お 守 り く れ る 怪 し い 老 人 (老人というだけで怪しい(偏見)
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第0.5部 だからつまり、全部あいつが悪いってこと!
1.ロールプレイ含有率10%


怪しい老人は糸目(偏見)


 それは本当に突然のこと。

 

「ほほ、ちょいとお嬢さん方、お待ちくださらんか?」

 

 大通り。

 騒がしく賑やかな市場を抜けた後のこと。

 あれだけ密集していた店々がまばらになって、人通りも減って、だから少しばかりの物悲しさが顔を出し始めた頃、彼女らに声をかける者があった。

 彼女ら。つまり、この国で最も有名なクラン『アウリヌス・レクス』に最近加入した、新人でありながら最強と噂される四人の少女たち。先ほどまで市場でもみくちゃにされ、これから冒険に出るというのに沢山の食材を持たされて少しばかり困り顔なその四人に、誰かが声をかけたのだ。

 暗がり。暗がりだ。店が減って人が減って、そこにぽっかりと開いた家と家の隙間。つまり路地。

 そこからぬぅっと白い影が現れて、そこからぬぅりと声をかけられたものだから、少女らの内で最も怖がりな少女ユティは「ひゃあっ!?」なんて悲鳴を上げて尻餅をついてしまった。

 

「ほほ、すみませぬ、驚かせてしまいましたかな」

 

 一瞬腰の剣を抜きかけた者もいたくらいには突然だ。未だ新人、経験の浅い彼女らとはいえ、その実力は本物。レンジャーとして耳の優れる少女もいる中での突然は、つまり一切の気配を悟らせなかったということ。仲間が尻餅をついてしまっていることも相俟って、他の三人が警戒態勢へと入るのも致し方のないことだった。

 

「何者だ」

 

 強い声で問う。

 老人。老人だった。白い影はそれもそのはず、真っ白な顎鬚を膝のあたりにまで蓄えているものだから、暗い路地でも白くぼんやりと光っているらしかった。

 声からして男性であろうその老人は、ほほ、なんて笑いながら、剣の柄に手をかける少女に対しあるものを差し出す。その懐から何か、木製の。

 

「これは……タリスマン?」

「ほう、見たことがありましたか?」

「ええ、村の長老が持っていたのを一度だけ……」

 

 警戒は緩めないが、会話をしなければ膠着状態に陥ることも知っている。前衛を務める少女らが最大限に気を張っている中で、交渉役……メイジであるフィミルが老人と言葉を交わし始めた。

 

「物乞いか」

「いえ、いえ。お代は要りませんとも。ほほ、老人の節介というやつですよ、お嬢さん方。どうやらこれから冒険に、それも魔物の退治に行く様子。であればこれを持って行ってくだされ。これはお嬢さん方のような冒険者を危険から守る──」

「ええ、では、ありがたく。それではこれで失礼しますね、お爺さん」

 

 些かひったくるようにして受け取り、少女らはその場を去っていく。

 こういう場合、「怪しいから要らない」だとか「そのようなものは受け取れない」だとか、理由をつけて断ろうとすると面倒になる、ということを少女らは知っていた。この国はさほど裕福ではないがために、こういった遠回しな手法を用いてくる物乞いや押し売りも少なくはない。

 ゆえに、タダでいいというのなら貰うだけもらって、その後にいちゃもんを付けられる前に去る。それが一番楽な対処法であるのだ。

 

 さっさと、ささっと。

 受け取ったタリスマンを荷物袋の適当な場所に突っ込んで、彼女らは老人の前から去っていった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 突然だが、この世界はデスゲームになったVRMMORPG……の、その後な世界である。

 特に特別な事は別にない。デスゲームになったといってもGMがいたわけじゃないし、PKとかMPKが大量発生したとかそういうこともない。

 攻略こそ遅々としたものになったけれど、閉じ込められたプレイヤーがちゃんと協力してちゃんとゲームをクリアして、晴れてプレイヤーは解放──。

 

 されなかった、というだけ。

 

 クリアしてもゲームは続いた。続いて続いていくうちに、日常になった。日常を続けて行くうちに、歴史になった。

 今でも俺のようにこの世界で生きているやつもいれば、とっくのとうに死んじまったやつも多い。いつか帰れると、帰ることができると信じて、信じたまんまに死んでいった奴は数えきれないだろう。悲しいかな、それでも世界は続く。世界は回る。

 結局デスゲーム化したんじゃなくて良く似た異世界に全員で転移した──みたいな話だったんだろう。だからまぁ、ここが今の現実で。

 

 俺は今、街にいる怪しい老人ロールプレイをしているってカンジ。

 

 

 さて、何故俺がそんなロールプレイをしているかについて話はしない。特に理由とかないから。

 強いて言えばゲーム時代にやっていたことの延長線上であるのと、見た目を最大限に利用した結果って感じだ。それ以上の理由なんかないし、それ以下の理由は……まぁ楽しいから、が来るんだけど。

 能力付与術師(スキルエンチャンター)

 これが俺の最終ジョブ。スキルツリーやジョブツリーが枝分かれしていくスキルポイントシステム系のゲームで、これ以上の、これ以降の進化はありませんよ、っていうのが最終ジョブ。お隣さんには能力強化術師(スキルエンハンサー)がいる感じの、まぁ、そこまで人気じゃないジョブだった。別にサーバー内に使うやつが一人しかいない、みたいな死にジョブじゃないから人気じゃないだけで過疎じゃあなかったけど。

 付与術師(エンチャンター)はその練度を問わず、アイテムに何かプラスの能力を付けられるジョブである。銅の剣に炎属性+をつけたり、木の盾に水耐性++をつけたり、そういうの。その最終形が能力付与術師(スキルエンチャンター)で、アイテムにスキルを付与できた。つまり白金の腕輪にファイアボールをエンチャントできるみたいな話。

 生産系の中で、どちらかというと仕上げに位置するジョブである。鍛冶とか木工系のスキルを持つジョブで良い武具防具を作って、最後に能力付与術師がプラスの能力をつける、みたいな位置。成功率とか何のスキルをつけるか、あるいは付けられるか、というのは勿論術師の練度に依るから、最終ジョブで且つ練度も完凸していた俺は、まぁ、なに? そこそこ儲かっていたって話。

 

 だから、というわけじゃないけれど、時が経つにつれてプレイヤーが減って、技術力とか何やらの質がダダ下がりしていくこの時代の新米冒険者にはなんと無料でタリスマンを配っているのである。なんと無料で。

 ……まぁ下心はフツーにある。

 キャラメイクしたプレイヤーはそれはもう見目麗しい集団だった。あの時代はよかった。どこを見ても誰を見ても美男美女。まぁネタプレイしてるやつはとんでもない化け物みたいなのもいたけれど、基本的には誰も彼もが目の保養。

 その時代が終わって、段々と容姿というのが平均化されていったというか、普通になっていって。

 ──故に美男美女は宝となった。

 いや。

 いやね、下心だよ。勿論下心。こんな老人姿で言うのもなんだけど、可愛い子は宝なんだよ。あ、イケメンもね。いや俺バリバリ容姿で人を判断するよ? 人間第一印象オンリーだよ。

 無論下心オンリーってわけじゃない。大部分下心であることは認めるけれど、それだけじゃない。

 というのも、そういった美男美女の中でも、自然的に発露しない髪色や目の色の存在はさらに優遇する。たとえばさっきの少女ら四人。前衛らしい剣士の子は赤髪だったし、俺に声をかけられて驚いて尻餅をついた少女の目は結膜が真っ黒だった。

 まーないよ。いくら異世界でも人体はそーはならんよ。染めてるとかカラコンでない限り中々ならん。

 でもなっとるやろがい、ってことで、つまり彼女らはプレイヤーの子孫である確率が高いのだ。自然では出てこない色素を持った存在ってことは、キャラメイクを遺伝している可能性が高い。

 

 繋がりはまぁ、ないのかもしれない。あるのかもしれない。その子見て「先祖アイツだ!」とはならない。けどさ。

 ならないけど、やっぱり親近感というか、何かあるよね。他の……つまりNPCの子孫より、同郷の子孫であるってわかってる子は、優遇したくなる。その遺伝した特徴がフレンドやクラメンのものだったらなおさらに、ってね。

 

 というわけで、美男美女保護のため、そして同郷の血を絶やさないために俺は慈善事業をしている。

 能力付与術師(スキルエンチャンター)の力を遺憾なく発揮した、今やロストテクノロジーになりつつある強力なアイテムを押し付けて守護する──というのが今の俺の趣味。ついでに日常。

 

 PN『稼ぎ頭3』。サブキャラだからネー、変な名前もご愛敬である。

 

 

 

 ところで、能力付与術師(スキルエンチャンター)である俺自身にはほとんど戦闘能力がない。準備に準備を重ねれば戦えないこともないけれど、この国の外に出て魔物退治、なんてのはまっぴらごめんだ。ゲーム時代の魔物ならパターンを知っているからある程度戦えなくもない気がしなくもない気がしなくもないけれど、それらが世代交代を重ねて新種新種一個飛ばしてアンド新種になっている現環境で命の取り合いなんてとてもとても。

 なので日中は基本国内をほっつき歩いて、奇抜な髪色や美男美女っぽいのを見かけたらさっきみたいに「ほほ」なんて言って接触、守護系のタリスマンを押し付けることにしている。

 今の時代、スキルとかステータスとかレベルとか、ゲーム時代にあったアレコレが劣化してきているというのは前述した通りだけど、だからと言って人類が弱くなっているかと言ったら話は別だったりする。なんだろう、ゲームのスキルという理不尽な力が取り除かれて、本来の……えー、武術だとかナントカが発展してきている、というか。

 俺が全くできないからなーんにも語れないんだけど、かつてスキルでやっていたものを秘伝、あるいは奥義として、それに似た"人間のできる動き"を基にした無数の流派が成立、それがちゃんと理に適って魔物にも対抗できている……とかなんとか。人類スゲー。

 ちなみに武術だけじゃなくエンハンサーとかメイジとか、魔法というものも様変わりしてきている。

 バカ魔力を消費する極大魔法みたいなのは禁術扱いでほぼ使われなくなって、代わりに拘束系……各属性の殺傷能力の無い魔法が注目されている。要は生活に役立つ魔法ってやつだ。戦闘時においても仲間を巻き込む可能性のある範囲の広い魔法はめったに使われず、細かい調整のできる水魔法と土魔法が活躍のメイン。

 昔は火とか風とかが主流だったのになぁという懐古。FFなかったからね、広範囲最強だった。

 

 なおエンチャンターは……まぁ、あんまり息してない。

 結局生産職で、しかも完成品にプラスするいわゆる"仕上げ職"だ。現存するエンチャンター達は、言っちゃなんだけど貧乏人は依頼のできない値段で商売をしているもんだから、まーまー依頼がない様子で。売れないなら値段下げろよ、と思わないでもないんだけど、確かに価値としてはそれくらいの値段するから何とも言えねえというのが俺目線。

 んで金のあるやつはそもそも冒険者にならん。基本的に冒険者は貧乏人がなるジョブなので、高級志向なエンチャンターは用無し。だから練度も上がらない。練度が上がらないと成功率も上がらない。成功率上がらないとワンチャン相手の装備を破壊しかねん……とかいう悪循環。

 まぁ、ゲームの頃なら自分でサブキャラ作って練度上げ用装備作ってエンチャントして、みたいなサイクルができていたこのジョブも、現実となると生き難いんだなぁ、って。

 

 ちなみに俺の付与成功確率は文句なしの100%。素材がどんなものでも、だ。最終ジョブで練度完凸は伊達じゃない。

 

 ま、装備にエンチャントするんじゃなくて俺みたいにテキトーな木片をテキトーに彫り込んでタリスマンって言い張って、それにエンチャントすれば練習にもなるし売り物にもなるし、それが一番良いとは思うんだけど……やり方は教えない。

 教えたが最後、粗悪なタリスマンがこの世に出回りまくるだろうから。すでに一部出てきてるけど。

 

「あ、ガシラさん。お久です」

「ほ? ……ってなんだ、お前かよ、ベンカスト」

 

 今朝見た少女たち以外、派手な遺伝的特徴を持つ美男美女が見つからず、そのまま正午を過ぎてしまった頃のこと。

 街外れの噴水の縁に座っていた俺に、一人の少年が声をかけてきた。

 

 黒髪黒目の十二歳くらいの少年。白地に金と黒のラインの入ったローブを被っていて、その顔はなぜか見えない。どんな角度からでも影になっていて見えない。手に持つ錫杖にはこれまた金と黒の飾りがジャラジャラとついているのだが、それも何故か音がしない。どれだけ揺らしても音が鳴らない。

 

 当然、プレイヤーである。PN『ベンカスト』。ローブで隠れているけれど、その耳は典型的なエルフ耳。故の長命種。

 

「怪しい老人RP、身についてますね。ガシラさんと呼ばれたのにその反応とは」

「いやぁまぁ、この見た目で"おん?"とか言えねえだろ」

「あはは、それはそれで怪しいというか、怖い部類ですけど」

 

 懐から木片を取り出し、気配消し(サイレンス)++を付与。それを足元に放る。

 アサシンジョブのスキルだけど、流石に真昼間。効果時間はさほど長くはならないだろう。それを見越しての++だ。

 

「で、何用だよ」

「お久しぶりです、って言ったじゃないですか。偶然ですよ、用とかないです」

「嘘こけ。お前、結構な役職だっただろ。法国の……大司祭だっけ?」

「大主教、です」

「そうそれ。上から二番目だっか」

 

 現存するプレイヤーは、俺みたいなロールプレイを楽しんでいる奴や旅に出て根無し草やってる奴を除いて、各国における重要なポジションについていることが多い。なんならそいつを起点に新たな国が興ったりもしているくらいだ。

 それくらいのことができるというのも勿論あるが、まぁ大体の理由は「長命だから」だな。

 コイツも平均エルフの何倍も何十倍も生きている。だからエルフの長老共からはハイエルフと崇められているし、コイツの所属する法国では生き字引として重宝されている。

 

「それじゃあ本題に入りますね」

「やっぱり嘘なんじゃねーか。まぁいいけどさ」

「といってもあなたにお願いすることなんて一個しかありません。至急、我が国のミスリルメイル三十個に『不死者耐性+++』、『霊体耐性+++』、『呪毒耐性+++』を付与してください。報酬は言い値でおっけーです」

「……また急な。つか、なんだそのラインナップ。死霊系ダンジョンでも攻略すんのか?」

「そんなところです。頼めますか?」

 

 これがまー、俺の非日常だ。

 新米冒険者にタリスマン押し付ける日常の中で、たまにコレが起きる。

 俺をプレイヤーだと知っていて、俺を練度完凸の能力付与術師(スキルエンチャンター)であると知っていて、ゲーム稼働当時ではそれはもう荒稼ぎをしていたということを知っている奴からの、依頼。

 これはプレイヤーだけに限らない。別に口止めしてないからな、プレイヤーがそうでない者に俺の正体を教えることも稀にだがある。そういうのからくる依頼も受け付けているので、金さえ払えば依頼は受ける。

 

 ……が。

 

「流石に数が数だ、時間がかかる。ついでに+++となると効果時間はかなり減るぞ。一週間くらいだ」

「構いません。ですが、運搬にかかる時間は取られたくないので、ガシラさんには法国まで足を運んでもらいます。あ、送迎は僕も同行するのでご安心を。他にも腕利きをたくさん取り揃えておりますので」

 

 ま、これが付与術師の弱点というかあんまり人気じゃない要因というか。

 エンチャントに制限時間があるのだ。強いエンチャントは短期の効果、普通のエンチャントは長期の効果、微弱なエンチャントは永遠の効果、ってな具合。エンチャントの強度は"+"で表され、強いものをつければつけるほど、みたいな話。

 つってもゲーム時代の効果の話で俺は今モノを語っている。俺が作る永遠エンチャントは現代のロストテクノロジーくらいの効果がある。

 

 それの、耐性+++発注。

 何をやろうとしているのかは知らんが、どんだけやべーもんを依頼してきたかはわかってくれるだろう。

 

「今すぐ行くか?」

「はい、できるなら」

「了解」

 

 いやまぁ、あるよ?

 あの少女たちがどーなったのか、とかさ。気になるよ?

 

 でもほら、タダ働きと言い値報酬天秤にかけたら……まぁ後者取るよねって話でさ。

 

 ってなわけで、法国イグリーリュグスへれっつらごー。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 ガタゴト……とは揺れない馬車。

 まー生産ジョブのプレイヤーはそれなりにいたからね、馬車の改良とか上下水道とか、デスゲームクリア後当時はかなりやりたい放題やってたはずだ。俺のとこにも依頼来てたし。特に水道の、水流系の永遠エンチャントの依頼は多かったなー。

 

「で、どうよ最近。お前さん、女の影ってもんが全くねぇけど」

「……馬車に乗っての開口一番がそれですか。で、毎度言ってますけど僕中身女なんで。ないですよ、結婚とか」

「あー、そうだっけ? すまんすまん、友達多いから誰の中身がどうだったかとか覚えてねーんだわ」

「それ友達じゃないんじゃないですか?」

 

 当然だけど、ゲームだった頃のキャラクターには、ログインしている本人とは性別や年齢が違う、という者も多かった。俺はまー、別に男が女になってようが女が男になってようが気にはしなかったが、世界が現実となってくると彼ら自身に恋愛という壁が出てくる。

 同性愛自体はそれなりに認知されてきた時代とはいえど、ソイツがそうであるかどうかはまったく別の話。そしてそうではないケースがそれなりにあって、だから独り身のまま子孫を残さず死んでいったプレイヤーも多い。

 俺がプレイヤーの子孫の保護にかかるのはそういう理由もあるのだ。下心の方が割合は大きいが。

 

「んじゃあ、なんだ。最近の事情。今回の依頼についちゃ詮索しないが、あー……なに? 法国の……財政事情とか?」

「そんなの今回の依頼以上に言いませんよ」

「じゃあほら、新ジョブとかどうだ。俺も探してはいるけど」

「こっちも収穫ナシです。新スキルも同じく」

「……変わんねぇなぁ最近」

「ですねー」

 

 新ジョブや新スキル。

 ゲームが現実に変わったんだ、新たなジョブや誰も考えつかなかった、辿り着かなかったスキルが生まれ出るんじゃないかとプレイヤー一同期待していた……んだけど、まーこんだけ歴史が巡ってもそんなことは起きず。

 上述の通り劣化していくだけ、あるいは様変わりしていくだけで、なんならスキルそのものはどんどん失われて行っている現状。

 別に新ジョブ新スキルなんて血眼になって探すもんでもないんだが、あるいはホラ……異世界の扉を開く、みたいなのが出てきたらさ、ワンチャン帰れるかもな、とか。まぁ。あるんだよ。希望は持っておきたい、一縷の望みくらいは、って気持ちがさ。

 

物理防御(プロテクション)

「お、なんだ。なんか引っかかったか?」

「あぁまぁ大丈夫だとは思うんですけど、ミニマップに赤点が四つほど映ったので」

「ミニマップなぁ。サブキャラにも積んでおくべきだったよなー絶対」

「あはは、まぁ便利ですよ、そりゃ」

 

 ゲームにおいて、ミニマップはスキルの一つだった。

 ジョブツリーとは別に、汎用スキルにもスキルポイントが振れるシステムで、ミニマップとかダッシュとか跳躍とか、そういうものに1ptでもスキルポイントを振っていればそれが使えた……のだが。

 まぁサブキャラには取らないよね。戦闘ジョブのメインには当然積んであったし、採取系のサブにも積んであった。つーか必須だった。

 けどさ、国内で一生エンチャントしてるだけのサブにミニマップなんか積まないって。跳躍とダッシュも同じ。その他汎用スキルのほとんどをこの『稼ぎ頭3』は持っていない。

 

「汎用スキルがエンチャントできりゃ常時身に着けるんだがなー」

「ミニマップが付与された腕輪とかあったら、僧兵の全員に配りますね」

「法国一強になるからウチの国の兵士にも配らないと……」

「けどガシラさん配れる立場にないじゃないですか」

「……まぁエンチャントできないんだけどな」

 

 能力付与術師(スキルエンチャンター)が付与できるスキルは、あくまで各ジョブのスキルのみ。まぁ"のみ"も何もかなり破格であることは理解しているけれど、汎用スキルも含めていてくれりゃーなーってないものねだり。

 

 ベンカストの口がパクパクと動く。

 音はしないのに発声はしているのがわかる。これは。

 

「外の連中に?」

「はい、警戒を、と。どうにも近づいてくるっぽいので」

「命知らずな」

「あはは、まぁそうですね」

 

 耳飾りに『遠話+』がエンチャントされているらしい。俺製じゃないから、法国にもそれなりに腕のいいエンチャンターがいるんだな。

 

「なんですか? 僕の顔に何かついてますか?」

「いやお前の顔見えねえだろ」

「あはは、冗談ですよ。で、気になったのはコレでしょう。まぁお察しの通りです。ウチでも優秀なエンチャンターが育っていましてね、ガシラさんには当然遠く及ばない上、スキルもほとんど使えないのですが、こうして近距離の仲間と話せる程度で十分便利なものでして」

「じゃあなんだ、後学のために俺の仕事をソイツらに見せる、とかか?」

「いえいえ、参考にならないもの見せたって絶望させるだけですよ」

「そりゃそう」

 

 憧れられるのはまだしも、教えを請われたら困るからな。スキルショートカットからスキルを使って、とか言えねーんだわ。

 

「……今なら追加料金ナシで適当な武具貸すけど」

「いえいえ、ご心配には及びません。ウチの僧兵結構強いんですよ」

「それならいいがね……」

 

 聞こえてきた。金属音と悲鳴。馬車が止まる気配こそないものの、近くで戦闘が起きているのはわかる。

 いいなーミニマップ。それが見えてりゃそりゃ安心できるだろうけど、見えてない俺からしたらドキドキハラハラなんだわ。

 腕利きっつったってこの時代において、だろー? 何が襲って来てるのか知らないけどさぁ。

 

「あ、終わりましたね」

「怪我人は?」

「いませんよ。多分ガシラさんはこの時代の兵士とか大丈夫か、みたいなこと思ってるんでしょうけど、今回連れてきた僧兵はゲーム時代の小規模クラン程度なら殲滅できる実力がありますからね。ぶっちゃけこのあたりの敵に対しては過剰戦力だったりします」

「……さっきの悲鳴は」

「敵ですよ。あ、盗賊のパーティだったみたいです」

「それを先に言え」

 

 魔物じゃないなら今までの心配はいらない。

 まぁ盗賊の中にプレイヤーが混じってた、とかならわからなくなるけど、人間vs人間の戦いで法国の僧兵が負けることはまぁまぁ無い。ましてやベンカスト(コイツ)を護衛するような奴らだ、精鋭も精鋭だろうさ。

 ちなみに人が人を殺すことについてはまー、もう何も思わないかな。いや何も思わないは語弊がありすぎるけど、最初の頃はあった忌避感とかは無くなった。戦場に滅多に出ないとはいえ、それなりの修羅場もくぐってきたからヌー。

 

「それよか、追加料金払うので『追い風+』とか『疲労軽減+』とかくださいませんか? 早く到着できるに越したことはないですから」

「いーけど、それこそ外の連中引き離すぞ」

「大丈夫です。僕の護衛なので」

 

 にっこりと。

 ……成程、パワハラな職場らしい。

 

 懐から木片を取り出し、能力付与(スキルエンチャント)を実行。『追い風++』、『疲労軽減++』のタリスマンを作成する。

 作った瞬間ベンカストが何らかのスキルを……というかまぁ多分『鑑定』だろうスキルを発動し、そして舌を出した。

 

「ちぇ、永遠エンチャントはダメですか」

「やっぱりそれが狙いか。早く着きたいという割に弱いエンチャントを指定してきたあたり、ソーダと思ったよ。ダメだダメだ。永遠エンチャントはパワーバランス崩しかねねえんだから、そう簡単にはやらん」

「あはは、++でもかなりありがたいです。ありがとうございます、ガシラさん」

 

 油断も隙もねー奴。

 昔からだけど、ベンカストはホント……信用しちゃいけないやつNo.1だわ。真面目ではあるんだけどなぁ、もったいない。

 



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2.ロールプレイ含有率60%

常に笑っている老人は怪しい(偏見


 法国イグリーリュグス。

 この世界というか大陸にはいくつかの国や町があるのだが、現在に至るところのほとんどは新しく興された国々で、ゲーム時代には無かったものが多い。もともとあった国々が併合してできた国、あるいは分裂してできた国もあれば、たった一人の英雄を中心に多くが集ってできた国なんかもある。

 そんな中で、法国イグリーリュグスはゲーム時代から存在する国だ。教会関連のクエストの発生場所で、聖職者(プリースト)系のジョブの聖地でもあった。まぁアクセスが楽だから法国にマイホームを設置するプリーストが多かったってだけだけど。

 イグリーリュグスは白と青を基調とした……なに? きっちりとした、THE☆規律正しいみたいな国だ。建物も人も、テイムされた魔物までもがキッチリしている……ので、俺の姿は結構目立つ。

 

 浮浪者にも見える老人。膝まである白い髭、顔の至る所に深く刻まれた皺、糸目、あまり上質には見えない衣服。身長は低くもなく高くもなくで、極め付きの喋り方。

 まー、いないわな。法国には。この国は節制と規範の国なれど、貧富差というものは他国に比べて限りなく少ない。くいっぱぐれる奴がいない。病で死ぬ奴もいない。法国出身で盗賊に身を窶す奴は一人だっていない。

 節制と規範さえ守れば、絶対の力で国が守ってくれる──そんな国。

 

 理想の一つではあると思うよ。上から二番目がベンカストである、ってのがちょっと俺はヤだが。

 

 さて、馬車が法国に到着し、そのまま国内へ入れば──目の前に広がるのは、超巨大な階段。

 

「ほほ……いつ来ても、法国の階段は壮観よのぅ」

「ご老体、あなたにはこの長さは厳しいでしょう。どうか私の背にお乗りください」

「ではありがたく」

 

 僧兵の一人に負ぶってもらう。

 ゲーム時代は何とも思わずに突き抜けていた階段だけど、いやぁこれ毎日上がり下がりするのダルすぎる。そりゃ僧兵も強くなるわ。足腰鍛えられすぎるもんなーコレ。

 

「それじゃあ、セギ老。僕はこれで失礼いたします。ウヒャルド、セギ老のことは頼みましたよ」

「ハッ!」

「ほほ、ベンカスト殿、改めて問うが、不死者耐性、霊体耐性、呪毒耐性で良かったかの?」

「はい。それの最高強度でお願いします」

 

 ぺこり、と小さく頭を下げて、ベンカストはスキルを使う。

 メイジ系のどっかで手に入る『浮遊』のスキルだ。別にコイツ極振りとかじゃないから、聖職者ジョブ以外のスキルもたくさん持っているってな話。浮遊もなー、取っとけばなぁ。まぁこれはジョブスキルだから適当なアイテムにエンチャントすればいいんだけど。

 

「それでは失礼いたします、ベンカスト様」

 

 ウヒャルドと呼ばれていた僧兵もまた頭を下げ、次の瞬間には走り出していた。

 速い速い。そして揺れない。どーいう体幹してやがるのか、ものっそい速度で走ってる上にぴょんぴょん跳んでて尚揺れない。何か魔法を使ってる……んだとしても、ゲーム時代になかった奴っぽいな。

 ゲーム時代の魔法の方が強力であるというのは言わずもがなだが、実のところ、生活や生き残るための戦闘に即した形に様変わりしている現代の魔法の方が色々と便利ではあったりする。

 例えば、魔法で作り出した水というのは何とも言えない味がする……正直言って不味いのだけど、その雑味を無くした精製水を作り出す魔法、とか。基本的に攻撃力のありまくる風魔法を、何か物を持ち上げられる程度にまで弱めたもの、とか。

 

 新スキル新ジョブというのが見つかっていない代わりに、魔法はポンポン新しいのが出てきている。それはまぁ、魔法が魔力というエネルギーを基にした学問であるからなのだろうけれど。

 

「到着いたしました」

「ほ……随分と速い。道中でのこともそうじゃが、法国の僧兵というのはよく鍛えられておるようだのぅ」

「恐縮です」

 

 身体的特徴にキャラメイクの名残らしきものはない。無論ナチュラルキャラメイク……自然発生に留まるレベルのキャラメイクをしていたプレイヤーがゼロだったわけではないので絶対にそうとは言えないが、NPCの子孫でこのレベルなら本当に凄いと言わざるを得ない。

 戦争になったら法国一強かなぁこれは。戦争なんかならないで済むならそれでいいんだけど。

 

「こちらです」

「ひぃ、ふぅ……ほほ、ミスリルメイル三十個、確と。これより作業に取り掛かるゆえ、何人たりとも作業場に入れぬよう頼むぞ」

「お任せを。鼠一匹入れません」

 

 別に入られてもできるし、見られてもいいとはいえ。

 見せびらかすのもまた違うしな、っていう。

 

 さて──その真っ白な建物に入る。ガチャりと鍵が閉まれば、そこは完全な密室。窓もない。

 一応、左手の中指に嵌めてある指輪を撫でて、エンチャントされたスキルを発動させる。

 

「サーチトラップ、サーチスキル、サーチマジックに引っかかるものなし、と。ほほ、純粋な依頼のようじゃの」

 

 一応声漏れを考えてロールプレイはやめない。そうでなくとも外から入る手段なんざいくらでもありそうだし、寝っ転がってだらけながら作業してるところに僧兵が入ってくる、とかあったら目も当てられん。

 今の俺はあくまで怪しい老人だ。

 法国の大主教がわざわざ足を運んでまで連れてきた、どこからどうみても怪しい老人。

 ちなみにセギ老というのはロールプレイ中に名乗ってる名前ね。カセギガシラ3だから。

 

 で、今回の依頼は三十個のミスリルメイルに対しての三つのエンチャント依頼である。

 これを、例えば一つ一つにこれまた一つ一つエンチャントをしていったら、最初にやったものと最後にやったもので効果時間に差が出てしまう。俺の魔力そんなに多くないから休み休みやらなきゃいけないのだ。

 それを解消するために、少しばかり違う手法を取る。

 用意するのは『魔力増強+++』、『魔力回復量+++』、『魔力回復速度+++』、『魔力節約+++』の能力が付与された指輪四つ。

 これを身に着けることによって起きるのは、莫大なまでの魔力上限突破。二十倍ほどに増えた俺の魔力が、それなりの速度で回復し始める。

 本来のメイジジョブであれば基礎が……つまりスキルツリーの最初の方でこれらを習得しているため、本職のやつらがつければもっともっと上がるのだが、まー生産メインのサブキャラはこの程度が関の山。

 俺がベンカストに言った「時間がかかる」というのはこの魔力回復を待つ時間のことだ。だったら馬車に乗ってる時点から着けとけよ、っていうのはまぁごもっともなのだが、これらはそれなりの貴重品。あの時点ではベンカストの依頼に裏がないかどうかとかわかんなかったからな。

 ここへきて、この部屋に来てようやく安心して、それで取り出すことのできた品というワケだ。

 

 ……しかし。

 法国から一週間以内でいける範囲にあって、三十人も必要な超高難度死霊系ダンジョン、ね。

 そんなの無かったはずだが。

 

 考えられるとすれば、新しいダンジョンが見つかったか……もしくは。

 

「どっかの町が滅びたかのぅ。さてはて、嫌な話じゃて」

 

 死霊。読んで字のごとく。

 人間……というか生物が大量に死ぬことで発生する魔物であるが、生前の魂と死霊の人格に関連性は無い。姿かたちこそもととなった生物を模すけれど、たとえばデミリッチとかアークリッチとか、人語を解す死霊系に生前のことを尋ねても答えは返ってこない。

 魔物になった時点で完全に別物な個体になるのだとか。じゃあ生物の魂はどこへ、って話は、その死霊系の魔物の動力源に移る。

 大体の死霊は体のどこかにコアを持っている。赤い、深紅ほどはいかない暗さの、真紅ほどはいかない鮮やかさのコア。光り揺らめくソレこそが生前の魂だ。

 故、それを取り込んでいる死霊を浄化するなりして解放してやるか、コアそのものを砕いて解放してやるかすれば死霊は死ぬし魂も浮かばれる。だから物理無効とかそういうことはないし、聖なる何かじゃないと倒せない、なんてこともない。ちゃんと魔物だから不必要に怖がる必要もない。

 

 が。

 

「呪毒耐性となると……それなりに病んでいると見るべきかの」

 

 不死者耐性、霊体耐性だけなら上述の通りの魔物だ。デミリッチやアークリッチでさえ、この二つの耐性だけで大分楽になる。まぁ他にプラスするなら武具に不死者特効、霊体特効なんかをつける感じか。

 が、呪毒耐性も欲しいとなると、ちょっとばかし話が違う。

 呪毒。まぁ読んで字のごとく呪いで毒だ。死霊魔物の中でも最上位に近い奴らが使うフィールド魔法。攻撃が当たらなければ毒や呪いを付与できない、なんて欠陥攻撃をしてくるほど魔物は甘くない。自分には効かず、獲物にだけ効くよう広範囲を状態異常フィールドに作り替えて、そうやって防御と攻撃を兼ねるのが魔物だ。

 これは死霊系だけに限らず、他の魔物も同じ。強くなればなるほど自身のテリトリーを定め、そこに自身が有利になるような仕組みを敷く。

 だからこそゲーム時代のエンチャンターは儲かった。スキルツリーシステムだから耐性系取り忘れてる奴は大勢いたし、一週間で切れるエンチャントだからこそいいと、その場凌ぎだからこそ後で他のをつけやすいとそれはもう依頼がガッポガッポ。

 無論俺だけが能力付与術師(スキルエンチャンター)で稼いでたワケじゃないから市場独占とまではいかなかったけど、それでも、まぁ、うん。やっぱり人が面倒くさがることを率先してやっておくと儲かるんだなってのがMMOの学びだよね。

 

 話を戻そう。

 つまり、呪毒耐性が必要ってことは、町全体がフィールド魔法に飲まれている可能性が高いってことだ。余程悲惨な事件があった、と見るべきだろう。局所的に多量の死者が現れたりしなきゃ、そうはならない。死霊系ダンジョンはまた話が別だが。

 あの時ベンカストが話を逸らしたあたり、法国の失敗とかで起きた事件だったりするか?

 ……そこまでは早とちりか。ま、なんにせよたくさんが死んだのは間違いない。

 

 ヤだヤだ。

 せっかくみんなで頑張ってゲームクリアしたんだからさ、もう平和になろうよ。まぁクリアしたのどんだけ昔だって話だけど。

 

 よし。

 魔力は半分ほどまで回復した。

 これ以上面倒なこと考える前に、寝て過ごすとするか。

 

 

 

 

 

 夕刻。

 起きた。まー、別に何か特別凄い事件が起きたとかは無い。法国だからな。この国を揺るがすほどの何かとなれば、寝ている暇なんかなかっただろう。

 デスゲーム時代ならもうちょっと色々あった……気はしているけど、現実となってからの長い間はイベントらしいイベントはほとんど経験してこなかったなぁ。ありはしたらしいんだけど、如何せん俺が外でないから。

 

 で、魔力。

 うん、完全回復している。これならできるだろう。

 目の前の鎧立てに置かれた鎧群……ミスリルという青白い鉱石を網目状に編んだ鎧であり、柔軟性と強度の双方において非常に秀でている鎧。それに対し手を翳し。

 

能力付与(スキルエンチャント):Enc(ID:ArchBishop_UndeadResist+++).Ob(ID:MithrilMail).Op(Range(6*4))」

 

 呟く。

 瞬間、ごっそりと俺の魔力が……具体的には四分の一が減る。代わりに強い輝きを放つミスリルメイル達。

 当然だけど、このやり方は正規じゃない。デスゲームになってから生産職は暇な時間が多かったからな、色々試してたらできちゃった非正規なやり方……多分グリッチと呼ばれるものだ。

 スキルエンチャントまでは普通に発動して、本来はどんなスキルを付与するかだけを宣言するスキルなのだけど、そこに細かな指定を入れることで範囲や強度を変えられる。ゲームという軛から解放されたからこそのやり方であり、同時にこの世界にまだゲームシステムが残っていることの証左。

 

能力付与(スキルエンチャント):Enc(ID:ArchBishop_GhostResist+++).Ob(ID:MithrilMail).Op(Range(6*4))」

 

 これを見つけたからこそ、新ジョブ新スキルに恋焦がれている部分も大きい。

 何か。

 ログアウトとか、異世界転移みたいなスキルが……あるいはその構文が見つけられたら。

 俺がそれをゲートとかに付与してさ。みんなで……まだ生きている奴らだけでも一緒に帰れるんじゃないかって、そう思うんだ。

 

能力付与(スキルエンチャント):Enc(ID:HolyKnight_CursePoisonResist+++).Ob(ID:MithrilMail).Op(Range(6*4))」

 

 一気に三つ。

 魔力を四分の一まで残して、エンチャント作業を終了する。

 目の前にあったミスリルメイルはさらに輝きを増し、ただあるだけで必要以上の存在感を放っている。三十個全部が、だ。いやぁキツい。キツい魔力消費だった。

 老骨には堪えるというものだ。ねぎらい、ねぎらいを寄こしなされ。

 

 なんて冗談はさておいて、よっこらせ、と立ち上がって、ドアを内側から叩く。

 鍵の開く音。すぐに扉が開き、ウヒャルド君が顔を覗かせた。

 

 ……俺、昼から夕方にかけてまで寝てたんだけど、もしかしてその間ずっと外に立ってたの?

 いやごめんじゃん。先言えばよかったな、魔力回復の時間寝るよ、って。まぁ護衛の意味で立ってたならどっちみちかもしれないけど。

 

「どうかされましたか?」

「ほほ、いや何、作業が終了したのでな。ベンカスト殿に鑑定をお願いしたく思うての」

「……時間がかかると聞いておりましたが、終わったのですか?」

「昔なら到着してすぐに終わらせられたんじゃがのぅ、年を取るというのは悲しいことじゃて」

 

 因むと、世の中のエンチャンター……特にスキルの使えない、技術と魔法オンリーでエンチャントしているような奴らは一個のアイテムへのエンチャントに一日も二日もかける。まぁ当然だ。魔法が定着するようにアイテムに細工をする必要があるし、その細工も一筋縄ではいかない。今回のミスリルメイルのような素材であれば細工だけで三日くらいかかってもおかしくはない。

 それをたった数時間で、となれば、浮かぶ感情は二つだろう。

 即ち疑念と──期待。

 あり得ない、という己の常識が疑念を浮かべるも、ベンカストの旧友であるという事実が期待を高める。

 そしてそれは、『鑑定』を持たない素人目をしてもわかるほどの輝きに膝を屈するわけだ。

 

「お願いできますかの?」

「──直ちに」

 

 なんなら俺のインベントリに『鑑定』が付与されたメガネがあったりするよ、とかは。

 まぁ、余計な話。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「いやぁホントに助かりました、ガシラさん。さすが、完璧な仕事だ」

「まぁこっちも商売だからな。で、報酬だが」

「ああはい、言い値で大丈夫です。トレ窓開いてくださいますか?」

 

 帰りの馬車。

 すでに夜となっているから宿泊施設に案内されかけたけれど、丁重にお断りした。法国は静謐過ぎて好かん。夜も騒がしいあの国の方が俺は好みなんだ。

 

「いや、金はいいよ。いくらでもあるし」

「というと、何かアイテムですか?」

「んや、情報。別に関与しようとは思わないからさ、どこで何があったのかくらいは聞かせろよ」

「……」

 

 言葉に笑みを消すベンカスト。

 目を細め、錫杖に手をかけ──。

 

「そういう演技良いから。マジでただ知りたいだけだよ。どこが滅んだのか……誰が死んだのか。お前がそこまで隠したがるあたり……プレイヤー、なんだろ。死んだの」

「……ふぅ。やっぱり善意の嘘というのは難しいですね。逆は得意なんですが」

「得意であるなよ」

 

 まぁ、そういうことだ。

 NPCの村が滅んだとかならコイツがこうも執拗に隠す必要はない。それが法国のミスとか戦争相手とかであれ、だ。俺がそういうのに興味ないの知ってるからな。

 ただ、唯一俺が食いつくのが、プレイヤー関連の話。

 で、まさに今回の件がそうだった、ということだろう。

 

「オバンシーさんが亡くなられました」

「……マジか」

「はい。場所はガナデ村。ただしそこで亡くなられたわけではなく、どこかで瀕死の重傷を負い、ホームポイント帰還でガナデ村へ転移、転移の最中に死亡したものと思われます」

「もう調査済みってか」

「死霊のフィールド化から逃げ果せた村人の証言から考察すると、ですよ。真実はまだわかりません。ただ、オバンシーさんは予てよりガナデ村を拠点にしていたため、ホームポイント先に設定していたのは間違いないかと」

 

 オバンシー。

 言わずもがなプレイヤーで、ドワーフ種族。豪快な性格ゆえ慎重派との衝突も少なくない奴だったが、根は良い奴……というか本当に豪快なだけでめちゃくちゃ良い奴だった。常に弱きを助け悪を挫く、みたいな感じの、なんだ、正義の味方ってわけじゃないが、頼れる兄貴分、みたいな。

 戦士系ジョブの最終手前くらいまで行ってたか。『耐久力+』の鎧の発注を良く受けていた記憶がある。

 

「……死亡は確定?」

「はい。残念ながら」

「そうか。……悲しいなぁ」

「ですね。僕も彼とは……色々あったので」

 

 本当に。

 誰が亡くなっても悲しいが、繋がりがあると余計になぁ。

 

「で、そこに呪毒フィールドが出来上がったと」

「はい。ただ……」

「ただ?」

「先ほども言ったように、命からがらながらも逃げ果せた村人は多いんです。加えて、彼が死したらしき場所も別の場所。なれば」

「……ガナデ村が呪毒フィールドになる要素がない、か」

「はい。現在は死霊で溢れかえっていますが、彼の死亡当時、周囲で突然死が起きた、ということもなかったらしく……。なぜそうなったのかも含め、これから法国を挙げて調査に向かう予定でした」

 

 成程なぁ。

 そりゃあ隠したがるわけだ。

 

「追加発注、今なら代金無料」

「あはは、そう来ると思ってました。けど大丈夫です、攻撃に関してはそれなりの粒がそろっていますから」

「武器だけじゃねえよ、体力回復とか魔力回復とか、色々あるぜ? 色々できるぜ俺は」

「厳しく、そして不謹慎な言い方になりますけど、オバンシーさんは亡くなりました。──ガシラさんが守りたく思うのは生きているプレイヤーの方でしょう?」

 

 う、と。

 言葉が詰まる。

 ……死んだプレイヤーに対しての弔いなんて……やっても仕方がない。奴の魂はコアとして死霊に囚われているとはいえ、そこに意思があるわけじゃあない。会話ができるわけでもなし、ただ外側の死霊の消滅を願うだけの存在だ。

 最高品質の防具の用意。

 

 これ以上、俺にできることはない。

 

「……能力付与(スキルエンチャント):Enc(ID:ElderLich_Reverti).Ob(ID:Talisman)」

 

 だから──渡す。

 もう一人いるだろう、と。

 

「これは? というか、今のエンチャントは……」

「企業秘密だ。んで、これ持っとけ。お守りだ」

 

 ジンジャークッキーみたいな見た目の木片。それに付与したスキルは『帰還』。

 攻撃力も防御力もない、発動しないに越したことはないタリスマン。"+"が一つもついていないエンチャントは一度発動したら効果を失うものだ。

 それをベンカストに渡す。押し付ける。

 

「お前が死んでも、俺は悲しむからな。覚えとけよ性悪女」

「……あはは、わかりました。ありがたく受け取りますね」

 

 馬車が進む。

 ふてくされて窓を向き、一言も喋らなくなったのは俺の方。

 ベンカストはにこにこと普段通りの笑みを取り戻して、終始タリスマンを触っていた。

 

 無事を祈る。

 



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3.ロールプレイ含有率40%

 死んでいた。

 否──無論、法国の僧兵に被害はない。

 現在も活動しているプレイヤー二人の手によって製作された、完全耐性のミスリルメイル。それを着込んだ三十人の精鋭によるガナデ村の調査。エンチャントの制限時間たる一週間……をかけることなく、調査自体は三日とかからず終了した。

 原因らしき原因はやはり、プレイヤーオバンシーの死。彼のホームポイント帰還からガナデ村の呪毒フィールド化が始まったことは確実で、けれどそこからの時系列が些か曖昧だった。

 

「どうですか?」

「……死んでいる、と表現する他」

「やはり、ですか」

 

 浄化作業は楽な部類にくくることができたのだろう。

 そもそも法国No.2たるベンカストの同行のもとであるに加え、万全を期した装備。そこらの高位死霊如き、相手になるはずもない。たとえプレイヤーの死体から発生した魔物であったとしても、一切の関係なしに灼き焦がされて死んだ。

 本来。

 本来の想定敵……これほどの精鋭とこれほどの装備を用意したのは、別に新しく発生した死霊が恐ろしかったからではない。

 いるはずなのだ。

 オバンシーを瀕死の状態にまで追い込んだ何者かが。加え、ベンカストの推理が正しければ──対象が死んだのち、周囲を呪毒で侵食する、などというふざけた魔法を使ったのだろう何者かが。

 それが出てくることを予測しての行軍。

 しかし、何者かは出てくることなく、恙なく浄化は終了した。

 

 死霊の討滅、フィールドの浄化作業を終えたベンカスト。僧兵らへ警戒を促し、自身はあるスキルを持つ僧兵と共に調査を行っていた。

 

「再度確認しますが、外傷はないのですよね」

「はい。外皮たる死霊もコアにも傷はありません。が、死んでいます」

「……」

 

 その最中である。

 ガナデ村の小さな教会。惨憺たる有様となっている内部の、その中央。

 そこでエルダーリッチが死んでいた。浄化されかけていたとか、コアだけが砕かれていたとかではなく、死んでいた。

 

「やはり先ほどの光剣でしょうか」

「そうと考える以外に道は無さそうです」

 

 難しい顔の二人。

 というのも、今は消えてしまったけれど、ベンカスト達が来た当初はその胸に真白の剣が突き立てられていたのだ。真白の、光の粒で構成されていたかのような剣。ベンカストには一件心当たりがある……も、それはゲーム時代にあった"あるイベント"でしか手に入らないアイテムだったはず。

 倉庫への保存もできず、インベントリにあるものも強制消去されたゆえにもう手に入りようがないソレならば、この状態を引き起こすことができなくもない。

 

 と、そんな二人のもとへドタドタと足音が近づいてくる。

 

「ベンカスト様!」

「どうしました?」

 

 大声で彼を呼んだのは、当然ながら僧兵。

 しかし、常に冷静沈着であるよう訓練を受けているはずの僧兵が、顔を蒼褪めさせ、冷や汗を垂らしている様子は尋常とは言えなかった。

 

「──申し上げにくいのですが……消失いたしました」

「報告は簡潔に、はっきりと、具体的に言いなさい」

「……法国へ運搬中だったオバンシー様の遺体が、馬車の中から……いえ、棺の中から消失しました」

「!」

 

 聞いてすぐ、ベンカストは立ち上がる。

 そして手に持つ錫杖を強く握りしめ、スキルを発動させた。

 

標的爆破(マーキングエクスプロージョン)

 

 メイジ系ジョブツリー派生、カースウィザードジョブが持つスキル。事前に発動した魔法に上乗せする形で魔力を消費し、効果を乗せた魔法を敵に当てることで条件が整う。デバフの一種であり、それを植え付けられた者は何らかの手段でデバフ解除を行わない限り──術者の任意のタイミングで、付着者の残存魔力と同威力の爆発を起こす。自身へも、周囲の味方へも爆発ダメージを齎す厄介なデバフだ。

 謂わば爆発する呪い。

 ベンカストはそれを、ガナデ村の中央に安置されていたオバンシーの体につけておいたのだ。

 

「ベンカスト様……?」

「静かに。……ですが、聞こえませんね。となると長距離転移か……ミニマップには当然映らないにしても、そこまでの転移が可能となると、何かアイテムを使った……?」

「何をおっしゃっておられるのですか……?」

「オバンシーさんの遺体を運んでいた僧兵への命令を変更します。直ちに法国ペガスス部隊への連絡を。法国周辺のみで構いません、爆発痕のようなものがないか、あるいはそれを隠蔽したような痕跡がないか調べるよう言いなさい。僕、ベンカストからの直接の命令です」

「は……ハッ!」

 

 わざわざ説明をしてやるほどベンカストは優しくない。というか言っても無駄だと思うことや、言っても言わなくても変わらないと思うことについては基本口にしない。冗談を言い合うのは相手がプレイヤーであるときだけだ。

 NPCを見下しているわけではないが、どうしても知識に差がある相手に懇切丁寧な説明をする時間を無駄だと嫌う節がある。それはおそらく、ベンカスト以外のプレイヤーにもよく見られる癖と言えるだろう。

 

 考える。

 ベンカストは人差し指の第一関節を噛みながら、考える。

 

 死んだプレイヤーの死体。

 それを奪う理由は何か。利用価値があるのか。それとも弔い?

 なんにせよ、彼を奪った存在が彼の死に関与している可能性は高い。彼が死んだことはベンカスト直下の僧兵と法国にいる幾人かのプレイヤー、そして稼ぎ頭3しか知らないはずなのだから。それ以外の者が知っているとすれば、彼を殺し、ガナデ村が呪毒フィールドになるよう仕向けた張本人くらいのものだろう。

 

「……これは彼には内緒ですね」

 

 また嘘が増えた。

 稼ぎ頭3。見た目老人のあのプレイヤーは、他のプレイヤーが死ぬことを甚く嫌がる。各地で死んだプレイヤーへの葬儀にも出没しているというし、その死を辱めるような行いをされたとあらば、怒り狂うかもしれない。

 今回のベンカストの行為とて、あの男は良い顔をしないだろう。

 

「ウヒャルド」

「は」

「オバンシーさんの遺体が消えた事は他言無用です。僧兵達にも緘口令を敷きなさい」

「承知いたしました」

 

 首にかけたタリスマン。

 触って、一言だけを呟く。

 

「……せめて性悪は、性悪らしくしますよ」

 

 こういう細かいこと、結構気にするんですからね、なんて言葉は胸に秘めて。

 

 ベンカストは、そして彼についてきたウヒャルドは、教会を後にするのだった。

 

 無論、死したエルダーリッチの体は灼き滅ぼして。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 先にタリスマンを渡した少女ら四人の行方も分からなければ、ベンカストからの連絡もない。

 でもまぁそんなもんだ。いちいち気にしてたら身が持たない。だから俺は今日もロールプレイに興じている。

 

「ほほ……そこな少年、止まりなされ、止まりなされ」

「え、オレ?」

「ちょ、ちょっとクライド、ダメだって、絶対怪しい……壺とか買わされる奴だから!」

 

 今日声をかけたのは青髪金眼の少年。いやーキャラメイク遺伝だねバリバリキャラメイクだね。

 金眼の方はまぁまぁいるだろうけど、青はないよ青は。ありえないって。

 で、奥の少女は普通。垢ぬけない村娘って感じの……まぁ、可愛い部類ではある少女。うんうん、少年少女、これはカップルかね。

 となればお爺さん、余計なお世話を焼きたくなるというもの。

 

「そのような装備で冒険に出るのは危険ですぞ。そうだ、これを持っていきなさい」

「え、何? くれんの? やったー、あんがとな爺ちゃん!」

「ダメだって、ダメだよ、後で法外なお金要求されるやつだよコレ……!」

 

 渡すのは木製の指輪。

 こういう年齢層の低い相手に木片渡すと捨てられちゃうからね。最低限装備らしいものにしておく必要があるのだ。

 木で作った指輪で、さらには川辺で拾った適当な石も二つはめ込んである。別に磨いてないから宝石のような輝きとかはないけど、石にエンチャントをしてあるからなぜか輝いて見えるという不思議。

 それは素人目に見ても、やっぱり輝いて見えるようで。

 

「おー、すげー。なんだこれ!」

「ちょ、ちょっとクライド、高そうだよ、絶対まずいよこれ……!」

「これ貰っていいのか?」

「ほほ、ええ、無料で差し上げます」

「だってよ! ほら、はは、エミリアは心配性だなぁ。いいか? とーちゃんも言ってたけど、人の善意っていうのは素直に受け取っておくもんだぜ? な?」

「それとこれとは話が別だよクライド~~~~!!」

 

 そうだぞ。人の善意は素直に受け取るものだ。

 良いお父さんを持ったな少年。

 

「大丈夫だって! この爺ちゃんオレ達を騙そうとしてるようには見えねえし!」

「いつもいつもその自信はどこからくるの!?」

「勘!」

 

 あっけらかんとしている。

 いいなぁ、こういう子こそ現地民って感じあるよなぁ。プレイヤーの子孫なのは間違いないとしても、プレイヤーの中にはこういう……何? えーと、そう……自由奔放な奴っていなかったんだよな。いやだってさ、VRMMOのプレイヤーだから、ロールプレイでやってる以外じゃ大体常識あるって話でさ。

 バ……じゃない、そう、なんだ、こういう勘だけで全部を解決していく漫画みたいなキャラクターっていうのは、一般常識みたいなものが深いところまで普及していない世界だからこそ生まれるものだと思うんだよ。希少な天然物というか。

 勿論現実にもそういうやつは少なからずいたんだろうけど、少なくとも俺の知り合いには、そしてこのゲームにはいなかった。加えて言えば、そういうのは長生きしないからさ。

 

「あ、そうだ爺ちゃん! 一個お願いがあんだけどさ」

「ほ? なんですかじゃ?」

「エミリアの分もくれよ! こいつ、ちょっと口下手でさ、色々シツレーな事言ったかもしんないけど、良い奴なんだよ。な、いいだろ?」

「く、クライド、恥ずかしいよ……」

 

 ……。

 フッ。甘いな少年。

 

「ほほ……ではネタバラシをば。少年よ、その指輪、石のついている部分を両手で持って、少し捻ってみてほしい……ですじゃ」

「ん……こうか? って、おお! 二つに割れた!」

「だだだ、大丈夫なの、それ、商品を壊して……」

「ほほほ、その指輪はもとから二つのパーツで構成されていましての。さらにこれに鎖をつければ……」

 

 ネックレスになる、というわけだ。

 粋だろう。粋。

 新米冒険者のカップルに渡すのにこれほど丁度いいお守りもあるまいて。ついでに言うと、エンチャントが為されているのは埋め込まれた石の部分だから指輪が割れても問題なし!

 

「すっげー!」

「ほ……ホントに、タダでいいんですか……?」

「無論じゃよ、若人。お代を取ったりはせんから、気を付けて冒険に行ってくるんじゃぞ。決して油断せず、決して敵を侮らず、じゃ」

「おう! ありがとな、爺ちゃん! んじゃ行くぞエミリア!」

「う、うん……。あ、あの、ありがとうございました……ってあ、待って、早いよクライド~!!」

 

 ──うん、青春。

 正直な話をすれば、子供が魔物と戦うとか間違っていると言いたい……んだけど、あの様子だと貧困からじゃなくなりたいからなったパターンっぽいからな。俺が止めることじゃあない。

 前にも述べたけれど、普通の冒険者は大体貧困に喘いで、それから抜け出すために冒険者をやる。スキルがないから、キャリアがないから、あるいは前科があるから。

 普通の職場に雇ってもらえないような奴が、自らの命を天秤にかけて日銭を稼ぐ仕事だ。

 騎士や兵士のように真っ当な訓練を受けさせてもらえるわけでもなし、宿屋暮らしだったり野宿だったりするやつも多いだろう。

 失敗すれば死、あるいは信用を失い、他の国に行かなければならない。成功しても端金、もしくは何か大怪我と引き換えの勝利で、治療費で報酬がすべて飛ぶのかもしれない。

 

 リスクの方がはるかに大きい職業だ、冒険者は。

 それを望んで、というのは。

 

「……ほほ」

 

 少女らも、ベンカストも、少年少女も。

 結局俺は無事を祈るしかできない。

 ただどうか、俺の上げたお守りが彼らの命を救いますように、と。

 

 

 

「あ、セギさん。ようやく見つけました」

「ほ? ……おお、これは、総合クランの……えーと」

「はい、ファラです。ふふ、私たち同じ服装なので、誰が誰だかわかりませんよね」

 

 やはりプレイヤーの子孫も減ってきている。

 そう感じた昼下がり。

 もう少し前の時代であれば半分くらいはプレイヤーの子孫っぽいのばかりだったのに、今や一割を切っていると来た。ただ血が薄まってきているだけならいいのだけど、冒険に出て死んで、とかなら嫌だなぁなんて思いながらぼーっとしていたら、犬耳少女に声をかけられた。

 

 ファラ。彼女は総合クランの受付をしている獣人少女。

 総合クラン……乱立するクランの取りまとめをやっている国営クランであり、特定のクランに属さない冒険者は強制的にここに属することになっている。おそらくだけど、さっきの少年少女もまだ総合クラン所属だろう。

 これから何か仲間を見つけて特定のクランに入るのやもしれないが。

 

 さて獣人──とはいえ、特に亜人差別とかないこの世界においては彼女も普通に人間だ。ただ犬っぽい特徴が出ているだけの人間。まー昔はキャラメイクの関係上凄まじいまでの種族がいたからな。それらが当然のように同じクランだったりフレンドだったりしたんだから、そこまで強い差別が根付きようもない。

 するやつがいないとは言わないが、マイノリティである。

 

「総合クランがこの老いぼれに何の用かの?」

「人探しの依頼にセギさんがいたので、私が見つけに来ちゃいました。鼻が良いので!」

「……クラン職員が率先して冒険者の仕事を奪うの、どうかと思うがのぅ」

 

 人探しなんて危険性の少ない依頼、新米冒険者にやらせてあげりゃいーのにさ。

 なんて言葉はおくびにも出さず。

 

「ほほ……人探し、とな? 儂を?」

「はい! 依頼者はアウリヌス・レクスのフィミルさん、という方ですね。あ、知ってますか? あのアウリヌス・レクスに入れるってだけでも凄いのに、入って早々最強なんて噂されてる四人の女の子! ……からの、人探し依頼ですので……セギさん、とうとう何かやっちゃいました?」

「それ、本当に儂かのぅ。人違いとか……」

「あ、いえ、それはないです! ほら、セギさんが良く配ってるタリスマン。アレを見せられて、これの製作者である老人を探している、と言われましたので!」

「儂以外にも木片配ってる老人はいるかもしれんぞ?」

「いえいませんよそんな怪しい人」

 

 ファラはおそらくNPCの子孫である……が、特にそういうことは関係なく、単純に付き合いが長いのでこういう気軽な仲にある。

 というのもまー……たまに、本当にたまーに通報されるのだ、俺。怪しいからね。

 その対応をするのがいつもいつもファラである、というだけで。

 

「とにかく、あなたは依頼者に探されているわけですが、当然あなたにも会わない、という選択肢があります。セギさんが拒否するのであれば、こちらからフィミルさんに拒絶の意を伝えることも可能ですよ?」

「……儂、殺されるのは勘弁なんじゃが」

「それなら総合クランの応接室を使うのは如何でしょうか? もし荒事になっても総合クランの腕利きが対処できますよ」

 

 ふむ。

 ソレは、あり。何故って総合クランの腕利きにはプレイヤーが一人混じっているから。

 アイツなら大抵の荒事揉め事は鎮静してくれるだろうし、最悪言い争いとかになっても俺の味方をしてくれるかもしれない。

 

 ……よし。

 どうせここで断ってもあっちが直接会いにきそうだし、特に悪いこととかしてないんだから、会っておくか。面倒ごとは早めに片づけるに限る。

 

「会うことは承知じゃが、日程のほどは」

「お時間があるのであれば、今すぐにでも!」

「了解ですじゃ。では、向かうとしますかの」

 

 まぁ。

 こんな形ではあるが、生きていたことを知れたのは嬉しいよ。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「──申し訳ございません。本来であればこちらから出向くべきでしたのに、呼び出すような形になってしまって……先日の失礼を含め、心より詫びさせていただきたく存じます」

「ほほ……その、何事を謝っているのかは知らぬが、まず顔を上げい、娘子よ」

 

 総合クランの応接室に、彼女らはいた。

 数日前に見たときと変わらない四人。特に大怪我もしていない様子で、うん、何よりだ。

 ただあの時言葉を交わしたもっとも年長らしき少女……フィミルという子が頭を下げて動かない。

 

 何事。

 

「他……説明できる者はおらんかの? これでは話が進まんぞい」

「……」

「……」

「……ひっ、い、いえ、私は無理ですよ!?」

 

 いないらしい。

 魔法剣士(スペルフェンサー)軽業弓兵(アクロバットレンジャー)探索者(シーカー)、そして霧魔使い(ミストメイジ)。うん、いい構成であると言えるだろう。ゲーム時代でもたまに見かけた構成だ。加えてレベルもそこそこあるし、なんというか、この時代にしてはかなりマトモ。

 内魔法剣士(スペルフェンサー)霧魔使い(ミストメイジ)がプレイヤーの子孫っぽいが……ほかの二人もレベルを見るに特徴がないだけの子孫っぽくはある、か? 全員美少女だし。

 俺は基本外見的特徴のみでしか相手を判断しないけど、流石にこうやって対面したらもう少し深く観察する。そして今、俺の中の『目の前の奴プレイヤーの子孫っぽいメーター』は基準値を大きく超えて、MAXに近いところまで来ている。

 

 ……どれ、何を話してくるかはしらないけど、手厚く対応しようか。

 何より可愛いし。

 

「頭を上げてくださらんかの、霧魔使い(ミストメイジ)殿」

「……」

「……ふむ。では心行かぬが、こう言おう──面を上げなされ、フィミル」

「はい!」

 

 うーむ。

 怪しい老人ロールプレイしてるんだけどなぁ。

 こういう尊大な喋り方は……あ、でも狂王ロールプレイしてたフレンドの会話ログ残ってるから、それ参考にするか。

 

「貴様の謝罪などどうでもよいのでな。何用か、手短に話すがよい」

「は、はい! そう、ええと、そう……先日に頂いたこのタリスマンにより、私たちは命を救われました。それで、これを私たちの村の長老に見せたところ、あなたの名と共に、かつて村を救ってくださった付与術師(エンチャンター)がいたことを語ったのです」

「……整理するがの。まず、命を救われた、というのは……ソレが発動する事態に陥ったか」

 

 ソレ。

 彼女らにあげたタリスマンには、『物理耐性++』と『魔法耐性++』、そして『物理無効』が仕込んであった。

 前者二つは説明するまでもない。そして後者のはベンカストが馬車で使っていた奴の上位版だ。

 次に受ける攻撃によってHPが全損する場合、その攻撃を無効化する結界を張る。例によって一度発動したら壊れる代物ではあるが、勝てるかどうかわからない戦いにおいては必須クラスのエンチャント。

 ただ、ゲーム時代はデスペナが無いに等しかったため、復帰ポイントをボス戦手前とかに設置できるダンジョンとかだと無用の長物だった。

 

 それでも全滅したらボスのHPが全回復する仕様を考えれば、一人でも生き残らせるための『物理無効』はそれなりにありがたがられたが。

 

 んで、デスゲームとなってからはそれはもう重宝されたし、現実となってからは言うまでもない、と。

 フツーにオーパーツ。ロストテクノロジー。研鑽に研鑽を積んだ聖職者ジョブがなんとか掴み得るスキルを、適当な木片に刻み込んであるのだ。ヤバいなんてものじゃあない。

 

「はい。全ては私たちの油断。あれはウォールベアの討伐中のこと……私たちは優勢な戦いに気を逸らせていて、ドラゴンの接近に気付かず……これがなければ全員食べられていたことでしょう」

「ドラゴン?」

「ええ、黒いドラゴンです。見たことのない種でしたので、私たちは即座に撤退を選択しました」

 

 ……ドラゴン?

 フィールドで?

 いやいや。いやいやいや。

 

「それ、どこじゃ?」

「西方は"歪みの森"を抜けた先にある湖畔です」

「ワンバの湖? いやいや、あそこの適正レベル17とかだろ。ウォールベアが出る場所でもないし、況してやドラゴンなんて」

 

 あり得ない。初心者殺しもいいとこだ。というかそんなんプレイヤーが五、六人集まって討伐する奴だぞ。しかも黒……となると、マジのガチのやつだ。なんならワールドが違う。魔界で一番高い山に住んでる奴だぞソイツ。

 つかあっぶねぇ、『物理無効』で良かった。もし『物理防御』とかあげてたら普通に死んでたな。俺のメインジョブでも直撃食らえば一撃死だぞソレ。

 

「セギ様?」

「……いや、良い。それで、儂に救われた村があった──から、なんじゃ」

「い、いえ。特に何というわけではなく、その、お礼を」

「要らぬ。謝罪も礼も要らぬわい。用件がそれだけなら、儂は帰るぞい」

 

 手厚く対応するとはなんだったのか。

 いやだって相手がこういうロールプレイお望みなんだもん仕方ないじゃん!

 俺だってずっと怪しい老人ロールプレイしてぇよ! 何聞かれても「ほほ……ほ?」とか言ってはぐらかしてぇよ誤魔化してぇよ……でもそれじゃ話が進まないんだよぉ!

 

「あ──お、お待ちください、セギ様!」

「……なんじゃ」

「お願いがあります。……件のタリスマンを、私たちに売ってくださいませんか?」

 

 そればかりは、と。

 終始だんまりだった後ろの三人も、深く頭を下げる。

 

「……何に使う気じゃ」

「私たちは──あのドラゴンを討伐しに行きます。そのために、あのタリスマンが必要なんです」

「ならぬ」

「……そう、ですか」

「して、アウリヌス・レクスに直接抗議する。主らのような程度の低い娘子を差し向けるなどなんたる了見か、とな」

 

 あり得ない。

 黒いドラゴンって報告聞いた上で、「もっかい討伐してこい」とか。

 ゲーム時代でもぜってー言わねぇよそんなこと。

 確かにレベル差あっても時間かければ倒せるゲームではあったよ。死ぬ気で回避して1ダメージも入ってないんじゃないかと思うような攻撃チクチクして何時間もかけて、って。

 でもそれは死んだって特に問題ないゲームだからやれた話だ。そんでもって、初心者にやらせることじゃ絶対にない。

 命が一個しかない現代ならなおさら。

 

「そ、それは」

「安心せい。ドラゴンは儂らが討伐しておく。報酬が欲しいなら全額主らにやる。じゃから、主らは安全な場所でおとなしくしておれ。命令じゃ」

 

 リストアップする。

 あのドラゴンに勝てそうなメンツを。ぶっちゃけ強い強いと言っても最強なわけじゃない。ちゃんと準備して、ちゃんと育ったプレイヤーが、ちゃんと連携してやれば……討伐はできるはずだ。

 

 討伐のためならエンチャントも惜しみなく使おう。なんなら秘蔵の武具防具も貸し出す。

 こんな二次ジョブの初心者四人を送り込むとか、妄言にも程がある。

 

「良いな?」

「……は、い」

「よろしい」

 

 さて──まず、宰相が手っ取り早いかな。貸しいっぱいあるし。

 



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4.ロールプレイ含有率4%

 アウリヌス・レクスの現リーダーと面識はないが、前任者は知っている。というかプレイヤーだ。だからまず、そこを問い詰めることにした。

 

 宰相へは仔細を詰めたメールを投げて、人集めを丸投げ。実際国の危機だからな、そんな場所にドラゴンいるとか。

 ……ゲームシステムが死んでなくて良かったことの一つにこのメールがある。正直前時代的な機能だと思わなくもないが、フレンドとの個チャが死んでてクランチャットやウィスパーチャット、遠隔VCなどのすべての会話機能が失われていた中で、メールだけは生きていたことに何度感謝したことか。

 投げても各地の行政機構の近くに設置されたポストに取りに行かないと見ることができない上、ゲーム時代からある国じゃないとポスト自体が無いものだから、現代ではもうあんまり使われていない機能ではある……が。

 こういう時、つまり書くだけ書いて丸投げしておく時にはとても重宝する。

 

「さて──」

 

 大手クランにはクランハウスが存在する。いやまぁ弱小クランだって持てなくはないが、維持費の都合上滅多に持っているところはない。

 クランハウスには様々な機能があり、中でも強力な機能といえるのは「クランメンバー以外の侵入拒絶」だろう。クランメンバーと認識した者以外、入り口だろうが窓だろうが、どこからもどのような手段を以てしても侵入が不可能になる。

 入るなら入り口の呼び鈴を鳴らし、クランメンバーの一人以上に付き添ってもらう必要がある、なんて徹底ぶり。

 

 まぁ、VRMMOなのでね。

 ゲーム時代から結構あったんだ、ストーカー被害。デスゲームになってからも最初の方はあった。どうせ死ぬんだからと色々な犯罪に手を染めようとする奴らがさ。

 そういうの対策にとても役立ってくれたこの「クランメンバー以外の侵入拒絶」機能も、昨今ではあまり使われなくなっている。何故って、戸口はオープンにしておいた方が色々便利だからだ。新規メンバーも入りやすいし、総合クランとかからの通達もスムーズに通る。

 ……はずだったのだが。

 

「さては、あの四人娘が儂に突撃したことを聞いて、いっそいで起動したかの……ほほ」

 

 面倒である。

 正直とても面倒である。呼び鈴鳴らしての付き添いは、俺が怪しい老人ロールプレイしてなけりゃ全然行けたんだけど、とてもとても、今の俺のカッコ見て中に入れてくれる冒険者は限りなく少ないだろう。

 となれば侵入……はできないと先ほど述べたばかり。

 

 まぁ、あの放任主義の馬鹿がこれで事態を知って、自浄作用よろしく当代のクランリーダーを詰めてくれたらそれで良しではある。わざわざ俺が突撃するまでもない。

 問題はあのコミュ障が言いたいことも言えずに引きこもるだけ引きこもって何にも変わらないパターンだ。その場合このクランの体制は変わらない──強くなるためには突撃しろ、帰って来れたらお前は最強だ、なんて昔っから言い続けて、運の悪いことに本当に我が国最強クランになってしまったアウリヌス・レクスのままになる。

 それではいずれ新人が死ぬだろうに。

 

「仕方がないのぅ。この手段はあまり使いたくなかったんじゃが……」

 

 さて──懐から取り出すは、昔懐かしのフィルムケースのようなもの。まぁポーションなんだけど、現在のポーションとは全く別口で作られたブツである。中身は真っ黒で、時々ポコポコと気泡が爆ぜている。

 これに『増加効果(ゲインエフェクト)+++』をエンチャント。これはそれこそポーションなどの効果を倍加したり倍々にしたりする、能力強化術師(スキルエンハンサー)のスキルである。お隣さんね。

 プラスして、『浮遊++』と『水流耐性++』、さらにさらに『反動反転(リバースノックバック)++』というスキルをエンチャントする。戦士系ジョブ、大盾戦士が扱うスキルで、「ノックバックのある攻撃を受けた際、飛ばされる方向を反転する」とかいう物理法則ガン無視スキルだ。

 

 で、これをアウリヌス・レクスのクランハウス、その側溝に入れる。

 フ──誰が黎明期の上下水道を整備したと思っている。設計したのは俺じゃあないが、どこにどんなエンチャントが使われているかは把握済み。今回はその"流れ"を使って、侵入拒絶の穴をつく。近隣住民には迷惑をかけないさ。

 

 知らないだろう。

 侵入拒絶は、しかし下水道の行き来を許可していることなど!

 

 

 

 

「ガ、ガシラ! い──今すぐどうにかしてくれ、た、頼むよ! このままじゃ僕が娘に殺される!」

 

 効果は覿面だった。

 フィルムケースを流してから数十分後、バタバタと慌てた様子でアウリヌス・レクスのクランハウスから出てきたのはちんまい男。種族がハーフリングなので背が小さいわけではないのだが、とにかく動きが小物過ぎて余計に小さく見えるとは当時のクラメン談。

 

「ほほ──何が、ですかの?」

「何がも何も、怒ってるのはわかったから、な、な!?」

「ほほ──何が、ですかの?」

「同じことばっか喋るNPCRPやめろお前上手いんだから!」

 

 きゃいきゃいきゃんきゃん。

 ハーフリングはみんな声が高くなるのが特徴なのだが、コイツは特にうるさい。はっはっは、そんなあなたにこれ、『音圧耐性+++』の耳栓。これで何も聞こえない。

 あ、奪われた。

 

「今すぐどうにかしろ!」

「まずお前さんのクランをどうにかしろ」

「わかったから、わかったから! あの()()()()()()停止させてくれよぉ!」

 

 そう。

 今回俺が放ったのは、スライムである。ただし本来は益スライムと呼ばれるもので、ゲームではポーション扱いだったもの。

 効果はテイムモンスターの状態異常回復。テイムモンスターに振りかけておくことで、それらが状態異常となった時にエフェクトを食べてくれる益スライムである。

 

 ので、それを下水に流し、下水道の汚染源……状態異常と見做したそれをパクパクと食べながら『反動反転(リバースノックバック)++』と『浮遊++』でトイレにまで移動。さらには『増加効果(ゲインエフェクト)+++』によって本来の効果というか量を倍の倍の倍々にした状態で下水道を占領し、アウリヌス・レクスのクランハウスの各部からHello, worldしたわけである。

 常であれば楽々だっただろう。アウリヌス・レクスのクランメンバーである、スライムの対処くらい初歩の初歩だ。

 

 ──が、ソイツは益スライム。

 敵じゃないのだ。それを攻撃することは、ポーションに対して攻撃スキルを発動しているようなもの。彼らは奇妙な感覚に襲われたことだろう。この世界には妙にまだゲームシステムが生き残っていて、だから無力感というか、脱力感のようなものを。

 アレが益スライムだと気付けるのはプレイヤーだけ。で、気づいた奴が出てきたってわけ。

 

「Buffろう。お主、いつから初心者を死地に送るような行為を許すような──外道に堕ちたのだ」

「いやホントに、反省してるから! ちゃんと話し合うから! だから早くアレ消してくれ!!」

 

 PN『Buffろう』。ハーフリングであり、アサシン系最終ジョブのファントムマーダーでありながら、超ビビりの超小物。

 ハーフリングと人間が生殖可能であることに気付いてすぐに嫁さんを取り、コイツのキャラメイクをふんだんに引き継いだ可愛い可愛い娘を儲けたとか。

 

「……しっかたないのぅ」

 

 側溝、クランハウスの下水の出口に、石を一つ投げ込む。

 勿論エンチャント済み。付与したのは『減少効果(ロスエフェクト)+++』。……ではなく、Buffろうが出てくる前に作っておいた、『能力付与(スキルエンチャント):Enc(ID:CureSlime_EndEffectDo++).Ob(ID:SmallStone)』の方。本来であれば──そもそもグリッチなので本来も何もないが──このエンチャントは一度発動したら壊れる類のもの。それをさらに++と書き換えているため、不具合が出る……なんてことはない。

 その辺はすでに検証済みだ。やったことないことを博打でやったりはしないさ。

 

 さて、この石により益スライムは治療を終了したと判断し、急速に消えていく。

 無理に分断とかしていなければ、クラン内部のスライムのすべてが光となって消え行くだろう。

 

 じゃ。

 

 

 ☆

 

 

「久しぶりに集められたかと思えばドラゴン退治ってまた……っとにイベントに事欠かない国だなぁここは」

「ほんとにね。久しぶり、みんな。元気してた?」

「私は元気でした。ただ今、目に余るほどに元気じゃなさそうなのが一名いるんですけど」

「生まれて初めての親子喧嘩だ、その勲章さ。大目に見てやってくれ」

 

 夕方。

 アウリヌス・レクスについての一件は、俺が口出すまでもなく片付いた。Buffろうが現リーダーたる自身の娘に喝を入れ──そのまま親子喧嘩に発展したそうだ。

 Buffろうの娘は戦士系ジョブの中でも大人気だった悪魔殺し(デーモンスレイヤー)。各ジョブにはそのジョブにしか装備できない装備品が必ず一つは存在するのだが、悪魔殺し(デーモンスレイヤー)はジョブ変更クエストでその装備が手に入る上にこう……なんとも厨二心をくすぐるデザインのソレで、まぁ、大人気だった。

 それをアバター……見た目だけの装備に適用させて、悪魔殺し(デーモンスレイヤー)オンリーのクランとかがあったくらいには大人気だった。

 

 で、そんな悪魔殺し(デーモンスレイヤー)幽界暗殺(ファントムマーダー)の一騎打ちは、同レベル、同技量のプレイヤーだったら圧倒的前者有利のところ、経験とスキルとレベル差のゴリ押しでBuffろうが押しに押しまくり、勝利。

 とはいえ卑怯な手を使わずに真正面からのぶつかり合いだったためにお互い納得もできたようで、なんかあったらしい確執とか嫉妬とか不満とか全部ぶちまけて、最終的に家族仲は良くなったらしい。

 そんな感じで言いたいこと言い合って、今回のヤバい討伐の話が話題に上がり、すべてを見直すということで決着。

 

 晴れてBuffろうをドラゴン討伐隊に組み込めるようになった、と。

 顔面ボッコボコだが。

 

「はぁ、ウチだってひっさびさにメール届いたから何かと思えばクッソ面倒なこと書いてあって忙しくて忙しくてダルかったんだから、失敗許されない系のアレだから、とっとと行ってきてマジで」

「口調バラバラやんけ」

「元からバラバラだよコイツ。『太りに太ったヒキガエル宰相ロールプレイただし口調はギャル』とかやってるんだから」

 

 わいわいがやがや。

 この場に集まったプレイヤーは八人。内、俺だけ非戦闘員で、宰相含む七人が戦闘員だ。

 

「で? このイベント、報酬はどうなんだ?」

「あるわけないじゃん。つかイベントじゃないし、普通に国の危機だし」

「だがよ、報酬出せる奴がいるよなぁ?」

 

 チラり。

 溜め息。

 

「あんま変なのじゃなけりゃエンチャントしてやるよ。そうでなくとも、ドラゴン退治にはちゃんとした装備用意してやるから、壊さなけりゃ持って帰ってくれて構わねえ」

「そう来なくちゃなぁ!」

 

 ま、こっちとしてもやる気出してもらわなきゃ困る。

 やる気ない状態で挑んで──負けるだけならまだ良いが、死んだりしたら……ああ、それは考えたくもない。

 

「んじゃ、ブリーフィングといくか。JJJ、適当なマップくれマップ。書き込んでいい奴」

「簡単に言ってくれる……あるけど」

 

 大きいテーブルに広げられる地図。

 まぁここでこのブリーフィングを聞くのもいいんだけど、俺は俺でやることがある。

 

「対象はオブシディアンドラゴン。ワンバの湖に居座ったらしい、こんなとこにいちゃいけない代表の魔物だ。注意するべきは──」

「ああ待て待て、お前らメイン武器と防具俺に一旦渡せ。最上級エンチャしてくるから」

「ん、そうか。まぁ時間もったいないもんな」

 

 言って、みんな素直に装備を渡してくれる。トレ窓が視界を覆いつくす。

 まったく、これで俺が悪人なら全部パクって逃走、とかもできるんだぞ。

 

「ほいじゃ、続けるが」

 

 ……ま、この場にいる誰もがそんなことしねぇって知ってるから、ここに集まった……集まってくれたんだけどな。

 

 

 

 

 一人、別室に来る。

 さてはて、何をエンチャントするべきか。

 本来。

 本来の能力付与では、エンチャントする対象の素材によってエンチャントできるスキルの数、強度に制限がある。俺が木片や石ころに三つも四つもエンチャントできているのは最終ジョブの特権だが、それにしたってそれくらいが限界だ。

 が、今回はそんな制限取っ払って色々つけるつもりである。でないとちょっとヤバそうだから。

 

「まず能力付与(スキルエンチャント):Enc(ID:DragonSlayer_DragonResist+++).Ob(ID:OrichalcumMail/ID:EnlilClothes))だろ? んで、能力付与(スキルエンチャント):Enc(ID:DragonSlayer_DragonAttack+++).Ob(ID:VenomSword/ID:DarkNightKnife/ID:AlterGungnir))で……」

 

 ガンガンにグリッチを使い、ポジションごとのエンチャントを振り分けて行く。

 前衛、後衛、遊撃、回復。基本はこの四種なれど、此度集まったのは皆が皆最終ジョブ。ゆえに一癖も二癖もある動きをするものだから、しっかり考えないとこんがらがる。

 特にヘイト高める系とかは絶対に間違えちゃいけないし、前衛のやつに魔法詠唱速度+++とか付けたって意味はない。ちゃんと整理して、ちゃんと順番につけて。

 魔力増強の指輪はもうつけている。あんまり好きな味じゃないけど、魔力回復ポーションも飲んでいる。

 制限時間はみんながブリーフィングを終えるまで。

 すでにこちらで用意してあった状態異常無効系のアクセサリにつけてあるものは除外して、装備品についている効果も除外して、えーとえーと、だからこれがいらなくてあれでそれで。

 

 焦るな焦るな。

 これら作業は、そのままアイツらの命に直結する。俺のエンチャントを信じてアイツらは戦うんだ、ミスは許されないが、雑になってもいけない。

 特に俺は戦地に赴かないんだから……慎重に、迅速に、且つ、完璧に。

 仕事をこなす。

 

 エンチャントをしては魔力を回復し、エンチャントをしては魔力を回復し。

 ああ、もっと効果の高いポーションが欲しい。が、流石に今から『増加効果』をポーション一つ一つに付与していくのは手間が過ぎる。過ぎるし余計な時間を使う。ああ、Buffろうと戯れている暇があったら用意しておくんだった。

 後悔先に立たず。まったく、デスゲームになってから本当に後悔ばかりだ。そのくせ学びがない。

 

「よいしょ、っと」

「……あん? なんだ、ベンカスト……ベンカスト?」

「あはは、何やら一大事らしいので、来ちゃいました」

 

 完全な不法侵入のやり方で、窓から白い法衣が入ってくる。

 前の時も思ったけど、一応他国だぞ、ここ。

 

「ああご安心を。前も今も密入国です。バレたらそこそこ怒られますね、両国に」

「俺今集中してんだよ。用件だけ話せ」

「今回の件。残念ながら僕は参加できませんが、助言を一つまみ」

「なんだよ」

 

 オバンシーさんの続報なら、ホントは今はやめてほしかった。動揺するから。

 でも、告げられた言葉は少しだけ違うもので。

 

「魔界の知り合いがですね、大急ぎでメール送ってきたんですよ」

 

 ──"オブシディアンドラゴンがいなくなった。目撃証言的に多分テイムされてる。でもテイム許可出してないからつまり密漁。あんなの個人に扱われたらヤバい。至急討伐or封印したいからプレイヤー集めて欲しい"。

 

「ってね」

「ちなみにそれもしかしなくてもまおうだろ言ってきたの」

「あはは、正解です。魔王ロールプレイしてたら本当に魔王になっちゃったまおうさんです」

 

 まぁ。

 なんか雑に繋がったなぁ、っていう。じゃあアレか、ウォールベアもテイムモンスターか?

 ……ワンチャン、オバンシーさんが死んだ理由は……ああいや、今はやめておこう。

 

「こっちでドラゴン退治したら、それも解決するよな」

「だといいんですけどね。別個体の可能性もありますから、僕は魔界へ向かいます。なのでガシラさん、こちらの件が片付いたら、その」

「珍しく言い淀むじゃねえか。いいよ、勿論行くさ。それにまだ魔界じゃ怪しい老人ロールプレイしてねぇしな。魔族相手にやったらどうなるか楽しみだ」

「あー、物理無効は常に持っててください。最悪話しかけた時点で殺されます」

「行くのやーめぴ」

 

 悔しいが。

 なんだ。集中したい集中したい言っておいてなんだか、なんだ、アレだが。

 ベンカストと軽口をたたいたことで緊張がほぐれて、いつも通りの作業ができている。

 

「お……っと、そろそろ僕はお暇します。ここにいるってバレたらそれなりに怒られるので」

「ああ。……またな」

「はい、また」

 

 なんつーか。

 俺も、心置きなく殴り合えてたあの頃のクラメンのやつらにまた会いたいなぁ、とか。

 

 

 ──叶わぬ夢だ。

 



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5.ロールプレイ含有率-98%

 見送る。

 ワンバの湖は国の西方にあり、距離にして凡そ二十kmくらいの場所。

 そこへ向かって馬も使わずに突っ込んでいった七人。それは奴らが猪突猛進だからとかではなく、馬や御者にヘイトが向くことを恐れたためだ。

 作戦は綿密な計算のもと立てられた。ゲーム時代の攻略用計算式のスクショまで持ち出してきて、当時と現代の誤差も考えつつ、最速且つ安全に、そして逃がさないようにする作戦。そのための追加発注も受けた。

 また、ベンカストから齎された情報も伝えてある。テイムモンスターの可能性あり、って奴をな。

 時刻は深夜三時。この国は夜も明るい国だけど、どこから出回ったのか、"ワンバの湖にオブシディアンドラゴンがいて、それを伝説の英雄たちが倒しに行く"なんて噂が広まってしまったらしく──。

 

「……大丈夫、だよな」

「大丈夫に決まってんだろ。七人だぜ七人。一人でも一騎当千の力を持ってる英雄が七人だ。負けるはずがねぇ!」

「だがよ、ドラゴン退治なんて……それこそおとぎ話の世界じゃねえか」

 

 なんぞか、盛大な見送りになりました、と。

 総出とは行かないがそれなりの数の国民がアイツらを見送った。明るさはここに集中し、逆にしんと静まり返る変な空気に。

 アウリヌス・レクスのやつらまでしーんとしているから、余計にこう……なんか葬儀みたいで嫌だ。

 

「──」

 

 まぁ、俺もこれ以上ここにいる必要はない。

 やれることはやった。これで心配になって見に行く、とかしたら本末転倒だ。だって俺最終ジョブでレベルカンストしてるから、馬とか御者より確実にヘイト引く。生産ジョブはおとなしく安全地帯で無事を祈っているのが吉なのだ。

 ……なのだが。

 

「……ほほ」

 

 まぁ、わかるよ。気持ちはわかる。

 あんだけ偉そうに言っておいてお前は行かないのか、だろ。お前も英雄に数えられる存在なのだろう、だろ。何故一人、残るのか。行かないのか。何を笑っているんだ。

 

 そういう──己が何もできないからこその、自責が変質した俺への敵意。嫉妬でもあるのだろう。

 チカラを持っているクセに、と。

 

「ほほほ……」

 

 集団を抜け、いつもより暗い国に戻る。町へ、路地裏へ。

 俺の衣服には『気配消し(サイレンス)+』とか『無音+』とか『身軽』とか、とにかく「効果は弱いけどロールプレイに必要な永遠エンチャント」がたくさん付与してある。

 だから生半可な相手じゃ俺を追うことなんてできない。往来にいる場合は別だけどな。

 

「ほ……成程、探索者(シーカー)の『標的強調(マーキングエンファサイズ)』かの? スキルツリーでは初期の方……とはいえ、相当な練度じゃのぅ、デバフ解除ができんわい」

 

 聞こえる声で言う。

 相当使いこんでいる。使い込んでいるし、使い慣れてもいる。これじゃあどこへ逃げても同じ。状態異常回復系のアイテムを使うという手もあるが、そうして来ることは予想しているはず。

 なら少しばかり特異な手段で撒いてみるか。

 

能力付与(スキルエンチャント)::Enc(ID:Doppelgänger_Duplication).Ob(ID:Lamppost).Op(Effect(Pass))」

 

 小さな声で呟きながら、右手で街灯に触る。

 その瞬間に状態異常回復ポーションで標的強調(マーキングエンファサイズ)を解除。暗闇に戻る。

 

「!?」

 

 数秒としない内に同じ場所へ辿り着いた少女が驚きの顔で街灯を見つめる。

 彼女の目には赤く強調されて映っているのだろう。目の前の街灯が、強く、静かに。

 

 ……アレは対象の形まではわからない。

 なんでわからないって、わかられると困るギミックボスがいっぱいいたからだ。わからないようナーフされた、が正しい。遠くからギミックボスに対して標的強調かければ、初見でもどこがどう変形するかわかっちゃう、みたいなことがゲーム時代にあったからな。

 なに? アレだ、年の功っつーかプレイヤー有利って話で。

 

「ま──待ってください!」

 

 結構な近さにいるとも知らず、完全に撒かれたと思ったのだろう。

 それなりの大声で少女は声をかけてきた。

 

「お願いします……私に、戦う力をください! 新人だからって、何もできないからって……私が、弱いからって……そんな理由で置いていかれるのは、嫌なんです!」

 

 ……うん?

 え、今十分な理由を自分で吐いたよな。

 新人で初心者で、まだ弱いから、今回は強い奴に任せる。何か嫌なトコあるか?

 

 理性のタガがぶっ壊れでもしてなけりゃ、そんな言葉は吐かないはずなんだが。

 いやまぁゲーム時代ならわかるよ? レベル低いからってクラメン全員が出向くようなイベントにおいてかれるの、ちょっとだけモヤっとするよな。

 でもここは現実で、ミスりゃ死ぬ。

 自分が死ぬだけじゃなく、仲間も死ぬんだ。そんだけヘイト管理って大事でさ。

 できるだけ少数精鋭の方が良い。魔物が誰を狙っているのかが明確であった方が良い。大勢でかかってどこにタゲが向いてるのかわからん状態で大技とかが来ようものなら大パニックだ。

 敵の攻撃パターン、攻撃範囲、攻撃威力。それらがちゃんとわかっているから前衛が安心して受け止められるし、回復も適量ができる。無駄な魔力を使う余裕なんかないから、計算されつくした動きが。勿論予定外も多分にあるけれど、だからこそ遊撃や後衛が戦場を俯瞰し、緻密な調整を行っていく。

 

 それがMMOの高難度帯ってやつだ。MMOの、というかレイドボスの、って言った方がいいか。

 

 んな場所に何もできない奴いたら邪魔だろ。

 

「ならん」

「っ、上……!?」

 

 そう、上だ。屋根にいた。

 建物の屋根から、少女を見下ろす。今夜は晴れているから、月が綺麗だ。それをバックに置けば、少しは威圧感も出るだろう。

 今宵、怪しい老人は、妖しい老人へと少しばかりの変貌を遂げる。

 

「何をそうも生き急ぐ。何をそうも焦がれる」

「……私は、強くないから」

「なれば強くなれ。探索者(シーカー)は未だ二つ目。最奥には程遠い」

「それじゃ、遅いんです。私は今すぐ強くなって、戦場に行かないと……」

 

 うーん?

 なんだろう。凄く話がかみ合わない。この子何をそんな焦ってるんだ?

 アイツらだけじゃ心配ってことか? いやまぁアイツらのことをプレイヤーだと知らない奴らからすりゃそういう心配も出てくる、のか?

 でも、なんだったらBuffろうとか一応アウリヌス・レクスの前リーダーだぞ? 信頼できるだろ。

 

「もう一度問う。何を急く。主は、何を守らんとしている?」

「……なんです」

「聞こえぬ。はっきりと喋れ、探索者(シーカー)

「友達なんです!」

 

 こう……もっとさ、明瞭にしゃべることはできないのか。

 主語がねーのよ主語が。誰が友達なんだよ。で、何をしようとしてんのか聞いたのに「友達なんです」はもう会話成り立ってねーだろ。

 

「ホホ……誰が、」

「あのオブシディアンドラゴンは、私の友達で、だから守りたいんです!」

 

 ──流石にイミフなんだけど。

 

 

 

「ほ……成程のぅ。お主、魔界出身じゃったか」

「はい。こんな見た目ですけど、一応魔族です」

 

 少女はユティと名乗った。

 あの日、俺の出現に超絶ビビってた子だな。よくそれで探索者(シーカー)が務まるモンだけど、よく考えたらBuffろうも大体同じだったわ。

 で、ユティは魔族らしい。種族はフィルギャ。ゲーム時代にはいなかった種族……というかなんなら魔物扱いだった奴だけど、長い年月を経て魔族とは和解したっぽいな。

 しかし……となると、この少女の結膜の色はキャラメイクではなく魔族故か?

 ……いや決めつけるには早計か。もしフィルギャ全員がそうであると確認してからだな、NPCの子孫かどうかを判断するのは。

 

「で、あのドラゴンと旧知、と」

「……はい。でも」

「何の声をかけることもなく、さらには即死級の攻撃をしてきた、と」

 

 うーん。

 まぁ、オブシディアンドラゴンがテイムされてるって話だから、当人意思とは関係なく暴れさせられている可能性大だが……。

 だからと言って、何ができるって話なんだよな。

 アイツらにトドメ刺さないで術者探してテイム解除させる、なんて余裕があるとは思えない。作戦は立てたし準備もしたから心配はしていないとはいえ、決して余裕で倒せる相手ではないのだ。ちゃんと高難度ボスの一角だから。

 

「あの夜……ウィルは、私の頭に手を当てて、言いました。"残念だけど、君は弱い。あの者は僕に任せて、君は逃げるんだ。いいね?"と」

「ウィルとは?」

「オブシディアンドラゴンの名です。彼はウィルといって、彼の棲む山の妖精たちからとても慕われていました。いつも穏やかで、時折視察に来ていた魔王様とも仲が良くて」

 

 意思ある系かぁ。いやまぁどの魔物にもあるんだろうけどさ。ゲーム時代だって喋る魔物フツーにいたし。

 ただなー。

 だからといって、それらがこっちの安全を脅かしてくることには変わりないんだよな。

 

「それからウィルを追って、人間界に来て」

「どうしてオブシディアンドラゴンが人間界に行ったとわかったんじゃ?」

「襲撃者が人間だったからです」

「ほう? その者の特徴は覚えておるかの?」

 

 おっと思わぬところで手掛かりが。

 オブシディアンドラゴンをどうするかはともかく、ソイツの特徴は抑えておきたい。それがゆくゆくはベンカストや俺の安全に繋がる。まおうの、もな。

 

「……緑の髪の男性でした。尖った耳は、けれどエルフのものというには鋭く立っていて。あと、強力な魔法を詠唱もせずに使いました」

 

 ──……ほぼ確、プレイヤー。

 ああ、ヤだヤだ。まぁそんなことできるのは絶対プレイヤーだろうとは思ってたけど、できれば違ってほしかったなぁ。

 いなかったはずなんだよな。デスゲーム時代、最初こそ変なのはいたけどさ、最後の方にはみんな一致団結して、全員で全力を賭してゲームをクリアしたんだ。

 結局現実には帰れなかったとはいえ、そこで生まれた信頼は本物で。

 裏切りとか、画策とか、そういうの無かったはずなんだよ。

 

 ……今更さ、なんだよ。

 もうみんな老後みたいなもんだぜ? 見た目若くたってみんながみんな相当な年月を過ごしている。

 そこにさぁ。

 

 同郷を疑って……殺し殺され、みたいな話はさ。

 やめにしようぜ、ホント。

 

「お願いします、セギさん。私は、彼を守りたいんです」

「無理じゃ」

「……っ」

「此度の戦い、あの戦力がぶつかり合えば、必ずどちらかが死ぬ。儂は此方の七人が死なぬよう全力を込めた。ゆえ、そちらの想い人が死なぬようにする力は残しておらぬ」

 

 中途半端な介入をすれば、誰かに被害が出る。

 もしここでオブシディアンドラゴンを逃せば、また別の誰かに襲い掛かるかもしれない。その前に術者をどうにかする、なんて言葉は簡単には吐けない。ほぼ確プレイヤーなら逃げに徹すれば捕獲は年単位を要するだろうし、テイムモンスターがオブシディアンドラゴンのみとは考え難い。

 下手をしたらオブシディアンドラゴンを使ってもっと強力な魔物をテイムするかもしれない。

 

 どう考えても、どうやっても。

 今この場で討滅したほうが、絶対に良い。

 

「どうしても……ダメですか」

「ならん」

「わかりました。──では、失礼します」

 

 そんな物分かり良いワケないじゃん。

 あっさり諦めた風の少女に対して内心でツッコむ。スキルまで使って尾行してきて、なんぞか凄い執着を見せておいてあっさり、とか。

 ありえねーって。

 

 コレ絶対単身特攻する奴だぞ。あるいは友情とか言ってパーティメンバー全員合流まである。

 

 ……天秤だな。

 俺は戦闘員じゃない。二次ジョブとはいえ生粋の戦士である四人を相手取ることはできない。難しいとかじゃなくて無理だ。準備に一か月くらいかけりゃいけるけど、今すぐにはどーあっても無理。

 あるいはこのユティという少女単身であっても止めることができないかもしれない。それくらい俺は弱い。

 天秤だ。

 命を賭してこの子たちをなんとか止め、留め、オブシディアンドラゴン討滅を確実なものとするか。

 オブシディアンドラゴン討滅に不確定要素を入れ、プレイヤーたる仲間の命を危険に晒してまで、少女の頼みを聞くか。

 

 ……やーなこった。

 

「ほほほ……じゃが、手はある」

 

 呟けば、少女も止まる。

 振り向く顔には──期待。ま、無償であんな強力なタリスマン配ってる老人だ。優しい人だと思われていることくらいは予想してたさ。

 俺は優しいってより選民思想が強いだけだけど。

 

 さぁてはて、俺の命と仲間の命、どちらを選ぶか、なんて決まっている。

 

 どっちもだ。どっちかしか選べないのにどっちも選ぶんなら、当然──グリッチを使うしかねぇわな。

 

「お主──度胸はあるかの?」

 

 まぁ、能力付与術師(スキルエンチャンター)の秘奥って奴さ。

 

 

 ☆

 

 

 飛ぶ。

 飛ぶ。

 背より生えた光翼は、魔族である自分と終ぞ縁遠きものと思っていたもの。羽ばたけば羽ばたく程に羽根が落ち、それが光となって夜闇を照らす。

 あまりにも不相応だ。弱小魔族、その中でも特に弱い妖精についていていいものではない。

 だけど今は、その身体でさえ妖精のものではない。

 

「……見えた!」

 

 馬よりも速い。鳥よりも速い。

 初めて扱う翼は手足よりも使いやすく、まるで元からあったかのように思うままに動いてくれた。それはありえないことだけど、あの老人の、セギの言った言葉を思い出して(かぶり)を振る。

 

 ──"信じることじゃ。己を疑うな。さすればそれら奇跡は、決して消えぬ真実となる。ほほ、一日限りじゃがの"。

 

「信じる……私を、ウィルを」

 

 見えた。見えた。

 忘れるはずもない巨躯。黒く、黒く、黒い肢体は、冷ややかであるのに温もりがあって、とても硬いはずなのに柔らかく己を包んでくれるもの。

 ユティ。その名を授けてくれた山の王。

 

 だから、ユティは叫ぶ。

 死闘を繰り広げている七つと一つに声をかける。

 

「──告げる」

 

 叫んだはずなのに、静かな声だった。

 静謐で厳正で重苦しい声。己のそれとは似ても似つかぬ声。

 それが、波紋のように響く。

 英雄にも、ウィルにも、そして森の、湖の動物たちにまで。

 

「な……イベント聖霊!?」

「嘘でしょ!?」

 

 セギは言った。

 この姿を見せれば、英雄は必ず動揺する。動けなくなる。

 だが、あるいはその隙をウィルがつくかもしれない。だからそれをさせる前に、宣言しろ。

 

「告げる。告げる。告げる。──クエスト:オブシディアンドラゴンの討滅を発効する。失敗条件はただ一つ──オブシディアンドラゴンの逃亡」

 

 言葉を発した瞬間、光の壁が立ち昇る。

 森を円状に囲う緑の光。それは夜を切り裂く極光を放ち、誰もが目を眩ませる。

 

 だから、ユティは確認する。確認した。

 こうなるとわかっていたから光を直視せず、代わりに森の中から飛び出した小さな影が、ウィルの尾に一瞬だけ触れたことを、しっかりと見た。

 

「──それじゃあみなさ~ん、死なない程度に頑張ってくださいねホシミ!」

 

 与えられた台本(言葉)の最後を紡いで、踵を返す。

 全力で、全速力でその空域から離脱する。ウィルの安否は気になれど、今はセギに従うしかない。余計な手出しをすればウィルが死ぬと釘を刺されていたから。

 

「おい(ほし)ミをそのまま言っちゃうバグまだ直ってねーのか!?」

「というか、今のを言うってことは、ホントにイベント聖霊? じゃあ運営がいるってこと?」

「ッ、みんな考察してる暇はないよ……オブシディアンドラゴンが動く!」

 

 だから、背後で聞こえた文句とか色々も無視してユティは帰還したのだった。

 

 

 

「ほほ……よくやってきたの」

 

 いた。

 道中……国と森を挟むところから、少しだけ逸れた場所に彼が。真白の髭が月明かりに照らされて、それだけがぼんやりと光っているから妖しく見える──老人、セギ。

 ユティはそこへ、セギのもとへと降り立つ。

 瞬間物凄い風圧……追いついてきた風が周囲の自然物を吹き飛ばし、局所的な竜巻が起きたのではないかと思うほど地面がめくれ上がった。

 

 口が動く。パクパクと、ユティは今すぐにでも言いたいことがあったのに、けれどパクパク動くばかりで口は音を発してくれない。

 

能力付与(スキルエンチャント):Enc(ID:SkillEnchanter_SkillEnchant(ID:Doppelgänger_Duplication).Ob(ID:MarionetteDoll).Op(Effect(pass))).Ob(ID:Fylgja_Juty#22262233).Op(Active(Coercion))」

 

 けれどそれは、セギが何事かを呟いたことで解消された。

 彼がどこからか取り出した人形。それに対し、()()()()スキルを発動する。発動するのは探索者(シーカー)の習得できない……どころかフィルギャの誰であっても習得できないだろう、ドッペルゲンガーという魔物のスキル。

 それも、本来であれば相手の姿を自身に写し取るものであるそれを、自身の姿を相手に写すという反転をさせた行使。

 

 ごっそりと減った魔力にユティがへたり込んだ頃には、彼女の姿は元の少女のものに戻り、そして人形は先ほどまでユティがしていた姿になっていた。

 

「体調は……まぁ、それだけ魔力を使えば悪いじゃろうが、怪我はなさそうじゃの」

「はっ……はっ……はぁっ、……だい、じょうぶ、です」

 

 老人は、ほほ、と笑う。

 ユティもなんとか取り繕って笑みを浮かべようとして──落ちた。

 

 意識が。

 緊張と、何よりも魔力疲れ。そして本来は使えないスキルを使う、というキャパシティオーバーに、彼女の脳が休眠を選んだのである。

 

 最後に聞こえた声は──。

 

「……儂もどちゃくそ走って疲れとるんじゃがのぅ。仕方ない、負ぶってくとするか……」

 

 などという、ぼやきだった。



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6.ロールプレイ含有率-10%

 それが壮絶な戦いであったことは事実だが、誰かが怪我をすることも、誰か死ぬこともない結果を掴み得た。

 英雄。かつてはプレイヤーとしてゲームを、そしてデスゲームを駆け抜け、その後の現実をも走りぬいた七人。あるいは最前線の攻略プレイヤーではなかったかもしれない。それでも常戦い、常生きてきたことは紛う方なき事実であり、その経験値は意思持たぬオブシディアンドラゴンを軽く凌駕するものだった。

 もし彼に思慮深さが──彼の棲まう山で謳われているような賢智があれば、戦いはもっと激しく、そして凄惨なものとなっていたことだろう。どちらもが目まぐるしく動く戦場を読み続け、一度失敗した攻撃は二度とせず、戦いながらの成長を双方がする──終わりのない戦いに。

 あるいは戦いにさえなっていなかったかもしれない。彼に意思があれば、英雄七人を一目見た時点で逃げたはずだ。高い高い上空に、自らの棲み処である魔界に。

 ……結局それは叶わなかった。

 彼にはテイムモンスターとしての単純なAIしか残されておらず、故に戦い、挑み、負けた。

 

 ズシン、とその巨躯が倒れ、倒され──その心臓に槍が突き立てられる。

 アルターガングニール。ゲームにおいては神の持つ槍(ガングニール)の写しとされ、その穂先に込められた滅殺の呪いは竜の身を容易く蝕んでいく。

 翼は破けた。鱗は剥げ落ちた。大きな顎を噛み締める力も、四肢や尾を振り回す力ももう残ってはいない。

 

「ふぃー……いやあぶねぇあぶねぇ。マジあぶねぇ。久しぶりのレイドボスはマジでやべーな、身体鈍りまくってら」

「昔はこれを十分で周回してたクランがあったってんだから、信じられないよね……」

「ああいうのは戦闘員だけじゃないのよ。後ろの安全地帯でただ戦場を俯瞰してるだけのメンバーがいて、ソイツが全員にスキル発動タイミングとか詠唱タイミングとか全部伝えてるの。今の私らには無理無理」

 

 健在だった。

 倒れ行くドラゴンに反し、英雄たちは──疲労こそあれど、既に日常に戻っているかのように。

 その命に陰りはなく。

 

「で、イベント聖霊が出たってことは、報酬出るんかね」

「出なきゃおかしいだろ……正直金だけでもいいから出てくれー」

 

 だから、それはちゃんとした油断だった。

 

 光る。

 完全に沈黙したドラゴンの体が光る。輝く。

 

「ッ!」

「ち、やっぱりテイムモンスター……!」

「術者を探せ! さすがに近くにいるはずだ!」

「え、じゃああのイベント聖霊は何だよ!」

 

 一気にあわただしくなる英雄たち。その誰もが思ったはずだ。

 これは、この光なるは『体力譲渡』。術者のHPを割合換算でテイムモンスターに分け与える汎用スキル。人間のHPの一割なら一瞬で削り切れるけれど、オブシディアンドラゴンのHP一割となるとそうもいかない。

 まだ戦える。だが疲労困憊だ。そして、この汎用スキルには制限がない。

 最悪術者がポーションがぶ飲みしてテイムモンスターにだけ戦わせる、なんて戦法も可能なのだ。ゲーム時代にはそれをしているプレイヤーもいたくらいには。

 

 だから術者を。

 スキルには使用する際、距離制限が付きまとう。だから近くに。どこかにいるはずだと。

 

 一瞬、オブシディアンドラゴンから目を離した。

 

「……──」

 

 そうして目を戻した頃には、消えていた。

 

「……は?」

「消え……え?」

「ッ、転移!? でもそんなの、」

 

 無い。消えた。消失した。

 ゲーム時代であれば、テイムモンスターを転移させる、なんてスキルは存在しなかった。テイムモンスターであれど死んだら終わり。同じモンスターを使い続けるためには死ぬ前に下がらせてHP回復をする必要があった。だからテイムモンスターだけを戦わせる戦法はイロモノなのだ。基本安定しないから。

 

 強制転移なんてスキルを目にするのは──たとえば、それこそイベントフィールドとか、人間界と魔界をつなぐワープポータルとか。

 そういう、運営が設置するものだけ。

 

 ドロップアイテムは無い。

 報酬も入ってこない。けれど目の前からオブシディアンドラゴンは忽然と消え、ワンバの湖にはまた、静寂が訪れる。

 

 過るだろう。

 まさか、と。

 

「……いるのか? GMが……運営が」

 

 勿論答えは、返ってこない。

 ただ自分たちを囲んでいた光の輪が、緩やかに収束していくのを眺めるばかりだった。

 

 

 ☆

 

 

 

「ウィル! ──うぐぇっ」

 

 安全確認もせず駆け寄るユティの首根を掴む。ム、気を抜いているとフツーに抜けられるな。案外体幹がいい。さすが探索者(シーカー)

 

 ここは国の端。法国に隣接する平原のさらに端っこ。一応両国から死角になるような場所を選んだけど、見つかるのは時間の問題だろう。めっちゃ光ったし。

 

「ほほ……意識はあるかの、オブシディアンドラゴン」

「ウィル、ウィル! 聞こえる!?」

 

 あまり叫ばないでほしい。見つかったら今度こそ討伐されるぞ。

 ……外傷は、無いとは言わないがある程度治っているな。さすがエルダーリッチの秘奥。次に受ける攻撃によってHPを全損する場合、HPを1残して耐え、さらに状態異常をすべて回復したのち、HPを半分回復する……なんていう、死霊系のボスモンスターらしい理不尽スキルの一つ。

 エンチャントすること自体は普通の能力付与(スキルエンチャント)と同じだけど、使用するとなれば現在魔力の七割を消費するとかいう諸刃の剣。もう魔力が薬にもしたくない程で、他の魔法が使えないって状況くらいでしかエルダーリッチも使ってこないスキルだ。

 俺はそれをコイツ……オブシディアンドラゴン改めウィルに使()()()()

 

 さっきのユティがやったこともそうだ。ユティにドッペルゲンガーのスキルを植え付け、強制的に発動させる。

 消費する魔力は使用者……つまりユティやウィルのもので、俺のものじゃない。だからユティも使用後すぐにぶっ倒れたし、ウィルもまだ息も絶え絶えなんだと思う。自分のものじゃないスキルを二個も使ったんだ、脳のキャパもフルに使っただろうし、魔力もごっそり減っただろうし、何よりあいつらと戦った後だし。

 

 ……が、そこまでした甲斐はあっただろう。

 

「テイムは、ちゃんと振り解けているようじゃな」

 

 これはプレイヤーとしての記憶。

 昔、まだデスゲームじゃないただのゲームだった時代の話だ。

 あるプレイヤーがエルダーリッチをテイムしてきて、最初の街の中央でそれをキルしたことがあった。

 ──そこから始まったのは大惨事。復活したエルダーリッチはテイムの軛をも状態異常と見做して振り解き、当然のように周囲のプレイヤーを襲った。

 これは事故ではなく、MPK……街中ではPKができないことに不満を抱いたあるプレイヤーの故意による所業であり、運営はすぐにこれに対処。初めはエルダーリッチの状態回復にテイムを含めない、という調整をしていたのだけど、それがどうにも上手くいかなかったようで、エルダーリッチのテイム自体ができなくなる、なんて結果に落ち着いた。

 それをしたプレイヤーには厳重注意が言い渡された……が、できることをやってみただけなので、罰則らしい罰則は無し。

 当然批判の声が殺到した……が、MPKを企てたプレイヤーがゲームを引退したことを期に鬱憤も収まり、ゲームの歴史の一つと消えた。

 

 というワケで。

 エルダーリッチの『帰還』にはテイムを振り解く力があるのだ、ということがわかってくれたら良い。

 

 ウィルにそれをエンチャントで植え付けて強制発動させたってそんだけの話。

 んで、二個目。ここまでが一個目のエンチャントね。

 

「……ぅ」

「ウィル!? よかった、意識が……」

 

 もう一つは、イベント聖霊のスキルだ。

 俺がエンチャントとして扱うことができないのはプレイヤーの汎用スキルだけ。何故使えないかって、IDがわからないから。スキルのエンチャントではそもそも扱えないんだけど、例のグリッチを使えば行けるんじゃないかと思ったソレは、けれどやっぱりだめだった。

 IDは『使用種族_使用スキル』という表記をするのだけど、使用種族のところにPlayerを入れても全く反応してくれないのだ。俺たちはPlayerじゃないのか、あるいは汎用スキルは使えないという縛りがグリッチをも貫通してきているのか。

 わからないが、使えないものは使えない。使えてたらホームポイント帰還で山に返してやったんだけどな。

 

 というわけで、今回ウィルに使わせたのはホームポイント帰還ではなくイベント聖霊がイベントモンスターをイベントフィールドに召喚するスキル、である。

 

 他に長距離転移を使えるスキルは存在しない。アイテムはあるけどな。

 で、さしもの俺もアイテム効果を能力付与(スキルエンチャント)するってことはできない。アイテムIDは使用種族IDとして認識されないので、HP回復ポーション_体力回復、みたいな構文入れても何も起きない。できてたら最強だったんだけどね。

 俺が使えるのはあくまでスキルの範疇にあるものってワケ。

 

「ほほ、目が覚めたようじゃの。ああ、良い、良い。魔力不足で意識も朦朧としておろう。故、手短に話す。覚えておられなんだったら娘子、お主が記憶せい」

 

 で、だ。

 ここまでやっといて見つかったらお陀仏、なんてのは流石の俺も思うところがある。いやプレイヤーの子孫かどうかわからないからユティは気に掛けるにしてもウィルはなー、とか思ってたんだけど、まぁまぁ、乗り掛かった舟という言葉もありますんで。

 せめてコイツらを安全な場所まで連れて行く必要はある、と思うんだ。

 ただしもう転移は使えない。アレめちゃくちゃ魔力使うっぽいからな。俺の魔力じゃ足りないんだわ。なんでイベント聖霊用の魔法にそんな莫大魔力設定してんだか。

 

「お主らにこれをやる。これを肌身離さず持っておれ。良いか? 肌身離さずじゃ。どちらかが落としそうになったら、必ず拾ってやれ。今すぐにこの場から動けないのであればここを動くな。動かず、じっと耐え、回復するまでずっとずっと、これを持ち続けろ」

「……これは?」

「お守りじゃ」

 

 渡すのは、初心者マークみたいな形をしたタリスマン。

 いつもの木片とか石ころじゃない、エンチャントアイテム……つまり、真っ当なタリスマンだ。特別な木から切り出し、しっかり意味のある形に彫って、ロストテクノロジーも良いところなエンチャントを仕込んだタリスマン。

 エンチャント強度の関係上一週間しか保たないが、それだけあれば流石に回復するだろう。

 

「良いか、動くでないぞ。身動ぎ程度は良いが、その場を動くな。何が起きてもじゃ」

「は……はい」

「食料は……大丈夫じゃろ。ドラゴンと妖精、人間が欲するようなものは必須じゃあるまい」

「あ、そ、それは、はい。大丈夫です」

 

 よし。

 じゃあ後は、俺の演技力だな。

 

 タリスマンを──渡す。

 

「──そこで何をしている!」

 

 Wow,ギリギリ。

 

 

 

 

 天を覆う真白。夜明けが近いとはいえ、まだ夜……だというのに、仕事熱心なことだ。

 バッサバッサと翼をはためかせるのは無数の白馬。白銀の鎧を付けた天馬たち。

 

 ペガスス。

 天界フィールドにいる非敵対モンスターであり、法国のペガスス部隊が愛馬として扱っている魔物。

 その記憶通り、天を駆ける馬のすべてに僧兵が騎乗している。数は三十くらいだけど、多分もう少ししたらもっと集まってくるだろう。

 

「何者だ」

「ほほ、儂はどこにでもいる老人ですじゃ」

「どこにでもいる老人はこんな時間にこんな場所にはいない。──後ろの痕跡はなんだ。貴様、ここで何をしていた?」

 

 ウチの国より法国の方が先に来るとは思っていた。特に機動力に長けるペガスス部隊が、真っ先に。

 今ベンカストが魔界行ってるからな。より一層警戒していたところだったことだろう。法国とはそういうところだ。実質トップなNo.2がいなくなったからってサボろうとするやつはいないのである。

 

「ほほほ……本当に何もしていないんじゃがのぅ」

「ならば何故ここにいた」

「深夜徘徊じゃよ。珍しいことではあるまい」

「平原の端、奇妙な爆心地の前に徘徊している老人などそうそういるものではない。貴様、喋れば喋るほどに怪しいぞ。……素直に何をしていたか言えば、手荒なことはしない」

 

 ──さて。

 まぁ、今のやり取りを経てわかるように、後ろのユティとウィルは完全に隠れられているな。まぁこれでもかってくらいの隠蔽エンチャント仕込んだんだ、プレイヤーだって早々見抜くことはできないだろう。

 だから問題は、俺がここをどう切り抜けるかだけで。

 

「わかった。では、話そう」

 

 フ。

 一体俺がどれほどの年月ロールプレイをしてきたと思っているんだ。

 これくらいの窮地、簡単に乗り越えて見せるぜ!

 

「──迷ったんじゃ。ここ、どこかの?」

 

 連行された。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「"ペガスス部隊が奇妙な爆発痕を発見。その場にいた男を取り押さえたと報告してきたが、ソイツはガシラだった。指示を求む"……ね」

 

 どんよりとした青紫色の空。赤い土。

 木々は真っ黒で、太陽は無い。代わりに赤い月が二つ浮かぶ──そんな世界。

 

 ここは魔界。魔なる者の住まう世界。

 

 その中心、「如何にも」な雰囲気の城の最上階で、送られてきたメールを読むベンカストの姿があった。

 城の主たるまおう……もとい魔王の姿は無い。彼女は"現地を自分の目で確かめないと居ても立っても居られないタイプ"の人間なので、オブシディアンドラゴンが姿を消したという山で現地調査をしまくっている。だからいない。

 そんな城の各機能を勝手知ったる顔で使いこなしながら、ベンカストは思案する。コーヒーが自動で淹れられた。

 

「こう……限りなく怪しくない人が限りなく怪しいポジションにいる時、どんな顔をしたらいいのかわからなくなりますよね」

「……いやあの、それ独り言?」

「はい。だから返事は結構です」

「そ、そう……」

 

 ベンカストはメールを書いていく。

 宛先は法国に残したプレイヤーだ。法国にいるプレイヤーは何もベンカストだけ、ということはない。他国に比べたら少ない方だが、こうしてベンカストの不在時にも連絡を取り合えるような仕組みにはしてある。

 

「"適当な理由つけて釈放してあげてください。ただし監視付きで"……なんて、()()()()()をくれた人に対する態度じゃないですけど」

 

 首に付けたペンダントを触る。

 否、ペンダントというには余りに武骨なソレは、以前稼ぎ頭3より貰ったお守りである。

 

「普通に考えたら、ただの偶然。ただの偶然にしては出来過ぎている、なんて言葉がありますけど、出来過ぎているから偶然なのです。出来過ぎていなかったら八割くらい必然で、二割くらい作為性のあるものでしょう」

「……」

「違いますか?」

「へぁっ!? え、え、話しかけられてた!?」

「あはは、今のはからかっただけです」

 

 それでもベンカストは思案する。思考を止められない。 

 もし、そうだったら。

 この平和を崩すのが彼だったら──。

 

「……ま、最もありえませんけどね。頭の片隅に可能性は置いておきますが、そんな疑念はチラつきませんよ」

「だ、だよな!」

「はい? 何がですか?」

「──……ゴメンナサイ。うぅ、コミュニケーションって難しい……」

 

 メールを投げる。

 空気に溶けるようにして消えたその便箋。そうしてようやく対面にいる者の表情を見た。

 

 見て。

 

「おや、アニータさん。どうして涙目なんですか?」

「うぅ……ううう、早く帰ってきておかあちゃん~~!」

 

 魔王の娘、アニータ。稼ぎ頭3が言うところのキャラメイクをふんだんに引き継いだ容姿をしている彼女は、しかし長年他人を避けて生きてきたがために人付き合いが苦手である。

 第一子……長男たる放蕩王子はコミュ力の塊ゆえにコンプレックスも多く、それを克服せんと母の友人だという人間界の大主教に声をかけ──。

 

 まぁ、撃沈と。

 稼ぎ頭3なら言っただろう。というかベンカストを知る者なら全員言うだろう。口を揃えて、嫌そうな顔をして。

 

 ──"人付き合い学ぶならソイツだけはやめとけ。それ最悪手だぞ"、と。

 

「うぅん、美味しい。やっぱりコーヒーですよねぇ」

 

 ベンカストは久しぶりのコーヒーを啜る。

 法国は節制と規範の国。No.2であっても嗜好品など簡単に手に入るものではないのである。

 

 ……それ以外の規範破りはさんざん犯しているのだが。



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7.ロールプレイ含有率98%

 成程、と思った。

 

「ほほ……そこなお兄さんがた、ちょいとお話を」

「あぁん!? なんだジジィてめェぶっ殺すぞ!!」

「であればお暇しますじゃー」

 

 とか。

 

「ほ……そこな美しいお姉さん方、ちょいと」

「丁度いいな爺さん金出せよ! 酒飲み過ぎて金がないのさホラホライイコトしてやっから!」

「あ、ではここいらで失礼するのぅ」

 

 とか。

 

 成程、ベンカストは正しい助言をくれたらしい。

 お守りを渡すどころか、マトモな会話が成立せん。

 

 

 

 魔界。

 ベンカストの取り計らいによって無事釈放された俺は、プレイヤー連中に報酬としてエンチャント品を配ったのち、魔界へと赴いた。なんか尾行してくる僧兵いたけど撒いた。三次ジョブの追跡者(チェイサー)くらいになってからじゃないと俺には追い付けんぞ。

 ウィルとユティは放置。むやみやたらにあそこに近づいたら、あそこに何かありますよ、と言っているようなものだしな。

 

 で、魔界へきてようやく日常たる"路地裏からぬっと出てきて何故かお守りくれる怪しい老人"をやっているのだけど、これがまーったく成功しない成功しない。

 人間界でも通報されることはたまにあったけど、こっちはほぼ百で喧嘩吹っ掛けられるか金としてみられるかのどっちか。お守りなんぞだーんれも興味ない。

 

 ……まぁ、それもそのはずではあったりする。

 魔界とは、というか魔族とは、力こそ正義な種族である。権力とか経済力とかは全く重視されない。力、力、力。物理攻撃だろうが魔法攻撃だろうが闇討ちだろうがなんだろうが、強い奴こそ正義。強い奴こそ最強。

 最も最強な奴が強いのである。

 ただ、暴力が支配する世界、ということでもない。どころか治安は比較的良い方である。

 何故って、弱者は強者に楯突かないから。

 俺みたいに貧弱老人が強者に声をかけること自体がありえない話。弱き者は弱きなりに隠れ潜み、ゆっくりとでも力を付けて、強きになることを望む。

 無用なトラブルは起きない。この世界での弱者は非常に賢い。もし知恵がそのまま武力になるのであれば、魔界の勢力図は反転こそしないまでも傾くことだろう。

 

 が。

 

 あらゆる弱者が賢く強かであれど、ヒエラルキーというものは必ず存在するし、どうしようもない理由で弱者を抜け出せない者も確かに存在する。

 まーわざわざそんな弱者を狙って、狙い撃ちにしてお守りを押し付ける、というのは流石に"怪しい老人ロールプレイ"美学に反するのだけど、それがプレイヤーの子孫っぽかったら話は別だ。魔族はヒトと違って奇抜な見た目であることが多いから判別しづらいんだけど、流石に、流石に。

 

「姉さん、大丈夫?」

「……ああ」

 

 ピンク髪はまぁ、流石にキャラメイクだろう。

 

 

 ☆

 

 

 ノックが鳴った。

 扉を叩く音。ここ最近そんなものが鳴ることはほぼなかったから、ビクりと肩を震わせてしまう。

 

「……イステア、出なくていい」

「でも、姉さん」

「何か……異様な気配がする。息を……潜めるんだ」

 

 イステアと呼ばれた少年は姉と扉の方を何度か見る。

 コンコンコン、コンコンコンとノックが鳴り止むことはなく、寝たきりの姉もまた首を振り続ける。

 

 彼は、だから、彼も首を振った。

 

「イステア……ダメだ」

「大丈夫。僕だって強くなってるんだから」

 

 ノック。ノック。

 酷く単調だ。機械的なまでに一定のリズムでノックが鳴っている。

 そこに、一歩、また一歩と近づいていくイステア。こうなると寝たきりの姉にはどうすることもできない。何故なら彼女は起き上がることも大声を出すこともできない程の危篤状態にあるのだから。

 いつもならなんでもない距離があまりに長く感じられた──家の中のドアまでの道のりは、ドアの前に辿り着くことで彼の息を上がらせた。どうやら知らずのうちに息を止めてしまっていたらしい。

 

 イステアはドアノブに手をかける。

 冷たい。冷たく感じる。人間界のような太陽の無い魔界は冷え切っているのが常だが、これほどだっただろうか。

 

「……どちらさまでしょうか?」

 

 か細い声で問いかける。

 大丈夫だといったのに、恐れていたらしい。イステア自身はその「異様な気配」とやらは感じないけれど、彼の尊敬している姉の言葉がそれなのだ。

 あるいは本物の……魔王クラスの強者の可能性だってあると、甚く緊張していたらしかった。

 

「ホホ……突然すみませぬ。お守りを配っておりましてな、ええ、お代は要りませぬから、どうか一つ受け取ってくださると」

「け、結構です!」

「ホ──」

 

 断った。

 魔界は弱肉強食。強者が弱者に施しを与えることなどありえない。もしそれがあるとするのならば、強者が何か弱者を利用しようとしている時に限るだろう。

 まだ幼いイステアであってもそれは理解している。魔界で生まれ育った者にそれを理解していない者はいない、ともいえる。

 

 だから、同時に。

 

「ホホ……まぁ、まぁ、そう──言わずに」

「!?」

 

 ズ、ズズ……と()()()()()()()()()()()()老人に、イステアは諦めの心を抱く。

 弱肉強食だ。強きこそ正義だ。

 ゆえ──ひとたび強者に狙われたら、それを避ける術などない。

 

 たとえ入ってきた者が何の強さも感じられない、オーラも気迫もない枯れ木のような老人であっても。真白な髭を膝下まで伸ばした皺くちゃ顔の弱そうな存在であっても。

 これなら勝てそう、とかイステアが希望を抱いてしまったとしても、魔界の法則は絶対に──。

 

「ゃ、やぁあああああ!!」

「ホ?」

 

 あぁ、残念なことに。

 絶対を絶対だと理解できるほど、イステアはまだ成熟していなかった。

 

 老人の手がイステアに伸びる──。

 

 

 ☆

 

 

「……!」

「ほほ……そう怖い顔で睨んでくださるな。何もせんよ」

「ね、姉さん……!? ダメだよ、起き上がっちゃ……!」

 

 あっっっぶな。

 ちょっと調子に乗ったのは認めるし、押し売りが過ぎたのも認めるよ。十割俺が悪いよ。

 でも今のは違うじゃん。なんか殴りかかってきたから受け止めようとしただけじゃん。魔族は種族としての基礎ステータスがちょっぴり高いから危ないんだよ何もせず殴られたら。自分から危険に突っ込んだのは俺だけども!

 

 ただ、それを受け止めようとした手を叩き落さんとしてきた攻撃のがやばかった。

 危ないとかのレベルじゃない。ヤバい。だって今『物理無効』発動したぞ? 今の一撃まともに受けてたら俺のHP全損してたってことだ。

 

 目の前の、女性。

 窓の外から見たときも思ったけど、ピンク髪に青目の美女。弟もピンク髪で、まだ幼いながらに美形に育つことが窺える。

 ほぼ百でプレイヤーの子孫だ。この強さも含めて、な。

 しかし。

 

「……っ、ぐ、ぅ……」

「姉さん!?」

 

 ものっそい目で睨んできていた女性が崩れ落ちる。

 ドロっと零れるは赤。血。血だ。口から大量の血。なんだ、内臓が潰れでもしてなきゃ、吐血なんて。

 

「姉さん、姉さん!?」

「ほほほ……どれ、少し診せてみ、」

「ち、近づくな! 姉さんに近づくな!」

「おっと……もとい、ほほっと」

 

 また殴りかかってくる少年。君ね、その攻撃で俺のHP三分の一くらい削れるのわかってる?

 

「わかった、わかった。近づかぬ。じゃが、儂は医学の心得もあっての。遠巻きで良い、少し診せてくれぬか」

「……」

「沈黙は肯定と受け取るぞい」

 

 医学の心得なんて無いに等しいが、まぁプレイヤーなんで。

 状態異常とかあったら見抜けるよ……って。

 

 おん?

 

「呪いか」

「……っ!」

 

 インベントリにある『観察』のエンチャントしてあるメガネを取り出そうとして、するまでもないことに気付く。

 この何とも言い難い色合いのエフェクト。

 呪いだ。死霊系とかカースウィザードとかが使う状態異常。なんでこんなもん解除せずにいるんだ?

 

「お主、これが呪いであるとはわかっておるかの?」

「……」

「わ、わかってるよ! バカにすんな!」

「わかっていて何故解かん。呪いは時間じゃ解けぬぞ」

 

 火傷とか毒なら一定時間で解けるんだけどな。呪いは術者を倒すか状態異常解除をしない限り解けない。

 それともアレか、状態異常回復ポーション持ってないのか? まぁアレ今の時代高いからな。昔はスキルで解除したり、なんなら耐性つけたり無効化したりができたからあんまし要らなかったんだが。

 今は俺含めて耐性スキルなんて積んでない奴がほとんどだ、理解はできる。

 

「ほれ、状態異常回復ポーションじゃ。姉に飲ませるが良い」

「……」

「……」

 

 少年に渡す。

 彼はそれをしばし見つめた後、ゆっくりとした動作で女性の方に振り返り、之を彼女の口元へ運ぶ。

 俺が言うのもなんだけど、俺みたいな怪しい奴から受け取ったもん疑いもせずに飲ませるもんじゃないぞ。毒だったらどうする。まぁここで俺がこの女性に毒を飲ませる理由がないんだけど。

 

 状態異常回復ポーションが効果を発揮する。

 女性の体に纏わりついていた呪いが弾かれるようにして消し飛び。

 

 再度、纏わりついた。

 

 ……おー?

 

「やっぱり、効かない……」

「ほほ、既に検証済みじゃったか。しかしこれは……」

「無理だよ。アイツがいる限り、姉さんの呪いは解けない。それより、姉さんをベッドに運ぶから手伝ってよ」

「ほ? 触れてもいいのかえ?」

「今のポーション、かなり上質なものだった。姉さんに悪意ある奴があれほどのものをタダでくれるとは思えないし、なんか悪巧みしてても……どうせ僕には止められない」

「ほう、それがわかるとは……主は調剤師(ファーマシスト)じゃったか」

 

 めっずらしいな。

 魔族で生産ジョブとか、やってけないだろ。まぁ毒とか作れるから一切戦えないってことは無いけど、力isパワーな魔界でよくそんなジョブなろうと思ったな。

 

「ほいじゃま、運ぶぞい。足の方を持ってくれい」

「うん」

 

 ま、俺のSTRが弱いったって人を運ぶくらいのソレはある。

 女性の背後へ回ってその脇へ手を回して持ち上げ……つつ、少しばかりの観察。

 ふむ、『呪紋章(カースマーク)』はないか。継続的に呪いをかけるための常套手段なんだけど、それがないとなると……。

 

 できるだけ負担をかけないよう女性をベッドまで運んで寝かせる。

 呪いは尚も彼女を蝕んでいるが……うーん。

 状態異常はスキルじゃないからなぁ。強制解呪とかできないんだよな。ユティやウィルにやらせたような魔力代替での解呪もちょっと体に負担がかかりすぎる。いつからこの状態か知らないけど、ここまで衰弱した相手にやらせる行為じゃない。

 俺と少年も魔力不足。調剤師(ファーマシスト)は魔力上限アップ系のスキル無いからな。

 

「それで、アイツ、とは?」

「……」

「言えぬか。ほほ、となると有名人で強者……魔王だったりするかのぅ?」

「ッ!」

 

 一瞬で少年の顔が憎悪に染まる。

 マジか。

 え、アイツ他人に呪いかけたりするんだ。アークメイジだからできはするだろうけど、性格的にそういうことしないと思うんだけど。

 それともこの女性が過去にめっちゃ色々やらかしたとかか? 封印のために……みたいな。

 ……にしたってもっとやり方あると思うけど。これ相当キツく呪ってるし、解呪されるごとにかけ直してるってことだろ? 陰湿過ぎん?

 

 ふむ。

 

「少年。この女性は何か……過去、魔王に歯向かったことがあるのかの?」

「……ないよ」

 

 その反応はあるなぁ。

 うーん。まぁ当人に聞くのが一番か? まおうにメール出してみるか。

 

 が、返事を待つ間このままにしておくってのもなんだかな。

 継続的な呪いか。ん-。ん-、じゃあ。

 

能力付与(スキルエンチャント):『痛覚軽減++』」

 

 アサシンジョブのスキルツリーの初期の方にあるスキル。

 それはゲーム時代の話。VRMMOでも痛みというのは四分の一くらい再現されていて、ゆえに大怪我レベルの一撃をくらうと痛みで動けない、ということがそれなりにあった。それを軽減というか無視して動けるようになるスキル。

 後にVR機器を扱う会社が訴えられたりなんだりして痛みは百分の一くらいにまで減ったんだけど、スキルは残ってて。まー無用の長物にはなれど、チクっとさえしてほしくない勢は結構取ってた覚えがあるな。

 

 ……話し戻すし関係ない話だけど、グリッチじゃないエンチャント久しぶりに使った気がする。

 

「ほほ、これをやろう。痛みを減らすお守りじゃ。じゃが、痛みが減るだけで呪いが解けたわけではないでの、動けるようになるわけではないぞい」

 

 木片を女性に握らせる。すると、明確なまでに呼吸が安定した。

 ++でも結構な効果あるはずだからな。

 で、もう一個やっとくか。吐血してたし、内臓系のダメージがデカいと見たので。

 

能力付与(スキルエンチャント):『体力継続回復(リジェネレイト)++』」

 

 握らせた木片にさらにエンチャントを追加する。そこそこ強力な体力回復効果だ。内臓が傷つき続けているなら、癒し続ければいい。これが傷ついて治してを繰り返すような鬼畜効果だったらやってなかったけど、体力継続回復(リジェネレイト)は普段俺も使っているから効果は把握済み。

 なんか温泉につかってるみたいな気持ちよさと共に、傷が癒えていくんだよな。さすがスキル、理不尽だ、って思うよ体力回復系は特に。

 

「爺さん付与術師(エンチャンター)だったのか」

「ほほほ、昔取った杵柄じゃがの。……とりあえずこれで大丈夫そうじゃの。それじゃ、このあたりで儂はお暇するかのぅ」

「……」

 

 いや全然お節介焼くつもりではあるよ。

 バリバリ調査する気でいる。だから少年、別にプライド捨ててまで頼み込んだりしなくていいよ。

 俺は選民思想超絶強い系怪しい老人だからな。プレイヤーの子孫だと認めた時点からガンガン過保護になっていくぞ。

 具体的にはまおうへの聞き取りと、必要ならこの状態を研究して打ち消すエンチャントを作り出すまである。

 プレイヤーの子孫には優しいんだ、俺は。それ以外にもある程度優しいけど。

 

「あ……あのさ、爺さん」

「ほほ?」

「お願いが……あるんだ。その、えっと」

 

 うむ、うむ。

 良い良い。プライドへし折ってまでこんな怪しい老人に頭下げなくてもいいんだぞ。

 これは俺がお節介でやることだからな。なんなら完全押し売りだからな。断っても研究するぞ俺は。

 

「──ついてきてほしい場所が、あるんだ」

「ほ?」

 

 ……それは予想外デース。

 

 

 

 

 少年があの女性を置いていく、ということにもびっくりだったけど、連れてこられた場所もかなりびっくりだった。びつくりぎゃうてんだった。

 

「……炎魔窟(えんまくつ)か」

「あ、知ってたんだ。そう、ここは炎魔窟……もう随分と前に機能停止したダンジョンだけどね」

 

 火傷フィールドのダンジョンだ。火傷耐性持ってないとガリッガリHP削られて、さらに火力の高い火魔法やスキルでドーンでボーン。

 まぁ魔界に来た時点でそこそこのレベルがあるはずだし経験も豊富なはずなので、ノー対策で行く奴はいないダンジョンではあったけど……うーん。

 ここ適正レベル76とかだよな。

 まさか俺と調剤師(ファーマシスト)たる少年だけで突っ込む、とか言わないよな。耐性はつけられても火力は出ないぞ俺。

 

「機能停止という割に、魔物は健在のようじゃが」

「そりゃね。ダンジョンとしての機能は無くなっても、炎系の魔物にとって住みやすい環境であるのには変わりないし」

「で、ここに何用じゃ? 言っておくが儂は戦えんぞ」

「え、そうなの? 姉さんが止めたから、てっきり強い人なのかと思ってたんだけど」

 

 やっぱり突っ込む気だったか。

 あっぶねぇ。

 あの女性が俺の手を止めたのは、多分俺のレベルを感じ取ったとかそんなトコじゃないかなぁ。一応レベルカンストだからね俺。戦闘力皆無とはいえ。

 

「この奥に見せたいものがあると?」

「……まぁ、うん」

 

 炎魔窟の最奥ってなんか見るものあったっけ。

 一応全部のダンジョン覚えてる身としてはなーんにも思いつかないんだけど。なんなら道中迷路のマッピングも保存してあるぞ。

 

 ううむ。

 まぁどんだけ言っても俺がここを攻略できないのは変わらないんだよね。

 

 こういう時は潔く人に頼るのが吉。

 えーとフレンドリスト……と。

 

「──は? ガシラ? お前ここで何やってんの?」

「おお、噂をすれば影じゃの」

「……ッ!?」

 

 今まさに、魔界にいるフレンドから協力してくれそうなやつにメールを投げようとしていたところ。

 後方から呆けたようなアホっぽい声がかかった。

 

「久しいのぅ、まおう。何十年ぶりじゃ?」

「その喋り……う゛ぅ゛ん゛。──フ、壮健そうで何よりだ、セギ。イントネーションには気を付けろよ?」

 

 まおう。

 兼、現魔王が、そこにいた。

 

「魔王……ッ!」

 

 あ、やべ。

 呪いをかけたのがまおうなら、知り合いの(てい)で行くのやめたらよかった。




まおう は マトンと同じイントネーション


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8.ロールプレイしてる場合じゃなくなった時は素に戻る

 魔王。

 と一概に言っても、遍く人々の想像するような極悪非道で冷酷無比な超悪者……を指す言葉ではない。単純に魔界の王だから魔王だ。魔界に住んでいる種族だから魔族だし、魔界に出生の所縁があるから魔物だし。

 故、魔王だからって魔物や魔族を統御できるわけでもなければ、その生殺与奪に強権を持っているわけでもない。人間の王が動物や人を意のままに操れないのと同じ。

 ただし、だからといって何の力もない奴が魔王になれるわけでもない。魔界の絶対の法則は魔王にも適用される。即ち強い奴が偉い。偉い奴は強い。

 金だの権力だので偉くあるやつは一人としておらず、というか権力を持っている奴は強力な力も兼ね備えている。

 

 魔王は、魔界における最強。

 現魔王は歴代最強である。

 

 ので。

 

「全く……我はそこそこ疲れているのだがな」

「ほほほ、では偉く強い魔王殿が、儂らのような生産ジョブ二人を矢面に立たせると? それは酷い話じゃのぉ~、弱者は強者の庇護下にあればこそ、強者を崇めるものだというのに」

「だから今我がすべてを蹴散らして進んでやっているのだろう……」

 

 全然、全く、フツーに関係なく。

 魔王だろうがなんだろうが魔物は襲ってくる。炎魔窟の魔物はそれはもうわんさかうんさか、イステア少年の言葉を聞くに最近ずぅっと訪れる者がいなかったっぽいので、エサが来たエサが来たと大喜びで魔王に群がっていく。

 それを千切っては投げ千切っては投げ千切って鼻毛。

 最終ジョブのアークメイジであるというのにデスゲーム後から格闘術や剣術を学び、そっちも行けるようになったとかいう何言ってんだコイツな魔王が炎魔窟をガンガン攻略していく。

 どちらかというと魔族の王ではなく魔法使いの王なコイツだけど、STRとか俺並みに低いはずなのにバフバフ&バフでとりあえず動けるぐらいにして、それはもう流麗で研鑽の積まれた剣術と格闘術と勿論魔法でそれはもう一騎当千の、破竹の勢いでガンガン行こうぜ! だ。

 

「……」

「ほほ……何か思うところがあるのやもしれんが、今は堪えてほしいのう」

「……わかってるよ」

 

 ゲーム時代、魔法にはそこそこ長い詠唱が必要だった。だから剣士だのなんだのに守ってもらう必要があって、けれどその分広範囲殲滅系の魔法を多く覚えられたからどのパーティにも必須な火力ジョブで。

 それを、魔王は……というかまおうは、「魔界へ一緒に来てくれる友人全然いないんだけど」という理由から一人でできるようにした、という話。

 剣だの拳だので自身の詠唱時間を稼ぎ、矢継ぎ早な止めどない攻撃をし続ける。それが魔王の戦闘スタイル。

 素の言動はアホっぽいが──というかアホだからこそ「どっちもやればいいじゃん」に至ったがゆえの最強。

 

 だから、そんなまおうが他者に呪いをかけ続ける、とか想像もつかないんだよね。

 

「ほ……おぉい、魔王。後ろの敵がリポップしたようじゃぞ。ほれほれ、防護防護」

「セギ、お前は自分でできるだろう」

「生憎と今は防護系切らしててのぅ」

 

 まぁ確かに、俺は自衛手段ならば死ぬほど取り揃えている。死にたくないから。

 死にたくないならこんなとこ来るなよっていやごもっともなんだけど、フツーに生きてたって危険なトコ行ってたって死にたくないのは同じだろう。備えあれば患いなし。そんでもって今が備えの必要な時ってだけの話。

 なんで、まぁ、仕方がない。

 火傷耐性、炎熱耐性つけまくってあるローブに着替えるか──なんて思ってたら。

 

「このっ──」

 

 イステア少年がポーションらしきものを投げる。

 それは放物線を描いて背後、迫り来ていた燃える獅子の魔物の眼前に落ち。

 

「我願う大海招かん異形の導!」

 

 ポーションを中心として通路を遮るような大渦を生み出した。

 

「ほぅ、魔法か」

「ふん、僕だってこれくらいできるんだよ!」

 

 魔法なー。

 コレも多分グリッチ使えると思うんだけど、如何せん俺が魔法使えないから検証のしようがなくてな。恐らくエンチャントと似たような構文ではあるはずなんだよ。同じゲームだから。たとえばEncの部分がMagで、Opの……Rangeとかは一緒で、あと座標系の指定関数もあるはずで。

 今イステア少年が言った詠唱。それも魔法構文の言い換え的なものだと俺は睨んでいる。スキル未使用の付与術師(エンチャンター)も「我願う~」みたいな詠唱してたから。

 

 ただまぁ多分だけどその部分いらない。時が経つにつれてスキルやスキルとしての魔法の扱えない人々が考案したそれっぽい文章だったんだろう。そこにそれっぽい文字列を足してみた、みたいな。

 でもやっぱり俺魔法使えないから、こればっかりは俺から指摘する云々でもないと思ってる。それこそまおうとか、他の魔法使いがちゃんと研究すればいい内容だ。

 

「ライトニングホーン」

 

 バヂ、という空気を引き裂く音と共に、俺とイステア少年の間を通り抜ける雷の角。

 それがイステア少年の作り出していた大渦に直撃し、大瀑布を起こす。

 

「フ、炎には水。それは然りだが、水魔法には決定打となる攻撃力がない。本気で敵を仕留めたいのならより殺傷力のある魔法を選べ、少年」

「……ふん!」

「──……?」

 

 目線。

 イステア少年の態度からだろう、「え、俺なんかした?」という問いが多分に含まれている。あ、忘れてたけどコイツ中身男ね。女性アバターだけど。

 ちなみに結婚済み。性別を持たない魔族と番ったはず。

 

「まぁ良い、そろそろ最奥だ。セギ、『魔法無効』は備えているか?」

「無論じゃて。ここへ来るに持ってこない阿呆はおらん。……事前に知らされていたわけではないがの」

「ならばいい。我は自前で防ぎ得る。その少年は我が守ってやろう」

「別に、」

「別に『大爆発』が来る前にお主が倒せばよかろう? わざわざ待ってやる必要もなしじゃ」

「……それはそうだな」

 

 最奥。

 炎魔窟のボスは、炎の魔人ヴォルケインだ。四つ腕で全身燃えてる大男で、格闘と火魔法を主体に戦う純粋な火力ボス。んでHPが一割を切ると『大爆発』という、最奥のボスルーム全土を焼き焦がす大技を使ってくるので、それを対策しておかないと全滅する。

 が、対策なくても突破できる方法もあって、それが。

 

「ならばセギ! せめて寄越せ!」

「ほほっ、ほれ、受け取るがよいぞ」

 

 放るのは指輪。

 カーネリアンのはめ込まれたそれは、インベントリにしまってあったエンチャントの一つ。

 刻まれしは一回発動きりの『魔法攻撃力二倍』。

 

 ドアが開く。

 紫電が舞う。その手に宿るは大気を渡り割く雷撃の花弁。

 

「トールスマッシャー!!」

 

 風属性最上位魔法。INT依存の魔法はまおうのステータスをして現存生物の最大威力を成し、その上でそれを二倍した神の怒槌が今射出される。

 

 壁に。

 

「は?」

「ほ?」

 

 ダンジョンの壁はこの世界における最高の強度を持つ。というか不壊だ。

 だから超威力の、適正レベル76程度蒸発させんとする勢いで放たれた雷撃は、しかし壁に阻まれ消える。

 

 消えた。

 パキン、と。『魔法攻撃力二倍』の付与してあった指輪が割れる。

 

「……だから言おうとしたのに。別にそんな準備しなくたって、誰もいないよ、って」

 

 ちょっとイイカンジの展開に盛り上がっていたプレイヤー(俺達)を他所に、イステア少年が冷めた声でそう言い放った。

 

 

 

 

 ダンジョンの機能停止。

 これが意味するところを、俺はまだよくわかっていない。

 

「ふむ。昨今よくある話ではあるのだ。ダンジョンの要……つまりダンジョンのボスが不在となることで、ダンジョンの機能が停止し、その中の魔物が溢れ出てくる……という事案がな」

「何故それは起こる?」

「現在調査中だ。我もそれなりに多忙でな。本来こんなところで寄り道をしている時間はないのだが……丁度いい機会でもあるか」

 

 ダンジョンの最奥にはそれぞれいびつな形の石像が存在し、それらはフレーバーテキストとして「魔神信仰の名残」とされていた。実際のゲームでは魔神なんて出てこないし、神と名乗るのはただの一柱だけ。その一柱はデスゲーム攻略組が命を賭して倒し切った。

 他、魔族が魔神を信仰しているなんて話は聞いたことがないし、人界に戻ればさらにその話は薄まる。神自体の名前も出てこないくらいだ。

 ちなみに法国は別に神を尊ぶ国じゃない。どっちかっていうと聖霊だな。

 

「イステアといったか、少年」

「……なんだよ」

「お前がセギをここに連れてこようとした理由はなんだ? ここに何がある」

「……」

 

 そもそもこの世界におけるダンジョンとは何か。

 その答えも実は出ていない。長年この世界にいるけれど、俺はずぅっと"路地裏からぬぅっと出てきて何故かお守りくれる怪しい老人ロールプレイ"やってたからな。世界の秘密を解き明かさんとしているプレイヤーもいるのだろうけれど、俺はそっちの流れにはほとんど関わってこなかった。

 まおうのように魔界を統治したり、ベンカストやJJJ*1のように一国の最上位に上り詰めたり、かと思えばBuffろうのように気を許せる仲間を募ってクランを開いたり。

 みんな思い思いの生き方をしていて、俺もロールプレイに固執していて。

 

 ……ずっと待ちの姿勢で……NPCが新スキル新ジョブを得るのを待つ、なんてことをしている暇があったら、この世界を踏破してみせるくらいの気概を見せるべきなのかもなぁ。

 

「ほほほ、まずそっちの問題を片付けるとするかの。そうでなければ話が進まん」

「何の話だ、セギ」

 

 そっちの問題。

 呪い云々の話だ。

 

「単刀直入に聞くぞ、まおう。お主、今誰かに呪いをかけておるかの?」

「イントネーションに気を付けろ、セギ。そして我は誰かに呪いをかけたりはせん。カースウィザードの魔法は一々回りくどいゆえな、我は単純火力の方が好きだ」

 

 だよなぁ。

 武術や戦闘に関しては天才という他ない才能のあるコイツだけど、陰湿なことについての才能はからっきしだ。権謀術数から最も縁遠きがまおう。最も縁深きがベンカスト。それくらい苦手。

 使えはするだろうけど、使わない。まぁ攻略に必要とかだったら使うだろうけど。

 

「じゃそうじゃが、イステア少年。お主の姉に呪いをかけているのは此奴ではないのか?」

「……」

「だんまりじゃわからんのぅ。まぁいい、別に隠すことでもない。曰く、この少年の姉に呪いをかけたのがお主で、その姉御は今寝たきりにならざるを得ない程衰弱しておる。まおう、心当たりは?」

「だからイントネーション……もういい。で、先も言ったが呪いなんぞ我はかけん。というか呪いだったら解呪すればいいだろう」

「それがのー、状態異常回復ポーションで解呪を試みたんじゃが、一度は解けたもののすぐにかかり直しての。つまり誰かがこの少年の姉御を呪い続けていることになるんじゃが」

「我ではないのは確実だな。魔法には制限距離がある。我はこの魔界を飛び回っている身、常日頃その者の傍にいるでもない限り、呪いのかけ直しを続ける、なんてことは──」

 

 ほぼ同時に見る。俺とまおうは、バッとイステア少年を見て。

 

「……そうだよ」

 

 彼は──泣きそうに笑って。

 

「ッ、マズい! マジックシールド!」

 

 直後、『大爆発』した。

 

 

 

 

 まぁ。

 そういうことなのだろう。

 

「おいセギ、この『大爆発』おかしいぞ、一向に収まる気配がない」

「爆熱フィールドになった、と見るべきかね。いやぁ絶対プレイヤーの子孫だと思ったんだけどなぁ、ピンク髪は」

「呑気か。俺はいいけど、お前がヤバイだろ! こだわりなければ一旦退くぞ!」

「おっけー。魔力アップ系いる?」

「++でいいから一個あると助かる」

「りょ」

 

 炎魔窟が爆炎に包まれている。

 その爆炎、止まることなく。いや留まってはいるけど。

 ので撤退である。

 

「俺の腰に掴まってろ。一気に行く」

「はいよ」

 

 一応女性アバターの腰……とはいえ鎧でガッチガチのそこに掴まる。

 直後、まおうの足元に大量の水と、その背に莫大な風の塊が発生したのがわかった。

 

「ついでに、追ってはこないだろうが──アイスウォール!」

 

 氷壁。水魔法は火力がない代わりにこういう詠唱の時間稼ぎ系の魔法がたくさんある。それを建てて、背中のジェットを推進力に、足から噴き出した水でさらに摩擦低減と勢いアップで。

 

 行きはそこそこの時間がかかったにも拘わらず、帰りはよいよい。

 

 俺たちは一分とかからずに炎魔窟から抜け出したのだった。

 

「安全圏に来たなら勢い弱めてくれ腕が痺れる」

「お前な、まず礼を言えよ礼を」

「あんがと、助かったわ」

「おう」

 

 うーん、ちょっと懐かしい。

 まおうとはゲーム時代そこそこ一緒にいたからなぁ。魔法で火力を出すことに余念がない奴で、魔法攻撃力を上げるエンチャントを死ぬほど依頼してくる上客だった。

 そのつながりでメインジョブの方で一緒にダンジョン行ったりしたなぁ。懐かしい。ホント、どんだけ前の話ってな。

 

 とりあえず落ち着いたっぽいので速度を緩めてもらう。

 わざわざ歩いて帰る意味もない、そのまま腰に掴まって街へ向かう。

 

「……で、だよ」

「十中八九イステア少年がヴォルケイン」

「だよなぁ。で、その……なんだ、呪い云々? もアイツってことだろ?」

「っぽい。けど、ヴォルケインって呪いなんか使ってきたっけ?」

「なワケ。肉弾戦と火魔法しか使わないよアレは」

 

 ロールプレイを取ってしまえばこんなものだ。気兼ねなく話せる……といっても気兼ねない関係はまぁコイツに限った話じゃないが。

 

「俺を炎魔窟に連れ出したのは、俺を殺すためかね」

「お前なんか炎魔窟なんぞに連れて行かなくてもサクっと殺せるだろ」

「正論。……じゃあ、逆か」

「殺してもらうため。まぁしっくりくるのはそっちだわな。お前のこと戦える奴だと思ってたっぽいし」

 

 でも、それなら今度は違う疑問がわいてくる。

 なんで俺に、だ。

 魔界の街には強い魔族なんぞわんさかいる。俺が来たのだって押し売りも良いところな機会だったし、死にたいならその辺の魔族に突撃すりゃいい話で。

 それだと周囲に迷惑をかけるから、とか? 魔族がそんなこと気にするか?

 

「あと、普通にジョブ持ってたのもおかしい。ダンジョンの魔物はジョブなんぞ持てないはずだ」

「あー、確かに。今普通に魔族で考えてたけど、ヴォルケインなら魔物か」

「その姉ってのに会ってみないことにはわからんが……ヴォルケインなら、まぁ、納得する部分はあるんだよな」

「ってーと?」

 

 それが正しいかわからないぞ? と前置きをして。

 

「デスゲームが終わった後さ、俺は魔界にあるダンジョンというダンジョン全部再攻略したんだよ。そん中に当然炎魔窟も含まれてる。だから、俺は現実になったこの世界で一回ヴォルケインを倒してる。……呪い云々はわからんが、あの少年がヴォルケインならあの態度も納得だな、って」

「魔界のダンジョン全部って……お前、友達いなくて喚いてたじゃんか。魔界に誰も来てくれないーって」

「……それ、今なんか関係あるか?」

「え、いやだから、魔界のダンジョン全部って……まさかソロで全部回ったのか?」

「ふん、そうだよ。お前の言う通り友達いねーからな」

 

 ヤバすぎる。

 ダンジョンは基本パーティ推奨だ。何故っていろんなギミックがあるから。属性だって一辺倒じゃないし、無効化してきたり吸収してきたりするのまでいる。

 だから前衛や遊撃が必要で……それをお前、一人で、って。

 マジでフツーに魔王じゃねえかお前。

 

「話を戻すけど、だから俺がヴォルケインに恨まれてるのは理解できるんだ。問題は呪いだよ」

「ヴォルケインは持ってない呪い。そもそもあの姿になれるのも意味わからんしな。姉の方がキーパーソンなのは間違いないだろうけど、多分──」

 

 ヴォルケインに呪いを使わせ続けている奴がいる。

 そう言葉を発そうとして、気づいた。

 

 ……それ、多分グリッチだ。

 だから、そう、魔法の。

 

「まおう。この件、ワンチャン黒幕は」

「プレイヤー、だろ。俺も今そこ辿り着いたわ。……はぁ、ヤだねぇ。もう残ってるプレイヤーなんか少ないんだからさ、仲良くしようぜ、ホント。絶滅危惧種だろ俺ら」

「ああ、ホントにな」

 

 あるいは、NPC相手だから何をしてもいい、と考えているのか。

 その場合は──。

 

「あ、つか、そうだセギ」

「ん?」

「『変装』くれよ『変装』。街に俺が入ってったらそこそこ騒ぎになるからさ」

「ああ、おっけー」

 

 アサシンジョブのスキル。本来は魔物に姿を変えてやり過ごしたりなんだりするスキルだけど、人にも変装可能だ。ただし能力が引き継がれるとかはないので、魔物になったからって敵対されないだけで流れ弾でプチッとかはよくある話。

 ちなみに以前ユティをイベント聖霊の姿にしたドッペルゲンガーのスキルとはちょっと違う。アレは不測の事態にも耐えられる……つまり攻撃食らっても姿が戻ることがない、強度の高いスキルだ。こっちは割と簡単にパチンと解ける。

 

 街に近づき、魔法の使用を停止するまおう。

 そして『変装』の木片を使用し。

 

「……あー、誰だっけそれ」

「橋渡しコボルド。アスケルの川辺で魔導結晶渡すとINT+30の果実があるとこ連れてってくれる奴」

「+30はデカくね?」

「デカいよ。でも知らないメイジいっぱいいる。今もあんのかな、あそこ」

 

 元の威風堂々とした魔王の姿からはかけ離れた、小さくて暗い顔のコボルド。

 と、怪しい老人。

 うん、絵面わっるいな。ナイス!

 

「んじゃ行くか、その姉って奴のところに」

「おーう。ロープレは?」

「基本無口で行くわ。メール溜まってるからそれ返しながらやる」

「りょ」

 

 では。

 真実をご開帳、ってな。

 

 

 

 剣。

 

「──イステアをどうした」

「ほほ……そう勇むでない。別に儂らはどうもしとらんよ」

 

 余裕ぶってるが心臓はバクバクである。

 横合いからまおうが剣を差し込んでくれていなかったら、俺の頭は弾け飛んでいたかもしれない。『物理無効』の新しいのは付けてあるとはいえ。

 

 動けないレベルの危篤状態。

 ……だったはずの女性は、俺達が彼女らの家に入ってきた瞬間襲い掛かってきた。

 凛とした目。浅くない呼吸。否、全身にあった何とも言い難い色のエフェクトが完全に消えている。つまり。

 

「呪いは解けたようじゃの」

「……もう一度問う。イステアをどうした」

「じゃから、どうもしとらんよ。──時に炎魔窟について」

 

 言葉は最後まで紡がれない。

 女性の持つ剣がふわりとブレて、直後目にも止まらぬ速さの連撃を行ってきたからだ。

 

 こっちの『物理無効』の性質を理解して、一撃じゃ殺せないと踏んできたらしい。

 

「ッ、プリセットC!」

 

 その連撃に対応するはまおう。

 一瞬で全身に全ステータスアップのバフをかけ、その剣で突きをいなし始める。

 

「おい、セギ! なんだこいつ、剣豪だぞ!?」

「ほ……四次ジョブとな」

「イステアを──どこへやった!」

 

 爆発的な熱風が女性を中心に放たれる。

 赤黒いオーラは怒気。剣士や戦士のスキルツリーにあるウォークライだろうけど、練度がヤバい。今のだけでSTRが200くらいあがってる気がする。

 事実、まおうコボルドが押され始めた。

 

「物理上昇系ありったけ寄越せ!」

「後で返すんじゃぞ」

「呑気か!」

 

 インベントリから物理攻撃上昇系、耐性系、その他諸々のアクセサリーを取り出して、まおうが開いているトレーディングウィンドウに放り込む。

 よく戦いながらその処理できるよな。ホント、こと戦闘においては天賦の才過ぎる。

 

「イステア……イステア、あの子を……あの子を返せ!」

「だぁああ! これでも食らって一旦落ち着け! 即席ライトニングソード!」

「──が、ぐ」

 

 まおうの剣がパチっと紫電を纏う。

 それが女性の剣に触れた瞬間、彼女を激しい雷撃が襲った。

 

「アークメイジのスキルツリーにソレあったかのぅ」

「無えよ。だから即席だ。俺は魔法も剣もできるからな。魔法剣士(スペルフェンサー)のスキルや魔法はこーやって模倣できんの」

 

 簡単に言ってるけど、簡単な話じゃない。

 いや流石だよ魔王。本物だよお前は。

 

「ぐ、うぅ……!」

「ちょ、おいおいまだ立ち上がる気か? お前自分のHP見えて……はないだろうけど、自分が結構食らってるのは理解してるだろ!」

「イステア……イステアを、どこへ……やった!」

狂戦士(バーサーカー)かよ……おいセギ、そろそろなんかしろ。できるだろ、拘束系」

「ほ? 儂に攻撃だの拘束だのができると? 儂のステータス見るか? INTはちゃんと最低値じゃぞ?」

「……ああじゃあいいよ。はぁ、あんまり女性には使いたくないんだけど──ヴァインバインド」

 

 まおうの手から、植物の蔦が出てくる。

 それは瞬く間に彼女へと巻き付き──。

 

「ほほ……そういう趣味があったか。軽蔑するぞ、まおう」

「俺の趣味じゃねーって。あとその名前で読んだら意味ねーだろ」

「あ、そうじゃった」

 

 その。

 なんか、あられもないカンジの拘束に、若干引いた。

 詳細は伏す。

 

*1
ヒキガエル宰相



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9.ロールプレイ含有率98%ではある

 かつてこの地には神がいた。

 魔界。日の昇らぬ暗夜の世界。二つの赤月が照らす大地は血のように染まり、そこへ根を張る草木もまた錆びた血のように黒い。

 蔓延るのは餌に飢えた獣たち。いびつな形、いびつな生態をして、いびつな存在として他を食らう。

 けれど、それでも世界が廻るようにと──神は、魔神は魔界を管理していた。

 

 英雄と呼ばれる存在が出現してからだ。

 彼の神が、姿を消したのは。

 

 

 ☆

 

 

 蔦によって拘束された女性を前に、とりあえずの一部始終を説明した。

 

「イステア……」

「安心せい、とは言い難いがの。あ奴が炎魔窟のボス、ヴォルケインであり、主に呪いをかけ続けていた張本人であることは間違いなさそうじゃ」

「事実、今アンタの体から呪いは消えていってる。状態異常回復ポーションを使わずにソレってことは、アンタ自体に耐性があると見た」

「ああ、そういえば剣豪は途中で各種耐性を25%程取るんじゃったか」

 

 説明をしても、女性の敵意は消えない。

 俺に、そしてコボルドの姿のまおうにまで、最大限の警戒を向けている。まぁ自分の連撃全部いなして拘束までしてきたコボルドだ。そりゃ警戒する。

 

「アンタ、知ってただろ。誰が自分に呪いをかけているのか、あのチビがなんなのか」

「……そうだとしたら、なんだ」

「脅迫だな? ヴォルケインをチビにして、呪いを使わせる、なんて所業をした誰かに、何か弱みを握られていると見た。なんだ、言ってみろ。自慢じゃないが、俺達は結構強いぜ」

「ほほ、コボルド一匹が何をイキっておるのか」

「お前の方が頼りねえっての」

 

 まおうはアホだが馬鹿じゃない。

 頭の回転はすさまじく速いし、何より直感だけで真相に辿り着く力が強い。ゲーム時代、各地を調査して一つ一つ情報を得なければたどり着けない系のクエストで、「いや……多分あそこだと思う」で正解に辿り着く、なんて馬鹿げた所業を何度やってのけたか。

 本人曰く「外すことも多いから予知なんかじゃない」らしいけど、的中率が70%くらいある時点で十二分にヤバいんだよなぁってわかってくれないかね。

 

「……」

「言えないか。言えない呪いがかかっている……ってわけでもなさそうだが。……セギ、」

「わかっておる。『気配消し(サイレンス)+++』、『無音+++』、『遮音+++』、『能力隠蔽(シークレットスキル)+++』、『魔法隠蔽(シークレットマジック)+++』、『魔法検知(サーチマジック)』、『転移罠(ワープトラップ)』……と、こんなところでいいかの」

「やりすぎだろ要塞かよ。つかお前そんな魔力あったんならもっと早くやれよ」

「馬鹿言え道中に作っとったんじゃ。儂、途中から大分上の空で対応しとったじゃろ。ありゃエンチャント頑張ってた証じゃ」

「……俺はそうでもないけど、お前にとっては結構な命の危険だったと思うんだが」

「信頼があるからのぅお前さんには」

「そりゃどーも」

 

 さて、この家はもう外界から隔離されたに等しい。

 理不尽スキルのオンパレードだ。ただ魔法的な部分の対処は甘いので、サーチマジックに引っかかったらまおうに対処してもらう、くらいしかできない。

 魔法無効をかけるとまおうの魔法も無効化しちゃいかねないからな。スキルはそんだけ理不尽なんだ。見境がない。いやグリッチ使えばもう少し範囲狭められるんだけど。

 

「セギ、そもそもこの人はなんて名前なんだ? 名前がわからんと会話が円滑に進まない。本人が話す気ないのに知るのはあまり良くないと思うけど、この際仕方がないだろう」

「知らん」

「……」

「イステア少年の姉御、と呼んでいたからのぅ。なんなら儂も特に名乗っとらんし、イステアという名もこの女性が呼び掛けていたから知った名じゃ」

 

 はぁ~、とまおうコボルドが額に手を当てる。

 いや、自己紹介する時間なかっただけだって。確かに俺は基本相手の名前聞かないけどさ。

 

「俺はま……ウコボだ。マウコボ。この枯れ木の友人兼護衛で、イステア君とはさっき会ったばかりの部外者。俺が見たときにはイステア君はこの枯れ木を炎魔窟へ連れて行こうとしていた。これがどういうことなのかわかるか?」

「……下手な嘘はやめろ、魔王。気配でわかる」

「へえ」

 

 女性の指摘に、まおうは少しばかり楽しそうな色の声を出す。

 出して、俺が『変装』を刻んだ木片に火をつけ、燃やし尽くした。

 

 ビーッ! ビーッ! とビープ音が鳴る。

 

「……すまん」

「まったくじゃ」

 

 せっかく作った魔法検知がもう発動してしまったじゃないか。

 別に叩き折るとかでも良かっただろうに、わざわざ火魔法使うからそーなる。

 

 で、些かばかり申し訳なさそうなコボルドは──その姿を変えていく。

 キャラメイクバリバリ。

 腰上まである銀髪には時折青いメッシュが混じり、頭を振ればそれが流れるように動く。ぱっちりとした目。瞳孔の色は派手でない黒めの茶色なれど、その中に星だの四方剣だのが混じり、本人曰く「まるで無限に広がる宇宙のような」様相を呈している。

 人好きのする笑みを浮かべたその顔は童顔気味。ただし等身が高いのと最終ジョブ&レベルカンストらしいオーラも相俟ってか酷く甚く強そうに見える。実際強い。

 全身を青っぽい魔法使い用の鎧で固めていて、さらに真っ黒なマントと手甲が目立つ。右腰に佩いた二本の長剣と左腰に備えた一本の大剣からは、それが尋常な代物ではないことを指し示す魔力があふれ出している。

 

「──魔王」

「如何にも。我が魔王だ」

 

 あ、ロールプレイ入った。

 

「お前の弟が我を酷く嫌っていたのでな。この姿ではない方が良いと判断した。騙すつもりはなかったことをわかってほしい」

「嘘など、貴様が吐けるはずがない。騙すつもりなど持ちようがないことくらいわかっている」

「そ、そうか」

 

 うんうん、と頷く俺。どうやらこの女性はまおうのことを熟知しているらしい。

 

「そっちの老人が貴様の……魔王の友人というのも、真なのだろう。貴様以上に得体のしれない奴だが」

「ああ、奴のことは気にしなくていい。ただの枯れ木ゆえな」

 

 反論する気はない。

 魔族相手だ、魔王が対応したほうがスムーズなトコもあるんだろう。最初からそうすればよかったってそれはそう。

 何にせよ俺が挟まると余計なコントやっちゃうからな。黙ってた方が良い。

 

「……ルクリーシャ」

「それがお前の名か。良い響きの名だ」

「──あるいは、血のルクレツィア」

 

 金属音が鳴った。

 瞬きの後、いつの間にか女性が剣を抜いていて、蔦の拘束を解いていて……突きの姿勢になっていて。

 その突きをまおうが長剣で止めていて。

 

 いや。

 まーったく見えなかった。

 これ、本気で蚊帳の外っていうか、俺じゃわからん世界だ。このサブキャラAGIが低すぎる。あ、動体視力も反射神経もAGI依存ね。

 

 で……血のルクレツィアとな。

 

「血のルクレツィアだと? ……セギ!」

「名前は覚えとるけど何だったか思い出せない、という様子と見た。ほほ、良い良い。お主はINT関連のクエストにしか興味なかったからのぅ」

 

 金属音。まただ。

 もうどうせ反応できないので、一々驚いたりせずにそれをBGMにして語り始める。

 

「あれは遥か昔、儂らが現役であった時代のことじゃのぅ。歴史(ゲーム史)上最も後味の悪い事件(イベント)としてよく覚えておるわ」

 

 ゲーム時代の話だ。

 デスゲームになる前の、誰もが楽しくゲームをやっていたころの話。

 期間限定のイベントとして実装されたそれは、「ある特定の魔物からドロップする赤の結晶を集めろ」という簡易なもの。イベント名は「雨のルクレツィア」。その魔物がいるフィールドは必ず天候が雨になり、視界が悪くなる……なんてちょっとしたデバフのかかるイベントだった。

 赤の結晶は集めた数だけイベント限定装備と交換できて、中にはそこそこ性能の良い装備だったり見た目がよろしいものだったり、あるいはあんまりにも尖った性能をしていたりと、簡単なイベントの割には良い報酬が喜ばれていたことを覚えている。

 

 そんな赤の結晶を交換してくれるNPCが「雨のルクレツィア」。

 男物のコートとハットを身に着けたNPCで、口元だけで美人だとわかるものの、目元なんかはわからない仕様。

 で、彼女に話しかけると交換品のリストがズラっと並ぶのだけど、一番上……つまり最も多量の赤の結晶を集めて交換してもらえるのが、「謎のメモ」なのだ。当然攻略組とかゲーム考察大好き組はそれを狙った。個人じゃ集めきれない量だからクランがこぞって集めたりもした。

 結果交換可能なまでに赤の結晶を集め、晴れて謎のメモを交換した……ら。

 

 交換したプレイヤーはメモを読む暇もなく、イベントフィールドに飛ばされるのである。

 それが生産ジョブであれ初心者であれ、だ。

 

 真っ暗な空間。上も下も右も左もわからないような真っ黒な空間に、一人の女性がいる。

 少し遠い。だから近づく。他に行く場所がないからとそこへ近づいて行くと──今まで倒してきた魔物が、赤の結晶をドロップした魔物が()()()姿()()行く手を阻んでくる。別にゾンビってわけじゃないから倒し直せばいいものの、そこで気分が悪くなるプレイヤー多数。

 

 それでもなんとか魔物を押しのけて女性に辿り着く頃には──女性は、死んでいるのだ。

 神に祈るような姿勢で膝を折り、喉から自らの剣を飲んで、その剣の柄を祈るように持って。

 

「まだ──足りないか」

 

 呟くのだ。

 喉に剣が刺さったままに、だくだくと血を流すままに、涙を流すままに。

 気付けばプレイヤーの周囲は黒ではなく赤に染まっている。血だ。赤の結晶はそのまま血の結晶であり、それが溶けだしたのだろうイベントフィールドは血の海となっていて。

 

 女性は、ルクレツィアは自らの喉から剣を引き抜き、突然プレイヤーに対して敵対行動を取ってくる。

 イベントボスモンスター「血のルクレツィア」。AGIとSTRが突出して高いヒトガタの魔物で、非常に効果の高い体力継続回復能力を持っているのが特徴でもあった。

 前衛ジョブのプレイヤーはその速度に翻弄されながらも苦戦、後衛ジョブのプレイヤーは基本瞬殺で、生産ジョブなんかは言わずもがな。

 

 唯一対抗できるのが同じくAGIを上げているだろう遊撃系ジョブで、それにしたって苦戦は免れない。

 ちなみに俺はメインジョブでもクリアできなかった。攻略組にはクリアした者もいくらかいたようだったけど。

 

「まだ、足りないか。イステア」

「……ぐ、セギ、AGI上昇系も寄越せ! 金は後で払う!」

「ほほほ、承知じゃ」

 

 負けたらそこで終わり。赤の結晶は返却されるけどメモは読めない。イベントフィールドに移動した直後も真っ暗でメモは読めないから、クリアしないと絶対読めない仕様で。

 無理だと判断したプレイヤーは他の装備品とかアイテムを交換して終わり。

 立ち向かったプレイヤーはその九割以上がイベント終了まで勝てなくて、勝った一割が上げてくれたメモを見るしかその内容を知る術はない。まぁ上げてくれるだろうって前提で最初からメモなんか興味なかった奴らも多かったけど。

 

 で、メモには……これまた狂気的な文章が書かれている。

 

 ──"捧げます。捧げます。命を。命を。集めて、束ねて、捧げます。だから、どうか、どうか──返してください"、と。

 

 血の滲んだメモ。

 倒されたルクレツィアが最後に吐くセリフが、「すまない……お前を、取り返せなかった」であること、その他指定された魔物の共通点なんかを加味して、考察班が出した結論は簡素なもの。

 

 "恐らく何か超常的存在(神? 魔神?)に肉親を奪われたルクレツィアが、自分では集めきれなかった捧げものをプレイヤーに依頼して集めてもらっていたのが今回のイベント。ただし、このイベントではルクレツィアの願いが叶うルートは存在しない。どうあってもプレイヤーを悪者にしたいヤーなイベント"。

 

 イベント期間が終わってもアフターストーリーの類は無かったし、「謎のメモ」も消えて莫大なゲーム内マネーに変換されて、終わり。

 もしかしたらその後に何かあったのかもしれないけど、その少し後くらいにゲームがデスゲーム化しちゃったから真相は闇の中。デスゲーム化した後はそんなゲーム時代のイベントの話なんか考えてる暇ないから、どんどん忘れられていった……という次第。

 

「すると、なんじゃ。お主はあの頃から生きておるのかの?」

「……否だ。私が目を覚ましたのはごく最近のこと」

 

 打ち合いながら、閃光を瞬かせながら、ルクリーシャは話す。

 AGIの上がる指輪はまおうに譲渡済みだけど、それでもなおルクリーシャの方が早いらしい。参ったな、あれ+++だからあれ以上はないぞ。

 というかそうか、まおうは別にAGI高くないから、イベント通りの性能だったら絶対追いつけないんだ。

 

「私からイステアを奪った魔神。だが奴は、ある時を境にいなくなった。……貴様ら英雄が世界に溢れかえってからだ」

「ほほ、情報量情報量、もとい、なんじゃって? 魔神? それが弟御を……イステア少年を奪ったと?」

 

 話しながらエンチャントを作る。

 別に相手に聞こえない声で言ったって発動するからな。作る能力付与(スキルエンチャント)魔闘士(ワンダラー)魔力変換(マナコンバート)(AGI)+++……の、グリッチ版。本来の文がManaConvert(AGI)であるところを、INTに変換する。

 能力付与(スキルエンチャント):Enc(ID:Wanderer_IntConvert(AGI)++).Ob(ID:AmberNecklace).Op(State(Temporary(5m)))だ。

 木片だと装備が難しそうなので、ネックレスにこれをエンチャント。

 こっちの意図を察してトレ窓を開いたまおうに譲渡。ホントどういう処理能力してるんだその頭。

 

「イステアは普通の子供だった。だが、ある時魔神にその身を奪われた。あの日貴様らを利用して供物を集め、そして貴様らをも最後の供物とできていれば……あの子は帰ってくるはずだった」

「セギ、なんだこれは! INTコンバートなんてスキル聞いたことがないぞ!」

「企業秘密ぢゃ」

「昔からだな秘密主義者め、少しは身内を信頼しろ!」

 

 一段。いや、二段ほどスピードのギアが上がる。

 今まで聞こえていた金属音は断続的なものに変わり、鳴っているのか鳴っていないのかわからないほどに。

 ただ目の前で散り続ける火花がその攻防の存在を教えてくれる。

 

「じゃがの、ルクリーシャ嬢、お主を看病していた、そして儂と少しの間共にいたあの少年は弟御ではないのか?」

「……そうだ。だが、混ざっている。私が今の時代に目を覚ました時、イステアの中にはヴォルケインという魔物が混ざっていて──そして」

「お主に呪いをかけ続けていなければ、イステア少年はヴォルケインへと変貌する。そんな状態にあった。そんなところかの」

「そうだ」

 

 いやー。

 誰が何のためにどうしてそんなことをやったんだ。

 魔神? いやいや、神ってのはもっとヤバいヤツだよ。攻略組が命を賭して倒したあの神はこんな回りくどいことをするやつじゃなかった。もしこの件をやったのが本当に魔神を名乗る奴なのだとしたら、そいつは神を詐称しているだけの陰湿ヤローだろうな。

 

 ただ……ちょっと気になっていることもある。

 雨のルクレツィア、あるいは血のルクレツィアはイベントモンスターだ。なんなら俺は彼女のIDまでわかる。それはグリッチとかでなく、データとして知っている。

 それを引っ張り出してくることができる存在。グリッチを使う魔法使い……サモナーとかか? サモナーの召喚グリッチに自由自在に魔物呼び出すのがあるとか……いやいや、そうだったらとっくのとうに落ちてるだろ、全世界。悪意ある奴ならとっくにあの神でも呼び出して使役してるよ。

 

 他に、そんな過去のイベントモンスターを呼び出せる奴は。

 

 ……GMとか?

 はは。

 

「昔話はわかった。だが、今ここで我らと敵対する理由はなんだ、ルクリーシャ!」

「私と魔神の契約は切れていない。貴様ら英雄は捧げものとして最高の価値がある。今なら殺したはずの貴様らが不可解な力で消えてなくなることもないだろう──故」

「交渉の余地なしか! いいだろう、ならば我が魔王の力、とくと味わうが良い!」

 

 ここで。

 ルクリーシャを殺したら、どうなる。

 ヴォルケインが怒り狂って襲ってくる? それは別にまおうが対処可能だ。

 後味は悪いけど、プレイヤーの子孫でもない、イベントモンスターの成れの果てが二人死ぬ。それだけだ。

 

 本当に?

 そんなあっさりとした結果を用意するか?

 今の今までこんな回りくどいことしてきてたダレカが?

 

「まおう!」

「なんだ、手短に話せよセギ!」

「一旦退きたい! 考える時間が欲しい!」

 

 一瞬。

 一瞬だ。まおうはこちらを見て。

 

 にやりと笑う。

 その笑みは、ゲーム時代に見せていた「新しいINT上昇系のクエストを見つけた」時とそっくりで。

 

「よかろう──ならばくらえ、血のルクレツィア! 我が最強魔法!!」

 

 轟音。

 耳をつんざく破裂音。それとともに現れるは光。

 まさかトールスマッシャーか? そんなのこんな閉所で撃ったらヤバいって。

 

 なんて言葉が間に合うはずもなく。

 

熱の無い火爆弾(フラッシュバン)!!」

 

 果てしない量の光が室内を埋め尽くした──。

 

 

 

 

「ただの閃光弾かよ」

「馬鹿お前、火属性魔法から熱だけ消して光だけ残すのがどんだけ難しいかわかってねぇなぁ」

「……まぁなんにせよ助かった。一旦魔王城に向かってくれ。ベンカストいるだろ? 情報交換がしたい」

「りょーかい」

 



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10.ロールプレイ含有率60%

 魔界は常に暗い。

 月が二つ回天し続ける空は、太陽の光なるものを魔界に落とさない。魔界を照らすのはぼんやりとした赤い月光のみで、その光も何かの照り返しなのか、それとも月自体が発光しているのか定かになっていない。

 ゆえに魔界は明るく賑やかだ。各地に点々と存在する街の中心には巨大な常夜燈が配置されていて、そこから同心円状に街が、酒場が、市場が形成されている。常夜燈の灯が絶えることはない。遥か昔、当時のお偉方がヒトの付与術師(エンチャンター)に頭を下げ、永続の魔力供給基盤を作ってもらったという。

 明るい。

 街はとても明るいのだ。

 

 が、魔王城は暗かった。

 

「……うぅ」

 

 節約のためだとか威厳を保つためだとか色々言われているけれど、その実「整備が面倒くさい」という理由だけで取り付けられていないランプ。あるいは「別に敵がいるわけでもないんだから気を張る必要はなかろう?」という理由でもあったりするのだけど、とにかく城は暗かった。

 勿論個室……魔王の執務室や客人に応接間は明るい。食堂だってオレンジ色の光に満ちているし、厨房も同じ。個々人の部屋は思い思いに改造していいから、暗くするものもいれば明るくするものもいる。

 ただ決まって暗いのは、その廊下。

 等間隔で赤い月あかりが差し込んでいるといってもただそれだけで、廊下の視界は果てしなく悪い。真っ黒な誰かが潜んでいたら視認は不可能だろう。

 

 アニータはこの城で、唯一この廊下だけが嫌いだった。

 他は好きだ。生まれ育ったこの城のあらゆるところに好きなポイントがある。

 

 廊下以外は。

 

 一歩、また一歩と体を掻き抱いて進む。己の両手で両腕を掴み、一歩、一歩、一歩と。

 

「ほほ──ちょいと、お嬢さん」

「ぴぎゃああああ!?」

 

 だから当然こうなる。

 暗闇からぬぅっと、枯れ木のような老人が姿を現せば。声をかけてくれば。

 真白の髭を膝下にまで蓄えた老人。地味ではあっても目立って当たり前なはずの恰好をしたその老人は、アニータに一切の気配を悟らせることなく出てきた。

 

「ゆ、ゆゆゆっ!?」

「幽霊ではございませんのぅ。ほほっ、儂はただ、これを貴女にあげに来ただけですからのぅ」

 

 そう言って渡されるのは──木彫りの人形。

 心なしかアニータに似ている。

 

「な、なに、これ……」

「お守りですじゃ。これを、肌身離さず持っているようお願いしたく。でないと」

「……で、でないと?」

「ほほほ……」

「でないと何!?」

 

 ほほ、ほほほ。

 老人は笑う。どこかフクロウを思わせるシルエットで、笑って嗤って。

 

「え──」

 

 アニータが瞬きをした次の瞬間には、消えていなくなっていた。

 どれだけ気配を辿っても──いない。

 今この城にいるのはアニータと幾人かの魔族、そして母親の友人だけ。

 

 あのような老人など。

 

「ゆ……夢? あ、そっか夢か! バカだなぁあたし、立ったまま、目を開けたまま夢を見るなんて」

 

 ふと、力の籠っていた手に知らぬ感触があることに気付く。

 そういえば夢の中で、あの老人に見せられた人形。

 

 アニータは受け取っただろうか。

 

「……ぴぎゃああああ!?」

 

 一瞬見ただけで悲鳴を上げてしまったのは仕方のないことだ。 

 だってそれは二つ。両手に。

 いつの間にか握りしめていた両手に、どちらもにあって──。

 

 夢の中で見たそれよりも、にんまりと笑っていたのだから。

 

「わ、わ、あ、ぁっ!」

 

 放り出そうとして、けれど老人の言葉が浮かぶ。

 ──"肌身離さず持っていること"。

 ──"でないと"。

 

「~~~~!」

 

 ぎゅ、と人形を握り直し、いつもかけているポーチへそれを突っ込んで、アニータは猛ダッシュを開始する。

 怖がってゆっくり進んだからあんなものを視たのだ。

 これからはもう廊下は怖がらない。走る。駆け抜ける。

 

 

 ……彼女の母親たる魔王に、「廊下は走らないように」と注意を受けるのはまた別の話。

 

 

 ☆

 

 

「随分と余裕がある。ヴォルケインに血のルクレツィアと、それなり切迫した状況だと思ったんだけどな」

「いやぁ、あんなにロールプレイし甲斐のある子も早々いないからなぁ。嬉しくて最上級エンチャントあげちゃったぜ」

「ついでに言うと、お前そこそこ危なかったぞ。気付いているか? 『物理無効』が無かったらお前二回は死んでいるぞ」

「え?」

 

 ちょっとホラー演出にしすぎたかなー、なんて反省しながら、けれど良い反応をしてくれた少女を『標的強調』で観察していたら、なんかまおうが恐ろしいこと言ってきた。

 確認すると、確かに服と耳飾りの『物理無効』が消えている。

 

 ……え、こわ。

 

「あれは俺の娘だ」

「娘? ……似てなさすぎだろ」

「本人の前で言うなよ? 結構気にしてる。というか髪とかはそうだけど、目とか背筋のラインとか、あとあんまり言いたかないけど胸の形とかそっくりだぞ。俺の丹精込めたキャラメイクはちゃんと引き継いでいる。体のバランス、肉付きの良い部位悪い部位、鼻の高さ、耳の長さ、頬の膨らみ顔全体の厚み……」

「うわキモ」

「キャラメイクするとき真っ先に老人にするお前の方がキモいんだよ。普通美少女だろ普通」

 

 赤髪だったからプレイヤーの子孫だろうなってちょっかいかけたんだけど、まさかコイツの娘とは。

 銀髪も青メッシュも何にも引き継がなかったのか。そりゃ確かにコンプレックス持ってそう。

 その「引き継いでいる」の部分も……まぁ、あんまり教えられないわな。

 

「で、なに? 死んでるって」

「お前が出てきたときに一回。お前の反応できない速度でお前は斬られている。けど、お前は死ななかった。『物理無効』が発動したからな。だからアニータはお前を幽霊だと思った」

「幽霊って死霊系のことじゃなくて怪談とかに出てくる方のだったのか」

「次にアニータが駆けだした時。あの子の爆走はそれだけで周囲に破壊を齎す。隠蔽スキルで上手く隠れたようだが、隠れたまま死んでただろうな、『物理無効』が無ければ」

 

 ……。

 さすが魔族。そして魔王の娘。

 

「もうちょっかいかけるのやめとこ」

「そうしろ。というか人の娘怖がらせるのやめろ。あの子ビビりなんだよ」

「魔王の娘なのに? 容姿的特徴だけじゃなく、ステータスも一切引き継いでないのか?」

「違う、無益な殺生を嫌うんだ。あの子はビビりすぎて、死角から声をかけられたり背後から抱き着かれたり、とにかく自分の認識範囲外からの刺激に自動反射で斬りかかる癖を持ってる」

「やばすぎだろ」

「昔は流血沙汰が絶えなかった。幸いにして俺を含め回復魔法使える奴がいくらかいたからな、まだ殺しはしていないが……だからこそあの子は血に溺れなかったし、自身の強すぎる力を恐れるようになった」

 

 俺のステータス、オールバフ状態で引き継いでいるようなもんだからな、と。

 まおうは遠い目をする。

 

「……で、何のエンチャントあげたんだ? ことによっちゃ取り上げるぞ」

「『身代わり』と『全修理』。一回発動のエンチャだよ」

「身代わりと全修理……。特に危ないモンでもねえな。まぁいいか、それなら」

 

 しかし、なんだ。

 本当に似てないな。コンプレックスに思っているなら口に出すことはもうやめるけどさ。多分まおう側も少なからず思っているんだろうし。

 

 魔王が「ふぅ……」なんて溜め息を吐きながら、ソファに深く座る。

 足を組んでいつの間にか取り出したワインを片手に……この絵面だけ見るとマジで魔王だな。

 

「何にも似てない、ってことはないよ。……お前っつかお前らさ、俺のこと天才だのなんだのっていうだろ」

「ああうん。こと戦闘面に関してはお前の右に出る奴は……攻略組くらいなんじゃないか?」

「俺はそれをあの子に対して思ってる」

 

 それは。

 それは、ヤバだな。

 

「一を教えたら百を返す系?」

「いや、努力はする。一を教えたらそれをものにするために修行する。ダンジョンだとかフィールドボスだとかで修行して修行して、帰ってきたら十できるようになっている。十教えたらそれをものにするために走り回って、帰ってきたら百ができるようになっている」

「才能ある上で胡坐かかない子か。良い子じゃん」

「そのせいでちょいとコミュニケーションに陰がある。修行修行修行アンド修行な半生だからな、人付き合いの経験があまりにもない。一番最悪なところ引き継いでるんだよ。俺の友達がいないトコ」

「あー」

「そこは"そんなことないだろ"って言えよ」

「だってお前フレンドリスト五人くらいだろ」

「……うっせぇ」

 

 ワインがなみなみ入ったグラス。

 それを投げて渡してくるまおう。キャッチして、それが零れていないことを確認する。

 アイテムだ。

 

「血の杯。攻略組の観測者(ウォッチャー)があのイベントフィールドで見つけたアイテムだ」

「雨のルクレツィアの?」

「ああ。そういえば奴が死ぬ前に預かってたこと思い出してな」

 

 冒険者系ジョブ最終ジョブ観測者。

 攻略組で遊撃を担っていたあの少年は、そうか、人間だったか。

 ……葬儀が開かれてない奴のトコには行けてないからなぁ。そっか、死んでたか。

 

「イベントアイテムなのに削除されてなかったのか?」

「らしいな。ついでに今『雨のルクレツィア』での交換装備をリストアップしてる。大体倉庫にあるから持ってくるのは面倒だけど、外観情報くらいなら伝えられるぞ。どうせお前持ってないだろ」

「サブは勿論メインでも勝ててないし、そもそもあのイベントそこまで入れ込んでやんなかったからなぁ」

 

 というか、だよ。

 

「ベンカストは? 来てるんじゃないのか?」

「のはず、なんだがな。俺が戻るまで待っててくれとは言ったが、今回の寄り道で大分時間を食った。アイツにも予定があるはずだし、先に帰ったという可能性もある」

「ベンカストが何も言わずに? メールくらい出すだろ」

「それが、何にも来てないんだよ。お前のトコは?」

「なんで俺に出すんだよ。……来てないな」

 

 メールは各地の行政機関近くのポストへ行かなければ内容を読むことはできないが、メールが来た、という通知自体はどこにいてもわかる。

 それがない。二人ともない。

 ベンカストはそういうところきっちりする奴だ。性悪だが、というかだからこそ、自分が突かれないために自分の弱みになり得る可能性は全部消す。

 

 そんな奴が書置き一つ残さない。

 

「……何かあったか?」

「不測の事態、と見るべきだろうな」

「だが、ベンカストが何もできずに連れ去られるなんて……」

 

 あり得ない、と言いたい。

 アイツはかなり注意深いし警戒心が強い。自室にいても敵の襲撃を警戒しているし、俺や仲間たちといても常に周囲を疑っている。

 ベンカストに何も疑われずに近づくことのできる存在がいるとすれば。

 

「択だな、ガシラ。三択だ。第一に、血のルクレツィアの始末。なぜか奴は追ってこなかったが、ありゃ確実にプレイヤーの命を狙う者だ。摘み取るべきだと俺は考えてる」

「……まぁ、概ね同意だよ。イベントモンスターだ、バックストーリーを知っちゃうと後味が悪いのはあるけど、そんだけ。ヴォルケイン共々殺してもいいとは思う。だけど」

「黒幕がいた場合、何が起きるかわからない、ってことだろ? あいつらの死を起点にやべぇ魔法が発動するとか」

「ああ。特に死霊系の魔法はそういうの多いから油断できない。加えて俺は魔法を見抜けないからな、不安要素がデカすぎる」

 

 姉弟を使った陰湿なやり口。最終目的がどこにあるかはわからないけど、そこにプレイヤーを殺すことが含まれているのは間違いないと思う。でなけりゃ血のルクレツィアなんてイベントモンスターを使わないだろうから。

 ただ、あそこに……あの二人の家に訪れたのは俺だ。あいつらが街で物乞いでもしてたってんなら話は別なんだけど、俺が無理矢理押し売りしていって、その結果がこうだとすると……。

 なんだ、悪辣なやり口に反して積極性が見えない、というか。

 

「第二、ベンカストを探す。アイツの知識、そして発想力は魅力的だ。俺達じゃ出せない答えに辿り着いてくれるかもしれない。あるいは別のピースを持っているかもしれない」

「ヴォルケインは炎魔窟から出てこない。血のルクレツィアは自分の家から出てこない。とすれば、それもアリなんだよな。というかベンカストの身に危険が迫っている可能性があるんだから、これを優先すべきではあると思う。……が」

「が?」

「引っかかる。どういう状況ならベンカストが手掛かりを残さずに連れ去られる? ベンカストの意思でいなくなる以外、俺には思いつかないんだが」

「そりゃ……眠らされた、とか?」

「あいつアークビショップだぞ? 状態異常耐性どんだけ積んでると思ってんだ」

「確かに」

 

 血の杯をぐるりと回す。

 なみなみとワインが注がれているにもかかわらず、それが零れ落ちることはない。

 これは何だろうか。あの真っ暗なイベントフィールドにあったアイテム。観測者クラスじゃないと見つけられない隠し方をしていたあたり、キーアイテムながら必須アイテムではないことはわかるんだが。

 

「第三の選択肢は?」

「それはお前が持っている。ガシラ──心当たり、あるんだろう? 下手人に」

 

 薄い目。鋭い目でもある。

 無限に広がる宇宙のような目が、俺を捉えた。

 

「……お前さ、その直感やめろよ。怖いんだよ」

「うるせぇよ秘密主義者。ベンカストが危機的状況にあるかもしれないんだぞ。もう残ってるプレイヤーなんて数えるほどしかいないんだ、みんな家族みたいなもんだろ。その一人が危ないってのに、いつまでもいつまでも隠し事しやがって。知っていることを話すだけだ。そんな簡単なことがなんでできねえ」

 

 そんなの。

 ──ヤな予感がするから、ってだけだ。

 

 が。

 

「緑髪の男。尖り耳だがエルフよりも鋭い。魔法を詠唱無しで使う」

「プレイヤーだな」

「……だろうな」

「だからか、言い渋ってたのは。お前さ、プレイヤー好きなのはいいけど、良い奴と悪い奴の見分けくらいつけろよ。確実にその緑髪のやつは悪! ベンカストは……性格は悪いけど良い奴! 違うか?」

「返す言葉もない」

 

 そして。

 そしてまおうは、にやりと笑う。

 

「んで、犯人がわかってんなら話が早いのさ、魔界っていうのはな」

 

 まおうは立ち上がって壁に手を当てる。

 暖炉の上。なんでもない壁の一部。

 

 そこが、ズズズ、と押し込まれる。

 

「忍者屋敷かよ」

「馬鹿言え、男たるもの一国一城の主になったらまずやることは棲み処の改造だろ」

「INT上昇系クエがなくて暇だったんだな」

「正解!」

 

 押し込まれた壁は内側でガシャガシャガシャコンガシャコンと機械的な音を立てる。

 立てて、何かが動く音が連続して響いて。

 

 ゴゴゴゴ……と。

 暖炉の上に、黒電話がせり上がってきた。

 

 ……。

 

「……? え、それだけ?」

「お前なぁ、電力がマトモにないこの世界でこの機構を作るのがどんなに難しいか。あそうだ、コトが全部片付いたらいくつかエンチャント依頼出すぞ。この城無理矢理な方法で動いてる部分多いんだよ」

 

 言いながら、まおうは──魔王になる。

 雰囲気が変わった。ロールプレイに入ったのだ。

 

 黒電話を取って。

 

 

 ☆

 

 

「──告げる。我は十六代魔王マルクス・オールァ・ウィンダル。我が名において告げる──全魔族よ」

 

 響き渡る。

 魔王城のある街だけでなく、魔界全土に響き渡る。

 

「緑髪の、エルフよりも長き耳をした男。我はその者に罪をかけた。良いか? 罪だ。──後はわかるな?」

 

 瞬間、怒号が、轟声が各地で立ち昇る。

 魔王が罪をかけること。それが意味するのはただの一つしかない。

 

 指名手配(WANTED)

 弱きは強きに従う。強きは弱きを従える。

 そんな世界で強きが弱きを頼るのなら──その成果に強きより報酬が約束されていることが確定している。

 

「ただし、生け捕りだ。問い質さねばならないことがある。良いか、殺さば殺す。覚えておけ」

 

 強い奴が偉い。偉い奴は強い。

 たとえそれが暴政だろうと強ければ偉いし、不満があるなら倒せばいい。魔界。魔界。魔族。魔族。

 ここなるは力の世界。力がルールを持つ世界。

 

「──活躍を期待している」

 

 魔王の声は、魔界の全土を湧き上がらせた──。

 

 

 ☆

 

 

「マルクス・オールァ・ウィンダル~~~~マルクス・オールァ・ウィンダル~~~!! マルクス! オールァ! ウィンダル!」

「ぶっ飛ばすぞお前」

「いやだって……マルクス・オールァ・ウィンダル! マ・オ・ウ! マ・オ・ウ!」

「良いんだよ、俺の妻っつか夫っつか、番の姓がオールァだったんだ。丁度良かったんだよ」

「マルクスとウィンダルは?」

「……適当だけど」

「意味あれよそこはよ~~」

 

 まおう。確かに名乗るには向いていない名前だ。つかキャラメイクそんだけやっといてプレイヤーネームまおうってどうなんだよ、ってツッコミはゲーム時代何百回もしてる。

 

「俺もこれからマルクスって呼ぶわ」

「紛らわしいからやめろ。というか普通に魔王呼びでいいだろ」

「まぁ臨機応変に行くよ。それで? 今のにどんな意味がある?」

「切り替え早っ」

 

 切迫した状況には変わりないからな。

 スムーズにいかないと。

 

「今のは魔界全土への指名手配だ。緑髪で、エルフよりも尖った耳の男。そいつをオンリーアライブで俺のトコ連れて来い、っていうな」

「似た奴とかただのエルフだったらどうするんだよ」

「違うのに捕まった奴が悪い。弱かったから捕まったんだ、ソイツは。魔界はそういうとこだよ」

「ひぇ」

 

 冤罪だろうが冤罪かけられた方が悪い……じゃないか。

 冤罪かけられて、逃げたり返り討ちにできなかった方が悪い、と。

 

「多分別人は多く見つかる。加えて、報酬欲しさに奴隷を緑髪で尖り耳に変えて持ってくるやつもいるだろう」

「治安悪いな」

「ソイツがプレイヤーであるかそうでないかくらい見抜けるだろう」

「魔女狩りは起きないってことか」

「ついでに似たような特徴持ってる奴は、犯人が見つかるまで魔王城に入れておくからな。捕まえるわけじゃねえから待遇もそれなりにさせる」

「流石」

 

 それで、だ。

 と。

 

「この択を取った以上、聞き込みは無理だ。ベンカストの足取りは辿れない」

「情報を他人に渡したくないからか」

「そう。だが、同時にベンカストを連れ去っただろうソイツは非常に行動しづらくなる。プレイヤーだから魔族の木っ端は雑魚に思うだろうけど、それでも群がられるのは相当ウザいはずだ。何かやりたいことがあってベンカストを連れ去ったというのなら、ベンカスト自身も暴れられる隙ができるだろう」

「お前ホントにアホなのか頭いいのかわからなくなるよな」

「戦略はな、得意な方なんだ」

 

 成程、これも戦闘の内か。

 

「だから、重要なのはお前だ、ガシラ」

「ん」

「俺が今から持ってくる雨のルクレツィアのイベント装備を全部お前に貸す。その血の杯もな。で、護衛を一人つけるから、お前の思うところを調査して真相をつかみ取れ」

「おいおい俺のウェイト重すぎないか」

「考えたいって言って退いたのはお前だろ」

「そりゃそうだけど……」

「戦闘面は安心しろ。魔王城の現時点でのNo.2を付ける」

「現時点での?」

「もうそろアニータが抜きそうだからな」

「なる」

 

 ……さて、大役だ。

 だがまぁ、いつものことだ。路地裏からぬぅっと出てくるお守りくれる怪しい老人ロールプレイをやってる頻度はそこまで高くないんだよな、俺。

 街にいる枯れ木みたいな怪しい老人ロールプレイやってる頻度の方が多い。

 

「んじゃまずは、オブシディアンドラゴンの巣ってトコから調べるか」

「護衛のやつに負ぶってもらえよ? お前の足で走ったら二週間はかかるからな」

「遠すぎだろ」

「魔界の広さなめんな」

 

 それじゃあ、まぁ。

 反撃開始……になるのかね?

 



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11.ロールプレイ含有率120%

 騒々しくなった魔界を行く。

 様々なジョブを思わせる格好の魔族たちがそこかしこをうろうろしていて物々しいけれど、こんな枯れ木のような老人には目もくれない。あるいは普段であれば弱者が視界に入ってくることに苛立つ魔族もいたのだろうが、今は文字通りそんな場合ではない。

 魔王。魔王だ。魔王から賜る報酬がどれだけのものか、魔界の民はよく知っている。

 浮足立って、上の空で、打って一丸となった魔族に、俺の姿は映らない。

 

 たとえその老人がものっそい高速で移動していても。

 

「……ほほほ、儂もあまり背の高い方ではないが、それよりもはるかに小さな者に背負われるというのは中々……」

「屈辱的?」

「いや? 奇妙ではあるが、興味深い感覚じゃよ」

「そう」

 

 俺を背負って走るのは子供……ではなく、レプラカーンの吟遊騎士。バード系ジョブと剣士派生の騎士ジョブを一定まで進めると出てくる隠しジョブ……ではあるけど、パーティ貢献度の高さからゲーム時代は全くと言っていいほど隠しじゃなかった人気ジョブ。

 歌唱スキルは直接的な効果こそないものの、パーティ全体にバフをかけたりスキルのクールタイムを縮めたり、まぁとにかくパーティゲーに必須な効果を持つものが多い。直接的というのは火力! だとか地形に作用! とかじゃないって話な。

 それを使いながら自身は前衛を張れるんだ。ソロでやるにも良いし、パーティでやるなら後衛枠一個開けた上で似たような効果望めるしでいいとこどり。

 欠点があるとすればやはりあくまで歌唱であって魔法ではないところか。魔法を防ぐ、魔法攻撃をする、ということはできないから、騎士ジョブのスキルをちゃんと上げておかないと使い物にならなくなる。

 

 その点このレプラカーンはしっかりしてるらしい。多分まおうがスキルビルドを監修しているんだろう。

 

「ファザクフルメルミリナ……じゃったかの」

「長いからミリナでいい」

「あいわかった。ミリナ、オブシディアンドラゴンの巣までどれくらいかかるかの?」

「あと二十分くらい」

 

 ファザクフルメルミリナ。

 レプラカーンゆえに身長は俺の膝までくらいしかない。ハーフリングよりもさらに小さい種族だ。性別はなし。魔族だからな、性別が明確な種ばっかりじゃない。あ、性別無しといってもまおうの番じゃないぞ。それは別にいる。

 で、コイツが俺につけられた護衛だった。

 プレイヤーではないにせよ、まおうがNo.2と胸を張って言うくらいだ。それはもう強いのだろう。多分。まだ実力を見ていないし、見せられたところで俺の動体視力で見えるかどうかわからんから正直アンノウンなんだけど、そこはまおうを信頼している。

 

 さて、運ばれている間にやることは一つ。 

 雨のルクレツィアイベントの交換装備。その検分だ。

 

 といっても"雨のロングソード"とか"雨のショートダガー"とか、名前に"雨の"がついただけの武器ばかりで、そこまで特異なものは見当たらない。性能も……まぁ高いっちゃ高いけど、最高等級かと問われたら微妙。

 ルクリーシャが使っていた剣と同じ規格のものも、特に変わらない武器で。

 ここに真相とかないんじゃないかなぁ、とか思っていた時だった。

 

「……誰かに尾行されている」

「ほ?」

「数は三十と二。三十は雑魚。二は……二人合わせて、僕と同格」

「儂を守りながら戦っての勝率はどれくらいのものかの」

「絶対はない。ただ、魔王様からの命令。この身に代えても守る」

「それは困る。儂が走ったらオブシディアンドラゴンの巣まで二週間かかるそうじゃからの」

 

 尾行ねぇ。

 考えられるケースはいくつかある。たとえば、俺を緑髪の男だと勘違いした……緑髪の男が変装していて、それを護衛に運んでもらっている、みたいな。

 ただそういう短絡的な考えは弱者の持つものだ。二人合わせてでも魔王城No.2と同格足り得る奴らがそんな阿呆であって……ほしくないだけだなぁ。魔族だからなぁ。あるかもしれない。ないとは言い切れん。

 

 が、そもそもの追ってきている人数がおかしい。 

 三十人と二人。二人をリーダー格と考えて、雑兵三十人。一個小隊はあるってことだ。

 組織立ちすぎだろ、そりゃ。

 

「お主、スキルはどれほど使えるかの」

「走行系に割いているのを除けば、一通りの騎士スキルと歌唱スキルを並列で扱える。二個まで」

「優秀じゃの。なら、『追い風』を使うがよい」

「あれは重量が関係する。あなたを背負っている状態だと、あまり意味がない」

「知っとる知っとる。良いから、儂が合図したらやるんじゃ」

「……承知」

 

 尾行してきてる奴らとマトモにやりあうつもりなんてない。話し合いは100%無駄で、必ず戦闘になる。怪我をするのも時間を食われるのもよろしくない。なら逃げるのが一番。

 

能力付与(スキルエンチャント):Enc(ID:HolyKnight_WindResist---).Ob(ID:Leprechaun_Fazachuhulmealmhylina#1).Op(State(Temporary(4m)))」

「!?」

「今じゃ」

「なに、を……これは、ぐ」

「『追い風』を使え、ミリナ」

「──『追い風』のバラッド」

 

 瞬間、強い強い風が吹く。

 俺はといえば、左手の小指に着けていた指輪をこっそりと付け替えて。

 

 途端。

 

「な……こんな暴風が起こるはずが」

「これこれ、ふんじばるでないわ。大人しく飛ばされい」

「うっ……」

 

 飛ぶ。飛ばされる。

 風耐性がゼロどころかマイナスになったミリナは、追い風程度の風にさえも耐えられない。体重が軽くなったとかかかる重力が減ったとかじゃなく、風に対する耐性が無くなっている──という、物理法則とかエネルギー保存則とかガン無視の結果は、やはりゲームシステムが生きている証。

 ちなみに俺の風耐性もマイナスになっている。インベントリにね、永遠エンチャントは一杯入れてあるんだ。各種耐性がプラスになる奴とマイナスになるやつどっちも。

 

 耐性の増減はダメージの増減と比例しない、って知っててよかったよ。

 

「……何をした」

「ほ?」

「僕は自分のスキル領域を把握している。そこに異質な……あり得ない何かが植え付けられた。魔王様の友人とだけ聞いていたが、貴様何者だ」

 

 おお、敵意。

 まおうを害する可能性があるなら今ここで切り捨てる、くらいの勢いを感じる。

 

「儂もまおうと同じ、ということじゃよ。ほほ、戦いはできんがの」

「……千年前の英雄か」

「ほほほっ、はて、さて」

 

 空を行く。空を飛ぶ。

 その先に見えた。進行方向の先に聳え立つ──巨大な黒き山。

 

 ううん。

 やっぱり違うな。

 

「時にミリナ、お主は何歳じゃ?」

「……今年で七十」

「主が生まれたときから、あの山は"ああ"かの?」

「ああ、とは?」

「あの高さか、と聞いておる」

「高さ? 山の高さはそう簡単には変わらない。……人間界では違うのか?」

「いんや」

 

 低い。

 ゲーム時代、オブシディアンドラゴンの住まう山というのは魔界で一番高い山だった。天を衝くほどの山。登るに苦労し、襲い来る魔物に苦労し、落石トラップや足場の崩れるトラップに苦労し……と、まずオブシディアンドラゴンに辿り着くまでが大変な山。

 でも、あれは違う。

 確かに色は同じだけど、明らかに低い。そんなのまおうだって知ってるはずなんだが。

 

 何かがあってぽっきり折れた? いやんなワケ。

 それとも場所が違う? 流石に魔界の全域マップなんか持ってないからなぁ、記憶違いはありそうだけど。

 

 あるいは……見えなくなっている、とか。

 

「……最悪は」

 

 可能性は、常に。

 

 

 ☆

 

 

 オブシディアンドラゴンの巣とされている黒曜山に辿り着いた。

 やっぱり麓から見ても低い。ありえないほど低い。

 

「登る?」

「ああ、頂上まで頼むわい」

「承知」

「それと、これを適当な指に嵌めるとよいぞ」

「……エンチャントアクセサリか」

「ほほ、よくわかったの」

 

 いつも通り『気配消し(サイレンス)+++』なんかが複数ついている指輪。

 登りながら魔物に襲われるのだっるいからな。

 

 指輪をはめたミリナ。

 そして俺を背負い直して──山肌を駆けのぼり始める。

 おお、垂直垂直。

 

「『追い風』のバラッド。わかってると思うけど、変に暴れないで。落としたら拾いに行くの面倒」

「ほほほ……落とさないようにしてほしいのぅ」

「だったら変な動きしないこと」

 

 真下から吹き上がるそよ風によって、俺とミリナの体は上へ上へと押し上げられる。ただし、俺の風耐性はマイナス一個、ミリナは三個なので、やっぱりミリナは俺の体を支える必要がある。今度は落ちないように、だ。

 周囲の魔物、ハーピィだとかグリフォンだとかが蔓延るそこを爆速で駆け登っていくレプラカーン。『気配消し』は痕跡を消せるわけではないので、彼らの目には突如山肌に砂煙の縦筋が入っていっているように見えるのだろうか。

 

「っ、右方、防御して!」

「儂にそんなスキルあると思うかの?」

「少しくらいは英雄なんじゃないの!?」

 

 お、素が出たな。

 フフーフ、俺が戦えると思ったら大間違いだぞ。確かに戦闘ジョブのスキルだってエンチャントできるけど、そういうのって大体STR依存かDEF依存なんだよ。

 俺のステータスその辺絶望的だからな。無理無理。

 

「使えないっ……!」

「ほ、主は儂の護衛じゃろう、ミリナ。護衛が主を使うのか?」

「なんで魔王様はこんな弱い奴と友人なんかやって、──まずい、避けられない!」

 

 何が来るのか教えてくれたらいくらかやりようもあったんだけどな。

 右を見たってなーんにもない。まぁハーピィとかはいるけど、ただそれだけの赤い空だった。

 

 そこへ、文字通り瞬く間にして巨大な熊が現れる。

 右の惨爪を振り下ろしながら。

 

「なんかないのか、英雄!」

「なんかなかったらこんなのんびりしとらんよ。能力付与(スキルエンチャント):Enc(ID:Archmage_Levitation+++).Ob(ID:WallBear).Op(State(Permanent))」

 

 ふわり。

 現れたウォールベアが浮遊感を得る。振り下ろした爪も俺たちに掠ることなく、その身が丸ごと空へ空へと飛んでいく。

 ……ま、こういう攻撃方法はある。超至近距離じゃないと使えないんであんまし使わないけど、やり方は探せばいくらでもあるのさ。

 

「ちなみに今のとさっきの風耐性のエンチャントで魔力すっからかんじゃ。次は自分で気を付けい、護衛」

「……助かった、とは言っておく」

「ほほ、素直じゃな」

 

 なお、全面的に助けられまくっているのは俺の方であることを忘れてはいけない。

 今のは「何を偉そうに」と返してもいい場面である。

 

 登る──。

 

 

 

 そして、ついた。

 頂上に。

 

「ミリナ、主は警戒を頼む。何が現れてもおかしくはないゆえな」

「承知」

 

 一見して何もない。ゲーム時代には無かった広場があるばかりだ。

 オブシディアンドラゴンことウィルは人間界で休んでいるからいなくて当然だし、余所者の気配にか他の魔物も寄ってこない。フィルギャも来ない。結膜が黒いかどうか確認したかったんだけどな。

 

魔法検知(サーチマジック)能力検知(サーチスキル)に引っかかるもの無し……うーむ、儂の予想ではこのあたりから上までが全部魔法で隠されていて、中心部にワープポイントがあってそれで隠された領域にいける、とかだったんじゃがのぅ」

 

 はずれか……?

 雨のルクレツィアイベント装備もはずれ、オブシディアンドラゴンの棲み処もはずれ……なんてことあるかな。いやありはするだろうけど、探し切れていない感がすごい。

 本来の黒曜山であれば、ここは中腹も良いところだ。本当はもっと高い。

 が、試しに『浮遊』を付与した石ころを浮かべてみたところ、石ころはそのままふわふわーっと空へ空へ浮き上がっていってしまった。

 隠蔽スキルは見た目を隠蔽するだけで、無いものとすることはできない。

 本当にこの山がぽっきり折れてしまった、とかでない限り、こうはならない。

 

 ……ワンチャン、あるか?

 流石に試したことはないけど……。

 

「ミリナ」

「何?」

「儂は今から──この山を直す」

「?」

「成功した場合、おそらく大変なことになる。──儂、多分逃げられんから、連れ出してくれ」

「……よくわからないけれど、承知した」

「ほほ、ありがたいの」

 

 魔力増強系のアクセサリをインベントリから引っ張り出して、十分量のそれを溜めていく。 

 エンチャント自体は他のエンチャントと何ら変わらない。だからそんなに魔力は使わないはず……だけど、何事も初めての場合は二倍くらいの保険が欲しい。

 

 広場。

 その中央で、地面に手を当てる。

 

能力付与(スキルエンチャント):Enc(ID:CraftSmith_CompleteRepairs).Ob(ID:ObsidianMountain).Op(Actve(Coercion))」

 

 ズン、と地が揺れた。山が揺れた。

 鳴動は──おそらく成功の証。

 

「な……何が、これは」

「ほほほ、では頼むぞミリナ、儂を連れて行っておくれ」

 

 岩が立ち昇る。大小様々、落ちていたものが持ち上がる。浮かんでいたものが降りてくる。

 パズルのように美しく重なっていく山肌は、一瞬の内に俺の周囲を覆いつくしていく。

 

「──手を伸ばせ!」

「伸ばしたところでお主の手は短かろうて」

「冗談言ってる暇あったらこっちまで走ってこい!」

 

 積み上がっていく。山が、山肌が、内部が。

 黒き山。これほど低くはない、これほど壊れてなどいない──魔界最高峰に相応しき頂よ。

 

「無理じゃな」

「はぁ!?」

「ほほほっ、──どうやら、敵の罠だったらしいのぅ。足が張り付いて動かんわい。ホホホホ」

 

 しかし、なんだ。

 最初は無口っこなのかな、と。表情動かない系かなーとか思ってたら、コレだ。

 随分と感情豊かじゃないか。あるいはアレか? まおうの前でだけ素を見せるタイプか?

 

「こりゃあ助からん。ほほほ、ミリナ、上を見上げい。──落ちてくるぞ、本来の黒曜山の、その頂上が」

 

 赤い月をバックに尖塔が映える。

 落ちる。落ちる。落ちてくる。

 

 壊されていた黒曜山が、修復されていく。

 

「く──何か、自分の身を固めるスキルを使え! 僕は魔王様を呼んでくる! 魔王様なら黒曜山でも吹き飛ばせるはずだ!」

「そんなスキル持ってたら戦闘に参加しとるわい」

 

 真っ暗だ。 

 月光をも遮る黒は、今、ここに。

 

 落ちた。

 

 

 

 

 

「ということにしておいた方が良いと思ってのぅ」

「……っ」

「おっと、声を出すでない。儂には『無音』がついておるが、お主にはついておらん」

 

 いやぁ全く驚いた驚いた。

 穴を突かれた、というべきなんだろう。魔法検知(サーチマジック)に引っかかるのは、あくまでゲーム時代にあった魔法だけ。現代に編まれた魔法は引っかからない。

 "敵の足と地面を接着する魔法"なんてものは無かったから、サーチマジックは反応してくれなかったようだ。これは本格的に魔法の勉強なりなんなりするべきかね。

 

 まぁ魔法無効で殺せるんだけどさ。

 

 ただ、魔法無効はほとんど使わないから持ち合わせが二個しかなかった。あと一個は慎重に使わなければ。物理無効は死ぬほど持ってるんだけど、魔法無効なんかめったに使わないからね。これから暇な日は魔法無効も作るようにしよう。

 

「ほ? お前、なんで。そういう顔をしておるの」

「……!」

「まぁそう難しいことではないわい。死霊系の魔物はその半数以上が『透過』というパッシブスキルを持っておってな。そういうことじゃ。ほほほ、どういうことだよ! と言いたげな顔じゃが、これ以上は企業秘密。そして、あんまり暴れるでない。そろそろ来る頃じゃ」

 

 ちなみに『透過』はそんな便利なスキルじゃない。

 魔法は避けられないし、剣とか、あるいは筋肉、血液でもなんでも、とにかくそこに魔力が含まれていたら普通に攻撃を受ける。今回は黒曜山の魔力を使って『全修理』を発動したからな、すっからかんで通り抜けやすかったってだけだ。

 本来の自然の山々は魔力が豊潤なのでこの手段は使えない。

 

 懐から木片を一つ取り出して、ミリナに持たせる。『無音』のタリスマンだ。

 先ほど渡した『気配消し』や『迷彩』なんかのスキルが付与された指輪と合わせて、簡単隠蔽セットとなる。

 

 ──お、来た。

 

 

「……素晴らしい。素晴らしいな、やはり。流石だ現存する最古にして最高の能力付与術師(スキルエンチャンター)!」

 

 俺たちのすぐ隣。そこに浮いている。『浮遊』か?

 こちらは見えていないのだろう、あらぬ方向を向いて大きく手を広げ、朗々と声を上げる。

 

「ああ、これは、オレとしたことが。名乗るのを忘れていた。ハハハ──生きているのだろう、能力付与術師(スキルエンチャンター)。君があの程度で死ぬはずがない。そう、だからそれに敬意を表して名乗ろう」

 

 緑の髪。鋭く尖った長耳。

 フードのせいで顔はよく見えないが、口の端からピアスのようなものが垂れ下がっているのは見えた。

 

「オレの名はラクサス。アブラクサスだ──以後お見知りおきを、最高の付与術師(エンチャンター)

 

 周囲にベンカストはいない。

 コイツのアジトにいる、とかか? ち、連れまわしていてくれたら奪えたものを。

 けど、直近での命の危険はないとみることもできるか。

 

「攻撃を行うつもりはない。此度の事件はすべてオレの不始末を原因としている。ゆえ、それの後片付けをしてくれているお前たちに敵意はない。それをわかってほしい」

「ならばベンカストを返してほしいものじゃのぅ」

「──なんと、そんなにも近くにいたのか」

 

 ミリナを下がらせて、『無音』だけを外して言葉を発する。

 ラクサス。そんな名前のプレイヤーは知らない。少なくとも俺のフレンドにはいない。

 デスゲームの時、すべてのプレイヤーとフレンドになったから、あの時いたプレイヤーじゃないことは確実だ。

 

 けれど──。

 

「再度言おう、敵意はない。だから姿を見せてはくれないか。お前の姿を目に焼き付けたいのだ」

 

 隠蔽スキルのついたアクセサリをインベントリにしまう。

 途端見えるようになる俺の姿。

 

「ほう……それがお前の姿か、能力付与術師(スキルエンチャンター)

「儂はセギという。ラクサスと言ったか──お主、英雄ではないのかの?」

「英雄? プレイヤーのことか?」

 

 あぁおぉん?

 やっぱりコイツプレイヤー……なのか?

 

「そう呼ばれておる時代もあったのぅ」

「その問いについては……そうであり、そうではないと答えよう」

 

 じゃあGMか。

 と問おうとして、気づく。

 

 さっきの調査時点から付けっ放しにしていた『魔法検知(サーチマジック)』と『能力検知(サーチスキル)』が反応していない。

 こんなに近くにいるのに、だ。

 

 けれど事実ラクサスは浮いていて。

 

「主、ジョブは?」

「ジョブ?」

「お主だけが儂のジョブを知っている、というのは公平性に欠けるじゃろ? お主のジョブを知るくらいの温情はくれんかの」

「そんなものは無い。先ほども言ったように俺はプレイヤーでありプレイヤーではない。オレの使う御業はすべて魔神の力によるものだ」

「ほう、魔神」

「知っているか。流石だ能力付与術師(スキルエンチャンター)

 

 ……今。

 ミリナが周囲を駆け回ってベンカストを探している。

 その時間稼ぎの雑談も兼ねているわけだけど……なーんかこいつ、プレイヤーでも、GMでもなさそうなんだよな。

 

「そういう風に言うということは、お主のやり残しではないのか? 血のルクレツィアとヴォルケインについては」

「誰だそれは。ああいやヴォルケインはわかるが」

「……魔神には、会うことができるのかの?」

「こちらからは無理だ。オレの行いに対し、時折言葉をくれることはあるが」

 

 いや。

 何だコイツ。

 結構ペラッペラと……色々喋ってくれるな。

 

「先も言ったが、ベンカストについてはどうじゃ? お主が攫ったのではないのか?」

「オレであり、オレではないというか」

「はっきりせんな。別に責めたりせんからきっちり言ったらどうじゃ」

「む……」

 

 尊大な態度は……コイツもしかしてロールプレイか?

 本性はあんまり気の強くない奴って感じがする。

 

「……だ」

「聞こえんわい」

「だから、テイムモンスターだ! ……あいつら勝手に人攫いとか襲撃とか……とにかく、オレの意思じゃない! が、オレのせいではある!」

「別に主の罪を問う気はないわい。どこにいて、どのような状態にあるかだけ言うんじゃ」

「……知らない」

「ほ?」

「だから、知らないんだ……のだよ! お前は知らないだろうが、テイムモンスターというのは近くにいないと呼び出し解除も命令実行もできないのだ! だから奴がどこで何をしているかは知らん! ただ……誰かをさらったことだけは知っている」

 

 さて。

 どうするかな、コイツ。

 プレイヤーでありプレイヤーではない。うーん、プレイヤーじゃない、ってはっきり言ってくれたらよかったんだけど。

 そうすれば容赦しないで済むのに。

 

「ペットの不始末は飼い主がつけるものじゃぞ」

「……わかっている」

「それで、血のルクレツィアとヴォルケインの件を知らぬのなら、儂らが後片付けをしている、というのはどういう意味じゃ?」

「だから、この山だ。オブシディアンドラゴンをテイムする際、思ったより抵抗が激しくてついつい最上級魔法を使って……ぶっ壊してしまった山を、戻してくれただろう」

 

 魔法使いは確定。

 ただし魔法検知に引っかからない、か。厄介だな。

 そんでその最上級魔法とやらは黒曜山を吹き飛ばせるほどの威力がある、と。

 

「他にも……人間界に連れて行ったら突然制御できなくなったオブシディアンドラゴンを倒してくれたのは、お前だろう。遠くから見てたけど……見てたが、あれらプレイヤーに適切なエンチャントのついた装備を与えたことはわかっている」

「まぁ、そうじゃの」

「はは、やっぱりな! ……あれだけ苦労して手に入れたオブシディアンドラゴンを失ったのはちょっと勿体なかったが、お前の存在を認知できたのが何よりの報酬だ」

 

 うーむ。

 俺には拘束系のスキルがない。無いというか、作ればあるんだけど、そういうの大体INT依存だからすぐに破られてしまう。

 睡眠もレジストされたら終わりだし、状態異常系の耐性取ってない魔法使いなんてそうそういないので無し。それが敵対行動ととられてお陀仏、もありうるしな。

 この場で最も適切な対処法は。

 

「そうか、そうか。わかった。──とりあえず、一緒に行動せんか?」

「は? ……あ、じゃなくて、ほう?」

「儂はベンカストを見つけ、取り戻したい。お主はテイムモンスターの制御を取り戻したい。利害の一致という奴じゃ」

「……ふむ」

 

 逃がさず監視し、ベンカストも見つける。

 これをやるには、これが一番だろう。ベンカスト見つけた後に適当にパチこいて魔族連中に見つかれば、あるいはまおうのトコにまで声が行って増援、とかいけるかもしれないし。

 ルクリーシャ嬢は……まぁ家から出てこないなら後回し。ヴォルケインも炎魔窟から出てこないと見て。

 

「──いいだろう! 最高の能力付与術師(スキルエンチャンター)と共に行くことは、オレのためにもなる。オレとお前たちは決して味方とは言えないかもしれないが、ここに一時の休戦協定を結ぼうではないか!」

「ほほ、ありがたいの。あ、それじゃあ儂、連れに一言書置きを残しておいていいかの?」

「む、そうだな。報連相は大事だ」

 

 やっぱコイツプレイヤーだよな?

 



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12.ロールプレイ含有率120%

話の進みが遅い!


 拝啓 マルクス・オールァ・ウィンダル殿へ。

 真犯人っぽい奴を見つけたので内情探るついでに同行してみることにしたのぢゃ。

 その過程でファザクフルメルミリナを置いていってしまう結果になったのは申し訳ない。もし落ち込んでいたら、ミリナに責任はないと伝えてやってくれ。

 

 P.S. 黒曜山について、少しばかりの不思議があった。儂の記憶が正しいのなら、黒曜山は千年前天を衝くほどの高さだったはず。しかしミリナ曰く七十年前にはもう半分ほどの高さになっていたという。また、真犯人っぽい奴の証言ではオブシディアンドラゴンをテイムした際に壊してしまったとかなんとか。時系列の齟齬が妙に大きい。

 何か知ってたらメール返してちょ。

敬具 

 

 

 ☆

 

 

 テイムモンスターを捜すといっても、一概にどうしたらいいか、と問われると難しい。

 ゲーム時代のスキルにもそういう広域捜索、みたいなスキルはない。まぁミニマップがそうであるといえばそうではあるけれど。

 冒険者系ジョブのスキルは一度見つけたものを追い続けるスキル、あるいは隠されたものに近づいた時それを見つけることのできるスキルに偏っているため、どこにあるかもしらないものを見つける、なんて所業はできない。

 

 ので、地道に探すしかない。

 

「のぅラクサス。主が手を付けたテイムモンスターはどれほどいるんじゃ?」

「む。確かにそれを言わなきゃ……言わなければ見つけようもないか。そうだな、まずゴブリン軍団だ。三十そこらのゴブリン軍団をまとめてテイムしている。……最初の方は言うことを聞いていたんだが、ある村について……なんだ、女性を見た瞬間に暴走を始めてしまってな」

「助けたんじゃろうな? 流石に」

「いや、女性が『浮遊』のスキル持ちだったらしくてな、そのまま逃げたよ。……ゴブリン軍団を引き連れて」

「追いかけなかったのか」

「自慢じゃないが、オレはそんなに素早く移動できないのだ」

 

 となると、あくまでコイツが使っているのは『浮遊』、あるいはそれに類する何か。サーチスキルが反応しないから何とも言えないけど、とにかく『飛行』みたいな推進力のあるものではないのだろう。浮遊して、身体を傾けることで移動するタイプのもの。

 ただ素早く動けないからと言って逃げやすいかって言ったらそうでもない。多分広域魔法使えるだろうし、まおうみたいに雷撃による狙撃も可能であるかもしれない。

 

 ……ミリナといる時に追ってきたのソレか?

 なら、結構近くにいるかもしれんな。なんで追ってきたのかは知らんが。

 

「他は?」

「マーメイドとセイレーンだ。こっちは一匹ずつ。何ができるかは知らんが、いたから捕まえてみた。海上にいる時は良かったんだが陸地へは行けないという話でいったん待機させてた……んだが、帰ってきてみたらいなくなってた」

「まぁそ奴らはいいじゃろ。どうせ陸地には上がって来れん。次」

「そ、そうか。次は、オブシディアンドラゴンだ……が」

「それはもう倒したのぅ。次」

「ちょ、ちょっと待て能力付与術師(スキルエンチャンター)! そう矢継ぎ早に言われても困る!」

「何が困るんじゃ。今もお主の知らんところでお主のテイムモンスターが被害をまき散らしておるんじゃぞ。というかベンカストを攫ったテイムモンスターだけでいいから早く言えい」

 

 魔物をテイムするには、対象モンスターを限界まで弱らせて『使役契約』という汎用スキルを成功させる必要がある。ホ〇ケモン形式だな。当然だけど俺は積んでいない。

 そしてたとえ積んでいたとしても、現実となった今において魔物をテイムしたいとは思えない。

 ゲーム時代なら何も考えずにガリゴリ痛めつけて毒とか罠とか使ってテイミングしてたんだけど、今となればその使役した魔物がその時の記憶を引き継ぐってわかってるから絶対にできない。「主人を襲ってはいけない」というような命令もない──ゲーム時代は襲ってこないのがデフォルトだった──ので、多分フツーに寝首を掻かれて終わりだと思う。

 だから現代にはテイマーってほぼいないんだよな。たまーに幼少期から一緒に育ってきたから、っていう理由のテイマーはいるけど。

 

 だから多分コイツのテイムモンスターは全員コイツに敵意を抱いている。

 隙あらば逃げ出してやろうとしてるだろうし、あるいは一矢報いようとしているかもしれない。

 

 ……のはずなんだけど、ウィルは知己であるはずのユティを襲ったんだよな。

 そう、そこが少しおかしい。

 ラクサス曰くオブシディアンドラゴンは人間界に来た時点で制御を離れたと言っていた。その後なんだ、ウィルがユティたちを襲ったのは。そしてプレイヤーたちと戦ったのは。

 逃げることが「一矢報いる」行為だったとして、だったらすぐに魔界に帰るなりするだろう。わざわざ知己たる少女を襲うわけがない。

 あと制御を離れるのもちょっとよくわからない。「主人を襲ってはならない」という命令文がないのはそうだけど、「そこで待機しろ」とか「攻撃しろ」「防御しろ」みたいな命令は普通に出せる。ラクサスがゆっくりしか移動できないことを見越して高速で離脱したのか? それにしたって限りがあると思うんだが。

 

「ベンカストというのが誰かはわからないが、人を攫ったのはホロウナイトだろう。奴は肉体に酷く固執していたからな」

「そういえば、人を攫ったのはわかる、と言っていたな。何故じゃ?」

「オレのところから姿を消したのち、ホロウナイトだけが戻ってきたん……のだ。満足気な雰囲気と共にな。そしてまたどっかへ行った」

「お主、テイムモンスターを制御する気あるのかの?」

「し、仕方がないだろう! ようやく戻ってきたのだと期待したら、オレの前でふんすと胸を張って、そのまま手を大きく振りながらどこぞへ駆けていく、なんて……モンスターがそんなことをするなんて思うか!?」

 

 まぁ魔物魔物って言っても知性ある奴はかなりヒトっぽいのいるからなぁ。知性がしっかりあるから、って理由で魔物から魔族になったのとかも多いみたいだし。それこそフィルギャとかな。

 ぶっちゃけマーメイドとセイレーンもそうなんじゃないかと思ってる。

 

 しかし、ホロウナイトか。

 ベンカストが……ホロウナイトに? いやいや、死霊系がどうやってアークビショップに勝つんだよ。数で攻めたとかでない限り負けないだろ。数で攻めても負けるかどうか。

 あるいは自分からついて行った? 何かの目的のために……テイムモンスターだと見抜いて、オブシディアンドラゴンの件との関連性を見出してついていくことにした、とか。

 でもそれならメール出すなりしろよ。

 いやそうだよ。書置き以前にメール出せるだろ。出せないってことは……意識がない?

 

「それで、どうする能力付与術師(スキルエンチャンター)。胸を張っていうが、オレは一切の心当たりがないぞ」

「……テイムモンスターを見つけたとして、お主再度制御できるのか?」

「できる。……と言えればよかったんだがな。まだ試していないのでわからん。まぁできなかったら殺せばいいだろう」

「もし……たとえばゴブリン軍団たちが人間や魔族を攫っていて、それを人質にしてきたら。お主、どうする?」

「広域殲滅魔法だ。その後人質だけ蘇生させる」

「ふむ」

 

 まぁ、妥当。

 蘇生は何もエルダーリッチだけの特権じゃないからな。アークビショップやアークメイジにも蘇生スキルがある。エルダーリッチの奴ほど強力じゃないが。

 そして殺したまんまにしないあたり、ある程度の良識はある……のか? よくわからんな。俺もNPCの子孫に対しては良識無い方だし。

 

「よかろう。ならばまずはゴブリン軍団じゃ。少しばかり心当たりがあるでな」

「ほう! 流石だ能力付与術師(スキルエンチャンター)

 

 心当たりなんて無いが、まぁ俺達を追ってきたのがゴブリン軍団なら街の方向に向かえば鉢合わせるだろう。

 本当はホロウナイトの方を追いたいが……どこにいるかも全くわからないなら、まずは協力する素振りを見せておいた方が良いはず。

 あるいはテイムモンスター達で集まって徒党組んでたりしたら楽でいいんだけどな。

 

 人生そう上手くはいかないだろう。

 

 

 

「上手くいかな過ぎじゃ!」

「ふむ、効きはしないが……ウザったるいな」

 

 無数の風切り音。降り注ぐ槍や石。

 中には魔法やらスキルやらも混ざっていて、ひじょーに殺意が高い。生け捕りオンリーって聞いてなかったのか此奴らは。

 隣にラクサスがいなかったら今頃死んでたぞオイ。

 

 ゴブリン軍団探しに街に近づきすぎたのが悪かった。ふよふよ浮いてる俺達を見た誰かが「あ! 緑髪の男!」と言ったが最後、飛んでくる魔法とスキルと武器武器武器。ラクサスお前、フード被ってるくせに髪長くて髪色わかっちゃうとか本末転倒だろ!

 

「しかし……お主、詠唱無しに魔法を使う、というのは本当だったんじゃな」

「む、何か噂になっていたか?」

「少しばかり、の」

「ハハハ、オレも有名になったものだ。それで、詠唱だったか。まぁ、昔は必要だったらしいがな、今のオレには必要ない」

 

 物理系の防御球、魔法系の防御球。それらを並列で起動しつつ、浮遊も維持。会話できる余裕もあるし、時折軽く反撃もしている。

 こりゃ……言動とは裏腹に、フツーにヤバいな。俺のメインジョブでも倒せる気がしない。戦士系ジョブもキツいだろう。

 

「これではゴブリン軍団探しどころではないな。少し黙らせるか」

「殺す気か?」

能力付与術師(スキルエンチャンター)……オレを何だと思っている。いや確かにオレはお前たちの味方ではないが、別に大量殺戮を望む者、とかではないぞ? オブシディアンドラゴンの件は本当にすまなかったと思っているんだ。アレがもしあのままだったら、どのような被害になっていたことか」

「ではどうする。黙らせるとは」

「まぁ見ているがいい」

 

 ここへ来て初めてラクサスが「動作」をする。

 今までのノーモーションのものとは違う。何が違うか。

 

 ゆったりと前に差し出した手を天へ向け──そこに、紫色をしたプラズマボールみたいなものが出現する。……まさかと思うけどプラズマじゃないよな? んなもん投げ込んだら普通に殺すぞ威力的に。

 

「止まれ」

 

 放られる。

 放物線を描いて紫ボールは魔族たちの中心あたりに着弾し──瞬間、一瞬にして"青"が伝搬する。立ち昇るは赤い光。

 起こされた結果は、停止。

 

「……これは」

「時を止めた。ああ、安心しろ。オレ達がいなくなれば解除される。殺したわけではないし、傷つけることもない。たとえこの場をモンスターが襲ったとしても時の止まった奴らに傷をつけることはできない。無論、解除した瞬間に、とかは知らんが。ハハハ、そればかりは運が悪かったと諦めてもらおう。オレ達を攻撃した罰だ」

 

 時を止めた、だと。

 それは。

 それは……プレイヤーがやっていいことじゃないぞ。

 超高位の魔物が使ってくるスキルにそういうものはある。あるけど、こんな広範囲じゃないし、そんな効果時間も長くない。

 スキルは基本理不尽だ。原理とか関係なくそういうものとして作用する。だからこその時間停止だ。

 けど、それを魔法で?

 

 ヤバいなんてもんじゃない。

 危険すぎる。

 

「この辺りにはいないようだな。どうする、能力付与術師(スキルエンチャンター)

「……」

能力付与術師(スキルエンチャンター)?」

「ほ……ほほ。ああ、いや。というかそろそろ名前で呼んでくれんかの。あまりジョブ名で呼ばれることがないんじゃ」

「む、そうか。では……セギ。これからどうする?」

「うむ。ちなみに問うが、この時止めどれほど保つ?」

「さっき言ったとおりだ。オレ達がいなくなるまで、だ」

 

 なんだその曖昧な効果時間。

 もしかして範囲なのか?

 

「ここから黒曜山へ向かう直線上で、儂らはゴブリン軍団に一度襲われている。じゃから、もう一度、今度は低空を進んでいけば足跡が見つかるはずじゃ」

「なるほど。そこから探し直すんだな」

「完璧な足跡が見つかりさえすれば後はこっちのものじゃよ。追跡者(チェイサー)のスキルがあるでの」

「ほう! ハハハ、流石だ能力付与術師(スキルエンチャンター)。いや、オレも魔神の御業によって素晴らしい力を揮えている自覚はあるがな、正直お前が羨ましいよ、オレは。それは……もう失われた技術だから」

 

 羨ましがられましても。

 別に今でもなれるぞ能力付与術師(スキルエンチャンター)。膨大な能力付与(スキルエンチャント)練度が必要だけど。まず付与術師(エンチャンター)になって、そっから一生エンチャントエンチャントエンチャントエンチャントだ。木片とかだけじゃダメだぞ。難しい素材に挑戦したり、スキルクエストっていうNPCから受注するんじゃなくて自然と出てくるクエストをこなして行ったりして、最終ジョブまで行ったらなれる。

 今の時代それが面倒くさすぎてやる奴がいないだけだ。

 

「では行くぞ。低空だな」

「ほほほ、見落とさぬようにな」

 

 ……追加情報のメールは出しておくか。

 

 

 

「──見つけた!」

「ああ間違いない、ゴブリン軍団じゃの。なんかオーガと……うげ、アルゴスもおるんか」

「アルゴス?」

「知らんのか?」

「いや、知ってはいるが、そこまで嫌がるほどの敵か?」

「……儂はお主と違って状態異常耐性が低いんじゃよ。麻痺石化毒火傷呪毒その他諸々、状態異常を使いまくる奴は嫌いなんじゃ」

「状態異常? アルゴスが?」

「主、名前だけは知っとるものの戦ったことのないクチじゃな?」

「いやあるが……そんなの使ってこないと思ったんだけどな……」

 

 また、ノーモーションだ。

 さっきからキョロキョロしてて、人質とか攫った何かがいないかとか確認してたっぽいんだけど、それがいないとわかった瞬間、頭上に幾本もの氷柱を生成した。

 氷柱。鋭利なそれらは次第に高速で回転を始め。

 

「おい、テイム制御を試すんじゃ、」

「思い直したのだがな、特にゴブリン軍団など要らないし、こいつらは制御下においても女性を見て暴走を始めた。制御し直しても意味がない。なら殺した方が良い」

「……まぁ止めんが」

 

 別に、ゴブリンがいくらいなくなったって困らんし。

 アルゴスとかダルいのがいるのを考えたら、遠方から殲滅したほうが早いのもわかる。

 

「行け」

 

 短い言葉と共に氷柱が放たれる。

 無数の槍。氷の槍。

 回転しているそれは威力を増して、凄まじい殺傷能力を以てゴブリン軍団に突き刺さる。

 

 悲鳴と怒号。

 

「ち、生き残ったか。面倒な」

「よく見えるもんじゃのー」

「いやミニマ……周囲の生命反応を感知する術がオレにはあるんだ」

 

 またミニマップか。

 取っとけばよかったなぁぁ!

 

「面倒だな。スキル……じゃない、セギ。あの辺にクレーターを作るのは悪いことか?」

「魔界の法律は儂も知らんのじゃよな」

「そうか。──まぁ悪かったら後で謝ろう」

 

 ラクサスが人差し指をピンと伸ばす。

 そこは空。そこは宙。

 魔界の赤く暗い空。二つの月のその中心に──ポツりと光が生まれる。

 

 あれは。

 

「安心しろ、最小威力だ──十分だろう?」

 

 降ってくる。

 否、堕ちてくる。光。光だ。

 自ら輝きを放つ、光の球。

 

「エナトス・イリオス」

 

 着弾した瞬間は見えなかった。

 直視ができなかった。眩しすぎて、思わず目を瞑ってしまうほどの光。けれどそれは確実にゴブリン軍団の中心に落ちた。

 

 だから。

 

「……消え、た」

「エナトス・イリオス。()()()最上級魔法だが、オレ程ともなるとこうやって威力の調節もできる。奴らは完全消滅した。アルゴス……が状態異常を使ってくるかはともかく、こうしてしまえば関係あるまい」

「光属性……じゃと?」

「む? あ、いや、違う。火属性! 火属性だ!」

 

 無い。

 ゲーム時代にもデスゲーム時代にも、そして現代にも。

 属性は地水火風の四つだけだ。氷は水属性、雷は風属性。まおうがやっているのはそれらを工夫してどうこうしているに過ぎない。

 そして、この焦り様。

 

 コイツ、プレイヤーであってプレイヤーじゃない、とか言ってたけど。 

 もしかして、俺達と違うゲームから来た、とかか?

 

 

 

 

「……しかしこれ、クレーターどころじゃなくて、ガッツリ穴じゃけど」

「えー、あー、じゃあさっきの、あの山を直したやつをだな」

「魔界の荒れ地は含有魔力量が少なくての。無理じゃ」

「……土魔法で埋め立てておくか」



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13.ロールプレイ含有率30%

 さて。

 

「参りましたね。……まさかロビー空間とは。僕、死んでしまったんでしょうか」

 

 そこにいた。

 真白で、どこか青みがかかっていて、それでいて金色の光降り注ぐ空間。

 足元に敷かれたあまりにも広大な魔法陣は一文さえも読み解けず、その発光がまだ生きていることを報せてくれる。

 

 ベンカストはそこにいた。

 そんな空間で、ずーっとずーっと歩き回っていた。

 

「メールも送れなければフレンドリスト表示もなし。頼みの綱は書置きメッセージですけど、あのバカ二人が読み解けるかどうか……。ガシラさんなら大丈夫だと思うんですけど、まおうはアホですからねー」

 

 ぶつぶつと呟く。呟けど、誰もそれに答えない。

 なんせ誰もいない空間だ。果ての無い、建造物の一つもない空間。

 けれどこの場所をベンカストは知っていた。否、プレイヤーならだれもが知っている空間だ。

 

 ロビー空間。あるいはログイン空間。

 ゲームをスタートして、アバターとしてのキャラクターを選択する場所。本来であればここにズラりと作成したキャラクターが並んでいて、どれに"成る"かを選んでゲームの世界に入っていく。

 デスゲームになってからは目にする機会の無かったこの空間は、それでもちゃんとベンカストの記憶に残っているらしかった。

 

「あのホロウナイト……に、ロビー空間へ転送するスキルがあったのなら驚異的ですけど……ま、普通に考えたら何かしらの手段で殺されて、ここは天国みたいな扱いと考えるのが妥当ですかね」

 

 あっさり、さっぱりと。

 なんでもないことかのようにベンカストは笑む。

 

「さて……となると、なんで僕意識があるんでしょうか。とっとと消してくれたらいいものを、考えることができちゃうのは……成程、そういうタイプの地獄ですか?」

 

 声を発しても。

 にこやかに問いかけても。

 

 答えは──。

 

 

「返ってこないんですねぇ。今みたいな変な間を開けたらガシラさんが『ほほ、ちょいと突然すみませぬ』とかふざけながら声かけてきてくれないか期待したんですけど」

 

 やっぱり、無い。

 

 

 ☆

 

 

「時に、お主の魔法で人捜しはできんのか? 闇属性魔法で影を捜すとか、時属性魔法で過去の残像を辿るとか」

「流石にそういうことはできない……ん? いや、闇とか時とかないぞ!? 何を言っているんだセギ!」

「ほほっ、そうかそうか」

 

 ほぼ確定で違うゲームのプレイヤー。

 まぁVRMMO飽和時代と言われてたくらいだからな、最近……じゃねえ、千年前は。

 国産海外産問わず様々なVRゲームが生まれていて、MMOだけじゃない普通のRPGとかシューティングゲームとか、それはもう色々あった。

 その内の一つから来たとすれば、サーチマジックやサーチスキルに引っかからないのも頷ける。 

 

「では、魔神の力はどうなんじゃ。魔神というくらいじゃから、人探しくらい余裕なんじゃないのかの」

「あー……できなくは、ない」

「ほほ、ではやってくれい」

「が、できるのは登……歴史に名が残っている奴だけだ」

「ほ? 歴史とな」

「あ、いや……歴史に名を遺すほどの奴だけ、っていうか」

 

 ……まぁ時とかいう概念を扱う手合いだ。

 魔神目線、英雄とか偉人とかなら見つけられるってことか?

 

「待て……そうだな、そのベンカストだったか、そいつの肩書を教えてくれ。最古にして最高の能力付与術師(スキルエンチャンター)の友人であるならば、オレも知っている可能性がある」

「不思議な言い方をするのぅ。……まぁ良い。ベンカストの肩書は……ふむ。法国のNo.2、とかかのぅ、有名なのは」

「法国……聖王法国イグリーリュグスのことか?」

「おお、そうじゃ。ベンカストはそこのNo.2での」

「No.2……聖王の下か。あー……まさかあの性悪大主教……いや、アレ完全な悪役だしな……」

「性悪大主教。ほほ、それじゃそれ」

「マジか!?」

 

 確かにベンカストの名そのものは知名度が低いのかもしれない。それでも見聞として……あるいは醜聞として、法国には性格の悪い大主教がいる、ということが伝わっていてもおかしくはない。

 

「マジかー……友達?」

「そうじゃの。友人じゃと思っとる」

「えー……」

 

 ラクサスはしきりに「えー」とか「なんか……ヤだな」とかなんとか言いながらも、俺に隠れてなんらかの操作をしているらしかった。隠しきれてないけど多分ウィンドウを弄っている。

 

「……お、いた」

「どこじゃ?」

「ちょ、み、見るな!」

「何をじゃ?」

「え? あ、そうか、見えないのか……いやなんでもない。ハハハ、安心しろセギ。お前の仲間はまだ生きている。そしてつまり、そこにオレのホロウナイトもいる!」

「だから、どこじゃ?」

「ちょっと待て……えーとこの座標は……-44444444444,-44444444444,-44444444444? は? 地中深くってレベルじゃないぞ?」

 

 げ、イベントフィールドかよ。

 何に巻き込まれたんだか知らないけど、さーてどうする。イベントフィールドを作ることはやった、イベント聖霊を模倣するのもやった。

 けどイベントフィールドに赴く、っていうのは……ああいや、できる、か?

 必要魔力量がわからないのだけがネックだな。

 

「ラクサス、提案があるんじゃが」

「む、そうか。それで行こう」

「……内容をまず聞かんかい」

「何を言う。世界最高にして最古の能力付与術師(スキルエンチャンター)。オレは確かに魔神に見初められ、魔神の力を存分に揮える偉大なる存在だが、同時にただの一般人でもある。脳の出来に関してはお前に遥かに劣る。それを認めることを悔しいと思わない程にはお前は他と隔絶した能力を有しているんだ」

 

 だから、と。

 

「オレはお前の提案に乗る。オレは決してお前たちの味方ではないが、積極的に敵になりに行くつもりもない。何より休戦協定を結んでいる今、お前の言葉を疑う理由がない。違うか?」

「……それはそうなんじゃが、お主が不利益を被る提案かもしれんぞ?」

「それは当然ではないか? 誰も損をしないメリットなど湧かせられるのは、それこそ魔神くらいだ。オレもお前もヒト。あ、いや、お前がそうであるかは明記……じゃない、明らかじゃないが、少なくともオレはヒトだ。あ、種族的にはデーモンだけど」

 

 わからん。

 結構話したけど、コイツがわからん。

 味方じゃない。敵ではあるかもしれない。

 だけど良識があるようにも感じるし、一切考えていないようにも思う。

 

「流石にオレの命を犠牲にする、とかだったら辞退するが、もしそうなら提案などせず強制的にやっているだろう。お前にはそれができるとオレは知っている」

「……確かにそうじゃの」

「だろう? オレはお前のことをよく知っているからな。さて、ではやってくれ。お前の本領、能力付与(スキルエンチャント)を!」

 

 疑問は後回しで良い。

 コイツの気が変わらない内に、やってしまうとしよう。

 

能力付与(スキルエンチャント):Enc(ID:EventSpirit_MoveEventField(Op:Specify(Cd:-44444444444,-44444444444,-44444444444))).Ob(ID:ReedRod).Op(SignalMana(BootUp)/Active(Coercion))」

 

 お馴染み……ではないが、イベント聖霊がイベントフィールドにイベントモンスターを召喚するためのスキル。それを懐から取り出した葦の杖に付与する。オプションは二つ。一つは魔力を貰うと強制起動することと、常に強制起動状態であること。

 

 つまり──。

 

「これが……伝説の能力付与術師(スキルエンチャンター)の技術を施した杖……うっ!?」

「悪く思うなよラクサス。というかそうするしか方法がなかったんで我慢してほしいんじゃがの。そいつは魔力を吸って対象を指定の場所へ転移させる杖。いっかいこっきりでボキっと行ってしまうが、効果は折り紙付きじゃ」

「い……いや、大丈夫だ。これくらいの量なら……少し驚きはしたが、平気だ」

「ほ……ほほ、なんともまぁ、物凄い魔力量じゃの。それでは──少しばかり、行ってくる。ホロウナイトもいたら連れ帰ってくるでのぅ」

「ああ、頼んだ」

 

 ラクサスが吸い込まれていく。

 否、俺だ。俺が空間に吸い込まれて行って。

 

 行って──消える。

 

 消えた。

 

 

 ☆

 

 

 白い世界。

 真っ白な世界で、ベンカストはまだ歩いている。

 立ち止まることは無い。

 それが解決にならないことを知っているから。いや、あるいは、そうでもしていないと要らないことばかりを考えてしまうからかもしれない。

 ずっと真っ白だった。

 青みがかかっていて、金色の光が降り注いでいて。

 でも太陽もなければ星や月もない。風も吹かなければ見渡す限り起伏もない。

 白。白。白。白。

 

 真っ白な場所でベンカストは。

 

「──ほほほ、ちょいと、立ち止まってはくれんかの、今にも泣きそうな()()()()

 

 声に、足を止める。

 歩いていなければおかしくなってしまいそうだったから動かしていた足を。

 

「僕は……男ですよ」

「そうかい。そいじゃま、お坊ちゃんでもいいがね。よぅベンカスト、泣きそうじゃねーの」

「ロールプレイするなら最後までしてください。ちょっといい雰囲気だったのが台無しじゃないですか」

「感動の再会っつーのは時間的余裕があるときにやるもんなんだよ」

 

 そこに、いた。

 真白の空間よりかは白くない、けれど真っ白な髭を膝下まで蓄えた老人。枯れ木のような頼れなさそうな、貧弱そうで脆弱そうな男。

 戦えもしないくせに、命の危険に常に苛まれているくせに──何故かずっと、自信満々で呑気な奴。

 

「遅いですよ、ガシラさん。僕、書き置き残したんですけど、もしかして解読できなかったんですか」

「え、書き置き? 見てないけど?」

 

 ──やはり。

 この二人に感動とか再会とか、似合わないらしい。どーやっても演出できないと誰もが匙を投げるのだろう。

 

「もういいです。それで、来たってことは戻る方法あるんですよね?」

「あるよ。あるけど、ここの探索もしたさあるな」

「ここなんもないですよ。ロビー空間っぽいですけど、誰かのアバターが安置されているわけでもなし。魔法陣の中心に行ったの含めてざっと七十km程歩きましたけど何にもありませんでした。アークビショップが有する最高射程のスキル、暴力的なまでの神秘(アーケインビーム)も使いましたけど手ごたえ無し。地面に焦げ跡さえつかずじまい」

「この魔法陣自体の効果は?」

「僕じゃ解読できませんでした。ガシラさん読めますか?」

 

 足元の巨大な法陣。

 ぎりぎり曲線であることがわかるから円であることは確実だけど、その全体像を見るためにはどれほど移動しなければならないのか。

 現在の二人の足元。

 そこに刻まれた文字は。

 

「……(いちい)苛草(いらくさ)、柊……接骨木(にわとこ)(もみ)、また苛草、(はしばみ)、んでもってまた櫟」

「読めるんですか」

「ああ……よく使うからな」

「よく使う?」

「使ってた、が正しいか。俺のサブ垢の稼ぎ頭2が彫刻師(エングラヴァー)なのは知ってるよな?」

「ああそういえばそうでしたね。……どうせならあの美少女でデスゲームに参加すればよかったのに、まさかこっちの枯れ木のような老人とは」

「ありゃ俺の趣味じゃないからいいんだよ。なんだっけアイツ……ほら、最終的に攻略組に入った」

「口刂匚'ノさんですね」

「そうクチリットウハコダッシュノ。アイツのキャラメイクデータが勿体ないから使ってほしいって言われて仕方なく美少女にしたんだよ」

 

 雑談に花を咲かせて。

 

「で、結局どんな関連性が?」

「あ……あぁ、だから彫刻師がスキル使うときに出てくる文字なんだよコレ」

「へえ。どんな意味なんですか?」

「だから知らないって。読めはするけど文法とか単語とか無いに等しかったし。図書館とかにあんじゃね、なんか。法国帰ったら漁ってみろよ。俺この身なりだから国の図書館入れないんだよな」

「美少女にしておけば……」

「うるへー」

 

 一通り、言葉をかけあって。

 

「とにかく無事でよかったよ。あとはこっから出るだけだ」

「方法、あるんですよね」

「あるよ。ただその前に、お前さんを連れてきたホロウナイトはどうした?」

「それがよくわからなくて。何か怪しい素振りを見せたら殺そうと思って機を窺っていたら、いつの間にかここにいた、という感じで」

「そうか。まぁ見つからなかったって言えばいいか」

「?」

 

 セギは、インベントリから一本の杖を取り出す。

 それは彼がラクサスに与えたものと同じ、葦の杖。

 

「そういえば、ですけど」

能力付与(スキルエンチャント):Enc(ID:EventSpirit_MoveEventField(Op:Specify(Cd:0,50,0))).Ob(ID:ReedRod).Op(SignalMana(BootUp)/Active(Coercion))/Range(1*2)」

「ホームポイント帰還、なぜか使えないんで、ワープとか転移とか無理だと思いますよ」

「え?」

 

 その杖に何かをエンチャントしたセギ。

 ベンカストがそれを持って、一瞬だけ顔を顰める。

 

「……なんですかこれ。呪いの装備? とんでもない量の魔力持ってかれましたけど」

「発動しない……だと……」

「ああ、じゃあコレが転移系のエンチャントなんですね。あ、折れましたね。発動したけど効果は発揮されなかった、って感じでしょうか?」

「……たぶん」

「明らかに元気無いなぁ」

 

 まっずい。

 そうか、ここイベントフィールドはイベントフィールドでも、ロビー空間だから……この場所からワープとかできないってこと?

 やっばいじゃんそれ。

 やっべー。

 

 え、どうする?

 

 ら……ラクサスー! まおうー!! 気付いてくれー!!

 

「もしかして補助案ナシの一点突破で来た、とか言いませんよね」

「ははは」

 

 よし。

 

「ベンカスト」

「はい、なんでしょうか」

「──お前の知恵を貸してくれ」

「僕一人の知恵で出られなかったからあなたが助けに来たんじゃないんですか?」

 

 これ、詰んだな。

 

 

 ☆

 

 

 アニータは一人荒野を爆走していた。

 尚も変わらず赤い月。尚も変わらぬ黒い土。

 変化の無い魔界を爆走し爆走していた。

 

 理由はただ一つ。

 

「──今、助けに行きます、ベンカストさん……!」

 

 握りしめた紙切れ。

 それは本当に一瞬のこと。アニータが水を汲みに応接間を出たその一瞬で、ベンカストはいなくなっていた。開け放たれた窓。急いで書いたのだろう書き置きには、殴られるようにこう書かれていた。

 

 ──"二番目のラボ。死霊系テイマーは悪。残された忌み子を。これはオバンシーの箱。状態黒。浮かない顔でこれを為せ"。

 

 アニータは鼻を鳴らす。

 解読したのだ。この一見して意味の分からないメモを。不穏なことが書かれていながらも、何をしてほしいのかが全く分からないこのメモから、ベンカストが誘拐されたことまでもを読み解いた。

 

 どこへ連れ去られたのかも、だ。

 

 走れ、走れ、アニータ。

 目指す先は西。

 現魔王城が建立される前にあった、今は誰も使っていない古城。

 

「に、し、の、こ、じょ、う!」

 

 流石はアニータ、まおうの娘だけあって、頭が良かった。

 



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14.ロールプレイ含有率8%

 緑髪の男。エルフよりも長耳で、魔法を詠唱無しに使う者。

 それはもう、たくさん来た。まおうの予想通り、報酬欲しさに奴隷を整形して、染色して連れてくる者が多数あった。

 だから当然のように弾かれて──少しばかりの暇ができた頃のことである。

 

「……なんだ? Unknown?」

 

 魔王城近辺の地図を広げ、兵を向かわせて調べさせた場所にバツ印をつけて。

 まおうなりにベンカストの捜索を行っていた時、それは現れた。

 彼女のミニマップ内に、味方でも敵でもないマーカーが突如出現したのである。青でも赤でもない紫色。それはすでに極至近距離にまで来ていて。

 

 だからまおうは、自室の部屋の窓を開け放つ。開け放って、少し離れて待って。

 その縁へ足をかける者があった。

 

「ハハハ──初めまして、第十六代魔王マルクス・オールァ・ウィンダル殿。歴代最強の魔王と名高きあなたに出会えて光栄だ」

 

 フードを被った男。顔は見えない。が、フードの中から垂れている緑髪と、鋭く尖った耳がフードを突き上げているのは見えた。

 手には大きな杖。メイジ系ジョブだろうか。

 

「何者だ?」

「オレはラクサス。アブラクサスという。魔神に見初められし大魔導士にして、お前たちの、」

「敵か」

「──!?」

 

 ラクサスが仰々しく自己紹介をしている最中(さなか)、いつの間にか窓の縁に足をかけていたまおうが、ラリアット気味に彼の顔を掴んでぶん投げた。

 物理防御や魔法防御が間に合うはずもない、完全なる意識外の攻撃。あるいは剣士系ジョブにある『縮地』にも似た、けれどINT極振りのまおうは取っていないはずの歩法。

 彼女はラクサスをぶん投げた後、自身も魔王城上空へ飛び出る。使うのは『浮遊』。投げられて尚当然のように浮いているラクサスに対峙し──腰の剣を一本抜いた。

 

「ま──待て、待て待てマルクス・オールァ・ウィンダル! 今日はお前と戦いに来たわけではない!」

「つまりいずれ戦う、敵になるのだろう? 今殺して何か問題があるか?」

「……っ」

 

 冷徹だった。

 冷酷だった。

 ラクサスの知る"十六代魔王"とは、非常に長い間魔界に治世を敷いた賢王である。十五に至るまでの魔王が争いと侵略と内紛と、とにかく血と泥に塗れた愚王か狂王しかいなかった魔界において、突如現れた賢き王。当時マルクスに関わった魔族たちが自ら彼女を王に推薦したというほどの人柄と、同じだけの実力を持つ存在。

 だから話が通じると思ったのだ。だから訪ねてきたのだ。

 けれど違った。ラクサスの見立てはほとんどあっていたけれど、ある一点。

 

 彼女に渡されている情報は限りなく少ない、という、ただそれだけを忘れていた。というか知らなかった。

 そして気付くのだ。魔神の力を存分に揮えるはずの己が──恐怖していることに。

 この眼光に。この双眸に。死に。死を、恐怖している。

 

「我が名はマルクス・オールァ・ウィンダル。その名は魔界の頂点を意味する。魔界に在りし者なれば、我の敵は討ち滅ぼすまでよ」

 

 目の前の存在は、人徳があるだけの王ではないと。

 数多を屠り、多くの屍の上に治世を敷いた強き王であると。

 

 ──ラクサスは。

 

「その上でいい! 頼む、話を聞いてくれ、十六代魔王!」

 

 恐怖を前にしても、気付きを経ても、武器を取らなかった。

 確固たる意思で、少しばかりの緊張を孕んだ表情で──魔王を見る。

 

 だから、まおうは。

 

「……そうか。セギに何かあったんだな? 聞かせろ、ラクサス」

 

 こと、戦いにおいては──"間違えない魔王"である。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 参った。

 

「マジで出口ないじゃんココ。何ここ」

「だからロビー空間ですよ」

「いやわかってるよそれは。つーかなんだよ、こんな空間あったのかよ」

「座標的にはマイナス四百億メートル、でしたっけ? ふざけてますね」

「ふざけてる座標は大体イベントフィールドだからなー、ホントにそこにあるとは思ってねえよ。ある種のIDだろうし」

 

 超参った。

 まーじで何にもない。足元の魔法陣に干渉することもできなければ、転移も無理。スキルは使えるけどそれが何って感じ。

 フレンドリストの表示は無くなっていて、メールは出せない。当然のように個チャも無理。まぁこれはデスゲームの時からだけど。

 

 ありがたいのは飲食が要らないところかね。疲労も感じないし。

 

「まおうー、気付いて馬鹿魔力でこの空間に穴開けてくれー」

「無理でしょうねえ。あの人、多分まだ魔王城にいますよ。こと戦いに関しては天才ですけど、それ以外はダメダメですから。あの娘さんの方がまだ有能です。ぼっち臭かったですけど」

「娘……あぁ、アニータだっけ。会ってたんだ?」

「ええ、面白かったですよ。僕の独り言に頑張って相槌打とうとして来てて、悉く失敗してました」

「……からかうのやめたげろよ可哀そうに」

「どうせあなたも"お守りくれる怪しい老人"やったんじゃ?」

「何故バレたし」

 

 軽口をたたいても空しいだけだ。

 だって同じようなやりとりずーっとやってるし。もう何時間経ったと思ってんだ。

 

「ここさ」

「はい」

「入ってくるコトはできたわけじゃん。お前然り、俺然り」

「まぁ、そうですね」

「だから……なんで出られないかって言ったら、何かが俺達を引き留めているから、だと思うんだわ」

「ふむ。まぁ妥当ですね。そして引き留めているものはコレ、という話でしょう?」

「うんそう」

 

 コレ、と指さすのは真下の魔法陣。

 だって怪しいモンこれしかないんだもんよー。

 

「……二つ択がある」

「適当に書き加えてみる、とかだったら乗りませんよ」

「なんでわかったんだお前エスパーか?」

「アークビショップです」

 

 一応彫刻師で使う文字の全ては覚えている。

 意味は知らん。文法も単語も知らん。なんなら書き換える方法も知らん。そんな状態でこれに手を加えて、何が起きるかを試す。

 

「最悪、」

「この空間が閉じて僕たちもプチッですか?」

「最悪な。運が良けりゃ出られる」

「賭けにも程がありますね。だったら誰かが助けてくれるまで待った方が良いんじゃ? 都合よく飲食が必要なく、疲労もないようですし」

「……人を待たせてんだよ」

「あぁ、あなたを送ってくれたっていう……ラクサスさんでしたか?」

 

 一連の流れはベンカストに話してある。

 血のルクレツィアとヴォルケインの件も、だ。ベンカストは現場を見てみないことにははっきりとしたことは言えない、なんて言ってたけど、あいつの中で大体の答えは出ているらしかった。

 なんでラクサスのことも教えてあるし、まおうとの云々も知っている。

 

「で、もう一つの択は?」

「『魔法無効』でこの陣を壊す」

「同じじゃないですか」

「この空間がこの陣によって支えられているならな。覚えてるか? ゲーム時代、ロビー空間にこんな魔法陣は無かった。これは現時点特有のものだ。なら、こいつを壊せば……普通のロビー空間に戻る可能性もある」

「デメリットが前者と後者で同じなんですが」

「ちなみにメリットも同じだぞ」

「ナシで」

 

 じゃ、万事休すだ。八方塞。

 

「では、僕からの提案が一つ」

「お?」

「簡単です」

 

 パリン、と何かが割れる。

 何か、じゃない。俺はこの音をよく知っている。

 

 物理無効だ。

 

「あ、まだ持ってましたか。用意周到ですね」

「……"あなたを殺して私も死ぬ"、か? ヤンデレはもうマイナージャンルだぞ」

「あはは、病んでもないしデレてもいないので大丈夫ですよ」

 

 ベンカストの手に、複数のナイフが現れる。

 スキルでもなんでもない。単純にインベントリからナイフを取り出しただけだ。ただしそれはピーキーなイベントアイテムの一つ。

 

「フラジールナイフ……馬鹿お前、俺のHPならそれ一本で消し飛ぶぞオイ」

「僕、考えたんですよ。もしこれが血のルクレツィア関連の事件なら、って。さっき聞いた話を統合すると、要は血のルクレツィアが契約した魔神とやらは供物を欲しがっているんでしょう。それもたくさんの命と、上質な命を。イベントの時は数多の魔物で賄えましたけど、それじゃあ足りないから、プレイヤーを狙うことにした。そして」

 

 パリン、パリンと。

 ベンカストが言葉を発する度にその手がブレて、気付けば『物理無効』が割れている。

 フラジールナイフは物凄い攻撃力を持つ代わりに、耐久値が0.1しかない武器だ。修理不可。

 それを目にも止まらぬ速さで投げ続けている。投げ続けてきている。

 

「いつまで経っても成功しない血のルクレツィアに業を煮やした魔神は、別の手段を用いることにした。それがラクサスさんなんじゃないんですか?」

「いや、アイツはそんな感じじゃ……」

「おやおや、珍しいですね。今こうして僕とあなたが命の危機にあるというのに、そのきっかけを作ったラクサスさんを庇うんですか? プレイヤー大好きなあなたが? あなたの考察によれば、別のゲームから来たっぽい彼を?」

「げ、ゲームが違うことは庇わない理由にならないだろ!」

「あぁそうなんですか。それは勘違いでした。失敬」

 

 ……だけど、確かに。

 なんで俺、ラクサスを庇ったんだ今。そこまで気を許した覚えはないのに。

 

 割れる。

 

「これで十五枚。ふぅ、一体どんだけ『物理無効』仕込んでるんですか?」

「十五枚で打ち止めだよ、流石にな」

「そうですか」

 

 割れる。

 

「嘘吐きですね」

「お前こそなんでそんなにフラジールナイフ持ってやがる」

「いやいや、一回使ったら終わりとはいえ、こんな性能の良い投げナイフ集めない理由あります? そもそも投げナイフなんて一回使ったら終わりでしょ大体」

「……確かに」

 

 割れる。

 割れる。割れる。割れる。

 割れる──。

 

「ホントに殺す気かよ、ベンカスト」

「はい。僕、まだ生きていたいので。老い先短いガシラさんには若者に道を譲っていただきたいですね」

「そこまで歳変わらねえだ、」

「『暴力的なまでの神秘(アーケインビーム)』」

 

 豪ッ、と真っ白な光線が俺の顔を貫く。

 また、割れる音がした。

 

「……魔法無効まで仕込んでるんですか。面倒な」

「アークビショップのスキル一々ズルいんだよ! 溜めもなくそんな長大射程使いやがって」

「ズルいのはそっちでは? ゲーム時代のアクセ枠は五です。もうとっくに超えてるんですけど、どこに仕込んでるんですか」

「ハ、なんだよベンカストお前、指五本しかないのかよ」

 

 さて──どうするか。

 実際もうストックは少ない。っつか無い。パリンパリン割りやがって、全身のアクセが死んだわ。また作り直しって考えるとダルいダルい。一日にそんないっぱい作れないんだぞまったく。

 

 早いとこ諦めてくれねえかな。

 

「……時間切れですね」

「おん?」

「いえ、少しは期待してたんですよ。これだけ本気を見せれば、さしものガシラさんも勇気を出して僕を殺してくれるんじゃないか、って」

「ああやっぱり善意の嘘か。お前下手過ぎんだよ。さっき魔法陣を書き換えるって賭けをあんだけ嫌ってたクセに、俺を殺す賭けにはすぐ傾いた。お前の考えが絶対あってるなんて保証はないにもかかわらず、だ。俺を殺しても何も起こらず、ただ俺を殺したってな罪悪感抱えてこの空間に一人残される未来も十二分にあった。んで自分も死ぬつもりってか、はは、ベンカストはそんなバカな真似しねーよ」

 

 ──割れる。

 最後の一枚が、割れた。

 

「これで二十三本目。両手足指、両耳飾り。全部壊したと思ったのに、まだ持ってたんですか。面倒ですね」

「で? 正真正銘今ので最後だがよ、ベンカスト。俺はお前を殺さないぞ」

「誰かが助けてくれると信じているから、ですか?」

「殺したくないからだ。それ以外に理由は無い」

 

 ベンカストは、そうですか、と短くつぶやいた。

 呟いて。

 

 ごふっ、と。

 血を吐いた。

 

「……──」

「あ、はは……残念ながら時間切れです。『物理防御結界』」

 

 咄嗟に駆け寄って、弾かれた。回復系のエンチャントを施してあるアクセサリはインベントリにたくさんある。大体が自分用だけど、他人に使っても問題は無い。

 それを使う必要があると判断した。できた。

 

 吐血だけではないのだ。 

 鎖骨、脇腹。袈裟懸けに血が噴き出る。右腕が燃える。体が何かに貫かれる。

 そうして痙攣するように跳ねるベンカストをただ見ているしかできない俺。

 

「なに、やってんだ」

「あはは……いや、だって。ね。……プレイヤー、大事な、無償でお守りを、配って……老人……と、"性悪女"。どっちが、って……あはは」

 

 できない。

 俺にはこの結界を壊す術がない。スキルにスキルをエンチャントすることはできないし、これは結界だから『透過』もできない。

 

 何より、あの様子ではもう。

 

「ふふふ……ごめん、なさい」

「謝るなら最初からやるなよ」

「いえ……ふふ、僕、アークビショップ……なんで。めんどう、でしょう。ふふ、う」

 

 血が広がっていく。

 白い法衣が赤くなっていく。

 

 伴うようにして──足元の魔法陣が輝きを増していくのがわかった。

 ベンカストの読みは当たっていたんだ。

 

 ダメだ。あれはもう。

 

「──あ……これだけは、言っておきます」

「……なんだよ」

「ガシラさん……」

 

 ゆっくり。

 ゆっくり、ベンカストが頭を上げて。こちらを見て。

 そのフードがざっくりと切れて、落ちて。だから素顔が見えて。

 

 

 

「別にコレあなたに関係ないので、気負わないでくださいね」

「え?」

 

 

 

 フッと。

 ベンカストの姿が消える。

 大量の血痕を残し、輝きを放つ魔法陣を残し。

 俺を残して。

 

 消えた。

 ──魔法陣の光も、次第に収まった。

 

 

「え?」

 

 

 

 ☆

 

 

 

 時は少し遡る──。

 

「着いた……西の古城!」

 

 アニータ。

 アニータ・オールァ・ウィンダル。マルクス・オールァ・ウィンダルの娘にして、成長の伸びしろが半端ないっ娘。生まれた時点で全ステータスが適正レベル80のボスくらいあって、母親の剣技、格闘術、そして魔法を習い尽くし、なんなら我流奥義まで生み出した──ナントカ系少女である。

 ただしビビり。そして思い込みが激しい。

 

「──今助けます、ベンカストさん!」

 

 あれだけ無下に扱われたにも関わらず、アニータの中でベンカストはもう友達だった。

 友達とは気兼ねなく会話し、微笑みを交わすもの。母親にそう教わっていたからだ。アニータはあの時ベンカストと二、三言葉を交わし、彼はにっこりと、アニータは引きつった笑みで、それを交わしあった。

 だから、友達である。

 

 その友達が自分の見ていない間に攫われた。

 けれど決死の思いで書き置きを残してくれて、犯人にバレないようにだろう暗号で書かれたソレは、今アニータの手の中にある。

 決意だった。書き置きを大事にポーチにしまって、その時チラっと見えた人形二体にブルッとしながら、頭を何度か振って──この動作をコンマ一秒くらいでやって──古城を見上げる。

 

 今は誰も使っていない古城。

 魔界特有の黒い植物が生い茂り、生い巡り、まるで罅でも入ったかのような様相を呈している。

 中には死霊系の魔物が住み着いているのだろう、時折聞こえる金切り声や振動音、叫び声など──それはもう"如何にも"なホラーテイスト。

 

 ビビりなアニータにとって、そこは。

 

「許さないから……!」

 

 あぁ、悲しいかな、魔物たち。

 アニータが暗闇や死角を怖がるのは、突然現れるヒトを斬って殺してしまうのが怖いからである。

 

 魔物しかいないとわかってるのなら、暗かろうが突然出てこようがなーんにも関係ない。

 暗がりから骸骨が出てきたら斬るし、廊下の死角から霊体が出てきたら魔力を纏った拳で殴るし。ゾンビが出てきたら首と胴をひっつかんで引きちぎって、ゴーレムだったら核を蹴り砕いて。

 関係ない。関係ない。

 無益な殺生を嫌う。それはそうだ。

 だけど、無益でない殺生ならば──彼女は半生において、息をするようにやってきた。というか魔物相手に益無益とかない。魔物は悪しき存在だから。

 ゆえに屠る。屠る。屠る。

 

 鏖殺する。

 

「そろそろ出て来い! ベンカストさんを攫った犯人! 出てこないのなら──この城、砂になるまで壊し尽くすぞ!!」

 

 言いながら、アニータは剣に魔法を込める。

 本来であれば魔法剣士(スペルフェンサー)の分野を、母による指導を受けたことで習得した魔法剣。

 母譲りの音……バヂヂヂという空気を叩く音を出しながら、紫電を纏う剣が振るわれる。

 

 たったそれだけで、城の東側が()()()()()()()()()

 元々暗い魔界だ、月光が入ってきたところで大して明るくはならないが、風通しはよくなったと独り言ちるアニータ。

 

 そこへ。

 

「ちょ……ちょ、ちょっと待って、待ってって! 君ね、せっかくの僕のお城になんてことを」

「ベンカストさん! ──じゃ、ないな、オマエ」

 

 慌てた様子で降りてきた少年。

 法衣と錫杖、そして上半分が見えない顔。どこからどう見てもベンカストだ。

 

 けれど、アニータには見えている。

 その魔力の質が。あるいはまおうさえ到達していない、個々人における魔力の質差──それを見抜く淨眼。

 

「早くベンカストさんに体を返せ。さもなくば」

「さ……さもなくば?」

「殺す」

 

 殺した。



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15.ロールプレイ含有率12%

 殺した──はずだった。

 腹を一突き。母親譲りの格闘術は、確実にベンカストの腹を殴打し、その内臓をつぶした。

 

「……っ」

 

 それでもまだ、動く気配があったから、今度は斬った。

 鎖骨から脇腹へかけて袈裟懸けに斬る。噴出する赤は致命傷だ。だというのに──治癒していく気配がある。

 ならば傷口を焼いて治癒できなくしてやろうと火属性魔法を使った。けれどそれは、たった一本、右腕という代償だけで防がれた。

 どれだけやっても治る。氷で細剣を生成し、連続突きをしても治る。

 今まであってきたどんな魔物よりも頑丈。再生能力持ちは少なくないけれど、こんなに早いことは無い。大抵が大怪我を負ったのち、逃げ回りながら遅々として快癒していく類のものだ。

 

 戦いながら、次の攻撃を仕掛ける前に全快している、など。

 

「ふふふ……ごめん、なさい」

「え、魔力の質が……」

「ふふ、僕、アークビショップ……なんで。面倒でしょう……ふふ、う」

 

 偽物のベンカスト──ではなかったのだと、アニータはようやく思い至った。

 これは、ホロウナイトだ。

 

 ホロウナイトは肉体を渇望する。他の死霊系が肉体を逸したことを誇りに思うような中で、唯一この種の魔物だけが肉体を欲する。肉の体を、肉の鎧を。

 もし、それが叶えば──ホロウナイトは大幅に弱体化するというのに。

 

 でも、それでも。

 

「よく……深く、深く……感じてください。僕の、中に……僕ではないものが、ある、それを」

 

 肉体を得たホロウナイトは、その肉体の持ち主になりきろうとする。

 生き返ったのだ、と。錯覚するのだ。人格の連続性など欠片もないというのに。

 

「あなた……目は、見える……はずです」

 

 見る。視る。

 アニータは注視する。魔力の質差。人間と魔物だけじゃない、植物や動物、自然物にさえある魔力。それらにすべて個人差があること。そしてそれは、あまりにも……あまりにも微々たるものであるということ。

 だからこそ、アニータは魔王の娘なのだ。

 

「──そこ!」

 

 注視して、一度目を閉じて。

 たったそれだけで見つけた。

 下から上に切り上げる──それは傷を最小限にするための斬撃。左目の上。額の八cm内側。

 

 ベンカストのフードがざっくりと切れて、落ちる。

 噴き出す血液。倒れるベンカスト。

 ゆっくりと、あるいはスロウモーションのように……どこか錆びついたような心境で、アニータはそれを見ていた。

 ようやく戻ってきたのだ。

 魔物はいくらでも殺してきたけれど。

 人間はまだだったから。

 

 それも──友達を。

 

 

「『帰還(Reverti)』」

 

 

 色を失いつつあったアニータにその声は聞こえなかった。

 否、アニータにはそもそも聞こえない声だ。だってそれはシステム音──かつてプレイヤーと呼ばれる者達にだけ聞こえていた機械音声なのだから。

 

 光る。

 あと少しでモノクロになっていた、悲しみと後悔に呑まれそうになっていたアニータを引き戻す光。

 

 それは、光はベンカストの胸元から発せられていた。

 

「何……?」

 

 どくん、と。

 どくん、どくんと。何かが脈動する。人間の鼓動じゃない。もっと巨大な何かのもの。

 だというのに、音は光源から聞こえていた。

 ふわりと。倒れ伏すベンカストの体を離れ──浮かび上がる、ヒトガタをした木の彫り物。

 

 敵ではない。

 アニータの目には見えている。この彫り物の中に、あり得ない量の魔力が込められていることが。そしてそれがベンカストの魔力の質に酷く似ていることも。

 

 これから溢れ出る暖かな光が雫となり、ベンカストへ落ちたことも。

 

 どくん。

 と。今度は、今度こそ、それは人間の鼓動だった。止まったはずの鼓動。止めたはずの音が、再開する。

 

 先ほどまでの再生速度とは比べ物にならない。傷口を肌の色のペンで塗りつぶしているくらいの速さで、全身の傷が無くなっていく。

 構えない。

 アニータは戦闘態勢を取らない。

 

「──ふぅ。いやぁ、死ってこんな感じですか。もう二度と体験したくないですねぇ」

 

 全快したわけではない。けれど、爽やかな青色の髪をしたエルフの少年は、あはは、なんて笑って。

 

「よくできました、アニータさん。正直驚いていますよ。あの書き置きを解読したのがセギやまおうではなく、貴女だったことにね」

 

 今まで死んでいたことなんか感じさせないくらいの軽さで、話しかけてきたのだった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 ところ変わって魔王城。

 

「成程な。我の知らん間にふざけたことを……」

「い、いや、悪気があったわけじゃ……ああ、しかし、魔界の法を調べもせずに手を出したのはオレだ。やるべきことがある故然るべき罰を受ける、とは言えないのがもどかしいが……」

「ん? いや、テイムの件は別にいい。もう大体解決しているのだろう? オブシディアンドラゴンに関しては密漁だが、まぁ今回は大目に見る。ただ、マーメイドとセイレーンについては見つけたら解放してやれ。あいつらは人間だ」

「え、あ、そうなのか!? 人語を解さないから魔物だとばかり……。いや、そうじゃないか。ああ、わかった。此度の騒動が収まり次第、最優先で解放しに行く」

 

 まおうは──困っていた。

 困りごとの原因は二つ。一つは勝手にバカみたいなリスクを負った稼ぎ頭3。もう一つは目の前の青年。魔界中に指名手配を出した、緑髪でエルフよりも尖った長耳の、魔法を詠唱なしで使うという男。

 やっていることがあまりにも悪事だったから、どんな奴かと話してみれば──なんとまあ。

 

 誠実。

 ラクサスと名乗った青年は、それはもう誠実だった。

 稼ぎ頭3と合流した経緯、彼がいなくなってしまった経緯を話し、その責の何割かは己にあるとまで言った。まおうとしては「あの秘密主義者が詳しい話をしないから悪い」としか思わなかった部分にまで、酷く申し訳なさそうな顔をしているのだ。

 ベンカストから寄せられていた情報……オバンシーの遺体を奪ったり、その身に呪毒フィールド発生魔法を仕込むような者とは到底思えない。

 

 ただ、常識知らずというべきか。

 魔界についての云々を一切知らない、あるいはこの世界についての理解が浅い、という印象を受けた。

 

 ゆえに困っていた。

 まおうは──この件、どっちかというと悪いのガシラだろ、とか思っていた。

 

「セギによって強制発動させられた転移魔法……座標はマイナス四百億メートル。ハッ、馬鹿らしい話だ」

「だが、確かに送った。あまりにも帰ってくるのが遅かった故、オレもそこへ行ってみようとしたんだが……すまない、オレには高速で移動する技術が無い……」

「気にするな。どのみち赤土しかない。魔界は惑星ではないからな、空はどこまで進んでも空だし、地はどこまで掘り進めても土だ。水平方向の限りはあるがな。フフ、天井と底という概念のない円柱世界。馴染み無いだろう?」

「そんな構造だったのか、魔界って……」

 

 誠実。そしてかなりピュア。

 純粋無垢ということはないが、見た目より幼く感じる。

 ま、プレイヤーならそういうこともあるだろうな、と独り言ちるまおう。

 

「それで、どうすればいい、だったか」

「ああ。オレは……責任を取りたい。申し訳ないが命を差し出せ、というのは無理だ。オレにはやることがある。だが、世界最古にして最高の能力付与術師(スキルエンチャンター)を……セギに無理難題を押し付けて、無謀な挑戦をさせてしまったことは詫びたい。あわよくば彼を助け出したい」

「……」

「オレが協力できることがあれば、最大限協力する。あ、いや、すまない。オレの目的とか、魔神のこととかは……話せない。これは……えーと、これは、その、とにかく無理なんだ。だけど今のオレに許されたことなら」

「わかった、わかったから少し待て。考えている」

 

 待て、と言いながら。

 まおうは困っていた。

 彼はアホだが頭がいい。だからわかる。コレはまおうにも持て余す案件だ、と。

 歴代最強の魔王。魔法使いの王。そう呼ばれることもあったまおうだけど、それはINT極振りの、INTINTINTINTINTINTで火力を最大限にあげているが故。馬鹿火力の魔法使いの王でしかない。

 勿論この千年間魔法について様々な研究をしてきたけれど、結局それは火力の研究で、こういうトリッキーな案件に対するものじゃない。

 

 まおうはアホなのだ。

 戦闘以外は、基本。

 

「──やぁ、困っているみたいですね、まおう」

「おい、イントネーションに──ベンカスト!?」

 

 いた。

 そこに。ホント、なんでもないかのように。

 

「な、お前誘拐され……」

「ああはい、誘拐されて肉体奪われて、精神だけロビー空間に飛ばされてました。でもアニータさんに殺して貰ったんで、セギのタリスマンで一命を取り留めました。今の一連の流れに何か質問ありますか?」

「すまなかった!!」

「はい?」

 

 呆気にとられているまおうの横。

 この法衣の少年がベンカストであると知った瞬間、ラクサスが勢いよく頭を下げる。

 

「あなたを攫ったホロウナイトは、オレのテイムモンスターだ。そんな命令は……いや、言い訳はもういい。酷い目にあったのだろう。……すまなかった」

「……えーと?」

 

 ベンカストがまおうに視線を投げかける。

 肩をすくめるまおう。アニータが部屋の外にいて、ラクサスが頭を下げているのをいいことに、ロールプレイ中なら絶対にやらない顔──古代の言葉でいうなら「てへぺろ」をしている。

 

「罰をお望みですか?」

「ああ。取り返しのつかないことをした。命を差し出すことはできないが、何か償えるのなら──」

「じゃあ魔力貸してください。まおう、あなたもです。アニータさんは了承済みなので、あと一人……莫大な魔力を持った人がいれば、セギを連れ戻せます」

「……え、あ……ん? 魔力?」

「はい魔力です。あなたメイジですよね?」

「メイジ……というのは、魔法を使う者、という意味であっているか?」

「不思議なことを聞きますね。そうですけど」

「──ああ! ならば存分にこの魔力貸し与えよう。そしてもう一人を捜す必要はない。オレの魔力は常人のソレとは比べ物にならない量で──」

「いえ、勿論量も大事なんですけど、五人でやる必要があるんですよ。まおう、誰か心当たりありませんか。膨大な魔力を持つ個人」

「イントネーション」

「はいはい魔王魔王」

 

 淡々と話しが進んでいく。

 ラクサスの呆けた顔は、まおうにとっては見慣れたものだ。

 何故ならあの二人──ベンカストと稼ぎ頭3は、よくこういうことをやる奴だったから。それはデスゲーム時代の話。攻略組が集めてきた情報、偵察班の集めてきたマッピング情報から、一頻り「うぅん」と唸った後で、突然テキパキと物事を推し進め始める。

 適切な場所に人員を配備し、能力の有無を確認し、意思を確認し。

 かつてはその"使われる側"にいたまおうとしては、なんだか懐かしい気分にもなる。

 

 あの老人は……老人ロールプレイをしている者は、みんなとフレンドというだけあって、ちゃんと皆の中心にいたのだ。

 ただ、彼は色々と甘いから、ベンカストを始めとした辛口で物事を見ることのできるものが逐一の訂正を入れて。

 そうやって、まおう達はデスゲームをクリアした。

 クリアしたところで、何もなかったけれど。

 

「──心当たりならある。ベンカスト、お前に意見を聞きたいと思っていた事案にも繋がるのだがな」

「僕に? ……あ、メール出してたんですか。気付かなかった……というよりあの空間そういうの開けなかったんで許してください」

「許す。そして今説明するが──お前は『雨のルクレツィア』を覚えているか?」

 

 まさか助け出されるお姫様が稼ぎ頭3になろうとは、夢にも思わなかったが。

 まおうは、そしておそらくベンカストも、なんだか楽しそうに話を進めていく。

 

 蚊帳の外は。

 

「あ……えと、その……あたしはアニータ、です。おかあちゃ……お母さま、の、じゃない、魔王様の、娘で……」

「もしやアニータ・オールァ・ウィンダルか!? おお……第十七代魔王の幼少期!」

「え、いや、全然まだ継ぐとかの話はなくて!」

「あ、いや、なんでもない! 聞かなかったことにしてくれ!」

 

 なんか、ちょっとだけ似てなくもない二人。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 一面。

 この何もない空間の一面に置かれた、"雨の"装備群。

 魔法陣の交点、サブ垢三つの知識を総動員し、"少しでも意味のある場所"にそれらを置いて、さらにはベンカストより禁止されていた書き換えも行っていく。

 全然、フツーに、空間が潰れてプチっの可能性はあったけれど、そんなこと知るかとばかりに文字へ干渉してみたら──特に何が起きるということもなく。

 

 ただ、まだ転移魔法は発動しない。ホームポイント帰還もできない。

 何かがまだ阻害している。

 

「……ま、見ている奴がいなくなったのはありがたいか。あの様子だ、どうせ生きてんだろうし」

 

 言い聞かせるように言う。

 魔法陣への干渉は、彫刻師のスキル『彫刻++』を付与した木の棒で行っている。別に地面を傷つけることができているわけじゃない。ただ魔法陣の紋様を変えている。原理はよくわからん。できるからやっている。

 

「よし、これで最後か。んじゃ──」

 

 どれだけ歩いたかわからない。

 最初に魔法陣の全貌を見るために、何百kmも歩いた。これだけでも異常なんだけど、この空間疲れないから楽でいい。問題は気の遠くなる作業だった、ってトコだけど……その程度でおかしくなるんなら、とっくになってるっつの。

 

 次にその魔法陣への影響を考えて、供物として装備を配置した。ちゃんと計算したからな、こっちは気の遠くなる作業じゃなかった。

 赤の結晶との引き換えに手に入れることのできる"雨の"装備。ならこれも赤の結晶……つまり血の供物の代替になるんじゃね? という謎理論でやっているけれど、功を奏すかは知らん。奏さなかったら別解を試すだけだ。疲労が無いんだ、いくらでも試行錯誤できる。

 

 地面に手を当てる。

 

能力付与(スキルエンチャント):Enc(ID:Messiah_Salvation---).Ob(ID:Weapon).Op(Active(Coercion)/Range(Whole)」

 

 ずっと増やしに増やしていた魔力──その全てが持っていかれる。

 いや、足りていない。ダメか。もう一度溜め直しだ。

 

 やろうとしたことはまぁ、簡単。

 ホーリーナイトとアークビショップまでのスキルツリーを完全に並行で進めていると、救世主(メシア)、という第四次ジョブにも関わらず最終ジョブなジョブが出てくる。

 当然四次ジョブだから他のジョブよりスキルは少ないし、ホーリーナイトでできた『聖なる盾(ホーリーシールド)』や『分配する運命(シェアリングデスティニー)』といった防御スキル、アークビショップでできた全体回復や蘇生、結界といった、それぞれの代名詞とも言えるスキルの悉くができなくなっている特殊仕様のジョブ。

 救世主(メシア)に存在するのは基本的な武器マスタリと──『救世(サルベイション)』という唯一無二のスキルだけ。

 

 これは文字通り世界を救うスキルだ。

 破れかけの結界を元通りにし、終わりつつある魔法に輝きを取り戻し、失われゆく命を取り戻す。

 

 強化でも付与でもない。敢えて言葉にするなら、充填が最も正しいだろう。

 蘇生はできない。死んでしまった相手には何もできない。

 防御はできない。壊れかけていないと何の効果も発揮しない。

 攻撃はできない。誰かの助けがなければこのスキルは意味を為さない。

 

 それが『救世(サルベイション)』。

 

 その反転を、今かけた。かけようとした。

 

「……流石に射程距離:全域は無理があったか。もうちっと考えないと……」

 

 オブジェクト指定はさっきので一度成功している。エンチャントも間違いはない。

 だからあとはレンジ……射程距離の問題。

 この広大な土地に配置した装備の全てに同時にエンチャントをかける必要がある。

 どうすればいい。

 全域以外で、何か、良い指定文はないか。

 

「ハ」

 

 ふと、横を見た。

 全く中心ではない。何でもない場所だ。だけどここに戻ってきて考え事をしてしまうから、横にあった。

 

 ──ベンカストの血。大量の血痕。

 

「些かどころじゃなく猟奇的だが……アリ、だな」

 

 さて。

 装備の集め直しだ。

 




描写しなかったのは、描写してあったから。


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16.準備段階にロールプレイは要らないんじゃないかな

 それは激しい金属音だった。

 だけど、前とは違う。明らかにこちらが圧している。

 

「雨のルクレツィア。懐かしいですね。僕、クリアできませんでしたよアレ」

「……イベントモンスターがよもやこんなところに住んでいようとはな」

 

 ベンカストとまおう。二人が見つめる先で繰り広げられる激戦。

 血のルクレツィア……ルクリーシャとアニータが掻き鳴らす剣戟に混ざって、泡のようなものが多数室内に浮かんでいる。

 それはルクリーシャへと触れたら彼女の身を重くするものだし、アニータが触れたらその体を羽のように軽くする魔法。

 口を慎んではいるけれど、ベンカストもまおうも、バフとデバフを同時に行う魔法、というものを知らない。辛うじて似たものが能力強化術師(スキルエンハンサー)のスキルにあったのだが、けれど少なくともあのような見た目ではないことを覚えていた。

 

「今は協力的だが」

「わかってますよ。あなたたちなんかより、ずっとね」

「……怖い怖い」

 

 猛攻。激進。

 ルクリーシャに匹敵する速度と膂力を持つアニータに、さらにラクサスからのバフがかかっているのだ。その二点だけで言うなら、あるいは神にも届かんという勢いの強さ。

 だからこそ、未だ抵抗を続けていられるルクリーシャにこそ称賛が為されるべきだ。

 

「ハハハ──他人の支援をするなど此度が初めてだが、中々面白い。アニータ・オールァ・ウィンダルよ! まだまだ行けるか──?」

「四倍!」

「よかろう!」

 

 凄まじいまでの重圧がルクリーシャを襲う。恐ろしいまでの力がアニータの背を押す。

 これで勝てなかったら嘘だ。プレイヤー二人をしてそう思わせるレベルのバフ。バフの暴力。家の方が保たないのではないかと思うほどの圧力。

 

 だけど。

 それでも。

 

「今度こそ……負けないぞ、今度こそ……私は!!」

 

 殺してもいい。

 ベンカストもラクサスも蘇生の魔法を使えるから、殺す勢いで行っていい、と母親から言われていて、だから本気だった。アニータは、今まで感じたことがないくらいの──己で封印していた、己を恐ろしいと思ったその"本気"さえ出してルクリーシャの討伐にかかっていた。

 なのに。だというのに、だ。

 

 もう何度も斬った。

 もう何度も突いた。

 並の人間なら千を超える回数は死んでいる。

 

 なのに倒れない。

 なぜか倒れない。

 痛みなどまるで無いものとしているかのように。体に蓄積されたダメージなど存在しないかのように。

 

「……まおう、まおう」

「なんだベンカスト。イントネーションに気を付けろ。そして、我も気付いたことがある」

「あの方が腰に提げている木片。見覚えしかないですよね」

「どれ『鑑定』……ああ、『痛覚軽減++』と『体力継続回復(リジェネレイト)++』だな。+++じゃないだけまだマシとはいえ、元々の血のルクレツィアの体力回復速度を考えたら、そりゃ不死身にもなる」

 

 アニータたちには聞こえない話だけど、気付いてはいただろう。

 ルクリーシャの腰にある簡素な木片が美しい光を発していることに。そしてその光がルクリーシャに吸い込まれ、逆にルクリーシャから出た黒いオーラがもう一つの木片に吸収されて行っていることに。

 

 あれは、二人とも見覚えのあるタリスマンだ。見覚えのありすぎる即席タリスマンだ。

 

「……埒が明かないか」

「まだ! まだできる!」

「ハハハ、幼年期のアニータよ。無論時間をかければ可能なのだろうが、今は急ぐ。これはあなたの技量が劣っているとかではなく、単純な火力不足だ。剣技や格闘技には限界がある──いやまぁ限界突破するような奴もいるが、今のあなたには無理だ。オレはそう判断した」

 

 ざわめき。魔力の質差がわかるアニータだけでなく、ベンカストとまおうにもわかっただろう。

 

 ラクサスの雰囲気が変化した。

 今までの誠実でどこか抜けていて、ちぐはぐな印象を受けるソレから──見た目通りの魔法使いへ。

 

「止まれ」

 

 混ざっていた。

 部屋の中に浮かんでいたバフとデバフを兼ねた泡の中に、一つだけ。紫色の半透明な球体。

 避ける暇はなかった。だってルクリーシャのすぐ背後にあったから。今まで魔力量さえも合わせて、一切悟られないようにしていたらしい。

 気付けば。

 

 ……本当に気が付けば、だ。誰かが制止を唱えるまでもなく、勝敗は決していた。

 

「殺した……のか?」

「いや、時間を止めただけだ。死んではいない」

「時間を? ……それは」

「ん? ……あー。……まぁいいか。どうせセギから伝わっちゃうだろうし。なんならもういいか、色々使っても」

 

 ラクサスがぶつぶつと呟きながら、激昂する表情のまま固まっているルクリーシャへ近づく。

 未だ状況の把握できていないアニータも無視して、ベンカストとまおうが見ていることも気にしないで。

 

「えーと、バインド系は……ああこれか。初めて使うけど絞め殺したりはしないよな?」

 

 彼の体からずるりと這い出るは影。あるいは闇か。

 とかく、黒い靄としか表現できないものが、紐や蛇を思わせる形状を取って……ルクリーシャの体に纏わりついていく。顔以外を覆い隠すように。

 

「……妙に煽情的な……。はぁ、全年齢じゃないのはわかっているけど、どうしてこう……」

 

 完全な観察モードに入ったプレイヤー二人は口を出さずにその行為を記憶する。

 自分の世界に入って何かを愚痴っているラクサスは周りが見えていない。

 

 だからもう、アニータはおろおろするしかなかった。

 

 

 

 

 

 少し経って。

 

「よし、じゃあ解除するぞ。もう一度言うが、この拘束をあまり信用するなよ」

「はいはい、わかってますよ。でも安心してください。僕もまおうも拘束系の魔法は使えますから。アニータさんは知りませんけど」

「あ……ごめんなさい、使えないです」

「まぁ母親が火力バカですからね。仕方がないでしょう。今度、時間が合ったらヒト族の魔法使いを紹介しましょうか? 相手を傷つけずに無力化する魔法をたくさん知っている者です」

「え、あ、いいんですか? お、覚えたいです!」

 

 なんだかんだ仲良くなったらしい二人。

 その緊張感の無い雰囲気に困ったのだろう、ラクサスはまおうに目を向ける。

 

「すまないな。この二人は放置して、解除してくれ。もし何かあったら、我も加勢する。だがお前ひとりでも対処可能だろう?」

「オレはオレ自身だけですべてをなんとかできるとは思っていない。……まぁ、その辺の話は今はどうでもいい。では、解くぞ」

 

 青く染まっていたルクリーシャの体。

 それから、少しずつ青が抜けていく。

 

「カ──あ?」

「ハハ、気分はどうかね、ルクリーシャ」

 

 動こうとした。

 だけど動けない。当然だ。念には念を入れて、ラクサスは拘束の上に拘束魔法をかけて、さらに椅子に座らせてそこに拘束して、さらにさらに椅子をも拘束して……と。

 本当に念には念を入れまくった。マトリョーシカくらい入れまくった。

 

 だから、指先一つ動かせない。

 

「この……力は」

「よし、拘束は問題ないな。ベンカストさん、マルクス・オールァ・ウィンダル殿」

「ああ、わかった」

 

 交渉役はラクサスではない。

 というかラクサスはこれから何をするのかわかっていない。なんならまおうもわかっていない。

 ベンカストの欲した大量の魔力を扱える個人。まおうが思いついたその人物こそが血のルクレツィアだった、というだけの話であり、何を要求するのかの話は一切為されていないのだ。

 

「おはようございます、血のルクレツィア、あるいはルクリーシャさん」

「……誰だ、貴様は」

「これは失礼を。僕は人間界の法国が大主教ベンカストと申します」

「ベンカスト……プレイヤーか」

「へえ。そういう確認を取るということは、魔神とやらにリストでも渡されましたか?」

 

 少しばかり眉を上げるラクサス。

 敵か味方かまだ判断しかねるこの状況において、ラクサスへの現状説明は本当に最低限しか行われていない。説明してもあんまりわからないアニータにも最低限であるのだが。

 

「……」

「だんまりですか。まぁいいです。これからあなたには人柱になってもらいます。あ、ご安心ください。死ぬとかはありません。その身の魔力を起点として、魔法陣の交点として役立ってもらう、というだけですので」

「……」

「あなたの弟さん」

 

 ルクリーシャの顔が強張る。

 黙っていては──どうなるか。ベンカストは修復したフードの中で、薄く笑って見せる。どの角度からも、どのように見ても顔の全貌が見えないその法衣で、唯一見える口元。

 笑みは脅しだ。特に今、何の抵抗もさせずにルクリーシャを拘束してみせた魔法使いを擁している、とアピールしたばかりなのだから、効く。

 

「あはは、そんな硬い顔しないでください。なにも殺す、とは言ってませんよ。というか殺しても復活するんでしょう、あれ。死ぬくらいで苦しみから逃げられるのなら、あなたは二度か三度、狂気に走っていたでしょうから」

「そんなことはしないっ!」

「おや、そうですか。強い意志ですね。尊敬します。それで、どうでしょうか? 僕たちに協力してくれたら──あなた達姉弟を魔神の契約(呪い)から解き放つことに協力できるかもしれませんよ?」

 

 また、ラクサスが反応する。

 ベンカストは変なところで感心した。「よく口をはさんでこないものだ」、と。先ほどから故意に魔神魔神と出しているのだ、情報を引き出すために。

 けれどラクサスは、口をつぐんだまま。

 だからベンカストは少し賭けてみることにした。失敗しても特に問題がないから。

 

「ね、ラクサスさん」

「え……あ、いや、問い合わせてみないことには……じゃない、というか、呪い? 魔神が? ……そんなケチ臭いことしないと思うが」

「問い合わせる、ね」

「え、ぁ、う……」

「おいベンカスト。あまりいじめてやるな。今は対象が違うだろう」

「あはは、そうでした。すみません、他人を詰問するのが僕の趣味なんです」

 

 顔をラクサスからルクリーシャに戻して。

 

「あなたと弟さんにかかっている呪い。魔神の遣いたるラクサスさんが違う気がする、と言っているあたり、本当は魔神でもなんでもない何かがあなた達を貶めるために仕掛けた謀略の可能性もでてきました」

「魔神の……遣い」

「ん……あぁ、まぁ、そうだな。オレは偉大なる魔神の力を揮う者だ」

 

 憎悪。

 ラクサスが言い終える前に、果てしないまでの憎悪が彼へと向けられる。

 

「はいはい、そういうのは後にしてください。今は僕とのお話し中です」

「貴様と話すことなど何もないっ」

「人柱になることを了承してください。そうしてくれたら、この拘束から解放してあげますよ。その後なら彼を煮るなり焼くなりお好きにどうぞ」

「……勝手にしろ!」

「はい、ありがとうございます。じゃあラクサスさん、さっきの時間停止魔法を彼女に」

「あ、ああ」

 

 騙したな、とか。話が違う、とか。 

 そういう言葉を言う前に、彼女はまた停止した。

 

「この拘束も解いちゃってください。約束した通り解放してあげないと、反故にしたことになってしまいますから」

「最悪だな」

「あはは、怒ってる相手って操りやすくていいですよね」

 

 この場の全員の心。その代弁をしたまおう。

 反省の色は当然に無い。

 

「流石は性悪大主教……」

「何か言いました?」

「いや、なんでもない。それで、どうすればセギを助けられるんだ?」

「あ、それではまず、彼女を運びましょうか」

 

 行き先は。

 

「黒曜山──この世界で最も高い山の頂上に行きます」

 

 

 ☆

 

 

 

「よし、よし……」

 

 すべての作業が終わった。

 ベンカストの血液で"雨の"装備シリーズに彫刻文字を刻み込み、魔法陣の交点に配置する作業。

 半径だけで何百kmとある魔法陣の各所に意味のある──と思い込んでいる──言葉を刻み込む作業。

 プラスして、刻まれている文字の頻出割合やパターンからある程度のアルファベットを割り出す作業。

 

 全部まぁまぁ大変だったけど、エンチャントのグリッチ……指定文とか関数変数を探している時と似た楽しみもあったな。コトが済んだら彫刻文字の研究をしてみるのもいいかもしれない。

 

 魔力増強系のアクセサリでフルに充填した魔力。魔法陣の整備。

 新たに考え出した指定文。

 これだけやれば、いけるはず。

 

 問題は……帰ったら幽霊扱いされるんだろうなぁ、ってこと。

 ここへ来てから何日経ってんだって話なんだよな。いやー老骨には堪えるぜ。

 

「なんて。幽霊扱いも今更か」

 

 さぁ、起動しよう。

 この世界とおさらばするための──第一歩、ってな。

 

能力付与(スキルエンチャント):Enc(ID:Messiah_Salvation--).Ob(ID:ElfBlood).Op(Active(Coercion)/Range("SESSION")」

 

 (やなぎ)、櫟、柳、柳、花楸樹(ななかまど)針金雀児(はりえにしだ)、苛草。

 

 中央の文字の方向から勝手に判断した東西南北。その北側にある装備群に輝きが灯る。

 ベンカストが死んだときに光った魔法陣と同じ色の、けれど淡い光。それは消えずに残る。

 

能力付与(スキルエンチャント):Enc(ID:Messiah_Salvation--).Ob(ID:ElfBlood).Op(Active(Coercion)/Range("LOGIN")」

 

 次は(にれ)、針金雀児、木蔦、花楸樹、苛草。

 西方向の装備群に輝きが灯る。完全励起状態にないから、光は今にも消えそうなほど淡い。それでいい。

 

能力付与(スキルエンチャント):Enc(ID:Messiah_Salvation--).Ob(ID:ElfBlood).Op(Active(Coercion)/Range("CURRENT")」

 

 榛、土、接骨木、接骨木、櫟、苛草、柊。

 これが南。

 

 そして最後に。

 

能力付与(スキルエンチャント):Enc(ID:Messiah_Salvation--).Ob(ID:ElfBlood).Op(Active(Coercion)/Range("■■■■■■■■")」

 

 花楸樹、葡萄、葡萄、針金雀児、接骨木、柊、樅、楡。

 東側も淡い光を放ちだす。

 

 おっけーおっけー。

 ここまではおっけーだ。

 

 そして──。

 

「あとは、もっかい魔力が回復するまで待つ……!」

 

 そりゃね。

 四回もこんな射程の広いエンチャント使ったらね、枯渇するよ、魔力。

 

 淡い光に包まれる──けれど消えない光の中に寝っ転がって、時を待つ。

 次、魔力が回復しきったら出て行ける。

 

 誰もいない場所なんてまっぴらごめんなんだ。早く"何故かお守りくれる怪しい老人ロールプレイ"をしたい。それが生き甲斐なんだから、それを奪ってくれるなよって話。

 まぁ無理矢理来たの俺なんだけど。

 

 ……怖いのは。

 

 ベンカストとかまおうとかラクサスがなんか画策してくれてて……イレチになっちゃったら、まぁ。

 

 ね?

 



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17.ロールプレイ含有率50%

 それは黒曜山へ向かう最中のこと。

 

「まおう。あなたはガシラさんのこと、どう思っていますか?」

「なんだいきなり改まって」

「まおう。僕はね、とても性格が悪いんです。たとえ命の恩人であったとしても、昔懐かしの顔であったとしても──疑えるし、見限ることができる」

 

 時間の停められたルクリーシャを担いで走るアニータ。その横を追従するラクサス。

 あの二人には聞こえていないだろう内緒話。

 

「……ガシラの何が怪しい」

「おかしい点はいくらでもあるんですよ。僕たちの知らないスキルをエンチャントしたタリスマン然り、彼が何故まだ生き永らえているのか然り、ね」

 

 ラクサスに使わせたというイベントフィールドへの転移を行わせるスキル。その前に貰ったINTコンバートなるタリスマン。

 そして──彼がヒト族であるという事実。

 獣人や魔族、エルフ、ハーフリングなんかより、ヒトの寿命は果てしなく短い。

 

 けれど千年。

 稼ぎ頭3は千年、老人のままだった。

 

「ただそれはおかしい点であって怪しい点ではありません。あの秘密主義者のことです、隠し球なんか数えきれないほど持っていることでしょうし」

「だな。それで、怪しいのはなんだ」

「彼がロビー空間に行ったこと、そのものです」

 

 前方、修復された黒曜山。その山頂は霞んで見えないほど遠く、高い。

 

「先ほど説明した通り、僕はなんらかの干渉を受け、肉体から精神を追い出される形でロビー空間に行きました。あの時の僕が精神のみの存在であったことは、アークビショップの精神干渉系スキルで証明済みです」

「……お前の肉体は魔界にあったんだったか」

「ホロウナイトに乗っ取られる形で、ね。さてここで問題」

「じゃあガシラがその身のままに行けたのはどうしてか、って話だろ。霊体ってわけでもないアイツが」

「はい。驚きましたよ。あそこがロビー空間だと認識した直後に自身の性質を確認して、そのすぐ後くらいでしたからね。生身のガシラさんが出現したのは」

「で? 殺してはみたのか?」

「あはは、できるだけスマートに殺すつもりだったんですけど、想像の千倍くらい用意周到で。フラジールナイフ二三本に加え、魔法効果のあるスキル二発、さらには『背針(バックスタブ)』まで使って一度も殺せませんでした」

 

 蘇生可能だから。

 怪しければ殺してみる、なんてのはただそれだけの理由。こればかりは稼ぎ頭3には真似のできない所業。タリスマンはあくまで所有していなければ発動させられない。

 死体になったものに後から持たせても意味はない。

 

「HPが全損する攻撃ではあったわけだ」

「はい。ちなみに僕にはHPバーはありませんでした」

「何か違うルールのもとにいるかもしれないって、そう言いたいワケだ」

「可能性ですけどね。もしガシラさんが僕たちと同じなら、ラクサスさんの目の前に脱け殻となったガシラさんの身体がおいてけぼりになってもおかしくはないと思いませんか?」

「……ダメだな。生憎戦闘以外はからっきしだ。お前にそう言われると、そうなんじゃないかって気がしてくる。だから俺は、あくまで中立視点にいさせてもらうよ」

 

 肩を竦めて。

 まおうは、力無さげに首を振る。

 

「勿論それで構いません。僕が誰彼構わず疑う人なら、ガシラさんは誰彼構わず信じる人。そしてあなたは、どこまで行っても自分を見失わない人ですからね」

「ふん、誰彼構わず信じる奴が、身体に二十個も三十個も保険を仕込むかよ」

「あはは、それもそうでした」

 

 飛ぶ。

 二人が眼下に収めるは、何か違うルールのもとにいるのだろうデーモンの青年。聞こえないふりをしているだけで、全部拾っている。全部記憶している。

 魔神。問い合わせ。第十七代魔王。世界最高にして最古の能力付与術師(スキルエンチャンター)。聖王法国。

 流石にボロを零しすぎだとは思わなくもないけれど、ベンカストもまおうもラクサスの正体についてはほとんど勘付いている。

 魔神がなんであるかについても。

 

 だからこそ、やっぱりだからこそ、怪しく見えるのが稼ぎ頭3だ。

 

「オブシディアンドラゴンの件。JJJメールが来ましたよ。イベント聖霊がいるかもしれない、と」

「そうか。そもそもリポップしてない時点でどこかに閉じ込められているか封印されているかだろう。イベントフィールドへ自由に行き来できるスキルに、イベント聖霊の出現。関連性が無いというのは無理があるな」

「……もし、ガシラさんが運営側の人間だったら……どうします?」

「どうするも何も。今更帰りたいか? 現実に」

「あはは、死んでもごめんです」

「俺もだ」

 

 さて──そろそろ辿り着く。

 稼ぎ頭3をこの世界に呼び戻すための儀式場。

 黒曜山。魔界で一番高い山。

 

「では僕は先に」

「ああ。俺はラクサスと少し話しながら行く」

 

 ルクリーシャを担いだまま山肌を駆け上がって行くアニータ。その近くをふわりふわりと飛んでいくベンカスト。

 選手交代だ。

 あまり素早く動くことのできないラクサスは、まおうに捕まった。

 

 

 

 

 

「ラクサス、一つ聞きたい」

「おお、なにかな、マルクス・オールァ・ウィンダル」

「この山についてだ。お前はオブシディアンドラゴンテイム時にこの山を壊した。そうだな?」

「あ! い、いや……あー……まぁ、そうだ。やりすぎたと思っている」

「咎める気はない。我が問うているのは真実だけだ」

「お、ぅ、そ……そうか。うむ、あぁ、そうだ。オブシディアンドラゴンをテイムする際に、勢い余って崩してしまった。……セギが修復してくれたが」

 

 バツの悪そうな顔で告白するラクサスに、けれどまおうは顔を顰めて考える。

 

 まおうが魔王に就任した時には。

 というか、まおうが魔界に引きこもって、ダンジョンをすべて制覇したころには──黒曜山は半分になっていた。

 ()()()()()()()のだ。

 当時を知る者は口を揃えて言う。

 

 ──"アレは月が持って行ったのだ"と。

 

「……戻された? いつの間に……」

 

 残念ながら、まおうは魔界の全てを把握しているわけではない。 

 常に忙しく魔界を飛び回っている……とはいえ魔界自体がとても広く、一か所の問題を解決していたら、また今度は次の場所が、そこが終わればその次が……と。

 そういう環境であるのは、トップであるまおうとその下に大きな大きな隔たりがあるからなのだが。

 

 直上。人一人を担ぎながら、魔物への対処も忘れずに、ほぼ垂直に等しい山肌を駆けのぼっていくアニータ。ラクサス曰く彼女が第十七代魔王らしいが──少しばかりの笑みをこぼしてしまうまおう。

 アニータの問題解決能力はまだ未熟で、ファザクフルメルミリナは武力に傾き過ぎていて。

 まおうは頭の良い方ではないけれど、少なくともこの二人に魔界を任せることがあるとすれば、遥か未来の話だな、と思った。

 

「ラクサス。お前がオブシディアンドラゴンを倒した時、どのような魔法を使った? 山を削り取るくらいだ、広範囲且つ高威力の魔法と見たが」

「風属性最上位魔法エヴァドミカテディーガだ」

「……」

 

 まおうの知る限り、風属性の最上位魔法はカタストロフィというもの。無論魔法は日夜開発が続けられているのでまおうの知らない魔法もあるかもしれない。だけど最上位魔法ならば──つまり火力を出す魔法ならば、まおうの嗅覚に引っかからないはずはない。

 もう、ほぼ確定。そして。

 

「その時黒曜山を砕いたのか? それとも消し飛ばしたのか?」

「いや! ……あー、その。気付いたら消えていた、が正しい。オブシディアンドラゴンめがけて魔法を撃ったのだが……エヴァドミカテディーガはエフェ……周囲が見えづらくなるほどの暴風を起こす魔法だ。その効果が終わったころには、という具合だな」

 

 聞き取りはそれで十分だった。

 

「ラクサス、少し遅れ過ぎている。急ぎたい。我の手にバインド系の魔法を使うか、我にバインド系の魔法を使われるか、どっちがいい?」

「あー、その、ならば後者で頼む」

「ほう? 我がお前を完全に拘束し、山頂から捨て去るやもしれんぞ?」

「オレなりの誠意というか、謝意だ。もしそういうことをするのならば、それもやむなしだ。オレはそれだけのことをしてきたし、それだけのことを仕返される動機も十分にある」

「……まだ引き摺っておるのか。陰気な男よ」

「うっっっ!?」

 

 何か。

 ラクサスというか、ラクサスではない誰かにぐっさりと刺さったらしいその言葉も、放った張本人は何を気にするでもない。

 無造作に取り出した蔦でラクサスの胴をぐるぐる巻きにし──。

 

「『高度確保(インジェクション)』」

 

 そのスキル使用と同時に、物凄い勢いで飛び上がった。

 

 

 

 

 まおうとラクサスが黒曜山の頂上に着いた頃には、儀式の準備は終わっていた。

 本来であればオブシディアンドラゴンの眠っているへこみ。そこに書かれた魔法陣。まおうをして見覚えのないソレは、何かを基に再現されているらしかった。

 

「あ、来ましたね遅刻組。それじゃあラクサスさんはあっちの点、まおうはそこの点に立ってください。あ、そうだラクサスさん。時間停止中の相手から魔力って搾り取れますか?」

「い、いや不可能だ。時の止まった奴は、いかなる干渉も受け付けない」

「そうですか。では改めてルクリーシャさんの拘束をお願いします。できればあの時とは違う種類のバインドで。そうじゃないと約束を反故にしたことになりかねませんから」

「……わかった」

 

 ラクサスもとうとう観念したらしい。

 この非道、もとい作戦担当の性格を。

 言われた通り違う属性のバインド魔法を使ってルクリーシャをこれでもかと拘束する。

 

「時間停止を解くのはこの魔法を使い始めたときで構いません」

「了解した」

 

 それぞれが魔法陣の交点に立つ。

 当たり前のように従う三人に、ベンカストは苦笑した。もしこれでベンカストが彼らの命を生贄にするような魔法を使ったらどうする気なのだろう、と。

 この魔法を使ったらどうなるかくらいの説明は求めてくださいよ、と。

 

「いいですか? 実はタイミングはかなりシビアです。ロビー空間とこちらの世界は、本来繋がってはいけない場所。なんらかの力で遮られているはず。そこに穴を穿つのですから──あるいは、何か良くないモノが流れ出てくるかもしれません」

「問題ないだろう。ここにいる四人だけでほぼ最高戦力だ。ルクリーシャは協力しないだろうが」

「はい。ですが縛りがあります。あなたたちは、というか僕を含めて、絶対に交点から動いてはいけません。僕らが一歩でも交点より外に出れば、魔法陣は意味を失い、瓦解するでしょう」

「アニータ。一歩も動かずに敵を倒す──できるな?」

「うん、できるよおかあちゃ……あ、えーと、お母さま」

「今更取り繕って何になる。儀式に集中するためなら、呼び名や作法などどうでもいい」

「……わかった。頑張るね、おかあちゃん」

 

 ベンカストはラクサスを見る。

 頷くラクサス。

 

「儀式を開始します。──ラクサスさん」

「ああ。時止めを解除する」

 

 言葉と共にルクリーシャの体から青色が抜けていく。

 状況把握は早かった。騙されたのだと気付いて、けれど動かない体に歯噛みして。

 

「行きますよ──」

 

 魔法陣が、赤く輝き始める──始めたけれど。

 

 誰もが予想していなかった。そこに、巨大な影が落ちることなんて。

 

 

 ☆

 

 

 魔力は充填した。

 全域の装備に前提エンチャントを付与してある。

 

 あとはこれを励起させるだけだ。

 

「願わくはあいつらが変な気を回していないことだけど──気にしててもしゃーなしだな」

 

 むくりと起き上がって。

 手を掲げて──降ろす。

 

能力付与(スキルエンチャント):Enc(ID:SkillEnhancer_LosEffect---).Ob(ID:ElfBlood).Op(Active(Coercion)/Range("CONNECT")」

 

 瞬間、世界が赤に染まる。

 ロビー空間でまず見ることのない色。魔法陣の輝きが世界全体を照らし尽くす──あり得ない状況。

 

 各地でひときわ強い光──各七文字の刻まれた"雨の"装備から、赤の光が立ち昇る。

 それは空、今の今まで金色の光を降り注がせていた天空へと突き刺さり、"穴"を穿った。

 

 世界を救う魔法救世(サルベイション)。その反転スキル。

 そこに、増加効果(ゲインエフェクト)の反転スキル減少効果(ロスエフェクト)を掛け合わせた。まぁマイナス*マイナスはプラスになる……と思われがちだけど、スキルの効果はそういう数学に即したものじゃないからな。

 単純に救世(サルベイション)の効果へさらにマイナスを付け加える結果になる。

 

 救世(サルベイション)の反転。別にスキル名が変わるわけじゃないけど、名付けるなら──。

 

壊世(ドゥームスデイ)──など、どうだ?」

「……ほ?」

 

 あとは壊していくだけだと。

 あとは壊れていくだけだと、先ほどまで晴天だった空を見つめていたら、後ろから声がした。

 

 聞いたことのない声だ。

 

 振り返る。

 

「……ほ、何故お主がこのような場所におる?」

「おや? 私の身体(アバター)に見覚えがあるのかね? 口ばかり出して、けれど最前線に出ることなく、私という死地の前に友を送り出した卑怯者が」

「ほほほ、随分ととげとげしいのう。儂ら、そんなに仲良かったか?」

 

 そこにいたのは、眩しいまでの黒を放つ──神だった。

 神。

 この世界がデスゲームになった時、「己を倒せば諸君らは解放される──挑め、嘆け、英雄(プレイヤー)たちよ!」と発破をかけてきた張本人。

 攻略組が決死の思いで討滅したデスゲームの仕掛け人。通説においては「中身は運営の誰か」とか「クラッカー」とか──「悪意のあるプレイヤーの誰か」とか。

 いろいろ言われていたっけ。

 

「クク……大いなる矛盾を孕む卑怯者。自分ばかりが良い思いをして、他者に知を分け与えない愚か者」

「ほほほっ、異なことを。確かに儂は秘密主義者じゃがのぅ、お主に愚か者と呼ばれるほど堕ちた覚えはないぞい。のぅ、神を騙る偽り者殿?」

 

 が、残念ながら、コイツは神じゃない。

 神はもっと神々しかった。神はもっと圧倒的だった。アイツはもっと──傲慢で。

 絶対にプレイヤー個人に恨みを抱くような、そんな小さい奴じゃなかった。

 

「他の遺骸を着てまで儂に接触するとは、余程酷い顔をしておるのかのぅ。ほほほ、儂も枯れ木じゃが、お主は焼け木か? 山火事は怖いのぅ怖いのぅ」

「ほざけ、悪質プレイヤー。貴様が行ってきた数々のグリッチ。それらは到底許されるものではない。よってここに俺が裁決を下す──永久BANだ、稼ぎ頭3」

「ほほほ、口調が崩れているぞ、偽神。いや、魔神、と呼んでやった方が嬉しいか?」

 

 このタイミングで俺に接触してくるやつが誰かなんて決まっている。

 血のルクレツィアとヴォルケインを使って命を集め、ラクサスを遣わして何かをさせようとしていた者。

 ラクサスがあの様子だ。ベンカストの証言もある。恐らくアイツをこの空間に飛ばしたのもコイツなんだろう。単なるホロウナイトにそんな力があってたまるか。

 

 世界の崩壊はまだ半分も行っていない。

 俺の見立てでは、完全な穴が穿たれた時、その穴に吸い込まれてあちらの世界に排出されるはずだ。

 

 よってそれまでコイツと対峙しなければならない。

 何をしてくるかも予想のつかない魔神と。

 

「何を画策しているのかは知らんが──」

「っ、」

「無駄だ、と伝えておこうか。この身体の性能を知らぬ貴様ではないだろうからな」

 

 激震と灼熱。

 

 痛みなど久しぶりだ。

 ははは、ずっと『物理無効』に頼ってたからな。まったくベンカストのやつめ、実は魔神の手先なんじゃないか?

 

「ほう? 存外動けるではないか。背骨を持って行ったつもりだったが……脇腹の肉しかこそげんとは」

「ほほほ……こちとら非戦闘ジョブで千年を生き抜いてきたんじゃよ。それなりの修羅場はくぐっておる。お主のような圧倒的強者と戦ったこともあるとも」

 

 手も足も出なかったが。

 最終的に駆けつけてくれたフレンドに救われたが。

 

「知っているさ。卑劣にも仲間の背に隠れ、戦いを拒んだのだろう? そしてそこで一人を失った。貴様は渡せたはずだな? いくつもいくつも……貴様のインベントリを圧迫している回復系のタリスマンを。貴様がグリッチで作り出した、理外のアクセサリを。だが貴様はそれをしなかった。結果一人が──ある少年の命がこの世を去った」

「ほほ、物知りじゃのう。物知り博士の称号をあげるとしようかの」

 

 随分と昔の話を知ってやがる。

 そうだな。俺が出し渋ったせいで一人を救えなかった。それを「俺のせいだ」と傲慢に背負うつもりはないが、確かに救えた命ではあったんだろうさ。

 そもそもプレイヤーやプレイヤーの子孫を守りたいというのなら、会う奴会う奴に『帰還』のエンチャント渡せって話だしな。

 

「それをしないのは、何故だ卑怯者」

「ほ? なんじゃ、思考でも読めるのか? ──だったらロールプレイなんかやめだ。そんで、なんでかって? 決まってるだろ」

 

 いつでも生き返ることができる、なんて考えになったら。

 ゲーム時代では許されたそれ。だけどデスゲームになって、誰もが気を引き締めて、生きて、生きて。

 

「今更引き戻すつもりはねえのさ。何度も言ってるだろ? ベンカストも言ってただろ。俺は生きてるプレイヤーが大好きなんだよ。屍兵となって敵に自爆特攻していくやつとか、人間としても終わった生活してる奴とかは対象外だ。そいつらと比べるなら、子孫の方を取るね」

「屁理屈を」

 

 ぶち、という音がした。

 左側だ。ああ、気付けば左腕の肘から先がない。

 

 いやぁ、しかし『痛覚無効+++』作っててよかったな。そんなスキルないから当然グリッチだけど、これ無かったらのたうち回ってたぜ。

 しかしまぁ、ありがたいね。

 どうやら魔神殿は俺を甚振るのが好きな様子。このまま時間を稼げば──。

 

「成程な。貴様の悲鳴が聞けない理由はそれか」

 

 あ、やべ。

 

「ならば──クククッ、貴様へ悪夢をくれてやろう。──『能力無効』」

 

 ──。

 おいおい、能力付与術師(スキルエンチャンター)に対してソレはズルじゃないか?

 

「物理攻撃が主体である戦士に『物理無効』を以て挑み、魔法使いへは『魔法無効』を以て戦う貴様が何を言う」

「ここ千年生きてきたがね、一度だって挑んだ覚えはねえよ。大体巻き添えだ」

 

 さて。

 どうするか。

 

 すでに発動済みのスキルが消えていないのは幸いだな。干渉できないと見た。

 だけどステータス底上げ系とか『痛覚無効』とかは消されちゃったわな。

 

 ん-、絶望絶望。

 

「……貴様、何故そんなに呑気であれる? 今──貴様は、窮地にある。貴様が狙っているアレが開くまでにはまだまだ時間があり、貴様の力の源たるスキルはすべて無効となった。痛みも尋常ではないはずだ。正気など保っていられないはずだ」

「いやぁ、小物だねぇ。俺も他人のこととやかく言えない程の小物である自信があるけどさ。理解できないもんを目にした時、その動揺を全部口に出しちゃうのがあまりに小物。というか説明役のモブ感凄いな」

 

 痛いさ。苦しいさ。

 でもそこまで行ってくれたら俺はもう大丈夫だ。

 

 それに至るまではバリバリ動揺するけどな!

 

「なぁ魔神。二つばかり疑問がある」

「時間稼ぎには乗らんと言ったはずだが?」

「ルクリーシャ……血のルクレツィアとヴォルケインにあんな呪いをかけたのは何故だ。プレイヤーを殺すためなら、お前が出張った方が早いだろう。……いや、もしかしてお前、こっから出られないのか?」

 

 足が折れる。

 べちゃ、と膝をついた。

 

「はー、成程ね。だからルクリーシャに取引持ちかけて……いや、それでも違うな。プレイヤーを殺すためだけじゃない。欲しかったのは命の方だ。そもそもその取引があったのはゲーム時代。つーことは、最初はフレーバーテキストだったのか? それが現在のルクリーシャに引き継がれていることに気付いたアンタは、ほくそ笑んでそれを利用しようとした。そんだけの理由だったりする?」

 

 じゃあホントにコイツは運営側の人間かもなぁ。

 アレか? 巻き込まれたか? 首謀者があの神だとして、なんだろう、メンテかデバッグか、とかく何かしらの運営業務をやってる最中に、あの神が勝手にデスゲームを始めた、とか。

 おお、攻撃が鋭くなった。図星か。わかりやすい奴だなぁ、ベンカストと一対一で話してみてほしい。

 

「はははっ、そいつはなんとも、不憫じゃねえか、魔神。で? ラクサスを遣わした理由はなんだ? ──アレか? 外部の運営から『お前を出してやる代わりに』とか頼まれたか?」

「……馬鹿が。ただの人間相手に、俺が下手に出るはずがないだろう」

「いやぁ、だってデスゲームだぜ? 外部の連中……運営が意図してやったことなのか、神一人の独断なのかは知らねえけどさ、モニタリングはするだろ、俺達を。で、その中に運営側の……巻き込まれただけのメンバーが一人混じってたら接触図ろうとするだろうさ。そうして接触してきた奴らに、なんだアンタ、『この魔法を撃たれて死にたくなくば、俺に従え』とか言ったって? はははっ、冗談はよせよ」

 

 画面の向こうのキャラに怯える奴がどこにいるんだってな。あ、ホラゲーは別で。

 

「俺は魔神だ。貴様らの常識で俺を語るな」

「だぁーったらとっとと出てけっつーの。アンタが外の世界に干渉できるなら、その力引っ提げて外の世界で無双でもするだろ。アンタの性格だ、あっちの世界でも神を名乗りそうなもんじゃねえか」

 

 思い切り蹴飛ばされる。

 こちとら元より枯れ木老人。スキルの封じられた今、体力も回復しなければ何の耐性が強いわけでもない、本当にただの老人だ。

 死など、すぐそばにある。

 

「……その状態で、よく俺を挑発するものだ。命が惜しくないのか? クク、命乞いの一つでもして見せろ。気が変わるやもしれないぞ?」

「はは、俺の言葉一つでブチ切れて、中々俺を殺さないような奴の何を畏れたらいいんだよ。──そんでもってな、魔神」

 

 仰向けに転がる。

 もう無理だ。強がりもここまで。どんだけ無視しようとしたって、血液が失われ過ぎた。『造血』とか作っておくべきだったか。どのジョブのスキルだよって話だけど。

 ああいや、それ作ってあっても無理か。『能力無効』ねぇ。そんなスキル見たことも聞いたこともない。

 

 もしかしてグリッチだったりして。

 おいおい、だとしたら使用種族まで弄れるのかよ。あるいは新しいスキルを自前で生み出せるとか? ずりぃー、運営権限ずりぃー。

 

「終わりだ、稼ぎ頭3」

「……みたいだな。殺すか」

「ああ。悪質プレイヤーは永久BANだ。この世から、な」

「んじゃあ最後。さっき言ったように、二つ質問したかったんだ。一つはさっきので解消したからさ、もう一つ聞かせてくれよ」

「その死に体で、随分と明朗に喋る……ふん、いや、いい。今ならこれが時間稼ぎであっても、貴様が天に吸い込まれる前に貴様を殺し切れる。答えてやろう」

 

 ごふ、と血を吐く。

 保ってあと数分か。まぁまぁ、そういうこともある。

 

「千年間。この千年間の間動かなかったのは、なんでだ。外部からの接触が無かったから、だけじゃねえだろ。というか、お前がアクションをしたから外部のやつが観測できて、だから接触があった。違うか」

「……正解だ。そして、この千年間動かなかった理由はただ一つ」

 

 空の赤が、黒に染まる。

 俺の目が死んでいっているのか。

 

 それとも。

 

「貴様だよ、稼ぎ頭3」

「あん? 俺?」

「そう、貴様が──」

 

 言葉は最後まで紡がれなかった。

 魔神を消滅させるが如く、このスキルの無効となった空間に光線が降り注いだからだ。

 

 黒。

 さっきの黒だ。

 

 黒が──降りてきて。

 

「……よかった。死んでないみたいですね。まおう、ラクサスさん!」

「わかっている!」

「な……あの姿は」

「アニータさん、セギを持ってきてください! あ、潰さないように」

「承知です!」

 

 黒。黒だ。

 巨大な黒。

 

 ──オブシディアンドラゴン。

 

「っ、みなさん! 空の穴に動きが……閉じかけてます!」

 

 その上には、あのフィルギャの少女もいる。

 

 ぐ、と。自分の体を持ち上げる力。

 それは赤髪の少女。ああ、なるほど。こうして至近距離で見るとわかる。確かに顔立ちはまおうそっくりだ。 

 持ち上げられ、何の衝撃も来ないままにオブシディアンドラゴンの上まで運ばれて。

 

「やっぱり早いですね」

「く、あれは死んでないな! まぁ主目的はそれではない──ユティ、ウィル! 頼むぞ!」

「はい、魔王様!」

 

 オブシディアンドラゴン──ウィルが大きく翼を広げる。

 

「──ダメだ、来るぞ!」

 

 声を上げたのはラクサスだった。

 彼にとっては雇い主であるはずの魔神。それに対し、それの狙うものに対し、そんな態度でいいのだろうか。

 そしてその言葉と同時、到底個人では成し得ない規模の魔法が全方位に展開されていく。

 能力封じはアイツにも効いてんのな。スキルの方が理不尽で展開も早いから、そっちの方が効率良いはずなのに。

 

「問題ありません、離陸してください。僕とまおうが守ります」

 

 言葉にウィルが翼をはためかせ始める。

 ドラゴンライダーさながらにウィルの首元に乗ったユティ。それを守るようにベンカストとまおうが座り、俺を決して離さないようにだろうアニータが俺の身を引き寄せる。

 

 ラクサスは──。

 

「ッ、コラティスドクサス!」

 

 杖を掲げ、何か金色の環を作り上げた。

 俺たちの周囲に。

 

 それは天へと立ち昇り、同時に魔神の展開した数多の魔法を弾く。

 

「──おいアブラクサス。それは──寝返ったと。そう判断するが、良いんだな?」

「構わない! オレは今、オレが正しいと思った方に力を貸す! オレの目から見て、魔神、アンタのやり方は気に食わない! 卑怯だ! だから、オレは──」

「んじゃその権限は剝奪だ」

「!」

 

 金色の環に綻びが生まれ始めた。

 どうやらこれはラクサスの魔力で成り立っていた魔法らしい。だからラクサスから権限なるものが剝奪され、魔力を失って、それを保てなくなったのだろう。

 

「行ってくれ!」

「ウィルさん!」

 

 一瞬速度を失っていたウィルが、再度力を取り戻す。

 そして物凄い速さで離陸を始めた。ドラゴンの飛び方ってそうだっけ。いやまぁ元来の飛び方なんかハナから知らないけどさ。

 

「ほ……アニータ嬢、先に渡した人形を、覚えておるか?」

「え? ……あ、もしかしてあの時の幽霊……さん?」

「ほほほっ、まぁ呼び方は何でもいいわい。そのうちの、そう、そっちじゃそっち。ソレをウィルの身体に押し当てておいてくれんか?」

「……わかりました。信じます」

「ついでになんか失意の底で落ちていきそうなラクサスも支えてやってほしいのぅ」

「えっ、えっ……じゃあ、えと、人形は足で、お二人は手で……」

「ホホホホホ……」

 

 ある程度の高度まで来た瞬間、全身のタリスマンが一斉に活性化を始めた。

 おそらく能力無効の範囲を脱したのだろう。いやはや、ずるいよなフィールド系スキル。物理無効と魔法無効もどうにかすれば範囲にできるのかなぁ。

 

「『聖なりし者よ、我らに恵みを与えたまえ(プレイングフォーレイン)』」

「トールスマッシャーMk2!」

 

 崩れ行く金の環。

 魔法を弾く効果の薄れたそれに、下方から魔法が殺到する。

 それらすべてを叩き落す紫電。突如曇った金色と赤の空から、俺達だけを避けて超威力の雷が降り注ぐ。

 

「ウィル、あと少しだけ頑張って! 穴が閉じちゃう!」

「……!」

 

 飛ぶ。飛ぶ。

 その翼を大きくはためかせて──そうして、辿り着く。

 

 

「馬鹿共が。一番の隙がどこなのか──わかりきってんだろうが!!」

 

 

 声は、真下から。

 ──真っ黒な光がウィルの中心を、貫いた。

 



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18.ロールプレイ含有率99%

 無論、その程度を読んでいないはずがない。

 一番の隙がどこなのか、なんてわかりきっているから、対策はしてあった。

 

 それはさっき俺がアニータに持たせていたもの。その片割れ。

 人形──『身代わり』のエンチャントの施された人形は、ウィルの代わりに黒の極光へと貫かれる。

 

 そうして、そうして。

 俺達一行は、ロビー空間から脱することができた。

 

 ……ロビー空間からは、だけれど。

 

「なんじゃぁ、ここは」

「謎空間です」

「謎……空間?」

 

 体力継続回復(リジェネレイト)で少しずつ再生していく肉体を感じながら、この……真っ黒な何かが迸る空間を見上げる。

 まぁ、なんとか、生き残ったか。

 

「魔界とロビー空間の間にある謎空間。あるいはロード中の暗闇のあそこ。そんな感じでしょうね。……さて、セギ。このまま帰ったらあなたは全てをはぐらかすでしょうから、全員がいて、且つ逃げられないこの場で聞きます」

 

 ベンカストが──いや、まおうまでもが、俺に冷たい目を向けてくる。

 おや。

 なんだろう、この。

 

「あなた、()()()()H()P()()()()()()()()()()か?」

「……ほほ」

 

 身体が癒えていく中で、それらに目をやって。

 ベンカストは厳しい声色を出す。これはいつもの善意の嘘とかではなく、本当に問い質している声。

 疑っている声だ。

 

「たとえ、本人がどれだけ強い意思を持っていようと、僕たちはHPバーが全損すれば、死にます。腕を千切られても、足を折られても、それがなんだと不屈の精神で居続けることは勿論できるのでしょう。ですが、それとは一切関係なく僕らの命はHPバーに依存しています」

 

 それは、その通り。

 そして俺のHPなんざたかが知れている。

 

「あそこ、地上付近。スキルが使えませんでしたね。能力付与術師(スキルエンチャンター)にとってスキルが使えない状態は死も同然。あなたの身体に仕込まれたいくつもの生存系エンチャントは使えなかったはず」

「……」

「そんな中、あれだけボロボロになって……あなたのHPが全損していないわけがないんです。その怪我のどれであろうと、あなたは死んでいるはず」

 

 正面に光が見えてくる。

 暗闇を抜けるのだろう。

 

「話す気無さそうなので質問を変えます。あなた、()()()()?」

 

 そうして、ようやく。

 暗闇から脱したその場所は──。

 

「セギ。お願いします。──僕にあなたを殺させないでください」

 

 空。赤黒い魔界の空。

 その高度は凄まじく、だからそこが、本来の黒曜山のてっぺんであることが分かった。

 

「ほほ……異なことを言う。儂は単なる」

「ベンカスト、その聞き方だとこいつは口を割らんぞ。どれ、セギ。今のお前にはオバンシー殺害、あるいはその殺害者へ加担したのではないか、という容疑がかかっている。否定材料はあるか?」

「は?」

 

 思わず素が出る。

 肩を竦めるまおう。ベンカストも、はぁ、なんて溜め息を吐いた。

 何が起きているのかわかっていないアニータ嬢、未だ意気消沈しているラクサスを蚊帳の外に、あとユティとウィルも放ったままプレイヤー同士の会話を続ける。

 

「俺が……儂がそんなことをするわけないじゃろ」

「確かにそうです。あなたはプレイヤーを何よりも大事にする。そんなあなたがプレイヤーを殺したり、それに加担するなどということはありえない」

 

 ただし、と。

 ベンカストはいくつかのスクショを取り出す。

 それはメールの文面であったり、あるいは写真であったりと様々。そしてそこには必ず俺がいた。俺の名前か、俺の姿があった。

 

「ただし、例外があります。プレイヤーを殺したくないあなたは、殺したくないがあまり、()()という道を選ぶことがある。誰にも見つからない場所で、完全な人払いをして相手を呼び出し──停止させる。この千年で三件、あなたはそれをプレイヤーに対して行った」

「ほほほ……儂にそんなことができるとでも?」

「知りません。僧兵からの報告書には何らかの方法で行った、としか書かれていませんでしたので。ただし、行った対象には共通点がありました。殺人です。それも()()()()。あなたにとって最も禁忌である行いをした三人は、セギ、あなたとひと気のない場所に行った後、姿を消しています」

「それは些か……決めつけが過ぎるんじゃないかのぅ。現場を見たわけじゃないんじゃろ? この写真とて、儂が森に入る後ろ姿だとか、誰とどこへ行ったが見失った、とか……ほほ、決定打にはなりえん」

 

 肉体機能はほとんどが回復した。

 魔力ばかりはまだまだだけど、どの道魔力なんて滅多に使わないからな。どうでもいい。

 

 問題は……アニータ嬢か。

 さっき言っちゃったのはマズかった。そこまでがっちりつかまなくても。

 

「ええ、だから容疑です。セギ。法国にいる連絡役が、ガナデ村の住民から証言を聞きだしたとメールをくれたんです。内容は単純。『オバンシーさんがいなくなる前に、セギという老人が村を訪ねてきた』──と」

「……」

 

 どうにか逃げようとしていた思考を止める。

 あんだって?

 というか、だから、オバンシーさんの殺害の加担? やるわけねーだろ。なんで俺がオバンシー殺さなきゃなんねえんだよ。アイツ良い奴だぞ。

 

「どうしてガナデ村に行ったんですか?」

「行ってないのぅ。儂は国でずっとお守り配っとったから……人違いじゃないかのぅ」

「成程。では、あなたの疑いは晴れました。どうやって死なないようにしているかについては話したくなったら話してください」

「ほ? ……そんなので信じるのかの?」

「あはは、僕と違って後ろめたいことに関する嘘は苦手でしょう、あなた。顔と声色とその糸目の瞳孔の開きと首筋の脈拍で嘘かどうかくらいはわかりますよ」

「怖いって」

「セギ。我らはオバンシー殺害の下手人が此度の事件の黒幕であると睨んでいる。初めはラクサスかと思ったが違った。血のルクレツィアでもない。そしてそれらを遣わした魔神めの手口とも少し違うように思う。つまり、一連の事件の中でオバンシー殺害およびガナデ村呪毒フィールド化だけが全く別の事件なのだ」

 

 それは。

 言われてみれば、確かに。

 

「あぁ、イベント聖霊の件とオブシディアンドラゴン……ウィルの件は本人たちから聞いた。JJJ達を謀ったことはあまり褒められたことではないが、最終的に誰も死ななかったのだから問題は無い。我はそういうトコきっちりしなくてもいい性格故な」

「ご、ごめんなさい、助けてくれたことを話したら、話しちゃいけないことだったみたいで……」

 

 ちょっとだけユティの方を見れば、彼女はそれはもう焦って焦って弁明をしてきた。

 ……ベンカストが詰めたんだろうなぁ。

 

「血のルクレツィア、ヴォルケインの件は全く終わっていないが、魔神とラクサスの件については大体の全貌が掴めた。だからこれはもう後で良い。問題はその黒幕の方で、だからこそ死んでも死なないお前が疑われた。そういうことだ」

「あー……と?」

「シリアスは終わり、ということだ。そろそろ気付け。おぉい、ウィル! そろそろ降りてくれ!」

 

 まおうの言葉に、ウィルがゆっくりと降下を始める。

 

 えーと。

 なんだ。

 つまり、俺への容疑は晴れたけど、正体不明の黒幕がまだ残ってて、これからはそれについて考えなきゃいけない、ってことだな。

 ラクサスは犯人じゃなかった。魔神も……まぁ多分違う。オバンシーさん殺害事件においては、不幸にも今回色々な事件が重なってしまっただけで、何の情報も得られていない、と。

 

 ずぅん、と音を立ててウィルが黒曜山のてっぺんに着陸する。

 

「む? なんじゃ、魔法陣……ってアレは」

「あ、はい。時間はあったんで、全部スクショ撮ってこっちに圧縮しました」

「いやそれより、あそこで倒れとるのは」

「ルクリーシャさんですよ。血のルクレツィア。魔力供給の人柱になってもらった後、ラクサスさんの時間停止魔法で固めて放置してたんです」

「……ベンカスト。お主倫理とかって知ってる?」

「あはは、あなたに問われる筋合いはないですね」

 

 まったく、可哀想に。

 ……ルクリーシャ嬢もヴォルケインもプレイヤーの子孫ではないことが分かった。

 だからもう過保護になるつもりはないし、積極的に解決してやろうという気も起きない。相手があの魔神だからな、呪いを解くってのは難しいだろう。

 

 が。

 

「ベンカスト、ラクサス、まおう、アニータ嬢。ちょいと話があるんじゃがの。あ、ユティとウィルは、快癒したようで何よりじゃ。助けに来てくれてありがとうのぅ」

「いえ……こちらこそです。あ、うん。そうだね、ウィル。えーと、この山で渡せるもので、何か欲しいものがあったら言ってください」

「ほほほ、要らん要らん。この山で採れるものなど腐るほど持ってるおるしの」

「え?」

「なーんでもないわい」

 

 まぁこちとら生産ジョブなんで。

 メインでしこたま集めた素材が倉庫に死ぬほど眠っていますよ。エンチャント関連だけだけど。

 

「話、ですか?」

「あたしも……?」

「……」

「セギ、流石にラクサスは置いてった方がよいのではないか? こいつ、この状態のままで意気消沈の欄に掲載できるぞ」

「あ……いや、大丈夫、だ。今オレに何が残ったのかを……確認していただけだから」

 

 帰ってきて初めて喋ったラクサス。 

 うん、その目には生気が戻っている。圧倒的な魔神ぱぅわーは奪われたみたいだけど、コイツ自身の元ステータスがあるんだろう。それを見込んで声をかけたわけだが。

 

「まず、まおう。──すまん」

「ん?」

「"雨の"シリーズ、全部使ってしまったわい。ロストじゃロスト」

「あぁ、構わんさ。お前が生き残り、出るために消費したのだろう? 今回我はお前を死地に送った──その代価と考えれば何も問題ない」

「懐広いのぅ。今ので永遠エンチャントいくつか要求されるかと思ったわい」

「あ、やっぱヤメで。要求する要求する」

「ほほほっ、良いのか? 娘が見とる前で、その態度」

「うむ、アニータ。目を白黒させているところ悪いが、普段のかっこいい母はたまにこうなる。何故ならこの二人は旧友。我にも若い頃があった、ということだ」

「え……あ、はい」

 

 "雨の"装備群は失った。

 けれど、得たものと持ち帰ってきたものがある。

 

「これは、覚えているな?」

「覚えているも何も我が渡したものだ。『血の杯』。なんだ、使わなかったのか」

「へぇ、これが。噂には聞いてましたが」

「綺麗……」

 

 ワインが少量入ったそのグラスは、赤色が混じっていて、アニータ嬢の言う通りとてもきれいなものだ。

 それをまおうに見せる。

 

「……」

「……」

「……」

「……え、いやなんだ? なんだこの間は」

「ほほ、気付かぬか、と思っての」

「気付く? 何にだ」

 

 ふぅ。

 よし、安心した。いや最近なんかまおうが頭良いムーブしまくってるからさ。ここらでアホ晒しておくとバランス取れていいわ。

 

「思い出してみろ。お主がこれを儂に渡した時と、今の違いを」

「……」

「……セギ、セギ。時間の無駄ですよ。こういう時絶対思い出さないのがまおうなので」

「うるさいぞベンカスト。少しくらい我にも考えさせろ」

 

 何かをまだぶつぶつと呟いているラクサスにも見せてみる。

 

「ラクサス、ラクサス。ほれ、これを見よ」

「ん……あ……いや、そうだな。よかった。お前が無事でよかったよ、セギ。オレは……オレのせいでお前が魔神の贄にされてしまったのかと……いや、そんな話はどうでもいいか。流石だ、世界最高にして最古の能力付与術師(スキルエンチャンター)。あの死の瀬戸際からこんな短時間で復活するなんて」

「助けに来てくれてありがとう、と言っておこう。それでラクサス、こいつを見てほしいんじゃが」

「ん? それは……血の杯か? しかしおかしいな、血の杯はなみなみとワインが入っているアイテムのはず……え、あ、いや、無印の時にあったかどうか知らない……じゃない、そうじゃなくて、ええとええと!」

 

 ま、ちょっと前まで違うゲーム出身だと思っていたラクサスだけど、このゲームの運営から遣わされた、って時点で気付くべきだったな。

 彼は。

 

「良い良い。この場にいる全員……アニータ嬢以外が気づいておる。お主、未来から来たんじゃろ?」

「あ……あー、いや、未来というか……未来、ではないか、な? 確かにお前たちの物語は知っているが、別にオレはその世界にいたわけじゃないというか……説明が難しいな」

「2の世界からいらした、ということでいいんですよね?」

「あー……2、とはナンバリングされてないけど、そうだな。えーと、あーと。それじゃあまずオレの自己紹介から始め、」

「ほほっ、それは今度にしてほしいのう。さて、まおう。今言われた通りじゃ。血の杯ははじめ、なみなみとワインが入った状態だった。それが減っておる。何故かの?」

「お前が飲んだのではないか?」

「不正解じゃ。誤答罰で解答権剥奪。ではアニータ嬢」

「ほへっ!? あ、あたしですか?」

「先ほどは色々とありがとうじゃ。では問題。最初はなみなみ入っていたワインが減っていた。儂が飲んだわけではない。ついでに零したわけでもない。ではなぜ減ったのか、わかるかの?」

 

 アニータ嬢は、ちらちらと周りを見る。

 まぁそうだよな。自分だけ知らない知識があることに彼女は気づいている。その上で、それでも頑張ろうという気概が見受けられる。

 

「わ……わかりました!」

「ほう。では、なんじゃ」

「蒸発したんですね?」

「不正解じゃ。誤答罰で解答権剥奪」

「連動している、ということですか。恐らく初めはプレイヤーが集め集めた赤の結晶。それでなみなみまで行って、さらにプレイヤーの魂を供物として捧げることでワインは溢れ……それが魔神との契約履行になる」

「履行になるかどうかはわからんがの。呪いの方も、奴がかけたというよりは運営が作ったフレーバーテキストっぽいし。まぁ、やってみる価値はある、ということじゃ」

 

 問題形式とかガン無視で答えを出してきたベンカスト。

 そうだよ、お前は昔からそういう奴だ。この局面でクイズ出してる俺も相当ウザいとは思ってる。

 

「やってみる、というのは?」

「逆を、じゃ。ほほほ、儂はあの地であの世界をぶっ壊すエンチャントを使ってきた。ゆえにこれほど減ったのだと考えれば、このワインを一滴も無くし、なんならグラスまでもを壊したらどうなるか気になりはせんか?」

「……ふむ。あの魔法陣が赤の結晶とワイン、それぞれと連動していたとすれば……減らすには、命を減らすことが条件になりそうですね。赤の結晶とはそのまま血の結晶、命そのものでしたから」

 

 そう、だから。

 

 第一段階は、ヴォルケインを殺すところから、だ。

 

 

 ☆

 

 

「なるほど、それで僕たちを。いいんじゃないですか? 死なないならあなたが最前線に行けば」

「ほほほ、こっちにも色々条件があってのう」

「水魔法なぁ。火力ないから好きじゃないんだがな……」

「ハイドロカリプス!!」

 

 なんだか懐かしくさえある炎魔窟を行く。

 今回はまおうとイステア少年だけじゃない、フルパもフルパな一行だ。いやぁ楽ちん楽ちん。

 

 ちなみに未だ時間停止されているルクリーシャ嬢はラクサスが担いでいる。時間なのか範囲なのか知らないけど、随分と長いこと効果が保つものだ。つか時間停止は魔神の力じゃないのな。こーわ。

 

 張り切っているのはアニータ嬢。水魔法は火力がないから嫌だ、雷魔法がいい、という母親まおうと違い、高圧水流や水流チェーンソーを用いて魔物をズッバズッバと切り裂いている。彼女のもう一人の親、つまりまおうと番った魔族が水の扱いに長ける種族だったらしい。

 ベンカストは完全に防御姿勢。俺はマージで何にもしてない。

 

 仲間の後ろに隠れる卑怯者。大いに結構!

 

「しかし、ホントに爆炎フィールドになってますねぇ。その時からヴォルケインがずっと『大爆発』をしている……とか、あんまり考えられないんですけど」

「事実そうなんじゃから仕方ないじゃろ」

「セギ、お前フィールドを強制上書きするエンチャントとか使えないのか?」

「そんなもの使えたら世話無い……ふむ」

 

 あの時。

 あの時魔神が使ってきた、『能力無効』というフィールド。あれは100%グリッチだ。

 無論『能力無効』というスキルは存在する。魔物の使うスキルだけど、存在自体はある。にしたってパッシブの、つまりソイツ自身にしか効果を為さないスキルだけど。

 ……それを、フィールド化。

 だから……えーと。

 

「何フィールドがお好みじゃ?」

「ほう、できるのか?」

「やってみる、というだけじゃ。できなかったらゴリ押しで進め」

「流水フィールドだ。アニータの水も、我の雷も通りやすくなる」

「ほいほい」

 

 考える。

 ……いや待てよ?

 

能力付与(スキルエンチャント):Enc(ID:MuddyStreamPyramid_MaintainSplashtField.Ob(ID:……あー。無理じゃな」

「行けそうな空気だったじゃないですか。何がダメなんですか」

「炎魔窟のIDがわからん」

「炎魔窟のID? ……あぁ、そういう風にスキルを使っているんですね」

「頭良いのも大概にしろよ」

「あはは、何度か見せてもらいましたから」

 

 考え方を変えよう。

 今俺は、炎魔窟が火傷フィールドを使っているからここは火傷フィールドになっている、と考えた。炎魔窟に火傷フィールドが能力として付与されていて、それをパッシブで使用している、という考え方。

 それをヴォルケインが爆熱フィールドに上書きしたわけだな。

 だけど、そうではないとしたら。

 それは、たとえばそう──イベントフィールドを作ったあの時みたいに。

 

 イベントフィールド。あの時作ったあのフィールドは紛い物だ。ただ光を柱状に立たせただけの、囲いを作っただけの場所。

 でも、ホントはそれでいいんじゃないか?

 

「ラクサス。このダンジョン、土か氷で覆えるかの?」

「……可能だ、とは思う。ただ、オレにはかつてのような無尽蔵な魔力が無い。全体を、となると……少なくとも三倍の魔力が必要だ」

「そんじゃコレ付けるとよいぞ。魔力増強系+++セットじゃ」

「あ、じゃあコレあげます。魔力の即時回復ポーションです。今となっては貴重ですからね、ありがたく飲んでくださいよ。売れば城が建ちます」

「ふむ。なら我はこれをやろう。魔法有効射程距離+3の指輪だ。ふ、装備品だからな。エンチャントにはないだろうこういうのは。なぁ、セギ」

「……ほかで代用できるわい」

 

 得意そうに言ってくるまおうに鼻を鳴らして。

 

 三人が三人、それをラクサスに渡した。

 

 ……なんか。アレだな。

 別にそんな感動する局面でもないんだけど……旧世代が新世代に物を託している、みたいな。

 

 いやまだ死ぬ気は無いんだけど。

 

「……ありがとう。必ず成功させて見せる」

 

 ちょい、ラクサスまで真剣な顔をするな。

 ホントに俺達いなくなるみてえじゃねえか。

 

「これで……思い残すことは無いな……」

「ええ。これからは若い世代の時代です」

「そんでもってノリがいいんだよお前らは」

 

 ……いや怪しい老人ロールプレイヤーとして、ここは俺もノっておくべきだったか。

 

 失敗した……。

 



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19.ロールプレイ含有率100%

 俺がラクサスの魔法を足掛かりにフィールド変換エンチャントをする──というのが計画だったんだけど、その必要は無かった。なくなってしまった。

 

 完全に凍ったのだ。

 火傷フィールドであるはずの、今や爆熱フィールドに変わった炎魔窟が、つるりと。

 

「お主、魔神の奴めに力を剥奪されたんじゃかったのかの?」

「ああ、だから無尽蔵に近い魔力は消えている。オレに残されているのはせいぜいが知識くらいだ。だけど……あー、その。アンタらにわかりやすく説明すると、オレがいたところではツリー制自体が廃止されていてな。だから、知識さえあればなんでもできる……感じだ」

「へぇ、それは羨ましいですね」

 

 成程。

 ジョブツリー制度、スキルツリー制度を廃止したのか。そりゃまた、思い切ったことを。

 いや……自由度が増したのかな、それで。

 よくもまぁデスゲームが起きたゲームの続編なんか作ろうと思ったもんだけど。

 

「ん? じゃあ属性最上位魔法とかは、自分で考えているのかの?」

「そうじゃなくて、そうであるものを発掘する感じといえばいいか……」

「セギ、そのくらいで。今は現状に集中してください」

「おお、ほほ、すまんの。その通りじゃった」

 

 進む。

 凍り付いたから急激に寒くなった炎魔窟。なんと道中の魔物も凍っていて、それでいて俺達は凍っていなくて。敵味方の識別機能もしっかりしているらしい。

 にしては人質の話の時とちょいと食い違うが……ま、それは後で良いだろう。

 

 今は、コイツだ。

 随分と長引かせてしまったからな。続編だの魔神だのロビー空間だの、そんなこたもうどうでもいい。

 

 俺がこいつらに手を出したのがまぁ原因なんで。

 収拾くらいはつけましょうかね。

 

「……凄いね。セギ」

「ほほ、儂の力じゃあないがの」

「今度は仲間をたくさん引き連れて……姉さんまで連れてきて。でも、わかってるよね。あの時逃げた英雄。君が、君たちが僕をどうすればいいのか。僕が君たちをどうしたいのか」

「殺せばいいんじゃろ? 殺したいんじゃろう?」

「うん、そうだよ」

 

 ヴォルケイン。

 イステア少年の口調だから物凄い違和感があるけれど、彼はイステア少年だ。

 ルクリーシャ嬢の弟。NPC。血のルクレツィアを演出するためのフレーバーテキスト。

 

能力付与(スキルエンチャント):消滅(バニッシュ)

 

 指先を向ける。向けて言う。

 驚きに目を見開いたのはベンカスト以外の全員。ちぇ、こいつだけは騙せないか。まぁまおうにも効いたのはでかいな。おかげで止められずに済んだ。

 

 指の向く方向は、俺。

 俺のこめかみ。人差し指伸ばして親指立てて、他の指曲げて……つまり手銃の形で。

 

「ばぁん」

 

 瞬間俺は、消滅した。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「な……」

 

 多分、一番驚いたのは彼の仲間ではなくヴォルケイン──イステアだった。

 急に目の前でいなくなった老人。『消滅』などというスキルは聞いたことが無いけれど、イステアの学はそこまで深くない。そういうものがあってもおかしくはない。

 そして何より彼の仲間も酷く驚いている……その事実が、セギ老人の消滅を真だと伝えていた。

 

「せ……セギ? 何をして……どこだ、おい、セギ!?」

「ミニマップから消えた……嘘だろう!?」

「え、おかあちゃん、セギさんは今何を……」

 

 大混乱だ。

 事前に話していなかったことが容易に窺える。

 

 ただ、これで。

 

「どうですか、イステアさん。──供物は集まりましたか?」

 

 嗤うは法術師。白いローブの少年は、その口元だけをにっこりと歪ませてそんなことを宣った。

 仲間じゃ、ないのか。

 そんな思いがイステアの中を駆け巡る。

 

 同時。

 イステアの、否、ヴォルケインの中を何かが駆け巡る。 

 力のようなものだ。凍り付かされた炎魔窟においても熱い熱いもの。魔力にも似た、けれどもっと──理不尽なもの。

 それはスキルだった。

 だけど、イステアの意図していないスキル。

 

「あ──これ、だめだ」

 

 ヴォルケインお得意の『大爆発』ではない。

 ただ──塵となりて。

 

 だから、つまり。

 

「『消滅(バニッシュ)』」

 

 奇しくも老人と同じスキルを口にして、ヴォルケインは死んだ。

 割れる音。それは『血の杯』が。

 

 

 

「……ベンカスト。どういうことか説明しろ。我らにもわかるようにな」

「え? 今見た通りですよ。血のルクレツィアはプレイヤーの命を欲していた。そしてそれはヴォルケインと同化したイステア少年が代わりに集めていた。何故って、彼が彼女のそばにいる限り、呪いによって血のルクレツィアは大幅に弱体化してしまうから。代わりにイステア少年はイステア少年のままでいられる……ヴォルケインにならずに済む。片方が正常でいるためには片方が縛られなければいけない、なんて契り系の呪いではよくあることでしょう」

 

 淡々と。

 ベンカストは何を疑問に思っているんだと……それくらい常識でしょう、と言わんばかりに話す。

 

「そして道中話した通り、セギはこう考えました。二人を縛る呪いが命を奪い、溢れさせることで履行となるものであれば、命を減らせばどうなるのか」

「だ、だが……セギは死んだ! これじゃあ命を与えたことになるんじゃ」

「なりませんよ。あれ『消滅』なんてスキルじゃないですから。僕らの知らないスキルではありますが、そんな攻撃性のあるスキルを彼が使えるわけないじゃないですか。指を向けた対象に『消滅』スキルを付与して発動させて、なんてことができてたら、今頃彼は無双系やってますよ」

 

 それでも、目の前で起きたことがすべてだ。

 現にセギは戻ってきておらず、ヴォルケインもいなくなった。その理由は。

 

「だからここからの説明は、わけもわからずに消滅した()()()へ向けたものとなります」

 

 ベンカストが向き直る。顔を向けるのは、先ほどまでヴォルケインがいた場所。

 

「──簡単な話です。あなたは血のルクレツィアと違って、自我を持った血のルクレツィアを思い通りに動かすためだけに生み出された駒。謂わばフレーバーテキスト。それがプレイヤーの命を奪うという目的を達したんです」

 

 なら、用済みでしょう。

 にっこりと、あまりにも笑っていない笑みで言う。

 

「だって──魔神が欲しかったのはひ弱なイステア少年でも適正レベル76程度のダンジョンのボスの身体でもなく、トッププレイヤーの一部でしか倒すことのできないような超高性能な身体」

 

 あなたが消滅させられたのは、ただそれだけの理由です。

 ベンカストは笑みを絶やさない。

 

「セギの読み通り、僕の読み通り、魔神は喜び勇んで入ったみたいですね。彼女の中に」

「……あ」

「ええ、()()です。今ラクサスさんが時間停止をしている血のルクレツィア。その身体」

「こ……この中に、魔神が?」

「プレイヤーの命を集めたら弟さんをヴォルケインから解離させる、なんてのは方便ですね。まぁ死ねばどっちにせよ同じ、と考えたのかもしれませんが」

 

 ならば、だったら、と。

 誰もが思っただろう。

 

「なら……セギはどこにいる。死んでいないのなら──」

「死にましたよ。HPバー何度も全損して死にました。今さっきまで僕たちの隣を歩いていたのは抜け殻というかゾンビというか、死体です。だから、彼の言う『消滅』とはそれそのもののことを指すスキルではなく、そうですね、さしずめ『崩壊』とか『瓦解』とか、さっきまでいたセギを消し去るキーワードなんでしょう」

「……どういう」

「僕、アークビショップなんで。彼に命が無いことくらいはわかっていましたよ」

 

 いつからか、なんてどうでもいい。

 どうして、でさえどうでもいい。

 

「あはは、わかりましたか? さっきヴォルケインが使った……使わされたスキルは、実は遠隔で誰かが使っていたスキルなんです。セギは死んでいない。少なくともヴォルケインの前で死んだわけではないし、炎魔窟で死んだわけでもない。もともと死んでいたモノが壊れただけじゃ、供物足り得ない」

「……まさか、早とちりした、とでも?」

「はい、その通りです。魔神はセギの死を見て喜び勇んでルクリーシャさんの中に入りました。その時後々邪魔になるヴォルケインを消滅させて。しかし、どうしたことでしょう。ルクリーシャさんの身体は止まっていて、何より供物は足りていない」

 

 さて。

 あの小物な魔神はここからどうするだろうか。

 

「どういうことだと憤慨するでしょうね。時間停止している身体に自由に入れるのですから、出ることも容易。では、ルクリーシャさんから出て行った魔神はどこへ行くと思いますか?」

「ふむ……さっきのロビー空間、ではないのか?」

「いえいえ、あそこに彼がいたのは僕やセギがあそこにいたからですよ。あそこは彼の棲み処ではない。ですが、ラクサスさん。あなたは知っていますよね。彼がどういった場所に向かうのか」

「あ……ああ、多分、コンソールルームだ。デバッグ用の色々ができる空間があって……その機能のほとんどは使えないんだけど、余っているNPCを配置することくらいはできる、らしい」

「へえ、そんな機能が。まるで神ですね」

「いや、だから魔神なんだが……」

 

 そして──これで話は終わり、とばかりに黙るベンカスト。

 一同の頭の上にはクエスチョンマークが浮かんだことだろう。何も答えになっていない。何も解決していない。

 だというのにその態度は。

 

「ベンカスト、勿体ぶらないでくれ。セギはどこにいる。魔神に対してそんなことをした理由はなんだ?」

「魔神にちょっかいをかけた理由は、魔神をその空間からこっちの世界へおびき出すためです。コンソールルームとやらから離れさせるため、でもいいですよ」

「……ベンカスト。そろそろ……我は限界だぞ」

「あはは、セギについては彼に聞いてください。今頃僕でも知らない手法で魔神を"保存"しているはずですから。なんたって魔神もプレイヤーではないとはいえ同郷らしいですからね。彼にとっては対象なのでしょう」

 

 光。光が生まれる。

 先ほどヴォルケインの消滅したところだ。

 

「あ、おかあちゃん……あれ」

「……アニータ、少年の方を全力奪取。ヴォルケインが起きないうちにこのダンジョンを出るぞ。傷つけずにできるか?」

「大丈夫。できるよ、おかあちゃん」

 

 ふわり、と落ちてくるのは、完全に分離した少年とダンジョンボス。

 納得の行っている者などベンカストくらいしかいないけれど。

 

 一同はそこから、凍り付いた炎魔窟から出て行った。

 

 

 

 ☆

 

 

 

能力付与(スキルエンチャント):Enc(ID:Peddler_Preserve(ID:Employee_System#1121)).Ob(ID:MarionetteDoll).Op(Active(Coercion))」

「!?」

 

 それはあり得ないことだった。

 思っていた結果にならなかったから戻ってきた──ただそれだけのこと。

 外界には簡単に干渉できない縛りを受けた彼が、唯一自由に行き来できる場所。それがNPCの中だ。プレイヤーと、千年の時を経てNPCではなくなってしまったこの世界の住民たちには出入りできないけれど、己で設置したNPCは端末として機能させられる。

 ようやく。

 ようやく自分もこの世界へ──そう思った矢先のこと。

 

 違った。

 何の条件も整っていなかった。

 

 プレイヤーの誰かの命が手に入れば、そのIDを自身に適用させて成り代わることができる。その理論は完ぺきだった。

 だから喜び勇んで行ったのだ。丁度、一番嫌いだったプレイヤーが死んでくれたから、これ幸いに、と。

 

「ホホホホホ……儂が自殺なんてことをすると思うか?」

「き、さま……何故まだこの空間に」

「お主が散々殺してくれたからのぅ。たくさんたくさん落ちていたじゃろう? あのロビー空間に、儂の腕やら足やら血やらが」

 

 死ぬ。

 それがわかった時点でセギは、己を媒介にすることに決めた。

 普通に帰ることができるのならばよし。できなくても良しにするための措置。

 

「ホホホホ、ベンカスト達が助けに来てくれたのは完全に予想外じゃったがの。元より儂はお主を道連れにするために色々していたんじゃよ。ま、『能力無効』であの時は活きなかったがゆえ、ベンカスト達が来てくれていなかったら水泡に帰していたが」

 

 老人は言う。

 妖しく笑って言う。語り掛ける。

 そろそろ気付くだろうか。魔神と名乗る彼の手足が動かないことに。いや、手足のみならず、全身が動かないことに。

 行商人ジョブの使う『保存』のスキル。それを人形に強制発動させた──対象は、職員IDとしてSystemを持つ者。

 

 老人が人形を見下ろす。

 

「神のIDはの、控えておるんじゃ。攻略組に付いて行かなかった──いつも誰かの後ろに隠れているだけの卑怯者。ホホホホホ、結構結構。じゃが、これでも修羅場はそこそこ潜っておってのぅ。その一つが、最後の決戦の場だったわい」

「……下手な嘘はよせ。俺はあの戦いを見ていた。そこにお前はいなかった」

「いやいや、身に着けておったじゃろ? 死闘を繰り広げた勇士、英雄たちが──儂の作ったエンチャントの付与された装備類を。ホホホホホ、ホホホホホ……奴らは儂を心底信用しとったからのぅ。一つくらい全く別の用途のスキルが混じっていても気付かぬよ」

 

 つまるところ、死地に向かう仲間の装備に盗撮カメラを仕込んだようなものだ。

 

「IDはEmployee_System#1001じゃった。はぁ、まったく、どういう法則で後ろの数字を付けているのか知らんが、四桁はやめい。どんだけダルかったと思っとるんじゃ」

「総当たりで俺のIDを当てたか。頭の悪い、効率の悪い方法だな。貴様らしくはあるが」

「ホホホホ、まぁそう邪険にするでない。お主と儂は一心同体。これより先──誰かが現実世界に戻る足掛かりを見つけるまで、儂とお主はずっとここにいるんじゃ。なぁ、仲良くしたほうが建設的じゃろう?」

「何を……言っている?」

 

 ようやく空を見た。

 魔神はその空を見た。金色の空は、ロビー空間のもの。

 

「壊したからのぅ、救い直したわ。お主を捕まえるのは至難そうじゃったからの、NPCというアバターへログインするためには必ず経由するだろうこの空間にてお主を待たせてもらった。ホホホ、この通り、儂は死人。落ちた腕と折られてもがれた脚と、大量の血液だけで模された人形に過ぎん。ホホホ、ホホホホ──のぅ?」

 

 美しい空間だった。

 どこまでも続く果てなき地平。金色の光の降り注ぐ空間。

 

 外部から無理矢理こじ開けるか、内部から無理矢理突き破るかしないと出ることのできない空間。

 

「ホホホホ、さぁ、共に帰ろうぞ。誰かが扉を開けてくれるまで──共に」

 

 このどこまでも広がる鳥籠で、永遠に。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 はぁ、と。ラクサスは大きくため息を吐いた。

 魔物だと思ってテイムしてしまったマーメイドとセイレーンをようやく見つけ、当然の罵詈雑言を浴びながらテイムを解除、その後魔界全土に発行されていた「緑髪でエルフよりも尖った耳で魔法を無詠唱で使う男を捕まえろ」なる指名手配を解いてもらい、ただ魔界にいると気が滅入るので、人間界に帰ってきた……そんなところである。

 

 人間界。

 規範と節制の法国は肌に合わなかった。堕落都市オーバーエデンもどうにも落ち着けなかった。

 だから適当にセギのいた国へ来て、けれど冒険者になるわけでもなくなんでもない日常を過ごしている。

 

 魔神。

 魔神から遣わされた任務。彼にはそれがある。

 けれど今となってはそれを遂行していいものかどうか──決してベンカストやマルクス・オールァ・ウィンダルの味方をするとは言えない任務を続けていいものか、と悩んでいる。

 

 そんな時だった。

 

 それは──それは本当に突然のこと。

 

「ほほ、ちょいとお兄さん、お待ちくださらんか?」

 

 大通り。

 騒がしく賑やかな市場を抜けた後のこと。

 あれだけ密集していた店々がまばらになって、人通りも減って、だから少しばかりの物悲しさが顔を出し始めた頃、彼に声をかける者があった。

 事件から数か月。どこを探せども、ベンカストやまおうに訪ねども行方の分からなかった、自らの最も尊敬する能力付与術師(スキルエンチャンター)

 

「お守りを一つ──持って行ってくださらんかの?」

 

 当たり前のように。当然のように。

 自分がそこにいることが、なんらおかしくないかのように。

 

 妖しい怪しい老人は、木片をラクサスへと差し出したのだった──。

 

 

0.5部 / 完




+幕間(補足説明と日常パート)数話


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20.幕間(配下達 / 魔王と魔女 / 簒奪者と先達)

 魔界では、魔王城に新たな兵が──強き者が増えたと噂になっている。

 

 通常、魔王が兵士を登用する場合、その者は魔界でも随一の有名人……即ち猛き者であることが多い。魔王城のNo.2と謳われているファザクフルメルミリナもかつてはそうであったし、魔王の娘を除いて彼の城に努める者は猛者ばかりだ。

 しかし、というかだからこそ、魔界の誰もが知らない、一度も目にされたことのない者が兵士になることは珍しい。

 魔王はそういう忖度を働かせない人物だし、どんな辺境で生きていたって強ければ名が挙がるのが魔界だ。

 

 ので。

 

「……アレらは、斬ってもいいのだな?」

「だ、ダメだと思うよ、姉さん……」

 

 今、魔王城はすわ観光地かと思わせるほどの人だかりができていた。

 目的は勿論、新しく兵士となった魔族。

 名をルクリーシャ。呪いだの契約だのなんだのから解放され、晴れて"歴代イベント最高峰のボス"として……普通の魔族として生きることの叶った女性。プラス、あんまり役に立たない調剤師(ファーマシスト)の少年イステア。

 ちなみにイステアは本当に役に立たない。ヴォルケインとは完全に乖離されているからそっちの力は使えないし、姉のルクリーシャがポーションを必要とする場面などほぼない。けどまぁ、役に立つ立たないは関係ないのが家族だ。だから二人は共にいる。

 

「別に、斬ってもいい」

「えぇ……」

「身の程知らずは死ぬ。それが魔界。物珍しさにドラゴンを見に行って死んだ。誰が悪い。そいつが悪い」

 

 姉弟の隣にいるのはファザクフルメルミリナ。護衛の任を完遂できなかったと自ら責任を志願し、今ルクリーシャに城の案内やら仕事の説明やらを行っている。

 ルクリーシャ。彼女はミリナにとってぽっと出の怪しい人物……とはならない。何故ってその実力を認めているから。魔界では力がすべてだ。強い奴が強くて、強い奴が偉い。その強い奴が魔王城の兵士になって何がおかしいのか。おまけでついてきた少年は正直要らないが、とか思っていない。

 

「──そういうこと、お前たち。死にたくないのなら散れ。死にたいのなら来い。その足、一歩でも踏み込めば、かつて英雄たちを何百と切り裂いたこのルクリーシャがお前たちをも細切れにしよう」

「……」

「……」

「なに?」

「いや……随分と優しいことだ、と思っただけだ。一応の警告を促す程度には"兵士"をしているらしい」

「殺しても益にならないから」

 

 ああ、そういう……と遠い目をするイステア。

 己が姉も大概常識外れな人物だが、このファザクフルメルミリナも相当だと理解した。

 

「……意外、ではあった」

「唐突だな。何がだ?」

「詳しい話を聞いたわけじゃない。けど、長く長い間不自由のもとにあったと、魔王様から聞いている。なら……自由を謳歌することも、選択肢の一つ」

「ああ、それは魔王にも言われたな。……単純な話だ。私たち姉弟にとって自由とは、こうして平穏に暮らすことだった、というだけの話。何もない荒野を歩くより、険しい山を登るより、衣食住が保証された場で、適当な仕事を与えられ……他愛ない会話をして過ごす。それが何よりもの幸福だ」

「姉さん……」

 

 姉弟にとっては奇跡なのだ。

 魔神と名乗っていた何者かは、確かに魔神と名乗り得るだけの力を持っていた。どれほど強大な力を持つルクリーシャといえど、逆らえぬ何かを持つ者だった。

 そこからの解放と──「ん? あぁ、自由にしていいぞ」という魔王の寛大さは、きっかけとしてあまりにも満ち足りたもので。

 

「平穏……? 生憎だけど、魔王城での仕事はそのような生温いものではない」

「なんだ、侵入者でもいるのか?」

「似たようなもの。侵入者は私たちだけど」

「?」

 

 蜘蛛の子を散らすように去っていった魔族たちを後目に、ミリナは手招きをする。ルクリーシャと、イステア。その両名に。

 

「こっち」

「……ふむ」

 

 

 

 こっち、と。

 二人がそう誘われてきた場所は──魔王城の真下。

 あまり知られている話ではなかったりするのだが、魔界とは円柱世界。広大な土地には果てがあり、しかし空と地下は無限大……そんな構造を持っている。

 だから、第十六代魔王マルクス・オールァ・ウィンダルは考えた。

 

 ──"これは、やろうと思えばローグライクな無限に続き、無限に組み変わるダンジョンが作れるな?"

 

 ゲーム時代、そしてデスゲーム時代にはそういうダンジョンは無かった。あるいは発見されなかった。その前に色々なことが起こりすぎたから。

 だから、作ることにした。魔王は馬鹿だがアホじゃないとは彼の旧友達の談だが──付き合わされているファザクフルメルミリナからすれば、普通に馬鹿だしアホだと思っている。

 

「ここは……」

「正式名称はまだ決まっていない。仮称、『魔王城地下ダンジョン』。炎魔窟の適正レベルが76だとすれば、ここの適正レベルは300。もっとも序盤は優しめ、地下に行くにつれて難しくなる仕様」

「何故そんなものをこんな場所に?」

「はじめは部下の育成に使う予定だったらしい。育成が必要な部下なんて雇わなかったから、今は私たちの腕試しの場」

「成程。だが腕試しならば、こんなことに付き合う必要はないだろう」

「それはその通り。ちなみに私は50階が限界だった。魔王様は最下層まで行って、まだ掘削を続けている。アニータ様は42階」

「……いいから試してみろ、という風に聞こえるな」

「そう言っているけど」

 

 溜め息。

 平穏が良い、と先ほど言ったばかりなんだがな、なんてルクリーシャは考えながら──けれど。

 その口の端が上がっていることに、本人だけが気づけない。

 

「……姉さん、僕、待ってるよ」

「イステア。気を遣わなくていい。お前は私と一緒にいれば──」

「ううん。足手纏いになるのわかってるし、僕がいたら姉さん本気出せないし。大丈夫、魔王城内にいて命の危険に晒されることなんて然う然うないと思うから!」

「アニータ様の背後に足音も立てずに立つ、とか以外は大丈夫」

 

 実は。

 実は、疼きはあったのだ。ルクリーシャにも。

 だって彼女は完全なる戦闘要員として、血のルクレツィアとして生み出された存在。雨のルクレツィアの時ならまだしも、血のルクレツィアの状態で産み落とされたのだから、それはもう。

 

「安心して。今回は特別。彼は私が守っておく」

「……そうか。イステア」

「うん。危ないことはしないし、一人で変な場所にも行かない。姉さんが心配になっても勝手な行動はしない……だよね?」

「ああ。それが守れるなら、私は何の憂いもなく行ける」

「一つ忠告。このダンジョン、負けても餌にされることはないし、意識を失った瞬間にこの広間まで自動送還されるけど──その間何をされるかはわからない」

「……?」

「スライム系もいるし、ローバー系もいる。私には性別が無いけれど、それでもそれなりの屈辱を受けた。この仕組みには魔王様の悪意と悪戯心と、オールァ様の慈悲がふんだんに組み込まれているから、そのつもりで」

 

 オールァ。

 それは魔王の番の名であり、無性別にして不定形の魔族。

 

「──別に、負けなければいい話だ」

 

 最終戦。

 魔神との決戦の場において、時間を止められたまま置き去りにされる、なんて屈辱を受けているルクリーシャは、それこそそれなりの屈辱が溜まっていた。

 その鬱憤を晴らせる場所。

 

「……そう言っている人ほど……あ、なんでもない」

 

 今ここに、かつて血のルクレツィアと恐れられたイベントボスモンスターの挑戦が始まる──!!

 

 

 

 ☆

 

 

 

 カチ、カチ、と。

 動かされるのは黒と白の駒。それぞれに形があって、それぞれに役割がある。

 新たなボードゲーム、とかではない。そこまで形の再現に拘らなかったチェスである。

 

「まぁ、おかしい部分はあったんだ。黒曜山の件もだけど、流石に血のルクレツィアなんて大物を俺が見逃すはずがない」

「たしかに? 職務怠慢もいいところですよね、それ」

「だから調べていたんだ。ラクサスの指名手配の時に、ついでにな。あの姉弟の住んでいた家……あそこには、本当にあの姉弟が住んでいたのかってところ」

 

 魔王……というかまおうと対局しているのは、とんがり帽子に黒ローブというTHE・魔女な女性。ソファ脇には箒が立てかけられている。

 彼女こそ──ラクサスによってテイムされたゴブリン軍団を引き付け、村から引き離し、『飛行』によってそれらを遠くの地に置き去りにした張本人。魔界に住むプレイヤーが一人、ラットチュー。今回の件の陰の功労者と言っても過言。なんか面倒なのがいる、と魔王城に報告しに来ただけだから。

 

 ただ、プレイヤーとしての話が通じる相手で、且つ腹の探り合いをする必要のない相手として、まおうもこの付き合いを大事にしている。あとチェスが打てる。

 

「あぁ、なに? もしかして住んでなかったんです?」

「住んでいなかったどころか、そこに家などなかった。誰も気にしていなかったが、そこは『空きスペース』だったそうだ。ちゃんちゃらおかしい話だよな」

「それはそれは……なんというか。なんといえばいいんですか?」

「はっきりとしたことはわからんが、俺とベンカストの考えとしては、"パッチが当てられた"という感じだと思っている」

「……あんまり気分のいい話じゃないですね」

 

 チェスもそこまで真剣には行われていない。

 これはラットチューが魔界に住むプレイヤー達と仲のいい……まおうの百倍くらいフレンドがいるから、という理由での『伝達』であり、『開示』だ。無論まおうのフレンドは片手で足りるので、百倍いたとて、ではあったりしなくもなかったりしなくもなかったりするのだが。

 

「俺たちの記憶に齟齬が無いかは散々確認した。メール、スクショ、形あるものないもの。今のところはプレイヤーに影響は出ていない、と思う。だが、NPCは結構変わっていると気付いてな」

「ほんまですか?」

「黒曜山の破壊が戻っていたこと、血のルクレツィアの家。他にもヴィクトリア商会の長が別人になっていただとか、その息子が一人減っていただとか……大きいところで行くと、あそこ……窓の外。西の尖塔が見えるだろ?」

「……あれ? あんなん、前からありましたっけ。……て」

「そういうことだ。無かったんだよ、あんな塔。いつの間にか増えていた」

「あっていいんですか、そんなこと……意識外だったから、って」

 

 蒼褪めるラットチュー。

 だって、そんなことが可能なら。

 

「今のところ意味はわかってないけどな。前者二つを除いて、ヴィクトリア商会のことやら魔王城の塔やらと、何の意味があって、どんな得があったのかはまるっきり謎だ。魔神……奴がやったことと考えるのは当然にしても、何か意図があったなら何か仕掛けがあるんじゃないかとくまなく調べた……が、無し」

「……ヴィクトリア商会ならちょいとツテがあるんで、今度アタってみます」

「頼む。こういうのはお前が適任だからな」

「まおうさん、お友達少ないですもんね」

 

 サラっと刺して。

 

「で、どう思う?」

「まぁ、一人だけと考えるのは……早計というものでしょうね」

「俺達も同意見だ。神……奴が引き起こしたデスゲーム災害。アレがデスゲームではなく、あの時接続していた存在全員を異世界に引き込むものだとすれば……今回の魔神と同じく、事故で巻き込まれた運営側のやつがもう何人かいてもおかしくはない」

「神……。はぁ、ほんまに厄介ですねぇ。死んでもなお……」

「ちなみに、あの後から一切連絡を寄越さないガシラだが、ラクサスが接触したらしくてな。その時意味の分からん言葉を託されたそうだ。一応共有しておく」

「ラクサスって人も……よくわからんのですけど」

「大体の察しはついているが、アイツもアイツで何か悩んでいるらしいんでな。話したくなったら、でいいだろう。大丈夫、アイツは善人側だよ。そればかりは保証できる」

 

 まおうからラットチューへ、メールが送られる。

 この場で確認することはできないため中身を見るのは後になるが、それじゃあ話が進まないので紙面に内容を書き出すまおう。

 

「神は1001、魔神は1121、フィルギャの少女は22262233……?」

「このフィルギャの少女というのは、オブシディアンドラゴンと仲のいいユティという少女だった。ガシラに何らかの方法でスキルを使わされたらしい」

「……他者にスキルを使わせる、ですか。ねぇ、まおうさん。そろそろあの人捕まえたらどうです? ちょっと……あの人だけ知ってることが多すぎると思うんですよ」

「……」

「知恵は共有してこそ発展が見込めるもの。この数字だって、正確な意味を伝えてくれたら、残っているプレイヤー総動員して彼の欲しがってる答えを上げられたかもしれない。まぁ欲しがってる答えなんてないかもしれんですけど」

「……まぁ、概ね正論だな」

「概ねどころが、全てですよ、だって──」

 

 カツン、と。

 まおうが黒の駒を置く。

 チェックだ。

 

「──プレイヤー側に裏切り者がいるかもしれない」

「……んな、アホな。千年ですよ、千年。こんだけ一緒にやってきて、今更裏切って何の得があると」

「俺もそう思う。だが、ベンカストとガシラはそう思わないらしい。裏切るならば裏切る意味があると。あるいは裏切るというのなら、相応の措置を取ると。今回の魔神が動いたのだって、どうにも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が原因っぽいからな」

「互いを疑いあえ、と? ヤですよ、私。お友達多いんですから……というか、だったら私に話すべきじゃなかった。もう少し情報を絞れる人のが良かったんじゃないですか? 私の口、かっるいですよ」

「だからこその『開示』だ。いや、もっと言うなら、俺も情報を絞られている側、って感じか。ベンカストがどこまでたどり着いているのかは知らんが、俺はあまり頭が良くない。頭の良い奴らに答えを教えてもらう側だ。そして」

「……その蛇口が、ガシラさん、ですか。……この数字の意味も、教えたらあかん相手がいるってことですか」

「もしくは逆だな。この数字にピンとくる奴がいたら……ソイツかもしれない」

 

 重い沈黙。

 チェック。盤面にある駒だけではどうしようもないところにまで追い込まれたと、そういわれているように。

 

「わかりました。ガシラさんのことは一旦置いておきます。……一応聞いておきますけど、あの人死んではいない、んですよね?」

「ラクサスが接触した、というからには死んでいないんだろう。ただ、その接触も一瞬だったらしいが。いつものアイツらしくお守り一個渡して雲隠れだとよ。ラクサスが急いで探知範囲広げたみたいだが、いなかったそうだ」

「そのタリスマンについてたエンチャントは?」

「『離脱』。アサシン系ジョブの使うスイッチ用のスキルだな」

「うわ意味深……」

 

 まおうが盤外から駒を一つ取り出す。

 白の駒。まおうは黒側だから、ラットチューの側にある駒だ。

 

「どっちだと思う?」

「……わかりませんよ、私には。行動はまるっきり真っ黒。ですけど、あの人と話せば真っ白なのがわかります。何かを隠してるのは確実で、何か後ろめたいことをしているのも確実ですけど……不思議なことに、悪意は一切ない」

「お前もそう思うか。俺もそう思う。ベンカストもそう思ってるし、他、どのプレイヤーに聞いてもそうだろうよ。アイツから悪意なんか感じたことは一度もない」

「だからこそ怖いんですけどね」

 

 チェスは終わり。

 チェックメイトだ。これ以上の抵抗は無意味だとラットチューも判断したがために。

 本気でやっているわけではない。

 だから、実はまだ助かる道があったとしても、ラットチューは降参を選ぶ。

 

 あるいは──彼なら、どうしたか。

 

「重い話はここまでだ。近々魔闘祭があるのは知ってるな? 出る気はあるか?」

「まさか。プレイヤーが出たらバランス崩壊もいいとこじゃないですか」

「だよなぁ。だが今年は大物が参戦するぞ」

「大物?」

「ああ。今回の件で俺の部下になった、血のルクレツィアだ」

「……勝てる人いるんですのん? それ」

「今いる魔族じゃ絶対無理だな。アニータ、ファザクフルメルミリナもキツい。だからこそのプレイヤーだ」

「成程。……ま、血のルクレツィアが出るって話だけは流布しておきますよ。私は絶対出ませんけど」

「いやまぁ後衛ジョブに血のルクレツィアを相手させる気はないが」

「アンタだって後衛ジョブでしょうが」

 

 魔闘祭。読んで字のごとく、魔界で行われる闘いの祭り。

 参加資格はただ一つ。怪我しても文句を言わないこと。死ぬレベルになればちゃんと治してくれる素敵仕様。

 

「ちなみに、今年の賞品は?」

「例年通り最大魔結晶にしようと思ったんだが、ルクレツィアVSプレイヤーレベルのものが見られるとなれば、もう少しグレードアップはしたいよな」

「……開催までにガシラさんを取っ捕まえて、永遠エンチャント一個用意させるとかどうでしょう」

「お前天才か?」

 

 秘密主義、大いに結構。

 ただし報いは受けてもらう。たくさんの人を振り回した報いを。

 

「ベンカストにメールを出しておこう。JJJとディミトリ、あとクチリットウハコダッシュノとかの旅人組にも送り付けるか。人間界のプレイヤー総出で探せば流石に見つかるだろ」

「じゃあ私もみんなにガシラさん探すよう言っときますわ。探したら魔闘祭の賞品が永遠エンチャントになりますよってもう言っちゃいます」

「ふふ、お主も悪よのう」

「いえいえ、ガシラさんほどでは」

「……そこは魔王様ほどでは、だろ」

「一番悪いのが誰か、なんてねぇ?」

 

 そんな。

 クツクツと笑う、魔王と魔女が二人──。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 ふらふら、ふらふら。

 ラクサスは歩いていた。アブラクサス。その名は最早、あまり意味がない。

 魔神から見放され──否、自ら突き飛ばした時点で、ラクサスの立場は非常に危ういものになったと言える。彼の存在から遣わされた任務を熟せど、果たしてそれが実を結ぶのかはわからない。

 

「はぁ……」

 

 世界最高にして最古の能力付与術師(スキルエンチャンター)、セギ。

 長らく雲隠れをしていた彼に出会えたのは、今はまだラクサスだけだという。貰ったタリスマンは『離脱』のスキルのついた木片。

 

 スキルの意味自体は知っている。それがラクサスの持たぬものでも、ラクサスの身近でないものでも、知識として知っている。

 だが何故そんなものを渡したのかという疑念は尽きないし、暗号めいた言葉を残し、姿を消してしまったのかもわけがわからない。

 

 今までであれば、理解の及びつかないことは尊敬のできることとして喜べていたはずだ。

 

 けれど……。

 

「ちょ、ちょっちょちょ、おぅあ!?」

「む……」

 

 誰かがぶつかってきた。

 そしてその手に持つ籠から果実類がぶちまけられ──たが、地面に落ちる前に浮遊する。

 ラクサスが浮かせたのだ。

 

「え、え……あれ。あ、もしかしてお兄さんプレイヤー!?」

「……そうだと言えば、そうだが、違うと言えば違う。そういうお前は……」

「あたし? あたしはアイネ!」

「アイネ……」

 

 ラクサスは知識を探る。

 プレイヤー。その言葉が差す意味は勿論分かっているし、そう名乗る者がどんな存在なのかも知っている。

 そしてラクサスはその存在らについてとても詳しい。

 だから、すぐに該当した。

 

「ま……まさか、お前……いやあなたは」

 

 ラクサスの浮かせた果実をぴょんぴょん飛び跳ねて籠に取り戻していくアイネに。

 わなわなと震えて、震えながら、ラクサスは。

 

「神を討滅した──攻略組の一人、アイネ・シズェンズヴァーン!?」

「へ? なんで家名まで知ってんの? 結婚したこと誰にも言ってないんだけど……え、もしかして知れ渡ってる? やだ恥ずかしっ!」

 

 果たして、その邂逅は、誰のどんな気まぐれか。

 



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第1部 何をすべきか、何をさせられているのか
1.動き出す世界(90%)


 堕落都市オーバーエデン。

 かつては大陸において最大の繫栄を誇ったこの国は、今や娯楽と下落の入り混じる治安最悪の国となってしまった。物乞い、スリは当たり前。強姦や殺人さえも当たり前。

 ()()()()()()()──というのが文字通りの国。罪悪感というものをどこぞかへ置き忘れてしまった者たちの住まう場所。

 

 そんな場所でも当然"お守りくれる怪しい老人ロールプレイ"は欠かさない。

 

「ほ──突然すみませぬ。一つ、お守り受け取ってくださらんかのぅ」

「うん?」

 

 水色髪に黒縁の大きなメガネ。これ見よがしに巨大な本を腰に抱えた少女──と、それを護衛するように周囲を隠れ歩く一行。事実隠れ歩いていた一人が俺の出現に緊張した表情を浮かべている。

 

「なんだい、お守り?」

「ほほ、そうですじゃ。お守り。持っているだけでお主には幸運が訪れることじゃろう」

「ぷっ、あはは! きょうびその詐欺文句は逆に珍しいね! みんなあの手この手を変え品を変え、どうにか信頼を勝ち取ろうとやってくるのに……君と来たら!」

 

 少女はおかしそうに、本当におかしいとばかりに腹を抱えて笑う。

 巨大な本が落ちる……ことはない。ブックカバーがショルダーバッグみたいに肩にかかるようになっているらしい。そんなもん持ち歩いている時点でメイジ系ジョブ確定なんだけど、にしては……。

 

「それに、なんだいその恰好! 襤褸切れみたいなローブに、膝下まである白い髭、髪と髭はほとんどくっついてるし、そのせいか目も糸目で……あはは! なんて"如何にも怪しい老人"なんだ!」

「ほほほ……それで、どうですかな? お守り、受け取ってくださらんかのぅ」

「いいよ」

 

 差し出していた木片が、ひったくるように奪われる。

 

「それで? 君は私に何を要求するのかな?」

「いえいえ、とんでもない。儂はお守りを渡しに出てきただけ。頂くものなどありませぬ」

「ということは、君じゃない誰かがこれを身に着けている私を罰の対象にするパターンか……だから君はそんな弱っちそうなんだね。いいじゃないか、ということは、後からくる仲間はさぞかし屈強なんだろう?」

 

 プレイヤーではない。が……成程、それなりに強い。

 でもここまで余裕を醸し出せるほどのレベルじゃないはずだ。

 ……護衛が強い系か? いやまぁ襲うワケじゃないからどーでもいいんだけど、ちょっと気になってはきたな。

 

「ほほほ、何度も言いますがな、儂はお守りを渡しに来ただけ。仲間だの罰だのは知りませぬ」

「そうかい、何も知らされていないなら君は用済みだ」

 

 デコピンみたいなモーション。ああ成程、ソレね。

 

 頭を傾ける。

 

「おお?」

「ほほほ、それでは」

 

 ピュン、なんて音がして鋭く疾く伸びてきたのは中指。

 アサシン系ジョブ派生背信者(バトライヤー)の持つ、『貫通一指』というスキル。ダメージソースとしてはあんまり強くないスキルだけど、このスキルの真価は凄まじい貫通力を持つ、というただ一点にある。

 つまりまぁ、爪とかに毒だのなんだの塗っておけば、ほぼ確実に──ゴーレムとかでも──体内にぶち込めるのだ。そんでもって、このスキルの前に爪から状態異常系を分泌する、みたいなスキルを習得できる。

 

 怖い怖い。

 流石はオーバーエデンの民。魔界と違って豪快さが欠片もねえや。何も言わずに邪魔だから消す──理念こそ一緒だけど、こっちの方がとんと陰湿さな。

 

 なんでまぁ、路地裏の方へバックステップ。そのまま闇へ溶けるようにして消えていく。

 

「──いいじゃないか。退屈な毎日にしては、いい刺激だ。君、名前もわからない君。ありがとう、このお守りは大事にするよ」

「ほほ、ありがたいですのぅ」

 

 そんな感じの、オーバーエデンでの日々である。

 

 

 ☆

 

 

 ガシラは何かを抱えている。

 ガシラさんはそろそろ秘密を吐くべき。

 ガシラさんは何を考えているのかわからなくて怖い……。 

 

 とかなんとか言われてんだろうなぁ、って。

 

 だから逃げた。別の国へ。あの国も法国も監視の目がキツすぎるんで、オーバーエデンに。

 いやまぁわかるよ。10:0で俺が悪いよ。怪しい老人ロールプレイを何も仲間にまでやる必要ないってそれ何千回と言われたよ。

 

 ……が、こっちにもちょろっと言えない理由があったりなかったり。

 ラクサスの抱えてるモンの真相も聞きそびれちゃったけど、まぁ、似たり寄ったりなこと抱えてんのさ。別に運営は関係ないがね。

 

 それに、オーバーエデンに潜伏してるのは何も監視されないから、という理由だけじゃない。

 オバンシーさんだ。あの人の殺害事件において、俺的一番怪しいポイントは"オバンシーさんが殺された"という事実一点。

 いやね、あの人めっちゃ強いんだよ、ちゃんと。確かに「ハハハ、今も現役よ。ちょいと寄る年波で衰えてきたがな」、とか自分で言ってたこともあったけど、それでもそんじょそこらの奴に負けないくらいには強い。攻略組でこそなかったけれど、だからこそ彼が殺されるとなれば──搦め手、なんじゃないかって。

 

 単純パワーな魔界じゃない。クランを作って個より群なあの国でもない。群より軍な法国でもない。

 何かどうしようもない事情があって──孤立無援で戦わざるを得なくなって、しかも全力が出し切れないような状況に追い込まれて。

 そういう搦め手に掛かったが故の、なんじゃないかって。

 

 無い頭でそう考えたわけだ。

 

「……とはいえ、どこから調べたもんかのぅ」

 

 オーバーエデンは九龍城砦モチーフと言えばわかりやすいか、違法建築バリバリな改造家屋のオンパレードだ。上に上に、下に下にと重ねられた建物は今にも崩れ落ちそうで、けれど崩れ落ちそうな建物同士が、あるいは魔法がそれを支えることで、今も膨らみ続けている──そんな都市。

 だからまー、視界が悪い。ミニマップの無い身としては迷う。めっちゃ迷う。

 なんで基本は中には入らないで外側の探索になるんだけど……。

 

「企み事なんざ日の目を浴びる場じゃあやらんわのぅ」

 

 上へ上へと積み上げられた家々はまだいい。大体が家屋……居住用の建物だから。

 だけど、下へ下へと掘り進められた建造物がヤバい。地盤どーなってんだってツッコミ入るくらいヤバくて、その中で行われていることも結構ヤバい。人身売買は当然にして、その他口に出すのも悍ましいものの売買や育成と……罪のあらんかぎりがそこでは行われている。

 ただ、研究都市ではないから、物凄い製法で作られたキマイラ、とかは出てこないのが救いかな。オーバーエデンの民にそんな技術力はない。大体が行商人ジョブかアサシン系ジョブだし。

 

 しゃらん、と音がした。

 

 視界。右下から苦無が突き出てくる。

 お、珍し。

 

「──ご老体。このような場所で何をしている?」

「ほほほ、怪しい者ではございま……せぬ」

「成程、怪しい者か」

 

 いや。

 いやうん、まぁ"怪しい老人ロールプレイヤー"としては、一瞬言葉に詰まるところではあるよね。

 

 気配はなかった。当然に『無音』を使っているのだろう。

 そんで、首の苦無だけじゃなく四肢も抑えられている。こっちは技術だな。

 

「そう緊張しなくていい。怪しい者など、この国には腐るほどいる」

「それならば首の苦無を外してほしいのぅ。命の危機において緊張しない者などそうそうおらんじゃろ」

「だがご老体、あなたは緊張していない。何故だ?」

「簡単な話じゃ」

 

 抵抗する。

 ただそれだけで、俺の身体は解放された。その反応は、「抵抗するとは思っていなかった」というもの。

 くるりと振り返れば、そこには。

 

「お主に殺す気が無いから、じゃよ。ほほほ、久しいの、ゼッケン」

「……殺す気が無かったのは確かだが、私はご老体を知らない。……だが、母の名を知っている辺りは、ひとまず刃を収めておこう」

「ほ? 母? ──お主、ゼッケンの息子とな?」

 

 不安定な屋根の上。 

 その縁に何の苦も無く立っている……なんなら斜めに立っている、忍び装束の少年。黒髪黒目アンド犬耳。

 

 ほえー。

 こりゃまた。アニータ嬢が見たら卒倒しそうだ。 

 顔立ちから髪の長さ、声質の何から何に至るまでゼッケンとそっくり。ああゼッケンはプレイヤーね。アサシン系忍者ジョブで忍者ロールプレイやってたやつ。ゲーム時代から。

 中身は当然十八歳以上なんだろうけど、子供ロールプレイもしてたから、余計にクリソツだわ。違うところは性別くらいなんだろうけど、子供の性別ってよくわかんないよね。二次性徴が顕著じゃないと特に。

 

「ゼッケンは、まだ生きとるかの?」

「任務中につき、今はいない」

「そうか……にしても、良いのかの? そうもペラペラと"怪しい者"に事情を話してしまって」

「私の姿を見て、私の声を聴いて、それを母だと間違える相手。殺気を感じ取れる実力と、刃物を首に突き付けられても一切動じない胆力。他にも色々あるが、総合的に判断してご老体、あなたは"英雄"の一人だろう。違うか?」

 

 おわ懐かしい。

 この、「喋り方は大人なんだけど声が子供っぽいせいで子供が頑張って無理して大人ぶってる感ロールプレイ」の感じ! アイツのこだわりを知る者からすれば、目の前の少年の本物っぽさが逆に偽者っぽく感じることだろう。失礼な話だが。

 

「ほほほ、さて、どうかのう」

「話す気が無いのならそれはいい。問題はそんな"英雄"がこの国で何をしようとしていたのか、というところだ。悪事を働くというのなら、私が絶つ」

「ほ? この堕落都市オーバーエデンにおいて、そんな正義を執行しとるのか? 流石に毎日毎日追いつかんじゃろ」

 

 半歩下がる。

 使ってくるスキルを知っているからだ。『縮地』。その有効距離から半歩離れたのだから、当然添えられる予定だった苦無は空で止まる。

 

「!」

「血の気が多いのぅ。ゼッケンはもう少し……ああいや、アイツも脳筋ではあったが」

「母を愚弄するか?」

「なんじゃアイツ、お主の前では格好いい母じゃったか?」

「……いや。今のは試しただけだ。言い訳をするようであれば、母の友人であるとは認めずに斬っていた」

 

 子供にも脳筋と思われてるんだ。

 かわいそう。

 

「申し訳ない、ご老体。あなたが見ていた場所が場所だけに、気が立ってしまっていた」

「儂が見ていた場所?」

「……もしかして、特に理由もなく眺めていただけか?」

「そもそもどこを眺めていたか覚えとらんのぅ。この街、似たような風景が多すぎての」

 

 どこ見てたっけ。

 俺としてはオーバーエデン全体を見ている感じの、黄昏ている感じの、そういうカッコだったつもりだったけど。

 

「いや、いい。それならば問題ない。重ねて失礼をした。母が帰投した時には名を伝えて……あ」

「ほほっ、そうか、自己紹介がまだじゃったの。……が、まぁ、そう何度も会うものでもあるまい。儂の事は"なんぞか屋根にいた枯れ木のような老人"とでも覚えておくが良いぞ」

「い、いやそういうわけには──」

「ではの」

 

 プレイヤーの子孫──とはいえ、ゼッケンの奴が生きているなら、子供に余計な手出ししたらガンガンに怒ってきそうなんで、撤退。撤退理由のもう一つとして、どうせまおうとかベンカストが俺に対して指名手配的なの出しているだろうから、名前伏せのアレね。あんまり意味ないだろうけど。

 使うのは『透過』。

 だからまぁ、スルリと落ちるわけだ。建物の中に。

 

 

 ……いやまさか落ちていく最中、お楽しみ中の部屋にぶち当たるとは。

 抱かれていた子、奴隷っぽかったけど、まぁ、NPCは知らん。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 潜る。潜る潜る潜る。

 こういう時『透過』は便利だ。が、別に行きたい場所にいけるスキルじゃなければ、水平移動においてはそこそこ使い勝手の悪いスキルなので使い道は考えなければならない。

 

 今向かっているのは最下層。現状のオーバーエデンで一番深いところにある区画。

 馬鹿と煙は高いところが好き、なんて言葉がある。んじゃま、自分を馬鹿だと思わないように努めている奴は逆に一番下に行くんじゃね、っていう謎理論だ。

 そうでなくともなんかあるだろ、一番深いところには。

 

「……と、いうのは半分建前でもあったんじゃがのう」

 

 煌びやかな場所だった。

 豪華絢爛、という意味ではない。全体が金色に覆われた部屋。眩しい。

 

 その中央に──磔にされた子供。

 見覚えは、ある。無いはずがない。

 

 

「ほほほ、久しいの──ゼッケン」

 

 

 先ほど言ったばかりの言葉を吐けば。

 子供は、ゆっくりと顔を持ち上げる。

 

「……ぅ、ぁ」

「いつから水を口にしとらん。いつから食事をしとらん。……皮肉じゃの。確かにそうじゃ、ベンカスト。儂らの命はHPバーに依存しておる。故、HPバーさえ全快を保つことができるのならば、飲食をさせる必要はない、か」

 

 これは、封印だ。 

 俺に解けるものじゃない。術者を殺すか、術者に解かせるか、あるいは術者以上の技量で解くか……。

 封印はなー、スキルじゃないんだよな。魔法なんだ。だから俺にできることは少ない。

 

「……お前の息子。母親は任務に出てると言っておったが、その最中に捕まったか、それともここに封印されることが任務か──地上にいるのは偽物か」

「り……ぅ」

 

 何にせよ、今回も魔神が関わっているのは間違いないだろう。

 だってここ、回復フィールドなんてものが敷かれているし。そんなん設置できる奴はNPCにはいないさ。そして、だから死なないんだ、ゼッケンは。食べなくても飲まなくても、このフィールドにいる限りHPバーは全快を保たれる。

 

 やっぱりまだいた、って話だ。

 いるとは思ってたよ。メンテナンス事故に巻き込まれたのがたった一人だけってなおかしな話だもんな。

 さてはて、ID探る所から始めないとだが……。

 

 それよりも先に。

 

「ゼッケン。今ここに、お主を助ける術がある──と言ったら、どうする?」

 

 言うが早いか、ゼッケンは目を見開いて。

 

「ゃ、め、ろ……!」

 

 強く、強く否定する。

 ……望んでここにいるのか、はたまた何か弱みを握られているのか。状況的にあの息子か? あー、名前聞いておくんだった。

 

「死ぬなよ、ゼッケン。儂があれこれ全部解決してくるでの。──死にそうになったら、これを使え。使い方はわかるじゃろ? 『お守り』じゃ」

 

 磔にされているから、彼女の口にソレを突っ込む。

 小さな玉状のタリスマン。口の中においてもいいし、飲み込んでもいい。使えるはずだ、プレイヤーなら。体のどこにあっても。

 

「……し、ら……し……、ろ!」

「ほほ、わかっと」

 

 ぞぶり、と。

 薄く、平たい刃が俺の頭蓋を切断した。

 

 

 

 

「っと、……ふぅ。いやはや、慣れんのう、いつになっても」

「何が?」

「死ぬ感覚、という奴じゃよ。……で? 状況の説明は?」

「へぇ、やっぱり死んでんだアレ。ガシラの十八番、変わり身の術!」

 

 ──屋根。

 いや仕方ないものと思ってほしい。また屋根かよってこの国屋根くらいしか安全に身を潜められる場所が無いのだ。

 

 後頭部から入って、脳を割り、眼球を裂いた刃の感覚──なんてのは、絶対に慣れなくていいものだろう。

 あー、気持ち悪。

 

「状況説明。できないならできるものを呼べ。お主、説明下手じゃからの」

「あぁ、いいよいいよ今はRPとか。誰も聞いてないの確認済み」

「……なら戻すけど。で、何? あの悪趣味な封印の場は。んでそれに捕まってる()()は」

「いやねー、のっぴきならない事情がありまして」

「それを話せっつっとんだわこっちは」

「自分が話さないクセに他人にはグイグイ来るよねガシラって」

「やめろ返す言葉がなくなるだろ」

 

 ふんわり。ぼんやり。

 そこには──足の無い、うらめしや~、な感じのゼッケンがいた。

 

 ゼッケンだ。

 

「ゼッケン、俺に解決できる話かだけまず話せ。無理なら応援呼ぶ」

「呼べないでしょ。逃亡中の身なんだから」

「あ? んなもん『事情は後で話すから今は協力してちょ』で一発だわ」

「後で話すって言って後で話したことあったっけ、ガシラ」

「ないが?」

 

 ベンカストに聞かれたHPバー全損の件とか、何をしていたのかとか。

 後で話すとは言った。

 何の後で話すとは明言していない。

 

「てゆか、その発音やめてよ。私は絶剣(ゼッケン)であってビブスとかのゼッケンじゃないんだってば」

「うるせぇまおうもお前も一々こだわり深すぎるんだよ。俺なんか稼ぎ頭3だぞ」

「サブキャラで何をー。メインは……いやメインもあんな名前か」

「あんなとはなんだあんなとは」

 

 俺もロールプレイしてないときはこんなんだけど、コイツもコイツだ。

 普段はさっきの息子君とほぼ同じ感じのお堅い……けどやっぱり子供が無理してる感、をうまく演出したロールプレイをしているけれど、中身はこういうゆるふわ人間。性別はわからん。聞いたことないし、話しても来てない……はず。俺が忘れてるだけなら知らん。

 

 ゼッケン。攻略組じゃないものの、強さは指折りなプレイヤーで、隠しジョブである忍者の存在に真っ先に気付き、今まで使っていたメイン垢を消去までして忍者として一からやり始めた、なんて伝説を持つ奴。

 元々はメイジ系だったからそっちの造詣も深い。まぁ忍者自体がアサシン系ジョブとメイジ系ジョブの間に現れるジョブだから、そっちのも何もって感じなんだけど。

 

「で」

「はいはい。……まず、あれ。あそこにいた私は本物の私だよ。飲食はもう何十年もしてないね」

「てことは、地上にいるのは偽物か」

「んー、どうなんだろね。あの子……息子? あの子を産んだのも偽物の方だから、ぶっちゃけオーバーエデンにおけるゼッケンは偽物の方になってる。ゼッケンを知ってるプレイヤー以外の全てからすれば、私の方が偽物なんじゃない?」

「……ゆるふわ娘が。悲しい話するんじゃねえ」

 

 なんだそりゃ。

 どういう状況だ。確かに俺はここの雰囲気苦手であんまり来てなかったけど、何があってそうなってる。

 

「『幽体離脱』の時間も限られてるから言うことだけ言うけど、まずガシラじゃこの状況をどうにかするの無理だと思う。だってこれやってるのオーバーエデンの元締め……トップだから」

「NPCだろ?」

「ううん、メルカポリスとXXラオXXの孫」

「……」

「ほらねー。NPCなら殺せばいい、とか思ってたでしょ。あるいは操ればいい、とかさ。NPC相手なら外道も厭わないガシラのやりそうな事。だけど残念、オーバーエデンのトップはプレイヤーの血を色濃く引く人でした、って。ね、無理でしょ」

 

 ……無理だ。

 メルカポリスもラオの奴ももう死んでる。アイツらの子供を……どうにかできるか。

 

「同じ理由で応援呼ぶのも無理でしょ? んでー、さらに無理なこと言うと、今の状態の私を解放すると」

「オーバーエデンが崩れる、とかか?」

「お、大正解。もっと言うとオーバーエデンが沈む、が正しいかな。あの部屋の真下、どでかい空洞開いててさ。私は楔なんだよね。で、楔が外れた瞬間どーん! ……どれだけが死ぬと思う?」

「NPCの命に興味は無い」

「プレイヤーの子孫だっていっぱいいるよ。ここは後先考えずにヤりまくった馬鹿達の子供がたくさんいるんだから」

「……」

 

 ゼッケンの姿が明滅する。

 スキルの効果時間が切れかかっているのだ。だから最初のコントなければもうちょっと……!

 

「回復フィールド敷いたのは誰だ」

「それも元締めだよ。驚いたよね、ちょっと目を離した隙にそんなことまでできるようになっててさ。確かに勤勉な子ではあったけど、私を楔にした時はちょっと乱暴者になっちゃってたのは減点かなー」

「……いつの間にか変わっていた、か」

「ん? それが何……って、あ。時間だ。んじゃね、ガシラ。久しぶりに会えて嬉しかった。そうそう、その秘密主義なところ、私は忍者として応援できるけどさ、ガシラ自身が心配されてる可能性の方に目を向けてやったら、ちょっとは──」

 

 消える。

 ……『幽体離脱』。短期間、肉体から幽体になるスキル……だけど、ここで言う幽体は霊体とは違う。本来は初期の頃に実装されていた『エモート』から派生したスキルで、なんに干渉できるわけでもない、どっちかというと半透明で色々すり抜けられるだけの本人、という意味合いが強い。

 エモートは選択したエモートアクションを行う、というだけの機能だったんだけど、無理矢理身体を動かされる感覚が気持ち悪すぎると苦情が殺到。使わなければいいだけじゃん、という冷めたツッコミも束の間に、それが必須のクエストがいくつか実装されていると知れ渡ってからは大クレームの域に。

 己が身でなんでもできるVRMMOには要らなかった機能、ってことだ。

 その中の一つが『幽体離脱』だった。モーションとしては、気絶して、その腹のあたりから本人の幽霊が出てくる……みたいなもの。ギャグとしてはそこそこ使えていたものだったから、スキルとして残された。ちなみに俺は使えない。何故って汎用スキルだから。

 他にもそういうスキルがあるけれど、割愛。

 

 さて。

 

 どうするか、だ。

 

「まずは、まぁ──聞いてて一番気になった場所に行くのが先、かのぅ」

 

 向かうのは。

 

 なんでそんなもんがあるんだ、って話を遮りそうになった場所──地下の大空洞とやらへ。

 

 



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2.回り出す世界(100%)

 堕落都市オーバーエデン。

 その最下層の、もっと下。そんな場所に広がっているという大空洞──は、本当にあった。

 

「……」

 

 絶句である。

 確かにゼッケンの言う通り、この規模の空洞であればオーバーエデンが丸ごと落ちてもおかしくはない。楔とやらが……ゼッケンのなんらかの力がそれを防いでいなければ、この国はとっくに潰えていたことだろう。

 オーバーエデンの民のほとんどはこの事実を知らないはずだ。彼らは保身の塊。人間を媒介とした楔なんか信用できないだろうから、知っていたのならとっとと国外へ逃げているはず。ゼッケンと、彼女を楔にした元締め。その二人くらいなんだろう、事実を知っているのは。

 元締め。

 メルカポリスとラオの子孫。

 会ったことは無い……が、ゼッケンの口ぶりから察するに──魔神が関わっている可能性は高いと思う。

 突然変わった、いつの間にか変わっていた。それをゼッケン以外が認識できていない。

 これはいつかまおうやベンカストにも共有する予定であるけれど、おそらくこの世界はまだゲームシステムが残っていて、それをコントロールできる存在……魔神がまだいるはずで。

 

 パッチを当てた、というのが最も適切な表現なのだろう。

 

 血のルクレツィアの件や黒曜山の件はおそらくそういうこと。

 

 俺たちの知らないところでいつの間にか世界が変わっている、というのは勿論恐ろしいこと……だけど、同時に希望のある話だとも思っている。

 ならば、可能性はある、という話だ。

 この世界の法則を書き換えることで──糸口が。そして何らかの手段で外部……元の世界と連絡を取る何かが。

 

 前回のラクサスを遣わしてきた奴……魔神#1121は、プレイヤーに成り代わろうとしていた。そのために回りくどい仕掛けを講じて、そのために道化も演じてみたりして、まぁ結果は知っての通りだが。

 俺が想像している通りに他にも元運営こと魔神たちがいるとして、そいつらの目的も同じなら……此度のオーバーエデンで何を企んでいると考えられるだろうか。

 

 真っ先に思いつくのは、ゼッケンに成り代わろうとしている可能性、だ。

 その偽物のゼッケンとやら。息子君の言い草からして、容姿や性格もゼッケンと同一……ロールプレイ中のゼッケンと同一であるらしい。そんな奴をポンと作れるわけもなし、そいつが魔神と考えるのが一番楽だ。

 が、ソイツがNPCなら話は別。それこそパッチを当てた、で片付いてしまう。 

 商会の元締めもパッチを当てたで片付けられるのなら……魔神はまたコンソールルームとやらにいるのだろうか。誰になろうとしている。いや、別の目的が……。

 

「ほほ」

 

 ダメだな。

 手元にある情報が少なすぎる。もっともっと調査しないとダメだ。

 

「『高度確保(インジェクション)』」

 

 あらかじめ用意してあったスキルを使う。スキルというか、スキルの入った指輪を。

 砲撃魔(ブラストメイジ)の習得する、お手軽に高さを手に入れることのできるこのスキルは、メイジ系ジョブの奴ならほとんどが取っているはずだ。ベンカストとかまおうも持ってんじゃないかな。便利だし。

 位置確保系のスキルはメイジ系ジョブには多い。逆にその場から動かされるのを嫌う固定系のスキルが戦士系ジョブに多いかな。ちゃんとそういう棲み分けが為されていて、だからこそ最終ジョブにまで行ってる奴はちゃんと廃人なんだ。膨大なスキルポイント必要だから。

 ベンカストとか、アークビショップまで行ってるくせに他のジョブのスキルもちょいちょい取ってるし。

 

 

 さて、『透過』を併用してとりあえず地上まで高度を確保しての──どうしようか、これから、というところで。

 

「──ほ」

「おお、また避けられた!」

 

 路地裏に出たのが悪かったのだろう。

 後頭部を狙ったその一撃は、確実に俺の命を獲りに来ているもの。というか獲られていた。『物理無効』がなければ。『透過』の解除と同時にそれが起きたから、咄嗟に前転して、だからお相手さんはそれを避けられたのだと勘違いしたらしい。

 

 お相手さん──この前会った、大きな本を抱えた少女。

 メイジジョブかと思わせて、アサシン系ジョブだろうその少女は、今回は一人でそこにいた。

 

「何か、用ですかの?」

「へえ? 何事もなかったかのように続けるんだ。それとも何かな、君にとって私の攻撃は本当に何事でもない……とでもいうつもりかい?」

「ほほほ、はて、なんのことやら」

「……ぷ、あはは! 君ね、この前もだったけど、はぐらかすにしたってもう少し言い方があるだろう! そんな使い古された……いや、もう一周周って新しいよ! よし、よし、いいだろう。その新しさに免じて、はぐらかされてあげようじゃないか」

 

 何がそんなにおかしいのか、何がそんなに嬉しいのか。

 直前まで他人の命を奪おうとしていたとは思えない程屈託のない笑みを浮かべて、少女は──中空に座る。

 

「……随分と珍しいスキルを取っておるのぅ。『空間椅子』。使いどころのないスキル群の中でも一、二を争うスキルじゃろうに」

「まぁ常人にとってはそうだろうけどね、私にはこの本があるから、いつでもどこでも座れる場所を求めているんだ。が、地べたに座るのは面白くない。それを考えると、このスキルは非常に有用なんだよ」

「ほう? では、その本……余程大切なモノと見た。何が書かれているんじゃ?」

「読めない言葉だよ」

「ほ?」

「ふふ、会うたびに私に刺激をくれる君になら見せてあげてもいいけれど、それより先にヤることをヤらないかい?」

「……何をする気かのぅ」

 

 なに、って、と。

 空間椅子……まぁ行っちゃえば空気椅子をマジに椅子にしたスキルなんだけど、それに座った少女が、肩を竦めて言う。

 

「自己紹介さ。背徳と堕落のオーバーエデンとはいえど、互いの名前も知らないんだ、それくらいはいいだろう?」

 

 至極、真っ当なことを。

 

 

 

 

 少女はミンファと名乗った。

 

「セギ、ね。聞かない名だ。この国の住民じゃあないね?」

「どこの国の住民でもないが、基本拠点は東の国じゃな」

「ああ……あっちは息苦しいからね、覗きにも行かないんだ。だから知らなかった」

 

 改めて彼女の容姿を見る。

 水色髪がまずキャラクリの遺伝。大きな丸眼鏡は、けれど度が入っていない。瞳の色は黒……だけど、これ魔法か何かで色変えてるな。元の色は水色と見た。

 体付きや背丈は少女と表すほかないけれど、やはり肩にかけている巨大な本が目を引く。

 タイトルは……魔法の本? 

 

「君は私よりもこの本にご執心のようだ」

「そりゃあのぅ。どこにでもいるちんまいお嬢さんより、どこで見かけることもない巨大な本の方が気になるのは当然じゃろう」

「ふふ、やっぱり私なんか取るに足らない、ということだね。私のジョブが何なのかは察しがついているだろうに、私に集中しなくていい、なんて」

 

 いやだって、前回の『貫通一指』といいさっきの『鎌鼬』といい、練度がかなり低い。低かった。

 つまるところ、暗殺を本職にしている奴じゃないってことだ。どちらのスキルも暗殺業なら頻繫に使うスキルだから。いやまぁ遠距離狙撃専門、とかだったら知らんけどさ。

 ただ、それに反して威力は高い。プレイヤーの子孫はプレイヤーのステータスをある程度から全て、あるいは全て引き継いだ上でプラスする、という風になる。アニータ嬢がそれだな。

 ミンファも多分それ。地力が高いから、威力依存が練度でなくステータスで補えている……そんな感じ。

 

 流石にね。

 流石にその程度の奴を警戒したりしないよ。アニータ嬢の爆走は例外中の例外だから。

 

「お主、そもそもが戦闘者ではないじゃろう? アサシン系ジョブのスキルは武器が要らなかったり、要るとしても隠し持てる程度の大きさで済むからの。自衛にピッタリなんじゃ。お主の任務であろうものはその本を肌身離さず持ち歩くこと。そしてそのためならどの命を奪おうと、誰を犠牲にしようと構わない……そんなところかの?」

「……ふむ。セギ、君はよくわからない人だね。あまりにありきたりな詐欺を働こうとするかと思えば、あまりにありきたりな私の現状を一発で見抜く観察眼もある。もう少し自分に目を向けてみるといい、使う言葉も自ずと洗練されていくと思うよ」

「儂は詐欺師ではない故必要のないアドバイスじゃな」

 

 足を組み替えるミンファ。

 見定めるように俺の身体を足先から頭まで見た後、腰についたポケットからあるもの──俺のあげたタリスマンを取り出した。

 

「確かに、詐欺師ではなかった。これ、お守りとか言って渡してきたね」

「ほほ、律儀じゃの。ちゃんと持っていてくれるとは」

「一度帰ってね、相応の『鑑定』スキル持ちに『鑑定』してもらったんだ。そうしたら、いやはや、驚いたよ。これがお守り? 詐欺もいい所だ」

「その鑑定士が嘘を吐いているやもしれんぞ? なんせここはオーバーエデンじゃ」

「あはは! 流石に彼も自身の五指が天秤にかけられた状態で嘘は吐かないだろう。リスクとリターンが見合ってなさすぎる」

 

 笑って──でも、真剣な瞳で。

 こちらが噓を吐こうものなら、全て見破ってやる、という意思が見て取れる。

 

「これを作った付与術師(エンチャンター)に会わせてほしい。取引の代価になるものならなんだって支払おう」

「ほほ、それは異なことを。ついさっき儂を殺そうとしたばかりじゃろう? 唯一の接点たる儂を殺しかけて、そんな真剣な目を作ってなんだって支払う、などと言われてものぅ」

「そうかい。ふむ、貧相な体で申し訳ないのだけどね。路地裏とはいえ公の場で脱ぐのは少しばかり羞恥が勝るが──」

 

 なんて言って、着ているものを脱ごうとするミンファ。

 

「……」

「……」

「……止めないのか──とでも言いたげじゃのぅ。ほほ、脱ぎたきゃ勝手に脱げばよい。その程度の事で慌てさせようなど、短絡的が過ぎよう」

「ちぇ、他国から来た良識ある善人ならこれで一発だと思ったんだけどね。どうやら君は、良識もなければ善人でもないらしい」

「ほほほ、儂も長く生きとるでの、オーバーエデンの民がどういう手法を取ってくるかくらいは把握しておるよ」

 

 色仕掛け、あるいは「年端も行かない娘子がそう簡単に肌を晒すな」……なんて良識をオーバーエデンで吐けば、瞬く間に笑い者にされるだろう。

 ここの民に罪の意識などない。騙すことに躊躇はないし、良心の呵責が来ることもない。相手が善人なら騙しやすいと思うだけだ。そこにまんまと乗ってやる義理はない。

 

 こちらが一切靡かないのを理解したのだろう、ミンファは脱ごうとしていた服をすべて直していく。

 

「それじゃあ、良識もなければ善人でもない君は、何を代価に求めるんだい? このお守り……いや、タリスマンの製作者に私が会うために、私は何を支払う必要がある?」

「ほほほ、必死じゃの。そんなに良いものだったか?」

「『範囲回復(エリアヒール)+++』。──こんなもの、ロストテクノロジーもいい所だ。お守り、なんて言って軽く渡していいものじゃないし、代価を取らないままでいるのも悪い。ただし、こんなものに支払える財力は私にはないよ。少なくとも四十億は動く。それくらいの代物だ」

 

 随分と練度の高い『鑑定』スキル持ちらしいな。強度までわかるとは、本職って奴か。

 

「武力では君に敵わない。組織力でも無理だろう。なんせさっき君は壁をすり抜けてきた。君を探している最中のことだったから咄嗟に攻撃してしまったけれど、それも躱された。私の身体にも興味が無いし、元々これをタダで渡してきたんだ、財にも靡かないと来た」

「ほほほ、八方塞がりじゃのぅ」

「だから教えてほしい。このタリスマンの製作者と会うには、何を支払えばいい。──命かい?」

「命を支払わば、製作者と会えなくなるのぅ」

「そうだね。それに、申し訳ないけれど命だけはあげられない。君の言う通り、私にはこの本を守る使命がある。だけど──たとえば、そうだな。命がご所望とあらば、私以外の全てを捧げることはできるだろう」

「ホホホホ……このタリスマンに、そこまでの価値があるかのう」

「もし君が本当に単なる端末で、これの価値を知らないというのなら……いや、それはないな。そんな小物だったら、色にも金にも靡いているだろうから」

 

 さて、まぁこれくらいでいいだろう。

 本気度は伝わったし、組織力も……組織を動かせる立場にあることもわかった。

 

 ならば。

 

「儂の目となり耳となり手足となること。それがこのタリスマンの製作者に会わせる条件じゃ」

「ふむ、目をくり出して、耳を引き千切り、手足をもげばいいのかい?」

「それでも良いぞ。代わりに条件は未達成になるがの」

「ああ、待った、待った。いいよ、その条件を飲もう。これより私は君の目であり耳であり、そして手足だ。それじゃ、会わせてくれ」

「ホホホ、オーバーエデンの民の口約束なんぞ信じられるか。しっかりと仕事をしてから、じゃ」

「……セギ、君ならオーバーエデンでやっていけると思うよ」

「無理じゃのぅ。だって儂、めっちょ優しいし」

 

 さて、調査再開である。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「英雄の子孫で元締め……というと、ドーヴァだろうね。彼に会う、あるいは行動ルートを探る、か。中々に骨の折れる代価だ」

「危ない橋か?」

「かなりね。彼を守る護衛は手練ればかりなのもそうだけど、彼の周囲には魔法的スキル的、どちらものトラップが敷いてある。……関門は大きく分けて三つだ」

 

 事情を軽く説明すれば、ミンファはすぐに頭を回し始めた。

 流石だオーバーエデンの民。ぶっちゃけ俺はこういう回りくどい作戦、というのが苦手である。適材適所というか、どこにどの戦力を投入して誰に何をさせるか、は考えつくんだけど、どこをどう攻略していくか、を考えるのは他人に任せることが多かった。

 デスゲームになってから……つまり生産ジョブである稼ぎ頭3に閉じ込められてからは、いっそうやらなくなったから、うん、ありがたい。

 

「まず一つ、護衛。人的トラップとでもいえばいいか、あそこ……あの一番大きな屋敷がドーヴァの棲み処なんだけど、あの中にみっちり護衛がいる。音の鳴る符牒のようなもので定期的に互いの位置を知らせあっているから、誰かに異常が出たら一瞬でわかる。一撃で熨してもダメだ。符牒がわからず返せないと、護衛が一瞬で集まってくる」

「……ふむ」

 

 セキュリティ意識たっけぇ。

 なんだそりゃ。監視カメラとかがないからそうするしかなかったのかもしれないけど、程ってもんがあるだろ程ってもんが。

 

「次に魔法的トラップだ。けど、これは私が無効化できる。ただ、長くは保たないから、魔法を維持しているだろう起点装置の早期破壊が望ましい」

「装置の場所はわかるかの?」

「……なるほど、外部から狙撃する気だね? だが、生憎と……」

「わからんか」

「うん。必ずしも中心にあるとは限らないからね」

 

 魔法を維持する装置、ねぇ。

 つまりゼッケンもそれにされているってことだろ?

 まさかとは思うが、ドーヴァの屋敷内にあるモンもそう、じゃねえだろうな。

 

「そして最後がスキル的トラップだ。残念だけど、こればかりは運に任せるしか」

「安心せい、それは儂が対処する」

「……できるのかい?」

「無論じゃ。……よし、ではお主の私兵には、人的トラップの対処をしてもらうか」

「戦わせるのなら、無理だ。練度が違い過ぎる」

「いいや、こういうのはヒットアンドアウェイが基本なんじゃよ」

 

 マトモに戦って勝てないなら、ちくちく刺してはがして行けばいい。

 

「ああ、わかった。各方面から問題を起こして護衛をぐちゃぐちゃにするんだね?」

「……お主、溜める、というロマンを知らんようじゃの」

「あはは! セギ、面白いことを言うね。これ本当に結構危ない橋なんだよ? 下手したらこの国にいられなくなる……どころか、命だって簡単に落とすほどの。それを前に遊びを考えるなんて、随分と余裕がある」

 

 そう、だな。

 うん。ちょいと気が抜けてたか。あるいは高を括っていた。

 

 これより挑むは新発見されたダンジョンのようなもの。未知のダンジョンに生産ジョブで挑むのだ、緊張はしないとダメだよな。

 

「儂は先に下見をしてくる。お主の仲間に事の伝達を終えたらこれを割るんじゃ」

「これは?」

「二個目のお守り──あるいは『呼び鈴』のタリスマン」

 

 それはギルドスキルだけど。

 ま、こっちはグリッチですよって話。

 

「じゃあの。『高度確保(インジェクション)』」

 

 んじゃま、作戦開始である。

 



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3.狂い出す世界(100%)

 自分のソレがえずきだと気付いたのは、ドーヴァの屋敷に入って何秒後のことだったか。

 すぐさま状態異常回復ポーションを口に付け、アークビショップのスキルである『毒無効』の指輪をインベントリから出して嵌める。

 

 あり得ないことだと言えるだろう。

 ミンファの言う通り、屋敷の中にはたくさんの兵士がいる。今俺がいる薄壁の中以外、そこかしこに兵士が兵士が兵士がいる。練度こそそこまで高くない様子だけど、数の暴力とはまさにこれこのこと、ってくらいの量がいる。

 だというのに、ここは毒フィールドだ。

 湿地帯、沼地、あとは魔界の一部地域に設置されている、常に毒状態を付与してくるフィールド。

 今みたいに毒耐性をつけるだとか、状態異常回復ポーションと回復ポーションがぶ飲みで突き進むとか色々攻略法はあるけれど、少なくとも常駐するべき場所でないことは確かだ。

 それとも兵士一人一人が毒耐性を持っている?

 ……なくはない話である。無効でもない、耐性をつけるに終わるこのパッシブスキルは、ビショップ系ジョブのスキルツリーの中でも比較的早期に取れるもの。

 スキルツリーを少しばかり進める必要があるとはいえ、そこまでスキルポイントもかからないお手軽品だ。

 

 が。

 当然そんな浅いところで取得できるスキルは効果が薄い。

 強い毒であればあるほど、そして弱い毒でも長時間いればいるほどその身に浸透してくる。

 

 だからやっぱり、自分の家に敷くものではないし、これだけの兵士を置く場所に設置するものでもないはずだ。

 きな臭さ……は元からといえど、奇妙さまであるとなると……、

 

 うん、れっつ盗み聞き、ってね。

 

 

「おう、交代の時間だぞ」

「……ああ」

「相変わらず顔色悪いな。ハハ、ま、こんなとこにいりゃ自ずと、ってか」

「別に……帰る頃には治るんだ。仕事中に気分が悪いだけで、これだけの高給なら、さして文句はない」

「違いねぇ!」

 

 とか。

 

「はぁ……ったく、給料は良いとはいえ、嫌になる仕事だよ」

「文句言うなって……。聞かれてたらどうすんだよ」

「聞かれてたってどうにもなんねーよ。どうかなるとしたら頭の方だ」

「……そりゃ、まぁ……そうだな」

 

 とか。

 

「朝から陽が落ちるまで座る。飲食可。給料は詐欺と思うくらいに高い……ただし」

「勤務中、毒を吸い続けなければならない──ハハ、実験動物かっての」

「ドーヴァ坊ちゃん、昔はこんなことする人じゃなかったんだけどなぁ」

「あぁ……メルカポリス様に似て、すれ違うたびに飴とかくれる人だったよなぁ」

「ごほっ、けほっ……ああ、すまねぇ」

「いーよ、別に。うつるモンでもねぇんだ。帰るまでの辛抱さ、せいぜい頑張ろうぜ相棒」

 

 とか。

 

 薄壁の中を『透過』で通り抜けながら聞いた兵士たちの愚痴抜粋。

 彼らはここに毒フィールドが敷かれていることを知っている。知識としては毒が充満した屋敷、となっているようだけど。

 ただしそれで死ぬとは思っていない──実際置かれている飲食のアイテム類がHP回復効果のあるものばかりだったのを見るに、殺す気はないのだと思われる──ようで、帰る頃には解毒されるからと蒼い顔をして耐え続けている。

 

 正直意味が分からん。

 なんだ、何の意味がある? 外敵対策だとしても、味方に被害がありすぎる。こんなんじゃあホントに敵が来たとして、兵士もマトモに動けないだろうに。

 

 ……疑問は尽きないが。

 とりあえず符牒と呼ばれるものは全て覚えた。高い所にも深い所にもドーヴァなる人物がいなかったのが気になるけれど、『呼び鈴』も鳴ったことだしそろそろ作戦を開始する。

 

 

 ☆

 

 

 エブラ。

 それが彼の名だった。彼はうだつが上がらない中年という表現の最も似合う容姿をしていて、けれどこの屋敷ではそこそこ古株の兵士だった。

 だからだろう、魔法トラップの発生装置──その護衛を任されたのは。

 無論ここにも毒は充満している。だから気分は悪いし、視界も暗い。

 それでも彼は……彼にとってドーヴァは至宝の子であると言えたから。彼がまだ幼い頃に見たラオ老。彼の孫。幼き頃は共に遊ぶこともあった、思慮深い子。彼に付いて行けば自分たちは大丈夫だと思える絶対的なカリスマ。

 

 ならば、この理解の出来ない仕事場にも全力を出して努めようと意気込んだのも束の間。

 最近は惰性と堕落──どうせ誰も来ないのだからと寝そべって、体調の悪い身体を理由に眠ったりなんかして時を過ごしていた。

 

 ──ああ、それが悪かったのだろう。

 彼はそれを夢だと思った。

 

「もし、もし。そこな方」

「……」

「お守りは、要らんかね?」

 

 この部屋は他の部屋と違い、硬い硬い石壁に囲まれている。冷たい石壁だ。

 木製でなく、さらには地面よりも下にあるものだから、光というものが入ってこない。机に置かれたランプの灯だけが明かりで──だから、そんな場所に人がいるはずがなかった。

 暗がり。暗がり。

 部屋の隅の、明かりの届かぬ暗がりから、ぬぅと、ぬぅるりと出てきた老人が言葉を発する。

 夢だ。何故ってエブラの身体が動かないから。この仕事をしていると、毒のせいなのだろう、こういう金縛りを受ける夢をよく見る。

 人間が現れたのは初めてのことだが、いつも通りの悪夢だと気にも留めなかった。

 反対向き、壁に背を向ける形で寝返りを打ち、ぐぐ、と毛布を抱き込んでくるまる。

 

「もし──もし」

「……」

「お守りは、要らんかね?」

「……」

「もし──もし」

「……」

「お守りは、要らんかね?」

 

 幻聴だ。幻覚だ。悪夢だ。

 部屋の隅の、あんな狭い所から、いや、なんなら壁の中から老人が現れるわけがない。

 夢の中の存在に、幻聴に返事をするなんてそんなこっ恥ずかしいことができるわけもない。

 

「もし──もし」

 

 エブラは耳を塞ごうとして、身体が動かないことを思い出した。

 この耳障りで不快な声を聴き続けなければならないことを思い出した。

 

「もし──もし」

「……」

「お守りは、要らんかね?」

 

 寝返りくらいは打てるかもしれない。

 うるさい、くらいは言えるかもしれない。要らない、くらいは言えるのかもしれない。

 

 だから言おうとして、だから気付くのだ。

 ひた、ひたと……少しずつ近づいてきている何かの足音に。

 何か、なんて一つしかないのに、それをそうだと断定できない理由。

 

 それは悪寒だった。

 エブラは古株だけあって強い。ダンジョンをいくつも踏破しているし、ジョブも第三まで開けている。

 そのエブラが悪寒を覚えるのだ。何かヤバいものが近づいていると──それは己では絶対に勝ちえないものだと。

 

 振り向け。寝返り、振り返れ。

 もう一度見ろ。先ほどの老人を見ろ。

 近づいてきているのが老人だと──枯れ木のような、気色悪くとも何もできないだろう老人だと確認しろ。確認しろ。確認しろ。

 

「もし──もし」

 

 その声は。

 

「お守りは、要らんかね?」

 

 エブラの首元で聞こえて──。

 

 

 

「魔法を背負う一族がここに宣言する! 氷の槍よ、我が眼前の一切を刺し貫け!!」

 

 聞こえるはずの無い声に飛び起きんとして、身体が動かないことを思い出す。

 エブラは、けれどその詠唱を知っている。彼は古株だから、知識がある。

 

 魔法を背負う一族。オーバーエデンにおいて──絶対に関わってはいけないとされるタブーの一族。

 

 だからエブラは、だから彼は、職務を果たすことだけを考えた。

 

「わ──我願う阻み隔てる白銀の盾!」

「ほ」

 

 直感的にそこだと判断した場所に盾を張る。

 魔法は誰にでも開け放たれた学問だ。今はうだつが上がらない彼だけど、昔はラオ老やドーヴァの役に立ちたくて、たくさんの事を学んだものだ。

 その中に魔法があった。金をかけずに強くなれるもの。無論上級魔法となれば資金も必要になってくるけれど、この程度の中級魔法であれば冒険者なんかから詠唱を教えてもらえる程度には出回っているものである。

 

 防ぐ。否、防げないことを知っているから、第二の盾を張ろうとして。

 

「ホホホホ……能力付与(スキルエンチャント):Enc(ID:Wanderer_ManaConvert(Luck--)).Ob(ID:Cottonshirt).Op(State(Temporary(10m)))」

 

 急速に──あり得ない程急速に減っていく魔力に驚き。

 

「ほほ──踏んだり蹴ったりで悪いがの。儂のお守りを受け取っておけばのぅ、こうも不幸にならずに済んだやもしれん。ほっほっほ、安心せい、効果時間はたったの十分」

 

 突然動いたからだろう、机の上に置いてあったビンが転がり落ち、エブラの向う脛を直撃する。

 身動ぎしたからだろう、他の場所の符牒を伝えるための伝声管から大量の埃が彼に降り注ぐ。

 整備などロクにしていないからだろう、壁にあったコルクボードがゴトンと音を立てて落ち、エブラに向かってバタンと倒れた。

 

「……十分間意味の分からんほど理不尽な不幸に見舞われる、と……。これ面白いのー」

 

 そんな声と共に、というか掻き消すように。

 凄まじい轟音が──彼の護っていたものをぶち壊すのがわかった。

 

 わかってもどうしようもないことも、わかった。

 

 

 ☆

 

 

 結界の発生源を壊しても毒フィールドは晴れない。まぁ当然だ、魔法の発生装置程度でフィールドが変えられて堪るかって話だし。

 

 しかし、アイススピアか。水属性魔法の派生魔法だけど、威力も練度も素晴らしいものがあった。やっぱりミンファは見立て通りメイジなんだろう。護身用にアサシン系ジョブを取ってるって感じかな。

 

 なんて感心してないで、こっちはこっちの仕事をする。

 

「ほほ……『能力無効』フィールドはまだ構文がわかっておらんで無理じゃがの、こういうことはできる。能力付与(スキルエンチャント):Enc(HornRabbit_Jump).Ob(SkillTrap).Op(Effect(Exchange))」

 

 発動した。

 けれど何も起こらない。それで正解だから問題ない。

 

 スキルのトラップ──レンジャー系ジョブのスキルツリーにある『警笛』や『虫の知らせ』、『地雷』、『ブービートラップ』なんかがエンチャントされた床のタイル、あるいはドア。

 練度は低いけれど、そこそこに育った付与術師がいるらしい。バフ系だけじゃない、俺と同じようにスキルまで仕込めるとなるとNPCの中では相当な術者と言えるだろう。

 

 そんな努力の賜物を全て水泡に帰していくのがこのグリッチ。

 つまるところ、スキルトラップという括りにあるエンチャント品全てのエンチャントを書き換えたのだ。正確には置き換えた、が正しいけれど。

 法国の西の草原に、角兎という魔物がいる。コイツ自体は結構強い。死角から繰り出される貫通力の高い突進は、初心者の持つ盾とかを簡単に貫いて体にまでその角を立て、HPを削る……初心者から抜け出した奴向けの魔物。

 それが持ってる『跳躍』というスキルで、努力の賜物エンチャントを全て上書きした。

 

「……毒フィールドに変化なし、か」

 

 つまり、スキルトラップは毒フィールドの発生装置じゃないってことだ。

 

 遠方、下方。

 ガシャァンという何かが割れる音が聞こえた。どうやらミンファの私兵による陽動が始まったらしい。

 一度符牒を鳴らしておいて、また『透過』で壁の中に戻る。

 

 ……しかし、一番下にいたのがコレだとして……ドーヴァはどこだ?

 俺がドーヴァだったら、自分のいる場所には毒フィールドが及ばないような設計にする。ただドーヴァ自身がこれを敷いたのではないとすれば、特に関係なしにフィールド内に居を構えているかもしれない。

 一応さっきぐるぐる回って確認したんだけどなぁ、いなかったんだよなぁ。

 ミンファからドーヴァの特徴は聞いていたから、見かけたらわかるはずなんだけど。

 

 また何かが……というか窓が割れる音。

 護衛を引き剥がすための陽動は続いている。早くしないと。

 

 下がダメなら上へ行く……と見せかけて。

 ど真ん中もど真ん中。

 

 出入口の無い──どこにも繋がっていない部屋があったので、そこの壁にぴたりと張り付く。

 あんまりにも怪しいその部屋。

 

 そこに、いた。

 

「……『ギガントスラッシュ』」

「!?」

 

 今から余裕ぶっこいて観察する気だった。それくらい油断しているように見えていたし、油断していた。

 横になって尻を掻いて、時折あくびをしているような様子をして「油断している」と思わない方がおかしいだろう。

 そしてそんな姿勢から大剣士のスキルを放ってくるなんて考えつくわけがないだろう!

 

 パリン、と割れたのは──『魔法無効』の方。

 

「あん? 今確実にヤったと思ったんだがな……ブラフもバレてっし。やべぇ、これ格上か?」

 

 粗暴な言葉遣い。男性。

 年の頃は中年の、なんなら腹の出たおっさん。髪が緑なのはラオとそっくりだ。

 目の色はメルカポリスを受け継いで燃えるような紅。メルカポリスがやっていたクラン、紅の瞳(ガーネット)の名に相応しい色合いだ。

 

 ごろん、と。

 寝返りを打ったソイツは──ミンファの情報通りの、紛う方なきドーヴァその人。

 

「あー、そこの霊体。多分霊体だよな? 俺に何用だ。ところでアポイントメントって知ってっか? 俺これでもでけぇ商会の元締めやってんだわ」

 

 俺はまだ壁の中にいる。

 それでもさっき『魔法無効』が割れ砕けたのは、彼が放ったギガントスラッシュ……に見せかけたなんらかの魔法が壁内にまで入ってくる可能性のあるものだったからだろう。

 魔法についての造詣が深くないことがここへ来て牙を剥いている。いや、ミンファの使う属性魔法とかならわかるけど、NPCの間だけで発展した独自の学問たる魔法なんかわかるわけないんだよなぁ。

 

「あー、聞いてっか? 俺忙しいんだわぁ。用向きあるならとっとと済ませてくんね? 外で騒ぎ起こしてんのもお前の仲間だろ? やめてくんね、余計な事すんの。後片付け誰がすると思ってんの?」

「──ほほほ。何、これでもかというほどに厳重なつくりをしていたものですからの、」

「『ガストスラッシュ』」

 

 今度は『物理無効』が砕け散る。

 おいおい、対策が的確だなぁ。あとこの無効系エンチャント、どんだけ魔力食うか知ってる? 一個作るのに一日かかるくらい魔力食うんだよ? それを魔神もベンカストもコイツもバカスカと……。

 

「あ? 何だよ、まだ死んでねえじゃん。なに? 爺さんアンタマジでナニモンだ?」

「ほほほ、単なる老人じゃよ。枯れ木のような、な」

「単なる老人は壁すり抜けたりスキルと魔法受けて無事だったりしねーんだわ」

 

 よっこいせ、なんて言いながら──ドーヴァは体を起こす。

 そう、最初のギガントスラッシュに見せかけた魔法も、さっきのガストスラッシュも、寝た姿勢のままくり出していた。

 スキルというものがどういうものなのかをちゃんとわかっている。

 マナを消費し、スキルが発動すれば──自身の姿勢など一切関係が無い理不尽さをよく。

 

「あー? 待てよ、枯れ木みてーな老人? ……もしかして、アンタが"魔神の怨敵"か?」

「ほ? なんじゃ、その御大層な名は」

「だよなぁ。俺の攻撃退けたとはいえ、アンタからはそこまでのプレッシャー感じねっし」

 

 で、と。

 胡坐の状態になったドーヴァが、膝に肘をついて、面倒くさそうに聞いてくる。

 

「用件は何だよ爺さん。提示した金額が見合ったモンなら、叶えてやらんでもないぜ、なんであれ」

「ほほ、ではゼッケンを解放せい。儂からの要求はそれだけじゃ」

「あいよ」

「──……は?」

 

 無言があった。呆気にとられた──理解ができないという間があった。

 

「丁度もう要らなくなってたからな、ほら、解放してやった。はん、出血大サービスだ。タダでいいぜ、爺さん」

 

 ズシン、という揺れが響く。

 地鳴りは国全体から。地響きは真下から。

 

「お、主──何を」

「何って」

 

 ドーヴァはけろっとした表情で。

 

 その後──ニヤりと笑って。

 

「文字通りにしてやるだけだよ、極楽(オーバーエデン)を」

 

 直後、国が崩落した。

 



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4.望み絶つ世界(91%)

 地獄だったと、十分に言えるだろう。

 何も間に合わなかった。いや、そもそもそんな広範囲を一瞬でどうにかするエンチャントなんか持っていない。

 崩落は一瞬のようで、酷く長かったようで。

 

 だけど、確実に落ちたのがわかった。

 

「……何故じゃ」

「あ……ん? 何がだ、爺さん……ヒール」

 

 この部屋とて、被害から免れたわけではない。

 俺は色々仕込んでいたからどうにかなったものの、その他は無理だった。ドーヴァも、周囲の護衛たちも、ミンファもそうだろう。ゼッケンも、ゼッケンの息子らしき子も。

 誰もが落ちた。対応できた者はいたのだろうか。少しでもいてくれたのだろうか。

 プレイヤーの子孫が多く住むこの地で、生き残りは。

 

「何故、こんなことをした」

「ゲホッ、う、ぐ……ヒールじゃこの程度しか治せねっか」

「何故こんなことをしたのかと聞いておる」

「はぁ? アンタがやれって言ったんだろうがよ、爺さん」

 

 ──……。

 そう、だ。

 ゼッケンを解放しろと言ったのは俺だ。……だけど。

 

「もう少し、」

「アンタ知ってただろ? あの楔の女を解放したら、国がこうなるって。知ってて俺にそれを要求した。げ、ぐ……うぇ。とと、こりゃ内臓逝ってるか、クソ、だりぃな。で、あ、そうそう。だから、そんで、要求に対して俺が何か提示して、それを解決してるうちに崩落に関してもなんとかしようとした……とかそんなんだろ?」

「……」

「甘ぇよ、爺さん。アンタが相手にしてんのは魔神だぜ? この世界の神に勝るとも劣らねぇ存在だ。俺達なんざ指先一つで書き換えちまえる存在だ」

 

 ドーヴァは、口から何度も何度も血を吐き出しながら、朗々としゃべる。

 

 こいつ、やっぱり。

 

「全部罠だと思えよ。行動は迅速にしろ。様子見なんて甘っちょろいことするな。──オーバーエデンで、誰かを信じる馬鹿がどこにいるって話だよ」

 

 それだけ言って。

 彼は──事切れた。

 

 あまりにもあっけなく。

 あまりにもなんでもなく。

 

 ヒールはただ、最期の最期まで喋るためのもので。

 その命はもうとっくに──。

 

 

 ☆

 

 

 崩落したオーバーエデンを歩く。

 元々耐久性能の低かった家屋はぐしゃぐしゃに崩れ落ち、その下から血液が滲み出てきている。すすり泣く声、うめき声を耳にして近寄れど、瓦礫を持ち上げる前にそれは止み、なんとか退かした頃には死んでいる。

 無理だ。

 たとえばここで『エリアヒール』のエンチャントを使っても、俺のINTが低すぎて効果は薄く、そして仮に効果の高い者が使ったとしても──もう、助からない者ばかり。

 腹に、肺に、足に、胸に。

 刺さっているもの。穿たれているもの。

 

 どうしようもない者、ばかり。

 

「おーい、セギ、セギ! どこだい? 生きているんだろう!?」

 

 ふと、上空から声が聞こえた。

 空を見上げてみれば。

 

「セギ……いた! 良かった、やっぱり君は死んでいなかったね」

 

 魔法の絨毯よろしく、肩に下げていた大きな本からはみ出たページの一枚に乗って下降してくるミンファの姿が。

 確実に『飛行』や『浮遊』ではない。魔法だ。

 

「っと……うわ。酷い有様ってこういう時に使う言葉だろうね」

「そうじゃのぅ。ああ、ちなみにお前さんの私兵は」

「勿論、巻き込まれたよ。むしろオーバーエデンの民で生きている奴の方が珍しいんじゃないかな、こんなんじゃ」

 

 こんなん。

 まぁ、こんなんだ。

 ……こんな地獄だ。

 

「あ──もう! 人がせっかく我慢に我慢を重ねて守ってきたものを、どうしてこう……ドーヴァは何がしたいの!?」

 

 と、俺が向かっていた先、つまりゼッケンの奴がいた場所の建物がどかぁんと弾け飛ぶ。

 中から出てきたのは勿論ゼッケン。痩せ細り、死に損なったゾンビみたいな見た目の少女は、キョロキョロと周囲を見渡して、はぁ、とため息を吐いて。

 

「『縮地』」

「あっぶないのぅ!」

 

 半歩下がってそれを躱す。

 

「余計な事したで……しましたね?」

 

 本来のゼッケンの喋り方を途中でやめる。

 それは勿論、ちょっと上の方にミンファがいたからだ。こんな時でもロールプレイを欠かさないとは、俺もゼッケンもくるってんなぁ。

 

「ガシ……ではなく、セギ。とりあえず食料をください。空腹で死にそうです」

「ああ、そうか。HP回復フィールドも消えたか。……携帯食料で良いかの?」

「なんでもいいので。味も気にしませんから」

 

 らしいので、適当にインベントリから料理を出していく。

 これも一応回復アイテムで、料理人というジョブのスキルで作られたものだ。見た目はいいけど味はしょぼい。VRMMOの課題の一つではあったな、デスゲームになるまで。

 その後味覚が現実通りになって、料理人ジョブの奴らはスキルを使わずに自分で料理することにしてたのも懐かしい。

 

「……彼女は?」

「此奴はゼッケン。儂が今回救わんとしていた人物じゃ」

「ふぅん。……おっと、怖いな。悪戯しようとしたのは謝るから、その殺気ひっこめてくれないかい?」

「他人の食事中に悪意を向ける方が悪い」

 

 達人の会話かな?

 護身術程度のアサシン系ジョブを持っているミンファと、アサシン系且つメイジ系ジョブの極致にあるゼッケン。当然ゼッケンの方が格上だ。

 だからミンファ、できれば下手なことをしないでほしい。俺じゃ守れない。ゼッケンのAGIは俺を優に超え、俺の反応速度もさっきの『縮地』みたいなの以外対応できないから。

 

「母!」

 

 と、そんなところに。

 今ものっそい勢いで回復アイテムを食べているゼッケンに瓜二つな犬耳少年がやってきた。

 彼女の……偽物の息子。

 

「ご無事でなによりです、母! ですが、此度のこれは……」

「ほほほ、ゼッケンは今食事中じゃ。──この意味が分かるな?」

「──失礼しました! ですから母、お願いします、どうか折檻だけは……!」

 

 ふむ。

 どうやら偽物のゼッケンとやらもかなり正確に作られているらしい。

 こっちはゲーム時代の話だけど、アイツ食事中に話しかけたりすると無言で苦無とか飛ばしてきてたんだよな。食事を邪魔するな、らしいけど、それを偽物まで……。

 

「……ゼッケンはおいといて、じゃ。お主、結局名を聞いておらんかったな」

「む……私はゼットウと言う。なんだ、母から聞かなかったのか?」

「儂別にゼッケンと子供について語り合う趣味は無いからのぅ」

 

 ゼットウ。

 絶刀だったりする? 親子揃って似たネーミングセンス、と。

 

「で、お主。どうじゃ? 周辺に生き残りは……」

「……ダメだ。私もそう思ってオーバーエデン全土を走り回ったが……生き残ったのは数人。その数人は私の仲間が簡易テントを立て、そこへ収容している。治療は満足に行っているとは言えないが、命は取り留めた。だが、それ以外は……」

「む、怪我人がいるのか。それなら使えるものがある。私をそこに連れて行ってくれるかい?」

「……魔負いの一族か」

「流石に知っているか。でも、そんなことを気にしている場合かな?」

「──こっちだ。ついてこい」

 

 ゼットウとミンファが離れていく。

 どちらもオーバーエデンの民。だけどまぁ、流石にこの緊急事態は協力するだろう……と、思いたい。

 

「あの二人。私の偽物の息子と、魔負いの一族の末裔か。また、変なのに好かれてるねガシラ」

「ん、食べ終わったのか。……お前の偽物に関しちゃよくわからんから一旦置いとくけどさ。魔負いの一族ってなんだ」

「……ガシラってさ、下調べしないよね。いつも行き当たりばったりというか。弱いくせに自分の力過信してるっていうか」

「うっせぇ、正論パンチやめろ」

 

 ようやく回復アイテム全部を食べ終わったらしいゼッケン。

 その声は妙にシリアスというか神妙というか、なに? 魔負いの一族……まおうとなんか関係あったりする?

 

「魔負いの一族。オーバーエデンでのタブーみたいな扱いされてる一族でさ、なんていうか、昔やっちゃいけないことをやったんだよね」

「やっちゃいけないことって?」

「なんだっけな。魔法を作った? とか」

「……そんなん現代の魔法使い全員やってるだろ」

 

 まおうもそうだけど、みんな魔法をあーしたりこーしたりしてあーだーこーだしている。

 俺は習っていないからわからないけど、それと何が違うんだ。

 

「あーっと、だから、今の魔法使いがやってるのってアレンジの領域なの。で、魔負いの一族がやったのはクリエイトな領域。四属性魔法を組み合わせて新しい魔法を作る、じゃなくて、四属性以外の魔法を作る、をやっちゃったのよね」

「……それは」

「これの何が禁忌になるかは私もわかんない。けど、当時の魔法勢力がその一族を非難に非難して、罰としてその魔法の封印と、封印してある本を代々受け継がせるようにした。それが魔負いの一族」

 

 ゲーム時代には無かった設定。

 デスゲームが終わり、神が討滅された後の歴史で、NPC達が作り上げたルール。その歴史におけるタブー。

 正直意味わからん。魔法作ったらアウトな理由も全く分からん。

 

「つか、オーバーエデンでよくそんなのが起きたな。罪の意識なんかないだろここ」

「魔負いの一族のルーツはよくわかってないからねー。オーバーエデン出身かどうかもわかんないし、あの頃のオーバーエデンってどっちかというと疑わしきは全部悪! 全部悪なら切ってよし! みたいな場所だったから」

「殺伐としすぎだろ」

「だから忍者は活躍できてたところはある」

 

 ……ああ、だからか。

 ゼットウが悪を斬る、とか言ってたの。なんだ、忍者連中はまだその道を行っている感じか。

 

「で、なんだったんだよ楔って。お前があそこにいた理由、聞かせろよ」

「話すのは勿論良いんだけど──とりあえずヤバいの倒さない?」

「あ、やっぱアレヤバいのか」

「ヤバいでしょ。まぁこれだけの人数が一気に死んだんだから当たり前だけどさ」

 

 そこに、それは集約しつつあった。

 黒い影。

 前も述べたけれど、生前の精神と霊体に直接の関わりはない。

 ただ霊体エネルギーとでもいえばいいか、それが発生して、アンデッドが生まれる。それだけの話。

 

「ブランクありまくりだろ、お前。戦えんのか?」

「さぁ? 戦えなかったら死ぬだけでしょ」

「じゃあお前が死なないように援護するよ。何が欲しい?」

「霊体に有効な刀と、呪毒耐性!」

 

 インベントリから取り出す。

 ベンカストの依頼の時にそういうのも必要になるかと思って追加依頼用に作っといた奴だ。そいつをポイポイゼッケンに投げ渡す。

 トレ窓とか開いてる余裕無さそうだからな。アイテムが空中にある内に、俺が所有権を放棄すれば問題ない。

 

「『ガストクラッシュ』!」

 

 刀自体は特に何でもない刀だけど、エンチャントされた『霊体特攻+++』と『ガストクラッシュ』の霊体特攻が合わさって、一時的に『霊体特攻+++++』くらいの威力は出ているはずだ。

 そしてそれは直撃……した、が。

 

「──最悪だな。スライムレイスキング……何もこんなところで発生しなくとも」

「ん? ……ほほほ、そうじゃの」

 

 突然ロールプレイに切り替えたゼッケン。

 何事かと周囲を見れば、駆けつけてくる二人が見えた。よく見てんなぁとか思ったけどそうか、ミニマップか。

 ずりぃ、ずりぃよミニマップ。

 

「母!」

「セギ! これは……まさかスライムレイスキングかい!?」

 

 ま、流石に裏切り闇討ちは無かったらしい。この危機的状況でそれをやったとしたら、やった奴が黒幕確定だからな。その発覚を避けたって可能性もあるが。なんだそりゃ、人狼ゲームかよ。

 

 んで、えーと。

 そうそう、スライムレイスキングね。最悪のアンデッドが出てきたなーという印象は俺も同じ。

 この魔物は文字通りだ。スライムでレイスでキング。不定形(スライム)の特性を持ち、霊体(レイス)の特性を持ち、そういう魔物の中でも最も強い(キング)魔物。

 

 物理攻撃は勿論効かないし、魔法や物理じゃないスキルも威力が半減する。というか半分吸収される。吸収された非物理攻撃のダメージはスライムレイスキングのHP回復に使用され、その上でコイツ自身の攻撃は状態異常系のオンパレード。めんどい。

 面倒くさいのはその攻撃が一撃ごとにランダムに変わる、という点。めんどい。

 そしてそして、こいつはHPを削り切ると──増える。

 確か最大十六匹まで増えるんだっけな。めんどい。

 

 めんどい役満。

 

「母! 私も共に戦います!」

「いいでしょう。対霊体装備はありますか?」

「少ないですが……ないことはありません」

「そうですか。では、この刀を使いなさい」

「そんな! では母は」

「セギ! 追加発注です」

「ほいほい」

 

 さっきと同じ装備を投げる。

 物理攻撃効かないつったって『霊体特攻』はちゃんと刺さるからな。

 ただ、『霊体特攻』くらいしかコイツに刺さるスキルが無いのも事実。『不定形特攻』は四分の一くらいしか特攻にならない。あくまで霊体よりの魔物ってわけね。

 

「ミンファ、ビショップ系のスキルは取っておるかの?」

「残念だけど、私は見ての通りでね。ただ──霊体を殺す魔法ならいくつか持っているよ」

「ほう。魔負いの一族の魔法、とやらか」

「……あの人から聞いたのか。いいかい、セギ。君は無知っぽいから教えておくけれど、それ結構な差別用語だから、あんまり本人に言わないでくれると嬉しいかな」

「ほ。……それは、スマン」

「あはは! そんな素直に謝られてもね。悪意がないのはわかっているから、これからは気を付けてくれ」

 

 ゼッケンめ。

 先に教えておけよ、とか思ったけど、そうか。タブー扱いの一族であることを誇ってる奴なんかいないわな。俺の思慮不足だったわ。

 

「その魔法、準備にどれだけかかるかの」

「結構かかるかな」

「ふむ。まぁ、どの道緊急事態か。能力付与(スキルエンチャント):Enc(HolyKnight_Sanctuary).Ob(Sandal)」

 

 履いているサンダルの片方を蹴り捨てて、俺とミンファの中央に置く。

 瞬間、俺達の周囲に展開されるは聖騎士のスキル『聖域』。様々な効果のあるスキルだけど、まぁプレイヤーに良い効果を齎すスキルだと思ってくれたらいい。

 そんでもってこの『聖域』、使用者ではなく『聖域』内部にいる者のINTの合算値が持続時間になる。俺は限りなく少ないのでミンファのINT任せになるが──うん、大丈夫そうだな。

 ちゃんとメイジらしくINT爆盛りと見た。プレイヤー以外のステータスの上昇量ってよくわからないからちょっと賭けだったけど。

 

「何を、これは、『聖域』!? セギ、君聖騎士(ホーリーナイト)だったのかい!?」

「なワケないじゃろ。こんな枯れ木みたいな聖騎士、どこの国行ってもお払い箱じゃ」

「確かに……君、どちらかというと祓われる側だもんね……」

 

 うっせぇ。

 

「加えて、能力付与(スキルエンチャント):Enc(SlimeWraithKing_HalvingAbsorptionBody++).Ob(TallShield)」

 

 インベントリから取り出したデカめの盾に、目の前のスライムレイスキングのパッシブスキルをエンチャントする。

 ……ただ例によってこれは気休めだ。

 盾を持っているのは俺なので、当然盾に来る衝撃を受け止めるのも俺。俺のSTRは雀の涙ほど。薬にもしたくない。

 

 聖域と半減吸収で流れ弾を防ぐ作戦だけど、運が悪ければ二人まとめてプチ、だな。

 

「……それは。まさか、セギ。君が付与術師(エンチャンター)なのかい?」

「真実を知りたかったらまず敵に集中してくれんかのぅ。アレ倒せなかったら儂ら全滅じゃぞ」

「う、そ……そうだ。その通りだね。わかった。だけど、事が終わったら」

「ああ、わかっとる。あとで話す」

 

 事ってどれのコトかのぅ~。

 

「セギ、呪毒だけじゃなく、各種耐性の指輪! それと後でお金払うから状態異常回復ポーション!」

「ほほ、息子の前じゃのに、口調が崩れとるぞ。もしかして焦っておるのかゼッケン」

「敵のレベル見ろ枯れ木妖怪!」

「ほ?」

 

 見る。

 スライムレイスキングのHPバー。その横にある数字は。

 

「ひゃ……197Lv……?」

「何があったらこんなの自然発生するんだ──、っ! ゼットウ、その攻撃は受けちゃダメだ、避けろ!」

「──っ、ありがとうございます! 助かりました母!」

 

 うせやん。

 ゲーム時代にいたスライムレイスキングの最大レベルは60とかそんなんだぞ。だから面倒くさい程度に収まってたんだ。それを197って……しかも生まれたばっかでそれって。

 やばすぎる。今ゼットウの方に放たれた『怨嗟の濁流』とか、本当に一撃必殺レベルだ。プレイヤーでも一部の奴しか生き残れないぞ、あんなん。

 

 ──これは、撤退だな。

 無理だ。このメンバーじゃ倒し切れない。

 

「ミンファ、生存者は何人おった?」

「6人。だけど正直生きてはいる、程度だったよ。君からもらった『エリアヒール』をかけて、ようやく呼吸が正常になるくらい」

「お主のその飛ぶ魔法、6人乗せて上まで行けるか?」

「無理だね。乗せられて3人が限界だ」

 

 ……『飛行』、『浮遊』。

 エンチャントするにしても……ちょいと高度がありすぎるな。俺自身は『透過』でもなんでもしてりゃいいんだけど、6人を運ぶのはキツい。

 

「お主の用意している魔法で、アレは倒し切れるかの?」

「動きを止めるので精いっぱいかな。今聞いた感じ、格上も格上なんだろ?」

「ま、じゃろうな」

 

 さて。

 

 絶望的だ。

 どうするかね、この状況。

 



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5.捻じ切る世界(40%)

 優先順位から考える。

 まず、ゼッケンは最上位だ。コイツだけは必ず助ける。次に俺。その次にミンファとゼットウ。他。

 ……なら、やるべきは一つだ。

 

「ほほ、ミンファ。この盾を持ちながらの詠唱は可能かの?」

「できなくはないけれど、スキルの使用は無理だよ」

「知っとる知っとる。そんなことできるのはどこぞの魔王だけじゃ」

 

 ゼッケンとゼットウが『霊体特効』で頑張っているが、HPバーの減り具合からして無理。一日、いや二日はかかるだろう。その間ずっとここに引き留めておくができるならまだしも、スライムレイスキングの興味が他へ移った時点でアウトだ。

 と考えると、結構簡単じゃないか?

 

「よっこいしょ」

 

 サンダルで作り上げた『聖域』から出る。

 ミンファの制止の声は、まぁ届かない。聞く気が無いから。

 そしてインベントリから取り出すのは『挑発(タウント)++』のついた指輪三つ。それを全て自分の指に嵌めた。

 

 ──割れる。『魔法無効』だ。スライムレイスキングから放たれた何かが俺のエンチャントを割ったらしい。

 

「セギ、何して!?」

「『挑発』と『浮遊』、『透過』で儂が囮になる。その間にお主ら、穴掘れ」

「……そうか、『土隠れの術』!」

「下にしか使えぬ、ということはないじゃろ?」

 

 さて、『魔法無効』も無限じゃない。避けられるものは避けて行く。避けられるものなんてほとんどないけど、スライムレイスキングが遠距離攻撃に徹してくれている今、壁の中に入ったり地面に入ったり挑発したりを繰り返しながら、ヘイトを調節する。

 

「セギ、僕は──」

「ミンファはそのまま準備しているものを撃ってくれたらよい。あとは儂がなんとかする」

「……わかった、信じるよ」

「ほ」

 

 この堕落都市オーバーエデンで、一番に「信用はダメだ」と教えてきた奴が、信じるね。

 中々。

 

 さて、俺の言葉を聞いてすぐさま近くの壁に向かって飛び蹴りを始めた忍者二人組。

 使用スキルは『土隠れの術』。土遁……もとい忍者のスキルにある属性付きスキルの一つだが、攻撃力はないに等しい。効果は文字通り地面に隠れる術で、敵の広範囲攻撃なんかを避ける時に使うスキルだ。

 そして、というかだからこそ今ソレが役に立つ。

 この巨大な穴──『浮遊』も『飛行』も上がるにはキツい高さだというのなら、斜め掘りすればええやん、の精神。飛び蹴りの瞬間に『土隠れの術』を発動し、二人合わせて人が通れる程度の穴を掘ってもらう算段だ。

 

 そしてそれまでの間、俺が囮になるってね。

 

 ミンファの魔法には何の期待もしていない。動きを止めるのが精いっぱいの見立てなら、恐らく一切効かずに終わる、もあり得る。197Lvに楯突いていい練度とは思えないからだ。

 だから、ミンファには悪いがそれも囮に使わせてもらう。

 スライムレイスキングは魔法攻撃が自らに放たれると、それに当たろうとする。回復できるからだ。コイツがゲーム時代と同じAIを持っているのなら、その挙動はしてくるはず。

 

 そこを狙う。

 

 これの肝は、俺がどんだけ逃げ続けられるかと、忍者二人組がどんだけ早く穴を掘れるか、だけど。

 

 ──割れる。

 ちょーっと、消費厳しめかなーって。

 

 

 

 

 

「行けるよ、セギ!」

「頼むぞ!」

 

 長大な詠唱のあと、ミンファの背負う本が独りでに開き、そこから何か……黄金色の身体をした槍兵のようなものが出現する。

 なんじゃありゃ。確かに地水火風、そのどれにも当てはまらない魔法だ。

 

 槍兵は手に持つ槍で、ぐさりとスライムレイスキングをぶっ刺して……一度で消えないことがわかると、何度も何度も差し始めた。

 スライムレイスキングも自ら当たりに行っているから、魔法ではあるのだろう。

 しかしなんだアレは、という考察は後ですればいい。

 

 思ったより効果的な魔法っぽいから、こっちも──。

 

「は?」

「え?」

 

 光、だろうか。音としてはチュン、って感じ。すずめかな。

 それが。

 それが、俺の身体を貫いた。『物理無効』、『魔法無効』はまだあるのにも関わらず、だ。

 

「セギ!?」

「……マッズいのぅ。ミンファ、お主だけでも逃げよ。忍者二人組はなんとかなる」

 

 急所ではないが、俺の身体にはあまり関係のないことだ。

 クソ、冴えたやり方を思いついたと思ったんだけどな。誰だ横槍入れた奴は。

 

「ミンファ。お主に、これを託す。これを持って、イグリーリュグス、に……」

 

 どちゃ、と。

 何かが脳を貫いたのがわかった。わかっただけだ。いや、いや、志半ばにも程がある。

 最後に見えたのは、涙を流すミンファと──歪んだ笑みを浮かべた、ゼッケンの……。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 起きる。

 舌打ちを一つして、木漏れ日も入らないような鬱蒼とした森の奥深く。

 むくり、と起き上がれば──とかやってる場合じゃないんだよね。

 

「……オーバーエデンまで全速力で四日か。あー」

 

 どうしよっかな。

 どうもできない。フレンドリストのゼッケンは……まだ生きているが。

 頑張っても頑張ってもどうしようもないことは、諦めるしかない。

 

 最後の攻撃。ゼッケンはゼッケンでも、スライムレイスキングと戦っていた方じゃなかった。だからあれは、偽物の方……になるのかねぇ。

 いやはや、本物だの偽物だの、やめてほしい。そういうことされると誰も信じられなくなる。

 

 とりあえず森から出るか。久しぶりに息を吸う。

 

「く……ふ、ぅ」

 

 見渡す限りの黄金色。この森を囲むすすき野は、風が吹くたびに波打って美しい。これも久しぶりに見る光景だ。

 

「どうしようも……ねぇなぁ。メールは出しておくが、果たして、かぁ。ああ、悪いことをした。ゼッケンもゼットウも、あとミンファも生きててくれると嬉しいんだが、絶望的だよなぁ。あーあー」

 

 久しぶりに殺された。

 各種の『物理無効』や『魔法無効』を貫通してきたあたり、アレは魔神関連のなんぞかのアイテムだろう。初見殺しやめろってホント。またぞろ『能力無効』とかついてんじゃないだろうな。

 

「え!」

「ほ?」

 

 人の声が聞こえた。その瞬間にロールプレイに入る。

 ……しかし、この声。

 

「ガシラちゃん!?」

「……アイネ?」

 

 振り返るまでもなかった。

 猛ダッシュで抱き着いてくるのをしゃがんで避ける。ずしゃぁっとすすき野に顔面から行くアイネ。

 

 なんだ。

 何だってこんな場所に攻略組がいやがる。

 ここ、かなり辺境だぞ。

 

 ……。

 

「アイネ!」

「な、なによ~。避けなくてもいいじゃ、ってちっかぁ!?」

「ペガススの笛とか、鳳凰の笛とか持ってないか!?」

「いきなり何々! 説明してセツメー! ガシラちゃんいつも言葉足りないんだからさ、ほら早く!」

 

 乗り物こと飛べる魔物を呼び出せるアイテムがあれば、四日なんて言わずすぐに向かい直せる可能性がある。稼ぎ頭3は移動する必要がなかったから一切アイテムインベントリにその類のものを入れてないんだけど、コイツなら!

 

「今、オーバーエデンでゼッケンが死にかかってる! 俺は、あー、転移で弾きだされたんだよ。で、こっからオーバーエデンまで四日はかかる。全速力で走っても、だ。だがペガススか鳳凰、最悪グリフォンでもいい! そういうのがあれば」

「……必死じゃん、ガシラちゃん。あたしたちが神の攻略に行った時より、よっぽど」

「ちょ、アイネ。頼む、今拗ねてるとかそういう場合じゃないんだよ! ゼッケンが死ぬかもしれないんだ──俺は嫌なんだよ! 知ってるか? 知らないだろ。オバンシーさんが殺された。今なんか起きてるんだよヤバいことが!」

 

 途中まで口を尖らせて拗ねた顔をしていたアイネも、オバンシーさんの事を聞いた瞬間に顔色を変えた。

 

「え、オバンシーさんが……殺された、って、誰に?」

「わからん。だが、色々やべえ事が起こってるのは間違いない。アイネ、お前が隠居したいのはわかる。だからアイテムだけ貸してくれ。頼むよ」

「……ガシラちゃんが行ってどうにかなるの? 戦えもしないクセに」

「……」

 

 そう、だ。

 俺が行って何になる。俺が行ったところで、俺が舞い戻ったところで、何が変わる。レベル197のスライムレイスキングがいるんだぞ。それに、偽物のゼッケンも。

 今の俺が行って。

 何になる。邪魔にはなるだろうな。

 

「――だから、お姉さんに任せなさい」

「……い……いいのか? お前、戦いとか嫌になって隠居したんじゃ」

「それはそーだけど、()がそんなに憔悴してて、それを見捨てるあたしじゃないし」

「弟じゃないが」

「またまたぁ。知らないの? まだ家族設定生きてるんだよ? 役所とか行かない?」

「マジか。あの無駄機能生きてんのか」

 

 プレイヤー同士で家族になれるとか言う無駄機能。結婚まではわからんでもないが、兄弟姉妹はいらないだろってめっちゃ突っ込んだ覚えがある。

 そして実装直後にいい感じに言い包められてアイネを姉に設定してしまったが最後、ゲーム時代は姉面をされまくった。勿論稼ぎ頭3ではなくメインでの話だが。

 

「……いや、今は……めちゃくちゃ助かる。俺も出来る限りのエンチャントをする。だから、助けてくれ、アイネ」

「おっけぃ! じゃああたし準備してくるから、20秒待ってて!」

 

 瞬間、風が吹く。目の前からアイネが消え。

 20秒後、完全武装の彼女がそこにいた。

 

 ……気のせいでなければ、俵抱きにされているラクサスがいる気がするんだが。

 

「そして~、おいで、応龍!」

 

 ピーッと吹かれた笛。

 テイムモンスターではない。これはイベント報酬の、乗り物として使えるモンスターだ。

 

 現れたるは、黄金色の竜。ウィルみたいなタイプじゃなくて、蛇っぽい見た目の方。

 

「この子が最速だから。ほら、乗って乗って」

「……ああ、頼む」

「ぬ、え? 今の声は、セギか?」

「しゅっぱつしんこー!!」

 

 轟と風が吹く。

 次の瞬間、雲の合間にいた。それが凄まじい速度で後方へ流れて行く。

 

 もはや何の討伐アイテムなのか、イベント報酬なのかわからないこの笛は、アイネが最前線も最前線のトッププレイヤーならではだ。俺のメインキャラでさえ遠く及ばない強さを持つコイツは、本当の意味で英雄だろう。

 あの神を討滅した攻略組の一人でもあるのだから。

 

「アイネ。敵はレベル197のスライムレイスキングと、恐らくドッペルゲンガーか何かじゃ」

「え、なんでロール……まぁいいけど。で、え? なに? スライムレイスキング? 197レベ?」

「ああ」

「うわー。どこのどいつよそんな面倒なのつくったの。じゃあセギちゃん、これ。この刀に『霊体特効』エンチャして。鎧は全耐性あるから大丈夫」

「……これ、備中青江かの。……『霊体特効』つけたらまんまにっかり青江になるが」

「おお、よくわかったねーセギちゃん。昔は刀剣の名前なんか欠片も興味なかったセギちゃんがこうまでなるとは、感慨深いなー」

 

 詳しくなったのは間違えるとお前が怒るからだが。

 ……だが、それでゼッケンが救えるなら、それでいい。

 

能力付与(スキルエンチャント):『霊体特効+++』」

「ありー」

「本当にこれだけでいいのかの? 鎧に『霊体耐性』をつけるとか、他にもアクセは沢山あるが……」

「んー? セギちゃん、ちょっとお姉さんのこと舐め過ぎじゃない? 200年くらい会ってないから忘れちゃったカンジ? ――お姉さん、これでも一応最強の一人なんだけどなー」

 

 そんなこと忘れるはずもない。

 知っている。だけど、隠居して長いんだ。腕が鈍っている可能性は十分にある。

 

「あ、腕が鈍ってるとか考えてるんだ。でも安心して。一昨日タイラントバイパーソロ討伐してきたばっかだし」

「隠居とはなんだったんじゃ」

「しょーがないじゃん。村の近くにそんなのが出たんだから、あたしくらいしか倒せる人いなくてさ」

 

 タイラントバイパー。

 超巨大なアナコンダみたいなやつだ。レベル帯は100近いんじゃないか? 厄介なのは三種の毒液。麻痺毒、猛毒、酸を使い分けてきて、状態異常にかかった奴からその図体で体当たり。それですべてを潰していく──なんとフィールドモンスター。

 出てくるのは本来の魔界へ通じる道中だから強いのは当然なんだけど、フィールドにいていいモンスターじゃないのは確実だ。

 

「……今更になるが、なぜラクサスを抱えておるんじゃ?」

「戦力になるから。この前ばったり会ってね、何か隠してるっぽかったから監視兼村の守護者として雇ってるの。三食ふかふかのベッド付きで」

「なる、ほど?」

 

 ラクサスならそんなもの自前で用意できそうなものだが。

 何か理由でもあるのかな。

 

 まぁ、今は、とにかく、だ。

 

 応龍の速度は俺の最高速度を優に超え、あと少しでオーバーエデンに着く。

 

「けが人も多くいるはずじゃ。アイネ、お主はスライムレイスキングを頼む。ラクサスは瓜二つの顔で戦っている者がおったら、その双方の時を止めてくれ」

「む、あ、ああ。いいが。……というか今までどこにいたんだセギ! 皆が皆探していたというのに、なんでこう……」

「すまんすまん。ワケは後で話す。事が片付いたらの」

「コトってどれのコトなんだろうねー」

 

 ……ゼッケンだけじゃない。

 アイネにも俺のやり口はバレている。いやほんと、やりづらいったらありゃしない。

 

 雲が晴れる。

 

「見えた――あそこじゃ! あの陥没しとる場所!」

「わ、ほんとだ。オーバーエデンがない。つっこめばい?」

「頼む!」

 

 すまなかったな、ゼッケン。

 一度離脱しかけたが、最強を引き連れて帰って来たぞ。――だから頼む。

 間に合ってくれよ!



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6.奮い立つ勇者(97%)

 応龍のみならず、所謂「移動用魔物」に攻撃能力はない。早く移動できる手段で、見た目が魔物である、というだけだ。

 だから仮にこれで突っ込んでもダメージは与えられないが──分断する、という一点においては無類の強さを発揮する。単純に邪魔だから。

 

 状況は。

 

 ……芳しくはない。

 全身が血にまみれたミンファと、彼女を背負って防戦一方になっているゼッケン。ゼットウの姿は見えないけれど、壁の穴から定期的に土が吐き出されているあたり、ずっと掘ってくれているのだろうことが窺える。

 俺を殺したのだろう偽ゼッケンの姿は──無し。

 

「は──レイドドラゴンとか、流石に無理なんだけど!」

「ところがぎっちょん! やっはろー、ゼッケンちゃん。おひさし!」

 

 軽ーいノリで、アイネは霊体特効+++のついたその刀で──スライムレイスキングを真っ二つに割断する。

 いや。 

 いやそれ、レベル197なんだけど。

 

「ッ、まさかアイネ!?」

「ほほほ、さっきは死んですまんかった。よって最強を連れて来たでの、安心せい」

「セギも! 良かった、死体が残らなかったからもしかして、とは思ってたけど……と、そんなことより彼女を! どうやってかはわからないけど、スライムレイスキングを一時的に凍結させて、かなり時間を稼いでくれた! けどその後攻撃されたわけでもないのに血が噴き出てて、手持ちのポーションじゃどうしようもない!」

 

 確定NPCなんだから見捨ててもいいのに、なんて冷たい思考が流れていくのをスルーして、余裕の出来たゼッケンからミンファを譲り受ける。

 

「アイネ、ソロ討伐いけそうかの?」

「討伐だけならいけるけど、周囲の被害甚大かなー」

「なればラクサス! スライムレイスキングとアイネだけを囲う結界のようなものは作れるか?」

「お、おう。何が何だか、一切状況が掴めないままだが……可能である、とは答えられる」

「では頼む!」

 

 あっちはあっちに任せて、こっちはミンファの治療に取り掛かる。

 先程のゼッケンの証言通り、外傷らしい外傷はない。この傷は、まるで内側から食い破られたかのようなものばかりだ。

 ……ポーションにも色々な種類があるけど、内臓を癒すもの、となると……まぁ。

 使わないアイテムはゴミ同然、ってな。

 

「ゼッケン、少し護衛を頼む。先程儂を殺したやつは、恐らくお主の偽物じゃ。『物理無効』をつけておった儂を殺したあたり、何か異質な力を使うと見ている。何かが飛来したら、悉くを弾いてほしい」

「ん、おっけー。……しっかし、セギが死んだのも勿論驚いたけど、まさかアイネが来るとは思わなかった。というか流石攻略組。苦戦のクの字も見えないや」

「じゃのぅ。隠居したものだとばかり思っておったが、今でも高レベル魔物をソロ討伐しとるらしい。腕は鈍っとらんようじゃ」

 

 言いながらアイテムボックスをザラーっと漁り、お目当てのものを見つける。

 在庫はこれを含めて五つか。

 

 ……NPCに使うのは初めてだけど、まぁ、そういうこともあるだろう。

 

「珍しい。NPCに対してエリクシールまで使うなんて」

「ほほほ、儂にとっても前代未聞じゃよ」

「心境の変化?」

「さて。ああいや、誤魔化すまでもないか。単純に負い目、じゃろうな。儂が油断していなければ、ミンファはここまで無理をすることもなかったはずじゃから」

 

 アイテムボックスから取り出したエリクシール。そのコルク栓を開けて、ミンファにぶっかける。呑ませても塗布しても効果があるから本当に不思議アイテムだと思う。経口摂取と皮膚吸収で何か効果が変わる、差が出るということもないし。

 

「はい、おしまい!」

「え」

 

 それは誰から出た「え」だったのか──。

 

 少なくともその場にいた誰もがアイネの方を見て、空気に溶けて消えていく魔物の姿を見送った。

 

 アイネ。

 攻略組。ゲーム時代においても最前線を常に張り、月間獲得経験値ランキングでは三か月間連続で首位を取ったことがあるほどの戦闘馬鹿。

 気さくでフレンドリーな奴だから全くそういう感じを覚えてなかったけど。

 

 こいつ、名に恥じぬ最強だ。

 

「早かったのぅ、アイネ。すまんな、今回は本当に世話に──後ろだ、アイネ!」

「気付いてる気付いてる」

 

 彼女が傾げた首。その真横を通り過ぎるはクナイ。

 さも当たり前と言わんばかりにラクサスの結界を突き抜けてきたソレは、地面へと深々と刺さり──そして溶けて消えた。

 ……成程。物理無効が効かなかったのはそういう仕組みか。

 

「んー、避けるのはそう難しくないけど、ウザったるいね。あー、ラクサス、セギちゃん。壁とか張れる? 土壁でいいんだけど」

「すぐに、となると難しいのぅ」

「風の壁で良いのなら、今すぐに出せる」

「んじゃそれで」

 

 わかった、とラクサスが言うが早いか、オーバーエデンの陥没した穴の中に、面状の嵐が出現する。

 今更だけど、風魔法にこんなものはない。

 

「おっけー、んじゃー、ぷぅちゃん!」

 

 ピーッと笛を吹いたアイネ。彼女のそばにいた応龍が消え、今度は……なんだろう、二階建てバスみたいなのが取り付けられた巨大な豚が現れた。

 

「さぁ乗った乗った!」

「あ、アイネ、ちょっと待って欲しい。あっちで穴掘りしてくれてる協力者がいるんだ」

「いいよー待つ待つ。ラクサス、壁はどれだけ保つ?」

「あと四日はいける。ただ、先ほどから何か……攻撃を受けている。敵の出方によっては突破される可能性もあることだけ伝えておこう」

 

 それを聞いて、ゼッケンはすぐにゼットウを呼びに走っていった。

 

 一分と経たずにゼットウが戻ってくる。俺のSTRがゴミなことを知っているゼッケンがミンファを背負うのを代わってくれて、これで準備完了。

 全員でいそいそとそのバス豚に乗り込んだ。

 

 直後、浮遊感。

 

 飛んでいるのだとわかった。

 

「懐かしい。豚毬温(ピグマリオン)か」

「お、やっぱゼッケンちゃんは知ってたか。……あれ、こっちがゼッケンちゃんだよね?」

「これは、失礼をしました。私はゼットウ。ゼッケンの息子です」

「え! ゼッケンちゃん結婚してたの!?!?」

 

 攻撃は来ない。

 ゆるりと上がった豚の気球を、けれど誰も撃ち落とそうとしない。

 

「そういえば、生き残りがいるとかいないとかって話はどうなったんじゃ」

「ああ、その人たちはセギが死んだあとすぐに死んだよ。スライムレイスキングに飲み込まれた」

「そうか」

 

 仮に死んだのがプレイヤーの子孫だったとしても、死んでしまった時点で仕方のないことだ。

 わめきたてることはない。

 

「とりあえずさ、空の旅をしながら情報交換といこうよ。あたし達は何が起きてるのか全く知らないんだよね」

「セギは肝心なところを隠すゆえ、私が説明しよう」

 

 思い出したかのようにRPに入るゼッケン。

 

「まずこれは、大前提、そもそもの話だ。そもそも──オーバーエデンの下には()()()()()()()()()()()()()。これについては本当にいつからか、だ。明確な時期はわからない。着工者をどれほど調べてもいない。考え得るのは二つ。一つは"千年前から開いていた"。もう一つは"あったことにされた"のどちらかだと思う」

「オーバーエデンの地下に大穴、なんて話、一度も聞いたこと無かったけどなぁ」

「右に同じく、じゃ。じゃが、あったことにされた、というのには心当たりがある。ともかく続けてくれ。何故お主があそこの楔になっていたのか、についてもな」

 

 そこまで聞いて、ゼッケンは肩をすくめて、舌を出して──ゼットウを見た。

 

 あ、そっか。

 これは失言だった。

 

「楔、ですか?」

「……セギ。貸しイチね」

「ほいほい」

「それでは──ゼットウ。心して聞け。私はお前の母親ではない。全くの別人だ」

「は。それについては薄々気付いておりました。その……語弊を恐れずに言いますと、普段の母より貴方の方が幼い言動が多い。それでいて母より強い。よって私は、これらの事柄の裏付けができるまで黙っていようと心に決めていました。あの地下の戦闘時に余計なことを言って、互いの命を散らすことも良いことではないと思いましたから」

「うーん良く出来た息子。私の息子じゃないんだけど」

 

 で、とゼッケンは一拍置いて。

 

「まだ確証はないんだけど、オーバーエデンには私の偽物がいる。その偽物が産んだのが、ゼットウ。君になる」

「……今までの言動から、察してはいました」

「ついでに儂を殺したのもその偽ゼッケンじゃのぅ。絶命間際に顔が見えたわい」

「セギちゃんは今からベンちゃんのとこ行って全身検査してもらった方が良いかもねー」

 

 やめてくださいしんでしまいます。

 

「話を戻す。私は長い間、オーバーエデンを崩壊させないための楔として、オーバーエデンの最下部に封印されてきていた。その楔を破ったのがセギだ。よってオーバーエデンは崩壊し、この惨劇が生まれた」

「人を悪者みたいに言いよるのう。トリガーを引いたのはドーヴァじゃ。儂は何もしとらん」

「はいはい、悪人探しをしろ、って言ったわけじゃないから、責任の擦り付け合いはやめやめ。聞きたいのは現状なの。今のでわかったのは、楔が解けてオーバーエデンが陥没した、ってことだけだよね?」

「うむ。確かじゃ」

「この際オーバーエデンの復興とかは考えなくていいと思うんだ。それはエヌ……今を生きる人々がやるべきことだから。ただ、あたし達が考えなければならないのは──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってことだよね」

「!」

 

 考えて──いなかった。

 今俺の思考は、対魔神をどうするか、にばかり力を入れていて……そうだ。

 

 もし仮に、"あったことにされた"なんてパッチが罷り通るのなら、他の国があまりに危なすぎる。

 

「アイネの言葉は正しいと思いますが、そうなると犯人の動機がわかりませんね」

「うーん、そうなんだよね。でも、ちょっと怖い考え方になるけどさ。今回のスライムレイスキング、レベルも出現の仕方も不自然極まりなかったでしょ? つまり」

「……大勢が死んだ場所には、ああいう高レベルの複合魔物が現れる、と?」

「あくまでかもしれない、だけどね。千年前には無かったことだけど、あり得なくはないんじゃないかなって」

 

 ぞっとする。

 思い当たってしまったのだ。オバンシーさんの件を。

 

 大勢を殺して魔物を作る。

 その第一号に、彼はされかけたのではないか、という。

 

 血のルクレツィアも似たようなイベントだ。

 つまりこれは、完全にプレイヤーを狙った無差別殺人を行おうとしている、のか?

 

「……なんかいるね」

「ほ?」

「後ろ。ミニマップギリギリの範囲でこっちを尾行てきてる。ミニマップの範囲わかってるとか、まさか」

「あ、いや! 大丈夫だ。あのペガスス、多分あれはベンカストのとこのペガスス部隊だ。指揮してるのがベンカストなんじゃないか?」

「だったら直接コンタクトと取ってくるよ。特にベンちゃんは自分が怪しまれてるってわかってるからね。もっと堂々と来るはず。何より」

 

 空。

 空だ。突然の曇り、じゃない。

 

 全天を覆いつくす程の剣が、そこにあった。

 

「ま、待て、アイネ・シズェンズヴァーン! それは地形を変えるぞ!」

「今更じゃない?」

「そ、そんな軽いノリで──」

 

 剣が、落ちる。否、降る。

 アイネが指をクイっとやって、ただそれだけで──俺達を尾行してきていたペガスス部隊が全滅した。

 

「お、おいおい。味方だったらどうするんじゃ……」

「だからさー。セギちゃんあたしのこと舐め過ぎ。たとえ三千里離れたって、自分に向けられているのが殺意じゃないかそうじゃないかくらいはわかるって」

「本当に隠居してたんかのぅ」

 

 なんならゲーム時代に「殺意」なんてシステムは無かったんだが。

 ……こいつもまおうと同じく修行でガチの強者になったパターンか。元から最強のくせに。

 

「……あー」

「どうしたんじゃ」

「今殺したペガスス部隊? だっけ。全部アンデッドだったみたいね。聖譜(スコア)が反応してる」

「なんじゃと?」

 

 聖譜(スコア)は吟遊詩人のスキルツリーに現れる、攻撃力も防御力も補助能力も持たない特殊なスキルだ。

 効果は「範囲内のエネミーがアンデッド・悪魔の場合にそのエネミーデータを書き起こす」というもの。所謂人狼ゲームみたいなストーリーイベントがゲーム時代にあって、そこで使われるものだった。

 

「……法国の尖兵がアンデッド、というのは……きな臭い話じゃな」

「どうする? このままイグリューリグスに行ってみる? オーバーエデンの捜索は……流石に人数いないと無理そうだし」

「ふむ。……そうじゃな。じゃが、儂はここで降りる。敵の狙いが儂なら儂は一人でいたほうが良いじゃろう」

「そんな事を言って、ベンカストに会いたくないから、なんて理由ではないだろうな」

「六割そうじゃが、四割はマトモな理由じゃ。それよりゼッケン。いやゼットウに問うべきじゃな。お主の母御はなんの任務についていて、今どこにおるんじゃ?」

 

 少し用意することがあるから、俺はここで一旦離脱したい。ミンファが起きたら能力付与術師のことで問い詰められて面倒くさそうだし。

 オーバーエデンにまつわる云々は、アイネの言う通り俺たちだけじゃ無理だ。調査に長けたブレインが必要になると思う。そこに時間をかけるくらいだったら、各国にそういう「爆弾」が仕掛けられていないか探し回ったほうが有益だ。同意、ということ。

 

 ただし、解決していかなければならない問題は一つだけ残っている。

 

「……どの任務につき、今どこにいるか、という問いに対しては、申し訳ないが答えられない。これは秘しているのではなく、知らないのだ。忍は身内にさえ任務の情報を漏らさぬものゆえ」

「そうか」

「だが……話を統合するに……私の母ゼッケンは、その……こちらにいる女性の、偽物、と……そういうことで、良いのだな」

 

 自分で。

 ゼットウは苦虫を噛み潰したような顔で、けれどはっきり言った。

 

「そうなると、この場で最も怪しいのは私だな……」

「いいや、ゼットウのことは疑っていない。けど、申し訳ないけど、君の母親……私の偽物については疑わざるを得ない。そんなわけで、ゼットウ。君の父親について教えてくれ。あるいはそこから糸口が開けるかもしれない」

「……わかった。だが、父は今オーバーエデンにいない。タンダードにいるのだが……」

「そいじゃま、あとは任せたぞい!」

 

 タンダード、という名前が聞こえた瞬間にバス豚から飛び降りる。

 危ない危ない。アイネが運転しててよかった。そうじゃなかったら捕まってた自信がある。

 

 タンダードがどこの国かって、俺が最近までずっと拠点にしてた国ね。今帰ったら絶対色んな厄介事押し付けられるに決まってるからやめやめ。

 ミンファやゼッケンのことはアイネに任せて大丈夫だろう。あいつ最強だし。

 

 だから──俺は俺で。

 

 もう少し、調査をしていきますかね。

 

 

 

 例の攻撃の対策を揃えて、瓦礫となったオーバーエデンを歩く。

 路地裏も何もかもが崩壊しているために「怪しい老人ムーブ」のできそうなところはない──どころか、人っ子一人いないのでそもそも成立しないそこを、ふらりふらりと。

 

 死体は見つけ次第燃やしていく。放置しておくとアンデッド系になる可能性があるから。遺族のこととか考えてられないのがこの世界だ。こういう場……アンデッド系魔物が発生しづらい場所で死んだ、とかなら話は別なんだけど。

 

 まず最初に調べるのは、ドーヴァの屋敷。その残骸。

 壊れているとはいえ何が起こるかわからないトラップ類をアイテムボックスに回収しながら、なにか残されたものがないか漁って行く。所々に兵士の死体があるから、それは燃やして。

 

「よ、っと」

「ん、なんじゃアイネ。ゼッケンたちはどうした」

「ゼッケンちゃんが全部やるってさ。タンダードでJJJに大体のこと書いたメール送っておいたから、あとはアレがなんとかするでしょ」

「そうか」

 

 正直に言って、心強い。

 もうどんな攻撃をされて、どんな原理で物理無効が崩されたのかは理解しているけれど、万一はあるっちゃあったからな。隣に最強がいてくれるのはかなりデカい。

 

「ガシラちゃん、何したの?」

「なんの話じゃ」

「今周囲に生物いないからRP取っていいよ。で、タンダード行ったらBuffろうにばったり出会ってさ。ガシラを知らないか、って聞かれたから一応知らないって答えといた。なんか指名手配されてるみたいねー」

「……エ」

「心当たりないみたいだし、まーたベンちゃんのいたずらかな?」

「だと……思う。犯罪はした覚えがないから」

 

 指名手配って。

 タンダードに近づくの、もうやめよっかな……。

 

「あ、そうだ。今回の依頼料貰っちゃいたいなー」

「そりゃ構わないけど、金なんかいくらでも持ってんじゃないのか?」

「だから、永遠エンチャ。あ、世界のバランス崩す系は要らないよ。ほしいのは生活系」

「……まぁ今回だいぶやってもらったからな。いいよ。何がほしい?」

 

 永遠エンチャは作れば作るほど世界を壊す。

 エネルギー保存則とかガン無視してるからな、アレ。永遠であるかわりに効果が弱いからゲーム時代での人気は下火だったけど、現実世界となってくると価値がまるで変わってくる。

 

「火を消す、みたいなやつがほしいんだけど、ある?」

「んー。タリスマンとして作るなら、二通りだな。"燃えない"か"周囲の炎を消す"。どっちがいい?」

「後者で」

「あいよ」

 

 調査の片手間にエンチャントを実行する。

 今回グリッチは使わない。「能力付与(スキルエンチャント):鎮炎+」だ。

 

「形は? 普通にタリスマン?」

「できるならあたしのこの耳飾りがいいんだけど、どうかな。これゲーム時代のじゃないんだけど、いける?」

「ちょい見せてくれるか」

 

 はい、と手渡される。

 確かにゲーム時代のものじゃない。なので、アイテムボックスから『鑑定+』のついたメガネを取り出し、それを見る。

 アイテム名は「アドゥガルの耳飾り」。なるほど、知らないアイテムだ。

 ただまぁ、俺がいつも木片なんかにエンチャントしてるように、物自体がなんであってもあんまり関係ない。グリッチ使うときだけアイテムIDがわからないとできないんだけど、今はそうじゃないしな。

 

「ほい」

「わ、ありがとー」

「けど、耳飾りでよかったのか? さっきも言ったけど、周囲の炎を消す、がメイン効果だから、それつけて炎に突っ込む、とかしない限りあんまし意味ないぞ」

「これをつけて炎に突っ込む予定があるからほしかったんだー」

「ソ、ソウデスカ」

 

 隠居とは。

 

「でさ、ガシラちゃん。ホントは何があったのか、お姉さんに教えてほしいな」

「……ま、知る権利はあるか。んじゃ事の始まりからだな。まず──」

 

 ざっと。

 ワンバの湖に現れたウィルに始まり、オバンシーさんのこと、魔界、ラクサス、そして魔神のことを話す。今回のドーヴァとゼッケンのことも。

 そんなに長い話じゃないから、すぐに語り終えて。

 

 アイネは──神妙な顔つきで、こんな事を言った。

 

「パッチが当てられる。それ、すごく経験あるかも。ガシラちゃん。ここの調査が終わったら、あたしの村に来てくれない? その痕跡というか、ガシラちゃんに見てもらいたい場所があるから」

 

 そんなことを。

 

 

 

 さて、オーバーエデンの調査は恙無く終わった。恙無く、何の成果も得られずに終わった、というわけだ。

 

 なのでアイネに連れられ、アイネの村へ向かう。

 

「そういえばラクサスは?」

「あの子もタンダードにおいてきたよ。その後は知らない」

「ふぅん」

 

 とのことで、ゼッケン、ゼットウ、ラクサス、そしてミンファとは一旦の完全なお別れとなる。

 JJJ、ベンカスト、まおう、他国王や偉い地位についているやつに、今回のオーバーエデンの件の情報共有をしておいた。「無駄足かもしれないけれど、国の地下を調べた方がいい」という旨も。

 ……メールを出して十数分後、凄まじい量のメールが届いたのはご愛嬌である。ポストに行ってないから中身見れないネー。

 

「他の攻略組は一緒に住んでないのか?」

「別に家族でもなんでもないし。最後にみんなと会ったの、三百年前とかじゃない?」

「三百年……アレか。大暴走(スタンピード)のときか」

「そそ。あのときも集まったってより元凶叩きに行ったらちょうどかち合った、って感じだったけど。いやー、ジョブが違ってもみんなやることおんなじなんだなぁって笑っちゃったよね」

 

 大暴走(スタンピード)。読んで字の如し、魔物の大暴走事件のことだ。

 一定以下の強さの魔物がなにかから逃げるように襲ってくる……ゲーム時代は稼ぎイベント、なんて言われていた現象だけど、今となってはフツーに数万人単位の犠牲者のでる恐ろしい事件。

 大抵の場合、それこそスライムレイスキングのような通常湧きしない複合魔物が現れて、そいつが当たり構わず他の魔物を食い尽くし始めることで生まれるものなので、その元凶さえ殺してしまえばスタンピードは終わる。稀に知性のある魔物からお礼がもらえたりする。

 

 この千年の間でスタンピードは四回あった。その内の最後のやつが三百年のスタンピードになる。

 

「そろそろつくけど、流石に応龍で行くと村のみんなを驚かせちゃうから、この辺から歩きで行くよ」

「おう」

「背負ってもいいけど、どうする?」

「んー。んじゃ頼むわ。俺のスタミナだとアイネの倍以上かかるだろうし」

「おっけー」

 

 ひょい、と背負われて。

 瞬間、世界が後方へと置き去りにされて行く。

 

「何も全力ダッシュしなくても」

「え? ジョギングくらいだよ?」

「ああそう……」

 

 ステータス格差、という言葉がガンガンに突き刺さる。

 おっそろしいなぁ。



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7.踏み切る勇者(66%)

 風の柔らかな昼下がりのことであった。

 公園に設置されたブランコ。そこに座って俯く、前髪の長い少女が一人。キィキィと音を立てながら、前後に微動する彼女は──誰がどう見ても、落ち込んでいた。

 

「ちと、そこなお嬢さん」

「……!?」

 

 だから驚いた。自他共に認める程「今は近づかないでほしいオーラ」を出していたものだから、声がかけられた事実に少女は驚いて、そして声をかけてきた相手を認めてさらに驚くことになる。

 

 長い白髭を蓄えた、枯れ木のような老人。

 

 この村で「英雄」を除いて一番の長寿である長老をしても、こうはならないだろうというほどに年老いたソレは、ほほほ、なんて笑いながら少女の目の前に立っていた。

 

 少女は。

 少女は、酷く警戒する。見覚えのない老人だったからだ。

 この村は小規模な村であり、外部との交流も無いに等しい。だから、見たことの無い人間は警戒に値するのだ。

 

 少女とて。彼女とて、幼いながらに戦闘者である。

 英雄アイネ・シズェンズヴァーンのいるこの村では、基本的に誰もが戦いの心得を有している。少女も多分に漏れずそうで、けれどそのことで少し思い詰めていたからこのブランコにいた。

 他人が見ればこう称するだろう。「そこまで自然な動きで戦闘姿勢に入れるのだから、何を思い悩んでいるのかわからない」と。それは彼女にとって無自覚な動きであるから悩みは一向に解決しないのだけど──とにかく、少女は最大限に警戒していた。

 

「そう警戒せんでおくれ。儂はお守りをお主にあげたいだけなんじゃ」

「っ!?」

 

 していたのに、懐に入られて──少女は思いっきり飛びのく。"ブランコに乗っていた"なんて事実は少女の妨げにはならない。

 戦闘姿勢を崩さず、けれどすぐに自警団を呼ばんと「鳴弾」と呼ばれているものを空に投げようとして──。

 

「こら! 初対面の相手を怖がらせるのやめなさい!」

「のぅ!?」

 

 件の英雄が老人をチョップしたのを見て、その「鳴弾」をひっこめたのだった。

 

 

 

 アイネに連れてこられたのは名もなき村……というと村民に失礼過ぎるけど、実際にこの村には名前がないそうだ。

 元々はアイネが隠居用にと一人で住んでいた森で、そこに流れ者たちが集まって村規模にまで発展したのだとか。だから強いて名前をつけるなら「アイネ村」になるらしい。アイネが恥ずかしいから、という理由で拒否しているみたいだけど。

 

 で、アイネは一旦村の重鎮たちに「帰って来たこと」を伝えなきゃだから、と言って解散になった。まぁ俺がつべこべ言わずに急ぎで、を注文したから、どこどこへ行ってくる、みたいな報連相ができていなかったらしいのだ。

 アイネがちょっといなくなった程度で大混乱に陥る程弱い村じゃないとのことだけど、それでも無言でいなくなるのはよくない。

 

 身に染みる。

 

 それで、暇になったので村をふらふらしていたら、これまた丁度良く「お守りくれる怪しい老人ムーブ」のできそうな落ち込んでいる少女を発見したものだから、ちょっと工夫していきなり相手の間合いに入り、タリスマンを押し付けようとしたところ──こうなった。

 アイネのチョップ。彼女なりに手加減しているつもりなんだろうけど、俺の紙装甲だとHP七割くらい持っていかれるので、万一に備えてつけていた『物理耐性+++』があって本当に良かったと思う。

 

「ほほほ、日々の習慣くらい許してくれないものかのぅ」

「言っておくけど、これはセギちゃんのためでもあるんだからね? そういう悪戯をする相手はちゃんと見極めること!」

「……もしかしなくとも、激しく強かったりするのかの?」

「コロネちゃん、ジョブはどこまで行ったんだっけ?」

 

 少女──コロネと呼ばれた彼女は、一瞬、少しだけ難しい顔をして、ぼそりと「魔闘士(ワンダラー)」と答えた。

 

「ほ? ……三次ジョブとは。……失礼じゃが、人間じゃよな? しかも、まだ幼い……」

「そういうこと。この村の子は大体が多かれ少なかれ戦えるから、セギちゃんなんかプチだよプチ」

「魔界より恐ろしいかもしれん」

 

 魔闘士はメイジ系の二次ジョブである魔詠師(スペルキャスター)と、戦士系の二次ジョブである格闘家(モンク)のレベルが上がり切った時に現れる特殊な三次ジョブ。一時的に自身のステータスを他のステータスにコンバートすることで、臨機応変な戦いができるジョブだ。

 当然それまでに得た魔詠師、格闘家のスキルも使えるし、魔闘士になってから得たスキルも使い勝手のいいものばかりなので、ゲーム時代は人気近接職の一つだった。ただ悪く言えば器用貧乏なので、どっちかというとソロ用のジョブではあったが。

 

 見た所人間で、見たところ齢十三か十四くらいなその少女が三次ジョブ。

 うーん、やっぱりNPCも進化してるんだなぁ。

 

「もう、いいですか?」

「あ、うん。ごめんね引き留めちゃって」

「はい」

 

 言って、とぼとぼと帰っていく少女。

 確かに怪しい老人ムーブを仕掛けたのは俺なんだけど、何か悩みがありそうなのは本当だったから、話を聞いてみたかったなー、とか。

 

「んじゃセギちゃんはこっち。例の場所に案内するから」

「ほいほい」

 

 ──所詮NPCだ。どうでもいいか。

 

 

 そんな感じで、村の中を抜けて……荒野に来た。

 来た。そして見た。その時点で「あっ」となった。

 

「なんじゃこりゃ」

「村の人に言ってもね、最初からこうでしたよ、って言うんだよね」

 

 手前は荒野。

 けれど、あるラインを境に草原になっていて、さらにその奥ではまた荒野……渓谷地帯のようになっているのが見える。

 明らかに自然形成された地形じゃない。というか境界線が人為的すぎる。まるで、テクスチャをペタっと貼り付けたかのような異質さだ。

 

「ここがこうなったのは、いつから?」

「つい最近だよ。でも、村の人……一番のお爺ちゃんに話を聞いても、生まれた時からそうだった、って言ってきかなくてさ」

「……パッチ、か」

 

 今まではいけなかった、風景だった場所が実装された時、それまで見えていた光景とガラッと変わって実装される、なんてのはよくあることだ。

 まさにそれが起きている。NPCにとってはなんでもないことで、プレイヤーだけが違和感を覚える。

 

「降りて、境界線部分を調査したい」

「むしろこっちからお願いしようと思ってたかな。ガシラちゃん、こういうのの分析得意でしょ」

「得意かどうかはわからんが、他人より知識はある方だろうな」

 

 よ、なんて言ってまた姫抱きにされて、村の端から荒野へと飛び出るアイネ。

 彼女が地に足を付けたその瞬間、ズズズ、という地響きが鳴り渡った。

 

 それに対して「なんだ」とか言う暇もなく──地面から超巨大な口が現れ、俺とアイネを食わんとする。

 

 も、俺達に到達する前に真ん中で割断されて、絶命した。

 

「……見間違えでなければ……今のはアヤタルか?」

「うん。まーこの辺、一面の荒野だったころはレベル120帯がゴロゴロしてたからね。魔物的にどうなのかは知らないけど、いきなり棲み処が半減したことで縄張り争いが激しくなって、今残ってるのはその競争に勝った超強い個体ばっかり、って感じかなー」

「ほー、そりゃまた」

「あっちの草原にいる魔物は高くて30レベルとかなんだけどね」

「うわ」

 

 レベルデザインやら難度調整やらを知らない運営が、適当に塗りたくった結果、みたいになってんのな。

 ……いや、つまりマップで見るとこの荒野部分は所謂余白のようなもので、アイネ村が120帯に囲まれていると可哀想だから、周囲を30帯になるように塗り直した、とか?

 

「これになったことで困ったこととかは」

「単純に高レベルモンスターの被害が増えたねー。あたしがいる時はあたしが対処すればいいからいいんだけどさ、たまにいない時とかだとそれはもう大惨事。三次ジョブ四次ジョブの子がいたとしても、被害の全てを免れるわけじゃないからどーしたものかなーってなってたの」

「巣とかはあるのか?」

「ない。ゲームの時と同じく自然湧きだよ、多分」

 

 うーん。

 そうなると、まぁ最終手段は一個あるが。

 ……とりあえず調査するか。

 

 さっきのアヤタル含め、ワーム系、パイソン系の魔物に襲われながら、件の境界線にまで辿り着く。

 

 うん、明らかに地質が違う。

 というか、季節が違う? いや気温までも違うような。

 

「これ、あれだな。どっかからか持ってきた可能性もあるな」

「持ってきた?」

「ああ。だから、どこぞの30帯の草原の一部が荒野になってて、そこで120帯の魔物が暴れまわってる可能性があるってこと」

「……それ、かなーりマズくない?」

「マズいが、俺達じゃどうしようもないのがな。……いややり様はあるんだけど、どうなるかわからないのがちょいと怖い」

「できるならやってほしいかなー。なんかアクシデントあったらお姉ちゃんが対処するからさ。それともあたしでもどうにもならさそうなこと?」

「できれば、あっち側……入れ替わった側の状況も見ておきたいんだよ。もし戻せるとして、たとえばこの境界線上に人間がいて、戻した瞬間に両断された、なんてことになった日にゃ」

「うわ、怖い。それは怖い」

「だろ? まぁ人間じゃなくても建造物とかあったらアレだし。で、その点どうなんだ? 攻略組としての頭脳に、各地のレベル帯くらい入ってるんじゃないのか?」

「いやぁ、流石に千年前のことだから、低レベル帯のことは何にも覚えてないかなぁ。高レベル帯とかレベリングしやすい所とかは覚えてるんだけど」

 

 うーん。それは俺も、なんだよな。

 俺の場合は危機管理からだけど、30レベルの土地なんて自分の住んでる場所周辺以外じゃ覚えんて。流石のこのサブキャラでもどうとでもなるからなぁ。

 しかもこの……なんとも特徴のない草原。いる魔物も特に珍しくない雑魚ばかり。

 こっち側からの特定はかなり厳しい。どこかにいきなり高レベルモンスターが現れた、って情報を探った方が早い気がする。

 無論、それすらも徒労になるかもしれない。持ってきた可能性、ってのは俺の憶測だしな。

 

「とりあえず今は保留かな」

「わかった。あたしも知り合いにそういう事例がないか聞いてみとくね」

「頼む。……そうだ、話ぶった切るんだけどさ。あの村、魔法使える奴いるか? スキルじゃない方の魔法」

「それなりにはいると思うよ? あたしはからっきしだけど」

「ちょいと教えて欲しいことがあってさ。紹介してくれね?」

「無駄に怖がらせたりしない、って約束できるなら」

「しないしない。つーかあの村の住民にそれやったら殺されるかもしれないんだろ、もうやらんよ」

「なら、わかった。一番魔法使える子に会わせてあげる」

 

 ずっと興味ないもの、として扱って来たけど……そろそろ知るべきだと思った。

 ミンファの魔負いの一族の意味も含めて、この世界で発展してきた魔法という学問について。

 

 それが魔神に対する抵抗手段になるとは思っていないけど、何らかのヒントにはなるんじゃないかな、って。

 

 

 

 というわけで。

 

「お初にお目にかかります。私はアイネ様の村でまとめ役を仰せつかっております、コテージローフという者です」

「これはこれはご丁寧に。儂はセギ。アイネの旧友じゃ」

「旧友じゃなくて、弟ね」

「……話がややこしくなるからやめい。まぁ義弟じゃ義弟。血は繋がっとらんよ」

 

 コテージローフと名乗ったのは、恐らくスノーエルフだろう女性。スノーエルフというのはまぁ雪国出身のエルフで、体色が青なエルフだ……と言われているけど、実際はゲーム時代にいたクラン「すのーえるふ」のメンバーの体色が真っ青で統一されていたことに起因する。はず。

 偶然この世界の雪国にも真っ青エルフがいた可能性はあるから絶対に、とは言えないけど、多分スノーエルフはその全員がプレイヤーの子孫だと思う。水属性の魔法が得意とされているのも、すのーえるふのメンバーが水魔法水スキル特化だったせいだ。

 

 プレイヤーの子孫というだけで好感度爆上がりな状態で対面についた。

 

「魔法を教えて欲しい、とのことであっていましたか?」

「そうじゃ。……その前に、魔負いの一族、というのは聞いたことあるかの?」

「……無論です。どこでその名を?」

「オーバーエデンでちょいとの。その名を持つ一族と関わりあったんじゃが、曰く魔負いの一族は魔法を作り出したから禁忌とされていると聞いた。それが何故ダメなのか、魔法を知らん儂にはわからんのじゃ」

「ふむ。……そうですね。まず、魔法には地水火風の四属性が存在することは知っていますか?」

「うむ。それを組み合わせることで、雷や氷を作り得る、というのも知っておるぞ」

「つまり魔法とは、それら四属性の上に成り立つ学問であり、この世界を形作る元素の力を使わせて頂いている力なのです。よって、四属性以外の魔法を作る、編みだすという行為は、そのまま神、あるいは世界への冒涜に外なりません」

「なるほど」

 

 使わせていただいている。

 NPCの宗教観は微妙に分からないところが多いけど、つまり神からの賜り物、みたいな感覚なのか。

 それを外道、外部の力を使って独自に組み上げたら、確かに禁忌だわな。

 

「ただ、それだけなら普通に試してしまう者が現れるのも事実でしょう。私達は研究者であるが故に、知識の探求をやめることはできませんから」

「それは認めるんじゃな」

「勿論です。それでも私達のような正当な魔法使いがそれらを行わないのは、割に合わないリスクが存在するから、です」

「リスクとな」

「はい。四属性以外の魔法を使うと世界に食い破られる――と言われています。魔負いの一族も例に漏れずですが、実際に四属性以外の魔法を編み出そうとして、失踪したり、原因不明の死を遂げたりした魔法使いは数多く存在するのです。そしてその大抵が、身体の内側から傷をつけられたような、つまり普段は体から漏れ出でている魔力が持ち主にその牙を向けたかのような傷を負っています。まるで、世界の元素が怒り狂ったかのように」

 

 ミンファの傷を思い出す。

 ……リスクデカすぎだろ。

 

「セギ様もどうか、自身で魔法を編み出す、というようなことはお控えください。その……個人で完結する問題ならまだしも、魔負いの一族のように周囲へ甚大な被害を齎す可能性もありますので」

「ほ? 魔負いの一族はまだ何か咎を背負っておるのか?」

「ああ、なるほど。そちらの話を聞いていないのですね。はい、そうです。魔負いの一族はかつて四属性以外の魔法を一族単位で編み出し──その結果、一族の住んでいた村と、周囲四方三里を"暗闇"に飲み込まれ、壊滅しました。残ったのは極少数の村の外に出ていた者達だけ。暗闇は魔負いの一族だけでなく一族の村周辺にあった村をも飲み込んでしまったので、それを咎として、彼らは末代まで咎を背負い続ける運命にあります」

 

 なんじゃそりゃ。

 暗闇って。……ラクサスなら闇属性魔法とか使えそうだけど、そんな感じか?

 

「ほほほ、あいわかった。四属性以外の魔法は絶対に使わんようにするし、思いつくこともやめよう」

「お願いします。──それでは魔法の手ほどきの方から始めて行きたいと思いますが、よろしいですか?」

「頼む」

 

 では、と。

 コテージローフは前置きをして――なぜかメガネをかけた。

 ……?

 

「これが気になりますか?」

「う、うむ。別にお主、目、悪くないじゃろ」

「そうですね。しかしこれは他人に物を教える時の正装です。アイネ様は昔からこれをやってきていますので、この村の村民の全員がこれを有しています」

 

 なんつー馬鹿な慣習だ。アイネらしくはあるけど。

 

 そしてさらに、コテージローフは黒板らしきものを持ってくる。チョークも。

 絶対にアイネの入れ知恵だなぁ、これ。

 

「では──」

 

 ツッコミを入れるのも面倒なので放置して、とりあえず真面目に講義を受ける。

 

 目標は、魔法に関するグリッチを成功させて、色々な幅を広げること、である。



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8.分け放つ勇者(100%)

 結論から言うと、NPCの魔法もINT依存であり──その威力だけでなく、展開規模までINTに依存する、というのがわかった。要は大量の水を出すにも広範囲を凍らせるにも、INTが高くないとどうしようもない。どうにもならない。発生自体はさせられるけど、まおうやコテージローフのような「魔法らしい魔法」にするにはステータスが足りな過ぎるのだ。

 そしてそれは、グリッチを使っても同じだった。

 大体の構文は理解したけれど、参照するステータスを変える、ということができない以上どうにもならない。

 魔闘士(ワンダラー)のコンバートスキルのグリッチを使って無理矢理に他ステータスをINTに集める、ということはできなくもないけど、能力付与(スキルエンチャント)の参照ステータスであるDEXを減らすと俺の強みがほぼ消えてしまうのであんまりやりたくない。まぁ一応最終手段にはなるのかと思ってタリスマンは作っておいたが。

 

 アイネ曰く、この村の村民は大体がINTを上げる生活を送っていて、それはやっぱりNPC魔法の利便性によるところが大きいのだとか。

 

 しかし、そうなってくると、この千年間で新たなジョブや新たなスキルが生まれなかったのも頷けてくる。NPCはみんなNPC魔法に傾向してしまっているってことだ。まぁ、当たり前といえば当たり前なんだけど、あんまり嬉しくない話を聞いたなぁ、って。

 

「アイネ」

「なに?」

「今、攻略組との連絡は……取ろうと思えば取れるのかの?」

「どうだろ。死んだ、って話は遙遠以外聞いてないから、大丈夫だと思うけど」

 

 遙遠。攻略組の中で唯一の人間であり、冒険者系最終ジョブ観測者(ウォッチャー)の少年。

 俺は最近知った話だからまだショックが大きいけれど、アイネらにしてみればもう遠い昔の話、か。

 

「取って欲しいの?」

「いや、まだ考え中じゃ」

「……なんで二人だけなのにRPしてるの?」

「近くに人がおるからじゃ」

「え? ミニマップ何にも反応してないけど」

 

 何だと?

 じゃあ、俺の視界の片隅に映っているあの少年は誰だ。いやそもそも、ミニマップになんか頼らずとも、アイネが他者の気配を読み違える、なんてことはないはず。

 

 つまり。

 

 状態異常回復ポーションを取り出して、飲む。

 瞬間少年の姿は掻き消えた。

 

「もしかして幻術?」

「らしいのぅ。いつかけられたのか」

「……セギちゃんも、レベルはカンストしてるよね?」

「無論じゃ。つまり──不味い、かもしれんのぅ」

 

 幻術はメイジ系のジョブツリーにいる奇術師(マジシャン)幻想大師(フィクサー)などが使うスキルで、自分のレベル+5レベルの相手にまでなら幻術をかけることができる。ゲーム時代の処理としてはデコイを作れるスキルであり、忍者の変わり身の術に並んでノーリスクヘイトタンクとして優秀だった。

 ただし忍者の変わり身の術の方が優秀だ。あれはレベル関係ないから。代わりにミニマップに敵としてマーキングされることとか、本人がいた位置にしか残せないとか色々制約があったんだけど。

 

 比較して幻術は、視認可能な範囲であればどこにでも配置可能で、ミニマップにも映らない。だから対人戦ではあんまり役に立たなかったし、Time to Winだったゲーム時代においては中々自分と同レベル帯の敵、というのが見つからなかったから、うーん、やっぱり使いどころのないスキル、という認識だった。

 

 それでそう、何が言いたいのかというと、サブキャラとはいえレベルカンストな俺に幻術をかけられる相手、というのは、カンストからマイナス5レベル、あるいは同じカンスト相手、ということで。

 

「一応聞くが、この村には」

「いるわけないじゃん。今の子たちがカンストするのがどれだけ難しいかわかってるでしょー?」

「まぁの」

 

 ゲーム時代と違い、死が死であるこの時代において、自分より強い魔物と戦う、というのがどれだけリスキーか。レベリングにと自分より少し強いレベル帯で戦い続ける、なんて無茶が通ったのはゲームだからの話であって、レベルを上げるためだけのそんな危険を冒す奴はいないのである。

 

「プレイヤー、と考えるのが自然じゃが……嫌じゃのう」

「でも今日一日あたし、セギちゃん以外のプレイヤー見てないよ?」

「ふむ。……となると、魔神か? にしてはみみっちい真似をするものじゃが。何より実害が無い」

 

 目的から考えるべきか。

 俺に幻覚を見せたとして──果たしてどうなる。

 俺がアイネに断りを入れずに近づいて行くと思うのか? そりゃ流石に俺の理解度が低すぎる。逆に、あそこに少年がいるから見てきてほしい、なんて俺がアイネに頼む……のもあり得ん。

 なんだ。

 何がしたかった?

 

「アイネ、一旦村に戻れ。下手人は儂で効果を試し、アイネの村の者達で本命をしにいった、という可能性も考えられる」

「んー、そんな気配ないけどなぁ。まぁいっか。じゃあ戻るけど、セギちゃんも一緒に行こうか」

「……単独になるのはマズいか」

「セギちゃんが錯乱してあたしたちに襲い掛かってきたらマズいねー」

「いや仮にアイネらが敵に見えたとしても、儂は逃げるが。自分から攻撃する、なんてことはあり得」

 

 言葉は最後まで紡がれない。

 目にも止まらぬ速さで剣を抜いたアイネが、俺の頭上を切り払ったから……というか、それによって巨大な氷柱が撃ち落とされたからだ。

 

「……そうなんだよねー。敵意の無いNPCはミニマップに映らない。これ、ミニマップの仕様知ってる人が敵、ってことかなぁ」

能力付与(スキルエンチャント):Enc(Banshee_IllusionResist++).Ob(WoodRing).Op(EffectRange(Absolute(10*10(Reference))))」

「ん、今なんて?」

「なんでもない。ほれ、幻術耐性+++の指輪じゃ。つけとけ」

「……それどのジョブのスキル? 幻術耐性なんてあったっけ」

 

 プレイヤーが取得できるスキルにそんなピンポイントなものはない。あったら幻術が死にスキルになっちゃうし。

 だからこれは、幻術が効かないモンスター……高レベルのアンデッド系、特に霊体ボスモンスターがたまに持っているパッシブスキルになる。

 今回選んだのはバンシーの幻術耐性だけど、なんでこれが良いかって他のボスモンスターの幻術耐性と違って効果範囲が自身だけに留まらないのだ。理由はまぁ雑魚の取り巻きを死ぬほど引き連れているからなんだけど、それを利用して「身に着けているだけで幻術耐性+++、さらに周囲に幻術耐性++を付与する」エンチャントになる。

 なお、今回は10*10のレンジにしたけれど、これはアイネのステータスを詳しく知らないからであり、本来であればその人にあったレンジに調整する。でないと無駄に魔力持っていかれるから。アイネはカンストしてるから大丈夫だろう読みだ。

 

「え」

「……これは」

 

 そして、俺も似たようなものを付けて──気付く。

 

 村が燃えている。

 なんなら火が消えかかっている。燃え尽きかけている。

 

 気付かなかった。いや、だから。

 

「セギちゃん、ごめん」

 

 恐ろしく、果てしなく冷たい声。

 直後、視界の全てが鈍色に染まりつくした。

 

 

 

「『蘇生(レイズ)』」

「……?」

「おはよう、コロネ。大丈夫? どこも痛くない?」

「……はい」

「うん、よかった」

 

 最後の一人を蘇生して、ようやく、と言ったようにアイネは近くの樹木へと寄り掛かった。

 アイネのジョブは吟遊聖人。その中にはアークビショップのスキルがいくつかあって、その中に『蘇生』が存在する。

 他のジョブにもいくつか存在するものではあるが──この世界、死んだ瞬間に魂が消える、というわけではなさそう、というのがプレイヤーらの見解だ。アンデッドになるとその限りではないけれど、少なくとも『蘇生』というスキルがゲーム時代通りの効果を発揮するくらいには死が死ではない。

 

 冒頭の話と酷く矛盾するけれど、俺がベンカストに渡した『帰還』然り、ラクサスがやろうとしていた蘇生然り、魂というものは存在するのだということを教えてくれる。個人的には嫌いなスキルだ。死が軽くなるから。

 

 ともかく、何者かに襲われ、燃え尽き、壊滅しつつあったアイネ村を、アイネは彼女に出せる最大火力で殺し尽くした。

 その後一人一人の住民を蘇生し、今に至る。

 

 ただ問題は。

 

「どうだった? セギちゃん」

「見つからん。プレイヤーは愚か、この村の住民以外のNPCも、魔物さえも。アイネの攻撃で消えた、と考えるのが最も妥当じゃが、あまり楽観視できる状況ではないからのぅ」

「うん……。そうだね。犯人が分かるまで、あたしも油断しないようにする。この幻術耐性の指輪って量産できたりする?」

「できることはできるが、時間がかかる。儂の魔力半分持っていくからの」

「報酬は払うから、あたしが今身に着けてる奴の効果で、村に設置するタイプの奴、且つ永遠エンチャント、って……ダメ?」

 

 ……反射的にダメだ、と言おうとして、少し悩む。

 この村はコテージローフに始まって、プレイヤーの子孫が多い傾向にあるように思う。それを守るためであれば吝かではない……が、やっぱり永遠エンチャントはバランスブレイカーだ。加えて設置型となると、盗まれた際がマズ過ぎる。

 下手人が見つかるまで、とかならいいんだけど、そういう「契約」みたいな期限決めはできないから、さてどうしたものか。

 

「セギちゃんが今心配してるのって、それが盗まれたり、悪用されたりしたときのこと、だよね?」

「うむ。悪用についてはアイネを信頼できるが、アイネがこの村を離れることがある以上、盗難阻止が絶対になることはないじゃろう。そうなってくると……難しい」

「じゃあ絶対に盗めないものに、ってのはダメかな」

「絶対に盗めないもの?」

「うん」

「……いやまぁそんなものが作れるのなら構わんが」

 

 それができないから悩んでいるんだけど。

 

 でも、アイネは、自信たっぷりに。

 そして……仄かな炎を隠さずに、言う。

 

「さっきやったの、ワルイコト、でしょ? なら、こういうのはできないかな。──土地にエンチャントをする、みたいな」

「──……」

 

 土地にエンチャントをする。

 ……できる、かもしれない。そして思い出す。オバンシーさんの話と、炎魔窟での出来事。ドーヴァの屋敷もだ。

 俺は勝手にNPC魔法の仕業だと決めつけていたけれど、もし土地に永遠エンチャントなんてことができるのなら。

 

 呪毒フィールドも、炎熱フィールドも、毒フィールドも……作りたい放題じゃないか。

 なら、一連の事件の犯人は。

 

「セギちゃん? 無理そう?」

「いや……少しやってみよう。ただ、試行錯誤が必要になるゆえ、数日間の護衛を頼む」

「勿論! あ、欲しい素材とかあったら言ってね。大体用意できると思うから」

 

 メールを作成する。宛先はベンカストとまおうとJJJ。内容は「俺レベルの能力付与術師、あるいは付与術師を捜してくれ」というもの。失踪した身でこんな一方的な頼みだ。聞いてくれるかどうかはわからないが、情報共有としても十分だと思う。あいつらならこのメールから同じ可能性に至ってくれそうだし。

 

「あの」

「む?」

「あれ、コロネちゃん? どうしたの? まだどこか痛む?」

「いえ、そうじゃないんです。……その、私は、多分……村に火を付けた人と、戦っていて」

「──セギちゃん」

 

 まぁ、そんな有力情報が出てきたらそうなるか。

 土地へのエンチャント依頼は一旦放置で、本来の方……事件解決へと向かうべきだろう。

 

「コロネちゃん、その場所どこか覚えてる? あとどんな相手だったのかも教えて」

「はい……」

 

 ただ──アイネはこのコロネという少女に全幅の信頼を置いているのかもしれないけれど、俺は違う。今になって情報を出してきた事とか、俺を狙って撃ち出された氷柱のこととか、どうも……どうも、怪しい。

 プレイヤーはミニマップに映っていないとアイネは言っていた。敵意の無いNPCもミニマップに映ることがない。

 

 ならやっぱり、犯人は。

 

「セギちゃん、行くよー」

「ああ、すまんすまん。考え事をしておったわい」

 

 万一に備えて、もう一人にもメールを出しておくかね。

 

 

 *

 

 

 さて。

 ところ変わって、タンダード。

 色々と押し付けられたゼッケンは、ゼットウ、ラクサス、そして未だ意識の戻らないミンファを連れて、ヒキガエル宰相ことJJJの元を訪れていた。正確には押しかけていた。

 

「ふぅ。まーようやくひと段落ついたからいーけど、今度から事前に連絡してくんね? まーできなかったんだろうけど、こっちにもこっちの都合があるっていうか?」

「本当に申し訳ない。だが、これは私達"英雄"全員に関わる事態であり、国のトップに近しい君は必ず知っておくべき案件だ」

「……さっきちょろっと聞いたけど、なんだっけ。国の地下に大空洞、だっけ?」

「そう。私達が住んでいたオーバーエデンは、つい先ほど陥落した。比喩表現ではなく文字通り、だ。生き残りはここにいる三人と、恐らく敵である者達だけ」

「そっちの緑男は?」

「彼はセギの友人だよ。私達の救出に協力してくれた」

「ふーん。……アイネにはさっき伝えたけどサ。セギ今指名手配中だから、見つけたらとっつかまえておいて」

「了解したと言いたいところだが、私達は助けられた身だからな。見て見ぬふりをしても許してくれると嬉しい」

「ああいや、犯罪とかじゃなくて、まおう、じゃないや、魔王の出した指名手配ね。今度こそとっつかまえて、知ってること洗いざらい吐かせて、永遠エンチャント一個作らせて、それを魔闘祭の景品にするんだってさ」

「成程、そういう話なら喜んで受けよう」

 

 見た目は脂ギッシュなヒキガエルのような様相をしているのに、口調は調子の軽い、なんなら声も若い女性っぽいJJJ。それと対面しているのが幼い少年のような姿でありながら、大人ぶった口調の少女ゼッケン。

 ゲーム時代を考えれば特に珍しくない光景であるものの、ゼッケンの概念的な息子であるゼットウには奇異な光景に映ったらしい。彼にしては珍しく、何度も何度も首を捻って邪魔にならない程度に唸っている。

 

「あー。じゃあまぁ、ちょいと見てみるケドさ。『透視(クレアボヤンス)』」

「ほう、君は蜃楼狩人(ミラージュレンジャー)なのか」

「忍者ほど珍しいジョブじゃねーし?」

「それを言われては、返す言葉もないが」

 

 セギのような方々のコネクション、ハブ役を務めるポジションのプレイヤーでない限り、お互いのジョブなんてものはそこまで記憶していないものだ。

 今のようにゼッケンは有名人だからジョブも知られていたけれど、JJJはゲーム時代、別に名乗りを上げたプレイヤーだった、というわけではない。だから知られていなくて当然だし、それを気にするJJJでもなかった。

 

 ただこの場には、失言ばかりをする奴もいるわけで。

 

「タンダードの宰相が狩人(レンジャー)であるのは知っていたが、ミラージュレンジャーなるものだとは……勉強不足だった、としか言いようがないな」

「……なに? アンタ初心者? 流石に普通の狩人(レンジャー)であるワケなくない?」

「え、あ、いや、そうなのか、じゃなくて、そうだったそうだった! なんでもない、今のは忘れてくれ!」

「はぁ? だったら呟かずに心の中に留めておけし」

「その辺にしておいてやってほしいな、JJJ。セギとアイネ曰く、彼は訳アリらしいから」

「ふーん。ま、興味ないケド。で、穴とか全然ないね。ウチは大丈夫そうかなー」

「出来得ることなら、暇ができた時に確認するようにしてほしい。いつそうなるかわからないから」

「……そんな一日二日で国が沈むような穴が開くって? ジョーダンでしょ」

「冗談じゃなかったからオーバーエデンは落ちた」

「……りょーかい。毎日確認しておく。それで? そっちの寝てるのは何?」

 

 JJJは腐っても宰相だ。

 人を見る目はあるのである。なんならゲーム時代から宰相ロールプレイをしていたわけだから、板についているとかそういうレベルじゃない。

 

「彼女もまた私達の救出のために身を挺してくれたミンファという子だ。今は恐らく魔力の使い過ぎで眠っているが、傷などは一切ない」

「へぇ。で?」

「この子と、そしてこっちの……ゼットウを保護してほしい。私にはまだやることがある」

「母……ではない母よ。私も戦います」

「足手纏いだ。私を殺したい、というのなら止めはしない。ただその場合、君を障害として排除する」

「……っ」

「あー、そこのフクザツな関係は知らないケド、ゼッケンはクソつよだから、ついていくとか無理無理。で、そっちの初心者はいいの?」

「彼は私が連れて行く。聞きたいこともあるし、単純に戦力として優秀だ」

「り。つまり、アンタが戻ってくるまでこの二人守っとけばいいわけね。んじゃ報酬は後払いでいいから。適当な最高級素材とかでいい。守り切れなかったら報酬は無しで」

「ああ、取引成立だ」

 

 こうして。

 ゼッケンとラクサスもまた身軽になり、オーバーエデンへ舞い戻る。

 

 果たしてこの"戦力分散"が、吉と出るか凶と出るか──。

 今は未だ。



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