忘れ去られたもう一柱の神〜IF旅人〜 (酒蒸)
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序章 果ての救済
第1話 復活後の出会い


というわけでIFストーリーです。いやぁ最早完全新作的な感じですね。

とはいえこれ単体でも多分読めると思います。投稿頻度は相変わらず低めでしょうが…まぁ見てくれると喜びます作者が。


「───なぁモラクス」

 

「…なんだ」

 

俺達の眼前には深き闇。溢れ出る闇は留まるところを知らず、永遠に続くとも思われた。

 

「この方角、カーンルイアか」

 

俺達は今、天衡山の頂上からカーンルイアという国がある方向を見据えていた。

 

「やっぱなー、だから俺はやめとけって言ったのによー」

 

「……」

 

俺の横に立つモラクスは非常に整った容姿をしているがその実、彼は数千年もの時を生きる岩神であり、璃月という国の神でもある。

 

「……モラクス。いつまでも意気消沈してちゃ璃月の民が不安がる」

 

「だが…」

 

モラクスは俺の言葉に対し、尚も抵抗しようとした。だが俺の答えなどシンプルだった。

 

「これは、俺達『八神』で話し合って決めたことだろ?」

 

表情が岩のように硬いモラクスにしては珍しく表情が悲しみにうち歪んでいた。『八神』とは、この世界に存在する七つの元素を司る神とその全てを扱える神の総称であり、テイワット大陸においてその名前は知らない者がないほどだった。

 

悲しみに打ち歪んでいる表情のモラクスとは対照的に俺はニッと笑顔を作る。

 

「心配すんな。500年もしたらきっと戻ってこれるだろうよ。そしたら、また皆で───」

 

話の途中で轟音が響き渡った。見れば先程の方角で大規模な爆発が起きているようで若干の衝撃波が俺達を襲っている。どうやら、うかうかしてられないらしい。

 

「っはは!全く、『終焉』は待っちゃくれねえのか!」

 

俺は若干ヤケクソ気味にそう言った。まぁ、自分自身を鼓舞するという目的も勿論あり、不安に思っているモラクスに対して安心させてやろうという気持ちもあった。

 

「っ…」

 

俺は歯噛みし俯くモラクスへ向け、至って真面目な表情で告げた。

 

「言ったろ?必ず戻ってくるってよ。そんときまでに『摩耗』で死んでなきゃまた逢おうや」

 

モラクスはギュッと握り拳を作ったかと思うと顔を上げ、俺の名を呼んだ。

 

「なんだ?」

 

俺は返事をしつつモラクスの顔をまっすぐ見た。彼の表情は決意に満ちており、これから話すことが察せられた。

 

ああ、良い顔だ。

 

「俺は…俺達は、お前の帰りを待ち続けよう。お前の守った璃月で、いや、このテイワットで」

 

その言葉を聞いて安心した俺は、返事をせず、ただニッと不敵な笑みを浮かべながら来たるべき『終焉』へ向け風元素で飛んでいくのだった。

 

〜〜〜〜

 

数刻後、『終焉』による闇は完全に消え去り、綺麗な夕陽が雲の間から顔を覗かせていた。もう一つの危機に関しても落ち着きを見せ始めており、まるで世界の危機は完全に過ぎ去っていったようだった。

 

モラクスはカーンルイアがあるはずの方向を見据え、

 

「……友よ。例え盤石が土へ還ろうと、俺はお前を待ち続けよう」

 

そう告げた。最早、彼にその言葉は届かない。世界の2つの危機を自らの身を犠牲にして止めた彼には。

 

「じいさん。もしかして…」

 

そして現れたのは小さめで童顔の少年だ。奇しくも彼の表情は数刻前にモラクスが浮かべた表情と似通っていた。

 

モラクスは腕を組み、彼の去った方角を見据える。

 

「ああ、彼は『終焉』を止めに───」

 

「なんで…なんで止めなかったの」

 

童顔の少年───バルバトスはモラクスの言葉に俯き、わなわなと身体と声を震わせながらそう言った。

 

「……バルバトス」

 

モラクスが諫めるような声を上げる。だが、バルバトスはその激情を止めるようなことはしなかった。

 

「だってそうじゃないか!彼は、彼はいつだって汚れ役を買って出てくれた…今回だって彼がいなきゃこの騒動は収まらなかったかもしれない…!でも、だからって…ッ」

 

「わかっている。わかっているとも…」

 

モラクスは再びギュッと拳を握り、悔しそうに目元を歪めた。

 

「これは、俺の弱さと甘さが招いた事態だ。俺達は彼に甘え、目を背けるべきでない現実から目を背け、そして彼に…彼に全て押し付けたのだ。その結果…彼は決して癒えることのない永劫の苦しみに晒されることとなった」

 

バルバトスは無言だったがモラクスの言っている意味を理解してる。モラクスは首肯くと、

 

「降魔大聖…いや、他の夜叉も庇ってな。本来彼らや俺が背負うべきだった怨恨は…彼が一身に背負っている」

 

そう続けた。バルバトスはモラクスの言葉に対して自分の無力さを実感せずにはいられず歯噛みした。

 

「だから、彼は自らの力が十全に発揮できるうちに『終焉』を止めに行った。この先生きていても『摩耗』からは逃れられないし、何より怨恨によって『摩耗』の速度は上がってしまうだろう」

 

「だから…自分の中の怨恨ごと、彼は『終焉』を止めたと…そういうことだね」

 

バルバトスは唇を噛み、改めて自分の無力さに打ちひしがれているようだった。

 

「彼のお陰で、俺達は今ここに立っている。残されたものの成すべきことを、せねばならないだろう」

 

「うん…彼の遺志…ボク達が絶対に守ってみせるよ」

 

モラクスとバルバトスは共に並び、自らの国へと帰ってゆくのだった。

 

〜〜〜〜

 

「稲光、即ち永遠なり!」

 

雷の化身とも呼べるほどの剣が胸の間から抜き放たれ、襲い来る魔物を真っ二つに両断した。

 

それを成した人物は、というと周囲を見回し危険がないことを確認すると刀を消した。

 

「ふぅ…これで最後でしょうか」

 

女性───雷電影が後ろを向くと、非常に似通った容姿の女性がもう一人歩いてきていた。

 

「お疲れ様、影」

 

「いえ、お気遣いありがとうございます、眞」

 

影と瓜二つの女性───雷電眞と影は一瞬見つめ合い、その後すぐに周囲を改めて見回した。

 

稲妻城内にまで魔物達は攻め込んできたものの、武士達に加え雷電影の猛攻によって食い止められていた。だが、犠牲はそれなりに出ておりようやくなんとかなりそうだと雷電影も雷電眞も考えていた。

 

「…闇が晴れましたね」

 

「ええ、これで此度の騒動も収まるはずよ」

 

稲妻城城内の至る所から勝鬨が聞こえてくる。しかし、二人の雷電将軍の表情は曇っていた。

 

「引き受けてくれたとはいえ、彼には申し訳ないことをしたわね」

 

「……はい」

 

「特にあなたは辛いわよね…彼とは懇意にしていたみたいだし…まぁ、私もだけど」

 

それきり、二人の間に会話はなかった。少しして重い口を開いたのは影だった。

 

「……前へ進めば、必ず何かを失ってしまいます」

 

「ええ」

 

「ですから…」

 

「それでは駄目なのよ、影」

 

フッと笑って眞は言う。

 

「彼は桜を見ながらこう言っていたわ」

 

───儚い景色であることを知っているからこそ、一層楽しむべきじゃないか?

 

眞が影に教えた言葉は、数千年前に彼が眞に対して言った言葉であり、奇しくも眞が影と似たような考えを彼に話した時に言われた言葉だった。

 

「桜は一時、綺麗な花を咲かせますが、その時間は儚くも短い。彼はきっと、彼自身の境遇に桜を重ね合わせていたのかもしれませんね。或いは…定命である私達にも」

 

「……」

 

「ですから、待ちましょう。彼はきっと、戻ってきますから」

 

眞は影へ向け、にこやかにそう告げた。影はアガレスが消えていった方角を見てただ無言でいることしかできなかった。

 

〜〜〜〜

 

昔はよかったな、なんて思うことが最近は絶えない。俺自身、今は肉体を持っていないのだから当然と言えば当然だが。

 

───皆のことを…この世界を、お願いします、アガレス。

 

いつだったか…世界がこの世界として定まる以前の話だったな。俺は一度全てを失った。今度こそは、と思っていたのだがな。

 

───盤石もいつかは…土に還る。お前に後は託す…友よ。

 

俺は今もまだ眠っている。いや、正確には500年間眠り続けているのだ。

 

───ボク達じゃ止められなかったこの『終焉』を…キミなら止めてくれるよね、アガレス。

 

俺は500年前、カーンルイアの神に頼らない国造りと、俗世の七国への侵攻が現実味を帯びてきたタイミングでとある危機をとある方法で止めた。

 

名を『終焉』という。世界…正確にはカーンルイアが力をつけすぎたことによって隣接する世界とのパワーバランスに差が生じ、結果として力の弱い世界がこちらへ引き寄せられて来たのだ。

 

世界と世界の衝突…まずもって衝突すれば世界は滅び去るだろう。衝突してきた世界と同様に。

 

カーンルイアの科学力は他のどの国どの世界よりも進んでいたために起きた事象。

 

例え数百数千の人間を虐殺しようと、地形を変えるほどの力を持つ人間をどれほど殺そうとも通常このようなことは起こり得ない。

 

───はずだったのだ。

 

「───い───かー?」

 

久し振りに俺以外の声が聞こえてきた。いや、幻聴だろう。俺は寝たきりのはずだ。

 

俺は試しに感覚すらなかった手足に意識を集中させる。そこには確かに先程までなかった手足の感覚を感じた。

 

ということはまさか幻聴ではなかったのだろうか。俺は次に耳に意識を集中させた。

 

「おーい、大丈夫かー?」

 

先程まではぼんやりと聞こえた声がはっきり聞こえるようになった。ただ、呼吸はできない。それと…少し寒いな。

 

どう起き上がろうか考えていると突如俺の唇辺りに柔らかい感触を感じた。それと同時に先程の声の主の動揺しているような声が聞こえてくる。

 

これは…人工呼吸か。声の主が驚いていることから察するに二人いるようだ。

 

少しして俺はようやく咳き込みながら起き上がりつつ水を吐き出す。どうやら溺れていたらしい。

 

「ふぃ〜…なんとか生き返ったみたいだな…」

 

俺は眩しいながらもなんとか目を開き声の主をまず確認した。したのだが…。

 

「…?」

 

声の主は宙に浮いてこちらを不思議そうに見ていた。うん、俺の知る限りこんな生物はいないし見たことがない。500年の間に生まれた新種の生物か?

 

俺はもう一人、恐らく俺に人工呼吸をしてくれたであろう少女を見やる。童顔だが意志の強さを感じる瞳をしている。

 

「あ、あの…?」

 

「ああ、すまない。癖だ」

 

癖…?と二人は一様に首を傾げているが俺は構わず頭を下げた。

 

「まずは助けてくれてありがとう。それで、俺は溺れていたのだろうか?」

 

「え、お前自分がどうしてたか覚えてないのか?」

 

宙に浮く謎の生命体の言葉に俺は首肯いた。周囲を見回すと浜辺…いや、この地形は望風海角と星拾いの崖の間にある浜辺か…。

 

ということは、しっかりテイワット大陸に復活できたらしい。俺は若干だが安堵の息を漏らした。

 

宙に浮く謎の生命体は人差し指をふりふりと動かしながら俺が溺れていたというより漂流していたということを話してくれた。呼吸が止まっていたため宙に浮く謎の生命体ではない方の少女が人工呼吸をしてくれたようだった。

 

「そうか…まさか溺れる日が来るなんて…」

 

「ん?なんか言ったか…?」

 

口に出ていたようだが、俺は生まれてこの方溺れたことなどなかった。俺は独り言を誤魔化すように口を開く。

 

「そうだ、名前を聞いていなかった。良ければ教えてくれないだろうか?」

 

いつまでも少女とか謎の生命体とかって呼ぶ訳にはいかないだろう、ということでしっかりと実益も兼ねている。

 

「そういえば名乗ってなかったぞ…」

 

そんな俺の言葉に対して宙に浮く謎の生命体は胸に手を当てて元気そうに笑った。

 

「オイラの名前はパイモンだぞ!よろしくな!」

 

宙に浮く謎の生命体改めパイモンが俺にそう自己紹介をしてくれた。続いて見たことのないデザインの白い衣服に金髪の少女が口を開いた。

 

「私は蛍。よろしくね」

 

少女改め蛍が俺にそう自己紹介をしてきた。俺は二人の名前を覚えつつ、自分の名前を告げるべく口を開いた。

 

「俺の名前を言っていなかったな。俺の名はアガレス。こちらこそよろしく頼む」

 

これがかつて『八神』の中で最も優れていると言われていた『元神』アガレスこと俺とこの世界に変革を齎すであろう旅人、そしてその相棒パイモンとの出会いだった。




最初のところがコピペだって…?し、知らんよ…?

本編アガレス・今回アガレス「………」

いや、そんな目で見ないで?神二人からの圧は作者と言えど…。

というわけで、投稿頻度低めなIFストーリーはまず旅人さんから始めます。見ていただけたら幸いですねー。


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第2話 昔日の友人…尚正体は不明

な?遅かっただろ?更新………私だぞ?(本当に申し訳ありませんでした)


自己紹介を済ませた俺達はお互いの状況を話すことになった。

 

「───へぇ…つまり今まで世界を旅してきたが世界の異変に気付き逃げ出そうとしたものの、謎の神に捕まり兄を連れ去られたのか。それで兄を探す旅に出ようとしていたところに偶然俺がいた、という認識で合ってるか?」

 

俺の確認に蛍とパイモンが首肯いた。彼女達の話を総合すると『八神』のうちの誰かとは考えにくいだろう。

 

まぁでも『八神』の中にその存在を知っている者がいるかもしれない。そう考えると彼女の行動も無駄ではないわけか。

 

ついでに蛍の話に出てきた世界の異変とは間違いなく『終焉』或いはカーンルイアの滅亡だろう。まぁアレだけの大災害だったら色々記録が残されてると思うし確認しに行かねばならないだろう。

 

と、蛍の話が終わったタイミングでパイモンが期待に満ちた目でこちらを見ながら、

 

「次はアガレスの番だな。どうして溺れてたんだ?」

 

そう聞いてきたので俺は溜息を吐いた。蛍も同時に吐いていたので恐らくだが同じようなことを考えているに違いない。

 

「パイモン…すまないが俺は先程どうして溺れていたかは覚えていないと言ったはずだぞ…」

 

俺が若干の呆れと共にパイモンへそう告げると、パイモンはかなり慌てた様子を見せた。

 

「お、オイラ別に忘れてたわけじゃないぞ!もう一回聞けば思い出すかなぁって思っただけだ!」

 

言い訳…失礼、パイモンは自分の考えを尚も述べようとしたので一旦制した。

 

「まぁそれはいいとして…まずは俺の過去から言わなきゃならんな」

 

俺は二人に500年前に巻き起こった『終焉』を止めて死に、500年間眠っていたことを話した。すると二人───特にパイモンがかなり驚いていた。

 

「500年前って…しかも世界の危機を一人で止めたって…!?じ、じゃあアガレスって一体何者なんだ…?」

 

パイモンのその言葉に、俺は少し考える。昔ながらの自己紹介をしても別に問題ないだろう。

 

「俺は『八神』が一柱、元神アガレス。7つの元素全てを扱えることからこの二つ名を持っている」

 

そう考えての自己紹介だったのだが、パイモンには首を傾げられてしまう。蛍は世界を旅して回っていたらしいから知らなくても当たり前だろうが、自称テイワットで一番のガイドと名乗っているのに『八神』のことを知らないというのはどういうことなのだろうか?

 

と俺が疑問に思っているとパイモンは信じられないようなことを口にした。

 

「『八神』…?アガレス、七国それぞれには確かに神がいるけど、総称は『七神』だぞ?アガレスっていう神の名前も、『元神』っていう二つ名も元素を全て扱える存在がいることも聞いたことないぞ…」

 

俺は思わず目を見開いてパイモンをまじまじと見る。

 

「…その話は本当か?」

 

パイモンは少し俺の雰囲気に気圧されつつもしっかりと首肯いた。そう聞いた俺は少しだけ考える。

 

俺は国を持たざる神ではあったが魔神戦争を生き抜き、他の『八神』とも良好な関係を築いていたために民にも敬愛され、どの国でも自国の神の次に信仰されていたはずだ。

 

それらが綺麗サッパリ忘れ去られているとするなら他の『八神』が行動を起こしたとしか考えられない。勿論、パイモンが嘘をついている可能性も考えられるが…。

 

辺りの崖の特徴を見る限り恐らくここはモンドだろう。ならモンド城へ行って確認するのが一番早いかもしれないな。

 

俺はそう結論を出して考えるのをやめ、蛍とパイモンに先ずは何処へ向かうつもりなのかを問いかけた。

 

「ここから一番近いのはモンドだからな!そこに行こうと思ってるぞ!」

 

「手始めに一番近い国から、ってことか。効率を考えるなら最高だな」

 

加えて『八神』の中でも風神は親しみやすい方だろう。そう考えると確かにモンドにいるのは彼女達にとっても、そして俺にとっても好都合だ。昔は風神とも仲が良かったわけだからもし俺のことを覚えていれば色々教えてくれることだろう。

 

「今から出発か?」

 

そう問いかけると答えたのは蛍だった。

 

「その予定だったところに偶然、アガレス…さん?が流れてきて…」

 

なるほど、先程もそんなようなことを言っていたがそのせいで現状出発が遅れているわけか。なんというか少し申し訳ない気持ちになりつつも俺は苦笑いを浮かべた。

 

蛍は無表情で何を考えているかわからないがパイモンも俺と同じく苦笑いだったので恐らく遅れていることを少しは気にしていたのだろう。それでも尚俺の話に付き合ってくれる辺り良い奴らだな。

 

「俺もついていっていいか?」

 

「「え?」」

 

蛍とパイモンが同時に驚いたような顔をしつつ俺をじっと見た。少し居心地は悪いが彼女達は七国全てを回るつもりなのだろう。で、あるなら俺としても好都合なのだ。

 

俺は重要な部分は伏せつつ二人にその旨を説明すると二人は納得したのか許可してくれた。俺は感謝を告げつつ立ち上がる。

 

「さて、それじゃあ行こうか」

 

俺がそう言うと二人は首肯いた。

 

 

 

さて、行こうかとは言ったものの俺は二人のペースに合わせている。蛍はこの世界のことをまだよく知らないだろうし見て回りたくなる気持ちもわかるので進むペースはかなり遅めだ。ラズベリーを取ったり、ミントやスイートフラワー、風晶蝶を取ったりしていたがやがて星落としの湖の七天神像までやって来た。

 

パイモンと蛍が何事かを話した後、蛍の衣服の一部が風元素のイメージカラーに染まった。思わず、俺は驚きを禁じ得ず少し仰け反った。

 

「旅人、風の元素力は感じられたか?」

 

「うん、なんか不思議な感覚だけど…」

 

七天神像に別にそのような機能はないはずだ。あくまでも信仰の対象となるだけで元素力があるなどと言う話は聞いたことがない。

 

ここ500年で変化したのか、或いは俺だけが知らなかったのか…まぁ、俺は元素一つだけを司るわけではないから知らなくても仕方ないのかもしれないが。

 

だが七天神像を回ることで元素力を回収できるのだとしたら彼女もまた俺と同じく全元素を扱えるのではなかろうか?

 

「一先ずモンド城に向かってみようぜ!」

 

まぁ、いずれわかることだろう。今はまだモンドにいるが次に行くのは隣国璃月だろうからな。

 

モンドは『自由』の国だが、璃月は『契約』の国だ。その頂点たるモラクス(璃月の民からは敬愛を込めて岩王帝君と呼ばれている)は『八神』からも頑固者と評される程の男だ。昔から何らかの契約を遵守しているのでこの世界にとって異端である蛍をどう扱うかは俺には予想できかねるな。

 

結論が出ぬままに蛍達について囁きの森方面に歩いていくと、突如暴風が吹き荒れた。風にたたらを踏む蛍達を見つつ、俺は風の発生源を見て驚愕する。

 

「…トワリン、なのか?」

 

暴風の発生源となっていたのは巨大な蒼き巨龍だった。巨龍は俺達が今向かっている囁きの森方面へ飛んで行っている。

 

そしてその巨龍に俺は見覚えがあった。風神バルバトスの眷属である東風の龍トワリンと酷似しているのだ。

 

風神バルバトスと俺は深い仲だった。勿論男性同士だし神は対して恋愛とか情事には興味がない。なので親友、という間柄だったのだがその関係で東風の龍トワリンともそれなりに交流があった。その彼が暴風を巻き起こしながらモンドを移動しているのには違和感しかなかった。

 

「…蛍、パイモン、すまないが先行する。後で必ず合流する」

 

「えっ!?おい!!」

 

パイモンの制止の声を俺は一切聞き入れずこの異常な状況を打破すべく行動を開始した。トワリンらしき巨龍は囁きの森と呼ばれる森林に降り立ったようだ。

 

俺は久し振りに元素を扱うべく風元素で少し飛ぶ。元素の扱いに特に問題はなさそうだったので今度は雷元素を全身に纏わせたが、雷元素も問題なく扱えるようだ。この調子だと昔と同じように全元素を扱うことが出来るようだ。

 

昔の移動方法を少し試すべく俺は雷元素で今いる位置の少し先の地面にマーカーをつける。すると俺の肉体とマーカーとが引き合って光速で動くことが出来る。実際問題なく扱えるようだ。ただ地面にマーカーを置くと少し効率が悪いので空中にマーカーを打ち、そのまま移動を開始した。

 

 

 

僅か数秒で俺は星落としの湖から囁きの森へと到達することができたのだが、そこにはトワリンと思われる巨龍とそして全身緑色の吟遊詩人のような風貌の少年が存在していた。

 

「───安心して、ボクは帰ってきたよ…トワリン。だから安心しておくれ」

 

少年の雰囲気は正しく神秘的と言って差し支えないだろう。暖かな微風が彼の周囲を取り巻き、尚その雰囲気を引き立たせていた。

 

少年の発言から、あの龍がトワリンだというのは確定したが、雰囲気に呑まれていた俺はそれどころではなかった。昔の俺なら、勿論ありえないが。

 

思わず雰囲気に呑まれてしまっていた俺は足元の灌木に気が付かずへし折ってしまった。それにより少年が驚いてこちらを見た。少年に釣られてかトワリンもこちらを見て彼と目が合った。彼は俺を見て少し苦しそうにした後、一声吠えるとそのまま飛び去ってしまった。

 

飛び去る直前、うなじの辺りと腰の辺りに毒々しい色の水晶のようなものが存在していた。一体アレは何だったのだろうか?加えてトワリンは俺を見て苦しそうにしていたが何故なのだろうか?如何せん、情報が足りなさすぎて理解が及ばないな。まぁこれから集めれば済むことではあるが。

 

俺が少年のいたところに視線を向けるとその少年は既に存在しておらず結局わからずじまいとなってしまった。が、そっちの正体はある程度予想できたので良しとしよう。

 

「アガレスさん!!」

 

トワリンの去って行った方向を見ていると、蛍とパイモンが追いついてきた。

 

「さっきここからさっきの龍が飛び去っていったけど…何かあったのか…?」

 

パイモンが俺にそう聞いてきたので俺は蛍とパイモンに先程見たことを話した。あの龍がトワリンという名前であることと緑色の少年がいたことだけを話し、俺が考えているあの少年の正体の予想に関しては話さなかった。

 

話を聞き終えた二人は驚いている様子だったが、パイモンがなにかに気付いたように蛍に話しかけた。

 

「それより旅人、さっき龍がいたっていう場所になにかあるぜ?」

 

言われて初めて、俺もそのモノに気が付く。非常に濃縮された風元素の塊だが、不純物が混ざり赤く変色している。ともすればただの風元素の濃縮物だが、俺の目には涙のように映っていた。

 

蛍とパイモンが俺に視線を向けてきたが、俺にもアレが何かはわからない。しかし、

 

「アレは多分トワリンから出たものだろう。平たく言えば風元素の結晶体のようなものだ…ただ、不純物が多くて構造そのものはよくわからない。他の人が見つけたら危険かも知れないから俺達で回収したほうが良いかもな」

 

トワリンから出たものだとすれば、それは彼が深い悲しみを抱いていることを意味しているように思えてならなかった。

 

さて、俺の言葉に対してパイモンがうんうんと首肯いて同意しながら、

 

「確かに他の人が見つけると危険だろうし…オイラ達で回収しようぜ!」

 

蛍とパイモンがトワリンの涙(?)を回収しているのを尻目に、俺は再び考察に耽らずにはいられないのだった。




先ず間違いなく誤字があるはずだ…本当にごめんなさい。

出来る限りないように頑張ります…。


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第3話 龍災

タイトルの「もう」がなかったとか言えない…。


さて、トワリンから分泌された謎の物質を回収し終えた二人と共に俺はモンド城への歩みを進めていた。と言っても囁きの森を抜ければすぐにモンド城だからあと僅かな距離ではある。

 

そんな時だった。

 

「───ちょっと、そこのあんた待ちなさーい!!」

 

そんな声が俺達の左側から聞こえてきた。いや、正確には左側にある小さい崖の上から聞こえてきたようで、足音も聞こえてくる。やがて声の主はその姿を現したのだが、崖から飛び降りると地面に転がりながら着地して勢いを殺していた。

 

ふむ…どうやら身体能力がいいようだ。並大抵の敵ではないようだな、なんて考えていたのだが姿を現した赤いリボンを頭に付けた少女の身につけている服の胴に見覚えのある紋章があった。

 

その紋章を見て俺は警戒を解く。蛍はまだ少し警戒しているようだったがパイモンはおどおどしているだけだったのでまぁ問題ないだろう。彼女から危害を加えてくることも恐らくないはずだからな。

 

「風の加護があらんことを」

 

まず彼女は自身の胸に手を当ててそう告げた。それから俺達を見て───疑うような視線を向けた。

 

「あんた達の服装、見たことないね…何処から来た人?」

 

何処から、と言われると少し困ってしまうな。と思っていると蛍がなんでもないことのように告げる。

 

「私は蛍、異世界からやってきた。見たことないのも当然」

 

「そうなんだ…あんたってすごいんだね!ってことはそっちの人も…?」

 

彼女が俺を見ながら首を傾げる。俺は首を横に振り、自身がかつての神であることを話そうとしたが、突如蛍とパイモンに制された。

 

何がいけなかったのだろうか?と首を傾げていると、蛍はうんうんと首肯いて彼女に必死にアピールしていた。どうやら俺も異世界から来た、という設定にしたいらしい。

 

「そうだ、俺も彼女───蛍と同じ異世界から来た。名はアガレスだ」

 

この世界に知り合い一杯いるけどね。

 

俺の言葉に彼女は同じような反応をした後、パイモンを見て不思議そうに目を丸くした。

 

「それでその…浮いているちっちゃい子は…?」

 

彼女がパイモンに興味を示したが、旅人が物凄いことを言った。

 

「非常食だ」

 

「「!?」」

 

思わずまだ名前もわからない彼女と共に仰け反り驚いていた。パイモンはプルプルと震え、顔を真赤にしながら今日イチの大きな声で、

 

「おいっ!オイラは非常食じゃないぞ!!」

 

と、そう言うのだった。

 

 

 

赤いリボンを付けた少女はアンバーと名乗り、ちょっと手伝ってほしいことがある、と言っていた。一先ず俺と蛍達はそれを手伝うことになった。アンバーとしては俺達の力量を見定めるという意味合いもありそうだな。

 

そうなると手の内を晒しすぎるのも良くないのか…?なるほど、だから先程蛍達が俺を制したのか。

 

そうなると使える元素は何にするか…いや、使い勝手がいいのはやはり岩元素だな。

 

俺は常に岩元素を使用し続ける必要があったため、足に常に岩元素を纏わせることにした。

 

「そういえば旅人はなにか元素を扱えたりするの?」

 

アンバーが蛍にそう聞いた。その問いに答えたのは蛍ではなくパイモンだった。

 

「旅人は『神の目』がなくても元素を扱えるんだぜ!すごいだろ!!」

 

「へぇ〜それはすごいね!なんで?」

 

「それはオイラにもわからないぞ」

 

まぁ実際のところ蛍が『神の目』なしに元素を扱える理由は不明だ。俺とて全元素を扱うことができるもののそのメカニズムは理解できていない。そういう神だから、といえばそれまでだが何らかのメカニズムがあるように思えるな。

 

「それじゃあアガレスさんも一緒なの?」

 

アンバーの興味が俺に向き、彼女がこちらを見てくる。その瞳には期待が籠もっているように見える。確かに『神の目』なしに元素を扱うことはできるが…と俺は蛍を見た。蛍は首を横に振った。

 

俺は溜息を吐いて腰についている『神の目』を手に取りアンバーに見せる。俺の『神の目』には岩元素の輝きがあった。

 

「へ〜、アガレスさんは岩元素なんだ!」

 

「ああ、まぁな…」

 

騙してしまって少し申し訳ない気持ちになったがその内本当のことを教えればいいだけのことだろう。

 

俺の『神の目』は普段は無色透明でなんの元素も宿っていない。だが、俺が元素を使うときにのみその元素の色に発光するのだ。だから常に岩元素を使用しておく必要があり、現に俺は足に常に岩元素を纏わせているので『神の目』は岩元素の輝きを持っている。ただ、元素の同時使用をした場合は発光せず無色透明である。

 

そもそも、『神の目』とは凡人が元素を扱うための外付け機関だ。そして通常その『神の目』には一つの元素しか宿らず、途中で変わったりすることはない。

 

神もダミーの『神の目』を持っていたりするのだが、基本的には意味を成さないものだ。実際、俺のものも本来の『神の目』の役割は果たさない。何故ならダミーだからだ。

 

「さぁ見えてきたよ!アレが『ヒルチャール』の集落だよ!!」

 

少し小高い丘の上には何匹かの人型の生物が存在していた。どうやらアレがヒルチャールらしい。

 

「ヒルチャールか…初めて見たな」

 

「うえ、アガレス…ヒルチャールって結構有名な魔物だぞ?どうして知らないんだ?」

 

少なくとも500年以上前には存在していなかったはずだ。俺が知らないというのはおかしいからな。

 

「まぁ、それは今は良いだろう。高台にいるヒルチャールは恐らく弓を使うだろう。俺がそれを叩くから他は任せる」

 

「わかった」

 

アンバーも蛍達も俺がどうするのかを注意深く見ている。まぁ別に見られたところで問題はないだろう。

 

「岩槍」

 

俺は岩元素で形作った槍状のものを高台のヒルチャールに向けて発射した。岩元素の槍はまっすぐ飛んでいき───

 

「チッ…法器がないとここらが限界か」

 

───いや、ギリギリ外れた。ヒルチャールは驚いて辺りをキョロキョロしているが、間髪入れてはいけないだろう。

 

俺は法器を取り出すと今度は法器を通して岩元素の槍を生成しヒルチャールへ向けて飛ばした。今度こそ岩元素の槍はまっすぐ飛んでいき頭を吹き飛ばした。少しこれに関しては練習が必要らしい。

 

俺の課題が明らかになったところで蛍が突撃、アンバーが援護しヒルチャールの集落はものの数分で鎮圧された。

 

「手伝ってくれてありがとう!でも、あんた達がここまで戦えるなんて思いもしなかった…」

 

アンバーがにこやかに俺達にそう告げた。まぁ、実際思っているのだろう。俺が見せた長距離射撃は到底常人にはできないだろうからな。

 

それに蛍の戦い方も少し面白くこの世界に属さない剣術だった。少し見識が広がったのは嬉しい限りだ。

 

「それで、任務も終わったしこれからモンド城に行くんだろ?」

 

パイモンがニコニコしながらアンバーにそう聞いた。アンバーもニコニコしながら、

 

「じゃあ、モンド城に案内するね!」

 

アンバーはそう言いつつ、モンド城へ向けて俺達を先導するように歩き始める。宝箱を漁っていた蛍は少し急いでこちらへやって来た。やがて俺達はモンド城にようやく到着することになった。

 

500年前からあまり変わっていない風貌のモンドは、しかし少し活気が無いように見える。

 

「アンバー、何やらモンド城内の活気が心做しかないように見えるのは気のせいか?」

 

モンド城に着くなりそう聞いた。アンバーは少し申し訳無さそうにしながらわけを話した。

 

「最近、風魔龍っていう大きい龍がモンド城を襲っていてね。でも安心して!必ず西風騎士団がなんとかするから!!」

 

アンバーの言葉に蛍が首を傾げた。彼女が西風騎士団のことを知らないのも無理はないか。ということで俺は口を開いた。

 

「西風騎士団はモンドを守ってる組織、まぁつまり防衛組織のことで、事実上の統治機構だ。モンドはその歴史において貴族社会を良しとしていないからな。まぁとにかく、西風騎士団がなんとかしてくれるなら安心だろうさ」

 

俺がそう言うと蛍はなるほど、といった様子で首肯いた。

 

「そうだ、旅人にあげたいものがあって…ごめんアガレスさん…待っててくれる?」

 

アンバーが申し訳無さそうに俺に言うが、俺は首を横に振って問題ないことを示す。

 

「問題ない。ここで待っている」

 

「わかった、またねー!!」

 

アンバーが手を振りながら蛍とパイモンを連れて行った。待っている間は特にすることもないので人通りを眺めていたのだがどの人もモンド人といった感じの顔立ちだ。皆それなりに幸せそうな表情をしているのを見ると、500年前『終焉』を止めた甲斐があったと思えた。

 

まぁ、忘れ去られているみたいだが、と現実を直視して少しだけネガティブな感情に支配されつつモンドの様子を見つめていたその時だった。

 

不意に、風が強くなった。いや、風が強くなったどころか竜巻のような暴風が吹き荒れた。

 

「っ…この風の強さ…まさか」

 

直後、モンド城内に黒い竜巻が出現した。そしてその黒い竜巻の中には蒼い巨龍の姿が見える。俺はその姿を見て戦闘態勢になりつつ目を細めた。

 

「来たか…トワリン」

 

竜巻が直撃している場所には蛍達がいるはずだ。俺は彼女達を救うべく、そして危機を排除するべく走り始めるのだった。



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第4話 撃退の先で…

めっちゃ遅れたねっ!!

…いや、ほんとすんませんしたっ…!


逃げ惑う人々の波を掻き分けつつ悲鳴も聞き流しながら俺は風神像までやって来ることができた。勿論風元素で浮き上がれば早かったのだが危険なのと岩元素しか使えないという設定を守るために念の為使わずにやって来ているのでそれなりに時間はかかっている。

 

さて、辿り着いたは良いがアンバーとパイモンがそこにいるだけで蛍の姿が見当たらなかった。俺は二人に声をかけつつ近付いて蛍の安否を問いかけた。するとパイモンとアンバーが慌てながら、

 

「「風に攫われちゃった(ぞ)っ」」

 

つまり竜巻に巻き込まれて空に行った、ということか。ってなると彼女には今の所空を飛ぶ手段がないはずだが…と考えてアンバーが蛍と一緒に去っていったのを思い出す。もしかして、と考えた俺はアンバーの顔を見た。

 

「アンバー、風の翼は彼女に渡してあるのか?」

 

アンバーにそう聞いてみると、彼女は首肯いていた。となると彼女は今上空で風の翼を広げている状態であり、トワリンに襲われている可能性もある、ということか…。

 

「背に腹は変えられないか…」

 

「ち、ちょっと!?」

 

アンバーが俺を止めるのを無視し、風元素を使用して浮き上がった。アンバーが驚いているのを無視し、俺は旅人を救出すべく飛び上がる───前にパイモンを見て、

 

「じゃ、ちょっと助けに行ってくる」

 

「い、いやいやいや、ちょっとってなんだよっ!?」

 

俺は下の困惑の声を今度こそ聞き流して上空へ飛翔した。さて、と俺は周囲を見回し、蛍を探すと丁度トワリンが雲の中からバッと出てきた。俺は風元素を駆使して噛み付いてきたトワリンの巨体を避ける。避けつつトワリンの肉体を眺めると首筋と腰辺りに謎の物体が存在していた。

 

「今のは一体…」

 

俺は風元素で衝撃を殺しつつトワリンを追いかけ始める。追いかけている途中で蛍が風元素の凝縮物をトワリンに向けて放っているのを見つけたのだが、何故かそのまま浮いて戦っているという事実に対して目を細めた。

 

近付きつつ俺は風元素を解除して風の翼を広げる。これは元々持っていたものだがしっかり持ち物までご丁寧にあるとは思わなかった。案外武器もあるのかもしれないな。

 

さて、今はそれはいいだろう。

 

「蛍、大丈夫だったか」

 

「ふぇっ!?アガレスさん?どうしてここまで…」

 

蛍が俺の方を見ずに驚きの声を上げた。蛍が浮いていられるのには多少の理由があるのだがまぁそれは今はいいだろう。それよりも今はトワリンを一旦追い払うのが先決だろう。

 

「見たところ原因は腰の結晶体にあるのだろうな…500年前に彼を見た際にはまだあのようなものは存在していなかったからな」

 

ただ見た感じだと先程から蛍は腰の結晶体に向けて攻撃していたようだった。だとしたら恐らく…彼の入れ知恵だろう。

 

「まぁいいさ。蛍、その調子で攻撃し続ければ恐らくトワリンは一時的に逃げてくれるだろう。その後の対応は…少々面倒臭いだろうが」

 

最後だけ蛍に聞こえないように小声にしつつ俺は少し考える。

 

事後対応はかなり面倒なのは勿論承知の上だがはてさてどうしたものか。トワリンは腰を攻撃されてかなり痛がっているようだから攻撃していればそのうちいなくなるだろう。現に、蛍の攻撃によってトワリンは飛ぶ速度を上げている。このまま逃げていく…かと思えば反転して蛍に噛みつこうとしてきた。当の蛍はまだ風の翼に慣れていないらしく避ける素振りすら見せられない。

 

仕方ないか。

 

「ふんっ」

 

俺は若干気の抜けた掛け声とともにすぐにトワリンの横っ面を殴った。本気じゃないし力もあまり入っていないが旅人の手助けをしている奴の風元素を少し邪魔するのを承知で風元素で加速したのでそれなりに威力はある。実際、驚いたトワリンは逃げていった。自我はあまり残っていないようだな。

 

「あっ…逃げた…」

 

夢中で攻撃していたのか、或いは集中力が必要だったのかは不明だが蛍は気が抜けたようにそのまま風の翼を広げて下へと下がっていく。まぁ最後はトワリンに噛まれかけたし少しくらい恐怖を覚えていても無理はないだろう。俺も蛍について行くように周囲の警戒を怠らないようにして下へと降りて行く。

 

下へ降りて行くと蛍とアンバー、そしてパイモンが三人で話していた。アンバーとパイモンは蛍に異常なところや怪我がないかを確かめているようだった。まだそれなりに高度はあるし風の翼で降りているので時間がかかる。その間によくわからない風貌の怪しげな男が拍手をしながら歩いてきていた。

 

「ん?一人足りないな…まぁいいさ。見事な活躍だったぜ、異邦人。モンドに吹く新たなる風となるか…それとも嵐となるか…」

 

近付いてきたので容姿がよく分かる。褐色の肌、不思議な形の瞳、片側を隠すように前髪があり、隠れている方の瞳には眼帯がつけてある。案外長髪な男だが怪しいというだけで別に他に特徴はない。強いて言うなら声がいいってところか?

 

「ガイア先輩!」

 

アンバーがそう言った。先輩、ということはつまり現れたあの男───ガイアは西風騎士団の人間か。俺は地面へと降り立ちつつ警戒を解きガイアを見る。ガイアの視線が蛍とパイモン、そして俺へと移った。彼は含み笑いを浮かべると腕を組んだ。

 

「歓迎するぜ、旅人。まぁ、歓迎できるような状況じゃなかったがな」

 

苦笑しつつガイアは蛍とパイモンを見て言った。

 

「あんたらの活躍はモンドの住民全員が見た。勇敢で凄いって今やモンド城内はあんたらの話題で持ち切りらしいぜ」

 

若干皮肉っぽくガイアが言う。まぁしかしモンドの住民も昔から元気だ。つい先程までトワリンの襲撃を受けていたというのに噂話をするほどの元気があるだなんてな。まぁ良くも悪くもモンド人らしいと言えるだろう。

 

「ただ、ちょっと面倒なことになっててな…うちの代理団長サマが重要参考人としてあんたらを連れて来いって仰せでな。まぁそういうわけでちょっとついてきてくれないか?ああ、アンバーも勿論一緒にな」

 

蛍とパイモンが首肯いたことで必然的に俺もついていく羽目になってしまったが、まぁどちらにせよついていくつもりだったので問題ないだろう。

 

俺達はそのままガイアとアンバーに連れられて西風騎士団本部へと足を踏み入れた。建物は石造りで外見は然程変わっていなかった。内装はやはりというべきか、最後に見た時とは異なっており幾らか綺麗になったように見える。ただ、西風騎士の数は昔よりずっと少ないようだ。

 

入ってすぐ左が団長室なようで俺達はそこへと案内された。中に入ると二人の女性が何やら話をしていたようだった。一人は全体的に紫色で魔女の帽子を被っているところから恐らく法器を使うのだろう。

 

もう一人はポニーテールが特徴的な長身の女性だ。ただ雰囲気が物凄く真面目な雰囲気であり、先ず間違いなく騎士の道を生きる存在だろう。女性でそういった人間と聞かれると…一人思い当たる節があるな。

 

「ガイア、それにアンバー…戻ってきたのだな。それで進捗は?」

 

呼びにくいので便宜上ポニーテールと呼ぶことにして…そのポニーテールの彼女がガイアとアンバーにそう聞いた。この感じから察するに彼女はガイアとアンバーの上司か…割りかし偉い位置にいるようだ。

 

聞かれた当のアンバーとガイアは、というとアンバーは首を横に振って、ガイアは肩を竦めて俺達を見やった。

 

「む、そちらの方々が報告にあった旅人達か?」

 

そこまで来てポニーテールの彼女が俺達に気が付いたようで、胸に手を当てて自己紹介を始めた。

 

「すまない、自己紹介が遅れたな…私はジン、西風騎士団の代理団長を務めている者だ」

 

これがポニーテール…西風騎士団の現代理団長ジン・グンヒルドとの出会いだった。



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第5話 西風騎士団にて

と、いうことで!サボりにサボったこの小説!!ごめんなさい!!m(_ _)mドゲザ−


代理団長、と首を傾げているとアンバーと蛍の会話が耳に入ってきた。

 

彼女たちによれば現在西風騎士のほとんどが大団長ファルカという人物に連れられ遠征中らしく、今はポニーテール…こと、ジンが代理団長を務めているとのことだ。遠征の理由は今の所不明だが今の所定期的な連絡が途絶えていないことから大団長達が無事であることはわかっているらしい。

 

さて、蛍とパイモン、そしてアンバーの会話に耳を傾けているとジンが俺を見て目を細めた。何やら疑われているらしい。

 

「さて、旅人とアガレスと言ったな…すまない、現在起きている問題は必ず西風騎士団が解決する。どうかそれまでモンドに留まっていて欲しい」

 

ジンの視線は蛍には向かず、俺のみに向いていた。ガイアの視線ともう一人、魔女のような風貌の女性もこちらへ好奇の視線を向けてきている。俺はちらっとアンバーを見やると何故か目が合ってかつ、すぐに逸らされた。

 

…なるほどな。

 

「現在の状況はそれなりに把握した。それで…俺のことが気になるのだろう」

 

その場にいる全員の視線が俺へと向く。蛍達は俺を見て心配そうな表情を浮かべている。それを横目で流し見た俺はどうしたものかと思案する。

 

現状、取れる選択肢は然程多くない。蛍達、そしてパイモンが俺の存在を知らなかった時点で、そして『八神』が『七神』になっていた時点で俺のことは忘れ去られている、或いは世界から異端だとして排斥される可能性も高いだろう。

 

ということで選択肢としては正体を全て明かすか、一部明かすか、それともこのまま隠し通すか。まぁ一番最後、3つ目の選択肢はありえないな。既にアンバーの目の前で風元素を使用してしまっていることだし誤魔化しは効かないだろう。

 

で、だ。残りの2つに関して言うのであればまぁ勿論2つ目を選ぶことになるだろう。全てを明かして「じゃあ敵対しますね情報提供アザス!」なんてなったら目も当てられないからな。

 

俺は『自身の正体を一部明かしつつ納得させる』という方針を固めて口を開いた。

 

「先ずは自己紹介をすると俺の名前はアガレス。一応聞くがこの名前に聞き覚えはないか?」

 

念の為、俺は全員にそう問い掛けた。だが誰一人として首を縦に振る者はいない。無論、蛍とパイモンは別として、だ。

 

そうなると俺が敵対視されている、という線は消えるか…。

 

「ふむ、まぁいいか…お前達が聞きたいのは一つ…いや、蛍のことも含めると二つ、か。以下のことを約束してくれるのなら答えても良いが…」

 

「聞こう」

 

ジンが鋭い視線で俺を射抜きつつ言う。他の面々も鋭い視線を俺へと向けている。今にも襲いかかってきそうな雰囲気だがまぁそれはないだろうな。

 

「一つ、ここで話したことは他言無用だ。周知するにしても騎士団の上層部のみにしていただきたい。二つ、俺はともかく蛍に危害を加えないこと」

 

「アガレスさん?」

 

蛍が心配そうな声を上げるが俺は無視してジンのみを見据えた。

 

「以上のことを守ってくれるのなら俺は決して危害を加えないと約束しよう。何なら契約でもしてやろうか?」

 

どこぞの頑固者のじいさんとは違い、俺は別に契約に縛られているとかはないが取り敢えず言っておく。実際のところ俺も平和に暮らす人々に危害を加えるつもりは毛頭ないからな。

 

ジンは少しだけ考える素振りを見せて首を縦に振り、条件を飲んでくれた。俺は少しだけ微笑むとにっこりと笑う。

 

「ありがとう。では少し説明に入ろうか」

 

既に元素力が問題なく扱えることは確認している。危険はないが一応その場の全員に注意を促しておいた。

 

先ず、俺は『神の目』を取り出すとテーブルの上に置く。先程とは異なり岩元素の輝きは放っていない。元素の輝きを放っていない神の目は灰色だ。その状態の神の目を見たのは初めてだったのか、ジン達は目を丸くしている様子だった。

 

まぁそもそも、神の目を持っている時点で別の世界から来たっていうのは無理があったからな。タイミング的にはいいのか…?

 

「これは『神の目』だがこの通り俺が元素力を扱っていない時は光を放たない…だが」

 

俺は先程と同じように岩元素を足に纏わせる。まぁ、少し身長が高くなるのはご愛嬌だ。

 

さて、俺の身長はさておいて先程まで灰色だった神の目は岩元素の輝きを浮かべている。ダミーではあるが、しっかりと機能はするのである。

 

輝いている神の目を見ていたジン達の表情に戦慄が走っていた。それを横目で眺めつつ、俺は不覚にも少しだけ面白いな、なんて思ってしまった。

 

「今は岩元素だったが…先程アンバーの前で使ったように───」

 

俺は風元素を使用し室内に風を吹かした。すると…先程まで岩元素の輝きを浮かべていた神の目は、今度は風元素の輝きを浮かべていた。

 

「───風元素を使うとこうなる」

 

紫色の魔女がゆったりと俺を見る。その瞳には若干の畏怖が含まれているように感じられた。

 

「あなた、実は人工的に作られた元素生物とかいうオチはないのよね?」

 

畏怖はあるが、覇気もある。魔女らしき風貌から察するに知識が広いようだ。場合によっては俺を殺すことも視野に入れているからか、元素力の高まりも感じている。まぁ、当然の処置だろう。

 

だが俺は当然首を横に振る。

 

「俺は岩と風の二つの元素を扱えるだけで別に人工生命体とかいうオチは全く無い。不安なら監視でもなんでもするといい」

 

こほんっ、話が逸れたな、ということで。

 

「俺は2つの元素を扱うことができる。まぁ、こうなったのは神の悪戯かなにかなんだろうが───」

 

神が神を語るとは皮肉も良いところだ。ある意味では悪戯しているとも言えるだろうが…。

 

「───結局の所こう生まれてしまったのだから仕方がないのさ。俺自身、こうなった原因はわからないからな」

 

2つの元素を扱えるだけ、というのは嘘だがこうなった原因がわからないというのは嘘ではない。他の神々は一つの元素しか扱えないし、魔神達ですら一つの概念を司っていた。なのに俺だけが7つの元素を扱うことができ、元素の神という二つ名から『元神』と呼ばれていた。

 

「そう…一先ずそれは置いておくわ。それで、その可愛い子ちゃんと貴方が同郷というのは本当かしら?」

 

紫色の魔女───便宜上紫の人と呼ぶことにする───は訝しげな表情を浮かべながら俺にそう問い掛けてきた。まぁ、俺と蛍にはほぼ共通点が見当たらない。あるとすればその身で7つの元素を扱えることだけだろう。まぁ、旅人に関しては憶測でしかないが。

 

「勿論嘘だ。俺が神の目を持っていることからもそれはわかるはずだろう」

 

「ええ、だから確認を取ったのだけれど?」

 

紫の彼女と俺の間で紫電が…いや、物理的に散ってるな。しっかり雷元素纏ってるわ。だがそんな彼女を制したのはジンだった。

 

「…リサ、それくらいでいいだろう。アガレス殿、続けてくれ」

 

意外だな、もっとグイグイ来るのかな、なんて思っていたのだがそんなことはないようだった。むしろ落ち着き払っている。なるほど、これが今の獅牙騎士、といったところか。大昔に存在した獅牙騎士に思いを馳せつつ、俺は口を開く。

 

「リサ、君に問おう。『七神』が『八神』だったと思うことはあったか?」

 

紫の彼女改め、リサにそう問い掛けた。すると難しい表情を浮かべた。そんなリサを見たジンは心配そうな表情を浮かべ気遣う様子を見せる。

 

「いいえ、正式な資料には『七神』の記載しかないわね。けれど、禁書庫エリアの口伝には明らかに『七神』が『八神』だったであろう謎の神の存在を確認しているの。正直なところ口伝なんてあまり信用できないと思っているけれど」

 

リサの話を総合するとやはり俺の存在を知っている者はいなさそうだ。口伝などには記録として残っているようだが残念ながら俺を直接知っている存在はもういないのかもしれない。

 

そう考えると少し…いや、かなり虚無感に打ちひしがれるがまぁこの際それはいいだろう。

 

「そうか、ありがとう。助かった」

 

「?ええ、どう致しまして」

 

ジンが警戒を解いたと判断したからかリサも俺に突っかかってくることはない。ようやく一件落着か、と思ったところでジンは大事なことを伝え忘れていた、とばかりに俺を見る。その視線に気が付いた俺は再び気を引き締めた。

 

「アガレス殿、貴殿には一先ず監視はつけさせてもらう。申し訳ないが…」

 

ジンは本当に申し訳無さそうな顔をするので気にするな、なんて言おうとしたらスッと横槍が入った。

 

「別に構わないんじゃないか?俺だってこのアガレスって男は信用できない。ま、俺が監視につくから心配すんな」

 

横槍を入れたのはガイアだった。どうやらこの男、俺が相当頭が切れると見て余計なことを言わせないようにしたらしい。現にその一挙手一投足からは俺を牽制する動きが見て取れる。

 

それにしても…ふむ、ガイアの瞳には見覚えがあるな。まぁ今はいいだろう。

 

「すまないガイア、よろしく頼む」

 

「おう、後は俺に任せとけ」

 

ガイアとジンはそう言って微笑み合う。ふむふむ、昔の西風騎士団に比べて人員はあまりにも少ないが…良い関係性だ。

 

話し合いはまだ続くようだが一先ず、俺に監視がつくことが決定したのだった。



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第6話 信用されたがしかし───

新年あけましておめでとうございます、今年もよろしくおねがいしますっ!(遅すぎる挨拶)

いやー、時間なさすぎでした。本編も更新するのでことよろでよろしゃすっ!!


「話し合いを続ける前に、ガイアは彼と共に退出してくれ」

 

ジンはガイアへ向けてそう言った。なるほど、旅人は良いが俺は駄目らしい。ガイアはジンの言葉に口の端を持ち上げ同意した。まぁ、俺としても否やはないので特に反発したりはしない。一つだけ気がかりがあるが、蛍もパイモンもまぁ大丈夫だろう。蛍もパイモンも先程からずっと俺を心配そうに見ているのだが、そんなに心配される要素が俺にあるだろうか。

 

なんだか解せぬ。

 

「ほんじゃ、俺はお前さんのお守りだ。行こうぜ」

 

俺は首肯くと、蛍とパイモンの二人に問題ないことを告げ、ガイアと共に大団長室を後にした。蛍と別れたので特にすることもないためガイアに聞きたいことを聞くことにした。ただ、なんて呼べばいいかを聞いていなかったためどう呼べば良いのかわからず少し黙る。黙って末に出たのが「なんて呼べば良い」なんてありきたりな言葉だった。本人によればガイアで構わないとのことなので一つ聞くことにした。

 

「そういえばここは昔図書館だったよな?」

 

ガイアに俺はそう問い掛けたのだが、ガイアは苦笑すると肩を竦めた。

 

「ははは、俺はそんなに歴史に詳しくないんだ。気になるなら図書館の本でも読んでみたらどうだ?」

 

ガイアは正面にある扉を指差す。どうやら何らかの理由でここが西風騎士団本部となり、図書館が縮小されたらしい。ついでに色々探ることにして俺はその扉を開いて中へと入るのだった。

 

〜〜〜〜

 

「───リサ、ガイアにはあとで私からここでの話を伝えておこう。さて、ではモンドを取り巻く状況を君に説明しよう」

 

アガレスとガイアの去った大団長室でジンは蛍にそう告げた。

 

「君が先程戦ったあの巨龍は風魔龍と呼ばれていて、最近になってモンド城を攻撃し始めてな。襲撃のタイミングも一定ではなく、また来る方向も去っていく方向もバラバラだからわからないんだ。そのため西風騎士団は後手後手の対応を取ってしまっていた。ここまではいいだろうか?」

 

ジンの問いかけに対し、蛍とパイモンは首肯くことで返事を返した。ジンはそれを確認すると、

 

「そこで、リサにモンド城周辺の元素の流れを探ってもらったのだが…」

 

ジンはそう言いつつリサを見た。リサは首肯くと蛍達に向け説明を始めた。

 

「私が調べたところによればモンド城周辺を取り巻く元素の奔流は酷いものよ。子猫ちゃんが好き勝手遊んだ後の毛糸玉のような状態ね」

 

蛍は無表情で、パイモンは後半の例文を聞いた瞬間眉をひそめてよくわからない、といったような風貌になった。

 

「リサの調査によって風魔龍の力があると思われる場所が判明した。アンバー、リサ、ガイア、そして私でその4つの秘境を調べることになっている」

 

ただ、とジンは蛍達を見つつ続けた。

 

「旅人、先程風魔龍を撃退してくれた君に頼むのは申し訳ないのだが、もう少し手を貸してくれると助かる」

 

ジンは軽く頭を下げ蛍にそう言った。蛍とパイモンは互いに顔を見合わせて、やがて口を開いたのはパイモンだった。

 

「手伝うのは全然いいんだけど、アガレスのことはどうするつもりなんだよ?あいつだって撃退に力を貸してくれてたんだぞ?」

 

パイモンの言葉に蛍も首肯く。ジンは困ったように笑うと理由を説明した。

 

「彼は確かに君同様に風魔龍の撃退に協力してくれたが、重要な真実を隠匿していたという事実があるからな。念の為の監視というだけだから安心してほしい」

 

ジンの言葉に蛍とパイモンは安堵の溜息を吐いた。

 

「旅人、君にはアンバーとガイアの秘境攻略の手伝いを頼みたいのだが…いいだろうか?」

 

蛍は肯定しつつ、

 

「さっきパイモンが言った通り手伝うのは全然大丈夫」

 

「すまない、感謝する」

 

ジンは再び頭を下げるとアンバーを見る。

 

「アンバー、ガイアを探してこのことを伝えてくれないだろうか?それと…いや、なんでもない。彼にはその場に留まるよう伝えてくれ」

 

「わかりましたっ!偵察騎士アンバー、任務を開始しますっ!」

 

アンバーは笑顔でそう言うと大団長室を出て行った。ジンとリサはそれを微笑みながら見送ると、蛍達へ向けて告げた。

 

「では質問があったら何でも聞いてくれ。私とリサで可能な限り答えられることは答えよう」

 

そのまま蛍達はジンとリサに蛍の兄を探すのを手伝ってほしいことを告げた。ジンとリサは考え込むような素振りを見せたがすぐに微笑み、

 

「わかった、君の兄を探すのに私達も協力しよう」

 

「可愛い子ちゃんのお兄さん、早く見つかるといいけれど」

 

それぞれそう言った。その言葉に対しパイモンは空中で喜びを顕にしながら、

 

「へへっ、旅人のお兄さんを探す仲間がいっぱい増えたなっ!」

 

そう言い、言われた蛍は少し嬉しそうに笑うのだった。

 

〜〜〜〜

 

会議中の蛍達とは別行動の俺は元素の状況を把握しつつ歴史書を読み漁る。昔よく人間の書物を読み漁っていたことがあったのでそれなりに読むスピードは早い。

 

西風図書館に関してはどうやら『秋分の日の大火』という火事によって規模がかなり縮小されてしまったようだ。ただ、日時が正確ではないためいつ起こったのかは不明だ。まぁ少なくともここの改造が行われた時よりは後だから…大体1000年前よりかは最近ということになるだろうな。まぁそもそもこの大火の名称も書物によってバラバラだから明確なところはわからないな。

 

次に『八神』に関してだが歴史書にはぽっかりと穴が空いたかのようにその存在は確認できない。どうやら本当に世界は俺の存在を忘れてしまったらしい。加えて『禁書庫エリア』なる場所にある本をガイアの目を盗んで見てみたのだが、そちらには口伝が書かれている本に俺の存在が仄めかされているような記述が見受けられた。世界そのものが忘れ去ったというよりかは一部を除き俺の存在を忘れさせたかのような感覚に近いだろう。

 

500年前にあった『終焉』とカーンルイアに関する記述は存在しないものの、その副作用とも言うべき事件は起きていたようだ。

 

「…大体読むべき本は読み終わったな」

 

俺は本を閉じつつそう呟く。近くの壁に寄りかかってあくびをしていたガイアがそんな俺を見て呟く。

 

「ふわぁ…歴史書なんて見て楽しいのか?俺は退屈でカビが生えそうだったぞ?」

 

失礼な、と思いつつ俺はガイアにジト目を向けた。

 

「歴史書は書いた者の主観はある程度入るが複数見れば客観的な事実も見えてくるものだ。それよりそんな調子じゃ俺の監視が甘いって怒られるんじゃないのか?」

 

俺がそう言うとガイアはわざとらしく肩を竦めた。

 

「さてな、あんたはここで問題を起こすようなタイプじゃないだろ?」

 

ニヤリと笑いながら俺へ向けてそう言ってのけるガイアを俺は侮れないな、と少しだけ警戒しつつ図書室の扉が開く音を聞いてその警戒を一旦置いておくことにした。

 

下へと降りてきたのはアンバーだった。

 

「ガイアさん、大団長室まで来てもらえますか?」

 

「はいよ。で、アガレスはどうする?」

 

「アガレスさんはその場に留まってくれって代理団長が」

 

その場に留まれ?よくわからんがまぁ良いだろう、ということで首肯く。

 

「じゃあな、また会えると良いんだが」

 

俺がそう言うと、ガイアは苦笑しつつ、

 

「監視役なら嫌でも会うことになるだろ?まぁ、またな」

 

アンバーと共に去って行った。俺はその隙に禁書庫エリアに本を戻し他の本を読んで何らかの動きがあるのを待つことにするのだった。

 

 

 

十数分ほど経った時図書室の扉が開く音がし、足音が聞こえてきた。図書室に用があるのか、はたまたガイアかと予想していたのだが、姿を見せたのは意外な人物だった。

 

「───相席失礼する」

 

そう、姿を現したのは西風騎士団代理団長ジンその人であった。俺は少し面倒事の匂いを感じつつ話を聞く態勢を整えた。

 

お互いの間に沈黙が流れた後、先に口を開いたのはジンだった。

 

「…すまない、君の疑いは晴れた。監視は外させてもらおう」

 

開口一番それ、ということは蛍が何かしら言ったのかもな。彼女がトワリンの撃退に一役買ったのをモンドの住民が見ていた、というのはガイアが言っていたがそう考えるとそれなりに蛍の株は高いだろう。

 

心の蛍に感謝しつつ、俺はジンにも礼を告げる。

 

「そりゃどうも。で?それを言いに来ただけじゃないんだろ?」

 

告げつつ、催促した。ジンは首肯くと、改めてモンドの現状を説明しようとしてくれた。だが俺はそれを手で制す。

 

「話の検討はついてる。お前達が風魔龍と呼ぶあの蒼き巨龍トワリンのことだろう」

 

その話をするということは蛍とジン達の間で俺を信用する材料ができたのだろう。それが何かはわからないが今はまぁいいだろう。

 

加えてここでその話をするということは図書室に誰も入ってこれないようにしているはずだ。いや、まぁ西風騎士達が図書室の外で待機してはいるだろうが。

 

さて、俺の予想は間違っていなかったらしくジンは首肯いた。

 

「モンド城周辺の元素力が著しく乱れている原因がトワリンの力であり、その元凶だと思われるものが『四風守護の神殿』にある、と睨んでいるようだな」

 

「!?」

 

ジンは驚いたように目を見開く。俺は先程、元素力で辺りの状況を探るのと同時に周囲の会話を拾っていた。風元素の応用でできることなのでこれに関してはバレたところで問題はないだろう。

 

俺は元素の奔流を確かめ四箇所に力が集約されていたことを知り、位置的に『四風守護の神殿』がある場所だということを突き止めたのだが、会話を拾っているとリサが同じようなことを話しているのを聞いたのだ。

 

そもそも四風守護とは風神バルバトスが1000年程前にモンドの安全と保護を託した4つの存在のことを指す。そして『四風守護の神殿』とはそれぞれを祀る神殿である。

 

「色々と知っていることを共有しようか。それに伴って俺の正体もお前には明かすことになるだろうが」

 

トワリンもモンドの民も救わねばならないのだ。つべこべ言っている場合ではないだろう。

 

俺は覚悟を決めてジンと話し始めるのだった。



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第7話 明かされた正体

こっちもちょくちょく更新せねばなりますまい。


先ずそもそも大前提の話をせねばならないだろうな。

 

つい先程までずっと歴史書を読み漁っていたので大まかなここ500年のことは知ることができた。トワリンのこともその中にしっかり書いてあった。どこまで信用できるかはわからないが参考程度にはなるだろう。

 

知識違いは後から修正すれば良いのだ。まぁ、知識のことに関してはとある人物に聞くのが一番手っ取り早いのだが…まぁ、今はいいだろう。

 

「さて、あの蒼き巨龍…つまるところお前達が『風魔龍』と呼ぶ彼の正体を知っているか?」

 

俺は手始めにジン…いや、西風騎士団でどの情報を把握しているのかを知ることにした。質問された彼女の様子を窺うと普通に椅子に優雅に座っている。俺は目を細めつつ答えを待った。

 

「ああ、リサの調べによれば彼はかつてモンドの四風守護のうちの一柱、東風の龍トワリンである、ということは把握している。だが、彼が何故怒り、何故モンドへ敵意を向くのか…それがわからないんだ」

 

ジンはそう答えた。

 

トワリンであることは知っているが彼が怒っている原因が不明であり、かつ調べることもほぼ不可能であるためその原因を排除できかねる、だから風魔龍への対処は撃退或いは討伐ぐらいしかできない、ということか。

 

「なるほど、合点がいった。考えなしにトワリンを排除しようとしていたのならば───」

 

───いや、これは言うべきではないな。

 

俺は不思議そうな顔をするジンへ「なんでもない。癖だから気にするな」と言い訳し、本題に入る。

 

「それなら話は早い。四風守護がモンドへ牙を剥くとは考えにくい…つまり原因が彼自身ではなく第三者にある、と考えられるわけだ」

 

「…何が言いたいんだ?」

 

ジンは言っていることは理解できるが…といった様子だった。勿論、俺が言っていることはただ知っている状況から鑑みて導き出しただけのものだからな。

 

「蛍が見たかどうかは断言できないが、トワリンのうなじと腰に禍々しい水晶のようなものが生えていた」

 

トワリンが激しく怒りモンドを襲っているのは恐らくあの水晶に原因があるだろう。ジンは少し驚いたように目を剥きつつ「それは本当か?」と俺に問うた。俺は首肯きつつ、

 

「ああ、少なくとも500年前までにはあんなものはなかったからな。間違いなくここ500年の間の出来事が原因だろう」

 

俺はそう述べた。するとジンはバッと席を立ち俺の胸ぐらを掴みつつキッと睨んできた。

 

「私を馬鹿にしているのか?水晶の話が本当のことだとして、何故500年前にそれがなかったと断言できるんだ?君は我々と同じ人間だろう」

 

信用してもらっている、と思っていたが案外そうでもなかったようだ。まぁ、一言も俺が神だとか数千年生きているとか言ってないからな。こうもなるか…言っていたとして信じてくれるかどうかは別だろうが。

 

一先ずどうしたものか、と俺は頭を悩ませるが普通に説明するしかないだろう。証明のしようもないからな。一番手っ取り早いのは『神の心』を見せることだが…俺の神の心は他の神と違って元素が宿っていない。模造品だと取って捨てられる可能性もあるし、ジンが神の心を知らない可能性はかなり高い。何より神の心を我が身から離すのは危険だ、と本能が告げている。まぁ兎にも角にも普通に説明するしかないな、といった感じで俺は胸ぐらを掴まれかつ美人に凄まれたまま至って冷静に話し始めた。

 

「ならば問うが俺は今まで一言も自分が人間だとは口にしていないはずだが?『人工生命体』ではないと言っただけで相手が人間と断定するのは結論が早すぎるだろう」

 

俺はただ、と言って少し笑う。

 

「相手が人間かどうか、というのは判別が難しいだろう。肉体の造りで判別する人間なのか、或いは意思疎通ができるから人間なのか、人型であれば全て人間なのか。逆に何を以て人間ではないと断じるのか…まぁ、この辺りは『生命とは何か』を考えるくらい正直言って無駄だ。今の話にはあまり関係がないだろう」

 

俺の言葉にジンは黙り込み、そして俺の胸ぐらを掴む手を緩めると椅子に座り直した。俺は乱れた服をしっかりと直して再び席に就く。

 

「すまない、続けてくれ」

 

「当然の疑問だから謝る必要はない。で、俺が何故500年前のことを知っているのか…それが気になるのだろう」

 

俺はジンの前に右手の手の平を上へ向けて差し出す。ジンは俺の謎の行動に首を傾げた。対する俺は左手の人差し指を口の前に立て、

 

「ここからは他言無用で頼む」

 

とそう言った。ジンが首肯くのを確認してから左手も同じように前に出して右手に岩元素、左手に風元素を生み出す。

 

「さて、この二つの元素を扱えることは先程言ったな」

 

俺の言葉にジンが首肯く。俺はその二つを霧散させると左手を戻す。ここからは元素反応が怖いので一つずつやることにしたのだ。霧散させた後に次の元素を発生させようとしたのだが俺は思わず苦笑を浮かべずにはいられなかった。

 

「ジン、そんなに近づいたら危ないぞ?気になるのもわかるがもう少し離れろ」

 

そう、俺の右手に物凄くジンが近かったのである。ジンは恥ずかしかったのか少し頬を紅潮させつつ「すまない」と言って距離を取った。

 

では改めて、と俺は右手に炎元素を生み出した。薄暗い図書室の中でかなり炎の明るさが際立つ。無論、本に燃え移らないように配慮しているため炎自体はかなり小さい。だが、それでもジンにとっては大きな驚きがあったようで仰け反って目を丸くしていた。

 

「こ、れは…」

 

「次だ」

 

俺は炎元素を霧散させ、そのまま水元素、雷元素、氷元素、そして草元素と全てを生成しては霧散させを繰り返して全てを扱えることを見せた。

 

「嘘に嘘を重ねてすまなかったな。この通り俺はあらゆる元素を扱うことができる」

 

「そうか…いや、確かにこれは危険だな。岩元素のみ扱える、としていたのは正解だろう。だが、それでどうやって君が500年前のことを知っていることを証明するつもりだ?」

 

ジンはそう俺に疑問を呈した。俺は首肯きつつ改めて俺のことを知っている人間が少ないことを実感することになったが、まぁそれはいいだろう。

 

「リサが言っていたことを覚えているか?口伝には『七神』ではなく『八神』だったかのような記述が残っていると。その具体的な内容を知っているか?」

 

俺の言葉にジンは首を横に振った。なので俺はわかりやすいものを抜粋してジンに告げる。まぁ、わかりやすいものと言っても内容としては至極単純なものだ。

 

『遥かな昔、祖先が受けた恩を忘れてはならない。様々な元素を操り我等を救うその様は正しく神であった』というだけのものだ。書物に拠れば璃月にある明蘊町の口伝を集めたものらしい。そしてこの口伝は話によれば今から数百年前の話だそうだ。まぁ、その明蘊町は現在生計を立てるための鉱山の鉱脈が枯渇してしまい、人々が去って行ったようだがな。

 

俺が上記のことを説明するとジンは考え込むように顎に手を当てて下を向き、少ししてから口を開いた。

 

「…なるほど、様々な元素を操る、という一文に注目すると…『七神』の中にそのような神は恐らくいない。となるとやはり…」

 

ジンはそう呟いて俺を見た。どうやら、彼女は気がついたようだったので取り敢えず首肯いておく。

 

「確かに複数の元素を操る、という点では同じだが…果たしてそれで信じて良いものかどうか」

 

ジンの言うことも尤もな故に何も言えないが俺から言えることは唯一つだ。

 

「信じてくれたら嬉しいが俺がその八人目の神だ。勿論、証明できるようなものはなにもないがな」

 

俺はそう言って微笑む。そのままトワリンの首と腰にある水晶に関しての予想を述べる。

 

「さて、500年前まではトワリンにはあのようなものはなかった。そしてあのような水晶も俺は見たことがない。ここ500年間で生まれたものだと考えられるな…そういえばジン、一つ聞きたいことがあるんだが」

 

と、予想を言っている途中で一つ聞きたいことを思い出したので聞いていいかをまずは聞く。ジンからの許可が下りたのでそのまま俺は問いかけることにした。

 

「バルバ…いや、風神は何をしているんだ?風魔龍こと、トワリンがモンドを襲うのは一大事のはずだろう」

 

聞いたみたは良いが、ジンの歯切れが悪い。不思議に思って問い質してみるとジンの口からは予想外の言葉が出てきた。

 

「風神様は…ここ数年モンドへ姿を見せていないんだ」

 

俺は何故か、その風神が高笑いしている様が頭に思い浮かんで溜息を大きくついた。いや、恐らく何らかの理由もあるだろうし高笑いなんか全くしていないだろうがなんとなく浮かんだので若干腹を立てておこう。

 

俺の表情がおかしかったのかジンが怪訝そうな顔をするが、構わず俺は口を開いた。

 

「まぁとにかく、お前に知っていてほしいこととしては水晶のことと俺が7つの元素を扱えること…これらを頭に入れておいてくれ」

 

俺がそう言うとジンは首肯いて「わかった」と言った。他言無用の点にしても彼女は信用できる人間にしか言わないだろうし、その辺の人間に言い触らしたところで俺の存在は無用な混乱を招くだけなので話しはしないだろうという読みだ。勿論俺のことを知っておいたほうが色々対応もしやすい、という向こうの事情も鑑みた結果だ。

 

まぁ、事件現場に二つの元素の痕跡が見られた場合真っ先に俺が疑われることにはなるだろうがな…などと自虐しつつ俺は少し考える。

 

今はまだ情報交換の段階だ。ジン自らここへ出向いたということは俺にこれ以外の用があるはずだ。ない場合もあるだろうがその場合でも俺は勝手に蛍の手伝いをする気満々なのでどちらにせよ彼女達を手伝うことになるだろう。

 

ただ、他の用があるかどうかは確認しておくべきだろう、と考えたため俺はジンに用向きを尋ねることにして口を開くのだった。



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第8話 お手伝いなら万能アガレスちゃんにおまかせ!①

あ、題名はネタです。


「それで、俺の持っている情報だけが望みじゃないんだろう?」

 

先程も述べたがこれはあくまで推測であり確定ではない。だが、実際にそうだったようでジンは一つ首肯いた。

 

「旅人…彼女が何者なのか君は知っているだろうか?」

 

ジンから問われたのはそれだった。まぁ俺と蛍はそこまで…というよりほとんど付き合いがないと言っても良いだろう。そんな俺が彼女の正体を知っているかどうかと聞かれれば、勿論否と答えざるを得ないだろう。

 

しかしジンの求めている答えはこれとは少し違う気がするな。なんとなく、それこそ勘だが蛍よりもパイモンの方が怪しげだし、事実俺もあのような生命体は見たことも聞いたこともない。テイワットにいる存在に当て嵌めると…やはり仙霊が一番近くなるかな。とはいえジンがその答えを求めているとも思えない。端的に言えば質問の意図が俺にはわからなかった。単純に気になるだけなのかもな。

 

何はともあれジンの質問には返答せねばならないので俺は口を開いた。

 

「俺は彼女の正体についてはわからない。会ったのも昨日今日のことだからな。詮索する時間もあまりなかったし蛍もわかっていない様子だった。一回につき一種の元素しか使えないみたいだが入れ替えれば理論上全元素を扱えることができる、ということしか俺は知らないぞ」

 

俺の説明にジンはふむ、と反応すると、

 

「いや、十分だ。ありがとう」

 

そう言って席を立った。どうやら用はこれで全てらしく階段を登っていく。が、途中で立ち止まり振り向いて俺を見た。

 

「…風魔龍───いや、トワリンの件改めて協力に感謝する。それと…」

 

ジンはそこで何かを言い淀む。代理団長として言い難いことならある程度想像できるな。俺はジンに見えないように笑うと、

 

「…そうだな、今の俺には時間がある」

 

ジンがキョトンとした。俺は構わず続ける。

 

「だから人手が足りないなら助けてやれるかも知れないな」

 

そこまで言ってジンは俺の言わんとすることに気が付いたらしく苦笑したが、すぐにその表情を引き締めると、

 

「アガレス、不躾だが協力を要請したい。四風守護の神殿攻略を手伝ってはくれないだろうか」

 

勿論俺の答えなど決まっているのでジンに返答した。

 

 

 

「───そんなわけではるばる…ってほどの距離じゃないがやって来たぜ西風の鷹の神殿!!」

 

俺が謎のテンションでそう言うと何故か蛍とアンバーに苦笑を返された。パイモンはというと空中で器用にあわあわしており、

 

「いや、なんでアガレスがいるんだよ?監視されてるんじゃないのか…?はっ、まさかアガレス、監視を倒してきたんじゃ…!」

 

そんなことを言う。俺はパイモンにジト目を向けると、

 

「んなことしねぇよ何だと思ってんだ」

 

そう抗議した。

 

俺はこほんっ、とパイモンの失礼な言動を見逃し、咳払いをして西風の鷹の神殿を見やる。

 

「さて…リサの調べによれば四風守護の神殿にトワリンの力の根源のようなものがあるらしいな。そうでなくても異常がある、と…」

 

どちらにせよどの秘境内にも同じ反応が見られるため何らかの異常があり、それを騎士団がなんとかせねばならないことには変わりないからなぁ、なんて顎に手を当てながら考えていると、アンバーが俺の顔を覗き込んできた。俺がそんなアンバーの様子に気が付いて首を傾げると、アンバーは少し微笑みながら口を開く。

 

「アガレスさん怖い人かと思ってたけど…案外優しいんだね」

 

そのアンバーの言葉に蛍とパイモンが吹き出した。思わず俺は彼女達に抗議のジト目を向けるとパイモンがぷぷっと笑いながら、

 

「だってアガレス実際怖いからな…べ、別に仲良くなってるし友達だから今は怖くないぞ!」

 

パイモンの言葉に少し驚いた俺は蛍にも視線を向けると蛍も首肯いている。思いの外、俺の第一印象は悪かったらしい。一体何がいけなかったのだろうか?

 

俺が顎に手を当てて考え込む姿勢になるとそんな俺を見たパイモンが苦笑を浮かべた。

 

「アガレスのやつ、本気で悩んでるみたいだぞ…」

 

「パイモンのせいだね」

 

「い、いやいや!オイラだけじゃないだろ!!」

 

「あ、あの…いい加減中に入ろうよー?」

 

蛍とパイモンが好き勝手に話し、俺は顎に手を当てて熟考していたのだがアンバーの一声で正気を取り戻し(?)西風の鷹の神殿の中に入るのだった。

 

 

 

中に入ると昔よりもずっと荒廃しているように見える。神殿の壁の至る所に罅が入っており、蔦が俺達の行く手を塞いでいる。加えて、トワリンの高い風元素力に惹かれたのかヒルチャールやスライムが跳梁跋扈しているようだ。

 

…500年前からすれば別の場所と言われても違和感がないな。

 

「ここに風魔龍の力の根源があるって話だけど…」

 

アンバーが周囲を見渡してそう言った。風魔龍呼びに少しだけ違和感を覚えるがアンバーの言わんとすることは理解できるので俺は普通に告げた。

 

「彼の力の根源があるのはもっと先だろう。案外、この神殿は奥があるからな」

 

昔は人の手がきちんと入っていて小綺麗な場所だったし司祭なんかもいた。だが今はその司祭も参拝者も見当たらない。ここ500年で神と人どころか四風守護と人との関係も変化してしまったらしい。

 

それはそうとこのままでは蔦が邪魔で前には進めないな。俺が燃やして進めるようにしてもいいが、残念ながらそれはできない。蛍とパイモン、そしてジンの前なら問題ないがアンバーやガイア、リサの前で使えるのは風元素と岩元素だけだ。

 

なので、と俺はアンバーを見て蔦を指差す。

 

「アンバー、あの蔦を炎元素で燃やしてくれ」

 

「オッケー!まっかせて!!」

 

若干食い気味にアンバーはそう言うと弓を引き炎元素のついた矢を放って蔦を燃やしてくれた。騒ぎに気が付いたヒルチャールが燃え盛る蔦の向こうでこちらへ向けて弓を引き絞っているのが見える。

 

俺は蛍達の様子を見てみたが気付いている様子はない。俺は仕方ないか、とばかりに溜息を吐くと法器を隠れて取り出しヒルチャール目掛けて雷元素で攻撃した。ヒルチャールは突如痺れを感じたのか弓を落とした。自分の腕と落とした弓とを不思議そうに交互に見やるヒルチャールを尻目に俺は蛍達に何気ない顔で話しかける。

 

「ありがとうアンバー、お陰で先に進めるよ」

 

俺のお礼にアンバーは若干照れたようにえへへ、と笑う。そんなアンバーの様子を見たパイモンも嬉しそうに笑った。

 

「それで…先に進むにはあのヒルチャールの群れを突破する必要があるだろうな」

 

無論避けるつもりもないが、と俺は付け加える。

 

西風の鷹の神殿…人が作ったものとはいえそれでも知り合いを祀った場所だ。土足で踏み荒らされているのは俺も少々気が立つ。

 

だからだろうか。俺は三人の返答を待たず蔦があった場所を進んでいきヒルチャール達の前に躍り出る。俺に気が付いたらしいヒルチャール達は俺へ向けて攻撃してくるが勿論させるつもりはない。

 

まず俺は前衛のヒルチャールを無視して少し飛び上がる。前衛のヒルチャールがこちらを勿論釣られて見上げる。

 

「隙あり、だな」

 

俺は言いながら刀から法器に持ち替えて風元素でヒルチャール達を吹き飛ばしていった。壁に叩きつけられたり、普通に絶命したりしているのでどうやらこれで戦いは終わりなようだ。

 

ヒルチャール、か…楽なものだが本当に妙だ。1000年前にはこの世界に現れていたようなのに記憶が欠如しているかのように俺にはヒルチャールの記憶がない。確実に知っていたはずだが何らかの理由がありそうだな。『摩耗』による魂の剥離が原因の記憶障害にしては違和感があるしな。

 

なんて考えつつ俺は後から走ってきた蛍達を見る。蛍とアンバーよりも更に遅れてきたパイモンが俺に呆れと恐れが混じったような視線を向けつつ、

 

「あ、アガレス…倒すの早すぎだろ…」

 

そう言った。

 

「仕方がないだろう。少し苛立っていたからな」

 

パイモンの発言に対して俺は隠そうともせずそう答える。言われた当のパイモンは引き攣った笑みを浮かべていた。

 

アンバーがいる手前理由までは言えないが蛍には話しておいたほうがいいだろうな。彼女はこの世界の人間ではない。だからこそ…俺や他の存在が例え消えたとしても忘れないだろうからな。

 

「もう少し先なはずだ。ヒルチャールは…まぁ恐らくもういないはずだからな」

 

「え、なんでわかるんだよ?」

 

俺の言葉にパイモンが首を傾げながら疑問を呈する。勿論、本当ならわかるはずもない。だがこの神殿の構造的にないだろう。

 

俺は三人にもう少し進めばわかる、と伝え歩き始める。三人はちゃんと俺についてきてくれているようだ。進みながら俺はアンバーを見て告げる。

 

「アンバーがいてくれてよかった。最初もそうだがアンバーがいなかったら先に進めなかったからな」

 

そう言う俺を蛍とパイモンがジト目で見ているのを感じる。言われた当のアンバーは嬉しそうにはにかんでいたのでまぁ許してほしい。

 

さて、先に進んできた俺達の前には炎元素の元素石碑となにもない空間が広がっている。勿論、地面も存在せず今の所風域があるわけでもない。アンバーが必要、とはこういうことだ。

 

「アンバー、頼めるか?」

 

「まっかせて!」

 

先程蔦を燃やしたときのようにアンバーが元素石碑に炎元素を当てて活性化させた。すると先程までなかった風域が現れ少し離れた場所にある最奥まで行けるようになった。

 

俺達は風の翼を広げると最奥まで飛んでいった。

 

「アレか…」

 

最奥の広間の中央には風元素の凝縮された塊が存在しており確実にあれが元素の流れを乱しているモノだとわかる。周囲に魔物がいる様子はなく特段護衛などもいないようだ。

 

「さて、どうするか…」

 

風元素の凝縮された塊は下手をすれば元素反応でこちらに危険が及ぶ可能性もある。普通に破壊しても問題ないとは思うのだが…正直な話よくわからないと言えるだろう。

 

「アンバー、リサかジンから原因のモノを見つけたらどうしろとか言われてるか?」

 

なのでこういう時は人を頼ればいい。リサはトワリンの襲撃が始まってからずっと調べていたんだろうし俺よりこの凝縮物に関しては詳しいだろう。事実、アンバーは迷いのない瞳で普通に破壊しろと言われていたことを明かした。

 

そのまま俺達は念の為元素攻撃はせずに物理攻撃のみで凝縮物を破壊した。破壊した後、一瞬強い風が吹き荒れたがそれだけで他にはなんともなかった。

 

「これで西風の鷹の神殿は問題なさそうだなっ!」

 

「うん、任務完了だね!!」

 

パイモンとアンバーが顔を見合わせて微笑み合いハイタッチしている。そんな中、蛍の微妙そうな表情に気が付いた俺は蛍にどうしたのかを問い掛ける。

 

「…いや、なんでもない。大丈夫」

 

蛍のその様子にどことなく違和感を覚えつつも深くは聞けない俺なのだった。



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第9話 お手伝いなら万能アガレスちゃんにおまかせ!②

あれ…割とタイトル詐欺では?となる内容説があります。

いや、大丈夫!!手伝いもしてる!!はず!!


西風の鷹の神殿を攻略した俺達はここで別れることになった。

 

「それじゃあ、またねアガレスさん、アンバーも」

 

「アガレス、アンバー、またな!!」

 

蛍とパイモンが手を振りながら次の神殿へ向かって去って行った。俺とアンバーは手を振って彼女達を見送った。

 

「…さて」

 

俺は確かめねばならないことがあったので再び西風の鷹の神殿へ足を踏み入れるべく歩き始めた。だが、アンバーが俺を呼び止めた。

 

「ちょっと、どこ行くの?」

 

アンバーの言葉に俺は振り向かずに答えた。

 

「…さっき蛍の反応がおかしかったから何かあるのかも、と思ってな。だからもう一度見てこようかと思って。駄目だったか?」

 

アンバーも俺も見落としていたのに加え、蛍は微かな違和感だけを察知したのだろう。だからこそ確信が持てず先程俺達に言えなかったのだと思われる。

 

俺の言葉に対してアンバーはぶんぶんと首を横に振って否定した。

 

「ううん!全然駄目ってわけじゃないよ?でも、私全然違和感に気が付かなかったし…やっぱり気のせいじゃないかなって」

 

最後の方は少し自信がなさそうだったアンバーに対して俺は首肯いて肯定してみせた。

 

「ああ、その可能性も勿論ある。蛍の勘違いである可能性もかなり高いとは思う。ただ…やはり念には念を入れておくべきだろう。不安ならアンバーも来るか?」

 

俺はアンバーにそう聞いた。一瞬面食らったように固まっていたアンバーだったが、すぐに首肯いてくれたので俺達は再び西風の鷹の神殿に入る運びとなった。

 

 

 

「───さて、入って来たはいいが…」

 

俺は先程と同じようにアンバーと共に西風の鷹の神殿の中を見て回ったのだが、やはり特に変わりはなかった。異常もなさそうだし、やはり異常と言えば先程まで残っていたトワリンの力の源くらいだろう。

 

因みに、見て回っている間にもう一つ失くなったようだ。順番的には…北風の狼の神殿だろうな。ガイアと蛍達で終わらせたのだろう。これで旅人達が協力するのはあと一つというわけか。

 

それはともかくとして俺達の方はもう出口手前だ。まだ少し先程のトワリンの力の源が影響しているのか、風元素が満ちているようだ。お陰で元素の不自然な流れがわかりにくい。

 

「…潮時かな…いや、待てよ…?」

 

「アガレスさん、こっちは何も…」

 

部屋を隅々まで見終わったアンバーが首を横に振りながら俺に近付いてきた。俺は首肯くと、

 

「わかった、わざわざありがとう。先に外で待っていてくれ」

 

とアンバーに言って先に外へ出てもらった。そのまま俺は振り向いて出口とは真逆の方向を見つめて目を細める。

 

「……気のせいではないな」

 

俺は刀を抜き放ちながら一歩一歩部屋の入口に近付いていく。俺はそのまま入り口から2mほど離れた場所で立ち止まった。

 

『今更ここへ迷い込む人間がいるとは…』

 

するとそんな声が響き渡り入り口の柱の影からふわふわと怪物が飛んでくる。怪物と言っても然程大きくはない。だが…なるほど、禍々しい気配だ。

 

「そういうお前は?」

 

『フン、人間如きに答えることはない…が、私の姿を見た以上生かしては帰さん。まぁ言ってしまっても問題はないだろう』

 

怪物はそう言うと俺に向かって話し始めた。その内容としては至極単純で、ここに設置していたトワリンの力の源の反応が消えたから見に来たらしい。

 

つまるところ、今回の事件の黒幕はコイツ…いや、アビス教団か。

 

「なるほどなるほど」

 

『さて、そういうことだ。では───「ありがとう」』

 

怪物───いや、アビスの魔術師は首を傾げる。それに対して俺はニィ、と笑みを浮かべた。

 

「改めてありがとう。俺をただの人間だと思ってくれて」

 

勿論皮肉を込めている。神としての身分、立場、記録や記憶…その全てを忘れ去られている俺自身と、忘れ去っている彼等に対しての皮肉である。

 

そのまま俺は反論を許さず地を蹴って不意打ちでアビスの魔術師の首を刎ねた。俺は刀を仕舞いつつ呟く。

 

「…ああ、全く以て…これからどうすれば───「アガレスさーん!大丈夫ー!」」

 

言いかけて俺はアンバーがいたことに気が付いて言葉を止めてアンバーを見た。アンバーは俺の後ろに転がっているアビスの魔術師の死体を見て息を呑んだ。

 

「この通りだ。どうやら今回の事件の黒幕はアビス教団のようだ」

 

俺は平静を装ってアビスの魔術師を指さしてアンバーをそちらに通した。アンバーはアビスの魔術師の死体を少し調べて俺を見た。

 

「これ、アガレスさんが?」

 

アンバーの言葉に首肯くと、アンバーは再びアビスの魔術師に視線を落とした。

 

そうしているとようやく最後のトワリンの力の源が消えたようだった。モンドを取り巻いていた不自然な元素と地脈の流れが直ったのを俺は感じ取っていた。

 

俺はアンバーに言う。

 

「向こうも終わったようだし俺達も戻るべきだろう」

 

「そうだね、一旦戻ろっか!」

 

色々と報告すべきことがあるため、俺達はそのまま帰ることになるのだった。

 

〜〜〜〜

 

アンバーと共に西風騎士団本部へと戻ってきたアガレスは先に戻って来ていた蛍達と合流した。

 

「おかえり〜アガレス〜…って、アガレス?なんか顔色が悪くないか?」

 

「…気にする必要はない。それよりジン、報告することがある」

 

アガレスはパイモンの言葉を軽く流してジンに話しかけた。話しかけられたジンはアガレスに怪訝そうな視線を向けている。この場───大団長室にはジン、ガイア、リサ、アンバーに蛍達、そしてアガレスがいるが、その誰もが一様にアガレスを見ながら怪訝そうに首を傾げていた。

 

「今回の事件…『龍災』の黒幕は…アビス教団の連中だ」

 

アガレスの言葉にアンバーとガイアを除く全員が驚きに身を染めていた。そんな彼等にアガレスは更に詳しく説明を行う。

 

「蛍、お前は先程西風の鷹の神殿で煮えきらない表情をしていただろう。それは何か違和感を感じたから、そうだな?」

 

アガレスの言葉にまだ動揺している様子の蛍は首肯いた。

 

「その違和感を辿ってアンバーと共に再び西風の鷹の神殿の調査を行った所…アビスの魔術師が出てきた。ヤツは力の源の反応が消えたため様子を見に来た、とも言っていたからな。ほぼ間違いないだろう」

 

アガレスはそのままジンに視線を向けた。

 

「諸々の議論は任せる。俺が知っている情報は全て話したしな」

 

そのまま目を伏せ、疲れたから寝るとだけ言い残してアガレスは大団長室を去って行った。ジンは溜息を吐きつつも心の中でアガレスに感謝の念を感じつつ、

 

「では、色々とまずは報告を聞こう」

 

ジンはそう言った。ジンの言葉にその場に残った全員が首肯く。だが蛍だけがアガレスの去って行った方向へ視線を向けていた。

 

そしてその翌日からアガレスはその姿を眩ませた。西風騎士団も蛍達も出来得る限り捜索したがアガレスが見つかることはなかった。西風騎士団はモンドの治安と安全を守らねばならないためアガレスを手配することに決め隣国の璃月にもその旨を伝え見かけたらすぐに連絡するよう連携を取ることとなる。

 

 

 

「───バーテンダー!もういっぱーい!」

 

モンド城内にある酒場、エンジェルズシェアのカウンターで全身緑色の吟遊詩人の少年がジョッキを赤髪のバーテンダーに突き出しながらそう叫んだ。彼の目の前には結構な量の空き瓶が置いてあった。

 

赤髪のバーテンダーははぁ、と大きい溜息を吐くと少年にジト目を向けながら、

 

「…飲み過ぎだ。君はいい加減、ツケを払ってくれないか?どれだけ溜まっていると思っている」

 

そう言った。言われた少年の方はうっ、というと目を逸らしつつもお酒を飲むのをやめなかった。

 

「そうは言ってもね…飲まなきゃやってらんないよ?」

 

「それを僕に言ってどうする。いい加減つまみ出すぞ」

 

赤髪のバーテンダーの言葉に少年は苦笑を浮かべると、モラの入った袋をカウンターに置いて驚く赤髪のバーテンダーを尻目にエンジェルズシェアを出る。

 

そのまま少年は歩いて騎士団本部付近の公園に移動するとそこに備え付けられているベンチに腰掛け、ライアーを奏でる。ライアーの音色は決して大きいわけではないが、穏やかに流れる夜風に乗って遠くまで流れてゆく。

 

ライアーを奏でながら少年は少し笑う。

 

「…かつての栄光は消え去り、忘れ去られ、それでも尚生きねばならないとしても…その者の人生は自由である、か…」

 

ライアーを奏でるのをやめた少年は笑うのもやめて天を仰ぎながら、

 

「…帰ってきたんだね、アガレス」

 

そう言った。不安と期待が綯い交ぜになったような表情の少年の顔を月明かりだけがただ、照らしていた。

 

 

 

「───鍾離さーん、何してるのー?」

 

黒い喪服のような服装の少女が椅子に座って茶を啜る男性の後ろからひょこっと顔を出した。突然視界の端に現れた少女に驚くようなこともなく、男性はただ何処か遠くを見つめている。そんな中、微かに風に乗って聞こえてきたライアーの音色に、

 

「…そうか、ようやくか…」

 

と目を瞑ってそう呟いた。

 

「鍾離さん?あのー、いつにもまして意味わからないこと言ってるね。こういうときは放っておくに限る!!」

 

それに対して少女がハイテンションで、しかし少し気を使いながらその場を離れてゆく。鍾離と呼ばれた男性は茶の入った湯呑を置き、天を仰ぐ。

 

「…千変万化、万物流転…例え盤石と言えど時の流れと共に変遷していくものだ。俺達の関係性もまた…500年前とは異なるものになってしまうのだろう」

 

だが、と目を細めながら彼は続けた。

 

「それでも…俺はこの500年間…変わらぬ思いでお前を待っていたぞ…アガレス」

 

彼の言葉を聞く者も、そして答える者もいないが彼は満足げに首肯く。その瞳にはかつての友の姿が、ありありと映っているようだった。

 

 

 

「───今のは…」

 

薄暗い部屋の中で座布団の上に座っている着物姿の女性が顔を上げた。部屋に入り込んでくるのは月明かりと風だけ。その風にライアーの音色が乗って女性の耳に届いた。

 

「…まさか」

 

女性は首を横に振って幻覚だ、あり得ないとばかりの反応を見せた。しかしライアーの音色が止むことはない。そして幻覚であるはずがないのは彼女自身がよくわかっていた。女性の瞳には涙が浮かんでおり、しかし流すようなことはない。

 

「彼には…申し訳が立ちませんね…」

 

そう言って女性は視線を自身の膝元に向ける。そこには自身と瓜二つの女性の姿があり、布団に入って目を閉じている。規則正しく胸が上下に動いてはいるが、起き上がる気配は微塵もない。

 

「…私が守らなければならなかったのに…守ることができなかったのですから…彼ならなんと言うでしょうか…」

 

そんな彼女の様子を見て女性は苦々しげに表情をうち歪ませた。

 

「…アガレス、あなたなら…」

 

そんな表情のまま女性は窓の外に広がる夜空を見る。夜空も月光も女性に光を届けるばかりで言葉を届けることはない。しかし確かに二人の瓜二つの女性達にその光を届けている。

 

 

 

やがてライアーの音色は世界を巡り、再びモンドへと還ってくる。その音色を聞いた一人の男は顔を曇らせながらモンド城を去って行くのだった。



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第10話 消えたアガレス

翌朝モンド城内で蛍はジンに再び呼び出されていたため西風騎士団本部へ向かうため、ゲーテホテル付近を通りがかった時のことだった。

 

「ん?アレってジン団長じゃないか?」

 

パイモンがそのゲーテホテルの入り口付近を指差す。蛍も噴水の影から入口付近に目を向けると、確かにジンが腕を組みながら立っている。そしてその前には異国の格好をして仮面を着用している女性が少し口の端を持ち上げながら腕を組んでいる。

 

「───我々の立場は理解されていると思うが…あの魔龍を直ちに滅ぼすことができないのならば我々『ファデュイ』にモンドの防衛を任せるべきかと」

 

口の端を持ち上げ、嗤う女性の表情からは眼前のジンだけでなく西風騎士団、ひいてはモンドそのものを見下していることが察せられた。女性は更に続ける。

 

「モンドの龍災に困っているあなた方の意を汲み、我々であればすぐにでもあのケダモノを───「『ケダモノ』?」おや、代理団長殿は違うとでも?」

 

ニヤニヤしながら女性はジンにそう問いかけた。ジンはわかりやすく大きい溜息を吐くと、

 

「モンドの四風守護、その一柱を『処理』したいだと…?貴国の外交官にはもう少々まともな態度を示していただきたい。何より…西風騎士の前でそのような戯言はやめていただきたい」

 

眉を吊り上げてそう言った。対する女性は絶句しているかと思えばさぞかし面白いとばかりに笑った。

 

「よかろう、本日の協議はここまでだ…ふむ、成果としては、『双方が誠実に、実に建設的な意見を交わし合った』ということでいいかな?」

 

女性はジンの返答を待たず背を向け去って行く。その様子を見たジンは再び大きい溜息を吐く。話し合いが終わったことを見計らってようやく蛍とパイモンがジンに話しかけた。

 

「ジン〜、来たぞ〜」

 

パイモンがふよふよと浮かびながらジンの下へ向かう。そんな様子を見たジンは少し嬉しそうに目を細め、

 

「旅人、パイモン、また呼び立ててしまってすまない」

 

ジンは先ずそう言って軽く頭を下げる。蛍は首を横に振って問題ないことを示し、代わりにパイモンが口を開いた。

 

「それは全然構わないんだけど、どうしたんだ?あっ、もしかして『龍災』について何かわかったとかか?」

 

「はは、あながち外れていないとも言えるかも知れないな」

 

ジンは少し微笑みながらパイモンにそう告げると、周囲を見回して苦笑した。

 

「だがここでは何だし、大団長室へ行こう。そこで色々と話しておきたいことがあるんだ」

 

ジンのその言葉に蛍とパイモンは首肯く。

 

 

 

やがて、蛍達はジンに西風騎士団本部の大団長室に再び案内された。ジンは蛍達に適当な場所に座ってくれ、と言ってから大団長室の椅子に座って真剣な表情を浮かべた。

 

「まずは昨日はありがとう。お陰でモンドを取り巻く異常な元素の循環と地脈の異常は解消された。ついでに言うと前回のふう…トワリンの襲撃による余波も一息ついた」

 

ただ、とジンは蛍に言う。

 

「先程のやり取りを見ていたならわかると思うが…近頃は無視できないほどに使節団の圧力が強まっている。もしかしたら君達にも何かしらの圧力をかけてくるかも知れない。十二分に警戒しておいて損はないだろう」

 

ジンの言葉に蛍とパイモンは首肯いて同意しつつ、使節団のことを気にしたパイモンがジンに、

 

「ところで、使節団ってのは璃月港のか?それとも、稲妻城からのか?」

 

そう聞いた。ジンは考え込むように顎に手を当てると、少しの間瞑目した。静けさもつかの間、ジンは目を開くと同時に口も開いた。

 

「…スネージナヤ…七神の中で氷神を祀る国からだ。その使者の名前は『ファデュイ』というんだが…聞いたことあるか?」

 

蛍は首を傾げたがパイモンは聞いたことがあるようで何回か首を縦に振る。それと同時にあまりいいイメージはない、とも付け加えていた。ジンはそんなパイモンの認識に軽くだけ首肯くと、

 

「トワリンを殺すことが私には正しい解決方法だとは思えないんだ。氷神率いるファデュイは風神眷属の力を望んでいる…それが見え見えなんだ」

 

ジンは苦々しげに表情を曇らせるが、すぐに蛍達に明るい声で言う。

 

「だが、西風騎士団とてこの国を護る役割がある。決して屈しはしないさ」

 

それで、ここからが本題と言っても差し支えないんだが…とジンは再び真剣な表情になった。蛍達はそんなジンの様子に緊張を感じつつ言葉を待った。

 

ジンはそんな蛍達の様子を察して、なるべく自分が動揺しているのを見せないように告げる。

 

「…アガレスの姿が昨夜から見えないんだ」

 

ジンの言葉に蛍は目を見開いて若干抗議するような声を上げた。

 

「…でも昨日報告していた時はまだ…」

 

しかし、すぐにジンは首を横に振りながら言う。

 

「その後、大団長室を出て行った彼の足取りが掴めないんだ。大団長室の前、そして西風騎士団本部の入り口にも見張りの騎士が立っていたはずだが…誰も見ていない、と」

 

状況の異常さに報告を聞いた時のジンは驚きを隠せず大団長室を飛び出して探しに行こうとしたくらいである。勿論、アガレスが敵対すると不味いため自ら説得に赴こうとしたのである。しかし足取りどころか手掛かりそのものを全く残していない以上追うのは不可能だ、とガイアが諌め現在に至っている。

 

「…現在、できる限りの人員で彼を探しているのだが…未だにその手掛かりすら全く掴めていない。旅人、一応君には伝えておいたほうがいいかと思っていたんだ」

 

ジンの言葉に蛍は神妙な顔つきで首肯く。ジンが蛍を下がらせるべく口を開いた瞬間、蛍はジンよりも早く口を開いた。

 

「昨日のアガレスさんは…」

 

「そうだ、昨日のアガレスは顔色が悪かったんだ!もしかしたら何処かで倒れてるのかも…」

 

蛍の言葉にパイモンも同調しながらそう感想を漏らした。だがジンは首を横に振ってパイモンの意見を否定した。

 

「そうであればわざわざ痕跡を残さぬように移動する理由などないだろう。まぁ、私達の前から姿を消す理由も、顔色が悪かった理由も不明なままだ…何にせよ、彼を見つけないことには何もわからないな」

 

ジンは話の内容をそう締め括った。

 

「…アガレスさん、一体何処に…?」

 

蛍とパイモンはなんだかんだで自分達を助けてくれたアガレスのことを心配せずにはいられないのだった。

 

 

 

そのまま蛍達は西風騎士団本部を出た。結局の所手伝いを頼まれたのはそこまでだったからである。

 

「モンドは龍災で悩まされてるみたいだし…オイラ達も色々手伝った方がいいよな。一先ずアガレスを探さないといけないし、アガレスを目撃した人がいないかもう一回確認してみようぜ!」

 

パイモンの言葉に蛍は少しだけ微笑みながら首肯く。そして西風騎士団本部の入り口の階段を降りた時だった。

 

「あっ…あれって…」

 

パイモンが驚いたように目を剥きながら道の少し先を指さした。蛍もパイモンの視線の先を見て同様に驚いていた。

 

そこには緑色の少年が走って行く姿があった。蛍達にしてみればアガレスから伝えられたトワリンと共にいた少年の容姿そのものである。パイモンはハッと我に返ると、

 

「た、旅人!!は、早く追わないと!!」

 

蛍もその言葉に首肯くと元素視覚を使って緑色の少年の足跡に付着している風元素の痕跡を辿っていく。そのまま辿っていくと以前蛍がトワリンの旋風に巻き込まれた場所まで戻ってきた。だが前回来たときより人が多いようで風神像の前に通行人が集まっているようだった。その様子を見た蛍達は首を傾げながら近付いていく。

 

人混みを掻き分けて最前列まで到着した蛍達が見たものは、風神像の前でライアーを爪弾くあの緑色の少年だった。

 

少年は目を瞑っていたがやがてライアーの音に合わせて歌い始めた。

 

 

 

───ボクが話すは、古の始まり。神々がまだ大地を歩く時代の物語。

 

天空の龍が降り立ち、世界の全てに好奇を抱く。龍は自ら答えを探し、雑然とした世に目を回す。

 

風の歌い手が琴を爪弾き、強大な力を持つ別の龍が唄った時、『天空のライアー』がそれに答えた。

 

天空の龍は好奇に駆られし幼子で、過去の苦悩を忘却せんとして飛翔しただけ。強大な龍は幼子に世界の知識を与え、風の歌い手へ託した。

 

それは詩に耳を傾け、音を諳んずる。万物に己が心を理解させるために、或いは強大な龍に報いるために。

 

歌い手と天空の龍は伝説と相成り、強大な龍は風を忘れ大地を去った。暗黒の時代が、やがて始まる。

 

獅子の牙は朽ち、鷹の旗は落ち、一頭の悪龍がモンドへ迫る。大聖堂は辛苦に包まれ、溜息は詩人によって再び詩となった。

 

天空の龍が召喚に応じ、吹き荒ぶ暴風の中悪龍と共に殺戮に舞う。

 

天空の龍は悪龍の毒血を飲みて永き眠りに落ちる。蘇りし時、知る者は誰もいない。

 

───今の人々は、何故我を嫌う?

 

天空のライアーは答えず、深い怒りと悲しみ、命と毒が涙となりて龍の目尻から流るる粒となる。詩は沈黙し、腐敗は進み、天空の龍は話せなくなった。

 

 

 

詩はそこで終わり、緑色の少年のライアーを爪弾く音と共に拍手がそこかしこから巻き起こる。少年は少し寂しそうに笑うと、

 

「───実はもう一つ、キミ達に聞かせたい物語があってね。良ければ聞いていってもらえるかい?」

 

───遥かな昔、まだ風が自力で動くことのできなかった時代、一匹の龍が生を受けた。

 

やがてその龍は風が自由に動けるようになった時、人の姿を得た。

 

風の精霊は言う、「外の世界を見て回りたい」と。

 

龍は返した、「共に?」

 

風の精霊は笑う、「そう、ボクたちは、友人だから」

 

龍は首肯いた、「良いだろう、世界を未だ知らぬ者よ」

 

風の精霊と龍は世界の色々な場所を見て回った。氷の大地、火山の山脈、水に囲まれた島々、砂の平原…風の精霊と龍はやがて最も穏やかな風の吹く場所へと辿り着く。

 

風の精霊は言う、「風向きは変わるもの」

 

「いつか光射す方へと吹いてくる」

 

「これからは、ボクの祝福と、そしてキミとともに、もっと自由に生きていこう」

 

龍は言う、「風は自由だ」

 

「お前も同じように自由だ」

 

「できることならばお前のように自由でいたかった」

 

風の精霊は自らの国を持ち、そこに自由な世界を創造した。龍は自らの大切な世界そのものを護ろうと奔走した。

 

どれだけの月日が過ぎ、人が生まれ、国家を作り、魔神達が鎬を削り、風の精霊が人の姿を得て、風の精霊や龍が神と呼ばれるようになっても、龍は大切な世界を護り続けた。

 

やがて来る『終焉』に対処するため、龍は笑い、泣き、そして友人へ別れを告げた。蘇りし時、知る者は誰一人として存在しない。

 

───誰か…俺を見つけてくれ…。

 

忘れ去られた龍は深い悲しみを胸に秘め、孤独に生きていくことを誓う。

 

けれど風の精霊は忘れはしない。親友だった龍のことを。

 

そして唄う、龍が戻ってきてくれるようにと。

 

 

 

再びライアーの音色と共に少年は語り終えた。同時に先程より少なくはなったが残っている人々から拍手が上がった。

 

「───これにて、ボクの講演は終了、ご清聴いただきありがとうございましたっ」

 

少年の周りから思い思いの感想を述べながら人が去って行く。勿論、チップもそれなりに支払われているようだ。ほとんどの人々が去って行く中、少年に近付く二人組がいた。

 

勿論、蛍とパイモンである。少年は二人に気が付いてチップの入った袋を懐にしまってから視線を向けた。

 

「…おや、キミ達は…もしかして…」

 

少年は思い出したように告げる。

 

「うん、やっぱり。あの時トワリンを驚かした人と一緒にいた人達だよね」

 

少年の言葉に蛍とパイモンは少し驚きの表情を浮かべた。

 

「トワリン?普通の人は『風魔龍』って呼ぶよな…もしかして、トワリンと仲がいいとか?」

 

パイモンの言葉に少年は笑みを浮かべながら肩を竦めるだけではぐらかした。そんな様子にパイモンはうげっと苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

 

「旅人、やっぱこいつ怪しくないか?」

 

「それより…こんにちは、あなたの名前は?」

 

パイモンの言葉を軽く流した蛍は少年に挨拶して名前を聞いた。少年はこんにちは、と挨拶を返すと胸に手を当てて自己紹介をした。

 

「ボクの名前はウェンティ、ただのしがない吟遊詩人さ…と言いたいところだけど詳しい話はここじゃできないね」

 

少年───ウェンティはニッと笑ってそう言った。ウェンティは一先ず蛍達に、

 

「今日の夜、風立ちの地にある七天神像においで。色々ボクに聞きたいこともあるだろうしね」

 

そう言って去って行った。蛍達は一先ず情報を得たため、夜に七天神像へと向かうことにするのだった。



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第11話 黒衣の男と赤い髪の男

思ったより長くなったのでこれで一つのお話にしちゃえっ!!

ってやったのがこの話です。今回はアガレスサイドのお話ですね。


蛍達がウェンティと出会った日の夜。モンド城の側門から現れる複数の影があった。

 

複数の影は月光に照らされておらず、城壁の影になっている場所で文字通り真っ黒だ。だが常人より少し小さいその体躯、手に持つ棍棒からその影はヒルチャールだとわかる。

 

『ククク…馬鹿な奴等だ、こちら側の警備が薄いのは把握済みだ…』

 

複数体のヒルチャールの後ろからふよふよと浮いてやって来たのはアビスの魔術師・氷である。少し下卑た笑いをしながらヒルチャール達を操ってモンドを襲わせようとしている。

 

その笑いからはモンドを護る西風騎士団、そして襲撃にも気が付かないモンドの民…何よりモンドそのものを見下していることが感じ取れる。現にアビスの魔術師・氷は大胆に行動しており、その笑い声を隠そうともしなかった。

 

その時、偶然通りがかったモンドの住民───ドンナという女性がヒルチャール達を目にして手に持っている花籠を地面に落とした。その音によってヒルチャール達の視線がドンナに集中した。

 

『目撃されたか…まぁいい、どうせ変わらないから殺せ』

 

ドンナは迫り来るヒルチャール達を前にして逃げようとしたが足が竦んで動かず腰を抜かして転んで膝を擦り剥いた。ジリジリと距離を詰めるヒルチャールを前にしてドンナは目に涙を沢山溜めて目を瞑ってその時を待った。

 

「───今更こんなことしても無意味だとはわかっているが…まぁ見過ごせるわけないよな」

 

だが、いつまでも衝撃が来ず、挙句の果てにはそんな声が聞こえてくる始末だ。

 

(…少し明るいし、暖かい…これは…炎…?)

 

緊張が解れたこともあってか、ドンナはうっすら目を開いて炎元素を扱う黒衣の男の姿を見て気絶した。

 

アビスの魔術師・氷の背後に黒衣の男がいるため城壁の影にいることになりその姿を見ることは叶わない。本当に黒い衣を身に着けているのかさえ定かではない。アビスの魔術師・氷は背後に気配を感じてその姿を消して移動していたため周囲の状況がわからない。

 

『───なッ!?』

 

だからだろう、先程までモンドを襲わせるために使おうとしていたヒルチャール達が消し炭になっているその光景を見て驚いたのは。そしてそれを成したであろう男は先程となんら変わらぬ位置に立っていた。いつの間にか気絶したドンナもいなくなっている。

 

『貴様…何者だ…?私の存在に気が付いてここへ来たのか、或いは偶然通りがかったのか?』

 

アビスの魔術師・氷は注意深く城壁の影の中にいる男を観察する。だが影に入っている男の容姿はほとんど見ることができない。ただ一つ、暗闇の中で光る紅の瞳を除いて。

 

「…お前の質問に答える意味も義理もない…だが、いいだろう」

 

男は影からその身を晒し月光を浴びた。透き通るような銀髪、白い肌に紅の瞳、ところどころ装甲のある黒衣、そして手に持つ刀。その姿を見たアビスの魔術師・氷はケタケタと嗤った。

 

『貴様か…アビス教団にちょっかいをかけてきている者というのは』

 

「だったらどうした?」

 

『無論殺す!』

 

黒衣の男の言葉にアビスの魔術師・氷は問答無用とばかりに手に持っている杖を振って氷塊を幾つも飛ばした。黒衣の男は心底面倒臭そうに溜息を吐くと、氷よりもずっと冷たい目でアビスの魔術師・氷を睨む。

 

「お前も、知らないか」

 

黒衣の男は手に持つ刀に炎元素を纏わせると飛んでくる氷塊を全て溶かしながら一歩一歩アビスの魔術師・氷に近付いていく。これに焦ったアビスの魔術師・氷は、今度は男の真上から氷塊を落とし始めた。

 

だが黒衣の男は歩き方に緩急をつけて全ての氷塊を避け、直接飛んでくる氷塊のみを溶かし続けどんどん距離を詰める。更に焦ったアビスの魔術師・氷はその姿を消して近距離の移動を行った。

 

しかし、その姿を現してシールドを貼り直す直前アビスの魔術師・氷の視界一杯に黒衣の男の左手が映し出された。一瞬後、アビスの魔術師・氷の首を黒衣の男の左手ががっしり掴んでいた。

 

『グガッ!?』

 

「もう一度問う。お前は『俺』を知っているか?」

 

黒衣の男は無感動な表情を浮かべてアビスの魔術師・氷にそう問いかけた。アビスの魔術師・氷は必死に藻掻きながら、

 

『し、知らん!!貴様なぞ…貴様のような化け物なぞ…!!』

 

「…ふむ、では言い方を変えよう」

 

アビスの魔術師・氷の言葉に黒衣の男は無感動な表情のまま紅の瞳に一層力を込めた。

 

「『元神』アガレス、という名に聞き覚えは?」

 

『…ま、さ…か…き…さま…は…ッ!!』

 

アビスの魔術師・氷は思い当たる記憶があったのか眼前の黒衣の男を見て目を大きく見開いた。ここに来て初めて黒衣の男は感情らしい感情の籠もった視線をアビスの魔術師・氷へ向けた。

 

「ほう、思い当たる節があるのか。なら…貴様等アビス教団が俺の存在をこの世界から抹消したという認識でいいのか?」

 

その視線には憤怒の情が込められていた。アビスの魔術師・氷は意識が遠のくのを感じながらも必死に否定した。

 

『そ…んな…ち…が…ッ』

 

しかし、残念ながら黒衣の男にその言葉が届くことはない。

 

「いや、いい。貴様が否定しようとしまいと俺には関係のないことだ。忘れ去られたという事実だけが残るからな。何一つ問題はない」

 

黒衣の男───アガレスはアビスの魔術師・氷に冷たく言い放つと首の骨を折って殺害した。

 

『アガレス…ッ…きさ、ま…ァ…』

 

アビスの魔術師・氷の断末魔の掠れた声がアガレスの耳に届く。そんなアビスの魔術師・氷を見てアガレスは目を伏せる。

 

「…ある意味ではお前達も俺と同じと言えるのだろうが、俺はお前達とは違う…って、もう聞こえていないか」

 

アガレスはアビスの魔術師・氷の死体を無造作に放り投げた。

 

「───これは…?」

 

そんな中、赤い髪の長身の男が驚いた様子を隠そうともせず大剣を持って側門に姿を現した。アガレスは横目で赤い髪の男を一瞥すると少しだけ目を見開いた。

 

「…その赤い髪、ラグヴィンドの者か」

 

アガレスの言葉に赤い髪の男性は目を細めて警戒心を抱きつつ、

 

「…如何にも僕がディルック・ラグヴィンドだが。そういう君は?」

 

そう告げる。アガレスはなるほど、と一つ首肯くと、

 

「そうだな…本名は告げられない。だから適当に呼べ」

 

アガレスの言葉に赤い髪の男性───ディルックは若干呆れ顔になったがすぐに、

 

「であれば適当に情報屋とでも呼ぶとしよう。それで、こいつらを処理したのは君なのか?」

 

そう問いかけた。情報屋、と呼ばれたアガレスは面白そうに少し笑うとディルックの質問には答えず、

 

「質問は一つまでだ。だが…先程の質問にはサービスで答えてやろう」

 

そう言って結局ディルックの質問に対して首肯くことで答えとした。ディルックは一先ず質問権を得たので内容を考えている様子だった。

 

少し間を置いてからディルックは質問を口に出す。

 

「…ではそうだね、君は何者なんだ?」

 

ディルックの質問は単純明快で、かつ賭けでもあった。アガレスは質問を一つだけ許可すると言ったが答えるとは言っていない。逆に言えば答えられない、或いは答えたくない質問があっても答えてくれる可能性がある、ということでもある。つまりあらゆる可能性がある中で、ディルックはアガレスの正体という情報を欲したのである。

 

ディルックの質問に対してアガレスは少し寂しそうに笑う。

 

「…そうだな、端的に言えば忘れ去られた存在だ」

 

アガレスは暫し瞑目するとディルックに向け告げる。

 

「モンドの龍災…その黒幕、背景にいるのはアビス教団だ。独自で動いているお前にしてみればアビス教団の計画を阻止することにも繋がるだろう」

 

ディルックはアガレスが何を言いたいのかをいまいち察することができなかった。だがそれをアガレス自身も理解していたようで踵を返して側門から外へ去って行った。

 

そのまま開けた場所まで出ると再び振り返ってディルックを見て告げた。

 

「じきにわかる。今はまだ…気に留めておくだけでいい」

 

「…ッ待て!」

 

ディルックはアガレスへ向けて手を伸ばす。だがアガレスはそれを無視して風元素で浮かび上がると飛び去っていった。後には呆然とした様子のディルックと焼け焦げたヒルチャールの死体と首がありえない方向に曲がっているアビスの魔術師・氷の死体だけが残っていた。




蛍ちゃんサイドはまた次回、お楽しみに!!

それで、アガレスが闇墜ちしかけている原因ですが本編では早めにノエルが褒めまくっていたからなんとかなってました。ついでにバルバトスさんとの再会も早かったので、忘れられてたわけじゃないってわかってたから闇堕ち回避していたんですが…。

今回はバルバトスさんと再会できてないし覚えてる人誰もいないんですよね。そりゃあ喪失感凄いやろ、と。

トワリンさんも似たような境遇だったことを考えると…まぁ毒血飲んでないからまだマシな感じに落ち着いてはいると思われ。

で、こっからはメタい部分なんですけれども…長い付き合いである本編メインヒロインの影ちゃんに勝つためには蛍ちゃんに闇堕ちくらい救ってもらわないと超えられないという…。影ちゃんがヒロインとして完璧すぎるんですよ、ウン。

という小話でした。

追記 : 書き忘れがあったんで補足しておくと…アガレスは各地を転々としているのでバルバトスさんはアガレスを見つけられてないという…ナニシテンダァ‼


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第12話 緑色の吟遊詩人と異郷の旅人

蛍が風神像の前でウェンティと出会ったその夜。風立ちの地にある七天神像の前で、ウェンティはライアーを奏でていた。ライアーの音色に呼応するように穏やかで暖かい風がやって来た蛍とパイモンの頬を撫でる。

 

「やあ、来たね」

 

ウェンティは七天神像を訪れた蛍にそう言って笑顔で出迎える。蛍達は顔を見合わせつつウェンティに話しかけた。

 

「それで、話って?」

 

蛍の言葉にウェンティは笑顔から一転、無表情になった。

 

「キミ達はトワリンのことを知っている、そうだね?」

 

ウェンティのその言葉に、パイモンはやはり驚いた様子を見せつつ、

 

「お前、やっぱり『風魔龍』をトワリンって呼んでるんだな。オイラが知ってる限りだとトワリンって最初から呼んでいたのはアガレスだけだったよな」

 

蛍に向けそう言う。『アガレス』という単語が出た瞬間、ウェンティの眉がピクッと動いたのだが、蛍の方を向いていたパイモンは気付いていない。

 

「えへっ、ボクは吟遊詩人だからちょっと人より歴史に詳しいだけだよ。色々調べなきゃならないこともあったしね」

 

「取り敢えず聞きたいことが…」

 

蛍はウェンティにそう切り出すと懐から涙の形をした風元素の結晶体を取り出した。しかし、最初の状態とは少し異なっており赤く変色していた結晶体は本来の風元素の結晶体としての輝きを取り戻していた。

 

そんな結晶体を見たウェンティとパイモンは驚きのあまり目を見開いていた。

 

「あれ?前と様子が違うな…?いつの間にか結晶が浄化されてる…?」

 

前まで濁っていたのに、と蛍もパイモンの言葉に同調した。ウェンティはその結晶を見ながら悲しげな視線を向ける。

 

「これはトワリンが…『風魔龍』が苦しんで流した涙だ」

 

その言葉に蛍もパイモンも目を伏せる。そんな中、ウェンティは自分の持つ涙を取り出した。その涙は浄化されておらず、赤く変色して濁っていた。

 

「…ボクも彼の流した涙を持っているんだ。浄化をお願いできるかな?」

 

ウェンティは言いながら変色している涙を蛍に差し出す。蛍は首肯きつつその涙を受け取るとジッとその涙を見つめた。

 

「え───」

 

パイモンか、はたまた蛍自身か、それはわからないがどちらかがそう声を漏らした。蛍の手に涙が移ってからすぐに色彩に変化が現れ始め、禍々しいオーラを放っていた涙は美しいオーラを放つようになった。

 

これにはウェンティも驚きを隠せずに、しかし嬉しそうに微笑んだ。

 

「キミ、本当に不思議な力を持っているんだね。キミのような人が吟遊詩人の詩に登場させられるのは、ある種の運命だと思ってくれ」

 

ウェンティはそのまま胸に手を当てて目を瞑りながら言う。

 

「日向にいれば英雄に、日陰にいれば災いに…」

 

噛みしめるように言ったウェンティはそのまま目を開けると寂しそうに笑う。

 

「これは昔、ボクが友人に言われた言葉だよ」

 

パイモンがウェンティの寂しそうに笑う表情を見て何かを察したようでウェンティに向けて言葉を投げかけた。

 

「その、ウェンティ…その友達ってもしかして今は…」

 

パイモンの言葉に対してウェンティはにっこり笑うと、

 

「あはは、もしかして死んじゃったと思っていたのかい?」

 

ウェンティはそのまま肩を竦めながら続ける。

 

「今はどこにいるかわからないけど、生きてるよ。ボクの予想が正しければ、キミ達の手伝いをしていれば会えるはずさ」

 

ウェンティはそれはさておき、と手を叩いて脱線していた話をトワリンに関するものに戻した。

 

「トワリンは討伐されずとも、その生命力は物凄い勢いで消耗していっている…彼は激しく燃え盛る炎のような怒りの中で、自分自身をも燃やし尽くそうとしているんだ」

 

ウェンティは苦々しげな表情を浮かべながら更に続ける。

 

「トワリンのモンドへ向ける憎しみは自然に発生したものじゃない…腐食に身を蝕まれた際の産物なんだ。だからこそトワリンと話しても無意味だったのをボクは知っている」

 

トワリンのその状態を聞かされた蛍達は少し悲しそうな表情をしてから口を開く。

 

「何か手伝えることはある?」

 

ウェンティは蛍の言葉に微笑みを浮かべる。

 

「涙の結晶を浄化してくれただけでもかなり助かったんだ、ありがとう」

 

ウェンティは礼を言いつつ更に続けた。

 

「もう充分だよ、って言いたいところなんだけど…今は新しい作戦を思いついたんだ」

 

その言葉にパイモンは胡散臭いとでも言いたげな視線をウェンティに向ける。だがウェンティはさして気にした様子もなく告げる。

 

「本当はトワリンを説得してから決行しようと思っていたのに、どこかの誰かが会話の妨害をしちゃったからね。お陰でボクもトワリンと同じ腐食に身を蝕まれかけたけどね」

 

ウェンティの言葉に蛍達は首を傾げたが、パイモンが何かに気付いたようで声を上げた。

 

「あ、もしかしてそれってあの時の…?」

 

ウェンティが微笑みながら首肯きつつパイモンの言葉に答える。

 

「そうそう、けど結果オーライかな。お陰でボクはキミ達に出会うことができたんだしね」

 

その言葉に蛍達は申し訳無さそうな顔をしたがウェンティは再びその様子を気にせず続けた。

 

「まぁ、そんなわけで…トワリンを止めるためにちょっと必要な物があってね。ボクと一緒に大聖堂に行ってほしいんだ」

 

「大聖堂?そんな所にトワリンを止められるほどの何かがあるのか?」

 

ウェンティの言葉にパイモンは首を傾げながらそう言った。ウェンティはニコッと笑うと、

 

「取りに行くんだ…ライアー…『天空』をね」

 

そう言った。それに対して蛍はもしかして…と口を開く。

 

「それって天空のライアーのこと?」

 

「あれ、でも天空のライアーがトワリンを止めるものってどういうことなんだ?」

 

そして蛍の言葉にパイモンが被せる形で疑問を呈する。

 

「天空のライアーがあれば、ボクはトワリンを悪夢から目覚めさせられるはずだよ。勿論、ボクが世界で一番の吟遊詩人だから、という前提はあるけれどね」

 

ウェンティの言葉に対して蛍もパイモンも彼に対してジト目を向ける。だがウェンティは胸に手を当てると蛍達に上目遣いをしながら、

 

「ほら、ボクのことが頼もしく見えてきたでしょ?」

 

「…全然怪しいけどね」

 

あはは、とウェンティは笑って誤魔化すと一旦会話を区切る。そのまま片目を瞑ると微笑みながら蛍を見た。

 

「それで、ボクにまだ聞きたいことがあるんじゃない?」

 

勿論、蛍にはまだ2つ程聞いていないことがある。だが片方は恐らく聞いてもウェンティにはわからないことだろう、と考えて聞くことはしなかった。

 

「今日私達と初めて話した時に少し意味深なことを言ってたよね。だから…あなたの正体が知りたい」

 

蛍はそう言って真剣な表情でウェンティを見た。ウェンティは、というと意味ありげな笑みを浮かべながら蛍とパイモンをただただ見ている。少し間を置いてウェンティが口を開いた。

 

「そうだね、キミがボクの正体を知りたがるのも当然のことだ。けれど、まだ教えられない」

 

ウェンティはそう言うと、ライアーを取り出して軽く音を鳴らす。

 

「…ボクと共に『天空のライアー』を取り返した暁には教えてあげる」

 

ウェンティの言葉に蛍は首肯きながら、

 

「今はそれで構わない」

 

と告げるのだった。

 

 

 

そのままウェンティと共にモンド城にある大聖堂の前までやって来た蛍達は人気のない所で作戦会議をしていた。

 

「───それで、どうやって天空のライアーを手に入れるつもりなんだよ?」

 

パイモンがウェンティにそう問いかけた。ウェンティはえーっとね、と思い出すように言う。

 

「ボクの調べによれば天空のライアーは大聖堂内のとある安全な場所に保管されてるみたいだよ。ただ詳しい位置まではわからないからまずは下調べをしよう、興味があるなら一緒においで」

 

言いつつ完全に思い出したらしくスラスラと言葉を紡いでいく。そしてウェンティの言葉に賛成した蛍達はウェンティについて行き、大聖堂内に足を踏み入れた。

 

大聖堂内に初めて入った蛍達は暫しその荘厳さと神聖さに目を奪われていたが、ウェンティの呼び声を聞いて奥へと歩いていく。二人が近付いてきたのを見計らったウェンティが「まぁ見てて!」と言って一人のシスターに話しかけた。

 

話しかけられたシスターは胸に手を当てるとお決まりの風のご加護があらんことを、と言ってウェンティに何の用かを問い掛ける。ウェンティはまずトワリンをどうにかする方法がわかったことをシスターに伝えた。シスターは人当たりの良い笑みを浮かべそれを褒めた後、そのままだったら騎士団に報告すればいい、関係のない一修道女にはどうしようもない、ということを告げる。

 

しかしウェンティとてそれで引き下がるわけにはいかず、尚も続けた。

 

「えへへ、それでさ、あの風魔龍をどうにかする方法には『天空のライアー』が必要なんだけど───「お帰り下さい」え…?」

 

しかし、話の途中で突如無表情に変わったシスターがウェンティの言葉を遮った。ウェンティが訳が分からず呆けているのを見たシスターが今度は言葉を紡いだ。

 

「あの凶悪な龍は確かにモンドの脅威ですが、代理団長が意を決すれば先ず間違いなく打ち倒すことのできる相手です。で、あるのにわざわざどうにかする必要なんてないでしょう」

 

シスターの言葉にウェンティは少し悲しそうな表情を浮かべながら反論した。

 

「そんなことをしたら風魔龍が死んじゃうじゃないか…絶対に駄目だよ」

 

だがシスターはいよいよ堪忍袋の緒が切れたのか、はたまた今までトワリンにモンド城を襲撃されたことへの怒りが限界に達したのか、怒った様子を見せつつ言う。

 

「そうは言っても東風を裏切った愚獣です。風神様だってきっとアイツを許したりなんかしないはずだわ!」

 

ウェンティはその言葉に尚も反論しようとして、直前で言葉をぐっと飲み込んだ。そして、

 

「お姉さ〜ん、どうしても駄目〜?」

 

猫撫で声でシスターにそう言った。何故か大聖堂内に誰かの咽びが響き渡るが誰も幻聴だとして気にしなかった。それはそうとシスターは何故か少し顔を赤くしている。

 

そんなウェンティ達を少し離れた場所から見守っている蛍達は、

 

(旅人旅人、あのシスター…アイツの上目遣いにやられてるみたいだぞ…)

 

(うん、好みのどストライクとかなのかな?)

 

そんなやり取りをしていた。だがシスターはなんとか気を持ち直すと今度こそしっかり断って仕事に戻って行った。そんなシスターを、まるで付き合っていた彼氏に捨てられた彼女のような体制で見送った(?)ウェンティを、蛍達が引き摺ってなんとか外へと連れ出した。

 

ウェンティはふぅ、と溜息を吐くと下をちょろっと出してウィンクをしながら、

 

「えへっ、失敗しちゃった☆」

 

そう言った。蛍達はあまりのインパクトに少しの間呆けていたが、やがてパイモンがぷるぷると俯きながら震え出したかと思うと、

 

「えへっ、てなんだよ!!!」

 

とそうツッコミを入れるのだった。

 

 

 

さて、大聖堂を出てきた蛍達は大聖堂の側で再び作戦会議を行っていた。ウェンティは先程の失敗から教会に頼み込んで天空のライアーを貸してもらうのは無理があるようだ、と悟ったらしく蛍達にある提案をした。

 

「そう、忍び込んで盗んじゃおう!!」

 

「いや、何言ってるんだ?盗難は犯罪だぞ…それにライアーのある場所だって…」

 

しかしその提案とは天空のライアーのある場所に忍び込んで盗もう、というものだったためにパイモンは呆れ顔で返した。しかしウェンティとてただシスターに追い返されたわけではない。

 

ウェンティはチッチッチ、と人差し指を立ててそれを左右に振った。

 

「ライアーのある場所なら、大聖堂の隠し部屋の中さ。勿論、今は警備が厳重だろうけれどね」

 

「お前、どうやってそれを調べたんだ?」

 

パイモンが言いつつ驚きに目を見開く。ウェンティは見てればわかるよ、と言ってそれを軽く流しながら、

 

「警備を少しでも薄くするためにボクがここで囮をするから、その隙にキミが大聖堂内に忍び込んでくれ。最悪バレても逃走しやすい今日の夜に決行しようじゃないか!」

 

そう言って締め括る。対する蛍もパイモンも呆れ顔だったが溜息を吐くと、

 

「他に方法もなさそうだし、仕方ないよな…」

 

「終わり良ければ全て良しって言葉もあるし…」

 

とそう言って覚悟を決めた様子だった。ウェンティはそんな二人の様子を見て笑みを浮かべると、少し嬉しそうにそう言った。

 

「よしっ、それじゃあ早速行動を起こすための準備を───」

 

しかし、ウェンティの言葉が最後まで紡がれることはなかった。ウェンティの視線はある一点を向いて止まっている。丁度大聖堂の影になっていて視界の悪いその一点を見つめているのである。

 

しかし、大聖堂に背を向けている蛍達には見えなかったためウェンティが突然言葉を止めたようにしか見えない。それを心配したパイモンがウェンティに声をかけるがウェンティからの反応はなかった。

 

「───させると思うか?」

 

だが、突如背後から聞こえてきた声を聞いた二人は状況を理解した。ウェンティは蛍達の背後にいる何者かを見つめて固まっていたのだ。蛍達は冷や汗を浮かべながらゆっくり振り向く。

 

「…はは、探す手間が省けたよ───」

 

ウェンティも同様に冷や汗を浮かべながら複雑な表情を浮かべその人物を見た。蛍達もその人物に視線を向け、そして目を大きく見開いた。

 

透き通るような銀髪と白い肌、そして光を全て吸い込むかの如き漆黒の衣に唯一色鮮やかな赤い瞳。

 

そしてその容姿を見た蛍達よりも早く、ウェンティは蛍達に聞かされていないはずの名を呼んだ。

 

「───アガレス」

 

ウェンティの言葉に蛍達は再び驚き、そして名を呼ばれたアガレスは意味深に口の端を持ち上げて笑うのだった。




あれ、アガレスがラスボスに見える…????


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第13話 アガレスの『今』

「アガレスさん!?」

 

蛍が意味深な笑みを浮かべるアガレスを見やる。しかしそんな蛍とは対照的にパイモンはウェンティを驚いたように見やる。

 

「た、旅人!オイラ達、アガレスの名前は教えてないはずだぞ!!」

 

パイモンの言葉を聞いた蛍はハッとしてウェンティを見た。だがウェンティの視線はアガレスに固定されたまま動かない。というより、アガレスを見てかなり驚いている様子だった。そしてアガレスもパイモンの言葉に驚いているようだった。

 

「久しぶりだな蛍、パイモン。元気そうで何よりだ」

 

アガレスは一旦蛍とパイモンに声をかける。その表情はどこか寂しそうだった。パイモンは普通に話しかけてくるアガレスにも驚きつつ、

 

「い、いやいやオイラ達は元気だけど、アガレスこそ大丈夫なのか!?最後に会った時はかなり顔色悪かっただろ!」

 

パイモンの言葉にアガレスは目を逸らすとそのまま答えた。

 

「理由は言えないが…まぁ確かに調子は悪いかも知れない」

 

「だったら休むべきだろ!!お前、突然いなくなるから皆驚いていたんだぞ!!」

 

そしてアガレスのその答えに対してパイモンは思わずと言った形でそう告げた。アガレスはその言葉を聞いて驚いているようで、真偽を確かめるように蛍を見つめている。それに気が付いたらしい蛍は首肯きつつ、

 

「皆心配してる。だから…」

 

そう言った。だがしかし、その言葉に対してアガレスは首を横に振りつつ口を開いた。

 

「悪いが俺がもう帰ることはないよ」

 

「そんな…」

 

蛍が悲しみに満ちた声を漏らす。それと同様にパイモンもどうしよう、とばかりに周囲を見回している。だがそんな中で唯一人、ウェンティだけは冷静にアガレスを見つめていた。その視線に気が付いたらしいアガレスがふむ、と一つ唸ると、

 

「何故ここにいる?介入しないものと思っていたが」

 

そう言って少しだけ冷ややかな視線を向ける。その視線を真っ向から受け止めたウェンティはにっこり笑う。

 

「やぁ、久しぶりだねアガレス。ところでどうしたんだい?友人に対して随分な言い様じゃないか」

 

そんなウェンティとは対照的にアガレスの表情は険しくなる一方だった。そんな険悪なムードをひしひしと感じたパイモンが二人の間に割って入った。

 

「お、おい!!どうしたんだよお前ら!!訳わかんないぞっ!!」

 

その言葉を聞いたアガレスが驚いたようにウェンティを見て、そしてパイモンを見る。

 

「まさか聞いていないのか?」

 

アガレスの言葉に蛍とパイモンは首を傾げる。その反応からアガレスは何も聞いていないのか、とばかりに溜息を吐くと、ウェンティのことを冷ややかな目で見つめた。

 

「…そいつは風神バルバトス、俺の()友人だ」

 

アガレスの言葉に蛍とパイモンはウェンティにその視線を向ける。ウェンティは否定も肯定もせず無表情だった。しかしその視線からはありありと悲壮感が見て取れた。

 

「蛍、お前には説明していた通りだ。俺は昔は『八神』の内の一柱として名を連ねていたが今となっては忘れ去られている。当時俺の名は世界の隅々まで広まっていた」

 

だが、とアガレスは瞑目しつつ続けた。

 

「今となっては『八神』であったことを知る存在はおらず『七神』に変化し…そして俺の存在はなかったことにされた───」

 

アガレスを知っている存在は彼が知る限りではアビス教団の怪物達…そして彼の目の前にいる風神バルバトスだけである。

 

「…何故俺だけ歴史から消されたのか、何度も何度も考えたがやはり答えは出ないし恐らく出ることもないんだろうな…」

 

「アガレス!ボク達は───「お前は喋るな」───ッ!?」

 

アガレスの手にはいつの間にか法器があり、ウェンティの足が凍っていた。

 

「ウェンティ!!」

 

蛍がウェンティを見てそう叫ぶと、パイモンがアガレスに悲鳴のように叫ぶ。

 

「あ、アガレス!!どうして…ッ!!」

 

「…俺を裏切ったヤツに余計な事を言われると困る」

 

アガレスの言動に違和感を覚える蛍とウェンティだったがその理由はアガレス自身が説明してくれるようだった。

 

「さて、話の続きだ。俺の存在が忘れ去られることなんて余程のことがなければないだろう」

 

そして彼にとって一番可能性が高いのが誰かが意図的に自分の存在は抹消したのではないか、というものである。それはアビス教団の怪物がアガレスを覚えていたことから生まれた疑念だった。

 

「…そしてそこのバルバトスも俺のことを覚えていた…さて、もしかしたらお前が俺の存在を抹消したのかもな?」

 

「ッ…ボクがそんなことをすると…思うかい?」

 

ウェンティは苦しみに表情を歪めながらもそう聞いた。アガレスはふむ、と一つ唸ったが首を横に振った。

 

「まさか、思うはずもない…だが、お前が操られていないと誰が断言できる?そしてお前が嘘をついていないことも誰が断言できる?疑いだせばキリがないのはお前も知っているだろう?」

 

そして、と更にアガレスは続けた。

 

「…俺の存在を歴史から消す行為は…俺の今までの行動に泥を塗るのと同義だろう?だから俺は…お前達の下には戻らない」

 

そしてアガレスはそのまま寂しそうに笑うとウェンティの足元の氷元素を解除した。

 

「それと、最後に忠告だ…天空のライアーが欲しいならジンに頼め。蛍の願いなら恐らく通るだろう。まぁ…無意味だと思うけどな」

 

アガレスは言いながら風元素で浮遊し始めた。蛍達が引き留めようとしていると何処からか別の声が響き渡った。

 

「アガレス!!」

 

そんな時、大勢の西風騎士を連れたジンがアガレスの下までやって来た。アガレスはジンを一瞥すると風元素で浮き上がるのをやめ、再び地面へ戻ってきた。

 

「ジン、久し振りだな」

 

なんでもないように話しかけてくるアガレスに対して警戒心を顕にするジンだが、すぐに溜息を吐くと、

 

「ああ…それで、何故突然姿を消した?私達に疑われることは間違いなくわかっていたはずだろう?」

 

ジンの言葉にアガレスは少し笑うと首肯いた。

 

「では何故…」

 

「簡単な話だ」

 

アガレスはジンの言葉を遮って更に告げた。

 

()()()が変わった」

 

ジンはその言葉を聞いてようやく、アガレスという存在を完全に理解できた気がした。ジンはそのまま西風騎士達に指示を出してアガレスを包囲した。

 

「…アガレス、君を拘束させてもらう。抵抗はしないでくれ」

 

ジンはアガレスを危険だと判断し、部下にそう指示を出した。アガレスは無表情だったが不意に気の抜けたような顔になると手を上げた。ジンはそんなアガレスを見て首を傾げながら警戒感を強める。

 

心做しか周辺へ吹いてくる風が強くなってきた。アガレスは少し笑うと、

 

「お前達を傷付けるようなことはしない…だが、もう護るのは辞めだ」

 

そう言って風元素で少し浮く。それに気が付いたジンが西風騎士に合図を出して一斉に飛びかかろうとした。しかし、突如アガレスを中心として強い風が吹き荒んだ。

 

ウェンティが目を見開くと、強い風を取り囲むように風の壁を展開した。

 

「まさか…トワリンッ!!」

 

同時にウェンティが上空を見やるとそこには蒼き巨龍が翼を羽ばたかせていた。その場にいた全員が巨龍───トワリンを見て驚いている。トワリンはアガレスを護るようにして地面へと降り立った。

 

「…アガレス、キミは…」

 

トワリンの首筋にも、腰にも禍々しい血液の結晶体は存在しない。そしてトワリンも無差別に人々を攻撃することもしなかった。アガレスはそんなトワリンを見やると、

 

「…最初からこうしておくべきだった。何かを護っても…結局最後は全てを失うなら…俺はもう…」

 

悲しそうに表情をうち歪めてトワリンの背に乗った。だが性分なのか、アガレスはトワリンの背の上からジンへ向けて声をかけた。

 

「…ジン、『龍災』に関してはもう心配しなくていい。だが…ファデュイの動きには注意しておけ」

 

アガレスの言葉が終わったのを見計らってトワリンが一声嘶くと翼を羽ばたかせ飛び上がる。その様子を見ていた蛍はギリッと歯噛みすると、

 

「…アガレスさんッ!!」

 

「あ、おい旅人!待てよ!!」

 

飛び上がるトワリンの尻尾に捕まり、パイモンも蛍のスカーフに捕まって共に飛び上がっていく。残されたウェンティ達はその光景を呆然と見ることしかできなかった。

 

少しして我に戻ったジンが西風騎士達にアガレス達の捜索を命じるとウェンティに話しかけた。

 

「…不躾ながら聞かせていただきたい。貴方は…」

 

ジンの言葉を遮ってトワリンの飛び去っていった方角を見つめてウェンティは呟く。

 

「…ボクは───ボク達はただ、キミを救いたかっただけなのに…どうしてこうも上手くいかないのだろうね」

 

ウェンティは暫し瞑目するとジンを見て口を開く。

 

「聞きたいことはわかってるよ。ボクが何者か、そして何があったのか…そうだね?」

 

ウェンティの言葉にジンは首肯いき、溜息を吐く。

 

「…我々は余りにもアガレスという人物について無知だ…そして貴方は彼のことを知っている様子だったからな」

 

ため息混じりのその言葉にウェンティは苦笑すると、

 

「ここじゃ何だから、話ができる場所に連れて行ってくれると助かるな?」

 

ジンにそう告げた。ジンはその言葉に首肯くとウェンティをそのまま西風騎士団本部の大団長室まで案内するのだった。

 

〜〜〜〜

 

───お前は忘れ去られた。

 

俺は500年前まで文字通り身を粉にして世界とそこに住まう民のために尽くしてきた。

 

───お前を覚えている者など誰もいない。

 

だが、結果はこうだ。誰も俺のことなど覚えてもいないし完全に無駄だった。

 

───お前は孤独だ。

 

そう、俺は孤独だ。俺の行動は無駄だったのだろう。確かに世界は救われた。昔はそれでいいと思っていた。それでいいと自信を持って言えた。だがそれは誰かが俺を認めてくれていたからだ。俺を見ていてくれたからだ。

 

俺の自問自答は…少し前に通り過ぎた道だった。そして俺に問を投げかけてきたその存在は今はもういない。

 

「…トワリン、お前もそうだったんだろう?」

 

『…フン』

 

トワリンの反応に俺は少し微笑みを浮かべた。

 

「…重圧から解放されたといえばそうなのかもしれないがな」

 

生憎俺はそんな幸せな考えはできない。

 

確かに友人であるバルバトス自身は俺のことを覚えていたが記録を抹消したのは俺を除いた『八神』だろう。それは俺の努力を全て溝に捨てたのと同じだ。

 

だが今更世界に敵対することこそ無駄だ。だから俺は誰にも看取られず孤独に消えることを誓ったのだ。

 

「トワリン、俺を適当なところへ下ろしたらバルバトスの下へ戻ってモンドを護ってくれ…俺の代わりに頼むぞ。その下準備は済ませてある」

 

『…アガレス殿の頼みとあらば良かろう』

 

トワリンは一声嘶くと飛ぶ速度を上げた。アガレスは誰にも聞こえないように、

 

「…これで安心して消えることができるな」

 

そう呟くのだった。




アガレスの真意や如何に───

さて、疲れた、私は寝る!!

アガレス「いや、お前明日からもっと執筆しろよ我等が読者様が待ってんだよ」

ああああああ!!モチベーションがあああ!!限界突破する!!

という状況で基本描いてます(?)


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第14話 動き始める者達①

野球見ながら書いてたらどちゃくそ時間かかりましたありがとうございます(?)

ちなみに追記のながーいあとがきがあります。


西風騎士団本部大団長室にて、ジンとウェンティは向かい合っていた。尚、その場には関係者であるアンバー、リサ、ガイアの三人もいて話を聞くようだった。

 

「それで…どこから話したものかな」

 

ウェンティは手始めにそう切り出すと、

 

「まず初めに…キミ達はアガレス───彼のことをどこまで知っているんだい?」

 

ジン達にそう問い掛けた。ジンは少しだけ考える素振りを見せたかと思うと口を開いて、アガレスが全元素を扱えること、そして真偽はどうあれ口伝に記述のある存在と同一である可能性がある、ということをウェンティに告げた。尚、前半を聞いたジンとウェンティを除く三人はかなり驚いた様子を見せていた。

 

そんな彼、彼女らにウェンティはふむ、と唸ってから首肯くと、

 

「うん、概ね間違いはないよ。ボクが保証する!」

 

そう言ってドヤ顔をした。そんなウェンティを見たガイアは苦笑いを浮かべ、

 

「まぁ、待てよ。俺はアンタが『モンド城で一番愛される吟遊詩人』を三年連続で受賞したことくらいしか知らないんだが…」

 

そう言った。勿論、吟遊詩人は歴史学者には劣るかも知れないが、様々な物事に精通している場合が多い。特に第一線で活躍する吟遊詩人なら尚更である。だが、その吟遊詩人に保証されても証拠がないのでガイア個人としても、騎士団としても簡単に信じるわけにはいかないのである。

 

その事情を知ってか知らずか、ウェンティはまだ言ってなかったね、と呟くと寂しげに微笑みながら口を開いた。

 

「彼とは…長い付き合いなんだ。それも数千年来のね」

 

そしてその言葉にガイアは肩を竦める。

 

「おいおい、まさか…そんなに人間が長く生きられるわけがないだろう?そうだな…」

 

ガイアはそのまま人を食ったような笑みを浮かべながらウェンティを指差すと、

 

「アンタがもし風神サマだったら…或いはそうかもな?」

 

そう言った。それに反応したのはリサだった。

 

「それはありえないんじゃないかしら?風神様はモンドにもう暫く姿を見せて下さっていないから…それに、『龍災』のこともわかっていたのならもうとっくになんとかしてくれていると思うのだけれど…」

 

リサのその言葉にウェンティがバツが悪そうに目を逸らす。ガイアはガイアでその言葉に面白そうに笑っていた。

 

「っはは、案外なんとかしようとしてできなかったりしてな?」

 

「皆、今はそこを議論しても仕方ないだろう。一先ず彼に知っていることを聞かせてもらうのが先だ。その後で真偽は確かめればいい」

 

リサとガイアの話し合いをジンがそう諌めるとウェンティを見て続けるように視線だけで言った。それを感じ取ったウェンティは口を開いて説明を始めた。

 

「…そうだね、一応アガレスのことはそれなりに知っているみたいだから細かいことは省くけど───」

 

かつて行われた魔神戦争やそれに付随する戦いの際、アガレスは現在生存している『七神』の背負うはずだった怨恨を全て引き受けている。彼と親しかった魔神は怨恨を向けることはなかったが、それ以外の魔神達は『元神アガレス』という名前そのものに怨恨を被せるようになった。

 

ウェンティは上記のことを説明すると神妙な顔つきで言った。

 

「───だから500年前、彼が一度死んだ時チャンスだと思ったんだ。彼に掛けられた複数の魔神達の怨恨による呪いを解けるかも知れない、ってね」

 

複雑に絡み合った呪いは通常の方法では最早解呪できなかった。だからこそ、アガレスを除いた『八神』───現『七神』はアガレスに関する公な記憶を、一部を除いて全て消去したのだ。彼が復活した時に自由に生きていけるようにするために決して彼を頼らないようにすることも『七神』の間で取り決められているのだ。

 

「彼の様子を見る限りだと…どうやらボク達の目論見は上手くいったみたいだった。一部を除いてね」

 

ウェンティのその言葉に違和感を覚えたジンがやはり、という表情を浮かべてウェンティを見た。

 

『七神』間の取り決めが裏目に出たことくらいウェンティ───バルバトスにもわかっていたのだ。最初にアガレスを見た時、彼は信じられないのと本物かどうかわからないのと、そして取り決めの事を思い出して一度去った。その後すぐに二種類の元素を扱っているのを見て本物であることを確信しすぐに会いに行こうとしたが、タイミングを逃し続けて気が付いた時には姿を消していた。

 

ウェンティはジンの表情に気が付いているのにも関わらずそのまま続けた。

 

「ボクは彼に生きていてほしいがために…彼自身の思いを蔑ろにしてしまった。そしてそれに気がつけなかったボク自身のミスでもあるからね」

 

ジンはウェンティの言葉を聞き終わると、

 

「それでは…どうやってアガレスを探すおつもりですか?」

 

敬語でウェンティにそう言った。これに驚いたのは今まで水を差さないようにしていたアンバーだった。

 

「じ、ジン団長?どうして突然敬語に…」

 

「風神バルバトス様」

 

ジンの口から紡がれた言葉がアンバーの問に対する答えだった。ジンを除く三人が驚いたような表情を浮かべてウェンティに視線を集中させた。見られたウェンティは、というと特に反応は示さず、顎に手を当て考えるような仕草をする。

 

ジンがウェンティをそう呼んでいるからか、アンバーもリサもガイアもウェンティが風神バルバトスと同一人物なのかに疑問は持てどそれを表に出すようなことはせず、ただウェンティが口を開くのを待っている。

 

そんな状況の中、ウェンティは遂に口を開くと、

 

「そうだね、現状ではどうしようもない、というのが本音だよ。彼に本気で隠れられたら…絶対に見つけられないんだ。敵対されたら…何もせずにボクらは消されるかも知れないね」

 

肩を竦めながらそう言った。その言葉に拍子抜けしたような表情を浮かべるリサは、少し考えると口を開いた。

 

「そう言えば風魔龍…いえ、トワリンはもう正気に戻っていると考えていいのよね?そしてトワリンがアガレスと共にいるのなら…彼に戻ってくるように命令できたりはしないのかしら?」

 

「う〜ん…多分無理だと思うな」

 

そしてウェンティはリサのその考えを即座に否定した。ウェンティは最早デフォルトとなった顎に手を当てる仕草を続けたまま言葉を紡いだ。

 

「確かにトワリンはかつて『東風の龍』ではあったけれど、明確な主従関係が今もあるわけじゃないんだ。アガレスに助けてもらった身ならきっと…彼の命令を優先するかもしれないね」

 

その言葉にリサは少しだけ落胆した様子を見せた。そんなリサとは対象的に、ガイアは危機感を顕にすると、

 

「だったらアイツがまたトワリンをモンドにけしかけてくる可能性だってあるんじゃないのか?俺としちゃそれが一番怖いんだが…」

 

そう言った。しかしウェンティは即座に首を横に振る───かと思えば思い悩んでいる様子を見せているように、ジンの目には映っていた。しかし、

 

「…いや、アガレスは絶対にそんなことはしないよ。断言できる」

 

ジンの気の所為だったのかウェンティは即座にそう言葉を発してガイアをジト目で見た。見られたガイアは、というと肩を竦めるだけでそれ以上なにも喋ることはなかった。ウェンティは反論がないことを確認すると、

 

「一先ず何があってもいいように備えることだけはしておかないといけないね。それと、アガレスと旅人の捜索もね…ボクの方でも探してみるから」

 

「感謝致します、バルバトス様」

 

バルバトス、と呼ばれたウェンティは照れ臭そうに笑うと、

 

「ボクのことはウェンティで構わないよ。今はまだ…ただの一吟遊詩人に過ぎないからね」

 

ジンにそう言った。ジンは首肯いて了承の意を示すと一旦会議を解散して改めてアガレスと蛍の捜索、そして備えを行っていくのだった。尚、混乱を避けるためにウェンティが風神バルバトスであることは会議に参加したジン、アンバー、リサ、ガイアの四人の機密としている。

 

 

 

次の日の夜、モンド城の南西にある国境付近の山頂にウェンティはやって来ていた。

 

丁度良い岩に腰掛け、ウェンティはライアーを気の赴くままに爪弾いている。

 

「───風情のある良い音色だ。聞いたことのある旋律だがお前に教えたことがあったか?」

 

そんなウェンティの背後から声が響き、足音が響いて来る。まるで来るのがわかっていたようにウェンティは狼狽せずライアーの音色を閉ざすことはなかった。

 

そのまま目を瞑って寂しげに笑うと、

 

「…アガレスが昔ボクに教えてくれた旋律だよ。キミが聞き覚えがあるのも無理はないんじゃないかな?」

 

そう言った。言われた長身の男性はある程度の距離まで近付いてくると足を止めてふむ、と一つ唸った。

 

「確かに…元々は歌塵浪市とアガレスが共に生み出した旋律だったな」

 

「あはは、ボクはそれを彼に教えてもらったんだよ。素敵な旋律だと思ってね」

 

ウェンティは最後まで弾き終えたのか、ライアーを仕舞うと自身の背後にいる男性を見る。男性は苦しそうな表情を浮かべているウェンティを見ると、溜息を少しだけ吐いた。

 

「…それで、わざわざ俺を呼び出すとは何の用だ?バルバトス」

 

「…手伝ってほしいことがあるんだ、じいさん」

 

ウェンティに『じいさん』と呼ばれた男性は、明らかに『じいさん』という容姿からかけ離れているのだが、それを全く気にも留めずに男性は口を開いた。

 

「アガレスのことか?」

 

ウェンティは首肯くと状況を一通り説明して男性の反応を待った。状況を理解したらしい男性は腕を組んで瞑目しつつ口を開く。

 

「諸行無常…だが、彼だけは変わらないものと勝手に決めつけていたな。良いだろうバルバトス」

 

男性は目を開くと、

 

「『契約』は成された」

 

とウェンティにそう告げるのだった。ウェンティはその言葉に少しだけ泣きそうになりつつもしっかり「ありがとう…じいさん」と返すのだった。




あとがき書き忘れてたってマジ??

さて、小話をここで一つ、『ウェンティのアガレスに対する考え』に関して。

昔→「アガレス世界の民やら友人やら絶対護るマンだし闇堕ちとかナイナイ!!」

今→「って思ってたけど全然元素攻撃されたな…もしかしてもしかする?そ、マ?」

的な感じになっています。結構軽い感じで書いてますが実際は滅茶苦茶重いです。アガレスは自分のやって来たことを友人に裏切られて溝に捨てられたと思ってるし、ウェンティはウェンティで心の何処かで『アガレスならわかってくれるんじゃないか』という決めつけがあり…というすれ違いです。

何が辛いってウェンティは折角再会できたのに遠回しに『友人じゃない』って言われてるし、攻撃されかけるし、モンドに攻撃を仕掛けてこないっていうのも断言できなくて信じてあげられない自分にも嫌気が差すし…という。

もうね、辛い。辛いけど書いちゃう。

というわけで酒蒸でした、長めのあとがきにわざわざ目を通して下さった方に感謝感謝…。


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第15話 動き始める者達②

私の投稿頻度が高いって…?

本編の投稿頻度なら、初期は一日一つペースだったぞ!!ちょーっと戻っただけだから!!


「───ここでいい」

 

一方、トワリンに乗って暫く彷徨っていたアガレスは適当な所でトワリンをホバリングさせると風元素で浮遊した。そのままアガレスはトワリンの顔の前まで飛んでいき少し笑いかけると、

 

「ありがとう、付き合わせてしまってすまないな」

 

そう言った。その言葉に対してトワリンはグルグルと喉を鳴らすと、

 

『…気にすることはない。我を救ってくれたせめてもの報いだ』

 

そう言った。そのままトワリンは一声嘶くとアガレスを置いて飛んで行った。アガレスはトワリンを見送った後、地上を見やる。その場所は誓いの岬の上空であり、何を思ってここに来たのかはわからないがアガレスはここで何かをしようとしている様子だった。

 

そのままアガレスは覚悟を決めた瞳で地上へと降りていくのだった。

 

 

 

一方飛び去って行ったトワリンはアガレスを降ろした位置から然程離れていない、しかし人目につかない場所で地面に降り立った。

 

『いるのだろう、人間』

 

そしてそう言った。一見すると誰もいないように見えるが、少ししてヒソヒソと話す声が聞こえたかと思うとフラフラしながら金髪の少女───蛍とパイモンがその姿を現した。

 

「どうして私達がいるってわかったの?」

 

そしてトワリンを見て首を傾げた。何より蛍達にとって疑問だったのは、わかっていたなら何故アガレスに報告せず、そして振り落とさなかったのかということである。

 

トワリンはそれを理解しているのか、再び喉を鳴らすと、

 

『自らの身体に何かが引っ付いてくれば嫌でもわかる。それに…我はアガレス殿が何をしようとしているのかも知っている』

 

そう言って更に瞑目しつつ続けた。

 

『お前は我ではなくアガレス殿を追ってここまで来たのだろう?なればこそ…アガレス殿が何をしようとしているかを知る権利があるだろう』

 

トワリンはそう言うと、蛍達の意思を確認するようにジッと見た。蛍とパイモンは顔を見合わせると首肯き合ってトワリンを真正面から見返した。トワリンはフン、と鼻を鳴らすとアガレスがしようとしていることについての説明を開始した。

 

アガレスがしようとしていることは単純明快で、稲妻のとあるおとぎ話と同じことをしようとしていた。そのおとぎ話とは『泣いた赤鬼』である。

 

トワリンは正気に戻り、アガレスは何処にぶつけることもできない怒りと悲しみを自らの内に押し留めているため、いつ破裂してもおかしくないのは自分で深く理解していた。だからアガレスは最後はせめてトワリンとモンドのためになるようなことをして消えるつもりなのだ、ということを蛍達はトワリンから聞いた。

 

蛍達はアガレスと過ごした短い時間の中でも、彼が思慮深く短絡的でないことを知っていたが真相を知る人物はトワリンとアガレスの二人だけ。つまりどちらかが裏切らない限り絶対に失敗することのない計画だと感じていた。

 

そしてアガレスは決してモンドの民や建物を傷付けないことを確約し、トワリンと風神バルバトスにその感謝を集約させるためにトワリンには怪我を負わせることになるだろうことも伝えていた。

 

「…つまり、アガレスはモンドの未来のために犠牲になる道を選んだっていうことなのか…?」

 

パイモンがトワリンの話を聞いてそう感想を漏らし、トワリンがそれに微かに首肯いた。パイモンが空中でわなわなと自らの体を震わせ、その直後今にも泣きそうな表情で地団駄を踏んだ。

 

「なんだよそれ…自分が誰かを傷付けないように自分を傷付けるなんて…そんなの間違ってるぞ!!オイラ、アガレスと過ごした時間はそんなに多くないけど…アイツが良いやつだってことくらい知ってるし…」

 

最後の方は失速したが蛍としてもトワリンとしても同意見だった。

 

「…アガレスさんはわかってない。残された私達の気持ちまで…考えてない…というより考えないようにしている気がする」

 

蛍が苦々しげな表情を浮かべつつそう言った。トワリンも再びその言葉に首肯くと、

 

『我は…アガレス殿に報いたい。モンドの民を傷付けてしまった分際で高望みであるのはわかっているのだが…バルバトスのためにもアガレス殿は救ってやりたいのだ』

 

蛍とパイモンはトワリンのその言葉に首肯くと、

 

「おう!オイラ達でよければ手を貸すぜ!!」

 

「うん、アガレスさんを死なせたりなんかしない」

 

そう言うのだった。トワリンは少し笑うと蛍とパイモンに背に乗るように告げる。そして二人が背に乗ったのを確認すると今度はモンド城へ向けて飛び始めるのだった。

 

 

 

西風騎士団本部大団長室にて、ジンは普段の執務を早めに終わらせ、現在は冷や汗を浮かべつつとある人物と話をしていた。

 

「───というわけで…せん…コホンッ、ディルックにも一応警戒しておいて欲しいんだ」

 

そしてその話し相手というのは赤髪の長身の男性───ディルックだった。ディルックはムスッとしながらジンに冷たく告げる。

 

「…だから言っているだろう。僕はあくまで、酒場のオーナーに過ぎないと。だが…」

 

ディルックは一転して少し微笑むと、

 

「その忠告痛み入る。気に留めておこう」

 

そう言って大団長室を去るべく踵を返そうとしたのだが、窓の外を見てディルックは驚いたように目を見開いた。それと同時にエントランスホールの見張りをしているはずの西風騎士が慌てて大団長室に駆け込んできた。

 

「代理団長!!急いで来て下さい!!風魔龍が現れました!!」

 

「ッ…まさかこんなに早く…ありがとう、すぐに行く」

 

駆け込んできた西風騎士は敬礼をしながらそう報告した。ジンは苦々しげな表情を浮かべながら首肯くとすぐに席を立ち報告に来た西風騎士と共に行こうとした。しかし、

 

「僕も行こう」

 

ディルックが少しだけ眉を顰めながらそう言ってジンの隣に並んだ。ジンと西風騎士の二人は少し驚いている様子だったがすぐにジンが許可を出して共に西風騎士団本部の外へ出る運びとなった。

 

そうしてやって来たジン達だったが空中でホバリングして落ち着いた雰囲気を漂わせているトワリンを見て一瞬言葉を失った。トワリンはジンを見つけると、

 

『む、来たか…』

 

そう呟いて風神像の前に静かに降り立つと、頭を西風騎士団本部側に寄せた。ジンや西風騎士達はその様子に思わず身構えたが、すぐに再び目を見開いて驚いていた。

 

「こ、こんにちは〜…お、オイラ達だぞ〜?」

 

まずトワリンの頭の上からふわふわと飛んできたのは冷や汗を浮かべて目を泳がせまくっているパイモンだった。そしてその直後に蛍も苦笑しながらジン達へ向けて手を振った。そんな中ジンが安心したように警戒を解く。それを見たディルックも警戒を解きつつ、

 

「…ジン、あの者達は?」

 

と怪訝そうにジンにそう問いかけた。問いかけられたジンは怪訝そうに首を傾げるディルックを見ると、

 

「彼女達はトワリンを撃退した経験があり、モンドへ多大な貢献をした者達だ」

 

そう言った。そして今度は蛍達を見ると、

 

「旅人、しっかり説明してもらうぞ」

 

少しだけ不安そうな目を向けつつそう言った。その言葉に対して蛍とパイモンは目を見合わせてからしっかりと首肯くのだった。

 

 

 

「───まさか、そんなことが…」

 

蛍とパイモンから、トワリンに聞いた話をそのまま告げられたジンとディルックは深刻な表情を浮かべていた。ジンは色々と思うことがあるのか、特に苦々しげに表情を歪めている。

 

「…それで、オイラずっと気になってたんだけど…」

 

そんな中パイモンはジンの隣に立っているディルックを見た。蛍とパイモンにとってディルックは初めて見る存在であるためそう問いかけたのである。ジンは忘れていた、とばかりにディルックを見たが、その彼はジンが口を開いて説明しようとするのを手で制した。

 

「僕の名はディルック、わかりやすい身分を告げるとアカツキワイナリーのオーナーをやっている。好きに呼ぶと良い」

 

ディルックのそのぶっきらぼうな言葉にパイモンはお、おう、と曖昧な反応を見せつつ普通にディルックと呼ぶことにしたようだった。

 

蛍達の自己紹介も一応終えると、蛍はそのままジン達に相談するべく、

 

「それで、これからどうしたら───」

 

とそう言おうとした。だが言葉の途中で、大団長室にある開いた窓の外から声が響き渡った。

 

「───話は聞かせてもらったよ!」

 

そして窓から入ってきたのは緑色の吟遊詩人、そしてもう一人いた。

 

「やーやー!現状を打破するべくボク、吟遊詩人ウェンティの登場さ!」

 

「…それで何故俺まで連れてこられたのか…本当に理解できんな。お前はやはり風情に欠ける呑兵衛詩人か」

 

「じいさんひどーい」

 

やけにハイテンションなウェンティに連れ立たれてやって来たのは璃月の服装をした長身の男性だった。長身の男性はなんでもないように大団長室に窓から入ってくると、腕を組んだ。

 

そんな彼を警戒しつつ見るジンだったが、その様子に気が付いたらしいウェンティが軽い感じでその場にいた全員に告げた。

 

「紹介します!隣国、璃月の岩神、『岩王帝君』ことモラクスさんです!」

 

ピシッと空気が固く凍り付く…というより石化した。直後、パイモンの悲鳴にも似た叫び声が西風騎士団本部、ひいてはモンド城に響き渡るのだった。




と、いうことで…『じいさん』ことモラクスさんに滅茶苦茶悩みを打ち明けて少しだけ気持ちが軽くなったバルバトスくん。あまりにも舞い上がり過ぎて皆の、それも旅人の前にバチコーン連れてきちゃいました☆

どんどんカオスになっていくな〜この状況(白目)

曇らせに曇らせて救済…アガレスを蛍ちゃんに惚れさせるにはこれしか…!!


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第16話 動き始める者達③

諸事情(親戚の集まり的なアレ)で昨日は投稿休んだぞ!!

本編書かなきゃ…と言いつつこっち側のモチベが高くて書いちゃうんだよな…ハハ


混乱が収まるまで暫し経って、

 

「それで、どういうことなんだよウェンティ!お前、なんで璃月の神様なんか連れて来ちゃったんだ!?」

 

勿論自分の中の混乱は全く収まっていない様子のパイモンが後頭部をポリポリと掻きながら困ったように笑っているウェンティに向かってそう言った。そのウェンティに対して、モラクス───尚真偽の程は定かではない───はジト目を向けつつ、

 

「だから言っただろう。俺を突然ここへ連れて来ては外交問題にもなりかねん、と…」

 

そう言った。だが、ウェンティは何でもないことのように苦笑しつつ告げた。

 

「でもじいさんだってアガレスを助けたくてここに来たんでしょ?ってかアガレスが敵に回ったらヤバいからじいさんにも協力してほしいって話をしたじゃん!」

 

途中から頑固なモラクスに対して腹が立ってきたのかウェンティは頬を膨らませつつそう告げた。対するモラクスはウェンティの言葉を軽く流すと、

 

「改めて、俺の名はモラクス。隣国璃月の神をやっている者だ」

 

その場にいたウェンティを除く全員に向けて自己紹介をした。その後ジン達も軽く自己紹介をしようとしたのだが、モラクスの自己紹介を聞いたウェンティがすぐに「あははは!!じいさん、ふざけてる時のアガレスみたいな時のノリだね!!」とからかいながら爆笑し、満更でもなさそうな顔をしながらモラクスが拳骨でウェンティを黙らせるという珍事が繰り広げられたためにできなかった。

 

ようやく落ち着いたので今度こそ自己紹介を終えると、ジンは胸に手を当てながら、

 

「それで…ウェンティ殿、何故…その、彼を?」

 

モラクスを見て何と呼ぶべきか決めかねている内にそう続けた。ウェンティはそう言えば説明してなかったね、と呟くと、

 

「…そうだね、皆は『八神』のことを知っていると思うんだけど、中でもモラクスはボクと同じくアガレスと交流があってね。まぁボクの次くらいにアガレスについて詳しいから助けてほしかったんだ」

 

そう言ってモラクスのことを目を細めつつ見た。言われたモラクスは、というとピクッと不機嫌そうにその眉を顰めたが、なんとか芽生えた感情を押し殺してウェンティの言葉に同意した。

 

「…それでさ、旅人!キミがトワリンから聞いた話は本当?」

 

突然話を振られた蛍はビクッと驚いた様子を見せたが、

 

「トワリンが嘘をついてなければ…多分本当」

 

すぐに首肯いて肯定しつつそう言った。その言葉にウェンティとモラクスは二人同時に眉間にシワを寄せた。その様子に気が付いたらしいガイアが首を傾げながら何かおかしいことでも?と問いかけた。

 

二人は同じ表情のまま顎に手を当てて考え込むように黙っていたが、やがて先に考えが纏まったらしいモラクスが口を開いた。

 

「…蛍、と言ったな。その話に嘘は本当にないのか?」

 

改めての事実確認らしいその言葉に蛍はすぐに首肯いた。モラクスはふむ、と唸ると、

 

「大体の状況はバルバトスから聞き及んでいる。そしてトワリンからも先程…同じ話を聞いた」

 

そう言った。その言葉に驚いたのは蛍とパイモンである。

 

「えっ!?でも、それっていつの話だ…?」

 

勿論、つい先程の話である。ウェンティとモラクスが大団長室に来るまで何をしていたのか、というとトワリンに話を聞いていたのだ。トワリンはウェンティに深く謝罪し、ありのままを話したようだった。

 

それを聞いた蛍達は納得したようにうんうん首肯くと話の続きを待った。そしてそれを察したらしいモラクスが腕を組みながら再び口を開いた。

 

「さて、トワリンの話にも旅人の話にも齟齬は何もない。そしてトワリンが嘘をついているわけでもなかった」

 

モラクスもウェンティも長い年月を生きている。そのため相手が嘘をついているか否かを見破ることなど造作もなかった。

 

だからこそモラクスもウェンティも念の為蛍の言葉を確認したがったのである。しかし結果はシロ…つまり、心の底からアガレスがモンドを襲ってそれをトワリンやモンドの民で協力して撃破し、自分は消えようとしているということがわかった。

 

「…まぁ、アガレスの考え方自体が本当はあり得ないはずだけどね」

 

ウェンティの言葉に全員がどういう意味かわからず首を傾げた。だがモラクスだけはウェンティの言葉に同意するように首肯いている。

 

「キミ達はアガレスとの付き合いが浅いからね、違和感がないのも無理はないよ」

 

ウェンティは寂しそうに笑いながらそう言った。そもそもウェンティはアガレスに再会した時はメンタルがズタボロになっていたために深く考えることができなかったが、全てにおいてあの言動はあり得なかった。

 

「アガレスは絶対に、何があろうと本当の意味でボク達を傷付けることはないんだ。確かに彼の言っていた事だって…よくわかる。でも行動に矛盾が多すぎるんだ」

 

ウェンティの言葉にパイモンが首を傾げつつ、何かに気が付いたようだった。

 

「あっ!アガレスは頭が良いのに、ウェンティの言葉を絶対聞きたくないって感じだったよな…なんか、駄々をこねてる子供みたいな…?」

 

「普段のパイモンみたいだね」

 

「おいっ!!」

 

パイモンと蛍の漫才はさておき、パイモンの言葉にウェンティはよくできました!とばかりに手を叩くと少し考えつつ口を開いた。

 

「そう、普段の彼にはあり得ない言動や行動が多かったんだ。普段の彼は自分を含めた双方の立場を理解しようとするんだ。どうしても理解できない場合は自分が護りたいモノの方につくみたいだけど…」

 

それはさておいて…とばかりにウェンティはすぐに話題を元に戻すと、

 

「それに比べて今のアガレスの状態を一言で言い表すとすると───」

 

そう言って少し考えるような仕草を見せた。少し間を置いて思いついたらしくウェンティはいい笑顔で人差し指を立てると、

 

「───全然ダメダメだね!」

 

 

 

閑話休題。

 

「───すまない、コイツは風情がわからないようだ」

 

モラクスは少しだけ頭を下げながら怒りの表情を浮かべている。尚、彼の足元には頭に大きなたんこぶを作って撃沈しているウェンティの姿がある。モラクスはそんなウェンティには全く目もくれずに言葉を引き継いだ。

 

「まぁつまり、俺とバルバトスは一つの仮説を立てたんだ。さて…お前達に問おう───」

 

モラクスは腕を組むと、部屋の中にいた全員を見回してから、

 

「───今まで信仰されていた対象が自分を忘れ去り、剰え恐れるようになっていた…そこにつけこまれ邪悪な存在に目をつけられたがために、正常な判断や思考ができなくなってしまった…似ていると思わないか?」

 

そう問いかけた。まさか、という表情をジンとリサ、そしてディルックが浮かべ風神像の前でモンドの住民の目に入らないように小さくなっているトワリンを見た。モラクスは一瞬瞑目すると、すぐに目を開いて全員に告げた。

 

「アガレスは、『アビスの腐食』に侵されている」

 

その場の全員に戦慄が走り黙りこくった。だが蛍だけは冷静に詳しく話を聞くようで、口を開いて言葉を発した。

 

「アガレスさんが腐食に侵されたのはいつって考えてるの?」

 

モラクスはふむ、と一つ唸ると、

 

「俺達が立てた仮説ではトワリンを元に戻す過程で腐食に侵されたのではないか、と考えている」

 

とそう言った。だが、その言葉にアンバーは首を傾げると蛍を見ながら言う。

 

「でも、その前からアガレスさんの様子はおかしかったよね?しかも、ちょっとずつおかしくなっていったような感じで…」

 

蛍はモラクスとアンバーの言葉それぞれに首肯くと思考しつつ口を開いた。

 

「…そう、アガレスさんの様子はそれ以前からおかしかったし、トワリンを治すだけの時間は多分ないはず───」

 

蛍はそこまで言って一つ思い出したことがあったために言葉を止めた。いや、正式には言葉を止めざるを得なかった。その様子に怪訝そうな表情を浮かべるモラクスと復活したバルバトスだったが、蛍は気力を振り絞ったような声で言った。

 

「…私とアガレスさんでトワリンを撃退した時に───「ああああ!!もしかしてあの時!?」」

 

蛍の声を遮ってウェンティがそんな風に叫びながら頭を抱えた。勿論その場にいた全員がそのウェンティの行動に驚きつつ心配そうに見たが、ウェンティは構わず蛍を見て続けた。

 

「旅人、キミがトワリンの暴風に巻き込まれて上空へ吹き飛ばされるのを見た時、ボクが手助けしたでしょ?」

 

「アレってウェンティだったんだ───」

 

会話を要約すると、トワリンの暴風に巻き込まれ上空へと投げ出された蛍は風の翼を展開したが、長い間空中に留まれていたため不思議に思っていたところ、風に乗って色々と助言をする声が聞こえてきたようだ。蛍自身も何がなんだかわからなかったが、取り敢えずその通りにしていると遅れてやって来たアガレスにも同じことを言われたため同じことを続けていると、遂にトワリンが逃げる素振りを見せたため蛍は気を抜いたのだ。

 

しかし、直後トワリンは踵を返して蛍を喰らおうと口を大きく開いて蛍へ向かった。その際、突然のことに動揺して動けなかった蛍をアガレスが護ったのだ。

 

「───その時、アガレスはトワリンの横っ面を軽く殴って追い払っていたんだけど…」

 

「まさか、その時に!?」

 

パイモンの言葉にウェンティと蛍は首肯くと、ウェンティが更に続けた。

 

「旅人、ボクはトワリンの説得に失敗してボク自身も『腐食』されかけた、って言ったよね?アガレスはトワリンの横っ面を殴った時に軽く接触してる…つまりその時には既に…」

 

ウェンティは苦々しげな表情を浮かべながらそう呟いた。

 

「おい、一つ忘れてることがあると思わないか?」

 

そんな中、ガイアは全員へ向けて神妙な顔つきで口を開いた。ガイアに全員の視線が集中する中で、ガイアは口を開いて続けた。

 

「…トワリンは自我を失ってモンドそのものへの憎しみを募らせ襲い始めた…つまり───」

 

ウェンティとモラクス、そして蛍とパイモンはまさか、という表情を浮かべた。そして大団長室の外が騒がしくなってきたことに気が付く。ジンはすぐに何かがあったことを察すると、

 

「すまない、少し抜けさせてもらう」

 

とそう断りを入れてから大団長室を出て行った。

 

「…あら?トワリンが…」

 

そんな時、窓側を見ていたリサが風神像の前に先程までいたトワリンがいなくなっていることに気が付いた。そしてそのリサの呟きによって何があったのかを理解したらしいモラクス、ウェンティ、そしてディルックとガイアはすぐ行動を開始しようと動き始めようとした。

 

その直後、かなり切羽詰まった様子のジンが大団長室の中へと戻ってきた。

 

「…ガイア、どうやら君の予想は的中したみたいだ」

 

戻ってくるなり、ガイアを見て悲しそうにそう言うと、ジンは決意を込めた瞳で室内の全員に向け告げた。

 

「アガレスがモンド城を襲い始めたようだ!総員、戦闘準備!!」

 

その言葉だけで時間がないことを悟ったウェンティやモラクスはすぐに行動を開始した。尚、アンバー、ガイア、リサの三人は既にジンの指揮の下動き始めている。

 

「じいさん、アガレスの足止めをお願いできる?」

 

ウェンティはモラクスにそう言った。その瞳にもう迷いはなく、それを見たモラクスも同じように瞳に力を込めると、

 

「承知した、引き受けよう」

 

とそう言って槍を持つと、大団長室の窓を開けて外へ出て行った。ウェンティはディルックと蛍達を呼ぶと、

 

「キミ達は天空のライアーを持ってきてくれないかい?ボクの見立てではアレが必要なんだ」

 

元々はトワリンを救うために欲しかったモノだが多少対象が変わっただけだ、と割り切ったウェンティはディルックと蛍にそう言った。だが、とディルックは早口で告げる。

 

「天空のライアーの貸与に関しては代理団長の許可が必要なはずだが?」

 

そのディルックの言葉を聞いたウェンティはニヤリと笑うと自分の懐から一枚の用紙を取り出してディルックに手渡した。

 

「こんなこともあろうかと、許可は貰っておいたよ!時間はそれなりにあったからね」

 

ディルックは用紙を見てすぐに状況を理解すると、蛍達に向けて早く行くぞ、と告げて大団長室を出て行った。蛍達も急いでついて行こうとしたがウェンティに呼び止められたため一瞬留まった。

 

ウェンティは蛍の肩に手を置くと、目を伏せながら言う。

 

「…アガレスを治すためにはきっとキミの力も必要だから…今のうちに言っておくよ───」

 

その言葉に直後、蛍の肩に触れるウェンティの手先から風元素が蛍を包み込んだ。蛍とパイモンが首を傾げているとウェンティは微笑みながら告げる。

 

「───風のご加護があらんことを。さ、行っておいで!」

 

蛍達はウェンティに一言ずつ礼を言うとディルックの後を追って大団長室を出て行った。ウェンティは一人残された大団長室で一瞬瞑目したが、すぐに覚悟を決めたように自分も大団長室を去るのだった。




毎度のことながら長くなるね!!はっはっは!!

ウェンティ「じいさんよりボクのがアガレスに詳しいんだけどねっ!」
モラクス「カッチーン、やっちゃう?処す?処す??」


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第17話 接触

今回は短めかもですな。


アガレスがモンド城を襲い始める少し前。

 

トワリンと別れて誓いの岬へと降り立ったアガレスは苦々しげな表情を浮かべながら目を瞑って崖の先端部に座って瞑想をしていた。トワリンの背から降りて誓いの岬まで来たのは、自らの負の感情を抑えるのが限界に近づいてきていたからであり、自らの作戦を決行するまではなんとしてでも自我を保とうとしているのである。

 

勿論、アガレスの見立てでは作戦決行まではなんとか自我を保つことができるはずだった。しかし、幸か不幸かここでアガレスの見立ては外れることになる。

 

『───やっぱり、貴様も『腐食』されていたのかアガレス』

 

海の方を向いていたアガレスの背後から足音と共にそんな言葉が聞こえたかと思うと、長身の怪物が姿を現した。そんな怪物は木陰に立っておりその全貌を見ることはできない。アガレス自身も化け物の姿形を見ることはできず、しかし相手がどんな存在かだけは理解できたようだった。

 

「…俺に何の用だ?」

 

苦しげな声ながらアガレスは相手にそう問うた。対する相手はくくっ、と下卑た笑いを漏らしながら、

 

『そうだな…強いて言うなら、より役に立ちそうな力が手に入りそうだから直々に私がやって来たのだ』

 

そう言った。アガレスはその言葉を聞いた瞬間、先程の苦しそうな表情から一転して憤怒の表情を浮かべると、

 

「…トワリンを誑かし、モンドを襲わせるように仕向けたのはお前ってことか」

 

そう言って刀を取り出して臨戦態勢を整えた。しかし相手はその言葉を鼻で笑うと言葉を紡いだ。

 

『誑かした?襲わせるように仕向けた?フン、我々はただあの愚龍の手助けをしただけに過ぎぬ。心中に生じた疑問と怒りと悲しみを増大させただけに過ぎぬ。かの愚龍の行動は全てヤツ自身によるモノだ』

 

トワリンを、モンドを、ひいては七国に住む全ての民を下に見ているであろうその傲岸不遜な態度にアガレスは感情の制御が利かなくなるのを覚え、片腕で頭を抱え膝をついた。その様子を見ていた相手は勝ち誇ったようにアガレスを嘲笑した。

 

『私がわざわざここへ赴いたのは…貴様を煽り、そして貴様の制御された理性を崩壊させるためだ。その調子なら上手くいったようだな』

 

怪物はアガレスに近付くと手を翳してクツクツと喉を鳴らした。

 

『この世を滅せられる程の力…ククク、殿下もさぞかしお喜びになるだろう』

 

何かの作業を終えたらしい怪物はアガレスから足早に離れると突如空間を切り裂く。切り裂かれた空間には禍々しいモヤが漂っており、明らかに普通のモノではないということが察せられた。怪物はそのままモヤの中へ入っていくとそのままモヤごと姿を消した。

 

その場に残されたアガレスは苦しそうに呻き声を上げながら蹲っていた。

 

(何をされた…?感情の制御が…ままならないなんて…)

 

蹲りつつも残酷なまでに冷静な頭脳で、ある事実に思い当たったらしいアガレスは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

 

「…そういう、ことか…俺も『腐食』を受けていたと…」

 

そして先程『アビス』の怪物に何らかの処理を施されたことからもわかる通り、アガレスとトワリンの計画はこの時点で破綻していることを意味していた。

 

加えて暴走した自分を止められる存在が果たしているかどうかも全く不明である。全元素を扱い、際限なく暴れ回るアガレスを果たして現存する神だけで止められるかどうかは全く以て未知数と言えた。

 

そしてアガレスの冷静な思考回路はもう一つ、残酷な結論を出していた。

 

「…幾ら正常な判断ができていなかったとは言え…バルバトスにあんな事を言ってしまったな…」

 

相手側の事情も考えず浅慮だったことをアガレスは恥じる。まぁ、バルバトスなら「仕方ないなぁアガレスは…酒代一年分で手を打とう!」とか言ってくるだろうが…などとアガレスも考えてしまっていたがもうそんなやり取りもできないであろうことを心から悔いた。

 

薄れゆく意識の中、アガレスは思う。

 

(ああ…畜生…せめて一言でもいいから…謝りたかったな…)

 

その思考を最後にアガレスの意識は闇へと沈むのだった。

 

 

 

その一時間程後、モンド城にて。

 

「アンバー!状況は───ッ!!」

 

一通り指示を出し終えたジンが先に西風騎士団本部の外へ出ていたアンバーにそう問い掛けるべく自分も外へ出たのだが、外に広がっていた光景を見て息を呑んだ。蒼き巨龍と長身の男性、そしてアガレスがモンド城の上空で戦っていたのである。既にモンド城の建物や城壁にある程度の被害が出ていたため、ジンはアンバーを見つけてすぐに状況を聞いた。

 

聞く所によれば既に住民の避難は完了しており、モンドで最も頑丈な建物である西風大聖堂へ避難済みであるとのことだった。しかし、アガレスの迎撃に向かった西風騎士の数名が既に負傷し、空中を飛んでいるため迂闊に手出しできなくなっていた。

 

ジンはギリッと歯噛みすると、

 

「今のうちに警戒を!!『ファデュイ』や『アビス』が何をしてくるかわからんぞ!!」

 

とそう指示を飛ばすことしかできなかった。

 

 

 

『───ぬぅッ!!アガレス殿!!目を覚ますが良い!!』

 

一方、空中を飛ぶ蒼き巨龍───トワリンはこれまた同じく宙に浮いているアガレスへ向け極太の風元素のブレスを放った。勿論、モンドへ直撃すればモンドがただじゃ済まないため、必然的にトワリンはアガレスより少し低い位置から上空へ向けて放っている。

 

対するアガレスはブレスをギリギリで回避するとそのままブレスに沿ってトワリンに肉薄し、刀を抜き放ってトワリンの喉元を掻き切ろうとした。しかし、

 

「やらせんッ!!」

 

そんな声が聞こえたかと思うと岩元素でできたシールドがアガレスの刀を阻んだ。トワリンはその間にすぐアガレスから距離を取り、アガレスもシールドをそのまま粉々に砕いて脱した。

 

その隙を見逃さず長身の男性───モラクスが岩元素でできた柱を立て、それを足場にして高く飛び上がり、槍を振るう。シールドを砕いてフリーになったアガレスはモラクスの槍を体を大きく捻って躱し、そのまま右足を叩きつけた。突然の衝撃にモラクスは地面へと落とされるが、間髪入れずトワリンの無数の風の球がアガレスを襲った。

 

1つ目はアガレスに直撃したがアガレス自身も岩元素或いは風元素に覆われているからか効いている様子はなく、その後は全て撃墜されるか避けるかされ、あろうことか風の球を目眩ましにトワリンに近付いたアガレスはトワリンの不意を着いて刀を振るった。

 

しかし、地面で体制をなんとか立て直したモラクスによって再び阻まれた。トワリンが安堵し距離を取ろうとしたのも束の間、アガレスはシールドごとトワリンを地面へとはたき落とした。

 

『ッ…これほどまでに手強いとは』

 

地面へと落とされたトワリンがすぐに体制を立て直しながら思わずと言った形でそうボヤいた。その言葉に少し傷を負っている様子のモラクスも苦笑と冷や汗混じりに同意した。アガレスはまだ全ての元素を使用していないためまだまだ余力がある。対するトワリンとモラクスは二人がかりでも苦戦しているため、かなり厳しい戦いであることが察せられた。

 

アガレスは上がってこない様子のトワリンとモラクスを無機質な目で見ると、地面へと降りて来た。モラクスはそれを見て少し笑うと、

 

「トワリン、どうやらアガレスは俺達を敵対視してくれたようだ。今ならモンド城から離せるかも知れんぞ」

 

小声でそう言った。トワリンはその声をしっかり拾うと気合を入れるようにグルグルと喉を鳴らした。

 

『良かろう…どちらにせよやるしかないしな』

 

トワリンはアガレスへ向けて咆哮すると、敢えてそのまま突進した。アガレスは居合の体勢で固まっていたが、不意にモラクスによる物理的な横槍によって居合の体勢を崩された。そこへ迫ってきたトワリンがアガレスの衣服を噛んで遠くへ吹き飛ばそうとした。

 

しかし、パリッと空気が爆ぜる音が聞こえたかと思うと、閃光がトワリンとモラクスの目を覆う。直後に雷鳴が聞こえたかと思うと、アガレスはトワリンの拘束から逃れ、少し離れた所の屋根の上に立っていた。

 

「ッ…トワリン、覚悟を決めるぞ」

 

モラクスはそんなアガレスを見て冷や汗を大量に流しながらそう言って槍を構えた。トワリンはモラクスのその言葉にアガレスに威嚇の鳴き声をすることで答えた。

 

───じいさん、アガレスの足止めをお願いできる?

 

モラクスの脳内にウェンティ───いや、友人であるバルバトスから告げられた言葉がリフレインした。モラクスはギリッと歯噛みすると苦々しげな表情を浮かべ、

 

「…こんなにも厳しい戦いは…初めてだ」

 

とそう呟くのだった。




短め万歳!!主に私の負担が減る!!


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第18話 阻む者達①

ジンさんとか頑張ってるトワリン達よりちょっと先に蛍ちゃんサイドのお話をどうぞ!

追記 : 書き忘れてた描写があるってマジ!?

ということで作者のやらかしを御覧下さい。

投稿する

ぐーすかぴー

次の日の夜執筆する

ウェンティの所用に関しての描写を忘れていたことを思い出す

という流れ…ということで足します!!オラァァァァァァ!!(?)


西風騎士団本部を出た蛍達はアガレスと戦うトワリンとモラクスの姿を見つつ、避難してくるモンドの住民達と一緒に西風大聖堂へとやって来た。

 

「どうなってるんだ…!?風魔龍は、モンドを襲いに来たんじゃなかったのか!?」

 

「一体全体何が起きてるんだよ…モンドを襲いに来たと思った風魔龍がモンドを護っているなんて…」

 

大聖堂内に入ってきた蛍達はそんな住民達の呟きを聞きつつ、以前ウェンティを追い返したシスターを見つけると話しかけた。

 

「シスター!オイラ達、用があって来たんだけど…」

 

「貴方達はこの前の…天空のライアーなら貸せないって───って、ディルック様!?」

 

この前のシスターは蛍達を見るなりこんな時に…という表情を浮かべたが、ディルックを見ると驚いたように目を見開いて仰け反った。ディルックは一頻りシスターの様子を見守った後、懐から書類を取り出しつつ告げる。

 

「天空のライアーを貸し出して欲しい。既に代理団長には許可を得ているので、この書類を」

 

そう言われたシスターは恐縮しながら書類を受け取るとすぐに責任者の下へ見せに行くようだった。そうして戻ってきたのだが、シスターは西風騎士を連れて顔を真っ青にして戻ってきたかと思うとディルックに向け告げた。

 

「その…天空のライアーがつい先程盗まれたようで…」

 

その言葉にはさしものディルックも驚かざるを得ず、そして咎めるような視線で西風騎士を見た。西風騎士も恐縮しながら状況を説明した。

 

西風騎士によれば気づいた時には既に天空のライアーは消えており、巡回の目がない僅か十数秒のタイミングで盗まれたと思われるとのことだった。ディルックは冷たい視線を向けつつ礼を告げると下がらせ蛍達の方向へ向き直ると眉を顰めながら腕を組んで口を開いた。

 

「聞いての通り天空のライアーは何者かによって盗難されたようだ」

 

「えええ!どうするんだよ!このままじゃ…アガレスを救うどころかオイラ達がやられちゃうぞ!!」

 

ディルックの言葉を聞いたパイモンが体を震わせながら悲鳴のように叫ぶ。しかし、ディルックはあくまで冷静に告げた。

 

「犯人は恐らく『ファデュイ』の工作員だろう。現状それが成せるのは彼らくらいのものだ」

 

そして、と更に続ける。

 

「つい先程盗まれたばかりであれば恐らく然程遠くには行っていないはずだ。今から追えば見つかるかも知れないな」

 

ディルックの言葉にパイモンはよしっ、とやる気を取り戻したようですぐに探しに行こうぜ!と告げた。状況証拠からして犯人は既に外にいるだろうことは間違いなかったのだが、念には念を、ということでディルックはとあるアドバイスを蛍達にしてから大聖堂内を少し調べてから外の捜索をするようだった。

 

ディルックと別れた蛍達は早速周囲を見回してみたが、やはり普通に見るだけでは誰も見つからないようだった。普段は活気のあるモンド城も今は空は曇り、人々の声は聞こえずただ轟音と地響きが聞こえるのみであった。

 

蛍はそんなモンドの様子を悲しそうに見つめつつ、

 

「それじゃあ、ディルックさんに教わった『元素視覚』で見つけてみよう」

 

と早口でそう呟くと蛍は『元素視覚』を使用して周囲を見回した。しかし、うまい具合にいかないのか蛍は苦々しげな表情を浮かべた。そんな蛍をパイモンが心配そうに見る中、蛍は微かに純粋で優しい風元素の力を感じ取っていた。

 

「色んな元素が入り乱れてるからわかりにくいけど…多分こっち」

 

「おう!あ、でもディルックの旦那はどうするんだ?」

 

蛍はゲーテホテルのある方向を指差し、そこに向かおうとしたがパイモンの言葉で足を止めた。だが、蛍はキッとゲーテホテルの方向を睨むと、

 

「…時間を掛けすぎるとライアーを取り戻せなくなるかも…」

 

そう呟いてゲーテホテル方向へ向けて走り始めた。パイモンは蛍を呼び止めようとしたが、「ああもう仕方ないな!」と呟くとパイモンも蛍の後を追うのだった。

 

少し走ってゲーテホテルへと到着した蛍達だったが、ゲーテホテル付近には既にファデュイが展開しており、何かを行っているようだった。しかし、ファデュイの兵士が接近に気が付くと恐らく排除されるだろう、そう考えた蛍は隠密行動を心掛けて監視の目を掻い潜り、なんとかゲーテホテルへ侵入することに成功した。

 

そのまま探索を続け遂に天空のライアーが保管されている部屋を発見した蛍は安全を確認した後、天空のライアーを手に持った。しかし、その瞬間ビーッと大きな音が鳴り響き、直後沢山のファデュイの兵士が部屋に雪崩込んできた。

 

蛍は天空のライアーを左手に持ったまま臨戦態勢を整えたが、うなじにデットエージェントの手刀を喰らいくぐもった声を上げながら蹲った。

 

「どうやらネズミが入り込んでいたようだな…」

 

「隊長、如何が致しますか?」

 

そうだな、とデットエージェントは天空のライアーを離す様子がない蛍を見て鼻を鳴らすと、

 

「殺せ、天空のライアーを我々が盗んだことが周囲に知れ渡っては面倒だからな」

 

そう言って踵を返して蛍達の前から去ろうとした。パイモンがおい!と声を上げるが、

 

「御意」

 

周囲の兵士達が蛍を殺しに動き始めたためにすぐにパイモンも静かになる。しかし、パイモンは小さい体を精一杯動かしてなんとかファデュイの兵士達に抵抗しようとしていた。

 

そんな絶体絶命の瞬間、ゲーテホテルにアガレスとトワリン、そしてモラクスの戦っている流れ弾が直撃し、ゲーテホテルは一瞬で瓦礫の山に変化した。元々気を失いかけていた蛍はその衝撃で気を失い、パイモンは巻き込まれたもののなんとか無事だった。

 

パイモンは瓦礫からなんとか脱出すると気を失っている蛍の下へ向かって気遣う様子を見せた。幸いにして周囲にいたファデュイの兵士は瓦礫の下敷きになってしまったようである。

 

しかし安堵したのも束の間、パイモンは信じられないものを目にすることになってしまった。そのため、すぐにパイモンは誰でもいいから騎士団の人間を呼ぶべく移動を開始するのだった。

 

 

 

一方、大聖堂に残ったディルックは見張りの西風騎士達から更に詳しく話を聞き出し、犯人をある程度絞った所で大聖堂を出た。しかし、外に出て蛍達がいなくなっていたことでどうやら犯人の目星がついていたらしいと勝手に結論づけたディルックは自らも元素視覚を使用して元素の痕跡を追っていく。

 

少し走って元素の痕跡が途切れている場所まで到着したのだが、その場所は廃墟と化したゲーテホテルの前だった。そしてその付近には少し怪我を負っている蛍がいた。パイモンはどうやら人を呼びに行っていたようで今はこの場にはいなかった。

 

ディルックは周辺の警戒をしつつ素早く蛍に駆け寄ると抱き起こした。抱き起こされた蛍はすぐに痛みに顔を歪めつつ目を開いてディルックを見た。

 

「…何があったんだ?」

 

ディルックは蛍を気遣いつつそう問いかけた。蛍はゆっくり深呼吸しつつなんとか先程起きたことを説明し終えた。そして自分の手に持っている天空のライアーを見て驚いたように目を見開いた。ディルックも蛍を早く助けねばならないと考えていたため彼女が手に持っているモノに気が付いていなかったのだが、蛍の反応によって初めてそれを認識した。

 

「───おーい旅人〜大丈夫か〜!!」

 

そんな中、パイモンが数名の西風騎士を連れて戻ってきた。ディルックはチッと舌打ちをすると、蛍を横抱きに抱えて立ち上がった。西風騎士はディルックがいたことに驚いていたようだったが、ディルックにすぐに何があったのかを聞こうとした。

 

しかし、ディルックは西風騎士の質問を軽く流すと、

 

「ここで話すことはできない。西風騎士団本部を借りるぞ」

 

そう言って有無を言わさず西風騎士団本部にやって来た。勿論、西風騎士達も一緒だったがディルックは構わずパイモンと共に状況を説明した。その間、蛍は大団長室のソファに寝かされており、その手に持っていた天空のライアーは現在ディルックが持っていた。

 

しかしその天空のライアーは───

 

「…弦が錆びれているんだ。まぁ、何年も放置されていたようだし当然かも知れないが…」

 

そう、弦が錆びれてこのままでは弾けない状態だった。どうしたものか、と頭を捻っていたパイモンだったが、何も思い付かず空中で首をぶんぶん横に振った。そんな折、大団長室の扉が開き、入って来たのはウェンティだった。ウェンティはソファに横たわる蛍を一瞥してから、

 

「戻ってきたんだね。ボクもちょっと用事を済ませてきたんだ」

 

少し微笑んでそう告げた。そんな落ち着いた様子のウェンティへ向けてパイモンがわたわたしながら、

 

「そ、そんなことよりどうするんだよ!!天空のライアーを折角手に入れたのに弦が錆びててこのままじゃ使えないぞ!?」

 

そう早口で捲し立てた。そんな剣幕に押されつつ、ウェンティは苦笑を浮かべて口を開いた。

 

「心配しなくていいよ、超想定内だから!」

 

「う、なんか不思議と安心できないぞ…」

 

ウェンティの言葉にパイモンが苦虫を噛み潰したような表情をしながら首を横に振った。ウェンティはムッとした表情をしつつも言葉を流して、

 

「勿論、ボクは天空のライアーの弦が錆びていることも考えていたよ。ただ、この錆は自然にできたものじゃなくてね」

 

そう言った。

 

ウェンティによれば、天空のライアーの弦が錆びてしまったのは風元素に触れなさすぎたことが関係しているようで、これに関しては騎士団側の保存方法にも問題があったため居合わせた西風騎士達は気まずそうに目線を逸らしていた。

 

「───つまり、天空のライアーに風元素を感じさせてやれば時間はかかるけど弦は元に戻るはずさ!」

 

ウェンティはやりきった!とばかりに胸を張った。しかし、

 

「時間かかったら意味ないだろ!?旅人…って旅人は今休んでるんだった…」

 

パイモンはそう言った。結局の所、弦を直すのに時間をかけている間にトワリンとモラクスがどうなるかわからないため時間を掛けるのは得策ではない。勿論、ウェンティもそれを理解している。

 

パイモンの言葉に対してウェンティは少し笑って返すと、蛍の下まで行ってゆっくり話しかけた。

 

「旅人、起きてるかい?」

 

蛍は目を開いてウェンティを見る。ウェンティはうん、と首肯くと、

 

「前にキミにトワリンの涙の浄化をお願いしたよね。この前に浄化をお願いした時から、モンド中に散らばったトワリンの涙を集めてきたんだ。これの浄化もお願いできるかい?」

 

ゆっくり言い聞かせるようにそう言った。蛍はようやく意識がはっきりしてきたのか起き上がってソファに座ると、ウェンティから結晶を幾つか受け取ってそれぞれを浄化していく。蛍は浄化されていく涙の結晶を見ながらウェンティに視線だけでこれを何に使うのかを問いかけた。

 

それに気が付いたウェンティはこの場にいる全員に聞こえるように声を発した。

 

「そうだね、この涙の結晶は…アガレスからもボクからも聞いていると思うけどこの上なく純粋な風元素の結晶体なんだ。つまりこの結晶体をライアーに接触させれば───」

 

ウェンティがそのまま蛍の目の前にライアーを持ってきて涙の結晶を弦へと落とした。するとどうだろうか、天空のライアーの錆びついた弦は少しだけ元に戻ったように見える。加えて天空のライアー自体も少し輝きを取り戻したように見えた。

 

その様子を見たパイモンと西風騎士達からおおっ、と感嘆の声が上がった。

 

「これならなんとかなりそうだなっ!!」

 

「では、自分は団長に報告してきます」

 

西風騎士は安堵したようにそう言うと敬礼をしてから大団長室を出て行った。西風騎士が出て行ったところでパイモンがウェンティを見て、

 

「そう言えばお前もいなくなってたよな?その間、何して来たんだよ?」

 

そう聞いた。ウェンティはふっふっふ〜と肩を揺らして謎の笑い方をすると懐から数本の瓶を取り出した。パイモンとディルックは思わず目を丸くして唖然とした。ウェンティは構わず、

 

「これ!お酒を取りに行ってました〜!!」

 

そう言った。モラクスがいたらまず間違いなく拳骨を落とす所だろうが、生憎ウェンティにツッコめる人は誰もいない。そのため、蛍もパイモンもディルックでさえもただただ困惑していた。

 

しかし、ウェンティには確たる理由があるようで、どうやら自分で飲むものではないらしい。

 

ウェンティの酒を持ってきた事件は兎も角として、希望ができた蛍達はウェンティを気にしないことにしてそのまま天空のライアーに少しずつ結晶を接触させていくのだった。




というわけで、天空のライアーのお話でした!

本当はぶっ壊そうと思ったんですけど、その場合だとアガレスを治せなくなる可能性があるんで思い留まりました。

アガレス&バルバトス「「バチ当たりが過ぎる」」

と、いう小話でございました。


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第19話 阻む者達②

今回は第17話の続きになります。時系列的には第18話と同じだと考えていただければ…。

前回の最後にちょっと描写を足しておりますので見ていない方をそちらも見ていただけると…。


モラクスとトワリンは上空から引き摺り下ろしたは良いもののアガレスを本気にさせたこともわかっていた。アガレスは現在、雷元素で屋根の上に移動してモラクス達を見下ろしており、しかし自分から動くことはせずただ冷ややかな視線を投げかけているだけだった。

 

しかし動き出せば最後、あらゆる元素でトワリンとモラクスの攻撃に対して柔軟に対応し、トワリンもモラクスも手痛い反撃を食らうことは目に見えている。

 

本当なら宙に浮いている方がアガレスも弱体化しているようなものだ。常に風元素を身に纏って飛行しているために、ある程度の神経はそちらに逸れているはずだ。勿論、地形のアドバンテージは大きいので誤差の範囲である。

 

だが、宙へ浮かなくなるということはつまり、飛行するために使う神経を別のことに使えることを意味する。モラクスが本気を出せるようになったとはいえ、アガレスの弱体化は解かれたも同然だった。

 

暫く睨み合いが続いていたが、不意にアガレスがキッとモラクスを睨んだ。瞬間、背筋に悪寒を感じたモラクスはトワリンにも聞こえるくらいの声で、

 

「…来るぞッ!」

 

と叫び岩元素で分厚いシールドを張る。トワリンも声が聞こえた瞬間に一気に飛び上がった。

 

「…雷斬」

 

ボソッとモラクスの耳元でそんな呟きが聞こえたかと思うと、モラクスの頬に裂傷が走る。モラクスはチッと舌打ちをしつつ槍を振るってアガレスに肉薄した。

 

屋根の上とモラクスの隣の地面をよく見ると雷元素が残留している。アガレスは雷元素を利用した移動方法をしながらモラクスを殺そうとしたが、モラクスのシールドによって刀の軌道がずれ、頬を僅かに切り裂いた程度に収まっている。

 

しかし、モラクスが反応できなかったことからもわかるように距離を取れば確実に先程の攻撃が来るだろう。そして、睨み合いの最中にも雷元素をモラクスやトワリンに気取られずに配置していたことを考えると、思ったよりアガレスの潜在的な戦闘センスは高いようだ。

 

モラクスはアガレスに距離を取らせないように槍を振るいつつ、アガレスの動きを岩の柱で牽制し続けている。勿論、距離が離れそうになった時は上空からトワリンが支援をしてあわよくばアガレスを気絶させようと画策していた。

 

アガレスはモラクスの槍をいなしつつ距離を取ろうとするが岩の柱やトワリンのブレスに加え風元素の球なども邪魔をして思うように距離が取れない現状が続いていた。そのためか、ふぅ、と息を吐くとわざと大きく後ろに飛んだ。それを逃さまいとモラクスが岩の柱を咄嗟に立てて妨害するが、アガレスは口の端を持ち上げて笑っている。

 

それを見たモラクスは焦ったような表情を浮かべると咄嗟に自分とトワリンにシールドを張りつつ眼前に柱を立てた。しかし、アガレスはそんなモラクスを無視してトワリンから一旦身を隠すためにモラクスの立てた柱の影に身を隠した。そのまま刀を仕舞って槍に武器を持ち替えると一瞬身を出して大きく振り被ると、手にした槍をトワリンへ向け思い切り投げる。

 

『───ッ何!?』

 

トワリンは爆速で迫る槍を認識できなかったのか、しかし直前でモラクスのシールドが砕け散ったために気づいてなんとか身を捩って回避運動を取った。しかしそれでも槍を避けきれずに翼を槍で貫かれたため上空から地上へと落とされることになった。モラクスは落とされたトワリンを見てギリッと歯噛みすると、柱を一旦全て破壊して視界をクリアにした。

 

アガレスは既に武器を持ち替えており、刀を手に持って構えている。モラクスは一旦深呼吸をすると自らも槍を構え、いいだろう、とアガレスに告げた。再びの睨み合いも束の間、アガレスとモラクスは同時に地を蹴り戦闘を再開した。

 

モラクスは先程とは異なり、アガレスに間合いを取らせない戦いではなく、岩の柱を攻撃や牽制、そして防御に使って戦っていく。時には岩の柱の影から突如姿を現して攻撃するなどの奇襲も使いこなして戦っていく。アガレスは無感動な表情のままそれらを淡々と処理していた。

 

そんなアガレスを見てモラクスは寂しげに笑うと、

 

「…この戦い方を俺に教えてくれたのはお前だ。その時は大層お前は喜んでくれたが…っはは、今は全く喜んでくれていないようだな」

 

アガレスへ向けそう言った。モラクスは一瞬の隙をついてアガレスの持つ刀に自らの槍を絡め、アガレスだけを投げ飛ばした。瞬間、モラクスはトワリンに視線を向け、トワリンは待ってましたとばかりに大きめのブレスをアガレスへ向け放った。

 

避けようのない完璧なタイミングで放たれたそれは、武器を持っていないアガレスにしてみれば弾き返す手段など存在しない───はずだった。

 

「何───ッ!!」

 

『グヌ…我のブレスをあの体勢で弾き返すとは…やはり何でもアリか、アガレス殿は』

 

アガレスはトワリンの放ったブレスを破裂音と共に弾き返し、なんてことないように地面へ着地したのだ。弾き返されたブレスはそのまま別の建物を破壊し、消滅した。モラクスはその様子を見てむぅ、と唸る。そしてトワリンも自らの渾身とはいかないまでもアガレスを殺さないようにして放った最大火力のブレスを弾き返されて脱帽のようだった。

 

アガレスが風元素のブレスをどうやって弾き返したのか、というと炎元素と雷元素を咄嗟に両手にそれぞれ纏わせてパァンッと合わせ過負荷反応を起こして爆発させ、ブレスを弾き返したのである。勿論、自らもそれなりにダメージを負ったが結果的に少ないダメージで危機を回避したわけである。

 

トワリンはブレスを弾き返されたことで威力のあるブレスを放てなくなり、牽制程度しかできなくなってしまったのだが、それも仕方のないことだろう。なんたって弾き返されたブレスでモンドに被害が出てしまったのだ。

 

モラクスもそれを理解しているからか、それ以降はトワリンの援護の下槍を振るい始めた。当然、アガレスは刀を奪われたままであるため、大剣を扱い始めるとモラクスと戦い始める。

 

当然、アガレスは大剣であるため一撃一撃が重く、槍で受けきるのも限界があるためなるべく避けるように心掛けながらモラクスはアガレスと戦って時間稼ぎを続けていくのだった。

 

 

 

少し時間を置いてようやく、住民の避難を完了させた西風騎士団と天空のライアーの準備を終えたウェンティ達がモラクスとトワリン、そしてアガレスのいる場所まで遂にやって来た。

 

「───わかってはいたけれど…ここまでとはね」

 

ウェンティは苦々しげな表情を浮かべて戦闘していた場所を見る。そして戦闘場所を見た者は皆一様に目を見開いて固まっていた。

 

地面は所々抉れており、何かの破片が散乱していた。そしてトワリンとモラクスは傷だらけになりながら肩で息をしながらなんとか立っている状況だった。しかし、アガレスは顔の一部に傷を負っているだけでそれ以外はなんともないようで凛としていた。

 

アガレスはモラクス達から視線を外してウェンティを見た。ウェンティは背中にかなり悪寒を感じたが、ゴクッと生唾を飲むと若々しい輝きを放つ天空のライアーを取り出すと少しだけ音を鳴らす。

 

不思議なことに、アガレスの動きが止まる。蛍達やジンにディルック、そして周囲の西風騎士達が警戒しつつも固唾を飲んで見守る中、ウェンティは遂にアガレスを元に戻すべく天空のライアーを爪弾き始める。

 

今度はただ音を鳴らすだけでなくしっかり旋律として成り立っていた。その旋律を聞いたアガレスは苦しそうに頭を抱えたが、その視線からは確かに懐かしさを感じているように見える。

 

アガレスはそのまま暫く苦しんでいたが、不意にウェンティへ向けて手を翳すと岩の礫が天空のライアーへ直撃し破壊された。ウェンティは咄嗟に手を前に出して防御したものの、天空のライアーがなくてはアガレスを正気に戻すことなど夢のまた夢だった。

 

アガレスは肩で息をしながらも少し遠くの地面に刺さっていた自らの刀を手にした───瞬間、モラクスが再びアガレスに踊りかかった。

 

「時間稼ぎは…限界までさせてもらうぞ!」

 

無論、アガレスはモラクスに反撃し手一杯になった。ジンは周囲の西風騎士に待機と警戒を命じつつ、一方で作戦が失敗したウェンティ達は次善策を考えるべく、モラクスの時間稼ぎに乗じて思考を巡らせ始めるのだった。




眠すぎてヤバいかもです!!うがあああ!!(気合)


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第20話 最後の策

前回のあらすじ!!

暴走するアガレスを足止めするトワリンとモラクスだったがアガレスの圧倒的な力の前に苦戦を余儀なくされていた。そんな折、別行動をしていた蛍達と住民を避難させていた西風騎士団が合流。

ウェンティの策である『天空のライアー』を使った作戦でアガレスを一時的に拘束することに成功したが、そのアガレスによって『天空のライアー』を破壊されてしまったために、次善策を考えることになったのだった。


「───仕方ない、この手だけは使いたくなかったんだけどね…」

 

天空のライアーを破壊されてしまったウェンティ達は次善策をそれぞれ考えていたのだが、ウェンティが不意にそう呟くと懐から酒瓶を取り出した。勿論、中にはちゃんと酒が入っている。

 

蛍がそれを見て首を傾げ、パイモンがジト目でウェンティを見ながら、

 

「ウェンティ、お前それ何に使うんだよ?まさかアガレスに飲ませるんじゃないよな?」

 

そう問い掛けた。ウェンティはふっふっふ〜と笑うと、

 

「その、まさかだよ!!じいさんッ!!」

 

アガレスを足止めしているモラクスを呼んだ。モラクスはウェンティの言葉に反応すると、

 

「わかっている!トワリン殿!」

 

『ガァッ!!』

 

トワリンに合図を送った。それまで肩で息をしていたトワリンはアガレスへ向けて噛みつき攻撃を仕掛けたが当然避けられ、挙げ句横っ面を殴られた。モラクスはトワリンが殴られる寸前に岩の柱をアガレスの飛ぶであろう位置から生やした。トワリンはアガレスに殴られて吹き飛んだが、アガレスはそのままの勢いで岩の柱に後ろから突き飛ばされた。

 

一瞬意識が飛びかけたアガレスは地面にドシャッと音を立てて叩きつけられる。その瞬間、モラクスはウェンティにアイコンタクトで合図を送った。

 

「いっけええ!!」

 

ウェンティはその合図の通りに酒瓶をアガレスの頭目掛けて投げた。ウェンティのコントロールは悪くないがそのままだと勿論当たらないので、風元素でコントロールしてアガレスの頭に酒瓶が直撃した。モラクスとウェンティが同時に小さくガッツポーズをする。

 

そんな二人を見たジンがよくわからない、とばかりに首を横に振った。そんな様子を感じ取ったのか、ウェンティが全員に聞こえるように言った。

 

「知ってるかい?彼の唯一無二の弱点はね…お酒さ!!」

 

ポカーンとする西風騎士や蛍達に向けて肩で息をしているモラクスも言葉を紡いだ。

 

「アガレスは酒を少しでも摂取すると気を失う。匂いだけでもかなりキツイと言っていた。つまり、彼の頭に酒を掛けることによって気絶させられるのではないか、ということ作戦だろう」

 

ウェンティ、モラクスの言う通りアガレスは酒が唯一の弱点だった。ウェンティがわざわざ酒瓶を持ってきたのはアガレスを酒の匂い、或いは直接摂取させて気絶させるか酔わせて弱体化させるためだったのだ。

 

現にアガレスは酒を飲んだようで動かない。酒瓶が頭で割れたので頭から血を流しているが、俯いてアガレスが動く様子がなかった。しかし、

 

「あの様子、酔ってないぜ」

 

ガイアがそう言った。その言葉にウェンティとモラクスが抗議するような視線を向けるが、

 

「長年の勘、というか…仕事上、酔ってるヤツと酔ってないヤツの見分けをしっかりできるようにしとかないと犯罪を取り締まれない場合があるんでな。その経験からするに…アイツは酔ってないみたいだぜ」

 

ガイアのその言葉にまさか、という表情を浮かべてアガレスを見た。アガレスはゆらり、と立ち上がると何でもないように刀を構える。ガイアの言っていることは本当のようだった。

 

「…どういうことだ?復活したことで酒に対する耐性を得たとでも言うのか…?」

 

モラクスが冷や汗を流しながらアガレスを見る。ウェンティも同様に考えているようだったが、終ぞ結論は出なかったようで首を横に振って諦めた。

 

「とにかく、じいさんはまた足止めお願い!次の策を急いで考えないと…」

 

ウェンティは苦々しげな表情を浮かべながらモラクスにそう言う。モラクスは瞑目すると、命をかける覚悟を決め、

 

「心得た…トワリン殿、まだいけるか?」

 

『無論!!』

 

トワリンと共に再びアガレスの足止めを開始した。だが、モラクスもトワリンも先程より戦いが楽になったように感じていた。先程までなら攻撃してくるはずの場面でアガレスは刀を止め、逆に大きな隙を晒している。

 

モラクスはアガレスの表情や動きを注意深く観察し、一つの結論を出した。

 

「バルバトス!アガレスにはまだ自我が残っているかも知れん!!」

 

そう、アガレスの自我が微かに残っていて抵抗しているのかも知れない、ということだった。モラクスがそう考えた理由は表情と動きが先程までと明らかに異なっていたからである。だが何故突然、とモラクスは考えたが明らかな転機はモラクスが岩の柱を直撃させたことか、酒を頭から被ったこと、そしてウェンティが奏でた旋律くらいのものだろう。

 

加えて、腐食されていたトワリンに接触したアガレスが腐食されたのと同じようにモラクス達は腐食されていない。つまりアガレスはなんとか腐食を自らの肉体に留めているのだと考えることができた。

 

モラクスはそう考えつつアガレスの刀を槍で受け止め、なんとかいなし続けた。

 

 

 

一方のウェンティ達はモラクスの言葉を受けてどうすべきか考えていた。しかし、残された手札はあまりにも少なく、アガレスを治すことが難しくなってきているのも現状だった。

 

「…あまり治すことにこだわりすぎると討伐も難しくなるぜ?どうする風神サマ?」

 

ガイアがおどけた様子で、しかし真剣な表情を浮かべてそう言った。勿論、ガイアの言うことは全く以てその通りである。何が原因でアガレスの自我が目覚めたのかは不明だが、それでもいつまた先程と同じ状態に戻るかわからない。加えて、トワリンとモラクスを同時に相手取っても尚無双するその強さを目の前にして西風騎士達の表情には怯えの色が強くなっている。

 

時間をかければかける程、不利になるのは明白だった。

 

「…だからって諦めるわけにもいかない…だってアガレスはボクら神にとっては正真正銘家族のような存在だったからね」

 

それでも、とウェンティは策を考え続けた。彼の弱点である酒も、昔の旋律も失敗に終わった。勿論ウェンティにはこれ以上手札は残されていなかった。

 

しかし、

 

「…私の浄化の力だったらもしかして…」

 

蛍が不意にボソッとそう呟いた。その言葉に会議に参加していたジン、ガイア、ディルック、ウェンティ、そしてパイモンの全員の視線が蛍に集まった。言われてからウェンティは思い出したように呟く。

 

「そう言えば旅人はトワリンの涙の結晶を浄化していたよね…本質的には涙の結晶の不純物も腐食と同じはずだから…」

 

だが、とジンは蛍とウェンティへ向け告げる。

 

「その場合、あの天上の戦いに旅人を一人放り込むことになる。足止めだけで手一杯なのに、邪魔をしてしまわないだろうか?」

 

勿論、普通にしていれば邪魔をしてしまうかも知れない。だが、ウェンティは冷や汗を浮かべながら少し笑うと、

 

「ボクに策がある。今度こそ、最後の策だけれどね」

 

そう言って策を説明し始めるのだった。

 

 

 

「───よし、それじゃあ…じいさん、トワリン!」

 

西風騎士達とディルック、そしてモラクスとトワリンがウェンティの指示で一斉に行動を開始した。まず西風騎士達がモラクスのシールドを頼りにしてアガレスへ突撃、それに混じってディルックやジンなどの実力者はあわよくばアガレスを拘束すべく行動を開始した。

 

その間、一旦距離を取っていたモラクスも西風騎士達と共に突撃し、アガレスへの攻撃を開始した。

 

「トワリン、旅人…後のことはキミ達に託すよ」

 

その後方でトワリンの背に乗る蛍とトワリン自身にウェンティはそう告げた。トワリンと蛍は首肯き、決意を込めた眼差しでアガレスを睨む。

 

「畜生…ッ!」

 

「ッ…!!」

 

丁度ディルックとジンがアガレスの攻撃によって弾き飛ばされていたところだったが、すかさずモラクスがカバーに入って事なきを得ている。トワリンは翼を羽ばたかせて上空高く舞い上がる。ウェンティはそれを見送ると自らもアガレスとの戦闘の支援に回り始めた。

 

『旅人、覚悟はよいか?』

 

上空で戦闘の様子を見やるトワリンと蛍だったが、蛍はゴクッと生唾を飲み込み首肯いた。トワリンはそれを確認した後、一声大きく嘶くと急降下を開始した。

 

アガレスは地上でモラクスに手一杯になっていたが、不意に大きい陰が地面に伸びたのを察知してモラクスを蹴り飛ばすと上を見た。

 

上からはトワリンが迫ってきており、アガレスに直撃する軌道だったのだが、アガレスは冷静に風元素を刀に纏わせて突き出し、トワリンを一挙に吹き飛ばす。

 

かなりギリギリだったのだが、トワリンはニッと笑みを浮かべながら墜落した。それを見たアガレスはまさか、という表情を浮かべながら再び上空を見る。そこには───

 

「───アガレスさんッ!!」

 

両の手を大きく広げた蛍の姿があり、次の瞬間アガレスを蛍が抱き締めた。

 

───作戦はね、総力戦…と見せかけた旅人によるアガレスの腐食の浄化さ。

 

───勝率は?

 

───残念だけど高くないね。アガレスはあの通り強いし…旅人を無事にアガレスの下まで届けられるかもわからないし何人犠牲になるかもわからない。けれど、今犠牲にしなきゃモンドどころか世界が憎しみに追われたアガレスによって滅びることになる。それはボクらも…彼自身も望んじゃいない。

 

───どちらにせよやるしかない、というわけだな。だがやはりアガレスに接触するのは難しいのではないか?

 

───うん、そうだね…けれど、総力戦に見せかけてアガレスの隙を一瞬でも作ることができれば───

 

「───後は頼んだよ…旅人ッ!」

 

ウェンティの最後の策がハマり、アガレスに蛍が接触することに成功したのだった。




モラクス…かつてない重労働説

めちゃくちゃウェンティに良いように使われてますがアガレスのため、ということで…

因みにパイモンは危ないので瓦礫に隠れて応援をする係です。

実は結構パイモンの扱いに困っていたりする作者…可愛いから喋らせたくなるのは仕方ないよねウン。


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第21話 果ての救済

ということでアガレス救済回です…割と長かった気がする…

蛍ちゃん…というか旅人の浄化能力に関しては予想の設定になりますんで平にご容赦を!!


俺は力が欲しかった。

 

一度全てを失った俺は、全てを滅ぼせるだけの力を求めた。今度こそは俺の大切なモノを護るために、全てを滅ぼせるだけの力が欲しかった。

 

いや違う、これは八つ当たりだ。毎日をのうのうと過ごすだけの日々。ただ友人と酒を酌み交わし、世間話をして過ごすだけの日々。それだけだったらどんなに幸せだっただろうか。

 

『終焉』は一度俺から全てを奪い去った。俺が毎日をのうのうと生きていたからこそ引き起こされた『終焉』は、俺達のこの世界の力が不安定になっていたことが原因だった。友人達は恩返しだ、と言って世界の理に干渉して時間を巻き戻し、『終焉』が原因で世界は一度滅んだ。

 

俺は、俺のために散った友人達の言葉と勇姿、その全てを忘れることはないだろう。

 

───皆のことを…この世界を、お願いします、アガレス。

 

───盤石もいつかは…土に還る。お前に後は託す…友よ。

 

───ボク達じゃ止められなかったこの『終焉』を…キミなら止めてくれるよね、アガレス。

 

皆一様に俺を信じて散っていった。俺の記憶は完全ではないが断片的に思い出すことはできる。俺は二度死んだ。一度目は『終焉』と自らの力の不足が原因で死んだ。

 

だからこそ二度目の生は力を磨いた。この世界の力に当てはまるように7つの元素が扱えるようになり、戦闘技術を極限まで高めた。

 

だが世界と世界の衝突という『終焉』そのものの前では個人の力などほぼほぼ無意味だった。しかし、一度目とは異なり、増大した俺の力で世界間のパワーバランスを正常に保ち『終焉』を止めることに成功した。

 

そして500年の月日が経ち俺はこの世に再び生を受けた。だが目が覚めた時俺を知っている存在は誰もいなかった。

 

『終焉』を止める前まで、俺の名前はテイワット大陸の隅々まで広まっており、何かを護れば称賛と信仰という形で感謝の形を見ることができた。他には何もいらず、俺はただそれだけで良かった。

 

だが…世界を護った俺は、世界に感謝されることもなく、何より今まで感謝されてきた民にも忘れ去られていた。

 

俺はただ、大切なモノを護りたかっただけだから見返りがなくても問題ない、と自らを無理矢理納得させようとしたが…それも叶わなかった。

 

日を追う毎に俺の中にある怒りとどうして、という疑問は大きくなっていった。蛍とパイモンという新たな友人に恵まれ、再び民との交流をもすることができたというのに…俺は彼等の下を去ったのだ。

 

忘れ去られた俺にはまた一からやり直す元気も気力もない。何より、俺の中でどんどん激情が大きくなっていっていき、最終的には俺の理性を破壊するであろうことは目に見えていた。

 

だからこそ俺はただ孤独に死ぬのではなく、どんな形であれ俺の名前が残る死に方を選ぶことにした。手間を掛けずに名を残すためにはこうするしかなく、トワリンにも協力を仰ぐ必要があった。

 

だが…結果はこれだ。

 

激情を抑えきれず挙句の果てにアビスの手に墜ちた。本来の作戦とは異なり、旧友もモンド城も…多くのものを傷付けてしまった。俺が孤独に消えていればこうはならなかったことを考えると…やはり俺は何も変わっていないのだ。

 

最初に全てを失った時と本質は何ら変わらない。心変わりしようが力を磨こうが本質は何も変わらない。

 

俺は───何もできない神のままだ。

 

〜〜〜〜

 

(───これは…アガレスさんの記憶?いや、想い…?)

 

アガレスを抱き締める蛍の中に、少しの痛みと共にそんな想いが流れ込んでくる。蛍はキュッと口元を引き締めると、

 

「…アガレスさん、聞こえるよね」

 

アガレスの耳元でそう呟いた。アガレスは無反応だが僅かに体を震わせるだけで蛍を振り解いたりはしないようだった。蛍はそれを確認すると更に続けた。

 

「アガレスさんの想い…私にはちゃんと伝わったよ。皆に謝りたい気持ちも、誰かに見つけてほしいっていう願いも…何より、大切なモノを傷付けてしまって消えたいって気持ちも…」

 

少しずつだが、アガレスの瞳に意思が宿り始めた。従って蛍の感じる痛みも強くなるが、蛍は構わずアガレスを抱き締める力を強くした。

 

「…謝りたいなら謝れば良いし、大切なモノを傷付けてしまったなら…その罪を贖えば良い。何より…アガレスさんのことを忘れてない人だっている」

 

ウェンティ然り、モラクス然り、アガレスのことを忘れてなどいない。

 

「…だが、俺は…確かに…忘れ去られて…」

 

そんな中、遂に自我が戻ってきたらしいアガレスが口を開いた。蛍はアガレスの自我が戻ってきたことを嬉しく思うのと同時に、紡がれた言葉に悲しみを深く感じた。

 

「…確かに、アガレスさんは皆から忘れ去られちゃったのかも知れないし、私は…その境遇を嘘でもわかると言ってあげられない…けど、けどね」

 

蛍は言葉を選び、探しながらなんとかアガレスを励まそうと口を開き、いい言葉が思い浮かんだのか最後は少し微笑むと、

 

「こんなに大勢の人が…アガレスさんを助けようとして動いてくれたんだよ。勿論知らない人が大勢だけど…アガレスさんを助けたいって言ったのは他でもないウェンティだよ」

 

そう言った。アガレスは視線のみを動かしてウェンティと、そして自らの足止めをしたボロボロのモラクスとトワリンを見て、そして自らを抱き締める蛍を見た。蛍は目を閉じると、

 

「だから…アガレスさん、お願い…戻ってきて」

 

願うようにそう言った。アガレスは何も言わず、ただ俯くと蛍の背に手を回し、そのまま膝をついた。合わせて蛍も膝を付く形になったが蛍は全く気にする様子を見せず、寧ろアガレスの頭を抱いて頭を撫でながら大丈夫と言い聞かせていた。

 

 

 

斯くして、モンドの『龍災』は岩神モラクスと異郷の旅人の尽力によって終結した。このモンドの『龍災』には前半と後半があると言われており、前半は蒼き巨龍が、そして後半は一柱の龍神がモンドをそれぞれ襲った未曾有の災害であった。にも関わらず物的被害は深刻な程ではなく、モンドの住民にも死者も負傷者もいなかったのは奇跡と言わざるを得ない状況であった。

 

西風騎士団は風魔龍と呼ばれていたトワリンと龍神であるアガレス両名の事情を一部を除いて公表し、住処を破壊されたモンドの民の恨みや怒りの矛先が両名にいかないように努めた。

 

この一件で事態の解決に最も貢献した異郷の旅人が西風騎士団『栄誉騎士』の称号を授かる運びとなり、授与式には数年間姿を見せていなかった風神バルバトスが姿を見せ、統治をすることはないがモンドを見守る存在として帰ってきたことを民に告げた。

 

モンドは帰還した風神バルバトスと共に、新たな道を歩み始める。

 

 

 

「───アガレスさん、ほら!」

 

「待て、蛍…心の準備がまだできてないんだが…」

 

『龍災』終結から一週間後。モンドの西風大聖堂にて、蛍はアガレスの手を引いて中へ入る。蛍はニッと笑って無理矢理大聖堂の中へアガレスを連れ込むと、ズルズルと引き摺っていく。

 

ここへ来た理由は勿論、アガレスがウェンティ改め、バルバトスに謝罪をするためである。蛍はバルバトスを見つけると、

 

「バルバトスー、連れてきたよー」

 

と軽い感じでそう言った。バルバトスは少し微笑みながら引き摺られているアガレスを見ると微笑んで、

 

「アガレス、待ってたよ」

 

そう言った。アガレスはいい加減諦めたのか俯いて溜息を吐くとその顔を上げて真っ直ぐバルバトスを見た。そんなアガレスの右目は、左目とは色が異なっており、赤紫に近い色へと変色していた。

 

そんなアガレスは申し訳無さそうにしながら、ギュッと口元を引き絞ると、

 

「自我を失っていたとはいえお前に酷いことを言ってしまった…本当にすまなかった。虫のいい話だとは承知しているが…願わくばまた友人になってくれると嬉しい」

 

そう言いながら深く頭を下げた。バルバトスはそんなアガレスに近付くと、顔を上げて、と言った。アガレスが素直に顔を上げると、額に衝撃を感じて仰け反った。バルバトスは微笑みながらデコピンをしていたようで、指がジンジンするな〜なんて感想を漏らしていたが、

 

「これでおあいこだよ、アガレス。だから…ボクの方からお願いするよ…また友人として一緒に過ごしてくれるかい?」

 

やがてアガレスに笑いかけながらそう言って手を差し伸べた。アガレスは感極まって思わず泣きそうになったが、涙をぐっと堪えると差し伸べられた手を取るのだった。

 

〜〜〜〜

 

大聖堂を出た俺と蛍は少しだけ話をしていた。というのも、俺の『腐食』がどうなったのか、という話である。

 

俺が予想するに、蛍の浄化の力は本当の意味での浄化ではなく、自らに対象をすげ替えているのではないか、ということである。普通の浄化の力も持っていそうではあるが…微妙なところだ。

 

俺の腐食の力を吸収したからか、蛍の左目が若干赤みがかっている。それ以外に特に影響がないようでかなり安心したのはここだけの秘密だが、俺の右目が変色しているのも同じような理由だ。

 

「それでさ、アガレスさん」

 

真面目な話が終わったからか、蛍は新たな話題を提供してくれるようだった。俺はなんだ?と首を傾げながら蛍の言葉を待った。蛍はニッと笑うと、

 

「例え皆が忘れても、世界が忘れても…私だけはアガレスさんのこと、覚えてるからね。私だけは…アガレスさんの苦悩も全部知ってるから」

 

そう言った。俺はその笑顔と言葉に目と心を奪われつつ、彼女の頭に手を載せると、

 

「本当にありがとう。蛍…俺のこの力、その全身全霊を以てお前と、お前の大切なモノを必ず護ると誓おう」

 

そう言って微笑みかけるのだった。




と、いうわけで…序章は終了です(初耳)

長かったぜ…文字数が多いからだなウン。

申し訳ないやら恥ずかしいやら忙しいやらで一週間ウェンティ改めバルバトスに会いに行けない可哀想なアガレス君に加えて一週間も待たされ(焦らされ)るバルバトス君でした。

本編では蛍ちゃんが一方的にアガレスに好意的な感情を向けていますが、今回スタートはアガレスからになります。まぁ、こっからはしっかりラブコメしてくぜ多分…元々のコンセプトを私が忘れていなければな!!はっはっは(高笑い)

ということでここまで見て下さった方に感謝を…まだまだ続きますがどうぞよろしくお願い致します!


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第一章 全ての始まり
第22話 お悩み相談


第一章の名前をどうするか考え中ですが…まぁーじわじわと匂わせていこうかなと(関係ない)

序章も序章だしいっか!(諦め)


モンドの『龍災』騒ぎから一ヶ月後のある日のこと。

 

ウェンティ改め風神バルバトスは再びモンドの風神として降臨して、今は西風大聖堂にて色々と信徒達のお悩み相談やら祝福やら…まぁとにかく色々やっているらしい。

 

それに付随してトワリンは謎の怪物に操られ、そして風神バルバトスに救われた悲劇の龍としてモンドの民からは崇められるようになっている。今はモンド城の周囲を飛び回っていたり、モンド城の北西辺りに位置する風龍廃墟をねぐらとしているようだ。

 

なんだかんだで俺の計画通りになっているのはご愛嬌だ。

 

さて、そして璃月からはるばるやって来たモラクスだが、俺とはほとんど話さずすぐさっさと帰ってしまった。ただ、彼は『契約』だけでなく、縁や絆なども大切にする人物だ。腐食されているわけではないと思いたいが、何かあると考えるべきだろうな。

 

旅人はモンドで色々やっているみたいだがアレ以来会えていない。それもそのはず、俺は住む場所もないので野宿する生活が続いており、モンド城にすら行っていないというのが現状だった。

 

加えてその間特にすることもないので俺はのほほんと過ごしていたのだが、いい加減何の生産性もないこの生活は良くないと思い始めてきていた。

 

まぁ勿論、モンドでかなり暴れてしまった俺を雇ってくれるところなんか真っ当な職場ではあり得ない。恐らく冒険者協会ぐらいなものだろう。

 

その冒険者協会にも所属していないので俺は完全に無職である。500年前までは民を助けるためにテイワット中を駆け回っていたのだが、今は本当に何もしていない。野生動物を狩ったり、野草を採集していたり、まぁ端的に言えばその日暮らしをしているのだ。

 

正直言って、生きてて俗に言うニートをする日が来るとは全く思っていなかったので、それを自覚した今…俺は圧倒的虚無感と無力感、そしてこのままではいけない、という焦燥感が俺を襲っていたのだ。

 

『龍災』の傷が完全とはいかないまでも癒えたモンド城では民に笑顔が多く戻っている。500年以上前であったなら、モンド城内を通るだけでたちまち人に囲まれ感謝の言葉を伝えられたのだろうが、今の俺は腐食されていたとはいえモンド城を襲ったのだ。それに加えて俺のことを覚えている存在など一握り。

 

好奇や恐怖、そして猜疑の視線で見られはせど、感謝の気持ちを持つ者などいないだろう。

 

そして俺自身も、民の笑顔を見ても昔に比べてあまり嬉しく思えない。嬉しいは嬉しいのだが、自らの身を犠牲にしてまで救う価値が本当にあったのかどうか、と言われれば…今の俺なら否と答えざるを得ないだろうな。

 

今は友人の為に身を捧げたとして無理矢理自分を納得させている。腐食の影響はまだ僅かに残っているのか、はたまた何もすることがないからなのか、どうしてもネガティブな感情ばかり浮かんでしまう。だからこそ、俺は仕事を探すことにしたわけだがな。

 

俺はよしっ、と自分に喝を入れるとモンド城へ向かうのだった。

 

 

「───と、いうことでバルバトス…俺に仕事をくれないか!」

 

「何がということで仕事が欲しいのかはまーったくわからないから、ちょっと落ち着こっかアガレス?」

 

そんなこんなで、俺は西風大聖堂の一室までやってきた。一室、とは言っても普通の部屋よりも多少豪華であるが、バルバトス本人の希望により神の部屋というにしてはかなり質素な部屋である。そのバルバトス本人はかなり理由を告げられずに言われたその言葉に困惑している様子だった。

 

そのバルバトスは少しの間考える様子を見せたので、真面目に考えてくれているのだと思って聞く態勢を整えた。

 

「そうだなー…キミってば何でもできるだけにこの仕事やって!みたいなのがないんだよね。ボク専任の給仕とかどう?」

 

前半は真面目に考えているようだったのだが後半は正直聞いて損をした気がする。バルバトスのまるで普通のことを言っているかのようなスン、とした表情も中々苛立ちポイントが高いし、そもそも給仕とか暫くやっていない。

 

ということでよし帰ろう、とばかりに俺は踵を返したのだが、

 

「───いいのかなぁ〜?」

 

突如背後から向けられたバルバトスの言葉に俺は立ち止まり、首だけ振り返ってバルバトスを見た。勿論、バルバトスはニヤリと笑っており、すぐに見なければよかったと後悔することになった。そしてバルバトスはそのままの表情で、

 

「ボクにあんなこと言ったのに…誠意は見せてくれないのかな?「やります」わかればよろしい!」

 

勿論、俺に拒否する選択肢など元からなかったのだ。バルバトスに頼んだ時点で俺の敗北は確定している。そのため、俺は即答でゴーサインを出すしかなかった。

 

「さ、そうと決まればヴィクトリアに伝えておかなきゃね───」

 

 

 

と、いうことで仕事を貰った俺だったが、仕事的にはすることがないのとほぼ同義だ。バルバトスの仕事は、基本的には幕越しに座って何かを話すだけだったりするだけなためにその分俺もかなり暇だった。時偶バルバトスが俺に水を持ってこさせたりするだけなので、本当にすることがない。

 

ただ、顔の見えない相手の相談事とは結構面白いものだ。俺が暇を持て余している間に、日々の悩みを抱えているモンドの住民が際限なくやって来るのだ。或いは風神と少しでも話してみたい者なんかも偶にやって来ては、なんだか拍子抜けしてたり普通に喜んでいたりと反応は様々だ。

 

ついでに言うと、俺以外の大聖堂のシスター達はホールでお勤めをしているので、この部屋には俺とバルバトスしかいない状況だ。別室で待機していた際はシスターが必死にバルバトスへ抗議していた声が聞こえてきていたのでかなり気不味かったのを覚えている。結果的にバルバトスの意見が尊重されたわけだが、正直気持ちの良いものではない。

 

まぁここ暫くモンドに姿を見せていなかったとは言っても民にしっかり信仰されているバルバトスと忘れ去られた俺とじゃ信用に雲泥の差があることは理解しているけどな。勿論、もう嫉妬や羨望の情などないので、その事を思っても俺の心は寂々としているだけだ。

 

「───次の方どうぞ〜」

 

また一人、悩みを打ち明けにやって来た人物がいた。無論幕越しなので誰かを判断することは難しい。

 

「失礼します」

 

ただ、ドアを開く前のその声で女性である、ということだけはわかった。声質的には然程歳を重ねていない印象だ。その女性はシスターに作法を教わって間もないのか、少しぎこちない様子で跪くと話し始めた。

 

バルバトスは少し笑うと俺の耳に口を近付け口を開いた。

 

(彼女のお悩み相談はキミに任せるよ)

 

思わずはぁ?と声を上げそうになって慌てて口を噤む。俺が返す言葉を考えている間にバルバトスが幕越しの女性ににこやかに告げた。

 

「よく来てくれたね。今日はボクの友人が遠い所からわざわざ足を運んでくれてね。この場にいるんだけれど、キミの悩みはその彼に聞いてもらおうかな」

 

「わかっ…りました…バルバトス…様」

 

バルバトスは面白おかしいとばかりに笑うと、俺の肩を叩いて先程まで俺がいた別室に下がっていった。否定する間もなく、バルバトスもいなくなり女性も了承してしまったので俺がやるしかなくなってしまった。

 

俺は友人と言われて嬉しくなっているのを自覚しつつ、単純だな、とばかりに嘆息するとコホンッと咳払いをしてから口を開いた。

 

「聞いての通り、俺が今回のお悩み相談をすることになった。俺のことは…そうだな…」

 

自分の名前を告げようとして、余り知られないほうが良いことを思い出した俺は咄嗟に名前を考えようとして何も思い浮かばなかったので、

 

「クロ…とでも呼んでくれ。それと敬語も敬称も不要だ。好きに呼ぶと良い」

 

適当にそう呼ばせることにした。女性は幕越しでもかなり驚いているのがわかったが、しっかり言われたとおりにしてくれるようだ。

 

「…それでクロさん、私今悩んでいることがあって聞いてほしいんだけど…」

 

女性はそのまま、かなり悩んでいたのかポツポツと語り始めた。

 

「その…友人、と言って良いのかわからない関係の人が一ヶ月くらい前からいるんだけど、あんまり交流がなくて…」

 

交流がない、ということはあまり話せていないのか。つまりこれは…恋のお悩み相談ということか?だとしたら俺には全く以て良い返事はできないと思うが…などと思って少しバルバトスを恨む。まるで彼女の悩みを見透かしていたかのような対応をしていたバルバトスだったが、本当はわかっていなかったのではないかと思い始めてきていたのだ。

 

そんな俺の焦燥感とは裏腹に女性は続ける。

 

「その人の事情もわかっているだけに私からグイグイ行くこともできなくて…居場所はわかるんだけど、境遇とか色々考えるとあんまり気乗りしないというか…とにかくそんな感じでヤキモキしてて…」

 

ただ引き受けてしまった以上はしっかり彼女の悩みを聞いてアドバイスをせねばならないし、その責任がある。俺は少し考えると、

 

「相手の性別は?それによって少し話が変わってくるんだが…」

 

そう問い掛けた。女性は男性だ、と答える。つまるところ、本当に恋のお悩み相談なような気がしてきた。全く以て嘆かわしい…ここに来て恋愛経験がゼロであることがこんなにも響いてくるとは思わなかった。

 

「そうだな…要するにもっと仲良くなりたいとは思っているものの、親しいかどうかもわからない相手を訪ねるのはどうか、ということか?」

 

幕に映る影で女性が首肯いたのがわかった。なるほど、中々相手も手強そうだな。

 

「私がモンドに来て右も左も分からなかった時に彼が助けてくれたのに、私は彼にあまり何かをしてあげられなくて…お返しがしたいのもあるし、もっと仲良くなりたいのもある、みたいな…」

 

曖昧だが、一貫しているのは交流を深めて仲良くなりたい、という意思だ。恋愛云々抜きにすれば俺でもなんとかなりそうだな、とそう考えていたのだが、

 

「できれば…まずは友人として深く知れたらいいなって…どうやったら仲良くなれるかな?」

 

続く言葉で俺は軽い絶望を覚えた。『まずは』ということはそれ以上も考えているということである。だが問題はない。どうせ彼女とは今日限りだ。だからと言って適当にするつもりもないが…一先ずの助言としては、というところで俺は口を開いた。

 

「仲良くなりたいなら、やはり会話を重ねるしかないだろう。お前を助けたそいつがお前を忘れ去ることは恐らくないだろうから、そいつを訪ねれば普通に迎えてはくれるだろう。そこから仲良くなれるかどうかはお前次第だ」

 

俺は腕を組むと更に続けた。

 

「相手を知るには相手を詳しく知る人物から情報を聞き出したり、或いは相手との会話の中で少しずつ情報を得ていくしかない。加えて、知るだけではなく、相手にも『もっと知りたい』と思わせなければならない」

 

かなり長い話にはなるが、それでも話さねばならない。いつしか、俺の言には少しばかりの熱が籠もっていた。

 

「お前がどのような性格で何をしているのかは俺はわからないが…自分が経験して面白かったこととか、どんなことをしたいだとか…まずは自分から積極的に話題を振ることで興味があることを示せ。相手の反応によって仲良くなれるかどうかは変わってくるだろうが、自分に興味を持ってくれている人を無下にするようなヤツでもなければ問題ないはずだ」

 

長々と話したが、と俺は前置きしてから、

 

「まずは自分から行動を起こしてみるのも大切だ。……受け身だけでは成せないこともあるからな」

 

事実、俺は一ヶ月前にバルバトス達を知ろうと、歩み寄ろうとせず自らの殻に引き籠もって受け身の態勢だった。誰かに見つけてほしい、救ってほしいとばかりにな。

 

だが、そんな俺を救ってくれた人がいる。絶対に忘れないと言ってくれた人がいる。なら、彼女のためにも前を向かねばならないだろう。

 

幕越しの彼女は俺のアドバイスを自分の中で反芻している様子だったが、不意に少し笑って、

 

「うん、そうだよね…まずは私から行動してみる。ありがとうクロさん」

 

「ああ、陰ながらお前の恋路を応援している」

 

「そ、そんなんじゃない…よ?」

 

図星だったのか、彼女はかなり動揺した様子で頭を下げて部屋を出て行った。俺はやりきった、とばかりに大きく溜息を吐くと、その音が聞こえたのかバルバトスがひょっこり別室からしたり顔を出した。

 

「終わったみたいだね、どうだった?」

 

その表情に若干苛立ちつつも問題なく終えたことを告げると、バルバトスは意味有りげに笑った。俺はそんなバルバトスの様子に首を傾げつつもどうせ碌でもない理由であることは明白だったため考えるのをやめた。

 

そんな中、昼休憩になった俺達は先程までバルバトスが入っていた別室で机を囲んでいた。

 

「…それでアガレス、ちゃんと話すのは一ヶ月前以来だね。今なら時間もあるし聞きたいことがあるなら今のうちに沢山聞いてよ」

 

少しの沈黙の後、バルバトスがそう俺へと告げた。確かに結局バルバトスへの謝罪の後ほとんど話せていなかった。それもあって、俺は今日バルバトスの下へとはるばるやって来たのだ。

 

俺はバルバトスに考えを見透かされていたのがわかって少し気恥ずかしくなったが、

 

「わかった、ありがとう。それじゃあ質問攻めといこうか」

 

すぐに真剣な表情を浮かべてそう告げるのだった。




なんだかんだでお休みしてましたが、第一章の内容をどうするか考えていたのとリアルが若干忙しかったんすわ。

やめてー、黄砂の影響で喉も死ぬし具合悪くなるしで死んじゃうからー。

本当は今日も学校に行く予定があったんですが!!具合悪いので休んで小説書いてやったぜ!!カーッハッハッハッハ…ゲホッゲホッ。

コホンっ、まぁてなわけでちょっと間が空きましたが私は(から)元気です。任して下さいよ(?)


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第23話 OHANASHI

あれ、どっかで見たことあるタイトルだなー(白目)

まぁ内容似たようなもんだししゃあなし…断腸の思いでこれにしましてぁ(大嘘)

尚最後の方は全然タイトルと関係ないですねハイ‼


さて、質問大放出感謝祭(?)とはよく言ったものだが、はてさてどこから聞いたものか。ただ、俺の中で一番の疑問があるとするならばやはり『八神』から『七神』への変化のことだろう。

 

俺は顎に手を当てて少し考える素振りを見せつつ、

 

「では聞こう。『八神』から『七神』に変化したということはつまり、俺の存在が抹消されたということだ。これはどういうことだ?」

 

そう問い掛けた。勿論、今でも俺の中には多少『腐食』の影響があるので負の感情が増幅されているように感じる。だが、確かに俺の中に怒りや悲しみが存在しており、増幅云々が無くても同じようなことになっていたかもしれないな。

 

俺の問に対してバルバトスは申し訳無さそうな表情を浮かべつつ、

 

「…それはね、ボク達がキミを護るためだよ、アガレス」

 

とそう言った。護るため、というのは少し前にも言われた気がするが詳しくは聞いていなかったのを思い出した。

 

ただ、今なら何となく分かる。

 

俺が酒を飲んだ際、酔っ払うと出てくる人格があった。その人格は俺そのものであり、過去の俺の象徴的な意味合いでも存在していたわけだが、酒が弱かったのも実はそいつのせいだったりする。

 

まぁ今はそれはいいとして、何故コイツが先程のバルバトスの話に密接に関わってくるのか、というとこの人格と俺自身が一つに戻る際に元々あった俺の魂にかかった魔神達の怨恨を引き受けてくれたのだ。

 

バルバトス…いや、俺を除いた『八神』の面々は俺の状態を知っていたからこそこういう事をしたのだ。俺へと向けられた魔神達の怨恨の殆どは『アガレス』という人物ではなく『元神アガレス』という存在に対してである。そのため、その名前を消せば魔神達の呪いや怨恨が消滅、とはいかないまでもある程度マシになると考えるのは自明の理だろう。

 

「つまるところ、先の騒動に関しては完全に俺の早とちりってわけか…」

 

まぁ実際俺の努力が水の泡、とか俺への見返りがなくなってしまったこととか色々想うところはあるが、早とちりしてしまったことには変わりない。

 

俺のその言葉にバルバトスはムスッとしつつ、

 

「もう、ホントだよ!そのせいでボク達がどれだけ苦労したと思ってるんだい?」

 

そう言った。当事者だけに言い返すことはできないが、やはり腹が立つもんは腹が立つ。バルバトスの言動というか話し方が多分問題なんだと思うんだ俺は。

 

それにしても、冷静になって色々考えてみるとやはり自分の預かり知らない所で自分の存在が消されていたというのは気持ちの良いものではない。勿論、ある程度達観してしまった部分はあるとは言え、やはり黒い感情があるのも否定しきれないわけで。

 

つくづく難儀なものだ、と俺は内心溜息をつく。するとバルバトスが、

 

「…ボク達はね、キミを護りたかったんだ」

 

不意にそう呟いた。それは或いは懺悔のようでもあり、或いは俺に向けられた謝罪の気持ちなどが複雑に絡み合っているように思えた。

 

「ボク達を護るために数千年頑張ってくれたキミが500年前一度姿を消した時…チャンスだと思ったんだ。キミを『守護』という使命…いや、運命の枷と言っても良いかも知れないね。それから救ってあげたかったんだ。自由に生きていけるようにね」

 

けれど、とバルバトスは更に続けた。

 

「それがキミの重荷になるとは思わなかった。キミが復活したらその場所にいる神がキミに色々と説明するはずだったんだ。でもキミが復活した時、本当にキミかどうかわからなくてね…」

 

バルバトスの言うことも尤もだろう。なにせ最初は蛍に言われて自分の力をなるべく出さないようにしていたのだからな。復活した時、というのはバルバトスとトワリンが話していた時に接触した時のことを言っているのだろうが、確かにあの時は元素を全く使っていなかったから、判別の仕様がなかったのだろう。

 

バルバトスはそのまま申し訳無さそうに笑うと、

 

「だから、遅くなったけど色々とアガレスに説明する機会を設けたかったんだ」

 

そう言った。なるほど、と思ったが冷静になった頭で考えれば大抵の疑問は解消できる。となれば大体が消化不良のモノだったり、答え合わせだけだったりだな。

 

そのまま俺は色々と聞いて大体自分の認識と齟齬がないことを確認した。一つだけ齟齬があったことと言えば───

 

「アガレスは結局、あの旅人に首ったけなのかい?」

 

「は?何喋ってんだ?」

 

これである。何を勘違いしたのかバルバトスは蛍のことを話し始めたのだ。

 

首ったけ、というとつまり恋愛感情にどっぷり浸かっているのか、ということだろうが俺は溜息を吐くと、

 

「生憎、お前の期待するような展開にはならんだろう。そもそも、彼女は俺の理解者だ。一度俺の記憶や想いを共有している。だから俺は彼女を心から信頼しているし全力で力になりたいと思うよ」

 

バルバトスにそう告げてやった。バルバトスは改心してくれるかと思いきや、寧ろジト目で俺を見てくる。

 

「アガレス、それわざとやってるの?前々から思ってたけどキミって変な所で鈍感だよね。こと恋愛に関しては特に」

 

「最後のは余計だな。神と人間では寿命が違う。生きる年月がそもそも異なる。璃月では人間と仙人の間に愛が育まれた例があるのは知っているが…あまりにも時が違いすぎるとどうなるかは知っているだろう?」

 

俺はバルバトスに更にそう告げてやった。恋愛感情など俺が持ち得る筈もなし。

 

蛍はあくまで俺を善意から救ってくれただけだ。底なしの善意が俺を救ってくれただけだ。そこに損得勘定などなく、かと言ってなにかの恩返しというわけでもない。彼女にしてみれば、俺を助けた経験など今まで沢山救ってきた経験の中の内の一つでしかないのだろう。

 

だから例え俺が蛍を…す、好いている…と、しても彼女が俺にそういった感情を抱いてくれるかどうかは別なわけで。

 

「…どうしたんだいアガレス?顔が赤いみたいだけどー」

 

「…はっ!?何のことだ!?」

 

思考に耽っている最中にバルバトスがニヤニヤしながら俺の顔を覗き込み、そして俺は慌てて否定した。誤魔化すように俺は咳払いを一つすると、

 

「とにかくこの話は今は関係ないだろ?聞きたいことは大体聞いたからもう良いだろ?」

 

そう言った。バルバトスは不服そうだったが休憩時間が終わることを見越してか、しょうがないなぁと呟きつつ話題を逸らしてくれた。

 

なんだかんだでまだバルバトスの給仕的な仕事は続くが、対して変わり映えがしないので割愛させていただこう。

 

〜〜〜〜

 

「───う〜ん、自分から行動するのも大切、か…」

 

西風大聖堂から出てきた蛍は顎に手を当ててうんうん唸りながらそう呟いてクロと名乗るバルバトスの友人の言葉を思い返していた。

 

蛍は、顔も知らない相手だったからこそあそこまで自分の気持ちを吐露することができたのだと思うと少し気恥ずかしくはあるが、悪い気はしていなかった。実際バルバトスであればある程度自分の気持ちに蓋をしながら話していたことだろう。

 

そう、クロ───アガレスと幕越しに話していたのは蛍その人であったのだ。つまり蛍はクロがアガレスと知らずに、本人に本音をぶちまけていたわけである。勿論、アガレスは蛍だと気付いていないので問題はないだろうが。

 

「…パイモン、は今は西風騎士団で手伝い…流石にアガレスさんを訪ねるのに手土産もないのは人としてどうかなといったところだけど…でもアガレスさんが喜ぶものってなんだろう…」

 

そこまで考えて初めて、蛍は自分がアガレスのことをほとんど知らないことを認識した。記憶の一部や想いを共有したとは言っても付き合いも浅ければ世間話をした経験も少ない。だからアガレスの好みを未だ知らないのが現状だった。

 

だが、

 

「アガレスさんなら、なんでも喜んでくれそうだし…ま、まずは胃袋を掴むところからだよね!」

 

蛍はそう考えていた。そのアガレスはまだ西風大聖堂の中にいるのだが、この時の蛍はまだ知る由もない。




・神々のアガレスの判別方法

ちょっち補足入れておくと、例えば本編の場合人を助けるために風元素やら水元素やら結構最初から色々使ってます。そのお陰でバルバトス君はアガレスがアガレスであると気付けたわけですが…。

その分今回に関して言うと…

最初…岩元素しか使っていない

途中①…トワリンを倒すために風元素も使用しジンに正体を明かして全元素を扱う

途中②…そのまますぐ西風騎士団と共に四風守護の神殿へ行き、帰ってきた後一瞬で姿を消す。

接触できなかったぁああああ!!!

って感じですね。本編ではわかりやすい動きをしていたので会うことができましたが…如何せんアガレスいなくなるの早かったですからね。

という小話でした。


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第24話 救済後の再会

アガレスと蛍ちゃんをここらでちょっとだけイチャイチャさせようかと思いましてね。

アガレス&蛍「余計なお世話にも程がある!!」

ということなので控えめにはなると思いますね多分、恐らく、きっと、確約はしかねるけれどもそうなる可能性は高いかと。


翌日、俺は一日でバルバトスの職場から逃げ…ゲフンゲフン退職し、再び拠点のある星落としの湖付近へと帰ってきていた。まぁ別に働きたいとは言ったが友人にこき使われるのはなんだかプライド的に宜しくない。そもそもプライドとかを感じている場合ではないが許してほしい。

 

モラクスとか雷電影や雷電眞の給仕ならいいのだが、バルバトスだけはなんか気乗りがしないのだ。加えて、

 

「…久し振りに人と話して疲れたしな…」

 

そう独り言を零す程度には俺はコミュ障になっていた。

 

そもそもモンドを襲っている時点で俺自身はかなり気不味い。だのにモンドの住民達と来たら普通に俺に話しかけてくるからそれはもう気不味くて仕方がない。必然的に俺の脳内は気不味さで一杯になってしまう。

 

つまるところ、会話に使う脳のリソースが余らないのだ。少しの反応を返すだけで精一杯になってしまってそれはもうどうしようもなくなってしまう。

 

ん?昨日の大聖堂でのことに関して言うなら、俺は『アガレス』としてではなく架空の人物である『クロ』として対応したからな。アレはノーカウントだろう。加えてあの時は幕越しだったからまだ大丈夫だった。

 

対面していたら、と思うとゾッとするな。ただコミュ障に関して言うならそもそも人と話していないからというのもあるのでなんとも言えない。かと言って人と話したいか?と言われれば実はそんなことはない。

 

なんかもうマジで一人でいいな。下手に大切なモノを増やしすぎると護るのも大変だし裏切られた時のショックも大きいのだ。

 

パチパチと音を立てて燃える炎をただぼーっと見つめながら時間だけを食べる日々にまた戻ってしまったが下手に人と関わるよりかはずっと良い。璃月の仙人達なんかももしかしたらこういう気持ちがあるかも知れないが本当のところはどうだろうな。

 

そんな時、普段は聞こえない灌木の折れる音が聞こえたため、火を水元素で消しつつ刀を抜く。方角は…後ろからか。風元素の応用で大体の位置は把握できている。真っ直ぐこっちに向かってきていることから間違いなく人間だろう。もしかしたらアビス教団の手の者だという可能性もあるが果たしてどうだろうか。

 

俺は岩元素で手早く落とし穴を作ると近くの木の裏に隠れて様子を窺った。灌木の折れる音だけでなく足音も聞こえてきたためかなり近付いてきていることがわかる。そして、

 

「───キャッ!?」

 

落とし穴の上に差し掛かった何者かが落とし穴に落ちた音と共に小さい悲鳴が聞こえた。落とし穴は作ったが怪我をするような深さでもなければ杭があるわけでもない。ただ、敵対する存在であれば即座に排除できるように刀を久し振りに持って近付いていく。

 

「…あれ?」

 

「あっ…えへへ、驚かせちゃったみたいでごめんね、アガレスさん」

 

だが、そんな俺の心配は杞憂に終わった。訪れたのは異世界の服装に身を包んだ旅人───蛍だった。

 

 

 

風元素と水元素で蛍のちょっとした傷を癒やしつつ汚れを取ってあげた。言いつつ、先の大聖堂に相談に来た女性の話を思い出した。

 

そう言えば俺と蛍の関係も友人と言えるかどうかわからない微妙な距離感だったな。現に話すのは結構久し振りだし、蛍は俺のことは友人とは思ってくれていないかも知れない。

 

ただ、もしかしたら俺のことを友人だと思ってくれているかも知れないので、

 

「すまない、まさか友人だったとは…」

 

とそう言ってみた。蛍はその言葉に一瞬面食らったように固まったが、すぐに嬉しそうにはにかむと、

 

「ううん、気にしないで。友達だもん」

 

とそう言った。友人と言われて嬉しそうだったから勇気を出して言ってみた甲斐があったというものだな。

 

俺は自分のちっぽけな勇気に心からの称賛を贈りつつ、蛍が何故ここに来たのかを問い掛けた。特段俺に予定があるとは思えないのだがどうなのだろうか?と思っていたのだが、蛍は少しだけ目を泳がせた後、

 

「そうだ、アガレスさんに何個か聞きたいことがあって来たんだった」

 

そう言った。本当かどうかはさておいても久し振りに人と話す俺が上手く喋れるかどうか。

 

───アガレスは結局、あの旅人に首ったけなのかい?

 

などと考えていたらバルバトスのその言葉が余計に脳内にリフレインしたため、蛍の言葉に返事をすることができずに暫く彼女の顔を真っ直ぐ見つめることになってしまった。

 

「…あ、アガレスさん?私の顔になにかついてる?」

 

そのため、蛍が若干顔を赤くしながらそんなことを言う。俺は慌てて顔をわずかに逸らしつつ、

 

「い、いやなんでもない。それで、何が聞きたいんだ?」

 

そう言った。お互いに若干気不味さを感じつつも本題に入るべく蛍が咳払いをして空気を変えた。尚、お互い顔が少し赤いので余り意味のないものではあったが、まぁ気分的なものだろう。

 

「それでね、アガレスさんが神様だってわかった時に本当は聞きたかったんだけど…聞きそびれちゃってて…」

 

神だというのがわかった時、となると神関連で聞きたいことがあるようだ。そして蛍が最も気になりそうな話題と言えば、

 

「蛍の兄のことと…お前達の行く手を阻んだ謎の神のことか?」

 

と思って聞いてみると、蛍は首肯いた。言われてから蛍の言っていた特徴を持つ神が俺の知り合いにいないことがわかったためそれを先ずは伝えた。そして、

 

「500年前、俺が『終焉』を食い止めた際にお前の言っていた外見の青年を見た覚えがある。とはいっても俺は直接話したことはないから…その二つはお前の期待には添えられそうにない」

 

俺はそう言って謝罪した。蛍は全然気にしないで欲しい、と言ってくれたが少しだけ落ち込んでいるのがよくわかった。なにもしてやれないし埋め合わせもしてやれない。これに関しては薄情だと思われるかも知れないがどうしようもないのだ。

 

俺は少し気になったのでバルバトスにも聞いたのかどうかを蛍に問いかけると、

 

「バルバトスも同じこと言ってて…謎の神のことは知ってる感じだったけど…」

 

そんな答えが返ってきた。妙に俺の中で腑に落ちてしまったが、同時に自分に少しだけ嫌気が差してしまう。まぁ仕方がないしどうしようもないのだが。

 

本題が終わったのか蛍は俺への質問を考えている様子を見せていたが、不意に口を開くと、

 

「アガレスさんの好きな食べ物ってなに?あと誕生日も知りたい」

 

そう聞いてきた。そう言えばほとんどそういった日常の情報は蛍と交換していなかったな、なんて思いつつ俺は返事をすべく口を開いた。

 

「そうだな、好きな食べ物は鶏肉のスイートフラワー漬け焼き、誕生日は9月18日だ。知ってどうするつもりなんだ?」

 

前半は真面目に、そして後半は冗談めかして答えると蛍は「秘密」とだけ返してきた。

 

そうして話している内になんだか楽しくなってきて普通に数時間くらい談笑して過ごした。その間は蛍の好きな食べ物なんかも聞いたし、俺の思い出話なんかも沢山聞いてもらった。というか途中から蛍が全肯定botみたいになってしまったのだが、それはそれで心配になってしまうのでやめてほしい。

 

そういえば蛍の近くにパイモンがいない理由だが、何故か最近は西風騎士団で過ごしているらしい。曰く、「オイラがついてるから上手くやれよ!!」だそうだ。よくわからないが蛍の側にいなくていいのだろうか?まぁ今は彼女の旅も休憩中のようなものだしそれでいいのかも知れないが。

 

「…それで、結局蛍が次に行くのは璃月なんだよな?」

 

俺のその言葉に蛍は俺が作った料理を頬張りながら、

 

「うん、モンドの問題は一応解決したし目的も果たせたからね」

 

そう言った。そうか、と俺は軽く返すと料理を頬張る。

 

いなくなるわけではないから二度と会えなくなるわけではないとはいえ寂しいものだ。願わくば一緒に旅ができれば良いのだが…なんて柄にもなく思ってしまった。

 

「…それで、なんだけどさアガレスさん」

 

そんな時蛍が真剣な表情を俺に向けて口を開いた。俺はびっくりして喉に料理を詰まらせかけたがなんとか飲み込むと聞く態勢を整え、続く言葉に耳を傾ける。

 

蛍は言い淀んでいる様子だったが、ギュッと目を瞑ると口を開いた。

 

「…私の旅に同行してくれたら、心強いかな〜…なんて「いいぞ」冗だ…え?」

 

そして即答で了承したのだが、後に続きかけた蛍の言葉に対して「え?」と素で返してしまった。冗談だったのだろうか、と思って軽く落ち込んでいるとそれを察したらしい蛍が慌てて冗談じゃないことを俺に伝えてきた。

 

その後少し落ち着いてから改めて、「本当にいいの?」と俺の隣にある岩に腰掛けている蛍が首を傾げながら俺に問い掛けてきた。俺は顎に手を当て少し考えてから、

 

「ああ、元からお前の旅路には興味があったからついて行くつもりだったんだ」

 

そう告げた。まぁ大切な存在を一番近くで護りたいから、というのが一番の理由だがそれを言えるわけもない。勿論言ったところで…という感じではあるが、伝えることができれば苦労はしないのだ。

 

そんなこんなで俺が了承したことで、蛍の旅路に同行することが決定したのだった。



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第25話 『アガレス』という存在①

今回のアガレスに関する設定に関しては賛否両論あるだろうな〜(白目)

まぁ、良いんですけどね別に!!アンチコメントが来たら私のクソ雑魚メンタルが受け止めてくれるさ!すぐに砕け散るけれど!!ふっはは!!

ってなわけで、賛否両論回をどうぞ。私は余裕で夜逃げしますんで、ええ!!賛否両論回はまだ続くんだなぁこれが、泣きそう。

蛍ちゃんとアガレスくんのイチャイチャに関してはまぁ…次々回くらいには復活するはず。ああああ…震える夜が始まるぜ…。


蛍の旅への同行が決まった翌日。改めて俺を訪ねてきた蛍に改めて色々聞いてみた所、モンドでやることは大体終わっているらしい。ただ、璃月港での送仙儀式に合わせて璃月港へ出発するそうなのでまだまだ暫くはモンドに滞在するようだ。

 

俺が旅に同行するのが余程心強いのか、蛍は未だに満面の笑みを浮かべて嬉しそうにしている。そんな彼女の嬉しそうな表情を見つつ、西風大聖堂にやって来た女性の方は上手くいっているのだろうか、と少し心配になった。まぁ俺には全く関係ないだろうし出る幕はないだろう。

 

そう考えた俺はその事に関する思考を打ち切ると、

 

「そう言えばパイモンはずっと西風騎士団とエンジェルズシェアで給仕みたいなことしてたんだって?」

 

蛍の隣でふわふわ浮きながら俺の作った料理を頬張っているパイモンにそう聞いた。パイモンは頬張っている料理をゴクンッと飲み込むと、

 

「そうなんだよ!!最初はともかく…旅人と来たら、ずぅ〜っと騎士団の皆とディルックの旦那に頼んでオイラを働かせてたんだぞ!!なんか…なんか納得いかないぞ!!」

 

不満が爆発したのか、早口でそう捲し立てた。元々パイモンは自ら手伝いをしていたようなのだが、途中から蛍が皆に頼んでパイモンを仕事に駆り立てていたらしい。

 

まぁ確かに説明もなく突然そんなことをすれば納得できないのは道理だろう。加えてパイモンは蛍の最初の旅仲間だから、そういった意味でも自分が信用されていないのではないか、とパイモンは思ってしまうわけだな。

 

俺は内心で溜息を吐くと蛍にパイモンを働かせていた理由を問い掛けた。蛍はチラチラと俺の顔を見ていたが、諦めたように俯くと、

 

「…ちょっとやることがあったから…できればパイモンにも知られたくなくて…」

 

そう言った。やることがあったとは一体何のことだったのかは不明だが、蛍はまだ俯いている様子だ。だが、少し見える耳が真っ赤に染まっている───気がする。

 

俺はふむ、と一つ唸ると蛍を見ながら、

 

「それでもパイモンは最初の仲間だろう?せめてパイモンにだけでも、やんわり伝えておいた方が良かったかもな」

 

そう言った。だが蛍はバッとこっちを向くと俺に告げた。

 

「でもパイモン口がすっごく軽いから、アガレスさんが私について聞いたら喋っちゃうだろうし…」

 

「オイラに失礼だろ!」

 

蛍の言葉にパイモンが空中で器用に地団駄を踏んだ。

 

それにしても蛍の顔はどことなく紅潮しているようだったが、何が恥ずかしかったのだろうか?というか、蛍の言葉に少し違和感を感じた俺は一瞬思考の海に沈む。

 

パイモンの口が恐ろしく軽いのはなんとなく想像が付く。しかし、パイモンが仮に蛍の共犯者だったとして、蛍について俺がパイモンに問い掛けたら何か問題があるのだろうか。

 

つまり蛍の言っていた『やること』とは俺に関係する何かである、ということだったのだろうか。実際はよくわからないがそもそも何をしていたのかが不明な以上滅多なことは言えないのだが…やはり気になるな。

 

俺は一旦思考の海から浮上すると蛍に、

 

「それで結局何をしていたんだ?」

 

そう問い掛けた。蛍はやはりというべきか恥ずかしがっている様子で中々口を割りそうになかったのだが、途中からパイモンも加わって2対1になってしまったからか、遂に口を開いた。

 

「…その、料理の練習をしてて…元から多少作れたんだけど、少し前に知り合った人が私の事情を聞いて教えてくれるって言うから…」

 

蛍の言葉にパイモンは痛く感動したのか、涙を浮かべながら「旅人ぉ…オイラのために…」と呟いている。いやまぁ多少はパイモンのためなのかも知れないが…先程の蛍の呟きから察するに恐らく───いや、これは自惚れだな、そんな訳はない。

 

俺は自らの考えたことを誤魔化すように蛍に向け口を開くと、

 

「それにしても料理か…でも蛍はそれなりに料理ができるってパイモンから聞いていたんだが違うのか?」

 

そう問い掛けた。蛍はうーん、と唸ると少し落ち込んでいるような雰囲気を漂わせつつ、

 

「まぁ確かに料理はできるんだけど…敵が中々手強いからもっと上手にならないといけなくてね…」

 

何故か視線を俺に向けつつそんなことを言った。もしかして俺の料理の腕に勝つために頑張っているのだろうか。若干自惚れな気がしなくもないが、こう見えて俺は料理の腕は一応一流と言える程度にはある。だが、料理のできる蛍が料理を教えてもらおうとしている相手だ。それこそ現役のプロとか何処かのシェフとかそんな相手に料理を教えてもらっているのだから、すぐに俺など追い越してしまうことだろう。

 

俺はフッと笑うと、

 

「お前ならきっと大丈夫だろう。相手がどんな存在であろうと…俺が味方なのだからな」

 

蛍へ向けてそう言った。この言い方だとなんだか強大な敵に立ち向かう際のあーだこーだになってしまう気がするが、まぁ何も間違っちゃいないから問題ないだろう。

 

何故か蛍の顔が真っ赤になっているのだが俺には理由がよくわからない。というか、俺が口を開く度に蛍は顔を真っ赤にしている気がするな。一体何が彼女の表情を変えさせているのだろうか。

 

少し考えてみたのだがよくわからない。同じ記憶や感情を共有した、とはいえそれだけだ。俺達は所詮は他人に過ぎない。理解者ではあるが同一の存在ではないのだ。

 

さて、一方的に若干気不味くなったところで、パイモンがスススーっと前に出てきて口を開いた。

 

「そう言えばアガレス、バルバトスのヤツがお前の寿命がどう〜、とか話してたんだけど…どういうことなんだよ?」

 

一方の蛍は突然割り込んできたパイモンに怒るかと思っていたのだが、心配そうな表情を浮かべているのでどうやら彼女も彼女で心配しているらしい。

 

俺はふむ、と唸るとどう説明したものか、と少し頭を悩ませる。バルバトスには既に西風大聖堂で説明してあるのだが、やはり蛍とパイモンには説明しておくべきかも知れないな。これからずっと旅に同行することを考えると、お互いに秘密を抱えておくのは宜しくないことだろう。

 

「…そうだな、どこから話したものかな。端的に言えば、本来神には寿命がないんだが、俺にはそれが諸事情で存在してしまっていた」

 

なんとか色々端折ってそう伝えた。俺の言葉を聞いた蛍は顎に手を当て首を傾げると口を開いた。

 

「『しまっていた』ってことは…今は?」

 

蛍の言葉に俺は首肯くと、

 

「今は問題ない。理由を話すには…俺の過去を語る必要があるだろう。かなり…長い話になる。それでも…聞くか?」

 

二人にそう告げた。二人はその言葉を聞いて顔を見合わせると首肯く。俺はふぅ、と息を吐くと自分の過去を語るべく口を開くのだった。

 

〜〜〜〜

 

───世界は私達を忘れ去った。そのくらい貴様にもわかることだろう?

 

───あー、まぁ確かにそうかも知れねぇな。だが、俺はお前と違ってテイワットで生まれた身だぜ?正直、世界が俺を忘れ去るとかよくわかんねぇよ。

 

それが何千年前の出来事だったのか、今のアガレスはもう覚えていない。ただ、この真っ暗な空間───精神世界には8人の存在がいる。勿論、アガレスの精神世界であるため全員彼自身なのだが、中でも喋っているのは二人だけであり、他は沈黙を保っているようだ。

 

尤も、この空間には光が存在しないため何も見ることはできないが。

 

───何故わからない?何故理解しようとしない。我々は一度ならず二度までも世界に捨てられているのだぞ?

 

───ッハ!だからなんだよ、もう結論は出てんじゃねぇか。『俺は俺の大切な存在を意地でも護り抜く』、そうだろ?そもそもこれはアンタが大切な存在をもう失いたくねぇってんで決めたことじゃねぇか。

 

砕けた話し方をするアガレスは肩を竦めるような雰囲気を醸し出しつつ更に続けた。

 

───酒を飲めばテメェが出てくる。そりゃあ、世界の『巻き戻し』以前は酒に溺れて、結果的に『終焉』を止められなかったんだから気持ちはわかるがよ。

 

───貴様は私だ。口ではそう言っているが…どこまでいっても思考回路に変化など存在しない…わかっているな?

 

一方の堅苦しい話し方をするアガレスは、砕けた話し方をするアガレスへ向けてそう告げた。

 

 

 

所謂、『脳内会議』とも呼ぶべきものと思われがちではあるが、実際は少し異なる。確かにアガレスの人格が話し合っているため会議であるというのは間違いではない。

 

『アガレス』という存在は元々は別の世界の存在だった。しかし、世界に忘れ去られその場に取り残された結果、偶然彼の取り残された場所に新たな世界が誕生した。

 

だが彼がその世界で復活を遂げた時、その人格は元々の人格とは異なっている。別世界の存在が、現在いる世界に適応するために変化した、と言えば単純だが本来であればそのようなことは難しい。だがアガレスは既にこの経験を六回程経験している。いや、蛍に自分のことを話しているアガレスを加えれば七回だろう。

 

アガレスは七種類の元素を全て扱うことができる。しかし、その全ての元素を扱うことができるようになったのは堅苦しい話し方をするアガレスの代になってからだった。

 

元々、アガレスはテイワットの存在でないためか、肉体や魂の作りもテイワットの住民達とは異なっている。いや、テイワットのみならず、今まで過ごしてきた世界のどの存在とも合致しない存在だった。

 

『アガレス』という存在は様々な世界で、様々な適応をしてきた。それは肉体的なモノもあるが、死ぬ度に作り変えられる彼の肉体は毎回一新される。

 

しかし、彼の魂や人格そのものは後に引き継がれる。強い繋がりを持つ人格同士は意思の疎通すら可能だ。加えて魂には様々な形の能力がついている。

 

その形態は『風』に関するモノだったり『岩』に関するモノだったり『雷』に関するモノだったり…とにかく様々である。

 

そうして能力とある程度の記憶を引き継いで世界を股にかける存在…それが『アガレス』という存在だったのだ。




アガレス「こんな話で大丈夫か?」

大丈夫だ、問題ない。

ぐわああああ(?)

〜〜〜〜

一番良いのを頼む。

アガレス「いや、お前が描くんだよバカ」

…クソ茶番ですね、ウン。

精神世界に関しては影ちゃんの『一心浄土』が近いかな、と言ったところですかね。

ついでに、アガレスの設定に関してはマジでこんな感じなんですよ。元々本編の方でも「いつ書こうかなぁ…う〜ん…」って丁度いい話がなくてですね。いっそこっちで先に描いてやろうかと。まぁ自分的には賛否両論になりそうな羊羹がするので、投稿をするだけして逃げるのです。

アンチコメ??フッ、そんなの来たら私のメンタルは粉々に砕け散るぞ。ということでお手柔らかにィ!!!


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第26話 『アガレス』という存在②

前回の補完説明回!!わかりにくかったもんね、ウン

最初のアガレス=『アガレスA』
現アガレス=『アガレスH』とし、『アガレスA』から現アガレス『アガレスH』までアルファベット順に『アガレスA』→『アガレスB』→//→『アガレスG』→『アガレスH』となる。

アガレスAからアガレスEまではテイワット世界の住民ではないが、自らの世界の存在や世界そのもの、そしてアガレスAの肉体そのものも消滅したために忘れ去られて存在が希薄になっていたが、その世界と同じ座標に新たな世界が誕生、『アガレスそのもの』は自己承認欲求の鬼なので執念でその世界に存在する自分に近しい波長の存在『アガレスB』に入り込む。

以後、『アガレスF』までこの流れが続き、『アガレスF』からは肉体的にはテイワットのモノである。尚それぞれの思念や魂とも言えるものには別世界に存在したそれぞれの能力がある。そしてその能力は『アガレス』がテイワット大陸に存在した際、世界に合うような形で発現し、それぞれが七種類の元素の役割を果たしている。加えて『アガレスA』の意思は多少変異しつつも『アガレスH』まで受け継がれている。

って感じです。うーん、長い前書きですね。本編よりわかりやすく書くとこんな感じになります。つまりアガレスを落とすにはとにかく褒めまくればいいってことだね(白目)


「───ん?んん?オイラ、アガレスの話の半分も理解できないぞ…」

 

途中まで前提となる話を聞いたパイモンがそう言った。確かに俺自身完全に理解しているわけじゃない。実際世界から世界に思念体のようなモノだけで移動することが可能なのか、それが全く以て不明でブラックボックス化されている。

 

俺はパイモンに苦笑しつつ、

 

「まぁ簡単に言えば、俺は純粋なこの世界の住人ではない、って覚えておいてくれればそれでいい」

 

そう告げた。パイモンは取り敢えず先程までの小難しい話は頭の片隅に追いやって今言ったことを覚えているようだ。蛍に関しては自分なりに先程の話を消化しているらしい。俺の想いを垣間見た経験からある程度理解できていたみたいだが、恐らく全部ではないだろう。

 

俺は二人がある程度理解できたのを確認した後、

 

「それじゃあ、続き話すぞ?」

 

と告げるのだった。

 

〜〜〜〜

 

アガレスは世界を通常とは違う方法で股にかけてきた。そうして世界を渡り歩き、テイワットに生まれたアガレスだったが、今までとは異なりアガレスの意思に変化が生じ始めていた。

 

最初に生まれた『アガレス』から受け継がれた、いや、正確には自分自身へとかけた『承認欲求』という呪いと、大切な存在を護りたいという『守護』の理念の板挟みになり、初めてテイワットに生まれたアガレスは自らの力を磨かなかった。加えて友人と言える友人を作らず、知り合いという関係性に留めていた。まぁ生来のお人好し精神で、何度も何度もその知り合いを助けてしまっていたのだが。

 

自分の力を磨いてしまえば、その力に責任が生まれる。何より、友人を作ればその友人を護るべく動かねばならない。自分の力で他人を傷つけることを恐れ、何より大切な存在を力不足で護れないことを恐れた。『守護』の理念から、テイワットで最初に生まれた『アガレス』は逃げたのだ。

 

そもそも自らにかけられた無意識下の呪いである『承認欲求』を満たすことなどできようはずもなかった。他者に壁を作って知り合いで留めてしまうこの『アガレス』には、この二つのある意味での『呪い』に蝕まれていたとも言えるだろう。

 

だが『アガレス』にとって契機となる出来事が巻き起こった。いや、契機とは恐らく言えないだろう。彼自身にとっては自分自身に絶望するような出来事だったためだ。

 

───世界と世界の衝突…か、止められる筈も無し。私自身の力不足が原因だろうな…今までのツケが回ってきたというわけだ。

 

『アガレス』は想う。自分の番は終わりだ、また次の世界で次の『私』が呪いを満たしてくれるだろう、と。眼前で起きている世界と世界の衝突という現象を目の当たりにしてアガレスは全てを諦め瞑目した。

 

───私は信じてる。貴方がきっと…次はこれを止めてくれるって。

 

───皆のことを…この世界を、お願いします、アガレス。

 

だが、それを許さぬ存在がいた。

 

───盤石もいつかは…土に還る。お前に後は託す…友よ。

 

全てを諦めたアガレスの下に集う者達がいた。

 

───ボク達じゃ止められなかったこの『終焉』を…キミなら止めてくれるよね、アガレス。

 

認めたくなかったし、現実を直視したくなかった。

 

『友人』になんてしたくなくて、それでも困っていると見過ごせなくて。そんな中途半端な自分を友人だと、信じていると言ってくれた存在がいることがアガレスにとってはこれ以上ない程嬉しくて、堪らなく悲しかった。

 

そして残酷な程に理解できてしまう。これから彼等が何をするのか。自分のためにその身を犠牲にしようとしているのだ。『終焉』を…否、この世界そのものの時間を、神四柱のエネルギーを利用して巻き戻そうとしているのだ。

 

本当なら自分一人で『終焉』を止めて犠牲になっても良かった。だが、現状の自分の力では止められず、護ることが出来ない。そこまで来て、『アガレス』は気付いたのだ。とうの昔に、『知り合い』ではなく『友人』へ、そして『大切な存在』になっていたことに。

 

 

 

『アガレス』は絶望を味わった。『大切な存在』を護ることが出来ないことに、『終焉』の理不尽さに、何より…現実から逃げ続けた自分に。本当ならこのまま逃げてしまいたかった。数千年逃げ続けた自らの呪いの影響は弱まっており、そのまま消えることだって可能だったはずだ。

 

だが、アガレスはそれをしない。確固たる意思を以てやり直された世界に再び誕生した。友人からかけられた『世界を救え』という呪いの言葉と想いを背負って。

 

 

 

新たに生まれたアガレスの中には『アガレス』が存在している。といっても意識のかなり深い部分だ。そのため記憶はかなり曖昧であり、そもそも復活前の自分のことなどほとんどわからない。ただ、『酒が敵』であるということと、『力を磨く』こと、そして『大切な存在を守護する』ことだけは自らの確固たる意思として遺っていた。

 

だからアガレスは力を磨き、『アガレス』では成し得なかった『八神』としての活動を開始した。元々いた魔物を駆逐してその怨恨を背負い、『魔神戦争』で魔神達の呪いを出来得る限りその一身に受け止め、そして『終焉』を自らのエネルギーのほとんどを使って止めた。全ては『大切な存在』である『八神』の皆と世界の民を護るためだった。

 

だが、500年経って復活しても自らを知るモノは誰もいないように思えてしまった。『アガレス』はそれでも問題なかった。目的は達せられたのだからそれで良いと思っていた。だが、新たなアガレスはそれを良しとはしなかった。『毒血の侵食』を受けていたとはいえ『承認欲求』にのみ拍車がかかってしまったのは事実だった。

 

だが、『アガレス』はアガレスのその想いも孤独も理解できた。だからこそ、他の問題である魔神達の怨恨や『承認欲求』と『守護』の呪いを一身に受けてこの世から消滅したのだ。

 

魔神達の怨恨による呪いによって『魂の摩耗』という現象が、アガレスは他の神々より早く進行していたのだ。

 

「───だからまぁ結局のところ、今現在俺から寿命の問題は消えて他の神々よりちょっと短いくらいになってるはずだ。まぁ長々と話したがつまり…」

 

最初のアガレスが『アガレスA』だとすると、そのアガレスAは『承認欲求』と『守護』の二つの呪いを後に生まれる『アガレス』に掛けた。

 

その呪いの影響が緩くなっていたのが『アガレスF』であり、その『アガレスF』は現在の『アガレスH』と500年前『終焉』を止めた『アガレスG』の中に存在していた。

 

『アガレスH』は『承認欲求』の呪いがアビスの使徒によって強められてしまっていたが、その時には既に『アガレスG』は他の呪いを消滅させていた。『守護』欲求が『アガレスH』の中で弱まっていたのはそのためである。

 

全てが解決した今では、『アガレスH』の他に恐らくアガレスの人格は存在していない。

 

「…ってくらいだな。かなりややこしいだろ?」

 

アガレスは苦笑しつつそう言った。事実、蛍もパイモンもかなり頭を捻っており、断片的にしか理解できていないようだった。話している最中はまだまだ明るかったのだが、話が落ち着く頃には暗くなっていた。

 

焚き火の光のみが周囲を照らす森の中で、蛍はアガレスを見て微笑むと、

 

「…まぁ大体わかったけど…総合すると、やっぱりアガレスさんは優しい人だよね」

 

不意にそう口を開いた。突然のその発言に面食らったらしいアガレスはそのまま固まっていたが、

 

「だって…今までのアガレスさんも同じように沢山の人を助けて来たんだろうな、って思って」

 

蛍のその言葉でどことなく照れているようだった。勿論、アガレスにはまだ『承認欲求』というものが遺っているので全肯定botのようになっている蛍のことを常に考えるようになってしまっていたのだが、蛍にもアガレス自身にもそれを認識することはできなかった。

 

そのまま暫くアガレスは二人に情報を消化する時間を与えるために静かになった。蛍もパイモンもそれを理解しているため口を開かずに顎に手を当てて色々考えているようだった。

 

焚き火に焚べられた薪がパチパチと爆ぜる音と虫の音、そして穏やかに吹く風音のみが辺りに響いている。そうして五分程経った時のことだった。

 

「…よしっ、決めた!」

 

突然立ち上がった蛍は再び不意にそう言った。アガレスもパイモンも先程と同様驚いた様子を見せる。蛍はそんなアガレスを見てニッと笑うと口を開いた。

 

「私の旅にアガレスさんにもついてきて貰うのは決まったけど、具体的に何をしてもらうか決めてなかったんだ」

 

蛍はアガレスを見たまま更に続ける。

 

「アガレスさんには、私を鍛えて欲しいんだ。一人よりも二人の方が色々とやりやすいだろうしさ。どう、かな…?」

 

その提案を聞いたアガレスはふむ、と一つ唸った。

 

アガレスとて自らの戦闘技術を誰かに教えようと思ったことはあるし、実際剣術のみ指南したことはあった。だが、自分の戦闘スタイルは『全元素が扱える』ということを前提としており、今まで本当の意味で自らの戦闘技術を教えたことはなかった。

 

しかし、蛍は理論上は全元素を扱うことができることに加え、テイワットの存在ではないことからアガレスの戦闘スタイルにも十分に適応できることだろう。寧ろアガレスの剣術を糧として新たな戦闘スタイルを身につけることすら可能だろう。

 

アガレスはそこまで考えて、

 

「いいだろう、だが訓練は厳しいものになるだろうが…それでもいいのか?」

 

と告げた。蛍はフッと笑うとアガレスの手に自らの手を重ねた。

 

「…うん、私はアガレスさんの一番の理解者で、一番今は側にいられるから」

 

そして何度目かわからない固まっているアガレスにそう告げ、告げられたアガレスも少し笑って礼を告げるのだった。

 

…余談だが、パイモンがいるのを忘れてすっかり二人の世界に入っていた二人がパイモンの存在を思い出して赤面することになるのは…言うまでもないだろう。




今回のポイント

・『アガレス』には生来の呪いが備わっており他人に認められたい『承認欲求』と大切な存在を護りたい『守護』の二つ。
・まえがきにある『アガレスF』は他の『アガレス』とは異なりこの二つの呪いの影響を受けて呪いを忘れるために酒に逃げている。その影響か、『アガレスF』のみ呪いの影響が軽い。
・『アガレスF』のせいで『アガレスG』からは『酒』が天敵になり、速攻で意識を失うようになってしまった。
・『アガレスF』は自らを助けてくれた友人に報いるため『アガレスG』に別の呪いをかける。
・『アガレスG』はそれを理解して魔神達の呪いを一身に引き受け、『アガレスF』の止められなかった『終焉』を止める。
・500年後復活した『アガレスH』が体内に潜む『アガレスF』を説得、自らの行いを受け入れさせることで完全に消滅、同様に本来『アガレスH』にかけられていた魔神の怨恨からくる呪いが『アガレスF』によって消滅し、寿命問題を解決する。

って感じです。いやぁ…なげぇな…。


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第27話 修行?いいえ、スパルタです

自分で考えた設定なのにアガレス君さぁ…君複雑過ぎん?

まぁそもそも二次創作ですしおすしオリキャラぶち込むってなると自然とね…ウン。他のキャラに負けないようにするにはこうするしかないんじゃ。

アガレス「だからといって現実世界にまで俺を引っ張り出すな。何人いるんだよ俺は」

う〜ん…忘れ去られた本編、IF旅人、IF眞合わせてざっと27人?あ、直近でまた一人増えたし36人かな。

アガレス「増え過ぎだろうが」

ということで影分身してるくらいアガレス君は一作品だけでも9人います。

因みに今回最後の方は三人称になりますんで、そいでは本編をどうぞ〜。


俺がモンド近郊の平原で蛍に稽古をつけるようになってから一週間経った。

 

俺の戦闘スタイルは全元素が使えるということ前提のものがあるので様々な武器を扱えねばならないのだが、今回はまず普通に片手剣を十全に扱えるようにするところから始めた。元々蛍の武器は片手剣ではあるが、この世界の武器に慣れていないからか少し武器の扱いが甘い。元々どのような剣を使っていたのかはわからないが、剣術そのものに重きを置いていないような太刀筋に感じた。

 

勿論、真剣を使うのは危ないので俺達は西風騎士団から借りた木刀を使っているのだが、如何せん元素を使わない剣術だけでも実力差があり過ぎるため、一旦剣の正しい扱い方から教えることにした。

 

先ず木刀の扱い一つ取っても力の込め方や握り方の詰めが非常に甘い。武器はそもそもただ振るえばいいというものでもなく、力を完璧に鋒に伝えねばならない。かつ、切れる面を真っ直ぐ相手に向けて使うことも重要だ。俺の場合木刀だったとしても氷元素や岩元素を使って鋒を鋭くすれば真剣のように使うことだってできるだろうが、今はそれをしては意味はないだろう。

 

ただ、流石は何度も世界を渡り歩いてきたというだけのことはあり、蛍自身の飲み込みも早く、武器自体の扱いは一流と言えるほどにはなってきた。一週間という時間を考えれば普通だと思われるかも知れないが、俺なんて極めるのに数百年かかっているのだ。一流になるのに一週間程度であれば僅かな時間で大成するのは想像に難くない。大体基礎が出来てきたので、ここからは元素を絡めた戦い方を教えることになるだろう。

 

さて、今は正午頃だ。勿論ご飯は食べ終わっており、その後から運動するようにしている。最初に準備運動を済ませてから、俺は蛍に基礎を意識して自由に打ち込ませている。実戦だったら使い物にはならないだろうが、結構安定して以前より強い力が伝わってくるようになったので、着実に上達はしているらしく、この分なら実戦レベルになるのにそう時間はかからないだろう。

 

俺は適当な所で打ち止めにすると、少し息が上がっている様子の蛍に向けて口を開いた。

 

「よし、それでは今日からは元素を絡めた立ち回りや攻撃、加えて防御も教えていくが絶対に手抜きはしないからな」

 

勿論、俺は今笑顔を浮かべている。ただ、この方が恐怖を和らげられるはずだから微笑を浮かべているのだが、蛍も少し遠くで俺達の様子を見ているパイモンも何故か血の気が引いたような、真っ青な顔をしている。何がいけなかったのかはわからないが、まぁ逃げずにここにいるということは稽古に真摯に向き合うつもりがあるということだろう。

 

俺は基本的に今は『来る者拒まず、去る者逃さず』で頑張っているからな。蛍が逃げようとしているのであれば逃がすつもりはない。

 

さて、俺の個人的な感情はひとまず置いておき、蛍の休憩がてら蛍が現状扱える風元素に関して少し解説する。

 

「さて…そもそも俺と他の神々や人々と元素の扱いは異なる可能性は十二分にあるが、取り敢えず風元素から教えようか」

 

風元素は元素そのものではなく空気そのものを上手くやれば操ることができる。まぁ、余り使い道はないのだが、例えば搦め手で相手が呼吸をする瞬間だけそこから空気を無くしたりできるのだ。とはいえこれは本当に搦め手だし自分にも危険が及ぶからこの使い方に関しては教えないようにしておこうと思う。

 

そもそも風元素は割と万能だ。岩元素と比べると特に元素反応を含めてかなり万能であると言えるだろう。岩元素の元素反応は現状知られている限りでは結晶反応一つのみ。それに比べて風元素はそもそも岩元素と反応できないという弱点はあるものの、拡散反応というかなり万能な元素反応を使うことができるため、草元素と風元素、そして岩元素を除く元素が付着している状態であればその元素を扱うことができることと同義なのだ。

 

加えて単体で見ても回復も可能であることに加え、『かまいたち』のような攻撃方法は視認しづらく回避されづらい利点がある。まぁ弱点らしい弱点と言えば、やはり単体では物足りないというところだろうか。火力面での爆発力にいまいち欠けるというのが風元素の印象だ。

 

元素反応の溶解反応や過負荷反応、蒸発反応などがある元素に比べてこちらは拡散反応のみであり、加えて一つ一つのダメージは然程大きくなく、拡散反応ありきの風元素運用が前提とされていることがどうにも多いような気がしてならない。というか、俺の知る限り風元素の神の目を持つ存在は大体このような感じだった覚えがある。

 

まぁ神の目を与えているであろう張本人のバルバトス自体自堕落であるため人任せにしよう、というそんな感覚が感じられるのは俺だけだろうか。ポジティブに考えるなら他人と力を合わせて頑張れ、というようにも解釈できるのだが、果たしてどちらが正しいのやら。友人としては後者を信じたいところではあるが…。

 

俺は風元素を使うなら風元素をメインに据え置くのではなく、あくまで小手先の牽制やちょっとしたフェイントなどに利用するべきである、ということを蛍に先ず伝えた。その後、すぐに例えばこんな感じ、というのを実演して見せて蛍に試してもらった。

 

結論から言えば成果としてはあまり芳しくはなかった。というのも、風元素を剣に纏わせるというのがそもそも上手にできなかったのだ。多分だが蛍はまだ元素に触れ合ってから日が浅い。そのため元素の扱いそのものが疎かになっていたのだろう。

 

その事を理解した俺は蛍から木刀を預かると、

 

「じゃあ次は元素の練習な。できる限り風元素を扱ってみてくれ」

 

にこやかにそう告げた。蛍は俺の顔を見て「マジですか?」とでも言いたげな表情を浮かべていたが、俺が全く動じていないのを見て、

 

「あ、あの〜…休憩とかは…」

 

恐る恐るそう聞いてきた。俺はふむ、と一つ唸ってから、

 

「本当なら取らせてやりたいんだが、お前には早く強くなって自衛力を身に着けてほしいから、一緒に頑張ろうな」

 

安心させるために笑顔でそう言った。確かに休憩は必要だ。だがしかし、蛍の様子を見るに全然問題なさそうだ。まだまだ元気一杯なように見えるし、何よりふざける余裕がある。であればまだまだ扱いても問題ないはずだ。

 

俺の安心させるための笑顔がまた何か可怪しかったのか、蛍とパイモンは盛大に引き攣った笑みを浮かべていた。

 

「よしそれじゃあ風元素に体を慣らしていけよ。頑張れ!」

 

結局その日は数時間程蛍の風元素の練習に付き合い、流石に限界だろうということでその日はお開きにした。俺はそのまま次の日の修行の予定を考えつつ蛍と別れて俺が普段いる星落としの湖付近にある俺の拠点へと帰るのだった。

 

〜〜〜〜

 

モンド城近郊のとある洞窟内にて。

 

「───そういや知ってるか?最近『執行官』様がとある計画を進めているらしいんだ」

 

その洞窟は氷神が統治する国スネージナヤから派遣された『ファデュイ』という存在が拠点として使っており、そこには先の『龍災』の際に破壊されてしまったゲーテホテルというホテルで負傷したファデュイの兵士達や、綺麗な状態で残されていた物資などが運び込まれており、第二のファデュイのモンドでの拠点となっていた。

 

その拠点内でファデュイの兵士が別の兵士にそう告げた。別の兵士はその言葉に少し驚いたような素振りを見せたが、やれやれと首を横に振った。

 

「とある『計画』ってのはあれだろ?風神の力を奪い取ろうってあの」

 

知ってるに決まってるだろ馬鹿かお前は、と言いたげなドヤ顔でそう言う別の兵士に大して、話しかけた兵士はお前こそ馬鹿か?と言いたげな視線───ではなく直接そう言った。それに憤慨した別の兵士だったが、話しかけた兵士はそれを諌めると、

 

「違う。それが失敗したから、今度は直接風神から奪おうってヤツだ。そもそも、あの『計画』自体それの前段階みたいなモノで、風神を釣るための撒き餌みたいなモノだったんだとさ。まぁよくわかんねぇことに、風魔龍は正気に戻るわ、よくわかんねぇ人間…?が暴れるわで頓挫しちまったんだがな。代わりに風神本体が出てきたから、やっちまおうって算段らしい」

 

そう言った。言われた兵士はへぇ!と納得すると自分の認識を改め、その上で聞いた。

 

「風神に直接会いに行くったって、どうするつもりなんだろうな?身元が判明していない状態だったら人知れずヤツを襲う機会もあったかも知れんが、今は大聖堂にずっといるんだろ?」

 

そう、風神バルバトスは再びモンドに帰還し、その時間のほとんどを大聖堂の中で過ごしている。加えて基本的に大聖堂内は西風騎士に加えシスター達、そしてモンドの住民が多くいる。その中を襲撃してしまえば外交問題にもなりかねず、何より風神バルバトス本人から力を奪うことは不可能だった。

 

しかし、話しかけた兵士は当然の疑問だ、とした上で噂程度でしかない与太話のようなものをその兵士に聞かせた。

 

「…それがな、風神は夜になるとこっそり大聖堂を抜け出して酒場に行くらしい。しかも城内の道だとバレるから、人気のない道を通っているらしいんだ」

 

「マジかよ、その『計画』が本当だとしたら絶好のチャンスってわけか」

 

驚く兵士の言葉にああ、と自身満々に返事をした兵士はそのまま少し笑うと、

 

「これなら『執行官』様のお役にも立てるだろうし、何より女皇陛下のご期待にも添えられるだろう。前は役に立てなかったし、一緒に挽回しようぜ」

 

そう言いながら拳を突き出した。もう一人の兵士も少し笑うと自らも拳を突き合わせて応、と返すのだった。




最後友情っぽく描いてますが…その実やろうとしていることは夜襲です。

やることが汚い!!戦術としては素晴らしいけども!!!


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第28話 密偵と神

月木休みは最高だぜ。

ということで描きまくりで行きますよ!!

今回は最初と最後三人称、真ん中ほとんどはとあるファデュイの兵士の話です。


氷の国スネージナヤを治める氷神に従う軍隊のような存在であるファデュイ。彼等は氷の女皇の願いを叶える、そのために世界各国で様々な活動をしている。その中で、風の国モンドにはスネージナヤから数年前に使節団がやって来たかと思うとゲーテホテルを彼等の拠点とし、モンドの利になることから後ろ暗いことまで、様々な活動を行っていた。

 

中でも『天空のライアー』を盗み出す計画は途中まで上手くいっていた。とある計画のための布石にすべく潜入工作を行い、なんとか安全に『天空のライアー』を盗み出すことに成功したのだ。

 

しかし、先の『龍災』の際ゲーテホテルは破壊され、それと同時に『天空のライアー』は失われてしまった。あろうことか侵入者に奪われてしまったのだ。このお陰でファデュイは『天空のライアー』を盗んだことが露呈してしまい、モンドでの立場を無くしつつあった。

 

加えてモンド城でスネージナヤの使節団のために解放されていたゲーテホテルが使えなくなったことで、そもそもモンド城での活動は表立ってできなくなってしまっている。そのため、モンドの清泉町付近の洞穴内を拠点としているファデュイだが、その中にある会議室では次の計画のための会議が行われていた。

 

「…やはりモンド城での活動をどうするかが課題だな…側門付近は西風騎士の巡回が少ないとは言えモンド城内はバルバトスが戻ってきた関係で警備も厳しい…そんな中どうやってバルバトスを捕らえられるだけの人員を送り込む?」

 

「デットエージェントを主軸とする隠密部隊で潜り込むしかあるまい。情報によれば城外を通る時間が僅かながら存在するようだし、そこを狙うべきだろう。如何な神と言えど風神は最弱とまで謳われている存在だ。デットエージェントの光学迷彩で近付いて拘束すれば…」

 

「いや、ヤツも最弱とは言え神だぞ?なんらかの罠を講じるべきではないのか?最悪バルバトスさえ手に入れてしまえば良いのだから、酒場で毒を盛れば良いではないか」

 

議論は白熱し、留まることを知らずどんどん案が出る。しかしバルバトスの力量の不透明さと同じく未知数である四風守護のトワリンの存在によってどの案も微妙と言わざるを得なかった。だが、

 

「───中々進んでないみたいね」

 

そんな会議室に肌を大きく露出させた女性が入ってきた。その顔面の片側は仮面で隠れており、全貌を見ることはできないがその風格と会議室内に元々いたファデュイの兵士が恐縮していることから、かなり上位の存在であることが察せられた。

 

女性はふん、と鼻を鳴らすと、

 

「私が出るわ、それで良いでしょ?」

 

一言だけそう告げた。だが、

 

「し、しかし執行官様…此度は自由に行動できるわけではなく、危険が及ぶ可能性もございます。御自らが赴かれるというのは少しばかり…」

 

一人が異を唱えた。勿論本心から女性───執行官を心配してのことである。しかし、その発言は執行官の機嫌を損ねたようだった。進言した兵士は突如氷に包まれ動かなくなった。

 

「…何?私の決定に文句があるの?」

 

「ヒッ…い、いえ!ご、ございません!!」

 

だが口だけは動くようで振るえた声でそう言った。執行官は氷よりもずっと冷ややかな視線を兵士に向けると氷を解いた。倒れ伏す兵士に駆け寄る二人は何も言わず、ただ去って行く執行官の背中を見ることしか出来なかった。

 

〜〜〜〜

 

「───はぁ、密偵の任務ですか?」

 

「…そうだ。執行官様が風神バルバトスに接触するに当たり、モンド城内部に協力者を作らねばならなくなった。しかし我々はモンドへ馴染んでおらず、仮に旅人としてモンドへ入ったとしても身分が調べられればすぐに牢獄行きだ。だから、できれば内部で協力者を作れ、というのが貴様への指令である」

 

昨日同じ見張り兵のヤツと汚名挽回の話をしていた矢先、早速俺に機会が回ってきた。だが、潜入任務とは名ばかりで現地で信用できる協力者を見つけねばならないというのが今回の任務だ。つまるところ、ほぼ捨て駒ということだろう。

 

「…任務、拝命致しました。すぐに発ちます」

 

ただ軍隊に於いて上からの指令は絶対、逆らうわけにもいかず俺はそう答えるしかなかった。

 

 

 

「───久し振りに来たが…本当に嫌な街だぜ」

 

俺はモンド城へ潜入するとそう呟いた。勿論デットエージェントである俺一人がモンド城内へ忍び込むのは然程難しいことじゃない。並の西風騎士共は俺達の隠密行動を見破ることなんて出来ないからな。

 

だがなんというかこの街の、全く人生に不安を感じていそうなヤツがいない自由過ぎる雰囲気が大嫌いだった。世界の現状も知らないくせしてバカみたいに笑って気色が悪い。自分達の置かれている現状に疑問も持たずにただ今を生きている。そんなヤツらを生かしておく価値が本当にあるのかどうか甚だ疑問だと言わざるを得ないだろう。

 

さて、忍び込んだは良いが協力者なんてどうやって作れば良いのだろうか。作戦決行は最低で一週間後らしい。つまりそれまでに俺はモンド城内で協力者を作らねばならないのだ。一番狙い目なのはやはり風神に恨みを抱いている存在であるわけだが、それを探すためにはまず人々の会話を耳にせねばならない。

 

俺は人々が最も集まっているであろうモンドの冒険者協会付近の屋根の上で会話を拾う。勿論今も透明になっているわけだが、陰が隠せないのだけはなんとかならないものだろうか。

 

「───風神が戻ってきては私の立場がないではないか。貴様らのような平民もそう思うだろう?」

 

なんて思っていたらあっさり見つかった。風神バルバトスに明らかに不満を持っているであろう人物が歩く先々で『下民』だの『庶民』だのとにかく自分を上げている。なるほど、情報に上がっていた旧モンドを牛耳っていた穢れた血を持つローレンス家の末裔か。名前は確かシューベルト・ローレンスと言ったはずだ。

 

だが、正直彼では役には立たないだろう。いないよりかはマシだと思われるかも知れないが、ヤツは自己肯定感が高すぎて他を無能と切り捨てている。まぁつまるところ、ヤツはなんの役にも立たないのだ。

 

「…アレは、件の旅人か」

 

そんな時要注意人物として書類に書かれていた金髪の旅人と小さい仙霊が通りがかった。ヤツはお人好しだと聞くし、俺が困っている人を装えば助けてくれるかも知れんな。

 

俺は旅人に狙いをつけると少し後を追うことにした。何処へ行くのかはわからないが、モンド城を出て行くとそのまま星落としの湖方面へとしばらく歩いて行く。どうやら、何かをしに行くようだ。

 

「…何処へ行く…?」

 

情報では冒険者協会に所属しているらしいが、星落としの湖付近に一体何の用事があるというのだろうか?そのまま彼女は森の中まで入っていくと、キョロキョロと辺りを見回している。そして何かを見つけたのか表情を輝かせると、

 

「見つけづらい所にいるね」

 

そう呟いている。木陰から見ている俺には話し相手が誰なのかは不明だが、

 

「そうか?まぁ木刀の整備をしていたからな。普段とは違う所にいても仕方ないだろう?」

 

言葉が返ってきている辺り動物の様子を見に来たとかではないらしい。どうせなら道中話しかけておけばよかった、と思ったがそれはそれで怪しまれるだけだろうと思い直す。

 

俺は相手の姿を見るために少し移動するべく足音を立てずに移動した。森の中なので唯一の弱点である陰がわかりづらいのは非常に強みだ。だが、

 

「───それで、今日は連れがいるのか?」

 

その言葉に思わずビクッとして悪寒を感じた。相手の姿はまだ見えない、だがこれ以上近付くとこの身に危険が及ぶことは容易に想像できた。まだヤツには俺の姿を捉えられていないはずだ。それに森林内で透明になっているのだから見られているわけもない。今のうちに立ち去るべきだろう。

 

だが、俺達の気配が察知できるような存在は後々危険分子足り得るだろう。そう考えた俺は最後にその存在の姿形を一目見ようとして少しだけ接近した。

 

「え、いや私だけだよ?あ、もしかしてパイモンかな…?」

 

「おい!オイラはずっとここにいるだろ!アガレスはオイラ以外の誰かがここにいるって言いたいんじゃないのかよ?」

 

「…ああ、いや───」

 

勿論すぐに後悔することになった。

 

漆黒の衣を纏い、それとは不釣り合いなほどに顔が白かった。そして僅かに口の端を持ち上げたヤツの血のように紅い瞳が俺を真っ直ぐに見据えていた。

 

「───十分伝わった」

 

瞬間、俺は踵を返して走り出していた。氷の女皇の願いとか執行官様の命令だとか、そんなもの全てを放り出してこの場から今すぐにでも逃げなければならないという本能の警鐘に素直に従っていたのだ。

 

怖かった、ただひたすらに怖かったのだ。木々の間から見えたあの表情もそうだが、最も感じたのは得体の知れ無さだった。強さとか威圧感とかは何も感じなかったのに、ただ得体の知れ無さだけを全面に感じたのだ。

 

密偵として様々な国で狂人や巷で最強と謳われる存在にも会ったことはあるし敵意を向けられたことだってある。だがあのような感覚は初めてで、そして同時に非常に気持ちが悪く不愉快だった。今すぐにでも死にたくなるくらいの気持ち悪さだったが、恐怖を覚えるほどの気持ち悪さとは一体何なのだろうか。

 

クソ、思考が纏まらない。だが俺はデットエージェント、姿形を消し逃げることに関しては右に出る存在はいないはずだ。今までもそうやって生き残ってきたのだ。スメールの教令院の最奥からだって、稲妻城の牢獄からだって俺は抜け出し、生きて帰ったのだ。

 

「今回だって…生き残ってやるさ───」

 

 

 

一時間ほどかけて星落としの湖から清泉町付近の洞穴まで帰ってくることができた。汗だくになりながらも後ろを振り返ってみるが、あの謎の化け物のような存在が追ってきている気配はない。そこまで来てようやく、俺は安堵することが出来た。

 

「ったく…真面目に貧乏くじだな今回は…」

 

俺は先程の出来事を一応上官に報告すべく洞穴内へ戻るのだった。

 

〜〜〜〜

 

洞穴付近の木の枝に座って黒い穴をジッと見つめている男がいた。やがて目を細めると一言、

 

「…追ってきて正解だったな」

 

とだけ呟くのだった。




…え、アガレス君がホラーの敵に見える?

奇遇だね私も()

アガレス「…お前の描写のせいだからな?俺はただ不審者を追ってただけで」

はいはいストーカーはみんなそう言うんです、後は取調室で聞くから。

アガレス「聞けよ。取調室じゃなくても聞けよ」


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第29話 御破算

前半三人称、後半とある密偵の男、最後三人称ですね

視点がコロコロ変わるんだからもう


「───何?作戦の中止を要求するだと?」

 

謎の存在を肌身で直接感じ取った密偵の男はファデュイの拠点内にいる直属の上司に作戦の中止を要求していた。それを聞いた上司は怪訝そうな表情で、しかし少し驚いている様子だった。

 

密偵の男は冷や汗を浮かべながら首肯くと、詳細な報告を始めていく。

 

「…順を追って説明致します───」

 

密偵の男は任務を遂行するためモンド城内へ侵入し、協力者を探すべく先ずは現政権に不満を持っていそうな存在を手当り次第に探していたこと、その途中で要注意人物である旅人を見つけ後を追ったこと、そしてその先で得体の知れ無い存在に出会ってなんとか逃げ延びたことを上司に伝えた。

 

上司はこの話を聞きつつ顎に手を当てて何かを考えているようだったが、不意に密偵の男へ視線を向けると、

 

「今まで数々の難関任務を成功に導いてきたお前がそこまで言う程の相手だ…万が一にでも執行官様に危険を及ぼす可能性があるのであれば、情報を揃えるべきだろうな…では詳しい話を聞かせてくれ」

 

そう言った。密偵の男は自らの上司の聡明さに少し安堵しつつ、自らが見た容姿を伝えていく。上司はそれを細かく書き留め、

 

「それで、強さはどれくらいだと感じた?」

 

そしてそう問い掛けた。上司は密偵の男が優秀であることを知っているためただで逃げ帰ってきたとは思っていない。だからこそ容姿のことを問い掛けたのだ。現に密偵の男は事細かな特徴を挙げている。

 

「…それが、よく…わからないのです」

 

「…わからない?」

 

しかし、こと強さに関して言えば密偵の男は推し量りかねていた。そのためわからないと言われた上司も先程より大きく驚いている様子を見せる。密偵の男は先程肌で感じたことをそのまま上司に伝える。

 

「自分は姿も気配も消して旅人の後を追って聞き耳を立てていました。加えてそこは森の中であり、影など映らず気付くのは至難の業であるはずです。しかし、その男は旅人に私に気付いているかのような質問を投げかけていました。旅人は私の存在に気が付いてはいないようでしたが、その男は旅人の反応を見てから…自分に目を合わせてニッと笑ったのです」

 

俯きながら少し震えている様子の密偵の男を目を細めて見る上司はしかし何も言わずに次の言葉を待った。暫し間があって密偵の男は顔を上げて上司を見ると、

 

「…本当にわかりません…自分の存在が露呈しただけであればここまで驚くことはありませんし、今まで数回程度ありました…ですが、『明らかに人とは違うナニカ』が自分をしっかり捉えていたのです…まるで魂そのものを直接触られているかのような不快感が全身を駆け巡り…そう、アレは今にも自分の存在が消滅するのではないかという恐怖心です」

 

そう言った。上司の男はふむ、と一つ唸ると密偵の男の言葉を紙に纏め上げた。そして密偵の男の肩に手を置くと、

 

「よく生きて帰ってきた。この人物について少し調べてから執行官様に報告しておく。任務には別の者を行かせるから、お前は少し休んでおけ」

 

優しげな声音でそう言った。密偵の男は敬礼をすると了承し、部屋を去って行った。

 

上司の男はその背中を無表情を見送ると、誰もいないはずの室内で口を開いた。

 

「…どう思われますか?執行官様」

 

その声が響いた直後、紅い蝶が数匹室内に飛び回り、その蝶を中心にして黒い霧が現れたかと思うとその中から身長が高く魔女の如き美貌を持ち、プラチナブロンドの髪を靡かせる女性───ファデュイ執行官第八位『淑女』の姿がそこにはあった。

 

『淑女』は目を細めて先程男が書き終えた内容に目を通していく。

 

「…透き通るような銀髪に陶器のように白い肌、恐ろしく整った顔立ちに血液よりも紅い瞳…?」

 

そしてその一文に目を留めた。男が怪訝そうに彼女を見ていたが、

 

「…ここに書いてある内容に嘘偽りはないわね?」

 

不意にそう問われ声を裏返しながらもしっかり間違いないことを告げた。『淑女』はそう、とだけ返すと部屋から去ろうと出口へ向かう。そして部屋を出る直前、

 

「部隊長を集めなさい。作戦を練り直す必要があるわ」

 

とそう告げた。男はその姿を見送り、ただ平伏するのみだった。

 

〜〜〜〜

 

───任務には別の者を行かせるから、お前は少し休め。

 

そう言われてしまっては断れるはずもない。ファデュイにおいて任務の失敗は基本的に何らかの罰則があり、執行官様によっては部下を殺したり実験の道具にしたり使い潰したりするのだが、つまるところ俺は任務を放棄して逃げ帰ってきた存在である。

 

上司の言葉は労いの言葉のようにも聞こえるが、言外に「お前には失望した」と言われているのは俺だってわかっていた。

 

「…生き残ったは良いが、マジモンの貧乏くじじゃねぇか…」

 

自室のベッドの上で溜息を吐きつつ、思わずそう呟くくらいには今回の任務は最悪だった。

 

これまでの実績と信頼を全て失墜させるには十分なほどの失敗だ。モンドに一度は潜入しておきながら逃げ帰り、持ってきたのは謎の存在の漠然とした情報のみ。

 

もしかしたら執行官様に殺される可能性もあると考えると体が震えた。勿論今日感じた恐怖心程のモノは感じていないが。

 

「ふふふ、流石のお前も参ってるみたいだな?」

 

と、上から声が聞こえ顔がニョキッと生えてきて俺を見て馬鹿にするように笑みを浮かべている。ちなみに二段ベッドなので俺の上には今回の任務に赴く前に少し話した見張り兵がいた。

 

俺は少し苛ついたが参っているのは本当であるため言い返すことも出来ずただ溜息を吐いた。そんな俺の様子を見た彼は驚いたように目を見開くと、

 

「拍子抜けだ、言い返してくると思ったんだが」

 

そう言った。俺は最早苛立つ気力も失くしたため、

 

「…任務失敗して帰ってきて言外にお前は役立たずだって上司に言われた俺の気持ちも考えろ…」

 

ただ淡々とそう返した。ソレに対して上の隣人は少し笑いながらごめんって、と言って引っ込んでいった。俺はそんな彼の能天気さに嘆息しつつ、これからどうすれば、などと取り留めのないことを思い浮かべては答えを出せずにフラフラと思考を続けている内に眠りにつくのだった。

 

 

 

「───きろ、おい!早く起きろって!!」

 

次に俺が目を覚ましたのはそんな焦燥感に包まれた声に起こされた時だった。俺は何かが起きたのかと考え跳ね起きると、頭を上のベッドにぶつけた。

 

「お、おい大丈夫か…?」

 

彼の心配するような声には答えず、俺は状況は?と問い掛けた。すると彼はそうだった!と言わんばかりに口をあんぐりと開けた。

 

何ていうか、馬鹿なのだろうか?

 

「『執行官』様直々の招集だ。何やら新しい作戦を伝えるらしい」

 

俺は彼の言葉にわかった、と端的に返事をすると即座に着替えて彼と共に広間へと移動した。

 

少しして全員集まった俺達は直立不動の態勢を取って『執行官』様のお言葉を待った。『執行官』様は全員から見える位置に立つと、

 

「それでは作戦を伝えるわね───」

 

そう言って作戦の説明を始めた。俺が持ってきた情報を元にして再び組み立て直したようで、相変わらず風神の下には『執行官』様が赴かれることには変わりがないようだが、俺が遭遇した存在はわざと情報を流してここへ誘き寄せるようだ。そしてここの設備や複雑な通路を利用して罠にかけ、可能であれば捕獲し、出来なくても足止めを俺達でするようだ。

 

正直二度と会いたくないし見たくもない相手だが、命令である以上はやるしかないだろう。俺達一兵士は命令に従って行動するだけだからな。

 

そうして質疑応答の時間が取られたのだが、意外にも一兵士の中で謎の存在に関して質問しているヤツがいる、と思ったら俺の隣に立っていた。そう、同室のアイツである。『執行官』様は隣の彼の質問『基本情報が欲しい』という質問というより要望を聞いてふん、と鼻を鳴らしたが、

 

「その男の特徴に関して纏めた書類をここに置いておくから自分達で確認なさい、以上よ」

 

そう言った。殺されなくてよかったと俺はなんとなく安堵してしまったが、彼は呑気に大声で礼を言っている。なんというかムードメーカーというのはこういう奴のことを言うのだろうか、と場違いな感想を漏らしつつ質疑応答の時間を終えた俺達は書類を手に持って内容に目を通す。

 

基本的には俺が齎した情報と差異はなかったのだが、一つだけ付け足されていた点があった。

 

「標的の名は…『アガレス』か」

 

〜〜〜〜

 

ファデュイの拠点の改造には丸一日の時間を費やし、『アガレス』を罠にかける準備が整った。細かい所や役割分担を詰めて行き、ファデュイの計画は遂に実行の瞬間を迎える。

 

ファデュイの兵士達も、或いは『淑女』ですらも計画の失敗を疑わない。情報漏洩などしようがないからである。

 

「───来たな、ファデュイ執行官第八位『淑女』…待ってたよ」

 

「───何故…アンタが此処にいるの!!」

 

そう、誰も疑わないから、『アガレス』という存在に対して無知であるからこそ、為るべくして為った結果がそこにはある。そして動き出してしまった列車が直ぐには止まらないように、例え破滅に向かうとしてもファデュイの計画が止まることは、決して無かった。




ちなみにこの上司の男の人は名前はないですし絶対わからないので言いますが…IFストーリーではない本編に一瞬だけチラッと出てきてます。本編の第18話ですね、アガレスに拷m((ゲフンゲフンお話されて色々ゲロっちゃう人です


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第30話 二重の罠①

今回最後だけ密偵の男視点です


「───ここで良いのかい?」

 

モンドにある清泉町の郊外の森の中で一人そう呟く緑色の吟遊詩人風の風貌をした少年がいた。その隣には白い衣服を身にまとった少女と空に浮かぶ小さい白髪の子供がおり、少女の方が首肯くと、

 

「アガレスさんによればここにファデュイの拠点があるみたい。作戦通りにすれば大丈夫って言ってたけど…ウェンティこそ大丈夫なの?」

 

そう言った。ウェンティ───ことバルバトスはん〜、と少し考えるように頭を捻ったが、

 

「大丈夫だと思うよ。アガレスがボクと旅人に任せていいって判断したなら多分ね。それに今回はボクだけじゃなくてキミもいるし、百人力さ!」

 

やがて笑みを浮かべながら少女───蛍へ向けてそう告げる。蛍は首肯くとパイモンへ視線を向けて首肯き合った。そしてバッグから3つ目元につける黒い仮面を取り出すと、一つはパイモン、一つは蛍、そしてもう一つはバルバトスに手渡された。バルバトスは訳が分からず首を傾げていたのだが、

 

「てっててー!ディルックさん特製、黒い仮面〜」

 

と少し粘ついた口調で言った。パイモンは特にツッコミはせず静かにしているが、少しうずうずしている様子だったので案外ツッコミをしたいのかもしれない。

 

それはそれとして、バルバトスは取り敢えず受け取った仮面を身バレ防止のためらしいと結論づけて装着すると、

 

「ようしそれじゃあ、ファデュイの洞窟内への潜入を始めようか!」

 

森の中にひっそりと見える洞穴へ視線を向けてそう言った。

 

 

 

洞穴の内部は整地されていたが、篝火が未だ燃え盛っていることから分かる通り人はいるのだろう。だが、恐ろしい程に人の気配が薄かった。

 

「もぬけの殻ってことはなさそうだけど、案外何も無かったりするかもね」

 

そんな洞穴の入り口から入ってきたバルバトスは呑気にそう言う。それに対して、

 

「そんなこと言って…アガレスがここに何かあるって言うから来たんだよな?」

 

パイモンが答えつつ、蛍に視線を向けた。蛍はうん、と一つ首肯くと、

 

「なんかここに風神にとって大事なモノがあるらしいんだよね。詳しいことはアガレスさんもわからないって言ってた」

 

パイモンに向けてそう告げる。パイモンはほうほう、と首肯いていたがバルバトスは目を一瞬見開き、そして細めた。口元はニヤついているので何か考えついたのだろうが、蛍達はそんなバルバトスの表情に気がつく様子はなく、

 

「よし、それじゃあ先に進もうぜ!!」

 

と大声で言った。そう言ってパイモンが蛍を見ながら後ろ向きで進んだ結果、

 

「えっ───わっ吟遊野郎!?」

 

パイモンが謎の出っ張りに引っかかり、その瞬間パイモンのいる場所の上から丸太が降って来る。だがすかさずバルバトスが動き、丸太を風元素で吹き飛ばしつつパイモンを救い出していた。

 

バルバトスの手を離れたパイモンはバルバトスに礼を告げつつ、降ってきた極太の丸太を見てひぇっと顔を青くして怯えていたのだが、直後バルバトスに弓を向けられ「ひゃあああ!?」と悲鳴を挙げつつ防御姿勢を取ったのだが、バルバトスが射った矢はパイモンのすぐ横を飛んで行き、背後から丁度現れたデットエージェントの頭を貫いていた。

 

パイモンがふぅ、と安堵の息を漏らしていたのだが、

 

「まだ来るから気は抜かないで。旅人、戦闘用意はしておいて」

 

バルバトスのその言葉にすぐ緊張した面持ちへと変化する。蛍も剣を抜き放ちこちらも緊張しているようだ。バルバトスはそんな中でもうんうん、と首肯いて、

 

「いやぁ〜、大変だねこりゃ」

 

なんて呑気に呟いている。その言葉を聞いた蛍達は一瞬呆けたが、

 

「おいっ!気を抜くなって言ったのはどこのどいつだよ!!」

 

パイモンが顔を真っ赤にして怒る。バルバトスはそんなパイモンを微笑みながら見つめたままだったが、やがて目を逸らすと道に沿って歩き始めた。蛍達はよくわかっていないようだが、取り敢えずはついていくことにして歩き始めた。

 

普段と少し雰囲気の違うバルバトスは歩きながら罠を処理しつつ、口を開いて話を始める。

 

「…いつだったかな、ボクとアガレスがモンドで遊んでいた時だったかなぁ…」

 

「遊んでたのかよ…ってか吟遊野郎がこんなに強いなんて思ってなかったぞ」

 

「確かウェンティって七神の中では一番弱いって話じゃなかった…?」

 

バルバトスの言葉に好き勝手に反応する蛍達を尻目に、バルバトスは苦笑した。

 

「まぁそれもこれもアガレスのせいだけどね。取り敢えず、ボクが言いたいのはね…彼はほとんどの場合、意味のない嘘はつかないんだ」

 

そして苦笑したままそう呟く。その言葉を聞いた蛍がはっと何かに気付いたような表情を浮かべて顎に手を当てて考える素振りを見せる。その間もバルバトスの話は続いた。

 

「…そしてその多くはボクなんかの友人…を護るための嘘で、大抵の場合ボクが別のことをしている間に危険を排除するとか、まぁとにかくそういう場合が多いよ」

 

「じゃあ、吟遊野郎はアガレスがオイラ達をここに誘導するような嘘をついたって言いたいのか?」

 

パイモンのその言葉にバルバトスは首肯いて足を止めた。そして向き直ると、

 

「ボク達がここに来た理由はボクにとって大切なモノがあるから…そうだったね?」

 

蛍にそう問い掛けた。蛍は首肯き、そしてそのまま続けた。

 

「…確かに、アガレスさんは大切なモノとは言っていたけど、それが何かは明言してない…まさか…?」

 

その、まさかだよとバルバトスは苦笑いを浮かべたが、パイモンだけは腑に落ちない様子だった。バルバトスは少し俯くと悲しげに目を伏せる。

 

「彼にとって大切なのはボクが大切にしているものもそうだけど、その根本はボク自身…つまりここに来ることによってボクは護られたんだろうね…しかも罠やファデュイの面々がいるから、ボクにとって大切な何かがここにあると信じて疑わないことも視野に入れて…」

 

その言葉を聞いたパイモンは驚きのあまり大きく仰け反っている。

 

「あと、多分だけど危険すぎる罠のほとんどは既にアガレスが作動しないようにしてるみたいだね。最初の簡単に避けられる罠だけ残ってたみたいだけど」

 

「アレが…簡単…?」

 

そしてバルバトスの言葉にショックを受けているパイモンを見てバルバトス自身が少し笑っており、どうやら表情と感情がコロコロ変わるのが面白かったようだ。

 

実際特にその後はトラブルもなく、現れたファデュイをバルバトスがまるで簡単なことのように処理していくので、蛍達は背後の警戒しつつもバルバトスの戦闘を見てこれが神の力なのかぁ、と少し納得したような表情を浮かべていた。

 

〜〜〜〜

 

「───いやぁ、ほら結局なんにも無かったでしょ?」

 

洞穴の最奥で今、最後の兵士が倒された。結局何人生き残れたのか、そもそも生きているのか死んでいるのかどうかすらもわからない。事実わかることは俺一人が今この空間で生き残ったファデュイの兵士だということだ。

 

くそっと内心で思わず悪態をつく。何故かは知らないが目元を覆っている黒い仮面をつけているヤツら…アレは要注意人物の異郷の旅人とその仲間パイモンだろう。そして彼女達がいるということはその隣にいる緑色の吟遊詩人は…道中明らかに尋常ではない元素の操作を見せつけ、ファデュイの兵士達を文字通り千切っては投げていた。

 

恐らく…ヤツは風神バルバトスだ。神の中でも最も弱いとされる実力を侮っていたか。いや、そもそも罠のほとんどが整備不良などの理由によって誤作動したり、作動することがなかった。対アガレスを想定した罠のほとんどがそうなっており、ブラフとして設置していた弱めの罠のみが作動している。

 

(くそっ…なんでこっちに風神がいるんだよ…執行官様はヤツを取り逃がしたのか!?)

 

焦りからか、思考が纏まらないがここで死ぬわけにはいかない。モンドにはまだ複数箇所ファデュイの拠点がある。そこにさえ逃げ込めれば安心なはずだ。

 

俺は機を見計らってヤツらから距離を取ろうと行動を開始した。しかし、

 

「───おや、何処へ行くんだい?」

 

その声が真正面から聞こえた瞬間、俺は足を止めざるを得なかった。そして、俺の目の前には緑色の悪魔とも評すべき存在が立っており、彼は口の端を持ち上げて笑うと、

 

「一緒に遊ぼうよ」

 

そう言った。その笑顔を最後に俺の意識は闇に沈んだ。



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第31話 二重の罠②

今回はアガレス側のお話になります


時は少し遡り。

 

さて、状況を整理しよう、とばかりに俺は清泉町の風車の上でぼんやりモンド城とシードル湖を眺めていた。

 

清泉町郊外にある洞穴内にファデュイの拠点があることをディルックから聞いていたとはいえ、実際入ってみると驚くべきことにかなり広い様子であり、モンド全体の拠点とされているだけあるようだった。

 

潜入はそれなりに大変だったが、興味深い情報は手に入れることができた。

 

風神バルバトスの力の簒奪…どうやら、以前『天空のライアー』を盗もうとしていたのはこれが原因だったらしい。そして今回は風神バルバトスの帰還によって遺物を狙う必要がなくなり、本人を狙ってその力を奪おうとしているようだ。

 

無論見過ごすつもりはないためこちらでなんとかしよう。頼れるとしたら…ジンくらいのものだろうか?一応ディルックにも話を通しておいて…バルバトスと…念の為旅人も一緒に行動させるべきだな。彼女のポテンシャルはかなりあるだろうから、バルバトスをいざというとき守ってくれることだろう。少なくとも、執行官以外であればしっかり対応してくれるはずだ。

 

さて、まぁ当然モンド城へ来る執行官をどうするか、という問題はある。旅人の話によれば、執行官は七神に勝るとも劣らないほどの強さを持つらしい。しかし、所詮噂であり真偽の程は定かではないため、どれほどの強さかは実際に戦ってみなければわからないだろう。そして噂が本当であるのならば、バルバトスだけ、いや西風騎士団が一緒でも厳しい戦いになるかもしれない。

 

となればやはり、執行官は俺が対応するしか無いだろう。それはそれとしてモンド城内のいざこざがあるかもしれないのでジンに接触してみよう、とそう考えた俺は風車の上から風元素で飛び上がると、モンド城へ向け飛行するのだった。

 

〜〜〜〜

 

その日、夜中。モンド城内西風騎士団本部の大団長室にて、執務を終えたジンはソファで小休止していた。しかし、コンコンと窓をノックされたため音のする窓へ目を向けた。そして外にいる人物を見て驚いたのか目を丸くしつつ窓を開いた。

 

「…いやー、助かった。まさか窓を破るわけにもいかなければ、真正面から入るわけにもいかないしな」

 

入ってきた銀髪の男性は肩を竦めながらそう言った。ジンはムッとしつつ、

 

「普通に正面から来てくれれば、対応したのだがな」

 

そう皮肉を返す。皮肉を返された男性は苦笑すると、

 

「俺が正面から来たら、見張りの西風騎士に攻撃されるか…それか取り押さえられるだろうよ」

 

そう言った。男性とは言うまでもなくアガレスであり、昼の間に手に入れた情報をジンに共有しようとしていたのだ。皮肉の言い合いを一頻り終えたらしいジンは、アガレスに「それで要件は?」と問うた。

 

アガレスはふむと一つ唸ると、

 

「そうだな…少し伝手から情報を得てな、国家に関わるから共有しに来たんだ」

 

本当はアガレス自身が全て調べたのだが、少し濁しつつそう告げた。ジンはその言葉にピクリと眉を動かし、ほうと息を吐くと少し話を聞く姿勢を見せた。アガレスはそれを見届けた後、懐から数枚の紙を取り出してジンに差し出した。ジンはそれを受け取り、これは?と言いたげな視線をアガレスに向ける。

 

表紙には何も書かれておらず、真っ白な紙だったためだ。だがアガレスはジンの視線を軽く流して、

 

「…その紙は俺がわかりやすく纏めたモノだ。詳しくはそれに目を通してから話すから、先ずは目を通せ」

 

そう告げると大団長室の本を適当に手に取って読み始めた。ジンはそんなマイペースなアガレスを見てはぁ、と溜息を吐くと書類に目を通していく。

 

最初は疑いの目で目を通していたのだが次第にその目は真剣な表情に変わっていく。アガレスはそんなジンを横目でチラリと見て面白がっているようだった。そして書類に目を通し終えたジンは机の上にその書類を置き、撫でながらアガレスへ険しい表情を向けた。

 

「…これを君が考えたモノとすれば、夢物語だと断ずることもできる。現に君には然程信用がない。私とて、この書類に書かれている『計画』とやらが本当に存在するのか…信じがたい」

 

ジンのその言葉にアガレスは少しだけ笑ったが返事はしない。ジンはキッとアガレスを睨みつけると、

 

「…これは立派な妨害だ、『元神』アガレス」

 

そう言い放つ。アガレスはふむ、と今度は無表情に変わった。ジンは最初に相見えた時と酷く変化した雰囲気に、得体の知れ無さを全面に感じていた。そしてアガレスは重々しく口を開くと、

 

「妨害、ね。まぁお前がこの話を信じようが信じまいがどうだって良いことだ。俺が守りたいのはバルバトスであってモンドではない。だが、嘘だと断じてしまえばお前の護るべきモンドひいてはバルバトスにはかなりの被害が出ることだろう」

 

そう言った。ピクッとジンは眉を顰めると、その後はぁ〜と俯きながら大きい溜息を吐いた。そして顔を上げてアガレスを見ると、

 

「…何をすれば良い?」

 

そう告げる。アガレスは口の端を持ち上げて笑うと口を開いて自らの計画に必要な言葉を告げた。その言葉にジンは眉を顰めたが、

 

「奴らの計画の実行は二日後、明日一日の猶予があるから問題はない。俺の要求に応えるだけの時間は十分あると思うが?」

 

アガレスは足元を見た。卑劣だが彼の頭脳をフル活用した結果であり、自身の大切なものにしか意識を回さなくなった結果である。そしてこうなったのは復活してからの偶然が重なった故の必然と言えた。

 

バルバトスから事の顛末とある程度の事情を聞かされていたジンは考え込むように暫し瞑目した後、

 

「…わかった、条件を飲もう。ただし、ここに書かれている対価、というのは…」

 

条件を飲むことを告げつつ、再び書類に目を落とした。対価、とは無論今回の計画に協力した暁に支払われるであろう対価である。その書類にはとある文言が書かれており、半信半疑といった視線をアガレスに向けている。アガレスはニッと笑みを作ると首肯いた。

 

そしてジンはキュッと表情を引き締めると気合を入れている様子だった。それを満足げに見たアガレスは用は済んだとばかりに踵を返して窓際へ移動した。ジンはいなくなりそうな雰囲気を察してか、アガレスに声をかけると、

 

「…何故璃月から賓客を招くことができたのだ?私が知る限りでは伝手などないはずだが…」

 

最後にそう問い掛けた。するとアガレスは右手の人差し指を口元に当てると、秘密だ、と残して去って行った。ジンは内心でアガレスの監視を強化しようと考えつつ、あの様子なら意味はないか、と取り留めのないことを考えるのだった。

 

 

 

翌日、再びアガレスは姿を消しジン達の前に日中は姿を現すことはなかった。その間、ジンは西風騎士の限られた人物、部隊長クラスにのみ計画とアガレスのことを伝え、計画の下準備を始めた。無論、一部の部隊長からは不平が出ていたものの、モンドを護るためということでジンは無理矢理納得させた。

 

その日は慌ただしい一日だった。ジンは午前の内に騎士達への命令を済ませ、モンド城内は騎士がひっきりなしに走り回っており、無論モンド城の住民達も西風騎士団が慌ただしく方々へ駆け回っているのを見て何かがあることを察してか公務の邪魔にならないように普段より控えめに過ごしているものがほとんどだった。

 

無論、

 

「ぷはぁ〜…いやーっ人の奢りで飲む酒は美味しいね!!」

 

夜の『エンジェルズシェア』内においては別であり、普段より少ないとはいえ酒飲みが集まっているようだ。その中には見覚えのある緑色の吟遊詩人がおり、カウンター席で酒を嗜んでいた。と、言っても嗜むというより流し込むに近く、お世辞にも美しい飲み方とは言えなかった。

 

それを眺めていたバーテンダーのチャールズは苦笑気味だったが、何も言わずに酒を出し続けている。チャールズも一応間接的にアカツキワイナリーのオーナーであるディルックから事情を聞かされているため、特段咎めることはしない。ただ、未だに目の前の少年が風神バルバトスであることは信じ切れていないようだった。

 

尚、モンド城のほとんどの人は神としてのバルバトスの見た目しか知らないため、緑色の吟遊詩人が神と同一人物であることなど知る由もない。

 

そんな中、酔い醒ましの水を飲んでいたバルバトスは、

 

「…最近モンドに嫌な風が吹いているね。騎士が慌ただしいからよくわかるよ」

 

チャールズにしか聞こえない声でそう呟いている。バルバトスは、チャールズが自分の正体についてディルックから教えられていることを、二人から何も聞いていないはずなのだが、まるでチャールズが自分の正体を知っていることに気がついてるかのような口ぶりであるため、チャールズの首筋に冷や汗が走った。

 

「…近い内にきっと何か、大変なことが起きるね。それは…ボクの友人が関わっているのか、はたまた無関係なのか…」

 

その呟きはチャールズに向けられているものではないことは本人もよくわかっていたようだが、それでも耳を傾けずにはいられなかった。

 

「…変わっているんだね、アガレス」

 

バルバトスはそれ以上、何も言わなかった。




次回から罠の答え合わせ〜!!


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第32話 二重の罠③

おまたせぇ(ワクチンで瀕死)


「───最後に問うわ。情報は確かなのね?」

 

蝋燭に照らされた薄暗い洞穴内で、二人の人物が会話している。その部屋に出入り口らしきものは見当たらないが、確かに二人はそこにいた。

 

偉そうに腕を組む女性と、もう一方は跪いている男性である。

 

「…はい、間違いありません。ここ数週間、ヤツは毎日酒場へ通っています。そして今日、『エンジェルズシェア』にて、新酒が店頭に並ぶとのことですので、酒好きであれば間違いなく見逃すはずはありません」

 

そして女性の言葉に、男性は平伏したまま言った。その言葉を聞いた女性は目を細めると、ふん、と鼻を鳴らして踵を返す。そして一言だけ「実行は今日で決まりね」と言うのだった。

 

 

 

洞穴内のファデュイの部隊は、3つに分けられた。うち一つはモンドの強襲部隊、もう一つは洞穴───ことファデュイの拠点防衛のため、そしてもう一つは秘密兵器防衛に割かれている。ファデュイの計画は三段階、第一段階は秘密兵器を使用したモンド城付近での撹乱。第二段階は、その隙に侵入した執行官含む2つ目の部隊がモンド城へ突入し、風神バルバトスの力を簒奪する。そして最終段階はモンドにある全ての拠点を放棄してでも風神バルバトスの力をスネージナヤ本国へ持ち帰ること。

 

即ち、ファデュイの兵士達にとって、生きて帰ることさえできれば故郷へ帰ることができる作戦だった。故に、兵士ほぼ全員の指揮は旺盛であり、失敗した場合は璃月へ逃亡する手筈となっている。

 

つまりファデュイにとって失敗しようが成功しようが、モンドから去ることは確定していた。その期間が無期限か、有限かの違いしかない。

 

そして時刻は21:00、作戦は開始された。後に言う、第一次氷風闘争の幕開けである。

 

ただし、この闘争は歴史の表舞台、即ち公式記録には残っていない。しかし、この闘争は僅か一日にも満たぬ時間で集結した稀有な闘争として、一部の文献によって語り継がれている。

 

〜〜〜〜

 

時は遡り。

 

モンド城では、ちょっとしたお祭り騒ぎとなっていた。理由は単純で、璃月から使節団が来るのである。というのも、貸し一つでディルックに少々協力してもらって呼び寄せているのだ。

 

モンドにある『エンジェルズシェア』はアカツキワイナリーが経営する酒場であり、アカツキワイナリーのオーナーであるディルックに頼んでお披露目する酒はないか聞いてみたのだ。すると、

 

───…本当は風花祭でお披露目予定だったものがある。本来であればそれを風花祭でお披露目することになっているのだけれど…代理団長の判断を信じよう。

 

と言ってくれた。つまるところ俺ではなく、ジンが信用されたわけである。無論、ジンの場所に最初に行って許可を取り付けてきたのはこれが理由だ。俺は暴走した前科があるため、信用に値しない。モンドの住民達は別としても、俺と少しでも関わりがあったものは別だからな。

 

さて、ディルックに協力してもらってアカツキワイナリー主催の新酒お披露目をしてもらっている。西風大聖堂やら風神像周りでお披露目会をしているのだが、今回璃月から貴賓を招いている。それもこれもディルックのコネと、西風騎士団の正式な要請がなければ不可能だっただろう。

 

「…第一段階はこれでいい。作戦の決行は間違いなく今日…その『仕込み』も終わらせてある。その代償は…まぁ恐らく高くつくだろうが…」

 

勿論タダで協力してもらったわけじゃないが俺が差し出せるモノといえばさほど多くない。一番大きな対価は労働力だろう。戦闘、肉体労働、警備任務となんでもござれだ。それこそ、料理とかでもいいし、なんでもやれる。だがそれはモンドの民で事足りるだろう。

 

となれば俺にしかできないことは何か、と考えてみたのだが、それはやはり…数千年、或いはそれ以上にも渡る経験だろう。それを対価に、彼等と交渉をして協力を勝ち取ったわけだ。お陰で自由を失うことにはなるだろうが…と俺は考えて、少し笑う。

 

「…自由の国で、自由を失う…なんという皮肉だろうか」

 

まだ、外は明るい。西風大聖堂の屋根の上からは、新酒を見てあれこれと評している人々が見える。時刻は既に17時を回り、日が傾いて橙色の光がモンド城の街並みを照らしている。

 

バルバトスが酒場に通っていた時間は21時以降。つまりファデュイの作戦決行まで最低でも四時間。執行官の実力はわからないが、やれるだけのことはやってある。

 

例えばディルックの協力しかり、モンドの騎士の中でも精鋭をモンド城付近に展開しているし、その理由も要人警護としているため抜かりはない。そして今日襲撃が起きる理由は、『エンジェルズシェア』で新酒が置かれる…というデマを流したからだ。これはただの噂であり、そしてアカツキワイナリーの身内によって行われたことだ。当然ファデュイの密偵はこの噂を聞き逃さなかっただろう。

 

そして肝心のファデュイの拠点は…俺の代わりにバルバトスに行かせる。当然、彼に直接頼んでは勘ぐられるだろう。故に、蛍を一緒に行かせることにした。

 

実は蛍には俺からとあるものを渡してあった。それは『指輪』の形をした聖遺物の一種であり、俺の想いから生まれたものである。聖遺物は、人の強い想いが込められているものであるため、死ぬ間際の俺の想いから生まれたモノだった。

 

一対しか持っていないのだが、まぁ…ペアリングというやつである。それはともかくとして俺は薬指に嵌めた指輪を弾くと、バルバトスと共に向かってほしい洞穴があることを伝えた。修行の一貫、と言えば理解してくれたようで二つ返事で了承してくれた。勿論、バルバトスを連れて行く口実に、バルバトスにとって大切なものがある、というのも付け加えておいた。

 

…ま、これは俺から彼への友情という想いであることは言わないでおく。どうせ、気づくだろうしな、癪なことに。

 

バルバトスの予定は既に確認してあるので、今日の夜に予定がないことは知っている。その上でバルバトスが蛍の誘いを断らない、或いは断れないこともわかっての上だ。

 

さて、一番の不安要素はファデュイの『秘密兵器』を騎士団が排除できるかどうかなのだが…まぁ、最悪バルバトスになんとかしてもらおう。ファデュイの拠点に仕掛けられている罠は既に危険なものは排除してある。彼等が気づかないように、仕掛けの一部を壊してあるので、蛍達がファデュイの兵士に負けない限りはやられることはないだろう…バルバトスもいるしな。

 

「…やれることはやった。あとは、待つだけだ」

 

〜〜〜〜

 

現在時刻は20:00。少し前まで風神像前に集まっていたモンドの民は皆、西風教会で行われるイベントに参加するため大聖堂の中に移動していた。そのため、モンド城内部は普段からは考えられないほど異様な静けさに包まれていた。

 

見張りすらいないモンド城内を歩く異質な女性がいる。忌々しげに城内の様子を見て、しかし何もせず、しっかりとした足取りで目的の場所へと歩みを進める。

 

女性はそのままモンド城の側門を抜けて大聖堂側へと歩いていく。そして、目標を見つけたのかその口元を歪めて笑った。その視線の先には木陰に座る人影があった。

 

「───来たな、ファデュイ執行官第八位『淑女』…待ってたよ」

 

だが、この言葉が聞こえた瞬間、女性───淑女の表情が凍りついた。人影はゆっくり立ち上がると淑女に視線を向けた。

 

「───何故…アンタが此処にいるの!!」

 

木陰から出てきた人影は月光に照らされてその姿が顕になった。全てを飲み込む黒衣に映える銀髪と赤い瞳が淑女をしっかりと捉えている。そしてその口元は、笑っていた。

 

「…『淑女』ね。お前が執行官か、直に会うのは初めてだな。自己紹介はいらんと思うが…」

 

そしてその男は慇懃無礼な態度で礼をすると、

 

「俺の名前はアガレス。かつては『元神』と呼ばれていた者だ」

 

そう名乗った。



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