ドラッグオンドラグーン 終焉の角笛 (Ruve)
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第一章 源流
第1節 転移


遠い昔…まだドラゴンが空を飛んでいた時代。

地上では『連合軍』と『帝国軍』の二大勢力が世に調和をもたらす女神をめぐって争いを続けていた。

『帝国軍』が女神を匿う城への奇襲を仕掛けているさなか、一人のキル姫が目を覚ましていた。


 頭が痛い。何が起きたのだろうか。

 地に伏せていたキル姫は、そっと体を起こす。頭ぼんやりしていて、直前まで何をしていたのかを思い出せない。

 そもそもここは何処だろうか。思考している内に頭はハッキリとしていき、同時に異変に気がつく。

 あちこちでぶつかり合う金属音。様々な叫び声。むせ返るような血の臭い。キル姫、ギャラルホルンはこの近くで戦いが起きていると理解する。

 しかし、何故なのかが理解できない。ラグナロク大陸は平和だった筈だ。隣人同士の喧嘩とかその程度ならまだ分かるが、明らかにここは戦場だ。

 何が起きているのか、ここは何処なのか。理解するためにも、近くに見える城へと走り出した。

 

「うわああ!この、化け物があ!」

 

 弾き飛ばされた青年がギャラルの側に落ちる。追ってきたもう一人が容赦なくトドメを刺す。

 返り血で赤く染まっている鎧を着た男は、剣を振ってくる。

 

「子供だろうと皆殺しだ!」

「何なのよ!?」

 

 ギャラルは余裕を持って躱し、しかし反撃していいものかと悩む。しかし思考は一瞬、止めなければ殺されるという確信を得る。

 凄惨な戦いを知っているからこそ分かる。この男の目は確実に相手を殺すという意思がある。

 神器ギャラルホルンを手に取り、魔力の弾を撃ち出す。

 突然手に取った巨大な笛と、そこから飛び出した魔弾には対処出来なかったのか直撃し、大きく吹き飛ぶ。

 しかしトドメは刺さないように威力は絞っていた。ギャラルはこの状況を理解していない。まだ、殺してしまってもいいのかという悩みはあった。出来るならみんなに幸せになって欲しいという願いを持ち、その為に行動したいギャラルにとって、躊躇いなく殺すことなどは出来なかった。

 

 なるべく襲われないように、人が少ない場所や見えづらい場所を選びながら城へと接近していく。その間も、戦場に響く怒号と悲鳴、金属のぶつかり合う音が響いていた。

 城門まで無事に近づけたが、流石にそこは隠れながら通れそうにない。不意打ちで近くの兵を気絶させ中に入っていく。

 中には広場があり、中央には赤いドラゴンが佇んでいた。

 

「貴様、ただの人間ではないな」

 

 ドラゴンはギャラルへと声をかける。ドラゴンが喋ったことに驚きつつも、ようやく話せる相手がいたことに安堵する。

 

「私はギャラルホルン。キラープリンセスよ」

「キラープリンセス……聞いたこともないな。帝国共の新兵器か」

 

 ドラゴンはギャラルのことを警戒している。臨戦態勢に入っている。

 ギャラルは帝国とやらを知らないが、ドラゴンが帝国とは敵対していること、そして自分は帝国の兵器なんかではないことは確実だ。

 

「待って、ギャラルは帝国の味方ではないわ。貴方とも敵対するつもりはない。ただ何が起こっているか教えてほしいの」

「見ての通り、戦争だ。それ以上を知りたければ、城内に行けばよい。中で男が一人で戦っている。手伝ってやれ」

「行けばいいのね」

 

 ギャラルは知る為に、城の中へと突入する。



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第2節 封印

この世界に転移したギャラルホルンは、何が起きているのかさえ知らない。
この世界の事を知るべく、赤いドラゴンに促されるまま城内へと突入していく。


 城内に突入して見たものは、死体の山だ。無惨にも斬り捨てられた死体があちらこちらに倒れている。

 ドラゴンの言い方だと、一人の男が戦っているように聞き取れたが、まさか一人でこれだけの相手を倒したのだろうか。

 ……いや、耳を澄ませばまだ剣戟は聞こえる。それも複数だ。流石に一人ということではないらしい。

 走るよりも飛んだほうが早いだろうと、ギャラルは飛行に切り替える。その分魔力を少し使ってしまうが、道を知らない城の中を彷徨い続けるよりかはよいだろうと考えたのだ。

 

「子供!?何故こんなところに」

「待て、飛んでいるぞ。普通ではない」

 

 兵士たちがギャラルを見つけ、声を上げる。ギャラルもそちらを見るが、どうやらこの兵士たちは先程の男と違い、明確な殺意は持っていない。こちらの正体が分からないから警戒しているだけだと理解する。

 

「ギャラルは帝国側じゃないわ。貴方達は?」

 

 兵士たちはお互い顔を見合わせ、少し警戒は残しつつも話してくれる。

 

「私達は連合軍だ。知らないのか?」

「そもそも何故こんな所にいる。ここは危ないぞ」

「ギャラルも分からないの。気がついたらこの近くにいたわ」

 

 連合軍。どうやら帝国軍と連合軍による争いらしい。

 彼らは、帝国軍と戦っており、今はこの城の上部にいる封印の女神を守るために戦っていることを話してくれた。

 更に、その上部にはカイムという男が駆けつけていることも話した。きっと、その男がドラゴンの話していた男なのだろうと考えた。

 

「ありがとう。私も行くわ。止めないと」

「何度も言うが、ここは危険なんだ。子供は……」

「ギャラルは平気よ。強いから」

 

 また飛び立とうとした直後、複数の足音がする。甲冑を纏っているからこそ、その音はよく聞こえる。

 彼らを説得するため強さを証明するのにもちょうどいいだろうと、そちらへと向かう。待ち構えるように剣を握る兵士たちを押しのけ、神器ギャラルホルンを手に取る。

 魔弾を生成し、次々と撃ち出す。今度は殺すつもりで。もしここでトドメを刺さなくとも、連合軍の者たちがトドメを刺すか、逆に殺されかねない。

 狭い通路だからこそ、帝国軍の兵士たちは避けることは出来ない。盾で防ごうとするものの、一撃で盾が吹き飛ばされ、その次の弾に直撃する。魔弾は炸裂し、周囲の兵士も巻き込んでいく。

 ……気配はなくなった。

 

「強い……魔法まで使えるのか」

「何なんだ、その角笛は。武器なのか?」

「そんな所よ。じゃあね」

 

 連合軍の兵へ別れを告げて、改めてカイムという男の元へと向かった。



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第3節 合流

城の最上階へと向かったギャラルホルンは、三人の人物と出会う。
契約者のカイム、その妹であり封印の女神であるフリアエ、そしてカイムの親友であるイウヴァルトであった。


 最上階へと辿り着いたギャラルは、着いたと同時に兵士達に囲まれていた。

 何とか説得しようと口を開こうとした時、兵士達をかき分け一人の青年が現れた。兵士達に待てと合図をする。

 

「カイム、この少女がどうしたんだ」

 

 遅れて現れたもう一人の青年が、先に来ていた青年に声をかける。

 青年、カイムはレッドドラゴンと契約した契約者だ。彼はレッドドラゴンから『声』で、風変わりな少女が向かっていることを伝えていたのだ。

 しかし、カイムは契約の代償として喋れなくなっていた。

 

「貴方がドラゴンの言っていた男、カイムね」

「ドラゴン……カイムが契約したというドラゴンか?」

 

 もう一人の青年、イウヴァルトがカイムに尋ねると、カイムは頷く。

 しかしカイムは嫌悪感を露わにしていた。冷たい視線がギャラルに刺さる。

 

「貴方は無事のようだけど、封印の女神って人は大丈夫なの?」

「はい、私は無事です」

 

 また一人の女性が姿を現した。

 しかし、ギャラルはその女性の声を聞いて驚いていた。まるで感情をなくしたかのような、か細く抑揚のない声だったのだ。

 

「待ってくれ。そもそも君は何者だ?何故ここに来たんだ?」

 

 イウヴァルトが疑問を口にする。この場にいる全員が大なり小なりギャラルのことを警戒しているのは間違いないのだ。

 ギャラルはこの戦場、いや、この世界で何が起きているのかを余り理解してない。しかしこの世界においてギャラルホルンというキル姫は異物であり、この場にいる者は全員そんなギャラルのことは知らないのだ。

 信用してもらうためにも、ギャラルはこれまでの経緯を全て素直に話した。少なくとも帝国軍の人間よりも、連合軍の方が信用できそうでもあったからだ。

 

「少なくとも私は戦えるし、貴方達と一緒に行かせてもらえないかしら。ギャラルも一人になったところで、どうすればいいのか分からないわ」

「俺はいいと思う。カイム、後はお前の意思次第だ」

 

 カイムは何も答えない。しかし、ギャラルへの敵意もなく、ただ隣を通り過ぎていった。

 ……認められた、ということでいいのだろうか?

 イウヴァルトはそう判断したのか、これからの予定をギャラルへと語った。

 帝国軍が封印の女神、フリアエを狙っているの相変わらずだ。この城が落ちるのも時間の問題であり、避難をさせることにしたようだ。

 向かう先は永世中立の里であるエルフの里のようだ。そこなら安全だろうと提案したのは、イウヴァルトだ。

 しかしギャラルは余り良い考えだとは思わなかった。帝国軍の様子を考えれば、中立の場であろうと容赦なく踏み込んでくる可能性があると考えたからだ。

 ただ、それはイウヴァルトや他の兵には伝えなかった。

 ……希望があることの大切さは、ギャラルはよく知っているからだ。

 

 しかし、これが絶望への旅の始まりであることは、まだ誰も知らない。



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第ニ章 交錯
第1節 声の知らせ


永世中立の里へと続く道、ギャラルホルンは連合軍の兵士達と野営をしていた。
ギャラルホルンはキル姫や自身のことを語り、兵士達もまたカイム達のことを語る。

そんな中、ドラゴンは不吉な"声"を聞く。


 野営地で、ギャラルはイウヴァルト達から話を聞こうとしていた。ここまで同行している間に、カイムは契約の代償として喋れなくなっていることは知っていたし、とてつもない強さなのもその目で見てきた。ただそれ以上のことを知らないのだ。

 しかし、聞こえてきたのは歌だ。この声はイウヴァルトだろうか。声のする方へ向かえば、歌っているイウヴァルトと、それを静かに聞いているカイムとフリアエがいた。

 その時の二人は穏やかな表情をしていた。カイムが戦場で見せるような激しい表情でもなく、フリアエが普段からしている感情が抜け落ちたような無表情でもなく、間違いなく穏やかな表情であった。きっとこの二人は、イウヴァルトの歌が好きなのだろう。

 ちょうど歌い終わりだったのか、ギャラルは余り聞けずに終わってしまう。しかし、その少しだけでもギャラルも良い歌だなと聴き惚れていたことに気がつく。本題を思い出し、声をかけようとする。

 

「ギャラルか、君も聞いていたのか?」

 

 近くにいた事に気がついていたのか、先にイウヴァルトが声をかけた。

 城からの行軍の間、兵やフリアエを守りながら戦ってきたお陰で出発前よりかは信頼されている。

 

「ごめんなさい、3人の時間の邪魔になってしまって」

「いや、大丈夫さ。エルフの里に着けばもっと落ち着ける時間が出来るんだ」

 

 イウヴァルトは気遣ってくれたが、フリアエはいつもの表情に戻ってしまっているし、カイムに至っては不機嫌そうだ。

 ……カイムに関しては、また戦いになればそんなものは消えてしまいそうだが。

 ギャラルは改めて、カイムのことを知りたいと彼らに話す。そして、自分のことも話すと告げた。

 

 カイム達に付いてきた連合軍の兵士の、生き残り。この野営地にいる分は集まってもらった。レッドドラゴンも近くで聞いているようだ。

 ギャラルは自分がキラープリンセス、通称キル姫であること、そしてそれがどういうものなのかを語った。

 

「キラーズ、神話になぞらえた強大な力を持つ武具の力、それを埋め込まれた兵器か。人間とは何処までも愚かなものだな」

「寿命も普通の人間とは違うわ。こう見えてとても長生きなのよ」

 

 更に自分のことを語る。大半のキル姫は、天上と地上が二分されていた時代に、地上の人間が悪魔の支配を脱却するためになったものだが、自分は例外であること。

 ギャラルは神魔大戦、神を語る天使と悪魔との戦いの中作られた、他のキル姫とは違う少し特別な存在でもあると話す。

 

「神と天使、それに悪魔か。余り良い響きではないな」

 

 そう呟くはレッドドラゴンだ。

 

「しかし、そんな戦いがあったことも知らないし、キル姫とやらも初めて見たぞ」

「ああ、聞いたことがない」

 

 やはり、その場にいる誰もがキル姫を知らない。神魔大戦は遥か昔に起きた出来事だし、そもそもラグナロク大陸が出来てからはその出来事は起きていない。だから知らないことはおかしくはないのだが、ラグナロク大陸においてキル姫は隣人だ。

 戦うための兵器としての役割を終え、各々が普通の女の子として、時にはちょっと強い女の子として人間に混じって暮らしている。それなのに一人も知らないのは考えられない。

 だからこそ、ギャラルは一つ確信を持っていた。ここは異世界なのだと。

 

「突拍子もない話ばかりだし、全てを信じてもらわなくてもいいわ。ただ、貴方達がギャラルのことを知らないように、ギャラルも何も知らないの」

「我は信じても良いぞ。おまえから感じる力は、我の知っている何れもとも違う」

 

 レッドドラゴンがギャラルのことを信じた理由はそれだけではなかった。ギャラルが自身のことを語っているとき、寂しいような、悲しいような表情をしていた。外観相応の年端もいかぬ少女のようで、御大層に兵器だと言ったところで普通の人間と何ら違いはないのだろうと、愚かで凡庸なただの人間なのだと感じたからこそだった。

 また、カイムも契約しているレッドドラゴンとは意思疎通ができるため、レッドドラゴンがレッドドラゴンなりに信用したことは理解した。

 

 兵士達やイウヴァルトの反応は同じではなかったが、少なくとも今更敵なのではないかと疑う者もいなかった。

 更に兵士達は教えてくれる。カイムはとある国の王子であったこと、そしてその国は帝国によって滅ぼされ、両親も殺されてしまったこと。だから、今カイムは自ら剣を取り戦場に立っていること。

 これは兵士達が言った訳では無いが、ギャラルはカイムが戦場にいる時に楽しそうにしている理由を理解した。これは、カイムにとっては復讐のための戦いだからだ。

 更に、ここに集まっている兵は大なり小なりカイムのことを慕って付いてきていることも分かる。みなカイムのことをカイム様と呼ぶことからも、その国の兵士だった者の集まりだろうと理解する。

 それから、ギャラルは一つ疑問をぶつけた。フリアエの様子だ。封印の女神ということは聞いているが、何故フリアエはそんな様子なのかを知らない。

 

「フリアエには封印の負荷がかかっているんだ。もう限界なんだ」

「平気です」

「平気な訳あることか!」

 

 封印の負荷。具体的にはわからないが、それほど苦しいものなのだろうか。

 ……それほど大事なものなのだろうか、その封印というものは。

 

 しかし、彼らの語らいは終わりを告げることになる。レッドドラゴンの報せによって。

 

「エルフの里が襲われた。……恐らく、全滅だな」



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第2節 エルフの里へ

契約者同士は"声"を聞ける。ドラゴンがこれを感じ取っていた。
しかしイウヴァルトはその報せを信じることが出来なかった。
現実を知る為に、カイム達はエルフの里へ出立する。

より早く行くためにカイムはドラゴンと共に空から行く。
ギャラルホルンも残りの者達と歩みを進めるが、エルフの里の方向から帝国兵達が現れるのだった。


 カイムとレッドドラゴンは空へ飛び立つ。ギャラル達もまた歩みを進める。

 

「ギャラル、君は信じないよな?永世中立であるエルフの里が襲撃されているなんて」

「……そうね、信じたくはないわ」

 

 少し濁すような回答をする。確かに信じたくはないことではあるが、襲撃されていても何もおかしくはないと考えているからだ。

 

「君には話していなかったな。フリアエは俺の元許嫁なんだ」

 

 更にイウヴァルトは語る。彼は元々フリアエの許嫁であり、同時に彼はフリアエを愛していた。いや、今でも気持ちは変わっていない。

 しかし封印の女神として選ばれてしまった為に、破談。しかもあの城の中で幽閉されることになっていたのだ。

 

「女神がいなくなれば世界が滅ぶと言われているが、フリアエが女神として幽閉される時点で世界の終わりのようなものなんだ」

 

 イウヴァルトはギャラルに語り続ける。不安なのだろう。言葉では信じないと言っていても、里が壊滅している可能性を考えてしまうのだ。

 しかし、その可能性は更に現実味を帯びることとなる。前方、つまり向かっている方向、エルフの里の方向から帝国兵達が現れる。

 

「どうして帝国兵が……」

 

 イウヴァルトの表情が絶望に染まっていく。

 その様子を横目に、イウヴァルトやフリアエに兵を近づけさせない為に、ギャラルは飛び出す。

 

 上空にも帝国兵達は待ち構えていた。レッドドラゴンが飛び立った先の光景。帝国兵達の兵器やガーゴイルといった魔物達の群れ。

 

「とにかく、このうるさい小蝿どもを一掃するぞ」

 

 エルフの里へ向かうためにも、レッドドラゴンは目の前の邪魔な存在を焼き払う。

 次々と飛んでくる砲や魔法、軽く避けては炎の玉を吐き反撃。ガーゴイルやそれの放つ蝙蝠型の魔物を複数の追撃弾で軽く散らし、威力が拡散し落としきれない兵器共は一つ一つ、威力を溜めた炎で落としていく。

 誇り高きドラゴンと、復讐者と化したカイムの前には帝国兵共は塵芥に過ぎなかった。

 

 地上でもギャラルは兵を次々と魔力弾で散らしていた。しかしギャラルの前に、大柄で重装な帝国兵達が立ち塞がる。

 

「封印……破壊……キル姫、邪魔ヲスルナ!」

「知っているの?キル姫を!?」

 

 正気とは思えない目をしつつ、何故かカタコトな言葉から発された単語に驚き硬直する。その一瞬の隙を逃す帝国兵ではなかった。赤い双眸がギャラルの頭を捉え、槍を突き刺そうとする。

 しかし、その槍が刺さることはなかった。横から振られた剣により、逸らされたのだ。

 

「一人で戦うな。我々もいる!」

 

 連合軍の兵士達だった。その中でも戦い慣れてる者達だ。ギャラル一人に戦わせるのも忍びないのだろう。

 背後からの奇襲もないため、護衛は最小限にし加勢することを選んだ。

 

「カイム様も戦っている。私の剣は、子供に戦いを任せるためのものではない!」

 

 士気も高く、ギャラルも援護しながらの戦い。重装兵はエリートなのか、数は多くなかった。

 二人以上で囲み抑えつつ、ギャラルがより高く魔力を込めた弾を撃ち出し、時にはギャラルは槍を避けている間に兵士達が鎧の隙間へと剣を捩じ込む。

 高い連携により、帝国の兵達は倒れていく。

 ……しかし、エルフの里へ向かい続けているが、兵はいなくならない。

 

「この辺りにエルフの集落がある筈なのに。こんな所にまで帝国兵が……」

 

 イウヴァルトの絶望は確信へと変わる。

 

「よし!このまま集落へと下降するぞ!」

 

 上空の帝国兵ども駆逐し終えたレッドドラゴンは、集落へと続く道へと降りてきたのだった。



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第3節 絶望の光景

先に見えるのは巨大な橋。その先にはエルフの集落が存在している。
しかし帝国兵も橋を超えようとしていた。帝国のダニ共を蹴散らして進め!


 カイムとレッドドラゴンが地上付近まで降下する。しかしそれを待ち構えているように、弓兵が列を成していた。

 

「その程度で我を落とせると思うか!」

 

 強気な言葉とは裏腹に、自由に行動できずうっとおしそうにしているレッドドラゴンを察し、カイムは先に地上へと飛び降りる。

 弓兵は慌てて眼の前に現れた脅威へと対処を変えるが、カイムは凄まじい速さで肉薄し斬り捨てていく。更に何人かいた弓兵の内、最後の一人へと剣を深く突き刺す。更にもう一突き。確実に殺す。

 しかしその隙を狙うように軽装の兵がカイムの背後へ迫ろうとする。その兵がカイムの元へ辿り着くことはなかったが。

 

「全て焼き尽くしてくれようぞ!」

 

 レッドドラゴンの放った火の弾が次々と地上へと降り注ぐ。弓兵がいなくなり自由に動けるようになったレッドドラゴンの、容赦のない攻撃が帝国兵を塵へと変えていく。

 しかし二人の重装の兵士が守りを固め、レッドドラゴンの炎をギリギリで耐えながらカイムへと近づいていく。

 そこで逆にカイムから重装兵へと迫った。片方の重装兵は守りに徹し、もう片方が槍をカイムへと突き刺そうとする。それを軽く受け流しながら近づき蹴り飛ばす。レッドドラゴンの攻撃を受け止め動けなくなっている重装兵へと、兜と鎧の隙間から剣をねじ込み殺す。そこから剣を抜き取り、振り向きながらもう一度迫ってきた槍を弾き飛ばし、返す刀で鎧を叩き斬る。

 地に伏した重装兵の頭を蹴り飛ばす。そして、踏みつけ、踏みつけ、何度も何度も踏みつけ、満足したのかひび割れた鎧に剣を突き刺した。

 

 少し遠目から、ギャラルやイウヴァルト、それ以外の連合兵達もカイム達の暴れっぷりを見ていた。

 鬼神の如き戦いぶりに恐怖する者、カイムの頼もしさに感銘する者、自分も負けてはいられないと感じる者、様々だった。

 

「カイムはあんなにも強いのに、僕は……」

 

 イウヴァルトは弱々しい声で呟く。

 ギャラルもカイム達の戦いに、若干の恐怖心を感じていた。あれはただの復讐なのだろうか。それにしたって、余りにも激しすぎる戦い方だからだ。

 

「俺はカイムが契約者になる前から勝てなかった。今の俺なら同じ所に立つことさえもできないんだろうな」

「強さだけが全てじゃないわ。貴方の歌は、二人を」

「歌なんかどうでもいい!もっと、もっと力があれば俺がフリアエを守れるんだ」

 

 イウヴァルトは激情を見せる。

 ギャラルはイウヴァルトやカイムについて詳しい訳では無い。だからこそ、これ以上余計なフォローも出来ないと考え、そっと離れる。一人で考える時間もあった方がいいだろう。

 

「あの橋を見ろ。その先にエルフの集落はある」

 

 ギャラル達が合流したのを確認し、ドラゴンは告げる。

 しかし、その橋を見れば残った帝国兵がそちらに向かっているのが見える。

 

「嘘だ、嘘だ!俺はエルフの里を見るまで信じないぞ」

 

 それでもまだ現実を見ようとしないイウヴァルトは、走る。誰よりも早くエルフの里を見るために。

 しかし、ギャラルはそれを追い越し、更に飛んで橋を渡る帝国兵を超え立ち塞がる。容赦なく魔力弾を連続で当てると、対応しきれなかった兵は橋から落ちていく。

 慌てて逃げようと振り返れば、そこにはカイムの姿が。まともに構える時間もなく斬り落とされる。

 

 帝国兵を一掃したギャラル達はエルフの里へと辿り着く。しかし、広がっていたのは帝国に無残にも襲われ、壊滅した場所だった。



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第4節 もう一人のキル姫

壊滅した集落を見て、行く場所を無くし絶望するイウヴァルト。
そこへ神官長からカイムへ"声"が届き、フリアエ達は彼の元へ向かうことに。

更に集落の探索を続けるギャラルホルン達は、新たなキル姫と出会う。


「地獄だ……地獄だよ……」

 

 壊滅している集落を目撃したイウヴァルトは、その場に崩れ落ちる。安寧の地などないのだ。

 森に囲まれた集落はドラゴンの身体には狭いため、上空から見下ろしていた。だからこそ違和感を感じる。一方的に襲われ壊滅したのなら、帝国兵の死体があるのはおかしいのだ。

 そもそも橋を渡り森に入ってからはまともに帝国兵とは交戦していない。まだ生き残りがいるのではないかと考える。

 その思考をしていると、ドラゴンとカイムに"声"が届いた。

 

「神官長ヴェルドレから"声"が届いたぞ」

「神官長?」

 

 ギャラルは聞いたことのない単語に首を傾げる。

 

「ああ、知らないんだな。封印を管理する神官の中でも、最上位の者だ。普段はフリアエはその人としか会えないらしい」

 

 イウヴァルトが説明してくれる。ゆっくりと立ち上がりながら空を見上げ、今度はイウヴァルトが疑問を口にする。

 

「しかし、"声"?神官長も契約者なのか?」

 

 そう、"声"を届けられるということは神官長も契約者ということになる。契約者同士でしか出来ないのだから。

 

「ああ。相手のドラゴンは既に石化しておるがな」

「彼は今どこに」

 

 そう質問するのはフリアエだ。この場にいる者で、ヴェルドレと面識があるのは彼女だけだ。

 

「神殿巡礼中で砂漠にいる。異常事態を危惧し、女神の保護を申し出てきた。早急に向かうが良い」

「……すまない、フリアエ。俺ごときではフリアエを守れないな」

 

 中立の場所なら大丈夫だろうと連れてきた挙げ句こと有様な自分と、保護を申し出る神官長を比べてしまい、更に落ち込むイウヴァルト。

 

「あなたの歌に、私は癒やされます」

「君もそういうんだな。けれど、歌なんかじゃ君を守れない。力が欲しい……!」

 

 そう呟くイウヴァルト。カイムとレッドドラゴン、そしてギャラルの戦いぶりを見ていたイウヴァルトは、より力を欲していたのだ。愛するフリアエを、"自分で"守るために。他の誰でもない、元許嫁である自分で。

 ドラゴンの言葉の通り、神官長の元、砂漠へ向かうために一行はまた歩み始める。

 しかし、カイムが動き出さないのに気がついたギャラルは止まり、声をかける。

 

「行かないの?」

「いや、我らはもう少しここを調べる。フリアエのことはお前に任せるようだ」

 

 その言葉が、イウヴァルトとフリアエと一緒にいさせてあげようという気遣いだと理解したギャラルは、ならば自分もここに残った方がいいだろうと考える。

 

「ならギャラルもここに残るわ。カイムのことは任せて頂戴」

「……我々は女神の護衛をします。カイム様のこと、お任せします」

 

 連合兵、イウヴァルトとフリアエは神官長に会うため砂漠へと出発した。

 残ったのはカイムとギャラルだ。レッドドラゴンがギャラルへと声をかける。

 

「少し奥へ進んでみよ。奇妙な格好をした女がいる。知り合いではないか?」

 

 レッドドラゴンは話しながらも、空から集落を観察し続けていた。

 倒れている死体の中に、奇妙な格好……妙に露出の多い格好をしている者がいる。その目の前にはまた不思議な形をした剣のような物がある。

 戦場に似つかわないドレスに角笛というこれまた妙な武器を使っているギャラルホルンと、同じキル姫ではないかと考えたのだ。

 キル姫がここで戦っていたのなら、帝国兵の死体があることも頷ける。

 ギャラルとカイムが言われた通り調べてみると、確かにメイド服を簡略化したような格好をした少女が倒れている。血まみれになっているが、よく見れば目立った外傷は殆どない。脈もあるので、気絶しているだけだと分かる。

 すると、近くのボロボロになっている家屋から一人の女性が顔を出す。カイム達に気がつくとヒッと悲鳴を上げ、家屋にまた隠れてしまう。

 

「待って!ギャラル達は帝国の者ではないわ」

 

 おずおずと顔を出し、襲ってくる気配がないことを理解すると改めて姿を表した。

 

「エルフか。生き残りがいたか」

「はい、その子が助けてくれました」

 

 その子、というのは倒れている少女のことだ。エルフの女性は介抱するために姿を表したのだ。戦いの音がしなくなったから、帝国兵もいなくなったと踏んだのだろう。

 

「そやつはキル姫だろう。ギャラルホルン、おまえが話を聞いておけ。我らはその間に探索しているぞ」

 

 エルフは井戸水を汲みに行き、ギャラルは布を探す。

 それから、濡らした布で血を拭いていると、少女は目を覚ます。

 視線はエルフの女性を見たあと、ギャラルへと映る。そして身体を起こす。

 

「集落は!?」

 

 そして、目にするのは壊滅した集落。その表情は、落胆、そして自己嫌悪へと変わる。

 

「貴方のお陰で私は助かりました」

「いえ、わたくしがもっと強ければ皆様のことをお守りに……」

 

 それから少女は改めてギャラルへと視線を合わせた。

 

「ギャラルホルンよ。ギャラルでいいわ」

「七支刀です。あなたはどうしてここに」

 

 お互いにキル姫だとは言わない。キル姫特有のキラーズの共鳴により、キル姫であることは察しているからだ

 

 ギャラルはこれまでの経緯を全て話した。帝国軍と連合軍のことや、中立の地であるエルフの里に封印の女神を避難させる為に来たこと、今はカイムとレッドドラゴンとギャラルだけがこの場に残り探索していること。

 それを聞いた七支刀は考える。七支刀の願いは、みんなが平和で幸せな世界にすること。けれど、その平和を一方的に破壊し虐殺をしている帝国軍とは戦わないといけないということ。

 

「あの、ギャラルホルン様。わたくしも連れて行っていただけないでしょうか」

「そんなに畏まらなくてもいいわよ?ギャラルで……」

「ギャラルホルン様!」

 

 ぐいっとギャラルへと近づき、強く主張する。

 

「その、カイムに聞いてみるわ。ギャラルは構わないけど」

 

 若干目を逸らしつつ答える。七支刀、間違いなく戦力にはなるだろうが、カイムはいいと言うだろうか。

 

「帝国軍を追うのなら、この近くの渓谷に、”天使の教会”の宮殿があります。そこにみんな連れられていきました」

 

 エルフの女性が二人にそう教える。そこが次の目的地になるだろう。

 エルフの女性とは別れ、避難を勧める。そして、カイムと合流するのだった。



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第5節 天使

神官長ヴェルドレは封印を預かると同時に連合軍の最高司令官
でもあった。
海の神殿、砂漠の神殿、森の神殿、そして女神フリアエ
この4つの封印を帝国の魔の手から守る事がヴェルドレ
の使命であり、その為彼は砂漠にいた。

彼にフリアエを託したカイムはエルフの集落を探索していた。
その中で、帝国兵の死体の側に血文字が書かれているのを発見する。


「……天使を語ってはならない。天使を描いてはならない。天使を書いてはならない。天使を彫ってはならない。天使を歌ってはならない。天使の名を呼んではならない。……なんだ、これは!?」

 

 ドラゴンが血文字を読み上げる。奇妙な詩が書かれていたのだ。

 ドラゴンの声を聞いたギャラルと七支刀は、カイムの元へやってきた。

 

「先程のキル姫か。連れて行く気か?」

「あなた様がカイム様ですね。わたくしは七支刀です、よろしくお願いします」

 

 そう丁寧に挨拶する七支刀に、カイムは剣先を向ける。

 

「戦えるのか?」

 

 言葉を話せないカイムの代わりに、レッドドラゴンが語りかける。カイムは足手まといを連れて行く気はないのだ。

 

「大丈夫です!世界を平和にするための戦いなら出来ます!」

「この男がそんな純粋な願いで戦っていると思ったか?」

「理由は何であれ帝国は倒さないといけないわ。目的が一致するなら大丈夫よね?」

 

 ギャラルの問いかけに、カイムは剣を仕舞う。世界の平和など知ったことではないが、帝国に復讐しフリアエを助ける為ならば共に戦う分には構わない、そういうことだろうとギャラルは解釈する。

 

「しかし、天使か。お前たちは何か知らないのか?」

 

 レッドドラゴンは、ギャラルが天使を知っていたことを思い出す。何か関係がないのかと睨んだのだ。

 

「そんな詩、聞いたことないわ。それよりも、さっきエルフの人が言っていた"天使の教会"の方が怪しいと思うわよ」

「そ、そうです!エルフの皆様がその"天使の教会"の宮殿に攫われたようなのです。助けに行きましょう!」

 

 ギャラルはここまで一緒にいて、カイムが見知らぬ誰かを助けるために動くとは思えなかった。

 ……しかし、別の理由ならば。

 

「つまり、そこに帝国軍はいるのだな」

 

 レッドドラゴンの確認。やはり、そういうことなのだろう。

 

「帝国と"天使の教会"か。どちらにせよ行く価値はある。飛べるか、七支刀」

 

 レッドドラゴンは、ギャラルが飛べることは知っているので七支刀に問いかける。

 

「いえ、わたくしは飛ぶことは出来ません」

「そうか、ならばここで待っていると」

 

 レッドドラゴンの言葉は中断する。

 

「何?乗せてやれだと?」

 

 レッドドラゴンはキル姫もただの人間でしかないと考えている。だからこそ、契約者でもないキル姫を乗せることを躊躇う。しかし、戦力も多い方が良いというのもまた理解はしている。

 少しの沈黙、カイムと"声"で話していたのだろう。

 

「分かった。七支刀、おまえはカイムと共に我に乗れ。ギャラルホルンは自力で飛べ。我の翼に付いてこられるか?」

「ちょっと、自信がないわね……」

 

 カイム達のこれからの方針は決まった。近くの渓谷にあるという宮殿へと向こうことになった。

 森から出てレッドドラゴンと合流、カイムが乗り、その後ろに七支刀が乗る。

 まずは宮殿を探すために上空へと舞った。ギャラルも遅れ、ドラゴンを追うように飛び立った。



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第6節 隠された宮殿

エルフから聞き出した「天使の教会」の宮殿の情報。
ギャラル達は、「天使の教会」と「帝国軍」に何か繋がりがあるのではと考えていた。

その疑問に答えるべく、ギャラル達はエルフ救助のために
空から宮殿を目指す。


 上空にも、やはり帝国軍は待ち構えていた。

 

「エルフ達は封印を司る神殿の番人。彼らが無事ならよいのだが……」

 

 ドラゴンは呟くが、その言葉の意味を尋ねている場合ではない。特にギャラルは付いていくだけでも精一杯だったのだ。なのに帝国軍との戦闘とまであれば消費は激しい。

 

「ギャラルは先に宮殿の近くまで行ってみるわ」

 

 ドラゴン達に伝えると、ギャラルホルンの音を響き渡らせる。

 音を聞いたドラゴン達から燃え上がるような闘志と、力がわき出てくる。

 

「この様な力も持っていたか……!行くぞ、カイム!全て蹴散らして見せようぞ」

 

 レッドドラゴンは高く飛翔し、追いかけてくる蝙蝠型を纏める。直後、一転し炎を吐き群れをまとめて焼き尽くす。

 遅れて追尾する魔力弾で砲撃を開始する小型の兵器群。レッドドラゴンを無理に追わず数の暴力で撃ち落とそうとする。しかしそれらを避け、避けきれない弾はカイムが剣で振り払い、レッドドラゴンは炎の弾を撃ち返し撃ち落とす。

 

「こんな山奥に帝国軍の拠点が作られているとはな」

 

 次々と湧いてくる帝国軍共を見たレッドドラゴンが呟く。

 

「しかし、数だけで我等を圧倒しようなど矮小な考えだ」

 

 小型の兵器が壊滅していく様を見ている帝国軍は、更に中型の兵器を次々と送り込む。

 小型兵器とは違い、より一撃の威力を高めた弾をレッドドラゴンに当てようとする。しかし小型兵器の弾でさえその殆どを躱していたレッドドラゴンに当たるはずもない。

 こちらもより威力を高めた炎の弾で、軽く兵器を撃ち落としていく。

 七支刀はその戦いぶりに驚愕する。これがドラゴンの強さなのだ。

 

 宮殿近辺に降りようとするギャラルだが、結界が張られており、宮殿へ続く道に入ることすら出来ない。空で戦っているカイム達の代わりに、結界を張っている存在を探すために行動を開始する。

 一人で降りてきたギャラルを見逃すまいと帝国兵達は姿を表す。それを確認したギャラルはギャラルホルンを鳴らす。カイム達を鼓舞した音とはまた違う音色が響く。

 ギャラルの背中側に、白くて大きな両開きの扉が現れる。ギャラル二人か三人くらいの大きさだ。そこから黒い巨大な腕が、扉を開けてくる。

 

「薙ぎ払っちゃって」

 

 そこから始まったのは蹂躙だ。今までは仲間の援護もあったし、様子見もしたかったので全力は出していなかったが、神器の力を解放したギャラルは今までとは違った。

 黒い腕が軽装の兵士を薙ぎ払い、挽肉へと変えていく。扉の背後なら狙われないだろうと回り込もうとする者はギャラルが直接魔力弾で狙う。

 腕の攻撃になんとか耐えた重装の兵士がいたが、鷲掴みにされ、扉の中へと連れ込まれた。

 直後、結界が消滅していた。今の部隊が管理していたのか、或いは空にいたのか……

 ドラゴンに追いていかれないように、ギャラルは進む。

 

「よし!宮殿への道は開かれたぞ」

 

 空の部隊を一人残らず殲滅したレッドドラゴンは、宮殿を見据える。

 

「宮殿を建てるとは、帝国軍も所詮は偶像を崇める愚かな人間か」

 

 レッドドラゴンも同じく、宮殿へ行くために翼をはためかせた。



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第7節 隠された計画

宮殿への道は開かれた。

宮殿付近に帝国軍が集結している。
中立地帯を侵すものどもを斬り刻め!


 宮殿がある森の奥へ向かう為の道、レッドドラゴンからカイムと七支刀は飛び降りる。

 

「ここからはわたくしも戦います。一緒に……」

 

 七支刀の言葉を無視し、カイムは眼前に迫る敵兵の元へと走り出す。慌てて七支刀も追うように走り出した。

 剣を持った軽装の兵士は、ドラゴンを迎え撃つ為に大量に配置された弓兵を守るように展開し、カイムと七支刀を待つ。

 道は余り広くないため、大量の矢を躱しきることが出来ないと判断したため、カイム達が降りて直接排除することにしたのだ。

 剣を構えているだけで、接近はしてこない。突撃すれば各個撃破されると理解しているのか、陣形を組んだままだ。それを確認したカイムは剣戟をする距離に飛び込む前に、大量の炎を左手から発射する。

 

「カイム様は魔法も使えるのですね」

「契約者であるからな。我の炎を分け与えたようなモノだ」

 

 炎は兵士達を追い、触れると同時に焼き尽くす。剣を抜き全力で走ってくれば剣で戦うのだろうと思っていた兵士達は避けることも出来ず次々と死体へと変わる。

 守りがいなくなった弓兵は、ドラゴンを警戒するために何人かはそのまま狙い続け、それ以外はカイムへとボウガンを向ける。

 七支刀が背後から飛び出し、神器七支刀の力を一部解放する。七支刀の背丈より大きくなった七支刀を勢いよく降る。刃が直接触れることはなかったが、生み出された風のエネルギーが矢を落とす。

 その瞬間を見極めたカイムは弓兵達の懐に潜り込み一突きで一人殺し、それを盾にして残りの弓兵を次々と殺し続ける。

 弓兵を排除したカイムは改めて、レッドドラゴンに飛び乗る。

 更に前方に進むと、また剣を持った兵士の部隊。

 

「投石機が見えるな。何を狙っている?」

 

 兵士達の奥に、巨大な投石機とそれを運用する部隊が見える。

 しかし、まずは目の前の部隊だ。赤い鎧を来た兵の混ざった部隊だが、幸いこちらを狙う手段はないようで、少し遅れてきた七支刀を狙おうとする。

 レッドドラゴンは大魔法を発動し、一掃しようとする。炎を撒き散らしながら、空からも火の玉が大量に降り注ぐ。ドラゴンの炎は容赦なく部隊を崩壊させる……筈だった。

 赤い鎧を来た兵士達だけは、ドラゴンの大魔法をしのぎ切ったのだ。

 

「あの鎧、対魔術用に強化されているな」

 

 鎧のお陰で攻撃に耐えきった部隊だが、炎によって視界が塞がれるのはどうしよもなかった。

 視界が開いた瞬間に映ったのは、神器七支刀を振りかぶろうとする七支刀の姿。赤い鎧の兵は、まとめて両断された。

 

 投石機部隊を壊滅させるために進もうとするカイム達の耳に、角笛の音が聞こえる。

 直後、レッドドラゴンの隣を巨大なエネルギー弾が通り過ぎ、投石機に直撃。それはとてつもない威力の爆風を生み出し、投石機の周りにいた部隊ごと消滅させた。

 

「今の音色、ギャラルホルンか」

 

 攻撃を届かせるだけの距離まで来ていたギャラルを、カイム達は待った。

 余り時間はかかることもなく、ギャラルが到達する。

 

「先程の技は凄かったです!ギャラルホルン様」

「ええ、これがギャラルホルンの力よ。にひひ」

 

 褒められたギャラルは、子供のような無邪気な顔で素直に笑う。しかしすぐに切り替える。

 改めて宮殿へ向かうカイム達。しかし、進めど進めど帝国兵は現れる。赤い鎧の兵をカイムが切り刻み、弓兵はギャラルが同じく遠距離から魔弾で、七支刀は二人のサポートしつつ、厄介な敵がいなくなればレッドドラゴンの炎により蹴散らす。高い連携により次々と屠っていく。

 そして、"天使の教会"の宮殿がついに姿を見せた。

 

「……この廃墟が”宮殿”だとすれば、奴らは何をもってして

”帝国”と呼ぶつもりだ?」

 

 その宮殿を見たレッドドラゴンは呟く。宮殿と言うには余りにもボロボロになったソレの周りに、ここまでの道で一番の数の帝国兵が集まっていた。

 

「これが”宮殿”なら、あばら屋は”城”と呼べるな」

 

 レッドドラゴンの皮肉を合図にするように、双方動き出した。宮殿の立つ空間の外周を囲むように並んだ弓兵が、レッドドラゴンやカイム達を迎撃するように次々と矢を放つ。

 近接武器を持たず、魔法をメインとした戦い方のギャラルを倒すために赤い鎧の兵士がそちらへ向かい走り出し、七支刀は護衛の為にギャラルの側に立つ。七支刀が赤い鎧の兵と戦っている間に、魔力弾で弓兵へと反撃を仕掛ける。

 剣戟と魔法を使い分けられるカイムは、遊撃に走る。ギャラルだけで倒しきれていない弓兵の元へ走り出し、ついでで道中にいる兵士も次々と斬り捨てていく。

 

「コノ場所ニ入ルモノは全テ死ネ!死ぬがヨイ!」

「奴らに恐怖の感情はないのか?」

 

 どれだけ目の前で斬り捨てられ、焼かれ、吹き飛ばされようとも、威勢よく向かってくる帝国兵を見てレッドドラゴンは呟く。

 カイムとギャラルによって弓兵は全滅し、七支刀によって赤い鎧の兵士も迎撃される。それを確認したカイムはレッドドラゴンに飛び乗る。

 残りの敵を焼き尽くす為に大魔法を発動させる。宮殿には直撃しないように火の玉を次々と落としていく。避けるすべも逃げ場もない帝国兵達は火の海に飲み込まれていく。

 全滅したかに思われた帝国兵だったが、宮殿の前に新たな帝国兵が出現した。



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第8節 偽りの国

宮殿に現れた新たな帝国兵、司祭はこの地に思念を使い帝国兵を集めていた。
司祭の息の根を止め、帝国兵共を止めろ!


 カイムは、司祭の放つ魔法弾を軽く躱し、身体を真っ二つに切り裂く。鎧さえ着ていないそれは容易く両断されるが、直後消滅する。

 更に、カイム達を取り囲む形で次々と司祭が現れる。

 

「分身……わたくしの呪術にお任せください!」

 

 大量の司祭の全てが分身であると瞬時に見抜いた七支刀は、呪文を唱え始める。

 その時間を稼ぐために、ギャラルは七支刀の側で警戒し、カイムとレッドドラゴンは目立つように低空を周回し始めた。狙い通り司祭は次々と魔法弾をレッドドラゴンに放つが、回避することに専念しているレッドドラゴンに当たるはずもなかった。

 七支刀への攻撃がないことを理解したギャラルは耳を澄ませる。これだけの分身を出したのだ、近くにに本体がいる筈。

 分身たちは立ち止まり魔法弾を当てることに集中している。カイム達は空にいるし、七支刀とギャラルも立ち止まっている。しかし足音が一人分。宮殿の方向。

 七支刀の呪術が完成すると同時に放たれ、次々と分身が消滅する。同時にギャラルは叫ぶ。

 

「カイム!本体は宮殿に!」

 

 空から探していたカイムは、宮殿の中へと視線を移す。天井さえない宮殿の中で、隠れるように司祭が立っている。

 そこへ向けて飛び降り、一閃。司祭は死んだ。

 

「エルフ達はどこか別の場所に運ばれてしまったか」

 

 宮殿の中はもちろん、周囲も探していたレッドドラゴンだがついに一人もエルフを見つけることはなかった。

 ギャラルと七支刀も改めて宮殿に入るが、どう見てもただの廃墟である。カイムと斬られた司祭以外は誰もいない。

 カイムはレッドドラゴンへと剣を向ける。

 

「……帝国軍の目的?」

 

 カイムはレッドドラゴンへと聞いていたようだ。

 

「我が知るはずなかろう。人間の考えはあまりに卑小すぎて、想像もつかぬわ」

 

 嘲るようにレッドドラゴンは答える。

 剣を向けて質問をしていたカイムに、七支刀は行儀が悪いと言うが、聞く耳を持たない。代わりにカイムは倒れている司祭の顔を覗き込んだ。

 

「赤い眼がどうかしたか?」

 

 カイムは何か気になったようで、司祭の赤い瞳を見ていた。

 ギャラルも赤い眼という言葉を聞いて、引っかかるものはあった。今まで戦ってきた兵士はみな鎧を着ていたので顔を直接見る機会は少なかったが、兜の取れた死体の眼はいずれも赤かった気がした。

 

 思考していたギャラルと、司祭から顔を逸らしたカイムの視線が交わる。

 カイムはギャラルへと剣を向ける。

 

「何を見ている?」

 

 レッドドラゴンがカイムの代わりに口を開く。

 

「いえ、その……カイムは復讐の為に戦っているのよね?」

 

 カイムは無言で頷く。帝国によって奪われた両親と国、そして今まさにフリアエまで狙われている。帝国を殺すのにそれ以上はいらない。

 

「ギャラルはね、世界から悲しいことをなくしたいわ」

「それはまた無謀な願いだな」

 

 レッドドラゴンが鼻で笑う。余りにも非現実的な夢を、真面目に語るギャラルが馬鹿馬鹿しいからだ。

 

「全てなくすなんて難しいのは分かってる。けれど、せめて目の前の人を、貴方を救いたい。ギャラルホルンはその為の力だから」

 

 カイムは勢いよく地面に剣を叩きつける。カァンという音が虚しく響く。

 突然のことに少し驚いたギャラルは、ビクッとして固まる。おずおずとカイムの顔を伺えば、怒りに染まっていた。

 

「その目の前の人に、この男を選んだのは間違いだったな」

 

 レッドドラゴンはカイムと契約しているからこそ、カイムの"声"を聞けるし何を考えてるかも分かる。そして、少なくともギャラルの感情を素直に受け入れることもないことも分かってしまう。

 

「ごめんなさい。きっと、迷惑なのよね」

 

 カイムを怒らせてしまった。それを理解したギャラルは暗い表情で目を逸らす。

 少しでも悲しみを拭いたいというのは本心だし、その為にカイムを助けたいのも事実。しかし、カイムが嫌がっているのにそれをしようとするのはワガママだろうかと考えてしまう。

 

「好きにしろ、と言っているぞ」

 

 レッドドラゴンが、改めてカイムの言葉を告げる。

 

「……そう?なら好きにさせてもらうわ。ぬひひひ」

 

 また驚いたギャラルは、もう一度カイムを見ると少しイタズラそうに無垢な笑みを浮かべる。

 

「ギャラルホルン様の考え、素晴らしいです!わたくしもみんなが幸せな世界になるように頑張ります!」

 

 ギャラルとレッドドラゴンの言葉を静聴していた七支刀は、ギャラルの考えに感銘する。

 七支刀はカイムにも、平和の為に共に戦いましょう!と声をかけようとするが、レッドドラゴンの言葉によって遮られた。

 

「お喋りの時間はここまでのようだ。ヴェルドレとの"声"が途切れた。砂漠へ急ぐぞ」

 

 それは、突然の異変の報せ。"声"が途切れたということは、それだけの何かが起きたようだ。

 神官長ヴェルドレだけではなく、共にいるフリアエにも危険が迫っているかもしれないのだ。

 すぐにドラゴンへ乗るために走り出すカイムの手を、ギャラルは握る。

 

「ギャラルも一緒に戦うから」

 

 カイムはギャラルの琥珀色の瞳をジッと見つめる。しかし、すぐに腕を振り払いまた走り出したのだった。



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第三章 邂逅
第1節 再開


フリアエやイウヴァルトと共に行動をしているはずの神官長ヴェルドレ。
彼の”声”が途切れたことを心配したギャラルホルン達は、フリアエ達の待つ砂漠地帯にやってきた。


「何故3人も乗せねばならぬ」

 

 レッドドラゴンの背には、カイム、ギャラル、七支刀の順で座っていた。また置いてかれそうになったギャラルだが、流石に砂漠地帯まで自力で行くのは難しいと駄々をこねて、渋々乗せてもらったのだ。

 ただ、3人も乗ればレッドドラゴンの背中も流石に狭く、ギャラルはカイムに抱きつくような形になり、更に七支刀が密着している形になっていた。

 ギャラルは狭いことよりも、身長に大差がない割に発達した七支刀の胸の感触に嫌な顔をしていた。幸いその顔は誰にも見られる角度ではないのだが。

 

「見えたぞ、ギャラルはそろそろ降りれるだろう」

「ありがとう。あそこね?」

 

 脇から下を見れば、砂漠地帯の中でも入り組んだ岩場の影に人影がいくつか見える。

 ギャラルが降りるために七支刀が隙間を作ってくれたので、嫌な感触から抜け出すためにも勢いよくレッドドラゴンの背中から飛び立つ。

 

「あの姿、ギャラルホルンです」

「ドラゴンもいる。カイム様が来てくれたぞ!」

 

 こちらの姿を認識した連合兵達の声が聞こえる。カイムという言葉に反応したフリアエも姿を表す。無事だったようだ。

 ギャラルと、レッドドラゴンは彼らの側に降り立つ。カイムが兵達の前に降りるとフリアエが走ってきて、カイムに抱きつく。

 

「兄さん。よくご無事で」

 

 少し嬉しそうな表情と、いつもより明るい声でカイムに語りかける。

 ギャラルがカイム達とエルフの里に向かっていた時も感じていたが、間違いなくフリアエはカイムのことが好きだ。両親が殺されたということもあってか、或いはその前からなのか、二人の兄妹愛は大きいらしい。

 ギャラルが改めて兵達の姿を確認するが、明らかに数が少ない。イウヴァルトと神官長らしき者もいない。

 

「ヴェルドレとイウヴァルトは?捕らえられたか?」

「はい。私をかばって」

 

 レッドドラゴンとフリアエが会話をしている最中、少し遅れて七支刀がその場に顔を出す。

 直後、場の雰囲気が少し変わる。フリアエが、カイムに話すときとは真逆の冷たい声で七支刀に尋ねる。

 

「あなたは?」

「七支刀と申します。フリアエ様ですね、話は聞かせてもらいました」

 

 七支刀が行儀よくお辞儀するが、フリアエの視線は更に冷たくなる。その理由をなんとなく理解したギャラルは特に気にしないでいるが、七支刀はきょとんとしている。

 他の兵達も七支刀を直視出来ずに、少し目を逸らしいている。まあ、理由は同じだろう。

 その空気を知ってか知らずか、レッドドラゴンは口にする。

 

「そうさな……捕虜収容所が近くにあるはずだ。そこをつぶすのが、一番確実な救出方法だろう」

 

 フリアエとの会話の続き。その言葉を聞いたフリアエは、カイムとレッドドラゴンに向き直り、話を続ける。

 

「私なら大丈夫です、女神ですから。兄さん、早くヴェルドレとあの人を助けてあげて」

 

 それからギャラルの方にも向き、言葉を続けた。

 

「ギャラルさんも、お願いします」

「ええ、任せて」

 

 今度は無視される七支刀。何か無礼なことをしてしまったでしょうか?とギャラルに小声で尋ねてくるが、知らんぷりをする。ギャラルもカイムもレッドドラゴンも、他の兵やフリアエさえも、この場にいる全員があえてツッコまない"その事"を言ってしまうのも野暮だからだ。

 

「我等だけで行く。他の兵はフリアエを任せるぞ」

「分かりました、カイム様。どうかご無事で」



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第2節 捕虜収容所の空

神官長ヴェルドレとイウヴァルトは帝国軍に捕獲されてしまった。
カイムは彼らを救出するためにフリアエを残し、ギャラルホルンと共に上空から捕虜収容所を探すため、漆黒の空へと舞い上がる。


 レッドドラゴンはカイムとギャラルを背に乗せ上空へと舞い上がる。七支刀は陸路で周囲を確認しつつ進むとのことなので、一旦別れた。

 夜の帳が下りた砂漠ならば、ドラゴンの炎が目印になるから大丈夫だろうと言っていたが、果たして七支刀は捕虜収容所に辿り着けるのだろうか?とギャラルは心配するが、まずは目の前のことに集中することにした。

 暗いので何かが近づいてくることは分かるが、それが何なのかまでは分からない。

 更に近づいて姿が見えるようになってきたが、ギャラルは度肝を抜かれる。それは大量のドラゴン……のように見える。まさかレッドドラゴンと同じくらい強いのが複数もこの場にいるのかと思ったのだが、レッドドラゴンが否定する。

 

「下等種のワイバーンと我を同じにするな。敵でさえないわ」

 

 ホッと一息つくギャラルだが、ワイバーン以外にも何かいることに気づく。何かの駆動音……帝国軍の兵器もまた大量に飛んでいるようだ。

 

「兵器はギャラルが落とすから、ワイバーンはお願いね」

 

 ギャラルがレッドドラゴンの背から飛び立つ。こうも視界が悪ければワイバーンもこちらの姿に気付きづらいだろうと考え、少し低く飛び群れの過ぎる。

 幸い、目の前の強大な敵、レッドドラゴンに釘付けにされていたワイバーン達はギャラルの小さな姿には気がつけなかった。

 

 レッドドラゴンはギャラルが離れたのを見計らって、カイムへと話す。

 

「妹の純潔をおぬしはどう考えておる?女神とて女だぞ?」

 

 ワイバーン達はレッドドラゴンの側に集まろうとしたが、先制して放った炎の弾によって何匹かが容易く撃ち落とされる。

 

「おぬしら三人、真実にそむくことに慣れすぎたか?」

 

 同時に撃墜されることを恐れてか、レッドドラゴンを取り囲もうとし始めた。しかし動きは分かりやすく、レッドドラゴンはその全てを捉えていた。

 

「おぬし、妹の気持ちに気づいておろう?女神の血の通った思いを……」

 

 ワイバーン達は立ち止まりブレスを出そうとするが、それを待っていたと言わんばかりに大魔法を解き放つ。追尾する炎の弾は次々とワイバーンを撃ち落としていく。慌てて逃げ出そうとするものや何とか避けようとするものもいるが、それを許すほど甘えた魔法ではない。

 軽くワイバーンを散らしたレッドドラゴンだったが、カイムへ投げかけた言葉はカイムを動かしたのかは、分からない。

 

 小型の兵器が隊列を組み、レッドドラゴンを迎撃すべく待ち構えているがギャラルには気づかない。側に潜り込んだギャラルが、神器ギャラルホルンを鳴らした所で初めて異変に気がつく。

 ギャラルの背中側にまた扉が出現した。その扉をこじ開けるかのように2つの黒い腕が生え、完全に開かれた扉から黒い竜の様な怪物の頭が露出する。

 ソレは次々と強大な魔力を撃ち出し、兵器を壊していく。慌てて対応しようとするが、扉に有効打を与えられるようには見えず、呼び出しているギャラルもすばっしっこく飛び回っているため当てようにも当てられない。

 

 為す術もなく破壊されていく兵器達。ギャラルが兵器を一掃したのと、レッドドラゴンが合流したのは同じタイミングであった。



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第3節 囚われの人々

周囲が安全なことを確認するため地上から捕虜収容所へと向かう七支刀は、レッドドラゴンの放つ炎を導にし進んでいった。
神官長と連合軍兵士を救うため、帝国の塵共を蹴散らして進め!


 七支刀は、帝国兵が相手でも殺すことに抵抗を感じていた。世界中の人々を幸せに暮らせる平和な世界を目指すからこそ、帝国の人間も救える限りは救いたいのだ。

 しかし、帝国兵は容赦なく侵略する。エルフの里にいた時も非戦闘員でさえ襲われているのを目撃していて、しかも封印解くという危険な目的を持っているのなら止めるしかない。

 それでも殺したくない気持ちはあるのだが、"明確な目標もなく、ただ世界平和を願っている"だけでは誰も救えない、自分は戦う為の剣を持っているのだから戦うしかないのだ。

 

 空からはレッドドラゴンとギャラルが降りてくる気配はない。捕虜収容所らしき場所を見つけたが、余りにも帝国兵が多い。一人で突撃するべきか悩むが、何処かへと連れて行かれたエルフ達のことを考え進むことにした。考えているだけ、救える人が減るのだ。

 神器七支刀の力を解放し、巨大化した七支刀を持ち捕虜収容所へ走り出す。空を警戒しこちらを見ていない者は多かったものの、無警戒ということはなかった。

 視界が悪く、正確に帝国兵の数や編成を特定できない。しかし帝国兵は神器七支刀が目立つお陰で位置を把握している。剣と盾を持った軽装兵が次々と接近してくるが、キル姫特有の腕力と巨大な質量を持つ神器七支刀の薙ぎ払いを防ぎ切れず、次々と倒されていく。

 視界が悪い戦場だからか、弓兵は余り居ない。こちらに攻撃を仕掛けてこないのなら見逃してもよいのだが、救出するのに邪魔になるだろう。

 ……そうでなくとも、あのカイムは間違いなく皆殺しにする。自分が殺すか、カイムが殺すかの違いしかない。

 七支刀は残った弓兵を、せめて楽に死なせるために探しに向かう。

 

 捕虜収容所の看守、重装の兵士が3人が騒ぎに気が付き飛び出してくる。死体、死体、死体。連合軍の襲撃により全滅させられたのだろうかと考え周囲を見渡すと、何かが見える。

 月光に照らされた、巨大な剣が見える。七支刀の独特なシルエットもあり、そちらに敵がいるのだろうと走り出す。

 看守達は、七支刀に釘付けになった直後にギャラルが捕虜収容所に侵入したことには気がつけなかったが。

 七支刀に迂闊にも接近した看守達は、突如足が鈍くなる。砂に足を取られたのとは違う、それが罠だと理解したときにはもう遅かった。

 

「今です、カイム様!」

 

 七支刀が唱えた呪術により、まともに動きの取れなくなった看守達は神器七支刀を持つカイムの姿を見る。

 カイムはキラーズに適合する力はないが、ただ純粋に高い質量を持つそれを軽く振り、看守達の首を吹き飛ばした。

 明らかに死んだであろうそれらに近づくと、神器七支刀を放り投げ、愛用の"カイムの剣"で串刺しにしていく。その時のカイムの表情は、快楽に染まっていた。



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第4節 ヴェルドレ救出

ギャラルホルンによって解放されていく連合軍の兵士たち、その中に神官長ヴェルドレの姿があった。
ヴェルドレと合流したカイム達は、帝国軍の狙いを知ることになる。


 捕虜収容所から、囚えられていた連合軍の兵士が姿を表す。次々とギャラルへと感謝を告げていく。

 

「助かりました。しかし君のような子供まで前線に……」

「あちらの青年がカイム隊長ですか?ギャラルさんもそうですが、ずいぶんと若いのですね」

 

 連合兵達は、ギャラルのような子供がいることはもちろん、兵を率いていたカイムでさえまだ若いことに驚きを隠せないようだ。

 

「レッドドラゴンから話は聞いていました。貴方がギャラルホルンですね」

「ギャラルでいいわよ」

 

 兵達の中にいた高齢の男性、彼が神官長ヴェルドレだという。契約者であるため、先にレッドドラゴンから"声"である程度のことは聞いていたらしい。

 しかし、ギャラルはその男性のある点が気になっていた。髪が生えていない……のはまあ、神官長というだけあって整えているだけかもしれないが、頭皮に魔法陣というか、紋様が浮かんでいるのは異常だ。

 

「その頭はどうしたのかしら」

「契約の代償です。代償として失われる部位やその近くに紋様が浮かぶのです」

 

 もしかして、契約の代償は髪なのだろうか?と思いヴェルドレを観察するが、どうも髪どころか毛の一本も生えているようには見えない。地味ながらもかなり重い代償のようだ。

 ギャラルとヴェルドレが話しているところに、カイムと七支刀が現れる。

 

「貴方がカイムですか。そしてそちらが七支刀……」

 

 ヴェルドレが七支刀を見ると、彼は近くの連合兵に声をかけた。

 

「君、七支刀の服を用意してあげてください。……さぞかし大変な戦いだったのでしょう、ほとんど布切れではありませんか」

 

 言われた連合兵は、チラッと七支刀の格好を見て少し恥ずかしそうに近くの兵に声をかけに行く。女性用の服なんて用意してたかなとボヤいているのも、ギャラルには聞こえる。

 しかし、このヴェルドレという男。今まで誰も触れていなかったことに触れたなと、カイム、レッドドラゴン、ギャラルがそれぞれ思う。カイムも女への興味はそこまで無いのだが、あの格好で戦っていることには流石にどうかと思っていたことを、レッドドラゴンは理解する。

 そして、自身の格好を布切れと言われ、更にこの場の雰囲気を察し、流石に自分がどういう目で見られていたかを理解し顔を真っ赤にする。

 ……余談だが、ヴェルドレが布切れと評した"メイド服のようなナニカ"は七支刀の普段着である。元の世界、ラグナロク大陸で彼女はアイドルの様に囲いが出来ていたのだが、誰一人して際どすぎる格好にツッコんでくれる人はいなかったのである。

 

「ギャラルよ、そちの世界の者は七支刀のような者ばかりなのか?」

 

 少し引っ張れば胸も丸出しになるような格好で、言われるまで恥ずかしいことにも気付いてなかった七支刀を見てレッドドラゴンは質問を投げかける。

 

「いや……どうしかしら?」

 

 目を逸らしながら答える。ここまでの者はそうそういないが、昔の戦いの中でもっと際どいキル姫はいた気がする。

 その微妙な空気をヴェルドレは理解するが、それどころではないと口にする。この空気を作った元凶なのだが。

 

「帝国軍は国への介入に飽き足らず、もっと根本的なところから創造しなおそうとしているようです。」

「世界か?」

「はい……封印がすべて解けた時に出現すると言われている”再生の卵”、彼らの狙いはそれでしょう。だから最終封印である女神の命まで」

 

 ギャラルはその話を聞いて、少し罪悪感を覚えた。かつて、世界を終わらせようとした者の一人として。世界を創造し直す、もしかすれば昔の自分と同じように人々を救うための行いかもしれない。一瞬そう考えるが、帝国兵の正気の無さげな言動や、余りにも残虐な戦い方を考えるとそれはないと否定し直した。

 ……その間七支刀は、没収されていた荷物から服を引っ張り出してきた連合兵に男性用の衣服を渡される。着替えるためにもこの場から一旦離れた。

 

「”再生の卵”だと?真実を都合のよい神話にゆがめるのは、人間どもの悪い癖だ」

「"再生の卵"、貴方は何か知っているの?」

 

 吐き捨てるように言うレッドドラゴンにギャラルは質問する。

 

「我も詳しいことは知らぬがろくなものではなかろうて」

「帝国軍の聖地破壊を止めてくれぬか?封印を解いて世界が無事なはずがない。……まして、神殿の封印がやぶられるごとに女神の負荷はますます重くなるのだ」

 

 ヴェルドレの言葉に答えるように、カイムは強く剣を振り上げる。

 ギャラルはカイムがどう応えたのかを推測することしか出来ないが、ヴェルドレは契約者だからこそカイムの"声"を聞く。

 

「おぉ、そんな!帝国軍とて人の子、慈悲を持って穏便に……」

「この男に説教は無駄だ。世界がどうなるかより、己の恨みをどう晴らすかで頭がいっぱいらしい」

 

 カイムはヴェルドレを軽蔑するように睨みそれから振り返ってしまう。ギャラルはそんなカイムの手を取る。

 

「大丈夫よ。誰が何と言おうと、ギャラルは一緒に戦うわ」

「お主は否定しないのだな」

「少なくとも戦いが終わるまでは、復讐が終わるまでは戦いをやめるつもりはないでしょう?」

 

 ギャラルを一瞥した後に、カイムは手を振り払う。しかし、その視線に侮蔑するような意思はなかった、少なくともギャラルはそう感じ取った。

 戦いの中でしか満たされないのは悲しいことだが、他人でしかないギャラルがカイムを安易に否定は出来ない。だからせめてこの戦いが終わるまでは、その戦いを肯定しようと決めていた。新しい幸せは、平和になってから模索することもできる。

 ヴェルドレとギャラルを背に、歩いていこうとするカイムを見てヴェルドレが呟く。

 

「神よ、哀れな子供らに祝福を」

「祈る者と殺す者に何の違いがあろう?ひと皮むけば、人間など、みなおしなべて愚劣よ」

 

 平和を祈る者が、剣を手に取り殺す者になる。まさに今の自分だと、ギャラルは若干の自己嫌悪と共にカイムを追って歩き出した。



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第5節 囚われたイウヴァルト

帝国軍は”再生の卵”を出現させるために封印の破壊と女神殺害を目論んでいた。
カイム達は封印を守る為、砂漠の神殿へと向かう。

一方、イウヴァルトは何処とも知れぬ帝国の牢獄に囚われていた。
それに語りかけるのは「天使の教会」の……


 カイム達が向かった捕虜収容所とは、違う牢獄にイウヴァルトは囚われていた。

 イウヴァルトが目を覚ますが、そこには誰もいない。腕につけられた鎖を外そうと力を込めるが、びくともしない。

 

「俺に、俺にちからがあれば……」

 

 イウヴァルトが呟くと、突然脳内に男の声が響く。

 

「俺にちからがあればフリアエを守れるのに」

「誰だ!?」

「フリアエを守り、俺だけのものにするのに」

「やめろ!」

 

 イウヴァルトの心の中を見透かしてるかのように、声は次々と畳み掛けていく。

 

「俺の腕に抱いて誰にも渡さないのに」

「俺の許婚なのに」

「俺だけを愛してくれるはずなのに」

「やめてくれ……」

 

 イウヴァルトの懇願虚しく、言葉は続く。

 

「俺だけのもの。俺だけの女。フリアエ……」

「誰にも渡さない。フリアエは渡さない。誰にも、誰にも、誰にも……カイムにも!」

「ちがうっ!ちがうんだ!」

 

 必死に否定しようとしても、それがイウヴァルトの想いだと肯定してしまっているようなものだ。

 

「僕だけを愛してフリアエ。僕だけを見て」

「僕だけを抱いて。抱き締めて」

「僕だけを愛して。愛して。愛して」

「僕を許して」

「深く。深く。深く」

「許してください」

「僕だけを見つめて」

「見つめてください。見つめて……」

 

 イウヴァルトは絶叫する。次々と暴かれていく心の中を、それを淡々と告げられる余りの苦しさに耐えきれないのだ。

 

「……女神は死ぬ」

 

 しかし、突然告げられた言葉にイウヴァルトはハッとする。

 

「封印役は精神、体力共にむしばまれる。必ずや近い将来、命を落とすだろう。……それが女神の役回りだ」

「そんなっ!」

 

 愛する人が、封印の女神として選ばれ幸せになることもなく死ぬ。その理不尽に戸惑いを隠せない。

 

「本当はただの女なのに。おまえの横で子を抱き、しあわせに笑い続けるのが似合う、ただの女なのに」

「女神の任を降りれば、ただの女に戻れるのか?」

「……命は延びる」

 

 男の声は明らかにぼかすような答えをしたが、精神が追い詰められているイウヴァルトはそんなことに気づけない。

 

「俺は……どうすればいい?フリアエを助けたいんだ!」

「ちからが必要だ。ドラゴンと手を結ぶような強大なちからが……」

「……カイムだ。カイムなら!」

 

 イウヴァルトの脳裏の浮かんだのはカイム。実際にドラゴンと契約し、圧倒的な力を得た親友の姿。しかしその考えを男の声はあっさり否定する。

 

「カイムで良いのか?フリアエの感謝と愛を一身に浴びるのが本当に、カイムで良いのか?」

「……俺は……」

「俺が許婚なのに」

「フリアエのキスは俺が受けるべきなのに」

「俺だけを見ていて欲しいのに。愛して欲しいのに」

 

 男の声は、甘い誘いをする。イウヴァルトを堕とす為に。

 

「ちからがあれば、俺は、ちからがあれば、」

「ちからがあれば……」

 

 気がつけば男の声を、自らの口から発していたイウヴァルトの瞳は、赤く染まっていた。



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第6節 砂漠の神殿

ヴェルドレに依頼されたカイム達は、砂漠にある封印の神殿に空から向かう。だが、その空には石より生み出されしガーゴイル部隊が待ち受けていた。


 レッドドラゴンがカイムとギャラルを乗せ空を舞う。七支刀は神官長とフリアエを、その他兵士たちと共に守りに専念するために残り、二人だけで砂漠の神殿へと飛翔した。

 空にはやはり帝国軍の部隊が。大量の小型兵器の連帯の中に、ガーゴイルが混ざっている。

 

「離れるでないぞギャラルよ。神殿はまだ見えてこない、はぐれてしまえば帰ってはこれぬ」

「分かったわ。なら……」

 

 神器ギャラルホルンを鳴らす。いつぞやの時に鳴らした音色、カイムとレッドドラゴンに力がみなぎってくる。

 闘志も十分なレッドドラゴンは、全て散らすため懐へと飛び込んでいく。ガーゴイルの放つ魔弾を避け、鬱陶しい小型兵器群を次々と破壊していく。小型の炎弾でも数だけの兵器を潰すのには十分だ。

 兵器の援護を得られなくなったガーゴイルが、それでも飛び回りながら魔弾を放つ。しかし、ゆっくりとしか曲がれないガーゴイルと、複雑な機動を取り高い威力の炎を放てるレッドドラゴンでは勝負にさえならない。少し時間は奪われるが無傷で制圧する。

 しかし、ここは本命である神殿を制圧するためにいる部隊。無限にいるかと錯覚するほどの小型兵器とガーゴイルは現れる。

 

「自ら神殿と名づけた場所を奪い合い、汚し、破壊する。人間とは本当に度し難いものよ!」

 

 怒気をはらんだ声でレッドドラゴンは叫ぶ。数だけならばドラゴンの敵ではない……と言いたいが、余りにも数が多い。倒すだけなら簡単だが、いち早く砂漠の神殿の防衛に行かないといけないこの状況で、時間を稼がれてしまう。

 しかも、小型の兵器はドラゴンが避けにくいように複雑怪奇な軌道の弾を次々と撃ち出した。更にはガーゴイルが逃げ場を潰すように取り囲む。

 ギャラルは鳴らす音を変える。レッドドラゴンの背後に扉が出現する。

 

「ガーゴイルはギャラルが相手するわ。貴方は兵器を!」

「それ程の術、乱発しても平気なのか?」

「いえ、限界はある。だから早く!」

 

 レッドドラゴンはガーゴイルをギャラルに任せることにし、小型兵器を狙うことに集中する。弾もある程度避けるのは諦めて炎を当てられる距離に突っ込む。迎撃できるものはカイムが剣で斬り落としていく。

 急に前方へと飛び出したレッドドラゴンに置いてかれ、後方に集まったガーゴイルへ扉が向く。扉が開き出現した獣は、次々と強大な魔力を放ちガーゴイルを落としていく。

 レッドドラゴンもまた、魔力を大幅に解放し、数えきれないほどの炎の弾を放っていく。例外なく兵器を潰していき、空いた道を飛ぶ。

 

 神殿が見えてきた。同時にやはり数えるのも呆れるだけの帝国軍が見える。

 

「ごめんなさい。魔力をだいぶ使ってしまって、大した援護は出来ないわ」

 

 2つの音色を連続で鳴らした挙げ句、複数のガーゴイルを落とし切るまで扉を維持したこともあり、大技を使えるだけの魔力は残っていなかった。

 しかしカイムはギャラルへと剣、デボルポポルを差し出した。ギャラルは少し驚きながらも、それを受け取りぬひひといつものように笑う。カイムに頼られている、共に戦うことを認めてくれている、それが嬉しくて。

 そして二人は帝国兵の海の中へと飛び降りるのだった。



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第7節 封印されし場所

封印の神殿はすでに帝国軍に攻撃されているようだ。
カイムに剣を託されたギャラルホルンは、神殿を防衛するために戦う。
神聖な場所を汚す奴ら、一人たりとも生かして返すな!


 カイムとギャラルを見た帝国兵の内、大柄で太った体型をした帝国兵が次々と殺到する。

 剣で戦うのは初めてのギャラルは、カイムから離れないことを意識して戦うことを選ぶ。カイムはその意志を理解してるかしてないのか、迷うことなく帝国兵の群れに突っ込んでいく。

 ギャラルは何とか追いつくが、カイムは帝国兵を次々と斬り刻んでいく。カイムが狙っていない帝国兵に剣を振るうが、簡単に盾に防がれてしまう。

 一般人、少なくとも見た目よりかはよほど力はあるが、普段は魔力を用いた戦い方をし、そういうキラーズに適合しているギャラルは怪力というわけではない。対して帝国兵は大柄であり、しかも妙に高い筋力を有している。カイムは元々強かった所をドラゴンとの契約でより強くなり、それにより一方的に虐殺出来るだけの力があるだけで、ギャラルにはそこまでの能力はない。

 

「ギャラルよ、魔素を使え。この世界の魔法ならお主自身の魔力は大して使うまい」

 

 レッドドラゴンのアドバイスを聞いたギャラルは、迫る帝国兵の剣を何とか躱しカイムとは離れすぎないように距離を取る。

 デボルポポルに秘められた魔法の力を解放する。すると、ギャラルの周囲に炎の弾が8つ現れ、回転しながら広がっていく。

 武器に魔法が秘められている。武器自体に力があるというのは、まるでキラーズのようだと関心する。

 

「これほどの帝国軍が……このままでは神殿が落ちるのも時間の問題だな」

 

 カイムとギャラルは、剣と魔法を駆使し次々と帝国兵を殺していくがそれ以上に帝国軍が現れる。剣で戦うのにも限界はある。レッドドラゴンで殲滅した方がいいだろうと考えたギャラルはカイムに提案する。

 

「ギャラルが弓兵や赤い鎧のやつを引き付けるから、カイムはドラゴンに!」

 

 カイムは頷き、レッドドラゴンの元へと飛翔する。ギャラルも帝国兵の輪を抜け出すように、低空を飛びまずは弓兵を探す。

 神殿へ侵攻している部隊だからか、弓兵はあまり多くない。クリムゾンフィーラーを唱え、炎の弾と共にギャラルは弓兵の部隊へ突っ込む。矢は炎に防がれ当たらず、0距離まで詰めたギャラルは何度も斬り刻む。カイムのように一閃して終わらせることは出来ないからこそ、何度も剣をぶつける。

 カイムが戻ったレッドドラゴンも、ギャラルの元へ走る部隊を炎で焼き付くしていく。ギャラルは赤い鎧の兵も相手にすると言っていたが、先程の様子を考えたのか、或いは自分の手で殺したいのか……カイムは赤い鎧の兵の元へ飛び降り剣を振るう。

 殺戮の繰り返しで、何とか神殿の近くへ辿り着くカイム達。どれだけ殺しても無尽蔵に湧く帝国兵、彼らの侵攻を許してしまえば世界は終わるかもしれないのだ。

 世界を守るためか、復讐のためか、その手伝いのためか。もはや理由など意味はない。ただひたすらに剣と炎が飛び交い帝国兵を殺していく。

 殺し、殺し、殺していき、どうにか数が減ってきたという所で次々と矢が降り注ぐ。弓兵部隊の増援が現れたのだ。

 

「イウヴァルトのハープが落ちておったな……」

 

 空から戦っているからこそ、レッドドラゴンは気がつく。イウヴァルトのハープが戦場に落ちていることに。イウヴァルトの行方は気になるものの、まずは目の前のことが優先だ。

 弓兵部隊を殺すために、レッドドラゴンの背に戻ったカイムと共にそちらへと向かう。矢を躱しながら接近し、カイムを弓兵部隊の近くへと落とす。

 カイムはブレイジングウィングを唱え、次々と炎の弾を撃ち出す。炎は炸裂し、弓兵を焦がしていく。

 直後、角笛の音色が神殿の方向から鳴る。何かの能力をはらんだ音ではなく、ただ純粋な音。

 

「こちらは陽動であったか!急ぐぞカイム」

 

 急いで神殿の近くに戻れば、赤い鎧の重装兵に囲まれ身動きが取れなくなっているギャラルと、守りのいない神殿へと走る帝国兵の残党達。

 ギャラルも剣での戦いに慣れてきたのか、重装兵の剣をうまいこと躱し、鎧と兜の隙間へと剣をねじ込んでいく。そこにカイムが現れ、あっという間に重装兵を死体へと変えていく。

 剣での戦いなら、カイムに勝つことは難しいなと少しだけ考え、今は考えごとをしている場合ではないと正気に戻ったギャラルは、カイムと共に神殿に向かった残党を追撃すべく走り出した。



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第8節 聖の名残

神殿へ向かった帝国軍を追撃するため走るカイムとギャラルホルン。
そこに現れたのは、封印へと呼び寄せられた呪われた亡霊たちだった



「砂漠の神殿はこの向こうだ。道は自分で作るしかないぞ」

 

 レッドドラゴンの声の示す通り、カイム達の行く手には帝国軍が。倒さねば砂漠の神殿へと辿り着くことはできない。

 足止めをする部隊と神殿へ向かう部隊に別れたのか、こちらに向かってくる部隊もいる。これ以上時間を稼がれる訳にはいかない。

 カイムとギャラルはそれぞれの炎の魔法を放ち、帝国兵を死体へと変えていく。赤い鎧の兵がいなければ、魔法を防げる兵などいない。足止めもままならぬまま全滅した部隊を横目に、二人は走り続ける。

 攻めに向かっていた部隊も、後続の部隊があっという間に全滅させられたことに気がついたのか迎撃の姿勢を取る。

 魔素を使いすぎたカイムは魔法ではなく剣で斬り倒しにいく。ギャラルも近づかなければ当たらない魔法なので接近するしかない。カイムが剣を振るたび盾が飛び死体が増え、ギャラルもまた炎で焼きながらも、運良く炎を逃れた兵も突き刺していく。

 開かれた道を進み、神殿へ辿り着く二人。無事を確認するためギャラルは封印の陣が光っている場へと足を踏み入れようとする。

 

「危ない!」

 

 レッドドラゴンの鋭い声に、ギャラルは飛び退く。直後、次々と化け物が現れる。骸骨の頭と腕を持ち、胴体は霊体の呪われし亡霊達だ。

 

「闇をくみしものよ!我の前から消え失せろ!」

 

 レッドドラゴンの威勢のよい声と共に、カイムが亡霊を斬る為に走り出す。呪われた亡霊、レイスを払わなければ封印が危険だ。

 ギャラルも慌ててデボルポポルを握り直し、近くのレイスへと斬りかかる。鎧を斬った時と違い曖昧な感触だが、感触があるのなら効いている筈だ。

 カイムの方を見れば、斬り刻まれたレイスが消滅していくのが見える。やはり効くのならばとギャラルも必死に剣を振る。

 しかしこちらはたった二人なのに対し、封印に群がるように湧いてくるレイスに取り囲まれてしまう。更にギャラルの耳にはまだ湧いてくる帝国兵の足音。このままでは押し切られてしまう。

 それでもカイムは果敢に剣を振り続け、レイスの数を減らしていく。しかしレイスがカイムに抱きつくように腕を振ると、カイムが吹き飛ばされてしまう。即座に立ち上がるがカイムの周りには湧き続けるレイスの群れ。

 ギャラルは少し飛び封印の場から離れる。これだけ時間も経てばそろそろ使えるだろうと神器ギャラルホルンを構え直し、魔弾を連射していく。

 カイムに道が出来るようにレイスを潰し、それを理解したカイムは群れの中から抜け出し、そのついでに群れを斬り裂いていく。

 ようやく湧くのが収まったレイスだが、帝国兵がいなくなった訳ではない。神殿に侵入されないためにも帝国兵を迎撃しに向かう。

 

「闇に属するが故に愚かなのか?愚かゆえに闇に飲み込まれるのか?いずれにせよ、死ぬがいい」

 

 無尽蔵に湧き出る帝国兵共を一掃すべく、カイムはレッドドラゴンの背に戻る。

 魔力がある程度回復し魔弾を使えるようになったギャラルも、レッドドラゴンの妨害をされないように弓兵を狙い撃ちしていく。

 その連携を防ぐためか、また赤い鎧の重装兵の部隊が接近してくる。デボルポポルに持ち替えたギャラルは今度こそ奴らを殲滅するために振るう。カイムも援護したいが、カイムまで降りれば重装兵を皆殺しにしている間により大量の兵に囲まれるだろう。そうはならないように赤い鎧の部隊を援護しようとするその他部隊をレッドドラゴンの炎により壊滅させることを優先していく。

 関節部や鎧の隙間など、弱点となる部分を集中的に狙い相手の剣をふわりと避けていく。流石に慣れたのか、赤い鎧の重装兵部隊を全滅させることには成功するが、落ち着くと神殿の方向から複数の足音が。

 

「神殿の方向に帝国兵がいるわ!」

「こやつら全て陽動か?癪な真似をする!」

 

 もう一度神殿へ戻る二人だが、そこにいたのは指揮官部隊と、破壊された封印だった。

 それでもカイムは止まらず、その部隊も斬り刻んでいく。目的を果たし油断していたのか、そこまでの抵抗もなくあっさりと死体になった。

 だが、その部隊をどれだけ殺したところで封印は戻らない。

 

「すでにここは落ちた。一旦女神の元へ戻るがよい」

 

 神殿の防衛に失敗した二人は、レッドドラゴンの背に戻りこの場を離脱した。

 

 上空、ギャラルが申し訳無さそうに口を開く。

 

「ごめんなさい、カイム。……封印を守れなかった」

「お主の謝ることではなかろうて。我らもいたのだ」

「けれど、封印が破られればフリアエの負担も増すでしょ?カイムのためとか偉そうなこと言っておいて、何も出来なかったわ」

 

 今回の一件もそうだが、ここまでカイムと共に来て、何かを守れた試しがない。カイムのことを救いたいと口にしておいてこのザマだ。

 ギャラルホルンの力は、みんなを幸せにするための力だとギャラルは考えている。その為に必死になって戦って、何も得ることも出来なかったのは神魔大戦の時も同じ。あの時から、自分は変われたのだろうかと心配になる。

 

「安心しろ。この男も、おまえのことを拒絶まではしておらん」

「………」

 

 それは、カイムの本心なのか。或いはレッドドラゴンが気遣う為についた嘘なのか。無意識の内に強くカイムのことを抱きしめていたギャラルのことを、振り払おうとしないのが答えだと理解は出来なかった。



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第9節 ハープは語る

カイムたちの努力も空しく、度重なる攻撃により砂漠の神殿の封印は破壊されてしまった。失意の中でギャラルホルンとカイムはフリアエの許へと戻る。
そして、戦場で見つけたイウヴァルトのハープをフリアエに差し出した。その意味するところは……


 レッドドラゴンに乗ったカイムたちは、フリアエたちが野営している場へと合流する。

 レッドドラゴンから降りた二人の元へ、ヴェルドレが歩いてくる。

 

「やれやれ。女神に何と説明すればよいものか……」

 

 レッドドラゴンやカイムの"声"により、神殿の封印が破壊されたことやイウヴァルトのハープが見つかったことを知っているヴェルドレだが、二人が戻ってくるまではと考えフリアエには伝えていなかった。

 それだけではなく、フリアエを狙い帝国軍の襲撃もあったためようやく落ち着けている状況だという。七支刀の奮闘により幸い死者までは出なかったものの、負傷している兵も多い。

 

「カイム様、無事で何よりです」

「七支刀さんが守ってくれました。この隊に死者はいません」

 

 カイムたちを見かけた連合兵も何人かこちらに来て、現状の報告をする。

 カイムは最低限話を聞くと、フリアエの元へと歩いていく。

 

「ギャラルホルン様、封印は……」

 

 残ったギャラルのところに、七支刀がやってくる。傷らしい傷はないものの、表情からも疲弊していることが伝わってくる。しかし、疲弊した表情をしているのはギャラルも同じであり、七支刀も察してしまう。

 

「ギャラル、七支刀、あなたたちは十分戦ってくれました。異界の者でありながらも、命を賭して封印を守ろうとしてくれたことを感謝します」

 

 せめてもの慰めになるだろうか、ヴェルドレは二人へと謝辞を述べる。ヴェルドレとて神官長という立場にありながらも封印を守ることに失敗している、それに比べたら守る義務も義理もないはずなのに必死になって戦ってくれる二人には感謝しかないのだ。

 

 フリアエは、やってくるカイムの姿を見つける。しかし、イウヴァルトが帰ってきていないことにも気がつく。

 

「よくぞご無事で。……イウヴァルトは?」

 

 カイムはその答えの代わりに、イウヴァルトのハープを見せる。

 

「これは、ハープ!?」

「砂漠の真ん中に落ちておった」

 

 レッドドラゴンの言葉を聞いたフリアエは、その場に膝から崩れ落ちる。幼い頃からの友人であり、元許嫁でもあるイウヴァルトが死んでしまったかもしれないというショックには耐えれなかったのだろうか。

 フリアエの様子に気がついたヴェルドレは慌ててカイムとフリアエの元にやってくる。

 

「女神!?砂漠の神殿が破られたゆえ、あなたへの負荷がだいぶ重くなったのでは?」

 

 ただショックを受けたわけではない。封印の負荷を受け持っていた神殿の一つが破られ、今まで以上に辛くなっている状況での悲報だ。カイムもフリアエを支えるように手を差し出す。

 また、ヴェルドレの後を追うようにやってきたギャラルと七支刀も、崩れ落ちたフリアエの姿を見る。

 

「平気です。私なら……平気です……それよりも、イウヴァルトが……」

 

 か細いフリアエの声を聞き、本当に平気だと思う者はいないだろう。

 何とか立ち上がるフリアエだが、ギャラルは改めて砂漠の神殿の防衛に失敗したことの重さを見せつけられる。世界の危機というのもあるが、あれだけ辛そうにしているフリアエを見てカイムも内心穏やかではないだろう。

 

「心が折れたか。この男を救うでなかったのか?しょせんは小娘の戯言か?」

 

 未だに落ち込んでいるギャラルへと、レッドドラゴンは挑発するように語る。

 

「いつまでもその様子なら、守れるものも守れぬだろうな」

「いえ、ギャラルさんは兄さんのことを守ってくれました。感謝しています」

 

 ドラゴンが激励も込めた挑発をしているとまでは分からなかったが、フリアエが庇う。本来守るべきフリアエに、庇われたのだ。

 ……そうだ。いつまでも後悔しているわけにはいかない。まだフリアエは生きている。カイムも、自分も、生きている。世界だって終わってはいない。できることがある筈だ。終焉(まま)に立ち向かったキル姫たちの姿を思い返しながら、小さく笑う。

 

「カイム、剣を教えてほしいわ。これ以上足を引っ張りたくない」

 

 カイムは面倒くさそうな顔をするが、戦力にさせるためか、別の理由があるのかギャラルの提案を了承する。

 七支刀もその提案に乗ろうとするが、二人に教えるのは大変なのか面倒なのか、或いは神器七支刀が特徴的すぎて教えづらいのか、何れにしてもカイムは断る。

 代わりに魔術なら教えれると、呪術による戦いを見ていたヴェルドレが声をかける。

 帝国に追われる身であるため時間に猶予はないが、それでも二人のキル姫は出来る限りのことはしようと努力し始めるのであった。



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第四章 背反
第1節 イウヴァルトの告白


帝国の追撃から逃れるため、一行は砂漠から荒野に移動した。荒れ果てた大地の上で、カイム達は一夜のキャンプを張る――

その時、空から黒い旋風が舞い降りた


 先程までカイムと殺陣を演じていたギャラルは、荒れ果てた大地の上に見を投げ出していた。

 移動していく中、何度かカイムに剣を教えてもらっていたのだがその殆どが一方的に斬り伏せられることになった。技術、腕力共にカイムのほうが圧倒的に上なのだ。

 カイムも余力は残しつつも地面に座っていた。流石のカイムでも連戦続きだった上に、今も帝国軍から逃れるために逃避行の最中、ギャラルの面倒まで見ていたのだから疲れないことはないのだ。

 他の連合軍兵士や、フリアエ、ヴェルドレ、七支刀も思い思いに過ごしている。ただ全員疲れが溜まっていることもあり、テントの中に入って眠っている者が多い。

 ギャラルは疲れも相まって、ぼんやりと何もしないよりかはいいはずだとだけ考えていた。しかしその耳に、空から接近する何かを捉える。

 

「空から、何か来るわ」

 

 慌ててデボルポポルを構え直し立ち上がる。同じく異変に気がついた者が一人、レッドドラゴンがいた。

 

「この匂いは……?」

 

 ギャラルとレッドドラゴンの様子にいち早く気がついたカイムも剣を握り直し立ち上がり、近くで二人を見守るように座っていたフリアエも立ち上がる。

 少し離れた場所で座っていたヴェルドレ、七支刀も異変に気が付きカイムたちの元に集まる。

 

「ドラゴン?」

 

 彼らの目が捉えたのはドラゴンの姿。黒いドラゴンを見て、全員驚いてはいるが、特にカイムは強く驚いていた。

 更にそのドラゴンの背から降りてきたのは、イウヴァルトだった。

 

「イウヴァルト!」

「生きていたのね!?」

「ドラゴンを連れているとは、そなたも契約者に?」

 

 直接顔を合わせたのが初めての七支刀以外は、それぞれの反応をする。フリアエは嬉しそうにイウヴァルトに寄ろうとし、ギャラルも安心していた。

 ヴェルドレも、以前会った時と違いドラゴンを連れていることへ疑問を覚え口にしたが、強く警戒をしていることはなかった。

 しかし、イウヴァルトは違った。

 

「フリアエ……俺のもとへおいで。何も怖くない。何も恐れるな。世界はきっと良くなる。君だけが犠牲にならなくていいんだ」

 

 フリアエへ手を伸ばし、語りながらゆっくりとフリアエの方へ歩いていくイウヴァルト。明らかに様子がおかしいのもありフリアエは距離を取り、そんな二人の間をカイムが割って入った。

 

「……堕ちたか」

 

 呟くレッドドラゴン。七支刀以外は全員、彼の眼が元とは違う赤に染まっていることに気がつく。帝国兵と同じ赤い眼に。

 帝国側に、墜ちたのだ。

 

「僕、弱くなんかないよ。カイム!そんな目で僕を見ないで。僕もっと強くなるから!」

 

 強く睨みつけるカイムに、イウヴァルトはたじろぐ。カイムはイウヴァルトへ剣を構え直し、ヴェルドレはフリアエの手を握り下がらせる。

 七支刀も神器七支刀を構え、いつでも神器の力を解放出来るように構え、ギャラルもまたデボルポポルを強く握りカイムの隣に立つ。

 

「歌を失くしたものの……俺は強くなったんだ、カイム。だから安心してフリアエを任せてくれ」

 

 そう主張し、改めてフリアエへ近づこうとするイウヴァルトを制するように、剣を向けたままフリアエの側によるカイム。

 

「またその目か……俺はおまえのその眼がずっと嫌だった。俺をさげすみ、憐れむその目が!!」

 

 突然激昂しだすイウヴァルト。しかしギャラルの目には、カイムがそんな憐れむような眼をしているようには見えない。そこにあるのは戸惑い。やはりカイムにとってイウヴァルトは親友であり、その親友に剣を向けるのは楽なことではないのだろう。

 

「待って、イウヴァルト。カイムは貴方のことをそんな風に思っていないわ」

「おまえに何がわかる!俺たちは幼い頃からの付き合いなんだ。だからわかる、カイムがそういう眼でいつも俺のことを見てると!!」

 

 ギャラルはカイムの前に立ち、カイムの代わりに剣を向ける。親友同士で戦うのなんて間違っているのだ。

 

「復讐のためなら、妹をも犠牲にするカイムより……俺はずっとまともだ!」

 

 怒りが最高潮に達したのか、遂にイウヴァルトも剣を抜く。ニヤリと笑みを浮かべるイウヴァルト。近くに降りていたブラックドラゴンも飛翔し、この場の最大の脅威であるレッドドラゴンへと狙いを定める。

 

「そこを退いてくれ、俺はカイムを越えるんだ」

「退かない。親友同士で殺し合いなんてさせないわ」

 

 カイムが何か主張しようとするが、声を封じられた彼から言葉が出ることはない。普段は彼の口となっているレッドドラゴンも、ブラックドラゴンと睨み合いそれどころではなくなっている。

 

「カイムはドラゴンを!」

 

 ギャラルの声と共に、レッドドラゴンがけたたましい咆哮を上げる。開戦の合図となるかのようにそれぞれが動き出す。

 イウヴァルトは走り出しギャラルへと剣を振り下ろす、何とか一撃を受け止めるが、ドラゴンと契約したイウヴァルトの力は以前とは比にならない。

 ブラックドラゴンも空から飛びかかる。レッドドラゴンも同等かそれ以上の力を持つブラックドラゴンの、しかも空からの体重を活かした攻撃は受け止めきれず倒されてしまう。

 まだギャラルに何か言いたそうにしていたカイムだが、レッドドラゴンの元へ走り出した。

 七支刀はイウヴァルトの足を止めるべきと考え神器を構えつつも呪術を唱え始める。ギャラルとイウヴァルトの剣戟の隙をついて完成させようとするが、そうはいかなかった。

 2度、3度ギャラルが剣を受け止めたが、それが限界だった。ただでさえ力や体格の差が圧倒的なのに、カイムと共に剣の修行をしていたイウヴァルトの剣に、付け焼き刃でしかないギャラルが技術的に勝ることもない。持っていたデボルポポルは吹き飛ばされ、更にその勢いで倒れてしまい背中を強く打つ。

 カイムが離れてくれたから、もう剣に拘る必要はないからと神器ギャラルホルンを構え直そうとするがそれも軽く蹴り飛ばされる。

 また同時に、レッドドラゴンもピンチになっていた。ブラックドラゴンに押し倒されただけではなく、首元に噛みつかれていた。放おっておけば間違いなく殺される。

 カイムの脳裏に浮かぶは、ブラックドラゴンに殺された両親の姿。怒りを顔に滲ませて、ブラックドラゴンの元へ走る。

 隙ありと言わんばかりにブラックドラゴンはレッドドラゴンから離れ顔を蹴り倒し、カイムへと炎の玉を吐き出した。契約者と言えども生身の人間がドラゴンの炎に耐えられるわけもない、ボロボロになったレッドドラゴンが何とかカイムを庇い九死に一生を得る。

 ついに呪術を完成させることが間に合わず、次々とやられていく仲間を助けることも出来ず頭が真っ白になった七支刀は、神器を解放しイウヴァルトに向かって走り出す。しかし力任せで技のない剣は容易に動きを読まれ、逆に神器を叩き落される。更に神器の重さに連れられ倒れた七支刀を無視し、フリアエの元へ歩き出す。

 炎上するレッドドラゴンに、そのレッドドラゴンに包まれて身動きが取れないカイム。イウヴァルトに負かされ地を這うキル姫二人。残るのは自分しかないと慌てて呪文を唱え始めるヴェルドレだが、イウヴァルトは軽く杖を斬り飛ばす。更に腹に剣を掠めてしまいヴェルドレもまた倒れてしまう。

 炎が落ち着き、ようやく身動きが取れるようになったカイムは惨状を見る。しかも、その視線の先にはフリアエの唇を強引に奪うイウヴァルトの姿だった。

 キスされたせいでフリアエの、封印の女神の"オシルシ"が今までにない激痛になり気絶してしまう。フリアエを抱えるイウヴァルトへ、戸惑いよりも怒りが勝ったカイムが走り出すが、怒りに飲み込まれた剣はイウヴァルトに当たらない。剣を弾き飛ばされ、更にバランスを崩してしまいカイムも倒れてしまう。

 止めるものもいなくなったイウヴァルトは、ブラックドラゴンの元へ戻る。

 

「歌の消えた世界に口づけを!」

 

 その言葉だけを残し、フリアエを連れてブラックドラゴンに乗り、空へと飛翔していくのだった。

 何とか剣を拾い直し立ち上がるカイムの手は、何にも届かなかった。



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第2節 絶望のはざま

イウヴァルトとブラックドラゴンの襲撃により、フリアエをさらわれてしまったカイムたち。
レッドドラゴンの傷が深く、帝都の方向へ飛んでいったイウヴァルトを追う前に追加の休憩を強いられることになる。


 カイムは感情に任せその場で剣を振り回す。虚しく空を切る剣を、今度は倒れているギャラルへと突きつける。

 ようやく感情の整理を出来てきたギャラルは、その剣先を見つめる。カイムの怒りの表情と共に。

 取り返しのつかないことをしてしまった。おかしくなったイウヴァルトを止めることすら出来ず、カイムにとって最愛の人物であり、この世界にとっても重要な人物であるフリアエがさらわれてしまった。しかも、カイムにドラゴンの方へ向かうように言ったのは自分だ。レッドドラゴンが庇わなければカイムは死んでいたかもしれないのだ。

 

「うわああああああああ!!!」

 

 どうしよもない程の絶望、その感情を言葉にすることは出来なかった。だから、ただ吠えた。

 カイムに何か伝えるべきだ、言い訳か、謝罪か、激励か、少なくとも叫んでどうにかなる問題でもない。だから、何か言わなければと義務感のようなものに突き動かされ、なんとか立ち上がりふらふらとカイムの元に歩く。カイムの腕に抱きついて、なんとか開いた口から出た言葉は……

 

「……ギャラルのこと、嫌わないで」

 

 余りにも、惨めだった。

 

 すぐにでもフリアエを取り戻すために動きたかったが、レッドドラゴンの傷は重い。流石のドラゴンといえども治癒には時間がかかってしまうため、一夜のはずの荒野でのキャンプを続けることになった。

 

 焚き火の前でぼうと座っているヴェルドレに、七支刀が話しかける。

 

「ヴェルドレ様、傷は大丈夫ですか?」

「ええ、腹の傷は大丈夫です。」

 

 まるで他の部分に傷を負っているような口ぶりに、七支刀は動揺する。イウヴァルトの襲撃のあと、ヴェルドレの看病をしたがそのような傷はなかったはずだからだ。

 しかし、その"傷"が何なのかをヴェルドレは語りだす。

 

「イウヴァルトに刃を向けられた時、私の心にあったのは慈悲でも無でも、恐怖ですらなかった。私の心には、怒り、ただそれだけがあった。……今さら、人に何かを説くなど」

 

 帝国兵とて人の子、むやみな殺生はよくないと説いていたヴェルドレに、同じく殺すことを好まない七支刀は少しだけ惹かれている部分はあった。

 しかし、ヴェルドレは帝国へと怒りに飲まれてしまったのだ。

 

「そなたは、変わらぬのだな」

「……変わりません、わたくしは。それが平和になった世界に、一人でも多くの人が幸せに暮らせるのならそれに越したことはないはずです」

 

 曖昧な世界平和を夢見て、かつてはキル姫でありながら剣を振るうことすら出来なかった七支刀だが、その胸の奥にある強い想いは簡単に揺らぐものではなかった。

 ただ、イウヴァルトを止めることが出来なかったのも事実。他の連合兵の見回りと、帝国軍の気配がないことを確認した七支刀は剣も術も精度を上げるべく、一人特訓を始めようとした。……ギャラルの語りを偶然耳にするまでは。

 

 ギャラルはレッドドラゴンの元へ来ていた。だいぶ傷も塞がってきているし、明日には元気になるかな?と考えながら頭を勝手に撫でる。

 

「ありがとう、カイムのこと守ってくれて」

「さもなくば我も死んでいた。契約者とはそういうものよ」

 

 互いの心臓を交換している契約者は、どちらかが死ねばもう一方も死ぬ。だからカイムを庇っただけで、守ったわけではないと主張するレッドドラゴンだが、ギャラルは笑みを止めない。

 

「……今からでも遅くはない、カイムに執着するのはやめよ。幼子に背負わせるには重すぎる覚悟ぞ」

「子供じゃないわ、ギャラルは立派なレディよ!」

 

 子供と言われ、ついムキになって反論する。実際、キル姫であるギャラルは見た目に比べて圧倒的に長生きである。ドラゴンよりも長生きできる可能性があるくらいには。

 しかし、レッドドラゴンはただの子供としか認識していない。例え長く生きていようが、その心が子供のままならば子供でしかないのだ。

 

「カイム!来たのね」

 

 こちらに向かってくるカイムに気がついたギャラルは、満面の笑みでカイムに声をかける。

 レッドドラゴンは、ギャラルは明らかにイウヴァルトの一件から笑うことが増えたと感じていた。何か吹っ切れたのかと思っていたが、今までのギャラルの言動を考えるともっと危うい何かではないかとも考えられる。

 

「今日も剣を教えて。じゃないとカイムと一緒に戦えないわ」

「待て、ギャラルよ。一つ聞きたいことがある」

 

 ここでキャンプを続けている間、何かに取り憑かれるかのように剣の稽古をしているギャラルを止めようとする。前から気にはなっていたが聞く機会もなかったことを、ギャラルを止めるために聞く。

 

「おぬしの過去、今一度話してはくれぬか」

 

 カイムは余り興味なさそうな態度を取るが、この場から離れようとしないのが多少は関心があるということを如実に示していた。

 

「……いいけど、あまり楽しい話じゃないわ」

 

 ギャラルは語りだす。神魔大戦の最中、ギャラルホルンとして戦い続け、戦って戦って、大戦を止めるために戦い続けて、自分の預かりしれぬところで突然戦いが終わったこと。その上、信じていた"まま"とその仲間に、欠陥兵器として捨てられ封印されたこと。

 

「幼子を騙し利用し、その挙げ句に不都合になれば封印か。天使とて、しょせんは人と同じ下劣な存在か」

 

 怒りをあらわにし、吐き捨てるようにいうレッドドラゴン。また幼子と言われたギャラルはムッとするが、当時はまだキル姫になってからも日は浅く子供と言われても仕方ないと考え反論はしない。

 

「でも、それだけではなかったのよ」

 

 更に続ける。ここからは、カイムたちには一度も語ったことのない部分。

 ユグドラシルに封印されていたギャラルは、一つの結論に達していた。人が生き続ける限り争いは起き、その度にたくさんの悲しみが生まれる。ならば世界を終わらせてしまえばそれ以上の悲劇は一つして起こらない、それが人々を幸せにするのに最善な方法だと。

 そして同じくユグドラシルに封印されていた二人のキル姫とも意気投合し、終焉という現象と共に活動したこと。

 

「ならば、今の帝国をよしとするか?封印が破られれば世界は終わりに近づくぞ」

「終わらせるにしても、もっとまともなやり方があるわよ。それに……」

 

 その話はそこで終わりではない。それでも世界の終焉に抗うキル姫たちとの戦いがあり、その中で彼女らに希望を見せられたのだ。

 結果として終焉そのものを避けることは出来なかったが、新しい希望の種を残し平和な世界が再生されたのだ。もし彼女らが終焉に抗うことをやめてしまっていれば、その平和が生まれることがなかったのだ。

 

「だから大丈夫よ。最後まで抗い続ければ希望はあるわ」

 

 ぬひひと笑うギャラルは、ここ最近見せていた何処か不安になるような笑いではなく、純粋な笑顔だった。

 そんなギャラルに対し、まるでレッドドラゴンが疑問に感じているかのような口ぶりでカイムの疑問を口にする。

 

「……なぜカイムに執着する。世界を救いたいのであればフリアエを救うべきだと考えぬのか」

 

 少し考えるような仕草をしてから、まるで言い訳をする子供ように話し出す。

 

「だって、カイムは凄く強いし。あなたもカイムと一緒に帝国を倒してくれるでしょ?ギャラルももっと頑張って一緒に戦えば平和にできるわよ」

「カイムのこと、救いたいと言っておらんかったか?」

「それはもちろん、平和になったらカイムだって幸せになってほしいし。だからしっかり帝国を倒して、復讐を終わらせましょう」

 

 ギャラルは色々と言ったものの、正直自分がカイムに強く執着している理由というのは思いつかない。いや、もっと正確にいえばカイムに執着しているという自覚がないのだ。

 見た目通り、もしかすれば見た目よりも幼い精神性をしているギャラルが突然異世界に飛ばされ、壮絶な戦争に巻き込まれ、しかも恐ろしい帝国兵たちを相手にしないといけない中で、その帝国を圧倒的な強さで薙ぎ払っていくカイムとレッドドラゴンは希望になっていたのだ。

 

 ギャラルの語りは長く、気がつけば日も落ちていた。

 

「明日には出れるぞ。だから今日は身体を休めておけ」

「……そうね。おやすみ、カイム」

 

 素直に従ってくれたギャラルを横目に、レッドドラゴンはカイムの疑問に答える。

 

「確かに人間は下劣な存在よ。しかし、その下劣な者に背負わされた宿命、見捨てるには重すぎるものよ」

 

 それぞれの思いを胸に、カイムたちは明日のために眠りにつくのだった。



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第3節 残存の勢力

レッドドラゴンの傷の癒え、イウヴァルトを追うべく帝国領土へと向かう。
その最中に帝国領に進軍している亜人の軍団を発見する。まずは空の部隊を殲滅すべく、レッドドラゴンは飛翔する。


 カイムとレッドドラゴンは上空に飛び立つ。そこで待ち構えていたのは今まで相手にしてきた兵器とは違うものであった。船と言うべきか、気球と言うべきか……少なくともこれまでとは全く違う敵に、帝国領土へと近づいていることを実感させる。

 ギャラルたち残りの者もまた、地上から進んでいく。砂漠の時とは違い、カイムたちだけで進む訳にもいかない。遅れを取らぬように進んでいく。特にヴェルドレは神官長であり、連合軍最高指揮官でもあるのだから、死なせる訳にもいかないのだ。

 気球型の船は大砲を発射しドラゴンを落とそうとする。しかし今まで相手してきた兵器群よりかよほど容易い相手だ。ただの大砲なので軌道がわかりやすく、気球でしかないのでドラゴンの炎で簡単に墜落していく。

 しかし、数が多い。気球ともなれば乗員が必要になるはずだが、その数は兵器群と同じかそれ以上あるのではないかと錯覚させるだけの物量がある。

 

「この数、どうやら帝国軍との決戦の日は近づいているようだな。と今は帝国領土に向かうことが先決のようだ。いくぞ!」

 

 イウヴァルトとの決着やフリアエのこともあるが、そもそも帝国軍に連合軍が負けてしまえば取り返しがつかなくなる。

 気球部隊を次々と壊滅させるレッドドラゴンだが、ガーゴイルやワイバーンといったこれまで戦ってきたものまで現れる。やはり帝国領に戦力を集結させつつあるらしい。

 地上にも塔のような砲台が幾つもあり、レッドドラゴンを落とさんとばかりに大砲を発射していく。

 

「エルフの里を襲ったのは、あの種族のみ持つ封印番の力を欲したせいでありましょう」

 

 戦いの中、ヴェルドレは帝国軍の目的を考え語る。各神殿には封印番となる種族が存在し、エルフもまたその一つだという。封印を破壊しようとしていることを考えれば、エルフの里を襲撃したのもおかしくはない。

 地上戦力の中で唯一飛べるギャラルは、砲台の破壊を優先するため狙える距離まで進み、神器の力で破壊していく。少しでもレッドドラゴンの負担を減らすために。

 

「"契約者"とは、かけがえのないモノを失ってでも強大な力を手に入れたいと欲した人間のことだ」

 

 圧倒的な力で帝国兵を蹴散らすカイムのことか、或いは憎しみに飲まれてしまった自分のことか、ヴェルドレは呟く。

 見える範囲の砲台を破壊し終えたギャラルは、暗い表情をしているヴェルドレに笑いかける。

 

「何も恥ずかしいことじゃないわ。ギャラルだって、力はほしいもの」

「ギャラル……憎しみに焼かれてはならぬ。慈悲を持って……いや、今の私に語れる言葉はあらぬか」

 

 言葉を止めてしまうヴェルドレを少し悲しそうな表情で七支刀は見ていた。憎しみに飲まれたヴェルドレに、他者を止める権利は本当にないのだろうか……

 帝国との戦いで"深化"していくレッドドラゴンに、今まででさえ敵わなかったガーゴイルやワイバーンが勝てるはずもなく、為す術もなく散っていく。しかし戦力はまだ増えていく。

 新たな気球部隊が姿を表すが、先程までのものとは違う。戦艦と形容もできるような巨大な気球船がいくつか姿を表す。

 

「”再生の卵””女神””天使の教会”……空洞の欠片ばかり集まりおって!」

 

 複数積まれた砲がレッドドラゴンを落とすべく弾幕をはっていく。しかしそれら以外を全滅させられているため、もはやただの大きい的にすぎない。

 レッドドラゴンの炎を受け止めきれずに墜落していく気球船、これ以上の増援がないことを確認するとカイムは地上部隊を殲滅すべく低空へと降りていった。



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第4節 暴力の荒野

帝国軍の亜人部隊、奴らを戦地に向かわせては我が連合軍は圧倒的に不利になる。
敵部隊を雪原に通すな!


 空から降りてきたレッドドラゴンと、合わせて進んでいたギャラルと七支刀は合流する。待ち受けていたのはゴブリンの部隊。小さい体ですばしっこく、数だけは多い危険な集団。下手に隙を見せればあっという間に斬り刻まれてしまうだろう。

 ゴブリン部隊は赤いゴブリンによって構成されており、やつらはまともに鎧を着ていない。ゴブリンの長所であるすばしっこさを活かして戦うのだろう。

 ギャラルと七支刀を殺すためにゴブリンは次々と走り出す。しかしそこへレッドドラゴンの炎が降り注ぐ。まともな装甲を持たぬゴブリンが軽く蹴散らされてしまう。

 どうにか躱した何匹かのゴブリンが諦めずに走るが、低空飛行したギャラルが素早く接近しデボルポポルで一刀両断する。

 しかし亜人部隊はその程度の数ではない。緑の、鎧を着て盾を構えるゴブリンや、少し大柄のゴブリンも現れ殺到する。後方にはレッドドラゴンを迎撃するために大砲を構えている部隊の姿も見える。

 ここからは自分も剣で戦うべきだと感じたカイムは地上に降り立つ。それぞれ言葉を交わすことなく走り始める。神器による圧倒的な質量の暴力を振るえる七支刀は大柄のゴブリンを、飛んで素早く接近できるギャラルは後方の部隊へ、残りのゴブリンはカイムが足止め……いや、皆殺しだ。

 人間の帝国兵とは違い、しっかり鎧を着込んでいる訳ではないゴブリンは容易に剣で斬り裂かれる。ドラゴンを警戒しつつも接近するギャラルを迎撃しないといけない大砲部隊は、それぞれの警戒が中途半端になってしまい当たる玉を飛ばすことができない。慌てて大砲を放棄し逃げ出そうとする亜人共を、先回りしたギャラルは両断していく。

 大柄のゴブリンは弱そうな女が来たと舐めながらも、その体格に見合った棍棒を構える。しかしその棍棒がまだ少し届かない距離で神器の力が解放され、棍棒など目でもない大きさへと変化する。木製の棍棒と神器、鍔迫り合うこともなく棍棒が折れ、そのまま刃がゴブリンの体に突き刺さる。せめて一思いにと深く突き刺す。その力に戸惑いながらも来る残りのゴブリンだが、結果は同じだ。

 緑のゴブリンと、増援として現れた赤のゴブリンはカイムへと向かう。これだけの数なら人間一人くらい簡単に取囲み斬り刻み、晒し上げの一つでも行えてもよかったのだが現実は違う。カイムの放つ炎の魔法により、最低限の鎧を着た緑のゴブリンが焼き払われていく。倒しきれなかった緑のゴブリンも串刺しにいていき、死体を目眩ましとして他のゴブリンへと放り投げる。

 

「そなたら、笑っておるな?この者達を刃で切り刻むのがそんなに楽しいか?」

 

 後方からその他連合兵に守られつつも戦場を観察しているヴェルドレが、七支刀以外の二人を見て呟く。圧倒的な戦力で亜人部隊を壊滅させていく頼もしさと、笑みを浮かべながら殺戮する者たちへの恐怖が混ざっていた。

 

「危ない!」

 

 緑のゴブリンを殺していくカイムだが、赤のゴブリンにも緑のゴブリンの死体を利用し隠れて接近している者がいた。カイムも気づいてなかったが、大砲部隊を壊滅させ戻ってきたギャラルの鋭い声によりなんとか剣を防ぐ。ゴブリンの剣は軽く、そのついでで斬り飛ばしまた一つ死体を増やす。

 圧倒的な戦力差だった筈が壊滅的させられた亜人部隊、指揮官部隊が雪原の方向へと逃げ出し始める。七支刀は逃げる者まで殺すべきではないと、一度立ち止まりカイムの様子を見る。しかし、レッドドラゴンに乗ったカイムは追撃すべく追っていた。

 

「背を見せて逃げゆく敵にとどめをうちこむ……神よ、我々は正しいのですよね?」

「でも倒しておかないと、別の部隊と合流されるわよ?全滅させないと。ぬひひ」

 

 いつものように、子供らしい無垢な表情で笑うギャラルに、やはりヴェルドレは恐怖を覚える。間違いなく、イウヴァルトの襲撃の一件から何かが変わってしまったのだ。しかしそれはヴェルドレとて同じこと。そのことをあまり強く指摘はできない。

 それに、帝国領土での決戦が近づいている状況で、そちらに合流する部隊が増えるのも良くないのもまた事実。

 カイムとレッドドラゴンを追うように進軍していく。そのさなか、荒野に広がる亜人の死体の山と広がる血を見て呟く。

 

「これだけの死骸、手向ける花も枯れてしまうな……」



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第5節 禁断の地

帝国のドラゴンに両親を殺されたカイム、愛を騙る天使に利用され捨てられたギャラルホルン、愚かな人間を蔑むレッドドラゴン。
歪な関係の三人は、逃走する帝国兵の追撃に向かう。その姿はまるで、戦うことでしかわかりあえないかのようだった。


 荒野が雪に覆われていく。カイムたちが進む先は、荒野というより雪原と言ったほうがいいだろう。

 しょせんは亜人、ドラゴンの翼から逃れることはできない。ハンマーを構えたオークが立ち向かってくる。カイムもまたオーク共を殺すためレッドドラゴンから降り剣を構える。本来カイムより体格がよく力がありそうで、数も多いオークの方が圧倒的に有利のはずだがそうはならない。元々かなりの剣の技量を持っていて、しかもドラゴンとの契約で更に強くなっているカイムの敵ではない。

 オークの群れが、死体の山へと変わったあとにギャラルや七支刀、ヴェルドレなどの他の者も追いついた。

 周りに敵がいなくなったからか、レッドドラゴンはカイムへと声をかける。

 

「おぬしの両親は……ドラゴンに?」

 

 イウヴァルト襲撃の際、カイムがブラックドラゴンに襲われているレッドドラゴンを見たときに想起していたのだ。ブラックドラゴンに襲われ、目の前で殺されていく両親の姿を。

 レッドドラゴンはそれにより、カイムの両親がドラゴンによって殺されたことを知ったのだ。

 カイムの忠臣たちはともかく、それ以外の人は初めて聞く話だ。両親の仇であるドラゴンと、同じ個体ではないにしろ契約しているという事実に驚く者もいる。

 

「……よし、帝国領土へ急げ。女神もきっとそこにいる」

 

 聞きたいことを聞けたからか、進軍を再開すべく急げと言う。

 

「カイム、もしかしてあの黒いドラゴンが仇なの?」

 

 イウヴァルトが襲撃したときの、カイムの反応を思い出していたギャラルは尋ねた。その言葉にカイムも小さく頷く。

 親友が帝国堕ちてしまっただけでなく、親の仇と契約までしている。どうしもない状況に、どうすればいいのかとギャラルが必死に考える。しかし悠長に考えている時間はない、亜人部隊の姿が見えてくる。考えるのは、殺してからでいい。

 魔力もだいぶ回復してきたので、デボルポポルから神器ギャラルホルンへと持ち替える。カイムを狙い走り出す赤いゴブリン部隊と遅れて走ってくるオークの部隊。ゴブリンとカイムの距離は既に近く、カイムが殺すだろうと思い魔弾をオークへと撃ち出す。大部隊ということもなく、ただの亜人部隊でしかないので扉を呼び出すまでもない。

 七支刀もまた神器を巨大化させ走り出そうとするが、ギャラルが呼び止める。

 

「あなたの神器、随分と連発できるのね?」

 

 こう何度も力を使っていれば息切れしそうなものだが、その様子がない七支刀に疑問を覚えていたのだ。

 

「実は、能力を完全に解放はしてません。本気だと連発はできませんし、いざというときに使いたいのです」

「ええ、お二方が砂漠の神殿に行ってるときに見ましたが、なんとも凄まじい力でした」

 

 ヴェルドレは七支刀の全力の攻撃を目撃していた。圧倒的な暴力で蹴散らされる帝国兵の姿も。彼女の性格も相まって、いてくれることに強い安堵感を覚えていた。

 

 カイムの剣とギャラルの魔弾により潰れていく亜人部隊だが、やはりそれだけでは終わらない。より奥からゴブリンやオーガが雪崩込むように姿を現す。流石に剣ではきりがないとドラゴンに乗ろうとするが、亜人部隊の中に帝国軍弓兵が混じっていることに気がつく。同じく気がついたギャラルは視線をカイムに送ると、カイムはそのままドラゴンの背に飛ぶ。そしてギャラルは、弓兵を殺すために剣が届かない距離だけ飛び亜人部隊を飛び越していく。

 

「封印を守るため帝国を倒し、再び平和な世界が取り戻せたなら、復讐もまた大儀となるか」

 

 復讐の駆られ帝国軍を殺戮するカイムを見てヴェルドレも呟く。今更人のことを言える立場ではないと考えつつも、やはり戦いというより一方的な殺戮を展開しているカイムを見て思うところはあるのだ。

 世界だけではなく、カイムを助けるための戦いになっているギャラルにとって肯定する考えだ。この殺戮が終わるまで、きっとカイムは他に傾倒することはないだろう。それが世界を守るためであっても、復讐のためであっても。

 

「こざかしい虫けらどもめ。我が紅蓮の炎で一掃してくれようぞ!」

 

 威勢よく言い放つレッドドラゴンは、大魔法を放つ。雪原と化しているはずの場を、荒野へと戻さんとばかり炎が広がっていく。逃げ場のない亜人部隊は焼かれるしかないのだ。

 レッドドラゴンを止めようとボウガンを構える弓兵たちだが、亜人部隊の壁を無視し突撃してくるギャラルへと慌てて向きを変えるが遅い。弓兵部隊は剣のサビに変わっていくだけだ。

 なんとか炎の海を超え、ヴェルドレを狙い走るオークも七支刀により斬り伏せられる。亜人部隊は成すすべなく全滅させられたのだ。

 

 一番先まで飛んでいたギャラルは、そのまま偵察もかねて先に進む。すると、小さな村の姿があった。一瞬だけ安心したが、何かが破壊される音に気がつきハッとする。そもそもこの近くに亜人部隊がいたのに、都合よくそこだけ無事なのもありえないのだ。

 襲撃されている村がある、それを見捨てることはできないとギャラルは更に飛んでいく。先行しすぎていることに気がついたレッドドラゴンもカイムを乗せ後を追う。

 ギャラルを迎撃すべく飛んできた矢を軽く躱し通り過ぎざまに弓兵を両断するが、そこにいたのはオークなんて目ではない巨漢の亜人だった。ギャラルの2倍か3倍はあるであろう亜人、オーガ共の視線がギャラルに集中する。

 オーガの一体が両手に持った鉈をギャラルへと振り下ろす。なんとかデボルポポルで防ぎはしたものの、あまりの怪力に動けなくなってしまう。止めを刺そうともう一体が鉈を振り下ろそうとするが、胸を剣が貫いた。ドラゴンから飛び降りたカイムの剣の攻撃だった。

 

「やつらはオーガだ、他の亜人共とは違う!」

 

 なんとか追いついたヴェルドレが、亜人のことを知らないであろうキル姫二人へと声をかける。

 流石のオーガも突然目の前で殺された仲間に驚きを隠せないのか、握っていた手から僅かに力が抜ける。ギャラルはその一瞬の隙を見計らって、鉈を弾きすぐに距離を取り直す。

 

「ここはわたくしが!」

 

 オーガから剣を抜き飛び退いたカイムとギャラルより一歩前に出た七支刀は、神器の能力をもう一段階解放する。神器七支刀の刀身が回転し始める。回転は激しくなり風をまとい強大なエネルギーを生み出していく。飛び道具など持っていないオーガたちは戦うために接近するしかない。七支刀へ向かって集まるオーガたちへと、神器を突き出しエネルギーを放出する。最も近かったオーガは一瞬で切り裂かれバラバラの死体へと変わり、残りのオーガも吹き飛ばされ散らされていく。

 ……家屋なども巻き込まれ吹き飛んでいくが、もう住むものもいない家に意味はないだろう。

 

「大将は、まだ息があるようだな」

 

 なんとか即死を免れた大将に用があるのか、レッドドラゴンはカイムに近づくように言った。



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第6節 残る封印は……?

帝国のことを少しでも知るために、カイムを通じてオーガの心を読もうとするレッドドラゴン。
その間の僅かな時間にギャラルホルンと七支刀はお互いのことを話し合う。
しかし、彼らの元にフェアリーの悲鳴が響く。


 カイムにオーガの身体を触らせると、レッドドラゴンが言う。

 

「我が心を読もう」

「そんな力があるの?」

 

 契約者だからかドラゴンだからなのか、心を読めるという。ギャラルは少し驚きつつも、とりあえず様子を見守る。

 七支刀は神器を解放し疲れたためか、雪原の上に腰をおろしていた。ギャラルも七支刀の様子に気が付き、隣に座る。

 

「強いのね、七支刀も」

「わたくしは強くなんてありません。戦うので精一杯ですから」

 

 七支刀は笑みを浮かべるが、やはり疲れているからかぎこちない。

 単に疲れているだけではなく、守れなかったエルフたちやイウヴァルトを止めれなかったことを気にしているというのもあるのだが、ギャラルはそこまでは気付かない。

 

「ギャラルホルン様は、戦うのが怖くないのですか?わたくしは、昔はまともに剣を振るうことすら出来ませんでした」

「戦うのは怖くて痛くて、凄く悲しいことだわ。だからこそ戦える力を持つギャラルが頑張って、少しでも早く終わらせないと」

 

 二人とも平和な世界を望んではいるものの、だいぶ違う世界にいた二人だから考え方も全然違った。

 七支刀はただぼんやりと世界平和だといいな、みんなが幸せになれればいいなと願ってはいたものの、周りからちやほやされるだけで中々行動を起こせていなかった。

 

「それに、昔はどうであれ今の七支刀は戦えてるでしょ?それって、恥ずかしいことではないと思うわ」

「ありがとうございます。……パラシュ様が教えてくださったのです、理想のために信念を貫く必要があると」

 

 パラシュ、その名前が出た途端にギャラルの顔が驚きに変わる。

 

「えっ、パラシュと知り合いなの?」

「ギャラルホルン様もパラシュ様のことを知っているのですか?今はイシューリエル様と一緒に"超オカルトバスターズ"をしていますよ」

「なんだ、そのふざけた名は」

 

 心を読みながら、二人の会話にも耳を傾けていたレッドドラゴンは、ついツッコんでしまう。"超オカルトバスターズ"というかなりトンチキな名前に。

 

「話聞いてたんだ……それより、心は読めたの?」

 

 そもそも今七支刀と話しているのは、レッドドラゴンが心を読んでいる間の時間潰しも兼ねていたので、肝心のそれが終わったのかギャラルは聞く。

 

「ああ、読めたぞ。やつら、要塞を隠し持ってるらしいぞ」

 

 要塞という言葉を聞いて、あまりいい顔はしない。そこを攻略する必要があるのだから。

 直後、甲高い悲鳴が辺りに響く。

 

「何!?」

 

 特に耳のいいギャラルは驚く。一体誰の悲鳴なのか。

 

「神殿の封印を守るフェアリーの断末魔が聞こえたということは、3つの封印は絶望的だな」

 

 レッドドラゴンは冷静に状況を分析する。その言葉を聞いたカイムは、怒りをぶつけるように剣を地面に突き刺す。

 他の封印が全て破られたということは、フリアエにかかっている負荷も跳ね上がっているからだ。それに……

 

「残る封印は女神の命のみ。間に合うか?」

 

 他の封印が全て破られたということは、最終封印であるフリアエを殺害しようとする可能性が高い。

 

「とりあえず、帝国領土へ急ぐのだ!要塞のことは……それからだ」

 

 要塞のことも気になるが、今はもう時間がない。カイムたちはすぐにでも帝国領土への進軍を再開することになる。

 ギャラルが七支刀の手を取り起き上がらせる。

 

「パラシュのことはまた今度ね。……だから、世界を守るわよ」

「はい!」

 

 カイムへと傾倒していたギャラルだが、まさかの共通の友人がいる七支刀と、世界を守るという最大の目的を確認する。

 きっとカイムは違うんだろうなと思いつつ、世界を守るという意思で戦ってくれる人がいるという安堵感を覚えつつ、帝国領土への道を進軍し始めるのであった。



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第7節 石の声

カイム達は、モンスターの記憶から帝国領土への近道を読み取る。そこは石で造られた大型ゴーレムと帝国兵によって守られている侵食された谷だった。

だが、世界を護る封印が次々と破壊されている現在、一刻の猶予も無いカイムはその場所を通って帝国領土へと向かう。


 雪原からレッドドラゴンに従い進めば、入り組んだ狭い谷にたどり着く。レッドドラゴンだけならば超えることもできるかもしれないが、全員で進軍するために素直に谷の中を進むことになる。

 ゴブリンの部隊があちこちに隠れており、奇襲を仕掛けてくるがカイムとギャラルの剣によって殺されていく。しかしその中に、魔術士が混ざっていた。しかも赤いローブを着ており、こちらの魔法は通らなそうだ。

 ゴブリン部隊を囮にするかのように、離れた位置から魔法弾を飛ばしてくる。しかし魔術士の数が多くはないのと、ゴブリンがうまく連携を取れていないのかそこまで苦労はしなかった。

 ゴブリン部隊を全滅させた後に、ギャラルが飛翔し逃げようとする魔術士へ追いつく。逃げられないと悟った魔術士は魔法弾を飛ばすが、囮もいないこの状況で当てられるものでもない。簡単に避けられ、返す刃で斬り捨てられる。

 

「ここにはブラックドラゴンの気配はない。しかし、また別の……」

 

 レッドドラゴンが、この谷に潜んでいるのがゴブリン部隊だけではないと気配を感じ取っていた。

 カイムたちが谷を進んでいけば、その正体が現れる。岩で作られた人造兵器、ゴーレムが鎮座していた。塔に足を付け、浮遊する両腕を付けているような姿をしているそれは、カイムたちに気が付き立ち上がる。

 更に、ここが本命だったのか赤いローブを着た魔術士も複数配置されているのが見える。七支刀は神器を解放したばかりで戦力にならないため、カイムとギャラル、レッドドラゴンだけでここを乗り越えないといけない。

 ゴーレムの装甲に剣は通じないだろうと、カイムはレッドドラゴンに乗る。ギャラルはレッドドラゴンを妨害してくるだろう魔術士を斬ることに専念することにした。

 魔術士はレッドドラゴンとギャラル、半々くらいに分かれて魔法弾を飛ばしてくる。結構な数なのと、レッドドラゴンにとって狭い場所なのも相まって躱すだけで精一杯になってしまう。ギャラルはなんとか弾幕を掻い潜り、魔術士に斬りかかる。しかし、斬りかかる瞬間を狙って四方八方から魔法弾が飛んでくる。紙一重で躱したが、近くに着弾した魔法弾が爆発を起こす。それは避けられず飛ばされた方向には、振り下ろされようとしているゴーレムの腕。先には巨大な剣も付いており、まともに喰らえば死んでもおかしくない。しかし一瞬だけ動きが止まり、ぎりぎりで避けることに成功する。

 剣を振るえないからと、七支刀は呪術で支援したのだ。

 

「七支刀よ、あまり無理をするでない」

「ですが、何もしないわけにも!」

 

 しかしそのせいで魔術士たちは七支刀やヴェルドレに気がつく。何人かは狙いをそちらに変えようとする。ただ、結果としてチャンスになった。

 弾幕が手薄になった瞬間を狙い、レッドドラゴンの炎はゴーレムにぶつけられる。一撃で破壊とはいかないが、足止めにはなる。そしてギャラルが、七支刀の方向を狙おうとしている者を優先して殺していく。

 そして数が減った魔術士はもはや脅威ではなくなった。レッドドラゴンがそのままゴーレムの相手をしつつ、残りもデボルポポルの錆になっていく。残るはゴーレムのみ。

 

「ギャラルも神器を使うから、同時攻撃でいくわよ!」

「ふん、そこまでせぬともゴーレムくらい破壊できるわ」

 

 あまり乗り気ではなさそうなレッドドラゴンが、攻撃の手を緩める。ギャラルが神器ギャラルホルンを鳴らし扉を呼び出すと、レッドドラゴンも強力な一撃を放つべく炎をためていく。

 そして放たれた強力な同時攻撃に、ゴーレムは耐えることは出来ず粉砕され石に戻っていく。

 ゴーレムを倒したことで、残りは大したことはなかった。逃げずに残っていたゴブリンを殺し進んでいく。

 

「おぬし、殺すため以外に人間を見つめたことがあるか?」

 

 ふとレッドドラゴンがカイムへと問いかける。何も答えれないカイムではなく、ギャラルがそれに答えた。

 

「あるわ。少なくともフリアエやイウヴァルトのこと、そんな目では見てないでしょう?」

 

 自分のこともそうだといいなと思いつつ、あえて名前はあげない。カイムがギャラルのことをどう思っているのかいまいち分からないし、否定されれば普通につらい。

 残敵も掃討し、谷を抜ける道を発見する。ここから進めば帝国領土へとたどり着くはずだ。

 一刻も早く帝国領土へと行くために、カイムたちは進んでいくのだった。



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第五章 破壊
第1節 決戦


連合軍は総力を結集し、優勢な状態で帝国軍と対峙。最期の決戦に臨もうとしていた。
決戦が始まる前になんとか丘陵地帯に辿り着き、連合軍との合流を果たしたカイムたち。帝国との決戦が、始まるのだった。


 渓谷を越え、緑豊かな丘陵地帯へと付いたカイムたち。そこには連合軍、帝国軍共に大部隊が集まっていた。

 連合軍の元にドラゴンが飛んできたこともあり少しざわめきが起こるが、ヴェルドレが現れたことによりそれも収まる。

 

「あなたが、噂のカイム隊長ですか?」

 

 ドラゴンと契約して、とてつもない強さで連合軍を有利にしている男がいるというのは噂になっていた。

 また、カイムだけでなくキル姫二人も噂は広まっていた。

 

「本当にあんな子供が戦っているなんて……」

「あの子たちも凄く強いと聞いているぞ。この決戦、連合軍の勝利だ!」

 

 強力な助っ人が合流したことにより、連合軍の士気が自然と上がっていく。

 最後の決戦になるであろうこの戦い、ギャラルはかなり緊張していた。この戦いの結果が世界の命運を握るのだ。緊張を紛らわしたいなと思いカイムに声をかけようとするが、彼の顔を見たときに少し驚いた。

 あれだけの帝国兵と戦い、復讐を果たし、殺戮することが出来るのだからカイムは喜んでいるだろうと思っていたのだが、少しだけ不安そうな顔をしていた。

 

「カイムでも緊張ってするのね」

「いや、こやつはもう戦いのあとのことを考えているらしいな」

 

 単に緊張しているだけかと思ったが、レッドドラゴンは否定する。戦いのあとのこと。まずはここで帝国に勝っても、まだフリアエやイウヴァルトがいないのだからそれを取り戻しに行く必要はあるのだろう。

 カイムが考えているのはきっとその先だ。何が不安なのかは分からないが、それでもギャラルは提案した。

 

「平和になったら、ラグナロク大陸に来るといいわ。もちろん、フリアエとイウヴァルトも連れて」

「行けるのか?」

「帰り方も一緒に探しましょ。その方がきっと楽しいわ」

 

 にひひとカイムに笑いかける。そんなギャラルの提案をどう感じたのか、やれやれといった様子でため息をつく。受け入れてもらえたのかは分からないが、少しでも不安を解消できたのならいいと思う。

 そして、カイムは帝国兵の殺戮を期待する、いつもの笑みを浮かべる。準備は万端だ。

 

 そんな中七支刀は、連合軍の波に飲まれていた。

 

「七支刀さん、俺が貴方の分まで戦います!」

「私もそのつもりだ。君のような子に戦わせるなど」

「いえ、わたくしも……!」

 

 囲いができていた。七支刀の雰囲気か見た目か、その両方かいきなり人気になっていたのだ。

 正直なところ、普通の連合兵よりも圧倒的に七支刀の方が強く、彼女の代わりに戦うなんてのはまず不可能だ。しかし、実際の強さを目にしていないのと、理屈とか関係なしにそう言いたくなるような可愛らしさがあったのだ。

 

 決戦前の僅かな休息も終わる。連合軍、帝国軍共に整列し、それぞれの青と赤の旗を掲げ進軍していく。お互いの距離が近づいて来たところで、それぞれが剣を掲げていく。

 連合軍最高指揮官たるヴェルドレにより、ギャラルへギャラルホルンを鳴らすように指示が飛ぶと、戦意を高揚させる音を鳴らす。それが開戦の合図になるかのように、うおおおと声を上げ連合兵は走り出す。

 しかし、ある程度走っていったところで、連合兵たちは次々と立ち止まってしまった。彼らの視線の先にはあるのは、山のように巨大な1つ目の巨人であった……



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第2節 死力の客戦

帝国軍と連合軍の決戦が遂に始まった。
だがそこに帝国軍が持ち出したのは、外法の技術で造り出された巨大人造兵器サイクロプスであった。その巨体の前に、連合兵士達は立ちすくむ。

カイムは連合軍の戦況を有利に導くために、空からサイクロプスをドラゴンで攻撃する。契約者の圧倒的な力で連合軍を勝利に導け!


「ギャラルと七支刀は地上の兵を支えよ。一つ目は我の炎で焼き尽くしてやろう!」

 

 カイムとレッドドラゴンはサイクロプスを破壊すべく空に飛び立つ。山のように巨大であり、頭の周りに作業用の足場が取れずに残っており、両手を後ろで縛られているという奇妙な姿をしている。

 まずは一番近くのサイクロプスを破壊するために飛び立つが、サイクロプスを守るためか帝国軍の小型兵器も複数配置されている。しかし小型兵器など今更敵にもならず、軽くいなしながら次々と炎で破壊していく。

 しかし小型兵器に気を取られている隙を狙い、サイクロプスは一つ目から巨大なな魔力弾を放つ。ぎりぎりで魔力弾を躱し、更に小型兵器を全滅させる。更に弱点でもある一つ目へと炎を連続で撃ち込んでいく。一対一に持ち込んでしまえば、動きが愚鈍なサイクロプスに勝てる要素はない。

 何度も弱点に当てられるドラゴンの強力な炎に遂に耐えきれなくなったサイクロプスは破壊されていく。

 次のサイクロプスまで飛翔するレッドドラゴンだが、そこにも小型兵器が複数配置されている。だがやることは同じだ。

 2体目のサイクロプスも、まずはサイクロプスの攻撃に警戒しながら小型兵器を軽く蹴散らし、一対一に持ち込む。そうなってしまえばやはりサイクロプスには勝ち目がない。ある程度は耐えても、破壊されるのは時間の問題だ。

 更に、レッドドラゴンとカイムによって次々と破壊されるサイクロプスを見て、怯えていた連合軍の兵士たちも士気を取り戻す。いや、開戦前よりも更に上がっている。カイムと同行していた隊を除けば、彼らの力をこの目で見たものはいなかった。その圧倒的な力で絶望的と思われたサイクロプスを破壊していく様は、希望と言っても違いないだろう。

 

「サイクロプスを人工的に繁殖させるなど、正気の沙汰とは思えぬな」

 

 複数いるサイクロプスを前に、レッドドラゴンがふと呟く。カイムはあのサイクロプスというものが具体的にどういうものかは知らないが、レッドドラゴンは知っているのだろうか。

 しかしサイクロプスが何であれ、破壊するのみ。

 次のサイクロプスに向かうと、今度は小型兵器ではなく蝙蝠型の魔物が周囲を飛んでいた。うっとおしくはあるが、こちらへの攻撃も特にしてこない、先程と同じく破壊してやろうとするが、サイクロプスが攻撃しようとした瞬間に蝙蝠が一つ目の周りに集まる。

 嫌な予感がしたカイムはサイクロプスの後ろに回るように指示。直後発射された魔力弾は分裂、反射し追尾弾となりレッドドラゴンを襲う。背後までは追尾しきれなかったか幾つかは明後日の方向に飛んでいったが、逆に残りの幾つかがレッドドラゴンの方向まで向かってくる。弾はかなり素早く、躱しきれずに少しだけ当たってしまう。

 しかし、弾を分裂させていたからかそこまでの被害はなかった。一撃なら大したことがないとはいえ、連発されると危険だと考え、蝙蝠の駆除を優先する。

 サイクロプスの周りを飛び回るため素直に炎を吐くだけで仕留めきれないと、大魔法を解放する。追尾弾で当てられたならこちらも追尾弾をお返しだと言わんばかりに、大量の炎の追尾弾は撃ち出され蝙蝠が殲滅されていく。

 そうなればサイクロプスも先程の二体と変わらない。レッドドラゴンの炎によって塵になる。

 最後の一体も追撃すべく迫るレッドドラゴン。蝙蝠の魔物がまたいるため、先制攻撃で大魔法を解放。最初の二体には温存していたこともあり、もう一度放てるだけの魔力が残っていた。

 蝙蝠も突然の攻撃を避けきれるはずもなく全滅。丸裸になったサイクロプスも同じく撃沈される。

 

「これで一つ目は全て倒したようだ。あとは帝国の残党狩り、おぬしの好きな時間だぞ」

 

 地上部隊へ加勢するために戻るカイムには、凶悪な笑みが浮かんでいた。



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第3節 荒野の夢

カイム達がサイクロプスを倒すため飛び立ったあと、ギャラルホルン達は連合軍の士気を取り戻すべく奮戦していた

更にサイクロプスを撃破したカイムもまた、前線へと舞い戻るのだった


 魔力を温存するために、ギャラルは神器ではなくデボルポポルを握り前線へと飛ぶ。サイクロプスを見て足を止めてしまった兵士達を越えていく。

 更に魔法を唱え炎を纏いながら、待ち受ける帝国兵の中へ突っ込んでいく。待ち受けるように動かない壁の中に落ち、炎に焼かれていく帝国兵の中で更に剣を振っていく。

 七支刀も、止めようとする連合兵たちを押し切り神器の能力を解放させながら前線に飛び込む。巨大な神器七支刀で矢を防ぎつつ前進していき、待ち受ける帝国兵共を一振りで薙ぎ払う。

 そんな中で、カイムたちもまた上空でサイクロプスと交戦を始め、抑え込んでいく。

 

「あれがキル姫と契約者の力……!」

「女子供に戦わせて何が連合軍だ、俺たちも行くぞ!」

 

 彼らの圧倒的な力を前に、士気を取り戻していく連合軍。剣を握りしめ、次々と走り出していく。

 二人のキル姫によって空いた穴に連合軍が殺到し、帝国軍の壁は崩壊を始める。しかし連合兵と帝国兵、一対一では帝国兵の方が強く勢いだけで押していくにも限界はある。

 膠着し始めた場所を狙いギャラルは飛ぶ。戦場を有利に進めるためには自分の力が必要なのだ。味方を巻き込まないように魔法は控えつつも、次々と斬り捨てていく。

 七支刀は攻めることより守ることに専念する。奥にいる弓兵部隊からの射撃を避けれないだろう味方の元へ行き、神器で防いでいく。

 更にサイクロプスが次々と撃破されていく状況で、連合軍の士気はかつてないほど高まっていく。

 

「カイム様が帝国軍最前線にて攻撃を開始!我々も遅れをとるな!」

「よし、このまま押し切るのだ。連合軍の底力を見せてやれ!」

 

 サイクロプスを撃破し終えたカイムとレッドドラゴンが最前線へと降下。カイムは帝国軍の群れの中へと飛び降り殺戮を始めていく。

 カイムが前線に降りたのを確認したギャラルは、前線に立つ帝国兵共への攻撃はカイムに任せ、弓兵部隊の排除へと行動を切り替える。武器もデボルポポルから神器ギャラルホルンへと持ち替え、空から魔弾を撃ち弓兵を狙っていく。

 

「これを、人類が行う最後の戦いに……いつもそう願っておるよ」

 

 神官長であり最高指揮官であるヴェルドレは、その立場ゆえに後方で戦況を見守っていた。最低限の護衛と共に立ってはいるが、有利な戦いの中で押し切ってくる帝国兵もおらず、安心して立っていた。

 ギャラルが弓兵を狙い始めた結果、前線へ降る矢が減ってきたことを七支刀は確認する。大振りな武器のため、あまり味方の多い場所では振りづらいため手薄な場所を探しに行く。……なぜ手薄な場所が出来ているのか、そこまでは気付かないが。

 しかし連合軍帝国軍共に総力を結集したこの決戦、いくらカイムたちが強くとも無限かと思われる帝国軍の戦力は中々減っては行かない。連合兵も一対一が不利だと理解しているものがほとんどのため、複数人で囲めるように動いているのもあり進軍も数の割には進んでいかない。

 

 見える限りの弓兵を倒したギャラルは移動しようとし、投石機を準備している兵を発見する。あれを撃ち込まれれば、前線に大きなダメージが入りかねないと最優先破壊対象とし、神器の能力を迷わず解放し投石機ごと兵を吹き飛ばす。

 

「無駄ぞ!所詮人間どもが我に敵うわけがなかろう。行くぞカイム!」

 

 弓兵や投石機によってあまり自由に動けていなかったレッドドラゴンが、ギャラルによって開放される。ダニどもを焼き払うべくカイムはレッドドラゴンの背に戻り、味方を巻き込まないように前線の更に先へと飛び火の海を作り出していく。

 カイムが前線から抜けてしまい、味方連合兵の負担が増えるのを心配してギャラルは一度前線へと舞い戻るが、想像よりは善戦していた。確かに苦戦はしているし、先程よりも進軍は遅れているものの負けてはいない。

 そこでギャラルは違和感を感じる。あまりにも優勢すぎはしないか?と。戦いが始まった時点で、パッと見ではあるものの連合軍と帝国軍の戦力差はないように思えた。いくら士気がかなり高いとはいえ、ほとんど同数の戦いで優勢を維持できるのならば、今までもここまで帝国に侵略を許しているだろうか?

 その違和感の正体を探るために、前線での戦闘を開始しつつも観察することを優先することにした。

 

「帝国の対魔術師団出現!」

 

 赤い鎧をまとった隊が次々と姿を現す。今までは隠れていたのか、前線の後方を奇襲するように現れる。

 現在優勢とはいえ、彼らを放置してはどうなるか分からない。カイム、ギャラル、七支刀は自然とそちらへと移動し始める。

 前線に戻っており、かつ飛翔できるギャラルが真っ先に到達し、既に交戦を始めている連合兵たちに混ざり、デボルポポルで応戦し始める。

 最前線にいたとはいえ、レッドドラゴンに乗っていたカイムが次に辿り着き、帝国軍の群れの中に飛び込んでいく。

 徒歩のためどうしても遅れてしまう七支刀が少し遅く到着する。カイムとギャラルはともかく、応戦している連合兵がかなり苦戦しているのがわかる。対魔術用装備を支給されるだけあってか、前線に立っている一般兵より強いらしい。

 

「皆様はお下がりください!ここはわたくし達が抑えます!」

「くっ、ここはお任せします!怪我人を連れて撤退だ!」

 

 七支刀は時間稼ぎのために、逃げる連合兵に接近しようとする者と優先的に対峙していく。

 その光景を見たギャラルは、ようやく違和感の正体に気がつく。気がつくのだが、対魔術師団の相手だけはしないといけない。それに、その違和感の正体を誰に教えるべきかも思い浮かばず、とにかく剣を振り続ける。

 

「対魔術師団をたった三人で抑え込んでいるぞ!?」

「あの者たちは大丈夫です。私達も負けないように戦いましょう!」

 

 道中もカイムたちと共にいた連合兵は、彼らの強さを知っている。帝国の大部隊を何度も相手にし、その全てに勝利してきた彼らなら大丈夫だと任せ前線へ向かう。

 対魔術師団は、ただでさえ魔法が通じなく厄介なのが、その全てがガタイがよく武器も斧を持っている強靭な部隊だった。カイムはともかく、ギャラルはあまり相性が良くなく苦戦していた。ギャラルが殺しきれない相手をカバーするようにカイムも動き、なんとか持たせていた。

 七支刀は圧倒的質量で薙ぎ払う戦い方なのもあり、むしろ相性はいいほうだった。多少強靭な肉体を持っていようと、七支刀の持つ質量に耐えきれるものではない。心配すべきは、この決戦が始まってからずっと神器を振ってきた七支刀の体力だろう。

 自身の体力の限界を感じ始めた七支刀は、神器七支刀の能力を更に解放する。オーガ部隊を倒した時の大技を放つつもりだ。

 七支刀の様子に気がついたカイムとギャラルは、なるべく一人でも多く巻き込めるように誘導するように下がりながら戦い始める。

 ……そうだ、下がりながら戦うのなら、何処かに誘導しているのではないか?ギャラルはようやくこの決戦での、帝国軍の目的に辿り着く。実はそんなことはなく、本当に優勢を維持出来ているだけという可能性を捨てきれないが、罠という可能性を考慮しないといけない。

 考え事をしていたからか、ギャラルの剣が鈍り弾き飛ばされてしまう。そこへ追い打ちをかけるように斧が振り下ろされそうになるが、カイムがなんとか弾き飛ばす。

 

「ありがとう、カイム……?」

 

 礼を言おうとしてカイムを見たギャラルは、表情を見て少し固まってしまう。この戦いの間、ずっと楽しそうに笑みを浮かべていたのだが、何か複雑な表情になっていたのだ。

 しかし、せっかくカイムが防いでくれたのに、また考え事をしてこれ以上隙を作るわけにはいかない。デボルポポルを急いで拾い直す。

 

「エネルギーを解放します!避けてください!」

 

 七支刀が何か仕掛けようとしていることには対魔術師団の者を気がついていたが、それが何かまでわからないのもありカイムたちに誘導されていた。

 ギャラルとカイムはそれぞれ斧を弾いてから大きく飛び退く。そこに集まっていた帝国兵の群れに、回転する七支刀の剣先を突き出す。暴力的なまでのエネルギーが解放されていき、鎧程度では防げずバラバラの死体へと変わっていく。

 更に、当てられなかった帝国兵も巻き込むようにゆっくりと神器を動かしていく。エネルギーの暴風は残った帝国兵をも切り裂いていき、ついに対魔術師団を壊滅させることに成功する。

 

「カイム、さっきはどうしたの?」

 

 少し余裕ができたこともあり、ギャラルはカイムに質問する。

 

「聞いている余裕があるのか?」

 

 レッドドラゴンが逆にギャラルへ問う。

 その言葉を言われてハッとする。そうだ、この戦いが罠の可能性があることを誰かに伝えねばならない。

 

「待って、もしかしたら帝国軍が罠を張っているかもしれないわ」

「容易すぎるとは感じていたが……カイムも気付いていたか。しかしここでは我らは一兵士にしか過ぎんぞ」

「……ヴェルドレ様に、伝え、ましょう!」

 

 神器を全力で解放し、体力も限界の七支刀が提案をする。

 そうだ、最高指揮官なのだからまずは彼に伝えるべきなのだ。

 

「ギャラルが行くわ。七支刀も連れて行く。だからカイムは前線に戻って」

 

 これ以上は戦えないだろう七支刀を後方に連れていき、ヴェルドレにも報告する。更に一番戦力になるだろうカイムとレッドドラゴンが前線に帰るのが一番だと考え提案する。

 ギャラルは七支刀を背負い、ヴェルドレが待機していたであろう場所まで飛翔する。しかし、それよりも幾分か前線に近いところで彼を発見する。

 

「女神……女神フリアエは無事か?女神フリアエを捜してくれ!誰か!!」

 

 味方の兵士の元まで行き、女神はいないかと声をかけて回っていた。戦局は優勢のままなのもあり、探しに行ったほうがいいと考え動き出していたのだ。

 ヴェルドレの元へ行くとギャラルは声をかける。

 

「ギャラル!それに七支刀も……フリアエは見なかったか!?」

「いいえ。それよりも大事な話が!」

「女神の安全よりも大事な物があろうか!最後の封印が解かれれば、世界が滅びるかもしれないのだぞ」

「いいから話を聞いて!」

 

 女神の無事が心配なあまり、少し錯乱までし始めていたヴェルドレを落ち着かせギャラルは説明をする。

 そもそもギャラルが前線で気がついた違和感の正体、それは帝国軍が積極的に攻めてこないことだ。こちらが近づくまで、視界に入っていても襲ってこない。弓兵も開戦直後は道を妨害するようには撃ってこなかったし、投石機もまともに使われていなかった。投石機はレッドドラゴンを狙い撃っているものはあったものの、ギャラルが早期に全滅させたとはいえ前線へ撃っている様子はなかった。

 ならば何故そのような動きをしていたか?その答えが先程の対魔術師団との戦いで行った、相手を誘うための行為だったからではないか。帝国軍はあれだけの兵力を使ってまで行う作戦、かなり危険な罠を敷いているのではないかとギャラルは説明した。

 

「なるほど……しかしそれが確信できる要素もない。ただ不安を植えつければ士気が落ちるのみ」

「だからといって無視していい可能性ではないわ」

 

 ヴェルドレは少し悩んだ後に、一つ提案をした。

 

「罠だと確信が持てたなら、その笛を鳴らしてくれ。その音はよく通る」

「伝令です。帝国軍は残存兵力を中央に集めています。指揮部隊もそちらに集まっているようです」

 

 そこへ連合兵の一人が、ヴェルドレへと伝令を伝えにやってくる。

 その伝令の内容からしても、その中央地帯に引き寄せるために集まっている可能性がやはり拭いきれない。

 

「七支刀はこちらで待機してくれ。ギャラルよ、罠か見極めるためにも指揮部隊を倒してはくれぬか?彼らを逃してしまえば、戦火が広がってしまう……」

 

 彼の言葉の通り、ギャラルは前線へと飛び立つ。

 最前線で再び剣を振るっていたカイムもまた、中央地帯へ敵が集結しつつあることに気がつく。

 指揮官である騎馬兵と共に残った兵力が集結していくのを見た連合兵は、帝国軍も終わりだと奮い立つ。連合兵と帝国兵が交戦してる間をくぐり抜け、騎馬兵へと接近していく。

 カイムもまた、ギャラルが気がついたことには気がついていた。騎馬兵も、こちらがある程度近づいて来るまで動こうとしないのを確認しつつも接近、ある程度助走が取れる距離で騎馬兵は動き始めカイムへと迫る。すれ違い様に指揮官の剣を斬り飛ばす。更に指揮官は転落してしまい、カイムは止めを刺すために追い打ちをかける。

 他の騎馬兵にも、ギャラルが上空から奇襲を仕掛ける。いつの間に接近していたギャラルが、しかも空から攻撃を仕掛けてくるものだから防げずに斬り飛ばされる。流石に殺せはしなかったものの、落ちたのを見たカイムがトドメを刺していく。

 二人の連携で遂に指揮官部隊も壊滅。残敵の掃討をするだけだとなった。

 

「何だ、この威圧感は……悪い予感がするぞ」

 

 連合軍の勝利だと兵士達が盛り上がっている中、レッドドラゴンは悪寒に身を震わせていた。



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第4節 偽りの平和

連合軍の勝利が間近になり喜びをかみしめる連合兵達。

囚われたままのフリアエの事は心配だが、憎き帝国を打ち破った事にカイムは満足していた。しかしギャラルホルンの言っていた罠の可能性が僅かに心に引っかかっていた。

そんな中、彼らの上空に暗雲が立ち込める……



「正義は勝つんだ!やったぞ!!」

「やりましたぞ!カイム様!先代もさぞや喜んでいることでしょう!」

「ギャラルさんも今までありがとうございました!貴方のお陰で勝利に近づけました!」

「赤い眼の化け物になんか負けるか!」

 

 帝国軍は壊滅。残敵の掃討はしないといけないが、もはや勝利は確定したようなもの。連合兵は次々と勝利だと喜び声を上げていく。

 しかし、ギャラルは不安げな表情のまま。カイムも喜んではいるものの、やはり気になってはいるようだ。

 それはそれとして、勝利は勝利。カイムが帝国指揮官を踏みつけながら剣を高く掲げると、周囲の連合兵も同じく剣を掲げ、鬨の声が上がる。

 しかしその声に紛れて、ギャラルは確かに"音"を聞いた。空から、何か……

 

「カイム!」

 

 ギャラルはカイムに突撃するように飛び込み、カイムを抱えたまま飛び出した。突然のことに驚くカイムだが、抵抗はしない。

 その直後、地面に激しい揺れが起きる。空に暗雲が立ち込めていく。

 ギャラルはカイムを抱えつつも、なんとかギャラルホルンを鳴らす。しかし、内心手遅れだとも感じていた。飛べる自分はともかく、連合兵達がこの状況からどうやって避難するのか。

 レッドドラゴンもギャラルを追うように避難を始めている。

 

「何を聞いた!」

「空から何か来るわ!」

 

 何か、何かの音は聞いたのだがそれが何かまでは分からない。しかし危険な何かということはわかる。

 ヴェルドレによって、ギャラルホルンの音が危険の合図だと伝わっていたのか、連合兵は慌てて避難の準備を行おうとする。

 

「裁きがきたぞー!」

 

 なんとか生きていた帝国兵の一人が声を上げる。空に手を伸ばし、次々と帝国兵達が叫んでいく。

 直後、雲に巨大な穴を開けながら何かが落ちてきた。緑色に輝く、巨大な魔力の玉が降る。突然の出来事に、連合兵の大半がそれを目で追ってしまう。

 ………爆発が起きた。連合兵は、声を上げる時間もなく爆発に巻き込まれ、消し炭になっていく。

 

 全力で飛行していたギャラルとカイム、同じく避難していたレッドドラゴンはなんとか免れる。

 耳のよいギャラルは、つんざくような爆音に正気を失いかけながらも、意地だけで飛び続ける。カイムは、ギャラルに正面からタックルされ組みつかれているからこそ、その光景を見ていた。一発だけではない。次々と緑の玉が降り注ぎ、戦場を地獄へと塗り替えていく。その瞬間をギャラルが目にしていないのは幸いだったのか。

 後方にいたヴェルドレと七支刀、怪我をして引いていた兵やヴェルドレの護衛についていた僅かな兵も、その光景を目撃していた。ギャラルホルンの音を聞き警戒していたのが幸いか、対衝撃体制を取り爆風をなんとかやり過ごす。しかし怪我人には流石につらく、傷が悪化したものや致命傷になってしまったものもいる。

 

 ともかく、連合軍の勝利で盛り上がっていた戦場は、一瞬のうちにして殲滅させられたのだ。



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第5節 天の知るところ

終戦モードだった戦場に巨大な爆発が一閃する。帝国の空中要塞からの反撃であった。残党狩りをしていた連合軍は壊滅。付近一帯は地獄絵図となる。

通常では考えられない巨大な力の解放……
それは、女神フリアエが封印解除の生贄となろうとしている予兆であった。

全てを悟ったカイムは怒りに震える。


 ヴェルドレと七支刀のいる側に、ギャラルはカイムと共に降りる。

 爆発で聞こえづらくなっていた耳も収まり周りの声が聞こえてくるが、どれも絶望的な声だった。

 

「眼が……眼が見えない……耳も聴こえない……カイム様?カイム様、どこですかっ?……俺は……地獄に堕ちたのか?」

「……助け……て……バカな……人間の限界を……越えてるぞ……」

「さ……裁きって何だ?あれは一体……い、いやだ……まだ死にたくないよ……」

「い、いやだ……まだ死にたくないよ……うぅぅ……帝国軍の……仕業なのか?」

 

 直撃こそ免れたものの、余波を食らい死にかけている兵士達の声が木霊する。その絶望は何よりも、ギャラルにとって重くのしかかる。後少し早く罠だと気がつければ、ヴェルドレをしっかり説得して引かせていれば、そう後悔したところで現実は何も変わらない。

 何よりも、神魔大戦に巻き込まれ死んでいった人々の悲鳴や絶望を連想してしまう。また、"また"守ることが出来なかったのだ。自分には何もできなかったのだ。戦う力を持ち守るだの救うだの言って、結局何も救えないのだ。

 耳を塞ぎ膝を付き顔を俯かせ、絶望に身を震わせるギャラルの背に、そっと誰かの手が触れる。ゆっくりと怯えながら振り返れば、カイムだった。怒りを必死に堪えつつも、手を伸ばしてくれた。

 

「カイムは……ギャラルのこと、嫌いじゃない?」

 

 縋る物がなくなってしまうことを恐れつつも、なんとか口を動かし質問をする。

 こんなことになって、世界を守るだのどうだのと言えはしない。だからせめてカイムにだけは、捨てられたくない。ギャラルにとって、カイムの存在は世界と同列に並べるくらい大きなものになっていた。

 カイムは何も答えない。当然だ。答えれないのだから。しかしその視線が僅かに逸れているのに気がついてしまう。

 

「ああああああ!!!!」

 

 嫌われたのだ。あれだけ言っておいて、カイムにも迷惑をかけてまで剣の振るえるようになって、その結果がこのザマだ。

 いや、違う。カイムは最初から嫌いなのだ。それをなんとか堪えここまで付いてくるのを許してくれたのであって、戦力になるから許されたのであって、その価値すらない自分には生きる意味などないのだ。

 しかし、カイムにそんな意図はなかった。カイムは初めて声を失ったことがどれだけ大きいことなのか、その意味を知らされつつもどう慰めればいいのかがわからずあたふたする。

 

「落ち着けギャラルよ。おまえはおまえが思っているほどか弱く無価値な存在ではない!おまえがいなければカイムも、当然我も死んでいた!おまえが我らの命を救ったのだ!」

 

 カイムの代わりに、レッドドラゴンがなんとかして慰めようとする。これはカイムの声ではない、紛れもなくレッドドラゴンの想いであることにカイムは少し驚く。

 そのカイムに、誰かが手を握る。カイムの忠臣の連合兵の一人が、ボロボロになりながらも歩いてきていた。

 

「カイム様、この剣を……先代から私が賜ったものです……」

 

 その兵が、信義を渡してくる。

 

「この剣を差し上げます。どうか私の仇を……あぁ……先に逝くことをお許しください」

 

 なんとか言葉を振り絞ると、その兵も力尽きてしまう。糸が切れたように倒れる。

 レッドドラゴンのお陰で、僅かに冷静さを取り戻そうとしていたギャラルも当然、その光景は見ていた。気まずそうに目を逸らし、ぼうっと立っていた。

 カイムは長らく愛用していた"カイムの剣"をしまい、託された"信義"に持ち替える。まだ戦いは終わっていない。

 

「カイム……まだギャラルは、戦ってもいいの?」

 

 呆然と呟くギャラルを、カイムは手を引き立ち上がらせる。

 

「ありがとう」

 

 少なくともカイムは、まだ自分のことを見捨てていないんだ。本当かは分からないが、そう信じ込ませる。例え嫌われていようと、戦力にはなると思ってくれている。だから手を引いてくれる。

 それを確認するすべはないが、そう信じることだけがギャラルにとって最後の一線になっていた。

 

「カイム様!ギャラルホルン様!無事だったのですね!」

 

 二人の姿に気がついた七支刀が駆け寄ってくる。前線に出ていた二人が巻き込まれなかったのではないかと心配していたのだ。

 まだなんとか生きている兵士たちの看病をしていたようだが、七支刀自身も無傷ではない。

 

「ヴェルドレは?」

「無事ですが……」

 

 七支刀の視線を追いかけるとヴェルドレはいた。しかし忙しなく動き回っている。何かをしている訳でもなさそうだが。

 カイムがツカツカと早歩きでヴェルドレに近づく。カイムに気がついたヴェルドレが逆に声をかける。

 

「わ、私にも何が何やら……まさか……最後の封印が……解かれた?」

「女神の血がすでに流れたと?」

 

 誰かを守ろうと必死になり、ボロボロになりながらも戦っていたギャラルとも、真っ先に手当をして回っていた七支刀とも違う、ただ慌てふためき何もしていない無能のコイツにならいいだろうと、カイムはヴェルドレをぶん殴る。

 フリアエが殺されたかもしれない、そんな状況でカイムも怒りを抑えるのに必死だったのだ。

 

「そうだ!この惨状は天からの戒め、人間への呪いだ!女神は天に捧げられたに違いない!」

 

 あまりの言いように、また腹がたったカイムは感情に任せ、今度はヴェルドレを蹴り飛ばす。

 過激すぎる行動ではあるが、ギャラルも七支刀も彼を止めるだけの気力は残っていない。

 

「真実は天のみぞ知る。そこに、道があるのならばな」

 

 進むしかない、レッドドラゴンの言葉はそう告げていた。



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第6節 昇りゆく

「巨大な爆発」の後、死んだと思われていた帝国兵が不可解な動きで次々と立ち上がる。

帝国兵は邪悪な力で肉体を再生しているようだ。


 連合軍が壊滅状態にある中で、生き残った帝国兵が連合兵を襲っている。その中に、骸骨の兵士が混ざり始める。

 先の決戦や、爆撃で死んだ帝国兵すらも蘇らせ手駒にしようと言うのだ。

 純粋に実力で負けているのに、数も多く士気も落ちた状況で、連合兵は次々と殺されていく。

 

「封印破壊の予兆だけでこれほどの惨事となるのだ。封印が無に帰した時、世界は本当に……」

 

 カイムに散々な扱いをされ、どうにか冷静さを取り戻したヴェルドレだが、悲観的な言葉を呟く。

 

「世界の終わりとは、こんな光景なのかもしれぬな」

 

 今回はこの丘陵地帯だけが地獄と化したが、封印が完全に解かれたとき、世界すべてがこうなってしまうのではないかとヴェルドレは想像する。

 

「終わらせません。わたくし達はまだ戦えます!」

 

 七支刀が叫ぶ。この場で一番精神を持たせていたのは、意外と七支刀だった。

 カイムはもとよりフリアエを救うためにも、戦いを終わらせるつもりはなかった。ギャラルもそんなカイムについていくと決めたのだ。しかし、彼女の強さはありがたいものであった。

 

「ならば、まずは悪霊どもから蹴散らしてやろう!行くぞ!」

 

 レッドドラゴンの喝と共に、三人はバラバラの方向に走り出す。大量の連合兵と共に戦っていた先程とは違い、今はまともに戦える戦力はこの三人とレッドドラゴンしかいないも同然だ。ヴェルドレのことは元々護衛に付いていた兵に任せ、戦う道を選ぶ。

 

 カイムは新しく得た信義の試し斬りも兼ねて、まずは生き残りの帝国兵から狙っていく。

 程よい重さで手に馴染み、切れ味もよいそれはカイムの戦いに応えてくれる。今までも圧倒的な強さで帝国兵を切り刻んで来ていたが、更に素早い殺戮を可能としていた。

 しかし、今更ただの帝国兵など相手にさえもならない。よい剣であることは理解できたが、それ以上は分からない。だから、アンデッドナイトを優先的に狙うことにする。

 まずは剣に宿った魔法を試し撃ちしてみようと、"フェンリルの牙"を唱えていく。今まで使っていた炎の魔法とは真逆、氷の魔法が撃ち出されアンデッドナイトを襲う。

 氷のモヤに囚われ凍りついていくアンデッドナイト。追い打ちをかけるように剣で直接斬れば、氷となったアンデッドナイトは砕け散っていく。新たに得た力に笑みを隠せないカイムは、さらなる殺戮のために走り出す。

 

 ギャラルもデボルポポルを握り飛んでいた。決戦の中で魔力は使い切っているので神器は使えない。

 鎧を纏った骸骨、アンデッドナイトを見つけ空から斬りかかる。すれ違うように斬るが、人や亜人を斬った時とはやはり感触が違う。イマイチ手応えを感じないことに違和感を感じつつも、次の相手を攻撃しようと振り返ると、今しがた斬ったアンデッドナイトが骨を落としつつも立ち上がり直す。急所らしい急所も見当たらないことも考えると、一体倒すだけでも体力を使いそうだと考える。

 持久戦はあまり向いていないことは分かっているが、神器が使えない以上どうしよもない。かなり厳しい戦いになることを覚悟しつつ、再びアンデッドナイトに向かって飛んだ。

 

 七支刀も、これ以上は神器の能力を解放は出来ないと、本来の大きさの神器七支刀を持ったまま走り出す。体力もかなり厳しいところなので、剣で戦うよりも呪術を駆使して戦った方がいいだろうと考えていた。

 ヴェルドレから教わった魔術の類も使う機会が中々なかったので、これも使うべきだろうと詠唱しつつ走る。走りながら詠唱するのはかなり大変だが、接敵してから唱えれば隙だらけになるし、襲われている味方を助けられないかもしれない。

 生き残りの連合兵を襲おうとしているアンデッドナイトを発見し、術を完成させ放つ。連合兵に槍を突き刺そうとしていたアンデッドナイトが止まり、連合兵は何とか逃げ出す。

 動けないアンデッドナイトに神器を振り真っ二つに割ると、溶けるように消えていった。

 

 それぞれの戦い方で、帝国兵の残党やアンデッドナイトを次々と倒していくが数が減らない。決戦で倒れた帝国兵がアンデッドナイトとして復活してくる以上、とてつもない数と戦わないといけないのだ。

 流石に全てを復活させることはできないようで若干少ないが、一体一体が厄介なため気休めにしかならない。

 特に、三人の中では一番体力が少なく、有効打も持たないギャラルが限界を迎える。一人でいたら危険だと、とりあえずヴェルドレと複数の兵が待っている場に帰ってきたが、決戦の中で圧倒的な力を見せていたキル姫の一人がそんな姿で帰ってきたという事実に、兵たちは現実を知らされる。

 

「ギャラルさん、お怪我はありませんか!」

「怪我は大丈夫だけど、少し休ませてほしいわ……」

 

 ギャラルが限界を迎えていた中で、カイムはまだ暴れまわっていた。そもそもアンデッドナイトを駆除するのに苦労していないのと、移動もレッドドラゴンに乗ってできる。何より戦いそのものを楽しんでいる彼は、他の者に比べたら精神的な疲弊は少ない。

 七支刀も勢いを落とし、限界を感じ始めたところでカイムとレッドドラゴンがやってくる。

 

「死者は土に還らせた。一度集まるぞ」

「助かります……」

 

 レッドドラゴンに乗せてもらい、カイムと七支刀はヴェルドレの元に集合する。

 

「悪しき魂の気配が消えた。まさか!」

「全て眠らせてやったわ」

 

 カイムたちの活躍で、この地からアンデッドナイトはいなくなり帝国兵残党も壊滅させた。

 次に行くべき場所を探し、空を見上げた全員にとある物が映った。

 

「空……あれはいったい!?」



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第7節 帝国の脅威

カイム達の眼科には焼き尽くされた大地。
上空にも続々と帝国軍のモンスターが集結していた。

カイムとギャラルホルンはドラゴンに乗り、女神が囚われているであろう空中要塞へと向かう。


「なんだあの巨大な貝殻は!人間の力では到底作れぬ代物だぞ」

 

 空にある空中要塞を見上げながら、レッドドラゴンが驚きの声を上げる。

 遥か遠くの空に、レッドドラゴンが貝殻と形容した空中要塞が飛んでいる。オーガから読み取っていた要塞とはアレのことだろう。

 きっとフリアエもそこにいるはずだと、カイムがレッドドラゴンの背に乗る。

 

「ギャラル、おぬしも乗れ!七支刀はヴェルドレを任せた」

「ギャラルが?いいの?」

「カイムの意思だ。時間はない、早く乗れ!」

 

 ギャラルもレッドドラゴンの背に乗ると、レッドドラゴンは空へ飛び立つ。二人の眼に映るのは、爆撃により焼き付くされた大地と、空に群れているモンスター達であった。

 地上に残されたヴェルドレ、七支刀、そして生き残りの兵士たちもそのままではいられないと帝都へ進み始める。

 空に集まっているのは一つ目のモンスターたち。瞳から魔法弾を放つが、大して早くもなくレッドドラゴンはひらりと躱し炎で反撃する。

 しかし、ギャラルは躱した筈の弾がこちらに向かって追うように飛んでいることに気がつく。

 

「あの弾追ってくるわ!」

「小賢しいやつらめ」

 

 しつこく追ってはくるものの、速く飛んでいるレッドドラゴンには追いつけない。問題は、挟み撃ちにしようと弾を飛ばしてくるのだ。前から来る弾を避けることに集中しすぎれば追ってくる弾に当たり、逃げることを意識しすぎれば前から来る弾を避けることができない。

 厄介な状況になったところで、カイムがギャラルのデボルポポルに触れる。

 追ってくる弾を斬れ。カイムがそう言いたいのだと理解し、ギャラルはデボルポポルを抜く。上手くできるか分からないが、だからといってやらないよりはマシだ。

 レッドドラゴンにも声で、後ろの弾はギャラルに任せることを伝えると、前から来る弾と反撃に集中し始める。

 

「人使いの荒いやつだ。このために連れてきた訳ではあるまい?」

 

 カイムは何も答えない。

 素早く飛び回るレッドドラゴンのせいで若干目を回しつつも、ギャラルは必死に剣を振る。意外と斬ることはできたのだが、気を抜くと剣が手からすっぽ抜けそうだし、最悪レッドドラゴンから振り落とされそうだ。

 ギャラルの頑張りもあり、一つ目のモンスターを落としていく。

 更に道を塞ぐように、蝙蝠型のモンスターと小型兵器が姿を現す。蝙蝠型のモンスターは数だけ多い雑魚であり、小型兵器も散々落としてきた相手だ。大魔法を解放し、炎の魔法弾が幾つも飛ばされ蝙蝠共を蹴散らしていく。

 しかし、小型兵器は違った。それを狙っていたのかを分からないが、炎が触れた兵器はカウンターとばかりに複数の追尾弾を飛ばしてくる。しかも大魔法を放ったせいで、あちこちの小型兵器から弾幕を作るように飛んでくる。

 軸を合わせるようにレッドドラゴンは動き、大きく下降し全て躱した。あれらが全て返ってくるのかと思いギャラルは剣を構え直すが、一つ目の追尾弾に比べて速い弾だったためか、返ってくることはなく虚空に消えていく。

 小型兵器はカウンターに特化しているのか、直接弾を撃つ様子がない。ならば一つ一つ破壊すればいいと、威力を高めた炎のブレスで順番に破壊していく。カウンター弾もまとめて来なければ大したものではなく、掃除は簡単に終わる。

 モンスターや兵器もなくなり、貝殻はより大きく映るようになる。更に接近しようとレッドドラゴンは翼を羽ばたかせるが、逆巻く激風に妨害されそれ以上昇ることはできなかった。

 

「これ以上は無理か」

 

 少ししょんぼりした声でレッドドラゴンが呟く。

 直後、空中要塞から降りる影があった。



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第六章 宿敵
第1節 愛の紙魚


 空中要塞の内部、とある一室。ベッドの上に横たわっているフリアエと、司教の姿がそこにあった。

 カイム達の接近を察知したイウヴァルトは、司教へ声をかける。

 

「司教!カイムは、私におまかせを」

 

 その言葉でカイムが接近していると知ったフリアエは身体を起こす。この場で抵抗することは出来ないが、救世主が現れることを期待するくらいはできる。

 

「天使を飛ばせてはならない」

 

 司教からくだされた指示は一つ。

 それを肯定されたと受けると、イウヴァルトはフリアエに振り向き愛を語る。

 

「俺は強い。俺は愛を知っている。天使への愛。君への愛」

 

 カイムより強くなることを望み、フリアエに愛されることを願ったイウヴァルトの言葉が紡がれる。

 しかし、そのフリアエへと愛を語っている筈のイウヴァルトが、首を傾げる。愛の言葉は疑問へと変わる。

 

「……君は……誰?」

 

 イウヴァルトは既に正気を失っていた。自身の目的さえも見失い、帝国、天使の教会、果てには司教のために戦うだけの道具へと堕ちかけていた。

 

「イウヴァルト?」

 

 古くからの友人であり、許嫁であるイウヴァルトから放たれる疑問の言葉。流石に違和感を感じたフリアエの言葉は、イウヴァルトに届かない。

 イウヴァルトは何かを振り払うかのように頭を振り、フリアエに背を向け歩きだす。

 何かを愛し、愛されようとした。愛だけが彼の中に残り、何のための愛かさえも見失う。赤目の病に感染し、発症させられた彼の頭の中は霧がかかったように思考が蓋されていた。

 カイムへの敵意も自身のコンプレックスによるものなのか、司教に操られているからなのかさえも分からない。契約した、いや、させられたブラックドラゴンと共にカイムを迎撃すべく空中要塞から降り立つ。

 

 空中要塞にレッドドラゴンの翼は届かなかった。代わりに空中要塞から降り立つ影。その影の正体はブラックドラゴンだった。

 あんなことがあったのだ、今更友好的に話し合うために、或いは先導してくれるために降りてきたのだと甘い考えを抱く余裕はない。

 また、友人同士で殺し合いが始まってしまう。ギャラルは顔をしかめるが、2匹のドラゴンとその契約相手を止められるだけの実力など持っていない。

 

「カイム。……負けないで」

 

 だから、せめてカイムが負けてしまうことだけはないように祈る。

 

「これは我らの戦いだ、援護はいらぬ。魔力は温存しておけ」

 

 これはあくまでもカイムとイウヴァルトの戦いだとレッドドラゴンは釘を刺す。

 

「カイム!おまえに今の俺を倒すことができるかな?」

 

 カイムを挑発するようにイウヴァルトが口を開く。その口から歌が紡がれることは、二度とないだろう。



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第2節 黒きドラゴン

女神フリアエが捕われている空中要塞。

カイム達の届かぬ高みから、愛に溺れし親友イウヴァルトが舞い降りる。情熱に輝くその眼には、もはやフリアエの姿すら映ってはいなかった。


 2匹のドラゴンによる戦いが始まった。

 お互いのドラゴンが、赤い炎と青い炎を放ち、またお互いにそれを避けていく。

 

「俺は力を手に入れた!だからフリアエも手に入れる!フリアエ!」

 

 カイムへと高らかに宣言するイウヴァルトに、カイムは怒りの感情を見せる。しかしそこにあるのは怒りだけではない、親友だった筈の彼と殺し合わなければならないこの状況に至るまで、拗れてしまった友情への悔恨もあった。

 帝国に墜とされた彼を救うすべは、ない。

 2匹のドラゴンが離れ、追いかけ、交差し、炎をぶつけようとする。しかしどちらも素早く横に、上下に、時には前後へと距離を簡単に取ってしまう。

 レッドドラゴンが今まで見せてきた強さ、それと同じだけの強さを持つ存在との戦いであることを示す戦いに、ギャラルは改めて自身の無力さを痛感させられる。

 直接的な戦闘が得意なキル姫なら、これだけの戦いにも対等に渡り合えるのではないかとさえ考えてしまう。実際、ギャラルホルン、つまり角笛のキラーズと適合しているギャラルは、支援の方が得意であるのだ。

 ブラックドラゴンは焦れたのか、より高く飛び上がり炎を溜めていく。明確な隙を見てたのは初めてだ。この瞬間を逃すまいとレッドドラゴンが炎を直撃させる。

 手応えはあった。しかし、流石に一発当てただけで殺しきれるものでもない。炎を耐え抜いたブラックドラゴンから、大魔法が放たれる。

 炎はその場で分裂し、幾つもの追尾弾へと変えレッドドラゴンを襲う。先程まで相手していた一つ目や兵器のソレとは、数も速さも正確性も何もかもが違う。レッドドラゴンは急降下し、そこから前進してすれ違うようにくぐり抜けていく。カイムとギャラルの真上を掠めていく炎に、ギャラルはひっと小さく悲鳴を上げてしまう。

 更に、お返しとばかりにレッドドラゴンも大魔法を放つ。同じく、炎が大量の追尾弾へと変えブラックドラゴンを襲おうとする。

 ほとんど真下から放たれた大魔法に、レッドドラゴンと同じような避け方は出来ないと考えブラックドラゴンは逃げるように飛び回る。上手いことブラックドラゴンは追尾弾を撒いていくが、レッドドラゴンの目的は大魔法を直撃させることではなかった。

 ブラックドラゴンが逃げる先へと、全く別の方向から炎が飛んでくる。その炎を避けようとすれば、撒ききれていない追尾弾を全て食らうことになり、また追尾弾を撒くためには炎へ自ら突っ込むしかない。瞬時に判断しきれなかったブラックドラゴンは、そのまま炎の中へ飛び込んでいく。

 

「俺は……誰だ?うっ……頭が……フリアエ!フリ……アエ?」

 

 炎の衝撃か、或いは偶然なのか、その直後にイウヴァルトの様子がおかしくなっていく。

 

「フリアエッフリアエッフリアエッフリアエッフリアエフリッアエフリアッエッエフリッアッエッフリフリフリブリブリブリブリ」

 

 まるで壊れてしまったかのように、いや、本当に壊れてしまったのか、フリアエの名を叫ぼうとするイウヴァルト。錯乱しているのか、或いは歌を歌うことが出来ないのか、カイムにもギャラルにも何も分からないが正気でないのは確かだ。

 しかしブラックドラゴンは止まらない。先程のカウンターをしたいのか、またレッドドラゴンよりも高く陣取り炎を溜めていく。

 レッドドラゴンはもう一度、隙を狙い炎を撃ち込むがブラックドラゴンに当たることはない。ブラックドラゴンが放った炎は、分裂することもなくレッドドラゴンの炎をあっけなく飲み込み、攻めの姿勢に入っていたレッドドラゴンを襲う。

 紙一重で巨大な炎を躱すが、炎が過ぎ視界が戻るとブラックドラゴンは背を向け飛んでいた。

 逃げの姿勢に入ったブラックドラゴンに、レッドドラゴンは炎を放とうとするが、何を感じたのかやめてしまう。

 

「天使は飛ばせん!」

 

 イウヴァルトが叫ぶと同時に、ブラックドラゴンは空中要塞に向け飛んでいく。まるでブラックドラゴンを向かい入れるかのように吹く風を見て、レッドドラゴンが言う。

 

「今ぞ!」

 

 ブラックドラゴンを迎え入れる風に乗り、レッドドラゴンと共にカイム達は空中要塞へと飛んでいくのだった。

 レッドドラゴンは感じていた。カイムが正気を失った親友へ情けを覚えてしまっていたこと。

 

「これで良いのであろう?」

 

 風の中で、レッドドラゴンはカイムへと問いかけていた。



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第3節 定め

ブラックドラゴンが入る気流を利用して空中要塞の高度に達したカイムたち。

要塞内部へ侵入してフリアエの捕われている祭壇に進め!


 カイム達を迎え撃つためか、貝殻の周囲にはワイバーンが集まっていた。レッドドラゴンの敵ではないが、進路を妨害されブラックドラゴンを見失ってしまう。

 数も多く、飛ばす炎は小さいが弾幕が作られ中々貝殻に接近できない。

 いち早く要塞内部に突入し、フリアエを救わないといけないカイムが焦れている。その様子に気がついたギャラルが、カイムの手を優しく握る。

 少し驚いたようにギャラルへ振り向き、それから前を向き直す。繋がれた手を、離すことなく。

 少し時間は奪われたが、ワイバーンの炎ごときでレッドドラゴンの炎を止めることなど出来ず、道は開かれていく。

 要塞へと接近するも、貝殻の内部から複数の砲台が狙っている。

 

「まずは砲台を倒して近づくしかなさそうだな」

 

 レッドドラゴンも流石に砲台を無視してカイム達を要塞へ突入させられるとは思わないのか、砲台を壊していくことを優先する。

 ワイバーンの群れを振り切り、貝殻の内部へ侵入。設置されている砲台を順番に破壊していく。

 

「この程度の攻撃で我が落ちるとでも?笑止!」

 

 カイム達を降ろすのはともかく、自由に飛び回れるならこの数の砲台など大したことないと、軽く避けながら砲台へ炎を返していく。

 

「奴らはもう人間ではない。壊れた機械だ。倒すのも虚しかろう」

 

 砲台を操作している帝国兵を見ながらレッドドラゴンは呟く。今までの戦いでも見てきはしたが、人間ではないと言われて納得できるものはある。

 

「せめて、死んだ後は報われるのかしら」

「行き先があるとすれば、地獄だろうな」

 

 帝国、いや天使の教会に操られ壊れた機械にまで墜ちた帝国兵でも、死が悲しみを終わらしてくれるのではないかとギャラルは考える。

 しかしレッドドラゴンの言う通り、ここまで世界を滅茶苦茶にし殺し回ってきた帝国軍が、天国に行けるとは中々考えられない。

 雑談に応じる余裕もあるのか、ひらり砲撃を躱し順調に砲台を殲滅できている。周囲の砲台は全て破壊し終え、より内部へと侵入していく。

 

「さすがのおまえも、これだけの命を奪うのは心苦しいか?そうでもない……か。ギャラルもよくこの男に付き合おうと思ったものだ」

「ギャラルだって、世界を終わらせようとしたことのある悪い子よ?ふひひ……」

 

 カイムはともかく、ギャラルは流石に思うところはある。世界を終わらせようとしたことだって、歪んではいたが善意からの行動だし、今だって世界を救うという大義名分はあるが、だからといってこれだけ殺し続けていることに何も感じないほど割り切れる性格でもない。

 それでもやらなければ世界は滅ぶし、カイムにも付いていけない。だから平気なフリをしてでも、無理矢理でも笑った。

 レッドドラゴンも、それがから元気だと理解できないほど頭が悪くはないが、あえてそれを指摘するほどの愚かさもない。

 要塞中枢部まで突入すると、縦に広い空間に出る。貝殻と言うだけあり、外周は横に広く縦に狭い空間だったがここだけはその反対だ。更に、内側の壁には先程までとは比べ物にならない数の砲台が並んでいる。

 しかし、それらをまともに相手する気などなかった。ワイバーンや外周の砲台を素直に落としてきていたため、魔力は十分溜まっている。

 大魔法を解き放つと、砲台は次々と焼かれ破壊されていく。本来なら大量の砲台でレッドドラゴンを袋叩きにするつもりだったのだろうが、逆に砲台があっという間に全滅させられる。

 更に、内部へ入れるだろう道を発見する。

 

「我は狭くて付いていけぬ。ギャラル、おまえが暴れる番だぞ」

「ぬひひ。カイムのことは任せてほしいわ。行きましょう!」

 

 二人はレッドドラゴンの背から飛び降り、内部へと突入していく。



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第4節 汚れた祈り

空中要塞内部に降り立ったカイムとギャラルホルンは、フリアエを救うために奔走する。
しかし帝国兵達もそれを阻止すべく立ちはだかる。


『まよわず突き進め!その手でおのれの妹を連れ帰れ!』

 

 "声"で、カイムを後押しすべくレッドドラゴンが叫ぶ。ギャラルには聞こえないが、カイムにはしっかりと聞こえている。

 普段なら帝国兵を皆殺しにすべく剣を振るうカイムだが、今だけは違った。一刻も早くフリアエを救うべく、邪魔な帝国兵だけ斬り捨て進んでいく。

 ギャラルも同じくカイムが安心して進めるように、背後から迫る帝国兵を魔弾で吹き飛ばしていく。ここまで魔力を温存できたからこそ、ここから好きに暴れられる。

 しかし、すぐにその作戦は止まってしまう。敵の本拠地なだけあり、赤鎧の兵士が多いのだ。魔弾が大して使えないのならばと、神器の能力を迷わず解放する。カイムを少しでも早く辿り着かせるために、ギャラルホルンを鳴らす。

 その音色を聞いたカイムの手はより強く剣を握り、迷わず帝国兵を一刀両断する。カイムの動きの変化を確認したギャラルも、デボルポポルに持ち替え帝国兵を斬り刻む。

 迷宮のように複雑な道を走らないといけないため、どうしても道に迷ってしまいそうになる。何か道筋がないかとカイムはギャラルに尋ねようとするが、当然声は出ない。"声"も駄目なので、素直に帝国兵を倒していくしかないだろうかと考えた矢先、ギャラルが何か気がついたようだ。

 

「奥から来る帝国兵の音を聞ければ、道が分かるかもしれないわ」

 

 手段を選んでいる時間はない。カイムはギャラルが音を聞き分けるのに集中できるように、周りの敵を排除しながら進む。

 そしてカイムを先導するように進み始める。一般兵が雪崩込むようにやってくるが、扉を呼び出し強大な魔力で一掃する。赤鎧の兵士でなければ、敵でさえない。

 

「天使、女神、天使、メガミ、テンシ、メガミテンシメガミ……」

 

 壊れた機械らしく何か呟いているのがギャラルには聞こえてしまうが、恐怖する心の余裕さえも残っていない。

 世界を、カイムを守るために、フリアエだけは救わないといけないのだ。今足を止めてしまえば、それだけフリアエを救える可能性を失っていく。

 音を聞き分けていく中で、どうやら上の階から降りてきていることに気がつく。とある方向に集まり、音は降りてくる。階段がそこにある筈だと、カイムと一緒に進んでいく。

 音を頼りに進んだ先に、予想通り上りの階段がある。カイムが先に上っていき、下の階から押し寄せる帝国兵にはギャラルがもう一度扉を呼び出し蹴散らしていく。

 上がった先の階で、真っ直ぐ進んでいくと結界が見える。わざわざ結界を張っているということは、正解の道で間違いない。問題は結界を張っている人、または装置を探さないといけないが、別れて探すべきか一緒に探すべきか少し考える。別れて探せば効率がいいが、二人一緒なら邪魔する帝国兵を蹴散らすのが速いだろう。

 しかし、二人の思考は止められる。

 

「兄さん……兄さん……いやぁぁあああああ!」

 

 カイムには"声"として、ギャラルには声としてハッキリと聞こえた。フリアエの身に危険が迫っている。

 

『フリアエの"声"が聞こえたか?走れ!』

 

 考えている余裕さえ残されていない。二人は自然と別の方向へと動き出す。

 もはや帝国兵を相手している余裕さえないのかもしれない。カイムは信義の魔法で凍らせ、ギャラルもデボルポポルの魔法で炎を纏いつつ天井スレスレを飛び、帝国兵を躱していく。

 二人共、何らかの装置を発見する。それを守るように帝国兵が何人か配置されているからには、重要な装置なのは間違いないだろう。

 装置の破壊の邪魔になるであろう護衛の帝国兵を斬り、或いは魔法で吹き飛ばし、二人は装置を破壊する。しかし、ギャラルは結界へ流れる魔力が残っているのを感知する。カイムはそこまでは分からないだろうと、ギャラルホルンを鳴らしながら別の装置を探し飛ぶ。

 カイムも反響するギャラルホルンの音を聞きつつ、これで終わりでないことを悟る。まだある筈の装置を探すために走り出す。

 お互いにもう一つづつ装置を発見し、護衛の帝国兵ごと破壊する。

 

『………き……』

 

 カイムへと、"声"が聞こえる。あまりにもか細く弱い声は、流石にギャラルには聞こえない。

 何て言ったのかさえ分からないくらいに弱々しい"声"に、カイムは怒りを高めていく。それと同時に焦燥感に駆られる。

 ギャラルホルンの音は鳴らない。先程結界があった場所まで走ると、ギャラルも戻ってきていた。結界は消滅し、道は開けている。

 カイムの顔を見たギャラルは少し驚きながらも、本当に時間が残されていないことを察してしまう。

 結界の先は階段になっており、三階へと上がっていく。念のためまた扉を呼び、迫る帝国兵を散らしつつ進む。

 

『女神の"声"が……弱い。弱いぞ。急げ!』

 

 レッドドラゴンに言われるまでもなく、二人は急ぎ要塞内を進んでいく。



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第5節 声にならない

フリアエの居ると思われる祭壇へと近づく。
あたりは異様な雰囲気で満たされていたが、フリアエの気配を感じ取ることが出来ない。カイムは嫌な予感を感じながら、更に空中要塞へと進む。

祭壇では、この悪夢の元凶である「天使の教会」司教がカイムたちを待ち受けていた。



 迫る帝国兵を蹴散らしながら、カイムとギャラルは真っ直ぐ進んでいく。進む先にまた階段があり、そこを上っていくと祭壇を見下ろせる場所に辿り着いた。

 祭壇を覗き込むと、中央に立つ柱のようなものにフリアエが寄りかかっているように見える。しかしよく見てみれば、その胸にはナイフが突き立てられていた。

 ……間に合わなかったのだ。

 

「そんな……!」

 

 いち早く気がついたギャラルが、その場に崩れ落ちる。もう何もかも終わってしまった。この世界に来てから、何度こうやって絶望させられたのか。

 けれど今回の失敗は、今までとは違う。世界が終わるのだ。そして何よりも、カイムにとって一番大切なフリアエが、死んでしまったのだ。もうカイムに向ける顔なんて無い。

 カイムも絶望のあまり膝を付きかけるが、まるで自分のことのように崩れ落ち嘆いているギャラルを見て、僅かながらも冷静さを取り戻す。しかし、冷静さを取り戻してどうなるのだ。もう、フリアエは返ってこない。

 

「天使を語ってはならない。天使を描いてはならない。天使を書いてはならない。天使を彫ってはならない。天使を歌ってはならない。天使の名を呼んではならない」

 

 フリアエの死体の側を歩いている司教が、楽しそうに天使の教会の教義を口ずさむ。

 そうだ、やつを殺せばいい。フリアエは戻ってこないかもしれないが、復讐なら出来る。やつを殺せば……!

 

『カイム!最終封印が解かれたのだな?早く外に出てこい!卵が生まれるぞ!』

 

 カイムから湧き上がる怒りに、レッドドラゴンも間に合わなかったことを察した。

 女神が死んだのならば、再生の卵が出現する。それが何だというのだ。もうフリアエは死んだのだ。

 

『カーイム!次の手を打たねば世界が滅びるのだぞ?おぬしの妹が耐えて守ってきたことがすべて無駄になるのだぞ?』

 

 フリアエが耐え、守ってきたこと。そうだ、フリアエは理不尽にも封印の女神に選ばれ、あんな姿になってしまうまでの苦痛をずっと耐え続け、世界を守っていたのだ。

 

『カイム!』

 

 カイムの中の怒りの炎が燃え尽きることはない。しかし、レッドドラゴンの呼びかけが、復讐のために身体を投げ捨ててしまうことを止めた。

 俺が、世界を守らないといけないんだ。守れるのは、俺と……

 視線の先には、絶望に身を震わせ縮こまり、動けなくなってしまった哀れな少女の姿。本当は戦いなど好きではないだろうに、世界のため、カイムのためだと必死に意地を張りここまで付いてきた少女の姿。

 

『ギャラルも何をやっている!まだ世界は滅んでいないし、カイムもそこにおろう!目を覚ませ、おまえの役割はまだ終わってなどないぞ!』

 

 "声"で呼びかけている以上、ギャラルにはレッドドラゴンの言葉は届かない。それを忘れてしまうほど、必死になりながらレッドドラゴンはギャラルへ呼びかけようとしている。

 

『おまえはキル姫なのだろう?その力で救うのだろう!?ギャラルホルン!』

 

 届かない言葉を投げかけるレッドドラゴンの代わりに、カイムがギャラルの手を掴み引っ張り上げる。

 驚愕の表情でこちらを見たが、それは一瞬。すぐに顔を逸らしてしまう。

 

「結局、ギャラルは何も出来ないんだ。嘲笑(わら)ってよ、カイム」

 

 全てを諦めたかのように、自嘲気味の笑みを小さく浮かべている。

 ギャラルが望む通りに、嘲笑うことさえ出来ない。レッドドラゴンと契約して声を失ったこと、最初はこんな軽い代償でいいのかと驚いたくらいだが、こいつと何かある度に声を出せないことを悔やむことになる。

 励ます方法も分からないが、この場でしょぼくれて世界が滅ぶのを待つのが、こいつにとっての正しい選択とは思えない。

 カイムは、ギャラルを抱きかかえると、来た道を戻るように走り出した。

 

「カ、カイム!?」

 

 ギャラルは驚きのあまりにカイムの顔をまた見る。そこで初めて気がついた。カイムの目から力が失われていないことに。

 カイムはまだ、全てを諦めた訳ではないことに。

 

「降ろして!ギャラルも自分で走れるわ!」

 

 カイムが諦めていないのなら、自分も共に戦おう。自分に何が成せるかなんか考えている時間さえもったいない。例え世界を救えなかったとしても、最期までカイムと戦おう。カイムを救うなんておこがましい考えも捨てよう。カイムが自分を求めてくれるのなら、それでいい。

 

 全てを失ってしまった筈の二人は、再生の卵の出現を阻止するため、世界を救うために走る。



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第七章 悲劇
第1節 彼女のために


彼女は「天使の教会」の司教であり、
彼女は帝国軍の首領であり、
彼女は全ての破壊者であり、
彼女は神の使いである。
全ての元凶、マナ。

幼い瞳が見つめる先には、無残に破壊された封印が横たわっていた。


 空中要塞、祭壇。

 フリアエの亡骸の側、司教マナは楽しそうにしていた。笑いながら、花弁をまき散らし回っていた。

 しかし、祭壇に並ぶ兵士たちを掻き分け接近する誰かに気が付き、小首をかしげる。

 それは、イウヴァルトだった。赤目の病により、思考はぐちゃぐちゃになっていた。戦っていた敵は?何のための戦いを?司教とは誰だ?契約相手とは?何のための契約か?何もかも分からなくなっていたが、それでも嫌な予感に駆られ祭壇まで走ってきていたのだ。そこに大切なものがある気がして。

 大急ぎで走ってきたイウヴァルトは、その赤い目でフリアエを見た。胸にナイフが刺され、壁にもたれかかっているフリアエを。

 

「フリアエ……?」

 

 直後、イウヴァルトの頭にかかっていたモヤが晴れていくようだった。今まで自分が何をしていて、何をしてしまって、その結果、フリアエが死んでしまったという現実が彼の思考へと突き刺さる。

 その中で、司教がイウヴァルトへ何と言ってそそのかしたのかを思い出していた。

 

『封印役は精神、体力共にむしばまれる。必ずや近い将来、命を落とすだろう。……それが女神の役回りだ』

『女神の任を降りれば、ただの女に戻れるのか?』

『……命は延びる』

 

 そうだ、俺はフリアエを救うために、女神から解放するために戦おうとしたじゃないか!なのに、フリアエが……!

 フリアエを救うための戦いだった筈なのに、そのせいでフリアエが死んでいるという現実を受け入れきることが出来ない。ただ、少なくとも元凶は目の前にいる。

 

「フリアエをどうしたっ!?」

 

 幼き司教、マナへと掴みかかる。何故フリアエが死んでいる、命は伸びるのではなかったのか、フリアエと共に幸せに暮らせるのではなかったのか、その為の力ではなかったのか!

 言葉を続けようとするが、マナの冷淡な声がその言葉の続きを発することを許さなかった。

 

『封印は解けた。もういらない』

 

 少女の声と、男性の声が混じったような不快な声でマナは告げる。

 結局、イウヴァルトのことなど最初から利用するつもりでしかなかったのだ。それを理解したイウヴァルトは、怒りの言葉を続けようとする。もういらない、だから殺したのか!と。しかし言葉は続かない。突如マナの周囲に莫大な魔力が発生し、バリアのように球状となる。

 それが徐々に膨れ上がっていき、イウヴァルトの身体は持ち上げられていく。

 マナの笑い声と共に魔力が弾け、イウヴァルトは後方へと吹き飛ばされる。

 イウヴァルトは気が付かない。吹き飛ばされた時、彼の左手がフリアエに突き立てられているナイフに当たったことを。そのせいで深く刺さり、その瞬間まで何とか生きていたフリアエに、トドメを刺していたことを。

 

『天使が笑った。天使は笑うよ』

 

 マナは笑う。ラララララと口ずさみ、くるくると回り踊る。心底楽しそうに。

 

「フリアエ!フリアエ!俺は……君の幸せを思って……違う! 違う!俺は君に歌すら贈れなかった!」

 

 正気に戻ったイウヴァルトは、これまでの自身の行動を深く後悔する。

 フリアエが何を望んでいたのか、何を願っていたのか?

 イウヴァルトが歌を捨ててまで手に入れた力で彼女を幸せに出来たのか?その力でカイムから無理矢理引き離した時も、彼女はそれを望んでいたか?……いや、彼女が求めていたのは歌の筈だ。幼き日に、彼女が楽しそうにイウヴァルトへ歌をねだる姿を思い出しながら、その望まれていた歌を捨てた挙げ句彼女を不幸にしてしまった、死なせてしまった。

 

「では俺の幸せのため?……俺が、君を、殺した?」

 

 あまりにも残酷な現実に、イウヴァルトは嘆く。絶望する。声を上げるしかなかった。

 

「ラララララ、天使、回る回る、笑う笑う。ララ…天使」

 

 司教マナは歌う、笑う、踊る、回る。

 絶望に声を上げるイウヴァルトの回りをくるくると回りながら……

 

「ララララララララ…ラララララ…ララ…天使、回る回る」

 

 それは少女の声か、男の声か、気持ちの悪い声を出しながらマナは歌う。花を散らしながら、回る。



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第2節 哀しみの空

封印は全て破壊された。
世界には「再生の卵」が出現し、人間は最期の時を迎えようとしていた。

マナの呪縛から開放されたイウヴァルトは、「復活を司る」とも云われる「再生の卵」を利用し女神復活を目論む。
冷たくなった妹を抱く親友を、カイムは追った。
「天使の教会」が全てを破壊した上で生じた「再生の卵」に、希望などある筈が無い。

だが、イウヴァルトの耳にそれが届く筈も無かった。


 フリアエの亡骸を持ち出し、ブラックドラゴンにまたがるイウヴァルトの瞳は決意に満ちていた。もう一度、フリアエの笑顔を見る。その為に、再生の卵を使う。

 

「奇跡を……女神の復活を!」

 

 冷たくなったフリアエに口づけをし、先を見据える。

 

 しかし、カイムとギャラルの乗るレッドドラゴンがブラックドラゴンを発見する。フリアエの亡骸を抱え飛ぶイウヴァルトを、放置する訳にはいかなかった。

 カイムたちに気がついたイウヴァルトは、ブラックドラゴンを振り向かせ容赦なく炎を飛ばしてきた。

 

「また俺の邪魔をするのか!」

「何をするつもりなの!貴方が攫ったせいで、フリアエは死んだのよ!」

 

 自身のことで精一杯なギャラルは、その言葉がどれだけイウヴァルトに刺さるのか、傷付けるのかを理解する余裕がない。

 もはや、彼は救うべき人物ではない。カイムが戦うのならば、倒すべき敵でしかない。

 

「決まっているだろう。フリアエを生き返らせる。再生の卵で奇跡を起こす!」

 

 カイムは、結局イウヴァルトが狂気の中に沈んでしまったことを理解する。カイムも、彼を救うことは諦めていた。彼との、昔からの因縁がここまでこじらせてしまうのかと、やりきれない気持ちになっていた。

 

「起こらぬからこそ奇跡と呼ぶ。無駄ぞ」

「う、嘘だ。俺は信じない、俺は信じないぞ!俺はフリアエさえいればそれでいい。フリアエの世界などどうでもいい」

 

 レッドドラゴンがあっさりと否定した、奇跡。少なくともギャラルは奇跡と呼べるだけの現象を目の当たりにしているし、奇跡を起こすのは不可能ではないと知っている。

 しかし、彼の歪んだ願いと、想いと、再生の卵という未知の存在。これらが真っ当な奇跡など起こせるようには思えない。

 

「そんな自分勝手なこと!」

「お前にはフリアエのことなど分からないだろう!」

 

 カイムとイウヴァルトはともかく、ギャラルとイウヴァルトは短時間行動を共にしただけの赤の他人。しかも、二人共相手のことを思いやるだけの心を持てないこの状況では、否定し合うことしかできない。

 

「カイムなら分かるだろう。おまえだって、フリアエを生き返らせたいだろう?違うのか?」

『ああ、フリアエにもう一度会いたい』

 

 確かに、カイムも出来るものならもう一度フリアエに会いたいとは感じていた。

 しかし、これまで共にしてきたレッドドラゴンの言葉が引っかかる。お互い辛辣な言葉をぶつけてきたが、嘘をつくようなやつではない。

 何とかイウヴァルトを説得しようと、カイムは"声"をぶつける。

 彼の言葉も想いも、何も分からないギャラルはただ静かに待つ。こうしてお互い言いたいことをぶつあいながらも、赤と青の炎は交差していく。戦いが終わりそうにないことが、カイムの返事がどうだったかを物語っていた。

 

「おまえのフリアエの愛など所詮その程度なんだな。じゃあ、僕の勝ちだ。僕は強い!僕は強いんだ!僕はやれる!」

「勝ち?ふざけないで。あんたの一方的な愛なんかでフリアエを救えるか!」

 

 余りの言い分に、遂に語調まで荒くなり始めたギャラルの手を、カイムが握ってくる。

 カイムからのアプローチに驚きながらも、自分がかなりヒートアップしていたことに気が付く。そして、イウヴァルトの言う通りギャラルはフリアエのことに詳しい訳ではないし、愛していたでもない、赤の他人でしかないのに偉そうなこと言い出していた自分を恥じる。

 

「……ギャラルが言えたことじゃないよね。カイムが言うべきことだよ、ね?」

 

 ギャラルはカイムへとぎゅっと抱きつきながら、許しを請うように口を開く。

 別にカイムは怒っていなかった。ただ、フリアエのことをまるで自分のことのように悲しんだり怒ったりするギャラルのことを、不思議に感じていた。

 しかし、小動物のように怯えているギャラルを見て、理解できた、気がした。今のギャラルにとって、カイムのことが全てであり、それ以上でもそれ以下でもないと。多分、今ここでギャラルのことを否定すれば完全に壊れるだろうとも。

 

「ギャラルのこと、嫌い?」

「痴話喧嘩はそこまでにしておけ。我の背中でするな、暑苦しい」

 

 カイムの意思は契約者であるから伝わってくるし、ギャラルの意思は見てればわかる。そんなレッドドラゴンは、痴話喧嘩だと二人を一蹴する。

 それがどういう意味なのか、理解しきれなかったギャラルが目をパチクリさせる。カイムも、そんなギャラルの琥珀色の瞳を見つめた後に、なんとなく気恥ずかしくなって前に向き直す。

 

「もう十分か?」

 

 少し微妙な空気になったが、とりあえず二人が落ち着きを取り戻したことを察し、レッドドラゴンは呟く。

 それから、この長い口論の中でも未だに決着が付かないブラックドラゴンへ、勇みこむように吠えた。

 

「なかなかやるではないか。だが我の足元にもおよばぬぞ。燃え尽きろ!!」

 

 レッドドラゴンの動きが変わった。今まではお互いの炎が当たらぬように慎重に避け繊細な戦いをしていたが、最大限の力で炎を飛ばすべく空で静止する。

 ギャラルは神器を鳴らし、扉を呼び出した。ブラックドラゴンの放つ炎を迎撃すべく、魔力を放っていく。

 炎と魔力がぶつかり合い煙が舞い、視界が塞がれていく。レッドドラゴンの口元に集まった炎が、背中に乗っている二人さえ焼いてしまいそうなほど強くなり、それがブラックドラゴンへと放たれる。

 煙から突然顔を出した巨大な炎を、ブラックドラゴンは炎を返し迎撃しようとするが簡単にレッドドラゴンの炎に呑み込まれていく。避けるのも間に合わずブラックドラゴンに直撃。爆炎の中、何とか耐えきったブラックドラゴンが背を向け飛んでいく。

 

「所詮、貴様の炎などそんなものだ。身の程を知れ!」

 

 逃げるイウヴァルトとブラックドラゴンを追撃すべく、レッドドラゴンが羽ばたこうとするが、突如カイムへと"声"が届く。

 

『やめるのだカイム!もう封印は解かれてしまった。これ以上の戦闘は無意味だ!!』

 

 ヴェルドレの"声"だった。

 その"声"で、カイムはハッとする。今すべきことは逃げるかつての友を討つことではなく、再生の卵を破壊すること。そして、全ての元凶、司教マナを討つことであると。



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第八章 封印
第1節 人ならざるもの


帝国の本拠地「帝都」では、至るところに「再生の卵」が出現していた。
それは人類を救うものなのか、それとも死を招く装置なのか。

イウヴァルトはフリアエを復活させるために姿を消す。

絶望が支配する中、カイム達は帝都へと飛び立つ。
「再生の卵」を破壊する為。
そして何よりも許すことの出来ない司教マナを討つ為。


 帝都上空へ辿り着く。赤い空の元、一匹のドラゴンが強く羽ばたく。ブラックドラゴンとの戦いから、より強く深化したレッドドラゴンが、帝都上空に群がる様々な種族を蹴散らす。

 

「ここにはもう人間どもの住める場所はなかろう。下等な奴らに乗っ取られたわ」

 

 眼下の帝都を見下ろしながら、レッドドラゴンは呟く。

 世界中から集っているのだろう、様々な魔物を始めとした複数の種族が集まり、互いを殺し合っている。それは再生を求めてなのか、或いは?

 

「おぬしの本当の復讐は、これから始まるのだな……」

 

 これまでカイムの戦いは、復讐を言い訳にした殺戮にすぎなかった。復讐心がなかった訳ではないが、本心でもない。殺戮を楽しんでいた。

 しかし、ここから始まるのは、女神フリアエを殺し世界を滅茶苦茶にしている司教マナへの復讐。本当の復讐。

 

「こんなおぞましい終焉、認めないわ」

 

 かつて終焉を願い戦ったギャラルでさえ、この光景の異常さは理解できる。いや、むしろ悲しいを終わらせるために終焉を願ったギャラルだからこそ、悲しみしか生まないこの絶望的な光景を否定するのかもしれない。

 近づいてくるレッドドラゴンに気がついたワイバーンが次々と群れ、襲おうとする。しかし今のレッドドラゴンにとって、その程度赤子の手をひねるより容易い。赤い炎に飲み込まれ次々と燃え尽きていく。

 ただ、その程度の数を焼いた所で道は開けない。空を埋め尽くすように飛ぶ様々な種族の壁が、レッドドラゴンを塞ぐ。

 

「この数は異常だ。もう、この地に安住の地などないのだろう」

 

 帝国の小型兵器が、帝都を守るために配備されている。しかし、他種族同士の争いに巻き込まれ撃墜されていく。この程度、もはや時間稼ぎにさえもならないのだ。

 レッドドラゴンの行く手を散々邪魔してきた兵器でさえ何もできずに破壊されていく、そんな厚い壁を突破するためにより強くなった炎で蹴散らしていく。

 ギャラルも掩護しようとしたが、神器を使いすぎてまた魔力切れだ。

 

『神話によれば「再生の卵」に入ることで人類には新たな道が開けると……』

 

 ヴェルドレの声が届く。七支刀と生き残った兵と共に、帝都まで辿り着いたのだ。

 七支刀の奮闘により、魔物の群れから何とか身を守っているが、彼女一人の力で進むのには限界がある。最低限の自衛をしつつ、なるべく隠れカイム達との合流を待っていた。

 

「一度しか言わぬからよく聞け。……人間を生き延ばせたくば……卵には入れるな」

 

 まだ、再生の卵に希望を捨てきれていないヴェルドレの言葉を遮るように、レッドドラゴンが重々しく告げる。

 

「どういう意味?」

「あれは希望などではない。……言うなれば、断頭台だ」

 

 具体的にどういうものなのか、ボカして答えるレッドドラゴン。何か知っているのか、カイムは聞こうとするがやめる。ここまで言うのだ、少なくとも言葉通り再生を望めるものではないと、嫌でも理解できる。

 

『カイム……女神亡き後、私はどうしたらよい……?』

 

 世界が終わりに向かっている中、成すべきことを見失い震えるヴェルドレからの問いへ、カイムは答えない。

 ただ、やれることをやる、それしかない。ギャラルがここまで必死に付いてきたように、今できることへ必死になるのだ。

 

「生き残りたくば、何にも巻かれるな。己を信じよ。……その様子なら、言わずとも大丈夫そうだがな」

「……ギャラルは、ギャラルのこと、信じれているのかしら」

「信じきれぬのなら、まずは目の前の男のことを信じてみよ。そやつはおまえのことを、信じておるぞ」

 

 少し楽しそうに、カイムがギャラルを信頼していることを暴露するレッドドラゴン。復讐と殺戮に駆られ戦ってきたカイムが、一人の少女に心を許しかけている、その事実がたまらなく面白いのだ。

 

「ありがとう」

 

 ギャラルはカイムになんて声をかけようか少し悩んだ後、素直にお礼の言葉を言った。そして遠慮なくぎゅっと抱きしめる。

 ふへへ……と笑っているギャラルの声から、どんな顔をしているか想像しようとして、やめる。今考えるべきはこいつのことではないと、目の前のことへ切り替える。

 話しながらも壁を開き進んでいくレッドドラゴン。その先にいたものは……



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第2節 伝説への挑戦

エンシェントドラゴン。
数千にも及ぶ子を従えるその威容は、カイム達を圧倒する。
最強の生物であり、人の目前には殆ど姿を見せないはずのエンシェントドラゴンですら「再生の卵」に誘き寄せられて下界に降りてきたのだ。


 レッドドラゴンの進む先に現れたのは、伝説だった。

 エンシェントドラゴン。レッドドラゴンさえも小さく見えるほどの巨体と、その周りにいる数千の子にカイムは圧倒される。

 しかし、伝説に圧倒されるのはカイムだけではなかった。レッドドラゴンの翼が不自然に強張り、身体は震え、奴の咆哮が聞こえるたびにびくりと身を固まらせていた。

 

「伝説が来おった……」

 

 これまで様々な種族を相手に圧倒し、ブラックドラゴンとさえ好敵手にしてきたあのレッドドラゴンが、伝説と言い怯える存在。

 

「これ以上……進めぬ」

 

 エンシェントドラゴンとは、そういうものだ。一般的なドラゴンとは格が違う、文字通り伝説と呼ばれるだけの存在。

 しかし、意外にもギャラルはそれを相手に、大した感情を感じていなかった。

 

「エンシェント・ドラゴン……聖なるドラゴンと戦うなど我にはとても」

「信じないの?自分のこと」

 

 終焉そのもの(まま)や、彼女に付いた仲間と共に、無限とも思われる魔獣や異族さえ呼び戦ったが、かつてのキル姫達は打ち破ってみせたのだ。あの光景に比べたら、あの存在圧に比べたら、目の前のドラゴンなど大したものではない。

 流石に自分一人でそれだけ戦えるとは思っていないが、レッドドラゴンが言ったのだ。自分を信じきれぬのなら、カイムのことを信じろと。

 

「信じれないなら、ギャラルのことを信じていいわよ。ギャラルは、レッドドラゴンとカイムとギャラルなら、あんなの倒せると信じてるわよ」

「……ええい、信じてどうにかなるものか」

 

 ギャラルの言葉さえ素直に受け取れないほど動揺しているレッドドラゴンだったが、カイムが彼女の首にそっと腕を回していた。

 カイム自身、無意識の内に取っていた行動だった。怯え竦むレッドドラゴンを見て、尊大な態度を取り人類を見下してきたレッドドラゴンにも、弱い心があるのだと驚いていたのだ。そんな弱さを見せるレッドドラゴンに、自分が取っていた行動だ。

 

「は、離れろ!暖めてどうなるものでも……まったく、どうかしておる!」

 

 驚いたレッドドラゴンが声を上げる。しかし、そのカイムの行動が彼女の冷静さを取り戻した。……或いは、冷静さを投げ捨ててしまったのかもしれない。

 

「……ああギャラルよ、信じようぞ。だからそなたも信じよ」

「あんなのに負けるなら、世界なんて救えない。こんな所で止まれない!」

「伝説も神も善悪も関係ない、酔狂な馬鹿者と契約した身を恨むことにしようぞ」

 

 レッドドラゴンは進んでいく。伝説の前に躍り出る。カイムもまた剣を抜き、ギャラルも神器を構える。

 伝説を超えることさえできないのなら、彼らの旅はここで終わる。

 

「偉大なるドラゴンよ。我らのような馬鹿者に出会ったことを後悔するがいい!」

 

 エンシェントドラゴンへ宣言するように、力強くレッドドラゴンが叫ぶ。

 伝説に群れる子を散らすために、先程までの戦いで溜めてきた魔力をいきなり解放する。大魔法を放ち、子を次々と焼き落としていく。

 それを明確な敵意と感じたのか、エンシェントドラゴンと子も攻撃を始めていく。それぞれが吐く炎があっという間に弾幕となり、レッドドラゴン達を襲う。

 少しでも子を減らすために、ギャラルは扉を呼び出し、巨大な魔力をぶつけていく。こちらだって、伝説の武具の力を借りてる存在なんだと、声には出さず主張していく。子一匹一匹は、ワイバーンよりも力のない存在ではあるが、それでも数千という数を減らすのはそう簡単に出来るものでもない。

 カイムも剣を必死に振り、飛んでくる炎を一つでも落とす。レッドドラゴンが自力で避けきれるような数の炎ではない。更に近くまで飛んでくる子を落とすために、信義の魔法で凍らしていく。

 子の吐く炎は、一つ一つは小さく大した火力を持っていなかったが、避けきれず当たっていく炎がダメージを蓄積させていく。

 ギャラルもあっという間に魔力を使い切ってしまい、神器での援護ができなくなってしまう。デボルポポルへと持ち替え、カイムと同じく炎の迎撃をする。

 その間も、レッドドラゴンは必死に炎を吐き、吐き、吐き続け、魔法も交えながら子の数を減らしていく。

 

『ドラゴンがドラゴンに挑む……そんなバカげた戦いがあろうか!』

 

 地上から、その余りにも馬鹿げた戦いを見ているヴェルドレが呟く。レッドドラゴンとブラックドラゴンのような、対等の戦いではない。エンシェントドラゴンという、明確に格上の存在にさえ"挑む"ドラゴンの姿は、異様に映ったのだ。

 

「わたくし達も、負けていられませんね!」

 

 戸惑うばかりのヴェルドレと違い、七支刀は覚悟を決める。隠れているだけでは前に進めない。まだ終わっていない世界を救うためにしないといけないのは、進むこと。

 

『カイム!そなたとドラゴンの間に何があった?そなたの何がドラゴンを駆り立てる?』

 

 それでも、ヴェルドレは理解できない。レッドドラゴンがエンシェントドラゴンへと挑む理由を。

 エンシェントドラゴンと契約しているヴェルドレだからこその、疑問なのだろう。

 しかし、その疑問へ答えるだけの余裕はない。レッドドラゴンも、カイムも、ギャラルも、目の前のとてつもない存在へ剣を振るい炎を吐くので必死だ。

 レッドドラゴンの奮闘の末、子の数がだいぶ減ってきた。エンシェントドラゴンへの道筋が出来る程度には。数千もいた筈の子が、ここまで減ってきたのだ、

 しかし、これまでの戦いで疲れ果てる寸前まで来ている。その先に待つは伝説。レッドドラゴンの心が再び折れそうになる。そんな彼女へ、ギャラルが吠える。

 

「ギャラル達、馬鹿者なんでしょ!」

「ああ、そうだ。我も……とんでもないバカ者になっただけだ!」

 

 勇気を奮い立たせ、レッドドラゴンの翼が力強く開き、空をかける。

 子が減り、いよいよエンシェントドラゴンも本気になったのか、炎に交え強大な魔力も放つ。緑の玉が、レッドドラゴンの側を掠めていく。直撃すれば、間違いなく死ぬと理解させられるだけの、強大な魔力の塊だった。

 子への対処は、カイムとギャラルが全力で行い、レッドドラゴンが伝説へと相対するのに不自由がないようにする。そこまでしなければ、伝説を超えることなど出来ないだろう。

 レッドドラゴンの真紅の炎が、子ではなくエンシェントドラゴンへ向けて放たれる。それは確かに直撃し、僅かながら皮を焼くがその程度。力の差は歴然だ。

 だが、力の差が何であれ負けを認めるわけにはいかない。がむしゃらになりながらも、エンシェントドラゴンの放つ魔法だけは全力で躱し、撃てる限りの炎をエンシェントドラゴンへ返していく。

 そんな中、初めてエンシェントドラゴンに変化が訪れる。体を丸まらせて、周りに子を集める。そして高速で飛びレッドドラゴンから距離を取っていく。

 また子を掻き分けながら接近しないといけないが、それはレッドドラゴンの炎が効いているという証拠でもあった。

 

「はははっ!エンシェントドラゴンがなんだというのだ!」

 

 少し遠くでまた翼を広げ、また構えだすエンシェントドラゴン。しかし、その姿に恐れを抱くものはいなかった。

 炎が効いているのならば、これは勝てる戦いだと、無謀な挑戦などではなかったのだと確信出来る。

 士気も上がったレッドドラゴンを、止められることはできなかった。エンシェントドラゴンは何とか強大な魔力をぶつけ目の前の障害を排除しようとするが、単体で当てられるものでもない。子の炎と連携して排除しようとしても、戦いが長引くほど子の数は減らされ丸裸になっていく。

 レッドドラゴンの勢いは止まらない。ついに全ての子を殺され、ドラゴン同士が対峙する。もはやレッドドラゴンの負ける理由など何処にもない。遂に、真紅の炎がエンシェントドラゴンを焼く時が来たのだ。

 魔力を使いすぎたのか、当てられないと悟ったのか、エンシェントドラゴンもまた撃つものを炎に戻す。お互いの炎が空を飛び交い、敗れたのは……エンシェントドラゴンだった。

 炎に包まれ、焼かれ、堕ちていくエンシェントドラゴンを見てレッドドラゴンが呟く。

 

「……礼を言うぞ、カイム、ギャラル。我は今、我自身を超えられた気がする」



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第3節 旧き都

これまでは見下していた、人間という愚かな存在。
だが、カイムとギャラルの二人へと不思議な居心地の良さを感じながら、ドラゴンは飛び立つ。

その頃、地上では七支刀が魔物や帝国兵と戦い道を切り開いていた。

それぞれ向かう先は、司教マナ、全ての元凶。


「もはや我らより強いものはおらぬ。命が惜しければ道をあけろ!」

 

 伝説さえ超え、己をも超えたレッドドラゴンは勇ましく吠える。道を塞ごうとする塵芥も、彼女の炎の前には時間稼ぎにもならない。

 

 空でレッドドラゴンが雑魚を蹴散らしている間、七支刀は戦っていた。連合兵も気力も体力も削がれ、自衛が精一杯。いや、それさえ満足にできずに七支刀がカバーに入りながらの戦いになっていた。

 しかし、空での戦いに触発された七支刀は、より前に出て戦っていた。巨大化させた七支刀を維持するのにある程度魔力はいるし、それを振り回すのにも体力を使う。それを理由に諦めるのは簡単だが、そんなことをして世界を救えるほど甘くはないと理解もしている。

 

「ヴェルドレ様、援護をお願いします!」

「もう無駄だ!封印の女神亡き今、私に出来ることなど」

「無駄ではありません!わたくし達に、出来ることをするのです!」

 

 もう何度繰り返したか分からない。封印が解かれ役目を見失い、更には絶望的な光景に心を折られ、帝都の恐ろしい様に恐怖し、それでも七支刀が引っ張ってきた。

 カイムであれば足手まといだと切り捨てていてもおかしくないが、七支刀にはそう簡単に割り切れるものでもなかった。

 

「カイム様も、ギャラルホルン様も戦って、エンシェントドラゴンを倒したのでしょう?」

「……そうだ、あの人達がいれば伝説だって敵じゃないんだ。私たちにもやれることはある筈だ!」

「カイム隊長はドラゴンと契約したから強いんだぞ?俺たち普通の人間に何が!」

 

 粘り強い説得の中で、僅かに士気を取り戻し始める兵士もいるが、そうでない者もいる。これまでの道中でも何人かやられ、それなのに進むたびに悪化していく状況に足が竦んでも、責められることではない。

 

「わたくしは、一人でも進みます。着いてこれない方は、休んでいてください」

「……ああ、私は行きましょう。こんなところに取り残されるくらいなら、進んだほうがマシだ」

 

 随分と後ろ向きな理由だが、ヴェルドレは七支刀に着いていくことを選択する。着いていっても怖いものは怖いが、こんなところに取り残されてもやはり怖いものは怖いのだ。

 

「七支刀さん!後ろ!」

 

 ヴェルドレや連合兵に気を使っていた七支刀は、後ろから接近するオーガに気がついてなかった。連合兵の一人に言われ、咄嗟に攻撃を防ごうとするが、間に合わない……!

 見ていた者がそう思っていた中、空から落ちてきた何かがオーガへと突き刺さる。それはオーガの背中から離れ、七支刀の方向に倒れないように蹴り飛ばす。

 その落ちてきたものの正体は、ギャラルだった。

 

「ギャラルホルン様!?」

「空はカイム達に任せて大丈夫だから、降りてきたわ。無事?」

 

 エンシェントドラゴンとの戦いの中で、ヴェルドレの声が届いていたことを思い出し、地上に来ているはずだというレッドドラゴンの主張を聞き、ギャラルは先んじて地上へ降りてきたのだ。

 強力な援軍が来たのも相まって、残りの連合兵もまた進軍するための勇気を得る。

 帝都のアスファルトを蹴り、縦に長い変わった形状の建物の並ぶ不気味な街を、彼女らは進んでいく。



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第4節 悦び知らず

地上から進んでいるギャラル達は、帝都に佇む巨大な教会のような施設、神殿へと接近している。諸悪の根源、司教がそこにいるだろうという確信を持って。
空で戦っていたカイムも地上へ降り立ち、決戦の時は近づいてくる。


 神殿が、ギャラル達の視界にしっかりと映るようになる。祭壇、司教が待つ場所が目の前まで。

 七支刀が神器で赤い鎧を纏った槍兵を薙ぎ払う。槍よりも長い神器七支刀を持った七支刀へと、先は届くことはない。

 ギャラルは小さく飛び回りながらオーガの背後を取り背中から首元へ剣を突き刺していく。オーガの周りにはゴブリンの死骸が転がっていることから、ゴブリン共はオーガによって殺されていたのだろう。

 また、通常の鎧をまとった一般帝国兵を、ヴェルドレが魔術を用いて拘束していく。動けなくなったところを連合兵が斬っていく。一方的に殺すことに躊躇するものは、この隊に残ってはいない。

 それぞれがそれぞれの戦い方で、地獄の中を進んでいく。一見バラバラに見える戦いだが、七支刀とギャラルは連合兵に迫る敵を観察し、ヴェルドレが止めきれないのならそちらを殺し、逆に二人へ迫る敵へは連合兵が足止めし、上手いこと連携を取れていた。

 ギャラルが合流してから割と順調に進めており、そのまま祭壇へ乗り込むつもりだったが、その途中に空から声が聞こえた。

 

「待て、祭壇まで進むには鍵が必要だ」

 

 レッドドラゴンだった。上空での戦いを終え、地上付近まで降りてきていた。

 

「カイムを神殿の前で降ろして確認してきたのだ。あの形状、5本は必要らしいぞ」

 

 そのカイムがレッドドラゴンの背から飛び降り、ようやくギャラル達へと合流を果たす。遂に戦力が集結したのだ。

 

「あの"声"、諸悪の根源はこの先の神殿にいるのは間違いない!鍵を探し進むぞ!」

 

 街中に出現している"卵"を横目に、カイム達は帝都の中を奔走する。レッドドラゴンも空から、鍵がありそうな場所を探す。

 帝都の独特な街の形状は、カイム達を迷わせる。神殿は遠くからでも目立つから方角は分かるし進めるのだが、何処にあるかも分からない鍵となると話は別だ。

 カイム達が探索していると、アンデッドナイト達が起き上がりカイム達を襲撃しようとする。そのアンデッドナイトの内1体に、キラリと光るものがついていることにギャラルは気づく。

 

「鍵ってあれよね!?」

 

 カイムは無言で頷く。神殿で見た鍵の形状を考えると、あれがそうに違いない。

 七支刀が吹き飛ばしてもいいのだが、カイムの信義の魔法で凍らせるのが手っ取り早い。カイムは真っ直ぐアンデッドナイトの群れに走っていき、他の全員で周りの帝国兵を止める。

 アンデッドナイトはカイムを襲おうとするが、所詮は槍しか持っていない相手だ。届く距離になる前に魔法を放ち、アンデッドナイトを凍らせる。そこから剣を振りアンデッドナイトを砕いていく。その内一体から、鍵だけは回収する。

 他の鍵も同じくアンデッドナイトが持っているのでは?と考え、やつらを探し帝都を走り回る。レッドドラゴンも、鍵よりも死体や骨が残されている場所の内、アンデッドナイトとして蘇りそうなものを探し始める。鍵を持たせているのなら、少なくとも再生の卵が呼び出され激しい殺し合いが始まる前から、持っていたと考えそれっぽい配置のものがないかを探す。

 それからは、偶然だったり、レッドドラゴンの予想が当たったりして鍵を次々と集めていく。

 4本目までは集まったが、最後の1本が見つからない。探し回っている間に、とうとう教会の近くまで辿り着く。

 カイム達が辿り着いたその直後、先程までとは比べ物にならない数のアンデッドナイトが立ち上がっていく。最後の鍵は、あえて教会の前に置いてあったようだ。

 ここまでで何度も魔法を放ってきたカイムは、この場に現れたアンデッドナイトを全て凍らせるのは無理だろうと判断する。ギャラルへと目配せをすると、すぐに気が付き頷く。

 

「カイムが魔力切れみたいだから、七支刀、お願いするわ!」

「分かりました。巻き込まれないように離れてください」

 

 体力の消費を抑えるために、元の大きさに戻していた神器を巨大化させる。鍵ごと破壊してしまないように、どれが持っているのか確認する。

 七支刀より先に発見したカイムは、持っている1体へと魔法を放ち凍らせる。他のアンデッドナイトの攻撃をくぐり抜けその1体に近づき、鍵だけ奪い離れる。

 カイムが回収したのならもう遠慮はいらないと、神器を振り回し始める。骸骨になっているアンデッドナイトに、高い質量を持った神器の攻撃を受け止められる筈もなくバラバラに粉砕されていく。

 5本の鍵は揃い、神殿までの道を邪魔するものはいなくなった。

 

「いよいよ……最後の時が近付いているようだな」

 

 神殿に突入すれば最後、待っているのは司教との決戦だろう。感慨深そうに、レッドドラゴンが呟いていた。



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第5節 あがき

激闘の末、司教マナの居る神殿に辿り着いたカイム達。
すべての源流であるマナは微笑む。
祭壇の前で、悪霊と憎悪に護られながら。


 神殿内部に突入したカイム達、そこでは帝国兵が待ち受けるようにして立っていた。

 今まで見た帝国兵よりも大柄で、その大柄さに見合った巨大な盾と剣を構えている。狭い場所で尚且つ体格的にも勝てそうにないギャラルは一旦下がり、カイムと七支刀が前に躍り出る。

 七支刀は帝国兵の振る剣を軽く受け止め、弾き返し怯ませる。体勢を崩した所にカイムが斬りかかり盾を弾き、返す刀で帝国兵の首を斬り飛ばす。

 そのカイムを狙うように襲いかかる帝国兵を七支刀は抑えに行くが、その行動を予想して死角からもう一人が襲いかかる。

 何とかカイムは防ぎ、直撃は免れたものの体勢を崩されて倒れてしまう。

 

「大丈夫か!?おのれ、調子にのりおって!」

 

 流石に神殿までは入れないレッドドラゴンは外から見守っているが、カイムが傷つけられることと、そのカイムへ手助け出来ない歯がゆさに吠える。

 カイムが体勢を立て直す間に、ギャラルが帝国兵とカイムの間に割り込み剣を振る。しかし簡単に盾によって塞がれてしまう。そのまま盾を突き出しギャラルの身体は飛ばされてしまう。だがそれで十分だった。ギャラルを追い打ちしようと狙う帝国兵を、今度はカイムが死角から狙い殺した。

 そんな調子で何とか帝国兵の猛攻を凌ぐが、更にはアンデッドナイトや悪霊までが姿を現す。

 

「マナの身は悪霊たちによって護られておるぞ。……悪霊に魂を売りおった司教め!」

 

 司教という立場にありながら、悪霊さえも使い身を守る司教へとヴェルドレが叫ぶ。しかし、司教の耳にそんなつまらない言葉は届かない。それに、司教が魂を売ったのは悪霊ではない。

 悪霊の群れが魔法を飛ばし、不死身の兵が前線を張り、更には帝国兵がその間を刺してくる。司教の守りだけあって、今までよりも固い布陣で襲いかかってくる。

 悪霊へは、ヴェルドレが魔術を唱え返し何とか拘束していく。その間に七支刀がアンデッドナイトを粉砕し、帝国兵へはカイムが対処する。そうして出来た隙間をギャラルがくぐり抜け、悪霊を斬り払っていく。

 それぞれの対処をし進んでいくと、遂に祭壇が見えてくる。そこにいるは、天使の教会の司教マナ。くるくると回りながら、楽しそうに呟いている。

 

「ラララララ、ララ、天使の行進!交信!口唇!ラララ……」

 

 司教を守るように、次々と悪霊が湧いてくる。更にその悪霊を呼び出しているであろう、魔術師の姿もある。

 

「封印の解かれし今、それらすべてが無駄なあがき……わたしを捕まえられる?」

 

 余裕そうにカイム達を挑発する司教へとカイムは敵意を向けるが、悪霊の壁が厚くすぐに殺せそうではない。

 また3人で連携し、悪霊とそれを呼び出す魔術師を殺すことを優先する。

 

「まだだ!追いつめろ!逃がすな!やれ!!!」

 

 レッドドラゴンの熱い声援が届く。やはりこの戦いに手を出せないのが悔しいのだろう。

 ただ、それ以上にカイムへの想いもあるのだろう。以前のレッドドラゴンなら、ここまで必死にはならなかっただろうと、しばらく離れていた七支刀にも理解できた。

 それぞれが振る剣によって悪霊は消え去り、丸腰になった魔術師も剣の錆に変わる。

 等々一人になった司教マナ。カイムはマナへと剣を突き付ける。

 

「この世界をここまで滅ぼした罪、貴様に償ってもらうぞ!」

 

 レッドドラゴンが怒りと共に叫ぶ。カイムも、マナへの怒り、憎しみ、殺意、様々な黒い感情を滲ませ剣先を向けている。

 等々余裕も失ったのか、マナも怯えた様子でカイムから距離を取る。

 そんなマナの様子を気にもとめずに剣を振り上げるカイムだったが、誰かがカイムの腕を掴む。驚きながら振り返ってみれば、七支刀だった。

 

「確かにその子は許せないことをしました。ですが、殺さなくても!」

 

 これまでも帝国兵を殺し続けることへの忌避感を持っていた七支刀は、全ての元凶にして諸悪の根源である司教が、こんな幼い子供であることに衝撃を受けていた。だからこそ、カイムを止めようとした。

 それでもカイムは止まらないだろうとこれまでの行いを見て思っていた七支刀だが、意外とカイムは素直に剣を降ろす。

 

「……神官長としての務めを果たさせてくれぬか?」

 

 ヴェルドレが二人の前へ歩く。神官長としてやるべきことを見失っていた彼だが、カイムを止めた七支刀を見てやるべきことを理解した。

 ヴェルドレもまた、このような幼子に死を持って償わせるのは酷だと感じたのだ。しかし放置することも出来ない。ならばせめて、封印をしようと考えたのだ。

 カイムは、七支刀に言われて素直に剣を降ろしたことを自分でも驚いていた。少し前の自分なら静止を振り切り殺していただろうと。そうなるだけの変化が、自分にあったことを。

 ギャラルも思うところがあったが、カイムが望む結果になるのなら、余計な手出しはしない。ヴェルドレがマナを封印しようと呪文を唱えだすのを見て、自分もかつては封印されたのだとぼんやり考えていた。

 しかし、先程まで怯えていたマナに変化が起きる。呪文のせいで、彼女がした呟きはギャラルにしか聞こえなかった。

 

「人間どもめ……まだ生き延びようとするのか!醜い……醜いぞ!!」

 

 まるで自分は人間ではないかのような呟きだった。

 ヴェルドレの呪文は完成し、封印の魔術が放たれる。複雑な文様を描いた術はマナへ飛んでいき、封じようとする。

 

「グアア……!おのれ……」

 

 しかし、マナを封じるどころか、巨大化し始めた。封印に抵抗するように巨大化していき、遂には封印を破壊する。

 巨大化は留まることを知らず、広い祭壇の天井をも突き破っていく。カイム達は建物の崩壊に巻き込まれないように走る。

 

「封印を破り巨大化するとは……あの幼子は何者ぞ?」

 

 唖然としているヴェルドレも七支刀とカイムが引っ張り、神殿から脱出する。

 巨大化したマナは上空へと飛んでいく。

 

 マナを倒し、この戦いに終焉を!



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第6節 墓場なき戦い

いよいよ帝都祭壇の奥に追い詰められたマナ。
殺意を高めるカイムだったが、ヴェルドレがそれを制止する。
そんなに罪深いとはいえ、その幼さでは死は重すぎる。

その情けを踏みにじり、神の力によって巨大化した司教マナ。
奴の攻撃をかいくぐり、終焉を!


 レッドドラゴンの背に、カイムとギャラルが乗り空へ羽ばたく。巨大化したマナの待つ帝都の空へ。

 

「わたくしはここからでは手伝えませんが、お願いします!」

 

 レッドドラゴンと共に行っても何も出来ない七支刀は、地上にてカイム達の勝利を祈る。封印さえ破ったマナが何者なのか、疑問を捨てきれないヴェルドレもまたカイム達の戦いを見るしかない。

 

「カイム!我との約束を覚えておるか?……絶対に死ぬな!」

「大丈夫、ギャラルが守るから。命に変えても!」

「ギャラルも馬鹿を言うな。死して救えるほど、この男は甘くないぞ!」

 

 レッドドラゴンとギャラルが言葉を交わしつつ、目の前の強大な存在へと近づいていく。

 接近するレッドドラゴンに気がついたマナは、魔力の弾を幾つも作り出し一斉に射出する。

 その弾はいずれも今までに見てきたものとは、比べ物にならない速さでレッドドラゴンへ飛んでくる。紙一重で躱すものの、もう少し近づいていたら避けきれてなかっただろうことを理解する。

 

「グヴェーゲェーヴォ ゲゲ ヴォ ヴォゲェゲゲ」

「幼子の叫びは聖母に向けられているのか……?おぉ、神よ……」

 

 マナはおぞましい声を上げる。余りの圧に、レッドドラゴンも、カイムも、ギャラルも、怯んでしまう。しかし、折れてはいけないのだ。あれを倒せば全てが終わるのだ。

 接近しながら炎を吐き、何度もぶつけていくが効いているのかも分からない。

 レッドドラゴンの炎を拒絶するように、マナの周りに巨大な結界が出現し弾き飛ばされる。再度炎をぶつけるが全て弾かれてしまう。

 

「ギャラルの魔力なら、きっとあれを壊せるわ!」

「もう後のことなど考える必要はないぞ。全力でやれ!!!」

 

 ギャラルは神器ギャラルホルンを演奏する。しかし、今までの比ではないほどの魔力を込め、神器の能力を完全に解放しようとする。

 ラグナロクの始まりを告げたという伝承を持つこのキラーズには、終焉を呼び寄せる力が備わっている。終わりを示すための、破壊の力もある。

 レッドドラゴンの背後へと、いつもの扉が出現する。しかしその大きさは普段の数倍はあるであろう巨大なもの。終焉の力が封じられた扉が開き、終焉の化身と化した獣が現れる。

 獣が口を大きく開くと、込められていた力が解放されマナのまとう結界へと放たれる。……しかし、弾かれはしないものの結界を破壊するには至らない。

 ギャラルホルンの演奏は止まらない。結界を破壊しきるために、魔力が枯渇してでも止めないくらいの気力で演奏を続ける。暴力的な魔力の放出は続き、遂に結界へとヒビが生えていく。

 

「……今よ!」

 

 レッドドラゴンが追い打ちをかけるように大魔法を放つ。レッドドラゴンから放たれた無数の炎が結界のヒビへと飛んでいき、結界が破壊された。

 

「グヴェーゲェーヴォ ゲゲ ヴォ ヴォゲェゲゲ!」

 

 マナは叫ぶ。それは世界への憎悪なのか、聖母への愛なのか、或いは心を失い獣のように叫んでいるだけなのか……

 マナの全身から、大量の魔力が放たれる。それは帯となり輪っかを形成し、レッドドラゴンを襲うように広がっていく。魔力の輪は一つだけではなく、無数に生まれレッドドラゴンの道を潰していく。

 

「弱点だ……奴がいかなる姿になろうとも、必ず弱点があるはずた!」

 

 マナの大きく見開かれた赤い瞳が、カイム達を睨み続ける。魔力の輪に紛れて魔法弾を作り出し、レッドドラゴンへ飛ばそうとする。

 魔力の輪によって逃げ場などほとんど残っていない状況で、あの速さと精度の弾が飛ばされれば間違いなく避けれない。そう判断したギャラルは演奏を再開する。先程の攻撃で魔力の大部分を使ってしまったが、相手の弾を相殺する程度なら出来るはずだと、限界を訴える手を無視する。

 終焉の獣から放たれた魔力がマナの放つ弾と上手いこと相殺し、レッドドラゴンは難を逃れる。……いや、上手くいくだろうと信じていたレッドドラゴンは、避けようともしていなかった。

 魔力の輪と輪の隙間を狙い、炎を吐き続ける。炎をぶつけるたびにマナの持つ魔力は膨れ上がり、輪の数も増えていく。

 

「こいつは敵だ。そう……ひるむな。敵なのだ……人類の!」

 

 人類の敵。あれほど人類を見下し侮蔑していたレッドドラゴンが、ハッキリとそう言ったことにカイムは驚く。

 熾烈になる魔力の攻撃を掻い潜り、ひたすら炎を吐き、吐き、吐き続ける。

 ギャラルは遂に限界に達し演奏を止めてしまう。焼けるように熱い頭で、それでも背中から振り落とされないようにカイムへとしがみつく。カイムもそんなギャラルの手をしっかりと握る。

 レッドドラゴンの猛攻の中、マナのまとう魔力も限界へと膨れ上がっていた。放たれていた魔力の帯も、しっちゃかめっちゃかに解放されマナの周囲は魔力の嵐にさえなっていた。

 巻き込まれる前に何とか離脱するレッドドラゴン。マナの魔力の暴走が落ち着くのを待ち、最後に放たれた巨大な魔力の輪もくぐり抜けもう一度接近する。

 トドメと言わんばかりに巨大な炎を溜め、マナへ返す。まともに直撃したマナは、神から得ていた力を全て失い、空を飛び続けることも出来なくなる。

 ゆっくりと落下し始めるマナ。空へ向かい手を伸ばし、マナは叫ぶ。

 

「オガーザーン! オガーザーン! オガーザーン! オガーザーン! ゴォーッ!」

 

 断末魔のように絶望の声を上げ、マナは教会へと墜ちる。

 母を求めて叫ぶマナに、ギャラルは自分のことを考えていた。もしかすれば、自分もああなっていたかもしれないことに。

 

 レッドドラゴンに敗北し全てを失ったマナへ、聖母は微笑まない。



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第7節 閉じた魂

全てが終わった。
神の洗脳が解け、死を望むマナをカイム達は冷たく突き放す。

ヴェルドレは再び封印が必要だと嘆く。そこで声を上げたのは……


 祭壇へと落下したマナの元へレッドドラゴンは降下する。避難していたヴェルドレと七支刀も祭壇へと戻ってくる。

 ギャラルがレッドドラゴンから降りるが、力を使い果たしたのもありふらついてしまうが、カイムが支えてくれる。心地の良い感覚に、そのままカイムの腕へとしがみつく。

 マナはうつ伏せている。死んだ訳ではない。それぞれがゆっくりとマナの近くへ歩いていく。

 すると、突然マナが笑いだす。

 

「……ふふ、ふふふ、あははははは!あなた達、ほんっとバカね!せっかくの再生の好機を逃したりして」

 

 ゆっくりと起き上がり、演説でもしているかのように語りだす。

 

「神はすべて見ているのよ!最後の審判なのよ!わたし達は変われるのよ!何も不安はないの!愛されているんだから!」

 

 偶然近くにいたからか、或いは神の名を語ったからか、ヴェルドレの元へ歩いていく。

 しかし、ヴェルドレは無言で突き飛ばす。封印という慈悲さえ踏みにじった司教へ、今更かける情けを持つほどヴェルドレは情に厚い男ではない。

 カイムはギャラルを優しく腕から離し、マナへと剣を抜く。今度こそ、殺してしまうつもりで。

 

「……憎いのね?わたしが?……殺してもいいよ」

 

 そんなカイムを挑発するように、マナは語りだす。カイムの近くを回りながら、大げさな態度を取りつつ。

 

「おにいさん!殺しなさいな。遠慮なんかいらないわ。ぐっさりぐっさり殺してよ。ほら、殺してよ。おにーさん!」

 

 しかし、その言葉は必死さを帯びていく。殺される覚悟なんてものではない、殺してほしいと懇願するように訴えかける。

 

「わたし平気なんだから。だって、愛されてるの。神に愛される子供は、お母さんにも愛されるはず。ぜったい平気なの。愛されてるの、だから!」

 

 だからと口にした途端に、頭を抱えうずくまってしまう。

 ギャラルは改めて、この幼い少女は母の愛に飢えていることを理解する。かつての自分と同じなのだ。

 殺さないでほしいとカイムへ伝えようとするが、その必要がないことに気がつく。カイムも剣を降ろしている。

 ただ、カイムは彼女に同情したのではない。こんなクソガキのせいで、両親も国もフリアエも、何もかも失ったことに呆れていたのだ。

 

「殺せよ!おら!殺さねえと、わたし……わたし……これからどうすればいいんでしょうか?憎むぐらいなら殺してください。

一気に殺してください。憎まないで、憎まないで、お母さん!わたし、死ぬから。ね?」

 

 七支刀は、封印を破り最後まで抵抗した彼女を、それでも殺すことには戸惑いがあった。

 しかし今はそれ以上に、必死に死を願い懇願するあまりの姿に絶句していた。見たところまだ10も行ってないだろう幼い子供が、必死に殺せと言う姿は普通ではない。

 

「あなたでもいいわ。わたしを殺してください。お願いします。あなたでも、あなたでもいい。殺してください。殺して。殺せー!!」

 

 カイムに殺意がないと分かったマナは、ヴェルドレと、ギャラルと、七支刀、この場にいる者へ殺せと懇願して回る。

 しかし理由はどうあれ、その願いを叶えてくれるものは一人もいなかった。

 

「カイムはおぬしを一生許さないそうだ。やすやすと死ねると思ったら大間違いぞ」

 

 レッドドラゴンがカイムの変わりに声を上げる。その怒りをはらんだ声と、言葉の内容も相まってマナは小さく悲鳴を上げながら尻もちをつく。

 

「カイムだけではない。この世界の何千もの魂がおまえを許さない。わかるか?おぬしは一生憎まれるのだ」

「う、うふふふふ……いや……やぁよ」

「罪の深さにもだえ、のたうちまわりながら生きるがいい。我が言ってやろう。おぬしに、救いはあらぬ!」

 

 レッドドラゴンはハッキリと告げる。死という逃げ道など、救いなどないことを。マナの犯した罪は一生をかけても許されるものではない、それほど重い物だと。

 彼女に情が移っているギャラルや七支刀でさえも、彼女の所業を許すつもりはなかった。同情の余地はあるが、それで許されるほど簡単な話ではない。

 

「いやああああああ!おかーーさーん!許して、許して、許して、許して……ごめんなさい。もうしませんもうしません」

 

 罪の重さを受け止められないマナは、絶望の声を上げる。のたうち回りながら、許しを請う。しかし、この場にいない母親へ許しを請うマナの姿は、あまりにも惨めで滑稽だった。

 見ていられなくなった七支刀が、マナを優しく抱きかかえる。ただ泣き叫んだところで、誰も許してはくれない。この場にいない母親だって、そうだろう。

 

「同情するくらいなら、殺してくてください……」

 

 小さく呟くが、その言葉に耳を向けるものはいない。

 

 マナへ言うこともすることも、この場に残る三人にはもはやない。レッドドラゴンの方へ向き直ると、そのレッドドラゴンが質問をヴェルドレへ投げる。

 

「封印の適合者はおるのか?」

「一刻も早く、新しい女神を探し当てねば……」

 

 そう、まだ封印は解かれたままであり、世界が滅ぶ危機なのだ。

 ギャラルは一瞬だけ、自分が封印の女神になるという選択肢を浮かべた。それならカイムや世界を救うという当初の目的も達せられるし、どうせ一度はユグドラシルに封印された身なんだと考える。

 しかし、かつての封印は自分一人ではなかった。キャールブとグレイニプルが共にいた。終焉という希望を抱えた仲間が、母と姉のように接することの出来るくらい、優しい仲間が。

 それを、こんな異世界で、しかも全身に苦痛を伴うような封印を、キル姫の永い寿命で受け続けなければいけない……考えるだけでゾッとする。

 

「また誰かを犠牲にせねばなりません。私は……さしずめ死刑執行人です」

 

 その犠牲に立候補することは、ギャラルにはできなかった。

 

「また進めぬようになった。……暖めてくれぬか?」

 

 ヴェルドレを一瞥したレッドドラゴンは、カイムへと声をかける。それは、エンシェントドラゴンに対峙した時のように、温めてほしいという願い。

 カイムに断る理由はない。彼女の頭を優しく撫でる。

 しかし、何に怯えているのかは分からなかった。敵は全て倒したのだ、今更何に怯えるのだと疑問を感じていたが、それでも彼女の願いだ。

 レッドドラゴンも、キューと鼻を鳴らす。カイムに撫でられるのは、とても心地の良いことだろう。

 ギャラルはそんな彼女の様子を見て、自分も撫でてほしいと言えば撫でてくれるだろうか?とぼんやり考える。

 

「……もう、だいじょうぶだ」

 

 レッドドラゴンもまた、優しい声でカイムに言う。カイムはそっと彼女から離れる。

 そして、カイムに向けられた優しい声とは違い、いつもの彼女らしいハッキリとした声でヴェルドレに告げる。

 

「我を封印に使うがよい。精神力、生命力、すべてにおいて人間の比ではないぞ」

 

 カイムもギャラルも、言われたヴェルドレも驚く。

 ギャラルは理解する。先程自分が感じていた封印への恐怖があったからこそ、カイムに撫でてもらっていたのだ。……無でてもらっただけで、その恐怖を乗り越えたのだ。やはり自分なんかとは違う、高潔な存在なのだ。

 

「そんなことが!?……よろしいのですか?」

「我の気が変わらぬうちに済ませたほうが良い」

 

 ヴェルドレは、レッドドラゴンへと深く、深く一礼をする。

 

 封印の儀式が始まる。ヴェルドレが呪文を唱えると、レッドドラゴンは苦しみだす。カイムはレッドドラゴンの首元に抱きつき、ギャラルはその隣に立つ。ギャラルも、自分なんかがレッドドラゴンに触れていいのかと一瞬だけ悩み、それから手を当てる。

 呪文が完成する。文字が御札のような形に現れ、その文字はレッドドラゴンへ飛んでいく。封印の文字はレッドドラゴンの全身へとまとわりつき、身体へと刻まれオシルシとなる。

 全身が焼かれるような痛みにレッドドラゴンが悶え苦しむ。カイムはよりいっそう強く彼女へと抱きつき、ギャラルも抑えるようにしがみつく。

 

「おぬしの……涙……初めてみる……な」

 

 カイムは、泣いていた。フリアエが死んだときですら出なかった涙を流していた。親愛なるレッドドラゴンのために。

 レッドドラゴンがゆっくりと頭を上げようとする。それを察した二人はそっと彼女の首元から離れる。

 しっかりとカイムを見ながら、彼女は話し出す。

 

「……覚えておいて……もらいたいこと………が……ある」

 

 カイムとギャラルも、しっかりと彼女を見つめる。

 

「アンヘル……それが我が名だ」

 

 しかし、カイムは堪えきれなくなり顔を逸らそうとする。気がついたギャラルはカイム頬をつねる。

 いきなりつねられて驚きギャラルへ振り向くが、今度は顔を押して視線を無理矢理レッドドラゴン……いや、アンヘルの方へ戻す。

 

「目を逸らさないで」

 

 今までカイムと共にしてきて、気がついたのだ。大事なときに、いつも目を合わせられなくなることに。きっと、今もそうなるのではないかと思い少し気にしていたのだ。

 

「…人間に名乗るのは最初で…最後だ」

 

 アンヘルの顔へ近づき、その名を呼ぼうとする。しかし、当然だがカイムの口から声が出ることはない。

 

「……カイムのこと……頼んだぞ」

 

 ギャラルの方へ向きながら言う。……アンヘルが頼むと言ったのだ、カイムのことを。自分のことを、アンヘルに認められていたのだ。

 

「うん!アンヘル!」

 

 カイムの手を握りながら、ギャラルはハッキリと彼女の名を口にする。声にならないカイムの代わりになるかも分からないが、それでも今はその名を呼ぶべきだと感じたから。

 

「さらば……だ、馬鹿……者……」

 

 最後の言葉と共に、アンヘルの体が光の玉へと変わっていく。アンヘルの身体を安置するために、転送させるのだ。

 消えていくアンヘル。壊れた神殿から覗く青い空が世界が正常に戻ったことを教えてくれる。

 親愛なる者が消えてしまった悲しみに堪えきれず、崩れ落ちるカイムをギャラルが優しく抱きかかえる。

 

「神よ……それでもあなたは、生きろとおっしゃるか?」

 

 ヴェルドレが空を見上げながら呟く。カイムもゆっくりと起き上がり、ギャラルも、七支刀も、この瞬間は同じ空を見ていた。

 

 

 a fallen Angel never smiles

 

 

 A fresh shrine will be built by the hands of the lord on top of numerous sacrifices.

《幾多もの犠牲の上に主の御手の新たな祠が作られるだろう》




二人のキル姫の干渉はあったが、本来のA世界線と同じ結末を迎えた、と。
しかし、マナの贖罪の旅にギャラルホルンが加わってカイムも含め三人の旅となっており、七支刀も世界を立て直すのに尽力するようですから、これからが大きくる変わっていく筈です。この先は私の管轄外なので、次に任せますが。
興味深いのは別の世界線の方でしょう。キル姫によって発生する分岐……


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第二章 交錯
第四節 もう一人のキル姫


壊滅した集落を見て、行く場所を無くし絶望するイウヴァルト。
そこへ神官長からカイムへ"声"が届き、フリアエ達は彼の元へ向かうことに。

更に集落の探索を続けるカイムは、新たなキル姫と出会う。


「地獄だ……地獄だよ……」

 

 壊滅している集落を目撃したイウヴァルトは、その場に崩れ落ちる。安寧の地などないのだ。

 森に囲まれた集落はドラゴンの身体には狭いため、上空から見下ろしていた。だからこそ違和感を感じる。一方的に襲われ壊滅したのなら、帝国兵の死体があるのはおかしいのだ。

 そもそも橋を渡り森に入ってからはまともに帝国兵とは交戦していない。まだ生き残りがいるのではないかと考える。

 その思考をしていると、アンヘルとカイムに"声"が届いた。

 

「神官長ヴェルドレから"声"が届いたぞ」

「神官長?」

 

 ギャラルは聞いたことのない単語に首を傾げる。

 

「ああ、知らないんだな。封印を管理する神官の中でも、最上位の者だ。普段はフリアエはその人としか会えないらしい」

 

 イウヴァルトが説明してくれる。ゆっくりと立ち上がりながら空を見上げ、今度はイウヴァルトが疑問を口にする。

 

「しかし、"声"?神官長も契約者なのか?」

 

 そう、"声"を届けられるということは神官長も契約者ということになる。契約者同士でしか出来ないのだから。

 

「ああ。相手のドラゴンは既に石化しておるがな」

「彼は今どこに」

 

 そう質問するのはフリアエだ。この場にいる者で、ヴェルドレと面識があるのは彼女だけだ。

 

「神殿巡礼中で砂漠にいる。異常事態を危惧し、女神の保護を申し出てきた。早急に向かうが良い」

「……すまない、フリアエ。俺ごときではフリアエを守れないな」

 

 中立の場所なら大丈夫だろうと連れてきた挙げ句こと有様な自分と、保護を申し出る神官長を比べてしまい、更に落ち込むイウヴァルト。

 

「あなたの歌に、私は癒やされます」

「君もそういうんだな。けれど、歌なんかじゃ君を守れない。力が欲しい……!」

 

 そう呟くイウヴァルト。カイムとアンヘル、そしてギャラルの戦いぶりを見ていたイウヴァルトは、より力を欲していたのだ。愛するフリアエを、"自分で"守るために。他の誰でもない、元許嫁である自分で。

 ドラゴンの言葉の通り、神官長の元、砂漠へ向かうために一行はまた歩み始める。

 しかし、カイムが動き出さないのに気がついたギャラルは止まり、声をかける。

 

「行かないの?」

「いや、我らはもう少しここを調べる。フリアエのことはお前に任せるようだ」

 

 その言葉が、イウヴァルトとフリアエと一緒にいさせてあげようという気遣いだとギャラルは理解した。しかし、連合兵も複数いるとはいえ彼らだけだと戦力にも不安があるので、ギャラルは着いていくことにした。

 

「わかったわ。フリアエは守るから任せて」

「……くっ」

 

 ギャラルが守ると言うことに、やはりイウヴァルトは苦虫を噛み潰したような顔をする。結局、自分は守られる側の人間なのかと考えてしまっていた。

 

 カイムは自分とアンヘル以外が出発したことを確認し、集落の中を探索する。

 

「待て、誰かいるぞ」

 

 空から見ていたアンヘルが、まだ動く者が集落の中にいることに気がつく。アンヘルの誘導でその者がいる場所へ警戒しながら近づいていく。

 カイムの死角を付くように、突然何者かが斬りかかってくる。しかし、アンヘルの目があるために死角にはなっておらず簡単に防ぐ。

 奇っ怪な形状をした剣に、やけに布面積の少ない服を着た女性だった。

 

「聞こえるか、そこの女。我らは帝国軍の者ではないぞ」

「えっ、そうなんですか?」

 

 空からアンヘルが呼びかけると、驚いたような表情をしながら腕から力を抜いていく。

 あっさりと信じるんだな、と若干呆れながらもカイムも剣を降ろす。

 話を聞くと、彼女は七支刀というキル姫らしい。少し前からこの集落に来ており、今回の帝国軍の襲撃に抵抗していたらしいが突破されてしまい、エルフたちが攫われたようだ。

 行く先は、渓谷にある"天使の教会"の宮殿。

 

「"天使の教会"だと?帝国軍がそちらにいるなら、行く価値はあるか」

 

 ギャラルの戦いを見て、この女も戦力にはなるだろうと考える。帝国への復讐のためにも、連れて行くべきだ。

 

「おぬし、飛べるか?」

「いえ、わたくしは飛ぶことはできません」

『なら乗せていくか。それとも低俗な人間を乗せるのは嫌か?』

「……いいだろう。我に乗っていけ。乗り心地は保証せぬがな」

 

 カイムたちの方針は決まった。森から出て、カイムと七支刀はアンヘルと合流し、宮殿を探すために空へ高く飛び立つ。

 七支刀はエルフを救うために、カイムは帝国兵を殺しに行くために、宮殿へと向かうのだった。



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第八節 救済と殺戮

「天使の教会」の宮殿を目指すカイム達は、襲いかかる帝国軍を蹴散らしつつ進んでいた。
宮殿に蔓延る帝国兵を斬り刻み、姿を現した司祭を追撃する。


 "宮殿"の周りに、次々と司祭が現れる。それらは分身なのだろうとカイムは気がつくが、気にせず斬りかかる。

 七支刀は、分身なら自分の呪術で消せないかと考えるが、自分に向けられて飛んでくる無数の魔力弾を見てそんなことをしている余裕がないことに気がつく。

 弾幕のように飛んでくる弾を、カイムはひらりと躱し司祭の分身に迫る。一刀両断し、止まることなくカイムは走る。

 七支刀も、神器を構え弾を受けながら走っている。全て躱せる自身はないので受けながらになるが、神器なだけありちょっとのことで壊れるような代物ではない。何とか分身の一人に近づき斬るが、その間もものすごい速さでカイムは分身を蹴散らしていく。

 この道中で見てきたが、カイムはかなり強い。下手なキル姫よりも強いではないだろうか。……例えば、自分とか。

 自信をなくしながらも、カイムに負けじと剣を振る。そうこうしてる間に全ての分身を蹴散らすが、肝心の本体が見当たらない。

 

「いたぞ。神殿の中に逃げ込んだようだ」

 

 アンヘルが、空から司祭の姿を発見する。それを聞くとカイムは真っ直ぐ神殿という名の廃墟へ飛び込んでいく。

 七支刀も遅れて神殿へと向かうが、やはり攫われたエルフの人達の姿はない。それを確認し進むと、司祭は既にカイムによって斬られていた。

 

「エルフ達はどこか別の場所に運ばれてしまったか」

 

 そう呟くアンヘルに、カイムは剣を向けながら帝国の目的は何かと問う。元々契約する前は帝国軍に捕まっていたのだ、何か知っていてもおかしくはない。

 

「帝国軍の目的?我が知るはずなかろう。人間の考えはあまりに卑小すぎて、我には想像もつかぬわ」

『ああ、おまえに聞くのが間違っていたか。考えることもできないんだな』

 

 いつも通り人間を見下すアンヘルへと、これまたいつも通り辛辣な返しをするカイム。

 その様子を見ていた七支刀が、カイムへ声をかける。七支刀はここまでで気になっていたことがあったのだ。

 

「カイム様、質問よろしいでしょうか」

 

 カイムはうっとおしそうに七支刀を見る。見ず知らずの女に様を付けて呼ばれる義理はないし、無駄に丁寧な態度なのも癪に障る。ただ、質問を断る理由もなければ、断れる口もない。

 

「カイム様は、その、戦いを楽しんでいるのですか?」

 

 戦いのさなか、カイムはずっと笑っていた。楽しそうに、殺戮をしていた。それがあまりにも気がかりであった。

 それは、まるでキル姫のような……

 そう考えかけるが、そうだったかと首を傾げる。別に、キル姫だって戦いを楽しんでいるものばかりではない。

 

『ああ、帝国の奴らを殺すのは楽しいさ。悪いか?』

「愚問のようだな。こやつの頭には復讐しかないぞ」

「復讐、ですか」

 

 あまりにもくだらない質問に、カイムは笑う。神妙な顔をしている七支刀が滑稽でたまらない。

 両親が殺され国が滅んだあの日から、帝国を憎み続けてきた。しばらくはフリアエといたが、そのフリアエも封印の女神になってしまい離れ離れ。それからずっと戦いの日々だった。

 七支刀のことがどうでもよくなったカイムは、気にしていたことを確認するために司祭の顔を覗く。やはり、眼が赤い。

 これまで戦ってきた、全ての帝国兵がそうだった。そんな都合のいいこと、あるか?

 

「赤い眼がどうかしたか?」

 

 アンヘルはそこまで気づいていないので、カイムが何を気にしているのかは分からなかった。

 直後、ヴェルドレからの声が届く。それも、緊迫したものだ。

 

「ヴェルドレ!?……何かあったようだ。砂漠へ急ぐがよい。女神にも危険が迫っておるかも知れぬ」

 

 アンヘルがそうカイムに声をかけた時、宮殿へ入ってきた者がいた。見た感じ、帝国兵ではない。

 

「た、助けてください!我々の村が、帝国軍に……」

 

 そう言うと、カイムの元へフラフラと歩いていく。

 

「大丈夫ですか!?村は、いったい何処に」

 

 助けを求めてきた男性の元に、七支刀が駆け寄る。男性は七支刀が戦えるとは思わなかったのか、そちらを見るがすぐにカイムへ向き直りそちらに向かって言う。

 

「この先の……妖精の谷です。どうなっていることやら……うぅ」

 

 体力が限界になったのか、カイムの近くで膝を付く。そんな男性を、カイムは蹴り飛ばした。

 

「なっ!?」

 

 あまりの暴挙に七支刀は言葉を失う。帝国兵相手に容赦しないのは敵だし、復讐ともなれば分からなくもない。しかし、助けを求めに来た人にまでそんな態度を取るのは違うだろう。

 そんなカイムだが、男性のことなどもはや眼中になかった。妖精の谷に帝国兵がいる、帝国兵を殺しに行けるとそれだけを考えていた。ニヤニヤと笑みを浮かべながら歩いていく。

 

「おぬし、助けにゆくのか?殺しにゆくのか?」

 

 アンヘルの問いかけに、カイムは答えない。



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第九節 孤独な戦い

村人からの情報で帝国軍の存在をかぎつけ、妖精の谷へ向かうカイム達。ドラゴンの忠告虚しく、憎しみに我を忘れたカイムは、全ての帝国兵を抹殺するつもりでした。

妖精の谷を襲った帝国軍が上空で旋回している。
一掃して、妖精の谷へ進め!


 アンヘルの背に乗せてもらい、再び空へ上がるカイムと七支刀。七支刀は空では無力で、カイムに先程のことを問いただす勇気もなかった。

 

「フェアリー……あの性悪どもの巣か……」

 

 アンヘルがぼそりと呟く。カイムのことを考えていても、今は仕方ないと頭を切り替える。

 フェアリー自体、ラグナロク大陸でそうそう見る種族ではないが、少なくとも性悪だと言われる覚えもなく、首を傾げる。

 

「妖精って、そんなに性格が悪いのですか?」

「口を開けば嫌味と皮肉しか口にしないような奴らぞ」

 

 そう会話をしていると、前方へ帝国軍の気球が姿を現す。どうやら、妖精の谷へ向かっているようだ。

 大砲を向け、アンヘルを迎撃すべく弾を放つがその程度に当たるような貧弱なドラゴンではない。するりと弾を躱し、お返しに炎を撃つと気球は堕ちていく。

 

「我はフェアリーは好かぬ。人間はもっと好かぬがな……」

 

 口を開けば当然のように、人間を蔑む言葉を吐くアンヘルに、七支刀は疑問を覚えていた。何故そこまで人間を嫌うのか。

 カイムが復讐に身を燃やすのは、理解できる範疇だ。しかしドラゴンが人間を見下すというのは、簡単に理解できるものではない。そもそもラグナロク大陸に、人間やそれ以上の知能を有し言葉を話せるのはキル姫くらいしかいないため、より高位の種族が見下すということ自体がない。

 

「レッドドラゴン様は、どうしてそこまで人間を嫌うのですか?」

「愚かだから。そう答えれば満足か?」

 

 人間が愚かとは、七支刀は思わない。人々は協力しあい、手を取り合い生きていけるのだ。泣いたり笑ったりして、今日を必死に生きていくのだ。

 

「帝国のやつらを見て同じことを考えられるのか?同じ種族同士で無意味な殺し合いをし、こやつのような戦いに快楽を見出す男まで生んでしまう」

 

 こやつ、というのはカイムのことだろう。

 アンヘルの言葉を、七支刀は咄嗟に否定することが出来なかった。ラグナロク大陸は、小さな小競り合いや争いがないことはないが、それでも戦争だといった大きな戦いはない、平和な世界だった。

 しかし、今この世界で見ているのはその真逆の光景と言っていいだろう。同じ人間とは思えない。

 

『平和な世界に生きていたやつに、理解できる者ではないだろう。もちろん、争いに関わることのなかったドラゴンにもな』

「ああ、我らは人間ほど醜い生き物ではないからな」

 

 またカイムとアンヘルが言い合いをしていることに、七支刀は気づかない。"声"を聞けるわけでないので、ただアンヘルが人間を馬鹿にする発言をしているようにしか聞こえないのだ。

 

「おまえも、人間の業によって生まれたものだろう?」

 

 アンヘルの問いかけが、自分に向けられたものであることに気づくのに時間がかかった。

 "人間の業によって生まれた"という言葉の意味を理解できずに少し考える。何か、引っかかる。キル姫は別に人間にどうこうされたなんてものではない、キル姫はキル姫だ。……その、はずだ。

 

「森のどこかにフェアリーの棲む谷がある。そこも無事ではあるまいが……降りるぞ」

 

 アンヘルの言葉を聞いて、もう帝国軍の気球を一掃し終わっていたことに気がつく。

 考える時間なんてない。今は目の前のことを見るのを優先し、森の中へ降りていった。



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第十節 レオナールの侮恨

森の中に、一人の男がいた。その名はレオナール。
たった今、帝国によって全てを失った哀れな男。


 燃え盛る家の前に、男が座っていた。ナイフを自らの首にあてがうようにして。

 男の前には、三人の少年が倒れていた。それは、レオナールの弟達。いや、死んでしまっている以上、弟だったものと形容すべきか。

 

「ラウム、リベサル、ルーキフーゲ、こんな情けない兄を許しておくれ」

 

 死んだ弟達に、謝罪の言葉を述べる。

 先程までこの男は、とある用事で家を離れていた。その離れていた少しの間に、家まで帝国軍が襲来し弟達を惨殺していったのだ。

 自らも命を絶とうと、首にあてがったナイフを突き刺そうとする。死への恐怖と葛藤しながらナイフを刺そうとしていたが、触れた瞬間にナイフを落としてしまう。

 ナイフの先端には血がついている。表面を傷つける程度の傷は出来たが、その程度。死の恐怖に打ち勝つことなど、この男にはできなかったのだ。

 自死を選ぶことさえできない情けなさで、俯いていると何か音が聞こえた。

 驚きながら周りを探すと、彼の周りに小さな光が飛んでいた。その光はレオナールの前に止まる。妖精だった。

 妖精へと、懺悔するようにレオナールは語りだす。

 

「……私は汚らわしい人間なのです。弟達が殺され、家が焼き払われていることも知らず裏の林で……」

 

 その言葉を遮るように、妖精も喋りだす。目の前にある滑稽なものを嗤うように。

 

「ん?おいおい、それからどうした?アレか?おまえ、弟達を見捨てちまったか?おお、哀れでみじめな弟達よ、キャハハハハハッ!お気の毒っと!ますますおもれぇ!一等賞!」

 

 妖精の罵倒は止まらない。死んだ弟の前に飛びながら、口は回り続ける。

 

「うげえ!こりゃまた派手にやられたなァ。おいおい、見ろよ。この可哀相な目!最期に何見て死んだんだろうな?アッハハハ!」

 

 しかし、レオナールはそんな弟の目を見られない。吐き気を堪えながら何とか言葉を絞り出す。

 

「見たくありません。……私には見られないっ!」

 

 そんなレオナールを罵倒するように、いや、罵倒するために妖精の口は回り続ける。まるで罵倒を止めると死んでしまうかのような勢いで。

 

「キャハハハハ! 気持ち悪いってかァ?人間なんてダメだね。ぜんぜんダメ!汚いし、臭いし、……死ねばぁ?そーだ!死ねよぉ!いのち捨ててちょうだい!ダメダメダメダメ。最低。はい、決定!」

「私は……」

 

 確かに死のうとはした。しかし、結局できなかった。それが今の有様だ。否定の言葉を口にしようとするレオナールを遮り、まだまだ罵倒は回る回る。

 

「キャハハハハ! 怖いんだろ?死ぬのがよっ!死にたくねぇんだろ?本当はよっ!ワアチャー!!うざってぇ!!マジで!さっさと死ねよ!!」

 

 罵倒を並べ続ける妖精の中に、一つの考えが浮かぶ。……正確に言えば、その考えは最初からあり、まるで今思いついたような態度を取っただけだが。

 

「…………待てよ?な・ん・な・ら!ちょっと“契約”してみっか?」

「それは……どういう……?」

 

 突然の提案に固まるレオナール。死ね死ね死ねとひたすら罵倒していた妖精の、あまりにも突然の提案。

 

「あ?わかんねーかなァ?もしもーし!その頭は飾りデスカー?キャハ!これからおまえと俺は手を組むのヨ。一生離れられないのヨ。キャハハハハーハ!ダッサー!ウソ、ウソ、お願いしマース。契約してくだサーイ!」

 

 契約のお願いをしながらもなお罵倒が止まらない妖精に、レオナールは贖罪のためにも提案に乗ることにした。



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第十一節 焼き討ちのあと

村を救うためではなく、帝国兵を殺すため。
憎悪に燃えるカイムは村があるという霧深い妖精の森へ。

その森には契約者が居た。
自らの意志の弱さにつけ込まれ、悪意あるフェアリーとの契約を行い光を失った悲しい男、レオナール。


 深い霧の中、カイムと七支刀は森の中へ降りる。方や村を救うため、方や帝国軍を殲滅するため。真逆の意思でありながらも、同じ戦いへと臨む二人がいた。

 

「なんて濃い霧だ。まったく先が見えぬ。気をつけて進まぬと敵の格好の的となるぞ」

 

 アンヘルが二人へと忠告する。その言葉の通りに、少し先も見渡すことができない。

 弓兵の攻撃や、死角からの奇襲など警戒しないといけないと、七支刀の歩みは遅くなる。しかしカイムはその反対、むしろ全力で突き進んでいく。見えないのはお互い様だと考えたからだ。

 流石に霧が濃いとはいえ、ドラゴンの襲来ともあれば気がつく。帝国兵達は陣形を整え直し、アンヘルへの攻撃を決行……しようとした。

 悲鳴を上げる間もなく、一人死ぬ。弓兵の首が一つ飛んだ。

 流石に近くにいた兵士はそれに気がつくが、報告を上げるまもなくカイムの餌食となる。

 敵の奇襲だ!そう気がついた時には、その兵士のいる部隊は壊滅していた。弓兵の首のない死体だけが転がり、次にどこから襲ってくるのかと警戒し構える。そんな帝国兵の一団へと、炎が降り注ぐ。

 カイムはアンヘルへと戻り、弓兵のいなくなった部隊へ容赦のない追撃をしていた。周囲にいた筈の敵兵を警戒していた帝国兵は、空からの攻撃に気がつくのが遅れ全て炎に巻き込まれていく。

 それだけ暴れれば、他の部隊も異変に気がつく。陣形を整え直すのは程々に、カイム達への攻撃を始める。

 しかし濃い霧に紛れ、何とかドラゴンのシルエットが見える程度。弓兵の周りを剣を持った兵士たちが警戒しつつも、弓兵はシルエットへ矢を放ち続ける。

 しかし、帝国兵達が警戒すべき相手はもう一人いた。七支刀はカイムの暴れっぷりを見て、ゆっくり警戒しながら立ち回るのでは置いていかれるだけだと考え、いきなり神器の能力を解放し接近していた。

 アンヘルにもっとも近い一団へ飛び込み、巨大な神器で薙ぎ払う。警戒していただけあって何人かは気づき防ごうとするものの、容易く弾かれてしまう。そのまま弓兵へ追撃しようとし、止まる。

 ……本当にこれでいいのでしょうか?

 ただ闇雲に殺し合って、平和になんかなるだろうか。一瞬のことだったが、その一瞬の間にカイムはアンヘルから飛び降り、七支刀の目の前にいた弓兵を頭から串刺しにしていた。

 

『戦うこともできない腑抜けなら、ここで野垂れ死ね』

「!?」

 

 七支刀の顔面を容赦なく殴り、そのまま神器を奪ってしまう。カイムに神器の能力を解放することは出来ないが、これだけの質量を持つ剣というだけで価値がある。

 

「賢者は戦いより死を選ぶ。更なる賢者は生まれぬことを望む……」

 

 アンヘルが空で何かを呟く。それはまるで、戦わないのなら死ねと、その方が賢い選択だと言っているようで七支刀の頭に血が上る。

 ……戦うことへの覚悟なら、もう決めている!

 神器七支刀を振り回し、次々と帝国兵をぶった斬るカイムへと走る。カイムの強さは異常だが、七支刀だって伊達にキル姫ではない。戦いに夢中になっているカイムの背後から掴みかかる。

 

「返してください!それはわたくしのキラーズです!」

『ふん、怒ったか?聖人ぶったところでお前もその程度だ』

 

 カイムの意思は七支刀には伝わらない。しかし、カイムは神器から手を離し地に落とす。新たに草原の竜騎槍を構え直し、残党を残らず殺すために走り出す。

 

『おぉ……地獄の炎が……』

「”声”が聞こえた。契約者か!?」

 

 周囲にいる帝国軍を全滅させたカイムは、"声"を頼りに東の方角へと走り出す。この"声"の感じなら、まだ敵がいる筈だ。

 

「契約者ですか!?何処に?」

「カイムの向かった先にいる。向かったところで、何も変わらぬと思うがな」

 

 七支刀が何もできないと、いる意味がないと挑発を続けるアンヘル。

 そんなことはない。それを証明するためにもカイムを追い走り出す。

 二人の向かう先には、帝国のゴブリン部隊がいた。近くにある村を襲おうと進軍していたが、その先頭を潰すように槍で貫く。突然の奇襲に驚きながらも構え直すゴブリン達だが、カイムの敵ではない。

 七支刀も攻撃を始める。しかし、七支刀の攻撃はゴブリンに当たりはするもののトドメは刺さない。剣の腹で殴っているからだ。

 近くでカイムの殺戮が始まり、更にはもう一人強そうな者が現れたこともあってゴブリン達の士気は目に見えて落ちる。特に、カイムの殺戮の凄まじさが勝てないことを物語っている。

 カイムを取り囲み同時に攻撃を仕掛けようとしても、いなしながら薙ぎ払い、近くにいるものから順番に貫き殺していく。ゴブリン特有のすばしっこさで避けようとするも、動きを読まれているかのように正確に槍が迫る。

 そんな殺戮を見せられては、次に殺されるのは自分だと理解するのも容易い。ゴブリンは慌てて逃げ始めるが、七支刀はそれを追撃しない。

 

「つまらぬ慈悲はいずれ身を滅ぼすぞ」

 

 その様子を伺っていたアンヘルは、馬鹿馬鹿しいをしていると思いながら呟く。必要があって逃すのではなく、ただ純粋に善意で敵を見逃すのはまた訳が違う。

 そんなアンヘルを通じて、カイムも七支刀の所業を知る。"わざと"逃している、その行為にカイムは激昂しゴブリンを薙ぎ払った後に七支刀へ向かい走る。

 突然のことに対応が追いつかない七支刀の首根っこを掴み上げ、怒りを露わにする。

 

『こいつらは敵だぞ!?逃がすなど正気か?』

 

 カイムの言葉は一つも伝わらない。何故そこまで怒っているのか、七支刀は理解できずに黙るしかない。

 

『……いや、お前は人間じゃなかったな。家族を殺された恨みなど分からないか』

 

 怒りは残ったまま、呆れた様子でカイムは七支刀を放す。直後、再びカイム達へと"声"が聞こえる。

 

『待て!話し合え!その者達にもう戦う意志はない!』

 

 その言葉が誰に向けられたものなのか分からないが、七支刀のことを考えさせられイライラしながら村の方へと走り始める。敵はいないのかと、殺すことだけを考えつつ。

 

「荒波に浮かぶ者が助けを求めるとは限らぬ」

「それは、どういう?」

「会えば分かるのではないか」

 

 二人は村へ進んでいく……



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第十二節 闇の手触り

"声"を追って進むカイム達は一人の男性、レオナールと出会う。
しかし、レオナールの所業にカイムは怒りを見せるのであった。


 "声"は近い。村へ続く道を走り、道中の帝国兵を容赦なくカイムは殺していく。七支刀に任せれば逃してしまうかもしれないと、いつも以上に積極的に殺していく。

 ただ、ゴブリン共と違い人間の帝国兵は機械のように統率が取れている不気味な部隊ばかりであり、逃走などするかは疑問だったが。

 七支刀も追うように走りながら帝国兵に対処するが、カイムの考える通り逃げ出す様子など見受けられない。それでも、なるべく一人でも多くを殺したくない、死なせたくない七支刀の剣は鈍る。迎撃しなければ殺される、そうでなくともカイムが殺すということは見ていればわかるはずなのだが。

 そうして進んでいった先に、一人の男性の姿が見えた。明らかに帝国兵とは違う風貌で、しかも周りには彼が倒したと思われる帝国兵の死体。

 

「そちらは、連合軍の兵士さんですね?剣さばきの音でわります」

 

 二人へと気がついたレオナールは、そちらへと振り返る。

 七支刀は厳密に言えば連合兵ではないのだが、協力している以上似たようなものだし説明する時間もないので、そこは説明しないでいる。

 

「初めまして。私、レオナールと申します」

 

 礼儀正しく頭を下げ挨拶するレオナールに、契約者がカイムのような人ばかりではないと内心ほっとしていた。

 しかし、彼が顔を上げても目を開かない様子に違和感を覚える。そういえば、さっきも"剣さばきの音"と言っていたような、と考え七支刀は質問をする。

 

「レオナール様、目はどうなされたのですか?」

「あぁ、私は目が見えません。そう、そちらの君と同じく契約の代償です。……それと、様と呼ばれるほどの者ではありません。私は卑しい男なのです」

「闇より明るい希望はなし……人間の愚かさを見ずに済むとは幸運よ」

 

 アンヘルなりの気遣いなのか、単なる皮肉なのか、口を開く。どちらにしても、やはり人間を見下していることが伝わってくる。

 

「見ずとも……感じますから」

 

 それは、単に見えなくても周りがわかるということなのか、或いは人間の愚かさは見なくても感じてしまうということなのか。

 その愚かな人間の一人であるレオナールなりの、返しなのだろう。

 帝国兵の死体の側へ寄り、レオナールは膝を折る。そして、頭を下げ地に伏せる。

 

『何をしている?』

 

 カイムは明らかにイライラした様子でレオナールの近くに立つ。

 

「……死者はもはや土塊と同じ。悼むべき存在です」

「そう、ですね」

 

 七支刀はそんなレオナールの様子に、素直に感心する。どうしても死んでしまうことは、殺してしまうことは避けられないのかもしれないが、死者を悼むことはできる。

 彼女もまたレオナールの側で膝を付き、手を合わせ祈る。せめて出来ることだけは、精一杯のことはしたいから。

 

『ふざけるな。こいつらは帝国兵だ、死んだところで忌むべき敵なのは変わらない。死ぬことに価値があるクズ共だ』

 

 死体を挟み二人の前に立つカイムは、またもや激昂していた。帝国の塵共に頭を下げ祈る、意味不明な行動。殺すべき相手の死を嘆き悲しみ、時には幸福を祈るなどバカバカしい。

 

『土塊でしかないのならば踏み潰せ。お前は土に祈るのか?』

「……わかりました」

 

 レオナールは頭を上げ立ち上がる。カイムの"声"が聞こえるからこそ、カイムの怒りが直接伝わってくる。

 死者を悼むことへこれほど怒ることに戸惑いは感じつつも、それを望むのならとやめる。

 しかし、七支刀は違った。カイムの"声"が伝わらないというのもあるが、彼女の頑固な部分がカイムに反発しているのもあった。

 

「カイム様は何故そこまで怒るのですか?死者にさえ祈ることの何が悪いのですか!」

『死んだところで帝国軍は帝国軍だ。したことは変わらん。だいたいお前も何人も斬ってきただろう?今更聖女ぶるな』

 

 こちらを真っ直ぐ見つめてくるムカつく女に、イライラを募らせながらカイムは答える。……答えて、伝わらないことを思い出す。

 声など出ないほうが楽だと思っていたが、こんな形で欲しいと思うことになるとは思わなかった。

 

「やめましょう、彼をそこまで怒らせる理由もありません。それに、砂漠へ急がねばならぬのでしょう?」

『ああ、祈る暇があれば一人でも多くの帝国兵を殺せる。……それに、フリアエが心配だ』

 

 七支刀は言われて、神殿でアンヘルが何か言っていたのを思い出す。村人の助けを放置もできずにこちらへ来てしまったが、そちらも放っておいていいものではないはずだ。

 

「砂漠で何が?」

「聞いていませんでしたか?神官長からの"声"が届いたそうです。女神達に危険が迫っている可能性があります」

 

 女神。この世界に来てからずっとバタバタしていた上に、カイムは話が通じないしアンヘルも話しづらいしで、詳しいことを知らない。

 エルフの人達が封印がどうと言っていたが、それと関係があるのだろうか?

 とにかく、次の目的地は砂漠へ戻ることに決まったため、アンヘルが降りれる場所まで移動しようとする。その際、レオナールは一度だけ立ち止まり、死体の方向へと頭を下げた。

 カイムもいい加減呆れたのか、すぐに終わると分かっていたからか素直に待っていた。

 

「……誰にでも……赦される権利はあると信じたい……」

 

 まるで自分に言い聞かせるかのような小さな呟きは、誰の耳にも届かなかった。



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第参章 邂逅
第1節 再開


フリアエやイウヴァルトと共に行動している筈の神官長ヴェルドレ。
彼の"声"による呼びかけに応じ、新たな契約者と共にカイムは砂漠へやってきていた。


「いいよなあレオナールさん、あのドラゴンに乗せてもらえるなんてねえ」

 

 妖精がレオナールの懐の中で呟いている。彼女の言う通り、レオナールは今アンヘルの背に乗っていた。正確に言えば、七支刀とカイムも含めた三人でだが。

 

「なぜ三人も乗せねばならぬ」

 

 口では言いつつも、封印の女神の元へあるだけの戦力を連れて行くべきというのは理解している。だが、カイムはともかく契約相手でもない人間二人を乗せていることへの不満はあるのだ。

 

「いやあ、その傲慢さに見合った大きな翼があれば、いい景色も見えるんだろうねェ」

「ああ、貴様の口の悪さに見合った矮小な羽根では、見れぬものよ」

 

 いきなりお互いを罵倒し始める妖精とアンヘルに、七支刀は頭が痛くなる。

 レオナールは確かにまともな人物だったが、その契約相手の妖精が碌でもないやつだったのだ。

 

「見えてきたぞ。降りるぞ」

 

 見てみると、入り組んだ岩場の影に複数の影が見える。飛来するドラゴンの姿には流石に気づいたようでどよめいているが、カイムの隊にいた兵士を始めとした数人はアンヘルだと気がつく。

 

「兄さん、よくご無事で」

「ああ、お前が無事でいてくれてよかった。そちらの二人は?」

 

 フリアエとイウヴァルトが、アンヘルから降りた三人へと近づいてくる。

 

「わたくしは七支刀、キル姫……と言って、伝わるでしょうか?」

「ギャラルの仲間なのか?」

 

 キル姫と聞いて少し嬉しそうにするイウヴァルト。その言葉を聞いてカイムは、あの少女が何処にいるかと辺りを見渡し何処にも見当たらないことに気がつく。

 

「ギャラルホルンは、私達を庇い帝国へ連れて行かれました」

 

 そう言いながら歩み寄る人物がまた一人現れる。

 

「私は神官長のヴェルドレです。どうか、彼女を助けてはくださらぬか?」

「女神と神官長を庇い捕まったか。しかし、捕まるような強さとは思えぬな」

 

 短い間であったが共に行動し、それなりの実力があることはアンヘルも認めていた。だからこそ、捕まってしまったことへ疑問を覚える。

 

「赤い鎧の兵士だ。魔法が跳ね返されて、太刀打ちできなかったんだ」

「赤い鎧の……?ああ、失礼、名乗りが遅れました。私、レオナールと申します」

 

 目が見えなくなっているレオナールに、鎧の色までは分からないので理解が追いつかなかった。

 七支刀とカイムも赤い鎧の兵士とは遭遇しているためその存在は知っていたが、レオナールは会っていたかすら分からない。妖精と契約したレオナールはより魔法の方面が強くなっているのもあり、警戒しないといけない相手だ。

 

『まあ、あいつを連れ返せば戦力も増えるだろう』

 

 カイムにとってギャラルの安否はどうでもいいのだが、無事ならば戦力になる。帝国への復讐のためなら手段を選ぶつもりはない。

 

「行きましょう、その方を助けに」

「待ってくれ、俺も彼女を助けに行きたいんだ!」

 

 自然とアンヘルの方へ行き、早速行こうとしていたカイム達の足が止まる。

 

「ギャラルホルンに助けられたのだろう?おぬしが行ったところで、助けになるか?」

 

 イウヴァルトへ、アンヘルが冷たく突き放す。契約者二人とキル姫一人の中に、多少腕が立つとはいえ一般人が入ったところで足手まといにしかならない。

 しかし七支刀はイウヴァルトの様子が気になる。彼のことを詳しく聞いていないのと、今初めて会ったばかりなのもあり、カイムと比べたら弱いことをかなり気にしていることには気がついていない。

 

「……イウヴァルト様、私と共に行きますか?」

 

 だからこそ、彼が助けに行きたいという言葉を純粋な善意と捉え、それを冷たく否定するアンヘルを受け入れられなかった。

 

「いいのか?けど、君みたいな女の子にまた世話になるなんて……」

「私、キル姫ですから普通の女の子ではありませんよ。それに、困ったときはお互い手を取り合うべきだと思います」

 

 アンヘルは小さくため息を吐く。

 カイムは、正直彼がフリアエと共にいることよりもギャラルを救いに行くことを優先しようとしていることに驚いていた。あれだけフリアエに強くこだわっていたイウヴァルトがだ。

 もしかすれば、意識しているからかもしれない。フリアエの前だからこそ、あんな子供に助けられた弱い所を見せたくないのかもしれない。

 そう考えたカイムは、イウヴァルトを止めるつもりはなかった。

 

「私はカイムと共に行きましょう。お二人の無事を祈っています」

「さあ、ゆくぞ!」

 

 カイムとレオナールはアンヘルの背に乗り飛んでいく。

 カイムを見ているフリアエを見て、イウヴァルトはカイムへの嫉妬心を止められない。俺がフリアエの婚約者なのに、フリアエにとってカイムの方が大切なのかと。

 

「女神は私に任せてください。どうか、ギャラルホルンを頼みます」

「七支刀さん、イウヴァルトのことを頼みます」

 

 やはり、自分は頼まれる側なのか。俺が弱いから駄目なのか……

 考えているイウヴァルトの手を引き、七支刀もまたアンヘルを追い砂漠を進んでいく。



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第2節 求めるもの

捕まったギャラルホルンを救出すべく、近くにある捕虜収容所へ向かうカイム達。
別れて行動していた七支刀とイウヴァルトが辿り着く頃には、戦いが始まっていた。


 フリアエ達が潜む岩場の周りに敵影がないことを確認しながら、二人は走る。

 

「ありがとう、俺一人ではあの子を助けるなんてできないんだ」

「困ったときは支え合う、そういうものですよね」

 

 若干、お互いの言葉がすれ違っていることに気づかずに二人は走り続ける。

 イウヴァルトは七支刀の戦いをまだ見ていないが、ギャラルの強さを考えれば彼女もかなり強いのだろうと想像していた。実際、キル姫はその辺の一般兵なんかよりも圧倒的に強い。

 アンヘルの姿を追い走っていたが、途中でアンヘルが止まる。若干小さめの姿のドラゴンの群れとの戦いが始まっていた。そして、その下に捕虜収容所が見える。

 

「わたくしからなるべく離れないようにしてください。一人は危険です」

「ああ。背中を任してもいいか?」

「わたくしこそ、お願いします」

 

 二人は距離が離れすぎないように気をつけながら捕虜収容所へ走る。

 空のドラゴン同士の戦いに気を取られ、周囲への警戒を怠っている帝国兵の一団へと、七支刀が斬りかかる。巨大化させた神器で一薙ぎすれば、何人も巻き込まれ死んでいく。

 今一番の脅威となった七支刀へ、複数の弓兵が構える。もっとも近い場所にいる弓兵へイウヴァルトが駆け寄り、剣で手甲を叩きボウガンを落とし、返す刃で帝国兵の首を狙う。

 イウヴァルトが倒した弓兵を背後に取り、他の弓兵からの攻撃を防ぎながら七支刀は進んでいく。いくら神器が大きいとはいえ、散開している弓兵を一撃で屠ることはできない。今度は七支刀から遠い場所で構えている弓兵を狙い走る。

 そうして、何とか一団を壊滅させるが敵はまだまだいる。

 

「やはり、君も強いんだな」

 

 自身よりも大きい剣を振り敵を壊滅させる姿に、やはり自分の強さが到底敵わないものだとイウヴァルトは理解させられる。

 

「イウヴァルト様も強いですよ。わたくしは剣技が得意というわけではありませんから」

 

 イウヴァルトは、周りの契約者やキル姫と比較して自身を弱いと卑下しているが、実際はそんなに弱い訳ではない。

 カイムの父親であり、剣の達人であったガアプから剣を教わったのだ。カイムが異常なだけで、イウヴァルトも磨かれた剣技は常人のそれではない。ただ、常にカイムと比べてしまっていたせいで気づいていないだけだ。

 

「いいや、俺なんか……」

 

 空の敵を殲滅したのか、アンヘルが地上へと降下し炎を撃ち始める。レオナールも背からおり、魔法を放ち敵団を壊滅させていく。

 

「もっと、圧倒的な力が欲しいんだ。でなければ、フリアエを守れない」

「フリアエ様のことが、好きなんですね」

「元許嫁だからな。女神になってそれもなくなったが、想いだけは変わらない」

 

 もはや二人が戦わなくても、帝国兵は壊滅していく。それを察して、足を止める。そして、七支刀はイウヴァルトの目を見て、話し始めた。

 

「だから、強くならなければならないんだ。さっきも、ギャラルがいなければ俺達は助からなかった」

「剣を振るのは誰にでもできます。けれど、フリアエ様を愛せるのはあなただけです」

「……くっ」

 

 七支刀は、彼らの関係を知らない。フリアエがイウヴァルトではなくカイムを選んだことを、知らない。だからこそ、純粋にイウヴァルトのことを応援する。だからこそ、イウヴァルトは悔しい気持ちになる。

 

「それとも、フリアエ様は強い人にしか興味のないような方なのですか?」

「違う。ただ、フリアエは……」

 

 ふと、イウヴァルトの脳裏に浮かんだ景色。幼い頃、難しいしがらみに絡まれる前、純粋に友達として三人仲良く過ごしていた時の記憶。フリアエは、笑っていた。それは……

 

「違う。守れなければ意味がないんだ」

 

 歌。フリアエは、確かにイウヴァルトの歌を聞き喜んでいた。城から出立する前に歌った時も、少し嬉しそうに聞いていた。

 それがなんだ。歌で喜んでくれたとして、守れなければどうするんだと考えを否定する。

 

「フリアエ様の心を救えるのは、イウヴァルト様かもしれません。わたくしにはフリアエ様の心がわかりませんが、きっとそうだと信じています」

 

 そう言ってから、七支刀は振り向く。捕虜収容所の看守であった重装兵もカイムの剣の前には破れ、死体へと変わっていた。

 改めて契約者の強さを見せつけられたイウヴァルトは、自身の無力さを嘆く。

 七支刀は、この場で散ったもの達へ祈りを捧げることしかできなかった。



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第3節 囚われたギャラルホルン

カイム達が襲撃した捕虜収容所に、ギャラルホルンの姿はなかった。
帝国軍は”再生の卵”を出現させるために封印の破壊と女神殺害を目論んでいることを、囚えられていた兵士から聞く。
カイム達は封印を守る為、砂漠の神殿へと向かう。

一方、ギャラルホルンは何処とも知れぬ帝国の牢獄に囚われていた。
それに語りかけるのは「天使の教会」の司教、マナだった。


 ギャラルが目を覚ますと、そこは見覚えのない空間だった。両手を鎖で繋がれていて、身動きが取れなくなっている。

 確か、フリアエやイウヴァルト、神官長ヴェルドレを守るために囮になったのだが、赤い鎧の兵士に魔法を弾かれ抵抗できずに捕まってしまったのだ。

 時間を稼ぐことはできたが、自分がいなくなって危険に晒されているかもしれない。急いで向かわねばと身体に力を込めるが、鎖は簡単に千切れそうにはない。神器も見当たらないので、どうすればいいかと悩んでいると、突如男の声が聞こえてくる。

 

「わたしに力があれば、捕まらずに守れたのに」

「誰!?」

 

 驚いて周りを見るが、誰の姿もない。まるで頭に直接響くような声に、この場にいないことを察する。

 

「わたしに力があれば、世界を守れたのに」

「力があれば、戦争をいち早く終わらせられたのに」

「世界を終わらせることが、出来たはずなのに」

 

 ギャラルは顔をしかめる。まるで、こちらの心を見透かすように告げる声に胸が痛くなる。

 けれど、その程度で凹む訳にはいかない。戦えるのだから、キル姫なんだから。

 

「鎖の一つも千切れない貧弱なキル姫に、何が守れる?」

「……!」

 

 声の相手が誰なのか、なんの目的でこんな言葉を投げかけてくるのか、何も分からないが口車に乗る訳にはいかないと必死に口をふさぐ。

 

「まともに戦うことも出来ないから、ママに見捨てられる」

「えっ?」

 

 その声の主から聞こえた言葉、ママという言葉に驚き口を開いてしまう。いや、開いたのは口だけではなかったのかもしれない。

 

「ギャラルは頑張ったよ、ママ、捨てないで」

「ギャラルを褒めて」

「ギャラルを愛して」

「ギャラルのことを嫌わないで」

「や、やめて!」

 

 ギャラルは嫌でも思い出してしまう。神魔大戦、神々に、天使に利用され捨てられた時の記憶を。頑張ればママに褒めてもらえると思っていたあの時のことを。

 もう割り切ったはずなのに、心の奥底を見透かすような言葉に動揺が止まらない。

 

「頑張って悪魔と戦ったよ」

「頑張って世界を終わらせようとしたよ」

「頑張ったから、許して」

「封印なんてしないで」

「どこか遠くに行ってしまわないで」

「ママ、ママ!」

 

 心をこじ開けるように放たれる言葉の数々に、ギャラルは絶叫する。

 

「こんな見知らぬ世界に来ても、頑張ってるよ」

「酷い戦争を今度こそ終わらせるから」

「ママ、今度こそギャラルのことを見て」

 

 淡々と、しかし感情的に告げる男の声の数々に、精神を削られていく。

 それを見計らったかのように、別の声が響く。それは、幼い少女の声。

 

「私もね、お母さんのために戦ってるのよ?」

「……誰?」

「私はね、マナ。天使の教会の、司教」

 

 ……天使の教会?

 聞き覚えのない単語に首を傾げる。ただ、司教という言葉に只者ではないと考える。

 

「あなた達が帝国って呼んでるものよ」

「!?」

 

 ギャラルの疑問に答えるように答えるマナ。それはつまり、帝国のトップということなのか?こんな子供が?

 

「私達は、世界を再生するために戦ってるの。お母さんの愛で、再生するの」

「嘘よ。あんな酷いことをして、そんなこと!」

 

 この世界に来てから少ししか経ってないが、それでも帝国のやってきた殺戮が正しいとは思えない。あんなことをするのが、正しいなんて……

 

「世界の終焉のために、沢山のキル姫を暴走させた貴方がそれを言うんだね」

「っ!それは!」

 

 かつて、終焉(ママ)や仲間と共に世界を終わらせようとした時、ギャラルはキラーズの力を用いて沢山のキル姫を無理矢理暴走させ、正気のキル姫を襲わせていた。

 あの時は、それでも世界を終わらせることが人々の悲しみを終わらせるためだと、いわば善意でやっていたのだが、今になって考えてみれば残酷なことをしていたのかもしれない。

 

「そうよ。でも、悪いことなんかじゃないわ」

 

 しかし、マナはそれを否定しない。まるで、ギャラルをそそのかすように、甘い声で告げる。

 

「天使の教会も同じよ。一緒に戦ってほしいな」

「でも……」

 

 残った理性が、それでも否定する。昔の自分なら乗っていたかもしれないが、今は違う。そんなやり方で真に幸せな世界になんかならないと思う。

 

「ママも、それを望んでいるわ」

 

 ゾクッと、背中に奇妙な感覚が走る。

 

「あなたにしか出来ないことよ」

 

 求めていた言葉が、ギャラルへと突き刺さる。

 

「お母さんは言っているわ。世界の再生を手伝ってくれれば、その分愛してあげるって」

 

 ………そんな、こと。

 

「だから、力をあげる。ドラゴンと手を結んで得られる、特別な力を」

「………ふひひ」

 

 精神が一度限界まで追い詰められ、その上で甘い誘惑までされて耐えきれるほどの精神性の持ち主ではない。長生きではあるが、心は見た目通りかそれ以下だ。

 何よりも、笑っているギャラルの目は、赤く染まっていた。

 

「……カイム」

 

 頭の中に浮かんだのは、何故かカイムの顔だった。戦いの中で快楽に染まった笑みを浮かべる戦闘狂。まるで暴走したキル姫のように暴れる青年の姿。

 世界の再生、世界が救われるなら。まずは、彼を止めよう。何故か、不思議とそう考えていた。

 

 ギャラルは気づいていない。この世界に来て初めて出会った圧倒的な力を持つ青年に、依存し始めていたことを。ママに愛されたいという気持ちと同じくらい、彼に愛されたいと感じ始めていたことを。



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第4節 砂漠の封印

砂漠の神殿へ向かったカイムとレオナールとは別に、七支刀はフリアエの元に残った。

イウヴァルトは自分の存在意義を確認するように、フリアエのために一曲歌う。


「君は神殿に向かわなくていいのか?」

「わたくしは"声"で連絡が取れませんし、フリアエ様の守りも必要でしょう?」

 

 神殿へ飛んでいくアンヘルを見守りながら、二人は会話している。

 捕虜収容所とその付近の帝国軍は壊滅したとはいえ、いつ襲ってくるか分からないため守りは必要だと七支刀は残った。

 七支刀に悪意はないのだが、イウヴァルトは自分では守りにさえならないと言われているようで納得が出来ない。いや、実質彼女に比べたら大して強くはないのも事実だが。

 

「しかし、帝国はギャラルホルンをどうしたのだろうか」

 

 疑問を口にするのはヴェルドレだ。捕虜になっていないのなら、もしかすれば殺されてしまったかもしれない。最悪のパターンが脳裏によぎる。

 

「なあ、フリアエ。こんな時で悪いんだが、一曲歌わせてくれないか?」

「……イウヴァルト?」

 

 イウヴァルトからの突然の提案。捕虜収容所付近で七支刀と話してから、彼の頭の中でずっと引っかかっていた。

 強さが必要なのだと、それがなければ意味がないのだと必死に否定しようとしても、歌を聞き喜んでいたフリアエの姿を忘れられない。

 もし自分に強さがなくても、せめて歌だけはフリアエを喜ばせられるのなら、必要とされるのならと、すがるように考えてしまう。

 

「帝国に、場所を教えてしまうのでは?」

 

 ヴェルドレの懸念はもっともだ。自分から音を出して場所がバレてしまえば意味がない。

 

「そんな大きな音で演奏はしないさ。砂漠だし、音も響きにくいはずだ」

「……わたくしは、イウヴァルト様の歌を聞いてみたいです。フリアエ様も、いいですよね?」

 

 七支刀はイウヴァルトへ助け舟を出す。彼の歌を聞いてみたいというのも本音ではあるのだが。

 フリアエも同意する。今すべきなのかは分からないが、フリアエにとってイウヴァルトの歌はかけがえのないものの一つなのだ。

 

 イウヴァルトはハープを取り出し、手頃な岩に座り歌う。周りにいた連合兵も歌に呼び寄せられるかのように彼の周りに集まってくる。

 普段はまるで無感情かのような顔をしているフリアエも、穏やかな笑顔で聞いている。

 やはり、イウヴァルトには力以上に大切なものがあるのだと七支刀は確信する。彼女もイウヴァルトの歌に聴き惚れていたが、聴き続けたい気持ちをぐっと抑えヴェルドレに声をかける。

 

「ヴェルドレ様、今大丈夫ですか?」

「……ええ。どうかなされましたか?」

 

 ヴェルドレもまた、彼の歌に聞き入っていたのだろう。少し遅れて返事が返ってくる。

 

「わたくしは封印のことを知らないのです。ヴェルドレ様の知っている限り、教えてもらえませんか?」

「構いませんとも。封印とは……」

 

 この世界には封印が存在し、その封印を維持するためには封印の女神が必要であり、女神の負担を減らすために神殿が各地に存在している。その一つが今カイム達の向かっている砂漠の神殿もその一つ。

 封印の女神とはいわば人柱であり、常に全身に激痛が走っており、性的な行為も禁じられている。普段は外界との接触も禁じられ、顔を合わせることができるのも神官長、つまりヴェルドレのみである。

 その封印が解かれると、再生の卵が出現するとも言われているし、世界が終わるとも言われている。とにかく解いていいことが起きるようなものではない。

 

「実際に解かれた姿を見たものはいない。私にも世界がどうなるかは分かりません」

「……じゃあ、イウヴァルト様の婚約がなくなったのも?」

「女神に選ばれるとは、そういうことです」

 

 つまり、フリアエの意志がどうあれ結ばれることのない愛だったのだ。

 けれど、イウヴァルトの焦り方はそれだけには見えない。もっと、別の理由があるような気はするのだが、その正体が見えてこない。

 

「……待ってください、まさか封印が!?」

「うっ……」

 

 ヴェルドレが突然大きな声を上げる。それとほぼ同時に、フリアエが苦しそうにする。

 

「フリアエ!?大丈夫か?何があったんだ!」

 

 イウヴァルトは驚き演奏をやめ、フリアエを抱きかかえる。何が起きたのかとヴェルドレへ問い詰めるが、その表情が良くないことが起きたのを物語っていた。

 

「砂漠の神殿が、破られました」



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第肆章 背反
第1節 歪んだ祈り


砂漠の封印が破壊され、失意の中でカイム達はフリアエの元に戻る。
砂漠に落ちていた神器ギャラルホルンを七支刀へ差し出すカイム。それの意味するところを察する間もなく、カイム達は移動を開始する。

移動した荒野で一夜のキャンプを張る。
その時、空から黒い旋風が舞い降りた。


 帝国に砂漠の封印が破られ、更に帝国から逃げていたカイム達は披露が溜まっていた。

 各々が腰を降ろし少しでも疲れを取ろうとしていた中で、レオナールが真っ先に異変に気がつく。

 

「この気配……ドラゴン!?」

 

 レオナールの言葉に反応し空を見上げたカイムは驚愕する。ブラックドラゴンがこちらに向かって飛んできていたのだ。両親の仇である、あのブラックドラゴンが。

 単に姿が似ているなんてものではない。あの姿、見間違える事などない。

 更に一行は驚くこととなる。そのドラゴンの背から降りてきたのは、ギャラルホルンだった。

 

「無事だったのか!?」

 

 あのブラックドラゴンが、カイムの両親の仇だと知らないイウヴァルトが真っ先にギャラルへと近づく。

 しかし、警戒しているカイムは彼の前に立ち道を塞ぐ。

 

「ドラゴンを連れているとは、まさか契約者に?」

 

 ヴェルドレが疑問を口にする。キル姫である彼女も契約ができるのか、どうしてなったのか、など色々疑問が浮かんでくる。

 

「ええ、契約したの」

 

 ギャラルはカイム達に手の甲を見せる。そこには、契約の証でもある紋章が浮かんでいた。

 それからギャラルは七支刀の方を見る。キル姫であることを直感的に理解したからだ。今いる中で、ギャラルが知らないのは七支刀とレオナールだけだ。

 

「あなたはキル姫よね?それと、そちらの方は?」

「わたくしは七支刀です。あなたがギャラルホルン様ですね?」

「私はレオナール。よろしくお願いします」

 

 二人がギャラルへと挨拶する。それからギャラルはカイムを見て、にひひと小さく笑みを浮かべる。

 カイムはギャラルの、琥珀色だった筈の、今は赤い目を見ながら疑問を投げかける。

 

『捕まってから何があった?何故お前がそのドラゴンと』

 

 今までなら通じてなかっただろうが、同じく契約者になったギャラルには"声"が届く。

 

「ギャラルね、司教と話してきたの」

「天使の教会の……?」

「ええ。帝国軍を使って封印を破壊し、再生の卵を出現させる。それが天使の教会の目的」

 

 不気味なまでに笑みを崩さぬまま、ギャラルは話し始める。

 この場にいる人は、帝国の狙いが再生の卵ということまでは知っているが、その先に何があるのかを知らない。

 カイムはそこへの興味は薄かったが、フリアエにも関係する話なので妨害はしなかった。

 

「再生の卵による世界の再生。一度滅びて、それから新しい世界にするのよ」

「世界が、滅びる……?」

「もちろん、フリアエも死ぬわ」

 

 動揺したイウヴァルトに対して、容赦なくギャラルは告げる。

 

「オイオイオイ!このガキ怪しいぜ!そこまで知ってきて、なァんでここまで来れたんだ?」

「それは、私も疑問です。ギャラルホルンさん、どうやってここまで来たのですか?」

「んー、それはね?」

 

 後ろで待機しているブラックドラゴンに近づき、その背から荷物を取り出した。それは、巨大な鉄の剣だった。ギャラルの背丈よりも大きいそれは、もはや剣より鉄塊と呼ぶに相応しいもの。

 その鉄塊の剣先を、カイム達へ向ける。相も変わらず、笑いながら。

 

「司教の命令で来たからよ?」

「やはり、堕ちていたか……!」

 

 赤目になっていることに疑問を覚え警戒していたカイムとアンヘルは特に驚きもしなかったが、他の者はそうでもなかった。

 カイムは冷静に剣を抜きギャラルへ向けるが、イウヴァルトはその前に躍り出てギャラルへ声をかけようとする。

 

「う、嘘だ!君が帝国になんて!」

「ええ、ギャラルは別に天使の教会のことはどうでもいいの。ただ、世界の再生に興味があるだけ」

「待ってください、そんな世界を滅ぼすなんて!」

「七支刀は覚えてないかもしれないけど、ラグナロク大陸だって一度枯れた世界樹から再生してるのよ?それと変わらないわ」

 

 説得も通じなさそうだと理解すると、カイムはイウヴァルトを押して退かし走り始める。目の前の"敵"を殺すために。

 一瞬だけ、ギャラルから笑みが消え悲しそうな表情をする。だがすぐに元の笑みを浮かべ、カイムの剣を軽く受け止める。更に力技でカイムの剣技を無理矢理いなし、弾き飛ばしてしまう。

 アンヘルも炎を吐こうとするが、それを予期していたブラックドラゴンが空から奇襲を仕掛ける。首根っこを押さえられ、地に叩き伏せられる。

 

「わたくしが!」

 

 咄嗟に神器を巨大化させ、七支刀が走る。しかし契約の力でより強くなったギャラルの剣と神器七支刀を何とか振るっている七支刀の剣では話にならず、こちらも弾き飛ばされしまう。

更にギャラルは容赦なく七支刀の腹を蹴り飛ばし、遠くに吹き飛ばす。

 

「チョッ、あんなヤベーやつと戦ったら命が幾つもあっても足りないですよ、レオナールさぁん!」

「女神が殺されれば世界が滅ぶのです。今やるしか!」

 

 全力で逃げたがっている妖精を強引に掴み、魔法を放つ。妖精の高い魔力が大量の魔法の玉となり、ギャラルへと飛来するする。

 しかし、ブラックドラゴンが炎で迎撃し全て防がれてしまう。その隙をついてアンヘルは抜け出そうとするが、逆に足に力を込められ首に強い負荷がかかる。

 

「待って!レッドドラゴンを殺さないで!」

 

 しかし、それにいち早く反応したのはギャラルだった。ギャラルの隙をついてカイムは立ち上がり、ブラックドラゴンへ走る。

 ブラックドラゴンに殺されそうになっているアンヘルを見て、カイムの脳裏に浮かんだのは目の前で殺された両親の姿。

 

『あんな悲劇、二度とごめんだ!』

「!?……カイム!」

 

 走ってくるカイムを脅威と感じたのか、或いはトドメを刺すチャンスだと感じたのか、今度はそちらへ炎を放つ。

 走るカイムを先回りしたギャラルは、鉄塊でブラックドラゴンの青い炎を防ぐ。

 

『!?何故庇った?』

「……ごめんなさい」

 

 まさかの行動に驚くカイムの腹を殴る。ギャラルの行動を読みきれないカイムはもろに食らい、今度こそ倒れてしまう。

 もう一度魔法を放とうとしているレオナールへ向かって飛び、背後から鉄塊の腹で殴る。咄嗟の反応が間に合わず、レオナールもまた倒れてしまう。

 今までとてつもない強さを見せていたカイム達があっという間に倒されていく姿に、イウヴァルトは絶望する。それでもフリアエを守るのだと必死に身体を動かし、ギャラルへと走る。

 しかし、イウヴァルトの剣は簡単に躱され、反撃に鉄塊で殴られる。契約者でも耐えれなかった攻撃にイウヴァルトが耐えれるはずもなく、また彼も地に伏せてしまう。

 もはや女神を守れるのは自分しかいないと、咄嗟にヴェルドレは呪文を唱え始める。しかし、彼は神官長であり一応契約者だ。当然警戒していたので、呪文が完成する前に近寄られ杖を蹴り飛ばす。しかも、蹴られた時に杖が自分に当たり、その衝撃でヴェルドレも激痛に倒れてしまう。

 守りがいなくなったフリアエへギャラルが接近する。それからギャラルはフリアエの耳元で、何かを囁いた。その言葉が届いたのは、目が見えず感覚の鋭くなっているレオナールだけだった。

 

「自分が幸せになれない世界なんて、滅んでほしいのよね?」

「……それは」

 

 否定しきれないフリアエのことも殴る。元々激痛に苛まれているフリアエは、それだけでも気絶するには十分だった。

 ギャラルはそのままフリアエを抱え、ブラックドラゴンの背に戻る。

 

『殺しでしか快楽が得られないのでしょう?大丈夫よ、世界の終わりだけは誰にも平等だから』

『!』

 

 カイムだけに聞こえるように"声"を飛ばす。赤目の病もありギャラルの心は歪んでしまっているが、それでもカイムのことを考えているのだ。

 更に、カイムは今まで純粋に復讐のために戦ってきていたつもりだった。しかし実際は殺戮を楽しんでいるのだと、その言葉で初めて自覚を持った。

 

「じゃあね、カイム。よき終わりを」

『待て、ギャラルホルン……!』

 

 用を終えたブラックドラゴンはギャラルを乗せたまま飛び立つ。

 伸ばしたカイムの手は、誰にも届くことはなかった。



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第2節 絶望のはざま

ギャラルホルンとブラックドラゴンの襲撃により、フリアエをさらわれてしまったカイムたち。
フリアエを攫われてしまったことに、カイムは怒りを露わにし、イウヴァルトは絶望する。


 カイムは怒りに任せ剣をその場で振り回し、ヴェルドレへと突き付ける。

 

「……ギャラルホルンに刃を向けられた時、私の心にあったのは慈悲でも無でも、恐怖ですらなかった。私の心には、怒り、ただそれだけがあった。……今さら、人に何かを説くなど」

『それが普通だ。やつは敵だ。敵に慈悲をかけようとするのがおかしいんだ』

 

 カイムは少しずつ冷静さを取り戻していく。剣を収め、思案する。何故やつは俺のことを庇った?単に世界を滅ぼしたいだけならば、ここで俺達を皆殺しにすればいい。それに、最後にギャラルホルンが向けてきた表情は、敵に向けるものではない。むしろ……

 

「……カイム、僕には何も出来ないのか?」

 

 カイムの思考を遮ったのはイウヴァルトだった。カイムが冷静でいられるのは、ギャラルホルンが誰も殺さなかったことにある。少なくともこの場で殺さないのなら、殺せない理由があるはずだ。

 しかし、イウヴァルトはそこまで頭が回るほど余裕はない。会ってから数日とはいえ、気にかけてくれていたギャラルホルンが裏切りフリアエを攫ったのだ。しかも、自分は手も足も出なかった。

 

『いや、あいつは……』

 

 説明しようとして、カイムの声が伝わらないことを思い出す。レッドドラゴンも傷を負っており、代わりに声を出してくれることは期待できない。

 それを察したレオナールが口を開く。

 

「彼女が我々を殺さなかったのには理由があるはずです。女神も無事でしょう」

「……無事、なのか?カイム、フリアエを助けてくれ!僕には出来ない」

『ああ、言われなくても助けるさ』

 

 露骨にしょぼくれている親友の姿に、カイムは色々と思うところはあるが伝えることはできない。今になって契約の代償が響いてくることに、歯がゆさを感じる。

 

「一緒に助けましょう、イウヴァルト様。カイム様でも一人は大変な筈です」

「それでも、僕なんかじゃ力にはなれないさ」

「……わたくしだって!」

 

 いつまでもへこたれているイウヴァルトを見て、七支刀の中で何かが弾けた。

 珍しく大声を上げたことに、その場にいた者たちは驚く。

 

「わたくしだって、何も出来ませんでした!あなたが思っているほど、わたくしは強くありません。それでも、お互いが手を取り合って協力して、前に進めるのです」

『……お前でもいないよりはマシだな』

 

 七支刀のことを心から嫌ってはいるし、今の言葉もくだらないとは思ったが、一人で戦うよりかはマシなのも事実だ。ただ殺して回るのなら一人でもいいが、フリアエの命がかかっている戦いなのだ。

 

「俺なんかでいいのか?きっと足を引っ張るぞ」

「その時はわたくしが支えます」

 

 七支刀はハッキリと告げる。その瞬間、イウヴァルトの中で何かが起きた。それが何なのか自覚も出来なかったが、せめてカイム達と一緒に行くくらいの勇気が自然と湧いてきた。

 

「ありがとう。そこまで言うのなら、頼らせてもらうよ」

「……はい!」

 

 イウヴァルトの元気が戻ったのを見て、僅かながら七支刀に感謝する。俺よりも、お前みたいなやつの方がイウヴァルトには似合っているのかもな、と考えるが"声"にはしない。

 

「その分わたくしも、イウヴァルト様を頼らさせてもらいます。剣を、教えてもらえますか?」

「俺でいいのか?カイムの方が上手いぞ?」

 

 イウヴァルトがカイムを見るが、首を振りながらアンヘルの方へ向かう。あんな面倒な女、そのまで見てやるつもりはない。それに、イウヴァルトも教えている方が気晴らしにはなるだろう。

 

「ドラゴンの傷は深いようです。我々も、もう少し休んでから追うべきかと」

 

 アンヘルの傷が癒えるのを待ちながら、各々の時間の使い方をしていった。

 全てはフリアエを取り戻し、世界の滅びを防ぐために。



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第3節 残る封印は……?

ギャラルホルンを追うべく帝国領へ進んでいくカイム達。帝国に属するオーガに襲われた村にカイム達は辿り着く。

帝国を知るためにオーガの心を読もうとするアンヘルへ、妖精の悲鳴が届く。


 周囲の帝国ゴブリン兵を全滅させたカイム達は、近くの村へ向かう。そちらに指揮官部隊であるオーガ部隊が向かったはずだ。

 先頭を疾走する七支刀にいち早く気がついたオーガは七支刀へ剣を振り下ろすが、七支刀は力任せの剣をうまく受け流し、逆に神器でオーガの体を切り裂く。

 あんなにもあっさりオーガがやられた。それに焦ったのか複数のオーガが七支刀目掛けて襲いかかろうとするが、七支刀の背後から飛んできた複数の魔力弾が先頭のオーガへと襲いかかる。レオナールの放った魔法だ。

 更に炸裂する魔法を目眩ましにしながらカイムはもう一体の懐へ潜り込み、片脚を切断。バランスを崩し倒れ込むオーガの脳天へ容赦なく剣を刺す。

 ここは危険だ!オーガ達の本能がそう告げる。情けなく背を見せ走り出そうとするオーガの後ろで、七支刀は神器を解放する。回転する刃はエネルギーの嵐を生み出し、破壊的な暴力が逃げ出すオーガ達を襲う。

 

「凄いな、あのオーガをこうもあっさり」

 

 少し離れた所でゴブリンを対処していたイウヴァルトが、神器の放ったエネルギーの生み出した音に驚き様子を見に来ていた。

 

「大将はまだ息があるようだな」

 

 アンヘルは、少し遠くに逃げ出していたオーガが即死していないことに気がつく。

 

「我が心を読もう」

 

 また祈りだしている七支刀を横目に、カイムはオーガの身体に触れる。フリアエが何処へ連れ去られたのか、少しでもヒントになればいいのだが。

 そんなカイムを気にせず、この地で散った亜人帝国兵へ祈る七支刀へイウヴァルトが歩いてくる。

 

「俺の教えた剣技、少しは役に立ったのか?」

「はい、ありがとうございました!」

 

 素直に返事する七支刀だが、イウヴァルトは少し悔しい気持ちになる。

 カイムと共に何年も修行して得た剣技、それの極一部とはいえ、こんなに早く吸収する才能が羨ましいのだ。カイムでさえここまでの早さで身につけることはなかっただろう。

 

「……キル姫は、そんないいものではありませんよ?」

 

 イウヴァルトの顔を見て、考えていることがなんとなく想像出来るようになってきていた。

 心を読まれたと思ったのかイウヴァルトは驚いた様子だが、単に分かりやすいだけだ。

 

「キル姫はキル姫です、普通の人間ではありません。寿命もとても長いですから、例えば普通の恋をするのだって難しいくらいです」

「そうか……悪かった」

 

 イウヴァルトは七支刀の言葉に引っかかりを覚える。まるで、恋をしたいかのような言い方だなと。

 更に、もう一つ気になっていたこと。フリアエが攫われた直後はその事で頭がいっぱいになっていたが、今はそこそこ落ち着いている。フリアエのことを助けたいのはもちろんだが、そこまで焦りを感じない。

 

「いえ、わたくしも意地悪な言い方をしてしまいましたね。申し訳ありません」

 

 少し笑いながらも謝る七支刀に、イウヴァルトは見惚れていた。

 そんな二人をカイムは眺めていた。心を読むのには思ったより時間がかかるらしい。

 

「仲の良さに嫉妬でもしたか?」

『あんな女と仲良くなりたいとは思わないね』

「フリアエとなら、どうだ?」

 

 アンヘルの問いかけに、カイムは答えない。

 

「相変わらず、目を逸らすのだけは得意だな。……さて、見えてきたぞ」

『何が見える?』

「女神……帝国……要塞……要塞だとっ?そんなモノ、いったい何処に?」

 

 アンヘルが疑問を口にした直後、契約者達に"声"が届く。それは、妖精の悲鳴だった。

 

「オイオイオイ、やられちまったなア?逃げ出してきて正解だったぜ」

「……まさか!」

「そう、オレ達が守ってた封印が破られたんだよ。ギャハハハ!!」

 

 同胞の死さえ笑い飛ばす妖精の醜悪さに、レオナールは顔をしかめる。しかし、自分も他者を侮辱できるような者ではないとすぐに思い直す。

 

「……これでは、三つの封印は絶望的だな」

 

 妖精の悲鳴が聞こえなかった七支刀とイウヴァルトは、若干話に置いてかれそうになるが、とりあえず状況は理解する。

 

「残る封印は女神の命のみ。急ぐぞカイム!」

 

 帝国領への進軍を再会するために全員支度をし直し、また雪原を進んでいくのだった。



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第伍章 破壊
第1節 昇る幕


渓谷を超え丘陵地帯へと辿り着いたカイム達。そこでは、連合軍と帝国軍の決戦が始まろうとしていた。
連合軍の総力を結集し、この戦いを終わらせる。七支刀も平和への祈りと共に、剣を握るのであった。


 飛来する赤いドラゴンの姿を見て、連合軍の部隊にはどよめきが走る。しかし、連合軍最高指揮官でもあるヴェルドレが現れることによってどよめきは収まる。

 

「本当に子供が戦っているのか」

「凄い格好だ。服もなくなるほどの激戦だったのか?」

 

 連合兵の視線が自然と七支刀へ集まる。セクハラじみたことまで言われていて顔が熱くなるが、決戦が始まるこの時に士気が下がることはあまり言うべきではないと口を閉じる。

 カイムの様子を見てみれば、相変わらず笑みを浮かべている。そんなに戦うのが好きなのだろうか。

 

「カイムは、相変わらず激しいやつだよな」

 

 イウヴァルトが口を開く。激しいとは優しい表現だと感じる。彼はそんなものではない。

 

「しかし、今はそんなカイムの強さも頼もしいものです」

「そーだよなァ?アレがいなきゃオレ達殺られちまってるかもだよなァ?………やだなあレオナールさん、冗談ですよ。レオナールさんが死しんじまったらオレも死ぬんですから。ギャハハハ!」

 

 そして妖精も変わらず減らず口をたたいている。改めて冷静になると、凄い人達と共に来たんだなと考える。

 そんな七支刀も、イウヴァルトから見たら"凄い人"の一人なのだが、自覚はない。

 

「戦いを終わらせて、フリアエ様も助けてハッピーエンドにしましょう!」

「ああ、そうだよな」

 

 イウヴァルトやレオナールを心配させないように、明るい声を出すが、一つ心配があった。

 イウヴァルトは気づかないが、感覚の優れているレオナールは違和感に気がつく。しかし今指摘するべきではないだろうと思い、妖精を掴んで懐へ戻す。なにすんだよー!と抗議の声を上げるが、わざわざ聞く必要はない。

 

「……心配か?あの小娘が出てくることが」

 

 七支刀は、アンヘルの心配という言葉を聞いてドキッとするが、どうやら自分ではなくカイムに声をかけたらしい。確かにギャラルホルンのことも気にはしているものの、一番はそこではない。

 逆にカイムはギャラルホルンのことを気にしていた。前回の戦いは、奇襲のようなものだったとはいえこちらが一方的に敗北している。自分たちはともかく、他の味方の兵がアレに襲われればひとたまりもないだろう。

 そして何よりも、彼女の行動が読めない以上出てくるかどうかも分からない。警戒するに越したことはない。もし出てくればフリアエの居場所を聞けるかもしれないし、仮に来たとして悪いことばかりではない。

 

「女神のことが心配です。帝国を打ち破り、一刻も早く救出しなければ」

「世界の再生、まったくおぞましいことを考えるものよ」

 

 カイム達が僅かな休息を挟んでいる間にも、連合、帝国共に隊列を組んでいく。決戦が始まろうとしている。

 連合の青い旗と、帝国の赤い旗が高く掲げられる。ヴェルドレが連合軍の後方に立ち兵達へ激励の言葉を告げると、それを合図とするように前方の各隊の隊長が剣を掲げ、連合軍全体が前へと動き出す。

 共にカイム達も走り出す。決戦の幕は上がった。



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第2節 仕掛けられた罠

連合軍と帝国軍の戦いは、連合軍が異様なくらい優勢で進んでいった。
カイムはその違和感を抱えつつも、味方の士気を落とさぬように戦い続けていた。


 カイムが剣を振るたびに、帝国兵が死体に変わっていく。他の連合兵の追随を許さぬ勢いでカイムは戦っていた。

 レオナール、七支刀、イウヴァルトもまたそれぞれの場所で戦っている。帝国兵はレオナールの放つ魔法で吹き飛び、七支刀の振る神器で散っていき、またイウヴァルトも一つの隊の隊長として前線を引っ張っていた。

 カイムはあまりにも一方的な虐殺へと最初は歓喜していたが、次第に違和感を覚え始めていた。軍全体で見れば、連合軍は帝国軍に劣っていたはずだ。帝国軍の異様な力と、機械のように整った連携に押されていた。

 幾らこの戦場に契約者二人とキル姫が一人いたとして、ここまで有利になるだろうか?

 その違和感の原因を探るために注意深く敵の動きを観察していると、帝国兵の動きが不可解であることに気がつく。連合兵の誰かが近づかないと帝国兵は動かないのだ。基本的に待ちの構えだ。

 しかし、そんな気にすることでもないだろうと流してしまう。元々機械のような奇妙な連携を取っているような奴らだ、今回もそれと変わらないだろうと考えたからだ。

 

 戦局がひっくり返ることもなく、順調に帝国兵を殲滅していく。遂には帝国軍の指揮官部隊も丘陵地帯の中心部へと追い込んでいく。やつらを倒せば連合軍の勝ちも決まる。

 カイムは勢いよく指揮官部隊の元へ走っていくが、七支刀は立ち止まる。ずっと神器を振り流石に疲れたのもあるが、わざわざ中心部へと移動する指揮官部隊の動きをおかしいと感じたからだ。

 

「レオナール様、帝国軍の動きが怪しくないでしょうか?」

「ええ、しかし指揮官は倒さねばなりません」

 

 丘陵地帯を見据えようとするレオナール。目が見えないのもあり、帝国兵が積極的に攻撃してこないことには気がついてはいた。しかしそれが何を意味するのかまでは到達出来ていない。

 

「七支刀!レオナール!カイムは?」

 

 遠くから走りながら声を上げているのはイウヴァルト。彼の持ち場にいた帝国兵が片付いたのもあり、移動してきたのだ。

 

「カイム様なら最前線です」

「なら、俺達も」

「待ってください。この気配……」

 

 突如、レオナールの顔が厳しくなる。感覚の優れているレオナールは早く気がつくのだ。

 そして前線まで進んでいて、やはり感覚の優れているアンヘルも当然気がついた。

 

「カイム!この匂い……やつが来たぞ!」

 

 カイムはアンヘルの言葉に反応し空を見上げる。遠くから迫る影は、ブラックドラゴンのものだ。

 何故帝国軍が壊滅しているこのタイミングで来るんだ?

 疑問はあるが、迎撃しない訳にはいかない。カイムはアンヘルの背に飛び込み、ブラックドラゴンを待つ。

 ブラックドラゴンの背にはやはりギャラルホルンの姿が。真っ直ぐこちらに向かって来る。炎を放ち足止めしようとするが、ひらりと躱しながら迫る。

 ……しかし、反撃が来ない。それどころか、アンヘルの前で止まったのだ。

 

『何をしにきた』

「逃げてカイム、これは罠よ!」

「……やはりか!しかし何故貴様が我らに助言をする?」

 

 罠だという言葉にアンヘルは納得する。これまでが優勢過ぎたのだ。だが、敵である筈のギャラルホルンが忠告をすることへの疑問は拭えない。それこそ罠ではないかと考えてしまう。

 

「いいから早く!」

『……引くぞ!レオナールもヴェルドレに伝えろ』

『信じるのですか!?』

 

 カイムは自分の発言に少し驚く。帝国に堕ち、フリアエも攫った目の前の女の言葉を信じようと思ったからだ。

 あの時自分たちを一人も殺さなかったから、殺すことが目的ではないと考えられるが信じる理由としては足りない。ただ、彼女が必死なのが自然と伝わってきたのだ。

 

「ううっ!これ以上は……!」

 

 ギャラルホルンが頭を抱え苦しんだ様子を取ると、ブラックドラゴンは翼を翻し空を上っていった。

 本当に忠告しに来ただけなのか。やはり不可解な動きを取ることに疑問を感じつつも、アンヘルを急がせる。

 

「裁きがきたぞー!」

 

 地上で、生き残りの帝国兵が突然声を上げる。天を仰ぐように手を伸ばす。

 直後、空から何かが落ちた。緑色に輝く、巨大な魔力の玉が降る。ヴェルドレからの避難の指示を伝えようとしていた者も、残党を処理していた者も、最前線で指揮官部隊を追い込んでいた者も、突然の出来事に足が止まる。

 ………爆発が起きた。連合兵は、声を上げる時間もなく爆発に巻き込まれ、消し炭になっていく。

 

 それはあまりにも絶望的な光景だった。先程まで勝ちを確信し盛り上がっていた戦場が、破滅的な力によって消し飛んでいく。

 玉は一つだけではない。幾つも空から降り注ぎ、それら全てが巨大な爆発を起こし焼け野原へと変えていく。

 七支刀は目の前で理不尽に奪われ消える命に悲しむことさえできなかった。ただ爆発を凌ぐのに必死だった。神器七支刀を地面に差し盾にしている。イウヴァルトも七支刀の背中に慌てて隠れ、レオナールは魔法で障壁を作る。オイオイオイ俺を殺す気かー!と妖精が必死になって叫ぶが、爆音に巻き込まれレオナールにさえ届かない。

 カイムとアンヘルも避難は間に合い被害はなんとか免れた。もしギャラルホルンの忠告がなければ……

 焦土になった丘陵地帯を眺めながら、何故ギャラルホルンは俺を助けたんだ?と考えていた。



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第3節 死してなお

終戦モードだった戦場に巨大な爆発が一閃する。帝国の空中要塞からの反撃であった。残党狩りをしていた連合軍は壊滅。付近一帯は地獄絵図となる。

通常では考えられない巨大な力の解放……
それは、女神フリアエが封印解除の生贄となろうとしている予兆であった。

空へ消えたブラックドラゴンを追うために空へ向かおうとするカイムだが、レオナールは女神の居場所を視た


 爆発が収まり地獄と化した場所で、直撃を免れたものの爆風に巻き込まれた連合兵達の悲鳴が上がる。

 何が起きたんだとカイムはヴェルドレへ詰め寄るが、ヴェルドレもパニックを起こしていた。

 

「わ、私にも何が何やら……まさか……最後の封印が……解かれた?」

「フリアエが!?」

「そうだ!この惨状は天からの戒め、人間への呪いだ!女神は天に捧げられたに違いない!」

 

 カイムは怒りに任せヴェルドレを蹴り飛ばす。もし本当にフリアエが死んでしまったのなら再生の卵が出現する筈だが、そのようなものは見当たらない。まだ間に合う。

 

「……行くのか?」

 

 イウヴァルトは空を見上げる。ブラックドラゴンが飛び去った方向であり、光の玉が降ってきた場所でもある。そして、アンヘルの言っていた要塞……全てが繋がる。要塞は空にあるのだ。

 

「真実は天のみぞ知る……そこに、道があるのならばな」

「……いえ、お待ち下さい」

 

 空にあるであろう要塞へ向かおうとするカイム達を、レオナールが止める。

 

「女神の姿が視えます。しかし空ではありません、海上の要塞です」

「なにっ?くだらぬ小細工をしおって!」

「女神がまだ生きていると……?早く助けに行ってくれ、封印の破壊の前兆でこれならば、完全に破壊されたときどうなるか!」

 

 カイムはヴェルドレに侮蔑の視線を送る。この男が気にしているのはフリアエの安否ではない。それによって世界が滅ぶこと、つまり自分の身が心配なのだ。

 だがヴェルドレの言葉が何であろうと、当然フリアエを救いに行くつもりだ。

 

「私も行きましょう、カイム」

「ああ、案内してくれ。我は海上要塞の位置を知らぬ」

 

 一刻の猶予もない。カイムとレオナールはアンヘルに乗り空へ消えていった。

 

 残されたイウヴァルトと七支刀だが、休んでいる余裕など無さそうだ。

 

「感じます。死者の呪いを」

「ああ何とおぞましい。亡き魂を弔ってあげられぬか?」

 

 決戦で散った者や、爆発に巻き込まれた者、死んだ帝国兵が次々とアンデッドナイトとして蘇っていく。いや、骨だけとなったその姿を蘇ったとは言えないだろう。

 まずは死者を払い、ヴェルドレや生き残りの連合兵を助けなければならない。見捨てることなど、七支刀には出来ない。

 

「三人で動きましょう。下手に離れると危険です」

「ああ、背中は任せてくれ」

 

 七支刀とイウヴァルトは走り始める。生き残りがいる場所を探して。ヴェルドレも置いていかれないように必死になって走る。

 

「た、助けてくれ!うわあ!」

 

 連合兵の一人が、動く屍への恐怖を抑えきれずに逃げ出そうとする。しかしもう一体が背後を取り、逃さぬように立つ。死を覚悟し目を閉じようとしたその直後、目の前でアンデッドナイトがバラバラになる。背後でも崩れ落ちる音。

 

「大丈夫か?」

「た、助かりました……」

「わたくし達に付いてきてください。一人では危険です!」

 

 三人は助けた兵士と共に次の仲間の場所を探す。それを繰り返す形で助かった仲間を増やしていくが、中心部へと移動する度に無事な人は減っていく。

 目が見えなくなっている者や、身体の一部がなくなってしまっている者の姿も増え始める。

 

「い、イウヴァルト様……!」

「大丈夫か!?」

 

 ここまでイウヴァルトと共に来た兵士の一人がいた。カールレオン国から仕えてくれていた兵の一人。

 

「これを、受け取ってください。先代から託された剣です」

 

 そう剣を取り伸ばしてくるが、イウヴァルトと目線が合わない。もうほとんど視力がないのだろう。

 

「どうか、フリアエ様を……」

 

 言葉を出し切る前に事切れてしまう。信義を受け取ったイウヴァルトは、死んでいく忠臣へと黙祷を捧げる。

 しかし長くはしていられない。こうしている間にも、救える仲間が減っていくかもしれないのだ。

 

「イウヴァルト様、もう行けますか?」

「ああ。君となら行けるはずだ」

「我々も共しますぞ!」

 

 生き残りによって出来た小さな隊が、焼け野原を駆け回る。帝国残党とアンデッドナイトを相手にしながらも、生き残っているかもしれない人を探して。

 その戦いはどれだけ続いたか、イウヴァルトがアンデッドナイトを斬るとヴェルドレが告げた。

 

「悪しき魂の気配はなくなりました。これで最後のようです」

「……そうですか」

 

 七支刀は目の前の惨事に、怒りを覚えていた。死者さえ利用し戦わせる帝国軍への怒り、そしてそんな帝国軍に従っているキル姫への怒り。世界の再生だか知らないが、こんな惨状を生み出すことを望んでいるキル姫がいることが信じられないのだ。

 再び地に返した死者達へ深い祈りを捧げ、それからヴェルドレに質問する。

 

「これからどうしますか?カイム様から連絡は?」

「……辿り着いたようです、海上要塞へと」



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第十章 迷走
第1節 結界


レオナールによって、女神が帝国の海上要塞に居ることを知ったカイム達。
だが、海上に浮かぶ要塞は結界で覆われ、周囲には帝国の護衛艦隊が待ち受けていた。


 迫りくるワイバーンを蹴散らしながら、アンヘルは海上を進む。カイム達に海上要塞の姿が見え始めた。

 

「結界が張られておるな」

 

 しかし結界によって守られているようだ。更には帝国軍の艦隊まで待ち構えている。これだけ守りが厳重ならば、フリアエがいるというのも間違いなさそうだ。

 

「結界塔を破壊すれば、海上要塞に近づけそうだ」

 

 海上要塞の周りに塔のような物が6本生えている。それが結界を発生させている装置だとアンヘルは見抜く。

 艦隊の砲撃を躱しつつ、炎を撃ち返し艦隊を海の藻屑にさせる。そうしながらも結界塔へ接近するが、ワイバーンも邪魔しようと纏わりつく。

 

「ドラゴンは私にお任せください」

「ワイバーンだ。下等種族と我を同じにするな」

「失礼。とにかく、私が対処します」

 

 カイムが地上で散々見た魔法をレオナールは唱える。妖精由来の力だからか、そんな多種多様な魔法が使えるわけではないようだ。

 しかしより魔法に特化している為か、カイムが使う魔法よりも強い。特にカイムの場合は武器から力をもらい魔法を放っているので、レオナールのそれとは訳が違う。

 レオナールの放った光の玉はワイバーンを追う。避けようとはするがしつこく追尾する玉を避けきることはできずに直撃し、次々と海へ落ちていく。

 

「へー、ワイバーンも見た目はドラゴンそっくりなのに、雑魚ばっかりなんだな?これならオレの方が強いんじゃねェのか?キシシシ!」

 

 何故か調子に乗り始めた妖精に、誰も反応しない。いい加減慣れたのだ。

 結界塔の一本に近づき、破壊しようと炎を放つが意外と壊れない。それどころかこちらへ魔力弾を飛ばしてくる。どうやら単に結界を張るための装置というわけではないようだ。

 接近するワイバーンをレオナールが倒し、他の艦隊は有効射程内に接近できていないので塔と一対一で対処できている。一発の炎では壊せなかったものの、何度か撃ち込めば流石に壊れていった。

 

『フリアエ……無事でいてくれ』

 

 しかしこの塔をあと五本も破壊しないと進めない。あまりに時間がかかっているせいで、カイムが焦れている。

 

「あせるな。水の上では奴らも逃げ場所はあるまい」

 

 カイムを落ち着かせるためにもアンヘルは言う。確かに、船に乗って脱出する以外の方法はなく、強力な結界を張っているためその手段も自分から潰している。

 そのはずなのだが、カイムは落ち着かない。どうにも嫌な予感がする。

 残りの塔も破壊すべく、艦隊を沈めながら飛翔する。艦隊もワイバーンも敵ではない以上、やることは同じ。しかし焦るカイムの気持ちを汲んで、アンヘルは少し急ぎながら対処していく。

 塔へは容赦なく大魔法を撃ち込んでいく。あまり魔力を使うと後が厳しいかもしれないが、どうせ結界を破壊したら内部へ入るのだ。その間はやることもないしちょうどいいと考えたのだ。

 

 アンヘルの炎により、全ての結界塔は破壊された。裸になった海上要塞へとアンヘルは飛ぶ。

 

「行きましょう、カイム」

『ふん、お前が仕切るな』

 

 仲の悪い二人の契約者は、海上要塞内部へと突入するのだった。



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第ニ節 海鳴り

フリアエを助けるために海上要塞に乗り込んだカイムたち。
しかし、要塞内は邪悪な波動に満ちていた。


 要塞内に入ったカイム達を待ち受けるように帝国兵が襲いかかる。いつも通り斬り捨てようとするカイムだが、鬼気迫る帝国兵の雰囲気に違和感を覚える。

 侵入者を排除するというより、目の前の敵を殺す。そういう動きをしている。これは……

 

「邪悪な気配を感じます。帝国兵が凶暴化しているようです」

『まだフリアエは視えるんだろうな?』

「ええ、この要塞にいます」

 

 正直、この要塞にいる帝国兵を皆殺しにしたい気持ちはある。しかし、今だけはフリアエを助けるのが優先だ。

 道を塞ぐ邪魔な帝国兵だけを斬り、他は無視して要塞内を走る。無限にいるのではと錯覚するだけの量の帝国兵が追ってくる。レオナールの魔法で追手を散らし、先にいる相手はカイムの剣で殺す。

 そんな連携を取りながらもひたすらに要塞内を走り続ける。複雑な造りになっている要塞内に溢れる凶暴な帝国兵に、どうしてもカイム達は手間取ってしまう。

 

『その者達とまともにやりあっていては命がいくつあっても足らぬぞ。一刻も早く女神のもとへ急ぐのだ!』

 

 ヴェルドレからの声。正直真面目に相手するのならカイムにとって敵ではないのだが、フリアエを探しながら急いでとなると厳しいのも事実。

 

「邪魔な気配がより強くなってきました」

『雑魚どもがより波動の影響を受けておるわ。気を付けろ、カイム!』

 

 階段を登り上の階に行くが、帝国兵の凶暴さが更に増していく。一刻も早くフリアエを助けなければならないこの状況では苛立たしいだけだ。

 しかしこれだけ厳重な守りになっているということは、フリアエがいるという証拠でもある。

 更に進み最上階へ続く階段が見えるてくるが、周りには帝国兵の壁が出来上がっていた。これは全滅させなければ進むこともできないだろう。

 こんな時でも帝国兵を殺すことに快楽を見出してしまう。無意識の内に笑みを浮かべカイムは走る。それを追い越すようにレオナールの魔法が飛び、最前列を吹き飛ばす。

 爆風で見えなくなっているのもお構いなしにカイムは飛び込み、帝国兵を斬り刻む。凶暴化していようが所詮は人間だ、斬れば死ぬ。

 

「オイ、もう魔法は撃てねーよ!どんだけ撃つんだよ殺す気かァ!?」

 

 もう一度魔法を唱えようとするレオナールだが、妖精からギブアップの宣言。流石の妖精でも魔力は尽きたようだ。

 

「後はあのやべー奴に任せましょ?あんたがいなくてもアレは殺るぜ?」

 

 妖精の言葉を無視し戒めの塔を抜く。確かにカイムだけでもきっとやるだろうが、時間が惜しい。

 そもそも妖精が嫌がっているのは、凶暴化した帝国兵相手にビビってるからであり相手にする必要性なんてない。

 幸い閉所だからか、或いは凶暴化させられているからか、弓兵の姿はない。理性をなくし突っ込んでくるだけの相手など容易い。振り下ろされる剣を躱し、弾き、その数だけ斬り返す。

 レオナールはカイムほど剣術に優れている訳では無いが、それでも何とか躱しながら反撃をしていく。

 それを続けていればその内帝国兵もいなくなる。出来上がったのは死体の山だ。

 死体を気にもとめず階段を登ろうとするカイムの後ろで、レオナールが声を上げる。

 

「女神が……急に視えなくなりました……」

『まさか!』

 

 急いで最上階へ進み、最低限しか配置されていない帝国兵を散らし進むと、そこには魔法陣があった。当然、フリアエの姿はない。

 

「空間移動……?」

『ちっ、遅かったか!?』

『この魔法陣の先にフリアエがいるのか!』

 

 転移の魔法陣が消えずに残っているということは、まだ転移してからそんなに経ってないはずだ。

 カイムの意図を汲み取ったレオナールと共に、魔法陣の中に入る。

 二人の転送された先は……



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第拾壱章 別離
第1節 罠


海上要塞で祭壇に辿り着いたカイム達だったが、フリアエは空中要塞に運ばれた後だった。絶望するレオナールを叱咤し、カイムは空中要塞に空間移動する。
そんなカイムの前に、ギャラルホルンが現れる。


 転移の光が収まると、そこは要塞の中だった。

 

『カイム。私は別の場所へ飛ばされたようです。手分けして女神を探しましょう』

『空中要塞だな?我も向かおう。……死ぬなよ』

 

 レオナールとアンヘルからそれぞれ声が届く。カイムもフリアエを探しに行きたいところだが、目の前にいる相手のせいで動けない。剣を抜き警戒する。

 

「ふふ、そんなに警戒しないでよ、カイム」

 

 ギャラルホルンだ。相変わらず赤い目でこちらを見ている。ここに来るのが分かっていたのか、ここで待っていたのか。しかも他の帝国兵の姿はない。

 

「フリアエの所へ案内するわ」

『何故だ?お前はフリアエを殺し世界を再生させるのではなかったのか?』

「サイセイ……?」

 

 まるで初めて聞いた言葉化のように、目を丸くしながら呟く。なるほど、もはや何が目的だったかも見失っている。狂気に飲まれたか。

 

「もう十分時間はあげたでしょ?世界が滅ぶこと、受け入れられるわよね?」

『ふざけるな。フリアエを殺させはしない』

 

 ハッキリと否定する。帝国の傀儡と化したこの女と話すことなど今更ないが、かなりの強敵なのは事実。襲いかかってくるかと思い構えるが、想像もしてなかった反応をした。

 

「……なんでギャラルを否定するの!?カイムの馬鹿!世界が滅んだ方が絶対に幸せだよ!?」

 

 それは、癇癪を起こした子供のようだった。ぎゃんぎゃんわめいたと思えば、ぎゃーぎゃー泣き出してしまう。

 相手にするだけ時間の無駄だと思い、無視して進もうとするが腕を掴まれる。振り払おうとするが、見た目からは想像できないほどの怪力だ。

 

「ギャラル、司教にカイムを連れてきてって言われてるから、一緒に行けば帝国兵もいないわ」

『……何?』

 

 司教が俺を連れてこいと言った?分からないことが多すぎる。

 間違いなく罠だろうが、こちらにとっても好都合だ。罠など壊してしまえばいい。

 

「ギャラルはね、カイムを悲しませたい訳じゃないの。ただ世界が滅んだほうが幸せだってみんなにわかって……!?」

 

 言い訳するようにまくし立てるギャラルの頬を叩く。

 

『俺のためだと言うなら早く案内しろ』

「……うん」

 

 ギャラルホルンは、まるで空中要塞を自宅の庭のように慣れた手つきで進んでいく。レオナールが戦っているのか剣戟の音は響いてくるが、自分たちの進む道には誰もいない。

 

『司教は何故俺を連れてこさせる?』

 

 間違いなく狂ってはいるものの、カイムのためカイムのためだとわめいてるギャラルホルンなら、答えるのではないかと質問をしてみる。

 

「封印を破壊するためだって。カイムのお陰で世界は救われるのよ?ぬひひ」

 

 世界が滅ぶことを、世界が救われると本気で思っているのだろう。そこには邪気のない、純粋な笑顔を浮かべるギャラルホルンの姿。

 こいつと会って、帝国に堕ちるまでの僅かな時間を考えても、そういうことを言いそうには見えなかった。何がこいつをこのまで狂わせた?

 ……少し考えて、どうでもいいと思考を終わらせる。中途半端に理性が残っているせいで相手しづらいが、敵は敵だ。フリアエを助けたら殺してやる。

 カイム達は要塞を下っていく。どうやら高い階に来ていたようだ。レオナールの気配は遠のいていく。あくまで俺に用があるということか。

 

『我の"声"が聞こえていたら、返事をしろ。無事にたどりついたのか?』

 

 アンヘルの"声"が届く。空中要塞まで近づいてきているのだろうか。

 

『ああ、俺は無事だ。だが罠かもしれない』

『ほう?あのキル姫がおるのか。気をつけよ、何が仕掛けてあるかわからんぞ』

「……どうしたの?祭壇が見えてきたわ」

 

 "声"でアンヘルとやり取りしていることには気づいてないようだ。ギャラルホルンの案内で、祭壇とやらに近づいている。

 扉を開け祭壇に飛び込むと、そこにはフリアエがいた。



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第2節 落花

ギャラルホルンに導かれ神殿内部を進むカイムはフリアエが囚われている祭壇に近づきつつあった。

だが、その先でカイムとフリアエを待つのは、司教マナが仕組んだ最後の儀式だった。


 祭壇にはベッドが一つぽつんとあり、ナイフが刺さったぬいぐるみが転がっていた。その側に、フリアエの姿が。

 フリアエに駆け寄ろうとするカイムだが、その近くに誰かの姿があることに気がつく。

 

「あの子が司教よ」

 

 ギャラルホルンは説明しながらも、カイムの背後に回る。逃がすつもりはないらしい。

 

「兄さん!?」

 

 フリアエもギャラルホルンの言葉に反応してそちらを初めて見た。そこには愛しい兄の姿があった。

 しかし、司教ナマは笑う。その姿に見合わない男の声で。

 

「天使は笑わない。天使は起こしてはならない……」

 

 すると突然、何かに引っ張られるようにフリアエの体が浮き、近くの柱へと叩きつけられる。そこにくっついて離れなくなる。

 カイムが動き出すよりも先に、マナは言葉を紡ぐ。

 

「ラララララ、ララ、ララララ……私は女なのに、普通の女なのに、どうしてこんな……ちぇっ、ちぇっ、クソが!」

 

 見た目の相応の少女の声と男の声が混じる。

 

「やめて……」

 

 フリアエは苦痛に顔を歪ませる。それは叩きつけられた痛みからだろうか。それとも……

 

「封印がなんだってんだよ!私を助けろよ!役に立たない男どもめ!助けてください。おねがい。助けて。抱きしめて。お兄ちゃん」

「いや!!」

 

 心を暴かれる苦痛からか。

 

「わたし、あなたの心が読めるの。ふふ、うふふふ……」

「違うわ、私……そんなこと思ってない」

 

 フリアエは必死に否定しようとする。よりにもよって愛する兄が目の前にいるこの場で、汚い心を、本性を暴かれるのだけは避けたいからだ。

 

「憎い、憎いよ、クソ野郎!こんな世界滅びればいい!」

「違う!」

 

 しかしマナは容赦なく言葉を続ける。当然だ、その為にカイムを連れてきたのだから。女神の薄汚れた本性を、愛する、男として愛する兄の前にぶちまけて晒すために。

 

「汚いの。私、汚いの。女神なんかじゃない。諦めてるだけ。お願い、お兄ちゃん。私に……」

「ごめんなさい!!」

 

 もう認めるしかなかった、薄汚い自分の本性を。でなければ、マナは言葉を続けていただろう。

 絶対に口にされたくない。こんな汚い女が、血の繋がった兄を男として愛しているなんて。兄妹で男と女の関係だなんておかしいと、理性があるからこそ否定してしまう。兄もそれを認めないだろうと考えてしまう。

 

「はい、女神失格……どうする?」

 

 女神失格の言葉と同時に、フリアエの拘束が解け柱から離れる。

 マナは楽しそうにフリアエを見守る。これから何が起こるのか期待しているのか、或いは知っているのか。

 カイムは突然のことに呆然としながらも、フリアエへ一歩歩み寄る。そんなカイムへ、フリアエは救いを求めるように視線を寄越す。二人の視線は合い、交わり、そして………カイムは、目を逸らした。

 カイムが何を思って目を逸らしたのかは、フリアエには伝わない。カイムには言葉を伝える口が閉ざされているから。だから、それは拒絶の意思だと伝わってしまう。

 ショックのあまりふらつき柱へもたれかかる。フリアエの視線の先には、ぬいぐるみに刺さったナイフ。そのぬいぐるみからナイフ取り、フリアエは

 

『フリアエ!!』

 

 自分の胸に、ナイフを突き立てた。

 

 カイムは、代償の重さを知る。カイムが視線を反らしたのは、決して拒絶したからではなかった。それも……愛していた故だった。性的な感情を抱いていたのはフリアエだけではなく、カイムもだった。そしてそれはお互い知ることなく、お互い普通ではないと思い、最期まですれ違った。

 ふらふらとフリアエは柱へと戻り、寄りかかる。

 

「私を……見ないで……」

 

 それが、最期の言葉になった。

 

「天使は、笑う?」



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第3節 理性としての自己

閉ざしていた心の全てを暴かれたフリアエは自らの死を選択した。その傍らで、全ての封印を破壊したマナが楽しげに笑う。

封印が失われ"再生の卵"が出現してしまった状況でアンヘルは絶望するカイムを叱咤する。



 カイムの表情が、憎しみに染まる。怒りに身を震わせるカイムだが、ギャラルホルンにはもはや"カイム"は見えていない。

 

「ぬひひ……よかったわね、カイム。フリアエは女神の役からようやく降りれたのよ?これで一つ幸せな世界に近づいたわ!」

 

 ただ純粋に嬉しそうに、ギャラルホルンは笑いかける。

 

『フリアエの死が、よかったと?幸せな世界だと?』

 

 火に油を注ぐように、カイムの怒りは燃え上がる。しかしギャラルホルンへ怒りをぶつけた所で何も解決しない。所詮は帝国の傀儡と化した人形だ。

 カイムの視線は自然とマナに注がれる。全ての元凶たる、マナへ。

 剣を構えマナの目の前まで走る。

 

『馬鹿者!!激情に走るな!冷静になれ!!』

 

 カイムの激情から全てを察したアンヘルは、カイムを止めようとする。

 

『……!!』

 

 勢いよく剣を振り上げ、怒りのままにマナを斬ろうとする。しかし、振り下ろす前に何とか腕を止める。アンヘルの必死の声に、止められる。

 

『こらえよ、人間! 卵が生まれるのだ。世界が本当に終わるぞ!一刻も早く出て来い!!女神の死を無駄にするな!』

 

 女神の死を無駄にするな。アンヘルの言葉に、カイムはハッとする。そうだ、世界が滅びればフリアエが今まで耐えてきたものは何だったんだ。

 理不尽にも女神にされ、あれだけの想いを溜め込み耐えてきていた日々が全て無駄になるんだ。理屈で激情は収まるものではない。しかし、それでも今は世界を守ることを優先すべきだと理性が訴える。

 剣をゆっくりと降ろし、マナを一瞥だけしてカイムは祭壇から走り去る。

 

「ねえ、ママは喜んでくれるかしら」

 

 カイムのいなくなった祭壇で、ギャラルホルンはマナに問いかける。

 赤目の病でまともな思考ができなくなっているギャラルホルンにとって、あるのは愛への依存だけ。

 

「ええ、お母さんは見ているわ。人類が滅んだとき、無二の愛を注ぐでしょう」

 

 自分が求めていたものが何だっのかさえ、もはや見えていない。それは母親への愛だったのか、カイムへの依存だったのか。もしかすればもっと根本的に違う何かだったのかもしれないが、もう見えてはいない。

 

「カイムも嬉しい?嬉しいよね?ギャラルのこと、否定しないよね?」

 

 もうカイムはいない。虚空に向かって話しかけるその姿を見れば、正気など残っていないことは一目瞭然だ。

 

「天使を飛ばすな」

「………」

 

 マナが命令を告げる。ギャラルホルンはまるで機械のように、なんの反応もなくカイムを追う。

 誰もいなくなった祭壇で、マナは小さく花びらをまいた。



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第玖章 鎮魂
第1節 何の為か


レオナールと合流したカイムは、アンヘルの翼で帝都へと向かう。
しかし黒いドラゴンと共に、ギャラルホルンが彼らを追撃する。


「卵を破壊せねば人類は滅ぶぞ……!」

 

 アンヘルの雄大な翼が空を舞う。空中要塞から降りながらも、帝都のある方向へ飛び立つ。しかし、レオナールは"視"た。

 

「来ます……黒いドラゴンの姿が要塞から出ました」

「ほう?やつも来るか」

 

 アンヘルは、僅かに楽しそうな声を上げる。強敵との戦いは嫌いではない。

 

『構っている場合か!』

「分かっておる。振り切るぞ!」

「炎が来ます!」

 

 ブラックドラゴンの放つ青い炎が、アンヘルの横を通る。同時に笑い声が響く。その声は聞き覚えあるが、笑い方が違った。あれはもはやギャラルホルンでさえないのかもしれない。

 

「アハハハ!行かせないわ、人類は滅ぶのよ!そして……!」

「やはり、再生の卵は人類を滅ぼすものなのですか?」

「……言うなれば、断頭台よ。やつはその刃を振り落とすつもりだな」

 

 アンヘルとブラックドラゴンの速さはそんなに変わらない。しかし、炎を放ちながら進むブラックドラゴンと、避けながら進むアンヘルではどうしても距離を縮められる。いつかは逃げ切れない距離まで詰められる!

 

「カイム!フリアエの元に連れていってあげるから!」

『俺はそんなこと望んでいない!』

「黙れ!お前にカイムの何がわかる!」

 

 ……何を言っているんだ?カイムは俺だ。俺を差し置いて俺のことなど誰がわかるか!

 

「落ち着けカイム!あれはもはやお前のことなど分かっておらぬ。偶像にしがみついているだけだ」

「……これが、帝国についた者の末路だと?」

 

 レオナールは本来のギャラルホルンを知らないが、それでも完全に正気を失ってしまっていることはわかる。他の帝国兵も普通ではないが、みなああやって狂わされているのかと考える。

 

『何であれ敵だ。殺すだけだ』

「……ほう?」

 

 アンヘルが意味深に笑みを浮かべる。カイム達から表情が見えないから、二人は気が付かないが。

 カイムが敵を殺すことしか考えていないのはいつも通りだ。しかし、その殺すという意思に僅かながら迷いを感じた。

 

「大丈夫よカイム!あの敵を殺せば、世界は終わるわ!あなたを救える……」

 

 距離を詰められるたびに、ギャラルホルンの表情がよりハッキリと見えてくる。狂気に堕ちた笑みを見ると、何故か悲しい感情が生まれる。

 何故だ?ただの敵だぞ?

 カイムは困惑する。カイムを救うなど言っているが、あれもイカれた頭で妄言を吐いているだけに過ぎない。知り合い以上の何者でもない。なのに?

 

「帝都が見えてきたぞ!……これは!?」

 

 二匹のドラゴンによる飛行の果てに、ようやく帝都の空が見える。しかし、赤く染まった空には無数のワイバーンが、妖精が、モンスターが、滅茶苦茶に飛んでいた。

 無造作に放たれるブラックドラゴンの炎が、アンヘルに当たらずにモンスターの群れに直撃し落とす。狙っていなくとも当たる程度には密集しているのだ。

 

「オイオイ……嘘だろ?」

 

 レオナールの懐から顔を出した妖精が絶望の表情を浮かべる。あまりの光景に、いつもの憎まれ口も出ない。

 

『カイム!我々も辿り着きました。七支刀もイウヴァルトも一緒です。封印は!?』

 

 カイム達へヴェルドレからの声が届く。この光景を見れば、封印がどうなったかなど分かる筈だが、それでも希望を捨てきれないヴェルドレは問を放つ。

 

『破壊されたぞ。"卵"を斬れ、滅びたくなければな』

『卵を……二人に伝えましょう。ああ、封印なき今、私はどうすれば』

「無理よ!卵は無数にあるの、全て斬るなんて出来ないわ!」

 

 声を盗み聞いていたのか、ギャラルホルンは無理だと叫ぶ。いや、本当に無理ならここまで追撃させるだろうか?できるからこその妨害なのでは。

 

『レオナール、降りられるか?』

「もう少し高度を低くすれば行けます。私も破壊に向かえと?」

『ああ。ドラゴン、もう少し降りてくれ』

「簡単に言う!」

 

 ただでさえブラックドラゴンの追撃を躱すのでもなのに、群れを蹴散らしながら地上に近づけというのだ。中々に無茶な要求に、アンヘルも流石に悪態をつく。

 しかし、何とかやってみようと炎で辺りを蹴散らし始める。

 

「……ねえ、あの人を行かせてあげようよ」

 

 突如ブラックドラゴンの攻撃が止む。それどころかアンヘルを狙うモンスターを撃ち始めた。

 

『お前は!何がしたい!?』

 

 いつもいつも理解できないことをし惑わせるギャラルホルンへ、苛つきながらカイムは"声"を投げる。妨害に来た筈なのに、何故助けようとする?

 

「分からぬが都合が良い。降りるぞ!」

「待てよ、あの地上に降りる気か?そっちもモンスターだらけだぞ!?臆病なレオナールさんには無理だからこのまま逃げましょうよ待って分かったからほんとやめてやめろおおお!」

 

 アンヘルは地上へと急降下する。全力で嫌がる妖精を掴み、地上へ最も近づく瞬間を狙いレオナールは飛び降りる。少し遠くにヴェルドレの気配もするから、合流も出来そうだ。

 レオナールが無事に降りたことを確認すると、アンヘルは再び空へ舞い戻る。こうなることを望んでいたかのように、ブラックドラゴンとギャラルホルンは待っていた。

 赤い空に、二匹のドラゴンが対峙する。



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第2節 交わる者

赤き空に二匹のドラゴンと、二人の契約者が対峙する。
それは復讐のためか、愛のためか、ただ目の前の敵を排除するためか。
強大な力のぶつかり合いに他の種族が近づくことはできない。彼らだけの空間になっていた。


『お前は何のために戦う?何故俺を助けた!?』

 

 もはや目の前の敵をカイムと認識さえ出来ていない。それを理解していても、心は止まらない。彼女の存在がここまで自分の心を惑わす理由が分からない。

 

「助ける……?そうよ、アナタも助けてあげるわ。死ねばそれ以上の苦しみは訪れないわ」

「その言葉、そのまま返そうぞ。死なせてやるのがせめてもの情けと思え!」

 

 アンヘルの目にも、正気を失い傀儡と化したギャラルホルンは哀れに映る。彼女の言う通り、殺す以外に救いなどないだろう。

 これ以上罪を重ねる前に、死を。

 

『おぬしが感じている感情、知りたいか?』

 

 内緒話をするように、アンヘルが"声"で語りかける。

 

『お前に分かるのか?』

『ああ、今なら分かる』

 

 今なら……それは、昔は知らなかったということか。この旅の中で知ることの出来る感情なのか?

 カイムは疑問に首を傾げる。戦いと殺戮しかなかった戦場で、このもやもやする感情の正体を知ったのか?

 

『……愛。人は愛に溺れ縛られる、憐れな生物だと思っていたが、我も溺れてしまったようだ』

『誰かを愛しているのか?』

『ええい、鈍い男よ!戦いに臨む時くらいに鋭くはなれぬものか!』

 

 理不尽にも怒られてしまう。何が悪かったんだ?と考えるが、その時間は終わりのようだ。

 

「内緒話はもういいかしら?そろそろ……始めましょう?」

「構えよ!知りたいのなら……生き残るぞ!」

 

 ブラックドラゴンはただ待っているだけでなく、魔力を溜めていたようだ。いきなり大魔法を放ち、炎の魔法がカイム達へと降り注ぐ。

 空を泳ぐようにスイスイと飛び躱して行くが、逃げ道を限定するように更に炎の追撃が襲いかかる。降り注ぐ炎を何とか避けきれそうになった瞬間に、一際大きな炎がアンヘルへ放たれる。しかし、アンヘルもただ躱していただけではない。口に蓄えられていた炎を放ち、相殺する。

 巨大な爆発が起き、迂闊にも近づこうとしていたモンスターが一瞬で消し炭になる。並の存在が相まみえることのできる戦場ではないのだ。

 二匹のドラゴンは、ただ爆発を呆然と眺めているだけではない。ブラックドラゴンは煙に紛れ込み、アンヘルは迎撃するために大魔法を構える。

 しかし、ブラックドラゴンは予測出来ない行動を取っていた。迎撃されるリスクを投げ捨て、真っ直ぐ煙の中を直進してきていたのだ。影が見えた瞬間にアンヘルは大魔法を放ち、放たれた炎の追尾弾は次々とブラックドラゴンの影に襲いかかる。

 しかし、影は止まらない。煙から飛び出したブラックドラゴンの背中には、鉄塊を構えるギャラルホルンの姿。カイムもゆり葉の剣を構え、迎撃の姿勢を取る。ブラックドラゴンは錐揉み回転しながら迫り、お互いのドラゴンの背が接近する。すれ違いながら二人の剣は交わる。

 ギャラルホルンの一撃を何とか耐えるが、剣を握る手が反動で大きく痛み、危うくアンヘルから落ちそうになる。

 

「大丈夫か!?おのれ……!」

 

 アンヘルは素早く反転しながら、背を見せるブラックドラゴンに炎を素早く撃ち込む。しかし、ギャラルホルンが鉄塊で炎を振り洗う。

 そのまま空高く飛翔し、巨大な炎を口にため始める。先程の攻撃とは比べ物にならない魔力が溜まっていく。しかし、これは明確な隙だ。腹から攻めればギャラルホルンも斬ることはできない。

 懐に潜り込みながら、再び大魔法を放つ。先程の大魔法を強引に突破したのだ、幾らかはギャラルホルンに斬り落とされたのだろうが全ては無理だろう。傷も蓄積しているはずだ。次も当てれば致命傷になるかもしれない。

 しかし、二人は失念していた。ギャラルホルンは単独でも飛ぶことが出来ることを。

 大魔法に紛れながら小さな影がブラックドラゴンの背から飛ぶ。それは真っ直ぐに、それももの凄い速さで接近してくる。アンヘルも大魔法を当てるためにブラックドラゴンに接近していて、しかもこの状況で下手に背を向ければ相手の強力な炎に追撃されるだけだ。

 どうすべきかアンヘルは迷い、次の瞬間に迷っている時間はなかったと理解する。

 鉄塊の巨大な刀身が、速度そのままにゆり葉の剣に打ち付けられる。弾丸と化したギャラルホルンの一撃に、カイムは耐えることが出来ない。アンヘルの背から弾き飛ばされる。

 

「くっ……!」

 

 アンヘルは慌ててカイムを拾いに回ろうとするが、ブラックドラゴンに生身のカイムが追撃される可能性を潰すために大魔法を至近距離で放つ。

 しかし、それを待っていたようにブラックドラゴンは溜めるのをやめて回避し始める。更にカイムへ向かうことを妨害するように、細かく炎を吐き続ける。

 カイムは重力に乗り地上へと落ちていく……



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第3節 貫く意思

ギャラルホルンの攻撃により、アンヘルから叩き落されたカイム。彼の目に映るのは……


 空から落ちるカイムの姿をレオナールは捉えた。しかし、ヴェルドレ達と合流するため少し離れていて、かつ凶暴化した亜人に囲まれている状況では助けに行くことなどできない。

 少し遅れて七支刀が、空から落ちる影を見る。七支刀の視線に気が付きイウヴァルトもまた気がつく。

 

「あれは……カイム!?」

 

 しかし、レオナールと同様亜人に囲まれている上に遠い。生き残りの連合兵と共にヴェルドレを護衛するので手一杯だ。

 また何も出来ないのか……!イウヴァルトは悔しさに歯がゆい気持ちになるが、それでどうにかなるものではない。

 

 赤い空、離れていく二匹のドラゴンの姿。こんな所で死ぬわけにはいかないと踏ん張ろうとするが、重力に身を任せ落下しているこの状況で出来ることなどない。例え契約者とはいえ、所詮は人間だ。これだけの距離を落ちれば死ぬに違いない。

 戦いの中ではない、こんな無様な形で死ぬんだなと諦めの気持ちがさしてきた頃、空から高速で接近する影。

 

「カイム!!!」

 

 カイムが地面に触れるよりも早く手を掴むため、必死に手を伸ばす。カイムも無意識の内にその姿へと手を伸ばす。

 その姿が……ギャラルホルンの姿が目の前まで迫り、お互いの手が固く握られる。釣られる姿で止まったカイムが下を見れば地上までもう少し。あと1秒でも遅ければ、肉塊になっていただろうか。

 

「……えっ、あっ」

 

 正気を取り戻したのか……正気を失ったのか、自分が何をしたのか驚きながらギャラルホルンは手を離す。ドサリとカイムが地面に尻をつく。

 ようやく、こいつの行動原理が理解できた気がする。決戦の時に助けてくれたのは、今助けてくれたのは、僅かながら正気が残っているからだ。

 どうしてそこまで俺にこだわるのかは分からないが、俺を救うという言葉は本気のようだ。

 カイムの目の前には、神殿があった。この先に司教の気配がする。全ての元凶、マナの気配が。

 

『大丈夫か!?カイム!!』

『俺は平気だ。それよりも……』

 

 カイムの背中で、ギャラルホルンが静かに地上に降りる。何故目の前の敵を助けてしまったのかという疑問に首を傾げ、やめた。殺しそびれたのなら、もう一度殺ればいい。

 

『まずはあいつを終わらせよう』

 

 カイムはギャラルホルンへゆりの葉の剣を向ける。まだ僅かな理性が残っている間に、これ以上罪を重ねる前に、自分を見失ってしまう前に……殺そう。

 ギャラルホルンもまた鉄塊を構える。その表情から感情が失われていく。もう一度助けられるなんて奇跡、もう起きはしないだろう。

 決意と共にカイムは走り出す。同時にギャラルホルンは飛び、空から迫りつつ鉄塊を振り下ろそうとする。あんな攻撃まともに受ければひき肉になるだろう。大きく横へ飛んで躱し、通り過ぎたギャラルホルンへ視線を戻す。

 あいつが飛べば、こちからから仕掛けられるものは魔法しかない。それを分かった上で空からの攻撃を続けるのだろう。

 ゆりの葉の剣に込められた魔法を放つ。光の衝撃波が生まれ、ギャラルホルンへ迫っていく。しかしするりと避けられ、二波三波と飛ばしても平気で躱し、鉄塊を盾にし防がれる。

 避けに徹し、こちらの魔力が尽きるのを待てば後は一方的に攻撃し放題。そうなればこちらが消耗する一方で、勝てる要素はなくなってしまう。

 ……普通ならば、そうだ。しかしカイムは契約者で、しかも元から高い運動能力を持っている。魔法が届くくらいの距離まで跳ぶくらいできる。

 魔法を更に放ち、ギャラルホルンの行き先を限定させる。それから大きく跳び斬りかかる。しかし、それこそ機械のように冷静にカイムの剣を防ぎ、逆に弾き飛ばしてしまう。更に着地する瞬間を狙うように突撃してくる。

 そうはさせるかと魔法を放ち、まっすぐこちらへ向かってくるのを防ぐ。避けるために少し逸れたことで、着地してから構える一瞬の隙が生まれ、ぎりぎりの所で攻撃に耐える。しかし受け流す余裕などなく真正面から防いだことにより、衝撃に耐えきれず剣を落としてしまう。

 勝機と捉えたのか空へ戻ることなくもう一度迫り鉄塊を大きく横に一閃。何とか上体を反らして躱し、至近距離で炎の魔法を放つ。

 剣ではなく、アンヘルと契約したことで得たカイム自身の魔法。魔力の消費が激しく、好んで使うことはなかった魔法。だからこそ剣がなくとも魔法を放てることを知らなかったようで、躱すこともできずに直撃する。

 

「ぐっ……!やるわね。ならこれで!」

『気をつけよカイム!神器を使う気だ!』

 

 神器ギャラルホルンは他の武器と共にアンヘルに持たせていた筈だ。

 しかし、空からギャラルホルンの元へ神器が落ちてくる。勢いよく飛んできた神器は彼女の目の前に突き刺さる。ブラックドラゴンがアンヘルから神器を奪ったのだ。

 ギャラルホルンは意気揚々と神器を掴み、鳴らそうとする。

 強力な攻撃が来ると警戒し、ゆりの葉の剣を拾い構え直す。しかし、鳴ったのはデタラメな音だけだった。



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第4節 向かう先は

 ギャラルホルンの頭の中にあったのは、ただ目の前の敵を排除すること。それが今のママの願いであり、カイムに出来ることだ……

 そうとしか考えられないように思考が固定されている。赤目の病の影響で神からの洗脳を受けていることを自覚することもできない。

 ブラックドラゴンが、神器をアンヘルが持っていることに気が付き"声"を投げる。キル姫としての全力を出すために、それを寄越す用に命じる。

 ブラックドラゴンの炎が神器を入れている袋へと当たり、弾き飛ばされる。ギャラルホルンの元へ飛んでいく用に計算しての攻撃。

 神器を拾い上げ、鳴らそうとする。カイムもまた強化な攻撃が来るのを警戒して構えるが……上手く指が動かない。ぎこちない動きで鳴らされた神器が出すのは滅茶苦茶な音。これでは能力を行使することなんて出来ない。

 

「何で!?どうし……て……」

 

 洗脳を上回るだけの驚愕と共に手元を見たギャラルホルンは、一つ気がつく。……手の甲にある紋様、契約の証。紋様は代償となっている部位の周りに出る。今まで不自由なことなどなかったので気にしていなかったのだが、まさか。

 

「……もう、使えないの?」

 

 神器の、ギャラルホルンの演奏。もしかすれば笛の類全てかもしれないが、そこは重要ではない。ギャラルホルンを演奏出来ないことが、代償。

 ならば、ギャラルは……わたしは、誰?

 神器はそのキラーズの象徴とも言えるものであり、特にギャラルホルンの場合はその能力の殆どが神器に依存している。それが使えないのなら、一般人より力持ちなだけのただの少女であって、もはや自分はギャラルホルンのではないのだと考える。

 そして、自分は誰だったのか……考えようとしても、思い出せない。キル姫として生きてきた、永すぎる時間はかつての自分を忘れさせるのには十分だった。

 ……足音が聞こえる。こっちに向かって、走って来て

 

「ああ!?」

 

 突然の激痛。状況を理解しようと意識を目の前に戻せば、自分の腹に剣が突き刺さっていた。

 

 カイムは突然の出来事に戸惑ったが、明確な隙を見逃すほど悠長な性格でもなかった。

 自分の手と神器を見比べ硬直している彼女の元へ走り、容赦なく腹へ突き刺した。激痛にうめき目を見開く少女の顔面を蹴りながら剣を引き抜く。

 蹴られた勢いで地に倒れた少女へトドメを刺すために剣を振り上げて……止まる。

 

「………」

『………』

 

 まるで、時間が止まったようだった。カイム自身、何故止めてしまったのか理解が遅れる。それは、彼女の顔に……目にあった。琥珀色の目を見て、反射的に止まったのだ。

 

『正気に、戻ったのか?』

「はあ……気づい、ちゃった?」

 

 少女は、自身の存在が否定された精神的なショックと、腹に刺された物理的なショックが重なったことで洗脳が解けたのだ。……解けて、しまったのだ。

 痛みで少し鈍くなってはいたものの、自分がしてきたことを理解してしまった。乗り越えたと思っていたママへの執着と、理由の分からないカイムへの執着、そして世界を滅ぼすという愚かしい行為に加担したこと。

 しかも、直接的ではないとはいえ、フリアエを殺したのは自分のようなものだ。カイムのためだと言いながら。

 

『なら戦え。戦って、償え』

 

 別にこいつをここで殺すのは構わない。フリアエを攫ったのはこいつなのは変わらないし、怒りのままに殺すだけの理由はあるのだ。

 しかし、同時に二度も救われているのだ。生かす理由もある。

 

「……お願い、殺して」

 

 しかし、少女の口から出たのは死を懇願する言葉だった。カイムにとって、意外な言葉だった。確かに、腹には風穴が空き血が大量に流れているし、助かる可能性は低いだろう。

 それでも、カイムは何処かで、またカイムのためだと口にして立ち上がることを期待していたのかもしれない。

 痛みに苦しみながら、少女は自分の胸を指して、必死に口を開く。

 

「この胸にあるのは……ブラックドラゴンの、心臓。両親の仇、なんだよね?」

 

 契約とは、お互いの心臓を交換して成立するもの。少女がブラックドラゴンと契約しているということは、そういうことなのだ。

 だからこそ、契約者同士は運命共同体。どちらかが死ねばもう片方も死ぬ。今カイムが少女を殺すことは、ブラックドラゴンを殺すのと同じ……そういう理屈だ。

 

「わたしがカイムに出来ること……これしか思い浮かばないや」

『何故やつが仇だと?』

「契約、してるのよ?分かるわ」

 

 カイムのために出来ることは、贖罪の手段はもうこれしかないと考えた。自分がしてしまったことは、普通にやって償えることではないし、仮に今トドメを刺されなかったとしてどこまで持つかも分からない。

 最期まで、カイムのためと言うんだなと考える。やはり、彼女がどうしてそこまで俺に尽くそうとするのかだけは分からない。理由など分からないが、俺のために死ぬというのならそうしよう。ただ、これでいいのかと少し考え、少女に手を伸ばした。

 

「……えっ?」

 

 少女は何が起きたのか、理解が遅れた。きっとカイムなら自分を殺してくれるだろうと考え、その瞬間を待っていたからこそ。

 カイムの腕が少女の小さな身体を抱き、そっと頭を撫でていた。

 

「あっ……ああ……!かいむ!」

『………』

 

 カイムは何も言わない。カイムもまた、少女に対して覚えている感情の名前が分からないから。

 ただ、少女はカイムの腕の中で泣く。少女が欲していたものを、愛を感じて。これが許しかは分からないけど、ただ溢れる感情の波に押されひたすらに泣く。

 血と涙が混ざり、生暖かい液体がカイムに付いていく。これでいいんだ。これで。ゆっくりと少女を地に倒し、側に置いていたゆりの葉の剣を握り直す。

 

「もう一つだけ、お願いしていいかな」

 

 カイムは、剣を静かに構える。少女の言葉を待つように、ゆっくりと。

 それを肯定と受け取ったのか、少女は最期の言葉を語りだす。

 

「わたしとドラゴンを殺して、復讐は終わりにして。わたしの代わりに、世界を救って」

 

 泣き腫らした顔で、笑顔を浮かべる。無理のあるものでもなければ、ぎこちないものでもない。心からの笑顔で、純真無垢な笑みで、カイムに笑いかける。

 こいつの笑顔、初めて見たか?

 考えながらも、剣先を少女の胸に向ける。その胸の中にある、憎き両親の仇の心臓へ。

 そして、その剣先を突き刺した。

 

 

 胸から血を吹き出し、羽ばたく力を失ったのかブラックドラゴンは堕ちていく。その姿を見ながら、アンヘルは呟く。

 

『これで、良かったのか?』

 

 カイムは答えない。その代わりと言わんばかりに走り出す。全ての再生の卵を破壊するために。少女の願いを、叶えるために。



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第5節 再生の卵

カイムとアンヘルが帝都へ向かう中、七支刀達も帝都へ辿り着いていた。
帝都に現れた再生の卵を見て、封印を破られたことを察した七支刀は卵を破壊する。


「これが再生の卵ですか……?」

 

 七支刀は目の前に転がっている、巨大な球体の前に立ち止まる。少なくとも自分の身長以上はあるそれをまじまじと見る。

 

「再生の卵を見たものはいません。封印が破られたとは限らぬ……」

「ならばあれは何だ!?」

 

 イウヴァルトの指し示す先には、暴れる亜人と帝国兵、そして空に集うモンスターやワイバーンの数々、そして赤い空。まさに終末と言わんばかりの光景。

 

「分かりません。もはや私には何も……」

 

 ヴェルドレも、封印が破られたことを理解はしていた。しかし、希望を求めるあまりその可能性を否定しようと必死になる。だからこそ認めないし認められない。

 

「これを破壊すれば良いのですよね?」

「その卵を破壊してどうなるか……」

「ヴェルドレはいい!やってくれ!」

 

 七支刀は小さく頷き卵の前に立ち、思いっ切り剣を振る。その感触は余りにも柔らかく、中から白身のような透明のどろっとした液体が流れ出す。殻も溶けるように消えてしまい、液体が残るだけだ。

 

「……待ってくれ、あれもそうなのか?」

 

 余りにもあっさりしすぎだと驚いている七支刀の前で、イウヴァルトは驚愕の表情が浮かぶ。彼の視線の先には、また卵があった。

 

「卵は、一つではないのですね……」

「ああ、何ということだ!再生の卵とは、これほどもあろうものなのか!?」

 

 更にヴェルドレもまた卵を見つけてしまう。彼は神官長であり、封印の番人でもあり、だからこそ人より賢く知識もある。

 故に、ヴェルドレは理解する。再生の卵とは……無数にあるのだと。一つ一つを破壊するのは簡単だが、全てを破壊するのは不可能であると。

 そして、無数に湧く卵に希望があるなど都合のいいことはないというのもまた、頭では理解してしまう。

 同時に強大な気配を感じる。そして、彼らの発する"声"も理解する。これは……

 

『カイム!我々も辿り着きました。七支刀もイウヴァルトも一緒です。封印は!?』

『破壊されたぞ。"卵"を斬れ、滅びたくなければな』

 

 アンヘルの"声"が現実を伝える。直接言われてしまえば、流石に否定することなど出来ない。

 

『卵を……二人に伝えましょう。ああ、封印なき今、私はどうすれば』

 

 しかし、卵が破壊出来るのは今目の前で確認したが、全て破壊など到底無理だ。しかも進めば進むほど帝国軍の妨害も激しくなるだろう。

 

「……まさか、カイムか!?」

 

 突然黙りだしたヴェルドレも見て、"声"でやり取りしていたことを察したイウヴァルトは、その相手がカイムだと考えた。

 親友の無事に安堵するが、同時にフリアエの安否が気になる。封印が破壊されている以上、そういうことなのだろうが……

 

「フリアエは大丈夫なのか?一緒にいるよな?」

「……いえ、封印の破壊とは女神の死によってもたらされるもの」

「そんな!?」

 

 フリアエの死と、あのカイムでさえ助けられなかったという二つの事実に驚愕し、落胆する。

 ここに来るまでだって七支刀に支えてもらってきたのだ、今更何が出来るんだ。

 

「……司教を、捕まえましょう。封印を破壊しようとしたならば、これからどうなるかも知っているはずです」

「それでどうなるんだ!」

「まだ世界は滅んでいません!私達に出来ることをするのです!」

 

 絶望のあまり全てを諦めかけているイウヴァルトを、七支刀は叱咤する。

 七支刀の、覚悟を決めた表情に自然と勇気が湧いてくる。彼女は諦めていない、彼女と一緒なら何とかなるかもしれない、と。

 

「私もここまで着いてきました。最期まで、共させて頂きます」

 

 あの丘陵地帯から着いてきて、ここまで生き残ってきた連合兵も、最期まで着いてくると決める。もう大した数もいないが……いないよりかは、七支刀を支えられるだろうと、世界の希望を託せるだろうと信じて。

 

「……私も行きましょう。司教の気配は……あちらからします」

 

 ヴェルドレの示す先、それは帝都の中央にそびえ立つ巨大な神殿だった。



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第6節 キラーズ

再生の卵を破壊するため、司教を捕らえるため、そして世界を救うため。バラバラだった意思は、この時だけは同じ道を示していた。

レオナールと合流した七支刀達は、再び神殿へと向かうために、結界を解くことを選ぶ。全てを終わらして、平和を取り戻せると信じて。


 七支刀とイウヴァルトの振る刃は、亜人を斬り伏せる。更に二人の背後でヴェルドレは呪文を唱え、迫る亜人の動きを封じる。そんなヴェルドレの背後は連合兵が守る。

 そういう陣形を組みながら、迷路のような街を奔走していた。建物が全体的に縦に長く、視界があまり広くないのも相まって迷いやすくなっている。

 更に、目につく卵を破壊しながら進んでいるので、進むこと自体が遅いというのもある。

 そんな中、彼らの視界に映ったのは空から落ちていく影。それがカイムだということにイウヴァルトが気がつく。

 

「あれは……カイム!?」

 

 七支刀とヴェルドレも反応し、空を見る。ヴェルドレはあのカイムが負けてしまったのかと錯乱気味になるが、七支刀はカイムを追いかけるようにして降りていく影を見た。

 ……正直遠くて、それが何だったのかを断言は出来ない。しかし、あれはギャラルホルンなのだと直感が言っていた。一度会っただけだし、どういうキル姫なのかもほとんど知らないが、それでも帝国に堕ちきってなどいないと信じたかった。

 

「大丈夫です、カイム様は……」

「本当か!?……いや、君が言うんだ。信じるぞ」

「……"声"を感じます。確かに死んではいないようだ」

 

 少しだけ落ち着きを取り戻したヴェルドレが、彼の生存を確認する。無事かまでは分からないが、きっと大丈夫だ。

 しかし、この場にいる全員がカイムに釘付けになっていた。だからこそ、お構いなしに攻めてくる亜人への反応が遅れる。

 慌てて剣を振ろうとする七支刀の目の前で、亜人は爆ぜた。この魔法は……

 

「大丈夫ですか!何とか間に合いました」

 

 レオナールだ。カイムと別れた彼はこちらへと合流出来たのだ。

 

「カイム様は?」

「ギャラルホルンとブラックドラゴンとの戦いに。私は再生の卵を破壊することを優先しろと、カイムから聞いております」

「イヤ〜、ムリだろ!封印は破壊されたんだぜ?しかもこの有様!」

 

 しかし、彼に突いている妖精が士気を下げるようなことを言い始める。実際、七支刀がいなければここにいる他の全員も諦めていたかもしれないくらいには、絶望的な状況なのは誰でも分かる。

 

「諦めません。わたくし達はまだ」

「うるせえな!聖人気取りのイカレ女がよォ!あんたもあのカイムって奴と何も変わらねーぜ?戦うことでしか自分を証明出来ないんだろ?……お?どうした?何か言えよ。いや〜やだねえ、都合悪いこと言われると黙ってふごごご」

 

 止めないと死ぬまで暴言をやめなさそうな妖精を、イウヴァルトが掴んで無理矢理止める。

 七支刀が侮辱されて、不思議と怒りが湧いたのだ。彼女に救われたとか、今の希望だとかそんな理由ではなく。何だ、この気持ちは……?と考えるが、答えはすぐに出そうにはない。

 

「七支刀、妖精の言葉は気にしないでください。最後まで希望を捨てない貴女の姿勢は素晴らしいものです」

「……ありがとうございます」

 

 レオナールがフォローを入れるが、七支刀は少し引っかかっていた。"戦うことでしか自分を証明出来ない"……そんなことは、無いはずだ。戦い以外でも求められている筈だと少し考えてしまい、見たのはイウヴァルトの顔だった。

 

「大丈夫だ。俺は君のお陰で救われた。そんな顔しないでくれよ」

「そう、ですよね。……行きましょう、神殿へ」

 

 改めて覚悟を決め直した七支刀を、しかしヴェルドレが遮る。

 

「待ってください。この魔力の流れ……神殿には結界のようなものが施されているかと。鍵か装置があるはずです」

「では、それを探すのを優先しましょう。イウヴァルトさん……そろそろ、離してもらっても」

「ああ、すまない。こんなのでも、レオナールと契約しているんだよな」

 

 ぷはーッ死ぬかと思ったぜレオナールのことも殺す気だったかァ?と、解放された瞬間に煽りだす辺り、妖精とはそういうものなんだろう。

 七支刀達は再び帝都を疾走する。



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第7節 天使の教会

ギャラルホルンを打ち倒し彼女の遺志を継いだカイム、神殿の結界を解く鍵を集めた七支刀達と合流する。

神殿へ潜り込んだカイム達を待っていたのは……


 帝都にある再生の卵を次々と斬りながら、帝国兵と亜人さえも吹き飛ばす。ギャラルホルンの持っていた鉄塊を手に、複雑な街を疾走する。

 七支刀達もまた、神殿へ向かっていた。街中を探し回り、必要と思われる鍵を集めていた。カイムが神殿の方にいるのは分かっているから、行けば合流出来るだろうと踏んだのだ。

 またアンヘルは空のモンスター共を相手にしながらも、地上の様子を見ていた。ヴェルドレへ"声"で街の案内も手伝っていた。

 それぞれの連携もあり、神殿の近くでカイム達は合流を果たす。レオナールとヴェルドレが"声"でことの顛末を聞き、七支刀達に伝えていたので何があったのかは大まかには聞いている。カイムもまた七支刀達が司教を捕まえることを目的に動いていることは聞いていた。

 

「鍵は揃いました。行きましょう、皆様」

『お前が指揮を取るな』

「……カイム、今は抑えてください」

 

 七支刀への苛つきが抑えきれていないカイムをレオナールが宥める。ギャラルホルンがその身を滅ぼしてまでも献身をしてくれたのに、七支刀は綺麗事を並べ立てているだけなのが苛立ちを助長させている。

 実際のところはどうなのかは置いておいて、カイムには七支刀がそういう人物に見えている。

 

「でもカイム、無事でよかったよ。フリアエは……」

『………』

 

 契約者でもないイウヴァルトに、カイムの言葉は伝わらない。だが、それ以上に自分の目の前で自殺したなど、言えることでもなかった。

 全ての元凶は司教で違いないが、止められなかった自分にも責任はある。

 

「……あれは」

 

 神殿の目の前に付くと、七支刀はその近くに寝かされているギャラルホルンの死体に気がつく。胸へ剣が突き立てられたまま横たわる死体に。それは、まるで墓標のようで……

 

「これを使ってください。これで中に」

 

 レオナールから渡された鍵を、神殿の扉へと差し込んでいく。神殿へと流れていた魔力の流れは止まり、扉が開くようになった。

 しかし、同時に神殿前の広場へアンデッドナイトが立ち上がる。骸骨の兵達は、カイム達を取り囲み中へ入らせまいと襲いかかる。

 カイムと七支刀の剣はアンデッドナイトをバラバラに砕き、レオナールの唱える魔法が生に仇なすものを駆逐する。イウヴァルトも卓越した剣技で、一体一体対峙していく。連合兵は神官長たるヴェルドレの守りに付いて迫る骸骨を止める。

 しかし、この帝都で散った命はそれこそ数え切れぬほどある。圧倒的な力を持つ彼らを殺すことはないまでも、無数に湧く悪霊は足止めには十分だった。

 

「避けろ!バカ者共!」

 

 空から響く声。降り注ぐ炎にアンデッドナイトは焼かれていく。勢いよく地上に降り立ち、その下にいた者は粉砕される。

 赤きドラゴンの雄大な背が、カイム達の前に降り立ったのだ。

 

「ここは我に任せろ。行け!カイム!!」

 

 カイムは頷くと、神殿の扉を蹴破り中に飛び込んでいく。他の面子も合わせて中に入っていく。七支刀は残ろうか一瞬悩むが、いても邪魔になるだけだと考え素直についていく。

 その中に入ったカイム達は、異常に気がつく。数多の敵が待っているだろうと思っていたその場は、静寂に包まれていた……



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第8節 再生の意味

静寂に包まれた神殿の中を進むカイム達を待ち受けていたのは、一際大きな"再生の卵"と司教だった。

司教は語る。キラープリンセスは人間に復讐すべきだと。自分もまた神に利用されている道具の一つだと気づかずに。



 不気味なほど静まり返った神殿の中で、カイムは空中要塞のことを思い出していた。ギャラルホルンに案内され進んでいた時、カイムを止める者はいなかった。

 今回もまた、罠を張られているのではないか?と慎重になりながらも進む。また取り返しの付かないことになる、そんな予感だけが頭の中に残っていた。

 

「見てください。あれは……!」

 

 神殿の奥、祭壇にあったのは再生の卵だった。しかし、外で見たものとは違う一際大きな卵。アレを破壊すれば全ては終わるのだろうか?

 しかし、その卵の前に小さな影が現れる。その姿を見て、カイムはそれが誰なのかにすぐに気がついた。空中要塞でも待ち受けていた、司教マナだった。

 

『気をつけろ。司教だ』

「あれが司教なのですか!?」

 

 カイムの"声"による忠告。レオナールが伝えると同時に、皆に動揺が走る。

 世界を滅茶苦茶にし破壊しようとした天使の教会、その司教があんな幼い子供だとは誰も想像していなかったのだ。

 

「あのような幼子が、世界の再生を?何者なのだ……」

「何者だろうと構うものか。あいつがフリアエを殺したんだろう!」

 

 イウヴァルトの中にあるフリアエへの強い執着は消えていたものの、一人の友人として、元婚約者として想う気持ちまで消えた訳では無い。そんなフリアエを殺した元凶に、イウヴァルトは怒りを露わにする。

 

「待ってください。幾ら司教とはいえ、殺すのは……!」

 

 しかし、七支刀はそんなイウヴァルトを制する。そしてカイム達の前に立ち、司教へと歩み寄っていく。

 

「わたくしは七支刀と申します。あなたは?」

 

 相手が人間ならば、言葉は通じるはずだと考え声をかける。

 

「どうして世界の再生を?何のためにそんなことを」

「ふふふっ。バカね、あんたなら分かるでしょう?キラープリンセス」

「司教はキル姫を知っている……?」

 

 ヴェルドレは怪訝な表情を浮かべる。ここまで会ってきた誰もが、キル姫のことを知らなかった。しかし、よりによって司教がその存在のことを知っている。

 そこから考えられる可能性。人一倍賢く臆病な彼だからこそ、すぐにその答えに辿り着く。

 

「……ギャラルホルンが帝国に利用されたのは、最初からそのつもりで呼んだと?」

 

 レオナールやカイムもまた、ヴェルドレの言葉で理解させられる。つまり、七支刀がこうやって帝国に牙向いているのは想定外の出来事であり、むしろギャラルホルンが利用されたことが本来の筋書き通りだったのだ。

 

「ギャラルホルンは神に造られたキラープリンセス、あんたとは違うわ。でも、あんたは人の業そのものよ。神と悪魔に逆らうために犠牲になれ、今なお使われている人形よ。折角復讐の機会を与えたのに、人間に付いて利用され続けるなんて、ホンモノのバカがすること」

「……復讐なんて!わたくしは人間のために」

「そう思わされている。都合よく使い続けるために」

 

 七支刀の言葉を遮り、一方的に言葉を植え付けようとする。七支刀にはギャラルホルンのような精神的な欠陥がほとんどないことを知っている。

 僅かな欠陥も、押し開いたところで天使の教会、いや神に従うようなものでもないことを知っている。赤目の病を発症させ、無理矢理従わせることも選択肢ではあるが、今更それを採る理由もない。

 

「いや、違う。七支刀は人形なんかではない!人間だ!」

 

 しかし、そんな司教の言葉さえ強く否定された。……それは、イウヴァルトだった。

 

「イウヴァルト様……」

「七支刀は俺に希望を与えてくれた、彼女の言葉で。それは誰かに操られたものでもない、彼女の心だ!キル姫だか知らないが、一人の人間なんだ!」

「………あっそ」

 

 司教はそっぽを向く。イウヴァルトの言葉が本心であり、また七支刀がそれに支えられていることを理解したからだ。お互い支え合ってここまで来た、とんでもなく美しく、ゲロを吐きたくなるような関係なのは、心を読めるからこそわかる。

 更にもう一つ、"時間稼ぎはもう十分だからこれ以上話す必要はない"のだ。

 

 いち早く気がついたのはレオナール、この場にいる誰よりも感覚の鋭い彼だからこそ早く気がつく。何かが後ろから高速で接近している。しかし、目が見えないからこそそれが何かまでかは分からない。

 

『避けろ!カイム!!』

 

 そして、ほぼ同時にアンヘルからの"声"がカイムに届く。具体的に何が起こったのか、説明することさえ出来ないほど切羽つまっている……

 そこまで理解して後ろを振り向くと、何かが迫っている。そのまままっすぐ動けば、イウヴァルトに直撃する。

 イウヴァルトに危険を知らせようとするが、声が出ない。レオナールも声を出そうとするが、避けるのに一杯で口が開かない。

 この中で数少ない一般人でもあり、司教へ意識が向けられているイウヴァルト本人は気がつかない。カイム達に遅れて気がついた七支刀が見たときには、避けろと言っても間に合わないだろうほど迫っていた。

 

「……!?」

 

 突然、横から押されたイウヴァルトは驚く。その目には、何かに勢いよく突き飛ばされ、再生の卵に取り込まれるように中へ消えていった七支刀の姿。

 尻もちをついたまま、唖然とする。

 

「……!!!」

 

 しかし、カイムは七支刀を突き飛ばした何かの正体を、しっかり捉えていた。……ギャラルホルンの、死体だった。アンデッドナイトと同じ要領で操り、利用したのだ。

 カイムの怒りは最大限まで高まる。あの子供のせいで両親は死に、妹が死に、ギャラルホルンが死に、更にその死体さえ利用した。

 鉄塊を構え、司教マナの前まで歩く。カイムの表情は、常人が見れば怯えすくむような、阿修羅の如きものだった。

 しかし、マナは少し怯えながらも気丈に振る舞った。

 

「私平気よ、愛されているんだもの。あんたなんかに殺されはしないわ。やってごらんなさい」

 

 マナの煽りが、最後の枷を破壊した。もう、カイムを止めるものなどいない。

 勢いよく振り抜かれた鉄塊は、しかしマナの体を斬ることはなかった。鈍い刃は、幼い子供の柔らかくしなやかな体を斬ることなく、叩きつけられた。軽い身体は吹き飛び、壁に頭を打つ。

 マナは突然のことに、何が起きたのかを理解するのが遅れた。しかし、遅れて恐怖の感情が全身を支配する。垂れる温かい液体と、鈍い痛みが、何よりも鉄塊を引きずりながら歩み寄るカイムが、全てを物語っていた。

 

「ひっ、た、助けて……!」

 

 一瞬にして、天使の教会の司教から、ただの子供に戻る。マナは自分が神に見捨てられたことを、本能的に理解する。愛されてなどいなかった。

 

「お母さん!お母さん!!」

 

 ギャラルホルンを利用したマナだが、愛に恵まれていなかったのはマナの方だった。かつては似た境遇にあったのかもしれないが、様々な相手から愛されたギャラルホルンと、神に利用されたマナ、正反対だった。

 

「おか………!」

 

 マナの言葉が最期まで紡がれることはない。振り下ろされた鉄塊が、憐れな子供の頭を叩き割ったからだ。

 真に復讐を終えた、確かな感触を手にカイムは笑みを浮かべる。全てを奪い、世界を破滅させようとした存在に相応しい最期だと、笑う。

 その顛末を見ていた他の者たちだったが、イウヴァルトは正気に戻る。司教が死んだのなら、再生の卵に飲み込まれた七支刀も返ってくるのではないかと。

 

「大丈夫か!?七支刀!無事なら返事をしてくれ!」

 

 イウヴァルトは立ち上がり卵に駆け寄り、ギリギリ触れない近さで声を上げる。しかし、返事はない。

 

「再生の卵は、封印が破壊されたときに生まれるもの。天使の教会と、直接的な繋がりは……」

 

 ヴェルドレは封印の番人だからこそ、マナが死んだから解決とは思わなかった。

 マナを殺した感覚に浸っていたカイムは顔を上げ、死体を蹴り飛ばす。卵は危険だとイウヴァルトを引き剥がそうと、そちらに向かおうとしたと同時に異変が起きる。

 卵が内部から光りだし、何かが中から現れる。それは、七支刀の頭だった。

 イウヴァルトは七支刀の無事に歓喜し、声を掛け直す。

 

「無事だったんだな!早く出てこいよ!」

 

 しかしその反対に、カイムには猛烈な悪寒が走る。

 

『逃げろ!イウヴァルト!!!』

「!?イウヴァルトさん、逃げ……」

 

 走り出すカイムと、カイムの言葉を伝えようとするレオナールの目の前で、それは起きた。

 卵から生えた触手のようなものが、イウヴァルトの心臓を貫く。

 

「えっ?」

 

 胸に刺さった触手を見て、もう一度顔を上げるとそこにあったのは、化け物の顔だった。

 眼窩は異常なほど開き、真っ赤に染まった目玉がぐりぐりと動く。耳まで裂けた口が大きく開かれ、迫っている。

 化け物は開かれた口で、イウヴァルトの頭を飲み込み、首を引きちぎった。更に卵から何本も生えた触手が、残ったイウヴァルトの首からしたをズタズタに引き裂き、卵の中へ引きずり込む。

 卵が割れ、誕生したのは……もはや七支刀となど呼べない、おぞましい存在だった。神殿の天上を突き破り、空へ飛び立っていった……



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第9節 悪魔の翼

もはやアレはキル姫でさえない。卵から生まれし怪物に、真実の死を。


 帝都の空へ飛び立った怪物を追う、カイムとアンヘル。まるで天使のような白い翼を宿した、七支刀だったモノ。そこにいるだけでとてつもない存在圧を感じる。

 これまで戦ってきた存在とは格が違う。一人と一匹の心に恐怖が降りる。

 

『何なのだあれは!?卵とは、再生とは何なのだ!?あんなものが再生であるものか!』

『カイム、あなた達に託します。七支刀達に、死を』

 

 喚くヴェルドレと祈るレオナール。いずれも、あの怪物の前には無力だった。

 

「あれはもはやキル姫に非ず。我が炎は奴に通じるのか?」

 

 しかし、怪物はカイム達を待ったりしない。目の前にある障害を、そして滅ぼすべき人類を殺すために。

 オオオオオ!と叫びを上げ、七支刀の刀身の形状をした腕を振るうと、魔力が刃の形になりカイム達へ飛来する。まっすぐ飛んでくるだけなので躱しやすいが……当たれば真っ二つになるだろう、そう考えられるだけの魔力を秘めていた。炎で打ち消すなんて甘い考え出来やしない。確実に躱し、反撃の炎を打つ。

 しかし、白き翼で空を自由に飛び回り、アンヘルの炎もまた軽く躱される。しかも移動しながらも刃を飛ばし続ける。避けては避けられ、撃てども当たらず……

 ドラゴンとて生物だ、あの怪物がバテるのを待つのは現実的ではない。何か次の手を撃たねば、そう考えるが次の行動を取ったのは怪物の方だ。

 尻尾……神器ギャラルホルンの形状をした尻尾から、音が奏でられる。どうやって鳴らしているかなどはもう考える意味はない。人知を超えた存在である以上、そういうものと理解するしかない。

 尻尾の先端から、上空へと魔力弾が幾つも放たれる。雲を突き破らんばかり勢いで飛んでいくが、途中で止まりアンヘルの方へ落下し始める。更に逃げ場をなくすように刃も振るってくる。

 

「異形となりしキル姫と戦うか。全ては儚き夢のようだな」

『ギャラルホルンの死を、夢で終わらせるか』

 

 鉄塊を構え、降り注ぐ魔力弾を迎撃する。アンヘルに当たりそうな弾だけを狙い、正確に弾いていく。アンヘルもまたカイムを信頼し、最低限の回避をしながらも炎を繰り出していく。

 しかし、所詮は鉄塊。降り注ぐ弾の最後の一つを弾いたその時、鉄塊は真っ二つに折れ地上へと落ちていく。

 ギャラルホルンが、ギャラルホルンの力から放たれた攻撃から防いでくれたようで少しだけ感慨に浸る。しかし思考はすぐさま現実に戻る。目を背ければ、待つのは死のみ。

 今の攻撃さえも全て防がれたことに脅威を感じたのか、怪物は立ち止まりより強大な魔力を解放する。七支刀を模した魔力の剣が、怪物の周りに12本も作られていく。その一つ一つが、本物の神器に存在するであろう力を秘めていることを、本能的に理解させられる。

 しかし、同時にチャンスでもある。アンヘルは、帝都に集うモンスターとの戦いで温存してきた魔力を最大限解き放ち、大魔法を放つ。

 作られている途中の剣を打ち砕き、作るために止まっていた怪物にも炎が叩き込まれていく。

 

「堪えよ。これで奴が死ぬなどと甘い考えは捨てることだ」

『……司教は、神は、最初からこのためにキル姫を?』

「語る口はお主が塞いだ。考えるだけ無意味よ」

 

 激情のあまり司教を殺したことを咎めているのか、こうなった以上何がどうなっても手遅れだと嘲笑っているのか……

 ただ、少なくともあのおぞましい存在を前に、人類の脅威の前に共に戦ってくれているアンヘルを、今更疑うようなことはしない。

 炎が晴れると、そこにはやはり怪物の姿が。それどころか、再び12本の七支刀を作り出していた。視認すると同時に、回避行動を取る。目で追いきれない速さで飛ばされた七支刀は、アンヘルの翼の先を斬り裂いた。避けるのが遅ければ、今頃アンヘルとカイムはバラバラに斬り裂かれ、地上へと破片が落ちていただろう。

 

『これが、キル姫の秘めた力……』

「人間ではなく怪物に宿せば、これほどの力を引き出せるということか……?なんにせよ、待つのは地獄よ」

 

 斬られた翼は幸いにも、切り傷程度のものだった。飛ぶのに支障が出るほどではない。しかし、長期戦になれば悪化し、その内影響が出始めるだろう。

 今まで以上に、短期決戦を仕掛けなければいかなくなった。しかし、大魔法の直撃さえ凌ぎ切り反撃までしたあの怪物をどう殺す?

 考える猶予などくれる筈もなく、怪物は再び刃を飛ばし始める。向こうもかなりの魔力を使ったのか、先程の攻撃を連発とはいかないようだ。……あの怪物でさえも、無尽蔵のエネルギーを持っているわけではないのかもしれない。

 

『もう一度、大魔法は使えないのか?』

「使えぬこともないな。しかし、一度までだ」

 

 再生の卵が出現しおかしくなっているこの帝都では、魔素も異常な量溢れかえっている。先程殆どの魔力を使ったが、もう一度魔素を取り込み放つことは出来るだろう。

 ただ、それほどの魔力を取り込むことも、大魔法を当てる隙が生まれることも、あって一度だろうとアンヘルは考える。

 ……あれは、生まれたての怪物だ。戦いが長引けば長引くほど成長し、進化する恐れがある。

 怪物の尻尾が新しい音を鳴らす。聞いたカイムもアンヘルも、自然と闘争心が湧いてくる。聞いた者全てを奮い立たせる、戦いの音。怪物もまた、アンヘルを仕留めに来るつもりなのだ。

 再び空で静止し、12本の七支刀を生み出していく。今なら狙えるだろうが、今は駄目だ。先程と同じことになるだろう。攻撃を避けることに専念し、カウンターで大魔法を……

 そう考えた所で、先程とは違う攻撃が来ることに気がつく。12本の七支刀と、両腕の七支刀、合わせて14本がアンヘルへ狙いをつける。そして、刀身が激しく回転を始める。

 あの攻撃は見たことがある。七支刀があの攻撃を放つたび、敵はバラバラに斬り裂かれ道を開いていた。……それが、14本同時に来る。

 

「堪えよ……!」

 

 アンヘルは急旋回し、大きく空へ飛び立つ。あの攻撃がどこまで届くかは分からないが、とにかく遠くへ逃げる。元々かなり広く届く攻撃だったのが、怪物に合わせて巨大化している上に14本分の威力が重ね合わせになることを考えればとてつもない距離届くことは想像に難くない。

 怪物を中心に嵐が生まれる。近づこうとするものなど端からいなかったが、これくらいなら巻き込まれないだろうと油断していたモンスターやワイバーンが引き寄せられ挽肉に変わっていく。魔力どころか命そのものをかき混ぜ、混ぜり練り上げられたエネルギーは遂に解き放たれる。

 

 轟音。

 

 いや、そんな生易しいものだっただろうか。音というより、衝撃波と形容すべきだろうか。周りから逃げ出していたモンスターは全て引き裂かれ、地上にいたレオナール達の耳さえつんざく。

 雲は嵐に突き破られ、赤い空が広がっていく。怪物の白い翼も相まって、神々しささえ感じる姿。

 

「カイムは!?ドラゴンとてあのような攻撃に……」

「いえ……視えます。カイム達は!」

 

 空から降る赤い影。赤い空に紛れて尚強く主張する姿。弾丸のように落ちながらも、アンヘルは最後の大魔法を解き放つ。全エネルギーを解き放ち、立ち止まっていた怪物へ炎が押し寄せる。

 倒しきったと油断もしていたのだろうか。直撃したばかりか、翼は焼け顔は苦痛に歪む。グオオオと唸り声を上げ、それでも最後の抵抗をしようと両腕を空に上げる。しかしそれよりも速く降りてきたアンヘル。目の前をすれ違うように降り、カイムが怪物を真っ二つに斬り裂いた。



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第10節 神達のさざめき

アンヘルと共に地上へ降り佇むカイム。

その空はキル姫で満ち溢れ、人類に殺戮の微笑みを投げかけていた。


「カイム……我らに終幕はないぞ」

 

 斬り裂いた怪物の息の根が止まっていることを確認しながら、ゆっくりと地上へ降りていく。

 しかし、アンヘルの言葉が告げた通り、終わりなど来ない。

 

 カイムの攻撃が怪物にトドメを刺す直前。

 レオナールは異変に気がついた。何かの割れるような音。それも一つではない。

 

「何が始まると言うのです」

「おしまいだ!あれら全てが……!」

 

 ヴェルドレもまた気がつく。そしてレオナールよりも早く、真実に到達する。

 帝都に残された卵が、孵化していることに。そこから生まれ出る災厄に。人類に希望など、もはやないことに。

 カイムの攻撃が怪物を斬り裂き、そのまま地上へと降下していく。同時に、幾つも影が空へ昇りゆく。

 その影は全て……今カイムが倒した、怪物だったのだ。

 

「それでも、お主は戦い続けるのだろうな」

 

 たった一匹を殺すだけでも命がけの戦いを繰り広げた怪物が、空へ昇る。中には、生き残りの連合兵や帝国兵を殺すべく地上へ攻撃を始めているものもいる。

 最初から、帝国軍だの連合軍だの、そんなものはなかったのだ。ただ人類を滅ぼす、それが神の意思だ。

 

「あーー………」

 

 妖精も、レオナールと契約したことが失敗だったと今更ながらに思う。人類がどうなろうと知ったことではないが、レオナールが死ねば自分も死ぬのだ。

 

「逃げようぜ。勝てるわけねえよあんなの!」

「いえ、既に退路などありません」

「なっ……ふざけんなよ!あんたが死ねば俺も死ぬんだ!モシモーシ?俺を殺すことに躊躇いはないんですかー?」

 

 そう煽れられても、もうどうしようもないのだ。帝都中にある全ての卵から怪物が孵化したのだ。逃げようにも何処へ逃げればいい。

 それに、レオナールの戦いは贖罪でもあった。今更命が惜しいと逃げ出すこともしないだろう。

 

「キル姫とは、キラーズとは。人類を滅ぼすための……!」

 

 ヴェルドレは初めてその名を聞いた時から、不穏なものを感じ取っていた。キル、殺す。その名を冠する者が平和の使者であるものかと、何処か疑っていた。

 七支刀の人間性にほだされ信じていたものの、その正体がこれだと怯え震える。一皮剥ければ皆同じ。アンヘルの言葉が頭の中に木霊する。

 

「馬鹿者めが。お主と契約した我を呪うぞ」

 

 憎まれ口を叩きながらも、アンヘルは少し嬉しそうにしているように聞こえた。最期まで共に戦うと、心に決めていたのだ。

 これは、人類のための戦いではない。カイムのための戦い。

 

 カイムを背に乗せ、赤き翼は空に舞う。向かう先が、死だけだとしても。

 

 

 killers of Broken spirit

 

 

 A prayer for peace will dominate the world on the blazing plate.

《かつての平和への祈りは、発火する皿の上で世界を握るだろう》




神の思惑通りにキル姫が利用され、人類が滅ぼされる世界線。この世界線は封鎖ですね。
再生の卵とは、入った存在を人類を滅ぼすための生物へ再生させるための罠といったところでしょう。イウヴァルトが正気のため女神が捧げられることはありませんでしたが、奇しくも彼が愛を抱いた七支刀が犠牲になった、と。
では、次の世界線の記録に移りましょう。新たな契約者と、キル姫と共に……


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第二章 交錯
第肆節 遠くの音


壊滅した集落を見て、行く場所を無くし絶望するイウヴァルト。
そこへ神官長からカイムへ"声"が届き、フリアエ達は彼の元へ向かうことに。

更に集落の探索を続けるカイムは、帝国兵の死体のそばに、ある血文字が刻まれているのを発見する……


「地獄だ……地獄だよ……」

 

 壊滅している集落を目撃したイウヴァルトは、その場に崩れ落ちる。安寧の地などないのだ。

 森に囲まれた集落はドラゴンの身体には狭いため、上空から見下ろしていた。だからこそ違和感を感じる。一方的に襲われ壊滅したのなら、帝国兵の死体があるのはおかしいのだ。

 そもそも橋を渡り森に入ってからはまともに帝国兵とは交戦していない。まだ生き残りがいるのではないかと考える。

 その思考をしていると、ドラゴンとカイムに"声"が届いた。

 

「神官長ヴェルドレから"声"が届いたぞ」

「神官長?」

 

 ギャラルは聞いたことのない単語に首を傾げる。

 

「ああ、知らないんだな。封印を管理する神官の中でも、最上位の者だ。普段はフリアエはその人としか会えないらしい」

 

 イウヴァルトが説明してくれる。ゆっくりと立ち上がりながら空を見上げ、今度はイウヴァルトが疑問を口にする。

 

「しかし、"声"?神官長も契約者なのか?」

 

 そう、"声"を届けられるということは神官長も契約者ということになる。契約者同士でしか出来ないのだから。

 

「ああ。相手のドラゴンは既に石化しておるがな」

「彼は今どこに」

 

 そう質問するのはフリアエだ。この場にいる者で、ヴェルドレと面識があるのは彼女だけだ。

 

「神殿巡礼中で砂漠にいる。異常事態を危惧し、女神の保護を申し出てきた。早急に向かうが良い」

「……すまない、フリアエ。俺ごときではフリアエを守れないな」

 

 中立の場所なら大丈夫だろうと連れてきた挙げ句こと有様な自分と、保護を申し出る神官長を比べてしまい、更に落ち込むイウヴァルト。

 

「あなたの歌に、私は癒やされます」

「君もそういうんだな。けれど、歌なんかじゃ君を守れない。力が欲しい……!」

 

 そう呟くイウヴァルト。カイムとアンヘル、そしてギャラルの戦いぶりを見ていたイウヴァルトは、より力を欲していたのだ。愛するフリアエを、"自分で"守るために。他の誰でもない、元許嫁である自分で。

 ドラゴンの言葉の通り、神官長の元、砂漠へ向かうために一行はまた歩み始める。

 しかし、カイムが動き出さないのに気がついたギャラルは止まり、声をかける。

 

「行かないの?」

「いや、我らはもう少しここを調べる。フリアエのことはお前に任せるようだ」

 

 その言葉が、イウヴァルトとフリアエと一緒にいさせてあげようという気遣いだと理解したギャラルは、ならば自分もここに残った方がいいだろうと考える。

 

「なら、わたくしは」

 

 しかし、それを察しきれていない七支刀が着いていくと口を開こうとする。

 ギャラルは無言で七支刀の袖を引っ張り、イウヴァルト達には聞こえないように話す。

 

「イウヴァルトをフリアエと一緒にいさせてあげて」

「あっ、そうですよね……」

 

 察するとこの出来ない鈍い自分へ、若干の自己嫌悪を見せる。

 

「ギャラル達も残るから、神官長に会いに行って」

「そうですか。我々は女神の護衛をします。カイム様のこと、お任せします」

 

 イウヴァルトとフリアエ、そして連合兵達は神官長へ会うために砂漠へと出発した。

 残ったカイム、レオナール、ギャラル、七支刀、四人で壊滅したエルフの里を探索しているとすぐにそれは見つかった。

 カイムが最初に気が付き、レオナールがキル姫の二人に声をかける。それは死んだ帝国兵の側にある血文字だった。

 

「……天使を語ってはならない。天使を描いてはならない。天使を書いてはならない。天使を彫ってはならない。天使を歌ってはならない。天使の名を呼んではならない」

 

 ギャラルは読み上げながらも、嫌な顔をする。天使と聞いて思い出すのは、かつて自分を利用していた神々の姿。

 これは何なのかとカイムは少しだけ考えて、直ぐに興味が失せた。何か別のものを探そうかと歩き始めるが、棒立ちしたままのレオナールを軽く蹴る。

 

「……視えます。森が……燃えている」

 

 しかし、レオナールはただ立ち尽くしていたのではない。"視"えていたのだ。

 七支刀がカイムの態度の悪さに呆れながらもレオナールに質問をする。

 

「何が視えるのですか?」

「これは……封印されし森?帝国軍が侵攻しているようです」

 

 カイムも興味を持ったのか、レオナールの元へ戻り顔を覗き込む。

 

「……どうしますか?」

 

 レオナールはカイムへ質問をする。しかし、聞くまでもなかった。

 そこに帝国兵がいるのであれば、殺しに行くのみ。二つ返事でそこへ行くことを伝える。

 殺しに行くのはカイムだけだろうが、ギャラルと七支刀も封印を守ることには興味がある。詳しいことは知らないが、封印を守ることに繋がるのだろう。

 

「ギャラルも行くわ。……でも、この人数で行けるかしら?」

「お前は自力で飛べばよかろう」

「……封印の森って、遠いの?」

「我の翼なら遠いとは感じぬな」

 

 ギャラルがカイムへ助けを求めるように視線を向けるが、カイムはどうでも良さそうだ。確かに戦力は多い方がいいが、アンヘルに無理をさせてまで付いてこさせなくとも……

 そこまで考えて、四人乗る方法が頭に浮かぶ。まあ、アンヘルがそれでいいと言うならばだが。

 

『四人乗せるのは、誇り高きドラゴンといえ厳しいものか?』

「……乗せられぬことはない。だが我の背はそこまで広くないぞ」

『いや、それなら何とかなる。帝国軍を滅ぼすためには一人でも多い方がいい』

「血の気の多い奴め。少しは殺すこと以外考えてみればどうだ?」

 

 四人と一匹は封印の森へ向かうことになる。封印を守るためか、帝国と戦うためか。



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レオナールの飢
第1節 封印の森


カイム達はレオナールに導かれ、帝国軍が侵攻しているという封印の森に到着する。

上空には帝国に操られしグリフォンが翼をはばたかせ、ドラゴンを待ち受けていた。


 カイムがした提案は、割と無理のあるものだった。カイムの前にギャラルがすっぽりと収まってはいるものの、四人乗せていることには違いない。

 

「ありがとうね、カイム」

「ここまでして此奴を連れて行こうとは、同情でもしたか?」

 

 カイム自身、その真意には気が付けない。ただ帝国を滅ぼすのに戦力が必要という建前を、建前だと気づいていないから。

 しかしお喋りの時間は長くは続かない。進む先にグリフォンの姿が見え始める。さしずめ空の番人と言ったところか。

 

「すでにここまで侵攻しているのか……封印は無事なのか……?」

 

 アンヘルとて、封印の安否は気になるところだ。人類そのものには微塵も興味ないが、世界が滅ぶともなれば話は違う。

 グリフォンはアンヘルを迎撃すべく、音波を飛ばし攻撃を始める。帝国の兵器群に比べればすばしっこく飛び回るものの、ドラゴンの翼に敵うものではない。

 むしろ心配なのは、無理して四人も乗っているので誰か振り落とされないかという点である。

 

「しっかりと掴まっていろ。死にたくなければな」

 

 アンヘルは翼を羽ばたかせ音波を躱しながらも炎を撃ち込んでいく。所詮は獣の域を出ないモンスター、炎が一発当たるだけで羽は焼け堕ちていく。追撃するまでもない、間違いなく死んでいる。

 

「うるさい鳥どもめ。おぬしらの羽で我を落とせるわけがなかろうに!」

 

 時間稼ぎのためか、本当にアンヘルに勝てると思っているのか、グリフォンの増援が姿を現す。

 しかしアンヘルの言葉通り、グリフォン程度がドラゴンに敵うわけもなく……

 数が多ければ良いというものでもない。強いて言うのなら耳の良いギャラルに取っては非常にうるさく聞こえて仕方ないが、それ以上でもそれ以下でもない。そもそもキル姫でさえそこらの魔獣相手なら無双できるだけの強さがあるのだ。

 しかし、油断して攻撃を喰らえばどうなるかも分からない。時間は少しでも稼がれてしまう。

 

「封印は無事なのでしょうか?」

「無事です!……たぶん」

『はっきりしない男だな』

 

 視えているのかいないのか、いまいち不安な返事をしたレオナールへカイムは不信感を覚える。会った時からいけ好かないやつとは思っていたが、戦力としても不安になってきた。

 

「封印されし森はフェアリーが護っているはずだ……あまり良い噂は聞かぬがな」

「フェアリー……?」

 

 アンヘルの言葉に、三人はレオナールへ視線を向ける。ここにも一匹フェアリーがいるからだ。

 アンヘルがグリフォン部隊を一掃し終わるくらいに、そのフェアリーが口を開く。

 

「ウヒャー!!なんかくせぇー匂いがしてこねーかぁ?!」

「……この臭い、焼かれてるわね」

 

 妖精とギャラルがいち早く、森の焼かれている臭いに気が付いたのだ。これは間違いなく襲われている。

 

「急ぎましょう!封印されし森が襲われているようです!」

『大丈夫か、こいつ?』

 

 無事だと口にして数刻しか経っていないがこのザマである。

 兎にも角にも、封印を守るためにもアンヘルは森へ降りていった。



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第2節 匂い

深き森に到着したカイム達。

普段は妖精が棲む森も、封印を探す帝国兵によって無残にも焼き払われようとしていた。
フェアリーは敵が若い兵士であることを意地悪くレオナールに告げる。


 アンヘルから降りた四人は深き森の中を走っていく。既に帝国軍の手は回っており、焼けた臭いが辺りに漂う。燃える木々を前に妖精が声をあげる。

 

「ワアチャー!俺の森が燃えてるよーん。どうせロクでもない人間が入ったせいだ。人の土地にずかずかと……やなヤツらだぜ!おまけにやな臭い!くせぇ、くせぇー!」

 

 いつもよりむしろ元気に見える妖精に、ギャラルは顔をしかめる。罵倒さえできれば何でもいいのだろうか、俺の森が燃えてるなどと言っておいて。

 

「大変です、すぐに妖精を助けないと……」

 

 封印を守るのも大事だが、妖精も助けるべきだと七支刀は考える。

 しかしギャラルはいまいちその気にはなれない。だいたい目の前をうろちょろ飛んでいる妖精のせいだが。妖精はみんなこんななのだろうか。

 しかし、気分は気分。助けない理由にはならない。皆が幸せになれる世界のために、やらないわけにはいかない。

 

「よっよっ、おまえよっ、木の陰もちゃんと探せよっ。隠れてるヤツが、調子良く生き残ってるかもよっ!フーヒャハハハッ!!」

 

 妖精が調子良くレオナールを煽る。流れを考えれば隠れてる妖精もちゃんと探せということだろうが……何か引っかかる。

 

「……くっ」

 

 レオナールが思い浮かべるのは、焼かれた家と殺された弟達。それを思い出させる光景だと理解した上でレオナールを煽っているのだ。

 

「コレ、ソレ、アレ、ドレ?……フヒャ!おぅ、木の陰だ!裏!ちゃんと見ろよ、レオナールさん!」

 

 レオナールはその場に崩れ落ちる。それを見た七支刀は流石に怒りを覚える。妖精が煽るのはもう口癖のようなものだと半ば諦めてはいたものの、ここまで傷つける言葉を吐く必要があるのだろうか。

 

「どうしてそこまで煽るんですか!?何もそこまで言わなくても」

「何言ってるんだ?オレが煽る?ヒヒッ、そりゃねーよな?」

 

 今度は七支刀の周りを飛びながら煽りの矛先を変える。

 ……そう、言い方はともかく言ってることはおかしくはないのだ。おかしいはず、ないのだ。レオナールが苦しんでいるのは、きっと辛い過去があるからで。

 

「おっとレオナールさん、こんな女に構ってる余裕ないよな?うさんくさい臭いがしてきたぜ、どーよっ?気配はないか? 危なくないか?キャハ!お?怖くて震えてんのか?それとも……?キャハハハハ!」

 

 それとも……?

 そこでギャラルは何か妙な音を聞く。ぎちぎち……と何か張るような音。誰か弓でも構えているのだろうか。

 辺りを警戒しながら、人斬りの断末魔を構える。緑の刀身に、帝国兵の姿は映らない。

 

『敵か?』

「……あれ?」

 

 それ以上の気配を感じない。音は小さかったが近くから鳴っていたような……?

 警戒は残しつつも、剣を降ろす。気の所為だったのだろうか。

 

「こっち!こっち!こっちだよ!」

 

 妖精が指し示すは森の先。苦しみから解放されたのか、あるいは耐えるだけの準備ができたのか、レオナールは立ち上がる。

 ギャラルもまたそちらに視線を向けるが、やはり先程の音は聞こえない。

 

「新米ばかりの部隊か……」

 

 アンヘルも上空から、カイム達の先を見渡す。そこにいるのは帝国軍だが……どうも新米の部隊のようだ。

 

「新米?それって」

「そっ、そっ、ウキャキャ!まだまだケツの青い甘チャンばかりだぜ!」

 

 つまり、子供ばかりの部隊なのだ。七支刀はハッと息を飲む。子供さえ動員する帝国の残酷さに目眩さえ覚えそうになる。

 ギャラルもそれを聞いてあまりいい感じはしないが、カイムは表情一つ変えない。きっとカイムは、相手が敵であるのなら何であれ斬るのだろう。カイムの強さは、そうして得た強さなのだろう。

 

「……駐屯地があるということはこのあたりに捕虜もいるはずです」

 

 小さく咳払いしてからレオナールは声を出す。

 

「もしかすれば逃げようとした子供の兵もいるかもしれませんね。妖精も助けて解決です」

 

 明るい表情を浮かべる七支刀とは反対に、ギャラルは自分でも気づかない内に暗い顔をしていた。

 レオナールは咳払いをして誤魔化していたが、その直前、つばを呑んでいた。緊張からなのか、それとも……

 理由は分からないが、ギャラルにはレオナールの目に昏い明かりが灯っているように見えたのだった。



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第3節 嘆き

封印の森には大量に帝国軍が侵入していた。

封印の破壊を目論む帝国軍は、一刻も早く壊滅させねばならない。だが、新米兵ばかりの部隊を攻撃することにレオナールは抵抗を感じていた。


 カイムはいち早く敵陣に向かって走る。若い兵や少年兵さえ混じっている部隊だが、何の躊躇もなく、鬼を裂くもの、彼の握る剣が振られていく。

 

「カイム!話し合えば彼らだってきっと……」

 

 レオナールはそうカイムに言うが、そもそもカイムは話せない。仮に話せたとて、彼が剣を振る腕を止めるとは考えられないが……

 

「こんな狭いところでは飛べぬ。おぬしらの足で進め」

 

 アンヘルは、狭い森には入れないので空から見守っている。七支刀とレオナール、特にレオナールが戦うことに躊躇していることもよく見える。

 ギャラルも流石に子供を相手することには躊躇を覚えるものの、ここで戦わなければ世界が滅ぼされるかもしれないのだ。全てを救いたい気持ちはあるが、そんなものは幻想だとこの世界に来てから嫌になるほど見せられてきた。

 歯軋りの音を立てながらも覚悟を決め、人斬りの断末魔を振っていく。少年兵の悲鳴がつんざく。

 

『腰抜け共が。死にたいのか?』

「カイム……そんな顔、しないであげて」

『くだらん。敵は敵だろう』

 

 七支刀もまた、戦わないわけにはいかないと剣を取る。幸い少年兵の相手は二人がしてくれているので、それ以外兵となら戦える。七支刀だって、戦わなければならないということを理解できないほど馬鹿ではない。

 しかし、それでもレオナールは戦えない。

 

「フヒャッ!ちょっくら可愛いと、すーぐメロメロねぇ、アンタ」

「駐屯地に新米兵の部隊……カイム!無益な殺生は控えてください!」

 

 はやりギャラルは、そんなレオナールを見て強烈な違和感を抱く。彼が戦えないのはただ子供を殺すことに罪悪感があるからではないような?

 しかも、妖精も妖精だ。メロメロとはどういう罵倒なのか。戦いながらのため思考がうまく纏まらないが、彼が戦わない理由はそこにあるような気がする。

 

「兵士は兵士。敵には違いなかろう!」

 

 しかし、そんなレオナールを見てアンヘルは叱咤する。戦わなければ殺される、戦場というのはそういう場所だと理解しているからだ。

 

「お願い、助けて!!うわあああああ!!」

 

 カイムによって容赦なく斬られた少年兵の断末魔が響く。その言葉を聞くだけでも、ギャラルの感情は揺られる。こんな子供を斬ることを躊躇わされる。

 

「カイム!お願いだ!これ以上は……もう……」

 

 七支刀も少年兵と戦うことはできず逃げてしまったが、しかしここまで戦うことをやめるように言い続けるレオナールが異常なのはなんとなく理解してしまう。

 なぜそこまで止めようとするのか?帝国兵への警戒は残しつつも、七支刀はレオナールの元へ向かう。

 

「子供を相手にすることが辛いのはわかります。しかし、そこまでしてカイムの気を削がなくても……」

「君なら分かるはずだ。あんな子供に剣を向け容赦なく殺していく、そのむごさを。まだ無力な彼らを、ここまでやり込める必要がどこに?」

 

 七支刀なら、カイムを止めてくれるかもしれない……そうレオナールは考え、七支刀を必死に説得しようとする。

 しかしギャラルは、少年兵が彼の言うほど無力な相手とは思えない。しっかり剣を持ち襲いかかってくるし、非力なのを理解しているからこそ不意打ちを狙って攻撃してくる。その厄介さに、カイムとギャラルは背中を合わせて警戒しながら戦い始めたくらいだ。

 

「ざっくり殺しちまえよー、案外やわらかいって聞くぜ。フヒャヒャ!」

「うっ……」

 

 レオナールを焚きつけようとする妖精の言葉を聞いて、七支刀はゾッとする。ただでさえ人を斬る感触さえ慣れないものというのに、子供のそのやわらかい身体を斬る、その瞬間まで連想してしまったのだ。

 

「いやああああああ!」

「おかぁさーん。死にたくないよぅ……」

「た……助けて……」

 

 カイムとギャラルが剣を振るたびに、彼らの悲鳴が上がっていく。まるでこちらの気を削ぐための戦略かのように、次々と悲鳴をあげ倒れていく。

 ギャラルが悲鳴に意識が引っ張られ、一瞬だけ棒立ちになる。本当に一瞬だけだったが、その一瞬を狙い死角から剣を突き刺そうと走ってくる。しかし、カイムが横から彼の腹に剣を突き刺し投げ捨てる。

 

「うわああああ!」

 

 まるでお手本のように悲鳴をあげもがき、絶命する。もう、ギャラルの気は狂いそうになっていた。

 しかし、そんな少年兵相手だろうと淡々と……いや喜々として殺していくカイムは、ある意味救いだった。カイムがいなければ、ギャラルの心は折れ……下手すれば命も落としているだろう。

 

「私には……出来ません。彼らを討つことなど、私には……」

「わたくしも、その覚悟は出来ていません。ですが、何もやめろと言わなくとも……彼らは封印を狙っているのですよ!?」

「ですが相手はまだ新人です。くれぐれも手荒な真似は!」

 

 言い争いになりかけている二人を隙だらけと判断した少年兵が、七支刀の視覚から飛び掛かろうとする。

 それに気が付いたギャラルが人斬りの断末魔を空に掲げると、雷がその少年兵に向かって落とされる。

 

「誰か助けて。僕ら何にも悪くないんだ!」

 

 当たりどころが良かったのか悪かったのか、死ねなかった少年兵は喚き始める。

 今この瞬間、自分達に剣を向け殺そうとしていたのにこの言い草……七支刀の中に、何か黒いものが流れた。レオナールから視線を外し、静かに神器を構える。

 

「待ってください!どうか、殺すのだけは。まだ無力な彼らをそうまでする必要は……!」

 

 レオナールの言葉が、むしろ七支刀の怒りを助長させる。剣を握り殺意を向けている時点で、無力なんかではない。殺されそうになって初めて、それを実感したのだ。

 それでも、せめて楽に死ねるようにと一撃で首を刎ねる。そして、その一撃を振ってから……子供を殺してしまったという、感覚だけが手に残る。

 

「戦争とは……ここまで人の心を狂わせるものなのですね」

『ふん、聖女面したところで中身は変わりはしない』

 

 人を一人殺しただけで、それっぽいことを言い始めた七支刀へカイムが反吐が出る気持ちになる。

 そういう意味では、割り切って戦ってくれているギャラルの方がマシだ。こいつも、善人面して殺しをしていることには違いないが。

 しかしそんな彼ら彼女らの意思とは関係なく、少年兵達は容赦なく攻撃してくる。カイムとギャラルが殺しきれなかった兵が、隙だらけの七支刀とレオナールへ向かい走ってくる。

 

「無理です!私には無理です!やめて!やめてください!!来ないで!!」

 

 目の前で七支刀が一線を超えてしまったが、それでも尚レオナールの意思は変わらない。遂には逃げ出してしまう。

 

「ま、待ってください!……くっ」

 

 殺さなければ殺される。走ってくる少年兵に対して神器を構え直す。

 それに、自分がしない分あの二人に殺させているのだ。自分は殺せないと善人ぶった数だけ、罪を人に押し付けることになる。

 ギャラルとはまた違う覚悟を背に、七支刀も戦いに参加する。



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第4節 規則外の憐憫

レオナールが逃げ出した先で、瀕死の少年兵を発見する。

彼を庇おうとするレオナールの真意はどこに?


 レオナールが逃げた先には、やはり少年兵の死体が幾つか転がっていた。

 

「おいおい、死体をどうするつもりだ?ウヒャ。さらに痛めつけマスかー?」

 

 レオナールが少年兵へ、例え死体だろうと危害を加えることなど出来ないだろうと分かった上での煽り。

 

「弔ってやるのです!」

 

 少し声を荒らげながらも死体の前に膝を付き頭を下げる。当然彼が少年兵の死体へ攻撃することなどない。

 しかし妖精は、まだ息のある者が一人残っていることに気がつく。あのカイムが逃したりはしないだろうし、ギャラルホルンが殺し損ねたのだろうと考え、ニヤけた笑みを浮かべる。

 

「フヒャフヒャフヒャ……そんな悠長なことしてる場合か?聞こえねーのかよー、よー、よー」

「!?」

 

 すぐ近くから、地面を擦る音。僅かな息の音。慌てていて気付けなかったが、一人生きている者がいる!

 

「たす……けて……」

 

 急いで立ち上がり、少年兵の近くへ寄る。この子だけでも助けねばと考え声をかける。

 

「僕……僕、こわい……」

「だいじょうぶだ。もう、だいじょうぶだ」

 

 予想通りの行動を取るレオナールに対して、なお妖精は煽るのをやめない。煽るのをやめたら死んでしまうかのように、口は回り続ける。

 

「おや?おやややや?情けかけちゃってマスかー?敵だぜ?震えてる場合じゃねーんだよっ。よっ!」

 

 しかし、こればかりは妖精の言うことが正しいのだと頭では理解出来てしまう。それでも譲れないのだが。

 

「私の弟と……そっくりなんです。声が……」

 

 そう、死んだ弟……キールフーゲと声がそっくりなのだ。見た目こそ目が見えないので分からないが、少年兵を庇おうとする理由はそれだけで十分だった。

 

 ギャラルはレオナールを探しに来ていた。唯一飛べるのと、声をあてに探せるだろうと考えてだ。

 

「私の弟と……そっくりなんです。声が……」

 

 まるで何かを釈明するような、弱々しい声が聞こえる。レオナールの声に違いない。しかし、そっくりとは……?

 

「何をしてるの!?」

 

 ギャラルがレオナールの元に辿り着いたと思えば、そこには少年兵を庇っているレオナールの姿。気持ちは分かるが、敵は敵だ。レオナールが危ない。

 

「まだほんの子供ではありませんか!」

 

 ギャラルに見つかっても、なお庇おうとするレオナールの横からするりと抜けるように少年兵が立ち上がる。

 

「避けて!」

「!?」

 

 ギャラルの声に驚きながらも、レオナールはその場から転がるように移動する。

 そんなレオナールが先程までいた位置目掛けて、死霊が降りて攻撃を仕掛ける。更にギャラルに向かってもう一体、そして少年兵を守るようにもう一体。

 少年兵が、自分に攻撃を仕掛けてきた。それを理解したレオナールは腰を抜かしながらも、少年兵から距離を取る。

 

「バーカ」

 

 少年兵はレオナールを見下しながら罵倒する。最初から芝居を打っていただけだったのだ。レオナールが甘いことに気が付いた上で。

 

「そんな……」

「フヒャヒャヒャヒャ!バーカ、バーカ。傑作。一等賞!」

 

 そうなることが最初から読めていた妖精も、同じくレオナールを嘲笑う。

 そんな妖精を無視してギャラルは剣を構え直す。剣を掲げ魔法を放ち、悪霊共を塵に還す。そして守りのいなくなった少年兵を、あっさりと斬り殺した。

 弟と似た声をする少年が自分を騙した挙げ句、目の前で斬り殺される。最悪の展開にレオナールは戸惑いを隠せない。

 

「レオナール、あなたここに来てから変よ。何かあるなら素直に言って欲しいわ」

「くっ……それは、言えません。ただ私が愚かなことをしたまで」

 

 レオナールとて、自分が如何に愚かなことをしたのかは分かっている。いや、むしろ分かっているからこそこんな罵倒しか出来ない妖精と共にしている。それが彼なりにできる贖罪の一つだからだ。

 

「あらレオナールさん、素直にギャラルちゃんに言ってしまえばどうです?きっと許してくれるぜー?」

 

 それが決してレオナールの望んでないことだと理解した上で、甘い誘惑をする。

 しかし頭を振って否定する。

 

「これは背負わなければならない罪なのです。ましてや君のような純粋な子に許されるなど」

「どういう意味?ギャラルは立派なレディよ!」

 

 遠回しに子供扱いされたことに少し腹を立てて強く主張するが、重要なのはそこではないと頭を切り替える。

 

「あなたの犯した罪が何なのかは分からないけど、素直に言ってほしい。そうやって腹に抱えたままだといつか破滅するわ」

「……気持ちだけ受け取ります。少し、一人にさせてはもらえませんか?すぐに合流します」

「あまり長くは待てないわ」

 

 妖精も置いて、ギャラル達から見えづらい位置まで移動してしまう。瞑想でもするのだろうかと首を傾げるが、そんなギャラルの思考を邪魔するのはやはり妖精。

 

「しっかしあんたがレディね?お笑いなら世界一を狙えるな!」

「なっ!?こう見てもギャラルはあんたなんかよりも長生きなのよ?」

「長生きしてそれなら、あんた本物のお子様だな!ギャハハハハ!」

 

 ムキになり反論しようとした所で、何か変な音が聞こえた。何かを擦るような……?

 聞き慣れない音に、敵が隠れているのかと一瞬警戒するがそういう気配はない。何よりも音が聞こえるのはレオナールの向かった方向。

 

「……何の音?」

「あんた耳は良かったんだっけな?それで分からねえとかホンモノのお子様だな!こりゃおもしれー!」

「………?」

 

 この音と子供に何の関係があるのだろうかと考えるが、よく分からない。少なくとも妖精は何の音なのか分かっているようだが……教えてもらおうとすればまた馬鹿にされるだろうと口を閉ざす。

 少しするとレオナールが帰ってきた。妙にスッキリした顔に、少し鼻に付く臭いがするが……本当に何をしていたのだろうか?

 

「懲りませんねぇ、アンタ。この先もそんな調子でイキていけるんでしょうかねぇ?」

「……えっと、もういいのよね?」

「ええ、ご迷惑をかけました。ですが、やはり新米の兵と戦うのは」

 

 気持ちに整理は付けてきたものの、やはり剣を向ける覚悟までは出来なかった。

 

「ええ、大丈夫よ。ギャラル達に任せて」

 

 なるべく明るい表情で答える。レオナールに表情は見えないが、声でテンションは伝わってしまうものだ。

 

「……罪は人を生きる道へと導くものでしょうか?」

「よぉよぉ!弟達も浮かばれないよね~」

「……何を言われても仕方ありません。私はそれだけの人間です」

 

 これだけ妖精に言われても反論の一つもしない彼の罪とは何なのか。疑問は抜けないが、まずは封印を守るためにも進まないといけないと気持ちを切り替えるのだった。



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第5節 落穂拾い

己の愚かさゆえに敵に隙を見せてしまったレオナール。
ギャラルホルンは彼の抱える罪を問いただすが、彼は答えない。

更に森の奥に進み、封印を守れ!


 ギャラルホルンがレオナールを探しに行っている間も、カイムは森の奥に進む。七支刀も、少年兵以外を優先しつつも対処する。

 

「二人を置いていくつもりですか!?」

『ここで死ぬような奴らなら、その程度だ』

 

 元々カイムはレオナールのことが嫌いで、ギャラルのことも同行者の一人程度にしか思っていない。戦力になるから連れているだけで、殺されてしまうのならどうでもいい相手だ。

 七支刀の言葉を無視し更に森の奥へ進んでいく。森の奥にあるという封印を守るため……そして、帝国兵を駆逐するため。

 

「カイム、奥に騎馬兵がいる。奴らがここの駐屯地の指揮官のようだ」

 

 空から様子を見ているアンヘルが先の様子を伝える。しかし森が深く観察するので精一杯であり、手助けまでは出来ない。

 同時に、レオナールとギャラルの姿も探す。後方で戦いながら進んでいるのが見える。

 アンヘルが二人の姿を見ながら考える。ギャラルが少年兵を殺しに行けたことは、正直意外だった。本人がまだ子供というのもあるが、世界を平和にしたいと純粋な瞳で語っていたあの少女がそう簡単に割り切れるものだろうか。七支刀にしても、自衛のためとは言え手を掛けたのだ。

 戦うことこそがキル姫の本能であり、だからこそ殺せたのではないか……?と、アンヘルの結論はそこで纏まった。

 そんなアンヘルのことはつゆ知らず、カイムは容赦なく敵兵を殺していく。身体を真っ二つに斬り裂き、首を刎ね、脳天に突き刺す。恐ろしいまでの戦いぶりに七支刀は戦慄する。

 しかし、そんなカイムの快進撃を止めるべく騎馬兵が三体やってくる。カイムの持つ剣や通常の大きさの七支刀よりも断然長い槍を、馬による速い突進で突き刺そうとしてくる。

 二人共騎馬兵の攻撃を大きく動いて躱すが、反撃しようにもすぐに距離を取られてしまう。

 カイムは鬼を裂くものに込められた魔法を唱え、追尾弾を飛ばすが距離を取られ盾で的確に防がれる。

 七支刀も神器を巨大化させ迎撃しようとするが、どうしても振りが遅くなってしまい騎馬兵の攻撃に間に合わない。

 

「ギャラルホルン様とレオナール様なら、遠距離攻撃が得意です!」

『いや、馬を狙えば……』

 

 下手に騎馬兵そのものを狙おうとするから駄目なのだ。攻撃が来る時に、馬へカウンターを取り落馬させてやればいい。

 そう考え、次に来るであろう騎馬兵に向かって構える。しかしその対策を読んだのか、交互に二体の騎馬兵がカイムに向かって走ってくる。下手にカウンターを狙えばどちらかの攻撃を食らいかねないと考え、諦めて回避に徹する。

 七支刀はまともに攻撃出来ないだろうと読まれたのか、そちらには一体しか来ない。呪術で足止めでも出来ればよいのだが、狙われている状況では唱えることが出来ない。

 どうするべきかと次の一手を考えていると、カイム達の後方から魔力弾が通り過ぎる。騎馬兵の一体を狙い飛来するが、それを防ごうと盾を構える。しかし、触れた瞬間に巨大な爆発が起き呑まれていく。爆風が収まったときには、塵一つ残ってはいなかった。

 突然の攻撃に、残りの騎馬兵も動揺する。その隙を逃すカイムではなかった。一体の騎馬兵の側まで潜り込み、馬の身体を斬りつける。激しい痛みに暴走した馬から落とされた騎馬兵へ、追撃しようとする。

 カイムを止めるべくもう一体の騎馬兵が走り出すが、突然馬の足が止まり勢いよく落馬する。七支刀が呪術を唱えたのだ。

 馬から落ちてしまえばもはや脅威ではない。二人の騎馬兵にトドメを刺す。

 そんなカイム達の元へギャラルとレオナールが現れた。

 

「ごめん、待たせた?」

「いえ、先程の攻撃は助かりました」

 

 騎馬兵に向かって飛んできた魔力弾は、ギャラルの攻撃だった。これまでに何度か見たのでカイムも七支刀も驚かず対処できたのだ。

 

「私のせいで要らぬ戦いを……申し訳ありません」

 

 自分のせいで二人に苦戦を強いてしまったことを理解し、レオナールは謝罪する。

 カイムはどうでも良さげだし、七支刀は顔を上げてくださいと慰める。真逆の反応をする二人にギャラルは苦笑いをする。

 

「身の程を知らぬ情けをかけるのは人間の悪い癖だな」

 

 少年兵を助けようとして、逆に襲われたレオナールを見ていたアンヘルの言葉である。

 

「とにかく、先に進みましょう。封印を守るために!」

 

 暗い雰囲気を少しでも変えようと七支刀が声を上げるが、作ろうとした明るい雰囲気をぶち壊すのは妖精だ。

 

「フヒャヒャッ。俺だったら、この先には行かないね!バーカ」

「どういう意味?」

「オマエラは行きたいんだろ?行けば分かるさ、フヒャヒャッ」

 

 妖精の態度は気になるが、一行は森の奥へと進んでいく。



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第6節 ドラゴンの休息

森の最深部には封印を守る妖精の長がた。

その口から吐き出される汚れた言葉から、カイム達は砂漠に居る女神フリアエ達の危機を知る。


「どうもすみません!」

 

 森の最深部に辿り着いたカイム達。そこでレオナールは改めて頭を下げ謝罪した。

 

「なぜいらぬ情けをかける!?」

 

 アンヘルが改めてレオナールに問う。今までも帝国兵を散々殺してきたのだ、今になってこうも戦うことを拒むのは異常にしか見えない。

 例え相手が子供で戦いにくいとしても、戦うなとまで声をかけるのはやはりどうかしているとしか思えない。

 

「それは……」

 

 その理由を話そうとして、口ごもる。言えるはずがないのだ。

 

「言えねーよなあ!フヒャ。いつだって本当のコトは言えねーんだよなあ!ひ・み・つ!……プッ。フヒャヒャハアッハ!」

 

 そんなレオナールの様子を見て調子良く妖精は嘲笑う。妖精は知っているのだ。その理由と、それを話せないであろうレオナールの性格を。

 

「出来ることならここで死にたい……」

「ちょっと!?そこまで無理しなくていいわ。カイムもアンヘルも、ね?」

 

 レオナールの話せない罪とは、新米の兵を相手に出来ない理由とは、そこまで重いものなのだろうか。

 ギャラルは少し戸惑いながらも、カイム達を説得しようとする。同時に、レオナールへも言葉をかける。

 

「罪があるのでしょう?生きていなければ償えないわ」

「そうだよなー?アナタ、死ねなかったからここにいるんだよねー?」

 

 そんなギャラルの言葉をも利用し妖精は楽しくレオナールを煽る。しかし、その言葉は間違いなく事実だ。

 

「……やだなあ。俺といっしょに生きてくれるって約束したじゃないですか、お兄さん。俺、もうひとりじゃ生きられない身体なんですよ。契約ね、契約。ギャラルちゃんの言う通り生きて贖罪しましょ?フヒャヒャヒャ。おねがーいしマッス」

 

 散々煽るに煽った挙げ句、何かに気が付いた妖精は離れて飛んでいってしまう。森の奥から現れた一際強い光……妖精だ。

 

「おぬし、まさか……?」

 

 レオナールと契約している妖精とは比にならないほど強い力と光、そしてしわがれた爺さんの様な外見。少なくともこの場にいる中で一番妖精に詳しいであろうアンヘルが、その正体を察する。

 

「いえ、特に名乗るほどの者では……ただ私は臭くて野蛮なあんた達にこれ以上この森にいてほしくないだけでして。ほぉっほ。こりゃ失敬。いちおう長としてはね、言うべきことを言わないと」

 

 いきなり飛び出してきた罵倒に一行は驚かされつつも、彼が長だと言ったことは聞き逃さない。

 七支刀は、妖精が自分ならこの先には行かないと言ったこと、そして今逃げ出したことからしてこの長を嫌っているのだろうと察する。煽るのは好きでも煽られるのは耐えきれないのだろう。

 

「待って、あなたが長なの?」

 

 ギャラルは驚きながらも妖精の長に質問する。精々あの妖精と同等の口の悪さかと思い込んでいたため、初対面でド直球に全員への悪口を飛ばしてきたことに面食らったのだ。

 

「燃えた木は元に戻らないんですよねえ?人間ひとり死んだってロクな肥料にならんが、木は森を作る骨組みでしてね、はい」

「確かに森は大切かもしれないけど、その言い方は!」

「おやあんたら小娘がキル姫ってやつですかい、小さすぎて気づきませんでしたな。人間の命が大切って言うなら、その人間をバサバサ斬り殺してるのは何か考えがあってのことですかな?異世界から来たやつの考えは理解できませんな……」

 

 ギャラルと七支刀が最も気にしていたことを、確実に突いてくる。二人は何も反論出来ずに固まってしまう。

 

「脅すならよそをあたれ。付き合ってられぬわ!」

 

 見かねたアンヘルがフォローに入る。いや、フォローとか関係なしに明らかに脅しに来ている言い方が気に食わないというのもあるが。これだから妖精は嫌いなのだ。

 

「ほおっほ。脅すなんてそんな!とんだ邪推ってもんですなあ。ドラゴンさまほど位が高いと、さぞかし複雑なことをお考えのようで……人間とじゃれ合うのもひとつの作戦なのか?と。下等なものにやられるのも興のひとつか?と……」

「失せよ!」

 

 口を開けば汚い言葉が飛び出す妖精の長に、アンヘルの怒りは頂点に達した。しかしその様子を見ても妖精の長は態度を変えない。

 

「ほおほっほっほ。こりゃ失敬。図星はイタイもんですからね。へっへっへ。それはそうと砂漠は暑いですねえ………死体の腐りも早いでしょうなあ」

「砂漠?砂漠がどうかしたの?」

 

 突然、明らかに話の流れをぶった斬って切り替えた妖精の長に困惑しながらも、何とか正気を取り戻したギャラルが質問をする。

 確かにみんなを幸せにしたいと考えながら殺しをしている、最大の矛盾は考えるべきことだが、この妖精の前でしてもしょうがない。それよりもその疑問を解決するほうが大切だと考えたのだ。……それが現実逃避になっていることには気が付かず。

 

「おっと、こりゃ口が滑った。いや、言えませんよ。神官長一行が間抜けヅラ並べてあっさり襲われた、なんてねえ。あんたらのお仲間の無事も定かじゃない。いい気味だ!なんてねえ」

 

 相変わらず煽るのは止まらないが、かなり重要なことを口にしていた。妖精の長とて世界が滅ぼされるのはたまったものではないのだろう。

 

「カイム!砂漠へ急げ!」

「森の封印は?」

「これほど口が回るのならここの封印は平気だろう。何よりも女神は最終封印ぞ、そちらの方が大切だ」

 

 アンヘルと合流するため、森から出るために歩きだすカイム達の後ろで、それでもまだ汚い口は塞がらない。

 

「森で散々暴れてくれた黒いキル姫が何の身支度もせずに砂漠に向かったから今頃野垂れ死んでるだろうよ、ざまあない、なんて言える訳ないじゃないですか」

「黒いキル姫……?」

 

 ギャラルと七支刀は、その言葉を聞いて黒いキル姫を連想するが……いまいちパッとしない。ギャラルは、同じく終焉と共にしていたキル姫二人なら黒いキル姫と形容されてもおかしくないと考えるが、別に私服は黒い訳でもない。

 ただ少なくとも仲間がいるかもしれないという可能性に、ギャラルと七支刀はお互いの顔を合わせて小さく頷く。

 

「みんな死ねばいいのに……なんてそんなとてもとてもめっそうもなくて、言えませんってばあ。へっへっへっへ。ほおほっほっほ!」

 

 ギャラル以外もう聞こえない距離まで離れているのに、まだ罵倒をやめない妖精の長を背に森から脱出するのであった。



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第三章 邂逅
第九節 不穏な"声"


カイムたちの努力も空しく、度重なる攻撃により砂漠の神殿の封印は破壊されてしまった。失意の中でカイムたちはフリアエの許へと戻る。
そして、戦場で見つけたイウヴァルトのハープをフリアエに差し出した。その意味するところは……

そんな時、奇妙な”声”が彼らのもとに届く。


 アンヘルに乗ったカイムたちは、フリアエたちが野営している場へと合流する。

 アンヘルから降りた三人の元へ、ヴェルドレが歩いてくる。

 

「やれやれ。女神に何と説明すればよいものか……」

 

 アンヘルやカイムの"声"により、神殿の封印が破壊されたことやイウヴァルトのハープが見つかったことを知っているヴェルドレだが、カイム達が戻ってくるまではと考えフリアエには伝えていなかった。

 それだけではなく、フリアエを狙い帝国軍の襲撃もあったためようやく落ち着けている状況だという。七支刀の奮闘により幸い死者までは出なかったものの、負傷している兵も多い。

 

「カイム様、無事で何よりです」

「七支刀さんが守ってくれました。この隊に死者はいません」

 

 カイムたちを見かけた連合兵も何人かこちらに来て、現状の報告をする。

 カイムは最低限話を聞くと、フリアエの元へと歩いていく。

 

「ギャラルホルン様、封印は……」

 

 残ったギャラルのところに、七支刀がやってくる。傷らしい傷はないものの、表情からも疲弊していることが伝わってくる。しかし、疲弊した表情をしているのはギャラルも同じであり、七支刀も察してしまう。

 

「ギャラル、七支刀、あなたたちは十分戦ってくれました。異界の者でありながらも、命を賭して封印を守ろうとしてくれたことを感謝します」

 

 せめてもの慰めになるだろうか、ヴェルドレは二人へと謝辞を述べる。ヴェルドレとて神官長という立場にありながらも封印を守ることに失敗している、それに比べたら守る義務も義理もないはずなのに必死になって戦ってくれる二人には感謝しかないのだ。

 

 フリアエは、やってくるカイムの姿を見つける。しかし、イウヴァルトが帰ってきていないことにも気がつく。

 

「よくぞご無事で。……イウヴァルトは?」

 

 カイムはその答えの代わりに、イウヴァルトのハープを見せる。

 

「これは、ハープ!?」

「砂漠の真ん中に落ちておった」

 

 アンヘルの言葉を聞いたフリアエは、その場に膝から崩れ落ちる。幼い頃からの友人であり、元許嫁でもあるイウヴァルトが死んでしまったかもしれないというショックには耐えれなかったのだろうか。

 フリアエの様子に気がついたヴェルドレは慌ててカイムとフリアエの元にやってくる。

 

「女神!?砂漠の神殿が破られたゆえ、あなたへの負荷がだいぶ重くなったのでは?」

 

 ただショックを受けたわけではない。封印の負荷を受け持っていた神殿の一つが破られ、今まで以上に辛くなっている状況での悲報だ。カイムもフリアエを支えるように手を差し出す。

 また、ヴェルドレの後を追うようにやってきたギャラルと七支刀も、崩れ落ちたフリアエの姿を見る。

 

「平気です。私なら……平気です……それよりも、イウヴァルトが……」

 

 か細いフリアエの声を聞き、本当に平気だと思う者はいないだろう。

 何とか立ち上がるフリアエだが、ギャラルは改めて砂漠の神殿の防衛に失敗したことの重さを見せつけられる。世界の危機というのもあるが、あれだけ辛そうにしているフリアエを見てカイムも内心穏やかではないだろう。

 そんな中、ヴェルドレが新たな"声"を拾った。

 

「カイム、聞こえぬか?」

 

 ヴェルドレの問いに、カイムは耳を澄ませる。ギャラルもまた聞こうとするが何も聞こえない。どうやら"声"のようだと察する。

 

「かぼそく、しかも少々クセのある"声"だ。聞き取れなくても無理はないが……」

「……おぬしら。この"声"の持ち主と関わるつもりか?」

 

 しかしアンヘルはその"声"を危険だと感じた。関わるだけ碌なことにならないという気配が……

 

「放っておくと危険かもしれません。無視は出来ないでしょう」

「そうね、助けに行けるならギャラルも行くわ。それに、契約者なら戦力になるかもしれない」

「ヴェルドレよ、自分の力を知っての発言か?……足手まといほど網に掛かりやすいものよ」

 

 呆れながらもアンヘルは答える。救いに行くだけ無駄だと考えるが、どうやらカイム以外は乗り気だと見て分かってしまう。唯一乗り気ではないカイムも、帝国兵がいるとなれば喜んで殺しに行こうとするだろうし止めても無駄だと察する。

 

「……発信源、わかりませんか?」

「……砂漠にある帝国軍の牢屋だ」

 

 女神の護衛役は七支刀からレオナールに代わり、カイム、ギャラル、七支刀、そして言い出しっぺのヴェルドレも乗せ四人がアンヘルと共に砂漠へと飛び立つのであった。



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第十節 牢獄

力のある者の精神波でもある"声"。
だが、今回の”声”は今までと違う怪しい兆紋があるようだ。

その未来を暗示するかのように、帝国軍によって呼び寄せられた亡霊たちが暗黒の空に集いはじめていた。


 また四人乗りになっているため、ギャラルはカイムの前にちょこんと座っている。

 つまり、カイムとアンヘルによる殺戮を見れる特等席でもある。夜の砂漠に浮かぶ、帝国軍兵器の数々に、アンヘルは炎を撃ち込んでいく。

 

「カイム、おぬしは殺戮によってのみ癒されるらしいな……」

 

 ギャラルも、カイムが戦いを求めていることは見ていて理解していた。戦いのさなか、ずっと楽しげに笑みを浮かべているのだから察せざるを得ない。

 ただ、それがカイムの強さでもあるのだろう。少なくとも矛盾を抱え、悩みながら戦っている自分よりかは間違いなく強い。しかし同時に脆さを感じる。戦いが終わったカイムに残るものは……?

 

「仮にも女神の兄ならば、もう少し行動に気をつけるべきかと……」

「その女神の兄に頼っておいて、よく言えるわね?」

 

 ヴェルドレの不躾な言葉にギャラルは怒りを露わにする。確かにカイムの行動は度を過ぎるものだとはわかる。しかしまともに戦場に立つことさえ出来ないヴェルドレがそれを非難する権利はない。

 

「ほう?そやつの殺戮を肯定するのか?」

「それは違うわ。でも……こんな酷い戦いの中では、人は狂うものだと思うの」

『俺が狂っているだと?敵を殺すことの何がおかしい?復讐の何がおかしい?』

 

 カイムをギャラルの言い草に腹を立てて、頬を摘んで抗議する。口に出したいものの、この少女には"声"は届かない。

 

「ご、ごめんなさい。狂ってるは言いすぎたわ。……はは、やっぱりカイムの考えてること、分からないや」

『分かる訳ないだろう。俺とお前は他人だ』

「ギャラルは貴方に寄り添おうとしているのです。何もそこまで突き放さなくとも」

「ヴェルドレ様はお静かに。話がややこしくなります」

 

 カイムの"声"に反応してヴェルドレがまた喋りだすが、そもそもこの話の始まりでもあり、その上で余計なことしか言わなそうな彼に七支刀が釘を刺す。

 ヴェルドレという男、悪い人ではないのだが……決して善い人ではない。

 

「ギャラルね、カイムの強さが羨ましいの。ギャラルは何もできなかったから……」

『……』

「ねえ、カイムはこんなギャラルのこと、嫌い?」

 

 振り返り問うてきたギャラルの顔は、今にも泣きそうになっていた。カイムに浮ぶのは疑問だ。なぜその程度のことをそんなうじうじと気にするのか、それも泣きそうになってしまうほどに。

 カイムが一つ言えるのは、ギャラルは自分で言うほど弱くもなければ無価値でもないということだ。少なくとも戦力としての価値はある。だからこうして連れてきている。

 ……いちいちうるさいことは、好きではないが。

 

「ギャラルよ、おまえは自分で考えているほど弱くもなければ無価値でもない。……カイムはそう思っているようだぞ?」

「え……?」

 

 アンヘルからのまさかの言葉。カイムという人間を見ている限り、自分のことなどどうでもいいと思っているだろうと、ギャラルは勝手に思い込んでいた。

 ただ、そうフォローしてくれる程度には自分のことも見てくれていて……

 

「ありがとう、カイム!」

 

 そう笑顔で感謝を告げるギャラルの顔は、まるで大輪の花が咲いたかのような眩しさで……

 カイムは、目を逸らす。

 

「わたくしはどうですか?戦力としてお役に立てているでしょうか」

 

 七支刀は、カイムのその考えがあくまで戦力としては価値のあるものだというものだと判断した。ギャラルは気がついてないが、そちらの解釈が正解である。

 

「こうして我の背中に詰めてまで連れてきているのだ。足手まといなら置いていくであろうよ」

 

 七支刀はホッと一息をつく。ギャラルとはまた別の理由で、自分が役に立てているのかは気になっていた。昔は言葉だけで何も行動を起こせない、臆病者だったから。せめてキル姫として戦うくらいは出来なければいる意味がないのだ。

 

 話しながらもアンヘルは帝国軍の兵器を一掃していた。この程度、片手間で十分ということだ。

 しかし、暗黒の空へ亡霊が集まってくる。まるで死神のように鎌を持ち、ぼろぼろの黒いマントに身を包んだような姿をしている。

 

「これは……亡霊?帝国軍は亡霊さえ使役しているというのか?」

 

 ヴェルドレが戦慄しながら声を上げる。

 

「カイムよ、悪しき魂を払ってはもらえぬか」

「言わなくとも、この男は全滅させるつもりぞ」

 

 空での戦いは、お互い射撃を繰り返す戦いになることが多かった。しかし亡霊は積極的に距離を詰め、鎌で直接斬りかかってくる。

 ギャラルは神器を取り出し迎撃の準備をする。幸い亡霊の数は多くないのだが、流石のアンヘルも複数の方向から迫られたら迎撃しきれるかも分からない。

 ……そう考えたが、ギャラルの考えは甘かった。

 鎌で直接斬りかかり、あるいは鎌を投げ狙ってくる亡霊共。その攻撃の瞬間を狙い大魔法が放たれる。アンヘルから放たれた幾つもの炎が次々と亡霊を焼き消滅させていく。

 敵を片付け終わったアンヘルは再び口を開く。

 

「この"声"の細さ、振り幅……正常な者ではあるまい」

 

 ギャラルは神器をしまいながらも、アンヘルに質問する。"声"が聞こえない以上、よく分からないからだ。

 

「妖精よりも?」

 

 レオナールの妖精だ。今まで会ってきた中で正常じゃない者といえばアレだろう。帝国兵達もそうだが、あれらは契約者でもないし比べるものではないだろう。

 

「アレはアレで正常よ、その程度のものではない。それでも助け行くか……?同情による救助か?それとも尋常ならざる者の手すら必要としているのか?」

「この先に帝国軍の捕虜収容所がある。"声"はそこから聞こえてくるようだ」

 

 アンヘルの質問には答えず、ヴェルドレは捕虜収容所を指す。

 アンヘルがそこまで警告する人物。好奇心と恐怖が半々のまま捕虜収容所へ向かっていくのだった。



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第十一節 叫び

数時間前 捕虜収容所

一人のキル姫が捕虜収容所内に侵入していた。彼女はとある光景を目撃する。


 少女は巡回している帝国兵の様子を覗っていた。

 

「何度聞いても薄気味悪いな……あの声は」

 

 とある牢屋の前で立ち止まり、二人の帝国兵が会話を始めた。

 

「そうか?聞きようによっちゃ、興奮するぜ」

「はっ!おまえは女ならなんでもいいのか?あんなエルフでも気になるのか?病気だな」

 

 彼らが会話している中、牢屋の中から薄気味悪い甲高い笑い声が響いている。少なくとも、正気の人間が出せる笑い声ではない。

 しかし、帝国兵も戦闘中出ない時は普通に振る舞えるんだな……と興味を持ちながら見ていた。戦闘中の帝国兵はまるで機械のように統率を取るのだが、常にそうというわけではないらしい。

 

「あいつの目を見たことがあるだろ?笑ってても死んでる目……恐ろしいよ!」

「……気の毒なヤツなんだぜ。いっそ家族といっしょに殺されときゃ、幸せだったのにな」

 

 甲高い笑い声はいつまで経ってもやまない。帝国兵の一人がやれやれといった様子で、止めに行こうとする。なんならやれやれと口にまでした。

 

「……やれやれ。おとなしくさせてくるか」

「気をつけろ。やられんぞ!」

「だいじょうぶだ。おれたちはヤツの好みじゃないだろ?」

 

 機械的な統率を取り、連合軍に対して圧倒的に有利に戦況を進めてきた帝国兵でさえも危険と考えるエルフ。響く笑い声からして正気でないのは誰でも分かるだろうが、"好みじゃない"という言葉が引っかかる。まだ下手に動かないほうがいいだろう。

 二人が歩き出そうとした直後、爆発音と振動が響いた。これは……

 

「連合軍の攻撃だ!ヤツら……」

 

 彼らがそう言い切る前に爆発に飲み込まれていく。幸い少し離れた所で様子を見ていた少女は巻き込まれることはなかったが、当然そこらの牢屋も破壊されてしまう。

 ……つまり、先程の帝国兵達が話していた危険人物が解放された、ということ。

 放置するのも危険だと思い、牢屋の方へ向かってみる。炎の中を越えて探してみれば、両手両足をキツく縛られたエルフの女性が倒れている。

 そんなエルフの女性の前に、二つの光が飛んでくる。赤と青の光が回りながら飛来し、"声"をかけた。

 

『死ぬにはまだ早いぞ』

 

 "声"に反応したエルフの女性は、何とか身体を持ち上げ二つの光を見る。

 慌てて隠れ直した少女は、その二つの光の正体を"精霊"だと判断した。実際にこの目で見たのは初めてだが、そういうものがいるという話は聞いている。

 

『そうだ……我々と来い……』

 

 精霊が行おうとしているのは"契約"だ。人間にとって契約は、圧倒的な力を得るというメリットがある。しかし、契約相手にとっての契約する理由とは何か……?

 少女はその理由も聞いていた。それは、人間の心の闇に"惹かれる"……例えるなら恋のようなものだ。厳密には違うが、簡単に理解するならそういうものと思ったほうがいいだろう。

 つまり、契約相手にとって契約は損得勘定で行うものではない。この精霊たちも惹かれたのだ、エルフの女性……アリオーシュの持つ深い闇に。



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第十二節 解放

ヴェルドレの要請により上空からカイムは”声”の発信源と見られる帝国の牢獄を捜索する。

その先には炎と水の精霊と契約した声の主が居た。
そしてその出会いは、また新たな不幸を産む。


「牢獄……人間同士、何を捕らえ合うというのか?無為なことよ」

 

 漆黒の空に羽ばたくワイバーンの、その翼を炎で焼き落としつつもアンヘルは語る。

 

「確かに、帝国は何故捕らえるのでしょう?あれほど残酷なことをしながら……」

 

 七支刀もまた疑問を口にする。容赦なく連合兵が殺され、エルフの里も荒らされ、妖精の森も焼かれてしまう。そんな無慈悲な進行を続ける帝国軍にとって、捕虜を取る意味があるのだろうか。

 

「帝国の者とて人の子。カイムとは違い皆殺しにとは考えてはいないのだろう」

 

 先程の会話のことをまだ根に持っているが、余計な一言を加えながらヴェルドレが答える。何というか、ヴェルドレらしい答えだ。

 七支刀は博愛主義者であり一途に世界の平和を願っているものの、馬鹿でもなければ盲目的でもない。ヴェルドレほど楽観的な考えはしていなかった。だからこそ、帝国軍の奇妙な動きに疑問を覚える。

 

『どうせ敵だ。これから殺す相手のことを考えても仕方ないだろう』

「……どうか、無用な殺生はやめていただけますかな?」

 

 嫌味の一つを言われようが相変わらずのカイムの"声"に、ヴェルドレは不機嫌そうに言葉を返す。

 ギャラルと七支刀でも、どのようなやり取りが行われたのかはなんとなく想像が付く。二人とも態度がわかりやすい。

 背中の上で喧嘩が起きそうになっていることにやや呆れつつも、アンヘルはワイバーンを片手間に倒していく。劣等種のワイバーンなど、レッドドラゴンたるアンヘルの敵ではない。

 上空で片付けをしているアンヘルと、仲の悪い二人の契約者にか細い"声"が届く。探しに来た契約者のものだろう。

 

『死んだ……死んだ……皆死んだ……』

 

 まるで死者の嘆きのような、生気の感じない"声"。間違いなく正気ではない。

 そんな"声"の持ち主を探したいが、ワイバーンを援護するように帝国軍の兵器も浮上してくる。別にアンヘルの敵ではないが、流石に数は多い。

 

「"声"はこのあたりからするのだが……これでは敵が多くて探せぬな」

 

 ギャラルが神器を取り出す。ドヤ顔をしながら。……残念ながら誰にも見えてないが。

 先程援護しようとした直後に、不要なのを見せつけられて少しだけ気を損ねていたのだが、今度は活躍できそうだと思ったのだ。だからこそのドヤ顔。

 

「援護した方がいいかしら?」

「早く探しに行くのならその方がいいだろうな。任せるぞ」

 

 あくまで援護してほしいとは言わないアンヘルのプライドの高さに苦笑いしつつも、神器をかき鳴らす。アンヘルに追従するように扉が現れ、獣がその顔を扉から現す。

 アンヘルが迫るワイバーンを相手してくれているので、狙うは遠くの帝国軍兵器。まだ密集しているので、中心のものに撃ち込めばまとめて撃破できそうだ。

 ただアンヘルも敵の攻撃を躱すために激しく飛び回っているため、狙いをつけるのが難しい。神器を用いた必殺の一撃を狙っているのだから、消費する魔力も大きいし一撃で決めたいところ。

 アンヘルがぐるりと旋回し、ワイバーン達から距離を取る。ワイバーンの翼ではアンヘルに追いつけない。ある程度距離を取れたことを確認してからもう一度旋回。今度は兵器に向かって真っ直ぐ飛翔した。

 

「今ぞ!」

 

 ギャラルが狙いをつけられてないことを察したアンヘルが、狙いやすいように動いてくれたのだ。そのチャンスを逃さず獣に魔力弾を撃ち込ませる。

 兵器が撃ち出す弾も飲み込みながら迫り、炸裂。爆発に呑まれ兵器群は破壊されていく。

 

「人は皆神の子。争いなど……」

 

 凄まじい戦いに、心を痛める神官長……

 そんな雰囲気だが、実際のところはどうだろうか。この場にいる三人は、彼と同行していてあまりいい印象は持っていない。

 

「神が善良とは限らないわ」

 

 それこそ神々に利用され捨てられたギャラルが、否定の言葉を口にする。

 

「そなたの世界の神と、我々の世界の神は違うでしょう」

「それでもよ。会ったことでもあるの?」

「……いえ。しかしこの世界の神は絶対にして唯一のもの。悪しきものが世界を創るとは思えません」

 

 ラグナロク大陸……いや、ユグドラシルの存在するあの世界において、神は複数いる。特にギャラルの言う神々とは現在の世界、ラグナロク大陸には存在していないが、それとは別に神話の神々がいるという噂は聞いている。

 そんな世界とは違い、この世界の神は唯一の絶対神である。お互いの神のイメージが違うのはこれが原因であろう。

 

「絶対にして唯一……」

 

 いまいち想像がつかないギャラルは首を傾げる。七支刀もまた後ろで考えているが、根本から違うのだろうと考えを諦める。

 

「人間は神話を都合よく考える。何を持って善い悪いと言うのだろうな」

 

 この場において明確に人間ではないアンヘルが、また難しいことを言い始める。キル姫も元は人間だし考え方は人間に近いが、ドラゴンともなれば考え方が違うようだ。

 そう話している間にも、ワイバーンは全て片付いていた。

 

「このあたりの地上から"声"が聞こえるな……そろそろ向かうとするか」

「牢獄には囚われた味方もおるはずだ。助けてやってくれ」

 

 あえて助けない理由もない。ただ、助けに行くのではなく救けてやってくれというヴェルドレに、どこか他人事のような冷たさを感じる。

 

「"声"のする方へ降りるぞ。用心しろ!」

 

 それは、帝国兵の襲撃を警戒してだろうか。それとも"声"の主を警戒してか……

 アンヘルの忠告と共に、地上へと降りていく。



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第十三節 黒のキル姫

"声"を追って進むカイム達。砂漠での戦いの中で、新たなキル姫がカイム達の前に現れる。
ギャラルはその顔を知っていたが、あまりにも違う様子に困惑する。


「"声"がますます不安定になっている!急がねば……」

 

 ヴェルドレが聞き取っている限り、"声"はどんどん不安定なものになっていく。命の危機が迫っているのかもしれないと、焦り気味の様子。

 

「わたくしがヴェルドレ様の護衛を。二人は……」

 

 七支刀が言い切る前に、カイムは走り出す。こうなるだろうと思いヴェルドレの護衛を選んだ。ギャラルならお願いすればやってくれるかもしれないが、すばしっこく飛び回れるという長所を護衛では活かしきれないと考えた。

 ヴェルドレ自身の封印術と七支刀の呪術の組み合わせもあり、この二人で行動するのが安定だろう。

 

「分かったわ。……カイムは先に行ってしまったし、案内頼むわね。神官長様?」

「言われなくとも」

 

 カイムはいつも通り、帝国兵の攻撃をいなしつつも斬り殺していく。ギャラルも神器を装備し、魔弾でカイムを遠くから狙う弓兵を攻撃する。

 その後を追う形で七支刀とヴェルドレも付いていく。

 

『……光?……見えた』

「…『光』?……何を言おうとしているのだ?この"声"は」

 

 いまいち意味を理解できない言葉を発する"声"に、ヴェルドレは疑問の声を上げるが答えるものはいない。

 キル姫二人はそもそも聞こえていないし、カイムは殺すのに夢中だ。アンヘルもわざわざその疑問に答える理由などない。

 

「光……爆発でもあったのでしょうか?」

 

 聞こえないなりに七支刀は想像してみる。戦場で見る光など限られるからだ。

 

「だとすれば、あの者にやはり危険が迫っているのかもしれません。早く助けに行かねば」

 

 ヴェルドレは急かすものの、それで帝国兵が退く訳でもない。カイムとギャラルの頑張り次第である。

 二人の猛攻により帝国兵は確実に数が減るが、新たな兵が姿を現す。赤い鎧の重装兵だ。砂漠の神殿でも苦戦させられた相手。ギャラルは人斬りの断末魔に持ち替えカイムの元へ飛ぶ。

 今回現れた重装兵の武器はハンマーだ。カイムの頭を砕くべく振るってくるがなんなく躱し、反撃をする。しかし盾に防がれてしまう。それでも押し切ろうと力を込めるが、膠着しているカイムの背後から狙われる。

 その背後の敵を狙いギャラルが剣を振るう。空から降りながらの一撃は重く、重装兵をよろめかせる。その間にカイムは目の前の重装兵の盾を弾き飛ばし、返す刃で首を刎ね飛ばす。やはり重装兵を殺すなら狙うべきはそこだ。

 ギャラルも再び飛んで距離を取り、もう一度今攻撃をした重装兵を狙う。逆にギャラルが攻撃する瞬間を狙おうとしている重装兵に向かいカイムは走りハンマーを弾き飛ばす。よろめいた隙に剣を首元へ突き刺す。ギャラルもまた一人にトドメを刺す。

 一度は苦戦させられた相手だが、うまく連携すれば何てことはなさそうだ。

 躊躇なく殺していく二人にまるで恐怖するように、ヴェルドレはまた口を開く。

 

「カイム、心が暴れたら神を持ちなさい。こんな時代だからこそ、信仰は尊いのだ」

「……そんなに神を信じるのね?」

 

 呆れた様子でギャラルが返す。どうやらこの男、意地でも信仰を捨てないらしい。

 

「神とは……何も実在するものでなくていい。ただ心に標を示すもの。信仰とは偶像崇拝から生まれたものよ。神が身近にいたであろう君には難しいかもしれないがな」

「……」

 

 あくまでも神を否定しようとするギャラルへと、ヴェルドレは"神"を説く。

 確かに彼の言う通り、ギャラルは偶像という神を崇拝するということがいまいち理解は出来ていない。信じるものはあっても信仰とはほど遠いものだった。

 カイムとギャラルは再び別の帝国兵へ攻撃を仕掛けに離れる。しかしその隙を狙っていたかのように重装兵がヴェルドレへ攻撃を仕掛ける。

 七支刀が咄嗟に神器で防ぐが、更にもう一人ヴェルドレを攻撃しようとする。ヴェルドレは大慌てで術を唱えるが、赤い鎧の相手では効果も期待できないだろう。

 ギャラルも音で気が付き戻ろうとするが間に合わない。もはやこれまでかとヴェルドレは目を瞑り祈る。

 

 ……攻撃が来ない。代わりに激しい衝突音。目を開けば誰かが重装兵を横から突き飛ばしていた。更に倒れ込んだその重装兵へ容赦なく槍を突き刺す。

 七支刀もハンマーを弾き返し、神器を巨大化させ鎧ごと重装兵を叩き斬る。

 ヴェルドレの窮地を救ったのは、ギャラルくらいの少女だった。知識がなくても理解するだろう、キル姫だと……

 

「……あなた、ロンギヌスよね?」

 

 その顔を見たギャラルは、思い当たる名前を言う。そんなに親しい訳ではないが、かつてギャラル達が世界を終焉させようとした戦いでは擬彩(インテグラル)キラーズの一人として戦っていた筈だ。

 しかし、そのキル姫は半目で睨み返してくる。呆れた様子でため息を吐き、口を開く。

 

「噂の契約者とキル姫も、この程度ですか」

 

 そのキル姫の鋭い眼光と冷たい態度に、空気が静まりかえる。

 

「……それと、私のことはエンヴィと呼んでください。契約者の元へ案内します」

 

 エンヴィと名乗るキル姫は、赤黒く禍々しい槍を重装兵から引き抜く。格好も全体的に黒いので、妖精の長が言っていたキル姫が彼女のことだろうとは察する。

 

「エンヴィ……また奇妙な名だな」

 

 キル姫の名は、そのキル姫の持つキラーズのもの……ということはギャラルから聞いているが、エンヴィとは嫉妬を意味する言葉。そんなキラーズ……伝承に残るような武具があるのだろうか?とアンヘルが上空で考えているが、他の面子は気が付かない。

 そもそもギャラルと七支刀に至ってはエンヴィという言葉の意味にも気がついていない。

 

「ね、ねえ?ロンギヌスよね?」

 

 何度もいうが、ギャラルはロンギヌスと親しい仲だった訳ではない。……が、それでもこんな性格ではなかったと記憶している。慈愛がどうとか説いてたような気がするし、何というか真逆の性格のようにも見える。

 そんな困惑を顔にしながらも、もう一回尋ねる。さっきは無視されたので。

 

「……確かにそうですが、エンヴィと呼んでもらったほうが助かります」

「その方がいいならそう呼ぶけど……」

 

 エンヴィというのは愛称だろうか?普通にロンギヌスと呼ばれていたような……?

 

 そんなギャラル達を無視して、カイムは一人暴れていた。アンヘルを通して見知らぬキル姫が現れたことは知っているが、戦力になるならそれ以上でもそれ以下でもない。

 見える範囲の敵兵を片付けたカイムは、一旦エンヴィの元へ向かう。

 

『居場所を知っているなら早く案内しろ』

「えっと……?」

 

 何も言わずに詰め寄るカイムにエンヴィは困惑した表情を浮かべる。そもそも突然現れた挙げ句、今にも首根っこを掴まれそうな気迫で迫られても何も分からない。

 

「この人はカイム。エンヴィの言ってた噂の契約者はこっちのことだと思うわよ?それで、カイムは契約の都合で喋れなくって……多分早く案内しろって言いたいのよね?」

 

 と、ギャラルが全部説明した。エンヴィも、噂の契約者が随分としわがれた爺さんだな……?と思っていたので納得する。

 エンヴィが向かう先には、隠されるように小道があった。確かに"声"もこの先からするとカイム達も納得する。一応帝国軍の罠かと疑っていたが、その心配はなさそうだ。

 

「この先は帝国軍の牢獄があるはずです。"声"もそちらでしょう」

「はい。ただ、先程連合軍の襲撃があったばかりなので警戒は強まっています」

 

 忠告するエンヴィだが、むしろカイムは笑みを浮かべる。それだけ帝国兵を殺せるということだからだ。

 エンヴィは変な人だなと思っているが、顔に出ていたのかギャラルに気にしないでと言われる。エンヴィからすれば、ギャラルも七支刀も見たことのないキル姫なので疑問の対象なのだが……まあ時間はあるだろうと今は黙っておく。

 

 小道を抜け牢獄が見えてくると、その手前の広場に帝国兵が大量にいるのが見えてくる。

 カイムは武器を堕天使の槍へと持ち替える。エンヴィを意識してだろうか、単純にそちらの方が戦いやすいと踏んだのか。

 カイムとエンヴィが迷わず広場へと走り出し、それを追いかけるようにギャラルが飛ぶ。七支刀は奇襲を警戒しながらヴェルドレの元へ残る。

 残ったヴェルドレへ語るように、アンヘルは呟いた。

 

「血と祈りは表裏一体であることに、なぜ人間は気づかぬのだ?」

 

 それはそこにいる七支刀も含めての発言だろうか。しかしあくまでも独り言。答えるものはない。

 迷わず走り出したカイムとエンヴィを狙い弓兵がボウガンを放とうとするが、それより早くギャラルが神器で攻撃を仕掛ける。獣が扉から顔を出し、弓兵を狙い強力な魔力で潰していく。

 魔法の効かない重装兵を倒すために二人は走り、エンヴィが懐に飛び込み槍で腹を貫く。カイムは重装兵を飛び越えながら頭部を狙い貫く。

 喜々として、或いは淡々と帝国兵は処理されていく。ここまで来て、初めて敵を殺すことに嫌悪感を覚えない相手に会いカイムは少しだけ満足気だ。

 

 三人の連携であっという間に帝国兵は全滅した。後は中に突入するだけ……という所で、あっとエンヴィは一つ思い出し質問する。

 

「そういえば、あなた達の名前を聞いていませんでした」

 

 エンヴィの乱入が突然だったのと、その後のカイムの行動もあり確かに聞いていなかった。

 

「私はギャラルホルン。ギャラルって呼んで」

「わたくしは七支刀です。初めましてですね」

「私はヴェルドレ。神官長を務めております。先程は助けていただきありがとうございます」

 

 有耶無耶になっていた謝辞をヴェルドレは述べ、深く頭を下げる。

 

「我は名乗らぬぞ。人間に語る名など……」

「そう言わないでよ、アンヘル。仲良くしましょ?」

 

 勝手に名前を教えられ、アンヘルはそっぽを向く。こんなことなら二人に名前を教えるでなかったと後悔する。……なぜかは分からないが、この二人相手ならいいかという気持ちになったのだ。

 

「ありがとうございます。……それと、私はここで待っています」

 

 エンヴィは契約者となった女性の、先程の光景を見ている。あまり積極的に会いに行こうという気にはならない。

 一緒に行けばいいのにと思いつつ、ギャラル達は牢獄に踏み込んでいった。



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第十四節 生き延びたアリオーシュ

エンヴィに案内された牢獄で、一人の契約者と会う。
その名はアリオーシュ。帝国に家族を殺された哀れなエルフだった。


 エンヴィを外に残し、カイム達は牢獄に侵入する。既に襲撃があった後なのか、牢獄の中は燃え盛っていた。

 

「この炎の中では長く持たぬ。二手に分かれて探しましょう」

 

 ヴェルドレの提案に三人は素直に従い分かれる。カイムとヴェルドレ、ギャラルと七支刀のペアで牢獄をくまなく探す。

 すると、カイムのペアが先に"声"の主に辿り着いた。破壊された牢獄の中に立つのはエルフの女性。そしてその背後に、炎のような二つの光が浮かんでいる。精霊だろう。

 

「そなた……契約者か?名はなんと?」

 

 ヴェルドレがその女性に話しかけると、虚ろな目をしたまま女性は返事をした。

 

「アリオーシュ」

「おぉ……子宮をなくされたか?」

 

 神官長であり、契約者でもあるヴェルドレは彼女の代償をいち早く理解した。かなり失礼なことを言っているが、気づいてか気づかぬか素直に言ってしまうのが彼らしいというかなんというか。

 しかしそんなことは微塵も気にしていないアリオーシュは、カイムへと質問を投げる。会話しているヴェルドレではなく、黙っているカイムへと。

 

「ねぇ?どこかに子供はいないかしら?」

「心配せんでも、優先的に保護されておる」

 

 なぜ自分ではなくカイムに話しかけたのか?という疑問はあるものの、ヴェルドレは答える。あえて答えない理由もないからだ。

 しかしカイムは悪寒を感じていた。会う前から感じていた調子のおかしい"声"、露骨に嫌そうな顔をして残ると言っていた先程のキル姫、そして……まるで空洞を覗くかのような虚ろさをしつつも、獰猛な獣のような瞳。

 アンヘルが言っていた通り、まともな者ではないのは分かっていたが、ここまでとはカイムも想像していなかった。

 

「ふぅん……いないの?残念。かわいいのに……」

 

 今度はヴェルドレの方に寄りながらアリオーシュは応える。それはまるで獲物を品定めしているようだ。

 微妙に噛み合ってない会話にヴェルドレは眉をひそめる。ヴェルドレもまた、何か本能的な危機感を感じ始めていた。

 そこにギャラルと七支刀が合流した。会話を聞いてギャラルも遅れて駆けつけたのだ。

 

「その人が例の"声"の人?」

「他の牢も見て回りましたが、既に解放されているようです」

 

 ギャラルの質問と、七支刀の報告。それぞれの声に反応したアリオーシュの瞳がそちらに向く。

 落胆の表情が笑みへと変わり、笑顔のまま言った。

 

「いるじゃない、子供」

「えっ……?」

 

 ギャラルが固まる。別に子供呼ばわりされたことに怒った訳ではない。ただ……アリオーシュと目が合ったからだ。獲物を見つけた、歓喜に満ち溢れた獰猛で残酷な瞳と。

 直後、アリオーシュは走り出す。突然の出来事に誰も動けない。ギャラルを押し倒し組み伏せ、口を開き歯を見せ、首元へ齧り付こうと……

 いち早く理解が追いついたカイムが後ろからアリオーシュを掴み立ち上がらせる。七支刀も驚きは拭えないながらもカイムと一緒になりアリオーシュを抑える。

 

『エルフ、控えよ!』

「ク・アボル・レヴェ・ヴォーレーセレ・ヴェーイーレー ク・アボル・レヴェ・ヴォーレーセレ・ヴェーイーレー」

 

 突然の暴行にアンヘルが吠え、ヴェルドレも呪文を唱え始める。呪文が唱え終わり、はっ!と声を上げるとアリオーシュの体が光に包まれ膝をつく。

 

「な、何なの……?」

 

 驚きと恐怖から立ち直りきれていないギャラルが、上半身だけ起き上がらせつつも震えた瞳で声を絞り出す。

 子供だと言われたのは分かる。……ただ、何をしようとした?もしかしなくても、食べようと……?

 

「とりあえず"鍵"をかけました。だが、いつまたタカが外れるかわかりません。周りの人間、および彼女自身のためにも、私が連れてゆきます」

 

 ヴェルドレが咄嗟にかけた封印。今この場でアリオーシュに出来る対処はこれしかなかった。

 

『……それが人間の優しさか?』

 

 アリオーシュがどうであれ、他者の心を封じる術をかけ制御に置くことが優しさなのか?とアンヘルは嘲笑っていた。

 

 ……アリオーシュを連れて出てきたカイム達を見たエンヴィは、完全にドン引きしていたのだった。



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第九章 鎮魂
第四節 眠り


再生の繭によるフリアエの復活、奇跡を願ったイウヴァルトはブラックドラゴンに乗り帝都を飛翔する。
しかし、奇跡など起こらないと否定するアンヘルと共にカイムとギャラルが追撃し、遂にブラックドラゴンとイウヴァルトを墜とす。

かつての親友は、フリアエと共に眠りにつく。


 イウヴァルトの落ちた先へとアンヘルは降りる。カイムとギャラルはその背から降り、イウヴァルトの前へ向かう。

 残った力を振り絞り、眠るフリアエの元へおぼつかない足取りで向かう。辿り着くと同時に膝を付き、必死に言葉を紡ぐ。

 

「カイム……お願いだ。俺をフリアエと一緒に……逝かしてくれ。頼……む」

 

 死を察した、イウヴァルトの最期の願い。かつての親友の願いへと、カイムは静かに頷く。

 安堵したイウヴァルトは、そのままフリアエの隣へと倒れ込む。結局、最後までカイムには勝てなかったなと、思うが……もはや、そんなこともどうでもいい。

 

「あぁ……しあわせだ……」

 

 ただ、愛する人と眠れる幸せに身を包まれながら、イウヴァルトの意識は沈んでいった。

 

 彼の最期を見届けた二人。ギャラルはちらりとカイムの顔を見たあと、アンヘルに声をかけようとする。

 

「ねえ、これからどうするの?アンヘ……ル……!?」

 

 ギャラルと振り向くと、そこにいたのは黒いドラゴンだった。ブラックドラゴンは先程倒した筈で、契約者のイウヴァルトも死んだ。なのに……!?と混乱しながらも、反射的に剣を抜く。

 

「落ち着け、我だ」

「……アンヘル、何だよね?」

 

 アンヘルの声で冷静さを何とか取り戻すが、もうレッドドラゴンとは言えないであろうその姿に困惑するばかりだ。

 しかも、よく見れば頭部だけは白くなっている。まるで頭骨が剥き出しになっているような不気味さ。カイムもまたそのアンヘルの姿に、不安そうな表情を見せる。

 

「安心しろ、深化しただけだ」

 

 深化とは……こうも姿が変わるものだろうか?ギャラルはもちろん、カイムも決してドラゴンの生態に詳しい訳ではない。そういうことだと納得する。

 そこへ、足音が聞こえてくる。二人分だろうか、走っている音。ドラゴンがいるのに襲いかかってきた、無謀な亜人でもいるのかと剣を構えるが、やってきたのはエンヴィとレオナールの二人だった。

 エンヴィはアンヘルの姿を一瞥してから二人に声をかける。姿が見えないレオナールはともかく、エンヴィもそこまで驚いてないようだった。

 

「無事でしたか?女神は……」

 

 イウヴァルトのせいで見えづらかったが、よく見ればフリアエも倒れている。帝都中の様子で察してはいたが、やはり封印は破壊されたようだ。

 

「二人……と、ドラゴンは祭壇へ向かってください」

「祭壇?……あの建物のことよね」

 

 いつもより積極的に見えるエンヴィに違和感を覚えつつも、とりあえず分からないことを確認する。

 

「はい。きっと、そこに司教が」

「貴様らは付いて来ぬのか?」

「アリオーシュと、彼女を追いかけた七支刀と逸れてしまいました。彼女達も探さねばなりません」

 

 こんな状況だろうと、あいも変わらずアリオーシュは制御不能で、しかもヴェルドレもこの状況に怯えまともに使い物にならなくなったせいで七支刀が奔走していた。

 エンヴィとレオナールも、元々は二人を探して行動していた。アンヘルの降りてきた姿が見えたので一旦合流しただけである。

 

「そうか。ならば我らは先に向かっているぞ。来るのならばな」

「……?」

 

 アンヘルの意味深な言い方に、一同首を傾げる。どうやら誰も分かっていない様子だ。そんな様子を見ながら、鼻で笑う。アンヘルが何を見て何を理解しているのか……カイムにさえ伝わってこない。

 

「……いよいよか」

 

 司教との決着。全ての終わり。先を見据えたアンヘルが、小さく声を漏らした。

 

 

 同刻。祭壇

 

 司教マナは祭壇にいた。一際大きな再生の卵の前に、機嫌を良くしていた。だから……余計なことを、口にしてしまったのだろう。

 

「もうすぐ。もうすぐ……ドラゴン……神の使い……私のしもべ達よ……」

 

 神殿の中に待機しているドラゴン達へ声をかけながら、そちらに歩いていく。

 しかし、私のしもべ、というのは如何なものか。確かにマナは神の力を分けてもらっている。しかし所詮は人間の子供、誇り高きドラゴン種にとって屈辱的な発言だったに違いない。

 迂闊にもドラゴン達へ近づいていっているマナに、激怒したドラゴンが声を荒げ口を開く。

 

「ひぃっ!お母さーーん!」

 

 突然に訪れた命の危機。もう神にとって用済みになったマナに、ドラゴンから身を守る手段など残されていない。

 尻もちを付き、距離を取ることさえできなくなったマナへ、一体のドラゴンが歩み寄る。そして……無惨にも、捕食されるのであった。

 世界を滅ぼそうとした天使の教会の司教、その最期はあまりにも呆気なかったのである。



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第五節 神の遣い

祭壇に進むカイム達へ、アンヘルは突然の終わり告げる。それは悲しき戦いの始まり。
七支刀達へ合流するエンヴィ。彼女は突然の始まりを告げる。それは虚しい戦いの始まり。

全ては神の掌の上にあることを、カイム達はまだ知らない。


 アンヘルと共に神殿内部へと突入するカイムとギャラル。祭壇まで辿り着くものの、いやに静かだった。

 床に残された血の跡を見て、アンヘルは司教の末路を悟る。

 

「……ヤツは我が同胞に食い殺されたようだな。卵を前にしたドラゴンに、人間の司教ごときの洗脳は効かぬ」

 

 祭壇には再生の卵が一つ。ベッドを押し潰す形でそこにあった。

 

「我らドラゴンの存在意義を人間は思いもつかないだろう」

 

 突然のアンヘルの言葉に、カイムもギャラルも困惑する。ドラゴンの存在意義……それが今、何に関係するというのだろうか。

 

「アンヘル、それはどういう……?」

「赤子は水浴びを喜ぶ。……いつまでもさせてやりたい。しかし、季節は変わるのだ」

 

 ギャラルの言葉を無視し、アンヘルは言葉を紡ぎ続ける。いまいち要領を得ない言葉の数々……ギャラルの中にはただ嫌な予感だけが膨れ上がっていく。

 その嫌な予感は、直後に現実へと変わる。

 

「カイム……我らの契約はここに終了する」

 

 契約が終了。次々と叩きつけられる言葉にカイムは飲み込むのが遅れ、驚きアンヘルの方へ振り向く。もちろん驚いたのはギャラルも同じ。

 

「………!!」

「何で!?どうしたのよ、アンヘル……」

「我らの戦い……それは道理を越えた場所にいるお方の摂理によるもの。もはや心臓など関係無いのだ」

 

 カイムはあまりのショックに、ふらふらとアンヘルから距離を取る。ギャラルもまた衝撃から立ち直ることは出来ていないが、"道理を越えた場所にいるお方"というものがなんのか、察してしまう。……神だ。

 

「カイムよ……おぬしは深く生きすぎた。ここまで来たからには我は本能によっておぬしを殺さねばならぬ。人類を守ろうとするギャラル、おまえもだ」

 

 カイムは苦悶の表情を浮かべる。これまで共に戦ってきた最強の戦友に告げられた現実。アンヘルと戦わないといけない。

 しかし、カイムは全てを理解する。カイムは今ここで、アンヘルと戦わないといけない。全てを諦め受け入れ、覚悟と共に剣をアンヘルへ向ける。

 ギャラルもまた、そんなカイムの様子を見て覚悟を決めなければならないということを実感させられる。アンヘルは本気だ、もう何と言おうが戦いは避けられない。静かに剣を抜き構える。

 

「許せ!」

 

 誰も望まない、悲しき戦いが始まろうとしていた。

 

 

 同刻。エンヴィとレオナールは七支刀を発見する。近くで亜人相手に暴れているアリオーシュも。

 

「申し訳ありません!わたくしではアリオーシュ様を止めることが出来ず……」

 

 頭を下げ謝罪する七支刀と、奇声を上げ剣を振るい続けるアリオーシュ。異様な光景である。

 アレを止めることなど誰にもできないと、エンヴィは察していた。完全に心が壊れてしまっている。世界が滅ぶか救われるか……どう転んだところで、死ぬまで狂気をまき散らすだろう。

 まあ、救われることはないだろうなと思ってはいるが。

 

「私が止めてきます。七支刀とエンヴィ、貴方がたはカイム達の援護へ」

 

 次なる獲物を求め走り去るアリオーシュと、それを追いかけるレオナール。残されたキル姫二人の視線が交差する。

 七支刀がカイムの所在を尋ねようとすると、エンヴィが先に口を開く。

 

「ブラックキラーズに課せられた使命、誰にも話していませんでしたよね」

「……聞いてないですが、それがどうかされましたか?」

 

 突然の独白。理解が追いつかない七支刀を置いて、エンヴィは勝手に喋り続ける。

 

「私の背負った大罪は嫉妬です。あなたを見て思っていました、純粋に平和を願えるその心が、その想いに縛り付けられて力を振るい切れないその余裕が、妬ましいと」

 

 明らかに敵意に満ちた視線。いつも半目だし暗い顔をしているものの、今はそういう気配ではない。

 エンヴィは槍を構え直しながら、尚も想いを語る口は止まらない。これまでずっと我慢してきたと言わんばかりに、感情の枷が外れたかのように。

 

「ラグナロク大陸は平和そうでいいですよね。自分との殺し合いもない、キル姫が人間の道具ではない。そういう環境にいたことも妬ましい。ましてや……神の道具ではない!」

 

 七支刀へ距離を詰め、黒葬槍を突き出す。怒りとか憎しみとか、ドス黒い感情がごちゃ混ぜになった一撃を、咄嗟に神器で防ぐ。

 

「いいですよね、神器も使えて。ああ妬ましい……!」

「やめてください、エンヴィ様!どうして!?」

 

 ここまで共に戦ってきた戦友の、突然の独白と裏切り。七支刀には到底理解できるものではなかった。だからこそその理由を聞く。でなければ……

 

「聞こえませんでしたか?私は神の道具です。人類と人類に味方するキル姫は、全て私が殺します」

「……!?」

 

 槍を受け止める腕が限界で、僅かに横へ力を逃す。槍は神器の上を滑りながら逸れていき、エンヴィは体制を崩すがすぐに立て直し振り向く。

 

「……本当にあなたのそういうところが妬ましくて、嫌いです!」

「どうして……!」

 

 エンヴィの殺意は間違いなく本物で。もう何を口にしたところでエンヴィは止まらないことを、七支刀でも察してしまう。

 七支刀の望まない、虚しい戦いが始まろうとしていた。



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第六節 罪業

神に従う道具へ成り下がったエンヴィと七支刀の戦いが始まる。
しかしその真意は違うところにあった。全てはエンヴィの感情のままに。


 七支刀とエンヴィはお互いに距離を取り直す。七支刀は迷わず神器を解放し巨大化させる。そのままではリーチの長さで不利になる。

 しかしこれはこれで、七支刀の攻撃が少し遅くなる。エンヴィの素早く鋭い攻撃に耐えきれるのだろうか。

 

「やめてください!あなたは神の道具などではありません!」

「本当に妬ましいです、その純粋さは。けれどそんな貴方への嫉妬が私を強くさせる」

 

 エンヴィがいつ仕掛けてきてもいいように、七支刀は神器を構えたまま様子を見る。

 七支刀というのは本来、剣として使われたものではない。主に儀式などに使われたり、或いはこれそのものが権力の象徴としてある。そんなキラーズに適合している七支刀と、相手はロンギヌス。聖人のわき腹を突いたとされるその聖槍のキラーズを持つ彼女は強大な力を持っている。

 お互い全力でぶつかればどうなるか、結果は見えている。"少なくとも七支刀は"そう思っている。

 

「わたくしは貴方と戦いたくありません。帝国の者と違い貴方は正気でしょう?」

「……正気でないなら、殺すのですね?」

「っ!?」

 

 それは、この世界に来てからずっと抱えていた大きな矛盾。人々を救いたい、幸せにしたいと思いつつその人々を殺してしまっている事実。あれこれ理由を付けて逃避していたが、エンヴィはその事実を見抜いていた。

 だからこそ、動揺した隙にエンヴィは一瞬で距離を詰め、頭部を狙い一閃。それでも七支刀は咄嗟の判断で身体を後ろに逸しつつ、槍が触れる前に神器で防ぐ。

 しかし、防がれたと理解すると同時に槍を引きもう一度距離を離される。これでは反撃が出来ない。

 いっそ神器の力を完全に解放すればと一瞬だけ考えるが、それをさせてくれるだけの時間を稼ぐ手段がないし、仮に出来たとしてエンヴィを殺してしまうだろう。どうすればいいと頭を悩ませるが、そんな猶予を与えまいとエンヴィはもう一度接近してくる。

 エンヴィの攻撃に合わせてカウンターをするしかないと振ろうとするが、彼女の攻撃は七支刀ではなく地面を突き刺した。直後に血飛沫が舞うかのように赤黒い何かが地面から吹き出し、七支刀の視界を妨害する。

 神器を全力で振り視界を取り戻すが、そこには誰の姿もない。どこに消えたのかと回りを見渡すが、どこにもいない。しかし直感で空を見上げると、近くの建物の上で力を溜めている姿が。

 

「どうすれば……」

 

 悩む七支刀だが、自然と力を神器へと注いでいた。力を解放された神器は激しく回転を始めエネルギーを纏う。しかし力を貯め終わるのはエンヴィの方が早かった。

 見開かれた目は赤く輝き、真っ赤なエネルギーを纏った槍と共に七支刀目掛けて落下してくる。神器の完全解放が間に合わない。中途半端でも迎撃しないとやられると考え今貯めた分だけのエネルギーを解放。落下してくるエンヴィを風で押し返そうとするがそれでも止まらない。しかし軌道が僅かに逸れ七支刀の目の前に槍が突き刺さった。

 ほっとしたのも束の間、黒葬槍に込められたエネルギーは全て地面へと注がれ、大爆発を起こした。黒い花が咲くようにエンヴィを中心に散る。ほとんど直撃したようなもので、七支刀はまともに防げず遠くへ吹き飛ばされる。

 

「これで、終わりです」

 

 エンヴィは一度槍を引き抜くと、もう一度地面へと突き刺した。地面が凍り、それは七支刀へと迫っていく。立ち上がり逃げようとするが間に合わない、巨大な氷が七支刀を包み氷塊へと変えてしまう。

 完全に無防備になった七支刀へトドメを刺すべくエンヴィは走り、もう一度全力で槍を振り絞る。

 ……しかし、トドメにはならなかった。氷が割れる瞬間に七支刀は構え直し、槍を受け止めたのだ。まさか防がれると思ってなかったエンヴィは思いっきりよろけてしまい、そこへ七支刀が一閃。戦いは、終わった。

 

 エンヴィは最初から勝てるとは思っていなかった。ブラックキラーズである彼女は、悪魔の血によってとてつもない力を得ている。しかし、それは同じ"イミテーション"相手ならの話だ。

 無数に分裂したキル姫の一つでしかないエンヴィと、完全に融合した七支刀で、しかも神器も得ている。勝てるはずがないのだ。

 戦いの苦手な七支刀相手なら勝てるかもしれないと考えはしたものの、予想通り……七支刀は戦うことを選んだ。戦うために作られた兵器らしい答えを選んだのだ。

 神器によって身体を真っ二つにされながらも、エンヴィは嘲笑っていた。

 

「殺し、ましたね?私を……」

「………」

 

 先程の一撃は、無我夢中での一撃だった。ほとんど無意識だったと言っても間違いはない。しかし、斬ってしまったのだ、同じキル姫であるエンヴィを。

 

「相手が正気でも、振りました……ね?」

 

 七支刀は神器をその手から落とす。神器を握っていたその手は、血塗れになっていて……

 いや、そうじゃない。今まで散々見て見ぬふりをしてきただけで、ずっと血にまみれていたのだ。ずっと、ずっと。

 

「あ……ああ……!」

 

 もう一度エンヴィを見てみれば、もうその瞳に光はなかった。殺したのだ、話が通じるはずの相手を。

 逃げることは出来ない。何をどう取り繕うが、七支刀は人殺しなのだ。

 力なくその場へと崩れ落ちる。今までずっと現実逃避していてツケが回ってきたのだ。エンヴィはそれを狙い自分を殺させたのだが、失意の底にある七支刀がそれを察することなど出来はしない。

 

 断頭台に立たされても、刃が振り落とされることはないだろう。人殺しのキル姫に、神は償いの機会など与えることはないだろう。



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第七節 夜空の下で

人類抹殺を本能に組み込まれたドラゴンとカイム達の戦闘が始まる。
たとえそれが望まぬ戦いだとしても。


「カイムよ。生きたいのなら……まず我を倒せ!」

 

 カイムは鉄塊を構え、アンヘルに向かい走り出す。ギャラルもまた人斬りの断末魔を構え、少し躊躇ってから飛んでアンヘルへ向かう。

 

「心臓は元通りだ。我とおぬし、もはや他人よ……」

 

 別れを惜しむような声で語るアンヘルに、二人の心は痛む。しかし戦うしかないのだ。それしか道は残されていない。

 契約の切れたカイムは、今までと感覚が違う。それでも鉄塊を持ったまま走る。

 しかし二人がアンヘルへ辿り着く前に、魔法を唱えられる。雷が放たれ二人を妨害する。ギャラルは難なく避けたが、カイムは鉄塊で防ぐのが精一杯だった。

 動けなかったカイムを狙い、アンヘルは走り出す。これだけの体格差、ただ体当たりされるだけでもカイムにとって致命傷になるだろう。ギャラルは咄嗟にカイムの方へ方向転換し、轢かれる前に引っ張って助ける。

 避けられたアンヘルは小さく飛んで向き直し、またカイム達に相対する。しかし祭壇はそれなりに広いとはいえ閉所に違いない。少し飛んだ後にまた着地する。

 ギャラルは神器へと持ち替え、カイムが接近する前に魔法で妨害されないように、牽制の為の攻撃を仕掛ける。その攻撃は翼で払われてしまうが、その間にカイムは懐へ潜り込み一閃。しかし表面に浅く傷が付くだけで、致命傷にはならない。

 アンヘルは距離を取るために再び飛び上がり、更に炎でギャラルを撃ち落とそうとする。しかしその炎を掻い潜り、右翼を狙い剣で突き刺す。そのまま翼の上を走り大きく傷を残す。

 翼への強烈な痛みにアンヘルはバランスを崩し、床へと叩きつけられる。そこにカイムが追撃しようとするが、左翼の先にある爪を叩きつけ迎撃される。その一撃は何とか鉄塊で受け止めるが、更に全身を回転させ鞭のようにしなる尻尾でカイムを叩く。

 攻撃をもろに食らってしまい、カイムは大きく吹き飛ばされ壁に激突してしまう。

 

「カイム!」

 

 今は契約者でないカイムにとって致命傷の筈だ。そちらへと視線を動かしたギャラルだったが、その隙を逃さず火球が飛んでくる。

 ギャラルもまたそれを避けることが出来ず直撃。ドラゴンの吐く炎だ、普通の人間なら一撃で焼かれ死んでもおかしくない威力。幸いキル姫は生身の人間よりかは耐久力があるので即死まではしなかったが、全身を焼く熱さに耐えられず飛行の制御が出来ずに落ちる。必死になって炎を振り払うが、そこを狙いアンヘルが爪を叩き付ける。

 全力で転がり、直撃だけは避けたがそれでも浅い傷は残る。しかも、当然ながら痛い。

 それでも歯を食いしばり、何とかカイムの元まで翔ぶ。これまで共に戦ってきたドラゴンの強さを感じながら、どうすればいいのか考える。長期戦は分が悪いし、何とか短期決戦を仕掛けたいが……

 

「カイム、大丈夫?」

 

 倒れているカイムへと声をかけると、カイムはゆっくりと立ち上がる。まだ戦えるようだが、やはり傷は浅くはない。

 二人共かなりのダメージを負っている。このままでは体力が尽きて殺されるだけだろう。ならば……

 

「ギャラルが全力の攻撃を仕掛けるわ。……お願いしていい?」

 

 カイムは無言で頷き、鉄塊を構え直す。

 ギャラルは神器を鳴らし演奏する。ギャラルホルンの持つ終焉の力のすべてを引き出し、最大の一撃をぶつける。祭壇の中で反響する笛の音は、まるで世界の終わりを告げるようだった。

 アンヘルは何をしようとしているのかを理解し、雷で妨害しようとする。しかしカイムがギャラルを狙う攻撃を的確に防いでいく。

 ギャラルの背後へ扉が現れ、黒いドラゴンの頭が扉の内から姿を現す。それはギャラル今まで会った中の、最強の存在のイメージ。つまり、アンヘル。それが本物のアンヘルと相対する。

 空気が震えるほどの魔力を溜め込み、最強の一撃を繰り出そうとする。もはや妨害するのは不可能と判断したアンヘルは、翼で自身の身体を覆う。

 ……演奏が終わる。それが合図となるように、ドラゴンの化身からすべての魔力が解き放たれ、ドラゴンがブレスを吐くかのように収束された魔力がアンヘルを襲う。爆発の衝撃で祭壇の壁や天井が吹き飛び、赤い空が顔を出す。

 煙が立ち込みお互いの姿は見えなくなる。しかし、それを払うようにアンヘルは翼を開いた。……翼は焼け、もはや飛ぶことなど出来ないであろう姿にはなっているものの、攻撃を凌ぎきったのだ。

 しかし、翼を開いたアンヘルが目にしたのは、弾丸のように飛んでくるカイムの姿だった。

 

「我が名はカイム!」

「あぁ、カイム……」

 

 先程の攻撃はあくまで布石であり、本命ではなかった。爆発がアンヘルを襲っている間に、全力の攻撃をするためにギャラルがカイムを投げていたのだ。

 カイムの凛々しい名乗りと共に、アンヘルはすべてを受け入れた。開かれた翼は、まるでカイムを受け入れるために開かれたようで……

 一閃。今度こそ、その刃はアンヘルの身体を裂く。それは心臓まで届く。

 

「これで……よかったのだ。そうだ、カイム……よくやっ……た」

 

 アンヘルは崩れ落ちる。最強の戦友との、最悪にして最大の戦いは、ここに幕を閉じたのだ。



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第八節 光

苦戦の末、カイムはドラゴンを倒す。
"再生の卵"を破壊する目には、何も劣らない、強い確信で満ちていた。

人類を滅ぼす数万の竜が神殿の外で咆哮を上げる中、カイムが新たな戦いに向かおうとするのをギャラルホルンが止めようとする。
そんな彼女に、カイムが一つの提案をする。


「……あとは、頼むぞ」

 

 視線をギャラルへ向けて、アンヘルは最期の言葉を絞り出した。最愛なる戦友の死を見届けたカイムは、傷ついた身体を引きずりアンヘルの持っていた道具から、別の剣を抜く。最初からずっと共に戦ってきた、"カイムの剣"を。

 祭壇の中央に鎮座する再生の卵の前へ歩き、真っ二つへと斬り裂いた。形を失い、ドロリとした透明の液体が床へ広がっていく。

 その液体の表面に映っているのは、笑みを浮かべている自分の顔。その顔を振り払うように剣で液体を飛ばし、神殿の出口へと歩きだす。

 

「待って!」

 

 そのカイムを止めるためにギャラルは叫ぶ。

 ギャラルは決して馬鹿ではない。壊れた祭壇の天井から見えるのは、数えるだけ時間の無駄になるだろうドラゴンの群れ。まるでこの世界全てのドラゴンが集ったようなその光景に飛び出てれば、どうなるかなど考えるまでもない。

 

「ギャラルは、頼まれたから。このまま死なす訳にはいかない」

「ならばどうする?人類が滅ぶまで震えて待つか?」

 

 カイムの言葉は尤もだ。戦おうが逃げようが、その先にあることは変わらない。

 ならば、戦う。カイムらしい答えだ。戦いへの歓喜の笑みを隠しきれぬままギャラルを見つめる。

 

「……どうすればいいかなんて分からないわ」

 

 けれど、ギャラルもその意見に賛成できるかといえばそうでもない。これから戦いに行くのは、ある意味自殺するようなものだ。アンヘルに託されたのに、ただカイムが自殺するのを見守るわけにはいかない。

 しかし、カイムの意思は揺らぐことはない。むしろカイムの側から一つ提案された。

 

「俺と最期まで戦え!」

 

 その提案に、ギャラルは目を見開き驚く。カイムが自分と共に戦いたいと言ったのだ。他の誰でもない、カイム自身の言葉でだ。

 

「その為に……契約だ!」

「……!?できるの?契約を」

「分からない。だがやる前から諦めるのか?」

 

 ギャラルは首を振って否定する。出来るのかは分からないが、今できる最良の手段だと理解できる。

 契約の力を失ったカイムをそのまま行かせるより、生存率は跳ね上がるだろう。何よりも、カイムが自分を求めてくれることの嬉しさに笑みを浮かべ、カイムの隣へと歩く。

 

「分かったわ。……契約よ!」

 

 その瞬間、二人に契約が結ばれた。

 二人は自分の傷口を自ら抉り出し、激痛に堪えながら心臓を取り出す。心臓を引きちぎり取り出しても不思議と意識が飛ぶことはない。これがただの自傷ではなく、契約の為の儀式だからだろうか。

 お互いの心臓を交換し、元の心臓の位置へと付ける。すると二人の傷が自然と癒えていく。そして、お互いが繋がっているような……カイムにとっては慣れている、不思議な感覚がカイムとギャラルを繋いでいく。

 

「これが、契約なのね」

「ああ」

「……声は大丈夫なの?代償は?」

「分からない。戦えるのならそれで十分だ」

 

 お互い見つめ合い、深く息を吸ってから頷き合う。

 二人は走り出した。無数のドラゴンの待つ空の下へ。開け放たれた神殿の扉の向こうにある、光の中へ……

 

 

 combat to the death with another Companion

 

 

 When new contractors challenges the hands of the lord, the door would close.

《新たな契約者が主の御手に挑む時、扉は閉じられるだろう》




この分岐で特筆すべきは、キル姫と人間の契約が成されたことでしょう。キル姫ギャラルホルンは、別の世界線でブラックドラゴンとの契約も行っています。つまり、キル姫は契約の際に、どちらの側に立つことも出来ることでしょう。
キル姫というものが、人間に限りなく近くて、人間ではない存在であることが起因しているのでしょうか。それとも、異世界から来たためこの世界の理に反する自称が起きたのか。
……特異点の起こす分岐はまだあります。観察を続けましょう。


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第三章 邂逅
第四節 無念の思い


ギャラルホルンによって解放されていく連合軍の兵士たち、その中に神官長ヴェルドレの姿があった。
ヴェルドレと合流したカイム達は、帝国軍の狙いを知ることになる。


捕虜収容所から、囚えられていた連合軍の兵士が姿を表す。次々とギャラルへと感謝を告げていく。

 

「助かりました。しかし君のような子供まで前線に……」

「あちらの青年がカイム隊長ですか?ギャラルさんもそうですが、ずいぶんと若いのですね」

 

 連合兵達は、ギャラルのような子供がいることはもちろん、兵を率いていたカイムでさえまだ若いことに驚きを隠せないようだ。

 

「レッドドラゴンから話は聞いていました。貴方がギャラルホルンですね」

「ギャラルでいいわよ」

 

 兵達の中にいた高齢の男性、彼が神官長ヴェルドレだという。契約者であるため、先にレッドドラゴンから"声"である程度のことは聞いていたらしい。

 ギャラルとヴェルドレが話しているところに、カイムと七支刀が現れる。

 

「貴方がカイムですか。そしてそちらがエンヴィ……」

 

 ヴェルドレがエンヴィを見る。遅れて七支刀も姿を現す。この世界で集まった三人のキル姫の姿に驚くが、それよりもと言葉を続ける。

 

「帝国軍は国への介入に飽き足らず、もっと根本的なところから創造しなおそうとしているようです。」

「世界か?」

「はい……封印がすべて解けた時に出現すると言われている”再生の卵”、彼らの狙いはそれでしょう。だから最終封印である女神の命まで」

 

 ギャラルはその話を聞いて、少し罪悪感を覚えた。かつて、世界を終わらせようとした者の一人として。世界を創造し直す、もしかすれば昔の自分と同じように人々を救うための行いかもしれない。一瞬そう考えるが、帝国兵の正気の無さげな言動や、余りにも残虐な戦い方を考えるとそれはないと否定し直した。

 

「”再生の卵”だと?真実を都合のよい神話にゆがめるのは、人間どもの悪い癖だ」

「"再生の卵"、アンヘルは何か知っているの?」

 

 吐き捨てるように言うアンヘルにギャラルは質問する。

 

「我とて全てを知っているわけではない。が、碌なものでもないことは容易に想像が付くだろう」

「帝国軍の聖地破壊を止めてくれぬか?封印を解いて世界が無事なはずがない。……まして、神殿の封印がやぶられるごとに女神の負荷はますます重くなるのだ」

 

 ヴェルドレの言葉に答えるように、カイムは強く剣を振り上げる。

 ギャラルはカイムがどう応えたのかを推測することしか出来ないが、ヴェルドレは契約者だからこそカイムの"声"を聞く。

 

「おぉ、そんな!帝国軍とて人の子、慈悲を持って穏便に……」

「この男に説教は無駄だ。世界がどうなるかより、己の恨みをどう晴らすかで頭がいっぱいらしい」

 

 カイムはヴェルドレを軽蔑するように睨みそれから振り返ってしまう。ギャラルはそんなカイムの手を取る。

 

「復讐……ギャラルにその苦しみは分からないけど、きっと戦い続ければ晴れるものよね」

「お主は否定しないのだな」

「なんて言っても、カイムは止まらないでしょ?」

 

 ギャラルを一瞥した後に、カイムは無意識に手を握り返す。どうしてこの少女がここまで自分を肯定しようとするのかは分からないが、不思議と悪い気分ではない。が、慌てて手を振り払う。こんな子供に何が分かると言うのだ。

 ヴェルドレとギャラルを背に、歩いていこうとするカイムを見てヴェルドレが呟く。

 

「神よ、哀れな子供らに祝福を」

「祈る者と殺す者に何の違いがあろう?ひと皮むけば、人間など、みなおしなべて愚劣よ」

 

 平和を祈る者が、剣を手に取り殺す者になる。まさに今の自分だとギャラルは思うが、それでも戦わなければ守れないものもあるのだ。綺麗事で救われるような世界でないことは、もう嫌ほど理解させられた。

 そこへアリオーシュと共に精霊たちがやってくる。サラマンダーとウンディーネはそれぞれ口を開く。精霊がどうやって喋っているのか、少し気になってはいるもののとりあえず今は静かにする。

 

「無駄だ」

「それはどういう……?」

「砂漠の神殿の封印はすでに破られた」

 

 衝撃の事実にヴェルドレはよろめく。エンヴィは、まあそうだろうなと一人納得していた。もしかすれば、妖精の森も今頃堕とされているだろうかと考える。

 

「そなたらは何も感じぬのか?」

「う、うそだ!封印が破られるなんて……」

 

 カイムは静かにヴェルドレを見つめる。精霊の言葉を信じるかどうかを問いかけるように。

 しかしそこでエンヴィが口を挟んだ。普段あまり意見しない彼女の進言に、視線が集まる。

 

「あなた達と合流する前に少し帝国の様子を見てきましたが、これから神殿に攻める様子には見えませんでした。精霊の言葉は本当でしょう」

「おお、なんということだ。ならば残る神殿を死守しなければならない」

「……海の神殿へ行くのだな?」

 

 次の目的地を、アンヘルが言う。カイム達が向かうべき場所は決まった。



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アリオーシュの奇
第1節 海蛇の苦悩


砂漠の神殿の破壊を知ったカイム達は、残る海の神殿へと向かう。

そこで見たものは、帝国軍の船団が何の罪も無い子供達を海に棄てるという非道な行為だった。


 七支刀とヴェルドレは女神の守りに付くために残り、それ以外の契約者とキル姫は向かうという意思を表示した。

 しかしアンヘルもそこまで乗せられないと拒絶する。そうして仕方なしに出来たのは……

 カイム、レオナール、アリオーシュの契約者三人はアンヘルに乗せられ、ギャラルは飛ぶことになった。エンヴィはといえば、ギャラルの背に乗っていた。

 そこまでしてもらってまで行くのなら待ってると主張するエンヴィだったが、七支刀に後押しされ渋々乗せてもらうことになった。

 曰く自分と違い迷いなく戦えるエンヴィ様なら、大きな戦力になるだろうとのこと。そんな言葉を恨めしそうな顔で受け取っていたが、その理由までは誰も察せられなかった。

 

 海へ近づいてくると、最初に異変を感じ取ったのはギャラルだった。遠くから悲鳴が聞こえてくるのだ。それも、おびただしい数の……

 一人や二人なんてものではない。数十人、下手すれば数百もいるだろうか?里から拐われたエルフが全ているのでないかと錯覚するくらいの数がする。

 その悲鳴に動揺しふらついて、危うくエンヴィを落としそうになる。

 

「ご、ごめんなさい……」

「どうしました?」

「凄い悲鳴が聞こえてくるわ。それも、多分子供の」

 

 しかし、そんな二人の会話を聞いていたレオナールとアリオーシュの目が変わる。

 

「子供……ふふふ!」

 

 が、いち早く行動を起こしたのはアリオーシュだった。突如アンヘルから飛び降りて海へと落ちていく。そして泳ぎ出した。

 

「アリオーシュ!?」

「待て、レオナール。封印が先だ。封印を守る者は大勢いよう。しかし最後まで守り抜く者は少ない。急ぐのだ!!」

「この悲鳴、なんて酷いことを……」

 

 カイム達にも"声"として悲鳴が届く。あまりに悲痛な"声"にレオナールは顔を歪める。よりにもよって、子供なのだ。

 

「小さき者を弱き存在と思うのはみな同じ。ゆえに守るか?捨てるか?その違いよ」

「なら、ギャラルはアリオーシュを止めに行くわ!エンヴィは……」

「このまま一緒に行きます」

 

 その言葉に続けて、エンヴィはこれが神のやり方ですかと呟く。どういう意味なのか気になったが、今はそれどころではない。

 アンヘル達に帝国の艦隊が見えるようになる。当然、艦隊もアンヘルを撃退すべく大砲を向け迎撃しようとする。更には気球型の船も飛んでおり、それら全てがアンヘルに向けられている。

 

『おいしいモノはどおれ?』

 

 喜々として泳いでいくアリオーシュ。彼女の目的は一つしかないだろう。ギャラルやエンヴィに注がれていた視線が、今向けられている先はエルフの子供たちだろう。

 アンヘルが気球を狙い火球を吐く。その間にギャラルは海上スレスレまで降下していく。なるべく艦隊に狙われないようにするためだ。

 同時にアリオーシュを探すがもう姿は見えない。帝国の妨害を受けずに進めたのだろうが、それにしたって泳ぐのが速すぎる。

 

『子供……あたしの子供たち……待ってて……今行くわ』

 

 砲撃の大半はアンヘルに向けられ飛ばされている。気球隊を軽く散らし、艦隊への攻撃を始めたのもありほとんどがそちらに意識を持ってかれているが、流石にギャラル達に気づかないということはないようで近くの艦は砲をギャラルへ向けてくる。

 

「私が対処します。少し我慢してください」

「えっ何?うわあ!?」

 

 エンヴィはギャラルの背中を蹴り跳躍した。黒い槍に赤い光が纏わりつき禍々しい輝きが放たれる。光はそのまま真っ直ぐ船へと落ちていき、触れた瞬間に爆発が生じた。

 エンヴィが飛んでいった船とは反対側へギャラルは向きを変え、神器を演奏する。扉は開け放たれ、終焉の力が船へと落ち崩壊させる。船が破壊されたのを確認してからエンヴィの方へ飛んでいき、そのまま回収する。

 

「……強いですね」

「ありがとう。でも、エンヴィだって強いわ」

 

 回収する際に、お姫様抱っこの形で抱えてしまったので、お互いの顔がよく見える。笑顔で素直に称賛してくれるギャラルの顔を直視してしまい、恥ずかしさと、妬ましさを隠すように顔を逸らす。

 しかし二人共派手にやりすぎてしまったか、アンヘルへ向いていた視線が幾らか二人へと集まってしまう。

 アンヘルが強いとはいえ、全ての艦隊を一瞬で壊滅なんてできるわけではない。確実に数は減っているが、この様子では逃げきれそうにはない。

 

「あの、この姿勢では戦いづらいですよね。適当な船に降ろしてもらえますか?」

「大丈夫?」

「船から近くの船へ跳べば移動はできます。……最後は回収してもらえると助かりますが」

「もちろんよ。置いていったりしないわ」

 

 砲弾を避けながら最寄りの船まで接近し、投げるように甲板へエンヴィを降ろす。

 

 彼女らの猛攻で艦隊は壊滅させられる。エンヴィを背中に乗せ直したギャラルとアンヘルは、アリオーシュを追うために飛翔する。



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第2節 大好きな……

海の神殿の近くまで辿り着くカイム達。しかし、そこでアリオーシュの狂気を垣間見ることとなる。


 艦隊を壊滅させ、海の神殿へと近づくギャラルの目に映り始めるのは海に浮かぶなにか。最初は何なのか気が付かなかったが、目を凝らしてみればそれは死体だった。捨てられた子供たちの死体だろう。

 

「何でこんなことを……」

 

 今も聞こえてくる悲鳴にしてもそうだが、帝国軍がなんの目的でこうもおぞましいことをしているのかが分からない。

 今まで戦ってきた相手は、敵だから殺すという単純な話だった。しかし抵抗も出来ない子供を捕まえ、それからわざわざ捨てる理由とは?

 

「封印を解く為でしょう。エルフは神殿の守り人です」

 

 エンヴィは彼女の推測を語る。詳しいことは分からないが、海の神殿の封印を担当しているのはエルフである。そのエルフを使ってすることなのだから、封印を解くのに必要なことではないか、と。

 そんな話を聞きながら海上を探していると、子供以外の影を見つける。アリオーシュだ。

 彼女の側にエンヴィが槍を投げると、海面に触れると同時に周囲が凍る。近くに降りるための足場を作ったのだ。

 その足場へとギャラルとエンヴィが降り、更にレオナールが遅れてそこに降りる。

 

「かわいい。かわいい子ども達……もうだいじょうぶ。安心なさい。私が守る……かわいい、かわいい……」

 

 それだけ聞けば、捨てられたエルフを保護しようとしているのだろうと考える。しかし、決してそんなことはないということを目の前の光景が語っている。

 浮かんだエルフの子供から、肉をちぎり取り口へ運んでいく。口の周りを真っ赤に染めながら、狂喜の笑みを浮かべている。

 ……アリオーシュもエルフだ。その彼女が、エルフの子供を食べている。

 しかも周りを見れば、既に何人か犠牲になったのだろう。体に不自然な空洞が出来ている死体がある。その何れもが苦痛に歪んだ顔をしている。溺死した者の顔……というものを特に知っているわけではないのだが、そういう風には見えなかった。何とか溺れずに生き延びた子供を狙い食している、そんな想像さえも頭に浮かぶ。

 凄惨かつ異様な光景にギャラルは吐き気を覚え口元を抑える。死体なんぞ慣れているエンヴィでさえも気分が悪くなり目を逸らそうとして、明らかに大丈夫じゃない顔をしたギャラル気が付く。

 

「大丈夫ですか?」

 

 無言でふるふると首を振るギャラルの背中をさする。我慢の限界が来たのだろう、凍らせてない部分へ吐き出した。

 レオナールはそんな二人の様子も察しつつ、アリオーシュへ憤る。目が見えないのは幸か不幸か。

 

「なぜです……?アリオーシュ、あなたに子供はいないのですか!?」

 

 "ごちそう"にありついているアリオーシュは答えない。ただ守るからね、だいじょうぶ、だいじょうぶ……とうわ言のように呟いている声だけがレオナールに届く。

 代わりに答えたのは、彼女と契約した精霊たちだった。

 

「殺された」

「帝国軍によって殺され、捨てられた。こんな風に、血の海へと捨てられた」

「そしてこの先、子供を持つこともない」

「我々との契約に"子宮"を使ってしまったから」

「「よって永遠の、混乱と孤独」」

 

 それは、あまりにも悲しいく惨めな事実。

 出すものを出し終えたギャラルも、精霊たちの言葉はしっかりと聞いていた。狂った彼女の善し悪しは別として、全ての元凶はやはり帝国軍、天使の教会。

 

「……帝国は倒さないと。こんな悲しいこと、少しでも減らすために」

 

 呟いてから、アリオーシュをもう一度見つめる。そうして、一瞬だけよぎった考えを否定する。ここまで狂ってしまったのなら、いっそ死なせてあげたほうが幸せではないか?という考え。

 大抵の者にとって、それは違うと否定できることは今のギャラルには理解できる。でも、アリオーシュだけは例外なのではないかと思ってしまった。

 

「それは辛いことかもしれません、私も帝国によって弟が奪われました。しかし、子供を食べようとするのは……」

 

 レオナールとて帝国によって大切な、大切な弟達を奪われた身であり、その絶望と混乱は理解できないものではない。だからこそ、それだけでここまで狂ってしまうのはおかしいと感じる。

 否定の言葉を続けようとするレオナールへ、ギャラルが口を挟む。

 

「それ以上否定しないであげて。きっと、アリオーシュの心の傷は簡単に理解できるものではないと思うから」

 

 それは、一度は善意で最悪の行動を取ろうとしたギャラルだからこその言葉だろう。人々を救うと言いながら世界ごと殺そうとする、一種の狂気に取り憑かれたことがあるからこそ否定出来ないのだ。

 もちろん、子供……それも息のあるものを食べて殺すという行動そのものには理解も共感も出来ないが。

 

「話はそこまでか?早く行かねば封印が破壊されるぞ」

 

 このまま様子を見続けていれば口論になりそうな気配を感じたアンヘルが、強引に話を切り上げる。

 同じことをさせないように自分が監視すると言うレオナールが、無理矢理アリオーシュを連れてアンヘルの背に戻る。

 アリオーシュのことも大切だが、何よりも封印を守るため再び彼女らは神殿を目指し海を飛んでいく。



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第3節 独り遊び

ウンディーネとサラマンダーにより、語られたアリオーシュの過去。血塗られた過去は永遠に癒される事の無い傷を彼女の心に刻んだ。

そんな中、海の上では封印の神殿が帝国軍により破壊されようとしていた。止めるべく奮闘するカイム達だが、封印は破られてしまう。


 ふと、カイム達に聞こえる子供の悲鳴の数が減ってくる。時間稼ぎに徹する帝国の艦隊に足止めされながらも、嫌な予感は膨れ上がってくる。

 エンヴィの推測通りなら、犠牲にされている子供達は封印を破壊するためのもの。それがなくなるということは、封印を破壊し終わった……とも取れる。

 その予想を肯定するかのように、帝国軍は撤退を始める。カイムは追撃しようとアンヘルに攻撃させるが、ギャラルは神殿へ向かうことを選択する。

 

「これは……」

 

 神殿への入り口は開かれ、内部には人一人残ってはいない。そこにあるのは力を失った魔法陣だけ。

 封印に詳しくないギャラルでさえ、もう破壊されてしまったのだと理解できる光景に膝から崩れ落ちる。

 アリオーシュの蛮行も、封印の破壊も阻止することは出来なかった。あるのは静けさを取り戻し始める海だけ。やはり、自分の力では何も出来ないのだ。

 

「まだ封印は残されています。諦めるには早いと思いますよ」

「……そう、よね。うん!」

 

 エンヴィの言葉にギャラルは立ち直る。正直口だけの慰めでしかないと思っていたエンヴィは、立ち直ったことに逆に驚く。

 そんな彼女らに遅れて、3人の契約者も神殿に降りる。しかしアリオーシュは封印そのものに興味はないようで、きれい、きれい、きれいと呟いている。

 

「……封印は?」

「破壊されたようです」

 

 レオナールの質問にエンヴィが答えた。レオナールは次々と帝国に封印を破壊されている事実に肩を落とす。

 

「封印を作るも人間、壊すも人間。愚かな独り遊びをいつまで続ける……?」

 

 アンヘルの嫌味に、ギャラルはふと考える。なぜ封印を守るものと破壊するものの2つの勢力に分かれたのか、その理由を知らない。

 またエンヴィはバカバカしいと感じるが、それは口に出さない。封印を作るのは人間だが、壊すのは神だ。決してこれは独り遊びではない。人間が神の独り遊びに興じるような種族であれば、こんなことは起きてはいない。

 

『フリアエは無事なのか?』

 

 封印が次々と破壊されている様子に、カイムはフリアエの身が心配になる。一応七支刀とヴェルドレもいるが、どちらも護衛としては信用しきれない。

 

「心配するな。最終封印は無事だ。今のところ女神の悲鳴は伝わってこない……」

 

 アンヘルの言葉にホッと胸をなでおろすカイム。そんな彼にギャラルが声をかけた。

 

「妹のことは心配なのよね?」

『当たり前だ。何を今更……』

「やっぱり、みんな家族のことは大切なんだ」

 

 そう言うギャラルの顔は笑っていたが、どこかぎこちない笑みのように見えた。

 封印の女神となった妹を案じ、両親の仇を討とうとするカイム。帝国に弟達を殺され、その帝国と戦うレオナール。子供を殺され癒えない傷を負ってしまったアリオーシュ。

 形はどうあれみんな家族のことは大切なのだ。だがギャラルはその家族を知らない。仮に知っていたとしても、キル姫になるよりも前のことや、なってしばらくの間の記憶は残っていない。少しだけ寂しさを覚えていたのだ。

 

「ええ、弟達のためにも戦わねばなりません。また後手にまわることのないように、はやく砂漠へ戻りましょう!」

 

 レオナールの提案に、それぞれ動き出す。破壊された神殿を後に、砂漠へ向かうのだった。



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ロンギヌスの生
第1節 神の道具


海の神殿の封印が破壊され、砂漠へと戻るカイム達。
その中で、二人のキル姫は語りだす。


 海上を飛んでいるカイム達。静けさを取り戻した海の上には、残骸や死体しか残っていない。

 そんな中、行きと同様にギャラルは背中にエンヴィを乗せ飛んでいた。幸か不幸か、行きも帰りも人数は変わらなかったから。

 重苦しい空気を払いたくて、ギャラルはエンヴィに声をかける。

 

「ギャラル、正直驚いたのよ」

「……何にですか?」

 

 エンヴィは特に話したいとは思ってはいなかったものの、することも特にないし、何より運んでもらっている身だからギャラルには応えるべきだろうと思い会話を始める。

 

「エンヴィって、優しいのね」

「そんなことありませんよ」

 

 ギャラルは海の神殿とその周囲の海であったことを思い出しながら語る。なぜ優しいと評されるのか分からないエンヴィは考えるが、特に思い当たらない。

 

「エンヴィのこと、少し怖いと思っていたの。なんの躊躇もなく戦うし、目つきも悪いし」

「キル姫ですし、戦うのは普通では?」

 

 目つきのことは余計だと感じつつも、素直に答える。ただ、答えてから二人の認識の齟齬に気がつく。

 生まれ生きた時代も世界も違うのだ、同じキル姫という存在でも在り方は違う。

 

「そうやって割り切れて、強くて、優しくて。エンヴィみたいになれたらいいなって、少し思ったの」

「……」

 

 私より遥かに強い力を持つはずのお前が言うのですか。

 口にしかけて、やめる。少なくともそれは今言うべきことではない。それに、そうして褒めてくれることは少しだけ嬉しかったから。

 

「でも、私はあなたのように、誰かのための戦うことはしていません」

「なら、どうして戦うの?」

「それは……キル姫だからです」

 

 キル姫だから、道具だから。神の命に従い、彼ら彼女らに付き様子を探り、必要とあらば始末する。そうしろと言われたから。

 それ以上でもそれ以下でもない。私はただの、戦うための……

 

「でも、ギャラルが気持ち悪くなった時に心配してくれたよね。どうしてかしら?」

「えっ?えっと……」

 

 一瞬だけ、心を読まれたのではないかと思いドキッとする。ギャラルホルンというキル姫にとって、キル姫というものは殺し合いの道具とは認識していないはずなのだ。なのに、でも、と否定した。

 けれど、そんなことはない。ギャラルホルンというキラーズにはそんな能力は備わっていない。考えられるのは、この少女が自分の言動の意図を察した。それだけのことだ。

 ……と、質問の内容とは別のことを考えていたせいで、なんて聞かれたのかを聞き逃していた。そうして黙りこくっているのを、答えられずに困っていると思ったのか言葉を続ける。

 

「今だってこうして話してくれているわ。エンヴィって、特別喋るのが好きというわけでもなさそうだけど、それでもちゃんと答えてくれてるわ」

 

 言われてみればそうだ。本来敵である彼女の会話に素直に応答する必要は何処にもないし、もちろん好きで話しているのではない。

 

「暇潰しですよ」

 

 苦しい言い訳をする。特に嘘をついているわけではないが、暇なのを嫌だと思っているということでもない。

 ギャラルはそんな様子をちらりと見たあと、ぬひひと笑い出す。

 

「やっぱりエンヴィは優しい人よ。……だから、キル姫だから戦うなんて悲しいことは言わないで」

 

 キル姫だから、道具だから戦うことが悲しいこと。そんなのは一度も考えなかった。むしろ、道具として価値があることを認めてもらおうとして強さを求めていた。

 けれど、道具ではなく人として。何かを求めて戦っていいのだろうか。少しだけ考えてすぐに振り払う。

 ただ、一つだけ思うことはある。

 

「あなたの優しさが羨ましいです」

「……にひひ」

 

 何を思ったのか、小さく笑いそれ以上は言わなかった。

 それ以降は特に何も言わずギャラルは飛んでいた。海を越え砂漠が見えてくる。無事にフライトは終わるかと思えたとき、アンヘルが声をかけた。

 

「この"声"……女神が襲われておるぞ。急ぐぞギャラル!」



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第2節 キラーズ

海の神殿から砂漠へと戻ってきたカイム達。しかし封印の女神を狙った襲撃が行われていた。
空の部隊を蹴散らすためカイムは空へ、地上の仲間を援護するためギャラルは地上へ向かう。


 エンヴィがギャラルの背から降りながら、地上の部隊のど真ん中目掛けて大技を放つ。投げ放たれた槍は黒い衝撃を放ち触れた者を肉塊へと変えていく。

 ギャラルは七支刀の元へと降り声をかける。

 

「大丈夫!?」

「ギャラルホルン様にエンヴィ様!……少し厳しい戦いでしたが、もう大丈夫です」

 

 七支刀を探し飛んでいる間に、キャンプ地を見つけた。ヴェルドレやフリアエ達連合軍の部隊がそこで休んでいたところを強襲されたのだろう。

 エンヴィの一撃で、弓兵の多くが巻き込まれ死んだ。しかし隊長格と思われる赤い重装兵の部隊と、軽装の一般兵達が押し寄せる。

 投げた黒奏槍は回収せずに、一度エンヴィは二人の元まで戻ってくる。それからギャラルがカイムから借りていた草原の竜騎槍を渡す。

 

「あの鎧は?」

 

 まだ赤い鎧の兵とは戦っていなかったエンヴィが、二人に質問する。

 

「あいつらは魔法を弾くわ。エンヴィにはあまり関係ないかもだけど」

 

 この場のキル姫三人の中で、赤い鎧の影響を受けるのはギャラルだけ。しかも相手が重装兵の場合はどうしても相性が悪い。ギャラルが七支刀に目配せをして、赤い鎧の兵を任せることを伝える。

 

「なるほどです。だから子供だけ……」

「子供?子供がどうかされましたか?」

 

 なぜ突然子供という言葉が出てきたのか分からないギャラルと七支刀はぽかんとする。

 そんな二人を無視してエンヴィは走り出す。遅れて七支刀も向かい、ギャラルは残った弓兵を潰すために神器を担ぎもう一度空へ向かう。

 一般兵はだいたい剣を持っており、リーチでまさる槍を持ったエンヴィの方が相性がいい。剣を振られる前に槍を突き出し、反撃させずに一撃で沈黙させる。防ごうとする者もいるが、軽装の兵では分が悪いのか防ぎきれずに殺されるだけ。

 真っ先に前線へ来て大暴れするエンヴィを止めるべく、刺突で対応されないように囲もうとする。そうして視線から外れた七支刀は重装兵を倒すために通り過ぎていく。

 七支刀に突破されないように、生き延びた弓兵が狙おうとするが、空から飛んでくる魔弾で吹き飛ばされてしまう。そうなれば七支刀を止められるものはおらず、無謀にも止めようと突っ込んでくる一般兵も神器で薙ぎ払われる。

 牽制され動けなくなったエンヴィだが、槍を砂に突き刺し力を使う。氷が広がっていき取り囲んでいた兵士たちを凍らせてしまう。そして、炸裂。氷と共に彼らの身体も砕け散っていく。

 二人のキル姫が現れて、途端に戦線がひっくり返されてしまい焦る指揮官部隊。先程までの七支刀は力を使いすぎないように抑えて、なおかつ防衛戦に専念していたから突破されなかったのであり、同等の実力者が二人も現れて抑える必要はなくなったらこうなるのも当然ではある。

 しかし、指揮官部隊は撤退はしない。いや、出来ない。なぜならばそういう指示ではないからだ。彼らとて赤目の病のせいで天使の教会の傀儡になっていることに、違いはない。

 ものすごい勢いで突破してくる七支刀を迎え撃つために構えるが、一人が彼女の持つ武器の刀身が回転していることに気がつく。それは風を起こし砂を巻き上げ、小さな竜巻へと変わっていく。

 それが持つエネルギーは魔力の類ではない。そうなれば赤い鎧もただの鎧でしかなく、衝撃に備えるべく全力の防御姿勢を取る。……しかし、突き出された竜巻に巻きこれた鎧は破壊され、肉を裂き、ぐちゃぐちゃに破壊され死体に変わるだけだった。

 

 七支刀が全力の攻撃を放ったあと、エンヴィは壊れた鎧の破片を拾う。そうして先程考えた予想が的中していることを察する。

 

「それで、子供がどうというのは……?」

 

 無視された七支刀が、もう一度投げる。なぜか他の人より冷たい態度を取られていることには気がついているが、それでめげるような性格でもない。……気にはするが。

 

「これ、エルフの血です」

「えっ……?」

「そういうこと、ね」

 

 二人の元近くに降りてきたギャラルも、一つ納得をする。

 海の神殿を破壊するのに使われたエルフはみな子供だった。ならば大人のエルフはどうなったのだろうか?その答えがこれだ、ということ。

 つまり、エルフを一人とて守ることは出来なかった。アリオーシュも含めて、大切なものを帝国軍に全てを奪われてしまったのだ。

 

「子供から魔力を絞り、体積のある大人からは血を絞る。実に効率的ですね」

 

 吐き捨てるように皮肉を吐くエンヴィだが、やはり気づいていないのは彼女だけだ。その様子に七支刀も少し驚く。

 

「エンヴィ様は、そういうことを気にしないお方だと思っていました……」

「?」

「だから、道中でも話したでしょ?エンヴィは優しい人だって思うわ」

「はあ」

 

 やはり納得はしていないエンヴィだが、とりあえず三人はキャンプの無事を確認するためにそちらへ歩きだす。海の神殿が破壊されてしまったという、残念な報告も七支刀にしておいて。

 空での戦いの決着もつき、赤いドラゴンの影が彼女達にも見えてくる。急がないといけない時ではあるが、連戦の疲れを取るべく一夜の休みを取ることにした。



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第3節 聖槍

カイム達は連戦の疲れを癒やすべく一晩の休息を取る。
彼らが休む中で、三人のキル姫は話し合う。その中でエンヴィが得た一つの答えがあった。


 ギャラルが大きく伸びをしてから、テントの中で座る。エンヴィを運びながら海の神殿への往復、更に連戦が続き流石に疲れがたまっていた。

 

「すみません、やはり私を運んで飛ぶのは疲れたのでは?」

「謝らなくてもいいわよ。お陰でエンヴィの新しい一面を知れたし」

「新しい一面?何かあったのですか?」

 

 同じテントの中に三人のキル姫がいる。この隊の数少ない女性であり、分けた方がいいだろうということで詰め込まれたのだ。

 フリアエはカイムといるのを望んだため、今はカイムと二人で過ごしているだろう。

 

「それはね……」

 

 ギャラルは海の神殿であったことを、ざっくりと七支刀に伝える。先程の戦いが終わったあとの会話のことも思い出しつつ、七支刀もなるほどと納得した顔になる。

 

「だから、私はそんな人では」

「でも、今だって心配してくれたじゃない。ぬひひ」

 

 エンヴィは、言われて確かにそうだと考える。今も別にギャラルのことを心配する必要はどこにもないのだ。いや、表面上だけでも仲良くするためだ……と言い訳を考えようとしたところで、言い訳をする程度には気にしていることも自覚してしまう。

 

「ねえ、エンヴィはキル姫として戦い続けたいの?戦うために生きてるの?」

「それは、えっと……」

 

 それはそうだ。神の道具でしかないし、神の指示で戦っているだけだ。そう説明するのは出来ないので、どう言えばいいのか考える。

 

「そうです。キル姫とはそういうものでしょう?」

「そうでしょうか?わたくし達には自分の意思があります。何のために戦うか、そもそも戦うかどうかも選べます」

 

 確かに意思はあるが、それは単に人間を素材にしているから人格が残っているだけで自由を選ぶためのものではない。

 

「ですが、お二方も戦っていますよね?」

 

 が、自分たちはそもそも昔の人間だった頃の人格を覚えてはいないし、何よりラグナロク大陸から来たであろうこの二人にとってはそういう認識もないかもしれないので、他のことを聞く。

 

「ギャラルは、戦わないと平和になんて出来ないって思ってるわ。帝国も話が通じればそれが一番だとは思うけど」

「わたくしも、戦う力があるのに逃げるわけにはいきませんから。そうすれば、その分誰かが傷つきます」

「結局、戦うことを選んでいるではありませんか」

 

 呆れた顔でエンヴィは言う。あーだこーだ言ったところで、キル姫は戦うことしかできない。そのための道具でしかないのだ。

 

「でも、ギャラル達は"自分の意思"で戦ってるわ。エンヴィはどう?」

 

 真っ直ぐ見つめてくる琥珀色の瞳に、エンヴィは押し黙るしかなかった。

 確かに自分は命令されたから戦ってるだけであって、そこに意思はない。二人とは違う。

 そんな自分にここまで積極的に関わろうとしてくれることに、チクリと胸が痛む。最後はこの二人も含め連合軍を裏切り戦う、そのつもりなのだから。

 知れば、この二人は軽蔑するだろうか。裏切り者だと言い武器を向けてくるだろうか。

 

「エンヴィ」

「えっ、あっ、はい」

 

 ギャラルが距離を詰め、手を取ってくる。突然の行動に驚き変な声が出る。

 

「何か悩んでいること、あるよね?だからそんなに悩んでる」

「悩み事があるなら相談してください。わたくし達は仲間です」

「そ、それは!」

 

 気が動転していることもあり、なんて言えばいいか分からずに頭の中で思考がぐるぐる回る。悩み事はあるがそれは決して言えないことで、でも言ってどうなるかという興味はあって、それよりどうして二人はここまで自分の心配をしてくれて、なんでなんでと思考をかき混ぜ続け、言ったのは余計なことだった。

 

「私は幽霊みたいなものです!そんなに優しくしないでくださ………い……」

 

 突然の大声と、とんでもない言葉。理解が追いつかずギャラルも七支刀もぽかんとする。

 そして、それを言った張本人も遅れて自分が何を口走ってしまったのかを理解する。これは絶対どういうことなのか聞かれるし、それを説明しようとすれば全部話さないといけない。

 やってしまったと後悔するが、そんな時間は当然与えてくれない。

 

「ど、どういうこと?エンヴィが幽霊?」

「わたくし以前に幽霊さんに会ったことありますが、身体はありませんでしたよ?」

「………はあ」

 

 そしてとうとうエンヴィは諦めた。

 

「私は既に一度死んでいます。ただ、生き残った"可能性"から生み出された幽霊のようなもの」

「……もしかして、"裏側"でしょうか?」

 

 ギャラルも七支刀も、"裏側"のことは噂でしか聞いたことがない。ラグナロク大陸には裏側と呼ばれる空間があり、選ばれなかった可能性がそこにはあるとか何とか。

 正確に言えば、そこにはあらゆる可能性があり、そこには何もないという表側の理屈が通用しない特別な空間だ。

 

「ええ、そこから神によって実体を持たされました」

「神?神ってあの?」

 

 ギャラルが思い出すのは、かつて自分のことも利用した神々の存在。……なのだがエンヴィは首を振る。

 

「いえ、この世界のです。まあ、そちらの神々にも道具として使われていたので、再利用したのかと」

「待ってください、この世界の神々がラグナロク大陸に干渉を?」

「はい。だから今あなた達もここにいます」

 

 そう、ギャラルや七支刀がこの世界に来た原因は神である。細かい理屈までは知らないが、"ゆらぎ"の現象を利用したらしい。

 エンヴィがいる理由はまた少し違うが、何にせよ神の仕業なのには違いはない。

 

「でも、何のためでしょう?」

「うーん、帝国軍を止めるためかしら」

「いえ、真逆です。天使の教会に協力させ、人類を滅ぼすためです」

「……え?」

 

 そもそもこの世界の神の目的は一つ、人類を滅ぼすこと。その理由までは興味がなかったので聞いていないが、天使の教会を操って封印を破壊しようとしているのもそのため。

 天使の教会の戦力を増やすためにキル姫を連れてきたが、うまくいかなかったため自分が呼ばれたと聞いている。

 

「もちろん私もそのためにいます。こんな形で話すことになるとは思いもしませんでしたけど」

 

 あっさりと自分が帝国、天使の教会側の存在だと話すエンヴィに二人は固まってしまう。

 言ってしまったし、もうここにはいられないだろうとそそくさと支度を始めようとするエンヴィだが、しかしまた手を掴まれる。ギャラルだった。

 

「いいの?」

「……何がです?」

「その神に言われたままに戦って、それでいいの?それは本当にエンヴィが望んでいること?」

 

 今まで以上に真剣な表情で、ギャラルは言う。ただそこに敵意や悪意は感じない、あくまでも自分のことを心配してくれてのうえでの言葉というのがなんとなく伝わってくる。

 遠回しに自分が敵だと言ったのだから、少なくとも良い顔はされないだろうと思っていたところにこの態度だから、エンヴィも驚く。

 

「私は、道具だから。したいとかしたくないではないです」

「……七支刀、このことはまだ皆に秘密でいいかしら?」

「そう、ですね」

 

 ギャラルが言いたいことを理解したのか、七支刀は肯定する。

 

「誰にも言わないから、まだ一緒にいてほしい。そして、本当にエンヴィがしたいこと、考えてほしいわ」

「……何で、そこまでするんですか?」

「もちろん、仲間だからよ」

 

 真剣な表情から一転、再び笑顔を作る。そんなギャラルを見ていると、頭の中がぐちゃぐちゃになる。

 感情に任せて手を振り払い、二人の顔を見ないようにして言う。

 

「考えるから、少し一人にして」

 

 そのままテントから出て一人外に出る。夜襲を警戒して番をしている連合兵と、当然テントには入れないアンヘルがそこにいた。

 

「どうした?」

 

 難しい顔をしたまま出てきたエンヴィに、アンヘルは質問をする。

 

「いえ、どうしてあの二人はあそこまでお節介なのかと」

 

 星空を見上げながら、夜の砂漠の冷たい風に吹かれる。少し落ち着いてきて考えがまとまってくる。

 あの二人は……特にギャラルは、自分のことを道具として見る気は一切ない。一人のキル姫として接してくれる。そんなことは今まで始めてだし、何より悪い気持ちにはならなかった。

 

「私は……自分のために戦っていいのでしょうか」

「私利私欲のために他者を傷つける。愚かなことだが、生きる者の特権よ」

 

 どうやら、ドラゴンにさえ自分は生きている者と思われているらしい。事情を知っても、そう言ってくれるだろうか。

 

「まずはつまらぬプライドを捨てたらどうだ?人間らしく愚かでいればよい」

「人間らしく、ですか」

「我はキル姫というものに詳しくはないが、人間とそう変わるものでもないだろう」

 

 ……自分が道具ではなく人間なのならば、自分のために戦ってよいのならば。かつての天上での戦いで、一度は死んだはずの自分をそう認めてくれるのならば。

 エンヴィは小さく笑う。もう神のために戦う理由がない。こんな自分に、こんなにも優しくてしてくれる人達がいるのに、何も与えてくれない神に味方する理由はない。何のために戦うかという答えは出た。

 

「本当に、あなた方の優しさが羨ましいですね」

 

 迷いの晴れた、いい顔をするエンヴィを見てアンヘルは眠りにつくのだった。



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第四章 背反
第八節 母との別れ


一人の少年を残して母は死ぬ。愛をささやいて死ぬ。
少年は「愛」を信じ、苛烈な道を進むことを決意した。


「……だいじょうぶよ。じき楽に……あぁ、セエレ!あなたは死んじゃだめよ。……わたしの赤ちゃん……覚えていて。私はあなただけを愛してた……」

 

 その言葉と共に一人の女性が死んだ。しかし少年はその事実に気が付かない。いや、気づいた上で目を逸らしているのか。

 

「母さん?母さん?眠っちゃったの?父さんも動かないんだ……ねぇ、母さん!」

 

 死に横たわっている女性を揺さぶりながら声をかける。そうすればいつものように起きて、いつものように愛してくれる。

 そんな当たり前の日々は失われたのだ。目の前の母は眠っているのではなく、死んでいるのだから。現実は覆らない。

 

「母さん、キスしたげる。だから起きて、早く」

 

 少年、セエレは必死になって母親を起こそうとする。自分だけを愛してくれた大切な母親を、必死に。

 

「母さん?どうしたの?お返事してよ。眠っちゃったの? ねぇ、起きてってば」

 

 声をかけてゆさぶって、どうにかして起こそうとする。もちろん、そんなことをしたところで現実は変わらない。母親は死んでいるのだから。

 

「母さん、僕だけ愛してくれてたんでしょう?僕だけ……僕……だけ……」

 

 かける声も段々と弱ってくる。何をしたところで母親は目覚めないという現実から目を逸らすのも限界が訪れる。

 揺さぶる手からも力を失いだらりと垂らし、空を見上げる。やらないといけないことがある。

 セエレは立ち上がり、先程契約した相手を見る。契約というものを知らないため、ただ彼が自分に協力してくれる友達だと認識しているが大差はない。

 まず、ここで何が起きたのか。天使の教会を名乗る変な人たちがやってきて、みんなを傷つけた。それも大変なことだけど、もう一つ大切なことを言っていた。

 

『石の谷で発見された子供の生まれた里を見つけるためにやってきた』

 

 そう言っていた筈だ。そして少し前、お母さんはこうも言っていた。

 

『石の谷でマナがいなくなったわ』

 

 つまり、今マナは天使の教会のという人たちに捕まっているに違いない。しかも、この里までやってきてみんなを傷つけていった天使の教会が、いい人達な訳がない。

 セエレは立ち上がる。マナを、妹を救うためには自分が頑張らないといけないんだ。なんといっても、僕は「ちいさなゆうしゃさま」なんだ!

 契約した彼と共に、里から出るために動き始める。ゆうしゃのぼうけんがはじまる。わるいてんしのきょうかいから、いもうとをたすけださないといけないんだ!

 その矢先だった。セエレが彼らと出会うのは。



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第九節 セエレの友達

帝国領土へ向かう途中、カイム達は谷の里の隠れ家に迷い込んでしまい、そこで幼い契約者と出会う。
両親を失った彼は、その両親の手によって石の巨人と契約をしていた……


 谷を歩いていると、ドスンドスンと足音が聞こえる。その音は、先程も倒したゴーレムに違いない。

 カイム達が警戒しながら進んでいくと、足音と共にゴーレムが姿を現す。しかしそれだけではない、ゴーレムの掌の上には少年が座っていた。

 

「この村には誰もいないよ……父さんも母さんももういないよ」

 

 そう話すのは掌の上に座る少年、セエレだった。

 

「ゴーレム、おぬしが我々を導いたのだな?」

 

 ゴーレムも今は契約した身。"声"を使いここまで導いたのだろう。

 理由は単純、カイム達の目的が天使の教会だからだ。それを理解したセエレはゴーレムから飛び降り、カイムに問い詰める。

 

「天使の協会ってトコロに行くの?連れてって!僕、行かなきゃ!妹がさらわれたままなんだ」

 

 早口でまくしたてるセエレに驚き少し距離を取るカイム。しかし彼が降りてきたことで、先頭にいたカイム以外もセエレに気が付く。

 

「こんな幼な子と契約したか?ゴーレムよ……」

「そもそもゴーレムって契約できるの?」

 

 ギャラルよりも一回り小さな少年と契約したことに驚くアンヘルと、ゴーレムが契約しているということに純粋に疑問を抱くギャラル。

 二人への答えをゴーレムが返した。

 

「セエレ、ヒトリ。チイサイ。ヨワイ。ココニイテハ、キケン……ツレテ、イク……」

「ゴーレムに、僕の"時間"をあげたの。そしたら、友達になってくれるって言うから……」

 

 セエレを守るために契約したゴーレム。そこに悪意はない。また同時にゴーレムが明確な意思を持ち喋ることにも驚く。

 これが二人の疑問への答えだった。カイムも意思を持つゴーレムなんぞ見るのも聞くのも初めてで、内心驚いていた。

 

「……ゴーレムに時間を渡すとはどういうことか、おぬし、わかっておるのか?」

 

 少なくともギャラルは分からなかったので考える。契約の代償は身体に起きるもののはずだ。そして時間……そうなると考えられる可能性は多くはない。

 

「周りの人間が寿命で死んでいくなか、おぬしひとり老けも死にもせず、一生そのままの姿ぞ?……いや、おぬしらキル姫も似たようなものではあるな」

 

 アンヘルが答え合わせをしつつも、三人のキル姫へと視線を向ける。詳しいことまでは聞いていないが、彼女らが永い時間を生きてきたことには違いないだろう。

 

「ひ、ひとりじゃないもん。ゴーレムがいる!それに……僕は"ちいさい勇者さま"になったんだ。このお話知ってる?僕はお母さんから教えてもらったの」

 

 ずっと仏頂面……むしろ睨んできているカイムよりも、ギャラルの方が親しみやすそうと感じたのかそちらに喋りかける。

 

 

「ごめんね、ギャラルは聞いたことないんだ。また今度、教えてね」

「うん!」

 

 幸い子供の扱いには慣れているし、カイムのように冷たい態度を取るような性格でもないのでギャラルはよしよしとしながらしっかりと聞いている。邪な視線を向ける一名と、少し怪しい雰囲気になっている一名には冷たい視線を返すが。

 

「また神話か!人間はすぐに現実から目を逸らし、絵空事へ逃避する。……キル姫というのもまた、神話と契約させられたようなものではないか」

 

 人間を見下す傲慢で高潔なドラゴンらしからぬ、人に同情する様子にカイムはやはり疑問を抱く。なんとなく感じてはいたが、このドラゴンは冷酷な存在ではないらしい。

 その様子を静かに見ていたエンヴィは、一つ引っかかっていたことがあった。質問するなら今だろうかと思い、口を挟む。

 

「探している妹、名前は何ですか?」

「マナだよ。もしかしてなにか知っているの?」

 

 少し言いづらそうな顔をして、エンヴィは悩む。このセエレという少年の顔を見たときから、一人の人物を頭をよぎっていたが名前を聞いて確信する。

 

「エンヴィ、そなたは天使の教会と通じていたな?何を知っている」

「その、マナという人ですが。……司教です」

 

 悩んだ結果、素直に打ち明けた。わざわざ隠すことでもないと感じたからだ。

 ただ、肝心のセエレには司教というものが何か分かってないらしい。一番驚いているのはヴェルドレだった。

 

「この幼子の妹が司教だと!?そんな馬鹿なことが……」

「疑うなら好きに疑ってください」

「待って、お姉さん。"司教"って何?」

 

 それ以上説明するのは面倒だと顔に書いてあるエンヴィの代わりに、ギャラルが説明した。

 

「司教はね、そうね……一番偉い人よ」

「マナが?そんなはずないよ、マナはさらわれたんだ。マナがこんなこと……」

「セエレの妹さんなんだよね、きっとそんな悪いことしないよ。一緒に確かめに行こう」

「……うん!」

 

 こんな力も持たない子供が、自分と同じ妹探しをしているという事実に、また奇妙なこともあるんだなとカイムは考える。

 

「ゴーゴゴーッ」

 

 沈んだ表情になるセエレを励ますように、ゴーレムが声をあげる。

 

「ゴーレムにも情けはあるのだな」

 

 そう呟くアンヘルの声は、慈愛に満ちた優しい声だった。

 

「それじゃあ行くわよ、帝国領土へ」



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第十一章 別離
第1節 迷路


海上要塞で祭壇に辿り着いたカイム達だったが、フリアエは空中要塞に運ばれた後だった。絶望するレオナールを叱咤し、カイム達は空中要塞に空間移動する。


 ギャラルが目を開くと、そこは見知らぬ要塞の中だった。周りを見渡すと、近くにエンヴィの姿が見える。

 だが同時に帝国兵も次々と襲いかかってくる。カイムから借りた剣、古の覇王を振り兵を蹴散らしながらエンヴィの元へ向かう。

 

「エンヴィ!」

 

 大声でエンヴィの名を呼ぶと、彼女の目がこちらを捉える。お互い合流するために武器を振り、一段落したところで顔を合わせた。

 

「ここは何処なの?まだ海上の要塞?」

「多分ですが空中要塞です。カイム達は別の場所に転移したみたいですね」

 

 海上要塞に侵入したのは、カイム、レオナール、セエレ、ギャラル、エンヴィの五人だ。そして五人ともあの魔法陣に入ったはず。

 今この場にはいないが、彼らも空中要塞の内部にいるはずだと推測する。

 

「私達が近くにいたのは幸運です。早くみんなを探しましょう」

「ええ。特にセエレは危ないわ」

 

 ゴーレムと契約したとて所詮は子供。武器の扱いに長けている訳でもないし、力も極端に跳ね上がっていることもない。

 ゴーレムを呼び出せるので、今もゴーレムがセエレを守ってはいるだろうが危険なことには違いない。カイムとレオナールは自衛が出来ないほど弱くもないし、契約者同士なので"声"で連絡も取れるはずだ。

 "声"が使えるのはセエレも同じだが、動けるかどうかも分からない。

 エンヴィが前衛で、ギャラルがサポートをしつつ戦闘。そういう陣形を取り迫る帝国兵の波を払う。敵の本拠地とも言える場所なだけあり、敵の数も練度も今までとは桁違いだ。

 二人が要塞の中を進んでいくと、何かの衝突音のようなものが響く。帝国兵もその音がする方向へ向かう者も多い。そちらにゴーレムがいると考え、帝国兵を薙ぎ払い進んでいく。

 

「コゴーッ。セエレ、マモル」

 

 再び激しい衝撃が起こる。更にギャラルにはゴーレムの声も聞こえた。

 

「ゴーレムがいるわ。きっとセエレも」

 

 エンヴィはコクリと頷くと、黒奏槍を床に突き刺す。氷は前方へと広がっていき、強引に道を開いていく。

 エンヴィが作った道をギャラルが駆け抜けていくと、そこには予想通りゴーレムと、側にセエレの姿が。エンヴィも続いてやってくると、気づいたセエレが二人に声をかける。

 

「ギャラルにエンヴィ!二人共大丈夫だった?」

 

 エンヴィがむっとして反論しようとするが、ギャラルがそれを止める。

 

「大丈夫よ、ありがとう。セエレは勇者だもんね?」

「うん、二人のことも僕が守るからね!」

「………守られてばかりに見えますけどね」

 

 納得の行かないエンヴィは小声で毒づく。実際、ゴーレムはともかくセエレ自身はまともに戦えてないのにこの態度なので、こういう態度になるのもは仕方ない。

 

「セエレは二人の"声"がわかるよね?」

「カイムもレオナールも無事だよ。先に下に降りただって」

 

 ならばこの階に用はない。ゴーレム、ギャラル、エンヴィの三人でセエレを守る形で進んでいく。ゴーレムが盾となり、隙間からのエンヴィの鋭い刺突とギャラルの援護で道は開かれていく。

 下りの階段を発見し降りていき、続いてカイム達を探す。幸い"声"でお互いの居場所を確認できるので、合流するのにそこまで時間はかからなかった。

 

「セエレ、無事でしたか?」

「平気だよ!」

 

 互いの無事は報告はしていたが、それでも心配だったレオナールがセエレへ駆け寄る。

 彼がいるなら大丈夫だろうと、ギャラルは彼らの側を離れカイムの元へ。

 

「カイムは……無事のようね」

『当たり前だ。そんなことよりフリアエを助けなければ』

 

 全員揃い、盤石の体制でカイム達は要塞内を駆け回る。もはや帝国兵など敵ではない、圧倒的な戦力の前に為す術もなく散っていくだけだ。

 だからこそギャラルは耳を立て、次の階段がある場所を探そうとしていた。そんなギャラルに聞こえてきたのは道を示す足音などではなく、歌い声。

 

「ラララ、ララ、ララララ……」

 

 それも幼い少女の声。少なくともフリアエの声ではない。

 ……そこで気がつく。セエレの妹が天使の教会にいるということ、そしてその人物が司教ということ。

 

「待ってカイム、司教の声がするわ」

「司教……マナですか?」

「マナがいるの!?」

 

 カイムもフリアエの元に向かいたいとは思ったが、全ての元凶がいるならそっちを捕まえたら全てが解決するだろうと考えた。エンヴィも特に断る理由もないし、フリアエ探しよりも司教を優先することになった。

 ギャラルの案内に従っていく先には、赤い服をまとった少女が歌いながらくるくると回っていた。赤い少女が……司教マナが。



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第二節 かくれんぼ

要塞内部で司祭マナを発見したカイム達は、逃げるマナを追撃する。

歌うようにつぶやきながら、空間移動を続けるマナを要塞奥地に追い詰めろ!


「この"声"……そんな!」

 

 マナを歌を聞いたセエレは、その声の主がマナであると確信する。エンヴィが言っていたことは本当なのだとショックを受ける。

 しかし、進んだ先にはマナはいない。"声"もまた遠くから聞こえてくる。

 

「空間転移……やはり神の力でしょうか」

「この世界では、子供が空間転移できるのが常識ですか?」

 

 エンヴィの、全ての黒幕は神であるという主張を飲み込みきれていなかったレオナールも、その事実を受け入れざるを得ない。

 まだ疑っていたのかと呆れ気味のエンヴィは嫌味を吐くが、どうやらそれどころではなさそうだと気がつく。

 先程まで司教の姿があった部屋、今自分たちがいるこの部屋を囲うように帝国兵が群がっている。誘い込むための罠だっただろうか。

 

「セエレ、マモル」

 

 ゴーレムが我先にと進み巨大な拳で粉砕する。そうして空いた隊列の穴へカイムが飛び込み剣を振るう。

 エンヴィも合わせて突っ込んでいき、魔法が得意な二人は後方から援護。戦力が整っているのを確認したからか、レオナールの懐から妖精が姿を現す。

 

「おいおい、大事な大事なセエレちゃんを守るのに必死だな?」

「契約者とはいえ子供です。守らねば……」

「そうだよな!大切な"子供"何だからしっかり守れヨ!ほら、ほら、帝国兵がやってくるぞ、苦手な赤い鎧のやつが突破しちゃうぞ!」

 

 ここぞと楽しそうに煽り始める妖精に惑わされるレオナールだが、隙を見つけたギャラルがひょいっと隣に現れ、ガシッと鷲掴みにした。

 

「おいおい、オレっち殺したらレオナールも死んじまうぞ?」

「うるさい」

「ふげっ」

 

 デコピンをお見舞いして、レオナールへ返す。すみません……と申し訳無さそうにするが、なんかもういい加減慣れてしまったので、いいわよと軽く流してから、振り向きながら迫っていた帝国兵を一刀両断する。

 そうこうしている間に包囲網も崩れた。マナを追うために空いた道へカイム達は駆け出す。

 

「ギャラル、彼女の歌は聞こえますか?」

「聞いてみるから、帝国兵はお願い!」

 

 カイムとエンヴィが自然とギャラルの側に行き、レオナールはセエレを守る形で戦う。

 無尽蔵に湧く帝国兵共を狩るのはきりがない。司教を捕まえるのが先だ。

 

『天使は笑わない、天使はうつむかない、天使は病まない……ラララ』

 

 声を辿り、またマナを発見したカイム達が彼女のいる部屋へ突撃するが、その姿は消えてしまう。

 また空間転移を使ったのだ。更に待ち構えている帝国兵共を、全て相手にするわけにもいかないので手近な相手だけ斬り飛ばし再び走り出す。

 

『ララララ、ラララ、ララ、天使、ラ!』

 

 始まったのは、鬼ごっこかかくれんぼか……姿を見つけたと思えば転移で要塞内の別の地点へ消えてしまう。

 いつまでも捕まえられない現状に、一番焦りを感じ始めていたのはカイムだった。早くフリアエも助けに行かないといけないというのに、こうも遊ばれているとは……

 

『鬼さん、こちら!鬼さん、こちら!』

 

 マナも分かった上でやっているのだろう、いつまでも捕まえられず彷徨うカイム達を挑発し始める。

 しかし、カイム達は彷徨いながらも確実に帝国兵の数を減らしているし、要塞の構造も覚えてきていた。

 

「どうしてマナがこんなこと」

「分かりません。ですが、知るためにも彼女を捕らえねば」

 

 行った場所がどこか、まだ探していないところはどこか。足止めが減っているのも相まって、司教を探す足は早まっていく。

 

『お母さんといっしょ!おっかああああさっんーーーーっ!!』

「!?」

 

 突然の咆哮のような叫び声に驚き、ギャラルの足が少し止まる。しかし、逆に居場所を教えているようなものでもあった。

 その態度が気になったカイムがギャラルへ寄るが、大丈夫と言ってまた走り出す。

 要塞を探しに探してまだ手を付けていない端の部屋、そこに向かえば確かに司教マナの姿はそこにあった。

 

「見つかっちゃった!ララララ……」

 

 ついに追い込まれてしまったマナだったが、カイム達を小馬鹿にするような笑みを止めることはなかった。



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第三節 愛につつまれて

とうとう司祭マナを追い詰めたカイム達。しかしマナの態度は変わらない。

全ては愛なのだと、マナは語る。偽りの愛につつまれながら。


「天使、天使、天使は歌うよ。ララララララ」

 

 あいも変わらずふざけた調子で歌うマナへ、カイムは容赦なく剣を振るおうとする。

 しかしセエレがマナとカイムの間に入って、両手を大きく広げてマナを庇おうとする。

 

「やめて!僕の妹をいじめないで!!」

 

 流石のカイムも手が止まる。セエレごと斬るわけにもいかないし、何よりカイムにも大切な妹がいるからこそ、妹を守ろうとするセエレを無下にすることは出来なかった。

 しかし、そんな彼らの様子を全く気にせずにくるくる回っているマナは、その勢いでセエレを殴り転ばせてしまう。

 

「ゴゴゴーゴ!」

「だめだよ!やめて、ゴーレム!この子は僕の妹なんだ!!それに……マナがこんな風になったのはきっとぜんぶ僕のせいだから!」

 

 セエレを傷つけられたことに怒るゴーレムだったが、それでも攻撃をしないように説得していた。

 

「……うぅ……オカアサン……」

 

 セエレがいるからなのか、洗脳が弱まったのか……突然マナが頭を抱えて苦しみだす。愛を受けずに育った少女は、愛ゆえに苦しむ。

 

「しっかりして、マナ!……母さんは……もう死んじゃったんだよ」

「……ララララララララ……天使を逃がすな」

 

 しかし、突然元の様子に戻り回りだしたマナは、さり気なくセエレへと蹴りを入れた。突然の暴力に、セエレは対応できずに床に転がってしまう。

 あまりの行為に、見守っていた一同は驚く。カイムとて、妹から謂れのない暴力を受けるセエレの姿は心配になったのだ。

 それから、近くにある手頃な高台へ上る。そしてマナは"演説"を始めた。

 

「静粛になさい!あんた達にわたしは殺せない。だって、わたしは愛されているから!」

「違うわ。神はあなたを愛してなんかいない!」

 

 ここまで沈黙を保っていたギャラルも、とうとう我慢の限界が来て声を荒げる。ここまで心配してやってきた弟を足蹴にし、偽りの愛に溺れる姿に耐えられなくなったのだ。

 ……自分もまた、偽りの愛を信じ戦ってきたからこそ、見過ごせない。

 

「いいえ、私はあの方に……誰より強く愛されてるの!いい? 人間は自分達が一番必要なものにまだ気付いていない!」

「神はあなたを利用しているだけ!愛してなんかいないの!」

「あの女やそいつとは違う、あの方の愛は本物。バカね。ほんっとバカばっかり!救いはそこにあるというのに……バカはあの方に愛されっこない」

 

 盲目的に神の愛を信じ続けるマナ。何が彼女をここまで歪ませてしまったのかはギャラルには分からない。

 ただ、兄であるセエレのことを、そいつと呼び見下しているのだから彼のことを信じてはいないのだろう。そんなセエレ自身も僕のせいだと言っていたのだから、何かこじれるだけのものはあったのだろう。

 それらが何かは分からないし、今すぐ解決できるとは思わない。それでも、自分やエンヴィのように神の道具として使われ、罪を重ねてしまっているマナを殺して解決したいとも思わない。

 

「ララ、ララララララ……愛されないものに残るは……死よ!」

 

 だからこそもう一度説得する言葉を吐こうとするギャラルに、エンヴィが強く手を握った。

 

「無駄ですよ」

「なんで!?」

「愛というのがどれほど面倒なものか、私は知っているつもりです。……これでも、ロンギヌスなので」

 

 そう言うエンヴィの顔は、諦観に満ちていた。エンヴィとて元から今のような性格だったわけではない。ロンギヌスというキル姫も世界の平和を望み、武器を振ることを好まないような心優しいキル姫なのだ。

 今もその心が残っているわけではないが、その記憶は残っている。ただ今のひねくれて嫉妬深くて面倒な性格になったからこそ、その頃に抱いていた感情は人を盲目的にさせる面倒な感情の一つだと認識している。

 

「セエレ、シヌ。カナシイ……」

「ごめんね、ごめんね、許して、マナ……助けて……ゴーレム……」

 

 マナの言葉に反応して守ろうとするゴーレムと、そんなゴーレムを止めることをしなくなったセエレ。

 セエレがこうも簡単に諦めてしまうのは、やはり子供だからか。しかしそうでない大人達も、誰もゴーレムを止めようとする気配はない。

 ギャラルもまた、そんな彼らを敵に回してまで世界の脅威であるマナを庇おうと思えるほどの勇気はなかった。ただ目を逸らして、顔を歪ませる。

 そんなギャラルのことを慰めるように、エンヴィが握っていた手は少し弱くなり、優しくもう一度掴み直した。

 

「今こそ、神の愛を知る時です」

 

 マナを排除すべく歩きだすゴーレム。その姿を見てもマナは動じない。それどころか余裕の笑みで演説を再開する。

 

「深い愛、偉大な愛、そして!慈悲深き鉄槌を愚かな人間にくだすもまた愛……」

 

 だって、私は愛されているから。愛されている限り、私は死なない。

 ゴーレムの拳が握られ、腕を大きく引く。そしてその拳は容赦なく、マナへと叩きつけられた。

 ギャラルの耳に届いたのは、肉が剥げ骨が折れ、潰される人間の音。そして、人を潰し血塗れになった拳から滴り落ちる、血の音。……神は、マナを守りはしなかった。

 レオナールはセエレを庇うように側に寄り、カイムはどうでも良さげな顔で去ろうとする。

 

『どうせ殺すのならば、こんな茶番をする必要もなかっただろう』

 

 そう考えていたカイムだったが、直後要塞全体が震えだす。何が起きたのだと辺りを見回してから、警戒しながらギャラル達の元へ戻ってくる。

 

「な、なにが始まるのですか!?この子供は本当に神の……?」

 

 突然の出来事に混乱するレオナールは喋る。レオナールにとって、あんな子供が司教であり神の傀儡であったことは、心から信じていなかったのだろう。

 そして、全員の視線は自然とエンヴィに集まる。だがそのエンヴィも、青い顔で頭を横に振っていた。



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第四節 楽園

司祭マナは死んだ。兄セエレの手によって。
神の使いが消え、全てが終わったかに思えたとき、世界の崩壊が始まる。

そして、崩れゆく空中要塞の中で、イウヴァルトはフリアエを妄執の腕に抱きながら閃光の中に消えた。


 崩壊を始める空中要塞。帝国兵が指揮系統を失い混乱している中で、カイム達は走り抜ける。

 

『我は出口にいるぞ。早く来い、カイム!』

 

 カイム達が脱出できるようにアンヘルも待機している。周囲の防衛用の兵器も、そのほとんどは破壊してある。

 妹を殺してしまったことでかなり落ち込んでいるセエレを、レオナールが担いで走っている。剣を振りにくいようなのでギャラルが護衛として近くにいたのだが、帝国兵が全然攻撃を仕掛けてこないのでその内やめた。

 要塞内の道は複雑になっており、先程散々走り回った四階はともかく、それ以外のフロアは道が分からない。エンヴィも別に要塞の構造を把握している訳ではないので、がむしゃらになって走っている。

 

「……結局神は、私のこと、信用してなかったみたいですね!」

 

 走りながらエンヴィは一つ結論付けていた。この世界に連れてこられたときに、必要な知識は神から授けられていたはずなのだが、マナが死んだ時にこんなことが起きるというのは聞いていなかった。

 キル姫というのは人間の人間のよる人間ための兵器であり、そんな自分が裏切る可能性があることは重々承知だったのだろう。

 

「裏切って正解だったでしょ!」

「本当に……そうですね!」

 

 ドヤ顔で言うギャラルに、エンヴィもまた心を込めて返す。最初からこうなることを見越していたわけではあるまいが、道具扱いしてる時点でいい待遇などあるはずないのだ。

 帝国兵の流れかき分け進むカイム達は、ようやく出口を見つけた。

 

「ギャラル、セエレを頼みます」

「分かったわ。セエレ、こっちに来て」

 

 ギャラルがレオナールからセエレを受け取り背負い、残りの三人は外のアンヘルの背へと乗っていく。

 ギャラルは自力で飛んで、全員が要塞から脱出した。

 

 しかし、要塞内にはまだ彼らがいた。

 神の力を行使していたマナがいなくなり、イウヴァルトにかかっていた洗脳は解けた。脱出するカイム達とは逆に、フリアエを探し祭壇まで来ていた。

 

「フリアエ!フリアエ!?」

 

 床に倒れているフリアエを見つけたイウヴァルトは、彼女を抱き起こし声をかける。

 フリアエの目がゆっくりと開かれて、その姿を認識する。

 

「……イウヴァルト……」

「神は死んだぞ、フリアエ!神はもういないんだ!自由だぞ!ハハハハハハハハハハハハハッ!」

 

 しかし、洗脳が解かれたことが正気に戻ったと同じということではない。

 カイムへのコンプレックスを刺激され赤目の病を発症し、神に操られていたイウヴァルトが、洗脳が解けたからと元通りになれるかといえばそうでもないのだ。

 狂気的な笑いをしたイウヴァルトに驚き逃げようとしたフリアエを、彼は掴み直す。自分が避けられているとは微塵も思っていないのだ。

 

「だいじょうぶ、だいじょうぶだからな。怯えるな。だいじょうぶだから……。俺達にはやるべきことがあるんだ」

「……あなたは何を?」

「フリアエ、俺達は創造主となるんだよ。エデンがなくなろうとも、俺達が神だ!!ハハハハハーッハハハ!!」

「……」

 

 立ち上がり再び笑い出すイウヴァルトと、それを見守るフリアエ。狂喜の底へと落ちてしまったかつての友人を見ながら、要塞の崩壊に巻き込まれていく。

 そして二人は、光の中へと消えていった。



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第十二章 混沌
第1節 堕胎


神の使いである司教マナの死と共に、この世界の理の全てが音を立てて崩れ落ちようとしていた。
空からは異形の"敵"が舞い降り破壊の宴を開始する。

そして"敵"で埋め尽くされた帝都の空にカイムは舞い上がった。血を吐き、最後まで足掻き続けるために。


 カイム達は帝都へ向かった。ヴェルドレの"声"で、彼らが帝都へと進軍していることを聞いていたからだ。

 帝都に入ってすぐのところで、カイム達は合流する。お互い何があったのかを改めて伝えようとして、一同は固まった。

 赤い空にかかる分厚い雲を割るように光が溢れ出す。それは幾つも現れていく。その光から何かがゆっくりと降りてくる。

 ……赤子だ。それも人間の。いや、そんなはずはないのだ。地上から人間の赤子だと認識できるということは、それだけの巨体なのだ。

 胎内から子供が生まれるように、頭からゆっくりと降り注ぐ。世に生を得た喜びを分かち合うかのように、"敵"は産声を上げる。

 "敵"はそのまま空を飛び、帝都中へ広がっていく。そうして各地へと降り立っていく。

 

「この異常な光景!いったいどうなっているのだ!?」

 

 アンヘルが叫ぶ。それはこの場にいる……アリオーシュを除く全員が思っていることだった。

 カイムは再びアンヘルの背に乗り、ギャラルへと手を伸ばす。その意味を理解したギャラルもアンヘルへ急いで乗り、彼らは空へと飛翔した。

 

 空に上がり徘徊している"敵"は、何れもアンヘルよりも大きい。近くで見て改めてその存在感と気持ち悪さを実感させられる。

 "敵"は目の前に現れた敵を倒すべく、口から魔力弾を放つ。ゆっくりと、だがこちらを確実に狙って飛んでくる弾をカイムは剣で斬ろうとするが、ギャラルが止める。

 

「待って、あの弾から異様な魔力を感じるわ」

「ああ。我とてあれを食らって生き延びられるか……!」

 

 その弾が接近してきて、カイムもまた肌で感じる。今まで見てきたものとは一線を画すものだと。

 

「司教を倒せば終わり……ではなかったのか?」

 

 残された地上の者たちの中で、ヴェルドレが呟く。再び視線はエンヴィへと注がれるが、おぞましき者共をを見る彼女の目から、全てを察する。

 

「あの赤子は何者?……まるで天使のようだ……」

「あれが、天使……ですか?」

 

 呆然と呟くヴェルドレの言葉に反応する七支刀。なるほど神々しく見えるといえば聞こえはいいかもしれないが、アレはそんなものではない。

 何が起きているのか、何をすればいいのか。彼ら彼女らが固まっている間にも、赤子は生を得て地獄を作り出す。

 

「私は今、目が見えないことを救いに感じています……」

「これが、神のやり方ですか……?」

「……僕達……許されないのかな……」

 

 絶望と混乱が生じる戦場。彼の悲鳴が全てを物語っていた。

 

「世界はどうなってしまうのだ?誰か!誰か教えてくれっ!」

 

 

 上空。アンヘルの炎が、カイムの魔法が、ギャラルの放つ魔力が、"敵"の放つ弾が、互いの命を奪おうと飛び交っていた。

 "敵"は生まれたてだからなのか、幸い一体辺りは大して固くなく、こちらの攻撃が当たるたびに悲鳴を上げ地上へと堕ちていく。

 しかし問題はその数だ。この周囲を見るだけでも、百はいるだろう。

 

「退くな!理由はわからぬ。我の本能がそう告げている」

 

 それは地上で足を止めてしまっている仲間への叱咤か、背中にいる戦友達への激勵か、恐怖する自身を奮い立たせるためか。アンヘルが発した声は、僅かながらも勇気を振り絞る活力となる。

 

「……何なのよ、この赤子は!」

 

 無数の敵と戦うことそのものへの耐性は付いている。ここまでの道中だってずっとそうだった。

 しかし強大な力を持つこの赤子達は、その比ではない。その力も数も異様さも、何もかもが。

 

「もはや我らの理解を越えた世界。どうなっているのか、分かるのは神だけであろう」

 

 エンヴィの言葉が本当であるのならば、全ての元凶が神だと言うのなら。この事態を引き起こしたのはきっと神なのだろう。

 何が起きているか混乱が続いている中で、ただ倒すべき相手が、元凶がいると考えればまだ気楽なものだった。

 墜とせど生まれる"敵"は消えない。……戦いは続く。



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第2節 真実の行方

謎の"敵"と共に死んだ帝国兵どもが冥界から蘇った。敵を殲滅し血路を切り開け!


 ただ目の前の"敵"を倒すために、彼らは走り始める。地上に降り立つ"敵"だけでなく、この地で散っていったであろう帝国兵もアンデッドナイトとして蘇り再び地に足を付ける。

 

「どうせ一度死んだ身……いつ何処で朽ち果てようとも悔いはありません」

「そんなこと言わないでください。生き延びれるのなら、それが一番ではないですか!」

 

 覚悟を決めたレオナールと、まだ迷いの残る七支刀。魔法がアンデッドナイトを消し飛ばし、その間を駆け抜け"敵"へ刃を向ける。

 

「……死んだ身というのなら、私だってそうです」

「ゴゴーッ、シヌ、カナシイ」

 

 ゴーレムの拳が眼前の骸骨共を粉砕し、ゴーレムの腕を蹴りエンヴィが"敵"へと肉薄する。

 七支刀の刃が"敵"を裂き、エンヴィの黒奏槍が貫く。しかし僅かな違和感を覚える。

 更にレオナールが"敵"へ向けて魔法を放つが、光が"敵"へ触れる前に消滅してしまう。一瞬だけだが、光る防壁のようなものが見えた。

 

「魔法が効かない?」

「レオナール様は骸骨兵の相手をお願いします。赤子は私達が!」

 

 七支刀が、エンヴィが、ゴーレムが、赤子を斬り貫き潰し殺すたびに悲鳴が上がる。何もかもが異様なこの空間の中で、更に彼らの心を蝕むばかりだ。

 

「ク・アボーイル・レヴェ・ヴォーレー・セレ・ヴェー

イーレー」

 

 ヴェルドレが必死になっては呪文を唱え続ける。それは抵抗するためというより、神に祈るためのような。いや、祈るべき相手は神だろうか。一体何に縋ればよいのか。

 抵抗を続ける彼らの元へ、赤いドラゴンの影が降りてくる。そこから飛び降りる二人の人影。魔法が効かなくなった"敵"への空中戦は限界があると一度地上へと戻ってきたのだ。

 

「もうおぬしを引き止めるものは何もない。すべてを焼く尽くしてやろうぞ!」

 

 降りてきたカイムには、笑みが浮かんでいた。それはいつも通りの、殺戮への喜びが見て取れる笑み。

 だがそれを否定し引き止める者などいない。むしろこの状況ならばありがたいまである。

 

「殺すことで生きる意味を見出すおぬしこそ、この世界

にふさわしい男かも知れぬな」

「……頼りにしてるわよ、カイム!」

 

 "敵"の放つ魔力を避けるたびに、地上が抉られていく。ただ闇雲に戦うだけでは追い詰められるだけだと、彼らの足は自然と帝都の中央に向けられていく。

 アンヘルの炎とレオナールの魔法がアンデッドナイトを蹴散らし、"敵"の攻撃を躱しながら肉薄し堕としていく。一つまた一つと赤子の断末魔があがる。

 何が正しいのか何が間違っているのか、普通の倫理観など置いてけぼりにされてこの異常な世界で彼らは戦い続ける。

 丘陵地帯での戦いに生き残ったのだろう連合兵が帝都へと向かうが、怯え竦み、勇気を振り絞り進めば"敵"の餌食となる。

 この異様な戦場で生き残り進めるのは、奇しくも異常な集団であるカイム達だけなのだ。

 

「焼ける匂いがするわ。くっっくくくくく……あっははははははははは!」

 

 そんな世界の行末になど微塵も興味のないアリオーシュも、気分を高揚させ殺戮へと飛び込んでいく。

 

「ギャラルが……ギャラルなら、出来るかしら」

「どうした?何か策でもあるのか」

 

 一つ、ギャラルの中に作戦が浮かんでいた。しかしそれは安易に実行できるものでもないし、そもそも現状を突破しなければいけないものだ。

 迷いながら発された呟きに、アンヘルは問いかけるがすぐには答えは返ってこない。

 

「……少し考えさせて」

「まずは突破しなければいけませんね。このまま無駄死にするくらいなら」

「世界が悲鳴に包まれています……早くあの忌まわしき臭いの怪物を殺さなくては!」

 

 カイム達は進んでいく。しかし状況は変わるのだった。アリオーシュがカイム達から離れていくことに、誰かが早く気がつければそうはならなかったのかもしれない。



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第3節 それぞれの終わり

 アリオーシュは一人離れていた。理由は単純明快、ごちそうのため。

 

「来て!ひとつに……なりましょう。私の赤ちゃん」

 

 アリオーシュを取り囲むように降り立つ"敵"へ両手を伸ばす。そして剣を握り、ごちそうを頂くために剣を振る。

 彼女がいなくなっていることに最初に気がついたのはヴェルドレだった。"敵"に襲われないように隅っこで座り震えていた彼も、カイム達から少し離れていたからこそ最初に気がつく。

 だが気がついたところでどうだというのだ。その事実を誰にも伝えない。

 次に気がついたのはレオナールだった。魔法を主にして戦う彼は全体を俯瞰していたからだ。

 斬り刻み殺した"敵"へ、赤子へと迫る。たった一人で大量の"敵"を相手にしボロボロになりながらも、念願のごちそうへと食らいつく。

 そのアリオーシュの姿を見て、"敵"は学習した。食べるという行為を。

 赤子達に、次々と歯が生えていく異様な光景に、全員驚き固まる。そして、"敵"の視線がアリオーシュへと注がれていることにも。

 

「アリオーシュ、いったい何を?」

 

 アリオーシュが何をしているかまでは見えていなかったので、困惑する。

 抵抗を続けるカイム達よりも、"敵"を食らい無抵抗になっているアリオーシュへと"敵"は集まっていく。

 アリオーシュもそれに気が付き、向かってくる赤子へと両手を広げ、喜びの笑みを浮かべる。

 

「ごちそう、いっぱい」

 

 直後、アリオーシュの元へと"敵"が降り注ぐ。たった今学習した行動を試すため、アリオーシュを、食べるため。

 "敵"の巨大な口により、アリオーシュの身体は引き千切られ飲み込まれていく。

 

「アリオーシュ!?そんな……」

「自業自得ですよ」

 

 仲間のあまりの死に様に動転するギャラルと、冷たく吐き捨てるエンヴィ。セエレも驚きレオナールへとしがみつく。

 

「何もかも狂ってる……、ここは地獄だ……」

 

 様子を伺っていたヴェルドレが呟く。何もかもが異様と化したこの世界で、なお現れるのは異様な光景ばかり。次から次へと頭のおかしくなりそうなことばかりが起きる。

 しかし、その中でも正気を保ち続けていたアンヘルが彼らを叱咤する。

 

「壊れるのは後にしろ。女の開いてくれた道を進まねば命はないぞ!」

 

 アリオーシュを食べることに夢中になっているのか、いやアリオーシュだけに飽き足らず共食いまで狙っているのか。ひたすらに食べることへ集中している"敵"は、今はカイム達を狙ってこない。幸か不幸か、アリオーシュの行動は道を作ったのだ。

 カイム達は走り始める。ヴェルドレを置いて。

 

「ま、待ってくれ〜っ!」

 

 戦うのは怖いが、一人で取り残されるのはもっと怖い。慌ててヴェルドレも走り追いかける。

 

 カイム達が進む先に、一際大きな"敵"が姿を現す。それは、まるで母親のような、女性を象ったものだった。

 おぞましい存在だが、あれを倒すべきだという明確な指標が出来た。やはり帝都の中枢へと進むしかないらしい。

 闇雲に"敵"を倒すだけではきりがないと、戦闘は最低限にし進むことを優先する。しかし稼がれた時間も有限であり、"敵"は再びカイム達を阻む。

 

「道をひらくにはやるしかありません」

 

 レオナールは、覚悟を決めていた。ギャラルへと見えないながらも向き、決意とともに口を開く。

 

「ギャラル、何か案があるのですね」

「ええ。でも……」

 

 確かに案はある。しかしまだ迷いがあった。理由は幾つもあるが、やったことはないし出来る保証もないし、それ故自身もない。失敗して取り返しのつくものでもないと迷いが頭から離れない。

 

「わかりました。さあ!行ってください!ここは私が……」

「やだよ!」

 

 即座に否定の言葉を放ち、レオナールに駆け寄るのはセエレだった。

 

「一緒に行けないの?どうして行けないの?僕、イヤだ。もう人が死ぬのはイヤだよ!」

 

 セエレが勢いよくレオナールへ抱きつく。かなり身長差があり、その両手は腰の辺りへ伸ばされるが、そうなると頭部は……

 興奮し、そそり勃つ。みしみしと音をたて喜びを証明する。あまりの興奮に息を呑む。しかしそんな甘い誘惑を振り切るためにも、レオナールは声をかける。

 

「……セエレ。君はとてもいい匂いだ……」

 

 目が見えない彼なりの、最大の謝辞と共に。座り目線の高さを合わせ、諭すように。

 

「だいじょうぶ。私は死にません。さぁ、行って!行くのです!!」

 

 嘘だ。レオナールのそれは死を覚悟した人間の目だ。

 しかし止めるものはいない。カイム達は迷い進めない者の手を引き、彼一人だけ残して進んでいった。

 みんないなくなったことを見て安心し、振り向く。おびただしい数の"敵"が、一人残ったレオナールを食らうべく列をなし、いや波を作り迫っていた。

 

「おい、バカ。あさましい真似するなよ。俺まで死んじゃうよ?」

 

 だが一人、彼が死ぬことに反対するものは残っていた。妖精である。

 レオナールが死ぬことはともかく、契約している自分まで死んでしまうのだから大問題だ。

 

「死んだら、あのセエレちゃんとも遊べないよ?」

 

 一度死のうとして、それが出来なかった意気地なし。だから妖精が漬け込んで契約して、今ここにいる。

 何とかレオナールの覚悟を砕けないかと口を回すが、彼の震える手は強く握られた。

 

「……お願いしますよ。生きてください、レオナールさん。ねっお願い、お願い!」

 

 必死に懇願する妖精の声は、もはやレオナールの決意の前には障害でさえない。

 妖精に抵抗させないためにも、レオナールは強く妖精を掴む。

 

「ぎゃっ!どうせ怖くて死ねねぇんだろがっ!?なっ?そうだろっ?おい?やめろって!」

 

 懇願しても駄目ならと罵倒し始めるが、レオナールは動かない。

 そうしている間にも、"敵"は二人へと近づいてくる。迫る死へと、二人は咆哮を上げた。

 

「やめろおおおおおおっ!やめろおおおおおおっ!やめろおおおおおおっ!」

「……希望の最期は死にあらず!うおおおおおおおおっ!!」

 

 先頭の"敵"がレオナールを食らおうと口を広げ地に伏せる、その瞬間。

 レオナールと妖精の持つ、全ての魔力が解き放たれた。それは巨大な爆発となり、近づいてきていた"敵"を飲み込んでいく。白い閃光と共に、全てが消し飛んだのだった。



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第4節 最後の希望

圧倒的な数の"敵"の前にアリオーシュが倒され、レオナールもまたカイム達に道を作るべく爆死した。

彼らの死に後押しされ、ギャラルホルンもまた覚悟を決める。世界を守るための残された可能性に賭けるべく、皆に作戦を提案した。


「ねえ、レオナールは死んじゃったの?僕のせい?」

 

 進んでいく中で、セエレが呟く。それは誰に向けて放たれた言葉だろうか。

 ギャラルは最後まで持っていた悩みを、ようやく振り切った。レオナールの覚悟がギャラルへと新しい風を運んだのだ。

 

「みんな、少し話があるの」

「ようやく腹をくくったか?して、何をするつもりだ」

「……世界を終わらせるわ」

 

 神器ギャラルホルンを握りしめ、言う。これがギャラルにとって出来る、唯一にして最大の作戦なのだ。

 

「終わらせるだと?血迷ったか」

「いいえ。"敵"の侵食を受けている一帯だけに限定してするの」

「馬鹿な、そんなことが出来るのか?」

 

 突拍子もない作戦に、ヴェルドレは呆れたような困惑したような、なんとも言えない調子で追及する。

 ギャラルホルンというキル姫の強さは散々見てきたが、そんな世界を変えるようなことを為せるとは思えない。

 

「ギャラルのキラーズ、ギャラルホルンはラグナロクの始まりを告げたと言うわ。それは戦いの始まりであり、世界の終わりでもある。そういう解釈が出来るキラーズだからこそ、可能性はあるわ」

「また神話か。寓話に頼らなければ何もできないとは、人類とは……もろいな」

 

 アンヘルの言葉はいつも通り人類を侮蔑するような言い方だったが、その優しい慈しむような声音からはそうとは聞き取れなかった。

 

「それに、ギャラルは此岸と彼岸を繋げたことだってあるのよ。それくらいできるわ」

「そうか、それしか策がないのなら賭けようぞ。ただその策、ここいら一帯を終わらせるということは……」

 

 アンヘルは言いにくそうにそこで止める。ギャラルが限界までこの作戦をすることに悩み続けていた理由を察したからだ。

 この周囲一帯を終わらせる、つまり死なせるということは共にいる自分たちも、更にはギャラル本人も例外なく死ぬのだろうということだ。

 

「ならば、私はここに残ります」

「エンヴィ……」

「私も一度は死んだ身です。存在しない者に阻まれるなんていい気味です」

 

 作戦が成功しようがしまいが死ぬからか、最初から生き残るつもりなどなかったのか。エンヴィが笑みを浮かべてそう言う。

 その視線の先は大量の"敵"。二人の死によって稼がれた時間も失われつつある。だから再び時間を稼ごうと考えたのだ。

 

「そんな!エンヴィまでいなくなっちゃうの?」

「……大丈夫ですよ、セエレ様。わたくしも残りますから」

 

 静かに見つめていた七支刀の発言に、エンヴィは驚き振り返る。

 

「生きて、エンヴィも一緒にラグナロク大陸に行くと約束したではないですか」

「……そう」

 

 この大量の"敵"相手に死ななかったとして、どうせ死ぬのだ。その約束は絶対に果たせないものだと分かっている上で言っているのだ。

 七支刀はいつも通りの柔らかな笑みを浮かべているようで、その目は覚悟に満ち溢れていた。死地へ向かう自分へ生き残ると言い聞かせるためか、渋るセエレの背中を押すためか。

 それを察したエンヴィも、余計なことは言わないようにした。

 

「ありがとう」

 

 どう転んでも生きて残る道はないとはいえ、自ら殿を務めるのには勇気がいるはずだ。

 二人に感謝の気持ちを伝えると、ああそうだとエンヴィはもう一度ギャラルを見て、言い忘れていたことを伝えた。

 

「あなたの強さも優しさも、羨ましかったですよ。ただそんなあなたを支えられるのがカイムだけだというのは、妬ましいですが」

 

 ギャラルからカイムへと視線を移す。カイムは、時々エンヴィから感じていた視線の正体をようやく知った。

 そんな嫉妬の感情への興味はないし、そもそもそんなに妬ましいことか?と理解は全くできなかったが。

 

「さあ、行ってください!ギャラルを最後まで、守ってあげてください!」

『ああ。言われなくても守るさ』

 

 ただ、エンヴィの残した想いを受け取り頷く。もうお互い残す言葉はないと、稼ぐ時間を無駄にもしないために二人を置いて母体へと走っていった。

 迫る無数の"敵"を前に、二人は武器へ全ての力を込める。生き残るための戦いではなく、時間を稼ぐための戦いだから。

 

「……でも、良かったのですか?ついていけば、帰れた可能性はありました」

「アリオーシュ様やレオナール様の犠牲を踏み台にして逃げるつもりはありません。それに、ギャラルホルン様もエンヴィ様も、皆が立ち向かうと決めたのです。……それに、待ってる戦いのほうが得意ですからね」

 

 そう語る七支刀に、後悔の表情はなかった。

 神器の刀身が、激しく回転を始める。風を巻き込み、激しいエネルギーの嵐が生まれていく。神器を天に掲げると、まるで天変地異でも起きたかのように、とてつもない嵐が天を裂く。

 エンヴィもまた、悪魔の血の力を全て解放し黒奏槍込めていく。赤い光が槍を包んでいき、生物のように脈打ち始めていく。

 二つの強大なエネルギーへと、それでも臆さずただ捕食するために集まってくる"敵"へ、ただ一体でも多く巻き込むために引き付ける。

 二人を丸呑みしようと、その巨大な口が開かれて眼前へ迫るその瞬間、七支刀は神器を振り下ろす。そしてその嵐の中へ、エンヴィは黒奏槍を投げ込む。二つの力が混じり合い、赤黒いエネルギーをまとった嵐は、迫る敵全てを破壊した。



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第5節 おおいなる時間

ギャラルホルンを生かすために、エンヴィと七支刀も犠牲になる。
もはや帰るべき場所はどこにも無い。
ただ、この世界の破壊を食い止めるために、残された者達は"敵"の巨大な本体を目指した。


 ギャラル達が進んでいく中、"敵"の母体は膨張を続ける。それは子を妊む母親のように、お腹に当たるであろう部分が膨らんでいく。

 

「アレは一体何を?世界の何を奪っているのだ!?」

 

 ただ膨らんでいるだけではない。帝都を中心に、世界が歪み始めている。世界から何か奪い膨張している、恐ろしき光景なのだ。

 

「あの大きくてコワイやつは……"時間"を操るんだよ」

「セエレの言っている”時間”とはもしや……"おおいなる時間"のことか?」

「"おおいなる時間"?」

 

 ヴェルドレの言う聞き慣れない単語に、ギャラルは聞き返す。彼女の作戦の邪魔になる要素であることを心配してだ。

 

「"おおいなる時間"とは世界を成り立たせている時のことだ。神話の中での話だが……」

「時間、か。関係ないわね、全て終わるのだから」

 

 契約の代償として時間を失っているセエレだからこそ、母体が時間を歪める存在であることに気がついた。そして神官長であるヴェルドレは、"おおいなる時間"という概念を知っていた。

 しかし、幸いにもギャラルの行動の邪魔にはならなそうだ。世界を終わらせるというのは物理的な話ではない、もっと概念的な話だからだ。

 

「また神話か。しかし、もはやそれしか頼る術はないか……」

 

 いつもなら、また寓話に頼る愚かな人類を否定するだろう。しかし、自分もまたその寓話の力に頼るしか道が残されていない現実に、自らの弱さを噛みしめる。

 散っていった者達が開いた道のおかげで、母体への距離は縮まっていた。アンヘルは、この距離ならばギャラルを送ることが出来るかもしれないと考え始める。最期の決断だ。

 

「ねえ、ギャラル。行くんだよね?」

「ええ、全部終わらせるわ」

「……分かった。ゴーレム、残ろう!」

 

 走り続けるカイム達を残し、セエレはゴーレムと共に立ち止まる。

 少年の決断に、残った彼らも驚きを隠せない。

 

「良いのか?」

「うん!だって、"僕たち"は勇者なんだ!みんなで戦って、世界を守るんだから。だから……だから……」

 

 続く言葉が出ないセエレへと、ギャラルは歩み寄る。そして彼の小さな体を持ち上げ、優しく抱きしめた。

 

「うん、"ギャラルたち"で世界を守るのよね。ありがとう」

 

 それ以上は言わない。死地へ残る彼に遺すべき言葉は、思い浮かばなかった。ただ彼の勇気に感謝するだけ。

 勇者というのは、ただ力が強ければなれるものではない。彼のように、勇気を持つ者が真の意味で勇者なのだと心に刻む。

 セエレを下ろし、ゴーレムへ視線を向ける。セエレではなく、ゴーレムに向かっての言葉を告げる。

 

「セエレのこと、守ってあげて」

「セエレ、イッショ……ギャラル、マモル」

 

 みな、覚悟などとう終わっていた。たった一人を除いて。その一人は、ついに自身を守ってくれる存在がいなくなってしまうことも、更にはギャラルが何をしようとしているのかも全て理解してしまう。

 つまり、どう足掻いても死ぬのだ。唯一逃れる方法は、"敵"に侵食されているこの地域から脱出することだが、それは不可能だということも分からないほど馬鹿ではない。

 

「助けて!神よ!! 助けたまえ!」

「………」

 

 現実を理解してしまう、けれども受け入れたくない、そんな彼の嘆きをただカイムは呆れた様子で見つめる。

 全ての元凶である神に救いを求める様は、あまりにも無様だった。

 

「死ぬ!死ぬ!死ぬのはイヤだ!!」

 

 セエレでさえ覚悟を決めたこの空間で、ただ嘆き叫ぶヴェルドレの姿に、それでもギャラルは笑いも否定もしない。

 死ぬのが怖いのは当たり前なのだ。彼のように戦うことが、死ぬのが怖い当たり前の人たちを守る力を欲したのだ。

 

「ごめんなさい、ヴェルドレ。もう……」

「謝らないでくれ!まだ可能性はあるのだろう!?イヤだ!こんなことで死ぬなんて!」

 

 ギャラルの謝罪が、もう助ける術などないと否応なく現実を叩きつける。

 もう残すことはないと、ギャラルもカイムは"敵"の母体を見つめ、セエレとゴーレムは迫る"敵"の大群を見つめる。

 

「神話において勇者はいつも"希望"だ。我らもまた、この世界における希望となるか?」

「うん、アンヘルも、みんなも、"希望"だよ。だから、行って!」

「待ってくれ!行かないでくれ!一人にしないで〜!!」

 

 カイムとギャラルはアンヘルの背に乗る。ゴーレムも、"敵"を倒すために拳を握り歩きだす。

 絶望と混乱の最中に残されたヴェルドレを置いて、彼らは最期の戦いへと歩み出した。



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第6節 終焉

巨大化し、今にも世界を飲み込もうとする"敵"
終わりゆく世界を前に、カイム達は最期の戦いを仕掛ける。

全てを覚悟するギャラルにカイム達は最期の希望を託す。
終焉の力を宿したキル姫を乗せ、ドラゴンが"敵"に向けて飛び立った。


 二人を背に載せた赤いドラゴンは、雄大な翼を広げ真紅の空へと飛び立つ。待ち受けるは無数の赤子と母体。背後の赤子をゴーレムが止めている間に、少しでも進むためにと全速力で空を漕ぐ。

 彼らの間に言葉はない。思い残すことはないから。例え成功しようが失敗しようが待つのは死だ。世界が滅びるかどうかの違いだけであり、カイムとアンヘルもそれを理解した上で付き合っているのだ。これしか世界を救う道はないから、そうする以外の選択肢などない。

 アンヘルを止めるべく、赤子は口を開く数えきれないほどの魔力弾を飛ばす。ドラゴンの紅蓮の炎が魔力弾と相殺されるが、それでも膨大な数の魔力弾を撃ち落とせるほど無尽蔵に撃てるわけではない。

 カイムも剣を抜き落としきれない弾を弾いていく。弾く度に剣は傷つき、最後には折れてしまうが新たな剣を抜き再び振るう。最期の戦いなのだから、もう遠慮などいらない。

 ギャラルはただ母体を見つめ、静かにその時を待つ。ギャラルホルンというキラーズの全てを解放するのだ、道中で中途半端に力を使うわけにはいかない。

 膨張していくお腹を支えきれないのか、母体は地に伏せる。仰向けのまま巨大な腹を広げたままだ。降りるならその腹の上が一番だろうとアンヘルは目星をつける。

 カイムはふと背後を見ると、"敵"が追いかけてきている。セエレの"声"も感じない。足止めも終わったのだろう、次々と赤子はその口を大きく開き追いかけてくる。弾を撃ってこないのは幸いだろうか。

 

『追いつかれるぞ!』

「我の翼ではここまでか……?」

 

 弾数が減っていくが、同時に迫ってくる赤子の数が増えていく。背後からのはまだいい、眼前に迫ってくる"敵"は壁となっていく。このままでは辿り着けるかさえ怪しい。

 もう、彼女を母体へ送り届けるのはここまでだろう。そう判断したアンヘルは、最期の言葉を遺し全てを託した。

 

「行け!ギャラルホルン!今度こそ、お前の力で世界を救うのだ!!」

 

 もうアンヘルの巨体では通れないだろう、"敵"の隙間目掛けてギャラルは背中から飛び出した。

 少女の影が見えなくなっていく。無事に辿り着けるだろうかと心配しそうになるが、それも不要だと判断する。ギャラルホルンはやり遂げる、絶対に。

 その確信と共に、大口を開いて迫る赤子の群れへと焦点を戻した。

 

 ギャラルは"敵"の群れから飛び出し、もはや原型が分からないくらい膨らんだ母体へと飛んでいく。

 ギャラルの小さな身体よりも、ドラゴンの大きな身体をお気に召したのか誰もギャラルを追ってこない。代わりに聞こえてるのか、ドラゴンの断末魔。アンヘルとカイムもまた、ギャラルのために、世界のために命を落としたのだ。

 勢いのまま母体へと迫り、その丸い腹の上にギャラルは落ちていく。そのまま腹のてっぺんへと降り立ち、神器ギャラルホルンを取り出す。

 祈りと共に、全てのキラーズの力を出し演奏する。一定の区域だけに効果を及ばせるというのは、ただ世界を終焉に導くのとは難しさが違う。全力を出しながらも繊細さを求められる難解な業だったが、彼女の心の中は不思議と穏やかだった。

 重々しいギャラルホルンの音が、帝都を中心に世界へと響く。人間を滅ぼすべく蹂躙していた"敵"も、ただ操られるままに戦っていたアンデッドナイトも、最後まで抵抗を続けていた連合兵も、ただ震えて座っているヴェルドレさえ、その不思議な音色に立ち止まる。

 母体の周囲にいた"敵"は非常事態だと理解し、アンヘルを貪るのをやめ母親の元へ帰ろうとする。腹の上に立つ脅威を食らうべく進んでいく"敵"は、しかし辿り着くことはなかった。

 次々と上がる悲鳴。理解のできない、常軌を逸した現象。ただ過程を全て飛び越えて、"敵"は死んでいく。それは不死身のアンデッドナイトでさえも例外ではない。笛の音の及ぶ、全ての範囲で同じ異変が起き始めた。

 それは生命体に限らず起きていった。"敵"に捨てられ落ちていくドラゴンの亡骸も、最後まで少年を守るべく戦ったゴーレムも、宿主をなくしたキラーズの武器さえも、帝都の街も人も草木も、例外なく死へと飲み込まれていく。

 

「……成功、したのね」

 

 それは、鳴らしているギャラル自身も例外ではない。成功したという喜びと共に、力が失われていく身体。母体の腹の上に倒れ込んでしまう。

 鳴らすものを失ったギャラルホルンの音は止まる。しかし世界に起きた変化は止まらない。母体も例外ではなく、その身体は崩壊を始めていく。

 

「やったよ、カイム」

 

 眠りへと誘われるように、ギャラルは目を閉じる。その中には、これまで共に戦ってきた者達の姿が浮かんでは消える。

 崩壊する母体の腹からは、集めていた"おおいなる時間"が解き放たれた。凝縮された時間は空へと解き放たれ、巨大な渦を作る。時間という形ないものが解き放たれた結果、空は滅茶苦茶に輝いていく。

 

「虹……」

 

 ギャラルホルンは、手を伸ばす。少女にとって一番好きな景色は、虹だった。美しくも禍々しい虹へと手を伸ばしながら、崩壊する"敵"の中へと消えていった。

 

 

 the girl sees a rainbow in Demise

 

 

 The power of demise will stop the broken clock and save the world

《終焉の力によって壊れた時計は破壊され世界は救われるのだろう》



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ギャラルホルンの希
第1節 歪み


ギャラルホルンは、来るハロウィンに向けて準備を行っていた。同時に、発生する魔獣を始めとした小さな異変が彼女の周りに起きていた。

彼女はまだ、これから起こる運命を知らない。


 ギャラルは上機嫌に、鼻歌を歌いながらとある町を歩いている。一見その町は普通の小さな町、いや間違いなく特別なことのない小さな町。

 けれどもハロウィンの日だけ、その町は特別な町へと変わる。それは死者と会うことが出来る、不思議なハロウィンが行われる町。

 その主犯とも言えるギャラルは、近づくハロウィンへと活気づく町を楽しそうに歩いていた。ただし行き先は……警備の兵士たちがいる宿舎だが。

 

「こんにちは。今日も来たわよ」

「おお、来たな。……早速やるかい?」

 

 警備ということだけあり、彼らは屈強な肉体を持った青年の集まりである。そんな彼らに会う用事がギャラルにはあった。

 

「ええ。稽古、お願いね」

 

 稽古。なんの稽古かと言われれば……剣だ。

 それはある日、彼女が突然宿舎にやってきて頭を下げお願いをしたのだ。キル姫としての力ではなく、他にも皆を守れる手段が欲しいと。

 当然彼女には神器ギャラルホルンとその力があり、それは一般人が持つことは出来ない強大な力だ。そんな彼女のお願いに困惑した彼らだが、毎年世話になっている彼女への恩返しも兼ねて付き合うことにしたのだ。

 その結果、ギャラルはそれなりの剣術を覚えてきている。しかしそれなりでは満足のいかない彼女は、可能な限り来て稽古をしてもらっていたのだった。

 

 数刻が経ち、稽古は終わる。木刀のぶつかり合う音を聞きながら、稽古をしている様子を見ていた者もいた。

 しかし、ギャラルは足音に気がつく。それはドタドタと急いで走っている様子だ。そして直後、バンと勢いよく扉が開かれた。

 

「大変だ!魔獣が大量に現れてる。急いできてくれ!」

「魔獣が?……みんな、急いで支度をしろ!」

 

 途端に慌ただしくなる。そしてギャラルも当然とばかりに一緒に準備し始める。止めようとする者もいたが、正直彼らよりも強いし、何よりこういう時のための稽古なのに止めてしまっては意味がないから、素直に行かせることにする。

 ギャラルは移動しながら思案する。どうして魔獣がいるのか?と。

 そもそもラグナロク大陸に、魔獣だの異族だのといった外敵は存在しないのだ。しかしそれが発生しているのもまた事実。

 ただ噂は聞いたことがある。"ゆらぎ"という現象が起こると、そういった者たちが現れるという噂だ。詳しいことは知らないが、そういうことが起きていると思うしかないのだろう。

 

 少し離れた所にある森に到着すると、悪魔型の魔獣と衛兵が交戦をしていた。しかし魔獣は空を飛び自在に距離を操り、不意打ち気味に斧を振る。

 その様子を見たギャラルは勢いよく飛んでいき、よそ見をしている魔獣を斬り裂いた。身体が真っ二つになったかと思えば、そのまま消滅していく。

 ギャラルを始めとした増援のおかげで戦場は持ち直していく。だからこそ油断してしまったのだろうか、それともあまり慣れていない剣での戦いだからだろうか、背後から狙おうとする魔獣の気配に気がつくのが遅れる。

 

「……!?」

 

 咄嗟に剣で防ごうとするも、弾き飛ばされてしまう。そのまま次の一撃を放とうとする魔獣だったが……横から飛んできた斧が直撃し霧散する。

 斧が飛んできた方向から更に人影。その人物は勢いよく飛んできて、投げた斧を回収する。

 

「さて、何やら大変なことになってるみたいだね?」

「……パラシュ!?どうしてここに!?」

 

 それはキル姫の一人、パラシュ。ギャラルの友人の一人であり、更にはここの警備隊の元隊長。理由あって離れていたはずなのだが、そんな彼女が現れたことに仰天する。

 

「説明は後だ。みんなも鍛錬を怠ってないだろうな?」

「はい!こんなやつらけちょんけちょんに……!」

「さっきまであんな苦戦してたのに、いい調子じゃないか?」

 

 突然の乱入者のお陰で士気も上がっていく。ギャラルが剣で戦っていることに疑問を覚えつつも、パラシュが先導し魔獣を殲滅していく。

 この世界は平和だ。だからこそ見る機会のなかったパラシュの戦いぶりに感動と憧憬を感じつつも、ギャラルもまた剣を振る。自分もそうやって戦えればいいなと思ったからこそ、剣を教えてもらったのだ。

 

 戦いは終わり、見張りを残しつつ一旦帰っていく。道すがら、パラシュとギャラルは久々に再開した友人同士の会話を楽しんでいた。

 

「それで、どうして帰ってきたの?」

「どうもこうも、ハロウィンが近いじゃないか。そのために休みももらってきたんだ」

「今はどこで働いてるの?」

「超オカルトバスターズ……名前はもう少しどうにかならなかったのかと思うけどね」

 

 また変な所で働いてるんだなーとぼんやりと考える。いや、ほんとに何なんだろう超オカルトバスターズって。

 

「ハロウィンが片付いたら、君も来ないか?面白い人ばかりだよ」

「……へえ」

 

 パラシュは理想を重んじる性格だ。理想を持ちひたむきに努力をする人が好きだ。

 そんな彼女が気に入る場なのだから、どんなところなのかな〜とちょっと想像しようとして、やはり分からないなと考えるのをやめる。オカルトバスターズとか言うのだから、オカルト関係なのは違いないはずだけど。

 

「それより、魔獣なんか出ているが……"ゆらぎ"が起きているのかい?」

「知っているの?」

「ああ。お陰で大変な目にあったよ。新しい発見もあって悪いことではなかったけどね」

 

 楽しそうに話すパラシュを見て、本当に楽しいことがあったんだろうなと伝わってくる。こちらで起きている"ゆらぎ"とやらも、面白いことをしてくれればよいのだが、残念ながら起きていることは魔獣の出現ばかりだが。

 この町のハロウィンは割りと有名で、ハロウィンを体験するためにやって来る観光客も多い。死者との再開なんて他の場所で体験なんてすることは出来ない不思議で楽しい出来事、興味を持ってくれる人が沢山いてくれて素直に嬉しい。

 しかしよりによってそんな時期にこんなことが起き始めてしまったのだ。こればかりはかなり困った。

 

「何か原因は分からないのかしら?」

「キル姫を中心に起きる現象のようだね。君以外に滞在しているキル姫はいるかい?」

「うーん……いたかしら?」

 

 少なくともギャラルは見た覚えがない。小さな町とはいえ、人々の往来をすべて把握しているわけでもなし、しかも全てのキル姫と顔見知りかといえばそんなこともない。

 つまり、分からない。

 原因の調査にパラシュも付き合ってくれることになったのだが、とりあえず日も落ちてきた。今日は一旦ここまでにしようと別れることになった。

 

 ……しかし、ギャラルはずっと気がついていた。何者かがつけていることに。

 明かりの少ない裏路地に誘導し、その人物へ声をかける。

 

「誰なの?隠れているのは分かっているわ」

 

 そうして出てきたのは……?



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第2節 アコール

ギャラルホルンの前に現れたのは、アコールと名乗る女性。その女は武器商人だと語る。
そんな彼女から、ギャラルホルンは新たな剣を買うことにした。それが彼女と共に戦う相棒となることは、まだ知らない。


 それは、長身の女性だった。眼鏡をかけ、バッグを片手に現れたその女性だったが全く知らない人物だった。

 しかし後をつけられていたのは事実なので、警戒は解かずに話しかけた。

 

「なんの用かしら?」

「いえ、これは失礼しました。私はアコールという者です」

「……どうも?」

 

 しかし、とても丁寧な態度で応えたアコールに困惑して、空返事をしてしまう。

 

「武器商人をしている者です。貴方がたが戦っている所を目撃し、売るチャンスだと思って様子を見ていたのですが」

「そう、なんだ。……なんだ、びっくりしたわ」

 

 最近は少し物騒なのもあり、無駄に警戒心を強めてしまっていたようだ。

 眼鏡をクイッとして、アコールは付いてくるように促す。幸い武器には興味があったので、そのまま付いていくことに。

 ついた先には小さな屋台があった。そこには幾つかの武器が並んでいる。いずれも使い古された武器のように見えるが、同時にそこいらの武器とは違うものだということも見ただけで理解する。

 

「どうでしょうか?あなたにお似合いなのは……」

 

 そう言って渡してきたのは、赤い刀身の直剣だ。少し大きいかもしれないが、少し振ってみると意外と手に合う。

 

「この武器に名前はあるの?」

「月光と闇です」

 

 月光と闇の赤い刀身は、まるで血のような深紅の色。いや、それにしては少し明るいだろうか。どちらにせよ、月光にも闇にも見えないし、不思議な名前だな〜と思いながら見つめる。

 同時に、どうして血なんていう不吉な連想をしてしまったのかと首を傾げた。そう見えるだけの不思議な魔力があるのかもしれない。

 

「それと、その武器には物語がありますよ。武器の歩んだ物語……私は武器物語(ウェポンストーリー)と呼んでいますが」

「武器物語?ふーん……聞かせてほしいわ」

 

 ギャラルが興味を持ったのは、ある意味当然だった。キル姫のキラーズも、伝承を持った武器を始めとしたものであり、この剣もまたそういった伝承があるのなら気にもなるだろう。

 そしてアコールは語りだす。月光と闇の武器物語を。

 

 常に強烈な熱気を放ち続ける大理石でできた剣。冷気を司る月神の加護を受ける者のみが熱に屈することなく剣を握ることができるという。

 

 ある屈強な戦士がこの剣を手に戦場に向かった。雄叫びを上げ最前線へ向かう戦士。その目の前に幾百の弓兵部隊が…。彼の体を数百もの矢が貫く。

 

 しかし!彼の体からは一滴の血も流れず、それどころか確実に心臓を貫いているのに、その力はいっこうに衰えない。戦いは彼の軍が勝利を収めた。

 

 勝利を手に駐屯地に戻る戦士。そこで剣を置くと同時に彼は氷に包まれて絶命する。月神の強い魔力が彼の命を永遠に奪ってしまったのだ。

 

 聞き終わったギャラルは、再びその剣を見つめる。別に自分は月神の加護なんて受けてないが、普通に握れているのであくまでも物語なのだろう。ただ、なんというか。

 

「悲しい話なのね」

「武器が歩んでくるのは戦場ですから。あなたのキラーズにも、そういった物語があるのかもしれませんね」

 

 少し驚くが、自分が戦っている所を見ていたならキル姫と分かるのもおかしなことではないとすぐに気がつく。

 ただずっと剣で戦っていたのもあって、剣のキラーズだと勘違いしていそうだが。実際には笛であり、そもそも武器ではないけれどあえて訂正はしないでおく。

 

「これ、買うわ。気に入ったのよ。……ふひひ」

 

 そんな悲しい物語があったのかなかったのか、実際のところは分からない。しかし、いつの間にか上がっていた月が照らすその武器は、どこか悲しそうな光を漂わせているように見えたのは、悲しい話を聞いたせいなのだろうか?

 

 赤い空。無数の化物。立ち向かう青年。希望を託すために、その命を投げ出した。

 

『希望の最期は死にあらず!』

 

 男の咆哮と共に光が溢れる。敵を倒すために彼は犠牲に……

 

「ひゃあっ!?………夢?」

 

 飛び起きたギャラルは、ふと空を見上げる。青い空にさす太陽に光に目が眩む。そんな太陽の光を反射し主張するものが近くに。月光と闇だ。

 

「悲しい話を、聞いたからかしら?」

 

 怖くて悲しい情景だった気がする。しかし夢というものは不思議で、起きるとどんどん忘れていってしまうものだ。ただ、不気味で赤い空だけは脳裏から離れない。

 頭を振り、月光と闇を持ち出かける準備をする。昨日は魔獣の襲来のせいで何も出来なかったが、今日こそハロウィンの為の準備をしよう。その前にパラシュに会いに行って、この剣のことでも話そうかなと楽しいことを考える。

 悲しいことよりも、楽しいことが続くほうがいいに決まっている。

 

「おはよう、パラシュ」

「おはよう、ギャラル。……ああ、昨日聞きそびれたことがあったんだ」

「どうしたの?」

 

 パラシュの視線が、鞘に収められた月光と闇に向いたのを見逃さなかった。だからこれについて聞いてくるかと思ったけれど、どうやら昨日の話らしい。

 

「君が剣を使っていることについてだよ。皆から君が鍛錬していることは聞いたけど、理由を教えくれないかい?」

「ふふ、別にそんな難しいことではないわ。ただ、神器なしでも戦えるようになりたいの。それで守れる人が増えるならそれより嬉しいことはないわ」

「君は相変わらずだね。自分の力で誰かを助ける為にできることをする、君のそういう部分が好きなんだ」

「ありがとう。にひひ」

 

 褒められたことが嬉しくて素直に喜ぶ。そう、パラシュはそうやって理想のためにひたむきに努力する者が好きなのだ。

 自分が出来ているかは分からないけど、少なくともそう評価してもらえているのは喜ばしいことだ。

 

「それで、これが気になるのでしょ?これはね」

 

 昨日あったことを話す。アコールという商人と会い、そこでこの月光と闇という長剣を買ったこと。そして、武器にまつわる話……武器物語(ウェポンストーリー)なるものを聞いたこと。

 

「パラシュにもそういったもの、あるかもしれないわね」

「きっとあるだろうね。ラーマは英雄と呼ばれたんだ。そんな彼と共に生きていた斧ならば、きっと凄い物語があるはずさ」

 

 そんな他愛のないことを話しながら彼女達は歩く。ハロウィンの日は、ゆっくりとだが確実に近づいてきていた。



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第3節 特異点

"ゆらぎ"の正体を探るべく活動しているギャラルホルン達の元に、二人の人物が現れる。
彼らもまた"ゆらぎ"について調査するために来たという。それが悪手なると気づいたのは、全てが手遅れになってから。


 調査もあるけど、鍛錬も忘れない。少し頻度を減らしているものの、全くしないと鈍りそうなので続けてはいるのだ。

 宿舎へと歩いていると、話し声が聞こえる。一人はパラシュで、相手は……誰だろうか?

 扉を開き中に入ろうとすると、それを待っていたかのように視線がこちらに集まった。

 

「ほら、言った通りだろう?彼女はいつもこの時間に来るんだ」

 

 そうパラシュが説明をしていた。その話し相手の一人、少女はなるほどと呟きながらギャラルを見つめている。

 何だろうかと思いつつ、とりあえず上がる。よく見るともう一人、見覚えのない青年の姿。いや、何処かで見たような?

 

「どうしたの?」

「彼らが君に用があるみたいでね」

 

 パラシュが朗らかな様子で話していたのを見る限り、彼らはパラシュの知り合いなのだろう。

 

「はじめまして。私はギャラルホルンよ。ギャラルって呼んでね」

「ギャラルホルン様ですね。私は……」

 

 と少女は自己紹介をしようとして、止まる。突然ギャラルがそっぽを向いたからだ。はてな?という感じで首を傾げパラシュへと助けを求める。

 

「何か失礼なことをしてしまったのでしょうか?」

「ギャラルって呼ばれたいんだろう?」

「……」

 

 つーんとした顔で知らんぷり。まあパラシュの言っているがことが正解なのだが。ギャラルと呼んでと言っているのにわざわざギャラルホルンと呼ぶのが気に入らないのだ。

 とはいえ本気で怒っているわけでもなし。単なるわがままの域を出ない。

 

「では、ギャラル様でよろしいでしょうか?」

「いいわよ。……ちょっとむず痒いけど」

 

 様を付けて呼ばれるような偉い人ではないし、実際に呼ばれたのも初めてだ。背中が少しこそばゆい。

 

「私はミーミルと申します。こちらのマスターの専属補佐官をしております」

「ミーミル……」

 

 ギャラルホルンのキラーズとは、ミーミル及びミーミルの泉とは縁がある。彼女がその名前なのが偶然なのか意図して付けられたものなのかは分からないけど、不思議な縁もあるんだなあとこっそり関心する。

 それはそれとして、マスターという単語を聞いて思い出す。隣の青年が何者かを。

 

「ああ、マスターね。久しぶりなのか、初めましてと言うべきなのか……不思議ね」

「うん、ラグナロク大陸で会ったのは初めてだよね」

「お知り合いでしたか?」

 

 ミーミルが分からないのは仕方ないだろう。ギャラルとマスターが関わっていたのは、ユグドラシルが枯れる前のかつての世界での話。

 この青年、見た目は普通の人間だし身体能力とかも普通なのだが、ユグドラシルの化身の一つである。分身と言ってもいいだろうか。とにかく凄い人物なのだ。

 本来マスターというのは、キラーズと繋がったバイブスというモノを持つ人物のことを指すのだが、普通は一対一だし多くても数人だろう。しかし彼の持つバイブスは特別なものであり、多数のキル姫との主従関係を築いた。それでいて対等に接しようとしていたらしく、評判も悪くはなかった。

 ……まあ、自分のような特別なキル姫を初めとした例外はあったし、実際に彼と共に戦ったことはないはずなのだが、そういう知識があるのは覚えてないだけでそういう世界線もあったということなのだろう。

 

「まあ、そんな所かな」

「それで、ギャラルに用があるのよね?どうしたの?」

「私から説明させていただきます。今、私達はこの町"ゆらぎ"について調べています。何か心当たりはあるでしょうか?」

「ないわね」

 

 今のマスターは"ゆらぎ"について調べてるんだなーと思いつつも、どうやら手掛かりはない様子。自分たちと状況は同じということだ。

 ただ一つ分かったのは、パラシュと彼らが知り合いである理由。

 

「ところで、パラシュとマスター達があったのって、もしかして?」

「そう、以前"ゆらぎ"に遭遇した時さ」

 

 なんかイシューリエルというキル姫が分裂して、オカルト肯定派と否定派に別れたとか凄い話を聞いた。それくらい分かりやすいことが起きていれば話は早かったのだが。

 

「それと、もう一つありまして」

「?」

 

 なんか、凄い申し訳無さそうな表情でミーミルは言う。

 

「二人のキル姫を見てないでしょうか?赤い髪と青い髪をして、一緒にいるのでわかりやすいと思うのですが……はぐれてしまいまして」

 

 曰く、その二人はマナナンとマクリルと言うらしい。そんな武器あったかなあと考えるが、単に知らないだけかもしれない。まあそこは重要ではない。

 曰く、その二人は"裏側"について感知できるらしい。"裏側"というものが何なのかいまいち分からなかったが、"ゆらぎ"の影響を受けるものらしい。なので、極端な話二人がいればゆらぎについて解決する可能性があるのだ。

 そこまで都合よくはいかなくても、原因くらいは特定できるようだし、その日は予定を変え四人でその二人を探すことになった。

 

 

 そんな彼らの様子を観察しながら、その人物は日誌を書いていた。いや、記録と言うべきだろうか。

 その人物……アコールは思案する。キル姫ギャラルホルンについて。

 彼女は明らかに、他の分岐での影響を受けている。世界線をまたぎ活動する我々はともかく、あくまでいち分岐に存在するだけの彼女が影響を受けている理由は、この世界の特殊性があるのだろう。

 この世界の根幹となるユグドラシルと共に世界は育ち、枯れる。そうして世界が滅びまた再生するということを繰り返しており、今あるこの世界もその間の一つすぎない。しかし、少し特殊なことが起きたようだ。

 本来この世界においても世界線というものは存在しているのだが、それさえも世界の崩壊に巻き込まれ消えてしまうというのは大前提。そして以前の世界が滅ぶ前に、幾つもある世界線の中でも中心となっている世界で、その世界にいるキル姫を全て保護し現在の世界へ引き継いだという。

 その行為の理屈は不明な所が多く、調査しないといけない点ではあるが、とにかくそれにより以前の世界の記憶を受け継いでいるようだ。それだけでなく、以前の世界に存在した全て世界線にいた同一人物が統合されているというのだ。この世界において平行世界の時間は同時に進んでいくため、以前の世界が滅ぶ直前にはもう残っていた世界線も少ないようだが、それにしても複数世界線の人格の統合というは聞いたことがない。

 そういった特殊性が、あちらの世界へ行くことになるキル姫への影響が出ているのだろう。

 そして、それだけ不安定な世界だからこそあちらの世界との接点ができてしまったのだろう。観察対象が増えただけだと思っていたが、こんな面白いことになるとは思わなかった。

 キル姫ギャラルホルンへの好奇心を抑えきれず接触をしてみたが、あの剣を気に入っただろうか。そして、彼女が剣を振るうようになった本当の理由が特異点カイムの影響であるということを、理解する日は来るのだろうか。

 

「バレンタインまで、あと何日だったでしょうか?」

 

 誰に聞くまでもなくアコールは呟く。日誌を書く手を止め、いつものバッグを片手に歩き出した。



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第四章 背反
第五節 セエレの妹


荒野を進んでいき、雪が降り積もり始めるが、その最中にドラゴンはカイムの過去を知る。
更に進もうとするカイムだが、セエレが止める。あそこで僕の妹がいなくなったと。


 荒野が雪に覆われていく。カイムたちが進む先は、荒野というより雪原と言ったほうがいいだろう。

 しょせんは亜人、ドラゴンの翼から逃れることはできない。ハンマーを構えたオークが立ち向かってくる。カイムもまたオーク共を殺すためレッドドラゴンから降り剣を構える。本来カイムより体格がよく力がありそうで、数も多いオークの方が圧倒的に有利のはずだがそうはならない。元々かなりの剣の技量を持っていて、しかもドラゴンとの契約で更に強くなっているカイムの敵ではない。

 オークの群れが、死体の山へと変わったあとにギャラルや七支刀、ヴェルドレなどの他の者も追いついた。

 周りに敵がいなくなったからか、レッドドラゴンはカイムへと声をかける。

 

「おぬしの両親は……ドラゴンに?」

 

 イウヴァルト襲撃の際、カイムがブラックドラゴンに襲われているレッドドラゴンを見たときに想起していたのだ。ブラックドラゴンに襲われ、目の前で殺されていく両親の姿を。

 レッドドラゴンはそれにより、カイムの両親がドラゴンによって殺されたことを知ったのだ。

 カイムの忠臣たちはともかく、それ以外の人は初めて聞く話だ。両親の仇であるドラゴンと、同じ個体ではないにしろ契約しているという事実に驚く者もいる。

 

「……よし、帝国領土へ急げ。女神もきっとそこにいる」

 

 聞きたいことを聞けたからか、進軍を再開すべく急げと言う。

 

「カイム、もしかしてあの黒いドラゴンが仇なの?」

 

 イウヴァルトが襲撃したときの、カイムの反応を思い出していたギャラルは尋ねた。その言葉にカイムも小さく頷く。

 親友と仇が契約し、カイムの前に立ちふさがっている。それを何とかできる術はないのかと思案するが、都合よく答えが思い浮かんだりはしない。ありえるとするならば、彼らよりも先に司教を捕まえることだろうか。

 考えるギャラルを置いて進もうとするカイムへと、セエレが立ち塞がった。

 

「あそこ!」

 

 遠くに見える谷を指さしながら彼は言う。

 

「あそこ!僕の妹がいなくなっちゃった谷だよ!」

 

 しかしカイムにとって彼の妹の安否など興味はない。そんなことよりもフリアエ……自分の妹のことが心配なのだ。

 やはり無視して進もうとするカイムへ、ギャラルが声をかける。

 

「カイム、待って。カイムはフリアエのことが心配なんでしょ?ならセエレが妹を心配する気持ちも分からない?」

 

 その言葉に、無性に苛つきを感じたカイムは反論しようと振り向き、肝心の言葉が出ないことに気がつく。

 そして、その言葉に苛ついた理由が正論であるからということにも気がついてしまう。

 

「ねえ、お願い!マナの手がかりが何か残っているかも!!」

 

 必死に懇願するセエレだが、それでもカイムは行こうとしない。確かにマナはセエレにとって大事な妹かもしれないが、カイムにとっては赤の他人だからだ。

 

「テンシノキョウカイ……ノ……テガカリ、モ………」

 

 ゴーレムがセエレの助けをするために、言葉を発する。それは単に情に訴えるものではなく、カイムにも理のある行動だと諭すためのもの。

 

「確かに、司教の手がかりが見つかるのなら悪くないのかもしれませんね」

「エンヴィ、まだあなたはマナを司教だと」

「そう都合よく、同じ名前で、天使の教会に携わる人間がいるとは思えませんが」

 

 セエレの妹、マナを天使の教会の司教だと思っているエンヴィと、それを認めていないレオナールが一触即発の空気になる。

 七支刀が二人の間に入りながら、一つ気になっていたことをセエレへと聞いた。

 

「その、マナ様はあの谷へ行ったのですか?たった一人で?」

「……う、ううん。お母さんが……とにかく!あの谷でいなくなったんだ!!」

 

 答えづらそうにして、しかも露骨に話を逸らそうとする。アンヘルは何があったのかを察するが、合ってるとも限らないし重要なことでもないのであえて指摘はしない。

 ギャラルもまたその違和感には気がついたものの、その理由までは分からなかった。

 

 なんかもう行く空気になっているし、今更止めようとしたところで行くのだろうとカイムも諦める。

 確かに面倒だが、天使の教会の手がかりが掴めればそれはそれで悪い話ではない。

 カイム達の足は谷へと進んでいく。



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セエレの祈
第1節 岩の道


僕、セエレ。

みんな僕の妹のマナを探しにこんな谷まで来てくれたんだ。ありがとう!でも本当はマナはお母さんに……う、ううん。きっと見つかると思うよ!きっと!


 マナがいなくなったという谷へやってきたカイム達。しかしセエレはテンションが上がっているようで、スキップしながら進んでいく。

 カイム達から少し離れていっていることに気がついたレオナールが声をかける。

 

「セエレ、ふざけているとあぶないですよ」

「ごめんなさい……でも僕、本当に嬉しいんだ!みんな、僕の妹をさがすためにここまで来てくれて、ありがとう!」

 

 随分なご機嫌なのか、いつもより早口でまくしたてるセエレの様子に、明らかに苛ついた様子で妖精が口を開く。

 

「なあなあ、無邪気でカワイイぼっちゃんよぉ!エルフにいっぺん食われてきてください。マジで!」

「妖精様、冗談でもそんなことは言ってはダメです」

「なんだよ、胸以外誇るとこのないキル姫さんよぉ?今のが冗談に聞こえるか?」

「むっ、胸……!?」

 

 苛ついてるだけあって、いつもよりスラスラと暴言が吐き出される。胸以外誇るとこのないキル姫こと七支刀は、顔を真っ赤にして停止してしまう。そして、残りの二人のキル姫もそこはカバーしてくれない。理由は言わずもがな。

 因みに、妖精が言ったエルフというのは当然アリオーシュのことである。隙あらばセエレを食べようとしていることにはみんな気がついているのだ。

 そんな何処か弛緩した空気の中で、アンヘルがいち早く気がついた。

 

「そっちへは行くな!」

「うわあああ!?」

 

 しかし警告は間に合わず。突如空から落ちてきたゴーレムにセエレが吹き飛ばされてしまう。危うくぺしゃんこになっていたところだ。

 

「ゴーレム!?このゴーレムは……」

 

 ギャラルは、セエレの契約しているゴーレムのように対話はできないのかと思いカイムの様子を伺うが、カイムの視線はゴーレムではなく隠れている魔術師に向けられていた。

 

「あれは帝国の付与魔術師……彼らがゴーレムを操っているのでしょう」

 

 同じく気がついたヴェルドレが指摘する。魔術への造詣が深いヴェルドレだからこそいち早く気がついたのだろう。

 セエレを保護すべく走り出したレオナールと、彼に付いていった七支刀、そして食べるチャンスだと二人を追い越そうとするアリオーシュ、この三人以外はゴーレムと対峙する。

 

「ゴーレムをいくら倒しても傍らの付与魔術師が再生してしまうぞ。まずは魔術師から倒すがよい」

 

 付与魔術師は赤いローブを纏っている。エルフの血を塗ったローブなのだろう。

 ギャラルは月光と闇を構え飛ぶ。カイムもギャラルが向かった目標とは別の魔術師目掛けて走り出す。残ったエンヴィは時間稼ぎのためにゴーレム目掛けて攻撃を仕掛けた。

 ゴーレムの両腕には巨大な剣が付いており、それを振るいエンヴィを切り裂こうとする。動きは緩慢に見えるが、実際はかなり速い。巨体だからこその錯覚に気をつけながらも、エンヴィは攻撃を躱していく。

 ギャラルは上空からの奇襲を仕掛ける。ゴーレムを操るのに精一杯だったであろう魔術師は避けることもできず、容易く一刀両断される。それからまだ周囲に二人残っていることを確認し、一人はカイムに任せればいいだろうと再び飛翔する。

 そのカイムは、付与魔術師の放つ魔弾を鉄塊で防ぎつつ真正面から近づいていく。攻撃を全て弾かれることを悟った魔術師は逃げようとするが、カイムの足からは逃れることもできず叩き斬られる。一刀両断とはならないが、身体がくの字に折れそのまま勢いで壁に叩きつけられる。更にもう一人目掛けて走り出す。

 

「セエレ、大丈夫ですか!?」

 

 アリオーシュを行かせないように見合ってる七支刀をよそに、レオナールは倒れているセエレを介抱する。

 

「レオナール?……僕、大丈夫だよ。それより、さっきのゴーレムは?」

 

 レオナールが振り向き確認すると、ゴーレムは土塊へと還っていた。どうやらあのゴーレムを操っていた付与魔術師は全滅したようだ。

 一旦合流し直したカイム達だが、ギャラルがみんなに告げる。

 

「さっき飛んだとき、他のゴーレムも見えたわ。三体はいたかしら」

「手間をかけさせおって!カイム、素早く済ませるぞ!」

 

 アンヘルの言葉に頷いたカイムは、すぐさま走り出してしまう。ギャラルも慌てて彼の背を追い行ってしまう。

 そして、アリオーシュがご馳走を逃したイライラをぶつけるために走り出し、一人にさせないようにと七支刀も追いかけて行ってしまう。

 

「ったく!なんでこのガキは生き残るんだよっ。ゴミのくせによぉ」

「……はあ」

 

 呆れた様子でため息を吐くエンヴィ。正直妖精が悪態をつく気持ちは分からないこともないのだが、こうも堂々と暴言の嵐が出てくるのは全く理解できない。

 

「まずは帝国のゴーレムを倒しましょう。ゴーレム、セエレを守ってあげてください」

「セエレ、マモル……」

 

 カイム達とアリオーシュ達が向かったゴーレムは彼らだけで大丈夫だろうと考え、残りの一体へと向かおうとする。レオナールも側にいたいだろうし一人で行こうとしていたが、彼はそんなエンヴィを止めた。

 

「一人では危険です。私も向かいましょう」

「いいのかぁ?あんたの大好きなセエレちゃんと二人きりになれるんだぞ?ヤるチャンスじゃないか」

「ぐっ……そんなことはしません。それに、皆の安全のほうが大切です」

 

 好きだとかやるだとかエンヴィはいまいち理解できてないが、いちいち呆れる様子を見せていたギャラルは何か察している様子だった。

 まあ理由はどうあれ、自分には関係ないことだろうと見ないことにしておく。

 二人が向かうと、ゴーレムは迎撃しようと巨大な剣を振り下ろしていく。大きく飛び退き避けるものの、付与魔術師はゴーレムの近くで待機している。隠れても無駄ならいっそゴーレムの近くにいるというのは、間違った判断ではないだろう。

 

「あいつら魔術効かないぜぇ?どうするだよレオナールさん?」

「私とて、剣は振れます」

 

 そう言い、戒めの塔を抜く。エンヴィはその剣の形状に違和感を覚えたが、とりあえずは目の前の魔術師共をどうにかすることが先決だ。

 レオナールは再びゴーレムの剣の間合いへと近づいていく。少し離れた位置からエンヴィも近づこうとするが、ゴーレムが腕を横に振り薙ぎ払おうとする。エンヴィはそれを難なく飛び越えながらレオナールの様子を見ると、妖精の羽根のようなものが背中に浮かんでいた。レオナールは妖精と契約した関係で、そういう魔術も使えるらしい。

 そのまま懐へ潜り込んでしまえばこちらのもの。大ぶりなゴーレムの攻撃は懐へいる相手への攻撃は出来ないし、歩いて距離を通ろうにも足は遅い。

 付与魔術師達は慌てて魔弾で迎撃しようとするが、契約者とキル姫相手にそんな攻撃は今更通用しない。数が多いならともかく、今回も四人しかいないようで防ぐのも簡単だ。

 あっけなく殺された魔術師達と、崩れていくゴーレム。しかし、そこでようやく先程感じた違和感の正体を掴む。

 

「レオナール、血が……」

 

 レオナールの両手の手のひらから血が流れている。魔術師が切ったわけでもないだろうし、傷ができてる理由は一つ。今彼が振るっていた戒めの塔だろう。

 無理矢理彼の手からその剣を奪い確認してみると、持ち手の形状がおかしい。このまま斬れば、反動で手が傷つく形状になっている。

 

「私は、罪深い人間なのです。……こんな形で償いきれるとは思っていません。しかし、しなければならないのです」

「おもしれぇよなこいつ!こういうのなんて言うんだっけな?マゾヒストってやつだ。あーでもそれで死ぬのはやめてくださいよレオナールさん。オレも死んじまうんだからさあ」

 

 レオナールの言う通り、こんなことしてなんの償いになるのだろうか。そして、誰にも償いきれないと分かった上でなお償いをすることを強要してしまうほどの罪。

 七つの大罪の一つを背負わされたエンヴィにとって、興味のある話でもあった。

 

「そこまでして償おうとするあなたの真面目さは、少し妬ましいですね」

「私のような人になって、良いことなどありませんよ」



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第2節 翻弄

悪いゴーレムはカイム達がやっつけてくれたよ。
ありがとう、みんな!

それから僕達は妹のマナを探していたんだけど、その時に空から敵がやってきたんだ。
気をつけて!


 戦闘の気配を察知した帝国の部隊が上空へと来ていた。敵を殲滅するために、カイムとギャラルはアンヘルと共に空へ行く。

 

「こやつらはどこにでもわいて出てくる。小蝿のようにうるさい奴らだ」

 

 帝国の小型兵器がズラリと隊列をなしているが、アンヘルの放つ魔法で次々と撃破されていく。

 数だけ多い雑魚など、アンヘルの敵ではない。ギャラルも援護のためにカイムと一緒に来たつもりだったが、この様子では何もしなくてもよさそうだ。

 しかしどれだけの数を用意しているのか、本当に数だけは多いが。

 

 一旦敵は全滅し安全を確保できた地上では、ぽつりぽつりとセエレは自身のことを語り始めていた。

 

「妹のマナは母さんによく叩かれていたよ……マナだけ叩かれていたんだ。いつも……」

「マナだけ、ですか」

 

 妹だけ虐待にあっていたということだ。逆に言えばセエレはそれを見ていただけということになるが、こんな子供ではそれをどうにかできる力なんてないのかもしれない。

 

「僕は母さんに叩かれなかったぶん、マナの分まで苦しまなくちゃ。 ね?」

「セエレ……そんなに自分を責めてばかりいてはよくありませんよ」

 

 自身を責めているセエレを止めるために、優しく声をかけるレオナール。そこに他意はないだろう。

 

「なるほど、だからマナを助けることに執心してるんですね」

「エンヴィ様、あまりそういうことは……」

「はぁ〜くっだらねえ!そんなくだらない理由のためにこんなことつきあわされてんのかよォ!まあある意味あんたも同じかもな、ギャハハハ!」

 

 あまりセエレによい感情を抱いてない二人は、セエレの言動に呆れ煽る。ある意味同じと言われたレオナールも、贖罪のための戦いなので似たような立場なのは否定しないが、それとこれは別だと憤る。

 

「セエレの妹を救いたい気持ちには嘘偽りはありません。なのに……」

「本当にそうですか?妹を助けて、勇者になって。自分が救われたいだけですよね」

「違うよ、僕は本当にマナを助けたいと思っているんだ。僕が助けないと、僕が……」

 

 その間もセエレを食べれないかなと様子を見ているアリオーシュはともかく、一触即発の空気になってしまっている現状に七支刀はオロオロする。レオナールとセエレを庇わないといけないのは分かるのだが、セエレの勝手な自己満足につきあわされていると感じている二人を説得できる言葉も思い浮かばない。

 しかし幸か不幸か、その喧嘩はやめざるを得なくなる。敵襲だ。

 

 所詮雑魚の集まりとはいえ、あまりの数に時間を取られてしまう。更にはガーゴイルも混ざってきたので、早く殲滅するためにもギャラルが援護を始めたその頃、カイム達に声が届く。

 

『カイム!地上にも敵がいるよ!気をつけて!』

 

 あの面子なら、急がなくてもやられることはないだろう。しかし、自分が戦いに参加するためにも急いで空中の塵どもを殲滅することにする。



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第3節 友へ

僕、セエレ。

妹のマナを探して、谷の深い奥地に来たよ。
でもなんだかゴーレムの様子がおかしいんだ。
だめだよゴーレム、しっかりして!


 再び探索を続けるカイム達だが、彼らの耳に聞き慣れない声が届く。崖の中を反響する声は、帝国の魔術師のものだろうか。

 それと同時に、ゴーレムが苦しそうにうめき始めたのだ。

 

「ンガー、セエレ、シヌ、ハ、イケナイ」

 

 頭を抱えて身を揺らし、セエレから距離を取るように後退りをする。

 

「ん……ゴーレム?どうしたの?」

 

 ゴーレムの異様な様子に流石に違和感を感じたセエレは彼に訊ねるが、頭を抱えたままうずくまり答えようとはしない。

 

「ねえ、この声は?」

「付与魔術師の呪文だ。岩陰にでも隠れておるのだろう」

 

 ギャラルの疑問へとアンヘルが答える。ということは、つまり……?

 

「セエレ!ゴーレムのそばにいっては危険です。彼はもう……今までの彼ではない!」

 

 何が起きているのかいち早く理解したレオナールは、セエレに慌てて声をかける。

 つまりだ、帝国の付与魔術師共がセエレのゴーレムを操ろうとしているのだ。セエレの強さの十割がゴーレムにあると言っても過言ではないので、彼を無力化するのは判断としては正しい。

 

「……そんな!」

「ウゴゴゴガガガガガガ……」

 

 レオナールの言葉で、セエレも状況を理解する。しかし苦しそうにするゴーレム、彼の友達を見捨てるという選択を取ることはセエレには出来なかった。

 

「僕だよ。セエレだよ!ゴーレム、しっかり!!」

 

 直後、ゴーレムの拳が勢いよく近くへ振り下ろされる。その衝撃でセエレは吹き飛ばされ倒れてしまう。ゴーレムの意思がなければ、今頃セエレはぺしゃんこになっていただろう。

 見ていられないと飛び出そうとする七支刀だが、エンヴィはその手を掴む。

 

「離してください!助けないと、セエレ様が!」

「……まあ、痛い目見たほうが自分の立場を理解出来るのではないですか」

「………ふーん」

 

 相変わらず毒を吐くエンヴィだが、ギャラルはその態度から一つ察してその場に留まることを選んだ。

 

「ンガガガガ……セエレ、クルナ」

 

 ゴーレムも友人を殺したいとは思わない。セエレがこちらに来てしまえば、また攻撃をしてしまうのではないか、自分の意思で止めることはできないのではないかと思い、こちらへ来ないように必死で警告する。

 しかし、それでもセエレはゴーレムの元へ進んでいく。大切な友人のために。

 

「僕を……殴っていいよ。いっぱい、殴っていいよ。ゴーレム!僕を殴れ!!」

「だっせー!友達ごっこか?フヒャフヒャ」

「あっ、危ない!」

 

 ゴーレムの拳が再びセエレへと振り下ろされる。セエレがなんとか躱し直撃は免れたものの、再びその衝撃に晒されたセエレは地に伏せる。

 これは死んだのでは?食べていいのでは?そう思ったアリオーシュが、よだれを垂らしながらいち早くセエレの元へ向かうが、ゴーレムが彼女を指で弾きながらセエレへ覆いかぶさった。

 

「セエレ!セエレ!?」

 

 心配そうにセエレの顔を覗き込むゴーレムへと、ゆっくりと目を開きながら口を開く。

 

「よ……かった……いつものゴーレムだ。僕の……友達」

「何が起こったのですか?ゴーレム様はどうして正気に……」

 

 元通りになったゴーレムと安心するセエレ。彼らを見て困惑する七支刀に、アンヘルが答えた。

 

「ショック療法だ。契約相手の身体を傷つければ、己も傷つく事になる」

「エンヴィ様は、これを?」

「……偶然ですよ。私も契約者ではありませんし」

 

 エンヴィは知らんぷりといった顔で目を逸らしている。その態度が、彼女の言葉が本音なのかどうかをわかりやすく語っていた。

 そんな中、せっかくのご馳走を逃したことに不満げなアリオーシュが呟いた。

 

「ふん、つまらないわね」

 

 ゴーレムが正気に戻り一件落着したが、まだ付与魔術師は近くにいるのだろう。気を取り直して探索を再開するためにもアンヘルが仕切る。

 

「付与魔術師は隠れるのがうまい。ギャラルの耳ならば奴らの居場所が分かるか?」

「響いてるせいで分かりづらいけど、やってみるわ」

 

 ギャラルに従いカイム達は進んでいく。その道を阻むのは、帝国の魔獣使いだった。



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第4節 音の消えた場所

僕、セエレ。

妹を探しているのに、どんどん敵が出てくるよ。
出ておいでマナ!こんなところにいちゃいけない!

そんな時、帝国のモンスターが僕の前に飛んできて……


 帝国に属する亜人共が次々と現れる。魔獣使いが彼らに指示を出し襲撃させているのだろう。

 しかしカイム達を阻む脅威とはならない。彼らの剣と魔法で蹴散らされていくのみ。

 

「こいつらはどこにでもわいて出てくる。小蝿のようにうるさいヤツらだ」

 

 湧き続ける雑魚にうんざりしたアンヘルが呟く。連戦続きで無駄に体力を消耗させられるばかりで良いことなど一つもないが、カイムだけは殺戮を楽しんでいた。

 剣を振る度に死んでいくゴミ共を眺めながら、次の獲物へと切り替え再びを剣を振る。ゴブリンは連携を取り、囲んで襲撃しようとするがギャラルが間に入り、陣形を乱していく。

 

「あまり無理しないでね」

『知るか。俺の好きなようにやらせてもらう』

 

 二人を先頭に亜人は散っていくばかりだ。余裕が出来てきたからなのか、またセエレは自分のことを語りだす。

 

「僕ね、ほんとはマナをいじめる母さんのことが、こわかったんだ」

 

 虐待を受け続けていたマナへの言い訳でもするように、そんなことを言い出したのだ。しかしその言葉を聞き届けてくれるものは誰もいない。その言い分が真実なのかはどうであれ、その事実へ関心を持つものはいないのだ。

 

「カイム!誰かのことをぶっちゃイヤだよ。泣かせるのは……ダメだよ」

「自分の手を汚してなければ、幾らでも言うことが出来るとでも?」

 

 セエレの言葉に、苛ついた様子で反応するエンヴィ。言われたカイムにとっては微塵も興味のないことだったので反応さえしていないが、エンヴィにとっては頭に来る発言だったのだ。

 

「今まさに剣を振っている人にそんなことを言うのですね」

「ち、違うよ!そうじゃないんだ。大事な人に暴力しちゃ良くないって言いたかっただけなんだ」

 

 それはそれで、なんというか中々酷いことを言っているな……と、亜人の脳天を貫きながら考える。言い換えれば、別に仲良くない相手、今戦っている帝国兵相手になら暴力を振るおうが知ったことではないとも捉えられる。

 実際倒すべき相手だし、まともに会話が通じる相手でもないのだから間違いではないのだが。

 

「エンヴィ、彼はまだ子供です。そう責めなくとも」

「子供の頃からそんな考えを身に着けている方が、恐ろしいとは思いませんか?……あの純粋さもずる賢さも、少しだけ妬ましいと感じるくらいには恐ろしいと思います」

「その子供を導くのが、私達大人の務めです」

「はーっ?もしもーし、あんたが導くとか頭イカれちまったんですかー?自分がナニをしたのか忘れたとか言わないでくださいヨ?」

 

 二人の口論に口を挟む妖精。あいも変わらずレオナールのことを煽ることだけは達者なのだが、エンヴィはいまいち何の話なのかが理解できない。レオナールがシたことが何なのか、知らないから当然なのだが。

 

「だからこそ、私はその罪を償うのです。一生を掛けて」

「あーぁ、つまらねえなあ。というかエンヴィちゃん?あのガキのことウザいと思うならサクッと殺っちまえばいいだろ?オレとしても大助かりだし、自慢の槍で貫いてくださいよ〜!……自慢の槍で、な?」

「……?」

 

 妖精が自分へ標的を変えたはずなのだが、何処か違和感がある。この妖精は一体……

 と考えてると、二人、いや三人に声がかけられた。七支刀である。

 

「いつまで喧嘩してるのですか?もう、帝国兵も片付きましたよ」

「ああ、すみません」

 

 カイムとギャラルは少し離れていたようで、歩いて戻ってくる。すると、辺りには静寂が訪れた。これなら確かに、近くには帝国兵はいないだろう。

 

「"音"がありませんね。こんなところに……セエレの妹さんはいるのでしょうか?」

「この悪環境のもとで人間が生き残ることなど不可能だ」

 

 アンヘルははっきりと断言する。分かりきったことではあるのだが、改めて言葉にするのは大切だ。

 不安になったセエレが、マナを探そうと声を出す。いるはずもないマナへと。

 

「マナ!マナ!!いたら返事をして!僕だよ!セエレだよ!!」

 

 そう声を張り上げながら歩くセエレ。少しずつカイム達から離れていくが、その時ギャラルが気がつく。接近している何者かの音を。

 

「待ってセエレ!まだ近くに敵が!」

 

 と声をかけたが時すでに遅し。グリフォンが地上スレスレまで降りてきて、そのままセエレを掴み飛び去っていった。

 遠のく悲鳴を前に呆然とする一同。が、すぐに正気に戻ったギャラルが追おうとするがアンヘルが止めた。

 

「待てギャラル、一人で行くのは危険だ。皆で追うぞ」

 

 急いで追うために警戒をしながら移動し始めるカイム達だが、妖精だけは喜んでいた。

 

「ウキャキャ。傑作!いつもいつも可哀想なセエレちゃんは不幸を呼び寄せちゃいマスね。厄介ものはさっさと死ね!ぺっぺっ、死ねっ!!」



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第5節 足跡なき誘拐

僕、セエレ。

帝国のグリフォンにさらわれた僕は、コロシアムに連れてこられちゃったんだ。
助けてカイム!僕はここに居るよ!


 アンヘルはカイムとギャラルを乗せ飛翔していた。セエレの"声"を頼りに探すためだ。

 

「声は聞こえぬか?」

「うーん、流石に聞こえないわね」

 

 "声"ではなく声も聞こえないかと思いギャラルも連れてきたのだが、上空から地上の何処かにいるセエレの声を聞くのは流石に難しい。

 空を徘徊している魔物達がアンヘルを堕とすべく妨害をしてくる。魔力の弾や音波を避けつつも、あっさりと散らしていく。

 

『あははははははっ!きれーい』

 

 アンヘルの放つ火球が魔物へと直撃するたびに炎が爆ぜ、花火のように散っていく。

 その様を地上から眺めつつも、きれいだと声を上げるアリオーシュは不気味そのものだ。命が散る様をきれいだと感じる感性は、少なくともその場にいる者の中ではアリオーシュしかいないだろう。

 アンヘルが空の魔物を相手している間、地上でもセエレを探すべく移動はしていた。それぞれ理由はあるものの、セエレを助けたいという意思はあるのだ。

 

「私が助けたら……私のもの?いただける?」

 

 まあ、アリオーシュは助けたいというより食べたいだけなのだが。

 

「私が助けたら……?な、何でもありません!」

 

 そんなアリオーシュの言葉に、レオナールも変なことを連想してしまう。生唾を飲み込み興奮を抑え煩悩を振り払う。

 

「別に誰のものでもないでしょう。まあ、助からずにくたばってくれたほうが楽ですが」

「楽、ですか。そう思うのなら、最初から探さずに待っていた方が楽なのでは?」

「……それは、そうですけど」

 

 痛いところを突かれたエンヴィは目を逸らし、それ以上は答えなかった。

 素直に助けようと言えないのは、自分のことを優しいと言う周りの視線を否定したいからで、でもそれを必死に否定しようとするのは肯定するのと大差なくて。

 色々と分かっているからこそ、それ以上言葉は出ないのだ。

 

「アンヘル、あれを見て。……コロシアム?」

 

 アンヘルが戦いに集中している間にも、地上を観察していたギャラルは気がつく。何やらコロシアムのようなものが見えることに。

 

「あれは亜人共の居住区か。……あそこは狭い、お主らの足で進め」

 

 そう言いつつもコロシアムの前まで急降下し、カイムとギャラルの二人を地上へと降ろす。そのままアンヘルは再び上空に戻っていき、突然の襲来に慌てて武器を構えるゴブリン共へ、二人は剣を構える。

 どうやらここの警備に当たっているゴブリン共は普通のゴブリンしかいないようだ。それを確認したギャラルは月光と闇を勢いよく振り上げる。その剣に込められた炎の魔法が放たれ、近づいてくるゴブリンの足元からいくつもの火柱が上がり消し炭に変えていく。

 とてつもない炎に驚き足が止まるゴブリンだが、カイムは炎の柱の間を走り抜け頭目掛けて一閃。鉄塊の鈍い刃が頭部を砕き即死させる。

 我に返ったゴブリン共は一斉にカイムへ襲いかかろうとするが、体格の小さなゴブリンに合わせて作られた小さな刃物をカイムへ届かせることはかなわなかった。

 カイムの身長よりも長いその刀身で、迫るゴブリンの集団へ思いっきり振られると次々と吹き飛ばし砕く。少し扱いづらいが、その重さから繰り出される一撃は並大抵のものではなく、群れ相手にも気軽に蹴散らせる。カイムが気に入るのも当然の武器だった。

 しかしそれだけ巨大な鉄の塊を振れば、どうしても隙は出来る。僅かな隙目掛けて襲いかかろうとするゴブリンだが、ギャラルがそれを見逃すはずもなくいち早く迫り真っ二つに斬り裂いてしまう。

 もはやこの二人を止めることは出来ないのだろう。本能的に理解するも、逃げ場も存在しないゴブリン達は狂乱の中で迫る。しかし結果は火を見るよりも明らかで、出来上がったのは死体の山だった。

 

『相手が人間でなければこうも躊躇せずに殺せるんだな』

「どうしたの?」

 

 カイムの意味深な視線に気がつくが、当然カイムはその理由を口にはしない。

 

『救いたい、助けたい。口で幾ら綺麗事を言ったとしても、お前も変わらないな』

「……ねえ、カイム。別にギャラルは、殺したくてしてるわけじゃないの。確かに殺しているという事実は変わらないけど、それはきっと違うことだから」

『そうやって言い訳するのは、違わないと分かってるからじゃないのか?』

 

 信頼とは違う、奇妙な二人の関係。本来なら全く相容れないはずの二人が隣に立つ。

 カイムの考えていることは分からないけど、付き合いもそこそこあるしなんとなく分かるようになってきているから、それっぽいことを言ってみたが果たして満足してくれただろうか。

 少し弛緩した空気になったが、まだ入口の敵を片付けただけで肝心のセエレは中にいるようだ。

 

『セエレ……どうか無事でいてください……』

『セエレちゃん、今度こそポックリ逝っちゃってるといいですねー。うははははー!!』

 

 相変わらずな様子の"声"を聞きながら、どうにか侵入できないか探すが鍵が見当たらない。

 それなら手段は一つしかないだろう。

 

「ねえ、カイム。……ここに降りる必要あったかしら?」

 

 結局そうなるのなら、別にここで暴れる必要はなかったのでは?とギャラルのジト目が語っている。

 いきなり中に侵入して、外の警備と合流されると面倒だから。そういう理由もあるが、正直なところ敵がいるから戦うくらいのノリで暴れただけだ。

 

「まだセエレも無事のようだ。二人共、行ってこい」

 

 再び地上へと降りてきたアンヘルの背に二人は乗り、空へと戻る。そして……



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第6節 狂気のコロシアム

僕、セエレ。

コロシアムで僕はモンスターたちの景品にされちゃったんだ。いつも迷惑ばかりかけちゃう僕だけど、足手まといなんかじゃない!


 コロシアムの中で磔にされているセエレの前に、二人の亜人が歩み寄る。その内ゴブリンの方が、威勢のよい声を張り上げた。

 

「今日の景品はいいのが入ったぞぅ。人間のガキだ!成長の止まった出来そこないだがな!」

 

 このコロシアムを取り仕切るゴブリンなのだろうか。ウキウキでいる彼と反対に、セエレは泣いていた。

 

「ひっく、ひっく。ちがうよ……僕は出来そこないじゃない。僕が大きくならないのは、いつか必要な時がくるまで、ちからをためてるからなんだよ。僕は"ちいさい勇者さま"なんだ……」

 

 勇者と言うにはあまりにも情けない姿で、全く説得力がない。そうでなくとも、完全に妄言の類としか思えない言葉に、ゴブリンがイラつきを見せながら罵声を浴びせる。

 

「うるせえ!何おとぎ話みてぇなホラ吹いてやがる!」

「本当だもん!お母さんだってゴーレムだって、そう言ってたんだ!!」

「ん!おめえが必要とされるときなんてくるわけねーだろっ!一生チビで足手まといのまんまだよっ!」

 

 セエレがどれだけ主張してきたところで、今の状況からして滑稽でしかない。少しうるさいだけのガキでしかないセエレを笑う。

 

「コロシアムの景品になれただけ、マシだな」

「足手まといなんかじゃ……ないもん!」

 

 セエレが自身を失いかけ、反論する口にも力が抜けていくその時だった、空から二人の人影が飛び降りてきたのは。

 アンヘルから飛び降りたカイムとギャラルがコロシアムの中、今喋っていたゴブリンと見張りのオークの背後へと着地する。

 

「ナンダオマエラッ!」

 

 突然の侵入者に驚き声を上げるが、二人は全く動じない。

 

『セエレを頼みましたよ』

「……ちょうど良い機会だ。救うために剣を振ることを覚えてこい。少しはギャラルを見習ってみよ」

 

 侵入者を排除すべく、コロシアム内にいた警護のゴブリンが集まってくる。手斧を装備したゴブリン達はすばしっこく間を詰めようとするが、ギャラルは容赦なく魔法を唱える。

 炎の柱が近くにいた数匹を丸焦げにし、後続のゴブリンも足を止められる。そして、セエレの眼の前でポカンとしてるゴブリンとオークの二人を斬り殺す。

 カイムは炎の中をくぐり抜け、攻めあぐねたゴブリンへ鉄塊を振り下ろす。その怪力と重量にゴブリンの頭部は耐えきれるはずもなくかち割れる。その隙を狙い斧を振ろうとするゴブリンだが、鉄塊を盾代わりにし弾き、よろめいた所を反撃で腹に打ち込む。まるで玉のように飛んでいくその様に、この二人の圧倒的強さを理解させられる。

 炎が止むと同時に、ギャラルが低空飛行しすれ違いざまに斬り倒す。あっさりと警護のゴブリンは制圧されてしまったのだ。

 しかしそんな二人の強さに、待機していたコロシアムの参加者の亜人達は血がたぎっていた。最初に現れたのは、黒い肌のオーガの戦士。鉄塊にも劣らぬ巨大な剣を二つ握っている彼は、圧倒的存在感と共に二人の前に歩み寄る。

 

「助けて!助けてマナ……母さん……」

 

 その間も動けずにいるセエレは、ただ助けを懇願する。自身の無力さを噛み締めながら。

 オーガは間合いを詰めるために、一気に走り出す。カイム二人分くらいはあるだろうその巨大から繰り出される必殺の一撃は、人間くらい容易く砕くだろう。

 カイムとギャラルはオーガを囲むように散開する。すばしっこいギャラルよりも普通に地を歩いているカイムの方が狙いやすいだろうとそちらへ走り、剣を振り下ろす。カイムは難なく避け、更に背後からギャラルが剣を振ろうとするが、それを予測出来ていたのかもう片手の剣で防がれる。いや、それだけではなくそのまま弾かれてしまう。

 だがギャラルは飛ばされながらも、月光と闇から神器へと持ち変える。純粋な剣技ではカイムには絶対に敵わないが、引き出しの多さは間違いなくギャラルの長所だ。

 それをオーガに悟られないように、カイムは懐に潜り込み薙ぎ払おうとするが、やはり剣で防がれる。更にもう片手で、拮抗状態のカイムを叩き割ろうとするが、直後重々しい笛の音がなる。

 それを合図にカイムは飛び退く。獣が撃ち出した魔力はオーガへと命中し、跡形もなく消し飛ばした。

 

 次に登場するのは、オーガ五人組だった。違いは全員素手なことか。武器を使わず戦うならず者の集団だ。

 カイムへ三人、ギャラルへ二人と別れ追ってくるが、ギャラルは再び月光と闇に持ち替えながらオーガの手の届かない所まで飛び、カイムも取り回しのよい古の覇王へと変える。

 身軽になったカイムは三人を相手しながらも翻弄し、殴りつけようとする拳へ、蹴り飛ばそうとする足へ、避けながらも刃で刻んでいく。

 ギャラルもまた空から降りながらの斬撃、そしてまた届かない所へ飛び戻ると繰り返しながらオーガ達を焦らしていく。沸点を超えたオーガの一人が、次ギャラルが降りてきた時に必殺の拳を叩き込もうと露骨に構え、もう一人が援護しようとする。だがギャラルもその瞬間を待っていた。刀身に炎を纏わせ、こちらも必殺の斬撃をお見舞いしようとする。

 三人のオーガを相手していたカイムは、一旦無視して走り出し援護しようとするオーガへ一直線に向かう。

 自然とそちらへ視線が逸れた瞬間、そのオーガの身体を狙いギャラルが急降下。その意図に気がついたもう一体のオーガも大慌てで妨害しようとするが、本命はそっち。急に降りる角度を変え迫ってきた刃を止めることは出来ずに焼き斬られ、首が空を舞う。

 一瞬の出来事に、理解が追いつかずに固まるオーガの首めがけてカイムも跳び、一閃。この僅かの間に二人のオーガは死体へと変わったのだ。

 激昂し襲いかかる残りのオーガだが、三対一でさえ勝てていなかったのだから結果は誰でも予想が付く。二人の動きに翻弄され一人また一人と地に伏せていった。

 

 まだまだ戦いは終わらない。魔術師のオーク三人組が、手下の赤いゴブリンを引き連れ襲いかかる。

 赤いゴブリン達はカイム達を襲撃しようとするが、ギャラルは飛んでオーク三人組の元へ飛んでいく。ゴブリンの何匹が得物を投擲して撃ち落とそうとするがすいすい避けていく。オーク達もカイムよりギャラルを警戒して炎の魔法を撃ち込んでいくが、その程度の弾幕ならいい加減避け慣れた。今更当たるはずもなく、壁際まで追い込まれたオーク達は剣のサビとなる。

 その間もカイムはゴブリン達の鋭い斬撃を躱しながら、カウンターで古の覇王を突き刺して、更にはその死体を放り投げ妨害していく。

 カイム一人なら少し分が悪かったのかもしれないが、この二人の相手にはならない。

 

 一方的に蹴散らされたゴブリン達を笑いながら、最強を自称する三人の赤いゴブリンが現れる。数ばかり多いゴブリンがたった三人、余程の自身があると警戒しながらカイムは構える。

 ギャラルもすぐにカイムの側に戻り背後に立つ。少なくとも、そうやって背中を任せ合えるだけの信頼は二人にはあるのだ。

 そんな二人を取り囲むようにゴブリンは陣形を組むが、すぐには襲ってこない。ジリジリと間合いを詰め、得物のナイフをチラつかせる。ある程度距離を詰めた瞬間、同時にひとっ飛びで迫りナイフを振るう。カイムは的確に防ぐが、剣戟が苦手なのを見抜かれていたギャラルへ二人襲いかかっていた。

 一撃は決して重くないが、素早い連撃を叩き込んでくるゴブリンの攻撃を防ぐのは限界があった。しかも二人も相手しているのだから尚更だ。あっという間に剣は弾き飛ばされ、無防備になったギャラルの首目掛けて刃が迫る。しかし、ギャラルは咄嗟にしゃがみ込んだ。そしてそんなギャラルの背後からは、古の覇王の刃が迫っていた。一回転しながら何方の攻撃も弾いたカイムは、目の前で怒涛の連撃を放っていたゴブリンにそのままトドメを刺す。

 流石のゴブリンと言えど、体力は無限にある訳ではない。ギャラルを殺しそのまま三人でリンチするつもりだったのだろうが、それが失敗した時点でゴブリン達の負けだ。

 更にギャラルは低い姿勢のまま勢いよく飛び出し、弾かれた剣を回収する。そのまま低空飛行で近くのゴブリンの背後まで回り、一閃。計画の失敗と、仲間の死で僅かに反応の遅れたゴブリンはそのまま斬り裂かれる。残った一人も、後は言うまでもないだろう。二人に囲まれ大した抵抗も出来ぬまま倒れた。

 

「まだまだいるみたい!気を抜かないで!」

 

 とてつもない強さで勝利を重ねていくカイム達に目を輝かせ、元気を取り戻しつつあるセエレ。しかしカイム達はむしろ少しずつ疲れが溜まり始めていた。

 それを狙うように現れたのはオーガの二人組。賞金稼ぎの彼らは素直に戦わず、確実に倒せるだろう瞬間狙い飛び出してきたのだ。

 方や剣を持ち、方や素手のコンビだったが、その二人はあまりにも呆気なく倒れることとなる。連戦で魔力の充填が終わっていた月光と闇が振るわれると、二人を狙い炎の柱が飛び出しその身体を焼いていく。それで即死まではしないが、焼かれまともに動けなくなっている所にカイム達が飛び出しその首を斬り飛ばした。

 

 しかしこれで体力も少ない、魔法も撃ち切ったと考えたゴブリンの傭兵集団が襲いかかる。

 だがこの程度の激戦、今まで何度も経験している。まだまだ余裕の笑みを浮かべるカイムとギャラル。まずはギャラルは武器を神器へと変え、鳴らしていく。確かに月光と闇の魔力はまた使ってしまったが、ギャラル自身の魔力が尽きた訳ではないのだ。

 現れた扉から獣を頭を出し、魔力を次々と放っていき制圧していく。幾らか混ざっている赤いゴブリンへは、魔力が吹き荒れる中カイムが接近し死角からの一撃で確実にトドメを刺していく。

 

 挑戦者達が蹴散らされていく中、ついにコロシアムの王者が立ち上がる。王者であるオークは供としてゴブリンを連れカイム達の前に立ち塞がる。

 カイムは再び鉄塊へと持ち替え、ギャラルもまた月光と闇を持ち隣に立つ。

 鎖に繋がれた鉄球を持つオークは、その場で振り回しつつゆっくりと歩み寄る。供のゴブリンが盾を構えながらオークの前に立ち、このコロシアムの覇者たる貫禄を見せる。

 カイムとギャラルが目配せをし、走り始める。それと同時に二人は武器を投げ交換、ギャラルがそのまま勢いよく鉄塊を振り腹でカイムを殴る。いや、殴ったのではなく、足場にしたのだ。タイミングを合わせ跳んだカイムの足を押し出し、勢いよく飛ばしていく。

 今まで散々ギャラルが飛び回り翻弄してきたから、そちらの方を警戒していたゴブリンはまさかの行動に反応が遅れカイムを取り逃がしてしまう。慌てて追おうとするゴブリンへ今度はギャラルが迫り鉄塊が振り下ろされる。カイムほど力がないのもあり盾で防がれてしまうが、弾くこともできない。膠着状態になったゴブリンはカイムに手出しができなくなったのだ。

 飛んできたカイムを迎撃すべく鉄球を投げつけるが、容易く弾かれる。しかし弾かれた鉄球と反対方向にオークは走り、鎖がカイムを捕らえようとする。しかし炎の力をまとう月光と闇なら、その鎖を断ち切ることはあまりにも簡単だった。

 オークは切れた鎖を素早くカイムに投擲し、そのまま一瞬で距離を詰める。飛んでくる鎖を弾き、返す刀でオークも斬ろうと剣を振るが軌道を読まれ躱され、拳を叩き込まれる。

 殴られた勢いでわざと後退し距離を取り直して、今度はカイムから距離を詰め直す。オークの拳が振り抜かれる瞬間にカイムは跳んだ。突然視界から消えたカイムへ反応が間に合わず、背後に着地したのだと気がついた直後、その首は宙を舞っていた。

 お互い動けなくなっていたギャラルとゴブリンだったが、オークが殺されゴブリンが目を奪われた隙に、力の方向をズラシ滑らせてよろめかせ、そのままその胴体に叩き込んだ。ゴブリンの小さな身体はそのまま飛んでいき、コロシアムの壁に激突し倒れた。

 

 ついに、コロシアムの王者さえ下された。その事実に、コロシアムの者達は狂乱し興奮し混乱し、皆が新たな王者達へと戦いを挑むために走り出した。生き残るためか戦うためか、もうがむしゃらになっている。

 流石の連戦の後に、この数は流石にキツイなとギャラルが苦笑いを浮かべた瞬間、鉄格子が開かれる音が聞こえた。入り口の方からだ。まさかまだ敵が?と思い振り返ると、いくつもの光の玉が放たれていた。

 

「避けてください!」

 

 レオナールの声に反応し、ギャラルとカイムが大きく退くと入れ替わるようにして玉が敵の群れへと飛んでいき炸裂していく。更にそれを追うようにエンヴィが飛び込み、魔法を弾いた赤いゴブリン目掛けて走っていく。

 彼らに遅れて、残りの面子もコロシアム内に顔を出す。

 

「皆様、大丈夫ですか!?」

「……ふぅん、全部、終わってるのね」

 

 乱入したレオナールとエンヴィの猛攻であっという間に制圧されたコロシアムで、ヴェルドレが呟いた。

 

「あのカイムが……誰かのために剣を振るとはな……」

 

 カイムはうんざりとした表情で見ていた。しかし何処か困惑した表情になっていることを、ギャラルは見逃さなかった。

 

「どうだったかしら?人の為に振った剣の感触は」

『……別に変わらないさ。殺しは殺しだ』

「全く、こういう時も何時ものように本音を言えばよいものを」

 

 あくまで否定をするカイムだが、その心中は決してそうでないことが伝わってくるアンヘルは少し笑っていた。



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第7節 感謝と怠慢

セエレを助けたカイム達。しかしそこへフェアリーの断末魔が届く。それは残された封印が最後の一つ、最終封印のみになったという合図だった。

封印の女神フリアエを救出するためにも、帝国領へ足を進めるのだった。


 解放されたセエレは感謝をカイムとギャラルの二人の前でした。何度も頭を下げ、嬉しそうに喋る。

 

「あぁ!ありがとう!本当に、僕、もう……ありがとう!!」

 

 セエレからぶつけられた真っ直ぐな感謝、慣れないものにカイムは少し笑いかけ咄嗟に目を逸らす。……照れているのだ。

 そして目を逸らした先にはニヤけた笑みを浮かべているギャラルの姿が。少しだけむっとはしたが、そんな彼女の様子にも本気で怒りを感じることはなかった。

 

「セエレ……無事で良かったですね」

 

 彼の無事に安堵したレオナールは、彼の側に歩み寄る。そんなレオナールに向けて、また頭を下げる。

 しかし今度は感謝ではなく、謝罪の言葉。

 

「ごめんなさい。僕、みんなのジャマばかり……」

 

 その直後だった、彼らの元に耳をつんざく様な悲鳴が届いたのは。それは"声"だったため、キル姫達は気づかなかったが契約者達は驚いた様子だ。

 

「……この悲鳴は!?」

「番人フェアリーの断末魔だ。……神殿の封印は3つとも壊滅らしい」

「残るは最終封印……女神のみ!?」

 

 カイムは先程と打って変わった様子で、怒りを露わにしながら地面へ剣を突き立てる。ただでさえ神殿の封印が破壊されるたびにフリアエの負担は大きくなるのだ。しかも彼女は今イウヴァルトに拐われ、きっと帝国の所に。

 

「連合軍は最終攻撃を仕掛けるだろう。我らもゆこうぞ。決戦の場、帝国領土へ!」

「……決戦」

 

 決戦という言葉に七支刀は息を呑む。長かった帝国との戦いの終わりが近づいているということを、改めて認識する。

 

「あぁ……また僕……僕のせいだね?僕が谷に行きたいなんて頼んだから余計な回り道を……」

 

 状況を理解したセエレは、項垂れながら口を開く。そんなセエレへと、カイムは剣先を向けた。

 

『項垂れている暇があるのなら、その分戦え。それがお前に出来ることだ』

「……反省という名の良い訳ばかりしていても、事態は何も変わらぬぞ」

 

 カイムの厳しい言葉と、アンヘルの優しい言葉。二人の言葉に励まされ、セエレはゆっくりと立ち上がる。

 

「……う、うん。わかった」

「セエレ、妹さんは……」

 

 しかしレオナールは、結局見つけられなかった彼の妹、マナのことが気がかりだった。元々彼女を探すためにこの谷に来たはずだが、こうもなろうとは。

 そんなレオナールの言葉に答えたのは、セエレではなくエンヴィだった。

 

「帝国領へ行けば会えますよ。司教なんですから」

「まだ言うのですか?そんな子供が司教だと……!」

「そうでないなら、この谷の何処かで野垂れ死んでると思いますが」

 

 エンヴィの容赦ない、しかし現実的な言葉へとレオナールは押し黙る。彼女の足跡さえ分からなかったのは事実なのだ。

 

「セエレも、別に怖いなら無理して帝国領へ行かなくていいですよ。迷惑なので」

「うっ……も、もう迷惑かけないよ!だから付いていくよ。マナもいるんでしょ」

 

 妖精の断末魔から途端に悪くなっていく空気にわたわたしていた七支刀は、何か一つ空気を変えられる言葉はないかと考え、思い浮かんだことを言った。

 

「みんな喧嘩はやめてください!……それより、この戦いが終わったらみんなでラグナロク大陸に来ませんか?平和でいい所ですよ」

「それ、中々いい提案ね。……ふひひ、カイムもそんな野暮ったい服じゃなくてもっとお洒落な服選んであげるわ」

「ラグナロク大陸ですか。そうですね、全て終われば……」

「私は神官長としての務めがある故行くことは出来ませぬが、見てみたいものです」

 

 七支刀の提案に、少しだけ場が和む。しかしアンヘルは疑問を直球で投げかけてきた。

 

「……ラグナロク大陸へ帰る方法、分かっておるのか?」

「それは……」

 

 完全に思い付きでの発言だったので、正直そこまでは考えていなかった。救いを求めるようにエンヴィへと視線を向けるが、呆れた様子でため息一つ。

 

「知りませんよ。私もどうやってこちらへ来たのかは覚えてませんし、覚えていたとして同じ手段が使えるとは限りません」

 

 そう否定してから、でも……と付け加えた。

 

「行けるなら行ってみたいですね。セエレもマナも、こんな世界より平和な世界の方が似合ってますよ、きっと」

「……そうだね。うん、マナのことを助けて一緒に行くんだ」

 

 今まで散々否定的な発言をし煽っていたエンヴィが、初めて見せた優しい表情にセエレも微笑んだ。エンヴィも決して悪い人ではないと伝わった瞬間だった。

 

「そうさな、方法を探す時間は幾らでもある。……だがまずは目の前の破壊を食い止めるのが先だ。改めて行くぞ、帝国領へ!」

 

 未来への希望を持ち、士気も高まったところでアンヘルが仕切り直した。

 カイム達は帝国との決着を付けるためにも、帝国領へと向かう。その先に待ち受けるものを知らぬまま。



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第十三章 真実
第1節 旅立ち


"敵"の本体はますます成長し、世界を飲み込もうとしていた。カイムは、敵本体中心部への突入を決意。

セエレの最期の叫びが響く中、ドラゴンの突入と共に"敵"は光となって時空の狭間に消える。

そして、カイムが見る世界とは?


 膨張し続ける巨大な"敵"、無限にいるのではないかと錯覚する赤子達の母親のようなそれは、お腹に当たる部分が膨らみ続けていた。

 幾つもの犠牲の上でその"敵"の近くまでたどり着いたカイム、ギャラル、セエレ、ヴェルドレ。しかしその"敵"を倒すための秘策など何処にもなかった。

 

「おしまいだ!おしまいだー!」

 

 狂乱の中、ヴェルドレが叫ぶ。まさに世界の終わりと呼ぶのに相応しい目の前の光景に、そう叫びたくなるのも気持ちだけは分かる。ただ、叫んだところで現状は何も変わらないというのもまた現実なのだが。

 

「祈らぬのか?」

 

 アンヘルがヴェルドレへと問いかける。いつもの様に祈らぬのか?と。それは純粋な疑問というより、ここに至ってなお震え叫ぶだけの嘲笑とも取れた。

 

「何にっ?……何にすがれば良いのです!?」

 

 ヴェルドレが信じていたもの、神がこの事態を引き起こしたのなら……もはや何にすがればよいのだろうか。

 ヴェルドレは臆病者だが馬鹿ではない。この状況を理解できてしまうからこそ、すがるものが残されていないという事実もまた理解してしまうのだ。

 

「知るか。すがるものなど、はじめから何もないのだ」

 

 狂乱の縁に落ちているヴェルドレを、アンヘルは冷たく突き放す。いや、アンヘルだけではない。この場で彼のことを気に留め救おうとする者などいないのだ。すがる神どころか、仲間さえも失ったのだ。

 

「そうさな……虎の子を見つけたくば、虎の巣に入るしかなかろう」

 

 この状況を打開するために取れる選択、それはあの巨大な"敵"への突撃しか残されていない。アンヘルは暗にそう示す。

 その言葉を実行すべくカイムを乗せ飛び立とうとするアンヘルを、ギャラルが静止した。

 

「待ってカイム!お願いだから……一人にしないで」

 

 ギャラルがこのミッドガルドで戦ってきて、初めてまともに出会った人物。その凄まじい強さで勝利へと導き、時には不器用な一面も見せ、一緒に旅をしてきたカイム。彼へと強く依存していた。

 今までそれを自覚することは無かったが、今まさにたった二人で"敵"へと飛び立とうとした瞬間、自分が残される側になると思った瞬間に嫌というほど理解させられた。

 アンヘルは飛び立つのをやめ止まり、カイムがアンヘルの背から降りてくる。今にも泣き出しそうなくしゃくしゃの顔のギャラルへと近づき抱きしめて、それからその小さな身体をひょいと抱え上げた。

 

「カ、カイム!?」

『そうだな。一緒に行こう』

 

 カイムもまた、彼女に惹かれていたのだ。フリアエを匿っていたあの城で出会ったあの日から、しつこく絡んできたこの少女へと。

 最初は綺麗事ばかりのうるさい女だと思っていたが、彼女もまた壮絶な過去を持っていて、それでも尚誰かのためにと戦い続けられる彼女の強さは、ただ殺戮のために戦いに身を投じていた自分にはない強さだったのかもしれない。

 そんな感情さえも超えて、このギャラルホルンという少女を愛おしいとさえ感じるようになったのは、何時からなのだろうか。

 一度考えたことがある。戦いが無くなり平和になったら、自分の居場所は消えてしまうのではないかと。戦いの中でしか生きられない自分は異端として弾かれてしまうのではないかと。

 こんな自分を変えて、平和な世界で生きれるように祈ってきた彼女なら、そんな彼女の側でなら生きていけるのかもしれない。

 アンヘルへと乗り、自分の前へギャラルを座らせる。驚きと戸惑い、そして喜びの表情を浮かべる彼女を見て、この選択は間違いでないのだろうと確信する。

 

「……良いのだな?」

 

 アンヘルは、二人が惹かれ合っていることに気がついていた。いや、それ以上に依存しあっているのかもしれない。

 だからこそ、勝機など見えないこの特攻へギャラルを連れて行くかは迷っていた。カイムも最初は連れて行こうとは思っていなかったからこそ二人で飛び立とうとした。

 しかしカイムが三人で逝くことを選ぶのなら、止めはすまい。

 飛び立っていくアンヘルの背中へ、もう一人の残された人物が声を上げる。

 

「やだ。行かないで……みんな!僕をひとりにしないでよー!」

 

 アリオーシュもレオナールも死んだ。七支刀とエンヴィも殿となるために残っていった。そしてカイムとギャラルは行ってしまう。

 これまで共に戦ってきた仲間達が、みんな逝ってしまう。自分一人だけを残して。

 セエレはそんな思いを胸に叫んだ。この狂気の世界にたった一人ぼっちになってしまう恐怖と悲しみを声に出した。

 

「生きておれば、また会えようぞ」

 

 お互い、生き残れるとよいな。そんな祈りと共に、アンヘルが返事をする。少なくとも、あの"敵"へ行き無事に生きて帰れる可能性は限りなく低いだろう。

 しかし、その可能性がゼロでないなら……信じてもよいのではないだろうか。生き延びて再開するその日を。

 

「……じゃあさ……せめて……」

 

 彼らが行ってしまうことは止められない。もうそれしか方法はないのだから。

 だから、せめて……

 

「忘れないでっ!僕のこと!!」

 

 返事はなかった。ただ、セエレの言葉を聞き届けたカイム達は、巨大な"敵"へ向かい飛んでいく。

 彼らの姿が見えなくなる頃に、突如光が溢れた。光に呑み込まれるようにカイム達は消えていく。カイム達だけでなく、"敵"もまた光と共に消えていった。

 

 

 カイムは善も悪も全て道連れにして飛び立った。我々は生きるしかあるまい、混沌の世界で。



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第2節 見知らぬ世界

 雲が裂かれ、久々に覗いた太陽が世界を照らす。人々は突然のことに驚き空を見上げる。

 しかし照らされた光は太陽ではない。未知の光が世界を照らし、その中から巨大な物体が落ちてくる。人の姿を象った巨大な像。それは女性の姿をしていた。

 落ちてくる母体は教会へと向かい落ちていき、教会とその周りの建物を破壊しながら着地した。

 しかし人々は気が付かない。光の中から現れたもう一つの影に。

 

「ここは……神の国なのか?」

 

 

ラグナロク大陸

 

 

 白に包まれた未知の世界、異端な光景を見て呟くアンヘルだった。

 しかしギャラルは何処となく見覚えのある光景に違和感を覚えた。確信ではなく違和感で止まったのは、見覚えのあるはずなのに全く見覚えのない光景だったからだろうか。

 落ちた母体は立ち上がり、まるで天に救いを求めるかのように右手を大きく伸ばす。長い舌を垂らしたまま立つその母体は、誰から見ても不気味な存在だっただろう。

 

 "母"は歌い出した。鐘の音が聞こえる。

 

「何なのだ、これは!どうすればいいのだ?!」

 

 音が波紋となり広がる。不気味で異様で破滅的なそのウタは、世界へ広がっていこうとする。三人は直感で理解する。あのオトの波紋に触れたら最後、命はない。

 ギャラルは神器を構え、演奏を始める。音になら音で対抗出来るのではないかと考え、相殺すべく鳴らし始める。

 鐘と笛の音の波紋がぶつかり合い、消滅する。どうすればあの母体を破壊できるかは分からないが、まずは音を消していくしかない。

 ギャラルの音が届くように、母体から付かず離れずの距離を維持しながらアンヘルは周る。

 母体は動かない。ただひたすらに音を鳴らす。鐘の音が響く。鐘、鐘、鐘、鐘。鐘の音。

 音は絶えない。ただ世界を滅ぼすべく音は鳴り続ける。魔力を伴ったその歌は、ギャラルホルンの笛の音さえ超えようとしていた。終末を告げるその音さえも、超える。

 音の波は膨れ上がる。止まらない。全く違う音のぶつかり合いに終わりは見えない。何も手伝えないカイムは歯がゆい気持ちになるが、何を考えたところで何もできない。

 

『何か、手伝えないのか?何か!』

「……やってみよう。出来るかは分からぬが!」

 

 アンヘルは吠えた。今自分に出せる音などこれしかないだろうと思い、必死に吠える。ドラゴンの咆哮はオトとなり、そして母体の歌と打ち消しあった。

 演奏に集中し続けるギャラルと、咆哮をあげ続けるアンヘル。必死に戦い続ける仲間達へ、何もできないならばと祈る。圧倒的な強さで戦ってきたカイムが、初めて無力さを打ち付けられた瞬間。

 祈るという行為を散々馬鹿にしてきたが、なるほど自分の心を落ち着かせるための行為なんだなと知る。

 オトとオトの激しいぶつかり合いは終わらない。永遠に続くかと思えた衝突は、やがて止まる。

 

「お、終わった……?」

 

 肩で息をしながら、ギャラルは安堵と戸惑いを込めて呟く。突如始まった常軌を逸した戦いに、混乱だけが残されていた。

 

「いや、まだだ。来るぞ……!」

 

 しかしアンヘルは、母体の中で膨れ上がる膨大な魔力を感じ取る。戦いが終わったのではない。終わらせに来たのだ。

 規則正しさというべきか、曲を作るようにリズムを取って飛んできていたオトだったが、直後に放たれたものはそんなものではなかった。

 鐘が鳴る鳴る鳴る鳴る鳴る鳴る鳴る鳴る鳴る鳴るなるなるなるなるなるなるなるなる

 デタラメで、なおかつ莫大なオトの嵐に応えるべくギャラルはギャラルホルンに全ての魔力を込めひたすらに鳴らし、アンヘルもまた自分の鼓膜が破れるのではないかと感じる程度には全力の咆哮を上げる。

 三つの音のぶつかり合い。出鱈目で意味不明で支離滅裂な音の嵐が世界に響く。

 

 やがてオトは止まった。お互いのオトが止んだ。

 "母"は崩壊を始めた。振動と共に表面からボロボロと粉が落ち始め、塊が剥がれていく。その振動は大きくなっていき、母体を構成していたものは消滅していく。

 もはやそれが"母"だったのだと理解出来るものはいないだろう。

 少し距離を取り、その様子を三人は眺めていた。永きに渡った戦いが、終わったのだ。

 

「やったぞ!ついに……」

 

 アンヘルの言葉が途切れる。翼が不規則に動き、鼓動も異様な程早くなっている。

 空を飛ぶことを維持できなくなり、ゆっくりと落下を始める。

 

「アンヘル!?」

『しっかりしろ、アンヘル!』

 

 このままだと三人とも地上へ叩きつけられるだけだ。カイム手を握ったギャラルは飛ぼうとして、身体が言うことを効かないことに気がつく。

 先程の戦いで、全てを使い切ったのだ。もう、飛ぶことさえもできない。

 二人共その手を固く握ったまま、重量に引かれ落ちていく。ただ、落ちていく。

 

 ただ、落ちていく。

 

 

 the End of killers

 

 

 Thank you for reading!

 本当に、本当に、ありがとうございました!




 常軌を逸した戦いとその結末を目撃していたイチイバルは走る。待つのは希望か、新たな絶望か。


 これは呪いか、それとも罰か。


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第1章 帰る場所
第1節 目覚め


 身体を起こす。柔らかいベッドの上で目を覚ます。何だか、悪い夢をずっと見ていたような気がする。

 

「さむっ」

 

 思ったより寒くて、すぐに布団を掛け直した。何だか身体が凄く重い気がする。窓から外を眺めると、雪が降っていた。ああ、それは寒いなあと思いながら目を閉じる。

 全部、夢だったんだ。そうだ、そうに決まっている。異世界になんか行ってないし、旅なんかしてないし、皆を犠牲になんかしていない。そんな話なんか無かったんだ。

 壁に立てかけられた月光と闇が、仄かな熱を放っている。アレを布団の中に入れたら湯たんぽの代わりにになるだろうか?

 ……ぐるぐると思考をする。都合の悪い事実を考えないように、都合の良いことだけを考えて。けれど、現実逃避も無理矢理終わらせられることになる。

 ドアが開く。赤い髪の少女……キル姫が顔を出す。つい反応して目を開けてしまう。

 

「あっ、あの、起きましたか?ギャラルホルンさん……」

 

 誰だろうか。見覚えはある気がするのだが、名前までは出てこない。

 ただ、自分の名前を呼んだのだから向こうはこちらのことを知っているのだろう。

 

「……誰?」

「ロジェスティラです。こちらでお会いするのは初めてですね」

 

 こちら……というのは、ラグナロク大陸のことだろうか。やはり、会ったのは以前の世界での出来事なのだろう。

 

「でも、目が覚めて良かったです。こちらに来てください」

「……」

 

 月光と闇を手に取り、彼女に連れて行かれる。

 やはり、ここは知らない場所だ。自分の家ではない。しかも、雪が降っているというのも変な話だ。ラグナロク大陸での最後の記憶はハロウィン前夜。その時期に雪が降るほど冷えるだろうか。

 つまりだ、やはり現実なのだろう。ミッドガルドを仲間達と共に駆け回り、その仲間達が死んでいき、そして最後は……

 階段を降りていくと、リビングへと案内される。そこには先客が一人。赤い髪に黄色の瞳。けれど気になるのはそこではなく、背中に赤い翼が生えていること。

 その人のことは間違いなく初めて見る。ロジェスティラの仲間にこんな人、いただろうか?

 女性が読んでいた本を机に置き、視線をこちらに向ける。

 

「ようやく目が覚めたか。心配させおって」

「え……?」

 

 その声に聞き覚えがあった。いや、そんな程度の話ではない。ずっと共に旅してきた仲間の一人。

 ……意識してみれば、その女性から生えている翼も大きさは違えど見覚えがある。

 

「アンヘル?」

「……どうした?」

 

 間違いない、アンヘルだ。

 きょとんとした表情でギャラルを見ていたアンヘルだが、何かを分かったようで一つ咳払いから話し始める。

 

「この姿か?ただの深化だ、気にするな。最初は我も驚きはしたが、三日も経てば慣れようぞ」

「そ、そう、何だ……?」

 

 もう何から何まで分からないことばかりで、ギャラルの思考が止まり始める。

 

「そうだ、ギャラルホルンさんはお腹空いてませんか?ご飯を作りますので少し待っていてください」

「……」

 

 そう言ってばたばたと居間から出ていくロジェスティラを見送ってから、何となくアンヘルの隣に座る。

 何度も彼女の背に乗せてもらってきたから、くっついてると何だか安心する。

 

「カイムは?」

「外で剣を振っておる。身体を動かしてないと落ち着かないそうだ」

「そっか」

 

 カイムもアンヘルも無事だった。そのことに安心感を覚え脱力し、アンヘルへ寄りかかる。

 そんなギャラルのことを気に留めず、アンヘルは読書を再開した。穏やかな時間が流れる。こんなに静かで落ち着けるのは、何時ぶりだろうか。ミッドガルドでは、最初から最後まで戦い続きだったし、休みを取っても野営だったしで疲れはたまる一方だった。

 ストーブも効いていて温かい。目が覚めたばかりなのに、また眠ってしまいそうだ。

 

「また寝るつもりか?三日も寝れば十分だろう」

「三日……?」

 

 そういえば、さっきもアンヘルは三日も経てば……と言っていた気がする。どういうことだろう?といまいち回らない頭で考えようとする。……言葉通り、自分が三日も眠り続けていたのだと理解するのに少し時間がかかった。

 

「ギャラルはそんなに寝てたの?」

「ああ。中々目が覚めないお前に、カイムも慌てておったぞ」

「へえ、見てみたかったなあ」

 

 あのカイムが慌てている姿、見たことはないが何となく想像は出来てしまう。

 そんな想像にぬひひと笑っていると、ロジェスティラが返ってくる。

 

「お待たせしました。……こんな物しかありませんが、大丈夫ですか?」

 

 そう言って出したのはパンとコーンスープ。三日も寝た後と考えると物足りない気もするが、贅沢を言える立場でもない。

 

「ありがとう、ロジェスティラ」

「はい。……それと、私のことはロジェで大丈夫です」

「分かったわ。ならギャラルのことは、ギャラルって呼んで」

「分かりました、ギャラルさん」

 

 ギャラルはパンへと手を伸ばす。

 分からないことだらけだが、今だけはゆっくりとしていたいと思い詮索はしない。穏やかな時間は、少しだけギャラルの心を癒やすのだった。



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第2節 雪

「ただいま〜」

 

 誰かが家にやってきた様だ。リビングに現れたのは眼帯をしたキル姫だった。

 ……このキル姫も見覚えあるなあとぼんやり眺めていると、そのキル姫が挨拶をする。

 

「おや、どうやら目が覚めたみたいだね。僕はイチイバル、覚えているかい?天才美少女戦士のイチイバルさんだよ」

 

 ドヤッと口で付け加えながら言うイチイバルに、流石のギャラルも思い出す。この、なんというか、変な喋り方は凄い覚えがある。

 

「コマンドキラーズね?」

「いや〜覚えていてくれて嬉しいよ。まあ今は違うんだけどね」

 

 コマンドキラーズ。この世界の神々の力を神令(コマンド)されたキラーズ。彼女らの目的は、キル姫と奏官を皆殺しにするという過激なことだったが、今はそんな様子もないのだろう。

 なるほど、元コマンドキラーズのみんなが使っている家ということなのだろうか。何か買ってきたのか袋を持っている彼女は、そのままキッチンの方に向かっていった。

 

 パンとスープも食べ終わり、食器は私が片付けますと言いロジェが洗いに行ったので、特にすることもなくぼーっと座っている。

 すると、また家に誰か来たようだ。

 リビングにやってきたのは、金髪のキル姫……を脇に抱えたカイムだった。

 

「……何、やってるの?」

「別にミュルは遊んでるんじゃ……って、やっと起きたんだ」

 

 わーっと抵抗しようとした彼女はそのままに床に転がされる。いたたと頭をさすりながら起きた彼女、ミュルグレスもやはり元コマンドキラーズの一人だ。

 

「私はミュルグレス、覚えてないだろうから特別に……って」

 

 と何か名乗りをしていたミュルグレスの邪魔、というか無視してカイムはギャラルを抱きしめた。

 突然のことに、元々ぼーっとしていた頭は更に思考が回らなくなり、何が起きているのか分からないがなんか凄いことが起きているという感覚だけが残り、沸騰してしまうのではないかというくらい真っ赤な顔になる。

 

「……まあ、いっか」

 

 この無口な男がギャラルのことをとても心配していたことは、ミュルグレスも分かっているので文句は言わないことにした。

 

「これで役者は揃ったな。そろそろ話してもらおうか」

「………?」

 

 アンヘルが真剣なトーンで何かを言っているが、聞こえているはずなのに頭に入ってこない。

 そのまま蒸発してしまいそうなくらい熱くなっているギャラルにようやく気がついたカイムは慌てて離し、アンヘルの隣…ギャラルの反対側の隣へと座った。

 

「まあそう慌てないでよ。待たされたのはこっちもだしさ」

 

 少ししてロジェとイチイバルも戻ってきて、テーブルを挟んで反対側のソファに三人並んで腰掛けた。

 ……コマンドキラーズ、これしかいなかったっけ?なんかもっといたような。

 

「そうだよ、本当はこれだけじゃないさ。そのことも、これから説明するよ」

「あっ、声に出てたの?」

「独り言にも気づけぬか。明日にした方がよいか」

「そもそも、何の話なの?」

 

 何やら自分の知らないところで話が進んでいるようで、追いつけていない。

 

「これまでのことと、これからのこと、です。お互いに何があったのか、ギャラルさんが起きてから話そうということになつていたんです」

「うーん……」

 

 何か引っかかる言い方だと感じる。確かにギャラル達に何があったのかを話すのはおかしな流れではないのだが、これからのこととはどういうことだろうか。それに、聞くのではなく話す……?

 何処となく不穏な気配に、少しずつ頭が回り始める。

 

「……まあ、いつの間に雪が降ってるし、結構経ってるのよね?今って何月?」

「6月です」

「………」

 

 ロジェが即答した。即答したのだが……その答えは聞き間違いだったのかと思う。6月?雪が降っているのに?ストーブ使うほど寒いのに?

 

「ギャラルよ、アレが雪に見えるか?」

 

 そう問うてきたアンヘルの視線は、窓の外に向けられている。白いモノが舞っている。どう見ても雪だろう。むしろ雪でないのなら……なんだ?

 アンヘルに聞き返そうとして、口を開こうとして、固まる。それを知ってしまったら、もう後戻りが出来ないだろうと直感が告げている。舌が動かない。駄目だ、聞くな。

 

「塩だ」

「………え?」

 

 聞くよりも先に、アンヘルが答えを告げてしまった。それも、意味不明な答えを。

 塩が……舞っている?雪のように?なんで?どうして?

 

「この世界では塩が舞うのが常識かと思ったが、やはりそんなことはないようだな。そろそろ聞かせてもらうぞ、()()()()()何があったのかをな」

「そんな、そんなことって……」

 

 そんな現象、一度も見たことも聞いたこともない。間違いなく異変の類だ。

 自分がラグナロク大陸から離れていた間に、ミッドガルドが旅をしている間に、ラグナロク大陸にも大きな異変が起きていたのだ。

 ようやく全てが終わっていたと安堵していたギャラルへと、冷たい現実が突きつけられた。



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第3節 何があったか

「これはあくまで僕達が知っていることだ」

 

 そう前置きしてイチイバルは語りだす。

 

「全ての発端は五年前のハロウィンか。君と七支刀がいなくなったあの日だよ」

「ご、五年……?」

 

 ただ理解を置いてけぼりに進んでいこうとする話に、なんとか追いつこうとしてもまた分からないことが出てくる。

 ギャラルがカイムとアンヘルへ視線を動かす。その意図を理解したアンヘルが答える。

 

「我がギャラルと会ってから、五年は経ってないな」

「なるほど、君達のいた所とは時間の流れが違うようだね。まあ、それはともかく……」

 

 イチイバルは話を軌道修正し続きを話す。

 今言った通り、五年前のハロウィンの日にギャラルと七支刀、二人のキル姫が突如姿を消した。ギャラルは"死者と会えるハロウィン"の仕掛け人でもあったため、あの街周辺での魔獣等の出現が多くなっているのも相まって、ギャラルのゆらぎが原因で何か起きたのではないかと調査が行われた。

 七支刀もまた、その街に向かっていたことがイシューリエルから伝えられ、同じく巻き込まれたのだろうと考えられた。

 しかし、それから数日後にその街で奇妙な現象が起こり始めたのだ。

 

「……何があったの?」

 

 自分がいなくなってから、何があったのか。とても怖いが、興味もある。

 何より、ここで聞かずに逃げたところで状況が変わるわけでもないのだろう。勇気を振り絞り問いかける。

 

「人間が塩になる奇病が流行りだしたんだ」

「人間が、塩に?……それは本当に病なのか?」

「僕は違うとは思っているが、少なくとも人々はそう考えたんだ。白塩化症候群と呼ばれるようになったこの奇病は、君のいた街を中心に少しずつ広がっていったんだ」

 

 人間が塩になる。その言葉を聞いて最悪の想像が頭をよぎる。もう一度外を見れば、まるで雪のように舞っている塩があるばかり。

 ……この塩は?何?

 ギャラルがまた絶望しかけている中、それでもイチイバルは続きを話した。

 塩になるとは言ってもいきなり全身が塩になるというものではなく、少しずつだったのでキル姫を中心に世界の各地で白塩化症候群を治せないかという研究が進んでいった。

 治癒の魔術を用いれば進行が遅くなることも分かり、奇病が解決する日を待つばかりと思われていた。ギャラル達を探し、ゆらぎの原因を突き止めることも平行して行っていたが、状況は更に悪化していく。

 白塩化症候群に陥った患者の内、一定数が凶暴化し始めたのだ。

 

「よく分からないよね〜。まあ自分が塩になって死んでしまうと思ったら、暴れたくなる気持ちも分からなくもないけどさ」

 

 そう言うのはミュルグレス。

 

「気持ちの問題ならよかったんだけれどね、明らかに理性を失っている感じだったんだ」

「……なるほど、そやつらのせいで研究の進行も遅れていったのだな」

「まあ、それもある」

 

 含みを持たせた回答をするイチイバルに、アンヘルは訝しげな顔になる。

 

「確かに大変だったけど、この時点ではまだ対処できる段階だったんだ」

 

 それから、二つの大きな出来事があった。それも取り返しのつかなくなるような出来事が。

 一つは、白塩化症候群に感染し凶暴化した人間が、化け物になったことである。辛うじて人間の形は残っていたが、体表が塩に覆われ知性も失ったその姿は化け物と呼ぶに相応しかっただろう。レギオンと呼ばれるようになった彼らは、討伐する以外の方法で抑える手段がなくなってしまい体力的にも精神的にも疲弊していくばかりだった。

 ただでさえ魔獣や異族といった化け物が現れていた中だったこともあり、対処が追いつかなくなり始めていた。

 

「魔獣や異族とやらは、本来はいないものなのか?」

「ああ。本当はこの世界にはいないんだけど、ゆらぎの影響で現れることもあるんだ」

 

 アンヘルはその説明で納得がいったが、ここまであまり興味を示していなかったカイムがアンヘルに質問を頼んだ。

 契約者がカイム達以外にいない以上、カイムは誰とも会話は出来ないのだ。

 

「異族とは何だ?」

 

 その質問に答えたのはイチイバルではなくギャラルだった。

 

「消滅した世界線にいたキル姫の成れの果て……と言って伝わるかしら」

「世界線?」

「かつての世界には、違う可能性を辿った同じ世界が沢山あったの。それを世界線って言っていたわ。……このラグナロク大陸にはないはずだけど」

 

 かつてギャラルが行おうとしていた終焉は、全てのの世界線の終焉だった。直接行き来したことはないものの、知識としては知っている。

 

「で、カイム。もしかして異族と戦いたいとか思った?」

「………」

 

 ギャラルに図星をつかれて少し気まずくなったカイムは目を逸らす。分かりやすい反応にギャラルは呆れてため息をついた。

 ……でも、そうやってカイムが余計な質問をしてくれたお陰で、少しだけ気は紛れた。

 

「まあ、戦いたいならその内戦えるさ。今だって時々湧いてくるからね」

 

 それよりも、と付け加えイチイバルは話を戻す。

 もう一つ起きた重大な事件。それはキル姫の暴走だった。今まで白塩化症候群にかかったキル姫は出ていなかったのだが、その代わりと言わんばかりに暴走し始めたのだ。

 最初はキル姫複数人で取り掛かり何とか抑えていたのだが、暴走する人数が増えてきてそういうわけにもいかなくなった。

 しかも、暴走していたキル姫はみな赤い目になっていたという。

 その話を聞いた瞬間、三人の目つきが変わる。赤い目と言われれば連想せざるを得ない。帝国兵達のこと、そして司教マナのこと。しかも帝国兵達は理性を失い天使の教会の傀儡となっていたのだから、その点でも似ているところはある。

 

「……何か、知っているようだね?」

「それは後で話そう」

 

 完全に収拾が付かなくなった頃、まだ状況は悪化していった。一つはティルフィングと連絡が取れなくなったこと。マスターも行方不明になり、補佐をしていたミーミルも同じく。

 更にゆらぎに付いて詳しいマナナンとマクリルの二人さえいなくなってしまった。この時点でギャラルと七支刀の捜索は完全に打ち切られた。

 それから人々の間に一つの噂が流れ始めた。白塩化症候群はキル姫が流行らせたのだというものだ。最初は信じるものはいなかったが、キル姫に白塩化症候群に感染したものがいないこと、暴走したキル姫がレギオンと共に人々を襲ったという事件が発生したことにより信じられるようになっていった。

 全ての人が信じたのかは分からないが、その意見に反対する声も次第に減っていった。

 

「ティルフィングとマスターとやらはそんなに重要な人物なのか?」

「この世界の要であるユグドラシルに繋がっているからね。特にティルフィングはこの世界の心臓と言ってもいいかもしれない」

「でも、ティルフィングが暴走したというわけではないのよね?それならまだ……」

 

 希望はあるんじゃないかしら?そう言おうとして、そうでもなかったのだろうと考え口を閉じた。

 あの旅の中でも、進むたびに状況が悪化し絶望していったことは記憶に新しい。

 

「悪くなる一方でしたが、でも一つだけ発見があったんです。今までは見られなかった新たな魔力が発見されました」

「ああ、魔素のことだね」

「……魔素だと?この世界に魔素があるのか?」

 

 アンヘルの中には疑問が生まれた。新たな魔力という言い方をしている以上、元からあったものではないのだろう。あちらの世界にあるはずの魔素がこの世界にあるのは奇妙な話だ。

 何より、この世界でも魔素と呼ばれるようになったことは偶然と片付けるには怪しすぎる。

 

「まさか、君達の世界に魔素があるのかい?……なるほどね。まあ謎解きは後にしよう」

 

 魔素が発見されたことにより、魔法を扱える人々が増えた。キル姫反対の流れもあったため、自分たちで対処出来るようにと発展が進んでいった。

 その頃には正気のキル姫の方が少ない状況になっていたが、魔素を白塩化症候群の治療に使えないかと試行錯誤もしていたが上手く回らず。研究していたキル姫が暴走したり、暴走したキル姫に襲撃されたり、そもそも研究するのに必要な環境を整えられなかったりととにかく研究が進むことはなかった。

 

「それから大して進歩することもなく、今に至るという訳さ。僕達が未だに暴走していたいのも、正直奇跡のようなものだ」

「じゃあ、他に連絡が取れるキル姫はいないの?」

「知っている限りはね。何処かで生きてくれていればいいけれど、噂の一つも入ってこない」

「……はは」

 

 最悪だ。あの旅の中で、あれ以上はないだろうという程の絶望を味わってきたが、帰る場所があるというのは数少ない心の支えだった。

 だというのにだ。そうしている間にもラグナロク大陸でも大変なことが起きていたのだ。しかも事の発端が自分のゆらぎの可能性まである。

 一度緊張の糸が切れて、その上で再び叩きつけられた絶望にギャラルの我慢は限界になる。ぼろぼろと涙が溢れ始める。

 見かねたカイムがギャラルの元へ行き、優しく抱きしめた。そのままギャラルはカイムの胸に顔を埋め声を上げて泣き始めた。

 

「……少し、待ってはくれぬか?」

「そちらでも大変なことがあったのですね」

 

 それからギャラルが泣き止むまで、皆で待っているのだった。



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第4節 進むべき道

「ごめんなさい、待たせたわね」

 

 目一杯泣いたギャラルが、ようやく落ち着いた頃。ようやく気持ちの整理が出来たのか、その場の全員に誤った。もう日も落ち始めている。

 

「いや、いいんだ。それだけ辛いことを経験してきたんだろう?……その上で、聞かせてほしいと言うのもなんだか悪いね」

「いいわよ、別に」

 

 アンヘルとギャラルは語りだす。アンヘルとカイムが契約し、ギャラルと初めて会ったあの城の出来事から。

 帝国、天使の教会との封印を巡る戦い。契約者とキル姫との出会い。勝利が間近に迫るたびに襲いかかる絶望。無数の"敵"との戦いの果てに、この世界にたどり着いたこと。

 

「……ありがとう。でも、これで幾つか分かったことがある」

「ヒントになったか?」

「もし、キル姫の暴走がその神の仕業なら、僕らが暴走していないことも納得出来る」

「あー、まあミュル達も神と縁があるしね」

 

 イチイバルの結論はこうだ。白塩化症候群及びキル姫の暴走、この世界で起きている異変は全てその神が仕組んだこと。そして、この世界の神々と神令して、今でも繋がりが残っている自分達には干渉しきれていないということ。だからこそ、自分達だけは暴走せずに済んでいる。

 その理屈を聞いてギャラルは一つの疑問が浮かぶ。

 

「つまり、ギャラルは暴走の可能性があるのよね?」

「……そう、なるかな」

 

 言いづらそうに、しかし確かに肯定する。

 

「その時は我らがいる。安心しろ」

「うん。ありがとう」

 

 具体的にどうするとは言わないアンヘル。それでもギャラルには伝わるから。

 

「あのあの、七支刀さんはどうなったのですか?」

「先程も言ったが"敵"を食い止めるためにエンヴィと残ったのだ。あの数の相手だ、生きてはおらぬだろう」

「ふーん、そんなに強かったんだね。その"敵"って奴ら」

 

 "敵"のことを思い出し、カイムがげんなりした表情になる。殺戮を好み戦いに身を投じる彼でさえも、終わらない戦いと無数に湧く"敵"、そしてその奇怪な姿は好ましいものではなかった。

 

「して……どうするつもりだ?今更異世界の神が仕組んだことと説明して、信じる愚か者などいないであろう」

「暴走、いや洗脳を解く手段があれば、生き残りを探すのもありかもしれないけど、今のところは無さそうだよね?」

「うん。話してどうにかなりそうでもなかったし、衝撃を与えて目を覚ますとかそういう感じでもなかったわ」

 

 早い話が全ての元凶である神を叩けば解決するのかもしれないが、ならそれはどうやって行うのか分かったものではない。

 カイム達でさえ一度たりとも見たことのないその神とやらが、触れることが出来るのかも知らないのだ。

 

「でも、あんた達も変わってるな。この世界に来たのは偶然なのに、手伝ってくれるんだ〜」

「ギャラルも七支刀も、異世界のことなど知らぬと投げ出したことは一度もなかった。それに、我らの世界の神が関わっているのなら無関係でもあるまい」

「何をするにしても人手が足りなかったんだ。凄く助かるよ」

 

 カイムも手伝ってくれるんだな〜と、ギャラルがちらりと様子を伺ってみるとやはりあまり興味のなさそうな顔。しかしギャラルの視線に気がつくと、少しだけ笑った。

 別にカイムにとってこの世界のことは大して興味がないが、ギャラルが守ろうとした人々と世界なのだから力を貸したいという気持ちもある。今なら素知らぬフリをして平和に過ごすのも選択肢としてあるはずなのに、戦いを選んでしまうことに少しだけ自嘲する。

 それからしばらく話を続け、やるべきことは決まった。一つは神へ干渉する手段を探すこと。一つは白塩化症候群を止める方法を、神を倒す以外にないか探すこと。一つはレギオンを鎮圧し被害を少しでも減らすこと。

 

「人々は神話に救いを求めていないが、それでも助けるのか?」

「神話?……ああ、キラーズのことかい?別に、それは見捨てる理由にはならないさ」

 

 話もまとまった所で、少ないながらも夕食を取りとりあえずその日は寝ることになった。

 改めて誰がどの部屋で寝るかと話になったが、これが意外と長くなった。というのも、ギャラルのせいである。

 

「ギャラルはカイムと一緒がいいわ!」

「ここは元々僕らが全員揃っていた時から使っていたんだ。だから部屋は空いているけど……」

「そうじゃなくて、カイムと一緒なのがいいの!ね?」

 

 同意を求められて、カイムは微妙な顔になる。確かに野営続きだったし、その関係で一緒に寝ることもなかった訳ではない。なのだが、一緒に寝る必要性がない中でわざわざそうしたいかと言われればそうでもない。

 これはギャラルだから嫌だとかいう話ではない。禄に恋愛もしてこなかった青年には、女性と同じ部屋で二人きりということに抵抗を覚えてしまうのだ。

 

「やだやだやだ!一緒に寝るの!」

「まあ、カイムがいいなら僕は止めないけど」

「異議なーし」

「そう、ですね。夜は静かにお願いしますね……?」

「だそうだが、どうするのだ?」

 

 しかし止めてくれる人は一人もいなかった。まあ心から嫌だということでもない、別にいいかと諦める。

 ただカイムは駄々をこねるギャラルを見て少し驚いていた。多分、今の彼女のほうが自然体なのだろう。常に戦場を駆け回っていた時は、精神的な余裕がなかったからこそ素直に振る舞っていただけで、本当はこうなのだろう。

 決してこの世界も平和とは言えない状況でも、少しでも心を休ませることができているのなら良いのだろうと思い特に言及はしなかった。する口も持たないが。

 

 ギャラルに連れられるように部屋へと入っていくカイムを見送り、アンヘルは一人ベッドに転がる。人間に近い姿に深化してから日が浅いのもあり、違和感しかない。

 異世界なんかに来たのだから、そういう自分でも驚くような深化をしてしまったことはもう仕方がない。

 落ち着かないアンヘルは窓から外へ出て、塩のせいでよく見えない夜空を眺める。

 霧のように視界を塞ぐ塩で見えにくいが、確かに遠くに奇妙なものが見える。アレは何なのかギャラルに聞いてみようとだけ考える。

 

「何なのだ、あの花は……」

 

 彼女の独り言は誰にも届かず消えていった。



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第5節 花

 ギャラルは歩きながら、ふと空を見る。正確には遠くに見えるモノを。閉じてはいるが、どう見ても巨大な花だ。どうしてあんな蕾なんかがあるのか。

 

「ユグドラシルがどうかしたかい?」

「……何でもない」

 

 隣を歩いているイチイバルがそう聞く。

 一番の疑問は、アレをユグドラシルと言っていることなのだが。ユグドラシルは大樹であり、決して花ではなかったはずなのだが。

 それは朝へ遡る。

 

 三日も眠っていたからなのか、慣れないベッドで眠っていたからなのか。早朝に目が覚めたギャラルはカイムを残し一人で外に出た。

 風はない穏やかな日。塩もほとんど舞っていない。地面に落ちているソレを広い、少しだけ舐めてみる。

 しょっぱい。

 やはり塩なのだろう。もしかしたら、雪の上に少し塩が積もっているだけなのかもとか現実逃避していたが、そんなこともないようだ。

 恐ろしいのはこの塩の量。どれだけの人が塩にされてしまったのか……?

 

「早い目覚めだな」

「アンヘル?アンヘルも早起きなのかしら」

「……寝付けなくてな」

 

 自分が一番早く起きたものかと思っていたが、既にアンヘルがいた。

 アンヘルは顔を逸らし遠くを見つめる。釣られて見てみると、何かが見える。

 

「あの花はなんだ?」

「なに、あれ?」

「知らぬのか?……あの花も異変に関係しているかも知れぬな。しかし、妙だ」

「まあ、あんな花があったら変よね」

「そうではない。ひと目で分かる異変の筈だが、イチイバル達は一度もあの花について話しておらぬ」

 

 言われてみて、確かにそうだとギャラルも考える。聞いているのなら、あんな花があることを今初めて知ることにはなってないだろう。

 ……そう思いながら辺りを見て、もう一つ異変に気がつく。

 

「ユグドラシルが見当たらないわ」

「何?この世界の根幹に関わるものなのだろう?」

 

 もしかしたら相当離れた地域まで来ているせいで、見えないだけという可能性はあるけれども何とも言えない。

 イチイバル達の家は街から離れた所にあり、森など視界を遮るものも近くにはないので考えられる可能性はそれだけだろうか。

 

 次に起床したのはロジェだった。朝食を用意しようとして、先客がいることに気がつく。

 

「おはようございます。もしかして眠れませんでしたか?」

「ギャラルは平気よ」

「……我はこの生活に慣れるのに、もう少し時間がかかりそうだな」

 

 身体の動かし方や視線の低さといった、身体的なアレコレにはすんなりと慣れたアンヘルだったが、生活の変化まではそうすぐに慣れるものではなかった。

 ただ今はそんなことよりも重要な話がある。話が逸れていってしまう前にアンヘルが質問をする。

 

「それよりもだ、何故昨日は話さなかった?」

「何の事でしょうか」

「異変についてだ。……或いは、ギャラルが知らぬだけでお主らには普通のことなのか?」

「……?」

 

 ロジェは、はて何のことだろうかと首を傾げるだけ。直接言わないと分からないのかと呆れながらも改めて質問する。

 

「花のことだ」

「花、ですか?確かに塩害も酷く、最近はあまり花を見ていませんが……」

 

 なんだか話が噛み合っていない。花と言って尚伝わらない程度には当たり前のことなのだろうか。

 焦れったくなったギャラルはロジェを引っ張り外へ連れて行く。アンヘルも着いていって、様子を窺う。

 

「あれよ!あれ!」

 

 遠くに見える花を指差しながら、ギャラルは言う。しかし返ってきたのは想像もしていなかった言葉だった。

 

「ユグドラシルですか?花がついている様には見えませんが……」

 

 沈黙が訪れる。何か不味いことを言ってしまったのかとあたふたするロジェだったが、そんな彼女の様子に脇目も振らずギャラルは混乱する。

 あの花をユグドラシルと言った。しかもそれが当然と言わんばかりに。

 

「なるほどな。……いや、我らの勘違いのようだ」

「そ、そうですよね?花、ついてませんよね?」

「ああ。何か別のものを見間違えたのだろう」

 

 何かに納得した様子のアンヘルがそういうことで話をまとめると、ロジェは朝食の準備をするので待っていてくださいとだけ言って家へ戻ってしまう。

 もう何がなんだか分からない。というのを視線でアンヘルに訴える。

 

「まあ、少し待て。まずは確認だ」

 

 それから残りの面子も起きてきて、ロジェが用意した朝食を食べ始める。

 お互いとりとめのない話をしながらも朝食を終え、イチイバルがさて……と仕切ろうとした所で、アンヘルが割って入る。

 

「まずは一つ確認したいことがある。我らの見間違えならよいのだが」

「もしかして、朝のことでしょうか?」

「ああ、お主を疑うようで悪いがもう一度見ておきたい」

 

 アンヘルが事情を説明し、皆を外へ連れて行く。曰く、ユグドラシルに花が咲いているように見えたから皆に確認してほしいと。

 説明が上手いな〜と関心しながらギャラルも着いていき、もう一度見てみる。……やはり見えるのは、ユグドラシルではなく花だ。

 

「ミュルにはな~んにも見えないわね。全く、こんな無駄なことするくらいならカステラの一つでも頂戴」

「うーん……僕にも見えないね」

『確かに咲いてはいないな』

 

 三者三様の反応を見せる。その中で、アンヘルはやはりカイムには花に見えるのだと確信する。

 

『花に見えるか?』

『ああ、どう見ても花だろう』

『それが、小奴らにはユグドラシル、つまり大樹に見えるらしいな』

 

 それ以上アンヘルがそのことに深入りすることはなかった。ただギャラルにだけ聞こえる声で小さく声を漏らした。

 

「三人には気をつけよ」

 

 それが今朝の出来事である。結局何だったのか分からずじまいだったのもあり、どうしてもあの花が気になる。

 

「そんなに花が気になるかい?僕が見ても見えないんだ、咲いてなんかいないよ」

「……そうね」

 

 イチイバルはその名が示す通り弓のキラーズ。主に狙撃でのヒットアンドアウェイを得意とする彼女は視力がいい。楽器に纏わるキラーズであるギャラルホルンの耳が良いのと似た理由だ。

 そんなイチイバルがないと言うのだから、ないのだろう。

 納得いかないが、こればかりは駄々をこねてどうにかなるものでもないだろう。本来の目的の為に歩くのを再開する。

 目的は近隣の街。毎日二人ずつ見回りをしており、今日はギャラルとイチイバルになったのだ。

 塩避けの為のマントを羽織った二人は、再び目的地へと足を進めていく。

 

 この認知の違いが、後に大きな影響になることを知らずに。



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第6節 青イ鳥

 そこまで大きな街でもないようで、入り口でも大したことはされなかった。軽くボディチェックはされたものの、その程度。しかも二人共武器を持っていることにはお咎めなし。

 今はどの街でも、レギオンや魔獣等からの襲撃から実を守るために武器を持っていることは特段おかしなことではなく、当たり前になっているからだ。

 それが当たり前になってしまっていることが、現状を示している。

 

「それで、まずはカイムの服だったかい?」

「そうよ!流石にあの服一枚だけはよくないわ」

 

 見回りとして来たものの、それとは別に買い出し等の用事もある。一番は服だ。

 ギャラルもカイムもアンヘルも、あんな形でこの世界に来たため持ってきていた荷物は少なかった。一応アンヘルが持っていたものの、武器含め荷物のほとんどを落下したときに落としてしまったのもある。

 しかも唯一男であるカイムは、服を借りることもできず未だに着替えていないのだ。

 ギャラルはロジェから、アンヘルはイチイバルから服を借りているので何とかなってはいるものの、カイムにはないのもどうかしてるので買うのが最優先だ。

 

「あまりお洒落なものは無いからね」

「……うん」

 

 せっかくカイムのために服を買うのだから、お洒落なものを選んでみたかったが仕方がない。

 そもそもカイムはお洒落がどうこうよりも、機能性の高い服のほうが喜びそうではあるが。

 歩いていて分かる。明らかに人通りは少ないし、みんな塩避けに何か羽織っているので見た目も良くない。何より活気はない。当然といえば当然であるが。

 しかも、見慣れない女二人組がいるのだ。奇異の視線が二人へと突き刺さる。まあ、そういうのは慣れているのであまり気にはならないのだが。

 しかしながら、そんな状況でもちゃんと社会が出来ているのは逞しいと思うべきか。

 目的の店を探し、適当な服を三着見繕う。もう少し買いたいところだが、残念ながらお金がない。できれば自分とアンヘル用のものも買えればよかったのだが、カイム用の服さえ満足に買えないとは思わなかった。

 

「服、高すぎないかしら?」

「今は大抵の物が高いよ。貴重だからね」

 

 そう言ってから、何かに気がついたようでイチイバルは質問をする。

 

「そういえば、君達はお金を持ってないのかい?」

「カイムは持ってるんじゃないのかしら。ギャラルはないわよ。使うことも、稼ぐこともなかったし」

「金目になりそうなものもほとんど残っていないんだろう?仕事をしたほうがいいのかな」

 

 金銭面に関しては、ミュルがバイトをしているくらいだ。ロジェには家事をしてもらっているし、イチイバルも防衛や調査などやらないといけないことがある。だからこそ手一杯だったし、碌な進捗もないのだが。

 他の面子が残っていた時に持ち合わせた分が貯金として残っているので何とか食いつないではいるが、いつまで持つのだろうか。或いは、お金が意味をなさなくなるのが先か。

 そうして最低限の買い物をしつつ、街を見ていた時だった。ギャラルが突然鋭い悲鳴を上げた。頭を抱えしゃがみこんでしまう。

 

「ど、どうしたんだ!?」

 

 ギャラルは聞いてしまったのだ。それは、赤ちゃんの泣き声。育てられなくて捨てられたのか、単に部屋の窓が空いていて漏れてきたのか。理由は関係ない。ただ泣き声が聞こえてきた、この事実がギャラルの精神を深く傷つける。

 

『ごちそう、いっぱい』

『さぁ、行って!行くのです!!』

『私は一度死んだ身です』

『皆が立ち向かうと決めたのです』

『おしまいだ!おしまいだー!』

『忘れないでっ!僕のこと!!』

 

 フラッシュバックするのは、あの何もかもがおかしくなってしまった帝都の光景。降り注ぐ"敵"。散っていった仲間達。残していった仲間。……その時感じ続けていた、絶望。

 泣き出しそうになるのを必死に堪え、頭を振り思考を振り払う。

 あれはただの子供だ、"敵"じゃない。違う違う違う違う違う!!

 乱れた息を整え、溢れてきた涙を手で拭い、何とか立ち上がる。

 

「ご、ごめんなさい。心配させたわね」

「……いや、謝らなくていい。君だって目が覚めて一日しか経ってないんだ。無理をさせてると気づけなかった僕が悪い」

 

 その泣き声がイチイバルの耳に入っては来ていなかったこともあり、ギャラルが何に反応したのかは分からなかった。けれど、こうして普通に歩いているだけなのにこうも様子がおかしくなる程度には傷付いているということだけは理解させられた。

 重い沈黙が二人の間に訪れる。お互いなんて言えばいいのか分からず黙っていたが、その沈黙は突然の声に打ち消された。

 

「レギオンだーっ!!みんな備えろ!」

 

 街の人間が全員戦えるわけではないし、何より訓練された兵士というわけでもない。威勢のよい人達は声のした入り口の方へ各々武器を携え走り始め、そうでない人達は慌てて家屋に隠れ始める。

 当然二人は同時に外へ向かって走り出す。イチイバルがギャラルの顔を見てみれば、そこには先程までの鎮痛な面持ちだった彼女はいない。度重なる戦いの続いた旅が、彼女をそうしてしまったのだろうか。

 遠くから白い怪物の群れが走ってくるのが見える。辛うじて人間の形を残しているが、肥大化し塩に包まれたその姿をして人間だと思う者はいないだろう。

 

「あれは元々は人間だ。無理して戦わなくても」

「弱点はある?」

「……頭だ」

 

 心配するイチイバルの言葉を遮り、冷静に状況を分析する。見えるだけでもレギオンは十はいる。そして武器を構え走っていく人達と杖を構え呪文を唱えようとする人達。こちらは戦力として数えなくてもいいだろう。

 レギオンに明確な弱点があるのは助かるが、そもそもどれほど頑丈なのかを見ておきたい。イチイバルは目立たないようにと神器を用意はしてないが、流石にその辺の人達よりはまともな戦力になる。なるべくイチイバルの射線は開けながら戦ったほうがいいだろう。

 考えながら走り始める。街の人々をあっという間に追い抜き勢いよく月光と闇を振ると、炎の柱がレギオン共の足元から吹き上がり焼いていく。

 とてつもない威力の魔法に驚き竦む人達だったが、反対にレギオンは炎を突破し進軍してくる。倒すことは出来なかったものの、焼き焦げた塩の肌を見る限り炎自体は効果があるようだ。

 先頭を走るレギオンの目の前まで一瞬で距離を詰め、炎を纏わせた剣で敢えて腹めがけて勢いよく振り切る。強い抵抗を感じたものの、レギオンの身体を真っ二つに引き裂く。

 念の為外れた上半身の頭に剣を突き刺し、次の獲物を狙う。

 ギャラルを危険だと判断したのか、そもそも眼中にないのかレギオンは無視して街の人々へ襲いかかろうとする。

 手近なレギオンへ飛びかかり、頭部を狙って剣を突き刺しそこから勢いよく振る。頭部が裂け血をバラマキながら力を失い倒れていく。

 しかしその間にも他のレギオンは、その剛腕で人々へ容赦なく襲いかかる。あるものは剣で防ごうとして弾かれ、あるものは恐怖で動けなくなりまともに攻撃を食らう。遅れて後方から炎の弾が幾つか撃ち込まれるが、炎の柱も突破してきたレギオンには軽傷にしかならない。

 イチイバルはギャラルの視界に入っていないレギオンを狙い、そのレギオンが襲いかかろうとしている人に対して空間跳躍を仕掛ける。少し離れた場所にいたイチイバルとその人の位置が一瞬で入れ替わり、レギオンの目の前に現れるのは弓を引き絞ったイチイバルの姿。ゼロ距離で放たれた矢は頭部を貫き絶命させる。

 倒れ込むレギオンを避けながら近くのレギオンへと構え直し、正確な射撃で頭部を撃ち込んでいく。

 二人のキル姫の圧倒的な暴力の前に、レギオンは数を減らしていく。多少の被害は出たものの、襲撃しにきたレギオンの数の割には軽微な被害だろう。

 残るレギオンも少なくなってきた所で、突如一体のレギオンが背を見せ逃げ去ろうとする。

 

「逃がすかあ!」

 

 今トドメを刺したばかりのレギオンを蹴り飛ばし、逃げ出すレギオンの元へ飛翔する。頭部目掛けて剣を突き出し倒そうとするが、別のレギオンが割り込みその頭部へと剣が刺さった。

 同時にイチイバルが隠れて街へ接近しようとしていたレギオンを補足し、撃ち抜いた。

 全てのレギオンが駆逐され、どうにか自体は収まった。

 

「た、助かった……!あんた達は強いんだな」

 

 唖然とし固まっていた男性が一人、感謝の言葉を述べようとする。逃げ出したレギオンを追おうとして離れていたギャラルも諦めて、イチイバルの元へ戻っていく。

 

「これは感謝の気持ちだ。少ないけど受け取ってくれ!」

 

 そう言って、確かに少額ながらもお金を渡そうとする別の男性にイチイバルはたじろぐ。

 

「い、いや、僕達は別に金のために戦わった訳では……」

「そんなの関係ないさ。受け取ってくれないと俺が困る」

 

 しかし、そんな雰囲気を破壊する言葉が別の男から出た。

 

「お前ら、キル姫だろ」

 

 残った街の人々の間にどよめきが走る。それはすぐに口論へと発展していく。街を助けてくれたあの人達がキル姫なわけないだろ。いやあの強さで普通の人間のはずがない。キル姫なのかは知らないけど、助けてくれたことには違いないだろ。

 

「あいつらが指揮を取ってるんじゃないのか!レギオンが逃げ出したり庇うなんて、聞いたことないぞ!」

「……それ、ほんと?」

「僕も初めて見たな。でも待ってくれ!別に僕達はレギオンを操ったりなんかしてないんだ!」

「こいつ、キル姫だってことは否定してないぞ!やっぱりそうなんだな!この汚れたキル姫が!」

 

 やっぱりキル姫なのか。もしかしたらあいつらがこの街に来たからレギオンの襲撃があったんじゃないのか。それならただのマッチポンプじゃねえかよ。

 話はどんどん悪い方向に流れていく。説得なんて出来る雰囲気ではない。

 

「イチイバル、服とご飯は無事?」

「あ、ああ。それは何とか……」

「じゃあ行こう。歓迎されてないし」

 

 キル姫は出ていけー!この街に二度と近づくなー!

 意見はまとまったのだろう。二人に浴びせられる罵倒を背中に、二人は歩きだす。

 

 しばらく歩いてから、ギャラルは口を開いた。

 

「イチイバルはこういうこと、初めてなの?」

「もう何度目かは分からないけど、慣れないよ。それよりも、ギャラルは大丈夫なのかい?」

「……まあ、別に」

 

 どれだけ人の為に戦っても、感謝されないどころか罵倒されたり怖がられたりすることには慣れている。昔からそうだ。天使の言う通りに戦っていた、昔から。

 けれども、キル姫だと分かる前は素直に感謝してくれていた人さえも、キル姫と分かった途端に罵倒する側に行ってしまったのは、少しだけ胸が苦しい。

 

「それと、一つ気になったんだけど聞いていいかい?」

「いいけど」

 

 わざわざ確認するのは、聞きづらいことなのだろうか。

 

「レギオンを……人間を殺すことに、随分躊躇がないんだね」

「それは貴方達には言われたくないわ。でも、そうね……」

 

 答えたギャラルの顔は笑っていた。

 

「人を殺すことに、慣れてしまったのかもしれないわね」



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第7節 剣の舞

 家に帰ってから、ぐったりとソファに腰掛けるギャラル。その様子を見たアンヘルは心配そうに声をかける。

 

「何があったのだ?」

「……レギオンと戦ってきただけよ」

「ほう、強かったか?」

「その辺の帝国兵よりは」

 

 元より一回り大きくなっている身体に、見た目よりも素早い動き。武器は持たないけれども強力な拳に、魔法一発では蹴散らせない硬さ。

 ただ今覚えている疲れは、どちらかと言うとカイムとミュルのせいだ。それはつい先程のこと。

 

 家に近づいて来ると聞こえる剣戟の音。何事かと思い慌てて走ろうとするギャラルをイチイバルが止める。

 

「ちょ、ちょっと!?もしかしたらレギオンが……」

「いや、あれはカイムとミュルだね。これで四日連続だよ」

 

 呆れた様子のイチイバルを見て、ギャラルも何となくだが察する。あれだ、これは多分カイムが"運動"しているだけなのだろう。

 平和……ではないものの、戦う必要のない状況にあってもまだ戦おうとするのはどうにかならないのだろうか。

 呆れた二人が様子を見に行ってみると、家から少し離れた広場で二人が戦っていた。使っている武器もよく見れば模造刀だ。

 ギャラルよりも少し小さいミュルは、体格で勝てないことが分かっているのか素早く距離を詰めながらの一撃を放ち、反撃されないように距離を取り直す。しかしその顔には焦りの表情。

 ミュルは剣技よりも、神令された神、雷神トールの力を乗せた強力な攻撃を得意とする。だからこそどうしても力任せの一撃になってしまうのだが、対してカイムは剣術のプロと言っても相違ない。攻撃がすり抜けるかのように受け流されている。

 

「これは四戦四敗だね」

 

 剣に詳しくはないイチイバルでも、見ていれば分かる。どう見ても勝ち目はない。

 いつまで経ってもまともに攻撃を当てることができないことに焦れたのか、ミュルは動きを変える。攻撃を受け流されたのを確認すると、そのまま滑るように背後へ周り距離を取らずにもう一撃振ろうとする。しかしカイムはそれをすんなりと避けカウンターで剣を腹に当てる。

 吹き飛ばされながらも距離を取り直し、構え直すミュルだがそこにイチイバルが割って入る。

 

「そこまでだよ。今のはミュルの負けだね」

「なっ!まだミュルは戦えるし!……ていうか、二人共帰ってたんだ」

 

 戦いに余程集中していたのだろう、どうやらイチイバルとギャラルが観戦していたことに気がついてなかったのだ。

 反対にカイムは気がついていたようで、ギャラルを見て笑う。

 元からカイムは本気を出していなかったが、ギャラルが来てからは見せつけるために遊んでいたのだ。

 

「ほら、カイム君の服も買ってきたよ」

 

 イチイバルがそう言って、服の入った紙袋をカイムへと渡す。しかしカイムは受け取らず、代わりに模造刀をギャラルの方へと放り投げる。

 突然の行動に驚きながらもしっかりキャッチすると、カイムは改めて服を受け取り家へと向かっていった。

 

「……そうだ!ギャラルも剣を使えるんだろ?ミュルと戦え!」

「いや、僕達は今帰ってきたばかりなんだけどね?」

 

 負けた鬱憤をギャラルへぶつけようとするミュルへ、止めようとするイチイバル。

 

「ええい!問答無用!」

「!?」

 

 ギャラルへ向かって一直線に走り始めるミュル。巻き込まれないようにイチイバルは飛び退き、ギャラルは慌てて剣を構える。

 ギャラルはカイムほど剣が上手くはないだろう。一直線に向かってくるミュルの行動はそう言っているようで、少しだけカチンと来たミュルは真正面から受け止める。

 少しだけギャラルの方が大きいとはいえ、カイムに比べたら誤差程度の体格差。お互いの剣は動かず膠着状態になる。

 

「へえ、中々やるじゃん……!」

「ギャラルだって散々戦ってきたのよ。あまり舐めないでもらおうかしら!」

 

 つい先程ギャラルの戦いぶりを見てきたイチイバルは、確かに彼女が強いことを理解している。

 しかし、得意としているのは奇襲による一撃必殺であり、同程度の実力の者と剣で斬り合うような戦いが得意そうには見えなかった。折角だし見ていこうと二人の様子を見ることにする。

 先に動いたのはギャラルだった。僅かに力を緩め膠着状態を崩す。突然力を弱められたせいで、力任せになっていたミュルの姿勢が一瞬だけ崩れる。

 その隙を逃さずに勢いよく押し返し剣を弾く。返す刀で追撃しようとするが、そのままミュルは後退し躱す。しかし開いた間はギャラルが飛んで詰める。姿勢を整え直す時間もなく来る追撃を大きく横に飛んで躱し、構えを取り直すが姿がない。

 すぐに上だと気がついたミュルは見上げようとするが、眩しさで目が眩む。逆光を背にして降ってくるギャラルに、それでもミュルは何とか一撃を防ぐ。

 しかし重力を味方につけた一撃は重く、剣は地面に叩き落されてしまう。衝撃に耐えきれず崩れた姿勢を整え直そうとするが、首元に突きつけられた剣先に固まる。

 

「……ギャラルの勝ちよ」

「飛べるのズルいなあ」

 

 率直な感想を口にしながら、ミュルは敗北を認めるのであった。

 

 というのが、つい先程あった話である。

 

「意外と楽しんでおったな?」

「まあ、負けたくはなかったかな」

「そんなにムキになることないじゃん」

 

 同じく居間にやってきたミュルも、どかっとソファに腰掛ける。

 

「ムキになってたのはどっちかしらね?仕掛けてきたのはそっちでしょ?」

「ミュルは別に遊びだし。本気じゃなかったし〜」

 

 完全に子供の喧嘩の雰囲気になっている二人にアンヘルは呆れるばかりだ。

 カイムは自室に向かったきりだし、ロジェは夕飯の支度を始めている。今までも碌でもない面子と旅をしていたが、これからも碌でもない面子といることになりそうだな……と考えていると、イチイバルが遅れて来た。

 

「まあそのことはともかく、少し話があるんだ」

「レギオンのことよね?」

 

 アンヘルを通じて状況を把握していたのか、狙ったかのようにカイムが降りてくる。見てみれば早速着替えている。

 

「ふひひ、似合ってるわよ」

『それより話とは何だ?』

「む〜……」

 

 ギャラルの反応を無視しながら腰掛けるカイム。ロジェがいないが、後で話せばいいだろうととりあえずこの五人で話す。

 レギオンが今までにない行動を取っていたこと、そしてそのレギオンを統率する存在がいる可能性。どちらも重要な案件だ。

 

「早めに動いた方がよさそうだな」

「ミュルも明日は空いてるよ〜」

 

 とりあえずまとまった意見は、明日は全員で各地の捜索をするということ。

 カイムがレギオンとの戦いを楽しみにしてニヤけた笑みを浮かべる。慣れている二人はともかく、ミュルとイチイバルは若干引いている。

 そんな頃に全員分の食事を用意したロジェが現れ、夕食になる。こうして日は暮れていく。



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第8節 真紅ノ敵

 翌日、二人組を三組にして別れそれぞれ探索することになった。ギャラルはカイムと組んで移動していた。向かう先は、昨日の街。

 理由は二つ。一つは昨日、あの後どうなったのか気になるという点。もう一つは、人間のカイムがいれば少しは対応が違うのでは?という点。

 相変わらずカイムは喋らないので、お互い特に話すこともなく街へと歩いていた時だった。耳に入ったのは爆発の音。

 

「カイム、走って!何かが起きてる!」

『レギオンとやらに会えそうか……?』

 

 待ち受けるであろう戦いに笑みを浮かべ、剣を抜き走り出すカイム。ギャラルも急いで駆けつける為に飛んで街へ向かう。

 流石に飛んでるギャラルの方が速く、先に街へ近づくのだが、それは思っていたよりも大変な事態になっていた。

 見えるだけでも街の中に五体のレギオン。更にざっと20mはありそうな巨大な化け物が一体。更に近づいて様子を見ると、レギオンは襲った人間を食らっていた。

 

「やあああ!」

 

 雄叫びを上げながら近くのレギオンへと飛んでいき、頭部を一撃で貫く。今まさに襲われかけていた人が安堵のため息をつくが、直後彼はこう叫んだ。

 

「昨日のキル姫だ!また来やがったぞ!」

 

 今、ギャラルがレギオンを倒した。その事実は伝わらず、キル姫だけが来たという事実だけが広がる。

 やっぱりキル姫がレギオンを操っていたんだ……!昨日のは下調べだったんじゃないのか?

 そんな声が少し聞こえたが、すぐに悲鳴で埋もれる。急いで次のレギオンを倒さなければと移動しようとして、今助けたばかりの人が掴みかかってきて動けなくなる。

 キル姫の腕力なら簡単に離せる筈が、離せない。その人の腕をよく見れば、少しずつ塩になっているのが見える。まさか、この人もレギオンに?

 戸惑うギャラルだが、その男は当然待ってはくれない。勢いよく押し倒され、拳を顔面に振るおうとした瞬間、男の首が撥ね飛ばされる。

 幾ら人が死ぬ姿には慣れているとはいえ、目の前で人の首が飛んでいく姿には流石に恐怖を覚え固まる。力を失った男の身体が崩れ落ちそうになるが、それも勢いよく蹴っ飛ばされる。

 

『何やってるんだ。死にたいのか?』

「か、カイム……?」

 

 それがカイムのやった行動だと理解するのに少し時間がかかった。呆然としているギャラルの腕を引っ張り、無理矢理立たせる。

 それだけやって、カイムは走り始めた。まずはレギオン共を殺し、それからあの巨大な化け物も殺す。単純な理由だ。

 正気を取り戻したギャラルもレギオンを倒すため意識を改めて切り替える。近くのものはカイムが倒すだろうと踏んで、見える限り一番遠くにいるレギオンへ向かって飛んでいった。

 何とか抵抗しようとする人がまだ何人かいるのが見えるが、レギオンの剛腕には敵わず吹き飛ばされるばかりだ。しかもよく見れば、吹き飛ばされた人から少しずつ塩が落ちているのも見える。

 どう転んだところでこの街は壊滅すると踏んだカイムは、家屋を蹴り飛ばしレギオンへ肉薄する。襲った人間を引き千切り食らおうとしていたレギオンは、カイムの存在に気がつくのが遅れ対処が出来ない。弱点である頭部を狙い振られたカイムの剣は、確かにレギオンの首を斬り飛ばした。

 不意打ちすればこの程度かと思いつつも、更に近くのレギオンまで走る。カイムへ気がついた次のレギオンは、真っ直ぐと走り迎撃しようとする。カイムは魔法で炎を飛ばし、命中させる。それ自体はダメージにはならないが、爆炎でレギオンの目が塞がる。その瞬間に足元を斬りつけ、片脚を引き千切った。

 バランスを崩したレギオンは勢いよく前に倒れ込む。その背中に乗ったカイムは容赦なく頭部へと剣を突き刺しトドメを刺す。

 他のレギオンは……と辺りを見渡すが、あるのは死体ばかりだ。どうやらレギオンの殲滅は出来たらしい。問題はあの巨大な化け物だ。赤い双眸がカイムを確かに捉える。

 

『また赤い目か』

 

 その化け物の肌も白い……いや、塩になっている。多分あれもレギオンの一種なのだろう。ならばやることは同じと巨大なレギオンへ走り出す。

 ギャラルも同時に、巨大なレギオンを倒すために舞い上がる。炎の柱を生み出しながら撹乱し、背後へ回ろうとする。カイムが敢えて真正面から向かっているので、何とか取り囲もうとしているのだ。

 しかしその巨大なレギオンは、幾つもある腕で柱を払う。百足のように伸びた身体で動くだけで街が破壊されていく。

 それでも背後へ取り付くことの出来たギャラルが巨大なレギオンへ刃を向ける。試しに適当に背中へと一閃。しかし普通のレギオンを斬った時と違い、とてつもない抵抗を感じる。血もほとんど出なかったし、浅い傷しか付かなかったのだろう。

 同時にカイムも腕の一本を狙い斬撃をお見舞いするが、斬り落とすことは出来なかった。更に巨大なレギオンは全身を回転させ、尻尾をぶつけるように身体をギャラルへぶつけ、腕でカイムを薙ぎ払う。

 二人共攻撃は防ぐものの、威力が凄まじくギャラルは吹き飛ばされてしまう。カイムは吹き飛ばされたギャラルを追い一度巨大なレギオンから離れるが、同時に巨大なレギオンも逃げ出した。

 そちらを気にしながらも走り、落ちてくるギャラルをキャッチ。

 

「ありがとう。あのレギオンは?」

『……』

 

 巨大なせいで距離感がおかしくなりそうだが、背を向け移動するレギオンの姿は遠くにあった。その巨体に見合った速度で移動しているだけあって、今から走ってどうにかなるものでもなさそうだ。

 とりあえず全てのレギオンを撃破したのだろう。倒壊した家屋に、あがる火の手。まだ無事な人もいるかもしれないので、救助をすべきだと考えギャラルが動こうとした瞬間、二人に向かって走ってくる気配。

 

「この化け物共があ!」

『奴らも白塩化症候群に掛かっているのか』

 

 何人かが怒りと恐怖と絶望をないまぜにした表情で、武器を持ったまま走ってくる。その全ての人が塩を散らしながら走っている。

 

「待って、まだあの人達はレギオンには……」

『今はそうでなくても、その内なるだろうな』

 

 ギャラルの静止を聞かずにカイムは走り出す。幾ら凶暴化しているとはいえ、所詮は一般人。カイムは軽々と避けながら首を撥ねていく。

 そんな一方的な殺戮の果てに、静かになった街だけが残った。もうみんな逃げ出してしまったのか、或いは……

 

「……誰も、助けられなかった」

『そう気負うな。剣を向けてくるような奴ら、助ける必要なんかない』

「カイムなら、気にするなって言うんだろうけど。でも、この人達は帝国兵とは違う。敵じゃないのよ」

 

 当然、カイムは答えない。

 結局何も解決できぬまま、二人は帰路につく。いきなり白塩化症候群を治すとか、レギオンを全滅させるとか、そんなのは無理なのは分かっているけれど。それでも人一人も救えなかっただろう自分の弱さを噛み締めながら、ギャラルは歩くのだった。



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第9節 赤い瞳

「私達が聞いた情報と一致しますね」

 

 ギャラルの報告を聞いて最初に反応したのはロジェだ。アンヘルと組んで情報収集に向かっていた二人だが、何か聞いているのだろうか。

 

「レギオンを統率する特別なレギオン。異形の化物であり、赤い目をしていることからレッドアイと呼ばれている、か」

「そうです。正にその情報通りです」

「……おや、アンヘルも一緒に聞き込みをしたんじゃないのかい?」

 

 何処か他人事のような言い方をするアンヘルに、イチイバルが疑問を口にする。

 

「見ての通り目立つからな。服で隠しきれるものでもない」

『考えれば分かることだろう』

 

 平和な世の中ならともかく、どこにいってもヒリヒリしている現状、明らかに人間のものではない翼を持ったアンヘルが近づくべきではないだろうと、街に入ることはなかった。

 

「それもそうだね」

 

 納得はしたものの、イチイバルは何となく違和感を覚えたままだ。その理屈自体に何もおかしなことはないのだが。

 

「しかしお主ら二人で苦戦するとはな。そこまで苦戦させられたのは、それこそあの"敵"共くらいだろう」

「レッドアイの襲撃があった街は全て壊滅していると聞いています。少しでも被害を減らすためにも、私達で倒しましょう!」

「まーそれもいいけどさ、ちょっと気になる話があったよね」

 

 ロジェの発言を遮ったのはミュルだ。イチイバルに目配せをして、話してと視線で伝える。

 

「ああ、僕ら以外のキル姫の話だろう?」

 

 そんなイチイバルの発言に、ギャラルとロジェは露骨に反応する。余所者の二人からすれば、まだ戦力があるかもしれないという程度のことだが、同じキル姫の二人からすればかなりの朗報だ。

 だが、イチイバルがそこまで嬉しそうな表情をしていないことに二人共気がつく。

 

「街の人間を襲ったという話さ。誰なのかまでは分からなかったけどね」

「暴走したキル姫か。レッドアイとは別にそやつも対処しなければならぬか」

「そうとも限らない。被害に合ったのが一人だけという話だ。完全に暴走しているなら、その程度では済まないだろう」

 

 今は武装している人も多く、昔に比べたら人々の防衛は硬くなっている。だが、それでもキル姫一人だけでも街一つ壊滅させることは不可能ではないということは自覚している。

 

「ただそのキル姫のことは情報が少なすぎるし、僕はレッドアイの討伐が優先だと考えるね」

「実はそいつが全ての元凶で、倒したら全部解決とか……ないかなあ」

 

 なんの根拠もない憶測。あるかもしれない希望。そうだったらいいなくらいの感覚でミュルが呟いたが、確かにそうだったらどれだけ簡単なことか。

 しかしそう思いたくなるのも気持ちは分かる。というのも今の所、何をすればいいのかという明確な目標がない。

 

「……そうして偶像に縋るか。余りにも脆いな、人間というのは」

「なにそれ。ミュル達のこと馬鹿にしてる?」

 

 むすーっとした顔で噛みつくミュルだが、ギャラルは苦笑い。嫌味を言っているようにしか聞こえないが、きっとアンヘルのことだ。

 

「その分だけ逞しいとか、なんか考えてるんでしょ?」

「さて、な」

「アンヘルが何を考えているのかはさておいて、とりあえずレッドアイの討伐が最優先事項ということは問題ないね?」

 

 イチイバルの確認に、誰も反論しない。ミュルが言ったように、それで解決とはならないだろうが、間違いなく被害は減るしそれが解決の糸口になるのかもしれない。

 ただ、闇雲にレッドアイを探してもきりがない。まずはレッドアイの発見、或いは行動の予測。明日から各々が出来ることをしようということになった。

 それが、希望に繋がると信じて。



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第2章 祈りは遠く
第1節 曖昧ナ希望/翠雨


 それからというもの、レッドアイ討伐のための作戦を考えていた。

 特に飛んで移動ができるギャラルとアンヘルは積極的に遠くへ行き、レッドアイを探したり聞き込みをしていた。今まで何処で発見されたのか、どういう順番で移動しているのか。

 まず分かったことは、レッドアイは常に他のレギオンと共に進行すること。そして、レッドアイに襲撃された街や村は全て滅んでいるそうだ。

 運良く生き延びて逃げ出してきた人がレッドアイについて広めているようだが、立ち向かってまともに傷を与えられた人はいないようで、特に討伐するための有力な情報は得られなかった。

 また、レッドアイの目撃情報に関してはまちまちで、行動を特定出来るほどは集まらなかった。

 

「こちらから見つけて襲撃するしかなさそうだね。待っていても仕方がない」

 

 何日かかけて情報を集めた結果、そういう結論に至った。

 

「でもミュル達は飛べないし、移動してる間に逃げられるでしょ」

「いや、我が乗せよう。それなら間に合う」

「乗せるって言っても、せいぜい一人しか無理じゃない?」

 

 ミュルの疑問は尤もだ。今のアンヘルは人の姿になっている。仮に複数人乗せて飛べるほど力があったとしても、そもそも物理的に乗ることが出来ないだろう。

 

「ドラゴンの姿に戻ることは出来る。問題ない」

「そうだったんですね。でも、それならどうしてその姿のままなのでしょうか?」

「あの姿でいれば余計な混乱が生じるだろう。レッドアイと戦うときは致し方ないにしても、常にあの姿を保つ必要もあるまい」

 

 アンヘルは上から目線の発言が多いし、高圧的だし、プライドも高い。けれども、人一倍他人のことを気遣えるドラゴンだ。

 旅の中でそう理解していたギャラルは、小さく苦笑いする。もっと素直に言えばいいのにとは思うが、声には出さない。

 

「しかし、肝心のレッドアイが見つからない。巨体であるならば、見つけることは容易いと思っていたが……」

「ギャラルも全然よ。かなり特徴的な見た目だったし、見逃す筈ないのだけど」

 

 イチイバルとカイムも近場を探しているが、レッドアイどころかレギオンも見かけていない。まるで嵐の前の静けさのようで、気持ちが悪い。

 情報の共有はそこら辺にしておいて、一度その日は解散。と言っても、何かやることがあるわけでもないギャラルは部屋に向かい、ベッドに転がる。

 こうしている間にも、白塩化症候群に陥り死んでいく人と、レギオンになっている人がいるのだろう。本当は一分たりとも休まず探すべきだと思うのだが、それはそれで身体が保たない。肝心のレッドアイとの戦いで敗北すれば、それこそ被害を止める手段がなくなる。

 結局、やりたいことには手が届かない。やりようのない無力感に苛まれていると、ドアが開く。

 カイムだ。また外で素振りでもしてきたのだろう、払いきれていない塩が付いている。

 ギャラルが起き上がり手招きをすると、素直にカイムが寄ってくる。何の用だ?と言いたげな顔をしているカイムの頭を軽くはたいて塩を落とす。

 

「ねえ、ちょっといいかな」

 

 ベッドをぽんぽんと叩いて座るように促すと、面倒そうにしながらも隣に座ってくれる。

 

「ギャラルね、色々言ってきたけど何にも出来てないって思うんだ。こんな口ばかりのギャラルのこと、嫌い?」

 

 ズルいことしてるなと思う。だって、カイムがどう感じていたとしても、答えることは無いからだ。それ分かった上で聞いている自分のことが、また少しだけ嫌いになる。

 それでも、それでもそんな質問をしたくなる。自分を支えるものがなくなってしまいそうだから。

 

「ギャラルはね、カイムのこと好き。強くて、怖いけど時々優しくて、意外と照れ屋で。そんなカイムのことが好き」

 

 その上で、カイムのことを好きと言うなんて。自分はなんて最悪なのだろうか。

 きっとカイムは自分のことを嫌っていないんだと、好きと言えば受け入れてくれるのではないかと、そんなことを考えているから言ってしまえるのだ。

 言わなければ良かったと思って、顔を逸らす。でも、カイムに好きだと言って欲しい気持ちもある。それ以前に、カイムの声を聞いてみたい。

 考えていると、カイムの腕が伸びてきて、頭をくしゃくしゃと撫でた。それは慰めなのか、肯定なのか。よくわからない。

 

「ありがと」

 

 どちらにしても、少なくともカイムは自分のことを拒絶していないのは確かだ。だから、お礼は言っておく。

 ……まあ、こうして一緒にいてくれている時点で拒絶はされてないことは分かるのだが。

 それで満足したのだと思ったのか、カイムは立ち上がり床に布団を敷こうとする。この部屋にあるのは一人の用の普通のベッドが一個だけなので、カイムが自然と床で寝ているのだ。

 けれど、何となくそれが嫌でカイムの手を掴む。

 

「今日は一緒に寝よう?ちょっと狭いけど……」

 

 最初は凄い微妙な表情をしたが、手を離さずにいると諦めたのかまたベッドに座る。

 それから二人してベッドの中に入る。やはり少し狭い。けれど、それも悪くない。

 流石に、同情だけで一緒に寝てくれたりはしないよね?

 そう思いながら眠りに付く。凄いことをしてしまったなと気がつくのは、翌朝の話。

 

「寒いなあ」

 

 一人呟きながら、空を見上げていた。今日も塩のせいで曇っているような空だ。ちゃんと晴れている日は一度も見たことがない。

 夏なのに寒い理由もこれだろう。陽の光がまともに来なければ、少しずつ冷えていってもありえないことはないのだろう。

 

「ギャラルも意外と隅に置けぬな」

 

 そう言いながら出てきたのはアンヘル。まだ早朝だし誰も起きてないかなと思っていたが、相変わらず眠れなかったのか。

 

「どういうことかしら?」

「我はカイムと契約している。この言葉の意味が分かるか?」

「………あっ」

 

 つまり、アレだ。昨日の夜のことがアンヘルに筒抜けになっていたのだろう。ついでにカイムが何を考えていたのかも知っているのだろう。

 途端に顔が熱くなる。まあ別に変なことをしていた訳ではないが、それでもなんか恥ずかしい。色んな意味で。

 

「少なくともカイムはおぬしのことを嫌ってはいない。安心しろ」

「じゃ、じゃあ……!」

 

 ギャラルのこと、好きだって思ってるの?

 聞こうとして、ぐっと飲み込む。凄く聞きたいし、聞けば教えてくれそうだけど、やめておく。

 

「……やっぱり、やめておくわ」

「ほう、知りたくはないのか?」

「カイムのいない所で聞くのは、ズルしてるみたいで嫌よ」

 

 アンヘルはニヤけた笑みを浮かべている。ギャラル……と多分カイムも、反応を見て楽しんでいるのだろう。

 少しだけムカッとしたけれど、同時に幾らか気持ちが楽になった気がする。

 

「余り気負うな。人間は弱い生き物だからこそ、手を取り合うのだろう?」

「なにそれ?なんかの本に書いてあったのかしら?」

 

 アンヘルは、家にいる時間は読書していることが多い。何だかんだ人間の姿を楽しんでいるのだろう。ドラゴンである彼女が読書なんてものと関わりがなかったことは誰でも容易に想像が出来る。

 

「想像に任せよう」

 

 ぬひひと小さく笑う。こうしてカイムやアンヘルといる時間は、確かな安らぎになっていることを感じながら。



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第2節 全テヲ破壊スル黒キ巨人/白塩

 それは突然の出来事だった。今まで発見されていなかったレッドアイが姿を現したのだ。

 その日はアンヘルとギャラルが同じ方角へ行こうとしていた。街中に入れないアンヘルとそうでないギャラルでは、得られる情報も違うから試してみようかと。

 そうして飛んで、すぐにその姿が現れた。巨大な白の怪物。レッドアイが。

 

「何だあれは!?20mどころではないぞ……!」

「前見たのと形は同じだけど、大きさは全然違うわ!」

 

 以前遭遇した時よりも、二倍以上の大きさになっている。幾つもある脚を動かし、巨体を運ぶ。だからこそ遠目でもその存在に気がついたのだが、あの大きさは間違いなく厄介だ。

 更に、周りにもレギオンが数体いる。レッドアイを中心に進んでいる先には街が見える。この塩に塗れた世界でも、比較的に活気のある街だ。塩対策をしたプラントもあり、現在の食物の大半はこの街で作られている……というのはイチイバルから聞いた話。交易の要にもなっているので、少し遠いがイチイバルもよく足を運んでいたらしい。

 そんな街に、レッドアイ達が進軍している。本当は全員集まってから仕掛けたいが、そんなことをしている間に街がどうなるか分かったものではない。

 

「ギャラルは止めに行くわ。皆を連れてきて!」

「無茶はするでないぞ」

 

 アンヘルは180度向きを変えて家へと飛んでいく。その姿を見送ってから、ギャラルも急いで飛んでいく。月光と闇を構え、こちらに気がついてないレギオンへと奇襲を仕掛ける。

 上手いことバレずに接近出来たギャラルは、群れの後方にいるレギオンの首を斬る。あっさりと切れた首から血が吹き出し、力なく倒れる。

 しかし、当然ながら他のレギオンはその姿に気がつく。レッドアイもまた気がついたようで、後方にいるレギオンがギャラルを取り囲むように陣形を組み始める。しかし肝心のレッドアイは残りのレギオンを連れ進軍を再開してしまった。

 

「待って!」

 

 追いかけようと飛ぼうとするギャラルだったが、道を塞ぐようにレギオンは立ち塞がる。

 ならばと月光と闇を高く振り上げ、魔法を唱える。幾つもの炎が吹き上がり、レギオンを焼く。しかしそれだけで殺しきれるほどレギオンは柔くはない。

 それは分かっている。けれど魔法を唱えるのをやめない。むしろ炎を強くしていく。それは巨大な炎の柱となり天を貫く。

 全力の魔法に流石にレギオンも耐えきれなかったのか、大半が炎に呑まれ死んでいく。それでもまだ何体かレギオンが残っている。

 ……しかし、それは重要ではない。

 

「あれ、見て!」

 

 一人の子供が指を指す。少し遠くだろうか、とてつもない炎が空へ昇っていく。

 人々の視線はその炎に釘付けとなり、それから異常事態になっていることを理解していく。混乱が起きる。しかしレギオンの襲撃を何度も退けてきた衛兵達は冷静に避難の勧告を始める。

 人々の喧騒は大きくなり、だいぶ遠くにいるはずのギャラルの耳にも届いてくる。

 幾らレッドアイが巨体と言えど、空から発見したギャラル達と地上から見ている者とでは見える距離が違う。彼らが気がついてから行動を始めれば間違いなく手遅れになるからこそ、警告も兼ねての魔法だった。

 剣に込められた魔力の殆どを使い切ってしまったが、こればかりは仕方がない。カイム達が合流すれば何とかなるし、ただのレギオン相手にはもう慣れた。必要ない。

 炎が止み、二度目の魔法が来ないことを確認したレギオンは一斉にギャラルへと向かい走り出す。攻撃が来るだろうギリギリまで引き付けて、それから真上へと勢いよく飛び出す。レギオンの拳は別のレギオンへとぶつかり、またあるレギオンは脚が引っかかり、もつれ込んでいく。

 大気中の魔素を少しずつ吸い上げ魔力へと変えていき、炎を纏わせてレギオンへ目掛け落下して頭部へと突き刺す。他のレギオンはすぐに起き上がりまた拳を振り上げるが、今度は隙間を抜けレギオンの輪から抜け、小さく跳び首を刎ねてから直ぐに距離を取り直す。

 迫るレギオンだが、今度は逆にギャラルから距離を詰めすれ違いざまに一閃。更にその後ろに控えていたレギオンを飛び越えながら頭部を真っ二つにする。

 近くにいるレギオンは全て蹴散らした。それを確認してからギャラルはレッドアイの向かった街の方向へと飛んでいく。

 

「逃げろー!レッドアイだ!」

「戦える者は武器を取れ!この街だけは守らなければならない!」

 

 レッドアイの接近に気がついた人々は、しかし活気付いていた。最後の防衛線と言っても過言ではないのだ。レッドアイに襲われた街が全て壊滅しているという事実を覆さんとばかりに集結していく。

 しかしその中で、もう一つ見慣れない影に気がついた人がいた。

 

「何だあれは!?ドラゴンなのか!?」

 

 それは新たな驚異となるのか。同様が走るが、ドラゴンが放った無数の炎はレギオンの群れへと飛んでいき焼き尽くしていく。

 

「雑魚風情が我が炎に敵うと思うな」

「これは凄いですね……!」

 

 大魔法を放ったドラゴン、アンヘルの背に乗っているのは、カイムとキル姫の三人。

 そのとてつもない炎を間近で見たロジェは、魔術師として素直に驚いている。そんなロジェを見るカイムの顔は何処か満足気だ。

 

「ギャラルがいない……?」

「最初にレッドアイを見かけたのはもう少し遠くだった。足止めされているのかもしれん」

「はいはーい。ミュルが探してきまーす」

 

 ミュルが神器ミュルグレス、チェーンソーの形状をした剣を持ちアンヘルの背から飛び降りる。まだ高さはあるはずだが、難なく着地して走り出す。

 続けてアンヘルが行動を降ろしていくと、残りの三人も飛び降りていく。

 アンヘル達の奇襲により、あっという間に周りのレギオンは全滅に追い込まれた。しかしレッドアイの腹部から、白い腕が生えてくる。レギオンが顔を出し、地面へと転がっていく。

 

「まさか、レギオンを体内に集めているのか?」

「……なるほど、色々と辻褄が合う。ロジェ!レギオンを頼む!」

 

 神器ロジェスティラ、叙事詩に現れる女性の名を刻まれたその本を開き、炎を生み出していく。ロジェが得意とする魔法もまた炎の魔法なのだ。生み出された炎の弾をレギオンへ向かい放つ。アンヘルの大魔法程の火力はないが、正確なコントロールで頭部を狙い撃ちにしていく。

 カイムはカイムの剣を握りしめ真っ直ぐとレッドアイへ向かっていく。イチイバルもまた、神器イチイバルを構え全力の射撃をしていく。光を纏った矢は真っ直ぐと脳天目掛け飛んでいくが、腕で弾かれる。その腕から血が垂れていることから、ダメージは通っているものの致命傷とは言い難い。

 カイムもまた振るわれる腕を避けながら、その腕を斬り落とさんと反撃をしていくが深い傷にはならない。このまままともに致命傷が通らないのなら、体力が尽きる方が先か攻撃を避けきれないのが先か、とにかく追い込まれることに違いない。

 ロジェの放った魔法でレギオンの大半は壊滅し、更にアンヘルの火球が追撃として放たれる。こちらの対処は何とかなりそうだと考え、ロジェはかつて神令(コマンド)されたスクルドの能力で未来視をする。そうして視える未来は確実なモノになってしまうし、何より使いすぎれば呑み込まれる危険性もあるので普段は封印している力だが、今だけは使ったほうがいいだろうと考える。ミュルとギャラルが合流できるタイミング、それが分かればその後を考えて戦えるはずだから。

 しかし、まず視えた光景はそういったものではなく。

 

「イチイバルさん!」

 

 避けてと言うことさえ間に合わなかった。距離を維持しながら頭部へ射撃し続けていたイチイバルを危険だと判断してきたのか、腕が鞭のようにしなりながらも伸び叩き潰そうとする。

 それ自体は身軽に飛び避けるが、宙に浮いている瞬間を狙いもう一本がイチイバルの細い体に叩きつけられる。

 それは正に視えてしまった光景。それ以上の追撃をされないように、アンヘルが火球をレッドアイ本体にぶつけ妨害する。その僅かな間でイチイバルは立て直しもう一度神器を構え直そうとするが、身体が痛む。

 まあ、このイチイバルさんが痛いってだけでやめるわけないんだけどね!

 そう思い気合を入れ直し、今度は腕を狙い射撃を再開する。どれだけ頭を狙おうと弾かれるのなら、やはりあの邪魔な腕を破壊するしかない。

 

「……!視えました!あと二分、いえ一分持てば二人は来ます!」

 

 その瞬間まで視たのだから、当然その瞬間までの間に何が起こるかも視ている。しかし、それは言わないでおく。どうしようとも無駄だと言われれば、抗う気力をなくしてもおかしくはない。

 何よりその先は視ていない。気持ちの持ちよう一つでも、未来は変えられる。

 傷を負い少しだけ動きの鈍くなったイチイバルを集中して狙うつもりなのか、カイムの足止めは最低限にしてイチイバルへ大量の腕が伸びてくる。しかしそれを視ていたロジェは予備の魔導書を使い、より強力な炎の魔法を唱えようとしていた。

 更にイチイバルからのアイコンタクト。何度経験しても慣れない感覚へ備える。

 魔法の詠唱が終わると同時に視界が変わる。それはイチイバルのいた位置。彼女と位置が入れ替わったのだ。なので当然、イチイバルを襲おうとしていた腕は全てロジェの目の前へ飛んでくる。それを狙い魔法を放つ。

 しかし目の前まで迫っていた腕へ向かって魔法を放ったのだ。爆風に自身も巻き込まれ、僅かながらも火傷を追ってしまう。

 

「ロジェ!?大丈夫かい!?」

「平気です、これくらい!」

 

 更にカイムも魔法を唱え炎をぶつけながら、引いていく。何度も何度も腕を斬りつければ、一撃は浅くとも確かなダメージになっていく。それを証明するように動きが鈍くなり始めた腕を炎で撹乱し少しずつ引いていく。

 二人の合流に合わせて一旦距離を取ろうとしているのだ。その意図を理解したイチイバルはカイムを狙う腕へ射撃をし、ある程度距離を確保できた所でアンヘルは伸びる腕を全てを焼き払うように炎を吐いていく。

 そして、気配。レッドアイの背後から二つの気配。奔る稲妻と炎の軌跡が現れる。二人の斬撃が、レッドアイの背中を襲う……!



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第3節 生マレ出ヅル意思

 ギャラルはレッドアイを追撃するべく追っていたが、その道中にもレギオンが残されていた。無視して進む選択肢もあるが、レッドアイに辿り着いた時に挟撃されるのは危険だし、何よりこちらを無視して街まで行かれたら最悪だ。

 何体目のレギオンか。数えるのもバカらしくなるだけの数を叩き斬っていく中で雷光が訪れる。ギャラルを狙おうと背後から迫っていたレギオンが、真っ二つに引き裂かれる。

 

「だいぶ苦戦してるみたいだね〜。手を貸そうか?」

「お願い。ミュルがここにいるってことはレッドアイは?」

「みんなで足止め中。早く行かないとね!」

 

 それだけ確認すると、二人は自然と背中を向けてまだいるレギオンへの対処を再開する。ギャラルが的確に頭部へ狙い斬撃をするのに対して、ミュルは身体を直接引き裂いていく。神器がチェーンソー型という特異極まる武器というのもあるが、やはり剣のキラーズには敵わないということを嫌でも理解させられる。

 二人の攻撃であっという間にレギオンを倒し尽くすが、そこでミュルは疑問を口にする。

 

「神器使わないんだ?」

「……なくした」

「いやそれ大変じゃない!?」

 

 神器とはただ強い武器というわけではなく、キラーズの源でもある。近くなければ死ぬというようなものでもないが、仮に破壊されたりしたらどうなるかは分からない。

 しかし、この世界に来て"敵"との戦いで使ってから一度も見かけていない。キラーズの気配も感じないので、今まで行った街などにもないのだろう。

 あったとして使うかは別だが、あって困るものでもないし大切なものなのも間違いないので見つけたらすぐに取り返そうとは思っている。

 

「これ終わったらミュルも探してあげるから、カステラ頂戴ね」

「いいの?神器とカステラ交換で」

「それくらい貴重なのよカステラ」

 

 冗談……かは分からないが、雑談もここまでにして二人共レッドアイを追うために移動を再開する。

 流石に大きいだけあってレッドアイの姿は割と早く認識できたが、逆に距離感を惑わせてくる。更によく目を凝らせばカイム達が交戦しているし、近くにドラゴンが飛んでいる。本当に元の姿に戻れるんだなと関心しつつも、ラストスパートを掛ける。

 ミュルはトールの力を解放し、全身に力を込め走り出しまるで稲妻の様に駆けていく。ギャラルも月光と闇に炎を灯し、少し跳んでから一気に距離を詰めにかかる。

 

「やあああああ!!」

 

 声を張り上げ、目の前の敵……つまりカイムへの攻撃に意識が持ってかれているレッドアイの背後へ二人の剣を当てる。

 確かに二人の斬撃が直撃し傷は入るのだが、斬った感触に違和感。肌というよりは甲殻だろうか。明らかに人型でないのは見れば分かるが、中身も全然違うようだ。

 そのまま二人は別の方向に散開し、その巨体を振り反撃するレッドアイの攻撃を躱す。

 

「なんか聞いてたより強そうだけど、作戦通り行けるの〜?」

 

 追撃してくる腕をひょいひょい避けながらミュルはイチイバルに確認する。更に反撃とばかりに腕を斬りつけ、歯で腕を削り切っていく。

 しかし削り切るのに多少の時間はかかってしまう。その隙を見逃さず狙おうとする他の腕を、冷静にイチイバルの射撃が妨害していく。

 

「君の攻撃で切れるなら問題ない!」

 

 ミュルの攻撃をまともに食らった腕は、ついに切り落とされる。ここまで一本も落とせていなかった腕をようやく千切ることができたのだ。

 そしてどれだけの異形だろうと、レギオンであるのなら弱点は頭。それはイチイバルの射撃を全てはたき落としていたことからも違いない筈だ。

 ならば、行ける。その確信がイチイバルにはあった。

 再びレッドアイに向けて走り出すカイムと、合流するギャラル。二つの炎の剣は息の合った連携で懐へ潜り込んでいき、ミュルの露払いをしていく。

 更にレッドアイの気を逸らすためにも再びイチイバルは頭部への射撃を再開し、ロジェもまた使える魔導書を全て開き、今度は前線の三人へ補助の魔法をかけていく。

 アンヘルは人の姿に戻り、後衛の二人の元へ落ちてくる。ドラゴンの姿になっていたのは、再び深化をしたという訳ではなく、あくまで魔力を練ってドラゴンの形を再現していただけだ。不便な身体になったものだと思いつつも、残った魔力で炎の魔法を唱えフリーになっている腕へと妨害のために炎を飛ばしていく。

 みんなの支援のお陰でかなり動きやすくなったミュルは迫る腕を的確に迎撃し、腕を一つまた一つと千切っていく。数が減ってきたのでカイムとギャラルも露払いの必要性が減っていき、攻撃へと変えていく。ギャラルがカイムと合わせ同時に腕へ斬撃を繰り出していくと、カイム一人では斬り落とすまでは出来なかった腕を千切っていく。

 これなら案外楽勝かな……?そうミュルが油断した瞬間、腕ではない別のモノが襲撃してくる。いや、襲撃と言うと間違いだ。影大きく暗くなっていくのを認知した瞬間に、三人は一斉に引こうとするが残った腕は道を塞ごうと回り込んでくる。

 そう、押し倒そうとしているのだ。パッと見ゆっくりと倒れてくるように見えるが、それは錯覚であり猛スピードで三人へその白い身体が近づいてくる。

 後ろの二人が必死に攻撃をしたところで落下は止まらない。アンヘルは自分なら下敷きになろうが平気だと考え飛んで向かおうとするが、それも残った僅かな腕で妨害してくる。大した妨害ではないが、避けながら向かっていれば間に合わない。

 

「うわーーっ!!」

 

 ミュルが叫びながら全力疾走をしていると、何かが高速で飛んできて胴体に直撃。

 それは大爆発を引き起こし、僅かながらもレッドアイの胴体を押し返した。更に三人共爆風に吹っ飛ばされる形でレッドアイの影から押し出されことなきを得た。

 飛んでくるギャラルとカイムをアンヘルが受け止めるが、ミュルは誰にも受け止められずに地面を転がり頭を打つ。

 

「いったーい!何すんのよロジェ!もう少し加減してもいいじゃん!」

 

 危うく死ぬところだったことを棚に上げて抗議の声を上げるミュルだったが、ロジェとイチイバルはお互いを見て固まっていた。

 ……今の、誰の攻撃?

 しかしその正体にいち早く気がついていたギャラルは、爆風で受けたダメージを気にせず立ち上がる。

 

「大丈夫なのか?今のは……」

「なんかの魔法だと思うけど、詳しいことは分からないわ。でも!」

 

 ギャラルにだけ聞こえていた音が近づいてくる。それは鬨の声。目の前で繰り広げられていた異次元の戦いに竦んでいた街の人々が、威勢を取り戻し駆けつける声。

 

「ここは俺達の街だ!他所モンに任してられるかよ!」

「魔道士隊!次はいつ撃てる!?」

「走れ走れー!レッドアイを倒すぞ!」

 

 全員が振り返れば、駆けつける人々の姿が見えてくる。それぞれの得物を構え勇猛果敢に突撃する。

 更に遠くには魔導書を構える複数の人々。それを認識したイチイバルはなるほど先程の魔法は彼らが放ったんだなと理解する。

 まるでそれに対抗するかのように、レッドアイの伏せられた身体から次々と新たな腕が突き抜け、レギオンの群れが生まれていく。

 

「あんたがリーダーか!?指示をくれ!」

「いいのかい?僕が指揮を取って」

「誰だか知らねえが、俺達よりよっぽど強いだろ?任せるぜ!」

「分かった。レギオンの気を引いてくれ!それでも余った戦力はレッドアイの触手に対処するんだ!」

 

 再び立ち上がるレッドアイ。走り出すレギオンの群れ。そしてそのレギオンの群れに立ち向かう人達。二人一組でレギオンへと突撃していき、一人が盾を構え攻撃を受けもう一人が頭部を狙った攻撃をしていく。

 それでもみんなが無傷で立ち回れるわけではない。更に遊撃の人員が苦戦している組の援護や負傷者の救助に当たっていく。

 

「……これ、チャンス?」

 

 残っている腕も少ない。その腕も囮になった人を狙うばかりでミュルやカイムとギャラルを狙うものがない。

 一応イチイバルの射撃を防ごうとしている腕がまだあるが、そちらも数は少ない。ただでさえ減ってきている腕を使って頭部を守ろうとしていることから、弱点であるということは如実に伝わってくる。胴体への射撃は殆ど無視しているのにあそこまで必死に守っているのは、余程柔らかいのかもしれない。

 

「ミュルがあいつを止めるから、トドメは任せられる?」

「いいの?」

「流石にあんな高い所に届かないからなあ」

 

 ギャラルがカイムへ目配せをすると、無言で頷く。このままだとイチイバルの攻撃は届きそうにないし、ギャラルがトドメを仕掛けに行くということに誰も反対しない。

 

「さっきの魔法は使える?」

「ああ、アレなら今準備させている。もうすぐで魔素の充填も終わる」

「こちらのタイミングで撃てるかい?」

「それなら大丈夫だ!」

 

 イチイバルもミュル達の行動を察し、攻撃を成功させるための案をその場で練る。

 

「えー?速攻仕掛けた方がよくない?」

「急いた所で結果は得られぬぞ」

 

 ギャラルはその場から離脱し、カイムとミュルは時が来るまでレギオンへの攻撃に参加する。

 間もなくして、街の方角から光が上がる。魔素の充填が終わったという合図。

 

「行けるぞ!」

「分かった。総攻撃だ!」

 

 カイムは今しがた死体に変えたレギオンを蹴っ飛ばし、ミュルもまたレギオンを両断してから走り出す。

 アンヘルも再び大魔法を唱える準備をし、合わせてロジェも支援は止めてありったけの魔力で魔法を練り上げていく。その間もイチイバルは射撃をする手を止めない。

 まずミュルとカイムは胴体の中心目掛けて剣を突き立てありったけの力で刺し、かっぴらくように反対の方向へと走り出す。更にアンヘルとロジェの魔法が開かれた傷口に向けて放たれ、無数の獄炎が抉っていく。

 

「今だ!」

 

 そしてイチイバルが青年に指示を出すと、発煙筒代わりの魔法を空に放つ。眩い光が空に広がると、少し遅れて強大な魔力の塊が一直線にレッドアイへ向かい飛んできて直撃。僅かに経ってから炸裂する。

 そして、爆風が止まぬ中レッドアイの背後に浮かんでいるギャラルは、全ての魔力を剣へと込め炎を纏った一撃を頭部へ

 

 

「えっ?」

 

 誰かの姿が見える。一人の少年がそこにいた。

 

『お姉ちゃん、ありがとう』

 

 それは、見覚えのある姿。

 

「なんで、君が……?」

 

 それはあのハロウィンの夜に出会った少年。

 

『僕はもう僕じゃないから。だから、止めてくれてありがとう』

 

 レギオンは、人の成れの果てで。そして、今レッドアイと戦っていた筈で。だから、だから……?

 

『さようなら、お姉ちゃん』

「待って!!!」

 

 

 放たれた。確かに膨大な熱を秘めたその剣は、想像よりも柔らかな頭を焼き切った。

 けれど、もはやそんなことはどうでも良くて。今確かに視えた光景が頭から離れない。力のコントロールを失った身体は慣性のままに地上へと落ちていく。崩れるレッドアイの、血に塗れた塩の上へと、落ちていく。

 レッドアイが遂に倒された。更にレギオンもその全てを倒すことに成功した。一瞬の静寂のあと、歓声が満ちる。遂に倒された強大な敵を前に、皆が喜びの声を上げる。

 しかし地面に叩きつけられたであろうギャラルを心配しアンヘルとカイムが駆け寄る。

 

「大丈夫なのか?」

 

 違う、違う違う違う違う違う違う違う違う違う!!!!

 あの子じゃない。あの夜にお母さんに会えて、そしてキャールブの孤児院に預けてそこで別れて。こんな所にいる筈がない。あの子を今、自分が殺したなんて……!

 

「い……」

「どうした?何処か痛むか?」

 

 カイムがそっと身体を起こす。けれど、二人は驚きの余り硬直する。塩と血に塗れたその顔は、今まで一度も見たことない顔をしていたから。

 

「いやあああああああ!!!!!」

 

 ギャラルの絶叫が、喜びを分かち合う人々の声をかき消した。



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第4節 残サレタ場所/遮光

 レッドアイを討伐してから数日。目の前の驚異がなくなっただけで、何か根本的に解決したわけではない。だからこそ次の行動を移すべきだとは理解していた。

 

「今日も籠もってるんだ〜」

 

 階段を降りながらあくびをしつつ、ミュルが呟く。それはギャラルのことである。あの一件から、部屋に籠もったまま全く出てこないのだ。

 カイムは少し苛立っていた。挫けそうになることが何度あっても立ち直り、ここまで着いてきた……いや、引っ張ってきたギャラルがああなってしまっていることに、納得がいっていなかった。

 

「もうご飯もずっと食べていません……」

 

 ロジェは一応、毎食分ギャラルの分も作ってはいるのだが、食べた形跡はない。一口も。

 

「どのような傷を負ってるかも知らずに治療するのは、医者でも無理だろうな」

「……そう、ですよね」

 

 今誰もギャラルに手を差し伸べられない最大の理由は、肝心のギャラルが理由を話そうとしないからだ。いや、伸ばそうとはしているのに振り払われているような感覚まである。

 アンヘルが聞こうとしても答えなかったのだから、他に誰が聞いても仕方ないのだろう。

 

「あ〜あ、嫌なことなんてカステラ食べればどっか行っちゃうけどな〜」

「それはお主だけであろう」

「いや、アンヘルも食べてみなよ。ふわふわで甘くて、口に含んだだけで幸せになれるあの感覚……!」

 

 それはもうただの危険な薬の類ではないのか。カイムは思わずツッコミたくなるが、当然それを言うことはできない。

 確かにカステラは手に入ったのだ。"街を救った英雄達"へのささやかな贈り物として、ミュルがカステラ食べたいと言ったら用意してくれたのだ。でもそのカステラを一人で食べておいてこの言い草なのがたちが悪い。

 

「ただ、想像は出来るな。レギオンは人間なのだろう?ならば、彼女の知人だった可能性はある」

「でもでも、レギオンになった瞬間を見たならともかく、あの状態で分かるものとは思えません」

「斬った瞬間に見えたのだろう。案外、頭部は元の人間の姿だったとかな」

 

 憶測の域は出ないが、一番現実的なのはそこだろう。最初から知っていたのなら、そもそも戦おうとしなかった可能性が高い。むしろ積極的にまで見えたまである。

 

『知人か。そんなにつらいものか?』

「イウヴァルトに剣を向けた時のこと、忘れた訳ではあるまい」

 

 イウヴァルト。帝国に墜ちて両親の仇と契約し、狂気の中に消えていった、かつての親友。

 彼がどうなったのかは知らないが、何度か剣を向け合うことになったその時の戸惑いと怒りは、確かに印象深いものだった。幼い頃に出来た亀裂が、こうも捻れてしまう、そういう運命だったと諦め受け入れた自分と、そんな運命を呪った自分がいた。

 

「イウ……?誰それ」

「この無口で無愛想で戦いに自身を置いてきたような男にも、親友と呼べる者がいたということだ」

 

 随分な言い草だが、そこはお互い様。アンヘルと契約して長い間、遠回しに罵り合ってきた関係だし、今のアンヘルの言葉に悪意がないというのも十分分かる。何より、そういう男だということは自分が一番理解しているつもりだ。

 

「お主はそれでも剣を向けることを選択したが、あのギャラルがそう割り切れるものか?しかも、仮に殺す瞬間に知ったのであれば、時間の猶予もなかった」

『……』

「……その、カイムさんはそのイウヴァルトという方と戦ったのですか?」

 

 少し前に語った旅の内容だが、流石にこと細やかに説明した訳ではない。親友と戦ったという話は初めて聞いたし、少しだけ興味が惹かれる。あまり深く聞くことではないと分かっていたけれど、ロジェは聞いてしまう。

 

「我と共に、ヤツの黒いドラゴンと戦ったわ」

 

 しかし、トドメは刺さなかった。カイムがイウヴァルトにトドメを刺すことに対する迷いを感じたからこそ、敢えて逃した。

 その後再開することはなかったし、帝都もあんなことになったのだから何処かで死んだのだろうとは想像出来るが。

 

「帝国兵を一人とて逃さず皆殺しにしてきた血も涙もない大馬鹿者だが、こやつとて人の子よ。親友を手に掛けることは出来なかったな」

「皆殺しって、ひゃ〜怖い。……まあうちらもあんま他人のこと言える立場じゃないけどさ」

 

 小馬鹿にするように煽ったミュルだが、言っておいて小馬鹿にできる立場でもないことを思い出す。忘れていたわけではないが、前の世界のことを引き摺って生きる必要はないだろうと強く意識することもなかったが、今だけはつい考えてしまった。

 

「あの時のロジェも怖かったよね〜。他人の不幸が美味しいみたいな」

「そ、それは……その、あまり言わないでください。それにミュルグレスさんだって!」

「いや〜ミュルはカステラのためなら戦っちゃうよ?」

「……キル姫とは、また面倒なものだな」

 

 多分、ギャラルが言っていたように彼女らにも過去があるのだ。ギャラルの過去とは当然違うものなのだろうが、少し聞いているだけでも碌なものではなかったことは容易に想像出来る。

 人が人の為に生み出した兵器、キル姫。兵器でありながら人の心も持っている彼女らは、兵器としては不完全なのだろう。だからこそ悩みや苦しみもあるだろうが……

 ニヤニヤ笑いながらロジェにちょっかいをかけるミュルと、恥ずかしそうにしたり怒ったりするロジェの楽しそうな表情を見ていれば、それで良かったのだろうとは思う。

 そんな和気藹々……?として空間に、一人入ってくる。イチイバルが帰宅したのだ。

 

「ただいま。イチイバルさんのご帰宅だよ〜……なんか随分楽しそうだね。なんか面白い話でもあったかい?」

「イチイバルの戦術で、たくさんの奏官とキル姫を殺してきたよね〜って話」

 

 ミュルの返事にイチイバルが停止する。全く持って楽しい話でもなければ、あまり思い出したいことでもない。

 先程までの笑顔のまま硬直しているイチイバルの姿を、呆れた表情でカイムが見つめていた。

 

 それから少しして。

 

「ギャラルはどうだい?」

「相変わらずだ。そちらの収穫はあったか?」

 

 お互いの状況を改めて確認する。対白塩化症候群もそうだが、やはり根本の原因を取り除きたいと考えている。そこは変わってはいない。

 

「進展はないかな。ただ一つ分かったことは、白塩化症候群はレギオンに襲われた人間にも感染するみたいだね。レギオンの今までの襲撃は単なる殺戮ではなく、あわよくばレギオンを増やそうとしていたと考えられる」

「しかしレッドアイを失い統率の乱れたレギオンが、そこまでの知性を持った行動は取れなくなったであろう。……何をするつもりだ?」

 

 あの神は執念深いことは知っている。その神に生み出され、人類の殺戮を本能に組み込まれたドラゴンであるからこそ、それは強く理解させられている。

 再生の卵、ドラゴン、そしてあの"敵"。人間を滅ぼすための手段をあれだけ講じていた神が、レッドアイによる襲撃だけしか考えていないというのは難しいだろう。

 もちろん、ここは異世界である以上あちらの世界ほど強く干渉ができずに、苦肉の策としてレッドアイを送り込んだ可能性もなくはないが、それは楽観的すぎるだろう。

 

「なーんでその神ってやつは、そこまで人間を滅ぼそうとするんだか。自分の世界でやってればいいでしょ」

 

 ミュルの呟きに、返事できる者はいない。……その言葉にイチイバルは一つの可能性を思い浮かべるが、あまりに突拍子もない考えだったので口には出さず飲み込んだ。

 

 緩やかに滅びに向かっているが、それでも少しだけ日常と呼べる時間はある。

 中々進展のなく過ぎていく日の中、ミュルは近くの街で雪かきならぬ塩かきのバイトをしていた。

 

「ん?」

 

 何か違和感。ふと空を見上げると……

 

「何よアレ!?」

 

 あまりの光景に驚きの声を上げたのだった。



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第5節 後悔と選択

 天井。薄暗い部屋の中、ふと目が覚める。いつの間に寝ていたのだろうか。今は何時なのだろうか。

 考えようとしてやめる。もうこうして何もせずにいるのも、どれくらい経ったのか。昼だろうと外はそこまで明るくないし、カーテンも全て閉じきっているし、この部屋はいつだって暗いままだ。

 ゆっくりと身体を起き上がらせ、ベッドの上に座る。最初はカイムやアンヘルが来てくれていたが、もう来なくなってどれだけ経つのか。まあ来ても追い出したのは自分なのだ。

 ……あのハロウィンの日。自分のわがままで少しだけハロウィンを過ぎてしまったあの日。その結果あの子は母親と再開出来たし、父親とも会えた。死んでしまってはいたが、それでも会えた。あの日はそういう日だった。

 そんな自分のわがままのせいで出た影響のせいで、パラシュは旅立つことになった。でも、パラシュも納得してくれた上での旅だったし、あの子だって一緒にキャールブの所にいってしばらく過ごして、それで幸せになれたはずなんだ。

 それを、ころし

 

「うっ」

 

 吐き気がする。どうして考えてしまったのかと考えるが、それこそ何もしていないからだろう。何もしていないから考えることしか出来なくて、考え続ければ嫌なことだって考えてしまう。

 この場で吐くのだけはよくないと残った理性で考えて、何日ぶりかも分からないけど久々にベッドから出る。

 重い体を引きずるように必死に歩いて、何とか洗面台へと辿り着いて、吐く。そして、出てくるのは胃液だけ。それもそうだ、しばらく何も口にしていないのだから。

 口にしていない。それを考えたと同時に、急激に空腹感がやってくる。吐いた気持ち悪さは残っているけれど、空腹感による気持ち悪さまで相まって頭がおかしくなりそうだ。

 何かないかなと冷蔵庫を開いてみると、最低限の食材。今の気分で料理なんて出来ないなと思いながらもよく見てみると、そこには食べれそうな物があった。

 カステラだ。……でも、これはミュルのだろう。そう思って他の物を探そうとして、そのカステラの包みに付箋が貼ってあることに気がつく。

 

『ギャラルの分』

 

 そのカステラを取り出してみる。あのミュルがわざわざ自分のために残してくれたという事実に、思わず泣きそうになる。

 泣くのを必死に堪えながら、気持ち悪さを抑え込んでカステラを一口食べてみる。

 ……美味しい。凄く美味しい。これはミュルがカステラを食べたがるのも頷ける。

 久々の食事をしたからか、ようやく頭が回り始めた気がする。自分は今まで何をやっていたのだろうか。ああやって塞ぎ込んで、誰かが助かるのだろうか。いやむしろ迷惑をかけるばかりだった筈だ。

 それに、今更ああやって塞ぎ込む権利なんて自分にはないんだ。帝国兵だから、レギオンだからと言い訳してどれだけの人を殺してきたのだろう。その人は誰かにとって大切な人だったかもしれないのに。いや、そうでなくたって一人でも多くの人を救いたいからと言いながら殺し続けて来た大きな矛盾さえあるのに。

 確か妖精族の長にもそのことを馬鹿にされた気がする。なのに目を逸らして来たからこうなったのだろう。

 まだ本調子ではないが、何かしないとダメだ。みんなに迷惑をかけた分、取り返さないと。

 そう考えてから、そういえば誰の気配もしないことに気がつく。いつもは少なくともアンヘルかロジェがいるのだが、そんな気配さえ感じない。みんなで出払った時なんて、それこそレッドアイの討伐に向かった時……

 そこまで考えて、ギャラルは慌てて着替えて外に出る。そうして外に出た直後、狙ったかのように空から何かが落ちてくる。目の前に勢いよく落ちたそれは、白くて丸いナニカ。繭のような、卵のような。

 

「再生の卵……」

 

 初めて見たはずだけど、何故かその言葉が自然と出てきた。

 封印が破壊された時に現れるという伝説上の存在。奇跡が起こるとされる物体。アンヘルが、処刑台と揶揄していた存在。

 この世界に封印なんてものはない筈だし、仮にあったとして再生の卵があるのはおかしい。やはり異常事態になっているのに違いがない。

 そんな時でさえ勝手に塞ぎ込んでいた自分に情けなさを感じながら、カイム達を探すために飛び立つ。

 ……部屋に残された月光と闇は、静かに寂しげな光を放っていた。

 

 少し飛んで、あちらこちらで阿鼻叫喚の事態になっていることが分かる。異様な数のレギオンによる襲撃だけでなく、魔獣や異族までもが進軍に加わり殺戮を始めていた。

 カイム達と合流する前に、まずは目の前の敵を倒さなければと腰に手を回して、そこに何もないことに気がつく。こんな時に忘れてきたというのか。いや、そうではない。あの日から無意識の内にあの剣を遠ざけていたのだ。

 自分の身勝手さに反吐を出しそうになりながらも、ならばカイム達と合流するのを優先しなければと考え無視して飛んでいく。

 しかし逃さないとばかりに飛行型の異族が飛んでくる。巨大な斧を振り、ギャラルの身体を真っ二つせんと襲いかかる。

 それは容易く避けられるのだが、反撃する手段がない。ロジェみたいに魔法が使えれば、武器がなくても最低限戦えたのだが。……いや、そういえば魔法を使っている人達を見ている筈だ。ならば自分にも出来るのではと一瞬考えたが、やり方が分からなければ出来ないことに違いない。

 諦めて避けながらの飛行を続けるが、あちらこちらに再生の卵が転がっているのが見える。どうやらあの卵は大量にあるらしい。破壊できれば良いのだが、流石に徒手空拳で卵を破壊するのは危険か。触れて呑み込まれでもしたら大変だ。

 考えている隙を突こうと、別の魔獣が死角からの斬撃を放とうとするが、音で気がついていたギャラルは追ってきている異族を盾にするように躱す。

 見事異族が斬られ落ちていく。これならもう追われないだろうと考え、地上の様子を探るのに注力する。アンヘルがドラゴンの姿に戻っていれば分かりやすいのだが、それっぽい影は見当たらないので素直に探す。

 そうして飛び回っている間に、レギオンの死体が多い場所を発見する。そこを集中して見ていると、走り回る人間の影。

 あれはカイムだと確信し、そちらに向かって一直線。

 

「カイム!」

 

 声を張り上げると、カイムも気がついたようで目の前の異族を斬り殺してから空を見上げる。

 そのままカイムの目の前に降りて、声をかけようとするが続きの言葉が出ない。

 

「カ……カイ……っはあ……」

 

 息が切れて上手く喋れない。しばらく動いてなかった身体に無理をさせすぎたようで、思ったよりも体力が落ちていることを初めて自覚する。

 そんなギャラルの肩をカイムは掴み、少し屈んで視線を合わせる。何か言おうとしているがよくわからない。ただ、嬉しそうな表情になっていることだけは分かる。

 良かった。無理してでも来て良かったんだ。そう安堵したギャラルの身体は突然横に投げ飛ばされる。

 何が起きたのか分からずに素直に飛んでいくギャラルの視線は、先程まで目の前にいたカイムに注がれていた。空から投げ飛ばされた斧が、その刃がカイムの身体に突き刺さっている、その姿に。

 

「……は?」

 

 カイムは勢いを殺すことが出来ずにそのまま地面に転がる。しかも、よく見ればその斧が刺さっているのは心臓のある辺り。

 今度は空を見る。そこに一匹の魔獣の姿が見えた。得物を失った魔獣はふらふらと何処かに飛んでいく。あの魔獣がギャラルを狙い投擲し、それに気がついたカイムがギャラルのことを突き飛ばした。

 その流れを理解したギャラルは慌ててカイムへ駆け寄る。苦悶の表情を浮かべているが、それでも何処か嬉しそうな顔で笑っていた。

 

「カイム!カイム!」

 

 突然のことに、どうすればいいのか分からない。治療する手段なんてもちろん持ってない。いや、そうだ。アンヘルなら何か出来るかもしれない。きっとカイムの近くにいるはずなんだ。

 

「アンヘル!!」

 

 精一杯の大声で呼ぶが、返事はない。ここにいるのは、カイムとギャラルと、後は死体だけ。助けてくれる人なんて存在しない。

 絶望しかない状況に崩れ落ちたギャラルの手を、カイムが掴んだ。

 

「カイム……?」

 

 遠くで咆哮が上がった。離れた所で戦っていたアンヘルの最期の咆哮が上がった。

 ギャラルの手を掴んでいたカイムの手から力が抜け落ちる。その先にあるのは、カイムの剣。

 ………もう、いやだ!!!

 絶望と混乱と狂乱の中、ギャラルはその剣へと手を伸ばした。



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第6節 新たな契約

 ミュルは疾走する。異族の群れの中を泳ぐように走り抜けながら引き裂いて行く。今更異族程度は敵でさえないのだが、いかんせん数が多すぎる。更に異族に混ざってレギオンまで暴れているのだから面倒でしかない。

 異族をバサバサと斬り倒しながら近くのレギオンの元まで走り、斬るふりをして拳を振らせてから、その拳を蹴り上げ宙に舞う。

 

「オラァア!」

 

 雷を纏わせながら落下する様は、まるで本物の雷のようだった。放たれた雷が地上で広がり異族達を焼いていく。

 周りが空いたことで自由に走ることが出来るようになった。そうなれば自慢のすばしっこさで撹乱しながらレギオンの懐に潜り込み一刀両断。

 それから、次はどいつを狙おうかなと考えながら改めて状況を確認するが、まあ相変わらず大量のレギオンが跋扈している。

 

「アレどうにかならないの?」

 

 同じく近くで走り回りながらの射撃戦をしていたイチイバルへと声をかける。

 

「どうにかしたいけどね!」

 

 対多数ならロジェの方が得意なのだが、途中ではぐれてしまい今は二人だけ。偶然はぐれたというよりかは、分断されたと言った方が正しいかもしれない。

 この調子だと、カイムとアンヘルも無事か分かったものではない。

 どうしよもないか……と改めて神器を構え直すミュルだが、そこで一つ気がついてしまう。レギオンの群れの中に一回り大きなやつがいる。しかも、赤い双眸が光っている。

 

「ちょっと待って!?あれレッドアイじゃない!」

「これは、万事休すかな……」

 

 以前戦ったような巨大さではないものの、かなり危険な個体であることは違いない。レッドアイ自身の強さも厄介だが、レギオンの統率を取れることが何よりも危険だ。

 あの時はこちらも数がいたから何とかなったが、たった二人であれだけの数を相手するのは無理がある。

 そうは考えつつも、素直に諦める気にもならない二人はレギオンの群れに立ち向かおうとする。しかしそこで異変が起きた。

 巨大な炎が空からやってくる。それはレギオンとは別の方向から迫りつつあった異族と魔獣の群れの中心へと落下し、炸裂。辺り一面が火の海となった。

 

「……アンヘル?」

「いや、違う!」

 

 火の海から弾丸のように放たれた小さな人影は、二人を無視してレギオンの方へと飛んでいく。レギオンが反応して動き始める前に、数体のレギオンの身体が千切れ崩れていく。

 

「おらおらおらおらおらーっ!」

 

 叫びながら自在に飛び回り、炎の弾を連射しながら牽制しつつも懐へ一瞬で飛び込み一撃で切り裂いていく。

 予測のできない不規則な軌道に、バラけていたレギオン達は一箇所に結集する。何処から攻撃が来てもいいように輪を作り警戒する。特に上空からの攻撃を強く警戒し見張るが、まるでそれを待っていたかのように少女は笑みを浮かべ、その輪の少し手前に勢いよく落下する。

 そのまま剣を地面へと突き刺すと、少女の前方へ扇状に無数の炎の槍が地面から生えていく。まとまっていたレギオンの大半が見事にその槍に刺されて絶命していく。

 危機を感じ取ったレッドアイと、少女から遠くの所に陣取っていたレギオンはその槍の山から逃げ出し事なきを得たが、それも一瞬のこと。

 少女と剣を模した炎の分身がレギオンへと迫り、まるで幻影のように疾走っていく。レギオンと同数の炎の幻影は、確実にレギオンを討ち滅していく。

 あっという間に孤立したレッドアイは慌てて逃げ出そうとする。しかし少女が剣を振り上げると、少女の周りに生まれた幾つもの炎の槍が、そのまま周囲を回りながら頭上へと昇っていき、一つの巨大な炎の槍へと変わっていく。

 そして剣を振り下ろしレッドアイの頭部を指すと、巨大な炎の槍は射出され一撃で頭部を粉砕した。

 

「はっ!雑魚ばかりね」

 

 嘲笑いながら振り向いたその少女を、二人は知っている。いや知らないはずがない。なのに誰なのか一瞬理解することが出来なかった。

 圧倒的な力で敵を殲滅したギャラルホルンは、カイムのように快楽に溺れた笑みを浮かべていたからだ。

 

「ギャラル、何だよね?」

「いや、誰に見えるのよ」

 

 笑みを引っ込めて二人に向かって歩き出す。それと同時に、ミュルはもう一つの違和感に気がつく。使っている剣がいつものではなく、カイムの剣ということ。

 

「なんであんたがカイムの剣を持ってるの」

「ああ、カイムからもらったからね」

「カイムと会ったんだな?二人は今……」

「死んだよ」

 

 あっけらかんと、とんでもないことを言い出す。しかもそう言ったギャラルの表情は、特に悲しんでも怒っても、もちろん喜んでもいない……なんの感情も伺えない、逆に恐ろしさを感じる表情。

 

「でも大丈夫よ。カイムはここにいるから」

 

 愛おしそうにカイムの剣を抱く。たった今レギオン共を斬り、血と塩で汚れているその剣を。

 

「なに、言って……」

 

 彼女に、いやカイム達に何があったのだろうか。明らかに豹変してしまったギャラルを見て固まる二人だったが、本人はその様子に気づいてか気づかずが、無視して話始める。

 

「ところで、何があったの?再生の卵はあるし、異族や魔獣までたくさんいるし」

「あ、ああ……いや、それが僕達にも分からないんだ」

「チッ」

 

 小さく舌打ちしてから、ギャラルは向き直す。その方向には、ユグドラシル。いや、あの奇妙な花。

 それを剣で指し、軽薄な笑みを浮かべ楽しそうに言う。まるでこの状況を楽しんでいるかのように。

 

「じゃああれを壊すしかないわね。なんの手掛かりもないんだし」

「何言ってんの?ユグドラシルを壊すとか正気……!」

 

 花へ向けていた剣を、ミュルへと突き出す。そこにはもう笑みはなく、無表情に戻っていた。

 

「あの花がユグドラシルに見えるほうが余程正気じゃないわ。二人とは戦いたくないんだけどなあ」

 

 突然豹変してしまったギャラル。しかもユグドラシルを破壊すると言い出した。その奇妙な言動にイチイバルは一つの結論を出し、神器を構えギャラルへと向ける。

 

「あ〜あ。まあ良いんだけどさ」

 

 ギャラルもまだ戸惑っているミュルから視線を外し、イチイバルへと向き直す。剣を構え直し臨戦態勢に入る。もはや、そこに戦いや殺戮への戸惑いは残っていない。

 その様子にイチイバルは一つため息を吐き、飛び退きながら射撃を放つ。ギャラルは魔法で防ごうとするが、彼女に届く前に矢は弾かれた。ミュルがその矢を弾いたのだ。

 

「あ〜もう!あんたはとっとと行け!」

「……いいの?」

「ミュルにも花には見えないけどさ、多分正しいのはあんたの方だよ」

 

 ミュルの意志が固いことを理解したギャラルは、背を向け飛び立つ。それを止めようとイチイバルはもう一度矢を放とうとするが、ミュルが目の前まで迫り妨害する。

 

「どうして邪魔をするんだ。今の彼女は明らかに正気じゃない!」

「確かにね。でもそれはあんたもだよ、イチイバル」

「何を根拠に……!」

「鏡があったら見せてあげたいね!」

 

 戦い始めた二人を置き去りにして、ギャラルは、二つのキラーズを宿したイレギュラーは、花へと向かって飛翔していく。



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第7節 崩壊ト虚妄

 ギャラルが進んでいくと、花の全容が改めて見えてくる。閉じた巨大な白い花は、異様さを放っていた。

 どう考えてもこれしか原因は考えられない。イチイバル達には普通のユグドラシルにしか見えていなかった理由は分からないが、もしかしたら自分達はあちらの世界から来たからこそ本当の姿が見えているのかもしれない。

 ただ理由はどうだろうと、やることは一つだ。更に一段回加速させようとするが、突如現れた幾つもの鎖がギャラルを貫こうとする。

 慌てて止まり、カイムの剣で全て斬り払う。しかし見覚えのあるその鎖に嫌な予感を覚え、一度着地する。

 そしてその嫌な予感は当たる。立ち塞がるように立つ二人のキル姫がそこにはいた。

 

「……嫌なことしてくれるわ」

 

 それは、カイムがイウヴァルトと対峙することになった時と同じだろうか、或いはそれ以上の苦さがあった。

 かつてギャラルと共に永い時を過ごした無二の友であり、家族でもあった二人のキル姫、フリズスキャールブとグレイニプルがそこにいたからだ。

 そして、その二人の目はやはり赤く染まっている。イチイバル達の話にあった暴走だろう。

 けれど、ギャラルは剣を構える。カイムから託された剣と意思、何より自分の意思で戦わないとならない。ここで逃げ出したら、あの家で塞ぎ込んでいた時と何も変わらない。自分が苦しむことになるけれど、その結果一人でも多くの人が救えるのならやるしかない。

 二人は駆け出す。剣を構え、魔法を発動する準備をする。そして射程内に捉えた瞬間に発動しようとして、違和感を覚える。

 キャールブもグレイニプルも、攻撃する際にわざわざ近寄る必要はない。なら何で……?

 その疑問はすぐに解決される。二人はギャラルを通り過ぎ、台座と鎖はその方向へ、迫りつつあった異族と魔獣の大群へと放たれる。

 

「早く行くのじゃ!わらわ達が正気を保てている間に……!」

 

 キャールブがチェスの駒のような兵を作り出し、それを魔獣へと飛ばすと兵はバラバラに引き裂いていく。

 

「ギャラルの神器もあります。私達のことは置いて、早くユグドラシルへ!」

 

 鎖が群れの周囲の空間から現れ、束になった鎖が群れをすくい取り球を作り出し、圧縮して潰していく。

 

「キャールブ、グレイ……」

 

 苦悶の表情を浮かべながらも、必死に抵抗している二人を見てギャラルは固まる。これはもう抗いようのない現実で、二人と戦うしかないと腹を括ったはずなのに。それでも必死に抗って戦う二人の姿に胸がいっぱいになる。

 グレイニプルの鎖がギャラルの近くに飛び出してきたと思えば、そこには神器ギャラルホルンの姿。きっと見つけたグレイニプルが、誰にも渡さないように守ってくれていたのだろう。

 本当はこのまま二人と一緒に戦って、完全に目を覚ます手段を見つけて助けたい。けれど、二人の表情と必死さが、正気が長くは保たないことを示していた。

 だからこそ、二人の意思を無駄にするわけにはいかない。神器を担ぎ、ギャラルは飛び立つ。その前に、一言だけ残してから。

 

「ありがとう」

 

 それ以上の言葉はいらない。飛び立ったギャラルの背後で、鎖が巨大な壁を作り出していく。神への最期の抵抗。

 鎖の壁の向こうから響く二人の咆哮を振り払い、飛翔していく。

 

 もう、あれが最後だったのだろうか。レギオンも異族も魔獣もいない、他のキル姫もいない静かな所を飛んでいく。

 花は目前だった。ユグドラシルが何故こんなものに変貌してしまったのか。きっと神の仕業なのだろう。

 仲間のイチイバルを止めてくれたミュルも、必死に暴走から抗った二人も、みんなの後押しでここまで来れたのだろう。もちろん、新たな力をくれたカイムとアンヘルも。

 花を目の前にして、ギャラルは改めて覚悟を決める。しかし、花を守るように最後のレギオンの群れがそこにはいた。数は……数えるのも馬鹿らしい。

 

「雑魚ばかりが数だけ揃えて……」

 

 殺戮へ踊る心、自然と浮かぶ笑み。"カイム"は飛翔しレギオンへと飛んでいく。

 ギャラルは炎を起こすと、それはドラゴンの形取っていく。炎のドラゴンと化したギャラルは、挨拶代わりに大魔法を叩き込む。強大な魔力を秘めた炎の弾が雨のように降り注ぎ、レギオンの群れを潰していく。

 炎の雨に呑まれたレギオンの群れの中心へと、そのまま突っ込んでいく。炎が地面に触れると同時に爆ぜ、巨大な爆風を生み出す。

 炎の雨から何とか逃れていたレギオン達が、爆風が晴れて無防備になったギャラルへと走っていく。しかしそこに立つギャラルが笑っていることには誰も気が付かない。

 ギャラルホルンの秘めた潜在能力と、カイムの持つ剣技と凶暴性を併せ持った今のギャラルには、レギオンなど敵ではない。迫る拳をひらりと躱し反撃で頭部を貫き、更にその死体を放り投げ後続のレギオンへとぶつける。そこに炎で生み出した拳が叩き込まれると、突き飛ばされたレギオン達はまとめて灰燼と化す。

 とてつもない火力へと、一瞬目を奪われたレギオン。しかしそのレギオンが視線を戻すとそこにはもうギャラルはいない。自身の首が空を舞っていることにも気が付かず絶命する。

 一体のレギオンを刎ねたギャラルはその勢いで上空へと行き、炎の槍を作り出す。レギオンの群れに向かって剣を勢いよく振り下ろすと、頭部目掛けて槍が降り注ぐ。

 あっという間に壊滅させられたレギオンの群れ。恐れをなして逃げ出そうとする残ったレギオンだが、炎の幻影が疾走り切り裂いていく。

 そこにはもう、生者はいない。積み上がった死体の山は、塩だけを残し崩壊していく。

 

「後は、花だけか」

 

 塩から視線をそらし、改めて花を見る。これほど巨大な花、素直に炎で焼けるものだろうか。それとも斬った方がいいのか。

 考えながら俯瞰しようと飛んでいくと、同時に異変が起こる。

 

 花が、開く。



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第8節 擬彩

 花が開く。その巨大な花が開いた中に、更に妙な光景を見る。色とりどりの花が内部に咲いていた。

 しかしその光景に感慨を覚えている時間が許されることはない。サルビアの咲く地帯から女性を象った巨大な何かが生えてくる。それは、まるであの時の"敵"のようだった。

 その女性の形をした像は歌い出す。世界の滅びの告げる歌を。

 ギャラルは咄嗟に神器を取る。これから始まる戦いはあの時と同じだ。"ウタ"と"オト"の激しいぶつかり合い。理解の範疇を越えた異次元の戦い。

 

「何なのよこれは……!」

 

 ウタは魔力を帯び全てを拒絶する。広がっていくウタへ、ギャラルは神器を鳴らし打ち消すオトを生み出す。

 しかし"敵"の鳴らしていたウタとは何処か性質が違う。同じオトで相殺するのではなく、ウタに合わせてリズムを取って破壊しなければならない。

 魔力を帯びているおかげで可視化されているウタの輪が迫っていているタイミングで、ギャラルホルンのオトを鳴らし破壊する。

 激しいオトのぶつかり合いの末に、ウタさえ歌えなくなった像は沈黙する。今がチャンスと踏んだギャラルは、魔力を練り上げ炎の幻影を生み出す。真っ直ぐ像へ飛んでいき、像を真っ二つに破壊する。

 

「これで……」

 

 これで終わりかと少しだけ考えて、長い戦いになりそうなことを思い知らされる。

 ペチュニアの咲き乱れる地帯から、また新たに像が生まれる。まだ花はある。キキョウ、マリーゴールド、カーネーション、アイ。そして、花畑の中でも中心に位置するコスモス。その花々に何処か強烈な既視感を覚えるが、その理由を考える時間は存在しない。

 再びウタは紡がれだす。絶えた祈りを、絶えた希望を、絶えた望みを。

 この花と像の正体など分からないが、あの時の"敵"と同じウタによる攻撃と破壊をすることが、正にこの花は世界の敵なのだと物語っている。

 

 魔力を全て吐き出しウタを紡げなくなった像を破壊する度に、次の像が生まれていく。魔力を持ったウタを破壊するのには、魔力を持ったオトがいる。幾ら今のギャラルが特別な状態とはいえ、これだけのウタを破壊しきるのに魔力が足りるのか……

 ギャラルは心配になるものの、すぐに意識は持っていかれる。ウタを止めることが出来なければ、今すぐここで死ぬだけだ。世界ごと。

 ウタとオトの激しいぶつかり合い。狂乱に陥ったこの世界でも、特段目立つあの花で行われている異様なオトの戦いは、世界中から観測されていた。再生の卵、レギオン、異族と魔獣、様々な物が現れたせいで大変なことになっている中での、極めつけの異変に人々はより混乱を激しくしていく。

 

「次!」

 

 幻影が力尽きた像を破壊する。これで何度目だろうか。六つの花と、六つの像。余りにも激しいオトのぶつかり合いに、ギャラルも体力も魔力も限界が近づいてくる。

 最後の花が開く。コスモスから生まれいづる像もまた、女性をかたどった何か。その姿に何度目かの既視感を覚えるものの、答え合わせは許されない。

 しかし状況は考えていたよりも最悪だった。コスモスの像が歌い出した途端に、先程まで破壊してきていた周りの像が復活していく。コスモスの像を囲むように再生した六つの像、合わせて七つの像は歌い出す。祈りを、祈りを、祈りを、祈りを。

 けれど、同時に確信を得た。これを乗り越えた時が勝利なのだと。ありったけの魔力を込めてオトを出す。ギャラルホルンの笛の音が世界に響く。終焉を告げる笛のオトが、世界を滅ぼすウタとぶつかり合う。

 いつまで続くのかと考える余裕もなく、持てるもの全てでオトを鳴らし、ウタを破壊していく。それは相手も同じなのだろう、像が一つまた一つと沈黙を始める。そうしてついに訪れた、最期の時。ついにウタが止んだ。

 最後の大魔法を放つ。七つの像を破壊するために、六つの幻影を練り上げ飛ばしていく。幻影が周りの像を破壊する中、ギャラル自身もカイムの剣を構え中央の像へと飛んでいく。

 

「これで最後だ!」

 

 巨大な像の頭部へと剣を突き刺し、そのまま地上へと落ちていく。真っ二つに切り開かれた最後の像が、ついに崩壊を始める。いや、像だけではない。花そのものが崩壊を始める。世界が揺れ動く。

 

「やったよ、カイム、アンヘ……ル……」

 

 全ての魔力を吐き出したギャラルは強烈な目眩に襲われる。けれど、少しだけならいいや。これで世界は救われたんだ。

 意識を投げ出し地面に倒れる。意識はどこまで深く、溶けていく。深く、深く。

 

 

 [A]nything and everything return to blisters



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第3章 違える道
第1節 混乱の最中


 目を開く。見知らぬ天井がそこにあった。何をしてたんだったかと考えながら身体を起こす。

 身体の節々が痛む。確か、何かと戦っていたような……?と考えて、脳裏に浮かんだのは赤子の泣き声。無数の泣き声。殺戮をする、赤子の。

 

「……」

 

 驚きと混乱が同時に押し寄せる。そうだ、カイム達を行かせるためにエンヴィと一緒に残り、"敵"と戦ったのだ。自分が生きていることがまず一番の驚きだが、この場所も全く見覚え名がない。

 そこまで状況を飲み込んでから、自分がベッドの上にいるという当然のことにも遅れて気がつく。あれだけ破壊の限りが尽くされた帝都に、このような場所が残っているのだろうか。

 近くに立てかけられている神器を手に取り、重い身体を動かして部屋から出る。

 

「し、七支刀様!?」

「あなたは?」

 

 いたのは見知らぬ青年だった。力なく腰掛けていた彼は、七支刀の顔を見るとパアと表情が明るくなる。

 

「俺ですよ!コラソンで色々世話になったじゃないですか!」

「……待ってください、コラソンですか?」

 

 そこで出てきた地名に、七支刀は少し固まる。その地名を知ってはいるが、何故ここで出てきたのかが分からない。

 だって、その町があるのはミッドガルドではなくラグナロク大陸なのだから。

 

「そうですよ、七支刀様が失踪してみんな大変だったんです。貴方様が倒れているのを発見した時は心臓が止まるかと……!」

「……わたくしが、失踪」

 

 ゆっくりと思考を整える。まず一つ、もしかしてここはミッドガルドではなくラグナロク大陸なのかもしれない。理由は分からないが、あの戦いで力尽きる寸前になった自分はこちらの世界に戻ってこれたのだ。

 そして、自分がミッドガルドへ行ったあの日、コラソンでは七支刀が失踪したということになったのだろう。実際、行こうと思って行った訳でもないので、あながち間違いではないのだが。

 そして、この世界に戻ってこれた時にたまたまこの人が発見してくれた。ということだろうか。

 

「もしかして、ここはコラソンなのですか?」

「い、いや、もうコラソンはねえよ……そんなことより!」

「えっ」

 

 コラソンがない。その言葉の意味を理解する前に、青年は勢いよく掴みかかってくる。その顔は真剣そのもの。額から冷や汗を流しつつ、最後の希望に縋るように見つめる。

 

「七支刀様なら俺の身体も治せますよね?呪術の力さえあれば俺だって……!」

「か、身体……?」

「白塩化症候群ですよ。塩になんかなりなくねえんだ、助けてくれ!」

 

 白塩化症候群。聞いたことのない単語に困惑しながら彼の身体をよく見てみると、身体に塩が付いている。塩にかかってしまった……とかそういう雰囲気でもない。

 

「何ですか、その白塩化症候群とは?」

 

 治すも治さないも、それが何なのか知らなければ話にならない。

 しかし、その質問を聞いた青年の顔はみるみる青ざめていく。希望が絶望に変わっていくその瞬間。ミッドガルドで飽きるほど見て感じてきた、その瞬間。

 

「ふ、ふざけるな!」

「きゃあ!?」

 

 青年が勢いよく七支刀を押し倒す。怒りの形相で彼は捲し立てる。

 

「やっぱりお前らがやったんだな?とぼけやがって!いやあんたがやったんだな?何処か行って呪いを蒔き散らす準備でもしてたのか?俺達になんの恨みがあってこんなことしやがるんだ!」

「は、離して……!」

 

 理不尽な暴力と怒りにはもう慣れたつもりだったが、やはり何度だろうが慣れるものではない。

 力の加減が効かず、勢いよく青年を突き飛ばしてしまう。飛んでいった青年は、そのまま頭を打ち項垂れる。

 

「あ、ああ……」

 

 やってしまった。なんの罪もない青年を、こんな……

 けれど、頭の切り替えは早かった。以前の自分ならそうはならなかっただろうなと考えている、何処か冷静な自分がいた。他人を傷つけることに、慣れすぎたのだ。

 とにかく、この場にいるのは危険だ。神器を改めて持ち、慌ててその建物から飛び出す。どうやら住宅街のようで、周りにも幾つもの家が見える。

 ただそれよりも、妙に冷える空気と降り注ぐ塩に困惑する。

 

「いったい、何が」

 

 自分がミッドガルドに行っている間に、ラグナロク大陸で何が起きたというのか。

 何処へ向かえばいいかも分からずにとりあえず歩き始めるが、少しして先程の家から青年が飛び出し、大声で叫んだ。

 

「キル姫に襲われた!誰か捕まえてくれ!変な形の剣を持ってるからすぐ見つかる筈だ!」

 

 間違いなく自分のことだ。町中にざわめきが起き、そしてキル姫を探せという怒号が交わされる。もちろん、七支刀が見つかってしまうのにそう時間はかからなかった。

 

「いたぞ!キル姫を殺せ!」

「魔術隊を連れてこい、俺達が味わってきた苦痛を思い知らせてやる!」

 

 謂れのない悪意がぶつけられる。理由なんて全く分からないが、この町にいれば命はなさそうだ。

 全力で駆け出す。神器を構えたまま、取り囲もうと集まってきた人の壁を飛び越えてそのまま走る。

 どうしてこんなことに……!

 考える時間も余裕も与えられることなく、とにかく走る。まずは町から出て、それからどうする?分からない。分からないけど、抵抗して傷つけるのだけは絶対に駄目だ。逃げて、逃げて、逃げて……

 七支刀は走る。塩の中を、ただ逃げ続ける。



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第2節 崩壊の足音

 それから暫くの間、七支刀は街を転々とすることとなる。キル姫に襲われた人物がいるという噂は思ったよりも広がっており、しかも神器七支刀の独特な形状はすぐに怪しまれる。

 それが分かってからは布に隠すようにしていたが、レギオンへの対処をする際にはどうしても見せなければなならない。しかも、その強さからも人間ではないと疑われることも多く一つの街に長居することはなかった。

 行く宛もなく森を歩いていると、偶然一本の刀を見つける。何処かで見た覚えがあるそれは、地面に突き刺さっていた。まるで落ちてきたかのように。

 

「これは、あの時の……?」

 

 持って確認してみると、やはり見覚えのある剣で間違いなかった。帝国領土での決戦、そしてそれを囮にした爆破。その後に、カイムが忠臣から託された剣、信義。

 ようやく七支刀に希望が見えてきた。この剣があるということはカイムがいるのだ。そして、共に進んでいったギャラルもきっと。知り合いのキル姫にも一人も会えず、彷徨うばかりだった。

 しかも、この信義なら神器と違い簡単には疑われないだろう。これからの活動にもプラスになる。

 喜んでいる最中、足音が聞こえる。走っている。そして複数。

 

「……試し斬りさせてもらいます」

 

 明らかに人間の気配ではなかった。レギオンの襲撃だと理解し、信義を構える。ここでなら人目にも付かないし、全力を出しても構わないだろう。

 未だレギオンの正体も知らない七支刀は、獰猛な笑みを浮かべながら信義を構える。決して戦いを望む性格ではないが、ミッドガルドでの戦いは彼女を研ぎ澄ませた刃へと変えていた。

 四方八方から足音が聞こえる。距離も余り変わらない。ならばと信義の魔封を発動する準備をする。カイムが使っているところを見てきたからこそ、この剣には氷の力が込められていることは把握している。

 ある程度近づいてきた所で、氷を全方位に放つ。地面が勢いよく凍っていきレギオンの足を拘束していく。突然動かなくなったレギオンはつんのめり倒れそうになるが、頭を上げようとしてその前に切り飛ばされる。

 七支刀はその確かな感触に満足する。七支刀という武器は本来儀礼用に使われていた物であり、実戦向きの形状はしていない。神器である以上確かな力はあるし弱い訳ではないのだが、信義の素直な斬撃はとてもありがたいものだった。

 倒したレギオンには目もくれずに次のレギオンへと走り、動けないレギオンを数体倒したところで流石に拘束が解けてしまう。激昂したのか或いはただ目の前の敵を排除したいだけか、レギオンは再び走り出す。

 しかし基本的にその身体を使って攻撃するレギオンは同時に襲撃することができない。真っ先に近づいてきたレギオンの拳を受け流しながら通り抜け、返す刃で胴体を切り落とす。更に迫る次のレギオンに向けて再び魔封を唱える。先程と違い全方向ではなく扇状に広げれば全てのレギオンを捕まえられるので、威力を集中させより強い拘束に成功する。

 信義を地面に起き、神器を取り出す。信義にはもう満足した彼女は、もう残りのレギオンをまとめて倒すつもりだ。ありったけの魔力を込めると、巨大化した神器は回転を始め嵐を生み出す。その嵐で動けないレギオンを薙ぎ払い、全てバラバラに引き裂いた。

 ふう、とため息を一つ吐いたその時、パチパチパチと乾いた拍手の音がした。間違いなくレギオンではないが、一体なんだろうと辺りを見渡すと、そこには眼鏡の女性が一人。

 

「素晴らしいお手前ですね」

「あなたは?」

 

 どうしてこんな森に一人でいるのか、何故先程の戦いを見ていたのか。疑問は色々と湧いてくるが、まずは名前から。

 

「アコールと申します。こう見えて、商人をしていましてね」

「わたくしは七支刀です。アコール様はどうしてこの森に?」

「大した理由ではありません。それよりも、私はあなたが今求めているものを提供できます」

「……えっと」

 

 分かりやすく話を逸らされてしまったことは気になるが、それと同じくらい"今求めているもの"が何なのか気になる。どちらを問いただすべきかと考えていると、女性は手持ちのバッグを起き、中から一つ取り出した。鞘である。

 

「抜き身のままその刀を持っていては危険でしょう」

「………」

 

 駄目だ、何から聞けばいいのかが分からない。余りにも聞きたいことが多すぎて固まってしまう。

 そんな七支刀の手に無理矢理鞘を握らせると、女性はバッグを閉じる。

 

「今回はお代はいりません。もし次があれば、その時はしっかりと頂戴します」

 

 ペコリとお辞儀をすると、足早に立ち去ってしまう。

 何から何まで唐突で、理解できない。唖然としている七支刀だったが、慌ててアコールを追いかける。明らかに今の女性は何か重要なことを知っているという確信があった。

 しかし走れど走れどアコールの背中は見えない。そんなに足が速いものだろうかと思いつつも走り続けるが、見失ったことを認めて、それから信義を置きっぱなしにしてしまったことに気が付き先程の場所に戻る。

 幸い血と塩と氷が残っていて目立っていたので、戻ることは出来た。

 試しに信義を鞘に納めると、まるで最初から信義のためにあったかのように綺麗に納まる。やはり謎だ。

 とりあえず信義は腰に、神器を背中に背負うと、再び道なき道を歩き出す。

 

「……怪しいのは、あれしかありませんよね」

 

 ユグドラシルのあるはずの方角にそびえる、蕾。あの奇妙な花が明らかに怪しい。

 なるべくそちらの方角に向かいながら、再び街を探す。ミッドガルドの旅路のお陰で野宿には慣れてきたものの、こんな塩が降りレギオンもいつ襲ってくるか分からない場所で一人眠るのは厳しいものだ。

 カイムやギャラル、そうでなくとも知り合いの誰かに会えることを信じて歩き続ける。



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第3節 愚カシイ兵器/伝承

 噂はすぐに広まっていった。レッドアイを討伐した者がいるという情報。

 残念ながら、花に向かって移動していた七支刀はその者とも、件のレッドアイとも会うことはなかった。しかしその者がカイム達なのだろうという希望も持てた。やはり彼らは生きて、今も何処かで戦っているのだと。

 カイムの戦闘狂っぷりには困ってはいたものの、こういう時は素直にありがたい。

 そんなことを考えつつも、町を歩く。何か食料がほしいと店を探していたところで、異変が起きた。空から何かが落ちてきたのだ。……卵だろうか。

 考えながらそれに触れようとして、その瞬間に何かが頭の中を駆け巡る。それは、怪物になった自分。恐ろしいまでの力で天を裂き、その割れた空から落ちてくるカイムに真っ二つに斬られる。そんな映像と、触れたら恐ろしいことになるという警鐘が鳴る。

 それは殆ど無意識だった。信義を抜き卵を一刀両断。形を失った卵は溶けるように崩れ、液体だけがそこに広がった。

 

「……今のは、一体」

 

 考えようとするが、それを状況は許さなかった。落ちてくる卵は一つだけではない。雨のように、とまではいかないが数えようとは思えないだけの数の卵が落ちてきていた。

 それは時に建物を突き破り、時には落ちた衝撃で周りのモノを吹き飛ばしたり。それ自体が碌でもないことなのだが、これから更に良くないことが起きるという確信があった。

 七支刀は走り出す。一刻も早くあの花をなんとかしないといけない。

 

 町から飛び出し暫くしたところで、レギオンの襲撃が始まった。それだけではなく、今まで見ることのなかった異族や魔獣まで姿を見せ始めた。

 

「今構っている時間はありません!」

 

 迷わず神器を抜き巨大化させ、更に信義に触れ魔術を唱える。凍っていく地面をそのまま走り抜けながら、レギオンを中心に薙ぎ払っていく。

 為す術もなく破壊されていくレギオン。道中にある卵もついでに破壊し、進んでいく。しかし走って進むのにも限界はある。しかも戦いながらとなれば、どうしても時間はかかるし体力も奪われていくだけだ。

 ついに敵の壁に阻まれてしまう。このままでは駄目だ。神器の力を解放しないと、もう進めない……

 そう考え神器を構え直した矢先に、一本の矢が光を纏いながら壁に穴を開けた。七支刀の前方から放たれた矢は通り過ぎた後に爆発を起こし、後方の波を打ち崩す。

 突然のことではあったが、最大のチャンスだと認識した七支刀は出力を絞りながらも、穴を広げるように風を放った。勢いよく穴は広がっていき、遮るもののなくなった前方に人影が見える。

 そちらに走っていくと、眼帯を付けた少女……キル姫の姿がそこにあった。

 

「貴方は?」

「僕はイチイバルだ。そういう君は……生きていたんだね」

 

 神器を見つめながらイチイバルは返答をする。余りに特徴的な形状をしているからこそ、知っている人が見れば一目で分かるのだろう。

 

「君のことはギャラルから聞いている」

「やはり生きているのですね!」

 

 イチイバルは再び弓、神器イチイバルを構え直し攻撃をしながら会話を続ける。

 

「君がまだ戦えるのなら、あの花に向かってほしい。そして、そのギャラルを止めてほしいんだ」

「……?」

 

 どういうことなのだろうか。考えながらも、とりあえず再び距離を詰めてきた異族を一閃する。

 

「説明する時間はない。この先にはミュルグレス……金髪で背の小さいキル姫も向かっている。合流して、彼女の暴走を止めてほしいんだ」

「暴走?まさか……」

「ああいや、その暴走ではないんだが。とにかくあの花を破壊されてはいけないんだ。見た目こそ変わっているけれど本質は同じ。あれが世界の礎であることに違いはない」

 

 そう語るイチイバルの瞳を見る。そこには明確な意志があった。決して騙し陥れようとするような考えでもなければ、誰かに操られて出る言葉でもない。

 一体何が起こっているのか、あいも変わらず分からないがその言葉を信じる気持ちだけはあった。

 信義の魔法を改めて発動し、足止めだけして走り出そうとして止まる。

 

「イチイバル様は?」

 

 イチイバルは振り返ることなく答える。

 

「僕には進む資格なんてないよ」

 

 反対に敵の群れ向かって走り出した。矢を連射し雑魚を蹴散らして、更にその奥から迫る新たなレッドアイを足止めするために。

 見送ってから七支刀は走り出す。途中で赤い髪のキル姫が倒れているのを発見するが、身体に風穴が開けられて絶命している。このキル姫とイチイバルが戦ったのだろうか。

 名前も知らないキル姫へと少しだけ黙祷してから、すぐに走り出す。もっとしっかり弔いたいが、それでは折角足止めのために残ってくれたイチイバルの行為を台無しにするだけだろう。

 そこから暫くレギオンの死体が続き、更に進んだ先で戦闘の音。雷が轟き、敵の群れが吹き飛ばされていく。その中心に立つのは、金髪のキル姫。

 そのキル姫はすぐに七支刀の方に気が付いて、見つめる。いち、に、さん……と神器を見ながら呟く。

 

「あー、なるほど。アンタが七支刀だね」

「はい。貴方はミュルグレス様ですね」

「様か。ふふ、くるしゅうないな」

 

 ニヤリと笑ってから、すぐに真剣な表情に戻る。じぃ……と七支刀の目を見つめてから、質問をした。

 

「あんたはギャラルと一緒に旅してたんだろ?もし戦うことになっても大丈夫?」

「……ギャラル様は、今そんな状態なのですか?」

「うーん。まあユグドラシルを壊す気なんだろうし、止めようとしたらそういうこともあり得るかなって話」

「どうしてギャラル様はそんなことを?」

 

 うえっと変な声を出してから、苦笑いをする。そこは説明してあげなよ、と呟いてから話し始めた。

 

「あの花が全ての元凶だって思い込まされてるんだよ。ミュルもさっきまではそう思ってたしね。あんたもそう思ったからこっちに来たんじゃない?」

「そうですね。違うのですか?」

「さあ?でも破壊はマズいんだよね。ラグナロク大陸ごと破壊しちゃう。……ってのがイチイバルの推測。いや〜神ってやつは怖いね」

 

 神。ミッドガルドで何度も聞いた単語。なるほど、神が全ての元凶というのはなんとなく納得がいく。あのおぞましい"敵"を呼び出し破壊と狂気を巻き起こしたあの神ならば、人を塩に変え未知の化け物に襲わせるということをしていても、そう不思議ではない。理由は全く想像がつかないが。

 

「そんじゃ、とっとと追い付いて……」

 

 話し終わったミュルは改めて花を見て、いざ進もうとした直後だった。鎖が周囲を包むように大量に現れて閉鎖空間に変えてしまった。

 青い鎖を見たミュルは露骨に嫌な顔を浮かべる。七支刀はいまいちピンと来なかったものの、ミュルは知っている。この鎖のせいで散々苦労させられたことを覚えている。

 二人のキル姫が歩いてくる。浮遊する台座に座ったキル姫と、鎖を操っている方のキル姫。赤い目をした二人のキル姫。

 

「フリ何とかとグレイってやつか。最悪じゃん」

 

 フリスズキャールブとグレイニプル、そこにギャラルホルンも加わった三人へと、どれ程の苦戦を強いられたか。神令(コマンド)キラーズに、擬彩(インテグラル)キラーズ、大罪の力を得たセブンスキラーズに、誓約を得たキラーズ、あと誰がいただろうか。とにかくとてつもない戦力でぶつかり合って、それでも苦戦したあの三人の内二人がここにいる。

 まあギャラルがいないし、暴走させられたキラーズ達の攻撃もない。あの時に比べたらマシだろうが。

 考えながらも神器を構え直す。会話して退いてくれるとは思えない。

 

「ギャラル、守ル、守ル守ル守ル守ル守ルマモルマモルマモルマモル……」

「手出シ、サセヌ」

 

 七支刀は首を傾げる。この雰囲気、何処かで?

 そうだ、帝国兵だ。これは暴走というより、神の洗脳なのでは?

 暴走ではなく赤目の病である。その事実に気が付いたものの、それは何の解決策を生まない。むしろ尚更話が通じる可能性がなくなっていくばかりだ。

 七支刀も神器を構える。進むために。そして世界を救うために。



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第4節 曖昧ナ希望/凍雨

 二人は迷わず走り出す。しかしそれを見越したグレイニプルの鎖は、行き場を更に封じる様に四方八方から伸びて二人を穿とうとする。

 七支刀は神器を巨大化させ思いっきり振り回しその全てを弾こうとするが、大振りで分かりやすい動きは簡単に読まれ隙を狙って鎖は飛んでくる。そこにカバーする形でミュルが弾くが、更にそのミュルを狙いキャールブは兵を呼び出し襲わせる。

 しかしミュルは違和感を覚える。運がいいのか上手いことその兵さえも斬り伏せることには成功したが、迫る時間を許さぬまま鎖が七支刀を狙う。

 一度なら幸運だろう。二度も起きれば奇跡かもしれない。そしてそれが三度続いて確信する。わざとギリギリで対処出来るように手加減されている。つまり、あの二人がしたいのはあくまで足止めなのだろう。

 随分舐められたものだが、その満身は突破するための布石になるだろう。防御を続けながらニヤリと小さな笑みを浮かべる。

 同じく七支刀も、これがあくまで足止めでしかないということを察する。こちらはミッドガルドでの経験が彼女の感覚を鋭くしたのだ。理屈は分からないが、戦い方がなんとなく足止めされている気がする、程度のもの。

 ミュルの神器が雷を纏いながら、歯が激しく回り始める。防御ではなく攻撃に移ろうとしたことを理解した七支刀は同時に信義に触れて周囲の空間を凍結。僅かながらも止まった鎖を束を無視しミュルは最速でグレイニプルへ接近する。

 鎖で空間を作り出しその上に七支刀への攻撃に使っているためか防御出来ずに食らいそうになるが、台座が横から飛んできてミュルの身体を突き飛ばす。

 吹っ飛ばされたミュルは鎖の壁に激突し、更にそこから伸びた鎖が神器を持つ右手の手首に巻き付く。

 

「しまっ……た……!」

 

 グレイニプル。フェンリルを封じたとされるその鎖は、ただ物理的な拘束をするものではない。

 突如ミュルを襲う強烈な眠気に、立ち上がる力が奪われる。同時に氷を打ち破り再び鎖が七支刀に襲いかかる。かのフェンリルを封じるためのその鎖は氷の力も秘めている。むしろ一時的にでも凍結させられたのが奇跡といっても過言ではない。

 今の立ち回りでは先程と同様に封じ込められてしまう。考えた七支刀は一度神器を元に戻し信義を抜く。二刀流で戦ったことなどまともにないが、アリオーシュだってそうやって戦っていたのだ。試す価値はあるはず。

 更に神器を元に戻したお陰で多少身軽になったこともあり、避けながら鎖を弾き、兵も一掃する。

 

「……つよすぎ、でしょ」

 

 眠気で閉じてしまいそうな目を何とか開け、七支刀の暴れっぷりを見る。巨大化させた神器による一撃必殺と、二刀による素早い身のこなし。更に聞いた話なら呪術まで使える。

 驚いているミュルへと七支刀は舞いながら接近していく。それを止めようと再び台座が放たれるが、七支刀はやや大げさに信義を構える。また氷の魔法が放たれると警戒し止まった台座から振り向き、ミュルに向かって氷を放った。いや、正確にはミュルを繋いでいる鎖へと。

 そして凍った鎖を神器で叩き斬った。敵を凍らせて、氷ごと砕く。エンヴィのやっていた戦い方の一つ。

 鎖から解放され目を覚ましたミュルは、一つ思い浮かぶ。いや、捕まっている時から考えていたが眠くて思考が纏まっていなかったのだが。

 

「七!あっちを凍らせろ!」

「七!?」

 

 まさかの呼び方に驚きながらもミュルの示した方向を見る。それは二人がいる反対側の鎖の壁。

 瞬時にミュルの作戦を理解する。そちらの方向へ走り出した二人に対応しきれなかったのが、追撃の甘い鎖を掻い潜りながら魔法を発動する。

 

「これが最後です!この空間の魔素が足りません!」

「へーきへーき!」

 

 全力で神器を励起させたミュルが、凍った鎖へと斬りかかる。流石に一撃では砕けないが、歯は回り続け少しずつ削っていく。

 更に七支刀も魔法を唱えると同時に神器の力を貯めていた。真っ先にミュルを止めようと襲いかかる鎖が触れる前に、風が吹き飛ばす。更にキャールブは台座に立ち台座ごと蹴ろうと飛んでくるが、途中でコントロールを失い転落する。七支刀の張った呪術がキャールブの身体を蝕んだのだ。

 七支刀が味方で良かったと心底安心しながらも、ついにミュルは壁を破壊する。

 

「行け!」

「はい!」

 

 空いた穴から七支刀は飛び出す。そしてミュルが続いて……

 

「え?」

 

 いや、続かなかった。ミュルは先に飛び出した七支刀を見つめていた。

 

「それだけ強ければギャラルのことも止められるでしょ」

「なに、言って……」

 

 抗議の声を上げようとして、何故ミュルが付いてこないか、その理由を理解してしまう。

 例えば二人の足止めが必要とか、二人共出たら鎖を貼り直されてしまうのではとか、そんなことではなく。

 

「任せたわよ」

 

 真紅に染まり始めている目で見送るミュルの姿は、鎖の中へと消えて行った。

 手を伸ばそうとして、やめる。ここで手を伸ばしてしまえば、ミュルを助けようとすれば、ミュルの覚悟を無駄にすることになる。それだけは駄目だ。

 鎖のドームを迂回しながら走る。金属が弾き合う音が響く。振り返るな。希望を託されたのだ。

 共に戦える筈の仲間を置いていき進んでいく光景は、まるであの"敵"との戦いの時のようだと苦笑する。あの時は自分も残る側になったが、今度は違う。進むことがこれほど辛いことだとは想像も付かなかった。

 

「待っていてください、ギャラル様……!」

 

 だから、きっと。置いていってしまった自分が生きているという事実は、少なくともギャラルにとっての救いにはなる。

 そう信じてただひたすらに走る。



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第5節 割レタ心

 ギャラルはユグドラシル、いや花の前に辿り着いていた。この花をどうやって破壊すればよいのだろうかと考え、眺める。

 ギャラルホルンの力なら、この花が咲く前に終わらせることが出来るだろうかと考え、神器を手に取り飛んでみる。そして、神器を鳴らそうとした瞬間、何かが飛んできた。

 反射的に躱すが、攻撃は神器の紐に当たり千切れてしまう。そしてそのまま地上へと落下していく。

 

「ユグドラシルだけは破壊させません」

「……エンヴィ?」

 

 カイムの剣を構えながら声のした方を見ると、見覚えのある顔。ついエンヴィかと思ってしまったが、普通にロンギヌスなのだろう。しかも所々に花があり、骨のようなものまで飛び出している。あの姿は、擬彩(インテグラル)キラーズのもの。

 ……花。なるほど、ユグドラシルが変わってしまったのは彼女らのせいなのかもしれない。

 

「退いて。花を壊して、この悲劇を終わらせるの」

「この花はユグドラシルです!破壊なんてしたら、ラグナロク大陸ごと消滅してしまいます!」

「そう」

 

 あなたも神に操られてるのね。

 口には出さず考えてからロンギヌスの元へ飛翔する。当然カイムの剣を構えたまま。

 ギャラルの敵意に気が付いたロンギヌスも槍、神器ロンギヌスを構え防御しようとする。しかしカイムの剣は滑るようにロンギヌスの槍をやり過ごし、そのまま刃がロンギヌスへと迫る。

 触れる前に後方に飛びそのまま急降下し、そのまま真下からの反撃を試みるがしっかりと剣で防がれる。更に空いた左手に炎が集まっていく。鍔迫り合いながら、至近距離での魔法。まともに直撃したらマズいと考えロンギヌスは骨による攻撃をしかける。

 背中から二本の骨が伸びていきギャラル背後まで回り、触手のように迫る。至近距離だからこそ骨が伸びたことに気がつくのに遅れたギャラルは、既の所で飛び上がり攻撃を回避。更に追尾する炎の玉をいくつか放つが、全て槍で弾かれてしまう。

 更に追撃するためにロンギヌスも飛び上がる。ギャラルは炎の弾をバラマキ牽制するが必要な分だけ弾きながらも距離を詰められる。

 そうしてロンギヌスの槍が届きそうになったところで、声が響いた。

 

「避けろ!」

「っ!?」

 

 ロンギヌスは咄嗟に急降下する。ギャラルの周りには炎の剣が現れていた。ギャラルを守るように周囲を周り始めていた。そのまま突っ込めばあの炎に焼かれていたのだろう。

 二人がその声の主を確認すると、新たな擬彩(インテグラル)キラーズが一人。

 

「……パラシュ?」

「ああ。こんな形の再開には思わなかったけどね」

 

 ギャラルは呆然とする。何故今この場にパラシュが現れたのか。しかもその姿で。

 間違いなく彼女は、自分ではなくロンギヌスの味方だ。つまり、つまり?

 

「僕は言った筈だよ。理想を追い求めることと、エゴを押し付けることは違うって」

「パラシュまでこの花を守るっていうの?」

「ああ。今の君はこの花こそが全ての元凶という思い込みで動いているにすぎない。少し頭を冷やしたほうがいい」

 

 あくまで冷静に語るパラシュだったが、気がつけばギャラルからは笑い声があがっていた。あはははとひとしきり笑った後に、激情に呑まれた表情になっていた。

 

「神が……パラシュを騙るな!」

「僕でも駄目か!?」

 

 パラシュは説得するために出てきたのだが、その目論見も失敗。それを理解すると防御のために神器パラシュを構える。

 炎の槍を生み出し、連投しながら接近していく。パラシュは槍を何とか防ぎきるが体制を崩してしまう。その隙を狙い斬ろうとするが、文字通りロンギヌスの横槍が入り弾かれる。

 弾かれた勢いで距離を取りつつ、炎の幻影を放つ。パラシュとロンギヌスを囲うように現れた幻影の斬撃をお互いにカバーしあいながら防ぐ。

 しかしその僅かな時間でギャラルの姿を見失ってしまう。背中を向け合いながら周囲を探るが、見当たらない。まさかと思ったパラシュが見上げると、予想通りそこにギャラルが、予想外の姿でそこにいた。

 巨大な炎の拳と共に落下してくるギャラルに驚きながらも二人は迎撃しようとするが、間に合わず拳が叩きつけられる。

 直撃こそ免れたが、衝撃を殺すことまでは出来ずに重力に沿って落ちていく。更に炎の弾で追撃を放ちながら接近してくる。

 慌てて二人は躱しながら飛び上がる。しかしそれを予測していたギャラルは炎の弾の中に追尾弾を混ぜていた。主にロンギヌスの方へ飛んでいき、ギャラル自身はパラシュの方へ。

 ロンギヌスが炎の弾を必死に弾いている間に、ギャラルとパラシュは鍔迫り合いになる。パラシュはギャラルの持つ圧倒的な強さにただ困惑するばかり。

 

「君は誰なんだ!?これはギャラルホルンの力ではない!」

「そうよ。カイムとアンヘルの、そして契約の力だもの。神の操り人形なんかに負けないわよ」

 

 好戦的な笑みを浮かべるギャラルを見て、もはや本来のギャラルはそこにいないとパラシュは確信する。

 しかし同時に神器を弾かれる。返す刀でパラシュの首を狙おうとするが、そこに新たな乱入者。

 

「うざい!」

 

 その言葉と共に、レーヴァテインがカイムの剣を弾く。

 

「説得とか面倒なこと考えるからこうなるんでしょ」

「……君のその性格は理想的とは思えないが、彼女を倒すという意見には賛成だね」

「出来れば、トドメは刺したくないです。冷静になればきっと話だって出来るはずです」

 

 三人の擬彩(インテグラル)キラーズの前に、ギャラルは……カイムは、笑みを絶やさない。

 

「かかってこい!皆殺しにしてやる!!」



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第6節 掟ニ囚ワレシ神/堕天

 七支刀は走りながらも、敵がいなさすぎることを感じていた。戦いの跡だけが残されていることからして、左記にいるだろうギャラルが戦ったのだと想像は出来るが、あまりにも多い。彼女一人でここまで戦えるものなのだろうか。

 ただその疑問も会えば解決するだろうと足を急ぐ。そうして花が近づいてきた所で、新たな敵が舞い降りた。

 

「王座……私ノ……」

「また、厄介な相手ですね」

 

 赤に染まった目で、それは七支刀を捉える。ゆっくりと着地し、弓を構える。

 フェイルノート。必中の弓。そして、ルシファーと誓約した存在。直接的な面識はあまりないものの、誓約(コール)キラーズの噂は聞いていた。

 もはや説得など通じないだろうと七支刀も神器を構える。

 

「もしまだ意識があるのなら、そこを退いていただけますか」

「王座ハ渡サナイ!」

 

 フェイルノートが神器を向けると、引き絞ることなく勝手に矢が放たれる。悪魔の力を込められたその一撃をまともに食らうのはよくないと思い躱そうとするが、まるで最初から当たることが決まっていたかのように矢は七支刀へと吸い込まれていく。

 躱すことはできないと諦め弾くが、感触が重い。レギオンの拳とは比べ物にならない一撃。

 しかしフェイルノートの本気はこの程度ではない筈だ。これ以上攻撃を重ねられない内に、フェイルノートへ攻撃しなければマズいと思い肉薄しようとする。

 しかしフェイルノートは七支刀の刃が届く前に飛び上がり、再びの攻撃。空いている左手を空にかざすと、闇の力が込められた玉が六つ生成され、それら全てが矢へと変わる。先程放たれた矢とは比べ物にならない圧力を感じる。

 七支刀は咄嗟に神器を巨大化させ、来る衝撃に備えるためにどっしりと構える。フェイルノートが神器を再び構えると同時に、六つの矢は放たれる。それらは束ねられ巨大な一つの矢となり七支刀を襲う。

 とてつもない衝撃が七支刀を襲う。腕が折れてしまうのではないかという衝撃に身を悶えさせ、更に拡散した闇がそんな七支刀を取り囲むように周囲に集まる。

 腕の痛みに堪えながらも闇を振り払うと、再び新たな矢を番えていた。

 このままだと防戦一方で、削り取られるだけ。信義を構え次が放たれる前に走り始める。大きく跳躍し、浮遊しているフェイルノートに斬りかかろうとするが簡単に距離を取られ躱される。しかしそれは読んだ上での一撃。宙を斬った信義から氷が放たれ、フェイルノートの神器を凍らせる。

 

「コイツッ!?」

 

 本来七支刀の持っていない能力だったからか、完全に不意をつかれたフェイルノートは動揺した様子を見せる。

 そのまま七支刀は地面へと落下するが、今度は励起させていた神器を解放する。回転する刀身は風を巻き込み巨大なエネルギーへと変え、嵐を引き起こす。

 次の一手をどう打つべきか悩んでいたフェイルノートへと、嵐が向けられる。

 神器の起こした攻撃に飲み込まれたフェイルノートだったが、七支刀はいまいち手応えを感じなかった。それどころか嫌な予感。

 嵐が晴れると、軽症のフェイルノートがいた。しかし問題は、神器の氷が解けてしまっていること。

 攻撃を食らいそうになったフェイルノートは咄嗟に凍った神器を盾にしたのだ。幾ら七支刀の放った技が強力とはいえある程度距離があるから大したことはないと踏んだ彼女は、神器の氷を解くために利用したのだ。

 

「そんな……!」

 

 フェイルノートは確かに強力な力を持っているが、性質としては後方に立ち司令を送る戦略家としての才もある。

 実戦で研ぎ澄ませた刃を持つ七支刀とて、フェイルノートの相手するには分が悪い。

 絶望する七支刀へ向けて、フェイルノートは再び神器を構える。神器へと魔力が集まっていき、一際大きな魔弓へと姿を変える。

 しかし七支刀はすぐに絶望を振り払う。"敵"と戦った時に比べればまだ希望はある。二刀を構え、七支刀は走り出した。



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第7節 双極ノ悪夢

「皆殺し?随分なこと言ってくれるね……!」

 

 静かに怒りを露わにしながら、レーヴァテインは神器を振り抜きギャラルへと接近する。

 

「神の手先がうるさいなあ!」

 

 ギャラルもまたカイムの剣を振り抜き、真っ直ぐに向かっていく。空いた左手の中に炎を込めながら。

 二人の剣が交錯する。しかしギャラルは受け流しながら通り過ぎ、すれ違いざまに炎を放つ。レーヴァテインもすぐに振り返り神器で弾きながらそのまま距離を取り、入れ替わるようにパラシュとロンギヌスが接近する。

 パラシュの斧をカイムの剣で、ロンギヌスの槍を炎で作り出した障壁で受け止める。その二人の背後で強力な一撃を放つために雷を溜めているレーヴァテインの姿。

 

「正気に戻ってくれ。できれば僕だって君を傷つけたくない!」

「パラシュの口で喋るな!」

 

 剣へ込める手の力を少し緩めパラシュのバランスを崩し、障壁をズラしてロンギヌスの方向へ力が逃げるように誘導する。

 目論見通りパラシュは神器をロンギヌスに当てそうになり慌てて軸をズラし、驚いて視線が一瞬外れたロンギヌスをギャラルが勢いよく蹴り飛ばす。

 その均衡がなくなった瞬間を狙いレーヴァテインは雷を纏った神器で斬撃を飛ばすが、炎の障壁、いや炎の暴食と言うべき魔法でギャラルは弾き返す。

 レーヴァテインは自分の攻撃を防ぎ弾き飛ばすが、その一瞬の間にギャラルは姿を消す。代わりにそこにいたのは炎で出来たドラゴンの姿。

 アンヘルの力を纏ったギャラルは大魔法を放つ。数えきれない数の炎の球が放たれる。それぞれがまるで意思を持つかのように三人目掛けて飛んでいく。最初は避けようと飛び回るが、避けきった炎はユグドラシル目掛けて飛んでいくことに気が付き可能な限り弾く。

 それも一部を重点的に狙ったのか、花弁に焼けた跡が残ってしまっている。流石にこの程度で破壊はされないが、何度も使われれば危険だ。

 魔力を解き放ったギャラルはアンヘルの姿を形成していた炎を再び魔力へと還元し、炎の幻影を重ねていく。大魔法の対処で離れ離れになった三人を、更に分割するように幻影が斬撃を放っていく。その中でギャラルは再びパラシュの元へ向かっていく。

 幻影を躱しながらもそれを認識したパラシュはギャラルへと相対するが、更に八つ炎の槍を生み出し連射する。神器を盾にして防ぐが、トドメと言わんばかりに叩きつけられたカイムの剣により神器を落としてしまう。

 そのままパラシュの首目掛けて剣を振ろうとするが、飛んできた槍が妨害する。

 

 信義と神器七支刀を構え七支刀は走る。まずは近づかなければ何も出来ない。

 当然フェイルノートもそれを分かっているので、魔弓を構え矢を生み出す。生み出された巨大な四つの矢は魔弓の周りに生み出され、引き絞ると同時に連続で放たれる。

 見るだけで分かる圧に、直撃すればひとたまりもないことを直感する。だからこそ七支刀は一か八かの賭けに出た。触れそうな距離に入った瞬間に信義の魔法を解放し、一瞬だけ周囲の空気を凍らせ、同時に矢を躱す。すると予想した通りに矢は空を走っていく。

 いくらフェイルノートが必中の弓と言われていても、彼女にそういう運命力があるわけではない。確かに弓自体にも当てやすくするための機能はあるのだろうが、根本的な所はフェイルノートの技術である。相手の行動を予測し、確実に当てる。ならば躱せると踏んだのだが、正解だったようだ。

 同じ手段で残りの三つの矢も躱す。後ろで炸裂しとてつもない振動を生み出しているが、振り向かない。もしあの矢の威力を目の当たりにしたら、竦んでギリギリで躱すなんて芸当はできなくなるかもしれない。

 

「行カセナイ!」

「わたくしはギャラル様に用があるのです!」

 

 新たな矢を番えると、魔弓を今度は空に向けた。次は何をしてくるつもりなのだと考えるが、それは放たれた矢を見てすぐに理解させられた。空で炸裂し、無数の矢が雨のように降り注ぐ。一発を丁寧に避けられるのなら、数で押す。戦い方を変えたのだ。

 しかしそれなら無問題。剣の舞と共に七支刀は突き進んでいく。尚も距離を維持しようとするフェイルノートと進んでいく七支刀は、そうしている間に花の目前まで迫っていく。

 矢も収まったのを確認すると同時に、七支刀は信義をしまいながら勢いよく飛び上がり斬りかかる。フェイルノートも冷静に神器で防ぐ。剣と弓で鍔迫り合いのような形になり、押し通そうと神器七支刀を巨大化させようとして、止まる。

 

「ユグドラシルハ壊サセナイ……!」

「まさか!」

 

 確かに真紅に染まったその瞳の奥に、まだ強い光が残っていることに気がつく。赤目の病に感染させられ、神からの洗脳を受け、尚自我を完全に放棄はしていない。

 

「私ハ王ヨ。……神になど!」

「くっ!」

 

 しかしその影響から完全に逃れられているわけではないのだろう。自分も同じくユグドラシルの破壊を食い止めようとしている仲間なのに、それを理解させられる余裕がない。

 それでも、まだ意識がある。それは一瞬でも迷いを生むのには十分だった。その隙に弾き飛ばされてしまう。

 

 剣先がブレた瞬間を見逃さなず、パラシュは再び距離を取る。更に二人分の神器を回収しようとするものの、流石にそれは読まれていたようでギャラルは下に回り込んで炎の弾を放ってくる。

 だがパラシュに気を取られている隙にレーヴァテインが拾い、ギャラルの視界に入らないように上昇してから二人に投げて渡す。その妨害までは間に合わないことを察知したギャラルは再び炎の槍を生み出していく。標的はやはりパラシュだ。

 それならばとパラシュは敢えてギャラルの元へ突っ込んで行こうとするが、それが罠だったとこに気が付いたのは接近してから。槍は頭上で纏まり、視線の向いていたパラシュではなくロンギヌスの方へと放たれる。突然の強力な攻撃に対処しきれず左半身を焼かれるロンギヌスと、下手に近づいてしまったパラシュを狙い澄ました斬撃が腹を裂く。直前に気がついたから良かったものの、後一秒でも遅ければ身体と頭が別れていた所だろう。

 

「あーもう面倒臭い!次の一撃で決める!」

「ユグドラシルに当たったらどうするつもりだ!」

「二人ならなんとかしてくれるでしょ!」

 

 そう言い、レーヴァテインは少し距離を取りつつも最大の一撃を放つ為に雷を溜めていく。

 

 考える。もしかしたらフェイルノートを正気に戻す手段があるかもしれない。ここでトドメを刺すことなく止めて、ギャラルも止めて、ミュルグレスとイチイバルと合流する。そうすれば丸く収まる筈だ。

 けれど、必中の弓の名を冠した王の瞳は、紛れもない殺意に溢れていた。そんな甘い考えを消し飛ばす程の殺気に、考えを振り払う。

 出来るならそっちの方がいいし可能な限り狙うが、自分がここで死ねば全て終わりだ。

 吹き飛ばされながら考えをまとめて地に足を付ける。フェイルノートが改めて弓を構えると、背後に幻影が浮かぶ。直接合ったことはないが、それがルシファーであることを本能的に理解する。

 フェイルノートが構えるとルシファーの幻像も手のひらを七支刀に向ける。放たれるのは最強最大の一撃。必中の弓に相応しく、一撃で葬り去るという意思。

 

「……消えなさい」

 

 花を背に浮かぶフェイルノートは、まさしく魔王のように見えた。

 神器フェイルノートを中心に、とてつもない力が集まってくる。それは理屈で説明できるものではない。当てられれば最後、跡形も残さずに消えるのだろう。王の御前に塵一つ許されないのだ。

 

 レーヴァテインとユグドラシルの対角線上にギャラルが入らないように誘導してほしい。レーヴァテインが要求したのはそういうことだ。

 明らかに危険な攻撃を放とうとしているレーヴァテインを止めるべくギャラルは飛翔しようとするが、止めるべくパラシュが先回り。更に神器を振り下ろし強引に鍔迫り合いの形に持っていく。

 流石に魔力を使いすぎたのか、素直に剣で受け止める。

 

「君は君のエゴの為に世界を滅ぼす気か!」

「違う。……違うわ!ギャラルは!」

 

 否定させない。ここまでの旅路と戦いと犠牲と、その全てを否定させない為に。

 この花を破壊する、それが正しいんだ。でないと、でないと……!

 初めてギャラルに浮かんだ苦悶の表情にパラシュは手応えを覚える。そこにロンギヌスも追撃に入り、ギャラルの身体は大きく吹き飛ぶ。

 

 フェイルノートは最後の一撃を放とうとして、そこで矢を放てないことに気が付いた。

 

「何ッ!?」

 

 矢を支える右腕に強烈な違和感。そこで初めて戦略的に敗北したことを悟る。フェイルノートはこの瞬間まで、七支刀が呪術を使えるということを失念していた。

 フェイルノートが七支刀と顔を合わせたことがロクにないことが仇になっていた。それを察したからこそ、七支刀も呪術を使うのは最大のピンチをチャンスに変えるこの瞬間のために温存していた。

 七支刀は走り出す。花に向かい走り、更にその花を蹴り上っていく。七支刀の最大の一撃を放つ為に。

 

 その瞬間、レーヴァテインは神器を振り切った。ラグナロクの中で振るわれた世界を滅ぼす魔剣の一撃が、ラグナロクの始まりを告げる笛のキラーズへと放たれた。

 けれども、吹き飛ばされたギャラルには、笑みが浮かんでいた。直後、ギャラルの身体の周りに炎の渦が生まれた。轟音と共に放たれた筈の雷は、炎の中へと消えていく。

 

 突然のとてつもない轟音に驚きつつも、神器に力を込めていく。刀身が回転を始める。

 フェイルノートも上昇して距離を取りながらも攻撃を放とうとするが、右腕が言うことを聞かない。魔弓を形成してしまった以上、今更変えることも出来ない。

 

 雷は魔力へと分解され吸収されていく。炎の渦が収まったところにはもう、誰の姿もない。

 代わりに現れたのは灼熱。三人より上空で、巨大な炎の拳を作り上げていた。

 

 回転が激しくなる。風と共に巨大なエネルギーを纏う。エネルギーを纏うと共に巨大化していく神器をフェイルノートに向ける。

 

 三人へと容赦なく炎の拳が振り下ろされる。防ごうとするが、最大の一撃を吸収した最強の一撃を防げるほどの体力は、三人に残ってなどいなかった。

 

 とうとうフェイルノートの矢は放たれることなく、嵐がフェイルノートの身体を割いた。嵐に飲み込まれたフェイルノートは、全身傷だらけになりながらも吹き飛ばされ、そして堕ちていく。

 

 三人がもう動かないことを遠目で確認したギャラルはそのまま花の上まで飛んでいく。

 

 フェイルノートを倒した勢いで七支刀は花を駆け抜けていく。

 

 そして、二人は蕾の頂上へと降り立った。



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第8説 終ワリノ音

 花の上で二人は対峙する。七支刀はまず最初にギャラルを目を見て、本来の琥珀の色で少し安堵する。

 

「生きて、いたの?」

 

 ギャラルは困惑と驚き、そして少しの喜びの表情を浮かべながら七支刀に問いかける。七支刀自身生き残れたのは余程の幸運だったと認識しているし、顛末を見ていないギャラルが死んだと思い込んでいたのは無理もない。

 

「はい、ギャラル様。わたくしもギャラル様が無事で何よりです」

 

 困惑の色は薄れ、純粋な喜びから笑顔へと変わっていく。

 

「良かったわ。にひひ……七支刀も花を破壊しに来たのよね?」

「待ってください」

 

 直後、ギャラルの笑顔はスッと消えて無表情へと変わる。まるで他の人物にすり替わってしまったかのような冷たさに、七支刀はゾッとする。

 けれど、そんなことで止まっては駄目だ。

 

「この花を破壊していいものかは分かりません。わたくしも怪しいとは思いますが、もしこの花がユグドラシルなら取り返しのつかないことになります」

 

 七支刀の言葉を聞いたギャラルは、再び笑みを浮かべる。しかし、それは先程とは違う凶暴な、それこそギャラルというよりカイムのような笑み。

 

「……そっか」

 

 諦めを抱えながら、ギャラルはカイムの剣を七支刀に向ける。

 

「ま、待ってください!どうしてそうなるのですか!?」

 

 七支刀の言葉を聞いてもギャラルは動かない。暫くのチンモクの後、ため息を吐いてからギャラルは答えた。

 

「ギャラルね、七支刀のことまで殺したくはないな。神に操られていたとはいえ、パラシュだって……」

「なら!」

「でもね!私はあんたのそういう日和見な所は嫌いだった。仮に、仮にだ。この花がユグドラシルだったとして、他の解決策はあるのかよ。再生の卵が現れて、今も世界は壊れそうになっているのに」

 

 ギャラルの言うことも尤もだった。確かに現状、この悲劇を止める手段なんてものは分かってはいない。けれど、諦めたらそこでおしまいなんだ。レオナールだって、確かに希望を託した筈なんだ。

 

「それでも、世界を滅ぼす選択は取らせません」

 

 七支刀は静かに神器を構える。もう、お互いの言葉は届かない。止めるには戦うしかない。キル姫としての本能が、それを悟らせる。

 

「うん、それで良いよ」

 

 ギャラルもまた、構え直す。二人のキル姫が、ユグドラシルの上で向かい合う。

 先に動いたのは七支刀だった。ギャラルは迎撃しようとするが、攻撃しようとしてる割には違和感がありどう対処したものか考え少しだけ固まってしまう。

 その隙に七支刀はギャラルの懐まで潜り込み、神器を振ることなくギャラルへと飛び掛かった。

 勢いよく飛び掛かられ、ギャラルと七支刀はそのままユグドラシルから落下していく。不安定な花の上よりも、地に立って戦うことを選んだのだ。

 あわよくばそのままギャラルを地面に叩きつけようとするが、流石に途中で振り払われ二人共着地する。

 そこから二人は剣を振り、鍔迫り合いになる。しかし七支刀という戦いに向いていない独特の形状の剣を相手にまともに斬り合うのは分が悪いと感じ、わざと力を抜きもう一度距離を取り直す。

 更にギャラルは剣を地面に突き刺す。すると地面から炎の槍が幾つも生えて、波のように七支刀へ襲いかかる。弾けるものでもないと考え波の届かない所まで距離を取り直すが、その波が消滅した時、七支刀の目には構え直しているギャラルの姿が。

 ギャラルの周りに浮遊している九つの炎の槍が放たれる。大慌てで七支刀は神器を巨大化させ盾代わりにするが、耐えられたのは最初の三発まで。四発目でよろけ、その追撃で神器が弾かれてしまう。更に残りの四発も、全て七支刀ではなく神器に向けて放たれ、すぐに回収できない距離まで吹き飛ばされてしまう。

 神器を取り返すのをすぐに諦め、信義を抜く。そして再び距離を詰め直そうとするが、炎の幻影が二つ現れクロスする形で斬撃を放つ。跳んでその攻撃を躱すが、無防備になった七支刀へ炎の拳が振り下ろされる。

 しかし七支刀は迷わず信義の魔法を解き放ち、拳と相殺させた。

 

「その剣は……!」

 

 ギャラルは、いやカイムはそこで初めて、それが信義だと気が付く。

 驚いてまた隙を見せたギャラルへと七支刀は距離を詰め、上段からの一撃を振り下ろす。しかし冷静に防がれてしまい、更に剣同士がぶつかりあったとは思えない感触の無さに驚く。そのまま信義はカイムの剣の刀身を滑っていき、倒れ込む七支刀の身体を斬り裂こうとする。

 しかし無理矢理身体の向きを変えて、なんとか躱す。代わりに地面に仰向けで倒れてしまい、そこへ容赦なくカイムの剣は振り下ろされる。

 その攻撃もまた信義で受け止める。更に魔法を放ち、触れているカイムの剣の刀身を凍らせようとする。それに気が付いたギャラルは剣を離し距離を取り、更に炎の弾で追撃を狙う。

 七支刀も急いで立ち上がり、炎の弾を最低限弾きながら再び魔法を放ちギャラルを凍らせようとする。しかしギャラルの周りに現れた炎の暴食に飲み込まれ魔力へと分解され、お返しに熱線が放たれる。

 熱線は容赦なく七支刀の腹を貫く。幸いあくまで熱なので、物理的に穴は空くことはなかった。しかし衝撃と身体を焼く熱さに耐えきれず吹き飛ばされ、再び地に転がってしまう。

 当然そこを狙いギャラルは飛んで、七支刀の頭部を貫こうと剣を突きだす。しかし七支刀は仕掛けていた呪術を放とうとする。同時に突き出された剣を弾こうと信義を構えるが、直後にギャラルは驚愕の表情を浮かべていた。

 ギャラルの身体のコントロールは、呪術が放たれる直前に失われていた。それに気が付けず七支刀は構え迎撃しようとし、そして。

 カイムの剣は七支刀の腹を、信義はギャラルの喉を貫いていた。

 

「……は?」

 

 声にならない声を上げながら苦しみ悶え、血を吹き出しながらのたうち回る。そんなギャラルの姿を、自分に刺さっている剣の痛みも忘れ呆然と見ていた。

 そして、ギャラルは最期に痙攣を起こしてから、全く動かなくなる。見開かれた琥珀の目から光が失われていく。

 七支刀は大慌てで自分から剣を引き抜き、ギャラルへと近寄っていく。

 

「ギャラル、様?」

 

 誰がどう見ても死んでいると分かるだろう。けれど、七支刀はそれを認めることが出来なかった。ギャラルと戦ったのは彼女を止めるためであって、殺すためではない。狙ったわけではなくとも、殺してしまったという事実に耐えることは出来なかったのだ。

 

「そ、そうだ、イチイバル様ならなにか……」

 

 ギャラルの死体を担ぎ上げる。連戦からの怪我もあり、七支刀もかなり危険な状態なのだが、それを顧みず歩き始める。

 まだ彼女は助かるのだと自分に言い聞かせながら、ゆっくりと歩き始める。そして、三つの死体に気が付いてしまう。何れも身体があり得ない方向にねじ曲がっている。とてつもない力で叩きつけられたのだろうと想像できる。その中に、知っている顔があった。

 

「パラシュ様……ですか?」

 

 少し雰囲気は違うが、確かにパラシュだった。先程ギャラルがパラシュだってと言っていたことも忘れて、誰がやったのかと怒りと悲しみに身を震わせる。

 それでも今はギャラルのことが優先だと考え、歩みを再開する。

 そうして見えてくるのは、また三人分の死体。二つは真っ二つに斬り裂かれ、一つは穴だらけになっている。ミュルグレスの死闘の末路がそこにあった。

 

「………」

 

 やはり、間に合わなかった。ミュルグレスを置いて進んだ結果がこれなのだ。

 でも、そのお陰でユグドラシルは破壊されずに済んだ。だからこれで良かったのだと、自分に言い聞かせる。まるで言い訳するように。懺悔も悔恨も、誰も聞いてくれないというのに。

 そして、七支刀の希望も遂に潰えた。赤髪のキル姫の死体に覆いかぶさるようにして倒れている、イチイバル。無数のレギオンと戦ったのだろう、血に塗れた塩が辺りに広がっている。

 

「なんですか、これ……!」

 

 凄惨な戦いの末路に、七支刀はただ屈するしかなかった。

 

 

 and no[B]ody's gone




 死体だけの空間。戦いの音一つない空間。二人はそれを見ていた。
 ……結局、予測の通りになってしまったわ。そう呟く彼女へともう一人が話しかける。
 キル姫ギャラルホルンが、新たなキラーズであるカイムと契約した時点で、滅びは避けられないでしょう。干渉するのならば、もっと早い所にすべきですよ、特異点。
 貴方も手伝ってくれれば良いでしょ?
 あら、少しは干渉したではないですか。本来観測者である私が多少なれど干渉したのですよ。
 二人は去っていく。次なる分岐へと。


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第4章 届かぬもの
第1説 そんなこと


 ギャラルは座っていた。頭の中で思考がぐるぐる空回り。日も差さない薄暗い部屋でただ一人座っていた。

 あの少年を、自分が殺してしまった。それは確かに辛かったし納得も出来てないが、それはきっかけでしかなくて。結局の所自分が殺しをやっているという事実から逃げ続けて、逃げ切れずに掴まっただけ。

 考えていると、足音がする。またアンヘルが来てくれたのだろうか。でも、その割には妙にうるさいような……

 と、違和感を覚えた直後に扉がバーン!と勢いよく開く。

 

「ひっ!?」

 

 変な声が出る。そんなことをした犯人はもちろんアンヘルではなかった。ミュルグレスである。何かを片手にニヤけ顔で、ずかずかと部屋に入ってくる。

 どうせ誰が来ようとも、話したい気分ではないし追い返そうとは思っていたが、なんかそういう雰囲気ではない。

 

「いつまで塞ぎ込んでるのよ。こっちまで湿気そうなんですけど」

「……ごめんなさい」

「だからそういうことだって。そんな調子だと美味しいものも不味くなるって」

 

 そう言いながら差し出されたのは、小皿に乗っているカステラだった。

 

「なーんかたくさんカステラくれたし?ちょっとくらいなら分けてあげようって思ったのよ。まあカステラの布教よ」

 

 一人で勝手に言い訳しながら、食えと小皿を突き出される。ただ、カステラがどうこうというよりも、単純に食欲がない。

 仮に食欲があったとしても、こんな急に出されて素直に食べる気分になるかと言われると、そんなことないが。

 

「いらない」

 

 頑張って拒否の姿勢を示すが、ミュルは露骨にむっとした表情になる。

 

「……カステラを食べられないって言うわけ?」

「いや、その、あまりお腹空いてないし」

「そんな量ないけど」

「食べたい気分じゃないわ」

「このあっまい匂い嗅いでそんなこと言える!?」

 

 ぐい、ぐい!とミュルの顔とカステラがどんどん近づいてくる。いきなり部屋に突撃してきてそんなこと言われても、凄く、困る。

 

「あーもう!聞き分けのないやつ!」

「きゃっ!?」

 

 遂にはミュルは小皿を置いてベッドの上に乗り込んで、そのまま勢いで押し倒してきた。ミュルが自分の上に覆いかぶさる構図になって、驚く。

 心臓が早鐘を打つ。いや、これは驚いているからで別に変な理由とかはなくて。

 誰に言い訳するしてるのか、勝手に心の中で弁明していると更にミュルが近づいてくる。もう手で直接カステラを持っていて、その手と顔がぐいっと近づいてきて。

 

「あーん」

「あ、あーん?」

 

 気迫に押されたか、雰囲気に呑み込まれたか。とにかくつい口を開いてしまい、そこにカステラがツッコまれた。

 直後、口の中に広がる甘くてふわりとした感触。砂糖が多めなのか、ちょっと甘すぎる気もするけど凄く美味しい。舌の上でとろけるような感覚に、驚きながらも咀嚼して飲み込んでいく。

 

「どう?美味しいでしょ?」

 

 そして、何故かドヤ顔のミュル。別にミュルが作ったわけではないだろうが、よくそんな顔出来たものだと関心する。

 ……そう思っていないと、近すぎる顔にドキドキしてしまう。

 

「……美味しい」

「うんうん。これで今日からカステラのために頑張れるでしょ」

「……」

 

 確かにカステラはとても美味しかった。でも、それだけだ。ミュルがその為に頑張るのは納得できたけど、それを理由に立ち上がる気にはならない。

 

「そんなに悩むならさ、相談すれば?」

 

 凄く真っ当なことを言われる。変な状況なのに。

 

「……とりあえず、退いて欲しいわ。近くて、その」

「うん?…………ん?」

 

 ギャラルが言って初めて気が付いたのだろう。ミュルの顔が途端に真っ赤になっていく。視線も泳ぎだす。けれど、顔をふるふると振ってから、もっと近づいてきて耳元で囁いた。

 

「えっち」

「!?」

 

 ゾクッと変な感覚が背中を走る。しかしミュルはそれで満足したのギャラルから離れて、隣に座る。よく見ればまだ顔は真っ赤だ。

 

「変なこと意識させないでよね」

「ミュルが勝手に近づいてきたんでしょ」

「あんたがカステラ食べようとしないからでしょ!?」

「それは!……そもそも無理矢理押し付けてきて!」

 

 流れで言い合いになりそうになっていると、ミュルがにっしっしと笑い始める。何か笑われるようなこと言っただろうか。むきになって怒ろうとして、しかしミュルに先に言われてしまう。

 

「もう元気じゃん」

「………」

 

 固まる。さっきまで怒鳴る元気なんてなかったはずなのに、迷わずそうしようとしていた。

 わざとなのかそうでないのか知らないが、いつの間にか元気づけられていたみたいだ。……凄く強引だったけど。

 

「……でも、その」

「特別にミュルが聞いてあげようか?口止め料はカステラ一個ね」

「…………はあ」

 

 なんだろう。ミュル相手に強情になっていたところで、疲れるだけな気がしてきた。

 

「あのレッドアイ、私の知ってる子だったの。……それを殺してしまった。私が」

「それはむしろ良かったんじゃないの?」

「なんで……?」

「そいつがどんな奴か知らないけどさ、化け物になって暴れ回って、人を傷つけるのを喜ぶようなやつではないでしょ」

「それは、そうだけど」

 

 でも、治す手段があったかもしれない。そう反論しようとして、レッドアイにトドメを刺す瞬間の光景を思い出す。

 ……ありがとうって、言っていたっけ。

 

「じゃあ解決ってことで」

「待って。……あの子はそれで良かったのかもしれないわ。でも、帝国の人達も、レギオンも、沢山殺してきてしまった」

 

 ミュルが眉をひそめる。それから大きなため息を一つ。

 

「いやいや、それ以前に世界を終わらせようとしたじゃん。しかも他のキル姫暴走させて、ミュル達に襲わせたのも誰かさんの仕業だった気がするけど〜?」

「……何が言いたいの?」

「逆にミュル達だって、奏官とキル姫を皆殺しにするのが世界を救う正しい方法だって思い込んで暴れたし、そもそも奏官の元にいたキル姫だって奏官同士の争いに参加してだろうしさ」

 

 自嘲気味にミュルは笑ってから、続けて言う。

 

「キル姫なんてそんなもんでしょ。だから、やってしまったことに悩むより、これからどうするかの方が大切。ミュルはそう思うけどな〜」

 

 そこまで言って満足したのか、ミュルは立ち上がり部屋から出ていく。

 これからどうするか。多分、そんなすぐに割り切れはしないけど。でも、きっとその方がいいんだろうなと思い、ギャラルも立ち上がった。



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第2節 一時の休息

 ミュルグレスがカステラを取り、頬張る。至極の瞬間を味わいながら、蕩けそうな顔で頬張っている。

 

「ん〜!」

 

 その顔を見れば大満足なのは誰でもわかるだろう。ギャラルが若干呆れながらも、尋ねてみる。

 

「これで満足かしら?」

「いや、満足はしないわよ。あるのなら無限に食べられる〜!」

 

 なんでミュルがカステラを食べているのか、それもギャラルの前で。それは口止め料として言われていたカステラをギャラルが買ってきたからである。

 そもそも収入源はコマンド達の貯金にミュルのバイト代であり、自腹で食べているようなものなのだがそこは気にしていないらしい。

 

「……一つ聞いてもいい?」

「何?今は機嫌いいし、幾らでも聞いてあげる」

「ミュルはさ、その。割り切れてるの?」

「は〜。またそのことねえ」

 

 ギャラルは一つ引っかかっていた。あの日ミュルが言ってくれたように、あまり考えすぎないようにはしているけど。でも自分が人殺しって一点は揺らがない事実でもある。

 

「考えすぎなのよ。じゃあ何?レギオンを助けられる可能性があるからって、目の前で殺されそうになってる人は見捨てるの?」

「………それは、違うけど」

「仕方ないで済ませてはいけないかもしれないけどさあ、みんな出来ることに限りはあるし、どうしよもないじゃん?」

 

 それは結局、仕方ないで済ませているのではないだろうか。ツッコみたくなるが、分かった上で言っているのだろう。

 罪を償うのは、目の前の人を少しでも助けることですればいいのだ。それでも足りないなら、平和になってからも色々なことと戦えばいいのだ。

 レオナールも自身の罪があると言っていたけど、ずっと悩んでいたのだろうか。まあレオナールの言う罪が何なのかは想像は出来てしまっているが。

 レオナールのことがチラついて、げんなりした顔になっていたのだろう。これは重症だね〜とミュルが呟く。

 

「じゃあさ、明るい話題にしようよ。せっかくの休みに暗いこと話しててもしょうがないでしょ」

「……うん」

 

 ギャラルは病み上がりだからと、しばらく大人しくするように言われてしまっている。なので今家にいるのは自分とミュルだけ。

 因みにミュルがいるのは、単に今日はシフト入れてないとのこと。

 

「じゃあまた一つ聞くわ。ミュルってその、恋愛とかってしたことあるの?」

「ない」

 

 即答だった。完全に聞く相手を間違えた。多分ロジェに聞いた方がまともな返事が返ってきていた気がする。

 

「まあ隊長とならしてもいいかもしれないけどね〜、ライバル多すぎでしょ」

「隊長?……ああ、マスターのこと?」

「そうそう」

 

 マスターはかつての世界でもこの世界でも、交友関係はかなり広いし、救ってきたキル姫も沢山いる。だからこそ、キル姫の大半は大なり小なり彼に好意を持つ。それが恋愛感情かは別として。

 ミュルも、まあ好意がないかと言われたらある程度には思っているというだけ。

 

「でも、そんな質問するってことはギャラルには好きな人いるんだ?」

 

 ニヤけ顔でミュルが聞き返す。面白そうな話だからこそ食いついてきたのだ。

 

「好き、なのかはギャラルも分からないけど」

「え〜……もしかしてカイム?あの無愛想で無口でヤバい目してるあいつのこと好きなの?」

「い、いや!カイムは確かに怖いところもあるけど、強いし頼りになるしカッコいいわ!口の代わりに手が出るのは悪い癖だけど最近は大人しくなってきてるし、可愛いところもあるのよ。意外と目を合わせるのを恥ずかしがることもあっ……て……」

「へ〜」

 

 ミュルは笑い出すのを必死に堪えながら、なんとか反応する。ミュル自身はともかく、他人が恋愛をしている様子というのは見たことがあるし、早口で捲し立てていたギャラルの顔が惚気ける女のソレであるのも分かってしまう。

 

「これは口止め料、もう一回貰わないと駄目かな〜」

「なっ!?」

「その様子だと告白とかしてないでしょ。というかしてたら相談なんてしないでしょ」

「……またカステラ?」

「話が早くて助かるね」

 

 勢いで恥ずかしいことを言ってしまったのと、それに気が付いてカステラをまた貰おうとするミュルのたくましさになんとも言えない表情になる。

 

「でも、そこまで好きなら素直になればいいじゃん」

「嫌われたら、イヤだし」

「は〜面倒臭いね。そんくらい」

「待って」

「?」

 

 ミュルの言葉をぶった斬って止めたギャラルだが、真剣な表情になっている。理由は分からないけど素直に待っていたほうがいいと感じたミュルも大人しく待つ。

 ギャラルが目を閉じて集中している。もしミュルに気が付けなくてギャラルが気が付く異変があるなら……

 

「もしかして何か聞こえる?」

「うん。誰か戦ってるわ!」

「嘘……こんなところで?」

 

 そこからは二人共早かった。ミュルは神器ミュルグレスを、ギャラルは月光と闇を持ち家から飛び出した。



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第3節 還ラナイ声

 二人は走る。ギャラルの案内に従って進んでいくと、近くの森で交戦している気配。ギャラルに近い背格好をした少女が、短剣を片手にレギオン相手に戦っていた。

 

「待って、あれ!」

「もしかしてなくてもキル姫でしょ。生き残りが他にもいたなんてね〜」

 

 風を乗せて斬撃を放つと、目の前にいたレギオンの首が吹き飛ぶ。近くにいたレギオンがその隙を狙おうとするが、当然把握していた少女はひらりと拳を躱し、再びの斬撃。そして、最後の一体へと攻撃しようとして走り、少女が力を込める。しかし現れたのは風ではなく雷だった。

 雷を纏った短剣を見て驚く少女、短剣に気を取られ拳を防ぐことが出来ずに拳を叩き込まれ、見ている二人の方へと飛んでくる。

 その少女と入れ替わるようにギャラルは飛んで接近し、炎を纏いながら一閃。周囲に引火しないように手加減したが、それでもあっさりと首は落ちていた。

 

「君達は?」

 

 すぐに体制を立て直した少女は、二人の姿を交互に見る。出番がなくて、ちょっとつまんなそうにしているミュルだが、それは仕方ないと諦めつつも少女に話しかける。

 ……少女と言っても、ミュルよりは大きいが。

 

「自己紹介もいいけど、落ち着けるところに行かない?近くにあるからさ」

「そうか。……いや、助かったな」

 

 心底ほっとした様子で呟く少女の元へ、ギャラルも戻ってくる。近くに他の敵がいる気配もないので、構えも解いている。

 

「あなたもそれでいいわよね?」

「大丈夫さ。わたくしも拠点があってくれた方が助かるからね」

 

 そういうことで、家へと歩みを始める。道中、最低限の自己紹介はしたほうがいいだろうとする。彼女はキル姫、パラケルスス。曰く、パラケルススというのは人名であり、彼の用いていた短剣がキラーズらしい。ただ、その短剣に特に名前がないからパラケルススという銘になったようだが。

 そんなパラケルススだが、ギャラルが自己紹介すると視線は剣へと向けられた。明らかに何か気になっている様子だったが、着いてから話すとのこと。

 そうして家に着いたのだが、コートを纏っていた二人はともかくパラケルススにはそういう装備がないせいで塩まみれになっている。

 

「シャワーならあるし、浴びてきたら?」

「嬉しい提案だけど、今は急ぎたいんだ」

 

 そこまで急ぐ理由は何だろなと二人で顔を見合わせる。その間にも塩を払ってから、お邪魔するよとパラケルススがずかずかと上がっていく。

 それからリビングで、彼女が肩にかけていた小さな鞄を机に置いた。

 

「ではまず一つ。ギャラルホルン、君はどうしてここにいる?行方不明になっていたと聞いているが」

「異世界に行っていたと言って、信じられるかしら?」

 

 パラケルススは少し考えた後、答えた。

 

「いや、むしろありがたい話だ。そしてもう一つ、君は剣のキラーズではない筈だが何故剣を?」

「ギャラルは神器がないと何も出来ないし、他に戦える手段が欲しいって思ったんだけど……」

 

 なんか凄い質問攻めされてる?と考えながら素直に返事する。わざわざ騙す理由はない。

 

「ならその剣はどうしたんだい?見慣れない剣だが」

「アコールって商人から買ったのよ」

「アコール?」

「ええ、アコールだけど」

 

 先程よりも難しい顔で考え始めるパラケルススだが、考えを振り切るように頭を軽く振る。

 

「君がこちらに返ってきてからどれぐらい経っている?」

「うーん、どうだっけ?」

「いやミュルに訊かれても。……まあ、一ヶ月は経ってないんじゃない?」

「なるほど、だいたい分かった」

 

 何が分かったんだろう。口には出さないが、多分顔には出てしまっているとは思いつつ、パラケルススが特に何も言ってこないので気にしないことにする。

 すると、彼女は鞄から複数の紙を取り出す。結構な枚数あるそれを机の上に広げる。

 ミュルが何気なく一枚手にとって見てみるが、何やら難しいことが書いてあるようだ。分かる単語ないかな〜と思って目を走らせると、白塩化症候群という単語。

 

「これは白塩化症候群やキル姫の暴走、いや洗脳に関してまとめたメモだ。ちゃんとした資料もあったんだが、レギオンに滅茶苦茶にされてね」

「えぇ?これでちゃんとしてないの?」

 

 渋い顔でメモとやらとにらめっこして、諦めて机の上に戻す。読み込めば多少は分かるかもしれないが、そもそも読み込む気を起こさせない文章量である。

 ギャラルも適当なものを取ってみるが、そこに魔素という単語があることに気が付く。魔素といえば、あちらの世界にある魔力の源のようなものだが、何故ここ書いてにあるのだろうか。

 

「……生き残りは君達だけか?読めないなら最低限の説明はするつもりだが」

「イチイバルに任せれば大丈夫でしょ。それにアンヘルも賢そうじゃん?」

「うーん、イチイバルも専門ではないだろうし、ロジェの方が分かるんじゃない?」

「どうだろね?少なくともミュルはお手上げだよ」

 

 降参のポーズをして諦めを表明するミュルだが、とりあえず話の分かる人がいそうで安心するパラケルススだった。

 はああと重いため息を吐いて、ポニーテールに結んでいた髪を解く。結んでいてもかなり長い髪だったが、立っていても地面に着きそうな長さの髪が重力に沿って落ちていく。

 

「……長くて邪魔じゃない?」

「君も大概だろう」

 

 同じくミュルの長い髪を、パラケルススの碧い瞳が見つめる。しかも二人共、小柄で素早い立ち回りを得意とするキラーズである。

 そういうものなのかなあとギャラルが自分の髪を触る。そういえばフリアエも伸ばしていた気がする。ついでにアリオーシュも。

 

「君はそのぼさぼさな髪型をどうにかした方がいいんじゃないか?」

「……伸ばした方がいいかしら?」

「まあ、手入れは大変よ」

 

 実感の籠もった声でミュルが言う。そう思うならそこまで伸ばさなければいいのに、何故伸ばしているのだろうか。

 パラケルススが心底リラックスした顔でもう一度ため息を吐く。そんなにため息をする程大変な環境だったのだろうか。

 

「さて、わたくしの役割はこれで終わりかな」

 

 だからこそ、そんな様子のパラケルススから放たれた言葉の意味が理解できなかった。

 

「いや、別に残ればいいじゃん。みんなもあんたのこと、追い出さないと思うけど」

「出来ればそうしたかったけどね」

 

 ゆっくりとパラケルススが目を開く。ミュルは困惑の表情を浮かべ、ギャラルは驚きで固まる。

 

「待って、それ……赤目の病なの?」

「おや、呼び名がちゃんとあったんだね」

 

 パラケルススの目は、先程の碧ではなく、赤に染まっていた。帝国兵やイウヴァルトと同じ、赤に。

 

「そのこともそのメモに纏めておいたよ」

 

 パラケルススは立ち上がる。何処かうっとおしそうな顔をしながらも、ゆっくりと歩き出す。驚愕で固まっていたギャラルが慌てて立ち上がり手を掴む。

 

「まだ、まだ正気なんでしょ?治す方法があるはずよ!」

「……気持ちだけ、受け取っておくよ」

「いや!行かせな」

 

 叫ぼうとするギャラルだったが、手をはたかれて止まる。そうしたのはパラケルススではなく、ミュルだった。

 

「見て分からない?パラケルスス、今相当我慢してるでしょ」

「察しがよくて助かるよ」

 

 何でもないように薄い笑みを浮かべながら、軽くひらひらと手を振り家から出ていく。ただ、ギャラルには呆然と見るしかなかった。

 

「これは急いだほうが良さそうね」

「……」

 

 ギャラルはただ無力感を前に立ち尽くす。さっきまで何処かふざけた様子だったミュルはメモを手に取り直し、真剣に読み始めた。

 ギャラルもまたミュルに続いてメモを取る。自分にできることをしないといけない。心は納得してくれないが、理屈で押さえつけながらメモを読み始めた。



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第4節 真実の欠片

 イチイバルが帰宅すると、そこには机の上に髪を広げてダウンしているミュルとギャラルの姿があった。今にも頭から湯気が出そうな勢いで顔を赤くしている。

 

「……どういう状況?」

 

 ただいまと言うことも忘れ呟くと、ミュルがササッと紙を纏めてイチイバルへと突きだす。とりあえず受け取ると、そのまま自室へと逃げ出した。

 

「ギャラル、これは?」

 

 休んでいろと言った筈なのに、なんか勝手にヤバい状態になっているギャラルに訊いてみる。ゆっくりと振り向いたあと、呟く。

 

「それ、読んで」

「うん?」

 

 とりあえずチラッと目を通すと、イチイバルはギョっとする。専門用語が多く詳しいことは分からないが、白塩化症候群に関して調べたレポートなのに気が付く。

 ……この内容、少なくともミュルやギャラルが書いたものではないだろう。これは確かに読むのは難しいだろう。

 

「これ、どうしたんだい?」

「……みんな集まってから説明するわ」

 

 ぐでーと滑って、床に倒れてしまう。何やら家を開けている間に一悶着あったようだ。

 どうやら相当疲れているようだし、ギャラルを起こしてソファに寝かせ直す。みんなが集まる前に一度、目を通した方がいいだろうと考えイチイバルは読み始めた。

 

 それからロジェが帰ってきて、夕飯の支度を始めた。そこから少し遅れてカイムとアンヘルの二人が帰ってくる。契約者同士は連絡が取れるのが便利だからと別行動させることが多かったが、久々の二人でのレギオン狩りには満足したようだ。

 ロジェの夕食の支度が終わると、寝ていたギャラルも目が覚め、逃げ出していたミュルもヒョコっと顔を出す。

 

「こ、これは……!?」

「うな重、作ってみました」

「うなぎか。あんな魚まで食べるのか……?」

 

 ギャラルの快気祝いも兼ねてかなりの贅沢をしたようで、食卓に見慣れない料理。各々の反応をしつつもしっかりいただいた。

 そんなこんなで、ようやく全員で落ち着ける状況になった。

 

「そろそろ聞いてもいいかな?」

「ギャラル、お願〜い」

「……カステラ一回分、なしね」

「え〜。じゃあミュルが説明しようかな」

 

 そうしてミュルは昼間の出来事を話した。実はパラケルススが生き残っていて、重要なメモを残してくれたこと。しかし暴走寸前の状態になっていて、自ら姿を消したこと。

 

「それで、そのメモには何が纏めてある?」

「僕も目を通してみたけど、白塩化症候群とキル姫の暴走及び洗脳について、重点的に書かれているみたいだね」

「確かに重要なものだな。我にも見せてみよ」

 

 アンヘルが手を伸ばすと、イチイバルは紙の束を手渡す。

 

「その上で、パラケルススはどちらも魔素が関係していることを突き止めたみたいだね。魔素を通じて神が何かをしていると」

「……そういえば、異世界があるって話、ギャラルがする前は確信してなかった気がするな。よく分かったよね〜」

 

 しかし、これで見えてきた。この世界の異変を止める方法が。凄く単純な話、この世界から魔素を無くせばいいのだ。

 その具体的な方法についてはこれから考えるとしても、パラケルススが命懸けでヒントを持ってきてくれたことには感謝してもしきれない。

 真剣な表情でメモを読んでいるアンヘルの横から、カイムもちらりと内容を見てみる。これでも元王子であり、教養はある方だと自負している。

 なるほど確かに書いてあることは難しいことばかりで、流石に専門外である以上カイムに全てが分かるわけではない。しかし、要点だけに絞って読めばイチイバルが読み得た情報は確かに乗っている。

 しかしアンヘルは一つ気になっていた。このメモに花、或いはユグドラシルのことについての記載がないのだ。まるで、今回の異変とは無関係のような……

 

「情けないな。僕らが自力でここまで辿り着くべきだったのに、天才の名が廃ってしまうよ」

「いや最初から自称でしょ」

「あ、あの、私にも見せてもらえませんか?」

「まだ読んでなかったか」

 

 今度はアンヘルがロジェに渡す。これで一応は全員は目を通したことにはなる。最初に読んだはずの二人は、全然理解出来ていないが。

 

「イチイバルよ、後悔するのは容易いが、そこに逃げるでないぞ」

「……分かってるさ」

 

 もう日も落ちているので、その日は解散となった。ギャラルが塞ぎ込んでからしばらくカイムは別室で休んでいたが、今日からまた一緒の部屋か……と考える。嫌なことではないが、嬉しいことでもない。複雑な感情のままギャラルの部屋に向かおうとしたら、ギャラルが手を掴んで止めた。

 

「今日はまだ、別の部屋でいいかな……?」

「どうした?まだ何か抱えているのか」

「別に、そういうことじゃないんだけど、その」

 

 アンヘルの問いに、少し赤面しながら答えるギャラル。……これはそういうことだな?とアンヘルは察する。

 

「ならば別にしておけ。ただ、時間は有限であることを忘れるな」

「……うん」

 

 一人察することの出来てないカイムが首を傾げるが、アンヘルに引っ張られていく。

 これはこれで複雑な気持ちだなと思いつつ、カイムは自室へと入っていった。



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第5節 虚像

 翌日から、魔素をどうすべきかの話は動き出した。まず最初に出た案は魔素について研究を進め神からの干渉を断つ手段を見つける。しかしこれは今いる面子で出来るものではない。もしこの手段を取るのなら、人々の手を借りないと駄目だろう。

 一つは魔素そのものを消してしまうという案。別の物質に変えてしまうか、単純に移動させるか。どうするにしても簡単に行くものではないだろう。

 この二つの案、両方を採用し行動を始めた。

 イチイバルとロジェスティラの二人は研究する方へ、ミュルグレスとギャラルホルンは無くす方法へ舵を切り街で手を借りることにした。

 カイムとアンヘルの二人にはレギオン狩りを主軸に行動してもらうことになった。この二人は聞き込みを始め交流をするにはイマイチ向いてないし、何よりカイムは戦っていた方が満足しているように見える。

 

「……で、な〜んにも手掛かりないじゃん」

 

 休憩しているミュルが愚痴をこぼす。魔素を消すと言っているが、そもそも魔素なんて目に見えるものでもない。掴むことさえできないのだ。しかも世界中で白塩化症候群が起きているということは、その目に見えない魔素も同じく世界中に広がっているということ。

 世界中にある目に見えないものを無くす。言うのは簡単だがそう思うようには出来ることではない。

 当然ミュルとギャラルではいい案は出なかったので、街を散策しながら色々聞いてみるが、都合のいい話は出てこない。

 

「いっそ世界中に吹く風とか起こしてさ、全部吹き飛ばせればいいのに」

「魔素以外も大変なことになりそうね」

 

 イチイバルのチームが少しでも進展があればいいなと思いつつ、ミュル達は宿に向かう。

 毎回帰るのも大変だからと宿を取っているので、帰宅ではなく宿。街を救ってくれたということで割引までしてもらっている。

 ……そこまでして無料とまで言えない今の状況の厳しさも、理解せざるを得ないが。

 

「お帰り。進展は……なさそうだね」

 

 先に帰っていたイチイバルが、二人の顔を見て察する。

 

「そういうアンタこそどうなのよ?」

「流石に一日じゃどうしよもないよ。まだ人も集めてる段階だよ」

 

 まあそうだろうなと特に驚くことなくミュルは椅子に座る。ギャラルもそこまでは期待していなかったが、結局進展が何もないことへの焦りを感じていた。

 それからカイムとアンヘルも宿に来たが、野宿する旨を告げて出て行こうとする。

 

「止めるな。此奴にとっては十分すぎる休息だっただけぞ」

「いや、君達にはレギオンへの対応を任せてしまっているだ。今一番休むべきは君達だ」

 

 イチイバルは止めようとするが、ギャラルはしない。なぜわざわざ野宿をしようとするのか、その理由が想像出来てしまうからだ。

 結局のところ、カイムは戦いから抜け出せていないのだ。

 

「ギャラルもそうしようかしら」

「やめておけ。お主はカイムとは違うだろう?」

「それは、そうだけど」

 

 何処か拒絶されたようで、悲しい。ただアンヘルが言いたいのは、カイムのように狂ってはないだろうということなのだろうが、それでも納得はしづらかった。

 

「……まあ、君達がそれで良いのならこれ以上は止めないよ」

 

 少し考えるようにしてから、イチイバルも諦める。

 それからロジェも帰ってくる。どうやら買い物をしてきたようだ。料理を作っている時間はないからと出来合いのものを買い溜めしてきたのだ。

 それからお互い大した会話もすることもなく各々自由に過ごし、眠りに付く。イチイバルは寝るまでの間、もう一度パラケルススのメモを読み返していたが、特に何も発見はなかったのか難しい顔をしているばかりだった。

 

 深夜。月明かりも塩に遮られ暗い。吹く風も冷たく肌を撫でる。

 

「何よ、こんな時間に起こしてさ」

 

 ミュルがぶーたれる。無理矢理起こされた挙げ句に外に連れ出されたらそうもなるだろう。

 

「大事な話、ですよね?」

 

 同じく起こされたロジェも言う。ミュルのように起こされたことへの怒りは特にないが、それはそれとして一つ疑問があった。

 

「ギャラルさんも起こさなくていいんですか?」

 

 そう、この場にいるのは三人だけである。二人を起こしてきたイチイバルへ、質問を投げかける。

 

「いや、あまり彼女には聞かせたい話ではなくてね」

「へ〜、内緒話?」

 

 深夜に三人だけで、それもわざわざ外に出て話そうと言うのだ。これは相当な内緒話だとミュルはニヤニヤする。

 

「魔素を無力化、或いは除外する。もしこれが後者になった時のことで一つ気になっていてね」

「うーん?まだ何にも分かってないし、気にすることなくない?」

「……アンヘル。彼女が魔素を出している可能性がある」

 

 静かになる。イチイバルが一体何を言いたいのか二人は考える。風の音だけが辺りにあった。

 

「もし、あの二人を異世界に返せるのならそれで問題ない。けれど、それが出来ないのなら」

「……まさか」

 

 ロジェが先に答えに辿り着く。どうしてこの場にギャラルがいないのかも含めて。

 

「そう、二人を殺さないといけないかもしれないんだ」



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第6節 迷走する行き先は

 一週間ほど経過した。魔素とは何なのか、その研究は少しずつながらも進んでいた。

 

「魔素は微粒子だったんです。これは凄い発見ですよ」

「微粒子とな?」

 

 ロジェが嬉しそうに報告をしていた。一週間の間に判明した、一番重要な事実。

 

「要は小さな粒です。それが肉眼だと分からないほどには小さいですが、形があるなら出来ることも増える筈です!」

 

 なるほどそれは大きな進展だ。しかし、みんなの反応がイマイチなのを見てロジェは困惑する。なんというか、それでどうなるのかという点が見えて来ないのである。 

 

「しかしその目に見えぬ粒を集めるのにも限度はあるな」

「そこを考えるのはこれからだろう。何もないよりかは間違いなくいいんだ」

「いや〜バッと袋に詰めたり出来ない?」

「世界中に散らばってるのをどうやって集めるのよ」

 

 流石にその場で都合よく案が浮かぶでもない。とりあえず解散となりアンヘルとカイムは宿から出ていく。

 

『お前は知らなかったのか?』

『お互い様だろう』

 

 魔素とは何なのか。二人共そこまで強く意識して使っているわけではない。大気中に当たり前に存在している魔力の源であって、それ以上でも以下でもない。

 二人が街から出ていくと、またレギオンがやってきていることに気が付く。神が対策を取られることを恐れているのか、或いは単に大きな街だから目立つのか、何度目かも分からない襲撃。

 カイムは笑みを浮かべて走り出す。何度目かも分からない殺戮が膜を上げる。

 

 改めてロジェと情報を共有したイチイバルだが、少しずつ焦りを感じていた。確かに大きな一歩を踏み出すことが出来たのだが、その間にも白塩化症候群に陥った者は沢山いる。この街だけでもそう認識出来るのだから、世界単位で見ればもっと多くの人が犠牲になっているのだろう。

 その焦りが判断を急かしすぎたか、イチイバルはギャラルを呼び出していた。

 

「それで、どうかしたのかしら?」

 

 また外へと呼んでいた。ただ今回は完全に日が落ちる前だったが。

 しかしギャラルの様子に何処か違和感を覚える。そわそわしているようにも見えるし、何か覚悟を決めたような顔にも見える。

 

「これはもしもの話だ」

「ふーん?」

 

 もちろん確定したわけではない。あの二人を、排除しないといけない可能性があるというだけの話だ。

 しかしその可能性がある以上、二人と仲の良いギャラルへ黙り続けるのもよくないと感じた。

 

「魔素を無くすために、カイムとアンヘルの二人を消さないといけないとしたら、君はどうしたい?」

「……消すというのは、帰ってもらうということ?」

「あー、いや、なんて言えばいいのかな」

 

 ロジェとミュルに共有したあの日から、ずっと話すべきなのかは考えていた。そして決めたんだし、ズバッと言うべきなのは分かる。

 けれど、中々簡単に言えることでもない。

 

「……殺さなければならないとしたら、だ。あくまでもしもの話だしいきなりのことだ、無理して返事しなくても」

「ううん、もしそうならね」

 

 イチイバルの弁解の言葉を切って、ギャラルが答えようとする。その瞬間、イチイバルには嫌な予感しかしなかった。みんなを幸せにしたい、悲しみを終わらせたい、その考えが原動力な以上、世界の人々を見捨てるかカイム達を見捨てるかというまるでトロッコ問題のような二択には悩むと思った。だからこそ今言わなくてもいいのに早めにその可能性があることを伝えたかったし、悩める時間を作ろうとした。

 しかしだ、まだイチイバルが話終わらない極僅かな時間で結論を出したとしたら。それは、どちらに転んでも良いことにはならない、そう感じた。

 

「ギャラルはカイムとアンヘルを選ぶわ。まあでも、もしもの話なのよね?怖いこと聞かないでよ」

「あ、ああ……」

 

 にひひと笑う彼女の表情はいつも通りだったが、だからこそイチイバルは言いしれぬ不安を抱え込むことになった。

 

 翌日、ミュルが起きると枕元に一枚の紙があることに気が付く。そこには一言、『カステラありがとう』とだけ書いてあった。

 何だこれはと思い首を傾げながら、ついでに周りを見渡すと誰もいない。特段ミュルが早起きということもないので、別におかしな光景ではないのだが。

 適当な弁当を取り朝食を食べて、それから外に出る。まあとりあえずギャラルと合流しようかな〜と散策しようとして、見つけたのはイチイバルである。

 ……ただ、何か様子がおかしい。

 

「どしたの?」

「ああ、ミュルか。ギャラル、カイム、アンヘル。誰でもいい、見てないか?」

「いや〜?今起きたばかりだし」

 

 走り回ってきたのか、汗を拭いながらイチイバルは質問してきた。何か伝えることでもあるのかな〜と悠長に構えていると、イチイバルが言った。

 

「三人とも、逃げ出したかもしれない」

「は?」

 

 突然のことに、ミュルは固まった。そりゃ固まるだろう、あまりにも脈絡がないのだから。



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第7節 交わらぬ道を行け

「まっっったくなんでこうなるんだか」

 

 ミュルは怒っていた。馬車に揺らされながらも、シュンとしているイチイバルへと怒りを向けていた。

 

「本当にすまない……」

「そうね。カステラ一ヶ月分で考えてあげる。もちろんイチイバルの自腹で」

 

 行方不明になった三人を探すべく、商隊の使っている馬車へと乗せてもらっていた。既に幾つかの街を回り、巨大な化け物がユグドラシルの方角へと向かったという情報を得ていた。

 その化け物とやらはアンヘルではないかと考え、可能な限り商隊にユグドラシルの近くへと連れて行ってもらっている。代わりに護衛はするという条件で、既にレギオンとは何度も交戦している。

 

「いや、お金とか以前にそんなにカステラは売ってないよ」

「じゃあ平和になってからでいいわよ」

「はは……」

 

 何だかんだ言って仲間思いなミュルの様子に、イチイバルは苦笑いする。

 本当ならロジェも連れてきたかったのだが、研究の方に集中してもらいたくて残ってもらったのだ。なので、二人きりしかいない状態でカイム達に勝てるのか、いやどう勝つのかを既に考えていた。あの状況でわざわざ姿をくらませたのだ、素直に戻ってくるとは思えない。

 

 話している間に次の街へと辿り着いた。ユグドラシルから最も近い街。二人は神器を持ち、歩き始める。体力も温存したいのであくまで歩きだ。

 念の為その街でも聞き込みをするが、やはりアンヘルらしき姿を見ている者がいた。しかし、ユグドラシルまで行って何をするつもりなのだろうかと考えるが、そこの答えは出ない。

 最低限の荷物と共にユグドラシルへと歩みを進める。彼らが何をしでかすのか分かったものではない。歩みはわずかに早くなるが、ミュルはのんびりした様子。

 

「……レギオン、全然いないわね」

「確かにそうだね。奴らが興味あるのはあくまで人間だけということか?」

 

 本当にそうだろうか。ギャラルとアンヘルの言葉を信じるなら、神は世界を作り変えるつもりだったようだ。このラグナロク大陸で同じことを望むのなら、ユグドラシルを狙うのが一番だ。もしかすれば違う世界だから違うことを狙っている可能性もあるが、やはり目的は分からない。

 分からないことが多すぎる。なんというか、不自然だ。

 

「何よ、そんな難しい顔しちゃってさ」

「いや、なんだろうね。この異変が始まってから、あまりにも分からないが多すぎるなと思ってね」

「そりゃそーでしょ。異世界の神が侵略してきたなんて簡単には分からないわよ」

 

 確かに中々分からないことかもしれない。けれど、パラケルススはその可能性自体には辿り着いていたのだ。やはり、何かがおかしい。

 

「……神は、どうやって僕らを操ろうとしているんだ?」

「はあ?それはロジェが調べているんじゃないの?」

「………」

 

 もしかして、僕らも洗脳の影響から逃れられていないのでは?

 ぐっとその言葉を飲み込む。それこそ何の確証もない考えだ。その確証のない考えを話してしまったからこそこんなことになっているのだ。それは落ち着いてから考えて言えばいい。

 

「待って、あれ!」

「ん?……ああ、間違いないね」

 

 考え込んでいたからこそ気がつくのに遅れた。ミュルが言って意識を戻したからこそ、だいぶ先にいるそれに気が付いた。

 赤いドラゴンがユグドラシルの前に立っている。あの姿は間違いない、アンヘルだ。しかし見ているだけだ。今すぐに何か行動を起こす様子もない。

 少しだけ安堵してから、二人共小走りになる。近づいていくと、アンヘルの側にギャラルとカイムの二人がいることも確認できる。

 

「来たようだぞ」

「思ったより早かったわね」

 

 三人が振り返る。しかし三人の目には、明らかな敵意があった。

 

「殺しに来たのかしら?世界を救うために。コマンドキラーズの貴方達にはお似合いよね」

「待ってくれ、僕らだってそんなことしたいとは思ってないんだ。だから今だって別の方法を」

「必要ならやるんでしょ?」

 

 イチイバルは押し黙る。そうだ、その言葉を否定することはできない。

 

「ていうかさ〜、なんでこんなとこいるの?逃げるならもっと

目立たないとこあるでしょ」

「ぬひひ、それなら簡単よ。……ユグドラシル、ぶっ壊しちゃおうと思っただけよ」

「はあ?」

「二人のこと否定する世界なんて、終わってしまえばいいのよ。ね?」

「我らはこの世界に愛着などない。ギャラルが望むのであれば拒むまい」

 

 ギャラルは笑みを浮かべたまま月光と闇を構える。カイムもカイムの剣を抜き、アンヘルもイチイバル達へと立ち塞がる。

 

「これ、ちょっと……」

 

 ミュルもまた冷や汗を流しながら神器ミュルグレスを構える。分かる、彼らは話してどうにかなる雰囲気ではない。

 イチイバルも静かに神器イチイバルを手に取る。ああそうだ、彼らがこの世界を傷つけるのなら、手加減する理由はない。ない、筈だ。

 

「伝承に頼らねば力も持てぬおなごが、我に敵うと思うなよ?」

 

 ……イチイバルは一つ、明確に違和感を覚える。カイムが笑っていない。真剣な表情で剣を握っている。レギオンと戦うときはあれだけ楽しそうにしていた彼が。

 何だ?何が理由だ?アンヘルはむしろ何処か楽しそうに吠えているのに、何故彼は。

 

「いや〜、これはちょっとまずいんじゃない?」

「馬車の中でも言っただろう。カイムとアンヘルは強いが、同時に弱点だ。やるよ」

「は〜いはい」

 

 ギャラルの月光と闇に炎が纏われ、ミュルが神器が神器を起動し雷を纏い歯が勢いよく回り始める。イチイバルが光を得た矢を番える。

 そして、カイムとミュルが走り始めた。



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第8節 幸セナ死

 ギャラルが剣を振り上げると同時にイチイバルの足元と、ミュルの進行方向に火柱が上がる。イチイバルは横に跳びながら反撃の矢を放ち、ミュルは僅かに進行方向をズラしてからカイムへと向かう。

 カイムとアンヘル、どちらかを無力化すればもう一人も沈黙するのだ。それも高い生命力を持つドラゴンを、ただの人間であるカイムを倒すだけで止められるのだ。

 

「おりゃああ!!」

 

 素直にミュルへ向かってくるカイムを裂く為に、身を屈めながらも進んでいきまずは足元を狙う。お互いの刃が触れるであろう距離まで接近した瞬間、しかしカイムは飛び上がりミュルを超えながら、炎の弾を撃ち出した。

 振り向きながらの一閃。炎はあっけなく消し飛び、お返しに雷の衝撃波を放つ。当然ながらそれが命中することはなく、ひらりと躱したカイムはそのままもう一度距離を詰めようとする。

 それと同時だった。飛び上がっていたアンヘルの火球がミュルへ向かって飛んでくる。それもカイムとはさみ撃ちにする形で。

 炎の対処をすればカイムの剣を防げず、逆もまた然り。ミュルが普通の相手ならだが。能力を全開しているミュルには単純明快な解決法がある。

 どちらも直撃しそうな距離まで引き付けたあと、ミュルは横へと走り出す。稲妻のような速さで駆け出したミュルへ二人の攻撃は当たらない。むしろアンヘルの火球がカイムへと直撃しそうになる。

 カイムは咄嗟の判断で火球を斬るが、同時に背後へ回り込んでいたミュルの神器の音が響く。

 これはしめたと思った瞬間、ミュルの視界が突然変わる。今にも剣をこちらへ振りかぶるであろうギャラルの姿が目の前にあった。

 ギャラルの猛攻を凌いでいたイチイバルが空間跳躍の力を使い、二人の立ち位置を入れ替えたのだ。

 突然のことにギャラルは止まることが出来ずに、二人の刃が接触する。一瞬だけ拮抗するが、回転する歯と雷が月光と闇を傷つけていく。

 痺れながらも後退するギャラルと追うミュル。このタイミングで入れ替えを行ったのは、ギャラルへの不意打ちの為だろう。敵を騙すには味方からとは言うが、もしこっちがやられていたらどうするつもりだったんだと内心思いつつも、追撃の手を止めない。

 単純な速さならばミュルの方が速くあっという間に距離を詰められる。ギャラルは上空へと逃げるという選択肢があるものの、今逃げようとすればミュルがカイムへと向かうのは誰でも分かる。つまり、ギャラルには迎撃する択するしかないのだ。

 

 入れ替わりが行われた瞬間、イチイバルが狙ったのは目の前のカイムではなくアンヘルだった。戦略的にカイムを狙うほうが現実的であり、実際カイムを狙いある程度追い詰めた瞬間での不意打ち。

 カイムからステップで距離を取りながらの、光を纏った全力の一撃。しかし空間跳躍で位置を変えた直後の一撃、心臓を狙うまでは至らずに右翼へ向かっての一撃となった。

 矢が翼へ刺ささった直後、大爆発を起こした。光の力が解き放たれ右翼を焼いていく。

 アンヘルが痛みで絶叫を上げながら地上へと堕ちていく。カイムも流石に驚き振り返り叫ぼうとするが、声は出ない。ただ手を伸ばして、直後に改めてイチイバルを見据える。

 

「アンヘル!?」

 

 目を奪われたのはカイムだけではなくギャラルもだった。形勢逆転の為の一撃を狙おうとして、直後に絶叫に驚き視線を逸してしまった。

 

「何処見てんの!?」

「くっ!」

 

 再びミュルの斬撃を防ぐために月光と闇で鍔迫り合いを狙うが、神器の攻撃に二度も耐えることは出来なかった。

 折れた刃が勢いよく飛び、ギャラルの左肩を斬り裂いた。剣が折れたことと左肩を負傷したこと、二つの理由でバランスを崩したギャラルへ神器の刃が直接身体を斬ろうとして、無理矢理身体を捻らせて躱した。その勢いで転んでしまったが。

 イチイバルへ距離を詰めようとしたカイムだったが、ギャラルまで倒れたことに気が付き慌ててそちらへ走り始めた。同時にミュルもギャラルへの追撃は止めてカイムと相対する。

 感情任せになったのか、大上段から放たれた剣を神器で受け止める。僅かな拮抗のあとにやはり剣は折れてしまい、刃は勢いよく飛んでいく。

 しかしそれも計算の上だったのか、剣を振り下ろした低い姿勢からタックルを繰り出そうとするカイムの脇腹に、イチイバルの放った矢が容赦なく突き刺さる。そうしてカイムもギャラルの近くへと倒れ込んだ。

 切った場所が悪かったのかドクドクと血を流すギャラル。そして矢で脇腹をカイムと、右翼を失ったアンヘル。これはもう、助からない。少なくとも二人には助けられない。

 時間にしてはあっという間だった死闘。二人は息を整えながらその様子を呆然と見ていた。

 

「……トドメ、刺した方がいいかな」

「それは僕がしよう。元々僕が撒いた種なんだ」

 

 助からないのなら、いっそ楽にした方がいいのだろう。倒れている二人へと近づくイチイバルだったが、そこに人型へと戻っていたアンヘルがおぼつかない足取りで近づいてきていた。

 警戒して二人は構え直すが、戦えるような様子には見えない。

 

「これ以上は、させぬぞ」

 

 力のない身体とは反対に、力強い瞳で二人を見つめる。アンヘルを退かすのは簡単だろうが、そうとは思えないだけの気迫を感じた。

 

「……待ってくれ、君達はどうしてこんなことを」

 

 抵抗するからと容赦なく殺そうとしておいて、今更何を言っているのだと我ながら思うが、今のアンヘルの様子からして自棄になったようには見えないのだ。もっと何か、信念のあるような。

 

「我らは賢者になったのか、或いはどちらも選んだ真の愚か者なのか……」

「はい?」

 

 苦笑しながら帰ってきた返事が、全く返事になっていなかった。意味がわからないと言おうとしたミュルだったが、アンヘルはその場に崩れ落ちた。

 その後ろで、身体を引きずり近づいていた二人は指を絡めていた。幸せそうな表情で、静かに眠っていた。

 

「何よこれ……何が……」

 

 理解が追いつかないミュルだったが、頭の中によぎったのは一枚のメモのことだった。

 いや、まさか……と口にしおうとして閉ざす。それを口にしてしまったらそれが現実になりそうで怖かったのだ。

 三人の死体の前で、ただ、立ち尽くすことしか許されなかった。

 

 

 meaningless [C]ode




 剣が弾き飛ばされる。体力も気力も限界になっていたかのには、ただその場に跪くことしか許されなかった。

「最後のチャンスをあげます。我々の仲間になりませんか?」

 剣が首元に当てられる。冷たい刃が肌を裂く。血が滴る。

「わたくしは、人々の幸せを踏み台にして得た幸せなど望みません!」
「そうですか。残念です」

 言葉とは裏腹に、これっぽっちも残念でなさそうな声色で刃は振るわれた。


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第5章 天使は歌う
第1節 虚ろな夢


 重い瞼を開く。悪い夢を見ていたような気がする。どんな内容だったのかはもう思い出せないが、ただただ嫌な夢だったような気がする。

 

「何だこいつ?」

「報告∶生体反応あり。推測∶人間」

「……人間はもう滅んでるんじゃなかったのか?」

「肯定。しかし、この生体反応を確認する限り、人間である可能性は高い」

 

 誰かの声が聞こえる。二人分の声だ。そもそもここは何処だろうと思いながら身体を起こす。

 

「………なに、ここ」

 

 近くに廃墟群が見える。そしてその中心にそびえ立つ巨大な白磁の塔。何処までも青い空が広がっていて、蒸し暑い。

 そして目の前にいるのは、白い髪をした女性と、浮いている機械のようなものだ。

 

「お前、何者だ?」

「……」

 

 明らかに敵対心を露わにしながら聞いてくる女性をぼんやりと見つめる。それから、ふと足元を見た。熱を放ち続けている剣が一振りそこにあった。

 なんとなく拾ってみる。その場で軽く振って、それからそういえば質問されていたんだなと考える。

 

「ギャラルホルン」

「疑問∶旧人類の記録に残されているその名称は、神話に登場する角笛へと付けられたものである。本当にそれが君の名前か?」

「はあ」

 

 自分は誰なのかと考え、なんとなく出てきた単語を言っただけだ。それが自分の名前なのかは、自分自身理解はしていない。

 

「それで?お前は何処のアンドロイドだ」

「アンドロイド?……そんな名前じゃないけど」

 

 うーん、なんだろうそれは。考えようとして、ふと何かに呼ばれたような気がした。誰の声な

 

 

 キル姫ギャラルホルンの、記憶の混濁を確認。世界線の統一された世界で発生している新たな分岐は、重度の混乱をもたらしている模様。

 あまり猶予は無さそうですよ、リサナウト

 

 

「うわあっ!?」

「ぎゃあ!?」

 

 勢いよく飛び起きた。そしてその勢いのままミュルと頭をぶつけて、再びベッドに落ちる。

 なんか、変な夢を見ていた気がする。背の低い爺さんだった。その爺さんは何か愚痴りながらも、そう、あれは狼だっただろうか。とっ捕まえたソレに、自身のアレを取り出して、狼のアソコに……

 

「ひゃああ!?」

 

 なんなんだ。なんなんだそれ。夢が支離滅裂な内容なことはそう珍しい話ではない。でも、でもでもでも、あんまりではないだろうか、ソレは。

 

「何よ!?人が心配して来てやったのに、いきなり頭突きするわ叫ぶわで!」

 

 元々横から覗き込んでいたのだろうか、ぶつかった衝撃で床にへたり込んでいるミュルが怒鳴る。

 

「そんなこと言われても……」

「ふん!心配した分損したわ。その分詫びカステラ寄越しなさい!」

「何よそれ!?」

 

 ミュルが飛び掛かってくる。突然の展開に困惑しっぱなしのギャラルの上へと跨り、脇やら首元やらあちこちくすぐってくる。

 

「やっ、やめてっ!ギャラルが悪かったからあ!」

「ふーん……」

 

 じゃあカステラ一個追加ねと言いつつもくすぐる手を止める。それから笑みを引っ込めて、少しだけ真面目な表情でミュルは言う。………跨ったまま。

 

「でも、随分元気ね?大切だった子殺しちゃって凹んでたんじゃないの?」

「……あー、うん。そうよね?」

「なにそれ?」

 

 ミュルの言葉を聞いて、そうだったと思い出す。つい昨日、落ち込んでいる自分にミュルがカステラついでに励ましてくれて、それでようやく起きれて。

 そんな大事なこと、言われて初めて思い出すなんてどうしてしまったのだろうかと考える。そして夢のせいで色々と混乱していただけだと結論付ける。

 

「ちょっと、凄く変な夢見ちゃって……」

「まー元気ならいいけどね」

 

 ミュルがニカッと笑い、ギャラルから降りる。

 

「みんなもう出かけちゃったよ〜。ミュル達は留守番ということで」

「……ギャラルも、手伝いたい」

「気遣いくらい、素直に受け取っておきなよ」

 

 とりあえず朝食食べる?と誘ってくるミュルについて部屋から出る。そしてリビングに到着したのとほぼ同じタイミングだろうか。

 激しくドアを叩く音。そして、誰かいませんかと叫ぶ声。

 突然のことだったこともあり、驚いて固まる二人。しかしギャラルが驚いたのにはもう一つ理由。

 ギャラルは慌てて玄関へ走り、ミュルも遅れて向かう。ドアを開けるとそこにいたのは、七支刀とパラケルスス、そしてその二人に支えられている血塗れのロンギヌスの姿だった。



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第2節 残酷な答え

 負傷しているロンギヌスを、とりあえず出来るだけの手当をして空いてる一室に運び安静にさせた。

 想像だにしていなかったことで、あわあわとしながらもなんとか対処し終えた二人はほっと一息を付く。それから改めてギャラルは、ロンギヌスと七支刀の顔を見る。

 

「生きていたのね」

「はい、なんとか。ギャラル様も無事で何よりです」

 

 それから少しの間見つめ合っていた。なんというか、突然の再開だったこともあってイマイチ実感が湧かない。

 そこでパラケルススが一つ咳払いをした。視線が自然とそちらへと集まる。

 

「それより、わたくしの話を聞いてくれないか。天使の教会も気になるが、わたくしがいつまで正気でいられるか分かったものではない」

「……もしかして、な〜んかヤバい感じ?」

「ええ」

 

 パラケルススが幾つか背負っていた荷物を下ろし、それから鞄から数枚の紙を取り出した。

 

「これは魔素の研究について纏めたメモだ。後で読んでくれ」

 

 メモをテーブルの上に置いてから、少しだけ辺りを見回してからギャラルとミュルに質問を投げかけてくる。

 

「ところで、この家に魔素を排出するための装置とかあるのか?」

「いや、見ての通りのふっつうの家だけど?」

「……なるほど。ならばこの家にある魔素は違うものなの?或いは神が干渉できない何かがある?」

 

 少しだけ考え込んでから、すぐにやめる。話を聞いてと言い出した側から考え込み始めたらどうしよもない。

 ただ、焦る理由が一つ減ったなと少しだけリラックスしてから改めて話し始める。

 

「わたくしはパラケルスス。少し前まで研究所で白塩化症候群とキル姫の暴走について研究をしていた。その上で、どちらも魔素、そして異世界の神の干渉であることまでは突き止めた」

「神の干渉……」

 

 ギャラルは渋い顔になる。その可能性については元々考えていたものの、改めてそうであると言われると思うところはある。

 あちらの世界もあれだけ滅茶苦茶にしておいて、一体何をしたいのか。封印を解き世界を変えようとしていたようだが、それがなんの為なのか。

 

「そして、わたくしも神の洗脳を受けそうになっている。ずっと頭の中で響くんだ、人間を滅ぼせとね」

「洗脳?暴走じゃなくて?」

「ええ、最初はわたくしも暴走だと思っていたけれどね。君達の言うところの赤目の病を経由して洗脳させられるからこそ、暴走しているように見えていたようだけれど」

 

 赤目の病?と視線で問いかけてくるミュルに、ギャラルが簡単に説明する。

 

「へえ。つまりミュル達もその帝国のやつらみたいな状態にされそうってことなんだ」

「ただ、この家に入ってからは神からの干渉が減っている。だから何かあるのかと思ったけれど、自覚はないか」

「ふーん。そもそもミュル達は赤目の病なんてかかってないし、よくわからないわね」

 

 ……ギャラルの視線が、先程パラケルススが置いた荷物へと移動する。ずっと気になってはいたが、話を聞くのに集中して一旦意識の外に置いていた。

 だが集中力が切れてきた。これも疲れのせいだろうか?

 

「これは……君の方が詳しいんじゃないか?」

「そうですね。ギャラル様は見ていただければ分かると思いますが」

 

 そう言いながら七支刀は、その荷物を開いていく。そこから出てきたのは幾つかの見覚えのある武器だった。

 古の覇王、鉄塊、兵士長の聖槍、信義、三つの剣と槍である。

 

「これ、全部カイムのじゃない!?」

「はい。これらを、エンヴィ様……いえ、ロンギヌス様と共に取ってきたのです」

「?」

 

 エンヴィという名前にピンと来ないミュルはもちろんのこと、ギャラルもわざわざ言い直したことへ疑問を感じる。

 その雰囲気を察したのか、七支刀はすぐに言う。

 

「ロンギヌス様が言っていたのです、もう自分は()()に囚われてなんかいないから、その名前も捨てると」

「そっか、そうなんだ……」

「ああ、さっきのロンギヌスのことね」

 

 合点がいったミュルと、事情を理解してほっとするギャラル。エンヴィと名乗ることも別に悪いことではないと思うが、形から入るのも悪くはないだろう。あのロンギヌスが不器用な所があるのは、一緒に旅をしたからこそよく知っている。

 

「そういえば、その武器は何処から取ってきたのかしら?」

 

 しかし、ギャラルは嫌な予感がしていた。さっきはしれっと聞き流したが、聞きたくもない言葉が聞こえていた気がしたからだ。だからこの質問もしたくはなかったのだが、そうもいかない。これ以上逃げたら、何も救えない。

 

「天使の教会です」

「……え?それってカイム達の世界にあったやつでしょ?どういうこと?」

「ラグナロク教会が乗っ取られて、天使の教会になっているのです」

「うっそ。一度も噂も聞いてないんだけど?」

「ええ、かなり姑息に立ち回っているようです。……それに、司教も司教ですから」

 

 まさか、またあのマナが?とギャラルは考えた。確かにマナはセエレのゴーレムによって殺されていたが、この状況では何が起きてもおかしくはない。

 だが、そんなギャラルの想像を斜め上を行く答えが返ってくるばかりだった。

 

「その司教って、まさかマナ?」

「違います。ティルフィング様です」

「………は?」

 

 ティルフィング。魔剣ティルフィングの名を関するキル姫。女神セイレーネの子でもあり、マスターと共に続けようとした数少ないキル姫でもあり、そして現在、このラグナロク大陸における神と言って差し支えない立場にあるキル姫。

 そんな彼女が、天使の教会の司教?

 戸惑いを隠せないギャラルに、パラケルススが追撃を入れた。

 

「パラシュも見たよ。他にもいる可能性はないとは言えないね」

「パラシュが……?」

 

 ラグナロク大陸で出来た、数少ないキル姫の友人の一人。そんな彼女さえもが天使の教会に味方している?

 

「ま、待って。洗脳されてた、って話だったりしないの?」

「いや、彼女は赤目の病を発症しているようには見えなかったよ。間違いなく、パラシュ自身の意思だ」

「わたくしも信じたくはありませんが……」

「そんな!?」

 

 特にパラシュとの関わりのないミュルだけは、ふーんといった様子で二人を落ち込んでいる二人を見ていた。

 

「ところで、生き残りは君達だけなのか?」

「いや、他にも数人いるよ。その内帰ってくるでしょ」

 

 この場の空気にいたたまれなくなったミュルは、それだけ言うと自室まで逃げ出した。

 パラケルススも、なぜこの家の中だと神の干渉が弱くなるのか調べるために、何か使える器具はないかとリビングから抜け出す。

 そうして残された二人だったが、特に言葉を交わすこともなく他の面子の帰りを待つことにした。



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第3節 進め

「大丈夫ですか?」

「……まあ、なんとか」

 

 エンヴィ、もといロンギヌスが目を覚ます。近くで見守っている七支刀とギャラル、更に見覚えのない女性に気が付く。

 身体を起こす。身体中に包帯だらけだ。幸い深いところに入った傷は少なかったようで、多少痛みは残っているがその程度。

 

「しかし、生きていたとはな。あのおぞましい化物共をどう掻い潜ったのだ」

「その声、まさかアンヘルですか?」

「ああ。違和感あるだろう?」

 

 そう言いながら背中の翼をバサバサさせる。確かに違和感は凄い。

 

「でも、本当に無事で良かったわ」

「ギャラルも無事だったんですね。それより、ここは?」

 

 ロンギヌスが改めて辺りを見渡す。こうして手当され寝かせていたのだから安全地帯なのだろうが、それはそれとしてずっと休んでいるわけにもいかない。

 

「イチイバル達の家なんだけど、言っても分からないわね?」

「まあ、そうですね」

 

 聞いたことない名前だ。ただ他にも協力者がいるのならありがたいばかりだ。

 

 ギャラルの案内でみんなでリビングへ向かう。元コマンドキラーズの三人が改めてロンギヌスと顔を合わすことになる。

 手当を手伝ったミュルはともかく、イチイバルとロジェはロンギヌスを見るのは初めてだ。

 

「君がエンヴィだね?」

「ええ。出来ればその名前で呼んでほしくはありませんが」

 

 ロンギヌスは少しだけ嫌そうな顔をする。とはいえ本来ラグナロク大陸にいるであろうロンギヌスも探せばいるだろうし、紛らわしいので区別のために呼ばれるのは仕方ないと諦める。

 

「でも、見たところロンギヌスさんと変わらないですよね?少し雰囲気は違いますが」

「……まあ、実際今の自分はただのロンギヌスですから」

 

 そこまで言って、同じくリビングで待っていたのであろうカイムの視線に気が付く。まあアンヘルがいるならいるのだろうと思っていたが、なるほどやはり三人は同時にこちらの世界に来たのだろうと理解する。

 しかし機嫌はあまりよくなさそうだ。まあ、カイムは七支刀のことを嫌っていたし、それが理由だろう。

 

「悪魔の血が抜けている。確かに君はもうブラックキラーズではないのだろうね」

「ああ、パラケルススですか」

 

 何やらコップにヤバそうな色の液体を注いでいたパラケルススが、ロンギヌスを見据える。

 

「悪魔の血が?……何かあったの?」

 

 ギャラルが心配そうな様子でロンギヌスの顔を覗く。君も人の心配している場合ではなかったと思うけどねと呟くイチイバルだったが、無視される。

 無視されて半目になっているイチイバルをロジェが宥めながら、パラケルススに聞く。

 

「悪魔の血ですか?」

「ああ、エンヴィという名には聞き覚えがあるよ。三国が発展するよりも昔の、天上での争い。その時に現れた神側のキル姫、そうだったね」

「そうですね。私達ブラックキラーズは、悪魔の血を取り込むことで力を増したのです。ただ、その力も使い切ったみたいです」

「使い切れるものなのか?」

「現になくなっているので、そうなのでしょう」

 

 ロンギヌスが言うには、異世界での"敵"との戦いの最中、カイム達を七支刀と共に見送った後の最後の抵抗、持てる力全てを使った一撃を使ったのを最後に悪魔の力を感じなくなったという。

 ついでに黒葬槍もなくしてしまったので、新しい武器も探していたようだ。

 

「なるほど、何故槍を取ってきたのかと思っていたが自分用か」

 

 カイムが兵士長の聖槍を取り出す。もちろんカイムにも扱えるが、これは自分用だったらしい。

 特に愛着もないので、カイムはひょいっと槍を投げ渡す。ロンギヌスはそれを受け取るが、別に今すぐ使う訳でもないので適当に立てかけた。

 

「それより、そろそろ本題に入ろうじゃないか」

「それは、ギャラルも気になってたわ。……天使の教会があるという話」

「ああ、それですか。別に難しい話ではないですよ」

 

 ロンギヌスは思い出す。そもそもラグナロク教会が天使の教会という名に置き換えられたのは、まだ自分が異世界へと行く前の話だ。

 

「グリード、グラトニー、エンヴィ。この世界が混乱に陥っている隙に三人のブラックキラーズを呼び出し、ラグナロク教会を制圧。それから最も影響力のあるグリードを司教に据えて、こちらの世界の侵略の準備をしていただけですよ」

 

 ロンギヌスがさらっと説明したが、パラケルスス以外がキョトン顔になっていることに気が付く。

 理由は単純明快。知らない名前がさらっと出てきたからである。

 

「待って、司教はティルフィングじゃないのか?パラケルススはそう言っていたが……」

 

 予めパラケルススから話を聞いてのもあって、若干混乱しながらイチイバルが質問をする。肝心のパラケルススは一人で勝手に納得している様子だったが。

 

「ああ、なるほど。そのティルフィングがグリードというだけですよ。そしてグラトニーはパラシュ。説明していませんでしたね」

 

 それを聞いたギャラルから、ふっと力が抜けた。カイムが慌ててギャラルの身体を支える。

 七支刀もそこまでのリアクションはしていないが、安心してほっとしていた。あのパラシュが裏切って天使の教会についたのではなく、あくまで別人。

 

「でもさ〜、そっちの世界で天使の教会は戦争してたんでしょ?こっちでそういう気配ないんだけど」

「まあ、手段が違いますから。この世界で行っていることが何か考えれば、ある程度想像は付くと思いますが」

「……まったく、酷いことをするもだね」

 

 これまた一人だけ察したパラケルススが呟く。少し遅れてアンヘルも想像がついた。他の面子はピンと来なかったが。

 

「とにかく、私達が第一にすることは天使の教会を倒すことです。皆にも協力して欲しいです」

 

 カイムがふっと笑う。やることが単純になった。天使の教会と、それに従うやつらを皆殺しにすればいい。至極単純なこと。

 カイムが殺戮へと思いを馳せていることはアンヘルにしか伝わらないが、それは別としてその意見に反対するものはいなかった。

 

「わたくしはここに残らせてもらうよ。下手に近づいて洗脳されたりしたら話にならないからね。何より、どうしてここなら神の干渉が減るのか、その理由も掴めそうだ」

「ならばパラケルススは残って、残り全員で攻めることになるか。ふん、今度こそ潰してやろうぞ」

 

 天使の教会、忌々しいその名を噛み締めながらアンヘルが言う。それがこの世界を救うための一歩となることを信じて。



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第4節 心臓の在り処

「しかし、また猪口才なことを考えたものよな。小賢しさで人を超える種族は中々おらんよ」

 

 馬車が揺れる。ガタゴトガタゴト。なぜ竜が馬になど引かれればならぬのかと文句を言っていたが、意外と抵抗はしなかったなとロンギヌスは考える。

 なら今アンヘルが何に対して憤っているのか。答えは単純、天使の教会のことだ。

 現在の天使の教会が構えている土地だが、どうもユグドラシルのある方向とは真逆だったようだ。花と化したユグドラシルという明らかに怪しく目立つものとは真逆の方に構えていたのだ。

 別の世界では侵略の形であれだけ暴れていた天使の教会が、こうも隠れて過ごそうとしていたとなれば気が付かなかったのも仕方ないであろう。

 しかし侵略をしないのであれば、天使の教会はいったいなんの為に活動しているのか。アンヘルは既に答えを出していたが、合っているという確証もないので口には出していない。

 まあ、仮にこの答えが正しいのであれば、また随分な皮肉だなと嘲笑しているのは、やはりカイムだけに伝わっている。

 馬車と言ってもあくまで商隊のもの。本来なら荷物を載せるであろう荷台に数人詰め込まれている状況。あまり居心地はよくない。

 どうしてこうなっているのかという点だが、理由は二つ。

 一つはアンヘルが全員を乗せるのは流石に無理という点である。そうなれば、折角戦力を集めたのにバラけてしまう。

 一つは、移動になるべく体力を使いたくないという点。体力が削れているところで奇襲を食らうだなんてことになれば笑い者だ。

 そしてこの荷台には、アンヘル、カイム、ギャラル、ロンギヌスの四人がいる。残りの四人はもう一つの馬車へ。流石に八人はすし詰めだった。

 

「でも、何だかんだアンヘルって戦ってくれてるわよね?」

 

 アンヘルは旅の中でもそうだったが、基本的に人間を嫌っている。だがその割にはカイムと共に戦ってくれている。

 一見矛盾しているように見えるその行動に、ロンギヌスは密かに疑問を感じていた。それはギャラルも同じだったので、改めて聞いてみた。

 

「カイムと契約しているからな。だが何よりも、お主らが戦いに、力を貸したいだけだ」

「……ありがと」

「それに、あのような命を冒涜する存在と、世界そのものを破壊しようとする蛮行。見て見ぬふりなど出来んわ」

 

 命を冒涜する存在。それはレギオンなのか"敵"なのか、或いは神の道具へと墜ちた帝国兵のことか。

 神の道具という一点では、自分も同じだった。グラトニーとグリードもそうだ。向かい合わないといけない相手だ。色々な意味で。

 

『正義にでも目覚めたか?』

「お主とて、あのようなおぞましい存在だけが闊歩する世界、見たくはなかろう?」

 

 一度は妹が人柱になってでも守ろうとした世界を、そして今は愛する人が救おうとしている世界を守るために戦おうとしている剣士は、それもそうだなと無言で肯定する。

 

「ところで、これは興味本位ですが……」

 

 そんな会話の様子を見て、ロンギヌスが口を開く。わざわざ前置きしてまで聞きたいこと。言葉の通り、単なる興味本位であって特に他意はない、ロンギヌスはそのつもりで口を開く。

 

「昨日、何かありましたか?」

 

 ロンギヌスの視線がカイムとギャラルを交互に見る。何故か荷台の対角、つまり一番距離が離れる位置に座っている二人を見て、だ。

 ロンギヌスがこの世界で彼らと再開してから日は浅いが、少なくとも共に旅をしていた頃は、なんというか、距離感が近かった覚えがある。嫉妬の視線で見ていたのでよく覚えている。

 確か、昨日は二人共同じ部屋で寝ていた筈だ。部屋が足りなくなったということで、ロンギヌスも七支刀と同じ部屋を使ったのだ。なので、順当に考えるとその時何かあったのだろうと思うわけだが。

 

「い、いやなんでも……ないわよ?」

 

 視線が泳いでいる。嘘だ。ギャラルの性格からして、嘘をつくのに慣れているはずがない。

 もう一度カイムの顔を見てみると、顔は無表情だがやはり目が正直に物語っていた。

 

「まあ、戦いに支障がないのならそれで構いませんが」

 

 戦いという言葉が出た時点で、泳いでいた二人の目は落ち着きを取り戻していた。まあ、これなら平気そうだなと深掘りはしない。

 そんな話をしていたところで、突然馬車が止まる。着いたぞとの呼び声。

 六人のキル姫と二人の契約者がぞろぞろと馬車から出てくる。フードの下から覗く景色の先には、教会があった。……とはいえ流石にまだ遠い。商隊の人に突撃させるのは無茶があった。

 

「気を付けてくれよ。あの教会に近づいて、帰ってこなかった仲間は何人もいるんだ。中には塩になっちまったやつもいるんだろうが、皆が皆とは思えない」

「忠告ありがうございます。まずは宿を探そうか」

 

 数日かけて馬車に揺られてきたのだ。途中で商隊の人達と一緒に宿に止まったり野宿したりとあったが、改めて一睡は取っておきたいところ。結局はここから徒歩なので、準備は万全に。

 今いるのは教会から近い、それなりに活発な村だ。こうして普通に村として機能している以上、天使の教会にやられたりはしていないのだろう。

 アンヘルは嫌な予感を覚えていたが。

 

 道中でレギオンを撃退することはあっても、計画性のある襲撃ではなかった。レッドアイを撃破したこともあって、統率はあまり取れていないのだろう。

 それ自体には特別おかしなことはないが、まだ遠くには見えるとはいえ結構近くまで素直に来れてしまった。あちらの世界での天使の教会とは根本的にあり方が違うのだろうが、それにしてもあっさり来れたたと旅をしていた仲間たちはどこか感じていた。

 

「良かったですね。ここまで大したこともなく」

「そうだね。一応、僕たちは日が落ちるまでは天使の教会について聞き込みをしてこようと思うんだけれど、みんなはどうするんだい?」

 

 とりあえず宿は見つけたので、どうしようかと話になる。

 休みたいと言い出すミュルに、イチイバルに付き合うというロジェ。気が休まらないからと素振りに行くカイムと、その様子を見に行くギャラル。暇潰しも兼ねて持ち込んでいた本を開こうとして、七支刀に少し話さないかと止められるアンヘル。

 自分も少し休むかと早々に寝ようとして、気になることがあったと思い出し止まる。兵士長の聖槍を取り出し、見つめる。

 数ある槍の中から何故これを選んだのか、実はロンギヌス自身もよく分かっていない。カイムが愛用していた古の覇王と鉄塊を優先して回収したあと、バレて大慌てで回収した一本というのはあるのだが。

 

「あの子供はどうなった?生きておるのか?」

「実は、わたくし達もアンヘル様達を見送ってからすぐにこの世界に来たので、後のことは……」

 

 二人が何か話しているが、まあいいかと床に付く。既に爆睡しているミュルを尻目に、ロンギヌスも眠りについた。



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第5節 罠

 パンッパンッパンッパンッパンッ……

 音が聞こえる。なんの音だろうかと首を傾げようとして、その音をよく知っていることを思い出す。なんたって、毎晩聞いているのだから。

 それを認識すると同時に怒りが湧き上がり、テントの中から飛び出した。

 

「うるさーい!」

 

 コトの最中だった二人は驚いてギャラルの方を見て、一瞬だけ固まる。それから背の小さい爺さんの方が口を開く。

 

「おっほっほ、夜中でも元気ですな。一緒に致しますかな?」

「誰もしないわよ!」

 

 近くの小石を勢いよく投げる。繋がったままひょいと避けた爺さんはニマニマと笑う。

 

「駄目だよギャラル……夜は静かにしないと駄目だよ〜」

 

 眠たげな声が背後から聞こえる。それは白亜の姿をした竜の姿。その姿から想像もできない可愛らしい声を出しながら、目を擦っている。

 

「ごめんね、起こしてしまったかしら。……あんたらもするならどっか行け!」

 

 白亜の竜へと謝罪を入れて、それから致している二人へと再び小石を投げる。なんでこの状況で平気で出来るんだとか、毎晩毎晩うるさいとか、まあ色々あるけど兎にも角にも怒りしか湧いてこない。

 

「ああ、君は耳が良いのでしたね。今日はここまでにしておきましょう」

「おやおや、まさか貴方様はこれ以上出来ないと……」

「何か?」

「いえ、滅相もない」

 

 爺さんの相手であった、片目が花になっている女性がキツく睨むと爺さんは素直に静かになる。

 なんなら行為の後始末を放り投げ最低限の身支度をして寝ようとする。

 

『起きよ、ギャラル……』

「うん?」

 

 誰か呼んだだろうかと考え振り向くが、見張りをしていた筈の少年がギャラルを見てニヤついている以外は特に不思議なことはない。

 

『早く起きよ、ギャラル!』

 

 身体が揺さぶられる。いや、そんなことあるだろうか。今ギャラルは普通に立っていて、誰かに支えられてる訳でもなければ、寝ている訳でも……

 

「ギャラル!!」

「わっ!?」

 

 カバっと飛び起きる。何だ何だと辺りを見回して、知らない部屋だと気が付く。それもそうだ、初めて来た村で宿に泊まっているのだ。見慣れない景色でおかしくない。

 部屋はほとんど真っ暗だ。辛うじて近くに誰かいることが分かる程度。

 つまりだ、さっきのは夢だ。これまた不可解な夢を見ていたものだ。一昨日の宿で起きたことのせいだろうか、変なことを考えてしまったのか。ブンブンと頭を振り、自分のことを起こしてきた人物、つまりアンヘルへと話しかける。

 

「どうかしたの?」

「妙だとは思わぬか?」

「ん?」

 

 アンヘルの言葉の意味が分からず首を傾げ、それから遅れて理解する。なんというか、静かだ。夜中だしみんな寝ているだろうが、それにしても静かだ。まるで、ギャラルとアンヘル以外いなくなってしまったかのような……

 

「かすてら……」

 

 いや、それはない。ミュルの寝言で気を取り直す。普通に周りのみんなの寝息は聞こえる。

 だが、それだけだ。例えるなら、世界が今いる広間しかないような、そんな違和感。

 

「……変ね」

「夕方の話を覚えておるか?」

「イチイバル達のこと?」

 

 夕方、全員が戻ってきた後の話。既に熟睡していた人達は除いて、イチイバルの話を聞いていた。というのも、どうやら天使の教会についてはみんな知らなかったようだ。

 まあ、近くにあんな教会が出来ているのだから、教会があるってこと自体は流石に知っていたのだが、それはそれこれはこれ。

 

「イチイバルがどれだけの人に聞いてきたかは分からぬが、この村の全員が近くの教会のことを知らぬなどあり得るのか……?」

「えっと、つまり?」

「我らは既に罠に捕らえられていると思った方がいい。確信したのはついさっきだがな」

 

 身震いする。天使の教会がどれだけ狡猾で恐ろしいものかは身をもって知っているが、改めて実感させられる。

 ただそれと同時に異音が一つ。それから遅れてパチパチという音と、焦げ臭い臭い。

 

「……火事!?」

「ああ、これは間違いなく火だな」

 

 それからは早かった。慌ててみんなを起こして回る。実は先にアンヘルから起こされていたカイムも含めた三人で、全員を起こす。寝相の悪いミュルに蹴り飛ばされそうになるというアクシデントはあったものの、みんな起きて避難をする。

 幸い火の手が大きくなる前に宿から抜け出し、その後火も信義の魔法で消化することが出来た。

 それとほぼ同時だろうか、周りが急に騒がしくなる。一人の老人が駆け寄ってきた。

 

「何があったのだ?皆様、大丈夫ですかな?」

「はい、わたくし達は。でも宿の方が……」

 

 火は収まったとはいえ、結構焼けている。戻って寝直すのはちょっと厳しいなというくらいには。

 しかしアンヘルはこの時既に確信していた。今の火事も事故ではなく故意であるということを。それを裏付けるように、宿にはカイム達しかいなかった。

 

「……家に来ますかな。宿に比べれば狭いですが」

 

 爺さんが言い終わる前だった。カイムが走り出していた。それも、古の覇王を握り。

 

「カイムさん!?」

「がッ!?」

 

 驚く一行を無視し、カイムは爺さんの腕を斬り飛ばした。それから顔面を一発殴り、蹴り飛ばす。抵抗できぬ間に倒れた爺さんを上から踏みつけ剣先を向ける。

 

「あ、ああ〜……」

「そういうことですか」

 

 ようやく事態を飲み込めたミュルとロンギヌスがそれぞれ武器を構える。

 

「そうか、何故気が付かなかったんだ……!」

「イチイバルさん?」

「アンヘル、これは罠だと言いたいのだろう?」

「天才と自惚れるなら、真っ先に気がつくべきだったな」

 

 遅れて理解したイチイバルとロジェ、そして最後まであたふたしていた七支刀も大慌てで神器を構える。

 

「ぐっ……何故キル姫が天使の教会を仇なす!?天使は……天使を歌っては……!」

「何を……!?」

 

 直後、爺さんの身体が急激な変化を起こす。暗い中なので、それに気がつくのが遅れてしまったが。

 カイムがもう一度蹴り飛ばし、距離を取る。するとそこにいたのはもはや爺さんではない。レギオンだ。

 同時に村の中で次々と爆発が起こる。分かりづらいが、レギオンの群れだ。更には赤い瞳が暗闇の中で揺らめいている。

 

「レギオン!?今まで何処に隠れて……」

「いえ、今なったのよ。この村にいる全員が」

「やはり嫌な予感ばかり的中するものだな」

『ふん。こいつらは全員信者ということか』

 

 ならば、殺すのに遠慮はいらないなと、カイムは無意識の内に笑う。今までも散々レギオンは相手にしてきたが、ここまで明確に悪意を持ってる相手ならば尚更遠慮はいらない。

 レギオンを殲滅するために、カイムは走り出す。



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第6節 包囲網を砕け

 愛剣の一つを取り戻したカイムの勢いは凄かった。容赦なくレギオンを斬り捨て、次の獲物をまた斬り裂く。やることはそんなに変わってはいないものの、その速さと正確性が段違いだ。

 アンヘルも慣れないながらも鉄塊を振り叩き斬る。剣術に疎く、腕力には自身がある彼女には鉄塊がちょうどいいと考え渡していたのが正解だったようだ。

 暗闇の戦場の中で唯一存在しているのは、ロジェが咄嗟に作り出した炎だけだ。それを維持するのに集中しているので、ロジェを守るためにイチイバルとミュルが側で様子見しているが、あまり出番はなさそうだなと猛攻っぷりを見て感じる。

 敵にレッドアイがいるため何やら陣形を組もうと動いているようだが、それ以上の速さで五人がレギオンを潰して回っているのでうまく連携が取れておらず、肝心のレッドアイも以前戦ったものとは違い外見はレギオンと相違ない。そんな見た目の通り強さもそこまでではないのだろう。強気に攻めてきたりはしない。

 前線で大暴れするカイムとアンヘル、そしてロンギヌス。そして上空からの不意打ちに徹しているギャラルと、そんな四人を抜けて迫ろうとするレギオンを迎撃する七支刀。一見各々が好き勝手戦っているように見えて、自然と連携が取れている。

 

「あいつら強くない?」

「それだけ帝国との戦いが熾烈だったのでしょう」

 

 小さな村とはいえ、村一つにいるだけの人間がレギオンになっただけあり数は多かった筈なのだが、もはや数えるだけのレギオンしか残っていない。

 いい加減にレッドアイが鬱陶しいと感じたカイムはそちらへ一直線に走り出し、それに気が付いたレギオンの一体が食い止めようとするが、ギャラルが急降下し首を斬り落とす。

 ギャラルが援護してくれるというのを理解していたので、特にそちらは気にしないでそのままレッドアイへと走る。流石にレッドアイも見ているだけなのは諦めたようで、迎撃の構えを取る。

 真っ先に首を狙い剣を振るうが、左腕で受け止められてしまう。他のレギオンなら腕くらい軽く斬れたが、どうやら皮膚が硬化しているらしい。

 更に右腕を振るい反撃しようとするが、カイムは咄嗟の判断で離れ、更に炎の魔法を飛ばし反撃する。幾つか放たれた炎の球はレッドアイへ向かっていき炸裂。しかし致命傷にはなったとは全く考えない。むしろ狙いは目眩まし。

 また、魔法を放つ時にギャラルへとアイコンタクトをしていた。ちゃんと気がついてくれていたようで、挟撃の準備をしている。

 煙を振り払ったレッドアイに映ったのは、低空飛行しながらも斬りかかろうとしているギャラルの姿。ギャラルの攻撃に合わせて腕を振り、拮抗させる。だがそれと同時に、カイムが背後から喉笛を貫いた。そのまま勢いよく剣を振ると、あっさりと首は取れ地に転がる。

 そして、それが最後のレギオンだったことを確認してロジェは灯りを消す。戦いが終わったからというのもあるが、既に日が登り始めていた。

 

「この程度で我らを倒せると思ったか?」

 

 吐き捨てるようにアンヘルが呟き、レギオンの腹に刺さった鉄塊を引き抜く。ロンギヌスも、最後に相手したレギオンの頭を兵士長の聖槍から振り落とす。

 そして七支刀だが、地に膝を付き祈っていた。全ては天使の教会、ひいては神の仕業であり彼らの死そのものを冒涜すべきではない。そう思い祈っていたが、それを見たカイムが早足でそちらに向かい、蹴り飛ばした。

 

「カイム!?」

 

 まさかの行動に元コマンド三人はギョッとするが、蹴られた七支刀本人は苦笑いしている程度で気にしなかった。

 むしろ、こちらの世界で再開してからはやけに大人しいとまで思っていたので、ある意味カイムらしい行動をされて少しだけ安心しているまであった。

 

「敵に祈るな、祈っている時間があるなら戦え、ですか?」

『分かっているならするな』

「それでもわたくしはします」

 

 カイムと七支刀が、少し好戦的な表情で睨み合う。ただ、お互い本気で怒っているような雰囲気ではない。

 カイムからすれば、相変わらず気に入らない女だとは思っている。しかし旅の中で守る戦いを教えられて少しだけ丸くなったこともあり、この女はこういうやつなのだと諦めることが出来ていた。

 まあ、それはそれとして気に入らないので蹴り飛ばしたのだが。

 

「揉めるのは後にせよ。ここから攻める時間だ」

「それはどうだろうね」

 

 アンヘルの言葉に返事したのは、この場にいる誰でもなかった。全員驚きそちらを見ると、村の出口の方から一人のキル姫が。

 

「パラシュ!?……いえ、グラトニーね」

「エンヴィから聞いていたか。まあ僕が誰かという点は重要じゃない」

「ならば、何のために」

 

 グラトニーは一度だけ深呼吸する。それからその場にいる全員に訊ねた。

 

「君達も天使の教会に加わらないか?君達の実力が本物なのは見させてもらったし、望むのであれば拒まないよ」

「ふざけたこと言わないで!誰が……!」

「ならば君達は人間の道具であることを望むのか?」

 

 その問いかけに、一度静かになった。特にその質問に関係ないアンヘルとカイムは静観していた。その中で真っ先に答えたのは、イチイバルだった。

 

「確かにかつての世界にはマスターとキル姫という主従関係はあったかもしれない。けれどこのラグナロク大陸で、僕達キル姫と人間はよき隣人なんだ。その関係性を崩すつもりはないよ」

「それに、その代わりに神の道具になるのなら何も変わらないですよね」

 

 言葉を続けたロンギヌスを、グラトニーがジッと見つめる。その瞳にあるのは、失望。

 

「それが嫌で友情ごっこに逃げたのかい?ひたむきに力を求めていた時の君の方が、幾分かマシだったと思うけどね」

「変わりませんよ。ただ、貴方が人間の道具になりたくないという消極的な理由で神に味方してるとは思いません。何故です?」

「大した理由じゃない。ただ神の理想に準ずる姿勢を評価しているだけさ」

 

 良くも悪くもパラシュらしい、そんな答えが返ってくる。まあ、グラトニーのことだしその理想を食らいたいのでしょうと、ロンギヌスが心の中で呟く。

 

「神の理想、それは何だ?」

「知らないことはないだろう。ただ、人間のいない世界を作る、それだけさ」

「その為にこうも汚い術を取るか。それがお主の言う理想に準ずる姿勢か?笑わせる」

「まさしく神の道具である竜種に、それを理解する知能は求めていないよ!」

 

 突然斧を構えたグラトニーが、赤黒いエネルギーを纏わせながら勢いよく振り上げる。エネルギーは波となりこの場にいる全員と襲いかかる。

 七支刀が神器を巨大化させ、盾として構える。なんとか攻撃を凌げたが、収まった頃にはもうグラトニーの姿はなかった。

 

「人間のいない世界……それが神の目的」

 

 改めて告げられた事実を、イチイバルはもう一度反芻していた。

 なんて、くだらないだろうか。

 一度はユグドラシルのためだと牙剥いたからこそ分かる。本当に、くだらない。

 

「あの時のロジェだったら着いてったんじゃないの〜?」

「ミュルグレスさんだって、酷いこと考えてましたよね!?」

「……昔話はそこまでにせよ」

 

 言い合っていたミュルとロジェ含め、皆の視線がアンヘルへと集まる。確かな怒りをはらんだアンヘルへと。

 

「くだらぬ理想のために世界を破滅させようとした罪、償わせようぞ!」



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第7節 人のなき所

 無人となった村から出発したカイム達だったが、そこからの移動の間は特に襲撃らしい襲撃もなかった。

 そして、教会の近くへと辿り着く。もちろん教会が何もない原っぱの上にあるということはなく、街の中に立っている。そこを街と言えるのなら、だが。

 

「まるで帝都のようだな……?」

 

 家屋のような建造物が立ち並んでいる。しかしこの世界で一般的に見られる建築様式とは根本的に異なるものにも見える。

 少なくともその街の外観は、アンヘルが呟いたように帝都のそれにそっくりである。

 

「人の気配がしないわ」

「この街に入った後はどうなるか、分かったものではないね」

 

 イチイバルとギャラルがそれぞれ目と耳を凝らしてみるが、人々と営みが感じられない。確かにたった今も人の気配はないのだが、そもそもここは街として機能していたのだろうか。

 それぞれ警戒しながらも街へと踏み込む、それと同時だった。カイムは近くに現れた気配へと反射的に剣を振る。その刃で裂かれたのは、レギオンとはまた違う敵の姿。

 

「異族です!でも何処から!?」

 

 ロジェが見つけた異族へと炎を飛ばしながら声を上げる。気がつけば異族の群れが取り囲む形で現れていた。

 決して異族はそこまで強くはないものの、何かが近づいてくる気配などなかった。となると考えられるのは、瞬間移動でもしてきたか?

 その答えはロンギヌスが真っ先に出していた。斧を投擲しようとした異族へと飛びかかり貫きながら叫ぶ。

 

「裏側への繋がる空間の裂け目をポータルにしています!どうやってなのかは分かりませんが……」

「なるほど。マナナンとマクリル、二人がいる可能性もあるね」

 

 イチイバルが名前を出した二人のキル姫。この世界で唯一自由に裏側へと繋がる空間の裂け目を作り出せるキル姫達だったが、異変が始まってから誰も見つけていないのは、天使の教会に捕まっているからと考えれば不自然なことではない。

 最悪の場合、神がなんらかの手段で二人を自由に操れている可能性まで考慮すべきだろう。

 カイムが走り、新たな敵を殺戮できる喜びに身を任せ古の覇王を振るう。雑魚を蹴散らすのは爽快だが、幾ら殺したところで数が減らないのに気が付く。

 

「ちょっと!?多すぎない!?」

 

 同じく気が付いたミュルが苛立ちと共に声を張り上げる。そもそも異族が何なのかを知った上で相手するのはそこまで気分がいいものではないという点も併せて、苛立ちばかりが募っている。

 

「何故今になって足止めを……?時間なら幾らでもあったはず」

「いや、違うな。小奴らの狙いは戦力の分散だ」

 

 鉄塊を勢いよく振り回し異族を吹き飛ばしながらアンヘルはそう言う。確かに異族の数は多いが、誰かが足止めすれば進むことは容易だ。

 時間稼ぎが目的ならば、もっと教会への行き先を徹底して防いでもいいはずだが、そういう動きは見当たらない。

 

「なら私が残ります。多数への相手なら自身があります!」

「ロジェ一人だけは危ないでしょ。ミュルも残るわよ!」

 

 ならば話が早いと二人が立候補する。イチイバルは二人を置いていくことに躊躇するが、他に反対するものもいないのでそれで進むことにする。

 ロジェが派手に魔法を放つ。巨大な火球が空へ放たれ、それが弾け飛び火の雨と化す。物量を物量で制している間に、全員が駆け抜ける。

 そうして異族の包囲網を掻い潜るが、敵の襲撃はそれだけでは終わらない。教会へ移動している間に、広場へと辿り着く。街の中心なのか、やけに広い。滅茶苦茶怪しいので警戒を強め辺りを見ていると、やはり襲撃。

 レギオンが近くの建物から勢いよく飛んで出てくる。しかし一行はそれがレギオンであると認知するのに遅れる。全身が真っ赤に染まっているからだ。

 

「これは、赤い鎧の兵と同じ……!?」

 

 レギオンの拳を神器で受け止めながら、七支刀は驚く。そのレギオンの纏う赤は、間違いなく血の色をしていた。つまりエルフの血を付け対魔術能力を高めたレギオンということだ。

 今までそんなレギオンを見なかった辺り、やはりここには天使の教会の戦力を集結させているのだろう。

 

「信者の成れの果てがこれとは、笑えぬな!」

 

 両手を握りハンマーのように振り下ろしてきたレギオンを真正面から弾き、お返しに腕を斬り飛ばす。しかし感覚が重い。血を纏っているだけでもなさそうだ。

 

「……まさか、天使の教会がしていることは」

「ええ、快くレギオンになってくれる信者を増やし、戦力にしていたのです。先程の村のように」

 

 イチイバルの矢が光を纏い、レギオンの頭部へと放たれる。しかし光は弾かれその力の大半を喪失してしまう。それでも頭に突き刺さり、絶命はさせたが。

 しかし、どれだけの信者がレギオンになったのかは分からないが、全戦力が投入されているとは到底思えない数だ。やはりこれも、戦力の分断を狙った襲撃なのだろう。

 

「……この中で魔術が使えないのは僕と七支刀、ロンギヌスか」

「でも、大丈夫でしょうか。これだけ人手が削られてしまうとグリードに負けたり……」

 

 キッとカイムが七支刀を睨みつける。まさか俺達が負けるなどと思ってないな?と言外に告げている。

 

「すみません、私は進みたいです。二人に任せてもよろしいですか?」

「……」

 

 イチイバルはレギオンの数を見て、二人だけで対応できるか考える。最初の奇襲こそこちらの人数よりも多かったが、増援のペースはそこまででもない。それにこちらの分断が目的ならば、過剰な戦力の投入をしてくる可能性も低い。

 それに、狙撃手の自分と防御が得意な七支刀なら相性も悪くないだろう。

 

「分かった。先に行ってくれ!」

 

 カイムが跳び上がりレギオンの首を刎ねると、反転して教会へと向かい走り出す。それに続くようにギャラルとアンヘルもレギオンを吹き飛ばし、走り出す。

 ついでにロンギヌスが氷の力を解き放ち、こちらを追おうとするレギオンの足止めだけして走り去る。

 まんまと掌の上で踊らされているようで、カイムは不快感に眉を潜める。だが、現状どうしようもないのも事実。カイム達はただ走る。



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第8節 黒の倨傲

 よくやく教会まで辿り着いたカイム達だったが、そこには門番が立っていた。目を閉じ斧を地面に突き立てて立っているグラトニーが、ゆっくりと目を開く。

 

「なるほど、君達が残ったんだね」

「貴様と話すことなどない。疾く失せよ」

「そうはいかないんだ」

 

 グラトニーが血のような赤い刃を持つ漆黒の斧、黒葬斧を持ち上げ構える。その様子を見たロンギヌスは覚悟を決めた。

 

「私がグラトニーの相手をします。カイム、ギャラル、アンヘル。三人は中へ入ってください」

「ロンギヌスでも、一人じゃ流石に危険だわ」

「構いませんよ。どうせ既に二度死んだ身ですから」

「でも……」

 

 カイムとアンヘルはともかく、どうしても心配なギャラルが渋る。

 しかし本来の歴史であれば敗北し、また"敵"に殺される目前だったこともあって、自分を生者だと思えないロンギヌスはそこまで心配されることもないなと考える。

 

「いいから行ってください」

「覚悟を無駄にするつもりか?」

「……分かったわ」

 

 四人が何やら話している様子を見ていたグラトニーだったが、全員がグラトニーへと視線を移したことを確認する。

 

「作戦会議は終わりかい?まあどうせ君達はみんな僕に食われることになるけどね」

「いえ、グラトニー。貴方の相手は私一人です」

「何?」

 

 ロンギヌスが槍を突き刺し氷を放つ。氷が波のように侵食していきグラトニーへと迫るその瞬間、悪魔の血を纏わせた一撃でグラトニーは粉砕する。エネルギーは鉤爪のようになり、氷など容易く砕ける。

 しかし氷の波が崩れ落ちたその後に残っていたのは、ロンギヌスたった一人だけだった。

 

「ちっ!」

 

 今の一瞬で突破されたのか。驚き半分でチラッと教会の入口を見たその瞬間、ロンギヌスが猛スピードで突貫しその身体を貫こうとする。その一撃は斧の腹で受け止めるが、威力に堪えきれずにグラトニーは吹き飛ぶ。

 悪魔の血を失ってしまったエンヴィに、これほどの力が?これはまるで……

 口には出さないが驚愕の色に顔を染める。

 

「なるほど、君のことを侮っていたようだ。強さという理想を捨てた弱虫と言ったこと、謝らせてもらうよ」

「嫉妬の業がなくても、私は強くなれます」

 

 それはロンギヌスが一人で天使の教会へと潜入したときのことだ。あくまで武器を手に入れるのが目的だったので、グラトニーの追撃からも逃げるだけだった。だからこそ、戦うことから逃げた、強さから逃げ出したとグラトニーは思っていた。

 しかし今、ひたむきに強さを求めていた時の君の方が、幾分かマシだったと言っていた時の落胆の表情はそこにはない。道は違えどロンギヌスなりの理想を捨てずにいる彼女を、好敵手として見ていた。

 

「ならば暴食の業の前に食われることだね」

 

 キル姫らしい、戦いへの快楽を一切隠さない凶暴な表情でグラトニーは飛びかかる。高く飛び風を纏わせ、絶大な威力の一撃を放とうとする。

 普通なら避けるであろうその攻撃を、あえてロンギヌスは真正面から受けた。同じ氷を纏わせ、振り下ろされる斧へ目掛けて槍を突き出す。

 とてつもない威力のぶつかり合いにロンギヌスは勢いよく吹き飛ばされる。グラトニーも斧を握る手へと反動が来て、一瞬だけ斧を手放してしまいそうになる。

 しかしグラトニーが気にしていたのはロンギヌスよりも、ロンギヌスの握る槍の方だった。これだけの威力のぶつかり合いを起こしてなお、傷一つ付いてない。

 

「君の神器、そんな形状だったかな?」

「……なるほど、神器と言われると納得できますね」

 

 ロンギヌスも笑いながら立ち上がる。本来は戦いを望まない優しい性格のロンギヌスだが、エンヴィとして人格が一度変化を得て好戦的になっているからこそ、純粋にこの戦いを楽しむ気持ちがあった。

 更にグラトニーの指摘にも、素直に頷く。この武器を、兵士長の聖槍(The Spear Longinus)を一目見た時から感じていた感覚は、まるでこれにキラーズが宿っているかのように感じていたのだと納得する。

 互いが互いの強さを認め、ニヤリと笑う。一瞬の静寂のあと、それから先に手を出したのはグラトニーだった。斧を勢いよく地面へと叩きつけると、衝撃波が地面をえぐりながら迫っていく。

 ロンギヌスは腰を落とし深く構えると、あえてその衝撃波の中に飛び込み真正面からの一撃を放とうとする。衝撃波の中を貫くその一瞬で、全身が傷だらけになるが気にすることなく突き進む。

 まさかの判断に驚きながら、グラトニーは斧にもう一度悪魔の血の力を溜める。しかし驚きで僅かながらも対応が遅れたせいで、真っ直ぐ飛んでくるロンギヌスを迎撃することが出来ない。諦めて防御に徹するが、それさえも貫かんとばかりの重い一撃が突き刺さる。

 更に、ロンギヌスが頭部か心臓を狙ってくると考え構えていたせいでうまく防御することが出来なかった。ロンギヌスが狙っていたのは脇腹。かつて聖人の脇腹を突いたとされるロンギヌスだからこその一撃。衝撃を殺しきれず、今度こそ斧は弾かれてしまう。

 しかしそこからの判断は早かった。全速力でロンギヌスが突っ込んできたせいで、その一撃を放ったあと退くのが遅れる。その隙に全力の拳を腹に叩き込む。

 

「がッ!?」

 

 決して体術への精通している訳ではないが、力には自身のあるパラシュが放った一撃は重く、ロンギヌスの身体をくの字に曲げる。もう一撃を狙おうとするが、ロンギヌスは殴られた勢いで槍の柄をパラシュの脇腹へぶつけていた。

 

「ぐッ!?」

 

 二人共よろめいて、それからグラトニーは斧を拾おうと視線を反らしてしまう。その隙を見逃すはずもなく、ロンギヌスは飛びかかりグラトニーを押し倒す。それから槍を持ち上げ、その脳天目掛け……

 

「………?」

 

 反射的に目を閉じてしまったグラトニーだったが、何も来ないことに違和感を覚え目を開ける。槍の刃先はグラトニーの眼前で止まっていた。

 僅かばかりの静寂。しかし思い出したかのようにグラトニーが動く。怒り任せに、今度はグラトニーがロンギヌスを押し倒した。そして首を締める。

 

「目の前の敵一人殺せないなんて、随分と弱くなったね!」

 

 グラトニーは今度こそ大きな落胆と失望を感じていた。確かにロンギヌスは以前よりも強くなったように見えていたが、キル姫として、武器として弱くなってしまっていた。同じキル姫を殺すことに一切の躊躇がなかったあのエンヴィが。

 しかし、ロンギヌスの首を締めながらもエンヴィは困惑をしていた。流石に苦しそうにはしているが、それでも笑っていたからだ。自分のことを殺せず、そのせいで逆に殺されそうになっているこの状況で。ついに頭がおかしくなってしまったのかと思ったが、ロンギヌスの手が優しく自分の手に触れる。混乱がますます大きくなり、ついには締める手の力を緩めてしまった。

 

「何なんだ、君は……」

 

 ロンギヌスがゆっくりと息を整えて、それから喋りだす。

 

「貴方は、私達が友情ごっこをしていると言いましたよね」

「それが何だい?事実だろう」

「カイムという男が、そんなことをするような人物に見えますか?」

 

 グラトニーが知っているのは、カイムは契約者であり、とてつもない力を持っているという点だけだ。それは神から教えられた事実であるが、人物像については全く知らない。知る必要もないからだ。

 

「カイムは復讐と殺戮のため。レオナールは贖罪と正義感で。アリオーシュは狂乱と食欲、セエレは妹探しと勇者ごっこ。ヴェルドレは神官長としてと言いつつも、本当は一人じゃ何も出来ないから。ギャラルはカイムのことを大して知らないのに依存しているし、七支刀だけ本気で世界を救おうとしていて滑稽でした」

「……」

 

 ロンギヌスが何を語ろうとしているのかが分からない。興味半分、混乱半分のまま続きの言葉を待つ。

 

「みんな自分勝手だったんです。そんな中でも、本当なら敵である私をみんなは受け入れました。とても奇妙な旅でした」

「それは、都合が良かったからじゃないのか?」

「そうですね。でもそれは私達ブラックキラーズも同じ。神の命令だからこそ一緒に行動しただけで、心に抱えているものは違う。お互い利用するだけの関係性」

 

 そう言われれば、似たものなのかとは思う。もちろん、彼らの旅路を実際に見てきた訳では無いので、あくまでロンギヌスの言う通りならという点。

 

「でも、一つだけ違うのは、みんな誰の道具でもないということ。誰に命令されるわけでもなく勝手に集まって、違う意思を抱えながらも同じ道を歩んだ。グラトニーは、パラシュは、どちら側ですか?」

「何が言いたいんだ」

「神の道具として戦うか、皆の理想と共に戦うか、どちらですか?」

 

 ロンギヌスは笑みを絶やさない。今ロンギヌスは、エンヴィはパラシュを説得しているのではない。挑発しているのだ。神の理想とか言っているけど、結局今のお前は神の道具でしかないんだぞと。お前の大好きな理想とやらは、その程度なのかと。

 

「かつて同じ神の道具として戦ったからこそ、理想を重んじる貴方が神の道具のままであること、納得出来ないんですよ」

 

 神の側と、カイム達では本質的な所は同じなのだ。違いは道具なのかそうではないのかの違いしかない。それでもお前は道具であることを選ぶのかと。

 ふっとパラシュは笑った。確かにパラシュ個人にとって、この世界の人間を絶滅させることへの興味はない。パラシュ個人の理想はそこにはない。

 パラシュが横に倒れる。ロンギヌスと並ぶように、地面へと転がる。

 

「君の理想に免じて、ここは引き分けにしようか」

「私が勝ってませんでしたか?」

「いや、トドメを刺せなかったのだから勝ちはないだろう」

「ならば今からでも再開しますか」

「それは……やめておこう」

 

 二人の負けず嫌いが笑う。ふざけて言い合っているが、実のところ二人共限界である。

 塩の降る空を見上げながら、二人はゆっくりと瞳を閉じた。



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第9節 異存スル弱者

 カイムを先頭に、三人は教会の中を走る。しかし教会の中は不気味なほど静かだ。

 広いが特に構造が複雑ということはない。真っ直ぐ進んでいく先にあるのは祭壇。その中央に、ティルフィング、いやグリードが佇んでいた。

 

「何故人間を助けようとするのです?」

 

 三人を、いやカイムとアンヘルの二人を見つめながらグリードは問いかける。

 

「さてな。敢えていうのならば、愛故か」

「……そんなくだらないもののために、竜が人に味方を?」

「見ているだけでは解らぬものよ。我も愛がここまで複雑で面倒で、愛おしい感情とは知らなかった」

「ねえ、それよりもどうしてグリードは神に従うの?」

 

 グリードとアンヘルの問答を遮り、ギャラルは問いかける。出来ることなら話し合いで解決したいという意思がそこにはあった。

 すべての元凶は神であり、従わされているだけなら彼女に罪はないと信じたいから。

 

「貴方は、この世界を救えると考えてますか?貴方なら分かるはずです。こんな世界、一度終わらせた方が幸せなのだと」

「ギャラルも考えたことがあるわ。でも、それは真に幸せじゃないと教えたのはティルフィング達じゃない!ティルフィングの貴方がそんなこと、言わないでよ!」

「……世界は滅ぶ。その事実は変わらない」

 

 毅然とした態度で語るグリードだが、その瞳の奥には僅かながらの悲しみが見えていた。ギャラルは何て言えば分からずに、口をパクパクさせるものの結局言葉は何も出ない。

 その様子を見かねたアンヘルが代わりに言葉を発する。

 

「その諦めは覚悟か、或いは逃避か」

「何?」

「賢者は戦いより死を選ぶ。更なる賢者は生まれぬことを望む。……貴様は自らが賢者になったと考えているようだが、時には大馬鹿者になったほうが救われることもある」

 

 誰が大馬鹿者だと反論したげなカイムだが、本気で怒っている様子はない。カイムもまた、馬鹿げたことをしていると自覚した上でここに立っている。

 

「確かに大馬鹿者ですね。貴方がたは何も分かっていない」

「ああ愚かだとも。愚か故に、愛になど縋るのだろうな」

 

 アンヘルは鉄塊をカイムへと放り投げる。それを受け取ったカイムは静かに構える。もう話すことはないと言わんばかりに。

 

「待って!まだ話は……」

 

 困惑するギャラルをよそにグリードも構える。

 

「……見せてください。私一人倒せないようで、何か出来るとでも?」

「なんで、なんでそうなるのよ!」

 

 やりきれない気持ちを胸に、ギャラルも諦めて月光と闇を構える。彼女の瞳に映る諦観と覚悟は、言葉で揺るぐことはない。

 アンヘルは炎の球を生み出し無差別に撃ち出すと同時にカイムは走り出す。続いてギャラルも走り出す。炎の球は簡単に切り払われ、カイムの斬撃も軽くいなされる。カウンターで拳を叩き込みながらもギャラルの剣も防ぐ。

 するとグリードの身体が突然床に沈み始める。床に広がる黒い空間。それを床と表現するのが正しいのかさえ分からない。その空間に消えてしまったので、攻撃なんて出来ない。

 直後、アンヘルは足元へ僅かな違和感を覚える。咄嗟に飛び退いた瞬間、グリードが飛び出しながら素早い斬撃を放った。少しでも遅れていたらアンヘルの身体は真っ二つになっていただろう。

 その上でグリードは外したことを認知すると、天井を蹴りもう一度アンヘルへと攻撃を仕掛けようとする。しかし目の前に火柱が上がりグリードの身体は吹き飛ばされる。ギャラルの魔法だ。

 更に落下地点目掛けてカイムは走り、重たい一撃を食らわせようとするが、落下しながらも体制を整え直撃を防いだ。床に立つが、更にいつの間に背後へと回っていたギャラルが、大上段からの一撃を浴びせようとするが、再び暗闇の中へと沈んでしまう。

 次は誰を狙うのか。警戒する三人だったが、今度はカイムの足元から現れる。素早い連撃を放ちながら出てきたグリードだが、今度は飛び上がることはなくそのまま怒涛の連撃を浴びせる。カイムは全て鉄塊で防ぐものの、華奢な腕から放たれているとは思えないほど重く的確な連撃に、腕が耐えきれない。

 アンヘルが一撃の威力を高めた火球を放ちグリードの妨害をする。直撃すれば不味いと判断し、振り返りながら一閃。しかし火球は爆発を起こす。

 直後、挟み打ちの形でカイムとギャラルの刃が迫る。しかもカイムは足元を狙っている。三度も同じ手は使わせないために。

 グリードの剣はカイムの剣を受け止め、ギャラルのことは蹴り飛ばした。見事に顔面に蹴りが直撃し、その勢いで吹き飛んでいく。

 しかし蹴るために片足を浮かせたのなら当然、受け止める力が減ってしまう。鉄塊の重さも乗せた全力の一撃は、グリードの体制を僅かに崩す。しかしそれで十分だった。その一瞬で古の覇王へと持ち替え、先程のお返しとばかりに連撃を放つ。

 更にアンヘルの大魔法がグリードを追撃する。剣へ悪魔の血を纏わせ、全力の一撃でカイムを強引に弾き、連撃で大魔法さえ防ぎ切る。

 それから更に、グリードはもう一撃を放つ。しかしそれは誰もいない方向へと放たれた。教会の壁が崩れ外が明らかになる。

 グリードはそのまま外に向かって走り出ていく。閉所での戦闘は不利だと感じたのか。カイムが慌てて追いかけると、漆黒のドラゴンの背に飛び乗る彼女の姿が。そのままドラゴンは炎を放ちカイムを焼こうとする。

 全力で跳び、何とか炎から逃れる。しかしその黒いドラゴンの姿は、カイムの中からかのブラックドラゴンを想起させるのに十分だった。国を襲い両親を殺し、狂ってしまった親友を乗せたあのドラゴンを。

 続いて飛び出したアンヘルと、遅れて来たギャラルも状況を認識する。

 しかし、カイムとアンヘルの視線は一度ギャラルへと向く。

 

「待て、それは……」

 

 ギャラルが首からかけているのは巨大な笛。神器ギャラルホルン。持ってなかった筈のそれを手にしていることに驚く。

 

「偶然見つけたのよ。教会に隠されてたなんてね」

 

 吹き飛ばされた先でキラーズの気配を感じ、ついでに回収してきていたのだ。

 グリードとドラゴンを追撃するためアンヘルも竜の姿へと変身する。二人が背に乗り、空へと舞い上がる。



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第10節 異形ノ末路

 塩の舞う空に、二匹の竜が相対する。

 

「雑魚が、我らに敵うと思うなよ……!」

 

 そう挑発するアンヘルだが、何処か楽しそうでもあった。ギャラルが神器を鳴らす。ラグナロクの始まりを告げる笛は、今この戦いの始まりを告げていた。

 お互い距離を維持しながら火球を撃ち合う。しかしその程度では何方も掠りもしない。カイムとグリードは、竜の背で剣を構える。

 先に仕掛けたのはアンヘルの方だった。急上昇し太陽を背にして、ブラックドラゴン目掛けて炎のブレスを撃ち出す。ブラックドラゴンも同じく炎を吐き反撃を狙う。互いの炎が勢いを打ち消し合い広がっていく。

 しかしブラックドラゴンの方は、炎を吐きながらも少しずつ近づいていた。二匹のドラゴンの炎が止まった瞬間、グリードが構えブラックドラゴンが加速する。しかし、グリードは直感で突撃をやめドラゴンを横に躱させる。

 それは正解だった。強大な魔力の塊がドラゴンのいた場所を通過する。それは教会へと落ちていき、大爆発を引き起こした。

 目を凝らして見れば、アンヘルの背には扉。ギャラルが仕掛けていたのだ。

 更に横に避けて、突撃する勢いが削がれたことも考え一度距離を取り直そうとするブラックドラゴンへ、アンヘルの大魔法が放たれる。無数の炎の弾がドラゴンとグリードを追尾し焼き切ろうとする。

 全速力で逃げ避けようとするドラゴンへ、更に火球の追撃を浴びせながら追撃をする。全て避けきるのは不可能だと諦め、グリードが剣で切り払いながら対処する。

 

「やはり、手強いですね……!」

 

 追ってくるアンヘルへと向けて、グリードは斬撃を連続で放つ。悪魔の血の力を纏わせた斬撃は、漆黒の刃となり撃ち出される。しかしそれさえも、カイムが鉄塊で的確に弾いていく。

 更にブラックドラゴンは急速旋回しアンヘルへと向き直り、近距離でのブレスを撃ち出す。アンヘルもまた前方へ羽ばたき、追っていた身体を無理矢理止めて即座にブレスの反撃を吐く。

 再び空でぶつかり合う炎。しかしそれは本命ではなかった。

 炎の壁を飛び越え、グリードが直接カイムへと攻撃を仕掛ける。上空から落下しながらの一撃を何とか防ぐものの、アンヘルの背という不安定な足場では堪えきれずに、二人共地上へと落ちていく。

 

「カイム!」

 

 アンヘルが叫ぶ。この高さからあの勢いで落ちれば、いくらカイムでも無事では済まないだろう。

 追うようにギャラルも飛び降り、背には誰もいない竜が相対する。アンヘルも心配だったが、ブラックドラゴンはそうはさせないと体当たりをかます。

 しかしカイムも伊達ではない。攻撃を食らう瞬間、僅かに斜め方向へ力を逃していた。そのお陰で錐揉みながら二人は落下していく。

 鍔迫り合いする剣を右手だけで持ち、左腕を伸ばしグリードの胸ぐらを掴む。そして、グリードを叩きつけるようにして地面へと落ちた。

 グリードを盾にしても、落下の衝撃自体がなくなる訳では無い。両腕が痛むが、それでも何とか力を込めて距離を取り直す。

 グリードも立ち上がり、反撃を狙うがギャラルの放った魔力弾がまばらに落ちてくる。直撃を狙ったものではなく、この瞬間の動きを制限するためのものだ。

 空では二匹の竜がぶつかり合っている。この様子ではお互いに、竜の背へと戻るという選択肢はないだろう。

 再び月光と闇へと持ち替えたギャラルが、その切っ先をグリードへ向ける。

 

「もう逃げ場はないわよ」

「……ええ、逃げ場など最初からありません」

 

 グリードが勢いよく地面へと剣を突き刺す。すると、また地面に暗闇が広がっていく。しかし先程とは違い広いこの空間で、あの技を狙ったところで有効打にはならないだろう。

 そう思い、カイムは走り出そうとして止まる。いや、何かが違う。よく見てみれば、暗闇から無数の武器が生えてくる。実体はないのか半透明だが、それでも異様な光景。

 瞬間、グリードが加速した。文字通り一瞬で接近し、神速の連撃を放った。

 カイムは咄嗟に連撃を防ぐが、その時鉄塊が真っ二つに折れた。

 即座に古の覇王へと持ち替え、連撃を放ち切ったグリードの背中へと剣を振る。しかしそこにいたのは残像だったと言わんばかりに、姿がかき消える。

 更にグリードは半透明の剣の一つを引き抜く。青白い刀身を放つそれと、持っている黒葬剣と合わせた二刀流となり、今度はギャラルへと斬りかかった。

 一撃目は防いだが、二撃目が柄を狙って放たれ月光と闇を手放してしまう。更に三撃目が心臓を狙い剣を突き刺そうとするが、ギャラルが即座に飛び退いたことで外れる。直後に神器を掻き鳴らし扉を出現させ、逆に反撃を狙った。

 しかしグリードは、二刀を交差させるように球を斬ると、威力が分散した球が四方に散り明後日の方向で小さな爆発が起きるだけ。

 その直後だった。古の覇王の小さな刀身が、グリードの腹を背中から貫いていた。

 

「くっ……!」

 

 ギャラルの攻撃はあくまでミスディレクション。本命はカイムだったのだ。しかし腹を貫かれた程度で即死するほどやわではない。

 何とかしてカイムへの反撃をしようと、そちらへ視線を向けた瞬間。

 

「はあああああ!!!」

 

 威勢のよい掛け声。しまったと思った時には遅く、グリードの心臓を前から信義が貫いていた。ギャラルはもう一本、剣を隠し持っていたのだ。

 そして二人同時に剣を引き抜く。血を吹き出しながら、グリードはその場に膝を付いた。

 それと同時に、ブラックドラゴンが地上へと墜落する。その上にのしかかるようにアンヘルが降りてきて、咆哮をあげた。最期の抵抗をしようももがくドラゴンは、動かなくなった。

 

「……これでもまだ、足りぬか?」

 

 流石に心臓と腹を貫かれ、抵抗する力は残っていないだろう。その場から動かないグリードへ、アンヘルは問いかける。

 地面が元の色に戻っていく。無数に現れていた武器は闇の中へ溶けていく。

 

「………ふふっ」

 

 小さく笑う。誰にも、グリードが笑った理由は分からない。

 

「これで、天使の教会もおしまいです」

「他のブラックキラーズはおらぬのか」

「いませんよ。神にとって、必要なかったようですから」

 

 ゲホッゲホッと、咳をする。グリードの口から血が吐き出される。心臓を貫かれたのだ、喋るのも辛いはずだ。

 

強欲(グリード)の名前は、貴方がたに、上げましょう。わたし、は……」

 

 ゆっくりとグリードの身体が、自らが作り出した血の池へと落ちる。見開かれた瞳に、もう力はない。

 グリードの呆気ない最期を見つめる三人。そこへ、ぞろぞろと足音が集まってくる。

 みんな怪我はしているが、そこには誰一人欠けずにいた。むしろ、何故か傷だらけのロンギヌスに肩を貸しているグラトニーがいるまである。

 

「勝った、のか……」

 

 イチイバルが、呆然と呟く。はああと大きなため息を吐きながらその場に崩れる七支刀。そんな七支刀の側で同じく脱力するミュルに、イチイバルの元へ小走りするロジェ。

 緊張の糸が切れたのだろう。気絶してしまったロンギヌスが落ちないように支え直すグラトニー。それからゆっくりと地面へと降ろし、ギャラルの元へ歩く。

 

「やっぱり、彼女の説得は叶わなかったようだね」

「グラトニー、よね?……いいの?神の理想は」

「……まあ、エンヴィに感謝することだね」

 

 決して仲間ではなかったが、強欲の業を得るだけの高い理想を描いていたグリードへ、グラトニーは黙祷をする。

 ギャラルは、グリードを刺した時の返り血で紅く染まっている自らの手を見つめていた。

 

 

 天使の教会との戦いは終わったわ。けれど、それが全てを解決したわけじゃない。それでも、間違いなく大きな前進で、一つの区切りだったと思う。

 だから、これから起きることは、また別の話よ。

 

 

 dream of gree[D]



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第6章 weight of the world
第1節 解決策


「さあさあ始めよう、喜劇的な物語を」
「さあさあ終わらせよう、悲劇的な物語を」
「幾度の可能性の先にあるのは絶望かな」
「長い旅路の終わりにあるのは希望かな」
「「さあ、物語の続けよう」」


 ……イチイバルが、二人をジッと見る。

 

「誰に話しているんだい?」

「気にしないで。これも私達の役割だから」

 

 マナナンが笑う。マクリルが頷いて同意する。問題は、何故この二人がいるのかという点だろうか。実のところ、それはさしたる問題ではない。

 天使の教会との戦いの後、教会の中から二人がひょっこり出てきたのだ。どうやら教会の中に捕まっていたらしい。更に裏側への入口出口を開かされていたようだ。

 

「でも、これで出来るかもしれない」

 

 パラケルススが言う。今、元コマンドキラーズ達の家に集っているのは、カイム、アンヘル、ギャラルホルン、七支刀、イチイバル、ミュルグレス、ロジェスティラ、マナナン、マクリル、パラケルススの計十人。流石に狭いが、パラケルススはここでないと駄目と言うのだから仕方がない。

 

「まず一つ、わたくしがここならば神からの影響を受けない理由は分かった」

「じゃないと残った意味ないもんね〜」

「……原因は、ずばりアンヘル、君だよ」

「どういうことだ?」

 

 アンヘルは珍しく首を傾げる。アンヘルが特に何かしたわけでもないので、当然理由は分からない。

 

「どうやら一言で魔素と言っても、全てが真同じではない。神が何処からか送ってきた魔素と、アンヘルから出ている魔素は僅かなながらも違う性質を持つようだ。そして君がここで暮らしているからこそ、この家の中は君の魔素の方が多く占めている」

「つまり、神の魔素をどうにかすればいいんだね」

「……でも、見分けは付くのでしょうか?」

 

 かなり大切な情報だが、やはり根本的なことは変わっていない気がする。結局、神の魔素への対処法がなければ変わらない。

 

「そもそも、神の魔素って何処から来たの?誰か知ってる?」

「それなら、知ってるよ」

「うんうん、よく知ってる」

 

 答えたのは、意外にもマクリルとマナナンの二人だった。

 

「やはり、そうなんだね」

「そう、大半は裏側から来たんだよ」

「私達が出したんだ」

 

 あっさりと語られた衝撃の事実に、予想通りだったパラケルスス以外の視線が二人に集まる。

 

「待って、大半は?なら残りはどこなの?」

「それなら君達三人の方が覚えがあると思ったけれど、違うかな?」

「……アレか」

 

 パラケルススの言葉に、アンヘルが理解する。君達三人、つまりカイム達に覚えがあると言うのなら、もうアレしかないのだろう。

 三人がこの世界へ帰還した時に戦った、あの強大な"敵"。神側の産物だろうし、崩壊した際にばら撒いたと考えれば不自然ではない。

 

「もしかして、あの……何ていうのかしら?」

 

 ギャラルも遅れてその答えに辿り着くが、さてなんて表現したものか。言葉が出てこないせいで固まる。

 

「なるほど、あの像のことだね」

 

 それからイチイバルも、二人が何を言いたいのかを察する。イチイバルはアンヘル達と"敵"の異次元の戦いを目撃していた。

 ただ、"敵"という先入観がないからか、或いは遠目だったからなのか、像という呼び方を思いついたのが二人との違いだ。

 

「なら、新しく神の魔素が増える可能性は低いですよね」

「裏側の魔素も、そいつの魔素みたいだけどね」

「ほう?」

「異世界との繋がりが出来たから、本来裏側になかった可能性が出来た。だから裏側に神の魔素が出来た」

「神はそれにいち早く気がついて利用した。捕まるとは思わなかったよね」

 

 さらりと語るマナナンとマクリルだが、イチイバルは渋い顔になる。裏側に存在しているのならば、また揺らぎで裏側が開いた時に流れ込んでくる可能性があるのではないかと考えたからだ。

 

「じゃあ繫がりってやつをなくせば神の魔素もパッと消えたりしない?」

「それは難しいだろうね。ここにいるカイムとアンヘルや、持ち込まれた武器、そして白塩化症候群の患者やレギオンと山のようにある。しかも、ギャラルと七支刀、ここにはいないがエンヴィもあちらの世界に行ったことある事実も繋がりと呼べるはずだ」

「そう都合よくはいかないか〜。面倒だね」

 

 名案だと思ったけどな〜と呟きながらミュルは適当に寝っ転がる。まあ頭いいやつ何人もいるし、自分はそこまで考えなくてもへーきでしょと思考を放棄し始めていた。

 

「マナナン、マクリル。君達が裏側から魔素が来ないようにすることは出来るかい?」

「そこまでしなくても、自然に大量に流れてくることはなさそうだよ。実際そうだったし」

「関係する揺らぎが起きたら、ありえるかもだけど」

「なるほどね」

 

 ならば、とりあえずはその点は気にしなくていいのかとイチイバルはほっとする。

 

「二人に確認したい。裏側は今、異世界と繋がっているか?」

「うんうん。道が出来てるね」

「エンヴィさんを送ったのも、裏側を通してだからね」

「やはりか」

 

 パラケルススはこれまた想像通りだったと頷く。それなら神の魔素を、どうにかする方法はある。

 

「そうか、魔素を異世界に送り返すつもりだね?」

「ああ。具体的な手段は考えないといけないが、決して不可能ではない」

「……我の魔素と神の魔素を分けなくても、まとめて送ってしまえばいいのか」

 

 この場で賢さトップ3になっているだろう三人が、話し合い始める。なんか仲間外れにされているような、いらないと言われているような不快感にギャラルは少しだけ眉を潜める。

 

「なんか纏まってるみたいだし、ミュルは休んでくるね」

「ご飯の用意しますので、皆さん少し待っててください」

『……素振りでもしてくるか』

 

 もうこの場にいなくても大丈夫だろうと感じた面子がリビングから出ていく。

 ギャラルもふああと大きな欠伸を一つ。ギャラルがもっと賢ければ、話に入れたのかなと思いながらもリビングから出て自室に向かう。

 それは疎外感から来るのか、劣等感があるのか。自分でも処理しきれていない感情がもやもやとしていたが、本格的に世界を救う手立てが見えてきているのは素直に嬉しいことだった。



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第2節 無重力に惹かれて

 少女は、コップに注がれた赤い液体を見つめる。体感数分間は見続けていたが、我慢の限界が来たのだろう。手に取り、一気に飲み始めた。

 

「ぷはーっ!やはり、これに限りますね」

 

 居酒屋のおっさんくらいのノリで飲み干した彼女へ、グラトニーは冷たい視線を送る。

 赤い液体というのはトマトジュースであり、飲み干したのはエンヴィもといロンギヌスである。

 

「飲んだのは何日ぶりでしょうか。グラトニーも飲みますか?」

「い、いや……」

 

 グラトニーは名前の通り暴食の業を背負っている。その副次作用で、大食らいになっている節がある。そんな彼女の前で、そこまで美味そうに飲まれたら、いやでも飲みたくなるだろう。

 

「それより話を戻さないか。それを飲むためだけにここに来たんじゃないだろう」

「……あまり、真面目な話をする気にはなりませんが」

 

 空になったコップをゆらゆらと揺らし、それから近くの店員に追加で注文した。三杯も。

 酒が入っていないと話が出来ない駄目人間みたいな雰囲気を感じて、グラトニーは呆れる。神を裏切ったのは失敗だったかもしれないと、冗談半分に考える。

 

「どうなるか、ですよね」

「間違いなくあるだろうね」

 

 カイム達が行う、最後になるであろう作戦。それを聞いた二人は心配していた。

 伝えに来たミュルグレス曰く、上空へ裏側へのゲートを開き、そこから魔素を全て異世界へ送り返す算段らしい。そのために魔術の心得がある人間を集めている段階のようだが、何事もなく終わることはありえないと二人は知っている。

 

「異世界由来のものならば、自然とそちら側へと惹かれていく。だから裏側のゲートへ空気ごと魔素を送れば自然と還元される。面白い発想ではありますが」

 

 その作戦の是非については、二人共何とも言えない。むしろその裏側から呼び出された側であるのだから、思うところはあるが心配している点はやはりそこではない。

 

「裏側から現れるであろう異族や魔獣へ対処するために、ゲートを一箇所だけにする。確かにそれは間違いではないが……」

「さて、対処出来ますかね」

 

 届いたトマトジュースへ手を伸ばしながら、ロンギヌスは考える。やはりトマトジュースは美味しい。こんなに美味しいのに、嫌う人がいるのが理解できない。いや考えるべきはそちらではなく。

 ロンギヌスの脳裏に浮かぶのは"敵"の姿。神は結局の所、自分達のことを道具としてさえ信頼していなかった。だからこそ、神はまだ手札を隠し持っているという確信があった。

 

「……僕たちは、ユグドラシルへ行くべきなんだろうね」

「ええ。お別れはいりますか?」

「いいだろう。これが最後なんだ。キミも、表舞台に出てくるべきだと思うけどね」

 

 ガタッと近くで物音がする。二杯目のトマトジュースに手を伸ばし、小さくため息を吐く。

 自分達は、結局の所存在しないものだ。今でこそこのラグナロク大陸から秩序は失われ混乱の最中にあるものの、全てが正常に戻るとき、存在しないものはどうなるかというのは想像が付く。

 誰かさんはミーミルを介することで存在を保っていたようだが、自分達にはそういう依代とか、伝承とか、信じて待っている仲間とか、そんなものはないのだから。

 

「最期の休息になりますから。あげますよ」

「………いや、随分と押してくるね?」

 

 差し出された三杯目のトマトジュースを見て、グラトニーは苦笑いをする。別に苦手ということはないのだが、ここまで強火に押されると逆に引いてしまう。

 まあ、彼女がトマトジュースを愛する心も、ある意味理想なのかもしれない。と、無茶苦茶な考えを浮かべながらトマトジュースを一気飲みするのであった。



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第3節 檻の中

 ギャラルは何をするでもなく、ただぼんやりと座っていた。近くでカイムが素振りをしている。体力に余裕されあれば、すぐに素振りを始めるのは、凄いなあと考える。

 何となく隣を見れば、七支刀も同じく座っている。目を閉じて何か考えているようだが、それが何なのかまでは分からない。

 本当なら、ギャラルも作戦のために説得して回る役をやりたかったのだ。魔素を裏側を通じて還元させるのはいいが、この世界の魔素全てを裏側へ送り込まないといけない。だから、作戦の規模も大きくなる。なので、借りれる限りの力を借りないといけない。

 しかし、キル姫への誤解と反感は完全に解けたわけではない。危険も付き纏うから、ギャラルは作戦の時まで休んでいて欲しいと言われてしまったのだ。最初はそれでもやると押し通そうとしたが、誰も認めてはくれなかった。

 

「カイムは、いいわよね」

 

 素振りに没頭しているカイムを見て、呟く。ああやって一人で時間を潰せるし、素振りとはいえあれだけ行っていれば強さにも繋がるのだろう。

 

「ギャラル様も、してみたらどうですか?」

 

 今まで口を閉じていた七支刀が、ようやく口を開いた。その言葉に悪意は一切ない。

 

「休めって言われてるのに、体力使うのも変だわ」

「身体を休ませるのも大切ですけれど、心も休まないと、ですよね?」

 

 七支刀が立ち上がり、ギャラルの手を引き立たせる。手にはいつの間に持ってきていたのか、二振りの木刀があった。

 

「わたくしから挑戦させていただきますよ」

「……もう!分かったわよ!こてんぱんにしてあげるんだから!」

 

 七支刀から挑んだのだから、ギャラルが休むという言いつけを無視したのではない。そういう理屈でやらせようとしている。

 それを理解したからこそ、遠慮するつもりはない。それっぽい理由付けて挑んできたことを後悔させてやろうと、全力で挑む。

 二度三度、木刀同士がぶつかり合う音がする。カイムは素振りをやめて、ギャラルと七支刀の"決闘"を見守ることにした。

 

「心配なら、気にしてやればいいだろう」

『あの子に必要なのは、俺みたいな人間じゃないだろう』

 

 側で見守っていたアンヘルへ、カイムは答える。一度はフリアエのために、二度はギャラルのために世界を救おうとはしている。けれど、そこに大義があるわけではない。心から人々の幸せを願っているギャラルとは、対極の位置にいる人間だ。

 そんなカイムの心情に、アンヘルはため息を吐くしかない。この男は気がついているのだろうか。殺戮への衝動を、復讐という理屈で正当化させようとしたことと、同じことをしているのに。ギャラルを純粋に想うことを恥ずかしがって、自分はギャラルに相応しい男ではないと理屈を掲げ諦めようとしていることに。

 何度目の攻撃か。特に技とかもない、力まかせの攻撃が七支刀を狙う。しかし、一歩、また一歩と引きながら確実に攻撃を受け流している。剣筋には、意外と感情が乗りやすい。まして、ギャラルは元々剣に精通しているわけではない。尚更崩れやすいのだ。

 有効打を出せないことに焦れたギャラルが、大上段からの重たい一撃を放とうとする。しかし大技を放つ時というのは、どうあがいても隙が出来るもの。受け流しながら足を引っ掛けると、ズルリとギャラルの上半身が落ちていく。慌てて身体を起こそうとするが、ギャラルの首へ木刀の刀身が当てられる。

 

「わたくしの勝ちです」

「………ふん!」

 

 ぷいっと顔を背けて、木刀を放り投げ、地面に寝っ転がる。塩が目に入らないようにフードを目深に被る。

 誰がどう見ても分かるくらい、不貞腐れていた。

 

『……子供だな』

 

 ここ数日、カイムから見てギャラルは子供っぽい言動が増えた気がする。ミッドガルドからこちらの世界に来た直後も似たようなことを思っていた気がするが、まあ、それは悪いことではないのだろう。ギャラルの精神年齢は見た目通りであり、むしろ今までが大人しすぎたのだ。

 

「放っておくつもりか?」

『ほっておけばその内機嫌も直すだろ』

 

 七支刀は、ギャラルが投げた木刀を回収してから、今度はカイムの方へ歩いてくる。

 何だかんだ付き合いは長いが、やっぱりカイムは七支刀という女が嫌いだ。偽善者ぶっているのもそうだが、いまいち掴み所がないのも相手していて苦手と感じる。

 

「やっぱり、ギャラル様を元気づけられるのはわたくしではなくて、カイム様です」

『ミュルグレスの方がいいんじゃないのか』

 

 特に皮肉とかではなく、素直にそう考えた。レッドアイを殺し塞ぎ込んでいたギャラルを叩き起こしてきたのは、間違いなく自分ではなくミュルグレスだ。

 説得するのが得意そうには見えないし、単純に相性がいいのだろう。

 

「我がエンシェントドラゴンを超えられたのは、お主のお陰だ。伝説へ無謀にも挑んだ大馬鹿者が、小娘一人に怖気づくか?」

『……!』

「わたくしは、決してカイム様が善い人とは思ってませんが、常に前線に立ち戦う姿はかっこよかったですけどね」

『お前はもっと積極的に戦えばどうだ?』

 

 二人に煽られて、流石にカイムも見て見ぬふりは出来なかった。少しの間。覚悟を決めて、ギャラルへと歩き出す。

 

「何よ?」

 

 もちろんギャラルには、先程のやり取りは全て聞こえていた。けれど、あえて知らんぷりする。

 すると、カイムが急に手を引いて立ち上がらせる。また"決闘"でもするつもりかと目を逸らしたままでいたが、次の瞬間ギャラルの感情はぐちゃぐちゃになった。

 ぎゅっと、優しく、でも力強く抱きしめられた。カイムとの身長差に、改めて自分が子供だと実感させられる。でもそれ以上に、胸の鼓動が収まらない。それはカイムも同じだということも伝わってくる。

 いつまで抱き合っていたのか。それからカイムはギャラルの手を引いたまま歩き始める。

 

「カ、カイム!?何処に……!?」

 

 ずかずかと歩いていくカイム達を、二人、いや三人は見守っていた。

 

「……あれ?」

 

 想像とは違う方向に進んだと、七支刀は思っていた。ギャラルがカイムに好感を持っていることには気がついていたが、カイムがギャラルを女として好いていることは知らなかったのだ。

 

「初々しいですね……」

「ひゃっ!?ロジェスティラ様!?」

 

 いつの間にそこにいたのやら、恍惚とした表情で立っているロジェに驚く。

 

「何のようだ?」

 

 アンヘルが聞くと、真面目な顔に切り替えて話し始める。

 

「段取りが決まりましたので、皆さんにもお伝えしようと思ったのですが。……明日でも大丈夫ですが」

「ああ。夜は長いだろうな」

「ですよね!」

「……?」

 

 具体的に何とは言わずとも、どうやら通じ合っているようで七支刀は目をパチクリさせる。

 

「それとですね、エンヴィさんとグラトニーさんを見かけませんでしたか?出来ればお二方にも参加してもらいたいのですが、何処にいるか分からなくて」

「知らぬな。今から少し探してもよいが、あまり期待はするな」

「わたくしもお手伝いします。……何処に行ってしまったのでしょうか?」

 

 アンヘルも七支刀もロジェも、天使の教会との戦いの後、二人が姿をくらましてから一度も見ていない。

 これからどうするか考えたいというグラトニーと、それに付きそう形で付いていったロンギヌス。今更神に寝返ることは誰も心配していないが……

 少しづつ、最後の戦いへと日は迫っていく。



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第4節 最終兵器

 パラケルススが咳払いをする。各々が最後の作戦へ向けて休息は取った。もう、やることは一つだ。

 

「ちょっと待って。なんでパラケルススがいるの?」

 

 街の中。改めて作戦の説明をするということで、多数が集まっている。……そう、街の中。だからミュルは質問をした。

 

「ここ数日、神の声が聞こえなくなってね。白塩化症候群に新たに掛かった人がいないというのも、みんな知っての通りだろう」

 

 天使の教会を落としてから何日経った後だったか。パラケルススを洗脳しようとしていた神の干渉が失われていた。もしかしてと思って確認した所、新たな白塩化症候群の患者がちょうどその日から出ていない可能性が高い。流石に世界の隅から隅まで確認を取る術はないが、どちらにせよほとんどいないという一点に間違いはない。

 

「神は諦めたのでしょうか?」

「いや、むしろこれは嵐の前の静けさだと思うべきだ。あの性悪が素直に身を引くとは思えぬ」

 

 アンヘルはカイムとギャラルを尻目に、楽観的な発言をした七支刀を咎める。

 これから真面目な話になるというのに、二人共周りの目を気にせずにくっついている。今までが中途半端な関係だったからなのか、結ばれた途端これである。特にギャラルが甘えたがるのは分からないでもないが、カイムもデレデレなのが仲がよくなくとも察せられるレベルだ。

 

「エンヴィとグラトニーは?」

「それっぽい二人組を見たという話はあるが、連れてくることは出来なかった」

 

 曰く、ユグドラシル方面へ向かっていったそうだ。あの二人がこのタイミングで行動を起こしたのは気がかりだし、追うべきではあったのだが作戦の日程へ影響が出そうだったので諦めた。

 何しろ、今回の作戦には人類のほとんどが関わることになる。おいそれと日程は変えられない。

 

「……そうか。作戦を確認しよう」

 

 ロジェスティラが合図をした後、各地にいる魔術師に特定のポイントを狙って風を起こしてもらう。一人一人が起こせる風は大したことないが、相当数が参加するので嵐くらいの風にはなることが想像される。

 なので、家屋への被害を可能な限り減らすために上空へ裏側へのゲートを開くことになる。マナナンとマクリル、そしてカイムがアンヘルで上空へ生き、風が来るまで待機。来たタイミングで開く。

 ゲートの下部でロジェスティラが、ゲートへ風が向かうように制御。そして、魔術を使えるものがいなくなればそれでおしまい。

 魔素を用いた魔術なのだから、それが唱えられる者がいなくなった時、魔素の大半を排除することが出来たことになるだろう、という理屈。

 と、流れはそこまで難しくない。問題は神が無抵抗でその作戦を通すとは考えられないことである。

 一つはレギオン。数は減ったとはいえ完全にいなくなった訳ではない。そこは魔術師と同様、各地の戦力を合わせて抵抗することになる。

 そして一つはゲート。マナナンとマクリルを操れなくなった以上、神が裏側を使える最後のチャンスとなる。何か仕掛けてくる可能性は非常に高い。なので、キル姫全員がロジェスティラと同じくゲート下部で待機し、迎撃を行うというもの。

 作戦が終われば当然ゲートを閉じる必要があるので、アンヘル達にはゲート付近の上空で待機してもらうことになるが、ゲートから襲撃されるとしたらかなり危険だ。それでもカイムとアンヘルの実力はみんなよく知っているので、彼らに任せることにした。

 

「仮にだが、この作戦が失敗すれば二度はないと思ったほうがいいだろう」

「……風を起こすだけなら、いつでも出来ないかしら?」

 

 ギャラルが素朴な疑問を出す。待機組だったからこその疑問だ。

 

「いや、今回の作戦は信用問題なんだ」

「?」

「僕達が本当に敵ではなくて、本気でラグナロク大陸を取り戻そうとしている。それを各地の人々に信じてもらって、協力を得た」

「世界の為にどれだけ貢献したとて、知らねば英雄にはなれぬ。人間とはやはり、面倒なものだな」

 

 アンヘルがいつも通りの憎まれ口を叩くが、そこに悪意はない。言葉は相変わらずだが、喋り方がいつもより優しいものだとカイムとギャラルは気がつく。

 

「まあミュルにはカステラという報酬があるからね。その分は働くよ」

「全く、にゃんころは素直じゃないね」

「?………あ!?今ミュルのことなんて言った!?」

 

 そのあだ名で呼ばれることが久々すぎて、理解が遅れながらもぎゃーぎゃーとミュルは抗議。しかしイチイバルもミュルも、見守っているロジェも楽しそうにしている。長らく解決策も見つからず、仲間も失いずっと緊張の糸が張っていたのだが、平和が目前に迫っているという事実が少しだけ心を和らげたのだろう。

 

「……ほんと、楽観的だね」

「いいじゃないですか。下を向いたままでいるよりも、前を向いていた方がきっと幸せです」

 

 呆れながらも微かに笑みを浮かべるパラケルススと、いつぶりに見たか分からない平和な光景に安堵する七支刀。

 しかし、そんな時間は終わりを告げる。

 

「さて、これが本当に最後の休息だ」

 

 ズルズルと、マナナンがマクリルを引きながらやってくる。約束の時間通りなので特に問題はないが、何で引っ張られてるのかと周りは疑問を浮かべる。

 というのも、マクリルは流石に緊張していた。マナナンと再開して少しだけ明るくなったとはいえ、世界の命運を握る今回の行為からはちょっと逃げ出したかった。

 

「そんな怖がらなくても大丈夫だよ。喜劇的なことが待ってるって!」

「う、うぅ……」

 

 相棒を恨めしそうな顔で見てから、色々と諦めた。やらないわけにはいかない。

 

「アンヘル、カイム。頼む」

「承知した。……が、暴れたら振り落とすかもしれぬぞ?」

 

 落ち着きのないマナナンを睨んで警告する。はいはーい大丈夫でーすと本当に大丈夫か怪しい返事を聞きつつ、アンヘルは竜の姿へと変身する。

 アンヘルの背に三人が乗る。そこにギャラルが追いかけて、カイムへ手を伸ばした。アンヘルが察して背を低くする。

 

「カイム。気を付けてね」

『心配するな』

 

 完全に男と女の関係になってるな〜とロジェが内心思うが、特には言わない。

 アンヘルが勢いよく飛び立つ。赤い身体が小さくなっていく。それと同時に、全員が移動を始める。流石に街のド真ん中で戦闘する訳にはいかないので。

 少し離れた所にある、空き地。平地なのでここの辺りがいいだろうと予め目星は付けておいた。特にイチイバルは狙撃ポイントを先んじて調べてある。

 そうしてその上空で、アンヘル達が停止する。イチイバルが腕時計を見て、時間を待つ。三つのが12に触れた瞬間、イチイバルは叫ぶ。

 

「ロジェ!」

「はい!」

 

 ロジェが信号弾代わりの魔法を空に放つ。ロジェの信号弾を見た者達が、更に遠くの者へ伝えるために信号弾を放つ。その繰り返しで世界中へと、作戦の開始が告げられた。

 

「始まったか。……そなたらの仕事だぞ」

「うんうん。やるよ!」

「……!」

 

 二人が上空へとゲートを作り上げ開いていく。その間にも風が吹きすさぶ。カイムは風で暴れる髪を抑えながら、現れるであろう脅威を見るために目を逸らさずにゲートを見続ける。

 そして、少し大きめの空間の裂け目が出来上がる。

 

「さて、鬼が出るか蛇が出るか……!?」

 

 アンヘルはすぐに異変に気がつく。空気が震えている。風の影響とは全く違うなにか。恐ろしいまでの魔力を秘めた存在が、裏側から顕現しようとしている。

 それはエンシェントドラゴンと対峙した時か、"敵"の母体と対峙した時か。或いはそれ以上かもしれないだけの、潜在的恐怖がアンヘルを襲う。

 カイムが首元へ手を伸ばし、抱きつくようにして暖める。しかしそのカイム手も僅かに震えていた。

 

「こ、これは……?」

「だから嫌だったのに」

 

 マナナンとマクリルも、裏側を通過しようとしている何かへと驚きを隠せない。

 そうして、劇場の幕は上がる。いや、むしろその幕を突き破るようにして現れたモノ。その姿を見た全員が、驚愕と困惑に襲われる。

 

「「「「「「「「「ウワアアアアアアア!!!」」」」」」」」」

 

 絶叫を上げながらソレは、複数の巨大な球体が連結していた。複数の脚が生え、まるで百足のようになっていた。笑顔にも見えるような、恐ろしい顔を付けていた。

 ソレは、世界への、絶望を撒き散らしていた。



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第5節 エミール/絶望

「「「「「皆!ミンナ!」」」」」

「「「「消エテシマエ!!!」」」」

 

 誰もの想像を上回る異様な存在に、全員が竦む。羽の類は付いていないが、それは浮遊していた。空を徘徊しながらも、弾を降らせる。雨のように降り注ぐそれは住宅街へ降り注いでいく。

 一つ一つはそこまで大きくないが、凝縮された魔素は地面に触れる度弾けていく。住宅街だった場所は、あっという間に更地へと変わっていく。

 

「何だあの化物は!?」

「助けてくれー!」

「いやあああ!」

 

 ギャラルの耳に届くのは、悲鳴。悲鳴、悲鳴、悲鳴悲鳴悲鳴悲鳴。そして、嘆き。

 

「このぉ!」

 

 イチイバルが矢を番え、ロジェが攻撃するための魔法を唱え始める。アンヘルは火球を吐き、マナナンとマクリルもそれぞれ魔弾と魔法をぶつけていく。

 正気を取り戻したギャラルも、慌てて神器をかき鳴らす。

 

「わたくしは避難誘導をしてきます!」

「あーもう!ミュルも!」

 

 想像していた遥か上を行く脅威。人々の自衛など全く意味をなさない。今回の作戦を聞いていても、個人の都合で街から離れられなかったものも多数いる。

 それでも敵の誘導はできると踏んでいたが、その程度の敵ではなかった。

 その間にも、放たれた全員の攻撃が敵へと命中する。しかし、外傷は全くない。そもそも本当に当たったのか、自分の目を疑いたくなる程度には。

 

「僕が全力の攻撃を撃つ!ロジェも合わせてくれ!」

「はい!」

 

 イチイバルが番えた矢、いや光そのものが収束していく。ロジェの周りに業火が吹き上がる。敵は巨大なせいで感覚は狂うが、かなり移動速度が早い。確実に命中させるために、二人共神経を研ぎ澄ませる。

 アンヘルも上空への待機をやめて、二人の攻撃に巻き込まれないように迂回しながら合流することにする。

 

「こんなに離れると閉じられないよ?」

「人のいない世界、守っても仕方なかろう!」

 

 炎で牽制しながら距離を取る。そこへ、二人の放った一撃は叩き込まれた。

 光が空を照らした。舞い散る塩が延焼し空が燃えた。吹き荒れる上空で炸裂した二人の技は、神々しい光景を生み出した。

 

「効いたか!?」

「いや、どうだ……」

 

 爆煙の晴れた空には、相変わらず敵が浮かんでいた。しかし、やはり傷らしきものは見えない。

 しかし視線はイチイバル達へと注がれていた。そこで初めて脅威だと認識されたのだ。

 

「来るぞ!」

 

 反撃が来る。そう思ってみな身構えたが、違った。それは分裂した。繋がっていた九つの玉は全てバラけ、四方へと散り地上へと落ちてくる。

 

「ちょ、ちょっと〜!?」

「させません!」

 

 その一つが、ちょうどミュルと七支刀、そして逃げ遅れた避難民のいる方向へと落ちてきた。励起した神器は激しく回転を始め、暴虐と化した風が降ってくるそれへと直撃する。

 あくまで自由落下していただけだったようで、方向がズレて人がいない所へ着地する。

 しかしそこでまた恐ろしい事実に気がつく。分裂した玉全てに、同じ顔があることに。

 

「みな伏せよ!」

 

 空から観察していたアンヘルが、地上の全員へと警告する。アンヘル自身も、降りていた所を急旋回して少し飛び上がる。そして、次の瞬間。

 

 光が走った。そして轟音と共に薙ぎ払われた。

 

 何が起きたのか。伏せていたパラケルススが顔を上げると、そこには……何もなかった。いや、残骸と、近くにいる仲間達だけがそこにあった。

 

「は……?」

 

 唖然とする。地形が書き換えられたと言われたら、そうだと納得できる程度には恐ろしいことが起きた。

 

「ま、まま……?」

 

 七支刀が咄嗟に庇った、腕の中にいる少年が声を漏らす。決して戦場になんか慣れていない一般人が、アンヘルの警告で間に合うはずもなく。

 首から上が抉り取られた挙げ句、身体も耐えきれなかったの吹き飛び損壊していた。それを見てしまった少年は、オェと吐き始めた。

 

「なに、これ」

 

 ギャラルの身体から力が抜けそうになる。今まで相対した敵とは比べ物にならないナニカが、一瞬でこの辺りを壊滅に追いやった。

 

「何なんのだあれは!?」

「悲劇だね。悲劇的すぎて、うん……」

 

 空から見ていたアンヘルは見たのだ。地上に落ちた敵の、全ての目が赤い光を纏い出したのを。そしてその直後、赤いレーザーが放たれたこと。そして、放ちながらぐるりと回転し、全てを薙ぎ払ったのを。

 しかしカイムは空を見上げる。まだ風は止んでいない。壊滅的な被害を受けたのは事実だが、何も終わってはいない。

 

『アンヘル、しっかりしろ!』

「あ、ああ……そうだな、まだ終わってはおらぬな」

 

 アンヘルが自らの恐れを払拭するために、一際大きな咆哮を放つ。それと同時に、九つの敵は全てアンヘルを睨んだ。

 地上から空へ、全てを焼くかのようにビームが放たれる。逃げ場を潰すように無数の弾がばら撒かれる。どれか一つでも触れれば致命傷は免れないだろう。アンヘルは全力の機動で躱し始める。

 

「数だけの弾など、今更当たるものか!」

「うわああああ!?」

「ほらほらほら!」

 

 アンヘルの機動に目を回すマクリルと、反撃を始めるマナナン。マナナンが攻撃に集中できるように、カイムがその身体を掴む。

 

「ふざけんなあ!」

 

 雷が落ちた。ミュルが掲げた神器ミュルグレスへ、莫大の雷が注がれる。トールの力を得たミュルグレスは、まさに雷神そのものに見えた。

 七支刀ももう一度全力を出す。空へ向けられた神器七支刀は、天を割く竜巻へと変わっていく。

 

「!?」

 

 近くの敵が、そり大きな脅威が側にあることに気が付き二人へと振り向く。

 しかしそこには七支刀しかいない。雷そのものと化したミュルグレスが肉薄し、歯が敵の身体へと食い込んでいく。

 

「七支刀!ミュルごとやれぇ!!」

「なっ!?…………はい!」

 

 ミュルの言葉に驚くが、きっと彼女なら大丈夫だと信じ神器を振り下ろしていく。落ちていく嵐はミュルを巻き込んでしまうが、全身を裂く痛みに堪えながらも押し通す。そして最後には、歯と刃が敵の身体を貫いた。

 

「アアアアアアアアア!?!?」

 

 それは絶叫を上げながら、機能を停止した。その背後で、ミュルが地面に伏す。

 

「ミュルグレス様!?」

 

 慌ててその身体を抱き起こす七支刀。全身に傷が出来てしまっているが息はある。とにかく避難させなければと背に抱え、更にショックで気絶してしまっている少年も連れなければと顔を上げて、気が付いた。

 幾つもの赤い相貌が、七支刀を睨んでいることを。

 

「あっ」

 

 変な声しか出なかった。死を、直感した。

 逃げ回るだけのアンヘルよりも、仲間を死に追いやった敵へと敵意を移す。それは、何もおかしなことではない。

 しかし、アンヘルがその巨体で一体を押さえつけた。狙いがズレて、空へと赤い光が放たれた。終焉を纏った一撃が、敵の側面へと命中する。他にも脅威はいると、狙いを変えた。

 アンヘルから飛び降りたカイムが剣をその身体につき刺そうとし、マナナンが追い打ちする。距離を取り直していたマクリルは、ロジェと共に魔法を放っていた。

 半数の敵意が反れた。七支刀は死にものぐるいで跳んだ。生きられる可能性があるなら、諦めてはいけない。

 ミュルの長い髪へとレーザーが掠った。千切れた髪は落ちることなく灰燼へと帰す。

 

「はっ……はあ……はっ……」

 

 生きているし、ミュルも巻き込まれなかった。その事実に安堵しながらも、何とか息を整えようとする。しかし、七支刀の視線の先には先程の少年がいた筈の所があった。そして、今そこには何もなかった。

 

「………」

 

 ふらふらとした足つきで、七支刀は走り出す。都合よく命を救えないことは、もう嫌ほど知っていた。無知ながらも世界平和を願っていた七支刀もう、何処にもいない。

 

「「「「ボク達ハ!!」」」」

「「「「守ッテ来タ!!!」」」」

 

 敵は叫ぶ。絶望に塗れた呪いを口にする。

 

「これの何処が!?」

「ええい、神の戯言など聞く必要もないわ!」

 

 アンヘルが再びカイムとマナナンを回収しながら飛び立つ。

 

「「「「永遠……!」」」」

「「「「仲間ガ倒レテモ戦ッタヨ!!」」」」

「この!」

 

 自分がどれにも狙われていないと悟ったパラケルススが、神器パラケルススを勢いよく突き刺そうとする。

 

「ッ!?」

 

 直後反転し、転がって距離を取りレーザーを放ってきた。

 

「まずッ!」

 

 反応したということは効いているということ。それ自体はありがたいことだが、逃げるのに間に合いそうにない。やってしまったと、最期の反省をしようとした所で、誰かに手を引かれた。

 そして、パラケルススがいた所にレーザーが走る。そこには、もう誰もいない。

 

「約束と違うよね」

 

 灰色のドレスを身に纏い、墓石のような物を抱えた少女がそこにいた。

 

「タスラム!?君は関わりたくないって……」

「死ぬのは嫌だって言ったんだけど」

 

 突如として現れた強烈な死の気配へ、敵の視線は再び集中する。

 

『もう一度だ!』

「決めちゃうよ?」

 

 その隙を狙ってカイムが再び空を舞う。続いてマナナンが魔銃を乱射しながら降りていく。先程カイムが突き刺した部分へ狙いアンヘルが大魔法を放ち、マナナンの攻撃が続けて刺さる。そして最後に古の覇王が、傷口を抉り開いた。

 再び絶叫を上げながら、また一つ機能を停止する。

 

「「「デモ!」」」

「「「「永遠ニ続ク戦争ガ……!」」」」

「「「永遠ニ終ワラナイ争イガ!」」」

「「「「「「「ボク達ニ叫ブンダァァ!!!」」」」」」」

「黙れぇえ!!!」

 

 パラケルススが一撃を加えていた敵の側に、イチイバルが現れる。遠距離で駄目ならば、ゼロ距離で全力の一撃を撃ち込むだけだ。

 パラケルススが作った小さな傷目掛けて、怒りのままに光を撃ち放った。それは刹那の閃光の後に、爆発を生み出した。撃った自分も当然巻き込まれて吹き飛ばされていく。

 しかしイチイバルが特攻した甲斐あってか、更に一つ停止へと追い込んでいく。

 

「「「「「「コンナ世界、意味ガ無インダァァアアア!!!!」」」」」」

「そんな自分勝手!」

 

 ギャラルが再び笛を鳴らすと、扉から獣が顔を出す。全力のエネルギーを込めた、最大の一撃を繰り出すために。

 

「私も合わせます!」

「……!」

 

 炎と闇の魔法が、ギャラルの隣で練り上げられていく。一般人が見れば、それだけで世界の終焉なのだと感じられる程度には恐ろしい力がそこにはあった。

 助けに来たのはいいが、特に逃げる手段を持っていないタスラム・獣刻・バンシーとパラケルススは、全力で逃げていた。しかし三人が放とうとしているエネルギーへと視線が移り難を逃れる。

 そして、炎と闇を纏った終焉そのものが敵へと撃ち込まれる。

 

「アァ……」

 

 ようやく、永遠が終わる。抵抗を諦めた一体へと直撃し、地獄を生み出した。地獄へと飲み込まれいったそれは、二度と機能することはなかった。

 しかし残った五体は、ギャラル達三人へ狙いを定めたまま。全力を出し切った直後で動けない。助けられる人はもう限られていた。

 

「マクリル!?」

 

 少なくともカイム達の背で、相棒のピンチにマナナンが叫ぶ。それと同時にアンヘルは加速し、三人の元へ着地した。そして尻尾で三人を吹き飛ばし、カイムはマナナンを掴んで放り投げた。

 そして、敵の視線は、落ちてきたアンヘルへと。

 

「生きよギャラルホルン!!」

「待っ……!」

「……達者でな」

 

 赤が、赤に飲み込まれていく。

 放たれた十のレーザーは全てアンヘルの上半身を狙っていた。光が収まった時、そこに立っていたのは上半身を無くし血を吹き出していた、かつて偉大だった竜の姿だった。

 

「………」

 

 ギャラルは吹き飛ばされた衝撃で背中を打ち、そのまま倒れていた。疲れとは違う。身体に力がハイラない。ナニが、起きた?

 意識が黒い泥の中に落ちていく。ロジェが何とか立ち上がり、ギャラルを担ぐ。その視線の先には、血の海に沈んだ、愛する人達の亡骸。

 

「タスラム!」

「……あ、うん」

 

 バンシーの力を解き放つ。死者の嘆きが、死告精の叫び声と共にあがる。太陽神が魔眼を打ち破ったとされる力と合わさり、冷酷な死がそこに顕現した。

 敵の一体が凍りつく。氷の棺へと、閉じ込められたのだ。そして、その棺へとパラケルススが向かっていく。風を帯びた短剣は容赦なく棺ごと敵を打ち破る。

 しかし、反撃はそこで止んでしまった。各々が全力を出し負傷し、あの強大な敵を破るだけの力は損なわれた。

 

「オマエ達ニ!」

「コノ痛ミガ!」

「苦シミガ!」

「絶望ガ分カルカァアァ!!!」

 

 四体の敵は、今度こそ全ての敵を殺し世界を終わらせようとする。再び赤く光りだす瞳は、まるで死刑を告げるようだった。

 

『承認しました』

 

 意識が落ちきる寸前だったギャラルの耳に、妙な音が届いた。直後、誰かが途轍もないスピードで接近してくる。

 

「うおおおおおおお!!!」

「「ッ!?」」

 

 攻撃を仕掛けるために、敵同士が接近していたのが悪かったのか。突如現れた、鞄を持った女性。何処かで見たことがあるような気がするソレの特攻を、二体のエミールが直撃することになる。

 飛び掛かった女性の身体から放たれた、超濃縮された魔素が破滅的な威力を生み出した。閃光が、全員の視界を焼いた。二体のエミールが、特攻へ飲まれ停止した。

 自爆の勢いでギャラルとロジェの前に落ちてきたソレに、ギャラルはただ困惑する。

 

「アコー……ル……?」

 

 前に月光と闇を買った商人の、アコールの筈。そのアコールがどうしてここにとか、さっきのは何だとか、疑問はひたすら湧くが、一番はその姿。

 剥き出しになった()()の身体。彼女が人間ではない証拠。

 

「このルートが、唯一世界の滅亡を逃れられる可能性がある……だから、仕事を、した、まで」

 

 アコールは、機械は、そこで力尽きた。

 

「……あああああ!!」

 

 ギャラルの中で、何かが弾けた。月光と闇を握り、ロジェの背から飛び、血溜まりの方へと飛ぶ。カイムが使っていた古の覇王を握り、敵の一体目掛けて飛んでいく。

 弾幕を張り迎撃しようとするが、弾を掻い潜り肉薄する。

 

「…………まだまだぁぁあ!!!」

 

 同時に、敵の背後からもう一人接近していた。雷光が疾走る。挟み打ちにされていると気が付いた敵を、もう一体がカバーしようとするが動かない。呪術で縛られていると理解することは、当然出来ない。

 三本の剣が押し当てられる。焔と雷が、敵を打ち砕く。交差しながらも、最後の全力を使い果たしたミュルを、ギャラルは受け止める。

 

「……くそっ!」

「そんな!?」

 

 ギャラルもよく見てみれば、二振りの剣の刀身砕けていた。今度こそ、今度こそ終わりなのか。

 

「ララ〜ラララ〜ララ〜」

 

 歌い出す。破滅を。絶望への祈りを。

 

「ああ……光が……見え……」

 

 祈りを、祈りを………祈りは…………果てて………………

 

 最後の敵は、エミールは、力尽きた。

 

「終わった、のか?」

 

 誰も何も言わない。ただ、互いの足を引き皆が集う。

 風は、止んでいない。けれど、少しずつ弱まっていた。これは人々がいなくなったのではない。魔素が減ってきている証拠だ。

 

「やった、んだ?」

 

 もう、エミールは動かない。犠牲は多大だったのかもしれないし、取り返しのつかないこともあるかもしれない。それでも、勝ったのだ。

 少しずつ、少しずつ絶望は希望に変わっていく。

 そして、

 

 ギャラルホルンは絶叫する。

 

「もう、もう嫌ぁあ!もう……」

「どうしたのですか!?」

 

 驚いた七支刀が、ギャラルの手を取る。

 

「どうした……ので……す?」

 

 その七支刀もまた、絶望の色に堕ちていく。空に、空にあったのは……



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第6節 尽きる

 空のヒビが開いていく。それは空となり、世界は赤く染まっていく。

 

「はは……」

 

 七支刀は小さく笑った。こんなにも希望がないと、もう笑うしかない。空から降りてくるソレへの恐怖は、ギャラルと七支刀こそよく知っているものだからこそ、二人の心はあっさりと折れてしまった。

 

 おぎゃあ。おぎゃあ!

 

 ああ、生の喜びを分かち合おう。泣いて、泣いて、いっぱい笑おう。

 降りてくる赤子達はただひたすらに笑う。泣く。世界に再び絶望を振りまくために。

 

「なんで……!?"敵"はもう倒したでしょ!?いやだいやだいやだ!」

「……選択されなかった世界。何もなく、何でもあるのなら。"倒されなかった敵"がいてもおかしくない、ですよね」

 

 嘆くギャラルと、変に冷静になって状況を分析し始める七支刀。二人の錯乱する様子に、周りのみんなも理解する。

 かつて帝都に現れ全てを蹂躙せんとした"敵"が、あの赤子達なのだと。

 そして、やはりあの時と同じ。数えるのも馬鹿らしくなるだけの数が現れていく。空が赤子で染められていく。

 

「……いや、まだ何か手はある筈だ。ある筈なんだ」

 

 意識を取り戻していたイチイバルが、それでもと抵抗しようとする。歩くのもやっとの筈の身体で神器を構え、"敵"を狙撃する。

 しかしあっさりと魔法障壁に阻まれてしまう。全力ならともかく、ボロボロになったイチイバルにそれを破るだけの矢を放つことはできない。

 

「待て、何か変だ」

 

 空で合唱をしていた赤子達は、しかしこちらへと攻撃してくる気配がない。

 比較的体力が残っているパラケルススが、真っ先にそれに気が付いた。続いてマクリルも、"敵"の不可解な行動に気がつく。

 

「さっきの敵に向かってない?」

「ほんとだね?……これはちょっと、喜劇的とは思えないな〜」

 

 "敵"の向かう先はエミール達の死体だった。魔導兵器である彼らを死体と表現するのが正しいのかは分からないが、とにかく向かっている先はエミール達。

 死体に群がる鴉のように、"敵"は集まり始める。エミールに触れない"敵"もまた"敵"の上に重なっていき、それは次第に巨大な玉になった。

 

「……まだ、あるのですか?あれ以上が?」

 

 既に勝利を投げ出すほどの脅威がそこに迫っていたのに、それを上回るさらなる脅威になろうとしている。その事実に、七支刀は呆けている。もはや絶望することにさえ飽きを覚えるような感覚。

 

「でもでも!一つになるならやりようはありますよ!あの数を相手するよりは……」

「それなら良いけど」

 

 吐き捨てるようにギャラルが呟く。濁りきった目の中に、脈々と鼓動する"繭"が映る。或いは"卵"か。

 それはゆっくりと空へ浮かんでいく。"敵"と"敵"の輪郭が失われ、完全な"繭"へと変わったそれは、ゆっくりと開いていく。白くドロリとした液体をしたたらせながら、新たなる存在が誕生していった。

 超巨大な"繭"に相応しい、超巨大な巨人が墜ちた。落ちた衝撃で幾つかの村が消滅した。ゆっくりと立ち上がる。天へ届くであろうその白い巨人は、雄叫びを上げる。

 

『オガーーザーーーン!!!!!』

 

 母を失った悲しみを、怒りを、絶望を。そして、母を奪った世界への、憎しみを。

 もはや原型を失った巨人は、赤く輪郭の歪んだ相貌で、キル姫を睨む。

 

「…………いやいやいや、終焉よりヤバくない?」

 

 ミュルが、思ったことを素直に言った。かつての世界、滅びを迎えようとしていた世界で、感情を得た終焉そのものが変化したおぞましい姿。一瞬だけあれを連想して、それからあれはもっと具体的な脅威だと認識し直す。

 

「これじゃあ死ぬどころか世界滅びない?」

「確かにそうかもしれないね。でも、それでも乗り越えなくちゃいけないでしょう?」

 

 パラケルススの発破は、二人を除いた全員に僅かながらも希望とやる気を取り戻させる。やることは単純だ。あの巨人を打ち倒すだけだ。戦力はこれしかいないし、現実的に考えて勝てるかも分からないが……それでもやらないという選択肢だけはない。やっても駄目だったと言い訳したいのではないが、それでもやる前から逃げるのはやっぱり違う。

 

「行こう。僕達ならやれる!」

 

 タスラム以外が神器を構え、走り出す。それを見送るギャラルと七支刀。

 直後、鐘の音が響いた。もう恐怖も通り越して無に近くなっていた筈のギャラルが、それでも身を震わせた。母体と戦ったときに聞こえた、あの鐘の音。

 巨人の身体から、白と黒の輪が落ちていく。鐘の音と共に、強大な魔力の塊が落ちていく。それが地上に触れた瞬間、再び鐘の音が響く。その音は、途轍もない範囲に響き、響いた場所全てを更地に変えた。

 

「ぐぁあ!?」

「何よこれ!?」

 

 それほどの威力があっても、キル姫達は即死まではしなかった。しかし風船のように身体が宙を舞い、詰めようとしていた距離があっさりと離される。

 再びギャラル達の側へ転がってきたキル姫達だったが、それでも立ち上がる。

 

「まだだ、まだ……!」

 

 赤い光が空を貫いた。巨人の口から放たれた赤いレーザーは、ゆっくりと振り下ろされていく。

 そして、




巨人の圧倒的なチカラの前に、キル姫はあっさりと全滅する。
こうして世界は、神の望むものへと作り替えられたのだった。


[F]atal missing


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"敵"が、異世界の人類が生み出した最強の兵器、エミールを取り込んだ瞬間、圧倒的な強さを持つ化物に変わった。
疲弊したキル姫へ止めの一撃が放たれようとしたその時、空から一筋の光が落ちてきていた。それは……


 化物の口へ赤い光が収束していく。エミールが放ったレーザーよりも、更に強力な一撃が放たれようとしている。それでも世界を守るために皆は走り出そうとする。

 その時、イチイバルが気が付いた。空から化物に向けて何かが落ちていることに。その光に、諦めてしまった二人以外も遅れて気が付く。

 それが何なのか、見えていたのはイチイバルだけだった。一言で形容するなら、岩の巨人だろうか。つまり、ゴーレムというやつだ。この世界にもゴーレムはいたが、それとはまた違う形状のもの。

 一瞬だけ、イチイバルはまた敵の増援が現れたのかと苦い顔をしたが、それは間違いだったとすぐに気が付く。

 ゴーレムの巨大な、あの化物に比べれば大したことのないその拳が、化物の頭部へと炸裂する。重力を乗せた一撃は化物の身体を大きく仰け反らせ、その勢いで放たれたレーザーは明後日の方向を焼いていた。しかも変な大勢でレーザーを放ったせいで、更に仰け反りその場に倒れてしまう。

 

「うわああ!?」

 

 攻撃の反動か、ゴーレムも吹き飛んだ。それがこちらへ飛んできている。

 しかし真っ先に反応したのはギャラルだった。今度こそ泥の中へ落ちていくだったであろう意識が急速に覚醒し、ゴーレム、いやその契約者に向かって飛んでいた。

 

「わっ。ギャラルだ!」

「……セエレ」

 

 受け止めた少年の名を呼ぶ。素直に再開を喜んでいるセエレの顔と、様々な感情でぐちゃぐちゃになっているギャラルの顔は、ある意味対照的になっていた。

 ギャラルがセエレを連れて仲間の元へ降りると、ゴーレムもその場で再構築された。

 

「もしかして、みんなキル姫?」

「そうだ。君は……もしかして、セエレかい?」

 

 イチイバルはその少年を知らなかったが、ギャラルやアンヘルからゴーレムと契約し共に戦った少年がいたという話は聞いていた。

 今目の前にいる少年が、セエレなのだと頭の中で繋がる。

 

「うん」

「でも、なんでセエレが……」

 

 セエレという言葉に反応して、七支刀もゆっくり立ち上がる。それに気が付いたセエレがそちらに手を振り、それからギャラルの質問に答えた。

 

「言ったよね。僕のこと、忘れないでって」

「……うん」

 

 そう。あれはアンヘルとカイムと共に、帝都の空へ飛んだ時の言葉。確かにセエレは言った。

 しかし敗北が決まったも当然のこの戦場にセエレが来てしまったことは、全く喜べない。

 

「ねえ、カイムは?一緒だよね?」

 

 周りを見渡し探そうとするが、ギャラルの沈んだ表情を見て察してしまう。もう、いないのだと。

 

「そっか。カイムはギャラルの為に戦ったんだね」

「ええ。きっと」

「だったら、僕も戦うよ。この世界を守るんだ!」

 

 セエレの瞳は、あの化物を見据えていた。そこに僅かな恐れはあるが、それを上回る覚悟があった。

 

「セエレ、シヌ、カナシイ」

 

 セエレが何をするつもりか理解したゴーレムが止めようとする。ゴーレムにとって一番大切なのは、セエレだから。

 

「止めないで。僕はやるよ。だって、僕は"ちいさい勇者さま"だから!」

「ちょっと待ちなよ。いきなり出てきて、そんな覚悟されて。ミュル達はそんな大人げないことしないわよ!」

 

 突然やってきた少年の、する必要のないはずの悲壮な覚悟。正直勝ち目はないのだが、それでもこんな少年にそんな覚悟をさせてしまうことには、キル姫としての、いや一人の人間としてのプライドが許さなかった。

 しかし、セエレはその言葉に返事する代わりに語りだした。

 

「昔々あるところにひとりの勇敢な兵士がおりました。兵士は時の滴を飲み干し、世界の穴で眠っておりました。ずっとずっと、若くて強い、そのままの姿で……けれども、世界が血で染まった時、兵士は目覚めました。『今こそ、我が命を使う時!』兵士は時の滴にひたった体で、世界の果てを目指しました。兵士は老い、劣り、やがては死にましたが、兵士の永遠の時は、世界に新たな命を作りましたとさ。おしまい」

「何かの物語でしょうか」

「うん。"ちいさい勇者さま"の話」

 

 ロジェの質問に答えたその少年は、笑っていた。

 契約によって時間を失った少年は、そのお話の"ちいさい勇者さま"と自らを照らし合わせていた。

 

「別に死ぬことは勇ましくないぞ」

 

 タスラムが毒づく。獣刻されているバンシーの影響で、死には一際敏感になっているからこそ、はいそうですかとは通せない。

 

「それでも、やるしかないんだ。行こう、ゴーレム!」

「セエレ、トモダチ、マモル……」

 

 セエレの覚悟を受け入れたゴーレムはセエレを担ぎ、未だ立ち上がれてない化物に向かって走り出す。

 

「待って、行かないで!」

 

 ギャラルが手を伸ばすが、当然その小さな腕では届かない。飛べばきっと追いつけるが、足が動かない。

 セエレは止まらない。セエレはただの正義感だけで動いているだけでなく、物語の勇者を演じて悦に浸っいてるだけでもない。心の奥底にあるのはマナへの贖罪。母の虐待を見て見ぬふりをしてきたからこそああなってしまったからこそ、セエレは贖罪しないといけない。子供心ながらも、その意識に突き動かされていた。

 化物はなまじ巨体なせいか、中々立ち上がることができない。その間にとゴーレムがどんどん距離を詰めていく。

 化物が目の前に迫った時には、化物は両腕で身体を支え、膝をしっかり曲げて立ち上がろうとしていた。

 

「ゴーレム!」

「セエレ……」

 

 別れを惜しむように声を絞り出し、それからセエレを掴んで勢いよく投げた。セエレの小さな身体は大きな勇気と共に、化物の腹の上に落ちていく。

 直後、セエレからとてつもないエネルギーが放出される。吹き荒れるエネルギーの嵐の中で、セエレは呟く。

 

「ごめんね……マナ……」

 

 自ら殺した、愛する妹の名と共にセエレの意識は途切れていく。

 異常なエネルギーは周囲の空間へと作用していく。失われた時間が解き放たれ、時間の理を歪めていく。そうして、化物は周囲の空間と共に時間の"檻"へと封鎖された。

 ……辺りには静けさだけが残る。

 

「終わった、のか……?」

「セエレ様が、あんな力を?」

 

 ただみんな、唖然としていた。とてつもない力もそうだが、なんというか、あっさりとことは終わったからだ。あの時の止まった空間は、永遠にそのままなのだろう。

 そうみなが安堵していた時だった。ドンッと、壁を叩くような音が耳をつんざく。空気が揺れている。この異変の正体は……

 

「まさか、あの化物は止まった時間の中でも動けるのか!?」

 

 パラケルススは目を丸くする。止まっている時間の中で動くという、矛盾に等しい行動はもはや説明のつくことではない。

 それから二度三度、同じ音が響く。それと同時に、ギャラルは何かに呼ばれているような気配を感じる。その視線の先には、血の池の中心に突き刺さっている、"カイムの剣"だった。

 そちらへ足取りを進め、触れようとして止まる。いいのだろうか、触れても。少しだけ考えて、それからもう一度同じ音が響く。

 考えている時間はない。今はカイムの力を借りるしかない。覚悟を決めてそれに触れようとした時、誰かに腕を掴まれた。

 

「誰!?」

「それを使うのはやめなさい。契約は、最も大切なものを差し出す危険な行為。それもキラーズ同士で行うというイレギュラーが挟まれば、何が起きるのかは分からないわ」

 

 黒い髪に赤い瞳をした女性がいた。何処かで見たことがあるような気がするが、それ以上に何を言っているのかが分からない。

 契約?これが契約?

 

「それに、もう大丈夫よ」

「あれの何処が大丈夫なの!?このままじゃ、セエレの死まで無駄に……!」

 

 女性へと抗議している間にも、遂に"檻"は破られた。ガラスが割れるように、時の止まった空間が割れる。その不可思議な光景に、みな立ち竦んでいた。

 

「早く!早くしないと!ギャラルがやらないと!」

 

 カイムがいるなら、あの化物でさえも倒せる。確信に近い何かがあった。

 だからこそ"カイム"を手に取ろうとするが、女性の力は強く動かない。

 

「……来るわ!」

 

 化物が今度こそ立ち上がる。腹の上にあったセエレの身体がずり落ちていく。契約者を失ったゴーレムも当然、そこにはいない。

 そうしてセエレの身体は落ちていく。しかしそれと同時に、ユグドラシルの方向から一筋の光が現れた。それは化物の元へと進んでいき、セエレの亡骸を受け止めた。

 ゆっくりと地上へ降りていく。感謝の言葉を述べながら、地面へとその亡骸を降ろす。

 

「ありがとうございます、"ちいさい勇者さま"。貴方のお陰で私は、間に合いました」

 

 青白く輝く聖剣を抜き、空へと浮かんでいく。本来であれば、その柄の名は魔剣の物であるが、今は聖剣と評するしかないだろう。

 桃色の長い髪をなびかせ、化物と対峙するその姿を知らないものはいないだろう。

 

「ティルフィング!?」

 

 力強く光を放つその姿は、まるで女神のようだった。怒りと悲しみを背負ったその表情は、決して悪しき神とその下僕を許さない。

 

「この世界を踏みにじり、多くの人を殺め、キル姫を手駒にし操ろうとした貴方がたを……絶対に許しません」

「なんで、今更……?」

 

 ギャラルは呆然と呟いた。冷静に考えれば、なにか事情があったのだとは察せられる筈だが、今のギャラルにはそうは見えなかった。

 ただ、お前は不要なんだ。お前では世界を救えない。そう告げられているように見えた。

 

「オガーーザーーーーン!!!!」

 

 目の前の理不尽を前に、化物は両手から弾幕をばら撒く。一つ一つがキル姫の全力の一撃はあろう恐ろしい弾幕だったが、しかしティルフィングは一薙ぎで全て払う。

 続けてレーザーを放ち、跡形もなく消し去ろうとするが外す。確かに直撃コースだった筈なのに、無傷のティルフィングがそこにいる。

 

「オ"オ"オ"オ"オ"オ"ーーー!」

 

 鐘の音が響く。化物の周りに白と黒の輪が出現し、落下していく。しかし"オト"の輪さえも一切の容赦なく斬り裂かれる。

 

「………!」

 

 絶対の力を手に入れた筈の"敵"が、初めて恐怖する。恐怖そのものを前に、一歩後退る。

 しかしティルフィングは容赦しない。聖剣ティルフィングへ、虹色の光が集まっていく。青白い輝きと共に、それは巨大な刃へと変わる。

 

「これで、終わりです!」

 

 ティルフィングが何度かその場で聖剣を振る。斬撃が光波となり化物を襲う。一撃で腕が、脚が斬られ更に粉微塵となる。胴体へ三発の斬撃が撃ち込まれ、それが胴体だったとは思えないだろう形状へと変わる。

 そして、最後に頭部へと放たれた斬撃はそれを真っ二つへと割った。

 

「ロジェ!」

「はい!」

 

 その瞬間を待っていたロジェは、最後に空へと風を舞い起こす。化物が死の間際に魔素をばら撒く可能性を考えて、ティルフィングが出てきた直後から体制を立て直し待っていたのだ。

 それは正解だった。宙で分解されていく化物の身体からは神の魔素が撒かれようとしたが、風に乗って裏側を通り本来の世界へと還っていく。

 そんなティルフィングによる圧倒的な蹂躙を、ギャラルはただ見ていることしか出来なかった。

 

 

 その後、わたくし達は復興に取り掛かりました。マナナン様とマクリル様は、ティルフィング様と共に空の亀裂を直すために三日三晩働いたという噂です。

 それから、ファーストキラーズの皆様も元気だったようです。詳しいことは分かりませんが、ティルフィング様と一緒にユグドラシルにいたとかで。

 そのユグドラシルも、花だった姿は元に戻り本来の大樹の姿に戻っています。

 それからです、大変なことがありました。"マスター"とミーミル様が無事発見されたのです。何故神は二人を生かしていたのか、パラケルスス様は神にはまだ策があったのではないかと言っていますが真相は闇の中です。でも、それで良かったのです。

 本当なら、あの時わたくしも立ち上がるべきでした。それが出来なかったことへの贖罪も込めて、復興作業の手伝いを……

 

「お〜、頑張ってるじゃん」

 

 そんな感じで一人考えていた七支刀の元へ、同じく手伝いをしていたミュルがふらっとやってくる。

 

「どうかいたしましたか?」

「いや、よく考えたらあの時のお礼を言えてなかったな〜ってさ」

 

 エミールと戦った時のことだ。あの時は間違いなく、七支刀が助けてくれなければ死んでいた。のだが、その後のことがことで礼を言えてなかったことを思い出したのだ。

 

「ということで、カステラ一緒に食べない?」

「もう、本当に好きですね」

 

 いつもの露出度の高い巫女服みたいな服とは違い、土木作業に向いた作業着を着ているので暑い。何処かで休憩を挟もうと考えていたので、ちょうどよかったなと思いながらミュルに付き合うことにした。

 ……世界は大きく傷付きました。沢山の人が亡くなり、人工物も自然も大きく損ないました。この傷は決して癒えるものではないでしょう。けれど、それでも少しずつ復興して以前の平和が帰ってくるんです。きっと。わたくしは、そう信じています。

 

 

the [E]nd of ragnarok

 

 

 そういえばと、ミュルはカステラを食べながら七支刀に聞いた。

 

「ギャラルのこと、見た?」

「いえ、わたくしは見てませんね」

 

 ふーんといった様子で食べるのを再開した。奢ってもらう約束したはずなんだけどなあと思いつつ、自費で買ったカステラを頬張った。戦いの中で出来た、新しい友達のことを考えながら。




 一頭の鹿が、水を飲みに湖に来ていた。いつも飲みに来るその湖ほとりに、今日は見知らぬものがあった。
 なんだろうなと思い見てみるが、特に動かない。少し警戒してから、それが生き物でないと判断し気にせず水を飲み始めた。

 その日は空に虹がかかっていた。その虹の下で、一振りの剣が地面に刺さり、それにもたれ掛かるように笛が置いてあった。


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