッソウケる……! 答えちゃってください八家さん」

 

 

 

 笑いをこらえてバイブレーションのごとく震えながら話す黒鵜座を横目に、八家は至って冷静に答えた。

 

 

 

「俺は真剣だよ。それに、これにも意味がある。いくら高級レストランのディナーと言えども毎日食べるようでは飽きてしまうだろう? それと同じ。世の中には刺激が必要なんだよ」

 

 

 

「分かりますかね、いや分かんないでしょうね今のじゃ。えーっと今のがどういう意味かというと、『いくら魔球ナックルとはいえ、その軌道に慣れられると打たれる可能性も高くなる。だからそれを防ぐために時折違う球を投げている』という事らしいですね。でもそれが何でスローボールを投げる理由になるんです?」

 

 

 

「アヒルの中に白鳥を混ぜてもすぐにばれてしまうのは明白だ。だから代わりにガチョウを仕込むのさ。そうすれば相手が理解する事も少ないからね」

 

 

 

「あー、なるほど。違う球種だとすぐに見抜かれて打たれちゃうから、軌道が少し似てるスローボールをあえて混ぜるって事なんですね。……これ本当に僕相手じゃなければ辞書が必要なレベルですね、八家さんちゃんと日常生活送れてます? 何か心配になってきたんですけど」

 

 

 

「ふっ、問題ないさ。こんな俺を必要としてくれるそれは困った姫君がいるものだからね」

 

 

 

「しばくぞ。しまった惚気話を引いてしまったチクショウ! なんでこの人が既婚者で僕が独身なんだよ! マジで納得いかないんですけど!」

 

 

 

 黒鵜座が頭を抱え込んで呪詛を唱えながらうずくまる。自分にそういう話が無いのが相当効いたらしい。

 

 

 

「じゃあそろそろ休息の時間みたいだね」

 

 

 

「そうですね……。一旦、CM入ります」



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#5 part2

「ちょっと落ち着きました、はい。取り乱して申し訳ありませんでした。それでは気を取り直してハガキの方読んでいこうと思います。じゃあ八家さん引いてください」

 

 

 

「ふむ、そう来たか。中々面白い事を考えるね」

 

 

 

「うるせーよ。というかそれ言いたかっただけでしょ。とっとと引いてください」

 

 

 

「分かったよ、これでいいのかい?」

 

 

 

「あー、じゃあついでに読んでください」

 

 

 

「ふむ、中々面白い事を……」

 

 

 

「言わせねーよ? 諦めて普通に話せばいいんですよ」

 

 

 

 流石に二度目はない、黒鵜座がそれをとがめた。黒鵜座も分かってはいる事ではあるのだが、これが八家の自然体である。見て分かる通り、レパートリーが少ないのが課題だ。

 

 

 

「では小鳥のさえずりが如き魅惑のウィスパーボイスで読み上げるとしよう。ペンネーム『伊賀者T』さんから。『制球力を上げるためにいつもやっている事が知りたいです。特別ではない事のほうがむしろやりがいがあって目的を設定できるので、その意図についても教えてください』だそうだ。これは……制球力をある意味捨てている俺には風向きが悪いらしい。君に任せるよ」

 

 

 

「丸投げですか……いや確かに八家さんにコントロールのコツを聞くのは間違いだと思いますけど。かといって自分が何か他の人と変わった事をしているかというと、そうでもないんですよね。んー、例えば誰かに自分の投球を撮影してもらってそれを後で確認してもらうとか。何故こうなったかを自分の中で理解する事でコントロールも良くなるんじゃないでしょうか」

 

 

 

「いいんじゃないかい? この質問者が求めているのはツチノコやネッシーのような答えではないよ。むしろ野良猫のようにありふれた答えでいいのさ。きっとこれを見ている視聴者もそれで納得するんじゃないかな」

 

 

 

「微妙に分かりづらいですけど、それでいいって事みたいですね。後は先にコースと球種を予告して投げてみるとか、ボールの握りを色々試してみるとかそんな所でしょうか。効果というか、意図は言わずもがなですね。先に目標を決めて後から自分で採点したり、後はちょっとアプローチの仕方を変えてみたりすることでいつもとは違う視点で見られると思います。ってこれでいいんでしょうか」

 

 

 

「うん、それは良い答えだね。答えの数はあるに越したことはないから。そう、それはこの世の女性の数のように。宇宙にきらめく星のように、数多にある方がいいのさ」

 

 

 

 その言葉に、黒鵜座は眉をひそめる。言い方からしてそれは大丈夫なのか?

 

 

 

「そんな事言ってたら奥さん拗ねちゃうんじゃないですか?」

 

 

 

「う……それはまずいな。しばらく栄養価が高いからと言って苦手な食べ物ばかり食卓に並べられてしまう」

 

 

 

 へぇ、これは意外な弱点なんだなと黒鵜座は思った。どうやら八家にとって奥さんの話題をするのはいじりがいがあるのかもしれない。

 

 

 

「奥さんを怒らせたことがあるみたいですね」

 

 

 

「そういう事もあったさ。この前なんてデート中にうら若き女性が落とし物をしていたみたいでね。手伝ってついでにサインを書いてあげたら、姫君はどうやら立腹したらしい。その日の夕食は俺の苦手なレバニラ炒めだったよ」

 

 

 

「あー、レバニラ炒めって結構人によって好き嫌い分かれますよね。っていうか奥さん独占欲強いですね。なんかそういうの聞いたら自分はまだ独身でいいかなとも思っちゃいます。一人なら好きなもの食べられますしね」

 

 

 

 すかさず黒鵜座は独身マウントを取る。こんなものが無謀だなんてことは分かっている。だがしかし、黒鵜座にもプライドというものがある。もっとも、今は確実に必要ないが。

 

 

 

「それでも俺は彼女が好きだ。彼女の髪や、ちょっとした仕草、時折見せる無邪気な笑みとかがね。いくら長く、そして高く飛べる鳥であろうととまる木が必要だろう? 俺にとっての彼女がそれなのさ。それに、少しだけわがままな姫君だけどいつも俺の事を必要としてくれている。さすれば、俺も王子様にならないとね」

 

 

 

「ごっふぁ!」

 

 

 

 圧倒的なパワーの惚気話を前にして、哀れ黒鵜座の心は爆発四散した。勇猛と蛮勇は似て非なるものである。当然のように後者であった黒鵜座はまるで強烈なカウンターを喰らったボクサーのごとく打ちのめされた。よろよろと震えながら、何とか黒鵜座は言葉を紡ぐ。

 

 

 

「それは……よかったですね……夫婦仲が良いようで何よりです。かなりの愛妻家なんですね。僕もそう思える人に出会えればなぁ……」

 

 

 

「おや、まだハガキに続きがあるみたいだ。えーっと『イラつきを和らげるコツやおすすめのルーティーンを教えてください』だそうだよ」

 

 

 

「これはまた難しい質問が飛んできましたね。まず一番に大事なのはスタートです。野球においても日常生活においても最初の一歩が大切なんですよ。つまり何が言いたいのかというと、しっかりと早寝早起きをしろという事ですね。当たり前すぎてお前は何を言っているんだとなるのは分かります。けれど落ち着いてください。健康でないと出来ることも出来なくなってしまいますからね」

 

 

 

「必ず起きろmorning♪ そうすれば君はgrowing♪ 鳴らすよ決戦のgong♪ Yeah!」

 

 

 

「Foo~! 僕の言おうとしてくれたことを端的に示してくれてありがとうございます。いや後半関係ないなアホが! あっぶね、もう少しで騙されるところだったわ!」

 

 

 

「戦士と言えども息抜きが必要さ。君はもう少しゆとりを持った方がいい」

 

 

 

「いや誰のせいだと……まぁいいです。あとは実戦でのルーティンですよね。特に変わったことはしてないと思いますが、こう、ボールを上に投げてみる感じですかね。野球選手だからと言いますか、ボールを投げていれば自然と落ち着けるんですよ。自分はそれで冷静さを取り戻せますけど、おすすめかと言われるとあんまりですね。八家さんはどうなんです?」

 

 

 

「そうだね、俺は……マウンドに文字を刻むかな。今自分が求めているものを改めて形にして表すことで整理が出来るんだ。言霊というものの効果は不思議でね、そうすることで力が湧いてくるんだ。後は風景の写真を見るのはどうかな。肉眼ではないけれど大きな自然を前にすれば、自分の苛立ちなんて大したことないと思えるからね」

 

 

 

「……何か八家さんがもっともらしい事を言うとそれはそれで腹立ちますね」

 

 

 

「そう思うかい? ならそれはそれで仕方のないことだね。いくら血を分け合った兄弟だとしても道を分かつことだってある。他人ならなおさらね。でも俺たちの目的地は同じだ。であれば、俺たちはどこかでまた巡り合う」

 

 

 

「やめろマジで! 聞いてるこっちが恥ずかしさでどうにかなりそうなんですよ! 少年漫画かこれは! もういいや、コマーシャルの時間でーす!」



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#5 part3

「試合は4回の裏、1-1でブルーバーズの攻撃を迎えています。まーた接戦だよもう。ここの球場だとあんまり点が入らないんですよね。もう勘弁してほしいっていうかなんて言うか」

 

 

 

「それは俺たちの努力の結果と言えるだろう。どれだけ形が不格好でも、必死に作り上げた結晶は光り輝くだろう? だから、それだけで美しいんだ」

 

 

 

「言い訳になっているようでなっていませんよ。っていうか八家さんはもうちょっとイニング食ってから言ってもらえますかねぇ?」

 

 

 

 にっこりと笑みを浮かべながら黒鵜座が毒を吐く。先発の穴埋め的存在として試合を作ってくれているとはいえ、八家はあまりイニングを食わない。元々ナックルボールというのは、肩や肘に対する負担が少ないという利点があるが、その反面自分でのコントロールが出来ない。そのため、テンポが悪く余計なところで球数を使うケースが多いのだ。よって球数もかさみ、結果短いイニングしか投げられない。それが意味することはつまりリリーフの酷使である。

 

 

 

「努力はするよ。だけど俺のピッチングはいつだって風任せだからね。どんな方向にいくかなんて、予測できてしまう方がつまらないだろう?」

 

 

 

「無敵かよこいつ! そんな放っておいて次のハガキ行きましょう。ペンネーム『アルティメットギタリスト』さんから。『私はバイトの傍らでいつか東京の日本館でのライブを夢見るギタリストです』、いやこの愛知ドームじゃないんですね、まぁいいですけど。だったらその前にそのネーミングセンスを改善した方がいいかもしれないですね。あ、はい続きですね。『いつか野球選手の登場曲に選ばれるほどの曲を作りたいと思っているのですが、皆さんはどんな基準で登場曲を選ぶのでしょうか。教えていただけると幸いです』との事です」

 

 

 

「人によって好みは分かれるだろうね。俺は魂を揺さぶるようなライムが好きだし、音楽をよく聞くから気分によって変えるんだ。定番はやはり―――」

 

 

 

「ちょっとストップ。こういうのって版権とかあって面倒だから具体的な名前を出すのは……」

 

 

 

「アメリカでラップの神と崇められる『Jack Carl』、頭文字を取った通称、JCが好きなんだ」

 

 

 

「今僕やめろって言おうとしたよなぁ!? 喧嘩売ってんのかコラァ!!」

 

 

 

 平然と話す八家に対して黒鵜座が肩を揺さぶりながら叫ぶ。番組を潰す気か貴様ァ! 何か球団の首脳陣から言われたのか!?

 

 

 

「ああもう、こうなったら著作権とかで面倒なことになりますよ! 頑張ってください番組の制作の方々! はぁ、全く急に何を言い出したのかと思えば……」

 

 

 

「彼の魅力はその悲しくも盛り上がるあのサウンドとこちらに訴えかけるような歌詞にあるんだよ。まぁ歌詞は日本語訳を動画で探すんだけど」

 

 

 

「最後の一言で台無しだよ。え、じゃあ分かってないじゃん本来の意味。誰かの訳を通してしまったらそれはもう別物だからね?」

 

 

 

 ※あくまでも個人の見解です。苦情は黒鵜座選手にお願いします。

 

 

 

「ともかく、JCは最高だよ。一度ハマってしまえば中々抜け出せないくらいに魅力的なんだ。一回生でみてみたいものだね。君にも分かってもらえればこれ以上の喜びはないよ」

 

 

 

「ねぇこれ切り抜かれて偏向報道されそうじゃないですか? その、Jack carlさんがどれだけ凄い人かは一旦置いといて。下手したら女子中学生を表すJCが八家さんは好きだって受け取られても仕方ないですよ。犯罪者みたいな目で見られたくないですよね!?」

 

 

 

「ふっ、それもまた一興……」

 

 

 

「全然一興じゃねーわ。この番組が変態と変人の温床みたいに扱われるじゃないですか! こちとらまだ5回目なんですから変なイメージつけたくないんですよ」

 

 

 

「いいじゃないか、音楽というものはそういうものだ。バラバラな個性が集まって、一つの形となるものなだ。だから少し個性が尖っているくらいが丁度いいんだよ」

 

 

 

「他人事だと思いやがって……いやこれそういう問題じゃなくてですね。っていうかバラバラにも程がありますよ。これだと空中分解しちゃいますって」

 

 

 

「そうなるならそれも定めさ」

 

 

 

「……奥さんに言いつけますよ」

 

 

 

「すみませんでした」

 

 

 

 奥さんの話を出すと途端に八家は大人しくなった。ようやく訪れた静寂に黒鵜座は安堵する。どうやら家では相当尻に敷かれているらしい。家での彼の姿が見てみたいものだ。

 

 

 

「分かればいいんですよ分かれば」

 

 

 

「それで、まだ君から聞いていないね。君は何であんなシンプルなサウンドを選んだんだい?」

 

 

 

 八家が軽快なラップをよく選ぶ一方で、黒鵜座の登場曲はというと3度鐘の音が鳴るというだけのものだ。シンプルというにもほどがある。

 

 

 

「あー、そりゃ僕にも振ってきますよね。当たり前っちゃあ当たり前か。いや僕もですね、人並みに音楽は聴くと思いますし何なら普通の人よりも流行に敏感だとは思っています」

 

 

 

「確かに君はトレンドに詳しいよね。ハチドリのように色んな花をとっかえひっかえ選んでいる姿をよく見るよ」

 

 

 

「っすー、その言い方辞めて下さい? 二人っきりの時は別にいいですけど、こういう公共の放送だと変に捉えられかねないんですよ。何ですか、死なばもろともってやつですか。勝手に僕を心中させようとしないでください? その言い方だと女の子を惑わせるチャラ男みたいじゃないですか」

 

 

 

「でも君の選んだものも味があっていいと思うよ。何と言うか、ゲームでいうラスボスが序盤に現れるような絶望感があるからね」

 

 

 

「まぁ目指していたというか、そうなりたかったんですよね。こう、うーん一言で表すのは難しいですけど。この曲が流れれば相手が諦めムードになってしまうようなものにしたくて。メジャーリーグの登場曲を色々と参考にしてみたんですけど、シンプルな方が自分に合ってるんじゃないかと思いまして」

 

 

 

「それで鐘の音を選んだというわけか。うん、終わりっていう感じがしていいんじゃないかな」

 

 

 

 八家の一言に、黒鵜座が指をぱちんと鳴らして反応する。何だ、たまにはいい表現をするじゃないか。本当にたまになのがキズだけれども。

 

 

 

「そうそう、その感じですよ! 色んな地域だとか国だとかの鐘の音を聞いてみてその中から決めたんです! 出来るだけ絶望感を出せるように低く、それでいて鈍い音が良かったんですよね。でもこれ、抑えられるからいいものの、打たれるようなら相手じゃなくて味方に絶望を与えるところでしたよ。風評被害を招きそうですね」

 

 

 

「あ、そうだ。これを送ってくれた彼にも何か一言添えてあげてはどうかな? それを求められているような気もするし」

 

 

 

「何かって、えーっと……まぁいつか、色んな人の登場曲に選ばれるような曲を作ってあげてください。音楽の力っていうのは思っているよりも素晴らしいですからね。ではそろそろコマーシャル、カモ―――ン!」



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#5 part4

「えー、ここでですね。何と新コーナーを始めようと思います! 題して、その名も『黒鵜座一先生のお悩み相談室』! これはスタッフの皆さんが考案してくださった企画なわけですけども。正直なところもっと早く出せやって感じですね。おっと失礼。えーこれはですね、普段皆さんのお便りを読んでお悩みに対する打開策を出させていただいているわけですが、プロ野球選手にだって悩みの一つや二つあります。今回の企画ではそれを解決していこうというわけですね。それで記念すべき第一回ですが―――」

 

 

 

「ん? 俺をじっと見てどうしたんだい? ふふっ、ひょっとして顔に蝶でも付いているのかな?」

 

 

 

「付いてるわけねぇだろ……やっべぇ、いきなり悩みとか無さそうな人が来ちゃったよ」

 

 

 

 黒鵜座が肩を落とす。新企画、即座に頓挫の予感―――。

 

 

 

「おいおい失礼だな。俺だって人間だからね、そりゃあ悩むことだってあるさ」

 

 

 

「うっそだぁ。打ちこまれても平然としてるくせに。あ、女性関連の話とか無理ですよ、僕全く経験がないので」

 

 

 

「嘘じゃない。本当のことだよ。挙げるとすればそうだな……夫婦喧嘩をした時かな」

 

 

 

「やっぱ惚気話じゃねぇか! ぶちころがすぞこの野郎!!」

 

 

 

「随分物騒だね」

 

 

 

「うぜぇ……、何か余裕ありそうなところとか特にうぜぇ……」

 

 

 

 変わらず微笑みを浮かべる八家とは対照的に、黒鵜座はものすごくイライラしていた。なぜなら黒鵜座に相手がいないからである。この人ポジティブお化けだから何言っても通用しないんだよな……。仕方ない、番組の為にも協力してやるか。

 

 

 

「まぁ良く分からないですけど? 協力ぐらいしてあげようじゃないですか。でないと話も進まないし。じゃあ僕奥さんの役やりますんで、喧嘩した事前提で行きましょうか」

 

 

 

「何だかコントのようになってきたね」

 

 

 

「……ちょっと僕も同じこと考えてましたけど、そういうのは言わないのがお約束ですよ」

 

 

 

 その指摘通りではある。いや確かにコントっぽくはあるけれど、こういうのは仮定して実践するのが一番経験になるだろうから。知らんけど。

 

 

 

「えー、じゃあ行きますよ。んっんん。『亘君の事なんか……』」

 

 

 

「待つんだ、ストップ」

 

 

 

「止めるのが早すぎませんか!?」

 

 

 

「彼女は俺の事を『あっくん』、そう囁くように呼ぶんだ。リアリティを追求するならそこら辺しっかりしてくれよ」

 

 

 

「何だろう、キレていいですか? あーもー、わがままですね。今度こそ行きますよ? 『あっくん(ウィスパーボイス)の事なんてもう知らないんだから(裏声)!」

 

 

 

「Yo! 許してくれよmy honey! やりたい事は二人の自由! 深めていこう交友! 今君に伝えたいI love you!」

 

 

 

「では採点に入ろうと思います」

 

 

 

「早くないかい」

 

 

 

「先に聞いておきましょう。逆に何点だと思います?」

 

 

 

「うーん、低く見積もって80点くらいかな」

 

 

 

「では発表します。ドゥルルル……チーン! 0点に決まってんだろ馬鹿野郎」

 

 

 

「ふふっ、そう来たか」

 

 

 

 黒鵜座にはツッコミたいところが山ほどある。まずそのへったくそなラップをどうにかしろだとか、そもそも仲直りしようとするときにラップを使うなとか、そのウザいキメ顔をやめろとか本当に色々あるけれど。一言でシンプルに言い表すとこうだ。どうかしてるよ、アンタ。

 

 

 

「おかしいな……この前はこれで許してもらったんだけど」

 

 

 

「それはよっぽど奥さんが優しいかやけにぶっ飛んだバカップルかのどっちかですよ」

 

 

 

「おい今うちの姫君の事馬鹿って言ったか」

 

 

 

「愛に目覚めたサイコパスか! そこ引っかかるところじゃねえから!」

 

 

 

「まぁ採点の理由を聞こう。俺からするとこれで誠意を伝えたつもりなんだが……」

 

 

 

「ど・こ・がぁ!? 今のじゃ相手の神経逆撫でするだけなんですけど! あー、もうしょうがないですね。僕がちゃんとした謝罪の仕方を教えてあげますよ」

 

 

 

「ほう、参考にさせてもらおうじゃないか」

 

 

 

 はい、じゃあまずそこに正座しろと黒鵜座が指示を出す。大人しく従う八家に対して、黒鵜座は顎に手をつけて考えを巡らせる。

 

 

 

「まずは首を深々と垂れます」

 

 

 

「うん」

 

 

 

「Repeat after me! 『この度は申し訳ありませんでした』!」

 

 

 

「『この度は申し訳ありませんでした』!」

 

 

 

「へへっ、年上の先輩を土下座させるのは良い気分だぜ。まぁあくまでもこれはシミュレーションだけど」

 

 

 

「……おい、何やってんだこりゃ」

 

 

 

 タイミング悪く現れたのは、ブルーバーズの投手コーチを務める仲次敏治である。彼から見れば後輩の黒鵜座が先輩の八家に土下座をさせている構図である。そりゃあ首の一つや二つも傾げるというものだ。

 

 

 

「あっ、仲次コーチ! いや、その、この状況は違うんです! いや傍から見ればそう見えるかもしれないですけど!」

 

 

 

「うるせーよ」

 

 

 

「あぶっ」

 

 

 

 わたわたと弁解しようとする黒鵜座の額を仲次が軽くチョップする。黒鵜座から短い悲鳴が漏れた。

 

 

 

「それよりもお前ら北を見なかったか? あいつにそろそろ準備をしてもらわないといけないんだが……」

 

 

 

「ああ、北君ですか。それでしたらさっきまるで子供のようにお手洗いに向かっていったのを見ましたよ」

 

 

 

「だったらしゃーねーか。あ、お前ら。何やるかは自由だけど、あくまでも常識の範囲内でやれよ。問題行動が拡散されても遅いからな」

 

 

 

「(JCは最高だよ―――)」

 

 

 

 黒鵜座の頭に先ほどの八家の発言がフラッシュバックする。仲次コーチ、実はもうそれ遅いかもしれないっす。なんて口が裂けても言えるわけがない。そのまま去っていく仲次の後ろ姿を見送りながら、黒鵜座は一息ついた。

 

 

 

「はぁ……ヒヤッとした。まぁそんなわけです。奥さんを怒らせた場合はこのようにして謝罪してください」

 

 

 

「こんなものでいいのかい? もっと花束を差し出すかのように優美な方が……」

 

 

 

「まぁそれもありかもしれませんが……いいですか八家さん! 世の中誠意が大事なんです。そして誠意とはつまり、感情ではなく行動なんですよ! 頭の中ではどれだけ『クソ野郎』と思っていても、しっかり態度で示しさえすれば問題ないんです。これから奥さんを怒らせた時は、しっかり頭を下げて誠意を見せるようにしましょう! はい、これでお悩み相談終わり! 終わりでいいですよねスタッフの皆さん!」

 

 

 

 そんな事を話している内に、八家のスマホから通知音が鳴る。本来投げる可能性のある投手はブルペンにスマホの持ち込みを禁止されているが、八家は投げる予定が無いので例外である。そのスマホの画面には―――。

 

 

 

『今日の放送について、帰ったらお話があります』

 

 

 

「……ははっ、早速使う機会が出来ましたね」

 

 

 

「えーっと、もう一度謝罪の仕方を一から教えてくれないかい?」

 

 

 

「仕方ないですねぇ。ここで一旦コマーシャル入りまーす」

 

 




みんなも謝罪の仕方には気を付けよう!


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#5 part5

「試合は現在7回の表、ブルーバーズが2点リードで迎えております! これがどういう事かというとつまり、僕が登板するまでの時間が近づいてきているという事ですね。あー、嫌だねぇ」

 

 

 

「黒鵜座、準備」

 

 

 

「あ、分かりました。えーでは次回のゲストを紹介して僕は消えるとしましょう。次回のゲストは、中継ぎ投手でございます! 不死鳥の左腕、スペランカー兄貴こと滑川削(なめかわさく)選手です! というわけで八家さん、後はお願いします」

 

 

 

「任せておくがいいさ、君は何の心配もせずにじっくり準備を重ねておけばいい」

 

 

 

「そういう自信満々なところが余計心配なんですけど。分かっているでしょうけど、とにもかくにも、くれぐれも変なことは言わないように! いいですね!」

 

 

 

 何度も釘を指すように繰り返す黒鵜座に対して、いかにも余裕そうに八家は笑みを浮かべる。いやほんと、そういうところが却って心配なんですけど、と黒鵜座はつぶやいた。しかしそろそろ行かなくては仲次コーチから何を言われるか分かったものじゃない。仕方なく、すごすごと黒鵜座は投球練習に上がっていった。

 

 

 

「さて……一人になったところでコメントでも読んでいくとしようか。『八家選手はいつも帽子を深めに被っていますが、ちゃんとサインとかは見えているのでしょうか』、ふむ、これは愚問だね。当然見えているに決まっているじゃないか。第三の目でね。……うん、これは本当に信じそうな人がいるから撤回しておこう。時折帽子の下から様子を見てたりするんだ。これは本当の話だよ? じゃあ次、『どうしていつも目元を見せようとしないのですか?』、なるほど、いい質問が来たね。俺は昔っから目つきが悪いとずっと言われてきてね。この目がコンプレックスだったのさ。だからあまり目元を見せないように工夫していたんだ。だけどうちの姫君はそれを肯定してくれた。その時の嬉しさといったら、全くなんと表現すればいいのやら。行く当てのない砂漠の中にオアシスを見つけたような、そんな感覚さ」

 

 

 

 八家がそんなことを話している間に、試合は動きを見せていた。この回登板したKKがヒット二本で無死一三類の窮地を迎えていたのだ。コメントでそれを指摘され、八家はその内容を拾うことにした。

 

 

 

「おや、ピンチを招いてしまっているようだね。見たところ今日のKKは変化球の精度が定まっていないらしい。明らかなボール球が多いし、ストライクを取ろうとした直球を狙い撃ちされているような感じだね。まぁだけどここからが腕の見せ所といったところだろう。この状況だと……そうだね、2点差あるから1点を犠牲にしてダブルプレーを狙うか、それとも1点も取らせない姿勢か。キャッチャーや投手の判断力が試されるね」

 

 

 

 サードとファーストが若干前進して守備についている。セカンドとショートはベースの近く。良く言えばどんな打球に対しても柔軟な姿勢、悪く言えばどっちつかずなポジションである。三塁ランナーを一度目で牽制して、KKが第一球を投じた。縦に割れるカーブ。出来は悪いが、それでも今日投げた球の中では一番いい。バッターが見逃しストライクがコールされた。

 

 

 

「ふむ、最初はカーブか。いやぁ、俺はナックルとスローボールとちょっとした変化球しか投げないからこういう風に配球について語るのは新鮮だね。うん、悪くない。きっと今の打者は直球狙いだったんじゃないかな。パスボールの危険もあるこの状況だと中々勇気のいる決断だね。相手もきっと面食らったんじゃないかな」

 

 

 

 続く2球目、バッテリーはストレートを選択した。打者がバットを振るも、ほぼ根本に近い。ふらふらと上がった打球は、ショートが少し下がったところでしっかりグラブに収めた。

 

 

 

「今のはバッテリーの勝ちだね。『森の中でイルカを探す』ようなものさ。さっきのカーブが頭にちらついたんだろうね。どちらに絞るかを打者が決めきれなかったがゆえに打ち損じた。そういう意味ではバッテリーの勝ちではなく打者の敗北と言った方が近いのかな?」

 

 

 

 これで1アウト。併殺に打ち取れば無失点で窮地を脱する事も見えてきた。ここでキャッチャーの扇谷がマウンドまで上がってくる。恐らくは作戦の確認だろう。

 

 

 

「うん、1アウト取った事でKKにも落ち着きが出てきたんじゃないかな? これがもっと僅差だと満塁策という手もありえなくはないのだろうけど、ランナーを二塁に進めるとそれはそれで傷口が開きそうだからね。俺だったらそうだね……風の赴くままに身を委ねる、つまりこの場での勝負かな」

 

 

 

 八家の宣言通り(?)バッターを歩かせないまま、バッテリーは勝負を選択した。初球、153km/hのストレートでファウルを奪うと二球目はアウトコースへのストレートが外れて1ボール1ストライクとなる。

 

 

 

「ギアを上げてきたというよりは、ようやくKKの本調子が出てきたという感じかな? まさに重量機関車、エンジンがかかってくるのは遅いけれどその分馬力も他に比べて違うものがあるね。まぁ今日は調子が悪かっただけなんだろうけど。それにしても外野フライは避けたいところだね、当たり前だけれどこのまま無失点で切り抜ける方がいいから」

 

 

 

 その思いはKKとしても同じだろう。三球目、微妙に動く球が内角高めに外れて2ボール。バッターが上体を反らしてボールをかわす。よろめきながらバッターボックスを外れた。そして四球目、高めに浮いたカーブを捉えると、打球はライトの正面へ。もちろんランナーはタッチアップの姿勢を示している。

 

 

 

「おっと、これは面白い事になったね。まさに野球の華というやつじゃないか」

 

 

 

 打球をライトの武留(たける)が前進しながら掴む。それと同時にランナーがスタートを切った。ここから先は瞬き厳禁、僅か数秒の出来事である。前進した体勢のまま右肩から繰り出されたボールはまさにレーザービーム。中継に入ろうとするセカンド美濃も思わず姿勢を下げてボールを避けた。バシィン、という気持ちのいい音が響いたのと同時にランナーがヘッドスライディングで滑り込んできた。しかしキャッチャーの扇谷は流石ベテランというべきか、この状況においても冷静であった。バックホームの勢いそのままに身を任せて体を反転、そのままタッチにかかった。息もつかせぬスピード勝負。早かったのはランナーか、それともキャッチャーか。

 

 

 

「ア……アウト―!」

 

 

 

「良かった良かった。番組が終わる前にいいものが見られたね。これぞプロフェッショナルって感じのプレーだったよ、お互いに。さてと、それじゃあそろそろ番組を締めくくらせてもらおうか。いつか大空へ羽ばたく君たちへ、俺からエールを送らせてもらおう。Have a nice trip!」



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お披露目

 ごぉん、ごぉん、ごぉん。死神の足音のように響くその音は、相手に恐怖を味合わせるのに十分なものである。

 

 

 

『投手交代のお知らせをします。ピッチャー、北に代わって黒鵜座、黒鵜座一。背番号99』

 

 

 

 観客の声援を背に受けて一歩、また一歩とマウンドへと黒鵜座が歩いていく。ゆっくり地面を踏みしめるその様は、相手にゲームオーバーだという事を示すような、そんな不気味なものだった。投球練習に入る前に、キャッチャーの扇谷がブルペンまで上がってくる。グラブ越しに、二人は話し始めた。

 

 

 

「今日のどっかで、あの球使うぞ」

 

 

 

「えー、まじっすか」

 

 

 

「当たり前だ。どこかで使っておかないと鈍るだろう。何より実戦で使うために編み出した球だろ。だったら試合で投げないでどうすんだ」

 

 

 

「まぁそうっすけど……ちゃんと扇谷さん捕れます? そこが一番不安なんですけど」

 

 

 

「嘗めんなよお前」

 

 

 

「痛って! 別に叩くことないじゃないですか!」

 

 

 

「まぁそれだけ威勢があれば十分だな、じゃあやるぞ」

 

 

 

「分かってますってぇ……」

 

 

 

 扇谷に叩かれた背中がヒリヒリと痛む。そんなに強く叩かなくてもちゃんとやるときはやりますって、と心の中でぼやきながら黒鵜座はサインを見る。いきなりあの球かよ、まぁぶっつけ本番で投げるよりは100倍マシか。指先の握りに細心の注意を払う。こうだったっけ、まぁいいやとりあえず投げてみよ。力まず、いつも通り80~90%くらいの力で。

 

 

 

「フンっ」

 

 

 

 投げたボールは打者の少し手前でワンバウンドした。ありゃ、ちょっと意識しすぎたか。その後はストレートを2球、チェンジアップを1球投げこんだ。そしていよいよバッターが打席に立つ。アウェーであるがゆえに少ないが、レッズの応援歌が耳へと入り込んできた。レッズのファンは、非常に熱心である。昔は飲んだくれのおっさんが多かったせいか野次もよく聞こえたが、今は結構変わったらしい。なんでも女性ファンが増えたらしく、そういう野次は品がないからという理由で段々フェードアウトしたようである。

 

 

 

「フンフンフーン♪」

 

 

 

 黒鵜座は周りの声援などないかのように呑気に応援歌を口ずさむ。どっちかというと、応援歌で言えばレッズの方が格好いいと思う。これは完全に個人の見解だけれども。こんなことを言おうものならファンから袋叩きにされること間違いなしだな。そんなことを思いながら、体を伸ばして着々と準備を進める。

 

 

 

「プレイ!」

 

 

 

 高らかに告げる審判の声で、ようやくスイッチが入った。扇谷が出したサインを確認する。ストレートだ。ボールを握る右手を体で隠し初球を投じる。右打者の外角高めにストレートが突き刺さった。

 

 

 

「ストライ―ク!」

 

 

 

 球速は146km/h。現代のプロ野球界では珍しくとも何ともない球だが、黒鵜座にとっては上々の出来である。そもそも最速が148km/hという中でそれに近いの速さを安定して投げられるのは結構すごいことである。

 

 

 

(じゃあ、次はここだ)

 

 

 

(うぃっす)

 

 

 

 基本的に扇谷のサインに首を横に振ることは滅多にない。それほど球種がないというのも事実だが、それ以上に扇谷のリードを信じているからだ。コース、球種、投げ方などを決めるのは投手の独断ではない。キャッチャーのリードと共に積み重ねていくものだと黒鵜座は理解している。その決定権はハーフアンドハーフといったところか。

 

 

 

 2球目、今度は低めから浮き上がるようなストレートで空振りを奪い2ストライク。3球目もストレートだったがこれは打者がファウルで逃れカウント変わらず。4球目、タイミングを外すチェンジアップを詰まらせてサードへの平凡なゴロ。これをしっかりとさばいて一つ目のアウトを取った。

 

 

 

 1球投げるごとに歓声が上がる。これがもしプレッシャーに弱い投手ならばおどおどしていてもおかしくないだろうが、黒鵜座は別ベクトルの人間である。むしろ燃えていた。といっても野球でいう炎上ではなく、心がである。

 

 

 

(やっぱ楽しいな)

 

 

 

 マウンドとは打席に立つ打者からして少し高い場所にある。つまり本来は上から目線で投げるピッチングとなるわけだ。上から打者を見下すような支配的なピッチングは本人も、見ているファンにとっても爽快だ。この肌にひりつくような感じがたまらない。顔には出さないけれど黒鵜座は胸を躍らせていた。次の打者が左のバッターボックスに入る。

 

 

 

(よし、じゃあ次はここな)

 

 

 

(あの球のサイン、中々来ないな……)

 

 

 

 そんな事をぼんやり思いながら、黒鵜座は要求通りのボールを投げる。打者は分かりやすいぐらいにストレート狙い、それもバットを少し短めに持っている事から単打、最悪の場合内野安打で繋ぐこと目当てであることは、扇谷にとってはお見通しだ。

 

 

 

(なっ、思ったタイミングで来ねぇ!?)

 

 

 

 ストレートを意識させた上でのチェンジアップは非常に効果的である。速い球にタイミングを合わせる事にピントを合わせるために体が前のめりになるのだ。ただでさえ当てに行くことを重視しているのにそんな体勢ではまともに飛ぶはずもない。だが、バッターは祈るようにバットを頭に当てて目を閉じた。大丈夫だ、次こそストレートが来る。

 

 

 

(……なんて思ってんだろうな。そもそも勝負の世界で祈る事自体がナンセンスだっての)

 

 

 

 捕手のポジションからは打者の様子が良く見える。高揚も、困惑も、躊躇も、諦めも、慣れてくれば簡単に見えてくるものだ。だからバッテリーは今度もチェンジアップを選択した。予想通りバットの下で叩いたそのボールは、黒鵜座のグラブへ収まる。そのままファーストへと下から投げて2アウト。拍手とあと一人コールが球場に響き始める。

 

 

 

(つっても、問題はここからなんだよなぁ……)

 

 

 

『8番、キャッチャー小西。背番号29』

 

 

 

 何を隠そう、黒鵜座はこのバッターが一番苦手なのだ(第二回放送参照)。打率は高くないが、とにかく相性が悪い。あのこんにゃくのようなスイングを思い出しただけでうなされるレベルだ。とにもかくにも、この打者を攻略しなくては自分の先は無い。キャッチャーの扇谷も一度落ち着くようにジェスチャーをしている。

 

 

 

 膝を軽く曲げ、少し姿勢を下げて小西が打席に入る。初球、148km/hのストレートがファウルチップとなり1ストライク。続く2球目は大きく高めに外れて1ボールとなった。

 

 

 

(かーっ、やっぱやりづれ―――!)

 

 

 

 扇屋からボールを受け取りながら黒鵜座は今にも叫びたい気分であった。3球目はチェンジアップがワンバウンドして2ボール。そして4球目、直球を捉えた打球は惜しくも三塁線を切れるファールとなった。

 

 

 

(ひー、おっかねーわ。やっぱこの人どっかで入れ替わってるでしょ!?)

 

 

 

 ファールとはいえ、痛烈な当たりであることに変わりはない。冷や汗をぬぐう様に帽子を脱いだ。扇谷からのサインを待つ。……来た、あのサインだ。

 

 

 

(待ってました! いやマジで!)

 

 

 

 少し長い間をとる。実戦で使うのは初めてだから、ちょっとだけ緊張するな。ゆっくりと構えて右腕を振りかぶる。感覚を指先に集中させて、一投を投げ込んだ。

 

 

 

(ストレート……!!)

 

 

 

 当然打者の小西もバットを振りに行く。しかしボールはそこそこの速さを保ったまま、文字通り沈んだ。

 

 

 

(―――は?)

 

 

 

「ストライ―ク! バッターアウト!!」

 

 

 

 打者も、相手ベンチも、守る野手も、そして応援するファンも狐につままれたように口を開ける。それに知らぬ顔してバッテリーは口角を上げた。



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#6 part1

「こんばんは皆さん! 司会の黒鵜座です。いやー昨日は好プレーも見られる熱戦でしたね! 特に武留のバックホームはすごかったですね。今年のスーパープレー集に載るんじゃないでしょうか。まぁそれよりも僕と小西選手の勝負の方がすごかったですけどね! あっちの方が名勝負です、僕にとっては。いや対戦打率5割の人相手に三振を取れたのは良い自信になると思いますね、自画自賛ですけど。え? 5割なんだから次は打たれるでしょって? ははっ、そういう事言う奴は決まってモテないんですよ。まぁ144試合の中の一勝負で一喜一憂している方がおかしいのかもしれないですけど、それでも褒められる時に自分を褒めておいた方がいいに決まってます。それが自信になるし、いい結果にも繋がると思いますから。社会に、学校に、家事に疲れた皆さん。時々でいいんで自分のことを褒めてあげてくださいね。さぁ、辛気臭い事を言ったところで第六回のゲストの紹介に移りましょう。不死鳥の左腕、スペランカー兄貴こと滑川削(なめかわさく)選手です! はい皆さん拍手お願いします!」

 

 

 

 やってきたのは茶色い短髪をした、もみあげが特徴的なすらっとした細身の男だ。少ししわの入ったその表情には哀愁が感じられる。しかしいつも以上にしわが深いのは機嫌の悪い証拠なのだろう。

 

 

 

「おい、待ちやがれ。前半はまだ良いとしよう、だが後半の部分には納得いかねぇ。俺のどこがスペランカーだってんだ」

 

 

 

「これ毎回誰が考えてると思います? スタッフの方ですよ。つまりは一般的な評価がそうだって事です。というか僕からしても妥当ですよ。サク先輩そもそもシーズン通して完走した事ありましたっけ?」

 

 

 

「あるに決まってんだろ。……ルーキーイヤーだけ」

 

 

 

「え、何て? 声が小さくてよく聞こえないんですけど?」

 

 

 

「分かってて言ってんだろお前! ほんっとに昔っから性格悪いな!」

 

 

 

「何言ってるんですかねぇ、これも視聴者ひいてはファンのために決まってるじゃないですか。それに、最初の二つ名とか恰好よくありません? いいじゃないですか不死鳥(笑)」

 

 

 

「その微妙な笑みをやめやがれ! というか確実に馬鹿にしてんだろうが!」

 

 

 

「いやぁだってもう、サク先輩野球人生の中で何回骨折しました?」

 

 

 

 滑川が髪を掻きながら考える。滑川削、36歳、大卒からドラフト1位で入団した男。その能力の高さからシーズンのキーマンとしてよく挙げられるこの人物は、なにぶん怪我が非常に多い。それも結構しょうもない原因で。そういう

 

 

 

「やべぇ、覚えてないかも……」

 

 

 

「どんだけですか。記憶力の問題なのか、それとも悪い意味でサク先輩がやばすぎるのか。多分後者なんでしょうね。ちゃんと牛乳飲んでます?」

 

 

 

「子供じゃねーんだから。……いや、その手があったか」

 

 

 

「他にどの手が残ってたっていうんですかね。まぁでも、何度怪我をしても必ず復帰してくるサク先輩の事、僕はちゃんと尊敬してますよ」

 

 

 

 何の気なしに黒鵜座は褒め言葉を投げかけてみる。この言葉は、割と本当だ。嘘じゃない。選手として、先輩として尊敬しているのは確かに事実だ。

 

 

 

「本当かぁ……?」

 

 

 

「そんな! この綺麗な眼差しを信じられないって言うんですか!?」

 

 

 

「何も変わってないどころかちょっと淀んでるからな。っていうかお前毎回そう言うよな。大体そう言い出す時はふざけてる可能性が7割だから」

 

 

 

「3割、バッターとしちゃ上等じゃないですか。えーさて、オープニングトークもここまでにしておいて、そろそろハガキを呼んで行きましょう。ペンネーム『青鳥軍団』さんから。……あっこいつ初回からいきなり暴言飛ばしてきた奴じゃん! スルーしたろ!」

 

 

 

「んな事してるから嫌われんだよお前」

 

 

 

「うるさいですね……読みますよちゃんと。『去年のブルーバーズの首位となった原因はずばり何でしょうか、選手視点から教えてください』……思ったより普通の質問が来ましたね、僕ちょっと身構えてたのに。どう思いますかサク先輩」

 

 

 

「また無理矢理回してきたな。んー、まぁそりゃ色々なところが噛み合ってこそっていうのが建前。本音はやっぱりホーム球場に合った戦いが出来たからじゃないか、っていう所だな」

 

 

 

 中々興味をそそられる内容である。サク先輩はこういうところが上手だ。相手が続きを聞きたくなるような話し方をする。こういう所を聞くと解説者とか指導者向きに思えてくるんだよな。

 

 

 

「続き、聞いても良いですか」

 

 

 

「おう。プロ野球ってのは試合の半分、要するに72試合はホームグラウンドで戦うだろ? 流石に全部取りこぼさずにってのは無理だろうけど、ホームではなるべく勝っておきたい。だからその球場にあった戦い方が必要になってくるわけだ」

 

 

 

「はい」

 

 

 

「ウチの球場は広いだろ? だから投手有利なんだ。投手力に力を注いだこのチームはこの球場では強い意味がある。それに加えてブルーバーズの守備は固い。2年連続ゴールデングラブ賞の美濃や、強肩好守がウリの武留、センターには俊足の李がいる。球場の強みを最大限活かせたからこそ得点が多く取れなくとも勝つことができる。まぁその分俺らリリーフ陣にも負担がかかってくるけどな。で、お前はどう思ってんだよ」

 

 

 

「僕ですか。それはもはや愚問ですね。ずばり、このチームの強さの秘訣は……」

 

 

 

「秘訣は?」

 

 

 

「僕の存在ですね」

 

 

 

「溜めてた時間返せや。はった押すぞお前」

 

 

 

 わざわざ時間をとって出た結論がそれかよ、とため息を吐く滑川。それに対して黒鵜座はチッチッチ、と舌を鳴らしながらとジェスチャーで示した。

 

 

 

「まぁ話は最後まで聞いておくものですよ。このチームの一番の武器が投手力だっていうのはサク先輩の言う通りだと思いますよ。でもウチが一番強いのは先発じゃないですよね」

 

 

 

「……ああ、そういう事か」

 

 

 

「そう、サク先輩はもう分かったみたいですけどブルーバーズは救援投手の防御率が12球団イチなんですよ。その要因として勝ちパターンが機能していたのが強いと思うんですよね。僕は序盤に8回を任されてましたけど、シーズン途中でクローザーに配置転換されまして。それで安定したのが昨シーズンの良い結果に結びついたんだと思っています。先発が5回くらいまで投げてくれれば、後はリリーフに任せればいいわけですからね。仲次コーチの手腕もあってそこまで負担が少なく済みましたし、そうでなくても僕はほら、鉄腕ですし」

 

 

 

「そんな事言ってたら足元掬われんぞ。でもま、お前の言う事にも一理あるよ。確かにお前みたいな万能リリーフがいてくれたおかげで、チームの歯車が上手く回り始めたからな」

 

 

 

「人を潤滑油みたいに呼ぶのやめてくれませんかね。あの言い回し僕嫌いなんですよ。何だよ『私は潤滑油のような存在です』って。人は人です。油なんかと間違えないでもらえます? ってのが僕の感想です。はい、一段落ついたところでCM入りまーす」



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#6 part2

「むぐぐぐ……バナナうま~! いや~いい時代になったものですよ、こうして栄養補給が楽にできるようになりましたからね!」

 

 

 

 CM明け。カメラが映したのは満足そうにバナナを口いっぱいに頬張ると、何故か顔色を悪くしている滑川の姿だった。

 

 

 

「あの~、黒鵜座選手。もうカメラ回ってます」

 

 

 

「うっそマジで!? いやでも後バナナもう少しだし、完食しないと農家の方に失礼でしょ! って何でサク先輩そんなに顔色悪いんですか。もしかしてバナナが欲しかったとか?」

 

 

 

「いや、そんなんじゃなくて……昔、道端に捨てられてたバナナで転んで骨折した事があってな」

 

 

 

「思ってたよりもっと古典的でアホみたいな理由だった! あー、ありましたねそんな漫画みたいな事件。モグモグ……ゴクン。あー、美味しかった。フィリピンのバナナ農家に感謝ですね。それではコメントの方少し読み上げていきましょうかね。僕少し気になっていたコメントがあって……『滑川選手は若い頃先発をやっていましたが、今でも先発に対する未練があるのでしょうか』っていうものなんですけど。そこんところどうなんでしょうか」

 

 

 

 そこのところは黒鵜座も気になっていた。滑川は怪我こそ多いものの、結構優秀な投手である。元々は先発として投げていたし、そっちで投げたいという気持ちがあっても何らおかしくない。むしろ選手間では滑川の怪我の多さに呆れた首脳陣が無理矢理配置転換したのではないかという噂まで広がっていた。

 

 

 

「あー、その件な。この際誤解の無いようにはっきり言っておくけど、別に監督と喧嘩とかしたわけじゃないからな。自分からはっきりリリーフが良いって言ったんだ」

 

 

 

「えっ、そりゃあ何でですか。自分がこういうのはどうかとも思いますけどリリーフって年俸安いし連投もあるし給料の割に合わないし大変でしょ」

 

 

 

「まぁ色々と理由はあるけど、まず一番はチームのためだな。その時はまだリリーフも手薄だったし、そこなら自分の強みを活かせると思ったんだ。それにぶっちゃけ、体力がもう落ちてきてんだよ。一週間近く間が空くとはいっても流石に1日100球はキャンプでもない限りきついって」

 

 

 

「……早熟?」

 

 

 

「うるせーよ普通だわ! お前も30過ぎたら分かるようになるだろうよ! ……それに、視点を変えて見る事で景色も変わってみられるしな。生意気だけど、いい後輩も出来た。優勝だって経験できた。割とやりがいを感じるし、いい仕事につけて俺は幸せ者だよ」

 

 

 

 どこか満足そうに笑みを浮かべる彼の姿に、少しだけ黒鵜座は不穏な何かを感じ取った。確かに、いつか来るとは分かっていたけれど。いくら何でも早すぎる。

 

 

 

「えっ何ですか、サク先輩死ぬんですか!?」

 

 

 

「失礼にもほどがあるだろお前」

 

 

 

「まぁでもサク先輩昔っから人に教えるのが好きですよね」

 

 

 

 考えてみれば、サク先輩は昔っから仲間思いと言うか世話焼きというか、後輩と一緒にいる場面が多い。かくいう黒鵜座自身もよく指導してもらったタチだ。

 

 

 

「分からない視聴者諸君のために説明しましょう。サク先輩はかなり指導熱心な方でですね、僕もルーキーイヤーからお世話になっている存在なんです。昔は速球派の投手として投げていて、今はどっちかというと培った技術で投げているピッチャーなので色々分かるんですよ。だから大抵のピッチャーの事は理解できているみたいで。感覚派とか理論派とかで対立する事もありますけど、いつだってサク先輩は中間にいてくれて指導してくれるんですよね。そういう指導を受けた選手たちはよく『滑川チルドレン』なんて呼ばれるんですけど、今のチームの基礎は彼らによって成り立っているわけです。選手、特に熱田や北あたりの速球派は確実に頭が上がらないレベルだし、監督たちも感謝しきれないんでしょうか」

 

 

 

「お前が俺の事をべた褒めするなんてな。……あれ、ひょっとしてマジで俺死ぬの?」

 

 

 

「死ぬまではいかなくとも、もしかしたら骨を折るかもしれないですね。文字通り。登板する時は気を付けておいて下さい」

 

 

 

「っていうかお前はどうなんだよ。ずっとリリーフやってばっかりだったろ。先発やりたいとかそういうの無いわけ? やりたいなら俺が教えてやるけど?」

 

 

 

「いや、結構です。もうそういうのは高校でこりました。もしかしたら首脳陣は先発として活躍させるプランがあったのかもしれないですけど、僕は最初からリリーフ志望でした。連投する分にはまだいいんですけど、球数多いと辛いんですよね。そういう面で言えばリリーフの方が楽かなと。まぁ年俸は安いんですけど」

 

 

 

「安いっつったってお前9500万だろ」

 

 

 

「わーわー聞こえなーい! というかサク先輩そういうのは言わないお約束でしょ! 夢を与える立場のプロ野球選手がカネの話してどうするんですか!」

 

 

 

 両手を大きく振って黒鵜座は滑川の発言を止めようとするも、もう遅い。ブレーキをかけるどころか、滑川はアクセルを大きく踏み込んだ。踏むペダルを思い切り間違っている。

 

 

 

「大事だろ収入も。最近の子供は皆現実、というか足元見てるからな。野球人口が減っている事も考えたらこうして俺たちが夢を与えるしかないでしょ。ちなみに俺は6500万な」

 

 

 

「聞いてねーし……何かそういう生々しい話をしていいのやら。僕が子供の時はもっとこう、ピュアでしたよ。『プロやきゅうせんしゅになりたい』なんて文集に書いていたあの頃が懐かしいです。というかお子さんそんなに冷めた感じなんですか?」

 

 

 

「まぁ時々怪我をして家で安静にしている時があるんだけどさ。たまーに長男がこっちを見て変な事言い出すんだよ。『おとうさんってくそにーとなの?』とか。あの時はマジで一瞬空気凍ったな。リビングがお通夜みたいになったもん。何とか妻がフォローしてくれたから良かったけどさ」

 

 

 

「んふっ……すいません、あんま笑っちゃいけないのは分かってるんですけどお子さん辛辣ですね」

 

 

 

「最近の子供に対しては刺激のあるものが多いからな。スマートフォンはまだ与えてないけど、どこからそういうワードを見つけてきたんだか全く」

 

 

 

「まぁでもお子さんがすくすく育っている証拠じゃないんでしょうか」

 

 

 

「そのためにはもっと稼がないといけないんだけどな……長女も次男もまだ幼いしうちの家計結構カツカツなんだよ」

 

 

 

「あはは、耳が痛いですね。キレそう。何か皆さんこの放送を家族自慢の場だと勘違いしてません? 僕をはじめとした独身勢を前にしてただで帰れると思わない事ですね! それではそろそろコマーシャル行ってみよ~!」



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#6 part3

「さぁそろそろお便りを消化していかないとまずいんで頑張っていきましょう。それじゃあサク先輩、お願いしまーす!」

 

 

 

 いつも通りのお便りボックスを取り出す。黒鵜座が滑川にハガキを取り出すように指示をした。

 

 

 

「分かった。えーっと、これを読めばいいのか?」

 

 

 

「はい、そうです。お願いします」

 

 

 

「ペンネーム『とある高校の主計科選手』さんから。『黒鵜座選手、滑川選手こんばんは。滑川選手にお聞きしたい事があります。失礼な事を聞くようで申し訳ないのですが、肩を怪我したときはどのような感覚だったのでしょうか』……ということです」

 

 

 

「あー……まぁそういうのはウチのチームじゃサク先輩が一番詳しいですよね」

 

 

 

「まぁな、人よりそういう経験があるからそういうのには詳しい自信があるぜ!」

 

 

 

「さっすがサク先輩! 頼りになりますね!」

 

 

 

「だろ!? もっと頼ってくれてもいいんだぜ!」

 

 

 

 ※怪我の多さの話です。皆さんはそもそも怪我を多くしないように気を付けましょう。

 

 

 

「冗談はここらへんにしておいて……僕はそんなに怪我した事ないので分からないんですよね。実際どんな感覚なんですか?」

 

 

 

「いや、人の体ってさ。思っている以上に脆いんだよ。感覚だからこう、上手く言うのは難しいんだけど全身がガラス……的な?」

 

 

 

「それって『ガラスのエース』のサク先輩だけにしか分からないたとえじゃないですか?」

 

 

 

「まぁほら、自分の体でしか生きた事無いから分からねぇけどこれはガチだから。怪我をする瞬間ってのは体にヒビが入る感じなんだよ。それから鋭い痛みと冷たい汗が流れて、だんだん『ああ、怪我したんだな』って分かってくる。慣れてくれば『あ、これ無理だわ』ってなってくるけど」

 

 

 

「分かるようで分からない。じゃあ怪我しないためのコツっていうのはあるんですか?」

 

 

 

「よりにもよって俺に聞くか?」

 

 

 

 その場の空気が何か申し訳ないものに変わっていく。流石、積み重ねた怪我の数が違うといったところか。褒めるべきところでは確実にないんだろうけれど。

 

 

 

「逆に怪我が多いがゆえにあの時こうすれば良かったとかあるじゃないですか。これからの未来ある若者のために、そこを何とかお願いしますよ」

 

 

 

「あぁ? つってもほとんど参考にならねーぞ? まぁそうだな、『無理をしない』っていうのが今の子供たちにとって一番分かりやすいんだろうけど何か抽象的だよな。一番具体的なのは『自分の限界を知っておく』っつー事だな。お前も酒を飲みすぎて吐いたことくらいあるだろ?」

 

 

 

「いやまぁありますけど……その例え大学生とかおっさんじゃないと分からないじゃないですか」

 

 

 

「分かりにくい事は認めるけどよ、これに尽きるんだよ。一度怪我をすることで自分の体の限界がどこにあるのかを理解しておくのは本当に大事なんだよ。あぁ、今ここに負担がかかりすぎていたんだなとかを理解するのにも役立つし」

 

 

 

「その割にサク先輩は怪我多いですけど」

 

 

 

「そりゃあお前、俺は色んな所にメス入れてるからな。肩や肘、しまいには指先まで手術したことがあるんだから」

 

 

 

「指先って言うと、あの事件ですか。『利き手はやめろヨーグルト事件』」

 

 

 

 一見するとアホみたいな名前だが、事件は事件である。説明しよう、利き手はやめろヨーグルト事件とは! 6年前、先発として登板した滑川がノックアウトされてベンチに戻った際に起こった事件である。その日の滑川はかなり出来が悪く、本人も気が立っていた。その怒りはベンチに戻っても収まらず、グラブをベンチに叩きつけようとしたその時。思わず手先が滑ってベンチを拳で殴りつけてしまったのだ。その結果、指を骨折。その一部始終をテレビカメラにすっぱ抜かれた挙句、監督からも「利き手はやめろヨーグルト!(?)」と言われる散々な始末を残した伝説(笑)の事件である。

 

 

 

「おい人の黒歴史掘り起こすなそれ犯罪だからな!」

 

 

 

「あれ以来道具を大事にするようになったらしいですね、何かちょっとでも悪い事するとすぐに厄災が降りかかってくるところが本当にサク先輩らしいというか。前世で何やったんです?」

 

 

 

「俺が知るかよ……」

 

 

 

「まぁそこら辺が話題になるのも愛されている証拠という事で受け取りましょう。では次のハガキですねー。ペンネーム『ブルガリア』さんより。『黒鵜座選手、滑川選手こんばんは。今私は高校野球で心が折れかけています。お二人は野球を辞めたいと思ったことはあるのでしょうか』、という事ですね。えーっと、無くはないですね、小学生中学生の頃の話ですけど。練習も理不尽だし、走り込みや球拾いばっかりだったし、何でこんな事やってんだろうと思ってました。今プロ野球選手になれたのはそういう事を乗り越えた……ってほどじゃないですけど、その時なにくそと思ったからです。サク先輩はそこのところどうなんですか?」

 

 

 

「そりゃああるに決まってんだろ。どんだけ好きでもやめたくなることくらい誰にでもある事だ、恥じる事じゃない。俺の場合は『やめたい』、というよりは『潮時か』と思ってたけどな」

 

 

 

 滑川には、一度育成選手に落ちた過去がある。決して実力不足というわけではなく、怪我の療養のためという理由だったが本人にとってはかなりの屈辱だったらしい。今でこそこう語ってはいるものの、当時は今にも舌を噛み切らんぐらいの勢いだったのを黒鵜座は覚えている。

 

 

 

「あの時引退しなくて良かったですよ本当に。今にも死にそうな顔してましたもん。何が現役続行の決め手になったんですか?」

 

 

 

「いろいろ理由はあるけれど、やっぱり家族の為かな」

 

 

 

「あ、金銭的な面でってことですか?」

 

 

 

「生々しいな!」

 

 

 

「何をいまさら」

 

 

 

「……まぁそれもあるが、シーズンオフに長男の世話をしている時に思ったんだよ。『この子は俺がプロ野球選手だってことを知らないんだろうな』って。そう考えたら何か悔しくなっちゃってさ。せめてこの子が物心つくまでは、カッコいいお父さんでいたい。誰かのためなんて理由は不純だと思われるかもしれないけど、だから俺は頑張る事が出来た。リハビリも、苦しかったけれど意味があった。一軍でリリーフとして再出発して登板した時はファンの方にも拍手を送られて涙が出そうだったよ。だからいつか戦力外になるまではあがいてみようと思ったんだ」

 

 

 

 ま、眩しい……! 立派な志がない黒鵜座にとってそれはあまりにも眩しすぎるものだった。

 

 

 

「もう立派な事で。あー、涙が出そうだなー! あー!」

 

 

 

「もうちょっと目を潤ませてから言え。まぁ少しでもカッコいいところを見せられるように運動会でもガチるけどな」

 

 

 

「せっかく感動したのに! やめてくださいよプロ野球選手が大人げない! もう全く……はい、それでは一旦CM入りまーす、チャンネルはそのまま!」




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#6 part4

この話も30話超えましたね(今更)


「はい、CMも明けましたところで恒例のこのコーナー! 『黒鵜座一先生の~? お悩み相談室』ー!! えーこのコーナーはですね、選手達のお悩みを僕、黒鵜座一が解決してあげようという企画であります! まぁ始まったのは前回からなんですけどね。それではサク先輩、拍手をお願いします!」

 

 

 

「えぇ……何で俺が……」

 

 

 

 口ではそう言いつつも、拍手を送ってくれるあたり滑川の度量の高さがうかがえる。流石プロ野球選手の中でも群を抜くほどの人格者と言われるほどはある。

 

 

 

「で、早速なんですがサク先輩のお悩みを聞かせてもらいましょうか!」

 

 

 

「脅迫に使ったりしないよな?」

 

 

 

「僕の事なんだと思ってるんですか。安心してください、使いませんよそんな事には」

 

 

 

「……なんだよ」

 

 

 

「え、なんて?」

 

 

 

「たまに見てて分かるかもしれねぇけど、結構ビビりなんだよ俺。何か怪我の原因が増えるごとに苦手というか敏感になるというか。あー、もー、言うんじゃなかった―!!」

 

 

 

 両手で顔を隠しながら絶叫する滑川を、黒鵜座が肩を叩きながらなだめる。滑川とそこそこ一緒にいる時間が多い黒鵜座にとっては共感できるものだった。

 

 

 

「確かにサク先輩は音に敏感というか、でかい音したらすぐにどっかに隠れますよね。それにさっきバナナ見てただけでビビってたし……ちゃんと日常生活送れてるんですか?」

 

 

 

「失礼な! それくらいはちゃんと出来るわ!」

 

 

 

「じゃあ、ほら……」

 

 

 

「ん?」

 

 

 

 すっ、と黒鵜座が両手を差し出す。滑川はその意味も分からず、差し出された両手に目を向ける。その瞬間、黒鵜座がパン、と両手を叩いた。それはあくまでも、本当に軽く滑川を驚かせるためのドッキリ―――。脳が理解するよりも先に動いたのは体の方だった。とっさに横に跳んでしゃがみこむ。そんな滑川の様子を、どこか冷めた顔で黒鵜座は見つめていた。

 

 

 

「何してんすか」

 

 

 

「いや、ほら、その……蟻が、歩いてるなーって」

 

 

 

「あ、そこゴキブリいますよ」

 

 

 

「~ッ!?」

 

 

 

 今度は飛び跳ねてイスにガタンと勢いよく音を立てて座り込んだ。そんなビビり方をしているから怪我が多いんじゃないか、と黒鵜座が思ったのは内緒である。

 

 

 

「なるほど、これは重症みたいですね」

 

 

 

「お前ッ、マジで先輩からかうのもほどほどにしとけよッ……!」

 

 

 

 今にも息切れしそうな滑川を半笑いで見ながら、黒鵜座は思った。この人年の割にまだまだ元気だし愉快だなと。いや驚かせた元凶は自分だけれども、いざという時にそれくらい動くことができればまだまだプロ野球選手としてもやっていけるでしょう。

 

 

 

「とはいえ、ビビりを直すって中々難しいんですよね~。僕の昔の友達にピストルの音が苦手な子がいて。その子小学校卒業するまで運動会の徒競走ではずっと耳を塞ぎっぱなしでしたもん。そういうのって性分というか、生まれもっての宿命っていうんですかね」

 

 

 

「はぁ~……そうだよなぁ。そう簡単に解決するわけないよなぁ……」

 

 

 

「まぁ待ってください。物は捉えようですよ。逆にそれは警戒心が強いという事じゃないでしょうか。何事にもしっかりと真剣に受け止められるというのは、誇るべきポイントとも言えますよ。それに下手にビビらずボールに手を出して怪我をするよりは、その時怪我せず普通にヒットを許す方がいいんじゃないですかね?」

 

 

 

「そうか? いや、でもなぁ……」

 

 

 

 合点がいかなさそうな滑川に対して、たたみかけるように黒鵜座は仕掛ける。こういう出まかせ……じゃない、理屈で言えば黒鵜座は高いレベルにある。

 

 

 

「それでもダメなら、もういっそのこと慣れましょう。経験を積んだらきっと笑い飛ばせるぐらいになりますよ。例えばバナナがダメなら見て慣れてしまえばいいんです、よしそうとなったら急いでバナナを持ってきましょう」

 

 

 

「分かった、分かった! ……頑張って慣れるから、今はいい」

 

 

 

「そうですか。ならよかったです。ん? 何? 手紙のサプライズ? 誰から?」

 

 

 

 何やらスタッフが話し込んだ後、何かの紙が黒鵜座へと差し出された。何故か質問には答えないが、かなり大事に扱われているらしい。少しボロボロになっているそれを開いてみると、それは誰かに対する手紙だった。

 

 

 

「……え、これを読めって? ここのスタッフから差し出される時点で何か嫌な予感しかしないんですけど」

 

 

 

「いいじゃねーか、手紙の一つや二つくらい。読んでやれよ」

 

 

 

「仕方ないですね。読んであげないと話が進みそうにもないですし。えーっとなになに? 『おとうさんへ』……?」

 

 

 

 瞬間、黒鵜座の脳内に電撃が走る。あ、これはひょっとしてそういう事なのか!? ここのスタッフがそんなお涙頂戴的な演出をしてしまうのか!?

 

 

 

「『ぼくのおとうさんはいつもかえってくるのがおそいです。かえってこない日もあります。おかあさんにきくと、いつもかぞくのためにがんばってるのよ、といわれます』」

 

 

 

「こ、これは……まさか……!?」

 

 

 

「『おとうさんとずっといっしょにあそびたいとおもうけど、いそがしいからたいへんなんだとおもいます。おとうさんがどんなしごとをしているのかはよくわからないけど、いつかわかる日がくるのかな』」

 

 

 

「はうあッ!!」

 

 

 

 黒鵜座が横を見れば、滝のように涙を流している滑川がそこにはいた。……大丈夫かこれ?

 

 

 

「『それでもいえではげんきにおはなししてくれるおとうさんのことがだいすきです。いつもくーるでかっこいいおとうさんがいてくれるから、おうちはいつもあかるいです』……んん?」

 

 

 

「……続けてくれ」

 

 

 

「あの、言っておきますけどこの先を聞いて後悔しないようにしてくださいね?」

 

 

 

「何を後悔するっていうんだ、こんな感動的なエピソードがあるか! 俺は……俺はもう涙で前が見えん!!」

 

 

 

「えーっとじゃあ続けましょうか。『こんどおとうさんがかえってきたときはキャッチボールがしたいな』」

 

 

 

「そんなもん、何度だってしてやるよ……!」

 

 

 

「『きょうもおしごとがんばってください。かっこいいおとうさんはぼくのあこがれです。いつまでもくーるなぼくらのヒーローでいてください。……1年3組、くろうざ一』……」

 

 

 

 分かってたよ。どうせそんな事だろうと思ってたよ。何か途中からやけに「くーるくーる」うるさいから嫌な予感はしてたんだよ。くーるくーるって何なんだよ当時の僕。回りすぎなんだよメリーゴーランドか。いや、むしろ……コーヒーカップ? そんなアホな事を思っている黒鵜座の肩が大きく揺さぶられる。

 

 

 

「黒鵜座ァ! お前、おまっ、お前ェェェ!!」

 

 

 

「ちょっ違っ、これ持ってきたのスタッフ! スタッフだから! っていうか言ったじゃないですか後悔しないでくださいって!」

 

 

 

「知るかぁぁぁ!!!」

 

 

 

 おいスタッフ止めろマジで! というか何でこんな物持ってんだよ悪魔かお前らは! いや渡したの家族だな性格悪っ! 錯乱したサク先輩の肩を引っ張って止めてくれたのは、仲次コーチだった。

 

 

 

「おい、何してんだ。まぁいいや、サク。準備」

 

 

 

「……はぁっ!? あ、えーっと、うん、準備ですね。すまん黒鵜座、この埋め合わせは必ずどっかでするから!」

 

 

 

 コーチが来てくれなかったらはたしてどうなってたのやら。危なかった。

 

 

 

「えー、はい。収拾のつかないこの状況ですが、一旦CMを挟んでお茶を濁すことにします。あの、サク先輩は家族思いの良い方なので! 決してそこは勘違いしないでください。それではっ!」




※サク先輩はあくまでも被害者です。


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#6 part5

第六回、これで終わりです。


「そろそろほとぼりが冷めたころでしょうか、では番組の方に戻ってまいりましょう! 今はえーっと、7回の表、こちらが1点ビハインドですね。さてここで登板する投手は……そうですね、サク先輩ですね」

 

 

 

 ここで登板するのが滑川だ。基本的に第二回ゲストの芝崎や滑川は接戦、もしくは若干ビハインドの場面で登板する事が多い。本来なら若手が埋めるポジションではあるのだが、二人とも実力面では申し分ない。そもそもこのように競った展開はよくあるものだ。打線が逆転するためにいかにして繋ぐか、それもリリーフに託された大事な使命である。

 

 

 

「ちょっとコメントを読みましょうか。『黒鵜座選手から見た滑川選手の強みはなんでしょうか』という事ですね。うーん、そうですねぇ……特にココがすごい! みたいなところがあるわけではないんですけど。ただそれでも逆に言えば何でもできることが強みじゃないでしょうか」

 

 

 

 投球練習を終えた滑川がバッターの方へと向き直る。その初球、大きく振りかぶった左腕から右打者の内角にストレートが投げ込まれた。一般的にクロスファイアーと呼ばれるこのコースは、打者をひるませるのに十分なものだ。続いて2球目、今度は沈むスクリューを打者が見逃して1ボール1ストライク。並行カウントになった。

 

 

 

「基本、サク先輩は速球で押してアウトを取っていくタイプなんですよ。ただ状況に応じてピッチングスタイルを変化させることのできる器用なピッチャーでして。そこらへんはまぁ相手にとっては厄介ですよね。と、そんなことを話しているうちに1アウト目を取りましたね」

 

 

 

 結局、一人目の打者は6球目のストレートを打ち上げてレフトフライ。ただしかし、ここからが試練であった。続く打者にフルカウントまで粘られ四球を出すと、次の打者はセンター前にはじかれる痛烈なヒット。一気にピンチを招く結果となった。

 

 

 

「う~ん、これはまずいですね。調子が良くないというか何というか。良い時のサク先輩はなんにでも化けられる厄介なピッチャーになれるんですけど。今日の彼は何というか……どっちつかずと言えばいいんでしょうか。少し中途半端になっている気がします。本人もある程度気づいてはいるみたいですし、試合の状況を鑑みても何としてもここで食い止めておきたいですね」

 

 

 

 マウンドでは内野陣が集まって話し合っている。1アウト、一二塁。ゲッツーで切り抜けるのが理想だろうから、守備のシフトも変更されるだろう。さて、どう切り抜けるか。そんなことを想像している黒鵜座の下に、またもスタッフから紙が手渡された。

 

 

 

「……え、これ読むんですか? さっきのアレを見るに全く信用できないんですけど」

 

 

 

「そこを何とかお願いします。騙されたと思って、読んでみてください」

 

 

 

「それで本当に騙されたんですよさっき」

 

 

 

「お願いします」

 

 

 

「ごり押しじゃん。あー、もー読みますよ読めばいいんでしょ読めば!! えー『お父さんへ』……またこのパターンからか。『ぼくのお父さんはプロやきゅうせんしゅです。』……ん? これは、あれですか? ひょっとしてそういう事なんですか?」

 

 

 

 何かに勘づいた黒鵜座に対して、スタッフがサムズアップを返してくる。うん、違うよ? そこでサムズアップは求めてないんだけど?

 

 

 

「はい、スタッフは放っておくことにして。こういうのにも慣れていかないといけないんですよ皆さん。気にせず続き読みましょう。『かえってこないことが多いし、ふまんはたくさんあります。』あぁ、うん。子供としてはそうですよね。僕も父があんまり帰ってこない事に対してイライラする事は何度かありましたもん。『だけどテレビの中のお父さんを見ると、全部ふっとびます。やっぱりお父さんはかっこいいです』」

 

 

 

 マウンド上では、汗を流しながらも真剣にサインを見つめる滑川の姿の姿がある。子供を持つ人にとっては涙無しには聞けないシーンだろう。

 

 

 

「サク先輩、頑張ってくださいよ……こんな手紙貰っておいて、ダメでしたなんて父親として無いでしょ」

 

 

 

 思わず黒鵜座の喉から言葉が出てくる。本人は知らないかもしれないが、その肩には子供や妻からの応援がかかっている。カウントはまたしてもフルカウント。7球目、セットポジションから投球フォームに入る。

 

気合の入った声と共に投じられたその一球は、かつて滑川の代名詞とも呼ばれたストレートだった。

 

 

 

「ストライ―ク! バッターアウト!」

 

 

 

 球速にして150km/h。コース、角度、共に完璧。打者が分かっていても手を出せないボールだった。まさに原点回帰といったピッチング。サク先輩が小さくガッツポーズをしているのが見える。何だろう、見ているこっちが泣きそうになる。

 

 

 

「『これからも自まんのお父さんでいてください。1年2組 なめ川たく』……はぁ、今の子供はしっかりしてますね。うん、中々に泣ける話じゃないですか。というか何でこれを最初から出さなかったんです? 回りくどい事してないで、サク先輩に聞かせてあげればよかったのに」

 

 

 

「それは……この子からの要望です」

 

 

 

「要望、ですか?」

 

 

 

「この手紙を放送する条件としてお子さんにお願いされたんです。直接言うのは恥ずかしいから、お父さんがいない時にこれを読んでほしいと」

 

 

 

「放送されることに関しては気にしないんだ……」

 

 

 

「私が言える話ではないですけど、やっぱりどこかで伝えたかったんじゃないですかね。子供って変なところ気にするじゃないですか、最近の子なんて特に。だけど気持ちは伝えたい、その矛盾するような心境が発露した結果がこれじゃないかと思います」

 

 

 

「なるほどねぇ。たく君、お父さんは立派なピッチャーだよ。うん、球界屈指のクローザー様が言うんだから間違いない。だから誇りを持って、思い切り学校で自慢しちゃってください。おや、球場が騒がしいですね。……良かった、どうやら抑えたみたいですね」

 

 

 

 画面の先では丁度滑川が打者をショートゴロへと抑えたところだった。一点差を守り切ったまま、そのタスキをつないだ。この流れではひょっとすると黒鵜座の登板もあるかもしれない。少しだけ、黒鵜座の頬が緩んだ。

 

 

 

「じゃあ僕の書いた文集も無駄にはならなかった……とでも言うと思ったかぁ! あの部分は確実に無駄だったわ! たく君の事を考えても明らかに余計だったろ僕のところは!」

 

 

 

「え、許す流れじゃなかったんですか?」

 

 

 

「誰が許すかぁー! ファァッッキュー!! このまま感動的なムードで終わらせようったってそうはいかないですからね!」

 

 

 

「黒鵜座さん、次回予告次回予告」

 

 

 

「何で君たちそんな冷静なの!? 今こっち怒ってるんですけど! まぁ説教はこの番組が終わった後にいくらでもしましょう。えー、次の放送はアウェーでの3試合を挟んでの第7回になります。次回のゲストは『なんちゃってサイコキラー系左殺し』、左津陸真心(さつりくましん)選手を予定しております。それでは次回、乞うご期待!」



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#7 part1

「えーっと、3日ぶりと言えばいいんですかね? 金曜日の夕方、つまりは仕事終わりにグイっとビールを飲みたくなる時間帯。そんな愛知ドームからこんばんは、司会の黒鵜座一です。はい、今回はそこまで言うことないんですよね、この番組と言えば最初の僕のマシンガントークが特徴らしいんですけど。うーん、あ、そうですね。皆さんそろそろ4月も中旬に至るころになりますが、仲間や友達などは出来ましたでしょうか。春と言えば新しいシーズンですよね。学生の方は一学年上がるか進学した感じでしょうし、就職した方もいると思います。つまりは新しい出会いの季節ですよね。まぁ社会人になればそんなものはないのかもしれませんが。何事もスタートが大事です。勢いつけすぎて転ばないようにだけは気を付けてくださいね。……はい、それではゲストの紹介に参りましょう。『なんちゃってサイコキラー系左殺し』、左津陸真心(さつりくましん)選手です!」

 

 

 

「ヒャーッハッハッハ!! 待たせたなてめーら!! 左津陸タイムの始まりだぁ!」

 

 

 

 高笑いとコテコテのセリフを吐きながら現れたのは、銀色と赤色が混じった髪をしたつり目の青年だ。銀髪は地毛だが、赤はヘアスプレーで染めているらしい。本人曰く「こうした方が返り血浴びたみたいで雰囲気出るじゃないですか?」との事である。それでこの前監督から叱られていたようだが。形から入る不良がいるように、彼もこうして形から入っているというわけである。

 

 

 

「……わっかりやすい反面教師が出てきてくれましたね。皆さん間違ってもこんな感じのデビューはやめておきましょう」

 

 

 

「おいおい辛気臭い顔してんじゃねーっすよ黒鵜座さん! これもファンサービスってやつでさぁ!」

 

 

 

「うるさい、派手、変なキャラ。2アウト2ストライクってとこかな。八家さんほどじゃないですけど、うちには変人が多いですね」

 

 

 

「何を言いますか! 今のプロ野球に必要なのはこういう尖った個性っつーやつだ。その点、俺様は違う! 俺様は人を狩るキラーだ、そんじょそこらのやつとはわけが違うんすよ!」

 

 

 

 自分のキャラを保ちながらも敬語を使うあたり、左津陸はまともな部類と言える。年齢でいえば第一回ゲストの石清水禄郎と同年代にあたる彼は、社会人出身だ。まぁ彼にも色々あったのだろう、知らんけど。

 

 

 

「分かった分かった。とりあえず半径1メートル以内に近寄らないでもらえる?」

 

 

 

「えっ、ひどっ!? ……こ、殺してやるぞこの野郎!」

 

 

 

「迫力が足りない、もう一回」

 

 

 

「殺してやるー!」

 

 

 

「そんなんでサイコキラーやれると思ってんの? 見通しが甘いよ、もっと殺意をこめて」

 

 

 

「ぶ、ぶっ殺してやる!!」

 

 

 

「及第点だな」

 

 

 

 辛口評価をつけながら、黒鵜座は視線を落とす。実は彼がこうなったのにも理由がある。というか何もなくてこうなるのならただのヤバい奴だ。

 

 

 

「心身ともに左キラーになるためには、もっとだ。もっとやべー奴を出さなくては……!」

 

 

 

 そう、真面目過ぎるが故なのだ。その能力は確かなのだが、少しずれているところがあるのが左津陸の欠点だ。昨シーズン、監督から「お前は左キラーになれ」と言われて以降ずっとこんな感じである。多分キラーとは何かを突き詰めて考えていった結果がこの有様なのだろう。誰か指摘してやらなかったのか。というかまだ始まって数分しか経ってないのにキャラがもう崩れつつあるのはどうなのよ。

 

 

 

「お前さぁ、まぁ頑張ってるのは分かるけど努力の方向性を間違えてない? キラーって暗喩というかあくまでもそんな感じになれとは誰も言ってないからね?」

 

 

 

「いやそんな事は無いっすよ! いや、無いぜ! 悪い奴っぽく振る舞うために家で鏡を見ながら高笑いの練習十五分間ッ! 一週間に一回はスマホでサイコホラー映画の鑑賞ッ! まぁグロテスクなの自分ダメなんでほとんど音声しか聞いてないけど! とにもかくにも続けること1年間! こうして作り上げた結晶が今の俺様というわけだ!」

 

 

 

「途中で妥協してんじゃん」

 

 

 

「頑張ったんです! Aエイソンシリーズとか、殺人人形とかの映画も目を通しました! そして俺は、いや俺様は学んだッ! ピッチングは受け身ではダメだ、敵を倒すためには明確な殺意が必要であると!」

 

 

 

「やっぱずれてんだよなぁ……、えーそんな悲壮な決意を聞いたところで軽く彼の説明をしましょうか。左津陸選手はどのチームにもよくいる対左専用の左のサイドスロー投手です。前にどこかでストレートが高い割合を占めるのが普通と言いましたが、例外の二人目が彼です。投球の6割近くがスライダーです。後は左打者の内角にえぐりこむシュート回転のストレート。この二択ですね。え、球種が少ないって? リリーフって言うのは少なくても大きな武器を持ってるのが大事なんですよ。ね、真心」

 

 

 

「そんなところっす。あ、だぜ?」

 

 

 

「ではお便り紹介に参りましょうか。ペンネーム『岩倉使節団』さんから。『黒鵜座選手、左津陸選手こんばんは。僕は今年の春から高校生活がスタートしました。ところが中々友人が出来ません。このままではあっという間に僕の青春が終わってしまいます。なのでお二人には友人を増やす方法を教えていただきたいです』との事です。うーん、まぁ友達なんてものは心配しなくとも勝手に出来てくるものですし、あんまり深刻に考えない方がいいんじゃないですかね。無理に相手に合わせてお互いが辛い思いをする方がよっぽど損です。真心はそこのところどうなのよ」

 

 

 

「んっんん。あー、あー。……ヒャーハッハッハ!! そんなもん簡単だろうがよぉ!」

 

 

 

「あっ、殺人鬼(サイコキラー)スイッチ入った」

 

 

 

 チューニングをしたかと思えば左津陸が例の高笑いを上げる。こういう所の切り替え方というのは、もしかしたら見習うべきなのかもしれない。

 

 

 

「友人を作りたいだぁ!? だったらやる事は一つだ、趣味を大事に持っておくがいい! 同じ趣味を持ってる野郎ってのは必ず一人や二人以上はいるもんだ! 例えば映画! チェーンソーで人を真っ二つにするスプラッタ映画は好きかぁ!? 血と臓物が噴き出るあの瞬間がたまらねぇよなぁ! ……俺は好きじゃないけど」

 

 

 

「ん、何か言った?」

 

 

 

「な、何も言ってない、んだぜ? とにかく! よほど独特な趣味じゃない限り友達は出来ると思うぜ! 趣味はコミュニケーションを取るためにこれ以上ない手段だからなぁ! ヒャーッハッハッハ!」

 

 

 

 左津陸はかなり頑張って声を張ったらしい。コップになみなみと注がれた水をぐいっと飲み干した。その様を黒鵜座が頬杖をつきながら見つめていた。

 

 

 

「……何か普通」

 

 

 

「……へ?」

 

 

 

「そういうキャラで行くならもっと捻ろうよ! こう、もっとさ。『ヒャーッハッハッハ! 教室で一人ナイフを舐めてれば一目置かれるぜェ!』とか言った方が良かったんじゃない?」

 

 

 

「何言ってるんすか黒鵜座さん。頭おかしいんですか」

 

 

 

「え、待ってこれ僕が悪いの? っていうか突然マジな事言うか普通? えー……はい、一旦CM行きましょう」

 

 

 

「あ、逃げた」



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#7 part2

「うちの実家、トマト農家なんすよ」

 

 

 

「どうした藪から棒に。え、何怖い話?」

 

 

 

「まぁ話は最後まで聞いてください。それで家でよくトマトを食べる習慣があったんです。サラダとかピザとかスパゲッティのソースとか」

 

 

 

 ヘタの取れたトマトを軽く上に放り投げながら左津陸は話を続ける。ちょっと待て、どこからトマト持ってきた。ブルペンの冷蔵庫にそんなものあったっけ?

 

 

 

「うん、まぁ農家ならではの悩みってやつですかね? 僕はそうじゃないので知りませんが」

 

 

 

「母親が料理好きだったおかげで、結構バリエーションには困らなかったんですよ。他にはチキンのトマト煮なんてものもありました」

 

 

 

「この時間帯にその話はきつい。お腹空いてくるじゃん。なんだよ殺人鬼モードの次は飯テロモードか?」

 

 

 

「そうやって育ってきたからトマトは好きなんですけど。一つだけ苦手なトマト料理? がありましてね。トマトジュースが飲めないんです。あのドロッとした濃厚すぎる感覚がどうにもダメで。本当にあれだけは勘弁してほしいんですよね」

 

 

 

「うん。……これ結局何の話?」

 

 

 

「あ、そうですね。そろそろ結論にいかないと。その影響で、赤い液体を見ると少し胸やけがするようになりまして。だからなのか、血がダメなんですよね」

 

 

 

「え、そこに繋がるの!? というかトマトジュースの影響強すぎでしょ! 普通逆だっつの! 何でトマトジュース嫌いが血が苦手に繋がるんだよ!」

 

 

 

 吸血鬼は血を吸えない時にトマトジュースを飲んで気を紛らわすという。なんかこの場合は吸血鬼の逆バージョンみたいで嫌だ。サイコキラーへの道が遠すぎるというか、これもう無理では? まぁ本来目指すようなものでもないんだろうけれど。

 

 

 

「ところで何でトマト持ってんの?」

 

 

 

「何でって、そりゃあ食べるためですよ」

 

 

 

 そう言って左津陸はトマトにかぶりついた。果汁が飛び散らない分、食べ方には慣れているようだ。赤い果肉が露わになる。そもそもトマトを丸かじりするか普通。そのワイルドさをもっと違う所で活かせたらな。

 

 

 

「いやそれは分かるけど何でわざわざトマト? そもそもそんなもの冷蔵庫にあったっけ?」

 

 

 

「俺が持ってきました。うん、やっぱ冷やした生のトマトは美味いっすね」

 

 

 

「犯人お前かよ……はい、というわけでそろそろ本題に戻ってまいりましょうか。えーここから先は視聴者の方から寄せられたコメントを拾っていく時間です。ここからはテンポよく、なおかつハイテンションで行きましょう。じゃあほら、真心。殺人鬼(サイコキラー)モード」

 

 

 

「ん、んん……ヒャーッハ、ゲホッゴホッ!」

 

 

 

 高笑いをしようとしたところで、左津陸が思いっきりむせこんだ。あーあー、無理するからなんて言いながら黒鵜座がその背中をさすってやる。

 

 

 

「ほれみたことか。トマトなんて食べるから」

 

 

 

「ゴッホ、トマトの事を悪く言うのは許さないっすよ!」

 

 

 

「……お前もうトマト仮面とか名乗ったらいいんじゃないかな、いっそのこと」

 

 

 

「中々いい響きっすねゴーギャンッ」

 

 

 

「え、大丈夫? ってか途中からふざけてるでしょ」

 

 

 

「タバコを初めて吸った時の事を思い出すっすね」

 

 

 

「……吸うのが悪いとは言わないけど、選手寿命縮むぞ」

 

 

 

「あ、そこに関しては大丈夫っす。一回しか吸った事無いっすからモッネッ!」

 

 

 

 伏せた顔を上げてけろりとした顔でOKサインを出す左津陸。うん、何も大丈夫じゃないんだけどね。っていうかもうわざとでしょ。

 

 

 

「えー何か腑に落ちませんが、進めましょう。まず一つ目のコメントから。『お二人の好きな寿司ネタは?』、僕はやっぱりサバの押し寿司ですかね。あの独特な味が好きなんですよね。真心は?」

 

 

 

「……ごほん、ヒャハハ。……タコっすかねぇ! あのプリプリ感は他に無いぜ! それにタコの血は青いからな! わざわざ赤い血を見なくて済むってもんだ!」

 

 

 

「あ、もう血が苦手なの隠さないのね。はい次、『オフの趣味は何をしていますか?』。僕は自分の奪三振集の動画を編集してにやにやしています。自分で言うのもなんですけど、結構インドアですね」

 

 

 

「俺様はさっきも言ったが映画鑑賞だ! やっぱり一番はアクション系の映画だな! 見ててスカッとするというか、気持ちがいいよな! あ、もちろんスプラッター系も見るぞ! あれに出てくる殺人鬼は中々秀逸なデザインしてるからな!」

 

 

 

「はい次、これ真心一人に向けた質問ですね。『サイドスローに転向したきっかけを教えてください』ですってよ」

 

 

 

「ヒャッハッハッハ! 確かに疑問に思うだろうよ! それはな……三振に打ち取った瞬間の絵面が芸術的だからだ。こっちに対して跪くように膝を落とすあの姿、絵画にして飾りたいくらいだ! っていうのもまぁ事実なんですけど、昔っからスライダーは得意な球だったんですよね。高校時代にそれを最大限に活かすために転向を打診されてからずっとこの投げ方ですね。社会人になってからもこれが一番しっくりくるというか、三振も取りやすいし丁度いいんですよね」

 

 

 

 こう投げるんですよ、と軽く左津陸が自分のフォームを再現する。ファンにとっては見慣れた光景かもしれない。腕を横から振るそのフォームは確かに左対策として有効だ。

 

 

 

「じゃあ最後の質問行きます。『二人の理想的な引退の仕方を教えてください』とのことです。うーん、これは難しいですね。余力を残したまま潔く引退するか、それとも苦しみながらもがいて最後までやりきるか。どちらもいい引き際ではあると思うんですけど、やっぱり理想は余力を残して引退することでしょうか。まぁそっちの方が格好いい感じしますね僕個人としては。あと胴上げはマストです。一生に一度でいいから胴上げされる側になりたいですね。はい、次は真心な」

 

 

 

「ふむ……人生とはキャンバスだ。最後の一筆をどう華々しく、そして美しく散るかが一番重要になる」

 

 

 

「あれ、これ野球人生の話だよね。ガチの人生の話じゃないよね!?」

 

 

 

「とはいえ俺、あ、いや俺様?」

 

 

 

「もうキャラがブレブレじゃねーか。もう好きな方でいいよ」

 

 

 

「じゃあ俺で行かせてもらいます。俺はそこまで自分が優れた選手ではないことは分かってるっす。恐らく最後に胴上げされるような選手ではない事はよくよく理解してます。だから……いや、だからこそ短くとも太く線を引いていたい。それで誰か一人でも多く自分の事を覚えていてくれればいい。俺はいつでもこの登板が最後になってもいいように準備してるっす」

 

 

 

「お、おお……思ったよりまともな返答が返ってきてびっくりした。そんな卑下しなくてもいいのに」

 

 

 

「この先大きな怪我をするかもしれませんから。まぁそのためにもルールに違反しない限り色んな手を使いますけどね」

 

 

 

「……あれ、もしかして実はサイコパスだったりする? えーではここでCMです」



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#7 part3

お久しぶりです……。
ちょっとリアルの方が忙しかったのとモチベを失ってたため投稿間隔が空いてしまいました。


「続けていきましょう、ブルペン放送局! 元気出していこー!」

 

 

 

「おー!」

 

 

 

「というわけでお便りを読んでいきましょう。というわけで真心、カモン」

 

 

 

「こほん。ヒャーッハッハ! ここは勢いに任せていくぜェ!!」

 

 

 

 恒例のゲストによるお便り選別の時間である。勢いよく左腕を突っ込んで紙を取り出そうとして左手をお便りボックスにぶつけた。

 

 

 

「あいったー!?」

 

 

 

 痛みにうめく左津陸を白々しい目で黒鵜座が見つめていた。おい、商売道具なんだから大事にしろよ。

 

 

 

「アホめ」

 

 

 

「いてて……ぶつけちゃった。あ、二枚引いちゃったみたいですけどいいっすか?」

 

 

 

「うーん、まぁ前例はあるしいいか。じゃあまず一通目、読んでもらっていい?」

 

 

 

「はい。それでは一通目いきます。ペンネーム『大魔神』さんから。『黒鵜座選手、左津陸選手こんばんは。お二人は現在投手として活躍されていますが、野手としてプレイしてみたいと思った事はあるのでしょうか? もしくは高校時代には打者としても活躍していたのでしょうか』という質問っす。打者としてっすか……どっちかと言うと自分は投手の方が好きっすね。そっちの方が狩るイメージが湧いてくるんで」

 

 

 

「うわ、ドSじゃん怖」

 

 

 

「酷くないっすか!?」

 

 

 

 少し大げさにリアクションする左津陸。たまーに素でこういう所が顔を出してくるんだからちょっと怖いというか何というか。

 

 

 

「で、打者としてはどうだったわけ? そこんところ聞いたこと無いんだけどそう言えば」

 

 

 

「打者としては……うーんあまり面白くはないっすよ。地方大会決勝でサヨナラホームランを打ったくらいで」

 

 

 

「待て待て待て!」

 

 

 

「え、何すか」

 

 

 

「アホか! 一番! 面白い! ところでしょうが! え、何でそんな一番盛り上がる部分をさりげなく流そうとしてんだよ!?」

 

 

 

 がくがくと肩を揺さぶる黒鵜座に対して、左津陸は平然とした様子で話を続ける。

 

 

 

「えー、だってそんなに面白くないっすよ? たかだかホームラン1本くらい、プロ野球選手なら誰だって打った事くらいあるでしょうに」

 

 

 

「いや打った事ないような奴もいるだろうし……ってそうじゃない! そこじゃない! そのシチュエーションが大事なんだよ! ……まぁ、詳しく聞いてあげようじゃないですか」

 

 

 

「本当に大した話じゃないっすけど」

 

 

 

「いいから!」

 

 

 

 じゃあ仕方ないっすね、と頭をぽりぽりと搔きながら左津陸が話し始める。僕だったら一生擦って自慢し続けるぞそのエピソード。いったいどういう神経してるんだ。

 

 

 

「んまぁ盛り上がるような話じゃないっすよ。あれは確か高校二年の時の夏大会の話っすね。俺その時何番打者だったっけ……記憶が正しければ6番ピッチャーだったんですけど。その試合の10回の裏、1点ビハインドの二死一二塁で打席が回ってきたんですよ」

 

 

 

「何だ、結構鮮明に覚えてるじゃん。やっぱ印象に残ってたんじゃないの~?」

 

 

 

 軽く茶化そうと黒鵜座がからかったものの、それに慌てる事も無くけろりとした顔で左津陸は話し続ける。

 

 

 

「まぁあの日暑かったんで。応援歌もうるさいしじりじりと太陽が気持ち悪かったんで結構覚えてるっすね」

 

 

 

「どんな理由? っていうか僕らリリーフだから打席に立つことなんて滅多にないけど真心は左打者なんだっけ?」

 

 

 

「右でも打てないわけじゃないっすけど、わざわざそっちで打つ理由も無いっすからね。あの時は左の打席に入ったっす。それで、相手も先発からずっと投げていたから疲れてたんでしょうね。ほとんど球もヘロヘロでばててたんすよ。まぁ相手も良く頑張っていたとは思うんすけど、なにぶん勝負っすからね。何よりここで打たないと怖い先輩から恨まれる事間違いなしでしたから」

 

 

 

 そこで自分がどう、というわけでなく仲間がこうだから、というあたりが真心らしい気もしてくる。これといった志がない僕が言えた話ではないが、甲子園出場に特別強い思い入れがある高校球児としては珍しいと言えるだろう。

 

 

 

「それでサヨナラホームランを打ったと」

 

 

 

「ど真ん中に力の無いストレートが来たんで後は打ち返すだけでした。高校野球なので打った瞬間走りましたけどあれは多分今までの野球人生の中でも会心の一撃でしたね」

 

 

 

「その割にテンション低いというか、もっと印象に残るんじゃないの? なんか『ヒャハハハ! 弱った相手を仕留めるのはたまらねーよなぁ!』とか言い出すのかと思ったけど」

 

 

 

「あ、その手があったか」

 

 

 

 納得したように手を叩く左津陸。もうキャラを出す努力も諦めているようである。そこは一貫性を持てよ。まぁそんなハイテンションでも司会のこっちが困るけど。

 

 

 

「おい。おい。それでいいのか真心よ」

 

 

 

「冗談っすよ。どっちかと言うととどめを刺すよりも元気な相手を屈服させる方が好きです。その点投手は良いですよね。よほど相手の集中力が切れてない限り元気で打つ気のある打者と対戦できますから。その分打ち取った時のやりがいがあっていいですよね」

 

 

 

「もっとヤバい理由が出てきた」

 

 

 

「え、みんなそういう理由で投手やってたんじゃないんですか?」

 

 

 

 わぁ、ふたを開けたらびっくり箱どころか敵キャラだった時並みの衝撃。もうお前そのままでいいよ。そのままで十分やべーやつだから。

 

 

 

「お前と一緒にすんな。あ、でもいや、うーん?」

 

 

 

 どうしよう、黒鵜座は自分で自分が分からなくなってきた。いやまぁ支配的なピッチングは好きだし楽しいけどそれだけのために野球をやっているかと言われたら……どうなんだろう。

 

 

 

「で、黒鵜座さんはどんな感じだったんですか、野手として」

 

 

 

「僕? 僕と言えばまあ少し前のサヨナラタイムリーを打った試合が思い起こされますよね! そうですよね視聴者の皆さん! んっんん。とはいえ僕は打撃の方はそこまでなんですよね……。あっでも当てるのだけは上手いって高校時代の監督からは褒められてましたね」

 

 

 

「ホームランを打った事は?」

 

 

 

「……ないです」

 

 

 

「あ、だからさっきあんな歯切れの悪い返事をしていたんすね」

 

 

 

「やかましいわ! 大体ホームランを打つことが打撃の全てじゃねぇから! どんだけパワーあっても当たらないと意味ないからな! あっ、そうだ。当てる事といえばバントも得意でしたね。投手やってたからどこにバットを合わせればいいのか分かるって言えばいいんでしょうか。上手く勢いを殺せるので打席ではよくバントのサインを出されてました」

 

 

 

「俺バントされるの嫌いなんすよね……。だってあれ合わせられたらキツいじゃないですか。もっと正々堂々と来いやって思いません?」

 

 

 

「まぁ一点が命取りな僕らにとっては避けられない宿命みたいなもんだしそれは仕方ないような気もするけど」

 

 

 

「そして正々堂々と打ち取られてほしい」

 

 

 

「最後本音出てんぞ。じゃあもう一個の質問は僕が大事に保管しておくとして……そろそろコマーシャルのお時間です」

 

 



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#7 part4

「ではこのコーナー! 『黒鵜座一先生の~? お悩み相談室』~!  はい、毎度恒例のこのコーナーですがこの放送を聞くのが初めてという人もいることでしょうし説明しましょう! 簡単に言えばゲストの悩みを僕、黒鵜座が解決しよう! というコーナーでございます! というわけで? 君の悩みを聞かせてよベイビー!」

 

 

 

「ヒャハ……ってここは高笑いするところじゃないか。う~ん、難しい所を突きますね。悩みとは無縁とかそういうわけでは決してないんですけど、特にこれ! って感じのものがないので。強いて言うなら自分があんまり目立たない事ですかね」

 

 

 

「あ~、それはまぁリリーフ投手の宿命というか。特に真心は左のワンポイントだから、シンプルに登板している時間が少ないって言うのもあるよね。だけど安心するがいい真心!」

 

 

 

「え?」

 

 

 

 親指を突き立てる黒鵜座。大丈夫だ、悔やむ必要などない。むしろ世の中には目立たないからこそいいことだってある。

 

 

 

「目立たないってのはそこまで対策がされないってこと! マークが厳しければ打者も色々と考えてくるだろうし、それで活躍できなくなるよりマシでしょ? それに……投手が目立つのって基本的によほど圧倒的なピッチングをした時か炎上した時かの二択じゃん? 特にウチなんかはファンの目も肥えちゃって抑えて当たり前みたいな風潮があるから、ダメだった時にボロクソ言われるんですよね」

 

 

 

「あー、確かに。いやこれ確かにって言っちゃっていいんですかね? というかファンの目が肥えてしまったのって5割くらい黒鵜座さんのせいじゃないですか?」

 

 

 

「え~そう? そう見える? いやーだとしたら申し訳ないな~」

 

 

 

「食べ物の名前で謝ってください」

 

 

 

「ごメンチカツ☆」

 

 

 

 黒鵜座は人差し指と中指でピースを作って笑顔を見せる。これが漫画ならキラリという効果音が入っていたのかもしれない。これは放送前にあらかじめそういうフリでやると決めていたのだが、明らかに謝る気のないそれに視聴者の一部がイラっと来たかもしれない。

 

 

 

「まぁ言ってる事も事実ですね。ともすれば、目立たない方が投手としては一流……? あれ、じゃあ俺の努力してきたことって、無駄……だったりします?」

 

 

 

 恐る恐る確かめるような左津陸の視線が黒鵜座に突き刺さる。無駄と言えば無駄なんだけど、見てて面白いからそのままでもいい気がしてきた。気づかせてやるのも優しさだが、触れてやらないのもまた優しさだ。うん、これは優しさからくるものだから仕方ないね。

 

 

 

「いやまぁそうとは言い切れないけどね。いいボールを持ってたらそれだけで存在感を発揮できますから。お前もスライダーを磨けば動画か何かで取り上げてもらえるかもよ?」

 

 

 

「なるほど、動画で……そういう目立ち方もありっすね」

 

 

 

「そもそもこの番組自体、普段スポットライトが当たらないリリーフ投手のために企画したものだから。この番組なら余程放送コードに引っかからない限りは好きにやっていいよ」

 

 

 

「あ、じゃあ好きなようにやらせてもらうっす。ごほん、ヒャーハッゲホッカホッ!」

 

 

 

「……お前もうその笑い方諦めた方がいいんじゃないの。ほら、水」

 

 

 

「ありがとうございます。大丈夫っすよ、ちょっと喉に負担がかかるだけで」

 

 

 

「それが一番問題なんだけど」

 

 

 

「どーせヒーローインタビューとか永遠に呼ばれないだろうし、別にいいっすよ」

 

 

 

 その言葉には、どこか諦めというか不貞腐れた様子を孕んでいた。考えてみれば真心がヒーローインタビューに立ったのを見たのは一度だけだ。プロ初勝利、それを記録した試合だけ。ずっとリリーフとして投げ続けている事を考えると目立てないとは言えるけれども、そんな一言で納得できるほど人間というのは出来た生き物じゃない。

 

 

 

「あ、時間ちょっと余りましたね。他に何か悩みとかないわけ?」

 

 

 

「他ですか……あ、そう言えばもう一つだけあるっすね。ピッチングの時なんですけど、どう振る舞ったらいいのか良く分からないんですよね」

 

 

 

「振る舞い? そんなもの考えた事無かったなぁ……」

 

 

 

 世の中には二種類のピッチャーがいる。闘志を前面に出していくタイプと、静かに淡々とスカした顔で投げていくタイプの人間だ。細かく分ければ色々いるだろうが、大ざっぱに言えばまぁこんな所だろう。黒鵜座は当然後者であるし、左津陸もどちらかと言えば後者だ。だから黒鵜座にとっては左津陸は自分と似たタイプだと思っていたのだが、どうやら違うらしい。

 

 

 

「堂々としていようとは思うんですけど、なにぶんどんな感じでいればいいのかが良く分からないんすよね」

 

 

 

「どんな感じって言われても……どう思います視聴者の皆さん? ……うん、うん。『今のままでいいと思う』とか『時には熱くなっても良い気がするけどな』っていう意見が多数ですね。あ、良い事思いついた」

 

 

 

「良い事? なんか黒鵜座さんがそう言う時って大抵良くない事が起こる気がするんですけど」

 

 

 

「黙らっしゃい。ちゃんと僕は真心の為を思って言っているんだ」

 

 

 

「へ……へぇ~」

 

 

 

 ちょっと引き気味の顔をしている左津陸。これは信用されてないな、多分。黒鵜座は静かにそれを察した。まぁここからが腕の見せ所というわけだ。

 

 

 

「大事なのは笑顔だよ笑顔! 困ったときには笑っておけばいいじゃん! そしたらファンからの好感度も上がるし!」

 

 

 

「でもそういうのってヘラヘラしてると思われません?」

 

 

 

「あ~、それは点を取られた時はそう思われても仕方ないかもな。でも抑えた時くらい笑顔でもいいんじゃないの」

 

 

 

「俺昔っから作り笑顔苦手なんすよ。カメラに映る時もあんまりいい顔出来てないし」

 

 

 

「まぁまぁ物は試し! とりあえず指で口角を上げてみよう! はい、じゃあこっち見て。いー」

 

 

 

「いー」

 

 

 

 黒鵜座が左津陸の首を動かしたことで、丁度テレビカメラさえも二人の顔が映らない状態になる。その時二人がどんな表情をしていたのかは、当人にしか分からない。ただ、黒鵜座の肩が大きく動いたのが見えるだけだ。

 

 

 

「うっっっそでしょ……ごめん、僕が間違ってたわ。あー、これは無理だわ。放送コードに引っかかる顔してる。子供泣くわこんなもん」

 

 

 

「そんなにっすか」

 

 

 

「うん、般若みたいな顔してたし」

 

 

 

「マジっすか」

 

 

 

「試しに仲次コーチの前でその顔してみ」

 

 

 

 噂をすれば何とやら、とはよく言ったものだ。丁度仲次コーチがこちらまで歩いてきたのが見えた。振り向いた格好となったため、またもやカメラから左津陸の顔が映らなくなった。

 

 

 

「真心、準備ー。って何その顔。え、悪いものでも乗り移ったか?」

 

 

 

「これ作り笑顔らしいっす」

 

 

 

「下手くそすぎんだろ。まぁいいや、行くぞ」

 

 

 

「分かったっす」

 

 

 

「……行ってしまいましたね。あの顔は今日夢に見るかも。はい、ではCM入りまーす」



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#7 part5

パワ○ロで黒鵜座作ってました。
ペナントで回してみたら不安定過ぎて笑えます。
ほら、スポーツってデータで決まるものじゃないから(震え声)……。


「試合は現在、一対一の同点で7回の表の攻撃を迎えるところです。本来だったら僕も準備を始めてておかしくないんですけど、同点ですからね。さて……相手は左打者が並んでいるところなんで、登板するとなればやはりKKか真心でしょうか。あー、そうみたいですね。ちょうど今マウンドに上がろうとしています」

 

 

 

 黒鵜座の視線の先には左津陸がゆっくりと歩いていく姿が映されている。7回は基本KKが投げる場面ではあるものの、最近のKKは少し登板過多気味だ。そんな状況をブルーバーズの投手コーチが見逃すはずもない。それを踏まえての登板なのだろう。

 

 

 

「じゃあここら辺でさっき真心が取ってくれたお便りを読むとしましょうか。えーペンネーム『ハレー彗星』さんから頂きましたお便りです。『黒鵜座さん、左津陸さんこんばんは』、ごめんなさいね、今真心いないんですよ。タイミングが悪かったですね。はい、話が逸れました。『私は日々の生活の中で、フラストレーションがたまる毎日です。それでも少しでも生きがいを見つけるために小さな幸せから見つけることをしています。今日は夕焼けがきれいだとか大体そんな感じです。お二人はどんな時に幸せだと感じますか?』」

 

 

 

 そうですねぇ、と首を傾けながら次の言葉が出てこない。幸せというものは、失ってから気がつくケースが多いものだ。黒鵜座もその例にもれず、多分失ってから初めて後悔するタイプの人間なのだろう。少し悩んだのち、黒鵜座は答えを出した。

 

 

 

「めちゃくちゃ幸せ! って感じるようなことはないですけど。挙げるとするなら『投げられている時点でもう幸せ』って感じですね。志が低いとか思われるかもしれないんですけど、まぁ話は最後まで聞いてください。分かっているかもしれませんがプロ野球とは厳しい世界です。何人もの選手たちが1年ごとに去っては違う選手がやってきてを繰り返すくらいにはね。それで、首を切られる選手にも偏りというか、どれだけ面倒を見てもらえるかというのがありまして。例えば育成選手として指名された選手や、ドラフト下位で指名された選手。彼らは見切られるのも結構早くてですね。逆に上位指名された選手なんかは余程素行や成績が悪くない限りはそこそこの期間球団も残してくれるんですよね。それで自分がどうかというと、4位指名という上位とは言えないけれど下位指名とも言い切れない、何とも言い難い立ち位置にいるわけです。だから活躍できないと早々に首を切られてもおかしくない立場にあったんですけど。あれ、ちょっと聞いてます?」

 

 

 

 放送向けだからほとんど一人で話すとはいえ、反応がないというのは心もとない。せめてうなずくとかさ、してくれよ。何だか泣きそうになるじゃないか。

 

 

 

「……まぁいいです。話を戻しましょう。えーっと、どこまで話しましたっけ。そうそう、自分はいつ首を切られてもおかしくない立場だったってところですね。だからまぁ、自分がここにいるのは運が良いと言うか。僕が今現在で球界でも指折りのクローザーになっているのは事実ですけど、そこに至るまでの過程が結構大変だったんですよね。その点で言えば、僕は周りの環境や人間に恵まれたんだと思います。今となってはいないコーチや、サク先輩だとか指導が好きな人が多くいたので。やっぱり僕一人じゃここに立ち続けるのは不可能だったと思うんですよ。『一期一会』というのは大事なんだなとしみじみと思わされます。はい、大分回りくどい話になりましたねごめんなさい。結局何が幸せかというと、今ここにいるという事ですね。こんな事を言うのは僕らしくもない気もしますが、登板する事自体、自分にとっては恵まれてるんだなと思います」

 

 

 

 かなり長く語ってしまったので、一旦水を飲んで一呼吸置く。落ち着きながら試合に目を移すと、左津陸が一人目の打者から三振をもぎ取った所だった。

 

 

 

「はい、じゃあそろそろ試合の方にも注目していきましょうか。ちょっと様子を見ただけですが、真心はそこそこ調子が良いみたいですね。あ、今ちょっと高笑いしようとして失敗してますね。あーあ、やめとけって言っておいたのに。無理矢理自分を鼓舞しようとしてもキツイでしょ。まぁそれは差し置くとして、調子が良いというのは本当ですよ。彼が一番よく使う球種はスライダーなんですけど、それのキレがかなり良いんですよね。強いて不穏な事を挙げるとすれば、ストレートが甘い所に入らないかという所でしょうか。基本対左のワンポイントとして登板しているのが関係しています。彼のストレートは少しシュート回転をするので、左打者から見て真ん中付近からインコースへと食い込むようなボールならいいんですけど。問題は外角に投げる時のストレートですよね。ボール球から入ってくる、言わば『フロントドア』のようなボールなら相手も打ちづらいんですけども、中途半端に入ってくるとど真ん中にいっちゃうので。後はそこだけ警戒していれば後は何とかなると思います」

 

 

 

 それは左津陸本人も分かっているようで、ほとんどスライダーしか投げていない。投球プレートから少し左に踏み込んだ立ち位置からのサイドスローというのは、左打者にとって脅威だ。1球目は外に逃げるスライダーで空振りを奪うと、今度は打者に当たるかもしれないという所からインコースに入ってくるスライダーでストライクを取り、あっという間に追い込んだ。

 

 

 

「投球で大事な事として言えるのは、常に投手有利なカウントを取るという事ですね。どうしてもボールがかさんでしまうと、必然的にストライクゾーン、それもあまり厳しくないコースに投げないといけなくなるので打たれる危険性が上がるんですよね。多少地味にも聞こえるかもしれませんが、コントロールというのは投手にとって重要な要素の一つなんです。勿論僕もそこら辺には気を配ってますよ。むしろ一番神経を使う所だと思います。お、今度はストレートか。うん、良い所に決まりましたね。詰まらせてセカンドゴロ。セカンドには美濃さんが入っているので安心ですね。ウチのチームは基本守備が固いので大丈夫だとは思いますが、あの人は激戦とも呼ばれるセカンドの中でも2年連続でゴールデングラブを取っていますから安心感が違いますよね。出来れば打つ方をもう少し頑張ってもらえるともっと評価も上がると思うんですけど、あの人良くも悪くも2割5分あたりで安定してるからなぁ。あ、そろそろ自分の出番も近づいてきましたね。それでは次回のゲストを紹介して終わりましょう! 次回ゲストは『ノリにノッてるサーファー系投手』、海原浪男(うなばらうぇいぶ)選手です。……海原かぁ、接し方がいまいちよく分からないから苦手なんですけど、まぁ多分何とかなるでしょう。では今回はここまで! 次回をお楽しみに!」




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偶然じゃない

 試合は両者ロースコアのまま譲らず、9回を迎える。この回の表を石清水が抑えると、裏には1死満塁と絶好の機会を作る。打席に立つのは1番の李。敵ファンも、ブルーバーズファンも、サヨナラを信じて疑わなかった。だがしかし、スポーツとは得てしてそう上手くいかないものである。カウント2-2から李の放った痛烈な打球はワンバウンドしてそのまま投手のグラブへ。ボールはピッチャーからキャッチャー、そしてキャッチャーからファーストへ。いくら俊足の李と言えども打球の勢いが強すぎた。あえなくダブルプレーでサヨナラは水の泡と消え、代わりに球場内にはため息があふれかえる。監督の金子に至っては呆れるを通り越して天を仰いでいた。結局9回を終えて1対1のまま。試合は延長戦に突入していた。

 

 

 

「頼むぞ、黒鵜座。この嫌な流れを変えてくれ」

 

 

 

 いざ登板しようとブルペンを出ようとしたときに仲次コーチからそんな言葉が飛んでくる。こういう時、悪い流れを食らうのはいつだって投手だ。だからといってそれが打たれていい理由にはならないが。

 

 

 

「まぁ、仕方ないですね。こういう打線が援護してくれない状況は良くも悪くも慣れてますから」

 

 

 

 黒鵜座はいつもの張り付いたかのような笑顔を見せてブルペンを出る。こういう相手に流れが行きかけている上に負けが付くかもしれない場面で投げるのは正直嫌ではあるが、そこは仕事だ。割り切ることくらい簡単に出来る。さぁ、今日もやってやるとしましょうか。ベンチからマウンドへ向かう途中では拍手が迎えてくれた。夜だと言うのにこんなに大きな拍手を送ってくれるファンに対して頭が下がる思いだ。

 

 

 

『選手交代のお知らせをします。先ほど代打いたしました関脇(せきわけ)に代わりまして、黒鵜座。背番号99、黒鵜座一が上がります。また、代走いたしました武留がライト。ライトの鳥野(とりの)がレフトへ、レフトの志村(しむら)に代わりまして扇谷。背番号63、扇谷守がキャッチャーに入ります』

 

 

 

 相手の東京タイタンズは5番の(ふじ)からという、そこそこの好打順から入る。このチームは突出した部分こそ無いものの、バランスの良さから生まれる安定感がウリのチームだ。もう一度言おう。突出した点が無い。それはつまり、どういうチームか解説しづらいチームだということである。資金力はあるために各球団の有力選手と大型契約を結ぶことがそこそこあるため、決して弱くはない。ただ来るのが旬を過ぎたおっさんが多いためにあまり活躍するケースが無いのだ。ただそれでも先述した藤など、最近は若手育成に舵を切った事で少しづつ強くなり始めているチームではあるから油断は出来ない。

 

 

 

 登場曲が流れる中、淡々とマウンド上で体をならす黒鵜座の肩を叩いたのはやはり彼の女房役である扇谷だった。この人も守備での安心感は凄い。当たり前のように気配りをしてくれるし、投手の投げやすいようにリードをしてくれる。投手を魚と例えるなら、扇谷はかなり大きめの水槽だ。ある程度好きなように泳がせてくれる。

 

 

 

「とにかく先頭だ。藤さえ切ることが出来れば後はそこまで脅威じゃない。あの球も少しづつ混ぜて実践向きにしていこう」

 

 

 

「ういっす。要するにいつも通りの感じでいけばいいってわけですね」

 

 

 

「お前はまた……まぁいい、そんな大口叩いといて打たれましたなんて言い訳はナシだからな」

 

 

 

「あっはっは。そうですね」

 

 

 

「そこはせめて否定しろよ。まぁいつも通りで安心したわ。よし、そんじゃまぁ、俺たちの好きなようにやろうぜ」

 

 

 

 そう背中を叩いて定位置へと帰っていく扇谷を見ながら、黒鵜座は軽く背中を伸ばす。そうして5球ほど投げたところで投球練習を終えた。

 

 

 

『5番、レフト。藤』

 

 

 

 右のバッターボックスに五番打者の藤が入る。オープンスタンスでバットを体の方へとゆらゆらと傾けるバッティングフォームが特徴的だ。一番ダメなのは真ん中高め、相手の得意コースは頭の中にしっかり入っている。ここ5試合でホームラン2本と調子がいい。とにかく甘い所にはいかないようにを心掛けないといけない。

 

 

 

「(自信に満ち溢れてるって感じだな)」

 

 

 

 こういう相手は勢いに任せて打ってくるから警戒が必要だ。キャッチャーからのサインは「一度首を横に振れ」らしい。言う通りに従って首を一度横に振った。こういう些細な動きも駆け引きの一つだ。そして1球目、ボールを放り込む。真ん中低めのストレートかと思われたそのボールは打者の手元で急速に減速し、ワンバウンドした。打者のバットは空を切って打者が体勢を崩す。

 

 

 

「(な、今のはこの前試合で見せていたボール!? 偶然じゃなかったのか!?)」

 

 

 

「(なんて、思ってるんだろうな。偶然じゃないんだな、これが)」

 

 

 

 睨みつけるように黒鵜座に視線を送る藤。それすらも見下すかのように黒鵜座は冷たい笑みを浮かべた。次の球を投げようとするが、一旦ここで藤がタイムを取った。スイングを確かめながら一度深呼吸する。

 

 

 

「(大丈夫だ……あれくらいの球、一度見たら打てる。少なくともそういう練習をやってきたはずだ)」

 

 

 

 審判により声高に試合再開の合図がされ、藤が黒鵜座へと向き直る。ふざけやがって、その余裕たっぷりの面、今すぐにでも崩してやると改めて意気込む。2球目、今度こそ狙い通りに先ほど投げてきた球が来た。明らかなチャンスボール。気持ちボールより低めにバットを滑らせる。

 

 

 

「(くたばれクソ野郎が!!)」

 

 

 

 だがしかし、バットがボールに触れる事は無かった。アウトコースへ逃げるような変化。先ほどと同じような回転だったが、まだ黒鵜座のボールは変化の余地を残していた。

 

 

 

「(クッソ、まだ落ちんのかよ!!)」

 

 

 

 これで投手が圧倒的有利のカウントとなった。次はボール球で振らせに来るか、それとも三球勝負で来るか。どちらにせよ、次のボールに対応できれば恐らく今日の打席は回ってこないだろう。とにかく、際どい球でも何とか前に飛ばさなくてはいけないと藤は覚悟した。そして3球目。

 

 

 

「(……落ちる!)」

 

 

 

「ストライーク! バッターアウト!!」

 

 

 

「はぁ!?」

 

 

 

 ここに来てインローへの真っ直ぐ。落ちると思われたその球は綺麗な軌道を描いてキャッチャーミットへと突き刺さった。完璧に仕留め方。ここまで完膚なきまでに叩きのめされたのは藤にとって初めての経験である。……とりあえず、今の経験を忘れないようにしておこう。藤は心にそう誓った。先頭打者を三振に打ち取った黒鵜座はその後ペースを上げ、三者凡退でこの回を終えた。

 

 

 

 

 

「扇谷さん、さっきのボール読まれてましたよ」

 

 

 

 10回裏のベンチで試合を見つめながら、黒鵜座はこぼすように扇谷に話しかける。それに対して扇谷は驚くことも戸惑う事もしない。ただレガースを外しながら平然と「そうか」と返すだけだった。

 

 

 

「そうかって……ひょっとしてこうなる事読んでたんですか?」

 

 

 

「さぁな。ま、結果打たれなかったからこっちの勝ちだろ。それにいい練習になったでしょ?」

 

 

 

「扇谷さんも人の事言えないくらいには性格悪いですね」

 

 

 

「キャッチャーにとっちゃ褒め言葉だよ。……あ、打った」

 

 

 

「よっしゃサヨナラ―! ひいては僕に勝ちがついたー!!」

 

 

 

 ボトルを持って走り出す黒鵜座を見ながら、扇谷はやれやれとため息をついた。

 

 




祝・今シーズン一勝目!
大いに祝え!


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#8 part1

 放送開始直後にテレビ画面が映したのは珍妙な黒鵜座の姿であった。虹色のアフロを被り、目には星形のサングラスに付け髭。そして肩には『本日の主役』と書かれたタスキが提げられている。容姿のほとんどをカムフラージュしている変わり果てた姿からは、もうユニフォームに書かれた番号でしか彼を判別することができないだろう。

 

 

 

「本日もやってまいりましたブルペン放送局! 司会の黒鵜座一です! いやー、昨日はいい試合でしたね! 4番ドゥリトルのあの痛烈な左中間を破るサヨナラタイムリーは見事でした! 延長戦に突中にした時はダメそうな感じがしましたけど、やっぱり分からないものですねスポーツってものは! 今日も相手は東京タイタンズです、昨日の勢いそのままに早い内に勝負を決めに行きたいですね。正直僕は昨日投げて勝ち投手になったし今日の登板は遠慮したいところですから。……あぁ、そうですね。まずこの見た目の説明をするべきでした。一見ふざけているように見えるかもしれませんが必要なんですよ、自分を守るために。だからこれは魔除けというか防御のための鎧というか。決して趣味ではないです、決して! 本当ですよ? さぁ皆さん衝撃に備えてください。それでは本日のゲストを紹介しましょう! 『ノリに乗ってるサーファー系投手』、海原浪男(うなばらうぇいぶ)選手です、どうぞ!」

 

 

 

「ちぃーっす! 皆いい波乗ってるー!? バイブスあげてこー!」

 

 

 

 開幕からいきなり少し高めの声を上げながら登場したのは、水色の髪を肩まで伸ばした小麦色の肌が目立つ美形の男子だ。整えられたあごひげに手を当てながら、機嫌がよさそうにカメラに向かってピースサインをしている。

 

 

 

「ちょいちょいカメラさん、マジかっこよく映えるように撮ってちょうだいよ!? 上手く撮れなかった日はもうあれだよ? そんなのナイアガラの滝だからね?」

 

 

 

「……はい、見てわかる通りこんな感じの遊び人です」

 

 

 

「あれ、サラッと悪口言われたくさい? というか黒鵜座センパイ何かテンション低くね? もっとアガッていきまっしょい! ほら、ウェ―――イ!」

 

 

 

「胃もたれしそう……」

 

 

 

 早速これだ。あまりの温度差に風邪をひいてしまいそうなレベルではあるが、これはまだ地獄の一丁目である。何故なら番組はまだ始まったばかりなのだから。まったくもってこれから先が危ぶまれる。

 

 

 

「えーっとじゃあ、まず海原選手の経歴について軽く紹介しましょう」

 

 

 

「もうちょっとフランクでいいよー、ほらウェイブちんって呼んで!」

 

 

 

「続けまーす。海原浪男、浪に男と書いてウェイブと読むんですね。……どゆこと? まぁうん、唯一無二な感じがいいんじゃないですかね。僕だったら絶対名前負けしますけど。それで出身が確か沖縄だっけ?」

 

 

 

「そうそう! もうバリバリの沖縄生まれ沖縄育ちよ! 沖縄はいいよー、ハイビスカス、シーサー、そして青い海! もうウェイのウェイよ!」

 

 

 

「後半は方言なのかちょっと何言ってんのかわからないですね。それで沖縄の高校を卒業して、都内の大学に進学……それも名門! 羨ましい限りだな」

 

 

 

「いやーオレっち天才だからさ! 高校時代はもう飛ぶ鳥を落とす勢いだったわけよ! 『地元じゃ負け知らず』的な? それでも今のままじゃプロで通用しないと思ったし、親にとりあえず大学に行っとけば後々困らないって言われたからプロ志望届は出さずに大学に進学したわけ」

 

 

 

 本人に全く悪気はないだろうが、その言葉は黒鵜座にとってぐさりと来た。いくら有望な選手であろうとプロ野球選手としてやっていけるのはほんの一握り。戦力外になった選手が球団職員となる事はあるが、コーチなどとして野球に関われるチャンスはあまりない。となると、セカンドキャリアに進むにあたって色々準備をしておかないといけない。勿論ネームバリューやプロ野球選手だったという箔はつくのだが。いやほんと、今を生きる若者にとって将来の話はきついよ。

 

 

 

「……ハッ! 意識が飛んでた! 話を戻しましょうか、大学時代は2年から徐々に頭角を現して3年生の頃にはベストナイン受賞、一気にプロ注目となったわけですね。正直なところ勉強とかどうだったわけ?」

 

 

 

「どうって言われても、普通って感じ? 心理学とかはそこそこ面白かったけど、まぁそんくらいかな」

 

 

 

「うぐぅ、こいつちゃんと勉強してやがる。チャラ男の癖に、チャラ男の癖にぃ……!」

 

 

 

 こいつさては出来る子だな。黒鵜座は授業中に居眠りした事は無かったが、成績は残念なことにお世辞にも良いとは言えなかった。残念なことに。

 

 

 

「ヘイヘイ、しょげないでよベイベー! それでそれで、続きはどうなってんの?」

 

 

 

「続きって言っても後は一昨年に2球団競合してドラフト1位指名ってとこしかないぞ」

 

 

 

「ちぇー、つまんねーの。もっとこうさー、あるでしょ? あるでしょー?」

 

 

 

「やめろくっつくな気色悪い! 僕がそういう風に寄るのを許すのは女子相手だけだ! あー、強いて言うなら昨シーズンいきなり先発として8勝をあげて新人王に輝いたくらいか」

 

 

 

「分かってんじゃん黒鵜座パイセン! そう、俺っちこそ去年の新人王にしてキング! 優勝の原動力と言っても差し支えないっしょ!」

 

 

 

「図に乗るなよ小僧……!」

 

 

 

「あっはは、口調変わってんのおもろい!」

 

 

 

 黒鵜座の威圧に対しても全く怯む様子などなく、むしろ海原はこの状況を面白がっている。プロの門戸を叩くものは大抵肝が据わっているというが、彼の場合は別格である。といってもここまでになる必要なんてないし先輩に対しての礼儀がなっていないとOBからは苦言を呈されていた。それでもあんまり怒られないのは彼の人となりの良さが垣間見えるというものだが。

 

 

 

「お前周りとの関係性とか気を付けろよ」

 

 

 

「オーライオーライ! ちゃーんと話し方とかは人によって分けてるんで」

 

 

 

「おい待てそれはつまり僕が舐められてるってことじゃないか? そう言いたいのか貴様」

 

 

 

「黒鵜座パイセンにはこれくらいフランクな方が本人も喜ぶってサクっちが言ってたんで!」

 

 

 

 サクっちとは前々回のゲストとして登場したベテラン投手、滑川削の事である。基本的に感情に身を委ねる事もないが、この呼び方は流石に怒られるのではないか?

 

 

 

「おまっ、サク先輩の事そうやって呼んでんの? 怒られないそれ?」

 

 

 

「? サクっちはこう呼ぶと飴くれるけど?」

 

 

 

「おじいちゃんか何かかよサク先輩! もっと威厳を持とうよ! ……まぁいいや、変にかしこまられても困るのは事実だし」

 

 

 

「あざーっす! じゃあ黒鵜座センパイ、これからも仲良くしようぜ☆」

 

 

 

 海原から唐突に手が差し出される。一瞬躊躇したがその手を握ってやった。するとその腕をぶんぶんと振り始めた。

 

 

 

「じゃあこれからはズッ友っていうことで! チャオ~」

 

 

 

「おい待てそこまでは言ってないぞ。……あっともうこんな時間。CM入りまーす」



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#8 part2

すいません更新がかなり遅くなりました!


「では一つ目のお便り、ヒアウィゴッ!」

 

 

 

「何でお前が仕切ってんの、司会僕なんだけど。はい、じゃあお便りを読んでいきましょうかね。ペンネーム『サンボ師匠』から。『黒鵜座選手、海原選手こんばんは。』、はいどうもこんばんは。毎度のごとくドームでの試合なので外の景色は見れないですけど、今日は月が綺麗な日らしいですね。『お二人に質問です。野球選手と言えば高収入で有名ですが、その使い道はどうするのでしょうか。庶民の私にとっては非常に気になります!』らしいです。じゃあまずは海原から言ってください! その内に僕も答えを考えておくので!」

 

 

 

 海原が天を仰いだかと思えば、今度は何やら指折りで数え始めた。ひー、ふー、みーとぶつぶつ呟いた後、決心したかのように顔を黒鵜座の方へと向けた。

 

 

 

「え、何? ひょっとして不満だった?」

 

 

 

「いやー考えてみれば色々と散財しちゃったっすねぇ!」

 

 

 

「あー、キャバクラとかか。お前の場合」

 

 

 

 その返答に海原は眉をひそめながらその指を黒鵜座へと向ける。どうやら思ったよりもピュアであるらしい。決めつけるような発言をしてしまったか。

 

 

 

「とりま人を見た目で決めつけるのはご法度っしょ! 大体今時はキャバクラとかよりもクラブだから!」

 

 

 

「昔も今もパリピが行くところは変わんねぇな。大体イメージ通りだわ」

 

 

 

 うん、反省して損した。大して行くところがイメージと変わらないようである。本当に昔、自分がまだ赤子だったころは普通の人も夜には踊り狂っていたらしいが現代人にとってはほぼほぼ無縁の話である。

 

 

 

「あーもう黒鵜座パイセンが変な事言ってるから話それちゃったじゃん! 今頭の中で考えてた事が全部おじゃんになってマジぴえん超えてぱおんなんですけど!」

 

 

 

「何て?」

 

 

 

「……あ、思い出した。そうっすよ収入の使い道っつー話ですよね! 契約金が大体1億くらいだったけど結構引かれちゃったから草生える! えーっと、まずはお世話になった所への寄付でしょ? まずは大学、高校、そんでもって中学の頃所属してたシニアへの寄付でかなりマイナスになっちゃってさげぽよですわ」

 

 

 

「もうちょっと分かるように言ってくれねーかな」

 

 

 

 ところどころ何を言っているか分からない。決して耳が悪くなったとかそういうわけじゃなくて。言語そのものは伝わるけれど何を言っているのかが全く分からないのである。同じ日本語で話している分、動物と会話を試みて失敗するよりもずっともどかしい気分になる。

 

 

 

「でも契約金は結構たんまり貰ったわけだけど、年棒はそこまで多くないんだよね。えーっと言っていいの?」

 

 

 

「いいよ? かく言う僕もサク先輩にカミングアウトされたクチだし」

 

 

 

「じゃあ問題ないチンゲールっすね! 言っちゃおう、俺っちの年棒が最初1000万円でー。んで新人王取ったっしょ? その影響もあってプラス査定だったんだよね。その額2000万! まぁもうちょっと欲しかったけどほどほどってところかな~」

 

 

 

「そりゃまだ二年目だからな。継続して成績残せば一気に貰えるようになるよ。っていうかその面で言えばお前今シーズン初登板で大炎上してたけどそこらへん大丈夫なの? ほら、二年目のジンクスって意外とあるもんだからさ」

 

 

 

 去年の活躍で裏ローテの頭という大事なポジションを勝ち取った海原。しかし彼の今シーズン初登板で待っていたのはほろ苦い現実だった。東京ヤンキースの主軸・鳩ヶ浜に2ランホームランを浴びるなどでノックアウトされいきなり出鼻をくじかれた。

 

 

 

「いやいや、もう過ぎた事を悔やむなんて古い古い! 俺っち達は今を生きる人間なんだから過去のデータ何かに囚われてくよくよしてる方が損っしょ!」

 

 

 

「あれだけフルボッコにされてそう言えるメンタルが羨ましいわ。投手としては見習うべきなんだろうけど。ま、1億の高みで待ってるよ」

 

 

 

「黒鵜座パイセン1億行ってないっすよね?」

 

 

 

 ※黒鵜座の年棒は9500万です(第六回放送参照)。

 

 

 

「四捨五入すれば1億だろいい加減にしろ!」

 

 

 

「で、その使い道っすよね? まー女の子と遊ぶのに結構ねだられるし。バッグとかネックレスとかに使う事も多かったっすね」

 

 

 

「はー、遊び人! 女の敵! このチャラ男!」

 

 

 

「いやいや俺っちはいつだって真剣ですよ? というか黒鵜座パイセンはそういう事無いんすか? てっきりプロ野球選手ってそういうものだと……」

 

 

 

「お前プロ野球の事なんだと思ってんだよ」

 

 

 

 おいやめろ。その曇りなき眼でこっちを見るんじゃない。こっちが惨めになってくるじゃないか。このままだとこちらがメンタルをやられそうなので話を転換することにした。

 

 

 

「はい、じゃあ僕の使い道について話していきましょうか」

 

 

 

「あ、逃げた!」

 

 

 

「默らっしゃい! 司会の権限はこっちにあるんだからガタガタ言うんじゃないですよ全く。それで、僕もまぁ契約金とかは確かに寄付したけどそれでもちょっとぐらいだからね? だってドラフト4位なんて大して貰えないんだから。最近で言う大きな出費と言えば……あぁそうそう、うちの実家の水回りがあんまり良くないらしくて。そこら辺の一新に使った感じですね。いやーこの年になるまで野球をやらせてもらったわけだから、少しくらい恩返ししないとね」

 

 

 

「さらっとファンからの好感度ブチ上げようとしてない? 一人だけ抜け駆けしようったってそうはいかスミパスタよ?」

 

 

 

「……ちぇっ、ばれたか。あ、でもそれにお金を使ったのは本当の話ですよ? ってかイカスミパスタってなんだよ。後は、そうですね。家に安らぎが欲しいなーって思ったんで、そっち方面でそこそこ使いましたね。安眠まくら、アロマ、後は高音質の音楽プレーヤーとか」

 

 

 

 寮から離れて暮らすようになってから4年目。そろそろ一人暮らしにも余裕が出来たころなので色々と試してみていたのだ。家というものは心休まるところだし、そうあるべきだと思う。だからそのために準備するのは思いの外楽しかった。

 

 

 

「へー、黒鵜座パイセン音楽とか聞くんすね。何聞くんすか? EDMとか?」

 

 

 

「EDMって何?」

 

 

 

「あぁ、そういうレベルね。なるほど」

 

 

 

「おい、その哀れむような眼をやめろ」

 

 

 

 ※EDMはエレクトニック・ダンス・ミュージックの略です。主にクラブで使われる事が多いのだとか。

 

 

 

「まぁ音楽の好みなんて人それぞれだよね」

 

 

 

「そういうこった。ではそろそろコマーシャルのお時間です!」




遅れたおわびに(ちょびっとしか登場してないけど)外野手の武留選手の架空の応援歌を載せておきます。

思いついたら時々後書きで書く予定です。

胸を焦がすレーザーに 打てば一発長打 青鳥の未来担え それいけ武留


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#8 part3

「えーでは次のお便りに行ってまいりましょう。じゃあ海原、このお便りボックスの中から適当に一枚取っちゃって」

 

 

 

「うぃーっす! 不肖海原浪男! 引かせてもらいマックス!」

 

 

 

 両手をわきわきとさせながらお便りボックスに海原が手を突っ込む。んー、これか? いやいやこれじゃないなと何やら呟きながら中身をシャッフルしていく。中身見えてんのかお前。

 

 

 

「早いところ引いてくれ。話す事無くなるから」

 

 

 

「いやいや、こういうのはしっかりと選んだ上で読んであげないと相手にも失礼っしょ!」

 

 

 

「透視でもしてんのかよ」

 

 

 

「そんな急かさないで下さいよ~。はい、じゃあこれ。ペンネーム『とある高校の主計科選手』から」

 

 

 

「……ん? 何か聞き覚えがあると思ったら前にお便りを送ってくれた人みたいですね。熱心に放送をご視聴いただき、ありがとうございまーす」

 

 

 

「えーっと、話続けていいっすよね?  『黒鵜座選手、海原選手こんにちは』。ちーっす、どうもこんにちはー! 『お二人にそれぞれ質問があります。まずは海原選手。海原浪男選手の名前には「浪」という文字がありますが、もしかして戦艦三笠が好きなのでしょうか』」

 

 

 

「みかさ……? みかさって何……?」

 

 

 

 そこまで学力も歴史に関する興味も持ち合わせていない黒鵜座にとっては、聞いたこともない単語であった。それもそうだ。戦艦なんて大和くらいしか知らないのだから。

 

 

 

「あー、分かってない黒鵜座パイセンに分かりやすく説明すると。戦艦三笠っていうのは日露戦争で大活躍した戦艦の事っすね。あの東郷平八郎が乗っている絵が有名です。東郷平八郎繋がりでいえば、日清戦争で『浪速』艦長として勝利を収めた事も有名で、もしかするとこれの事を言ってるかもしれないっすね」

 

 

 

「えっ、怖ッ……ひょっとして海原ってミリオタなの?」

 

 

 

「いやいや、これくらいは高校で勉強した事そのまんまよ? んな大した事じゃないっしょ! えーっとそれで、名前がそういうものに関係しているかっつー話よね? んー、多分その可能性は低いんじゃないっすかね。こういっちゃなんだけど、ウチの両親あんまり頭が良くないのよ。子供の名前に『ウェイブ』なんて付ける程度には」

 

 

 

「あ、そこ気にしてたんだ」

 

 

 

「俺っちは別に気にしなかったけど、結構名前でいじられる事も多かったから。つってもいじめられてたわけじゃないけど! でもまぁ子供の名前に付けるのはちょっと違う感じがするよね」

 

 

 

 確かに……。浪男って字で書けば(ちょっと古臭そうなのは置いといて)一見普通の名前に見えるけど中身はかなりキラキラネームだから、海原があんまり快く思わないのも頷ける話である。子は親の背中を見て育つというが、海原はそれを反面教師にしてきたという事なのだろう。

 

 

 

「あ、だけど親が嫌いとかそんなんじゃないよ! むしろいつも明るくて元気貰えるっつーか、感謝している事もたくさんあるし! ただ親が歴史好きだったとかそういう事は無かったと思うから、多分そういうのじゃないなってわけ!」

 

 

 

「とりあえずお前が両親大好きなのは伝わったよ」

 

 

 

「続きあるっすね。『好きな提督は誰ですか?』 あー、困っちゃったっすね。俺っちあんまり詳しくないからこれはつらみざわたけし! メジャーな所しか分からないんでここは無難に東郷平八郎大先生にしちゃいましょう! はいじゃあこの話は一旦終わり! 次は何を隠そう黒鵜座パイセンへの質問っすよ、んじゃバイブス上げてこー! ウェーイ!」

 

 

 

「ウェーイ……他人について追及するときに限って人間って元気になるよな。いやこれに関しては僕が言えたことじゃないとは思うんですけど」

 

 

 

「はいじゃあ行ってみよー! えーっと? 『新球種の使い心地はどうですか?』っつー事ですけど、え!? なになに黒鵜座パイセンいつの間に新しい球種覚えちゃったの!?」

 

 

 

「あ、ばれた? いや~ばれちゃったか~。本当は言いたくなかったけどな~。ばれちゃったら仕方がないなー」

 

 

 

 黒鵜座は口ではそんな事を言いつつも顔をにやつかせている。それはまるで、いたずらがバレた時の子供のようだった。今の彼は言葉と表情が完全に矛盾している。

 

 

 

「あははっ、そんな事言ってるのにめちゃくちゃ嬉しそうじゃん!」

 

 

 

「そらそう(思うのも無理はない)よ。だってそれだけ熱心に見てくれてたってことでしょ? そりゃあ感動するし、教えたくもなっちゃうよね」

 

 

 

「それで、いつから練習してたわけなんすか? いやー黒鵜座パイセンも隅におけないなー!」

 

 

 

「そんな彼女が出来たみたいに言うなよ。話を戻しましょうか。えーっと、練習自体は昨シーズン途中から始めてたんですよね。今まではストレートとチェンジアップの組み合わせで何とかしてたんですけど、やっぱ決め球、つまりはウイニングショットが必要だなというのはひしひしと感じてまして。え? お前にはもうストレートっていう立派な武器を持ってるだろって? いやぁ、あはは。ありがとうございます。だけどそれだけじゃ心もとないですよね。特にこれを覚えようっていうのは無かったんですけど、落ちるような球が理想かなと思いまして。例えばフォークやスライダー、スプリットなんかですね。ただ最初はどれも上手くいかなくて、僕自身そこまで器用というわけではないので苦労しましたね」

 

 

 

「確かに、新しい球種を覚えるのって中々時間がかかっちゃうよね。それでバランスが崩れちゃった! なんてケースもザラだし」

 

 

 

「そこでたどり着いたのがチェンジアップからの変化なんですよ。パームとチェンジアップの中間って言えばいいんですかね。その名も『高速チェンジ』! 握りはこんな感じですね」

 

 

 

 そう言って黒鵜座は軽くボールを握って、その握りをカメラへと映す。

 

 

 

「コツはほどほどに脱力しながら上手く指から抜くことって感じですね。これを実戦で投げるようになったのは今シーズンからですけど、その効果は抜群ですね。通常のチェンジアップよりも大きく変化するんで空振りも取れるし。僕って基本的に直球を狙われがちなので、よく振ってくれますよ。球速も一瞬ストレートと錯覚させられるんで覚えて良かったって感じです。それでもまだコントロールに難があるのは否めませんし、向上の余地はありますけどね」

 

 

 

「いいっすね高速チェンジ! 俺っちにも教えてください、オナシャス!」

 

 

 

「え~、嫌だよ。だってこれは僕のアイデンティティになる(予定の)球だし。そう簡単には教えられないね」

 

 

 

「あ、そっすか。だったらいいっすわ」

 

 

 

「切り替え早ッ!? いやもうちょっとグイグイ来いよ! これだから最近の若者ってやつはすぐ諦めたがる!」

 

 

 

「え、じゃあ教えてくれるんすか」

 

 

 

「いやそういうわけじゃないけどさ……もうちょっと粘れよ。はい、ではここでCM入りまーす。次はお悩み相談室のコーナーでーす」



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#8 part4

「『黒鵜座一先生のお悩み相談室』のコーナー! それではやってまいりましょうと言いたい所ですが。言いたい所なんですが……」

 

 

 

「ん、どうかしちゃった系?」

 

 

 

「いや。また悩みとか無さそうな奴が来ちゃったな~と」

 

 

 

 いきなり黒鵜座は頭を抱えていた。このコーナーが始まった当初の回(第五回参照)のゲストであった八家と同様、目の前にいる海原もこれといった悩みとは無縁そうな男なのだ。元々深く考えるようなタイプにはとても見えないし、人間関係でくよくよと悩む姿など想像できない。

 

 

 

「あ、めちゃ失礼な事考えてね? そりゃあ俺っちだって悩む事の一つや二つくらいあるに決まってんでしょ、人間なんだから!」

 

 

 

「ふーん、例えばどんな?」

 

 

 

「今一番悩んでるのはあれっす! 外野手の志村(しむら)さんとの付き合い方がよく分からない事っすね!」

 

 

 

「え、志村さんと? そりゃまた物好きな。投手で志村さん好きな人ってそうそういないよ」

 

 

 

 ここであんまり野球を見ないリスナーのために説明しよう! 志村さんとは! 今年でプロ11年目を迎えるベテラン外野手、志村光真(しむらこうま)の事である! ブルーバーズに所属する日本人で唯一といっていいほど安定して2桁本塁打が期待できる右の中距離打者であり、なおかつ毎年3割に近い打率を誇る好打者である。「ミスターブルーバーズ」の二つ名でファンにも親しまれている選手だ。今シーズンはここまで打率.288、本塁打4本を記録している。かといって成績を鼻にかける様子があるわけでもなく謙虚である事から、ファンだけでなく野手からの信頼度も高い。

 

 

 

 ……と、ここまでは良い点ばかり挙げてきたのだが。黒鵜座がこう言うのもちゃんと理由がある。問題はその守備である。まず志村はそこまで肥満気味の体ではない割に足が遅い。それも物凄く。多分保護者リレーに出ても普通のおっさんよりも少し速い程度のレベルである。それだけならまだいいのだが。さらに酷い事に守備力が小学生並みなのだ。本当に小学生の頃から野球をやってきたのか疑わしいレベルである。ちなみにファーストとサードとショートも守れる(自己申告)(守れるとは言ってない)が、まぁその実力は見ずとも分かる。見なくても分かるから守るのはマジでやめろ下さい。そして極め付きには送球のコントロールが悪い。肩はそこそこだが、結構ばらつくし時折物凄い方向へと飛んでいくことがある。鈍足、守備下手、制球難。これの意味する事はつまり、投手陣の破滅である。

 

 

 

「そうそう、よくSNSで他の選手との2ショット写真上げてんだけどさぁ。黒鵜座パイセンのもあるよ、見る?」

 

 

 

「え、マジ? あ、ホントだ。そういや前写真撮ってくれって言ってきたな。そのためなのかよ。……っておい、盛りすぎだろこりゃ」

 

 

 

 そのスマホに映る自分の姿に黒鵜座は思わず顔を歪めた。何か小顔になってるし、肌も実際よりも若干白い。自分のはずなのに、なんだか他人のような気がして気持ちが悪い。

 

 

 

「これくらい普通じゃないっスか? 改めて見ると、ははっ、すげー仏頂面じゃん黒鵜座パイセン」

 

 

 

「そりゃあ急に言ってきたからそうなるよ。っていうかそうじゃねえ。何でそれが志村さんと繋がるんだよ」

 

 

 

「あ、その話ね。えーっとそれで他の選手にも色々かけ合って写真撮らせてSNSに上げさせてもらってるわけなんだけど。志村さんとだけまだ2ショットの写真が無いんだよね~。なんてーの、避けられてるってカンジ?」

 

 

 

 あー、何か察しがついた。そういう事か。ははーん、あの小心者め。あの件をまだ引きずってるわけか。コメント欄も志村の名前が出た途端に盛り上がっている。志村はリアルでは前述の通りだが、ネット民にも人気がある。良くも悪くも話題に事欠かないというか、まぁそんな感じの人だ。

 

 

 

「……多分それな、お前のプロ初登板で初勝利の権利を消したことを未だに気にしてるからだと思うぞ」

 

 

 

「デジマ? んなちっちゃい事で俺っちがカリカリするような性格に見える!? だとしたらめちゃショックなんだけど!」

 

 

 

「やめろやめろ、肩を揺らすな。あれはそういう人なの。周りがどう思おうと勝手に気にしてしまうような人なんだよ。それにしても……はぁ~、若手相手に何逃げてんだあの人は」

 

 

 

 思い起こされるのはあの事件。ホームで迎えた試合で初登板初先発を果たした当時の海原は快調に投げ進んでいた。打線も大爆発とはいかないものの、早々に3点を援護し試合はブルーバーズ優勢。海原は5回を順調に投げ終え、理想的な試合展開に見えた。……そう、アレが起こるまでは。

 

 

 

 6回に1点を返され、なおも1死一二塁のピンチ。マウンドには先発からずっと投げ続けている海原。もう球数は100球へと達しようとしていた。そして相手は5番打者を迎える。外野は定位置、1点までは仕方がないという体制だ。そしてバッティングカウントから放たれた打球はレフトへ。そこを守っていたのが志村だ。打球はかなり伸びたが、球場が広いのもあって本塁打とはいかない。際どいがまだレフトフライの範囲だ。だがここで悲劇が起こる。足をもつれさせて転倒、ボールを取ろうと手を伸ばすも無情にそのままボールが落ちて転がっていった。これには次の打者に向けて準備していた海原も思わずロジンバッグを落としてしまうレベルである。センターの李がフォローするも二塁ランナーが余裕で生還。1塁ランナーも3塁へと滑り込んだ。

 

 

 

 結果この一打が決め手となり、海原は降板。後を継いだ石清水も同点に留めるのが精一杯で、海原の初勝利の権利は泡と消えた。それ以来、きっと志村はその件を引きずっているのだろう。繊細な志村らしいと言えばらしいが。

 

 

 

「で、どうしたらいいと思います!? こういう時頼りになるのはコミュ強の黒鵜座パイセンくらいしかいないんすよ!」

 

 

 

「何て? まぁお前が気にしてないって一言言ってやれば済む事なんだろうけど、まず状況のセッティングだよな。多分一対一で話そうとすると確実にあの人逃げようとするから」

 

 

 

「え、逃げるんすか? 何で?」

 

 

 

「何でって、そりゃ志村さんが志村さんだからとしか言いようが無いな」

 

 

 

「追いかければよくない? あの人足遅いし」

 

 

 

「追いつめるのは逆効果だぞ。この前後逸した志村さんの事を追いかけてたら何て言ったと思う?」

 

 

 

「何て言ったんすか?」

 

 

 

「『一万円あげるんで許して下さい』だぞ。あの人の肝っ玉の小ささを舐めてちゃいけない」

 

 

 

「はー、それはまた重症で草生える」

 

 

 

 コメントでは「志村www」「うーん、これは志村!」なんて発言が流れているが、これが事実なんだから仕方がない。いやいい人なのよ? いい人なんだけどちょっと気が小さいというか周りからの視線を気にしすぎるところがあるのがキズなだけで。

 

 

 

「まぁ時間あるんで続きは次のCMまたいでから考えましょう。それではCM入りまーす」




今回紹介するのはブルーバーズの助っ人一塁手、ドゥリトル選手の応援歌です。

飛ーばーせー! ドゥーリートールー!(前奏)
くーろふねからやってきた 我らが大砲 さぁぶちかませ 夢見せてくれ Just Do It! ドゥリトル!


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#8 part5

メリクリ!
投稿遅くなって申し訳ないです……


「それではただ今より、『対志村逃亡阻止用作戦会議』を始める!」

 

 

 

「あっはは、なんか仰々しくてウケる。で、志村さんが逃げないようにする方法ですよね」

 

 

 

「そうそう、まず大事なのが必要以上に追いかけまわさないこと。志村さんは小動物と同じくらい危機意識が高いから下手に刺激を与えるのはNGね」

 

 

 

「でも志村さんって目を合わせたらすぐに逸らすし、何か話そうと思ったらいつの間にか周りにいなくなってるし。それじゃあどうやって話せばいいんだって話になりますよね」

 

 

 

「誘い出す事自体は案外簡単なんですよ。あの人野手とは普通に仲がいいから、野手の誰かと結託すれば特定の場所に連れてくる事も可能っちゃ可能です。ただ会った瞬間に逃げに転ずるけど」

 

 

 

「そもそも気になってたけど、何で志村さんって移籍しなかったんだろ。確か数年前にFA権取ってたよね? 守備でそこまで怯えるくらいならさぁ、指名打者のある海洋リーグのチームに行くのも一つの手なんじゃね? ちょっと年俸は高くなるかもしれないけど、あの人レベルの選手なら引く手あまただろうに」

 

 

 

「うん、それは僕も思ったんだけど。守備からリズムを作っていくタイプの選手っているじゃん?」

 

 

 

「え、まさか……」

 

 

 

「そうなの。志村さんはそういうタイプなんだよ。……あんまり良くない意味で。ミスした後で取り返すように打つからタチが悪い」

 

 

 

 実際、守備で好プレーをすると打撃でも良い結果を残せる選手というのは多い。テンションがハイになっていると言えばいいのか、その分丁度いい気分で打席に入ることができるからだ。そんな選手が多くいる一方で、逆のパターンも存在する。守備でミスをした後に打つ選手だ。こういう選手はあまり多くないが、結構厄介である。自分のミスを自分で取り返す、という気持ちで粘り強く戦うからだ。志村は後者の最たる例である。外野手は記録にならないミスも意外に多いが、後逸などでエラーがつくこともある。そもそも後ろに誰もいないポジションである外野手がボールを落としたり、逸らしたりするなというのは当たり前の話だが、その後の志村は怖い。エラーをした後の打率、何と4割。2割5分打てれば御の字、3割打てればいい選手と呼ばれるプロ野球の世界において、この数字は異質である。……そもそもあまり取り上げられないから意味がないのだが。

 

 

 

「あー、確かにエラーした後はよく打ってるような……? そういえば俺っちがプロ初先発で降板した後にホームランを打って気が」

 

 

 

「打ってた打ってた。投手に援護点をくれるっていう意味ではいい打者かもしれないけど、守備面のマイナスが多いんだよ。しかもエラーが付かないくらいのミスが。打球判断をミスったり前にチャージして後逸したり。だからまぁ、投手の防御率だけが上がっていくんだよね。ただ志村さんが打線にいる事へのプラスとマイナスを示し合わせた結果、プラスの方が勝っているわけなんだけど。その分投手からの信頼は低いというか、正直僕個人の意見として後ろを守ってほしくないというか……早いとこ守備固めをしてほしいというか……」

 

 

 

「黒鵜座パイセンは志村さんがこのチームに残留して正解だったと思うわけ?」

 

 

 

「おおう、中々ハードな事を言うなお前も。確かに守備はちょっとアレだけど、打撃面で言えばあの人より打てる日本人打者がいないからなぁ。外野手の李選手、一塁手のドゥリトル選手がまず結構打ってくれるわけだけど志村さんはその三番手だからね。足は遅いけど長打も結構打てるし、今のところは良かったというか残ってもらうしかなかったんじゃないかな。あと志村さん、このチームが好きだって言ってたし」

 

 

 

 FA(フリーエージェント)権。一定以上試合に出場した選手のみが得られる、唯一と言っていい選手個人の意思で移籍できる権利。それは選手にとって自分を売り出す絶好の機会だ。この権利を取得するために奮闘する選手も多いくらいである。一部例外はあるが、移籍するにしろしないにしろ選手の年俸は上がるケースがほとんどだ。現在所属している球団も、獲得に動き出す球団も他の球団にとられまいと良い条件を出したり高い年俸を提示するためである。そのため他球団に移籍する選手も少なくなく、オフシーズンにはファンが悲鳴を上げている様がみられる。

 

 

 

 では志村の場合はどうだったのか。シーズン中にFA権の使い道を記者に質問された際には『今はまだシーズンを戦い抜くことに集中したい』と言葉を濁していた。そもそもシーズン中に『移籍したい』という選手は滅多にいないのだが。そしてシーズンを完走した後は、メディアに対して『少し考える時間が欲しい』と発言し、ネットでも『これは移籍か』と騒がれた。しかしオフシーズンとなって一か月後会見を開く。内容は『FA権を行使した上での残留』という結論だった。一度行使すると再びの取得まで数年がかかる。つまり彼は、ブルーバーズの選手として最後まで戦う事を決断したわけだ。その理由として彼が挙げたのはチームに対する愛情であった。

 

 

 

『やはりこのチームで、ブルーバーズで最後までやらせていただきたいと思っています。今までここでお世話になった分、今度はここで残せるものを残していきたいという考えです』

 

 

 

「へー、いい話じゃん。ひょっとして泣かせに来てる感じ?」

 

 

 

「僕が知るかよ……」

 

 

 

 実のところ彼が残留を決めたのは、FAした選手の後を考えた際に移籍した選手の寿命が短いからという理由もあったらしいが、美談にしておきたいのでやめておく。

 

 

 

「それで呼び出すのは簡単なんすよね。後はどうするか……」

 

 

 

「真摯に向かえば普通に応えてくれると思いたいけどねぇ。あの人肝っ玉が小さいから」

 

 

 

「あっ、そんな事言ってたら志村さんがヒット打ちましたよ。ここで……代走ですね。武留選手が代走という事はもうこのまま守備固めに入るつもりなんですかね」

 

 

 

「よし、じゃあちょっと行ってくるわ」

 

 

 

「えっと、どこへ?」

 

 

 

 決心したようにすっと黒鵜座が立ち上がる。不思議そうにそれを見つめる海原をよそに、黒鵜座はドヤ顔で語り出した。

 

 

 

「決まってんでしょ、迎えに行くんだよ。志村さんを」

 

 

 

「え、こっち来るの? 警戒してこないんじゃない?」

 

 

 

「その点は大丈夫、ヘイスタッフ!」

 

 

 

「はい、交代したら裏に向かう様に連絡しておきました!」

 

 

 

「抜かりなくて草」

 

 

 

「じゃあ行ってきまーす! 楽しみにしとけよ海原!」

 

 

 

「あんま期待できないけど、りょ」

 

 

 

 手を振りながら黒鵜座がカメラ外へと歩いていく。少しした後、黒鵜座と志村の会話が聞こえてきた。

 

 

 

「いやだから僕ら投手は別に怒ってるわけじゃないですって」

 

 

 

「そんなはずはない! 毎回ミスばっかの僕に痛い目を合わせに来たんだろ!」

 

 

 

「あっ、ちょっ、志村さん! おいこら待て、ちょい! 志村ァァァァ!!」

 

 

 

「あはは、注意点全部忘れてら。じゃあ次回予告です。次回のゲストは……未定? 未定だそうです! それじゃ次回をお楽しみにー」

 

 

 

 その後、テレビ局公式のSNSにある写真がアップされた。笑顔の海原と、若干汗をかいている黒鵜座、そして真ん中に引きつった笑顔の志村の3ショットである。ネット上では「#志村光真」と話題になったとか何とか。良かったね!




志村の応援歌です。



コウマ コウマ コウマ 熱い志抱き

コウマ コウマ コウマ 頂掴み取れ

オイ! オイ! オイ! オイ! かっとばせー! し・む・ら!

オオオ…(以下繰り返し)



他球団ファンにも結構好評で知名度は高い設定です。


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#9 part1

「はい皆さんごきげんよう! メインパーソナリティーの黒鵜座一です! 本日もやってまいりましたブルペン放送局! というわけで今回が第8……え、9回? 9回だそうです皆さん! まぁそんな細かい事は忘れて元気にやっていきましょう。さて今回のゲストは~? 今回のゲストは~?」

 

 

 

 耳を澄まして誰かの登場を待つ黒鵜座。ところが彼の問いに答えるものは誰もいない。後ろから仲次コーチが白けた目で見ているだけで、ブルペンにはキャッチャーと黒鵜座、そして仲次以外誰もいない。ドームの中だというのに冷たい風が吹いたような気がした。

 

 

 

「え~、はい。あの~投手陣の皆さんに声をかけてはみたんですけどね。今回は総スカンを食らいまして。今現在収録中なんですけど、誰もいません。もう一回言います。誰も! いません! んどうしてこうなった! リスナーの皆さんには申し訳ない気持ちでいっぱいでございます」

 

 

 

 黒鵜座が深々と頭を下げる。しかしそれも一瞬の内だった。ばっと頭を上げてカメラに顔を近づける。

 

 

 

「で・す・が! 安心してください皆さん! 転んだところでただでは起きないのがこの僕、黒鵜座一です! ブルーバーズのクローザーの力をそう舐めないで下さい。というわけで『パイが無いならケーキを食べればいいじゃない作戦』を決行して呼んできました! それでは登場していただきましょう、『外野の魔術師』武留(たける)選手です!」

 

 

 

「えっへっへ。ちょいちょいそう言われると何か照れますやん。どーも、外野手の武留ですー」

 

 

 

 明らかに表情を崩しながらブルペンのドアを開けたのは、黒髪の坊主頭でくりっとした瞳が特徴的な青年である。身長はそこそこ高いがプロ野球選手、というには線が細く見える。

 

 

 

「っていうのはほとんどリップサービスなんですけどねリスナーの皆さん」

 

 

 

「ちょいちょいちょい!! ちょお待ってーな黒鵜座先輩、いくら何でも梯子外すんが早すぎやろーが! もうちょっとくらい上の景色を楽しんでもええやないですか!」

 

 

 

「上の景色ってなんだよ」

 

 

 

「えー、ってなわけでね。やって参りましょうと思うんですけどね」

 

 

 

「漫才かよ。そもそも何で仕切ってんだお前」

 

 

 

「え!? この番組って面白い野球選手を発掘するためのものとちゃうんですか!?」

 

 

 

「うん、伝言ゲームでももうちょっと正確に伝わるぞ。誰から聞いたらそうなるんだ」

 

 

 

「八家さんですけど」

 

 

 

「あぁ~……」

 

 

 

 確かにあの人なら誤解を招く事を言いそうだ。彼の事だ、きっと「君の個性を出す場だからね、思うままに羽を伸ばすがいいさ。何、大丈夫。大抵の事は一君がフォローしてくれるから」的な事を言ったんだろう。人任せにしやがってあの人はもう……。

 

 

 

「しかぁし! 俺は諦めへんで! ここで笑いを取って球団の人気を上げるんや!」

 

 

 

「あれ、何か気合入ってる? いやぁ協力的なのは助かるわ。久しぶりにまともな奴が来てくれたおかげでこっちも自由にやれるっていうか」

 

 

 

「そんでもってサイン会でぎょうさんの行列作ってスターの仲間入りするんや!」

 

 

 

「ん?」

 

 

 

「トークショーでコアなファンか転売屋しか集まらないような思いはもう二度と……もう二度と……!」

 

 

 

「私怨混ざってるぞ。というか欲丸出しじゃん。いや別にいいんだけど」

 

 

 

「黒鵜座先輩みたいな目立つポジションの選手には分からへんでしょうけど、死活問題なんですよ俺たち若手にとっては!」

 

 

 

「あーはいはい悪かったよ」

 

 

 

「さてはまともに聞いてへんなこの人。まぁええですわ。それで何で俺をゲストに呼んだんですか。あ、答えなくて結構。当てて見せますわ。俺のお笑い精神にビビッと来たんでしょ! そうやろ!?」

 

 

 

 ドヤ顔で黒鵜座を指差す武留。その姿はさながら名探偵のよう。失礼、訂正しよう。迷・探偵のようであった。

 

 

 

「そういう事にしてもいいけど」

 

 

 

「ん~? なーんか引っかかる言い方ですなぁ。怒りはしないですからちゃんと言ってくださいよ」

 

 

 

「だって暇そうだったし」

 

 

 

 ぴくり、と一瞬だけ武留の肩が震えた。コメント欄には「あかんですよ!」とか「あ~地雷を踏み抜く音~」とか流れているが言ってしまったものは仕方ない。取り消すつもりもないのだけれど。

 

 

 

「あー、はい。なるほど。俺がまだ準レギュラーとして立場が微妙って言いたいわけやな!」

 

 

 

「理解力が高くて何より。話しやすくて助かるわ~。はっはっは」

 

 

 

「……ぷっ、あっはっはっは!」

 

 

 

「「あっはっはっは!!」」

 

 

 

 実に和やかな空間である。見るがいい、黒鵜座も武留も満面の笑みを浮かべている。これ以上に素晴らしい景色があるだろうか、いやない。コメント上では「何この空間怖い」「不気味」という声が上がっているが、全く何を見ているのやら。

 

 

 

「はっはっは。っすー(息を吸い込む音)……っって笑えるわけあるかいアホンダラァァァァ!!

 

 

 

「あっ、スイッチ入った。一応これラジオで聞いている人いるから音量に気を付けようね、いやもう遅いか」

 

 

 

「笑ってられんのも今のうちだけやからな! その内俺はビッグになる! そうなったらこうはいかへんですからね!」

 

 

 

「そういうのは練習で僕からヒットを一本くらい打ってから言いなよ。それはそれとして今更ですが武留選手の説明に参りましょう。知らない人もいるかもしれないですからね」

 

 

 

「だーかーらー! 一言! 余計やねん黒鵜座先輩は!」

 

 

 

 ぷんすこと怒る武留をガン無視して黒鵜座は話を続ける。

 

 

 

「えー武留選手はですね。高校時代には主に投手として、いや時々外野も守ってたのかな? まぁいいや、投手として活躍されまして。一時期二刀流とかで話題になってましたね。球が速い事が有名で、今でも球速は速いんだよね確か」

 

 

 

「最速は153km/hや!」

 

 

 

「わざわざ覚えてるあたり自慢に思ってそう」

 

 

 

「!?」

 

 

 

「入団する時は二刀流をやるのか? という噂になったんですが結局外野手一本で絞るという事で解決しまして。それからは順調に二軍でステップアップを積み、3年目くらいからちょくちょく一軍の試合にも出場するようになりました」

 

 

 

「お、ええ話もやればできるやないですか! もー最初からそう言えばいいのに! 黒鵜座先輩のいけず!」

 

 

 

「まぁ打撃成績はてんでダメなんですけどね」

 

 

 

「落とされた! 上げて落とされた今!」

 

 

 

「そして4年目となった昨シーズンは自己最多の63試合に出場。主に代走や守備固めなどスーパーサブとしての地位を確立した感じです。ウチには志村さんという守備の重りがいるから運がいいですね。武器は……身体能力の高さですね。何より肩が強い。今シーズンもまだ序盤ながら1回、いや2回くらい捕殺(投げてアウトにする事)を記録してますし」

 

 

 

「そらもう俺の肩は天下一品よ。俺の送球を見たファンが驚きのあまり顎が外れるくらい」

 

 

 

「弱点は調子に乗りやすい所ですかね」

 

 

 

「ちょいちょーい! 一回褒めたらけなさんといかん理由でもあんのかい!」

 

 

 

「それではCM入りまーす」

 

 

 

「無視すなー!」



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#9 part2

誤作動によってフライングして投稿してしまいましたが気にしないで下さい。
今度こそあけましておめでとうございます。
2023年もよろしくお願いします。


「というわけでやっていこうと思うんですがね。今回はあんまりお便りが来てないみたいです」

 

 

 

「それは俺に人気がないっちゅう事やんな!?」

 

 

 

「いや、そういうのじゃなくて。急に決まったでしょ? だからリスナーの方も何を聞いたらいいか分かんなかったじゃないですかね」

 

 

 

「何だ~。そげな事なら早く言ってくれなきゃ困りますって~」

 

 

 

 無遠慮に武留が黒鵜座の背中を叩く。海原といいこの球団の後輩たちは敬語というものをどこかに忘れ去ってしまったらしい。自分相手だから? ……いやいや、そんな事はないだろう。多分。

 

 

 

「あんまり肩を叩くな。不敬であるぞ」

 

 

 

「何やねんそれ、宮内先輩の真似でっか?」

 

 

 

「まぁとにかく何が言いたいのかというと、今回はお便りがないのでコメント欄での質問をメインに進めていくことになると思います。……え? お便りあるの? 誰から? まぁとりあえず読むとしましょうか、というわけで武留頼んだ!」

 

 

 

「よっしゃ! 任せとき! あれ、でもこれペンネームないんやけど。まぁええか! えーっと『目立つための方法を教えてください。……名古屋ブルーバーズ所属 鳥野和(とりのなごみ)』」

 

 

 

「和じゃねーか! あのアホは……直接聞けやそんなもん! こんな回りくどい事してるから地味なんだよ!」

 

 

 

 鳥野和、彼らしくひっそりと参戦―――。ほとんどのブルーバーズファンなら名前くらいは知っていると思うが一応説明しておこう。鳥野和は右投げ右打ちの外野手。東京の有名大学出身、ブルーバーズが誇るヒットメーカーにして黒鵜座の同級生である。とはいえ鳥野は大卒・黒鵜座は高卒であるため同期ではない。投手と野手。一見交わらない立場の二人だが、お互い下の名前で呼ぶくらいにはいい交友関係を築いている。

 

 

 

 そんな彼の持ち味は鋭いバッティングと安定した守備。本職は外野手ながらサード、ショートも守れるいわゆるユーティリティープレイヤーで正確な送球に定評がある。加えて打撃も年々確実性を増し、昨シーズンは惜しくも3割にこそ到達しなかったものの李や志村に続く打率.298を記録した。特に右打ちの技術は群を抜いて上手く、チャンスに強い。ここぞという場面できっちりと最低限以上の仕事をしてくれる縁の下の力持ちとも言うべき選手だ。

 

 

 

 実力は十二分に兼ね備えている鳥野だが、弱点というか欠点もある。それは実力に人気が釣り合っていないという事だ。鳥野はパワーはいささか不足気味だが、堅実に1点を取りに行くチーム方針と相性が良く昨シーズンから主に3番打者として打順の核を担っている。3番打者と言えば、何でも器用にこなせるオールラウンダーが多く人気が出やすい。はずなのだが何故か人気がでない。

 

 

 

「出場機会が比較的少ない俺はまだしも、レギュラーなのに人気がそこそこな鳥野先輩は何て言うか……不憫やなぁ」

 

 

 

「おいやめろ、それ以上言うんじゃない。それ以上のディスりは和にとって致命傷だぞ」

 

 

 

「傷が思ったより深いやん! うーん、いいバッターやと思うんやけどなぁ」

 

 

 

「この前のサイン会で和と一緒になった時は、ほとんど最初僕の方に並んでましたね。僕のサインを受け取ってから和のところに並ぶ人が結構多くて、和の方にはあんまり行ってなかった記憶があります。その時の和の嫉妬と悲しみの混じった表情が妙に印象に残ってるんですよ。人間あんな顔できるんだな~って」

 

 

 

「それ黒鵜座先輩のついでとして見られてへんか?」

 

 

 

「……」

 

 

 

「何とか言ったらどうなんや黒鵜座先輩!」

 

 

 

「いやだってこの質問どう答えても和が傷つくじゃん。人をいじるのは好きだけど傷つけるのはポリシーに反するというか……答えなくても傷つけるかもなんだけど」

 

 

 

「まぁとりあえず質問に答えるとしましょうや。俺はそこまで人気ないしそこら辺黒鵜座先輩に教えて欲しいなー、なんて。こんな可愛い可愛い後輩のお願いを聞いてあげると思って? な? な?」

 

 

 

 キラキラと目を輝かせながら武留が黒鵜座へと熱い視線を向ける。こういう視線は女子以外お断りなんだが。

 

 

 

「そんな事言われても大した事言えないぞ僕は。だって人気が出たのは自然の事というか、自分から何か特別な事はしてないからな」

 

 

 

「人気選手はいつだってそういう事言うんや! 何かあるでしょ何か!」

 

 

 

「僕も最初はファンなんてほとんどいなかったからね。縁故採用なんて言われてたし、大して期待もされてなかったし。そこからここまで人気になれたのは運が良かったというか……逆に和はさぁ、最初から首脳陣からの評価も高かったし1年目からそこそこいい成績を残してきたわけでしょ? 何でそこまでお膳立てされてるのに人気が出ないのか不思議なんだけど」

 

 

 

「やめたげてよぉ!」

 

 

 

「もっと評価されてもいいと思うんですよね。あれだけきっちり仕事してくれる選手は和くらいしかいないし。志村さんも打率はいいけどチャンスに弱いし、ブルーバーズの日本人野手であそこまで無難に色々とこなしてくれる選手もいないはずなんですけど。なのでこれを聞いたファンの皆さん、ぜひとも鳥野和という選手を認知してください。そしてあわよくば応援してください!」

 

 

 

「ひょっとして鳥野先輩はあれなんか? 『いなくなってから価値が分かるタイプの選手』っていう……」

 

 

 

「間違ってないかもな。バランスが整っている選手よりも一芸に特化した選手の方が評価されやすいっていうのは時代の常だし、今は長打力のある選手の方が人気が出やすいからな。和は器用貧乏っていうか……出来る事は多いんだけどそこまで突出した成績を残せていないのが可哀想だよな」

 

 

 

「はぁ……これじゃあ人気が出る前に戦力外になってまう。やだな~もう」

 

 

 

「何言ってんだ。これからだろお前は。お前は外野守備が上手いし何より肩が強い。もうちょっと試合でそれを発揮できれば人気も出てくると思うけどな」

 

 

 

「あれっ、今褒めました!? 褒めましたよね今!」

 

 

 

「まぁコアなファンしか集まらないかもしれないけど」

 

 

 

「そーやってすぐけなす! たまには素直に褒めたってええやろがい!」

 

 

 

「お前は褒められて伸びるタイプじゃなくて叩かれて伸びるタイプだからな。多少厳しい環境で育てられたくらいが丁度いいんだよ」

 

 

 

「時代錯誤やー! 昭和脳やー! とりあえず厳しく育てとけばいいなんて傲慢で横暴やー!」

 

 

 

「やかましいわ。ぐだぐだ言ってないでお前はちゃんと練習すればいいの! ただでさえ安泰な立場じゃないんだからもっと色々と磨かないといけないだろ!」

 

 

 

「え、じゃあ何で俺をここに呼んだんですか?」

 

 

 

「……」

 

 

 

「ちょい? ちょいちょーい? 無視はあかんで黒鵜座先輩!」

 

 

 

「……ここにお呼ばれされないくらいに活躍しろって事だ」

 

 

 

「上手い事言ってはぐらかそうったってそうはいかへんですからね! 大体黒鵜座先輩はなぁ……」

 

 

 

「長くなりそうなんでCMのお時間です。それではCM後ごきげんよう!」

 

 

 

「逃げんなコラ!」



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#9 part3

クッソ難産でした。
2週間ぶりってマジかよ。


「あれこれくどくど……」

 

 

 

「……あのなぁ。話長いのよ。言いたい事ってのは本来一行にまとまっていればそれでいいの。話を無駄に引き延ばすのは自分が端的に説明できないって証拠だからね? あーあ、そんな事言ってるからCM明けちゃったよ。え、さっきのセリフも入ってた? ……えーっとまぁ、説明の仕方なんて人それぞれですよね」

 

 

 

「急に媚売るやないですか」

 

 

 

「ファンからの評価は大事だから。何か失言しちゃいけないって政治家みたいだな、いやでもあっち方面の人は割と……失礼。何でもありません。口が過ぎました。とにかくブルペン放送局、続けていきましょー! じゃあコメントを読んで行きますよ。えー、『お二人の子供時代に好きだった球団を教えてください』と。これは面白い質問が来ましたね。じゃあ武留一言」

 

 

 

「中々波紋を呼びそうな話題やんなぁ。あかんくないですかこれ」

 

 

 

「子供の頃の話だから大丈夫でしょ。……FAしたら話に尾ひれつくかもしれないけど、そこに移籍しなければいいだけの話だし」

 

 

 

「ねぇさらっと退路塞ぐのやめてもらえます!? 俺はそうやな……まぁ生まれが関西の方やから子供のころからぎょうさん野球は見てましたけど。そういう意味で言えばやっぱ大阪オリオールズとか兵庫パンサーズですかね。うーんでもなぁ……」

 

 

 

 結論を一応出したというのに武留はまだ何かを悩んでいる様子だった。悩んでいるというよりは、口に出すべきか迷っている。

 

 

 

「何かあるわけ?」

 

 

 

「いやこれ言ってもええんか迷ってるんですよ。聞く相手にとっては批判に聞こえるかもしれないし」

 

 

 

「まぁ所詮地方のラジオだしいいんじゃないの。あんまり過激じゃなければの話だけど」

 

 

 

「んーじゃあ、言いましょか。いやね、『隣の芝生は青く見える』って言葉あるじゃないですか。それと同じような感覚でして。現地にちょくちょく足を運んでいたから分かるんやけど、やっぱ野次が多いんすよね。怖い兄ちゃんがビール片手に叫び散らかす様を見たらちょっと引くでしょ?」

 

 

 

「それは確かに……子供からしたら嫌かな」

 

 

 

「でしょ? トラウマってほどじゃないけど、そういうの見てたら怖くなっちゃって。どっちかと言えば他のチームの応援歌が好きだったし。ほら、埼玉ホワイトソックスとか千葉マリナーズとか応援歌凄いこってるでしょ? 一体になって応援している感じがするし。そこら辺に惹かれる事が多かったっちゅうことですね」

 

 

 

「はぁ~ん……なるほどね、入り口は一つじゃないってところか」

 

 

 

「で、黒鵜座先輩はどうなんですか」

 

 

 

「僕? 僕はもうそりゃあブルーバーズ一筋ですよ。何たって地元ですからね!」

 

 

 

 胸を張って堂々と答える黒鵜座。話の信憑性は話す人物によって引っ張られる事が多いが、果たして黒鵜座の場合はどうなのか。

 

 

 

「うわ何か胡散臭っ! ……アレっ、先輩の子供の頃っていうと大体15年前くらいよな。あの頃のブルーバーズって確か絶賛暗黒時代だったような気が……」

 

 

 

「うぐっ」

 

 

 

「あれ何か今言いました?」

 

 

 

「イヤナニモイッテナイデスヨ」

 

 

 

「何で片言? まぁええっすわ。それにあの時期って主力が次々とチームを離れていった時期やん? あの頃からのファンって相当な忍耐強さが求められると思うんやけど」

 

 

 

「……」

 

 

 

 確かにあの頃はあまり野球を見ていて面白くなかった。テレビを見ても負けているし、勝っている状態で中継が途切れても翌日のニュースでは何故か逆転されて負けている。そりゃあ心もすり減るというものだ。

 

 

 

「黒鵜座先輩? おーい黒鵜座先輩?」

 

 

 

「まぁでも、違うチームのファンになる気持ちも分からなくないよ? だってほら、負けてばっかのチームのファンやってるのって結構鬱憤がたまるし。好きな選手も出ていくんだからもう悪循環だよね。まぁだからこそこのチームに入りたいと思った人間がここにいるわけですけども」

 

 

 

「今の文脈のどこに入団したいって要素があったんや!?」

 

 

 

「漫画とかでよくあるじゃん、弱小チームに一人のスターが現れて優勝へと導く展開」

 

 

 

「弱小って言った! 今弱小って言ったでこの人!」

 

 

 

「昔はそうだったんだから仕方ないでしょ。いや本当にね、当時のチームの成績を見れば分かってくれると思います。僕は意外とロマンチストだからね。そういうヒーローになりたかったんだよ」

 

 

 

「はぇ~」

 

 

 

「興味なさげ! まぁいいや、次の質問行きましょう。『武留選手はどうして選手名を変えたんですか?』という質問です。あ、これ僕も気になってたんですよ。元は名字の『湯川』だったよね。何でわざわざ変えたわけ? デリケートな問題だったら答えなくてもいいけど」

 

 

 

「あ、ええですよ。別にそこまで深い意味はないというか大したもんじゃないんで。ファンの方ならご存知の通り、最初は『湯川』って本名でプレーさせていただいていたんですけども中々結果が出なくてですね」

 

 

 

「ぶっちゃけ今も出てないでしょ」

 

 

 

「默らっしゃいこのバカチンがぁ! ごほん、えーまぁそんなわけで不本意なシーズンを過ごしていたんですけど。このままじゃもう後がない、まともに爪痕も残せないままで終わってしまうと思いまして。オフシーズンに占いに行ってみたんです」

 

 

 

「練習しろよ練習」

 

 

 

「いやほら、名前って結構大事やないですか。『名は体を表す』っていうことわざがあるみたいに。そんで相談してみたら『名前を変える事から始めたらいいんじゃないか』という風に提案されまして。あの、音声だと分かりづらいと思うんですけど前の本名が武士の『武』。この一文字だったわけやね。それがまぁ、いつまでも強く居続けるという意味をこめて『武』に留学の『留』。これで今の名前になったっちゅうわけです。OKですか?」

 

 

 

「……まぁ僕としては正直どうでもいいんだけど」

 

 

 

 心底興味なさげに返事をする黒鵜座。事もあろうにこの男、鼻をほじっている。それだけに飽き足らずあくびをする始末である。

 

 

 

「本音と建前ってもんがあるでしょ! せめて一瞬くらいは興味を示すそぶりくらい見せんかい!」

 

 

 

「だって読み方変わんないし……ねぇ? 名前の呼び方とか順番が変わるんならまだしも、そうでもないから多分ファン目線でも『何が変わったん?』とか『変える意味あったん?』って思うでしょ」

 

 

 

「身も蓋もねぇ! この鬼! 悪魔!」

 

 

 

「はいはい。で、結果は出たわけ? 名前変えたんだからそれなりの結果は出さないとねぇ」

 

 

 

「あ、乗ってくれるんや。えーっと名前変えたのが3年目の始めでしょ? そこから二軍でも安定していい成績を残せるようになっていって~……昨シーズンは最初に言った通り一軍での出場数はキャリア最多だったし、初本塁打も記録した。まぁ75点ってところやな」

 

 

 

「やっぱ自己評価高いぞお前。そんなんでやっていけるか僕は心配だな~」

 

 

 

「オカンか!」

 

 

 

「はい、じゃあCMでーす。CM明けは恒例のコーナーです」




黒鵜座選手やゲストに対しての質問は活動報告でまだまだ募集していますので興味があれば何卒よろしくお願いします。
また、評価・お気に入り登録・感想などいただければ作者のモチベに繋がります。


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#9 part4

前から書く内容は決めていたのに……どうしてこうも時間がかかってしまったのか


「えー、では恒例のコーナーやってまいりましょ! 『黒鵜座一先生の~? お悩み相談室ー!』」

 

 

 

「ようテンションもちますなぁ。そういうとこは素直に尊敬できますわ」

 

 

 

「全部まるっと素直に尊敬しやがれ生意気な後輩よ。まぁいいでしょう。僕は寛容な先輩なので許してしんぜよう。それはそれとして、早速悩みを聞かせてもらおうか! ……大体予想はつくけども。どうせレギュラーが取りたいとか言い出すんでしょ?」

 

 

 

「へぇっ!? なして分かるんですか!? さては……エスパーか何かやな!」

 

 

 

「はぁ……しょーもな。もっとさぁ、捻ったものを用意してくれよ。エンターテイナーとしての資質に欠けるなぁ」

 

 

 

「んな芸人でもあるまいし! え、扱いひどない? 一応俺ゲストなんやろ?」

 

 

 

「ゲストである前に後輩だし」

 

 

 

「そういう事言ってたら後輩から嫌われますで黒鵜座先輩」

 

 

 

「いいんだよ言うべき相手はちゃんと見極めてるから。お前みたいなのは底から這い上がってくるタイプ。海原みたいなのはノればノるほど調子を出せるタイプ。はい、この差」

 

 

 

「鬼や! 鬼がおる! てか、そこまで言うからには何か対策とか用意してるんでしょうね!」

 

 

 

「まぁ水でも飲めよ」

 

 

 

「え、あ、ありがとうございます」

 

 

 

 黒鵜座が武留へコップ一杯の透明な液体を差しだす。武留が喉に流したそれは、無味無臭。言うまでもなく中身は水だ。ブルペンでの飲み物は基本的に水である。スポーツドリンクもなくはない。

 

 

 

「……水やん」

 

 

 

「水ですが何か? 旨い水があればエネルギーが湧く。そして何より、安い!」

 

 

 

「随分安上がりな事で。ってか水代とか考えなくてもいいのでは?」

 

 

 

「うるさいよ。昔からの習慣なんだから仕方ないでしょ」

 

 

 

「で、何かアドバイスくれはるんですか?」

 

 

 

「まず第一に、言うまでもなく僕は投手。武留は野手。そこは分かるよね?」

 

 

 

「……まぁ」

 

 

 

「投手には投手でプロフェッショナル。野手には野手のプロフェッショナルがある。だから正直あんまり参考にならないというか、あんまりピンと来ないかもしれないけどそれでもいい?」

 

 

 

「いやもう本当に打撃コーチにも監督にも色々指導をもらった末でこれなんです! 藁にもすがる思いなんです!」

 

 

 

「頼りないのは分かってるけど今から教えを乞う相手に藁とか言うな」

 

 

 

「あ、すんません。何とかお願いしやす!」

 

 

 

「そうは言ってもウチは外野陣の面子が固いからなぁ……。センターには李選手がいるし、ライトは和でレフトに志村さんでしょ? 正直言って穴がないよ」

 

 

 

「んな殺生な!」

 

 

 

「いやだって本当に外野手は基本固定だし仕方ないよね。ああたけるよ、しんでしまうとはなさけない」

 

 

 

「ちょい待って待ってまだ死んでないから! バリバリ生きるから! 生涯現役だから!」

 

 

 

「てへ♡」

 

 

 

 舌をペロリと出しながら黒鵜座は笑みを浮かべる。美少女とかならまだしも、アラサーのてへぺろ顔なんて誰が欲しいのだか。全く需要が分からない。

 

 

 

「軽めにジャブをかましたところで冗談はさておき、本題に移ろうか」

 

 

 

「ジャブ!? 右ストレートやろ今のは! ストレートっちゅうかもはやただの全力直球やわ!」

 

 

 

「はいそこ五月蠅いよー。まぁ自分に持ってないものをあれこれ悔やむのも仕方ないし、今持っているものを考えよう!」

 

 

 

「持ってるもの?」

 

 

 

「じゃあシンキングターイム! 武留が今持っているものはなーんだ! リスナーの皆も考えてみて下さいね! ①高い身体能力。②人並み外れたバッティングセンス。③スラッガーの素質。④残念ながら何もない。どーれだっ!」

 

 

 

「えー、何やろな。うーん④は無いやろうし……どれも捨てがたいな」

 

 

 

「ごー、よん、さん、にー……」

 

 

 

「え、制限時間あんの!? うぇー、じゃあここは③で!」

 

 

 

「ふむ。コメントでは①と④が多いみたいですね。では正解発表といきましょう」

 

 

 

「ごくり……」

 

 

 

「はい不正解。どれでもありません」

 

 

 

「クソ問題やんけ! いくらなんでもずるいでそれは! 汚い! 黒鵜座先輩汚い!」

 

 

 

「ありがとう、最大の褒め言葉だ。というわけでリスナーの方も残念でした。え、一人だけ当てた人がいる? やりますね、素質ありますよあなた」

 

 

 

「今のどこに素質とかあるんや!」

 

 

 

「いいか武留。常識に囚われてるようじゃまだまだだぞ。真に優れている者とは壁を簡単にぶち破る事の出来る人間なのだ。一流になりたくば殻を壊さなくてはな」

 

 

 

「ひねくれ者がひねくれた事喋ってる。ってかそう言うからには黒鵜座先輩にはあるんやろな、殻をぶち破るような何かが!」

 

 

 

「……あるヨ」

 

 

 

「え、何その間。何で片言っぽいの?」

 

 

 

「いやホント、ちゃんとあるヨ」

 

 

 

「あ、露骨に目ぇ逸らした! 人に対して言っておいて自分は無いのかよこの裏切り者!」

 

 

 

「まぁ無いけど……例外っているもんじゃん?」

 

 

 

「それはそれとしてそろそろ教えてもらいませんかね。黒鵜座先輩が何を思っているのか」

 

 

 

「愚かな君に教えてしんぜよう」

 

 

 

「シンプルにうざい」

 

 

 

「武留の持っているものはズバリ、守備の上手さ。元々高校で投手やってただけあって並外れた肩の強さは勿論、足が速くて打球判断もいい。無理に突っ込んで逸らすケースも少ないし、ここぞという時は果敢にダイビングキャッチでチームの危機を救える、まさに『フェンス際の魔術師』と言えばいいのか。まぁ地味だけど」

 

 

 

「……褒めてるんよな?」

 

 

 

「投手としては本当に助かるんだよね。センターには李選手がいるから中々守る機会はないだろうけど、ライトやレフトの守備はもう80点よ」

 

 

 

「何とも言えん点数やな! そこは100点とかとちゃうんかい!」

 

 

 

「レフトなんて基本志村さんが守ってるからそれに比べたらもう軽快だのなんの。やっぱ野球は守備だよね!」

 

 

 

「お、おお……ありがとうございます」

 

 

 

「でもそれだけじゃレギュラーになるには足りない。打つ方でも、特に得点圏でどれくらい結果を残せるかが大事なんだよ。普段は大して打てないような選手でも、チャンスに強ければそれだけ好印象だしレギュラーとして使おうと思えるでしょ?」

 

 

 

「あれ、それって暗に俺が確実性の低い打者だって言ってないですか?」

 

 

 

「あ、バレた? だって打率2割前半じゃあねぇ……」

 

 

 

「うっ、痛いとこ突きますなぁ。だから教えてもらおうって言ってるやないですか」

 

 

 

「はい、じゃあ得点圏打率言ってみ?」

 

 

 

「1割9分です……」

 

 

 

「……終わったな。では解散! かいさーん!」

 

 

 

「えっちょっと待っ、カメラさん!? カメラさん!? 噓でしょマジで終わるの!?」




評価・感想、お気に入り登録は作者のモチベにつながりますので何卒よろしくお願いします!


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#9 part5

今週はこっち投稿するので許してください


「何かめっちゃCM長かった気がする!!」

 

 

 

「ん? 何言ってんの武留」

 

 

 

「いやいや黒鵜座先輩気づいてへんの!? 多分これかなり放置されてたパターンやろ!」

 

 

 

「CMがちょっと長かっただけでしょ、そんな怒らなくても。多少シャワーの時間が長かったとかでも誰も気にしな……え、気にする? あっそ、知るかそんなの」

 

 

 

「どういう情緒してんねん……」

 

 

 

 吐き捨てるようなセリフやめんか―――。武留が両腕を組んで天(井)を仰ぐ。彼の口からため息がこぼれた。

 

 

 

「はい、というわけで。終わったと思いました? 残念! 続くんだなこれが! リスナーの皆様もう少しお付き合いいただけますかねいただけますねよっしゃやるぞ武留!」

 

 

 

「せめて相手が答える余地ぐらい残せや! 嘘やろ俺もボケたいのに入る余地が無いんやけど!」

 

 

 

「んで何の話してたっけ」

 

 

 

「忘れとるやないかい! 俺がどうやったら打てるかっちゅう話やろ!」

 

 

 

「あーそうだっけ。……何でそんな話を?」

 

 

 

「いや俺に聞かれましても」

 

 

 

「まぁあれだよ。なるようになるって。あ、そうだ。今の内にヒーローインタビューの練習しとくか。出来る自分をイメージしておくのも大事でしょ」

 

 

 

「それって要するに捕らぬ狸の皮算用ってやつでは……」

 

 

 

 ―――というかこれ漫才とかコントの導入みたいじゃないの。武留は訝しんだ。

 

 

 

「放送席、放送席! ヒーローインタビューのお時間です!」

 

 

 

「あ、もう始まっとるんや」

 

 

 

「それでは登場していただきましょう。本日のヒーロー、ブル選手です!」

 

 

 

武留(たける)や! そこ間違えちゃあかんやろ! いやまぁ確かに初見だと3割くらい間違えられるけども! やり直し!」

 

 

 

「本日のヒーロー、武留選手です!」

 

 

 

「いやーどうもどうも」

 

 

 

「今日は三打数無安打三打席連続三球三振という大活躍でしたね!」

 

 

 

「負のトリプルスリー! 活躍させてくださいよ想像の話くらい!」

 

 

 

「注文が多いなぁ。分かったよ。今日のホームラン、お見事でした」

 

 

 

「ありがとうございます」

 

 

 

「その心境はどんな感じだったのでしょうか」

 

 

 

「そうですね……最初は入るかと思ってなかったので。風に乗ってくれて助かりました」

 

 

 

「あ、いやそうじゃなくて」

 

 

 

「いやそれ以外に何があるんですか」

 

 

 

「打たれた時のピッチャーの心境を答えてください」

 

 

 

「国語の問題か! 知るかんなもん!」

 

 

 

「ちなみにこの問題の得点配分は八割です」

 

 

 

「たっか! ていうか得点配分ってなんやねん! 完全に国語の問題になっとるやんけ! 『この時の作者の心境を答えなさい』とか苦手やったわー、ちゃうねん! っていうかそこまで言われると他の二割が気になるわ!」

 

 

 

「正解は『馬鹿なぁ! この黒鵜座がこんな雑魚なんぞにぃ!』です」

 

 

 

「打たれたのアンタかい! っていうか思考が三下のそれじゃん!」

 

 

 

「はい、それはさておき」

 

 

 

「ほんで話題の拾い方が雑やねん。腹立つわー、なんなんこのインタビュアー」

 

 

 

「えー守備でもファインプレーが光りましたね。地面すれすれのボールをダイビングキャッチ。チームの危機を救いました」

 

 

 

「あ、はい。そうですね……あの時はがむしゃらでしたね。もう何が何でもボールを取ってやろうと思っていたので。とにかく取れて良かったです」

 

 

 

「その結果地面に擦ってユニフォームと顔が大変な事になっておりますが」

 

 

 

「何が起こったん!? つーかどんなシチュエーション!?」

 

 

 

「ははは、なんか芸術的」

 

 

 

「いや何わろとんねん。ユニフォームはともかく顔は生まれつきや!」

 

 

 

「そのせいで僕が登板することになったんですがそこのところどう思います?」

 

 

 

「とりあえずインタビュアーをクビになったらええと思います」

 

 

 

「では最後にファンに一言お願いします」

 

 

 

「えー、来てくださったファンの方。ありがとうございます! 今後も頑張っていきますので、是非とも球場に足を運んでいただければ……」

 

 

 

「長い」

 

 

 

「え」

 

 

 

「長いよそれじゃ。お客さんが早く帰れるようにそこは巻きでいかないと」

 

 

 

「あぁ、はい。じゃあ『明日も勝つ!』とかですか?」

 

 

 

「それを実際にやって連敗したチームがどれだけあることか……」

 

 

 

「えぇ。じゃあ何が良いっていうんですか」

 

 

 

「いやそれはこうやって」

 

 

 

 そう言って黒鵜座は両手でピースサインを作ってそれをくっつけて見せる。

 

 

 

「ヴィクトリー!」

 

 

 

「いやVが二つくっついたらWやん。それはもう別物やん」

 

 

 

「はいというわけでありがとうございました武留選手。……ところでバットにコルクとかは」

 

 

 

「入ってねぇんだよこの野郎。もうええわ」

 

 

 

「「ありがとうございました~」」

 

 

 

 武留は頭を下げながら思う。途中からノッてたけど、これもう漫才とかコントだよね。というかお客さんがいないところでやってるからウケてるかどうかも分からないんだけど。

 

 

 

「いや~あったまってきましたね」

 

 

 

「どこが? っていうか今の時間なんやったん?」

 

 

 

「まぁ誤解の無いように言っておくと、あんまりここで専門的な話をしても視聴者からすれば盛り上がらないだろうし。ここで明確に弱点を晒されて打てなくなるのも問題でしょ」

 

 

 

「うぐっ、そりゃまぁその通りですけども……」

 

 

 

「あ、でも今の時点でそもそも打ててないからどっちでも意味ないか」

 

 

 

「やっかましいわ。結局それかい。でもそうなんよな~、打撃で進歩しないと一生このままぱっとしない立場のまま終わりそうやし」

 

 

 

「補足すると打撃に関しては光るものがないわけでもないから。映像は……ここでは出せないけど多分動画サイトに公式のが残ってるからそれを見てもらうのがいいですね、うん」

 

 

 

「?」

 

 

 

「えーっと去年の7月、神宮で打った第二号ホームランですね。結構内角厳しめに来たボールだったんですが、腕をたたんでライトポール際へ運んでいきました。僕は打者じゃないので的を射た指摘はできませんけどもね、力が抜けてないんですよ。それで回転を活かして上手く飛ばしてますから入るんですよね。球場が広いこの球場じゃ入らないかもしれないですけど、充分にパンチ力はあるって事です」

 

 

 

「せ、先輩……!」

 

 

 

「伊達にチームメイトやってないからね。ちゃんと見てんのよ僕も」

 

 

 

 どうだと言わんばかりに黒鵜座が鼻を鳴らす。この男、好プレーにはしっかりと目を通す派である。対戦する予定のないチームメイトも例外とはならない。勿論試合でデータを活用するためでもあるが、本質は別のところにある。その理由は至ってシンプル、見ていて飽きないからである。

 

 

 

「……何かそこまで早口で言われると正直なとこキモい」

 

 

 

しばくぞお前。まぁこの通りバカなのが欠点だけど、今後順調に進歩すれば芽が出ると思われるくらいには腐っても元トッププロスペクト。サインとかもらっておくなら今の内だと思いますよ」

 

 

 

「先着1000名でーす!」

 

 

 

「心配しなくてもそんなに来ないから安心しろ。えー、はい。そんな事を言っている内にそろそろお別れの時間ですね。次回のゲストは……えーっと3試合挟むので誰になるんでしょうかね。一度出たゲストかもしれませんし、そうでないかもしれません。それでは次のホーム戦で会いましょう!」

 

 

 

「さいなら~!」




もうコント(と評価するのもおこがましいもの)なんて書かない。

次回は一呼吸おいて選手紹介となります。


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選手名鑑(コメント有)

お久しぶりです。
今回は今まで出た選手の振り返りといったところです。


名古屋ブルーバーズ

 

投手編

 

 

 

黒鵜座一

 

ブルーバーズを支える快速リリーバー。驚異の奪三振力を誇るストレートは日本でもトップクラス。昨シーズンは途中から抑えに転向し、相手打線をシャットアウトした。今シーズンも守護神として9回を任せられる活躍を見せられるか。

 

 

 

黒鵜座のひとことコメント

 

まぁ経験値はベテランにも負けない自信がありますから。今年もドンと任せてください。胃薬とかいらないですよ。

 

 

 

石清水禄郎

 

勝負所でのハートの強さが光るアンダーハンド。昨シーズンは火消しとしての役割を担い、キャリア最多の登板数を記録した。魅惑のシンカーで打者を手玉に取り、凡打の山を築く。

 

 

 

黒鵜座のひとことコメント

 

ピンチじゃないと満足できなくなったやべーやつ。普段から吹っ切れてくれればもっといい場面で投げさせてもらえると思うんだけどね。何というかスロースターターみたいなところがあるのかな? 僅差で投げる分勝ち星は貰えるからそれはそれでいいのかもね。

 

 

 

芝崎怜司

 

独特のフォームから球威あるボールを投げ込む中堅右腕。フォークとツーシームを織り交ぜたピッチングで打者を打ち取る。登板数は一時期より減りつつあるが、今シーズンもリリーフの一角としてチームを支える。

 

 

 

黒鵜座のひとことコメント

 

決め球は禄郎と同じシンカーだけど、それぞれ軌道が違うのが野球の面白いところだよね。でも今時スマホ持ってないとか珍しくない? ちょっと普通の人とずれてるところがあるんだよな。そんでもって天然。あとゲームだと謎に強いんだよねこの人。

 

 

 

熱田炎也

 

最速160km/h近いストレートを投げ込む剛腕サウスポー。潜在能力の高さは誰もが認めているだけに、現状で満足するわけにはいかない。コントロールを改善し、目指すは夢の舞台の頂点。開花の時は近い。

 

 

 

黒鵜座のひとことコメント

 

褒めすぎでは? いや確かに能力があるのは事実だけど、あいつ良い意味でも悪い意味でもバカだよ? それはさておき、スタミナはあるんだからリリーフより先発向きではあるんだけど……急に制球が乱れるのがなぁ。ハマれば中々打てないけどその頻度が少ない。

 

 

 

カービィ・カイル(KK)

 

長身を活かした投げ下ろすような剛速球と縦に大きく割れるカーブで三振を奪う助っ人。昨シーズンはセットアッパーとしてチームの勝利を繋ぐ役割を果たした。60登板、防御率1点台を目標として掲げる今季は回またぎもいとわず。どれだけ三振を奪えるかも期待。

 

 

 

黒鵜座のひとことコメント

 

いい奴だよね~。投手としての完成度も高いし、向上心めちゃくちゃあるし、日本文化大好きだし。結構日本球界向きなのかなと思うけど。ただたまに変な言葉覚えるんだよね。大体が熱田の差し金なんだけど。

 

 

 

八家亘

 

現代野球では珍しいナックルボールの使い手。ナックルボールとスローボールで打者を幻惑する。好不調の波が分かれやすいが、ハマった時の爆発力はピカイチ。どれだけシーズン中で安定した成績を残せるかが課題。

 

 

 

黒鵜座のひとことコメント

 

リリーフとしては長いイニングを投げて欲しいというのが本音だけども、ナックルと心中するメンタルがあるのがえげつないというか。肝が据わっている感じがするよね。ラップに関してはあんまり期待しない方がいい、上達の見込みがない。

 

 

 

滑川削

 

かつてエースと呼ばれた好投手もベテランの域に。去年から中継ぎに転向しチームの為に粉骨砕身の精神で挑む。度重なる怪我もなんのその、不屈の精神で立ち上がるその姿はチームメイトやファンを鼓舞する。今シーズンこそは離脱なしで完走できるか。

 

 

 

黒鵜座のひとことコメント

 

怪我を繰り返しながらこの歳で未だに150km/h投げられるのは凄いと思う、ここは素直に。元エースなだけあって安定感もあるし、あとは怪我だけが課題だよね。……いやホントに。そこさえもっと良くなればと思うけど体質なのか?

 

 

 

左津陸真心

 

変則的なサイドスローから投げ込まれるスライダーが左打者からアウトをもぎとる。順調にリリーフとしてのキャリアを積み上げ、今や対左のワンポイントを任される立場に。仕事人として今シーズンも左打者から三振の山を積み上げる。

 

 

 

黒鵜座のひとことコメント

 

真心はまぁ……真面目すぎたんだよ。いや染まりやすいっていう方が当てはまるかな。左キラーになれって言われて何でサイコキラーになろうとするかね。でも時々ちょっとヤバい言動があるのはあれも演技の一環なのか、それとも……?

 

 

 

名古屋ブルーバーズ 野手編

 

 

 

扇屋守

 

卓越したリードと熟練のキャッチングがウリのベテラン捕手。このごろはスタメンマスクを被る機会こそ激減したものの、抑え捕手として首脳陣からは強い信頼を得ている。後輩たちの教育もしつつ、胴上げ捕手を目指し今日も切磋琢磨する。

 

 

 

黒鵜座のひとことコメント

 

裏をかくのが上手いというか、読み合いではまだまだ引けをとらないね。キャッチングも上手いし、この人にいつも受けてもらえばいいなとは思うけどそうはいかないよねぇ。地頭がいいから今後何やっても大体うまくいきそう。

 

 

 

角井輝

 

強肩強打が武器の若手捕手。徐々にスタメンマスクを被る機会が増加し、打撃でも粗削りながら7本塁打と自慢の長打力の片鱗を見せた。今シーズンはさらに長打力を磨き、正捕手の座を手にしたい。

 

 

 

黒鵜座のひとことコメント

 

これからって感じ。打撃もムラがあるし、守備もたまにパスボールするし。でも間違いなく光るものは持ってるって扇谷さんも言ってたし、将来の正捕手候補である事は間違いないね。でもあんまりボールを受けてもらった事はないし、そこまでコミュニケーションを取ってるわけでもないのが気になる。

 

 

 

エリック・ドゥリトル

 

規格外のパワーを持つ怪力助っ人。軽いバットを小枝のように振り回し長打を量産するその姿はまさに怪人。広いホーム球場にも負けず、昨シーズンはチームトップとなる27本塁打を放った。今シーズンは30本塁打・100打点を目標に掲げ、一心不乱にバットを振り抜く。

 

 

 

黒鵜座のひとことコメント

 

味方からすればいいバッター、投手としては嫌なバッター。高めに浮いた球絶対許さないマンだからコントロールミスができないのが怖い。その分空振りを取れると気持ちいいんだけど。一塁守備も無難にこなせるし、今年も四番打者として信頼してる。

 

 

 

美濃達也

 

安定した守備力でチームを支える職人。昨シーズンは下位打線としてしっかりと上位に繋げる技術を見せ、守備でも失策の少なさが群を抜いて秀でていることが評価され2年連続のゴールデングラブ賞を獲得した。契約更改後の会見では失策0を宣言し、万全の態勢でシーズンを迎える。

 

 

 

黒鵜座のひとことコメント

 

超いい人。同期だって事で色々なところでお世話になってるし、守備でもたまに助けてもらってる。ラジオにも出て欲しいけど、武留みたいに準レギュラーってわけじゃないし厳しいだろうなぁ。打率はそこまで高くないけど謎にツーベースヒットが多いのが不思議。あれなんなんだろうね。

 

 

 

武留

 

優れた身体能力から繰り出される派手なプレーが特徴的な外野手。150km/hをコンスタントに投じられる鉄砲肩と積極果敢な守備でアウトをもぎとる。打撃に課題はあるものの、毎シーズン春秋キャンプでは光るものを見せているだけに今年こそは飛躍したい。

 

 

 

黒鵜座のひとことコメント

 

時々やらかすところ以外は優秀な外野手。とはいえチャレンジ精神が強いのは良い事ではあるから変わらなくてもいいとは思うね。打撃はね……警戒が薄い時はいい当たりを打てているみたいだから、その流れにのって調子を上げていければって感じ。ちなみに名字は湯川。実に面白い。

 

 

李白諭(リ・ペクジュ)

 

 

韓国出身の国民的スピードスター。他の追随を許さない積極的な盗塁スタイルで相手打者をドン底へ追いつめる。母国韓国では数々の最年少記録を打ち立てブルーバーズへ移籍。一年目こそ悔しい結果に終わったが、今ではセンターとしての地位を確固たるものとし打率3割超えと35盗塁を記録した。

 

 

 

黒鵜座のひとことコメント

 

速いよね~、うん。とにかく速い。さっすが韓国の誇るスピードスター。塁上に立てば圧倒的な存在感があるから打者に集中しづらいし、ただでさえ打率は高いからねこの人。ただチャンスにあまり強くないのが欠点かな。辛い物大好きらしいけど僕は遠慮したい。

 

 

 

志村光真

 

高いバットコントロール技術を武器にヒットを量産するベテラン外野手。毎年高いアベレージを記録する能力の高さは折り紙つき。鈍足の右打者ながら首位打者2度、最多安打3度を記録したバッティングは年齢を重ねるごとに深みをましてきた。まだまだ若者にレギュラーの座は譲らない。

 

 

 

黒鵜座のひとことコメント

 

守備が下手、気が小さい。欠点は大きいけど、ここ一番で光る打撃力はやっぱり本物って感じがするよね。それでいてこの人のバッティングフォームがめっちゃ綺麗なんだよ。教科書に載せたいくらい。広角に打ち分けられるし、本当に打撃で言えば欠点がほとんどない……いや足が遅いからゲッツーが多いか。

 

 

 

鳥野和

 

非凡なバッティングと走力が光る名ユーティリティープレイヤー。まだ中堅選手ながら渋さを感じさせるヒットで投手を苦しめる。チャンスでの軽打や選球眼の良さには定評があり、相手からすれば厄介な事この上無い。守備でも正確なスローイングで各ポジションを渡り歩く。

 

 

 

黒鵜座のひとことコメント

 

非凡……そうだよ和は非凡なんだよ。後何が足りねーのかな。華か? やっぱり華なのか? それは言っちゃダメな気が……あぁいや何でもない。少なくともいなくなってからその存在の重要さに気づくようなプレーヤーだから、移籍だけは阻止してほしい。へいへい和―――! 見てる―――!? 




何か長くね?(大体いつもの1.5倍くらい)


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#10 part1

いつぶりですかねぇ!?


「塩だろ」

 

 

 

「いやソースだろ舐めてんのかバカ」

 

 

 

「はぁ? 馬鹿って言ったやつが馬鹿なの知らないの? 全くこれだから頭小学生は……」

 

 

 

「黒鵜座さん、マイクオンになってます!」

 

 

 

「えマジ? こういう事前にもなかった?」

 

 

 

 ごほん、と咳ばらいを立てて黒鵜座が仕切り直す。

 

 

 

「というわけで皆さんごきげんよう! 今夜もやってまいりました『ブルペン放送局』、司会はいつも変わらぬ安定感と安心感でおなじみ黒鵜座一でございます!」

 

 

 

「どこに安心要素があるんだよ」

 

 

 

「うるっせぇバーカ今こっちが話してる途中でしょうが! えー、というわけでね。記念すべき第十回にのこのこと来やがったのは今回が2回目になります、熱田炎也です」

 

 

 

「のこのこじゃねーし! お前が言うから仕方なく来てやっただけだし!」

 

 

 

「えー、はい。男のツンデレほど醜いものはないですね。まぁこの通り、というか前回のやりとりを見てもらえれば僕ら二人の相性が悪い事はすぐわかると思いますが。なんてったって焼きそばの好みすら合いませんからね」

 

 

 

「いやソースだから」

 

 

 

「あぁん!? まだ言うかこの野郎!?」

 

 

 

 二回目となればもうスタッフも慣れっこである。火花を散らす二人をもはやネタとしか見ていない。

 

 

 

「まぁそれはそれとしてハガキを読んでまいりましょう。というわけで頼むぞ熱田」

 

 

 

「そうだな……どれにしーよーおーか」

 

 

 

「引き伸ばしてないでさっさと決めろ」

 

 

 

「おらよ!!」

 

 

 

「んな乱雑に取るなよ」

 

 

 

「じゃあどうしろってんだよ!」

 

 

 

「フツーに引けっつってんの! ……はい、ペンネーム『恋するビスケット』さんからいただきました。『私は今野球部の先輩に恋をしています。マネージャーとしてそこそこ話す機会はあるのですが、中々次の一歩に踏み出せません。どうすれば進展するでしょうか、プロ野球選手としての観点から教えてください』……だそうです」

 

 

 

「来たか」

 

 

 

「あぁ、来たな。ついにこの時が」

 

 

 

 恋愛相談! それは匿名性の高いラジオやテレビに度々出てくる定番である! 経験豊富な大人からのアドバイスを求めてまだ尻の青い学生たちが送る恋のSOS! それを前にしたこの二人はというと。

 

 

 

「やばいやばいやばい! おいコレ! どーすんだコレ! とんでもないモノ引きやがってお前!」

 

 

 

「おおお俺に言ってんじゃねーよ!」

 

 

 

 ものの見事に慌てふためいていた。

 

 

 

 彼らはプロ野球選手である。幼いころから白球を追いかけ、その能力の高さを買われプロになった。学校生活では(例外はあるが)常に野球と共にあった彼らはちやほやこそされてはいた。しかし悲しいかな、恋愛経験など赤子同然に等しかった。

 

 

 

 なぜなら野球部のエースをしていれば自然とモテるから! 駆け引きもクソもあったものではないのである!

 

 

 

「まぁこの人が求めてるのはアレですから。プロ野球選手としての観点ですから。……いやプロ野球選手にそんなこと求められても」

 

 

 

「露骨にトーンダウンしてんじゃねーよ。もう手っ取り早く告白しちゃえばよくねーか?」

 

 

 

「それが出来てたら苦労してないと思うけどな! お前みたいに単純じゃねーから」

 

 

 

「は? 俺はみっちり外堀から埋めるタイプだが?」

 

 

 

「知るかんなもん」

 

 

 

「まぁ安心しろ。今日のゲストが俺で良かったと言わせてやる!」

 

 

 

「何、自信あんの? さっきまで僕と同じくらいうろたえてたくせに」

 

 

 

「任せとけ! 何たって俺はあの大人気ラブコメ『くたばれ♡ロマンティック』を履修してるからなぁ!」

 

 

 

「いやその漫画名前しか知らんけど……」

 

 

 

 そう! 男子は普段恋バナなどは修学旅行の夜くらいしかしない。だがしかし、興味がないわけではないのである! 男向けの恋愛漫画が人気になりやすい事がそれを証明している!

 

 

 

 ちなみに恋川(こいかわ)夢乃(ゆめの)先生が描く『くたばれ♡ロマンティック』はどちらかと言うと少女向けの漫画である。単行本は現在10巻好評発売中である。お財布と相談して買おう!

 

 

 

「で、何を言うの?」

 

 

 

「そりゃあ、こうやって相手に壁ドンして……」

 

 

 

「おい待て。何で俺が相手なんだよ」

 

 

 

「相手ほかにいねーだろ」

 

 

 

「そうじゃなくてお前と仲良いって思われるのが嫌なんだよ!」

 

 

 

「こんなんで盛り上がるファンなんていねーだろ」

 

 

 

「たまにいるんだよそういうタイプのファン!」

 

 

 

「まぁいいや」

 

 

 

「よくねぇ!」

 

 

 

「とにかくこうやって相手と距離を詰めて、ちょっとワイルドな感じを出して」

 

 

 

「お前かきあげるほどの毛量ねぇだろ」

 

 

 

「やかましいわ。それで声を少し低めにして」

 

 

 

 軽く咳ばらいをして熱田がささやくように喋る。

 

 

 

「私の男になれよ、……ってこんな感じだ。分かったか?」

 

 

 

「……あぁうん。分かったよ、お前じゃ全くときめきもしないことが」

 

 

 

「死ね!」

 

 

 

「テメーが死ね! っていうかこういうのはもっとオラオラ系というかさ。少なくとも送ってくれたこの子は中々勇気が踏み出せないわけでしょ? そういう子がいきなりそういう事しだしたらどう思うわけ?」

 

 

 

「怖いな!」

 

 

 

「うむ、正直でよろしい。そこで下手におべっかを使う奴は大抵ろくでもない奴だからな」

 

 

 

 哀れ、熱田の策は一瞬にして瓦解した。

 

 

 

「じゃあさ、どうすんだよ。中々接点がありそうで無いぞマネージャーと部員って。しかも年上だろ? だったら余計誘いづらいだろ」

 

 

 

「そこなんだよなぁ……」

 

 

 

 ここは二人とも頭を抱えるところである。関係の進展というのは簡単なようで難しい。そこに恋愛要素があるなら余計にだ。

 

 

 

「あーでも、共通点から探してみるのはいいかもしれないですね。ほらー例えば好きな漫画とか音楽とか聞いて、そこから話題を広げていけばね。会話ってキャッチボールですから、うん」

 

 

 

「そんな回りくどい事聞かなくても良くね?」

 

 

 

「あ?」

 

 

 

「いやだってさ、二人とも野球部じゃん」

 

 

 

「…………」

 

 

 

「…………」

 

 

 

「あ゛ッッ!!」

 

 

 

 見落としていた。いやこれを見落とすってどういうことだよ我ながら。

 

 

 

「うるさっ!」

 

 

 

「いや、今回ばかりはお前の言う通りだわ……。何かお前にシンプルな事を指摘されてことがすごい癪に障るけど。そうだよ野球見に来ればいーじゃん! 寮生活とかだったらまた話は変わるだろうけど!」

 

 

 

「なら俺の登板する試合を見に来い!」

 

 

 

「それは先発に戻ってから言うべき台詞だろ。あ、でも彼が先発に戻る時は先輩がもう引退しちゃってる可能性があるので早めに来ることをお勧めします」

 

 

 

「おい。おい」

 

 

 

「いやーでもウチのチームって強いには強いけど試合の盛り上がりに欠けるところあるからなぁ。まぁもし、困る事があったなら選手コラボメニューでも頼んで楽しんでください。それこそね、えー僕プロデュースのかき氷とかいいんじゃないかと思います! それではCMのお時間です!」

 

 

 

「お前だけさらっと宣伝すんな」



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#10 part2

「『黒鵜座一のブルペン放送局』~! いやー言ってみたかったんだよねこういうタイトルコール! えーというわけでね、次行きましょう次」

 

 

 

「また恋愛相談とかだったらずっこけるぞ」

 

 

 

「なんだそのしょーもない脅迫。勝手にずっこけてろって話ですよねぇ皆さん! まぁ大丈夫ですよ、ここのリスナーは皆『分かってる』人たちですから。……特にこれといった根拠はないけどね」

 

 

 

 そんな事を平然と口に出す黒鵜座だが、実際根拠は無い。思い付きをそのままべらべらと口走っているだけだ。

 

 

 

「目ぇそらすな」

 

 

 

「というわけで続いてのお便り! えーペンネーム『玉子王子たまごおうじ』さんからですね。『おうじおうじ』って読むところでしたよ。プロ野球選手に滑舌求めてどうするんですか。そんな話はとりあえず一旦置いといて、ハガキの中身ですね。『プロ野球選手が髪を染めていたり伸ばしたり、チャラチャラした金色のネックレスを付けている事について黒鵜座選手、また熱田選手はどうお考えなのでしょうか。ご意見聞かせていただけると幸いです。よろしくお願いします』だそうです。……なんか今日の僕らに対する風当たり強くない?」

 

 

 

「一件目が恋愛相談で、二件目が説教か」

 

 

 

「説教って言うなよ! いや否定はしないけどな! うーん……これどう答えるのが正解なんだ? っていうか僕ら髪長い?」

 

 

 

 黒鵜座がいじいじと前髪を指で撫で始める。熱田も熱田で前髪を掻き上げていることから、矛先が自分に向かっていないか不安なのだ。

 

 

 

「普通じゃね?」

 

 

 

「だよね安心した! ちなみに熱田の髪は赤いですけど地毛です。でも食べたら唐辛子みたいに辛そうですよね」

 

 

 

「何で味覚の話になるんだよ」

 

 

 

「さて、どう説明したものか……。一言で表すのなら『反動』ってところなんでしょうね」

 

 

 

「反動?」

 

 

 

「ほら、僕ら高卒だから大学とかの決まりはよく分からないけど高校の野球部って結構厳しいじゃないですか。スポーツ刈りとか坊主頭にしろってところが未だに多いからそういう経験を分かってくれる人そこそこいるんじゃないかと思うんですけど。するとどうなるか、はい答えろ熱田!」

 

 

 

「……まぁ伸ばせる時に伸ばしたいと思うわな」

 

 

 

「そういうことなんですよね。大学やプロに入ってある程度自由に伸ばしたり染めたりする人が多い、これがからくりってわけです」

 

 

 

「アクセサリーの話はどうなんだよ」

 

 

 

「ん―――、まぁ皆光るものが好きなんじゃない? 知らんけど」

 

 

 

「それでいいのか」

 

 

 

「あ、これだと納得しないか。えーっとじゃあ自分なりに解釈するなら、の話ですけど。ナメられないようにって言うのもあるんじゃないですかね」

 

 

 

「プロ野球選手の事ヤンキーだと思ってんのかお前は」

 

 

 

「いやほんとほんと。体感7割くらいはそんな人なんじゃないですかね。いやだって考えてみろよ、社会人ってただでさえ身なりをすごい見られるでしょ? で、プロ野球選手ってただでさえ人の注目を浴びるだろ? プライベートでもファンに見つかったら『サインください!』とか言われるでしょ? そんな時にダサいファッションしてみ? 死ぬぞ?」

 

 

 

「んな事ごときで人が死ぬかよ」

 

 

 

「社会的な話だよ! ()()()()()()()なら別にいいけどさ、違うだろ? いや違わねぇか」

 

 

 

「否定しろよそこは!」

 

 

 

「だから大事なんですよ見た目は。で、プラスアルファで後輩にナメられない。これも大事な要素なんですねまた。どんだけいい成績を残していてもやっすいブランドものを身につけてたら。『うわぁ……この先輩みたいにはなりたくねぇな』って思われんのよ。それに引きかえ価値のあるものを身につけるとどうなるか。返ってくるのはリスペクトだよ。『あの先輩かっけぇな』ってなるわけでしょ? そしたら若手のモチベも上がってチームにとって得になるのよ」

 

 

 

「……まぁ言いてぇ事は分かったがよ。それってお前の経験談なのか?」

 

 

 

「え? 違うけど?」

 

 

 

「は?」

 

 

 

「これ全部勝手な妄想。一年先の未来も危うかった若手時代の僕がそんな事気にしてる暇なかったし」

 

 

 

「クソが!! じゃあ説得力全くねぇじゃねぇか! え、さっきの話は何? お前ちょっとそれは……キモいぞ」

 

 

 

「キモかねぇよ!! 色々とアンテナ張って勘ぐるのは当たり前の話だろうが! まぁ少なくとも? 僕はお前よりもファッションのセンスあるけどな?」

 

 

 

「は?」

 

 

 

「あ゛?? 服に『焼肉定食』なんて書いてある奴に負けるわけがないんだけど?」

 

 

 

「じゃあコメントで聞いてみりゃいい話だよなぁ! ファンの生の声ってやつを!」

 

 

 

「え、いやないない。やる前からもうこっちの勝ちですから。マイナスとプラスくらい差があるから」

 

 

 

「なんだよビビってんのか黒鵜座さんよぉ!」

 

 

 

「……ビビるわけねだろ! ああ聞いてやろうじゃねぇかこの野郎! というわけで皆さんどっちのファッションの方がセンスがあるかコメントお願いします!」

 

 

 

 黒鵜座の発言を皮切りにコメントが少しずつ活発になり始めていく。

 

 

 

『黒鵜座かなぁ』

 

 

 

『にわかは黒鵜座。玄人が選ぶのは熱田だから』

 

 

 

「お、良い感じに拮抗してるんじゃないの? まぁ僕の方が優勢ですけどね! ……ん??」

 

 

 

『黒鵜座はちょっと自信とセンスが釣り合ってないからなぁ。中途半端な奴ってコメントしづれぇ。その点熱田はネタに振り切ってるからいじりやすいよね」

 

 

『それな』

 

 

『何でちょっと違和感感じてたか分かったわ、サンクス』

 

 

 そのコメントに共感する声が流れていく。残酷な事に天才と馬鹿は紙一重であるように、馬鹿と芸術もまた紙一重なのである。ならば振り切れた方が有利というのもまた世の常なのである(知らんけど)。

 

 

 

「…………え、待って焼肉定食に負けるの僕?」

 

 

 

「んだはははは!! 見たか俺のポテンシャル!!」

 

 

 

「お前ポテンシャル意外強みねぇだろ……。ダメだこれ以上言い返せねぇ。うわー、なんかショック」

 

 

 

「そこまでショック受けてんじゃねぇよ!」

 

 

 

「ちょっと立ち直れそうにないからここでCMのお時間です……」

 

 

 

「おい!」




次回はもっと早く更新できるように頑張ります!


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#10 part3

今回は早く書けたな、ヨシ!


「試合は現在ブルーバーズが志村選手のタイムリーツーベースで2点を先制して4回の表、2対0、先発の那須選手が相変わらずの安定感でお送りしておりますブルペン放送局。えーまぁ、本日も、ね。那須さんは流石といったところだと思いますが。お前の出番無さそうだぞ熱田」

 

 

 

「っるっせーな分かっとるわんな事。不思議なんだけど、久里(ひさと)さん(※本名、那須久里)ってあんま炎上するイメージねーよな。別に直球が早いわけでも必殺の決め球があるわけでもないのに」

 

 

 

「そりゃ別にスピードガンを競うコンテストじゃないし。よく言われるでしょ、『投手は総合力』って。那須さんは影薄いけど曲がりなりにも投手大国のウチの開幕投手だから。細かく丁寧に四隅に投げられるのがあの人の良さってわけですよ皆さん。あんまり影薄いとか言わないであげてくださいね。可哀想ですから」

 

 

 

「言い出したのテメーだろうが」

 

 

 

「まぁいいじゃん過去の事は別に」

 

 

 

「数秒前じゃねーか!」

 

 

 

「えー、まぁそんな事を口にしたところでですね。次の質問参りましょうカモン! はい、ではペンネーム『X』さんから頂きましたこちらの質問。『黒鵜座選手、ゲストの方どうもこんばんは。私は今度球場に試合を見に行く予定なのですが、誰に注目して見るのが良いでしょうか。プロ野球選手ならではの観点で教えてください』、という事ですね。んーまぁ確かに! 誰に注目するかって結構大事ですよね。実際球場に足を運んでいただいても目移りしている内にあっという間に試合が終わっちゃいますから。ウチなんかは特に」

 

 

 

「やっぱり見てもらうべきは投手だろ! 守りの基本、誰もが注目するスター! そして俺!」

 

 

 

 自信満々に胸を張る熱田に対し、黒鵜座は嘲笑を含んだ息を吐く。

 

 

 

「いや何? そこまで考えてたの? そりゃ投手って注目も集まるけどさ。ダメだった時辛いよ? だから僕はあんまりおススメはしないな。それにさ」

 

 

 

「それに?」

 

 

 

「大体お前が出てくる時ってあんまりプレッシャーじゃないビハインドか大量差じゃん?」

 

 

 

「だから俺は先発志望だからな!! 決める時はバシッと決めるから!」

 

 

 

「あぁそう、まぁ期待しとくよ。少しだけな。……で何の話でしたっけ。あぁそうそう、誰に注目するのがいいかって話でしたよね。んーじゃあまぁ自球団と他球団、それぞれ一人ずつくらい代表を挙げていきましょうか。すいませんパネルとペンもらえますか」

 

 

 

 スタッフが持ってきた四つのまっさらなパネルとペンを二人が受け取ると、それぞれ筆を走らせていく。そうして書くこと数分後。

 

 

 

「書けた? んじゃあ発表していきますか……。まず自球団の選手からですね。せーのっ、ドン!!」

 

 

 

 黒鵜座と熱田がパネルをひっくり返す。黒鵜座のパネルには『武留』、そして熱田のパネルには珍妙なイラスト、具体的に言えば小学生の書く似顔絵のような髪をした謎の男の顔と共に『北 駿一郎(きた しゅんいちろう)』と書かれている。

 

 

 

「はい、というわけでですね。僕が選んだのが武留選手で、熱田が選んだのが北……え、あの聞いていい? 何これ。誰? 北君の親父さん?」

 

 

 

「あ? 何でんな回りくどいもん書くんだよ。北本人に決まってんだろ」

 

 

 

「いや北君こんなんじゃねぇよ! 禿げてっし! つーか鼻ねーじゃん! どこ向いてるか全然分かんねーし! …………はぁ、お前画伯の才能あるよ。悪い意味で。あれだな、そういう番組に出られるといいな。これをきっかけに」

 

 

 

「おい、何故そんな同情したような視線を送るんだ」

 

 

 

「まぁいいや、で、何で北君を選んだの? 大体想像はつくけど」

 

 

 

「そりゃあ勿論ボールの速さよ! まだ21なのに160km/h投げれるからなあいつ! そんでもって鋭く落ちるスプリット、あれを投げられちゃあ打者はもうきりきり舞いよ!」

 

 

 

 熱田はまるで自分の事かのように鼻高々と語り出す。その表情からは子供さながらの無邪気さを感じさせられるものだった。

 

 

 

「ふーんなるほどねぇ。やっぱ『滑川チルドレン』(※#6 part2参照)同士通じるものがあるって感じかねぇ。実際どうなの、仲良いの?」

 

 

 

「おう! あいつにスプリットの握りをアドバイスしたのは俺だからな!」

 

 

 

「あーそう。じゃ抜かれてんじゃん。大丈夫?」

 

 

 

「へっ、俺にはチェンジアップもスライダーもあるからな! 別に……別に抜かれてとか、そういうのねーし。全然平気だし」

 

 

 

 熱田の声が少しづつすぼんでいく。割と本人もそういう所は気にしていたらしい。言うんじゃなかったかな、と黒鵜座が熱田から視線を逸らした。

 

 

 

 熱田は割と繊細な人間だ。不遜な態度を取っているように思えて、実は周りの人間の目を気にしやすい。故にドラフト一位で入団した焦りもあるのだろう。そういう所が一人前の投手として独り立ちできない理由なのかもしれない。

 

 

 

「あー、今のはこっちが悪かったよ。いいんじゃねーのお前はお前で。三振取れるのがお前の魅力だし」

 

 

 

「ふん、俺より奪三振率高いお前にはそれを言われたくねーな」

 

 

 

「んだと人がせっかく励ましてやろうってのに。もういいや、話進めましょ。僕が注目してほしいのは武留選手ですね。理由、肩が強いから。以上」

 

 

 

「もっと話広げろよ。会話のキャッチボール下手くそか」

 

 

 

「つってもそれくらいしか……、あーそうかキャッチボールね。キャッチボールとか見るといいと思いますよ。軌道が違いますから。他の野手の人ってこう、ボールが多少山なりの軌道を描くものなんですけど。彼はそうじゃなくてかなり真っ直ぐなんですよ。低く落ちづらい軌道で相手のグラブを正確に捉える。ああいうの見てたらやっぱ元投手なんだなって思わされますね」

 

 

 

「速球なら」

 

 

 

「速球なら負けてないとか言うなよ熱田。面倒だから。おっと、そろそろCMのお時間ですね。というわけでもう半分は次に回しましょう。それでは一旦さようなら!」




アンケートや活動報告で質問募集等もしております!
よろしければご意見や感想お願いします!


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番外編:ブルーバーズのショート事情

今回はちょっと趣向を変えてみました。
記事風ですよ記事風。

やってみたら意外と筆が乗ったので投稿することにしました。


【ブルーバーズ】激戦区のショートを制するのは? 候補に挙がる”3人”の内野手 (3月25日の記事より)

 

 

 

 昨年優勝した名古屋ブルーバーズ。その裏で選手同士の熱い正ポジション争いに今年も注目が集まっている。中でも最も激戦が予想されるのは守備の華とも呼ばれるショートだ。現役時代ショートとして名を轟かせた金子監督の目は厳しく、昨秋キャンプでポジションの白紙を宣言。最多出場の南風(みなみかぜ)(とおる)(31=沖縄大海大)をはじめとした各選手に対して「フラットにやっていく。実績どうこうではなく、今の調子や実力で判断していくつもりです」と口にした。

 

 

 

 外野やには実績と実力共に兼ね備えた選手がそろっているものの、やはりセンターラインの固定は急務と言えよう。オープン戦では二遊間を様々な選手でローテーションしており、若手・中堅・ベテラン関係なく横一線の争いを続けている。

 

 

 

 正ショートとしてのポジションを手にするのは誰か。候補として挙げられる3人の内野手にクローズアップしていく。

 

 

 

 

 

【勝利を運ぶ南風 南風透選手】

 

 

 

 第一候補に挙がるのはやはり昨季ショートとして最多出場を果たした南風透選手だろう。プロ入りして10年、そのバッティングは円熟味を増している。昨季は右の中距離砲として打率.244ながら7本塁打を記録した。左投手からは.292と打ちこみ持ち味をアピールした。また守備でも安定感を見せ、守りのブルーバーズとして役割を全うしていた。

 

 

 

 しかし満足はせず、「この年齢、このポジションとしては物足りない成績。もっと自分が引っ張っていく選手になっていかないといけない」と悔しさをにじませた。「左殺し」の名を返上し不動のレギュラーとなれるか。

 

 

 

 

 

【勝負強さ光る西の若き仕事人 西木戸(にしきど)吉喜(よしき)選手】

 

 

 

 こちらも昨季までの立場を脱したい選手だ。西木戸吉喜(25=帝都広島高)選手は主に代打として出場し、得点圏打率.302を記録した。特に終盤の重要な場面で起用され、去年の6月21日の交流戦では自信2度目となるサヨナラ本塁打を記録。少ない打席ながらも首脳陣に抜群のインパクトを残したシーズンだった。

 

 

 

 自主トレではOBのショートからマンツーマンで指導を受け、課題としている守備力を磨いた。「誰が相手だろうと勝つくらいの気持ちでないといけない。もっと打席に立って自分の実力を証明したい」と強気の姿勢を見せている。

 

 

 

 

 

【東の宮の守備職人 宮東(みやひがし)夏樹(なつき)選手】

 

 

 

 守備力でアピールしていきたいのは今年社会人卒3年目を迎える宮東夏樹(24=虎ノ門精工)選手だ。抜群の身体能力から繰り出されるダイナミックな守備を武器として存在感をみせた。代走、守備固め中心ながら金子監督からは高い信頼を置かれている。課題の打撃を克服すれば、より深い信頼を置かれる可能性も十分にありうる。

 

 

 

 自主トレでは同チームの鳥野和選手に師事。昨季は打率.220、2本塁打に終わっただけにバットコントロール技術での進化を目指す。「これくらいの選手に収まるつもりは全くない。数年後でもなく、今レギュラーを奪えなければダメだという思いでやっていく」とライバル心を燃やす。

 

 

 

 

 

 日本一に燃える名古屋ブルーバーズ。激しいポジション争いから頭一つ抜きんでるのは王道か、ダークホースか。これからの試合にも注目したい。




 なお、今回登場した選手及び企業・学校名は全てフィクションなのであしからず。

 評価、感想などいただけるとモチベーションになるのでよろしければお願いします。


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#10 part4

皆さんのおかげで初めて評価バーに色が付きました!
ありがとうございます!

これからも未熟ながら頑張っていこうと思うのでよろしくお願いします!


「ここでおひとつ、アンケートみたいなものですね。そう、次回誰を読んでほしいかっていうアンケートを取ってます。よろしければ是非ご投票をお願いします。というところで話を戻しましょう。えー前は自球団のイチオシ選手は誰かというだったんですけどね」

 

 

 

「俺が北でお前が武留だったよな」

 

 

 

「そうそう。そんでもって次は他球団ですね。……」

 

 

 

「おい、どうした」

 

 

 

「いやぁ、ねぇ?」

 

 

 

 熱田が隣を覗くと、そこにはしたり顔で目をぱちぱちと開閉する黒鵜座の顔があった。その表情に熱田の胸からはなんとも言えない不快感がせりあがってくる。

 

 

 

「その顔うざいからやめろ! てか言いたい事あるなら言えやタコ!」

 

 

 

「まぁ皆さんの言いたい事は分かりますよ。『他球団の選手のことなんてどうでもいいからブルーバーズの話しろや』ってね。でもしかし! しかしね! 僕はあえて彼らの話をします!」

 

 

 

 掌を突きだし仰々しくリアクションを取る黒鵜座。まるで演説家を気取ったかのような喋り方である。残念ながら熱田の頭に具体的な演説家の名前は上がってこなかったが、腹が立つ。それだけは理解できた。

 

 

 

「あえて言いましょう! 他球団に推しの選手を作らないファンはまだまだヒヨッコであると! ブルーバーズだけに! ……ブルーバーズだけに!」

 

 

 

「やかましいわ。今思いついただけだろそれ」

 

 

 

「というわけでドーン!! 僕のおすすめする選手は東京タイタンズの二塁手、ハロルド・マクドナルド選手です!」

 

 

 

「……改めて聞くとやっぱドが多いな」

 

 

 

「なんでそこに注目すんだよ。えーというわけでマクドナルド選手なんですけどね、大リーグでも二塁を守っていた実績の通り守備が上手いんですねぇ。ちょっと日本の選手とは違うスタイルの守備と綺麗なハンドリング技術。これだけでもう見る価値ありますね」

 

 

 

 ハロルド・マクドナルド選手。今年から日本でプレーする新助っ人の一人である。彼の持ち味はなんと言ってもダイナミックな守備だ。足は速くないものの一歩目が早く、地肩が強いためかなり広い範囲をカバーできる。

 

 

 

「まぁ肩は流石に強いよな。座った姿勢で投げるのとかオープン戦で見た事あるし」

 

 

 

「そうそう。そんでもって本人が取材で答えてた『型にはまらない守備』。これは見てて楽しいですよね。右手でボールを掴んで投げたり、グラブトスだったりで華のある選手だなと僕は思いました」

 

 

 

 守備の上手さで言えばウチの美濃さんだって負けてないんですけどね。とこぼして黒鵜座は水を口にする。そもそもブルーバーズの正二塁手にして去年のゴールデングラブ(略してGG)賞受賞者である美濃達也とマクドナルドではスタイルが違うために比較は難しいが、今のところ美濃はエラーの数が0。対してマクドナルドは2つエラーをしている。

 

 

 

 と、数値で決まるのなら(シーズンがまだ始まったばかりとはいえ)美濃が有利なのだが。問題はGG賞選考の基準である。基本的に記者による投票で受賞者が選出されるために、印象が強い方が有利となる。かつてGG賞を取れなかったとある遊撃手が言っていた「打てばいいんでしょ、打てば」という言葉が体現するように、打撃の成績如何で左右される場合もあるというわけだが。今後の行方は神のみぞ知るといったところだろう。

 

 

 

 ちなみに補足までに書いておくと、美濃の成績は現在打率.250、0本塁打、7打点。マクドナルドの成績は打率.232ながら本塁打2本、6打点である。若干マクドナルドの方が打席数が少ない。

 

 

 

「それはそれとして、打撃は今のところ未知数じゃないか? 今のところ大暴れとかはしてないし」

 

 

 

「良くも悪くも外国人打者って感じがするな。速いボールに対してはかなり強いけど低めに落ちる変化球には弱い。攻め方は一貫していけばいいと思うけど、中途半端に攻めたら逆にこっちが手痛い一発を浴びる。いやー、投手ってのは大変だよね。一球で結果が出るんだから」

 

 

 

「やっぱパワーはあるし置くならクリーンナップか?」

 

 

 

「僕的には6番打者がいいと思うね。クリーンナップにわざわざ置くほどではないと思うし、ああいう振り回してくるバッターが下位にいると打線の厚みが増してくる」

 

 

 

 でも他にクリーンナップ候補がいないならいいんじゃない、別に5番とかにおいても。そう言って黒鵜座は締めくくる。これはあくまでも自分が監督になったら、と仮定としての話である。加えてタイタンズは恐らくそこまで余裕というか層の厚みがない。その証拠に今までの出場はほとんど5番での起用となっている。

 

 

 

「ふーん……」

 

 

 

「あ、お前みたいな直球バカとは恐らく相性悪いから気を付けろよ。空振り取れる変化球ないときついぞ」

 

 

 

「はぁ!? 直球バカっていったらテメーも同じだろうがよ!」

 

 

 

「違いますー、僕はストレートが一番空振りを取りやすいから多く投げてるだけですー」

 

 

 

「へっ、お前まだあの人の言いつけ通り縛りプレーみたいな真似してんのかよ」

 

 

 

「……あのな、僕の場合はこれが100%なの。高速チェンジを覚えるのだって苦労したし、そもそも器用な方じゃないんだよ。先天的に。つーかお前もいい加減カーブをマスターしろよ。今のカーブはあれだぞ、尻すぼみへっぽこしょんべんボールだぞ」

 

 

 

「いちいち悪口がなげーんだよハゲ!!」

 

 

 

「というわけで次は熱田の発表です! それではCM!」




アンケートや質問募集をおこなっております。

感想などいただけると喜びます。

なお、こちらの小説では今のところ選手の募集は行っておりません。
ご了承ください。


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#10 part5

やっと#10終わりです。
長かった気がするね。うん、長かった。


「そろそろ試合も終盤に近付いてきましたね。順調に那須さんが抑えて6回の裏、6-1でブルーバーズがリードしております。球数的にも次の回で降板でしょうね。そろそろ僕らも肩を作り始めるころなのですが、本日は僕、お休みの予定をいただいております。まぁこの前まで3連投だったんで、妥当ですよね」

 

 

 

「このままいけば8、9回に誰かが回またぎが理想だろうな。じゃあ俺の出番を作るためにも、さっさと発表するか! というわけで俺のイチオシ選手は……こいつ! 広島レッズの内野手、(たいら)青司(あおし)だ!」

 

 

 

「お、いいじゃん平か」

 

 

 

「いいだろ!? な!? 分かるだろ!?」

 

 

 

「そうそう、僕どっちかっていうと源氏より平家が好き。義経よりも清盛派」

 

 

 

「…………きよもり?」

 

 

 

「分かれよ! いや分かってよ! 今ツッコミ待ちだったの僕! え、これ説明しなきゃダメなパターン?」

 

 

 

 黒鵜座が空振りした歴史の話はさておき、平青司は高い身体能力が魅力の右打者である。バットを担ぐような打撃フォームから繰り出されるフルスイングで高校時代にはいくつものアーチをかけてきた。ボケっとした顔からはとても似合わないようなスイングにギャップを感じるファンも多いらしく、玄人のレッズファンにはよく話題に上がるほどの選手である。

 

 

 

「やはり男はスケールの大きさだろ!! こいつは近いうちに20発20盗塁するぜ!」

 

 

 

「やや現実的。今ちょっと予防線張ったろ。スケールの大きさって言っておいてお前の器の小ささ発揮してどうすんだ」

 

 

 

「外したくねぇんだ俺は!」

 

 

 

「外したくて予想する奴はそもそもいないんだよ。……で、どうやって知ったの? お前相手バッターにあんまり興味持つような奴じゃないだろ」

 

 

 

 あの人ストレートのサインにしか首を縦に振らないんですけど! とブルーバーズの捕手に愚痴られた記憶が黒鵜座の頭に蘇る。こいつはとりあえず生、みたいな感覚で直球を投げる。様子見に直球。そして空振りしたのでさらに直球。締めにあえて直球を地で行く男である。アホだ、人の事を言えた筋ではないが、自分だってコースとかは流石に考える。あと一球くらいは変化球投げる。流石に。

 

 

 

「いい質問だな! あれはそう、去年の二軍での試合の話だ……」

 

 

 

「過去編とかやめてね。引き延ばしだと思われるから」

 

 

 

「ビシュッ! 俺が投げる! カキ―ンと鳴り響く打球音! 俺、撃沈!」

 

 

 

「はっや。一行じゃん。意味あった今の? ねぇ、意味あったの? いや短くしろって言ったのはこっちだけどさ。簡潔に。簡潔にやれっていったのね? 漫画みたいに効果音とモノローグだけで喋れって言ったわけじゃないんだけど。せめて球種とカウントくらい言ってくれよ」

 

 

 

「打たれたのはストレートだったな。ちょっと高めに浮いたけど内角寄りの悪くないコースだった。カウントは……確か1球ストライクを取った後だった気がする。ストライクゾーンのスライダーにぴくりとも反応してなかったから、おそらく直球狙いだったんだろうな」

 

 

 

「ちゃんとコメントできんじゃん。ほれ、塩分補給のタブレットいるか?」

 

 

 

「いちご味で!」

 

 

 

「ほーれほーれ、グレープフルーツ味だぞーう」

 

 

 

「クソが!」

 

 

 

「やっぱり振れるバッターはいいよな。……そんであいつ、モテるんだよな」

 

 

 

 平青司。彼は謎のアイドル気質の持ち主であった。SNSで彼の写真が載せられた際には大抵「かわいい」だののコメントが寄せられる事が多い。

 

 

 

「そりゃあ人間的な魅力だろ。あいつ謙虚そうな顔してたし」

 

 

 

「いーや、ギャップだね! ヤンキーが捨て猫を拾うアレも! クールぶっている美人が実は家で可愛らしいアレも! ギャップだから! 落差で攻めてるだけだから! ストレートからのフォークボールで三振を奪うようなもんだから! ちょっと抜けてそうな顔していて打つ時はガツンと打つ、そういう選手に魅力を感じるだけだから!」

 

 

 

 人気を持つ者というのは、華があるのは第一前提として親しみやすい何かがある。実は庶民派、実は仲間思い。そういうのだけで魔力を持つのだ。

 

 

 

「こほん、とかいってる僕にもね。えーギャップとかありますよ」

 

 

 

「無理だぞお前には。……無理だぞ」

 

 

 

「二度も言ってんじゃねぇよタコ! じゃあちょっとアピールしてみるわ。えー僕はですね、こう見えて虫がダメです」

 

 

 

「それはただの情けない男だぞ」

 

 

 

「僕はですね、自動車よりも二輪車の方が好きです」

 

 

 

「どうでもいいぞ」

 

 

 

「僕はですね、友情に厚いタイプです」

 

 

 

「そういう事言う奴は大抵嘘だぞ」

 

 

 

「やかましいわ。じゃあお前言ってみ?」

 

 

 

「俺? 別にいらねーよギャップなんて」

 

 

 

「お前お化けとかダメだろ。映画見たらひとりでトイレいけなくなるくらい」

 

 

 

 黒鵜座の言葉に、熱田の口がピタリと止まる。少しの静寂の後、熱田の大声が響いた。

 

 

 

「は!? は!? はあぁ!? そんなわけねーじゃん! 別にフツーですけどフツー!」

 

 

 

「上半身しかない女、人の顔をした犬、呪いのテレビビデオ、盆踊りするゾンビ……」

 

 

 

「ぎゃああ―――!! やめろやめろやめろ―――!」

 

 

 

「勝ったのに負けた気がする……はい、というわけで第10回放送は以上になります! えーSNSなどでね、質問の募集だったり次回選手のアンケートだったりしてますので、そちらもどうぞよろしくお願いします! それでは次回!」

 

 

 

「もう今日一人でトイレいけない……。よし、今日は特別に泊めてやるよ黒鵜座」

 

 

 

「誰が行くか」




次回用のアンケートは後数日で締めきります。
最多票が被ったらどうしようかな……と考え中

感想や質問などいただけると嬉しいです。


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#11 part1

アンケートのご応募ありがとうございました。
遅れましたが、第11回です。


「皆さまごきげんよう。司会の黒鵜座一でございます。今回は第11回ということで、……まぁ数字なんてどうでもいいのですけれども、始めていこうと思います。口調が変なのは今回のゲストに合わせて都会派お嬢様になりきっているためですわ。そういうわけで、ゲストの紹介からしましょうか。『都会育ちのエリート型遊撃手』、宮東(みやひがし)夏樹(なつき)選手です」

 

 

 

「その喋り方はやめてください。キモいです」

 

 

 

「あ、そう? そりゃそうか、じゃあやめます。この前アンケートをとらせていただいたんですけどね、北君と宮東選手の同票ということになりました。で、野手の方が出れる機会は少ないだろうということを考えまして。現在軽いねん挫でベンチを外れている宮東選手に来ていただきました」

 

 

 

 宮東のシューズのかかと部分には軽く包帯が巻かれている。診断の結果軽症であり、大体5日くらいで実戦には復帰できるだろうと報告されていたため、登録抹消(二軍落ち)の対象には入っていない。

 

 

 

「というわけで、現在怪我している宮東夏樹です。よろしくお願いします」

 

 

 

「はい、自己紹介ありがとうございます! 宮東選手と言えばブルーバーズのショート三人衆の一角を担っている事でにわかに有名ですね。『打』の西木戸、『守』の宮東、『総合力』の南風と僕の中では話題になってます」

 

 

 

 黒鵜座の言ったこの評価には裏がある。つまり、挙げなかった方に少しばかり問題があるということだ。

 

西木戸はショートとしては守備がよろしくない。宮東はシンプルに打てない。南風は安定感があるが、今年で30になる年齢を踏まえるとずっとショートというわけにもいかない。こういう話になると、大抵消去法で「じゃあ今はとりあえず南風でいいか……」という結論に至るのが現状である。

 

 

 

「守備の事を取り上げていただけるのは光栄ですね。やはり守備が一番の武器だと俺も自覚していますから、今後もブルーバーズのショートには宮東がぴったりだと言っていただけるように頑張ります」

 

 

 

「おぉ、優等生……。なんかこういうコメントされると逆に照れるな」

 

 

 

 今までがアクの強い(選んだのは黒鵜座なので自業自得だが)ゲストだっただけに、黒鵜座は目頭が少し熱くなるのを感じた。

 

 

 

「と、いうわけでですね。お便りの方読んでいきましょう。黒鵜座さんお願いします」

 

 

 

「あ、うん。……はい、お便り『名古屋キッド』さんからです。『守備が上手くなりたいです。どうすればいいでしょうか』という事ですね。これはショートの宮東選手にぴったりな質問が来ましたね」

 

 

 

「俺がゲストで良かったなと思います」

 

 

 

 ―――さてはこいつ中々にプライドというか自己評価が高いな。

 

適当に相づちを返しながら、黒鵜座はそう思った。

 

 

 

「ではまず使うグラブの選び方から」

 

 

 

「待って。そこから? そこからなの?」

 

 

 

「当たり前でしょう。『弘法筆を選ばず』なんてことわざがありますが、あんなものはまやかしです。そもそもプロでもそんな選手はいません。現実をみてください」

 

 

 

「うん、ちょっと言い方がキツイかなぁ~!? 恐らく相手は学生だからそこまで言っちゃうと凹むと思うなぁ」

 

 

 

「そうですか、それはよくありませんね。ではまず根性を叩きなおすための精神統一法を……」

 

 

 

「相手が聞きたいのは守備の話だと思うんだけど」

 

 

 

「過程をもろもろとすっ飛ばして上っ面の話のみを信じようなど言語道断です。『千里の道も一歩から』、必要なのは準備です。それを怠ろうなどとは笑止」

 

 

 

 あぁ、今回はそういうタイプなのね。なるほどね。

 

普段のピッチングを3球種で乗り切っているだけあって、観察力にはそこそこの自信がある。これ上手く話を誘導しないと延々と説教が続くわ。観察眼はそう告げていた。

 

 

 

「じゃあ宮東選手はアマチュア時代どういうトレーニングをしてきたのかな?」

 

 

 

 我ながら中々上手い切り返しだ。速球をセンター前に運ぶくらいには上手い。

 

 

 

「トレーニング法ですか。そうですね。俺の場合はまず野球用具店をハシゴするところから」

 

 

 

「聞いた事の無いワードを簡単に並べないでくれるかな?」

 

 

 

「勿論ちゃんと根拠はあります。道具をしっかりと見る事は鏡を見る事と同じです。それに店の間にはかなり距離がありましたから、体力をつけるトレーニングになります」

 

 

 

「あぁ、うん。割とまともな返答がきてちょっと僕驚いてるわ」

 

 

 

「そして録音しておいた実況音声を流しながら練習します」

 

 

 

「あれかな? どういう打球が来るかイメージしながら練習に取り組むとか、そういう話?」

 

 

 

「いえ。ファインプレーの音声を流します」

 

 

 

「なんで?」

 

 

 

「褒められてる気がするからです」

 

 

 

「なんて?」

 

 

 

「いいですか、成功する自分をイメージするんです。大舞台で好守を見せて歓声を浴びる自分を。そうすれば多少の事は気になりません。何かミスをしたとしても『自分なら取り返せる』と思えます」

 

 

 

 思ったより参考になるぞ。

 

というか自分を褒めて伸ばすタイプなのか宮東選手は。

 

 

 

「虎ノ門精工(※宮東が所属していた社会人野球チームの会社)に入ったのも語感がいいからです。精工、つまりは成功ですね。縁起がよいです」

 

 

 

「そんな理由だったの……?」

 

 

 

「精密機械を製造するというところが自分と通ずる何かを感じたところもありましたが、やっぱり一番の決め手は語感ですね」

 

 

 

「思ったより肝心なところで適当だな。えー、でも今の宮東選手があるのはそういう前向きでストイックなおかげですね。では一旦CM入ります!」




感想、評価などいただければ幸いです。

アンケートもまたやりますので、是非。
今回は名前も付けて、ちらっと名前だけ出た選手もいます。


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#11 part2

今回短いです。
ごめんなさい。


「はい、ではそろそろ次の質問に参りましょう。今日は宮東選手あてに色々届いてるんでね。まぁテンポよく進められればと思いますけども」

 

 

 

「心配には及びません。一流とは質疑応答の時間でも堂々としているもの。死角はないです」

 

 

 

「打率2割2分は死角しかないだろ。えーペンネーム『wataridori』さんからですね。『宮東選手は去年から両打ちに挑戦しましたが、どうしてなのでしょうか』、と。簡単さ坊や。打てないからだよ」

 

 

 

「こっちあての質問を取るのやめてもらっていいですか。まぁ確かに打てなかったのも事実ではありますけど、別にそれだけじゃないですよ。両打ちだと選択肢が増えるじゃないですか。左に強い投手に対しては右の打席に立てますし、左打ちだとより足が活かせます。それに右で打った方がボールはよく飛ぶんですよね」

 

 

 

 宮東の言う通り、いざという時に打席を選べるのはアドバンテージになりうる。出来る事が増えるという事は起用の幅にも大きく影響を与え、上手くいけば出場機会の増加にもつながる。

 

 

 

「でも昔に比べれば両打ちはかなり減ったよな。海外はまだかなりの数がいるみたいだけど日本だと少数だし。何より練習量が増えるのがなぁ……」

 

 

 

 両打ちの打者の何よりの難点。それは単純に必要とされる練習量が増える事だ。右打ちも左打ちも両方練習しなければならないわけだから当然練習量は増える。そして、本来片方だけに集中して打ちこめたはずの練習を半分にしなければならないわけだから、むしろ打撃成績が下降する選手もいるわけである。

 

 

 

「そこは大丈夫です。俺、一流なので」

 

 

 

「その自信はどこから来るんだよ」

 

 

 

「でも黒鵜座さん達投手からしても厄介じゃないですか? 両打ち打者」

 

 

 

「いや俺はあんまり……昔コーチに言われたからなぁ。『目の前の情報だけに囚われるな。左に立とうが右に立とうが、例え分身していようが相手が打席に立てばもうそれはただの打者だ』って」

 

 

 

「忍者でも相手にしてるんですか? 流石プロのコーチをやっている方ですね。胸にしみます」

 

 

 

「『だからマウンドに立った以上、相手を〇す気で投げろ』だってさ」

 

 

 

「やっぱしみないです。取り消してください今の発言。というかそんな綺麗な顔をしながら言うことじゃないですよそれは! バトル漫画のセリフじゃないですかそれ! コーチ鬼すぎませんか!?」

 

 

 

「これ本当にすごい爽やかな顔で言われたからね? あそこまで綺麗な顔で『〇せ』とか言われたの初めてだったから新鮮だったよ。いやぁ懐かしいなぁ。今も元気でやってるのかなぁ。そうだと嬉し……いやあんまり嬉しくはないかも。被害者が増えると思えば気の毒に思えてきた」

 

 

 

「そんな朗らかな笑みをしながら話す内容じゃないと思うんですけど。じゃあ、そろそろ次の質問いきます。ペンネーム『金色のウニ』さんから。『黒鵜座選手、宮東選手に質問です。投手、野手のお二人からして正直相手にイラっとくる出来事はあるのでしょうか』だそうです。どうです黒鵜座さん、ありますか?」

 

 

 

「え、宮東クン例の『死んだ目スパイラル』をご存じないの?」

 

 

 

「知りませんよ。何でそんなに仰々しい言い方なんですか」

 

 

 

「これはね。投手陣に常に蔓延るおっそろしい負の三角関係だよ。先発、リリーフ、そして野手。この3つでスパイラルしているわけ。先発が燃えたりテンポが悪いと野手と駆り出されるリリーフから死んだ目を向けられ、リリーフが燃えると勝ちを消されたり負けがついた先発と野手から死んだ目を向けられ、そして野手はエラーをするたび先発とリリーフから死んだ目を向けられる。おお、考えるだけでも身震いしてきた。見てこれ鳥肌」

 

 

 

「流石にそれは考えすぎなんじゃないですか? いや、まぁ確かに常にボール先行の先発がいるとテンポが悪いですけど」

 

 

 

「今のブルーバーズは平和だからみんな優しいんだよ。しかも最近は推しとかいう言葉が出てきたでしょ? そういうファンもいる中であんまり過激なのはねぇ。5年くらい前なんて殺伐としてたぞ。もう肩身が狭いのなんの」

 

 

 

「なるほど、時代背景もあるわけですね。その時代に生まれなくて良かったです」

 

 

 

「お前ちょっとは言葉選べよ。はい、というわけでCMでーす!」



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