死神と呼ばれた少女 (イロハと一緒にサボりたいニキ)
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一話

 

 

───“死神”と呼ばれた女がいた。

 

 それは、行く先々で標的を撃ち抜き続けた。それもたった一人で。

 ある時は無数に蔓延るチンピラを、またある時はかつて名を馳せた実力者を、そしてまたある時は大企業の誇る戦略兵器すらも。

 

 次第に人々は彼女を恐れた。その果てに億を超える賞金首にまでなった時は世間を震撼させたものだという。

 いずれ彼女は人々に共通の認識を抱かれる。襲われた者は絶望の象徴として、護られた者は救世主として。

 

 しかして彼女はそれを知らない。関係ないと一蹴するのみ。

 何故なら彼女が望むのは、他愛のない些細なものだから。

 

 

 彼女はただ、自身の平和と平穏を求める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キヴォトスは今日も平和だ。偶に喧騒に巻き込まれるが誰かが大体すぐに解決してくれる。わたしの心も平穏である」

 

 そんなことをひとり呟き、付近の移動屋台で購入したチョコミントのアイスクリームを片手に河川敷を歩く。

 ()()はロクな思いをしなかったが、今はマシなほうだろう。武装した連中が度々わたしの元へやってくるのは勘弁してもらいたい所だが。

 

 あ、因みにだがわたしは今、二度目の人生を謳歌している所だ。俗っぽく言えば“転生者”と呼ばれるのだろうか。

 死因は交通事故、未成年のイキった学生が無免許運転をした挙句、止め方が判らないまま暴走して大勢の人を巻き込んだのだという。私はその大勢の一人だったという訳で。

 なんとも呆気ない不幸に巻き込まれたものだ。件の学生の末路は知らないが流石に逮捕くらいはされてるだろう。

 それに家族絡みでわたしを虐めてくる最悪な環境だったため、ある意味幸運だったと言えるかも知れない。わたしが亡くなった際に出た保険金でウハウハしているであろうというのはモヤっとするが。

 

 ともかく何処の誰がわたしに二度目の生命を与えたのかは知った事では無いが、今世に於いては平和と平穏を最優先に生きよう。そう思っての今なのだ。

 

 然し前世の記憶、引いては常識が残っていると困惑するものが今世にはやたらと多い。学校に教員という概念が希薄なものとなっていたり、キヴォトスという日本の名ではない国での通貨が“円”だったり、そもキヴォトスに暮らす人類の殆どが女性であることなど。

 男性は確かに居るのだが、いかんせん他の動物のような姿をしていたり、アンドロイド的な姿をしていたりする。成人女性も滅多に見かけないのも関係しているのだろうか。

 

 そんな答えの無い問答を繰り返していると、前世では聴き覚える筈も無い音が聞こえてくる。

 

「銃声、また誰かしらがドンパチしてるのか…飽きないなホント」

 

 キヴォトスに暮らす人類…以降は面倒くさいから“キヴォトス人”と表現するが、このキヴォトス人の大抵が銃火器を所持していることも、前世に於いてはあり得ないものだ。常識であるかのように銃火器専門の店が跋扈しているのを見た当初の驚きはきっと忘れないだろう。

 かく言うわたしも、背に背負った愛銃の重さに慣れてきてしまった。立派にキヴォトス人しているものだと自分に呆れて笑えてくる。

 

 …なんて独り言をしている場合ではなかった。銃声は比較的近かったから、運が悪ければ巻き込まれる。それではわたしの望む平和と平穏からかけ離れてしまうので御免だ。そそくさと離れてしまおうと踏み出した瞬間、手元のアイスクリームが突如として弾けた。

 その衝撃で服や顔にアイスクリームの残骸がベットリとへばりつく。やれやれ、こういう汚れは後々面倒なんだけどな。溜息を吐きながら元凶の方を振り向いてみる。

 

「とうとう見つけたぞ“死神”め…!」

 

 其処には武装した人物たちがぞろぞろと並んでいた。ザッと30人は居るだろうか。たった一人に対して過剰戦力だとは思わないのだろうか。

 そも何故わたしが“死神”などと呼ばれているのだろうか。わたしはただ平和と平穏を望んでいただけなのだが。

 

「お前には此処で倒れてもらう。そうすれば私たちも大金持ちだ!」

 

 わたしは賞金首か何かか?思わずそう聞き返したくなる気持ちを抑えて、背に背負った狙撃()連射銃を素早く構える。

 

 

「わたしの平和、そして平穏を脅かした事…その責任は取れるの?」

 

「ハッ!その首一つで許してやるよ!やれ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

───ただ一瞬だった。

 

 今までの30秒も満たない間に何が起きたのか、理解が追いつかなかった。

 最初に手榴弾のような何かが上へ投擲されたのはわかった。それが閃光弾だった事も。

 ただそれが爆発して、目を潰されてからが分からなかった。

 分からない間に微かに聴こえたのは銃声と、打撃音のようなもの。後は仲間たちの悲鳴だろうか。

 

 気でも失っていたのか、意識を取り戻した頃には私を含めた全員が倒れ伏せていた。携帯端末で誰かに連絡を取っているのも見えた。時折送られる視線が酷く冷たく、まるで心臓を鷲掴みにされているかのような錯覚を何度も覚えた。

 私たちは見くびっていた。甘く見過ぎていた。彼女の…“死神”の実力を、その恐ろしさを。

 

 暫くすると私たち…“ゲヘナ学園”の生徒たちが元来恐れていた“風紀委員会”のメンバーが訪れた。全員が意識を取り戻した頃には抵抗も逃亡も許さないとばかりにロープで拘束され、銃火器類も隠し持っていた分まで没収されていたため、連行される間も何も出来なかった。

 

 ……あの視線を浴びた中では、悪態の一つも吐けなかった。

 

 

 

 

 

「……協力感謝する。お前には世話をかけてしまったな」

 

 警察に連行されていく武装集団を見届けていると、褐色の肌をした女性が話しかけてくる。ゲヘナ学園という所の生徒なんだそうだ。確か名前は、銀鏡(しろみ)イオリだったか。

 

「別に、わたしは正当防衛しただけ。感謝されるいわれは無い」

 

「それでもだ。問題を起こしたのはうちの生徒なのは間違いないのだから、謝罪くらいは受け取ってほしい」

 

 真面目なのか頑固なのか、これでもかと何度も頭を下げてくる。これ以上時間を奪われるのも癪だから素直に折れることにした。

 御礼金?というのだろうか、何と表現すればいいのか分からないお金を、警察とのやり取りを交わした上で携帯端末に電子マネーとして受け取る。後ほど現金に変換できるようにしてくれるそうだ。現金は対して使わないからどうでも良いのだが。

 

 そんなこんなで、ようやく解放されると思ってその場を離れようとしたその時、わたしを呼び止めるように先程の生徒が口を開く。

 

「しかし、“死神”の異名を持つ女があそこまでとは思わなかった。私も戦うところを直接見た訳ではないが、連中はそこそこの手練れだった筈だ」

 

 この質問に対して、別に、としか答えようが無かった。号令があっても銃を一斉に構えるだけで、わたしが動き出しても銃の引き金を引く事すらしなかったのだ。それらはもはや素人と呼んでも差し支えない程度だと認識する他なかった。

 

「…他愛もなかった、とでも言いたげな顔ね」

 

「…何が言いたいの?そろそろ帰りたいんだけど」

 

「いやなに、名前くらいは覚えておきたいと思っただけだ。仮にゲヘナの学生ならスカウトも考えているが、興味はないか?」

 

「特に。わたしは平和で平穏な日常を送れたらそれだけでいいし」

 

 目の前のイオリとかいう少女は残念そうに肩を落とし、困り顔でこちらを見つめてくる。いやそんなことされても折れないけど。それにそもそも…

 

「……わたし、何処の所属でもないし」

 

「っ、お前、学生ですらなかったのか!?」

 

「何、悪いの?」

 

「……いや、いやいや。むしろ好都合かも知れない。そうかまだなのか…」

 

 さっきから何なのだろうか、驚いたかと思えば笑い出して。次は怒り出しでもするのかな。

 不審に思いながら少女を見つめると、ご機嫌な様子でこちらを見つめ返す。

 

「私は銀鏡(しろみ)イオリ、ゲヘナ学園の風紀委員だ!さあお前も名乗れ!」

 

 唐突に大声を出されて少し驚いてしまった。さっきから本当に何なのだろうか…名乗れば解放されるなら良いか。そう思い口を開く。

 

 

「…多奈取(たなとり)スイレン。二度は名乗らないから」

 

 そう言って今度こそその場を去る。ベタついてしまった上着を気にしつつ、今日の夕飯はどうしようかと頭を悩ませる。わたしの平和と平穏がずっと続けば良いのだが。

 

 

 そんな思いを知らずして、銀鏡イオリは“死神”を見送る。

 

「多奈取スイレン…覚えたからな。いずれゲヘナに来てもらうから覚悟してもらうぞ」

 

 

 

 “死神”の望む平和と平穏は、まだ遠そうだ。



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二話

 

「其処だ!“死神”が居たぞ!」

「回り込んで逃げ場を無くせ!」

「一攫千金のチャンスだ!絶対に逃すな!」

 

「……はぁ、何故こうもわたしばかりが狙われなければならないのだろうか」

 

 底なし沼よりもずっと深い溜息を吐いては、わたしをしつこく追い回してくる何処かしらの不良生徒から逃れるために、砂だらけの住宅街を駆ける。

 

 以前の件とは別の日なのだが、買い物帰りにぞろぞろと此方に向かって歩いてくる不良集団に出くわしてしまい、道行くままに駆け出した結果がこれである。買い物袋は知らないうちに落としてたらしい。金銭的に勿体ないが仕方ない。

 

 わたしもこの世界に二度目の生を受けてからそこまで長くないので詳しくは無いが、此処は多分“アビドス”と呼ばれる勢力が統治する地域の筈だ。

 記憶が正しければこの住宅街はほぼゴーストタウン化していたはずであり、仮に人が住んでいても片手で数える程度しかいないのだとか。

 つまり助けを求めようにも差し出した手を取るどころか気付いてくれる人が居ないのだ。逃げる方向を間違えたのを確信したのは言うまでもない。

 

 そろそろ現実を見るとして、まるで親鳥を追いかける雛鳥を連想させる追手の数は10〜15人程度。対処できない事は無いが、仮に住民がいた際の流れ弾が怖いところ。

 完全にゴーストタウン化していたのであれば、遠慮なく発砲出来たし建物を利用して無駄に動き回りながら逃げる事も考えただろう。

 …実際遠慮無しに発砲しまくっている不良連中を見れば、つい自分もと思ってしまうのは悪いところだ。

 

 赤信号

 みんなで渡れば

 怖くない

 

 …なんて発想が出来れば罪悪感なんてなかっただろうな。そんなことを考えつつ逃亡を続ける。つもりが前の方からも後ろの追手とだいたい同じ人数の不良連中が現れる。左右に分かれるための十字路も無い。完全に囲まれてしまった。

 

「ぜえ…ぜえ…て、手間取らせやがって…!」

「だがこれでアタシたちも億万長者だ!」

「消えろ“死神”め、私たちの為に!」

 

 流石にもうやるしか無いか。そう思い背負った愛銃に手を伸ばしたその瞬間、耳に大変よろしく無い爆発音が連続的に発生する。

 

「「「うわあぁぁぁー!!??」」」

 

 爆弾…否、ミサイルのようなものを飛ばしているドローンが目に入った。そして放たれたミサイルらしきものに不良連中の片方が一気に壊滅状態に陥った。

 そしてドローンのある方向から、ケモノチックな耳を頭に乗せた銀髪の少女が駆けてくる。被害を受けなかった残党をその手に持ったAR(アサルトライフル)で殲滅しながら。

 

「…大丈夫?追われてるみたいだったからつい助けたけど、怪我は無い?」

 

「大丈夫。おかげさまで無事だったよ」

 

「そう、ならよかった。アヤネ聞こえる?」

 

『はい!唐突で申し訳ありませんが其方のお方、支援をさせていただきます!』

 

 いつの間に飛んできたのか、違うドローンから音声が聞こえる。追手を撃退するのに手数は多い方が有利だし、乗ることにしよう。流れ弾の件は前言撤回で。

 そして反対側にも追加の人影が見えて来た。と思えばMG(マシンガン)持ちの金髪の女性が発砲してきた。弾は…ここまでは届かなかった。誤射しないための射程管理もバッチリとは、手前は相当だと見受ける。

 

「ノノミ、いきま〜す☆」

 

「「「ぐわぁぁ〜!?!?」」」

 

「はいは〜いそこどいてね〜」

 

「袋叩きなんて卑怯なマネ、許さないわよ!」

 

「「「うわあぁぁ〜!?!?!?」」」

 

 さらに追加でやってきた二人の女性が余りの不良連中を一掃していく。わざわざ武器を構えて一人で撃退しようと考えたわたしの出番は一切なかった。全員がいかにも戦いなれてる動きだった。

 …嗚呼、そういえばアビドスにも精鋭部隊のようなものが居るのだったか。確か、“対策委員会”とかいう名前だったはず。

 

 その後はあっという間で、わたし狙いの追手の拘束から身柄引き渡しまでが異様なまでに迅速かつ正確で、普段からこういう事をやっているのだろうかと疑問に思えてきた。

 

「…いつもこういうことをしているの?」

 

「ん、まあそういうのに慣れてるだけ」

 

「おじさんはこういうの嫌なんだけどね〜」

 

 銀髪の女性と桃髪の少女が答える。なんだかんだで優しそうな雰囲気だが、実際はどうなんだろうか。

 

「助けてくれたのは助かったけど、随分とタイミングが良かった気が…」

 

「偶然だよ。みんなで買い物に行く道中で、追いかけられてる貴女を見つけただけ」

 

「疑われるのは最もですが本当に偶然なんです。ただ私たち以外にアビドスに来る方が居たとは此方も驚きました」

 

 眼鏡をかけた女性が口を開く。先程のミサイルを撃たない方のドローンの声の主は彼女だろう。

 とにかく偶然だと言われてしまえば此方もこれ以上追及もできないし、落としてしまった買い物袋の回収がてら街の方へ行くとしよう。わたしを助けてくれた彼女たちも行く道は同じみたいだし、対策委員会のメンバーたちについていく。まあ買い物袋は諦めた方が良いかもしれないが。

 

 移動してる間に自己紹介も済ませた。のんびりとした桃髪がホシノ、物静かな雰囲気の銀髪がシロコ、ゆるふわっとした金髪がノノミ、猫っぽいツインテールがセリカ、赤い眼鏡をかけた長耳がアヤネというらしい。

 その後は他愛もない雑談を続けていた。ホシノが此方を訝しむように此方をチラチラ見ていたが、わたしはあくまで正当防衛を行使しつづけただけなのだが。わたしってそんなに怪しいだろうか。

 

 そんなこんなでアビドスを抜け出そうとする直前、上空から耳障りな音が聞こえてくる。其処にはヘリコプターが此方を待ち構えていた。それも巡航ミサイル等のそこそこの武装までして。

 

「ちょっと、今度はなんなのよ!?」

 

「ロゴを見る限りはカイザーコーポレーションのやつだけど…傷だらけだから、他所に流れたのをゴロツキが買ったんだろうねぇ。あるあるだよ」

 

 狼狽えるセリカにホシノがのほほんとした様子で解説する。そういうことじゃない!と突っ込みまで入っている。漫才をしている場合じゃない、と此方も突っ込みを入れたい所だが、ヘリコプターに搭載された機銃が発砲される。それに合わせて全員がバラバラに散開するが、その狙いは何の迷いも狂いもなく此方を向き続けていた。

 

「スイレンさんが!?」

 

「あのヘリ、もしかしてさっきの連中の仲間なの!?」

 

「不味い…ドローンの弾薬がまだ装填できてない…」

 

「スイレンちゃん、どうにか物陰を探して隠れて!」

 

 周りが急激に喧しくなる。ホシノの警告も生憎聞こえなかったが、まあどうにかしてやり過ごせ的な感じだろう。

 今世に入ってから会得したパルクール技術や、独学で習得した戦場での生存術などを惜しみなく駆使して銃弾を避け続ける。多少の被弾は頭上にあるヘイローのおかげで誤差で済むだろう。

 

 …暫くすると痺れを切らしたのか、巡航ミサイルを惜しみなく連射してきた。愛銃を背に背負ったままの今では撃墜が出来ない。せいぜい離れて受ける被害を少なくする程度が精一杯だろう。

 

 だからここからは…敢えて一かバチか、賭けてみる。

 

 

 巡航ミサイルを迎え撃つように立ち止まり……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

───“死神”が、爆発に飲み込まれた。

 

 

「スイレン…!」

 

「う、嘘…ですよね…」

 

「そんな…」

 

 一同は、唖然とするしかなかった。

 シロコは補給を怠った自分を責めるように歯を食いしばり、ノノミは手を口元に当てて、アヤネは膝から崩れ落ちた。

 

「あ、アイツ…!どうしてそんなにスイレンばっかり狙うのよ!!」

 

 その場で唯一憤りを表に出していたセリカは銃をヘリコプターに向けていた。射程の関係上、そこまでダメージが通らないどころか届かない事も忘れて。

 

 

 然し、小鳥遊ホシノは戦慄していた。

 それは精密に狙われた機銃を避け続けた事でも、ミサイルを前に“立ち止まる”という選択をした事でもない。そして、()()()()()()()()()()()()()()()事でもない。いや厳密には合っているのだが。

 その答えは、爆発によって起こった黒煙の中にあった。

 

 用は済んだとばかりに踵を返そうとするヘリコプター、待ちなさい!と追いかけようとするセリカ、それに続こうとする一同。

 それを引き止めるように、一発の銃声が。

 

 距離は?至近距離だ。では出所は?未だに立ち昇る煙幕の中からだ。

 ……では、()()()()()()

 

 その一瞬の疑問の直後にヘリコプターが爆発、付近に墜落する。同時にスイレンが煤まみれになりながら現れた。その手には彼女のものと思われる銃が握られていた。ただ少し“形が変わっている”ように見えるが。

 そして実際そうだったようで、一同の前で銃が()()する。伸びていた銃身が折り畳まれる程度の変化しか分からなかったが。

 

 然しそんなことお構い無しとばかりに、一同はスイレンの元ヘ駆け寄る。

 

「スイレン!アンタ生きてたのね!!」

 

「いやそう簡単に死にたくないし…」

 

「ん、でもあのミサイルを何発も喰らったのを見たら誰だって覚悟しちゃうよ」

 

「とにかくご無事でよかったです!本当に!」

 

「でも、だいぶ汚れちゃいましたね☆」

 

「じゃあ買い物ついでにお風呂でも入りに行こっか。おじさんもちょっと疲れちゃったよ〜」

 

 ホシノの案で、やや遠くの方にある温泉に行く事が決定し、ヘリコプターの乗り手を警察に引き渡してから足並み揃えて向かう。その提案者は今回のMVPたる彼女を薄目で見続ける。

 

 

(うへ、これが“死神”かぁ…いやはや、敵には回したくないもんだね。カイザーの上澄み連中よりずっと厄介かも。)

 

 

 実に慌ただしい一日だったが、温泉に入って疲れを洗い流した“死神”であった。



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三話

後書きに当作品オリジナル設定を記載。ご了承。


 

 今日は退屈と言わざるを得ない程に平和で、とても穏やかだ。実にわたし好みな時間がのんびりと過ぎていく。

 それもその筈、わたしが今いる場所は“トリニティ”という勢力が統治している地域の中で、尚且つ“正義実現委員会”というゲヘナの風紀委員会のような立ち位置にある組織が管理する公園の一つだからだ。そしてあちこちでドンパチやっているようなこの世界では珍しく、銃火器の使用を含む暴力行為を規制している。

 本当に、本当にわたし好みの空間だ。

 

 更にはキヴォトス全体で見ても人気の高いスイーツ店の出張版、その限定メニューである【新感覚☆にじいろマカロン】を購入できたのだ。これに合いそうなドリンクもおまけしてもらった。

 

 加えてトリニティに通う学生たちは世間知らずなお嬢様が多いらしく、マカロンを販売していた女性も、何故か顔写真付きで指名手配されていたわたしを見ても大した反応を示さなかった。更には道行く人々ですらわたしに見向きもしなかったのだ。

 まあそもそも、わたしに掛けられた指名手配はとっくの昔に無くなっている筈なので、わたしを襲いにくる連中の殆どは古いニュースや迷信を信じ過ぎただけの馬鹿でしかないのだが。

 とにかく一部を除くにしてもトリニティは想像以上に平和的で、わたしの望んだものが全て手に入る素晴らしい環境だ。なんならもうこの付近に引っ越しても良いかも知れない。わたしが今暮らしているゲヘナ付近では落ち着けもしないし。

 

 こうして夢のような時間を過ごしながら、マカロンを一つ口に放り込む。

 

「〜〜〜っ!!」

 

 美味しさのあまり足をジタバタさせてしまった。目に悪そうなゲーミングカラーからは想像のつかない甘味、それが口の中で無限に変化していく。更にこれをドリンクで流し込む。スポーツドリンクのような風味だが、マカロンの旨味とも言うべきものを害さずに引き立てる。完璧な組み合わせだ。

 そのままマカロンを再び咀嚼、良い頃合いでドリンクで流し込む、またマカロンを…と永久機関を作り上げてしまう。

 いや本当に止まらない。前世では考えられない程の感動をわたしは覚えた。

 

 そして至福の時間はあっという間に終わるもので、気付いた頃には全て完食してしまっていた。この時わたしは二度目の生を受けた事に感謝したと同時に、この中毒性の高いスイーツが期間限定である事を酷く恨んでしまった。

 

「…また、いつか食べよう」

 

 最終的には天を仰ぎ合掌していた。神様、本当にありがとう、なんて言葉にしながら。

 

 …そして、この平和が崩れると言わんばかりに敵意が向けられる。

 その方向を向くとトリニティでは見慣れない制服を着た生徒が二人。やや大柄なやつとその後ろに引っ付くようにこちらの様子を伺う小柄なやつだ。

 少なくともあれらがわたしの会いたくない連中とは違うのは確かなのは多少は助かった。

 

「誰かと思えばこれはこれは、噂に聞く“死神”サマじゃないか」

 

「“死神”…ほ、本物だ…!姐さん、さっきの話はホントだったンスね!」

 

「当たり前だろう?ワタシを誰だと思ってんだい」

 

「はい!メラメラヘルメット団のボス、“狂い虎”ことグレン様です!!」

 

 …目の前でよくわからない茶番をしないで欲しい。そう言いたげな表情を隠せずただただ待たされた。今のわたしは随分とマヌケに見えることだろう。

 そうして1分弱ほど経った頃にようやく視線が此方に向いた。口を開いたのは無論あっちが先。

 

「…嗚呼、アンタを置いてけぼりにするところだった。悪かったね」

 

「いや、十分置いてけぼりだったけど」

 

「五月蝿いね!今はワタシが喋ってるんだから黙ってな!!」

 

「えぇ…」

 

 なんて理不尽、呆れて怒る気も起きない。むしろ呆れてくる。不満たらたらな態度を示すが敢えて聞き手に徹することにする。後ろのちっこいのがクスクス笑ってるけどそれも無視。多分ああいうのは噛みついた側の負けになるだろうし。

 …で、話が長かったから要約すると、この二人は買い物をしたくて“百鬼夜行”という勢力の自治区から遠路遥々やって来たという。その買いたかったものが丁度売り切れたらしく、「最後の最後を買いやがって!許さねぇ!」ということでわざわざ来たのだとか。

 

「…それで、アンタたちとわたしが如何関わるわけ?」

 

「関わるさ!それは…」

 

「お前が!あたいらのマカロンを目の前で買っちまったからだよ!」

 

 デカいやつの後ろからちっこいのがギャンギャンと喚き立てる。デカいやつもうんうんと相槌を打つ。そして真っ当な理由だと言わんばかりに此方を睨みつけてくる。

 

「………はぁ?

 

 思わず、素っ頓狂な声を上げてしまった。

 それもその筈、連中の言っていることは唯の八つ当たり。わたしに矛先が向く理由がない。そもそもわたしは買い物なんて……。

 

 

 ……してたわ。【新感覚☆にじいろマカロン】とかいうやつ買ってたわ。

 

 ともかく、連中の目的があのマカロンだったのがわかったとしても、わたしが買った時点だと売り切れるような数ではなかったはず。当時並んでいた列の後ろどころか付近にこいつらの姿はなかったし。

 そこで一つの答えに辿り着く。

 

「…アンタら、列に割り込んだの?」

 

「なんだい、悪いってのかい?ワタシはグレン様だぞ?」

 

「そうだそうだ!グレン様は全てにおいて優先されるべき御方なんだ!だからグレン様は悪くない!」

 

「いや悪いでしょ」

 

「「悪くないっ!!」」

 

 そこまでして欲しかったなら予約するなり本店に行くなりすれば良かったのに。そこに辿り着く頭脳がなかったのか、それとも最初っから割り込む前提だったのか。

 とにかく許される事をした訳ではない、かと言ってわたしがコイツらを裁く権限がある訳でもない。というか面倒くさいから相手したくない。そう思い立ってはベンチから立ち上がる。

 

「悪いけどアンタらの八つ当たりに付き合うつもり無いから。他所でやってよ」

 

「いいや、今回はアンタが悪いんだ“死神”。ワタシらに対して此処で償え今すぐに」

 

「そうだ!謝れ!なんならその首置いていけクズめ!」

 

 立ち去ろうとした途端に双方から銃を突きつけられる。全くクズはどっちだか…呆れすぎてゲシュタルト崩壊しそうになる。思考を放棄しかけた頭をどうにか回して今の状況をどう打破するか考える。

 先ずはデカいやつからか?いやちっこいやつも構えてるから動いた途端アウト。なら逆を?それこそ無理だ。デカいやつは多分それなりに手練れっぽいし下手な動きは出来ない。なら通りがかりの人を呼び止めて?論外。手でもあげようものなら即座に撃たれる。

 さて本当に困ってしまった。二人相手とはいえ流石に無茶をしてでも抜け出す労力を割きたくない。とにかく面倒だし。

 

 そうして思考の海を泳いでいたら、前方…連中の後方から人影が四つ、いや遅れて一人来て五人か。

 

「な、何をしているんですか!」

 

「脅迫か、どうする先生?撃つ?」

 

《先ずは話を聞こう、駄目そうなら制圧で》

 

「そうですねぇ、とりあえずオハナシ♡しましょうか」

 

「そんな暇無いって!というか此処、ハスミ先輩たちの管理してる所じゃない!」

 

 やって来たのはthe普通といった感じの子に並々ならぬ雰囲気を漂わせた銀髪の子、あと桃色の髪が二人に…大人の男性。何気に人間の男性は今世で初めて見た。

 それに合わせて目の前の二人の視線もあっちに向く。色々と文句を言っては先程わたしにも言った事情を説明し出した。

 

 …すごい隙だらけだな。素手で制圧できるじゃん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そういう訳だ、ワタシらはコイツを始末しないと困っちまうんだ。だからアンタらは黙ってるんだね。でないとワタシはキレちまうよ?」

 

「そうだそうだ!姐さんを怒らせたらロクでもないぞ!全員、地獄行きになっちまうからな!」

 

 想像以上にチンピラしてる相手に、一同は呆れた。あのハナコですら苦笑いを浮かべている、というか引きつってる。

 何故かコハルは顔を赤くしているが…。

 

 ともかく彼女らがやろうとしている事はただの八つ当たり。何も悪くない相手に責任を押し付けて勝手に作った鬱憤を晴らしたいだけなのだ。

 教師として以前に、一人の大人として許せないと思った。だから生徒たちに指示を仰がれる前に言葉を出そうとした。

 

「待て、先生」

 

 が、それを阻止したのはアズサだった。

 彼女は肩を落としながらため息をついて、構えていた銃も下ろして首を振る。真っ先に手を出しそうな存在なのだが…。

 

「…わかった。好きにすれば良い」

 

「アズサちゃんっ!?」

 

「ちょっ、アンタなに言って…!」

 

「あらあら〜…」

 

 案の定ヒフミとコハルはアズサの発言を疑ったが、ハナコは察していた様に微笑む。私もヒフミたちに便乗するように問い詰めようとしたが、目の前を見てその意図を理解した。

 

「はっ!所詮は赤の他人…そこまで干渉する意味がないってわかったか。残念だったな“死神”ぃ………ッ!?コンっ!?」

 

「…よく分かってるじゃん」

 

「ぁ、姐さん…ごめんなさいぃ……」

 

 大柄な方の不良が振り返れば、側に控えていたコンと呼ばれた不良がいつのまにか組み伏せられていた。いつの間に、と驚いている間に組み伏せられた不良は気絶した。

 残された不良は悪態を吐きながら発砲するも、かつて人質だった女性は素早い動きで避けながら詰め寄り鳩尾(みぞおち)に深く拳を突き入れる。

 不良は身体の中の空気を全て吐き出すような呻き声を出してはその場に倒れ伏せる。私たちが手を貸すまでも無く制圧が完了した。してしまった。

 

 ヒフミとコハルは唖然とした様子で口をあんぐりと開けている。ハナコは相変わらず微笑んだまま。そんな中動き出したのはアズサだった。

 私も何かを言い出したくなったが、相手の女性は人差し指を立てる。直後アズサが口を開く。

 

「この事は口外しない。私たちも通りすがっただけだから」

 

「そう、なら良いんだけど」

 

「でも聞かせてほしい。お前は」

 

「それもノーコメント」

 

「…そう」

 

 アズサの言葉に割り入る様に口を挟む女性。アズサもこれ以上はと口を硬く結び押し黙ってしまう。

 辺りには緊迫した空気が漂う。女性から放たれるとてつもない威圧感に固唾を飲む。補習授業部のみんなも怯えた様子で表情を硬くする。対面しているアズサは特に硬く、銃を持つ手にも力が入ってしまっている。

 …此処は大人の出番だ。そう思い立ってようやく口を開く。

 

《君は、何者なんだ?》

 

 敵意に似た威圧感が此方に向く。思わず冷や汗がぶわっと湧き出てくる。私を心配する声も上がるが、此処で引いては先生の名が廃る。一歩、また一歩と歩み寄り生徒たちを守るように相手の前に立ち塞がる。

 

《君のような子は、キヴォトスでは見かけないけど》

 

「………」

 

《所属は?学年は?それとも転校生かな?》

 

「………」

 

《…先生として、君を知りたいんだ》

 

 潰れてしまいそうになる心臓をどうにか落ち着かせて、一つ、また一つと紡いでいく。恐怖と緊張でどうにかなりそうになりながらも、勇気を振り絞って言葉を吐き出す。

 

《君の、名前は?》

 

 

 浅くなる呼吸、遠のく意識、幻視する走馬灯。嗚呼、私はどこか遠くへ行ってしまうのかと、一瞬諦めが入ってしまう。しかし直後、女性は口を開いた。

 

「……スイレン。多奈取スイレン」

 

 多奈取スイレン、その名前を何度も頭の中でリピートする。何か伝えようとする前に女性は背を向ける。

 

「二度は名乗らない。所属は勝手に探せばいい」

 

 そう言ってはそのまま立ち去ろうと歩き出してしまう。永遠に感じた時間から解放された安心感と相手の名前を知れた喜びで、ついニッコリと笑顔を浮かべてしまう。そして呼び止めるつもりで言葉を発する。

 

《…ありがとう、スイレン!》

 

「…………」

 

 スイレンは足を止める事なく、去っていってしまった。同時に緊張が逸れたのかその場に尻もちをついてしまう。後ろの生徒たちもハッとしたように私の元へ駆けてくる。

 

「先生っ!大丈夫でしたかっ!?」

 

《うん、私は大丈夫。ヒフミこそ大丈夫だった?》

 

「は、はい…先生と、みんなのおかげで…」

 

「ふ、ふんっ!あれくらい、どうって事ないからっ!」

 

「コハルちゃん、泣いちゃってましたけどね〜♪」

 

「ちょっと!適当なこと言わないでよ!!」

 

「あはは…」

 

 ギャーギャー騒ぎ立てるコハルを筆頭に、いつもの補習授業部のゆるい空気が戻ってきて安心した反面、彼女…スイレンのような恐ろしい存在を知った事による危機感を感じずにはいられなかった。

 それはアズサも同じだったようで、険しい表情のままスイレンの去っていった方向をずっと見つめていた。その異変にヒフミも気付いたようで若干表情が曇る。ハナコはそれに気付かないフリをしてコハルを揶揄い続けていた。

 

 

「多奈取スイレン、か…」

 

 アズサは見えなくなった“死神”の背中を目で追い続ける。

 いずれは自分たちに、ひいては先生にその毒牙を向けてくるかも知れない存在。とすればその存在は無視は出来ず、つい銃を握る手に力が込もる。

 込めすぎた結果地面に向けて発砲してしまったが、幸い怪我人は出なかった。

 

「いざという時は、私が…」

 

 

 

 そうして硬く結ばれた決意をつゆ知らず、キヴォトスを行く“死神”であった。

 




 当作品オリジナル設定紹介

・メラメラヘルメット団
 →グレンを筆頭とする百鬼夜行の犯罪者組織。総勢50人程度。脅威度は低めだがグレン本人が厄介。
・グレン
 →本名は虎守グレン。“狂い虎”の異名を持つメラメラヘルメット団のリーダーであり当組織一番の実力者。プライドが高く何事においても自分が最優先でなければ気が済まない我儘な性格でもある。
・コン
→本名は狐ヶ崎コン。自称グレンの右腕だが実力も脅威度も最底辺。常にグレンの後ろに隠れるほどに小心者で臆病。グレンと合わせて『虎の威を借る狐』と表現されることが多い。


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