カンストエンジョイトレーナーは頂に届く夢を見るのか (流々毎々)
しおりを挟む

現実は自分が思ってるほど上手くいかない

 攻略本片手にうろ覚えの記憶を頼りに書きました。拙い部分は見逃して下さい。


 

 唐突な話であるが俺は生まれ変わった。それも良くある王道な中世風ファンタジー世界になどではなく前世で有名だったポケットモンスターの世界にだ。

 特に神様に会う事もなく、頭をぶつけた訳でもなくある日気がついたら「俺、生まれ変わってんな」と覚った。

 

 前世の俺はただの社会人であった。勤めていた会社は給料は高くないが、かと言って終電まで残らされるようなブラック企業でもない。

 繁忙期こそ忙しいが、それ以外は程々にプライベートの時間を取れる独り身の自分にはありがたい会社であった。

 

 特に日々の生活に不満はなく漠然とした将来への不安こそあったが、それなりに現実と折り合いを付けれた満足した生活だった。

 

「なのに何でこんな事になったのやら」

 

 半年に一度ある会社での健康診断では、運動不足による肥満気味であったもののそれ以外は問題ない健康体だった。

 であれば、急な事故か他殺にでもあったかと生まれ変わった自覚を持った当初は考え込んでいたが、思考のリソースの無駄使いだと感じてからはすっぱりと忘れる事にした。

 

「思い出せないものに何時迄も拘っても無駄だ。俺はポケットモンスターの世界に生まれ変わった。これでヨシ!」

 

 今では前世とは違う体や名前になったのだ。そう色々と振り切ってから俺が次に着目したのは、俺が生まれ変わった場所は何処の地方か確認する事であった。

 ポケットモンスターは、シリーズものでいくつものタイトル作品が前世で発売されている。一体自分はどのシリーズの地方にいるか、これを正確に知るのはとても重要な事だ。

 

 俺の姿は人間である為、従来のポケモンを育成しジムバッジを手に入れ殿堂入りを目指すタイプである可能性が高い。しかし、万が一ダンジョン系やレジェンドであったりすると安全に日常生活を送るレベルが跳ね上がる。

 

 故に、俺が住む地方の事を探るのは急務であった。

 

 先に結論から言おう。俺が生まれ変わった、もとい住んでいた場所はガラル地方であった。

 

 勝ったな、風呂入って来る。

 個人的にはそう言えるくらいには地方ガチャ成功だ。

 

 理由はいくつかあるが、一番の訳はガラルが舞台となる剣盾は俺がプレイしたポケモンシリーズ中で記憶に残っている方だからだ。俺自身、ポケモンはブラックホワイトを最後に引退したがたまたま見かけた剣盾のキャラデザの良さに衝撃を受け、そのまま衝動買いしてトレーナーに復帰した口だ。

 

 だからこそ、原作のストーリーの多くを覚えている。剣盾は、追加のストーリーを除けばムゲンダイナ関連以外の危険はほとんどない。肝心のムゲンダイナも主人公勢がいればどうとでもなるだろう。

 

 つまり俺は、一部では前世より発展しているガラル地方で比較的安全に暮らせる権利を手に入れたのだ。

 やったぜ。

 

「でもなー、せっかくガラル地方に生まれ変わることが出来たんだし原作のキャラクターに会いたいよなぁ」

 

 人間、余裕ができると欲が出て来る。さっきまで此処が危険な地帯だったらどうしようかと悩んでいたのに、今では自分の望みをどうやったら果たせるのかを考え始めているのだから。

 

「いや、別にナマにこだわる必要はないか?特にチャンピオンのダンデならテレビで直ぐに観れるじゃん!」

 

 その考えに思い至り、記憶が戻ったせいで若干朧げになっている今世の記憶を頼りに一目散に家へ駆けて行く。

 

「ダンデのダの字も見えねぇ…」

 

 しかし急いで家に帰りテレビの電源を付けてはみたものの、期待していたダンデの姿はどこにも見当たらなかった。

 

「ダンデってめちゃくちゃ人気のチャンピオンで、ガラル地方ではいつでもテレビに映ってると思ってたけど違ったのかな」

 

 どうにも諦めきれず、全てのチャンネルを見たがそれも無駄に終わる。であれば、もしかして本編後の世界に来てしまったかとも考えたが、ゲームの主人公の姿も見る事はなかった。

 

 その事実にしばらくテレビを付けたまま放心していると、ジムリーダーの紹介をする番組が始まった。そしてそこにはゲームの剣盾で見知ったジムリーダーは、1人も存在していなかった(ピンク狂の婆さんは除く)。

 

「流石におかしくないか。何でこんなゲームの主要キャラだけ歯抜けなんだよ」

 

 色々と考えていく内に一つの可能性に辿り着く。まさか自分は原作開始前に生まれ変わったのではないか?と。

 

 いや、その(苦笑い)。それって意味あります?原作キャラにも触れ合えず、かと言って本編後の成長した姿も見ることが出来ないなんて酷くありませんか?ラーメン頼んだら生麺が出て来たみたいな転生にどれ程の価値があると言うのだろうか。

 

「いや、落ち着け。自棄になるな。何か、何か現状を好転する方法があるはずだ」

 

 考え方によっては原作開始前の転生でも美味しいかも知れない。ともすれば、未来に影響を与えれる様な面白い生き方をできるだろう。問題があるとすれば、原作のストーリーに影響を与えるような活躍をするのは難易度が跳ね上がるのと、下手をすればそれを見る前に俺の生が終わる可能性もある点だ。

 

 過去編の重要な活躍をしたキャラの大概が本編開始時には物語からフェードアウトするもの。後方腕組おじさんの如く主人公たちの活躍が見れるならまだしも、あの人は今はもう…的な感じでこの世とおさらばしてしまっていたら死んでも死に切れない。

 

 特に俺自身、一度生まれ変わっているのである日唐突に事切れても不思議ではない。そんな未来は流石に遠慮願いたい。仮に本編に影響を与える八面六臂のような活躍をしても、それの影響を確認する事もできないなんて絶対嫌だ。

 例えそうだったとしても、事前に知って覚悟を決めておきたい。

 

「直前になってやっぱりダメでしたは悲しいにも程がある…」

 

 だからこそ今、俺がする事は自ずと決まって来る。

 

「仮に今が原作開始前だとして、およそ何年前になるんだ?」

 

 あのピンク狂の婆さんがいる事から、いずれはダンデが登場してチャンピオンになるのは確定している。では、いつ頃にダンデが登場するのか?これが一番重要だ。

 十年以内の出来事なのか、それとももっと後の話になるのか。

 あのピンク婆さんを軸に考えればある程度の年数が絞れるはずだ。

 よし、がんばるぞい!

 

「いや、全く分からん」

 

 どうなってるんだ?あの婆さん姿変わらなすぎだろ。そう言えば、ジムリーダー歴最長だったっけか。お陰で年代があまり絞れない。これはまずい。

 

「ダンデが活躍するころには、俺は老人になってるかもしれん」

 

 この際、本編に間に合ないのは残念に思うが構わない。だけれども、完全に関われないのかギリギリ関われるのかだけはハッキリさせてくれ。その為には基準が必要になる。

 それがまさにあの婆さんなのだが、あの人を基点にすると両方の可能性が消しきれなくて困る。まさしくシュレディンガーの婆。本当に何なんだ、いい加減にしてくれ。

 

「おのれ妖怪ピンクババアめ」

 

 本人が聞けば全能力ダウンどころか、息の根を止められそうな事を言いつつ悩む。

 ワンチャン、ダンデと同世代の可能性が無いとは言い切れないがここまで梯子を外されると、楽観視はしない方が良いだろう。もう俺はゲームの本編時空からすると、だいぶ早い時期に転生したと決め打ちをする。

 

 その上でどう行動するか。そんなの決まってる。

 

「俺がダンデより先にチャンピオンになる。もしくは裏ボス的な存在を目指す」

 

 即興で思い付いた事だが割と良い気がする。俺がチャンピオンになり、ダンデを迎え撃つ。かなり美味しいポジションだと言える。または、初代主人公のレッドの様な裏ボスの位置に君臨する。これも、ダンデやゲームの主人公が活動する前だからこそ取れる行動だ。

 

 これぞ転生ライフの醍醐味。大胆な原作改変のような行動は生まれ変わりの(転生者)特権である。そして幸いなことに俺はチートっぽい能力も持ち合わせていた。今から能動的に行動すればそれらの事は十分実現可能に思えた。

 

「今から俺のチート転生ライフが始まる。待っていろよダンデ、主人公!俺と言う壁はそう簡単に乗り越える事は出来ないぞ!!」

 

 おそらく、訪れる事になるであろう都合の良い輝かしい未来を見つめながら俺は静かに闘志を滾らせるのであった。

ーーーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

「前が見えねぇ…」

 

 あれから数年。俺は14歳になり親が大会運営の関係者だったこともあり、その推薦でジムチャレンジに挑める様になった。だが、結果は芳しくない。

 理由はいたって簡単。勝てないのだ。ジムチャレンジの草と水は順当にクリアできたが炎タイプのジムリーダーに大苦戦している。ゲームでも炎のジムチャレンジを通れるのは、一握りだけだと言われていたが今まさにその壁にぶち当たっていた。

 

 考える限りの手を尽くしたがそれでも届かない。今のところ三度ジムに挑戦してるがクリアできるビジョンが見えないでいた。

 

 なんでこんな苦戦してんだよ。いったい教えはどうなってるんだ、教えは。こちとらチート持ち転生者だぞわかってんのか。物語の流れとして楽勝出来なきゃおかしいだろ。他はそうなってたぞ。俺のチートエンジョイライフはどうなるんだよ、くそったれが!?

 

 と、思わず現実逃避をしてしまうが現状は何も変わらない。何故行き詰まってしまったか。その原因は主に三つある。

 

 一つは、俺の思っていたポケモンバトルと現実のそれに違いがあったのだ。転生者の俺は当たり前だがゲームでのポケモンしか知らない。自然とそれが基準になる。するとどうなるか。

 

 素早く入れ替わる攻防。相手の次の手を予測した命令など、アクションゲーム真青のマルチタスクをバトル中瞬間的にこなさなければならない。ゲームの様なターン制の殴り合いとは全くの別物になる。

 格下相手なら兎も角、互角以上の相手だと俺がポケモンバトルのスピードについて行けなくなるのだ。

 

 二つめは先の欠点にも掛かってくるのだが、単純にポケモンの知識が足りない事だ。と言うか、ポケモン自体学ぶべき事が多過ぎる。タイプ相性だけでも十パターン以上あるとか頭パンクするわ。

 

 一応ポケモンスクール(前世の記憶が戻った時には既に生徒であった)出ではあるものの、学んだ知識を実戦で咄嗟に出せるかは別問題である。ゲームでは、バトルの間にもそれらの事を調べられる便利機能があったが、現実ではそんなものは無い。必然、自分の頭で処理することになる。

 

 後、ゲームの剣盾をしていたお陰で俺のポケモン知識がある程度更新されているとは言え、その前の知識がもうほとんど覚えていないブラックホワイトである。

 俺にとってこのシリーズの開きは結構響いて来ている。他のポケモンシリーズもプレイしておけば良かったと後悔しているくらいだ。

 

 だからさ、当然の顔をしてナチュラルに初見のモンスターを出すのはやめてくれ。対処できねぇんだよ。そのポケモン本当にガラルの入国検査通ってるの?

 

 三つめの理由は、俺のチート能力にある。俺のチート能力は二つあって、それはポケモンのレベルを見れる事とある程度のポケモンの強さ(おそらく個体値と思われる)を感じ取ることだ。

 

 一見、バトルに置いてあまり役立ちそうに無く思えるがなかなかどうして、この二つの能力は使い勝手が良い。レベルを確認した時、相手の方が低ければそれだけで精神的な余裕が生まれる。それにタイプ不利か、種族値に大きな開きでも無い限りレベル差をひっくり返すのは難しい。

 

 強さを感じ取る方も、厄介なポケモンには搦め手を使うなど早めに戦術を固める事が出来る。

 

 ただし、このチート能力もメリットばかりではない。先程言ったのとは逆説的になるが、自分よりレベルが高い相手とバトルする時は返ってプレッシャーを感じて萎縮しやすくなってしまう。また、相手の強さが戦う前から分かってしまう結果、勝敗が予測しやすく闘志を維持するのが難しい。

 

 さらに目に見える形で実力差が感じ取れてしまうため、いつしかそれを負けた言い訳にし、諦め癖が付く自分がいた。

 また、ポケモンバトルはレベルや個体値が勝敗に関わってくる要素であるが、それだけでバトルを制せるものではない。

 

 つまり、トレーナーの実力の差も重要になってくるのだ。特にこの能力の天敵が、見た目で強さが推し量れないテクニックタイプの相手だ。例えばポケモン自体が其れ程強なくても、試合運びの上手いトレーナーが相手だとレベル差で押し切れずに思いの外苦戦してしまう。

 

 こう言う時、諦め癖がついてる俺は接戦で踏ん張る事が出来ず負けを重ねる事が多かった。良くない折れ方をしてしまっている。そう考えども、中々この負の窮地から脱する事が出来ない。

 

「どうしようか」

 

 正直、俺のポケモントレーナーとしての実力は中の下・・・いや、誤魔化すのは止めよう。俺の強さは一番下から数えた方が早い。

 

 こう見えてもスクールでは、優秀な成績を収めていた。同年代にはほとんど勝越していたし、卒業が近づいていた時期にはもっぱら先生にバトルの相手をしてもらっていた。先生や親から良く褒められたし、スクール仲間には何故そんなに強いのかと羨ましがられ子供相手に鼻を高くしていたものだ。

 

 だが、今の俺はどうだ?凄かったのはスクールの間までで、完全に今は20歳からただの人コースを走り抜けている。「昔はすごかったのにね」転生までした人生でそんな風に思われるのだけは絶対に嫌だった。

 しかし、現実は残酷で俺がどれほど負けるのを嫌がってもジムリーダーが勝利を譲ってくれる訳もない。

 四度目の挑戦で何もいいところがなく一方的に負けた時、俺は人生で初めて膝をつき頭を項垂れた。

 

「君のバトルセンスは決して悪くはない。ただ変化球に弱く、長期戦になると集中力が持たない印象を受ける。言うならばバトルの経験値が足らない」

 

 試合後、あまりに俺が落ち込んでいるのを気の毒に思ったジムリーダーが声を掛けてきてくれた。なんでもジム戦で負けて再戦するものは珍しくないが、それが4回も続くトレーナーはなかなかいないらしい。だからこそ諦めずにまた来年度以降の大会のジムチャレンジに挑戦してほしいとのことだった。

 

 一見励ましとアドバイスの言葉に思えるが、事実上、俺はジムリーダーに見切りを付けられていた。

 さもありなん。

 鬼門とはいえ序盤のジムチャレンジで連敗が続いているのだ。こんなところで挫けていては後半のジムチャレンジで勝てる訳がない。ゆえに彼は今回は諦めるよう遠回しにこちらに伝えてきたのだ。

 

 ジム帰りの道中、この事実が俺の頭の中に残り続けて消えることがなかった。

 

 残酷ではあるが、同時にこれは優しさでもある。少なくとも経験を積めばまだ可能性があると彼は言ってくれているのだから。

 だが、俺は自分の才能にそこまでの可能性を見出せなかった。前世では、成人した社会人であったため劇的な変化を見込めないのが既に分かっていたからだ。

 

 思えば俺は転生とチート能力持ちと言う2つの要素を過信して、今まで楽観的に生き過ぎていた。転生して生まれ変わったのだからきっと何か特別な大きな事が出来る。そんな風に、世界は自分を中心に回っていて何もかも上手く行くと思い上がっていたのだ。そんな傲慢な愚か者が初めてのジムチャレンジで、現実を知る。

 

「俺は特別な存在なんかじゃないんだ」

 

 スクールではいい成績で勝ち越す事ができた?チート能力と社会人としての経験があったのだから当たり前だ。逆にこの二つを持ち合わせながら子供相手に無双することもできなかった。先生とバトルした時も、結局一度も勝てなかったじゃないか。

 

 親や先生が俺に期待していたのも、彼らの視点からすれば子供が大人のような早熟性を持ち合わせていたのだから才能があると勘違いしてもおかしくない。本来であれば人が時間をかけて育んでいくものを、俺は前世の記憶のおかげでそれらを段飛ばしに出来、スクールでは相対的に優秀に見えていただけっだのだ。

 

 昔勝てていた同級生も日々成長している。今バトルすれば勝てるかどうか分からない。今が成長期の真っ最中の彼らとすでに先が見えている俺ではいずれ勝てなくなるだろう。俺がリードしていた分などすぐ追いつかれる物でしかないのだ。

 

「俺はチートを持って生まれただけで、物語を動かせるチートな転生者(天才)ではなかったんだ・・・」

 

 その言葉がストンと自分の中に落ちて当て嵌まった。俺は俺自身の分と言うものを知った。それを思い知った。

 それでも尚、俺は諦めたくなかった。どうしてここまで拘るのかは自分でも分からない。けれどもジムチャレンジで惨敗した時、前世も含めて経験がないくらい本当に悔しいと思ったんだ。ここで終わりたくない。俺は自分でも気づかないうちに、このポケモンの世界にのめり込んでいた。

 

 しかし、俺の思いとは裏腹に急にバトルセンスが良くなったりはしない。現状の改善を試みようとも戦術だけでは限界がある。

 結局のところ、ポケモンバトルではトレーナーのバトルセンスが物を言う。俺にはこの才能があまりない。種族値が優秀なポケモンで手持ちを固める手もあるが、根本的な解決方法にはならない。誰だって、できるだけ強いポケモンで手持ちを埋めようとするだろう。

 

 打つ手なしか。最初はそう思ったが、俺は一つだけ現状を打破できる方法を考え付いた。これはある意味では前世の記憶持ちの転生者だから思い至れた事だ。

 その方法とは、つまりーーー

 

レベルを上げて(カンストして)、ぶん殴ればよい。

 

 人によっては適正レベルを大きく超えて戦闘をするのを邪道と捉えるかもしれないが、これはないない尽くしの俺が勝つためにとれる最後の手段である。それにこれは、実現さえできれば俺のようなへっぽこバトルセンストレーナーでも天才共に常勝できる手段かもしれないのだ。

 

 ゲームのポケモンではストーリー上、レベル100のポケモンは存在しない。チャンピオンのダンデでさえ、殿堂入り後の手持ちのポケモンのレベルは70台だ。単純に考えてカンストまで手持ちを育てればレベル30差で戦うことができる。

 

 レベル差によるバトルの有利不利は言うまでもないだろう。正直、ダンデが無敗のチャンピオンであれたのもこの要素が大きいのではないかと個人的に思う。ダンデと他のジムリーダーの手持ちを比較してみると、おおよそ10レベルほどの開きがあるからだ。

 これだけでもダンデがかなり有利だ。

 

 では、そこからさらに三倍の差を付ければどうなるか?おそらくだが、ダンデたちのような上澄みのトレーナーにも食らいつくことが出来る筈だ。

 しかし、じゃあさっそくカンスト目指してポケモンを育てるかと思ってもそう簡単な話ではない。理由はもろもろ有るが、一番のわけはカンストまでのレベル上げは労力と時間がめちゃくちゃ掛かる事だ。

 

 ポケモンのゲームにおいても、アイテムなどを使用せずにバトルでの経験値のみでレベル上げを行へばかなりの時間が掛かる。俺もゲームの剣盾はそれなりの時間をプレイしたが、ゲームで手持ちのポケモンを100レベルにすることはできなかった。ゲームにおける剣盾は、ポケモン育成においてはほぼ理想的な環境と言えたのにだ。

 

 当然の話であるが、俺が生きるこのガラル地方のポケモン世界とゲームであったポケモン世界ではいくつかの相違点がある。ゲームであれば、何時いかなる時でも適正レベルの野生のポケモンやトレーナーと戦い経験値を得ることができた。

 だが現実仕様になったこの世界では、休憩もなしに戦い続けることなどできないしちょうど良い相手と連続でバトルなど机上の空論と言える。

 特にワイルドエリアでは、時たまありえない高レベルの野生ポケモンと相対することもあり危険だ。

 

 結局のところ、ゲーム仕様でなければ手持ちの6体のポケモンをレベル100するのは現実的ではない。そう考えるとダンデやジムリーダーたちが、普段の生活で忙しいにも関わらず高レベルのポケモンを持ち合わせている事実が、いかに彼らが優秀なトレーナーなのか証明している。

 普通ならこの手も諦めるところだが、俺には他のトレーナーと違いチート能力と前世の記憶による剣盾知識があった。

 

 これがあれば、自分のポケモンが今何レベルなのかが正確に分かる。強いポケモンと不意に遭遇しそうになっても、この能力があればすぐに逃げの一手を打つことができるだろう。何なら、個体値の厳選だって不可能ではない。もろもろと出費が嵩みそうではあるが、これは工夫のやりようでどうとでもなると思う。

 

 あと必要なのは俺の覚悟だ。

 

 この手段を用いれば、俺は長い間表の舞台から姿を消すことになる。だいたいポケモントレーナーの全盛期は10代半ばから20代後半とされている。手持ちのすべてのポケモンをカンストさせるならば、このトレーナにとっての最上期をすべて育成に注ぐことになるだろう。

 もしかすれば道半ばで諦め、そこまでかけた時間と労力を無駄にするかもしれない。もっと楽な道を選んだ方が賢い生き方だ。

 そもそもレベル100に育てたとして、ダンデたちのような天才ポケモントレーナとまともに勝負できる保証はどこにもない。

 

 それでも、ここは間違いなく俺というトレーナーの分水嶺。

 報われなかったとしても、せめて後悔が残らない選択をしたい。だから俺は選ぶ。たとえ険しい道であったとしても悔いのない選択を。

ーーーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

 あれから2年の月日が流れ、16歳となった俺はワイルドエリアの入り口に立っていた。この2年は、準備で忙殺される日々であった。

 あの時、一大決心をした俺はジムチャレンジを辞退してすぐに帰宅。その後、両親の説得に試みた。もちろん始めは難しい顔をされたが根気強く説得を続けて、最終的には納得してもらった。

 

 それからは計画に掛かるであろう費用の捻出に取り掛かり、毎月が師走のように感じながらも2年かけておおよその資金を貯めることができた。これに関しては、ジムチャレンジ大会の関係者であった親のコネが大変役に立った。でなければ、当時14歳の俺が割の良い仕事に就くのは苦労していただろう。

 

 何はともあれ、無事準備は整った。ある意味で俺はこのポケモンの世界に転生して初めて最初の一歩を踏み出すのだ。実は今日、ちょうどジムチャレンジの大会が行われる日でもある。

 ワイルドエリアの奥地に進む前に俺はジムチャレンジの開会式が行われているであろうエンジンシティを見つめ呟く。

 

「俺は必ず帰ってくる」

 

 俺の名前はマックス。今日から頂き(カンスト)を目指す一般人チート持ち転生者だ。




 九千字越えの文章に、名有りのポケモンが一体も出て来ないのを書き終えてから気付きました。許して。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

帰って来た挑戦者

 

『さあ、今年もこの瞬間がやって来ました。ジムチャレンジが始まり約一ヶ月、数々の参加者が挑み脱落した中残った猛者達によるセミファイナル戦のファイナリスト決定戦。ここで勝利した者がジムリーダーを含むチャンピオンシップに参加出来る権利を獲得する事が出来ます!!』

 

 一つの会場に集まった見渡す限りの観客。人々は声援なのか野次りなのか定かではないが、皆いちように声を張り上げていた。会場にいる実況者もそれに負けじとマイクを掴み声を全体に轟かす。

 そこにはただ熱狂だけが渦巻いていた。

 

『試合開始まで残り後僅か。実況は私ボイスと解説はトゥーク氏でお送りしたいと思います』

『よろしくお願い致します』

『さてトゥークさん、試合開始までのこの短い時間の中で二人の選手を振り返りたいと思います。トゥークさんから見てそれぞれどの様な印象を受けますか?』

『そうですねー。あのお二人に対して詳しく語ると長くなりそうなので、ここは短く一言で表しますとズバリ”異色の二人”でしょうかね』

『ほう、異色ですか!その心は?』

『はい、まずファスト選手は今大会を含め五回連続でセミファイナル決勝戦まで進み、その内四回は勝利し本戦であるチャンピオンシップに進出しています。言うまでもない事ですが、ジムチャレンジからここまで猛者蔓延る中勝ち続けるのは容易ではありません』

『確かに。ジムチャレンジと言えば彼!と思う方も多いでしょう』

 

 ファスト選手。歳は二十歳になったばかりで五年前のジムチャレンジ大会から四回連続でセミファイナルを制し、ファイナリストとしてチャンピオンシップに名を連ねる常連である。

 ポケモンバトルのスタイルは臨機応変の万能型。手持ちは一タイプで固めず、複数のポケモンで相手の弱点タイプを被せて常に有利に立ち回るテクニックタイプのエリートトレーナーだ。

 

 彼のポケモンバトルには派手さこそないが、豊富な手持ちによる詰将棋の如き戦い方で弱冠にしてジムチャレンジャーの中では最強のトレーナーと呼ばれている。

 

『そしてもう一人のトレーナー、マックス選手。彼についてはなんと言いますか、いちポケモンバトルファンとして様々な思いを抱かされてしまいます』

『あー確かに。彼ほどファンから良し悪しが別れる選手は珍しいですね。個人的にはマックス選手のバトルスタイルは嫌いではないのですが』

『おっと、いけませんよ。我々は中立の立場なのですから。しかしそうですね、彼については言える事は一つ。とてつもなく強い。コレに尽きるでしょう』

『ええ、それだけはきっと誰もが認めています…。おっと、時間になったようです!代表を賭けて戦う両選手が今入場します!!』

 

 どん!、と一際大きな爆発音が会場に響くと向かい合った二つの入り口からそれぞれ選手が顔を見せる。

 

『両選手が今、入り口から入場いたしました!まずはマックス選手。彼の大会出場はなんと十五年ぶり!十五年前の初のジムチャレンジでは炎のジムリーダーに敗退を期し脱落しております』

『炎でですか。あそこは今も昔も変わらずチャレンジャーにとって鬼門なのですね。と言うことはマックス選手は今回で二度目の大会出場になるのですね』

『はい。なので誰のマークも付いていなかったので此処まで勝ち抜いて来た選手の中では完全なダークホース扱いでした』

『歳もおよそ三十代でしょうからね。若きホープのファスト選手が例年通り勝利するのか、それともマックス選手が意地を見せるのか。注目の一戦です』

 

 ボイスとトゥークが互いに話を続けるうちに、二人の選手は会場の中央で相対し睨み合う。

 先にファストが口を開く。

 

「視線があったらポケモンバトル。トレーナーであれば、場所問わずにね。今回も去年と同じく僕が先に進みます。若者らしく時代遅れ(ロートル)の貴方に引導を渡してね」

「お手柔らかに頼むよ、アマチュア最強(銅メダリスト)さん」

「言ってくれますね」

 

 ポケモンバトルの前の舌戦は一種の牽制であり探り合いでもある。故に、余程酷い言葉でなければある程度の挑発は黙認されている。しかしそれもすぐに終わる。

 お互い相手が気後れしていない事を確認すると、同時に背を見せ所定の位置に向け歩き出す。

 

『両選手、気合い充分のようです。さあ両者共に所定の位置に着きました!今、戦いの幕が切って落とされます。それでは皆さんご一緒に』

 

『『『バトル開始ー!!!』』』

ーーーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

 やっと、やっと此処まで来れた。強くなると決意し苦節十五年。俺は無事手持ちの六体のポケモンをレベル百にし、このガラルの大会に舞い戻って来た。

 

 ワイルドエリアで過ごした日々は俺を心身共に強くした。十五年前、俺に決定打を打ち付けた炎のジムチャレンジもその後のジムリーダーもほぼストレートで全勝することが出来た。

 

 最初こそ不安があったが、この快挙が俺の考えたレベル差理論を確かなものにし結果、大いなる自信に繋がった。お陰で二回目にして初参戦であるこのセミファイナル決勝戦にも、特に飲まれることなく堂々と振舞う事が出来ている。

 

 まあ、その過程で俺の評判が色々と表立って言えない有様になってしまったんだが…、見て不健全になりそうなものは見なくてヨシ!

 つまるところの無視である。

 

「マックス選手。お時間となりましたので移動をお願いします」

「あ、はい。分かりました」

 

 どうやらとうとう決勝戦が始まる様だ。にしてもすごいな。控え室にいるにも関わらず外から声援が聞こえて来る。いったい何人の観客がこの会場にいるのだろうか?想像も付かない。

 

 そんな事を考えている内に会場の入口に付く。そしてどん!と言う爆発音が鳴り、それを合図に歩き出す。

 

 内心で火薬の量が多過ぎでは?、と心配しつつ視線は真っ直ぐに固定する。

 すると十歩も歩かない内に対戦相手であるファスト選手の姿が見えて来た。

 

(若いな。いや、二十歳なんだから当然か)

 

 マックスは歩きながら心内でそんな事を思う。

 そもそもジムチャレンジ自体、若者が圧倒的に多い。ファストの年齢でさえ、全体的に見れば上の方だ。

 

 対して自分はどうか。既に全盛期は過ぎ、後は如何に落ち幅を少なくするかの三十代に突入している。ファスト選手のジムチャレンジに挑んだ歳はマックスより一つ上とは言え、序盤敗退の自分とは違い彼は華々しい結果を残している。

 

 彼が活躍をしている間、自分はずっと誰にも目に付けられる事なく黙々とレベル上げをしていた。一体この差は何だろうか。

 いや、分かっている。単純にファスト選手には才能があるのだ。俺なんかと違って…。

 

 そんなネガティブなことを考えている内に両者は互いに向き合う距離にまで来ていた。

 先に口を開いたのはファストである。

 

「視線があったらポケモンバトル。トレーナーであれば、場所問わずにね。今回も去年と同じく僕が先に進みます。若者らしく時代遅れ(ロートル)の貴方に引導を渡してね」

「お手柔らかに頼むよ、アマチュア最強(銅メダリスト)さん」

「言ってくれますね」

 

 開戦前の口撃はジャブのようなものとは言え、苦笑いが出そうになる。レスバで俺に挑もうなど片腹い。この十五年間、娯楽など殆どなく過ごした俺は少しの休憩や寝る時間の僅かな間のネットサーフィンが唯一の癒しであった。

 

 故に、意外とポケモン界隈に付いては詳しい方なのだ。例えばファスト選手がアンチから言われている蔑称とかな!

 

それにー

 

(お互い、こんなんで飲まれちまう程の初心者(ビギナー)であるまい。下らない腹の探り合いは止めようぜ?)

 

 そう、ここに立った時点で両者共に覚悟が決まっているのだ。今更挑発や小さな事での精神的な動揺は決して起きない。

 その肝の座った姿こそ、数多の勝負に勝って来たファイナリスト候補の所以である。

 

『はい。なので誰のマークも付いていなかったので此処まで勝ち抜いて来た選手の中では完全なダークホース扱いでした』

『歳もおよそ三十代でしょうしね。若きホープのファスト選手が例年通り勝利するのか、それともマックス選手が意地を見せるのか。注目の一戦です』

 

今何で歳のこと言ったの???

 

 いや、ビックリしたわ。ファスト選手と睨み合ってたら、予想外の所からぶっ刺されたんだが?めちゃくちゃ動揺してしまった。え、顔に出てないよね?

 一応公開されているとは言え個人情報だぞ。こんな大舞台でナチュラルにカミングアウトしないでほしい。

 あの解説供、何が中立の立場だよ。思いっきり敵じゃねーか!

 こんなんほぼ利敵行為だよ、利敵行為!!

 

 本当に歳の事を不意打ちで出すのはやめて欲しい。レベル上げ時代の年々居たたまれなくなる親の眼差しとか、外からの情報により湧き出る劣等感やら嫉妬やらの事とかを思い出して心臓が苦しくなるんだよ。

 

 俺は動揺した事が相手に伝わってない事を祈りつつ、ファスト選手から視線を切り所定の位置に付く。

 

 眼を閉じ深呼吸を一つ。刹那、開眼すると同時に振り向く。

 既にこちらに向いていたファスト選手と視線がぶつかる。それを通じて互いの戦意がどんどん高まって来る。

 

 それがピークに達した時、その瞬間がやって来た。

 

『バトル開始!』

 

「倒して来い、カメックス!」

「行け、バンギラス!」

 

『両選手同時にポケモンを繰り出した!ファスト選手はカメックス。対するマックス選手は今大会初出のバンギラスです』

『マックス選手は今まで初手のポケモンはウインディを必ず出して来ましたがここで変えて来ましたか。タイプ相性だけ見るとファスト選手のカメックスが有利ですね』

 

(バンギラス?今までの初手ウインディが今回の為のブラフだとしたならば、何故水タイプに有利を取れるポケモンを出さないんだ)

 

 マックスは今回のジムチャレンジやリーグ戦で記録に残る公式のバトルは全てウインディを初めに繰り出していた。

 ファスト自身それなりに悩んだが、罠の可能性を疑いつつタイプ有利を取れるカメックスを初手に選んだ。

 

 案の定、マックスは違うポケモンを出して来たわけだが何故かそれは水タイプに不利なバンギラスであった。

 ファストは出て来たポケモンがウインディなら攻め、こちらの弱点タイプなら交代するつもりだった。

 

 しかし、マックスは水タイプに不利な違うポケモンを出して来た。これがファストの思考を混乱させ、手が止まってしまったのだ。

 

『両選手がポケモンを出してから十秒が経ちましたが未だに両者は動きません』

『ファスト選手はどう試合を展開していくか迷っているようですね。対してマックス選手は静かに待ち構えています。果たしてどの様な狙いがあるのか…』

『大会では珍しい膠着状態に陥っております。どちらが先に動くのでしょうか』

 

(どうする?普段なら待ちだがタイプ有利なのだから攻めてーは?)

 

 ファストは頭の中で戦術を考えながらバンギラスを見ているとある事に気付く。

 マックスのバンギラス立派な体格をしていて、その姿は通常個体に比べ一回り大きい。だがその顔に付いているであろう鋭い瞳は今閉じられていた。

 

(眼を瞑っている?)

 

 それを認識した瞬間、ファストの体はカッと熱くなった。バトルの最中に眼を閉じるなど、相手から意識を逸らす以上の愚行だ。

 つまりファストは舐められているのだ。

 

(巫山戯るなよ、ロートルが!)

「カメックス、”ハイドロポンプ”だ!」

「ガメェー!」

 

 馬鹿にされたと思ったファストはその誘いに乗る事に決め、カメックスに攻撃の指示を出す。

 

『沈黙を破ったのはファスト選手!そのまま攻撃は……当たったー!?』

『直撃しましたね。下手をすればコレでバンギラスは戦闘不能になったかもしれません』

 

 ファストのカメックスから放たれた強力な攻撃は外れる事なくバンギラスに吸い込まれていった。

 強力な攻撃が当たった影響かバンギラスの周りに煙が上がり姿を隠してしまう。

 

(手応えはあった。例え耐えていたとしても大ダメージの筈だ)

 

 ゆっくりとだがバンギラスを覆っていた煙が晴れて行く。そこに映っていたバンギラスの姿は…

 

「な、無傷だと!?」

『なんという事だー!マックス選手のバンギラス、”ハイドロポンプ”が直撃したのにも関わらず傷ひとつない!!』

 

 そこには初めと変わらず静かに佇むバンギラスの姿があった。

 ワァ、と会場が沸く。弱点タイプの技を受けて殆ど動じないポケモンなどデタラメにも程がある。

 

 興奮に包まれた観客をよそに、ゆっくりとではあるがバンギラスの瞼が開き始めた。その瞳に怒りを宿して…

 

「暴オオおおお◾️◾️◾️◾️▪️▪️▪️▪️▪️!!!!!」

 

 バンギラスの放った咆哮は先程まであったあらゆる音を消し飛ばした。

 ボイスやトゥークも思わず喋る事を忘れ耳を塞いでしまったくらいだ。当然、より近くでその身を咆哮に晒されたファストも怯んで尻餅をついてしまう。

 

(あ、頭がクラクラする。耳も痛い…)

 

 きーん、となる耳鳴りに耐えグラつく視界でファストはバンギラスを捉える。そして気付いた。

 咆哮の終わったバンギラスの口が閉じられず高密度のエネルギーを伴ってにカメックスに向けられているのを。

 

「まずッ、避けろカメックス!」

 

 不調にも関わらず咄嗟に指示を出したファストは間違いなく優秀なトレーナーだ。

 だが、カメックスは先程のバンギラスの咆哮によって意識が呑まれ体が萎縮してしまっていた。

 

 次の瞬間。バンギラスが発生させていた高密度なエネルギーは、”はかいこうせん”となって発射される。

 カメックスはただ上手く動かない体で迫り来るそれを見ることしか出来ない。

 

ー落雷の如き轟音が会場を揺らした。

 

『っうぅ、こ、これはバンギラスの”はかいこうせん”?でしょうか。それがファスト選手のカメックスに向けて放たれました。カメックスの安否の程が分かりません』

『す、凄まじい威力でしたね。仮に先程の攻撃が直撃していたら高確率でカメックスはダウンしているでしょう』

『あ、と。審判がカメックスに駆け寄り様子を伺っております。結果は…ああ、ダメです。戦闘不能です!』

『でしょうね。あの”はかいこうせん”にはそれだけの威力がありましたよ』

 

「カメックス。良くやった、休んでいてくれ」

 

 ファストは労いの言葉を掛けながらカメックスをボールに戻す。しかしその手は震えを隠せないでいた。

 

(何なんだ?あの巫山戯た威力の攻撃は)

 

 元々”はかいこうせん”は高威力の技である。だがそれを加味しても先程のバンギラスのそれは常軌を逸していた。

 兎に角、地上戦はダメだと判断したファストは次のポケモンを繰り出した。

 

「行け!ヨルノズク」

 

 ファストから放たれたヨルノズクはすぐさまバンギラスの射線を切るように大空に羽ばたく。

 対してバンギラスは特に行動をせずその姿を黙って見つめる。

 

『さあ、ファスト選手の次なるポケモンはヨルノズク!随分と空高くに舞い上がりました』

『あの威力の技を見た後ですからね。ファスト選手としては正面からの戦闘を避けたいのだと思います』

『なるほど。空を飛べないバンギラスに対して上空からの撹乱が目的という事ですか。しかしこれに対して、バンギラスもマックス選手も静観しております。一体どのような考えがあるのでしょうか?』

 

(バンギラスの考えか…、いや俺にもわっかんねー)

 

 ファストのヨルノズクが右へ左へと飛びバンギラスを撹乱する中、マックスはそんな事を考えていた。

 実況や解説が色々と自分の事を過大評価してくれているが、マックスは考えがあって静観しているのではない。何もすることがないからボケっと突っ立ってるだけなのだ。

 

 バンギラスはワイルドエリアにてヨーギラスの時に捕まえたポケモンだ。マックスが三番目に手持ちに加えたポケモンで、メンバーの中では古参にあたる。

 

 ヨーギラスの頃はこちらの命令にも素直に従ってくれていたのだが、進化を重ねるごとにマックスの言う事を聞かなくなってしまったのだ。

 今ではバトルに出すと目に付くもの全てを蹂躙する破壊兵器と化してしまった。

 

 そんなバンギラスをマックスは内心ではゴ○ラさんと呼んでいた。

 

(一応、戦えと止めろだけは従ってくれるんだよなぁ)

 

 最低限の命令に従ってくれるなら良し、と放置してしまった結果が今のバンギラスである。

 

「ヨルノズク、”サイコキネシス”だ!」

『ファスト選手が仕掛けた。バンギラスは、何とまたしても避けない!』

 

 先程の”ハイドロポンプ”同様、バンギラスはヨルノズクの技に対して微動だにせず攻撃を受ける。

 そんなバンギラスの様子を見ながらマックスは悪癖が出てるな、と溜息を吐く。

 

 マックスのバンギラスは此方の言う事を聞かない破壊の化身の様なポケモンではあるが、バトルに置いて自分なりのこだわりを持っていた。それは、格下と判断したポケモンの技は必ず一度受けると言うものだ。

 正直、賢い戦い方では無いだろう。

 

 それでもー

 

(ヨルノズクのレベルが45。カメックスが47。このレベル帯ならいくら攻撃を受けようがゴジ○さんは怯まん)

 

 マックスはチート能力を使い、ファストのポケモンの強さを見る。おおよそ、準ジムリーダークラスのレベル帯だ。

 十分高レベルと言えるが、流石に50以上のレベル差があるバンギラス相手では分が悪かった。

 

「暴おおォォ!」

「!避けろヨルノズク。的を絞らせるな」

 

 ヨルノズクの”サイコキネシス”を受けたバンギラスはお返しとばかりに”はかいこうせん”を乱れ撃つ。

 

『おお!マックス選手のバンギラス。”はかいこうせん”をまるで弾幕の如く連続で発射する!!』

『これは凄いですね。普通、”はかいこうせん”はある程度溜めが必要なのですがそれを無視する勢いです』

 

 ”はかいこうせん”(小)あるいは”はかいだん”、とでも言うべきか。マックスのバンギラスは発射する”はかいこうせん”のエネルギーをある程度、調整し小分けにすることが出来た。

 これにより、ほぼ溜めなしで”はかいこうせん”を連射する事を可能にしていた。

 

 無論、威力は従来の”はかいこうせん”に劣るがレベル差を考えれば誤差である。

 事実、”はかいこうせん”の嵐に晒されたヨルノズクはそれに当たるまいと必死に回避を続ける。寧ろ避けることに手一杯でそれ以外の行動が出来ないでいた。

 

「頑張れヨルノズク!必ず息切れを起こす筈だ。それまで避け続けるんだ!」

 

 確かにファストの言うとおり、バンギラスの無尽蔵と言える体力を持ってしてもこの技を撃ち続ける事は出来ない。

 いずれ”はかいこうせん”が止む時が来るだろう。

 しかし

 

「知ってるか?ファスト選手。実はゴ○ラって跳ぶんだぜ」

 

 ファストの読み通り、バンギラスの技が途切れる。それを見たファストはヨルノズクに反撃の指示を出そうとした。

 だが、バンギラスは技を撃ち終わると同時に身体を丸める。その姿はあたかも限界まで縮めたバネの如し。

 

 嫌な予感がしたファストは咄嗟に回避の指示を出そうとしたが、それより一瞬早くバンギラスの体が解放される。

 地面にヒビが入る程の轟音を周囲に撒き散らしながらバンギラスは豪速でヨルノズクに向かって飛翔する。

 

『なんと!バンギラスが跳んだー!?』

「ホゥ!?」

 

 飛翔したバンギラスは寸分違わずヨルノズクに激突する。ヨルノズクも万全の状態なら避けられたであろうが、”はかいこうせん”の回避で体力を消耗していた事もありその身でバンギラスのロケットの様な頭突きを食らう。

 

 会場全体に鈍い音が木霊する。

 まともに頭突きを貰ったヨルノズクは空から失墜し、地面に叩き付けられた。

 

「ヨルノズク!?」

 

 ヨルノズクはファストを悲しませまいと立ち上がろうとするが、同じく空から落ちてきたバンギラスに踏み潰される。

 

 どん!、と音が鳴った後ヨルノズクは立ち上がる事が出来ず審判から戦闘不能を言い渡された。

 

『これは圧倒!マックス選手、圧倒的です!!ファスト選手の手持ちは残り四体となりましたが、マックス選手のバンギラスは未だ健在。ファスト選手は勝つためには厳しい状況に置かれました』

 

 ファストは続ける様にして、マンムー・レントラー・カポエラーを繰り出すが先の二体同様にほぼ一撃で葬られる。

 

 あれほど騒がしかった会場も、あまりに一方的で暴力性さえ感じるバンギラスの戦い方に鎮まり却ってしまう。

 

「何なんだよ…お前らは」

 

 ファストは戦闘不能になったカポエラーをボールに戻しつつ目の前の理不尽な存在相手に嘆きを溢す。

 バンギラスの戦法いたって簡単。殴られたら殴り返す。これの繰り返しである。

 戦術もクソもないフルアタックによるどつき合いだ。

 

「こんなの、認められない」

 

 ファストは無意識に奥歯を噛み締める。これは追い詰められた時に出る彼の癖だ。ファストはいつもチャンピオン決定戦の本選で格上のジムリーダーと勝負する時、奥歯を噛み締めてきた。

 ファストは15歳にしてセミファイナルのファイナリストに残った猛者である。間違いなくポケモントレーナーとして一流の才能を持ち合わせている。

 

 しかし、その先の本選においては一度も勝てたことがなかった。いつもジムリーダーの誰かと当たり一回戦敗退を期している。ファスト自身、ジムリーダー達とそこまで明確な差は無いと思っている。だが、その僅かの差で毎度接戦を制することができないでいた。

 

 そんなファストのことを意地の悪い者は銅メダリストと野次を飛ばして来ることもある。アマチュア以上ジムリーダー以下、それがファストの世間からの主な評判である。ファストもおおむね的外れな評価ではないと思っている。

 だがそれでも今までの戦いはここまで一方的なものではなかったはずだ。今までの本選でのポケモンバトルもあくまで対戦相手がファストの戦術を上回ったが故の結果であった。

 

 そこには確かな工夫と努力があった。故にこんな力だけで押し勝つような戦術も何もないポケモンバトルをファストは受け入れることが出来ない。もしこんなものがまかり通る事になってしまえば、ポケモンバトルとは強いポケモンで殴り合うだけのものになり果ててしまう。

 

 そんなバトルに一体どのようにしてポケモントレーナーの存在意義を見出せと言うのか。

 だからこそこの絶望的状況でもファストは諦めない。例えもう逆転の目が残ってないにしろ、せめてあのバンギラスだけでも落とさなければ気が済まない。

 

 再度ファストは目の前の敵を見つめ闘志を滾らす。

 

「終われない。終わってたまるかよッ、だからバタフリー!」

 

 ファストは手持ちの最後のポケモンを繰り出す。そしてすぐさまバタフリーをボールに戻すと同時に叫ぶ。

 

「ダイマックスだ!!」

『ファスト選手、ここにきてダイマックスの解禁だ!どうやらまだ勝利を諦めていない様子。凄まじい闘志です!』

『どちらにしろファスト選手は最後のポケモンですからね。ここはダイマックスの切りどころでしょう』

 

 再びボールから出てきたバタフリーは観客席からも見上げるほどの巨体となってフィールドに君臨する。さらにファストのバタフリーは通常のダイマックス個体とは姿が異なっていた。

 それは一部のポケモンしか持ち合わせていない特性で、ダイマックス時の特殊形態ーキョダイマックスと言われる現象だ。

 

 これはダイマックスが主流のガラル地方においてもかなり珍しい光景であり、静まり返っていた会場の観客がにわかに活気を取り戻す。

 

『これは珍しい。バタフリーのキョダイマックスです。しかしこれに対してマックス選手は今だ不動。まさかキョダイマックスに素の状態で迎え撃つのでしょうか!?』

『ダイマックスに対してダイマックスで返す。所謂ダイマックス合戦と呼ばれる方法が主流の中、あえてダイマックスを温存する選択肢を取ったようです。あるいは、マックス選手のバンギラスならばバタフリーのキョダイマックスに耐えられると言う判断かもしれません』

『なるほど!どちらにしてもこれが最後の攻防になるでしょう。マックス選手がこのままストレート勝ちするのか、はたまたファスト選手が意地を見せるのか注目です!』

 

 会場が熱気を取り戻す中、マックスは相手のバタフリーのキョダイマックスの姿を見て静かにこう思う。

 

(モ〇ラかな?)

 

 会場やファストの雰囲気とはまるで真逆の、間の抜けなことを考えていた。

 しかしこれも仕方のないことだろう。

 バンギラスはひたすらワンマンプレーを続けるし、既にこのバトルはストレート勝ち目前だ。極論、ここでバンギラスが負けても控えの五体で十分バタフリーに勝利できる。頼みの綱のダイマックスもバンギラスから無言で拒否された。

 

 であればマックスに残された選択肢は黙って戦況を眺めている事だけである。

 

「バタフリー、”ダイワーム”だ!」

「フォーン」

 

 そうこうしていると、ファストのバタフリーから大質量の一撃が放たれた。これにはバンギラスも首を窄め、腕を体の前でクロスして防御の体勢で攻撃を受ける。

 

「”ダイワーム”、”ダイワーム”、”ダイワーム”だ!」

 

 2度3度とファストは休みなく攻撃の指示を出す。これにはさすがのバンギラスも体をグラ付かせる。

 

『ファスト選手、とんでもない猛攻だ!これで確実にバンギラスを倒すという気迫が伝わってきます』

『通常のダイマックスの持続時間がおよそ30秒程ですが、これほど技を連発すれば10秒も持たないでしょう。キョダイマックスの持続性を犠牲にした上での連続攻撃ですね』

 

 トゥークの予想通り、ファストは戦いを長引かせる気は毛頭なかった。ただあのバンギラスを倒す。その一念で攻撃を続ける。

 

「バタフリー、これで決めるぞ。ダイワームだああああああ!!!

 

 通算5度目の”ダイワーム”。キョダイマックスの残存エネルギーのほとんどをつぎ込んだ、渾身の一撃がバンギラスに炸裂する。

 5度の”ダイワーム”を受けたバンギラスの体は最初と比べボロボロの状態になってしまっていた。グラつく体。不死身と思われたバンギラスもとうとう倒れるのかとその様子を見た会場の誰もが思った。

 

 バンギラスの主人であるマックスを除いて。

 

「え?」

『こ、これはバンギラス倒れない。あれほどのキョダイマックスの猛攻に晒されてなお倒れない!』

 

 そう、バンギラスは耐えきったのだ。そして技を耐えきったのならこのままでは終わらないのがマックスのバンギラスだ。

 

 体を覆うは陽炎。バンギラスはバタフリーの猛攻に晒されながらずっとずっと我慢し力を貯め続けていた。そのエネルギーが高熱となって体から噴き出ているのだ。

 そして今、バンギラスの動きを邪魔するものは何もなくなった。

 

「暴オオオオオオォォォ!!!!!」

 

 この日、一番の声量と共に吐き出された”はかいこうせん”は灼熱の光線と化してキョダイマックスのバタフリーを貫く。

 

「バタフリー!」

 

 ファストの悲痛な叫びと共に、バタフリーのキョダイマックスは解け戦闘不能となる。

 

『決着!セミファイナルを制し、ファイナリストとして本戦のチャンピオンシップに挑むのはマックス選手に決まりました!』

『いやー、すごいバトルでしたね。私も長らくポケモンバトルを見てきましたがこんなことは初めてです』

 

 ボイスとトゥークの話をよそに、試合会場は鎮まり却っていた。あまりに一方的。あまりに暴力的。これが本当にセミファイナルの決勝戦であろうか。

 人は自分の知る現実と大きく異なるものを直視して時、自己防衛からか拒否反応が起こる。勝利したはずのマックスが讃えられずにいるのも、常識外れのバトルをバンギラスが展開してしまったからだ。

 

 とは言え、いくら認められなくとも時は止まらないしバトルの結果は覆らない。

 マックスは取り合えず、試合の締めとしてバンギラスをボールに戻して唖然として動けないでいるファストの元へ向かう。

 

「その、なんだ。いいバトルだったな」

「ッどこが!・・・、いえ。失礼しました。マックス選手のチャンピオンシップでの健闘を祈ります」

 

 そう言うとファストは握手もそこそこに速足で会場を去って行った。本来であればこの後のセミファイナルの優勝者としての取材やらなんやらで盛り上がるはずなのだが、あのような試合内容と結果のせいかいまいち盛り上がりを見せずに終わりを迎えた。

 

 こうしてマックスのジムチャレンジのリベンジと初めて挑むセミファイナル決勝戦の幕が閉じたのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

イカれたメンバーを紹介するぜ!

 

 セミファイナル戦の決勝が終わった翌る日の朝。俺ことマックスはリーグ戦を運営してる会社の一室で、チャンピオンシップにおける講習会を受けていた。

 何でも、俺がチャンピオンシップ初出場という事もあり大会の諸々の規約とかルールなどを改めて説明してくれる機会を運営側が設けてくれたのだ。

 有難い事である。

 

 まあ、小耳に挟んだ情報によると俺の戦い方に問題があり栄えあるチャンピオンシップの選手として相応しく無いのではないか?とファンの間で言われていて、その旨の署名簿が委員会まで届き物議を醸しているらしい。ソースはインターネット。

 だから、この様な説明会などと銘打って上が判断を下すまで時間を稼いでいるのではないか言うのが俺の予想である。

 

 実際の所、どうなるのだろうか。俺としては講習会を受けられている時点でチャンピオンシップに出れる確率は高いと思うのだが、こればかりは上の人間の匙加減に委ねるしかない。

 

「なのでチャンピオンシップの本戦では過度なマナー違反や反社会勢力を増長させるような行動は謹んで欲しいのです」

「はい、分かりました」

「確認なのですが、本当に大丈夫ですか?あくまで確認ですが」

「え?あ、はい。勿論です」

 

 そんな念押しせんでも…、と思いたい所だが決勝戦でのバンギラスの暴挙を思い出し俺自身あまり強くものを言えないでいた。

 流石にあのレベルの暴君は俺の手持ちでもバンギラスのみである。だが俺の手持ちは皆癖が強い。バンギラスとはまたベクトルの違う害悪試合をジムチャレンジ中に多々、行ってきている。

 寧ろバンギラスだけが異常であったならばここまで話は拗れなかっただろう。

 

「そうですか。では講習会はココまでにしたいと思います」

「はい」

 

 朝から始まり小休憩を挟みつつ、お昼頃まで続いたこの説明会もようやっと終わりを見せる。昼ご飯は何を食べようかと呑気に考えているマックスに、スタッフは次なる言葉を投げ掛ける。

 

「ではついでにチャンピオンシップでバトルを行うポケモンの登録もしておきましょうか」

「あ、はい」

 

 まだ続くのか、とマックスは思わず考えてしまう。もちろん、顔には出さないが。

 因みにスタッフの言ったポケモンの登録とは、事前にチャンピオンシップでどの手持ちで挑むのかを大会運営側に申請してそれを認めて貰う行為だ。

 これにより大会中の替え玉行為を防ぐ意味合いがある。またガラル地方のバトルトーナメントは、他の地方と違いエンターテイメント性が高い。

 故にこう言った事前に手持ちを明かす一種のファンサービスも半ば義務付けられていた。

 

「ではメインの六体のポケモンとサブの六体のポケモンをそれぞれ選び、申請をお願いします」

「はい、…はい?」

「?」

 

 いやセミファイナルを勝ち抜いて今更と思うが、サブポケモンて何ぞや???

 

「えーと、メインとサブですよね。スゥー、何でしたっけ。それ?」

「…はい、ご説明します。基本は申請したメインポケモンでチャンピオンシップでバトルして頂きますが、何らかのアクシデントにより手持ちのポケモンが使用できなくなった時にサブの登録ポケモンを使用できる制度です」

「あーなるほど。もしもの時の為の保険みたいなやつですか」

「大雑把に言いうとそうなります」

 

 いやー、いきなり聞きなれない単語が出てきてビックリしたわ。まあ俺が転生したこのガラル地方では現実仕様になったせいか、ちょくちょくゲームの剣盾で聞かなかったようなルールや仕様が存在している。

 例えば、一回のバトル中のポケモンの入れ替えは三度までに限るとか対戦相手のポケモンを誤って自分のボールに入れようとした場合、故意か否かに関わらずに反則負けになるとか。

 ガラル地方においてその象徴と言えるダイマックスも、ゲームでは3ターンの継続だったがここではだいたい平均で三十秒前後しか持たなかったりする。

 

 しかもダイマックス後のポケモンは巨大化した反動からかスタミナを使い切ったかのようにヘロヘロになる。具体的に言うと、42.195キロ(フルマラソン)を走ってゴールした素人ランナー状態と化す。

 なのでダイマックス後のポケモンはほとんど使い物にならない。このせいか、ダイマックスを切るタイミングはゲームの時よりシビアな価値観になってる印象を受ける。人によってはダイマックス専用のポケモンを育てて用意するトレーナーだっている位だ。

 

 これは俺の主観かつ余談になるが、ダイマックスにはダイマックスで返すダイマックス合戦が主流の中でそこまで変身のタイミングに拘る価値があるのかと言うのが正直な感想だ。

 一応、素早いポケモンで相手のダイマックスをスカす戦法も試されているらしいが、あの巨体から逃げ切るのは難しいようであまりこの方法を使っているトレーナーはいない。今のところダイマックスに対抗できるのはダイマックスしたポケモンだけ、と言うのがガラル地方での一般的な考え方だ。

 そう言う意味では、バンギラスはかなり珍しい勝ち方をしたと言える。

 

「じゃあ手持ちのメイン六体だけを登録申請しておきます」

「あの、サブポケモンはどうなさるのですか?」

「いりません」

「えぇ!?」

 

 正確には用意できないが正しい。我ながらくだらない見栄を張ってしまった。しかし、目の前のスタッフにとっては予想できなかったことのようで随分とマックスの発言に驚いている。

 

「本当によろしいのですか?後から申請して再登録はできませんよ。流石にメイン・サブの両方をフルパーティーで揃えるトレーナーはチャンピオンシップでも珍しいですが、大体のトレーナーはサブに三体程は入れて大会に挑んでいます」

「はい。構いません。メイン六体のポケモンのみで戦います」

「…承りました」

 

 これで良い。今更サブを用意する時間などないし、最大で合計12体のポケモンをレベル100にするなど流石に現実的ではない。

 ただでさえ手持ちの6体に15年も掛けたのだ。単純計算でさらにそこから倍の年月を掛けるなど俺でも発狂もんである。流石にやってられん。

 

「ではこちらの登録用紙とデータにメインポケモン六体の記入をお願いします」

「分かりました」

 

スタッフが渡してきた用紙と電子機械にメインポケモンを記入するついでだ。俺の手持ちの六体のポケモンを公開しよう。

 

 さあ、イカれたメンバーを紹介するぜ!

 

 一番。初期から俺の手持ちにいた2体のポケモンの内の一体、ウインディ!。元はガーディであったがレベル上げの期間中、諸事情により炎の石で進化を果たしている。

 実はこのウインディは純粋な戦闘要員ではない。と言うのも、ワイルドエリアを人間が二本の足で端から端まで動き回るのはあまり効率的ではない。それくらいには、ワイルドエリアは広く危険も多い場所だ。

 なのでこのウインディは広大なワイルドエリアを長期的にかつ素早く移動するための乗り物(ライド)ポケモンとして育て上げた側面が強い。故に技の威力は他の5体のポケモンと比較してもそこまで突出している訳ではない。だが長時間走行のためのスタミナと、どんな悪路であろうと走り切る身体のバランス能力がパーティメンバーの中でも突き抜けて高い。

 

 ウインディ自身もワイルドエリアや奥まった危険な場所を走り続けてきたおかげか、走ることが大好きなちょっとした走行中毒者になってしまっている。

 

 そんなポケモンが戦いの場に出るとどうなるか。

 ウインディが対戦相手のポケモンの周囲をひたすら走り回り、中距離から”かえんほうしゃ”を吐きまくるクソゲーバトルとなってしまっている。

 特に攻撃技である”しんそく”を純粋な走力に変えて走る走行を身に着けてしまった俺のウインディは、直線・曲がり角問わず常時ドップラー音を叩き出す位には速く走れる。必然的にウインディの攻撃に晒されながら、高速で動き回るその姿を捉えるのは容易な事ではない。

 バトル相手は、ウインディの姿を捉えようとその残像を追っている内に”かえんほうしゃ”によって丸焦げにされてしまうのだ。

 相手からしたら堪ったもんじゃねーな!

 

 二番。こちらも同じく初期から俺の手持ちにいた2体のポケモンの内の一体。サンダース!

 親の知り合いの育て屋さんからイーブイの時に貰ったポケモンだ。そこから雷の石で進化させた。実はウインディに進化する前のガーディも同じ育て屋さんから頂いている。元々親からは人に懐きやすく、タイプも炎と電気にすることを条件にポケモンを融通して貰っていた。

 

 序盤の草と水のジムチャレンジで有利を取れるタイプ選びであるが、その反面、炎のジムチャレンジでは純粋な実力で勝負しなければいけない。今振り返れば、ここに親としての優しさとジムチャレンジ関係者として厳しさが見え隠れしているような気がする。

 

 話を戻すがこのサンダースは俺の手持ちの中ではそこまで強い方ではない。イーブイ自体が可能性の獣扱いされているポケモンだが、他のポケモンを圧倒するほどのポテンシャルを持ち合わせている訳ではない。全体的にみれば大体平均的なポケモンであると思う。もしかしたら俺の手持ちの中では強さ自体は最弱かもしれない。

 俺のサンダースもある程度そのことに自覚があるのかレベル上げ時代の数年間は結構気にしてる様子が見られた。特にヨーギラスが最終進化であるバンギラスになった時はよりそのことが顕著になり落ち込むことが多かった。

 

 俺も挫折を経験した身である。この状態が長く続くのは良くないと思い何とかサンダースに元気になって貰おうとある日の夜に励ましの言葉を投げ掛けた。ただ俺もその時はサンダースを元気付けたい思いを前面に出し過ぎていて、肝心の言葉が野宿するために周囲を照らしていた蠟燭を指さし『見ろ、サンダース。火ってのは燃え尽きる瞬間が一番輝くんだぜ?』であった。

 まさしく何言ってんだお前?状態である。しかしサンダースはこの前後の脈略のない俺の役立たずの言葉に感銘を受けたらしく、以降の戦い方に大きな影響を及ぼしてしまった。

 

 そのバトルの方法と言うのが、場に出た瞬間に相手ポケモンに取っ付きエネルギーを限界までチャージ。その貯めた全エネルギーを瞬時に開放。大爆発を起こし強制1:1交換を強いる、手動追尾型強制心中装着式電撃爆弾ポケモンに変貌を遂げたのだ。お前出会い頭に自爆をかます岩・地面タイプみたいな生態してるな!

 当然、そんなことをされて喜ぶ対戦相手はいない。ただサンダースはこの行いに並々ならぬ熱意を注いでいる。行為の後のやり遂げた晴々としたサンダースの表情を見るにこの戦闘スタイルを変えることはないだろう。

 相手からしたら堪ったもんじゃねーな!

 

 三番。暴の化身にして純粋な戦闘員。俺の手持ちの中ではブッチ切りの最強(最凶とも言う)、バンギラス(ゴ〇ラさん)!バンギラスの戦法は至って単純。力によってすべてを蹂躙するストロングスタイルだ。また相手のポケモンが強ければ強いほど怒りのボルテージが上がり制御不能なほどに暴れだす厄介モンスターでもある。攻撃を避けるなどと女々しい事はしない。ただ自分のフルパワーを相手に叩き込み勝利をもぎ取る。

 こっちも痛いがお前はもっと痛いだろう神拳の使い手である。

 

 またこの狂暴性からか一定期間、戦わせない状態が続くと物凄く機嫌が悪くなる。バンギラスは俺にとって正真正銘の切り札なので、できればチャンピオンシップまでその存在を温存しておきたかった。が、我慢の限界を超えたバンギラスから猛抗議を受けた俺は、仕方なくセミファイナルの決勝戦でバンギラスを使用せざるを得なくなったのだ。

 なお相手が格下だと分かるとやる気が即座になくなり、先行攻撃を譲る舐めプをし出す模様。

 相手からしたら堪ったもんじゃねーな!

 

 四番。ドラゴンタイプにして空の支配者、カイリュー!

 元々カイリュー自体、ガラル地方ではあまり見かけるポケモンではないが誰かが逃がしたのかそれもとも何処からか流れてきたのか、ワイルドエリアにてミニリュウの状態で腹を空かせて倒れているのを助けたのが出会いだ。カイリューもこのままいつ食べ物が有り付けるか分からない生活を続けるよりかは、俺の手持ちになることで安定した食い扶持を得られる道を選んだ。

 最初の方はその生い立ちからか、かなりハングリー精神の強いポケモンであった。だが元が穏やかな性格なのかしばらく俺の手持ちに居る内にすっかり角が取れて接しやすくなった。そして当時はミニリュウであったカイリューも今では立派に成長して、バンギラスに次ぐ戦闘力を持つポケモンとなった。

 

 ただしその戦い方は決して穏やかではない。

 バトルに置いてはドラゴンタイプ特有の強靭な体を活かして空高く飛翔。後はそこから相手ポケモンに向けて”はかいこうせん”や”りゅうせいぐん”などの高威力の技を超遠距離の上空から地上に撒き散らす爆撃ジャンボジェットマシーンとなってしまった。またカイリュー自身も空ではかなり速く飛べるため地上からの迎撃はかなり難しい。対戦者は空を飛べるポケモンを用意していないと、その時点でワンサイドゲームが確定してしまう。

 ウインディともう1体のポケモンと並ぶ、俺の手持ちの中の三大塩試合製造機である。

 

 またワイルドエリアでは同様の戦い方で大空を暴れまわった影響か、俺のカイリューはドックファイトにも無類の強さを誇る。その姿はまさしく空の王者。

 対戦相手がカイリューに対抗して空を飛べるポケモンを繰り出してきても大抵は圧倒してしまえるポテンシャルを持ち合わせている。それしかしてこなかった影響で空の戦いにおける経験値が段違いなのだ。

 ラジコンVS戦闘機のようなバトル風景は見ている側からしたらかなり悲惨な光景である。ついでにバトルフィールドもその戦い方からバンギラス以上に荒らす整備班泣かせなポケモンでもある。

 相手(ついでに試合場を整備する人)からしたら堪ったもんじゃねーな!

 

 五番。俺の手持ちの中での良心。心優しき格闘家であるルカリオ!

 ルカリオが仲間になった経緯もカイリューと似たところがあり、野生であったルカリオの属していたコミュニティーで怪我をしたポケモンがいたのだ。それをたまたま近くを通り掛かった俺に気付いたルカリオが助けを求めてきたことが出会いの馴れ初めである。

 結果から言えば俺の持ち合わせていたポケモン用の医療薬品のお陰で、怪我をしたポケモンは完治した。ルカリオはその恩を返すために俺の手持ちに加わってくれたのだ。

 

 この経緯を見て分かる通り、このルカリオはとても心優しく義理堅い性格をしている。誰かが傷付く位なら自分の身を挺して庇いに行く位には良心的なポケモンだ。

 通常であればこれでも問題はなかっただろう。しかし俺はいずれガラルのチャンピオンシップに挑む身である。となればどうしても勝つための戦いは避けて通れない。つまり俺の目的とルカリオのこの優しい性格では致命的に相性が悪かったのだ。

 

 当初、ルカリオは恩人である俺の役に立てない事と傷付け合うことを忌避する自分の性格とで、板挟みなりストレスでパンク寸前のような状態であった。俺としてもバトルに勝ちたくはあるが無理して戦わせるのは本意でないので、ルカリオにその旨を伝えてはいた。しかし、ルカリオとしては仲間を助けてくれた恩に報いたいと言い、なかなか諦めてくれなかった。

 そこで俺はルカリオにとある知識と言うか技術を吹き込んだ。

 

 それが何かと言うと格闘技の概念を植え付けたのだ。ちなみにガラル空手と言うものがこの地方には存在するが、俺はそれを習ったことがないのでルカリオには教えていない。

 ではその技術の元は何かと言うと、前世で数多あった武道やスポーツである。あとついでに漫画知識も。前世では動画サイトで試合の映像や武道チャンネルが有り触れていたからな・・・。

 とは言え俺自身が格闘技の経験者ではないので、うろ覚えの記憶を頼りに『防御する時は手と体で円や回転運動を意識した方が良い』とか『相手の攻撃が当たる時、瞬間的にウィークポイントずらした方が良い』とか、かなりあやふやな教え方ではあった。

 

 だがこの格闘技の技術とルカリオの性格がカチリと合わさる。その結果、異世界ファンタジーの住人も吃驚の絶対防御のタンクマンが完成してしまった。その変わりようは凄まじく、俺の手持ちの中で唯一あのバンギラスと真正面から相対できるようになったポケモンである。

 しかしその変化は良い事ばかりでなくこのバトルスタイルを試合に落とし込むと、相手のポケモンが疲労で技が出せなくなり体力切れで倒れるまでひたすら防御技で粘る、遅延勝ち上等戦法をルカリオは確立してしまったのだ。おかげでルカリオの1バトルだけで、平気で三〇分を超えるなんてことがザラにある。

 

 先に言って置くがルカリオに悪意の類は一切なのだ。ただバトルとなれば妥協なしにあらゆる攻撃を持ち前の高い格闘技術でいなし、時には己の(ライフ)で技を受け相手が倒れるまで防御をし続けるだけなのだ。これぞルカリオが誰も傷付けたく無いと思う、心優しい性格が故に辿り着いた受け戦法の極地。

 相手からしたら堪ったもんじゃねーな!

 

 ラストの6番目。自分大好き極度のナルシストモンスターのミロカロス!

 こいつは俺が唐突に水ポケモンが欲しいなと思って釣り上げたのが出会いである。まあ釣り上げた当初は進化前のヒンバスであった。俺はヒンバスがミロカロスに進化することを知っていたのでそのまま育てることにしたんだ。

 ただここで一つ問題が起きた。ヒンバスからミロカロスに進化させるには美しさを上げる必要がある(ルビー・サファイア基準のガバ知識)。その美しさを上げる手っ取り早い方法が渋いポロックを食べさせることだ。

 

 しかし俺はポロックの作り方を知らなかった。これは後から分かったことなのだが、ヒンバスからミロカロスに進化させるのは”きれいなうろこ”でも代用が可能らしかった。

 だが当時の俺はそんなこと知らなかったし、さすがにヒンバスの状態ではレベル100にしてもバトルで勝てはしないだろう。かと言って自分の都合で捕まえたポケモンを捨てるわけにもいかない。

 詰んだ、と焦った俺はとにかく朝昼晩24時間365日ヒンバスを「美しい」・「綺麗だ」と褒めまくるとち狂った方法で何とかしようと足掻いた。

 

 紛う方無き馬鹿である。

 だがそれが功をそうしてのかは分からないが、俺のヒンバスは何故かミロカロスへと進化を遂げた。最初はガッツポーズをして喜んだ俺であったが、正当な手段を用いた進化でなかったせいかこのミロカロスかなり問題のある性格の持ち主になってしまった。

 まず自分の美しさに絶対の自信を持ち合わせておりそれを隠そうともしない。まあミロカロス自体もともと美しいポケモンだ。俺もそれだけなら問題視しなかった。

 

 しかし、ミロカロスはその美しさを持って他のポケモンを自分の虜にしなけば気が済まないヤベー奴と化してしまったのだ。

 対戦相手のポケモンを自分の魅力で虜にし、自傷行為を強制してそのダメージで戦闘不能にまで追い詰める。

 相手トレーナーが自分のポケモンの自滅行為を必死の呼びかけで止めるにも関わらず虚しく倒れて負けてしまったバトル会場の空気はヒエッヒエの状態になる。

 

 それを見て俺に愉悦の笑みを向けて来るミロカロス。まさしく悪魔のようなパーティークラッシャーが生まれてしまったのだ。

 さらにミロカロスは自分の美しさに傅かないポケモンに対しては、一瞬でブチ切れて発狂モードに突入する。こうなった俺のミロカロスは、美しさなんぞかなぐり捨ててヘビの如き粘着さで苛烈な攻撃を繰り返す。

 まるで自分の魅力に屈しないポケモンが、この世に存在することが許せないと言わんばかりである。

 ホラーかな?

 

 ミロカロスに関しては、強いとか厄介とか以前に普通に怖い。ポケモン世界に居て良い性格してないぞ、お前。

 君、存在する世界線を間違えてないか?

 相手からしたら堪ったもんじゃねーな!

 

 以上の6体が俺の手持ちポケモンである。

 何だこの一体でもバトルで使用すれば炎上しそうなポケモンパーティーは。そんなのをフルで揃えているマックスとか言う選手がいるらしい・・・。

 そりゃあ、色々と世間や大会の運営委員会から問題視されますよ。俺でも第三者の立場ならこんな危険人物に近付きたくないし、チャンピオンシップにも出てほしくないと考えるだろう。

 

 ただこれだけは言わせてほしい。俺は決して大会やましてや相手トレーナーを貶めたり馬鹿にしたい訳じゃないんだ。俺のしょっぱいバトルセンスでもポケモンバトルにどうしても勝ちたかったんだ。それを突き詰めた結果がこれなんだ。信じて!(曇りなき眼)

 

「はい。では、マックス選手のメインポケモンはウインディ・サンダース・バンギラス・カイリュー・ルカリオ・ミロカロスの計6体でお間違いないですね」

「はい。合ってます」

「それでは、この内容で登録申請して置きます。念のため言って置きますが、チャンピオンシップでは事前に申請し登録されたポケモン以外はバトルで使用する事はできません。それだけは、お間違いのないようにお願いします」

「分かりました」

 

 こうして朝から続いた委員会からの俺への用事は終わりを迎えた。後はチャンピオンシップの出場の許可が出るのを待つだけである。

 俺はそのまま会社の正面入り口から外に出て、ブラブラと当ても無く街を歩く。

 

「久しぶりに実家に帰るか」

 

 何となく今世の父と母の顔が見たくなった。それなりの頻度で連絡は取り合っているが、直接会うことは中々ない。まあその主な原因がこの15年間、俺がしょっちゅうワイルドエリアに遠征していたからなのだが。

 父は社会人なので平日の今の時間帯は家にいないだろうが、母は専業主婦なので用事で出かけていなければ会えるだろう。

 

「よし!決めた。家に帰ろう。そんでもってお昼ご飯をねだってしまおう」

 

 さっそく俺は小型の通信機器を取り出し、家に帰る旨を連絡しようとする。と、そんな俺にある考えがよぎる。

 

「そう言えば父さんの仕事ってジムチャレンジ関係のやつだったよな」

 

 瞬間、俺の体から嫌な汗が噴き出してきた。もし、もしである。俺のポケモンの大会での暴れっぷりが父の仕事の立場に影響を与えていたらどうしようか。仮に俺が原因で会社からリストラにでも合っていたら、このまま家に帰って再会するのはすごく気不味い。

 ただでさえ結果出るかも分からないのに31歳になるまで、手持ちのポケモンをレベル100まで育て続けるという常識外れなことを許して貰っていた身だ。これ以上の迷惑を親に掛けたくないのが俺の本音ではある。

 しかし俺は既に、もろもろの公式の試合でやらかしてしまった後だ。後悔したところでもう遅い。

 

「どうしよう・・・」

 

 無論、何の影響も与えてない可能性もある。むしろ親からその手の連絡が来ていない以上、そっちの可能性の方が高いだろう。だが万が一と言うこともある。

 これで家に帰った第一声が「おかえり」ではなく「お父さん、マックスのせいで会社をクビになっちゃたよ」だったらどうしようか。大人の俺でも普通にトラウマになるぞ、こんなの。

 

 俺は降って湧いた疑問に悩まされ、家に帰るかどうかを携帯を見つめながら数十分間考えるのであった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

いざ、決戦のバトルフィールドへ

 

「お帰り、マックス。実はお父さん、仕事クビになっちゃた」

「ファ!?」

「何、馬鹿な事やってるんですか貴方。ああ、お帰りなさい。マックス」

 

 あの後、さんざん悩んだ結果、俺は実家に帰ることにした。半端に疑問をほったらかしにする位ならしっかり確認しようと思ったからだ。てか、そうしないとチャンピオンシップに集中できん。

 なので俺は家に帰る一報を母に送った後、いくつかのモノレールを利用し久しぶりに我が家に訪れることにした。そして玄関の扉を開けて迎えてくれた第一声が、父からの衝撃的な一言であった。

 それに対して素っ頓狂な声を上げてしまったが、母のツッコミ具合からして質の悪い冗談だったようだ。心臓が飛び出るかと思ったぞ。

 それはそれとして、どうして昼間の今の時間に父が家にいるのだろうか?

 

「ああ、今日、マックスが帰ってくると母さんから連絡が来てね。会社を早退させて貰ったんだよ」

「当日によくそれが通ったね」

「マックス。社会と言うのは真面目に仕事を熟して、そこそこ良い地位にいればまあまあの融通が効くんだよ」

「そんな生々しい話、親の口から聞きたくないんだけど!」

 

 つまりこの父親は俺を揶揄う為だけにわざわざ仕事をサボって家で待ち構えていたのだ。いい歳した大人がである。

 とんでもない親父だな!

 

「いや、今日の分の仕事はおおよそ終わらせて来たさ。僕は出来る社会人だからね~」

「あの^^;、出来る社会人はこんなクソガキ染みたイタズラ、しないと思うんですけどぉ?」

「社会にロクに出た事のないエアプJrが、僕ら(社会人)の事について語ろうなんて片腹が痛いねぇ^^」

「俺の心の一番脆い部分を刺激するのは止めて貰えませんか?」

 

 それを言われちゃ俺は何も言い返せないだろうが。流石俺の父親。何を言われたら嫌なのか、息子の弱点をバッチリ把握しているらしい。

 畜生、家族を養うために働きガラル地方にも貢献している仕事に就いてる社会人がそんなに偉いのかよ!偉いわ。

 

「二人ともご飯が出来たから運んでくれる?」

「分かったよ」

「はーい」

 

 俺と父がじゃれている間に母は料理を作り終えたらいし。3人分の食事を手分けしてテーブルに運ぶと、俺たちは少し遅めの昼食を食べ始める。しばらく、久しぶりの母の手料理の味に浸っていると先にある程度食べ終わった父が話しかけてきた。

 

「そう言えばマックスは、セミファイナルを勝ち抜いたんだからチャンピオンシップに出れるんだよね。遅くなったけど、おめでとう」

「小さい頃からの目標でしたもの。ようやく叶って良かったわね」

「うん、ありがとう」

 

 父と母は俺に祝いの言葉を投げ掛けてくれた。俺としても、両親の二人にはかなりの心配を掛けていた自覚がある。それに対して今回の結果で、最低限報いることが出来たのではないかと考えている。

 しかしチャンピオンシップにこのまま無事に出場できるのかは少し怪しい。そこがネックになっているせいか、少し暗い表情をしてしまう。

 

「どうしたの?浮かない顔して」

「いやチャンピオンシップ、ちゃんと出れるかな?って思ってさ」

「セミファイナルに勝てたのでしょ?なら大丈夫じゃないの」

「いや、まあ、うん。普通ならそうなんだけど」

「煮え切らないわね〜」

 

 母の言う通り通常ならセミファイナルで勝ち抜けば、チャンピオンシップに出場できるか否かで悩む事は起きない。だが、俺のバトルの方法はお世辞にもまともとは言い辛いし、俺にもその自覚がある。

 なのでどうしても返答は歯切れが悪いものになってしまう。

 

「ははは、それなら特に問題ないから安心して良いと思うよ」

「え?何で?」

「マックスは僕が何の仕事に就いてるのか忘れたのかな」

「ま、まさか、袖の下(ワイロ)!?」

「なわけないでしょ。僕も会社じゃそこそこの地位だからね。そう言った情報は他の人より入って来やすいんだよ」

「あら、そうなの。じゃあ安心ねマックス」

「あ、うん」

 

 何だろう、この安心したと同時に肩透かしを食らった気分は。自分の受験発表の結果を知人からネタバレをされた前世の学生時代の事を思い出してしまった。こう、うれしいんだけどテンションが振り切れないもどかしい状態だ。

 

「まあ、そう気負わず本番に臨めば良いと思うよ。負けたところで何かがある訳でないし。いや、マックスが大会で活躍すれば会社でデカい顔ができるか?」

「貴方」

「そんな白い目で見ないでよ。冗談だよ」

「いや、勝つよ」

 

 父が母に窘められる中、俺は会話に割り込んで宣言をする。そんな俺の事を両親は互いに目を合わせた後、静かに見つめてくる。

 

「俺が勝って、チャンピオンになるから」

「・・・そうか」

「私たちは応援する事しかできないけど、ちゃんとマックスの事を見てるからね?これまでも、これからも」

「うん」

 

 俺がポケモン世界に転生して31年。加えてこの大会に出る準備に掛けた期間は15年。これまでの人生の約半分だ。ここまでしてようやく俺にもチャンスが巡って来たのだ。これを逃す手はない。

 だからさ、そんな心配そうな表情をしないでくれよ父さん母さん。俺は必要以上に気負っても無ければ、精神的に追い詰められてもいないからさ。

 

「必ず勝つよ」

 

 その言葉を最後に俺たちの会話は途切れてしまった。少し気不味くなった俺は断りを入れてから、家にある自分の部屋へと向かう。ここも子供の時くらいしか使用してなかったが、まめに手入れをしていてくれていたのか汚れや埃も無く綺麗な状態だった。

 

「ここまで準備したんだ。他人からの評価何て今更だ」

 

 あの日に誓った思い。俺は頂を目指し必ずそこに届いて見せる。そう改めて覚悟を決める俺の元へ、大会の運営委員会からポケモンの申請登録が完了した旨が届くのであった。

 

 翌日、俺はチャンピオンシップに出場する為に朝早くから家を出た。両親から見送られながら、最終トーナメントが行われるシュートシティにカイリューに乗り向かう。空を一気に飛んできたおかげか、一時間ほどで俺は実家からシュートシティへ到着することができた。

 シュートシティに降り立った俺はすぐにスタジアムに赴き、スタッフに声を掛けて受付をすます。それから選手専用のホテルで個室を当てがわれた。大会の本番は明日。それまでこのホテルに軟禁状態になるが仕方のない事だろう。

 

 明日。そう明日、ガラル地方のチャンピオンが決まるワンデートーナメントがとうとう開催されるのだ。それまでしっかり英気を養わなければならない。

 俺は食事を済ませた後、特に夜更かしすることもなく早めに就寝に着くのであった。

ーーーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

『宣誓!我ら選手代表はこのチャンピオンシップで正々堂々とバトルし、勝利(チャンピオン)を目指す事を誓います!!』

 

 とうとうこの時がやって来た。大会の当日の本番。シュートシティにある試合スタジアムの中央で、ドラゴンタイプのジムリーダーであるキバナが大会の開会式にて、選手を代表して宣誓の言葉を紡いでいた。

 スタジアムの開会式には見渡す限りの人だらけ。その声援と観客の熱量はセミファイナルの時とは比べ物にならない程の盛り上がりを見せていた。

 

 そんな中で他の選手に交じりながら、俺ことマックスもスタジアムにてキバナ選手の宣誓の言葉を聞いていた。チャンピオンシップは一日限りのワンデートーナメントである。その内容は主に午前と午後の二つの部に分けられている。

 午前の部では、チャンピオンであるダンデに挑む俺たちチャレンジャーが勝ち抜きのトーナメントバトルを行う。そしてチャンピオンに挑む最後の1人をここで決めるのだ。ちなみに午前の部での対戦相手はギリギリまで発表はされず、ファイナルトーナメントが始まるまで誰と当たるのか全員が知らされていない。

 これも興行色の強いガラル地方ならではの特色であろう。

 

 余談ではあるが、チャンピオンシップの開会式の宣誓する人物は、現チャンピオンを除いたトーナメントチャレンジャーの中から選ばれる。これもほとんど大会ファンからの投票で決まるので、順当に人気が高い選手が宣誓を行うのだ。

 今回は、キバナ選手が投票トップで次点でルリナ選手などのメディア露出が高い者。後はほとんど団子比べで、俺がダントツの最下位であった。

 

 この投票結果に俺はあまり気にしてはいない。俺は気にしてはいないのだが、周囲からは若干同情の目が向けられる事がある。いくら大会初参戦の新顔とは言えここまで露骨に差が出来るのは珍しいらしい。でもできればその視線は止めてほしい。どちらかと言えばそっちの方が傷付く。

 

 話を戻すが、午前の部でチャンピオンに挑む選手を決めた後は数時間ほど時間が空く。なので大体、夕方あたりから午後の部である現チャンピオンダンデ戦が始まるのだ。

 

 そして特にトラブルもなく、無事開会式を終えた俺たち選手はスタジアムの中にある控室に下がり初戦の相手が発表されるまで待機する。ここから発表された内容に従いAブロックBブロックにそれぞれ分かれる。そして決勝戦にてそれぞれのブロック代表者が戦い決着を付けるのだ。ここで勝利して漸くチャンピオン(ダンデ)に挑める。とても長い長い道のりだ。

 当たり前であるがトーナメント戦の性質上、自分以外は基本的に大会の勝敗を争うライバルである。故に本来は慣れ合う必要はない。

 

 とは言え、少し居心地の悪さを感じる。ガラルのトップリーグの大会はメンバーの入れ替わりが激しい。だが実力自体は皆ほとんど拮抗してるので、ある程度大会に出るメンツは決まって来る。そうなれば必然的に大体の選手が顔見知り状態となってしまう。現に何人かの選手は、トーナメント表が出て来るまでの時間潰しとして世間話を交わしていた。

 仕方のない事であるが、完全な新顔である俺にとってこの空間は少しアウェイに思えてしまう。

 しかしその弱みを表に出すわけにもいかない。俺としても居心地の悪さから弱みを見せて舐められるよりは、溶け込もうとしない無愛想な奴と思われた方がマシだ。

 

 故に俺は、選手のみんなが集まっている中央にではなく部屋の壁際に置かれたベンチの上に座り、目を瞑って精神統一しているふりをする。寝ていると勘違いされないように、眉間に少し力を入れるのがコツだ。これでそうそう話し掛けてくる人はいない。

 話す事がなければ会話でボロを出す事もないだろう。

 

「こんにちはマックス君。今、話し掛けても良いだろうか?」

「ホウ!?」

「・・・驚かせてしまったようで申し訳ない」

「い、いえ。お気になさらず。えっと、カブ選手」

 

 戦略的沈黙をかましていた俺に声を掛けてきたのはカブ選手であった。正直、かなり驚いてしまった。眠りから起こされたホウホウみたいな声を上げてしまったせいか、他の選手もこちらの様子を窺ってしまっている。

 そんな俺にカブ選手は申し訳なさそうな表情をして続きを話す。

 

「精神統一中に水を差すような事をしてしまい申し訳ない。ただこの機会を逃すと君と話す機会が得られないと思ってね。隣に座っても良いだろうか?」

「・・・どうぞ」

 

 ここで拒否をすればカブ選手はおそらく素直に下がってくれるだろう。だが、俺の中に残っているミーハー根性が勿体なくないか?と顔を出す。別に会話に飢えている訳ではないが、前世持ちの自分としては原作キャラに話掛けられるのは純粋にテンションが上がる。後、普通に会話内容も気になる。

 だから、俺はベンチの端に移動しカブ選手が座れるスペースを作った。カブ選手は俺が空けたそこに腰を掛け話始めた。

 

「ありがとう。隣、失礼するね」

「あ、はい。それでそのぉ?」

「僕自身、凝った言い回しは得意じゃない。だから単刀直入に、君は強い。それもとてつもなく」

「え?」

 

 なんで急に褒めたの?俺の事好きなのか。惚れるぞ。

 

「皆、君の他者を圧倒する力に目を奪われているが、その根底はとてつもなく大きな土台だと僕は感じた。例え大きな衝撃にだってこゆるぎもしない頑丈な下積み」

「・・・」

「そこに至るまでの苦労と努力、僕には想像する事しかできない。だからこそ君に言わせてほしい。このままではマックス君の行く末は修羅の道だ」

 

 修羅の道、か。カブ選手の云わんとすることは何となく理解できる。俺と手持ちのポケモンたちの戦闘スタイルは長年のレベルアップ期間の内に確立していった方法だ。俺も相棒たちも勝つために、このバトルスタイルを貫き通す事を納得済みでこの大会に挑んでる。

 だがそんなものは事情を知ってる身内にしか分からないことだ。はたから俺たちを見れば、まともな感性をしていればその姿は異常者に映るだろう。

 

 自爆特攻を苦にもしないポケモンがいたり、レベル100故の通常個体ではありえない馬力を秘めていたり。それが手持ち6体全てとなれば、誰だって怪しく思う。心無い噂の中では、俺がポケモンを虐待しているのではないかとか、不思議なアメなどのドーピングアイテムを過剰摂取させているのではないかとさえ言われている。

 まあ、大会に出るに当たってその手の検査は当然あり俺の手持ちのポケモンたちは問題なくオールクリアしている。なので俺自身、そんな連中に懇切丁寧に説明をする機会を設けるつもりもないし、理解を得ようとも思わない。

 

 ただ、カブ選手はそんな連中とは違い本当に俺の事を心配して忠告してくれているのだろう。確か原作の方でもカブ選手は、リーグ戦での浮き沈みが激しく勝つためにあらゆる戦法を試した人である。ある意味では、俺の先達に当たる。そんな彼だからこそ、今の俺を気に掛けてくれているのではないか。

 

「僕自身、一時期はどうしようもない選手だった。ダンデ君とのバトルがなければきっとそのまま終わってしまっていたと思う。僕は落ちる淵に立って、ギリギリでその事に気付けた。だからマックス君だって遅くはない。手遅れになる前にまだ戻ってこれる」

「・・・、ありがとうございます。正直言ってほぼ関わりのない俺に対してここまで心配をしてくれるのはすごくうれしいです」

「ならば」

「でもね、俺とカブ選手では決定的に違うことがあるんです。この差がある限り、俺は今の戦い方を止めるつもりはありません」

「それは、何だろうか?」

 

 そんなもの決まってる。

 

「トレーナーとしての才能ですよ。カブ選手たちにはあって俺にはないものです」

「そんなことは決してない!現に君はー」

「本気で言ってますか、それ?俺、初めてのジムチャレンジで序盤も突破できなかった雑魚トレーナーですよ」

「・・・」

「まだ幼かったから、バトルの経験が浅かったから。こんなもの何の言い訳にもなりません。現に俺と歳がほとんど変わらないトレーナーで先に進めた人はいるんですから」

 

 分かり易い例で挙げればファスト選手がそれである。チャレンジした歳こそ俺より1つ上とは言え、他はほぼ同条件。それなのに結果に差が出たとするならば、トレーナーとしての才能以外に他ならない。

 そしてカブ選手は才能がある側だ。手持ちのパーティを炎で固めているにも関わらずメジャーリーグで常連の選手なのだから。

 しかも他のトレーナーとレベル差だってほとんどない中でこの結果だ。そんな凄腕のトレーナーを口が裂けたって俺なんかと同列に語るべきではない。

 

「そんな努力する天才トレーナーたちを相手に凡人の俺がどうやったらまともに勝負して勝てるって言うんですか」

「・・・」

「それとも凡人が天才たちに混ざるのは分不相応だと?指を加えてその光景を眺めていろと?俺からすればそっちの方が屈辱的だ」

「それは自分を卑下し過ぎだ、マックス君」

「カブさん俺はね、大会に思い出を作りに来たんじゃないんです。あなた達に勝ちに来たんです。その上でチャンピオンに挑み俺が頂に立つ。そのためなら修羅道だって踏破して見せる。俺は決して堕ちたりなどしない」

 

 俺は隣で座るカブ選手の方を見つめそう宣言をする。カブ選手も俺の視線をまっすぐに受け止めてくれる。

 先に目を逸らしてのはカブ選手だ。

 

「どうやら僕が思い違いをしていたようだ。すまない。マックス君は昔の僕なんかよりずっと強いトレーナーだ」

「いえ、そんな事は」

「試合前だというのに余計な事を言ってしまい、申し訳なかった。もしトーナメントで当たることがあれば、お互い全力でバトルをしよう」

「・・・はい、ありがとうございます」

 

 俺とカブ選手は最後に硬く握手を交わすと、そこで話を打ち切った。ベンチから立ち上がり去って行くカブ選手の背中を眺めながら、改めて負けられないと決意するのであった。

 

 それから数分後に、チャンピオンシップのトーナメント順が発表される。俺の初戦の相手は草タイプのジムリーダーのヤロー選手だ。ちなみにカブ選手は俺と違うBブロックに配置されたのでもし当たるとしたならば決勝戦になる。

 

「ヤロー選手、マックス選手、時間になりましたので移動をお願いいたします」

「「わかりました」」

 

 俺とヤロー選手は、Aブロック一回戦の試合であるため直ぐに試合の時間が来た。試合会場に向かう中、途中の分かれ道でお互い無言でそれぞれの道を歩いて行く。

 薄暗い道が続く中、次第に外の声が聞こえて来る。

 

『さあいよいよチャンピオンシップファイナルトーナメントが開始します!実況と解説はセミファイナルから引き続き、私ことボイスとトゥーク氏でお送りいたします』

『解説のトゥークです。よろしくお願いします』

『はい、お願いします。さてAブロック第1回戦はセミファイナルを勝ち抜いたマックス選手と草タイプのジムリーダーであるヤロー選手です!』

 

 俺は今、たくさんの観客と声援がひしめくスタジアムの中央でヤロー選手と向かい合う。お互いに言葉は不要。ここに立った時点で先に進む勝者は一人のみである。

 二人はそれぞれ会場の所定の位置に着くとボールを構える。そして試合が始まると当時に互いのポケモンを繰り出した。

 

「行け、キレイハナ!」

「バンギラス!」

 

 ヤロー選手の初手のポケモンはキレイハナであった。対して俺は最初っから切り札であるバンギラスを繰り出した。タイプ相性だけ見ればまあまあ不利であるが、相手のキレイハナのレベルは50。弱点を突かれても十分に勝てる計算だ。

 

『始まりましたAブロック一回戦。ヤロー選手のキレイハナに対してマックス選手のバンギラスは悠々と構えています』

『これはセミファイナルの時とは変わりませんね。おそらくあのバンギラスは自分の強さに絶対の自信を持ち合わせているのでしょう』

 

 トゥークの言っていることは半分正解だ。もう半分はバンギラスの悪癖が要因だ。俺のバンギラスは自分より相手が弱いと思うと先制の一撃を譲る受けタイプに回ってしまうのだ。生粋の性根故のスロースターターとでも言おうか。だからこそ今のうちにバトルに出しておいて、後半戦に向けてエンジンを暖めておく必要がある。

 相手からの先制攻撃はこの際、必要経費として割り切る。

 

「ふむ。受けてくれると言うなら存分に利用するまでだわ。キレイハナ”つるのむち”で”まとわりつく”じゃ!」

「はあ!?何だそれは!」

 

 ヤロー選手が指示を出すと、キレイハナは4本のムチを体から出し2本をそのままバンギラスに向けて手・口・胴体に巻き付かせた。そしてもう2本を地面の中を通してから足を拘束する。

 今まで直接的な攻撃を受けて来たバンギラスは、キレイハナの毛色の違う技を受けて困惑する。とは言え、すぐさま自分を拘束している鬱陶しいムチを引き千切ろうと力を籠める。

 

『ヤロー選手、キレイハナのムチによる”まとわりつく”でバンギラスを拘束しました!草タイプのジムリーダらしいオリジナル技です。マックス選手のバンギラスもそこから抜けようとしていますが上手く行きません』

『正面と下からの二方向から4本のムチで拘束してますからね。見た目以上にあれは抜け出しにくいですよ』

 

 オリジナル技!?何だそりゃ、ジムリーダーだからってルール無用すぎるだろう!

 俺がそんな事を考えている内にヤロー選手は次の指示を繰り出す。

 

「キレイハナ、続けて”やどりぎのタネ”じゃ。その後に”ギガドレイン”で体力を吸い取るんだわ!」

「ハナー!」

「ぐ、不味い」

 

 キレイハナは拘束で動けないでいるバンギラスに向けて”やどりぎのタネ”を命中させる。すぐさま芽が出た種はバンギラスの体力を吸い取り始める。さらに拘束しているムチを伝って、キレイハナの”ギガドレイン”が容赦なくバンギラスの体を痛めつけ始める。

 

「暴おおお・・・」

『バンギラス、拘束から抜け出すことができない!キレイハナに容赦なく体力を吸い取られ続けています。これは苦しい展開だぞ!』

『流石はジムリーダーのヤロー選手。しっかりとマックス選手のバンギラスに向けて技を用意していたみたいですね』

(チクショウ。これだからバンギラスはセミファイナルで使用しないで、チャンピオンシップまで温存して置きたかったんだ。セミファイナルでバンギラスを見せてから、数日しか経っていないのにしっかり対策を用意してきやがった!)

 

 バンギラスは先程から本気でキレイハナの拘束から逃れようとしているがなかなか上手く行かない。力を籠めれば体に纏わりつくムチが絶妙な力加減でバンギラスの込めた力のベクトルを散らし抜け出すことを許さない。体重差を利用して綱引きをしようとしても、地面を通ったムチがあるせいでかなり引っ張りずらく上手くいかない。

 そうやって間誤付いている間に、”やどりぎのタネ”と”ギガドレイン”によって貯めた力と体力を吸い取られ続ける。口もムチによって塞がれているため、今は唸り声を上げる事しかできないでいた。

 

 はっきり言ってバンギラスはピンチであった。そんなバンギラスにマックスは叫ぶ。

 

「何やってんだバンギラス!お前の力はそんなもんじゃないだろう!?」

 

 正直に言えば指示とも言えない八つ当たりのような言葉であった。しかしそんな激励が逆にバンギラスの心に火を付けた。

 

「おおオオォォォォ!」

「な、なんじゃ?」

 

 バンギラスは今まで拘束を逃れようとしていた力を全て前進することに集中させる。それを防ごうとキレイハナはムチを操作するが、バンギラスはさらに自分の体重を掛け極端な前傾姿勢を取った

 キレイハナはバンギラスの体を元に戻そうと、結果的に前方に倒れようとするそれをムチで支える形となってしまった。そのことによって柔軟性があったムチがピンと張りつめてしまう。そこにバンギラスはさらに巨万の怪力を込めた。

 

『おーと、バンギラスを拘束していたムチから嫌な音がしております。今にも千切れそうです!』

「おおオオオ!!」

 

 バンギラスは気合の声と共に自分に纏わりついていたムチを引き千切る。

 

「抜けられたのならば仕方なしじゃ。キレイハナ、いったん態勢をー何じゃあれは!」

「暴おおオオォォ!!!」

 

 ヤローは拘束を抜け出すために前へと倒れ込んだバンギラスを見て、立ち上がる時間を利用して次の指示を出そうとした。しかしバンギラスはヤローの予想を裏切り、立ち上がる事をせず手足を高速で動かして這ったままキレイハナに向けて万進する。

 口を開け大声を上げながら地上を泳ぐバンギラス。その異様な姿に思わずキレイハナは行動が遅れてしまった。

 

「轢き飛ばせ、バンギラス!」

「ハナー!」

「しまったわ、キレイハナ!?」

 

 バンギラスはそのままキレイハナに突進。体格差を利用しぶつかると同時にキレイハナをカチ上げる。そして、地面に落ちてきたキレイハナに向けて容赦なく”はかいこうせん”を放った。

 バンギラスは”はかいこうせん”を吐き終わった後、気怠そうにゆっくりと立ち上がる。

 

「キレイハナ!?」

『バンギラスの”はかいこうせん”がキレイハナに直撃!これは・・・駄目です。キレイハナは立ち上がる事が出来ません』

『最初の展開はヤロー選手がリードしていましたが、やはり火力が違いますね。1・2撃で逆転してしまいました』

「良く戦ってくれたわキレイハナ。休んでいてくれなあ」

 

 ヤロー選手がダウンしたキレイハナを戻し次のポケモンを出そうとする。それと同時に俺もバンギラスをボールに戻す。

 

「バンギラス、交代だ」

「暴おおう!?」

「こ・う・た・い・だ!!」

「暴うぅ・・・」

『おっと、マックス選手。ここでバンギラスを手持ちに戻して交代するようです』

『珍しいですね。これでマックス選手は交代権を1度使用したことになります』

 

 公式戦は1回のバトルでポケモンを交代するのは3回までと決められている。今、俺はその貴重な交代権利を使用した。

 バンギラス自体、色々と難があるポケモンではあるが見栄っ張りではない。むしろ性格自体は素直な方だ。そんなバンギラスが肩で息をしている。先程のキレイハナに思ったより体力を削られたしまった証だ。このまま続投すると最悪、バンギラスが倒されてしまう可能性が高いと俺は判断したのだ。

 

 出来る事ならば、もう2~3体はヤロー選手の手持ちを削って置きたかったが俺の見通しが甘かった。バンギラスは不服そうだが、ここはトレーナー権限とした強制的にボールに戻す。

 

「行ってくるんだ、ダーテング!」

「ウインディ!」

『さあ両者2体目のポケモンを繰り出す。ヤロー選手のダーテングに対してマックス選手はウインディだー!』

『相性だけ見ると、炎タイプのウインディが有利ですね』

 

「ダーテング、”にほんばれ”なんだわ」

「?走り回って”かえんほうしゃ”だ」

「バウ!」

 

 ダーテングは”にほんばれ”を行い、試合会場の日差しが増す。対して俺のウインディは初手から加速して、あっと言う間にトップスピードで走り出す。ウインディはダーテングの周りを円状に走りながら、中距離を維持しつつ”かえんほうしゃ”を吐き出す。

 

『ヤロー選手のダーテング、ウインディの攻撃によって火達磨にされています!反撃ができない!!』

『これは良くありません。ともすればこのままでは焼き尽くされてしまいますよ』

「ダーテング、飛び上がるんだわ!」

「ダー!!」

 

 ダーテングはヤローの指示に従い、ウインディの”かえんほうしゃ”の隙間をぬって空高くにジャンプする。ちょうど”にほんばれ”によって強くなった日差しを背に向けるようにして。

 ウインディは飛び上がったダーテングを空中で撃ち落とそうとして、その背に背負った”にほんばれ”の日差しをモロに見つめてしまい目が眩む。

 

「今じゃ、”ぼうふう”!」

「ダー!!」

 

 ダーテングは目が眩んで思わず足を止めてしまったウインディに向かって、羽団扇のような手で”ぼうふう”を繰り出す。それを避けることが出来なかったウインディは体ごと風に攫われ宙を飛ばされる。このまま受け身も取れずに叩きつけられれば大ダメージは必須だ。

 しかし、ウインディは驚異的なバランス能力を発揮して空中で飛ばされているにも関わらずくるりと態勢を立て直し地面や壁に叩き付けられることなく着地する。

 

「なんちゅう体幹の良さじゃ!?」

「ウインディ、お返しの”かえんほうしゃ”だ」

 

 そして今度は空中にて身動きの取れないダーテングに向けて”かえんほうしゃ”が放たれる。ダーテングはそれを避ける事が出来ずにまともに技を貰ってしまった。

 

『ダーテング、ダウン!ウインディの一撃を耐え切ることができませんでした』

「出番だわ、ワタシラガ!」

 

 ヤローの3体目のポケモンはワタシラガであった。このポケモンもウインディにとっては有利な相手である。故にマックスは先程と同様にヤローのワタシラガの周囲を走らせ攻撃の指示を出す。

 くるくるグルグル狂々と加速したウインディをワタシラガは捉えることができない。

 だが―

 

「姿が捉えられんならそれでもいいんだわ。ワタシラガ、”ソーラービーム”で周囲を薙ぎ払うんじゃ!」

「何だと!?」

 

 ワタシラガは”にほんばれ”によって強くなった日差しのお陰で瞬時にエネルギーをチャージ。”ソーラービーム”を放つ。そしてその状態のままグルリと体を一周させた。

 マックスのウインディはいくら速く走り相手にその影を捉えさせれなくとも、相手の技を通り抜けれる訳ではない。

 必然的に技を食らわないようにするには避けなければならない。

 

「”にほんばれ”の狙いはこっちだったか。ウインディ、跳んで避けろ!」

「かかったんだわ。ワタシラガ、空中じゃ身動きが取れん。”リーフストーム”じゃ!」

 

 迫りくる”ソーラービーム”を飛んで回避したウインディにワタシラガの”リーフストーム”が襲い掛かる。さしものウインディも空中で走ることはできない。先ほどのダーテングと同じ窮地に陥ってしまった。

 

「構わねぇ、ウインディ。”リーフストーム”の上を走れ!」

「は?」

 

 ウインディはワイルドエリアを駆け回るライドポケモンとしてマックスに育て上げられてきた。そしてその期待に応えて、ワイルドエリアのあらゆる場所や悪路を走破してきたお陰か、マックスの手持ちの中で驚異的なバランス能力を持つようになった。その結果、足先にほんの少しの接地面さえあればどのような状態・態勢であってもその上を無理やり駆ける事が出来るようになったのだ。

 ウインディは”リーフストーム”の中で渦巻く木ノ葉に器用に足を引っ掛け踏み締めると、そのまま天を駆けた。

 

「”かえんほうしゃ”だ!」

「ッ、避けるんだわワタシラガ!」

 

 空を走るウインディはそのままワタシラガの真上まで跳び、渾身の”かえんほうしゃ”を頭上から叩き込んだ。ワタシラガは避けることが間に合わずにその体を焼き尽くされる。

 

『なんとワタシラガが戦闘不能!?ワタシラガの”リーフストーム”が空中にいるウインディに当たったと思われましたが、倒れたのはヤロー選手のポケモンでした。正直、ここからでも何が起こったのかよく分かりません!』

『マックス選手のウインディが”リーフストーム”を足場?にしたように見えましたが・・・まさか?どちらにせよとんでもない芸当ですね』

 

「良く戦ってくれたんだわ。しかしこのままでは負ける。ダイマックスを使わねば」

『さあヤロー選手、後がなくなって来た。次なるポケモンは何を使用してくるのか』

「行くんだわアップリュー!」

 

 ヤローの4体目のポケモンは草・ドラゴンタイプのアップリューであった。そしてヤローはアップリューをすぐにボールに戻すと叫ぶ。

 

ダイマックスだ!アップリュー、全ての敵を刈り取るんじゃ!!」

『ヤロー選手、ここでダイマックスの解禁だー!』

「戻れウインディ。行ってこいカイリュー」

 

 俺はヤロー選手がダイマックスを使用するのを目撃すると、ウインディをすぐに手持ちに戻しカイリューを出す。

 

『ヤロー選手のアップリューは通常のダイマックス形態とは異なるキョダイマックスへと変貌を遂げました!対するマックス選手はウインディを引っ込めカイリューを選択』

『ダイマックスは・・・しないようですね。キョダイマックスのアップリューに素の状態でどのように立ち回るのでしょうか?』

 

「アップリュー、”ダイジェット”だ」

「オォーン」

「カイリュー、攻撃は後回しで良い。とにかく飛び回れ」

 

 アップリューの”ダイジェット”がカイリューに向けて繰り出される。キョダイマックスに相応しいだけの大質量の一撃であったが、カイリューは技の間を縫うように飛行してこれをやり過ごす。

 続けざまに、”ダイソウゲン””ダイアタック”と技を放つがカイリューは空中を縦横無尽に飛び回りその姿を捉えさせない。

 

『マックス選手のカイリュー、何という飛行能力だ!キョダイマックスのポケモンの技を次々回避していく!!』

『すごいですね。セミファイナルのバンギラスの時でもそうでしたが、マックス選手はダイマックスに対して素の状態でそれを凌げる手段を持つ稀有なトレーナーなのですね』

 

 別段持ち上げられるほどの事ではない。マックスはダイマックスを使わないのではなく使えないだけなのだから。ダイマックスの使用後のポケモンはヘロヘロの状態となったほとんど力尽きたも同然になる。その疲労はすぐに抜けるものではない。

 なのでサブポケモンを登録していないマックスはトーナメントにおいて、おいそれとダイマックスを使用する事が出来ないのだ。だからこそ機動力に優れるカイリューをあのアップリューにぶつけたのだが、今のところそれは成功していると言える。

 

 空を飛び回っているカイリューの様子を窺うが、今だに余力がありそうだ。

 そうこうしている内に、どんどんキョダイマックスの使用時間が過ぎて行く。アップリューも何とかカイリューに狙いを定めようとするが、自分の体の近くを飛び回るカイリューをたびたび見失い下手に技を打てないでいた。

 

「何て事だ。こんな方法でダイマックスをスカそうとするなんて・・・」

 

 そしてとうとうその時がやって来た。アップリューに溜まっていたダイマックス用のエネルギーが霧散し変身が解けてしまう。

 ダイマックス後の後遺症としてアップリューは精魂尽き果てたような状態となる。ダウンこそしていないものの、その場から動くとことすらできそうもない。

 そんなアップリューをカイリューはまだ戦えるのかを確認するように高度を落としつつ見つめる。

 

『あーと、アップリューのキョダイマックスが解けてしまいました。結局ヤロー選手は、マックス選手のカイリューに有効打を与えることができませんでした』

「ダイマックスが敗れたんだわ・・・。アップリュー、良くやってくれたんじゃ」

 

 ヤローは身動きの取れないアップリューをボールに戻すと、右手を握りしめて頭上に向けて腕を上げる。マックスはそれを驚いたように見つめた。

 

『これはヤロー選手、サレンダーです。残りの手持ちはまだありますがリタイヤを選んだようです!』

『ダイマックスが破られてしまった以上、残りの手持ちでは勝利は難しいと判断したのでしょう。中には最後まで戦うべきだと言う人もいるでしょうが、相手と自分の戦力差を冷静に判断するのも優秀なトレーナーの証です』

 

 公式戦のポケモンバトルに置いて、バトルフィールドに自分のポケモンがいない状態で右腕を5秒以上掲げる行為は降参を意味する。ヤロー選手は手を掲げている間、噛み締めるような表情をした後ゆっくりと腕を下した。

 それを見た俺はバトルが終わったと判断して、カイリューをボールに戻す。

 

『チャンピオンシップAブロック第1回戦はマックス選手の勝利に終わりました!』

「いやー完敗なんだわ。強いね!マックス選手は。この後のバトルも僕の分まで頑張ってほしいんだわ」

「ありがとうございます。こちらこそ良いバトルでした」

 

 実況の勝利宣言の後、俺とヤロー選手は改めてフィールドの中央で向き合い握手を交わす。

 序盤こそ危ない部分があったが、終わってみれば俺の勝利ではある。しかし楽観視はしていられない。レベル差が約50もあるのにバンギラスを落とされ掛けたのだ。

 ジムリーダーが相手では戦術次第でレベル差をひっくり返される可能性があると言うのが、今回のバトルで良く分かった。

 

 この勝利に浮かれず、油断せずに次の第2回戦に挑もう。そう考え気を引き締める俺は、とりあえずチャンピオンシップの第1回戦を突破することができたのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

王の名を冠する者

久しぶりの投稿です。
ちょっと挑戦気味な文章にしたので内容が合わなかったら申し訳ありません。


 

「何とかここまで来れたか」

 

 スタジアムの中にある控え室で誰に言うまでもなく俺はベンチに腰掛けながらそう呟く。ファイナルトーナメントのAブロックの初戦を勝ち抜いた俺は、そのまま続く2回戦・3回戦を順調に勝ち抜く事が出来た。

 ダンデに挑めるまで、残るはBブロック代表者との決勝戦のみだ。今俺は先にAブロックでのバトルが終わってしまった為、Bブロックでの試合が終わるのを控室で待っている形になる。

 

 最初は参加選手で賑わっていたこの場所も、今では俺一人となってしまった。そこに少しの物悲しさを感じつつ俺はボールに入っている、手持ちのポケモン達を確認する。

 

「皆、それなりに消耗しているな…」

 

 ここに来るまでに俺は3回バトルをして勝ち抜いて来た訳だが、どのバトルも一筋縄では行かなかった。これは薄々気が付いていた事だが、俺のポケモンバトルのスタイルはトーナメント戦と相性が余りよくはない。

 俺のバトルスタイルは基本的にレベル差によるゴリ押しだ。タイプ相性が良かろうが悪かろうが、全て正面から叩き伏せてきた。それが結果的に最短の勝利へと繋がってきたのだ。

 

 だがその代償は軽くは無い。後先考えない常に全力で攻撃するスタイルは単発の短期決戦においては無類の爆発力をほこる。ワイルドエリアの時も、群れを相手にしなければ高レベルのポケモン一体とのバトルを断続的に行うだけで良かった。

 しかし、トーナメント戦では少し勝手が違う。トーナメント戦では、高レベルのポケモンと短期間で連続して戦う必要があるのだ。

 

 ファイナルトーナメントともなれば、ほとんどのトレーナーが5〜6体のポケモンを揃えてバトルに臨んでいる。それが×3回。Aブロックの代表になるまでに約15〜18体のレベル50越えのポケモンと相対する事になるのだ。

 そんな数のポケモンと馬鹿正直に真向勝負を繰り返せば、いかにレベル100のカンストポケモンパーティと言えど消耗は当然である。

 

 これに関しては完全に俺の見通しの甘さが原因で無駄な消耗を手持ちの相棒たちに強いてしまった。少しでも考えれば回避できたミスだ。

 言い訳をするならば、俺はファイナルトーナメントまでのポケモンバトルで苦戦をする事があまりなかった。ぶっちゃけて言えば、レベル差のお陰でほぼ一撃で型が付いてきたからだ。

 

 その過程もあってか、俺はワイルドエリアでのレベル上げ期間からそのままのバトルスタイルに変更を加えずにファイナルトーナメントまでやってきた。

 しかしチャンピオンシップまで残ったジムリーダーを含む、トップ選手達はそれまでのトレーナーとは格が違った。

 

 全員が勝ちを諦めず、俺のカンストパーティに対する戦法を用意して待ち構えていた。結局は地力の差で俺が勝ち上がってきたが、どれも楽勝とはいかず体力を予想以上に削られてしまった。

 とは言え、今更戦い方を変える事など出来ない。状況に応じて複数の戦法を入れ替えられる程、俺や手持ちのポケモン達は器用な方では無い。

 

 ここまで来たならば最後まで突き抜けなければテンションの維持も難しくなって来る。兎に角あと一戦。後一回勝てれば、午前の部が終わり午後のチャンピオン戦まで休憩が取れる。

 

「負けない。俺とカンストポケモン達が負けるはずがない」

 

 その様に言葉を漏らす俺に、どん!!と音と共に表のスタジアムの観客の盛り上がった声が聞こえて来た。おそらくではあるがBブロックの試合が終わった様だ。

 俺はゆっくりと控室にあるトーナメント表が掲示してある壁を見上げる。

 

 そこに表示されていた選手はー

ーーーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

『朝から始まったこのチャンピオンシップ午前の部。ファイナルトーナメントも残す所、後一試合になりました。Aブロック・Bブロックの代表選手は次の通りです』

 

ーAブロック代表・セミファイナリスト マックス選手

ーBブロック代表・炎タイプジムリーダー カブ選手

 

「やあ、マックス君。控室の時振りだね」

「カブ選手」

「何となく、君ともう一度会うのならここ(決勝戦)だと思っていたよ」

「そうですか・・・」

「お互いに悔いの残らない勝負にしよう」

「はい」

 

 俺とカブ選手はそう言葉を交わすとそれぞれバトルフィールドの所定の位置に着く。俺はそのまま前を見るとカブ選手と目が合った。その目は炎タイプのジムリーダーの名に違わぬ程の熱量を感じ、思わず陽炎を幻視する。

 そしてファイナルトーナメント最後の戦いが始まった。

 

「さあ、行くぞ!炎とは上に燃え上がる。だから僕も上を目指す!」

「勝利は譲らない。チャンピオンに挑むのは俺だ!」

 

 カブとマックスは裂ぱくの叫びと共にお互いのポケモンを繰り出す。

 

「ゆけ、エンニュート!」

「出番だ、ルカリオ!」

『さあ始まりましたファイナルトーナメント最終決戦!ここでの勝利者が、午後の部でチャンピオンダンデと勝負することになります。ミドル世代同士の対決、勝負を制するのは果たしてどちらになるのか!?』

『カブ選手はエンニュート。マックス選手はルカリオを選択。中々珍しい顔合わせですね』

 

 カブから繰り出されたエンニュートはバトルフィールドに足が着くなり四つん這いとなり、その特徴的な長い手足を駆使してその場を駆け回る。対してマックスのルカリオは駆け回るエンニュートを追うことはせずにその場にどっしりと構える。肩幅に開いた足をそれぞれ前後に置き両手は相手に手の平を向けつつ軽く前へと出す。その瞳は高速で駆け回るエンニュートをしっかりと捉えていた。

 

 ルカリオの動体視力ならあのエンニュートを見失うことはない。毒技は痛くはないだろうし警戒するのは炎技だけでいいはずだ。と、そのように考えているマックスをよそに、エンニュートはルカリオに向けて攻撃をしかける。

 

「エンニュート、”フレアドライブ”だ!」

「キュエー!」

「な、初手から大技だと!?」

 

 甲高い叫び声と共にエンニュートの体は炎を纏いルカリオへ突撃する。いきなり大技を使用してきたエンニュートたちに驚くマックスとは違い、ルカリオは冷静にこちらに突撃してくるエンニュートを見据える。

 ルカリオは相手が進路をギリギリで変えることが出来る距離の間で上半身を右側に傾けた。そんなルカリオを逃がすまいとエンニュートの進路がブレたその、瞬間、ルカリオは左足を外側へ逃がしそれを軸に右足を引くことによって体を高速で半回転させる。その結果、エンニュートの”フレアドライブ”は右にずれたこともありルカリオの前を素通りする。

 

「良いぞルカリオ!」

「なんて器用な避け方だ」

 

 ”フレアドライブ”を避けられたエンニュートは足でブレーキを掛けて、慌てて後ろにいるルカリオと向き合うために振り返る。しかしルカリオはエンニュートの視界から自分が消えるのと同時にその隙を利用して側面へと回り込んでいた。

 ルカリオはこちらの姿を見失うことで一瞬硬直してしまったエンニュートの腕を捕まえる。腕を掴んだルカリオはエンニュートを軸にして円を描くように走り出す。

 

「いったい何をしているんだ?」

『マックス選手のルカリオ、カブ選手のエンニュートの腕を掴んで走り回っております。上から見えるその姿はまさしく台風の目です!』

 

 回る視界。揺れる三半規管。

 目まぐるしく変わる景色になすすべなく振り回されてしまっているエンニュートの思考能力は落ち、振り回されたまま軽い混乱状態になってしまった。

 それを見たマックスは指示を出す。

 

「今だルカリオ、押せ!」

 

 マックスからの指示にルカリオは即座に反応。エンニュートを軸に走り回るのを止めて背中に回り込む。そして両手でエンニュートの肩を抑えると”しんそく”を用いて押しながら走り出す。混乱状態に陥っていたエンニュートは反射的に倒れまいと足を前に出してしまった。さらに流れでもう一つの足を踏み出すことによってルカリオの”しんそく”を推進力にした変則的な走行が始まってしまう。

 強制的にオーバーペースで走らされてしまうエンニュート。当然、歩幅もバラバラで今にもコケてしまいそうだ。

 

 たまらずエンニュートは尻尾を用いてルカリオを叩き落とそうする。だがそれを察したルカリオはエンニュートの背中からエスケープ。尻尾の攻撃を食らうことなく安全に地面に着地する。

 対するエンニュートは推進力を失ったことと無理やり体を動かしたせいでバランスを崩しそのまま地面を転がった。

 

「エンニュート!」

 

 そんな姿を心配して思わず声を上げしますカブであったが、エンニュートはそれどころではなかった。

 早く立ち上がらなければ、追撃が来てしまう。そんな思いに支配されたエンニュートは上手く動かない体に喝をいれて何とか体勢を整えようとしていた。しかし体を振り回され、無理な走行を強制された影響でエンニュートの思いとは裏腹に体は言うことを聞いてくれずジタバタと藻掻くことしかできない。

 

『これは・・・いったいどういうことでしょうか』

『そうですね、追撃には絶好の機会だと思われますが・・・なにか考えがあるのでしょうか?』

 

 ふとエンニュートは違和感を覚える。自分は今かなりの隙を晒しているのも関わらずまったく攻撃がやってこないのだ。不思議に思いエンニュートは顔を持ち上げてルカリオの方を見る。そこにはどっしりと構えたルカリオがバトルの初めと変わらず不動の姿勢で佇んでいた。

 その姿を捉えたエンニュートは己の体が熱くなるのを感じた。追撃を掛けていれば高確率で戦闘不能にまで持って行けたのにも関わらずそれを無視してこちらの無様な姿を眺めている。

 

 まるでお前などいつでも倒せる、と言外に突き付けられて冷静でいられるものは少ない。舐められている。少なくともこちらを眺めているルカリオの姿を見てエンニュートはそう感じた。

 ルカリオの行動は是非に関わらず、それは仮にもジムリーダーの手持ちとして数多のポケモンバトルを経験してきたエンニュートのプライドを大いに刺激した。

 

「グアー!」

「エンニュート、待て。待つんだ!」

 

 視界が赤く染まったエンニュートはカブの指示もそっちのけに出鱈目に動き出す。手足を無理矢理動かし、体が悲鳴を上げているのも無視してルカリオに突っ込み攻撃技を乱舞する。

 そしてエンニュートは”どくどくのキバ””ドラゴンクロー””ポイズンテール””オーバーヒート”と次々技を繰り出す。

 

『エンニュート、怒涛の攻撃だ!しかし、マックス選手のルカリオには届かない。この連続の攻撃をものともせずに次々捌いていく!』

 

 ルカリオは飛び掛かって来たエンニュートの”どくのキバ”をギリギリまで引き付けてから足だけ動かし一歩下がる。己の目の前でバチンッと閉ざされるエンニュートの口を視界に収めながら、弧を描くようにして放たれた”ドラゴンクロ―”を腕を差し込み体に届く前に止める。そのままの勢いでルカリオは相手の懐に入り肩口で胴体を押し出すように宙に飛ばして距離を空ける。しかしエンニュートは負けじと空中に飛ばされながら体を反転。

 背面にある尻尾を鞭のように伸ばして”ポイズンテール”を放った。

 

 これをルカリオは上体をギリギリまで反らしてスウェーで避ける。鼻先を掠めたエンニュートの尻尾を見送ってから上体を戻したルカリオの目に映ったのは大きく開けた口から”オーバーヒート”が放たれた瞬間だった。

 放物線上に広がる”オーバーヒート”をこの距離で避けるのは至難。かと言って正面から炎技を防いでしまえば少なくないダメージ負う。避けることも防ぐことも難しい。ではどうするか?

 答えは単純。なれば捌くのみ。

 

 態勢を整えたルカリオは迫りくる”オーバーヒート”に対して腕を突き出しそのまま円を描く。滑らかな円運動。それは淀みなくされど高速に循環する。するとどうだろうか。

 ルカリオを焼き尽くさんと吐き出されたエンニュートの”かえんほうしゃ”は、ルカリオに届くことなく見えない壁にでも当たったかのように周囲に散る。

 

「落ち着くんだエンニュートッ、そのままではいけない!」

 

 カブはルカリオの摩訶不思議な防御術に目を見張りつつもオーバーペースで行動を続けるエンニュートに警告を飛ばす。

 幸いにしてカブの声は怒り心頭であったエンニュートの耳に届いた。だがそれは態勢を立て直すには一歩遅かった。

 

 ガクンっと唐突にエンニュートは体から力が抜けて倒れてしまった。

 

「グァ???・・・」

「エンニュート!?」

 

 意識はある。だが苦しい。呼吸さえし辛いその体たらくで、それはルカリオに振り回された時以上の苦痛となってエンニュートの体を蝕んだ。

 

『どういうことでしょうか?カブ選手のエンニュートが突然倒れてしまいました!』

『マックス選手のルカリオから特に攻撃を受けていなかったはずですが・・・、不思議ですね』

 

 エンニュートが陥ってしまったそれは人間で言う所の酸欠状態(チアノーゼ)であった。

 まず最初にルカリオによって出鱈目に振り回されたことによってエンニュートの呼吸は倒れてしまう程に大きく乱れてしまった。そこから回復する前に感情に任せ無理をして体を動かしてさらに悪化。とどめに自分にかなり負担の掛かる大技である”オーバーヒート”を放ってしまったことにより、エンニュートは限界を迎えてしまったのだ。

 

 いくら生命力に溢れるポケモンとてダウンしてしまう程の酸欠状態がすぐに回復ることはない。

 故にー

 

『あーと、ダウンしてしまったエンニュートですが戦闘続行が不可能と判断されたようです』

『もしかしたら弱った状態で、連続で技を繰り出したのが良くなかったのかもしれませんね』

 

 エンニュートが戦闘不能を言い渡されるのは必然であった。

 

「戻ってくれエンニュート」

 

 失態である。そうカブは己を叱責する。エンニュートが勝手に動いてしまった時点で言葉ではなくボールに戻して交代するべきだったのだ。そこの判断が遅れてしまったことによりエンニュートに負担を強いてしまった。

 

(とは言え反省は後だ。今は向こうに流れてしまったペースを取り戻さなけば!)

 

 即座にメンタルリセットをしたカブは再び気合を入れて対峙するルカリオを見つめる。そしてそれに気付く。

 

「あれは、まさか・・・。ならば次の出番は君だ!」

『カブ選手の次なるポケモンはウインディです!』

『でんせつポケモンのウインディですか。マックス選手のポケモンもそうですが、ウインディ自体かなり素早いポケモンです。先ほどのエンニュートに使用した戦い方が果たして通じるのでしょうか?注目です』

 

 大型犬を優に超える巨体を持つウインディだが、その外見とは裏腹に軽やかにバトルフィールドに降り立つ。そしてカブは様子見をすることなく速攻を仕掛ける。

 

「ウインディ、”しんそく”からの”かえんほうしゃ”だ!」

「ルカリオ、”しんそく”だけ大きく避けるんだ!」

 

 ”しんそく”は”でんこうせっか”よりも早く威力のある攻撃である。ましてやウインディ程の巨体から放たれるそれは身体の一部が掠るだけでも吹き飛ばされてしまうだろう。故にマックスは紙一重の回避ではない避け方を指示した。

 ルカリオは正しくマックスの指示を理解して大きく飛び避けようとした。その時、ガクリ、とルカリオの体が崩れ落ちた。

 

「ルカリオ!?」

 

 足が止まってしまったルカリオに間髪入れずにウインディが突撃する。ルカリオは咄嗟に腕を十字に交差させ急所に当たるのを防ぐ。しかしウインディの”しんそく”の勢いに負け、大きく吹き飛ばされてしまった。

 そこにウインディは追撃の”かえんほうしゃ”を放つ。吹き飛ばされたルカリオは胴体から地面に落ちてしまったが、その勢いを殺さずゴロゴロと転がることによって”かえんほうしゃ”をかろうじていなすことに成功する。だが直ぐに立ち上がる事が出来ず、その場に片膝を付いてしまう。

 

「どうしたんだルカリオ」

『マックス選手のルカリオ、いきなり態勢を崩してしまいました』

『これはもしや?』

 

 マックスは内心で焦りながらルカリオを注視する。よくよくルカリオを観察すれば顔色がかなり悪い。攻撃事態もそれほど受けていないのにも関わらず肩で息をし始めた。

 

(これはまさか状態異常()か?だがルカリオは鋼タイプでもある。毒の効力は薄いはず、何故だ?)

『おそらくこれはエンニュートのせいでしょうね』

『と言いますと?』

『エンニュートの一部の個体は体表から特殊な液を分泌します。そしてそれに触れた生物を中毒状態にすることができるのです。これは毒に強い鋼タイプも例外ではありません』

 

 トゥークが語るように、エンニュートの特性によっていまルカリオは毒に侵されてしまっていた。毒に強い鋼タイプであったため発症が遅くなり、マックスも直ぐに気が付くとが出来なかった。唯一、正面からルカリオを見ることができたカブのみが顔色の変化を見て一早く察することができた。

 

「チャンスだウインディ。”フレアドライブ”!」

「戻れ!ルカリオ」

 

 カブは止めとばかりに大技を指示する。しかしそれより数舜早くマックスがルカリオをボールに戻す。結果、ウインディの”フレアドライブ”はルカリオがいた場所を空振りする。

 

「むぅ、一手届かなかったか・・・」

『マックス選手、ルカリオを手持ちに戻したようです』

『素晴らしく速い判断でしたね』

 

 危なかった。流石に今の”フレアドライブ”が直撃していればレベル100のルカリオと言えど戦闘不能になっていたかもしれない。そのようにマックスはひとりでに思う。

 そしてルカリオを手持ちに戻したからには次のポケモンを繰り出さなければいけないのだが・・・

 

(どうする?こっちもウインディを出すか・・・。いや駄目だ)

 

 ウインディは機動力のあるポケモンだ。故にこちらもウインディを出して対抗しようと考えたマックスであったが直ぐに思い直す。と言うのも、マックスはこれまでの2回戦・3回戦共にウインディをバトルで使用してそれなりに酷使してしまっていた。これもマックスの手持ちの中でウインディが一番体力があるが故であった。

 だがさすがにここでさらに使用してしまっては最悪、本当にガス欠になりかねない。

 

(ウインディ以外で機動力がある手持ちはー)

「よし。決めたぞ、カイリュー!」

 

 マックスの手持ちの中で空に限るならば随一の機動力持ち合わせているカイリュー。その戦闘力は一度空に飛んでしまえば手が付けられなくなるほどだ。

 故にカブはカイリューが出てきた時点で即座にウインディに指示を出す。

 

「ウインディ、”しんそく”からの”フレアドライブ”だ!」

 

 カブが選んだのは速攻からの最大火力特攻。マックスのカイリューは基本的にバトルフィールドに出た後はすぐに飛翔して一方的な爆撃攻撃を開始する。だからこそ飛ばれる前に勝負を決めに行くのは間違いではない。特にカブの手持ちの中には飛行タイプのポケモンがいないので余計に速攻を仕掛けなければならなかった。故にカブの選択肢はベターな一手だった。

 唯一、カブが見落としていた点はカイリューからの反撃を軽視してしまったことである。

 

「ガアァー!!」

「キャンッ」

「ウインディ!?」

 

 マックスのカイリューは”しんそく”にて迫りくるウインディのその姿を見て逃げる訳でも防ぐわけでもなく、真正面から迎え撃った。拳を握りしめ腕と背筋を隆起させ、間合いに入ったウインディの額を正確に捉えてその拳を振り抜いた。ウインディは己の額にぶち当たったカイリューの予想以上に強力な拳に耐えれず逆に後ろに吹き飛ばされてしまう。

 

 普段は直ぐに空中へと飛び立ってしまうマックスのカイリューを見て忘れがちになってしまうが、元々カイリューのポテンシャルはトップクラスである。そのタフさはマックスのバンギラスにも引けを取らない。

 故に反撃を考えていなかったカブのウインディが弾き返されてしまうのは当然の事であった。そして間を空けてしまった事によりカイリューの動きを妨げる障害がなくなってしまった。こうなればカイリューの次の行動は明白だ。

 

 カイリューは翼を広げると自分の領域()へと飛翔する。

 

「くッ、ウインディ。狙い撃ちがやってくるぞ。走るんだ!」

「バウ!」

 

 ウインディは星が瞬く視界を頭を振って無理矢理覚ますと、カブの指示通り走り出す。

 対してカイリューは上空から走り回るウインディを見下ろしつつエネルギーを充電。溜めたそれは竜の力を帯びて妖しく発光する。次の瞬間カイリューを中心にその力が解き放たれ、”りゅうせいぐん”となってウインディに降り注ぐ。

 

 初弾は素早く動くウインディの周囲に”りゅうせいぐん”を落として勢いを弱める。次弾からは退路が狭まったウインディに向けて数多の”りゅうせいぐん”が飛来する。

 ウインディも器用によけ続けたが、次第に行動範囲が狭まって行くことでとうとう”りゅうせいぐん”が命中し足を止めてしまう。それを確認したカイリューは残りのエネルギーを使い、その場所に向けて集中砲火する。

 

「ウインディ、大丈夫か!?」

 

 カブの声が木霊する中、カイリューはゆっくりと高度を下げてウインディの姿を確認しようとする。あたかもその姿は空に君臨する王者そのものだ。

 自然とそんなカイリューに周りのいる観客は恐れを抱いた。

 

『これは・・・、ダメです。”りゅうせいぐん”が直撃したウインディ、立ち上がる事が出来ません』

『戦闘不能ですね』

「よくやってくれた、ウインディ。休んでくれ」

 

 強大な力で勝利をもぎ取ったカイリューに会場にいる皆が圧倒される中、マックスはカイリューの姿を見て訝しんでいた。

 

(あまり調子が良くなさそうだな・・・)

 

 マックスの手持ちのポケモンたちは基本的に出し惜しみと言うのをしない。先ほどのカイリューの攻撃も普段なら”はかいこうせん”や”りゅうのいぶき”などで足止めしてから”りゅうせいぐん”で止めを刺しに行っていたはずだ。

 それを”りゅうせいぐん”だけに止めたと言うことは明らかにスタミナの節約を意識している。

 

(やはり3回戦の試合が尾を引いてしまったか)

 

 マックスがファイナルトーナメント最終決戦の前の3回戦の相手は飛行タイプのポケモントレーナーであった。なのでマックスのカイリューはその試合でほとんど出ずっぱりであったのだ。

 カイリューの負担を考えるならばこれ以上の続投は避けるべきだ。

 

(疲弊具合がマシで連戦できる俺の手持ちはー、ダメだ。問題児しかいない!)

 

 実は一体だけマックスの手持ちの中でカブのポケモンたちに有利を取れるタイプが存在している。しかしそのポケモンはある意味、暴君であるバンギラス以上に使用が躊躇われるポケモンでもあった。

 

「行ってくれ、コータス!」

「えーい。背に腹は代えられん。戻ってくれカイリュー。行けミロカロス!」

『おっと、マックス選手、カイリューに引き続き2度目の交換です』

 

 カブがコータスを繰り出す中、マックスはカイリューを引っ込めると例のポケモンを場に出した。

 

「コォタス!」

 

 カブのコータスが雄たけびを上げながらバトルフィールドに降り立つのとは真逆に、そのポケモンは静かに姿を現した。

 

「ーーー」

 

 そのポケモンは一言で言い表すなら、ただ、ただ、美しかった。

 儚げに俯く美顔。揺蕩う長い胴はそれだけで人目を惹き付ける。その赤の瞳は常に潤んでおり、映る角度によっては宝石のルビーにさえ見えた。また全身を覆うきめ細やかな鱗は何かを塗っている訳でもないのに妖しげな色気を感じさせる。細く長い柳眉と紅色の髪はそれ自体が光を放っていると言われても不思議ではない程の光沢を帯びていた。

 

 この世で最も美しい生物の一体と謳われるポケモン。その名はミロカロス。マックスの最後の手持ちにしておそらくは一番の問題児である。

 

「おお、なんと綺麗な・・・」

「コータス」

 

 カブとコータスは思わず今がバトルの最中であることを忘れてマックスのミロカロスに見入ってしまった。実際にそれだけの美しさをこのミロカロスは持ち合わせていた。

 

 そのまま見つめていると、ふと俯いていたミロカロスがこちらに向けて顔を上げた。目が合う。真正面から見つめず、横顔からの流し目が確かにコータスの姿を捉えた。

 

 たったそれだけのことでコータスは魅力されて(ハマって)しまった。

 

「こぉー」

「コータス!?まずい、しっかりするんだ!」

 

 カブの必死の声も今のコータスには届かない。

 甘いシビレが走る全身に酩酊感すら感じるコータスの頭の中では、ただミロカロスの瞳を見つめ返す事しかできない。

 コータスが夢中になって見つめ居ているミロカロスがゆっくりとだが顔を正面に向けた。すると何かがミロカロスの顔の前に集まるとチカっと光る。

 

 コータスはそれが何かと疑問を抱く前に意識を洗い流され、そのまま暗闇へと沈んでいった・・・。

 

『き、決まったー!ミロカロスの”ハイドロポンプ”が無防備なコータスに直撃。一発でコータスを沈めてしまいました!!』

『なんといいますか、色々とすごいですね』

「く、コータス・・・」

 

 カブ選手が戦闘不能になったコータスを手持ちに戻すのを見て俺は思わず苦い顔をした。何てことはない。ミロカロスが自前の美しさで相手を魅力で虜にし、惚け切った相手(コータス)”ハイドロポンプ”(最大火力)をぶち当ててワンパンしただけである。いつものミロカロスの手口だ。

 しかし、必死に自分のポケモンを正気に戻そうとするトレーナーをよそに無慈悲な一撃を叩き込んで勝利するのは何度やってもなれない。

 

 こちらは得も知れぬ罪悪感が込み上げてきていると言うのに、当の元凶はこちら(マックス)に振り向きニヒャリと笑うのだ。

 

(悪魔だ・・・悪魔がいよる)

 

 こちらを見つめるのを満足したのかミロカロスは改めて正面に向き直る。そこに映し出されているカブ選手の顔色は決して芳しいものではなかった。

 

『さあ、カブ選手の手持ちのポケモンも残り2体です。ここから逆転を目指すのはかなり厳しい状況です』

『そうですね。しかしカブ選手にはまだダイマックスも残されております。まだ分かりませんよ?』

「スゥー、ハァー」

 

 カブは己の心を落ち着けるために深く深呼吸する。

 

「そうとも、まだ終わってはいない。勝てる道筋はあるはず。頼む、キュウコン!」

「コォーン!」

 

 カブは諦めずに次のポケモンであるキュウコンを繰り出してきた。そいてコータスの時と変わらず、ミロカロスはキュウコンを見つめた。

 キュウコンは目が合うのと同時にドキリとした感覚が体を襲うのを感じる。まさしく魔性の美。このポケモン(ミロカロス)はきっと息をしているだけで、あらゆるポケモンを支配してしまえるのだろう。

 だがキュウコンは歯を食いしばってその魅力に抗った。

 

 キュウコン自身がミロカロスに劣らぬほどの綺麗なポケモンである事。オスではなくメスであること。他にもあるが、主にこの二つの要素がキュウコンを木偶にするのを防いだ。

 

 ミロカロスはそんなキュウコンを最初は不思議そうに見つめた。首をかしげて愛らしい疑問の声を上げる姿は誰もが保護欲を掻き立てられるだろう。

 しかし、次第にキュウコンが自分の美しさに靡かないことを理解し始めるとーーーーーー

 

ミロカロスは何の躊躇もなく、瞬きの時間も掛けずにブ千切れた

怒りの日である

 

「キィエエエエエェェェぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!」

「うわぁ・・・」

「な、なんだ?」

「コ、コーン?」

 

 ならない。あってはならない。ミロカロスにとって己の美しさとは絶対の価値観(アイデンティティ)でありあらゆる生き物は自分の魅力に傅くことが当然のこととして認識している。故に、目の前のキュウコンの存在を許してはならない。

 己の美しさに抗うもの。それはミロカロスの逆鱗を踏み締める唯一の存在なのだ!

 

 理不尽な事この上ない。

 

「なんと異形な・・・」

『こ、これは一体どういうことでしょうか?マックス選手のミロカロスが・・・か、変わって行く?』

『本当に、マックス選手は飽きさせてくれませんね・・・』

 

 ボゴリ、とマックスのミロカロスの体が陽炎と共に隆起する。全身を揺らす震えは怒りのせいか。光沢を放っていた髪は怒髪天。赤かった瞳はさらに充血し、窪みを飛び出し痙攣を繰り返す。眉間を中心に出来た皺は顔全体に広がり化生と見間違えるほどの形相だ。胴体に至っては怒りで血流の流れが加速しているせいか赤みを帯び血管が目に見える形で盛り上がっていた。

 美しさの反対とは醜さか・・・否、怒りによって歪められたそれは般若となるのだ。鬼神の登場である。

 

「キイエェェェ!!」

「は、いけない。キュウコン、近づけさせるな!”だいもんじ”だ!!」

「クオーン!」

 

 ドォッと音と共に、怒りの化身となったミロカロスが地面を抉りながら高速で蛇腹走る。かなり怖いし近づけたくもない。

 故にカブはキュウコンに高威力(だいもんじ)の技で迎撃を試みる。まっすぐ突っ込んでくるミロカロスに対して、清めの大の字の炎が炸裂した。しかしー

 

 ミロカロスはキュウコンの技など意に課さず、大の字のど真ん中を己が体でぶち抜く。狂戦士と化したミロカロスはそんじょそこらの事では止められないし止まらない。なまじ体重がある分、勢いが付くと大抵の技は引き潰してしまうのだ。

 さらに今のミロカロスは怒でリミッターが外れてしまいある程度のダメージを無視できる疑似的なスーパーアーマー状態である。

 バンギラスやカイリューと言った生粋の上位ポケモンが持ち合わせるタフさを切れることで再現してるのだ。

 

「ガ嗚呼アアァァ!」

「キャン!」

「しまった、キュウコン!!」

 

 ”だいもんじ”を打ちやぶったミロカロスはそのままキュウコンにタックルをかますと同時にカチ上げる。宙にまったキュウコンの胴体めがけて自分の尻尾を叩き付けた。

 こうなったミロカロスは技などと言う女々しいものには頼らない。ひたすら肉体言語によるステゴロで相手を殲滅するのだ。

 

「オオオォォㇻァ!」

「コォ、ン」

 

 ミロカロスは最後に渾身の頭突きをキュウコンにお見舞いするとそこで漸く追撃を止めた。体が高温になったお陰か激しく蒸気が立ち上る中、肩で息をしてキュウコンをねめつける。

 

『カブ選手のキュウコンは・・・駄目です。立ち上がれません』

『戦闘不能ですね』

「く、キュウコン・・・。いやまだだ。勝てる道筋を諦めるなカブ!マルヤクデ、キョダイマックスだ!!」

 

 倒れたキュウコンを戻したカブは最後のポケモンであるマルヤクデを繰り出しキョダイマックスを使おうとする。

 だが、

 

「させるかよ、戻れミロカロス。決めてこいサンダース!」

 

 カブ選手の様子を察した俺は急いでミロカロスを戻してサンダースをバトルに召喚する。

 俺のサンダースの行動はシンプルイズベスト。たった一つの目的に向かい慢進する。キョダイマックスなんてさせない!

 

 場に出たサンダースはすぐに目標(マルヤクデ)を確認。パチリと電気を流すと滑るような独特の走行でマルヤクデに接近し、その長い体に取り付く。

 

『なんとマックス選手のサンダース、カブ選手のマルヤクデに張り付いた!』

『これはいけませんね。下手をすればカブ選手はマックス選手のサンダースを自分のボールにいれてしまいかねません』

「これでは、キョダイマックスができない。マルヤクデ、何とかして振り落とすんだ!」

 

 しかし、カブの命令とは裏腹にマルヤクデは己の胴体に引っ付くサンダースを振り落とす事ができない。

 

(ダイマックスは使用する時は一度出したポケモンをもう一度戻さなきゃならない。つまりその射線上に割り込めば間接的にダイマックスを封じることが出来る!)

 

 選手は相手のポケモンを自分のボールに誤って入れてしまった場合、故意か否かに関わらず失格となる。これはこのルールを利用した戦術だ。

 もちろんただ邪魔するだけでは効果は薄いだろう。だが、マックスのサンダースのようにべったり体に引っ付かれると相手からしたらかなり面倒だ。

 

 何よりマックスのサンダースは静電気を上手く使い、引っ付き虫のような粘着力を得つつ氷の上にでもいるかのようにマルヤクデの長い胴体をスライド移動している。これでは狙い撃ちしたくてもできまい。

 

「マルヤクデ、”もえつきる”だ!」

 

 このままでは拉致が空かないと判断したカブは高威力の技でサンダースを落とそうとする。

 

「時間をかけすぎましたね、カブ選手」

「何?」

『マルヤクデの体が炎に包まれていく!しかし、同時にサンダースの体が光輝いています。一体何が起こるんだ!!』

「ぶちかましてやれ、サンダース!!」

 

 サンダースはマルヤクデに引っ付き、その体に纏わり追いているのと同時に自分の中でずっとエネルギーを貯めていた。そのエネルギーが臨界点を迎えるのと同時にサンダースの体が白く発光する。

 そしてサンダースはそのエネルギーを何の躊躇もなく開放した。

 

 轟音と共に会場が、白い閃光で埋め尽くされたー

 

『つゥ・・・、とんでもない爆発が起きました。会場を包んだ煙が徐々にではありますが晴れていきます。果たして両選手のポケモンの安否や如何にー。あっと、サンダース・マルヤクデ共にダウンしています!』

 

 爆発が晴れたその場所ではクレーターが出来ており、その中央でサンダースとマルヤクデが重なるようにして倒れていた。

 

『き、決まったー!!ファイナルトーナメントを制したのはマックス選手です!!!!!』

「お、終わった?」

「そうだね、僕の完敗だ」

 

 マルヤクデを手持ちに戻しつつ、カブ選手は俺に近付いてくる。俺もサンダースを戻しカブ選手に向かって歩く。

 

「カブ選手」

「おめでとう、マックス君。君はファイナルトーナメント制覇者だ」

「・・・」

「月並みの言葉ではあるけれども、僕や今までの皆の分までの思いを胸にダンデ君に挑んでくれ。応援してる」

「ありがとうございます。絶対に勝ちます」

『両選手、バトルフィールドの中央で硬い握手が交わされています』

『とうとうチャンピオンダンデに挑む選手が決まりましたね』

『はい、そうですね。それではチャンピオンシップ午前の部はここで終了となります。ここからはバトルフィールドの整備が挟まった後、午後の部まで様々なイベントが開催されます。皆様、そちらの方もお楽しみ下さい』

『ここで一息付きましょうか』

『なお最後に、このチャンピオンシップはS&S財閥団・スカーレット財閥・バイオレット財閥・ポケモン運営委員会他57社のスポンサーの提供がなされています』

ーーーーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

「勝った」

 

 ファイナルトーナメントを制したマックスはすぐに当てがわれたホテルの個室に戻り、相棒であるポケモンたちの回復に努めていた。今から午後の部のチャンピオン戦までそれなりに時間があるとは言え、消耗した体力をどれだけ取り戻せるのやら。

 

「それでもようやくここまでこれた」

 

 後は勝つだけだ。そう意気込むマックスはゴロリと部屋に備え付けてあるベットの寝転がる。自分はほとんど案山子だったとは言えさすがに慣れない場所での試合は疲れた。今は休もう。

 眠気が来るまで軽い手持ち無沙汰になったマックスは久しぶりにネットの海を漂うことにした。己の評判はどうなっているのやら・・・

 

「・・・ふ」

 

 思わず、といった感じで笑いが漏れた。己の評判をされている場所はすぐに見つかった。そこの場所の内容があまりにもチープであったため反射的に笑ってしまったのだ。

 

 

 

○○年度、チャンピオン挑戦者の記事

 

暴力的  意味不明なバトルが多い  あまりにも非人道的では?  理解に苦しむ・・・etc

 

 

挑戦者の異様なポケモンたち

 

・なんか空を走り出す陸上炎ポケモン

・光ったと思ったら突然大爆発を起こす引っ付き虫、むし??。正体はモンボ姿のあいつでも無ければ地面・岩タイプのやつでもない。え、どうなってんの?

・暴虐の化身。殴り合いを楽しむ戦闘狂

・航空爆撃機。相手は死ぬ。

・相手をひたすら嬲り、精魂尽き果てた姿を見下すヤベーサディストポケモン

・クラッシャー。あの怒りの形相が夢に出てきて漏らしたんだが?

etc

 

今大会ファイナリストのマックスって何者?

 

「絶対堅気じゃないだろ、あいつ」

「草」

「初手ヤ〇ザ扱いは草はえますよ」

「いやでもやばくない?」

「あんなのが今まで無名で居たという事実」

「それなw」

「でもちょっと怖いもの見たさでワクワクしてるわ」

「ワイもw」

「もしかするとこのままダンデも倒すんじゃなかろうか」

「さすがにそれはない」

「いやでも」

・・・etc

 

✕ファイナリストトレーナー マックス → 〇最凶のトレーナー 魔王 マックス

 

 

 

「魔王・・・魔王ね。いいじゃないか」

 

 内心で少し抵抗感を感じつつも中々らしいのではないかと思えてしまう。上等じゃないか。悪党の親玉らしく王冠を頂いてこようじゃないか。

 

「待ってろよ、チャンピオンダンデ」

 

 そう決意を固めるマックスはゆっくりと瞳を閉じるのであった。




多分、次でダンデ戦が終わると思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

修羅が挑む王者の頂き

気が付いたら8ヶ月の時間が流れていました。申し訳ありません。


 

”ぅおおおおおおおおおオオオオオオ!!!!!!”

 

 日も暮れた暗闇の夜の時間。チャンピオンシップのメインイベント。VSチャンピオン(ダンデ)戦。今この瞬間、ガラル地方の全ての住民は老いも若きもダンデの活躍を期待し熱気の渦の中にいた。

 そんな中、俺ことマックスは今シュートシティにあるバトルスタジアムのバトルステージに繋がる通路に立っている。らしくない緊張を抱きながらステージから聞こえて来るバトルを見に来た観客の声援をBGMに、こつ、こつ、と現状を噛み締めるように電灯で照らされただけのその通路をゆっくりと歩く。まるで回帰したかのように、頭の中で溢れ出るこれまでの歩んで来た軌跡を思い出しながら。

 

 俺がこのガラル地方に転生して三十数年。過去に挫折と苦渋を経験しながらも他の挑戦者(ライバル)たちを退け、とうとうここまでやって来ることが出来た。

 最初は軽い気持ちだった。よく考えもせず目指さば何とかなるだろうと舐め切った見切り発車。そして当然の如く厳しい現実(試練)の前に挫折を味わった。

 

 しかしそれでも頂を目指し道半ばで蹴落とされようとも、それを諦めきれず足掻き続けた。

 きっともっと楽な道はあっただろう。俺の持つチート能力(ポケモンのレベルや個体値を見抜く力)を使えば別の人生を歩む事だって出来たかもしれない。

 

 なれども俺はあり得たかも知れない未来を蹴り、未だにここにいる。最強の存在を決める、この勝負の世界に。

 

「成れると思ったんだ。特別な何かに。成りたいと思っちまったんだ・・・」

 

 前世ではごく普通に生きて、平凡に働いて、そして気が付いたらその人生に幕を閉じていた。可も無く不可もないその生き方に何か負い目を持っていた訳ではない。ただ前世では熱狂できる何かには出会えなかった。漫画や映画(身近なファンタジー)のような熱く滾る何かを持ち合わせる機会は終ぞ訪れなかった。

 

 だからこそこのポケモンの世界に転生して初めて出会ったこの燃え滾るような衝動を捨てる事が出来なかった。故に俺は頂を目指した。そしてそれは今、俺の目の前にある。後一歩。たった一歩踏み締める事が出来れば手が届く場所まで俺は上り詰めることが出来ている。

 

「後は勝つだけだ。ダンデに・・・、最強無敗のチャンピオンに!」

 

 俺は自分の中にある熱を吐き出すようにその言葉を口にする。同時にここまで俺について来てくれたパートナーたちの様子をボール越しに観察する。

 

(大体目算で、8割くらいってところか・・・)

 

 ここに到達するまで俺と手持ちのポケモンは数々の強敵たちと戦い打ち勝ってきた。その消耗は決して軽いものではなく、数時間の休憩を挟んだからと言って全て拭えるものではない。その戦力は全体的に見て2割減と言ったところだ。

 万全の状態とは口が裂けても言えない。しかし――

 

「それが何だってんだ。こんなのワイルドエリアじゃよくあったことだろう」

 

 マックスは手持ちのポケモンをカンスト(レベル100)にするために約15年ほどの歳月をワイルドエリアで過ごしていた。レベルを上げる為、より強力な野生のポケモンと戦う為、ポケモン委員会の救助スタッフも入り込まない奥地でサバイバル生活をしながら戦い続けて来た。

 そんな生き方をしていれば自然と疲労が溜まり万全の状態を維持するのは難しくなってくる。

 

 時にはそんな弱り切った状態で縄張りのヌシポケモンや狂暴なポケモンの群れと会敵しピンチに陥ることもあった。脇目も振らず逃げる事もあった。汚泥にまみれながら身を隠しやり過ごすこともあった。さらに追い打ちとばかりに、ポケモンも何も関係ない急な天候の変化は天然の猛威となってマックスたちを苦しめた。

 

 それでも最後に生き残り打ち勝ったのはマックスと相棒のポケモンたちだ。その経験とワイルドエリアの環境はマックスとポケモンたちの心身を徹底的に鍛え上げてくれたのだ。

 

 つまりこんな状態で戦うのはマックス達にとって慣れっこなのである。

 故に――

 

「勝てるさ、俺たちならきっと・・・」

 

 マックスの言葉に呼応するかのように6つのボールが揺れ動く。それを一瞥したマックスは前を見る。通路の出口はもう目の前だ。バトルステージの入り口から今歩いている通路に漏れ出す光に向かって、マックスは己の中にあった緊張と不安を踏み切る。

 

 人生最大の山場に今、マックスたちは挑む。その胸に必勝を誓って。

 

――――――――――

―――――

―――

 

『やあやあこのシュートシティの会場にお越しの皆様も、そうじゃないお茶の間の皆様もこんばんわ!おそらくはガラル中の皆が待ち望んでいたこの一戦。VS最強無敗のチャンピオン・ダンデ戦がついに始まります!!実況は朝の予選から変わらずこのボイスが担当致します!』

『いやー、盛り上がっていますねぇ。同じく解説のトゥークです』

『ガラル地方のチャンピオン。ダンデの通算9度目の防衛戦。9年前から守り続けて来たこの王者の座、今年もチャンピオン・ダンデは死守する事が出来るのでしょうか!?彼は今、バトルスタジアムの中央でチャレンジャーの登場を待っています!』

 

 チャンピオン・ダンデ。彼はこのガラル地方にてチャンピオン戦の最多勝記録の持ち主だ。あらゆるチャレンジャーを退け、毎度、華麗な勝利を重ねる彼の姿をいつしか人は最強の王者と讃えるようになった。19歳と言う若さでありながらその貫禄は既に若者のそれではない。

 しかし圧倒的人気とカリスマを以て頂点に君臨するダンデの今の心境は決して穏やかなものではなかった。

 

 だが彼はそれを微塵も表に出さず、バトルステージの中央で静かに瞳を閉じて挑戦者(マックス)を待つ。そしてその時はついにやって来る。

 

「ッ」

 

 ぶわり、とダンデの背中に戦慄が走る。ダンデはそれを顔に出さぬようにゆっくりと瞼を持ち上げて、マックスがバトルステージに登場する通路の入り口を見つめる。こつこつ、と一定のペースを保ちながらこちらに近付いてくる一人のポケモントレーナー。

 

 もし強者にオーラと言うものが存在するのならば彼のそれは特大だ。成人しているダンデでも見上げるような身長に筋骨をしっかり纏った肉体。芯が通った歩き方は強大な肉食獣をダンデに幻視させる。

 そして何よりも強く輝いているのがその眼光だ。他のことなど眼中にないと言わんばかりに、その目はただダンデの事だけを射抜く。

 

 ダンデが生きて来た中で、間違いなく最強のポケモントレーナー・マックス。一部の者たちからはその異様な戦い方から魔王と呼ばれ恐れられている存在。

 それを証明するかのように、先ほどまで会場中で声援を上げていた観客の声が消えていく。まるでマックスの纏う異様な雰囲気に飲まれるかのように。

 

 静寂が支配する中で、最強無敗のチャンピオンと最凶のチャレンジャーがバトルステージの中央で向き合う。彼らを見守る観客たちを支配するのは緊張だ。まるで神聖な儀式を見ているかのような、声を上げれば餓狼に嚙みつかれてしまいそうな、そんな緊迫した思いが彼らを縛り付けた。

 

 異様な光景であった。絶対に盛り上がる事が約束されているチャンピオンシップの最後の戦いに置いてありえない状況。それは現地にはいない、映像越しで見ている者たちにまで伝播する。大げさではなく、この時、この瞬間だけガラル地方から人々の音が消える。

 

 そんな音の無い世界でダンデは口を開く。

 

「オレの試合はいつも満員になる。だがスタジアムの皆がこれほど静寂になるのは初めてだ。きっと皆が君の強さを実感しているんだろう。そのことにオレは何も言えない。事実だからな」

 

 ダンデの静かだが確かに聞こえる力強い言葉がスタジアムに木霊する。 

 

「でも、これだけは言える。チャンピオンってのはそう言うんじゃない。最強って言うのはこう言うんじゃない。なぜなら王者の戦いって言うのは常にエンターテインメントだからだ!」

 

 ダンデの熱を帯びた言葉が人々に轟く。それはあたかもマックスによって凍り付いた、彼らの心と体を溶かすかのように染み渡る。

 

「皆の応援に支えられ期待に応えるからこそ、頂点は何よりも、誰よりも光り輝く事が出来るんだ!」

 

 そんなダンデの熱に感化され、誰かが頑張れと言葉を溢した。それはやがて二人、三人と増えて行く。

 

「故にオレは負けないッ、オレを支えてくれる皆がいる限り、応援をしてくれる仲間がいる限り、オレは生涯無敗のチャンピオンであり続ける!!」

 

 声援はやがて応援になり、その応援は熱を持った絶叫に代わる。そうとも、ガラルの最強のチャンピオンが、無敗のダンデが負ける筈がない!

 そんな確信を得た観客の彼らはいつもの調子を取り戻す。

 これこそが王道を進む王者(ダンデ)が生まれながらに持ち合わせているカリスマだ。

 

 ダンデは高らかに利き腕を空に向かって掲げると、大きな声で自分を見る全ての者たちに宣下する。

 

「さあ、皆。これから始まるチャンピオンタイムを楽しめ!バトルだ。チャレンジャー・マックス!!」

 

 王者のその言葉にマックスは静かに返す。

 

「あんたの時代を終わらせに来た。その玉座、頂くぞ!チャンピオン・ダンデ!!」

 

 互いに啖呵を切った両者はボールを構える。後に、史上最強の対決と謳われることになるポケモンバトルが今、幕を開けた。

 

――――――――――

―――――

―――

 

「行け!ギルガルド」

「やってこい、カイリュー!」

 

 バトルステージの中央で両者は同時にポケモンを繰り出す。チャンピオンのダンデはギルガルドを。チャレンジャーのマックスはカイリューをバトルフィールドに出す。

 

 ダンデのギルガルドのレベルは62。マックスはチート能力を使いそれを確認する。

 

(よし、高レベルではあるが予想の範囲内だ!)

 

 マックスがこの転生したポケモン世界に置いて、一番避けたいことは原作のゲームと隔離した戦闘力を持たれることだ。

 マックス自身そこまで優れたバトルセンスを持ち合わせていな事も相まって、高レベルのポケモンを保持してるプロリーグの有段者(ポケモントレーナー)はそれだけで天敵となりうる存在だ。

 もしかしたらダンデの手持ちのポケモンは、剣盾のゲーム以上のレベルに達している可能性だってありえたのだ。

 

 だがマックスの眼前に映るギルガルドは原作と変わらないレベル。ひとまず、マックスの心配は杞憂に終わった。

 

「カイリュー、”りゅうのまい”をしながら飛び上がれ!」

「ギルガルド、”キングシールド”だ!」

 

 カイリューはマックスの指示に従い、上空に飛翔しながら”りゅうのまい”を使用する。ゲームに置いてはこうげきとすばやさの強化技である”りゅうのまい”も、現実仕様になった弊害か、基本的にポケモンが使用する積み技はただの全身を強くするバフ効果の技となっている。

 細かく数値化すれば、ポケモン毎に強化されやすい能力値の傾向があるらしいのだが、基本的には全身強化のお手軽技だ。

 

 そんな積み技(”りゅうのまい”)を使うカイリューは、己の中で漲る力を感じながら絶対的優位な場所を陣取りに掛かる。既にダンデのギルガルドは遥か下方。カイリューから見ればスイカ程度の大きさとなっている。

 正直、今までのバトルでマックスは積み技を使う事はほとんどなかった。レベル100個体の火力であればそれを使うより脳筋フルアタックでぶん殴った方が早かったからだ。

 

 だが相手は最強無敗のチャンピオン・ダンデだ。念には念を入れた方が良いに決まっている。

 対してダンデはギルガルドを防御形態に移行させる。シールドフォルムとなったギルガルドは前面に盾を構えてどしん、と上空へ飛翔するカイリューとは対照的にその場に居座る。

 

(ダンデの狙いは何だ?ギルガルドも強いポケモンだが流石に上空に居座るカイリュー相手に有効打(届く技)は無い筈だが・・・)

『マックス選手のカイリュー、さっそく空高く舞い上がりいつもの定位置に陣取ります』

『上空と言う陸上にいるポケモンでは手が出せぬ空間に居座る。シンプルが故に強力な戦術です。チャンピオン・ダンデのギルガルドと言えど、流石にあそこまで高空度にいるポケモンは技の射程外と思われますが・・・、ポケモンの交代は行わないようですね』

 

 てっきり同じように空を飛べるドラパルトかリザードン当たりに変えて戦うのではないかと予測していたマックスは、ポケモンの交代を行わないダンデを見て訝しむ。

 

「下手な考えは休むに似たり、か。よし、カイリュー攻めるぞ!」

「来るぞ、ギルガルド。踏ん張ってくれ!」

「ギャオ!」

「オォーン」

 

 ギルガルドとカイリューはそれぞれの主人の指示に従い行動を開始する。

 

 上空に陣取ったカイリューは全身に漲るパワーを貯め淡く発光する。それは情け容赦のない高威力の技を打ち出す前兆の姿だ。

 そんなカイリューを視界に捉えながら、ギルガルドはダンデの言葉通りに守りの構えを崩さない。カイリューの技に耐えるためか全身に力を込めるギルガルド。その姿はシールドフォルムの状態も合わさって全身を鎧で包んだ重装甲の戦士を幻視させる。

 

『まさかチャンピオン・ダンデ。マックス選手のカイリューの技を受けきるつもりか!?』

『これは意外な選択ですね』

 

 このバトルを見ている誰もがダンデの選択を無謀だと思った。あのカイリューが繰り出す技の破壊力はただ守りを固めたからと言って耐えられるものではない。

 まさかギルガルドを無駄死にさせるつもりか。そんな思いに支配された観客をよそに、カイリューは全身に溜めた力を開放する。

 

 ”りゅうのはどう””はかいこうせん”、そして止めの”りゅうせいぐん”

 一つでも十分高威力の技をほぼ三つ同時に使い、ギルガルドにそれらを向けて繰り出す。手加減などしない。叩き潰す。そんなカイリューの強烈な思いが宿った技は、期待に外れぬ破壊力を見せた。

 

 まず体に纏ったオーラを”りゅうのはどう”として打ち出しギルガルドの交換などの隙を与えずに潰す。次に”はかいこうせん”を放ちギルガルドの視界を特大のエネルギー破で埋め尽くた。そして最後にダメ押しの”りゅうせいぐん”がマックス達のいるバトルフィールドに降り注ぐ。

 

 文字通り、数多の隕石の落下はカイリューの眼下の視界に映る全ての物を破壊しつくした。やり過ぎた破壊行為は技の影響によって作り出された噴煙によって、一時的に人々の視界を塞ぐ。

 しかしマックスのバトルを幾度も目撃してきた観客たちは知っている。この煙が晴れた後に残っているのは毎回いくつものクレーターが出来上がったバトルフィールドと倒れ伏した相手のポケモンの姿だと。

 

 まさしく爆撃ジャンボジェットマシーンである。煙に覆われているせいで未だにギルガルドの姿は見えない。だがあれほどの高威力の技の連撃を受けて無事で済む訳がない。

 おそらくあの煙が晴れた後は、今までの対戦相手のポケモンがそうであったように、戦闘不能となったギルガルドが目に映るのであろうと多くの者が想像した。

 

 そんな観客を尻目に、カイリューは黒煙に隠れたギルガルドの姿を確認するようにゆっくりと今いる上空から高度を落とす。その拍子にふと主人であるマックスの姿が目に入った。

 

 カイリューとマックスの出会いはそれこそ十年以上も前の話だ。元々カイリューはこのガラル地方の出身ではない。

 まだカイリューが野生のミニリュウであった頃。故郷で生活していたミニリュウは普段見慣れぬ美味しそうな食べ物を食してしまい深い眠りに付いてしまった。

 

 次にミニリュウが目を覚ましたのは冷たく頑丈な作りで出来た鉄格子の檻の中であった。人間が運転する車でどこか知らない場所へ運ばれて行く中で、このままではとんでもない事が自分の身に降りかかると本能的に感じたミニリュウは、自分を運んでいる者たちの隙を付き逃げ出す事に成功した。

 そこからどのように迷い、走ったのか。ミニリュウは気が付けばガラルの地へ足を踏み入れていた。

 

 ガラル地方にたどり着いたミニリュウに待っていたのは厳しい野生の洗礼であった。物珍しい自分を追い駆け回すトレーナーたち。見慣れぬ自分(外来種)を警戒し攻撃してくる他の野生のポケモンたち。そして冗談のように急激に変動するワイルドエリアの気候。

 その全てがミニリュウの身体に牙を向いたのだ。

 

 耐えて、隠れて、逃げ続けたミニリュウもいくばかの日数が経つ頃にはすっかりボロボロの状態となり弱り切っていた。そしてボロボロに傷付いた肉体は次第に精神にも影響を及ぼすようになる。

 何故、自分がこんな酷い目に合わなくてはいけないのかと。自分が一体何をしたのかと。

 

 次第に恨みや怒りをその内に溜め込むようになったミニリュウは従来の温厚な性格を塗り潰し、餓狼の如き狂暴な性格へと変貌してしまった。

 

 そんな時だ。ミニリュウがマックスに出会ったのは。

 

 カンストを目指してワイルドエリアでレベルアップ修業の真っ最中であったマックスは、ボロボロのミニリュウと相対し直ぐに治療をしようとした。

 しかしミニリュウは救いの手を差し伸べて来たマックスのそれを払いのけた。

 

 さもありなん。ガラルの地に来てから受けた数々の辛い体験が、ミニリュウに他者を信じ頼る心持ちをすっかりと消し去ってしまったのだ。

 

 故にミニリュウは目の前に現れたマックスを敵と判断した。

 

 かっと血走った眼を見開いたミニリュウは、そのままマックスに向かって声を上げながら襲い掛かる。己が受けた理不尽をやり返すために。野生のポケモンによる人への攻撃。

 

 悲劇が起こる――、事はなかった。

 

 結果から言えばミニリュウは返り討ちにあったのだ。詳しくは覚えていないが背中に何か(・・)が取り付いた後、息が苦しくなったと思った次の瞬間にはミニリュウの意識は落ちていた。

 再び意識を取り戻したミニリュウの目に映ったのは、夜の帳が下りた自然の中で薪の火にあたり座り込んでいたマックスの姿であった。

 

 その姿をぼうっと眺めていたミニリュウの視線に気が付いたのか、マックスはミニリュウに語り掛ける。

 

『乱暴な真似をしてすまなかったな。けど治療をするにはああするしかなかったんだ』

 

 そんな言葉を聞き終わった後にミニリュウは気付く。自分の体に薬などで治療が施されており、包帯も巻かれている事に。また柔らかい人間用の寝袋の上で寝かされていることを。

 

『腹、減ってないか?野菜とジャガイモをぐつぐつに溶かしこんで調味料を混ぜただけのスープだが・・・、傷付いた体に良く効くぞ』

 

 そう言ってマックスはミニリュウに向かってスープが入った器を差し出す。食欲をそそる美味しそうな匂いがミニリュウの鼻孔をくすぐった。

 口の中で唾液が溜まり始める。だがミニリュウはそれを食べるのを躊躇する。見知らぬ食べ物のせいでこの地に迷い込んだミニリュウにとって、それは警戒するには十分過ぎるものであった。

 

『大丈夫だ。俺はお前に何もしない』

 

 それはただの言葉であった。何の保証もない音の反響。それでもミニリュウは気が付いたら差し出されたそのスープに口を付けていた。

 

 別にマックスの言葉を心から信じた訳ではない。ただ、自分はもう疲れていたのだ。初めて味わった、このガラル地方での凄惨な生活に。

 故にもうどうにでもなれとマックスの差し出すスープを一思いに食したのだ。

 

 そのスープはとても美味しかった。

 

 それから一か月経ち、ミニリュウの体調は回復した。それまでマックスはずっとミニリュウの看護に付っきりであった。

 

『よーし、快調だな。もうあんな大けがを負うドジを踏むんじゃないぜ』

 

 すっかり元気になったミニリュウの姿を見てマックスは安心する。それと同時に本来の目的である、レベルアップ修業に戻るためにミニリュウに別れの言葉を告げる。特に未練も無くミニリュウの元から去ろうとするマックス。そんな彼をミニリュウは追い駆けた。

 マックスの目の前に移動したミニリュウは、黙って彼の行く手に立ち塞がる。

 

『ん?どうしたよ、ミニリュウ』

 

 ミニリュウはマックスに付いて行くことを決めたのだ。別段、治療を受けた事で絆された訳ではない。今でも人間に対しては消化仕切れない負の感情がミニリュウの中にはある。これから生きていく中で、人の事を心から信じる事はもう出来ないだろう

 しかし今も尚、自分に対してまったく興味を抱いてこないマックスの行動はミニリュウにその一歩を踏み出させる方針にはなった。

 

『俺と一緒に行きたいのか?うーん、そりゃあミニリュウの最終進化は600族のカイリューだから仲間にしたいけどさ。俺はバカみたいな方法で今、天辺(頂き)を目指してるんだ。だからさ、俺の所に来るのはあまりおすすめしないぜ?』

 

 何だったら他の良いトレーナーを紹介しようか?と提案してくるマックスの意見にミニリュウは首を振る。マックスの言う良いトレーナーとは言葉の通り心優しい良い人間なのかもしれない。マックスの仲間になるのはミニリュウにとってベストな選択では無いのかもしれない。

 

 それでもミニリュウが付いて行きたいと思ったのはマックスなのだ。

 

『オーケー。そこまで意思が固いなら歓迎するぜ。よろしくな、ミニリュウ!』

 

 こうしてミニリュウはマックスの仲間になった。その後の事は言うまでもない。レベルアップ(カンスト)修業と言うとんでもない苦行に付き合わされた時は主人(マックス)の正気を疑いもしたが、それを経たからこそ今の自分がいる。弱かった頃の自分では考えられない程の強靭な肉体。半ばあの頃の自分から生まれ変わったとさえ思っているカイリューは、マックスの長年の宿願を叶えて上げたかった。

 

 死に掛け、襲い掛かった自分を助けて強力なポケモンに育て上げてくれたマックス。気恥しさもあり今更面と向かっては言えないが、カイリューはマックスに感謝をしていた。

 自分が受けたこの恩を返したい。そしてマックスの喜ぶ姿をこの目に移したい。自分を拾ったことを後悔させたくない。

 カイリューの行動理念はこのように至ってシンプルなものであった。

 

 だからこそ自分はこのバトルを圧勝しなければならない。他のマックスの手持ちと違い、カイリューは飛ぶ事の出来ないポケモンを一方的に葬れる術を持ち合わせている、明確に有利な存在だ。つまり自分が活躍すればするほどマックスのその願い事に近付くのだ。

 

 あと何体かなどとは言わない。残りの全ての対戦ポケモンを倒す。そんな覚悟を決めるカイリューの耳にダンデの言葉が響いた。

 

「今だ、ギルガルド!」

「ッ、避けろカイリュー!」

 

 舞い上がった噴煙で覆われたバトルフィールドに光が瞬く。それが何なのかを認識する前に、カイリューの体を光り輝く剣が貫いた。




次でダンデ戦が終わると言ったな。あれはウソだ。

フルパのバトルを書こうとするとどうしても長くなりそうだったので分ける事にしました。それに伴い、サブタイトルの方もちょっと前に変更してます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

女神が見つめる先は・・・

ダンデのキャラってこれで合っているんでしょうか・・・
(ダンデが)分からぬぅ。


 

「カイリュー!」

「良し、良し!よく堪えてくれた。ギルガルド!」

『何という事だぁ!?先程まで優位を保っていたカイリューの体を光の一撃が貫いたぞ!!』

 

 カイリューの技によってバトルフィールドを覆っていた粉塵が晴れる。そこに映っていたのはボロボロになりながらもブレードフォルムにチェンジしたギルガルドが巨大な光の剣を携え、上空にいるカイリューに向かってその剣を突き刺していた姿であった。

 

 ダンデはその光景を見て、密かに張っていた賭けに勝つことが出来たと内心でガッツポーズを取る。

 

 ダンデがマックスの存在を知ったのは、テレビでも注目を集め始めるジムチャレンジの後半戦に置いてだ。今年のジムチャレンジ大会にはとんでもないトレーナーが参加している。日々のチャンピオンとしての忙しい活動の中で耳に入って来た風の噂。

 

 その話に興味を持ったダンデはテレビ越しではあるがマックスのジムチャレンジのバトルを目撃した。そこに映し出されていたのはまさしく圧勝であった。

 

 ジムチャレンジ用の調整されたポケモンパーティを使用していたとはいえ、ジムリーダーを歯牙にも掛けずに倒していくその姿はダンデの心に大きな衝撃を与えた。そこからは時間の許す限りダンデはマックスの公式に記録が残っているバトルの映像を何度も見続けた。

 

 強い、ただただこのトレーナーはシンプルに強過ぎる。マックスのバトルを見終えたダンデはそう思う事しか出来なかった。ゴリ押しにしか見えないあの戦い方も、あそこまでポケモンが馬力を秘めているなら十分戦法と言える。言葉が矛盾するかもしれないが、あれは完成したゴリ押し戦法だ。

 

 プロリーグの試合でもお目に掛かれないようなマックスの戦い方に感心するとともに、ダンデの頭に1つの結論が下りて来た。

 

 このままでは勝てない。負ける、と。

 

 今まで見た事も無いパワーを秘めたあのポケモンたち。下手なやり方では文字通り、その力で一蹴されてしまうだろう。手持ちのポケモンを全て確認した分けではないが、あの馬力を秘めたポケモンが2~3体しかいないなんて甘い考えは捨てた方が良いだろう。ダンテはマックスの手持ち全てが並みのポケモンを寄せ付けないパワーを秘めていると決め打った。

 

 そして十中八九、今年のチャンピオン戦はあのトレーナー(マックス)と戦うことになる。

 

 そうなれば単純な正面からのぶつかり合いでは間違いなく自分は彼には勝てない。それが数多のバトルを制してきたチャンピオン・ダンデの結論であった。

 

 特にダンデがどうしようも無いと感じたのがマックスの使用するカイリューの存在だ。強力なドラゴンタイプに相応しい強大な力に加えて、空を飛べない陸上のポケモンの射程外から繰り出す高空度の一方的な蹂躙劇。

 その姿はまさしく空の覇者だ。

 

 本来ならあんな高空度から有効的な技を繰り出すのは不可能と言える。当然の事ではあるがポケモンの技には射程と言うものがあり、相手との距離が空けば空くほどその威力は減退する。

 

 だからこそガラルの長いポケモンバトルの歴史において、あれほどの上空に陣取って攻撃をすると言うのは戦法として取り入れられることはなかった。だがあのカイリューはその常識を破壊してしまった。

 かといってそれ以外が不得手かと思えばそんなことはなく、マックスのカイリューは空中戦であるドッグファイトにも無類の強さを誇っていた。

 

 カイリューと相手の飛行ポケモンが繰り広げる空中戦は、積んでいるエンジンが違うと観ている者に思わせる程に一方的なものであった。ダンデの手持ちの中で、空中戦が出来るのはドラパルトとリザードンのみ。

 しかしこの両者であってもあのカイリューを撃ち落とすイメージを持つことがダンデにはできなかった。

 

 今からリザードンやドラパルトに空中戦を仕込もうにも、既にチャンピオンシップまで1か月切ってしまっている。そんな中で新しい戦い方を覚えるのはあまりにも時間が足りない。

 

 あのカイリューの飛行技術は一朝一夕で身に付くものではない。そんな相手に付け焼刃のバトルスタイルなど文字通りおいしい相手(カモ)にしかならないだろう。

 

 故にダンデは悩んだ。マックスとのバトルは勝つにせよ負けるにせよ、まずはあのカイリューをどうにかしなけば話にならない。自分がいままでのバトルで培ってきた戦法が何かに活かせないかを考え、悩み、いっそ割り切ってダイマックスをカイリューのみに使い捨てるかと思い始めていた時、ダンデはある事に気付く。

 

 たまたまマックスのポケモンバトルの映像を見返していた時に映ったカイリューのそれ。慌てて他の試合の映像も確認してみると、カイリューは毎回技を放った後にとある行動をとっていることに気付いたのだ。

 天啓を受けたかのようにこれだ、とダンデは膝を叩いた。この動きに上手く付け入る事さえ出来るなら、あのマックスのカイリューを攻略できるかもしれない。

 

 分の悪い賭けになるだろう。しかし、ダンデが勝利を掴むにはこの道しかなかった。

 ダンデが見つけたカイリューのとある行動とは何か?それは今、ダンデのギルガルドの反撃を受けたカイリューの姿が物語っていた。

 

 マックスのカイリューは、大技を放った後、必ず相手のポケモンの姿を確認するために高度を落とし上空から降りて来るのだ。これこそがダンデが見つけたカイリュー攻略の唯一の道であった。

 

 地上近くまで降りて来たカイリューは陸上にいるポケモンの技の射程圏内に入る。つまり最初の大技さえ耐える事が出来れば空中戦が出来ないポケモンでも反撃のチャンスが回ってくるのだ。

 

 無論、マックスのカイリューの強大な技の数々を受けて無事に済むポケモンなどダンデの手持ちにいない。唯一、可能性があるとすれば特殊な特性を持つギルガルド一体のみ。

 故に、ダンデはギルガルドに賭けた。チャンピオンシップまでの残り少ない時間で、対カイリューを相手に用意した2つの新技。

 

 シールドフォルムの状態で”まもる”と”こらえる”の同時使用による鉄壁の三組一つの防御技。”三重装甲盾(トライシールド)”。

 

 そしてブレードフォルムから放つ、”きしかいせい”と”せいなるつるぎ”の合わせ技。”ぜっとうのつるぎ”。

 

 この二つの新技を以て、ダンデは打倒カイリューに乗り出したのだ。

 

 そしてその賭けはギリギリでダンデとギルガルドが勝利した。

 カイリューの3連続の大技はギルガルドを戦闘不能間近まで追い込んだが、何とかその猛攻を”三重装甲盾”で耐え切って見せた。そしてカイリューの技により舞い上った土煙を利用してバレぬようにブレードフォルムにチェンジ。

 

 その後、ギルガルドの技の射程圏内に降りて来たカイリューに向かって渾身の返し技、”ぜっとうのつるぎ”でその体を打ち抜いたのだ。

 

 ギルガルドの体にある剣から伸びた光り輝く刃は、上空にから地面の近くまで降りて来たカイリューの身体に深々と突き刺さっていた。完全な不意打ちとして受けてしまったその技は、カイリューに大ダメージを与える。

 そしてギルガルドの体から伸びていた光の剣が消えると、カイリューは地上に向かって真っ逆さまに落ちていく。

 

 そのまま体ごと地面に激突したカイリューは、再び立ち上がる事はなかった。

 意識外から食らったギルガルドの不意打ちの大技がそのままカイリューの意識を刈り取ったのだ。

 

 そしてまた、ダンデのギルガルドもカイリューの後を追うようにその体を横たえる。ボロボロになるまで大技を食らい、反動を無視して放った自分の大技にギルガルドの体力もまた限界を迎えたのだ。

 

『何と、両者ダブルノックアウト!マックス選手のカイリューも、チャンピオン・ダンデのギルガルドも起き上がる事が出来ません!!』

『典型的な一対一交換(引き分け)。ですが、互いに与える衝撃はおそらくチャンピオン・ダンデのそれが上回っているでしょう』

 

 トゥークの予想は当たっていた。狙って大博打を打ち、それを見事に掴み取ったダンデ。そしてカイリューをあっさりと倒されてしまったマックス。

 

 互いの初手のポケモンの衝突は引き分けに終わった。しかしマックスとダンデに沸き上がった感情は全くの別。

 

 賭けに勝ったことにより上がるダンデのボルテージ。カイリューを落とされたことによりマックスの体に走る緊張。

 対照的になった二人が繰り出した次なるポケモンは――

 

「よくやってくれた、ありがとうギルガルド。次はお前の出番だ、リザードン!」

「お疲れ様だ、カイリュー。向こうに吹いた流れを引き戻す。行ってくれルカリオ!」

『チャンピオン・ダンデ。ここで切り札であり相棒のリザードンを投入だぁ!対してマックス選手は鉄壁の捌きの技術を誇るルカリオです!』

『チャンピオン・ダンデとしては掴んだこの勝負の流れをエースであるリザードンで一気に持って行きたい所でしょう。それを取り戻したいマックス選手としては、どんな相手でも粘りのあるバトルが出来るルカリオを選出と言った感じでしょうか』

『なるほど!どちらのポケモンも、自分の戦いに引き込めば無類の強さを発揮するポケモンです。二番手のこのぶつかり合い、制するのは果たしてどちらでしょうか!!』

 

 ルカリオとリザードン。どちらもバトルフィールドに降り立った瞬間、対峙する相手を視界に抑えファイティングポーズを取る。ルカリオは肩幅に開いた両足をそれぞれ前後に置き、両手を前に出す待ちの構え。リザードンは軽く膝を曲げながらも適度に全身をリラックスさせる、オーソドックスな状態(臨機応変の型)

 

 睨み合いは数舜。先に動いたのはダンデのリザードンだ。

 

「リザードン。飛び上がれ!」

「させるなルカリオ。組み付いて邪魔してやれ!」

 

 リザードンは背にある大きな翼を広げ、マックスのカイリューのように空へ飛び立とうとする。リザードンは飛行を得意とする鳥ポケモンやマックスのカイリューと比べると、その飛行能力は幾分か劣るが翼を持たないルカリオからすれば上空を取らせるだけでそれなりに不利だ。

 

 だからこそリザードンが飛翔するのを黙って見ている訳にはいかない。リザードンが翼をはためかせている間に、ルカリオは高速で踏み込み睨み合っていた距離を潰す。ダンデのリザードンの体が浮き、その足がルカリオの胴体程の高さに達した時にルカリオとリザードンの間合いはゼロになる。

 

 上空と言う有利な場所を陣取れる翼を持つポケモンの最大の弱点は、その飛ぶ瞬間である。飛行とはとても力と体力を使う動作であるのだ。なのでリザードンのようなずんぐりとした体形のポケモンは飛翔時に、翼をはためかせて助走を付けなけばならない。

 

 その動作はルカリオのような俊足で間合いを詰めれるポケモンにとって明確な隙だ。

 

 手を伸ばせば浮き上がった足に触れられる距離まで詰めて来たルカリオはそのままダンデのリザードンに組み付こうとする。

 そこにダンデの声が響いた。

 

「リザードン、尻尾で薙ぎ払え!」

「ギャオォ!」

 

 ダンデの指示を受けたリザードンは技を繰り出すことなく、言葉のまま尻尾をルカリオに突き出した。股の下からすくい上げるように突き出されたリザードンの尻尾はそのままルカリオにぶち当たる。

 距離を詰めるために勢いを付けていたルカリオはこれを避ける事が出来ず、腕をクロスに構え防御する。フレームの差もありルカリオはリザードンの一撃によって吹き飛ばされてしまった。

 

「追撃だ!リザードン」

「ルカリオ、来るぞ!」

 

 吹き飛ばされながらもくるりと宙で一回転したルカリオは危なげなく地面に着地する。そして今度は逆にこちらに迫りくるリザードンに向かって体制を立て直す。

 

 こちらに突き進みながらリザードンは炎の灯った右拳を大きくを振り上げる。それを見て取ったルカリオは素早く捌きの構えを取る。

 両者があわや激突寸前まで迫り切ったところでダンデは声を発する。

 

「力強くはばたけリザードン!」

「何!?”ほのおのパンチ”はフェイントか!」

 

 リザードンは後一歩で技の射程範囲に届くと言ったところで急停止。ダンデの指示通りにルカリオに向かって思いっきりはばたく。

 それは”ぼうふう”や”かぜおこし”のようなひこうタイプの技にならなくとも、強力な風となってルカリオの体を扇いだ。

 

 読みを外したルカリオはリザードンが起こした烈風に煽られ、状態を反らされる。何とかその状態から踏ん張り吹き飛ぶ事を阻止したが、続いてきたリザードンのショルダータックルを避ける事が出来なかった。

 

「ルオォンッ」

「ルカリオ!?」

「いいぞ、その調子だ。リザードン!」

『チャンピオン・ダンデのリザードン。確実なヒット&アウェイでマックス選手のルカリオを翻弄します!』

『守りに優れたマックス選手のルカリオをここまで手玉に取るとはすごいですね』

 

 マックスは顔に力が入り眉間に皺を寄せながら、バトルスタイルが噛み合わないと心の中で呟く。来るかと思えば引き、引いたかと思えば攻めて来る。至極単純な攻防の駆け引き。

 

 だからこそそれは両者の技量(駆け引き)の差を如実に表す。

 

(まさか、バレているのか?ルカリオの捌きの技術のカラクリを・・・!)

 

 元々マックスのルカリオは心優しい性格でバトルの世界とは無縁の生活を送っていた。

 しかし後にマックスの仲間になったことでこの世界に身を投じる事となる。戦うことに忌避感を抱き悩んでいた当時のルカリオに前世の記憶で覚えていた格闘技術の概念を植え付けたのがマックスであった。

 

 これによりルカリオは達人の如き練度で繰り出す防御技で、相手のスタミナがなくなるまで粘り勝つと言う塩試合上等の戦法を身に着けるようになったのだ。

 

 このバトルスタイルはあらゆる攻撃を受け流す、ルカリオの高い捌きの技術があるからこそ成立している戦法だ。これを支えているのがルカリオの持つ特殊な目である。

 

 ルカリオの一族は波動と呼ばれる普通では見えない、特殊なエネルギーを捉える事が出来る目を持っているのだ。

 

 この波動と言うエネルギーはポケモンの力と密接な関係にあり、例えばポケモンが力を込めて技を放とうとすると波動に色が付いたり大きく膨らんだりするのだ。ここからルカリオは相手の技を予測して実際の防御行動に繋げている。

 

(最初のリザードンの一撃も技とも言えない、ただ尻尾を払うだけのものだった。今思えばあれはあえて隙を作って誘われたか・・・。次の行動もあからさまに分かりやすい”ほのおのパンチ”を囮にしたものだった)

 

 まさか、とマックスは嫌な考えが脳裏に過る。

 

「ダンデは俺のポケモンすべてに専用の戦い方を用意してるのか?」

 

 カイリューを狙ったかのように倒され、ルカリオも今リザードンの多彩な動きに翻弄されている。この現実がマックスのその考えを後押しする要因となる。

 

 故にマックスの予想は確信に変わる。

 この事実を前にマックスの背筋に冷たい怖気が走る。

 

(俺の戦い方がガラルで広く注目され始めたのはジムチャレンジの後半戦からだ。そこからセミファイナルを経てチャンピオンシップまで半月も無い。ましてはダンデは興行面の強いガラル地方での人気のチャンピオン。日々の活動で多忙な日常だった筈だ。当たるかも分からない俺とのバトルの準備期間何て一週間も取れなかったはずだ!)

 

 なのにきっちりとマックスのポケモンの対策を用意してきている。実はカイリューとルカリオしか対策を用意しておらず、今までのバトルはたまたま連続で対策済みのポケモンに当たってしまっただけ。何て甘い考えは捨てた方が良いだろう。

 

 おそらく、ダンデは用意して来ている。俺との勝負を制するための必勝の策を!

 

「この短期間で。どんな育成能力だよ!これが無敗のチャンピオンの所以なのか・・・」

 

 マックスとダンデのバトルはまだ始まったばかり。だがその天秤は確実にダンデの方に傾きつつあった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

傾く天秤は王者に微笑む

 

 マックスがダンデに戦慄を覚えるのと同じく、リザードンのタックルによって吹き飛ばされたルカリオもまた内心では焦りが募っていた。

 これまでの戦いにおいてルカリオは鉄壁に等しい捌きの防御技術でもって、相手の攻撃技をいなし続けバトルの流れを自分の方に引き込んでいた。

 

 そのルカリオの戦法の根底を支えていたのが、ルカリオの種族が持つ波動と言うエネルギーを捉える眼力だ。波動とは肉体で例えるならば筋肉の動きのようなもの。ルカリオはこの波動の揺らぎや起こりから相手がどのような技を使い放ってくるのかを予測し実際の防御行動に繋げていた。

 

 しかし今のダンデのリザードンにそれらの予備動作がほとんど見られない。波動は揺らがず、また起こりが見えたとしてもそれをブラフとして使いただ殴る蹴るを繰り返すだけ。

 この単純な動きがルカリオにとって酷くリザードンの動作の読みを分かりずらくさせていた。

 

 波動と共に生きて来たルカリオにとってそれがあまり機能しない展開とは、瞳を閉じて戦っているのと同義だ。

 とは言え、リザードンに翻弄されているルカリオに与えらているダメージも見た目ほどではない。

 

 レベル100の個体のポケモンはそれだけで並みのポケモンを凌駕するタフネスを誇る。ルカリオとリザードンの間にあるレベル差を考えれば、よりその要素の差は大きくなるだろう。

 

 技を使わず、波動の揺らぎさえ起きない身体の拳打など重機械を使用せずに素手で巨大な岩石を削り取ろうとするようなもの。それには途方もない時間と労力が掛かる。

 

 ダンデも自分から攻撃してこないルカリオが相手でなければ、ここまでポケモンの体力に負担が掛かる戦法をリザードンに強いる事はなかったであろう。

 

 軒先の天井から垂れる雨粒がいずれは石に穴を開けるように、ダンデは(ルカリオ)を素手で削り取る方法を選んだのだ。

 

 リザードンの肩口のタックルに吹き飛ばされたルカリオにさらなる追撃を見舞うため、ダンデのリザードンは全力で走りルカリオに肉薄する。その姿を瞳に捉えたルカリオはあえて捌きの構えを取らず歯を食いしばって受ける事を選択する。

 

 リザードンの一撃をそのまま受けて組み付く算段をルカリオは立てたのだ。が、ダンデのリザードンはルカリオのその選択には付き合わない。

 

 リザードンは走った勢いをそのまま助走に変えて飛び上がる。そしてルカリオの頭上を通り過ぎ滑空してしまった。

 これに驚いたルカリオは慌てて視界から消えたリザードンを追うために背後に振り向く。

 

 しかしその行動を読んでいたリザードンはルカリオが背後に振り向く僅かな間に滑空したまま旋回。ルカリオの視界の端へとその姿を眩ます。そして視界の標準を合わせるために体を動かすルカリオに急接近。高速で真横を通り過ぎるのと同時に尻尾の先端をルカリオの胴体に引っかけるように叩く。

 

 ボディブローの如くルカリオの体に叩き込まれたリザードンの尻尾は、ルカリオの息を詰まらせた。1,7メートル90キロの恵まれた体躯の一撃は、滑空の速度も合わさった事により尻尾を引っかけるだけでもルカリオの体に響く一撃となった。

 

『チャンピオン・ダンデのリザードン。飛んでは上下右左とマックス選手のルカリオを翻弄します!合間に繰り出される攻撃は徐々にですがルカリオの体力を削っているように見えます!!』

『ルカリオは人型のポケモンの中では小柄な方ですからね。体重も50キロ台ですから、ボクシングで例えるならば7階級上の相手のジャブを受け続けるようなものです。このままの状態が続きますと無視できないダメージがルカリオに蓄積されて行くでしょう』

 

 実況と解説のセリフをよそに、ダンデは厳しい表情をリザードンに向ける。と言うのも彼らが考えている状況程ダンデとリザードンに余裕はない。

 

 常に動き回り技を出さぬことによる波動の揺らぎを抑えて戦い、リードを作っているのが今のダンデたちである。だが当然の事であるが常に動き回る戦い方は体力を使う。さらにルカリオに接近して攻撃をする行動は、裏を返せば反撃(組み付き)を受けるリスクの回数でもある。

 

 もしレベル100個体のルカリオに組み付かれればリザードンとてその状態から抜け出すのは至難の業となるだろう。

 故に攻撃を加える度にのしかかるリザードンの精神的負担は尋常なものではない。

 

(それにいずれはリザードンの動きも慣れられる)

 

 今はリードしているように見えても、それはルカリオにとって初見の動きと言うのが大きい。もしリザードンの動きにルカリオが適応してしまえばこの状況も遠からず逆転する。

 それだけの技量をマックスのルカリオは持ち合わせていた。

 

 いずれはリザードンの体力も減り動きに陰りが見え始める筈だ。その前に勝負を決めれる段階までにはルカリオの体力を減らして持って行きたい。

 

 しかし――

 

「そう甘くはないか・・・」

 

 そう呟くダンデの視線の先に映るのは覚悟を決めたルカリオの姿であった。

 

 初見の動きで惑わされ、波動の動きを頼りに出来なくなったルカリオは回避を捨てた。両足を肩幅まで広げ膝を半ばまで畳んだルカリオは、腹をくぼめ猫背になるのと同時に両手で頭を包む。

 どっしりと地に足付けたその姿はあらゆる逃げの選択肢を捨てた鉄壁の防御の構え。

 

 捨てがまりの如く潔の良いその選択は必ず攻撃を受ける代わりにルカリオの防御力を城塞と化す。

 そんなルカリオに攻撃を加えるリザードンは思わず顔を歪める。

 

 痛い。ルカリオの体に触れた部位に走る鈍痛。

 

 最早リザードンはルカリオの体の肉を打っている感触はしなかった。その体の感触はまさしく鋼。

 全身の筋肉を固めたルカリオのその体は常軌を逸す硬さに変貌していた。

 

 どうするか。そう悩むリザードンはふとルカリオと目線が合うことに気付く。ゾクリと背中に怖気が走る感触をリザードンは味わった。

 先ほどまでこちらの動きに翻弄されていたはずのルカリオが、リザードンの動きを捉え始めているのだ。

 

 それは半端な捌きと回避を捨て、防御に注力することによってリザードンの動きに集中できるようになった結果である。

 

 まずい、とリザードンは考える。おそらく次かその次に接近した時が己が自由に動ける最後のチャンスである。しかし、ルカリオの体力はまだ削り切ってはいない。

 どうするか。そう迷うリザードンは次の行動を取れないでいた。

 

「迷うなリザードン。突っ込め!」

 

 そこにダンデの声が鳴り響く。

 それを聞いたリザードンは最も信頼するパートナーの言葉に従い、己の中にあった迷いを切り捨て全力でルカリオ向かって飛翔する。

 

 そのリザードンの姿をルカリオは見失わずに正面から捉える。先ほどのような虚実交えた動きと違う本見の突撃。

 故にルカリオは組み付ける間合いにリザードンが入ると同時に防御を解き、リザードンの体に躍り掛かる。

 

 しかし、その瞬間。

 

「”フレアドライブ”だッ、リザードン!!」

「ギャオー!!」

「ルオン!?」

 

 ダンデをして完璧と称せる刹那のタイミングでリザードンは”フレアドライブ”をルカリオに向けて放った。

 全身を炎で纏ったリザードンはそのまま加速。加速によって組み付くタイミングを外されたルカリオは防御を解いた己のどてっぱらにリザードンの”フレアドライブ”をもろに受ける事となった。

 

『リザードンの”フレアドライブ”が決まった―!これにはたまらずマックス選手のルカリオも吹き飛びます!!』

『今まで攻撃技をブラフに見立ててからのこの一撃!見事なタイミングでしたね』

 

 ダンデの起死回生の一手に思わずボイスとトゥークの語尾が上がる。今まで囮に使っていたリザードンの攻撃技をここぞと言う時に炸裂させたダンデの妙手は否応なしに試合会場のテンションを上げる。

 

 これこそがポケモンバトル。野生のポケモン同士では決して至れない試合の場所。ただ強いだけでは勝負を制することが出来ない何かが確かにそこにはあった。

 

 会場が盛り上がりを見せる中、”フレアドライブ”を受けたルカリオはよろよろと立ち上がる。

 

「ルカリオ、大丈夫か!?」

 

 リザードンの攻撃で削られた体力をさらに減らされたルカリオは、マックスの言葉を聞き気合を入れ直す。既に息は上がり四肢が重くなり始めた身体。されども強く意思が宿った眼光はしっかりとリザードンを捉えていた。

 ダンデのリザードンもそんなルカリオの姿を警戒してすぐには追撃の踏み込みをしてこなかった。

 

 息苦しくなった身体に酸素を回しつつルカリオは思い出す。マックスと出会ったのもこんな風に疲弊した状態であった事を。

 

 元々ルカリオはワイルドエリアに属する数あるポケモンのコミュニティー内で暮らす野生のポケモンであった。ワイルドエリアの中でも比較的温和なポケモンばかりの場所も相まって、ルカリオは誰かと争う生活とは無縁の生き方をしていた。

 

 そんなルカリオの生活に亀裂が入ったのは良く晴れた日の事であった。自分と同じコニュニティーに属する幼いポケモンの一体が、ワイルドエリアの地形で出来た高所から地面に落ちて怪我を負ってしまったのだ。

 

 いくらポケモンが頑丈な作りの生物とは言え、幼いそのポケモンにとってはそれなりに重たい怪我であった。

 これを見たルカリオは半ばパニックとなり目的を定めず走り出してしまった。後から考えればワイルドエリアで自生している薬草を持ってくるなり他者に助けを求めるなりいくらでも方法があったのであるが、とにかく何かしなければならないと脅迫概念に襲われたルカリオはがむしゃらに動き回った。

 

 そして当たり前のように大した成果も得られずにただ体力を消耗し息も絶え絶えになったルカリオは出会う。

 カンストを目指してレベルアップ修業をしていたトレーナー、マックスに。

 

 マックスをその視界に収めたルカリオは目を見開いて驚いた。ルカリオの一族はその特殊な眼力から生物の波動を見ることが出来る。波動に揺らぎや起こり、強い感情により色が付くことがあってもおおよそは皆が一定の色合いから外れる事はなかった。

 

 しかしその日あったマックスの波動の色は鮮やかな瑠璃色であった。済んだ青の中にちりばめられた力強い光を放つ色合いはルカリオをして初めて見る波動であった。

 

 ルカリオは思わずそのマックスの波動の色に捉われる。この時だけルカリオは怪我をした仲間のポケモンの事も、自分が何をして急いでいたかさえも忘却しその波動に魅入ってしまった。

 

『ん?このルカリオ、突然固まっちまってどうしたんだ』

 

 おーいと自分に向かって手を振るマックスを見て何とか正気に戻ったルカリオは、慌てて彼の手を引き怪我をしたポケモンの元へ連れて行こうとした。

 

『うお、どうしたどうした!』

 

 確証はなかった。だがこんな綺麗な波動の色をした彼なら怪我をした仲間を助けてくれるのではないか。

 そんな思いを胸にルカリオはマックスを連れて行く。その脳内にはいつまで経っても忘れる事が出来ない彼の波動の色を思い浮かべながら。

 

『なるほど。仲間が怪我をしていたからこんなに慌ててたんだな。納得だ』

『ルオン』

『そんな不安そうな顔をするなって。任せてくれよ。こう見えても怪我の手当ては慣れっこなんだ』

 

 怪我をしたポケモンの元に連れていかれたマックスは、不安そうに鳴き声を上げるルカリオに微笑むとテキパキと持ち合わせていた備品で治療を進めていく。

 

『良し!これで完了。後は2・3日安静にしてれば元気になるさ』

 

 マックスは怪我をしたポケモンの治療を終えると、いつの間にか集まって来たルカリオ以外の他のポケモンたちにも声を掛ける。

 そのマックスの言葉に安堵した野生のポケモンたちは口々にお礼の鳴き声を上げた。

 

『ははは、良いってことよ。これからは下手な怪我をしないように気を付けるんだぞ。じゃあな!』

 

 こうして自分の呼ばれた役割を終えたマックスはその場から去ろうとする。だが、そんなマックスの腕をルカリオは掴んだ。

 

『どうした、ルカリオ?』

『るおん・・・』

 

 マックスを引き留めたルカリオは弱弱しく鳴く。端的に言えばルカリオはマックスから離れたくなかったのだ。

 生まれて初めて見た綺麗で鮮やかな瑠璃色の波動。その波動にルカリオは一目惚れしてしまったのだ。

 

 この波動の持ち主とずっと一緒に居たい。

 

 故に――

 

『え、恩返しがしたい?だから仲間にしてくれってか』

『ルオ』

『いや、そんな事、気にしなくて良いんだぜ』

『ルオン!』

『うお、分かった分かった。そんじゃあこれからよろしくなルカリオ。歓迎するぜ!』

 

 こうしてルカリオは表向きは仲間を助けて貰った恩を返したいなどと、もっともらしい理由を付けてマックスの仲間となった。

 この綺麗な波動の持ち主の傍に居られる。それだけでルカリオは幸せであった。同時にこれがルカリオの受難の始まりであった。

 

 ルカリオが抱えている唯一と言える欠点。それは他のポケモンに対して攻撃技を繰り出すことが出来ないと言うものであった。

 

 ポケモンバトルが嫌なのではない。自分が傷付くのが怖いのではない。ただ、自分の手で誰かを傷付けることに拒絶反応が出てしまったのであった。

 

 当然の事ではあるが、ルカリオのこのあり方はポケモンバトルに置いて致命的な弱点だ。ポケモンバトルに置いて相手を攻撃せずに勝つことなどほぼ不可能である。

 この事実を前に、ルカリオの心は酷く乱れる。

 

 ルカリオはマックスと一緒にいたい。だがポケモンバトルに勝たなければ、否。戦う事さえ出来なければそのルカリオの願いは危うい。

 けれどもルカリオは対戦相手を攻撃することは終ぞできなかった。頭ではわかっているのにいざそれを実行しようとすると体が思うように動いてくれないのだ。

 

 後にマックスによってルカリオ独自の戦闘スタイルを身に着ける事が出来たが、そんなものは関係ない。結局の所、根本的な解決にはなっていないのだから。

 

 そして先送りにしていたその影響は今、ルカリオに重くのしかかってきている。

 疲労とダメージが蓄積した自分と違い、多少の疲れはあるだろうがまだ万全に戦える眼前のリザードン。この状況は、ルカリオ自身がマックスの好意に甘え続けたが故の結果である。

 

 他の仲間と違い自分だけが明確にマックスの足を引っ張っている。

 

 マックスと一緒に居たいと言う己の我儘を通しているくせに、いつまで経っても自分の弱点を克服しようとせずにマックスと他の仲間の好意に甘え続ける醜い自分。その上でこのまま何も出来ずに負けるなんて・・・

 

 ――そんなのあんまりじゃないか――

 

 ルカリオは自分のこのどうしようもない性根を信用する事はもう出来ない。それでもマックス達の信頼を裏切る事だけはしたくなかった。

 故に、ルカリオは覚悟を決める。

 

「あの構えはまさか」

「ルカリオ、一体何を・・・」

 

 ルカリオは腰だめに向かい合わせにした両の掌の中でエネルギーを貯める。寒気さえ感じるその高密度なエネルギーの塊は、次第に青白い光を放ちつつ球体に圧縮されて行く。

 

『”はどうだん”だぁー!マックス選手のルカリオ、ここに来て攻撃技の解禁だぁー!!』

『凄まじいエネルギーです。これがチャンピオン・ダンデのリザードンに当たれば、ここからの逆転も十分にあり得ます』

 

 マックスとダンデもこの事実を前に驚く。

 もとよりルカリオの性格を知っているマックスからすれば、あの優しいルカリオが追い詰められたからと言って”はどうだん”を使用するなど青天の霹靂である。

 

 ダンテからしても対ルカリオの対策は、ルカリオからの攻撃技がない事が前提であった。その根本が今、完全に覆ったのである。

 

「く、リザードン。”はどうだん”の発射のタイミングを見極めてギリギリで避けるんだ!」

「ギャオ!」

 

 ルカリオの気迫に押されて見に回ってしまったのは失敗であった。この距離で”はどうだん”の構えを取られてしまっては、下手に動けば良い的になってしまう。

 だからこそダンデはルカリオの”はどうだん”の発射のタイミングを見極める事を選んだ。

 

(大丈夫だ。リザードンの機動力ならタイミングを逃さなければあの”はどうだん”だって避けられる!)

 

 集中だ!、と自分に気合を入れるダンデを尻目にとうとうルカリオの”はどうだん”が発射された。

 

「避けろ!リザードン!!」

 

 ダンデの命令のタイミングはまたしても完璧であった。その指示に従えばリザードンはルカリオから放たれた”はどうだん”を避ける事が出来たであろう。

 

 その”はどうだん”がリザードンに向かって放たれたらの話だが。

 

 ルカリオが放った”はどうだん”はダンデのリザードンにではなく、その手前の地面に向かって直撃した。

 これにより地面(フィールド)を抉りながら直進した”はどうだん”は爆発。まるでカイリューの時のような黒煙を上げ両者の視界を塞ぐ。

 

『なんと、マックス選手のルカリオが放った起死回生の”はどうだん”はリザードンにではなく地面に着弾してしまいました!』

『これは残念。疲労により狙いがズレてしまったのでしょうか。それとも?』

「ぐ、なんて威力だ。煙で前が見えない!」

(あのルカリオが攻撃技を相手に当てるなんてありえない。つまりこれは!)

 

 この時、マックスの頭に閃きが落ちる。ルカリオの真の狙いが正しく理解できたからだ。

 

「ルカリオッ、リザードンはまだ動いちゃいないぞ!!」

 

 マックスが叫んだ数秒後。舞い上がった黒煙により身動きが出来なくなっていたダンデのリザードンは自分の腹部に圧迫感を感じた。

 おそるおそる視線を下げて自分の体を確認したリザードンの目に映り込んだのは、その両腕でがっしりとリザードンの腹部に組み付くルカリオの姿であった。

 

「ルオォォ!!」

「ギャオ!?」

「リザードン、どうしたんだ!?」

 

 バトルフィールドに舞った黒煙の中から突然聞こえて来たルカリオとリザードンの叫び声。当然、ダンデたちにはその姿を確認することはできない。

 

 ルカリオはリザードンに組み付いたその体勢のまま、自分の体をリザードンの重心の下に持って行く。その影響で前につんのめった姿勢になったリザードンは、踏ん張る事も出来ずにルカリオに体を持ち上げられてしまった。

 

 そこからルカリオは体を反転。リザードンを抱えたまま前進する。

 このままでは不味いと判断したリザードンが背中の羽で羽ばたき抵抗しようとする前に、ルカリオは自分の”はどうだん”によって作り上げた溝のような穴にリザードンごと飛び込む。

 

 どしん、と背中から落ちたリザードンはその衝撃で怯み一秒程、身体が硬直する。その間にルカリオはリザードンに馬乗りになりマンウントポジションを確保。

 そのままリザードンの顔をこちらに向けれないように手の平で顎付近を押さえつけると、残った腕でリザードンの長い首を締め上げた。

 相手の正面から極める変則的な裸絞めだ。

 

 窄められたリザードンの首の気道は酸素と血流の動きを阻害する。リザードンもルカリオの極め技に対して抵抗を見せるが、背中の翼は溝のように抉られたこの穴の中では思うように広げる事が出来ない。

 

 またリザードンのドラゴンのようなずんぐりとした体形の構造上、あおむけの状態で上から抑えられると腹筋の力だけでは起き上がるのは難しい。

 何よりも柔道の寝技のように巧みに重心を操るルカリオの抑え込みの技術を前に、リザードンは身体を反転することさえ不可能であった。

 

 リザードンはルカリオの拘束を外すことを諦めて、掌に炎を灯して自分を押さえつけているルカリオの胴体に”ほのおのパンチ”を放つ。

 寝転がり腰の入らない手打ちのパンチとは言え、連続で殴って来るリザードンの”ほのおのパンチ”はルカリオの体力を確実に削る。

 

 しかしルカリオ拘束は一向に緩まる事はなかった。むしろさらにリザードンの首を絞める強さは増していく。

 相手を攻撃できないルカリオが自分に許した唯一のダメージ技。それがこの極め技であった。

 

 故にルカリオはリザードンを逃さない。このチャンスを逃したルカリオに待っているのは敗北のみ。

 

 そんな気迫のルカリオの下敷きとなったリザードンの動きが徐々に鈍って行く。狭窄し始める視界。息が出来ず青白く染まったリザードンの顔の口の端からはぶくぶくと泡が噴き出す。

 手足は鉛でも付けたかのように重く痺れて動かなくなっていく。

 

 落ちる(・・・)。そう確信したルカリオの耳にダンデの声が響いた。

 

「戻れ、リザードン!」

「ルオ!?」

 

 突如としてルカリオの体の下からリザードンが消え去る。思わず溝の中で周りを見渡すルカリオの目に映ったのは、こちらに腕を伸ばしているであろうダンデの影であった。

 ”はどうだん”によって舞い上がった黒煙はまだ完全に晴れておらず、まだ相手の姿ははっきりとは見えない。

 

 だがダンデのあの構えはおそらく――

 

『チャンピオン・ダンデ、ここでリザードンを手持ちに戻しました!』

『失敗をすれば反則を取られていたかも知れないこの場面での強気の選択。流石はチャンピオンです』

 

 ガラル地方の公式の大会に置いて、ポケモン交代は一試合3回まで認められている。またこの時に故意か否かに問わず対戦相手のポケモンを誤って戻してしまった場合は反則負けとなる。

 だからこそ黒煙によって視界が悪くなったこの状況でポケモンの交代を選ぶのはリスクの高い行為であるのだ。

 

 実際の所、ダンデもルカリオとリザードンの様子を完全に見通せている訳ではなかった。しかし、ダンデの勝負師としての勘がこのままではリザードンを失うと判断してその選択を取らせたのだ。

 

 ルカリオが作った穴に落とされたリザードンはそこから露出している部位も少なく手持ちに戻すのは困難な状態であった。しかもそこにルカリオが重なる様にして馬乗りしているのだから、ボールを持つ手の角度が数度違えば誤ってルカリオを戻していたかもしれない。

 

 それを黒煙によってルカリオとリザードンの影しか見えない視界不良の状況でダンデはやってのけて見せたのだ。

 ここぞと言う勝運をつかみ取るこの才能こそ、ダンデを強者たらしめる所以である。

 

 状況を理解したルカリオはのそのそと重たい体を引きずって穴から出て来る。

 そんなルカリオに向けてダンデは次なるポケモンを繰り出した。

 

「行け、ドサイドン!」

「オォン!」

『チャンピオン・ダンデ。リザードンの次はドサイドンを繰り出しました』

『ドサイドン。見た目通りのパワフルなポケモンです。はたして今の消耗したマックス選手のルカリオで受けきる事ができるのでしょうか?』

 

 どしんどしん、とドサイドンはその巨体に見合う力強い歩みでルカリオに近付く。マックスのルカリオはその歩みを黙って見つめドサイドンを待つ。

 既にルカリオの体力は底を付きかけていた。

 

 やがて目の前にまで迫ったドサイドンを正面から睨みつけるルカリオはいつもの捌きの構えを取って対峙する。ルカリオとドサイドンのその身長差はおよそ1.2メートル。

 倍近く離れたその体格差であってもルカリオが相手に怯むことはない。

 

「ドサイドン、”メガトンパンチ”だ!」

「ウオォン!」

 

 例え弱った相手であろうと油断はしない。右の拳を握りしめ、そのリーチの差を活かしたドサイドンは渾身の”メガトンパンチ”をルカリオにお見舞いする。

 その一撃を前にルカリオは上半身をまっすぐ”メガトンパンチ”に向かって進めつつ、左の足を斜めに逃がす。

 

 そして左足が地面に付くのと同時に右足を同じく左に滑らせる。ドサイドンの”メガトンパンチ”はまるでルカリオの体を通り抜けたかのように空を切った。

 ドサイドンの右側面に回り込んだルカリオは、そのままドサイドンの大きな右足に組み付き持ち上げバランスを崩そうとする。

 

 だがその右足はルカリオの力を以てしても動くことはなかった。

 300キロ近い体重を支えるドサイドンのその足はまさしく筋肉の塊。加えてリザードンとの戦闘で体力を消耗しているルカリオの身体能力は著しく低下していた。

 

 ルカリオが万全の状態ならまだしも、そんな不完全な体調ではダンデのドサイドンの体幹を崩すことは出来なかったのだ。

 

 そんなルカリオに向かって伸びた右腕を折り返して放ったドサイドンの鉄槌が頭に炸裂した。

 

「ゴオォン!」

「ル、オ・・・」

「ルカリオ!?」

 

 その一撃はルカリオの残っていた僅かな体力を削り取る。

 

『マックス選手のルカリオ、ドサイドンの一撃に耐えられず戦闘不能です!』

『ここに来てチャンピオン・ダンデは明確に一歩リードをしましたね』

 

 ドサイドンの一撃によって倒れ伏したルカリオをマックスは静かにボールに戻した。

 

 その姿を眺めつつダンデは思わず両の拳に力が入った。博打の多い戦法を制しようやくマックスからもぎ取った1つのリード。

 しかしマックスの強力な手持ちを知るダンデからすればこれはとても大きな一歩であった。

 

 そんなダンデの気迫が会場にも伝播したのか、ダンデを見守る観客の声援の勢いを増す。

 

『『ダンデ!』』『『ダンデ!』』『『ダンデ!』』『『ダンデ!』』『『ダンデ!』』『『ダンデ!』』『『ダンデ!』』『『ダンデ!』』『『ダンデ!』』『『ダンデ!』』『『ダンデ!』』『『ダンデ!』』『『ダンデ!』』『『ダンデ!』』『『ダンデ!』』『『ダンデ!』』『『ダンデ!』』『『ダンデ!』』

 

 

『何と、会場がダンデコール一色です!』

 

 今この瞬間、勝負の流れの勢いは間違いなくダンデに向いた。もし勝利の天秤を持った女神がここに存在していたのならば、その杯を大きくチャンピオン・ダンデに向かって傾けていたであろう。

 

 そんな逆風の中、マックスは粛々と次に戦うポケモンが入ったボールを両手で持つ。その姿はまるで祈りにも似た思いさえ抱かせる。

 

 ダンデコール一色に染まったその会場で、静かにマックスはその名前を紡ぐ。

 

「バンギラス」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「暴オオオォォォぉぉぉあああああぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 その大音声は己以外の会場に包まれていたあらゆる音を消し去る。女神の持つ勝利の天秤さえ蹴散らす、すべてを破壊する最強の暴君がこのバトルフィールドに降臨した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

蹴散らされた祝杯

久しぶりの更新です。相変わらず時間がかかって申し訳ありません。
それと一部のサブタイトルをまた変更しました。


 

「暴おおオオォ!!」

 

 マックスの手より放たれた暴虐の化身。バンギラスはバトルフィールドに流れていたダンデコールなぞつゆほども気にせずドサイドンを視界に捉えた瞬間、憤怒の激情を爆発させ怒震の踏み込みと共に敵へ爆走する。

 

 高速ポケモンのカイリューや俊足のウインディと比べればその速度は劣るものの、逃げず・避けず・臆さないその進撃は地面を砕きながら進む姿も合わさりただのポケモンには出せぬ巨神の如き歩みのプレッシャーを相手に与えていた。

 

「来るぞ!ドサイドン。”メガトンパンチ”でカウンターを狙うんだ!」

「ギャオ!」

「暴おおぉォ!」

 

 マックスのバンギラスは元々スロースターター寄りのポケモンである。また自分より弱いと判断した相手には先手を譲るなどの舐め癖もある。

 悪癖とも言えるそれだがマックスはバンギラスのそれを個性として半ば治すの諦めていた。

 

 しかしそれらの慢心は今のバンギラスには無い。

 

 セミファイナル戦では感じる事が出来なかったチャンピオンシップでの激戦の数々。戦術一つでレベルの低い格下が相手であっても自分を打倒しうる事を証明したトッププレイヤーたち。

 彼等との戦闘経験がこの場に限り、バンギラスから慢心を取り払ったのだ。

 

 何よりも今、バンギラスの主人であるマックスが追い詰められている。それを打開するために自分をこの場に呼び寄せたのだ。

 

 その事実はバンギラスのテンションを振り切れさすには十分な理由であった。

 

 しかし並みのポケモンであれば失神してしまうプレッシャーを放つそのバンギラスの突撃もダンデとドサイドンには通じない。

 彼等は数多のポケモンバトル潜り抜けて来た強者(つわもの)たち。その王者である。

 

 強力なポケモンが放つ圧力の流し方や耐え方を心得ているのだ。

 故にダンデのドサイドンはプレッシャーに飲まれる事なくバンギラスに対して迎撃態勢を取る。

 

 足をズンと地面に根を張る様に落し、上半身は右腕を弓なりに反らしながら半身になるまで捻じる。踏ん張る為に全身に力を込めている影響で、ドサイドンの体はぼこりと筋肉が膨れ上がる。

 

 固定弾砲台を彷彿させる装いになったドサイドンは真正面からバンギラスを迎え撃った。

 

 己の技の範囲(間合い)にバンギラスが入った瞬間、ドサイドンは”メガトンパンチ”を繰り出す。ドサイドンもバンギラスも両者共に大柄なポケモンだがその腕のリーチの長さはドサイドンが上だ。

 

 真正面からの肉体言語(殴り合い)でぶつかれば必然的にリーチがあるドサイドンが有利である。

 

 こちらに何の躊躇もなく踏み込んで来たバンギラスの顔面をドサイドンの”メガトンパンチ”が穿った。

 

 ダンデもドサイドンもどれだけ猛々しく振舞おうとも基本的にマックスのバンギラスが敵の攻撃を避けないのは承知済みである。ならばカウンター気味にこちらの一撃を当て続ければ理論上は一方的にバンギラスを攻撃できる算段だ。

 

 事実。ドサイドンの”メガトンパンチ”は何の労もせずバンギラスの体に突き刺さる。バンギラスが突っ込んで来た勢いも合わせるならそれは想像を絶するダメージとなるはずだ。

 

 あたかもその姿は地面に突き刺さった鉄柱に自ら飛び込んだかのような有様だ。

 

 さしものマックスのバンギラスもその一撃に怯む―――ことは一瞬も無く、突撃した勢いをそのままに顔に拳がめり込んだまま自分の体を無理矢理ごり押しドサイドンとの間合いを潰す。

 

「暴おおオぅ、ガ嗚呼あぁぁぁ!!」

 

 そして轟く雄たけびと共に巨万の怪力を秘めたお返しの右ストレートをドサイドンの横っ面に放ち、力任せに振り抜いた。

 

 ごりゅり、と鈍い音がバトルフィールドに響く。

 その衝撃的な光景に思わずダンデは声を上げた。

 

「な、ドサイドン!?」

『何という事だー!マックス選手のバンギラス。ドサイドンの”メガトンパンチ”をものともしません!!』

 

 バンギラスの渾身の右ストレートによって10メートル以上も吹き飛ばされたドサイドンは、地に叩きつけられたカエルの様にひっくり返り白目を向く。その体はピクリとも起き上がらずに痙攣を繰り返す。

 

「暴おおおおう!!」

『駄目です。チャンピオン・ダンデのドサイドン。立ち上がる事が出来ません!』

 

 肺一杯に空気を取り込んだバンギラスはそれを一気に吐き出し勝利の雄たけびを上げる。気が付けば、先ほどまでダンデコール一色であったバトルフィールドは静まり返っていた。

 

 どれだけ不利な盤面でも形成の悪い状況であっても、その有り余る力で一撃のもと盤面をひっくり返す。それがマックスのバンギラスが持つ圧倒的な力の衝撃である。

 

「・・・。よく戦ってくれた、ドサイドン」

 

 ダンデはバンギラスに倒されたドサイドンをボールへと戻す。その表情は眉間に皺がより悔恨を表すように苦し気に力んでいた。

 

(失敗した・・・)

 

 ダンデはここまでのマックスとの戦いでいくつもの賭けに勝利してカイリューやルカリオを倒してきた。その過程は間違いなくダンデのテンションを上げ戦意を滾らせた。

 

 だからこそダンデはマックスのバンギラスを相手に安易な迎撃を選択してしまった。

 

(なぜ俺はあの時、迎え撃つことを選んでしまった?マックス選手のバンギラスの圧倒的パワーを知っていた筈なのに!)

 

 別段。ダンデの選択はそれほど間違ったものではない。ドサイドンの力を持ってカウンター気味に突っ込んで来たポケモンを迎撃すれば、それだけで戦闘不能まで持って行けても不思議ではない。

 

 問題だったのはレベル100個体故に持ち合わせている強靭なフィジカルモンスターのバンギラスにそれをしてしまった事だ。

 

 常のダンデであればその一手が本当にベストな選択だったかを一瞬でも考えていただろう。だが今回に限って言えば博打に成功して有利な状況を作ってしまったがために、反射でベターな一手を打ってしまった。

 心に余裕が出てきてしまったがために生まれた無意識の慢心である。

 

 プロアマ問わず、たびたび競技者が陥ってしまう魔の奈落。それはチャンピオンであるダンデも例外ではなかった。

 

(その結果がこれだ。まだまだ活躍出来たドサイドンを、ほぼ無意味に落とされてしまった・・・)

 

 もとよりポケモンのスペックだけで言えば、ダンデはマックスのレベル100のポケモンパーティーには勝てない。40近いレベル差とはそれだけ圧倒的なのだ。

 一手間違えるどころか半端な行動をするだけで戦況を返されるポテンシャルの差。ダンデは改めて自分が薄氷の上にいる事を自覚した。

 

(反省しろ、ダンデ!そして改めて思い出せ。マックス選手の底力を!)

 

 ダンデは己の両頬を手でたたき気合を入れ直す。鼻柱を叩かれて気勢を崩す程度の実力ならばダンデは最強のチャンピオンと讃えられてはいないだろう。

 

 マックスがワイルドエリアにて修羅の如き力を得たように、8年間、無敗のチャンピオンで居続けたダンデにもあらゆる逆境に飲まれない胆力が備わっているのだ。

 

「ゆけ、インテレオン!」

『チャンピオン・ダンデの次なるポケモンは水タイプのインテレオンです!』

『インテレオンは素早さがある高速テクニックアタッカーなポケモンです。圧倒的力を持ったマックス選手のバンギラス。火力もある技巧派のチャンピオン・ダンデのインテレオン。ある種、真逆の戦闘スタイルの両者がどのようにぶつかり合うのか注目です』

 

 バトルフィールドへと降り立ったダンデのインテレオンはその特徴的な細身の体を半身にして人差し指をバンギラスに向ける。

 

「インテレオン。”ねらいうち”だ!」

「来るぞ。バンギラス!」

「シャッ」

「暴おう!」

 

 インテレオンの”ねらいうち”はスナイパーの様に体を構え、指先に圧縮した水弾を打ち出す技である。その性質上、ただ水技を打ち出すより相手にダメージを与えやすい。

 そしてバンギラスは岩タイプでもあり、水技は弱点でもある。

 

『インテレオンの”ねらいうち”がバンギラスにヒットしました。しかしマックス選手のバンギラスは止まりません!』

『相変わらずバンギラスのタフネスさには目を見張るものがありますね』

 

 インテレオンの水技は寸分たがわずバンギラスの胴体を打ち抜いた。しかしバンギラスはそんなものお構いなしにインテレオンへと突き進み距離を潰す。

 

「一撃で倒せるなんて思っていないさ。インテレオン。”こうそくいどう”からの”かげぶんしん”だ!」

「何!?」

 

 バンギラスが万進して詰めた距離を、ダンデのインテレオンはバックステップの要領で”こうそくいどう”して離す。純粋なスピード勝負ではバンギラスはインテレオンに及ばず、仮に逃げに徹された場合はその離された距離を完全に詰めることは出来ない。

 

 さらにインテレオンは牽制の引き打ちを混ぜながら”かげぶんしん”を展開する。瞬間的にバンギラスが距離を詰めれず、また自分の技の威力が減衰しないギリギリの間合いを保ち複数対に分裂した分身でバンギラスを囲む。

 

「インテレオン、”ねらいうち”だ!」

『何とチャンピオン・ダンデのインテレオン。”かげぶんしん”+”ねらいうち”でバンギラスを滅多打ちだぁ!!』

『絶妙な間合い調整ですね。中距離から一方的に相手を打ち抜く。マックス選手のウインディを彷彿とさせます』

 

 バンギラスは自分の手の届かない場所から複数体のインテレオンに撃って撃って撃ちまくられる。無論、”かげぶんしん”で増えたように見えるのは本来なら目の錯覚だ。

 

 本体も自分を打ち抜く技も一つ。しかし洗礼されたインテレオンの”かげぶんしん”は本体の影すら見切らせず、こちらを打ち抜く”ねらいうち”は体に着弾するまでどれが実弾かも悟らせない。

 何よりもマックスのバンギラスは真正面のど突き合いには無類の強さを発揮するがこう言った搦手には滅法弱かった。

 

 虚実入り混じるこのインテレオンの攻撃は、無類のタフネスを誇るバンギラスの体力を削り着実に追い詰めていく。

 

「バンギラス。”ストーンエッジ”だッ、全て薙ぎ払え!」

「暴おおオオウ!!」

 

 バンギラスは滅多打ちにされている状態にも負けず地面を力強く踏み締める。そこから隆起する岩の衝撃波が鋭い刃となって四方に散らばったインテレオンに地走(じはし)る。

 分身を含めたすべてのインテレオンの足下から突き出た岩の刃がその体を貫き、インテレオンをかき消す。

 

「本体がいない!?どこにッ」

 

 バンギラスの”ストーンエッジ”によって貫かれたインテレオンは全て分身であった。バンギラスは慌てて前後左右を見渡すがインテレオンの姿を捉える事が出来ない。

 

 この瞬間、ダンデのインテレオンはバトルフィールドより姿を消す。

 

 ふ、とバンギラスの体に影が差す。それは分身を”ストーンエッジ”で潰されるのと同時にバンギラスの真上に跳び上がったインテレオン本体のものであった。

 

「もう一度”ねらいうち”だ。インテレオン!」

「な、いつの間に上空に!?」

 

 インテレオンは自分の真下に居るマックスのバンギラスに向けて”ねらいうち”を放つ。両手の人差し指から打ち出した水弾は、バンギラスの後頭部と右足に命中した。

 意識外からの弱点タイプの不意打ちに、さしものバンギラスも態勢を崩し地面に膝を付く。

 

 そこに上空から自由落下でバンギラスに躍り掛かったインテレオンは、バンギラスの体に着地する。

 

「インテレオン。”ハイドロポンプ”だ!」

「耐えてくれ。バンギラス!」

 

 超至近距離から放たれたインテレオンの”ハイドロポンプ”はバンギラスの顔面に命中する。高威力の水技を受けたバンギラスは態勢を崩していたこともあり、そのまま”ハイドロポンプ”の勢いに流され地べたに押し倒される。

 

 同時にダンデのインテレオンはバンギラスの体より離脱。また距離を離した状態から”かげぶんしん”を展開して”ねらいうち”でバンギラスへ追撃を開始する。

 

『チャンピオン・ダンデのインテレオン、止まりません!バンギラスを撃って撃って撃ちまくる。怒涛の攻撃です!』

『何ともテクニカルな戦い方です。今まで見た事のないインテレオンの運用。チャンピオン・ダンデの戦術の広さには毎回驚かされます』

 

 カウンターを合わせた引き打ち戦法。これが本来、ダンデがマックスのバンギラスに用意した対策であった。

 

(良し!このままバンギラスの体力を削り切るぞ)

 

 今のダンデに高揚感からくる慢心は無い。ただ冷静に、自分が用意した必勝の策を油断なく実行し続ける。この堅実な一手は間違いなくマックスのバンギラスを確実に弱らせ始めていた。

 

 だがどれだけ完璧で確実な策も、土台をそのままひっくり返す様な災害級の力技を想定してはいない。

 

 マックスのバンギラスはインテレオンの水弾に晒され続けながら立ち上がる。バンギラスにはいくつかのボルテージがある。

 

 例えば敵を倒せばテンションが上がり、逆境に立たされれば持ち前の負けん気を発揮しそれを打破するために肉体の性能を格段に上げるだろう。

 

 そして今、バンギラスが感じているのは怒り。

 

 それを抱く理由は敵にいいようにされ弄ばれている自分に対してであるし、己に影さえ踏ませぬ立ち回りをするインテレオンにでもある。

 何よりもマックスに捧げる勝利を掴み取れないこの不条理な状態に憤怒の灼熱が沸き上がって来る。

 

 立ち上がったバンギラスの瞳を埋め尽くすのは怒りのそれ。同時に感情に呼応し爆発的に上がったその体温は、インテレオンの”ねらいうち”を蒸発させた(・・・・・)

 

「は?」

『え、あれ?』

『???』

 

 あまりにも突然起こったその怪奇現象はダンデと実況(ボイス)から思考を奪い、解説(トゥーク)の言葉を略奪した。

 

 バンギラスの体を覆うは陽炎。怒りのボルテージが臨界点にまで達したその体温は周囲の風景を歪ませる程に急上昇する。

 

 そしてバンギラスは夜空に届く大音声と共に、体に溜まったそのエネルギーを全方位に向けて解放した。

 

「暴おオオォおおおおおおう!!!!!」

「ギャ!?」

「しまッ、インテレオ―――」

 

 ダンデの声をかき消しす熱砂の剛風と化したバンギラスのエネルギー波は、己の周りをうろついていたインテレオンとその分身ごとすべてを薙ぎ払った。

 

 エネルギーの開放は僅か数秒。排熱を終えたバンギラスの周囲は急激に上がった場の温度が冷えたため、バンギラスを中心に空気が渦巻く。

 

「破あぁぁ・・・」

 

 ゆっくりと息を吐き妖しく目を瞬かせながら佇むその姿はまさしく破壊の化身。暴虐の怪獣である。

 

『な、なんと言う威力でしょうか。マックス選手のバンギラス。底が知れません・・・』

『そ、そうですね。しかしあの威力の衝撃波を受けたチャンピオン・ダンデのインテレオンの安否が怪しまれます』

 

 熱砂のおさまりと同時に会場は静まり返る。そしてバンギラスの一撃によって吹き飛ばされたダンデのインテレオンはやけどの目立つ身体を大の字に広げ地面に倒れ伏していた。

 

『インテレオン。倒れたまま動きません。戦闘不能のようです!』

『これはもはやしょうがないでしょうね。あんな逆転技、普通は想像できませんよ』

「インテレオン・・・。すまない。戻ってくれ」

 

 ダンデは瀕死の状態になってしまったインテレオンをボールに戻す。あまりにも衝撃的でかつあっという間の出来事であった。

 

 まさしく埒外の存在感を放つバンギラス。観客も解説や実況を努める彼等さえもバンギラスの作り出す残場(ざんじょう)に精神を飲まれ恐れ戦く。

 

 しかし――

 

「無駄なんかじゃないさ」

 

 その冷え切った会場の様子とは反対にダンデはまっすぐマックスのバンギラス見つめる。俯き気味なその表情から疲労が見て取れ肩で息を繰り返すバンギラスの疲弊した姿を。

 

 バンギラスとて生物である。いかに並外れた強靭な体をしていようともそれにも限度がある。最強で合っても決して無敵の存在ではないのだ。

 ならばインテレオンの先ほどまでの活躍は無意味でない。

 

「ポケモンの能力で負けてるのは百も承知。だからこそ、俺たちはチームで戦い勝つんだ!」

 

 ダンデは目を見開く。未だに衰えぬ戦意を胸に次なるポケモンを繰り出した。

 

「出番だ。ドラパルト!」

「大分消耗しているな・・・いったん休憩だ。戻ってくれ、バンギラス。行ってくれウインディ!」

『全てが規格外!全てを圧倒したバンギラス!しかしチャンピオン・ダンデ。まだまだ戦意は衰えぬ様子!その燃え滾る闘志を放ちドラパルトを選出しました。そしてマックス選手はバンギラスを手持ちに戻し、ウインディを繰り出したぁ!』

『これでチャンピオン・ダンデとマックス選手は、両者ともに交代権を一度ずつ行使しましたね』

 

 600族でありドラゴンタイプのドラパルトと陸上ほのおタイプのウインディ。両ポケモン共に己の駆け抜ける足場の領域(空と地上)では譲らぬ速さの持ち主である。

 

 力のぶつかり合いと開放を終えたバトルフィールドは、高速アタッカーポケモン同士の戦場へと移る。速さと早さ。異なる速度を誇る両者の戦いは目を離した瞬間に決着が付くだろう。

 

 故にダンデとマックスはこの日一番の集中力を発揮する。

 

 思考と経験はダンデが勝り、反射と反応はマックスが勝る。トレーナーでさえ異なる能力のぶつかり合いが始まった。




現在の手持ち状況

マックス
 カイリュー・・・×
 ルカリオ・・・×
 バンギラス・・・△
 ウインディ・・・〇
 サンダース・・・〇
 ミロカロス・・・〇

ダンデ
 ギルガルド・・・×
 ドサイドン・・・×
 インテレオン・・・×
 リザードン・・・△
 ドラパルト・・・〇
 ???・・・〇


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

飛ぶ竜虎。白夜の一撃

一部、胸糞描写があります。苦手な方は申し訳ありません。


 

「ワウ!」

「避けろ、ドラパルト!」

「オォン!」

 

 マックスの手からバトルフィールドへ降り立ったウインディは、マックスの指示を待たずに即座にドラパルトへ”かえんほうしゃ”を仕掛けた。

 先手を取られたドラパルトだが、ダンデの指示に従い危なげなく”かえんほうしゃ”を浮遊した独特の動きで横にずれていなす。

 

 しかし一瞬だけ”かえんほうしゃ”に気を取られたドラパルトに”しんそく”で駆け出したウインディが突っ込んで来た。

 

「”まもる”だ!!」

「ギャオ!」

 

 ドップラー音を立てながら高速で迫るウインディを相手に、名前を呼ぶ手間さえ惜しんだダンデは反射的に技の指示を出す。迷いなく”まもる”の体勢に入ったドラパルトは目の前にまで迫っていたウインディをギリギリで弾き飛ばす事に成功した。

 

 ”しんそく”を防がれ弾かれたウインディだが空中で器用に体を反転させ体勢を立て直す。そのまま足から地面に着地したウインディはまたドラパルトに向けて”かえんほうしゃ”を吐き出した。

 

 ゴウ、と鉄さえ焼け焦がす高温の炎がキラリと光るドラパルトを飲み込んだ。

 

 そこからウインディは一定の距離を取りつつドラパルトを中心に円軌道で走り出す。本来なら攻撃技である”しんそく”を純粋な走力に変えることが出来るマックスのウインディのその走りは尋常なものではない。

 

 己の影さえ置き去りにするウインディは続けざまに”かえんほうしゃ”をドラパルトに向けて吐き続けた。

 

 相手に反撃を許さず、中距離から一方的に”かえんほうしゃ”で相手を焼き倒す。これまでのバトルでウインディが行って来た必勝戦術である。

 対戦ポケモンは視界を炎で防がれ止むことのない火に晒され続けるのだ。これは受け手の精神や肉体を圧迫する凶悪な戦法でもある。

 

 しかし相手は王者にまで上り詰めたダンデとその手持ちであるドラパルトだ。彼らがこのまま一方的終わる事は無かった。

 ドラパルトがウインディの”かえんほうしゃ”に飲み込まれてから約30秒。

 

 沈黙を続けていたダンデの口がその静けさを切った。

 

「跳び上がれドラパルト!」

「何!?」

 

 前後左右から火に飲まれ続けた射線の中心から一つの影が空高くに飛び出す。炎で埋め尽くされた場所が盛り上がり残火を振り切ったドラパルトは漲る竜の力を携え、その姿を目で追っていたウインディの視覚から突然消える。

 

「ワフ!?」

『何と、ドラパルト。速い!速い!速すぎる!!縦横無尽に飛び回る姿がバトルフィールドを見下ろす我々からでもとらえ切れません!!』

『フィールドからある程度距離のある私たちでこれですかね。対峙するマックス選手のウインディからすればドラパルトが消えたようにすら映るでしょう』

 

 一気にトップスピードまで加速したドラパルトの勢いは生物の動体視力を瞬間的に振り切る。コマ送りに見える移動を繰り返すそのドラパルトの速度にはマックスでさえ驚愕の表情を浮かべた。

 

「行けー!ドラパルト。”ドラゴンダイブ”だ!!」

「ロオン!」

 

 ウインディの視覚を置き去りにしたドラパルトはそのまま速度を活かし背後から奇襲をかけた。自分の後ろから跳び込む様に落ちてきたドラパルトの攻撃をウインディは反応することが出来ず、”ドラゴンタイブ”が直撃してしまう。

 

 さらにドラパルトはコマ送りにも見えるその圧倒的速度を利用して即座に折り返し、吹き飛ばされて空中に投げ出されたウインディに一瞬で追いついた。

 そこからウインディの体が地面に着くまでに”ドラゴンクロー”と”ドラゴンテール”ですれ違う数舜の間に立て続けに殴り込んだ。

 

「ウインディ、大丈夫か!!・・・どうなってるんだあのドラパルトは。俺のカイリューより速いぞ!?」

 

 ドラパルト自体、かなりの速度を誇る高速アタッカー型のポケモンである。だがそれを加味したとしてもあのドラパルトの速さは尋常なものではない。

 

(積み技か?だが一体いつそれを使ったんだ。ウインディの攻撃を受けて置いてそんな暇はなかった筈だ)

 

 悩めるマックスはその思考を巡らす。そんなマックスの目の端に先ほどウインディが放っていた炎で覆われ場所から光る何かが消失するのが見えた。

 

「ガラスの破片?・・・いや、そうか!”ひかりのかべ”か!!」

 

 ”ひかりのかべ”は自身の前方に複数枚の特殊な障壁を展開する変化技である。ダンデは事前にウインディの”かえんほうしゃ”に捕まった際は自身の指示がなくともこの”ひかりのかべ”を四方に設置することをドラパルトと取り決めていた。

 

 ”ひかりのかべ”を変則的に一枚ずつ出して自分を取り囲んだドラパルトはその中に籠城してウインディの”かえんほうしゃ”を耐えたのだ。

 無論、まったくダメージをゼロに出来る訳ではないが直火に晒されるよりかは遥かにマシである。

 

 またマックスのウインディ自身、スタミナや身体のバランス能力が優れている分カイリューやバンギラスの様なすさまじい破壊力を持ち合わせていなかったのも”かえんほうしゃ”を耐え切れた要因であろう。

 

 そしてウインディの炎によって、双方の視界が途切れたのを利用してドラパルトは静かに”りゅうのまい”を行い最大まで自分の能力を強化したのだ。

 

 マックスが転生したこのポケモン世界において、ポケモンの積み技とは基本的に全能力を強化するお手軽技だ。一応、使う技やポケモンの種類によって伸びるステータスに差異が生まれるのが、技の発動さえ出来れば出し得なものである。

 

 だが中には技によって伸びるステータスを意図的に偏らせることが出来る方法もあるのだ。これはトレーナー同士のポケモンバトルが発展していく事によって生まれた、どちらかと言うと後天的な努力で得られる技術よりの特性だ。

 取得難易度自体は結構高いものなのでトレーナーの全員がその技術をポケモンに仕込んでいる訳ではないが、一流と呼ばれるエリートトレーナーやトップリーグの選手たちの間ではそれなりに普及している。

 

 ダンデのドラパルトもその例に漏れず、積み技による強化幅を調整できる訓練を受けたポケモンであった。

 

 ドラパルトが積み技を使用した際、ダンデが伸びやすくしたのはすばやさである。これを最大まで強化したドラパルトの速度はマックスのカイリューでさえ凌駕する。

 

 俊足の早さを持つウインディや高速で飛翔できるカイリューが目にも止まらぬ速さだとするのならば、今のドラパルトのすばやさは目にも映らぬ速さである。

 

 物理的な速度で目で負えなくなったドラパルトを再度認識する事は至難である。そして仮にその姿を捉える事が出来たとしても不利な状況を覆すのは簡単な事ではないだろう。コマ送りに見えるその速さ前では、見てから反応していては遅いのだ。

 

 故に光速の世界に突入したドラパルトを相手にウインディは視界を捨てた。

 

 それ以外の四感、特に触角と嗅覚を頼りに神速の飛翔をするドラパルトの攻撃を何とか避け始めたのだ。

 

『マックス選手のウインディ。最初を除けば何とかチャンピオン・ダンデのドラパルトの猛攻を避けています!しかし、それで手一杯なのか反撃は難しそうです!!』

『マックス選手のカイリューがそうであったように、上空からの攻撃と言うのは大きなアドバンテージを得られますからね。いくらウインディが俊足の持ち主だったとしてもそれは地上での話。何とも打開が困難な局面となりました』

 

 多くの生物にとって自身の真上とは死角になる。仮にその場所から一方的に危害を加えられればそのまま勝負を制することだって難しい話ではない。

 制空権を支配するとはそれだけ有利な事なのだ。

 

 だからこそウインディはその不利に陥らぬために、序盤は速攻を仕掛けたのだ。しかしその行いも最速の世界に突入したドラパルトの前では無に帰す。

 

「焦らなくていいぞドラパルト!確実だ。その速度を活かして確実に攻撃を当てて行くんだ!」

「ギャオン!」

「くそ、隙がねぇ。そこまで行ったんなら少しは慢心してくれよ、チャンピオン!」

 

 現在、ウインディは”ドラゴンダイブ”・”ドラゴンクロー”・”ドラゴンテール”の三撃を除けばドラパルトの攻撃技を貰ってはいない。ヒット&アウェーで空から飛来してくるドラパルトの強襲を全身の感覚を研ぎ澄ませる事により辛うじていなし続けているのだ。

 

 だがそれも長くは持たない。今のウインディはただドラパルトから逃げ惑っているだけだ。集中力が切れればいずれは捕まってしまうだろう。

 

 ドラパルトはダンデの狙い通りにウインディの動きが鈍るのを待っているだけで良いのだ。

 

 この不利な盤面においてマックスはそれを打開できるような策を瞬時に思いつくとはできない。そも視界の端を切る速度で飛び回るドラパルトを捉えたとしても、マックスが指示を出す間に手の届かない上空へ離れて行ったしまうだろう。

 

 マックスはポケモンバトルが下手糞だ。より正確に言うのならばトレーナーの指示が重要なバトルルールの設けられている対人戦の才能があまり無い。

 こうしたピンチにマックスは何かをしようとしても、足掻けもせず何も出来ない敗北の屈辱を子供の頃から何度も味わい続けていた。

 

 仮にダンデとマックスの立場が逆だったとしても、ダンデならば何かしらの打開策を思いついたかもしれない。

 危機に瀕した時にこそ逆転の閃きを得る。それが才能のあるトレーナーとそうで無い者の差である。

 

 チャンピオンにまで上り詰めたダンデと比べれば、マックスにはトレーナーとしての才能も対人戦の経験も足りない。

 

 しかし全力を出す瞬間の見極め。後の事を考えずに今ある勝利を掴み取ろうとする思い切りの良さ。この二つだけはマックスに備わっている誰の才能(天才)にも劣らぬ執念である。

 

 故にマックスは奥の手を切った。

 

「ウインディ。もう後の事はどうでもいい!全力の”フレアドライブ”で全てをぶち抜け!!」

「バオーン!!!」

 

 主人の声に呼応したウインディは全身から炎を発火し紅蓮を纏う。一陣の(ほむら)となったウインディは半ば感に任せて”フレアドライブ”で”ドラゴンクロー”を構えて迫り来ていたドラパルトを迎え撃った。

 ドンピシャで自身の行動に合わせられたダンデのドラパルトはその事に驚きつつも、冷静に舵を切ってウインディの”フレアドライブ”避けた。

 

『これは惜しい!反撃に転じたマックス選手のウインディですがドラパルトに当たりません!』

『タイミングはバッチリでしたが、流石チャンピオンのドラパルト。冷静に避けましたね』

 

 ”フレアドライブ”で空から迫るドラパルトに突っ込んだウインディはそのまま10メートル以上の距離を跳び上がった。

 だがその勢いは徐々に失速し、やがて空中で停止する。

 

 飛ぶ翼を持たぬウインディは身動きがろくに出来ない空中の檻に捕まってしまった。自由落下による地面への接着は僅か数秒。

 しかし神速の速度を持つドラパルトからすれば宙に浮くそのウインディを仕留めきるには十分過ぎる時間だった。

 

「オオン!」

『チャンピオン・ダンデのドラパルト。空に捉われたウインディの隙を逃さず、容赦なく突っ込んだー!』

 

 明確な隙を晒すウインディにドラパルトは”ゴーストダイブ”を使いその身に迫る。速度と技の錯乱。二重の隠蔽による一撃がウインディを襲う。

 勝負が決まる。会場にいるだれもがそう確信する中、ダンデだけがそれに違和感を覚える。

 

 何かがおかしい。確かな根拠のないただの感。だがダンデは自分のそれを信じて宙に捉われているマックスのウインディをもう一度見た。

 

 ぐっと体を丸め何かをため込むような姿勢を取るウインディ。その体にはいまだに小さく炎が灯りチリチリと毛先から熱気が揺らめいていた。

 ”ゴーストダイブ”のステルスによって姿が消えているドラパルトであったが、その熱気に触れた事により空間が不自然に揺れる。ウインディはその揺らめきを逃さずにしっかりとその瞳に捉えていた。

 

「ッ、避けろ!ドラパルト!!」

 

 ダンデが半ば反射でその指示を出した一瞬の後、ウインディの体から炎が爆発した。

 

 空中でもう一度、”フレアドライブ”を発動したウインディは纏った炎を全て後方に噴出。それによって生まれた爆発的な推進力で自身に迫るドラパルトへ突撃した。

 

「バオオォン!!」

「オォン!?」

「畜生。おしい!」

 

 ギリギリ。本当にギリギリでダンデの指示に従ったドラパルトは自分の真横を通り抜けたウインディの反撃を何とか避ける事が出来た。

 だが直撃こそ回避が出来たドラパルトであるが、ウインディの突撃によって生まれた衝撃波まではどうすることもできず強かにそれが体を打ち付けた。

 

 それにより崩れた体を何とか取り戻そうと姿勢制御を行うドラパルトにダンデの叫びが届く。

 

「油断するなドラパルト!もう次が来てるぞ!!」

「!?」

「このチャンスを逃すな!ウインディ!!」

 

 ドラパルトと交差したウインディはすぐさま炎を逆噴射。そのままバランス制御に気を取られ速度が僅かに落ちたドラパルトの背後から豪速で迫り強襲する。

 

『ど、どうなっているのでしょうか!?ウインディが、陸上ポケモンの筈のウインディが空を飛んでおります!』

『炎を大量に噴出することで無理矢理落ちないようにしている、のでしょうか?可能かどうかはともかく無茶苦茶な・・・』

 

 背後を取ったウインディが襲い掛かる僅かな瞬間にドラパルトは頭と首を無理矢理真上に向けて急上昇する。ウインディの攻撃が背中を掠めるも直撃を避けたドラパルトはそのまま一回転。逆に今度はウインディの背後()を取ったドラパルトは急降下と同時に”とっしん”をその背中に向けて繰り出す。降下と錨の形をした大きな頭を真下に向ける事によって加速したドラパルトの体はとてつもない物理エネルギーを纏った剛撃と化す。しかしウインディは自らの炎を一気に後方に噴射して真上から落ちて来たドラパルトの技を避け切った。

 

 上、横、下、前、後。360°の空の領域を自由に駆け回る事が出来る二者のポケモンは相手より有利なポジションに付くために熾烈なドッグファイトを繰り広げる。曲線の動きと速度を持って相手との距離を即座に詰めれるドラパルト。熱気の錯乱と炎の爆発によって直線からノータイムで直角の軌道を取れるウインディ。

 一線の炎と黒い残像が描く二つの軌跡は空中で複雑に絡み合い、見る者に幾何学的な構造を映し出す。

 

 どこまでも加速し続ける二体のポケモンの絡みはより密度を増して行き、空を覆いつくす。無限にも思えるその二者の戦いは、しかし確実にウインディが不利になり始めていた。

 

 炎の噴出によって空を飛ぶ。一見聞こえが良く思えるこれも、言い換えれば常に体が爆発しながら飛び続けているようなものだ。

 ドラパルトとの空中戦を繰り広げる今も尚、これによる反動ダメージがウインディの体を蝕み続けているのだ。

 

 マックスのウインディが並外れた体力の持ち主でなければとっくにガス欠となって墜落していたであろう。だからこの技はウインディの切り札であると同時に体に大きな負担が掛かる諸刃の剣なのだ。

 

 その証拠にウインディ自身。既に息が上がり始めている。推進力を得るために行う炎の爆発によるダメージと急加速で生まれる負荷(G)が大きな負担となっているのだ。

 正直に言えばもう体を投げ出したい。だがそれ程の疲労が溜まろうともウインディの動きは止まらない。止めるつもりもない。

 

 いつだってそうであった。長く険しくとも踏み出したその先の景色への渇望こそが常にウインディの心を動かし続けて来た。そしてその喜びを一番最初に与えてくれたのが主人のマックスだ。

 

 それはまだ、ウインディがまだガーディだったころの話である。

 

 マックスのウインディのその生まれはワイルドエリアにある育て屋だ。預り屋とも称されるこの場所には日夜色んなポケモントレーナーがその施設を利用しにやって来る。

 ポケモントレーナーを対象とする育て屋の活動は多岐に渡り、一時的にトレーナーから相棒のポケモンを預かったり、ポケモン同士が作ったタマゴやそこから生まれたポケモンの世話と里親の募集など様々である。

 

 中にはこの育て屋から自分の初めてのポケモンを得るトレーナーも珍しくない。

 

 しかし中には一度来た後、二度この育て屋に来ないトレーナーも存在した。彼等のその目的と行いはポケモンの側に立って見ればとても残酷で身勝手なものである。

 

 確かに育て屋では自分の預けているポケモンがその期間中に相性の良い相手と愛の結晶(タマゴ)を作ってしまう場合がある。その時は持ち主の事情を加味してトレーナーが受け取りを望まない限りは育て屋内で世話をするサービスがある。

 

 だがそんな時の運と巡り合わせと違い、自分の預けたポケモンを迎えに来ない彼等の狙いは初めから育て屋にポケモンを捨て来ているのだ。

 例えばの話。その置き去りする理由が経済的な理由や健康面の悪化などでどうしてもポケモンと一緒に暮らせない。知り合いに相談してもその世話を断られた。などであればまだ同情できる事かもしれない。

 

『預けてたの忘れてたわ。え、引き取りにそんなお金掛かるの!?じゃあもう要らないからそっちで処分しといてよ。はあ、無理?そっちの不親切でこうなったんだから融通利かせろよ!』

『そのポケモン育てるのに飽きちゃって。捨てるにしても野に返すより育て屋さんに置いて行った方が良いかなって。罪悪感も薄れるし。育て屋さんって託児所みたいなもんだからいいでしょ?あれだったら適当に里親でも探してあげちゃってよ。私は気にしないから』

『親のポケモンより強い子供が手に入ったしそっちはもう要らないや。それ、育て屋さんに寄付してやるよ』

 

 実際に育て屋であった無責任なトレーナーたちの一例である。彼らは自分たちの行いに何の疑問も持たずにむしろ良い事をしたと思っている節さえあるので質が悪い。

 

 当然の話ではあるが育て屋には個々のリソースに制限があり、トレーナーの引き取りを前提として営業している場所がほとんどである。なのでこのような事をされても実際の利益面ではマイナスにしかならないのだ。かと言って置いて行かれたポケモンを見捨てる訳にもいかず、大体の場所では育て屋が不満をその飲み込むしかない。

 

 育て屋の運営とは多くの人たちの善意で成り立っているのだ。

 

 こんな非道な行いをする人間は本当に少数とは言え、それでも確実に存在する。

 この様な輩に限って責任を追求すればさも自分が損をしたとでも言わんばかりに被害者面をするので始末に負えない。

 

 こう言う事態に遭遇する度に育て屋の従業員はしなくても良い苦労をすることになる。だが本当に救われぬのは主人から捨てられたポケモンたちであろう。

 

 自分がパートナーから愛されていなかった事を察して心を病むもの。いつか主人が迎えに来てくれる事を信じて健気に待ち続けるもの。

 

 そんな哀れなポケモンたちの姿を目にする度に育て屋のスタッフたちは無責任なトレーナーに憤りを感じつつもそれを表に出さずに胸へ秘め、残された彼等に出来うる限り寄り添って来た。

 

 このような状況を必要以上に増やさないためにも育て屋では預かる際に必要な手続きを増やしたり、ポケモンたちの新しい里親を募集したりなど対策を打ち改善を行って来た。

 しかし残念な事にこれらの被害をゼロにする事はいまだに出来ていない。

 

 ガーディはそんな育て屋を経営していれば少なからずある事例の親から産まれて来たポケモンの一体である。ある意味ガーディは育て屋の―実際育て屋は悪くないが―負の側面の象徴とも言えるだろう。

 だが産まれも育ちもこの預け屋の敷地で過ごしたガーディであるが、その親の仄暗い背景に反してすくすくと真っ直ぐ元気に成長した。

 

 親切な施設の従業員。歳の近い似た境遇の兄弟同然の仲間たち。そして確かな親の愛を受けて育ったガーディは自分の生まれも境遇にも不満を抱かずに毎日元気に過ごしていた。

 

 ガーディがそんないつもの生活に疑問を抱いたのはよく晴れた日の事であった。その日はたまたまポケモンを預けたり迎えに来るトレーナーが多く、育て屋の施設内が非常に混雑していた。

 普段見かけない者たちで一杯になったその風景は大なり小なり、施設内にいるポケモンたちの興味を刺激したのだ。

 

 ガーディもその例に漏れず、他の兄弟の中でも特に仲が良かったイーブイと遊んでいた折に、その活気のある人通りに目が行き物珍しさに彼等の事を目で追っていた。

 

 自分の預けていたパートナーを大切そうに抱えて扉から出て行くトレーナーたち。しばらく会えぬ寂しさをポケモンと抱擁することで誤魔化す者。

 やり取りは人それぞれであったが、用事を済ませた彼らのその後の行動は一緒だった。

 

 育て屋に唯一ある外へと繋がる出入り口を兼ねた大きな扉。そこからを利用して、皆が施設から出て行くのだ。

 その先は育て屋の敷地外。生まれてこの方、育て屋から出た事のないガーディが知り得ない世界である。

 

 普段なら気にも留めない光景の筈だったのだがどうにもガーディは、自分の知り得ない未知の世界に好奇心を刺激されて止まなかった。育て屋と言う周知の世界にしか目が行っていなかったガーディはその時に初めてその外へ意識を向けたのだ。

 

 イーブイとの遊びを抜け出したガーディは、イーブイが呼び止める声を聞き流して柵で仕切られた境界線まで移動した。そしてその場に座り込み改めて外の風景をその目に映したのだ。

 

 自分の眼前に広がる草原。駆け回る野生のポケモンやテントを張り他者と交流しているトレーナーたち。地面から盛り上る岩石は険しい山の様であった。そこから覗く外の空模様は、いつもと一緒の筈なのに何故か初めて見た気がしてガーディの胸を締め付ける。

 

 さらに驚く事にガーディの見るワイルドエリアのその景色はほんの一部で、雄大な大地は視界に収まり切らない程に広がっていたのだ。ワイルドエリアのその全容はとてもではないが育て屋の一面からでは見通す事は出来ない。

 

 その壮大な景色は柵の内側の世界しか知らなかったガーディに多大な衝撃を与えた。

 

『この先にいったい何があるのだろう?』

 

 育て屋と言う箱庭でガーディが初めて自分の中から湧いた疑問であり、満ち足りた生活から生まれた未知への興味(飢え)であった。

 

 それからのガーディの生活は変わる。仲間や親と一緒に居てもどこか上の空で、いつも気が付けば柵で出来た境界線の内から外を眺める日々。

 

 そんなガーディを見兼ねた育て屋の従業員や、心配してくれた仲間たちが何度もガーディを気に掛けてくれたが当の本人はそれに対して生返事しか返す事が出来なかった。

 そんな状態が続く内に、ガーディは面倒をみてくれた者たちに呆れられてしまい親友のイーブイを除けば誰も構わなくなってしまった。

 

 別段彼らが薄情な訳ではない。ガーディの今の状態は蕁麻疹のようなもので、飽きたら勝手に戻って来るだろうと軽く考えていたのだ。

 

 だがガーディの未知への憧れは冷める事は無かった。朝が過ぎ昼が落ち夜が明け。春が訪れ夏が照らし秋に染まり冬の(とばり)が広がる。

 ガーディは未だにその場所の未練から逃れる事が出来なかった。

 

 そしてガーディが外の世界に焦がれて一年が過ぎた時。とうとう粘り強く毎回見守っていたイーブイもガーディの所業に根を上げて去って行ってしまった。

 イーブイにとってこの前まで元気一杯に遊んでいた親友が憑り付かれたように、外を眺め続ける姿を何も出来ずに見守るのは想像以上に辛い事であったのだ。

 

 むしろ一年も良く持った方であろう。

 

 後ろ髪を引かれる思いで去って行くイーブイのその姿に気付かず、ガーディは来る日も来るも外の世界を見続けた。

 正直ガーディ自身も自分のこの欲求の事を正しく言い表せる方法はなかった。

 

 時々、そんなガーディの姿を見掛けたトレーナーが何くれと構おうとしたが、何の反応も返さないガーディに興味を失ったのか直ぐに何処かへ行ってしまう。

 いつしかそんなガーディの姿は育て屋でちょっとした名物の様になっていた。

 

 しかし永遠に続くかと思われたそんな日々も唐突に終わりを迎えた。いつもの様にガーディが外を眺めていると、その隣にどさっと音を立てて誰かが座ったのだ。

 その事にガーディは気がつけれども、特に興味を抱かず変わらぬ姿勢を保った。

 

 そして時間が進み日も暮れ始めそろそろ寝床に戻らねばならなくなった時、ガーディは隣を見て驚く。ガーディがいつもの様に外の世界に目を向けて何時間も経っていたのにも関わらず、いまだに自分の近くに座り続けていた者がいたからだ。

 

 外の世界に興味を持つ様になったガーディに近付いてきたものはいままで何人いた。だがそのどれもがガーディから関心を持たれる事はなかった。

 

 いずれもガーディが鬱陶しさを感じる程に声を掛けて来て、それが無駄だと悟と勝手に失望して居なくなる。中にはせっかく構ってやってるのにと頼んでも無いお節介を無下にされて腹を立てる者もいた。

 

 しかし今、ガーディの隣に座り込んだ少年の様に外の世界から目を離さず黙って一緒に居続けた者は初めてであった。

 むしろこの少年はまだ柵から見える外の世界をガーディ以上に見続けてさえいる。

 

 だからこそガーディは久方ぶりに外の世界の事以外のこの少年に興味を持った。

 

 『自分と同じ様に外を眺める彼は何を考えているのだろうか?』と。

 

 あるいは彼ならば自分の中の消化しきれないこの思いに明確な答えをくれるのではないかとさえガーディは期待をした。

 

 しかしガーディのその期待は直ぐに解決する事が出来なかった。物を知らない昔のガーディであれば気になったものに無邪気に飛び掛かって行ったであろうが、少し内面に変化が訪れていた今のガーディにはその少年の有り様を邪魔するのは悪いのでは無いかと考えたのだ。

 

 自分がそうであったように、望まぬ会話を善悪問わず一方的に仕掛けられるのはそれなりにストレスが溜まる行いだ。

 

 だがこのまま何もせず自分の寝床に帰る気もガーディには起きなかった。仕方なしにガーディは視線を前に戻しながらちらちらと隣に座る少年を盗み見る状態に落ち着く。

 

 このまま夜まで同じ様に過ごすかと思われた膠着状態も、件の少年が口を開いた事により終わりを迎えた。

 

『外の世界が気になるのか?』

 

 その言葉を聴覚で捉えたガーディは弾かれた様に少年に顔を向けた。

 少年もまたガーディに目を向けており両者の視線はその時初めて交差した。ガーディは無表情でありながらも黒曜石の様な少年の瞳を捉え不思議な魅力を感じた。

 

『俺もだ。この世界に来てからずっと見た事の無いもんばっかに圧倒されちまう。自分の知らない未知ってのはどうしてこうも気になるんだろうな?この先には何があるんだろう。どうやったらそこまで行けるんだろう。テッペンから見る世界ってのはどうなってるんだろう』

 

 とうとうと語り出した少年の言葉をガーディは静かに聞いていた。

 まるでその先に自分が今まで知りたかった答えがある様な気がして。

 

『そんな事ばっかで頭が一杯になると、ついつい欲が出来ちまう。そこが気になる。俺なら行けるんじゃないか。ならこの目で確かめてみたい。自分の両足でテッペンに行きてぇんだ。この思いを止めたくない。この胸に生まれた憧れを忘れたくない!』

『――』

 

 少年のその言葉を聞いたガーディは天啓を受けた気分であった。

 これまで消化しきれず自分が漠然と抱いていたその思い。言語化されたその答えが悩めるガーディの霧を払ったのだ。

 

 即ち、俺は外に行きてぇんだ!と言う自分本位の純粋な我欲(願い)。それこそがガーディが一年前から抱き続けていた思いなのである。

 だがようやく自分の思いを自覚出来たからと言ってガーディの状況が好転するわけでは無い。

 

 流石にものを余り知らない文字通り箱入りのガーディとて何の許可もなしに此処(育て屋)から出て、外の世界を好き勝手に歩き回る事が出来ないのは理解していた。

 

 正式にこの育て屋から出て行く方法は限られている。がしかし、ガーディはそのどれとも縁が遠かった。せっかく湧き上がったこの思いも立ち塞がる現実の前では無力なのだ。

 

 酷く落胆した表情を浮かべるガーディではあったが、少年は知ってか知らずかその姿のガーディを気にせずにさらに言葉を続けた。

 

『俺は今、頂点(チャンピオン)を目指しているんだ。前の生活(前世)じゃあ挑戦しようとも思わなかったこの願いも、現金な話。ここなら、もしかしたらが起きるんじゃないかって考える自分がいるんだ。甘い話だと言われればそれまでなんだけどさ、憧れは止められないんだ』

 

 ガーディはいつの間にか少年の話す言葉に夢中になっていた。そして無意識に彼のその話の先に期待を寄せる。

 

『未知の世界に行きたいガーディと頂点に上りたい俺。似たもの同士と言うか。・・・なんかさ、俺たち良いコンビになれると思わないか?だからよガーディ。俺と一緒にその場所を、外の世界を見に行こうぜ!』

 

 ガーディは思わずその少年の提案に目を見開いた。ゆっくりとこちらに差し出す彼の手とは裏腹に、ガーディの心臓の鼓動は煩い程に早鐘を打つ。

 今日、初めて出会った少年が自分と同じ夢を抱く理解者で一緒にそれを叶えようと他でもない自分を誘ってくれる。

 

 それがどれほどの偶然で、どれほどの幸運であるかは、ガーディは正確には分からない。しかし、ありていして言えばこの日。ガーディは運命に出会ったと確信した。

 

 であるならばその答えは決まっている。ガーディは迷いなく差し出されたその手に自分の前足を重ねた。

 

『バウ!』

『!、そうか。来てくれるのか。ありがとうなガーディ。俺の名前はマックス。これからよろしくな、相棒!』

 

 こうしてガーディは憧れて止まなかった外の世界へ足を踏み入れる。

 まあガーディとマックスのその旅路に何故か一番仲が良かったイーブイもひっついて来たのが不思議でならなかったが・・・

 

 ともかく、ガーディはマックスやイーブイと様々な経験を共にした。初めて見る景色。初めて口にする食べ物。初めて出会うトレーナーやポケモンたち。

 そのどれもがガーディの好奇心を満たし楽しい思い出となった。

 

 その合間合間にはさむポケモンバトルもガーディの旅路に程よい刺激を与えてくれた。正直に言えばこの時のガーディにとってバトルでの勝ち負けはそれほど一喜一憂するものではなく、言ってしまえばイベント感覚であった。

 マックスや友であったイーブイと共に外の世界で過ごす事こそが、ガーディにとっての充実感に繋がったからだ。

 

 ゲームはプレイするだけで楽しい。勝てればさらに嬉しいが負けたところでそれは仕方の無い事。皆と一緒に過ごす思い出こそが尊い。正しく、ガーディはエンジョイ勢であった。

 

 だがその生活にも影が差し始める。初めて挑んだガラル地方でのジムチャレンジ。その三番目の炎のジムリーダーにマックスたちは惨敗した。

 負けたその事実にガーディはそこまでの悔しさを感じる事は無かった。

 

 むしろしょうがないと軽く流しまた挑戦する時があるなら、その時に頑張ればいいやと考えていた。

 そのガーディの考えが吹き飛んだのは主人であるマックスが自分とは真逆の思いを抱いていたと知った時であった。敗北によって膝を付き慟哭するマックスの姿を見たガーディの心は大きく揺れ動くほどの衝撃を受けたのだ。

 

 認識の差とは、それが大きいほど当事者等の溝を深める。しかしそれはある種仕方の無い事であった。

 ガーディの未知の世界を知りたいと言う欲求は割とすぐに叶えられた。さらに隣には常にマックスや友であったイーブイがいたため、新しい生活にも孤独を感じずに満足した生活を送れたのだ。

 

 こんな状態が続けば、憧れへの飢えなどすぐに満たしてしまう。

 

 対してマックスは未だに憧れ()へと向かう最中であった。その序盤で完膚なきまでの敗北を味わえばそのショックも大きくなると言うもの。

 そのマックスの姿から受けたショックこそガーディにとっての初めての挫折。なぜ自分はあの時にもっと真剣に戦わなかったのか。マックスがバトルに身を置くトレーナーだと知っていたのにその勝敗に執着しなかったのか。

 

 ガーディの胸から生まれたその後悔は溢れて止まらなかった。ガーディは決してマックスのあんな涙に濡れた悲しい顔を見るために一緒になったのではないのだ。

 

 マックスのあんな姿は二度と見たくない。悲しませたくない。彼にはずっと笑っていてほしい。この思いがガーディのポケモンバトルへのスタンスを変化させた。

 後にほのおの石によってウインディへと進化を果たした事によってその考えはより強固なものへとなった。

 

 だからこそ自分はこのドラパルトとの勝負に負ける訳にはいかないのだ。真剣勝負のバトルに置いてしょうがない敗北など一つも無いのだから。

 

 その強き思いが力となってウインディの体をさらなる炎で染め上げた。

 

 火によって赤く発光していた体に蒼い炎が灯る。体全体を蒼炎で染め上げたウインディの火の勢いは止まらず、さらにその火力を上げ続けるウインディの身体の温度は際限なしに上昇していく。

 そして遂に臨界点まで達したウインディの炎は、全身の蒼炎を塗り替える白焔となる。

 

 白き焔を纏ったウインディのその炎は、ウインディの体を、暗い夜空を、バトルフィールドを白く白く染め上げて塗り潰す。超熱高温生物と化したウインディのその姿は白い太陽であった。

 

『とてつもない眩しさです!正直、白く染まったマックス選手のウインディのその姿は直視する事が出来ません!!』

『とんでもない熱と光源です。こんなウインディは今まで見た事もありません!』

「すごい・・・こんなことがあり得るのか」

 

 その昔、ウインディのその駆ける姿は誰もが目を奪われる程の美しく力強い走り姿だったと謳われていた。その伝説が今、ここで甦る

 バトル会場の誰もが、対戦相手のダンデやドラパルトでさえもすべての闇を照らす神々しき白き太陽に目を奪われる。夜空を染める何よりも輝くウインディ(極星)は日の落ちぬ白夜そのものである。

 

―ウオオォン!!!!!―

 

「これが、マックス選手のウインディの真の姿なのか?」

 

 その神々しい姿はダンデあっても思わず飲まれてしまうものであった。しかしそのダンデの姿を誰が責められようものか。それはマックスとウインディがダンデの予想を上回った瞬間であった。

 

 そしてウインディは同じように足を止めて唖然としてるドラパルトに目を向ける。今のウインディは有り余る熱と体から溢れ出る白焔(フレア)のお陰で空中に留まりホバリングすることを可能としていた。

 先ほどのドラパルトとのドッグファイトの時とは違い、落下を防ぐために常に爆発による推進力を得る必要がなくなったのでその安定感は段違いだ。

 

 狙いを定められたと悟ったドラパルトは慌てて我に返り急いで動き出そうとする。しかしそれより早くウインディの最後の猛攻が始まった。

 

「バオオォォン!!!」

 

 その場の空間を揺るがす一括の叫びを上げたウインディの体が爆発する。その勢いで自身が纏っていた白焔から漏れ出たフレアを周囲に撒き散らしたのだ。白き炎の裁きは全てを平等に燃やし、四方に散る事でドラパルトの退路を塞いでしまう。

 

 さらに空と地上の両方を焦がすフレアは閃光となってドラパルトの目を焦がす。

 

『ま、眩しい。眩しすぎます!我々からではもはや何も見えません!!』

「く、ドラパルト!来るぞ!!」

「ウインディ。このチャンスを逃すな!これで決めるんだ!!」

 

 天空を穿つ程に広がったウインディの白焔は、まるで巨大な翼の様に揺らめきその勢いを増す。そして至近距離でフラッシュバンを受けたも同然なドラパルトは退路を断たれたこともあり、完全に足が止まってしまう。そのドラパルトへ向けて、全身の焔を開放したウインディが突撃した。

 

 人の世界に落ちて来た白夜の流星が全てを飲み込んだ。

 




久しぶりに一万字越えてワロタ。多分、誤字脱字がいつにも増して多いと思います。すみません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。