オレに勝てるのはオレと……アイツだけだ (キメら)
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帝光入学
第1Q 帝光入学


初めまして。
そうでない方は、お待たせいたしました。


 春らしい陽光と桜の香りが漂い、賑やかさを見せる外とは対称に暗い部屋で少年はまだ夢の中にいた。

 

「……やっぱり」

 

 部屋に入ってきた少女は、呆れながらも放っておくことはできない(さが)と関係だ。

 カーテンを思い切り開き、日光を取り入れる。

 

「青峰くん? そろそろ起きないと、入学式間に合わないよ?」

「……んだよ、さつきか」

「コラ! 二度寝禁止! 起きてよ、もう!」

 

 桃井が布団を剥がそうとするが、寝起きとはいえ少年の力には敵わない。

 

「さっさと諦めろ」

「こっちのセリフなんだけど!」

 

 その時、もう1人の少年が布団を掴み、強引に引き剥がす。

 完全に日光に晒された少年……青峰大輝が、吸血鬼のように悶える。

 

「あ!? てめワクこのやろっ」

「早くしろよ、飯できてんぞ」

「げっ、お前の飯かよ」

「さつきに作ってもらった方がよかったか?」

「それはヤダ」

「ちょっと!?」

「さっさと着替えて食え。初日から遅刻するやつは入部させてくれないかもしれないぞ」

「わーったよ。下で待ってろ」

「はいはい、いくぞさつき」

「言いたいこと色々あるんだけど!」

 

 騒ぐ桃井を連れて、少年は青峰の部屋を後にする。

 寝坊する青峰、起こす桃井、朝食を作る少年。

 今日から中学生になろうと、何も変わらない光景だった。

 

(今日で俺が生まれて……いや、()()して13年、とうとうこの日が来たか)

 

 少年もとい、白河惑忠(しらかわ わくただ)は転生者だ。

 

 

 元々は、どこにでもいるバスケが好きな少年。

 才能を持っている訳ではなかったが、彼ほど真摯にバスケに向かう者はそういない。

 実力が伴わず、高校は弱小バスケ部に所属しながらも努力を重ね、その成果を見せるべく最後の大会に臨もうとした。

 しかし、それは叶わなかった。

 

 

 直前になって、部員のバイトテロが発覚。バスケ部は大会出場を辞退。

 その判断に異を唱えることなどできず、最も報われない形で白河はバスケを引退した。

 ショックに耐えきれず、ふらふら街を歩いていたところを暴走したトラックに轢かれて、またしても思わぬ形で人生を終えたはずだった。

 

(そしたら、まさか黒子のバスケ(この)世界に転生するとはな……)

 

「おーい、わっくん?」

「ん?」

 

 思い出(?)に浸っていたせいで桃井の呼びかけに反応していなかった。

 料理の腕を間接的に貶した先ほどの件もあって少し不機嫌なようだ。

 

「人の好意を無下にするし、話は聞かないし……」

「おい、大輝と一緒にすんな」

「2人とも乙女を雑に扱ってもいいと思ってるの?」

「乙女扱いされたいのか、俺らに」

「女の子を大切にしなさいってこと」

「へいへい、仰せのままに」

「ねえ〜」

「飯は?」

「机の上」

「わかった」

 

 2人が戯れている間にようやく青峰も制服に着替え、朝食を取り始めた。

 食べ終えると、服装の乱れを桃井が直している間に白河が洗い物を済ませる。

 

 

「んじゃ、行くぞ」

 

真新しい制服に身を包んだ3人は玄関を飛び出して、これから3年間を過ごすことになる学舎(まなびや)へ向かう。

その行き先はもちろん・・・

 

 

 

 ────【帝光中学校】────

 学業、スポーツ問わず高みを目指し、実力主義な校風を持つ。

 その中でも、バスケ部は超がつくほどの強豪校として知られ、多くの有望選手の経歴を辿れば帝光が絡むこともしばしば。

 入学者はここでプレーすることを夢見ることも多く、2人も例に漏れない。

 

「2人は当然バスケ部でしょ?」

「「当然」」

「私、マネージャーやろっかな。お弁当は無理でも、ハチミツレモンとかなら作r

「マネージャーはいいけど、食材には触れるな」

「ワク、目がガチだぞ」

 

 入学生とその勧誘で人が溢れかえる中、3人は目的のバスケ部へ向かう。

 特に人が集まっているバスケ部の前で、白河は再び自分の前世を振り返っていた。

 対称的な環境、才能、チームメイト……ここでは全てが揃う。

 バスケ馬鹿にはもってこいの場所だ。

 

 

「まーた、白河くんキラキラした目で固まってる」

「ったく、おいワク」

「……?」

「置いてくぞ?」

「……させるかよ」

「はっ、ぼーっとしてんじゃねーよっ?」

 

 

 1歩前に出た青峰がふと、よろめく。

 この人混みだ、誰かにぶつかってしまったのだろう

 だが、ぶつかった相手がいない。

 人混みに消えた、と考えるべきかもしれないが

 

 

 

 

 

 まるで、()()()()のようにいなくなった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




白河 惑忠
178cm・57kg(入学時)
ポジション:SG,SF,PF
座右の銘:隣の芝生は青い
好きなもの:和菓子、甘いもの
苦手なもの:辛いもの、桃井の創作物
趣味:通販
オフの過ごし方:基本的に自宅でゆっくり(青峰の代わりに桃井の予定に付き合わされる)
バスケを始めたきっかけ(前世):父にミニバスに連れて行かれたこと

特に神と会合したわけでもないが、バスケへの愛と未練ゆえに転生。
前世よりも才能のある肉体と、最高の環境を手にすることができた。ディフェンス力はすでに突出したものがある。


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第2Q 一軍

【帝光中学バスケットボール部】

 部員数は100を超え、如何なる敗北も許さない“絶対勝利”を掲げ、試合のみならず、部員同士でも熾烈なレギュラー争いが毎日繰り広げられる。

 3軍制を採用しており、春に入部する新たな部員は基本的に2軍を狙うことになる。

 今春も、自信と希望に溢れた多くの新入生がバスケ部へ入部することになる。

 まずは、現段階でに実力を把握するためにクラス分けテストが行われる。

 

 

「……以上だ」

 

 

 テストを取り仕切る一軍コーチである真田が三軍に振り分けられた部員の名前を呼び終わる。

 呼ばれなかった部員は二軍以上が確定するため、小さな歓声が所々で聞こえる。

 

 続いて、二軍に振り分けられた部員の名を読み上げていく。

 先ほどよりも、大きく元気の良い返事が聞こえてくる。

 

 

「以上だ。続いて、()()のメンバーを発表する」

 

 

 再び、部員たちから声が上がる。今度は喜びではなく、驚愕だが。

 一軍は当然ながら公式戦に出場する権利を持ち、相応の実力を持つメンバーが所属している。

 

 

「一軍……!?」

 

 すでに名を呼ばれた新入生、テストの補助やそれを観戦していた部員も聞き間違いかと、自身の耳を疑った。

 なぜなら、今までにこのテストで一軍に振り分けられたことはない。だから、二軍といえど呼ばれたことに喜んでいた新入生が多かった。

 そんな史上初の出来事の中、真田は淡々と、5()()の名前を呼ぶ。

 

 

「白河惑忠、青峰大輝、紫原敦、緑間真太郎、赤司征十郎。以上だ」

 

 名を呼ばれた5人はそれに動じることもなく、当然と言わんばかりに自信に満ちた表情を浮かべる。

 そして、真田が続ける。

 

「本来なら以上を以て君たちを部員として迎え入れ、今日は解散という流れになる。しかし、1軍に呼ばれた者はこの後、スタメンメンバーと試合をしてもらう」

 

「試合!?」

「しかもスタメンの先輩と!?」

「他の者は帰宅するも、観戦するも自由とする。一年生5人とスタメンは30分後に試合ができるように準備しておけ」

 

 その言葉と同時に、スタメンがコートに足を踏み入れる。

 年が1、2つしか変わらないにも関わらずそのオーラは凄まじいものがあった。

 それに押し出されるかのように2軍以下の新入生はスタンドに移動を始め、試合を行う選手たちは準備を開始する。

 

 

「いーじゃねーか。早速強えのとやれるのか」

「そうだな。そう簡単な話ってわけでもないだろ」

 

 すぐにも試合を始めたがる青峰に対し、白河は冷静だった。

 

「そうだ。俺たちはまだ試されているんだと思うよ」

 

 赤司が2人に近づいて、声を掛ける。

 その佇まいはとても中学生のようなものとは思えない。

 

「俺たちは今日初めて会ったばかりでお互いのことを何も知らない。手探りの状態で、戦術もない」

「そんな中で帝光のスタメンを相手にしなくてはいけないのだよ」

「ふーん……」

 

 自然と5人が集まり、作戦会議へと発展する。

 ふと、視線を向けた先には日本トップのメンバーが映る。

 

 帝光最速の攻撃的PG(ポイントガード)西河浩大(にしかわこうだい)

 “ゴーレム”の二つ名を持つC(センター)安達勘助(あだちかんすけ)

 2年生ながら中学最強プレイヤーに数えられるPF(パワーフォワード)虹村修造(にじむらしゅうぞう)

 現在の帝光はこの3人を主軸としている。

 

「でもよー、勝てばスタメンなんじゃね?」

「たしかに〜……」

「食べるな。というか、どこから持ってきたのだよ」

「大輝、流石に安直だろそれは」

「だが、ここに負けるつもりの者はいるか?」

 

 赤司の問いかけに対しては沈黙。

 無論、これは愚問でしかない。

 

「そうだよな。俺たちも既に帝光の一員だ。相手や状況は関係ない」

 

 

「勝つぞ!」

「おう!!」

 

 赤司の持つ天性のリーダーシップの元で、団結する5人。

 それを、スタンドの端から初老の男が満足そうに頷きながら眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

「8分1Q(クオーター)で、ジャンプボールから。TO(タイムアウト)はありません。

 では、これより帝光スタメン対1年生の試合を行います。礼!」

 

「「よろしくお願いします!」」

 

 センターサークルには、紫原と安達。

 両Cが相見えると、時間を掛けずにジャンプボールを二人の間に浮かぶ。

 身長は安達の方が高いが……

 

 ──バチッ! 

 

「互角!?」

 

 ボールは2人の力に押し出され、再び空中戦となる。

 これにいち早く反応したのは、帝光スタメンシューター田見(たみ)だったが。

 

「よっ!」

「なっ!?」

 

 田見の手は空を切り、白河がボールを強奪。

 後から反応したにも関わらず、いとも簡単に()()()()()()()()()()()()()()()

 

(2人の力が加わって不規則な回転が生まれていたがそれを気にもとめないか)

 

 ボールは赤司の元へ。

 すると、大胆にもいきなり相手コートへ弾丸パス。

 

「なにっ!?」

 

 これに反応していたのは……

 

「よっしゃ!」

 

 既に走り出していた青峰。

 いきなりスタメンの虚を突いてみせた。

 合わせた赤司のパスセンスと視野の広さも中々のものだが、

 

(速い、がそれだけじゃない。

 白河の方にボールが零れた瞬間に走り出していた。余程の信頼があるようだな)

 

 咄嗟の判断力と分析力も中学生離れしている。

 青峰は、そのまま悠々と先制すると思ったが。

 

「そんな簡単にやらせねえよっ!」

 

 虹村が唯一反応し、青峰と同時に跳んでシュートコースを完璧に塞ぐ。

 だが……

 

「へっ、追いつけるのかよ。けどな……」

 

 体勢はそのまま、右手から左手にボールを持ち替える。

 勢いは殺さず、ブロックを嘲笑うかのような高いループを描き、ボールは青峰の手から離れる。

 そして、2人の着地と同時にリングをボールがくぐり抜ける。

 

「なんだ今のシュート!?」

「なんて器用なやつだ!」

「いや、まぐれだろ今の!」

 

 いきなりのトリックショットに様々な反応があがるが、1年がスタメン相手に先制して見せた結果は変わらない。

 

「どーよ、今の?」

「さっすが」

 

 白河と青峰がハイタッチを交わす。

 白河の長さと青峰のスピードとセンス、そして2人の信頼から生まれた得点だ。

 

「……負けていられないな」

「ふ〜ん」

 

 他の3人の士気と対抗心を燃やし、これからの展開に期待が高まる。

 

「やるな。お前の見立ては悪くなかったな、虹村」

「ええ」

「それはそうとして……。やられっぱなしで終わンなよ? ()()()様?」

「わかってますよ」

 

 しかし、このまますんなりと勝てる相手では無い。

 もとより試合はまだ始まったばかりだ。




活動報告では言っていましたが、年始は7日まで毎日更新した後は不定期に更新していく形となります。


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第3Q 見定め

投稿時間についてアンケート取りますね。
とりあえず今日までは24時で、結果次第で変えます


 すぐさま反撃へ転じる帝光スタメン。

 主将西河がボールを素早く運び、虹村に預ける。

 

「借りたもんはすぐ返してやるよ、利子付きでな」

10日5割(トゴ)すか?」

「○シジマくんかよ」

 

 実質的なエース同士の1on1。

 ディフェンス側は腰を落として重心を低く保つのが常識(セオリー)

 しかし、青峰の構えは棒立ちとも取れる自然体。

 

(手を抜いてるわけじゃねーな。これがこいつの構え(スタイル)か)

 

 細かな揺さぶりにもしっかり反応する青峰の様子から、虹村は相手の出方を伺う。

 反応速度とフェイクを見極める力は、青峰のセンスでは秀でている。

 

(搦手は要らねえな)

 

 シンプルなドライブを選択。

 無論青峰はしっかり反応し、虹村と自陣リングの間のポジションを維持するが、

 

「うおっ?」

 

 想像以上のパワー。

 一瞬体が浮き、脚がコートから離れる。

 左肩で上手くブロックしたまま、ステップバックで距離を取って放ったミドルシュートですぐさま同点に。

 

「来いよ、ルーキー」

「言われるまでもねー」

 

 わかりやすく挑発する虹村と青峰。

 ここから、2人を中心に一進一退の攻防が続く。

 半歩リードする1年生と、その差をすぐに埋める帝光スタメンという構図の中、試合を観戦していた真田の眼にはどう映るか。

 

「虹村の提案で急遽行いましたが、これ程とは」

「ふむ……。中々面白い展開だな」

 

 隣には、帝光バスケ部監督の白金の姿も。

 振り分けテストの際には、スタンドから観戦することで余計なプレッシャーを与えないように配慮しつつ、しっかりと観察していた。

 

 帝光の理念は勝利のみ。

 それを遂行できるメンバーが一軍であり、この5人にはその力があると最終的に判断したのは彼自身。

 

「青峰の得点力や緑間のシュート力は一軍でも通用します。紫原も集中力が欠如する場面は時折見受けられますが、それを補ってしまうほどのセンスを感じますね」

「その3人はプレーの特徴がわかりやすいため、評価はしやすい。

 だが、今の試合展開は赤司がコントロールしている」

 

 現段階で、帝光のゲームプランは速攻がメイン。

 個の力をベースとしつつ、それを押し通すために相手が組織的な守備を整える前に攻めることを重視している。

 

「赤司は、それを理解してゲームメイクを行っている」

「ゲームメイク……確かにすぐには分かりにくい要素ではありますが。既に影響を与えていると?」

 

 疑問を持つ真田に、白金は問う。

 

「この試合、1年生のTOV(ターンオーバー)はいくつだ?」

「……0です」

「TOVは最も速攻やカウンターに繋げやすい。例え、得点が入らなくともリバウンド争いの時間があれば、少なくとも2人は戻っている。

 点数だけ見ればそうでもないが、ミスがないということは徐々にダメージを与えていく。もうここまでのことが出来ることが恐ろしいな」

 

 100点ゲームを簡単に作り出す帝光が、6分が過ぎた現時点で10点に抑えられている。

 ペースをダウンさせ、相手のリズムで戦わないことで流れを引き込む。

 まるで将棋のように、緩やかだが確実に相手の首を締めていく。

 

「と言っても、それを実現させているのは赤司だけの力ではないがな」

 

 直後、リバウンドが大きく弾んで西河がボールを確保。

 勢いままにドリブルで一気に相手リングに迫る。

 なんとか付いていく赤司がスティールを狙うが、すぐにボールを持ち替えてボールを赤司から隠しながらレイアップに跳ぶ。

 

「さあ、これで逆転だ!」

 

 しかし、地面を蹴った西河の手からボールは零れ落ちる。

 背後から、白河の腕が届いてしまったために。

 

「っぶな……」

「助かったよ、ナイスディフェンス」

「おうよ」

 

 ここまで、目立ったスタッツはないが密かに1年生チームを支えているのは白河だ。

 派手な青峰や紫原たちに隠れてしまってはいるが、白金や赤司はそれを理解している。

 

(あそこから届くのか。攻撃での積極性以外は完璧だな)

(ボールを持ち替えさせ、尚且つリングに真っ直ぐ進ませずにドリブルが膨らんだことで俺が追いつく時間を作るか……)

 

 本心は声には出さないが、称え合う2人を見て白金は満足そうに頷く。

 

「意外にも、今のチームに最も需要があるのは白河()かもしれないな」

 

 逆転の機会を失いながらも、全く動じない帝光スタメン。

 自信を持ってしっかりと対峙する1年生5人。

 

 あっという間に過ぎた8分では、同点で勝負つかず。

 そのタイミングで、白金が彼らの元に歩を進める。

 

「さあ、忙しくなるぞ。君にも存分に協力してもらうからな」

「ええ、もちろんです」

 

 帝光のために、今までにない選択をしてみせた白金の判断。

 これが正しいものであったかは、夏に結果となって現れることになる。



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第4Q デビュー戦(仮)①

お気に入り100&UA5000超え、ありがとうございます。
更新についてアンケートを取っていましたが、今まで通り0時に更新します。


 入部から1週間が経過した。

 新体制となって、春から1軍に1年生が5人も在籍している現状も、5人が実力を示したことで不満はどこからも聞こえなかった。

 

 さて、今日も厳しい練習を終えた部員たちが真田の元に集まる。

 

「今日の練習は以上だ。各自クールダウンに務め、明日からの練習試合に備えるように」

「はい!!」

 

 基本的に授業のある平日は学校で部員同士での練習を行うが、土日など1日バスケに時間を充てることの出来る時は他校との練習試合を積極的に組み込む。

 1軍は基本的に他校から試合を持ちかけられるため、対戦相手が帝光に足を運んで試合を行うことがほとんど。

 

 ただ、2軍や3軍はその限りではない。

 彼らは公式戦に出られない分、練習試合は多く組まれるが、対戦校に出向くことも多い。

 普段から練習に勤しむ場所で経験を積むことができ、移動による身体的・金銭的負担がない点は1軍であることのメリットの1つとなる。

 

 一方で、帝光ならではの“義務”によって、1軍であっても他校に出向いて試合を行うことがある。

 

「明日、3軍が新宿第三中学との試合を行う。2人には彼らに帯同してもらう」

 

 帝光唯一の理念である勝利。

 それは2,3軍にも同様であり、敗北は許されない。

 万が一の保険として1軍選手を帯同させることが習慣となっており、今回は赤司と白河がその役目に選ばれた。

 

「わかっていると思うが、敗北した場合には即座に3軍に落ちてもらう。心して明日の試合に臨むように」

「「はい」」

 

 そういうと真田は体育館を後にする。

 残って自主練をする部員たちが(まば)らにいる中で、赤司は白河に声をかける。

 

「出番がないことを祈るべきか、少し複雑な気持ちだが明日はよろしく頼むよ、白河」

「ああ。1週間で3軍落ちは洒落にならねえからな」

 

 当然、明日の試合は3軍の選手たちのために組まれた練習試合のためフルで出場することはない。

 残り時間が少なく、劣勢かつコートには普段顔を合わせないメンバーという理不尽な状況の打開を求められる。

 

「もし、明日出場することになったら、君にはやってもらいたいことがある」

「やってもらいたいこと?」

「それは当日に話そう。今日はもうお互いに上がって、明日に備えておこう。それでは」

「……おう」

 

 青峰に声を掛けようと考えるも、そうなれば自主練に付き合わされる危険性と体を休めることを天秤にかけていると桃井が駆け寄ってくる。

 

「ワッくん。明日3軍の試合に帯同するんでしょ?」

「ああ、赤司も一緒にな」

「私も一緒なんだけど、良かったら明日一緒に行かない?」

「いいよ。あと、大輝見てないか?」

「あー、なんかさっきこれ飲んだらお腹抱えてどっか行っちゃった」

「……そのボトルなに?」

「これ? 大ちゃんに差し入れ」

「……中身は?」

「ニンニクと大豆のシェイク。疲労回復効果と植物性タンパク質が練習後にいいかな〜って」

「どれくらい入れた?」

「ニンニク一個と大豆1パック」

「……ニンニク1個って欠片1つ?」

「ううん。1個まるまる」

「……大輝ご愁傷さま」

 

──-ハイテルノダヨッ! 

 

 

※ニンニクや大豆(豆類)の過剰摂取はお腹を下す原因となります。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 翌朝、2人は電車に乗るために駅へ歩いて向かっていた。

 桃井が余計な創作物を持ち込まないように確認済み、そのせいで不機嫌な彼女をなだめていた。

 

「私は2人やみんなのためにやってるのに」

「それはわかってる。実際マネージャーとして助かってることの方が圧倒的に多い」

 

 不慣れな部分もある中で、桃井は必死に部員たちを支えてくれている。

 持ち前の人懐っこい性格もあって、人当たりの良い桃井の存在は必要以上にヒリつくこともある部内の雰囲気を緩和してくれる。

 

 ただ、一向にそれが料理に活かされることはない。

 隙あればドリンクにサプリメントのカプセルを浮かべたり、塩(漬け)大福を差し入れたりと、善意が暴走する。

 有能な敵より無能な味方が恐ろしい、という言葉の意味がわかる気がする。

 

「知識と行動力はあるんだが、使い方がな」

「ワッくんのドリブルよりマシだよ」

「うるせえな」

 

 とはいえ、決して悪意のない(故にタチが悪い部分はあるが)桃井のやる気をただ単に削ぎ落とすのは忍びない。

 

「明日、オフだからちょっと練習してみるか? 材料の買い出しも付き合うし」

「ホント!? みたい服あったんだよね〜」

「おい、目的が違うんだけど」

「わかってる」

「……まあ、いいや」

 

 嬉しそうな彼女の顔を見れたのでとりあえずよしとする。

 

 さて、そうこうしているうちに電車を乗り継ぎ、赤司らと合流して新宿第三中学へ到着。

 中堅校だが、ここ数年で頭角を表してきた学校であり、勢いのある相手だ。簡単ではないだろう。

 監督同士が挨拶を交わせば、早速試合の準備を進める。

 

 赤司は#16、白河は#17のユニフォームを着用してベンチに座る。

 三軍と言えど、帝光が来ているのだ。試合に出ていない新宿第三のメンバーも、スタンドやコート脇から試合を観戦する者が多く見られる。

 それ自体はなんの問題もないが、

 

「帝光っても三軍だ! ぶっ潰せ!」

「勝って帰れると思ってんじゃねーぞ!」

 

「ガラ悪っ」

「品のない野次だ」

 

 異様な雰囲気に包まれたまま、試合開始(Tip off)

 ジャンプボールは新宿第三が保持して試合を進める。

 

 試合は予想通り、帝光が優勢。

 三軍と言えど、鍛えられ方が違う。アウェーであってもいつも通りのプレーを行えている。

 

「いい感じだね」

「今のところはな」

 

 ただ、敵地でそう簡単に行くわけもなく。徐々に帝光は反撃を受ける。

 新宿第三は時間が経過するごとに、彼らの持ち味であるアグレッシブなプレーによって、強引に流れを引き寄せる。

 

「しゃあ! どーだ!?」

 

 中心は3年生のエース、瞬木(またたぎ)

 高い身体能力を活かしたプレーは派手に映り、味方の士気を上げる。

 しかし、それだけではなく……

 

「オラ! 囲め囲め!」

 

 得点後に見せるゾーンプレス。

 その勢いと強度は、目に見張るものがあり、真っ向から帝光の足と理性を奪う。

 1軍から3軍まで、戦術は共有している。

 素早い攻撃を3軍も踏襲しており、プレスと真正面から衝突している形となっているが、少々分が悪いように見える。

 

「荒くねえか」

「手癖が悪いな。加えて、審判は向こうが用意している」

「なるほどな」

 

 これもアウェーならでは。

 そういった不利な状況でも自分たちのプレーをすることを求められるが、コートでは覆すことが難しそうだ。

 

 前半を僅差で折り返すものの、ハーフタイムを挟んでも新宿第三の勢いは衰えない。

 立ち上がりからミスを重ね、気がつけば10分を残して15点差を付けられてしまっていた。

 

「赤司、白河」

 

 ここで初めて三軍監督が2人を呼ぶ。

 ようやくジャージを脱ぎ、ユニフォーム姿となる。

 

 指示はシンプルだ。

 帝光の理念の遂行(勝利を掴め)

 シンプルであり、それの手段は問われない。

 だが、1軍という立場を念頭に置く必要がある。

 

「さて、行こうか」

「よし」

 

 公式戦でもなく、1軍の試合でもない。

 それでも、“帝光”として出場する初めての試合。

 

「頑張って!」

「任せろ」

 

 数多の視線と重圧(プレッシャー)の中。

 いよいよ、コートに足を踏み入れる。



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第5Q デビュー戦(仮)②

 15点差をひっくり返すために、それぞれ求められるものがある。

 プレスの回避と、新宿第三のエース瞬木を止めることだ。

 

 第4Qを新宿第三ボールから始める際に、瞬木には白河がマークにつく。周りの野次に呆れていると、瞬木が話しかけてくる。

 

「悪いな、うちのヤツら帝光が来るってことで興奮してんだよ」

「そうなんですか。1年なんでまだよくわかってないんですけどね」

「……1年?」

「はい」

「……マジで?」

 

 驚きよりも、嘲笑を挟んだかのような返答。

 明らかに白河に向ける態度から、多少残っていた敬意が抜け落ちる。

 

「んだよそれ、舐め腐りやがって」

「え?」

「帝光って言うから期待してたのに、三軍とはいえこの程度。挙句の果てには15点差で諦めて1年投入か? おい」

(……)

 

 ボールを受け取った瞬木は白河に向かって正対する。

 その目には少々苛立ちを含んでおり、睨みつけてそれをぶつける。

 

「わざわざ来てもらって悪ぃけどな、三軍寄こして俺たちを侮った責任……お前に取ってもらうぞ!」

 

 深い踏み込みで一気にドライブを仕掛ける。

 迷いのない真っ直ぐなそれで一気に帝光ディフェンスを切り裂く……

 

 ──バチッ

 

 ……はずだった。

 ボールは既に瞬木の手にはなく、白河が鷲掴んでいた。

 

「遅い」

 

 TOV(ターンオーバー)直後には得意のゾーンプレスも発動できない。

 そのまま白河がドタバタボールを運んでシュートを決め、2点を返す。

 

「くそが……」

「さっきの発言、訂正してください」

「あ?」

「帝光は勝利を求める。俺個人としても試合には勝ちたいし、チームも諦めないために俺と赤司を……1軍を投入したんだ」

「1軍……だと? 1年が?」

「学年は関係ありませんよ。さあ、そちらのオフェンスから再開しましょう」

 

 背を向けてディフェンスに戻りながら、白河は

 

「あなたはもう、点を取ることはありません

 

 こう宣言して、自陣にて瞬木を迎え撃つ。

 それに瞬木は苛立ちをさらに募らせる。

 

「まぐれでスティールしたくらいで調子乗ってんじゃねえ! おい、ボール寄越せ!」

 

 PG(ポイントガード)の代わりにボールを運び、その勢いのまま白河に突進。

 スピードで一気に置き去りにしようと画策する。

 

(先程よりも、そしてこの試合一のスピードだ)

(でも、ワッくんには通じない。真正面から仕掛けても、一方的にワッくんの守備範囲に入ってしまって仕留められるだけ)

 

 瞬木がスピードに乗ってドリブルを仕掛け、ボールを再び地面に強く叩きつけようとする。

 この時点でまだ、2メートルの程の距離がある。

 

「……()()()()()()

 

 間合いを一瞬で詰め、無防備なボールをスティール。

 瞬木は、眼前で起きたことが理解出来なかった。

 

(腕が……伸びた!?)

 

 そう錯覚させるほど白河のウィングスパン

 基本的に身長=ウィングスパンとなっているが身長よりも長いことがバスケットプレイヤーには多い。

 現役NBAプレイヤーにはウィングスパンの方が20センチ長い選手も存在し、時として身長よりも重要となることがある。

 

 178センチながら、白河のウィングスパンは2メートル近い。

 加えて、手のひらも相当に大きい。バスケットボールを現時点で掴めるほどの大きさを持っている。

 同時にそれは、指が長いことも意味する。

 

 それらを組みあわせた白河の守備範囲は広大であり、

 初見で見極めることはほぼ不可能である。

 

「マジ……!?」

 

 そのまま白河が1人で得点を狙う。

 ディフェンスがいるにも関わらず、工夫なしに正面からリングに突っ込む。

 

「させるかっ!」

「よっ」

 

 ブロックの上から、フィンガーロールを用いてリングに投げ入れる。

 

「高っ……!?」

「というより、()()?」

 

 早速、活躍を見せる白河に桃井は笑みを浮かべる。

 周辺にミニバスがなく、試合でのプレーを渇望していた事を昔から知っているため尚更だ。

 

「ものすごいバネがある訳じゃないけど、その分跳躍力やスタミナに影響を受けずに安定して最高到達点に素早く到達できる

 やっぱりワッくんすごいなー……

 

 

 ……それに、楽しそう。今までに見たことないくらい」

 

 さて、得点源(エース)を封じられれば、得点後のゾーンプレスを仕掛けるタイミングも測れない。

 どんどん点差が縮まる中、焦りから独断でプレスを仕掛けてくる。

 連携なんてものはない、個のクオリティに委ねられる不安定なもの。

 

「隙あり!」

 

 リバウンドを確保して背を向けている。

 そして、途中から入ってきた1年生。

 突っ込むには十分な理由だが、

 

「焦燥は判断を鈍らせる。目の前の相手と自身の力量も測れないとは」

 

 背中でしっかりブロック、相手の動きを止める。

 勢いも手伝って、なにかに躓いたかのように転倒。

 

「野郎っ!」

「この程度、造作もない」

 

 斜め後方からのプレス、顔を動かすことなく周辺視野で捉えて悠々と回避。

 あっという間に赤司が2人を無力化して素早くボールを運ぶ。

 数的不利での守備を強いられた新宿第三は、これまでの強気なディフェンスで先手を取ることができない。

 

「なら、こうしよう」

 

 ショットクロックがまだ15秒残っているにも関わず、強気なスリーポイントシュート。

 後手に回ったディフェンスでは、プレッシャーはかからない。

 

「これで王手だ」

 

 綺麗な回転で射出されたボールはリングを通ったことすら気付けないほどに静かにネットを揺らす。

 まだ5分も経っていないが、これで最大15点あった点差は1点差に。

 たった2人の1年生によって、瞬木と新宿第三の手から勝利が急速にこぼれ落ちる。

 

「認めねえぞっ!」

 

 スリーポイントで一気に点差を取り戻そうとする瞬木。

 意表を突いたものでもない、ヤケクソなシュートが入るまでもない。

 もとより、放物線すら描けない。

 

「打たせねえって」

 

 リリースと同時に白河がブロック。

 ルーズボールを赤司が抑え、無気力なプレスをかける選手たちをアンクルブレイク(跪かせる)

 

 正確無比なロングパスを前線に送る。

 空中でそのままボールを掴んだ白河は、ボールを介して力が増すような錯覚に陥る。

 

(今なら……!)

 

 そのままワンハンドで腕を伸ばし続け、大きな金属音と共に、リングに叩きつける。

 完璧なパスによって瞬間的に能力を高められた白河のダンクで逆転に成功。帝光が息を吹き返し、新宿第三には気力は残っていない。

 

 残り3分を残して赤司と白河はお役御免。

 帝光三軍は85-73で新宿第三に勝利となった。

 

 この試合から、

『帝光にはとんでもない1年が入部した』

 と話題になる。

 

 それまだ、キセキの世代(かれら)の伝説の序章に過ぎない────




明日明後日は日常パートを


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第6Q 荷物持ち


今回は桃井と


「ワッくん〜! こっちこっち!」

「まだ買うのかよ……」

 

 練習試合の翌日。

 約束通り桃井の料理力向上のため、買い物にきた白河。

 事前に危惧した通り、訪れたショッピングモール地下の食品コーナーではなくファッションフロアを歩き回っていた。

 

 本来であれば青峰も参加(道連れ)予定だったが、白河が部屋を訪ねた時には既に抜け出していた。

 探す間もなく桃井からの招集がかかり、そして今に至る。

 

「おーい、目的」

「ここだけ、ここ見たら行くから」

「それ何回目だよ」

 

 とはいえ、端の店まで来たので本当にこの辺りで終わるだろう。

 昨日3試合の練習試合をこなし、少しでも体を休ませたいのだが、やはり桃井に振り回されてしまう。

 

「でも、ワッくんだって悪いんだよ」

「なんでだよ」

「さっきから意見聞いても、『似合うからいいよ』しか言ってくれないもん」

「事実だろ」

「ちゃんと見てよ。ほら、しっかり選んでくれたらここで終わるから」

「えぇ……」

 

 自身の服に対して無頓着なのに、異性の服の善し悪しなどわかるはずもなく。それに、白河は桃井には嘘はつかない。

 何を着ても似合う、というのは本心であることに変わりはない。

 

 鼻歌を歌いながら、服を選ぶ桃井を白河は後ろから見守る。

 あーでもないこーでもないと、手に取って鏡と服を交互に見つめて納得がいかないように服を戻す。

 

「……まだ?」

「ま〜だ」

 

 ここまでは色々服をとり、それを白河に見せて反応を見ていたが、今回は手に取る前に相当吟味している。

 急かしたくはないが、朝から振り回されているため少々腹の虫が悲鳴を挙げ始めている。

 さすがに我慢の限界が近い。

 

「何見てんだよ」

「お、興味湧いた?」

「腹減った」

「あー、もう12時だもんね」

「あんま言いたくないけど早くしてくれ」

「じゃあワッくん選んで」

「えぇ……」

「とりあえず提案してみてよ」

「ってもな……」

 

 ファッション知識の疎い白河で辛うじてわかるのは夏物を選んでいるということ。

 夏場無地のTシャツと短パンを適当に選ぶ。そもそも部活に明け暮れ、全中もある。バスケが生活の中で最優先事項となっている白河からすれば、服はシンプルで人に見られても恥ずかしくないものくらいのものしか選ばない。

 

(これは露出多いな。日焼けとかは気にするだろうし……これはちょっとさつきにしては地味か?)

「……ふふっ」

「ん?」

「結構しっかり考えてくれてるな〜って」

「いや、別に」

「ワッくんって悩んでる時に左手の親指と人差し指で顎挟んでるの知ってた?」

「……うぜぇ」

「え?」

 

 2人で悩むこと15分。

 白河が手に取った服を桃井に見せる。

 

「これはどうだ?」

「あ、可愛い!」

 

 手に取ったのは、薄い桃色のシャツワンピース。

 装飾はシンプルで、腰に付いているベルトによってスタイルを強調する作りとなっている。

 

「けどちょっと大人っぽすぎるかな〜」

「そうか?」

「ワッくんはこういうのが好き?」

「……この中だとさつきに1番似合うと思った」

「ふーん。じゃあこれにするね」

「判断が早い」

 

 そういうと、自分が手に取っていた服を戻して、白河の選んだ服を持ってさっさとレジで会計を済ませてしまった。

 先程までの優柔不断さはどこに行ってしまったのか。

 

「お待たせー」

「……いいのか?」

「え、何が?」

「大人っぽすぎるとか、言ってたろ。他の服も色々見てたのに、俺が少しだけ悩んで選んだ服で良かったのか?」

「うん、ワッくんが選んでくれたから」

「……そーかい」

「まあ、でも今年はちょっと着れないかもね」

 

 でも、と言いながら紙袋を両手で背後に回して上目遣いの形で白河を見上げる。

 

「この服が似合うようになったら、また買い物しようね」

「……また長くなりそうだな」

「そういうことは言わない」

「はいはい」

 

 最後に買った紙袋も白河が預かり、エスカレーターへ。

 これでようやく当初の目的であった、桃井の料理力向上の練習のための材料集めができる。

 

「よーし、じゃあお腹空いたし、材料買って帰ろっか」

「作るつもりか?」

「疲れたからワッくん作って〜」

「……じゃあ、食後のデザートでも作ってもらおうかな」

「デザートって難しいんじゃないの?」

「簡単なやつ何個か調べたから、値段見て決めようか」

 

 練習試合をこなした翌日になかなかハードなショッピングではあったが、白河はバスケで味わうものとはまた違った充足感を感じていた。

 

 バスケに打ち込みすぎていた前世ではこういったこととは無縁であり、今もさほど自身は興味を示さない。

 

 

(ま、悪くはないな……)

 

 

 

 2時間後、無事悶絶した

 



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第7Q 中間テスト

いつも以上にちょい雑かもしれんませんが……1週間連続更新最後です


 5月に入り、春の陽気も薄れ、少しずつ気温が高くなってきた今日この頃。

 帝光バスケ部1軍の1年生5人に召集命令がかかる。

 場所はいつもの体育館ではなく、その横に併設されているミーティングルーム。

 

「あー眠ぃ。さっさと帰って寝てぇ……」

「いや、勉強しろや」

 

 現在、帝光は5月中旬に中間テストを控えている。

 進学校程ではないものの、勉学でも優秀な成績を収める生徒が一定数在学している。

 監督の白金も、『学生の本業は勉学』と日頃から述べているため、中間テストの1週間前になると自主練用に体育館は開けているが、全体での練習は行わず、勉強に集中させている。

 

「お、これで全員だな」

 

 赤司、緑間、紫原に加えて召集命令を出した虹村も既に集まっていた。

 なんとなくその理由は察しがつくだろう。

 

「さて、今日呼び出したのは他でもねえ中間テストの件だ。わかってると思うが、赤点出したやつは試合に出るどころかこの後のレギュラーメンバーにすら入れねえぞ。実力は関係ねえ」

 

 1年生から1軍でプレーして、よりチャンスに恵まれている。

 その環境下で自らその機会を手放すなど愚の骨頂。

 

「で、持ってきたよな?」

「ええ、もちろんです」

「よし、全員机の上に出せ」

 

 5人が机の上に広げたのは、入学直後に行われた学力テスト。

 簡単な内容だが、ある程度の学力と基礎の定着が見て取れる。

 

「順番に見るか……」

 

 まず手に取ったのは、赤司と緑間。

 この2人に関しては言わずもがな、心配する必要もない。

 

「失礼かもしれんが、紫原地味に点数高くねえか」

「ん〜。中学入ってからお小遣い制になったけど、テストの点数悪かったらお菓子買えなくなっちゃうんで〜」

 

 動機はなんであれ、点数を取れているのであれば文句はない。

 残りは白河と青峰となった。

 

「とりあえず、心の準備のために白河から行くか」

「無駄っすよそれ」

「オイ、どーゆーことだ!」

 

 さて、肝心の白河のテストだが……

 

「お前教科ごとの差がよ……」

「国語の点数が数学の倍以上あるな」

 

 実施された国語・数学・理科・社会の4つで見事に文系科目と理系科目で結果が別れた。

 どうにも得意不得意の差が激しいものがある。

 

「ま、大丈夫だろ。問題は……」

 

 全員の視線が青峰に集中する。

 咄嗟に机上の答案用紙を隠そうとするが、先に白河が1枚確保する。

 

「……なにこれぇ」

 

 酷い有様だった。

 敢えて点数は伏せるが、とても見せれたものではない。

 恐る恐る虹村も覗き込むが、思わず天を仰いでしまう。

 

「俺も誰かに物言えるほど点数良くねえが、ここまでとはな……」

「ここまでのバカは初めて見たのだよ」

「うるせーぞ緑間!」

「擁護のしようがないな……」

 

 会話に参加していない紫原の眼からも明らかに軽蔑の色が見える。

 予め現状を知れたことはわかったのかもしれない。

 

「まだ1週間あるし、1年の最初のテストだ。どーにかできるだろ」

「無理ですよ。こいつバスケしなかったら寝るか食うかですよ」

「白河」

「はい」

「なんとかしろ」

「……俺ですか」

「おう、幼なじみなんだろ?」

「そんな気がする」

「おい、見捨てんな!」

「どうすっかね……」

 

 ちらりと視線を送るが、赤司は苦笑い。緑間もゴミを見るような目を向け、紫原は既に部屋から退室していた。

 

()()()しか居ねぇ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「イヤだけど」

「えっ、ちょ……」

 

 早くも最後の希望が絶たれようとしている。

 場所は変わり、桃井宅前。

 帰宅後、青峰を自室に待機させて白河は桃井に頼りに向かった。

 

「赤司くんとかミドリンいるじゃん。2人とも頭いいんでしょ?」

「赤司にはやんわり断られた。緑間は、『人事を尽くさない奴に割く時間と労力はない』って……」

「尚更イヤ」

「ぐう……」

 

 しかし、もう桃井にしか頼むことはできない。

 あらゆる手札を切ることしか、白河には手段がない。

 

「マジでもうさつきしか居ないんだって。何でもするから」

「……なんでも?」

「男に二言はない」

「言質取ったからね?」

「買い物でもなんでも付き合ってやるからさ」

 

 しばらくその場で熟考した後、桃井は首を縦に振った。

 

「わかった。じゃあ大ちゃんの答案用紙見せてくれたらそれ元にして簡単な疑似テスト作っちゃうから持ってきて。他の小テストとかもあったら助かるかな」

「……ホンットにありがとう」

「いいよ、もう。2人がコートに立つところが見たいし、マネージャーとしても、幼なじみとしても」

 

 ほっと胸を撫で下ろす白河。

 しかし、その顔はすぐに歪むことになる。

 

「じゃあ早速味見よろしくね」

「……アジミ?」

「うん、パンケーキ」

「ふぇぇぇ……」

 

 パンケーキ(錠剤・サプリハリネズミ状態)を有無を言わさず3枚も完食した。味は……言うまでもないだろう。

 

 何はともあれ、桃井監修の模試を行うことで青峰はなんとか中間テストを乗り越えることになる。

 そこには、しばらくの間桃井の料理の味見(毒味)を行った白河の尊い犠牲があったのだ。

 

 以降、テスト期間の度に青峰のために体を張る白河だった……




これで1週間連続の更新となりました。
改めて、作品を作り変えさせていただき、再スタートとなりました。
もう一度同じようにやり直しができるとは思っていないのでしっかり構想を練りつつ、高校編に繋げられるように書いていきます。

どうかよろしくお願いいたします。
次回からは、全中に向けた内容になっていきます


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第8Q サバイバル

アンケート結果から新しく書き終わり次第投稿していく形を取ります。
改めてよろしくお願いいたします。

また、10000UA&お気に入り300突破ありがとうございます。


 中間テストも終わり、バスケ漬けの日々に戻った帝光中学バスケットボール部一同。

 勉強の時間を増やしたことで多少なりとも落ちた運動量や体力が戻ったであろうとある日。練習前に1軍と2軍の一部が召集された。

 

「全員揃っています」

「ああ」

 

 虹村が真田に集合完了を伝える。

 なんとも言えない緊張感が漂っている。

 

(まあ、なんとなく予想はつくが……)

 

 咳払いをして、注目を今一度集め、真田が口を開く。

 

「2、3年生はわかっているだろうが、これから2週間かけて全中に向けての最終選考を行う」

 

 全中こと、全国中学校体育大会。

 文字通り中学生の全国大会であり、帝光はこの頂点を狙っている。

 

「昨年は決勝で敗れ、準優勝に終わった。その悔しさを覚えているメンバーは雪辱を誓っているだろう。そのために努力を積み重ねてきた筈だ。

 だが、ここでメンバーに選ばれなければその努力を見せることも、後悔を晴らすことも叶わない。選考において、過去の実績は関係ない。現状最も優れた15人のみ、コートに立つことを許される」

 

 その時、白河ら1年生は集合している部員だけでなく、体育館中の部員からの視線を向けられたように感じた。

 実際、ここに呼ばれていない3年生は実質的な引退となる。

 今までメンバー入りが叶わず、最後のチャンスを奪われたのだ。

 

 ましてや、その椅子に座ろうとしているのは1年生。

 この決定に不満を抱く部員は決して少なくない。

 

「メンバーは私と、白金監督が責任をもって選出する。

 最後に、白金監督。お願いいたします」

 

 その言葉とともに、白金が真田と入れ替わる形で選手たちの前に立つ。

 普段は部員たちを萎縮させないように、という配慮から練習や練習試合ではスタンドから眺めるだけで口出しはしない。

 ただし、ここからは彼の出番だ。帝光の理念を遂行するために。

 

「真田が言ってくれた通りだが、帝光(我々)は過去の実績やこれまでの努力など、過程の部分を重視しない

 実力を今、発揮できない者がユニフォームに腕を通し、背番号と誇りを背負ってプレーすることなどできないと私は考える。

 過去よりも今。口よりも実力。

 結果を我々は求めている。心して2週間、活動に臨むように」

 

「はい!!」

 

 口調こそ穏やかだが、固い信念が言葉に宿っている。

 本気で帝光の理念を遂行する実力と覚悟のある者しか、ユニフォームは手に入らない。

 

「人事を尽くすだけなのだよ」

「よーするに、点取りまくればいいんだろーが」

「早くお菓子食べた〜い」

「強い者がメンバーに選出される、当然のことだ」

 

 この言葉に怯むようでは、ここからやっていけない。

 肉体的・精神的な強さが求められる。5人の様子から、天才というのはメンタルが化け物じみてるものだ。

 

「また、これからの練習は全て白金監督がメニューを組まれることになる」

 

 その言葉を聞いて、生唾を飲み込む音が聞こえる。

 隣にいた虹村に、白河が問いかける。

 

「白金監督のメニューって……」

「ただただ鬼のように厳しいぞ。なんてったってあの人の口癖は……」

 

「若いうちは何をやっても死なん」

 

 にこやかな表情とは裏腹に、時代錯誤な言葉を残す。

 かくして、ユニフォームを貰える15人を賭けて、サバイバルが始まった────────

 

 

 

 


 

 

 

 

(キツすぎだろ……!)

 

 3時間後、ダウンした部員たちで溢れかえるコートはまさに死屍累々(生存確認)と言える。

 それほどに苛烈な練習に、絶望を覚えていた。

 

「西河さん、こんなにキツいんですか?」

「……比じゃねえ」

 

 普段の練習よりも顔を歪ませる上級生の表情から、どれほど過酷なものかは十二分に伝わってくるだろう。

 しかし、これでまだ1日が終わっただけだ。

 

「全員ストレッチを忘れないように。明日からは更に強度を上げていくぞ」

(殺す気か?)

 

 コーチ陣が体育館から退出しても、しばらくは誰も動けない。愚痴をこぼすことすらままならないほどに消耗が激しい。

 当然、1年5人も同様だ。

 ようやく呼吸が落ち着いてきた白河が、力なく大の字で天井を見つめたまま横の青峰に声をかける。

 

「……大輝」

「……んだよ」

「お、生きてた」

「勝手に殺すんじゃねーよ」

 

 幼少期から一日中ストリートバスケに明け暮れ、無尽蔵の体力を誇る2人でさえこの有様(グロッキー)

 普段なら『コートで横になるな、邪魔なのだよ』と睨む緑間でさえ、本体がコートで倒れている。

 紫原は生命線(お菓子)を手に取るが、脂っこいスナック菓子を口にすることを躊躇している。()()紫原がだ。

 

「……よし」

 

 そんな4人とは裏腹に赤司が立ち上がる。

 少しふらついているが、いつものようにボールを手に自主練を行う。

 

「赤司……」

「……こんなところでへばっていては、全中優勝など語る資格は無い。それに、体がキツイときにこそ、最大のパフォーマンスを要求されるものだからな」

 

 そう言ってスリーポイントシュートを打ち始める。

 触発された緑間も立ち上がる。

 

「抜け駆けは許さないのだよ」

「……ワク、1on1」

「はいはい」

「……サクサク」

 

 1年生が動き出したのを見て、他の面々も黙っていない。

 白河も髪を上げながら立ち上がる。

 

「やるじゃンあいつら。安達、行くぞ」

「……」

「キツすぎて喋れないのか」

「いや、いつも安達さん言葉発すること稀じゃないすか」

「虹村、お前は?」

「俺はこの後用事あるんで」

「そっか。なら明日な」

「はい、お先です」

 

 そう言ってバッグを肩にかけた虹村が更衣のために部室へ向かう。

 廊下に出ると、見知った顔がいた。

 

「おう、益田」

「……虹村」

「お前なにしてんだ」

「別に」

「そうか、もう脱水は大丈夫か?」

 

 肩に手を置いて励ますが、その手を益田が掴む。

 急いでいる虹村は振りほどきたかったが、益田の言葉で足を止める。

 

「お前、アイツらのことどう思ってる?」

「アイツら?」

「1年だよ!」

「おい、大声出すなよ」

「……3年は気の毒だと思うけどよ。俺だってここで1年頑張って試合にも出れるようになったのに。何回か1軍の練習にも混ざってたのにさ。

 ぽっと出のアイツらが……!」

 

 不満を露わにする益田。

 それに対して、虹村は冷静に受け答える。

 

「言いたいことはわかる。でもアイツらの才能は本物だ。俺もいずれ追いやられるかもな」

「本気で言ってんのか?」

「ああ、全く末恐ろしいヤツらだよ」

「……そうか」

 

 それを聞いて益田は自身の肩に置かれている虹村の手を離す。

 引き留めて悪かった、と言い残して暗闇に姿を消した。

 引っかかる部分はあるが、虹村は時間を気にしてその場を後にする。

 

 


 

『過去よりも今。口よりも実力。結果を我々は求めている』

 

『いずれ俺も追いやられるかもな。全く末恐ろしいヤツらだよ』

 


 

 

「俺は……っ」

 

 

 

 ────始まった最後のサバイバル。乗り越えないといけないことは多く、それは白河の前に立ち塞がり────



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第9Q 対大岩第四中学

ランキングで1桁は初めての経験ですね……ありがとうございます。
モチベがバカ高い


 全中登録メンバー選考期間に入り、5日が経過した。

 ハードなトレーニングによって心身ともに削られているが、今日明日で多くの練習試合をこなす必要がある。

 正念場とも言える2日間となるのは安易に想像がつく。故に、体育館内の空気はいつも以上に張り詰めたものとなっている。

 

「くそねみ……」

「それな」

「ワッくんも遅刻しかけたから、相当なんだね」

「マジで助かったさつき」

 

 選考の判断材料はもちろん、バスケの実力なのは言うまでもない。

 一方で、遅刻などの素行不良が目立つ場合にはその限りではない。実力が同じ選手なら素行の良い者が選ばれるのは当然。

 

 さて、本日は午前と午後に2試合を行うハードスケジュール。

 最終候補に選ばれた30人を半数にわけ、それぞれ4試合を行う。

 対戦相手は他県の中堅以上の学校で、中には全中で戦うことのあるような強豪も訪れている。

 

「青峰、悪いがお前は白金監督のチームで試合に出ろ」

「オレっすか」

「ああ、これでちょうど1()2()()ずつになるからな」

「……また辞めたか」

 

 この時期になると、退部者が一定数出てくる。

 多くはメンバー候補に選ばれなかった3年生だ。

 帝光の名前だけで推薦が貰えるほど、高校バスケも甘くはない。逆に高校で再起を図るためにも、まずは高校入試に照準を定めて勉学に備えるのは当然の考えだ。

 

 ただ、メンバー候補に選考された部員も既に6名が退部を選んだ。

 苛烈な練習に絶えられず、自信を喪失した者も部を去ることになる。

 競争相手が少なくなることは、吉報かもしれない。だが、こういった勝利への行き過ぎた渇望を批判されることも少なくない。

 

「ま、しゃーねか。じゃあな、ワク」

「おう、頑張れよ」

「誰に言ってんだ」

「そうだな」

 

 グータッチを交わして、青峰は隣の体育館へ向かう。赤司、紫原とともに白金の指揮で試合に臨むことになった。

 さて、ウォーミングアップのために白河も準備を進める。

 

「……」

 

 ふと、後方を見ると益田と視線が合う。

 益田もそれに気付くが、目線を逸らすどころか睨みつけてくる。

 

(ここ最近ずっと眼ぇつけられてるな)

 

 だが、他人に気を配る余裕もない白河はランニングを始めて体を温め始める。

 

 

 

 


 

 

 

 

 真田の元で試合をこなす12人が集合。

 スタメンには白河と緑間が選ばれ、司令塔には主将西河。2年の益田はPF(パワーフォワード)、相模原はC(センター)に収まる。

 

「相手は大岩第四中学だ。#7の都倉(とくら)には警戒しろ。エースの好調に引っ張られやすいチームだ。乗せると厄介になる」

「逆に言えば、都倉さえ抑えれば恐れることはない」

 

 西河の発言に真田も頷く。

 エースのマーク、これを遂行すれば目に見えて評価を得ることができる。

 そんな大役は、真田が直々に指名する。

 

「白河、都倉のマークはお前だ」

「……!」

「できるか?」

「もちろんです」

 

 断る理由が見当たらない。

 ディフェンスが売りとしてる白河にとっても絶好のアピールチャンスだ。

 

「細かい作戦は与えない。帝光に必要な選手であることを示せ」

「はい!」

 

 すぐさま5人はコートに入り、審判の元で整列を行い、それぞれ配置につく。

 すると、益田が白河に話し掛ける。

 視線を向けられてはいたが、入部から今まで話したことはこれまでになかった。

 

「いい気になるなよ?」

 

 脅しとも取れる。

 が、白河は微塵も動じない。

 

「試合に集中しましょうよ。ここでも、勝利は絶対ですよね?」

「わかってる。1年のくせにゴチャゴチャぬかすな」

 

 試合開始(Tip off)

 ボールを相模原が弾き、西河が回収。

 

「さあ、確実に1本行くぞ」

 

 西河や安達、虹村は昨年も全中メンバーに選ばれ、今回も問題なく選出されるという意見が多数を占める。

 だが、それにかまけて雑なプレーはできない。

 

 相模原をスクリーンを仕掛けるために呼び寄せ、相手Cが付いてくることでゴール下が空く。

 隙間を見つけ、スクリーンの壁となった相模原をあえて使わない判断を見せ、意表を突く。

 大岩の守備陣は誰も反応できず。西河が悠々とレイアップを沈める。

 

「速っ!」

「中学生のスピードじゃねえよ……」

 

 いきなり出鼻を挫く1発をお見舞い。

 

「気にすんな、まだたったの2点だ」

 

 しかし、エースの一声浮き足立つことはない。

 高い位置から西河がプレッシャーをかけるが、人数をかけて安全にフロントコートまでボールを運び込む。

 

「よし、お返ししないとな」

「……」

 

 右足を前に置き、ボールは左半身の懐に隠す。

 早速仕掛けてくる、エースの1on1。相手にとって不足はない。

 細かなフェイクを都倉が織り交ぜる中、ふと白河の腕の長さを気にする。

 

(なんか、だらんっとしてるてゆーか。長くね?)

 

 意識がボールから離れた瞬間を白河は見逃さない。

 伸ばした腕は懐のボールを弾き出し、ラインを割る。

 

out-of-bounds(アウト・オブ・バウンズ)大岩()ボール』

 

「なっ!?」

「やべっ、力んだ」

 

 初見殺し。広大な白河の守備範囲内では、懐に隠したはずのボールでさえ簡単にスティールされる。

 

「まじかよ」

「……」

(全然表情変わらないし、喋らない……)

 

 再開後も1on1を選択。

 先程の先制パンチを警戒して、中々動きを見せられない。

 

「都倉! 時間!」

「ヤバっ」

 

 ショットクロックが迫る。

 その焦りがプレーを単調にしてしまう。

 都倉は咄嗟にミドルジャンパーを選択するが、しっかり反応した白河が叩き落とす。

 

 身体能力やタイミングではなく、腕の長さを活かしたブロック。

 足が地面から離れていないので、リバウンドへ素早く反応。

 ボールを回収して、ゴール下に迫るが、相手の戻りも速い。

 

「やらせるかよ」

「っ……!」

 

 完全にシュートコースを防がれる。

 手からボールが離れかけるが、強引に掴み直し、コーナーへパス。

 走り込んでいた緑間(シューター)が余裕を持ってこれを決める。

 

「ン〜やるねぇ」

 

 西河も2人のプレーに満足そうだ。

 それぞれ仕事をこなしているから当然とも言えるが。

 

「さ、俺らも負けらンねーぞ!」

「は、はい」

「……」

 

 西河が相模原と益田に発破をかける。

 彼らだって2年生ながらここに立っている優秀な選手であることは疑いようがない。

 目の前のプレーに集中すれば、チャンスを掴むことは十分に可能だ。

 

 

 

 目の前の()()()に、集中すれば……



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第10Q 事件

お久しぶりです
物騒なタイトル…


 試合は一方的な展開となった。

 西河が切り裂き、緑間が外から撃ち抜く。

 エース都倉は白河が完封。背後から相模原もサポートしている。

 

 前半を2桁点差で折り返すと、大岩第四も息を吹き返すがそれに合わせてスターティングメンバーをコートに戻した帝光が再び流れを掴む。

 第3Q半ば、気付けば18点も差が開く結果となった。

 

 全員が一定の出場機会を得た中で、焦りを覚えていたのは益田だった。

 

西河(キャプテン)は当確みたいなもんだ。別にいい。んだよあの1年2人!? バコバコスリー決める、相手のエースに仕事させねーわでしっかり結果残しやがる! クソがっ!)

 

 口内が弾け、鉄の味が広がる。

 顎を伝ってもそれに気を留める余裕もなく、焦りは次第に苛立ちへと変貌していく。

 

「益田? お前……」

「話し掛けんな!」

 

 相模原が気付くも、差し伸べた手を振り払う。

 彼にも益田は腹立たしく思っている。

 

(普段からぼけっとしてるくせに試合に出たら結果出しやがる! 安達さんとも、1年の紫原(デカブツ)ともタイプが違うから選出される確率も高い。俺のポジションはどうだよ!?)

 

 PF(パワーフォワード)には絶対的な存在として虹村が君臨する。

 昨年新チームが発足した時点でSF(スモールフォワード)で最もスタメンに近かったのは同級生の関口だった。

 虹村と比較すれば、関口の方が勝算が高い。PFからSFにコンバートしたのもそういった計算があったからだ。

 

 その選択は、間違ってはいなかったのだろう。

 努力を重ねた結果、二軍でも際立った存在になり、昇格こそないものの一軍に呼ばれる機会が増えた。

 

 しかし、1.5軍のような立ち位置で春を迎えると彼は絶望を覚える。

 

『続いて、一軍のメンバーを発表する』

 

 後にキセキの世代と呼ばれる天才たちの入学。

 これが益田の運命を大きく変えることになるのは簡単に想像できる。

 その障害になるのは、青峰と白河だ。

 

 本来PFの青峰だが、高いセンスを認められ現在は虹村と併用して起用するためにSFで出ることが多い。

 バックアップには関口と白河が入るだろう。

 

 白河ははっきり言って異質な存在といえる。

 アピールとなると、最も分かりやすい部分が得点となる。

 故に得点力を売りにする選手が多い中、守備を得意とするのだから。そしてその守備力は帝光でも屈指の実力を誇る。

 彼らの台頭によって、コンバート先でのメンバー選出が難しくなってしまった。

 

(俺は……こんなところで終わるような人間じゃ……!!)

 

 地元のミニバスでは王様として君臨した中で、帝光では挫折や我慢を強いられてきた。

 なんとか耐え抜いてきたが、これ以上はプライドが許せない。

 喉から手が出るほどスタメンを欲していた……。そのために、益田はもうなりふり構っていられなかった。

 

 

「白河、益田。もう一度出るぞ」

「はい」

 

 第4Qも残り5分。

 点差を詰められて来たため、万全の状態で迎え撃つために2人を呼び寄せた。

 攻撃力と守備力を補完するための選出。益田を選んだのはここまで努力してきたことを知っている真田の温情もあったのだろう。

 

「ほら、益田」

「……」

 

 コートを見据えて再び集中力を高める白河。

 しかし、益田の視線と意識はコートには向いていなかった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

『帝光、メンバーチェンジです!』

 

 2人がコートに戻ったタイミングで一足先に試合を終えた赤司と青峰が観戦に訪れる。

 

「よっ、さつき」

「大ちゃんおつかれー。赤司くんも。どうだった? そっちの試合」

「あっしょー」

「無難な試合だったね。こっちもそのようだけど」

 

 こちらのチームには虹村も居るおかけで攻撃力は極めて高い。

 2人の様子を見るにプレー自体も悪くなかったようだ。

 

「お、ワク出てんじゃん」

「向こうのエースがノってきてるみたいだからそれを抑えるためか。益田さんも一緒みたいだね」

「……でも、なんか変じゃない?」

「なにが?」

「益田さんが、何がってのははっきり言えないんだけど」

「んだよそれ」

 

 人知れず桃井の第六感(女の勘)が警鐘を鳴らしているが、本人もそれには気づかない。

 コートでは、帝光の攻撃から試合を再開している。

 

「ボール!」

 

 益田がボールを要求。

 マークの出方を伺いながら1on1を仕掛けるが、目論見はそれだけではない。

 

(……アイツなら、絶対にリバウンド争いに関わってくる)

 

 ノーフェイクでのミドルジャンパー。

 意表を突く形でのシュートだが、見るからにリングから外れるような軌道を描く。

 

「リバン!」

 

 外れることを確信した益田が声を挙げながら自身もゴール下に走り込む。

 リング付近にいた白河もポジション争いに参加する。

 フィジカルではマークに劣るが、リーチの差を活かして上手くポジションを奪う。

 

(よし、これで死角ができた!)

 

 不気味な笑みを浮かべた益田が再びボールを視認すると、リングに弾かれたそれは白河の元へ。

 周りの選手も飛び付くが、ポジション取りで有利な上、その大きな手と長い腕で周りを寄せつけない高さでボールを確保する。

 

 バイスクローの要領で腕を伸ばした白河に向けて、益田が跳ぶ。

 顔は上を向いているが、視線は()()()()をしっかり捉えていた。

 

(脇腹が無防備になるよな!)

 

 益田と白河、2人が空中で激しく衝突する。

 後方に背面から落ちた益田は、くの字に曲がった体の側面を地面に激しく叩きつけられる白河を見て、密かに微笑む。

 

「ワク!?」

「ワッくん!」

 

 青峰と桃井が驚いた声を上げる中、審判は試合を中断。

 真田が倒れた白河の元に駆け寄り、桃井も続く。

 

「痛っ……」

 

 地面と接触した右半身よりも、左の脇腹を抑えてうずくまる白河。

 苦悶の表情を浮かべたまま、顔を上げることができない。

 周りには他のチームメイトが集まり、その中には益田もいる。

 

「不味いな……」

 

 すぐさま真田は電話をかけ、桃井はその横で白河に必死に呼び掛ける。

 

「ワッくん! 大丈夫!? どこが痛いの!?」

「肋……折れてるかも……」

 

 絞り出した、弱々しい声でなんとか現状を報告。

 しかし、痛みのあまり呼吸も精一杯といった様子だが……。

 

「テメェ!!」

 

 瞬間、怒号が体育館に響く。

 声を挙げた青峰は益田を胸元を掴み、鬼気迫る様子で睨みつける。

 

「今のわざとだろ!?」

「何言ってんだ……」

「とぼけんな! お前さっき……」

 

 片方の手の拳を振り上げたのを見て西河、赤司、緑間が2人を引き剥がしにかかる。

 

「なにしてンだ青峰!」

「落ち着くのだよ!」

「離せやコラっ!」

「大丈夫ですか、益田さん」

「あ、ああ」

 

 西河と緑間が2人がかりで青峰を抑え、赤司も益田に距離を取らせる。

 

「何事だ!」

 

 ここで白金が現れたことで、事態は収束に向かう。

 周りの手を借りて白河はなんとか立ち上がるが、重い足取りで救急車に乗り込み、真田が付き添って病院へ。

 益田は青峰に睨まれながらも、目立った外傷はなくそのまま試合に参加。

 青峰は午前は頭を冷やすように命じられ、2試合目は欠場。

 それ以外にはアクシデントなく、一日が終わろうとしていた。




次回は白河の一人称視点も交えて書いていこうと思います。
病院からです。


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第11Q 離脱

今回で一旦、一括りとします。


 ──白河視点、○×病院──

 

 どうも、脇腹の激痛に耐えている白河です。

 病院に運ばれてからなんやかんやあって検査と治療が先程ようやく終わりました。

 

「幸いにも折れてはいませんが、完治するまではプレーはしないでください」

「そうですか……」

 

 地面にぶつけた方はなんともない、でも肋2本にヒビが入っていて治りが悪ければ6週間程かかるらしい。

 痛みのピークは数日で治まるらしいが、はよ鎮痛剤くださいお願いします。

 そんなことを考えていたら、コーチと先生が話し終わったらしい。

 今日は鎮痛剤もらってそのまま今日はコーチの車に乗って学校に帰ることに。

 まあまあいい車乗ってんな……。車種知らんけど。

 

「直に鎮痛剤も効いてくるだろうが、痛みが強くなったらすぐに言うんだぞ」

「はい、わかりました」

 

 20分ほどかかるらしいが、すごく長く感じる……。

 白金監督はドS鬼畜陽気おじさんだが、真田コーチは真面目堅物お兄さんだから会話弾まないっていうかないんだよね。

 

 ……帰ってからどうしようか。

 とりあえず大輝がまだ燻ってると思うから宥めないと不味いな。俺の心配より益田への怒りが勝ってたし。

 

「しかし、益田と余程強く衝突したようだな」

「ちょっと自分でもびっくりしました」

 

 ……やっぱり益田の肘鉄は見えてないんだな。

 俺が相手をボックスアウトしたから相手の体が死角になってあそこからは見えないんだろ。

 気付けるかよあんなもん、クソが……。

 

「段差あるから振動気をつけろよ」

「うぐっ……」

 

 ……あれは故意にやったように思えた、というよりほぼ間違いなく狙ってた。ビンビンに殺気を感じたもんね。

 ベンチに居た時も眼が血走ってたし、俺らのことを気に食わない奴らがいるのも知ってた。実力で黙らせればいいと思ってたけどな……。

 

 問い詰めたいが、証拠が無え……。

 その場にいた奴らがどう思ってるかわかんねえし、横に真田コーチいるけどわざわざ聞くのも変だろ。

 ピリピリしてる今のチーム状況考えると火種持ち込む訳にもいかない……。

 

 

 絶対に泣き寝入りはしないけどな……! 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 気張ってたら学校に着いた。

 もう日は暮れていて、体育館では片付けも始まっている。

 ゆっくり荷物を置いている部室に向かおうとすると、曲がり角で大輝と鉢合わせた。

 

「ワク! 大丈夫か!」

「何とか、今は鎮痛剤効いてるし」

益田(アイツ)になんかされたのか?」

「お前、見えてないのにあんなにキレてたのかよ」

 

 心配してくれんのは嬉しいけどね。

 お前の立場危うくなんのは嫌なのよ。

 ……ま、肘鉄食らったのはコイツには隠しとくか。

 

「よくある事だろ、ボール見過ぎて周り見えてないなんて。益田さんは?」

「ピンピンして午後も試合出てやがった」

「何もないならそれでいい」

 

 大輝の肩をポンポン、しっかり現状説明してくれたら少し落ち着いてきたな。

 

「もう終わりだろ? 明日もあるんだからお前は早く帰って疲れ取れよ」

「お前はどーなるんだよ、これから」

 

 すぐに返せなかった。

 完治には4~6週間かかる。そしてそれは骨が引っ付くまでの期間だ。

 実際にコートに立てるのは……

 

「リハビリだよな……まあ」

「ッ……。おかしーだろ! やっぱり監督に」

「やめろっ」

 

 走んなって! 

 止めた時に振動が肋に響くから……

 

「言っても無意味とは言わねえけど、お前がするべきことはそれじゃねえだろ」

「るせぇよ! お前はそれでいーのかよ!」

「いいわけねぇだろ」

「っ……」

 

 ようやく大輝の足が止まった。

 勘弁してくれ、お前の足止めするのに肋何本あっても足りねえって。

 

 ……クソみてえな理由で試合に出れないのは俺だって納得いかねえ。

 けど、だからと言って怪我しちまった以上もう戦力にはなれねえ。

 それに、前世()とは違う。ここからまだやり直せる。

 

「だから、もっと強くなって帰ってくる。それまで負けんじゃねえぞ」

「……はっ、望むところだ」

 

 バカだから、色々言ってもわからんくせに気遣いは出来るからな。

 こう言っとけば俺らの関係上大丈夫。

 

「てか、さつきは?」

「あー……そういや見てねえな」

「先帰ったか?」

「まだいんだろ。片付けとかしてるし」

「それもそうか」

 

 いつもなら、タオルの洗濯かドリンクのボトル洗ってるか。

 どっちにしろ水道んとこ行けば居るだろ。

 

「さつきも心配してたぞ、顔見せてこいよ」

「おっけ。じゃ悪いけど俺の荷物持ってきてくれ」

「第二か?」

「多分」

「しゃーねーな」

「どーも」

 

 大輝とは反対方向に向かって角を左に曲がると、運動部が使用してる洗濯機が多数置かれている。

 部活で使用しているタオルやビブスなどはマネージャーがそこで洗濯してくれている。

 

「あ……さつき

 

 ってあれは……益田!? 

 なんでさつきと一緒にいやがる? 

 

「え〜マジで? 考え直してくれよ」

「すいません、そういうの求めてないんで」

 

 別にマネージャーと部員がコミュニケーション取るのはなんも問題ない。

 問題ないけどよ、明らかに嫌がってる幼なじみ(さつき)を放ってられねえよ。

 

「なんの話してるんですか?」

「え、白河!? 帰ってきたのか!」

「今さっきですよ。益田さんは怪我大丈夫ですか?」

「あ、ああ。俺は別に……」

 

 さつきはこの間に益田から離れて、俺の背後に隠れる。

 なーにしようとしてたかは知らねえけど、気に食わねえな。

 

「大丈夫そうだな、怪我。じゃあ、お大事に」

 

 俺が現れた途端、バツが悪そうにさっさとどっか行きやがって。

 んだよ、全く……。

 

「ありがとね、ワッくん。てゆーか、怪我大丈夫?」

「今は鎮痛剤でなんとかな」

「……出れないの?」

「コルセットが外れるまでは」

 

 なんでわかった? 

 女の勘やっぱすげえわ……。

 

「あれがなければ、ワッくんと大ちゃんが2人で試合出るところ見れたのに……」

「いや、まだメンバーかどうかわからんだろ」

「……絶対2人とも選ばれてたよ! なのに……」

「仕方ねえよ、事故だって」

「でも……」

「なんで俺より悔しそうなんだよ」

 

 そりゃそうだ。大輝はただ高いレベルでバスケしたいって部分が大きいけど、俺はここでプレーしたいってことはずっと2人に言ってた。

 さつきはそれを応援してくれたし、マネージャーとしてサポートもしてくれる。

 実力に関係ないところで、こんな終わり方はあんまりだよな……。

 

「俺は今年は試合出れねえけどよ、大輝はほぼ間違いなくメンバーになって試合に出る。正直俺はリハビリで精一杯なところはあるから、アイツを支える上で1番理解してんのはさつきだろ? 俺の代わりに頼むな」

「……うん、わかってる」

 

 ちょっと顔暗いけど、これぐらいしか言えねーんだよな。

 ……もう一押し行くか。

 

「俺も今までにないくらい苦しいと思う。だから、さつきの力が必要なんだよ。頼んでいいか?」

「……もう、しょーがないな」

「ありがとな」

「運動量減っちゃうからって食べる量減らしちゃダメだよ?」

「わかってるって」

「お餅とか良いらしいから、それなら私でもなんとか……」

「炭食えってか?」

「なんでそうなるの!?」

 

 

 

 

 

 こうして、俺の中学1年目は入学前に思い描いたものとは全く違うものになった。

 ただ、この期間の努力と出会いが俺が“キセキの世代”と対等に戦うための基盤を作ることになる

 

 

 

 

第一章 入学編 終

 

 

 




ここまで読んでいただいてありがとうございます。
前回から結構急な展開を書いてしまいましたが、これで帝光入学編は終了となります。

次回はメンバー選考が終了後、“修行編”となります。
ここからは白河視点でストーリー進めていこうと考えています。
また、章が新しくなるので3話連続で公開を考えているので、少々お時間いただきます。

では、次回もよろしくお願いします。
それでは


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苦悩
第12Q 苦悩と幽霊


前回、白河視点の話を増やすと言ったな

あれは(書きやすさ重視で結果的に)嘘(になってしまいますごめんなさいなの)だ。


 帝光中学バスケ部。中学バスケ界の頂点に立つ学校であり、部員数は100を超える。

 その中で行われる熾烈なレギュラー争い、そこに突如現れた5人の1年生。彼らは入部と同時に1軍入りを果たしより多くの注目を集める要因となる。

 

しかし、ただ1人を除いて……

 

 

 

 

 

 期末テストを終え、選ばれた15人はいよいよ本格的に全中に向けた内容の練習を行う。

 一方、試合に出ることの無い他のメンバーも立ち止まる時間などあるはずがない。

 

 3年生ならば、裏方としてサポートに回るか高校でのプレーが決まっているのなら練習に引き続き参加する。もしくは、受験勉強に備えて部から去るものもいる。

 2年生以下なら、当然狙うは1軍に昇格してレギュラー入りすることを目的に既に練習は始まっている。

 そういう意味では、既に来年のレギュラー争いは始まっているのかもしれない。

 

 ただし、白河はまだスタートラインにも立つことが出来ていない。

 

「……クソっ」

 

 今日は2軍と3軍が合同で練習を行っている体育館の片隅でひたすらハンドリング練習を行っている。

 バスケットボールをビニール袋で包み、さらに手には薄手の軍手をはめている。

 こうすることで指先の感覚を養うことができ、ボールの芯を捉えた強いドリブルが突けるようになるという。

 

「白河、今日もひたすらドリブルしてんな」

「アイツの周り汗で水溜まり出来てんじゃん。レギュラーにはなれなかったけど、1年から1軍に入るやつってやべーな」

 

 軽いジョギング程度ならできるまでに怪我は回復しているが、本調子にはほど遠い。

 課題として取り組んでいるハンドリング練習に明け暮れる日々を送っている。

 

「あれ、白河。袋破けてね?」

「……ホントだ。サンキュ」

「てか、休憩しろよ。お前隅っこでやってんだから倒れてもすぐ気付けねえって」

「いい、時間が惜しい」

「いや、せめて一口」

「要らねえ」

 

 新しいビニール袋を結び直すと、練習を再開する。

 これ以上言っても無駄と言わんばかりに気遣った部員も練習に戻る。

 

 汗で軍手の色が変わり、ボールも滑りやすくなる。

 それでもひたすらに、愚直に練習を続けていた。

 

「…………白河!」

「!?」

「片付けするから、終わりだって」

「……もう?」

「いや、もうって……」

 

 時計の針は20時を刺そうとしており、見渡せば片付けを行う数人しか体育館には人影はない。

 

「じゃあ、鍵置いといてくれ。俺が締める」

「今日も? 別にいいーけど。頼むぞ?」

 

 受け取った体育館の鍵はすぐ横に置いて、ドリンクを一口含む。

 周囲は静けさに包まれており、明かりが付いているのもここくらいだ。

 

「……久々に打ってみるか」

 

 軍手とビニール袋を外して、汗を拭ってからリングへ向かう。

 久々に見上げるリングはいつもより遠く小さく映る。

 

「おっ……?」

 

 外れはしたものの、以前よりもボールをどのように押し出しているか認識できるようになっていた。

 確かな手応えを感じたことで、不思議と笑みが零れる。

 

「マシにはなってきたか……ん?」

 

 ボールが転がった筈の方向に視線を向けても、見当たらない。

 外に出てしまったのかと周囲を見渡してもやはり見つからない。

 

「神隠し……?」

「あの?」

「くぁw背drftgyふじこlp;@:「」!?」

 

 突然背後から声がしたために、思わず情けない声を上げながら振り向く。

 そこにはボールをこちらに差し出しながら、無表情でこちらを見つめる少年がいた……。

 

「お前……」

「すみません、大丈夫ですか?」

「おう……」

 

 差し伸べた手を掴んで立ち上がり、バスケットボールを受け取る。

 水色の髪と瞳。一見目立つような特徴のようで、対面してもその影の薄さには驚きを隠せない。

 

「どうも、黒子テツヤです」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

「え? 居残り練習してた?」

「はい」

「ここで?」

「ええ」

「……嘘だろ?」

「本当です。冗談は苦手なので」

 

 白河はいつもここで居残って練習をしていたが、黒子の存在には全く気が付かなかったと言う。

 

「影薄いなお前……」

「自覚はありますが、白河くんも相当ですよ。周りに興味無さすぎです」

「いや、集中してると周りの声って聞こえんだろ」

 

 聞けば、黒子もいつもここで居残り練習をしているとのこと。

 今は3軍だが、約束を交わした友人と全中で戦うことがモチベーションになっているという。

 

「昇格試験はどうだった?」

「いえ、まだダメでした。せめて1年生の間に二軍にはいけないと……」

「そうだな」

「白河くんこそ、なぜこんな時間まで?」

 

 じっと白河の目を見つめる黒子。

 どことない薄気味悪さを感じながら白河は答える。

 

「こうしてるうちにも大輝とは差が出ちまうからな、止まってる訳にはいかねえんだよ」

「大輝?」

「ああ、青峰だよ。一軍の。幼馴染なんだよ」

「そうだったんですか」

「俺だけレギュラーなれなかったしな、置いてかれた感が凄いんだよ」

 

 怪我をした直後には、それほど焦りや絶望といった感情は無かった。

 前世では思いもよらない形で集大成となるはずだった大会に出れずに命さえ奪われた。

 今回も、怪我というアクシデント(に見せ掛けた事件)によって1年からレギュラーとして試合に出ることは叶わなかった。

 だが、終わりではないそう考えていた。

 

(1週間治療のために練習に行かない間に、大輝や他の3人はどんどん強くなっていやがった)

 

 天才がゆえ、レベルの高い環境も手伝いその成長スピードは凄まじいものがある。

 それは、白河の心に焦りを産むには充分なものだった。

 

「……嫌味ですか?」

「え?」

「そんなこと考えれない立場なので、ボクは」

「いや、そんなつもりじゃ……」

「冗談です」

「……お前」

 

 少しだけ、黒子が笑った。

 無表情ながら、笑ってみせると年相応のあどけなさが見える。

 

「立場は違いますし、ボクも焦ってますよ。だけど、今出来ることを一生懸命やれば大丈夫だと思います」

「……お前強いな」

「そんなことないです。ただ、約束を守りたいだけです」

「……そうか」

 

 これで完全に解決した訳じゃないが、それでも少しだけ楽になったのかもしれない。

 治療を始めてから、あまり誰かと話す機会がなかった。青峰や桃井にさえ。胸の内に抱えた気持ちを話してみるだけでも、まるで心持ちが違ってくる。

 

「ありがとな、少し焦りすぎて……」

「ワッくん!」

「さつき?」

 

 いつの間にか桃井が横にいた。

 まだ灯りがついていたので気になって来たらしい。

 

「もう! 怪我してるのにこんなに遅くまで練習して!」

「ごめん……」

「しかもずっと1人で! 私や大ちゃんの気持ち考えてよ!」

「はい……1人?」

 

 横を見ると、いつの間にか黒子は姿を消していた。

 

「え? さっきまでそこに……」

「なに言ってんの、ワッくん」

「さっきまでそこに居たんだって」

「……明日居残り禁止! というか監督に言って練習させないから!」

「いや、それは止めて! てか本当にいたんだって!」

「ダメ! 見えちゃいけないもの見えてるよそれ!」

「そんな感じだけどそれじゃないって!!」

 

 

 ──その後、真田や赤司、虹村から3日間の練習禁止が言い渡された。

 にも関わらず、夜遅くまで灯りの点いている体育館があることから、本当の意味での幽霊部員がいると、噂になったとか。




ようやく、本編の主人公登場


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第13Q 前夜

 暑さがいよいよ本活的になろうかというこの頃。

 全中予選を明日に控えた帝光バスケ部の体育館の灯りはまだ消えない。

 

「……っし」

「いーじゃん、新フォーム」

「どーも。てか、はよ帰れよ。明日試合だろ」

 

 まだ二軍と三軍の練習が終わっていない。

 そのため、調整のために早く終わった一軍用の体育館で白河はシュート練習に励んでいる。

 事故から1ヶ月。まだ制限はあるものの、練習に参加できるようになってきた。試合形式の練習をしている時には空いてる場所で個人練習を行っている。

 

「帰ってもやることねーし。さつきから見張れって言われてんだよ」

「もう骨自体は引っ付いたってのに」

 

 黒子の影の薄さのせい(?)でオーバーワークを心配された白河に対して、桃井を始めとした周囲の監視が厳しくなっている。

 期待の表れでもあるのだが、当の本人はあまり納得していない。

 

「虹村さんが結構口酸っぱく言うんだよな。赤司はどことなく威圧感出してくるし」

「つーか、ハンドリングはどーなんだよ。あのドタバタドリブルはマシにはなったかよ」

「るせえ見てろ」

 

 ハンドリングを織り交ぜてからのシュートを見せる。

 多少ぎこちなさは残っているものの、以前よりもスムーズな動きへ昇華出来ている。

 

「悪くねーな。よしっ」

「なんのよしだよ」

「ちょっとやろーぜ」

「怪我明けなのとお前もう制服じゃねーか」

「あ? ハンデだよ。ちょーどいいだろ」

「よし、やってやる」

「返り討ちだコラ」

「ストップ!!」

 

 さあ、ここからだと言う時に桃井が止める。

 頬を膨らませている様子は可愛らしいが、2人の間に入ってしっかりと説教はする。

 

「大ちゃんは明日試合だよ? なんのために早く練習終わったと思ってんの!」

「いや、だってよ」

「ワッくんも! 治りかけが1番再発しやすいんだから!」

「……うす」

「もう二軍と三軍(あっち)も練習終わってるから終わりだからね」

「わかった。じゃあシャワー浴びてくるから待っててくれ」

「おーう早くしろ」

 

 素直に従い、ロッカールームへ向かう白河。

 バッシュを置いてタオルを持ってシャワールームに向かおうとすると、扉が開く音がする。

 

「今日は早く練習終えたみたいだね」

「さつきに止められた」

「その方がいい。お前のためにも、チームのためにも」

 

 ロッカールームに入ってきたのは赤司だった。

 どうやら、監督や虹村と話し合っていたらしい。戦術面において、バスケIQとそれに対する信頼はずば抜けている。

 

「肋はもうほぼ治ったと聞いたが」

「来週見てもらって異常なかったら制限は解除だ。最近は痛みもほとんどないし、早く思い切りバスケしてーよ」

「気持ちはわかるが、逸るなよ。来年以降……いや、全中が終わればお前もチームの中心を担ってもらうことになる」

「それこそ気が早すぎだろ」

「そんなことはない。お前はチームに必要な存在だよ」

 

 目先の全中ではなく、その先を既に見据えている。

 それほどの自信を持っていると言うことではあるが、逆に言えば先を心配しているともとれる。

 

「話は変わるが……本当にあれは事故だったのか?」

「……なにが?」

()()とぶつかった時のことさ」

(呼び捨て? というか……)

 

 空気が変わった。

 正確には、赤司から発せられる雰囲気がまるで()()かのように感じる。

 

帝光(うち)のレギュラー争いは当然激しい。限られた椅子を勝ち取るために手段を選ばない愚か者もいる。問題は無能が有能な者に取って代わろうとすることだ。それも非道な手段で」

「……なにが言いたい」

「チームへの混乱を与えないため……もとい、青峰のためか。真実を伝えないのは」

「リバウンド争いで交錯することなんて珍しくないだろ」

「そうさ、バスケをやっていればある事さ。問題なのは負傷の仕方だ。

 着地の際に脚を踏んで捻ったり、肘や手が顔に当たったり、空中でぶつかり背中や頭を強打する。あの状況下で想定できる怪我はこの辺りだ」

「……」

「にも関わらず、怪我は肋にヒビ。お前の骨がよっぽど脆くない限り、意図的でないと起こり得ない負傷だ。

 例えば……肘打ちやパンチ。この辺りだろう、考えられるのは。()も見ていたが、ぶつかった瞬間は相手選手が被っていたせいで何が起きたかは当事者しかわからない」

 

 白河に対して、敵意を向けている訳では無い。

 ただ、それとは別に強い意志……本能から来るような強烈な義務感。

 そのような何かを強く感じさせる。

 

「……まあ、居ても変わらないやつについてはお前も労力を割きたくないだろう」

「……何を考えている」

「勝利、それだけだ」

「……」

「じゃあ、失礼するよ。明日はそれぞれ戦う場所は違うが、お互い頑張ろう」

「お、おう」

 

 ロッカーから自身の荷物を持って、赤司は部屋から退出した。

 入室直後と退出の直前、そしてその間には決定的に何かが違った。

 

「……勝利、か」

 

 帝光の唯一の理念、如何なる敗北も許さず欲するのは“勝利”だけ。

 赤司もそれに対して責任を感じているのは確かだ。

 ただ、彼にとってそれは……

 

「……2人待たせちまったな」

 

 ひとまずシャワーを浴びてしまおうと、白河もロッカールームを後にする。

 汗とは違い、赤司の発言は洗い流せるようなものではなかった。

 

 

 

 

『限られた椅子を勝ち取るために手段を選ばない愚か者もいる』

『居ても変わらないやつに労力を割きたくないだろう』

 

 

 

 物腰の柔らかい、紳士的な赤司から発せられたとは思えない発言は白河の頭から離れない。



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第14Q また一難

修行編から苦悩編に章の名前変えました


 全中の予選が終わり、夏休みを迎えた帝光中学バスケ部。

 無事本戦出場を決めた中、部内の士気は大いに高まっている。

 

 レギュラーだけでなく、『来年は俺がそこに』と野心を持つ二軍と三軍の部員にも大きなモチベーションとなる。

 それを利用しない手立てはない、ということで彼らにも練習試合が組まれている。

 他県の全中本戦へ出場を決めたチームや、来季を見据えて経験を積ませたいチームなど、対戦相手に困ることはない。

 定期的に対外試合を設けることで、厳しい練習の成果を確認する場面を作ることにもなる。

 

「白河」

「はい」

「明日の三軍の試合に帯同してもらう。時間制限を設けるが、限られた中で役目を果たしてこい」

「もちろん、勝ってきます」

「帯同マネージャーには桃井に行ってもらう」

「わかりましたー」

 

 三軍の試合の帯同。

 制限も取れ、試合形式の練習に参加して試合勘を取り戻すために、白河にとってうってつけの機会でもある。

 

「無論、負ければ降格だ。わかっているな」

「当然です」

 

 勝利は必須。

 帝光の名を背負っている以上、レギュラーも三軍も関係ない。

 責務をこなせなければ、相応の報いがある。

 

「やっと実戦復帰か」

「楽しみ?」

「もちろん、色々試したいことあるしな」

 

 制約がつく中ではあるが、ようやく訪れた機会。

 白河はもちろん、桃井も嬉しさは覚える。

 

「じゃ、今日は早く帰るからね」

「わかってるって……お袋かよ」

「バスケに関しては()()くんとバカさ加減変わらないからね」

「言い過ぎだっての。じゃあ着替えてくるわ」

 

 ロッカールームへ向かおうとするが、その前に三軍が練習している体育館へと向かう。

 練習が終わり、残っている人数も疎らになっている中、目的の人物を探すのはそう難しくはないはずだが……。

 

「……どこだよアイツ」

「どうかされました?」

「はぁっ!? お前それ止めろって!」

「勝手に驚かないでください」

「勝手に人の背後とんな」

 

 目的の人物こと、黒子は現在三軍の選手だ。

 挨拶とまではいかないが明日は帯同することを伝えに来たのだ。

 

「白河くん、もう大丈夫なんですか?」

「医者から許可は出てる。もちろん時間は制限されるけど」

「心強いですね、頑張りましょう」

「おう」

 

『頑張りましょう』

 

 発言としては、一緒に頑張りましょうと捉えるべきだろう。

 だが、翌日……。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

「休みの人が出たので、急遽ベンチ入りできました」

「スタンドの予定だったのによく昨日あんなこと言えたな」

 

 隣に座る黒子に呆れながらも、いつの間にか試合開始(Tip off)

 対戦校は未だ全中に出場経験のない中堅校。

 ただし、ここ数年で急激な成長を遂げた。

 その要因となるのが……

 

「“The System”?」

「アメリカのあるチームが採用していた超攻撃型のスタイル。単純にいえば、相手にレイアップを与えてスリーを打ちまくるシステムなの」

「打たせるじゃなくて与える?」

 

 桃井から説明を受けるが、その内容はにわかに信じ難いものだ。

 オフェンスはスリーポイントシュート一辺倒、常にオールコートでプレスを仕掛け、場合によってはレイアップを打たせることもある。

 ディフェンスの目的は失点を防ぐのではなく、ボールを素早く取り戻すこと。

 2点ずつ取らせて3点ずつ取り返す。

 ある種狂気じみた戦術とも言える。

 

「肉を切らせて骨を断つ……どころじゃねえな。むちゃくちゃだ」

「ちなみに、最近は大岩第四中相手に114-80で勝ってるんだよね」

「日本の中学の試合のスコアじゃねえだろ」

 

 そして、この戦術は間接的に相手のバスケをさせないことで強引に自分たちのリズムに引き込むことが出来る。

 現に、帝光も相手の速いペースに呑まれかけている。

 

「また全員交代かよ」

「常にオールコートディフェンスをするから、消耗を抑えるために5人ずつローテーションを組んで全員の出場時間を均等にしてるんだって」

 

 ハマった時の爆発力は凄まじく、前半で早くも両チームの得点が50点を超えた。

 残り3分といったところで白河に声がかかる。

 

「真田コーチからは、出場時間は10分までと聞いている。まずは前半を落ち着かせて終わりたい」

「わかりました」

「無理はしないでね」

「おう」

 

『帝光、メンバーチェンジです』

 

 久しぶりに立つ試合のコート。

 むせ返るような熱気と独特の雰囲気。

 久しく味わっていなかったものだ。

 

「……感傷に浸ってる場合じゃねえな」

 

 帝光ボールで試合再開。

 やはり、オールコートでプレスを仕掛けてくる。

 

(マークは外せる、その後だ)

 

 パスを受けると、マークがすぐさまスティールを狙って向かってくる。

 相手をしっかり見て、冷静さを保ちつつ指先に感覚を集める。

 

(……今だ!)

「やった!」

 

 絶妙なタイミングでクロスオーバーを用いて1人抜き去る。

 こうなると、マークをずらしてボールを持つ白河に最優先でプレスを行う。

 奪えればよし、フリーの選手にパスを出せば失点即マイボールなのでこのチームはどちらも許容されている。

 

(……となると)

 

 白河はスリーを狙う。

 ただし、道連れ(ファール)をオマケに。

 

 遅れてブロックに跳んでしまったディフェンスと空中で接触するが、その前に放たれたシュートは綺麗なループを描いてネットを通過する。

 

『ディフェンス! バスケットカウントワンスロー!』

「スリー+バスカン!?」

「4点プレーだ!」

 

 息つくまもない攻防の中で、訪れた静寂。

 それがワンプレーで生まれ、会場の雰囲気を変える。

 

「……これが、一軍」

 

 スタンドから見ているのと、実際にコートの横から見ているのではまるで違う。

 この領域(ステージ)に辿り着かないといけないと、一軍では戦えない。そう言わんばかりのものだった。

 

「やっぱり、すごいや……。あれ?」

「……ワッくん?」

 

 課題として挙げていたハンドリングとシュート力の向上。

 成果が現れたワンプレーに手応えは感じていた。

 

 ただ、それ以上の黒い感情が白河の心を塗りつぶしていた。

 十数秒の出場とは思えないほど息が上がり、冷や汗が浮かぶ。

 コートに座り込んだまま、立ち上がろうともしない。

 

 

 

(なんだ……これ?)

 

 

 

 この日、試合には勝利したものの白河はこれ以上コートに立つことはなかった。

 大事を取って病院に行くが、体には異常は見られなかったと言う。



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第15Q イップス

 病院で検査を終えた白河は、その足で帝光へ戻り、首脳陣への報告に向かった。

 監督室には白金、真田そして桃井が待っていた。

 

「今日の帯同、ご苦労だった」

「……いえ」

 

 労いの言葉にバツが悪そうに答える。

 結果として勝利したものの、ほとんど貢献できていないことへの後ろめたさが大きい。

 

「桃井から聞いているが、怪我が再発したり負傷箇所が増えているわけではない。合っているか?」

「……はい」

「前半の3分間のビデオは先ほど見させてもらったよ。決して悪いものではないが、本調子とは程遠い。それはわかるな」

「……怪我で実践から離れていることを考えても、それを言い訳にはできません」

 

 コートや勝利、バスケへの渇望。そういったものは失われていない。

 故にそのギャップに苦しんでいるように見える。

 

「選手としてのレベルは落ちるどころか高まっているようには見える。最初のプレーで相手を抜く時のドリブル、その後のジャンプシュート。自信をもってプレーしていることは画面越しでも感じた」

「……!」

「それ以降はプレーに積極性が消えた。正確には、」

()()()()()()()()()()()()()()()、ですか」

 

 自覚はあった。

 あの時、真っ先に思い浮かんだのはわき腹の痛みや体を打ち付けた固いコートの感触。

 そして、心を覆いつくした恐怖。

 

 思考が出来なくなり、胸が締め付けられる。

 視界は急激に狭まり、全身から力が抜ける。

 自身の体が自分のものとは思えなくなるような、奇妙な感覚。

 

 それを思い出したのか、白河の表情から血の気が抜ける。

 充分に冷房が稼働している部屋にも関わらず、嫌な汗が伝う。

 

「座りなさい。焦らずに呼吸を整えればいい」

 

 勧められるがままに、客人用の椅子に腰掛ける。

 息を整え、冷静さを取り戻すために深呼吸を繰り返す。

 それでも噴き出す冷や汗を桃井が拭う。

 すぐに落ち着いたが、白金は白河の様子を見てこれからの方針を固めていく。

 

「明日、いつもより30分ほど早く来てくれ。私としても判断材料が足りない」

「わかりました」

「今日はもう帰って、ゆっくり休んでくれ。桃井君も、ご苦労だったな」

「いえ、そんなことは……」

「……失礼します」

 

 2人が去った後の監督室。

 残った両者とも同じ結論に至っている。

 

「監督、白河は……」

「まだ断定はできない、だがイップスを発症している可能性は高いだろう」

「全中が終われば、主力を担ってくれるものと考えていましたが、あの様子では……」

「本格的な対応は全中が終わってからだ。まだ悲観するときではない」

 

 あくまで優先すべきはチーム。

 されど期待している選手が苦しんでいるのを完全には放置できない。

 彼らにしても難しい対応を強いられている。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 さて、場面は変わり白河と桃井は帰路についている。

 基本的に桃井が話しかけることが多いのだが、今日は2人とも口を開かない。

 

(落ち込んでるよね、ワッくん。でも、なんて声をかければ)

 

 白河が苦しむきっかけとなったあの事故や、今日の試合をその場で見ていたのは桃井だけ。

 どうにかして勇気づけたいが、正解が見つからない。

 ここまで生気を失った白河は見たことがなく、生半可な発言では逆効果になることを考えると上手く言葉を紡げない。

 

 

「……あ」

 

 桃井の声によって足が止まる。

 転がってきたバスケットボールを拾いあげると、妙に見覚えがあった。

 こちらに近づく足音の方へ振り返ると、見知った顔だった。

 

「お! ワクとさつきじゃねーか」

「大ちゃん!? なにしてんの!?」

「暇だからバスケしてた」

「時間あるなら夏休みの宿題してよ! 今年からは見せないからね」

「ワクの写すから問題ねーよ」

「ダメ!!」

 

 気が付けば昔よく使っていたストリートコートに着いていた。

 ここで部活での練習が終わっても、ひたすらにシュートを打ち続けていたらしい。

 バスケ馬鹿というほかないだろう。

 

「で、どうだったんだよ。あんだけ練習してたんだからよ」

 

 

 期待を持って聞いても、白河は口をとざしたまま。

 事情を知らない青峰は茶化しながら再び問いかける。

 

「さては外しまくったな? ま、んなもんだろ。次はぜってーうまくいくって!」

 

 励ましを交えても、白河は反応を示さない。

 流石に違和感を覚えた青峰の表情から笑みが消える。

 

「なんだよ、だんまりか? おい」

「実は……」

 

 

 桃井が今日起きたことを青峰に伝える。

 思い通りにプレーができず、僅かな出場時間に終わった。

 その原因がイップスである可能性が高いことも……。

 

 

「は? どーゆーことだよ」

「だから」

「おい、ワク!」

 

 白河の胸倉を両手で掴み上げる。

 桃井の静止も聞かずに怒鳴りつけた。

 

「テメーあの時言ってたよな!? もっと強くなって戻るって! んだよその体たらくはよ!」

「これはワッくんのせいじゃ……」

あんなやつ(益田)に負けるわけねーだろ、お前が!!!」

 

 そう訴える青峰の顔には怒りと、悲しみが滲んでいた。

 

「離せよ」

 

 突き飛ばされても、決して白河から目線は外さない。

 握った拳を震わせ、怒りのあまり肩で息をしている。

 

「さつき、さっき拾ったボール貸せ」

「なにするつもり?」

「いいから貸せ!」

 

 強奪したボールを、かなりの力を込めて白河に投げつける。

 寸でのところで白河はボールを受け止め、青峰を睨みつける。

 

「来いよ、全中予選前に出来なかった決着つけるぞ」

「待ってよ! 今そんなこと……」

「……おう、やってやるよ」

 

 

 

 

 ボールを持って青峰との距離を詰める、睨みあう

 身内同士の1on1とは思えないほどに互いが闘志をぶつけ合う────

 



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第16Q 1on1

 夏の長い陽が沈みかけている中、2人の少年が火花を散らしていた。

 青峰と白河、2人は幼い時から1on1を繰り返しており、それは白河が怪我を負うまでは継続して行っていた。

 これまでは真剣に行っていても、遊び心のあるものであったが、今回はそういったものはない。

 

「来いよ、お前が先攻だ」

「……」

 

 青峰はこんな時でも、力まずに自然体で構える。

 隙を突かれることもあるが、優れた反射神経を最も活かすことのできる構えでもある。

 

(……大輝の頭にはまだ)

 

 ノーフェイクでスリーポイントを狙う。

 だが、青峰は反応だけでブロックに跳ぶ。

 付け焼き刃というほど拙いものでもないが、

 

「そんなことでオレの裏をかいたつもりか?」

「速……!」

 

 モーションとほぼ同時に間合いを詰める。

 そのスピードは白河の想像を容易く超える。

 ブロックに青峰が跳び、瞬間白河の体が急激に強張る(こわば)

 

「くそがっ!」

 

 強引に放ったシュートは、リングから大きく横に逸れる。

 ボールは力なく跳ね、コートを囲う金網を沿って転がる。

 

「んだよ、リングにすら当てられねーのかよ」

「大ちゃん! こんなの……」

「黙ってろ!」

 

 桃井の言葉に聞く耳をもたない。

 青峰は1on1にすべての集中力を費やしている。

 桃井の悲痛な声も、今は邪魔でしかない。

 

 

 攻守を入れ替え、青峰が仕掛ける。

 シンプルなクロスオーバーからのドライブ。白河も反応はして見せる。

 だが、レギュラーに選ばれことによる高いモチベーションや、レベルの高い環境で揉まれ続けたことでそのキレは研ぎ澄まされている。

 

(振り切られる!)

 

 腕を伸ばしてスティールを狙うが、それよりも速く青峰が白河の守備範囲から抜け出してレイアップを決める。

 

 

「こんなもんじゃねーよな?」

 

 

 オレをガッカリさせてくれるな、と言わんばかりに白河を睨みつける。

 当然白河も黙っているわけがない。

 

 

 続く青峰の攻撃では、ドライブ方向を読み切ってみせる。

 しかし、体で受け止めた際に顔が歪み、声が漏れる。

 

「ワッくん!」

「っ!」

 

 

 一瞬躊躇するが、体勢を崩した白河を抜き去る。

 だが、背後から伸ばした腕がボールを弾いてみせる。

 

 

「チッ」

 

 

 自身の前方に零れたボールを拾い上げて、シュート体勢に入る。

 しかし、背後から白河が迫る。

 それを察知している青峰はボールを持っていない腕で抑えようとするが、それを躱して白河が間合いを詰める。

 

(やべーか? この間合いは)

 

 白河であれば多少遅れても間に合う形であり、何度もシュートをブロックされた経験が青峰の頭によぎる。

 ただし、それは万全の白河の場合である。

 

 

(足が……!?)

 

 

 直前で白河の体は再び硬直。

 足は地面に張り付いたまま、跳ぶことも叶わず失点を許すことになる。

 

 着地した青峰はまっすぐ白河を見据える。

 その眼には先ほどまでの怒りは消え、代わりに驚きが含まれていた。

 対して白河の眼には、自覚のない恐怖が表れていたが……

 

「……やめだ」

「あ?」

 

 一方的にもう勝負は終わったと、そのまま転がっているボールを拾い、タオルで汗を拭い始める。

 白河は納得するわけがない。

 

「まだこっから────」

「バスケで()()()()()()()のは致命的だろ。今のお前とやっても楽しくねーよ」

 

 的を得ていた。

 地上戦ではスピードに翻弄されても対処できる。だが、青峰が跳べば対抗する術がない。

 それが白河の現状ということになる。

 

 

(けど、こいつの眼はまだ死んでない)

 

 先ほどの白河の眼に恐怖があった。

 だがそれは、すぐに闘志へと塗り替えられていた。

 

 

「おい、ワク!」

 

 去り際に背を向けながら、おもむろに声を上げる。

 

「……オレは待ってるからな」

 

 そう言い残して青峰はコートを去った。

 それを見送って白河は息を吐き、桃井の元に歩み寄る。

 既に辺りは暗くなってしまっている。

 

「ごめん、さつき。さっさと帰るか。送るわ」

「……うん」

「どうした?」

「さっきよりいい顔してるなって」

「……そうかもな」

「よかったね」

「……怒ってる?」

「知らない」

「え、なんで?」

 

 

 桃井を家に届けるまで終始機嫌を取っていたが、その顔には活力が戻っていた。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 翌日、指示通りに早めの時間に体育館に着くと白金と真田が待っていた。

 

「おはようございます」

「疲れは取れたか」

「ええ、おかげさまで」

「早速だが動けるように体を作ってくれ。10分で足りるか?」

「充分です」

 

 一礼してその場を去り、ジョギングを始める。

 その足取りは軽く、そこだけ見れば何も問題はない。

 

 

 10分経ち、白河は2人の指示に従っていくつかのバスケの動きをこなす。

 途中で虹村の手も借りながら続け、それを事細かに観察していた。

 部員たちが集まってきたころ、白金が終了を告げる。

 

(1人でだとジャンプシュートは問題なく打てる、リバウンドにもしっかり跳んでいる。

 ただ、チェックを受けると大きく外れる。リバウンドやブロックにも急に跳べなくなっている)

 

「どうだ、今の自分の状態は?」

「まあ、跳べないですよね。自分の体じゃないみたいです」

 

 昨日も空中戦への恐怖は自覚していた。

 ただ、その向き合い方への変化は全くと言っていいほどに異なる。

 はっきりと何ができないかを理解している。

 真田は驚いたようだが、白金は満足そうに頷いた。

 

「しばらくはまた個人練習になる。あとでメニューは伝えるが、腐るなよ?」

「はい」

 

 

 一度その場を去った白金と真田を見送ると、虹村が白河に声をかける。

 

「お前、イップスなんだよな」

「ですね」

「その割には落ち着いてやがんな」

「ああ、それなんですけど」

 

 昨日、青峰と1on1をしたことを話す。

 白河がこんな状態にも関わらず勝負を強いたことに驚きつつも

 

「ま、お前がそれで割り切れたんならいいんじゃねえの」

「あいつにわからされたのムカつくんですよね、バカのくせに」

「とりあえず、お前は試合に出ない。だが、だからこそできることがある。頑張れよ」

「ありがとうございます」

 

 

 ようやく前を向くことができた白河。

 また、ここから積み重ねる日々が続くが、乗り越えていけるだろう──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、聞いていいですか?」

「なんだよ」

「女の機嫌取る方法」

「は?」



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第17Q 現在地

 全中に向けて調整を行うレギュラーメンバーに対し、それ以外のメンバーは先を見据えて猛練習に励んでいる。

 大会が近づくとメンバー外の練習の質と量はレギュラーと反比例の如く高まっていく。

 疲労がピークに達し、モチベーションを維持することも難しい。こんな時期にこそ、夏以降の新チームを引っ張ることになる選手たちの台頭も見られる。

 今年は1年生が4人もレギュラーに選ばれていることからその競争は激化している。

 アイツらは天才だから、とは思っている者もいるが、負けず嫌いな気質の部員が多いため結局は彼らに続こうとしている者がほとんどだ。

 こういった部の雰囲気が、今の帝光を形成していると言っても過言ではない。

 

 一方で、白河は1人だけ炎天下の中で走り込んでいる。

 イップスを自覚してからは基礎練習をひたすらに繰り返す日々。

 午前中は全体練習に参加するが、試合形式の練習がメインとなる午後は1人で練習を行っている。

 今まで重点的に行なっていたハンドリングやジャンプシュートは、午前中の練習や自主練である程度補うことができる。

 そのため、午後の練習の大部分は帝光に伝わる校内のランニングコースを走っている。

 

「ハァ、ハァ、ハァ……」

 

 8月に入り、炎天下の中であっても毎日欠かさない。

 最初は罰か何かだと思い、茶化していた他の運動部員もすれ違えば労いの言葉をかけ、警備員や宿直の先生ら大人は直向(ひたむ)きに一つのことに打ち込む様子を懐かしむような目線と差し入れの飲み物を渡すことが習慣になっていた。

 シャツは汗を吸収できるキャパを優に超えているため、垂れた汗が白河の走った軌跡となる。

 それを見ればどれほどの時間走り込んでいるかを想像するのは容易とも言える。

 

 白金と真田はその様子をしっかりと見ていた。

 この気温の中で、冬の追い込み期間のような練習をしているのだから心配になる。

 ただ、それ以上に僅かな白河の変化や成長を感じ取ってもいた。

 

「飽きもせず、あんなに走り込みを続けられますね」

「ただ走っているだけじゃない。以前より速いペースを維持できるようになり、体のブレもなく姿勢が安定している。肺活量と体幹はチームでもトップレベルに高まっているだろうな」

 

 部員たちもその様子は知っている。

 最初はイップスになりながらも努力を続ける姿に感銘を受けていたが、ここまでとは思っておらず今では引いている。

 

「今日も走っているのだよ」

「あの姿勢は見習う必要があるな」

「あっつ〜い」

 

 レギュラーメンバーも調整はしっかり進んでいる。

 予選では危なげない試合展開で本戦出場を決め、覇権奪回を狙うことは現有戦力で十分に可能。

 1年生が4人も登録されていることから、一時は心配の声も上がっていた。今はそれらの声は期待へ変わっているが。

 

「休憩終わり! セットプレーの確認するぞ!」

 

 主将の一声で立ち上がり、コートに戻る。

 彼らが使用したタオルやドリンクボトルはマネージャーが回収する。

 先輩マネージャーに混じって桃井も仕事をこなす中、青峰はまだ練習に戻っていない。

 ドリンクを持ち、タオルを肩にかけたまま、外を眺めている。

 

「青峰君」

「……」

 

 呼びかけに答えない。

 というより気づいていないようだ。

 

「もう。青峰君!!」

「うおっ!?」

 

 驚いた青峰が持っていたドリンクボトルを強く握り締めてしまい、いくらか吹き出してしまった。

 本当に桃井の声が聞こえていなかったようだ。

 

「練習再開するよ! こぼしたの私が拭くから早く行かないと怒られちゃうよ」

「あー……ワリィ」

「タオルも置いていってね」

「ん」

 

 素っ気ない返事を返し、タオルを投げ捨ててコートに戻る。

 タオルとボトルを回収し、溢れたドリンクを拭くためのモップを取りに行く。

 

「……大丈夫かな、大ちゃん」

 

 最近、青峰の様子がおかしい。

 プレーや普段の生活はいつもと変わらない。ただ、時々注意力が散漫になってしまうことが増えた。

 その時は決まって練習の中で一息つけるタイミングであり、いつも体育館の外を見ていた。

 

(後でドリンクと塩飴持っていってあげないと)

 

 男の子(バカ)2人を幼馴染に持つと、苦労するようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 さて、レギュラーメンバーの練習が終わった頃、白河が体育館に戻ってきた。

 少しふらついている様子を見て、桃井が飛んでくる。

 

「白河君、休憩した?」

「水は飲んだ」

「塩分も取らないと! 塩飴とドリンク! せめてこれ飲んでから」

「うい……」

 

 桃井によって回復を促される横を青峰が通る。

 2人は一言すら交わさず、目も合わせない。

 桃井はそれを不安そうにしているが、白川は気にすることなく塩飴を噛み砕く。

 粉々になった塩分をドリンクで流し込み、桃井に渡す。

 

「サンキュ、ちょっと楽になった」

「今日も残って練習するの?」

「もちろん」

 

 ボールを慣れた手つきで扱いながら答える。

 ハンドリング練習の成果は目に見えて現れている。

 

「あんまりやり過ぎんなよ!」

「わかってます」

「桃井、監視頼む」

「はーい」

「俺、そんなに信頼ない?」

「うん」

 

 虹村が体育館を去ると、白河と桃井だけが残る。

 いつものように軍手をはめ、ボールをビニール袋で包む。

 白河がハンドリング練習を行う中、桃井は残りの雑用をこなす。

 それぞれがやるべきことをこなし、30分汗を流す。

 桃井は作業を全て終えるが、白河はまだ練習を終えない。

 軍手とビニール袋を外し、ボールの感触を確かめるとシュート練習に入る。

 

 ピポットで相手を揺さぶるイメージを持ちながら、簡単なドリブルを混ぜながら、ドライブからカウンターの形。

 あらゆる状況を想定してシュートを打ち続ける。

 以前よりもモーションからぎこちなさが消えてスムーズになっている。

 体幹の強化によってフォームに安定感も出てきた。尤も、それはもう一つの要因も影響している。

 

「今のシュートフォーム、跳ばなくなったね」

「おう、割としっくりくる」

 

 新たに取り組んでいるのが、今のセットシュート。

 ミドルジャンパーやスリーポイントと違い、足が地面と接地したままシュートを放つ。

 フリースローを放つ際はこの打ち方になるが、普段のシュートがこれになるのは身長が高く元々の打点が高い選手くらいのものだ。

 空中での接触を避けるために、この打ち方に変えて以降思いの外良い感覚で打てるため、これに落ち着いた。

 30分程打ち続け、おもむろに桃井を呼ぶ。

 

「さつき、パス出してくんね」

「いいけど、文句言わないでよ?」

「そんな難しいものじゃないって」

 

 今度はC&S(キャッチ&シュート)をメインに桃井のパスを受けてシュートを打ち続ける。

 流石に赤司のような本職(PG)と比較はできないが、一生懸命で優しいパスは打ちやすい。

 

 この練習はここ数日に始めたものだ。

 以前はドリブルやトリプルスレッドからと言った、自分でスペースやタイミングを作り出すシュートをメインに練習を行っていた。

 パスを受けるシュートはその必要性がなかったり、簡単な工夫でシュートを打つことができる。

 実際に試合で使われることを、それも一軍で出場することを想定としたシュート練習を取り入れたことはまた一つ前進していることの表れでもある。

 

 

「ラスト!」

「よっ」

 

 パスを受け、シュートフェイク。

 右に一つドリブルをついて、サイドステップから放ったシュートは綺麗にリングを潜り抜けた。

 

 ようやく自主練が終わり、外は陽が落ち始めていた。

 白河がゴールを片付け、モップ掛けを行う間に桃井がボールを拭いて片付けを2人で終える。

 

「俺が全部やるって言ったのに」

「2人でやった方が早いでしょ」

「まあ、そうだけど」

「1人で女の子帰らせる気?」

「もちろん送らせていただきます」

「鍵返してくるから、シャワー浴びてきたら?」

「了解」

 

 体育館の電気や空調の電源を落とし、鍵を掛ける。

 それを桃井の手に握らせる。

 

「じゃあ、これ頼むな」

「おっけー。校門で待ってるから」

「了解」

 

 そのままシャワールールに向かおうとするが、桃井が手を離さない。

 正確には指を握ったまま離してくれない。

 力関係を考えれば振り切れるが、とりあえず今の状況に白河は困惑していた。

 

「……なんで指掴んでんの」

「やっぱりおっきいなって思って」

「まあな」

 

 白河の掌はおおよそ桃井の2倍弱の大きさがある。

 紫原より少し小さいくらいなので女性の桃井からすれば相当大きく感じる。

 

「でもこんなに分厚いってゆーか、ゴツゴツしてたっけ」

「毎日ボール握ってたらこんなもんじゃね」

「……男の子って感じ」

「なんか頭悪いな、今日のさつき」

「誰かさんが長い時間自主練してるの待ってたから熱中症かもね」

「……待ってとは言ってない」

「私いなかったらこの時間に終わらないでしょ」

「……」

「はい黙らない」

「そろそろ離して」

「お腹もすいた」

「帰りコンビニ寄るか」

「財布ないんだよね」

「奢らせていただきます」

「よし」

 

 ようやく指を解放される。

 言質を取られしてやられた感はあるが、自主練に付き合ってもらった手前断れない。

 葛藤に悩む中、桃井は先に職員室に向かう。

 

「早く来てね〜」

 

 そのまま桃井は行ってしまった。

 財布の中身を確認しながら、シャワールームに向かう白河の後ろ姿は充実感に溢れているように思えた。

 




次回、原作キャラ出します
アイツですね、


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第18Q 奪

今回で一区切りです、ようやく原作に追いついた…


帝光中学バスケ部 玉座を奪還 二年ぶりの優勝

 

 

 

 あるべき場所に帰ってきた。

 頂点を二度掴み損ね、苦い経験を重ねてきた三年生は確固たるチームの土台を作り上げた。

 プレーで引っ張る者が例年よりも少なかった。ゆえにプライドを捨て、サポートのために部に残った者が多く献身的にレギュラーを支えた。

 虹村を中心とする二年生、帝光の選手としては珍しくプレー面において汚れ仕事を厭わないメンバーが揃った。

 数字や派手なプレーでは目立たないが、その働きは虹村(エース)()()を輝かせた。

 怖いもの知らずの4人の天才、彼らが存分に暴れその才能を発揮する環境を整えたことが、このチームの強さと言われるようになった。

 歴代最弱とも呼ばれた世代だが、なんとか有終の美を飾り、夏休み明けの始業式の午後を以て正式に引退。

 よってここからは、虹村を中心とした新チームへ移行。

 目指すのはもちろん、全中二連覇。

 再び厳しい競争に明け暮れる日々へ変わる。

 

 

「全中に出た者は、安心するのではなく違いを示して見せろ。そうでない者は隙を見つけて噛みついて蹴落とせ。勝つために俺は必要だと、我々に思わせてみろ」

 

 白金も発破をかける。

 二年生以下が戦力の中心だったこともあって、三年生の引退で空いた席はわずか。

 全中に出場した選手が何らかの理由で席を明け渡すのを待つよりも、空いている席をいち早く確保する方が早い。一軍にいながらレギュラーとなれなかった部員や今回一軍に昇格したものは特にピリついた空気を醸し出している。

 

「では、後のことは任せるぞ」

「はい」

 

 白金は真田にその場を任せ、体育館を後にする。

 虹村に指示を伝え、練習が始まる。

 

「おーし、声出していけよ」

 

 先頭を走る虹村の横を副主将を務める久保田が並び、すぐ後ろには()()()()()()()()である赤司が続く。

 一年生でありながら、主将となった虹村の推薦によって、副主将を2人制にするという条件で就任。

 驚きの声は少なくなかったが白金がこれを良しとしたこと、先の全中で赤司が実力を十分に見せつけていたことで反対意見は無いに等しかった。

 新チームにおける大きなサプライズとなったが、もう一つサプライズを挙げるとするなら、白河の全体練習への復帰

 基礎練習だけでなく、試合形式の練習にも参加することとなる。

 とはいえ、完全にイップスは克服されたわけでもない。

 

(監督は何考えてんだか)

 

 白河ほどの実力者の復帰は喜ぶべきではあるが、まだ不確定要素は多い。

 しかしながら、決まった人事を覆す権力があるわけでもなく、この決定にそこまで懐疑的にみているわけでもない。

 白金が大丈夫と決定したのなら、それに従うだけ。

 虹村の役割は、主将としてチームを引っ張り、帝光の勝利に貢献することだ。

 

(まあ、俺が一年間主将を務めるかもわかんねーわけだが)

 

 色々考えるのもここまで。

 アップのランニングが終わり、徐々に虹村の思考は練習への集中力に使われることになる。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 新チーム態勢となって二週間が経過した。

 鎬を削り、研鑽を重ねる日々。

 そんな中、青峰が自主練のために三軍体育館に向かうところを桃井に呼び掛けられる。

 

「どこ行くの?」

「ここは人が多すぎて練習できねーからあっち(三軍体育館)

「……ねえ、知ってる? あそこ、オバケが出るんだって」

「……は?」

 

 突拍子のない桃井の発言に呆れた声を上げる。

 もう、そのような妄言で驚いたりはしない、そんな歳ではない。

 

「何言ってんだお前。バカか」

「ホントなんだって。練習が終わった後の体育館で誰もいないのに練習してる音がするんだって」

「アホくさ」

「ちょ……大ちゃ、青峰君!」

 

 桃井の忠告にも耳を傾けず、青峰はさっさとその場を去る。

 すると、その様子を見ていた同期のマネージャーが桃井に話しかける。

 

「さつきちゃん!」

 

 駆け寄ってきた2人は、今にも零れ落ちそうなほどにパンパンにタオルが詰まっている洗濯籠を持ったままだった。

 そのような状態でもこちらに来る理由はおおよそ予想できる。

 

「青峰君と幼馴染なんでしょ? 彼女っていたりする?」

「え?」

「この前の全中でもカッコよかったし、そこんとこどーなの?」

「あれがかっこいい……?」

 

 バスケに関しては一生懸命に打ち込み、一年生ながらレギュラーで活躍。

 背も高く、顔も決して悪くない。

 だが幼馴染という間柄、悪いところも沢山知っている桃井はその気持ちがわからない。

 

「でも、白河君とも幼馴染なんだよね」

「いーなー。白河君あんまり話さないけど、そこがクールでいいよね」

「わかるっ! でも、その裏では隠れてすっごい努力してるのもいいよね」

「まあ、夏休み中走りまくってたもんね」

「青峰君はLAIN聞いたら教えてくれるけど、白河君ガード固いよね」

「とゆーか話しかけにくいよね。普段も青峰君かさつきと一緒にいるし、最近はずっと寝てるし」

「あ、さつきちゃん。白河君のLAIN教えてくれない?」

「幼馴染だから流石に知ってるでしょ?」

「えー……」

 

 桃井としては別に構わないのだが、白河の性格上頻繁に連絡を取り合うことはないのを知っている。

 なにより、今はバスケに集中してほしい。

 

「あんまり連絡返ってこないよ? 3日くらい返さないとかザラだし」

「大丈夫、自信あるから」

「どこから来るのその自信」

「さつき……もしかして取られたくないとか?」

「いやそんな関係じゃ」

「あーなるほど。そういえばちょっと前まで苗字じゃなくてあだ名呼びだったもん」

「それは昔の癖なだけで」

「ホントかな~」

 

 そうやって談笑していると、人影が2つ。

 赤司と緑間だ。

 

「おっと、談笑してるところ悪いね」

「あ、赤司君」

「廊下に落ちてたんだけど、これも頼めるかな」

「は、はい」

「ありがとう」

 

 手に持っているタオルを、籠から零れないように入れる。

 そうして、労いの言葉をかける。

 

「いつもサポートしてくれてありがとう。感謝しているよ」

そんなこと……///

こちらこそ……///

「では、失礼する。行こう、緑間」

 

 やがて2人が見えなくなると、桃井以外のマネージャーは赤司について興奮気味に話し始める。

 誰でもいいんじゃ、という風に感じた桃井はこの2人には白河の連絡先を教えないと決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、その2人……もとい赤司は先ほどまでの柔らかな笑みは消え、固い表情となっている。

 ここ数日そうしていることが多く、緑間は一緒にいることが多いためよく見かけている。

 

「考え込んでいるな」

「そうだな」

「チームのことか?」

「この間の全中、優勝こそしたが危ない場面があった。先のことを考えれば、盤石とは言えない」

 

 

 赤司の言うように、結果でみれば目標を達成した。

 一方で内容では圧倒的ではなかった。

 どこかで選択を誤れば、未来は異なっていただろう。

 

 

「俺たちが実力を伸ばすだけではだめなのか」

「戦力で言えば今でも十分だ」

「では、そこまで考える必要は……」

「そうかもしれない。ただ、今の帝光のバスケは正攻法すぎる」

 

 思い切りのいい戦術や奇策に対応が遅い側面がある。

 それを個の力で打開できるのは強みであると同時に、問題を先延ばしにするだけのため、危険とも取れる。

 

 

「欲しいのは変化……戦況を打開できる6人目(シックスマン)が必要になる」

「白河はどうだ?」

「戦力に厚みを加えてくれるが、俺の求める選手ではない」

「イップスか。確かに選手として成長していたが、相変わらず空中戦ができないのだよ」

それ(イップス)はさほど大きな問題ではない。現時点でも優秀なディフェンダーだ、そもそも彼の役割は変化ではなく現状維持だ」

「現状維持?」

「相手が変化を加えて状況を打破したいことを防ぐ、クローザーのようなものだ。追いすがりたい相手の得点源を白河で潰す起用が理想だな」

 

「あ? お前らまた2人でいんのかよ」

「……灰崎」

 

 2人の前に現れた、名前にある通り灰色の髪色の同期。

 彼もまた、白河と同じように新チームでの活躍を期待されている一年生だ。

 尤も、バスケへの向き合い方という点については正反対なのだが。

 

「お前、こんなところで何をしているのだよ」

「カッカすんなって。用事済んだから報告した帰りだよ」

「用事も何も、お前がケンカを吹っ掛けたのだよ」

「和解したっての。うるせーな」

 

 緑間の言葉に灰崎は耳を貸さず、ヘラヘラした態度を崩さない。

 実力は確かだが、素行はとても褒められたものではない。

 

「灰崎」

「あ?」

「必要とされているうちに自分の行いを改めた方がいい。監督もいつまでお前に情けをかけていられるか」

「知るか。ここじゃバスケ上手けりゃいーんだからよ」

「今はそうかもしれない。だがお前に実力で勝る部員が台頭したとき、居場所はどこにもないぞ」

「なめんじゃねーよ。惑忠くれーだろ、そんなもん。そもそもイップスでまともにプレーできねー」

「そうか……忠告はしたぞ。行くぞ緑間」

()()()がくれば、益田(ヤツ)のように退部させればいい。今はまだ利用できる……)

「……ああ」

 

 

 そう言って赤司と緑間は灰崎と別れる。

 灰崎はそれを見送ると、また歩みを進める。

 

「あー、こっわ。ホントに同期(タメ)かよあいつ。ま、いーや」

 

 親指の腹を舐め、薄気味悪く笑う。

 

「オレなんだよ、奪う側なのは……!」




白河:まだイップスだけどやっぱバスケは楽しい。あれ以降青峰と話してないけど気にしてない
青峰:上崎中の井上との再戦が楽しみ。なんとなく白河と気まずい
桃井:白河の話してるの聞くとなんかモヤモヤ。最近胸がキツイ
赤司:副主将として奮闘中
緑間:灰崎嫌い
紫原:季節限定商品買い占めに奔走
黄瀬:うちのバスケ部強いんだ?
灰崎:最近調子がいい
黒子:噂の発生源(本人はしらない)



苦悩編、終了です。
ここまで読んでいただきた、ありがとうございます。

次回から原作キャラ、主に黒子、ちょいちょい灰崎を絡ませていきます。
早めに黄瀬も出していきたいですね。

次はおそらく2月入ってから更新するので引き続きよろしくお願いいたします。
感想や評価はモチベになりますので、余裕があればどちらもよろしくお願いいたします。

それでは


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変化と維持
第19Q 影


今回白河視点です。
前回出番なかったからお試し


「うわああああああ!?」

「……大輝?」

 

 三軍体育館横の水道で水を飲んでいると不意に叫び声が聞こえる。

 聞き覚えのあるそれは三軍体育館から。

 なんとなく察した白河が口元を拭いながら中を覗くと、地面に伏せながら頭を抱えて震えている青峰とそれを何とも言えない表情で見下ろす黒子。

 なんともシュールな現場だが、戸惑っている黒子に助け舟を出す。

 

「なにがあった?」

「話しかけたらこれです」

「把握した」

 

 近頃、ここでオバケが出るなんて稚拙な噂話があったが、原因黒子(コイツ)だな。

 たまにビビるけど、それがコイツの普通だからな。

 

「彼は?」

「俺の幼馴染」

「青峰……君?」

「え……?」

 

 涙目でこっちを向くと、ようやく大輝は人を相手にしていることを理解して安心した。

 

「……人?」

「部員だよ、てか俺らの同期な」

「マジ?」

「三軍なので、知らないのも当然かと」

「じゃあ、お前らはなんで知った顔なんだよ」

「怪我してる時にたまたま会って、それからちょいちょい一緒に練習してんだよ」

 

 その後、青峰に黒子の現状を話す。

 次の秋季昇格テストに向けて、最近は俺も黒子との練習の割合を増やしている。

 実力はともかく、その姿勢は見習わねーとな。

 

「へー毎日……。そこまでやってんのは一軍でも中々いねーな」

「白河君は毎日やってるので、みんなそうなのかと」

「そうでもないぞ。たまにさつきにストップかけられるし」

「あまりいませんよね、練習するなって言われる人」

 

 さつきの言い分もわかるけど、そうもいかん。

 俺は俺で大輝(こいつ)との約束がある。

 

「よっし! 決めた!」

「これから毎日ここでオレも練習する! そんでいつか一緒にコートに立とうぜ!」

「……いいんですか」

「バーカ、バスケ好きな奴に悪い奴はいねーって」

 

 でた、謎理論。

 納得してる自分が怖い。

 

「ありがとうございます。でも、その前に一ついいですか? 白河くんも」

「ん?」

「お?」

「仲直りしてください」

「「……え?」」

 

 仲直り……? 

 別になんもなくねーか。

 

「白河君はともかく、青峰君は一度も白河君と眼を合わせてないので、何かあったのかと」

「……あー、いやそれな」

 

 ……あれか? 

 1on1か? そういえばあれからこいつと話したっけ? 

 LAINで連絡も基本しないし、練習でも話す機会なかったなそういえば。

 

「ま、あれだよ。コイツが勝手に気まずくなってるだけだよ。俺はなんとも思ってねーし」

「そーなのか?」

「寧ろ、俺は感謝してるけどな」

「……んだよ、やりすぎたかと思って損したぜ」

 

 やっとこっち見たな。

 幼馴染とはいえ、やっぱコミュニケーション取らんとダメか。

 

「余計なお世話でしたか?」

「全然」

「じゃ、やろーぜ」

 

 そう言って大輝が拳を突き出す。

 俺はいつものように拳をあて、それを見た黒子も大輝と拳を合わせる。

 

「俺ともやるか、練習はしてたけどこれはまだだろ」

「改めて、よろしくおねがいします」

「こちらこそ」

 

 

 こうして、俺たちは3人で自主練をするようになった。

 1on1をひたすら繰り返したり、黒子の練習に付き合ったり。

 久しく味わってなかったこの感覚は心地よかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 秋季テストの翌日、先に大輝と自主練をしてると遅れて黒子が現れた。

 早くやろーぜ、と大輝は言うがその日の黒子は制服を着ていた。

 理由を聞けば……

 

 

「はぁ!?」

「バスケ部を辞める!?」

「……はい」

 

 

 黒子が退部する考えを俺たちに伝えた。

 尤も、それは黒子にとっても不本意なものだ。

 昇格のためにひたむきに努力していることは誰よりも俺たちが知っている。

 一軍であってもここまで努力ができる人間は限られている。

 ただ、今回の昇格テストでもコーチ陣の意見は変わらず、伸び悩む黒子には退部勧告が告げられた。

 

「強制ではありません。コーチも努力してたことを知ってくれています」

 

 肩が、声が震えている。

 当然だ。悔しいに決まっている。

 

「バスケは好きです。でもボクでは、チームの役には立てません」

 

 諦めたくはない。

 しかし、あまりにも残酷な才能の壁。

 努力ではどうにもならない領域は確実に存在する。

 俺も、それは嫌というほど理解している。

 

「チームに必要ないやつなんていねーよ」

 

 それを聞いた黒子の顔が上がる。

 こんな時の大輝は柄になくいいことを言う。

 

「たとえ試合に出れなくても、誰よりも、一軍よりも遅くまで練習してる奴が無力なんて話あってたまるかよ。

 オレは少なくともそんなお前を尊敬しているし、もっと頑張ろうと思えたんだ。

「……青峰君」

「諦めなければ必ずできるなんて言わねぇ。けど、諦めたら何も残らねぇ」

 

 黒子の話によると、あくまで退部は任意。本人が望めば残ることはできる。

 ただ、既に戦力外と判断されている以上、今までのようなやり方では何も変わらない。

 変化が必要だ。

 

「だろ? ワク」

「ああ。部に残るなら、俺も大輝も協力する。とりあえずは方向性を決めないとな」

 

 その時、体育館の扉が開いた。

 こんな時間に誰が、と思ったが出てきたのは赤司だった。緑間と紫原もいる。

 

「2人とも、最近見ないと思ったらここにいたのか」

「あっちは人が多くてよ」

「まあ、どこで練習しようと構わないが」

 

 特に大輝や俺に用があったわけでもなさそうだ。

 すると、赤司が黒子の存在に気付く。

 

「彼は?」

「黒子っていうんだ。俺と大輝がここ最近一緒に練習してる」

「ふーん、見たことないね」

「一軍じゃねーからな」

 

 それを聞くと興味が失せたのか、カバンから新しいスナック菓子を取り出して食べ始める。

 いや、コートで食うな。

 

「もー行こうよ」

「いや、俺は残る。お前たちは先に帰っていろ。少し彼と話したい」

 

 赤司の言葉に、緑間の目が少し見開く。

 確かに、わざわざ赤司が興味を引くような選手には見えない。

 それは俺もここ最近練習を一緒にするなかで分かったきた。

 

「青峰と白河もいいか?」

「ああ。そろそろ終わらないとさつきに怒られる」

「ワクが終わるなら俺も。じゃーな」

 

 そのまま4人は体育館から退出し、紫原と緑間は出口に、俺と大輝はシャワーを浴びてロッカールームへむかった。

 ロッカールームの電気を点けると、当然誰もいない。

 互いのロッカーからカバンを引っ張り出し、制服に着替える。

 

「なあ、ワク」

「ん?」

「テツと話してぇって赤司の野郎何考えてんだ?」

「俺たちにわかるわけねーだろ」

 

 実際、赤司の腹は読めない。

 普段校内で会ったり、練習中に偶発的にマッチアップしたとき、どんなときでもだ。

 展開を知っていなければ、そう思うのも無理はない。

 片や一年でレギュラーになって副主将も務める天才。

 片や三軍で燻り、退部の瀬戸際にある凡人。

 ここのバスケ部の規模だと、3年間面識がないまま卒業することも珍しくないとは聞く。

 

「黒子はどうするんだろーな」

「辞めねーよ」

 

 語気を強めて答える。

 ムキになっているわけでもなく、確信めいたように。

 

「お前もテツと約束したろ。いつか一緒のコートに立つって」

「……そーだったな」

「それだけじゃねーよ。ワク、お前もだよ」

「……ああ、もうちょっと待ってろ」

 

 自然な流れを拳を合わせる。

 帰宅準備を整え、ロッカールームの電気を消して俺たちは校門へ向かった。

 その途中、聞き覚えのある声が。

 

「あ、青峰君と白河君」

「お、さつきじゃん」

「珍しいね、中学入ってから2人で帰るとこ初めて見たかも」

「……言われてみればそうだな」

 

 黒子と一緒に練習していても、そのあとは俺が一人で自主練続けてるからな。

 その前は、まあ色々あったし。

 

「さつきも今帰りか?」

「うん、友達と帰ろうとしたけどドタキャンされちゃって」

「じゃ、久しぶりに三人で帰るか」

「帰りコンビニ寄ろうぜ。ワク奢れ、1on1負けただろ」

「……クソが、イップスなんだから加減しろや」

「私も」

「ねえ?」

 

 

 

 

 

 財布が軽くなったが、久々に昔を思い出した気がする

 変わらねーといいけどな、この光景が




白河:コンビニでは羊羹を食べた
青峰:人の金で食うアイスうま
桃井:冗談のつもりだったけど買ってくれて嬉しい
赤司:ピンときた
緑間:今日のラッキーアイテムは基盤
紫原:サツマイモ系のお菓子の季節
黄瀬:ファンの差し入れで体型キープの危機
黒子:転機


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第20Q 家族団欒

引き続き白河視点
両親登場


「惑忠、お雑煮にお餅何個入れる?」

「あ~5個」

「よく食べるわね」

「育ち盛りなもんで」

 

 今日は元日だ。

 お盆休みなんてない帝光も、年末年始は流石にオフを設ける。

 といっても、31日の午前に練習収めと大掃除。明日の午後から練習始めだ。

 三が日くらい休んでも罰は当たらないと思うが、別に不満はない。

 

「親父は仕事いつから?」

「今年はチーム練習自体は3日からだけど、多分明日くらいに呼ばれるかもな」

「大変だね、プロ付きのトレーナーは」

「それが俺の仕事だからな」

 

 不満がないのは、それを覚悟してたのも理由の一つ。

 一番はこうやって家族で過ごせる時間があれば充分だからだ。

 父の忠克(ただかつ)は東京のプロバスケチームの専属トレーナー。

 母の恵子(けいこ)も、同じチームの専属栄養士。

 いつもチームに合わせて行動するから、シーズン中は顔を合わさない日も多い。

 プロがオフシーズンの時はこっちが忙しいから、こうやって3人でゆっくりするのは久々だ。

 

「はい、できたわよ」

「いただきます」

「美味そうだな」

 

 醤油ベースで昆布やカツオでしっかり出汁を取り、焼いた切り餅に鶏肉や小松菜、カマボコというのが東京では一般的なお雑煮とされているが、我が家は更に具だくさんになる。

 しめじや椎茸と言ったキノコ類に、大根やゴボウの根菜、ほうれん草も加えている。栄養士の母らしいものになってる。

 味? 聞くまでもない。

 

「よく食べるわね」

「育ち盛りなもんで」

 

 忙しい身であるにも関わらず、常に冷凍庫には俺を気遣って大量のおかずをストックしてくれているため、母の味は普段から知っているが出来立ては別だ。

 足りないときは最低限作れるから自分で作るが、母には到底かなわない。

 

 

「おかわり」

「もう? ちゃんと噛まないと喉にお餅詰まるわよ?」

「そんなヘマしないって。餅5個で」

「はいはい」

 

 お袋が餅を焼いているのを待つ間、親父と話が弾む。

 大学までバスケをプレーしていたこともあり、専門的な相談ができる数少ない相手だ。

 怪我が多かった経験を元に、猛勉強を重ねてトレーナーになり、身体的な知識の面でも知識が豊富だ。

 肋をやった時に想像以上に早く回復したのは、紛れもなく父のおかげだ。

 

「身長はいくつになった?」

「184とか」

「成長痛は?」

「特に」

「体重は?」

「60は乗ったけど正直これ以上食べるのも増やすのもキツイ」

「でも筋肉はしっかりついてるようには見える。間食で一つおにぎり食べるとか、無理ないように少しづつ増やそう」

「あ、食うんだ」

「成長期であれだけ動き回ってるんだ。体重は減ってないから食事量は足りてはいる。でも体重を増やすには摂取カロリーが消費カロリーを上回る必要がある」

 

 今、基本の3食と朝と放課後の練習前の1日5回食ってんだけど。

 

「もしくは、消費カロリーを抑えるか」

「練習で手は抜けねぇよ」

「朝か夜の走り込みを止めるか、量を減らすか」

「いや、それは……」

「正直オーバーワーク気味だぞ。工夫もなくただ走るだけだと意味も薄れる」

「何で知ってんだよ」

「大輝君やさつきちゃんから聞いた。あと、今朝も走ってるところ見たからな」

 

 あいつら……。

 

「闇雲にやるだけだと、いずれ体を壊すぞ。俺もそういう選手は何人も診察()てきた」

「お父さんもそうだったものね」

 

 お袋が俺の丼を持って会話に入ってくる。

 そう言えば、2人は大学で知り合ったとか言ってたな。

 

「あー……靭帯切ったときか」

「半月板もでしょ」

「しれっとえぐい怪我してね?」

 

 どっちも選手生命に関わる大怪我だぞ。

 足に痛々しい手術の痕があったのはそういうことか。

 

「ほんっと怪我ばっかりして、万全だったときなんてなかったもの」

「あんときは頑張りすぎてたな、母さんにいいとこ見せようとして」

「あら、私のせい?」

「魅力的なんだって、あの時も今も」

「もう」

 

 結婚してから10年以上経っても仲いいのは悪いことじゃない。

 でも息子の前でいちゃつくな。気まずい。おい、キスすんな。

 鎖骨に手を這わせるな。寝室行け。

 ……なにこれお雑煮甘っ。砂糖入れた? 

 

「惑忠はどうなんだ?」

「なにが」

「さつきちゃんと」

「……はぁ」

 

 この質問だけちょっとやだ。

 小学5、6くらいからこれを聞く頻度が増えた。

 幼馴染に異性がいるもんだから、仕方のないことかもしれないが。

 

「なにもないって。今はバスケに集中したいし」

()()、か」

「タイミングを図っているのね」

「なんでそういう解釈になる?」

 

 想像力が豊かすぎて怖い。

 絶対自分たちと重ねてるだろ。

 

「確かに一生懸命バスケに打ち込んでるのは知ってる。けどマネージャーなんだから毎日会いはするだろ」

「まあ、それはそう」

「お前らがバスケに集中できるように、マネージャーが支えてくれてるんだ。そのひたむきな姿にドキッとしたりしないのか」

「感謝はしてるけど、そんなの見てねーよ」

「あら、お母さんがポニテにして作業してたらお父さんはこっち見すぎて怒られてたのに」

「いや、あのうなじはやばいって」

「親父の性癖は知らん。てかバスケに集中しろや」

 

 お雑煮食べ終わったから食に逃げることもできない。

 ……部屋でゆっくりするか。退散しよう。

 

「惑忠」

「なに?」

「最近、さつきちゃんが悩んでるみたいなの、知ってる?」

「え」

 

 母さんの言葉に思わず丼を持ったまま固まった。

 さつきが? なんだろうな。

 昨日も練習や大掃除の時、大輝と三人で帰ったときも変わった様子はなかったと思うけど……。

 

「気になる?」

「当然だろ、幼馴染なんだから」

「そうね、気になるわよね」

「言ってこないなら、そう大事でもないんだろ」

「でもすっごい明るい子だから、暗い姿は見せたくないんじゃない? 特にあなたと大輝君には」

「……」

 

 それもそうか? 

 逆に身近な奴だから話しにくいってことも、考えられなくはないか。

 

「女の子って察してほしいものなのよ。だから、惑忠から聞いてあげて」

「……まあ、今度聞いてみるわ」

「一応、内容は知ってるんだけど聞く?」

「ああ」

 

 色々と助けてもらってるしな。

 俺に出来ることがあれば、当然協力するけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最近、胸がキツイんだって」

「同年代の男に言うわけねぇだろ!!」

「Dカップブラも合わなくなっt」

「ごちそうさま!!」

 

 さっさと流しに丼を下げて居間を後にした。

 そんなこと俺や大輝に言えるわけないだろ。

 ……寝るか。

 

「……あ?」

 

 携帯が鳴っている。

 相手は……

 

「気まず……。もしもし」

『あ、白河君! あけおめ!』

「おう、今年もよろしく。で、どうした?」

『これから青峰君のお父さんが初詣に連れてってくれるって。行くよね?』

「……大輝は?」

『もう車に乗ってるって。私の後に迎えにいくから、5分後に家の前にだって』

「えらく素直だな」

『行かないとお年玉あげないって言われたって』

「なるほどな」

『3人とも来ないとくれないって』

「まじか」

『じゃ、準備してね』

 

 そういって電話は切れた。

 拒否権? 人質(お年玉)は天秤にはかけられない。

 バイトができない中学生の貴重な収入源だ、行くしかない。

 

 

 

 

「……Dの次ってなんだっけ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜。

 日課のランニングは親父考案のメニューをこなした。

 いつもより短時間だったが、息が充分に上がるほどのメニューだった。帝光の一軍でほぼ毎日練習している俺がだ。

 帰宅してシャワーを浴びて、親父の部屋に行くと、施術で使う整体用のベッドを用意していた。

 

「これ、いつも車に積んでるやつか」

「会場でケアをすることもあるからな。ほら、うつ伏せで寝ろ」

 

 指示通りにうつ伏せになる。

 このベッドは顔を置くところに穴が開いているから、苦しくなることはない。

 始めるぞ、と親父は足首を持って柔軟を行う。

 風呂上がりで体温が高いことで、いつもより体は柔らかい。

 日頃酷使している場所を確認しながら、入念に伸ばしていく。

 

「よし、仰向けだ」

「おっけ」

 

 仰向けになった俺の顔にタオルをかぶせて、施術を続ける。

 見えない分、動かしている箇所の反応に敏感になる。

 

「股関節は特に入念にな」

「普段もやってるけど」

「ケアや予防はやりすぎて困ることはない」

 

 足の裏を合わせ、できるだけかかとを体の近くに置く。

 少し浮き上がっている両膝を持って、徐々に体重をかけていく。

 

「痛いか?」

「ちょっと。それよりもしっかり伸びて気持ちいいわ」

「うん、問題はないな」

 

 言葉通り股関節だけでも15分はかけただろう。

 それが終われば再びうつ伏せになって上半身の施術に移る。

 背中、肩、首、手首……。

 それぞれ柔軟性や痛みを抱えていないかを確認していく。

 幸いにも、普段から親父の知識のサポートを受けて自分でケアはしているから問題は見られなかったようだ。

 

「まだ細い、けど筋肉はついてるな」

「筋トレってしたらダメだっけ」

「身長が伸びてるうちはやっても体幹トレーニングか自重トレーニングだな。ウェイトトレーニングなんて以ての外だ」

「でもフィジカル負けするのは気になるんだよな」

「体の当て方、重心の置き方、技術でもまだどうにかできる。そして、それは最初からフィジカルに恵まれていると気づきにくい。そう考えてみろ」

「なるほど」

「母さんが夜食作ってくれてるって言ってたから終わったら食えよ。単純に軽いから当たり負けしてるんだよ」

「……頑張るわ」

 

 柔軟が終われば、親父は管が繋がっている手袋を装着。

 それが繋がっている機械の電源を入れると、手袋に電気が流れるようになっている。

 電流を充てて筋肉をほぐしながら、マッサージを行うことでより効果があるらしい。

 

「電流が強かったり弱かったら言えよ」

「おっけ」

「最初は……このくらいか」

 

 両手が背中に触れると、手袋の布の感触と電流による刺激を感じる。

 あまり強いと痛みを感じるのだが、親父の調節は完ぺきだった。

 

「どうだ?」

「ちょうどいい」

「よし。慣れてきたら電流上げるからな」

 

 肩、背中から始め、腰を揉んでいく。

 電流が流れた筋肉がじんわりとほぐれ、体が軽くなっていくのがわかる。

 マッサージだけでは刺激が足りなかったり、電流を流すためのパッチを張りにくいところにも電流を流せるから、これはすごくいい。

 血行が良くなったからか、体が暖かくなってきた。

 加えて、時間と疲労(精神的にも)もあって眠い……。

 

「惑忠。電流上げるか」

「……おう」

「よし」

 

 電流の刺激が強くなり、またじわじわと筋肉がほぐれていく。

 下半身は酷使している分、より強い電流を流さないといけない。

 

「初詣、何をお願いしてきたんだ」

「……無病息災」

「試合出れますように、じゃないのか」

「それは願うことじゃないでしょ」

「まあ、そうかもな。でも、運だって必要だろ。チャンスさえあれば、ってやつに限って機会がなかったりするんだ。たった一人にあっただけで、たったワンプレーで大きく人生が変わるもんだ」

「ふーん」

 

 黒子は、そうなのかもな。

 大輝や俺と会わなかったら、誰にも相談せずに退部してたかもしれない。

 俺たちに退部することを伝えに来なかったら、赤司と話すこともなかったかもしれない。

 あれ以降一緒に練習してないけど、たまに覗いたら相変わらず遅くまで練習してたし。

 大輝の言う通り信じるだけだ。

 

「母さんと運命的に巡り合った俺みたいにな!」

「そだね」

 

 軽く流していると、電流が止まる。

 話してる間に終わったみたいだ。

 

「ありがと」

「どうだ?」

「明日も頑張れそう」

「そうか、良かった!」

 

 片づけを手伝い、ベッドは俺が車に積み込む。

 寒いのでさっさとぶち込み、家に戻る。

 

「終わり?」

「さっきね」

「夜食あるから食べなさい」

「今日はなに?」

「炊き込みご飯のおにぎりと豚汁」

「でかいな、ほんと」

「体重増やさないといけないんでしょ」

 

 俺の手のひらサイズなんだけど。

 良く握れたな……。

 

「いただきます」

 

 口に入れると甘味が広がる。醤油や油揚げ、鶏の油の甘味だ。

 しめじやごぼう、ニンジンも入っていて、食感や栄養も完璧。

 豚汁も、豚バラや野菜の旨味や甘味が溶け出して美味い。

 

「久し振りの出来立てのご飯はどう?」

「最高」

「あら、嬉しい」

「自分でやると、食えるんだけどなんか足りなくてさ」

「何が足りないんでしょうね」

「……年季?」

「え?」

「アイジョウカナ……」

 

 笑顔が怖い……。

 体育会系の縦社会とは違う恐怖を感じた。

 

「俺も食いたい」

「用意してるわよ」

 

 親父も居間に降りてきて、夜食を食べる。

 なんだかんだ言って、この空間は居心地がいい。

 あの2人といる時とは違う感覚だ。

 

「食べたら寝るのよ。惑忠は午後から?」

「そう」

「じゃあお弁当はいらないけど、補食用意しておくわね」

「ありがと」

 

 食べ終えた食器を流しに置いて、歯を磨くために居間をでようとすると、

 

「おやすみ、惑忠」

「明日から頑張ってね」

「……ありがと、おやすみ」

 

 

 

 

 貴重なオフをとても充実した気持ちで終えることができ、その日はよく眠ることができた。

 

 

 




次からはまた帝光の日々に戻ります。
バスケ描写も増えます。


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第21Q ようこそ

原作で明言されていませんが、
秋季テスト直後(10月くらい)で赤司と黒子が会う

特別テストの際に「3ヶ月振り」
という発言から、今は1月と仮定してます。
練習着も長袖になってますし

今回はまた三人称視点に戻します


 とある日の帝光バスケ部監督室。

 手元の資料を読みながら真田の報告を受ける白金。

 それはある選手のことで、一軍昇格の判断を委ねられていた。

 赤司の推薦とは言え、当事者や一部の部員と指導陣にのみ告げられていた特別テストを設けた相手は三軍の選手。

 それも、秋季昇格テストに落ち、退部を勧められた部員だ。

 誰が言い出したのか、『キセキの世代』と呼ばれた4人と言い、今年の一年生はこれまでとは違うようだ。

 

「報告は以上になります」

「ふむ……」

 

 返事も最低限に、再び資料に視線を落とす。

 白金はまだ、のプレーを見ていない。

 資料の数字は特筆すべきところがなく、真田が驚いた理由は今の時点では見いだせない。

 

「わかった。彼の一軍昇格を認めよう」

「──! よろしいのですか。確かに、興味深い選手ではありますが、身体能力は平均以下。実戦で使えるかどうかは……」

「ならば実戦で試せばいい」

 

 その場にいた真田ですら、全貌は掴めていない。ミニゲームだから、ということもあるだろう。

 ならば試合に出せばいいという結論に至った。

 

「要は、チームの勝利に必要かどうか……」

 

 わかりやすい結果で判断すればいい。

 理念(勝利)を求めるうえで貢献できるのなら誰でも使う。

 逆に、どれほどポテンシャルを秘めていても、実績を積んでいても不要ならば排除する。

 

「その時に白河も実戦に出す。そろそろ見極めなくてはいけない」

「一軍の練習は無難にこなせていますが、まだイップスの症状が見られます。まだ様子を見ても……」

「赤司の言うように、変化は必要だ。我々はそれを恐れてはいけない」

「……わかりました。それぞれ伝達します」

「ああ、頼む」

「では、失礼します」

 

 真田が去り、一人となった監督室で白金は考えを巡らせる。

 戦力は現時点でも全中を獲るには充分、赤司らの成長を見込んでも問題はない。

 ただ、選手層を厚くしてより盤石にすることが求められている。

 

「彼らがそれに値するか……」

 

 現場に立てる時間は限られている。

 誰が言ったか、『キセキの世代』と呼ばれた彼らを送り出すまでは倒れるわけにはいかない。

 すがるように袋から取り出した、少なくない薬を飲みこんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 ある日の帝光バスケ部。

 第一体育館には、一軍の面々が各々練習に向けて準備をしていた。

 今日は昇格した部員が合流する。

 だからと言って必要以上に警戒したり、浮足立つことはない。

 青峰を除いては。

 

 

「機嫌いいな、大輝」

「ったりめーだろ」

 

 バッシュの紐を結ぶ青峰は昨日からこの調子だ。

 一緒に汗を流した相手の努力が報われたのだ、白河もそれに関しては嬉しく思う。

 とは言え、ようやくスタート地点に立ったばかり。

 チームに必要でないと判断されれば、即降格だ。

 

(俺も他人のこと言えねーが)

 

 白河もなんとなく自身に降格(タイムリミット)が迫っていることは感じていた。

 今は白金も戦力として捉えているが、その立場を狙う二軍からの突き上げがないとも言えない。

 その判断を行う期間がすぐに訪れる。

 そんなことを考えていると、入口の扉が開く。

 

「黒子テツヤ君連れて来ましたー!」

 

 桃井の横には水色の髪の少年。

 髪色と同色の瞳には、以前よりも自信が伺えた。

 

「おっ来たな! テツ!」

「……やあ、待っていたよ」

 

 赤司と青峰が歓迎する。

 釣られて他の部員も黒子に視線を向ける。

 

 

「ようこそ  帝光バスケ部一軍へ

 そして肝に銘じろ

今この瞬間からお前の使命はただ一つ

 勝つことだ」

 

 負けることは許されない。

 歴史と伝統を体現する彼らの中には、黒子の昇格を疑問視する者も多い。

 

「え~マジで?」

「本当に上がって来るとはな」

 

 こういった声を跳ね返す必要がある。

 ここからが、黒子にとっては正念場となる。

 

「ちっす、遅れましたー」

「灰崎。遅刻だぞ」

「すいませーん」

 

 練習に遅刻し、赤司が注意しても、灰崎は反省の色はない。

 こんな彼でも、実力は確かだ。

 へらへらしながら、黒子を認識できずにぶつかるお家芸をこなしてから練習が始まる。

 

 だが、……

 

 

「おい! タオルとモップ!」

「テツ!? 大丈夫か!?」

 

 この始末……。

 体が耐え切れず、嘔吐してしまった。

 やはり、基本的な運動能力は到底一軍でやっていけるようなものではない。

 

「すみません」

「気にすんなって。ちょっと休んでろよ」

 

 吐瀉物の処理を終え、黒子は体育館の端で休憩させられた。

 他の部員は3対3のミニゲームを行っており、一定数攻撃側を止めないと永遠に守り続けることになる。

 今、攻め込んでいるのは赤司、紫原、緑間。

 迎え撃つのは青峰、灰崎、白河。

 

「手ぇ抜くなよ灰崎!」

「命令すんな!」

 

 青峰が檄を飛ばし、灰崎も返しながら相手を見据える。

 赤司が的確に紫原と緑間、内と外を使い分け、隙を見せれば自身でも得点を狙う。

 隙のない布陣に手を焼いていた。

 

「灰崎左!」

「わかってる!」

 

 赤司と紫原のピック&ロール。

 スイッチで青峰が赤司に対峙するが、それを見てボールは紫原に渡る。

 ミスマッチにも対抗してなんとか踏ん張る灰崎だったが、体格差を活かして強引に押し込まれる。

 制限区域付近で青峰がヘルプ、囲まれるが冷静に状況を見ていた。

 

「戻せ!」

 

 赤司の指示通り、ボールは赤司に渡る。

 そのままシュートフォームに入るが、青峰が追尾。

 だが、それはフェイク。青峰を跳ばして、ペネトレイト。

 ゴール下で2対1を強いられたことで灰崎は紫原を背中で抑えたまま動けない。

 

「っ!」

 

 ペイントエリアに侵入するタイミングでコーナーからヘルプに入った白河が手を伸ばす。

 赤司は慌てることなくドリブルをキャンセル。

 ビハインドパスでコーナーの緑間にパスを通す。

 落ち着いて緑間がスリーを放つも、間一髪青峰が追いつき、ボールを触ったことで軌道がズレる。

 

「リバウンド!」

 

 青峰が声を上げ、ゴール下で備えるが、不運にもボールはリングで跳ねて紫原の元へ。

 

「も~らい」

 

 紫原がダンクで押し込む。

 身長だけでみれば太刀打ちできないようにも見えるが、跳ばなかった白河を灰崎が糾弾する。

 

「お前が競れば直接ダンクされることはなかっただろ」

「スクリーンアウトサボって気持ち良く跳ばすんじゃねぇよ」

「あ?」

 

 灰崎が白河の胸倉をつかみ、睨みつける。

 掴まれたまま白河も灰崎を見下ろして睨み返す。

 一触即発の事態だが、虹村の怒号が飛ぶ。

 

「まずは守ってからケンカしろや! ちゃんとやらねーと終わらせねぇぞ!」

「お前らさっさと構えろっ!」

 

 納得はいかないが、青峰の仲裁で2人は引き離され、赤司達に向き合う。

 とはいえ、火種は燻ったまま。

 

「俺が紫原につく」

「勝手なこと言ってんじゃねぇぞ」

「俺がついてたら守れるんだから黙って変われ」

「あぁ!?」

「いい加減にしろお前ら!」

 

 守備のことでは文句を言わせない白河。

 イップスにつけ込み、SF(スモールフォワード)のポジションを奪うことを画策している灰崎。

 そりが合わないのは当然のことだ。

 

「ったくよ、競争は歓迎だが練習止めんなよ」

 

 虹村がそういって時計を見れば、時計の針がちょうど練習終了の時間を刺した。

 

「お前ら! 止めないとマジで終わらねーぞ!」

 

 だが、対称的な連携で差をつけられ、気付けば30分が経とうとしていた。

 

「あ~もうっ。うざいなぁ」

「手は抜くなよ、紫原」

「じゃあヒネリつぶす」

「どうしたいのだよ」

 

 赤司から紫原へ展開。

 灰崎をいなし、青峰を押し返す。

 

「やっべ」

「ふんっ!」

 

 そのまま力任せにボースハンドダンクを叩き込むために振りかぶった。

 体勢を崩した青峰と諦めている灰崎では追いつけない。

 

「させるかっ!」

「っ!?」

 

 無防備なボールを白河が後ろからはたく。

 手から零れた落ちたボールを青峰が回収し、ようやく練習終了となる。

 真田が選手を集め、ミーティングを以って解散。

 各々ロッカールームに向かうが、青峰はまだボールを持っていた。

 

 

「っし! テツ、お前もやるだろ?」

 

 青峰は以前と同じように誘うが、まだ黒子の顔は青いまま。

 

「……すみません。今日は帰ります」

「おーそうか」

 

 まだ吐きそうな表情を浮かべ、頼りない足取りで姿を消した。

 桃井と白河は心配そうにその背中を見ていた。

 

「大丈夫かな」

「そのうち慣れるって」

「ま、俺たちがどうこうできるもんじゃないからな」

 

 青峰は楽観的だが、今日のように練習についてこれないのは問題だ。

 実戦で使えるかどうかも大事だが、黒子自身の努力がなくては一軍(ここ)に長くはいられない。

 

「じゃ、1on1やろーぜ」

「おう」

「え、まだやるの?」

「ずっとディフェンスしてたから攻めたりねぇ」

「いや、白河君は……?」

灰崎(アホ)のせいで守り切れてないからむしゃくしゃする」

「……ほどほどにね」

 

 桃井の言葉が耳に入ったかは定かではないが、2人はさっさと1on1を始めてしまった。

 呆れながらも、微笑みながら桃井も作業に入る。

 

 

 

 

 

 いつもの何気ない日常だが、これが続くかどうかを判断する時が来た

 黒子と白河 2人の処遇を決める交流戦が始まる──────




次回、交流戦です


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第22Q 交流戦①

 交流戦当日。

 会場に現れた帝光の姿に、会場中の注目が集まる。

 地域の上位10校が集まるため、他校のメンバーもそれなりの実力を有しているが、そんな彼らもたじろぐほどの雰囲気を醸し出していた。

 今までの練習試合とは比較にならない注目を集めていることで白河も落ち着かない様子を見せる。

 

「一軍として行くとこんな感じなのか?」

「んだよ、ビビッてんのか」

「まあ、ちょっと。二軍や三軍の帯同のときとは全然違うな。今日は先輩らも基本でないし」

「すぐ慣れるって。これからいちいち反応するつもりか?」

「……それもそうだ」

一年(オレら)だけでも問題ねーよ!」

 

 もう一人一軍に帯同して試合に向かうのが初めての部員がいる。

 彼を気遣うように青峰は声を掛ける。

 

「だからそんなにキンチョーすんなって、テツ」

「……え? 今何か言いました?」

「キンチョーすんなって……。ったく頼むぜ一発勝負の一軍昇格テストに合格したんだろ?」

「あれは開き直ってたというか……」

「そう言えば、黒子って三軍ではどれくらい出たことあんだ?」

「白河君と一緒になった時だけです。あの時はずっとベンチで、そもそも基本応援でした。

 なのにいきなりユニフォームを貰って一軍でベンチ入り……試合に出るのもはちゅで」

「噛むなよ……えっ!? マジで!?」

 

 小学生の時はミニバスに所属しておらず、中学では帝光バスケ部に入部。

 そこで一年から出ている青峰からすれば驚くのかもしれないが、特別珍しいことでもない。

 

 その時、赤司の携帯から着信音が鳴る。相手は灰崎だ。

 集合時間にも姿を現さず、電話にも出ない。

 今日メインで出場するにもかかわらずだ。大方目星が付いているが。

 

「灰崎です」

「ああん!? よこせ!!」

 

 赤司から携帯を強奪して虹村が電話に出る。

 

「灰崎ぃ! テメェいまドコだ!!」

『すいませーん風邪ひいちゃって……」

「ああ!? カゼェ!?」

 

 その割には周囲が騒がしい。

 声色も病人のものとは思えない。

 

「いやマジで39度くらい熱あって咳も……ゴホゴホ」

「……チッ!」

 

 付け加えられた咳に怒りを覚えながら切電。

 赤司に携帯を返しながら仕置きの指示を出して、振り返る。

 

「聞いてたか? 白河、準備しとけよ」

「はい!」

 

 

 試合時間が迫ってきている。

 今いるメンバーでの対応を強いられ、より厳しいものになる────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

「灰崎が欠場する。よってスタメンは赤司、緑間、青峰、紫原、そして白河だ」

 

 

 灰崎と白河、どちらがスタメンなのかここ数日部内で話題になっていたがバスケに誠実な者に機会が渡った。

 白河にアップ前の緊張した様子は既になく、試合に集中できている。

 堂々とした姿に真新しい13番のユニフォームがよく似合う。

 

 

「よし、楽な展開作ってやっからそれまでに落ち着いておけよ」

「……はい」

「座ってんのに脚ガックガクじゃねぇか……」

 

 黒子(小ジカ)をベンチに置きフレッシュなメンバーの帝光、迎え撃つ南原中の両チームが整列する。

 対戦校の南原中は全中への出場経験はないが、一定の実力を持つ中堅校。

 相手としては、可もなく不可もなくといったところか。

 帝光の、ましてや一年生のみでスタメンを構成したということで観客は多い。

 

 

 噂に違わず、公式戦ならではの熱量と緊張感のなか、試合開始(tip off)

 

 

 紫原がジャンプボールに競り勝ち、帝光ボールから。

 ボールを運んだ赤司がハンドサインでセットプレーを指示。

 それを見た4人が動くが、南原のディフェンスはファールにならない範囲で進路を妨害する。

 

(研究されているか……)

 

 それを逆手に取り、緑間がマークを剝がす。

 タイミングを逃さず赤司がパス、綺麗なフォームから緑間がスリーポイントを決める。

 

 緑間の機転で先制に成功。

 しかし、以前から赤司らが危惧していた帝光の弱点を突いてきた。

 正攻法な帝光のバスケ、プレーの質は高いが読まれやすく対策や奇襲への対応が遅れる。

 攻撃でも入念に対策を講じていることは間違いない。

 

 それをさせなければ、対策にはならない。

 

「白河」

「おう」

 

 SF(スモールフォワード)で先発した白河だが、相手のリスタートに合わせPG(ポイントカード)のマークにつく。それに合わせて、赤司がSG(シューティングガード)、緑間がSFをマーク。

 攻撃の起点となるPGを機能不全に陥れることで、相手の戦術を根本から瓦解させる。

 

「関! そいつのディフェンスは厄介だぞ!」

「わかってる」

 

 関と呼ばれた南原のPGは背を向けて、ポストプレーのようにボールを運ぶ。

 白河の方が身長で上回るが、低い重心から的確に体をぶつけて安全に、という算段に見える。

 全中には出場せず、練習試合のデータも多くない中、白河のこともよく調べている。

 

 ハーフラインを越えようというタイミングで白河の長い腕が飛んでくる。

 背を向けた状態から反転、一歩で白河の横に並び、抜き去ろうとするが再び伸びてきた長い腕が関の手からボールを刈り取る。

 ボールを刈り取る。

 

(あそこから届くのか!?)

 

 ルーズボールは赤司が回収し、前線を走る白河にボールが渡る。

 それを南原の選手が一人追いかける。

 リング付近、白河が顔を上げて歩幅を整えるのを確認すると、視界に追いかけてくる人影が見える。

 直前で動きをキャンセル、後ろから走りこんできた青峰にパスを渡す。

 

 連続得点で5-0。

 再び関に張り付き、ボールを簡単には運ばせない。

 先ほどのスティールがチラつき、仕掛けられない。

 単独での突破を諦め、スクリーンを要求。

 

 距離を取り、一度右に振り、左へ。

 構えていたスクリーンによって白河の動きが一瞬止まる。

 

(ここだっ!)

 

 加速しようと、ボールから意識が僅かに疎かになる。

 無防備なボールは関の手から零れる。

 

「えっ」

 

 スクリーンに掛かったものの、回転して無効化。バックチップ気味にボールを弾いた。

 サイドラインを割る直前で白河がボールを回収し、前線に放り込む。

 スクリーンを掛けていた南原の選手のマークだった紫原は既に走りこんでいる。

 

 ──ガシャン! 

 

「うおおっ!? アリウープ!!」

「中学の試合だろこれ!?」

 

 こんなところで見られる筈のプレーではない。

 会場が沸き上がり、流れは帝光へ傾く。

 次のポゼッションでも、白河がハーフラインを超えることすら許さない。

 関がファールで試合を止めたタイミングで、南原は早くもタイムアウトを要求する。

 

 ベンチに向かっていると、青峰が白河に拳を向ける。

 

「さすがだな」

「当然」

 

 受け取ったタオルで拳を突き合わせ、ベンチに座り込む。

 2分も経たないうちに7-0。スタートダッシュにはこれ以上ないほどに成功した。

 

 

「スタートとしては充分だ。だが、気を抜くな」

 

 上手くいっているときにわざわざ変化は加えないだろう。

 その割に、真田の顔は険しく見える。

 

「白河」

「はい」

「ここまでのディフェンスの働きは、我々はもう知っている」

「……はい?」

 

 

 

今のままでは、明日以降一軍(ここ)から去ってもらうことになる

 

 

 

 

 真田の発言に真っ先に噛みついたのは青峰だった。

 

「はっ!? 何言ってやがる!?」

「よせ青峰」

「っ……」

 

 虹村が静止するが、真田を睨み続ける。

 この流れを作っているのは白河だ。どう見ても悪いところがあるようには思えない。

 

「これは決定事項だ。我々の求めるプレーができないのなら降格だ」

「……わかりました。何とかします」

 

 ここでタイムアウト終了のブザーが鳴る。

 5人がコートに戻るのを見届けてから、虹村が真田に問いかける。

 

「ここで言わなくても良かったんじゃないんですか」

「白河の守備力なら、それだけでもレギュラーになれる。この意向は監督のものだ」

「監督の……?」

「黒子が機能すれば、帝光のバスケに変化をもたらすことができる。

 一方で、白河には維持のために彼自身の変化を求めている」

「……傲慢っすね」

「王者とはそうあるべきだ」

 

 

 

 

 白河がその後もディフェンスに貢献、ハーフタイムの時点でダブルスコアに差を広げたところで黒子と交代。

 出場時間1秒で交代(アクシデント)を挟んで再度投入されるが、周囲や本人の納得できるパフォーマンスとはいかなかった。

 予定通り一年のみで戦い抜き、勝利を収める。

 白河も復帰戦として決して悪い内容ではなかったが真田は最後まで納得しなかった。

 



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第23Q 交流戦②

「……」

「峰ちん。それなに?」

「さつきの弁当」

「へーいーじゃん」

「食う?」

「グロいからいい」

 

 

 午前の試合は快勝し、午後に備えて昼食を取る帝光メンバー。

 一人ダークマターを前に絶望的な顔をしているが、近くでは黒子や白河も気難しい顔をしていた。

 コートの中での成果は異なるが、二人の置かれている状況は同じく崖っぷちだ。

 

 

 黒子は緊張による固さに加え、アクシデントによって視線誘導(ミスディレクション)の効果が薄れてしまった。

 さらにパスを合わせられず、ミスを連発することでより目立ってしまう。

 そうなってしまえば、黒子はコートでの存在意義はない。

 

 

 白河は、むしろ活躍したと捉えることができるだろう。

 相手の頭脳を封じ込め、チーム全体を機能不全に陥れた。

 ゴール下では以前のようには振舞えないが、少なくとも降格するような出来ではない。

 

 

「ワク、飯余分に持ってねぇか?」

「さつきの食えよ」

「午後出れなくなんだろ」

「言い過ぎ……とは言えんな。にしてもこんなに上達しないことあるかね」

 

 

 食材がここまで黒ずむものなのか。

 さすがにこれを食べる気にはなれない。

 

 

「クッソ、コンビニ行くか」

「アップまでそんなに余裕ねぇぞ」

「わかってる」

 

 

 そういって立ち上がると、黒子の頭に手を置き、優しく言葉をかける。

 

 

「元気出せってテツ! まだもう一試合あるんだ、次で挽回すりゃいーさ」

「……青峰君。そうですよね、頑張ります」

 

 

 少しだけ、笑った黒子を見ると、満足そうに青峰はコンビニに向かう。

 だが、数分後には紫原が落とし物に気付く。

 

 

「……これ、峰ちんのサイフじゃね?」

「何をしに行ったのだよあいつは……」

「あの……ボクが届けてきましょうか」

「ん? じゃーよろしくー」

 

 

 そう言って紫原が放った財布を黒子はキャッチし損ねるが、拾い直して青峰を追いかける。

 その後を、白河も追う。

 

 

「黒子、俺も行く。飲み物買いたい」

「わかりました」

 

 

 青峰を追って校内を歩く中で、白河は黒子にさっきの試合について話し始める。

 

 

「初めての試合、感想は?」

「……チームに迷惑をかけてしまいました」

「勝ったから問題ないって。大輝も言ってたけど、まだ一試合ある。俺も崖っぷちだ、一緒に一軍に残ろう」

「ボクはともかく、白河君はなぜでしょう」

「言い方から考えると、ディフェンスだけじゃダメってことだろうな……」

 

 

『ここまでのディフェンスの働きは、我々はもう知っている』

 

 

 タイムアウト中の真田の発言が脳裏によぎる。

 であれば、真田及び白金はより多くのことを求めているのだろう。

 

 

「ただ、点を取ることに関してはあいつらの方が得意だろ。緑間(シューター)もいるし……」

 

 

 ディフェンスを積極的に担い、オフェンスではスリーポイントで貢献する3&Dの役割を担う考えだがそれでは弱いかもしれない。

 より、決定的な何か。

 それをすぐに見定めないといけない。

 

 

「それで言えば、黒子のスタイルは今までにないタイプだし、実力出せれば問題ないだろ。俺はそれが正直わからん」

「……そのことなんですけど、実は赤司君と話したことがありまして」

「赤司と? ……お前が退部するって俺と大輝に言いに来た後のときか?」

 

 

 意外な名前が出てきた。

 となると、この件には赤司一枚噛んでいるのか? 

 

 

「ええ、あの日のときに白河君のことも少々」

「何を話した?」

「別に悪口などではないですが」

「なんでもいい。聞かせてくれ」

「そうですね。あの時……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 帝光の第三体育館。

 二人以外の部員がその場を去り、赤司が切り出す。

 

 

『いくつか質問してもいいかな』

『……?』

 

 

 まだ黒子は少し状況を読み込めないでいた。

 既に一軍レギュラーの彼が、退部勧告を受けるような選手とわざわざ二人きりで話そうというのだから。

 とはいえ、その後に投げかけられた内容はさほど難しいものではなかった。

 名前やポジション、経歴などといった簡単でありふれた物。

 それらに黒子が答え、しばらく考え込んだ後、赤司が口を開く。

 

 

『……なるほど、やはり面白いな。

 初めて見るよ。キミほどバスケットボールに真剣に打ち込み、その成果が伴っていない人は』

『すみません……ちょっと今その言葉を受け止めることができる精神状態ではないです』

 

 開口一番、発せられた言葉が黒子の胸に刺さる。

 それが悪意のあるものでなく、現実をしっかり分析したものであるため尚更だ。

 泣きっ面に蜂どころではない。

 

 

『ああっすまない。そうゆう意味ではないんだ』

 

 

 落ち込んでしまった黒子に弁解を図る。

 配慮が欠けてしまったかと反省しながら赤司は言葉を続ける。

 

 曰く、スポーツに打ち込めば持っている能力や経歴にもよるが経験者特有の空気が()()()()()

 一方、黒子の持つ雰囲気や存在感はスポーツ選手として感じるものがなく、極めて特殊である。

 これは一見すると、短所であるが存在感のなさ(それ)を活かすことで大きな武器になる。

 

 

『そんなこと……できるんですか?』

『悪いが……オレに言えることはここまでだよ』

 

 

 これまでのバスケとは全く(スタイル)のため、黒子自身の試行錯誤と信念が必要となる。

 赤司も自身のために時間を費やすことが最優先だ。希望と言えるかもわからない、可能性の糸を垂らしただけに過ぎない。

 共に考える時間はない。

 

 

『とはいえ、期待しているのは本当だ。だからヒントを出そう』

 

 

 カバンを肩にかけ、すれ違い様に二つヒントを与える。

 固定概念を捨て、あくまでチームのために長所を生かせ、と。

 それを述べて、扉を開けて帰路に着く前に再度黒子を振り返る。

 

 

『答えが出ても実用性は従来のテスト方式では測れないだろう。出たらオレのところにおいで、コーチと主将(キャプテン)に推薦して違う方式でテストしよう。

 もし、オレの見込みが正しければ……キミはチームに変化をもたらすことができる』

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

「……こんな感じでした」

「で?」

「え?」

「いや、一言も俺に言及してないよな?」

「……そうですね」

「お前……」

 

 

 聞き入って損をした気分を覚える。

 黒子にとってはキャリアの転換期となった出来事なのは間違いない。

 しかし、黒子は特殊だ。白河には当てはまらない。

 

 

「えーっとですね。ボクが言いたいのは白河君はみんなと、赤司君や青峰君と同じなんです」

「……おう?」

「ボクは一人では何もできません。チームのためにプレーすることでしか、生き残れません。

 でも、白河君はそうではなく、自分のためにプレーができるはずです」

「……俺のため?」

「ボクがいうのも烏滸(おこ)がましいかもしれませんが、もっと自分を出していいんじゃないんですか?」

「……イップスの俺を使ってくれてんだ。そんな奴がチームのためにプレーしないのはワガママが過ぎるだろ」

「そんなことないです。白河君は……

「ストップ。……あそこで何してんだ、大輝のやつ」

 

 

 黒子を止め、自身もその場で足を止める。

 視線の先には3人の人影があり、一人は青峰。

 あと二人は……

 

 

「コーチと虹村さん?」

 

 

 その二人が話すのなら、大体察しがつく。

 しかし、なぜ青峰もいるのか。

 柱越しに三人の会話に聞き耳を立てると……

 

 

「これは決定事項だ。黒子はこれ以上見る価値はない、彼は降格にする」

「!?」

 

 

 真田の発言と、黒子の立ち位置から状況は把握できた。

 降格決定の話を聞いてしまったのだろう。

 

 

 

「そんな……」

「話は終わりだ。午後に備えてきちんと体を休めておけ」

 

 

 一方的に話を切り上げ、真田は立ち去ろうとする。

 その足は、青峰が自身の立場を投げ打って止めた。

 

 

 

「コーチ! なら、オレも一緒にお願いします! 

 次ももしダメだったらオレも一緒に降格する。だから……もう一度あいつを使ってやってください」

「青峰……お前……」

 

 

 真田は何も言わない。

 決意を表明した青峰に、虹村がデコピンを放つ。

 

 

 

「バカか、なんでそーなんだよ」

「あいてっ」

「黒子はともかく、白河に続いてお前までいなくなったら困るわ。なんのメリットもねぇし、取引なら逆だろ」

「…………何か根拠でもあるのか」

「……ない、です」

「はぁ?」

 

 

 これだけ自身の立場を危うくしておきながら、それを打破する根拠がないという。

 ただ、青峰の言葉に偽りはなく、自身に満ちていた。

 

 

「……けど! あいつはいつかオレ達を救ってくれる。なんでかわかんねーけど、そんな気がするんだ……!」

 

 

 ここまで言ってみせた青峰の心意気を買ったのか、真田は午後も黒子を起用することを約束した。

 青峰の降格を担保とすることで、黒子の首は皮一枚繋がることになる。

 

 呆れた様子の虹村もその場を去り、青峰は時計を確認し、コンビニへ急ごうとする。

 ここでようやく、サイフがないことに気が付く。

 

 

「やべぇ落とした……か忘れた!?」

「お前、何しに行くつもりだったんだよ」

「ワク! お前ってやつは……!」

「持ってきたのはコイツだけどな」

「お? サンキュー持ってきてくれぅおおおお!! テツ!? ビックリしたぁ!!」

「…………」

「大輝、お前さっきの本気か?」

「! ……聞いてたのか」

「よくあんなこと言えたな」

 

 

 しばらく俯いて、青峰はここまで黒子を庇った理由(ワケ)を話す。

 

 

「だってシャクじゃねーか。努力してる奴してない奴、誰にでもチャンスはきっと来る。

 けど、それを掴むのはテツみてーな努力してる奴であるべきだと思う」

「けど、だからと言って青峰君まで降格させるわけには……」

「なーに言ってんだよ。次の試合で結果出せなばいいだけだろ、カンタンな話だぜ」

 

 

 そう言って、青峰は黒子に拳を突き出す。

 

 

「チャンスは残ってる。テツには掴む力だってある、できるさ!」

「……はい!」

 

 

 青峰の期待や願いに応えたい。

 そう思い、強く自身の拳を突き返す。

 

 

「ワク! お前もだ! 三人で一軍に残るぞ!」

「……ああ」

「っても、お前は自分でなんとかしろよ。こればっかりはお前の問題だからな。ま、大丈夫だろ」

「お前、さっきといいその根拠のない自信どっから来るんだ……」

「ワクはあるぞ」

「あんの?」

「ワクだから!」

「……はい?」

「俺は誰よりもお前のこと知ってんだ! お前がやりてーようにやればいい!」

「……そっか」

 

 

 青峰はそのままコンビニに走り、黒子はメンバーの元へ。

 白河は近くの自販機に小銭を入れ、商品を選ぶ。

 ペットボトルが落下して、ほとんど当たることのない数字のルーレットをぼんやりと眺めながら、二人の発言を思い出す。

 

 

 

 

『もっと自分を出していいんじゃないんですか』

『お前がやりてーようにやればいい!』

 

 

 

「……腹、括らねぇとな」

 

 

 ペットボトルを取り出し、なんとなく液晶を眺める。

 

 

「8008……当たんねーなこれ」

 

 

 

 エゴを出して降格を免れる。

 それがチームに勝利をもたらせることができるのか。

 いずれにしろ、数時間後には全てがわかる──────

 

 

 




あと1、2話で交流戦を終わらせます。
前とは違う白河を書けるかも


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第24Q 交流戦③

 幼い頃から見てきた才能

 

 

 それはとても眩しく

 

 

 羨ましく思うも

 

 

 真似できるものではないと

 

 

 そう感じていた

 

 

 同じようなことをしては勝てない

 

 

 じゃあ 俺はこうしよう

 

 

 

 自分よりも あいつのために

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午後の原西中との試合では、白河と灰崎を入れ替えたメンバーをスタメンとして、黒子は後半から投入されることになった。

 引き続き勝利のみを狙うが、午前の試合とは一転苦戦を強いられた。

 全員のパフォーマンスが低下しているのだ。

 

 原因は体力不足。

 今までローテーション式で試合に出ていたが、フル出場の経験はない。

 ましてや地区の優れたチームが集う中での二試合目だ。

 どれだけ優れた才能を持ち合わせていようとも、一年ということを考えれば仕方のないことではあるが。

 

 

「やっぱ課題は体力か。にしても灰崎はだらしねーなー。一試合目なのにもうニブってるじゃねか」

「それ虹村がヤキいれたからじゃない?」

 

 

 疲労によって、いつものプレーとのギャップが生まれる。

 決まっていたシュートが決まらない。通るパスが通らない。

 抜かれていなかったところで抜かれ、失点を許す。

 

 焦りが生まれ、それはよりギャップを広げる。

 それでも点差が広がらないのはさすがだが、奪われたリードを取り返すには至らない。

 31-33で第1Qを終え、ベンチに戻ってきた。

 既に息が上がっており、大粒の汗が浮かんでいる。

 

 それでも、一年で戦い抜く必要があるのは、全中の大会形式が理由だ。

 1日2試合で日程が組まれ、日を追うごとに厳しい試合となり、確実に疲労が蓄積されている。

 その中で最高のパフォーマンスを発揮しなくてはならない。

 帝光の一員ならば、求められるレベルは高い。

 

「後半、灰崎に変えて黒子。緑間に変えて白河を入れる。

 特にそのほか指示はない。プレーは各自の判断に任せる」

 

 白河と黒子はユニフォーム姿になり、体を動かす。

 黒子が赤司と何かを話す間、青峰に状況を聞く。

 

「強いか?」

「そうゆうわけじゃねーが、体が思うようにうごかねー」

「やっぱ1日2試合ってやばいんだな」

「その割には元気そうじゃねーか」

「前半休んだからな。その分俺と黒子で頑張ってさっさと逆転しねぇと」

「頼りにしてるぜ」

「任せろ」

 

 

 拳を突き合わせ、二人が黒子を見ると

 

 

 

 

 

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 ────そこから、試合展開は一変した

 赤司が空間に向かってパスを出すと突然ボールが曲がる

 常識ではありえないタイミングや角度からパスが渡り、ディフェンスが反応したときにはシュートモーションに入っている。

 

 特に恩恵を受けたのは青峰だ。

 このメンバーの中では黒子と過ごした時間が最も長い。

 赤司の助言で二、三軍との違いを克服した黒子のパスが、青峰のスピードをより生かす。

 二人の速度に誰も追いつけない。

 

「すげっ……!」

 

 青峰がインサイドで得点を重ねれば、相手はゾーンで中を固める。

 そうなれば白河が外から打ち抜く。

 緑間ほどの精度はないが、負傷していた際に磨き上げたシュート力は充分なレベルに達しており、黒子のパスで反応が遅れれば、打点の高さと相まって止めることができない。

 

 相手に対応策はない、あるはずがない。

 今起きていることは、常識から逸脱している現象だ。

 なすすべなく逆転を許し40-51で第3Qを終える。

 

「ほら見ろ! テツのおかげで一気に逆転だぜ!」

「なぜお前が一番騒いでるのだよ」

 

 黒子の肩に手をまわして喜ぶ青峰にタオルを渡しながら緑間は呆れる。

 とはいえ、事実だ。

 機能することによって、帝光のバスケに大きな変化をもたらした。

 赤司の求めていた役割を、黒子はこれ以上ないほどに全うして見せた。

 

「緑間を戻して黒子を下げる。……これ以上起用して、我々も知りえない弱点がでても現状では対処ができん。残り8分、油断せずに締めてこい」

 

 審判が笛を吹き、5人はコートに戻る。

 黒子はチームへの有用性を示した。

 次は、白河の番。

 彼は今 何を思うか────

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

「まだ諦める時間じゃないぞ!」

 

 あれだけ圧倒されておきながら、まだ折れていない。

 原西は再びゾーンを敷くが、緑間にはマンツーマン。

 ボックスワンで帝光の攻撃を停滞させようと画策してきた。

 

 それを見た赤司は青峰にボールを渡す。

 ゾーンの中でもお構いなしに切り裂き、相手越しにシュートを放つがリングに嫌われる。

 

「げっ」

「もーらいっ」

 

 リバウンドを紫原が確保。

 しかし、着地と同時に収縮したディフェンスに囲まれる。

 

「あーうざ!」

 

 強引に押し切り、ダンクを叩き込むがさすがに粗削りが過ぎた。

 審判からオフェンスファールを宣告され、得点は無効に。

 

「雑なプレーはするな紫原」

「うっさいな~、ミドちんと違って休憩してないからキツイんだって」

「じゃあボールを持てばオレに回せばいい。そうすればお前は楽に勝てるのだよ」

「別に限界とか言ってないんだけど?」

(不味いな……)

 

 黒子の暗躍で精神的にゆとりが生まれたが、肉体疲労が回復したわけではない。

 休憩(インターバル)を挟んだことで区切りがつき、勢いが止まればその瞬間に体を襲う。

 

「さて、どうするか……」

「赤司」

 

 白河が赤司を呼ぶ。

 普段このようなタイミングで口を開くタイプではなく、物珍しそうに白河に視線を送る。

 

「俺にボール集めてくれ」

「……へぇ」

 

 少し瞳孔が開くが、想定できなかったわけではない。

 ディフェンスでの実績は十分。それで足りないというのなら、オフェンスに活路を見出すのは自然な流れだ。

 

「今までオフェンスに積極的な姿勢は見れなかったけど、どういうつもりかな」

「別に。俺が一軍にいるべきだって示すだけだ」

「自分のためだと?」

「俺に黒子の(あんな)バスケはできない。それだけだ」

「……いいだろう」

 

 その言葉を聞いて、ディフェンスのために構える。

 再開後、原西はリードを許しても焦らずにボールと人を動かして隙を伺う。

 

(相手は焦ってるはずだ。だからこそじっくり……)

「気ぃ抜くなよ」

 

 原西のPG(ポイントカード)がそう考えたとき、ボールが手から離れる。

 白河が奪ったボールはコートを転がり緑間から赤司に渡る。

 

「なっ……戻れっ!」

 

 素早くゾーンを形成するために原西の選手が必死に戻る。

 赤司は急ぐことなく、白河にボールを渡す。

 

「さてと……」

 

 まだゾーンができていない。

 ボールを持っている白河に一人反応する。

 1on1で来ることはない、少ない白河の情報を集めていた原西のディフェンスはそう考えていた。

 

「いーのかよ、それで」

「あ?」

「ワクは、強えぞ?」

 

 それが過ちであると、すぐに思い知ることになる。

 ボールを持った右腕を大きく振り上げ、前傾姿勢に移りながら加速する。

 

(えっ……遠くね?)

 

 

 長い腕を生かしたクロスオーバー。

 青峰のようなキレや速度はないが、目で追えてしまうため錯覚する。

 想像よりも白河が距離をとっていることに気付けない。

 

 思わず白河のジャージを掴んででも止めようとするが、ドリブルで突破して容易にゾーンディフェンスの内側に侵入。

 ディフェンスが寄せきる前にミドルシュートを沈める。

 

「なんだ今の……!?」

「速くはねぇんだ! なのに、気が付いたらめっちゃ離れてて……!」

 

 続く原西のオフェンスでは、タフショットを打たせ、リバウンドは紫原が確保。

 今度はゾーンをしっかり形成しているが、それでも赤司は白河にボールを渡す。

 ドリブルしながら機を伺い、状況を確認する。

 

 相手がドリブルをしっかり警戒しているので、プルアップスリーを選択。

 反応が遅れ、さらに3点を追加する。

 長い腕を生かしたシュートフォームは、触れることすらさせない。

 元々の腕の長さ《ウィングスパン》に加え、まるで無理やりに打点を上げたようにも見えるフォーム。

 しかし、長い指を使って力を上手く伝達することで、タッチを改善した。

 

(こいつ、跳んでねぇのに打点高ぇ!)

 

 その後の攻撃でなんとか2点を返す原西。

 即座に攻守を切り替え、白河がボールを受け取った瞬間にリングを見据える。

 スリーを警戒したディフェンスの足が止まると、ドリブルで置き去りにする。

 

「止めろ! こいつにこれ以上やらせるなっ!!」

 

 ヘルプが二人、白河に対応する。

 正面の進路を塞ぐが迷うことなくミドルジャンパーを放つ。

 プレッシャーを十分かけたタフショットにも関わらず、白河は涼しい顔のまま。

 ボールの軌道を見ながら、ふと頭に浮かぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

(いつからだっけ。俺は天才(大輝)とは違うって感じたのは)

 

 

(それでも良かった。バスケができるだけ、恵まれてる)

 

 

キセキの世代(こいつら)には敵わない。そう思った)

 

 

得意なこと(ディフェンス)をやれば、こいつらとバスケができる)

 

 

(それで良かった。味わったことのない勝利が、心地よかった)

 

 

(今のままじゃ 俺はもう一軍に居られない……)

 

 

(楽しいバスケができなくなる)

 

 

(嫌だ)

 

 

(黒子のような覚悟も信念もない)

 

 

(どうする?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お前がやりてーようにやればいい!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ああ、そうするわ」

 

 帝光が2点を加える。

 42-59。点差は開く一方、すべて白河の得点で。

 第3Qは理解が及ばなかった。だから諦めもついたが、今回はそうもいかない。

 

 

「聞いてないぞ。あいつがこんなに攻めれるなんて!」

「おい、馬鹿っ!!」

 

 焦ってリスタートを急ぐが、パスターゲットが白河の守備範囲に入っている。

 容易くスティールしてみせ、シュートモーションに入る。

 

「クソがっ!」

 

 ミスを取り返そうと高い打点に向かってブロックに跳びつく。

 

「フェイクだよ、バカが」

 

 ボールを掴み直し、モーションをキャンセルして、無人のゴールへ。

 

「ぶち込め! ワク!!」

 

 青峰の声に後押しされ、両手で力強くダンクを叩き込む。

 リングが歪むことで生じる金属音を歓声が描き消し、原西のベンチは戦意を喪失した。

 点差も大きく開き、勝敗は決した。

 

 

 この日誰かが言った

 後に帝光を語る時に必ず囁かれる奇妙な噂

 

 “帝光には幻の6人目(シックスマン)”がいると

 

 

 そして 周りの天才達にも引けを取らずに試合終盤を支配する

 

 引導を渡す者(クローザー)の存在も同時に語られる

 

 




次は交流戦後のお話をパパっと書こうかなって思ってます。
そうなれば2年生になり、ヤツがバスケ部に来ますね
最後に展開についてアンケートあるので御協力お願い致します

それでは


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第25Q  覚悟

 帝光はあの後も勝ち続け、結果として交流戦を全勝で終えた。

 常に勝つことのみを目指す彼らにとっては当たり前のことだが、いつもより収穫の多いものだった。

 まだ体力に不安のある一年だけで戦い抜いたことは彼らの自信にもなっただろう。

 

 また、チームとしても新しい戦力(オプション)が増えたことは喜ばしい。

 これ以降もまだ練習試合で経験や連携を深めることも大切だが、いずれ二人は正式にユニフォームを着ることになるだろう。

 

「え? ……ボクまだユニフォームもらえてなかったんですか?」

 

 それをわかっていない者が1人。

 練習前に集まっていた赤司は目を細め、青峰も表情が消えた。少し離れた位置から緑間も、眼鏡でよく見えないが呆れていることは確かだ。紫原はお菓子に夢中。

 

「あいたっ」

 

 青峰が笑顔を顔に張り付けたまま黒子の頭頂部に手刀を浴びせる。

 かなり痛かったのか、殴られた箇所を抑え、涙目になっている。

 

「そうか、すまない。黒子には伝えていなかったね」

 

 交流戦には制限を設け、今回はそれが一年のみで戦うことだったこと。

 ユニフォームを着ることができたのがそういった背景があったことを伝える。

 

「テツって何気にいい性格してるよな」

「とはいえ、実力を見せることはできたし結果コーチからは何も言われなかった。とりあえず一軍として認められたと思っていいよ」

 

 交流戦から2週間が経ったが、黒子や白河は引き続き一軍に籍を置いていた。

 以前から練習に参加していた白河はともかく、黒子はようやく練習に最低限ついていけるようになったくらい。

 それでもここに居るのは、努力の末に与えられた機会(チャンス)を掴み取ったからである。

 

 その時、体育館の扉が開いた。

 練習メニューを聞いた虹村が来るのはいつもこれくらいのタイミングだ。

 だが、現れたのは白河だった。それも練習着姿ではなく、制服で。

 

「何しに来たんだよ、ワク」

「今日病院行くって虹村さんに言ってないからさ。居る?」

「まだ来てねーぞ」

「マジか、時間無いのに」

「オレから言っておくよ。これでも副主将だからね」

「じゃ、頼むわ赤司」

 

 そう言って、白河はその場を後にする。

 

「白河君、今日は病院でしたっけ」

「ああ、いつまでもイップスを放置できないからね」

 

 再び、体育館の扉が開くと、虹村が現れる。

 

「全員いるな? 練習始めるぞ!!」

 

 虹村の号令で、部員が一か所に集まり、ランニングで今日も始める。

 

「っし、行くぞテツ」

「……はい!」

 

 

 二人も列に加わる。

 二年連続の全中制覇のため、休む暇などない。

 各自が成長を遂げ、勝利を目指す。

 

 そのために、あえて立ち止まる者もいる。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

「……なぁ」

「ん?」

「なんでいるん?」

 

 場面は電車内に変わる。

 白河は見慣れた景色に、桃色の髪が入り込んでくることに不服だった。

 

「付き添いだけど」

「お前今日休みだろ。なんでわざわざ……」

 

 交流戦で結果を残したことで、降格を免れ白河は一軍に必要な戦力だと判断された。

 とはいえ、手放しで喜べる状況ではない、イップスというリスクが残っている。

 それを改善するため、週に2回白金の知り合いが務めている郊外の病院でカウンセリングを受けている。

 

 イップスに即効性のある治療法はない。

 捻ったりぶつけたりすれば、患部が熱をもって腫れ上がったり変色したりという具合に、目に見えて症状がわかる。故に適切な治療法があり、結果痛みや違和感がなくなり、改善していることを身をもって把握できる。

 

 ただ、精神的なものであればそうもいかない。

 地道な治療が必要になるため、専門家の力を借りようというところだ。

 なぜか桃井も居るが。

 

「どーせ終わったらバスケして帰るつもりだったんでしょ?」

「……いや?」

「病院行くだけでこの荷物は要らないよね?」

「いーだろ別に。練習してないんだからその分」

 

 

 イップスの厄介なところは今までは何も考えずできていた当たり前の動作ができなくなってしまうことにある。そして、それ以外に具体的な症状が現れないことだ。

 白河の場合リバウンドの際に衝突して負傷したことがきっかけとなっている。

 以降、リバウンドで競ることやブロックに跳んだりゴール下での空中戦に抵抗を示すようになった。

 

 ただ、1人でバスケをする分には問題ない。

 怪我もとっくに癒えているので、目を離せばいつまでも練習を続けてしまう。

 

「この前それでうちのお母さんに連絡あったんだからね、『惑忠が帰ってこない』って」

「それは……ごめん」

 

 普段滅多なことでは怒らない白河母に雷を落とされたことをはっきり覚えている。

 それゆえ、頼まれたわけではないが、監視役も兼ねて桃井もついてきたということだ。

 ちなみに、マネージャーはシフト制となっている。今日桃井はオフだ。

 

「でも、よかったね。一軍に残れて」

「とりあえずな。なんとかなったわ」

「見たかったなー。白河君、ダンクしたんでしょ」

「いけそうな気がして、跳んだら届いたな」

「あれから青峰君、張り合って練習中にダンク狙ってるよね」

「昨日ミスしまくって虹村さんにヤキ入れられてたな……」

 

 安定してダンクをできるのは帝光のなかでも紫原くらいだろうか。

 人種にかかわらず、この年で地上から3メートルの高さのフープに叩き込める人物などそういない。

 あの時はできたが、白河もまだ安定して跳ぶことはできない。

 

「それよりも、白河君が積極的にシュート打ってたのが信じられないんだけど。何があったの?」

「え、別に。黒子と大輝に背中押されただけだ」

「……あの影の薄い子?」

「そう」

 

 まだプレーを見たことのない桃井は、幼馴染二人がここまで黒子を信頼している理由がまだわからない。

 

「あの子も一軍残るんだもんね~」

「チームが必要だって決めたんだ。事実、黒子のバスケはあいつ以外誰もできねぇ。でもあいつがそれを望んだわけじゃない、赤司の助言を受けて、自分ができることを突き詰めてあの(スタイル)にたどり着いた」

「赤司君が……?」

「どこまで考えてたかはわからねぇけど。降りるぞ」

 

 病院の最寄り駅に到着し、二人は電車を降りる。

 最寄りと言ってあも少し歩かないといけない。

 改札を出てまっすぐ道を進む。

 

「俺はあんなことはできない。でも俺はあいつと違ってバスケの才能はある、大輝みたいなやつらと比べると劣るが」

「なんでそこはいつも卑屈になっちゃうのかな~」

「事実だろ」

「悪い癖だよ、それ」

 

 信号が赤に変わったため、それに従って足を止める。

 

「でもあれだ、チームのために自分の存在が認知できないくらい自分を殺すのって結構ツラいんだよな。元々影が薄かったけど、それを使って選手としての本能を抑え込む覚悟って相当なんだよ」

「選手としての本能?」

「わかりやすいのが点を取る……かな。一番目立つし称賛を浴びやすい、それは黒子がもう味わえない感覚なんだよ」

 

 信号が変わり、青になったのを確認して道路を横断する。

 

「チームのためにそこまで犠牲にできる覚悟が俺にはなかった。

 だからやりたいようにやったんだよ。全部守って全部攻めた、それだけだ」

「ふーん……」

「なんだよ」

「楽しそうだなって」

「……まあ、楽しかったな」

「イップス治したらもっと楽しいんじゃない?」

「お前、さっきバスケさせないために来たって」

「オーバーワークしてほしくないだけっ。私は二人が楽しくバスケしてるところが見たい」

「……もうちょい待ってな」

「焦ったらダメだよ」

「はいはい」

 

 病院が見え、院内へ入る。

 受付の職員とはもう顔なじみだ、白河の顔を見るとすぐに担当のもとに走っていった。

 

「どうする? 1時間くらいかかるぞ」

「見ていいんだったら横で見てるよ」

「暇じゃねそれ」

「そんなことないよ? ワッくんが努力してる姿見るの好きだし」

「変わってんな」

「普段涼しい顔でプレーしてるのに実は誰も見てない時にすごく頑張ってるもん、応援したくなっちゃう」

「……いつもありがとな」

「ふふっ、なにそれ」

 

 

 職員に呼ばれ、奥の部屋へ向かう。

 

 

 入学から10ヶ月が経とうとしているが、今の姿は思い描いた姿ではない。

 それでも、必死に努力を重ね今がある。

 

 

 ここから またバスケを楽しむ日が続く

 

 

 

 

 そう思っていた──────

 




ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
次回はアンケート通り日常編を書くので、投稿は2/14になります。

それでは


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第26Q 2月中旬

今回いつもよりちょい長めです
14に投稿しようと思ったけど我慢できんかった、当日の話じゃないしいいかな・・・


 珍しく、帝光バスケ部の練習がない土曜日。

 寒さが和らぎ始め、少しだけ過ごしやすくなったような日だった。

 

「……何時だ今」

 

 前触れもなく、白河は目覚める。

 休日ということもあり、枕元に置いてあるスマホにアラームはかけていない。

 それでも、いつも起きている時間に目が覚めてしまった。

 習慣というのは恐ろしいものである。

 

「どうすっかな」

 

 今日は特に予定がない。

 クラスにも少ないながら友人がいるが、互いに部活の休みが合わずプライベートで遊ぶことはない。

 バスケ部の同期であるキセキの世代も、幼馴染の青峰を除けば体育館の外での交流があまりない。

 これから予定が入る可能性は低いだろう。

 一応スマホのロックを解除してLANEを確認するが、緊急性のあるものはない。

 

「……寝るか」

 

 普段できないことをやってみるのも、休日の楽しみだ。二度寝を敢行する。

 枕の場所を整え、横にスマホを置く。

 乱れた掛布団を少し直して体全体をしっかり覆わせ、腕を後頭部に回して組んで枕と間に挟む。

 まだ眠気が残っているため、眼を閉じれば意識が落ちていく感覚がすぐにくる。

 それに体を委ね、再び眠りにつこうというその瞬間、着信音がなる。

 

「っ! ……いっった」

 

 完全に気を抜いていたたため、驚いて組んでいた腕を離してしまい、ヘッドボードに左手の甲を強打してしまう。

 若干の苛立ちと痛みを我慢しながらスマホを覗くと、もう一人の幼馴染からだった。

 二度寝の邪魔をされ負傷させられたことへの抗議として一度電話を切る。

 即座に電話がかかってきたので、今度も切る。

 もう一度着信が入ったので3回ほどコール音が鳴る間に体を起こしてから電話に出る。

 

『もうっ、なんで電話切るの!?』

「仕返し」

『なんの!? ……まあ、いっか。おはよう、白河君』

「ん、おはよ」

 

 最初は頬を膨らませて起こる姿を浮かべたが、機嫌は悪くなさそうだ。

 

『オフだったけどやっぱり白河君なら起きてるよね』

「だからといってこんな時間にどうした。まだ6時だぞ」

『ちょっとお願いがあるんだけど、手伝って欲しくて』

「買い物か?」

『うん、部活で必要なんだよね』

 

 

 部の備品管理やその買い出しもマネージャーの仕事だ。

 ボールや作戦ボードなどは長い付き合いのある業者に注文するが、水分補給のためのドリンクやそれを入れるボトル、応急処置用のガーゼや冷却スプレーといった医療器具は必要に応じてマネージャーが購入する。

 それらの購入だろうと検討をつけ、白河も二つ返事で了承する。

 

「わかった。付き合うわ」

『ありがとね、じゃあ駅前に11時集合ね!』

「おっけ。てか、それならなんでこんなはy

『じゃ、後でねっ!』

「……切りやがった」

 

 まだ時間にだいぶ余裕があるため、寝てしまおうかとも考えたが会話によって脳が目覚めている。

 

「……ちょっとだけ走るか」

 

 ベッドから抜け出し、眼をこすりながらクローゼットを開く。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 AM10:54。

 駅前の噴水で二人は落ち合った。

 

「ん、待ったか」

「ううん、大丈夫」

 

 白河がつく頃にはすでに桃井がベンチに腰掛けて待っていた。

 2月とはいえ、まだコートを手放せない寒さの中で待たせてしまったことを申し訳なく思うと同時に、桃井の右手にあるビニール袋を見つける。

 

「それなんだ?」

「これ? 足りなそうだったから買ったの、絆創膏と消毒液」

「……ん?」

 

 備品の購入の荷物持ちというのに既に購入している、しかもそれほど多くない。

 

「それ以外にまだあんのか?」

「うん、これはついでみたいなものだから」

「ドリンクの粉?」

「まだ余裕あるよ」

「ボトル?」

「予備が10本くらい」

「……ん?」

「え?」

 

 なぜ呼ばれたのだろうか。

 そんな疑問を桃井は悟ったようだ。

 

「そういうのじゃなくて、この時期ならではのものなの」

「……なんかあったっけ」

「うん、流石白河君」

「褒めてないよな?」

「もう少しバスケ以外にも関心持ったほうがいいと思うよ」

「……善処する」

 

 とりあえず行こっか、と歩き出そうとするが、白河が手を出す。

 

「ん?」

「寄越せ、持つ」

「ああ、別にこれくらいなら……」

「手持ち無沙汰なんだよ、そのために来たんだし」

「そういう気づかいはできるんだよね~。じゃあ、お願い」

 

 袋を受け取り、二人は並んで歩き始める。

 

「で、どこ行くんだ?」

「その前におなか減ったからご飯食べよ?」

「まだ11時だろ……」

「いや~朝ごはん食べてなくて」

「あんな時間に起きてたのに、なんでだ?」

「秘密~」

「なんだそりゃ」

 

 他愛のない話をしながら、二人はそのまま駅近くのショッピングモール地下の飲食店街に向かう。

 食べ放題やファミレスといった家族連れをターゲットにした店舗のほかに専門店や居酒屋にチェーン店など幅広く揃っている。

 

「まだ11時なのに結構人いるね」

「休日だから……にしても多いな」

 

 昼前にも関わらず大いに賑わっており、心なしかカップルが多いようにも見える。

 

「さっさとどっか入ろう」

「あそこでいいんじゃない?」

「まだ入れそうだな」

 

 幸いにも、まだ空席があるファミレスを見つけ入店。

 4人掛けのテーブル席に案内され、メニューから商品を選ぶ。

 互いに注文を終え、ドリンクバーでそれぞれ飲み物を持ってきたところで白河が切り出す。

 

「気になったんだけどさ……」

「なに?」

「いつからだっけ、俺と大輝の呼び方変えたの」

「あ~……全中終わったくらい、かな」

 

 今でも、青峰と白河は名前で呼び合っているのは変わらない。

 対して、桃井は全中前後の期間にあだ名から苗字呼びへ変わった。

 

「青峰君が全中で活躍したら、それしか見てない子が連絡先教えて~ってしつこくて。でも中には本気で狙ってる子もいるんだけど、その子の前で『大ちゃん』はまずいかなって」

「……ダメか?」

「ダメだと思うよ。ただの幼馴染なのに恋敵みたいに思われたくないし、色々いわれるし」

「そうゆうもんか。で、俺は?」

「似たような感じ、白河君割と人気あるよ」

「へぇ~」

「そんなんだから周りの好意に気付かないんだよ」

「別にいーや」

 

 一息つくためにコップを持って一口。

 久しぶりの炭酸飲料の甘味と刺激を味わう。

 

「一回くらい連絡取りあったりしたら?」

「大輝やさつきと違って文面だと何考えてるかわからん」

「それを考えるのも楽しみでしょ」

「わからんな……」

 

 前世(むかし)今世(いま)もバスケ馬鹿なので、そういったものに疎い。

 

「ま、明後日学校に行ったらわかるかもね」

「……? ま、いいや。結局周りが気になるから、ってことでいいのか?」

「そーだね」

「じゃあ、二人の時とかは前の呼び方でいいだろ」

「……そうして欲しいの?」

「むずがゆい」

「なにそれ」

「なんかやだ」

 

 机に伏せながら白河を見上げる桃井の顔に笑顔が浮かぶ。

 どれだけバスケが上手くなろうと、こんなところは変わらない。

 純粋で単純、桃井からすればすごく男の子だと感じる。

 

 その時、店員が注文したメニューを運んできた。

 テーブルに並ぶ品々が合計で英世3枚と少しの硬貨で済むのだから○○ゼは素晴らしい。

 フォークとナイフを手に取り、食べようとしたとき、桃井が空のコップを白河の手元にスライドさせる。

 

「……やだよ」

「まだ言ってないけど」

「あれだろ、期間限定のチェリースパークリング」

「さすが、じゃあ……」

「やだよ」

「だってもう来ちゃったから食べたいのに」

「俺もだけど」

「お願い」

「やだ」

「ワッくんお願い」

「お前、こうゆう時だけ……」

「ワッくんお願い(ウワメヅカイ)

「……はぁ」

 

 仕方なしにナイフとフォークを置き、自分のコップも空にして席を立った。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 ファミレスを出た二人はエスカレーターに乗って地下から4階へと向かう。

 この階は季節や行事によって販売しているものが変わるため、フロア全体でイベント会場のようになっている。

 ここが特に盛り上がっており、人の数も多い。男女比2:8といったところだろうか。

 

「あ、バレンタインか」

「正解。ほんとに気付いてなかったんだ」

「でも、バレンタインとバスケ関係なくね?」

「毎年マネージャーが配るんだって。だから数も多くなるし、ワッくんに来てもらったの」

 

 3年生は引退したが、残った部員だけでも70人近い。

 レギュラーと同じくらいチョコを欲する(個人差あり)部員のために、毎年チョコを渡しているらしい。

 二年生が袋詰めやメッセージカードの記入、一年生が必要なものの買い出しで分担している。

 

「よくやるわ、マジで……」

「本当は本命を渡すためのカモフラージュで始まったらしいけどね」

「そんな伝統の起源やだ」

 

 強豪バスケ部にも浮ついた伝統があるらしい。

 さて、思いのほか昼食に時間をかけてしまったせいでその場に留まっているわけにもいかない。

 カートの上下に買い物籠を載せてショッピングを始める。

 

「で、何買うんだ?」

「私はチョコ菓子担当だから、マー○○チョコとかチョコボ○○とか」

「個包装のがいいだろ」

「確かに、○○コパイは?」

「いいんじゃね。ト○ポは?」

「長いから詰めにくいかな~」

 

 そんな感じで二人はフロアを巡る。

 有名なものからモールオリジナルのリーズナブルなもの、この時期に焦点を合わせた期間限定商品など、普段あまりショッピングに乗り気でない白河も目を奪われるほど魅力的なものが多かった。

 

「結構いろいろあんな……」

「ね、最近は作らずにちょっといい値段のチョコ買って渡す子もいるらしいよ」

「さつきは買うのか?」

「私はいいや」

 

 フロア全体に商品を並べているため、なかなか回るのに時間がかかる。

 人の多さで自由に進めないこともあって思うように見て回れない。

 

「あ、これお父さんに買おうかな」

「酒入りのやつか。旨いのかこれ」

「お酒もチョコも好きだから大丈夫だよ」

「その理屈やめな?」

 

 バレンタインに出している商品のため不味いとは思えないが。

 なぜ彼女の料理の腕が上達しないのかがわかる。

 

「ワッくんそれ取れる?」

「余裕」

「ありがと~。ってか、また身長伸びた?」

「この前187だったかな」

「私も160になったんだけどな~」

「縮んだようにしか見えんけど……待ってごめん脛は勘弁」

 

 この時期には、成長期らしく身長が伸びる。

 バスケ部やバレー部は跳んでるから背が伸びるというのは迷信かもしれないが、キセキの世代も順調に成長していた。

 桃井も女性としては決して低いわけではないが、白河と並ぶとだいぶ小さく見える。

 

「もう少しだけ欲しいんだけどな」

「まだ伸びる可能性あるだろ」

「そうだといいんだけど」

 

 かなりの量を買い込み、ようやくレジの列に並ぶことができた。

 と言っても、ここからさらに15分ほどかかりそうだが。

 

「でも、バレンタイン終わったらすぐ3月か~」

「そんなすぐじゃないだろ」

「そんなことないよ、すぐだよすぐ。卒業式もあるし、その後は二年生だよ」

「もう一年経つのか」

「そうだよ」

 

 そうして、今一度桃井は白河を見上げる。

 

「ワッくんはどうだった? 帝光に入って」

「どうってもな……正直あんまりいい年じゃなかったよな」

「だよね~。ケガとイップス、災難にもほどがあるよ」

「5人の中で俺だけまだ全中知らねぇしな」

「今年は大丈夫、絶対に」

「絶対なんかねぇよ」

 

 スポーツに絶対などない。

 帝光だっていつの間にか来年急にキセキの世代がいなくなったり、思わぬ相手に敗北を喫することもあるだろう。

 

「でも、今度は大丈夫だよ」

「えらく自信ありげだな」

「勘だけどね」

「まあ、さつきの勘は信用できるからな」

「ホント?」

「料理の腕よりは」

「褒めてる? それ」

「おう」

「でも片方貶してるじゃん!」

 

 雑談をしながらも少しづつレジに近づいていく。

 

「大丈夫だよ。あれだけ頑張ってるんだもん。もうワッくんは報われてほしい」

「俺も、そう思う」

「青……大ちゃんとまた、笑顔でプレーするところみたいな」

「……ああ、任せろ」

 

 ようやく自分たちの順番が回り、会計を済ませ人がひしめき合う中で袋に商品を詰め込む。

 ビニール袋3つ分と、やはりそれなりの量になる。

 

「1個でいいの?」

「いいよ別に」

「ありがと、じゃ帰ろっか」

「おう」

 

 既に空は暗くなり始めていた。

 それに伴い、気温も下がってくる。

 二人はそのまままっすぐ帰路につくことにした。

 

 そのまま、これまでのように他愛のない話をした。

 桃井の家までは10分ほどなので、話していればあっという間だ。

 

「でも学校に持っていくならこのまま俺が持って帰ってもいいんじゃね?」

「明日うちに先輩が取りに来るらしいからうちでいいよ。作業してるとことは見てほしくないと思うし」

「おっけじゃ……」

「ストップ!」

 

 家に上がろうとする白河の行方を遮る。

 

「え、なんで?」

「玄関に置いたら外で待ってて」

「でも」

「いいから」

「……おう?」

 

 桃井に従って玄関にビニール袋を置き、追い出されるように玄関の前で待機。

 

「割と寒い……」

 

 待つこと10分。

 さっきまで駅前から歩いてきた時間と同じとは思えほど長く感じた。

 さすがにしびれを切らしそうになった時、扉が開いた。

 

「ごめんね、お待たせ」

「うん寒い」

「良くないなぁそれ」

「人を待たせたやつのセリフじゃなくね?」

「まあまあ……はい」

「ん?」

 

 背中に回していた右手を白河に差し出した。

 手には茶色の包装に包まれた長方形の箱。

 

「こんなの買ってたか?」

「買ってないよ、私が作ったもん」

「……マジ?」

「そう」

「……ありがと」

「ふふっ、今日付き合ってくれたお礼。あさって(当日)だと渡す間がないと思うから早めに」

「……なるほどな」

 

 白河の中で納得した。

 それを考えると、いつものようにからかうことは出来なかった。

 

「ありがとうな。わざわざ」

「幼馴染だもん、これくらいはね」

「……じゃ、寒いし帰るわ」

「うん、また明日ね」

 

 

 受け取った箱を抱え、どこか足早にその場を去った。

 その顔は桃井には見えていなかったが、ほんのり赤みを帯びていた。

 尤も、すぐに家に戻った桃井の耳も寒さ以外の理由で赤くなっていたが、互いにその気持ちを知るのはもう少し後────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※味はご想像にお任せします

 




次回キセキの世代揃います
二年生編へ


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黄瀬入部
第27Q  揃い踏み


二年生になりました
ちょっと文字数増えました


 帝光入学から二回目の春。

 新たに多くの新入部員を迎え、帝光バスケ部にもより活気が宿る。

 それは部員たちのモチベーションにもなり、代わり映えのない激しい競争の日々を送っていた。

 もっとも、今年は入部テストで一軍に振り分けられた選手はこの段階ではいなかったようだが。

 

 ゆえに二・三軍は大所帯になったものの、一軍は変わりなくそれでいて充実した日々を送っている。

 キセキの世代と呼ばれた彼らも二年生になり、バスケの実力はもちろん体格の成長もあいまってより凄みが増した印象を受ける。

 それを一番感じているのは彼ら自身と、毎日共にコートに立つ新三年生だろう。

 

 新主将としてチームを牽引する虹村は、二年生の頃に既に中学最強のPF(パワーフォワード)との呼び声高い選手でありそれは疑いようもなかった。

 ただ、本人はそれに関して気にする様子はなかった。

 元々言葉を多く紡ぐタイプではなく、周囲の評価に鈍感という側面はある。

 それ以上に、自身をしのぐ才能を持つ彼らの前でそう呼ばれることに違和感を持っていたからだ。

 いずれ彼らにコートを追われる予感を、ずっと持っていたという。

 

 

「やられたな」

「うっせぇ」

 

 現にこうして、同じポジションの青峰にしてやられる機会が増えた。

 思うところがないわけではない、だがそれ以上に彼らの才能に理解を示していたのも彼だった。

 

 その日の練習後、虹村の考えていたことが現実のものになる。

 

 

「白河惑忠、黒子テツヤ。二人には次の試合から正式にベンチ入りしてもらう。背番号はそれぞれ8番と15番」

 

 交流戦で評価を上げた二人はそれ以降の練習試合でも結果を残した。

 黒子は連携面を深め、誰にも模倣(マネ)できない自分の(スタイル)を磨き上げた。

 白河はイップス克服のための努力が実り、以前の献身性が戻りつつある。

 ユニフォームを与えられることになるのも、納得の理由だろう。

 

「二人とも、チームへの貢献を期待している。後で桃井にユニフォームのサイズを伝えておけ」

 

 これに誰よりも喜びの声を上げたのは青峰だった。

 近くにいた二人の肩に腕を伸ばし、自身に引き寄せる。

 だが、二人のリアクションは静かだった。

 

「……嬉しくねーのかよ? ワクはこんなに喜んでるのに」

「いえ、嬉しいんですけど……正直実感が湧かなくて」

 

 少し呆気に取られている黒子に赤司も声をかける。

 

「今度は正真正銘のレギュラーだ、おめでとう」

「まあ、いーんじゃない?」

「ああ、よかったな」

 

 最初は黒子に対して懐疑的だった緑間や紫原も、今は実力を認めている。

 練習試合を通して、黒子のパスから得点を取れることは身をもって体感したからだ。

 

「というか、白河君もボクと同じくらい静かじゃないですか」

「よく見ろ、ガッツポーズしてっから」

「せめて腕をあげてください」

 

 少々脱線してしまったが、真田はもう一つと付け加えて話を続ける。

 

「今までスタメンは現二・三年生をローテーションで使っていたが、これからは二年生を中心に起用する」

 

 選手起用の方針変換。

 理由は伝えず、その日の練習は解散となった。

 言わずもがな、最後の夏をバックアッパーとして迎えることになった三年生には動揺が走る。

 納得するはずもない、才能に彼らの努力は敵わないという判断だ。

 

「……虹村」

「ああ。わかってたこった、別に驚きはしねーよ」

 

 それでも、不満や憤りを表面に出さないのは虹村がこの事態を察していたことを同期であれば一度は聞いていたからだ。

 それによる理解なのか、諦めなのか、必要以上に騒ぎ立てることはなかった。

 

「あいつらが入ってきた日からこうなることは覚悟してた。それが今日だったってだけさ」

 

 そういって、虹村はいつもより静かな体育館を去る。

 

「……この先どうすべきかもな」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

「白河君!」

「ん?」

 

 放課後の教室、練習に行くために帰り支度を進めていた白河のもとを桃井が訪れる。

 

「はい、これ。注文してたユニフォーム」

「ありがと。……そいえばサイズ言ってたっけ」

「いや、聞いてないけど知ってたから。一応帰ってから確認してね」

「ま、さつきなら大丈夫だろ」

 

 受け取ったユニフォームを見つめる。

 新品なので当然綺麗なのだが、それ以上に輝いて見えたのは苦労して手に入れたためか。

 喜びが表情に漏れた後、大事そうにカバンの中に仕舞った。

 

「でね、さっき黒子君にもユニフォーム渡してきたんだけど、後ろから話しかけられてビックリしちゃったんだけど……」

「あれ、本人に悪気ないし影薄すぎて厄介なんだよな」

 

 実際、この黒子テロは少しばかり部内でも手を焼いているのだとか。

 これを事前にある程度反応できるのは赤司くらいで、その他全員が心臓にダメージを受けることになる。

 虹村にも一度ヤキを入れられたが、本人にも対処できないので『ボクにどうしろと……』と嘆いていたらしい。

 

「本当にあの人がワッくんと一緒に6人目(シックスマン)なの?」

「そうだぞ」

「えぇ……何回聞いても信じられない」

「あーそれはそうか……」

 

 桃井はまだ黒子が試合に出ているところを見たことがない。

 初めて一軍に参加したときには吐瀉物を処理したこともあり、今も練習では情けない姿を多く目撃している。

 レイアップを緑間に怒鳴られたり、紫原に頭を掴まれてヒネリ潰されそうになっている姿が桃井の知る黒子だ。このような疑念を抱くのは致し方ない。

 白河や青峰からは評価が高いが、実際にこの目で見てみないと納得しない。

 

「すぐわかるって、さつきも」

「ふ~ん。あ、それともう一つ連絡事項があって」

「……なんかあったけ?」

「今日一人一軍に昇格する子がいるのは知ってる?」

「あ、それか」

 

 聞けば、入部するまで一度もバスケは経験がなかったという。

 初心者が入部することは少ないながらあるが、大体は1ヶ月の間に練習の厳しさに耐えられずにチームを去る。仮に3年間残り続けることができても、レギュラーにまで登り詰めるケースは長い帝光の歴史の中でも数えられるほどしかないという。

 それを加味すれば、2()()()で一軍に昇格したのは異例の事態とも言える。

 

「だから一応教育係を黒子君にお願いしたんだけど……」

「ああ、みなまで言うな」

「不安だから、ワッくんも黒子君のこと手伝ってあげてね?」

「できる範囲でな。で、名前なんだっけ」

「黄瀬涼太君だって」

「ありがと。じゃ、先行くわ」

「ん、あとでね」

 

 そう言って一足先に教室を後にする。

 一軍には一年生がいないため、二年生が練習の準備をする。

 ドリンクやビブスはマネージャーの仕事の範囲だが、コートの掃除や得点板などの用意は部員の仕事だ。

 

 白河を見送った後、桃井の肩を掴む女子生徒が。

 いつも仲良くしている良き友人だ。

 そしていくつになっても女性は恋やその予兆に敏感である。

 

 

「さつき~白河君と最近よさげだったりする?」

「えっなにが?」

「いいって~幼馴染だから、っていうのは聞き飽きたからね」

 

 彼女は桃井と二年間同じクラスで、それぞれマネージャー業に忙しい時間の合間を縫って親睦を深めていた。

 それこそ、多少の変化にはすぐ気づけるくらいに。

 

「一時苗字呼びだったのに、またワッくんって呼んでんじゃん」

「うそ、言ってた?」

「自覚なかったんだ……」

 

 少々呆れながらも、気になったことを聞く。

 

「で、なにかあった? 距離感はいつも通りだけど、なんか前とは雰囲気違うし」

「んー、ワッ……白河君がイップスだったのは知ってるでしょ?」

「うん、ウチに相談してきたじゃん」

「それが治ってきたからじゃないかな。確かに前より笑ってくれるようになったけど」

「ごめん全然わかんない。えっさっきも?」

「うん」

「えぇ……」

 

 黒子ほどではないが、白河も表情筋のトレーニングは行っていないようだ。

 その微々たる差がなぜわかるのか。

 

「ま、ウチはさつきのこと応援してるからっ!」

「う、うん……?」

「これ使えばあの仏頂面も歪みそうだけどね」

「ちょっ……!!」

 

 そう言って桃井の肩に回していた両手を下げ、脇の下から豊かなそれを支えるように掴む。

 彼女も自分のモノには自信があったが、桃井には敵わない。

 

「あれ、さつき……あんたまた?」

「離してよ!?」

 

 

 周囲でその様子を見ていた男子生徒はしばらく動けなかったという。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「……あれか」

 

 白河が体育館に来ると、チームメイトが円を作って誰を囲っていて、その中心にいる金髪の少年が黄瀬涼太だということはわかった。

 なにやら青峰と話し込んでいる。

 

「あんたとバスケしたくて入ったんスからねバスケ部! 青峰っち、これからよろしくっス!」

「ち……? ああ、まあよろしくな黄瀬クン」

 

 あの青峰が押されている。

 黄瀬は青峰を知っているようだが、青峰はそうではないようだ。

 

「大輝、そいつと知り合い?」

「……いや?」

「ひどいっス! 前ボール拾ってあげたじゃないっスか!」

「そんなん日常茶飯事だからな」

 

 本当に心当たりがないようだ。

 ただ、そんな一瞬を見て黄瀬は入部を決めたのだという。

 

 

(傍目で見るとカッコよく見えるわな)

「あと、こいつにも挨拶しとけよお前の教育係だ」

「……へ?」

「大輝、最初はわかんねぇって」

「あー……ほら、お前のすぐ横だよ」

 

 青峰が指さす方向を見ると……

 

「初めまして、黒子テツヤです」

「…………」

 

 一瞬の沈黙の後、脳の処理が追いついた黄瀬はみっともない叫び声を上げる。

 

「うんぎゃあ!? 誰だアンタ!? いつからそこに……!?」

「黒子テツヤです少し前からいました」

「そんで……え? 教育係!?」

「はい、よろしくお願いします黄瀬君」

「…………カゲうっすぅ」

「絞りだしたな」

 

 他にも言いたげだが、青峰が驚きの追い打ちをかける。

 

「ちゃんということ聞けよ! そんなんでもうちのレギュラーだからな!」

「れぎゅ……!?」

 

 この反応が通常なんだろうが、帝光バスケ部はもう慣れてしまった。

 さて、少々醜態を晒した黄瀬だが、その才能は本物だった。

 一軍の中でも堂々とプレーしており、虹村や青峰も感嘆の声を漏らす。

 

「始めて2週間とは思えないのだよ」

「どっかの誰かさんとは大違いだね~」

「ほっといてください」

 

 時折経験のなさがでたり、青峰に対してムキになるところはあるが感触は良好といえる。

 そのまま滞りなく練習を終え、解散する。

 黒子は黄瀬の元に赴き、教育係としての責務をはたそうとする。

 

「黄瀬くん、片づけについてですが用具室は……」

「びっくりしたっ! ……あ、ちょっといいスか?」

「?」

「教育係違う人(チェンジ)で」

「え」

「いうこと聞けって言ったろ」

「あいたっ!」

 

 青峰がボールを黄瀬の後頭部にぶつける。

 その箇所を抑えながら、青峰に不満をぶつける。

 

「いやっス! 自分よりショボいやつに教わるとか無理っス!」

「テツはショボくねーんだって」

「じゃあ今日の練習中なんかスゲェとこあったんスか!?」

「そりゃお前……ねぇな!」

「青峰君?」

 

 どこかの熱血漢PG(ポイントガード)に説教と飛び蹴りをお願いしたいが、黄瀬の言い分もわかる。

 憧れの青峰が所属する一軍にまさかこんな選手がいるとは思わなかったのだろう。

 そんな選手が教育係とくればその反発にも理解は及ぶ。

 

「どうしましょう」

「いや、お前なんだけど原因」

 

 白河に助けを求めるが、そう簡単にいい案が思いつくわけもない。

 教育係を変える手もあるが、そう簡単に我儘を通すわけにはいかない。

 

「そういえば、白河君は教育係(ボク)のお手伝いをしてくれるんですよね」

「できる範囲だぞ」

「大丈夫です。白河君が得意なことで、黄瀬君が納得してくれそうな考えがあります」

「へぇ、どうすんだ」

「一緒に来てください」

 

 黒子に連れられ、まだ青峰と言い合いをしている黄瀬のもとへ。

 

「黄瀬君、ちょっといいですか」

「なんスか、もう」

「白河君です」

「……知ってるっす」

「彼は教育係補佐です」

「それで?」

「白河君が君に勝ったら、ボクの言うことを聞いてください」

 

 

 

 

 

 

「「は?」」



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第28Q  対黄瀬①

使うかわからない独自設定

キセキ+黒白桃の二年生時の身長

赤司:168
緑間:188
黄瀬:185
青峰:186
紫原:201
黒子:163
白河:187
桃井:158


「では、ルールの方を……」

「ちょっ、待つっス! どういうことスか!?」

「そのままの意味です。教育係補佐の白河君と1on1をして、負けたらボクの言うことを聞いてください」

 

 突然提案された黄瀬と白河の1on1。

 だがこれは黄瀬の言い分に従ったものだ。

 黄瀬は『自分よりバスケが下手なやつに教わりたくない』というものである。

 強さを知っている青峰には好意的な姿勢を見せているところを見ればそのスタンスであることはわかる。

 その理由は黄瀬の才能故なのだが。

 

「なんでそこで白河が出てくるんすか! あんたじゃないの!?」

「ボクが戦っても勝負になりませんので」

「確かに、テツ単体じゃぜってー無理だ」

「あ、そっち?」

「ええ、なので代理ということで。それに……」

 

 黄瀬に近づき、彼の眼を見上げる。

 

「スタメンを目指すなら、同じポジションの白河君に勝てないと駄目ですよ」

「……へぇ?」

 

 視線を白河に移し、雰囲気を変える。

 これまで才能があるがゆえに誰よりもすぐ上手くなってしまう自分が勝てないという相手がもう一人いる。

 それが、黄瀬の闘志に火をつける。

 

「いいっスよ。じゃあオレが勝ったら、青峰っちが教育係になってくださいっス」

「はぁ!? だるおまっ」

「わかりました」

「おいっ!? ……負けんなよワク!」

「後はお願いします」

「……ま、いっか」

 

 振り回された結果ではあるが、後に引けないので了承することにした。

 それに、今の黄瀬の実力を感じることのできる機会と思えば悪い話ではない。

 

「……止めなくていいのか」

「ああ、必要ない」

 

 遠目から見ていた赤司も、黒子の決定に異論はないらしい。

 

「今はまだ白河の方が格上だ。負けることはないだろう」

「……今は、か」

「あとで結果を教えてくれ」

「帰るのか?」

「いや、すぐ戻る……」

 

 

 

 

 

 1on1のルールはシンプルに10点先取。

 じゃんけんに勝った白河が先攻を取り、リング正面で対峙する。

 見様見真似の構えだが、素人感はすでに感じられない。

 

(すでに雰囲気あるな……)

 

 持っていたボールを床に弾ませ、ドリブルを始める。

 白河はまだ相手の様子を見ており、黄瀬も動かない。

 

「どっちが勝つと思いますか、青峰君」

「ワクだろ。黄瀬もセンスあるっつってもまだ2週間しかバスケしてねーんだからよ」

 

 ここまでバスケに打ち込んできた時間が違う。

 ここまでバスケで得てきた経験が違う。

 ここまでバスケで重ねてきた努力が違う。

 それを考えれば、青峰の予想はこの1on1を見ている者の総意だろう。

 

「けど、黄瀬が絶対に勝てないとは言えねーんだよな」

「はい、そんな気がします」

 

 白河がドライブを仕掛ける。

 だが、単調なリズムを刻むそれは黄瀬が反応してコースを防ぐ。

 

「そんなドリブルじゃ、オレは抜けねぇっスよ!」

 

 身体能力で言えば二人の間に大きな差はない。

 経験不足を持ち前の反応速度とセンスで補い、ボールは黄瀬の手の届く範囲にある。

 体を入れて手を伸ばし、奪取にかかる。

 

(もらった!)

 

 だが、黄瀬の腕がボールに触れることはなかった。

 先ほどまでボールがあった空間に手を伸ばしているのに、冷たくて固い革の感触がない。

 

(あれ……なんか、遠くね?)

 

 黄瀬は白河の腕の長さ(ウイングスパン)を見誤った。

 自身とさほど身長が変わらないが、2メートルを超えた紫原とさほど変わらないそれを目いっぱい伸ばされれば、届くはずもない。

 実際に対峙することで、嫌と言うほど思い知ることになる。

 

 スティールを誘われたことで体勢が崩れた黄瀬を、白河特有のクロスオーバーで一気に抜き去る。

 青峰と比べればキレはなくリズムは単調、代わりに腕の長さ(ウイングスパン)を最大限に活かしてボールを大きく動かすことで相手を揺さぶりズレを作る。

 黄瀬は転倒しようとするのを防いで床に手を付き、その間に白河は悠々とダンクを決める。

 

「やっべ、長すぎでしょ」

 

 立ち上がった黄瀬は笑っている。

 たかが一点という余裕なのか、爽やかさが悪い意味で残っている。

 一切それには反応を見せず、白河はボールを回収してオフェンスの開始位置へ。

 ポジションにつくと流石に黄瀬の顔にも集中が戻る。

 

(ほんっとなんつー長さしてんだこの腕……)

 

 右脚を軸にピポットを踏み、ボールを体の中心の真下にボールの位置を維持し続ける。

 それに合わせて黄瀬も細かく足の位置を調整する。

 脳裏に過ぎるのは、先ほどのクロスオーバー。

 

(ポジショニングちょっとでもミスったら抜かれる……)

 

 無意識に、僅かながら後ずさる。

 それを見逃さず、白河がシュートモーションに入る。

 

「やべっ!」

 

 慌てて黄瀬がシュートチェックのために手を伸ばすが、意表を突かれたためにブロックには跳べない。

 そしてここでもリーチの差によって守備側のアクションは無効化される。

 高い打点から放たれたミドルショットは綺麗な放物線を描いてリングを潜る。

 

「黄瀬の奴、警戒し過ぎて変に下がったな。あれだけ空けたら今のワクならよゆーで決めらぁ」

 

 観戦する青峰の言う通り、自分で隙を与えたことでスコアは4-0。

 相手のシュートを止めないとオフェンスに転じる事が出来ないため、そろそろ黄瀬としては守り切りたいところ。

 先ほどよりも距離を詰め、ドライブコースを誘導するかのように構える。

 

「悪くねーな」

「でも、()()()は……」

 

 あえてその誘導に乗り、白河は黄瀬が誘い込む場所へ直線にドライブ。

 ゴール下への侵入は防がれ、ベースライン際で黄瀬に背を向ける。

 ポストプレーでリズムを作り直すかのように見えたが、黄瀬の第六感が白河の選択を察知する。

 

(押し込んでは来ない、ここは……!)

 

ベースライン(あそこ)はワクが得意なエリアだ」

 

 ターンで再びリングを正面に捉えた白河がシュートモーションに移るのと同時に距離を詰めてブロックに跳ぶ。

 反応してくると思っていなかった白河の瞳孔が開く。

 

「これ以上はもうやらせねーっスよ!」

「……!」

 

 流石にここまで完璧に反応されてしまってはリーチの差も埋められてしまう。

 ここからモーションを止めればトラベリングを取られ、かと言ってこのまま打てば捕まる。

 チェックメイト……かのように思えたが

 

「え……」

 

 黄瀬は自分の眼に映った光景が信じられなかった。

 白河の手を離れようとしたボールが小刻みに震えている、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ためだ。

 

「悪いな、もう一回打てるんだわ

 

 長い腕を器用に折りたたみ、腕のみの力で放たれたそれは黄瀬の指先を超えて放物線を描いた。

 体を伸ばし切った黄瀬はボールの行方を見届けることしか叶わず────

 

「……マジっスか?」

 

 ────リングを回りながら、ゆっくりとネットに巻き付くように通過したボールが、コートに力なく跳ねた。

 

「いつ見ても、エゲツないですね」

ダブルポンプな。あんなもん止めようがねーだろ」

「青峰君でも?」

「オレは跳ぶ前にボール叩く」

「跳ばれたら無理なんですね」

 

 着地してからも黄瀬はボールを見続けていたが、白河に呼ばれて我に帰る。

 

「ボール、取ってくれ」

「……」

「おい……?」

「……今の、入るんスか?」

 

 そう言って振り返った黄瀬の顔は、()()()()()

 先程までのものとは違い、普段の爽やかさは消えていた。

 勝負を楽しむ純粋な笑顔の中には、隠しきれていない闘争心を孕んでいた。

 

「……これっスよ。オレが求めていたものは」

「……」

「青峰っちのプレーを始めてみた時のような、この感覚……! アンタとの1on1で思い出すとは思わなかったスよ、()()()()

「……口より足動かせ。このままストレートで終わらすぞ」

「いやー、それは勘弁してほしいっス。それに、一つだけ青峰っちの時とは違う感覚があるっス」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アンタの技は模倣(コピー)できる気がするんスよね…………!!」

 

 

 




基本3000文字くらいで書こうと思ってるけど、短いor長いっていうのあれば言っていただけると参考になるのでお願いします


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第29Q  対黄瀬②

 4度目の白河のオフェンス。

 ここで点を取ることができれば、リーチをかけストレート勝ちも見えてくる。

 双方にプレッシャーがかかる場面だが、黄瀬が適応力の高さを見せる。

 

 ミドルレンジのシュートに反応できる間合いに居るため、ドライブへの反応が遅れれば、易々とインサイドへの侵入を許すだろう。

 ただ、集中力が増してきている黄瀬の不意を突くことは難しそうに思える。

 

(アドバイスしっかり聞き入れてやがる)

 

 先ほどよりも足を動かし、良い体勢を維持している。

 多少揺さぶりを入れても最低限の動きで反応して隙を与えることはない。

 足を動かせ、とその場の雰囲気で言った言葉ではあるが実際に黄瀬はまだボールに視線が釣られて足を動かせていなかった。

 それを、たった一言の助言で白河が苦戦するほどに自分の動きに取り入れている。

 この吸収力と再現力の高さが、黄瀬が天才と呼ばれる所以と言える。

 

 細かいハンドリングでは崩せない。

 小細工を嫌った白河は、再び大きく腕を伸ばした。

 

(マジでこの振り幅エグイっスね。こんなん分かってても止めれねーわ)

 

 一か八か、ボールを弾くことが出来れば止めることはできる。

 ただ、それを察知されて強引なプレーキャンセルで躱されるリスクを黄瀬は捨てきれなかった。

 

(集中しろ、青峰っちみたいなキレはない。スピードならオレに分がある!)

 

 ボールではなく、白河全体をその眼に捉える。

 視界の左下に消えようというタイミングで、黄瀬の体が反応。

 振りちぎられることなく、白河にゴール下へのドライブを許さないポジティブの位置を取る。

 

「!」

 

 黄瀬はクロスオーバー終わりの次の動作に移る前の一瞬の硬直で体勢を立て直す。

 ドライブが不可能と判断した白河は少し体が流れた状態でシュートを放つ。

 黄瀬の手は届きはしないが、白河にしっかりとプレッシャーを与えていたことでボールはリングに嫌われ、得点の阻止に初めて成功した。

 

「よっしゃー! どうっスか青峰っち!」

「一回止めたくらいではしゃいでんじゃねーよ。お前のオフェンスだろ、ボール取ってこい」

「了解っス!」

 

 見物していた青峰の方へ振り返り、まるで子供のように喜びながらボールの元へ走っていった。

 その様子に呆れながらも、白河の表情は変わらない。

 元々彼の本領はディフェンス(こっち)だ。

 

「黄瀬君、白河君から点取れますかね」

「さぁな。ふつーは無理だろ。でも、あいつは普通(そう)じゃねーみてぇだからな」

 

 

 

 

 黄瀬がボールを回収して戻ると、白河は既に待ち構えていた。

 

 

「やっと攻められるっスよ~。白河っち強いっスね!」

「当たり前だろ、何年バスケしてると思ってんだ」

「確かに。でもオレにはあんま関係ないけど……」

 

 そう言って、ドリブルを始める黄瀬。

 白河はいつものように相手との間合いを大きくとって構える。

 他の選手が同じことをしても外のシュートを打たせてしまうだけだが、白河であれば止めることが出来る。

 それを悟ったのか、或いは既に次の行動を決めていたのか、黄瀬はドライブを仕掛ける。

 

 伸びてくる腕が届かない位置にボールを置きながらゴール下への侵入を試みる。

 体で受け止めながら、自分の間合い(テリトリー)に入ってきたボールを掻っ攫おうと腕を伸ばす。

 察知した黄瀬はポストプレーのように体を入れることで一旦回避するが、再び伸びた腕がボールを弾く。

 

「やべっ」

 

 ラインを割る前にボールは黄瀬が回収するが、ベースラインに追い込まれている状態。

 今度は間合いを詰める白河に対して、再び背を向ける。

 

「今日昇格したばっかなのに、容赦ないっスね!?」

「当たり前だろ。手加減されてうれしいか?」

「確かにっ」

 

 白河の右手が再度ボールに向かって伸びる。

 それをかわすようにターンでリングを正面に捉えた黄瀬がシュートモーションに移る。

 白河が間髪入れずに左腕を出して、ブロックを試みる。

 

「ダメだ、ワクの手が完全にシュートコースを塞いでやがる」

 

 白河が跳ばずとも黄瀬はリングへの道筋を絶たれている。

 このままでは黄瀬の手から放たれたシュートは即座にコートに叩き落される。

 

 だが、この窮地で黄瀬は笑っている。

 それを見た白河は違和感に気が付いた。

 

「っ! お前……」

「バレたみたいっスね。でももう遅いっスよ!!」

 

 黄瀬が腕を折りたたみ、ボールにエネルギーを伝えて放出。

 白河の長い腕の指先を超えて描いた放物線は、リングの中央を綺麗に通過した。

 

「今のって……」

「へぇ……」

 

 黒子は驚き、青峰は関心の声を漏らす。

 黄瀬が今やってのけたのは、最後に白河が黄瀬から得点を奪ったダブルポンプだった。

 

「思った通りっスね。あんたの技なら模倣(コピー)できるって……!!」

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 そこから、黄瀬は連続で得点を奪い6-6の同点に追い付く。

 しかも、順番は違うが()()()()()()()()()で得点を奪った。

 意地を見せた白河のブロックで攻守は変わったが、勝負の行く末を見守っている黒子と青峰は思い描いていた展開とは異なっていた。

 

「すげぇな黄瀬のやつ、見ただけでワクのシュート再現しやがったぞ」

「なぜ彼がこんなに早く一軍に来れたかわかったような気がします」

 

 見て盗め、という言葉があるように技術の習得・向上のために自分にない技術を持つを持つ人を観察することはスポーツにおいても重要なことだ。

 プロのアスリートの洗練された動きを見て感動を覚え、衝動に駆られて真似をする経験は誰にもあったことだろう。

 

 しかし、自分でやってみて初めてその技術がいかに高度で洗練されたものか気付く。

 一長一短で身につくものではなく、どれだけの研鑽を積んだのかは想像に難い。

 あらゆるものを犠牲にして時間と労力を惜しまず注ぎ込むことで、ようやく自分のモノになる。

 

 才能はそう言った過程を必要としない。

 生まれながらにしてそれを身に付けているからだ。

 黄瀬は見るだけで技術を習得するための観察力とそれを体現できる身体能力とセンス、これらをハイレベルで生まれながらに持ち合わせていた。

 

 彼は、白河がケガやイップスで苦しんでいた時期に習得した技術を見ただけで自分のモノにした。

 

「ここで白河君のオフェンス……。少し不味いんじゃ」

「え? なんでだよ」

「黄瀬君がもし、ディフェンスでも白河君の模倣(コピー)ができるなら……」

 

 単に勝敗の問題ではない。

 彼が築き上げた努力は一人の天才の才能以下だと、絶望してしまうのではないかと。

 余談だが、黄瀬が入部してから退部者が例年よりも多く現れている。

 練習の過酷さに耐えれなかった一年生だけでなく、二・三年生も分け隔てなく。

 

「大丈夫だって。黄瀬には無理だ」

「え? それは……」

「すぐにわかるって。大人しく見とけ」

 

 そう言って視線をコートに戻す。

 

 

 やはり黄瀬は白河との距離を広くとっていた。

 白河と同じように、あえて距離を取って守るつもりだ。

 

「ここでも人の真似か」

「真似じゃないっスよ。見ただけでも白河っちよりは上手く扱える自信があるっス」

「……そうか」

 

 実際に模倣というようなレベルではなく、自分のモノにしているのだから黄瀬のいうことに間違いはない。

 これ以上話すつもりのない白河は口を閉ざし

 

 

 ノーフェイクでシュートモーションに入った。

 

 

「不意を突いたつもりっスか?」

 

 黄瀬がそれを見て間合いを詰める。

 ほんの少し出遅れたが、プレッシャーを与えるには十分なほど迫っている。

 これで意識するなというほうが無理な話だ。

 

 その状態でもお構いなしにシュートを放つ。

 黄瀬は軌道を見るが、勝利を確信していた。

 

(なんかあるかと思ってたのに、結局難しいシュート打って終わりか……つまんねぇの)

 

 期待外れだ、と笑みは消え視線をリングから外そうとしたその時。

 ボールはネットを潜り抜けてコートに落下した。

 

「はぁ!?」

 

 予想外の結果に黄瀬は驚きの声を挙げる。

 しばらくは転がっているボールと表情を変えない白河を交互に見ていた。

 

「さっさと拾ってこい」

「……次は止める」

 

 再び白河の攻撃から。

 今度はドリブルを突きながら黄瀬に口撃(トラッシュトーク)を仕掛ける。

 

「さっきのシュート、まぐれだと思うか?」

「当然っス! 出遅れたから届かなかったけど、そうじゃなかったら絶対止めてたっス!」

「そうか……じゃ、これも止めろよ?」

 

 そう言って、再び()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「それはいくらなんでも舐め過ぎじゃないっスか?」

 

 先ほどよりも反応は早い。

 加えて同じ行動を取ると宣言している。

 守れないはずがない、一気に肉薄して先ほどよりも早く白河に近付いた。

 

(よし、こっから……!)

 

 ブロックに跳ぼうと膝を折り曲げて踏み込む。

 そして、ここで()()に気付く。

 

(あれ? なんで……跳べない!?)

 

 慌てて手を伸ばすが、これではなんのプレッシャーにもならない。

 ほぼフリーの状態で放たれたシュートはリングを潜り、白河の得点が10点になった。

 

「ウソ……」

 

 自分の体に何が起きたのか。

 そして敗北を喫した。

 

「じゃ、俺の勝ちだな。ちゃんと教育係(黒子)の言うこと聞けよ」

「ちょっ……待つっス!」

「負けたから片付けもよろしく。それと、自分と相手の力量くらい見極めろよ」

「オイッ!?」

 

 ここは立ち止まって振り向くところでしょ!? 、と騒ぐ黄瀬を置いて白河は体育館から出てしまった。

 呆然としている黄瀬に笑いながら青峰が歩み寄る。

 

「やるじゃん黄瀬! ワクから点とるなんて大したもんだぜ」

「……色々納得いかないんスけど」

「なんだ? 最後()()()()()()ことか?」

「それっス!」

「簡単なことだ」

 

 

 

 

 

 

 

「ワクは()()()()()()であの守備範囲を維持できるんだからな」



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第30Q  二軍帯同

黄瀬めっちゃ書く上でウザイ


 黄瀬が一軍に合流してからしばらく経った。

 あれ以降、ある程度は黄瀬は約束を守り黒子の言うことを聞くようにはなった。

 今日は……なんて言う日には青峰や白河が1on1の約束をしてやれば、大人しくなる。

 やはり成長の速さには驚くべきところがある、まだ二人に一度も勝ったことがないが。

 

 また、黄瀬の加入で変わったのはSF(スモールフォワード)の選手層が改善したこと。

 ここ数年、帝光の数少ない弱点の一つにSF(スモールフォワード)の人材不足が挙げられていた。

 しかし、黄瀬を始め引導を渡す者(クローザー)としての地位を確立した白河や、素行に問題はあるもののセンスのある灰崎といった二年生3人が一軍に在籍することで弱点どころか強みに変わった。

 

 一見、外部から見れば嬉しい悩みのように思えるが少々問題がある。

 それは黄瀬と灰崎の不仲だ。

 同じポジションに同年代の選手がいることで互いに切磋琢磨して、競争していくことは歓迎だろうが、残念ながらそう単純ではない。

 今日も黄瀬は練習が終わっても腹の虫が収まらないようだった。

 

「仲良くしろとは言わねーが、毎回モメんじゃねーよ」

「先に手を出してくるの祥吾くんっスよ!」

「そこでやり返すなって言ってんだろーが」

 

 ポジションが被ることから、練習でもマッチアップすることが多い。

 そのなかで黄瀬を負かした灰崎が煽り、場合によっては暴力を振るうこともある。そこまでされると黄瀬も応戦して手を出すため、喧嘩になり、その度に練習を中断と仲裁と強いられる。

 最近は黄瀬が青峰や白河と1on1を練習後にこなしているせいか、その成長スピードで急激に実力差を埋めているため喧嘩の頻度は減っているが、相変わらず練習の妨げになっていることに変わりはない。

 

「白河っちはどう思うスか!」

「無視しろ、しょうもねぇ」

「しょうもねぇって……あそこまでやられて黙ってろってことっスか!?」

灰崎(あいつ)に負けるから喧嘩になるんだよ、負けんな」

「それはそーかもしんないスけど……」

 

 二年になってから女遊びを覚えた灰崎はサボりや遅刻の数が増え、顔を出したかと思えば問題を起こす上に帰るのは誰よりも早い。

 これほどに素行不良が目立っていながら、部に所属できるのは実力がありそれを部が認めているからだ。

 

「そーだぞ、オレらがこうやって練習付き合ってんだからよ」

「じゃあ、今日もヨロシクっス! そろそろ勝ちたいっスから!」

 

 そうして二人は1on1を始める。

 あらゆる技術を模倣(コピー)できる黄瀬でも、青峰のプレーや白河のディフェンスだけは模倣(コピー)できない。そんな相手と日々共にコートで汗を流すことは黄瀬にとっては今までにない充実感を与えており、二人も黄瀬のことは気にかけていた。

 

(にしても、俺のディフェンスは模倣(コピー)できないんだな……)

「あ、居た」

「……さつきか」

 

 声の方向に顔を向けると、桃井がバインダーを持って歩み寄ってきた。

 

「なんか用か?」

「明日、二軍の試合に帯同だって。黄瀬君と黒子君も」

「3人も?」

「試合は相手の学校でやるんだけど、そこでの勝率が異常に高いらしいの」

「きな臭いな……」

 

 バインダーにその記載があるらしく、桃井と一緒に覗き込む。

 その中には、確かに信じ難い数値があった。

 この帯同の目的は黄瀬に試合経験を積ませることは容易に想像がつくが、万が一に備え役割が特殊なこの二人も帯同メンバーに選んだのだろう。

 

「わざわざ言いに来てくれたってことは……」

「うん、私も帯同するよ」

「じゃ、明日もよろしく」

「はーいっ! なんか作ってあげるからね!」

「いい」

「えぇ!?」

 

 場合によっては黄瀬や二軍の尻拭いをしなくてはいけないのだ。

 不安要素は排除しておきたい。

 

「もしかして……美味しくなかった? あのチョコ」

「……最初は食えてた」

「へ? 最初は?」

「なんか、最後の方を食べてから朝に起きるまでの記憶がないんだよ。流石に記憶飛ばされるのは……」

「あー……なるほど。でも、味は良かったんでしょ?」

「味のバラツキはあったけど食えなくはなかった」

 

 美味いとは一言も発していないが、食べれるだけでも大きな進歩と言えるだろう。

 

「今回はお弁当じゃなくて、補食にするから。おにぎりとかっ」

「……ま、それならいいや」

「はーい。じゃ、二人にも伝えててね」

 

 そう言って桃井は、なぜか上機嫌でその場を去っていった。

 

 

 

(ワッくん、()()()()。フフっ……)

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 翌日、予定通り四人は二軍の試合に帯同して相手の駒木中学校に乗り込んでいた。

 

「ここっスか。なんか、ショボいっスね」

帝光(うち)の設備と比べれば大概そうだろ」

 

 趣のある校舎や設備が目につくが特段珍しいものではない。

 ただ、二軍と言えど帝光であることは大きな注目を集める。

 体育館に入ればそれは顕著であり、二階にまで人が押し寄せていた。

 

「黄瀬君、あまりフラフラしないでください」

「ちょっ……! ビックリするからそれ止めてほしいっス!」

「と言われましても……」

「慣れろ黄瀬」

 

 この光景を見た桃井が靴紐を結ぶ白河に疑問をぶつける。

 

「……あの人、ほんとにすごいの?」

「だから一軍なんだよ。って言ってもまだ見たことないのか」

 

 桃井や黄瀬は黒子のプレーを見るのはこれが始めてで、まだ実力を疑っている。

 今回はそれを証明する機会でもある。

 

「安心しろ、すぐにわかる」

 

 いつもよりも短いウォーミングアップを済ませれば、三人はベンチに戻りジャージを着て体の熱を冷まさないように努める。

 

「オレらベンチっスか」

「二軍の試合なんだよ。俺らが出ないに越したことはない」

(とは言え……)

 

 不穏な気配は漂っていた。

 異常な勝率を誇るというこの場の雰囲気を作っているのは体育館中の観客(ギャラリー)だ。

 

「帝光がなんぼのもんじゃい!!」

「ぶっ潰せぇ!!」

 

 飛び交うヤジはひどく下品で乱暴な言葉が多い。

 これを誰も注意する気配がないことから、()()も敵の策略と言える。

 

「黄瀬、ちゃんと試合見ろよ」

「っス」

 

 

 

 定刻となり、試合開始(Tip off)────

 ジャンプボールを駒木中が制してオフェンスを始める。

 それに伴って観客(ギャラリー)も囃し立て、湧き上がり始める。

 駒木中も歓声に押されたか、幸先良く先制点を決める。

 

「ナイシューナイシュー!」

「ディフェンスザルだぞオイ!?」

 

 裏の帝光のオフェンス、先ほどよりも観客(ギャラリー)の声量が上がりゾーンディフェンスを採用するコート内とと併せてプレッシャーをかけてくる。

 気圧されているのか、ボールを回すばかりで相手のゾーンを崩せず、ショットクロックギリギリに放ったシュートはブロックされる。

 

「今のいいんスか!?」

「ボールには行ってる。でも、ファール吹かれてもおかしくはないな……」

 

 激しく吹き飛ばされるチームメイトを見て黄瀬がわめくが、審判はファールではなく24秒が経過したとして駒木中ボールを宣告。

 

 二度目の駒木中のオフェンスはシュートが外れ、リバウンド争いになる。

 ゴール下でポジションを取り合っている両チームだが、不意に帝光の選手が一人よろめき有利なポジションを明け渡す。

 リングに弾かれたボールはそこへ落ち、それを押し込んだことで差を広げる。

 

「もう4点取っちまったぞコラッ!?」

「帝光って言っても二軍じゃこんなもんかよ!」

 

 ヤジへの怒りを堪えながら、帝光の二度目のオフェンスを仕掛ける。

 ゾーン攻略の定石であるギャップにポジションを構える選手を中継してパスを回すことを狙うが、ハイポストに構える選手にボールが入った途端にダブルチームを仕掛ける。

 

 素早くプレッシャーをかけられるもボールを逃がす。

 これでゾーンを収縮させ、(アウトサイド)にスペースができる。

 対応しようとすれば、再び中が広がる。

 ローポストに構える選手にボールを渡すことに成功するが、再びダブルチームで囲む。

 

「そこだっ!」

「囲め! 潰せ!!」

 

 囲まれた選手が再びボールを外に捌く素振りを見せるが、突如前のめりにコートに倒れこみ、ボールを手放してしまう。

 素早く速攻に転じた駒木中がリングに迫る。

 あっという間に最前線の選手に繋ぎ、シュートモーションに入るが、帝光のディフェンスがブロックに跳ぶ。

 両者が空中で衝突、タイミングはオフェンスファール(チャージング)だが審判はディフェンスファールを宣告。

 

「さっきからおかしいっスよ! 審判の目は節穴っスか!?」

「落ち着け。審判も見えてないわけじゃない」

「じゃあなんでっ」

「審判は駒木(むこう)が用意した、そんだけだ」

 

 良い言い方をすれば暴力的(アグレッシブ)なプレーで帝光を翻弄する駒木中。

 第2Qも勢いは止まらず、29-11とダブルスコア以上の点差を付けられていた。

 そんな中。白河が呼ばれる。

 

「白河、この点差だ。前半で追いつくのは難しいだろうが、一桁で終えたい」

「わかりました」

 

 ジャージを脱いで桃井に渡し、ユニフォーム姿になって靴紐を結びなおす。

 

「頼むっスよ白河っち!」

「ん、ちょっと待ってろ」

 

 既に肩で息をしているチームメイトと変わり、そのままSF(スモールフォワード)に入る。

 コートに足を踏み入れれば、観客(ギャラリー)歓迎する(ヤジを飛ばす)

 

「こいつ、髪白すぎだろっ!!」

「緊張して表情筋死んでるぜ!!」

(どっちももともとなんだけど)

 

 この程度では動じず、オフェンスに備えてポジションをとる。

 コーナーに立てば、近くの駒木の選手が話しかけてくる。

 

「なあ? 帝光って練習ヤバい?」

「……まあ」

「やっば! でも、そんだけ練習してもこの点差(ザマ)かよ!」

 

 挑発(トラッシュトーク)には耳を傾けず、サインを確認する。

 相手の戯言を聞き入れるほどの余裕はない。

 それでも、口が閉じられないのか引き続き白河に話しかけ続ける。

 

「でも、可愛いマネージャーいるから頑張れるんだろ? あの子みたいなさ」

「……」

 

 そう言って桃井を指差し、さらに続ける。

 

「あの子めっちゃ可愛いじゃん。彼氏いんの?」

「……さあな」

「なによりあの乳ヤバくね? 無茶苦茶にしてーな」

(…)

「じゃ、頑張ってアピールしちゃおっかな? 引き立て役ヨロシク!」

「……やれるもんならやってみろ」

 

 

 

 そのころ、ベンチでは桃井が変化に気づいた……

 

「……白河君怒ってる」

「え? マジっスか?」

 

 

 

 

 

※この後5分でめちゃくちゃ逆転した。

 



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第31Q 取捨選択

すいません、今回短めです。


 練習試合から数日後、赤司と緑間はいつものように部の方針に関する話をしていた。

 二年生ながら現チームの副主将を務める赤司は、相談事は同級生の中で最も知性的に話ができる緑間と共にすることが多い。

 後に赤司を副主将として支えることからも、信頼は他のキセキの世代よりも厚いところはあったのだろう。

 

「黄瀬を黒子と共に二軍に同伴させた結果は、お前の思った通りだったようだな」

「ああ。黄瀬の性格や黒子のプレースタイルを考えれば、実際に体感する方が早いと思ったが。わかりやすくて良かった」

 

 帝光二軍は駒木中との試合にダブルスコアに近い大勝を挙げた。

 と言っても、二軍選手の得点は総スコアの2割にも満たず、黄瀬は初の対外試合とは思えない活躍を見せた。

 記録には残らないが、彼の活躍を“陰”からアシストしたのは黒子だった。

 

 駒木中は黄瀬に対してダブルチームやラフプレーで潰しにかかったが、黒子がその対策を無効化した。

 ダブルチームをされても、僅かにボールを受け取る隙を作れば黄瀬は得点が可能となる。

 ゾーンディフェンスを形成しても内側からパスを自在に捌かれるため、ラフプレーで潰すことすら叶わなかった。

 

「とは言え、あんなにもアッサリ認めるとはな」

 

 黒子を従来のバスケットの常識の物差しで測れば到底帝光のレギャラーに居場所があるはずもない。

 身体能力や技術は素人に毛が生えた程度であり、フリーのレイアップですらまともに決めることができない。

 6人目(シックスマン)という変化をもたらすポジションにありながら一人では何もできないような選手に、敬意など本来であれば払えるはずもない。

 

 黄瀬の反応は至極当然のものであり、当初は一軍の多くの選手はいくら上の決定だろうと不満を持っている者は多かった。

 同級生である緑間や紫原もそのうちの一人だった。

 

「なんだ。緑間はまだ黒子のことを認めていないのか?」

「……フン」

 

 赤司の問いに、緑間はすぐには答えない。

 だが、返答は決まっていた。

 

「まさか。とっくに認めているのだよ」

 

 キセキの世代は誰よりも才能に恵まれた天才たち。

 それを妬み絶望した有象無象がユニフォームを脱ぎ、二度とバッシュに足を通さなくなった。

 彼らよりも圧倒的に才能で劣る黒子は、それでも抗い苦しんだことで共にコートに立つまでに至った。

 

 今回の黄瀬のように、一度黒子のパスを受けた者は彼に敬意を払っていた。

 懐疑的に思っていた緑間や紫原、虹村ら三年生、そして監督やコーチに認めさせた。

 それだけの『強さ』を、黒子は示してみせた。

 

「ならいいじゃないか」

「わかっていて聞いただろう」

「さあね」

「お前ならそれくらいはわかっているのだよ」

 

 さて、黄瀬と黒子の関係性をあるべき姿にすることは叶った。

 しかし一難去ってまた一難という言葉があるように、問題が一つ片づけば新たな問題を解決しなくてはいけない。

 緑間がその話題を切り出す。

 

「だが、気になることがある」

「なんだ?」

「以前、『黄瀬はすぐにユニフォームを着る』と言っていたな」

「そうだね。確かに言った」

「だが、黄瀬のポジションは()()2人と被っているのだよ」

 

 バスケを始めて二週間でレギャラーの座を勝ち取ろうという黄瀬の潜在能力(ポテンシャル)は確かに凄まじい。

 いずれ本当にレギュラーになった時に連携に支障が出ないよう、黒子の実力を紹介する機会が今回の二軍同伴だ。

 

 だが、肝心のスタメンSF(スモールフォワード)を争う灰崎や白河に勝てるのか。

 灰崎は問題児であり、今日も練習をサボっている。だが実力は本物だ。

 白河も怪我やイップスなど、最初は苦しんだがそれらを克服した今なら灰崎を脅かす可能性は十分にある。

 

「いくら黄瀬でもそこに割って入るのは、少々酷なのだよ」

 

 2人のどちらかがスタメンになり、争いに敗れればバックアップを務める。

 これは緑間だけでなく、部内で多くの者が考えている構想と言える。

 だが、赤司は違った。

 

「……いや、少し違うな」

「なに?」

「既にポジション争いは決着(ケリ)がついている。すぐにスタメンは黄瀬になる」

 

 少し考えた後、緑間が口を開く。

 

「理由を聞いてもいいか」

「簡単なことだ。黄瀬の潜在能力(ポテンシャル)と成長速度は灰崎の比ではない。それに、居なくなる奴のことを考える必要があるのか?」

「居なくなる……?」

 

 そのままの意味だ、と赤司は続ける。

 

「控えには白河がいる。場合によっては虹村さんをコンバートすることも考えている。そうなれば、SF(スモールフォワード)は引き続き……いや、これまで以上に層の厚いポジションになる」

「……」

「部は二年生(オレたち)を中心に使うと表明した。なら、()()()三年生には贅沢なバックアップをしてもらわなくては」

 

 春が終わりに向かうここ最近の夜はまだ冷える。

 そのせいか、緑間は寒気を覚えた。

 

「先日も灰崎は他校の生徒とケンカをしたそうだ。これ以上は部にとってデメリットでしかない。

 もう用済みだ。退部を勧め(させ)よう」

 

 そう言った赤司の声は低く、暗闇の中でもその瞳には冷徹さが垣間見える。

 ここ最近、()()なと感じながら、もう一つ疑問を投げる

 

「白河との差も、いずれ黄瀬は埋めて追い越すと考えているのか」

「そうだ。何より、奴は俺たちとはそもそも前提が違う」

 

 足を止めた緑間より数歩先で立ち止まり、背を向けたまま問いに答える。

 

「前提だと?」

「アイツの才能も、素晴らしいものであることは認めよう。とは言え、オレたちとは決定的な違いがある」

「それは……」

「この場で答えることはない。いずれお前にもわかる」

 

 なにより、と赤司は決定的な一言を放つ。

 

「アイツの役目は引導を渡す者(クローザー)だ。それが答えだ」

 

 そう言って赤司は再び歩き始める。

 

「先に失礼する。灰崎には明日オレが直接話す」

 

 赤司は闇に消えていった。

 その後ろ姿を見た緑間は、まだその場を動かなかった。

 

 一つ、息を吐けばいくらか緊張が解れる。

 同期との会話でありながら、体が無意識に強張ってしまうことに驚くが、認識を改める。

 

「あれは……オレがよく知る赤司なのか? それとも……」

 

 

 

 独り言のように発せられたその疑問は暗闇に消え、誰も答えるはずなどなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 




白河:駒木中とのスタッツに自分で引いた
青峰:白河や黄瀬と1on1をくり返す日々
桃井:おそらく見たことのない白河の怒りと今までとまるで違うプレーを見てドキドキ
赤司:次回から主将
緑間:今日のラッキーアイテムは烏瓜の造花
紫原:チェリー味のお菓子の季節
黄瀬:人生で一番充実しているかも
黒子:黄瀬がいうことを聞くようになったけど、グイグイ来るので鬱陶しい


次回から全中編です。
そろそろお目覚めですね。
あと2・3話くらいしたら投稿頻度は落ちるかもしれませんが、ご了承ください。


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2年  全中予選
第32Q  予兆


白河はジャンケンクソ雑魚


 全中予選まで2ヶ月を切り、帝光には多くの変化が訪れた。

 

 まずは灰崎の退部。

 スタメンSF(スモールフォワード)最有力ながら、一足先にスパイクを脱いだことは事後報告として部には伝わった。灰崎もわざわざ辞めることを伝えるような柄ではない。

 遅刻や無断欠勤、喧嘩に不純異性交遊といった問題行動のオンパレード。

 スポーツマンとして人間として堕落していることから、彼自身や彼の所属を許す帝光バスケ部には批判は常にあった。

 

 それでも起用を続けたのは帝光の特異性、唯一無二の理念である勝利に貢献できる人材のためという理由があったからだ。

 最初に同期最大のライバルのはずだった白河はプレーができない時期が続いたためその席を確保し、黄瀬が入部しても彼を圧倒し続けその地位は揺るがないもののように見えた。

 

 しかし、黄瀬はこれまで以上に成長を続け白河も復活を遂げた。

 遅刻やサボりは増えるばかりで他校との問題も増えてきた。

 ここまで要因が重なれば、流石に決断を下さなくてはいけなかったのだ。

 

 これにより、黄瀬はスタメン当確。白河は引き続き引導を渡す者(クローザー)としての役目を全うする形に落ち着いた。

 

 

 次に、ここからは監督である白金が練習の指揮を執ること。

 彼は基本的に練習は右腕である真田に任せている。

 選手の素が見たい、という理由で普段は二階から練習を眺めている。

 

 そんな彼が直々に練習の指揮を執る時期になった。

 チームがいよいよ全中に向けた準備期間に突入したこと、その事実を認識した部員たちに緊張が走る。

 なにより……

 

「鬼のように練習キツイからな。覚悟しろよ、テツ」

「え?」

 

 彼の口癖は『若いうちは何をやっても死なん』。

 その時点で察しはつくことだろう。

 

 

 そして、最も衝撃を与えたのは赤司の主将就任だろう。

 現段階で副主将を務めていることも異例であり、赤司のためにわざわざ副主将を2人制にした。

 全中が終わり、現三年生が引退すれば虹村の後を継ぐのは赤司になることは既定路線だと考えられてきたこともあって認められていたが、そこに異例の事態を重ねることになる。

 

 虹村がまだ健在にも関わらずこの決定を下した。

 負傷によって出場が出来なかったり、私生活で彼自身に問題があるわけではない。

 スタメンからは外れても腐ることなく指導陣からの信頼もかわらない。

 主将としてチームを纏める役目は今日に至るまで充分に勤め上げてきた。

 

 その裏で密かに虹村の希望があったことは当事者しか知らない。

 主将交代を告げた後に虹村への労いと赤司への発破こそあれど、説明はなく決定に従えと続けた。

 

 疑問は消えないが帝光である彼らはこれ以上は騒ぎ立てず受け入れた。

 尤も、それらは白金の鬼メニューに耐えているうちに頭から抜け落ちてしまったのだが……。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「白河君、私これね」

「はいはい」

「オレはこれだ」

「ふざけんなコンビニ価格のダッツだぞ」

 

 帰路の途中にあるコンビニでアイスを選ぶ幼馴染トリオ。

 一日の中の寒暖差が無くなって来たと思ったら、徐々に気温が高まってくる今日この頃。

 最近はここでアイスを買って、食べながら帰るのが習慣となっていた。

 

「人の金で食うアイスはうめーな!」

「いいの? 白河君」

「明日勝って返させる」

「絶対ギャンブルしたらいけない人じゃん……」

 

 そう言いながら、白河と桃井はソーダ味のアイスにかじりつく。

 適度な甘さとシャリシャリとした食感が、体に浸透していくような感覚を覚える。

 

「どう、白金監督の練習メニュー。慣れた?」

「んなわけねーだろ」

 

 質・量ともに真田の比にならない。

 去年経験した青峰ですら、珍しく疲労が見て取れる。

 

「なんだっけな……赤司が言ってたの」

「満漢全席?」

「それだ」

「なにそれ」

「コーチのメニューがお子様ランチなら、監督のメニューはそんくらいのボリュームなんだよ」

 

 もう半分ほどしか残っていないアイスを名残惜しそうに見ながら、再び口に運ぶ。

 白河ですら、膝に手をついて表情に現れるほどにハードであるが、ある程度は順応出来ているのも確かだ。

 

「その中でよくやるよな、アイツら」

「あー……緑間と紫原か?」

「あ、それ聞きたい」

 

 数日前、この二人の仲裁を行ったところだ。

 といっても、元々二人は仲が良くないのは周知の事実だ。

 真面目で几帳面な緑間とマイペースで自由人な紫原、水と油のような二人の気が合うわけもなく。

 かと言ってそれがダメという訳ではないが、練習に影響を及ぼすとなれば話は変わる。

 

 これを見かねた黒子が挑発をふっかけた。

『今の2人ならボクでも勝てます』と。その発言には当然噛み付き、練習後にその証明をする機会を設けた。

 黒子が青峰と黄瀬を、緑間と紫原には白河が加わり、3対3のミニゲームを行った。

 

 異なる個性を持つ一人一人がエゴをぶつけ合うことは大いに構わない。

 ならばそれを押さえつけるのではなく、真っ向からぶつかることも手段の一つとして赤司も許可を出した。

 

「で、どうだったの?」

「勝ったぞ」

「嘘つくな。お前と黄瀬が喧嘩始めて、その時に黒子がゲロったから決着ついてねーよっ」

「あ? スコアでオレらが勝ってたろ」

「両チームとも10点届いてねぇから。ノーカンだよ」

 

 決着はさておき、実際に3対3は黒子の考えた通りに進んだ。

 自身にボールを欲しがり、個での打開を試みるだけの緑間や紫原は強引にオフェンスを繰り返して、中々得点が奪えず。

 対称的に黒子を使って連携(コンビネーション)で攻める青峰と黄瀬は楽にシュート体勢に移り、フィニッシュに専念することで点差はあっという間に開いた。

 

 しかし、黒子のロブに青峰と黄瀬が揃って反応したことでパスの受け手を決める喧嘩が発生。

 二人の争う姿を自分たちを投影した緑間と紫原はバカらしくなり、考えを改めることになった。

 代償として、黒子は昼食をコートにぶちまけるハメになり、緑間と白河で処理をすることになったのだが。

 

「へー、そうだったんだ」

「明日も同じ条件でやるか? 白黒つけてやるよ」

「うるせぇガングロ、見てくれに勝敗が現れてるぞおい」

「なーんで二人も喧嘩始めちゃうの」

 

 ほんとに男の子は、と呆れる。

 そこが可愛らしいところでもあるけど、と思い直しながらそれは出来ないことを告げる。

 

「言い忘れてたけど、青峰君は明日二軍の試合に同伴だからね」

「え、マジか」

「うん。緑間君と黄瀬君も一緒だから。あ、私もね」

 

 ここしばらくは、黄瀬+二人という構図の同伴が続いている。

 黄瀬の成長を促しつつ、敗北を防ぐことは十二分に可能だ。

 

「つーわけで、明日も鬼練頑張れよっ!」

「絶対試合の方が楽だろ。俺も行きてー」

「じゃあ、明日は二人とも頑張れるように何か作ってあげるからね」

「さつき、シンプルでいいんだぞ。前みたいにおにぎりの中に煮干しはダメだ」

「なんかちょっと惜しいなおい……」

 

 

 いつになっても肩を並べて歩く三人が夕陽に消えていく。

 こんな日々や関係が、いつまでも続くようにと、桃井は願った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────これ以降、三人が時間を共にする機会は大きく減少する。

 

 その起因となるのは 翌日の青峰が見せた 

 

 過去最高のパフォーマンスだった

 



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第33Q  開花

白河視点に再挑戦


「ん……?」

 

 

 いつものように体を苛め抜き、疲労がたまっている足を入念にマッサージしていた。

 この調子で今日は体を休めようとした矢先にスマホの通知音が鳴った。

 

 

『いつものとこ』

 

 

 たった一言だが送り主を見れば納得がいった。

 時間の指定はないが、すぐに行動に移る。

 

 ストレッチマット

 着替えたばかりの部屋着をベッドに脱ぎ捨て、部活着でも使っている動きやすい服装に上から薄手のジャージを羽織って家を出た。

 

 

 空を見上げれば既に日は暮れ始めていた。

 街灯があるけど、コート全体は照らせない。

 早めに行くことを決め、足を大きく踏み出す。

 

 帰路に就くサラリーマンや学生の波に逆らうように走る。

 汗はかくが、息は上がらない程度のペースで10分ほど走れば着く。

 

 

(にしても、なんだよこれ)

 

 

 信号待ちの際にスマホを開き、バスケ部のLANEグループを開く。

 日々の連絡事項を主将やマネージャーが部員に共有するためのもので、一軍選手が同伴した練習試合の結果もここに流れてくる。

 送信されたスコアシートの写真に記載されている数字に目を疑った。

 何度見ても信じられない。

 

 

 

142-48

 

 

 

 ほぼ100点差をつけての勝利。

 いかに帝光といえど、体現したことのないスコアだ。

 全中に出場経験のある対戦相手はそんな差がつくほどの実力ではない。

 

 まだ言いたいことはあるが、肝心なのはそこじゃない。

 スコアシートには個人成績も反映されている。

 大輝の欄を改めて見ると……

 

 

「82点……」

 

 

 28点の間違いじゃないかとさつきに連絡したが、間違いないとのこと。

 ハッキリ言って異常だ。

 

 かの有名なNBAのレジェンド、コービーブライアントがマークした得点のキャリアハイの81点とほぼ同じ。

 彼は42分で46本のシュートを60%の精度で沈めてこの偉業を達成した。

 カテゴリーでは大きく劣るが、大輝がこれを達成するための条件は相当厳しいものがある。

 

 時間は10分も短く、効率の良いスリーポイントや時間が止まるフリースローの得点はない。

 にもかかわらずこの数字を残してしまう規格外の才能。

 それと、今から対峙するのだ。

 

 

「この日が来たか……」

 

 

 わかっていたはずだ。

 長く隣で駆け回っていたのだ、誰よりも大輝のことは知っているつもりだ。

 彼が素晴らしい才能を持つアスリートとしてだけではない。

 親友として、幼馴染として、大輝の人間性は今日まで見てきた。

 

 少年のように純粋な気持ちを持っていること。

 馬鹿なので言葉を選べないが優しい心を持っている。

 困っている人には手を差し出せるし、勘が鋭く意外に察しがいい。

 一度心を開けば、その相手のためなら自らを省みずに体を投げだせる。

 

 そして、何よりもバスケのことが大好きであること。

 

 バスケのためならあらゆるものを犠牲にできるほどに。

 

 犠牲を必要としないだけの才能を授かっていることも。

 

 高い身体能力

 自由な思考と創造性

 再現できるセンス

 

 それを自覚してからの大輝はよりバスケに熱中した。

 思い描くプレーはすべてものにできる。

 毎日上達していくことがわかる。

 突き動かす向上心が止まることはなく、バスケへの熱意はどんどん大きくなっていた。

 

 

 

 

 才能が自身の首を絞めることになるなんて思うはずもない

 

 

 

 

 ただの好調ではない、まだアイツは知らないんだ。

 

 

 ガキみたいに純粋で真っ直ぐで

 バスケが大好きなんだ

 

 

 それでいい

 

 

 そのままで()()()()

 

 

 いや 違う

 

 

()がアイツを

 

 

 俺が()()()()を────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────守れる、のか……? 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

「遅ーぞワク」

「むしろあれだけで来たことに感謝しろよ」

「どーせ来るだろ」

「ったく……」

 

 

 これでも急いできてやったのに、遅いと言われる筋合いねーんだよ。

 さて、予想はついてるがさっさと本題に入るか。

 

 

「で、なんでこんな時間に呼んだ?」

「いや、コート(ここ)に来たらやることは一つだろ」

 

 

 だよな、もう日が暮れそうなんだけど関係ねーよな。

 普段朝全然起きないくせに、たまに早起きすれば俺のこと呼んでここに連れてくるくらいだからな。

 監督が練習見ない時も急に連絡してここに集めるしな。

 

 

「試合こなしたんだろ、疲れてねーのか」

「疲れてっけど、それよりバスケやりたくてしょーがねーんだよ」

 

 

 二軍が試合をするような相手だ。基本的に一軍の選手じゃ勝負にならない。

 とはいえ多少なり疲労は蓄積されるものだが。

 まあ、言葉でどうこうできる奴ならここに来ていない。

 

 

「今日すっげー調子良かったからよ。このまま寝ちまうのはもったいねーだろ」

「わからなくもないけど、俺を巻き込むことに躊躇いは無いのか」

「ねーよ」

「おい」

 

 

 軽口を叩きあいながら上着を脱いでベンチに放り投げる。

 大輝は帝光のジャージをパンツだけ着用して上は練習でよく見る黒の半そでのTシャツ。

 準備は出来ているみたいだ。

 

 いつものようにじゃんけんを行い、大輝が先攻を勝ち取る。

 俺はその日によって選択が異なるが、大輝はいつもオフェンスから始める。

 

 ルールは15点先取。ディフェンス側はボールを奪えないと攻撃権を得られない。

 これもいつも通りだ。

 

 

「よっし。行くぜ?」

「……おう」

 

 

 いつものように、スリーポイントラインを挟んで対峙する。

 どうやって攻めようか、笑顔を浮かべる大輝が俺の様子を伺っている。

 

 何年も続けていた1on1。

 今更特別何かを考えることもないのに、俺は息を飲んだ。

 

 刹那、大輝が視界から消える。

 

 

「は……!?」

 

 

 圧倒的なスピードで大輝は俺の守備範囲から抜け出ようとしていた。

 シュートモーションに入る一瞬の隙を見計らってボールを弾くのが俺の十八番だが、届かない。

 満面の笑みでダンクを決める大輝を見ることしかできなかった……。

 

 ガッツポーズをしながらしばらくリングにぶら下がっていたが、飽きたのか背を向けて着地。

 振り返ってしてやったり、と言いたげに満面の笑みを浮かべる。

 

 

「……マジで調子良いみたいだな」

「あぁ! にしても……」

 

 

 俺がなんとか言葉を捻りだした後、大輝は噴き出して笑い始める。

 

 

「ダンク決める瞬間のワクの顔……クッソマヌケだったからよ。今思いだしても……」

「お前なぁ……」

 

 

 呆気にとられていたことは認めるが、そんなにか……? 

 こっぱずかしいが、気づいていないならいいか。

 俺が怖気づいたことは……。

 

 

「はよボール拾ってこいよ。バカみたいに思い切り叩きつけやがって」

 

 

 俺が指摘してようやく気付いたのか、大輝は反対側のコートに落ちてあるボールの回収に向かった。

 ある程度距離が開いたことを見計らって、息を吐く。

 そして目をつぶって、さっきのワンプレーを思い出す。

 

 ……と言っても、捉えきれなかった大輝の後ろ姿しか思い出せん。

 確かに、速いことには速いのだが決して捕まえられないのかと言われればそうではない……筈だ。

 

 なのにまったく脚が動かなかった。

 動けなかった、という方が正しいか。

 まるで蛇に睨まれた蛙のように、体が言うことを聞かなかった。

 

 威圧されたんだ、俺は。

 大輝にそのつもりは決してない。実際に対峙した経験はないが、野生の類でもないだろう。

 ということは────

 

 

「おい、取ってきたぞ」

「……おう。やるか」

 

 

 気を取り直して再度構える。

 それを見た大輝がバカにするように笑った。

 

 

「んだよそれ」

「今日のお前はマジで絶好調みたいだからな。頑張って抗ってやるよ」

「そーかよ」

 

 

 勝負を楽しんでいる大輝と違ってこっちは余裕がない。

 打てる手はすべて打つ。

 

 いつもよりさらに間合いを広げた。

 これでスピードへの反応に僅かだがゆとりが生まれる。

 流石にここからは大輝がジャンプシュートを選んだら届かないが、選ばないという確信がある。

 苦手というのもあるし、こうやって誘い込めば乗ってくる。そういうやつだから……。

 

 

「っし!」

 

 

 意を決したように大輝は予想通りにドライブを選んだ。

 何度見てもスピードは落ちないだろうが、眼は慣れてくる。

 しっかりと大輝の一挙手一投足を視認して構える。

 

 守備範囲に入った途端に大輝はさらに加速した。

 

 

(まだ上がっ……!?)

 

 

 瞬く間に距離を詰められるが、今度は反応できている。

 ドライブコースを防ぎ、ボールに手を伸ばす……

 

 

「あめーな」

「!!」

 

 

 大輝が急激に減速したことで、俺はバランスが崩れ、転ばないよう踏ん張るのに精一杯になる。

 その隙を逃さず大輝が再加速。

 あそこから追いつけるはずもなく、再び大輝はダンクをぶち込んだ。

 

 

「……マジか」

 

 

 まだギアを残していやがった。

 さらに上のスピードだけでなく、緩急まで。

 敏捷性(アジリティ)に差がありすぎる……! 

 

 

「おら、どーだ?」

「いい気になってんじゃねーぞ」

 

 

 言葉だけでも強く返す。

 自分がどういった顔をしているのかわからないが、大輝に見せれるようなものじゃないのは確かだ。

 顔を上げれば、大輝はもう構えていた。

 

 

「ほら、早くやろーぜ!」

「はいはい……」

 

 

 もう日はほとんど落ちており、できる時間も限られてきた。

 大輝は少しでもこの時間を楽しみたいんだろう。

 無邪気な奴だよ、全く……。

 

 そろそろ一本くらい止めねーとな。

 俺のプライド的にも、大輝のためにも。

 

 

「今日はワクにも止められる気がしねー……!」

「言ってろ……」

 

 

 ドリブルで一定のリズムを刻んで機を窺っている。

 大輝が最も得意にしてる(ムーブ)の一つであるチェンジ・オブ・ペース。

 そもそもコイツはリズムが独特なところがあり、加えてスピードを上げても問題なくボールを扱えるハンドリングスキルがある。

 0→最高速度(マックス)の加速一辺倒だったのが最高速度(マックス)→0の減速力もいつのまにか身についてるときた。

 誰でも出来るような単純なものなだけに、天才(コイツ)が使えば無敵の必殺技に昇華する。

 

 

(っ! 来る……!!)

 

 

 直感が告げていた。

 おそらく予測しても意味はない、追いつけない。

 じゃあ(これ)に身を委ねればいい。

 

 思考を捨てろ。

 目の前の事象に、考えるよりも速く体を動かすことに集中させろ。

 

 

 

 ────ダムッ!!! 

 

 

 

「お!?」

 

 

 大輝は予想外とでも言わんばかりに声を上げる。

 完全に対応したことで徐々に行動パターンを絞れる。

 どんな選択肢取るか俺の体は覚えている。

 

 引き剥がそうとするスピンムーブにも食らいつき、急減速からの急加速にも紙一重で粘る。

 ここまで来れば……

 

 

「俺の勝ちだ……!」

「やべっ」

 

 

 ベースラインに追い込んだ。

 スピードに身を任せすぎた弊害が、ようやく俺の味方になった。

 フィジカルなら勝てる。このまま────

 

 

「は……?」

 

 

 再び大輝が視界から消えた。

 一度ボールを保持しているため、ドリブルは不可能。

 だが、すぐに発見した。

 

 体全体をコートにつくほど寝かせ、地面と平行の状態を維持したままベースラインを超えるように跳んだ。

 バックボード裏へ向かって、そうまでして俺を掻い潜ってもここからシュートは……! 

 

 

「オラよっ!」

 

 

 思考に体が囚われた俺の守備範囲から強引に抜け出した大輝は上空にボールを放り上げた。

 ボールはバックボードを余裕を持って超える高さにまで上昇した後、重力に従って落下をはじめ、それは一直線にリングに向かっている。

 まさか、と口に出る前にボールがネットを揺らした音が、静かなコートに響いた。

 

 バスケの常識にはない、発想とそれを体現できてしまうセンス。

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は、今この場で起こったことが信じられない。

 

 実際に体感したこの瞬間を。

 

 決してまぐれではない、必然を。

 

 才能を見た。

 

 こんな奇跡のような神業を容易く行えていいはずがないんだ。

 

 

 

 

 

 ────そうだ、だから世間ではコイツを、コイツらをそう呼称したんだ

 

 

 

 

『キセキの世代』……と

 




モチベになるので、感想お待ちしてます。


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第34Q  焦燥

昨日投稿できたのに呑んでて忘れてました



「順調なようだな」

 

 

 一生懸命に練習に打ち込む部員たちを、白金は満足そうに眺めていた。

 彼の練習メニューになってからはその強度に耐えるだけで精一杯のような部員も多かったが、慣れとフィジカル面での成長に伴い練習中に顔が下を向くこともなくなってきた。

 

 また、個の力は確かなものがありながらも、それ故に主張がぶつかることも多々あり、ちぐはぐだった連携面に関しては不安があった。

 象徴的だったのが紫原と緑間の衝突。

調()()()()()、性格の相性が水と油の二人が互いのプレーに対する不満を露わにして言い争い、練習を中断させてしまうほどに激しいものになってしまう。

 

 それが黒子の機転によって二人はチームワークの重要性を認識して、少なくともコート内では協力するようになった。

 紫原のスクリーンで緑間はスペースを確保してスリーを放ち、ディフェンスの意識が外に向けば緑間はインサイドで待ち構える紫原の豪快なダンクに繋がるパスを出す。

 これをきっかけにチーム全体でも連携に関する問題は解決に向かい、副産物として雰囲気も良くなってきている。

 

 

「ええ、士気も高くまとまりがあります」

「素晴らしいチームだ。これなら私は座っているだけで良さそうだな」

「そういうわけにはいきません」

「わかっている。相変わらず冗談が通じないな真田」

 

 

 如何に戦力が充実していようと、全中制覇までの道のりは長い。

 基本的に一発勝負のトーナメント形式であるため予想だにしないこと、分かりやすく言えば敗北も考えられる。

 部員たちが選手として優れていようとまだ発展途上の中学生。不測の事態が起きた際の対応は監督に求められる。

 

 歴戦の名将である白金がそれを理解していないはずはないが、真田はたとえ冗談だとしてもそんなことはにと指摘。

 こういった真面目過ぎて対応力に難があるところは少々玉に瑕であり、白金が彼に信頼を置いている部分でもある。

 すみません、と謝罪を述べるが真田にもその考えは理解できる。

 

 

「赤司達二年生の完成度は中学生の域を凌駕しており、虹村を筆頭に三年生も控えていることで過去最強であることは間違いないでしょう」

「その意見には概ね同意だ」

 

 

 キセキの世代と呼ばれる才能豊かなスタメン。

 控えに置くには贅沢な実力と経験を持つ三年生。

 スカウティングに長けるマネージャー。

 意外性を持つ6人目(シックスマン)

 試合に安定感をもたらす引導を渡す者(クローザー)

 

 

「紛れもなく過去最強の布陣であり、優勝以外はあり得ないという確信もある。ただ……」

「何か?」

「完成度という点に関しては、意見は異なるな」

「と言うと……」

「まだ()()()()だ。彼らの才能はこんなものではない」

 

 

 そう言ってコートを走り回る彼らを見る。

 現時点で高校バスケに出場させても活躍するであろうほどの実力を持ちながら、それすら彼らの才能の片鱗に過ぎない。

 長年にわたって多くの選手を指導してきた白金はそれを見抜いていた。

 

 

「その点で言えば、彼もそうなんだがな……」

 

 

 視線の先には、虹村からボールを奪う白河の姿。

 彼もまた、入部した時から一軍に所属している才能豊かな部員ではあるが……

 

 

「白河ですか。確かに、ここ数日のプレーには目を見張るものがありますが」

「……君にはそう見えるのか」

「えぇ。今まで見られなかった、必死な様子が見て取れますし」

 

 

 真田の意見を聞いた後、再び視線をコートに戻す。

 集中すると表情が消え失せる白河の顔からは、確かに鬼気迫るものがある。

 つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()要因があるということ。

 

 

「一度話す必要があるな……」

 

 

 この後、この場を離れる予定のある白金は近くにいた桃井に伝言を頼むと、真田に練習を任せて退出する。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

「失礼します」

 

 

 ノックをしても返事がないため、ドアノブを捻って入室するが、監督室は無人だった。

 呼び出した白金はまだ帰ってきていないらしい。

 

 

「いねーじゃん……」

 

 

 練習が終わり、自主練を行おうとした白河は桃井に呼び止められる。

 伝言があると言い、内容は『練習後に制服に着替えて監督室に来なさい』というもの。

 少々渋ったが、監督の指示を聞かないという選択肢は持ち合わせていないので、素直に従った。

 肝心の本人がいないが。

 

 やることもないので一通り部屋を見渡す。

 一目で高級なものとわかる来客用の革を使用した一人掛けのソファーが硝子のテーブルを挟み、窓の近くには普段白金が使用しているのであろう黒塗りのデスクが部屋の中央に並ぶ。

 通路側には大きなガラスケースが置かれ、中には数々の栄光と歴史を象徴するトロフィーや賞状が並べられている。

 

 一番新しいトロフィーは昨年勝ち取った全中のもの。

 右隣にはあからさまに二つほどトロフィーを置くことのできるスペースが作られている。

 

 

「……」

 

 

 視線をデスクに移すと、新聞があるページで開かれたままの状態で放置されている。

 スポーツ紙のようで、一面にあらゆる競技に関する記事で溢れていた。

 その中で、ふと目に入った記事があった。

 

 そこには、青峰の写真が掲載されていた。

 数日前に同伴した試合に関するものだ。

 帝光が関与しているとはいえ、学生(アマチュア)の練習試合の記事が載ることはほとんどない。

 

 見出しと本文を合わせても10行にも満たない小さな記事から目を離せなかった。

 どのくらいそうしていたかはわからないが、扉が開く音で意識が新聞から音の発生源に移る。

 

 

「待たせてしまったようだな。かけなさい」

「……はい」

 

 

 新聞を片付けてデスクにスペースを作り、そこにビニール袋を置く。

 ジャケットをハンガーに掛けて冷蔵庫から缶コーヒーを取り出す。

 

 

「これしかないんだが、飲めるか?」

「……いただきます」

 

 

 受け取った缶のプルタブを引き、真っ黒な液体を口に含む。

 やはり、甘党の白河にブラックが受け入れられるはずがなかった。

 

 

「時間をもらったのに遅れてしまってすまない。このあと予定はあるか?」

「いえ、特には」

「そうか。まあ、そこまで身構えなくてもいい。男二人で腹を割って話そう」

「……はい」

 

 

 わざわざ監督室まで呼び出す理由を、白河は掴めないでいた。

 戦術に関することなら全員を集めてミーティングをすればいい。

 個人的なことであっても、サシで話す機会を作るほどのことがあっただろうか。

 

 

(……レギュラー外すとかじゃねーの?)

 

 

 最悪の場合が脳裏に浮かび始めたとき、白金が口を開いた。

 

 

「お前は思ったより考えが顔に出るな」

「……え?」

「練習の時も、誰かと話すときも表情は変わらない。だが、いざこうしてみるとわかるものだな。

 心配しなくても、お前はチームに必要だ。だからこそ、機会を作った」

「あんまり言われないんですけどね」

「そう言ってくれる相手がいるのなら、人間関係での問題ではないのか」

「まあ、はい。どっちかというと俺自身のことなんで」

「話せる範囲でいい。少しでも言葉にしてみれば、楽になる」

 

 

 少しの沈黙の後、白河はまっすぐにこちらを見据える白金と目を合わせた。

 

 

「単純な話ですよ。ただ、俺は才能が足りないことに対して今更躍起になっているだけです」

「ふむ、才能か……」

「身近に居た大きな才能に俺は憧れていました。誰よりもバスケを愛し楽しむ姿に、そのプレーに惹かれました。

 真似をして同じようにプレーしても敵わないことは分かりきってる。けど、アイツと一緒のコートで、隣でバスケがしたかった。

 だから俺が持っている才能(モノ)を必死に磨けば、アイツに恥じない選手になれる。そう思って帝光に入ってこれまでも俺なりに、努力を重ねてきました」

 

 でも、そう一息ついて再び

 

 

「怖くなったんです。俺の努力や才能(そんなもの)は無意味なんじゃないかって、アイツの才能は大きく眩しすぎる。それを悪意なく純粋にぶつけられて、期待に応えられないのが怖くて……」

「…………」

 

 

 沈黙が流れる。

 胸の内を吐き出しても、白河の心は晴れなかった。

 結局自分がこれからどうすればいいのか、その答えがすぐに分かるわけがない。

 

 

「……そうだったんだな」

 

 

 聞き役に徹していた白金がここで口を開く。

 

 

「私は直接指導していない時でも部員たちのことは見ていた。とてつもない才能を秘めていて、誰よりもバスケを好きな“彼”ならいずれそれが開花することも、良くも悪くも周囲に影響を与えることも分かっていた。だが……」

 

「お前のような反応をする選手が、居るとは思っていなかった」

「え……?」

「バスケをやっていれば壁に直面したり悩みを抱くことはあるが、ほとんどは()()()()ことによるものだ。それがあまりにも大きな差があると分かった時に、諦めたり投げ出すんだ。自身の尊厳を守るために」

 

 

 缶コーヒーを飲み干し、白河を見据えるその目は────

 

 

「お前はそれでも抗おうと言うんだな……」

「……はい」

「なら、足掻いて見せてくれ。決して諦めずに、愚直に疑うことなく」

「はいっ」

「あまり遅くまで残りすぎるのはやめて欲しいがな。全員が帰ってくれないと私も帰れないんだ」

「……すみません」

「冗談だ。しかし、練習をしろとは幾度も言ってきたが、止めようと思ったのは私の長い人生の中でお前が初めてだがな」

 

 ────暖かく、どこか淡い期待を乗せた目だった。

 張り詰めていた空気が少し緩み、自然と肩から力が抜ける。

 

 

「私から言えるのは後二つだ。……白河惑忠」

「はい?」

「帝光の歴史は長い。その中でも一軍で入部したのはあの5人が最初で、おそらく最後だ。周囲が何を言おうと私が問題ないと判断して決めた5人だ。もっと胸を張って、自信を持ちなさい」

「っ!」

「そして、最後に。隣の芝は青く見えるものだ」

「……それだけですか」

「ああ」

 

 

 飲めないだろう、とほとんど中身が残っている白河の缶コーヒーを持って白金は立ち上がる。

 

 

「話は以上だ。たまにはまっすぐ帰って休みなさい」

「はい、ありがとうございます」

 

 

 晴れやかとは言えないが、幾分マシな顔になった白河が退出。

 デスクに座り直した白金は両肘を突き、組んだ手の上に顎を置き、独り言を漏らす。

 

 

「ワシが言えることなど何もない。選手を下手にする方法など指導者(ワシ)は持ち合わせていないのだから。

 だが、もし変えられるのなら……」

 

 

 続きの言葉ではなく、咳が込み上げた白金は掌で口を抑え、治るのを待った。

 

 

「もう長くはないが、せめて……」

 

 

 叶わぬ願いのためにビニール袋の中身をデスクに出して水を用意する。

 ペットボトルを持つその手は朱に染まっていた。

 

 

 

 




3月中に全中終わらせて、青峰と白河の山場をある程度構想を固めるのを目標にしています。
4月からは社会の歯車になるのでこんなにハイペースでは出せない・・・


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第35Q 初陣

今の高校バスケは背番号自由みたいですけど中学はどうなのかわかんないので自由ということにします。
原作連載時は4番から始まって連番という規則だったようですね




 全国中学校バスケットボール大会。通称全中。

 この大会の覇者は勝ち続けてきたたったの一校のみ。

 勝つことを宿命と定めている帝光は、必然的にその先の全中の制覇を目指している。

 そのためには、トーナメント形式で行われる予選を突破する必要があり、今日はその始まりの日。

 

「白河君」

「ん?」

「緊張……してる?」

「してないって言ったらウソになるな」

 

 交流戦で実力を示し、その後の練習試合でも結果を残し続けた。

 レギュラーと認められ、正式にユニフォームを貰ったのは4月からであり、公式戦はこれが初めてだ。

 いつものように無表情に見えるが、些細な変化に桃井は気付いていた。

 

「去年は観客席(あっち)だったからわからなかったけど、練習試合とこんなにも違うんだな」

「だよね。出るわけじゃないのに、私も緊張してきた……」

 

 緊張を起こす要因というのは幾つか見受けられる。

 性格がネガティブ、準備不足、周囲への過大評価や自身への過小評価等々。

 また、帝光の選手ならば共通して根底に抱えている『敗北を許されない』という重圧(プレッシャー)

 これもまた、緊張の要因となり得る。

 

 普段とは異なる空間に大勢の観客(ギャラリー)が詰めかけ、長年にわたって中学バスケ界を牽引する帝光へ期待を寄せている。

 当然のように勝利を収めることを、或いは予想外の敗北を。

 意識しなくとも目に入り、耳に入り、肌に感じる。

 14,5の少年達に向けられるものではない。

 

「でも、今日の相手は全中出場経験のない中堅だろ?」

「うん。でも、油断は禁物っ!」

「わかってる」

 

 とは言え、万が一にも、そのような相手に遅れを取ることはまずない。

 早ければ前半の間に試合が決してしまうことも考えられる。

 帝光はキセキの世代を擁しているのだから。

 

「序盤でリードを奪って、黒子が広げて、俺が〆る。いつも通りだろ」

「……そうだね。頑張って」

「ああ」

 

 ウォーミングアップに向かう白河を見送り、桃井も自身の仕事のためその場を後にしようとする。

 

(最近、様子が変だったけど大丈夫そうだね)

 

 振り返れば、青峰と話しながらシュートを放つ白河の姿があった。

 その光景を見届けた桃井は今度こそその場を後にする。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

「獅子搏兎。どんな相手であろうと全力で勝つ。それが戦いの礼儀だ」

 

 白金は多くを語らない。

 その必要性がないからだ。

 短い発破を聞いた5人の目には自信と闘志で満ちていた。

 

「行け」

 

 呼応して5人が立ち上がれば、歓声が上がる。

 それを見届けると、控えの選手達がベンチに腰掛ける。

 

「白河君」

「……おう」

「なんですか、その間」

「声でなかった」

「驚きすぎでは」

 

 いつも隣に座っているが、その度に黒子に驚かされることには慣れることはない。

 

「白河君は緊張していますか?」

「お前もか……少しな」

「表情筋は死んでいますが、心は大丈夫そうですね」

「言い過ぎじゃね」

 

 こうしてベンチで話す機会も多いため、軽口を叩きあう仲にはなった。

 意外と棘のある物言いをする黒子が、遠慮なしに棘を飛ばすくらいには。

 

「というか、すごく試合に集中しているように見えますが」

「それはあるかもな」

「この前、監督と話したことに関係が?」

 

 視線誘導(ミスディレクション)を行う際に必要な観察力を高めるために、黒子は日々人間観察に勤しんでいた。

 加えて、もとより鋭いところのある黒子もまた、白河の変化に気が付いていた。

 

「そんなとこだ」

「何か言われたんですか」

「言われたけど、俺の方が多く喋ってたな」

「そうなんですか」

「ああ。……俺ってわかりやすいか?」

「慣れれば意外と」

 

 白金から呼び出されて以降白河から必死さが消えた。

 ポーカーフェイスが戻り、白金の鬼メニューでも無表情な状態に戻った。

 ただ、以前とは違ってプレーに積極性が見られるようになった。

 

「まあ、焦りとか不安はあるんだけどな」

「……白河君もそんな気持ちがあるんですか」

「怪我してた時とか、イップスで走りまくってた時とか、今もそうだ。チームに居場所はあるが、キセキの世代(アイツら)みたいに安泰って訳じゃない。お前みたいな特異性もない」

「……それほどでも」

「うるせえ」

 

 照れ隠しのようにこめかみをかくが、やはり表情は変わらない。

 

「とは言え、結局は今できることを継続するしかねーんだよな。急にバスケが上手くなることがないのはイヤってほど知ってるしな」

「そうですね」

「重みが違ーな」

「いつまで無駄口叩いてんだ。試合始まんぞ!」

 

 一瞬の静寂の後に、試合開始(Tip off)

 当然のように紫原がジャンプボールに競り勝ち、帝光のオフェンスから試合が始まる。

 

 とは言え、わざわざ語るまでもないほどに両者には力の差があった。

 赤司が巧みにボールを操り、試合を支配する。

 そのパスを受けた緑間が外からスリーポイントの雨を降らせ、紫原がインサイドを制圧する。

 黄瀬はスタートは出遅れたが、時間と共に本来の実力を発揮。

 

 圧巻だったのは青峰だった。

 練習試合の勢いそのままに得点を量産。

 ディフェンスは誰一人ボールを奪い、シュートをブロックするどころか、触れることすら叶わずに守備陣を切り裂かれた。

 

 一人でさえ手を焼く選手を、中堅程度が5人も同時に止める術を持ち合わせているはずもない。

 周囲の想像を遥かに超えるペースで得点を重ね、リードを広げていく。

 前半時点で既にトリプルスコアを記録し、それでもなおキセキの世代は手を抜くことなくプレーを続ける。

 

 第3Qを半分終えたところで黄瀬に変わり、黒子を投入。

 周囲は『なぜあんな選手が』という反応を見せるが、好都合だ。

 

「黙らせてくださいっス」

「はい」

 

 かつて彼の実力を疑っていた黄瀬からのエールを受けた黒子は、暗躍した。

 赤司から放たれるパスはなぜか明後日に向かい、その様は前半の精度とはほど遠いように見える。

 それが急激に曲がり、常識ではあり得ない軌道とタイミングでパスが通る。

 たった4分で青峰が20得点を決め、試合は決した。

 

「まだだ。最後まで気を緩めるな」

 

 どれほど点差を広げようと代わりに出てくる選手は控えに甘んじていいクオリティではない。

 50得点を挙げた青峰と、出場したばかりではあるが黒子を交代。

 代わりに出てくるのは虹村と白河。

 

「ワク! 気ぃ抜くなよ!」

「おう」

 

 拳を突き合わせて白河もコートに足を踏み入れる。

 勝敗は決しているため、既にお通夜状態の対戦校はそれでもなお、目は死なない。

 

「っし、行くぞ」

「はい」

 

 直後に赤司と紫原も交代したことで、PF(パワーフォワード)ながらボールを長く握ってゲームをコントロールする虹村。

 主将という肩書きが外れたためか、ここ数日の父の容態が安定しているためか、余裕を持ち良くも悪くも冷静に試合に臨んでいた。

 

 虹村が控えめに立ち回る中、擬似的にC(センター)として白河がゴール下を支配。

 決して高く飛べるわけではないが、長い腕と適切なポジショニングでリバウンドを荒稼ぎ。

 イップスからの復活を印象付けた。

 

 また、抜群の精度を誇るミドルジャンパーは全て沈めてみせ、これまでとは違う側面を見せる。

 当然ながらディフェンスでも引導を渡す者(クローザー)としての役割も完璧にこなしてみせた。

 第4Qに相手が満足のいく形でシュートを打つことはなく、リバウンドも全て白河の手に。

 

 

 165-49

 

 

 大会の歴史に残る大勝を挙げた帝光は順当に初戦を突破。

 史上最強との呼び声の高い現チームの道のりに障害などないかに思えた。

 

 

 

 そう、思えた。

 





今後のために白河のプレーを書く上で参考になる選手のハイライトを漁りまくっております。
それを書く場所は決まっていて、そこまでの過程をどう書くかを課題としてより頑張っていきます。
意見・感想等お待ちしておりますのでよろしくお願いします。

それでは


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第36Q 亀裂

黒子は誠凛の時に図書委員だったので帝光でも図書委員です(強制)
それと、今回から基本的に白河視点で書いていきます


 初戦を突破した帝光はその後も圧倒的な力で勝利を重ねていく。

 キセキの世代が強さの根底にあるのは間違いなく、彼らを支えるバックアッパーも潤沢。

 地区予選程度の相手では対戦校はこれといった抵抗もできずにただ蹂躙されるだけ。

 

 無論、対戦校も指をくわえて眺めているだけではなく様々な戦略を用いて一矢報いようと画策する。

 試合開始からオールコートでのマンツーマンを用いて混乱を生み出そうとしたり、徹底的にゾーンを敷いて割り切ったディフェンスを用いたり。

 オフェンスでは多くのチームが個では敵わないと、セットプレーやパスワークで崩すことで得点を狙ったり、エースと心中する選択を取るチームもあった。

 

 すべて無意味だったことは語るまでもない。

 赤司は相手の策に対する最適解を迅速に導き出し、パスでメッセージを送る。

 受け手はそれを読み取って相手を無力化、多少誤算があろうと強引に個の力で押し切って見せる。

 オフェンスではエースの大輝を、ディフェンスでは紫原を中心に真っ向から相手を打ち砕いてきた。

 

 また、監督は二回戦以降、積極的な交代を行う。

 前半はキセキの世代が暴れ、後半は虹村と白河を中心に据えたメンバーで試合を〆る。

 膠着した展開になれば黒子で強引に試合に変化をつけ、流動性を保ち続ける。

 

 強さを誇示しながらキセキの世代に必要以上に疲労を貯めこませず、控え選手の試合勘とモチベーションを維持。

 本戦を、さらにその先を見据えた考えと実行できるだけの人徳と行動力を持つ監督は、細かな戦術を必要としない現チームにおいても監督としてできる限りを尽くす。

 その姿に選手たちも応えようと、試合を重ねるにつれてまだ成長を続けていた。

 

 外から見る分には問題があるようには思えない。

 しかし、キセキの世代の才能による問題は表面化していない、もしくは勝利によって覆い隠されているだけにすぎなかった。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

「白河。青峰は来ないのか」

「すまん、今日も……」

 

 赤司の問いにバツが悪そうに答える。

 予測はしていたようだが、主将としては頭が痛いだろう。

 

「言葉でどうにかできる奴であればこの状況になっていない。気にするな……というのも難しいだろうが」

 

 二人が、もとい部で最近問題となっているのは大輝が練習を休むようになったことだ。

 最初に無断で練習を休んだ時には監督や赤司、幼馴染の俺やさつきもその理由を知らなかった。

 怪我を隠していたり、午後に体調を崩したなどその日は様々な憶測が飛んだが、どれもバスケ馬鹿で練習を休むことなどありえない大輝を心配するものがほとんどだった。

 

 だが、翌日に何事もなく顔を見せた大輝をコーチが問い詰めるとサボりであると正直に打ち明けた。

 チームのエースが、試合を控えている大事な時期に練習を下らない理由でサボった。

 当然、厳重な注意を受けたが本人に悪びれる様子は無かった。

 むしろ、その頻度は増していくことになる。

 

「さつきも協力してくれてはいるけどさっぱりだ」

「そうか。とは言え、監督が何も言わないことが気になる。試合に使い続けていることから、結果を出せばいいと考えているなら練習に来なくとも罪悪感を感じにくいところがある」

「実際結果出してるからな。ノルマも達成してる」

 

 コーチは大輝に注意を繰り返しているが、監督は言及しない。

 試合開始直前に会場入りする大輝を咎めることなくスタメンで起用し続けていた。

 そして、大輝は誰よりも得点を奪い、点取り屋(スコアラー)としての役割を果たしていた。

 

 これには、赤司が課したノルマの影響もあるだろう。

 初戦が終わってから赤司はキセキの世代のモチベーション維持を目的に一試合あたりに20点以上取れ、というノルマを課すことを提案した。

 特に反対意見もなく採用されることになったのだが、大輝にとっては非常に難易度が低いようで遅くとも8分、つまり第1Qでノルマを達成してしまう。

 その後、大輝にだけ高いノルマを設定しても相変わらず容易くこなしてしまう。

 次の試合では50点を課すらしいが……。

 

「オレの策が裏目に出るとは思わなかったな」

「でも、今更それを取り止める気はないんだろ?」

「ああ。それがなければ試合にすら来ないかもしれないからな」

 

 それは無いと、返そうとしたが赤司の雰囲気に気圧され言葉は発せなかった。

 

「奴は勝つためには必要だ。今のところはな……」

「……」

 

 主将として真摯に問題に向き合う赤司。

 時折見せる勝利のための駒として大輝を扱う赤司。

 今回のように思い通りにならないことや予想だにしていない出来事が続いていることにストレスを抱え、()()()()が垣間見えることが増えた。

 

「時間だ。()()も練習中はいない奴のことは忘れろ」

「……ああ」

 

 そう言って赤司は練習開始の指示を出し、ウォーミングアップのためのランニングを行う列を作る。

 隣で走っていた大輝が来なくなってからは最後尾で黒子と走っていた白河だが、今日は委員会で遅れるらしい。

 それを見計らったように緑間が隣に来る。

 

「邪魔するぞ」

「おう」

 

 律儀な奴だ。

 ……いつも先頭集団に紛れてるのにわざわざどうした。

 

「少しいいか」

「……本当に珍しいな」

 

 緑間と話すことはあまりない。

 紫原のように性格が合わないというわけではないが、話すことがない。

 共通の趣味といった話題もなく、そもそも積極的に他者とコミュニケーションを取らないので当然といえばそこまで。

 

「赤司のことだ。さっき話していてどうだった」

「内容のことじゃないよな」

「どうせあの青峰(バカ)に関することなのはわかりきっているのだよ」

 

 練習をサボり人事を尽くさない大輝が気に食わないのだろう。

 無理もないな、それでいて試合では活躍してるし。

 

「いつもどおりだったよ。俺たちのよく知る赤司征十郎だ」

「お前の知る赤司征十郎とはなんだ」

「冷静で常に最適なプレーとパスを選択できる、基本温厚で人望も厚い。コート内外で頼りになる。ただ……」

「ただ?」

「……たまに周囲に対して異常に冷酷になる。駒、もしくはそれ以下にしか思ってないんじゃないか。その考えが出るときは別人のように雰囲気も変わる」

「そうか」

 

 しばらくは無言でランニングを続ける。

 後一周で終わるタイミングで再度口を開く。

 

「赤司は二人いる」

「……多重人格ってことか」

 

 解離性同一性障害とも呼ばれる精神疾患。

 幼少期に受けたストレスが原因であることが多く、ストレスから逃れるために解離……別の人格を形成する。

 

「驚かないのか。いや、そうだとしてもお前からはわからんな」

「これでも驚いてるわ」

「赤司は日本でも有数の名家の子だ。英才教育を受ける中で感じるストレスはオレたちでは想像できないだろう」

「急な主将就任、それに伴う周囲の期待とプレッシャー、大輝の問題……。直近の出来事を考えても赤司にかかる負担は相当だな」

 

 最近その頻度が増えたのも納得できる。

 俺と大輝についての話をするときも高確率で現れることから無関係ではない。

 

「それで? どうにかしたいっていうガラじゃないだろ」

「ああ。少なくとも現段階ではどうにもできないのだよ」

「じゃあ……」

「仮説を確定させておきたかっただけだ。気が付いているのもお前しかいないのだよ」

「なるほど、誰かに話して楽になりたかったんだな」

「勝手なことを言うな」

 

 これがツンデレ……? 

 なんてことを考えていると、走るペースが落ちてきた。

 最近の練習は以前よりも強度が下がり、時間も短い。

 まっすぐ帰宅して親父のケアを受けたいが、やらないといけないことがある。

 

 さすがに毎日ストリートコートに行くのは勘弁してほしいが、言い出したのは俺だからな。




これから先は原作にない展開を書いていければと思います。
時間はかかるかもしれませんが、待っていただければ


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第37Q  それでも

ガソルのハイライト見てたら意欲が湧きました。(湧いただけ)
永久欠番おめでとう


 時刻は18時になろうかというところ。

 夏が近くなってきて日の入りも長くなってきたので、この時間でも明るい。

 後1時間ぐらいは猶予がある。

 

「おい、来たぞ」

「……ん? ワクか」

「俺しかねーだろ」

 

 ストリートコートには大輝が居た。

 練習には来ないのに、俺との勝負は毎日欠かさずにこなす。

 まあ、『負けたら相手の言うことを一つ聞く』って条件を提示したからだろうな。

()()()()一度も勝ててない俺から提案すれば、大輝が乗らない理由もない。

 ……そろそろどうにかしないと財布が寒くなる。もうすぐ夏なのに。

 

「いつも通りでいいな?」

「ああ」

 

 大輝が遊んでいる間に制服を脱ぎ、予め中に着ていた練習着の姿になる。

 鞄の上に折りたたんだブレザーやスラックスを置いて、大輝に視線を向ける。

 

「よっ」

 

 地面に叩きつけられたボールはリングに向かってバウンドすると、バックボードとリングの接着面で小さく跳ねて力を失い、ネットを潜り抜ける。

 こんな打ち方をしようとも思わないし、考え付いても決めるために相当な試投数がいる。

 それを当たり前のように打って決めるのを、コイツは遊び感覚でやってのける。

 

「何回見てもわっかんねぇ……」

 

 理解するだけ無駄とはいえ……。

 俺の準備ができたのを確認して、大輝がボールを投げる。

 

「今日はどうすっかな。アイスは飽きちまったし」

「勝つ前提かよ。割と財布ピンチなんだよな」

「手加減してやろーか?」

「バカ言え。死んでもごめんだ」

 

 そう言いながら大輝が本気でプレーしていないのはわかる。

 手を抜いてるわけじゃない、俺の実力が足りないから無意識にセーブしているだけだ。

 瞬間的にそれが外れるときはあるが、そうでないときは5,6割といったところ。

 

 悔しいが、感心しているし以前あった諦めはなくなった。

 できることをやるだけ。

 まずはそれを考える。

 

 

 

「行くぞ」

 

 

 

 俺がボールを持って構え、大輝は自然体で脱力した構えになる。

 この1on1における『負けたら相手の言うことを一つ聞く』以外のルールは

 

 ・10点取った方の勝ち

 ・俺のオフェンスから始める

 ・シュートを止めない限りオフェンスは終わらない

 

 と定めている。

 大輝相手にオフェンスを作る機会が来る回数は限られているため、情けをかけてもらっているところはあるが。

 

「来いよ、今日も楽しませてくれんだろーな」

「さぁな」

 

 まだ俺には楽しむ余裕はない。

 大輝にはスピードで敵わない、代わりにサイズで勝ってる。

 格上と対等に戦うには自分の強みを前面に押し出すことだ。

 

 左にドライブを仕掛けるが、フェイントもないため抜くことは敵わない。

 肩を当てて左手でボールを扱うことで大輝もボールを奪えない。

 充分にスペースを確保してはいるが、このままパワーで押し込むことはできない。

 

(っとなるとワクの考えは……)

 

 肩をぶつけて、後方に左足を踏み出す。

 普通ならこれだけでかなりスペースを作れるが、コイツの場合はそうはいかない。

 

「だろーな。フェイダウェイだろ?」

 

 互いの思考の傾向や癖は考えずともわかる。

 このくらいは読まれて当然。

 だが……

 

「あめーよ」

「あぁ?」

 

 距離を詰めた大輝の脚が止まる。

 読まれるのは分かっていれば、コイツが速かろうがこれなら止めれない。

 

「チッ、ワンレッグか」

 

 文字通り片足(ワンレッグ)を上げて相手と自分の体の間に置くことでスペースを生み出せる。

 間合いを維持できれば高さでの勝負になり、そこで勝っていればプレッシャーを受けることなくシュートを打てる。

 若干怪しい軌道だったが、リング上で跳ねたボールはネットに吸い込まれる。

 

「やるじゃねーか。初めて先制したんじゃねーの」

「まあな。練習した甲斐があったわ」

「その割にはブッサイクだったなぁ今のループ」

「うるせぇ」

「付け焼き刃じゃねーけど、まだ自分のモンになってねーだろ」

 

 返事はしないが、図星だった。

 フリーで打っても精度はまだまだ、練習でもあまり決まってない。

 まぐれに近い、次を打っても入る気はしない。

 

「次は止めてやるよ」

「そうはいかん」

 

 大輝は依然脱力した状態だが、目はさっきより鋭い。

 若干集中力も増してきてるな……。

 

「読むまでもねーよ」

「!?」

 

 裏をかいてノーフェイクでモーションに入るが、読まれる……というより反射的に動いたなコイツ! 

 脚が離れる前にボールを握りなおして、体を折りたたむ。

 モーションを強引にキャンセルしてドライブを()()()()()

 

 ドライブを右側に仕掛け、大輝も追走。

 追いつけるのに、わざとスピードを落として誘導してやがる。

 

 減速しても外側に押し出されてタフショットを打たされるだけ。

 俺に選択肢は残されていなかった。

 出せる最速のスピードでゴール下に突っ込むが、ぴったりとついてくる。

 

「空中戦なら勝てるぞ」

「どうだろうなっ!」

 

 踏み切るタイミングを早め、ボールを持ってから1歩目で跳ぶ。

 身体能力では大輝に軍配が上がるが、自由が利くのは俺だ。

 ここで……

 

「意識が逸れたな」

「っ!」

 

 ボールが弾かれ、勢いよくコートの外を転がる。

 

「空中戦だと分があると思ったか? その前に奪っちまえばいいだけだろ」

 

 やられた……。

 跳ぶ前の一瞬を突かれた、割と紙一重のプレーなんだが。

 

「攻守交代だ」

「……ああ」

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

「よっ」

 

 ドリブル中にボールを手から零して、空中に置く。

 重心が偏って,俺が一瞬反応に遅れをとった間にボールを回収して左手でシュート。

 下投げから放ったそれは、ボールが浮き上がるような軌道を描き、俺の指をかすめてリングに吸い込まれる。

 

「あっぶね、触ったろ?」

「でも決めやがったなこの野郎」

 

 無茶苦茶な打ち方にも反応できるようにはなってきたが、ギリギリで捕えきれない。

 これで2-6。あと二本で決着(ケリ)がついてしまう。

 

 練習をサボろうが、才能は錆びつかない。

 むしろ、どんどん研ぎ澄まされる。

 毎日練習に参加してるのがバカらしくなるな……。

 

「……なあ」

「あ?」

 

 不意に大輝が話しかけてくる。

 これが終わったあとに話すことはあるが、1on1中に挑発(トラッシュトーク)以外で話すことはない。

 珍しいな……。

 

「お前、何がしてーの?」

「何って?」

「赤司に言われてんだろ? 俺を練習に参加させろって」

「おう」

 

 嘘をつく理由もないので正直に答える。

 

「まあ、お前が口で言って聞く奴じゃないのは俺やさつきじゃなくてもわかる」

「だからこうやってバスケ使って煽りと報酬で釣ろうって魂胆か」

 

 まあ、否定はしないけど……

 

「悪くねーが、見通しが甘ぇ。お前が勝たねぇと、意味ねーんだよっ!」

 

 大輝が加速する。

 ドライブコースに間一髪体を入れるが、ここから……

 

「反応はできるようになったか? けどまあ……」

 

 クロスオーバー……だけど

 

「お前はそこから……!?」

 

 大輝の顔に焦りが見えた。

 ここまで完璧に切り返しに反応したのは初めてだからな。

 

「そこからなんだよ?」

 

 ハンドリングが速すぎてドリブルの音が()()()()

 ほんの少しだけ2回目の音が聞こえたから、シャムゴッド*1ってわかった。

 

「へっ、ついてくるか」

 

 それを見て、大輝はジャンプシュートに変更する。

 合わせて跳ぶが、コイツが今更普通のジャンプシュートを打つはずがねぇ。

 

「このっ……!」

「おっ!?」

 

 後方ではなく、横に跳んでのシュート。

 だが、上のコースは覆い被さって防いでいる。

 左手に持っているボールを直線に近い軌道で放つこともできないだろ! 

 

 大方俺の勝ちだ。

 だが、まだコイツ……

 

「オラァ!!」

「!?」

 

 伸ばした手の間を狙って投げやがった。

 髪を掠めたボールは一度リングに収まるが、リングの内側を回りだし、半身ほど顔をだす。

 

 外れるか? 

 見た目に反してこのシュートは繊細だ。

 咄嗟に余裕なく投げた今のシュートは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……勢いをなくして吸い込まれていった。

 

「あー……マジか」

「っぶね……」

 

 今までは手が届かなかったが、ギリギリ手が届かないのも歯痒い。

 

「寝るなよ、ワク」

「るせぇ、今の決めるかよ普通……」

 

 大の字で倒れたら大輝にツッコまれた。

 これくらいはいーだろ、たまには萎えても。

 

「……さっき言ったよな? 勝てねぇと意味ねぇって」

「それがどーした」

「なんで意味ねーんだ?」

「あぁ? そりゃあ、お前が勝ってオレにゆーこと聞かせて、練習に復帰させてーんだろ」

「え、別に」

「は?」

 

 そんなつもり一切ねーんだよな。

 最初から練習に参加させたいとか赤司にも言ってないしな。

 

「部の人には説得してるとは言ってるけど、実際この1on1の時もそれ以外の時も、一回でも練習に帰って来いって言ったか?」

「……言ってねーな」

「そーゆーことだ。戻ってくれるんだったら嬉しいけど、お前がサボるくらいだからよっぽどの理由だろ」

「いーのかよそれで」

「試合には来てるし、監督も使ってるうちはいいんじゃねぇの」

「……さつきは毎日電話してくんだよ。休み時間に会ってもそのことばっかだしよ」」

「知ってる。だから、前みたいに俺はこうしてバスケしてバランス取ってんだろ」

「取れてるかこれ……」

 

 そう言って、大輝も腰を下ろして胡座をかく。

 俺も上体を起こし、足を伸ばして座って大輝と目を合わせる。

 

「試合に出てればコートに一緒に立てるし、まだこうやって1on1付き合ってくれるからな」

「律儀に毎日終わる時間連絡してくるからだろ」

「だとしてもだろ。それに、本当ならもう来ないこともできるよな」

「あ?」

「1on1に勝てば相手に一つ言うことを聞かせられる。かなり自由が効くよな。高いアイスやらグラビア雑誌やら、色々俺の金で豪遊してるけどよ、初日に勝った時に言えただろ?」

「……何が」

()()()()()()1()o()n()1()()()()()()()()()()って」

「!」

 

 言うまでもなく、この勝負を始めてから俺は負け続けている。8連敗中だ。

 つまり、『この勝負を持ちかけるな』って大輝が言えば良かったはずだ。

 こう言う時の約束は口で交わしたものでも大輝は守る、俺となら特に。

 万が一、負ければ俺が『練習にちゃんと参加しろ』って言ったら従わないといけないからな。

 

「負けるかよ、オレが」

「大輝ならそう言うよな。でも、要はバスケをするのが嫌になったんじゃないんだろ? 練習に来ないってことはバスケが嫌いになった可能性もあるんだから、本当にそうならそもそも最初からこの勝負をお前は受けてない」

「……さぁな」

 

 目を逸らした。

 黒子と話したことがあるが、やっぱりコイツは昔から嘘をつくときにその癖がある。

 

「バスケが好きって気持ちは消えてない。だから、()()()()()()()()()()()()。合ってるか?」

「…………」

 

 押し黙り、目を細めて俺をじっと見つめる。

 だが、すぐに観念したように口を開いた。

 

「頑張ったらその分上手くなっちまうだろ」

「おう」

「そしたらドンドン周りとの差が開いてよ、バスケがつまんなくなってくんだよ」

「うん」

「だったら、ノルマだけこなして後はテキトーにやればいーだろ。所詮バスケなんて遊びだしな」

「……次の試合、お前のノルマ50点らしいぞ」

「ヨユー」

「だろうな」

 

 それだけの力を持ってしまった。

 才能が開花してしまった。

 大輝が最も求める好敵手(ライバル)は、コイツが上手くなるだけドンドン限られていく。

 少なくとも他のチームには、もう……。

 

「つーかよ、それならワクはどーするつもりだったんだよ」

「ん?」

「万g……億が一勝った時にオレになんてゆーつもりだったんだよ」

 

 さりげなく俺の勝つ確率を下げたのは一回スルーの方向で。

 

「……考えてなかったな」

「はぁ!?」

 

 大声出すなよ。

 まだ明るいけど、それなりに遅い時間なんだから。

 

「正直に言えば、最初の2回くらいはちょっと考えてたけど、今は一切ない。今後勝っても、少なくとも練習に戻れとは言わねーし、かと言ってな……」

「んだよそれ……」

「お前と違って煩悩まみれじゃねーんだよ」

「……じゃあ今考えろ」

「急だな、オイ」

「いーから考えろって」

 

 どーっすかな……。

 

「……」

「マジでなんもねーのかよ」

「そうだな。強いて言えば

 

 

 

 

 

 

 

「────────────────」

 

 

 

 

 

 

 俺の返答を聞いた大輝はなんとも言えない顔をしていた。

 

「んだよそれ」

「こんなもんだよ。俺はお前とバスケできればそれでいいんだからよ」

「……お前はどうなんだよ」

「絶対にない。それこそお前がいれば」

「……よくそんなこと恥ずかしげもなく言えるな」

「ホントのことだからな。恥ずしがる必要あるか?」

「そーゆーとこだっつーの」

「おっ笑った」

「……笑ってねぇよ」

 

 照れ隠しなのか、立ち上がってさっさとボールを拾ってきて、手招きをしている。

 

「もう日が暮れる。さっさとやるぞ」

「急にやる気だしたな。俺の告白が効いたか?」

「早くしろっ!」

「ハハっ」

「笑ってんじゃねぇ!!」

 

 こんな大輝を見るのも、笑ったのも久しぶりな気がするな……。

 さて、やりますか……! 

 

*1
ドリブルの一種。ディフェンスの目の前に、わざとドリブルを着いて、飛び付いたディフェンスをドリブルチェンジしてかわすスキル




私としては多い5000文字越えでした。
読んでいただきありがとうございます。後2、3話で全中予選終わりです。
原作での試合描写も少ないし、こんなもんですかね。

モチベに繋がりますので、感想やご意見お待ちしております。
それでは


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第38Q  おかえり

白金と話してから吹っ切れたから自由にやらせてるけど白河こんなんでよかったけ
あと、前回長かったので今回バランスとりました


 空中でリングから遠ざかるように回っている最中に背中越しにボールを放る。

 咄嗟に伸ばした手が届くことはなく、地面に落下しながらリングを潜り抜けるさまを見ていた。

 これで大輝は10点目。勝負ありだ。

 

「負けたぁ……」

 

 汗で砂が服や腕につこうが関係ない、こんな時は寝っ転がってしまえばいい。

 そんな俺を大輝は覗き込む。

 

「今日は惜しかったな、結局俺が勝ったけどなっ!」

「うぜぇけど事実だから言い返せん……」

 

 そういいながら差し出された手を取って立ち上がる。

 付着した砂を払っていると、気持ちが漏れる。

 

「悔しいな、今日はいけそうだったのに」

()()()()してた奴がそんなことよく言えたもんだ」

「……それもそう、か?」

「なんで疑問形なんだよ」

 

 あんな顔っていうのは大輝が二軍に同伴した試合で才能が開花した後に、一方的に1on1で負けた時のことだろう。

 確かに、あの時は悔しいどころか絶望すら感じなかった。

 頭が真っ白でなにも考えれなかった。

 

「でも、またこうやって大輝と1on1ができるし、負けて悔しい。……悔しくなかったら、もうお前と同じコートに立つ資格もないんだよ、実力とかは関係なしに」

「なんだそれ」

 

 鼻で笑いやがったこの野郎……。

 時間はもう19時を回った。

 勝負もついちまったし、ここにいる理由がない。

 

 制服を今さら着る気にもなれず、カバンの中にしまう。

 ついでに財布を抜き取ってズボンのポケットに突っ込んで大輝のお願いを聞くとするか。

 

「で、今日はなんだ」

「どーっすかな……」

 

 昨日はコイツの推しのグラビアアイドルが表紙の雑誌買わされたからその類はない。

 アイスか、ジュース……マジバの可能性も。

 

「……いーや、保留で」

「あ?」

「今食いたいもんも飲みたいもんもねーし、今日発売される雑誌も興味ねーし。だから保留で」

「別に必ず俺に金を使わせる必要はないぞ」

「わーってるって。で、いいか? 保留で」

「モラルや法律の中でな」

「オレのことなんだと思ってんだ……」

 

 カバンを肩にかけて、大輝と並んで歩きながら帰路に就く。

 他愛のない話をつづけながら、信号に従って足を止める。

 

「明日は?」

「今日と同じ時間で」

「ちげーよ、練習の時間だ」

「16時だけど、お前……」

「出るわ」

 

 ちょっとびっくりして固まってたら俺を放置して歩き出したので、ついていく。

 

「明日はそうゆう気分か?」

「いや……明日からちゃんと行くわ。練習」

「失礼」

 

 額に手を置いて体温チェック。

 熱は……ないな。

 てか、デコ狭いなコイツ。

 

「お前の手がでけーんだよ! 離せ!」

「ちょっと湿ってる」

「オイッ!」

 

 ナチュラルに心読むなよ。

 

「なんで急に戻る気になったんだよ」

「……別にいーだろ」

「わかった」

「いーのか」

「聞いてほしかったのか?」

「それはねーな。つーか、マジでどーでもよかったんだな。練習に戻るかどうか」

「うん」

 

 バスケやめるって言うなら全力で止めるけどな。

 練習に参加しようがしまいが、バスケしてる間はそんなに重要じゃない。

 

「じゃあ1on1はどうする?」

「やってもいーが、普通にやろうぜ」

「勝ち逃げは許さねぇぞって言いたかった」

「言えねーのかよ」

 

 寒いんだよね、懐。

 

「じゃあ、明日監督とコーチと赤司に謝りにいこーな」

「……ダリイな。監督とコーチはともかく赤司は」

主将(キャプテン)とはいえ、同期に謝るのが一番億劫なことある?」

 

 放任気味な監督。

 厳しく言うけど態度を示せば許してくれるコーチ。

 普段は温厚だし融通はある程度聞くけどなんか恐ろしい部分が見え隠れする赤司。

 ……前言撤回。

 

「俺も一緒に謝ってやるからさ……ん?」

「オレだな」

 

 バイブ音が響き、大輝が液晶を眺めると通知を切った。

 すると、今度は俺のカバンから振動が起こる。

 外側のポケットに入れてある携帯を取り出して耳に当てる。

 相手? 大輝に電話して出なかった時点で予想はつく。

 

「なんださつき」

『あ、ワッくん! 近くに青峰君いる!?』

「隣」

『電話切られたんだけど! 代わって!』

「だって」

「無理」

「だって」

『ちょっと!』

「要件は俺が聞く。多分練習に戻ってきて、だろ?」

『うん! ワッくんもわかってるなら説得してよ』

「あ、大丈夫。明日から来るって」

『……ふぇ?』

 

 素っ頓狂な声を上げて黙ってしまう。

ちょっとかわいいなおい

 

「じゃ、そーゆうことで。また明日」

 

 なんか言ってたけど電話を切る。

 悪いけどこれ以上言えることないんだよね。

 

 Q.どうやって説得したの? 

 A.ただ1on1で負け続けただけです。

 あ、悔しさが……。

 

「明日は負けねーからな」

「はっ、だといいな」

 

 そう言って、俺たちは拳を突き合わせる。

 うん、やっぱりこれで何とかなるもんだわ。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

「すみませんでした」

 

 授業開始前に、俺と大輝は監督とコーチのもとに向かって頭を下げた。

 おそらく、練習に何も言わずに参加しても大丈夫だろうが、筋は通さないといけない。

 

「なぜ、再三の警告を受けても従わなかった」

「……試合で結果出してるからいいかなって」

 

 コーチの問いに、大輝は頭を下げたまま答える。

 

「確かに結果は出していたが、周囲がお前たちに注目しているのはプレーだけじゃないんだ! それをわかっているのか」

「まあ待て、真田。二人とも顔を上げろ」

 

 監督は無表情のまま、大輝を見据えていた。

 コーチは相変わらずの仏頂面だったが。

 

「青峰、お前はバスケを嫌いになったわけではないんだな?」

「……はい」

「そうか、なら私からこれ以上言うことはない。過ちを認めてちゃんとここに来て頭を下げたんだ。良いな、真田」

「……監督がそれでよろしいなら」

 

 言いたいことはあるのだろうが、監督がこう言ってはコーチも従うほかない。

 

「これからも、チームに貢献してくれることを期待している」

「はい……ありがとうございます」

「白河」

 

 今度は俺に顔を向ける。

 さっきよりも少し表情が和らいだように見える。

 

「諦めずに青峰を説得してくれてありがとう」

「当然です」

 

説得(敗北)

 

 

「このまま青峰が無断欠席を続ければ、スタメンをお前にしようと思っていたんだがな」

「……本当にそんなことを考えていたんですか」

「ふっ……。良い仲間を持ったな、青峰」

 

 時間が時間なので、練習前に部員に謝罪をすることでひとまず事態は収束に向かう。

 一時的ではあるが、再びチームは一つになって全中二連覇へひた走ることとなった────。



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第39Q  on fire

 全中予選決勝。

 勝った方が全中本選への切符を手に入れることができる。

 まあ、周囲の予想は何事もなく帝光の勝利。

 その中でプレーをするプレッシャーは多少あるが、さほど問題はない。

 

「ねぇ、ワッくん」

「ん?」

「結局、青峰君をどうやって説得したの?」

 

 アップが終わった後にさつきが聞いてくる。

 靴紐を試合直前に結びなおすルーティンをこなしながら答える。

 

「ただ1on1し続けて、負けてただけだよ」

「……そればっかりだね」

「本当だからな」

「まあ、嘘はついてないけど」

 

『お前とバスケできればいいよ』とは言ったけど今言ったことも事実だからな。

 というか、なんで嘘ついてないって断定できるんだよ。

 

「私には嘘つかないもん」

「読むな心を」

 

 右、左の順に結び直して踵周りに指を這わせて調整すればルーティン終わり。

 よっぽどのことがない限りはただ相手を蹂躙するキセキの世代の後処理だ。

 

「白河、少しいいか」

「おう……?」

 

 主将様のお呼びだ。

 なんだろな。

 大輝がなんかしたか? 

 

「監督にはまだ伝えていないが、黄瀬はこの試合の出場はない。急で悪いが、スタメンで出てもらう」

「黄瀬に何かあったのか?」

「少し動きに違和感を覚えたから問い詰めたらケガを隠していたようだ」

「色々とバカだな、アイツ」

 

 怪我をするのはしょうがない。

 ある程度は防げるが、アクシデントだってあるし数か月前は帰宅部だった黄瀬の体がハードな練習と試合をこなすうちに悲鳴を上げるのは充分に考えられる。

 

 ただ、黄瀬は言わずもがなチームの主力だし全中制覇を目的としているのに、今無理をする必要は微塵もない。

 黄瀬以外の4人の実力やベンチの層の厚さを考えると怪我を隠していいことはない。

 

「予選とはいえ、決勝の舞台だ。時間はないが、準備を頼む」

「わかった。俺なりに精一杯やらせてもらう」

 

 納得したのか、赤司は監督へ報告に向かった。

 虹村さんでも良かったんじゃないかと思ったが、出たいから言わない。

 とはいえ……

 

「にしてもいきなりだな……」

「だね。黄瀬君大丈夫かな」

「でも動けてたし、気づいてるのも赤司くらいなんじゃないの。だったらそこまで深刻な怪我じゃない」

「そっかー。でも、ワッくんは大丈夫なの?」

「まあ、もう何試合もやってるから大丈夫と言いたいけどな」

「大丈夫じゃないの!?」

「ちょっとだけ緊張してきた」

 

 先発は流石にな。

 たとえ俺がミスを何回かしても問題なく勝てるだろうが……。

 

「せっかくの機会(チャンス)だからな。大輝と同じコートに一緒に立つのもずいぶん久しぶりだし」

「ワッくん、なんか変わったね」

「そう?」

「うん、自分の考えはあるけど、それを表にすることはあんまりなかったよ」

「……それもそうか」

「だけど、ワッくんはワッくんだからね」

「なんだそれ」

 

 さつきはそう言って、両手で俺の手の甲を包み込むように握った。

 

「……あの時より大きい、かな」

「わからんな俺には」

「実際にはあんまり変わってないと思うよ。でも、努力はウソをつかないから」

「……そうかもな」

 

 握られている箇所がほんのり温かい。

 最近は気温も高くて嫌になるけど、この人肌の温もりはまるで違うな。

 ……落ち着く。

 

「頑張ってね」

「あぁ」

 

 そろそろ試合の時間だ。

 コートに繋がる扉を開けると、その熱気と緊迫した空気に思わず笑っちまった。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

「黄瀬は足首に違和感があるため、大事をとってこの試合には出さない。

 赤司から聞いているだろうが、頼むぞ白河」

「はい」

 

 試合前のミーティング。

 と言っても、複雑なゲームプランはこのチームに存在しない。

 試合中に問題があっても赤司が修正、そうでなくても個の力で強引にごまかせる。

 

 それが終われば、監督からの激励。

 短く、的確な言葉で俺たちの士気を上げてくれる。

 全国のあらゆる学校の長は見習ってほしいね。多分同年齢くらいでしょ。

 

「いつも通りだ。全力で戦ってこい」

 

 これで終わり。

 一斉に立ち上がってコートに足を踏み入れる。

 いつもは感じることのない空気は、思いの外いいものだ。

 

「気分はどーだ?」

「ずるいなぁって」

「んだよそれ」

「そのままだよ」

 

 大輝もいい顔をしてる。

 これまでとは別人みたいに。

 

「足引っ張んじゃねーぞ」

「当然」

 

 こぶしを突き合わせ、それぞれのポジションにつく。

 流石に決勝に来るチームなだけあって、委縮している様子はない。

 

 

 

 一瞬の静寂の中、コート中央でボールが空中に放り投げられ、試合開始(Tip off)

 

 

 

 当たり前のように紫原がジャンプボールに競り勝ち、帝光のオフェンスで始まる。

 だが、これは想定していたのか、相手はすぐに用意されたディフェンスを敷く。

 

「大輝に二人(ダブルチーム)か……」

 

 相手のエースに用いる対策としてはシンプルだが、効果はある。

 大輝のスピードであれば二人まとめて引き剥がして点を奪うなんて容易い。

 だが、少しは苦労するだろうし最近まで試合にしか出てなくて、それも前半までの出場に留まっていたことを考えると体力的に心配なところはある。

 

 それに、俺をフリーにしても問題ないと思ってるんだな……。

 

「白河」

 

 眼で、パスで、俺にメッセージを送ってくる。

 ありがたくやらせてもらおう……! 

 

「来るぞ!」

 

 他の3人がゾーンを組んでいるけど、ダブルチームを充てている分一人一人の負担はかなり大きい。

 選手間で守るスペースのギャップは大きく、機動力と判断力を継続させないといけない。

 そこを、余裕のあるこの段階から無効化する。

 

 フリースローライン付近に一人、左右のローポスト付近に一人づつ。

 ウィングの内側を目指して侵入を試みると、トップの選手がプレッシャーをかける。

 だが、本気でないのが丸わかりだ。

 こんなのをプレッシャーとは言わない。

 

 

 ────スパッ

 

 

 あえてそのタイミングでシュートを選択してこれを決める。

 いつになくシュートタッチがいい気がする。

 それでも傍から見れば割り切っているシュートが一本入っただけに過ぎない。

 互いに一喜一憂することなく試合は進んでいく。

 

 

 

 俺のディフェンスは警戒しているのか、俺がマークした選手はコーナーにポジションを取って動かない。

 流れによってマークが変わっても俺を見ればコーナーに向かって足を止める。

 アイソレーション*1を使って少しでもオフェンスでの機会を見出そうとしている。

 

 だが、無意味に等しかった。

 紫原がゴール下にいる限りはインサイドでの得点は難しく、そもそも他の3人のディフェンス力も高い。

 むしろ俺は体力を温存できたことでオフェンスに専念することができる。

 

 相変わらず大輝にダブルチームを続けることで残された3人でゾーンを敷く。

 質でも個でも劣る彼らが守り切れるはずもないことを俺が得点で示す。

 ディフェンスの戦術を一切変えない相手にミドルジャンパーで返し続けた。

 赤司のパスが良いのか、さつきの応援が効いたのか、練習の成果が出ているのか、俺のシュートは一切落ちなかった。

 

 ある程度は許容できるだろうが、落ちないとなると話が変わってくる。

 残り5分でようやく大輝のダブルチームを解体してゾーンを再形成するが、そうなると赤司がタクトを振るう。

 解放されたケモノがゾーンを切り裂き、俺は引き続きギャップにポジションを構えて隙を突く形で得点を重ねる。

 緑間と紫原もそれぞれの仕事をこなし、第1Qは全てのシュートを鎮める記録的な8分間となった。

 

「流石ですね」

「どうも、お前も続けよ?」

「はい」

 

 俺はここで一度交代。

 次の8分間は予測不可能なパスに踊らされたことで完全に守備が崩壊。

 これまでと同じようにハーフタイムでキセキの世代を下げて、後半はディフェンスに重点を置いて試合を〆た。

 

 順当に帝光は全力本選への出場を決めた。

 周囲はこの結果に特に驚くことはなかった。

 

()()を除いて…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 決勝でも圧倒的なスコアリングショーを演じた大輝と俺の得点に関するスタッツがこの試合に限れば全く同じであったと────────

 

*1
分離、隔離、孤立、絶縁などの意味を持つこの言葉はバスケではオフェンス側が1on1のスペースを提供する戦術としての意味合いを示すことが多い。今回は1on1は選択せず白河がマークについた選手がコーナーで試合に関与しないことでディフェンスから隔離している。




というわけで全中予選は次で終了です。
次回を挟んで全中編になります。

早ければ金曜に更新させていただきますので引き続きよろしくお願いいたします。

それでは


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第40Q あちちち

日常パートです
難しいな、もうちょっと○○く書きたいけど……


 

 全中予選は終わり、8月に入った。

 約3週間後に控えた本戦で、帝光やその周囲が求めているのはただの優勝ではない。

 圧倒的な強さを示しての二連覇だ。

 そのために、暑さと共に練習強度も増していく。

 今日はその疲れを癒す束の間の休息、のはずだったが……

 

 

「ほら、ペン止まってるよ!」

「るせー! 何時間ぶっ通しでやってると思ってんだ!」

 

 ……俺としては見慣れた光景だ。

 とはいえ、夏の風物詩に『大輝に追い込みをかけるさつき』は要らねぇ……。

 この3人でいつまでも過ごしたいとは思っているが。

 

 計画的に進め、既にさつきと俺は夏休みの宿題を終わらせている。

 そして大輝はいつも夏休み最終日に涙を流しながらペンを走らせるのだが、それができるのは小学生まで。

 全中は8月の終わりに開催されるため、追い込み期間が少ない。

 そのため、8月に入ったばかりの今日になるべく終わらせようとしている。

 

「お前ら終わってるんだったら答え見せろよ」

「それじゃあ自分のためにならないでしょ!」

「諦めろ、赤司に言うぞ?」

「クソッ……」

 

 昨年は夏休みの宿題を一教科も終えなかったことで、担任や教科担当に怒られたが、一番雷を落としたのは真田コーチだろう。

 周りがなんとか懇願して二軍落ちは避けたが、終わっていない課題に加えて補習を受けさせられていた。

 二の舞を踏むまいと、赤司から指示を受けて俺とさつきがこうして貴重なオフを費やしているわけだ。

 こういう時に赤司の名前は便利だな。

 

 勉強しないのが悪いとはいえ、朝9時から俺の部屋に連行して強制的に机に向かわされているのは可哀想。

 乗り込んで布団引っぺがしたのと提案者は俺だけど。

 

「まあ、でも腹は減ったな。二人は」

「私も」

「今日何も食ってねーよ」

「じゃあ、簡単になんか作るわ。その間頼むぞ」

「はーい」

 

 正午になろうというタイミングだ、午後も勉強は続くからなにか腹に入れないとな。

 部屋に二人を残して、俺は廊下に出るが……

 

「あっつ」

 

 クーラーの効いていない廊下は蒸し風呂のように暑い。

 日当たりがいいのも考え物だな……。

 

 一階に降りてキッチンの周りで食材を漁る。

 3人いるし、俺と大輝はたくさん食べる。

 簡単で大量に作れて、この時期ならではのものと言えば……

 

「あったあった」

 

 ……素麵一択だ。

 両親の職業柄、交流が広くてその分暑中見舞い等のやり取りも多い。

 ゆえに大量の素麵の消費は毎年の白河家の風物詩だ。

 毎食、一週間毎日素麵だった時も……。

 俺の夏の風物詩にろくなものなくね? 

 まあいいや、作るか。

 

「他には……ネギと胡瓜があるな。鶏むね肉のストックと、これも……」

 

 扇風機を引っ張り出して窓を開ければ、体感温度はいくらかマシになる。

 ある程度目星を付けた材料をキッチンに並べれば準備は完了。

 

 

 

 まずは素麵をゆでる、大量にだ。

 高級品だが、食べなれてしまったそれをパッケージの指示に従って大量のお湯にぶち込んでいく。

 タイマーをセットして、これが入るだけのざるとボウルを用意すればオッケー。

 

 次は薬味だ。

 ネギはあればあるだけいい、こいつを大量に切り刻む。

 母のスピードと手際には遠く及ばないが、怪我をするわけにはいかないので丁寧に切っていく。

 2本分あるが、十分足りるだろう。

 玉ねぎもみじん切り、大葉も細く切って、オクラは刻んでから包丁の腹で潰して粘りを出す。

 ショウガはおろし金ですりおろす。

 これで薬味は終わり。

 

 次に、胡瓜はイボをならしてから先を少し切り落としてから細切り。

 トマトは軽く洗ってヘタをとってから櫛切り。

 低温調理済の鶏むね肉を手で割いておく。

 皿に胡瓜を敷いて、鶏むね肉をその上に敷く。周りをトマトで囲う。

 自家製のゴマドレッシングをかければ、棒棒鶏の完成。

 

「さつき呼ぶか」

 

 出来上がった棒棒鶏を運んでもらうためにスマホでさつきを召喚。

 すぐに階段を駆け下りる音がしたかと思えば目を輝かせたさつきが皿をのぞき込んでいた。

 

「もうできたの?」

「棒棒鶏は切って盛り付けるだけだからな。あそこのトレーに乗せて、ついでに薬味も持って行ってくれ」

「はーいっ」

 

 タイマーが鳴ったので火と一緒に止める。

 ざるにぶち込んでお湯を流してから、氷水でいっぱいのボウルに移して冷ましながら素麵を引き締める。

 

「こんなに食べれるの?」

「余裕だろ」

 

 軽く10人前はある。

 さつきが頑張っても2人前くらいとしても、俺と大輝なら4人前くらい訳はない。

 薬味も大量にあるから味も困らない。

 

「なんか手伝おうことある?」

「じゃあ、食器棚からガラスの大きい器とつゆを入れるやつ3つ、それと箸も出してくれ」

「漆だっけ」

「おう」

 

 麺が十分に冷えたのを確認して、冷蔵庫から麺つゆを取り出す。

 

「置いとくね」

「サンキュ」

 

 麺つゆは濃いめに、氷を浮かべて人数分用意。

 ある程度水を切った素麵を盛り付けてここにも氷を入れる。

 これをリビングのテーブルの中央に置いて、つゆと麦茶を用意すれば完成だ。

 

「じゃ、青峰君呼んできてね」

「オッケー」

 

 

 朝から何も食べずに嫌いな勉強をこなした大輝が、これらの料理をあっという間に食べ切ったのは言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 数時間後、俺とさつきは昼食の後片付けをしていた。

 たくさん食べた後の大輝はすぐに寝てしまうので、そのまえにすぐさま部屋に連れ戻し、気力が続く限りペンを握らせ続けた。

 

 16時ごろに何とか7割ほどの課題を終わらせて、キリのいいところを迎えた大輝は限界を迎えた。

 今頃俺のベッドを占拠して爆睡しているだろう。

 

「手伝ってもらって悪いな」

「ご馳走になったから、このくらいはね」

 

 洗剤を流した食器類をさつきに渡して、拭き終われば布巾の上にのせて乾かす。

 あと数枚で終わるし、そうなれば少し休めるか。

 すぐに終わると思ってクーラーや扇風機入れず、窓を開けているだけだが、汗をかいてしまう。

 ちらっとさつきを見ると同様に暑そうにしていた。

 ポニーテールは見慣れてるが、頬を伝う汗が……。

 変態かよ。

 

「青峰君も、もう少し自分でなんとかしてくれないかな……」

「10年以上一緒にいるのに大輝が勉強に関してどうにかすると思うか?」

「……ない」

「そういうことだ」

 

 実際、どうにかなっちゃうんだよな……。

 

「まあ、バスケしてる時はスゲーんだけどな」

「ワッくんもすごいからね」

「そうか?」

「この前の予選の決勝は一番見てて楽しかったよ」

 

 確かに、あの時は俺も楽しかった。

 何でもできる気がしたし、ミスが怖くないというかミスをする筈がないっていう絶対的な自信があった。

 今までの俺にはなかった。

 まるで……

 

「ねぇ」

「ん?」

「ワッくんは、ワッくんなんだからね」

「……あぁ」

 

 もう、と可愛らしく頬を膨らませるさつきに俺は苦笑するしかない。

 相変わらず、俺は俺でいることに自信がないみたいだ。

 でも、もう一度、あの時のような感覚を掴めた時には……。

 

「あっ」

 

 一瞬気が緩んで最後に水を流していた食器から手を滑らせ、床に落としてしまった。

 まあまあの高さから落下したそれは大きな音を立てて、割れてしまった。

 

「ええっ!? なんで!?」

「ごめん滑った! 動くなよ、あと破片には触るな!」

 

 幸いにも、俺やさつきの脚には落下しなかったが、破片がさつきの周りに集中している。

 足を踏み出したら破片が足裏に刺さってしまうかもしれない。

 

 俺の後方には破片が落ちていない。

 さつきはギリ手が届く。

 ……やるしかねーか。

 

「さつき、万歳」

「え? なんで?」

 

 驚きながら言うとおりに両手を上げる。

 

「くすぐったかったらごめん。少し我慢してくれ」

「ふぇ?」

 

 俺は手を伸ばしてさつきの両脇の下、肋骨付近を持ってたかいたかいの要領で体を持ち上げる。

 こうすれば破片を踏むリスクを抱えずにさつきを移動させられる……と思ったが

 

「ちょっと!? ワッくんバカなの!? どこ持って……!!」

「しょうがないだろっ! 暴れるなって……!」

 

 デリケートな部分の近くを持たれていることへの羞恥からさつきが手の中で暴れる。

 俺の精神的衛生上的にもさっさと降ろそうとするが、薄着であることと汗で再び手を滑らせてしまい、今度はさつきが危ない。

 

「うわあああ!?」

「危な……!!」

 

 咄嗟にさつきの体を引き寄せて抱きしめる形になる。

 破片のない後方に、さつきを庇うように倒れこんだ。

 

「いって……」

 

 両手をさつきの体に回しているので、上手く受け身が取れず背中に鈍痛が走る。

 が、刺さっているような感触はない。

 

「……ワッくんだいj」

「……さつき、ケガh」

 

 

 互いの言葉はここで途切れる。

 引っ込んでしまった。

 

 目の前に、さつきの顔がある。

 重ねて言うが、すぐに洗い物が終わると思っていたから、クーラーや扇風機は稼働しておらず、キッチンは蒸し暑い。

 互いにじっとりと汗をかいている。

 そんな中で、互いの体は密着していた。

 さつきのあらゆるものを感じるほどに。

 

 

 

 

 長いまつ毛と綺麗な桃色の瞳から目を離せない。

 漏れ出る吐息がすぐったい。

 汗の混じった濃厚な匂いでクラクラする。

 両耳に心臓があるようにドクドクして痛い。

 

 

 俺の胸の上で自在に形を変えて潰れても存在感が壮大なまま。

 足に絡む太腿はしっとりと、程よい弾力で包み込む。

 

 実際には数秒ほどの時間かもしれない。

 だが、その何十倍にも長く感じた。

 

 俺の鎖骨の窪みにさつきの汗が溢れ落ちる。

 その水音で、共に我に返った。

 

 

 

 

 

「ご、ごめん。退くね」

「……そっちは危ねえ。こっちだ」

 

 背中に回した手で誘導して、安全なところで立たせる。

 俺も限界ギリギリの理性で抑え込みながら立ち上がって、スリッパを履いて箒を用意する。

 

「片付け……やっとくから」

「……うん。汗かいちゃったし、いい時間だから帰るね」

「……ああ。また明日」

 

 目を合わせることなく、さつきは俺の部屋に戻って帰り支度を済ませる。

 その間に破片を箒とガムテープを使って片付け終える。

 新聞紙に包んで縛ると、そのタイミングでさつきが戻ってくる。

 

「……送ろうか」

「ううん、大丈夫」

「わかった……」

 

 互いの目を見れない。

 が、視線を下げれば汗で張り付いたTシャツが双丘を激しく主張させていて、その下の色も透けて見えた。

 

「ちょっと待て」

 

 風呂場にあった、適当な服を投げつける。

 

「……上からそれ着とけ」

「……っ! バカ」

 

 視線がバレたが、それどころじゃない。

 走って出ていくさつきが、やたら大きな服を着て、耳を赤くしているのを確認した風呂場に向かって顔を洗う。

 何度か冷水で顔どころか前髪もびしょ濡れにしたところで冷静になる。

 

 

 

 

 ……明日からどんな顔して会えばいいんだよ。

 

 

 

 


 

 

 

 

 翌日──────

 

 

「ワク、お前どうしたその隈」

「……何でもねーよ」

 

 

 

「さつきちゃん。なんか顔色悪くない?」

「そうかな、別に大丈夫だけど……」

 

 

 

((焼きついて眠れなかった………………))




大会になる前にある二人にスポットを当てていく予定です。
それと、次の話についてのアンケートに御協力お願いします。


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第41Q   理性①

アンケートありがとうございました。
もっと混戦になると思ってたのに……



 全中を控えたウチ(帝光)の練習は携わるすべての人にとってよりハードなものになっている。

 1日に2試合をこなすタイトなスケジュールに対応するためにも、ここに来て練習強度は高まっており、黒子なんかはコートに横たわってダウンすることも増えた。

 かくゆう俺も気を抜いたら疲労と暑さで倒れそうだ。

 

 歯を食いしばって練習に耐える日が続く。

 部に戻ってきた大輝が再び休むんじゃないかと心配したが、杞憂に終わった。

 そもそもあの時もバスケが嫌いになったわけではないから当然と言えば当然かもしれないが。

 

 バスケに限れば極めて順調だ。

 バスケに限れば、な。

 

 

 それはさておき、ウチ(帝光)には他校のチームには無いようなルールがある。

 現チームでは赤司が良い例だろう。

 前3年生が引退後にはすぐに副主将に就任。

 全中前に2年生でありながら主将になった。

 

 こういった特例があるのは、帝光が何よりも『勝つこと』に焦点を置いているからだろう。

 赤司が将来チームの中心を担うことを予見した白金監督が、歴史や伝統を差し置いても、この異例とも言える決定を下した。

 批判や驚きは決して少なくなかったが、結果を出してそれらの声を強引に打ち消した。

『勝つため』、そのためならどのようなことでもしてみせる。

 

 そんな特例が、ある意味俺にも採用されているのだが──────

 

「では、今日も白河のこと頼んだよ」

「はーいっ」

「いや、そんな毎日監視つけなくても良いだろ」

「そうもいかない。監督にも厳しく言われているからね」

 

 全中予選が終わってからというもの、さつきが俺の自主練の監視係になった。

 試合のためにチームの練習強度を上げている中で、俺が自主練をしているのが心配らしい。

 予選決勝で負傷した黄瀬のこともある。

 どれだけ練習をこなしてこようが、才能があろうが、いざ試合の時にコートに立っていないと意味がない。

 

「最近シュートの精度が落ちているのはわかる。それを取り戻そうと、シュート練を繰り返していることも」

「じゃあ……」

「だが、練習と同じくらい休息も大事だ。全中でもお前に頼る時がきっと来る。忘れるなよ」

「……あぁ」

 

 念を押して赤司は体育館を去る。

 ここにいるのは俺とさつきだけになった。

 

「はい、今日はこれだけね」

「サンキュ」

 

 さつきが用意してくれた籠には溢れそうなほどボールがギチギチに詰められている。

 いつもならこれを3回空にするまで打つのだが、さつきが監視するようになってからは1回

 だけになった。

 早く帰らせるのも理由だが、あらかじめ弾数を決めておけば一本一本に集中して取り組める。

 試合じゃ何十本も打つことは滅多にないから、これでも多い方ではある。

 

「始めるぞ」

「はーい」

 

 さつきがノートとペンを持ったのを確認してからジャンプシュートを打ち始める。

 基本的にプルアップをメインにドリブルやフェイクを織り交ぜ、試合で回ってくる可能性のある状況(シュチュエーション)を想定して打っていく。

 得意なところは当たり前に決めて、苦手なところや今日外した場所からのシュートは改善を狙う。

 

 練習の疲労もあって、10本を超えたあたりから腕が重くなってくる。

 それに伴って腕が力んでしまうと、打って変わってリングはボールを嫌い始める。

 あ、3本連続で外した。

 

「はい、ゴーッ!」

「クッソ!」

 

 3本連続で外すと、罰としてその場からコートの反対側に向けて全力ダッシュ。(さつき考案)

 息を上げて試合に近い環境を作り出し、リセットを図る。

 てか、オーバーワーク防ぐための監視役が罰作んなよ。

 

「ここでいつも腕下がってるからね」

「わかってる!」

 

 まあ、良い練習にはなってるから文句はない。

 今日は調子が良くて、その後は連続で外すことなく、籠の半分を消費した。

 

「頑張って! 残り半分!」

 

 声援が乗ったのか、ここからタッチが良くなった。

 ……気がして飛ばすと息が上がってくる。

 ちょっと調子乗ったな。

 

「次外したらダッシュだよ!」

「プレッシャーかけんなっ……あ」

 

 ヤベ……。

 誤魔化そ。

 

 外れるのがわかったから着弾する前に走り出して、リングに跳ねたボールをリングに叩き込んだ。

 

「よしっ!!」

「ダメっ! ほらっ!!」

「ですよね〜」

 

 こんな感じで、短いながらも集中した自主練を行なっていた。

 まあ、本当に大変なのはこの後なんだけどな……。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

「お疲れ様」

「……ふいぃ」

 

 最後のシュートを決めて、〆の全力ダッシュを終えたところで一息つく。

 時計を確認すると、長針が半周している。

 これだけの練習を30分でこなせれたことを考えれば、間違いなくいい練習になったと言える。

 頬や首筋を伝う汗をタオルで拭きながら散らばっているボールを片付ける。

 

 俺は掴んだボールを籠に放り投げるだけだが、手伝ってくれるさつきはいちいち腰を落としてボールを拾って直接籠に入れないといけないので、大変そうだ。

 一瞬、しんどそうな顔をして額の汗を手の甲で拭っている。

 水も滴るいい女、じゃなくて。

 

「いいよ、あとは俺がやる」

「大丈夫。二人でやった方が速いし」

「ここまでやらせるのは申し訳ないってゆーか……」

「部員を支えるのはマネージャーの仕事だよ」

「でもな」

「じゃあ、帰りにアイス奢ってくれたらいいよ」

「……まあ、それでいいなら」

 

 押し切られた……。

 早く終わらせるためにも、ペースを上げる。

 数分で籠にすべてのボールを直して、モップ掛けと消灯を行う。

 あとはカギを返せば着替えて帰宅することになるが……

 

「じゃあ、やろっか」

「今日も?」

「振り返りは早いほうがいいでしょ?」

「まあ、そうだけど」

 

 四の五の言う前にさつきは体育館を去っていくので、消灯して追随する。

 行き先は部員たちがミーティングの際に使用するミーティングルーム。

 ここにはモニターがあり、試合前の映像の確認を行うこともある。

 さっきまでの自主練の様子は定点カメラで録画しているので、それを見てフォームチェックを確認するまでが、俺の自主練の流れだ。

 

 さつきが機材の準備をしている間に、ノートに目を通す。

 シュートの放った場所や確率、打つ前の動作やポイント、癖などがまとめられているそれは非常に見やすい。

 というか、あの短時間で書ける量じゃない……。

 

「準備できたよー」

「サンキュ」

 

 モニターの電源を点けると俺の姿が映る。

 映像を流して、問題ないことを確認すると、部屋の電気を落として俺の隣に座る。

 

「……なぁ?」

「何?」

「なんで電気消すんだ?」

「その方が見やすいでしょ」

「まあ、確かに」

 

 それはそう。

 集中できればな。

 

「隣に来るのは?」

「? わざわざ離れて座る必要ないでしょ」

「そうだけどさ……」

 

 さっきまで動き回って汗だくになったままここにきているから臭いが気になる。

 いや、服の色が変わるほど汗をかいているんだから臭いに決まってる。

 

 

「照れてるの?」

「まさか、長い付き合いだ。今更そんなことねーよ」

「だよねー。気にするような関係でもないでしょ」

 

 親しき中にも礼儀あり、ってあってだな……。

 長い付き合いだからこそ気にするところはあるんだよ! 

 エチケットって大事だと思う、臭いなんかは特に。

 普段練習中は汗だくで接してるけど、だからこそコートの外では気を付けないといけないんだよ。

 

 距離を少しでも置きたくて体を外に傾けようとするが、腕を取られて逆に引き寄せられる。

 

「ここ。いつもより腕が下がってるよ」

「……オウ」

 

 なんでこのクッソ暑いときに密着させるん?? 

 クーラー入れてるっけこの部屋。

 マズイ、また汗かいてきた……。

 

 さつきからはなんでこんなにいい匂いするんだよ。

 立ってるだけでも暑いのに、マネージャーだって一日中雑用で動き回っているのに汗の匂いが全く不快じゃない。

 ……これ以上はやめておこう。変態だまるで。

 

 気を取り直して映像に、眼に全神経を集中………………できんわ。

 頼むから腕の拘束解いて? 

 肘に柔らかいのが……自分の体についてご存じでない? 

 

「どう? こうやって自分のフォーム見て」

「……そうだな」

 

 さつきに夢中で見れてなかったなんて言えない。

 なんかてきとーに……。

 

「だいぶサマになってんじゃねえかな」

「昔は酷かったもんね」

「下手だったな、体の使い方」

 

 ディフェンスでは便利だが、ジャンプシュートではそうではなかった。

 下半身からのエネルギーを上手く伝えることができず手打ちになったり、ロボットのようにぎこちない動作だったり……。

 掌も大きくてボールの置き所に迷うこともあった。

 

「ふふっ、苦労してたもんね」

「不格好だったな」

「でも、今のフォームはすっごいきれい」

 

 ここでようやく、ちゃんと映像を見れた。

 ジャブステップを踏んでから左に一つドリブルを挟んだプルアップ。

 まだ改善の余地はいくらでもある。

 動作の間に隙があるし、弾道は低い。

 まだ納得していない部分はあるが、

 

「楽しそうだね、ワッくん」

「あぁ」

 

 苦手なことに向き合うのは大変だ。

 でも、成長がわかればその喜びがモチベーションになる。

 何もできなかった時期と比べれば、遥かに楽しい。

 最近は特に。

 

「私も楽しいよ、シュートが入らなくて泣いてた時を知ってるし」

「泣いてねーよ」

「写真あるよ。お母さんが撮ったの」

「なんでだよ……」

 

 しばらくはまじめに映像を見て改善点を洗い出す。

 数分で映像が終わるが、正直ほとんど見てなかったので、後でデータもらって家で見るか。

 

「さつき……さつき?」

「……あっ、ごめん。終わってるね。じゃあ、電気点けて」

 

 腕が解放されたので、立ち上がって電気を点ける。

 せっせと片付けるさつきの顔が心なしか紅潮しているように見える。

 やっぱりこの部屋クーラーついてねーじゃねぇか……。

 暑いわけだ。

 

「後でデータくれねぇか。帰ってからもう一回見たい」

「うん、送っとくね」

 

 時計を確認すると、練習が終わってから1時間近く経っている。

 そろそろ帰らねぇとな。

 

「ねぇ、ワッくん」

「ん?」

「ワッくんは変わらないでね」

「どうした急に」

 

 神妙な面構えのさつきに、俺は思わず息を呑んだ。

 

「青峰君もワッくんも、どんどんバスケが上手くなってるのはすごいうれしいんだよ。でも、一時期青峰君は変わっちゃってたから……」

「そうだな」

「ワッくんが戻してくれたんだよね?」

「そんなことねーよ。アイツはずっとバスケ馬鹿だよ」

「でも、私にはどうにもできなかった。力になれなかった」

 

 そういえば、大輝をずっと説得してたな。

 あのときも……。

 

「もし、ワッくんが変わっちゃったら……どうなるんだろうって」

「……」

「青峰君がどうにかするのかな。でも、そうじゃなかったら私が、私にどうにかできるのかな……」

「さつき」

「たぶん私じゃダメだと思う。だから……」

「おい」

 

 思わず俺は詰め寄って、両肩を掴む。

 驚いたさつきの眼にはうっすらと涙が浮かんでいた。

 

「俺がケガをしてた時、イップスで跳べなかった時、支えてくれたのはさつきだろ」

「でも……」

 

 涙を見せたくないのか、俺の胸板にうずめる。

 

「さつきのおかげで今がある。だから今度は俺が大輝を変えれたんだ。さつきが俺を変えてくれたんだよ」

「本当……?」

「俺が嘘ついたらわかるだろ」

「……そっか、ワッくん単純だから」

「おい」

 

 すすり泣く声は止まった。

 当たり前だ、本心から言ってるんだよ。

 

「俺は変わらねぇよ。けど、もし俺に何かあったら、さつきが何とかしてくれるだろ?」

「……仕方ないなぁ、もう」

「……ありがとな」

 

 いつの間にか、俺は腕をさつきの背中に回していた。

 そして、ふと思った。

 

 

「さつき……」

「ん?」

「あのさ、その……臭くないか? だいぶ汗かいてるし」

 

 よく考えれば、俺はさつきを思い切り汗だくの服に押し付けてるよな……。

 

「そうだね……すっごいワッくんの匂いする」

「ぐぅ」

「でも、嫌いじゃないよ。むしろ……好き

 

 むしろ……? 

 なに? 

 ……ん? 

 

「さつき」

「……ふぇ?」

 

 さつきを俺の胸から引きはがす。

 どこか眼がうつろで、さっきよりも顔が赤い。

 

 

 

 そのまま前に倒れそうになったさつきを、俺は慌てて受け止めた。

 

 



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第42Q 理性②

「すいません、多分熱中症で……」

 

 保健室の扉を開けるが、やっぱり誰もいない。

 夏休みの間も部活での怪我に備えて保健室は空いているが、先生がいない。

 

 一先ず腕の中で苦しそうなさつきをゆっくりとベッドに降ろす。

 体育館やミーティングルームと違って、冷房が効いているため少しはマシだろう。

 

「とりあえず、これ飲んでくれ」

「……ん」

 

 余っていたスポーツドリンクをさつきに手渡す。

 あまり力が入らないのか、口から零れたそれが喉を伝って鎖骨に流れ込む。

 ……上着着てくれて良かった。

 いつものように薄手のパーカーを着ているので脱がしたほうがいいのかもしれないが、汗を吸った服が冷えてしまうのでちょうどいいかもしれない。

 断じて俺の理性のためではない、とは言い切れない。

 

「まだ暑いか?」

「うん……」

「ちょっと触るぞ」

 

 少し前髪をかき上げて額に手を置く。

 掌にはしっとりとした肌の感触と人肌の温もりというには高い温度を感じる。

 だが、虚ろ気味だった瞳にも生気が戻ってきた。

 

「……ん?」

 

 流れる汗が濁っている。

 そして、眼の下に黒ずんでいる部分が現れた。

 

「さつき、お前……」

「どうしたの?」

「……いや、いいわ。それより寝てろ。横になってるだけでも違うだろ」

「うん……」

 

 素直に体を倒すさつきを見届け、ベッドを覆うように設置されているカーテンを閉じる。

 今、さつきに一番必要なのは休息だ。

 普段化粧なんてしていないさつきが、ファンデーションで目元の隈を隠していた。

 相当大輝のことで思い悩んでいたが、まだその不安は続けているんだろう。

 

 

『ワッくんは変わらないでね』

 

 

 俺だってそれを望んでいる。

 大輝やさつきの笑顔があるなかでバスケがしたい。

 

 ただ、大輝はもう才能の先に足を踏み込んでいる。

 変わることは変えられない、プレイヤーとして今までに見たことのない姿を見せるだろう。

 選手としてみれば喜ばしいが、才能が目覚めるほどアイツから笑みが消えるだろう。

 

 現状、大輝を満足させれるとすればキセキの世代だけ。

 でも他の4人を好敵手(ライバル)と呼べるかと言えば否だ。

 いずれ全員が違う高校に進んで、敵としてコートで対峙しても。

 

 それは、大輝がアイツらと戦うことを心の底から望んでいるわけではないから。

 

 一時的に満足するかもしれない。

 だが、すぐに飽きて次を求めるだろう。

 本当に欲しいものに限りなく近くても、それは本物ではないから。

 

 

 

 

 ──────プルルルル

 

「っ!」

 

 静かな空間を割くように電話が鳴る。

 画面に表示された相手を確認して携帯を耳に当てる。

 

『あ、ワッくん? 連絡ありがとうね。さつきはどう?』

「今はスポドリ飲ませて保健室で寝かせてる。意識ははっきりしてるし受け答えはできてるから大丈夫とは思うけど」

『そう、良かった。おばさん今から帰るから、後20分くらいかかるけどそれまでお願いできるかしら』

「わかった。また着いたら迎えに行くから連絡して」

『はーい』

「それと……ごめんなさい。俺のせいで」

 

 電話越しではあるが、さつきのお母さんに謝罪する。

 温厚な人だが、娘煩悩の人なので小言を言われるのと思っていたが小さく笑い声が聞こえる。

 

『気にしなくていいわよ。あの子も最近夜遅くまで起きてるから、疲れが取れてなかったんだと思うわ。ワッくんのせいじゃないわ』

「……やっぱり」

 

 あの隈は見間違いじゃなかった。

 寝不足は体調を崩す要因になるし、そうなれば熱中症になるリスクも高まる。

 でも、その原因は……

 

『難しい時期だから、相談に乗ってあげたいけどあまり話してくれないの。反抗期かしら』

「さつきが悪く言ってること聞いたことないけど……」

『あらそう? でも、家だと「ママには関係ない」って言うのよね』

「へー……」

『もしかしたら大輝くんとワッくんが自分を取り合ってることに悩んでるのかしら』

「それはない」

『やめて、私のために争わないで! みたいな状況だったり……?』

「しないから」

 

 そんなドラマみたいな……。

 

『でも、多分二人のことでしょ? バスケ関係とか?』

「……まあ、そうかな」

『大輝くんすっごい活躍してるのに、話題にならないのよね。でも、ワッくんのことは嬉しそうに話すのよ』

「……ふーん」

 

 桃井家の第六感どうなってんだよ。

 

『さつきも二人のためにってマネージャーやってるけど、役に立ててる?』

「もちろん。俺はさつきのお陰でバスケができてると言っても過言じゃないです」

『そう、フフッ。でも、私じゃなくてさつきに言ってあげてね』

「……はい」

『じゃあ、私が着くまでよろしくね』

「はい」

『あ、それともうひとつだけ』

「?」

『あの子、体調崩すと寂しがやりで甘えん坊さんになるからよろしくね』

「……わかりました?」

『じゃーねー』

 

 切れた。

 ……20分か、割と時間あるな。

 

 カーテンの隙間から顔を出すと、さつきは横向きで体を丸めながら眠っていた。

 静かに寝息を立てている姿に安心して、飲み物を買いに一度保健室を出る。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 部室で服を着替え、さつきの分の荷物と、途中の自販機でスポドリを3本買って戻ってきた。

 まだ先生はいない。というか、帰ってんじゃねーかなこれ。

 さつきの寝てるベッドの近くに荷物を降ろして、カーテンをめくる。

 

「……ワッくん?」

「起こしたか?」

「ううん」

「スポドリ買ってきたから、飲んどけ。喉乾いてなくても一口でいいから」

「うん……」

 

 ベッドに座り込んで、ペットボトルを渡す。

 少し顔色がよくなったか? 

 さっきと違って零さずに飲めてるし、病院には行かなくて大丈夫かな。

 

「……視線がえっち」

「いや、別にそんな」

 

 鎖骨の辺りに視線を向けたのがバレた。

 下心は……ナイ。

 

「知ってるんだよ、最近よく私の胸も見てるし」

「……気のせいだろ」

「いいよ、ワッくんなら」

 

 ……ナンテ? 

 

「ワッくんなら別に……」

「……寝てろ。後10分くらいでおばさん来るから」

「んっ……」

「どうした?」

「ベタベタする……」

 

 そう言って、さつきは上着を脱ぎだした。

 真ん中のチャックを降ろし切ると、押さえつけれていた双丘が飛び出て存在感を発揮する。

 問題はここからだった。

 下にはチームの名前が胸元にあしらわれた白のポロシャツを着ていたのだが、それも脱ごうと裾に手を伸ばした。

 

 一瞬思考がフリーズしたが、我に返った。

 ここにいてはマズイ。

 立ち上がろうとするが、手首を掴まれてしまった。

 

「どこ行くの」

「いや……いくら俺らの付き合いでもな、線引きは大事だから」

「やだ」

「じゃあ脱ぐのをy」

「やだ」

「すぐそこにいるから。おばさん来たら呼ぶって」

「いやだ……」

 

 掴んでいる手に力が籠る。

 振り解こうとすれば簡単にできる、だが震えながら必死に離すまいとしているこの手を振り解ける訳がない。

 

 

行かないで……

「!!」

 

 

 か細く小さな声。

 今まで一度も聞いたことのない悲痛なそれを聞いてしまったら……。

 

 

 

『ワッくんは変わらないでね』

 

 

 

「………………」

 

 

 

『あの子、体調崩すと寂しがやりで甘えん坊さんになるからよろしくね』

 

 

 

「…………はぁ」

 

 

 抵抗する気になんてなれない。

 意を決して振り返ると、今にも涙が決壊しそうな表情。

 こんな顔は見たくない。

 ……誰にも見せたくない。

 

 スリッパを脱いで、ベッドに胡坐をかいて座り込む。

 何も考えず、俺は右腕でさつきを抱き寄せた。

 自分の意志で。

 

「どこにも行かねーよ」

「……ホント?」

「ああ」

 

 安心したのか、掴んでいた手を放して俺の胸板に顔を(うず)める。

 

「俺は変わらない、ずっと一緒だ」

「……うん」

「だから泣かないでくれ」

「……ん」

「はいはい」

 

 解放された左腕もさつきの背中に回してさっきよりも強く抱きしめる。

 昔お袋にやってもらったことを思い出しながら左手を一定のリズムで優しくさすりながら、右手は頭をゆっくり撫でる。

 

 足の中にすっぽりとハマったさつきは、最初はすすり泣いていたが、落ち着くとすぐに止まった。

 代わりに、顔を(うず)めている胸板をスンスン嗅いでいる。

 

「ワッくんの匂い好き、落ち着く……」

「ッス──────」

 

 俺の背中に精一杯伸ばしている腕に力がより籠る。

 それに気づいて、また汗が噴き出る。

 

「汗かいてきた……」

「はなr」

「ダメ」

「うおっ」

 

 意表を突かれて倒される。

 胸板から顔を離して、今度は首元の匂いを嗅いでくる。

 

「スンスン」

「……さつき?」

「汗臭い」

「うぐっ」

「でも、それも好き」

 

 そういって、鎖骨に何かが触れる。

 情けない声をあげながら、それがさつきの舌だということに気が付いた。

 鎖骨のくぼみを舐め始める。

 

「ま、待って」

「…………」

 

 聞いていないのか聞こえていないのか。

 しばらくすると、満足したのか口を離す。

 昔、人より長いことを自慢していた舌から糸を引く唾液がひどく煽情的に見える。

 

「落ち着け、落ち着け……」

 

 自分にそう言い聞かせ、理性と戦っていると急に視界が何かで遮られた。

 理解が追いつく前に、頭にさつきの腕が回る。

 

ふぁふき(さつき)?」

「ん、くすぐったい……」

「? ……っ!?」

 

 息をするたびに、さつきが声を上げる。

 しっとりしていて、少し熱いそれはすごく柔らく。

 果物のような甘い香りと半日蒸れた匂いが混ざってクラクラする。

 すごく落ち着く……。

 

 練習の疲労とさつきの対応で、溜まった疲労がどっと来た。

 急激に瞼は重くなり、意識が急激に遠のき始める。

 抗おうとするが……

 

「ありがとう、ワッくん」

 

 そう言って強く抱き寄せられ、より一層濃くて芳醇な香りで満たされる。

 ここまでされれば、(おれ)はもう抗う気力なんて失せてしまった。

 同時に、俺の意識もプツンと切れてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、ニコニコで運転する桃井母の車の後部座席で俺とさつきの顔が真っ赤になっていたのは熱中症のせいでないことは明らかだった…………。



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第43Q  理性③

久々の三人称視点、途中から白河視点に戻りますが
……桃井視点が納得いかないものしかできなかったワケジャナイヨ
というか思いのほか白桃書くの楽しくなってきてまずい、本編進まん
次回まで構想考えてるけどね


 白河と桃井が濃密な時間を過ごした翌日、桃井は練習を欠席した。

 熱中症自体は軽度のものであり、体調は回復傾向にある。

 しかし、看護師である桃井母の判断で大事を取って休むことにした。

 

 事前に白河が監督の白金や主将の赤司に桃井の体調不良のことを共有していたため、むしろしっかり休むようにと、白金自身が電話で伝えた。

 他のマネージャーにも休むことを謝罪を混ぜて報告するが、誰一人として責めることはなく、労いの言葉でトーク画面が溢れた。

 そのあとの爆弾が投下されるまでは。

 

 

 

『白河君に助けてもらったんでしょ?』

 

 

 

 この一文に添えられた写真には、桃井をお姫様抱っこで運ぶ白河の後ろ姿が写っていた。

 桃井の顔は写っていないが、肩越しに見える髪色がピンク色なのが動かぬ証拠となった。

 

『やるねぇ、白河君』

『猛暑日よりもアツアツ』

『転んでもただでは起きない女』

 

 こんな言葉が爆速で流れるため、弁明の機会もない。

 ひたすらに茶化すような祝福の言葉(?)に、次第に抵抗を諦めた桃井は枕に真っ赤になった顔を埋めて足をバタバタさせながら、通知が止まるまでひたすらに悶絶していた。

 

 いつもなら練習の準備をする時間になるとようやく通知が鳴りやんでいた。

 グループ以外にもいくつかの通知が来ているが、その中の一人、マネージャーの中でも一番仲の良いみっちゃんから一件通知が来ていた。

 

『今日はもうみんなに聞かないように言っとくからゆっくり休んでね!』

 

 優しい言葉のように見えるが、

『練習に復帰したら質問責めになるから今のうちにゆっくりしなよ!』

 という意味も孕んでいる。

 

「そういうんじゃ」

 

 ない、なんてどの口が言えるのだろうか。

 昨日の保健室での行動を挙げると

 

 ・一緒のベッドで寝る

 ・胸板や首元の匂いを嗅ぎまくる

 ・鎖骨周辺を舐める

 ・下着姿になって胸に顔を埋めさせて爆睡

 

 となっている。

 手を出さなかった白河は紳士としては100点だが男としては0点だったことは置いておこう。

 熱中症+寝ぼけていて少し意識が朦朧としていたが、そのせいで色々爆発してしまった。

 

 再び昨日のことを思い出して茹ダコのようになっているところでドアがノックされる。

 返事をすると、母親がそのまま部屋に入ってきた。

 

「起きてたの? 体調は?」

「だ、大丈夫……」

「お顔真っ赤っかだけどねぇ」

 

 そう言って体温計を慣れた手つきで脇に挟む。

 計測が終わるまでは首や耳を触診して健康状態を確認している。

 体温計は36.5℃を記録しており、平熱であるため数字上では問題はない。

 

「うん、今日ゆっくりしたら大丈夫。お腹は減ってる?」

「食べれる……かな」

「じゃあ、お粥にしよっか。これ食べて待ってなさい」

 

 サクランボがゴロゴロ入ったゼリーとスプーンを置いて、桃井母は立ち上がる。

 一口食べ、サクランボを口の中で転がしていると振り返った桃井母が口を開く。

 

「昨日は避妊はしたの?」

「んんんっ!!?」

 

 吹き出しそうになったサクランボとゼリーを辛うじて口内にとどめて、飲み込む。

 

「ななななっ何言ってんの!! 何言ってんの!?」

「えーだって昨日……」

「言わなくていいから!」

 

 一つのベッドで抱きしめあって寝ている男女(桃井は上はブラジャーのみ)。

 事後のように見えるのはしょうがない。

 

「ワッくんはいい子だから大歓迎だけど、まだ子供は早いじゃない」

「子供って……ワッくんとはまだそんなんじゃ」

()()?」

「あっ……」

 

 失言を拾ってニコニコする桃井母。

 三度顔を赤くする桃井は声を荒げるしかなかった。

 

「もういいから! 出てって!!」

「はいはい」

 

 笑みを浮かべて部屋を去る母を睨んでいたが、ため息をついてスプーンをゼリーに差し込んだ。

 15分後に再び茶化されながらも、運ばれたお粥を食べてからは再び横になった。

 何度か昨日の光景が脳裏にフラッシュバックするが、次第に眠気が勝って瞼を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

「ん……」

 

 自然と意識が戻り、目が覚める。

 何度か瞬きを繰り返してぼやけていた視界が鮮明になってくる。

 枕元にあるスマホを手に取るが、画面は暗いまま。

 充電が尽きているのを確認したので、ケーブルを差し込んでおく。

 

「……お風呂入ろ」

 

 昨日からずっと布団に入っていれば、さすがに肌がべたつく。

 不快感と一緒に汗を流すためにベッドから降りて部屋を出る。

 階段を下りてリビングを覗くと、桃井母は水筒を準備していた。

 

(お母さん、今日夜勤なんだ……)

 

 心の中でいってらっしゃいと言っておく。

 リビングの奥にある脱衣所兼洗面所に入り、戸を閉める。

 いつものくせで鍵をかけようとしたが、誰も家に居なくなるので必要性がないと思い、そのままにしておいた。

 

 棚に着替えのパジャマを置いて、昼食を食べてから歯を磨いていないことを思い出し、裾から手を放して歯ブラシを手に取る。

 鏡を見ながら、まだ頭が回りきっていない状態で歯を磨いていると、玄関から母親のやけにテンションの高い声が聞こえてくる。

 

 

「わざわざありがとう!」

 

 

「いいの、いいの! ちょっと顔見せてあげるだけでいいから!」

 

 

「うん、じゃあ後はよろしくねー!」

 

 

 玄関の扉が閉まる音が聞こえると、声は聞こえなくなった。

 

「職場の人と電話してたのかな」

 

 気にも留めず、口の中をゆすぐ。

 先ずは口内をスッキリさせたことで、ようやく本命の入浴ができる。

 裾をもって一気に服を捲り上げて上裸になる。

 父親は仕事が忙しくほとんど会わないので、家では胸を支えたり臀部を覆う類は体の成長のせいもあって鬱陶しいことから着用しない。

 

 ズボンも脱ごうと、前かがみになって親指をかけた時だった。

 突然、脱衣所の扉が開かれた。

 

 

「え?」

「は?」

 

 

 扉の先には、真っ白な髪の幼馴染。

 数秒の膠着の際、互いを見つめあって一切身動きが取れなかった。

 

 

(な、なんでワッくんが居るの!?)

 

 

 驚きすぎて声が出なかったが、顔はしっかりと反応して朱に染まっていた。

 段々と頭が冴えてきて、状況を把握しようとしていた──────

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

「あ、おばさん」

「あらワッくん! 練習は終わったの?」

「はい、さっき」

「お見舞いに来てくれたのね、わざわざありがとう!」

「まあ、俺が原因なんで」

「もう、気にしなくていいのに」

 

 練習後、俺はスーパーに立ち寄ってからさつきの家に来ていた。

 さつきがいないと自主練できないし、連絡を入れても既読すら付かない。

 

「これ、渡しといてもらえます?」

 

 二つビニール袋があり、大きい方にはさつきが好きなサクランボのゼリーやスポドリ、冷えピタとアイスが入っている。

 それらを玄関から半身を出しているおばさんに差し出す。

 

「あら、買ってきてくれたのね。いくらだったの」

「いや、いいですよ。大した金額じゃないですし」

「そう? じゃあ渡しておくわね、って言いたいんだけど……」

 

 なんだろう、嫌な予感が。

 

「私今から夜勤だからもう出ないといけないのよ。だからワッくんに入れておいてもらいたいんだけど」

「わかりました。あと、さつきは?」

「多分寝てるわよ。昨日の続きでもしたかった?」

「きついって」

「フフッ」

 

 生々しいんだよ。

 止めろよ。

 

「それで、いつちゃんと挨拶に来てくれるのかしら」

「何言ってんの?」

「いいの、いいの! ちょっと顔見せてあげるだけでいいから!」

「いや、あのさ……」

「あ、お父さんが家に居る時のほうがいいかしら」

「変な気遣いしないで? 話聞いて」

 

 昨日からずっとこの調子だ。

 やりづれぇ、いい人なんだけどさ。

 

「別にいいのよ? もう息子みたいなものじゃない」

「冷蔵庫に入れたらすぐ帰ります。寝てるんだったら起こしちゃ悪いし」

「あらそう、残念」

 

 本気でシュンとしないでくれ。

 

「すぐ帰りますから、そろそろ行ったほうがいいでしょ」

「うん、じゃあ後はよろしくねー!」

 

 手を振って上機嫌でママチャリに乗って出勤するおばさんを見送った。

 なんか変に疲れたな……。

 

「さっさと帰るか。お邪魔しまーす」

 

 扉を開けて一応挨拶をしておく。

 靴をそろえて、廊下を真っすぐいった所にある台所に入る。

 

「あ、手洗わねぇと」

 

 ビニール袋を一旦机の上に放置して、突き当りの洗面所に向かう。

 何も考えずに扉を開けると、そこには生まれたばかりの姿になろうとしていた幼馴染の姿。

 なんで? 寝てるんじゃなかったの? 

 

「え?」

「は?」

 

 幸いズボンはまだ履いていたが、上の服は脱ぎ捨てられていた。

 前かがみになっていたこと、長い髪で頂点は隠されていたが、目立ちたがりな球体が重力に従って長くなっているためすべてを隠しきることはできなかった。

 さつきの顔がみるみる赤くなっていく、昨日あんなことしたのに。あ、思い出したら俺も顔が熱くなって来た。

 かくなる上は……! 

 

 

「ほんっっっとにごめん!!!!」

 

 

 逃げるんだよォ! スモーキ─────ッ!! 

 取り敢えず買ってきた物を冷蔵庫にぶち込んで後でお互い冷静になったときに謝り倒そう。

 それしかない!! 

 

 そう今の俺は冷静じゃなかった。

 故に忘れていた。

 この家の洗面所のドアの高さは実家よりも低いことに。

 

 全力で逃げようとしたもんだから、それはそれは盛大に。

 額を勢いよく上枠にぶつけてしまった。

 

 

 ────ゴンッ!!!! 

 

 

 鈍器に自ら頭をぶつけたようなものだ。

 俺は仰向けに倒れて気を失った。

 




はよくっつけてぇ


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第44Q  理性④

リメイク前の作品では2年以上かけて書いた話数を今回は3ヶ月で超えました。話数が全てでは無いですが、皆さんのおかげでモチベーションを高く維持できたお陰です、ありがとうございます。


「……っつう」

 

 ジンジンと頭に響く痛みによって目覚める。

 最悪の目覚めだ。

 

「確か洗面所で……痛い痛い!」

 

 気を失う直前の鮮明な記憶。

 いつも横にいる幼馴染の服の下、綺麗な体はしっかりと脳裏に焼き付いていた。

 それを思い出して顔が赤くなると血が集まって、額の腫れ物も比例して痛みが増す。

 頭を抑えて痛みに悶えていると、足音が近づいてくる。

 

「あ! ワッくん!!」

「さつ、うおっ!?」

 

 ソファで横になっていた俺に飛びついてきた。

 元気でなにより。

 

「熱中症は大丈夫か?」

「うん、それはもう治ったよ」

「そうか。ごめんな、俺に付き合わせたせいで」

「……そうゆうこと言わない」

「そうだった。ごm」

「ごめん禁止」

「あ、はい」

 

 さつきに抱き着かれたまま体を起こし、背もたれに体重を預ける。

 両脇の下から背中に手を回されており、顔は胸板に。

 気に入ったのか、そのポジション。

 

「ワッくんは大丈夫? すっごい腫れてるけど」

「痛いけど、それだけだな。大丈夫だ」

「今日はもう空いてないけど、明日絶対病院ね」

「わかってる。でも……」

「でも?」

「言いたくねー。理由がバカすぎる……」

 

 不注意で頭ぶつけたので病院行きますって。

 バカだろ、マジで。

 

「私の裸見たのがバカな理由なの?」

「いや、それは語弊が……」

「私たちの付き合いとはいえ、年頃の女の子なんだよ?」

 

 俺も年頃の男の子なんですけど。

 抱き着いてる状態で言われても説得力無いよ。

 

「g」

「ごめん禁止」

「どうすればいいんだよ」

「そのまま、ステイ」

「はい」

 

 必要な謝罪すら許されぬまま、俺はなすがままにされていた。

 胸板や鳩尾の辺りをスンスンと嗅いでいる。

 時折、深く吸い込んでいるときもあって、吐き出される息が生暖かい。

 

「あの、さつきさん?」

「何?」

「その、そろそろ離れてくんない?」

「なんで? 嫌?」

 

 そういって一層強く抱きしめながら、見上げてくる。

 自分から離れる気は毛頭ないんだろう。

 

「練習後だし、服着替えて制汗スプレーは使ってるけど、ここまで来るのに汗かいたし……」

「やっぱり……」

「うん、だから離れてくれ。汗臭いだろ?」

「昨日よりも薄い」

「ん?」

「ワッくんの匂いが昨日よりしない」

「……ん?」

 

 なんで機嫌悪くなるんだ……? 

 

「そんなの使ったら、ワックンの匂いが薄くなっちゃうじゃん」

「いや、汗の臭いとか気にするだろ」

「……昨日言ったよね」

「……何を?」

「ワッくんの匂い好きだもん。汗かいた時の濃い匂いがいっちばん好き」

「匂いフェチなの?」

「ワッくん以外の汗は嫌だよ」

「汗は汗だろ」

「違うよ、ほらっ」

「うおっ!?」

 

 さつきが腕を一時的に解いて、両脇から抜いた手を俺の首の後ろに回して顔を自分の胸に引き寄せる。

 谷間に鼻がジャストフィットする形で昨日のように顔が埋まる。

 

おふぁえ(おまえ)っ」

「昨日もぐっすり私の胸の中で寝てたでしょ。嫌なわけないよね」

 

 昨日と違って布一枚越しだが、よりさつきの匂いで鼻腔が満たされる。

 何度持った着用して、さつきの体臭が染み込んでいる。

 甘くて懐かしいような匂い。

 加えてほんのりと香る汗の匂い、自分のは不快になるのにさつきのは癖になるというか、いつまでも嗅いでいたいと思う。

 

「なんだよ、急に……」

「昨日のアレで吹っ切れちゃった。言わなくても、わかるでしょ」

「裸見られた時動揺してたのに」

「びっくりするでしょ。と言うかしっかり見てんじゃん」

「綺麗だったもんでつい……」

「あ、そう……」

 

 お、流れ変わったか。

 

「……さつき」

「うん?」

「……多分お前、今すごい恥ずかしいだろ」

「……へ」

 

 間抜けな声が聞こえる。

 図星っぽいな。

 

「明らかにどんどん胸越しに感じる熱が上がってるんだが」

「……気のせい、だよ?」

「俺だって嗅がれるの恥ずかしいのに、自分から押し付けてるさつきが恥ずかしくないわけないだろ」

「あ、あぅ……」

 

 何その声。

 可愛い。

 目だけ動かすと真っ赤なのがわかる。

 

 

「あと、これ言っていいかわかんないんだけどさ」

「な、なに……?」

「お前、このサイズで()()()()()()

「────あ」

 

 頬に触れるあの感触がないんだよな。

 こんな凶悪なもん、支えがないと将来垂れるぞ。

 

「ふ、普段は着けてるもんっ!」

「それ、家ではノーブラだって宣告してるぞ……」

「──! うっさい、ワッくんのバカ!」

「もがっ!?」

 

 首にかかる力と顔面への圧と熱が高まる。

 待って、最初楽しいけどこいつデカすぎて息が……

 

は、はふひ……いひでひはい、ひぬ(さ、さつき……息できない、死ぬ)

 

 まさか、1日で2度も意識を飛ばすことになるとは…………。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「……」

「……」

 

 き、気まずい。

 さつきの膝の上で目を覚まして冷静になってから、こうやって飯を食ってるけどなんとも言えない空気が……。

 というか、なんで事前に焼きそばが二人分(しかも片方大皿で)用意されてるんですかね。

 

 ちゃっかり食っちまってるけど、癪だけど食わないのは勿体ないし。

 てか、桃井家の焼きそばに牡蠣入ってったけ。

 イカとタコとアサリも入ってるから海鮮系なのか? 

 あと、ニラ多くね? 美味いけどさ。

 なんでさつきは料理下手なんだろ。

 

「失礼なこと考えてない?」

「いや、事実だろ」

「考えてたんだ」

 

 ダメだ。

 今日すっごい手玉に取られる。

 頭打ってるからか? 

 思考が回らん。

 

「まあ、さつきはそれ以外にいいところがたくさんあるからさ」

「たとえば?」

「可愛い」

「他は?」

「人当たりがいい」

「次」

「いい匂い」

「次は」

「面倒見がいい」

「それと?」

「スタイルいい」

「えっち」

「おい」

 

 昨日今日あんなことしておいてそんなこと言えると思ってんのか。

 

「俺だけ言わされんのフェアじゃないだろ」

「もうないの?」

「いくらでも出るわ。でも、さつきが満足するだけだろ」

「じゃあお互いに言い合って、同じこと言うか、言えなくなったら負けね」

「望むところだ」

「負けたら相手の言うことをなんでもひとつ聞く」

「よし」

 

 4つ出しちまったが、一切問題ない。

 湯水のように湧き出るんだからな。

 

「さつきから言えよ」

「いいよ、まずはかっこいい」

「笑顔」

「匂いが好き」

「手先が器用」

「努力家」

「愛嬌がいい」

「優しい」

「包容力」

「まっすぐなところ」

「献身的」

「一緒にいると安心する」

「アクセや服がなんでも似合う」

「スタイルがいい」

「さっき俺が言ったろ」

「ワッくんには一回しか言ってないからセーフ」

「ま、いいけど。……表情がコロコロ変わるところ」

「実は結構あどけない顔してる」

 

 こんな感じで舌戦を繰り広げること数分。

 だんだんと勢いが衰えてきて、お互いにペースが落ちてくる。

 言うことがなくなってきた? 

 断じてそんなことはない。

 ただ、嬉しさよりも羞恥の割合が大きくなってきて、顔を見れなくなってきただけだ。

 

「……ポニテの時のうなじ」

「……汗拭いてる時に見える腹筋とか鼠蹊部」

 

 あと、途中から性癖暴露大会みたいになってきてる。

 そんな風に見てたんだって恥ずかしい、俺がそう言う風に見てたのも自白する形に……。

 

「ッス────────」

「……終わり?」

「抜かせ、まだいっぱいあるわ」

「わ、私も……」

 

 これ、お互いのここに興奮しますってところがまだいっぱいあるよって宣言してない? 

 ダメだ、顔あっつ。

 汗吹き出てくる……。

 

「胸の包容力……ん?」

「あ」

「……セーフだよな?」

「言ったじゃん、包容力って」

「部位の指定はなかった」

「それ、埒が明かないよね……」

「……うん」

「負け、だよ?」

「はい……」

 

 何これ。

 なんだったんだこれ……。

 尊厳破壊ゲームだろこれ……。

 

 しばらく、互いに火照りが覚めるまで俯いたり天井を仰いだり、冷静さを取り戻すように努める。

 時計の針が刻む音やクーラーの可動音が部屋に響く。

 やがて、先の戦いの勝者が口を開く。

 

「お皿洗っちゃおっか」

「やるよ、ご馳走になったし」

「大丈夫だよこれくらい」

「いいって。座って待ってろよ」

「じゃあ、お願いしようかな」

「おう」

「……これは違うからね」

「わかってるって」

 

 さつきの皿とコップを持って流しに置いてお湯が出るまで待機。

 麦茶のボトルを冷蔵庫に戻したさつきはリビングに戻る。

 

 湯気が出てきたら軽く焼きそばが載っていた皿を(ゆす)いで、その間にスポンジでコップを洗う。

 3周ほど中でスポンジを回せば、泡を洗い流して軽く水分を飛ばしたら水切りカゴに入れる。

 油分をある程度流した皿を擦りながら、さつきがどんな命令を下すのか考える。

 

 季節で考えれば、近くのコンビニでジュースかアイス買ってこいとか。

 ……俺が持ってきたやつが冷蔵庫にあるな。

 でも、本命は外出することで汗かくことだったり……。

 日差しがなくても、熱帯夜と化す夏の蒸し暑い夜だ。

 往復10分でも外に出れば肌の表面に浮かぶくらいの汗はかく。

 

 

『ワッくんの匂い好きだもん。汗かいた時の濃い匂いがいっちばん好き』

 

 

 ソファーでのさつきの発言を思い出す。

 ……あり得る、か? 

 

 そんなことを考えている間に、2枚とも皿を洗い終わる。

 コップと同じように水切りカゴにおいて、濡れた手をタオルで拭く。

 

「終わったぞ」

「ありがと」

 

 リビングのソファーに座り込んでいるさつきに報告に行く。

 ちょっと目が泳いでるのなに? 

 怖い。

 

「決めたか? 命令する内容」

「……うん」

「言っとくけど、できる範囲だぞ?」

「わかってる。そんな無理なことは言わないから」

 

 そう言ってクッションを抱えながら考え込むさつきの横に座り込む。

 まつ毛なっがいな……。

 

「決めた」

「ん、なんだ?」

「えっとね。ちょっと待って。私の覚悟が決まってから」

「さつきの!?」

 

 俺じゃなくて? 

 何命令するつもりなんだよ。

 何度か深呼吸をして、覚悟の座った目になると、こちらに顔を向ける。

 ちょっと上目遣いを意識して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……今晩、一緒に寝よ」

「……え」

 

 



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第45Q  理性⑤

「……上がったぞ」

「あ」

 

 さつきの家で、俺はシャワーを浴びた。

 一度家に帰って着替えを持ちこんでから戻り、その間に染み込んだ臭いをさつきに堪能されてから。

 

 昔はこうやって大輝も含めた3人の誰かの家で風呂に入ってお泊まり会と称して遊んだことはあった。

 ただ、今は勝手が違う。

 体つきといい、考え方といい、あの頃とは色々変わっている。

 俺と大輝のように同性の奴らでするのは問題ないが、思春期に異性と寝ることはあるのだろうか。

 

「んっ」

「オウ……」

 

 風呂上がりの俺がリビングで待っているさつきの元に向かうと、立ったまま抱きつかれ胸元の匂いを嗅がれる。

 

「私の家のボディソープの匂いがする」

「借りたからな」

「ワッくんから私の使ってる匂いがするのもありかも」

 

 独占力発揮してないかこの娘。

 一通り嗅いで満足したのか、10分程度で解放される。

 

「じゃあ、私はお風呂入ってくるね」

「おう」

「ちょっと時間かかるかもだから、私の部屋で待ってもいいよ」

「いや、リビングで……」

「電気代節約しないといけないから、私の部屋だけにしときたいの」

「んーでも」

「遠慮してるの?」

「……するだろそりゃ」

「だよね、ワッくんはそうだよね」

 

 見られたくないものとかないのか。

 幼馴染とはいえ、異性だぞ。

 

「でも、ワッくんだから」

「何それ」

「ほら、ここも消しちゃうから」

 

 そう言って冷房の電源を落とされる。

 まあ、言うこと聞いとくか。

 

「じゃあ、待ってるわ」

「はーい」

 

 さつきはそう言って脱衣所の扉を閉める。

 とりあえず行き場を指定されたので、階段を登ってすぐ左側にあるさつきの部屋のドアノブに手をかける。

 

「……失礼しまーす」

 

 一応、声をかけて入る。

 当然誰もいないのだが。

 

 内装は幼い頃の記憶と差異はあるが、相変わらず女の子らしいピンク色が多い部屋だ。

 正面には窓とベッドが見え、右側の奥には学習机、手前にクローゼットや服を収納しているであろうカラーボックスが積み上げられてる。

 自室だったらベッドに入り込んでスマホを見てから就寝するが、そうもいかない。

 部屋に左側にはクッションと足の高さの低いテーブルがあるので、そこに腰を下ろしてスマホをいじる。

 

「ん?」

 

 まめに連絡をする対応ではないので、LANEの通知件数は少ないし相手も決まっている。

 その中に、お袋から何件か連投で連絡がきているので、トーク画面を開く。

 中には────

 

『桃ちゃんママから話は聞いたよ』

 

『男と覚悟見せな』

 

 と言う内容だった。

 背中押しちゃうんだ、俺の親。

 

 多分なんとも言えないような顔をしながら、スマホをいじるが落ち着かない。

 動画の内容も頭に入ってこないし、ネットニュースを見ても文字を追うだけになってしまう。

 ゲームはやってないし、こうゆうときに誰かに連絡しようと言う考えはない。

 やがて、スマホを放り出してカーペットの上で仰向けになって放心する。

 

 連日の練習の疲労は確かに感じていて、夕食を取ったから腹も満たされている。

 風呂も入ってちょうどいい温度の部屋で、ふかふかのカーペットに体を預けている。

 目を瞑れば寝てしまうかもしれないと思いながら瞼を下す。

 

「……無理だ」

 

 それでも寝付けなかった。

 視覚を他の感覚が冴える、その中で嗅覚が仕事をしてしまう。

 服と同様に部屋に染み付いて漂うさつきの匂いが鼻腔をくすぐる。

 デュヒューザーがあるが、そこから香る金木犀の香りとはまた違う。

 

「ダメだ……」

 

 側から見れば挙動不審に映るかもしれない。

 それほどまでに俺は落ち着けなかった。

 上半身を起こして、胡座をかきながら周囲を見渡していた。

 

「……あ」

 

 ふと視界に、見覚えのあるものが入る。

 去年、俺が選んで買った薄い桃色のシャツワンピースが半開きのクローゼットの隙間から見えた。

 懐かしいが、あれを着ている姿を見ていないことに気付く。

 

「後から気に入らなかったのか、それとも俺の見てるところで着てないだけか……?」

 

 なんとも厚かましい考えを浮かべて、しばらく視線は動かなかった。

 そうやってぼーっとしていると扉が開く。

 

「お待たせ」

「……おう」

 

 部屋に入ってきたさつきを、一度見ると、すぐに視線を逸らしてしまった。

 あまりにも刺激が強すぎる。

 それを面白がるように、さつきは俺の横に座る。

 

「どうしたの?」

「……別に」

 

 絶対にわかっている。

 実にあざとい、素の可愛さとは違った魅力に溢れた今のさつきを直視できなかった。

 

 風呂に入って体温が上がったことで少し紅潮している頬や潤っていて艶やかな唇は非常に扇情的に見える。

 薄手の白いキャミソールは谷間が見えるほど胸元が開いており、同色の短パンからは健康的で少し桃色がかった脚をのぞかせる。

 横に座られると、先まで部屋に漂っていたさつきの匂いに加えて、ボディソープの匂いが混じって相乗効果を生んでいる。

 

「クローゼットの中に面白いものでもあった?」

「去年買ったワンピース……」

「ああ、これ?」

 

 そうやってクローゼットの中から取り出したそれを持って、自身の前に合わせるように見せてくる。

 やっぱり似合うなこれ……。

 

「着た姿見たことないなって」

「あー確かに……」

 

 指摘すると途端に歯切れが悪くなる。

 

「嫌だったんなら無理して買わなくてもよかったのに。安い買い物じゃないだろ」

「嫌じゃないよ、可愛いもんこれ」

「じゃあ、俺に見せてないだけで着てたのか?」

「それは、着てないというか……着ようとはしたんだけど」

「いや、別に責めてるつもりじゃない」

「……これいつ買ったか覚えてる?」

 

 確か中間テストの直前だったからGW前くらいだったはず。

 

「あの時はまだシーズンじゃなかったから着てなくて」

「早いな」

「だから、8月くらいに一回着たんだけど……」

「……?」

「き、キツくてね。その……胸が」

「……え」

「着れないことはないんだけど。流石にちょっと、ね」

 

 成長期とはいえ、ゆったりとした作りのワンピースが3ヶ月で……? 

 なんて成長率だ。

 

「……じゃあ、また買いに行くか」

「いいの?」

「全中終わった後でいいなら」

「うんっ!」

 

 さっきまでの小悪魔的な笑みから、満面の曇りなき笑顔で抱きつかれ、それを受け入れる。

 折角なので、俺も抱きしめ返す。

 さつきと抱き合うのも慣れて、人肌の温もりに心地よさを感じる余裕も生まれる。

 

幸せってこんなのかな……

「何か言った?」

 

 言葉では返さず、少しだけ強く抱きしめる。

 さつきも応えて抱きしめ返してくれると、心が温かいもので満たされるような感覚に浸っていった。

 

 

 

 


 

 

 

 

「電気消すぞ」

「うん」

 

 楽しい時間はすぐに過ぎ去ってしまう。

 いつの間にか23時を回ってしまっていたので、渋るさつきを説得して就寝準備を進める。

 一階で歯を磨いて、同じコップに歯ブラシを入れてみると思ったより恥ずかしくなった展開は割愛。

 さつきが冷房のタイマーを設定して、それを確認して部屋の明かりを消す。

 

 今更「俺は床で寝るわ」なんて言えるはずもなく、横になっているさつきがポンポンと招いているスペースに入り込む。

 大きめのブランケットを引っ張り出してきたので、二人とも体をしっかり覆うことができる。

 少し足が出てしまうが、致し方ない。

 

「枕一つしかないな」

「大丈夫、はい」

 

 さつきがそう言って枕を差し出してくる。

 代わりに、俺の左腕を引っ張ってくるので、従って腕を伸ばす。

 ここではさつきが絶対だからな。

 

 腕にさつきが頭を預けたのを感触で確認、もらった枕は俺の頭の下に敷く。

 手持ち無沙汰な左腕の置き所に悩んだが、一番持ちやすい腰の左側に添える。

 

「んっ。場所がやらしい」

「わりぃ」

「……イヤとは言ってない」

 

 手を動かそうとすると、上からさつきが左手を被せてくる。

 驚いた時の短い声や、重ねてきた手が指を絡めてくる動作に動悸が高まる。

 

 目が暗闇に慣れてくる。

 さつきは俺を見つめ続け、俺もそれに応える。

 何年も見てきた、見飽きているはずの相手の顔が、ここ数日でまた違った魅力が溢れてきて目を離せない。

 言葉を交わすこともなく、むしろ不要と言える。

 

 時計の針が一定のリズムで刻まれ、冷房の可動音が微かに鼓膜を揺らす。

 静寂を終わらせたのは俺だった。

 いや、同時に口を開いたが、腰に回していない右手をさつきの口に当てて遮った。

 

「やられっぱなしは癪だ。ここは俺から……」

 

 眼を見開いたように見えた。

 だが、頷いて俺の言葉を待っている。

 それを確認して口から手を離す。

 右手を今度はシーツと接しているさつきの右肩を持って、抱き寄せる。

 肩に置いた手を後頭部に置いて、震える声で言葉を紡ぐ。

 

「……簡潔に言うぞ?」

「うん……」

 

 次を発する前に一つ、息を深く吸って吐く。

 ここにきてこんなに臆病な俺を、気遣って背中を摩ってくれる。

 覚悟を決めろ。

 男を見せろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「好きだ、さつき」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 言った。

 言ってやったぞ。

 10秒にも満たない、そんな時間で絞り出した言葉に想いを乗せた。

 心臓の音が部屋中に響いているんじゃないかってくらいにうるさい。

 

 息が苦しいが、空気を吸えなかった。

 胸の中で、さつきは震えていた。

 それだけで、俺の言葉に対してはうんともすんとも言わない。

 

「……さつき?」

 

 たまらず声をかける。

 帰ってきたのは、鼻を啜るような音。

 同時に、胸が濡れる感触を覚える。

 緊張による汗ではない、温かいそれがなんであるかは明確だった。

 

「……ワッくん、ちょっとだけ手を離してくれる?」

「……おう」

 

 上擦った声に従って右手を頭から離し、さつきを見下ろす。

 しばらくは俺の胸に顔を埋めているため、表情がわからなかったが、ようやく見せたその眼には涙が浮かんでいた。

 

 次の瞬間、左腕が軽くなって右肩を押されたことで横向きから仰向けに体の向きが変わる。

 驚いて見開いた目の前にさつきの顔。

 なぜか口から空気を吸うことができず困惑するが、唇に触れた柔らかい感触が状況を教えてくれた。

 

 さつきに合わせて俺も眼を閉じる。

 全神経を唇に集めて初めての感触を味わった。

 ミントの爽やかな香りと大好きな甘い香りで満たされるのを受け入れ、されるがまま。

 

「ぷはぁ」

「はぁ……」

 

 荒い息を受けながら、唇の感触を惜しみつつ眼を開ける。

 鼻の先が触れるほどの距離で、さつきはこちらを見下ろしていた。

 

 目から溢れた涙が俺の頬に落ちる。

 すごく綺麗だと思うと同時に、笑みを浮かべていても涙は似つかわしくないと思い、右手の親指の腹で涙を拭う。

 

 掌は顔の造形に沿って触れると、両手で手の甲を覆う。

 愛しそうに手を見つめてから、再び俺の方に視線を落とす。

 腹筋で上体を起こして、胡座をかいた両足の隙間にさつきが収まる。

 

 右手を顔から左肩に。

 シーツにつけていた左手を右肩に置いて再び眼を合わせる。

 優しい笑顔を見ながら眼を瞑り、吸い寄せられるように再び唇を合わせる。

 

 さっきよりも短くソフトに。

 唇を離すと、眼を開けると同時にさつきが抱きついてきたので、受け止めながらゆっくりと仰向けに倒れる。

 

「────私も大好きだよ」

 

 今度はさつきから、唇を重ねてくる。

 馬乗りから顔だけを近づけて首の後ろに両手を回して強く求めてくる。

 口内に他人(ひと)の舌が侵入する未知の感覚を受け入れ、応えるように舌を絡ませて背中に回した手に力を込める。

 

 次第に力の抜けたさつきの体は俺に重なって、全てを預けながら苦しそうな呻き声が聞こえても離さず求めてくる。

 肺活量の限界に伴って、ようやく唇が離れる。

 互いの交わった唾液が細い線となって繋がっているのを、長い舌でさつきが絡め取って飲み込む。

 

 蕩けた眼をしながら、俺の右耳の横に顔を置く。

 息がまだ整わないまま、色っぽい声で囁かれ…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「変わることなく、ずっとこうしていようね……ずっと」

 

 

 

 

 …………俺たちは互いにとってかけがいのない存在となった。




次回の前半までちょっと続きます。
それ以降シリアスめな展開やバスケ描写が増えますが、もう少しだけお付き合いください。
中学生の間は○⚪︎○○なんてお父さん許しませんからね

R-15タグ付けるか、高校編になってからR-18も含めて砂糖工場建設するか……(白桃のサイドストーリーを別作品として書くか)

※追記 アンケートします
次回でアンケート取ろうかな


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第46Q 理性⑥

「 ……ん。……ワッくん、朝だよ」

「……うあっ?」

「フフッ、カワイイね」

「……朝、か」

 

 起きて最初に目に入ったのは、昨日気持ちを伝えた最愛の人。

 女の子座りでこちらを慈しむ眼で見つめている。

 

 いつもなら体内時計に従って5時には眼を覚まして、眠気覚ましのランニングを行う。

 ……昨日は興奮して眠れなかったからな。

 いつもより遅く起きていても、睡眠時間は少ないはずだが、疲労が抜けきっていない感じはしない。

 

「おはよっ」

「……おはよう」

「数年ぶりに一緒に寝たけど、こんなに朝弱かったっけ?」

 

 そんなことはない。

 むしろ起きてからすぐに行動ができるタイプだ。

 なんで横になったまま動かないかって? 

 

 朝日が眩しい、それはある。

 だが、それ以上にさつきが眩しい。物理的ではなく。

 

 まだ完全に見開いていない眠そうな瞳。

 少し寝癖が付いている長いピンクの髪。

 日光が照らすキャミソールの紐が外れかけている綺麗な肩。

 

 幼なじみとはいえ、普段見ることのない油断した姿。

 実に新鮮で愛らしい。

 

「何? じっと見ちゃって」

「……可愛いなって」

「もう」

 

 満更でもなさそうに、笑ってくれる。

 なんだろう、さつきパパの気持ちがわかる気がする。

 昔行った3人で行った夏祭りにさつきパパが子守兼財布として同行したときに、俺や大輝が焼きそばやらとうもろこしやらを必要以上に強請(ねだ)っても上手いこと言いくるめてたのに、さつきのお願い一つで財布の紐がガバガバになる姿が浮かんだ。

 

 俺も上体を起こして、胡座でベッドの上に座る。

 目を擦りながら時計を確認すると7時過ぎといったところ。

 9時から練習が始まるのでそろそろ動き出したいところ。

 準備の多いさつきのことを考えれば、ベッドから降りなくてはいけない。

 

「……何してんの?」

「え?」

 

 俺の考えとは裏腹にさつきは俺の足の間にスッポリと収まる。

 なんでそんな不思議そうな顔しながら首を傾げられる? 

 時間そんなに余裕ある訳じゃないよ? 

 

「ん」

「……」

「んっ」

 

 両手を前方に突き出して、「ん」としか言えなくなってしまった。

 着替えるために服を脱がしてし欲しい訳でも、高い高いをして欲しい訳でもないのはわかってる。

 でも、ここで欲に抗わないと時間が夏の日のアイスみたいに溶けて……

 

「……イヤ?」

「な訳あるか」

 

 抗えるかい。

 ご要望通り抱きしめてやったわ。

 朝であろうと夜であろうと、安心感と幸福感で心と体を満たしてくれる。

 

 少し寝汗をかいてしまったが、さつきは満足のようだ。

 嗅がれている首元が少しこそばゆいが。

 

「なんか、実感ないなぁ」

「なんの?」

「昨日、ワッくんが告白してくれて、付き合うことになったよね?」

「ああ」

「まだよくわからなくて」

「目に見えた変化がある訳じゃないからな」

「だから、その……昨日みたいにとは言わないけど……」

「昨日みたいにって?」

「えっと……」

「言葉で言わないと、伝わらないこともあるんだよ」

「絶対わかってるよね?」

「さあ」

「……イジワル」

 

 頬を膨らませて拗ねる。

 可愛いが、これ以上焦らして機嫌を損ねるのも良くない。

 

「よっと」

「あ……」

 

 左手は後頭部に置いて、抱き寄せながら唇を重ねる。

 朝なので少し短めに。

 

「これでいいか?」

「もう一回」

 

 そう言って、今度はさつきが俺を抱き寄せる。

 さっきよりも少し長く、唇を重ねる。

 少し蕩けた目をしているさつきにちょっとだけ危機感を覚える。

 流石にこれ以上は時間と理性に悪い。

 

 目を見ないように、敢えて離れるのではなく近づく。

 抱きしめて背中に回した右手で背中を、左手で頭を撫でる。

 お気に召してくれたのか、満足そうに嬌声を上げながら抱きしめ返してくれる。

 

 

「そろそろ準備するか」

「はーい……」

 

 30分ほど時間が経って、ようやくさつきが応じてくれた。

 名残惜しそうにしているので罪悪感に苛まれるが、グッと押し殺して二人で一階に降りた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

「行くか」

「うん」

 

 あの後、桃井家で冷蔵庫の食材を借りて簡単な朝食を摂ったのちに俺は一度家に戻った。

 寝巻きくらいしか持っていないので、練習のための準備が必要だからだ。

 

 シャワーでサッパリしてから練習着に着替え、替えの服や昼食など必要なものをバッグにぶち込み、さつきを迎えに行ってキスをしてから学校へ向かう。

 通い慣れた道を歩くが、8月の炎天下の中では立っているだけで汗が吹き出るので参ってしまう。

 汗拭きシート買わねぇとな。

 

「……ワッくん。どうする?」

「何を?」

「みんなに言う?」

「あぁ……」

 

 周囲に付き合い始めたことを宣言するか否か。

 いずれバレるだろうが……。

 

「聞かれなかったら言わなくていいだろ」

「だよね、全中控えてるし、浮かれてると思われるのも」

「あまりよろしくないかもな」

 

 我慢できずに告ったけど。

 

「……青峰君には言う?」

「そこなんだよな」

 

 せめて大輝には、幼馴染として伝えておくべきなのか。

 言っても「あ、そう?」って反応かもしれないし、これまでと関係が変わるとは思わない。

 そもそも興味を示すかどうか。

 

「煩悩まみれではあるけど、他人の恋愛に踏み込むのかなアイツ……」

「うーん……」

 

 女子に興味がない訳ではないが、バスケ以外を最優先に考えるアイツの姿を想像できない。

 

「流石に言うか? 一応」

「そうだねー」

 

 交差点に差し掛かり、信号が赤に変わるのを確認。

 少し進路を変えてコンビニの軒下で日光を避けて涼む。

 2、3分とは言え横断歩道の前で焼かれる気は毛頭ない。

 

「で、どのタイミングで言う?」

「今日久しぶりに3人で帰ろうって誘ってみる?」

「いいんじゃね。どーせ暇d」

「誰が暇だって?」

「まだ言い切ってねーよ」

 

 いつの間にか背後を取られてた。

 肩に回す腕が冷えてるってことはコンビニの中に居たなコイツ。

 

「青峰君。今日早いね」

「あー、まーな」

 

 夏休みだったり土日のような一日練習がある日はいつもギリギリに来る大輝が、余裕を持って学校に着くこの時間に起きているのは珍しい。

 なんだか、嫌な予感。

 

「暑いから離れろ」

「んー、お前らもこのクソ暑い時期に引っ付いてたくせに?」

「……気のせいだろ」

 

 スティックパンを頬張りながら、その指摘に反論できなかった。

 なんか無意識のうちに距離詰めてたりするのか……。

 口の中をミルクティーで流すと言う、仮にもアスリートとしての自覚のない朝食を終えた大輝が、スマホの画面を見せてくる。

 

「でよぉ、こんな写真が出回ったろ?」

 

 写っていたのは倒れたさつきを運ぶ後ろ姿が写っている画像。

 

「まさかこっから2日でこうなるかよ」

「は?」

「えっ!」

 

 次に画面にあったのは、桃井家の前で唇を重ねる俺たちだった。

 マジかよこいつ……。

 

「良かったじゃねーかよ、さつき」

「もう、なんでこんなところ撮ってるの!?」

「外でイチャついてんだから許容しろよ」

 

 慌ててスマホを奪おうとさつきが手を伸ばすが、身長差で簡単にあしらわれる。

 ぴょんぴょんしてるさつき可愛いな……。

 

「おい、ワク」

「ん?」

「浮かれてバスケに身が入らねーなんてことにはなんなよ?」

「……ったりめーだろ」

 

 そんなこと論外だ。

 お前が保留にしているあの()()()、そのためにうつつを抜かすことなんてあり得ない。

 

 それを感じ取ったのか、大輝は不敵に笑って拳を突き出す。

 俺も合わせて拳をぶつけると、耳打ちしてくる。

 

 

「で……ヤったのか?」

「……そのうちな」

「おまえのやつ入んの?」

「大丈夫だろ、多分」

 

 

 

 

 この後ガングロを赤面する二人で挟んで練習に行った。

 ちなみに察せられて全中前には俺とさつきのことは勝手に周知されていった。

 




ちょっと寄り道し過ぎましたが、これで全中予選編終了です。次回からはあまりイチャつかせません。
ここ数作品で多くの感想をもらって励みになりました、ありがとうございます。

あと、簡単なお知らせです。
4月からはこれまでのペースで更新できなそうなので、進捗を方向するためのTwitterアカウントを作りました。
SSの進み具合とか、構成案、飯の画像くらいしかツイートしないと思うけど宜しければフォローしてください。

アカ→https://twitter.com/kimela222

引き続きお願いします。

それでは


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2年  全中
第47Q  ならざる


原作だと全中予選から全中本戦って特にストーリないんですけど、その分色出して白河とキセキの世代との絡み書いていきます。
今日は違うけどね


 全中に向けて日々練習が続く。

 パッと見では変わり映えが無いだろう。

 俺個人で変わったことといえば、大輝が暇さえあればさつきとの関係を面白がっていじり倒したり、練習後にはさつきに毎回匂いを嗅がれるという羞恥プレイをされるくらいで、コンディションはすこぶる良い。

 

 さて、そんな午前練習を終わり、貴重な昼休み。

 有意義に使うために毎日母の作り置きを活用した弁当を持ってくるのだがそれを忘れてしまった。

 夜にさつきにねだられて寝落ち通話して、先に寝落ちされた挙句妙に目が冴えて眠れなかったせいかな。

 

 学校の購買はやっておらず、最寄りのコンビニにまで足を運ぶ必要がある。

 まあまあ離れてるせいで行くだけで着替えた服に汗が滲むのが中々ウザい、さっさと済ませてしまうか。

 一時的に涼しい店内で、弁当二つとおにぎりとデカいパックのプロテインを購入して、再び炎天下に晒される。

 

「……ん?」

 

 学校への道の反対側から、揉めるような声が聞こえる。

 振り返ると、近くのストリートコートで二人組と大柄の……青年? くらいのやつが大声で揉めてる。

 暑いのによくやるわ……。

 

 暑くてイライラしてんだなぁって見て見ぬ振りして帰ろうとするが、悲鳴が上がったので再度コートに視線を向ける。

 大柄な方が二人組に向けて威圧、それにビビった故のものか。

 この場を離れないと殺されてしまうと言わんばかりの逃げ足で二人組が逃亡するのを見届ける。

 

 ……ちょっと面白そうだな。

 そう思っった時には、二人組が置いていったボールを持って固まっている男のところに自然と歩を進めていた。

 コートに足を踏み入れると、

 

「あ? なんだオマエ」

「背中に目でも付いてんの?」

 

 振り返って睨まれた、遠くからでも迫力すげぇな。

 目付き悪いし、眉毛が特徴的な形してるし、髪は赤いし。

 あ、うちの主将(キャプテン)も髪赤かったわ。

 赤司の方がもうちょっと鮮やかだけど。

 

「なーんか怒鳴ってるから、気になっただけだ」

「アイツらが喧嘩吹っ掛けて来ただけだ。だからぶっ飛ばして、ガタガタ抜かすから一言言っただけだ」

「暴力はダメだぞ」

「殴ってねーよっ、バスケで決着(ケリ)つけただけだ」

 

 説得力無いな、その見てくれで。

 怒鳴ってたのは事実だけど。

 

「そっか、じゃあ余計なお世話だったな」

「おい、待ちな」

 

 さっさと学校に戻ろうとするのだが、背後から肩を掴まれてドスの効いた声で止められる。

 力強えなおい。

 

「オマエからは匂いがする」

「……え? 臭い?」

「そうじゃねぇ。()()()ってのは独特の匂いがすんだよ、オマエみてーにな」

「匂いで強さわかるって、野生のケモノかオマエ」

「ああ、わかるぜ。向こうでもここまでのやつはそういねぇからな」

「向こう?」

「アメリカだ。親父の都合で帰ってきたが、日本(こっち)の奴らにはガクゼンとしたわ、レベルが低過ぎてな」

「年いくつ? 中学生?」

「最近14になった」

 

 本場(アメリカ)仕込みか。

 向こうの飯食ってたら中学生でもこんなガタイになるのかね。

 コイツがどこで日本のバスケに拍子抜けと感じたのかは知らんが、満足出来る奴なんてそうそういないよな……。

 その点で言えば、コイツは大輝と同じだ。

 

「で、どうする? やるか?」

「良いけど、ちょっとこのあと練習あるし飯も食わないといけないから手短にな」

「いいぜ。じゃあルールはオマエが決めろ」

「待ってろ、考える間にこれを置いてくるから」

 

 購入した昼飯の入ったビニール袋を屋根がついているベンチの下に置いておく。

 水を一口だけ口に含み、その間に端的にルールは決める。

 

「10点先取、攻守交代はシュートが外れるまで。ファールは仕切り直し。これでいいか?」

「ああ」

 

 そう言えば大事なことを聞いてなかったな。

 

「名前は? 俺は白河」

「……火神大我だ

 

 

 後に“キセキならざるキセキと称され、キセキの世代(アイツら)の前に立ち塞がる火神との邂逅だった。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

「クソっ!」

「これでリーチだな」

 

 伸びる手を掻い潜って、ミドルジャンパーっを沈める。

 これでスコアは8-2。

 意外にも、あっけなく決着が近付いていた。

 火神は強い、それは間違いない。

 

 ただ、あまりにもプレーが単純だ。

 直情的で持っている才能(モノ)に頼りすぎている節がある。

 

「あれだけ啖呵切ってたわりにこんなもんか?」

「っ……!」

 

 挑発(トラッシュトーク)に対しては、こちらを睨みつけて返す。

 ここに来ても、まだそんな眼で返して来るんだから大したもんだ。

 最近の対戦校はすぐに点差に絶望して目が死ぬもんだからこんな眼を向けられることは記憶に久しい。

 

「まあ、いいや。お前がガクゼンとした、日本のバスケでトドメ刺してやるよ」

 

 右手でボールを持って一番火神から遠いところに置いて出方を伺う。

 ここまで散々ミドルジャンパーを見せてきた、段々と火神はディフェンスの際に距離を詰めて始めるようになってきた。

 頃合いだな……。

 

 セットモーションでミドルジャンパーを狙うと、うまい具合に釣られてブロックに跳ぶ。

 さっきまでジャンプシュートを打っていたので意表を突かれた火神は反応してしまった。

 それを見てから、ボールを握り直してドリブルに変更。

 

「何っ!?」

 

 火神を置き去りにして、右側からリングを狙う。

 〆に盛大にダンクでも決めようとしたが、背後からの圧力を感じる。

 

「待ちやがれ!」

「マジかよ?」

 

 火神が後ろからこれまで以上のスピードで迫っていた。

 ここから空中線になれば、まだ火神に勝機がある。

 さっきあんなことを言ったから勝ちたい、そのためには相手の土俵で戦わないことだ。

 

 あえて減速することで火神を背負う。

 フィジカルで優位を保つことはできないが、これで火神の跳躍力を封じ込める。

 背負いながらリングに向かい、ローポスト付近で肩を思い切りぶつけて中へ切り込むと見せかけて外に跳ぶ。

 

 フェイダウェイ気味に跳びつつ、火神の跳躍力を半減させてからモーションに入る。

 火神も当然飛んで追い縋る。

 

「まだそんだけ跳べるのかよ」

 

 身体能力に優れた大輝や黄瀬でもこんな芸当はできないだろう。

 だが、何度も見せられたからジャンプ(それ)に対する保険も備えている。

 

「これで終わりだ」

「!」

 

 ボールを掴み、伸ばし切った腕を折りたたんで、体幹に力を込める。

 空中で2度シュートを放つダブルポンプ

 これによってブロックを落とす、もしくは2度目のシュートを放つタイミングや軌道を調整できる。

 筈なのだが……。

 

「ん……!?」

 

 火神の思考の裏を描き続け、跳躍力も殺した。

 その筈なのに、リングと俺の間に伸ばす腕の位置が変わらない。

 まあ、それなら軌道を変えて打てば……

 

「決めてみろよ! やれるもんならなぁ!!」

「っ!!」

 

 その迫力に冷や汗が吹き出る。

 この高さを維持できても、これ以上高くは跳べない筈。

 どう足掻いても、届くことはない。

 俺が火神の手を超えるシュートを放てば良いだけ、そこに強烈なプレッシャーをかけてくる。

 なんとか放って見せたそれは力なくリングを跳ね、ゆっくりと回ったあと、ネットを潜ることなく外側から零れ落ちた。

 

「参ったな……」

 

 完全に気圧された。

 気迫に押されて手に力が入らなかったおかげでシュートがブレてしまった。

 

「まあ、いいか。来いよ」

「最初みたいにもう一回ぶち込んでやる!!」

 

 多少息を吹き返した火神が猛然と突き進む。

 ドライブの方向はわかるので初速を身体を当てて潰すのだが、フィジカルの強さで押し切られそうになる。

 踏ん張って耐えるが、足の踏み込み方が変わったのを確認する。

 凄まじいキレで止まってからのターンで振り切ろうとする。

 

「悪くない、けどな」

 

 イップスの時は跳べなくて苦しんだ。

 でも、お陰で相手に跳ばせないディフェンスを身につけることができた。

 ターンの動作の中で背中を見せてから半身にある瞬間を狙ってボールに手を伸ばす。

 

「やらせるかよっ!!」

「お!?」

 

 ターンが加速した。

 慌てて伸ばした腕を引っ込めるが、そうなれば火神は踏み切る準備ができる。

 

「っし!! これなら……」

 

 勝ちを確信したように跳躍に備える。

 だが、跳ぶ直前に両手に抱え直したボールを後ろから弾き飛ばした。

 

「あっ!?」

 

 踏み込んで中腰のような体勢のまま、火神はロストしたボール転がるのを眺め、腰に手を当てて空を仰ぐ。

 手応えはあったんだろう。

 実際危なかったが……。

 

「お前、()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「あ? なんでわかるんだよ」

「ドライブが右方向ばっかりなのと、今ので。咄嗟にターンで俺のスティール回避したところまでは良かったけど、その後左手で持ってたボールをワンドリブル挟んで持ち直したろ?」

「あぁ……」

「あのまま左でダンクすればそもそも俺には止めれなかった。明らかに()()で踏み込んだ今の時の方が高く跳べるだろ?」

「チッ、何もかもお見通しかよ」

 

 悪態をつくわりには指摘されたことは受け止めてるように見える。

 元々自覚はあったんだろうが、こうやって通用しないのがわかるとそれをちゃんとリキアできるんだな。

 見た目に反して真面目だな、ことバスケに関してだけだろうけど。

 

「……白河つったか? まさか日本にこんな奴がいるとは思わなかったぜ」

「どうだ? 日本のバスケも悪くないだろ?」

「ああ。お前のいるチームともやってみてーが」

 

 中学を聞いたが、聞いたことのない学校だった。

 あまり部活動は盛んではないのかもしれない。

 それを伝えたらめっちゃショック受けてた、ドンマイ。 

「まあ、お前が全中に出てもウチには勝てんよ」

「んなもん、やってみねーとわかんねーだろうがっ! そん時はお前をぶちのめして……」

「出来ないよ。そもそも俺スタメンじゃないしね」

「は? ウソつくんじゃねーよ」

 

 この反応、ぶっちゃけ満更でも無い。

 

「ホントだって。俺に勝てねーなら今のお前じゃ逆立ちしても敵わねーよ、アイツらには」

「アイツら?」

「キセキの世代、アメリカにいたから知らないんだろうが、日本じゃ天才って呼ばれてる5人だ」

「そいつらは、白河でも……」

「勝てないよ、今はね」

 

 呆然としてるな。

 と、思ったら俯いてから笑い始めた。

 

「きっしょ」

「キショい言うな!!」

「いや、この状況でなんで笑うんだよ……」

「嬉しくてよ、ついな。まさか日本(こっち)でそんなこと言われるとは思ってもみなかったからよ」

 

 やっぱ変態じゃんコイツ……。

 

「お前よりも強え奴が5人? サイコーじゃねーか……」

「勝てないかもしれなくても?」

「だからいーんじゃねぇか。人生は挑戦(チャレンジ)してナンボじゃん。

 強え奴がいねーと生きがいになんねーだろが。勝てねぇくらいがちょうどいい」

 

 そう言って、火神は笑った。

 こういうところ、マジで大輝みてーな奴だな。

 

「まだこっからだろ。やろうぜ」

「ああ、そうd

「ここにいたんですか白河君」

「うわあああああ!?」

「……っくりしたあ」

 

 いつの間にか、火神と俺の間に黒子が居た。

 なれてる俺でもこうなるから、火神には同情するわ。

 

「な、なんだコイツ……まさか、座敷童ってやつか?」

「違うよ、俺のチームメイトだ」

「……さっき言ってた奴らじゃねーよな?」

「ああ。でも俺と同じで、コイツもレギュラーには入ってるぞ」

「はっ!?」

 

 いいな、コイツ反応おもろ。

 

「探しましたよ白河君、帰りましょう。桃井さんが心配してましたよ」

「わざわざすまねーな。帰りなんか奢るわ」

「練習後にマジバでバニラシェイク買ってください」

「はいはい」

 

 ベンチに置いてあるビニール袋を持って、火神に声をかける。

 

「スコアは俺が勝ってるけど、決着はドローでいいぞ」

「おい、逃げんのかよ」

「俺だって不本意だよ。でも、どうせならもっとヒリつけるところでやろう」

「……そーゆーことか。いーぜ、次会う時は試合の時だ」

「じゃあ、ほい」

「あ?」

「グータッチ。わかる?」

「ふんっ」

 

 拳を突き合わせて、再戦を誓った。

 ────なお、高校生になった時に必然的に交流が深まるのは、まだ先の話。




アメリカは大体6月から8月にかけて夏休みで9月から学年が変わるらしいので、火神はそれを利用した下見の最中にバッタリ会った感じです。
誠凛入った時の火神ってしばらくバスケしてなかったらしいですが、今回は白河と会ってキセキの世代の存在を知ったのでモチベが高まりデバフかかりません。

私にも皆さんでバフをかけてください、お願いします。
仕事始まるまでに2話上げたい。

また、話は変わりますがウチのオリ主と桃井の絡み(通称白桃)をメインで描くスピンオフ作品みたいなのも平行して執筆中です。本編でもいちゃつかせますが、本編では書けないもの(紳士の皆さんにわかりやすく説明するとR18タグ付けないといけない内容)だったり、甘えにも脱線した内容だったり、自由に書いたり。ある程度リクエストを反映させていきたいと考えています。
こっちもできれば早めに上げたいですね。

また、感想や評価等も気が向いたら残してください。
それでは


追記

上記にある白桃の作品です、ぱっと描きました
こちらもどうぞ

間違えてたらしいので新しいのに貼り替えました、ご迷惑おかけします

https://syosetu.org/novel/312717/


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第48Q  個性

お気に入り2000超えました、ありがとうございます!


「遅かったっスね」

「悪い、待たせたか?」

「全然、その代わり先攻くださいっス」

「そのくらいなら」

 

 最近は練習終わりに黄瀬と1on1をすることが多い。

 全中決勝で俺が活躍してからは明らかに相手をすることが増えた。

 黄瀬が俺のことを意識しているのはわかる、逆もまた然り。

 

 今のままなら黄瀬がスタメンを維持するだろうが、怪我が再発したり不調に陥れば、即座に先発SF(スモールフォワード)は俺のものだ。

 言わば現チームの最大のライバルを相手に、日々こうやって1on1を繰り返すのは異様な光景なのかもしれない。

 黄瀬の方から勝負を持ち掛けられるが、そもそも断る理由もないから受けているだけで、俺が黄瀬の立場ならこんなことはしない。

 実際、勝ったり負けたりを繰り返しているが、通算では俺の方が勝ってるはずだ。

 

「行くっスよ!」

「おう」

 

 投げられたボールを返して、黄瀬の攻撃から1on1。

 普段はヘラヘラしてることが多いが、こうやってスイッチが入るとモデルとしてチヤホヤされている奴の顔ではなく、バスケットボール選手の顔になる。

 この時のコイツの顔は嫌いじゃない。

 

 ドリブルを始めると、愚直に真っ直ぐにリングへ向かおうとする。

 当然リングと黄瀬の間にポジションを取り続けて思い通りにはさせない。

 それを避けるように、黄瀬は少し膨らんでドリブルを行い、ショートコーナー付近で背を向ける。

 

「ポスト?」

 

 ポストプレーを黄瀬が使うところを見たことがない。

 模倣(コピー)対象の紫原が才能任せのプレーばかりで参考にならないということもあるが、黄瀬がこれをするメリットがない。

 相手と身長や体重で差がないと、有効的に使えないからだ。

 

 俺より低くて軽い黄瀬が、俺にポストプレーで勝算があるとは思えない。

 黄瀬もそれは分かっているのか、押し込もうとするのではなく、ドリブルに合わせて左右に揺さぶって来る。

 隙を見せれば抜き去ってしまおうという魂胆か……。

 

「ここで……を……」

「っ!」

 

 直感が俺の予想とは違うって警告する。

 その時には黄瀬が一歩速く動き出していた。

 

 左足をさっきよりも深く踏み込んだと思ったら、それを軸に自身の後方に向かって跳びながらシュートモーションに入る。

 ちょっと意表をつかれたが……

 

「そこなら届くぞ」

「ほんっとに訳わかんない守備範囲してるっスね!」

 

 シュートの軌道は抑えている。

 火神(アイツ)並の滞空性能があればこっから選択肢を出せるんだろうが。

 ……どうにも出来ないはずなのに、なんで笑ってんだコイツ。

 

「伊達に毎日青峰っちと白河っちと1on1して、負けてばかりじゃないっスよ!」

 

 してやったりというような笑みを浮かべた黄瀬が()()()

 正確には、ハンドボール選手のように体を横に倒し、上手投げの状態でボールを放り投げた。

 

「これ、今日の……!」

 

 大輝が決めていた理不尽なシュートの模倣(コピー)か。

 リングに向かって勢い良く投げられたボールの行末は…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガッ

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

「負けたぁ〜……」

「ふぅ……」

 

 黄瀬が大の字になってコートに倒れ込み、敗北を宣言する。

 俺も休憩のため、片膝を立ててコートに座る。

 

 10点マッチで10-6は、数字的に見ればかなりいい勝負に感じる。

 だが、内容で言えば黄瀬の自滅が起因になっている。

 

「黄瀬、お前また大輝の模倣(コピー)しようとしただろ」

「いやー、上手くいかないもんっスね」

 

 黄瀬は異常に飲み込みが早い。

 技を見ればすぐにそれを自分のものにすることができる。

 俺もダブルポンプを真似されたことがあるし、その才能を以てすれば初心者でありながら帝光の一軍に2週間で登り詰めたことも納得できる。

 

 だが、コイツはできることをやっているだけで、自分の能力以上の動きや技の再現はできない。

 例に挙げれば、大輝の動きや型のない(フォームレス)シュートは真似出来ない。

 だが、最近それを再現しようとしている節がある。

 

「焦ってんのか、お前」

「そりゃあ、白河っちがあんなプレーするからっスよ。監督も褒めてたじゃないっスか!」

「だから俺に勝てる大輝の動きを模倣(コピー)しようって魂胆か」

「ま、そんなとこっスね」

 

 一息ついて、出た俺の感想はこれだ。

 

「お前、そこまでバカだっけ?」

「ヒドッ! 俺だって頑張ってるんスよ!?」

「だからバカって言ったんだよ! 何も分かってねーのか」

「へ……?」

「お前な、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 俺の言葉に、黄瀬がハッとするような表情を浮かべる。

 日々こうやって切磋琢磨するのは個人の力を伸ばすのが目的ではあるが、勝つための手段でしかない。

 チームに所属する以上、最優先はチームの目的であり、個人の願望はついでだ。

 

 帝光においては、特にその傾向がある。

 チームの目標は勝つことだけだ。

 自我(エゴ)を出して一人で50も60も点を取って負けるよりも、点を取らないでもチームを勝たせれる選手を起用する。

 

 

「今のお前の考えでプレーするなら、先にコートに立つのは俺だろうな」

「あー……そうっスよね」

「ホントはわかってたろ。バスケに関しては意外と頭回るんだからさ」

「なんか……ダセェな俺。やろうとしてることも手段も」

「別に大輝の動きをコピーするのはダメってわけじゃないだろ。それをチームのために使えってんだ。仮に相手チームに大輝二人が居て、それを同時に対処できるか?」

「ゼッテーむり」

「それができる可能性があんのはお前だけだろ」

 

 押し黙った黄瀬を放って片付けに入る。

 こんなことわざわざ言ってやる筋はチームメイトだからって別にないんだが、必要な戦力だしな。

 

「それ、言わなければスタメンになれたんじゃないっスか?」

「ちゃんと実力で勝ってスタメンになりたいんだよ」

「意外と頑固っスよね、白河っち」

「ブレないだけだ」

 

 二人で床にモップをかけていく。

 その最中にも、黄瀬は延々と話しかけてくる。

 

「実際、俺だけの武器ってないじゃないスか」

「そうか?」

「だって俺はずっと人のマネしてるだけっスよ」

「誰だってそうだろ。お前と同じように、俺も大輝みたいなプレーには憧れた」

「……意外っス」

「ずっと隣で見てたら普通そうだって」

「それもそうか……」

 

 

(少年清掃中)

 

 

「そもそも、見ただけで身につけられることが武器以外のなんなんだよ」

「そうっスか? むしろ出来ないやつの方がナニ!? って感じなんスけど」

「『人は何かを習得するのに1万時間の練習が必要である』って言う法則知らねーの?」

「1万時間……? 凡人ってそうなんスか?」

「だから嫌われるんだよ」

「えぇ!!」

 

 

(少年清掃中)

 

 

「今も青峰っちのプレーに憧れってあるっスか?」

「凄いとは思う、けど憧れはない」

「なんで?」

「『憧れは理解から最も遠い感情だよ』って知らん?」

「どーゆーことっスか」

「そーゆーことだ」

「教えてくれないんスか」

「BLEA○読め」

「微妙にはぐらかされた気がするっス……」

 

 

 

 清掃が終わって電気を消して体育館を後にする。

 扉を閉めると、黄瀬がドヤ顔でこちらを覗いていた。

 なんかムカつくな。

 

「なんだよ」

「なんか、初めて白河っちと腹割って話して、気が楽になったっス」

「そうか。でも、いつまでもその座を譲るわけにはいかないからな」

「望むところっス!!」

 

 まあ、たまにはこう言うのも悪くないか。

 さつき待たせてるから早く着替えねーとな。

 

「明日もよろしくっス」

「別に良いけど、前教えたマッサージやストレッチはやってるか?」

「もちろんっスよ。よく寝れるし、疲労もとれるっス!」

「なら良かった」

「今日も桃っちと帰るんスか?」

「夜道を一人で返すわけにはいかねーだろ」

「優しい〜流石彼氏」

「……ウルセェ」

「でも、たまには白河っちとも話したいっスよ」

「じゃあ、LANEしろよ」

「いっつも無視されてんスけど」

「……」

「おい」

 

 

 しばらくは真面目に連絡を取り合ったが、そのせいで寝不足になった。

 何事もほどほどが一番だ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








「桃っちとはもうシたんすか?」
「いや、まだ早えって・・・」
「翔吾君は一年の時には卒業してたっスよ」
「あんなやつと一緒にすんな」
「ちなみにオレは・・・」
「どうでもいい」


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第49Q 全中開幕

 全国中学校バスケットボール大会。通称『全中』。

 予選を勝ち抜いた計24校が夏の覇者を決める暑い三日間。

 最大で6試合行われ、1日2試合というハードスケジュールをこなす必要がある。

 

 ただ日程を消化するだけでもその道のりは言うまでもなく過酷だ。

 しかし、今年の帝光には試合のみに集中できる状況ではない。

 

「おなか減ったー、早くお菓子食べたい」

「まだ開会式が終わったばかりなのだよ」

 

 参加校が一堂に会する唯一の機会となる開会式が終わる。

 相変わらずよく知らんおっさんの話を立ちっぱなしで聞く身にもなれと、愚痴を言いたいところだがそうもいかない。

 このタイミングでメディアが一気に帝光の元に押し寄せてくるのだ。

 

「すみません、インタビューよろしいですか!?」

「白金監督! 今年のチームの仕上がりは!?」

「連覇に向けて一言お願いします!」

 

 監督どころか選手もまとめて囲い込む記者の多いこと。

 全国大会とはいえ、中学生の大会に来る数じゃねぇだろ。

 

「大輝、動けなくね」

「だな。つーか赤司すげーな、動じずに模範解答で慣れたもんだ」

「これ、オレらも受けるんスか?」

「モデルの仕事で慣れてんじゃないの?」

「いやいや、俺なんてまだまだヒヨッコっスよ。インタビューなんてそんな」

「謙遜すんなお前が」

「なんでっ!?」

 

 その後、大輝や黄瀬もインタビューを受け、二人よりも少ない人数だが俺にも記者が来る。

 

『どんなプレーを心がけますか?』

「いつも通りです。自分の役割をこなしてチームに貢献できれば」

『同級生についてどう思う?』

「俺からすれば見慣れてるので特に、って言いたいですけどそんなんことないです。常に驚かされます、尊敬してます」

『初出場ですが、緊張などは』

「実際にコートに立ってみないとわからないですけど、呑まれないように準備はします」

 

 当たり障りのない質問ばかりなので俺でも難しく考えずに返答はできた……とは思う。

 黒子は気付かれていなかったが、茶髪の少年と親しげに話してる姿が見えた。以前聞いたことのある友人だろ。

 ロマンあるな、昔の友達といつか全国で会おうぜ! とか。

 

「ん?」

 

 視線を別のところに移すと、さつきも記者に囲まれてる。

 なんでだよっ。ただのマネージャーだろうが。

 しかも記者がすっごいグイグイ行ってるな……。

 イライラする。

 

 頭を下げてその場を去り、さつきを囲う記者のところへ割って入る。

 さつきは俺の顔を見て安心したのか、周りに人がいるにも関わらず抱きついてきた。

 後から赤面コースだなこれ。

 

「すみません、そろそろ失礼します」

「あ、はい。御協力どうも……」

 

 腰に手を回して、少々強引に記者たちからさつきを回収する。

 会場から離れ、人気の少ない場所で思わず溜め息が出る。

 

「たかが中学の大会でこんなに注目されるのか……」

「うん、去年より多かった。……ありがとねワッくん」

「気にすんな」

「……優しさだけじゃないでしょ?」

「……わかってるのに聞くなや」

「ふふっ、可愛いね」

「やめろ」

 

 このやり取りも見られてるんだって。

 嫌と言えないのがなんとも……。

 

 まあ、一先ずは今日の二試合に勝って、明日以降の決勝トーナメントへ弾みをつけたいところだ。

 

 

 

 

 


 

 

 

「なんだこりゃ……」

「超満員っスよ」

「初日からは流石に初めてじゃなーい?」

「……ああ」

 

 帝光に勝利と優勝のみを期待するマスコミや観客。

 観客席を埋め尽くす人の波が、彼らが生み出す異様な雰囲気が会場を包み込んでいる。

 熱気なんて(ぬる)いものではない

 重圧なんて言うほど軽くない。

 

 負けた時に寄せられる非難なんてとんでもない、敗北は論外だ。

 辛勝ですら許されない。

 キセキの世代を擁する最強のチームにおいて、注目度も歴代で最も大きいと言える。

 実際に全てを背負ってコートに立つ彼らにかかる重圧(プレッシャー)は想像に難い。

 これから逃げるわけにはいかない。

 

「虹村さん、去年はどうでした?」

「ここまでじゃねーが、重圧(プレッシャー)はまるでクソ重いギプスつけられてるようなもんだベンチ(ここ)でもわかるだろ」

「……ですね」

 

 体重が増えたとか、疲労が抜けていないとか、そんな感じではない。

 息が詰まるような閉塞感がある。

 

「こればかりは凡人も天才も大差ねーぞ」

「……そうですか?」

 

 視線の先には、壊れた機械みてーに震えてる黒子。

 お前、その調子だとまた出場した際に転ぶぞ。

 

「白河君は……大丈夫ですか?」

「お前見てたら落ち着くわ」

 

 

 

 

 とまあ、なんだかんだで試合開始(Tip off)

 虹村さんの言うように、キセキの世代であっても重圧による影響がプレーに表れていた。

 基本堅実ではあるが、リスクのあるパスを恐れない赤司も慎重に努め、決まりはしたものの緑間のスリーはリングに接触する僅かなブレがあり、リバウンドに向かう紫原の足取りは重く、黄瀬は全体的にプレーがおぼつかない。

 

 そんな様子を見て、監督も早めに動く。

 

「白河、準備しておけ」

「……わかりました。いつもより随分早いですけど」

「お前には早くこの雰囲気に慣れてもらう。いいな」

「はい」

 

 疑問はあっても異論はない。

 ついさっきまで体を動かしてはいたが、念には念を入れて体を温める。

 

 スコアは10-6。

 いつもより低調な数字を記録しながら、早くも第1Qの半分が過ぎたところでボールがサイドラインを割る。

 黄瀬を監督が呼び寄せている間に、ジャージを脱いでユニフォーム姿になる。

 

「ワッくん、ちょっと屈んで」

「んっ」

 

 ジャージを受け取ったさつきがタオルで顔の汗を吹いてくれる。

 念入りにアップをしたが、もうこの段階で()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「頑張って」

「……任せろ」

 

 黄瀬と変わってコートに足を踏み入れる。

 思えば、これが全国のデビュー戦か。

 

 周囲を眼球だけで見渡していると、大輝が寄ってくる。

 励まし……ではなさそうだな。

 

「ほらよ」

「おう」

 

 グータッチを交わして、大輝は早々に自分のマークに付いた。

 まあ、今更言うことなんてねーよな。

 

 

 

「なんか、こんだけしか出てないのに疲れたっス」

「汗、すごいですね。これどうぞ」

「あざっス。……青峰っち、白河っちと拳合わせただけでなんも言わないっスね」

「黄瀬君と比べたら、二人とも落ち着いてますね」

「言わないでほしーっスそれは。でも、流石にキンチョーしてるんじゃ」

「大丈夫ですよ、多分。ですよね、桃井さん」

「うん、青峰君はいつもどーりだし。ワッ君もすごく集中してたから」

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

「しまっ……!」

「バカ! 戻れ戻れ!!」

 

 相手の焦る声を尻目に、無人の相手ゴールに最低限の動きでダンクを決める。

 向こうも全中に出てくるチームとはいえ、初戦の緊張からか動きが硬い。

 

 俺が出てから相手のミスを誘って一気に主導権を握った。

 差が開けば開くほど焦って相手はエースに託すが、一向に俺の守備範囲からは抜けられない。

 

「クソっ……」

 

 最初はフェイクを多く織り交ぜてきたが、通用しないとなるとシンプルなプレーを選択する。

 だが、そうなると俺との実力差が顕著に現れる。

 ジャブステップから右へのドライブと見せかけ、左方向への短いドリブルからジャンプシュート。

 

 スピードは遅く、リズムも単調。

 高さも工夫もない。

 ましてや、チームを勝たせる気持ちが微塵も感じられない。

 自分のプレーにも自信を持てていない。

 

「そんな奴に決められる気がしねぇ」

「ヒッ……!」

 

 頭の上でセットされているボールを鷲掴んで、体ごと押し倒すようにシュートを阻止する。

 歓声が上がっているような気がしたが、俺はあっという間に相手コートに走る後ろ姿を見て、パスを放った。

 一切ボールを見ずに跳び上がった大輝はボールを空中でキャッチしてから180度回転し、後ろ向きの状態から片手で肘から上の腕ごとリングに叩き込む離れ技をやってのけ、会場を大いに沸かせた。

 

「まだパスおせーぞ」

「緊張でいつもよりスピード出てねぇから気を使ったんだよ」

「はっ、のやろう」

 

 すれ違いざまに拳を突き合わせ、再び守備に構える。

 

 体の重さなんて微塵もない。

 心が気圧されることもない。

 ここでのプレーを、重圧(プレッシャー)を、勝利を、俺は他の奴らより1年お預け食らってたんだ。

 

 

 待ち焦がれてたんだよ、こっちは────! 

 

 

 

 

 






【帝光、初戦をトリプルスコアで圧勝! 二連覇に向けて上々の滑り出しを見せる!!】

 午前の甲延中との試合を121-38で圧倒し、初戦を白星で飾った。
 序盤は硬さがあったものの、選手交代から流れを掴んで一気に主導権を握り、攻守ともに相手を圧倒し続けて見せる。
 エースの青峰大輝(#6、PF)がチーム最多の37得点、二年生ながら主将を務める赤司征十郎(#4、PG)が20得点21アシストのダブルダブル等『キセキの世代』が順当な活躍を見せる中、戦局を変えたのは控えの切り札である白河惑忠(#12、SF)だ。
 通常よりも早い時間帯での投入となったが、瞬く間に3つのスティールと2つのブロックから11連続得点を挙げる原動力となり、最終的に13得点5アシスト11リバウンドに加え、それぞれ5つのスティールとブロックという驚異的なスタッツを記録した。
 全国デビュー戦ながら圧巻のプレー内容に観客は魅了され、これから帝光と戦う可能性のあるチーム関係者は大いに頭を悩ませるであろう。



試合直後のネットニュースより抜粋


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第50Q  オレに勝てるのは・・・

【帝光、グループ予選を2連勝! なんなく決勝トーナメント進出へ】
 帝光中はグループ予選2試合目において、風見中を99-25で下し、2連勝で明日以降の決勝トーナメント進出を決定させた。
 青峰大輝(#6、PF)が27得点、紫原敦(#5、C)が12得点25リバウンド10ブロックと活躍を見せ、白金監督は『キセキの世代』全員を前半までの出場に抑える余裕を見せた。
 後半からは“元”主将虹村修造(#9、PF)と午前の試合で活躍した白河惑忠(#12、SF)を中心に安定感のある戦いで試合を〆る。
 懸念や不安を一切感じさせない、圧巻の強さを見せてくれるが、一つ奇妙なことがある。

 後半の帝光のパス回しには時折精度を欠き、パスミスになると思ったボールが突然意志を持ったように軌道を変えて、フリーの選手が得点を決めるシーンが見受けられた。
 噂、というよりかは都市伝説に近い話が帝光にはある。

『誰も姿を見たことのない幻の6人目(シックスマン)

 根も葉もない作り話だと思われていたが、実在するのか? 
 理不尽的な強さに加え、超常現象をも引き起こす今年の帝光は一体……。


 ネットニュースより抜粋


 全中決勝トーナメントの一回戦。

 相手は全国常連の強豪校である上崎中であり、PF(パワーフォワード)には全国でも指折りの実力者井上智也(いのうえともや)を擁する。

 去年の全中では大輝と互角に渡り合った相手との再戦、いつも以上にアップから大輝の動きはキレていた。

 

「どりゃ!!」

 

 バックボード利用してのアリウープで会場を沸かせ、自身の士気をも高める。

 ここまで瞳に闘争心が宿っている大輝を見るのも久しぶりだな……。

 

「気合い入ってんな」

「ああ、今日の相手は手強いからよ」

「……俺とどっちが強い?」

「は? なんだ急に」

「どうなんだよ」

 

 困った顔してんな。

 なんでだよ、そんなに悩むほどかよ。

 

「ワクとは試合でやったことねーし、井上とは去年一回しかやってねーからな。ムジィわ」

「……あっそ」

「え〜……なんだよお前」

 

 勝負を楽しむのはいいが、……なんつーかモヤモヤすんな。

 かますか。

 

「黒子、ロブ高めで」

「はい」

 

 黒子にパスを出し、リターンを受ける。

 リングよりボール二つ分程の高さだが、高く跳ぶことだけに集中すれば十分届く。

 そこから重力に従って真下にボールを叩き付ける。

 

 ボールは高く跳ね上がり、リングも取れてしまいそうになる程引き伸ばされる。

 リングが元に戻ろうとする勢いで後方に飛び降りて、大輝の方へ振り向く。

 

「井上はこんなことできんのか」

「……お前、頑固っつーか、ガキかよ」

「あ?」

「オイ」

 

 そのあとは(あし)らわれたので大人しくアップに努める。

 各自でのジャンプシュートを打つ時間になり、打つスポットを決めていると緑間が視界に入った。

 2試合消化してこの会場の重圧(プレッシャー)に慣れてきたはずなのに、どこか落ち着かない様子だったので声をかけた。

 

「緑間、どうした」

「……今朝のおは朝占いがな」

「悪いのか」

 

 そういうのは信じてないが、信じてる奴には影響は大きい。

 人事を尽くす緑間が唯一言い訳をするならそこだが……。

 

「オレは3位だ、問題ない。ラッキーアイテムも持っている」

「万全じゃんか」

「悪いのは……青峰なのだよ。最下位だったのだよ……何事もなければいいが」

「効果あるのは影響があるのは信じてるやつだけだって」

 

 くだらね。

 そう思ってその場を去ったせいで、緑間の言葉は俺の耳に入らなかった。

 

 

 

「……次点で悪いのはお前だぞ」

 

 

 

 

 

「……あ? 靴紐切れてら」

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

「……マジか」

 

 

 負ければ終わり、一発勝負の決勝トーナメント。

 その緒戦はこれまで以上に、圧倒的だった。

 同じコートに立って、それをより肌で実感している。

 

 大輝はいつの間にか自分の力を制御(セーブ)するようになった。

 相手との力量差を理解してしまったからだ。

 本気で渡り合える相手がいないから、と。

 

 予選の2試合、いやもっと前か。

 あの日、俺を圧倒した時以降抑え込んでいた力を思う存分解放した。

 一年前に刺激的な対戦をした井上になら、試しにぶつけてもいいんじゃないか。

 

 

 淡い期待を、大きすぎる才能は、秀才と天才の気持ちを黒く塗り潰した。

 

 

 マッチアップしていた井上だけじゃない。

 他の上崎中の選手達もヘルプに出ることもせず、棒立ちで大輝の得点を見過ごした。

 生気の無い、死んだような目で試合を、バスケットボールを放棄したのだ。

 

 大輝は困惑と失望の混じった眼を井上に向ける。

 井上が返したのは失笑と、大輝が最も聞きたく無い言葉だった。

 

「いるわけねぇだろ、お前とやれる奴なんて……イヤミかよ」

「……ははっ」

 

 嫌な予感がする。

 大輝の元に駆け寄って問い詰めた。

 

「大輝、今何を言われた?」

「……別に」

「おいっ!?」

「気付いちまった」

 

 肩を掴んでいた手を、思わず話した。

 これほどまでに絶望を感じる大輝の声を、俺は聞いたことがなかった。

 

「ワリィな今まで。……もうワクもムリしなくていーぞ」

「何言って

井上(アイツ)の眼……あん時のオマエの眼と同じだ。よーく覚えてるぜ」

「……っ! あれは

「わかったわ、オレとまともに勝負できる奴なんざいねぇ」

「俺は……!」

「オレの欲しいもんは……絶対に見つかんねぇ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オレに勝てるのはオレだけだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこからの記憶は、あまりない。

 いつの間にかベンチに下がり、試合も終わって更衣室に戻っていた。

 さつきが大輝に何かを言っているのかよく聞こえず、大輝が部屋を出て行っても引き止めようとも思えなかった。

 

「こんな形で嫌な予感が当たるとはな」

「こーゆーとき、峰ちん説得するのは白ちんじゃないの〜?」

「ちょっ、紫原っち!!」

 

 周りの声がノイズのようだ。

 電波が悪い場所で流れる動画のように声が途切れて聞こえる。

 

「……次の試合はすぐだ、最悪青峰がベンチでもやるしかない。それが終わってから話す機会を」

「青峰には何もしなくていい」

「監督!? なんでっスか!?」

「今励ましや慰めは逆効果だ。必要ならば私が話そう、白河についても同様だ」

 

 俺は腰を上げた。

 今は何も聞きたくない、ノイズすらも。

 

「……試合までには戻れ」

「……はい」

 

 ドアノブに手をかけると、裾を掴まれる感触がする。

 

「ワッくん……」

 

 震える声が、鮮明に聞こえた。

 一度手の力が緩む。

 

「……ごめん」

 

 それでも、俺はドアノブを握り直して扉を開いた。

 今はただ、誰にも触れて欲しくなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午後の試合、そして翌日の準決勝には俺も大輝も試合には出場。

 大輝は危なっかしいプレーを続けるも、相変わらず得点を量産。

 俺は多少不甲斐ないプレーをしたかもしれない、あまり記憶がないから。

 それでも、チームは勝ち進み、決勝の舞台へ。

 

 

 

 

 

 誰もが帝光の2連覇を、快勝を疑わなかったこの試合。

 キセキの世代の帝光時代における、最初で最後の波乱が──────




短いよね、今回。
ごめんなさい


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第51Q 全中決勝①

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お前には、まだあの時の()()があるのか』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『これより、帝光中学校対鎌田西中学校の決勝戦を始めます!!」

 

 場内アナウンスの宣言に会場は沸き立つ。

 いよいよ、決勝。

 初日から観客人数は変わっていないが、熱気や重圧(プレッシャー)はこれまで以上だ。

 

 だからと言って、帝光は何も変わらない。

 キセキの世代が、大輝を中心として、一方的に蹂躙するだけだ。

 

「これが最後だ。何か言いたいことはあるか」

「一本でも多くスリーを決める、それだけなのだよ」

「別に何もねーよ」

「早く終わらせてお菓子食べたい」

「なんかみんなバラバラじゃないスか!?」

 

 円陣を組む5人を俺はベンチから眺めていた。

 周囲のチームメイトやコーチもコートに視線を送る中、監督が語り掛けてくる。

 

「白河、昨日の答えは変わらないな?」

「……はい」

「そうか。今日もしっかり準備をしておけ」

「はい」

 

 昨日のことを思い出しながらぼんやりと相手コートを見ると、同じ背格好のやつがいる。

 疲れているのかと、目を擦ってしっかりと見る。

 やっぱり同じだ、双子か? 

 

「さつき、データあるか」

「あ、うん。待ってね……」

 

 渡されたノートを開いて、その中のデータを凝視する。

 いつも通り多くの情報がまとめられているが、二人の選手だけさつきにしてはデータが異様に少ない。

 

「……あの双子のデータ少ないな」

「うん、記録(スタッツ)にも特徴はないんだよね」

 

 さつきの情報網にもかからないか。

 それとも、大したことないだけか? 

 でも、決勝まで来たチームのスタメンが? 

 ……ごちゃごちゃ考えんのは後にすっか。

 

「サンキュ」

「うん。……ワッくん」

「ん?」

「頑張ってね……」

「っ! ……おう」

 

 ……情けねーな、俺。

 

「共有することはただ一つ……勝つぞ!!」

「オォ!!」

 

 円陣で気合を入れ、観客が呼応して拍手を送る。

 それが収まれば、両チームはセンターサークル付近で各々がポジションにつく。

 

 

 審判がジャンプボールを放る。

 全中二連覇を賭けた決勝が今、始まる(Tip off)──────

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 側から見る大輝のプレーは。ここ数試合で変わったように写っているのかもしれない。

 優れた身体能力と巧みなハンドリングで得点を量産するエースの動きは“トリッキー”の範疇に収まっていた。

 

 今はどうだ。

 相手に無防備な姿を晒したり、ボールをリングに向かってテキトーに投げたり、危なっかしいプレーが一気に増えた。

 なのにキレは増し、得点を奪い続ける。

 

 この試合もそれは変わらない。

 斜め後方に倒れてブロックから遠ざかり、放ったボールはなぜかリングに吸い込まれる。

 メチャクチャだ。ホントに。

 

 流れは帝光。

 それは間違いないが、気になるのは例の双子だ。

 

「反則的だろ」

「手も足も出ねーわ」

 

 笑いながらユニフォームの襟で汗を拭う姿。

 勝利を諦めて絶望に駆られた奴の笑顔じゃない。

 何かを企んでいる眼だ。

 なぜか俺はそれが()()()

 

 攻守において動きは最低限。

 あの二人のところから失点が多いにも関わらず周りは何も言わない。

 責めることも、励ますことも。

 

 信頼が厚い? 

 じゃない、待っている……。

 何を? 

 

「さつき……あのノートって、今回の全中の他の試合にデータあるか?」

「一応全試合分あるよ」

「もう一回見せてくれ」

 

 再び開いたノートのページをいくつかめくる。

 双子の、鎌田西のここまでの試合の()()()記録(スタッツ)に注目する。

 

「……流石に出来すぎだろ」

 

 仮定が当たれば、不気味な要素が繋がる気がする。

 ここまで毎試合出場している双子の目立たない記録(スタッツ)

 尻上がりに調子を上げてくるチームの傾向。

 あの不的な笑みと、何かを捉え始めているあの眼……。

 

『チャージング! 白8番(黄瀬)

 

 黄瀬のオフェンスファールのコールで、コートに視線を戻す。

 不服そうに黄瀬が手を挙げるが、これは珍しい光景ではない。

 

 裏のディフェンス。

 双子の片割れがシュートモーションに入る。

 反応した大輝がブロックに跳ぶが、マズイか? 

 

「跳ぶな、大輝!!」

 

 思わず叫んだが、遅かった。

 大輝のプッシングを取られ、ファールを重ねてしまう。

 ベンチからは双子が自分から飛んでいるようにも見えたが、巧妙に見せてくる。

 

 急にファールが増えてきたことに、雰囲気が変わり始めていた。

 フリースローを決められ、オフェンスでボールを持った黄瀬が仕掛ける。

 さっきファールで止められたからか、少しムキになっているように見えるが。

 

 

判定(ジャッジ)厳しいっスね。接触を極力避けて……スピード勝負!)

 

 

 さっきよりもスピードを上げて、ドライブを仕掛ける。

 だが、それじゃダメだ。

 

「うわっ!」

『白8番!!』

 

 二つ目の黄瀬のファールがコールされる。

 今度は納得いかない黄瀬は審判に抗議する。

 

「どこに目ぇつけてんスか!! 相手が勝手に転んだだけっスよ! んなジャッジ納得いく訳……」

「あのバカ」

「黄瀬やめろ!」

 

 虹村さんがこのあとの展開を察知し、赤司が制止しようとするが間に合わない。

 追加でテクニカルファール、黄瀬は早くも3つ目のファールを吹かれてしまった。

 5つ目で退場となるバスケで、このタイミングで三つ目は早すぎる。

 

 チームファールはこれで4つ。

 次からはファールの種類に関係なくフリースローが与えられてしまう。

 より慎重に行かざるを得ない。

 

「黄瀬ち〜ん。勘弁してよ」

 

 楽天的な紫原でさえ、これだ。

 交代は必然だろう。

 

「監督、行かせてください」

「……ああ、無理はするな」

「もちろんです」

 

 ユニフォーム姿になり、コートに向かおうとするが、視線を感じた。

 送り主はやっぱりさつきだ。

 

 ……なんだよ、その心配そうな(ツラ)

 選手がマネージャーに、彼氏が彼女にさせていい訳ねーよな。

 

「ワッくん?」

「……さつき」

 

 軽く抱き締め、背中を優しく叩く。

 落ち着くな、やっぱり……。

 

「待ってろ。そんな顔はもうさせねぇ」

「……バカ、じゃあ安心させてよね」

「任せろ」

 

 試合をあまり長いこと止めるわけにもいかない。

 少し駆け足でサイドラインに向かうと、黄瀬が暖かい目を向けてくる。

 

「見せつけてくれるっスね」

「うるせぇ、ベンチで反省してろ」

「……やっとマシな顔になったっスね」

「迷惑かけた」

「お互い様ってことで」

「お前はダメだ。試合の勝敗に直結するだろ」

「反論できないのやめてもらっていいっスか」

 

 タオルを渡して、コートに入る。

 慣れたと思ったが、決勝はまた違うな。

 

「フンッ、ようやく目を覚ましたか?」

「まだ半分寝てるかもな。ところで、緑間的には()()ってどう?」

「……人事を尽くしているかはともかく、俺は好かん」

「だよな」

 

 コートの中の奴らも勘付いている。

 だからこそ、流れが良くない。

 ジワジワとその影響はチームに訪れる。

 

「今日は腑抜けたプレーは許さないぞ」

「ああ、わかってる」

「双子の片方を任せる。くれぐれも慎重にな」

「了解」

 

 黄瀬とマッチアップしていた8番を引き継ぐ。

 そいつの足が止まったところで仕掛ける。

 

「フロッパーかお前ら」

「なんだ急に」

「お前らと対戦したチームのほとんどが中心選手を嵌めてプレータイムを制限させるか、退場させている。どうやってそんなに上手く審判を欺いてるかは知らねぇけど」

「ルールの範囲内だ。文句があるのか」

「全然。最初の3分くらいで黄瀬の動きや呼吸を見抜いて、結果あのザマだ。狙っても絶対できるわけじゃねぇし、リスクもある。その技術を貶めるつもりはねぇよ」

 

 それを聞くと、警戒が少し溶ける。

 

「なんだ、意外と話がわかるんだな」

「ウチにも黒子(似たようなの)いるからな、なりふり構わないやつが」

 

 ボールが8番に回る。

 良くも悪くも、バスケ以外の動きが色濃いなコイツ……。

 

「まあ、わかったところでどうしようも」

「お前らの上を行けばいいだけだ、驕ってんじゃねぇ」

 

 黄瀬と同じだと思うな。

 アイツとは射程が違う。

 無防備なボールを奪い、一気にカウンターに走る。

 

 双子のもう一人が追いついて進行方向を遮るが、サポートに入った赤司を見つける。

 パスを渡し、双子を置いて再びパスを受ける。

 

「クソッ」

 

 その間に、マッチアップしてた8番が追い付いてくる。

 リングとの間に先回りされていて、俺のチャージングを狙ってきている。

 

 

知ったことか

 ボールを強く握って地面を蹴る。

 青ざめた8番を気に留めず、俺は腕を思い切り振りかぶった。

 

 ここ数日の自身の不甲斐なさと、大輝への()()を込めて。

 リングを壊すぐらいのつもりでダンクを叩き込んだ。

 

 

「オラああぁぁ!!」

「うわああ!?」

 

 

 8番は尻餅をついて支柱寸前にまで吹き飛ぶ。

 火神(アイツ)なら飛び越えれるんだろうな。

 リングから手を離し、着地した俺は8番の元に歩み寄る。

 

 すっごい睨んでくるね。

 そりゃそうか、故意にやったし。

 帝光とやってるのに、そんな目ができるんだな。

 悪くねぇ。

 でもまあ……

 

 

 

 

「ファール如きで止めれると思ってんじゃねーよ」

 

 

 

 

 あぁ…………スッッキリした。

 

 

 

 

 

 



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第52Q 全中決勝②

 ──────準々決勝後、控え室にて

 

 試合が終わり、控え室に残っているのは俺と監督だけ。

 細いベンチで少し距離を空けて、座る。

 互いの顔を見ず、沈黙が流れる。

 

 残るように言われて、ここにいるが何の用か。

 流石にプレーの内容についてそろそろ責められるのか? 

 

 10分くらい経ったか。

 監督が何度か咳払いをして、ようやく口を開く。

 

『明日青峰に話すことになるだろうが、お前にも話しておくべきかと思ってな。ご両親には連絡したか?』

『ここ最近仕事で帰ってないので、大丈夫ですよ。今日も忙しいみたいで』

『今はオフシーズンだろ。その間も選手の面倒を見てるのか?』

『最近は代表の方でも呼ばれてるみたいで……でも嬉しそうにしてますけどね、二人とも』

『そうか。お前の父親は代表でプレーすることを夢見ていたからな。立場は違えど、それが叶ったんだ』

『そのうちアメリカに行くかもしれませんね』

『そうなると、お前も付いていくのか』

 

 少し悩んだが、その考えは否定した。

 

『バスケしてたら夢見る場所ではありますが、今はまだそんなことは考えられません』

桃井(フィアンセ)のことを考えてか?』

『……なんのことやら』

『別に悪いことではない。バスケだって、恋愛だって青春の一部だ。うまく両立できるのならなにも言わん』

『……どうも』

 

 少々気まずくなり、何度か監督が咳をしながら、空気が変わったのを認識した。

 本題に入るようだ。

 

『私は、青峰に謝らなければならん。このような結果を招くと分かっていたのに、才能のその先を見たいという欲に負けたのだ。以前、お前に言っていたにも関わらずだ』

『……分かるんですか、そうゆうの』

『長年多くの選手を見てきた。中には日本のバスケ史に名を残すような選手もいるが、その誰よりも青峰の才能は大きく、底が見えなかった』

 

 監督が言うと、重みが違う。

『10年に1人の天才』と言う言葉すらむしろ敬意を欠くような表現だと錯覚するほどに。

 

『才能を眠ったままにしようと思って、どうにか出来るもんですか?』

『無理だろうな。これは言い訳ではなく、指導者の役割が選手を下手にさせるのではなく、上達させることだからだ』

 

 それはそうだ。

 力を不足を嘆くことはあっても逆はあり得ない。

 

『あの時、青峰の発言はお前にとってショッキングだったものかもしれん』

『……!』

『なにを言ったのかはだいたい予測は付く。その上で、聞かせてくれ』

 

 ここで今日初めて顔を合わせる。

 いつになく真剣な眼でこちらを見る監督は、俺を見定めようとしている』

 

 

『お前には、まだあの時の()()があるのか』

 

 

 重苦しい空気がこの場を包む。

 あの時……俺が大輝に絶望した、それでも抗うと決めた心に変わりはないか、と。

 答えは決まっている。

 

 

『覚悟ってか、今俺があのバカに感じてるのは怒りだけですよ』

『ほう……?』

『俺を見誤ったことを、後悔させてやる』

 

 勝手に絶望して、あんだけの才能持っておきながら悲劇の主人公みたいな(ツラ)してんじゃねーよ。

 

『今はアイツと、チームの勝利を目指しますが、それが終わったらあんなクセェセリフは二度と吐かせねーようにしてやる』

『……そうか』

 

(すぐに解決できると言うつもりも、ワシ自身も思っていなかった。だが、意外に…………)

 

『明日も頼む。2つ、油断せずに勝とう』

『はい』

『そして、これは監督としてではなく、1人の男としてアドバイスだ』

『?』

 

 

『男同士なら構わんが、女性に対してはどれほど関係が深かろうと言葉と行動で気持ちを表しなさい』

 

 

 

 

 ──────────

 ────────

 ──────

 ────

 ──

 

 

 

「ふっ、私の眼は間違っていなかったな」

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

『チャージング! 白12番』

 

 当然、オフェンスファールを宣告される。

 せっかく立ち上がるのに手を差し伸ばしたのに、拒否されたので、審判に手を挙げながら自陣に戻る。

 

「白ち〜ん、なにやってんの」

「あいさつと……警告?」

「これで、第1Qの残り4分間*1ファールは全てフリースローが相手に与えられるのだよ」

「問題ねーだろ、別に」

「慎重に行く必要があるのはわかっていた筈だ。コートに出て最初のプレーがこれとは、どういうつもりか聞かせてもらおうか」

 

 確かに、このフリースローで得点は追い付かれた。

 あの双子の技術の前で、極力ファールを抑えようともゼロで抑えることは不可能だろう。

 

「帝光がそんなんでいいのかよ」

「なんだと?」

「キセキの世代を擁したチームの最後の試合は、相手の出方を窺う臆病なバスケでいいのか?」

 

 より一層、特に赤司からの視線が痛い。

 わざと煽るように言葉を選んでるから当然なんだが。

 

「決勝といえど、帝光(俺たち)に求められているのはただの勝利じゃなくて完勝だろ。相手のデータを頭に入れて戦うことはあっても、俺たちのプレーするバスケは変わらないだろ」

 

 輪から少し離れたところにいる大輝を見る。

 気怠そうに、なのにどこかバツが悪そうなガキっぽい佇まいを感じる。

 

「そうだよな、大輝」

「……ちったぁマシなツラになったか、ワク」

「それを決めるのはお前じゃない、俺だ」

「……けっ」

 

 そっぽ向いちゃった。

 うん、大輝は変わんねーよ。

 

「エースはやる気だけど、どうする主将(キャプテン)

「……いいだろう。お前の口車に乗ってやる」

「なんにせよ、オレは人事を尽くすだけだ」

「お菓子……」

 

 

 フリースローを決められて、2点差に詰められるが、その後一度落ち込んだ帝光の勢いは盛り返した。

 開き直った帝光は慎重なプレーを選択するどころか、より攻勢に打って出ることで鎌田西の戦術プランを真っ向から叩きのめすことになる。

 

 とはいえ、ここまでの連戦の疲労に重圧(プレッシャー)が重なり、波に乗り切れない。

 ファールによるフラストレーションも無くなったわけではない。

 鎌田西もなんとか食らいつき、リードは奪われるも十分に巻き返しを図れる状態で前半を終えた。

 

 スコアは47-39。

 帝光のリードではあるが、一桁で鎌田西は耐えている。

 そして、一番の問題は大輝の4ファール。

 まだ、精神的にムラがあるところを徹底的に突かれ、黄瀬と並んで起用が難しい状況に陥った。

 

「真田、選手と先に控え室に戻っていろ。後は任せる」

 

 大輝と2人で監督がコートに残る。

 さらに、黒子も控え室には戻らず。

 

「赤司、黒子のとこ行ってくるわ」

「2分前には連れ戻せ」

「わかった」

 

 赤司に許可をもらい、体を冷やさないようにジャージを羽織って非常用出口から外に出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1
バスケではQのファールのチーム合計が4つを記録すると以降のファールには種類に関係なくフリースローが与えられる。




次回、決着(予定)


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第53Q 全中決勝③

「……終わったか」

「白河君?」

 

 会場から少し離れたところの休憩スペースなような場所の柱に黒子はもたれかかっていた。

 電話が済んだのを見計らって声をかけると、黒子は驚いたようにこちらを見つめる。

 

「どうしたんですか」

「迎えに来た」

「わざわざすみません」

「いいよ、相手は誰だった? 家族?」

「いえ、友達です」

 

 あまり表情の変わらない黒子の顔が曇った。

 

「決勝で会おうって約束してたんですけど、今試合してるチームにトーナメントで負けてしまって」

「そうか……」

「約束を守れなくてごめん、来年は絶対にやろうって」

「……いいな、それ」

 

 心なしか、黒子の表情に変化があった。

 いつものポーカーフェイスの中に、覚悟の据わった眼をしている。

 

「白河君、一つ聞いていいですか?」

「ん?」

「どうやって、青峰君の言葉から立ち直ったんですか?」

「ああ」

 

 昨日の監督とのやりとりを伝える。

 それを聞いた黒子は口をポカンと開けていた。

 

「なんだよ、その顔」

「あの時の青峰君は、まるで人が変わったかのうように冷たかったのに、そんな感情が湧くんですね」

「あ? アイツは何も変わってねーぞ」

「え?」

「ずっとバスケバカだよ。ちょっと天狗になってて、それにお灸を据えてやろーと思ってな」

「強いですね、白河君は」

「いや、そんなことはねーよ」

 

 俺1人だったら、あのまま腐ったかもしれないからな。

 

「絶対に勝ちたい奴と、絶対に幸せにしたい相手がいるからだよ」

「……惚気ですか」

「違うわ、お前もそうだろ。1人じゃ非力だが、周りを輝かせることができる。その根底には何があるんだよ」

「ええ、そうですね」

 

「戻るぞ。互いに色々あるが、まずは勝たねーとな」

「はい」

 

 

 黒子と控え室に戻り、チームと合流してからコート脇のベンチに戻る。

 大輝の目には、まだ迷いがありながらも、感じるところはあった。

 淡い覚悟と、勝利を求める眼だ。

 

「…………」

「なんだ?」

 

 

 ──────────

 ────────

 ──────

 ────

 

 

『お前の悩みはそう簡単に解決できるものではないかもしれん。だが、その答えは意外にも、自分の身近なところにあるかもしれん』

『それって…………』

『私からはこれ以上言えん。お前がこれから、どんな選択をしようと、頭の片隅に置いていてくれ』

 

 

 ────

 ──────

 ────────

 ──────────

 

「別に」

「…………勝つぞ」

「おう」

 

 

 問題ない、ってかそこまで気にかける必要ないな。

 俺が何かを言うこともない。

 

 後半の作戦を伝える前に、さつきから伝達事項があった。

 あの僅かな時間で、双子に関する情報を集めたらしい。

 すげぇなおい。

 

「あの2人は合気道の天才兄弟と言われていたらしく、ファールをもらう時の間合いとタイミングの上手さはその応用かと思われます」

「フム……そうか、合気道か」

 

 かと言って、合気道の知識自体はない。

 ならば接触を避けるべきと言う意見が出るが、監督の選択は異なる。

 

1on1(ワンオンワン)でいけ」

「!?」

「ただし、フェイクを3回以上入れること。合気道は呼吸を合わせることに長けているが、バスケットはそれを外してナンボの競技だ。

 入念にすり潰せ。何より、やられっぱなしは癪だろう」

 

 短いが、効果的な言葉で、チームの指揮は高まる。

 

「その発言の後で恐縮なんですが、ボクを後半頭から出してくれませんか」

「黒子か……」

「ホントにタイミング悪いっスね」

 

 しばらく考えたが、最終的にゴーサインが出た。

 4ファールの大輝を戻し、選手を送り出した。

 

「大輝っ」

「……あ?」

「負けんじゃねーぞ」

「はっ……誰に言ってんだ」

 

 

 一方、双子はこっちの意図が理解できないようだ。

 

「パッとしない奴と4ファールでガタガタのエース?」

「即退場でベンチに追い返してやる」

 

 それに赤司が反応する。

 相手の挑発(トラッシュトーク)に応じないが、それに赤司がわざわざ口を挟むのは、警告の意味を持つ。

 

 

「ここからはもう簡単にファールを取れるなどと思わない方がいい。全力で守ることを勧めるよ」

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 赤司の忠告は現実となった。

 帝光が誇る幻の6人目(シックスマン)の暗躍が、鎌田西をジワジワと追い詰める。

 

 物理法則やバスケの常識を無視するようにパスが曲がり、予想外のタイミングとコースからパスが通る。

 ディフェンスは意味をなさず、対抗する術を持ち合わせているはずもない。

 いくら呼吸を合わせるのに長けていようと、見えない相手の呼吸など読めるはずもない。

 

 猛攻を仕掛ける帝光の前に点差を広げられる。

 その中で、双子の一言が漏れる。

 

「せめて1on1(ワンオンワン)に持ち込めれば……!」

「いいぜ、やってみな」

「は?」

 

 青峰にボールが渡り、周りは足を止める。

 本当に仕掛けてくるとは思っていなかったのか驚いて目を見開く。

 

(4ファールだぞわかってんのか!? 何考えてんだ!?)

 

 とか、思ってんだろーな。

 指示出した監督もアレだが、そもそもの前提が違うんだよ。

 

 レッグスルーで揺さぶりを掛け、右から抜くそぶりを見せる。

 双子が反応したら、その逆を突いてクロスオーバー。

 なんとか食らいつこうとするが、急激な減速に重心移動が追いつかず、転倒(アンクルブレイク)

 

 ──ほらな。

 凡人(オマエ)如きの物差しで、大輝が測れる分けねーんだよ。

 

「ワリィが、お前じゃ相手になんねーよ。オレに勝てるのは、オレだけだ」

 

 左手でリングにボールを放り込み、完全に格付けを済ませる。

 真っ向からの勝負で圧倒され、頼みの綱が潰えそうな鎌田西に動揺が走る。

 

 プレーは精彩を欠き、隙を与えては傷口を広げられる。

 小手先の技術すら通用せず、正面から勝てる見込みもない。

 打って変わって帝光が完全に主導権を握り、第3Qを終える。

 

 

「上出来だな」

 

 コートから戻ってきた5人を見て、満足そうに監督が言った。

 あと一歩何かが足りなかった前半。

 そこに黒子がぴったりとハマった。

 

 かつて赤司が欲したチームに必要な戦力。

 状況を打開できる6人目(シックスマン)の役目を、しっかりと成し遂げた。

 

「さて、残り8分だ。何があるかはわからない、最後まで油断はするな。黄瀬、白河、いけるな?」

「はい」

「はいっス」

「退場すんじゃねーぞ」

「わかってるっスよ! 4ファールのくせに!」

 

 黒子はチームに勢いをもたらし、大輝は理不尽を相手に与えた。

 それぞれの状況と特性を考慮しても、これ以上出場させるメリットは薄い。

 ユニフォーム姿になり、体を動かしていると、赤司が寄ってきた。

 

「白河、ここからはお前の時間だ。わかっているな」

「黒子が作ったこの流れを維持して、試合を締める。そのくらいわかってる」

「もういきなりダンクでファールを取られるのはやめろよ」

「わかってるって」

「冗談だ。最後まで頼むぞ」

 

 さてと、引導を渡してあげましょうかね……。

 




本当に次回で決着


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第54Q 全中決勝④

「引っ込ませやがったな」

「あ?」

 

 双子の片割れ(8番)が恨み節をぶつけてくる。

 

「散々やられてたのに勝算もクソもねーだろ」

「一回でもチャンスがあれば、アイツを退場させれるんだ! さっきで呼吸は掴んだ、なのに……!」

「……くっだらねぇ」

「あぁ!?」

 

 4ファールの人間を8分出して、そいつは結果をもたらした。

 これ以上はリスクにしかならねーんだよ、退場するまで出すわけねーじゃん。

 なにより……

 

「何度もチャンスはあっただろ。自分に都合よく機会が訪れると思うなよ」

「このっ……!!」

「まあ、せっかくだから今度は俺と遊んでくれよ」

 

 ボールを受けとり、クロスオーバーを仕掛ける。

 怒りで体に余計な力が入り、動きが硬い。

 

(なんだこれ!? こんなもんついて行けるわけ……!)

 

 片割れは振り幅について来れず、ほぼノーマークでミドルジャンパーを沈める。

 前半はあまり攻めてなかったから、コイツらは俺の呼吸をまだ知らない。

 その間に精神的に潰す。

 

 ディフェンスでは敢えてマークを緩め、大輝からファールを奪った状況を作る。

 案の定、遅れて接近するとそれを見て若干前に跳ぶ。

 自分からぶつかりに行くのはオフェンスファールだが、これはギリギリだ。

 っても、()()()()()()()()

 

「なっ!?」

 

 シュートモーションに入る8番を無視して、俺は相手陣地に走る。

 思惑通りリングに嫌われ、リバウンドを抑えた紫原からロングパス。

 乱暴だが、飛距離十分。

 

「雑だなおい」

 

 バックボードの横幅ギリギリのパスを掴み、文字通りリングの上にボールを置いてくる。

 プレーを再開するためにこっちに走ってくる双子の悔しそうな顔は視界に片隅に映るが、すぐに忘れた。

 いい……意識が深くなるような、この感覚。

 余計なことは考えずに、目の前の事象に素早く反応できるようなこれが……。

 

「あの野郎……」

「どうしたんですか、青峰君」

「決まらないのが()()()()()()()()()

「どうして?」

「あの双子はバスケやってまだ1年ちょいだろ。ベンチ(こっから)だとよくわかるぜ、まだバスケの動きが染み付いてねぇ」

「だとしても、あんなに大胆に……」

「けっ」

 

 自軍に戻ると、黄瀬が何やら騒がしいが、余計な情報(それ)はうまく聞き取れなかった。

 その分、双子が俺を狙っているのはよーくわかった。

 

「もう試合の勝敗は度外視だ……!」

「ああ、せめてアイツを退場に追い込んでやるっ!」

 

 合気道は勝ち負けを決める武道じゃねーけど、そうゆう意味でもねーだろ。

 いいかそれはどーでも。

 

 

 双子がピック&ロールで攻めてくる。

 スクリーンをかけてくる9番は十中八九俺の動きに合わせてファールにならないように体のどこかを引っ掛けてくる。

 それを躱せば、悠々とシュートを打てるスペースが生まれ、それくらいの猶予があれば決めてこれるって算段か。

 

「「!?」」

 

 じゃあ、()()()()

 完全に双子は度肝を抜かれてやがる。

 そもそも動くまでもねぇ、そこはまだ俺の守備範囲(テリトリー)だ。

 

 9番を躱し、8番が最高到達点に達するまでにボールを手から弾く。

 回収して、走り込んでいる黄瀬に渡せば、また2点追加だ。

 

 

 再度同じ方法で攻めてくるが、自分でリズムを崩したシュートの軌道は今っまでよりも低い。

 が、これ変な跳ね方するな。

 ゴール下に戻り、やはりイレギュラーに跳ねたボールは紫原の手を掠って流れる。

 

「アレ?」

「もらった!!」

 

 ポジションを取られていた鎌田西のC(センター)がボールに飛び付く。

 その後ろから、左手でボールを空中で掴み、強奪。

 

(バカな! 空中のボールを片手で!?)

 

 赤司にボールを預け、アーリーオフェンスをかける。

 トランジョンで混乱する9番のマークを外し、赤司にパスを要求する。

 その動きで、緑間のマークの足が止まったのを身逃さない。

 

 ノールックで逆サイドの緑間へ正確なアシストパスを供給。

 黒子のパスとはまた違った、相手の意表をつく絶妙なパスで、スリーを演出。

 ここまでくれば、点差なんて気にすることもない。

 

「クソォ!!」

「焦るな、冷静に……」

「はい、それ俺の」

 

 8番が連続失点に怒りを滲ませながら出したパスをカット。

 さっき見せたのに、まだわかんねーのか。

 

「ドギツイの決めてやるわ」

「このっ……」

 

 直前のプレーに違いはあれど、第1Qに俺がチャージングを奪われた時と同じ状況(シチュエーション)

 しかし、双子の眼には恐怖が浮かんでいた。

 

青峰(アイツ)は冷めた眼って感じだったが、コイツは似たようで違う! まるで機械みたいに生気のない凍った眼……!)

 

 足がすくみ、跳ぶことを拒否していた。

 今までにない、豪快なボースハンドダンクが鳴らす金属音が、鎌田西と双子の戦意を折った音をも掻き消した。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 長いホイッスルが響く。

 その瞬間、帝光は全中に2連覇を達成した。

 

 黄瀬は飛び上がって黒子と喜びを分かち合い、紫原と緑間はお菓子を分け合った。

 赤司は安堵と喜びの混じった感情を見せ、ベンチでは虹村さんも小さくガッツポーズをして周りの先輩と有終の美を喜んだ。

 

「ワッくん!」

「うおっ!!」

 

 飛び込んできたさつきを受け止め、抱きしめる。

 

「良かった……! ワッくんの努力が報われて」

「なんで俺より泣いてんだよ」

「だって……」

「……ありがとな、さつきのおかげだ」

 

 涙を指で拭い、もう一度強く抱きしめる。

 泣くなっつってんのに、ったくよ……。

 周囲の注目が集まっているのを察知すると、歓喜の輪に入らずベンチでただ1人俯いている大輝が視界に入る。

 虹村さんが何か言ってるけど……仕方ねーなホント。

 世話の焼ける幼馴染だぜ。

 

「ちょっと待ってな、さつき」

「うん」

 

 小走りで大輝の元へ向かう。

 俺に気付いた虹村さんが、気を遣ってその場から離れると、大輝もこっちを見る。

 

「優勝したとは思えねー顔してんな」

「うっせぇ」

「ちょっと最後に躓いたくらいでシケたツラすんなよ。ここまで来れたのはお前のおかげだろーが」

 

 素直に気持ちを伝え、手を差し出す。

 少し悩んでから、大輝がその手を掴んだので、後ろに腕を引いて立たせる。

 

「そうだな、どっかの誰かさんは去年出てねーから嬉しーもんな」

「オマエと掴んだ優勝が嬉しくないわけないだろ」

「……はっ」

「いてっ」

 

 後頭部シバかれた。

 なんで? 

 あ、おい待てやコラ。

 

 

 待って、さつき泣きすぎ。

 タオルタオル…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────俺たちを歯車に例えるなら、まだ噛み合っていた。

 一つ大きな部品が壊れかけてはいたが、治せるかもしれない、そんな淡い期待は微かにあった。

 

 

 

 だが、歯車はそれぞれが自ら壊れることを選び、崩壊の道を辿ることは時間の問題だった。

 

 

 

 

 

 

 

 2年全中編、完。

 

 




もう少し白河無双させたいけど、相手弱いし追い討ちならこんなもんかな。
というわけで、優勝しましたね(KONAMI感)(使い方合ってるかこれ)


今後は白桃を挟んで、以降はシリアスにしていく予定です。
ここまで読んでいただきありがとうございました、アンケートご協力いただければ幸いです。

進学、進級、入社等新しい環境で互いに頑張りましょう。
研修期間はできるだけ出せるように頑張りますので、今後ともよろしくお願いいたします。


それでは



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キセキの開花
第55Q 新体制


やっべモチベぇ・・・


 

「ん? 黒子と赤司か……」

「白河君」

「今日は朝練はないが」

「わかってるって」

 

 新体制初日の朝、体育館には赤司と黒子が居た。

 ここならいるかと思ったが、予想外の2人だ。

 

「で、何しての?」

「たまたま会ったのでさっき赤司君にお礼を言ったところです」

「礼?」

「去年の今頃は部を辞めようとしていたのに、全中制覇を経験させてもらったことです」

「さっきも言ったが、オレはきっかけを与えたに過ぎない。むしろ、優勝に力を貸してくれた礼を言いたいくらいだ」

 

 そっか、そうだったな……。

 いや、他人事じゃねーな。

 

「俺もあん時は何にもできなかったな……」

「ケガにイップス……あの状況から、オマエもよく踏ん張ってくれたな」

「我ながらそう思うわ」

「白河君は、あの時なぜ踏み留まれたんですか?」

「あー……まあ、大輝とさつきのお陰かな」

 

 大輝は心が沈みまくっていた俺に喝を入れてくれた。

 どうしようもなかった俺を信じてくれた。

 

 さつきは立ち直ろうとする俺を支えてくれた。

 バスケだけでなく、普段過ごす日常が俺に余裕を与えてくれた。

 

 

「……なるほど、そこから桃井さんが気になったと」

「いや、ちが……わないけどさ」

「結婚式には招待してくれるのか?」

「赤司!? 色々すっ飛ばしすぎだろ!!」

「決勝の途中や優勝後に周囲の目も気にせず喜びを分かち合っていたぐらいだ。不思議じゃない」

「試合中のは横で見てて正直ウザかったです」

「すんません、もう勘弁してください」

 

 これ以上は俺の精神衛生状良くないので、強引に話題を切る。

 この2人、表情を変えずに淡々とイジってくるからダメージがすごい。

 顔あっつい。

 

「それはさておき、まだオレ達には一年ある。3連覇のためにキセキの世代(俺たち)だけでなく、2人の力も必要になる。気を引き締めて行くぞ」

「……はい」

「おう」

 

 決意は胸にしまい、俺は目的を思い出した。

 

「そう言えば、2人ともさつき見てねぇか?」

「見てないな」

「ボクもです」

「どーこ行ったんだアイツ……」

「見かけたら声をかけておく、オレはこれで」

「どこ行くんだ?」

「昨夜コーチに呼び出されてね。今から職員室に」

 

 赤司がこの場をさろうとしたタイミングで扉が開く。

 そこには、息の上がっているさつきの姿が。

 どうやら、ただ事じゃないな。

 

「さつき、どうした?」

「ワッくん! ……あ、赤司君居た! 黒子君も!?」

「桃井、君もか?」

「とりあえず落ち着け、深呼吸しろ」

 

 だいぶ慌てていたようだが、少し経てば呼吸が落ち着いてきた。

 そして、その口から発せられた言葉に、俺たちは耳を疑った。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

「監督が倒れた……?」

 

 昨日の始業式で、虹村さんら3年生は正式に引退し、俺たちがチームの最年長となった。

 今日は新体制の始動日だが、早速先行きは穏やかじゃない。

 

「命に別状はない、現在は入院して安静にしている」

 

 コーチの言葉に、俺たちは胸を撫で下ろした。

 さつきからは『監督が倒れた』としか聞いておらず、現状がわからなかった。

 治療を行えば、また戻ってくる。

 今までもコーチに練習を任せていたし、問題はない。

 そう思っていたが……

 

「残念だが……監督に復帰することはない」

 

 ……だそうだ。

 聞けば、数年前から病気を患っていて、命があるとは言え軽い病ではない。

 練習を見る機会が少なかったのもそう言った理由があったそうだ。

 今思えば、監督室で話した時のやけに大きいビニール袋って、進行を抑えるためのクスリが入ってたんじゃ……。

 

 思うところはあるが、立ち止まっていられないのも事実だ。

 2連覇の次は3連覇を果たす期待が既にある。

 特に、キセキの世代の集大成だ。

 その注目は今年ですら比較にならないかもしれない。

 

 新たに真田コーチが監督へ就任。

 そして引退した3年生が抜けた分、一軍にも選手が補充される。

 今日は休暇明けのため、軽いメニューだが明日からはいつも通りに戻る。

 

 受け入れられるかどうかではなく、受け入れて進むしか道はなかった……。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「ワッくんはどうするの?」

「どーすっかな」

 

 さつきと共に帰路に着く中、考えるのは白金監督の見舞いについてだ。

 言うまでもなく、恩師の顔を見たい気持ちはある。

 だが、練習も再開し、時間はない。

 

「遠いんだよな、移転先」

「うん、だから早めに行かないと難しいかも」

 

 距離もそうだし、今は大丈夫とはいえ、何があるかはわからない。

 縁起でもねーが、会えるうちに会っとかないとな。

 

「そうか……いつにするかな」

「今週は短縮授業で部活も終わるの早いし、明後日くらいに行かない?」

「明後日は、ダメだな」

「明日もダメなんだよね?」

「ああ、だから明々後日なら……」

「珍しいね、立て続けにワッくんの予定が空いてないの」

 

 埋まってるけどな、いつも。

 自主練って予定詰まってるから。

 

「今日は朝練してないから、残って練習すると思ったのに直帰なの関係ある?」

「そうだな」

「ワッくんだから浮気はないし……」

「信頼が厚いこって」

「ワッくんの受け入れられるの私だけだからね」

「そっからきてんの? 自信」

「目線っ」

「理不尽」

 

 こんなことを話してるうちに、桃井家に到着。

 すると、たまたま買い物終わりの桃井母と鉢合わせに。

 

「あら、2人とも今日は早いのね」

「ただいま〜」

「どうもです」

「あんなこと言ってたのに、ワッくんも男の子ね」

「いい娘さんですね」

「そうよ、あなたも知ってるでしょ」

「ええ、とても」

「恥ずかしいからやめて」

 

 照れてるね、可愛いね。

 おばさん居なかったら抱きしめてるわ。

 

「そう言えば明後日よね? 寂しくなるわぁ〜」

「まあ、そうかもしれないですね」

「なんの話?」

「あら、言ってなかったかしら」

「何も聞いてないよ」

 

 

 

引っ越しするのよね、明後日出発でしょ?」

「ええ、アメリカに

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………え?」

 




先に言っておこう、遠距離恋愛ではないと・・・。

それと、前回のアンケートにご協力いただきありがとうございます。
今官能小説取り寄せたり、サイト内の作品読んだりして参考にしながらR18の方も書いてるので、1話しか更新してないけどお待ちください。

前回で一区切りついたこともあってモチベの維持が難しいので、評価や感想など、お待ちしております。
あと土日の間にリクエスト受けてスラムダンクも描き始めるので、そっちもお願いします。

それでは


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第56Q 惜別

「わざわざ来てくれたのか」

「当然ですよ。お元気そうでよかった」

 

 倒れたことを知ってから3日後。

 練習が終わり、予定通り白金監督の見舞いに訪れる。

 少し顔色が悪いようにも見えるが、声色に変化はない。

 

「昨日も赤司たちが来たと思うのでお見舞いの品は持って来なかったんですけど……」

「構わんさ。来週には転院するから、荷物は少ない方がいい」

「それもそうですね」

「時間は大丈夫か?」

「はい、今日は練習も終わりましたし」

「そうか、少し話したいことがある。付き合ってくれるか?」

「もちろんです」

 

 俺はパイプ椅子を用意して、頭の近くに座る。

 

「……お前が来ると聞いて、婚約の報告にでも来てくれたのかと思ったが」

()()です。気が早いですよ、中二ですし」

「ほう……」

「……っ!!」

 

 やられたっ! (自滅)

 このジジイ、ピンピンしてやがる……。

 

「いずれ式には招待してくれよ?」

「先に俺たちが参加しないようにお願いします」

「ははっ、手厳しいな」

 

 多少仕返しを含め、数分間談笑する。

 そして話の内容が部に関するものになると、監督の顔が真剣なものになる。

 

「新体制になってどうだ?」

「虹村さん達3年生が居なくなって、少し変わるかと思いましたけど、赤司が上手くまとめてくれますね」

「そうか、流石だな」

 

 前年から主将を務めていたおかげもあるのか、浮き足立つような所は見受けられない。

 このまま赤司を中心に、などと簡単な問題ではない。

 

「青峰はどうだ?」

「練習には参加していますが、以前より怒ることが増えましたね」

「責任感を持って、と言うわけではないな?」

「はい。自分をマークしていたディフェンスがあっさり抜かれると、怒鳴りますが……」

「手を抜いている訳でもあるまい」

「おっしゃる通りです」

 

 単純な力量差の問題だ。

 多くの部員が大輝の足元にも及ばない。

 

「そうか……。他のメンバーはどうだ」

「赤司や黄瀬はいつも通りです」

「紫原は」

「高さとパワーはもちろん、最近はスピードが増してきてますね。あの巨体で出していいものじゃない」

「緑間はどうした」

「練習後の自主練を一瞬見ただけですが、ハーフコートからいつものようにスリーを決めてましたね」

 

 大輝を皮切りに、キセキの世代はいよいよその才能が開花しようといしている。

 いずれ赤司や黄瀬にもその時は訪れるだろう。

 

「大輝以外の奴らの成長はチームにとってはプラスでしょう。ただ……」

「青峰に関してはどうだろうな」

「全然楽しそうじゃないんですよね。俺がその気持ちを抑えてやればいいんでしょうけど」

「……キセキの世代同士の1on1、そしてオマエがキセキの世代とマッチアップすることはできる限りさせないようにでもしたか」

「わかるんですね」

 

 ビンゴ。

 従いたくはないが、その連絡をした時の真田監督の顔から考えは垣間見えた。

 バスケ部の裁量でどうにかできるものではないと、理解できた。

 

「所詮ワシは雇われの身だったものでな」

 

 現場の対応と周囲や学校上層部からの重圧(プレッシャー)

 白金監督は上手く調整していたかもしれないが……。

 

「コー……真田監督への唯一の不満がその指示なんですけど、多分自分の意思では」

「すまないな。まだ子供のオマエたちに、大人(こちら)の事情のせいで」

「いえ、仕方ないんですよね?」

「……そう言ってしまうのも、どうだかな」

「すみません。責めてるつもりじゃ……」

「わかっている。ワシが倒れなければ、と考えたこともあったが今の事態はそう簡単なものでないからな」

 

 行き場のない気持ちを吐き出して気は晴れない。

 少しの沈黙の後、白金監督が思い出したかのように話題を変える。

 

「ご両親は昨日に日本(ここ)を発ったのか?」

「はい。さっき向こうの家の写真が送られてきました」

「そうか。思い描いた形とは違うが、夢を叶えたんだな」

 

 親父とお袋は、アメリカ・マサチューセッツ州へ旅立った。

 ボストンに拠点を置くチームとそれぞれ契約し、2人は裏方ではあるが、NBAのチームに在籍することになったのだ。

 家にいないことが多いとはいえ、本当に帰ってくるのが難しい状況になれば寂しさはある。

 けど世界最高峰のリーグに所属するチームに求められることは息子として誇らしく思う。

 

「付いて行こうとは思わなかったのか」

「ええ、微塵も。母は来て欲しかったみたいですけど」

「……青峰や桃井のことを気にしてか?」

「それが大きいですね。でも、いずれ自分の力でそっちに行くと言ったら納得してくれました」

 

 どちらも本心だ。

 今の大輝を放っておけないし、さつきと離れるのが考えられない。

 そして、バスケをやっているなら夢見るものだろ、アメリカは。

 

「あと1年、頼まれていたんだがな。お前たちの卒業まではコートに居たかった」

「俺も同じ気持ちです」

 

 ドアがノックされ、看護師が部屋に入る。

 そろそろお暇しないといけないな。

 

「最後に、一つ。聞いてくれ」

「はい」

「青峰を……キセキの世代を頼む。真田は難しい立場に置かれるはずだ。彼らをどうにかできるとなると、今のチームではお前しかいない」

 

 道半ばで最後の仕事を絶たれてしまった名将の唯一の心残り。

 それは、一選手の俺が背負うにはあまりにも大きかった。

 

「大輝は俺の大切な幼馴染です。当然、どうにかしてみせます。他の4人に関しては、俺の手には余りますが……」

「特別なことをして欲しい訳では無い。おまえ達はバスケット選手だ。言葉で分からなくとも、伝える方法は幾らでもある」

「……そういうことなら」

 

 そろそろ後ろで様子を見ている看護師の視線が痛い。

 

「時間だな」

「はい、今日はありがとうございました」

「ああ、ではどこかでまた会おう」

「すぐに会えますよ」

 

 椅子を片付けて部屋の隅に置き、病室を去る。

 とんでもないことを言われちまったな、まったく。

 こんな遺言は御免だからな──。

 

「次会うときは桃井も連れてきてくれ。いい報告を待ってるぞ」

 

 それもやだよ。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

「ただいま」

 

 いつもと同じく、声を返してくれる相手はいない。

 なのにいつもより家が広く感じる。

 なんとも言えない寂しさを覚えながら自室のある2階に足を運ぶ。

 まだ残暑が厳しいから、とりあえずクーラーの効いた部屋で涼みたい。

 そこで色々考えよう。

 

 

『青峰を……キセキの世代を頼む』

 

 

 ……どうしよ。

 大輝さえどうにかできればと思っていたけど、とんでもないもん託されちまったなぁ。

 

 あれ? 

 部屋の電気付けっぱなしだ……。

 

「消すの忘れてたっけ」

 

 クーラーで電気代かかるのに良くないなって、ドアを開けると、ベッドでさつきが最近買った抱き枕を抱えながら女の子座りで待機していた。

 なんで? 

 鍵は絶対に閉めて出たぞ。

 

「さつき、どうy」

「こっち来て」

「いや、あん」

「来て」

「はい」

 

 すっごい機嫌悪い! 

 心当たり? 

 あるよ、3日前に。

 

 

 

『ワッくん!? 聞いてないよ私!?』

『そうだっけ』

『そうだっけって……普通言うでしょ! 私彼女だよ!!』

『そりゃさつきは大好きな彼女だよ』

『っ……じゃあなんで! いやだっ! 離れたくない!!』

『……?? ……あっ違うぞ。アメリカには親父とお袋が行くだけで、俺は日本(こっち)残るぞ』

『……え?』

 

 

 

 困惑と嬉しさが混じったあんときの顔はマジで可愛かったなぁ。

 親の前で大声出しながら思わず愛を叫んだことに理解が追いついた時の真っ赤な顔も。

 

「何考えてるの」

「あ、いえ。何も」

「ふーん……まあ、いいや」

「……ご用件は?」

「その前に、ん」

 

 両手を差し出してこっちに視線を送る。

 俺知ってる、ハグしてほしいって意味だって。

 

「制服脱いでもからでいいか?」

「やだ」

「すぐ終わるから」

「やだっ!」

 

 ここ数日よく駄々っ子になっちゃうんだよな。

 上手く焦らすと可愛さが増すが、やりすぎると機嫌直すのがちょっと手間だ。

 その塩梅を図るのが

 

「ねぇ……」

 

 あ、無理だ。

 庇護欲が圧勝したわ、俺の中で。

 急に甘えるような声と涙目はずるいぞ。

 どこで覚えたんだそんなことっ! 

 

「ごめんな。ほらっ」

「んんっ……もっと強く」

「こうか?」

「……うん。すごくワッくんだぁ」

「感想アホすぎんか」

 

 じゃあお前はって? 

 これだよこれ、って感じ。

 大差ないな、うん。

 

 しばらく正面から抱きしめ合って互いの温もりと匂いを堪能して、そのまま横になる。

 俺の胸に顔を埋め、ぐりぐりと押し付ける。

 

「……なんで連絡したのに出てくれなかったの?」

「スマホの充電切れた」

「ほんとに?」

「ほれ」

 

 うんともすんとも言わないスマホを手渡す。

 画面が点かないことを確認して、投げるなおい。

 

「あんまり重いと思われたくないけど、もう少し連絡してくれてもいいじゃん」

「そうだな、ごめんな」

 

 上目遣いでこちらを見つめるさつきの頭を髪が崩れないように撫でる。

 手入れの行き届いたサラサラの感触が心地いい。

 

「……自分だけで、抱え込んだらダメだよ」

「え?」

「大ちゃんのことも、チームのことも。私じゃどうにも出来ないかもしれないけど、ワッくんだけで抱え込むのはダメ」

 

 顔を上げて、首の後ろに回した手で体を引き寄せて、唇が重なる。

 

「ずっと、私はワッくんの側にいるからねっ」

「……ありがとう」

 

 今度は俺の方から、さつきの唇を奪う。

 ……今だけは、さつきといる時だけは、何も考えなくてもいいか。

 

 

 

 

 

 

 

「……そういや、どうやって入った?」

「合鍵♪」

「なんで持ってんだよ」

「ワッくんママにもらっちゃった」

 

 

 

 

 

 

 



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第57Q 変わりゆく

 ようやく残暑も少しづつ収まってきた今日この頃。

 公式戦がなく、来年の全中予選に向けて新体制の形を模索する中、週末には多くの練習試合が組まれるようになった。

 といっても主力が昨年と変わらない帝光と全くチーム構成が進んでいない他校とはそもそも勝負にすらならない。

 

 相変わらず圧倒的な展開を見せる。

 変化があるとすれば、紫原のプレーに大きな変化が見られることだ。

 今日の試合でのワンシーンを挙げれば、ダブルチームを意に介せずにダンクを叩き込んだシーンか。

 

 2人をパワーで吹き飛ばすようなものではなく、スピンのキレで置き去りにするような動き。

 今までの紫原からすれば考えにくい。

 

 中学生ながら2メートルを超える体格。

 その巨体から生まれる圧倒的なパワー。

 故にスピード自体は一軍の中では遅い方だった。

 だが、すでにその時の面影はない。

 それどころか、大輝には届かなくともキセキの世代に負ける姿も想像しづらくなってきている。

 

 それはそうとして、赤司に対して反抗的な態度や言動が目立つのが気になる。

 よくコート内外で緑間の注意は受け流すことがあっても、赤司の言うことだけは素直に聞いていたから。

 赤司が何も言わないから、周りは気に留めなくてもいいかもしれんが。

 

「おかげで、ほとんど出番ねーんだよな」

「最近は最後の数分だけだもんね。点差が付いても、キセキの世代(みんな)をできるだけ出場させて……」

 

 試合の帰り道、思わずさつきに愚痴ってしまう。

 チームを新たに構成するための新戦力を見出すこの時期に、たかが練習試合で既に実力を証明しているキセキの世代をあまりも長い時間起用している。

 まるで勝利以外に目的があるかのように。

 真田監督はそんな愚かな選択をする人じゃない。

 だが、選手(俺たち)の知らないところで第三者の意図があるのは間違いない。

 

 その弊害を受けるのは控えの選手たちだ。

 3年生の引退に伴って一軍に昇格した部員たちは、最初は高いモチベーションを保っていたが、アピールの機会を与えられずに腐りかけている。

 去年2連覇に貢献した俺や黒子の出場時間も、大きく減少していた。

 

「紫原の急成長……まるで」

「青峰君みたい、だよね」

「ああ……」

「チームのマネージャーとしては、喜ぶべきなんだと思う」

 

 発言とは裏腹に、そう語るさつきの表情には怯えや不安が浮かぶ。

 

「でも、私は……怖い」

「…………」

 

 チームスポーツの醍醐味とも言える仲間の成長を喜べない。

 ともに汗を流し苦難を乗り越えた選手でなくとも、その姿を見続け支えてくれた、このチームが大好きなさつきがそれを喜べないこと。それがどれだけ苦しいことか……。

 

 また、きっかけは俺たちのかけがえのない幼馴染であることが、拍車をかける。

 当の本人は以前のように練習をサボることもなく、冷めた部分があっても黙々と練習メニューはこなしていた。

 

 しかし、大輝の悩みは解決していない。

 白金前監督の言葉に従ってバスケを投げ出すことはないが、現状に不満があるのは明らかだった。

 

 多くの部員は大輝を止められない。

 元々の実力差に加え、食らいつこうという気力さえも奪われてどうにもならない。

 真剣にやれと、大輝は怒鳴りつけるがそれに意味がないことはわかっている。

 フラストレーションをぶつけ、周囲はそんな大輝に萎縮してしまい、プレーの質がさらに落ちる。

 悪循環は止められない。

 

「なんとかしないと……俺がなんとか」

 

 白金前監督と話してから、しばらく考え続けた。

 アイツの悩みを解決する方法を。

 さつきにも相談したし、黒子とも話した。

 

 けど、結局行き着く答えは変わらなかった。

()()方法が最もシンプルで、効果的だと。

 同時に難易度が最も高く、リスクも大きい。

 

 そして、この方法を実際に行動に移したときには既に手遅れの可能性も考えられる。

 だが行動に移すためのきっかけは待つしかない。

 今のように大輝が真面目に練習に取り組む状況が、なんとももどかしい。

 

「……さつき?」

 

 交差点を渡ろうとした時、不意に背後から抱きしめられ、足を止める。

 

「青だ、渡るぞ」

 

 そう言っても、さつきは腰に回した手を解く素振りはない。

 むしろ、腕には力が込められ、より強く額を俺の背中に押し付ける。

 

 さつきの行動に戸惑っている間に信号が点滅し、色が変わる。

 そこでようやく、口を開いた。

 

「みんな……ずっと一緒だよね」

「っ……」

 

 不安に駆られた、小さく震えた声。

 俺は言葉をすぐに返せない。

 

「みんなバスケットが大好きで……これからもずっと……仲良く一緒にやっていけるよね……!?」

 

 腰に回した腕に一層力が入り、制服の裾を握りしめる。

 背中に押し当てている額の感触も強くなり、まだ半袖で充分な季節なのに震えが伝わる。

 

「あぁ……そうだといいな」

 

 大輝はともかく、他の4人や黒子、その他の部員とプライベートで積極的に交流があるような関係ではない。

 気の合わない部分も多い。

 そんな奴らが同じチームで共通の目的のために一つになって戦うことは、決して悪いものではなかった。

 

 だが……

 

「でも、その保証はない」

「っ!!」

 

 はっきりと現実を告げる。

 変な希望は要らない。

 

「そんな都合のいいように転ぶことはないと思っとけ」

「……イヤだっ」

 

 啜り泣く声が聞こえる。

 腰の腕を解き、さつきと向かい合って抱きしめる。

 

「そんなの……!」

「ずっと変わらないことなんてねーんだよ」

「でも……!」

「自分の知らない部分が出てきて、知らない選手や人間に変わるのが怖いんだろ」

「ううぅ……」

「一回不安全部吐き出せ。泣きたいだけ泣け。俺が居る」

 

 胸の中で、さつきは泣いた。

 ここ最近はネガティブなことを多く考え、いつもの元気がなかった。

 人のことはよく見えてるくせに、自分のことは意外と分析できないんだからな。

 

 胸の中で好きなだけ泣かせ、時間も気にせず、ずっと頭を撫で続けた。

 泣き声が止まり、俺と目が合うまで。

 

「……ごめんね」

「大丈夫、多少帰るまでに視線集めるかもしれないけど、気にしねーよ」

「制服のことじゃなくてっ」

「ちょっとは不安、解れたか?」

「……うん」

 

 目を真っ赤にしたさつきの唇を奪う。

 そして、肩に手を置き、言葉をかける。

 

「周りが思う以上に、自分だって変化に戸惑うし、怖いもんだ。……イップスで自分の思うように動けない時はホントに苦しかった」

「あ……」

「大輝だって、自分が好きなバスケを嫌いにしてしまいそうな自分の才能や変化が怖いんだよ」

「そっか……」

 

 フラストレーションを爆発させても。

 バスケをしてる時に笑顔を見せなくなっても。

 一度バスケから離れても。

 

 大輝はチームに、コートに戻ってきた。

 その心の奥にある、バスケが好きな気持ちは変わらないから。

 

「アイツは馬鹿だから、理屈では理解できねーだろ? だから俺たちが教えてやるんだよ」

「それって……」

「まあ、だから伝えるのは俺がやる方が手っ取り早いけどな。でも、さつきだって大輝を助けたいって思っているのはわかるからな」

「……ありがとう、ワッくん」

「気にすんな」

 

 さてと、随分時間食っちまったから帰らねーとな。

 と、そのタイミングでさつきのスマホが振動する。

 

「……なんて?」

「まだ帰らないのって来たから、もう帰るよって」

「そうだな」

「ねぇ、ママがご飯作ってるから食べにきてだって」

「じゃあ、お言葉に甘えましょうかね」

「じゃあ、そう言っとくね」

 

 返信メッセージを送信したさつきがスマホをポケットに入れ、俺の手を握る。

 

「……行こっ」

「あぁ……」

 

 

 

 ちなみに、米が赤飯でした。

 

 

 

 

 

 

 そして、翌日の練習で──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っざけんなよ!!」 

 



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第58Q 約束①

誤字報告ありがとうございます。
書いてから通しで読みますが杜撰なもので、本当にありがたいです。


 帝光バスケ部の一軍が練習を行う第一体育館。

 20名ほどの部員がいるとは思えない静寂の中、赤司の指示で黙々とメニューをこなす。

 その中に、大輝と真田監督の姿はない。

 

「……河。白河」

「っ!」

「今は練習に集中しろ」

「……悪い」

 

 精彩を欠いた動きを赤司に注意される。

 分かってはいても体育館を飛び出した大輝のことが気に掛かる。

 

 きっかけはいつもの光景から。

 自分とマッチアップしたディフェンスが容易く抜かれることに怒声を浴びせた。

 俺が止めに入ろうとするが、部員の言葉が大輝の心にトドメを刺した。

 

『君を止めれる奴なんていないよ……』

 

 引き攣った顔で告げられた言葉は、大輝が最も聞きたくないものだった。

 あの時の井上の顔を想起させてしまった。

 

『くそがっ! やってられっか!!』

『オイ大輝!!』

 

 積りに積もったものが決壊し、自暴自棄になった大輝は捨て台詞を吐いてコートを飛び出した。

 俺はすぐに追いかけようとしたが、練習中ということもあり赤司やさつきに止められた。

 代わりに行った真田監督が大輝の後を追ってそこそこの時間が経つが、まだ帰らない。

 

 心配と同時にある言葉が浮かび上がる。

 今はもう遠くに行ってしまった(存命)白金前監督の言葉を。

 

『青峰を……キセキの世代を頼む。今のチームではお前しかいない』

 

 でも、ここで真田監督がどうにかしてくれるかもしれない。

 あの人だって俺たちを入部時から見てくれていた人だ。

 そんな淡い期待をまだ抱いていた。

 

「あっ、監督!」

 

 誰かがそう言った。

 咄嗟に出口を見ると、真田監督が戻ってきた。

 

 でも、大輝の姿はない。

 確認のため、俺は監督に詰め寄る。

 

「監督! 大輝はどうしたんですか!」

「…………」

 

 俺の問いには答えず、顔を背ける。

 

「監督……?」

 

 しばらく口を開かず、目も合わせない。

 肩を掴む手に力が入るが、そこを緑間に止められる。

 

「落ち着け。一度離れるのだよ」

「っ……」

 

 いつの間にか、周囲に部員たちが集まっている。

 少し時間をかけ、監督は口を開いた。

 

「青峰のことは……もう気にする必要はない」

「それはどういう……」

「……試合に出て勝つ限りは練習に参加することを強要しない」

「……は?」

 

 素っ頓狂な声が出る。

 言葉の意味がわからない。

 弁解を求め、俺は再び監督との距離を詰め寄る。

 

「練習には来なくてもいいってことですか?」

「……青峰がそう望むなら」

「アイツが言ったんですか? 練習には出たくないって」

「白河っ」

 

 赤司の静止を振り払い、言葉を続ける。

 

「試合に勝ちさえすれば文句は言わせないって言ったんですか?」

「…………」

 

 答えない。

 答えられるはずがない。

 だってそんなこと────

 

「言うはずが無い。アイツが特別扱い(そんなこと)を望むわけねーだろうがっ!」

「っ!」

 

 全中の時の、完全に開花し(めざめ)たばかりの大輝ならそう言ったかもしれない。

 でも、アイツがあの時のままだったら、練習にはそもそも参加していないだろ。

 自分の才能に苦しみ葛藤しながらも、それでも大好きなバスケに向き合おうとしていた大輝が、そんなことを言うはずが無いっ! 

 

「ふざけるなよ。アイツのために提案したつもりか?」

「おい、いい加減に」

「うるさい離せ」

 

 監督の胸ぐらを掴む俺の左腕を赤司が掴む。

 その腕を払い、右手で再度胸ぐらを掴み直す。

 

「選手の努力を蔑ろにするようなお前を、俺は監督とは認めない」

 

 額がぶつかるほどの距離で睨みつけ、手首を捻りあげる。

 真田はそれでも目を背け、抵抗の意思は見せない。

 

 ……ここでコイツに当たっても埒があかない。

 そう判断して手を離し、部員を押し退ける。

 

「ワッくん! どこに行くの!?」

「あのバカのとこだよ!」

「ダメ……!」

「大丈夫だ。もう────」

 

 ────そんな顔はさせない。

 

 

 練習を途中で抜け出し、空模様が怪しくなっているが、そんなことはどうでもいい。

 俺は走り出した。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 曇り空を通り越し、雨が体を打ちつけ始めた頃、大輝を見つけた。

 ロードワークで通る川沿いの道の橋の下で、流れの早くなった川をジッと見つめていた。

 

「ここに居たのか」

「……ワクか」

 

 試合ではあんなに頼もしい背中が、見る影もねぇな。

 

「練習はどうしたんだよ」

「お前と一緒、抜け出してきた。てかお前よりヤバいかも」

「……俺を連れ戻しに来たんじゃねーのかよ」

「安心しろ、今戻ったら気まずいからすぐには戻らねーよ」

「何しに来たんだよお前……」

 

 なんか呆れられてる。

 心配して来たのになぁ……。

 

「久々に男2人で腹割って話そうや」

「……勝手にしろ」

 

 では勝手にしましょうね。

 隣に腰を下ろし、川の流れを見ながら話し始める。

 

「真田になんか言われたか」

「聞いてねーのかよ」

「アイツが戯言を言ったのは知ってる。大輝の口からなんて言ったんだ」

「……何も言ってねーよ」

「だよな」

 

 大輝としては面食らったはず。

 サボりの前科や今回の件で処罰を下されるかと思えば、まさかのお咎めなしで優遇処置。

 

「練習に戻る気はあんのか」

「……ねーよ」

「理由聞いてもいいか」

「……」

「監督が来なくても良いって言ったからか?」

「……練習してどうすんだよ」

 

 暗い顔のまま、言葉を紡ぎ始める。

 

「試合に出ればいやでも勝っちまうのに、今より上手くなってどーすんだよ」

「お前が練習しない間に他のやつは練習してんだから、差は埋まるだろ」

「何言ってんだ、オレに勝てるのは……オレだけだ」

 

 こればっかりは本心でそう思っているな。

 

「それは他のキセキの世代が相手でもか」

「あぁ」

「……俺が相手でもか」

「ったりめーだろ」

「俺がお前に勝つチャンスは絶対にないと言えるか?」

「……しつけーな、そう言ってんだろ」

 

 俺に向ける視線は冷め切っていた。

 希望を失ってしまった瞳に光はない。

 

「交流戦で黒子に言ったこと、覚えてるか」

「あ?」

「誰にでもチャンスはあるが、それを掴むべきなのは努力してる奴だって」

「……覚えてねーよ」

「これもお前の言葉だぜ? つまり……」

「オイ」

 

 立ち上がった大輝に胸ぐらを掴まれる。

 怒りというよりは、煩わしいと言ったところか。

 

「言いたいことあんならはっきり言えよ」

「お前は練習をしない……つまりは努力を放棄するわけだ。

 そんなお前に、ずっと努力を重ねた俺が勝つチャンスはあって当然だよな……?」

「何言い出すかと思えば……くだらねぇ」

「なにが」

「オレがお前如きに負けるかよ」

「ああ、そうか。でも、ここで言い合ってもしょうがねーだろ」

 

 胸ぐらを掴む手の手首を掴んで強引に引き剥がし、立ち上がる。

 

「コートで決着(ケリ)つけよーぜ。こっからならお前の家でボール回収していつものとこで1on1できんだろ」

「……オレが勝負に乗るメリットがねーだろ」

「それはお前が決めろ」

「は?」

「お前がサボってた時のルールと全く一緒だ。10点先取で勝った方のいうことを聞く、そうだったろ」

「……いいのかよ。どんな命令下すか知らねーぞ」

「いいよ? バスケ辞めろってんなら明日すぐに退部届出してやるし、その気なら命でも差し出してやる」

 

 流石に驚いたのか、大輝の顔に困惑が見られる。

 

「じょう」

「冗談じゃねーよ。そんなしょーもねぇ覚悟があるか」

「……結局、このルールでオレに一回でも勝ったことがあるかよ」

「今日が記念すべき初勝利の日になるだけだ」

 

 川の流れる音や雨音だけが響く静寂に包まれる。

 大輝はずっと俺を睨みつけ、俺も目を離さない。

 覚悟は、決まっている。

 後は大輝が承諾するだけ。

 

 睨み合った状態が続く。

 すると、探るような視線を送っていた大輝がため息をついた。

 

「……雨弱くなってる間に行くぞ」

「おう」

「それと、それで思い出したが、最後の1on1で勝った時の命令、*1まだ言ってねーよな?」

「……ああ」

「それ、今使うわ」

「なんだ?」

「1on1のルールを変える。点じゃなくて、先に5本取った方の勝ちだ」

「わかった」

 

 

 大輝が橋の下から土手に出る。

 少し後ろから追いかける形で、小雨になった空の下を歩く。

*1
第38Q参照。



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第59Q 約束②

お久しぶりです。
1on1のルールは5本先取に変更でお願いします


 20分ほどかけ、大輝の家からボールを持ち寄り、あのストリートコートへ。

 時間や天候も相まって、ここにいるのは俺たちだけだ。

 

 小雨になりかけていたが、再び雨足が強くなった。

 でも、俺たちを止める理由にはならない。

 

「俺たちにはここがちょうどいいな」

「……それだけは同意するぜ」

 

 俺たちのバスケはこうであるべきだ。

 観客と期待でいっぱいの会場で、10人の選手でやるものじゃない。

 雨風を防ぐ設備がない、意地とプライドをぶつけ合うだけ2人だけのコート。

 そこでこそ、俺たちのバスケがあるべき場所だ。

 

「先攻譲ってやるから、さっさとこいよ」

 

 ボールを俺に放り投げた大輝がリングに背を向けて構える。

 構える、と言ってもあまりにも自然体でリラックスしているその佇まいからは余裕を感じる。

 ディフェンスの際の自然体(それ)が大輝のスタイルとは言え、守る気があるとは思えない。

 

「……行くぞ?」

「おぉ」

 

 守ろうとしなくとも守れると言いたいのなら、プレーでその考えを覆してやる。

 ボールを右手で掴み、ピポットを踏みながら出方を窺う。

 

(反応しねぇ……何仕掛けても対応できるってか?)

「どうした? こねぇのかよ」

「うるせぇ、黙って集中して守れ」

「集中させてみろよ」

 

 笑みを浮かべ、雨で濡れた髪を鬱陶しそうに払う。

 流石に悠長すぎねぇかオイ? 

 

 その隙を突いて、右へドリブルを仕掛ける。

 一歩目の時点で大輝と並び、二歩目で置き去りにする算段だ。

 

「んだよ、トロくなったかワク?」

 

 だが、俺が二歩目を踏み込む前に大輝が追いつく。

 馬鹿げた敏捷性(アジリティ)だなこのっ……! 

 

 そして、伸びてくる腕。

 ボールが手から離れるタイミングを狙ってスティールを狙う。

 

「もらったぜ」

「させねぇよ!」

 

 寸でのところでボールを掴み、ドリブルを強制キャンセル。

 ターンで躱し、フェイダウェイ気味のシュートを狙うが、大輝はそれにも反応してくる。

 

「だよな、オマエなら付いて来れるよな!」

「お?」

 

 片足は付けてある。

 大輝がブロックに伸ばした腕の下を掻い潜るようにステップインで前方に飛ぶ。

 リーチの差を活かし、先制点を奪った。

 

「オレのディフェンスを読んだか」

「ったりまえだ。何年の付き合いだと思ってんだ。オマエのことはオマエ以上に知ってんだよ」

 

 動きは本能レベルで予測、察知できる。

 そこでスピードで振り切られなければ勝負の余地はある。

 

 引き続き俺のオフェンス。

 今度は背中を向け、ポストプレーで仕掛ける。

 

「見たことねぇな、オマエのポスト」

「俺だって毎日何かしら成長してんだよ」

 

 トラッシュトークを挟みながら大輝を押し込む。

 この状態ならスピードを殺せるし、体の幅や腕のリーチを活かして攻められる。

 

 あっさりとローポスト付近まで押し込み、駆け引きに出る。

 右肩で大輝を抑え、ボールは左手で掴んでいる。

 安全策を取るならこのままフェイダウェイに持ち込むことだが、その前にもう一つフェイントを入れる。

 

 半時計周りにターンを仕掛け、フックシュートを狙うように見せかける。

 大輝が腕を伸ばしたところを、さっきと同じようにステップインで踏み込むかのように体を沈める。

 ここから左足で踏ん張り、ターンアラウンドで……! 

 

「甘ぇな」

「!?」

 

 モーションの繋ぎ目、僅かにボールから意識が疎かになったタイミングでボールを弾かれる。

 速い、がそれより……

 

「読んだのか?」

「さっき言ったよな? “オマエのことはオマエ以上に知ってる”って」

 

 気だるそうに首に手を置き、嘲笑うかのような瞳を向ける。

 

「その逆は考えなかったのかよ」

 

 弾いたボールを回収し、指の上で回して泥を落とす。

 そのままオフェンスのポジションにつき、早速ドリブルを突き始める。

 

「もっとも、こっからは予測なんて(そんなもん)意味ねーけどな」

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 大輝のスピード、そしてハンドリングが組み合わさったストリートスタイル。

 確かに予測したところで徒労に終わる。

 

 だから、()()()()()()()()()()

 

 反応速度では追いつけいないが、その分距離を空けて対応する。

 これだと外から射抜かれるリスクがあるが、大輝にはアウトサイドシュートがない

 それは、型のない(フォームレス)シュートの緻密性にある。

 

 ボールを思い切り投げつけたり、ありえないタイミングやフォームで放つ型のない(フォームレス)シュートはその派手な見た目とは裏腹に高度な精密性が要求される。

 ほんの僅かなズレが生じるとリングから嫌われるため、なるべく近距離で放つことが望ましい。

 シュート範囲(レンジ)が遠くなる程誤差は大きくなりやすい。

 高速で動くなら尚更。

 

 そのため、大輝は本能的にアウトサイドシュートを避ける。

 と言っても、それが弱点になるかと聞かれればそれは違う。

 

 たとえそれでも、大輝は止められないだけだ。

 

「しっかり守れよ?」

 

 0(から)100へ。

 一気に加速した大輝のドライブに反応。

 背中越しのクロスオーバー(ビハインド・ザ・バック)を見極め、ボールに手を伸ばすが、再度切り返される。

 

「なっ……」

 

 体勢が崩れた隙に背後を取られる。

 後方から接触を避けながらブロックに跳ぶが、守備範囲ギリギリのところから放ったリバースレイアップはボードに当たり、ネットに吸い込まれる。

 

「しっかり守りやがれ。そんなんじゃあっという間に勝っちまうぜ?」

「余裕こいてられるのも今のうちだ……」

 

 ほんっとになんつーキレだ。

 あそこから強引に切り返せるもんか? 

 俺の反応と重心見てから判断したろ……。

 

 すぐに同点にされたが、まだ

 

「まだチャンスがあると思ってんのか?」

「!!」

 

 動きどころか思考を読まれ、虚をつく形で大輝がハイポスト付近から横に跳びながらサイドスロー気味にシュートを狙う。

 咄嗟に腕を伸ばすが、指先を掠めたボールは荒ぶりながらリングに飛び込んだ。

 

 予想外の一撃に、流石に呆けてしまった。

 リングとその下に転がるボールから視線を動かせないでいると

 

「そんなスコアとか気にしてゴチャゴチャ考えてんじゃねーよ。目の前のこと(オレ)に対して集中しやがれ、1秒たりとも気を抜くんじゃねーぞ」

「テメェ……!」

 

 雨は降り続け、より強くなる。

 張り付く服を疎ましく思い、濡れて垂れる髪を払いながら睨み合う──────。



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第60Q 約束③

『大輝はすげぇな。大人にも勝っちゃうなんて』

『へへっ、そうだろ』

 

 いつの日かの記憶。

 日が暮れても、俺たちはひたすらボールを追いかけていた。

 

 さっきまで横で見ていたさつきは親を呼びに行ったのか、姿がない。

 もう時間がないことを惜しみつつも、2人で笑いながらバスケを楽しんでいた。

 

『そらよっ』

『あっ』

 

 リングを見ずに、背面越しで放ったシュートがネットに吸い込まれる。

 これで、大輝の勝利が決まった。

 

『やったぁ!』

『くっそぉ』

 

 互いに仰向けでコートに倒れ込む。

 少年期の底なしの体力を持ってしても一日中コートで走り回ったことで限界を迎えた。

 

『これで、オレの5連勝!』

『あー……今日も勝てなかった……』

 

 少し(むく)れながらも、満面の笑みを浮かべる大輝の顔を見て溜飲が下がる。

 コイツはホントーにバスケが好きなんだろーなって実感する。

 この顔観れるなら、悪くねーかもな。

 負けたことはさておき……。

 あ、ダメだ。悔しいわ。

 

『ワクってさ』

『ん?』

『オレの真似するけど、ぜんっぜんセンスねーよなっ!』

『うっ……!』

 

 無邪気な発言が心に刺さるっ! 

 実際、この時の俺は大輝のプレーに憧れていた。

 目の前であんなものを見せられ、ときめかないわけがないんだ。

 

『やめた方がいいぜっ! オマエにはオレのプレーは向いてねーよ』

『……だよなぁ』

『あ、でも』

『コラッ! 何時だと思ってるの!?』

『『ゲッ』』

 

 大輝の言葉の続きを聞く前に、互いの母親に引きづられ、帰宅した。

 何を言いたかったか、それを後から聞くこともなかった。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 このタイミングで、なぜこんなことを思い出してんのかわからない。

 今決められたシュートがそれにそっくりだったからか。

 マジで、すっげえわコイツ……。

 

 空中で回転しながら俺のブロックを掻い潜るのかと思ったら回転中にノールックでシュート打ちやがった。

 頭の上を通過したボールがリングを潜ったことで、3連続得点。

 

「さっき言ったろ。集中しろよ」

「ったくよ、ほんっとにすげーなオマエ」

「……」

 

 守れるイメージがわかねぇ。

 考えついた末に行き着くのは、失点のイメージとアイツの横顔。

 笑顔だったそれがいつの間にか怒りになり、やがて何も感じなくなっていくような……。

 

 それを見るたびに思う。

 どうやったって、コイツの領域には届かねーんじゃねぇのか。

 そんな暗い気持ちが、今も俺の心を一瞬覗く。

 

 憧れとか尊敬? 

 そんな気持ちは抱かなくなっちまった。

 

「構えろよ、そろそろ止めてやっからよ」

 

 幼い時に抱えていたその気持ちは、つい最近変わった。

 まるで天災に遭遇したような、どうしようもない絶望。

 抵抗するどころか、足掻くことすらできないような……。

 

「どの口が言ってやがる……」

 

 腰を落とし、大輝の出方を窺う。

 ほんの僅かな期待を抱いていたアイツの顔は、もう能面のようだ。

 何を考えているかわからないんじゃない。

 何も考えていないのかもしれない。

 

 急加速で抜き去ろうとする大輝のドライブ。

 コースに辛うじて体を入れるが、一切減速することなくロールで躱しにかかる。

 さっきのシュートを警戒して上方向に手を伸ばしてシュートコースを防ぎつつ、逆の手でスティールを狙う。

 

「へぇ?」

 

 不敵な笑みを浮かべながら下がって一度距離を取る。

 迂闊に距離は詰めずに、シュートにもギリギリ反応できるポジションを保つ。

 

「オラよ」

「!?」

 

 アンダースローで放り投げたボールの軌道は明らかにリングを狙ったものじゃない。

 同時に大輝はリングに向かって走り出す。

 

「くそっ!」

 

 シュートじゃないことで反応が遅れた。

 慌てて追いかけるが、ボードに跳ね返ったボールには、大輝が先に触る。

 

「させっか!」

 

 遅れて跳び、腕を伸ばしてシュートコースを遮る。

 だが、視線は下を向いていた。

 

「テメっ……!」

「気付くのおせーんだよ」

 

 そう言って、大輝はボールをコートに叩きつける。

 バウンドさせて得点狙うつもりか? 

 流石にこれはありえねーだろ! 

 

「このっ……!」

「お?」

 

 咄嗟に体を捻り、回し蹴りの要領で背後の跳ね上がったボールを蹴り落とした。

 そのせいで体制を崩し、着地に失敗した。

 

「ぐへぇ!」

 

 背中を鈍い痛みと冷たい水の感触が襲う。

 ズボンどころか、下着もビッシャビシャだよ……。

 

「やるじゃねぇか。反則(バイオレーション)だけどな」

「わかってんだよ、ああぁぁ〜」

「……」

 

 泥を払いながら立ち上がり、ボールを拾う。

 

「……おい、一つ答えろ」

「ん?」

 

 ボールを投げようとしたところを、大輝の言葉で腕を止める。

 こちらを試すような視線を向け、じっと観察している。

 

「なんでこの状況で()()()()なんだオマエ」

「ん?」

「やられっぱなしでなに笑ってんだっつってんだよ!」

 

 笑ってる? 

 俺が? 

 まぁ、そっか……

 

「そりゃ、笑うだろ」

「あぁ!?」

「ひっさびさにオマエとバスケしてんだからよ」

 

 新チームになって以降、練習では同じコートを使用しているだけの状況。

 日課だった練習後の1on1は自然と行わなくなった。

 練習試合はキセキの世代以外の選手の起用はほとんどなくなった。

 こうしてマッチアップすんのも、随分久しぶりだ。

 

「……大輝は、もうバスケはつまんねーか?」

「ったりめーだろ」

「じゃあ、()()()()()()()()()?」

「…………!」

 

 そんなはずねーよな。

 だからオマエは苦しんで、それに少し耐え切れなくなっただけだよな。

 

「なんでテメーは笑ってられるんだよ、ワク。負けてんだぞ?」

「いや、昔からオマエに1on1負けても笑ってたろ」

「……覚えてねーわ」

「俺は覚えてる。悔しくなかったわけじゃない。でも、オマエとバスケができればそれでよかった」

 

 

「でも、このままじゃダメだ」

「……あ?」

「オマエが悩んでるのを、どうにかしたかった。さつきや黒子に相談したし、1人でもずっと考えてた」

「そうかよ。で、答えは出たのか?」

「あぁ、最もシンプルな答えだよ。結局、これに行き着く」

 

 掴んでいたボールを勢いよく投げつける。

 辛うじてキャッチしたのを見届け、結論を告げる。

 

 

 

 

 

「俺が、大輝に勝てばいい」

 

 

 

 

 使命とか、理屈とか、そんなメンドーなものじゃない。

 大輝のため、さつきのため、チームのためみたいな大層な理由もない。

 

 しばらく雨が俺たちを打ちつける音が響く。

 その中で、大輝は目を見開き、顔を伏せる。

 

簡単に言ってんじゃねーぞ……! 

 

 何かを吐き捨て、俺を睨みつける。

 瞬間、一気に加速する。

 

「オレに勝てるのは……オレだけだっ!!」

 

 今まで一番の加速、そしてクロスオーバー。

 だが、頭に血が昇ったせいか、動き自体は単調だ。

 体も反応できる。

 

「このっ……!」

 

 付いてくるとみるや、サイドスローでの型のない(フォームレス)シュート……

 

「じゃねーな?」

「!?」

 

 巧妙なフェイク、寸でのところで再度ドリブルに切り替える。

 それにも、対応。

 情報を認識するよりも、()()()()()()()()ような感覚。

 

 後方に跳びながら、ヤケクソ気味に上手投げの型のない(フォームレス)シュート。

 今ならそこも……

 

届くぞ

「!!」

 

 放たれたシュートを完全にシャットアウト。

 手のひらで弾いたボールが、大輝の後方に転がる。

 

 

「わかってんだよ、オマエに勝つのが難しいのは。一番負けてきたんだからよ。たった一回負けただけで心折れた奴らと一緒にすんじゃねぇ」

「……!」

「オマエとこれからもバスケをするために、なにより俺個人の長年の夢として、ただただ────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────俺は青峰大輝に勝ちてーんだよ!!!」

 

 

 

 

 

 

 久しく見た、大輝の悔しそうな表情。

 その中に、どこか違う感情が混じっていたのは、気のせいではない筈だ。

 



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第61Q 約束④

 久しい俺のオフェンスの機会(ターン)

 得意な形である右手で掴んだボールを体の後ろに隠す体勢で様子を窺う。

 

「一本止めたくらいで調子乗ってんじゃねーぞ」

「愚問だな」

 

 この程度で浮かれるほど楽観的じゃねーよ。

 ここからが鬼門なんだから。

 

 適度に力の抜けた自然体の状態から獣のような反応速度と(案外)冷静な読みをベースとしたディフェンス。

 特に対人守備(1on1)では無類の強さを発揮する。

 長年の経験から、俺の癖は把握されている。

 例え読み勝とうが、どうにかできてしまう身体能力も相まって、大輝の守備は難攻不落。

 

 ……そう思っていたが、今日は少し違う。

 何が違うのかと聞かれると返すのは難しいが、いつものような重圧(プレッシャー)を感じない。

 不思議な感覚だ。

 どう攻めるべきかが見える。

 

「そこか」

「!!」

 

 ジャブステップでタイミングをズラし、ほんの一瞬大輝が釣られた隙に逆を突く。

 だが、この程度では振り切れない。

 

「行かせるか!」

「っぱ速えな」

 

 半身抜けた状態でゴール下へ。

 やっぱり引き剥がせないよな、なら……

 

「ターンアラウンドだろっ!?」

「!」

 

 今度は大輝が駆け引きで勝る。

 肩を当ててすぐに跳べないようにブロックするつもりだったが、上手く透かされる。

 それでも、ターンの後に後方に跳んで間合いを確保。

 大輝はついてくるが、俺のリーチに届かせるために跳んでいるため空中での余裕はない。

 

 腕や脚を折り畳み、エネルギーを一度体の中央へ移す。

 背を弓形に反り、改めてリングを視界に捉える。

 

 収縮した体が元に戻る反動をボールに伝え、大輝が伸ばした腕を超えるようにボールを放つ。

 緩やかな放物線を描き、互いの着地と同時にリングに吸い込まれる。

 

 

「次決めたら同点だ」

「はっ……」

 

 粋がるな、とでも言いたげだが顔にさっきまでの余裕はない。

 尻上がりで調子を上げるコイツの性質的にも、次は確実にとりたい。

 

 集中しろ、思考するな、反応しろ。

 大輝の一挙投足をすべて捉えろ。

 

(コイツ……!)

 

 懐かしいな。

 全中の時の……いやそれ以上に、()()

 

 研ぎ澄まされる感覚に身を委ね、再度構える。

 あれほど鬱陶しかった雨音は聞こえず、濡れたシャツが肌に張り付く感覚を感じない。

 身体が取得する情報は目の前の大輝やコートやリングの状況のみ。

 

 フェイクへの大輝の反応を全て拾える。

 視界にないはずのリングの位置がわかる。

 

 いつの間にか、俺はノーフェイクでのジャンプシュートを選択していた。

 

「アァ!!?」

 

()()()()()()()()()()()()()()が、モーションを止めることなくシュートを放った(リリース)

 事実、この選択が予想外だった大輝は声を上げるだけで反応ができていなかった。

 俺はシュートの行方は全く追わず、大輝の反応を逐一確認する。

 見届ける必要などない。

 

 

 

 

入ることがわかっているから。

 

 

 

 ────スパッ

 

 

 

「ははっ、マジかよ」

 

 同点に追いつく。

 この時、大輝は間違いなく笑みを浮かべていた。

 

 あぁ、俺もコイツのこの顔をなによりも望んでいたんだな──────。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

『いきなりだ。急に扉が開くような音が聞こえたと思ったら、()()()はズカズカ入ってきやがった。キセキの世代(俺ら)しか入れないはずの領域に。

 それだけじゃねぇ、そいつは俺たちのいる場所の最奥に向かった、なんの迷いもなく。

 俺らですらなんとなくでしか感じていなかった、()()()()()()をすぐに探り当てて、その先に行っちまった……。

 今思えば、あれは────────』

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

「ワク、お前……」

「ん?」

 

 

『お前の悩みはそう簡単に解決できるものではないかもしれん。だが、その答えは意外にも、自分の身近なところにあるかもしれん』

 

 

そうか、オマエだったのか……

「あ?」

「いや、なんでもねーよ」

 

 思い耽るような顔したかと思えば、また笑いやがって……。

 情緒大丈夫かあいつ……

 まあいいか、これで王手かけてやる。

 

「来いよワク……!」

「いいな、その顔だよ大輝っ!」

 

 俺が求めた、オマエが望んだものだ。

 この高揚感や緊張感を味わいつくさねぇとな!? 

 

 大振りのクロスオーバーで揺さぶり、一気に大輝と距離を確保する。

 が、反応速度を上げた大輝は食らい付いてくる。

 これは……

 

「……野生か」

 

 纏う雰囲気はまさに(それ)だ。

 ようやく本気になったか? 

 けどまあ、それでも……

 

「届かねぇよ」

「っ!」

 

 幅で振り切り、背中を取る。

 半身でも背後を取れれば十分。

 減速して体を使い、スピードを殺しにかかる。

 

「はっ、取れねぇとでも思ってんのか!?」

「ああ、させねーよ!」

 

 押さえつけていた腕を掻い潜り、バックチップを狙ってくる。

 見なくともわかる、この辺だろ? 

 

(躱しやがった!)

 

 左手でボールを掴み、咄嗟にスティールを回避。

 そのままダンクを叩き込む為に跳ぶ。

 

「このっ……!」

 

 それにも反応してみせ、リングとの間に腕を伸ばす。

 とんでもねぇ身体能力してんなほんと。

 

「でも、後手に回る限り、俺が優勢だ」

 

 ブロックの手が届く前に、ダンクを強制キャンセル。

 回転をかけてボードに向かって放り込めば、ボールはリングを回りながらも、ネットに吸い込まれていった。

 これで──

 

「王手だ」

「……いーじゃねぇか、最高(サイコー)だなワク!!!」

「っ!」

 

 劣勢に立たされても、大輝は全く動揺しない。

 それどころか、凄みと笑みが増す。

 加えて、大輝も()の存在を認知したみたいだ。

 

 流石にそれは不味いな。

 大輝もこっちの()()に入って来られると形勢が一気に逆転する。

 先に入ってる俺の体力がもう危ない。

 次で決めねぇと……! 

 

「オイ、ワク」

「!」

「余計なこと、考えんなよ」

「っ…………」

 

 このやろう……! 

 やっと追い越したと思ったら、もうすぐ後ろにまで来てんじゃねーか。

 

天才(バケモン)が」

「人のこと言えっかよ」

「それもそうだ」

 

 ここが分岐点(ターニングポイント)だ。

 点を取れば俺の勝ち。

 守れば大輝の勝ち。

 

 わかりやすくていい、まさか俺がこっちの立場になるとは思っていなかった……。

 いいもんだなおい。

 最高の気分だ……! 

 

「行くぜ」

 

 大輝がボールを放る。

 縫い目の一つ一つ、弾かれる水滴一つ一つがはっきりと視認できる。

 まだ集中力はや、ゾーンは途切れていない。

 と言っても、底が見えかけていることもわかっている。

 

「引導を渡してやるよ」

 

 受け取ったボールを右手で強く掴む。

 深呼吸をして間合いを取り、閉じた眼を開く。

 

 雨の勢いは弱まってきていたが、聞こえる水音が再び大きくなっていく────




次回、決着。


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第62Q 約束⑤

 掴んだボールを隠すように構える俺に対し、大輝は脱力した自然体で待ち構える。

 互いにいつも通りに構えているが、状況はまるで異なる。

 

 本来、大輝は尻上がり(スロースターター)だ。

 そこに加え野生を使っていて、……ゾーンも掴みかけている。

 

 片や、俺はどうだ。

 ゾーンによって今まで以上に自分の才能は引き出されている。

 故にいつも以上に体力(スタミナ)の消費は激しい。

 

 この一本を決めれば勝ちだが、それを落とせばゾーンが切れてジリ貧の状態で相手をしないといけない。

 万全であっても、ゾーンと野生を組み合わせた大輝の相手なんざ骨が折れるどころじゃない。

 重圧(プレッシャー)ハンパねーな……。

 

「どーした? 来いよ」

「せっかちな野郎め」

「ったりめーだろ、オレがどれほど今日を望んでいたと思っていやがる」

「……そうだな」

 

 その待ち焦がれていた勝負も、1分以内に決着(ケリ)がつく。

 互いに終わって欲しくないと感じている。

 俺も、冷静に観ればここで勝負をつけたいが、時間と体力が許すのなら、この勝負を味わいたい。

 

 ……だが、もう終わってしまう。

 

 俺が、大輝に勝つからだ──────!! 

 

 

 

「オイオイ、大胆だな」

 

 大きく振りかぶり、クロスオーバーの構え。

 不敵に笑う大輝は、俺の考えを読んでいるんだろう。

 

 地面に放る直前で動きを強制キャンセル。

 その硬直の瞬間を狙って大輝の腕が伸びる。

 寸でのところで足が動く。

 左足を2人の間に踏み込み、それを軸にスピンムーブでスティールを躱す。

 

「いいな、オマエがオレのスピードに後出しで反応できんのかよ!」

「あんまりみくびんなよ!」

 

 これ半歩前を取ったかと思ったが、大輝の身体能力の前にその程度のリードは無意味。

 容易く追いつき、懐に入った。

 左手にボールを持ち替えているので、すぐに奪われることはない。

 それでも、積極的に腕を伸ばし、再度スティールを狙ってくる。

 

「それは無理じゃねーか?」

「これで取れると思ってねーよっ!」

 

 背中越しにボールを通すが、三度伸びてくる腕が迫る。

 

「それで取れると思ってんのか?」

 

 再度バックチェンジ。

 瞬間的に大輝を抜き去る。

 

「思ってねーよ」

「チッ!」

 

 バックチップに対して、体を当ててジェイルの要領で抑え込もうとする。

 だが、その間にリングとの間に回り込む。

 

「ちょこまかと……」

「そう恐ぇ顔すんなよ」

 

 だが、リングには近づけた。

 ここは十分シュート範囲(レンジ)だ。

 

「さぁ、決着(ケリ)つけんぞ」

「言われるまでもねぇ」

 

 再び正面切って対峙する。

 駆け引き? 読み合い? 

 俺たちの間にそんなものは無意味だ。

 

 一気に加速して、リングに向かって跳びこむ。

 同時に大輝もブロックに飛ぶ。

 

「ワク!! これで終わりだっ!!!」

 

 最高到達点に達する前に、大輝がブロックを計る。

 スピードを考えれば、ダンクを叩き込む前にボールに触れるだろう。

()()()()()()()()()()、な。

 

「!?」

 

 空中で体を捻り、大輝を軸に置くように周囲を回転する。

 目一杯腕を伸ばし、リバースレイアップのようにリングを狙う。

 大輝も強引に左腕を伸ばすが……

 

「届かねぇ……か」

 

 全てを察した大輝の顔を、横目で覗く。

 どこかで望んでいたはずの結果(敗北)、それを受け入れている奴の眼には到底見えなかった。

 

 

 

 

 

「俺の勝ちだ」

 

 

 

 

 勝利を宣言し、手から離れたボールが、リングに吸い込まれる。

 ネットを潜り抜けたボールが、地面に落下する。

 互いに着地した俺たちは、小さくなっていく雨音を聞きながら、互いの背中に体重を預けて座り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

「負けたのか…………オレは…………」

「はぁ、はぁ……ああ、俺の、はぁ勝ちだ」

「……はっ、息切れしすぎだろ、オイ」

「るせぇ……」

 

 キツすぎる。

 10分も経ってねぇだろ、クソが。

 体力アップは課題だな……。

 

 まぁ、このデッカい勝ちの代償と考えれば安いもんだ。

 

「ワク、オマエ()()どうやった?」

「あれ……?」

「その息切れの原因だよ」

「はぁ、正直わかんねぇ。集中してたら、なんか勝手に……」

「なんだそれ」

 

 話しかけんな。

 脳に酸素回んなくて頭使えねぇ……。

 でもな、

 

「どっちが勝ったかわかったもんじゃねーな」

「……イーヤ、確実に俺の勝ちだ」

 

 それだけは、確固たる現実だ。

 俺は、やっと大輝に勝ったんだ……!! 

 

「いてっ」

 

 もたれかかってた大輝が立ち上がったせいで、俺は背中から地面に倒れる。

 あ、雨止んでら。

 

「気の抜けた顔しやがって」

「オマエは、随分……」

「んなだよ」

「もっと悔しそうな顔してんのかと思ったからよ」

「あ、悔しいに決まってんだろ」

 

 そうか? まあ、そうだよな。

 でも、

 

「その割には、いい顔してんな。憑き物が取れたようなスッキリした顔だ」

「そーかよ」

「実際どうよ? 負けた気分は」

「……よくわかんねー。久々すぎてよ」

「は? なんだそれ? キレんぞ」

「なんでだよ。…………いい気分じゃねーよ、ただ……」

「ただ?」

 

 

早くバスケしてーわ

 

 

 その言葉を聞いて、俺は声を出して笑った。

 久しぶりに、心の底から。

 

「何笑ってんだ」

「いや、バカだなって……くくっ」

「おい」

 

 凄んではいるが、バツが悪そうに頭を掻いている。

 自覚はあるんだろう……。

 

「あんな顔してた奴が、よく言ったもんだわ」

「チッ! いい気になってんじゃねーぞ。今日勝つまでにオレが何回勝ったと思ってんだ」

「わかってるよ。そんなもん数えんのも億劫だわ」

「……次は勝つ」

「いや、こっから俺の逆転劇が始まるんだよ」

「その見てくれで言うなよ」

 

※大の字で指一本動かすのも躊躇う状態。

 

「雨は上がったけど、今日はもう無理だぞ」

「わーってるよ、ったく」

()()()()()()

「っ……ああ」

「帰るぞ。もう練習終わってかもしれねーけど」

「……立てんの?」

「んっ」

 

 何も言わず、右手を大輝に突き出す。

 溜め息をつきながらも、大輝は俺の手を掴んで、思い切り後ろに引っ張った。

 

「っと〜。サンキュ」

「はぁー……ダリィな。どのツラ下げて戻ればいいんだよ」

「大輝、そんなこと気にする奴だっけ」

「オレのことなんだと思ってんだよ」

 

 雨が上がり、綺麗な夕日を浴びながら、肩を並べて学校に向けて歩き始める。

 その間、なんてことのない他愛のない話をする中で、大輝から疑問が飛ぶ。

 

「そういや、どーすんだよ?」

「何が?」

「何がって……今日はワクが勝ったんだから、オレになんか命令しろよ」

「……あ、そっか」

「忘れてたのかよ」

 

 全然意識してなかったな。

 完全に頭から抜け落ちてたわ。

 

「……そうだな、じゃあこれかな」

「今回はあっさり決めやがったな」

「パッと思いついたことだから、そんなに難しいことじゃないって」

「なにすればいーんだよ」

「今すぐどうこうできるわけじゃねーけどよ」

 

 勝負顔終わってから、内から溢れてくる。

 バスケをやっている者の性質(さが)

 

「高校で、別の学校行ってちゃんと勝負しよう」

「あ?」

「普段のマッチアップって、あくまで練習の一環なわけだ。本気っつても試合のそれと同じじゃねーだろ」

「……確かにな」

「俺は、オマエともっとスリリングで熱い勝負がしたい。負けても次がある、なんて温いだろ」

「はっ、一回勝ったくれーで調子乗んな」

 

 俺は拳を大輝の眼前に突き出す。

 一瞬、大輝は戸惑うように俺に視線を送ったが……

 

「オラ、あん時の分」

「……おらよ」

 

 久方ぶりに、拳を打ち付け合い、2人とも自然に笑みが溢れた。

 えらく夕陽が眩しく感じた今日の約束を、忘れすことはないだろう──────




さあ、もう帝光でやり残したことはほとんどないので、ちょっと早足になっていくかも。
引き続きよろしくお願いします。


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帝光編最終章
第63Q 豹変


 翌日、朝練がないにも関わらずいつもより早く登校した俺は誰もいない部室の扉を開ける。

 電気も付けず、自分のロッカーに鞄を置いてすぐに部屋を後にした。

 廊下に出てからトイレに入り、制服のネクタイを締め、髪型に不自然なところがないか鏡で確認する。

 

「……はぁ〜」

 

 思わずため息が漏れる。

 今から向かう場所のことを考えれば当然だろう。

 これから、監督室に向かうんだから。

 

 目的は監督への謝罪だ。

 監督の決定に歯向かって胸ぐらを掴み上げた上に練習を途中放棄。

 ここまでのことをしておいて、何事もなかったかのように振る舞うなんてことはできない。

 朝イチで謝罪入れないとな……。

 

「……体おっも」

 

 重い足取り(物理)で監督室へ歩を進める。

 あまりにゾーンの後遺症が大き過ぎる。全身筋肉痛なんていつぶりだよ。

 

 本来は抑えないといけない100%の出力を引き出すことができる。

 故に、体への負担は大きい。

 何回か入れば感覚をモノにできそうだが、頻度を下げるか制限時間(タイムリミット)を設けるか。制約が必要だ。

 

 帝光の一員でいる間は使う必要もない。

 使うとなると、高校に入ってから。

 その間に素の状態のレベルアップも必須だし……。

 まぁ、そのための練習に参加できるかはこの後にどれだけ誠意を見せられるかにかかってるけど。

 

「……ん?」

 

 監督室の近くに来ると、扉が開いて赤髪の制服姿の少年が現れた。

 

「赤司?」

()()か」

 

 我らの主将様だ。

 先にコイツにも言っておくか。

 

「昨日は勝手な行動をしてすまなかった」

「別に構わない。僕は昨日の行動を咎めるつもりは微塵もない」

「そう、か……」

 

 頭を下げたが、赤司の言葉に拍子抜けと言うか……。

 主将として昨日のことを無視する訳にはいかねーだろ。

 

 頭を上げ、赤司を見据える。

 なんか、違和感が……。

 

「こんなに朝早くからどうした?」

「監督に謝罪に来た。居るか?」

「ああ、在室されているよ」

「そうか。じゃあ、俺は

「その必要はない」

 

 ドアの上部にノックをしようと手を置こうとした時、赤司に制される。

 

「いや、そう言う訳にもいかんだろ」

「そのことについて説明がある。付いてこい」

「お、おい」

 

 一瞬迷ってから赤司の後を追う。

 まるで別人かのような雰囲気と迫力。

 ある時の会話を頭に浮かべるが、それは杞憂であることを願いたい。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

「ここなら誰の邪魔も入らない」

 

 監督室からだいぶ離れたところにある空き教室。

 こんなところに用のある物好きはまずいない。

 教室の中央に佇む赤司と2、3メートル距離を空けたところで正面に立つ。

 

「聞きたいことはいくつかあるけど……」

「時間はある。答えれる範囲で言ってみろ」

「まず、監督への謝罪が不要ってのはどうゆうことだ」

「そのままの意味だ。昨日のオマエの行動を監督は、少なくとも僕は処罰をする必要を考えていない」

「……謹慎とか停部、最悪降格も考えてたんだがな」

「バカなことを」

 

 至極真っ当だよ。

 

「オマエほどの選手が、そんな小さなことを気にする必要はない。

 帝光の使命は勝利だ。それをもたらすことの出来るオマエと有象無象の視線や思考など比較にもならん」

 

 ずいぶん持ち上げてくれるじゃん。

 なんだ急に……。

 

「……昨日、紫原と揉めたってのは本当か?」

「そうだ」

 

 さつき曰く、大輝の優遇処置を自らにも求めた紫原とそれを許さない赤司が1on1で意見を通そうとした。

 周囲の予想と異なり、紫原が赤司を圧倒。

 だが、土壇場で赤司が豹変し、逆転勝利。

 

「オマエは紫原にも大輝と同じ処置を……正確に言えば、キセキの世代に適用することを独断で認めた。これで合ってるか?」

「勝利すれば、それ以外については不問だ。これは必然だ」

 

 眼を見開き、語気を強める。

 

キセキの世代(僕達)が無理に足並みを揃えることほど、非効率的なことはない。選手が勝つための環境や形を作るのも主将の役目だ」

「……チームプレーは不要だと?」

チームプレー()は外すべきだと思っただけだがな」

「思い切ったことを……」

「他人事のようだが、これはオマエにも言えることだ」

「俺にも……?」

 

 距離を詰め、互いの体が触れる直前で足を止める。

 

「大輝と同等の力を持つ者はチームに勝利をもたらせる。それはキセキの世代にも当てはまり……オマエにも同様だ、惑忠」

「ん?」

「会って確信した。昨日扉を開け、領域に足を踏み入れたのはオマエだったんだな」

 

 扉? 領域? 

 何言ってんだコイツ……。

 

「今のオマエは、チームで唯一キセキの世代(僕達)と同じステージにある」

「だから、素行については問わないと?」

「あの大輝に勝利したのだろう? なら、そう解釈することになんの問題もない」

「……()()()()()

 

 思わず、心の声が漏れる。

 わざとらしく赤司はとぼけてみせる。

 

「僕は赤司征十郎に決まっているだろ」

「俺の知ってる赤司なら、こんな真似容認するかよ。昨日なにがあった? オマエの中でどんな変化があった?」

 

 少し驚いたように、そして面倒だと、言わんばかりの表情。

 

「なにも変わってなどいない。元から2人いた僕が入れ替わっただけの話。チームの変化に合わせて、それが必要だっただけだ」

「……本当にあるんだな、多重人格(こんなこと)が」

「信じているみたいだな。笑い話だと一蹴してもそれはオマエの自由だが」

「可能性が頭にあっただけだ。実際に目の当たりにして、これでも驚いてるんだけどな」

「……へぇ?」

「!!」

 

 ネクタイの根本を掴まれ、顔を引き寄せられる。

 思考が全て見透かされそうな赤い瞳から目が離せない。

 

「なんにすんだ」

「おっと」

 

 肩を押して距離を取ろうとするが、寸前でネクタイから手を離し体を捻って躱される。

 

「……一度ヒビが入った皿は決して元には戻らない。使うために修復する努力はもう必要なくなったものと思っていたが、オマエは戻してしまった。どうやったんだ?」

 

 ネクタイを緩め、息をいれる。

 急に赤司の迫力が増したが、俺はただ事実を述べた。

 

「戻ってねぇ、そもそも変わってねぇんだからよ」

「ほう?」

「俺は余計な汚れ(考え)を落としただけだ。壊れてねーものを無理くり修理しようとして本当に壊れる前にな」

「そうか」

 

 踵を返し、赤司が教室のドアに手をかけ、足を止める。

 

「最後に僕から一つ、オマエは今のチームの方針に不満か?」

「肯定も否定もしない。勝てばなんでもしていいとは思わんが、負けるのもゴメンだ」

「好きにするといい、が居場所を失いたくないのならこれ以上余計なことはするな」

「ご忠告どうも」

 

 赤司が教室から出ていった。

 足音が聞こえなくなったところで、俺は窓側にもたれかけて肩の力を抜く。

 

「んだよ、アイツ……」

 

 勝てばいいとは思えない。

 負けを享受するわけでもない。

 ごちゃごちゃ考えてバスケをするのは、もうこりごりだ。

 

「まだ時間あるし、一応行くか」

 

 緩めたネクタイを締めて整え、再度監督室へ向かうことにした。

 



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第64Q 沈む影

 あれから、練習には問題なく参加できた。

 色々と変化はあるが、俺は何も変わらない。

 いつも通り放課後は体育館で練習に努める。

 

 チーム練習が終われば、個人のスキルアップ。

 時間にして30分ほど。

 もうさつきの監視は無いが、それでも近くでサポートしてくれる。

 だから、今日も良い練習ができた。

 

「お疲れ様」

「サンキュ」

「今日はもう終わりでしょ?」

「ああ、でも今日先に帰っててくれねぇか」

「なにか用事?」

「ま、そんなとこだ」

「もう今日は練習終わりだからね」

「わかってる」

 

 念入りに2回も言われちった。

 心配が沁みる。

 馬鹿なマネはしねーよ。

 

 いつもならここで自主練を切り上げ、さつきと共に帰路に着くのがルーティンだが、今日は違う。

 代わりに頬に口付けを貰い、外に出る。

 汗を拭いながら外の自販機で適当な飲み物を2本購入。

 

「ちょっと寒いな……」

 

 最近は涼しくなり、肌寒くなってきた。

 薄手のトレーナーで練習に臨んでいるが、汗をかくと染み込んだ服が冷えて体温を奪う。

 陽が落ちて暗くなるのも早くなり、一層季節の移り変わりや時間の流れを感じる。

 

 その間、さまざまな変化が俺やバスケ部に降りかかった。

 俺も大輝のことで色々あったが、ひとまず決着(ケリ)はついた。

 だが、その変化に追いつけていない奴だってチームにいる。

 

 最も変化の大きいキセキの世代。

 アイツらと関わりが深く、共に過ごした時間が長いほど、それを受け入れ難くはある。

 その気持ちを一番理解できるのは、俺なのかもしれない。

 

 緑間が占拠してスリーを打ち続けている第一体育館と別に、もう一つ灯りの点いた体育館がある。

 少し弱々しくもドリブルの音が聞こえ、リングにシュートが弾かれた音が耳に入る。

 

「まだやってんのか」

「……白河君」

 

 大粒の汗を流し、膝に手を付く黒子の視線が転がるボールから入口の俺に移る。

 黒子が一軍に昇格し、一軍レギュラーに定着してからは自主練で遅い時間まで学校に残ることは少なくなった。

 それは驕りではなく、プレースタイル(ゆえ)

 

 今までのようにシュートやドリブルが不要になった黒子は視線誘導(ミスディレクション)を磨く人間観察のため、外でさまざまな人の様子を見ることの方が自身のためになるからだ。

 なのに、今の黒子はシュートやドリブルを再開している。

 

「少し休憩しろよ。1人でこんな時間に倒れられると困る」

「すみません」

「体調管理もレギュラーとしての務めだぞ」

「……もう一本だけやらせてください」

 

 俺知ってる。

 こうゆうときのもう一本は一本で終わらねぇ。

 人の夢の次くらい終わらんぞ。

 

「じゃあ、俺がディフェンスしてもいいか?」

「え?」

「シュートはともかく、ドリブルは相手がいる方が練習になるだろ」

「それはそうですが……」

「決まりだな」

 

 ペットボトルは適当に端に置いて黒子とリングの間で構える。

 こうして対峙することはないから、すっごい新鮮だな。

 

「手加減はしねぇぞ」

「はい、お手柔らかに……」

 

 こうすると、影が薄いのか覇気がねぇのかわかんねぇ不気味さがある。

 ドリブルを始めるが、はっきり言って隙だらけだ。

 いつでも奪えるが、黒子の仕掛けが気になるので一度様子を見る。

 

 だが、これといった駆け引きやフェイントもなく突っ込んでくる。

 スピードもねぇし、フィジカルも弱い。

 体で簡単に受け止めると手詰まったのかリングから距離を取ろうとする。

 

「無防備に背を向けてんじゃねぇよ」

「あっ」

 

 弾いたボールはサイドラインを割って転がり、壁にぶつかって止まった。

 あっけなく終わった1on1に俺は少々戸惑いを隠せなかった。

 

「……休憩すっか」

「……はい」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 俺たちはサイドライン付近に座り込んだ。

 買ってきたドリンクを黒子に渡し、もう一本の蓋を開けて一気に半分ほど飲み干す。

 

「沁みるなぁ……」

「すみません。後でお金……」

「いいって別に」

「でも……」

「今度機会あったら黒子が奢ってくれよ。それでチャラな」

「……わかりました」

 

 納得した黒子も一口、飲み物を流しこむ。

 

「ドリブルとシュート練始めたのか」

「はい……どうでした?」

「正直に言えばクッッソ弱ぇ。ぶっちゃけそこだけで判断したら一軍レギュラーのレベルじゃないよな」

「うっ……」

 

 まあ、三軍の選手の方がマシだろう。

 でも、コイツは一般的なバスケの才能(それ)を評価されているわけじゃない。

 だから別にいいんだけど。

 

「楽しいか?」

「この練習がですか?」

「いや、バスケそのものが」

 

 少しの沈黙の後に、黒子の出した答えは俺の予想通りだった。

 

「……今は、楽しくないです」

「だろうな。オマエ、もっと笑ってたし」

 

 キセキの世代、もとい赤司の変化に最も影響があったのは黒子だ。

 以前の赤司ならパスの受け手の能力を最大限活かすような工夫や技があった。

 今はただ、マークの外れている選手にパスを放るだけで、司令塔(ポイントガード)としての役目は最低限とも見れる。

 その分、自分で点を取ることも増えたが。

 

 つまり、パスによって崩すことが一切なくなり、個がそれぞれ圧倒するバスケに変わった。

 ボールを供給するだけなら赤司だけで充分。

 パス特化型の黒子を中継する必要がなくなることを意味し、価値と起用は減少した。

 

 今の黒子はキセキの世代(アイツら)を温存する際にしか出番がない。

 

「またアイツらと同じコートに立つためにこうやって遅くまでやってんのか」

「そうかも……しれないですね」

「なんでそこ疑問系なんだよ」

「自分でもわからないんです」

 

 ゆっくりと、黒子は胸中の思いを言葉にする。

 

「どうしたらいいか、わからないんです。赤司君が、みんなが変わってもチームは勝ち続けています。それどころか、以前よりも強い」

「ああ」

「でも、以前よりも勝つことを喜べなくなりました。自分が以前よりチームに貢献できていないからなのか、なんなのかわからなくて……」

「それは」

 

 

「もう下校時刻だぞ」

 

 

 俺の声を遮ったのは、いつも間にか近くにいた赤司だった。

 

「……悪い。もう上がるからよ」

「珍しいな。2人で練習していたのか?」

「ちょっとだけ。黒子が1人でシュート打ってたところに顔出したんだよ」

「そうか……それは構わないが、もう少し有意義な練習をしてほしいものだ」

「ん?」

「黒子にとってシュート練習(それ)はもう必要のないものだろう」

 

 ……言いやがったなコイツ。

 

「そうですね……」

「そうか? 自分のできることを増やすことが悪いことなわけねーだろ」

「今のチームにテツヤのシュートは不要だ。点なら他のメンバーで容易に取れる」

「いーじゃねぇか。できることが増えんのは楽しいだろ」

「楽しい、か」

「赤司はどうだ? 今のバスケでも充分勝つことはできるが、楽しいか?」

 

 俺の問いに、赤司は冷めた答えを返す。

 

「質問の意味がわからないな。その感情は勝つために必要か?」

「勝つのだけ考えるのってどうなんだよ」

「それが帝光の理念だ。それはオマエも理解しているはずだ」

「まあ、それはそうかもな。でも、しんどくねーか。勝つのだけ追い求めるの」

「それ以上に大事なものなどないだろう」

「いや、あるね。オマエが知らない……忘れたのか、気づいてないのか俺は知ったこっちゃねーけど」

 

 平行線の言い合いが、無駄だと思ったのか赤司は踵を返した。

 

「好きにすればいい。勝つために不要であれば、使わなければいいだけだ」

「おいおい。脅しかよ」

 

 無言でそのまま、赤司は体育館を後にした。

 さて、時間がもうねーな。

 

「じゃあ、片付けるか。早く帰ろーぜ」

「あ、はい……」

「なんだよ。腑抜けた顔して」

「いえ、今の赤司君に面と向かって言える人がいるのかと……」

「チームメイトなんだから遠慮なんかいらねぇだろ。考え方が違うのは仕方ねぇが、だからって自分がダンマリ決め込むほど俺は大人しいわけじゃない」

 

 黒子の肩に手を置いて、俺は言葉を続ける。

 

「まあ、言いづらいなら俺も言ってやるし。自分で言えるようになりたいなら、引け目を感じない実力もいる。どっちにしても、言ってくれれば俺は協力してやる」

「……ありがとうございます」

 

 

 少しだけ、黒子の顔が明るくなった気がした。

 さて、さっさと片付けて帰りましょうかね……。

 



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第65Q 再会

 帝光は勝ち続けた。

 圧倒的な個の力でひたすらに対戦校を蹂躙し、試合を支配する。

 敵はもちろん、それを見ているベンチや観客すらその様子に恐怖を覚えてしまう。

 

 勝つためにチームプレーを排除した今の帝光は強い。

 すでに全中二連覇を達成した以前のチームよりも圧倒的なのは一目瞭然。

 ただ、コートの中でプレーする帝光の選手もといキセキの世代には笑みはない。

 感情すら浮かべず、淡々と作業のようにこなしていた。

 

 

 

 練習と試合に打ち込んでいるといつの間にか秋が終わり、冬を乗り越え、卒業式で虹村さん達を見送り、春を迎えた。

 進級して俺も3年になった。

 始業式は午前中で終わり、部活も体育館が使えないため今日は休みだ。

 少し窮屈な制服に煩わしさを感じながら、いつものようにさつきと帰路についていた。

 

「ワッくんは今日どうするの?」

「なんも予定ないな。さつきは?」

「私も。あとでワッくんの家行っていい?」

「いいぞ。あ、昼飯どうする?」

「ママが用意してるって言ってたから食べてから行くね」

「了解」

 

 家何もねーんだよな。

 食材もねーし、どっかで食って帰るか? 

 

「最近、青峰君とはどう?」

「まあ別に。練習中はマッチアップできねーから、ちょっとイライラしてんな」

 

 万が一に備え、キセキの世代同士が練習でマッチアップすることを禁止された。

 その決定に最も不満を抱いたのは大輝だった。

 あまりに抗議を重ねた結果、自主練でさつき監視の元、俺との1on1は許可が降りたが、今はモチベーションの維持が難しくなっている。

 

「でも、大丈夫だろ。もう大輝はあの時のようにヤワじゃねーよ」

「……ワッくんがそういうなら、大丈夫だよね」

 

 さつきはまだ大輝との距離を埋めれそうにない。

 でも、今は大輝を信じる俺を信頼してくれる。

 なら、いずれまた一緒に笑える日が来る。

 そこは2人に任せようか。

 

「でも、他のみんなとも連絡事項以外は話さなくなっちゃった」

「そうか」

「チームは強くて負けなしだけど、なんだか寂しいね」

「……な、そうゆうこともあんだろ」

「前、ワッくん言ってたよね。もう昔みたいには戻れないって」

「あぁ。良くも悪くも、あの頃に戻るのは無理だ」

「やっぱり、そうだよね……」

 

 さつきもどこか期待しながらも、わかっているんだろう。

 寂しげな横顔を見せ、俺の手を握る力が強くなる。

 

「ただ、バスケをやってればまた笑える日は来るかもな」

「今のようなプレーで、どうやって?」

「端的な話、外に対抗できる奴らがいないのが一番の問題だ」

 

 

 大輝とぶつかって、その時はまだ実感がなかったが、今ならわかる。

 俺はキセキの世代と同じ領域(ステージ)にいるってことが。

 そこに至って初めてわかることがある、今は小さいが沸々と湧き上がりそうなこの感情。

 

 大輝が絶望した理由もわかる。

()()を解消する方法は今の俺たちにはとって即効性の対処は望めない。

 かと言って、未來に可能性があるはずもない。

 

「そういないと思うけどね、みんなと対等に相手できる選手なんて」

「どこにいると思う?」

「……アメリカとか? 本場だし」

「日本にはいねぇのかよ」

 

 そんなこんなで桃井家到着。

 

「じゃ、また家来る時連絡してくれ」

「うん、じゃあ……」

「はいはい」

 

 別れ際、さつきが求めるようにハグを行う。

 最近また俺の身長が伸びたから頑張って背伸びするさつきが愛おしくてたまらんのですよ。

 あまりやりすぎたら怒られるからほどほどに。

 

「じゃあね」

 

 手を振って笑みを浮かべながら家に入るさつきの姿が見えなくなると、途端に腹が減る。

 たまにはジャンクなものでも食べようかね……。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 制服から動きやすい部屋着に着替え、そのまま家を出る。

 ちょうどいいクーポンを見つけたこともあり、マジバでちゃちゃっと済ませることにした。

 歩いて10分ほど。

 その間、さつきとの会話を思い出し考えに耽る。

 

 4ヶ月後、最後の全中でメンバーに選ばれるのは当然として三連覇を逃すことも考えにくい。

 つまり、もう中学でやり残すことはないと言える。

 その先、高校では何を目的にバスケをするか。

 

 それは自分だけが頂点に立つこと。

 他の選手(プレイヤー)、そして自分以外のキセキの世代に勝利すること。

 全員が10年に1人の天才と評される天才であり、それが5人集えばそのチームは最強であることに疑いの余地はない。

 

 では、その5人の中で、()()()()()()()

 常に付きまとうその疑問を解消したいのは、他でもないキセキの世代(アイツら)

 違うチームに所属して戦えば、必ず勝敗という目に見える結果によって優劣が決まる。

 って形になるだろうな。

 

 ただ、この話の前提はキセキの世代以外に、キセキの世代と太刀打ちできる選手(プレイヤー)が存在しないことが前提にある。

 勝負自体は白熱したものになるだろうが、それじゃあ足りない。

 結局、勝つことだけに焦点を当ててプレーすることに変わりはない体。

 それじゃあ、つまらねぇ。

 

 さつきが望むように、昔の気持ちを思い出してプレーするには以下の条件が必要だ。

 ①キセキの世代と同等の選手

 ②上記の選手がバスケを楽しんでいること

 

 ……海の向こうに望みかけるか。

 ②だけなら心当たりあるんだけどな。

 どうしたもんか……ん? 

 

「あぁ、悪い……そのボールとってくれ」

 

 足元に転がったボールを掴んで拾い、声のする方向に顔を向ける。

 そういえば、マジバの近くにストリートコートあったな。

 

「ほらよ」

「悪いな……ってオマエ!?」

「ん?」

「確か、白河!!」

「……あ〜、火神だっけ」

 

 去年の夏に会った帰国子女のバスケバカじゃん。

 

「なんかしつれーなこと考えてねーか」

「イーヤ、全然。てか、お前デカくなったな」

 

 身長はもちろん、胸板の厚みや腕や首の太さも以前とは違う。

 骨格からコイツは日本人離れしてるんだろうな、筋肉が付きやすいのは選手としても男としても羨ましたところがある。

 

 が、それ以上に纏う雰囲気(オーラ)が以前よりも増した……というより荒々しい部分が出てきている。

 理性で抑え切れていない野生の獣のような獰猛さが覗く。

 コイツ、一年で相当……。

 

「オマエ、なんかあったのか?」

「ん?」

「前よりも匂いが濃くなった」

「部屋着着てっから色々染み込んでるかもな……」

「そうじゃねえって! 去年もやったなこのやり取り!」

 

 そう思いつつもノってくれんのか。

 意外とノリいいな。

 

「去年とはまるで別人じゃねえか」

「お前こそ。相当バスケに打ち込んできたみたいだな」

「あぁ、あれから多少はマシになったぜ」

 

 そう言って、手でボールを要求する。

 左手に向かって投げると、難なくキャッチして見せ、さらには巧みにボールを転がす。

 続けて上腕に転がして跳ね上げたボールを指先で回してみせる。

 

「どーだ?」

「いーじゃん。左手も充分使えるようになったか」

「せっかく会ったんだ。リベンジさせてもらうぜ……!」

「……? 引き分けだったろ」

「いーや! 内容ではオレが負けてた。テメーがよゆーぶっこいて決着付けなかっただけだろ」

「細かいことはどうでもいい」

 

 パーカーを脱ぎ捨て、シャツ1枚になる。

 下はスエットだが、問題は無い。

 日頃からバッシュ履いてて良かったわ。存分に動ける。

 

1on1だ(やるか)

「当然っ!」

 

 コイツなら、俺の、アイツらと戦える可能性があるかもしれない。

 久しく味わっていなかった期待に胸を膨らませ、コートを踏みしめる。

 

 

 




モチベが上がらず、頻度も質も落ちてる自覚はありますが、とりあえず書き続けます。
敢えて期間を空けてみよう、なんてことしたらダラダラ書かなくなっちゃう気がするので。
マイペースではありますが、これからもよろしくお願いします。


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第66Q 望まぬ変化

 今の俺に勝てるやつは誰だろうか。

 キセキの世代はもちろん、一足先に高校生になった『無冠の五将』にも可能性はあるだろう。

 

 それ以外の可能性が、今目の前にここにいる。

 平静を取り持ってはいるが、内から湧き出る本能を抑えるのが中々に難しい。

 

「オレからオフェンスでいいのかよ」

「ああ、オマエのタイミングでこいよ」

 

 10点先取の1on1。

 火神のオフェンスで戦いの火蓋は落とされる。

 

「最初から全開で行くぞ!!」

 

 一気に踏み込み、加速する。

 去年と比較しても数段速い。

 加えて、織り交ぜられた細かなフェイント。

 こいつも海の向こう(アメリカ)で成長していたのは確かだ。

 

 だが、やっぱり動きが直線的。

 突進とも言えるドライブを受け止め、動きを止めてからボールを弾こうと試みる。

 が、急ブレーキを踏んでターン。

 

「……チッ」

 

 左足を軸に、ボールを触れないように回られる。

 振り切られるようなスピードではないが、直後の跳躍までの繋ぎがスムーズで、既にボールは届かない位置に。

 

「オラァ!!!」

 

 雄叫びを上げながら()()で力強く叩きつける。

 リングにぶら下りながら、してやったりとでも言いたげに笑みを浮かべてこちらを見下ろす。

 

「どーだ? 前とは違うぜ」

「ああ、そのようだな」

 

 着地した火神にボールを投げて渡す。

 さて、集中力上げっか……。

 

 再度スリーポイントラインを挟んで向き合う。

 このガタイから放たれる威圧感は到底タメのものとは思えない。

 コイツはそれを躊躇いなくぶつけてくる。

 

「悪くねぇけど、まだ強引だな」

「うっ!」

 

 ジャブステップのタイミングを見切り、ボールに手を伸ばす。

 寸でのところで体を入れてブロックするが、再度逆の手でスティールを狙う。

 それに反応した火神はスピンで振り切ろうとするが、もうさっきのでリズムは覚えた。

 

「っと、させねぇ」

「くっ」

 

 三度伸ばした手がボールに触れ、火神の手から溢れる。

 ラインを割る前に回収されたのでまだ生きているが、次弾けばいいだけだ。

 

「ほんっとに厄介だな。その長い腕」

「身長とかはアメリカの奴の方があるだろ」

「腕の長さとここまで差があるやつはそういねぇよ」

「そうか、で? どうする」

 

 駆け引きなら俺の方が優れている。

 強引に突破を狙っても、大輝ほどスピードもない。

 反応に遅れることはない。

 

「……じゃあ、こうすればいいんだよ!!」

「ん!」

 

 スリー? 

 コイツは想定外だ。

 

「平面での駆け引きが無理なら……!」

 

 シュートを放ち、そこからリングに向かって一直線にすぐにスタートを切る。

 

「空中戦に持ち込めばっ!!」

「……なるほど」

 

 最初(ハナ)から決めるつもりねぇなコイツ。

 決まったら、ラッキー。

 決まらなかったら叩き込む(プットバック)

 あまりに脳筋(パワープレー)ではあるが、コイツの跳躍力考えると案外悪くない。

 

「が、甘ぇよ」

「うおっ!?」

 

 リバウンドが少し大きく跳ねたことも手伝って余裕で追いつき、火神が掴んだボールをはたき落とす。

 

「突拍子もないことすんなオマエ」

「っ、完全に虚は突いたろ」

「一瞬な。でも、すぐに察しがついた」

 

 コイツが去年から抱えていて変わってない弱点と、俺の弱点が類似しているから気づけたってのはあるな。

 まあ、俺のは少なくとも帝光(あそこ)じゃ変えられねぇ。

 

「さて、じゃあ俺の……」

「おい、通知なってるぞ」

「ああ、ちょっとm……」

「どうした」

「……彼女を家に呼んでるの忘れてた」

「何やってんだおまえ」

 

 すぐ帰らねーと、昼飯食ってる場合じゃねぇ。

 

「どうする。切り上げるか?」

「いや、次いつ会えるかわかんねーし。続きやるか」

「んなこと言ってもよ……」

「安心しろよ、すぐ終わらせる

「……んだと?」

「再会を記念して見せてやるよ。俺も成長してんだってとこ」

 

 俺は、さつきの連絡で動揺した心を落ち着かせ、集中力を高める。

 眼を閉じて数秒後、俺は扉を無理矢理こじ開けた。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 4本目のミドルジャンパーが軌道を描く。

 精密に放たれたボールはネットをほとんど揺らすことなく静かにリングをくぐった。

 

「これで王手だ」

「……んだよこれ」

 

 火神の顔にさっきまでのような笑みはない。

 むしろ昨年より開いた実力差に、さすがに打ちひしがれているようだ。

 

 ゾーンに入り、形勢は一気に逆転した。

 火神は必死に俺を止めようとディフェンスで奮闘するが、ほぼ無意味に等しかった。

 少しタイミングをずらしてから跳躍力を殺し、俺のタイミングでボールをリリースするだけ。

 作業に等しい内容だった。

 

 この顔には見覚えがあった。

 どこで見たのか、思い出すのにそう時間は掛からなかった。

 試合終盤に出た際に、幾度となく見てきた。

 

 キセキの世代に自尊心を打ち砕かれ、戦意を喪失して目から生気が抜けた奴らの顔だ。

 火神(コイツ)も、所詮そのへんの有象無象と変わらな……。

 

 

 

……俺は今、何を??? 

 

 

 

「……オイ!」

「っ!」

「何勝った気でいやがる。まだ勝負はついててねーぞ」

 

 まだ、少しだけ残っている。

 戦う意志が、抵抗する気力が。

 

 勝っていいのか? 

 ここで勝てば、火神(コイツ)はもう……。

 

「何ごちゃごちゃ考えてんのか知らねーが、目の前の勝負に集中しやがれ!!」

 

 悠然と距離を詰めてくる火神。

 反応が遅れるが、これを躱してみせる。

 

「……まだだぁ!!」

 

 後ろから追いかけてくる火神に、誘い込まれるようにゴール下へ。

 ここまでミドルレンジでの地上戦を選択したのは空中戦を避けるため。

 だが、咄嗟に体が勝手に動き、ドライブを選択した。

 ここまできたら空中戦に挑むしかない。

 

 わざと大袈裟にステップの踏み込みを変えてみせ、火神を誘う。

 後がなく、焦りのあった火神は案の定フェイクにかかり、先に飛んでしまった。

 

「ぐっ……!」

「悪ぃな。俺の勝ちだ」

 

 余裕を持ってダンクに跳んだ。

 完全に勝負アリだと思ったが、背後からの威圧感はまだ死んでいない。

 

「ウソだろ?」

 

 伸ばした腕は俺の手に届きそうだ。

 と言うより、なんで後から跳んだ俺と同じ高さにまだ居るんだコイツ……!? 

 

「うおおおおっ!!!」

 

 決して諦めず、ブロックを試みて指先まで力を込めてボールに触れようとする。

 だが、気合いだけでどうにかならねぇよ。

 

 ダンクのモーションをキャンセルし、斜め前方に腕を伸ばす。

 こうなると火神も絶対に届かない。

 

「ぐううっ!」

 

 悔しそうな声を聞きながら、手首のスナップだけでボールを放る。

 適度に回転がかかったそれはリングの内側で2回暴れた後、力を失ってネットをすり抜けていった。

 

「……はぁ」

「……っ」

 

 勝敗は決した。

 が、負けた火神も、俺も渋い顔をしていた。

 

 勝った、がなんだろう。

 素直に喜べない。

 1on1中に浮かんだあの言葉が、周囲の選手を見下すような思いが自分に合ったことが信じられなかった。

 

「……帰るわ」

「待てよ」

 

 火神と言葉を交わすことも、顔を見ることもできない。

 俺は足早にコートを去ろうとするが、後ろからの声で足を止める。

 

 

()()()()()()()()()……!」

「っ! ……抜かせ」

 

 一言吐き捨て、俺は来た道を戻り始める。

 道中、俺の心は穏やかなはずもなく、足取りが重かったのは疲労だけが理由ではなかった。



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第67Q 自己嫌悪

「あ、やっと帰ってきた!」

 

玄関の前では、すでにさつきが待っていた。

どこかに出掛けるような着飾ったモード服装ではなく、俺と同じようにスエットにパーカーという格好。

色合いこそ明るめでさつきらしいが、この見た目でずっと外にいるのはあまりいい気分ではないな。

 

「悪い、今開けるわ。てか、合鍵渡してるんだからそれ使えよ」

「ワッくんいると思ったから置いてきたの」

「そいつは悪かったな。ちょっと待ってくれ」

 

さつきに玄関の前から退いてもらい、財布に入れておいた鍵を取り出し、鍵穴に入れる。

慣れた手つきで解錠し、ドアを開ける。

 

「ほら、入れよ」

「・・・」

「さつき?」

「・・・あ、ストップ。まだ上がらないで」

「?おう」

 

さつきの指示に従い、踵と靴の間に滑らせた指を引き抜く。

肩にかけていたトートバッグを玄関マットの横に置き、こちらをじっと見上げる。

 

「・・・服脱いで」

「え、ここで?」

「ち、違う!パーカーだけ脱いで」

「・・・なんで?」

「いいから」

 

少し躊躇ったが、根負けしてパーカーを脱ぎ、黒のTシャツ一枚に。

それを確認したさつきが抱きついてくる。

 

「おっと、どうした?」

「・・・やっぱり」

「ん?」

「ちょっと汗くさい」

「え」

「あと、手のひら見せて」

 

答える前に自分で俺の両手首を掴んで手のひらを見えるように捻る。

 

「・・・ご飯食べに行ったんじゃないの?」

「そうだけど」

「じゃあ、なんでこんなに手が汚れてるの?」

「それは・・・」

「この手、ストバスの後の手だよね。何回も見てるんだからそれくらいわかるよ」

「・・・・・・流石だな」

「もう、ほんっとにバスケバカなんだから」

 

どうやら怒っているわけでなく、呆れているだけのようでホッとしたがさつきの顔は少し暗い。

 

「・・・リビングのソファーで少し話そ」

「・・・あぁ」

 

靴を脱ぎ、トートバッグを持って一足先に洗面所に入るさつきの後ろ姿を見て、俺も靴を脱ぐ。

そこで改めて自分の手のひらを見ると、確かに汚れていた。

 

「・・・・・・」

 

この手を見ると、さっきまでの1on1を思い出す。

強くなった火神の最初のプレー。

その後圧倒されて焦りを浮かべる火神の顔。

 

そして、その差にガッカリし、相手を見下した感情の芽生えた自分自身への驚き

 

「・・・はぁ」

 

ため息が漏れる。

まるで、キセキの世代(アイツら)のような、以前の大輝みたいだ。

 

「胸糞悪い・・・」

ワッくん〜〜?

「今いく」

 

靴を脱いで棚に入れる。

洗面所ではしっかりと石鹸で汚れを洗い落とし、さつきに触っても問題がないことを確認してリビングに向かう。

既にさつきはソファーに座って携帯の画面を眺めていた。

 

「隣座って?」

「ん」

 

ポンポンと自分の隣を軽く叩く。

それを見て隣に座り、手を見せる。

 

「これで大丈夫だよな?」

「・・・うん、綺麗になったね」

「大輝なんかは手洗わずにお菓子食べてよく怒られてたよな」

「ワッくんもでしょ」

「そうだっけ」

「そうだよ」

 

手を触られながら昔の他愛のない話を思い出す。

 

「あの頃みたいに、とはいかないけど、2人がバスケで笑うところがちょっとだけ増えたよね」

「・・・そう、だな」

「何かあった?ワッくん」

「別に・・・。なんでだよ急に」

 

少し言葉を詰まらせるが、すぐに口を開く。

 

「お昼ご飯と、私が来るのを忘れてまでバスケしてたんでしょ?」

「・・・はい」

「怒ってないよ。ただ・・・」

「ただ?」

()()()()()()()のかなって」

 

図星だった。

俺はすぐに言葉を返せず、さつきの目を見れなかった。

 

「ワッくん、強くなったよね。青峰君に勝ったあの日から」

「あぁ・・・」

「元々、帝光でレギュラーになれる実力があったのに、また急に強くなった」

「っ・・・」

「似てるよね・・・まるで」

 

 

そうだ。

まるで、キセキの世代のように。

大輝のように。

周囲から少し優れている程度だった選手が、才能を開花させて圧倒的な存在へ昇華する。

 

本来、選手が実力を伸ばすことは喜ばしいことだ。

だが、それがあまりに突出しすぎたものであると話が違ってくる。

 

初めて才能が開花した大輝と1on1で惨敗した俺の顔は、今日見てきた火神の顔とそっくりだったんだろう。

今なら大輝の気持ちが痛いほどにわかる。

 

「苦しいな・・・」

 

大好きなバスケで、心が

 

満たされない

踊らない

楽しめない

 

求めれば求めるほど、それは叶わないものだと。

 

 

 

俯いたまま、膝の上に乗せた拳を強く握る。

息が上手くできず、視線が定まらない。

 

「ワッくん・・・?」

 

隣にいるはずのさつきの声がやけに小さく聞こえる。

この間にも、俺の頭は、心は黒く塗りつぶされていく。

 

 

こんな気持ちになるなら、他の奴にこんな気持ちをさせるくらいなら、もう・・・。

 

 

 

「・・・?」

 

急に、顔全体が何かに包まれる。

柔らかさの中に、覚えのある温もりがある。

 

「・・・大丈夫?

 

柑橘系の香りと、いつもふとした瞬間に鼻腔をくすぐる特別な匂い。

いつの間にか、動悸は緩やかになり、酸素が充分に脳に行き渡ったことで精神的にゆとりが生まれてきた。

 

「・・・えいっ」

「うわっ?」

 

視界は変わらないが、脇腹や左肩にかけて体の側面がソファーに沈む。

この弾みで首の後ろに回っていた腕の緩い拘束が解け、顔を動かせるようになった。

視線と顔を少し上に向けると、さつきもこちらを覗き込んでいる。

 

「・・・うん、ちょっと落ち着いた?」

「・・・おかげさまで」

「ふふっ、よかった」

 

そう言って、再びさつきは俺の顔を自身の胸に埋める。

加減を間違えると息が出来なるほど立派な双丘からは、さつきの匂いと温度が伝わってくる。

 

柔軟剤と、さつき自身の体から発している甘い香り。

少し汗ばんでくるが、心地よい温もり。

わずかに聞こえる心音と鼻唄。

・・・鼻唄?

 

「ご機嫌かよ」

「なに?」

「鼻唄っ」

「え〜、楽しいもん」

「なにが」

「私の中でじっとして甘えてくるワッくん、可愛いもん」

「甘えてるわけじゃ・・・」

「じゃあ、無意識に腰に回してるその手はなんなの?」

「・・・置き所がちょうどいいんだよ」

「そうゆうことにしよっか」

 

首に回していた手を、それぞれ背中と頭に当てる。

一定のリズムで頭を撫で、背中優しくトントンと叩く。

あやされている幼子のような気分だが、これがなんとも心地よい。

 

「無理しちゃダメだよ」

「・・・別に、無理なんか」

「みんな変わっちゃっても、自分だけはできるだけ変わらないようにしてるよね、私のために」

「・・・」

「自分が青峰君みたいにバスケに冷めたり、赤司君みたいに周りの人を下に見たり・・・。ならないようにしてる人のように、なっちゃうんだよね。そうゆう人のことを、意外としっかり見てるから」

「・・・」

 

俺が気付いてなかった、ほんの十数分前にやっと気付いた俺の深層心理までわかるのか。

 

「よくわかるな」

「幼馴染で、マネージャーで、彼女だもん」

「そっか・・・」

 

手の動きを止め、両手を俺の頬に当てる。

視線を合わせると、さつきの顔が近づいてくる。

俺は目を瞑り、受け入れた。

そして、唇を重ねる。

 

2回、3回・・・10回を超えてからは数えるのをやめた。

短いキスを何度も繰り返す。

 

徐々に幸福感が高まり、心が浄化されていくような気持ちになる。

やがてキスを止めると、再び首の後ろに腕を回し、強く抱き締める。

 

「ありがとね・・・。私には、これくらいしか出来ないけど、ワッくんの優しさは充分に伝わってるから」

「・・・さつき、俺は」

「うん、大丈夫。全部わかってるよ」

「・・・そう、か」

 

ダメだ、急に眠気が・・・。

安心したからか、瞼に錘がぶら下がっているかのように重い。

 

「一回休もっか。寝ちゃっていいんだよ」

 

ぎゅっと抱きしめられ、額に口付けをされる。

そこを境に、俺の意識は途切れる。

 

 

「今度は、ワッくんの思うようにって・・・」

 

すぐに寝息を立て始めたことに気づき、言葉は途切れる。

少し、顔を胸から外して表情を窺う。

 

安らかだが、目の下には悩みが見て取れた。

目の隙間からこぼれ落ちた雫を指で払い、再度胸に顔を寄せる。

 

「私も、寝ちゃおっかな・・・」

 

程なくして、さつきも夢の世界へ。

このまま、夕陽が落ちるまで2人で抱き合って眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーそして、最後の夏が始まる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




闇落ち?
まだ可能性が消えたとは言わない


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第68Q 邂逅

 最後の全中予選が始まる。

 当然のように俺はメンバーに選ばれ、ユニフォームをもらった。

 

 とはいえ、地区予選ごときで帝光は止まらない。

 キセキの世代は作業的に対戦相手を蹂躙する。

 無感動に勝利(ノルマ)をこなし、そこに達成感や笑顔はない。

 

 昨年よりも圧倒的なプレーを見せるが、その内容は全く異なる。

 最初にボールを握る赤司のパスには良くも悪くも工夫がなく、フリーの選手にパスを出せば我関せずと言った様子で攻撃を見守る。

 受け手もマークがいないかのようにストレスを感じることなく点数を個々で積み重ねる。

 守備も同様に自分のマークからボールを奪うだけ、そこに苦労もない。

 

 赤司の言うように、チームプレーを放棄してキセキの世代の個に依存する戦い方はハマった。

 チームは強くなり……いや、選手が集まっているだけの集団が『チーム』と言えるかはわからないが。

 どちらにせよ、帝光は万が一にも負けることもなく勝ち続けるだろう。

 

 かく言う俺も、ここ最近は全くバスケがつまらない。

 キセキの世代が焼け野原にしたコートの後片付け、もしくはアイツらを温存する際のスタメン。

 実際、負担が少なく疲労の色をほとんど見せないPG(ポイントガード)の赤司以外の代打(バックアップ)をこなせる俺はベンチに置いときたいんだろう。

 とはいえ、相手がこの程度ならスタメンにこだわる必要もない。

 アイツらが出ようが、俺が出ようが変わらない。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 いつものように試合に勝ち、ロッカールームで着替えていると、ふと紫原がつぶやく。

 

「なんかさーつまんなくない〜〜〜? 試合」

「あぁ?」

 

 試合に関する不満を吐露する。

 わざわざ口に出すこともないが、それは全員が思っていたことだ。

 これに黄瀬が同調する。

 

「最近、確かにそう思うっスよね〜」

「去年は5人くらいマシな人いたけど……なんだったっけ」

「無冠のナントカじゃないスか?」

「そうそれ。メンドーだったけどもういないんでしょ? いよいよ楽勝すぎてやる気出ないし〜」

 

 あれだけムキになってボロボロにしたくせに曖昧だな記憶。

 とはいえ、片隅にへばりついているだけすごいけど。

 

「うーん……あ、じゃあこーゆうのはどうっスか?」

 

 黄瀬が頭に浮かべたアイデアを言語化する。

 

「次の試合、誰が一番点取れるか勝負しねーっスか? なんかてきとーなもんかけて」

 

 賭けを行うと言うもの。

 練習後の1on1でやるならまだしも、公式戦でやるのは相手への敬意(リスペクト)に欠ける。

 

「えー……」

「別にお菓子でもいいっスよ」

「んー……それなら、どうしよっかな」

 

 次いで、黄瀬は大輝と緑間に声をかける。

 

「青峰っちと緑間っちはどうっスか」

「……んなことしなくてもオレが一番点取れるっつーの」

「くだらん。わざわざそんなんことをしなくても、オレは3P(スリー)に人事を尽くすだけだ」

 

 肯定も否定もせず、興味がなさそうにジャージへ着替える2人。

「ノリが悪いっスね」とでも言いたげな黄瀬に賛同の声をかけたのは意外な相手だった。

 

「面白そうだね。どうせなら僕も乗ろうか」

「え!?」

 

 その申し出に黄瀬が驚きの声を上げる。

 他の3人も訝しんだ目を向ける。

 

「珍しいっスね、赤司っちがこーゆー話に乗るなんて。言っといてアレだけどいいんスか?」

「試合に勝つなら文句はない……むしろ気が抜けてしまうのも考えものだ。それでやる気が出るのなら()()したいくらいだ」

 

 ……以前の赤司なら嗜めていただろう。

 肯定したどころか推奨することから、コイツは以前の赤司とはまるで違うんだと感じた。

 

「些細な余興だ。真太郎もそうイラつくな。大輝も楽しめばいい」

「…………」

「……勝手にやってろ」

 

 最後に、黄瀬は俺にも声をかける。

 

「黒子っちは……点取れないから、白河っちどうっスか? 出場時間のこと考えて、ハンデ付けてもいいっスけど?」

「……ん?」

「え?」

「……気に入らねぇ。好きにやってろ」

 

 着替え終わっていた俺は先にロッカールームを後にする。

 

「ワク怒らせんじゃねーよ」

「痛っ!! えっ、怒ってたっスか白河っち?」

「ったりめーだろボケが」

 

 扉越しに聞こえる通り、俺は怒りと戸惑いを胸中に抱きながら外に出る。

 

 

 外に出て、自販機を探しに建物の裏手に回ると、携帯を握りしめて佇む黒子の姿が目に入った。

 

「…………」

 

 話しかけようとしたが、脚を止める。

 今の俺が、コイツにかけられる言葉なんてねーよ……。

 

 次の試合の勝利後、賭けについて知らなかった黒子がそれを糾弾した時も、俺は何も言えなかった。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 日を置いて、あと2勝で全中出場が決まるまで駒を進めた。

 列をなして会場に向かっていると、黒子が何かに気づき地面のものを拾い上げる。

 

 

「どうしたのだよ黒子」

「生徒手帳です。先程すれ違った高校生の人達の」

 

 記載されている学校名が、ジャージに刺繍されていたものと同じだと言う。

 

「多分、隣の第一体育館に行っていると思います。戻って届けてきてもいいですか?」

「わかった。この後にミーティングがあるからすぐに戻れ」

 

 赤司は許可を出し、今度は俺の方を向く。

 

「白河、一緒について行ってくれるか。遅れるようなら、連絡をくれ」

「ああ」

 

 さつきらマネージャーが買い出しやらスカウティングやらで不在のため、俺に役目が回ってきたのだろう。

 時間はないが、高校生のプレーを見れるという淡い期待も秘め、黒子と共に来た道を戻る。

 

「学校の名前なんだ?」

「誠実の“誠”に、凛々しいの“凛”で、誠凛ですね」

「聞いたことねぇな」

 

 学校名を検索すると、今年開校した新設校がヒットした。

 やけに人数が少ないと思ったが、そう言うことか。

 

「強えのか……?」

「さあ……。でも、この時期まで試合があるって言うことは実力があるって事になるんじゃないですかね」

「んん、そっか」

 

 とはいえ、ぽっと出のとこが結果を残せるってことは東京のレベルって案外低いのか? 

 高校はちゃんとその辺りは調べねぇと、満足できないからな……。

 

「…………」

「ん? なんかついてるか?」

「いえ、そうではないですが……。あっ、着きましたね」

 

 そうこうしているうちに、第一体育館に到着。

 案内板に従って、人混みを抜けながら観客席へ続く階段を登る。

 そこらかしこで歓声が上がる中、通路を歩きながら生徒手帳の持ち主の学校を探す。

 

「……もう試合やってるみてぇだな」

 

 遠目ではあるが、誠凛のユニフォームを着ている選手が見えた。

 ベンチには声を張り上げている控え選手とマネージャーが1人ずつ。

 たった6人の選手でここまで勝ち上がってきたのか……。

 

 さて、試合中なら係員にでも渡して退散しようかと思ったが、ふと視界にある選手の姿が映る。

 少し目を凝らすと、疑念は確信に。

 そして誠凛の躍動の理由が判明した。

 

鉄心……木吉鉄平」

 

無冠の五将。

 奇しくも、彼らもキセキの世代と同様に同世代の5人の天才であり、アイツらと渡り合った実力を持つ。

 そのレベルの選手が入ったなら、この結果にも納得できる。

 あと、#4のシューターも悪くねぇな……。

 

 横の黒子に視線を送ると、試合に見入っていた。

 確かに、誠凛のラン&ガンはとても数ヶ月で形成されたとは思えない迫力と洗練さを感じる。

 あそこまで練り上げるのにどれほどの努力したのか……。

 

 でも、それだけじゃねぇな。

 黒子の瞳にある感情。これは…………

 

「黒子」

「……えっ、はい」

「どう思う? このチーム」

「そうですね……」

 

 少しの間を置いて、ゆっくりと話し始める。

 

「きっと、あの人達はバスケに全力で取り組んでいて、バスケが大好きなんだと思います」

「あぁ……それで?」

「……いいなぁ、と思います」

 

 そう、黒子がむけていたのは羨望の眼差し。

 それと……。

 

「俺たちが今のチームになる過程で失ったものだからな」

「……はい」

 

 過去を懐かしむ気持ち。

 全員が嬉しさや楽しさ……それ以外の様々な感情を共有していたあの頃のもの。

 紛れもない本心から出た黒子の言葉が、それを示していた。

 

「でも、白河君もですよ」

「ん……?」

「試合を見ている時の目は、多分ボクと同じ目をしていたと思います」

「……そうか?」

「はい」

「……そうかもな」

「少し、安心しました。最近の白河君は、強さも性格もキセキの世代(みんな)のようになっていたので」

「…………」

「でも、よかったです。根っこの部分は変わってない。初めて会った時と同じです」

「イップスの時か」

「ええ。あの頃よりも大きな悩みを抱えていますが、白河君は乗り越えて強くなった。

 ……ボクじゃその気持ちはわからないかもしれませんが、白河君ならまた乗り越えていけると、信じています」

 

 変わってない、か。

 そうなのか? 

 でも、黒子が言うならそうなのかもな。

 

「……時間がねぇ。生徒手帳(それ)は係の人にでも渡しといて、戻るぞ」

「はい」

 

 ほんの少し、足取りが軽くなったような気がした。

 少なくとも、俺のことをわかってくれる奴がいるってのはちょっと楽だ。

 

 

「……そういや、この前の試合の後、1人でずっと携帯見てたのなんだよ」

「見てたんですか? 趣味悪いですよ」

「オマエが言うか? 人間観察が趣味のくせに」

「……うるさいです」

「……はぁ。悩みあんなら言ってみろよ。1人で抱えんな」

「それ、白河君が言います?」

「るせぇ」

 

 これ以降、黒子と話す機会が増えた気がする。

 まどろっこしい言い方をしない黒子の言葉は的を得ていて心にスッと入ってくるから、俺にとっては有り難かった。

 

 

 

 ──────その後、無事に帝光は全中出場を決めた。




今月中に終わるかな
終えれたらいいな


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第69Q   最後の3日間

嵐の前の静けさってことで


 8月、全国から勝ち上がった猛者たちが日本一をかけて戦う全中が開幕。

 その中で、帝光(俺たち)に向けられる視線には様々な感情が渦巻いている。

 

 恐怖、忌避、嫌悪……あまりいい気分じゃないのは確かだ。

 特に他校の選手からはいいように思われていないのはわかってはいたが。

 そして、それは取材のために囲ってくる報道陣も差異はない。

 

 昨年はどこか受け答えに慣れているようだった赤司以外は浮き足立つ姿が目立っていたが、今年はその限りではない。

 中学生とは思えない貫禄と面持ちにたじろぐメディア陣も窺える。

 キセキの世代を中心に人だかりが出来ているが、俺にも数人の記者がマイクを向けながらメモを準備し、カメラのシャッターボタンに指を掛けている。

 

「白河君、少し良いかな」

 

 初老の男性が口火を切った。

 一瞬周囲に目を配り、去年のようにさつきが巻き込まれていないことを確認して、取材に同意した。

 

「はい、俺でよければ」

「ありがとう。では2、3点ほど質問させてください。まず、目標は当然3連覇ということですかね」

「もちろんです。キセキの世代(アイツら)がいるので、俺の出番は限られますが、できることをやっていこうと思っています」

 

 なるほど、と俺の模範解答をメモに走り書く。

 10秒にも満たない時間でボールペンとマイクを持ち替え、次の質問を投げかける。

 

「周囲からの重圧(プレッシャー)があるとは思いますが、どうですか? やはり緊張されてますか?」

重圧(プレッシャー)……緊張、か」

 

 どうだろう。

 去年はこの時点で少し気持ちが張っているところがあったが、今は全くない。

 よく言えば自然体でいる(リラックス)とも言える。

 でも、おそらくそうじゃない。

 

「……特にそうゆうのは。ただ自分の役目に徹するだけなので」

「ほぉ、すごいね。では、試合に出た時の自分のアピールポイントなどありますか?」

「どうしてもリードを広げた時に気が緩みがちなので、自分の持ち味でもある守備で試合を引き締め、油断せずに勝ちを拾っていきたいです」

 

 こちらが引き締めるまでもなく、向こうの気持ちが折れてるのが大半だけど……。

 

「ありがとうございます。……しかし、君のような選手が控えているなんて、帝光はずるいよね」

「そうですか?」

「そうだよ。私は去年も試合見てたんだけどさ、決勝とかがそうだったでしょ。ベンチに座らせるなんて勿体無いよ」

「……どうも」

 

 ここしばらく、ストレートに賞賛を浴びることなかったな……。

 なんつーか新鮮だ。

 このオッサン、目の付け所がいい

 

「でも、()()()()よね。()()()()()()()()()()()()()

 

 ……前言撤回。

 コイツも他の奴と変わんねーや。

 

「おい、外から見てるだけで全部知った気になってんじゃねーよ」

「えっ(なんだ、急に雰囲気が……)」

 

 メモから強引に顔を上げさせ、男の眼を捉える。

 できるだけ低い声で、俺は静かに宣言する。

 

「しっかり見てろ。俺はアイツら(キセキの世代)の控えに甘んじているわけじゃねぇことを証明してやるからよ……!」

「っ……!」

 

 頭から手を離すと、その記者は力なくその場に座り込んだ。

 まだ近くには数人の記者がいたが、無視してその場を離れる。

 

 スタンドに戻ろうかと思ったが、ふと黒子が視界に入る。

 黒い影の入った朱色の髪と瞳をした少年と何やら言葉を交わしている。

 ユニフォームには明洸の文字。

 おそらく、アイツが以前話に聞いた荻原だろう。

 

 何やら話すことを躊躇してたから背中を無理矢理押したが……間違ってなかったみたいだな。

 余計なおせっかいかと思ったが、そうでなくて良かったわ。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 全中初戦。

 今ではほとんど指示を出さなくなった真田監督から一つだけ戦術指示があった。

 

『この試合だけは全力で臨め』っと。

 

 大事な集大成の第一歩。

 万が一にもここで躓くことがあればいくらキセキの世代といえど、何か不測の事態が起きるかもしれない。

 全ての憂いを排除したい赤司にとっても、これには賛成し他の4人もこれに従った。

 

 

 おそらく、初めて5人が本気で挑んだ試合は、いうまでもなく悲惨なものになった。

 

 

228-5

 

 

 到底見ることのない数字に、会場は冷え切っていた。

 地方大会でもこのような結果になることはないだろう。

 それを、全国大会で行ってしまった。

 

 実力差はともかく、3連覇がかかっているという重圧(プレッシャー)さえも圧倒的な才能によって踏み潰された。

 こんなチーム……いや、集団には戦術もチームワークも、監督すらも必要としない。

 大自然への畏怖のような感情を覚えるような試合だった。

 

 

「ありゃ……ちょっと本気でやり過ぎちゃったっスかね?」

「ね──」

「…………」

「……フン!」

「行くぞ、整列だ」

 

 

 数時間後の第二試合も勝利。

 当然のように決勝トーナメントに駒を進めることになった。

 

 

 

 翌日以降、試合はトーナメント形式に移行。

 帝光の反対側のブロックでは親友との約束を果たすべく、荻原を中心にチームワークで戦う明洸が躍進。

 その道のりは決して平坦ではなかったが、だからこそ勝利の一つ一つにドラマや思い入れがあり、それを観る人々にも感動や熱狂を与えた。

 

 

 一方の帝光も勝ち進めてはいるが、その道のりは明洸とは対称的。

 初戦のように本気でプレーすることはない。

 そうでなくとも、勝手に差は開くのだから。

 

 真田監督は残された数少ない仕事である選手起用に工夫を巡らせた。

 キセキの世代はそれぞれが長くとも20分ほどの出場にとどめ、疲労の蓄積や怪我のリスクを最小限に抑えた。

 その分、控えの選手たちはフル稼働せざるを得ない状況だったが、俺と黒子が中心となってリードを守り切る展開が続いた。

 

 

 そして、三日目……。

 劇的な試合展開で一足先に明洸が決勝進出を決めた瞬間を、俺たちは見届けていた。

 

「……よかったな、黒子」

「まだです。ボク達が勝たないと、荻原君とは戦えません」

「悪ぃ、そうだな」

 

 黒子に心を占めてもらう裏で、黄色と紫の腑抜けた声が聞こえたような気もするが、それは無視してコートに足を踏み入れる。

 アップを済ませ、スターティングメンバーを真田監督から告げる。

 

「赤司、緑間、黄瀬はスタート。青峰の代わりに白河、PF(パワーフォワード)に入れ」

「はい」

「紫原もベンチだ。代わりに……

「すみません、監督」

 

 黒子が発言を遮る。

 そこまでして、言いたいことは……。

 

 

「スタートから出たい?」

「はい」

 

 

 突然の自己主張だった。

 

「なんか急にやる気じゃないっスか」

「どうしたのだよ黒子」

 

 本来、キセキの世代を戦略的に控えにおいたとしても、代わりにスタメンに黒子が入ることはまずない。

 なので、2人だけでなくその場にいた全員が予想外の出来事だったが、真田監督は冷静かつ柔軟に対応した。

 

 

「……わかった。どちらにせよいつもの5人は決勝に向けてなるべく温存するつもりだった。では、白河はC(センター)だ」

「はい」

 

 要求が通った黒子はすぐにユニフォーム姿になる。

 かつての交流戦の時のように浮き足立つような無様は晒していないが、気持ちが入り過ぎていないかは少し不安だ。

 

「……ワク、赤司は気に留めねぇぞ」

「ああ、わかってる」

 

 不慣れなポジションに加え、万が一のフォロー、か。

 ちと、骨が折れるが。

 

 さて、コートに足を踏み入れると、見覚えのある野郎どもの顔。

 インパクトが強くて記憶にしっかり残ってるな、コイツら。

 

 

「よお」

「ん、一年ぶり」

 

 フロッピングで去年面倒だった合気使いの双子。

 昨年のリベンジに燃えるコイツらはそう言えば、荻原とも因縁があったな。

 単に親友の活躍に煽られただけじゃなかったんだな。

 

「あの時のリベンジさせてもらうぜ……!」

「さっさと残りの2人も引っ張り出してやる」

 

 悪くない目してんな。

 なんとなく、コイツらがバスケに打ち込んできたのもわかる。

 けどな、所詮テメェらは凡人なんだよ。

 

 

 

 ────ピッ! 

 

 

 

 

 試合開始の増えに合わせ、俺がジャンプボールを制して準決勝が始まった。

 

 



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第70Q  旧懐

 勝負にもならねぇ。

 どのタイミングで試合に出ようと変わらねぇな……。

 

「くそっ……」

 

 準決勝(ここまで)勝ち上がってきて、去年の因縁がある。

 実際、双子の動きは様になってたし、努力を重ねてきたのはウソじゃないのは十分わかった。

 

 でも、ただ()()()()

 努力するなんて誰だってやっている。

 凡人だって天才だって、努力することは必要最低限の条件。

 

「この程度で俺たちに土をつけることができると思ってたのか? えらく楽観的なんだな」

「あっ……!?」

 

 レイアップを仕掛けた双子のシュートを叩き落とす。

 リバウンドをそのまま抑え、赤司に預けて速攻に走る。

 

 勇猛か愚直か、鎌田西の選手はTOV(ターンオーバー)の後、すぐにゾーンプレスで即時奪還を試みる。

 赤司は最小限の動きでゾーンプレスを仕掛ける相手をいとも簡単に躱して、誰もいない空間へパス。

 ディフェンスの足が止まるなか、ボールは軌道を変えて加速。

 ゴール下に走り込んだ俺の手元に届き、悠々とダンクを決める。

 

「は?」

 

 物理法則を無視したボールの軌道に、失点後も動揺を抑えれない。

 そのままプレーを続けてもハーフコートにすらボールは運べんぞ。

 

 弾いたボールが転がり、またもや急激に加速。

 外に待ち構えていた緑間の手に渡ると、高いループを描きながらネットを揺らす。

 

「そんな……」

 

 呆然と見送るしかできない鎌田西。

 ここで意味があるかわからないTO(タイムアウト)によって試合が中断される。

 

 点差はもう見ていないが、逆転不可能な数字になっているのは確かだ。

 アップを行っている控えの選手が3人、俺と黒子以外はもう10分ほどでお役御免だ。

 

「赤司、緑間、黄瀬。交代だ」

「はい」

 

 大輝と紫原も、今更出てくることはないだろう。

 黄瀬は少し不満そうだが。

 

「ちょっと二人楽し過ぎじゃないスか!?」

「いーじゃん、勝つの確定してるのにオレと峰ちん出る意味ないっしょ〜」

「それはそうっスけど! ずるいっス!」

 

 駄々をこねる黄瀬を尻目にドリンクを含み、黒子を見据える。

 

「黒子、そろそろオマエも交代した方がいいだろ」

 

 コイツはフルタイム出れるような(スタイル)じゃない。

 決勝に出る可能性がある以上、これ以上コートサイドで試合を見ている明洸の奴らに見せつける必要もないはず。

 だが、黒子の返答は違った。

 

「もう少しだけ、前半はプレーしたいです」

 

 こうゆう時の黒子は頑固なんだよな……。

 赤司に視線を送るが、その答えは俺の求めるモノじゃなかった。

 

「テツヤが出たいというなら構わない。監督も交代指示は出していない。なら、オマエたち二人が中心となって責務を果たしてこい」

「……わかった」

 

 こうまで言われちゃ、引き下がるしかねぇな。

 この時、ふと明洸の選手と目が合った気がした。

 周囲の選手が驚きの表情を浮かべるなか、それ以外の腑に落ちないとでもいいたげな感情の混ざるエースの荻原と。

 ま、アイツの目にどう映ろうと外野(弱者)の意見や考えはどうでもいいな。

 

 審判の笛を合図にコートに戻る。

 鎌田西のスローインで再開。

 

 既にほとんどの奴らからは終戦ムードが漂っている。

 その中で諦めの悪いやつも残っている。

 

「くそっ、くそっ……れから一年、バスケに打ち込んできたのに……

 

 流石に双子(コイツら)は諦めが悪いな。

 俺も前半までだろう。あとから出てくる奴らのために、最後まで()()は済ませておかねぇと……。

 

 

「なんでだめなんだっ……なんでっ!!」

 

 

 ぶつくさと何かを言っている片割れにボールが渡る。

 トリプルスレッドの構え、基本の動作だが何か変だ。

 なんだ……? 

 

 

「……まさかっ」

 

 声を張り上げようとしたが、その前に片割れが吠えた。

 苛立ちのこもったやり場のないそれは、そいつの肘鉄に乗って振り落とされる。

 

 

 ────ゴンっ!! 

 

 

 それは、狙ったかのように黒子の頭部を捉えた。

 鈍い音が響き、そのままコートに倒れ込んだ。

 

「黒子っ!!」

 

 その声に返事は返ってこなかった。

 すぐに試合は中断され、医療班が担架を持って黒子の元に急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

「さつき、黒子の様子は?」

「まだ目を覚まさないの」

「そうか……」

 

 試合を終え、俺は医務室に足を運んだ。

 部屋の前には、付添っていたさつきが不安そうな顔を浮かべていた。

 

「ありがとうな、怖い思いさせて」

「ううん、大丈夫」

 

 そう言いながらも、俺のジャージを掴む手は少し震えている。

 黒子が運ばれた時には既に意識はなかった。

 かなり長い時間、一人で目を覚まさないチームメイトの側にいるのは精神的にくるものがあるはず。

 労いの意を込めて抱き寄せようとするが、背後から足音が聞こえてきたので直前で腕の動きを止める。

 

「すんません、黒子君っていますか?」

「あぁ。でも、まだ意識を失ったままだ」

「……そーすか」

「親友とはいえ、この後の決勝で戦う相手の選手ことを気にかけるなんて随分お人好しだな、荻原……であってるよな?」

「ああ。オレのこと知ってるのか?」

 

 ここまで勝ち上がる相手のエースを知らんわけねーだろ。

 ってそういうことじゃねぇか。

 

「黒子から昔の話はチラッと聞いたことがあってな」

「そうなのか……」

「まあ、約束を果たせないことは残念だとは思うけど、こればっかりはな」

 

 慰めの言葉をかけるが、荻原からは返ったのは質問だった。

 

「アンタ、バスケのこと好きか?」

「……何を急に」

「楽しいと思って、バスケやってんのか?」

「……さぁな」

 

 なぜかうまく答えられない。

 適当に言葉を濁して答えるが、引き下がりそうにない。

 どうしようかと思っていると赤司が現れた。

 

「惑忠もいたのか。……彼は?」

「明洸の荻原だ。オマエも黒子から聞いたことあるだろ?」

「……そうか。まぁ、それはどうでもいい。テツヤの容体は?」

「まだ意識は戻らねぇ」

 

 いつの間にかいなくなっていたさつきの代わりに答える。

 すると、荻原が割って入ってきた。

 

「帝光中主将(キャプテン)赤司……アンタ、バスケやってて楽しいか?」

「質問の意味がわからないな」

帝光(アンタら)は強いよ、でもただ勝っているだけじゃないのか? それ以外何も感じなかった」

「当然だ。勝つことが全てなんだ」

「違う! 勝ち負けよりも大事なものはあるだろ!」

「くだらない。負けても楽しいなどと、弱者の言い訳にすぎない」

「負けたら悔しいさ。でも、だからこそ次は勝ちたいし、勝ったら嬉しい。だからバスケは楽しいんだろ!」

 

 確固たる荻原の信念は今の俺にはどこか眩しく思えた。

 だが、赤司はそれを一蹴する。

 

「何も響かないな。負ければただの綺麗事だ。時間の無駄だったな」

 

 その言葉に取り乱すこともなく。

 荻原は踵を返す赤司の背中に言葉を投げる。

 

「……黒子に! 絶対またやろうとだけ言っといてくれ!!」

 

 大声でこれを伝え、俺の方に顔を向けた。

 

「さっきの答え、聞かせてくれよ」

「さぁな。わかんねぇよ」

 

 でも、と言葉を続ける。

 

「その気持ちを持ってここまで勝ち上がってきたオマエの信念には敬意を表する。でも、俺たちも勝つことだけを考えてここまでやってきた。自分の信念を貫き通したいなら、帝光(俺たち)に勝ってみろ。それが一番手っ取り早い」

 

 荻原に背を向け、赤司の後を追った。

 俺にとって、コイツはあまりに純粋で無垢で──────

 

 

 

 

 

 

──────愚かで無知だ。

 




あと2話で全中は終わりかな


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第71Q  せめてもの・・・

「テツヤ……具合はどうだい?」

「赤司君……桃井さん……白河君も」

 

 荻原と別れ、俺たちは医務室のベッドで横になっている黒子の元へ。

 意識ははっきりしているようで、赤司の呼びかけにしっかり反応し、首を傾けて目を見ながら俺たちの名前を読んだ。

 

「試合は……?」

「もちろん勝ったよ」

 

 目を覚まして最初に気にすることが試合(バスケ)のことかよ。

 ついで、赤司がこの後すぐに決勝が始まることを告げると、黒子はなんと体を起こした。

 

「ボクも……出ます!」

「おいバカ、何立ち上がろうとしてんだ」

 

 ベッドから身を乗り出そうとする黒子を抑え込む。

 元々力の差はあるが、それ以前に力が入っていない。

 いとも簡単にベッドに再度横にさせる。

 

 頭に肘が入ってんだ。

 箇所が箇所なだけに慎重にならざるを得ない。

 当然、赤司もそれを許すはずがなかった。

 

「ダメだ。医者も安静にしているように言っている。大人しく寝ているんだ」

「でも……!」

 

 自分のコンディションが悪いことは分かっているはず。

 試合はおろか、充分に動くことすらままならない。

 見た目に反して頑固なところがある奴ではあるが、引き下がらない理由は別のところにあることを俺たちは知っている。

 

「わかっている。荻原君だろう? さっき廊下で会ったよ」

「!」

 

 その名前が出てくるとは思わなかったのだろう。

 驚いた表情を浮かべる黒子に、赤司は言葉を続ける。

 

「『絶対にまたやろう』……そう言ってたよ」

「! ……そう、ですか」

 

 親友からの伝言を聞き、途端におとなしくなった。

 “また”、という言葉の意味を、理解したのだろう。

 

「行くぞ惑忠、時間だ」

「……あぁ」

 

 部屋を去ろうと背を向けていた赤司の背中に、黒子が声をかける。

 

「……赤司君」

「なんだ?」

「決勝は……やってください。お願いします」

「……いいのか? どんな点差になっても」

 

 せめてもの思いを吐露するが、帰ってきた言葉に、すぐには返答できなかった。

 初戦を圧倒的なスコアを記録して勝利してから、キセキの世代は本気でプレーをすることをやめた。

 別に決勝のために力を温存していたわけではない。

 本気でプレーする必要がないほどに、埋め難い力の差があるからだ。

 

 これに対して、黒子の返答はイエスだった。

 

「手を抜かれる方がもっと嫌だ。彼なら……そういうはずですから」

「…………」

 

 この言葉を聞いて、少し考える赤司。

 ならばと思い、こんな提案をする。

 

「じゃあ、俺を使えよ」

「ワッくん……」

荻原(アイツ)に対して手を抜かずに本気でぶつかるなら、エースキラー()を使うのが筋ってもんだろ」

 

 少しの沈黙ののち、赤司はこの提案を受け入れた。

 

「わかった。ただし、条件がある」

「条件?」

「失点すれば、涼太と交代させる」

「荻原に点を取られたら? 明洸の誰かから失点したら?」

「後者だ。一度もネットを潜らせるな」

 

 無茶を言ってくれる。

 サッカーや野球とは違って、無失点なんてバスケでは起こり得ない。

 だが、俺の腹はもう決まっている。

 

「当然だ」

「……なら、僕から監督と涼太を説得しよう。帝光の力を、存分に思い知らせてやろう」

 

 一足先に、赤司はコートへと向かう。

 俺も時間はない。

 

「さつき、黒子のことは頼むぞ」

「うん。頑張ってね」

「ああ」

 

 さつきに黒子を託し、今度は黒子の方に顔を向ける。

 

「改めて聞くが、いいんだよな?」

「……はい」

「じゃあ、怪我人なら怪我人らしく寝てろ。しっかり休んで、次の機会を待て」

「……あの」

「ん?」

 

 黒子が、拳をこちらに伸ばす。

 その意図を察し、俺も軽く拳を合わせる。

 

「正直、赤司君よりも白河君の方が信頼できます」

「……何言ってんだ」

「お願いしますね」

「おい」

 

 意味を聞こうとしたが、さっさと寝てしまった。

 ここにいる意味はもうない、俺もベッドに背を向けて医務室を後にする。

 誰もいない廊下で反響する足音を聞きながら、俺は意識を底へ沈める。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 コートに出ると、既に俺以外のメンバーは揃っていた。

 赤司が話を通していたようで、予定通り黄瀬に変わって俺がスタメンで起用されることに。

 黄瀬はこのことに不満はなく、むしろ休めることを嬉しがっていた。

 そんな奴のことは放っておいて、コートに立つ。

 

 

『それでは、これより決勝戦。帝光中学校対明洸中学校の試合を始めます』

 

 

 アナウンスが終わると同時に、両チームともそれぞれセンターサークルに沿ってポジションをとる。

 マークの荻原の横に付くと、それに気づいたヤツが話しかけてくる。

 

「なぁ、さっきの質問の答え、聞かせてくれるか?」

「ん……?」

「別に挑発(トラッシュトーク)のつもりじゃない。ただ知りたいんだ」

「……俺は選手だ。お前もそうなら、言葉交わすよりもプレーで主張する方が分かりやすいだろ」

「……アンタは、さっきの赤司や他の4人とすごく雰囲気が近い。なのに、どこか決定的に“何か”違うんだ」

「ごちゃごちゃウルセェな……」

 

 ここで審判が笛を吹き、ボールを上空に放り投げる。

 いよいよ、3連覇をかけた試合が始まった(Tip off)

 

 荻原の言葉を遮り、俺は相手ゴールに向かって走り出した。

 意表を突かれた荻原は俺を追えない。

 

「なっ……!?」

 

 なぜ、と言いたげな顔をしているが、すぐにわかる。

 

 当然のようにジャンプボールに競り勝った紫原が弾いたボールはそのまま赤司の元へ。

 ほぼ予備動作(モーション)を見せずに片手で放たれた弾丸パスは、意図を引くような軌道でリングに向かう。

 そのボールを俺は()()()()()、腕を伸ばして軽く跳ぶ。

 

 そこへ一ミリの狂いもなく、ボールがピタッと収まる。

 無人のリングへダンクを叩き込み、帝光は開始2秒で決勝でも先制点を挙げた。

 

「マジかよ……」

「怯むな! まだ勝負は始まったばかりだぞ!」

 

 唖然とするチームメイトを鼓舞しながら、荻原がリスタートのためにこちらへ走ってくる。

 すれ違いざまに見たアイツの目には、俺と違って一点の曇りのないまっすぐな情熱が映っていた。

 

 

「……せいぜい足掻いてみせろよ」

 

 

 せめて、シュートの一本でも打てるといいな? 

 




全中は残り2話で終わります。


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第72Q  初心

 先制点を許した明洸。

 裏の攻撃で、まずボールを託したのはエースの荻原。

 コイツを中心としたチームバスケットが特徴のチームではあるが、ここぞの場面では荻原(エース)の1on1を採用することが多い。

 

 大事な決勝戦の最初の攻撃。

 予想通りアイソレーションで状況を整え、コート右側に広大なスペースを提供した。

 

(サインは出していなかった。事前に決めていたのか、余程信頼があるのか……)

 

 対峙する荻原の様子を観察する。

 その構えだけで、弛まぬ努力を積んできたのがわかる。

 そうゆう意味では、決勝のコート(ここ)に立つべきして立つ選手だと言える。

 

「けどな……」

 

 仕掛けてきた荻原がドリブルで抜きにかかる。

 悪くはねぇが……

 

「足りねぇよ」

「!」

 

 俺の守備範囲から抜ける前に、ボールを弾く。

 基本に忠実な(スタイル)が故に、シンプルで読み易い。

 身体能力やリーチでも負けているなら、その差はより顕著に現れる。

 

 ボールは赤司が回収し、プレスは容易く躱される。

 自らゴール下まで持ち運び、自分より背の高い相手をフェイントで先に飛ばせて、レイアップを放り込む。

 

「すまん!」

「気にすんなよシゲ! そう簡単に攻略できる相手じゃねえ! チームで攻めるぞ」

「おう!」

 

 まあ、出会い頭の1回だ。まだまだという気持ちはあるんだろう、攻略しようと考えているくらいなんだからな。

 つくづく甘えよ、考えが。

 

「あっ!?」

 

 赤司が相手のPGの動きを制限させて無理やりなパスを強いる。

 コースもタイミングも完璧に読み当てて、今度はボールを掴んでカットする。

 

(パスを掴んだ!?)

 

 即座に前に走る大輝へパスを放る。

 アイツのスピードに誰も追いつける訳もなく、軽々とダンクを決めて3連続得点。

 1分にも満たない僅かな時間で6点を奪う。

 

「くそっ……」

 

 悔しがる明洸の選手と入れ違いで大輝が自陣に戻ってくる。

 このタイミングでどこか不安そうな顔で話しかけてきた。

 

「テツの見舞いで何かあったのか?」

「別に。ただ、全力で叩き潰すっていう黒子の願いを叶えるために、この試合を無失点で終えることを条件にスタメンになっただけだ」

「お前、流石にそれは……」

 

 この顔は『流石に無茶だろ』ってやつじゃない。

 俺ならできる可能性が高いからこそ、大輝は不安を浮かべている。

 大輝も相手に黒子が対戦することを待ち焦がれた選手がいることは知っているからこそ。

 

「……いいのかよ」

「黒子もそういった。アイツ、なんとなく諦めるようなやつじゃない気がする」

「どっかの誰かのそっくりだぜ。諦めが悪そうだ」

「あぁ……だから俺はコイツらの攻撃を全て止める。オマエはオマエ(エース)の役目果たしてくれよ」

「けっ、誰に言ってんだ」

 

 拳を交わして、ディフェンスへと意識を切り替える。

 そろそろ点を取らないと、一気に試合を持っていかれるのは明洸はなんとしても防ぎたい。

 そう思っているなら、信頼できるプレーやセットは自然と絞られてくる。

 

「早速仕掛けてきたな」

 

 荻原を余程使いたいのか、贅沢に2枚もスクリーンを使ってくる。

 ボールの方に走り出した荻原を追いかけようとするが、スクリーナーの目線に違和感を感じて、指示を出す。

 

「大輝はスイッチするな。紫原は下がれ」

 

 外から打てる選手なので、マークの後ろを追いかけるオーバーで対応……はフェイント。

 あえて、自分のマークから遠ざかりながらもスクリーンの壁に引っかからないようアンダーですり抜ける。

 

「えっ」

 

 相手の司令塔は俺の動きが予想外だったようで、声を漏らすがもうモーションは止まらない。

 ボールは荻原ではなく、紫原にあえて離させた相手C(センター)のダイブに合わせたパス。

 コイツはCながら射程範囲(シュートレンジ)が広く、よくC&S(キャッチ&シュート)でフリースローくらいの距離からも自信を持って打っていた。

 

 だが、ハンドリングスキルはない。

 そんな奴が俺相手に動揺して隙を見せれば、ボールを失うことになる。

 ボールを掠め取り、そのままドリブルでボールを運ぶ、と見せかけて緑間へパス。

 

 俺のパスを受け取り、ハーフラインを超えてからワンドリブル挟んで()()()()()

 まだスリーポイントラインよりもセンターラインの方が近い位置ではあるが、コイツの射程範囲(シュートレンジ)に入っている。

 洗練されたフォームから放たれたスリーは、高い放物線を描きながら時間と明洸の戦意を奪いつつネットの中央を通ってみせた。

 

 明洸は、早くも最初のTO(タイムアウト)を審判に要求することになる。

 冷や汗を浮かべる明洸陣営に対して、こちらは息を上げることも難しい2分間だった……。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

「ほらよ」

「ああっ!?」

 

 前半よりも容易く、ボールを奪う。

 赤司を経由して、他の3人が得点を取る。

 工場の業務のような単純作業は、第3Qになっても継続していた。

 

 電光掲示板のスコアボードは左側の帝光の数字のみ目まぐるしく変化し、対して明洸は得点を奪うどころかシュートすら満足に打てない。

 なんとかチャンスを作り出してシュートモーションに入っても掌から放たれた直後にモグラ叩きの如く叩き落とされ、リングに当てて外すことすらままならない。

 これが全国の頂点を決める試合だと、誰が思うのだろうか。

 

「こんな……こんなの」

 

 今までも、帝光によって全てのチームが蹂躙されてきた。

 そうなる未来は、ある程度覚悟していたのかもしれない。

 

 が、たった一人()のディフェンスをここまで出し抜けないとは思っていなかったのだろう。

 正直、そんな状況でも試合を放棄しないだけ、大したもんだが。

 とはいえ、明洸の奴らの心は折れかけているのは確か。

 

「まだだ! 顔上げろ!!」

 

 今にも断ち切られてしまいそうな心が辛うじて切れないのは、荻原(コイツ)がいるせいだ。

 俺に幾度スティールを奪われ、シュートを目の前で(はた)かれても一向に折れる気配はない。

 点差云々ではなく、目の前のワンプレーをこなすために仲間への叱咤激励を止めない。

 

「……だよなぁ」

 

 いつの間にか、俺はコイツを昔の俺に重ねていた。

 大輝の才能に絶望し、それでも諦めなかったあの日々を生きていた俺と。

 

 でも、俺は周囲の支えと大輝に勝ちたい一心……何より、眠っていたキセキの世代と同等の潜在能力(ポテンシャル)が目覚めたことで諦めなかったからここにいる。

 荻原には、その才能はないと断言できる。

 動物的な勘ではあるが、この先様々な犠牲を払っても()()()()へ来ることはあり得ない。

 

 なのに……

 

「……んで、諦めねぇ」

「え?」

「っ、クソが」

 

 俺の言葉に反応した荻原の動きが止まった。

 そこに反応して左腕を横に薙ぐ形でボールを掻っ攫おうとするが、思いの外勢いよくボールが転がり、サイドラインを割った。

 

 力んだか……? 

 つーか、試合中に俺は何を……。

 

「バスケ、楽しいか」

「あ……?」

 

 突然の問いに、俺は声のした方向を振り向く。

 声の主は、荻原だった。

 

「今、バスケ楽しいか?」

「……感情なんて試合中にいらねぇだろ。作業だよ、こんなもん」

「そっか。まあ、そうだよな」

 

 オマエらを力不足だと、面と向かって言葉をぶつける。

 痛感しているだろうが、密かに唇を噛んでいるのが見える。

 この点差で、《! 《悔しい》か……。

 

「アンタ、去年出てた時とまるで別人だよな」

「……ま、そうかもな」

「何があったのかは知らないけど、去年は最後の1秒まで真剣に試合に臨んでいたはずだ。だから、バスケに真面目なんだって思ったよ。だから今も強くなったアンタ一人に完封されてるんだ」

「……何が言いたい」

 

 少々発言に熱が籠ってきた。

 応戦する俺も穏やかではない。

 周囲には両チームの選手が集まり、審判が介入しようとしていた。

 

「黒子もそうだった。アンタも強くなったのに、なんで楽しそうにプレーしないんだ?」

「オマエに……

 

 何がわかる、そう言おうとして詰め寄ろうとしたタイミングで、間に審判が割って入る。

 

「オイ、どうしたワク」

「……何でもねぇよ。別に罵り合ったわけじゃねぇ」

 

 事実、互いを貶し合うような暴言等を吐いていないことから、ファールにはならず注意で済んだ。

 明洸のスローインで試合を再開すると、荻原はボールを要求した。

 

「くれっ!」

「おう!!」

 

 俺に何度目も打ちのめされているにも関わらず、コイツは勝負を挑み続けるしチームメイトもボールを預ける。

 

「ここまで俺に止められてて、嫌になんねーのかよ」

「実際、悔しいさ。でも……」

 

 もう完璧にリズムを掴んだジャブステップ。

 こんなもので惑わされることはない。

 例えタイミングを外されても、俺の守備範囲から抜ける前にボールを失うんだが。

 

「嫌になることは絶対にない」

「んだよそれ、このまま個人でも俺に負け続けていいのかよ」

「そんなことはない、さっきも言ったがこの状況はとても悔しい」

 

 単調な右ドライブ、足を動かすまでもなく腕をボールへ伸ばす。

 寸前で切り返すが反対が即座にスティールを狙う。

 

「勝ち負けよりも大事なことなんて……」

「本当はわかってるんじゃないのか!?」

「あ?」

「バスケは、そんなにごちゃごちゃ考えてやるもんじゃっ……!」

 

 ステップバックのようなフットワーク。

 でも、これはフェイク。わかっていたが……。

 

「ねぇだろ!!」

「!?」

 

 思いの外鋭い踏み込み。

 ドライブコースに体を入れようとするが、体を押さえつける腕がやけに力強く感じた。

 腕力とかそういうんじゃない。

 こんな時でも、()()()()()()()……それによって俺は対応が一歩遅れる。

 

「ワク!?」

 

 大輝の驚いた声、それをかき消す会場のどよめきが起こる。

 半身だけではあるが俺は荻原に抜かれ、ドライブでの侵入を許した。

 

 追いかければ、確実にブロックやバックチップで失点は阻止できる。

 そのはずなのに、荻原に後ろ姿を見た途端、俺の足は急激に固まって動かなかった。

 

「あれ〜?」

 

 完全に油断していた紫原は呆然と荻原のシュートを見送る。

 特別でもない普通のレイアップだったが、基礎に則ったリングに置いてくることを意識したシュートは、電光掲示板の右側に数字を刻んだ

 

「よっっし!!」

「ナイシュー!! シゲっ!!!」

 

 ただの2点。

 ここからの反撃の狼煙を、というようなきっかけになるようなものでもない。

 なのに、荻原本人やチームメイトはこの2点を準決勝の逆転シュートが決まったっときと同じくらいに喜んだ。

 

「…………」

 

 その光景から俺はしばらく目を離せないでいた。

 だが、すぐに我にかえる。

 

「失点したな、惑忠」

「……言われなくてもわかってる」

「交代だ」

「あぁ」

 

 俺はそのまま、黄瀬と交代した。

 真田監督からの労いの言葉は頭に入らない。

 そのままベンチに座り、汗を拭くことも水分を補給することもなく、ぼんやりとコートを眺めて俺の中学最後の試合を終えた。

 

 

 

 

 試合が終わる直前まで、俺は上の空だった。

 そのせいで、俺はアイツらの()()に気が付かなかった…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マジでやるんスか?」

「ああ、涼太にはいいヒントをもらったよ。少なくとも、このまま漠然と試合を終えるよりかは記録に残るだろう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「少なくとも、彼らには………………」




次回、帝光編最終回


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第73Q  俺は・・・

 黒子の元へ赤司と白河が向かっている時の帝光のロッカールーム。

 全国大会の決勝直前ともなれば、今までに経験したことのない重圧(プレッシャー)が選手に乗しかかかるはず。

 だが、帝光は良くも悪くもいつも通りであった。

 

 彼らの実力を考えれば、緊張を覚えるような緊迫した試合になることは考えられないので緊張しろというのが無理な話だ。

 そんな彼らのモチベーションを保っていたのが、誰が最も点を取れるかの競争だった。

 人事を尽くしいつものように一本でも多くのスリーを打つことのみを考える緑間とエースとして点取り屋(スコアラー)の責務を全うしていた青峰はこの競争に興味を示さなかったが、相手への敬意を欠くこの行動は本来であれば咎めるはずの赤司が容認した。

 試合に勝てば良い、そのモチベーションになるのであれば何をしようが責めることはなかった。

 

『でも、そろそろ飽きてきたんスよね〜』

『なにがー?』

『ただ得点を競うだけなの、面白くないっス』

『毎度お前がドベだから面白くないだけなのだよ』

 

 痛いところを突かれた黄瀬は横から口を挟んできた緑間に逆ギレをかます。

 

『うるさいっス! つーか、乗り気じゃないくせに緑間っちしっかり点取ってるじゃないスか!』

『当然なのだよ、オレは人事を尽くしているだけなのだから』

『青峰っちも!!』

『あ?』

 

 憤りはバッシュの紐を結び直す青峰にも飛び火する。

 それに対して、ため息をつきながら気怠そうに言葉を返す。

 

点取るの(それ)がオレの仕事だろーが。実力で劣ってるのを棚に上げてんじゃねーよ』

『ぐぬぬ…………』

 

 返す言葉もない黄瀬。

 実際に最も負けているのは黄瀬で、その度にお菓子やらジュースやらを奢らされていれば嫌な気持ちにもなるだろう。

 

『でも、確かに飽きてきたよねー』

『そうっスよね!? だから、こーゆーのはどうっスか? 相手と自分達のスコアを1だけで埋めるんスよ!』

『え〜めんどくさいよそれ』

『くだらん、勝手にするのだよ』

 

 紫原と緑間はともにリアクションは違うが、乗り気ではない。

 だが、意外にも青峰がこれに食いつく。

 

『それ、相手にわざと点取らせることもあるってのか?』

『お? 青峰っちは乗り気っスか?』

『なわけねーだろ。なんでそんなバカな真似しなくちゃならねーんだよ』

 

 青峰は怒りを見せるが、黄瀬はどうもその理由はわかっていないようだった。

 

『なんでっスか?』

『そんなあからさまに手を抜くわけなーだろって言ってんだよ』

『でも、ここまで実力差があっても無失点では来れてないわけだし、もう点を取られるわけにはいかないって場面になったら流石に面白そうじゃないっスか』

『……そうゆう問題じゃねーんだよ、バカが』

『えぇ……? ま、いーっスよ。赤司っちに言えばいいっしょ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

「……うっ」

 

 意識が覚醒すると同時に襲ってくる頭痛と軽い吐き気。

 天井の照明の光が妙に眩しく感じ、不快な気分で黒子は目を覚ました。

 まだはっきりしていない意識の中で、寝る前の記憶を辿る。

 

「……そうだ、決勝は」

「黒子君!? まだ寝てないと!」

 

 黒子が目を覚ましたことに気が付いた桃井が慌てて駆け寄る。

 痛みや気分の悪さに耐えながら、黒子は気になっている疑問を問う。

 

「試合は、どうなりましたか……」

「さっき第4Qが始まった所で、ウチが大量リードしてるって」

 

 いつの通りの試合展開だったが、この試合はワケが違う。

 考える前に、黒子はベッドから体を乗り出し、おぼつかない足取りで歩き始めた。

 

「ちょっと見てきます」

「黒子君!」

「お願いです……。出られなくても、せめてこの目で結果を見届けたいんです」

 

 絶対に安静と言われており、白河からも黒子のことを頼まれてる桃井はここから出すつもりはなかった。

 だが、事情を知っている人間として、いつも自己主張が薄い黒子の必死の思いに、その決心が揺らいだ。

 

「……すぐそこにディスプレイがあるからそこでなら」

「ありがとうございます」

「危ないと思ったら、すぐに戻るからね」

「はい」

 

 医師からも許可を受け、時間をかけながらも試合の映像が流れるディスプレイの元へ。

 試合はもう終盤、結果も決まっていることから周囲にあまり人はいなかった。

 

「……白河君が出ていない」

「第3Qに点取られちゃって交代したんだって。決めたのは荻原君らしいよ」

「すごい……」

 

 部活で最も時間を共にしたからこそ、白河の実力は十分理解している。

 あの牙城を崩したことに、黒子は驚きながらもどこか嬉しそうな表情を浮かべた。

 

「さすが帝光、圧倒的だよ。3連覇は決まりだな」

「でも、明洸も折れずに頑張ってるよ。ほら、また返したぞ」

 

 最後の反撃と言わんばかりに、明洸は第4Qで帝光相手に攻め立てていた。

 勝つことはもう不可能だが、これほど得点を奪った相手はいない。

 意地を見せる明洸の不屈の精神に、周囲は感嘆していた。

 

 だが、黒子は違った。

 徐々にその顔は曇っていき、やがて()()を悟った。

 

「まさか……!」

「あ!? 黒子君!」

 

 真意を確かめるため、黒子は現状の精一杯の速度でコートへ走り出した。

 仮にも帝光で3年間揉まれてきただけのことはある、止めようとした桃井が躓いた時には、もう追いつけない所にいた。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

「……どういうことだ」

 

 ベンチに座っていた俺は、密かに抱いていた疑念が大きなっていった。

 黄瀬が俺の代わりに入り、赤司に何か耳打ちをして以降、急激に守備が緩んだ。

 

 だが、攻め込む明洸やその中心の荻原に、観客は何も思っていない。

 俺を崩した勢いのまま、最後の抵抗を見せているようにしか見えていないのだろう。

 

「……シゲっ!!」

 

 パスを受けた荻原のシュートは紫原が中途半端にポジショニングをとったせいでフリーの状態でシュートを決める。

 しかし、その裏で大輝の高速カウンターが炸裂。

 明洸が苦労して得た2点を独力であっさり返してみせる。

 

「やっぱり強え……」

「ここまで点は取れたけど、もう……」

「よくやったろ俺たち。帝光相手に」

 

 もう時間がないこともあって、明洸の選手たちの顔は下がっていた。

 そんな彼らを、ここまでやってきたように荻原が鼓舞する。

 

「まだ時間はある! 諦めるな!!」

「何言ってんだ、試合はもう……」

()()終わってない!!」

 

 その言葉に、チームメイトの顔が上がる。

 自身も肉体的にも精神的にも限界が近いが、引き攣らせながらも笑顔を見せる。

 

「あと15秒ある。せめてもう一本取って、胸張って負けようぜ!」

「シゲ……」

「あぁ、そうだな」

 

 その様子を見ていた赤司は、後ろで構える4人に対して背を向けたまま声をかける。

 

「わかっているな? ……特に大輝」

「……さぁな」

「……まぁいい」

 

 最後の意地と言わんばかりに、明洸は特攻を見せる。

 ボールは最初から荻原が持ち運び、最後の力を絞り出してドライブを仕掛ける。

 

「行くぞ!!!」

 

 その声を合図に、マークの大輝に3人がクリーンをかける。

 絶対に荻原に最後の点を取らせるための戦略。

 だが、大輝は僅かな綻びを見つけていた。

 

(甘ぇよ。悪いが、好きにはさせねーぞ)

 

 スクリーンを外そうとするが、なぜか足が動かない。

 

「!? 黄瀬、テメェ足踏んで……!」

「仕方ないじゃないっスかこうしないと青峰っちは止まらないんっスよね?」

 

 一気に加速した荻原が大輝を振り切り、得意の場所でシュートモーションに入る。

 少し体感がぶれているが、フリーならなんとか決めれるだろう。

 

(決めるっ……! 絶対に!!)

 

 荻原の足がコートから離れ、リングを見据える。

 そして、放たれたシュートは────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────否、シュートを打つどころかボールを保持してすらいなかった。

 

「……え」

 

 そのことに気づいた荻原は体から力が抜け、着地に失敗して尻餅をつく。

 直後、頭上から冷徹な声が聞こえた。

 

「飛ぶ前にボールは僕が奪っていた。それに気付くのに随分と時間を食ったな」

「え……は?」

「まあ、点を取らせてもらっていることもわからないのだから無理もないな」

「何を……?」

「そこで見ているがいい。これが、帝光()とおまえ達の間にある絶対的な差だ」

 

 状況を飲み込めない荻原に背を向け、赤司は自陣の不利スローラインからドリブルを始めた。

 まるで軽いジョギングのようなそれに、明洸の選手が群がってボールの奪取を図る。

 しかし…………

 

「無駄なことを」

 

 刹那、赤司の周りの選手たちが突然転倒する。

 誰一人として、自分がコートに座り込んでいる理由がわからないように見えた。

 

「やらせるか……!」

 

 ハーフライン付近で明洸主将(キャプテン)持田が追いつき、止めようとする。

 

「抜かせないっ」

「抜く? そんな必要はない」

 

 左右に少し振るように、でも決して大きも早くもないクロスオーバーを入れる。

 すると、持田は後方に転倒してしまった。

 

(なんだ!? 重心が……)

「君が退くんだ」

 

 悠々と相手コートに足を踏み入れ、後は無人のゴールにボールを放るだけ。

 しかし、まだ諦めの悪い人間が一人。

 

「まだだぁ!!」

「ほう」

 

 背後からスティールを狙う荻原が雄叫びを上げて迫る。

 一度も後方を確認していなかった赤司の隙を突く形になり、荻原はボール奪取を確信した。

 

(取った……!!)

 

 だがボールび触れる直前、赤司はまるで後頭部に目があるかのようにドンピシャのタイミングで躱してみせた。

 

「えっ……うわぁ!!?」

 

 前のめりに倒れ、なんとか手をコートと体の間に入れて顎を強打することは防いだ。

 まるで王に頭を挙げるかのような姿勢になった荻原は、再びさっきの声を聞くことになる。

 

「まだ抗うか、さっさと諦めればいいものを……。まぁこれで終わりだ、そのまま讃える姿で見届けろ」

 

 落ち着いて放たれたシュートの行方を、荻原はなす術もなく目で追った。

 リングに吸い込まれると同時にブザーが鳴り響き、勝敗がここに決した。

 

 前人未到の3連覇達成。

 歴史に名を残す偉業を果たしたにも関わらず、帝光の面々は静かだった。

 歓喜の声も上げず、達成感が涙となって溢れるわけでもなく、何事もなかったかのように見える。

 

「最後に5人抜きとか、エグいっスね赤司っち……!」

「他愛もない。これで満足したか?」

「バッチシ! 目標達成っスよ! 無事揃ったっス!」

 

 ……揃った? 何が? 

 瞬間、俺は電子掲示板を見上げる。

 最終スコアは   

 

 

 

 

 

123-45

 

 

 

 

 

 数字を1〜5の間で順番に揃っている。

 やけに守備が緩かったのはこの為か……!? 

 わざと点を取らせ、最後に赤司がこれでもかと力を誇示する……。

 黄瀬が大輝の守備を妨害したのも、このため……? 

 

「……そんな

 

 このことに気づいた明洸の選手たちは、自分たちの頑張りがおもちゃのように使われて遊ばれていたことに気づいた。

 特に、チーム最多の得点を挙げた荻原の落胆ぶりは凄まじいものがあった。

 

「荻原君!!」

 

 コートサイドに、頭に包帯を巻いた黒子が息を切らせて現れた。

 遅れて、さつきもやってくる。

 自身の声に反応した荻原の顔を見た黒子はその場に蹲って泣いた。

 

 

 

 

 

 

 ……こんなことが許されるわけがない。

 なんでチームメイトも、敬意を払わないといけない相手選手にも、苦しい思いをさせないといけないんだ。

 

 なんで、こんなにも勝利が歪んで思えるのか。

 

 こんな思いをさせて、こんな思いをして、それでも勝利は大事なのか? 

 

 俺はこんな思いをするために、イップスやケガを乗り越えたのか? 

 

 

「俺は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……オイ!! 何してんだワク!!?」

「!」

 

 

 

 

 俺はいつの間にか、赤司に向けて拳を振り上げていた。

 

 

 

 

「ダメッ! ワッくん!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──ボガッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




これにて、帝光編終了でございます。

一度書くことを断念した作品をリメイクという形でここまで書き上げることができたのは読んでくれている皆さんのおかげです。
本当にありがとうございます。



それでは次回、○○高校編でお会いしましょう。
今後ともよろしくお願いします。

ヒントは関東圏だよ


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誠凛入学
第74Q  高校入学


高校編、スタートです。


『バスケットはもう……』

 

 

 

 

 

『それだけは絶対にダメだ! だって……』

 

 

 

 

 

『認めないのであれば────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────

 ──────

 ────────

 ──────────

 

 

 

「……くん。ワッくん、起きて」

「……ん、何時だ今」

「7時だよ。そろそろ準備しないと、入学式から遅刻しちゃよ」

「そうだな」

 

 肩を揺らされて、薄目を開けると陽光に照らされたさつきのエプロン姿が目に入る。

 桃色を基調としたシンプルなデザインだが、ウェスト部分を紐で縛っていることで体のラインが強調される。

 素晴らしい光景だが、少々寝起きには刺激が強いな。

 

「……どうしたの?」

「可愛いなほんと」

「ふふっ、ありがと」

 

 機嫌を良くしたさつきがベッドに腰を下ろし、そのタイミングで俺も上半身を起こす。

 目を合わせると、まるで引力に引き寄せられるかのように顔を近づけ、唇を重ねる。

 軽く唇を当てるだけのつもりだったが、互いに中々離そうとしない。

 

 布団の中から抜き取った腕をさつきの腰に回して体を引き寄せる。

 もっとさつきが欲しい、そう思ったタイミングでさつきが距離を取る。

 言葉を発する前に、さつきは人差し指を俺の唇に当てて制してきた。

 

「ダメだよ。もう春休みは終わったんだから、切り替えないと」

「あぁ……そっか」

 

 頭ではわかっているのだが……。

 どうも最近の生活が欲求に正直すぎたせいで気持ちのコントロールが難しいな。

 名残惜しそうに思った俺の心を読み取ったのか、さつきは体を乗り出して抱きついてくる。

 

「今日は入学式終わって、仮入部届け出したらその後はなーんにもないから……()()()、ね」

「……そうだな」

「ご飯食べる? あ、シャワー浴びてくる?」

「シャワー浴びるわ」

「じゃあ、制服置いとくね。終わったらご飯食べよっか」

「ああ。じゃ、ストレッチしてから行くわ」

「うん。早めに来てね」

 

 頬にキスをして、さつきは部屋から出ていった。

 体を伸ばして、ベッドから抜け出して壁にかけてあるストレッチマットを広げてその上で足を広げる。

 前に体を倒す落とした時、携帯が一件の通知を知らせる。

 表示された相手の名前を見て、俺はほっとした。

 

 

「アイツ、ちゃんと一人で起きれたんだな」

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ラグビー興味ない!?」

「日本人なら野球でしょ」

「ボールを相手のゴールにシュ──ト!!」

「将棋とかどう?」

「水泳! チョーキモチイ──!!」

「超! エキサイティング!!」

 

 バトルドーム部とかニッチ過ぎんか? 

 つーか勧誘の熱気がすげぇ。

 

「ようやく後輩ができるんだからどの部活も部員の確保に必死なんだろうね」

「ナチュラルに心読むな」

「ワッくんはどこにするの?」

「わかってて聞いてるだろ」

 

 入学式とホームルームを終えて、部活動案内ブースに訪れた俺たちはその雰囲気に圧倒されていた。

 新入生と勧誘に必死な上級生が織りなす人の波に苦戦しながら、目当ての場所に向けて穂を進めている。

 

「あ、君可愛いね? 男バレーのマネージャーとかどう?」

「ごめんなさい。興味ないので〜」

「えぇ〜そんなこと言わないでさ〜」

 

 ……下衆が。

 鼻の下伸ばしてんじゃねーよ。

 

「あ、横の彼氏君は選手でどう!? ね、身長いくら?」

「……194です」

「でっか!? いいね、君ならすぐにレギュラーに

「興味ねぇ」

「あっ」

「そうゆうことなので〜」

 

 こんな感じで、俺よりもさつきに声をかけるナンパまがいのバカが多くてイライラする。

 まあ、可愛いから話しかけたい気持ちはわかるけど。

 

「……君、本当に一年?」

「どこ見ていってんだグズ」

「ヒィ!!」

「ワッくん。驚かしちゃダメだよ」

「どう考えてもこいつが悪いだろ。つか、もう話しかけられても無視しろ」

 

 逸れないようにと手を繋いでいたが、さつきを俺の体に寄せ、腕を組ませる。

 これなら多少虫除けになるだろ。

 

「……そんなことしなくても、ワッくんの側から離れないよ?」

「いいから、さっさと行くぞ」

「はーい(妬いてるワッくん可愛いな〜)」

(とか思ってんだろうな)

 

 そんなこんなで牛歩の歩みで人混みの中を進むこと20分。

 ようやく目的の場所に来れた。

『男子バスケットボール部』の受付だ。

 茶髪で短髪の女子生徒と眼鏡をかけた男子生徒……確か主将(キャプテン)だったよな。

 なぜか横で机の上で伸びてる人いるけど……。

 

「すいませーん、バスケ部の受付ってここで合ってますか?」

「あら、二人とも?」

「はい、私はマネージャー希望ですけど大丈夫ですか?」

「大歓迎よ。女は私だけだから助かるわ〜」

 

 いい感じだな。

 まあ、さつきは性別問わず好かれる性格だし、大丈夫か。

 

「まあ、座ってくれよ。茶でも飲むか?」

「お願いします」

 

 パイプ椅子に腰を下ろし、出された紙コップに注がれた緑茶を一口。

 その間に、目の前に二人分の書類とボールペンが用意される。

 

「じゃあ、ここに名前と学籍番号ね」

「出身中学と動機もですか?」

「そこは任意だから、どっちでもいーわ」

「……つーかさ、ひとつ聞いていいか?」

「ん、はい?」

「君さ……もしかして帝光の……」

 

 バレてるか。

 ま、そりゃそうか。

()()()()()したし、覚えられてるよな。

 

「ええ、そうです」

「やっぱり? マジか……! なんか見たことあると思ったんだよ! 髪伸びてるから確証持てなくてさ」

「ああ、そっか……。これ、切らないといけないとかあります?」

「いや、それはない。ウチは校則も緩いし、大丈夫だ」

「なら良かったです」

 

 読める程度には字を崩しながらも走り書き、さっさと書類を渡す。

 コップのお茶も飲みかけのまま、俺は椅子から立ち上がった。

 

「明日、放課後に体育館でいいんですよね?」

「ああ。急いでるようだけど、なんか用事あるのか?」

「ええ、まあ……さつきも書けたか?」

「終わったよ。これ、お願いします」

 

 さつきも目の前の女子生徒に書類を手渡すと、俺に合わせてさっさと席を立つ。

 

「……お手数ですけど、もし入部がダメなら事前に連絡もらえますか? これ、俺のメアドです」

 

 メモ帳の一ページを机の上に置き、会釈をしてから足早にその場を後にした。

 

「……大丈夫だよ」

「……悪い、迷惑かけるかもな」

「そんなことないよ。じゃあ、帰ろっか」

「あぁ」

 

 俺たちは人混みから外れ、そのまま帰路に着いた。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 白河と桃井が去った直後、受付をしていた誠凛高校男子バスケットボール部監督の相田リコと主将(キャプテン)の日向順平は二人の書類に目を通していた。

 

「また大物が来たわね」

「あぁ……キセキの世代の三連覇を支えた引導を渡す者(クローザー)白河惑忠! なんで新設校(ウチ)に来たんだ……? 強豪校からの推薦なんてよりどりみどりだろ」

「でも、あれが絡んだせいで意外とそうでもなかったのかもね」

「あれか……。三連覇を決定した試合終了直後の()()()()だよな」

「そ、突然主将(キャプテン)に殴りかかって、それを庇った()()()を殴り飛ばしたのよ」

「……どうする?」

「どうするって……別にいーんじゃない? 入部を拒否される覚悟があったからメモ(これ)渡してきたんだし、とりあえず仮入部期間に様子を見て判断しましょ。戦力は全く足りてないんだし、贅沢言ってらんないわ」

「だな」

「……にしても、今年の一年どうなってんのよ」

「帝光出身が()()、そして本場(アメリカ)仕込みの猛獣、か……」

「もしかして、今年の一年……ヤバイ……?」

 

 

 

 

 

 




白河惑忠(高校入学時)
194cm・80kg
ポジション:PG以外
好きなもの:和菓子、甘いもの、幼馴染
苦手なもの:辛いもの、桃井の創作物、赤いの
趣味:通販、桃井とダベる、耳かき(される側)
オフの過ごし方:基本的に桃井と過ごす

キセキの世代と同じ才能を持ちながら、キセキの世代のサポートに徹した名脇役。
最後の全中をきっかけにキセキの世代(赤司)のバスケを否定することを決め、それが“贖罪”だと思いながらバスケを続けている。
精神の安定をどこか桃井に依存気味になることでバランスを取っている節が見られ、脳面のように表情を変えずにプレーをするところや異常に高精度なミドルジャンパーを連発する様から強心臓と思われているが、実は非常に不安定な状態。
次回で黒子と火神と再会するが、どこか後ろめたさを感じており・・・?(なお、その二人は・・・)


キセキの世代との関係性は、青峰とは引き続き大親友、紫原や緑間には可もなく不可もない、黄瀬は調子に乗っているので叩き潰さないといけない対象、赤司は絶対に倒さないといけない対象となっている。



現状はこんな(↑)感じです。


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第75Q  再会

お気に入り登録3000行きました。
ありがとうございます。


 翌日、放課後を迎えた俺はさつきと別れ、バスケの部室へ向かった。

 少々時間が遅くなったので、誰かがしまい忘れたカバンがベンチの上にあっただけで人影は見えない。

 

「流石新設校。綺麗だな」

 

 普段から先輩方の使い方が丁寧というのもあるだろうが、それを差し引いても広さ以外は帝光と比べても劣らない。

 2年生の数に対してロッカーは大量に余っているので、ネームプレートの入っている場所以外は好きに使っていいと言われた。

 とはいえ、そこそこの数の入部希望者がいたので、手当たり次第に開けたロッカーの中には既にカバンや制服が置かれている。

 

 空いてるロッカーを探すのに苦戦していたが、ようやくからのロッカーを見つけることができた。

 扉は開けたまま、鞄はベンチに置いて、中から灰色のTシャツと白の短パンを取り出して着替える。

 

「ここの制服は脱ぐのが楽でいいな」

 

 誠凛の制服は学ランではあるが、ボタンでなくファスナー式なので着脱が楽だ。

 中学のようにネクタイもないのも個人的には良い。

 朝さつきにネクタイを整えてもらうことがなくなるのは少し寂しいが。

 

 さっさと着替えて簡単に制服を畳み、鞄に入れる。

 鞄を締めてからロッカーの方に顔を向けると、奇妙なことが起きた。

 

「……ん?」

 

 なぜか、何もなかったロッカーの中に、()()()()()()()()()()

 この部屋には俺以外誰もいないはずなのにだ。

 

 ふと、頭によぎる。

 昔のことだ、帝光の時に似たようなことが……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すみません。そこ、先にボクが見つけてたので」

 

 

 

 

 

 

 

 背後から突然()()()()()声がする。

 普通なら、ここで情けない声をあげて驚くのだろうが、俺は出かかった声をギリギリで抑え込んだ。

 

 久しいこの感覚。

 こんな真似はキセキの世代(あのバカども)でもできやしない。

 

 天才を輝かせる異質の才能。

 噂どころかある一種の伝説として一人歩きしていた奇妙な話。

 

 

 帝光には、姿を見せない“幻の六人目(シックスマン)がいると……。

 

 

「……久しぶりだな、黒子」

「はい、お久しぶりです。白河君」

 

 

 振り返ると、 ()()が居た。

 170にも満たない背丈。

 体つきも一般人よりは少しいい程度だが、特徴はない。

 雰囲気(オーラ)も覇気もない、どこにでもいるようで存在を認知することが非常に困難なこの少年に

 

「会えて嬉しい……って感じではないな」

「そうですね」

 

 俺は、コイツに…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「謝りたいことが…………」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅いっ!!」

「……はい、すみま、痛っ」

 

 ロッカールームで少しあり、集合時間に遅れてしまった俺はバインダーで頭を叩かれる。

 数分とはいえ、いきなり遅刻しちまったしな。

 おかげで注目が集まっちまった。

 

「なぁ、あいつ……」

「あぁ、帝光の……」

「なんでこんなとこに」

「あれだろ、去年の全中決勝で……」

 

 何やら話しているのがうっすらと聞こえる。

 内容まではわからないが、いい印象は持たれてないみたいだな。

 無理もない、わざわざあの出来事を自分から話すこともないだろう。

 新入部員が並んでいる列の最後尾に並ぼうとしたとき、誰かが俺に声をかける。

 

「おい、オマエ……」

「ん? あ……」

 

 声のした方向に顔を向けると、知った顔がいた。

 このインパクトのある奴を、忘れるはずもない。

 

「なんでここにいやがる」

「お互い様だろ。久しぶりだな、火神」

 

 しっかし、会うたびにデカくなってんな。

 ガタイもそうだが、纏う雰囲気が特に。

 

「ようやくテメーにリベンジしようと思ってたのに、味方かよ」

「そう言うなよ。試合でヒリついた勝負はできねーかもしれねぇが、練習の一環で1on1ならいくらでも付き合ってやっから」

「けっ、まぁいい。この後

 

「はよ並ばんか!!!!」

「いっ!!?」

「あだっ」

 

 睨み合っていると、痺れを切らした2年のマネージャーにまたバインダーで叩かれてしまった。

 俺、悪くねーじゃん(遅刻したけど)。

 

 

「もう! 時間押してるんだから並んだ並んだ!」

「すいません。じゃあ、後でな」

「ぐっ……忘れんなよ!!」

 

 何はともあれ、ようやく一年が揃ったところで俺たちの前にでたマネージャーの先輩が場を仕切る。

 

「じゃ、簡単に自己紹介するわね。誠凛高校バスケ部()()()()の相田リコです! ヨロシク!」

「……ええぇ!!?」

 

 一呼吸をおいて、一年生から驚きの声が上がる。

 一応顧問の先生はいるが、実質的にこの部のトップはあの人らしい。

 去年チラッと試合を見た時、すごい声出してんなとは思ってたけど、監督だからか。

 

 まあ、問題ないんならいいんだろ。

 事実、この人のもとで結果は出してんだもんな。

 

「じゃあまずは……シャツを脱げ!!」

「ええぇ!!?」

 

 再度一年生から声が上がる。

 

「時間ないんだから、ほらパッパと脱いで脱いで」

 

 多くの部員はまだ事態を飲み込めていないが、とりあえず言われた通りにシャツを脱ぎ、上半身裸に。

 全員が準備できたのを見ると、カントクは端の方から体をジッと見つめていく。

 が、ただ見ているだけではない。

 

「キミ、瞬発力低いね。バスケやるならもう少し欲しいな」

「キミは体硬い! 風呂上がりに柔軟して! キミは……

 

 動いていない状態の体を見るだけで、それぞれの体に対してダメ出し。

 言い渡された奴らの反応を見るに、それらは確かな指摘のようだ。

 

 周囲の先輩曰く、彼女の父親は俺の親父と同じようにスポーツトレーナーで、彼女もその現場によく居合わせていた。

 その環境が、彼女の正確な“眼”を養ったらしい。

 故に、火神の体を見た時にはしばらく見惚れていた。

 

 俺でもなんとなくアイツの凄さはわかる、

 それがより正確に現れるとなると、あのような反応をするものだろう。

 

「……っと。じゃ、キミが最後ね。帝光で鍛えられてるだけあってすごいわね」

「どうも」

 

 そう言って、カントクは俺の体を舐めるように凝視する。

 どことなくむず痒い。

 

(……ナニコレ。さっきの火神くんも凄かったけど、この子はそれ以上……! パワーとか、火神くんが上回ってる部分もあるけど、完成度の高さは明らかに白河(こっち)ね。とんでもないわ……!)

「……もういいすか」

「あ、うん」

 

 この時期はまだちょっと寒いわ。

 服を着ていると、まだ監督は周囲を見渡している。

 

「あれ、黒子君来てる?」

「そっか! もう一人の帝光の!!」

「ええ!? 二人いんの!!?」

 

 先輩たちだけでなく、一年生も騒然となる。

 すると、横の火神が肘でこづいてくる。

 

「おい、帝光のやつって、まさか……」

「……キセキの世代じゃねぇけど、アイツの才能はキセキの世代や俺とは違う特異なもんだよ」

「そんな奴もいんのか……。で、何処にいんだ」

「何処って……そこにずっといるだろ」

 

 俺はカントクの目の前を指差す。

 慣れてないと目の前で手上げてるのに気づかないもんか……。

 

 

「すみません、黒子はボクです」

「…………きゃあぁぁあああ!?」

「うおっ!!? いつからそこに!」

「最初からです」

「え!コイツがキセキの世代!?」

「いえ、違います」

「だ、だよな?」

「でも、試合には出てました」

「はぁぁぁぁぁぁ!!?」

「信じらんねぇ・・・てか、カゲうっす!!」

 

 ……これ、説明した方がいいのか? 

 おいさつき、端の方で笑ってんじゃねぇよ。

 

 

 

 ま、なんか懐かしくて悪い気はしねぇな。



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第76Q  エース

現在公開可能な情報①

“今”の白河はゾーンに入れない


 仮入部初日、さっそく入部希望者は洗礼を受けた形になる。

 殴り勝つラン&ガンを主体とするだけあって、走力やスタミナを養う基礎練の反復を重視している。

 その速さの中で適切な動きをするためのフットワークに、うまくボールを扱うためのパス練とシュート練に割く時間も多い。

 

 帝光の練習は高校の強豪校に匹敵すると言われてきたが、ここの練習も遜色ない。

 地味でハードだが、実際に体験すると去年の躍進の理由もわかる。

 初心者はもちろん、中学でバスケ経験のあるやつでもついてこれずに練習の輪から抜けてそのままフェードアウトしたやつも珍しくない。

 

(引退してからも体を動かしておいて良かったな。キツイが、ついていける)

 

 基礎練の次はコンビネーション練習や実践を想定した練習。

 複雑なセットプレーの練習などはしないが、速度と熱量は凄まじい。

 

 加えて、バスケットボール以外のボールを使って制限を設ける。

 バスケットボールと比べて跳ねにくいハンドボールや小さいテニスボールの扱いに気を取られるとミスを連発する。

 体を動かしながら応用力と判断力も鍛えらえる合理的な練習だ。やりがいがある。

 

 その後は本来ならミニゲームやミーティングを行うらしいが、今日はこれまで。

 一年の対応に追われたことで時間を押してしまったとのこと。

 事実、既に練習前と比べて一年生の人数は半分以下になってしまった。

 去る者は追わない、如何に高い目標を持って行動しているかがこの数時間で十分に理解できた。

 

「じゃあ、これで練習は終わりだ! 残って個人練してもいいが、まだお前らは仮入部だし強制じゃないから無理はすんな!」

あ、ありがとうございました……

 

 主将(キャプテン)の日向さんの声を聞いた途端、残る気力を振り絞って大概の一年生は体育館から出て行った。

 残ってるのは俺と火神と……黒子は動けてないだけだなあれ。

 

「ワッくん残るの?」

「ん、少しだけな。先帰るか?」

「ううん、片付けあるし待ってるよ。鍵忘れちゃったし」

「わかった。……一応黒子のこと頼むな。大丈夫だとは思うけど」

「は〜いっ」

 

 中身を飲み干したドリンクボトルをさつきに手渡し、背中に刺すような視線を送る火神の方へ振り返る。

 既にゴールの一角を抑え、ボールを持って準備万端のようだ。

 

「さっさとやんぞ」

「はいはい。そう急かすなよ」

 

 一年でありながら居残りをする俺たちに視線と先輩たちの視線が集まる。

 練習にもしっかりついてきて、インパクトを残したのは俺と火神だけだ。

 事実俺たちの実力は一年の中では飛び抜けている。

 

「火神と白河……どっちが勝つと思う?」

「わっかんねぇ。まあ、おもしろそーだ」

「これって、実質エースを決める戦いってやつ……!?」

「ダァホ、騒ぐんじゃねーよ」

 

 

 小金井先輩が興奮した様子で声を上げるが、知ったこっちゃない。

 必要であれば点は取るし相手には点は取らせない、それだけだ。

 火神はどう思ってっか知らねーが、俺はエースには興味がない。

 

 先攻は火神が取った。

 10点マッチの1on1の火蓋は、火神の猛烈なドライブで幕を開ける。

 

「相変わらず乱暴なドライブだな」

 

 つっても、前より迫力とパワーは凄まじい。

 下手に体で止めようとしたら吹っ飛ばされちまうなこりゃ。

 

「直線的すぎ」

「っ!」

 

 勢いに惑わされず、冷静にボールを弾く。

 ボールは火神が回収するが、正対した状態で向き合うことで次の動作に移るまでの一瞬の隙ができる。

 そのタイミングで再度腕を伸ばす。

 だが、簡単に取らせてはくれない。

 

「させるか!」

「ん」

 

 野生の勘のような反射能力で危機を察知し、引かずに前に出る。

 敢えて間合いを詰めることで懐に入られた。

 こうなると腕の長さが仇になる。

 フィジカルを駆使し、強引に突破を図る。

 

「うおおおっ!」

「っ」

 

 踏ん張り続けて体勢が崩れればその後の対応で遅れを取る。

 だから、俺は脱力して足を引き、ドライブコースを空けた。

 

「ぬおっ!?」

 

 抵抗がなくなり、前への力が大きすぎたため火神は踏ん張りを効かせるために強く踏み込み、ある程度勢いを殺そうとする。

 ドライブ直後の最も無防備なタイミングで、スピードを緩める。

 この後どうなるか、想像するのは容易だろう。

 バックチップによってボールは火神の手からこぼれ、爪先に当たったボールはそのまま転がってラインを割った。

 

「くそっ……!」

 

 悔しがりながらも、火神はボールを拾って俺に投げつける。

 

「ここで止めりゃあいい話だ」

「そうだな。ただ、前提が間違ってるだろ」

 

 ボールを鷲掴みにする右手に力が籠る。

 足を広げ、右手は大きく上に掲げる。

 対照的に体は徐々に沈めていく。

 

「止めれる体で話進めてんじゃねぇ」

 

 俺のクロスオーバーは速さやキレはない。

 代わりに振り幅とボールの落差でズレを生み、そこから攻め込む。

 その形を火神は()()()()()

 だから僅かに重心を後ろに下げて距離を取った。

 

 

 この時点で俺の勝ちは()()()()

 

 

「なっ……!?」

 

 動作の途中でモーションを強制キャンセル。

 振り下ろされるはずだったボールは腰の高さ付近で何かに跳ね返ったかのようにカチ上がり、頭の上に。

 空中で強引に身体を捻って前後の足の配置をシュートモーションの位置に戻し、体制を整える。

 

「っのやろ!!」

 

 反応が遅れた火神も、慌てて跳躍する。

 何度見てもコイツのそれは凄まじいものがある。

 

 

「うおっ! すげぇジャンプ力!」

「あそこから追いつくんじゃ……!」

 

 周りは盛り上がるが、渦中の俺たちは冷静だった。

 如何に火神が高く跳べるとは言え、タイミングが外してるし距離もとっている。

 俺はジャンプ力はないが、身長と腕の長さ(ウィングスパン)を生かした打点の高いフォーム。

 精神的な余裕も相まって、外す余地はどこにもなかった。

 手から放たれたボールは放物線を描いてリングを潜った……。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

「……疲れた」

「お疲れ様」

 

 想定よりも遅い時間、暗い帰り道を肩を並べてさつきと歩いていた。

 久しぶりにしっかり練習ができたのはいいことだが、火神の諦めの悪さを舐めてたわ。

 

「多分主将(キャプテン)が止めてくれなかったらまだやってたな」

「すごかったね。他の人はもう帰っちゃったのに二人は最後まで練習してたし。結構ハードだったでしょ?」

「あぁ、帝光の時もキツかったけど遜色ないな」

 

 引退してからも体を動かしていたとはいえ、やっぱり一人でするのとは違う。

 あの練習量がデフォなら、しっかりケアをしないと故障するな。

 風呂上がりにまたストレッチして……。

 飯どうすっか、もう少しタンパク質増やすか。

 汗かいたから塩分も……。

 

「……楽しそうだね、ワッくん」

「そうか? ……まあ、そうかもな」

「どうだった? 火神くんとの1on1」

「まあ、悪くなかったな。持ってる才能(もん)キセキの世代(アイツら)にも負けてないと思う」

「それもそうだけど……」

「ん?」

「本当は安心したんじゃないの?」

「……何が」

「何度も折れずに立ち向かってくれて、嬉しいというか、ホッとしたり?」

 

 ……そうかもな。

 ほんっとに、よく見てんな。

 

「大丈夫だよきっと。黒子君も、ね」」

「……あぁ」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

『なんで黒子が謝る必要があるんだよ。約束を守れなかったのは……』

『いえ、白河君は全力で戦ってくれました。なのに、ボクは……』

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 ……一回腹割って話さねぇとな。

 

 

 

 

 




2年生との紅白戦、どうしよっかな・・・


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第77Q  ルーキー達

前回の感想にて
「桃井の火神の呼び方が“かがみん”なの早くね」
のような意見がありましたので、しばらくは火神くん呼びで行こうと思います。

ちゃんと考えればわかるもんだけど、勢いで書いてるからこういう凡ミスするんだろね。
該当部分も修正致しました。


 バスケ部に入って数日が経った。

 ハードな練習をこなし、下校時間ギリギリまで火神の1on1の相手をして、さつきと家に帰る。

 単調だが悪くない、そんな毎日のリズムにも慣れてきた。

 

 いつの間にか一年の数はだいぶ減ってきたが、さほど気にすることでもない。

 帝光でも練習に耐えきれなかったり、自分よりも大きな才能に絶望して部を去る奴らはごまんといた。

 この短期間で引き止めようと思うほど仲を深めることもないし、そもそも友人を見つけるためにここに来ている訳じゃない。

 

 俺には俺の目的がある。

 それを達成するためには強さが要る。

 そのための覚悟がない奴はいらねぇ……。

 

「カントク、どうする?」

「そうね……」

 

 さて、今日はロードメニューを行う予定だったが、予想外の雨によって予定変更を余儀なくされていた。

 小雨決行と言ってはいたが、しっかりと降っているため流石に外を走る訳にもいかず。

 カントクと主将(キャプテン)が話し合った結果……

 

「ミニゲームやるわよ! 1年対2年で!」

 

 カントクの鶴の一声で、実質的な歓迎試合が決まった。

 それぞれが準備を進める中、一年の多くは浮き足立っていた。

 

「なあ、先輩たちって……」

「あぁ、入学説明会の時に言ってた!」

「去年一年だけで決勝リーグまで行ってるって……!」

 

 過去の実績に囚われ、緊張感が漂っている。

 ここでアピールしていい印象を植え付け、レギュラーに食い込もうという気概は見られない。

 この辺りは歴史の浅さや文化の違いがあるから一概に比べる訳にもいかないが。

 

 ただ、この雰囲気を全く気に留めていない奴だっている。

 試合の機会に飢えていた火神は特にそうだ。

 気持ちを昂らせ、ギラつく闘志を見せる。

 

「ビビるとこじゃねー。弱え奴より強い奴の方がいいだろ」

 

 まあ、コイツはコイツでおかしいけど。

 ひとまず、試合の時間になったので、適当に五人がコートに出る。

 今か今かと笛を待つ火神に、俺は声をかける。

 

「火神、前半のうちに差を広げるぞ」

「あ? なんだ急に」

「時間が経つと徐々に縛られていくからな」

「……?」

「まあ、いずれわかる」

 

 俺はコートサイドでカメラを準備するさつきに視線を送る。

 それに気づいたさつきは片目を瞑って舌先を出し、いたずらっ子のような笑みを浮かべていた……。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 試合が始まれば、火神は自身の最大の武器である高さを使ってゴール下を支配していく。

 2年生で最も身長のある水戸部さんでも190に満たない。

 加えて、こいつの脚が生み出す跳躍力を持つ奴なんてそうそういない。

 跳ばせてしまえばこっちのもんだ。

 

 俺の仕事は今のところ簡単だ。

 ボールを片手で保持して、1on1を意識させて周囲のディフェンスの足を止める。

 後はタイミングを外してリングの周りに放り投げれば、猛獣がボールに目掛けて跳んでくる。

 雑にボールを投げれば2点が入る簡単なお仕事だ。

 

「おおっ!?」

「マジかよ、今のダンク!!」また

「すげぇ!!」

 

 天賦の才による驚異的な跳躍(ジャンプ)力。

 リングが壊れてしまうんじゃないかと心配になるほどのパワーが生み出す金属音。

 学生(アマチュア)のレベルでは見ることのない大迫力のスラムダンクに、一年の士気は大いに高まる。

 誰の目に見ても明らかな火神の異常さは実際に対峙する二年や笛を吹くカントクも肌で感じているように見える。

 

「とんでもねーな、オイ……」

 

 気分よく戻ってくる火神に手を挙げて出迎える。

 

「流石だな」

「オマエ、俺ばっかり攻めさせてねぇか?」

「お前がいいとこいるからパス出しちまうんだよ」

「……ま、そーゆうことにしとくわ」

 

 火神のおかげでスタートダッシュには成功した。

 まだ2分ほどしか経ってないが、先に点数を二桁に乗せた。

 このまま行けば、なんて都合よくいかねーよな。

 

「またアイツ……!」

 

 黒子が捕まり、ボールを奪われる。

 まだ黒子の特性を理解していないのでコイツの良さが生きず、二年相手にリードを奪いつつもイマイチ乗り切れない。

 今のままだと並の選手(プレイヤー)以下だからブレーキにしかなんねぇなアイツ。

 

「このっ……!」

 

 カウンターに対して火神がヘルプに走る。

 圧倒的な高さであっさりとレイアップをはたき落とすが、リバウンドは二年が確保。

 如何に火神が高く跳べ酔うと、あの跳躍を連続で素早くするのは無理だ。

 

「クソっ!」

「任せろ」

 

 後から追いついて、ボールを保持する小金井さんに手を伸ばす。

 ボールを弾くのではなく、()()()()

 

「ハレぇ!?」

 

 そのままドリブルで持ち運ぶが、即座にヘルプが飛んでくる。

 

「させるかっ」

「っとお」

 

 さすが、ラン&ガンを戦術の軸にしているだけあって攻守の切り替え(トランジション)が早い。

 でも、これを躱すことは造作もない。

 

 大きくクロスオーバーを振りかぶり、引き付ける。

 今回のディフェンスである土田さんはこれを警戒して少し引くが、これは縦の動きではカバーできない幅だ。

 

「うおっ!?」

 

 体一個と半身ほどのズレを生み出し、ディフェンスを置き去りにする。

 相手のフロントコートに入ったことでいくつかの選択肢が生まれる。

 自分で切り込むか、数的有利を強調してパスを出すか。

 

(ダメだな、こりゃ)

 

 まだ周りの奴らはプレーをすることに萎縮している。

 それをわかっている二年はマンツーマンではあるが、ドライブへの警戒を重点に置き、リングへのドライブコースを断とうとしている。

 足を止め、後方の視界を確認すると、火神が走り込んで来た。

 

「くれっ!!」

 

 ここまで一番点を取ってることもあって、勢いがある。

 そんな奴が飛び込んでくれば、ディフェンスの注目は火神に移る。

 ここまでわかりやすい隙は逃さない。

 俺はボールを掴み、火神にパスを出すよう肘を曲げる。

 

(パスか!?)

 

 火神へのパスを予知してさらに収束するディフェンス。

 これで、俺とも距離も空いた。

 

「いや、パスじゃないぞ!」

 

 気づいたところで、間に合うこともない。

 パスモーションをキャンセルし、セットシュートを落ち着いて決める。

 

「白河だっけ。さっきもそうだし、ボール掴んでない!?」

「だな。()()()みたいだ」

「火神だけでも手を焼くってのに……!」

 

 苦虫を潰したいような顔をする先輩たちと……なぜか不満げな表情の火神。

 

「オイ」

「ん?」

「オレへのさっきまでのパスはこのための振りかよ」

「その場に合わせた最適な選択をしただけだ。てか、なんでそんなにイラついてんだよ」

「フラストレーション溜まるに決まってんだろ! アイツ、ほんとにお前と同じ帝光なのかよ!」

「そうだけど」

「ウソつくなよ。アイツからはなんも匂いがしねぇ」

「ん?」

「お前みたいに強い奴には強いやつの匂いがする、弱いやつなら弱いやつなりの匂いもする」

 

 初めて会った時もそんなんこと言ってたな。

 嗅覚で判断するのは獣すぎねぇか。

 

黒子(アイツ)からは何も匂いがしねぇ。なのに偉そーなこと言って、この体たらくだ。ムカついてしょーがねぇぜ」

「なんて言ってた?」

「色々な。あと、自分のことを“影”だって言ってたな。意味わかんねーぜ」

「……それより、もう一回気を入れ直せ」

「あ?」

「多分、()()()()だ」

 

 得点は15-7。

 ダブルスコアをつけられているが、二年には動揺している様子はない。

 何かを確認するようにコソコソ話しあっている。

 その様子を、コートサイドのさつきがジッと見ていた。

 

「……俺とお前はこっからの動きは全て読まれると思った方がいい」

「は? なんでそんなことが言えんだよ」

「帝光が優秀なのは選手だけじゃねぇってこった。既に実際の動きと情報の照合は終わったはずだからな」

 

さつきならこう言うかもな・・・

 

「この方がいいでしょ?ワッくんなら超えてくるよね?」

 

・・・とか。

さすがだわ、ほんとに。

 

 

 

 

 

 




実は白河の高校の進学先候補は三つ考えておりまして

①誠凛(今描いてるやつ)
②桐皇(初期案。青峰とWエース構想)
③洛山(完全闇堕ち)

NBAファイナルのナゲッツのバスケを見た影響で誠凛に入れましたが、ある程度進めれたらifストーリーで桐皇に入学した世界線も書こうかなと思っていたり。
洛山は選ばなくてほんとに良かったと思ってる、頓挫する未来しか見えないので。
後日に桐皇ifの需要があるかアンケート取りますので、その時はよろしくお願いします。

また、ここ数日日間ランキングで上位に入ったりしてすごく嬉しいですが、変に浮かれずに変わらずやっていこうと思います。
最後になりましたが、本日も読んでいただきありがとうございます。

それでは


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第78Q  情報

現在公開可能な情報②

誠凛進学や諸々の事情が重なって白河は帝光卒業後に新居に引っ越し、桃井と半同棲生活を送っている。
実家は両親がアメリカで会った知り合いに貸し出しているとかなんとか。



【ミニゲーム直前】

 

『すみません、ちょっといいですか?』

『え、うん』

 

 アップを終え、軽くミニゲームに向けての確認を行う二年の元に笑みを浮かべた桃井が訪れる。

 彼女が彼らの元に足を運んだことで、少し硬かった雰囲気は柔らかくなる。

 

 カントクであるリコにはない色気や物腰の柔らかさ……そして出るところは出て引っ込むところは引っ込む高校生らしからぬプロポーションを併せ持つ彼女に対して二年生の鼻の下が伸びる。

 だが、彼らにかけられた言葉は甘いものではなかった。

 

『このまま試合すると、先輩たち負けちゃいますよね』

『……あ?』

 

 思わぬ言葉に空気が変わる。

 真っ先に噛み付いたのは主将である日向だった。

 

『何が言いたい』

『誤解してほしくはないんですけど、先輩方に敬意を持ち合わせていないわけではないんです。去年創部一年目であるにも関わらず決勝リーグに出場し、インターハイ出場まで後一歩まで迫ったことは知っています』

 

 桃井の顔から笑みが消え、真面目な表情で言葉を紡ぐ。

 

『ですが、その最大の立役者である木吉さんは現在も離脱中。加えて、こちらにはワッ……白河君と火神君がいます。真正面から戦っては勝ち目は薄いように思えますが』

『……まぁ、それはそうだな』

『何か策はありますか?』

『とりあえず、ボールを持ってる方にダブルチームで行動を制限することは考えているが……』

『なるほど……。でも、あまり意味がないかと』

『は?』

『火神君に二人ついている時は残っている三人で他の四人を見ないといけません。真正面からでも白河君を止めるのが難しいのに、数的不利の状況で守り切るのは無理があるかと。もちろん、逆もそうだと思います』

 

 反論はない。

 事実、この指摘が的を得ているからだ。

 特に帝光でずっと白河のことを見ていた桃井が言うのだから、この言葉には説得力がある。

 

『……わざわざこっちに来たのは、自分ならどうにかできると思ってるのか?』

『いえ、そこまでは。私はあくまでマネージャーなので、できるのはサポートだけです。結局プレーするのはコートの中の人ですから』

 

 そう言って、桃井は全員に資料を手渡す。

 

『これは……っ!?』

『一年生のデータです。特にあの二人の分を重点的にまとめています』

『この短期間で、こんなに……』

 

 火神と白河の情報が7割ほどを占めているが、他の選手のこともよく調べ上げられている。

 たった数日で桃井はほとんどの選手のことを丸裸にしていた。

 また、ある項目の内容を目に入れた伊月が驚きの声を上げる。

 

『しかも()()は……!』

『これは情報って言えるのか、まるで……』

『ふふっ、信頼できなかったら破り捨ててもらっても大丈夫ですよ』

『いや、そんなことはしねーけど! でも、こんな情報をなんでくれた?』

『お節介、それとアピールです』

『アピール?』

『選手ならプレーでアピールできますけど、私だってマネージャーとはいえ帝光の一員でした。それを知ってもらおうと思って』

 

 その眼の奥には、ただのマネージャーではなく選手と同様の狂気を孕んでいた。

 

 

 

 

 

(((((でも、この量今から目を通すのは無理じゃね!?)))))

 

 

 

 

※A4用紙10枚分

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

「オフェンスファール! 火神君二つ目よ!」

「くっそ……」

 

 状況が変わっちまった。

 ダブルスコアを一時的につけてから、急に先輩たちの動きが変わった。

 俺と火神へのマークがより一層強まったのはそうだが、めちゃくちゃ動きづらい。

 まるでクセや特徴を掴まれているようで動きが全てバレている。

 

 その影響をモロに受けているのが火神だ。

 跳ばせれば無敵だが、その状況を作れないでいる。

 序盤とは違い、思うようにプレーができないことで苛立ちが募っていく。

 直情型の火神は心情がプレーにそのまま現れ、大雑把で強引な動きが目立つ。

 

「落ち着け。テメェで攻撃潰してたら世話ねぇぞ」

「わかってる……!」

 

 流石に退場はしないだろが、火神(コイツ)がブレーキになってるのが不味い。

 火神が止められてるのを見て、他の奴らにも動揺が広がっている。

 ちゃっかり俺と火神以外の分析もやってんだろうな……。

 この状況を打破するには……

 

 

()()()()()()()()()って思ってるんだろうな、ワッくん。でも、全部知ってるもん。お見通しだよ」

 

 

 スローインから再開。

 ボールを運びながら伊月さんがハンドサインを出す。

 それを見て真っ先に動いたのは俺がマークしていた小金井さんだ。

 サインを確認すると、小金井さんは主将(キャプテン)の日向さんに向かって走る。

 シュータープレイか? 

 

「おい、スイッチ」

「お、おう」

 

 この人はマークを外せない。

 河原に指示を出してマークを交換してズレを作らせない。

 それを確認すると、日向さんはコーナーへ向かう。

 

 そのタイミングで、伊月さんがペースを上げた。

 水戸部さんとパス交換をしながらドライブ。

 瞬間的にフリーになった水戸部さんをスクリーンに使った小金井さんのスリーポイントが決まった。

 

「うわぁ! 先輩たちが逆転した!」

「火神が点取れないとキツイか!?」

 

 ……今のもさつきの入れ知恵か。

 俺を最もシュートの期待値が高い日向さんにつかせて、身動きを封じている間に他のメンバーで点を取らせる。

 二人を見るのはわけないが、そうなると逆サイドでのヘルプに遅れる。

 まだ数日しかプレーしていない即席チームの俺らに対して、去年から一緒に戦っている先輩たちとじゃ連携の面で大きく不利をとる。

 

 

「シュートが入っても入らなくても、先輩たちはシュートで攻撃を終えれるからちゃんとディフェンスに切り替えられる。仮になんとかTOV(ターンオーバー)を誘発できても……」

 

 今度は同じ攻撃に対してノンスイッチで対応。

 敢えて隙を見せ、日向さんのパスを誘う。

 これを弾いてみせたが……。

 

「コガっ!」

「あいよっ」

 

 溢れたボールを拾った降旗が前を向く前に、小金井さんが素早くプレスをかける。

 その間に、他の四人は素早く帰陣。

 瞬間的に火神がフリーになったものの、ボールを届けられなくては意味がない。

 

「出せ」

 

 降旗をサポートするために降りてボールを引き出す。

 俺が代わりに運ぶことでなんとか8秒経つ前にハーフラインを超えるが、その時には既に俺に対する守備の準備ができていた。

 

「っ!」

 

 土田さんがタイトな守備で張り付いてくる。

 ただ、これだけ前がかりなら抜き去るのは難しくない。

 そう思ってあっさり土田さんを抜き去るが、あまりにも呆気なさすぎる。

 案の定、伊月さんがフリースローラインとスリーポイントラインの間の高い位置で俺を捕まえるために素早くヘルプ。

 

「でも、これならまだ躱せ……っ!」

 

 足が止まったほんの一瞬。

 そのタイミングで降旗のマークを外した小金井さんがスティールを狙って囲い込んでくる。

 思わずボールを片手で保持してキープするが、それを見た途端に伊月さんと小金井さんは自分のマークに戻る。

 一方、土田さんはリングと俺の間には戻らず、右側からプレッシャーをかけてくる。

 

「……やられたな」

 

 さつきがいやらしい笑みを浮かべているのは容易に予想がつく。

 今のディフェンスはボールを奪うためのものではない。

 

「ワッくんはその大きな手でボールを掴んでプレーを無理やり変えられる。だから、それに頼りがち。小回りの必要な場面では特に、咄嗟に持っちゃうんだよね」

 

「チッ、白河! こっちだ」

「バカが、ゴール下から遠ざかるな」

 

 ドリブルをさせられたから、パスの出しどころを探す。

 それを察知して火神が近寄ってくるが……。

 

 

「今の火神君は頭に血が昇っている。それでいて得点が止まっているからボールを欲しがって苦手な(アウトサイド)に出てくる。そうなったらワッくんはパスを出さない、オフェンスファールをこれ以上重ねるのを嫌って」

 

 

 まだゴール下で構えさせてアリウープ狙う方がマシだ。

 だがコイツは冷静じゃないし、接触を無意識に避けようとしてる。

 競り合わせる状況だとせっかくの跳躍力が霞む。

 

 

「ぜ〜んぶ、知ってる。ずっと一緒にいるんだもん」

 

 

 敵に回るとここまで面倒なのか。

 完全に今の状況は詰みだ。

 火神に次いで、俺も止められたらいよいよ一年(こっち)の士気の低下に繋がる。

 

 ……寝る時間を惜しんでノートや映像と向き合って来たことは知っていた。

 これに救われたこともあったからこそ、こうやって苦しめられてるのも納得できる。

 ほんっとにサイコーだよ。

 

 

「でも、わかってるはずだ」

 

 

 あくまでそれは机上論に過ぎない。

 結局、コートで起きることは選手たちの力量に委ねられる。

 

 

 

 

コイツらじゃ、役者不足なんだよ

 

 

 

 体を少し沈め、土田さんの胸に肩をぶつける。

 ただ当てるだけでなく、少しカチ上げるように。

 すると土田さんが少しよろめく。

 

(細見だけど、パワーが……! いや、当て方が上手い!)

 

 俺との間に少し隙間ができる。

 そこに右足を捩じ込み、無理矢理スペースを作り出す。

 この僅かな余裕のおかげで、俺はボールを頭の上に持ってこれた。

 

「惜しかったですね」

「っ!?」

 

 仰け反りながら片足で軽く跳びながらシュートを放つ。

 弾道を見た俺は着弾を見届けることなく踵を返し、さつきに視線を送る。

 さつきも察したのだろう、驚いた顔を見せるがその後に浮かべたのは嬉しさと悔しさの混じったなんとも言えない表情だった。

 

「……だよね、ワッくんだもん。悔しいのに、また好きになっちゃった」

 

 シュートの結果は周りの奴らが上げた声でわかる。

 ひとまず、点差を離されないでいることが大切だ。

 

「ワンレッグフェイダウェイ……データにはあったが……」

「あの高さじゃ厳しいか」

「今、決まる前に戻ってたよね! 入るのわかってたの!?」

「多分な。ったく、どーなってんだよ今年の一年は」

 

 とりあえずこの場は凌いだ。

 さてと…………

 

 

 

 

「そろそろいけるな?」

「……はい、お待たせしました」

 

 

 

 




【悲報】
伊月に言わせるダジャレ思いつかん


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第79Q  本領

 ミニゲームはいよいよ終盤に差し掛かる。

 なんとか俺と火神が凌ぐが、ジワジワと点差を離されていくことに変わりは無い。

 ボールを持てればなんとかなるが、周りはボールを運ぶことすらままならない状況。

 

 俺一人で暴れてもいいが、それじゃダメだ。

 それは()()()()と同じ戦い方だ。

 自らその選択をとることはあり得ない。

 それができるからこそ、あり得ない。

 

 だが、この状況に痺れを切らしているのは火神だ。

 気が立っていることに加え、一年の中で広まる厭戦気分だ。

 

 事前に聞いていた通りの先輩たちの実力。

 さつきのサポートによって俺と火神も半ば押さえ込まれ、いよいよ敗北が見えてきた時にポツリと呟いた。

 

「……もう、いいよ」

 

 決定的な諦めの言葉が、周囲にいる俺たちの耳に入る。

 途端に、言葉を漏らした降旗の足が地面から離れ宙に浮いた。

 降旗の発言に真っ先に反応した火神がビブスの上からシャツの胸元を掴み上げたからだ。

 

「もういいって……なんだよそれ!!」

「火神よせ、ここで仲違いしてる場合じゃねえだろ」

 

 静止しようと火神の手首を掴むが手の力を弱める様子は無い。

 むしろより一層力を込め、鋭い目付きで上から睨みつける。

 完全に頭に血が登りきっているようで、眉間に皺を寄せて(こめかみ)に血筋を浮かべている。

 

「止めんなよ白河! オレとお前が頑張ってんのに、勝手に音を上げてる奴らんだぞコイツら」

「だからってチームメイトに手を出していい理由にはなんねぇんだよ……」

「っ……」

 

 自分でも少々驚くほど低い声を発しながら手首を掴む右手に無意識に力が篭もる。

 このままだと収拾がつかなくなる。

 どうしたもんか……少し熱くなっている頭で考えていると、急に火神が情けない声を上げた。

 

「落ち着いてください」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()黒子が事態を収めようとする、何故か膝カックンを用いて。

 身長差も相まって、綺麗に黒子の膝が火神の膝裏に入る。

 急激に力が抜けた火神は直立の姿勢を保つのに意識を注いだことで右手を離し、俺も火神から手を離した。

 が、火神は顔の数箇所に青筋を浮かべで怒りの矛先を黒子に向ける。

 

「テメェ……!」

 

 いよいよ拳を振り上げるんじゃないかと思ったところで、他の1年が火神を抑え込む。

 得点板を捲っていた奴らもコートに入り、3人がかりで火神を止めることに成功した。

 色々と鬱憤をぶつける火神とそれに反応することも無くいつもの涼し気な顔で受け止める黒子というなんともシュールな光景。

 それに先輩たちも注目している間に、俺は降旗をその場から遠ざける。

 

「ごめん……」

「気にすんな。で、どうする?」

「え?」

「無理だと言うんだったら代われ。手を出すのはダメだが、選手(プレイヤー)として目の前の勝負を投げるのもどうかと思う」

「……」

「とはいえ、このまま言われっぱなしで代わるのも癪だろ。だから、ちょっと協力してくれ」

「……意外だね」

「ん?」

「正直、帝光の選手ってもっとドライというか、オレみたいな凡人のことを気にかけることなんかないと思ってた」

アイツら(キセキの世代)と一緒にすんな……!」

「ひぃぃ!!?」

「……まあ、いいや。ちょい耳貸せ」

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 なんとか事態が落ち着き、俺たちのオフェンスで試合が再開する。

 あと3分となったところで、先輩たちから驚きの声が上がる。

 

「オマエ……PG(ポイントガード)も出来んのか?」

「まあ、この状況(シチュエーション)なら俺が最も優れている司令塔ですよ」

「……ハッ! シチューを食べるシチュエーション……! キタコレ!」

 

 ……反応したら負けな気がする。

 さて、ここで降旗に変わってメインハンドラーは俺が務める。

 しれっとそれに対応してマーク変えてんのもちゃっかりしてるが、別にそんな大したことは出来ねーよ。

 

 俺とポジションを実質的に入れ替わってる降旗は定位置を決めずに動き回っており、それに合わせて他の2人も足を止めない。

 それでいて常に周囲の確認を怠らず、俺へ視線を時折送る。

 ただ、不安や不信感は拭い切れていない様子ではあるが。

 

「……ま、別にいいわ」

 

 言葉なんて要らねぇ。

 口を開かなくてもプレーが雄弁に語ってくれる。

()()()はそうやって帝光(あそこ)で居場所を掴んだから。

 

「っ!」

 

 軽く仕掛けてみるが、伊月さんはしっかり反応してくる。

 抜けない訳でもないし、このままミドルを打つのも可能だ。

 それでいい、この人は常に冷静でバスケIQが高い。

 選択肢が増えても、動じることはない。

 

(抜きに来るか? いや、そもそも自分で点を取る気がない……? 何を考えて)

 

 可能性を多く残し思考に注力しかけたことで一瞬反応が遅れる。

 それを見て、俺はわざと大きなモーションでドライブを仕掛ける。

 

「ドライブ……!?」

 

 左足を大きく踏み込み、クロスオーバーをモーションを見せる。

 それに対し、身構えて対処を図る。

 であれば、この選択に対して反応できるわけがねぇ。

 

「なにっ!?」

 

 クロスオーバーをキャンセル、俺はゴール下に向かって糸を引くようなパスを降旗に投げる。

 だが、マークの土田さんはその軌道を遮る立ち位置を取っている。

 

(取れる!)

 

 そう確信したであろう土田さんがボールを受け止めようと手を伸ばす。

 伸ばした手にボールが触れる直前、視界からボールが消えた

 

「……えっ」

 

 直前で跳ねたボールは、土田さんの頭の少し上を通って降旗に渡る。

 驚きつつも、事前の取り決め──『ボールから視線を切らず、パスを受けたら絶対にシュートを狙う』──を忠実に遂行して、イージーバスケットを決めた。

 

「……はっ?」

「なんだ今のパス!? どうやって通った!?」

「わかんねぇ! 見逃した!」

 

 ドリブルから無理に出したパスをスティールされる。

 起こり得るはずだった未来が(ことわり)を無視した軌道を描いたボールによって変えられた。

 

白河(アイツ)……あんなパスが!?」

 

 混乱してるな。

 守っていた先輩たちもだが、点を決めな降旗やそれを見ていた他の1年、審判を務めるカントクも今起きたことを呑み込めていない。

 理解出来ているのは3人だけだ。

 

「さてと……ギア上げてくぞ」

「……はい」

 

 たったワンプレーで、試合の展開は大きく変わった。

 動揺を隠せず、浮き足立った2年の攻撃は単調になり、読みやすくなったことでTOV(ターンオーバー)を連発。

 

 奪ったボールを俺が運び、そしてパスを放る。

 ある時はディフェンスへのパスミスのように、ある時は誰もいない空間へ捨て去る。

 いずれも急激にパスの角度やスピードに変化が与えられ、予測不可能なタイミングや軌道でボールが渡る。

 

 パスに気を取られれば脚が止まる。

 脚が止まればマークが外れる。

 マークが外れればパスが通る。

 負の連鎖が続き、ついさっきまで止まっていた1年の得点はどんどん積み重なっていき、2年の得点は対称的に動かなくなっていく。

 

「バッ……火神空けんな!」

「しまっ……!」

 

 黒子の視線誘導(ミスディレクション)の優位性を誰よりも素早く本能で察知した火神はより早く動き出すことで、ダブルチームさえ簡単に外してシュートチャンスを作り、これを決めていく。

 

「2人だけでも厄介だったのに……!」

「ただでさえ影が薄いのに、さらに薄めてパスの中継役に……こんなのどうやって!」

「ガタガタ抜かすな! 最後1本取るぞ!」

 

 タネがわかったところで、今の勢いを止めることは不可能に近い。

 あっという間に逆転、さらに点差を離していく。

 防戦一方になりつつも、ラストワンプレーで意地を見せようとボールを素早いパスワークを見せるが……

 

「もう見切った」

 

 完璧にパスコースを読み切ったスティールを決め、前線の確認。

 真っ先に走り出していたのは黒子だった。

 

「……まいっか」

 

 一瞬躊躇うが、ボールを放り投げる。

 ダメ押しの2点、ワンマン速攻でフリーのレイアップという絶好のチャンスだったが……

 

 

 ──ガコッ

 

 

 何故か、このイージーシュートがリングに嫌われる。

 呆気に取られる俺たちだったが、そのこぼれ球に唯一追走していた火神が反応していた。

 

「……ったく、ちゃんと決めろタコ!!!」

 

 

 プットバックダンクを叩き込んだところで、試合終了(タイムアップ)

 最終スコアで50-30と、大きな差を付けて1年が勝利を収めた。

 

「ふぅ……」

 

 一息つき、汗をシャツで拭っていると歩いて戻ってきた黒子と目が合う。

 

「……相変わらずだな」

「……どうも」

「皮肉だっての」

「はい、知ってます」

「……はっ」

 

 

 久しぶりに、コートで笑った気がする。

 こうして、俺の高校バスケは始まった────

 

 




リコ「はーい、みんな並んでね♪私が良いって言うまでエンドレスシャトルラン、すたーと!」
2年(((((死んだ……)))))


こんな点差で負けて罰走とかないわけないよね


次回で誠凛編序章は区切りですね。
その後ワンクッション置いて、黄瀬編に移ります。


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第80Q 目指すところは

 ミニゲームを終え、練習後に俺は火神に呼ばれてマジバに足を運んだ。

 定番のセットメニューを頼んだ俺は一足先に空いているテーブルに座り、ゼロカロリーコーラをストローで啜る。

 炭酸の泡が喉で弾ける感覚を楽しみながらポテトを摘んでいると、火神がこちらに向かって来た。

 トレーに山盛りのハンバーガーを載せて。

 

「……は? なにその量」

「日本のハンバーガーは小さすぎんだよ」

「いや、そういう問題じゃねぇって」

 

 たとえそうだとしてもアメリカでもこんなバカはいねーだろ。

 席に座った火神はおもむろに包み紙を開き数口で食べ終える。

 

「……で、なんでここに呼んだ?」

「さっきのミニゲーム、勝ったは勝ったけどよ……オマエなんで()()()()()()?」

「手を抜いてたって言いてーのか?」

 

 ナゲットに伸ばしてた手を止め、火神の目を見つめる。

 

「ちげーよ。オマエの女が2年に情報(データ)渡してたつっても、その上から点を決めてたろ。あれが偶発的(たまたま)じゃねーのはわかってたんだ、なぜそれをやらねぇ?」

 

 何を聞かれるかと思えば……。

 俺はため息をつき、コーラを口に含んでから説明する。

 

「それじゃ、意味がねぇ」

「……あ?」

「あの時は決めたけど、それがずっと続くわけでもねぇだろ。さつきが直前に渡したデータを短時間でしっかり頭に入れて対策を講じ、実行した。そんなことが出来る相手に強引な攻めを繰り返すのはバカのやることだろ」

 

 正直、俺がボールを独占してシュートを決め続けても結果は変わらなかったと思う。

 けどそれじゃダメだ。

 そのやり方を選んだらアイツら(キセキの世代)と……赤司と同じだ。

 

 圧倒的な個の力は必要だ。

 チームスポーツとはいえ、数をものともしない理不尽な力で勝利を重ねてきた経験があればそれを否定することは出来ない。

 とはいえ、事実を肯定しても方法を容認することは金輪際ありえない。

 アイツを否定するためには、正反対の戦い方を見せた上で勝つ必要がある。

 

「それに、オマエや先輩達にも見せる必要があったからな」

「あ? 何を?」

()()()の実力」

「どうも」

「うおあぁぁ!?」

「おい、きったねぇな」

 

 手の甲を見せながら親指を隣に座る黒子に向ける。

 案の定俺の横で大人しくドリンクを吸っている黒子の存在を認知していなかったらしく、驚いて口の中からハンバーガーのかけらを吹き出した。

 

「……何でいるんだよ」

「ボクが座ってるところに二人が来たんです」

「それなに」

「バニラシェイクです。ここのやつ好きなんですよ」

「つーかいるなら言えよどっちかが!」

「気付けよこのくらい。これからチームメイトになるんだぞ」

「そうゆう白河君も最初気付いてなかったですよね」

「だまれ」

「理不尽すぎませんか」

 

 俺と黒子のやり取りを火神は黙って眺めていたが、不意に包み紙を一つ、黒子に向かって投げつけた。

 

「……ほらよ」

「?」

「一個やる。バスケ弱い奴にはキョーミねーが、それ1個分くらいは認めてやる」

「……どうも」

「評価ひっく」

 

 コイツのために黒子使ったまであるのに、過小評価すぎだろ。

 戦闘狂はちょっと違うけど……バスケ馬鹿がやっぱり似合うな。

 けど、とりあえずは一歩前進ってところだな。

 

「要らないので白河君どうぞ」

「ん」

「オイっ」

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なぜか火神が山盛りのハンバーガーを食べ終えるのと俺がセットを食べ終えるのがほとんど変わらなかったタイミングで店を出た。

 まだシェイクを飲み切っていない黒子を連れて帰り道を歩きながら、火神が疑問を投げかける。

 

「なぁ、キセキの世代と今のオレがやったらどうなる?」

「瞬殺されます」

「身の程を知れ」

「お前ら……もっと他に言い方ねーのかよ

「事実に変わりねーんだよ。変に庇うような言い方の方がいいのか?」

「……そんなに強ぇのか」

「当時は、キセキの世代の陰に隠れていた俺に勝てねぇんだから今のお前が勝てる道理はねぇだろ」

(なんか、スゲェ対抗心を感じる……)

 

 火神に現実を突きつけたところで、黒子が言葉を続ける。

 

「ただでさえ天才の5人が今年それぞれ違う強豪校に進学しました。間違いなく、そのいずれかが頂点に立ちます」

 

 これは憶測じゃない。事実だ。

 アイツらの才能は中学レベルで収まるようなモンじゃねぇ。

 高校でもそれは変わらない、今までは帝光が独占していた玉座を高校では5人が奪い合う構図に変わっただけ。

 それが、世間一般の考えだ。

 

「ハハっいいね、そーゆーの火ぃ付くぜ……!」

 

 それでもなお、火神は高笑いが込み上げる。

 まだ見ぬ強敵に胸を躍らせる様はなんとも無謀で無垢で無茶だが、なぜこんなにも懐かしく感じるのか。

 そして、俺と黒子に向かって宣言する。

 

 

「決めた……! そいつら全員ぶっ倒して、()()()日本一になってやる!!」

「無理だと思います」

「右に同じ」

「ぅおいっ!!」

 

 決意に満ちた目は世闇に照らされて爛々と光っているように錯覚するほど滾っていた。

 これを真っ向から冷静に否定した俺たちに火神は声を荒げる。

 もう夜だから静かにしろよ。

 

「潜在能力だけならわからない。でも、今のキミでは足元にも及びません。現状、日本中を見渡しても彼らに一人で対抗できるのは白河君だけです」

「んだとっ」

「勘違いしないでください、1()()ではムリです。なので、決めました」

 

 口からストローを離し、しっかりと火神を見据えて黒子も決意を表明する。

 

 

 

「ボクは(脇役)だ。でも、影は光が強いほど濃くなり、光の白さを際立たせる」

 

 

 

 その目には一見変化がないようにも見えるが、その奥底には火神にも勝るとも劣らない闘志が秘められている。

 

 

 

主役()の影として、主役(キミ)を日本一にして見せる」

 

 

 それを見た火神は、再び笑った。

 嘲笑ではなく、自分とは違う異端の才能を持つ黒子を認め、笑った。

 

 

「……ハッ、言うじゃん。勝手にしろよ」

「頑張ります。そうですよね、白河君」

 

 

 試合中並みのキラーパスやめろ。

 

 

「……日本一は正直どうでもいい。だが、勝ち続けたら最終的にそこに行き着くんだ。だったら利害関係は一致するな」

「細けーことはどーでもいいわ。そうと決まれば、明日からも付き合えよ、1on1」

「かまわねぇが……アイツら(キセキの世代)に勝つなんて絵空事は俺に一回でも勝ってから言えよ」

「………………」

 

 交差点を右に曲がり、俺はその場を後にする。

 何か言いたげな眼をしていた黒子のことは頭から飛ばし、さっきの2人の言葉を思い出す。

 

 

 

『そいつら全員ぶっ倒して、()()()日本一になってやる!!』

主役()の影として、主役(キミ)を日本一にして見せる』

 

 

 

 日本一はどーでもいい。

 俺の目的を果たせば、次いでに手に入る。

 今更そんな称号は俺に不要だ。

 

 

 

 

 

 

『すべて、お前のせいじゃないか。弱いお前が悪いんだ』

 

 

 

 

 

 

 

『キミがいれば……こんなことにはっ』

 

 

 

 

 

 

 

 俺の目的は一つ。

 

 

 

 

 

赤司のバスケを否定すること

 

 

 

 

 

 “影”も“光”も

 

 

 野心もチームも

 

 

 何もかも利用してやる

 

 

 たったひとつの目的(復讐)を果たすために────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺は、……ともっと〜〜〜がしたい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………それだけが、高校バスケ(ここ)でプレーする理由

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だったよな? 




誠凛入学編、完



さあ、黄瀬の高い鼻を折りに行きましょう


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第81Q 『亀裂』

 白河は爪が掌に食い込み出血するほど力を込めた拳を自身にに大して背を向ける赤司へ振り下ろした。

 まさかの行動に桃井が叫び声を上げ、ここでようやくキセキの3人も白河の凶行に気づく。

 

 当の本人は鋭い目で睨みつける白河の視線と怒りを背中で感じ取るも、回避する様子はない。

 いよいよその拳が赤司を捉えようとする刹那────

 

『ぐおっ!』

『!?』

 

 ────青峰が飛び込んでくる。

 赤司の肩を突き飛ばし、拳の軌道から外すがその代わりに自身の頬に白河の拳がめり込む。

 

『えっ……あっ、大輝……?』

『ってぇ……』

 

 状況を飲み込めない白河は怒りがどこかに吹き飛び、困惑していた。

 片手を膝に突き立て、もう片方の手で殴打された場所を抑える青峰を見つめていると、指の間から鮮血が零れ落ち、コートに小さな赤い水たまりを作る。

 この時、白河は赤司を庇った青峰を殴り飛ばしたのだと強く認識した。

 

『なっ、なにやってるんスか!?』

 

 静寂に包まれたコートに黄瀬の驚いた声が響く。

 ここでようやく、他の帝光メンバーが事態の収拾に走る。

 真っ先に桃井が青峰の元に駆け寄り、タオルを口元に当て頬の上から氷嚢を被せて止血を試みる。

 

『青峰君! 大丈夫!?』

『俺はいい……それより』

『そんな訳にはいかないでしょ!』

 

 運動直後ということもあり、血流が活発化している。

 白いタオルにはあっという間に赤黒い染みが広がっていき、桃井は2枚目を手に取る。

 

 その応急処置の横では赤司の元に緑間が駆け寄る。

 

『赤司、怪我は?』

『大輝が庇ってくれたから問題はない』

『……何かあったのか?』

『さあ、わからないな。まさか優勝を決めた直後にこんなことになるなんてあまりいい気分ではないね』

 

 どこか白々しい言い方の赤司に、緑間はそれ以上なにも言わなかった。

 いや、言えなかった。

 

(白河の行動は当然問題だが、赤司……お前()()()……?)

 

 そして、呆然とする白河はじっと自分の手を見つめていた。

 手のひらの下部には爪がくい込んだことでじんわりと跡が残っており、少量ながら血が滲むんでいた。

 自傷に気付かないほどの怒りを乗せた拳を、あろうことか青峰(親友)に叩き込んでしまった。

 

『……おれ、は……』

『白河!!』

 

 真田が白河の肩を掴み、自身の正面に正対させる。

 怒鳴りながらも、その表情には困惑を浮かべ白河へ大声で問いかける。

 

『なんでこんなことをしたんだ……!』

『違っ……俺はっ!』

『とりあえずこっち来い!』

 

 腕を掴まれ、引き摺られるようにコートから離れる中で、背後を振り返った。

 青峰の応急処置をする桃井、それを少し離れた位置から見届ける帝光メンバー、未だに立ち直れない名洸メンバー……。

 

 カオスな状況の中、白河の眼に赤司の冷たい視線と涙を流して膝を着く黒子の眼から目が離せなかった。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

『……はぁ』

 

 帝光、もといキセキの世代が前人未到の全中3連覇という記録を残して全中は幕を閉じた。

 その後、チームが解散しても白河の顔は暗いままだった。

 

 桃井は半ば無理やり青峰に付き添わせて病院に行かせ、会場から少し離れたところにある公園のベンチに腰掛けていた。

 長い夏の太陽がもう少しで水平線の向こうに沈む様を眺めていた。

 

『……なんだったんだよ、俺の3年間』

 

 1年では怪我とイップス。

 2年ではある程度の活躍。

 3年では流血事件。

 

 特に最後の試合ではなにもかも嫌になった。

 自尊心を踏み躙られ、約束を違え、大切な人を自らの手で傷付けた。

 両肘を膝に乗せ、項垂れたままポツリと零す。

 

『あんなバスケがしたいわけねーだろ……俺は』

『……白河君』

『っ!』

 

 頭の上から急に聞こえてきた声に釣られて顔を上げる。

 そこには頭に包帯を巻き、眼を赤く腫らした黒子が立っていた。

 

『……お前、病院は?』

『行ってきました。別に問題はないです』

『なら、よか

『ボクは君を信頼していました

 

 黒子の声色が変わる。

 白河を見下ろすその眼は、普段はそこから表情を読み取ることは出来ないはずだが、今は悲しみの奥に憎悪が見て取れた。

 

『キミなら、荻原君と精一杯戦ってくれると。悔いのない試合にしてくれると思ってました』

『……ああ、だから俺は』

『なのに、なんで……!』

 

 声を荒らげ、涙を流す黒子。

 白河の言葉を遮り、憤りを吐き出す。

 

『あんなことに……! 相手を弄ぶようなことを……!』

『何を言って……』

『君の変化には気付いてました』

『……あ?』

『まるで去年の青峰君のように、急激に力を伸ばしキセキの世代と遜色ない実力を有している。それでも、白河君はバスケへの情熱は失っていなかったはずなのに、徐々に彼らへ思考が似通ってきたことは』

『……アイツらと一緒にするな! 俺は……!』

『変わりません。黄瀬君は、あの試合の展開をすることを決めていたそうじゃないですか。事前にそういう約束があったから、決勝にも関わらずあっさりスタメンを譲ったんじゃないんですか?』

 

 白河は言葉を返せなかった。

 無論、この黒子の指摘は間違っている。

 だが状況が整い過ぎている。

 加えて冷静じゃない、黒子も白河も。

 

 さらに、荻原に抜かれた失点。

 あれはまさしく執念の差が生んだ起死回生の得点だったのだから。

 それを痛感しているのは紛れもなく白河本人だ。

 

『本当に違うのなら、キミはコートに立ち続けていた筈です。

 キミがいれば……こんなことにはっ!』

『……っ、黙っていれば好き放題言いやがって!』

 

 頭に血が登った白河が黒子の胸倉を掴みあげる。

 体格差もあり、このままではされるがままのはずだが、黒子は尚白河を睨み続けている。

 

『そうやって、また暴力に走るんですか?』

『っ!』

『コートの上で手を出すなんて、以前の白河君じゃ到底考えられなかったのに……』

『くそがっ』

 

 乱暴に開放された黒子はバランスが取れず尻もちをつく。

 

『……じゃ、どうすればよかったんだよ』

『それは……わかりません』

 

 言葉を濁らせ、視線を逸らす。

 だが、心に残っている確かなものがある。

 

『こんな勝利は……こんな思いはもう二度としたくありません』

『……』

『かと言って忘れることもできません。だから……バスケットはもう辞めます

『……わざわざそれを言いに来たのか』

『……たまたま見かけただけです。でも同じ立場から一軍に残った戦友と、ちゃんと別れを告げたかった気持ちはあります』

『勝手にしろ』

 

 座り込んだままの黒子を無視して、白河は立ち上がりその場を後にした。

 公園を出たところで、突然、急激なゲリラ豪雨に襲われる。

 周囲の人々が屋根のあるところ求めて走るさなか、白河はゆっくりと歩き続けた。

 

 激しい雨が自分の体に打ち付けられようとも言った一切気には留めず。

 白河は決意を固めた。

 

 

 

(全中は優勝した……。けど、こんな勝利は認めない)

 

 

(バスケが好きな奴への冒涜と言える帝光の……いや、赤司のバスケを認める訳にはいかない)

 

 

(でも、結局勝ったやつが正しいんだ。黒子が俺にその気持ちをぶつけたのは、敗者()にしか言えないからだ。勝者(赤司)黒子(敗者)の意見を聞くはずがない)

 

 

 

────なら、覆すしかない

 

 

 

 赤司を……アイツのバスケを否定するしかない

 

 

 

 勝つことで 勝つことしかありえない

 

 

 

 そのためならなんで捧げてやる

 

 

 

 敗者()の時間も思考も肉体も

 

 

 

 

 全てを復讐のために

 

 

 

 

 

 

 



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海常編
第82Q  舐めんな


 ミニゲームを行った後日、仮入部期間を終え改めて入部届けを提出したことで、正式に誠凛バスケ部の部員になった。

 かと言って何か変わるわけもなく。

 朝早く起きて自主練をこなし、授業を受けて放課後にチーム練習。下校時間まで火神と1on1を行い、夕食を挟んで走り込み。入浴してストレッチを終えて就寝……こんな感じでバスケ漬けの毎日。

 

「お前、なんで他のキセキの世代みてーに強豪校に行かなかったんだ?」

「あ?」

 

 ある日、1on1を終えた俺と火神は体育館の片付けを行っていた。

 モップがけをしてる最中に、こんな疑問が飛んでくる。

 

「黒子とは昨日それについて話したんだけどよ、お前はどーなんだよ」

「……お前、俺が何したか知らねーのか」

「あぁ、チームメイトぶん殴ったんだろ」

「知っててわざわざ聞いてんのかお前、性格悪いな」

「別にそーゆーつもりじゃねーけどよ……」

 

 モップの柄に肘を乗せて、こちらに向き直る。

 

「お前がコートで暴力を振るうような奴には思えねーからよ」

「……何言ってんだバカが」

 

 足を止めずにモップがけをしながら火神の横を通り過ぎていく。

 

「殴ったのは事実だ。実力があろうとそんな奴にオファーを出すチームがあるか?」

「そうか……。だから誠凛(ここ)に入ったのか?」

「……そうだ、これで満足か?」

 

 一通りモップ掛けを終え、端の用具入れにモップを戻す。

 首にかけたタオルの両端を持って顔全体の汗を拭きながら俺は体育館を後にしようとする。

 

「……けどよ、オレはお前が悪いとは思わねーな」

「は……?」

 

『お前に何がわかる』、と喉から出かけた言葉をなんとか飲み込んだ。

 黒子が喋ったか? 

 いや、アイツがそんな……。

 

「こんだけずっとプレーしてたらわかる。お前は悪い奴じゃねぇ」

「……根拠はねぇだろ」

「ある」

「……なんだってんだ」

「なんとなくっ」

「……ハァ、聞くだけムダだったな」

 

 俺はそのまま振り返ることなく体育館を後にして、部室へ戻った。

 鞄をロッカーから取り出し、シャツを脱ごうとしたタイミングで携帯が通知を鳴らす。

 さつきの催促の連絡かと思い、手に取ってメッセージを見てみると、それは意外な相手だった。

 

 

「……あ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 翌日、チーム練習にて学年混合のミニゲームを行っている。

 ディフェンスに戻る中、ボールの加速に合わせて体勢を整えた。

 

「っし!」

 

 黒子のパスを受けた火神が仕掛けてくる。

 ディフェンスを剥がすようなパスではなく、敢えて攻撃を遅らせて火神に一息つかせ、余裕を与えるパス。

 火神が個で突破できる選手ゆえの判断か。

 

 火神が選んだのは得意の右ドライブ。

 速さもさながら、パワーもあるため生半可なフィジカルでは吹き飛ばされる。

 

「あめぇ」

 

 つっても、得意ってことは読みやすいってことだ。

 それが分かれば対処は容易い。

 苦労もなくドライブに付いていくかが、火神が笑った。

 なにかあるな……? 

 

「あめぇかどうかは、これ止めてから決めろよっ!」

 

 不意に急ブレーキをかけ、時計回りにターンを決める。

 キレは申し分なく、その勢いを利用してダンクに跳ぶ。

 

「はやっ!?」

「これなら……!」

 

 この緩急もあの跳躍(ジャンプ)を生み出す脚力がなせるものか。

 大したものだが……

 

「あめぇっつってんだよ」

「ぐっ!?」

 

 ブロックのタイミングを敢えてワンテンポ遅れさせてから跳ぶ。

 振り下ろし始め、しかも左。

 ここからモーションを変えることや止めることはできない。

 

 側面からボールを叩くと、左手から零れ落ち、そのままラインを割る。

 ……ってか、なんで俺の方が先に着地してんだよ。

 

「くっそ! これならイけると思ったのに……!」

「そう簡単に点やるかよ」

 

「アイツらだけレベルが違うな……」

「ホントに1年かアイツら……」

 

 ここで、カントクが笛を鳴らす。

 休憩かと思ったが、どうやらそのまま集合があるらしい。

 その場で部員に発したのは……

 

「海常高校と練習試合!?」

「そっ!」

 

 週末に急遽決まった練習試合。

 それに驚く二年生と笑顔を見せるカントク。

 これだけのリアクションを見せるのも、当然の相手だ。

 

「海常って、そんなに強いんですか?」

「全国クラスの競合だよ。I・H(インターハイ)とか毎年普通に出てる」

「ええっ!?」

「相手にとって不足はないでしょ!」

「不足どころか格上だよ……」

 

 神奈川の強豪、海常高校。

 海を思わせる校名と青を基調としたユニフォームを愛用することから、他校やファンからは『青の精鋭』とも呼ばれている。

 

「まっ、ここからは桃井に言ってもらった方がいいかな」

「はい」

 

 カントクの代わりにさつきが前に出る。

 

「皆さんも知ってのとおり、海常高校は黄瀬涼太を獲得しました」

「あっ? 黄瀬って……」

「はい、キセキの世代の1人のスカウトに成功したことで、大幅な戦力強化を実現しました。間違いなく、今年の全国大会の優勝候補の一角です」

 

 さつきの言葉に、部員のほとんどは生唾を飲み込む。

 去年実績を残したとは言えまだ創部2年目の誠凛と全国常連の海常とでは格が違う。

 そんな相手との対戦が決まり、浮き足立つ面々の中で火神は1人闘争心を燃やしていた。

 

「ありがてー……まさかこんなに早くやれるとはな! 白河、黄瀬ってどんなヤローだ?」

「……いけ好かねぇけど、確かにアイツは天才だ。サカってるところ悪いが、今のお前なら……」

 

 どうだろうな。

 コイツも伸び代と成長速度は凄まじいものがある。

 あのバカが今、どの程度のレベルかは知らねーからなんとも言えねーが。

 

「どんなやつだ?」

「金髪でピアス空けてんな。後、ムカつくが顔たちはいいな」

「あんな感じか」

 

 そう言って火神は体育館のステージで脚を組む青年を指差す。

 グレーの制服を着崩し、ネクタイは緩めて胸元は第一ボタンを空けて余裕を確保している。

 周りには色紙を持った女子生徒が列をなしている。

 

 …………ん? 

 

 

「さつき、あれって……」

「うん。黄瀬君だね」

「……お久しぶりです」

「3人とも、お久しぶりッス。それと……5分待っててもらっていいっスか?」

 

 

 なんでテメーがそこにいやがる……。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 ギャラリーが去った後、ようやく黄瀬はステージから降りてコートに降り立った。

 

「なんでここにいる?」

「そんなに警戒しないでくださいっス。次の対戦相手誠凛って聞いて、3人が入学したの思い出したんで、挨拶でもって。黒子っちは1番仲良かったし! 白河っちもほぼ毎日1on1した仲じゃないっスか」

「別にフツーでしたよ」

「大輝と俺の間に割って入ってきただけだろ」

「あれ!? 酷くないっスか!?」

 

 ……ヘラヘラしやがって。

 こーゆーところは変わらねぇな。

 

「で、本当は何しにきた? 挨拶だけってわけでもねーだろ」

「ありゃっおみとーしッスか。じゃあ単刀直入に言うと、黒子っちくださいっス。また一緒にバスケやろーよ!」

 

「はっ!!?」

 

 周囲の部員全員が驚きの声を上げる。

 相手は紛れもない天才。

 そんな相手が、影が薄くパッとしない黒子をわざわざ直接スカウトに来たんだ、帝光じゃないと驚くのも無理はない。

 

「言っとくけど、これマジな話っスからね? 黒子っちのこと尊敬してるから言ってるんスよ?」

「ありがとうございます……丁重にお断りしますが」

「ええっ! 判断早くねっ!? もうちょっと考えて欲しいっス!」

「であれば、ボクの考えは決まってますよ。キセキの世代(キミたち)を倒すと……」

「らしくねーっス、よっ!?」

 

 刹那、黄瀬に対してボールが飛んでくる。

 辛うじてキャッチしながら飛んできた方向を見ると、犯人の火神がギラついた眼で黄瀬を捉えていた。

 

「なんスかもう〜」

「再会中悪ぃけどな、せっかく来てくれてそのまま話だけってのはないだろ。ちょっと相手してくれよイケメン君」

「火神!」

「ちょっと火神君!?」

 

 いきなりの宣戦布告に戸惑う主将(キャプテン)とカントク。

 一方の黄瀬は、火神に対してあまり興味が無さそうに見えた。

 

「君か……別に悪くねぇけど、本命は()()()なんスよね」

 

 そう言って黄瀬は俺の元に向かって歩いてくる。

 

「オイ、無視すんがっ!」

「火神。一旦離れろ」

 

 ガンを飛ばす火神を払い除け、黄瀬と真っ向から対峙する。

 さっきまでのファンサービス中の甘いマスクは既に剥がれ落ちていた。

 敵意をぶつけながら、俺に向かって指を指す。

 

決着(ケリ)つけましょうよ、白河っち。アンタとずっとやりたかった」

「……まあ、遅かれ早かれお前らは倒さねーといけねーからな」

「へぇー、それは黒子っちと同じ理由ではないっスよね?」

「ああ、テメーは所詮前座だ。1度でもお前に負けたことがあったかよ?」

「そうッスね、だからちゃんとアンタに勝たないとオレはまだ自分をキセキの世代として認められないんスよ」

「知るか。俺の前に立つなら誰だろうとぶちのめす」

「拳はやめて欲しいっス」

「抜かせ雑魚(ザコ)

 

 

 

 

 

 少しは楽しめそうだな…………。



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第83Q 対海常戦①

「ワッくん、調子はどう?」

「いつも通りだな」

 

家を出る直前、カバンの中身の確認を終えたタイミングでさつきが声をかけてくる。

前日まで練習をしっかりこなしたが、疲労は抜け切っているし体調に問題はない。

特段いつもと変わっているところはないと思うが。

 

「そう・・・。今日は相手が相手だから・・・」

「まあ、簡単な試合じゃないのは分かりきっているからな」

 

キセキの世代。

3年・・・黄瀬とは2年ほどだが、一番近くでアイツらの姿を見てきた。

紛れもなく正真正銘の天才たち。

それは嫌と言うほど理解している。

 

でもな・・・俺は黄瀬に劣っていると思ったことは一度もない。

 

立ち上がり、ベッドの上で畳まれていたジャージに袖を通した。

前は閉めず、ジャージの袖は上腕の半ばまで捲り上げる。

 

「変じゃないか?」

「似合ってるよ」

「そっか」

「中学の時は普通に着てたのに、イメチェン?」

「いや、袖が足りん」

「えぇ・・・」

「っと、そろそろ時間だな」

 

一度学校に集合する必要がある。

一年は早めに来いっていうモンはないけど、余裕持って出たいからな。

襟を正しながらそんなことを考えいると、いつの間にかさつきは俺の顔を覗き込んでいた。

 

「・・・なんか俺の顔に付いてるか?」

「ううん、そうじゃないけど・・・その、ね。ちょっと怖い顔してるから」

「そうか?」

「・・・うん」

 

まあ、意識するなってのも無理な話かもしれん。

アイツは積極的にバカやってたからその時の感覚がまだ抜けてない。

それはこの前会った時にわかった。

悪い意味で変わらないところは、昔を思い出し苛立ちを蘇らせたことを思い出す。

 

「ワッくん・・・」

「っ」

 

いつの間にか、黄瀬のことを思い出して無意識に顔が強張ってしまった。

不安そうな顔を浮かべるさつきを見て、俺は頭を撫でる。

 

「心配はいらねぇよ」

「ホント・・・?」

「ああ」

 

“上”の都合であやふやになった俺と黄瀬の優劣。

同じチームにいる間は白黒つけることが出来なかったが、それが今日やっとハッキリさせられる。

 

「コートに立てば勝負に集中することになる。少なくともその間は昔のことは関係ねぇよ」

「・・・うん、頑張ってね」

「あぁ」

 

黒子の補助とはいえ、アイツの教育係として最後に教えてやらないといけない。

最後に優劣を叩き込んでやる・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

海常は私立校且つ運動部に力を入れていることもあって、多くの競技の専用施設が用意されており、それを十分建てられるだけの敷地面積を有する。

その広さに感心しながら歩いていると、前方から見知った顔が現れる。

 

「どうもっス皆さん。今日はよろしくっス。黒子っち、今からでもウチにこねーっスか?」

「結構です」

「え〜・・・オレ女の子にも振られたことないのに」

「黄瀬・・・!!」

 

標的を見つけた火神が殺気立つが、それを黄瀬は受け止める。

 

「うおっ、気合十分って感じっスか」

「この前無視されたからな!」

「それは申し訳ないっス。でも・・・」

 

そう言って俺の方へ向き直る。

 

「やっと白河っちと決着(ケリ)つけれるんで、テンション上がっちゃって、ね?」

「それに関しては否定しねぇけど」

 

俺はまだ笑みを浮かべる黄瀬に詰め寄る。

 

「高校生になっていきなり土をつけられる覚悟はあんのか?“キセキの世代”」

「オレに勝って成り替わろうって魂胆スか?」

「ん?死んでもごめんだけど」

「・・・キセキの世代って呼ばれ方にこだわりとかないっスけど、そこまで言われるのはちょっとな〜」

「まぁ、一軍に上がって来たばかりの頃と同じ結果にならねぇようにしろよ」

「当然っ!目にもの見せてやるっスよ!ま、それはそうとしてついて来てくださいっス。多分準備できてるんで、行きましょうっ!」

 

一瞬、真剣(マジ)な顔を見せるも、踵を返して先導する黄瀬に従って歩き始める。

目を凝らしてみると、黒のノースリーブシャツの背中部分に汗じみが浮かんでおり、心なしか後ろ髪にも水気が見てとれた。

試合のために入念にアップはしてたってことか・・・。

 

やがて大きな建物が見えてくると、入り口には『バスケ部専用体育館』の表札が確認できた。

扉を開けてコートに足を踏み入れると、予想外の光景が広がっていた。

 

 

「んだこれ・・・」

 

 

体育館を半分で仕切り、緑色のネットの向こう側では海常の選手が汗を流している。

試合予定の選手がウォーミングアップをしているわけではなさそうだ。

 

「・・・さつき、これって」

「多分そうだと思う」

 

狭い半面コート。

年季の入ったリング。

まあ、どう考えても歓迎されてるわけじゃないな。

 

「ああ、来たか。」

「あ、はい。今日はよろしくお願いします」

「はい、ヨロシク」

 

コートの端にいた恰幅のある中年男性が煩わしそうにカントクと挨拶を交わす。

おそらくあれが向こうの監督だろう。

 

「・・・で、その、これは?」

 

昨年できたばかりの新設校と全国区の強豪校。

監督と言ってもこっちは学生で向こうは海常を率いる実績と実力がある。

その差を理解した上で、カントクは恐る恐るなるべく下手に出てこの状況の説明を求めた。

 

「見ての通りだよ。ウチとしてはI ・H(インターハイ)予選を見据えた軽い調整のつもりだが、出場しない選手は観戦させるよりも練習させていた方が実になると思ってね。こうゆう形で今日はやらせてもらうよ」

「はぁ・・・」

 

この時点で、全員察した。

練習の片手間の相手にしか考えられていないと。

随分と舐められてるみたいだな・・・。

 

「だが、調整と言ってもウチのレギュラーだ。トリプルスコアなんてならないように、それと・・・」

 

肥えて脂肪に埋もれそうな垂れた眼が俺と合った。

蔑むようなその眼は、見覚えがある。

去年の全中後に多くの人間に向けられた眼だ。

 

「怪我を負わせたり、乱闘騒ぎなんてことは起こさないでくれよ」

 

 

明らかに俺に向かって吐き捨てた言葉を残し、デブは黄瀬に視線を向ける。

 

「黄瀬!なにユニフォーム着とるんだオマエは出さんぞ!」

「えっ」

 

は?

 

「オマエは格が違うんだ。黄瀬抜きのレギュラーでも勝負になるかわからんのに、出したら試合にもならなくなってしまうだろ」

「監督、そーゆーのやめて・・・」

 

どこまでもこっちを下に見てやがるな。

まぁここまで徹底してたら逆に清々するモンだが。

それはそうとして・・・

 

「黄瀬」

「オレも知らなかったんスよマジで!!じゃないとあんなこと言わないっスよ!!」

「・・・まぁいいっか」

 

コイツにどうこう言ってもしょうがない。

決定権はあのおっさんにある。

だったらここで騒ぐよりも手っ取り早くてわかりやすい方法がある。

 

 

「流石にベンチには入るだろ」

「そうっスね」

 

黄瀬の元を後にして、俺は火神の元へ。

コイツも馬鹿にされていることに対しての怒りが誰よりも大きい。

冷静さを書いてるのはダメだが、この反骨心は利用できる。

 

「火神、どうすればいいか分かってんな?」

「一発ブチかまして、あのおっさんをギャフンと言わせる!!」

「そうだ。どのみち、キセキの世代を倒そうってつもりなら、有象無象(それ以外)の奴らに苦戦する余裕はねーぞ」

 

黄瀬を引っ張り出せないようじゃこのチームに未来はない。

その程度じゃあ、全国で赤司を倒す資格すらねぇんだ。

 

「オイ!誠凛の皆さんを更衣室に案内しろ!」

 

その言葉に反応して、1人の部員が俺たちを誘導する。

体育館を去る前に、カントクは改めて海常の監督に捨て台詞を吐く。

 

「あの、すいません。調整とかは無理かもしれません」

「は?」

 

 

「黄瀬君」

「うおっ!この感じ久しぶり・・・」

「体は冷やさないでくださいね」

 

 

「「そんなヨユーはすぐなくなると思いますよ」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「火神、耳貸せ」

 

 



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第84Q  対海常戦②






「それではこれより、海常高校対誠凛高校の試合を始めます!!」

 

 向こうが用意した審判がそれぞれのスターティングメンバーに集合をかける。

 ベンチを離れる直前、カントクに再度確認をとる。

 

「カントク、さっき言った通りでいいですか?」

「構わないわ! そのかわり、絶対に相手をギャフンと言わせるのよ!!」

「もちろん」

 

 あまりに急な申し出だったが、ひとまず許可が出た。

 これで真っ向から海常の、向こうの監督(デブ)の出鼻を挫いて赤っ恥掻かせてやるよ。

 

「ワッくん、頑張ってね」

「ああ、任せろ」

 

 さつきからもエールをもらった。

 整列に加わると、それに対して日向(キャプテン)が茶化してくる。

 

「見せつけてくれるなホントっ。試合前からお熱いこって」

「そんなつもりはないんですが」

「だから腹立つ」

「理不尽すぎませんか」

 

 冗談はさておき、と日向(キャプテン)の顔がマジになる。

 メガネのブリッジを中指で押し上げ、レンズの奥から鋭い視線を向けてくる。

 

「かなりリスクのある判断だが、それに見合うと思ってお前の奇策を採用したんだ。分かってるな?」

「はい」

 

 俺には中学の時の悪いイメージがある。

 それを払拭したいわけではないが、少なくともいい印象は持たれていない。

 だが、コートで俺の力を見せつければ試合には出れる。

 素行は悪くても実力で帝光にいたあのバカがいるんだから俺もいけるだろ。

 

 

「あの……始めるんで、誠凛5人出てください」

 

 審判が困惑した様子で促す。

 多分審判の目には日向(キャプテン)と伊月さん、俺と火神しか写っていないんだろう。

 安心してくれ、目の前にいるから。

 

「あの……います5人」

「……うあああ!?」

 

 黒子の影の薄さは相変わらず。

 審判と一緒に海常の選手も黒子を捉えていなかったようで、突然湧いて出たように映る黒子に驚きを隠せない。

 

「うわっ……目の前にいて気付けなかった」

「あんなのがスタメンかよ……」

「こりゃ警戒するのは火神(#10)白河(#12)だけだな」

「つーか、そもそもバスケできんの?」

 

 会話の内容は聞こえないが、反応は驚き半分拍子抜け半分と言ったところか。

 まあ、こんなに存在感のない奴を警戒しろってのがムリな話ではあるんだが。

 

「話にならんな、もう少しまともな選手が出てくれると思ったが」

 

 海常の木偶もがっかりした様子だが、黒子の実力を知っている黄瀬だけは期待を孕んだ笑みを浮かべる。

 

「確かに、まともじゃないかもしれないっスね」

 

 ようやく試合が始まる。

 ジャンプボールを跳ぶのはC(センター)の水戸部さんではなく、PF(パワーフォワード)の火神。

 

「誠凛のCって水戸部(#8)じゃ……」

 

 安定感をもたらす水戸部さんの代わりに黒子をスタメン起用。

 意表を突くこともそうだが、それ以上に重視したのは瞬間火力。

 個人の力量ならともかく、5対5で勝つつもりなら多少のリスクは必要だ。

 チームとして見て、格上相手なら尚更。

 

「始めますっ!」

 

 審判がボールを上空に放り投げ、試合開始(Tip off)

 タイミングは僅かに遅れるも、圧倒的な高さで火神が競り勝つ。

 

「高っ!?」

「っしゃあ!」

 

 弾いたボールは伊月さんが抑え、()()()()()空間に投げ捨てる。

 

「なっ!?」

 

 ありえない行動に海常の選手たちの足が止まり、視線がボールに集まる。

 すると、突然現れた黒子がボールを殴りつけるように加速させる。

 掌底打ちのように押し出されたボールは一直線に海常側のゴールへ。

 

「相変わらずエグいパスだなオイ」

 

 火神が競り勝ったのを見て、既に走り出していた。

 ボールを左手で掴み、ワンドリブルを挟んでタイミングを合わせ、ダンクを叩き込む。

 

「いつの間に……!」

「それより、なんだ今のパス!?」

 

 試合開始から僅か数秒での先制攻撃。

 だがまだここから。

 動揺が走る海常に息をつく隙も与えない。

 

「当たれ!」

 

 日向(キャプテン)の声に合わせ、即座に全員がオールコートマンツーマンディフェンスに移行する。

 

「笠ま……!」

 

 海常の選手は主将(キャプテン)でありチームの司令塔でもある笠松へパスを渡したい。

 スピードとハンドリングに優れた彼なら、独力でこのプレスを打開できる。

 こんなにもわかりやすい最適解、潰さねぇわけないだろ。

 

「チッ、どけよ」

「素直に聞くバカがどこにいるんですか」

 

 俺が笠松にフェイスガードで張り付き海常の心臓を押さえ込む。

 失点後のスローインを投げないといけない制限時間(リミット)である5秒が迫る。

 余裕を奪われる中で、小堀はフリーになっている中村(黄瀬代役)を見つける。

 

(中村経由で笠松にパスを通す!)

 

 ギリギリで見つけたディフェンスの穴。

 迷わずパスが出るが、次の瞬間に顔色が変わる。

 

 マークは()()()()()のではなく、()()()()()

 影は光があればいかなる場所にも現れる。

 神出鬼没なんだよ。

 

「なっ……!?」

 

 待ち構えていた黒子がボールを床に叩きつける。

 大きくバウンドしたボールに反応したのはただ一人。

 

 額や顳顬(こめかみ)に青筋を浮かべ、ボールを持つ手には力が籠る。

 高校生離れした対空時間の間に全身の力を集約させ右腕を振り下ろす。

 

 

「食らえ!!」

 

 

 ────バキャッ!! 

 

 

 甲高い金属音の代わりに鳴り響いたのは木片が無理矢理引き剥がされたような音。

 ボールを叩きつけたはずの手にあるはずのない重量感を感じた火神が自分の右手に視線を落とす。

 

「おお?」

「は?」

 

 思わず間抜けな声が出た。

 なぜなら、火神の手にあるのはバスケットリングだからだ。

 

「おおおっ、ええええ!!?」

「ゴールぶっ壊しやがった!!」

 

 誰もみたことのない光景に驚きの声が上がる。

 中には声を発することもできず、空いた口が塞がらない者も。

 直前までリングがあった場所に伊月さんが眼を凝らす。

 

「ありゃ〜ボルト一本錆びてるよ」

「それでも普通ねぇよ!!」

 

 周囲がまだ騒々しい中、当の本人は間近で見るリングの大きさに自分の顔を重ねて遊んでいる。

 フープに指をかけて回しながら俺と黒子に向き直る。

 

「黒子、白河。どーするコレ」

「どーするもなにも、向こうの備品壊したんだからよ」

「ええ、まずは謝ってから……」

 

 ウドの大木に視線を向ける。

 カントクが一応謝っているが、棒読みもいいところだ。

 スッゲェいい顔してるし、さつきもベンチで笑ってる。

 よくやった火神、マジで。

 

 苦虫を潰したような顔のオークに俺は歩み寄る。

 握りしめた拳を震わせ顔を床に向けていたが、俺に気づくと顔を上げて睨みつける。

 いい気味だな。

 

「すみません、お宅の選手じゃなくてゴールぶっ壊しちゃったんで全面側のコート使わせてもらってもいいですか?」

「……っ!」

 

 怒りやら屈辱やらでなにも言い返さないおっさんは視界から外して、横で座ってる黄瀬に視線を向ける。

 

「いつまで悠長に座ってんだ。さっさと準備しろよ」

「分かってるっスよ。監督、オレ出まーす」

「……勝手にしろっ」

 

 

 やっとこれで試合が始まった。

 

 

 

 

「・・・ボクのセリフ取らないでください」

「なんだよそれ」

 

 




シャックってやっぱりバケモノなんやなって


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第85Q  対海常戦③ 〜○○の模倣〜

結構久しぶりな気が。
夏バテでモチベ低下してました。


「あれ? 結局全面でやんの?」

「ゴールぶっ壊した奴がいるんだと」

「は? ……うわっ! マジじゃん!」

 

 海常のサブメンバーがコートを設営している間、俺たちは荷物を持って新しく設置されたベンチに荷物を移動させる。

 その間にも体を冷やさないように軽く動かそうとした時、ジャージを脱いでユニフォーム姿となった黄瀬がこちらに向かってきた。

 

「ありゃギャフンッスわ。監督のあんな顔初めて見たっスよ」

「人ナメた態度ばっかとってからだっつっとけ!」

「ははっ! いいっスね。アンタは正直眼中に無かったけど……おもしろそーッス、それと……」

 

 火神から俺に視線を向ける。

 

「お待たせっス」

「待ってねぇよ」

「オレはずっと待ってたっスよ、この機会を。そのために色々頑張ってたんスよ」

「俺はどーでもいいんだよ。けどま、良い機会かもな」

 

 黄瀬との距離を詰める。

 ほぼ0距離の中、僅かに背の低い黄瀬を睨み下ろす。

 

「灸を据えてやるよ。しばらくは仕事中(モデル)に顔作れないくらいにな」

「威勢いいッスね。後で桃っちの胸で泣くことになっても知らねーっスよ?」

 

 互いに煽り合い、相手の眼を捉え続ける。

 だが、即座に互いの主将(キャプテン)が止めに入る。

 

「黄瀬! こっち来いつってんだろ!」

「イデェ!!?」

 

 黄瀬は止めに入ると言うより、跳び蹴りかまされてたけど。

 

「オイ、試合始めんぞ!」

「……はい」

 

 日向さんに従って、自陣ベンチに戻る。

 ヤキを入れられた黄瀬の企みが気になるが、どんな手で来ようと止めればいいだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 〈海常ベンチ〉

 

 

「じゃあ監督、()()やりますね」

「……構わん。だが、わかってるな?」

「もちろんっスよ。ぜってー勝つっス!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

「それでは、試合を再開します!」

 

 誠凛は黒子を1度下げ、水戸部を投入して本来予定していたスタメンへ。

 海常は中村に代わり、SF(スモールフォワード)には黄瀬が入った。

 投入直前に観客(ギャラリー)から黄色い声援に対してファンサービスを行っていたせいで再び笠松に殴られていたが、笛が鳴ると雰囲気は一変する。

 

「スイッチ入るとモデルとは思えねー迫力だな」

「……伊達じゃありませんよ、中身も」

 

 海常ボールで再開、笠松がボールを運ぶ。

 その間に他の4人はポジションに付くが、アイツらの表情を見る限り、それぞれのマークは予想外だったのだろう。

 

「黄瀬には火神(#10)……!?」

 

 代わりに、海常のPF(パワーフォワード)である早川には俺がついている。

 キセキの世代をよく知るエースキラー()が直接マッチアップしないのは想定外だったのか? 

 熟知している(知ってる)からこそ、こうするんだよ。

 

「まあ、そう来るとは思ってたッスよ」

 

 それでも、黄瀬は真っ向勝負(1on1)を選ぶ。

 ボールを受け取り、軽く左右に体を揺らして火神の出方を窺う。

 

「お手並み拝見……ってところっスね」

「来い!」

「ははっ、力みすぎっ。そんなんじゃ……」

 

 チェンジ・オブ・ペースで火神を出し抜く。

 と言っても、ボールハンドリングは至ってシンプル。

 素の身体能力は上がってるし、この前うちに来た時に火神の動きのクセも見抜いてる。

 そう思えるような、滑らかなドライブでインサイドへ侵入してくる。

 

「オレは止めれないっスよ!」

「速っ……」

 

 だが、黄瀬はすぐに後退(バックステップ)を選択する。

 それによって抜きされたはずの火神が再度黄瀬とリングの間にポジションを取り直せた。

 

「……笠松センパイ!」

「はっ!?」

 

 1度ボールを笠松に戻す。

 つい最近入学したとはいえ、既に黄瀬はれっきとした海常のエースだ。

 それがいきなり勝負を投げたように映る光景に、海常ベンチから怒号が飛ぶ。

 

「黄瀬ぇ! 勝負せんかっ!? なぜドライブを止めた!?」

「あー……めんどくさいっスね。後で説明しないと」

 

 たははー、と頭を搔く黄瀬。

 エースがこの逃げの一手を打った理由を、同じコートに立つ司令塔の笠松は勘づいていた。

 

(まさか……)

 

 疑問を確信に変えるため、次のプレーをハンドサインで示す。

 それを見た小堀がスクリーンの壁役となり、P&R(ピックアンドロール)で仕掛ける。

 

 鷲の眼(イーグル・アイ)を持つ伊月さんはそれを察知できるが、大事なのはスクリーナーを意識させること。

 笠松のスピードであれば無理やりにでもドライブでリングに迫れる。

 

 黄瀬よりも深くペイントエリアに迫る。

 それによって、俺の守備範囲(テリトリー)に侵入した。

 

「迂闊に攻めてくんなや」

「やべっ……!」

 

 横薙ぎに腕を払い、笠松の手からボールを弾き出す。

 だが、黄瀬の様子からある程度の予測が立っていたのか、手が届く前に僅かにボールを引いていた事で、予想よりもボールが転がり、サイドラインを割った。

 

 流石に反応がいいな。

 全国区の選手なだけある。

 

「ねっ、やばいっしょ? 白河っちの守備範囲の広さ!」

「ああ……これならお前をマークするよりも効率的に守れるな」

「早川先輩、基本的にゴール下にポジション取るから、ドライブしたら白河っちに捕まるし、かと言って外一辺倒だと後々キツくなるし……」

「冷静に分析してる場合か!」

「いって! 肩パンやめてくださいっス!」

「こっちはリングぶっ壊されてんだぞ(盛大な挨拶もらってんだぞ)! だったらエース(テメー)がきっちり挨拶返しやがれ!」

「……とーぜんっス。だから()()やるっス」

「監督に許可は?」

「貰いました。一先ず第1Qだけ、リードを取り返すためにって感じっスかね」

「……現時点での“対キセキの世代用の武器”だったのに、ここで使っていいのかよ」

「むしろここで使うべきっスよ」

「あ?」

「白河っちにこれが使えるなら、他のキセキの世代にも通用する証明になる……! 試さない手はねぇっスよ」

「……っし、わかった。早川! ちょっと来い!」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 スローインで再開。

 すると、早川が火神の後ろに張り付く。

 

 それに合わせて、黄瀬が外に開くような動きを見せる。

 火神も付いていこうとするが、早川がスクリーンを行うことでマークを剥がす。

 

「火神、スイッチ」

「チッ」

 

 黄瀬の動きに合わせた笠松からのパスが通る。

 右サイドで俺とアイソレーションの1on1を選んだか。

 別にそのまま様子を見ても良かったが、なんか話してたんだしこれが狙いなんだろう。

 

「いいぜ、乗ってやるよ」

 

 こちらから一方的にスティールを狙える間合いを瞬時に図り構える。

 それに対して、黄瀬は猛然と突っ込んでくる。

 

模倣(コピー)を使うなら……この前の火神のコンパクトターンダンクか、あえて直前に止めた笠松のドライブ。この二択か、だったら万が一にも反応が遅れることは……)

 

 ありえない、そう踏んでいた。

 黄瀬の突進に対して距離を保ちながら俺はそう考えていた。

 

「行くっスよ?」

「……!」

 

 刹那、黄瀬が速度を上げる。

 その中で織り交ぜるハンドリング。

 決して反応できないスピードでもボール捌きでもなかった。

 

 だが、俺は一瞬驚きで体が固まった。

 その動きは明らかに見覚えのあるモーションだったからだ。

 

 

 

 ────ダムッ!!! 

 

 

 

 僅かに黄瀬との距離が詰まる。

 故に懐に入り込まれたような形になってしまう。

 

 レイアップに跳んだ黄瀬のシュートコースを防ぐが、間合いを保ち続けれなかったことで、ダブルクラッチで躱せるだけの隙が見つかった。

 そこに投げ込まれてボールがボードを経由してリングに吸い込まれる。

 

「きゃ───! 黄瀬く──ん!!!」

 

 華麗なプレーに、観客(ギャラリー)が声を上げ手を叩きながら喜ぶ様子は気にならなかった。

 それどころじゃないからだ。

 

「今のは……」

 

 一瞬、ベンチに視線を向ける。

 さっきのプレーを見ていたさつきと黒子も目を点にして驚いている様子を見るに、俺の勘は間違っていないらしい。

 

 いや、わかっていたはずだ。

 この動きは……この緩急とリズムはまるで……

 

 

「……大輝の動きかよ」

 

 

 

 

 




ちなみに、○○は漢字2文字やで


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第86Q 対海常戦④

 見間違えるはずもない。

 人生の大半はこの動きをするアイツとバスケをしてきたんだ。

 リズムや緩急は、間違いなく大輝のものだ。

 でも……

 

「オイっ、なんだ今の!!」

 

 火神の動物的な勘が黄瀬のプレーに対して働いた。

 倒すべき対象となるキセキの世代の実際のプレーを初めて見た。

 たったワンプレーで黄瀬の……“キセキの世代”の異常さに気が付いたらしい。

 

「騒ぐなよ。多分、まだ序の口に過ぎないぞ」

「はっ?」

「さすがキセキの世代、白河相手でも点とってくるんだな」

 

 先輩たちも集まってくる。

 普段とは違って、あっさり取られたから驚いてるのか? 

 ……気に入らねぇ。

 

「と言っても、あれは黄瀬の動きではないんですよ」

「どーゆーことだ?」

「すぐに分かります。それと……」

 

 ここで、俺は一つ仮説を立てる。

 それを証明するために、火神を使うことにするか。

 

「火神、次のオフェンスでボール持ったら仕掛けろ」

「あ? 言われなくてもやってやるよ!!」

「……おそらく、黄瀬はお前のマークにはつかない。それでもだ、リングに向かって突っ込め」

「なんでわかんだよ。つか、オレはマークしねぇってナメられてんのか?」

「そうじゃねぇよ。理由はすぐにわかるから……」

 

 火神の肩に右手をポンっと置く。

 

「もう一発、今度は黄瀬の上からダンクぶちかましてこいよ」

「……おうっ!! 観客(ギャラリー)の声援を悲鳴に変えてやらぁ!」

「ケガはさせんなよ」

 

 焚き付けることは成功したな。

 っと、ここでベンチに目配せをする。

 相手はさつきだ。

 

 意図を察して、ノートを置いてカバンの中身を漁り出した。

 コレで後半までには答えを出せる。

 

 大輝のプレーの模倣(コピー)を見た時に感じた違和感の正体。

 その答えに──────。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 2-2、同点で誠凛(こちら)のオフェンス。

 予想通り、黄瀬は火神ではなく俺をマークしている。

 火神のマークは同じPF(パワーフォワード)の早川。

 

「……気にくわねぇな」

「なにがっスか?」

「とぼけんな。火神じゃなくて俺をマークするのは俺が(アウトサイド)から打てるからだろ」

「…………」

(ゴール下)でしか点が取れない火神なら後手でも対応できるもんな?」

「ありゃ、()()()()気が付いてます?」

「さぁな」

 

 探ってる段階だっての。

 流石にここまでの成長はさつきも予測は難しい。

 

「俺と火神、二人を一人で止めるつもりか?」

「……いーや、その回答は80点ってところっスね」

 

 ここで黄瀬は会話を切り、視線を変える。

 黄瀬と同じ方向に顔を向けると、火神がボールを受け取ったところ。

 早速1on1を仕掛けるようだ。

 

 対峙する早川は瞬発力を武器にOR(オフェンスリバウンド)を得意とする選手。

 だから平面でもそう簡単には負けないとは思うが……相手が少々悪い。

 

「……っし!」

「おおっ!?」

 

 鋭いドライブで半身前に出る。

 咄嗟に身体を入れようと腕を伸ばす早川だが、火神はそれを意に介さず吹き飛ばす。

 荒々しく、パワフルなドライブでペイントエリアに差し迫る。

 

「行けっ、火神!」

 

 伊月さんの声に後押しされるかのように、リングとの距離を詰める火神。

 シュートモーションに入る直前、ドリブルを止めてボールを保持する。

 次の1歩を踏み出せば、その巨躯はリングを襲う。

 

 なのにも関わらず、()()()C()()()()()()()()()

 まさか、火神の跳躍に対して腰が引けている訳じゃないだろう。

 ……いや、それどころか自分が火神のヘルプに出ることで水戸部先輩にパスが渡ることを警戒しているようにも見える。

 

()()()()()()()()

 

 まさか易々と点を与える訳でもないだろ。

 つまり、火神を止めるのは……

 

 ────キュッ!! 

 

「……! マジか」

 

 その時耳に入った、聞き慣れた音。

 バッシュの底面がコートとするときに発するあの音。

 特段特別な音でもないが、なぜか一つだけ耳にスッと入ってきた。

 やけに近くで聞こえたその音の方向に眼を向けると……

 

「なっ……!!?」

 

 黄瀬が火神に対してヘルプに出ていた。

 跳ぶために深く踏み込むほんの一瞬の隙をドンピシャで突いた。

 そのボールを弾き出すのではなく、()()()()()()()()

 

「もーらいっ♪」

 

 ボールを掠めとった勢いそのままに、カウンターを仕掛ける黄瀬。

 火神はもちろん、他の先輩も反応できない。

 俺が止めるしかねぇよな。

 

「っと、やっぱり白河っちスよね」

「連続でやらせるかよ」

 

 状況は決していいとは言えない。

 スピードに乗ってる黄瀬に対して、後手に回らざるを得ない状況。

 大輝の動きで撹乱してくるか、それとも他のキセキの世代(奴ら)模倣(コピー)が飛び出すのか……。

 

 ふと、黄瀬が視線を一瞬リングに移す。

 そしてボールを持つような素振りを見せる。

 

 まだスリーポイントラインよりもハーフラインの方が近い。

 だが、ここから打って決めてみせるシューターを俺は知っている。

 

「……図に乗るな」

「!!」

 

 直前でボールを保持することなく、緩急をつけたドライブに移行する黄瀬。

 焦ることなくしっかりと張り付く。

 

(ありゃ、やっぱりバレてんのかな)

(リングの見方がわざとらしいんだよ)

 

 黄瀬の足が一瞬止まる。

 それに合わせて俺も動きを止めるが、そこを突くかのように素早くシュートフォームに入る。

 

「俺は青峰っちと違って、(スリー)も打つんスよ!」

「知ってるわ」

 

 コイツはすぐに模倣(コピー)ができるせいか、決まったフォームが無いようにも見える。

 とはいえ、利き手が違うとはいえわかるもんだな。

 打てば100%決まるだろ。

 

「ま、打てたらの話だがな」

「えっ?」

 

 俺はブロックに跳ばない。

 スタントでプレッシャーをかけることさえしない。

 その必要が無いからだ。

 

「オラッ!!」

「あ!?」

 

 黄瀬の手からボールが放たれる。

 その瞬間に、後方から走って戻ってきた火神がシュートを叩き落とした。

 

(コイツ……速いってか高っ! なんつー跳躍力(ジャンプ力)してんスか)

 

 ボールは大きく弾んでサイドラインを割った。

 海常ボールが宣告されると、やれやれと言った表情を浮かべる黄瀬。

 

「ちょっとやるじゃん。白河っちが出来ないことを火神で補ってるんスか?」

「コイツがやられてもやり返さねー腑抜けなら俺が自分(テメェ)で止めてるわ」

「ふーん……そッスか」

 

 コートの外に出たボールを拾いに行く黄瀬から視線を切り、火神に話し掛ける。

 

「どうだった、さっきのオフェンスでの黄瀬のヘルプ」

「……あぁ、まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()だった」

「これでわかったろ? 黄瀬は動きや技を見ただけで模倣(コピー)出来る」

「つまり……」

「互いのオフェンスを(黄瀬)が迎え撃つ形になるな」

 

 さてと、泥仕合しますか……。

 メンドクセーなオイ。




原作の矛の刺し合いとは真逆の展開を書きたかったで候

今回少ない分、次回早めに出しますね


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第87Q 対海常戦⑤ 〜過去の模倣〜

「……なにこれ」

 

 サイドライン横のベンチから、カントクの声が聞こえた。

 それはこの停滞した状況に対する言葉だろう。

 

 第1Qを半分終えて、点数は2-2から動かない。

 もちろん互いに全力を尽くしてオフェンスをしている。

 だが……

 

「お互いの盾が強すぎて、矛が通りませんね」

「……正直、ここまでとは思ってなかったわ」

 

 ラン&ガンをチーム戦術の軸に据える誠凛の最大の特徴はその得点力。

 攻守の割合を8:2とするほどに超攻撃的なバスケットを武器に昨年激戦区の東京でベスト4にまで勝ち上がった実績がある。

 

 それだけは全国でも確実に通用する部分がある。

 だが、相手が悪い。

 攻撃は全て黄瀬が完封(シャットダウン)してしまう。

 

「行かせねぇっスよ」

「くっ……!」

 

 伊月さんとのパス交換で黄瀬を出し抜こうとする火神だが、その程度では振り切れない。

 ゴール下に走り出し、リターンを受け取るタイミングで伸びてきた黄瀬の腕がボールを弾き出す(スティール)

 

(さっきまでコーナーに居ただろ!? この反応速度と守備範囲はマジで普段の練習で白河に止められた時の感じだ!)

 

 重心が前にある火神と、火神にパスを出した伊月さんは足が止まっている。

 2人を尻目にボールに反応した笠松とスティールの勢いそのままに黄瀬が飛び出す。

 これによって、海常最速の2人によるカウンターが炸裂。

 

「この好機(チャンス)、取るぞ黄瀬っ!」

「もちろんっス!」

 

 好機(チャンス)ねぇ……。

 まあ、確かにそうかもな。

 

「俺が居なければ、な」

「チッ! 戻りはえーなオイ!」

(オレが火神のカットインに反応した時には戻り始めてたって事っスかね? ホントにこの人さえ居なけりゃ……)

 

 2対1か。

 流石に微不利だが、止めらないわけじゃない。

 メンドクセーのは黄瀬だ。

 

 ここまでディフェンスに集中してオフェンスは捨てて観察に充てたおかげで色々とわかってきた。

 コイツ、恐らくキセキの世代全員と俺の模倣(コピー)は可能だ。

 

 だが、()()()()()

 緑間のシュートを(フェイク)に使い、広範囲の守備でボールを奪う手段が紫原みたいにブロックじゃなくて俺と同じようにスティールなのがその証拠だ。

 実戦で使えるのは大輝と俺の模倣(コピー)、それすらも完全ではないが十分に働いてるのは明らか。

 

 しかも、大輝の動きは応用が効く。

 アイツの敏捷性(アジリティ)や緩急をチラつかせるだけでも隙を作れるからな。

 

(それでも、白河っちは後出しで対応できる。まだ足りない……もっと、もっと……!)

 

 瞬間、黄瀬のスピードが上がったような気がした。

 そこに気を取られてボールを保持している笠松への意識が薄れる。

 

海常(ウチ)は黄瀬だけじゃねーぞっ!」

 

 フロントチェンジを交え、外からリングに向かう笠松。

 ……確かに速いけどよ、

 

「その程度のスピードじゃ、欠伸が出ちまうよ」

「チッ!」

 

 まだ遅い、後出しでシュートモーションに入る瞬間に間に合う。

 俺がずっと相手にしてきたのは誰だと思ってんだよ。

 

(シュートは無理だ! だがこっちは2対1なんだよ!)

 

 左手のレイアップモーションから切り替え、ビハインドバックで黄瀬へのパスを狙う。

 熱血漢って感じだが、司令塔(PG)らしく冷静だな。

 

「でも残念。アンタはもう俺の守備範囲(テリトリー)に入っちまった」

 

 体を正対の状態から横に倒すようにしつつ、左手を伸ばす。

 これで完全にパスコースを塞いだことで、笠松の手から放たれたボールを掌で弾いてみせた。

 

「このっ……!」

 

 コートに零れ落ち、弾むボールを掬い上げながら下手投げで鋭いパスを海常のフロントコートへ目掛けて投げ込む。

 ボールはトップで構えていた日向(キャプテン)の手に。

 

「ナイス、白河!!」

 

 カウンターによって前がかりになったことで、こちらの逆速攻への対応が遅れる。

 日向(キャプテン)シュート力の高さはもちろん、勝負所(クラッチタイム)を逃さない嗅覚を持っている。

 

逆速攻(ここ)で決めたらデカい! 一気に流れは誠凛(ウチ)のモンだ!)

 

 ショットクロックはまだ残っているが、迷うことなくリングを見据えてシュートモーションに入る。

 力の入る場面のはずだが、リズムはいつも通りでブレは無い。

 リングに届けば間違いなくネットを揺らすだろう。

 届けばな。

 

「させねぇっスよ!!」

「なっ!?」

 

 さっきまでカウンターに走っていたはずの黄瀬が戻ってきて、日向(キャプテン)のシュートをブロック。

 また大輝の模倣(コピー)使ったか? 

 いや、あの高さはそれに加えて……

 

(今のブロック、俺が序盤に黄瀬のシュートを止めた時の……!)

 

 試合をこなす中でどんどん使える手札が増えていく。

 敵に回すと厄介だ。

 でもな……

 

「どうしよう、1回TO(タイムアウト)を……」

「大丈夫ですよリコさん」

「え?」

「試合を止めたら、有利に働くのは海常(向こう)です。だったら、こちらから動くべきでないかと」

「でも、黄瀬くんのディフェンスを止めるために1回作戦を……!」

「ワっ……白河くんが居れば大崩れはありません。それよりも、相手に状況を整理する時間をこちらから与えたくないんです」

「……なにか考えがあるんでしょうね」

「はい、もちろんです」

 

 

 

 ……そろそろ、“底”が見えてくるな。

 

 

 

 

「……カントク! タイム欲しいッス!」

「あぁ?」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「なんだこのていたらくはお前ら!!」

 

 互いの選手がベンチに戻った時に体育館に向こうの無精髭の怒声が響き渡った。

 無理もない、練習相手にと見下していた相手に対して2点しか取れていないのだから。

 

「何回TOV(ターンオーバー)すれば気が済むんだ! オフェンス寝てんのかおい!」

 

 スコアは2-2から動かない。

 まるでバスケの試合とは思えない塩試合だが、要因ははっきりしている。

 

「つっても、実際白河のディフェンスはやべぇな。こっちもおまえが止めてるからいいとして……このままじゃジリ貧だろ」

「確かにそうっスね……正直、1試合フルで白河っちの模倣(コピー)はムリっす」

「冷静に判断して弱音吐いてんじゃねー!」

「痛っ!」

(……すげぇ汗だな。このローペースでかく量じゃねーぞ)

 

 肩パンが飛んでくるも黄瀬は弁明を図る。

 

「出来ないわけじゃないっスよ! ただ、守備範囲狭めないと試合通してあの守り方は……」

「じゃあ、火神(#10)に対してだけでいい。それ以外の奴らならオレらでも抑えられる。だからオメーはあの2人のディフェンスに専念しろ!」

「っ、了解っス……」

 

 喉からでかかった言葉を、黄瀬は寸前で飲み込んだ。

 これ以上笠松から弱音制裁肩パンチ()を食らいたくないのもそうだが、多少のリスクを覚悟してでも、残り5分を耐え忍ぶ必要があることを実際に感じて貰う方がいいと考えたからだ。

 

(そうさせてくれない、イレギュラーがまだ控えてるんスよね。5分間視線感じっぱなしだったし)

 

 誠凛のベンチを横目で確認するが、やはり視界に映らない。

 相変わらずの()()()()に、思わず苦笑が漏れる。

 

 

 

「笑ってんじゃねぇ! よゆーあんのかオイ!」

「今のそーゆーのじゃないっスよ!!」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

「とりあえず、ディフェンスは問題ないわ。白河君中心にあの黄瀬君を抑えれてるから、そこに関しては引き続きよろしくっ!」

「後は、オフェンスですが……」

 

 ハイペースバスケを掲げる誠凛にとって、この試合展開は望ましいものじゃない。

 点取り合戦なら負けるつもりはないが、この絶妙なバランスで保たれている均衡を崩すとなると難しいところはある。

 

「白河君、黄瀬君は任せても大丈夫?」

「……当然です」

「よしっ! じゃあ火神君はオフェンス頼むわよ!」

「普段喧しいのに、今日は大人しいですもんね」

「るせぇよ!」

 

「とは言え、事実アレはやばいな」

「ああ。実質白河相手に点を取らないといけないし、それ以外の選手のレベルも決して低くはない。常にダブルチームされてるようなもんだ。どうする?」

「それに関してですが……」

 

 ここでさつきが口を開く。

 そして、まずは火神に顔を向ける。

 

「多分、火神君は今のままだと点は取れないと思う」

「ああ!? んなもんっ!」

「事実、ここまで5分間黄瀬君に止められてるでしょ。ムキになって突っ込んで、自分と同じモーションで点を取られかけてるのはわかってるよね?」

「くっ……」

「責めてる訳じゃないの。確かに黄瀬君は強いけど、弱点はある」

「弱点!?」

 

 さつきの言葉に火神だけでなく他の部員たちも反応する。

 

「あるのか!?」

「うん。だから……」

 

 その時、おもむろに立ち上がった黒子がリストバンドの位置を調整しながら火神の前に立つ。

 

 

 

「ボクが、火神君の活路を導きます……!」




暗躍開始


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第88Q 対海常戦⑥

 TO(タイムアウト)終了後、それぞれ選手の交代を行った。

 誠凛は水戸部と黒子を変え、スタメンと同じ布陣に。

 一方、海常は早川を下げて守備職人の中村を投入。

 

中村(なかむ(ら))! 頼んだぞ!」

「おう……」

 

 ……少々静かになったから、これはこれで。

 なんてこともねーか。

 

(黄瀬の負担を減らすためにOF(オフェンスリバウンド)を捨て、守備に徹して攻略の糸口を掴む気か?)

 

 ランガン勝負(殴り合い)に転じれば、不利になるのは海常だ。

 黄瀬は俺と火神を同時に守ろうとすれば、例え止めれたとしても防戦一方となるのは目に見えてる。

 

 対して、こっちには幻の6人目(黒子)がいる。

 元々アップテンポなバスケが武器の誠凛(ウチ)がギアを上げて試合のペースを掌握して、尚且つ黒子で変化を付け加えれば自ずと流れを引き寄せられる。

 

 にしても、ディフェンスを強化して耐え忍ぶか……。

 最初の傲慢な態度からすれば、この戦い方を選ぶのは屈辱だろうが。

 

「再開します!」

 

 誠凛ボールで試合再開。

 すると、早速海常が動く。

 

「っ! 火神!」

「うおっ!?」

 

 投入された中村とC(センター)の小堀が火神に対してダブルチーム。

 そして黒子以外にはポジション通りにマンツーマンディフェンス。

 

 俺のマークをする黄瀬が薄らと笑みを浮かべる。

 ……仕掛けてきたな? 

 

 

 

 


 

 

TO(タイムアウト)中、海常ベンチ】

 

 

『試合が再開したら、火神にダブルチームをつけたいっス』

『火神に?』

『はい』

『だが、そこまでする程か? 確かに火神の跳躍(ジャンプ)力や身体能力は驚異だが、2人付ける程じゃ……』

『いや、ダブルチームをする理由は火神を抑えるためじゃないっス』

『あ?』

『誠凛はこの後に間違いなく黒子っちを出してくる。黒子っちは確かに厄介なパサーかもしれないっスけど、パス以外は並以下。シュートが打てない以上、ボールを持たせても問題無いっス』

 

 

『だったら、黒子っちを追い出すために、黒子っちにボールを触らせればいいんスよ!』

『……どうしますか、監督』

 

 黒子の実態を知らない以上、黄瀬の作戦に乗るべきかもしれない。

 ただ、ダブルチームはリスクのある戦術。

 これを第1Q(序盤)から行うことに躊躇いもある笠松は判断を委ねる。

 

 蓄えられた脂肪の上で腕を組み、訝しげな顔を浮かべる武内。

 しかし、すぐに答えを出した。

 

『……わかった、黄瀬の作戦を採用しよう。ただ、あの黒子(#11)が出ない場合は

『いや、確実に出てくるっスよ』

『何……?」

『どーゆーことだ黄瀬』

『色々理由はあるっスけど……1番の理由は、白河っちの攻略方法をオレに掴ませないタメっすね……! 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「くっ……!」

 

 火神はダブルチームを相手にしてもボールを回すことなく、強引に突破を図る。

 C(センター)の小堀は機動力で劣る。

 だが、中村は粘り強く張り付き、振り切らせない。

 

「このっ……!」

 

 それでもパワーで押し込み、無理やりシュートスペースを作ってみせた。

 ミドルジャンパーを狙うが、高さでは小堀が反応を見せる。

 中村のしつこいディフェンスのせいで悪い体勢でシュートモーションに入った火神の打点はいつもよりも低い。

 その高さであれば、小堀のチェックのプレッシャーをしっかりと感じていた。

 

「チッ!」

 

 放った直後に入らないことを悟った火神は自らリバウンドを狙いにペイントエリアに飛び込もうとする。

 その行く手を中村が阻む。

 シュートチェックを小堀に任せたことで、中村はその後のスクリーンアウトに専念。

 

 完璧な連携のディフェンスに、火神は為す術がなかった。

 水戸部さんを引っ込めたことで高さがダウンしたことに加え、火神も(アウトサイド)に追いやられている以上、俺がリバウンドを取らないといけないが……。

 

「すんなりと取らせてくれねーよな」

「トーゼンっス!!」

 

 この通り、黄瀬が立ち塞がる。

 パワーは俺に多少分があるが、細かい技術も上手いなコイツ……。

 

「まあ、いっか」

 

 俺はここでゴール下ではなく、コーナーに向かって走る。

 流石に黄瀬も予想外の動きには対応出来ず、脚が止まる。

 

(なんでコーナーに……つ、そーゆー事っスか!?)

 

 気付いたか? 

 でも、もう遅い。

 

「……森山! 下だ!」

「え?」

 

 笠松が叫ぶが、既に黒子はリバウンドを確保した森山の懐に入り込んでいた。

 油断しているところに右手を横薙ぎ一閃。

 弾いたボールは()()()()()()()()()()()()()()

 流石だな。

 

「させねぇっスよ!!」

 

 黄瀬も懸命に俺との距離を詰める。

 カウンターのドライブを選んでもいいが、折角だからこのまま打つか。

 

 右手で転がるボールを掴み上げ、走った勢いを殺さずににシュートモーションへ。

 フェイダウェイ気味のジャンプシュートにすることで、詰めてくる黄瀬の更に上からシュートをリリース。

 黄瀬はブロックに跳べず、プレッシャーを充分に与えられなかった。

 

 放物線の行方を目で追う黄瀬に対して俺はすぐに視線を切った。

 着地と同時に自陣へ踵を返し、センターラインを越えたあたりでベンチから歓声が上がった。

 

 得点板の隣で暇そうにしていた海常の部員が誠凛側の数字を捲りあげる。

 欠伸してんじゃねーぞ、瞬きすらさせねぇ。

 

 

 

ここからは蹂躙の時間だ。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「おおおらぁっ!!」

 

 黒子が大きく跳ね(バウンド)させたボールはリングの高さにまで跳ね上がり、火神がそれを叩き込む。

 いくらダブルチームとは言え、空中戦では火神が覇者だ。

 誰も届かない。

 止めようがない。

 

「バケモンが……!」

 

 クールにディフェンスを遂行してきた中村が思わず悪態を付く。

 焦りが生まれるのは開く一方の点差のせいだ。

 18-31。

 最初は黒子のパスが合わない場面を突かれた失点もあったが、噛み合った途端に流れは一気にこちらに傾いた。

 

 誠凛の勢いは第2Qに入っても止まらず、得意の速いバスケから得点を挙げている。

 その中心にいるのは火神と黒子。

 

 得点能力がないことをわかっているが故に黒子をフリーにしても問題ないと見ているのかもしれないが、翻弄されることに変わりはない。

 海常の選手は全国から集められたエースの中でもさらに選りすぐり。

 だからこそ、凝り固まったバスケの常識が染み付いている。

 彼らからすれば異常な黒子のバスケは、予測不能だ。

 

「しゃあっ! ナイスパス!」

「しまった……!」

 

 伊月さんのバウンドパスは、コースで見ればポストアップした俺へのものに見える。

 だが、これは(ブラフ)だ。

 俺の手に渡る直前に黒子がパスコースを変え、森山の背後からパスが通る。

 シューターには一瞬の隙が命取りとなるが、どれだけ気を張りつめていようと、黒子はあっさりとその隙を作り出す。

 

 日向(キャプテン)が放ったスリーは綺麗にネットを潜り抜け、これで点差は16。

 20点差が見えできたことで、これまで以上に海常に焦りが見える。

 

「ここはオレが……!」

 

 笠松に変わって、黄瀬がボールを運ぼうとする。

 その行く手を阻むのは……。

 

「はっ!?」

「黒子が黄瀬のマーク!?」

 

 黒子が高い位置で黄瀬へプレッシャーをかける。

 それに対し、黄瀬は怒気を孕む声を上げる。

 

「どーゆーつもりッスか? 大量リードしてるからって舐めプスか?」

「そんなつもりは毛頭ありません」

 

 その瞳に偽りはない。

 それは黄瀬も読み取れたみたいだが、だからと言って黒子が真正面から1on1(サシ)で止められるハズは無い。

 

「わかってんだろーけど……黒子っちがオレを止めんのはムリっすよ!!」

 

 あまりにもあっさりと黒子は突破される。

 まあ、それは想定内だ。

 すかさずヘルプに出る。

 

「ったりめーだろ。黒子舐めんなよ」

「なんスかそれどっち!?」

 

 サイドラインに近い方をに逃げ道を与え、袋小路に追い込む。

 その狙いを察した黄瀬は脚が止まる。

 ……その危機察知能力はこの場においては仇となる。

 

 瞬間、黒子が背後からスティールを狙う。

 気配ゼロの黒子のバックチップに気付ける訳もねぇ。

 進もうと止まろうと詰んでんだよ。

 

 

 

「やっぱ、そんな魂胆ッスか」

「あ?」

 

 なにか黄瀬が呟いたと思ったら、突然の()()()()()()()

 これによって、黒子の不意打ち(バックチップ)は失敗に終わった。

 

「……マジかよ」

 

 これ初見で躱すか? 

 ……ちょっと待て、まさか! 

 

「……隙ありっス!」

 

 懐に一瞬で間合いを詰めた黄瀬に対し、俺は抱え込むように黄瀬の上体を抑え込んだ。

 

「ディフェンス! ホールディング!!」

 

 俺のファールが宣告される。

 同時に俺はベンチのカントクと目を合わせた。

 

「カントク、タイム!」

「……わかった」

 

 素早く何かを察知したのか、スムーズにカントクがTO(タイムアウト)を審判に要求。

 ファールで試合を止めた直後なので、すぐに要求は認められ、互いにベンチへ戻る。

 

 

 その際、黄瀬は笑っていた。

 ……この点差でその顔ができるってことは、まんまと策にハマったみたいだな、クソッタレ。

 




一応Twitterで更新通知してるけど、サイトの活動報告に更新報告したほうがいいかな?


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第89Q 対海常戦⑦

長所は短所


 TO(タイムアウト)を取って、互いの選手がベンチに戻る。

 格上相手に大きくリードを奪った誠凛。

 舐めてかかった相手に足をすくわれている海常。

 

 点差のみを見れば、誠凛が試合の流れを掴んでいるようにとれる。

 だが、ベンチの雰囲気は決して明るいものではない。

 

「で、白河君。わざわざTO(タイムアウト)要求したくらいなんだから、それなりの理由があるんでしょーね」

 

 ボトルのスポドリを流し込んだ俺に、カントクを初めとした周囲からの視線が刺さる。

 直前に黄瀬に抜かれかけてるのもあって心象は悪い。

 

「ファール1つでわざわざタイム取らなくてもいいだろ。あのまま行けば……」

「あのまま……こっちの()()()()()()()()()から取ったんだよ」

 

 火神の発言を否定する。

 次いで、黒子に視線を向けた。

 

「……どうだ?」

「そうですね、予想外のハイペースで()()を失い始めてます」

「効力を失い……あっ」

「あ? 何の話だ?」

 

 日向(キャプテン)やカントクを初めとした2年生や火神はなんのことを指しているかわかっていないようだが、さつきは勘づいたらしい。

 

「そうだ……黒子君の視線誘導(ミスディレクション)は40分フルで使えないんだよね」

「え!? どーゆーことよ!」

「……降旗、そこのボール取ってくれ」

「あ、うん」

「それと、火神はこっち向け」

 

 降旗にボールを取ってもらい、俺は横に座っている火神に体を少し向ける。

 

「俺から視線を離すなよ」

「……? ……おう」

 

 火神と目が合ったのを確認してから、手に取ったボールを上に軽く放り投げる。

 すると、火神の視線は動いているボールに移る。

 

「ほら、もう見てねーだろ」

「……あっ!」

「え? それがカンケーあんの?」

 

 少し離れたところから見ていた小金井さんが素っ頓狂な声を上げて首を傾げる。

 一方でカントクは察しがついたようで仮説を述べてみせた。

 

「黒子君が試合中に消えるのって、今のをコートでやってるってこと?」

「はい。正確には自身から他の物に視線を移して気を逸らすことで元々のカゲの薄さと相まってディフェンスが見失ってしまうというのがカラクリです」

 

 さつきが情報を補足することで全員に理解が及ぶ。

 理屈をわかっていても、俺だって黒子をコートの中で捉え切るのは不可能だ。

 

 本人の才能(カゲの薄さ)視線誘導(ミスディレクション)を連続して行うことの出来る観察眼。

 これらを持ち合わせる黒子だからこそ体現できる(スタイル)は対極にある黄瀬には模倣(コピー)不可能な芸当ではある。

 

「でも、使い過ぎてしまえば相手は慣れてきます。同じ手品を何度も見続ければ、いずれタネに気付いてしまうのと同じです」

「そういうことか……じゃあ、もうこの試合じゃ」

「いえ、1度コートから出て時間を空ければある程度効力は復活します」

「じゃあ黒子君下がって水戸部君入れよっか。それはそうとして……」

 

 交代指示を出したカントクが黒子の背後に回り込み、チョークスリーパーをお見舞する。

 

「そーゆー大事なことは最初に言わんか──!!」

すいません、聞かれなかったので……

「聞かななんも喋らんのかおのれは──!!!!」

 

「……お前らも知ってたなら言えよ」

「帝光の時はそもそも弱点が露呈する場面がなかったからな」

「うんうん」

「あのな……」

 

 黒子の意識が危うい横で俺とさつきも火神に(珍しく正当に)詰められていたが、こればっかりはな……。

 つーか黒子が下がるとなると再びペースが落ちる訳だが、試合の序盤とは訳が違う。

 

 黄瀬は俺の弱点にもある程度アタリをつけてる筈だ……。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 白河の予想通り、海常ベンチは点差について必要以上に悲観していなかった。

 監督の武内も機嫌は悪いが、この後の事態が好転することに期待を含み、まだ怒りを堪えていた。

 

「これで、黒子っちはお役御免……って訳にはいかないっスけど、前半はもう出れねーッスよ」

「火神にダブルチームを仕掛けたのは透明少年(黒子)にボールを触れさせる機会を増やすためか」

「正解! 誠凛って言うより白河っちは黒子っちを多用したがるのはわかってたんで」

「なんでだ? 攻撃を活発にさせたいって狙いがあるのはわかるが……」

「そんなんじゃないっスよ! 白河っちが自分の攻略法をオレに見つけて欲しくないからっス」

「ああ?」

「黒子っちのバスケは流石のオレでも模倣(コピー)出来ないんスよ」

「そりゃあ、オマエはムダに目立つからな」

「ムダにって! しかもなんかそこだけ語気強いし! 

 ……とにかく! だから黒子っち軸に攻めれば白河っちの攻略法をこっちに真似させないようにしつつ優位を取れるワケっス」

 

 

「でもまあ、もうわかっちゃったんスけどね……」

 

 

「……その頭の回転を勉強で使えよ」

「ああ! それは言っちゃいけないっスよ!」

「いけない訳あるかこのバカが!」

 

 

 

 

 

 

「……で、次の攻撃で」

「上手くいくんだろうな? 

「大丈夫っス! 多分!」

「オイ!」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

「……とりあえず! 点差で勝ってるとはいえ、油断しちゃダメよ! ダメ押し行ってきなさい!!」

 

 

 誠凛(こちら)の修正は選手の交代のみで、戦術に細かい変更はない。

 ただ、海常は早川を戻して高さとエナジーを追加してきたので少し(インサイド)を固める必要はあるが。

 そして黄瀬には俺が、早川には火神がマークして全員がポジション通りのマッチアップになる。

 

 海常のスローインから再開。

 ここのオフェンスを落とせば20点差がチラつく。

 だから慎重に行くだろ。

 

(本職のC(センター)を戻し火神も構えさせることで中のディフェンスを、黄瀬には白河を付けてディフェンスは万全ってか?)

 

「……やんなるぜ全く」

 

 ショットクロックは5秒も経っていない。

 それでも迷うことなく笠松はスリーを選択。

 強気な選択に伊月さんは反応出来ず、見送ったボールはフープを潜る。

 

「海常レギュラーナメてんのか? ヌリぃにも程があんぜ」

 

 強い気な発言とプレーは自信の表れ。

 伊達に全国常連校の主将はやってないってか。

 ……黄瀬も笠松の動きに合わせてコーナーに向かったせいでヘルプに行けなかったし、狙ってやがったな。

 

「ったく、しんどいね……つくづく」

 

 日向(キャプテン)がボソッと呟く。

 黄瀬だけを見てるとこうなるぞって脅しはこの局面では間違いなく効果的だ。

 

 ……ナメてんのかって? 

 そんな訳ねーだろ。

 

 

 

 

 

 

 

「立ってるステージが違うんだよ」

 

 

 

 

 

 裏の攻撃ではボールを要求して、黄瀬と真っ向勝負。

 パスを受けてからワンドリブルでエルボーポジション付近へ。

 そこで放ったフェイダウェイはあっさりと海常ゴールを貫く。

 

「これを決めるか……!」

 

 特別なプレーじゃない。

 基本に則ったシンプルなプレーだ。

 特別早くも高くもなく、細かなフェイントも入れてない。

 

(だからこそ刺さるな……! こうもあっさり黄瀬の上から点とるかよ!)

 

 淡々と……粛々とプレーするだけ。

 そこに喜びもやり甲斐もない。

 決まるシュートを打ち込むだけだ。

 

「結局、お前が俺に勝てねぇと試合の流れはこっちのモンだ」

「……知ってるッスよ。だからこそ、ここまで耐えて来たんスよ」

 

 黄瀬も俺との1on1を選ぶ。

 さて、どう来るか。

 さっきの俺か、笠松のスリーのどちらかの模倣(コピー)か? 

 それとも大輝の擬似ドライブか……。

 

(大輝の模倣(コピー)モドキの速さとリズムにはもう慣れた。さっきのファールみてぇなヘマはしない)

(白河っちに通用する手札はそう多くない。だからこそ迷いなく行けるッスね!)

 

 ボールをドリブルせずに保持できる5秒ギリギリで黄瀬が動く。

 この動きは、さっきの俺のだ。

 

「人真似はホントに上手いな」

「そりゃどうも!」

 

 ワンドリブルのキレ。

 モーションのリズム。

 ボールセットの軌道。

 全てが俺と同じだ。

 止めれないわけが……

 

 

「……ニッ」

「……っ!」

 

 

 黄瀬の笑みに背筋が凍る。

 ここで気付いた俺との差違。

 フェイダウェイではなく、俺との距離を詰めてきたことに

 

 

「間に合わないっスよね? その長い腕じゃ!」

 

 スティールに伸ばした俺の腕の下に潜り込んだ。

 咄嗟に腕を引こうとするが判断が一瞬遅れた。

 腕を頭の上に持っていこうとする黄瀬の両腕を上から叩くような形になり、シューティングファールを取られてしまう。

 

 

 

「ディフェンス! 白#12!!」

 

 

 

「チッ……」

 

 やられた、コイツ……!!




ファールを誘発する動きを参照するのにハーデンの動画を幾つか見たんですけど腕の絡め方めっちゃ上手いんですよね。
やられたら絶対キレるけど


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第90Q 対海常戦⑧~片鱗~

久しぶりに2日連続更新


【海常ベンチ、第1Q終了時の休憩(インターバル)中】

 

白河(#12)の弱点!?』

『そうッス』

『そんなものがあるのか?』

 

 信じられないと言った様子で森山が問いかける。

 キセキの世代の黄瀬と互角に渡り合う誠凛のルーキーにここまで抑え込まれている現状で、そんな話が出てくるとは思っていなかったからだ。

 

『白河っちの武器は理不尽なミドルジャンパーと圧倒的な守備範囲。これらを可能にしているのはあの長い腕のおかげなんスよ』

『確かに長ぇとは思ってたが……』

『一般的に腕の長さ(ウィングスパン)って身長と同じくらいって言うスけど、白河っちの場合は身長より確か20センチくらい長いんスよ』

『20……!?』

『黄瀬よりも少し大きいから……余裕で2メートルは超えてるな……』

『加えて脚も長ぇ。あの守備範囲の広さも納得出来る』

『そうッス。だからディフェンスで特に効果を発揮するんスけど、故に懐に潜り込んじまえばいい……!』

『懐に……?』

『あの腕の長さ(ウィングスパン)を意識することで、攻める側は無意識に守備範囲外に出ようとする。でもそうなれば逆に白河っちからすればカモなんスよ。リングから離れたところで勝負できるから守りやすい』

『だからその内側で勝負すればその長さが仇となって……』

『止められにくいって訳なんスよ!』

 

 どうだっと言わんばかりに誇らしげに胸を張る黄瀬。

 しかし他のメンバーの反応はイマイチだ。

 

『簡単に言うが、出来んのかよ』

『方法はあるっス、時間は欲しいんスけど。でも、それよりも簡単な方法もあるって言ったら……?』

『……勿体ぶらずに言え!』

『痛い!』

 

 頬を思い切り抓られ、涙目になりながら黄瀬はさらなる手段を述べる。

 

 

 

 

『いくら守備範囲が広くてもさすがにベンチからは守れないっスよ……』

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「やっと、油断してくれたっスね……」

「……」

 

 してやられたな。

 完全に同じモーションで仕掛けてくると()()()()()せいで反応が遅れた……。

 

「同じシュートを決める自信はしょーじき無かったスけど、結果オーライっス」

「……キセキの世代ともあろう奴が、随分姑息な手を使うじゃねーか」

「これも立派な技術(スキル)っスよ。全中で散々良いようにされたんで」

「……っとに猿真似が上手いやつだな」

 

 悪態はついてもファールに変わりはない。

 偶発的であっても狙ったものであっても審判が笛を吹いたなら受け入れる。

 

「……クソが

(イラついてるな〜ワッくん)

 

 同じ轍は踏まねぇ。

 黄瀬もそれはわかってるはずだ。

 この後どう来るか……。

 

「オイ、白河!」

「っ!」

 

 考え込んでいるうちに黄瀬がフリースローの2投目を放つ。

 ゴール下の競り合いにはもう割り込めねぇな。

 つか、黄瀬なら外さねぇd

 

 ────ガコッ

 

 

「外すのかよっ」

「来たっ! (リ)バンッ!!」

 

 いち早く早川が反応してボールに飛び付く。

 最高到達点ではおそらく火神の方が高いが、そこに到達するまでの速さは負けている。

 

「も(ら)ったぁ!!」

「るせえなほんとに」

 

 遅れて俺もリバウンドに跳ぶ。

 普通なら間に合わないタイミングだが、こっちには片手のアドバンテージがある。

 

「もらいっ」

「あぁ!?」

 

 すんでのところで強奪し、二次攻撃を遮る。

 そして、着地を黄瀬が狙ってるのも見えてんだよ。

 空中で伊月さんにそのままパスを放り投げて、着地狩りも回避。

 

「……これ狙ってわざと外したろ」

「点差負けてんのにそんなマネする奴いねーっスよ」

 

 俺の前にいるんだけど。

 食えねぇなコイツ。

 

「行くぞ、走れ!!」

 

 日向(キャプテン)の声で速攻のスイッチが入る。

 全員が素早くフロントコートに侵入するが、海常も混乱せずにマークに付き、フリーの選手を作らない。

 

(でもゴール下がミスマッチだ!)

 

 冷静に伊月さんはゴール下の水戸部さんにパスを出す。

 森山は一か八かのギャンブルスティールを試みるが、僅かに水戸部さんの手が先に届く。

 

(上手く入れ替わられた! コイツ巧い!)

 

 2点確定の状況。

 だが、森山が粘ったことによって生まれた僅かな時間。

 それだけあれば、黄瀬が追い付く。

 

「やらせねぇっスよ」

「……!」

 

 黄瀬が水戸部さんのシュートを背後からブロック。

 バックボードに当たって跳ね返ったリバウンドを確保した笠松がカウンターに走る。

 

「させねぇ!」

 

 咄嗟に日向(キャプテン)が進路を塞ぐが、笠松はパスを選択。

 ボールを受けたのはさっきブロックに跳んでいたはずの黄瀬。

 

(切り替え速ぇ! 素の身体能力がそもそもバケモン地味てやがる!)

 

「頼む火神!」

 

 黄瀬に追いついた火神がディフェンスを務める。

 身体能力ならコイツも負けてない。

 

「来い! 止めてやる!」

「いい気合いっスね、でも……」

 

 黄瀬は急激な減速から、体をブラさずにシュートモーションに入る。

 このタイミングでのスリー。

 これは……。

 

「笠松のスリー!!」

「一気に点差縮めるッスよ!」

 

 再び強気なプレーの選択で意表を突いた黄瀬。

 だが、火神はそれでもブロックに跳んだ。

 

「させるかよ!!」

「ムリっすよ、もう遅いっ!」

 

 タイミングとしては完全に出遅れた。

 届かねーなこれは。

 

「うおおおおぉ!!」

 

 そう思っていたが……。

 ここで火神が異常な高さを見せつける。

 黄瀬のリリースポイントよりも高い位置で、ほんの少しだがボールに指先が触れたように見えた。

 

(触られた!? 跳ぶタイミングが遅くても高さでカバーするなんて、どーゆー跳躍(ジャンプ)してんスか!?)

 

 この軌道は……。

 マジかオイ。

 

「っ……!」

 

 黄瀬が着地と同時にゴール下へ飛び込む。

 やはり火神が触れていたせいで軌道に僅かな歪みが生まれてせいか、シュートはリングに嫌われる。

 

「でも、これを押し込めば……!」

 

 1人アリウープのような形で弾んだボールに飛び付く黄瀬。

 そう何度も良いようにさせねーよ。

 

「ほらよっ、お返しだ」

「くっ……!」

 

 さっき黄瀬が水戸部さんのシュートをブロックしたのと同じ要領で、黄瀬の手がボールに触れる直前で背後からそれを叩いた。

 こちらは地面に向かって叩きつけるような角度からボールに触れたことでバックボードの下側の縁を掠めながらボールはエンドラインを割った。

 

「いてて……」

 

 臀から着地した黄瀬は痛みに顔を歪めながらも問題はなさそうですぐに立ち上がった。

 さて、相手のスローインからさいk

 

「ディフェンス!!」

「……あ?」

 

 審判はアウトオブバウンズではなく、()()()()()()をコールした。

 ふざけんじゃーねぞ。

 俺は審判に詰め寄り、今の判定にすぐさま抗議した。

 

「どこ見てんだ。なんで俺のファールになる?」

「今のは空中で相手押してたから……」

「押してねーよ。接触はしてもボールにいってるから今のは鳴らねぇだろ」

「いや、でも……」

「でもなんだよ? ちゃんとどこがファールなのか説明しろ」

「……手、手を」

「手?」

「手を上げてください。じゃないとテクニカルを……」

「……クソッタレが。説明できねーなら審判してんじゃねぇよ」

 

 これ以上はダメだ。

 説明責任を果たせない奴と話しても意味がねぇ。

 つーか、今ので3つ目か。

 ちと、不味いか? いや、まだ……。

 

「誠凛、選手交代です」

「白河──!」

「は?」

 

 まだ3つ目だろ? 

 何日和ってんだよ! 

 

「ここで俺替えたら……」

「いいから代わってこい!」

「でも……」

「カントクの指示だ従え」

「……わかりました。でも、すぐ戻ります」

 

 ふざけやがって……。

 誤審にベンチがあたふたしてどーすんだよ。

 

「ま、一回落ち着けよ! なっ!」

「落ち着いてます」

「あ、そう? ま、行ってくる!」

 

 俺の代わりに小金井さんが入った。

 ……これで前半残り3分間は黄瀬の時間になる。

 折角のリードも溶けちまうな。

 

「白河君」

「……なんスか」

「一度落ち着きなさい。格上の相手とはいえ、リードしてるんだからまだ……」

「はいはい大人しくしときますから。でも、後半は頭から出ますよ?」

「ダメよ」

「は?」

「さつき、説明よろしく」

「ちょっとま……んぶ」

 

 カントクとの会話が、顔面に投げ付けられたタオルによって物理的に切られる。

 タオルをどけると、そこにはさつきが立っていた。

 

「……さつきの入れ知恵か?」

「今のワッくんは冷静じゃないから。ちゃんと時間置いて、頭冷やそ? ね?」

「その間に黄瀬に蹂躙されてるのを黙って見てろってか?」

「んー……そこは大丈夫じゃない?」

「なんでそう言える?」

「あれ、彼女()の勘を信じれないの?」

「またそれかよ。アテになんのかそれ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オレが……オレも……!」




そろそろ働いてもらいましょーかね

それと、スピンオフも合わせて書き始めたのでそちらもどうぞ。

https://syosetu.org/novel/325499/1.html


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第91Q 対海常戦⑨

 予想通り、誠凛は苦戦を強いられた。

 前半はなんとかリードを維持するが、後半開始からはいよいよ海常が強豪たる所以を見せつける。

 

 黄瀬を中心としながらも、笠松は自身を含めた4人も上手く攻撃に参加させることで的を絞らせず、バランスのいい攻撃を展開。

 守備はいよいよ黄瀬の調子が上がってきた。

 

 ディフェンスでも急激な成長が見て取れた。

 黄瀬の守備範囲は俺よりも小さいが、得点源の火神や日向(キャプテン)を重点的に守ることでその効力を最大限に発揮している。

 全くタイプの違う2人を抑え込まれたことで、誠凛の攻撃力は大きく低下。

 

 そして、遂に後半開始から程なくして────笠松がドライブで切り込み、ヘルプに出た火神の頭上に放たれたロブパスを黄瀬がキャッチ。

 力強く叩き込まれたアリウープダンクが決まると、黄色い声の混じったこの日1番の歓声が体育館に広がる。

 ホームでの劇的な逆転シュートは誠凛(アウェーチーム)へ与える精神的なダメージとしてはこの上ないほどに突き刺さった。

 まだ点差は1点だが、優位に立たれたことには変わりない。

 動揺がみてとれる、特にアイツ……。

 

「まずは1本返すぞ!」

 

 伊月さんがチームをに声を掛け、落ち着きを取り戻そうとする。

 ハンドサインで指示したセットプレーは火神とのハンドオフを使ったスクリーンプレー。

 ボールを貰いに来た火神にパスを出してから、その方向へ走り出す伊月さんと交差する形で始まる攻撃だ。

 

「……」

 

 直情タイプがなにか仕掛けようとするのはわかりやすい。

 焦りは判断を鈍らせ、視界を狭める。

 あのバカには、相手のリングしか見えてないようだ。

 

「なっ!?」

 

 伊月さんとのサインプレーを独断でキャンセル。

 ボールを渡す直前でドライブに切り替える。

 

「火神待て!!」

 

 日向(キャプテン)が声を上げて静止しようとするが、構わず火神は相手のリングへ突進。

 それでも、味方としても予想外の行動は結果として海常の意表を突く形に。

 海常のゴール下に構えているはずのインサイドプレイヤー2人は囮となるコーナーでのシュータープレイに釣りだされ、ヘルプに間に合わない状況。

 

 唯一、黄瀬のみが反応して火神の前に立ち塞がる。

 

「いいアイデアッスけど、その程度じゃオレは出し抜けねーっスよ」

「うるせぇどきやがれ!」

「はいわかりましたってワケにはいかねーんスよ!」

 

 火神は黄瀬を振り切れないが、それでも強引にダンクを狙いに行く。

 

(パワーと跳躍(ジャンプ)力は目を見張るものがあるっスけど……)

 

 強く踏み込む際に生まれるほんの少し、だが確実な隙が生じる。

 その瞬間をドンピシャで突き、火神が保持するボールを叩く。

 手から零れたボールは火神の膝に当たり、そのままエンドラインを割ってしまう。

 

「このっ……!」

 

 俺もあのタイミングでボールを狙う。

 違いがあるとすれば腕の長さ(ウィングスパン)が俺より短い黄瀬が俺と同じように守るには1歩踏み込む必要があり、接触が認められるとファールになる可能性があるが……容易くこなす度胸とセンスは凄い。

 

「……あ! ワッくん!」

 

 だからこそ、これ以上は見てられねぇ。

 負けたらダメだ。

 練習試合だろうと全国決勝だろうと関係ない。

 勝ったやつが正義なんだ。

 俺を肯定することが出来るのは勝利しかない。

 

「カントク、出ます」

「……」

 

 すぐに返事をしないが、わかってるはず。

 火神は黄瀬に勝てない。

 黒子は使い所を見極める必要がある。

 他の先輩らは手も足も出ない訳じゃないけど、盤面を引っくり返す力はない。

 

「まだです、白河君」

「あ?」

 

 カントクを無視して交代を強行しようとした時、俺を止めたのは黒子だった。

 

「まだ白河君は冷静じゃないです。今出ても、また黄瀬君にやられるだけです」

「負ける前提で話進めてんじゃねーぞ。俺は出る、今の火神(アイツ)には黄瀬は荷が重い」

「大丈夫です」

「……なにがだ。火神がこの試合を好転させる根拠があんのか?」

「……ありません」

「は?」

「でも、まだ信じてみましょう。見てください、火神君の目を」

 

 言われるがまま、黄瀬と睨み合っている火神に視線を送る。

 だが……なにも感じない。

 呆れた俺の様子を見て、黒子はこう言った。

 

「ボクは知ってますよ、あの眼は諦めの悪い人が良くしてる眼です。

 昔、ボクはあの眼に勇気をもらったんです」

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「ねぇ、もーいーんじゃないッスか」

「あぁ?」

「今のアンタじゃ、キセキの世代(オレ)に挑むなんて10年早えっスわ」

「んだと……」

 

 一層強く黄瀬を睨む。

 が、黄瀬は全く気にすることなく言葉を続ける。

 

誠凛(そっち)海常(ウチ)じゃチームとして以前の問題として、5人の基本性能(スペック)に差がある。白河っちを除けば唯一可能性があるのはアンタだけ。

 でも、潜在能力(ポテンシャル)は認めるっスけどオレには及ばない……実力はもうわかったんで、諦めちゃってよ」

 

 黄瀬がバスケを始めてから、諦めずに立ち向かって来るような奴はいなかった。

 無駄な足掻きをするような奴でも、こうやって現実を言葉にしてやれば相手から闘志が消える。

 足は動かなくなり、声を出すこともない。

 目から光は消え、バスケットと言う地上3メートルの位置のリングを巡る攻防を繰り広げる競技にも関わらず顔は上がらなくなる。

 才能があろうと火神もきっとそんな有象無象と変わらない、そう思っていたが……

 

 

「クックックッ……」

 

 

「ハッハッハ……」

 

 

「ハハハハハ……!!!」

 

 

 

 

 

()()()

 黄瀬の降伏勧告とも取れる発言を受けてなお、あのバカは笑いやがった。

 黄瀬は疑問と戸惑いが混ざった顔を浮かべ、海常や誠凛問わずその場にいる者は気でも狂ってしまったのかと呆れを通り越して一抹の恐怖に近い感情すら覚える。

 

「……?」

「ワリーワリー……ちょっと楽しくなってきてな」

「は……!?」

 

 火神の言葉に開いた口が塞がらない黄瀬。

 

「普段毎日白河とやり合ってんだけど全然勝てねーんだわ。

 そんな奴がヤバいって言うヤツらがどんなもんかと思えば……想像以上でよ、アメリカ(むこう)以上にハリがあるじゃねーかよ!」

「アメリカ……!?」

「人生挑戦(チャレンジ)してナンボ。勝てねぇぐらいがちょーどいいんだよ」

 

 強がりにしか聞こえない。

 そのはずなのに、何故かそうだと断定できない。

 コイツの才能は……

 

「でもよ、だからってオレも負けっぱなしでいいとは思ってねぇ。まだまだこれからだ……! 先ずはテメーをぶっ倒すっ!」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 海常の攻撃。

 リードを奪い返し、その勢いのまま差を広げていきたいはずの海常はかなり慎重に機を窺っている。

 

(黄瀬相手にあれだけやられても心折れずに啖呵切るだけ大したもんだ。その上でハッタリカマシやがって……)

 

 

(……ホントにハッタリ、なんスかね)

 

 

 まだここを止めれば再度リードを取り返せる。

 勝負所(クラッチタイム)理解(わか)っている日向(キャプテン)が気合いを入れようと檄を飛ばす。

 

「ここ止めんぞオマエら!!」

 

 それに呼応するようにディフェンスの強度が上がっていく。

 攻めどきを見つけられず、海常は時間だけが過ぎる。

 

(ここはオレが……!)

 

 黄瀬が火神のマークを一瞬外し、パスを受ける体勢を作る。

 

「ヘイっ!」

「っし、黄瀬!」

 

 笠松もドライブを(フェイント)に安全に黄瀬へパスを通す。

 対峙する火神の気迫は今日一のモノ。

 それに黄瀬も怯まず、勝負を仕掛ける。

 

「さっき言ったスよね……オレには勝てねーっスよ!!」

 

 黄瀬もギアを上げた鋭いドライブでゴール下を切り裂く。

 火神はそれにしっかりと対応するが、ここで黄瀬は急停止。

 

(白河の模倣(コピー)か!)

 

 先程よりもリングに近い位置でミドルジャンパーを選択。

 モーションに入った黄瀬に合わせ、火神はブロックに跳ぶ。

 が────

 

 

「フェイク!?」

 

 

 ここぞの場面で挟んだシュートフェイク、火神は見事に釣られてしまう。

 

(一応接触(ファール)を警戒した立ち位置は崩さなかったみたいっスけど、ムダっスね)

 

 タイミングをズラした黄瀬の足がコートから離れる。

 安定して打点の高いジャンプシュートで

 

「もらっ……え?」

 

 易々と点を取れる()()()()

 黄瀬は目の前で起きたことが信じられなかったのか、大きく目を見開く。

 

(なんで……オレより先に跳んでるのにまだブロックできる高さにいるんスか……!!? 

 

「黄瀬ぇぇぇぇぇぇ!!!!」

「っ!!」

 

 黄瀬が放ったシュートは、()()()()()火神が撃ち落とした。

 

「バカなっ……!」

 

 んな事が有り得んのか? 

 火神(アイツ)……()()()()()()()()()()

 

 リバウンドは伊月さんが抑え、ワンマン速攻に走る。

 

「ナイス火神、この1本無駄にしない!」

 

 伊月さんはフリーで海常のリングへ。

 そのままレイアップを決めるかと思ったが、背後から懸命に追い掛ける笠松が手を伸ばす。

 

(取れる……!)

 

 バックチップが成立する直前で、伊月さんはボールを空中に放り上げる。

 その行方を追えば、さらに後ろから獣が空で獲物(ボール)をかっ攫っていた。

 

 

「うぉおおおっ!!!」

 

 

 火神は右腕で力強く、リングを再び壊すような勢いでスラムダンクを決めた。

 再びリードを誠凛が奪い返した。

 だが、結果よりもその過程に一同は度肝を抜いた。

 

「黄瀬を……止めやがった!!」

 

 その事実は、海常の選手たちに刻まれる。

 先程までの楽観的なムードは断ち切られ、黄瀬の顬には青筋が浮かぶ。

 

 

「……」

「ほらっ、どうにかなりましたよ」

「……まだ油断できる状況じゃねーだろ」

「そうですね。でも、取り敢えずまだ座ってても大丈夫ですよ」

「……チッ」

 

 俺はさっきまで自分が座っていた場所にもう一度腰を下ろし、脱ぎかけていたジャージのファスナーを上げた。




海常編終われば、以前言っていたIF√『桐皇』編の執筆を始めていきます。
よろしくお願いします。


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第92Q 対海常戦⑩

「クソっ……追い付けねぇ!」

 

 第3Qが終了し、選手たちがベンチに戻ってくる。

 疲労の色は色濃く見え始め、滝のように流れる汗をタオルで拭いてもすぐに肌の表面に新たな汗が分泌され、肌の上を流れる。

 

 スコアは65-58。

 火神が予想以上に黄瀬に対して食らいついていることも相まって点差は1桁を維持。

 少し遠くなった背中はまだはっきりと見えていて、諦めるのは尚早ではある。

 

 とはいえ、楽観できるものでは無い。

 黄瀬の言うように個の質やチームの成熟度など、あらゆる面で海常が誠凛(こちら)よりも秀でている箇所が多い。

 このままでは徐々に差が開いていく一方だ。

 それがわかっているからこそ、手が届きそうで届かないこの歯がゆい状況に火神はもどかしさを感じている。

 

「だからってドリンクに当たるんじゃねぇだアホ!」

「いっつ!」

「ほら、火神君しっかり飲んでください」

「……ワリィ」

 

 投げつけたボトルを黒子が拾って火神に渡し、一気に残りを飲み干した。

 コイツが1番汗をかいてるはず。

 しっかり水分取らねぇと脚が攣ってせっかくの跳躍が死ぬ。

 

 黄瀬に対して想定以上にやり合えているとは言え、まだコイツ1人で攻守ともに戦えるワケじゃない。

 とはいえ、ある程度計算はできる。

 利用しない手はない。

 

「……カントク、もういいですよね?」

「ええ。白河君と黒子君を入れて一気に逆転を狙うわ。でも、黄瀬君とのマッチアップは引き続き火神君ヨロシク!」

「火神が……? 白河の方がいいんじゃ」

 

 小金井さんの言葉にカントクは首を横に振った。

 

「今、火神君はいつも以上のパフォーマンスを発揮してる。それは黄瀬君に勝とうとして立ち向かっているからに他ならないわ。だから、そのままぶつける」

「白河はそれでいいのか?」

「……ええ」

 

 カントクの言う通りだ。

 このまま火神が黄瀬を上回る活躍をすればコイツの自信になり、さらなる成長が見込める。

 潜在能力(ポテンシャル)が完全に開花すれば、あるいは……

 

「……まぁ、退場されても困るからな。あと10分頼むぞ」

「黙れ。俺が黄瀬をマークしてもいいんだぞ」

 

 煽り耐性低いクセに煽りスキル高いのなんだよコイツ。

 調子乗ってたらすぐに足元掬われるぞ。

 

「とはいえ、まだ今の火神君では黄瀬君には勝てません」

 

 体を冷やさないように着ていたロンTを脱ぎ、ユニフォーム姿になった黒子が火神の正面に立つ。

 

「なので、(ボク)が火神君をサポートします」

「大丈夫か? ミス……なんたらは使えんのか」

「あと10分なら、フルで使っても問題ないです」

「でもよ……」

 

 まだ完全に黒子を信用していない。

 歯切れの悪い火神を見た黒子は、右手人差し指の先端を親指の腹で抑えた状態(要はデコピン)で火神の額に開放された人差し指で打撃を与える。

 あまりに非力すぎてあまりに効いてなさそうだったが。

 

「何すんだおまえっ」

「黄瀬君を倒すんでしょう?」

 

 だったらボクを信じてください、と言いたげだな。

 それに対し、火神は黒子の頭を掴んで言い放った。

 

「ったりめーだ!!」

「うぐっ」

 

 掴んだ頭を支えに勢いよく火神が立ち上がる。

 そのタイミングで最後のインターバル終了を告げるブザーが鳴り響く。

 俺もそれに合わせて上下のジャージを脱ぐと、さつきがそれを回収に来た。

 

「助かる」

「ワッくん」

「ん」

「……頑張ってね」

「あぁ、勝ってくる」

 

 さつきにジャージを預け、コートに戻る。

 そろそろストレス発散させてもらうか……。

 

 

 

 

 

(勝って欲しくないわけじゃないけど……それよりも私は)

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

「なっ……!」

 

 第4Q開始早々、黒子はコートに混乱を招く。

 真っ向勝負を挑んだと思われた黄瀬は火神がドライブの最中に突然誰も居ない場所へボールを弾ませる。

 黄瀬がボールに視線を誘導されて足が止まった。

 そのタイミングに合わせ、黒子はボールの横っ面を叩いて火神にバウンドパスを返す。

 

(これだけはダメっスね。白河っちの守り方だと、意識を分散させるから黒子っちを察知するのが遅れる)

 

 黄瀬を突破した火神は勢いままにダンクを叩き込み、点数を60点台に乗せるた。

 

 

 海常はすぐに反撃に転じる。

 黄瀬は1on1を仕掛けようとするが、どうしても視界に入らない黒子が頭にチラつく。

 

(ドライブだと黒子っちを警戒しつつも白河っちのヘルプもある。かと言ってジャンプシュートは高さで火神に分がある……メンドーっスね)

 

 体勢を立て直そうと1度黄瀬は笠松にボールを戻す。

 その時、笠松も打開策を頭に浮かべていた。

 

(あの2人が入るだけで一気に攻めづらくなる。だが点が取れねぇ訳じゃねえ)

 

 左手でドリブルをつきながら様子を窺うような様子でフロアを見渡す笠松。

 不意にドリブル音が強くなり、伊月さんがディフェンスの集中力を上げる。

 

(来るか? とはいえ、後ろには白河が居る。だったらオレはスリーを警戒して……)

 

「早川!!」

 

 笠松の選択はなんとパス。

 逆手でありながら一気にゴール下に鋭いキラーパスを通す。

 そのパスはボールを下から撫であげるようにして縦回転をかけているため、速さを保ちながらも落ちるような軌道を描く。

 高さとスピードを両立したパスによって、黒子の守備網を掻い潜った。

 メッセージの籠ったパスを受けた早川もキャッチしたボールを下げずに高い位置を保ったままシュートを狙う。

 悪くないが……

 

「それで俺から点を取れると、まだ思ってんのか?」

 

 既に俺はヘルプに動いて、ブロックに跳んでいた。

 放たれたシュートを叩き落とすのではなく、()()()()()()

 これによって即座に伊月さんにパスを通してより素早くカウンターに走れる。

 

「チッ! 戻れ!」

 

 海常も質の高いトランジションで隙を作らずにディフェンスに移行し、速攻を防ごうとする。

 対して、伊月さんは日向(キャプテン)へパス。

 そして、迷わず放たれたスリーに、マークの森山は反応が遅れた。

 

(ここで打つか!? なんて強気な……!)

 

 頭数は足りていたが、勝負所(クラッチタイム)を敏感に察知した強気なスリーは綺麗にネットを潜り、3点を追加。

 連続得点で点差は一気に2点差。

 

「落ち着け! まだ慌てる時間じゃねーからな!」

「あぁ!」

 

 小堀がボールを入れて再開しようとするが、笠松の手にボールは収まらない。

 なぜなら、突如として出現した黒子が、大きく外へ弾き出したからだ。

 

「しまっ……!!」

(クソっ! わかってたはずなのに、いつの間にか現れやがった!!)

 

 黒子が弾いたボールは、俺の元へ。

 即座にスリーのモーションに入るが、いち早く黄瀬が反応する。

 

「させねぇっすよ!!」

 

 決まれば逆転と言う場面。

 当然顔色を変えて止めに来るよな? 

 黄瀬がブロックに来たのを見計らい、俺は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「っ……!」

 

 黄瀬も俺の狙いに気付いたが、もうどうしようも出来ない。

 スリーを放ち、黄瀬のブロックは届かない。

 そして、ブロックの勢いを殺し切れず、空中で体を捻ろうとするが間に合わない。

 

 俺を横から突き飛ばすような形となり、審判が黄瀬のファールを笛で宣告。

 黄瀬の下敷きになってコートに体を打ち付けながらも、俺はシュートの行方を追った。

 

 無事にフープをボールが通過した、さっきの日向(キャプテン)とは違って汚い軌道だが。

 これで3点をさらに追加して、逆転。

 そして────

 

「ディフェンス! バスケットカウントワンスロー!!!」

 

 シューティングファールが宣告(コール)されたことで、フリースローもゲット。4点プレイだ。

 

「早くどけよ」

 

 俺の上に乗っている黄瀬をどかそうと肩を押すが、黄瀬は動かない。

 怪我でもしたのか思ったか、黄瀬は肩に置いた俺の手首を掴んだ。

 そのまま、俺を見下ろして睨みつけてくる。

 

 

「やってくれたッスね……!!!」

「借りたもんはしっかり返す主義なんだよ」

 

 

 無理矢理黄瀬を引き剥がし、立ち上がってから再び黄瀬へ視線を落とす。

 これまでに見たことの無い鬼気迫った表情は俺の気持ちを引き締める。

 

 帝光の時には味わえなかった、本気のキセキの世代との戦い。

 

 

 

 

 

()()()()()()()ったく……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

「くっそ、重ぇ……!」

「早く漕げ高尾。試合が終わってしまうのだよ」

「わーかってるって! つーかわざわざ見に行くのが練習試合ってなんだよ! 相当強ぇんだろうな、帝光の同中!!」

「……模倣(マネ)が上手い奴と、影が薄い奴だ」

「それってどうなんだよ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……後、誰よりもバスケや大切な人に対して()()()()()奴なのだよ」




活動報告にて桐皇‪√‬のタイトルに関してのお願いがありますので余裕があればそちらよご覧下さい


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第93Q 対海常戦⑪

 フリースローを難なく沈め、2点差に。

 外せ! などと喚いていた観客(ギャラリー)もいたが、スコアが動くと同時に静かになり、それまでのホームならではの歓声は消え失せた。

 こちらとしてはやりやすくていいな。

 

「よし! 足止めんなよ! このまま一気に行くぞ!!」

 

 日向(キャプテン)が声を張り上げてチームを鼓舞する。

 まあ、このまま上手くいけば楽でいいが……。

 

「させねーよ!」

 

 そうは問屋が卸さねぇ。

 海常の奴らが集中力を上げたからだ。

 

 向こうの監督(デブ)はともかく、海常の選手たちにも創部2年目の新設校(こんなチーム)に負けるとは微塵も思っていなかっただろう。

 それは強豪校の誇り(プライド)か、それとも慢心か。

 どちらにしても隙があったのは確かだ。

 

 それが消えた。

 奴らの目の色が変わった。

 敗北の可能性を実感し、間近に迫る最悪の未来を拒絶するために。

 最も変化が見られたのは黄瀬だった。

 あんな顔は帝光の時でも見た事のない……いや、()()()()()()()()()()()顔。

 

「負ける……?」

 

 ギリギリ聞き取れない声で、なにか呟いた。

 表情は見えなかったが何故か口角が上がっていたようにも見えた気がする。

 

 同時に黄瀬は一気にドライブを仕掛けてみせる。

 シンプルに右から抜きに来るが、その分速さはここまでで1番。

 火神もこれに反応してみせるが、さらにひとつ黄瀬が踏み込む。

 

 速く低く鋭く……クロスオーバーのあまりのキレに、火神は転倒しないように踏ん張るのが精一杯。

 となれば、黄瀬はあっという間に火神を置き去りにする。

 

(ここ来て、また速く……!)

 

 しかも、わざわざ俺の方から仕掛けやがって。

 誘ってやがるな。

 いいぜ、乗ってやるよ。

 

(っ来た!)

 

 マークを捨てて、俺は黄瀬を側面から迎撃する。

 相手を抜いた直後の最も無防備な瞬間。

 スティール狙って伸ばした腕の指先が、僅かに革の触感を捉えた。

 しかし、紙一重のところで黄瀬のスピンムーブが間に合う。

 

「読めてんだよ」

「……!」

 

 スピンの終わりを狙って逆の腕を伸ばす。

 が、それも寸前で再び動きを止める。

 代償として黄瀬はドリブルを強制終了、それでのリングを見据え、後方へ重心を移す。

 

(フェイダウェイか……)

 

 動きを読み切った俺は黄瀬との距離を一気に詰める。

 ここからなら前半のように俺からファールを引き出すことも出来ないはず。

 完全に黄瀬を封じた……

 

 

 

 

 ……誤算だったのは、黒子の気配を読み切れなかったこと。

 対黄瀬のサポートに回った黒子は黄瀬の背後からボールを前に弾き出すが、飛んだ箇所が悪く、俺の顔の横を通過する。

 

「チッ……」

「……!」

 

 予想外のことに足を止めちまった。

 後方に転がったルーズボールを黄瀬が回収して、そのまま力任せにダンクを叩き込む。

 

「あっぶねぇ……っぱ黒子っちも白河っちもすごいっスわ。

 でも、負けてらんねぇ……ぜってーに負けねぇっス────!!」

「……たまたまで喜んでんじゃねぇよ」

 

 火神はこの瞬間も成長してるようだが、それでも現段階では黄瀬が上だ。

 さすがに代わるか……ん。

 

「次は止めてやる……!」

「そうはいかないんスよ、オレは誰にも負けねぇ……!」

 

 ……まあ、任せていいか。

 ギリギリまで()()()は取っておくもんだ。

 

 

 

 さて、試合はここから点取り合戦(ランガン勝負)に持ち込まれる。

 体力(スタミナ)が残り少ない終盤、最後まで激しい殴り合いが続く。

 

 

 

 

 

 

「……火神、黒子。一瞬耳貸せ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

「決めろ!」

 

 笠松のキックアウトパスを待ち受けるシューターの森山。

 必死にシュートチェックに走る日向(キャプテン)の膝が、本人の意思とは関係なく曲がる。

 

(……っのヘタレ!!)

 

 シューターにオープンスリーを許してしまった。

 独特なフォームから放たれる汚い回転と軌道。

 フラフラと少し揺れているようにも見えるそのシュートは、リングを通過した。

 

 

「来たっ!!」

「これで同点!!」

 

 78-78。

 遂に海常が誠凛の背中を掴んだ。

 

 さっきの日向(キャプテン)もそうだが、やはり選手の質では海常が勝る。

 残り15秒を同点で終え、延長戦になれば勝ち目は薄い。

 最低限コートに立てればなんとか試合は続けられるが……。

 

「ここでボール取れなきゃ負けだぞ! 絶対引くな!!」

 

 笠松の声で海常はオールコートマンツーマンディフェンスを使う。

 鬼気迫るそのディフェンスの迫力に、伊月さんは視野が狭まる。

 疲労も相まってか、普段なら気付くことの出来る背後からのディフェンスに気付くのが遅れた。

 

「しまっ……!」

 

 伊月さんの手から零れるボールは、不運にも黄瀬の元へ。

 

「っし! ツいてるぞ!」

 

 そんな声が聞こえた。

 このクライマックスの場面で意図せずにエースにボールが渡ればそう捉えるのは決して間違いじゃない。

 ぬか喜びではあるが。

 

「俺が守ってんだ、不幸(アンラッキー)だろ」

「なっ……!!」

 

 既に火神とはマークを変えている。

 黄瀬に考える暇を与えない。

 仕掛ける前にボールに触れ、強奪しようと画策する。

 

「負けない……! オレは……!!!」

 

 ここで、思いもよらない行動に出る。

 右に2歩、細かく早いステップで横に動いて僅かな余裕を作る。

 そのまま横っ飛び、サイドスローでリングを狙う……こんなシュートはバスケにはない。

 こんなシュートを思い付くのは……()()()()だけだ。

 

 

「なんだそのフォーム!?」

 

 海常も誠凛も驚きを隠せない。

 ただ、何故か入ってしまいそうな予感がある。

 黄瀬にもそんな感覚があった。

 

 

 

「ここで大輝のシュートを頼るか……」

 

 

 

 咄嗟に選んだのは大輝の模倣(コピー)

 それは意外にもサマになっていて……。

 

 

 

「うおおおおおお!!!!」

 

 

 

 

 全身全霊を込めた黄瀬の型のない(フォームレス)シュート。

 俺はこのシュートに──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一切反応しなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(入った!!!)

 

 

 黄瀬は確信したような笑みを浮かべる。

 多分、コイツは俺が反応できなかったと思っているんだろう。

 ここで大輝のシュートを決めて勝つという意趣返しも込めていたんだろうが……。

 

 

 

 

 

 

 

「……動かなかったんじゃねぇ、()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 俺が、何回このシュートを決められてきたか。

 俺が、何度アイツに負けてきたのか。

 

 

 

 

 

 

 知らねぇ訳じゃねぇだろ……? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガゴゴゴッ!!!! 




次回、決着


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第94Q 対海常戦⑫〜決着〜

 黄瀬の変則フォームから放たれたシュートはリングを捉える。

 勢い良くリングの内側を何度も周り、段々とそのスピードが遅くなる。

 全員が固唾を飲んで見守る中、俺はリングに向かって飛び付いた。

 

「白河!?」

 

 それとほぼ同時、遠心力に振り切られたボールがリングから零れ落ちる。

 それを見た早川が反応してリバウンドに跳ぶが、もう遅い。

 空中に投げ出されたボールを左手で掴み、懐に抱え込みながら着地。

 

(時間は?)

 

 視界の隅に映るデジタル時計は10秒を切っていた。

 勝ち越しゴールを決めるには充分な時間。

 だが、海常はまだ諦めていない。

 

「ここで奪え!! ボールを運ばせるな!!!」

 

 全員がマンツーマンディフェンスに即座に移行する。

 この土壇場での判断力と勝ちへの執念は決して悪くねぇ。

 強豪の意地ってやつか……、いや、1つ訂正しないといけねぇな。

 

 

 焦りで判断力は多少鈍ってるようだ。

()()2()()()()()()()……つまり1人フリーが存在する。

 ……アイツをここで捕まえるっては中々酷だが。

 

「なっ!?」

「どこに……!?」

 

 俺を囲む2人は、誰もいない空間へのパスに驚きを隠せない。

 

「まさか……!!」

 

 ハーフコートライン付近で、黒子が急に現れる。

 この最終局面……ボールやリングだけでなく、点差と時間も意識しないといけない。

 ただでさえ気配を掴むのが難しい黒子は、考える要素が増えれば増えるほどその中に紛れ込んでしまう。

 

「よしっ!!」

 

 火神もスタートを切り、そのスピードを殺さないよう動線上に絶妙なパスを弾いた黒子も火神に続く。

 

 

 

 誠凛には歓喜が

 海常には焦燥が

 

 

 

 ────顔に受かんだ表情はすぐに逆転する。

 ただ1人、2人に追い付いた天才がいたからだ。

 

「っ」

「間に合うかよ普通!」

 

 ここを止めれば延長戦にもつれ込み、海常の勝率は一気に跳ね上がる。

 誠凛はここで決めないといけないが、シュートバリエーションが乏しい火神とそもそも得点が期待できない黒子。

 2対1の数的有利ではあるが、選択肢は一つだけ。

 

(だから、火神の動きにだけ注視すればいい。

 1on1はこの試合を通してほぼ止めてる、ここでそれを選ぶような奴じゃない、だったら……!!)

 

 天性のバスケIQと観察眼を持つ黄瀬はこの後の展開が予想出来ていた。

 案の定、火神は黒子にパスを渡して黄瀬の注意を引き、リターンを貰ってアリウープを叩き込む算段を付けていた。

 

「おおおおおっ!!!」

「!」

 

 パスを受けた後の黒子に、黄瀬は猛チャージを仕掛けて距離を詰めた。

 黒子にドリブルやシュートの選択肢はない。

 火神へのパスコースは完全に封じている。

 

(奪った!!!)

 

 ボールに向けて伸ばす手を躱す方法を()()()持ち合わせていない。

 

「黒子ぉぉ!!」

 

 

 

 

 

 ────────

 ──────

 ────

 ──

 

 

『最後の局面で一点が勝敗を決する場面になった時は、俺が黄瀬を守る』

『……では、ボクと火神くんでカウンターを狙うってことですね』

『あぁ』

『つっても、終盤まで黄瀬に模倣(コピー)されない方法を残せるもんか?』

『どうせ今はサシで勝てねぇんだから結局黒子からリターン受けるのが1番手っ取り早いだろ』

『だからそれだと止められるって……!』

『あぁ、だから俺が────

 

 

 

 

 ──

 ────

 ──────

 ────────

 

 

 この場面で、黒子は一瞬目線を後方に向ける。

 火神と黒子の動きを注意深く観察していた黄瀬は見事に釣られる。

 

 

 ────後方から一気に走り込んでくる俺と目が合った。

 瞬間、黄瀬の頭に情報が入り、絞られていたパターンがここに来て増えてしまう。

 

 

(白河っちにパスしてスリー……? 

 いや、白河っち経由で火神に。

 それとも……じゃねぇ!!!! 

 

 

 

『俺が黄瀬の視界に入る、それだけで充分だろ』

 

 

 

 黄瀬は俺を無視できない。

 ほんの一瞬でもアイツを引き付けれれば。

 

 

 

 

 

 僅かに黄瀬がパスコースを空けた。

 そこを通して火神へのアリウープをお膳立てするパスが飛ぶ。

 懸命に追いかけ、飛び付く黄瀬が絶対に届かない高さから────

 

 

 

 

「これで終わりだ!!!」

 

 

 

 

 ────アリウープが、ブザーと同時に成立。

 審判がカウントを宣告して、スコアボードの数字が捲られる。

 

「よっ……

 

 

 

 78-80

 

 

 

 誠凛は海常相手に敵地で大金星を上げた。

 

 

 

 ……っしゃあああああああ!!!!」

 

 

 雄叫びを上げる火神。

 息を必死に整えながらも、口角が僅かに上がる黒子。

 喜びよりもまた現実を受け入れていない先輩ら。

 勝利への反応を見せる誠凛を見た黄瀬は涙を流した。

 

 

「負け……たんスか」

 

 

 その事実が、天才の初めての挫折として心に刻まれる。

 悔しさよりも困惑を浮かべる黄瀬を背に、俺はさっさとコート中央に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 試合が終わり、後は帰宅するのみ。

 海常は苦虫を噛み潰したような顔を浮かべた武内を筆頭に見送りに来ていたが、その中に黄瀬の姿はいなかった。

 

 俺は気付かれないように黄瀬を探しにいった。

 わざわざ負けたヤツにかける言葉なんてないが、一応顔を見たくなった。

 負けたヤツがどんな表情を浮かべるか……。

 

 

「サルでも出来るダンクの応酬。どちらが勝っても不快な試合(ゲーム)だったのだよ」

 

 

 体育館の裏手にある水道の所に頭から水を被ったであろう黄瀬と……もう1人、黒い学ランを着用している背の高い緑髪の男がいた。

 ダンク(2点シュート)を嫌うような物言いは自分の(スタイル)への自信ゆえ。

 

「他人の勝ち試合にケチ付けてんじゃねーよ緑間」

「……白河か」

「あぁ、久しぶり」

「ふん。随分と髪が伸びたな」

「まあ、あれから1回も切ってねぇからな」

 

 案の定そこに居たのは、キセキの世代NO.1シューター『緑間真太郎』

 利き手である左手の指を保護するためのテーピング。

 その手に握られているカエルの玩具(恐らくおは朝の占いが定めたラッキーアイテム)。

 相変わらず、人事を尽くしているようだ。

 

「黒子にも会っていくか」

「必要ない、B型のオレとA型のアイツは相性が最悪なのだよ。そもそもオマエとも話す気はなかった」

「つめてーな。久しぶりに会ったのに」

「……心にも思っていないことを言うな。黒子もそうだが、オレはオマエも気に食わん」

「ん、どーゆー事だ」

「黒子もオマエも、控えから帝光を支えていた。オマエたちのことは当然認めているし、尊敬している。だが揃いも揃って無名の新設校に向かったのはなぜだ」

「黒子に関しては知らねーよ。でも、俺はあんなことしちまったからな。勉強で行けるとこにしたんだよ」

「ウソをつくな。熱心に誘ってくれていた学校が2()()あったはずなのだよ」

「……そうだっけな」

 

 一呼吸置いて、改めて緑間を見据える。

 コイツは変わんねぇな。

 あくまで自分の人事を尽くすだけのマイペース野郎。

 

「……目的は赤司に勝つことか?」

「当然。アイツのバスケを……いや、アイツ自身を否定しないと俺は前に進めねぇんだよ」

「であれば、オマエは選択を誤った。そうしたいのであれば尚更学校選びをしっかりすべきだった。それも尽くせる人事だろう」

「どこでもいいんだよ、バスケ出来りゃ。誠凛(ここ)を選んだのも気まぐれだ」

 

「まあ、いい。一応地区予選で当たるから見に来たは言いものの、オマエ以外は正直話にならない」

「そーかもな。結果として別に俺一人で勝てば何も問題は無いけど」

「ふん……オマエのような奴は運命に選ばれない。それは忠告しておく。そして黄瀬、秀徳高校(オレたち)が誠凛に負けることはありえない。リベンジは残念だか諦めておけ」

 

 捨て台詞を吐いて、緑間はその場を後にした。

 

「……相変わらずッスね、緑間っち」

「……あぁ」

「で、白河っちは何しに来たんスか。オレの泣き顔でも見に来たんスか?」

「そうだ」

「えぇ! 趣味悪いっスよ!!」

「わざわざ水被って涙誤魔化す奴がグズグズ言うな」

「うっ……! でも、

 

 

 負けたはずなのに、黄瀬は────

 

 

 次は負けねぇっス! そう黒子っちと()()()()にも伝えておいてくださいっス!!」

 

 

 ────試合前よりもいい顔をしていた。

 それが、ひどく気に入らなかった。

 

 

 

 

 

「だから緑間っちに負けたら許さねぇっスから!!」

「……自分(テメー)の心配してろや」

 

 

 




一応海常との試合は終わり。
後2話を挟んでインターハイ予選編に突入します。

それでは
感想が1番のモチベになるので、よろしくお願いします。


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第95Q そう遠くない最悪の未来

「ちょっと話さねぇっスか」

 

 試合後、空腹を満たすために入った店で大盛チャレンジをさせられ、満腹を紛らわそうと外の空気を吸いに退店した黒子は偶然にも黄瀬と遭遇。

 かつてのチームメイトとはいえ、先程負かした相手からの意外な提案だったが黒子は乗った。

 腹ごなしに少し歩いていると、ストリートコートの裏側に休憩スペースのようなこじんまりとした場所を見つける。

 人も居なかったので、そこで話すことにした。

 

「お行儀悪いですよ」

「別に誰もいないんで大丈夫っスよ」

 

 ベンチの背もたれに腰を下ろし、黒子の注意にもおどけてみせる黄瀬。

 その様子はいつものお調子者な黄瀬で敗北直後に涙を流していたとは思えない。

 しかし、僅かに眼が充血しているのは見て取れた。

 涙を誤魔化すために頭から水を被ったことで、いつもより髪の毛が落ち着いていることも。

 

「そういえば、緑間っちに会ったっスよ」

「……! 試合を見に来ていたんですか?」

「みたいっス。その様子だと、白河っちから聞いてねーんスね」

「はい、初耳です」

「仲悪かったり?」

「……どうでしょう。元々互いに必要な時以外は積極的に他人には絡まない性格ですし……」

「確かに。でも2人って、なんつーか……戦友みたいな感じっスよね」

「そうですね、その表現が最も適切かもしれません。黄瀬君が入部する前、ボクは3軍でも試合に出れず、白河君はケガとイップスでレギュラーから外れていました」

 

 同学年には、圧倒的な才能をもつ天才達が既にチーム内での立場を確立しており、彼らを軸に据えるチームの中で求められる選手となる必要を迫られた。

 結果、白河はディフェンスに特化して試合を安定させて締めるクローザー的な役割に。

 黒子は赤司から受けたヒントを元に黒子のバスケ(今のスタイル)を確立させて、流れを変える6人目(シックスマン)としてチームを支えた。

 共に崖っぷちから這い上がった苦労人であり、その経緯を知っている2人は友情とはまた別の形の絆が芽生えていた。

 

「だから……ボクは勘違いをしてしまったんです」

「勘違い?」

「……あの日、全中決勝で3連覇を成し遂げた直後のことです。黄瀬君もその場にいました」

「そうッスね。あの時はビックリしたッスよ。白河っちは結局最後まで戻って来ないし、黒子っちも赤司っちとなにか話してから急に出ていっちゃったし」

「…………」

「そのとき……何かあったんスか」

「えぇ。行き場のない憤りを、白河君に吐き出してしまいました」

 

 

 

『全ては僕の考えた展開通りだ。白河も、いい動きをしてくれた』

 

 

 

 この言葉を、黒子は白河が赤司の手助けをしたと言うふうに解釈してしまった。

 

 

 

ボクは君を信頼していました

 

 

 

 

 親友との約束を果たせなかった悔しさ

 せめて全力で戦って欲しいという希望さえ打ち砕かれ

 戦友はそれを裏切ったと思っていた

 

 

 心のどこかで、キセキの世代が約束を破る……若しくはそれに近い行動を取ってしまうのかもしれないという不安はあった。

 でも、白河はそれを防いでくれると信じていた。

 だからこそ、叶わなかった時に彼を糾弾した。

 

 

 同じように苦しんで想ってくれていた白河の苦悩を察することも知ろうともせずに、自分の弱さをぶつけて発散した。

 

 

「……あの時、オレは確かにスコアボードの数字を意図して揃えることを提案したっス。でも、それを白河っちは知らないし、あのような形を選んだのは赤司っちの判断っス」

「……やっぱり、そうなんですね。それなのにボクは……」

「黒子っちは悪くないんじゃないスか? まぁ、オレが言うのもあれっスけど」

「……確かに黄瀬君には言われたくないです」

「ひどっ! ……まあ、でもちょっとわかるッスよ。負けた今ならそう言える。すっげぇ悔しいんスけど……あの時の黒子っちの友達ってこうも思えなかったんスよね。それは確かに苦しいっス……」

「黄瀬君……」

 

 常に勝ち続けてきた黄瀬は負けた側の気持ちを知る由もなく、知ろうともしなかった。

 だが、生まれて初めての敗北を経験した今、その心境に変化が現れ始めていた。

 

「でも、やっぱりスポーツって勝ってナンボじゃないっスか?」

「まあ、勝った方が楽しいに決まってます」

「じゃあ別にいいんじゃないスか? 勝てばそれで、それよりも大切なものってあるんスか?」

「わかりません……。ですが、その何かに気付いたからこそ、ボクはあの時バスケが嫌いになったんだと思います」

 

「だからこそ火神君は凄いと思います。心の底からバスケが好きで、あんな見た目ですがバスケに対して人一倍真剣なんだなって思います」

「……火神っちを買う理由は、昔の白河っちと重なるところがあるからじゃないんスか?」

「そうかもしれません」

「バスケにひたむきな姿勢、それを買ってるんなら恐らく……いつか火神(アイツ)は黒子っちと決別して、白河っちの二の舞になるっスよ」

 

 

 

「……!?」

 

 

 

 

「試合の途中のワンプレーで分かったっス。アイツはまだ発展途上……そしてオレと違って他のキセキの世代と同じくオンリーワンの才能を秘めている」

 

「今はまだ未完成な挑戦者(チャレンジャー)っス。ただガムシャラに強敵とバスケをすることを楽しんでいるだけ。オレ相手にもそうだったし、普段から白河っちと1on1をこなしているんじゃないんスか?」

「……ええ、そうです」

「だったら、尚更。必ずアイツは才能を開花させてキセキの世代と同格の存在に成る。そして才能が故にチームから浮いた火神っちのことを理解できるのは……」

「白河君……だけ」

「今日の試合、白河っちが途中からマークに付かなかったのは、序盤にマークしなかったのとは違う理由だと思うんスよ。オレと戦う機会を増やして、白河っちは火神っちの成長を促そうとしてる」

「…………」

 

 白河の目標はただ一つ、赤司への復讐。

 人を、バスケを、愚弄した赤司と彼の主義主張を否定するために。

 その方法が赤司相手に勝つことしかないと思っている。

 

 それを考えた時、白河はどちらを取るのか。

 

 誠凛全体(チーム)のレベルアップか。

 キセキと並ぶ火神の才能を開花させるか。

 白河が目的を達成するためにどちらを選択するのかは、想像に易い。

 

 

「そんなお膳立てまでされちゃったら……火神(アイツ)は今のままでいられるんスかね」

 

 

 

 

 

 

「テメーなにフラフラ消えてんだよっ」

 

 

 黒子の思考と場の空気が、火神によって遮られる。

 

「……よう」

「……聞いてたっスか?」

 

「聞いてたかじゃねーよ! オマエ何黒子ラチってんだ!」

「ええ〜ちょっとくらいいいじゃないっスか」

 

「帰れねーんだよ!! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

「……黄瀬程度にあんな戦い方してたらダメだ」

 

 

 

 

「……俺は勝たないといけない」

 

 

 

 

 

「どんな手を使おうと、勝てば全てが肯定されるんだ…………!」

 

 

 

 

 迫るI・H(インターハイ)予選、まずは全国に行けないと話にならない。

 負けることはありえない。

 

 立ち塞がるのが誰であっても……。

 俺は復讐を果たす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜海常編end〜

 

 

 

 




次回、かつての桐皇と白河のやり取りの内容になります


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第96Q 分岐点

『……では、これで。良い返事が貰えるのを期待しています』

『はい、ありがとうございました』

 

 スカウト先の部長の後姿が扉の向こうに消えるのを確認してから再び1人がけの本革ソファーに腰を下ろす。

 応接室のソファーは面と向かって話す際には素材が柔らかすぎて座りにくさを感じたが、こうやって体を全て預ける分には非常に心地いい。

 

『……悪くねぇな。あの激戦区で王者って言われてるくらいなんだし』

 

 提示された資料や学校のパンフレットに目を通す。

 全国常連校で、特徴が俺のプレースタイルと合ってる。

 あんなことがあっても何度も話に来る訳だ。

 

 帝光に所属している、と言うだけでスカウトの見る目は変わる。

 3年間レギュラーになれなかったとしても、何かしらポジティブな要素が目に止まれば推薦が貰えるし、それで活躍した人間もいる。

 

 ましてやレギュラーともなれば引っ張りだこだ。

 控えの選手でも場合によっては指で数え切れない数の誘いが来ることもあるし、条件もとてもいい。

 キセキの世代(アイツら)は当然として。

 赤司なんかは逆集団面接してたからな。

 

『……にしてもだいぶ減ったな』

 

 俺も控えではあったが、2年の全中後からとりあえず唾をつけておこうとする所や、既に俺を迎える気でいる学校から話はあった。

 控えメンバーの中では出場機会もあったせいか『キセキの世代がいなければエースだったのにね』なんてお世辞を使う人もいた。

 少なくとも進学先を選ぶのに苦労しそうだと思っていたが、全中が終わると状況は一転する。

 

 

『すまないが、校長から君への推薦を出すことは渋られていてね……』

『我が校では素行面に問題がある選手の居場所はないんだ』

 

 

 とまあ、こんな感じでスカウトの声は大幅に減った。

 部の中でも俺の行動に疑問符を持つやつがほとんどで、俺も釈明する気もなかったから、外部から見てるだけの奴らが俺の真意を測れるはずもなく。

 それでもいくつか話は残ってるし、さっきのところは1年近く熱心にスカウトをしてくれている。

 だからあそこでもいいんだが……。

 

 その時、扉がノックされる。

 俺は資料をまとめて机に置き、返事を返す。

 

『はい?』

『私だ。入るぞ』

 

 部屋に入ってきたのは真田監督だ。

 この時期は3年生の進路関係で忙しいためか、少し窶れたような気もする。

 

『さっき話をした直後で悪いが、もう一校話をしたいと言ってきてな』

『急ですね。どこですか?』

『桐皇学園だ』

『桐皇……』

 

 聞いたことは無いな。

 以前から話を貰っていた訳でもない。

 

『先程まで青峰と話していたんだが、その後急遽お前とも話をしたいと言ってきてな。この後なにか予定はあるか』

『いえ、部活に参加しようと思っていたくらいなので』

 

 もう引退した身なので部活に参加しなくとも何も言われない。

 ただ、高校でもバスケを続ける者のほとんどは引き続き練習に参加して来春に備えることが多い。

 一部例外はいるが。

 

『ではここにお連れする。話が終わったら、鍵を閉めて私の所へ』

『はい』

 

 監督が去ってからすぐ、1分も経たないうちに再度扉がノックされる。

 緩めたネクタイを再び整え、ソファーから立ち上がって入室を促す。

 

『どうぞ』

『邪魔するでー』

(制服?)

 

 そう言って部屋に入ってきたのは関西弁を話す角眼鏡をかけた糸目の男。

 てっきり向こうの監督か部長が来ると思ったので少し肩透かしを食らった気分だ。

 

『初めましてやな白河君。ワシは桐皇の主将(キャプテン)やらしてもらっとる今吉翔一言います。よろしゅう』

『……白河惑忠です』

『まあ、そう固くならんといてや。とりあえず座ろか』

『ええ、はい』

 

 互いにソファーに腰かけ、ガラステーブルを挟んで向かい合う。

 なんというか……怪しい。

 

『急なお願いやったのに時間作ってもらっておおきに』

『いえ、別にこの後の予定はないので』

『あ、そうかもうバスケ部は引退したんやったな。じゃあ放課後どうしてるんや』

『引退はしましたが、高校でもバスケは続けるので体は動かしてます。練習に参加したりランニングとか……』

『せっかく自由な時間が増えたのに遊びに行こうとか思わんの?』

『ええ、全く』

『もったいないなぁ。バスケに青春賭けるんもええけど、高校入ったらまた自由な時間なんか無いんやから、今のうちに遊んだらええのに』

『……そんな時間ないですよ』

 

 赤司に勝つ、そしてアイツのバスケを否定する。

 そのためには高校で戦う時のことを考えて今からトレーニングを重ねていかないといけない。

 遊んでる時間も余裕もねぇんだよ。

 

『なあ、キミは高校で何したいんや?』

『勝ちたい……いや、勝たないといけない相手がいるんです。そいつを否定することが高校バスケでの目標です』

『ふーん……』

 

 問いに答えた俺の顔をじっと見つめる今吉さん。

 まるで心を覗き込まれているような感覚、得体のしれない……例えて言うなら妖怪と対峙しているような異質さがある。

 そして発した言葉は……

 

『つまらんなぁ、キミ』

『は?』

 

 ……これだ。

 つまらない? 

 そんな面白いとか面白くないでバスケをやるつもりはないんだよ。

 バスケを楽しんで、アイツに勝てるか! 

 

『……ああ、怒らんといてくれ。別にヒトの目標をバカにするつもりは無いんや』

『……そうかよ』

『ホンマや。信じてくれ』

『アンタなんか胡散臭いんだよな……』

『ハハッ、よぉ言われるわ』

 

 それはさておき、と今吉は話題を変える。

 

『ウチはここ数年全国から優秀な人材のスカウトに力を入れとるやけど、キミと同級生のキセキの世代なんかは特に喉から手が出るほど欲しい選手や。だからウチは青峰君に接触した。ウチのスタイルに最も適合するエースを迎えるためや』

『スタイル……?』

『桐皇って聞いたことないやろ? それもそうや、最近までの戦績は人様に自慢できるようなもんちゃうからな』

 

 そう言って今吉は資料を渡してくる。

 受け取って軽く内容に目を通すと、確かに数年前まで弱小と呼べるような成績だったが、ある時を境に急激な成長が見られる。

 

『色々試したんやけどな、ワシらに合っとるのはそちらさんみたいな個人主義のバスケや。各々が点とって守れば勝てる、仲良くお手て繋いでみたいなことするよりもこっちの方が結果も出たんや』

『だから大輝を……』

『まあな。それだけが理由やないけど』

『大輝は桐皇に行くんですか?』

『本人は乗り気やったな。ワシらが求める覚悟を持っとるみたいやったからな』

『なんですかそれ』

『それは本人に聞いてや』

 

 そう言ってはぐらかす今吉。

 そして、少しだけ見開いた眼で真っ直ぐにこっちを捉える。

 

『キミ、キセキの世代に勝てる実力と潜在能力(ポテンシャル)は間違いなく持っとる。

 それでも……今のままやったら勝てんやろうな。少なくとも青峰君と、倒したい赤司君には届かん』

『なんで赤司の名前を出すんですか』

『そらあの事件を見たらなんかあったのは予想つくやろ』

『……アンタに何がわかる? 今日あっただけだろ』

『そうやな、ワシらは初対面や。でもワシは去年の全中からキミのことちょいちょい見とったんや』

『へぇ……それで?』

『随分、濁った眼になったもんやな……』

『眼を見せないアンタが言うか?』

『ワシは細いだけで見えとるっちゅうねん』

 

 失礼なやつや、と言いながらおもむろに腰を上げた。

 

『ちなみに、キミのこともワシは歓迎するで。そもそも今日会いたいって無理言ったんはワシやからな』

『そーすか』

『1つ注文つけるとするなら……ワシの発言を撤回させるようなことを言えるようになったら入れたってもええで』

『……つまらんって言ったあの質問ですか』

『そうや。ほな、ワシはこれで失礼するわ。時間取ってくれておおきに。()()()()()()

 

 そう言って今吉は応接室を去っていった。

 背もたれに全体重を預けてもらった資料をめくるが、文字やデータは眼に移っても脳に入ってこない。

 今吉の言葉が、引っかかっている。

 

 

 

『つまらんなぁ、キミ』

 

 

 

 今更ながら怒りが込み上げてくる。

 俺は間違っていない。

 赤司を負かすことで、俺はあの屈辱を精算する。

 

 

 

 俺は──────

 

 

 

 

 

 

 

 

ガチャ

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

「っ……」

 

 

 

 

 目を覚ました俺はすぐに半身を起こし、時刻を確認する。

 ちょうど早朝4時になったところ。

 いつも通りだ。

 

「……今更なんだ」

 

 かつて桐皇の主将から投げかけられた言葉。

 時折こうして夢に出てくるということは、俺は潜在的にこの発言を根に持っているのかもしれない。

 

「結局、答え変わらんかったな……」

 

 間違ってない。

 黄瀬にも勝った。

 俺はキセキの世代を倒せる実力がある。

 

 迷ってるのか……? 

 いや、違う。

 違う……! 

 

「……走るか」

 

 朝練は無いが、だからと言ってその時間を惰眠に充てる気は毛頭ない。

 考える前に体を動かせ。

 迷いが生まれるのは自信が無いから。

 自信をつけるにはひたすらトレーニングを積むしかない。

 

 もう、すぐそこまでI・H(インターハイ)予選は迫っている。

 時間がない。

 前日に作り置きをしていたプロテインを飲み干してからランウェアに着替え、走り込みに向かう。

 

 街灯が消え、太陽が昇る前の暗い道を一人で駆けていく。

 

 

 

 

 

 

 




次回からインターハイ予選編です。


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インターハイ予選編
第97Q パシリ


 海常戦の翌日。

 授業中にいつもよりも重い瞼が落ちないように悪戦苦闘していると、携帯にメールが入る。

 宛先はカントクから、内容はシンプルなもの。

 

『1年生全員、昼休み2年校舎集合♡』

 

 わざわざ件名に“緊急連絡”とつけている。

 I・H(インターハイ)予選の抽選はまだ先。

 黄瀬の時のように他のキセキの世代との練習試合が決まったのか思ったが、予選を控えていて同地区で当たる可能性のあるアイツらとこの時期に手の内を晒すようなことはしないだろう。

 かと言って、そもそも京都に限っては受け付けることさえしない、秋田は流石に遠すぎる。

 

 何事かと予測をつけたが、結局思い当たるものはなく。

 4限の終了を持って、メールにあった通り2年校舎へ。

 

「ちょっとパン買ってきて♡」

「……は?」

 

 待ち構えていたカントクの第一声はこれだった。

 別にパシリなんて運動部ならありガチだが、わざわざ全員集めてまでやらせるか普通。

 

「それならわざわざ1年全員集めなくてもいいんじゃ……」

「いや、そうもいかないわ。あの“幻のパン”をゲットするには多いに越したことは無いもの」

「……幻のパン?」

 

 聞けば、毎月27日には購買で特別なパンが販売されるらしい。

 それを食べれば恋愛や部活でも勝利が約束される、なんて奇妙な噂がある。

 

「ちなみに、イベリコ豚を使ったカツサンドパンに世界三大珍味を全て載せた贅沢な逸品よ」

「やりすぎて品がねぇ!」

「お値段2800円!!」

「高ぇ!?」

 

 なんでこれが通るんだよ……。

 

「とにかく、海常に勝って勢いのあるチームにさらに弾みをつけたいのよ! まあ、いつもより()()()()()()()混むのよね……」

「パン買ってくるだけだろ? チョロいじゃんですよ」

 

 ……何故か他の先輩らが不憫そうにこっち見てんなおい。

 

「さつきは行かなくていいわよ! こーゆー時は男子に任せておけばいいのよ!」

「あ、はい」

「じゃあ、野郎共にはこれ」

 

 そう言って、封筒を渡される。

 なんとなくさっきの幻のパンの値段よりも入ってる気がするが。

 

「金はもちろん2年生(オレら)が出す。ついでにみんなの昼飯も頼むわ」

 

「ただし失敗したら……釣りは要らねーよ。今後筋トレとフットワークが3倍になるだけだ」

「……3倍?」

 

 試合中並の気迫……。

 なんで昼の買い出しが勝負所(クラッチタイム)なんだよ……。

 

「ほら、早く行かないと売り切れちゃうぞ。まあ、パン買うだけだから……」

「伊月センパイ……」

「……はっ! パンダのエサはp

「行ってきます」

 

 伊月さんのダジャレを聞く前に、駆け足で購買へ向かう。

 すると、さつきから連絡が入ったので確認すると……。

 

『無事に帰ってきてね』

 

 

 ……戦争にでも行くのか、俺は。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「……んだこれ!!?」

 

 購買のある中庭に飛び出してみると、そこは凄まじい光景が広がっていた。

 見渡す限りに人、人、人……。

 デパートやスーパーのタイムセールのように、ほとんどの全校生徒がひしめき合っている。

 

「全然少しじゃねー!」

「こういうことか」

「何がですが」

「さつきから生きて帰れてって連絡あったから」

「……確かに一筋縄じゃ行かなそうです」

 

 人混みの中からは痛みを訴える声や怒鳴り合うような声も聞こえてくる。

 下手したらケガを負いそうな気もする。

 さつきの忠告はあながち間違いじゃねーな……。

 

「とにかく行くしかねぇ! 筋トレとフットワーク3倍は死ぬ!!」

「じゃあまずはオレが! 火神程じゃねーがパワーには自信がある」

 

 そう言って河原が口火を切る。

 息を呑み、覚悟を決めて群衆の中へ向かっていった。

 

「うおおおおぉぁぁあああああ……!」

 

 が、すぐに弾かれてぶっ飛ばされていた。

 ……その勇猛さだけは称えてやる。

 

「歯ぁ立たなすぎだろ!?」

「……いや、よく見たらこれ、半端な力じゃ無理だぞ」

 

 福田の視線の先にいるのは制服がパツパツに張っているガタイのいい生徒。

 恐らくラグビーやアメフト、相撲にウエイトリフティングといったフィジカル自慢の面々。

 ……ほんとに死人が出るだろ。

 

「おもしれぇ……やってやろーじゃん」

「絶対に対抗心燃やすところじゃねぇ」

 

 次鋒火神が雄叫びと共に人混みに飲まれていった。

 河原よりも長い時間抗っていたが、すぐに吐き出される。

 

「This is Japanese lunch time rush!?」

「火神……!」

「こんな時に限ってアメリカかぶれかよ……」

「この前の英語の小テスト0点のくせに」

「今関係ねぇだろそれ!!」

 

 これ、もう筋トレとフットワーク3倍受け入れた方がいいだろ。

 どうしようも……。

 

「……なぁ、白河も無理か?」

「無理だろ。圧死するわ」

「いやでも、腕長いし」

「限度あるわ」

 

 いや、待てよ……。

 

「……行けるかもしれねぇ」

「マジか!?」

「火神、俺を投げろ」

「……は!?」

「上から奇襲をかける」

「さすがに届かせられねぇぞ」

「届かなくていい。手だけでも届けば買えるだろ」

「なるほど、その手が……!!」

「っし、じゃあ……!」

 

 そう言って、火神は俺の襟元を掴みあげる。

 ……おい待て。

 

「他にもうちょっといい方法が……」

「行くぞオラァ!!!」

「人の話聞けバカヤロッ

 

 俺の声は虚しくも届かず、火神は勢い良く人混みの中に俺を投げ飛ばした。

 まるでファンの中に飛び込むロックバンドアーティストの如く、俺は人混みの上に着地した。

 

「痛っ……だが、もうすぐそこだ」

 

 心の中で謝りつつ、誰かの方や頭を掴んで匍匐前進のように距離を詰める。

 火神のおかげで半分ほどショートカットできたから、もう購買との距離は視界に捉えている。

 あと2、3回腕をかけば届く。

 そんな時、誰かに足首を掴まれた。

 

「っ……この」

 

 振り払おうと足を動かそうとするが、それすら叶わない程の超パワー。

 もがいている間にもう片方の足首も掴まれる。

 

「しまっ……!」

 

 踏ん張ろうと誰かの頭に手をかけようとするが、間に合わず。

 ものすごい勢いで後方に引き寄せられ、体が宙を舞った。

 

「あれ……白河!?」

「ぐぅぅぅ!!」

「白河ぁぁぁぁ!!」

 

 後方に引っ張られた力で仰向けになった俺はなんとか受け身を取りながらもアスファルトの地面に背中を打ち付ける。

 

「大丈夫ですか?」

「……んなわけねーだろ」

 

 痛みを堪えながら、黒子が伸ばした手を取って起き上がる。

 学ランを脱いで背中部分についた砂を叩きたがら、他の同期が相変わらず人混みに弾かれ続けている光景を目の当たりにした。

 

「……黒子、覚悟しとけよ」

「その必要はないですよ」

「ん、何言ってやがる。オマエが1番フィジカル弱いんだから……」

「だって買えましたから」

「……は?」

 

 見ると、俺を起こすときに伸ばした腕と反対の手には、ビニールに包まれたパンが載せられていた。

 同じような形のパンは幾つかあるが、どれよりも色鮮やかなそれは正しく俺たちがパシられた贅沢パンだ。

 

「……オマエ、どうやって」

「人混みに流されてたら先頭にたどり着いたので、パン取ってお金置いてきました」

「……アイツらにも言ってやれ」

「そうですね」

 

 柳に雪折れ無し、ってことか……。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

「……大丈夫だって」

「ダメ! もうI・H(インターハイ)予選はすぐなんだから!」.

 

 何とか要望のパンと先輩らの昼食を買って届けたが、俺は自分の昼食にありつく前にさつきに腕を引かれ、保健室に連行されていた。

 どうやら、背中から落ちたところを見ていたらしい。

 

「すみません、ちょっと見て欲しいんですけど……って居ない」

 

 他のところで昼食を取っているのか、保険医や保健委員の姿は見えず。

 薬品やアルコールの匂いが漂っているだけだった。

 

「消毒液とかはここにあるから……うん、大丈夫」

「心配してくれてんのはありがてぇけど、別になんともないから」

「それならそれでいいから、服脱いで背中見せて!」

「……わかった」

 

 言われるがまま、さつきが色々と準備している間に学ランとシャツ、インナーシャツを脱いで適当なところに置く。

 背もたれのない緑色の丸椅子に座って待っていると、消毒液を染み込ませたガーゼをピンセットに挟んださつきがこちらを向く。

 

「背中向けて」

「おう」

 

 椅子を回して、背中を向ける。

 少し肌寒さを覚えつつ、さつきの指が触れる感覚が伝わってくる。

 

「……大丈夫じゃない」

「なんかなってるか?」

「内出血かな、黒くなってるしちょっと擦り傷ができてて血が出てる」

「……まあ、コンクリートだったしな」

「……ガーゼ当てるね。ちょっと染みると思うけど」

「……っ」

 

 背中の左側の半ば、消毒液を含むガーゼが傷口に触れて少々痛みが走る。

 何度か軽く当てた後、何かを剥がす音がして、傷口に何かが貼られた感覚がした。

 

「とりあえず絆創膏貼っておくから、それと氷嚢作るから待ってて」

「……悪いな」

「いいのっ。あ、ベッドにうつ伏せになってくれる」

「おう」

 

 椅子からベッドに移動し、指示通りうつ伏せになる。

 枕の下に腕を通し、顎を乗せる。

 水音と氷がぶつかる音がした後、氷嚢と薄手のタオルを持ったさつきが近寄ってくる。

 患部をタオル越しに氷嚢を置くと途端に当てられている部分が急速に冷えていく。

 

「低温火傷(低温火傷は、50度ぐらいの低めの温度でなる火傷です。)にならないようにタオル置いてるけど……ちゃんと冷えてるよはね?」

「あぁ、サンキュ」

 

 次第に冷たさが心地よくなってくる。

 皮膚が慣れてきたのもあるが、患部が熱を持っていたのものあるだろう。

 今更痛みが出てきやがった。

 

「……悪いな、もう昼飯食う時間ねぇだろ」

「大丈夫。みんなに買ってきてもらったから」

 

 そう言って、パンを3つビニール袋から取り出した。

 そのうちの2つの包装を開けて、俺の前に出す。

 

「どっちがいい?」

「……くれんのか」

「先輩達が奢ってくれたけど、3つ食べたらおなかいっぱいになっちゃうから」

「……じゃあ、右手のやつ」

 

 卵サラダがたっぷり挟まっているサンドイッチを俺の口の近くに持ってくる。

 差し出されるがままほおばると、柔らかいパンの食感と大きめに潰された卵サラダの旨味とピクルスの僅かな酸味が口に広がる。

 玉ねぎの食感もアクセントになっていて悪くない。

 

「美味しいでしょ?」

「……あぁ」

「ふふっ、口の周りについてるよ」

 

 さつきが人差し指の腹で卵をすくい取り、自分の口に含む。

 

「うん、美味しい。偶にはこうゆうのもいいでしょ」

「……偶にはな」

「……ねぇ、ワッくん」

「ん?」

「……私ってワッくんの助けになってる、かな?」

「当たり前だろ」

「ホント?」

「あぁ」

じゃあ、もっと……

「ん?」

「……あ、なんでもないよ。はい」

 

 言いかけた何かを聞こうとしたが、サンドイッチを食べさせられて口を塞がれる。

 

「少しはお腹の足しになる?」

「ああ。弁当は5限終わってから食うわ」

「そっか……」

 

 そのまま、背中を冷やして食べる姿勢を取れない俺に餌付けをしながらさつきも昼食を済ませていく。

 3つ目のパンを分け合って食べ終えた頃には氷嚢の氷も溶け切っていた。

 

「……これなら練習しても大丈夫だな」

「何か異変あったら言ってよ?」

「わかってる」

 

 この程度で練習休む訳にはいかねぇからな。

 すぐに治療したからなんとかなるだろ。

 

「……あ、服着るの待って」

「ん?」

 

 そう言って、さつきは上裸の俺に抱きついてきた。

 

「お、おい」

「治療もしてお昼ご飯食べさしてあげたんだけど」

 

 そう言われると離せとは言えない。

 とりあえず手持ち無沙汰な両手をさつきの背中に回して、ハグを返す。

 

「はぁ……満足」

「そうか」

「うん、服着ていいよ」

 

 5分ほどこうしていたところで、ようやく許しが出た。

 シャツを着て、学ランを羽織ってから左肩を背中を使って大きく回してみる。

 とりあえず大丈夫だろ。

 

「ワッくん、じゃあ片付けてるから先行ってて」

「いや、俺もやる」

「いいの。私に任せて」

「……じゃあ頼むわ」

 

 氷嚢の中の水を水道に流すさつきの後ろ姿を気にしつつ、俺はそのまま保健室を出ていった。

 

 

 

 

 

 

「言えなかったなぁ……」

 




次はお父さん回ですね。

それと、お知らせがあります。
活動報告からご存知の方もいるかもしれませんが、以前から言っていた桐皇√の作品も始めました。
作品名は『新鋭の暴君が持つ最強の矛と盾』になります。

あくまで更新は本編を優先しますが、お時間あればあっちもよろしくお願いいたします。
下のURLからどうぞ

https://syosetu.org/novel/327021


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第98Q 長い戦いの始まり

 購買戦争に巻き込まれてから数時間後、普段なら練習している時間なのだが、俺とさつきは電車で数駅離れたとある高校に訪れていた。

 さつきが入手した情報によれば、ここでI・H《インターハイ》予選の1回戦の対戦校の練習試合があるとか。

 カントクの指令で元々さつきは偵察に行く予定だったが、負傷したこともあり、大事をとって強制的に練習を休まされ、俺も同行することに。

 にしても、気になることを言ってたな。

 

『ちょうどいいわ。厄介な選手がいるらしいから、白河君も行ってきて。大丈夫だとは思うけど、ソイツは白河君に任せないといけないから』

 

 とか。

 どんな相手かと思い、乗り込んで見ればすぐにわかった。

 上手いとかじゃなくて、よく目立つからだ。

 見た目の問題で。

 

「あ、また決めた」

「何点目?」

「……これで20点目。全然止めれていないね」

「まー、そうだろうな」

 

 対戦校は新協学園。

 去年までの直近の成績を見ても、特別気になるところはない。

 1回戦で負けることもあるし、良くて3回戦進出くらい。

 どこにでもある中堅校といったところだが、今年はたった1人の選手の加入によって練習試合では連勝続きだとか。

 

「名前はパパ・ンバイ・シキ。身長200cmちょうどで、体重は87kg。セネガルからの留学生」

「……いかにもって感じだな」

 

 長身の黒人選手。

 近年はこういった助っ人外国人を連れてくる学校も多く、ここもその流れに乗っかったらしい。

 見てくれだけで素人が選ばれることもあるらしいが、動きはちゃんとバスケ選手だ。

 

「どう? ワッくんから見て」

「大したことはねぇな。見た目ほど身体能力が高い訳でもないし、スキルセットも少ない。細身だからフィジカルも強くはない。

 ただ、()()()やっぱ」

「うん。2mの人見るのむっくん以来かも」

「日本だとそうそういねぇからな。ずんぐりむっくりな日本人とは違ってしっかりと手足も長ぇ」

 

 速さや強さはない。

 ただ、()()()()()()

 それだけで誰も対抗できない。

 

 あの留学生が打つシュートが叩き落とされることもないし、外しても自分でカバーできる。

 相手が考え無しにインサイドから狙ったシュートは弾かれるし、それを恐れて外一辺倒な攻め方をして外れればリバウンドを独占される。

 

 バスケットの理不尽な場面が全て現れている。

 少しだけ紫原の気持ちが理解出来る気がした。

 

「終わったね……」

「20点差か、他に驚異になる奴はいねぇのに、あの外人1人でこのザマか」

「……1回戦から厳しい戦いになるかもね」

「んな訳ねーだろ」

 

 こんなところで躓いてられねーよ。

 

「帰ったら練習s

ワッくん? 

「…………」

「コラ! 目逸らさない!」

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

「つーわけで、お父さんのマークお前な」

「どーゆー訳だよ……!?」

 

 

 誠凛に戻ってから、予選から決勝リーグにおける説明をカントクと日向(キャプテン)から受ける。

 同地区で当たることになる三大王者の一角の秀徳に勝つことが必須条件であること。

 つまり、“キセキの世代NO.1シューター”が相手になる。

 

 

 アイツの“左手”は厄介だが、それよりも先に目先の試合だ。

 パパ・ンバイ・シキもといお父さん(命名黒子)を止めてしまえば1回戦突破は訳ない。

 逆に言えば、お父さんが止まらないと少々面倒だ。

 

「今のメンバーならシンプルな高さが1番あるのはお前だろ。黒子が入る時には水戸部さんが代わるからフルタイムでお前が付く想定をした方がいい」

「お前は?」

「場合によっては俺もマークするけど……まあ、自信ねぇなら別に」

「そうは言ってねぇだろ!」

「だったら最初からそうしとけ」

 

 お父さんよりデカくて比べ物にならんくらい速いヤツもいる。

 本当にキセキに勝ちたいなら、高いだけの木偶は止めてもらわねぇと。

 

「そういう訳なら、火神君は特別メニューよ!」

(話早くて助かるわ……)

「って、なにするんだ……ですか」

「そこでこの人! DF(ディフェンス)もいぶし銀、水戸部先生よ!」

「……え、白河じゃねぇの?」

「腕短ぇんだから無理だよ」

「短っ!? うるせぇよ!!」

 

 半分本当、もう半分はディフェンスの性質の違いにある。

 俺はある程度相手の手を読み切ることもあるが、基本的に受け身で守る。

 対して、水戸部さんの方法は異なってくる。

 

「これから毎日水戸部君と練習して、自分よりも体の大きい選手の抑え方を体で学んでもらうわよ」

「自分より大きい……」

「いい? ディフェンスは白河君が得意なスティールだったり、派手なブロックみたいなわかりやすい方法以外にもあるのよ。()()()()()の」

「落とさせる……?」

「この単細胞には口頭で説明するより肌で感じさせた方が早いですよ」

「それもそうね」

「ぐぬぬ……」

 

 という訳で、まずは火神がオフェンスで1on1を行う。

 ただし、インサイド限定という縛りはある。

 これが今回のミソだ。

 

「さつき、撮れてるか?」

「うん、バッチリ!」

「よし、じゃあ始め!」

 

 カントクの合図で俺がパスを出して火神がオフェンスを仕掛ける。

 最初から背中を向けた状態、ポストプレーで火神はまず水戸部さんを押し込む。

 

「……っ」

「ぐっ、意外と……!」

 

 火神は闇雲に背中で押しているだけだが、水戸部さんはそれに対してしっかりと重心を落として対応している。

 素のパワーでは火神が有利だが、使い方次第ではアドバンテージはいとも簡単に消滅する。

 

「くそっ!」

 

 押し込めないと見るや、火神はフェイダウェイに移行。

 190cmの火神に対して水戸部さんは186cm、身体能力にも大きな差がある。

 案の定、水戸部さんが伸ばす手はボールには届かず、ブロックは成立しない。

 しかし、火神はどこか窮屈なフォームからシュートを放ち、ボールはリングに嫌われた。

 

「んんっ!?」

「どう?」

「いや、もっかいやらせろ……ださい!」

「ださい……? まあ、いいわ」

 

 納得のいかない様子の火神の要望に応え、再びパスを出す。

 

(押し込むのは時間がかかる。ジャンプシュートもなんか打ちづれぇ……だったらぶち抜く!!)

 

 ボールをキャッチした瞬間、火神はフェイクを入れる。

 体を時計回りに回すような動き(ムーブ)から、反対方向のスピンでゴール下への侵入を試みる。

 

(っし! これなら……うおっ!?」

 

 それを読み切っていた水戸部さんと衝突し、よろめく火神と後方に倒れ込む水戸部さん。

 

「オフェンスファール!」

「えっ!?」

「先に水戸部さんがドライブコースに入ってた。証拠あんぞ?」

「万引きGメンみたい……」

 

 普通の1on1なら、火神が負けることはまずない。

 C(センター)としての経験の有無やプレイエリアに縛りを設けているとはいえ、単純な個で考えれば劣っている。

 結果はこの通りだが。

 

「……と、まあこんな具合ね」

「ブロックはされてねぇのに……」

「さっきも言ったけどブロックだけがシュートを防ぐ方法じゃないわ。

 やりたいことをさせない、行きたいところに行かせない。そうやって相手の苦手な体勢に追い込んで、プレッシャーをかけて楽にシュートをさせない! そうすれば届かなくても充分守れるのよ!」

 

 押し黙っている水戸部さんに代わり、カントクが誇らしげに(無い)胸を張って説明する。

 火神の性格的にはこんな守り方は好まないだろうが、身をもって優位性を知れば否定もできないだろう。

 

「で、守り方がわかってきたら実践よ」

「実践……?」

「そ、今度は白河君を守ってもらうわ」

「そーゆーわけだ」

「……! いいじゃねぇか。白河守んのは新鮮でいいな」

 

 (エサ)を炊き付けられた火神のやる気が復活する。

 さっきとは逆に俺が火神に対して背を向ける形になる。

 身長は負けてるが、腕の長さ(ウィングスパン)はそう変わらんだろうし、俺にとってもいい練習になる。

 

「動き危なかったら即中止よ」

「……っス」

 

 忠告を受け、カントクが開始の笛を吹く。

 水戸部さんからパスを受けて、即座に時計回りにターンを繰り出す。

 

「ノーフェイク……! 舐めんな!!」

 

 火神も反応して、俺のシュートを叩き落とそうとブロックに跳ぶ。

 それじゃダメだって言ってんだろうが……バカが。

 まぁ、いいか……。

 

「なっ……!?」

 

 火神どころか、お父さんだとしてもブロック不可能のこのシュートをモノにするためのいい練習になる。

 

 

 

 

 ────スパッ

 

 

 

 シュートは狙い通りにリングに吸い込まれる。

 お父さんはこんなシュートやらねぇだろうが……まあ、いいだろ。

 

 

「精々頑張ってくれや」




桃「はい、今日の映像データね」
火「……これ、見ねぇとダメか。多すぎだろ」
桃「それは火神君に任せるよ。ワッくんに勝てないままでいいなら見なくても」
火「見ねぇとは言ってねぇだろ!脳内再生余裕になるまで何千回でも見てやる!!」
桃(男って単純だけど、火神君は典型的というか、猪突猛進すぎ……)


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第99Q 対お父さん

 5月16日。

 予選当日を迎え、俺たちは緒戦が行われる会場にて試合に向けて体を動かしていた。

 ウォームアップがシュートにまで差し掛かったタイミングで、日向(キャプテン)があることに気付く。

 

「てか、お父さん居なくね?」

「あ! そう言えば!」

 

 要警戒のパパ・ンバイ・シキ(お父さん)の姿がない。

 外見的特徴から他な選手と見分けがつかないなんてことは有り得ない。

 

「さつき、ケガしたとかの情報はあるか?」

「ないけど……ちょっと素行面で気になるところがちらほら」

「……そういうことか」

 

 居ないなら居ないでいい。

 ワンマンチームの主軸が居ないんなら、ただの中堅以下。

 前半で勝負を決めちまえば……。

 

 

「すみません遅れました──!!」

 

 そう思っていると、入口の方からこんな声が聞こえてくる。

 

「アイタッ!! 

 

 ──ガンッ!! 

 

 次いで、痛みを訴える声と何かがぶつかった鈍い音。

 その音の原因に、試合前ながら会場がどよめく。

 

「日本低イ……ナンデモ」

 

 光がより強く反射する額を気にしながら、会場に足を踏み入れる男の身長はこの場の誰もよりも高い。

 そして、実際に目の当たりにすると映像よりもさらに細身なため、より長く見える。

 

「何やってんだ! 早く来い!」

「すみません遅れました──!!」

「なんでそこだけ流暢なんだよ!!」

 

 多分、使うことが多い言葉だからだろう。

 1回戦とはいえ、公式戦に遅刻して来ても悪びれる様子はない。

 メンタルが強いのか、故郷との文化の差か。

 精神的にも大物なようだ。

 

「あ、そう言えば海常に勝ったってマジ?」

「いや……練習試合でッスけど」

「……なんだー思ったよか大したことないんだな」

 

 新協の選手が話しかけて来た。

 そして俺たちの下克上はキセキの世代の実力の過大評価だ、とでも言いたげな反応。

 

 ……いい気分はしねぇな。

 日向(キャプテン)も自分たちが舐められていることに(ピキ)ってる。

 

「それだったら、わざわざパパ呼ぶ必要もなかったかもな」

「……アンタ、キセキの世代対策にあの留学生連れてきたのか?」

「オイ、白河!」

 

 二人の会話に割って入る。

 日向(キャプテン)が制止しようとするもが、無視して続ける。

 

「そうだけど。つーか敬語使えよ、1年だろ?」

「まあ、正直驚いたな……」

「……はっ! なんだよ、試合前からビビってんのか?」

「ちげーよ、あんな木偶連れて来ただけでキセキの世代(アイツら)に勝てると思ってるアンタらの楽観的な脳ミソに驚いたんだよ」

「……は?」

 

 新協の選手の顔が引き攣る。

 事実陳列しただけで、その表情できるってことはマジで勝てると思ってたんだなコイツ。

 呆れた……。

 

「そんなこと考えなくていいように、ここでシーズン終わらせてやるよ」

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

「へっ? 黒子君先発(スターター)?」

「お願いします」

「時間制限あるんだから切り札(シックスマン)として状況見て起用するって説明したじゃない」

「お願いします」

「なんでそんな目血走ってんのよ?」

 

「……なんかあったのか」

「お父さんに子供扱いされてた」

「……は?」

 

 まぁ、黒子の逆鱗に触れたのはわかった。

 にしてもアイツ高校生になってからスタメンの方が多くねぇか。

 

「……ま初っ端からカマすのも嫌いじゃないからいーわよ!」

 

 

「但し、いきなり黒子(切り札)見せつけるんなら中途半端は逆効果よ。第1Qで最低10点差はつけなさい!」

 

 

 カントクからの条件(ノルマ)付きで黒子を試合頭から使う最も攻撃力の高い布陣(ラインナップ)の採用が決まった。

 カギはインサイドの攻防。

 水戸部さんが居ないとなると、火神と俺が高さで勝必要がある。

 

「これより、誠凛高校対新協学園の試合を始めます! 礼!!」

「(よろしくお願い)しゃ──っす!!」

 

 そんなリスクを抱えた試合が今、始まろうとしている。

 その攻防の中心のお父さんが、寝坊したにも関わらず寝足りないのか、欠伸をしながら俺たちを冷めた目で見下ろす。

 

「今日ノ相手モミンナ小サイ。日本人ゴ飯食ベテル? 

 シカモサッキハベンチニ子供モ居タ……」

「子供じゃないです」

「ファッ!? ベンチジャナクテスターター!?」

 

「……なぁ白河。もしかしてこれから試合の度に黒子驚かれんの?」

「すぐ慣れますよ」

「めんどくせー……」

 

 小競り合いがありつつも、全員が初期位置に構える。

 

 審判がボールを高く放り上げて今──────試合開始(Tip off)

 

 

「うおおおおっ」

 

 ジャンプボールに跳ぶのはおとうさんと火神。

 190センチの火神の上から、ボールは叩かれて新協ボールに。

 

 試合前に話しかけてきた4番がボールを保持してフロントコートに侵入すると、いきなりハイポスト付近で佇むお父さんにボールが渡る、

 対峙する火神がこれに対応。

 

「させねー……あぁ!?」

 

 お父さんはジャンプシュートを選択。

 フェイクはない。

 目の前にマークが居るにも関わらず、悠長な選択に。

 

「舐めてんじゃねぇ!!」

 

 当然、火神も黙っていない。

 シュートを叩き落とそうとブロックに跳ぶ。

 しかし抵抗虚しく、放たれたボールはリングを潜った。

 

「っ……高ぇ!!」

 

 ゴール下で無双されるのも厄介だが、あれほどの打点の高さから打てるならディフェンスからのプレッシャーはほとんど感じないんだろう。

 ミドルの成功率はそこそこだったはず、一発目から決めたってことは調子いいのか? 

 

「ドンマイ! 取り返すぞ!!」

 

 素早いリスタートからこちらのオフェンス。

 伊月さんがドリブルでかき乱し、視線のフェイクを交えることで日向(キャプテン)がフリーに。

 

「っし、もら……」

「打つなっ!」

 

 外からシュートにも反応してくる。

 あっという間に間合いを潰して前に出てきた。

 

(あそこから届くのかよ!? 守備範囲どんだけ……でも、ギリパス出せる!)

「ン?」

 

 直前でパスに切り替え、それを受ける。

 マークがついてるけど……。

 

「関係ねぇ」

「えっ!」

 

 こちらもノーフェイクのジャンプシュートをお返し。

 ただ、こっちは3点だが。

 

「悪い危なかった」

「……別に」

 

 俺よりも縦の反応が良い。

 あのままだったら間違いなくブロックされていた。

 その様子を見て、さっきの奴が煽ってくる。

 

「結構危ないじゃん? あんなこと言って、負けたらなんて言い訳すんの?」

「さぁ……? こっちが勝つのにそんなこと考える必要ねぇからな」

「……生意気いってんじゃねぇ! もう一本行けパパ!!」

 

 再度パスを受けたお父さんは相変わらず舐めた態度と口を聞く。

 

「ハ〜〜……負ケル訳ナイジャン。子供居ルチーム、弱イ」

「ごちゃごちゃうるせぇな、いいから来いよ」

「フ~~~ン???」

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 ────試合が始まって5分。

 互いのチームは対照的なゲーム運びとなった。

 

「落ちた! リバンッ!!」

「っし」

 

 リバウンドに群がる新協の奴らの手がボールに届く前に、俺が回収する。

 1番の脅威になる筈のお父さんは細身故にフィジカルで不安があるのか、ミドルジャンパーを多く放ち、あまりインサイドには踏み込んでこない。

 

 そう来れば、インサイドは俺の領域(テリトリー)だ。

 他の奴らじゃ基本性能(スペック)が低過ぎる。

 体格……身体能力……技術(スキル)……俺に勝てる見込みなんてゼロだ。

 

「よしっ! 走れ走れ!!」

「くっ……戻れ!!」

 

 オフェンスではいつもよりもさらに素早い攻撃を意識することで新協が守備を整える前に────お父さんがインサイドで待ち構える前に仕留める。

 ディフェンスリバウンドは安定させてるから、こちらから速攻を仕掛けやすく相手は後手の対応を強いられる。

 

「おい! 外フリーだ!」

「くそっ……!」

 

 コーナーで構える日向(キャプテン)に慌てて寄せる。

 冷静に相手を交わしてインサイドで構える黒子にパス。

 刹那、コートをボールが横断し、逆サイドのコーナーから俺がスリーを撃ち抜いてみせる。

 

「チッ、オフェンスリバウンドは狙うな! 守れねぇと話にならねぇ!」

 

 ボールを運ぶ新協の主将とオフェンスの中心であるお父さん以外は攻め込むことを躊躇い、高い位置にポジションをとる。

 こうなってしまえば、むしろ走る距離が縮まるからさらに得意な形に持ち込みやすくなるのだが。

 

「決めろパパ! シュート入ればそのまま守れるんだよ!!」

「ぐっ……」

 

 投げやりにボールを託されるお父さん。

 その顔には試合開始前の余裕はなく、焦燥に駆られている。

 最初の1本以降、()()()()()()()()()()()()()()()()のだから焦るのも当然といえる。

 そんな状況で、主将兼PG(司令塔)がプレッシャーを与えるような発言をエースに飛ばすのも信じられないが。

 

「ほら、打って来いよ」

「コノッ……!」

 

 火神は特訓の成果を見事に発揮して、お父さんにストレスとプレッシャーを与え続けていた。

 事前にさつきが集めた情報(データ)から、苦手なシュートパターンを強いたり、苦手なシュートスポットに誘導したり、欲しいタイミングではリスクを負って前に出てディナイディフェンスを実行することで簡単にボールを渡さない。

 

「ナンなんダヨオマエ……!」

 

 悪態を吐きながらシュートモーションに入るお父さんに対して、跳ぶタイミングを調整した火神がブロックに跳ぶ。

 今まで感じたことの無い気迫。

 殺気のようにも思えるプレッシャーに、お父さんは逃げの一手を打つ。

 

「あっ……!」

 

 取ってくると言わんばかりのパスをカットして、そのまま自分でボールを運ぶ。

 スリーポイントライン手前、減速してリングに視線を送る。

 

(またスリーか!?)

 

 ジャンプシュートを警戒して、ディフェンスの足が止まり、顎が上がる。

 その瞬間にインサイドへ侵入。

 そして俺に対してヘルプが飛んでくる。

 

「止まれ!」

 

 ヘルプに飛んできたディフェンスの重心の逆をついて、腕の幅を目いっぱい使ったクロスオーバーで振り払う。

 

(この振り幅……反応出来る筈がっ!)

 

 体勢を崩して転んだディフェンスを尻目に、無人のゴールにダンクを決め込む。

 これで15点差、安全圏(セーフティリード)と言っていいだろ。

 

「ナンダヨモウ! ムカつく!!」

「落ち着けパパ!」

 

 今までこんなにも上手く行かなかったことは無かったのだろう。

 キセキの世代を倒すために呼んだのに、早くも初戦敗退が脳裏にチラつくお父さんは苛立ち、チームメイトがなんとか宥めているザマ。

 つっても、こっちもいい顔してねぇ奴はいるけどな。

 

「……どうした。ここまで完璧に抑えてるだろ」

「お前と比べたらあんなのヨユーだからな。ただ、ストレス溜まるんだよこのやり方」

「じゃあ、しばらく役割代わるか?」

「あ?」

「気分転換に点取ってこい、()()()と暴れろ」

 

 俺の言葉に、火神は笑みを浮かべた。

 

「別にいーけど、その間にやられんなよ」

 

「……誰に言ってやがんだバカが」

 

 

 

 

 

 

 

 




今日桐皇√も同時更新してるので、よかったらそちらも


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第100Q 防御は最大の破壊

100話目という節目ですが、何もありません皆さんへの感謝しか。
今後ともよろしくお願いします。

後、今回から3人称視点で書いていきます。
白河視点に戻る時は…夏終わってからかな


(パパのマークが代わった?)

 

 新協学園主将であり、PG(ポイントガード)を務める谷村はお父さんのマークが火神から白河に変更されたことに気付いた。

 セネガルからわざわざ呼び寄せた新戦力である彼はシュートこそ打てているが、タッチが悪くそのせいでチームの攻撃も停滞している。

 それは誠凛の、火神のディフェンスが成功していることを意味しているのだが、わざわざそれを止めた理由がわからなかった。

 

(今にも2mのパパをブロックしそうな跳躍力と、殺気にも思える集中力……アイツがパパのマークを止めたのはこっちからすれば嬉しいが……)

 

 問題は変わったマークが白河であるこということ。

 帝光では試合を〆るクローザーを務め、守備やリバウンドで隙を見せずに勝利を確実に手繰り寄せできた。

 時折見せる攻撃性能はあの“キセキの世代”がボールを託すほどの実力を持っていた選手。

 

 昨年、()()()()決勝トーナメントに進出した新設校にいた事には驚いていたが、故に谷村は白河を甘く見ていた。

 

(決勝での事件もあったが、わざわざこんなチームにいるってことは強豪から推薦貰えなかったんだろ? 要はその程度の選手だ、問題ねぇ!)

 

「パパ! 落ち着いて1本取れ!」

 

 迷うことなく──他に選択肢も多くないが──お父さんにボールを託す。

 ハイポストポジションでリングに背を向けて待ち構えたお父さんはボールを受け取り、背中越しに対峙する白髪の少年の出方を窺う。

 

 ここまでに対戦した選手の中では、1番大きい選手だが、それでもリーチで勝っている。

 火神程の威圧感も闘争心も伝わってこないため、精神的なプレッシャーも感じない。

 大きくリードを奪われている状況だったが、お父さんはほくそ笑む。

 

(コイツナライケそう……!)

 

 そうした自信と履き違えた慢心は、プレーに現れる。

 一流のディフェンダーはその隙を見逃さない。

 特に、白河はその類の選手だ。

 守備であの帝光のレギュラーを掴んだその実力を推し量れていないのは、2人の間に絶対的な実力差が存在しているから。

 

 

パシッ

 

 

 なんの工夫もなく、正面に体を向けようとしたお父さんはそのままシュートモーションに入るが、手が頭の上に来た時に違和感を覚えた。

 そこにあるはずの皮の感触や重量を感じなかったのだから。

 

「──────エッ」

 

 掌に乗せているはずのバスケットボールは、眼前の白河の右手の中。

 いつボールを奪われたのか、皆目見当もつかないお父さんは体が硬直したまま、目だけを見開いていた。

 

 白河はそのボールを真横の空間にパス。

 誰も居ないはずの場所で、突如として加速したボールは真っ直ぐに新協学園側のリングに。

 そこには、既に走り出していた火神が居た。

 

「よしっ!」

 

 ボールを受け取り、ワンドリブルを挟んで両手に持って踏み切る。

 またリングを破壊してしまうのではないかと思えるほどのパワーでボースハンドダンクを叩き込んだ。

 リングが火神の重さによって軋む金属音と、少ないながらも観客(ギャラリー)が上げた歓声が体育館に響き渡る。

 

「すっげぇダンク!!」

「これ、予選の1回戦だよな……!?」

 

(ナ、ナニがイマドーナッタ……!?)

 

 スティールからの速攻にかかった時間は5秒もない。

 圧巻のカウンターに、そしてお父さんは目の前の男の異質さに、理解が及ばない。

 

 理解する時間や、ゆとりも与えられない。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

(ナンナンダヨコイツラッ!?)

 

 第1Qを30-7で終え、黒子と水戸部を替えてバランスの良い陣容(ラインナップ)で臨んだ誠凛は第2Qも主導権を握り続ける。

 

 お父さんのマークという役回りを白河に任せた火神は、爆発的な攻撃力をもってインサイドを制圧した。

 効果的ではあったが、忍耐力が必要な守り方をしていたせいで溜まっていた鬱憤を晴らすかの如く暴れ回り、水戸部も一瞬のオフスクリーンやポジショニングの工夫による隠れたアシストも相まって手に負えない状態。

 

 加えて、中にディフェンスが集中すれば、外から日向が打ち抜く(スリー)

 伊月にとっては非常に攻めやすい状況が出来ており、堅実なプレーからはミスを期待することも叶わない。

 

「すげぇ……誠凛止まんねぇ」

「“7番”居ねぇのに去年より破壊力あるぞ……!」

 

 派手なダンクや高精度のスリーが飛び交うオフェンスに注目が集まる。

 が、コートの中で新協学園に起きている問題はその逆。

 オフェンスが完全に停滞してしまっていること。

 

「パパ!」

「──っ!」

 

 ボールを受けた瞬間に、脇の下から腕が伸び、ボールに触れる。

 手から零れ落ちたボールを拾い上げると、再度腕が伸びてくる。

 腕を真上に伸ばしてしまえば白河でさえも届かないが、こうなってしまってはシュートモーションに入れない。

 

(前向イタラ……取ラレル……!!)

 

 苦手なんてものでは無い、もはや恐怖とも言える暗い感情に心を塗りつぶされかけていた。

 僅かな予備動作から次の動きを読まれ、意識外のところで伸びてくる長い腕が的確にボールのみを弾き出す。

 前を向いて打つことは叶わず、かと言って振り向きざまにフェイダウェイを放とうとすれば────

 

 ──キュキュッ

 

「マタ……!!」

「……」

 

 ────ステップを踏む場所を予測して、距離と立ち位置を細かに素早く修正。

 

 裏をかいて前に出ようとすれば────

 

「ウゥッ!!」

 

 ──バチッ

 

 ターンの瞬間に無防備になるボールに触れられる。

 サイドラインを割ってしまったボールをすぐに追いかけることもしない。

 もう何度、これを繰り返したのか思い返すことすら拒否したくなる程のトラウマ。

 

 白河がボールに触れられる場所に置けばすぐに止められてしまうが、そうしないと次の動作(モーション)に移れない。

 打つ手はない、八方塞がりとはこのことを言うのだろう。

 

(イヤだ! ムリだよ……!)

 

 主軸が戦意を失えば、チームは崩壊する。

 新協学園の選手の心はもう試合にない。

 顔は上がらず、ベンチからも声は出ない。

 地上から3メートルの高さにボールを入れ合うバスケットにおいて、顔が地面を向いていると言うのは、有り得ない自体だ。

 

 試合を諦めないと、こうはならない。

 

 これをやってのけているのは、たった1人の“天才”の圧倒的な才能。

 1人で相手のオフェンスを完膚なきまでに跳ね返し、リズムを壊す。

 相手の自信を打ち砕き、絶望を与える守備力。

 

「なんで……こんなやつがっ!!」

 

 それを見ていた黒子の顔は少し暗かった。

 桃井が真っ先に変化に気が付いたのも、当然の事だった。

 

「……大丈夫?」

「はい、大丈夫です。ちょっと思い出してしまいました」

 

 

 

「……まるで、中学のあの頃のような」

 

 

 

 試合は前半で決した。

 後半からはこれからの連戦のことを考えて主力選手を温存。

 小金井や土田といった控えに回っていた2年生にも試合勘を取り戻させ、残りの1年生も全員公式戦デビューを果たした。

 

「118-48、誠凛の勝利!」

 

 誠凛バスケ部2年目の挑戦は、これまでにないほどの快勝で始まった。

 印象的だったのは──まだ初戦とはいえ勝ちを噛み締めて喜ぶ者と、何処か勝ったことを心から喜べていない者が居たこと。

 

「……黒子?」

「なんですか火神君」

「嬉しくねーの? 初戦とはいえ勝ったんだぞオレら」

「……ええ、そうですね。ナイスプレーでした」

「おう!」

 

 

 

「……ワッくん、お疲れ様」

「ああ。次の試合、明日の15時からだっけ?」

「うん。相手は……」

「貰ったデータは入ってる、大丈夫」

「……わかった。頑張ってね」

「……ん」

 

 

 

 

 なお、以降誠凛は快進撃を続ける。

 

 2回戦実善高校戦は終始黒子を温存しながら日向を始め2年生が爆発。

 火神は40点、2年生全員で103点と圧倒的な攻撃力を再度披露。

 158-39で勝利を収める。

 

 3回戦は去年ベスト16の金賀高校。

 攻守ともにバランスの取れた強豪校相手に火神&白河の二枚看板が躍動。

 火神は実善高校戦に引き続き40得点を記録して、14リバウンドと3ブロックのオマケ付き。

 白河は24得点、全てをミドルジャンパーで奪う。

 加えて、12リバウンドと17スティールを記録する変則TD(トリプルダブル)を達成。

 引き続き黒子にベンチを温めさせながら120-61で圧勝。

 

 

 3試合で400点弱を奪う攻撃力を有する誠凛は去年以上の台風の目(ダークホース)として注目が集まり、それは都内に留まらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……征十郎様」

「あぁ、ありがとう」

「彼の所属するチームが、かなり注目されていますね」

「そうか。元チームメイトとして喜ばしいことだ」

 

 

 

 

 

 

 

「……精々()()()といい、惑忠。僕を否定()したいのなら」

 

 

 



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第101Q 兆候

「ふわあぁぁ……」

「さっちゃん、お眠?」

「うん、ちょっとね……」

 

 欠伸と一緒に込み上げた涙を指の腹で拭う桃井。

 授業中であったため、気付いたのは隣に座る椎名だけではあったが、ここ最近は日中いつも眠そうにしている。

 

「分析に熱入っちゃって、つい」

「また夜更かししたの? ダメだよ、睡眠不足はお肌の天敵なんだから」

「まあ、そうなんだけど。私に出来るのはこれくらいだし……」

「これくらい、ねぇ」

 

 運動部のマネージャーという共通点を持つ椎名も、種目は違うが支えるということがいかに大変であることは理解している。

 練習の準備や片付けの補助、ドリンクやビブスと言った備品の管理、時には買い出しや応急手当、公欠等の申請など、多岐にわたる業務をこなさなければならない。

 

 それに加え、桃井は分析官としての側面も併せ持つ。

 優れた情報網で集めた情報(データ)を的確に分析し、更には成長の予測まで行ってしまう桃井の能力は確かなものがあるが、帝光とは違ってマネージャーの数が少ないため、その身にのしかかる負担は比べ物にならない。

 

「バスケ部凄いよね。次4回戦だっけ?」

「うん。でも後4回勝ってようやく決勝リーグだから」

「ま〜じ? まだ半分?」

「でも決勝リーグも3試合あるよ」

「うーわ、しんどいねそれ。試合に出なくても疲れるわ」

「そーなんだよね。みんな疲れてるもん」

 

 休み時間に廊下ですれ違った部員たちの顔色には疲労が現れていた。

 普段ハードな練習をこなしているとはいえ、やはり試合とは疲労の深さが違う。

 幸いなのは快勝を重ねているおかげで、去年よりも主力選手の温存が出来ていることか。

 しかしこれからはそうも行かないだろう。

 

「次の週末は一日で2試合あるから、ここからが正念場なの」

「もうわかんない、聞くだけで眠たくなるわ〜。初戦負けの男バレ(ウチら)には縁のない話で想像出来ないんだけど……」

「そうだね。ケガとかしないといいんだけど……」

「ゆーて、さっちゃんもだよ? 倒れちゃったら()()()が心配すんじゃない?」

 

 椎名がシャーペンの頭で差した方向には、退屈そうに黒板を見つめる白河の姿。

 肩に触れる程伸びた白髪を後ろで括って一纏めにしているが、一方で垂れて目にかかる前髪を鬱陶しそうに横にはらっている。

 

「気になるなら切りなさいよ……。どーなの?」

「うーん……今でもカッコイイけど、確かに邪魔そうだね」

(しれっと惚気入れられたし……)

「でも、多分言っても切らないと思うの」

「なんで?」

「……覚悟、誓い? なんだと思う」

「へぇ……?」

「だから私が支えてあげないと……」

「なるほど……これが愛っ!」

 

 

「そこ2人、静かに」

 

 

「すいません」

「は〜い」

 

 教師に注意を受けた2人は横に向いていた体を前に向き直し、黒板に視線を──その前にもう一度、横目で桃井は白河を捉える。

 

(……疲れてる、のかな)

 

 火神が寝ぼけて教師の頭を掴んだり、そのすぐ近くでは寝ている黒子が気付かなかれなかったりと、疲労を回復するために授業中に寝落ちしてしまうという声は聞こえてくるが、白河にはその様子は見られない。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 大会運営の都合上、決勝リーグ進出校を決める残り4試合を2日で戦う必要を強いられることになる。

 火神、黒子、白河を加えたとはいえ、まだ層の薄い誠凛バスケ部はここから疲労による影響がパフォーマンスに現れることになる。

 

 そんな4回戦の会場はこれまでと同じように都内の学校の体育館なのだが、これまでとは規模がまるで違った。

 

「広え〜」

「ここ、ホントに学校の体育館?」

「都内有数のマンモス校だもの」

 

 今まで1面のみだったコートが隣り合わせで2面用意出来るほどの広さを持っている。

 下手な市民体育館よりも充実した設備も備えられており、これまでよりも試合の環境はかなりいい。

 

「おかげで、いいもの見れるわよ」

「いいもの?」

 

 その“いいもの”の説明は日向が続ける。

 日本バスケの実情を全く知らない火神は特にその言葉に耳を傾ける。

 

「決勝リーグを経て選ばれる東京の代表3校はここ10年変動がない。

 

東の王者・秀徳

西の王者・泉心館

北の王者・正邦

 

 これら3校の中で順位が変わることはあっても、それ以外のチームが割って入ることはない。

 東京不動の三大王者だ」

 

「特に、秀徳にはあの“キセキの世代”緑間真太郎が加入。ウチがトーナメントの最後で倒さないといけない相手は、他の2校よりも抜けたチームよ」

「……でも! 去年センパイ達も決勝リーグ行ったんですよね!?」

()()()()()だ、手も足も出なかった」

 

 バツが悪そうに日向が答えると、苦い記憶が蘇った2年生の顔が少し曇る。

 “ある理由”を抱えていたとはいえ、決して弱くは無い彼らが適わなかった相手にキセキの世代が加わった事実は1年生の不安を煽る。

 

「……おい! あれ見ろ」

「うーわっ強そ〜」

「いや、強えよだって王者なんだから」

 

「……っと来たな」

 

 日向の言葉に、全員が1点に視線を集中させる。

 扉の奥から現れたのは、橙色を基調としたジャージを身にまとった集団。

 同じ高校生とは思えない貫禄と雰囲気(オーラ)は、彼らが“王者”としての誇り(プライド)と実力を充分に有していることを示唆している。

 

「あれが秀徳……!」

 

 只者じゃないことを察知した火神の体に武者震いが走る。

 その中でも異質、緑髪に長身、眼鏡をかけ左手の指には全てテーピングが巻かれており、掌には何故か道着とハチマキを着用しているクマのぬいぐるみを乗せた男に反応した。

 

「白河、アイツは……」

「あぁ。アレが緑間だ」

「へぇ……ちょっと1年生(ルーキー)同士挨拶行ってくるわ」

「ああ……あ"!?」

 

 咄嗟に動き出した火神に日向も止めるのが遅れた。

 真っ直ぐに向かってくる火神に気付いた緑間も足を止めた。

 

「よお……オマエが緑間真太郎だろ?」

「そうだが、誰なのだよキミは」

 

 190cmと195cmの2人が相見える構図は、傍から見れば中々の迫力がある。

 周囲が固唾を呑んで展開を窺う中、火神が左手を差し出す。

 

(……握手か?)

 

 釣られて緑間もぬいぐるみを右手に持ち替え左手を差し出すが、火神はその掌に──どこから取り出したのか──太いマジックペンで高校名(平仮名)と背番号に自身の名前を書き記した。

 

「……」

 

 思わぬ行動に、呆気に取られた緑間。

 それに大して、火神は悪びれる様子もなく一連の流れを説明した。

 

「なにを……」

「フツーに名乗っても『覚えてない』とか言いそーなツラしてっからな。センパイ達の雪辱戦(リベンジ)の相手にはしっかり覚えといて貰わねぇと」

 

 怒りを抑えこみ、緑間はメガネの鼻を中指で押して位置を整える。

 

「……フン。雪辱戦(リベンジ)? 随分と無謀なことを言うのだよ」

「あ?」

 

 ここで、秀徳の選手が1人割って入った。

 前髪をセンター分けにしているその少年は2人の雰囲気に気圧されることも無く、するりと会話に入り込んできた。

 

「お宅、そのセンパイからなんも聞いてねーの?」

「なにがだよ」

「誠凛は去年、決勝リーグで三大王者全てにトリプルスコアでズタボロにされたんだぜ?」

 

 それを聞いた火神は言葉が出なかった。

 後ろの2年生が何も言ってこないことから、これが事実であることは間違いない。

 

 とは言え、普段練習を共にしているからこそ、それが信じ難くもあった。

 火神や白河のような天才は居ない間でも、決して弱い選手たちでは無いからだ。

 

 だが、予選1回戦ならともかく、東京でベスト4に入った誠凛と三大王者との間には確かに簡単には覆られない実力差があることは明白となった。

 それを踏まえて、緑間はこう吐き捨てた。

 

「息巻くのは勝手だが、彼我の差は圧倒的なのだよ。仮に決勝で当たったとしても、歴史は繰り返すだけだ」

「……そうでしょうか」

 

 再び、この空間に割って入る人間が1人。

 黒子は落ちていたぬいぐるみを緑間に渡しながら、こう述べた。

 

「過去の結果でできるのは予測までです。勝負はやってみないと分からないと思います緑間君」

「……黒子、やはりオマエは気に食わん。何を考えているか分からないその眼が特に。

 とりあえず、まずは決勝まで来い」

 

 2人が睨み合うシリアスな空気の中、最初に話に割って入ってきた少年が馴れ馴れしく黒子と肩を組み、ひょうきんな声を上げる。

 

「いや──! 言うね! キミ、真ちゃんの同中っしょ? 気にすんなよ、アイツツンデレだから」

「適当なことを言うな高尾」

「……」

 

 高尾と呼ばれた少年に、黒子はどこか違和感を覚えつつも、それが何かは分からなかった。

 それを誤魔化すように「離れてください」と、腕を振り払う。

 

「いつまで喋っている2人共! 行くぞ!」

「へーいっ」

 

 集団の先頭に立つ男の声に、高尾が返答すると、2人は集団を最後尾から追いかけた。

 別れ際、緑間は誠凛の面々の最奥で一部始終を眺めていた白河と眼を合わせ、忠告した。

 

「……オマエが何をしたいかなどどうでもいいが、目の前の敵に集中することだな白河」

 

 白河はそれに返答することはなく、濁った眼でじっと何かを見つめていた。

 

 

 

 

 なお、その後の4回戦明常学園戦は大差をつけて勝利するも、5回戦では1日2試合(ダブルヘッダー)の影響がモロに出る。

 疲労からかこれまでとは明らかに動きが鈍くなり、同格以下の白陵高校相手に第3Qまでは競った試合展開に。

 

 

 だが、たった1人疲労の色が見えない白河が第4Qに爆発。

 開始5分で15点差をつけてしまえば、後は彼が最も得意とする逃げ切りの展開に。

 苦しみながらも92-81で粘る相手を退け、無事に準決勝進出を決めた。

 

 

 

 




緑「落ちん!油性で書かれているのだよ!!」
高「あっはははは!!」


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第102Q リベンジ①

こっちはお久ですね


『……こんな時間に何してんですか』

『えっ、白河!?』

 

 とっくに太陽が沈み、生徒はおろか教員もほとんど帰宅しているはずの学校のある教室。

 大型のテレビが設置されているそこはまだ電気が点いており、そこにはカントクの相田リコ、日向ら2年生の部員と、桃井が居た。

 机の上には大量のビデオテープと武道関係の書物。

 

『ワッくん、先に帰るって……』

『忘れ物したから取りに戻ってたら、下からここが見えたんだよ』

 

 テレビに映っているのは去年の都大会のもの。

 試合終了と共に映し出されたスコアは圧倒的な差が開いており、片方の得点が異様に低かった。

 

『……正邦の試合か』

 

 正邦高校。

 東京都の高校バスケを牛耳る三大王者の一角。

 “鉄壁”と称される強固な守備を売りとしており、多くのチームが涙を飲まされてきた。

 

 今週末の王者2連戦の初戦の相手のため、本来はチーム全員で分析(スカウティング)ではあるが、ここには一年生がいない。

 降旗ら試合に出る機会が少ないベンチウォーマーだけでなく、主力の3人すら呼ばれていない。

 白河もたまたま忘れ物をして、それに気付いて学校に戻らなければ集まっていることすら知らなかっただろう。

 

『なんでこんなことを?』

『……秀徳に勝つためだ』

『秀徳?』

 

 白河がぶつけた疑問に日向が返した言葉は、思いもよらぬものだった。

 秀徳高校は、正邦と同じく三大王者に数えられる強豪校であり、正邦に勝てば次戦で決勝リーグ出場をかけてほぼ間違いなく戦うことになる。

 

『秀徳の前に、正邦に勝たないと元も子もないでしょう』

『そうだ。だが、正邦に勝てば秀徳と戦うことになる。そのことを考えねぇといけねぇだろ』

 

 これまでのI・H(インターハイ)予選は1日で1試合といったスケジュールで試合をこなしてきたが、前回からは1日2試合(ダブルヘッダー)となる。

 5回戦、準々決勝ともに同格以下の相手だったため難なく勝利を収めてはいたが、ここに来て誠凛の弱点である選手層の薄さが露呈してきた。

 強豪校であれば有望な選手をスカウトで集めることが可能であったり、魅力を感じた選手たちが自ら進学することもあるが、実績も歴史もない誠凛は違う。

 トーナメントを勝ち進み相手が強くなるほど起用できる選手は限定されていき、主力選手への負担が大きくなっていく。

 

 共に120%で戦わないといけない相手、しかし連続で限界を超えたプレーができる筈もなく。

 そこで、日向は苦肉の策に辿り着いた。

 

『正邦では火神と黒子、そして白河(オマエ)は前半までの起用だ。秀徳にはあの緑間がいる。対抗できるのはオマエたちしかいない』

『……なるほど』

(つっても、本音は“別”だけどな)

 

『それで、練習終わってから遅くまで2年生だけ残って……ってことですか』

『あぁ……。隠してて悪かったな』

『別に、それはどーでもいいんですけど…………』

 

 

 

 

 

 

『……そんなんで勝てるわけねぇだろ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────

 ────────

 ──────

 ────

 ──

 

 

 

 

 

 

 

『……悪い、遅くなった』

『ううん、大丈夫。はい』

 

 更衣室の外で待っていた桃井は手に持っていた水のペットボトルを白河に手渡す。

 それを受け取った白河はすぐに開封して、半分ほど流し込んだ。

 

『……100円とかだよなこれ』

『そうだけど……?』

『んっ』

『いいの、このくらい自分で出せるから』

『……じゃ、お言葉に甘えるわ』

 

 そういって財布に硬貨をしまった白河は残りの水もあっという間に飲み干してペットボトルを空にする。

 それをゴミ箱に投げ捨てて出口へ歩き始めると、桃井も後に続く。

 

 体育館を後にし、校門をくぐって帰路に着く中、2人は横並びで歩いてはいるものの言葉は交わさない。

 どこか気まずい雰囲気の中、桃井は少し怯えていた。

 

(ワッくん……怒ってるかな)

 

 ここ数日、分析(スカウティング)を手伝うために白河と一緒に帰ることを拒んでいた。

 その中で隠れて2年生達に協力していたことに白河は怒っているのではないかと考えていたからだ。

 と言ってもその考えは杞憂に終わる。

 交差点で止まった時に、白河が沈黙を破る。

 

『……さつき』

『っ……な、なに?』

『いや、なんでビビってんだ』

『……隠してたから、怒ってるのかなって』

『……帰りはどうしてた?』

『帰りって……?』

『結構遅くまで残ってたんだろ? まさかそのあと1人で帰ってたりしねぇよな?』

『……先輩たちとは帰り道が違うから、1人だけど』

『……ハァ』

 

 ため息をつきながら、手で顔を覆いながら俯いた。

 

『別に分析(スカウティング)手伝ってたのはいい。むしろ、それがさつきの持ち味なんだから。でも、夜道を女1人で帰んなよ。誰も一緒に帰れねぇなら、俺を呼べばよかったろ』

『……えっ』

 

 思わず素っ頓狂な声を上げる桃井。

 

『……心配してくれてたの?』

『ったりめーだろ。彼女心配しない彼氏がいるかよ……ったく』

『……優しいね』

『だから当然だっての』

 

 表情が見えないように首を少し外に向けて桃井から見えないようにしているが、月明かりに照らされた耳が少し赤くなっているのを見て、桃井は笑みを零す。

 自身も照れ隠しにと、白河と体を密着させる。

 

『……行くぞ』

『うん』

 

 信号が緑になったタイミングで、白河は左手を桃井に差し出した。

 桃井もそれに応えて右手で掴む。

 

(……こういうところは、変わってないんだね)

 

 久々に胸の奥が温かくなる感覚を味わった桃井は、翌日終始ご機嫌だったとか。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 いよいよ、誠凛にとっての運命の日。

 正邦と秀徳、王者との2連戦を迎えた当日。

 

 会場はこれまでのような学校の体育館ではなく、正規のコートが敷かれている会場で行われる。

 観客も決勝で行われる王者対決を楽しみにしているものが多い中、一際目立つ影が2つ。

 一足先に本線出場を決めた彼らも、優勝を争うことになるライバルの偵察を兼ねて会場に足を運ぶ。

 

「お前、何見てんだ?」

「今朝のおは朝占いっスよ。最近ロードワークで見れてないんで」

「随分勤勉になったもんだな。前はサボってばっかのくせに」

「いや、ウチの練習やりすぎ……」

「チョーシ乗んな!」

 

 初めての敗北を喫してから、目を擦りながらも早朝トレーニングに参加するようになったエースの苦言を主将は暴力で黙らせる。

 いつもの青色のユニフォームではなく、グレーの制服に身を包んだ黄瀬と笠松は周囲の視線を集めるも、慣れている様子で気にもとめず、歩みを進める。

 

「オマエ、いつも占いなんて見てんのか?」

「今日だけっス。これの結果がいいと緑間っちも調子いいんスよ」

「緑間……ああ、帝光の。何座だ?」

「かに座っス! ちなみに黒子っちは水瓶座で、白河っちは牡羊座っス!」

「そこまでは聞いてねーよ! てか、オマエがチンたらしてたせいでもう試合始まんぞ!」

 

 入口からに観覧席に続く階段を少し駆け足で登り、コートを一望する。

 2面あるうちの奥側で行われる誠凛対正邦の試合は開始直前の整列をしている状態だった。

 

「お、ギリギリセーフっス……ってアレ?」

「あ? どうした?」

「笠松先輩、アレ……」

「……は? 正気か誠凛」

 

 黄瀬が指差す方向には、誠凛のベンチがある。

 そこに────火神と白河の二枚看板と、黒子も居た。

 

「……何考えてんスか!? 勝つ気あるんスか!?」

 

 誰も想像していなかった奇策に、黄瀬は驚きを隠せず、笠松もその意図を図りかねていた。

 ここまで勝ち進む原動力になった3人を、特に火神と白河を控えに置く利点は()()()では、何一つ無いからだ。

 

「さぁな、ただ負ける気はサラサラねぇみてーだぞ。いいから黙ってみてろ」

 

 笠松は襟首を掴んで黄瀬を座らせ、自身も腰を下ろして試合の行方を見届けようとしていた。

 かつて自分たちを負かした相手が再び強豪相手にどう戦うのかを、その目に焼き付けるために。

 




白河の誕生日は多分出してなかったと思うのですが、4月6日です。

……ええ、適当ですよ?


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第103Q リベンジ②

お久しぶりです……
更新遅れたのは活動報告にある通り体調不良が原因です。
またちまちまやっていくので、よろしくお願いします。


『ちょっ、どーゆーことだよっ……ですか!?』

 

 試合開始前の誠凛控え室で、火神が声を上げる。

 普段なら嗜める黒子も予想外の出来事に固まり、他の一年生も同じように開いた口が塞がらない。

 このことを事前に知っていた白河と桃井だけ、事態を静観している。

 

『オレと黒子、それに白河までベンチスタートって……!!』

『いや、むしろ前半で引っ込める予定だったけどな。やっぱ最初からベンチに座ってもらうわ』

『なんでだよっ! オレら出ねぇと……!!』

 

 正邦に勝てない。

 その言葉が出る前に日向が遮る。

 

『まぁ聞けよ。別にこの試合を諦めたわけじゃねぇ。むしろその逆だ』

『はぁ?』

『理由は2つある。まず、オマエらを温存するのは、秀徳に勝つため……緑間を攻略するためだ』

『……!』

 

『もし、正邦に勝った後のことを考えると秀徳に勝つには緑間を止めるのが最低条件だ。だが、十中八九秀徳は緑間の体力を温存させるはず。いくらオマエらでも消耗した状態で万全の緑間相手は厳しい。()()()()()()()()のが目標なら、こうするしかねぇんだよ』

『でも、ここで勝たねぇと元も子も……!』

 

 それでも火神は食い下がるが、日向は凄みをきかせて黙らせる。

 

『るせぇぞガキ。いいから黙って休んでろつってんだこのだアホ!』

『っ……、いや、1個しか年違わねーじゃん……

 

 小さく愚痴を零しながらも威圧された火神が迫力に押し負ける。

 貼り付けた笑みといつも以上の毒舌は、心の底の想いを隠すように。

 それでも隠しきれない覚悟は、その場に居る全員に伝わっていた。

 

『まぁ、ちゃんと言っとくが……正邦は強い! 

 ぶっちゃけオレらは去年の大敗でバスケがイヤになって、もうちょいで辞めそうになった!』

 

『でも、絶対に去年とは同じ結果にならねぇ! 

 そう確信できるくらいには強くなった自信があるからな!』

 

 言葉が進むにつれて、段々と日向の顔が明るくなり、最後には笑みを浮かべた。

 先程までのものとは違い、自信に満ち溢れた清々しい笑みを。

 

『後は勝つだけだ! 行くぞ!!』

『おう!!』

 

 チームの士気を高め、いよいよコートへ向かう誠凛メンバー一同。

 その際、黒子がその場から動かないことに火神が気付く。

 

『……どーかしたか?』

『火神君は、バスケを嫌いになったことがありますか?』

『……いや、ねーけど』

『ボクはあります。理由は違うとは思いますけど、その気持ちはわかります』

『へー……白河、オマエは?』

『……そんなこと考えてバスケやってねーよ』

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

「ええ──……あの2人居ないの? つまんねー」

 

 試合開始直前に互いのスターティングメンバーが相見え、最も緊張感が高まるこの瞬間、黒のユニフォームを纏う坊主頭の10番津川が気の抜けた声を漏らし、ヘラヘラと薄ら笑いを浮かべて誠凛のベンチへ視線を向ける。

 2人、と言うのは当然火神と白河。

 眼前の2年生達は眼中にもないと言った無礼な態度に、日向達は小さな怒りを覚えるが、坊主頭にゴツゴツとした拳が振り下ろされる。

 

「……うちの1年が失礼した」

 

 彼を制したのは正邦の主将、岩村。

 全国大会に出場するチームとしては全体的に小柄な選手が多い正邦の中では最も大きい彼でさえ、190センチには満たない。

 ただ、厚みのある体躯は実際の身長よりも大きく見える迫力があり、自信に満ち溢れている。

 威厳に満ちた彼の鉄拳制裁に、10番は押し黙る。

 

「だが、主力2人を温存して正邦(オレたち)に勝てると思われているのは……少々遺憾だな。去年のことを忘れたか?」

 

 後輩の無礼を詫びても、誠凛の選択に不満を持っているのは岩村も同様だった。

 ましてや、相手は去年コテンパンにした相手。

 1度対戦した相手が心を折られ、2度目の試合ではプレーをするどころか目を合わせることできなくなった者を幾人も見てきた強者ゆえ。

 

 瞬間、日向の頭には去年の光景がフラッシュバックする。

 大きく開いたスコアボードの下で項垂れるチームメイトを見つめていた自分を俯瞰で見ている惨状がチラつく。

 それでも、岩村から視線を外さず、声色を変えないように啖呵を切る。

 

「だからっスよ。雪辱戦(リベンジ)1年(アイツら)頼っても勝っても威張れねーじゃないすか」

 

 この後の秀徳に勝つため。

 それはウソでは無い。

 ただ、それはこの試合に向けた建前でもある。

 

「とどのつまり、先輩の意地だよ」

「……ほお」

 

 チームが、ではなく。

 自分達が、次に進むために。

 

 確かな覚悟を秘めた眼で、因縁の相手を睨み付ける。

 その想いは、2年生全員が強く抱いている。

 これに反応したのは、正邦の副主将春日。

 

「先輩の意地ね〜……いーじゃん。好きだわ〜そーゆーの」

 

 軽い口調だが、津川とは違い、その眼は笑っていない。

 相手の全てを受け止めた上で跳ね返し叩き潰すつもりだ。

 

「……それでは、これより正邦高校対誠凛高校の試合を始めます」

 

 

 

「……受けて立とう、来い」

「んじゃ、遠慮なく」

 

 

 

「礼!」

 

「「よろしくお願いします!!!!」」

 

 

 

 

 礼を交わし、それぞれ持ち場へ。

 無言で全員が配置に着くと審判はすぐにコート中央でボールを真上へ放り──────因縁の戦いが今、始まる(Tip off)

 

 

「……」

「むっ」

 

 同じ身長の水戸部と岩村はほぼ同時にボールに触れ、真横に逸れる。

 いち早く反応した小金井がルーズボールを回収して伊月にボールが渡る。

 先攻権を手にした途端、日向が叫ぶ。

 

「走れ!!」

 

 これを合図に、誠凛の5人は一気にフロントコートに流れ込む。

 今までの試合では見ることのなかったパス交換から、立ち上がりの正邦を翻弄する。

 

「行け! 土田!!」

 

 その中で抜け出した土田が正邦の懐に入り込む。

 去年を知る男が今大会初スタメンの好機に乗じて先制点を狙う。

 ゴール下のフリーのレイアップのはず。

 だが、ボールは無情にも叩き落とされる。

 

「簡単にやらせんぞ」

「っ!」

 

 ジャンプボールに跳んだ岩村がゴール下に戻って来ていた。

 機動力も併せ持つ彼にとって、この程度のディフェンスは朝飯前。

 その壁は高くは無いが、大きく立ちはだかる。

 

「くそっ」

「土田外出せ!」

 

 ルーズボールを辛うじて外で待つ日向にパス。

 そこには津川が待ち構えていた。

 火神と白河が居ない今、誰が最も危険なのかを津川は理解していた。

 

「アンタ止めりゃいいだけじゃん! 簡単簡単っ!」

「口だけは達者だな茶坊主」

 

 軽薄な物言いとは別に、そのディフェンスはまるで試合終盤の勝負所のような集中力と迫力。

 元々ディフェンスが得手で、自分を突破しようと苦しむ相手の表情で悦に浸る変人である津川にとって、正邦は最適の環境。

 中学時代よりもさらに磨かれたディフェンス力はこのワンプレーからでも伝わり、1年ながら正邦のスタメンを勝ち取っているのも納得出来る。

 

 それでも──────

 

 

 

「……ナメんじゃねぇぞ

 

 

 

 ──────勝負所(クラッチタイム)は、日向の土俵。

 

 プレッシャーを受けても一切迷うことなくシュートモーションに入り、メガネの奥の瞳が捉えるのはリングのみ。

 一切の力みなく放たれたボールは美しいスピンがかかり、理想的な弾道を描き、着弾する。

 

「なっ……!?」

 

 鉄壁を誇る三大王者“正邦”。

 彼らの牙城はいきなり崩された。

 

 

 

「さぁ……行くぞっ、正邦!!」

 

 



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第104Q リベンジ③

サブタイ1部変更しました


「思ったよりも食らいついてるっスね、誠凛」

 

 黄瀬がそう呟く。

 試合は第1Qの半分を終え、10-10の同点。

 

 火神と白河を温存する大胆な策を講じてきた誠凛の善戦に対する黄瀬の言葉は、この場で試合を見ている者の総意だろう。

 特に誠凛はほぼ同じメンバーで去年の惨敗を経験しているから、尚更そう感じる。

 

「むしろ、今のスタイルの方がしっくり来るな」

「どーゆーことっスか?」

「火神と黒子の攻撃力に白河の守備力、それぞれずば抜けていたから即採用したんだろうが、あの3人を加えたチーム編成は春から作ったスタイル……いわば、発展途上だ」

 

 

「でも今のスタイルは違う。

 日向のアウトサイドシュートに、あの水戸部(8番)をインサイドに据えて、チームOF(オフェンス)で点を取る今のスタイルは誠凛が1()()かけて作ったスタイルだ」

 

 パス特化型の黒子はともかく……火神と白河の2人は誠凛にとっては対極に当たる個での打開か狙える選手だ。

 故にどこかプレーが噛み合わないところもあった。

 

 それに対し、勝つために時間をかけて磨き上げた今のバスケは総合力と安定感があり、誰かだけではなく全員がプレーに絡んでいくチームスポーツの理想系とも言えるスタイル。

 

 この日の為に掛けてきた労力も時間も────想いも何もかもが違う。

 

 

「……つっても流石にキビシーでしょ、ホラ」

 

 黄瀬がそう言った時、正邦が誠凛の攻撃を止め、カウンターでリードを奪い返した。

 

 

「正邦は見ててすげぇ速いとかねぇのに、なんか誠凛はすっげーやり辛そうに見えるっスね」

「あそこは古武術を取り入れてんだ。違和感の招待はそれだろ」

「古武術……アチョー! みたいな?」

「アホか! 正確には古武術の動きだな、正邦の奴らの走り方見てみろ」

 

 笠松の言うように、黄瀬は正邦の選手の動きを注視する。

 黄瀬の優れた観察眼はすぐに差異を見つけ出す。

 

「……同じ側の手足を同時に前に出してないっスか?」

「そうだ。通常は逆の手足を出すんだが、ナンバ走りつって体を()()()()()ことでエネルギーロスを減らして負担を軽減させる」

「よく知ってるっスね」

「全国的にも珍しいチームだからな、月バスで特集された時もあったんだよ」

 

 実質的に体力(スタミナ)がアップするため、正邦は激しいディフェンスを終始実行することが可能となる。

 また、先程のナンバ走り以外にも古武術の動きを取り入れている。

 例えば、効率的にエネルギーを伝えられるため少ない動作(モーション)でパスやシュートに移行したり、全く力感がなくともいつの間にかディフェンスと入れ替わっているような感覚を覚えるドライブなど、一般的なバスケとはリズムが異なる。

 

(正邦と戦う相手は今までに経験したことのないバスケの前に動揺し、力を出し切れないパターンも多い。

 どうする誠凛?)

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 第1Qが終わり、20-15。

 正邦の5点リードで10分間のインターバルを迎える。

 

(得点は負けてるけど……全然問題なしっ!)

 

 リコは確かな手応えを感じていた。

 10分で20点差をつけられた去年とは違う。

 あの王者正邦相手にもしっかり戦えている。

 とはいえ────

 

「まだ勝負は始まったばかりよ! とりあえず戦術は攻守ともにこのまま! ただパス回しに釣られすぎてるからディフェンスは少しタイトに。

 相手に合わせようなんて考えて腰が引けちゃ流れ持ってかれるわ。

 攻める気持ちが大事よ!!」

「おう!!」

「小金井君と土田君はどう?」

「ノープロブレムッ!」

「ああ。久しぶりのスタメンだけど、いけそうだ」

 

 1年2人の加入で、試合の頭から出ることは減った2人だが、一定の出場時間は確保出来ていたため、試合勘に問題はない。

 彼らも1年間練習をこなしてきた自信からか、正邦相手にも臆しておらず余計な力みや緊張感も見られない。

 

「……皆さん、()()ですか?」

「ああ、慣れてきたから試す余裕はある」

2()()のおかげで、思ったよりも早くに対応出来そうだ」

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 第2Q開始。

 正邦ボールから再開し、ボールを保持するのは司令塔春日。

 

「あんまり点差つけれてねぇな……」

「大丈夫、落ち着きんしゃーい」

 

 想定していたゲームプランよりも苦戦していることを意識するチームメイトとは違い、春日は冷静だった。

 緩やかな口調で落ち着きをチームにもたらし、的確に試合の流れを読む。

 

(……ここは1発、オレが行くか〜)

 

 意表を突く形で低速のチェンジオブペースを用いて一瞬で伊月と横並びになる。

 

 3年生の春日は古武術への理解も深い。

 達人とも思えるその技術の高さから、実際の身体能力以上に速く見えるドライブでインサイドへの侵入を試みる。

 が……

 

 

 

「知ってますよ♡そう来ると思ってたから」

 

 

 

 桃井がベンチで密かに微笑む。

 その時、伊月は春日の低速ドリブルにしっかりと反応して見せた。

 

「あらら〜?」

(よしっ! 多少イメージとギャップはあったが、()()()に比べれば……!)

「じゃあ〜……」

 

 一瞬動揺するが、すぐに次のプレーに移る。

 パスへの警戒が薄れたところを僅かなモーションからゴール下の岩村へボールを放る。

 

 水戸部とのポジション争いに勝った岩村は完璧な位置を取っている。

 パスが届けば得点は確実なものになる。

 

「コガ! 走れ!!」

 

 

 

 だが、再び桃井が不敵に笑みを浮かべる。

 

 

 

「それもわかってますよ」

 

 

 

「させっか!」

「およっ……!」

 

 そのパスは岩村に届く前に日向がカット。

 まるでパスの出しどころがわかっていたかのように完璧に読まれていた。

 

「副主将の春日さん、読みづらいところはあるけれど、想定外の時には主将の岩村さんに頼る癖がある……」

 

「春日がパスミス!?」

 

 滅多に起きない司令塔のミスに周りの反応が遅れる。

 日向から前線へ走る小金井へパスが渡り、カウンターチャンス。

 

「もらいっ!」

「コガストップ! 後ろ出せ!」

「おっ……!?」

 

 レイアップのモーションに入っていた小金井だったが、伊月の支持に従いパスを選択。

 このせいで、ブロックに跳んでいた津川の腕は空を切る。

 

「くっそ! 言うなよ!」

「いや言うだろ!?」

 

 パスを受けた伊月が無人のゴールにレイアップを決め、点差を縮める。

 

「今のシュート、ナイスじゃ()()()()か!?」

「おお! 助かった!! サンキュー!」

(気付いてねー!?)

 

 誠凛が士気を上げる中、追いつけなかった春日は伊月をちらっと見つめる。

 

(オレがパスを出した瞬間に小金井(6番)と自分を走らせてた。しかも、後方は1()()()()()()()……。

 異常に視野が広いのもあるとも思うけど、それよりもヤバいかもな〜)

 

 春日の嫌な予感は的中する。

 続いて、岩村から外へのパスを土田が好反応を見せてスティール。

 

「なにっ!?」

 

(さっきからなんだ!? まるでパスを出すタイミングがバレているような……それに)

 

 点差が1点に縮まり、さらに次の正邦のオフェンス。

 今度は伊月を抜き去った春日に対し、土田がヘルプに出る。

 

「行かせんっ!」

「ヘルプ早いねぇ、でも……」

 

 タイミングをあえて早め、リングから離れた位置からレイアップが放たれる。

 初見殺しのスクープシュートのはずだが……。

 

「うおおっ!」

「いっ……!?」

 

 土田はしっかりと反応。

 ブロックは出来ないまでも、懸命に伸ばした指先がボールに触れ軌道がブレる。

 そしてシュートはリングに嫌われ、リバウンド争いに。

 

 水戸部は教科書通りのスクリーンアウトで岩村よりも有利なポジションを取る。

 対する岩村もそう簡単に諦めない。

 

(ここからなら前に出れる)

 

 水戸部の腹を抑えるように左手を伸ばす。

 それに反応した水戸部の重心が移動したのを察知した岩村が動く。

 

(今だ!)

 

 左手はフェイク。

 古武術を活かした足捌きからその巨躯からは想像出来ないほどのキレのあるスピンで立ち位置を入れ替えようとするが、水戸部の肩で制される。

 

「このっ……」

 

 それでも、パワーで無理やり押し込み、リバウンドに跳ぶ。

 水戸部を吹き飛ばしてセカンドチャンスを確保したかに思われたが、着地した途端に審判が笛を鳴らす。

 

「プッシング! 正邦()4番!」

「むっ」

「えぇー! 別にあれくらい……」

「やめろ津川。背中から突き飛ばした形になったんだ、オレのファールだ」

 

 抗議する津川を制しながら手を挙げ、判定を受け入れる。

 ファールでプレーが止まったこのタイミングで、リードしているはずの正邦ベンチはTO(タイムアウト)を要求した。

 

「やってくれたな……」

 

 小さな声で呟いた岩村は、自身からファールを誘発した水戸部ではなく、ベンチから戦況を伺う白河を睨みつける。

 視線に気付いた白河は特に表情も変えず、ベンチから立ち上がって戻ってきた2年生たちを迎えた。

 

 

「桃井のデータのおかげで、ディフェンスが一気に楽になった」

「ああ、古武術にクセがあるって言ってもそこまであからさまじゃない。でも動作(モーション)が小さくても、次の動きが分かれば対策はできる!」

「それに、そろそろ古武術の動きもわかるようになってきた。行けるぞ!」

「ああ!!」

 

 

 確かな手応えを掴みチームの士気が上がる中、白河は昔を思い出し改めて思った。

 

 

 

(正邦を選ばなくて正解だったな……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第105Q リベンジ④

「またスティールだ!」

「誠凛の動きが急に良くなってきたぞ!?」

 

 ボールを奪取し、得意のカウンターを発動させる誠凛。

 台風の目(ダークホース)の躍動に観客は盛り上がりを見せ、彼らの一挙手一投足に歓声を上げる。

 

 ここまでのチーム得点の平均が100を超える攻撃力を持つ誠凛。

 それでも下馬評では正邦有利だった。

 正邦の説明不要の鉄壁の守備力、そして前年の屈辱(トラウマ)

 突然発足した新設校がいきなり王者の牙城を崩せるはずもないと、そう踏んでいた者が多かった。

 だが…………

 

「また来た──! 4番のスリー!」

「点差開いてきたぞ!?」

 

 正邦が苦戦している。

 紛れもない事実がその場に居る者たちの眼前に広がっていた。

 

「やっぱ上手いっスね、誠凛の主将(キャプテン)

「ああ。シューターとして全国でも通用するレベルだ」

 

 全国を知る笠松が実力を認め、キセキの世代の天才黄瀬が感嘆するシュート力を見せつける日向。

 去年の雪辱(リベンジ)を果たすため……気合いの入りが他のメンバーよりも1つ違う。

 早くも4本目のスリーを決め、点差を5点に広げる。

 

「このままリード広げて……なんてことには行かないっスかね?」

「まずありえねぇだろ。誠凛の強さを戦ったオレ達は知っているが、それでも正邦がこのまま終わるはずがねぇ」

 

 一PG(ポイントガード)として、笠松は冷静に局面を見ていた。

 今、試合の流れを掴んでいるのは間違いなく誠凛だ。

 アップテンポなオフェンスに勢いがつけば、いくら正邦と言えどそう簡単に止められるものではない。

 この流れはしばらくは続く。

 

(逆に言えば、この勢いが衰えるまでにどれだけ優位を作れるか。ある程度点差をつけて精神的に余裕が生まれないとマズイかもな)

 

 笠松は視線をコートに落とす。

 誠凛はよく声も出ていて足も動いている。

 心身ともに安定しているようにも見えるが、笠松が懸念しているのは汗。

 

 手の甲やユニフォームの裾で拭う回数がやけに多い。

 遠目でわかるほどのそれは、とても第2Qでかくような量ではないのは明らか。

 特にチームを牽引する日向はその傾向が強い。

 

(チッ、メガネ拭きてぇ……!)

 

 その様子を見て密かに笑う影が1つ。

 

「な〜に笑ってんの? 負けてんだよ?」

「あ、すみません!」

「い〜けどさ〜別に。日向(4番)のオーバーペースだろ? いい感じにマーク効いてんじゃん」

「まだまだ! もっと苦しんでくんないと!!」

「お〜頼もしいドSっぷり〜」

「それに、あの人のシュート力は厄介だけど……あの人が崩れたら、誠凛(向こう)は詰みでしょ?」

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「日向!」

 

 小金井のスクリーンで動き出す日向に合わせる伊月のパス。

(意外に)配慮のできる小金井のスクリーンはタイミングが良く効果的で、これを躱すのはそう簡単ではない。

 

 だが、津川はするりと小金井を躱し日向を追いかける。

 古武術のすり足を活かした足捌き、スクリーンをほとんど気にしていないようにディフェンスを続ける。

 

「充分だ……!」

「ホントに?」

 

 ボールをキャッチし頭の上に持ってくる時間があればシューターには充分と言える。

 日向もそれを確信していたからこそ、問題ないと踏んでいた。

 しかし、その予測とは裏腹に津川はあっさりと距離を潰してシュートチェックに入る。

 

(いくらなんでも疲れてくる時間だろ! 動きが全く変わらねぇなオイ!)

 

 第3Q中盤、互いに試合開始からメンバーはほとんど変わっていない。

 徐々に疲労が蓄積し始める時間帯だが正邦のメンバーにその傾向は微塵も見られない、誠凛はむしろ疲労で僅かに……それでも確実にパフォーマンスが落ちてくる。

 

(チッ、力んだ!)

 

 少し強めにリリースされたボールは心無しか、軌道が通常よりも長い。

 バックボードとリングの接地面に当たって跳ねたボールが零れ落ちる。

 

 ゴール下でリバウンドを争うのは水戸部と岩村。

 何度も体をぶつけ合う中で、消耗は水戸部の方が大きかった。

 岩村の分厚い体を形成する筋肉は古武術によって鍛え上げられ、単にパワーが強いだけでなく筋肉の使い方や動かし方を熟知しているため、より効率的にパワーを発揮出来る。

 フィジカルの差を立ち回りの巧さと桃井のデータによって埋めてきたが、体力(スタミナ)を削られて少しだけ動きが悪くなる。

 

「そう何度もやられる訳にはイカンな」

「……!」

 

 有利なポジションを確保した岩村がディフェンスリバウンドを掴む。

 素早く体を反転させ、最低限のモーションから既に前線へ走っている春日にパス。

 ボールを運ぶ春日と日向へのシュートチェックから流れるようにカウンターに転じる津川。

 伊月がこれに1人で対応。

 

(やらせない!)

 

 視線は春日に向けているが、同時に津川の動きも認知している。

 伊月の特殊能力《b》鷲の眼(イーグルアイ)で上から覗き込むようにコート全体を俯瞰しているため、春日がパスを出せば津川へも対応できる。

 そのように見られていることは、春日も熟知していた。

 1度ドライブを仕掛けるようなハンドリングを見せてから津川へパス。

 

(そっちか!?)

 

 伊月が反応し、重心が津川の方へ移動させようとしたそのタイミングで津川が笑った。

 罠にかかった獲物を見るような目を浮かべ、受けたパスを即座にリターン。

 

「何っ!?」

「よっ〜と」

 

 津川に近い方の足に重心が移っていること、津川のパスモーションが素早いものであったため、伊月は春日のディフェンスに間に合わない。

 春日はゆうゆうとレイアップを決める。

 

「欲張りだね〜。見えすぎてるのもいい事ばかりじゃないんじゃね〜?」

「くっ……」

 

 自身の動きを読まれていようと、周囲を巻き込んで不利な状況を打開する手を打てる春日がここでは1枚上手(うわて)だった。

 古武術のクセを見抜かれて完璧な情報(データ)によって動きを読まれたことで最初こそは面食らった正邦だが、徐々に試合巧者な部分が強く現れる。

 これまでに潜ってきた修羅場から来る経験であったり、そもそもの単純な個の質であったり。

 そして────王者であるという自負とプライドであったり。

 彼らにとってそれは足枷やプレッシャーではなく、自身を引き締め奮い立たせるもの。

 

「あの日から今日までお前たちが努力をしてきたことは分かる、それに対して敬意も感じている。

 ────だからこそ、その全てを真正面から叩き潰す……!!」

「くっ……そが!」

 

 リードは消え、逆転を許した。

 あるだけ軽く感じた体は重りを背負っているかのように重い。

 脳裏にチラつく敗北、そして…………

 

「うるせぇよ! 負けてたまるか!」

 

 それらをムリヤリ払拭するかのように日向が声を張り上げ、誠凛が特攻を仕掛ける。

 フロントコートに侵入した伊月がパスコースを探すが、正邦のディフェンスは相変わらず。

 

(くそっ、誰もマークを振り払えない! 特に日向のマークが硬い!)

 

「あらぁ、打つ手なし?」

「っぶな」

 

 春日のスティールを間一髪で躱す伊月。

 ドリブルが特別得意でもない伊月はボールを保持するので精一杯。

 気付けば第3Qの残り時間が迫っていた。

 

(打つしかない!)

 

 半ば強引に放ったジャンプシュートは体勢が悪く回転もバラバラ。

 入る見込みのないシュートだったが、故にリンクに当たった時の跳ね返り方がイレギュラーなものになり、大きく跳ねる。

 幸運にも、ボールの落下地点には土田。

 

(これを押し込めば……!!)

「させんっ!」

「ぐおっ!?」

 

 どこからともなく、岩村が飛び込んでくる。

 空中で吹き飛ばされた土田は体勢を崩し、受け身を上手くとる事が出来ずにコートに体を強く打ちつけ鈍い音が響いた。

 そのタイミングで第3Qは終了。

 58-53と、正邦のリードで終盤を迎えることになる。

 

「すまん、大丈夫か?」

うぅ……

「むっ……」

「土田!?」

 

 側頭部を抑え、悶絶する土田。

 その手は朱に染まっていた。

 

「……マズイ! 土田君!!」

「土田! 大丈夫か!?」

「ツッチー!」

 

 リコが慌ててベンチから飛び出し、コートの中の誠凛メンバーは土田の元に駆け寄り、ベンチも総立ちとなる。

 誠凛は最後の10分、火神が居ない中で貴重なリバウンダーを失う事態になってしまった…………。

 

 




次回、津川わからせ。


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第106Q リベンジ⑤

前回最後に「次回津川わからせ」と言ったな。

あれはウソ(になってしまったの)だ。

考えて見れば原作の黒子や火神みたいに前半出てないから(この時点では津川が忘れてるせいで)因縁がないんだわ


「土田君!?」

「ぐっ……」

 

 右側頭部を抑え苦悶の表情を浮かべながらも、なんとか体を起こしてその場に座り込む土田。

 地面に倒れた時に頭をぶつけたらしく、指の隙間から血が流れている。

 

「さつき! ガーゼ!」

「はいっ!」

 

 持ってきた救急箱から取り出したガーゼを桃井が患部に押し当て、止血を試みる。

 その間、リコは土田の容態を確認する。

 頭を打ち、出血までしてるとなると脳震盪の疑いもあるためだ。

 

「あなたの名前は?」

「土田……聡史」

「今何をしてるか覚えてる?」

「……試合」

「試合をしてる相手の高校名は?」

「……正邦」

(一応会話はできてるし目の焦点も大丈夫そう。でもこの試合は……)

 

 治療を受けるため、土田は1年生の肩を借りてコートから医務室へ。

 少しよろめくこともあったか、ゆっくりと自分の足で歩けていたのは幸いか。

 桃井も同行しているため、なんとかなるだろう。

 

 さて、ショッキングなことが起きたが、いつまでも土田のことばかり考えている訳にはいかない。

 まだ試合は続いている。

 しかも、格上相手にリードを許した状態だ。

 土田の離脱で静かになってしまったベンチで、リコは土田の代わりに出場させる選手を考える。

 

(高さを補うために火神君……いや、逆転のために黒子君を……)

 

 古武術に惑わされ、直進的な火神が嵌められてしまってはむしろブレーキになってしまう。

 黒子の(スタイル)には正邦も面食らうだろうが、正邦の硬いディフェンスの前ではリスクがある。

 

(どうする……どうしよっ!?)

 

 考えがまとまらない。

 そんな時に白河がジャージを脱ぐ。

 

「……カントク、オレ行きます」

「えっ」

「オイ待て! 勝手に決めてんじゃねぇ! だったらオレを出してくれ……ださい!」

「落ち着けテメーら! その元気はなんのために取ってるか忘れたんかだアホ!」

「ぐっ……」

「俺は冷静ですよ」

 

 しかし、四の五の言える状況ではない。

 出すのなら火神、黒子、白河……3人のいずれかだ。

 

「……黒子、オマエは出たがらないの?」

「出たくないと言えばウソになります」

「あ、やっぱり〜」

 

 小金井の問いに黒子は正直に答える。

 しかし、自我(エゴ)よりも優先すべきことを黒子は理解している。

 

「ですが、ここで行くなら白河君かと」

「オイ黒子! オレがアイツら相手に点取れねぇとでも思ってんのか!?」

「火神君の実力は当然知っています、正邦は強いですが点が取れないという訳ではないでしょう」

「じゃあ……!」

「でもキミは熱くなりやすい。強固なディフェンスに加えて、マッチアップはおそらく津川君。挑発的な彼にペースを狂わされれば、冷静さを取り戻す余裕はありません。点数的にも、時間的にも」

「…………」

 

 思うところがあるのか、的確な黒子の指摘に反論を呑む火神。

 その様子を見て、リコもようやく決断する。

 

「……悪いわね白河君。頼むわよ!」

「はい」

 

 肩甲骨にまで届きそうなほど長く伸びた髪をまとめ、後ろで一括りにする。

 少し開けた視界に映るスコアを改めて確認する。

 

(5点差か……)

 

 そのタイミングで、インターバル終了のブザーが鳴る。

 それと同時に日向が立ち上がった。

 

「っし、後10分だ。ぜってー勝つぞ!!」

「おう!!」

 

 気合いを入れ直した2年生の後からゆっくりとコートに入る白河。

 その後ろ姿を見る火神の顔にはまだ不満が残っていた。

 

「クソっオレだって……」

「心配ですか?」

「そーじゃねぇけど……あんの失礼な坊主頭の上から叩き込みてぇんだよ!」

「そういうことなら、安心していいですよ」

「あ?」

「……どんな時でも、白河君は白河君の筈ですから」

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

「アレ? 火神じゃないんだ」

 

 コートに入ってきた白河に対して開口一番、津川はガッカリしたように言い放った。

 

「ええ──火神とやりたかったんだけどなぁ……。まいっか! 誰が代わりに来ようとこのままオレ達が勝つんだし!」

 

 わざとなのかそれとも本当に悪気がないのか。

 一言多い津川は人を怒らせることが非常に上手い。

 この発言にも日向や伊月は苛立ちを募らせる。

 

「黙れ。集中しろ」

「いてっ!?」

 

 岩村が粛清する中、白河は自分のポジションにつく。

 すると、マークにつく大室が話しかけてきた。

 

「悪い、ホントにアイツは……」

 

 呆れたようにフォローを入れるが、白河は意に介していない。

 故に大室の言葉は左から右へ流れてしまった。

 

(無視かよコイツ……。どうなってんだ最近の一年は)

 

 審判が水戸部にボールを渡して笛を鳴らして第4Q開始。

 伊月にパスが通ると、時計が動き出した。

 この10分で勝者が決まり、秀徳と決勝リーグ出場をかけた試合に進める。

 全国で戦うために、そして去年の雪辱(リベンジ)を果たすためにも。

 

(負けられない……!)

 

 追い付きたい誠凛は最初のオフェンスを大切に使いたい。

 ゆえに慎重な出だし。ボールを保持する伊月は鷲の眼(イーグルアイ)を用いて状況を把握する。

 

(なんてディフェンスだ。相変わらず強度が落ちない!)

 

 常に高強度のディフェンスはパスを通すことすら許さない圧力を相手に与える。

 このディフェンスを剥がそうとして走り回っている誠凛の動きは序盤と比べればさすがにキレやスピードが落ちてくる。

 

 それが特に顕著なのが日向。

 対峙するのは1年ながら正邦のスタメンSGを務める津川。

 元々ディフェンスがウリの選手が正邦で古武術を応用した動きを学んだことで更に磨きがかかった。

 

「チッ……しつけーんだよ茶坊主!」

「苦しそ〜! いいね、その表情(かお)! でももっと苦しんでよ!」

「先輩には敬語使えだアホ!」

 

 トラッシュトークにも笑顔で対応する津川の日向に対する徹底的なディフェンス。

 日向もスクリーンを使って何度か隙を作り、スリーを決めているが段々とそのペースや精度は落ちてきている。

 貴重なアウトサイドからの得点源であり、チームの精神的支柱でもある日向が失速するとチーム全体のパフォーマンスも低調なものになってしまう。

 

(……本来こういうのは火神の役目かもしれないが)

 

 春日のプレッシャーを掻い潜り、伊月は白河へパスを出す。

 ボールを受け取った白河は右手で掴み、ディフェンスに触れられない位置にボールを遠ざけてから様子を伺う。

 対峙する大室はその構えに内心驚きを隠せない。

 

(バスケットボールを持ってやがる、松ヤニでもつけてんのか。こんなやつ全国でも見たことねぇよ)

 

(相変わらずの圧だ。でも……)

 

 

 長い腕を上手く折り畳み肩を入れてスペースを作ってからトリプルスレッドの構えに移行。

 右半身を前に置いた構えから右足のジャブステップを1つ挟み、反応を見る。

 

(反応しねぇか、なら……)

 

(コイツのプレーはシンプルだ。長さに惑わされず、しっかり動きを見れば……)

 

 2回目のジャブステップを仕掛け、靴底とコートが擦れる音が響く。

 瞬間、白河はシュートモーションに入った。

 滑らかで無駄のない動作に、大室は反応が遅れる。

 

「……なっ!?」

 

 慌てて手を伸ばすが、身長差に加えて腕の長さ《ウィングスパン》が違いすぎる。

 届くはずもなく、ノンプレッシャーで放たれた白河のミドルジャンパーはネットを通過。

 

「決まった──!!」

「正邦相手にこうもあっさり!?」

 

 正邦の鉄壁を前に、対戦相手は様々な策を用いて突破を計る。

 時には奇策を強行して自滅するチームだってある。

 そんな中で白河が放った何の変哲もないシンプルなミドルシュート。

 相手が誰であっても関わらず自分の得意とする形で挑んだ。

 故に、その凄さは際立って見える。

 

「えげつねぇ……! なんだ今の……」

「おぉ……」

「怯むな、たかが2点だ。取り返すぞ」

 

 裏の正邦の攻撃。

 早めに追いつきたい誠凛にとってはここを止めて一気に点差を詰めたいところ。

 そんな中、白河はマークにつく大室から大きく距離を取った。

 

「舐めてんのか……春日!」

「あいよ〜」

「白河!」

 

 古武術の踏ん張らずに力を発揮する技術の応用で、春日は素早いパスを小さな動作(モーション)で大室に通してみせた。

 更に大室も白河程ではないがシュートモーションへスムーズに移行してミドルを狙う。

 

「お返しだ!」

 

 大室が不敵に笑う。

 広い守備範囲を持つ白河だが、相手を見誤ったか。

 通常よりもコンパクトな動きに後手に回るかと思われた、が……。

 

 

「舐めてんのそっちだろ」

「いいっ!?」

 

 

 白河は力みのない踏み込みであっという間に大室との間合いを潰し、ボールに腕を伸ばす。

 触れる直前に、大室はシュートモーションを中断(キャンセル)してパスに切り替えるが、味方と連携が合わず日向がインターセプト。

 

「しまっ……!」

「よし走れ!!」

 

 相手のTOV(ターンオーバー)の瞬間に発動する誠凛得意のラン&ガン。

 全員があっという間に敵陣に侵入して混乱(カオス)を作り出す。

 

「よしっ」

 

 その中で伊月は隙を見てレイアップに跳ぶ。

 得点を確信していたが、後ろから間延びした声が聞こえる。

 

「そ〜んなに焦りなさんな〜」

「くっ……」

 

 ボールに指先が触れてほんの少し軌道が乱れる。

 リングの内側を転がり続け、やがてボールはリングから零れ落ちてしまう。

 それに真っ先に飛び付いたのは岩村。

 

(これを取ってカウンターだ)

 

 落ちてくるリバウンドを両手で掴もうとするが、ボールは視界から消え虚空を掴む。

 目線を背後に流してみれば、そこには片手でボールを掴み、リバウンドを強奪した白河が居た。

 

(……空中のボールを片手で! アイツのようなことを……!)

 

 着地と同時に反転し、白河へのディフェンスに移る岩村。

 それを見越した白河は後方に跳びながらジャンプシュートを放つ。

 

(フェイダウェイ。しかも片足(ワンレッグ)か!》

 

 ヨーロッパ最高のバスケットボール選手の象徴的動作(シグネチャームーブ)であるワンレッグフェイダウェイは文字通り片足を浮かせて放つフェイダウェイシュート。

 後方に跳びながら、膝を相手とのスペースの間に置くために距離を保つことで極限までブロックを難しくする。

 しかもこれを打つのは身長が194cmあり、腕の長さ(ウィングスパン)は余裕で2m越えの白河。

 止めるのは不可能(アンストッパブル)だ。

 

 再び2点を奪い、その点差は1点に。

 少し険しい顔を浮かべる正邦の中で、唯一目と頭を輝かせている男が1人……。

 

 

 

 

「大室さん。次からマーク代わってもらっていいっすか?」

 

 

 




というわけで次回、白河対津川です。

12月はもう少し更新頑張りますのでこれからもお願い致します。

感想や評価いただければモチベになりますので余裕あればそちらもお願いします。


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第107Q リベンジ⑥

お久しぶりです。
本っ当に……


「おっ?」

 

 自身のマークが茶坊主からタラコ唇に変わった日向は思わず声が漏れ、次いで入れ替わり先に視線を向ける。

 先程まで自身を苦しめていた津川は自身より14cmも高い白河にマークを変えていた。

 

(1番危険な相手のマークを任される程、既にチームから信頼があるのか……)

 

 

 キセキの世代以外のせいで注目はされなくとも、中学時代に名を挙げ、強豪に進学即レギュラーとなる秀才は確かに存在する。

 白河の眼前で笑いながらディフェンスをする津川もその1人。

 かつて、バスケを始めたてとはいえ黄瀬を完封するほどの守備力は正邦でさらに磨きが掛かった。

 ……自信が深まっていくと同時に空気の読めない発言も増しているのが玉に瑕だが。

 

 

「にしても、アンタまあまあやるじゃん? 大室さんからあんな簡単に点取る奴いないし」

「……」

「誠凛の中じゃマシな方じゃね? 元帝光だしな。覚えてる? 昔やったの」

「……」

 

 津川のトラッシュトークに白河は無反応を貫く。

 フェイスガードでパスコースを遮られている中、無理に動き回らずに試合運びの観察に務めているため、無駄な情報を完全にシャットアウトしている。

 

「にしても出世したよな。()()()()()だったアンタが今では誠凛(ダークホース)の二枚看板か」

 

 残飯処理班、もしくは雑魚専。

 一部では白河がそのように揶揄されていた。

 

 試合がほぼ決した後、NBAで言う不要な時間(ガベージ・タイム)と呼ばれるタイミングで出てくる選手は控えやローテーション外といった優先度の低い選手。

 その時間に帝光は1%未満の敗北の可能性すらも潰すため、敢えて白河を投入することでリスクヘッジを図っていた。

 勝利のために──その徹底的な姿勢は時に過剰だという声も多く、その批判の矢面に立ったのは戦意を失った屍の前に立ち塞がる白河だった。

 

「なーんで誠凛(こーんなとこ)来たの?」

「……」

「春日さんから聞いたよ。()()()()()()()()()()()()()?」

「……っ」

 

 その言葉に、僅かながら白河が反応する。

 付け入る隙を見つけたと言わんばかりに津川は畳み掛ける。

 

「ま、でも仕方ないか!」

「……?」

「どーせあれでしょ? 正邦(ウチ)でスタメン取れる自信なかったんでしょ?」

「……」

「いーや、責めてる訳じゃない。むしろ良かったんじゃね? だって、結局ウチ来ても中学の時と役割変わんないっしょ! 新設校でお山の大将やってる気分はどう!?」

 

 今日1番の笑顔を見せる津川。

 その時、初めて白河は津川と目を合わせた。

 相変わらず表情は変わらないが、目を鋭く細めて睨みつけているようにも見える。

 

 してやったりと満足気な表情を浮かべる津川。

 ここからどうやってペースを崩してやろうかと思ったその時、体に衝撃が走った。

 

「ぐおっ!?」

 

 思わぬ衝撃によろめき、体勢を崩す津川を白河はさらに力を込めて背中で押し込む。

 そのまま、白河はウィングの位置からハイポストまで侵入して津川を背負う形にポジションを取る。

 

(ポストプレー!? 帝光の時には無かった……!)

 

 伊月からボールを受け取り、1度リングに視線を向ける。

 周囲のディフェンスの陣形を確認した後、即座にワンレッグフェイダウェイのモーションに入った。

 

「よしっ! 行け白河!」

 

(あの茶坊主がディフェンスの名手であってもこれは届かねぇだろ!」

 

 ただでさえブロックが難しいこのシュートを、白河はただ使うだけで必殺技へと昇華させる。

 伊月や日向は得点を確信したが────

 

「させねぇって!」

「……!」

 

 突如、白河の視界が急激に影に覆われた。

 津川が懸命に伸ばした掌はボールに届かないが、偶然顔の前に置かれたからだ。

 いくら優れたシューターであろうと、リングが見えなくては決められない。

 片足立ちをしている時に目を閉じてしまうと急激にバランスを崩しやすくなるようなことだ。

 リングまでの距離間や力の入れ具合にどうしても支障が出てしまう。

 

「……くだらねぇ」

「!!?」

 

 だが、白河はこの状態でもまるで意に介すことなくシュートを放った。

 リリースの瞬間、津川は白河の“眼”を見て驚愕する。

 

(目を……閉じて打った!?)

 

 最も多くの情報を取得している視界を遮られても、その放物線にブレはない。

 ボールはリングとバッグボードの接着面で小さく跳ねる。

 白河が再び目を開けたと同時、ボールはリングを通過していった。

 

 

 

 

 

 

──観客席──

 

 

 

 

 

「うわああまた決めた!!」

「これで4連続!? やっべぇぇぇぇ!!!」

 

 正邦相手に連続得点を奪う白河への驚きの声で観客席がどよめく。

 その様子を何故か黄瀬が誇らしげに周囲を見渡していた。

 

「なんでオメーがドヤ顔してんだよ」

「痛っ! いーじゃないっスか、同期の活躍を誇っても!」

「顔がうぜぇ」

「理不尽!」

「……にしても、反則まがいのことしても止めらんねぇか、どーなってやがんだよあのシュート」

 

 本来、シュートモーションに入っている相手の視界を故意に塞ぐことは反則(ファール)になってしまうが、審判はそうは判断せず、事実津川も予期していなかった。

 だが、そこまでしても白河のミドルジャンパーは止められない。

 

 1度戦ったからこそ笠松は白河のあのシュートの恐ろしさを理解していた。

 誠凛と戦う際に注目されるのは火神の攻撃力と白河の守備力。

 派手に得点を奪う火神の影に隠れてしまっているが、白河のミドルジャンパーは異次元の精度を誇る。

 淡々と決め続け、いつの間にか得点を積み上げているのだから。

 

「まぁ……アレに関しては、白河っちの努力の賜物って感じっスかね。

 部活終わってから残って練習はもちろん、早朝や深夜にも走り込みの後にシューティングしてたって聞いた事あるっス」

「……なるほどな」

 

 恵まれた長身と腕の長さ(ウィングスパン)

 多くのものを犠牲にして積み重ねてきた努力。

 身体的特徴に掛け合わされた確かな自信──それが白河の得点力の根底にあるもの。

 

「正邦はアレをどう止めるか……」

「いや、()()()()()()っス」

「あ?」

「確かに白河っちのシュートは脅威っスけど……それ以上に厄介なのはここからっスよ」

 

 黄瀬がタイマーに視線を落とす。

 時間は7分を切っており、3点差。

 

 

 

試合終盤(このタイミング)で白河っち相手にリード許すと……勝ち目はほぼないっス」

 

 

 黄瀬はあの日を思い出していた。

 二軍の試合に白河と帯同した時の試合のことを────。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

「さあ、ディフェンスだ! 喰らいついていくぞ!!」

「おう!!」

 

 日向の檄に応えるかのように脚と手を動かし、声を張りあげる誠凛。

 彼らに対し、正邦は攻めあぐねていた。

 

 元々ノッてくると手が付けられないチームではあるのだが、それ以上に勢いがある。

 交代策がハマり、一気に逆転に漕ぎ着け、昨年の雪辱(リベンジ)が確かに見える位置にいるからだ。

 疲労を感じて動きが落ちるはずの終盤において、今が最も動きがいいと思えるほどに攻撃的にディフェンスが行えているのがその確たる証拠と言える。

 

(ち〜っとキツイわなこりゃ〜)

 

 冷静な春日の顔にも焦りが見れる。

()()に対策を打ってくるチームと戦ったことはあっても()()()()()()に注目してクセをしっかりと掴まれた経験はない。

 そんなディフェンスに対し、春日が至った思考はシンプルだった。

 

 

(動きを読めてもさ〜予測を上回れば問題ないっしょ〜)

 

 腹を括った春日のドリブルリズムが変わった。

 マッチアップした伊月は次の動作に対して集中力をあげる。

 

 

(来るなら来い! 止める!!)

(……っ的な顔してんね〜)

 

 脱力した体勢から一気に加速、最低速を大きく落とすことで決して速くはない春日のドライブの威力を補っている。

 しかし、タネがわかれば普遍的なドライブに過ぎない。

 伊月もこれを読み切り付いていくが……半身ほど春日が前に出る。

 

「っ!」

「わかってても止めれないってことよ〜」

 

 正邦は古武術の応用で体力(スタミナ)の消費を抑えているが、減らない訳では無い。

 終盤になれば息は上がるし動きのキレも落ちてくる。

 古武術を使うと言えど同じ高校生なのだからそれは当然なのだが、春日のドライブがここに来て威力を増していた。

 

(桃井の言う通りだ……!)

 

 そのカラクリは、桃井が既に判明させていた。

 

(正邦の副主将、春日さんは体力(スタミナ)を消費する後半──特に第4Qになると脱力ドライブはより緩急が付いて止めにくくなる)

 

(でも、その分直進的になり動きがわかりやすい。それなら……!)

 

 伊月は春日のドライブを止めようとしてはいない。

 鷲の眼(イーグル・アイ)を用いてコートの状況を把握して、狙い通りのスペースへ誘導していた。

 

「……やっべ、ミスった」

 

 春日が遅れて気付くがその時にはボールは手を離れている。

 白河の守備範囲に入り込んだ瞬間に掻っ攫われ、カウンターを許す。

 一気にボールを運び、ハーフラインを超える。

 

「行かすか!!」

 

 大室が進路を遮るように白河の前に出る。

 対して白河は視線でフェイクを入れ、大室がそれに反応したことで生じた僅かな隙を突き、逆を取る。

 

「なぁっ!?」

 

 小さなフェイントだが守備巧者故に引っかかってしまう。

 ただ、ドリブルの進路を変えさせたことで津川が追い付く。

 

「させねぇって!!」

 

 ピッタリと白河の側面に張り付き、プレッシャーを掛けていく。

 急停止からのステップバックに対応出来る間合い、それならばと白河はスピードを上げてみせた。

 

(速っ……いや、1歩デカッ……!)

 

 正確にはストライドの幅を広げ、その分津川の前に出る。

 普通ならこれで振り切られるが、粘りを見せて抵抗する津川は白河がダンクに踏み込もうとするタイミングで脚の付け根付近を軽く抑え込む。

 

(姑息だな……けどさ……)

 

 出来るだけの抵抗を、白河は一切気にかけない。

 抑え込まれた脚とは反対の脚で踏み切り、腰を回しながら勢いをつけリングに向かってボールを掴んだ腕を伸ばす。

 

「まさか…………!!」

「そんなんで止まらねぇよ」

 

 跳べなかった分、高さを腕の長さで埋める。

 まるでほとんどジャンプをせずにダンクができる長身選手のように簡単そうに。

 ギリギリでリングを超えたタイミングで手首の力でボールを叩き付けてみせた。

 

「ディフェンス!! バスケットカウントワンスロー!!」

 

 加えて、津川のファールが宣告され、3点プレーが成立。

 ここに来て、さらに誠凛にリードを広げられるチャンスを与えてしまった。

 

「マジか…………!!」

 

 津川の顔からはいつもの笑みはない。

 そして、その顔がさらに引き攣る。

 

「津川」

「ひいっ! 岩村さん、そのこれは…………!!」

 

 慌てて弁明しようとする津川だが、岩村は背中を少し強めに掌で叩いた。

 

「切り替えろ。今はミスを責めてる場合じゃない」

「えっ……」

 

 

(……津川が押し込む力を流してほぼ無力化した、凄まじいボディバランスだ)

 

 

 

 

「…………あの芸当ができるならお前がウチに来なかったのも納得せざるをえんな、白河」

 

 

 当の本人は、さっさとフリースローラインに立っていた。

 あの時よりもさらにドス黒い目をリングに向けたまま。

 

 

(……やはり、勝利を確実にするためには)

 

 

 

 正邦の心を完全に折る算段をつけており、その餌食になることを岩村はまだ知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




あけましておめでとうございます(激遅)

12月の忙しさを舐めてた社会人です。
投稿かなり空いてしまいましたが、しばらくはこんな感じで投稿感覚が空いてしまうかと思います。

その分、今までより少し多めに書ければと思いますのでよろしくお願いします。
正邦も後1、2話くらいで終わります。
終わらせます。


今年もどうかよろしくお願いします。
それでは


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第108Q リベンジ⑦

 白河へのファールでプレーが切れたタイミングに合わせ、正邦がTO(タイムアウト)を要求する。

 すぐに審判はそれを受け入れ笛を鳴らすと両チームともベンチに戻っていく。

 ベンチに腰を下ろした5人にベンチメンバーがドリンクやタオルを手渡し興奮した様子で話し掛ける。

 

「すげーよ白河! 相手は正邦だってのに!」

「……ん」

「このまま行けば勝てるな!」

「……ん」

 

 空返事をしながらスポーツドリンクを流し込み、額の汗を拭ってからシャワーを浴びた後の髪から水気を取るようにタオルを毛の根元からかき上げる。

 体はそこまで熱くなっていないが、やはり肩下まで伸びた髪のせいで熱が篭もり、髪を伝ったり額や首筋に浮かんで来る汗が煩わしい。

 

「……ワッくん、ちょっといい?」

「……ん?」

 

 桃井は白河の後ろに回り、パーカーのポケットから普段使っているヘアゴムを取り出す。

 

「髪、鬱陶しいんでしょ? 纏めてあげる」

「……サンキュ」

 

 フル出場している他の4人の呼吸も落ち着いたところでリコは声を掛ける。

 

「あと5分よ! 体力的にもキツいと思うし、TO空けからは正邦が追いかけてくる重圧(プレッシャー)は相当だと思うけど……ここが踏ん張り所(クラッチタイム)よ!!」

「ああわかってる! ぜってー勝つぞ!!」

 

 日向が食い気味にリコの言葉に反応してチームを鼓舞する。

 いつもと変わらない光景のように見えるが──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────観客席────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────正直、オレはこのまますんなりと誠凛が勝つとは思ってねーぜ」

「ええ? そーっスかね……」

 

 黄瀬は不思議そうに首を傾げてミネラルウォーターを口に含む。

 笠松がこう言うのは誠凛を認めているから、同じ強豪である立場から正邦の心情を理解できるからだ。

 

「窮鼠猫を噛むって知ってっか?」

「キュウソ……野菜?」

「ちげーよバカ! んな事も知らねーのか!?」

「もー! 今更そんなことで怒んないで欲しいっス〜」

「そんなこと知らねーお前が悪いんだろ……ったく」

 

「誠凛が正邦を追い詰めてんのは確かで予想外なことだろ? オレらに取っても、正邦にとっても……()()にしてもそうだった筈だ」

「確かに、しかも誠凛は最初あの3人温存してたから……」

「基本耐え続けてる間に事前の分析(スカウティング)からのイメージと実際にコートの中での動きとの擦り合わせを行い隙を見て攻勢に出る……理想の試合展開(ゲームプラン)はこんな感じだろ。でもアクシデントが起きた」

 

 笠松が視線を落とした先にいるのは頭を包帯でグルグル巻にしている土田。

 岩村との接触の際に頭から地面に叩きつけられたことで出血、脳震盪の懸念もあるためベンチに下がらなくてはいけなくなった。

 代わりに出てきた白河の活躍は見ての通りだ。

 

「でも、それで勝ってんだからいーんじゃないんスか?」

「そうとも限らねぇぞ。これから背中を捉えようとしてくるのは、いよいよ後がなくなった正邦だ。こういう時、追う側より追われる側の方が戦いづれぇもんだ」

 

 笠松の言葉に黄瀬は一定の理解はできた。

 ただ……。

 

 

「……そーゆーのを全部弾き返してきたのが、白河っちなんスよ」

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「試合を再開します」

 

 審判が軽く笛を鳴らして、白河にボールを渡す。

 フリースローを打つ前のルーティンを行いながら、髪を括ってクリアになった視界にある男が居ないことを白河は確認した。

 

 

(……打てる手は打ってくるか)

 

 

 フリースローは綺麗な弾道を描き、リングを通過した。

 その瞬間に白河は前進する。

 

「白河!?」

 

 狙いはエンドラインのすぐ傍で待機している春日。

 素早いリスタートの妨害を試みるが、動線上に津川が割って入る。

 

「やられっぱなしで終われねぇ……!」

「……チッ」

 

 津川が稼いだ僅かな時間で春日には充分だった。

 パスを受けると、すぐさま前線へロングパスを放る。

 

「……そういう事か!」

 

 鷲の眼(イーグルアイ)を持つ伊月はすぐに状況を把握して自陣に戻る。

 ボールの受け手はリバウンドに参加しなかった岩村。

 本来であればフリースローを外した際のリバウンドを確保する役割があるが、正邦は勝ちを拾うためにリスクを取った。

 

 最大の障害である白河はフリースローを打ち、津川によって足止めされている。

 水戸部はリバウンドに参加していたため、マークは小金井(ミスマッチ)

 

「お前では相手にならん」

「うえっ!?」

 

(なにこれ!? 岩じゃん! ムリムリムリ……!)

 

 体重差にものを言わせて容易く小金井を押し込む岩村。

 小金井もなんとか踏ん張ろうとするが馬力が違いすぎる。

 ただ、そこに伊月が間に合う。

 

「伊月──!!」

「持ち堪えろコガ!」

 

 ボールに手を伸ばすが、岩村は冷静にスピンムーブでボールを懐に隠して伊月のスティールから逃れる。

 押され切って完全に無力化された小金井の上からシュートを決め、正邦のスコアがようやく動く。

 

「コガ、立て! スローイン!」

「お、おう」

 

(岩村が居ないゴール下を水戸部と白河で攻める……お返しだ!!)

 

「……待て伊月!!」

「!!」

 

 小金井からパスを受けた伊月を春日が強襲。

 スティールをなんとか躱す。

 

「あらら〜……でも、そっちに逃げたらマズイっしょ〜」

「くっ……!」

 

 咄嗟に逃げた先がサイドライン際のため、ラインと春日に挟まれる形に。

 ドリブルでの突破を試みるが強度の高い春日の守備を越えられない。

 

「伊月こっちだ!」

 

 ボールを受けに来た日向が見えるが、伊月はパスを躊躇う。

 今はフリーだが、そのパスを他の選手が狙っているのが()()()()()()()()()()()()

 

(1番近くにいる日向が無理だ! 水戸部や白河も……!)

「見え過ぎてんのも考えもんだわな〜」

 

 思考に意識を持っていかれて生まれた隙を春日は見逃さない。

 伊月の手からボールを奪い取り、一気にカウンター。

 ゴール下には岩村と小金井。2対1の構図を作る。

 

岩村(コイツ)はムリ! その前に……!!)

 

 岩村に歯が立たないことをわかっている小金井は少しでも守れる可能性の高い春日を止めにかかる。

 しかしそのタイミングに合わせ、春日は浮き玉を放つ。

 

「あれぇ!?」

 

 空中でボールをキャッチした岩村が悠々とダンクを叩き込もうとした時、背中に悪寒が走る。

 視界の隅に白髪が映りこんだと同時に伸びてくる長い腕。

 

(ここまで戻ってきたか……! だが……)

 

 さすがに白河と言えどボールには届かず。

 岩村がアリウープを決めて点差は2点に。

 連続得点で一気に正邦は誠凛に傾きかけた試合の流れを止めてしまった。

 

「王者を舐めるなよ……! 貴様らが勝とうなんぞ10年早い……!!」

 

 新進気鋭の誠凛とは違って正邦には積み重ねてきた伝統と歴史がある。

 それを重荷に思う者はコート(ここ)には居ない。

 王者として自負と誇りがあり、自らに課された使命を自覚している。

 1年前の敗北からの研鑽を重ねた誠凛と数十年の歴史を紡いできた正邦の差が現れようとしていた。

 

「引くなよ! ここで追い付くぞ!!」

「!!?」

 

 岩村の怒号に合わせ、正邦が仕掛ける。

 全員が自身のマークに張り付き激しいディフェンスを展開。

 

「オールコートマンツーマン……!!」

「終盤に来てこの圧力は……マズイ!!」

 

 誠凛の2年生は正邦の古武術ベースの動きのクセを掴んではいる。

 だが、目の前のプレッシャーに圧倒されクセを見抜く冷静さを欠いていた。

 マークを外すことができず5秒が迫る。

 

「くっ……水戸部!!」

 

 水戸部の高さに活路を見出した小金井が高いパスを出す。

 これに応えた水戸部がボールを受け取るが、着地した瞬間を狙っていた津川が迫る。

 

「も〜らいっ!!」

「!」

 

 水戸部の手から零れたボールを拾った津川は迷うことなくシュートモーションへ。

 ようやく見せた憎たらしい笑みを浮かべながらスリーを放つ。

 

「まだ笑うには早えだろ」

「げっ!」

 

 どこからともなく飛んできた白河がリリースされた瞬間のボールをバレーのスパイクのように叩き落とす。

 サイドラインを割った時、審判がTOを宣告した。

 

「またTO?」

「今度は誠凛だな」

 

 数分でベンチに戻ってきた時、その雰囲気は180°違う物に変わっていた。

 誠凛は今回のような僅差で追い掛けられる展開の経験がない。正邦と比べれば潜ってきた修羅場の数が違いすぎる。

 ましてや相手はネズミなんてかわいいものでない、崖を背にした猛獣だ。

 

「ディフェンスの圧が衰えるどころか増してやがる、人間かアイツら」

「岩村もヤバいな。水戸部どうする? 2人付けるか?」

 

 選手たちが対策を考える中、リコは押し黙っていた。

 カントクと言う肩書きこそあれど、彼女は優れたトレーナーではあっても優れた監督ではない。

 バスケの知識も経験も何もかも足りない。

 

(どうすれば……)

 

「カントク、どうする……」

「どうって……」

 

 岩村を止める、相手のオールコートマンツーマンの守備網を潜り抜ける。

 この2つを解決する策がそう簡単に浮かぶはずもなく、ベンチを重苦しい空気が包もうとしていたその時……。

 

「……黒子、準備しろ」

「え?」

「おい白河! 何勝手に……」

「岩村は俺が抑えます。相手のディフェンスは黒子使って突破する。それしかないでしょ」

「それを決めるのはお前の仕事じゃ……」

「ああ?」

 

 伊月の発言に噛みつき、白河が睨み付ける。

 途端にピリピリと張り詰めた空気が誠凛ベンチに走る。

 

雪辱(リベンジ)だなんだか知らねぇけどさ……

 

 

 

 

 

 

 

 

……2年生(テメェら)()()()()()意地でこの試合落とす気か?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第109Q リベンジ⑧

 誠凛ベンチが少々不穏な空気になっている中、正邦ベンチもピリついた空気で満たされていた。

 点差を縮めてもそれは変わらない、いつもおチャラけている津川がまだ険しい顔を浮かべている。

 

「もう一度言うぞ。わかってるつもりだろうが油断は禁物、慢心など10……いや、100年早い。残り時間は少ないが、何が起こるかはわからん」

 

 正邦高校バスケ部監督の松元は試合中にはいかなる時でもベンチではなく直接床に座るのがいつもの習慣であるが、今はベンチの正面で腕を組み仁王立ちをしている。

 全国の舞台でここぞという勝負所、気合いが入るとこうなるのだが、予選ではまず見た事がない。

 それだけで、正邦が追い詰められていることを示すには十分だ。

 

「にしても、まさかあいつがここでオレたちの前に立ち塞がることになるとはな……」

「あいつって……」

「白河だよ。あいつ、ウチに入る予定だったんだぜ」

「ええ!?」

「ま、それが無くなったからその推薦枠に津川(お前)が収まったワケだけど〜」

「春日。今はその話はするな試合に集中しろ」

「ごめんって〜わかってんよ〜」

「……」

 

 岩村に関しては言うまでもないが、喝を入れられた春日も口調こそは緩いものの、途端に試合へと意識を集中させる。

 津川もそれ以上のことは2人に言及しなかった。

 

(スカウトされてたのか。つーかそれならなんでなおさら正邦(ウチ)じゃなくて誠凛(あっち)に……)

 

 しかし興味はある。

 そこで、TO(タイムアウト)終了のブザーが鳴ったあとに2人から離れ比較的話しやすい大室に問い掛けてみることに。

 

「大室さん、さっきの話って……」

「試合に集中しろって言われたろ」

「いーじゃないすか、ちょっとだけ! なんで白河はウチ蹴ったんですか?」

「んなもんあいつに聞けよ。……あー、でも確かこんなこと言ってたみたいだな」

「なんすか?」

「……()()()()()つってたな」

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

「……来たか」

 

 TOが明け正邦の攻撃で試合を再開。

 それぞれがポジションに付く中、岩村のマークは白河に変わり大室には水戸部となった。

 予見していた岩村の声にも反応することも無く白河はローポストに立つ岩村とリングの間に入り込む。

 

(オレがコイツを攻略しない限りは勝ちは見えてこない……直接対決ならわかりやすくていい)

 

 水戸部相手でも優勢に立ち回れることが出来るが、絶妙なタイミングで飛んでくる白河のヘルプに意識を向けなくてはいけなかった。

 1on1の難易度は遥かに上がるが目の前の相手のみに集中出来る今の状況の方が望ましいと岩村は考えている。

 

「…………」

 

 審判が再開の笛を鳴らす直前、白河は数十秒前の事を思い返していた。

 メンバーの交代はなくベンチには黒子がさっき脱ぎかけていたシャツを着直して座っている。

 その隣では桃井が不安そうにコートを眺めているのが白河の目に止まった。

 

 ──────

 ────

 ──

 

『わかった……岩村(4番)はアンタに任せる。ただ、黒子君は投入しなくてもいいと私は思っている』

『……なんでですか』

『アンタのことは信頼してるわ。たとえ“キセキの世代”でも簡単に攻略できるディフェンダーじゃないって』

『…………』

『でもね……それ以上に私は2年生の皆も信頼してる。

 屈辱的な敗北から1年。勝つために皆は私の考えたメニューに付いてきてくれたし、誰も見てないところでも努力を積み重ねてきた事を知ってる。

 必死に磨き上げてきたオフェンスなら、正邦の守備網だって突破できるわ!!!』

『……まあ、いいか』

 

 ──

 ────

 ──────

 

(そんなもん当然だろ。誰だって努力はしてる。活躍したい、試したい、勝ちたい………………)

 

 

 再開されると同時、正邦は2枚のスクリーンを使って素早く安全に春日がボールを受ける状況を狙い、それに成功する。

 動き出す前、ボールを受ける直前、そしてボールを受け取ったタイミングで春日は岩村を見る。

 

(岩村のことは当然信頼してっけどさ〜相手が相手だ。なんならこうやって引きつけてくれてる今の状況利用して4人で攻めてもい〜んだけど……)

 

 岩村と目が合った。

 自信に向けられているその眼を見た瞬間、春日の考えは1つに纏まった。

 

(……余計なお世話か〜)

 

 副主将としてその背中を押してやろう、そんな気持ちの籠ったパス。

 同じPG(ポイントガード)として、伊月はそのパスに思わず息を飲んだ。

 

(岩村と白河、2人の立ち位置を見極めた完璧なバウンドパス! このキツイ時間帯にこんなにも丁寧なパスが出せるのか!)

 

 受け取った岩村は小さなボディフェイントでエンドラインへのスピンを匂わせるが白河はこれに反応しない。

 ならばと岩村は半身の態勢になり、右腕を下から掬い上げるかのようにしてシュート体勢に入る。

 

(フックか?)

 

 曲げた右腕を岩村の腰に当てながら押し込まれるのを防ぎつつ、白河は岩村のフックに反応。

 体を入れられているがまだリーチで勝っているためブロックは可能だ。

 

(これでも届くか……ならば!)

 

 左手を差し込んでシュートを無理矢理止める。

 ボールを下げ体を当てて触れられないようにしながらドリブルを開始。

 

 白河の数少ない弱点であるパワー不足を的確に突いてくる。

 線が極端に細い訳ではないが、まだ伸び続けている身長のことを考えてフィジカルトレーニングを積極的には行わず、加えて脚も長いせいで重心が高く踏ん張りも効かせ辛い。

 

「無理矢理押し込むつもりか!?」

「うおおっ!!」

 

 岩村が吠えると同時に肩と大腿の筋肉が隆起して血管が浮きでる。

 白河とは対称的に骨が太く古武術の応用でキレを残しつつも鍛え上げられたフィジカルでリングへの動線を作り上げる。

 

(……なんだ?)

 

 違和感を抱きつつも一気にリング方向へ突進。

 通常なら加速の際に強く地面を蹴るために踏み込むことで隙が生まれるが、古武術ならそれがない。

 

 取った! 

 そう岩村が思った時……そう、いつもそうだこのタイミング。

 手からあの慣れ親しんだ革の感触が突然消えた。

 

 押し込まれたハズの白河が伸ばした手が、ボールに届いてしまったのだ。

 いつものように掴んで奪うことは叶わないが、岩村の手からボールは弾かれている。

 

「ぐっ……」

「よしっ!」

 

 伊月がルーズボールを回収。

 だが、ここで再び発動する正邦のオールコードマンツーマンディフェンス。ここオールコートマンツーでは

 ここを突破しなくては自陣に押し込まれ続ける。

 何度ボールをロストしようと即座に奪い返せばなんの問題もないと言わんばかりのプレッシャーは流石の迫力。

 

(ここで奪えばなんの問題も……!!)

「走れ!!」

「!!?」

 

 だが、ギアを一段階上げたのは正邦だけではない。

 日向が指示を出した途端、伊月はノールックで水戸部へパスを出す。

 間髪入れずに走り出す伊月、春日も追いかけようとするがなにかに進路を遮られる。

 

「った!?」

「スイッチ!!」

 

 小金井がスクリーンで春日を抑えたことでマークのズレが生じる。

 それを解消するために咄嗟にマークを交換(スイッチ)で対応するが完了する前に水戸部から再びボールを受け取ることに成功した伊月がハーフラインを超えた。

 

 

「よっしゃああ!」

「正邦のプレス突破ァ!!!」

 

 

 素早いパス交換と連携で久方振りにフロントコートに侵入した伊月と日向。

 2対2の状況、伊月は後方から走ってくる味方2人を確認していた。

 それを見ていた津川は冷静に判断を下す。

 

(やっとプレスを突破して掴んだこの攻撃は大事にしたい筈。となると他の奴らが上がってくるのを待ってから攻める……)

「甘ぇよ茶坊主」

 

 日向が突如コーナーに向かって走り出す。

 それに合わせてパスが飛ぶのを見て、慌てて津川がチェックに走る。

 

「マジかよ!?」

 

 ようやく掴んだオフェンスの機会で時間を使ってじっくり攻めるのではなく、ショットクロックを多く残して強気のスリーポイント。

 

(外したらとか考えねぇのか!?)

「外す訳ねぇだろ……!」

 

 今日一の美しいループのかかったボールは綺麗な放物線を描き────

 

 

 

コイツらが繋いでくれたこのスリーを外す訳ねぇんだよ……!! 

 

 

 

 ──────リングに吸い込まれた。

 追い上げムードの正邦の勢いを断つ日向の値千金のスリーポイント。

 数字以上に、正邦のメンバーの心にダメージを与えることになる。

 

「よっしゃあああ!」

 

 日向が拳を握り思わず吠え、他のメンバーも思い思いに喜びを表現する。

 去年は圧殺された正邦のプレスを真っ向から掻い潜り、致命的なシュートを沈めることが出来た。

 自分たちの1年越しの努力を高らかに見せつけたワンプレー……熱を帯びる選手たちとは対称的にベンチに座るリコは何かをグッと堪えるように膝の上に置く両手を握った。

 

「……ハンカチ、要ります?」

「……まだ終わってないわ、大丈夫」

 

 優れたスリーポイントシューターが居ない正邦に、ここで3点のビハインドが加わったのはかなりの痛手になる。

 故に1秒でも早く攻め上がり、1本でも多くシュートを打つ機会を作る必要になる。

 

「岩村!!」

 

 こうなってしまえば“時間”は正邦の敵であり、彼らの行動を縛る鎖になる。

 焦りはプレーを単調にしてしまい、視野を狭める。

 心理的には目の前の敵と別の敵を無意識に作ってしまうことで必要以上のストレスやプレッシャーを抱えてしまう。

 

「…………」

 

 

 

 そんな状態で、白河を打開することは不可能に近い

 

 

 

「しまっ……!!」

「!!」

 

 岩村へのパスをカットして、そのままカウンターに走る。

 1人で素早く攻め上がる春日と後方で構えていた大室が対処する。

 

(あれ取るか〜? 意味わかんねーくらい反応早かったぞオイ)

「白河!!」

 

 遅れてフロントコートに侵入した日向が自身の射程圏内(シュートレンジ)に入り、白河にボールを要求する。

 声のした方向に視線が移ったのを春日は見逃さなかった。

 

(さっき決めてノッてから打たせるか〜?)

 

 春日が猛者であるが故に、この小さな動きも捉えてしまう。

 白河は急加速してインサイドに侵入。

 

「あらっ?!」

「まじかよ!?」

 

 1歩も動けない春日らその事に驚く大室はこの動きに既視感があった。

 

(見間違えるはずもねぇ……! なんでコイツが!?)

 

 答えが出る前に白河がリングに迫る。

 ディフェンスを意に介さず飄々とダンクに跳ばれ、大室もブロックのために手を伸ばすが……

 

 

(ざけんな……()()()()()()()

 

 頭の高さは同じくらいだが、ウイングスパンに差がありすぎる。

 易々と上からダンクを沈め、リードを7点に広げた。

 

「クッソ……けどなぁ!」

 

 大室がすぐにボールを拾い上げて前線へロングパス。

 狙いは最前線で既に構えている岩村。

 

「水戸部!!」

「…………!」

「ここを取る……!」

 

 古武術の応用で最大化したパワーで水戸部を制圧。

 ボールを受け取ると同時に体勢を低くしてスピン、腕を伸ばして肩を入れ、懐からリングへの道をこじ開ける。

 

「負ける訳には……イカンのだ!!!!」

 

 

 

 

 反撃への希望を繋げる起死回生のダンク。

 それすらも──────

 

 

 

 

 

「……奇遇だな、俺もだわ」

 

 

 

 

 ──────最前線にいたはずの白河が叩き落とした。

 自分の掌から抜け落ちたソレを呆然と見つめながら、岩村は感じていた違和感を精算した。

 

(いくらなんでも早すぎる……。それにさっきの春日のパスカットとドライブの急加速……()()()()()()? しかし、そんなことが…………!!)

 

 脳裏に蘇るのは、昨冬の白河に言われた言葉。

 それは生意気なものではなく……残酷な現実であったことをようやく知ることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「……決まったな」

「っスね」

 

 試合を観戦していた笠松と黄瀬がそう呟いた。

 去年の決勝リーグではとても見れた試合ではなかったカードだった。

 

 チームの大黒柱を失ったことで勢いを削がれ、三大王者に現実を痛感させられた。

 それでも再び、立ち上がった彼らは1年越しの雪辱(リベンジ)を今果たそうとしている。

 その中心にいるのは…………。

 

 

「岩村ぁ!!」

「頼む、1本……!」

 

 悲痛な叫びが観客席で応援しているベンチ外の選手たちから聞こえてくる。

 厳しい競争に負けてコートに立つことを許されない彼らにも平等に接し、自分たちの想いも背負って戦う主将に、祈るような声を絞り出すことしきできない。

 中には、既にもう涙を流して始めている者もいる。

 

「岩村はいい選手だ。全国でもその実力はトップレベルにはある。だが…………」

「相手が悪かったっスね……」

 

(やっぱり……白河っちはオレたちと同じなんスね……)

 

 

 圧倒的な才能を持つキセキの世代。

 その影に隠れた選手も当然いるわけなのだが、その中に彼らと肩を並べる才能がすぐ側にいた。

 今、その才能は秀才たちを喰らい、天才達をも凌駕する勢いで進化を続けている。

 

 

「……でも、今の白河っちはなんかイヤっスわ」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

「おおおっ!」

 

 鬼気迫る表情でワンハンドダンクを叩き込もうとする岩村。

 余裕のない彼に対して、白河は冷静にボールの側面を叩き外に弾き出す。

 

「ぐうぅぅ……!!」

「まだっ!」

 

 ルーズボールに反応した津川がボールを拾うとゴール下へドライブ。

 2対1の数的数理を作る。

 ペイントエリアには侵入せず、リングから遠ざかるように動いてプルアップジャンパーの体勢に。

 

(来るなら来い!)

 

 セオリー通りであればよりリングに近い岩村を抑えて津川に打たせる。

 だが守備範囲の広い白河なら釣れる可能性がある。

 パスが出せるならそれでよし、仮に外れても岩村が圧倒的に有利だ。

 

 津川はしっかりと白河の動きを観察する。

 右腕を使って岩村とのポジションを争っていおり、やはり正面からのパワー勝負では岩村に分がある。

 

(もらった!!)

「…………っ」

 

 視線を切ってリングを見る津川。

 刹那、白河は急加速。

 一気に津川との距離をゼロにする。

 

「なぁ!?」

 

 焦った津川はいつもよりも早いタイミングで思わずシュートを放つ、当然入るはずもないがゴール下には岩村がいる。

 白河も素早く踵を返してリバウンドを岩村と争う。

 だがさすがにポジションが悪い。

 

 リング左側に当たって跳ねたボールに同時に2人が飛び付いた。

 やはり、岩村の方がボールに近い。

 それを見た水戸部がカバーのためにゴール下に走るが、その必要はなかった。

 

「っし……」

「!!?」

 

 岩村の背後から腕を伸ばした白河が強奪。

 フィジカルやポジションの要素を無視してリバウンドを取りきった。

 

「…………っ!!」

 

 ここで、試合終了を告げる笛。

 最終的には18までリードを広げた誠凛が、一足先に勝ち上がった秀徳と戦うことが決まった。

 

 

 …………去年の雪辱(リベンジ)を果たした日向達は一先ず勝利を噛みしめ、次を見据えることになる。

 立ち止まることは出来ない。

 

 

 だからこそ

 

 この時僅かに生じた確かな歪みを見逃してしまうことになる…………。

 

 

 

 

 




次回から秀徳戦です


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第110Q 歪み

 誠凛が正邦を破る下克上(ジャイアントキリング)を成し遂げた。

 会場はこの余韻がまだ残っていたか、当の本人達はそうもいかない。

 確かにリベンジを果たし、嬉しさはある。

 

 しかし、東京は学校数が多く、比例して試合数も増える。

 1日2試合(ダブルヘッダー)の今日、次戦はなんと3時間後、もう1つの王者秀徳高校との試合が控えている。

 誠凛に用意された控え室(ロッカールーム)では、慌ただしく次戦への準備が行われていた。

 

「体が冷えないようにすぐに上着着て! ストレッチは入念に!」

 

「疲労回復にアミノ酸! あとカロリーチャージも忘れずに! さつきお願い!」

「はい!」

 

 桃井がクーラーボックスの中から大量のバナナやスポーツゼリー、アミノ酸入りの粉末状のサプリメントなどを手際良く並べ、試合に出ていないメンバーがスタメンに配る。

 腹を満たしつつも消化に良くすぐにエネルギーになるものを中心に摂取し、リカバリーを図る。

 

「順番にマッサージしていくからバッシュ脱いでて!」

 

 その間、リコはトレーナーとしてのアプローチを行う。

 少しでも体の回復を促進させようと慣れた手つきでマッサージを始める。

 

「あ──! ヤバいもう足パンパンだわっ」

「これで3時間後試合か……とんでもねぇな」

「……ハッ!」

「伊月やめろ。体冷える」

「何も言ってないのに!」

(伊月先輩のギャグを直前で止めた!?)

(ロッカールームなのに今勝負所(クラッチタイム)だった!?)

 

 30分もすれば、全員のマッサージが終わる。

 付け焼き刃かもしれないが、何もしないよりかはマシに決まっている。

 少なくとも気持ちだけでも変わるだけでかなり影響は大きい。

 

「どう?」

「ん、まあ疲れてないって言ったらウソになるが。これで次の試合も最後まで走れんだろ」

 

 心做しか軽くなった足にバッシュを履きながら日向が答える。

 だが、その表情からは疲労の色はどうしても消えない。

 

 薄い選手層。

 運動量が求められるチームスタイル。

 何週にも渡って続く長い戦い。

 特にシューターの日向の場合は、シュートを打つためにより走る必要がある。

 

「あり? 火神は?」

「ああ……あれ? いつの間に」

「つーか、白河も……」

「ったく……近頃の1年はホントに……!」

 

 いつの間にか、チームの二枚看板が不在。

 自由な2人のせいで、日向の額に青筋が浮かび上がる。

 

「ボク探してきます」

「あ、私も行く!」

「後1時間後にはミーティングするからね! ちゃんと2人とも連れて帰ってきなさい!」

「わかりました!」

 

 黒子と桃井が2人を探しにロッカールームを後にする。

 ようやく一息つけるようになったところで、伊月が口を開く。

 

「にしても、白河には驚かされたな」

「あんのヤロー……先輩に舐めた口ききやがって」

「それもそうだけど……オレが言いたいのはそれじゃなくて」

「あ?」

「試合終盤、特に岩村のマークを任されてからの白河の動き」

「あー確かに! なんでか知らねーけど、 ()()()()()()()()()()()()してたよな!」

「……あの時か」

 

 全員が思い返していたのは第4Qの終盤に大室にダンクを叩き込んだ時の前後のプレーだ。

 

 カウンター中の急加速、そして守備へ戻る際の異常な速度。

 キセキの世代らと比べると多少身体能力で劣る白河も、他の選手と比べては高い部類に入る。

 

 だが、あの速度には違和感を覚えた。

 途中出場とはいえ、白河は元々あそこまで速くなかったはず。

 正邦の選手が違和感を抱いていたのは日頃自分たちが使っている体の使い方であり、誠凛の2年生からすれば今回の試合のために掴んだクセが白河にも見られたためだ。

 

「アイツって黄瀬みたいな模倣(コト)出来たっけ」

「さぁな。言ってねえのか、オレらには想像出来ないスピードで成長してんのか……」

「だからってあの態度は頂けねえ! 戻ってきたらガツンと言ってやる!」

「試合前だから程々にな」

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「おう、何してんだこんなとこで」

「……ん?」

 

 会場の裏手には、あまり人が来ない半面のバスケコートがある。

 そこでシュートを打つ前のドリブルを付いていた白河の元に火神が現れた。

 声を掛けられて僅かに首を向けるが、すぐに白河はリングに視線を戻す。

 

「試合に出てた先輩らはケアに努めてんぞ。お前もやれよ」

「……疲れるほどじゃねえだろ」

 

 ドリブルを1つ付き、ステップバックしてからミドルジャンパーを放つ白河の言葉は素っ気ない。

 ネットの付いていないリングは静かに輪の中を通過して地面を跳ねて転がる。

 シュータースコアラーでもある白河がよく使うムーブの一つであるステップバックだったが、(バスケに関しては)鋭い火神はいつもとの違いに気が付いていた。

 

「……それ、さっきやった奴らの動きの応用か?」

「……だったら?」

「なんでそれが出来る?」

「……俺は正邦に誘われてた」

「!?」

 

「何回かそれで練習に参加してたんだが……その数回で体の使い方のコツは掴んだ。進学する意味がないから、行かなかったがな」

「それでわざわざ誠凛(こっち)に来たってのか?」

「なんだかんだ向こうは伝統だ、歴史だ……無用な物が染み付いてる。

 1年目から実績があってまだ2年目のここなら、実力さえ示せばすぐに俺の思うようにチームは動かせる」

「……だからってさっきの試合の時みてぇにあんな態度取って言い訳じゃねぇだろ」

 

 中学の途中で日本に来た火神はバスケへの熱量に差があったことからチームで浮いた存在となっていた。

 実力は自身が一番だったことも悪い方向に働いてしまい、先輩に敬意を持って接する経験も無かった。

 

「オマエは確かに強えよ。けどな、強えからってなんでも好き勝手していいわけじゃねぇだろ!」

「いいや違う」

 

 火神の反論に対して白河が噛み付いた。

 その眼には普段見せることの無いドス黒い感情が表れる。

 

「チームを纏める奴はその中で最も強くあるべきなんだよ。

 強さが全て、強い奴が勝者だ。

 ……そして、勝者ってのは“絶対”だ。何事においても勝者と強者は何よりも優先される。そこに学年や経歴なんて関係無い」

 

 帝光の理念に触れてプレーした3年間。

 勝ち取ってきた栄光と成功体験。

 

 そして、帝王の掌で踊らされた屈辱。

 共に這い上がった戦友からの罵倒。

 

 追い詰められた精神を繋ぎ止めるため。

 無理矢理嵌め込んだ思想(パーツ)は白河の()()()()()()()を塗りつぶしてしまう。

 

「……オレはその考えは気に入らねぇ」

「じゃあ俺に勝ってみろ」

「!」

 

 白河は拾い上げたボールを強く投げ付ける。

 明らかにパスの速度ではないそれを反応して両手で受け止めた火神は敵意に対して睨み返した。

 

「安心しろよ。ここでバテても問題ねぇからよ」

「……ん?」

「緑間はオレが倒す……!! お前にばっかいいカッコさせるかよ!!!」

「……二度言わせんな。自分(テメェ)の意見を押し付けるには勝つしかねえんだよ」

 

 火神がトリプルスレッドの構えで仕掛けを試み、白河はそれを待ち構えるために自然体の守備姿勢に入る。

 空気が張りつめ、辺りに緊張感が漂う。

 それは中で行われている試合に勝るとも劣らない。

 

 いつの間にか太陽は隠れ曇天の空の下、風が強くなってくる。

 一触即発の雰囲気が高まる中……不意にその空気は破られた。

 

「あ! やっぱりここに居た!!」

 

 ドアが開く音のすぐ後に女声の大声が響く。

 2人が声のする方向に視線を向けると、右手をドアノブに置き左手を膝に乗せて息を弾ませる桃井の姿があった。

 

「さつき……」

「ハァ……2人とも、控え室戻るよ! 先輩達待ってるから」

「いや、でも……」

「落ち着いてください」

「あだっ!?」

 

 不意に現れた黒子が火神の鼻っ柱にチョップをお見舞い。

 痛みに鼻を抑えた火神の手から零れ落ちたボールは黒子が回収し、ノールックで白河へパス。

 

「……緑間君は強いです。体力を余計に消費して挑んでいい相手ではありません」

「言われてくてもわかってる。それに……疲れるような事じゃねぇよ」

 

 興が冷めたのか、白河はそのまま息を整えている桃井と一緒に室内へ戻った。

 2人が中に入ったのを見届け、黒子は1つ息を吐く。

 とりあえず2人の衝突の回避には間に合ったからだ。

 

「何ホッとしてんだ!」

「痛っ!」

 

 お返しと言わんばかりに、火神のチョップが頭頂部に刺さる。

 痛みに悶える黒子を置いて火神も中に入ろうとする。

 

「先行ってるぞったく……」

「ま……待ってください火神君」

「少しだけ……時間をください」

 

 涙目になりながら、黒子は数分間火神にあることを話した。

 

 

 

 そして、あっという間に試合時間が訪れた──────。

 

 

 

 

 

 

 



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第111Q 掛け違えていく

『……では、他に何かあるやつはいるか?』

 

 秀徳の控え室(ロッカールーム)にて、ミーティングが一通り終わったところで監督の中谷が選手たちを振り返る。

 基本的にここで声を上げるものは居ない。

 あったとしても主将を務める大坪が気を引き締めチームを鼓舞するくらいのこと。

 

 しかし、今日は違った。

 利き手である左の爪を保護するためのテーピングが巻かれている手が挙がる。

 彼に周囲の視線が集まった。

 

『珍しいな緑間。どうした?』

『……まず、先に言っておくことがあります』

 

 

『この試合、オレのシュートが外れても動揺しないでください』

『…………はあああ!!?』

 

 

 ……色々とツッコミたくなる発言ではあるが、まずロッカールームは驚きの声に包まれる。

 理由は至極簡単、この発言をしているのが()()()()()だからだ。

 

 世代NO.1シューターと称され、鳴り物入りとして秀徳高校に入学した彼は瞬く間にチームの中心選手となった。

 その左手から放たれる超高弾道スリーには日頃の練習量とおは朝占い(こだわり)から確かな自信と誇りを持っている。

 

 故に立ち振る舞いや発言にも反映され、酷く傲慢に見える。

 先輩であろうと物怖じせずに発言したり、ラッキーアイテムだと言い張ってバスケに全く関係ないものをコートに持ち込む等の謎行動にスタメンF(フォワード)の木村と宮地はよくピキっているが、それだけの結果は出している。

 

 無論、弱音は吐かないしネガティブなことも言わない。

 そんな彼が『この試合では止められる』とも取れるニュアンスの言葉を発したのだから。

 

『緑間〜? オマエ、試合前に何言ってんの?』

『……今日の試合、まさか()()()()()()()()()()()人がいますか?』

『はぁ? 当然だろ』

『……だから、敢えてオレがこう言ってるのだよ』

『んだそれオイ!?』

『落ち着け宮地』

『……ップ、ハハハッ!!』

 

 いつも以上に荒ぶる宮地とそれを宥める大坪。

 いつも以上に腹を抱え声を上げて笑う高尾。

 収拾がつかなくなりそうなところを中谷が落ち着かせる。

 

『……原因は白河か?』

『はい。そもそも、本来であればキセキの世代と呼ばれていたのは黄瀬ではなく白河の筈です。当時のチームの戦術的な要素もあって控えに甘んじてはいましたが、あのディフェンス性能は目を見張るものがあります。

 正直なところ、オレはシュートを打てる機会は今までよりも激減するでしょう』

『……お前がそこまで言うか』

 

 中谷は表情にこそ出さないが、白河が緑間がここまで言う程の実力者であったことに感心と驚きはしている。

 わざわざ彼のためにチームを犠牲にしている側面もある中で、このエースの言葉はチームの士気に大きく影響することなる。

 それを避けるための言葉はもう彼の中で浮かび上がっているのだが。

 

『……ただ、別にこの試合に勝てないとは言ってません』

『うん。わかってる。それなら……高尾』

『アヒャヒャヒャ……! はい?』

『この試合、ゲームプランはお前に任せる。()()()()()()使()()

『監督! こんな弱音を吐くやつをまだ使う気で……!?』

 

 木村が噛み付くが、待ってましたと言わんばかりに言葉を被せた。

 

『だからだよ。上手く使うんだよ、上・手・く。なぁ?』

『あ〜……まぁ、なんとかしまっす』

 

 緑間が注目されがちだが、『高尾和成』……彼も中々の実力者だ。

 1年ながらあの秀徳でスタメンを勝ち取っている。

 しかもポジションはPG(ポイントガード)、チームの舵取り役を任されているのだから、当然侮ることが出来る訳が無い。

 彼は緑間の発言の裏と中谷からの短い指示の意図を理解していた。

 

『真ちゃん、拗ねんなよ?』

『子供扱いするな高尾』

 

(……ま、コイツがプライドを一部捨ててまでこう言ってんだ。相棒として応えてやらねーとっ♪)

 

『あ、大坪さん。アップしっかり目で頼んますね。宮地さんと木村さんも』

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 ──────いよいよ決勝グループ進出を決める最後の戦いが迫る。

 王者秀徳が順当に決勝リーグに駒を進めるのか。

 台風の目(ダークホース)誠凛が2年連続の快進撃を見せるのか。

 

 この後、天気が大荒れの予報にも関わらず観客は減るどころか、むしろ増え続けていた。

 そんな中、誠凛の控え室(ロッカールーム)にまだ人影が一つ残っていた。

 

「……ワッくん」

「……ん」

「そろそろだよ」

「ん」

 

 既に照明が落とされた部屋の中で、白河は1人で試合開始を待っていた。

 他の選手はコートに通じる扉の前で待機しているにも関わらず、まだ来ない白河にしびれを切らして桃井が呼びに来たのだ。

 

「……ダメだ」

「え?」

「どうやってもイメージができねえ」

「イメージ……?」

「……いや、なんでもねぇ」

 

 白河は強くなった。

 あの日から、狂気的な程にバスケに全てを捧げてきた。

 

 未だに身長は伸び続けサイズアップがまだ見込める。

 筋肉を付けない代わりにボディコントロールを鍛え、そこに正邦の動きを応用して大きくなった体を自在に動かせるようになった。

 ひたすらに打ち続けたことでジャンプシュートには確かな自信を持ち、そこに裏打ちされた異次元の精度を誇る。

 ディフェンスは言うまでもないだろう

 

 そんな彼だが、1つだけ出来なくなったことがある。

 極限の集中状態であるゾーンに入れなくなったことだ。

 

 元々、ゾーンは意識して入れるようなものではない。

 いくつかの厳しい条件を満たす必要があり、プロアスリートでもゾーンを体験するのは偶発的である。

 

 だが、これらの障壁さえも嘲笑う程の才能を持つ者がいる。

 白河もその1人であったはずだが……。

 

(……黄瀬の時はなんとかなったが、これからの戦いには必要不可欠だ。

 なのになんでだ……クソっ)

 

 思わず舌打ちが出てしまう。

 らしくなく苛立ちを見せる白河がそれをぶつけるように拳を握って震わせる。

 

「……ワッくん」

「あ?」

 

 不意に左の握り拳が包まれる感覚を覚える。

 白河が視線を向けると、桃井が両手を使って優しく添えていた。

 

「大丈夫だよきっと……ワッくんなら」

「…………」

「今までもどうにかしてきたんだから、きっと…………」

「……うるせえな。余計なお世話だ」

「……っ!」

 

 桃井の手を振り払い、白河は再び苛立ちを募らせる。

 

「きっとだの、大丈夫だの……気休め言ってんじゃねえよ。それじゃあダメなんだよ!」

「……っ」

「絶対でないといけない。そうじゃないと……俺の……!」

 

 

 

────バチンッ! 

 

 

 

 白河の言葉を遮り、痛々しい音が部屋に響く。

 ヒリヒリとした痛みが走る左頬に指を這わせながら、横目で桃井に視線を向ける。

 廊下から入り込む光に反射したそれは桃井の目元から頬を伝って床に流れ落ちた。

 

「…………ワッくんの、ばかぁ……!」

 

 上擦った声でそう言った桃井は踵を返し、どこかへ走り去ってしまった。

 カツカツっと、足音が廊下に響き、やがてそれが聞こえなくなるまで白河はその場から動けなかった。

 

 再び静寂が訪れ、頬の痛みが少し引いた頃、白河はようやく控え室(ロッカールーム)を後にした。

 桃井が走り去った方向と反対に向かうと、そこでは誠凛メンバーが各々ストレッチや腿上げなどの軽い運動で体を温め始めているところだった。

 

「白河君、桃井さんは?」

「……そのうち来るだろ」

「さっきあわなか

 

「よっしゃ行くぞ!!」

 

 タイミング悪く、黒子の言葉と日向の声が重なり、扉が開く。

 プロの試合と勘違いしてしまう程の歓声を浴びながら、両チームがコートに足を踏み入れる。

 

「……あ? 白河、んだよそれ」

「?」

 

 火神が自身の左頬を指差す。

 白河からは見えないが、先程の桃井から受けたビンタで、少し頬が赤く腫れていた。

 

「…………報い」

「は??」

 

 

 

 

 

 

 




次回からいよいよ試合開始です


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