SEVERANCE PRODIGY〜武器破壊を極めてゲーム攻略! (封魔妖スーパー・クズトレイン)
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第一層 勇者と騎士
1話 プロローグ


「ぐえへぇっ!?」

 

 真横から突然物凄い衝撃を受けて、アニメでしか聴いた事がない様な呻き声を上げながらゴロゴロと転がる。これだけ派手に吹っ飛ばされたら骨折とか最悪命に関わる様な大怪我をしているだろうが、この世界ではそういうグロテスクな変化の変わりに視界の端にある緑色のゲージが僅かに減っただけだった。

 

 俺を物の見事に跳ね飛ばしてくれた下手人は《フレンジー・ボア》。他のゲームではスライム相当のモンスターだと言われているが、憤怒に染まった眼光からはとてもそうは思えない。一体何をそんなに殺気立っているのだろうか? もしかしたら、こいつ昨日食べたメンチカツになった豚の親だったりするのかな?

 

「危ないっ!!」

 

 声が聞こえると同時に、下らない事をぼんやりと考えていた俺の背後から一人の男がまるで地面を滑る様に現れると、青いエフェクトを纏った直剣でイノシシに見事な一撃を入れ、まるでガラスを割るみたいに粉々に砕いた。

 

 このゲームの世界…………《ソードアート・オンライン》の世界では死んだら死体は残らず、今の様に砕けて消える。話では聞いていたが、先程まではそこに存在していたイノシシが呆気なく消え去るのは現実味が無い様に思えてくる。

 

「良かった、無事みた……ン、ンンッ! 無事みたいだな。獲物を横取りする気はなかったが、折角のスタートで死亡するのも縁起悪いだろうから手を出させて貰ったぜ」

 

 そう言って助け起こしてくれたのはワイルドな顔つきをした青髪のイケメン。ヤンキーみたいな見た目だがとても親切な人みたいだ。

 

「いや〜、助かりました。ソードスキルのやり方を試していたら近くにモンスターがいたのに気付かなくて」

 

「このゲームはどこからでもモンスターが襲いかかってくるからな。ベータでも同じ様にやられた奴が何人もいたぜ」

 

「おっ! それってつまり、あなたはあのベータテスターってやつですか!?」

 

 ネットに書いてあった内容によるとベータ版の稼働試験者の募集人数は千人ぽっちであったのに対して、応募者は十万人以上だったとの話だ。そのとんでもない倍率から選ばれるなんてこの男はとんでもない幸運の持ち主なのだろう。

 

「俺アシュロンって言います。良かったら色々レクチャーしてくれませんか?」

 

 そう言って、目の前の男に直角九十度を意識して頭を下げる。

 

 始めてみて思い知らされたが、このゲームはコントローラーのボタン一つで攻撃できる従来のゲームとは比較にならないくらい難しい。独学で慣れるまでにはきっと酷く時間が掛かってしまうだろうし、この機会を逃せばこの先数少ないベータテスターに会える保証は無い。

 

「ああ、構わないぜ。俺はディアベルだ。よろしくな」

 

 そう言って気さくに握手を求めてくるディアベルはやっぱり相当人の良い人間なのだろう。

 

 初日から親切な経験者と知り合えるとは俺の運も強ち捨てたものじゃないらしい。心に暖かいものを感じながら差し出された手を握る。

 

「さて、ソードスキルを教える……前に、キ……じゃない、お前初心者なのに両手剣を選ぶとは中々のチャレンジャーなんだな」

 

「おう! 折角ゲームをやるのならチマチマ削るよりデカい武器でドカンとダメージ与えた方が楽しいと思ってな! ……もしかして、不味かった?」

 

「不味いって程ではないけど、このゲームで最初から防御を捨てて戦うとなると中々難しくなりそうだな。どうする? 場合によっては今から片手剣に変更するのもアリだぜ」

 

「そうだなぁ…………いや、やっぱり両手剣でやってみる事にするよ。両手で物を振るの結構慣れてるし」

 

 そう言って手に持ったグランソードを二、三回振ってみると、ブォンッ!と現実世界でバットを振った時と同じ唸り声を上げてくれる。うん、やっぱり使っていて心地が良い。

 

「随分と良いスイングをするな。もしかしてリアルで野球でもやってたりするのか?」

 

「ーーッ!? …………あー、えっと、まあ、部活で少しな。もう辞めちまったけど」

 

 ああ、いけないな。野球への未練はもう絶ったつもりだったのに、ふとした拍子に考えてしまう。頭を振って思考を切り替える。

 

折角最新のゲームを初日からプレイするのだ。つまらない事は全部忘れて、今はソードアート・オンラインを楽しむ事だけを考えよう。

 

「それよりもさ、早くソードスキル教えてくれよ。決まるとメッチャ気持ち良いんだろ? 試してみたくてウズウズしてんだ!」

 

「そうだな。両手剣のスキルといったら…………お前には《サイクロン》が合ってるかもしれないな」

 

 そう言ってディアベルはモーションの起こし方や少しタメを入れる事などを細かく教えてくれる。ベータ時代に他の人にも同じ様にレクチャーしていたのか、明確なイメージも交えてくれてとても分かりやすい。

 

 その甲斐もあってか、数回同じ動作をしている内に身体が勝手に動いたと思うと、まるでアニメの剣士みたいに剣に光を纏わせながら豪快な横薙ぎを放った。

 

「おおっ!!」

 

「初ソードスキルおめでとう。今のが《サイクロン》だ。よし、それじゃあ本番だな。今みたいな感じであいつにソードスキルを当ててみてくれ」

 

 指を差した所には新たに出現したフレンジー・ボアがいた。少し近づけば、それだけで少し前にどついてくれたイノシシと同じ目をして突撃してくるが、今度はもうやられる気はしなかった。

 

 何より今はソードスキルを試してみたいという気持ちでいっぱいだ。先程ソードスキルを使った時にはシステムが身体を勝手に動かしていたが、もしそれをシステムに合わせて俺の意志で同じ動きをしたらどうなるのか。

 

 イノシシがもう目と鼻の先にいるという所で、頭の中でイメージした《サイクロン》の動きをスキルモーションに合わせて反映させる。

 

------ーー呼吸が止まる。この感覚は知っている。豪速球を前にして、次の瞬間にはそれをバットの芯で捉えたと確信した時と同じだ。

 

 自分の目ですら追えない程の軌道で振られた剣は確かな手応えと共にフレンジー・ボアを断末魔の悲鳴を上げさせる間もなく真っ二つにする。

 

 この瞬間からもう俺の心は既にソードアート・オンラインに囚われてしまった。

 

 

 

 

 

 



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2話 楽しいだけの世界の終わり

「アシュロン、今だ!」

 

「分かってる!」

 

 蜂型のモンスター《プリックワスプ》の攻撃をディアベルが盾で防いでいる間に横から一撃を入れて四散させる。それが最後の一匹だと気付いた時には安堵の溜め息と共にその場に座り込んでしまった。

 

「お疲れ様さん。随分と怖がってたがアシュロンは虫は苦手だったか?」

 

「いや、苦手云々以前にあれは流石に怖いだろ」

 

 イノシシよりもHPの少ない雑魚敵とはいえデカイ蜂というのはなんとも恐怖を覚えるものだ。その大きさに比例した羽音を聞くと背筋が凍り付くし、針の攻撃を受けた時なんかは痛みが無いにも関わらず意味不明な悲鳴を上げて転げ回り、それを見たディアベルが腹を抱えて大笑いしたため危うく二人揃ってやられそうになった。

 

 そんなこんなで様々なレクチャーを受けながら二人で夢中になって狩りを続ける事数時間、単純な戦闘なら何とか様にはなってきたけどシステム面については全く知らない事ばかり…………いや、知れば知る程この世界の奥深さを思い知らされる。正直この世界を自分と同じ人間が創り上げたなんてちょっと信じられないくらいだ。

 

 草の上にゴロリと転がってメニュー・ウインドウを開く。時計を確認すると時刻は既に五時半近くになっていた。

 

「もうこんな時間か。もうそろそろ晩飯の時間だし、一旦ログアウトしなきゃいけないかな」

 

「そうだな。このゲームは精神的な消耗がかなり激しいから、ここら辺で休憩した方が良いだろう。俺も一旦落ちて次は八時くらいに入ろうと思っているがアシュロンはどうする?」

 

「モチ、やるに決まってるっしょ! こんなに楽しいゲームなんだぜ。もう他の事で暇つぶしなんて出来ねえよ!」

 

「了解だ。それじゃあ八時にログインしたらメッセを飛ばしてくれ。言っとくが五分でも遅れたら置いてくからな」

 

 そう言って意地の悪い笑みを浮かべてはいるが、こいつなら二十分でも三十分でも待っていてくれるだろう。まあ、流石に待たせるのは悪いだろうから五分前には入れる様にはするつもりだが。

 

「所でメッセージってどうやって送んの?」

 

「ああ、そういえばまだ教えてなかったな。まずはメニュー・ウインドウにある…………」

 

 ディアベルはそのまま数秒程フリーズしていたと思っていたら次の瞬間には血相を変えてメニュー内のあちこちを押し始めた。

 

「お、おい? いきなりどうしたんだよ?」

 

「無いんだ…………ログアウトボタンが何処にも無いんだよ」

 

 …………………………なんだそれ? つまり、ログアウト出来ないって事なのか?

 

 慌てて俺のメニュー・ウインドウも調べてみるが一番下にあった筈のログアウトと書かれているボタンがすっかり消えてしまっていた。

 

 気が付けば身体が…………この世界における自分自身の肉体、剣士アシュロンのアバターが震えている。

 

 こんな大掛かりなネットゲームのサービス初日だ。多かれ少なかれバグが出てくるのは仕方がないとは思うが、それがフルダイブ中にログアウト出来ないとなれば話は違ってくる。

 

 「嘘だろ? …………ゲームから出られないなんてそんな事無いよな!? 緊急停止ボタンとかそういうの無いのかよ!?」

 

「そんな物聞いた事もない。………………クソ、ダメだ! GMコールも繋がらない! …………馬鹿げた話だとは思うけどオレたちは今自分の意思でログアウトする事が出来ないみたいだ。こうなるともうバグが直るまで待つか、リアルで誰かがナーヴギアを───」

 

 リーンゴーン! リーンゴーン!

 

 その続きを遮るかの様に辺りに鐘の音が響き渡る。時刻を知らせる目的にしてはやけに大袈裟な音量だ。もしかしてログアウト出来ない事と関係があるのか?

 

 そんな疑問が頭の中に浮かんだ直後に突然青い光に包まれる。そして、光が収まったと思うと───

 

「何だこの人の数!? それに、ここって多分最初の街だよな!?」

 

「今のは転移だったのか! でもどうして態々こんな事を?」

 

 広場にはきっと全てのプレイヤーが集められたのだろう。端正に整えられたアバターの顔には怒りや困惑の表情が現れていて、皆が誰に向かってでもなく口々に怒声や悲鳴を放つのが聞こえてくる。その光景は最早数分前までの楽しいゲームとはかけ離れてしまっていた。

 

 そんな中で一人のプレイヤーが「おい! あれを見ろ!」と空を指差すと、そこには【Warning】【System Announcement】という文字が赤々と映し出されていてた。その演出的な表示にはどこか末恐ろしさを感じる。もしこれから運営からの謝罪があるのだとしたら余りにも趣味が悪すぎる。

 

 全てのプレイヤーが固唾を飲んで見詰める中、中央部分よりまるで血の様なドロドロとした液体が溢れてきたかと思うと、それは空中に留まり、広がって何かを形作っていく。出来上がったのは巨大な赤いフード付きローブを纏った人型。フードの中には本来あるべき顔が存在せずポッカリと空洞が広がっているだけだった。

 

『プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ』

 

そして呆気に取られているプレイヤー達の事などお構い無しに赤いローブは若い男の声で高らかに告げる。

 

『私の名前は茅場晶彦。今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ』



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3話 俺達のゲームスタート

 『始まりの街』の主街区から離れた場所にある小さな広場。そこで俺は両手剣をバットに見立てて、ただひたすら素振りを行っていた。

 

 茅場晶彦によるチュートリアルから数時間が経過したが未だに現状を受け入れきれずにいる。そのくせ、茅場の言葉がずっと頭の中に残り続けていて、じっとしているとまるで底なし沼に沈み込んでしまいそうな恐怖に駆られてしまう。

 

『今後ゲームにおいてあらゆる蘇生手段は機能しない。ヒットポイントがゼロになった瞬間、諸君らのアバターは永久に消滅し、同時に諸君らの脳はナーヴギアによって破壊される』

 

 振るう、振るう、振るう、振るう───

 

『諸君らが解放される条件はたった一つ。アインクラッド最上部、第百層まで辿り着き、そこに待つ最終ボスを倒してゲームをクリアすればよい』

 

 振るう、振るう、振るう、振るう───

 

『最後にプレイヤーの諸君に忠告しておこう────これは、ゲームであっても遊びではない』

 

「クソッ!! クソクソクソクソ!」

 

 もう限界だ。腹立ちまぎれに剣を地面に叩きつけ、近くの壁に力無くもたれ掛かる。

 

 息を大きく吸い込むとヒンヤリとした空気が肺に溜まり、痛みと共に徐々に身体を冷ましていく。現実の俺の身体はきっと何処かの病院の暖かい室内にある筈なのに肌で感じる空気は現実世界の外の空気とまるで変わらない。

 

 現実の世界と何から何まで変わらないのに自分の身体は本当の身体じゃなくて本当の身体には戻れないのにこの身体で死んだら現実の自分も死ぬ────もう何が何だか分からなくなる。

 

「アシュロン、少しは落ち着いた…………訳ないよな」

 

そう言って苦笑いを浮かべながら現れたのはテレビの中だけしか見た事がない様な爽やかイケメン。その正体は何を隠そう、俺に様々な事を教えてくれたオラオラ系先生ことディアベルだ。

 

 あのチュートリアルの際にこの世界が現実である証拠として、全てのプレイヤーのアバターは現実世界の生身の容姿そっくりに作り替えられていた。

 

 その為、今や俺の姿も細くてしなやかな身体から筋肉質の身体付きになり、憧れだった長髪ポニーテールはボウズから最近伸ばしたばかりのベリーショートに、そして目付きに至っては先輩から生意気だと言われた鋭い吊り目になってしまっている。

 

それは理想の剣士アシュロンではなく現実の俺、『芦屋龍生(あしやたつき)』の姿だった。

 

「SAOは空腹を感じる様になっているからさ。余り上等な物じゃないけど、ひとまず食べておいた方が良いよ」

 

 ほら、と強引に差し出された包を開けると中には黒いパンに分厚いベーコンを挟んだ簡単なサンドイッチが入っていた。

 

 一度は憧れた事があった筈のファンタジー世界のサンドイッチをただじっと見詰める。食べたいという気持ちが全く湧いてこない。小学校の頃にインフルエンザで寝込んだときだって食欲は旺盛であったのに、自分自身こんな事があるのかと驚いている。

 

「なあディアベル…………本当に助けは来ないのか? このまま誰かが百層を攻略するまで何年もこの世界から出られないのか?」

 

 ネットに載っていた情報では二ヶ月あったベータ版でも十層も行けなかったと書いてあった。しかもそれは幾ら死んでもリスポーンできる遊びとしてのSAOでだ。

 

 一度でも死んだら終わりのゲームで攻略なんて一体どれ程の年月が掛かるのか…………いや、本当にクリアなんてできるのか?

 

 俺の不安を察したのかディアベルも暗い顔で俯いてしまう。

 

「オレもゲーマーの端くれだから茅場晶彦についての記事は色々読んだ事があるよ。…………茅場は天才だ。もし彼がこの状況を作り出す為に念入りに計画していたとするなら残念だけど外部から助けが来る見込みは限りなくゼロと言っても良いと思う」

 

 自分でも薄々分かっていた答えだが、他人の口から聴かされるとより心が沈んでしまう。出られないのが怖いのかそれとも死と隣り合わせなのが怖いのか自分でも分からなくなってきている。もういっそ何も考えなくなった方が楽なのかもしれない。

 

「…………だからこそ、元の世界に帰るために何が何でもこのゲームをクリアしなきゃいけない。それは今この街で助けを待ち続けている人達を、何よりアシュロンを見て思ったよ」

 

「ディアベル?」

 

 隣を見ればディアベルの表情には決心の色が浮かんでいた。

 

「何が待ち受けているか分からない。一度でもHPがゼロになったら終わりのデスゲームでみんな萎縮してしまっている。だからこそ、他のプレイヤーの前を歩いてこのデスゲームがいつかきっとクリアできるんだって事を伝えるのがオレの様なベータテスターの義務なんだ! だけど、それはオレ一人では無理かもしれない。だから───」

 

 そして、ディアベルは転がっていた両手剣を拾い上げると、その柄を俺の目の前に差し出す。

 

「アシュロン、オレと一緒に行こう! 君と一緒ならきっとこのゲームをクリアできる!!」

 

「俺と…………一緒なら…………」

 

「アシュロン、君には才能がある。君の《サイクロン》はオレが今まで見てきたプレイヤーの中で一番の完成度を誇っていた。まだSAOを始めたばかりの君がだ。この先もっと経験を積めばきっと君は攻略に欠かせない存在になる筈だ。それまで必要な知識はオレが全部教える。だから、オレと一緒に戦ってくれ!」

 

 この瞬間、脳裏によぎったのは未来の光景。

 

 アインクラッドの第百層にある宮殿で玉座に座る魔王・茅場晶彦。そいつに向けて剣を向けるディアベルとその隣に立つ俺と何人もの強者達。

 

 まるで中学生が考えた恥ずかしい妄想だが、この世界ではそれが現実になる。それはなんとも────

 

「…………楽しそうだ」

 

 思わず笑みを浮かべながら、差し出された剣を受け取る。もう不安は何処にも無い。我ながら単純だと呆れるがこれからの冒険がワクワクして仕方がない。

 

「了解だ、勇者ディアベル様。不肖このアシュロン。貴方の剣となり魔王討伐への道を切り拓いてみせましょう」

 

「…………ああ! 我こそはアインクラッドに囚われし全てのプレイヤーを救う勇者ディアベルなり! 我が騎士アシュロンよ! 共に魔王を撃ち倒そうぞ!」

 

 二人で格好付けて、堪えきれなくなり同時に吹き出してしまう。こいつは意外とこういうノリが好きみたいだ。

 

「出発は明日の朝八時だから、用意が出来たら北西ゲート前に集合しよう。言っておくが五分でも遅れたら置いていくからな」

 

 そう言って意地の悪い笑みを浮かべてはいるが、こいつなら二十分でも三十分でも待っていてくれるだろう。まあ、流石に待たせるのは悪いだろうから五分前には来れる様にはするつもりだが。

 

 そう思いながら、左手に持っていたままだったサンドイッチの存在を思い出し、勢いよくかぶり付く。ボソボソとした黒パンと塩っ辛いベーコンが何故だか無性に美味しく感じる。

 

 …………どうやら、この世界の事、結構好きになりそうだ。



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4話 コボルド村襲撃作戦

沢山の人に読んでいただき、とても感激しています。拙い文章ではありますがこれからもよろしくお願いします。


 SAOの攻略を決心してからレベリングやクエストに明け暮れ、気が付けば仮想世界に囚われてから十日の朝を迎えていた。

 

 朝練の素振りを終えて始まりの街では結構良い値段のする宿の食堂に行くとディアベルが本を読みながら朝食を取っているのが目に入る。泊まっている客が余り居ない事と早朝である事で他のプレイヤーの姿は無い。

 

「ウッス! おはようさん」

 

「やあ、おはよう…………相変わらず君は良く食べるな」

 

 俺が持ってきたお盆を見てディアベルは苦笑する。今日のメニューは黒パン4つにベーコンエッグ3つ、山盛りのサラダにコーヒーが一杯。ご機嫌な朝食だ。

 

「今日はコボルド村襲撃の日だからな。腹拵えはしっかりしとかないといけねえよ」

 

 現在の俺達の目標は第一層の中央を南北に分断する地層《ダルハリ地塁》の突破、それも三つあるルートの中で一番難易度が高いとされる平原と渓谷を越える中央突破コースの攻略だ。

 

「それにしてもパーティーも十人──いや、そういえば昨日一人参加希望の奴が入ったかで十一人か。随分と大所帯になったもんだよな」

 

「そうだな。それに攻防のバランスが取れた良いチームになったよ。このまま三層まで順調に進めればギルドとして組んでも良いかもしれない」

 

 渓谷に待ち構えているフィールドボスはパーティーを組まなければまず勝ち目は無いとの事で、あちこちで強そうなプレイヤーに声を掛けていた。しかし、SAOは死んだら終わりのデスゲーム。この早い段階でゲームクリアを目指した命知らず達であっても最難関のルートを通ろうとする奴は最初の内は中々現れなかった。

 

 それでも徐々に人数が集まってきたのはひとえにディアベルのカリスマによるものだ。

 

 何故ネットゲームなんてやっているのかと思う程のイケメンであるディアベルはその性格もイケメンであり、ベータテスターとして裏打ちされた知識と技術は一緒にいればどんなモンスターにも負けないと思わせる安心感がある。そして、パーティーでの戦闘時でも指揮官としてチームをコントロールするなどリーダーとして隙が無い。

 

 狩りやクエストでその能力を遺憾なく発揮したお陰でその後も行動を共にしたいと言うプレイヤーは増えていき、前線での顔見知りもかなりの人数になった。

 

「…………アシュロン、分かっているとは思うがオレがベータテスターだって事は────」

 

 ディアベルの言葉にちゃんと分かってますよ、とベーコンエッグを乗せたパンにかぶり付きながら片手でそれらしいジェスチャーをする。

 

 そう、目下の所の不安要素はディアベルがベータテスターだとバレないかどうか。

 

 …………この十日間で既に千人以上のプレイヤーが死んだ。自殺などの様々な理由はあるが、やはり一番多いのは冒険中に危険なモンスターやトラップによって殺されてしまう事だろう。

 

 いくら注意したとしても予想外の出来事で死亡するのは仕方がない所があるし、それについては痛ましい事だとは思うが問題は一部のプレイヤーは『ベータテスターが何もかも独占したから初心者が大量に死んだ』と言っている点だ。

 

 その話を聞いた時には余りにも横暴だと思ったし、何より恩人であるディアベルを含めたベータテスターの事を擁護したかった。だが当の本人は『どうしたってリソースの奪い合いになるから、初心者にそう思われても当然かな』と諦めた表情で笑うだけだった。

 

 そうしてパーティーが出来上がった時からディアベルがベータテスターであると勘付かれる様な話をしない事に細心の注意を払っている。その結果ベータ時代にあった様々な面白珍事件を聞けなくなってしまったのが少し寂しかったりもするが。

 

「…………君にも色々と迷惑掛けているし、それは本当に悪いと思っている。それでもこのゲームのクリアのために今は少しでも多くのプレイヤーからの信頼が必要になってくるんだ」

 

 そう言ってディアベルは申し訳なさそうな表情でこちらを見る。

 

『気にすんなよ、俺達相棒だろ?』

 

 喉から出てきそうになったその一言を口の中のそしゃく物と一緒に飲み込む。俺はまだ相棒と呼ぶには余りにも非力で、ディアベルからのレクチャー無しではレベリングもままならないだろう。

 

 もっと強くなりたい。そうでなければ勇者(ディアベル)の相棒なんて到底名乗る事はできないのだから…………。

 

 

 

────────────────

 

 

 

「作戦会議の前に新メンバーの紹介をしよう。キバオウさん、前に出てきてくれ」

 

 主街区の広場の一画にてディアベルの呼び掛けにキバオウと呼ばれた男がドタドタと大きな足音を立てながら出てくる。

 

 まず目を引くのがその特徴的過ぎる髪型。茶髪をあちこちに尖らせた頭は家のリビングにあった某クイズ番組のナントカボールにそっくりだ。

 

 キバオウはこちらに振り返ると咳払いを一つして大きな濁声を上げる。

 

「わいはキバオウってもんや! 先に言うとくが、わいはベータ上がりどもと仲良ぉする気はあらへん! もし、こん中にアホテスターがおるんやったら覚悟しとけっ!!」

 

 こいつ第一声で爆弾ぶち込んで来やがった!?

 

 周囲がざわつく中でバレない様にディアベルを見ると、こちらはなんとも言えない表情をしていた。

 

 しょうがない、ベータテスターの非難に対して何か言ってやりたい所だが、これから会議をするのに空気が悪くなるのも嫌だし、適当に話題を振っておこう。

 

「キバオウさん、質問! 貴方の好きな食べ物は何ですか?」

 

「アホウ! 男やったら黙って串カツ…………ん、んん〜〜?」

 

 キバオウは急に黙り込んだかと思うと、こちらの顔をジロジロと見てくる。一体何なのだろか。もしかして顔に朝食の食べかすでもついてるのか?

 

「…………もしかして、ジブン芦屋龍生(あしやたつき)か?」

 

 ああ、そういう事か(・・・・・・)…………

 

 急にリアルネームを出された驚きではなく、冷めた納得が胸の内に広がってくる。リアルの姿になった時点でもしかしたらこういう事もあるかと予想はしていた。

 

 そんな俺の気持ちも知らずにキバオウは嬉しそうに肩をバンバン叩いてきた。

 

「おお! やっぱりそうや! 天才スラッガー、芦屋龍生君やないか! まさかSAOで会えるとは思わんかったな! 甲子園での活躍観とったで。いつもは関西の学校しか応援せんが、あんさんは面白いくらいガンガンホームラン打っとったから結構好きなんや!」

 

 ここまで明確に個人情報を晒されたら流石に他の連中も反応を示しだし、「芦屋? 誰それ?」「あ、俺知ってる。確か一年なのに強豪校のレギュラーになって、かなり活躍したとか」「そういや、新聞で結構大きく出てたな。そうか、そんな奴までこのゲームにいるのか」と早速情報交換がなされている。

 

「キ、キバオウさん! ここでリアルの事を話すのは流石に不味いよ!」

 

「───っ!! す、スマン! つい嬉しくなってしもうて…………」

 

「いや、良いっすよ。有名税ってやつだと思ってますし。それよりも、もうそろそろ作戦会議やっときませんか?」

 

 これ以上現実世界での事を思い出したくないため、元の目的に軌道を戻してもらおう。

 

「…………よし! ちょっと脱線したけど、これから今回の作戦について説明する。これから向かう場所ではコボルド村の名前の通りコボルド系のモンスターとの戦闘になる。敵の情報や地形については多分みんなもこの本(・・・)で勉強していると思う」

 

 そう言って取り出したのは今朝ディアベルが読んでいた鼠のマークが付いた簡易な本。それはとある情報屋が無料で配っているSAOの攻略ガイドブックである。

 

 この本にはモンスターの情報や稼ぎの良いクエスト、ステ振りのイロハまでキッチリ書いてありながら分かりやすくまとめてある。読んでいて子供の頃に買ってもらったテレビゲームの説明書を何度も眺めていた時と同じ気持ちになるので俺も愛読している。

 

「この本にはオレもかなり助けてもらっているよ。作者の方には一言お礼を言いたいくらいだ。だけど、これから向かう場所ではこの本に載っていない事態が起こる確率が高い。現につい最近攻略されたホルンカ近くの洞窟ルートでは情報に無いフィールドボスに襲われたという話だ」

 

 その情報に何人かのプレイヤーが息を呑む。

 

 明らかにベータテスターを狙った罠がある。そう判断したディアベルと一緒にこの二日間NPCから情報を集めて回ったが、結果的に以前から判明していた『コボルド達が子イノシシを調教して騎獣にしている』という事しか分からなかった。

 

「何が起こるか分からない。きっとみんな不安な気持ちだと思う。それでも挑もうとしてくれてオレ、凄い嬉しいよ! この村と次の渓谷を越えるルートは一番困難なルートだとされている。だからこそ、一緒に乗り越えてどんな罠を仕掛けてもオレたちは負けないって事を証明しよう!」

 

「ああ! 茅場が何企んでるか知らないが、真正面からぶち抜いてやろうぜ!」

 

 演説が終わり、パーティー全員が盛大な雄叫びを上げる。いや、それだけではない。気が付けば周囲には始まりの街に閉じこもっているプレイヤーも集まり、ディアベルに向けて大きな拍手をしていた。

 

 俺にとってもディアベルにとっても大きな一歩となる闘いが始まる。絶対に成功させてやる。背負っていた剣の柄を強く握りしめて心の中でそう誓った。



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5話 vsコボルド村の皆さん

初戦闘シーンです。……………暖かく見守ってください。


 カン、カン、カン、カン! と物見櫓から警報の音が数十メートル離れた所でも聞こえてくる。攻略本によればこの警報は一定以上のプレイヤーが近づけば鳴らされるらしく、それは集団戦の始まりを意味している。

 

「よし、みんな! 作戦通りに行こう!」

 

 ディアベルの掛け声にパーティーメンバーは「応っ!」と返事をして村へと一気に雪崩れ込んだ。

 

 まず先行したのは両手剣使いの俺や戦闘斧(バトルアックス)使い、盾持ちなどの所謂(タンク)役のプレイヤー。柵やテントを破壊しながら進む姿はまるで平和な村を襲う盗賊団の様で少しだけ罪悪感を覚えてしまうが、敵が隠れられる場所は徹底的に破壊しておかなければ、そこにいたコボルドにバックアタックを仕掛けられる危険があるため致し方ない。

 

 コボルドの様な亜人型(デミヒューマン)というタイプのモンスターは武器を持ち、ソードスキルを使用できる強敵だ。《剣技》による一撃は死に直結する可能性があるため油断は出来ない。

 

 村の中央にある広場では既にコボルド達が集まり、臨戦態勢に入っていた。まず目に入ったのがずんぐりとした体型でいかにも親玉といった雰囲気の《コボルド・リーダー》、その脇には《コボルド・トラッパー》が控えている。そして親分を守る様に前の方で集まり喧しく吠えているのは四匹の《コボルド・ヘンチマン》だ。

 

 ここまでは攻略本に記載されていた通りであり、頭数もこちらの方が多い。連携さえしっかり取れればまず負けは無いだろう。

 

 《コボルド・リーダー》が大きな遠吠えをすると、それによって攻撃力にバフが乗った《コボルド・ヘンチマン》が一斉に突撃を開始する。

 

 下っ端コボルド達は早速手に持った短剣に光を纏わせてソードスキル《アーマーピアース》を放つ。それは素早く鋭い一撃ではあるが、こちらは筋力特化型のビルドであり、剣技を使わずとも相殺が可能だ。

 

「スイッチ!」

 

 背後からの合図に合わせて飛び退けば、ディアベルが前に出てソードスキル《スラント》を発動する。防御が間に合わなかったコボルドはその攻撃をモロに受けてHPのほとんどを削り取られる。

 

「気をつけろ! 右側から騎兵が来たぞ!」

 

 その声に慌てて注意された方向に視線を向ける。向かってきたのは長槍を持ち、イノシシに乗った《コボルド・キャバルリー》というモンスター。騎獣となっているイノシシは《アパセティックボア》という名前で、牙や毛並みがまだ生えきっていないにも関わらずフレンジーボアよりも一回り大きな身体をしている。だが、厳しい調教を受けたためか、その目にはフレンジーボアの様な激しい闘争心は見られない。

 

 しかし、腐ってもイノシシ。その突進力は凄まじものがあり、上に乗っているコボルドのソードスキルも合わさったら、こちらの陣形はあっと言う間に崩されてしまうだろう。そのため────

 

「アシュロン! リンドさん! あいつの相手を頼む!」

 

「了解だ!」

 

「任せてくれ!」

 

 俺と曲刀使いのリンドで迎撃に向かう。

 

 まず近づいてきた俺に向けて騎兵コボルドは槍のソードスキル《フェイタル・スラスト》を見舞う。それに対してこちらは《アバランシュ》でパリィを狙うが────

 

「ぎっ!?」

 

 まだ慣れていない《アバランシュ》ではイノシシによる勢いも乗った一撃を殺しきれず、槍先が微かに肩を抉る。

 

「うおおぉぉぉ!!」

 

「ピギイイイギィィィッ!!」

 

 コボルドのタゲが俺に向いている内にリンドはボアに対して《リーパー》を当てる。ただ、突進を正面から受けない様にしたためか、やや距離が遠く満足なダメージを与えられていない。

 

 この瞬間にも本隊はコボルドの群れを相手にしているため、もっと前のめりに攻撃して早く合流したい所だが…………いや、油断して致命傷を食らうよりリンドの様に堅実に立ち回る方が正しいか?

 

 騎獣を攻撃されたキャバルリーは一度大きく旋回し、悲鳴を上げるイノシシの腹を踵で蹴り付けてディアベル達に再度向かっていく。どうやら、一度防いだだけでは優先順位は変わってくれないらしい。

 

 だが、一度目とは違いこちらには進路に回り込むまでに十分な時間がある。問題無く間に合った俺は振り下ろされる槍に対して、今度こそ得意の《サイクロン》で迎え撃つ。

 

 ギィィンッ!! と甲高い音が鳴り、相手の槍を大きく弾く事に成功する。コボルドは槍を落とさない事に必死で隙だらけだ。そこへリンドが駆け寄り、イノシシに大ダメージを与える。

 

「ナイスだ、リンドさん!」

 

「そっちも良い働きだ!」

 

 この一撃でようやく騎兵は俺達を先に始末しなければならないと思い直したのだろう。それ以降は俺達に向かって繰り返し突撃してくる。

 

 俺ではなくリンドの方を主に狙ったのは奴なりに考えた結果なのかもしれないが、来る方向さえ分かれば最早対処は容易い。

 

 同じ動作を三回行った所でイノシシのHPはゼロになり、ヨロヨロとおぼつかない足取りで渓谷のある方角を向くと、何処か物悲しげに一声鳴きその命を散らした。そして、落馬(この場合は落猪なのかな?)して受け身に失敗したコボルドの頭を両断してようやく《コボルド・キャバルリー》との戦闘は終了。

 

 そのまま急いでディアベル達の陣形へと戻ると、こちらも中々順調らしく、トラッパーは既に倒していて残りはHPが半分を切った《コボルド・リーダー》と下っ端コボルドが二体といった所だ。

 

「よう、ディアベル! この様子ならもう俺達が入らなくても勝てそうだな!」

 

 しかし、陽気に声を掛ける俺とは反対にディアベルは何処か浮かない顔をしている。

 

「………………可笑しい…………余りにも簡単すぎる」

 

 そんな呟きが聞こえた瞬間、周囲に大きな地響きの音────じゃない、何か大きな生き物が走ってくる足音がこだます。それは先程まで戦っていたイノシシの足音に近くて………………待てよ?

 

 コボルド達はイノシシの子供を捕まえて、騎獣として調教した。その子イノシシは一体何処から捕まえてきたのか。まだ、成長しきっていない状態でフレンジーボアよりも一回り大きいのだ。きっと種類事態が違っているのだろう。そんなイノシシがいる場所なんてきっと一つしか無い。そして、哀れなイノシシが最後に渓谷を見ていたのは、あそこが故郷だから?

 

 つまり………………

 

 そこまで考えた所で、獣人軍団の背後が突然バキバキと音を立てたかと思うと、『それ』はテントなどを吹き飛ばしながら現れ、驚いて硬直していたボスコボルドに巨大な蹄を振り下ろし瞬時にHPを削り切る。

 

 ──────現れたのは《ヴェンデッタ・グレートボア》。コボルド村の先にある渓谷で待ち構えている筈のフィールドボスであった。



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6話 闖入者

猪との戦闘描写が分からずにかなり時間が掛かりました。


「なんでや! なんで次のフィールドボスが今出てくるんや!?」

 

 キバオウの叫びは今ここにいるプレイヤー全員が思った事だろう。確かにどんな罠を仕掛けても必ず突破してやるとは豪語したが、流石にこれは殺意高すぎるだろ、茅場晶彦(クソGM)

 

「ブウゥゥアアアアァァァァ!!」

 

「ッ!! 全員散開、全力で回避するんだ!!」

 

 攻撃の予兆を見抜いたディアベルが咄嗟に指示を出す。

 

 その声に我に帰ったパーティーメンバーはグレートボアの突進を急いで避けるが、元々陣形の外側に居た俺を除く盾役は敏捷力が足りないがために間に合わず残っていた雑魚コボルドと共に大きく弾き飛ばされる。

 

 幸い攻撃を受けたプレイヤーのHPは半分程の減少で済んではいるが、ポーションでは瞬時に回復する事が出来ないほか、現在の盾役の装備は機動力の高いコボルドの相手を想定した取り回しの良い武装であるため、強力な突進力を持つ巨大イノシシを止めるためには装備を変更しなければならない。

 

 盾を使えない俺ではこの場合には盾役にはなれないので、盾役の準備が整うまでの間アタッカーのみでボスの相手をする事になる。

 

 《ヴェンデッタ・グレートボア》の攻略方法はどんなのがあったか? 数日前に興味本位で眺めていたページの内容を必死に思い出す。確か攻撃パターンは突進と蹄や牙による単発攻撃の二種類で…………

 

「HPが少ない人はすぐさま回復を! まだ余裕のある人はボスを包囲して、全員の準備が整うまで持ち堪えてくれ!」

 

 受け止められる奴がいないのならば、固まって相手をするよりも周囲を囲って注意を分散させる方が効果的だ。だが、この作戦では万が一の時サポートが遅れてしまうため、特にボスの正面に立って戦うプレイヤーはかなりの危険に晒される事になる。

 

「よっしゃ! ここは俺が真正面で引きつけてやるぜ!」

 

「いや、ここは俺がやろう。お前ばっかりディアベルさんの前で格好つけさせないぞ」

 

「ジブンらみたいなノロマに囮が務まるかい。わいがいっちょ手本見せたるわ!」

 

「買って出てくれるのは嬉しいけど、早くしようか!?」

 

 催促されて慌ててボスをぐるりと包囲する。あくまで時間稼ぎだ。攻撃は二の次にして近接攻撃を避けるだけの余裕があり、さりとて離れ過ぎて突進攻撃を誘発しないギリギリの距離を維持し続けなければならない。

 

「グゥゥウウウウァァァァアアアア!!」

 

「来るぞ!!」

 

 グレートボアは頭を大きく逸らすと牙を使った薙ぎ払いを仕掛けてくる。その攻撃をキバオウは避けようとするが────

 

「うおっ!?」

 

 不幸にも牙がベルトに引っ掛かり、そのまま高々と持ち上げられる。そしてそこから空中で何度か振り回され、ベルトが千切れると同時に「なんやて!?」と叫びながら瓦礫の山の中に飛ばされていった。

 

 ……………………早速前衛が一人消えたぞ!?

 

 グレートボアは投げ飛ばしたキバオウには目もくれずに次はディアベルに狙いを付ける。突然後ろ足で立ち上がったかと思うと次の瞬間に両前足を勢い良く振り下ろす。ボスコボルドを倒した攻撃だ。

 

 人間よりも一回り大きな前足に潰されない様にディアベルはギリギリ回避をするが、巨大イノシシも負けじと同じ動作を何度も行い、土埃が大きく舞う。

 

 このままやらせていたら流石のあいつでも危ない。タゲを取るために俺はイノシシの後ろ足に《サイクロン》を放つ。

 

「ダメだ、アシュロン!!」

 

 大声で静止する叫びが聞こえた。ソードスキルによる硬直時間の中で何故その様な事を言うのか不思議に思った瞬間、視界が目まぐるしく移り変わる。

 

 遅れて腹部に独特の痺れが走る。そうか、後ろ足(・・・)で蹴られたのか。

 

 このSAOは何処までもリアルに作り込まれてあるため、モンスターも現実の生物と同じ様に理に叶った様々な動きを見せる。だが、俺は攻略本の情報を意識し過ぎる余りに相手を昔テレビゲームで戦った事のあるイノシシ系モンスターと同列視して正面以外からは攻撃をして来ないと思い込んでいた。

 

 …………俺は無意識にこのゲームを侮ってしまっていたのだ。

 

 グレートボアはこちらに向けて突進の構えを取る。自分のHPゲージは先の戦闘でのダメージも合わさって半分を切っていた。そして、頭上にはスタンを意味する黄色い光。

 

「あっ…………あぁ…………」

 

 殺される(・・・・)。プレイヤー・アシュロンは今まで倒してきたモンスターと同じ様に身体を砕かれ、現実の芦屋龍生は脳を焼き切られて死ぬ。冷たい恐怖が心臓を鷲掴みにする。

 

「やめろおおおぉぉぉぉぉっ!!」

 

 ディアベルは必死の形相で《バーチカル・アーク》を打つが、《ヴェンデッタ・グレートボア》はそれを全く意に介さず走り出し────

 

「はああああぁぁぁぁぁっ!!」

 

 その横面に突如、《ソニックリープ》の猛烈な一撃を受けて悲鳴を上げながら大きく仰け反った。

 

 助けてくれたのは黒い髪をした中性的な少年だった。中学生くらいだろうか。女の子と間違えてしまう程に線の細い身体付きと端正な顔立ちをしているが、片手直剣を構えるその姿は強者としての圧倒的な存在感を醸し出していた。

 

「突然で悪いが、このフィールドボス戦に俺も参加させて貰うぜ」

 

 片手剣使い(ソードマン)はキザに笑いながらそう告げる。

 

 その後、この少年の登場から戦況は一変し、こちらのイケイケモードで進んでいった。

 

 この時に盾役の準備が整ってまともな陣形を取る事が出来たのもあるが、やはり一番の理由はこの少年の存在だろう。

 

 グレートボアの攻撃を完全に見切って回避して、隙が出来た所に速く重い斬撃を入れる。アインクラッドに閉じ込められて十日間、ここまで圧倒的な実力を持った剣士は見た事がなかった。

 

 その研ぎ澄まされた剣技の前には、あのディアベルすら霞んでしまう。俺の戦い方なんて子供のチャンバラごっこだったのではないかと恥ずかしくなる程だ。

 

 頼りになる助っ人の活躍に感化されチームの動きも良くなり、絶望的な始まり方をした《ヴェンデッタ・グレートボア》との戦闘は少年の《ホリゾンタル・アーク》によって幕を閉じた。

 

 大逆転に皆が歓喜する中、俺も感情が抑えきれず勝利の立役者様の元へダッシュで向かう。

 

「助かったぜ! アンタは俺の命の恩人だ!」

 

「気にしないでくれ、俺はただフィールドボスのLAを狙っていただけだから」

 

「LA? …………ああ、ラストアタックの事か。どうでも良いよそんな事! 俺はアシュロンって言うんだ。良かったらアンタの名前を教えてくれ」

 

「どうでも良いって…………キリトだ」

 

 キリトはそう言って何処か呆れた表情で笑う。

 

「君はキリトって言うのか………………。オレはディアベル。このパーティーのリーダーをしている。さっきはオレの仲間を助けてくれてありがとう」

 

「なあ、キリトもこのゲームを最後まで攻略する気なんだろ? だったら、俺達と一緒に行かないか? キリトみたいな強いプレイヤーが居てくれたら凄い助かるぜ」

 

「あー…………悪い。俺はソロでやるつもりだから」

 

 申し訳ないとでも思ったのか、キリトは「それじゃあ、俺はこれで」と告げると、かなり高いであろう敏捷力に物を言わせた速度で離れてしまった。だが、こちらはまだ満足していない。

 

「俺達も頑張るから、お前も頑張れよ! それで、次はフロアボス戦で一緒に戦おうぜ!!」

 

 遠ざかる背中に向かって大声で叫ぶと、振り返らないまま小さく手を振ってくれた。それだけで十分だ。

 

 あれだけ強いプレイヤーがいるのなら、百層攻略も可能なのかもしれない。そう思えたのは今回のレイド戦で間違いなく一番の収穫だった。

 

「おい、誰か! ええ加減わいをここから引っ張り出さんかい!!」

 

 ………………キバオウ、アンタまだ引っ掛かっていたのかよ。




ようやくキリト登場です。ここまで主人公が出るのが遅い作品はうちだけでしょうね。


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7話 掛け違い

「せやからぁ、わいは納得できへんのやぁ! どぉして横槍入れてきたプレイヤーにボスのLA取られなあかんねん! おい、聞ぃとるんかアシュロン!?」

 

「アシュロンお前も見てただろ? グレートボアに俺がソードスキルで華麗にカウンターを決めた瞬間! いやぁ〜、あの時は本当に気持ちよかった! これでディアベルさんも俺が如何に優秀な戦士なのか分かってくれた筈だよな!」

 

「あーもー、分かった分かりましたから。二人共良い加減ダル絡みするのやめてくれよ! リアルだったらアルハラで問題だぞ!!」

 

 コボルド村攻略後、始まりの街に凱旋した俺達は初のフィールドボス攻略のお祝いにお高めのレストランで宴会をしていた。

 

 二体ものフィールドボスを倒した事でお財布には大変余裕があったため、美味しい料理を思う存分食べたり初めて飲むエールの味に感動したりと最初はとても楽しかったのだが、酒をガブガブ飲んでいたキバオウとリンドに捕まり、いつの間にかこんな肩身の狭い思いをしている。

 

 まさかこの年で忘年会で苦労する新人社員の気持ちを味わう事になるとは思わなかった。ていうか、何故この二人は酔っ払っているんだろうか? SAOの酒は幾ら飲んでも酔わない筈だ。実際俺も飲んだけど問題なかったし。

 

 こうして、かれこれ三十分は二人の相手をしていたけど流石にもう限界だ。ディアベルに二人を止めて貰おうとするが、貸し切ったレストランの中を見回してもあのイケメンの姿は何処にも見当たらない。

 

「あれ? ディアベルのやつ何処に行ったんだ?」

 

「アホウ! ここはSAOやぞぉ! 便所がある訳ないやろうがっ!!」

 

「そうだそうだ〜! 第一ディアベルさんはトイレなんて行かない!」

 

 いや、まだ誰もトイレに行ったとか言ってないから…………。

 

「ディアベルさんなら少し夜風に当たってくるって言って外に出ていったよ」

 

「………………そうか、ありがとうシヴァタ。ちょっとあいつと話してくるから後よろしく」

 

「えっ!? ちょっと!?」

 

 シヴァタを生贄に捧げ、レストランを後にする。

 

 思い返せばディアベルは攻略が終わった時から何処かおかしかった。パーティーと話をする時には普段通りに明るく振る舞っていたが、それ以外の時にはずっと暗い顔で何か考え事をしていた。

 

 どこまでも生真面目なあいつの事だ。今回の戦いで犠牲者が出かかった事に責任を感じているのかもしれない。それに関してはイノシシの予想外の襲撃と俺達のプレイヤースキルに問題があったからなのにな。

 

 主街区まで来た所で、お目当てのNPCにディアベルの名前を伝える。アインクラッド一の面積を誇るらしい始まりの街では特定のNPCにプレイヤーネームを伝えるとそのプレイヤーがいる場所まで案内してくれるので、その機能を利用させてもらう。

 

 NPCに連れられて向かったのは主街区から離れた場所にある小さな広場………………十日前、俺達がこのゲームをクリアする決心をした場所だった。

 

「ディアベル、こんな所にいたのか」

 

「アシュロン…………宴会は良いのかい? 君の事だからNPCがショートするまで料理を食べていると思ったんだけど」

 

「聞いてくれよ。それがさ、キバオウさんとリンドさんが絡んできて食うのに集中させてくれないんだぜ」

 

「それは災難だったね」

 

「…………あのさ、ドジ踏んだ俺が言うのも何だけど今日の事はあまり気にしなくて良いと思うぜ。むしろお前の指揮は完璧だった。それに応えられなかったのは俺達が未熟だったせいだ」

 

「そう…………だね…………」

 

 ディアベルは一応の返事はするが、尚も浮かない顔をする。それだけショックだったのか、それとももっと別の理由があったりするのだろうか?

 

「…………アシュロン、ひとつ聞いても良いかい? 君は凄い選手だったらしいのに、どうして野球を辞めてしまったんだ?」

 

 その質問に思わず顔をしかめてしまう。SAOとはいえ、ネットゲーム内でプライベートの話は御法度だ。その事はゲーマーのディアベルの方がよっぽど理解している筈だろう。

 

 野球を辞めた理由については俺にとってはかなりキツイ話だし、ましてや落ち込んでる奴に話して元気付けられる内容だとはとても思えない。

 

「…………ごめん、今のは忘れてくれ。ちょっと気分が沈んでて配慮が足りなかったよ。参ったな、オレもキバオウさんの事悪く言えな────」

 

「俺が野球を辞めたのは才能があり過ぎたせいだ」

 

 目を丸くしたディアベルを見て溜め息が出てしまう。思い返しても酷い理由だ。それでも、何も話さないでいるよりかは良いのかもしれない。

 

 …………もしかしたら、ずっとショボくれているディアベルにムカついてしまったからかもしれない。

 

「ゾーンって聞いた事あるだろ? スポーツ選手が絶好調の時に凄い力を発揮するってやつ。俺あれに結構入りやすいみたいでさ、それだから中学の時から試合でもガンガン打てて天才だなんて持てはやされてた」

 

 その時は才能を思う存分発揮して心の底から野球を楽しんでいた。

 

 そして、そのまま何も考えずに高校の野球部に入部したが、俺が入った高校は名門と言っても十年以上も甲子園に行けてなかったらしく、だから焦っていた顧問はまだ入部したばかりの俺を成績が十分って理由で即レギュラーにした。

 

 そこから何もかも掛け違えてしまった。

 

 最初の原因は俺にレギュラーの座を奪われてしまった三年生の先輩。泣きながら言われた一言は今でも忘れる事は出来ない。

 

「『お前さえ居なければ、俺の三年間は無意味にならなかったのに』ってさ」

 

「………………」

 

 ディアベルは無言で聴いている。今はもう、顔を見る余裕は無い。

 

「それでもって、次が同じレギュラーの先輩方。三年もの月日を掛けていたのに、急に現れた一年坊主の方が目立ちに目立って自分達は添え物扱い。そりゃ、面白くはないだろうさ」

 

 分かっていた。甲子園は夢の舞台だ。青春という大切な時間を支払って血の滲む様な努力を重ねた人間のみが立つ事を許される神聖な場所であるべきだった。分かっていたからこそ、理不尽だと思いながらも俺なりに上手くやっていこうと努力した。

 

「だけど、野球で手を抜く事だけは出来なくて結果的には世間は俺の事を《天才スラッガー》だなんて言い始めた。そうなるともう、先輩だけじゃなくて同学年の奴らからも腫れ物扱いだぜ」

 

 仲間は誰も俺の事を認めてなんてくれない。誰も俺の才能を望んでなんかいなかった。どうすれば良いのか分からずに苦しみ続け、いつしか野球が楽しくなくなっていた。

 

 どうしてもプロ野球選手になるとか、そんな夢は無い。ただ、野球を精一杯楽しんでいたいだけだった。そんな在り来たりな願いすら叶えられないのなら─────

 

「才能なんて欲しくは無かった」

 

 これが芦屋龍生(あしやたつき)が野球から逃げ出した理由だ。他者にとっての憧れの場所を遊び場にして、そのくせ羨望や嫉妬に耐えられない自分勝手な臆病者。そんなどうしようもない碌でなしの結末だ。

 

「そうか……………君はオレとは…………すまなかったな、辛い話をさせてしまって」

 

 語り合えた後、ディアベルは一言謝罪するが、その表情は硬いままだった。漫画なんかじゃ暗い過去を話せば何か解決の糸口になったりするのだろうが、残念ながら俺の話は何の役にも立たなかっただろう。当然だ、途中からただ自分の胸の内を暴露していただけなのだから。

 

「………………流石に冷えてきたな。もうそろそろ宿に帰るとしようか」

 

 そう言って背を向けて主街区へ向かうディアベル。顔が見えなくなった所で、ようやく本当に伝えたかった言葉が口から出てきた。

 

「だけどさ、ここでお前に才能があるって言われて凄い嬉しかった。お前の隣なら本当の俺でいられるって安心したんだ。なあディアベル、お前が一体何に悩んでいるか俺じゃ正直良く分からないけど…………俺の事もっと頼ってくれないか?」

 

 紛れもない本音。もしかしたら届くかもしれないと期待したが、こんな臆病者にそんな都合の良い話はありえない。

 

 ディアベルは一瞬立ち止まりはしたが、返事も振り返る事もしなかった。




落ち込んでいる相手に重い話をして更に落ち込ませて、何も分からないのに力になりたいと言う主人公。嫌いになるかもしれませんが未熟者なのでご容赦ください。
次回からプログレッシブの内容に入ります。ここまでオリジナルストーリーにお付き合いいただきありがとうございました。


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8話 波乱の攻略会議

「凄えな! こんなにプレイヤーが集まってるのか。おっ! 鎌なんて持ってる奴がいるぜ。あんな武器もあるんだな」

 

「そうだな。SAOは魔法が無い分、多種多様な武器が存在するみたいだ。この前なんかは鉤爪を装備したプレイヤーなんかもいたよ」

 

 第一層の迷宮区付近に位置する街《トールバーナー》。この街の噴水広場には現在四十名以上ものプレイヤーが集まっている。それもこのゲームをクリアするために一ヶ月もの間、死地に赴き己を鍛え上げた立派な戦士達だ。

 

 思わず感嘆の声を上げる俺をまるで無邪気な子供でも見るかの様に笑うディアベル。コボルド村の攻略後は数日間ぎこちない関係が続いていたが、今ではまた以前と同じ様に話が出来ている。

 

 とはいっても以前と大きく変わった点が一つある。それは、ディアベルの髪が青いロングウェーブヘアになっている事だ。

 

 この派手は見た目は本人曰く、『全てのプレイヤーを導くリーダーとなるための決意表明』らしい。

 

 普通ならば似合っていないと大笑いする筈なのだが、流石はディアベルと言うべきかその髪型が驚く程しっくりきている。やはりイケメンはどんなアレンジをしても様になるという事だろうか。

 

 そんな事をしみじみと考えていると、視界の隅に知っている顔…………きっと来てくれるだろうと思っていた奴を見つけた。

 

「悪い、ちょっとあいつに挨拶してくる」

 

「…………ああ、分かった。だけど、もうすぐ始まるから手短に頼むよ」

 

 その言葉に「分かってる〜」と適当に返事をして足早に向かう。

 

 目的の人物───キリトはケープを羽織っている人物に何やらレクチャーをしている。顔はフードで隠れて見る事は出来ないがどうやら女の子らしい。余り人と話すのは得意ではなさそうだったのに意外と隅に置けない奴だ。

 

「よお、キリトお久しぶりだな。来てくれると思ってたぜ」

 

「ん? …………確かアシュロンだったか? 話は聞いてるよ。今回のフロアボス攻略会議、主催はあんた達みたいだな」

 

「そうそう。ボス部屋を一番に見つけた功績って事で我らがリーダーが栄えある第一回フロアボス攻略の指揮官をやらせてもらってるって訳よ」

 

「流石に驚いたよ。俺はまだ十九階に入ったばかりだったのにもうボス部屋を見つけるなんて」

 

「まあ、運が良かったんだよ」

 

 そう言ってわざとらしく肩をすくめるが、もちろん運だけで見つけた訳ではない。いち早く見つけられたのはディアベルがベータ時代の知識でどの辺に階段やボス部屋があるかを割り出していたからだ。

 

「そんな訳で今回はそちらの彼女さんともご一緒によろしく頼みますよ」

 

 気軽に言った発言だったが、これが感に触ったのかケープの子は不機嫌そうに呻いた。

 

「勘違いしないで。別に私はこの人とはそんな関係じゃ────待って。何で私が女だって分かったの?」

 

「そりゃ、身体付きを見れば男か女かなんて大体分かって────あ痛っ!?」

 

 足を蹴っ飛ばされた!?

 

「最低! 人の身体ジロジロ見るなんてセクハラよ!」

 

「ジ、ジロジロは見てねぇよ!?」

 

「嘘よ! これだけしっかり着込んでるもの。じっくり観察でもしなきゃ分かる訳ないじゃない! この変態!!」

 

 別にやましい気持ちなど無いのに酷い言われ様だ。このケープ女、随分と他者に対しての警戒心が強いらしい。

 

 SAOでは男女比の大きな偏りによって女性プレイヤーにちょっかいを掛ける輩が増えてきているという話は聞いた事はあるが、それにしたってここまで無愛想では今回のボス戦で誰かとパーティーを組む事など出来るのだろうか?

 

 一応主催者の一員として彼女が参加できるのか不安を覚えていたが、ふと気が付けば周囲にいるプレイヤー達がチラチラとこちらを観ていた。

 

 …………うん、これは不味いな。このままでは下手したらお話の続きは黒鉄宮の牢屋の中でする事になるかもしれない。

 

「はーい! それじゃ、五分遅れだけどそろそろ始めさせてもらいます!」

 

「っ!! あー、いけね。もう仲間の所に戻んねえと。そんじゃ、また後でな!」

 

 丁度良いタイミングで会議開始の合図があったので、こちらを睨みつける少女と「はあ!? ちょっと待て! 空気悪くして逃げるなよ!!」と叫ぶキリトを置いてそそくさとその場を後にする。三十六計逃げるに如かず。ここはセクハラ野郎のレッテルを貼られる前に退散するに限るのだ。

 

 広場の中央では参加者を整列させたディアベルが噴水の縁に飛び乗ってみせる。一見演説のために皆から見えやすい位置に移動しただけに思えるが、助走も無しに飛んでみせた事で自身のステータスの高さをアピールする狙いがあるらしい。

 

 そして、青い長髪をなびかせたアイドルばりの甘いマスクに何名かのプレイヤーが小さくざわついた。どうやら掴みはバッチリの様だ。

 

「今日はオレの呼びかけに応じてくれてありがとう! 知っている人もいると思うけど、改めて自己紹介しとくな! オレはディアベル、職業は気持ち的に《ナイト》やってます!」

 

 ………………あいつ、他の奴らの前だからって謙遜しやがって。

 

 まあ、仕方ない。こう言う時こそ合いの手を入れて盛り上げるのが俺の役目か。

 

「ほんとは《勇者》って言いてーんだろ!」

 

 俺の言葉や他の仲間達の口笛や拍手にディアベルは苦笑しながら手を振って反応し、話を続ける。

 

「さて、トッププレイヤーのみんなに集まってもらった理由は、もう言わずもがなだと思うけど…………今日、オレたちのパーティーが、ついに第一層のボス部屋を発見した!」

 

 この言葉に今度はほぼ全てのプレイヤーがどよめく。無理も無い。ここまで長い道のりであったが、ようやくゲームクリアへの糸口を見つけたのだ。

 

「一ヶ月。ここまで、一ヶ月もかかったけど…………それでもオレたちは示さなきゃならない。ボスを倒し、第二層に到達して、このデスゲームそのものもいつかきっとクリア出来るんだって事を、始まりの街で待ってるみんなに伝えなきゃならない。それが、今この場所にいるオレたちトッププレイヤーの義務なんだ! そうだろ、みんな!」

 

 ディアベルの演説に盛大な拍手が送られる。ルックス、ステータス、ユーモア、そしてゲームクリアに向けた堂々とした発言は今ここに集まったトッププレイヤー達に理想のリーダーという印象を植え付けただろう。

 

 そう正に完璧な流れだ。………………俺の隣で何やら言いたそうにウズウズしているキバオウさえ居なければ。

 

「ちょお待ってんか、ナイトはん! そん前に、こいつだけは言わしてもらわんと、仲間ごっこはでけへんな!」

 

「キバオウさん、こいつっていうのは一体何の事かな?」

 

 突然の乱入にも動じないディアベルに対して、ふんと盛大に鼻を鳴らすと噴水の前まで喧しい足音を立てて移動し怒鳴り散らす。

 

「こん中に五人か十人はベータ上がりの卑怯もんどもがおるんやろ! ええか! ジブンらがビギナーを見捨てて何もかんも独占したせいで二千人のプレイヤーが死んどるんやぞ! 少しは恥っちゅうもんがあるなら、今この場で土下座して溜め込んだ金やアイテムを全部吐き出さんかい!」

 

 その言葉に広場にいた全員が凍り付いたかの様に黙り込む。

 

 一部の初心者達の中に燻る反ベータテスターの感情。キバオウは確かに最初に会った時からベータテスターへの敵愾心が強かったが、その思想がまさかここまで過激に成長していたとは思わなかった。

 

「ちょ、ちょっと待てよキバオウさん! いくら何でも横暴すぎやしないか!? それはつまりベータテスターに二千人が死んだ責任を取って死ねって言っている様なもんだぞ!!」

 

「アシュロン、お前あんな奴らの肩持つんか! なんや何処ぞのベータテスターに美味い汁でも吸わせてもろうてたんか!! ………………それとも、まさかお前自身がベータテスターだったりするんか?」

 

 思わず息が詰まる。咄嗟に反論してしまったが、この場面で擁護をすれば疑われるのは必然だった。このままでは俺自身がベータテスターとして吊るし上げられてしまうか…………最悪ディアベルがベータテスターだったとバレてしまうかもしれない。

 

「発言、いいか?」

 

 その時、人垣の中から黒人らしき大男が現れた。落ち着いた雰囲気をしているが、日本人離れした巨体からは一種の凄みがある。その威圧感に勢い付いていたキバオウも流石に怯んでしまっている。

 

「オレの名前はエギルだ。キバオウさん、あんたは元ベータテスターがビギナーたちの面倒を見なかったから死んだと言うが、金やアイテムはともかく、情報はあったと思うぞ」

 

 そう言ってエギル氏が取り出したのは表紙に簡略化した鼠マークが描かれた簡易な本────

 

「それって、攻略ガイドブックか?」

 

「そうだ。こいつはオレが新しい村や町に着くと、必ず道具屋に置いてあった。こんなに早くモンスターやマップのデータを情報屋に提供出来るのは元ベータテスターたち意外には有り得ないってことだ」

 

 このガイドブックにそんな秘密が隠されていたのか。思い返せばディアベルもフードを深く被った小柄な人物と何やら話をしたりメッセージを頻繁に送っていたりしていたが、もしかしたらそれも本の作成に一役買っていたのかもしれない。

 

「そ、そんでも二千人死んどるんやぞ! しかもただの二千ちゃうで、ほとんど全員が他のMMOじゃトップ張ってたベテランや! アホテスター連中がもっと協力しとったら今頃は────」

 

「彼らが死んでしまったのはベテランのMMOプレイヤーだったからだとオレは考えている。このSAOを他のタイトルと同じ物差しで測り、引くべきポイントを見誤った。今オレたちがするべきことは、責任の追求では無く、自分たちがそうならない様に協力していく事だ。今回はそのための会議だとオレは思っているんだがな」

 

『元ベータテスター達は初心者達を見捨ててはいない』。エギルが語った内容は理論に基づいた完璧な論破であり、ベータテスターを処罰すべしと言った空気をもの見事に変えてくれた彼の手腕に感心してしまう。

 

 結論は出たと判断したのか今まで噴水の縁に立ったまま話を聞いていたディアベルは対峙する二人の間に入る。

 

「キバオウさん、君の言うことも理解は出来るよ。でも、エギルさんの言う通り、今は前を見るべき時だろ? 元ベータテスターだって…………いや、元テスターだからこそ、その戦力はボス攻略のために必要なものなんだ。彼らを排除して、結果攻略が失敗したら、何の意味も無いじゃないか。それに(・・・)─────」

 

 ディアベルはもったいぶる様にそこで言葉を止めると、パンフレットの様な物を取り出して高々と掲げてみせる。パンフレットの表紙には《アルゴの攻略本・第一層ボス編》と書いてあった。

 

こんなにも協力してくれているんだ(・・・・・・・・・・・・・・・・)。今度はこちらが彼らに歩み寄るべきじゃないかな?」




8話目にてアスナさん登場。本作初の女性キャラクターとなります。…………SAOには可愛いヒロインが沢山いる筈なのに。


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9話 パーティー結成

※話の都合上、一部の会話を変更しました。


 《アルゴの攻略本》にはボスモンスター《イルファング・ザ・コボルトロード》の推定HP量や使用する武器とソードスキル、HPゲージが残り一本になったら曲刀に変更するなどといった重要な情報が事細かに記載されていた。

 

 そして、裏表紙には【情報はSAOベータテスト時のものです。現行版では変更されている可能性があります】の一文。

 

 まるでベータ時代から情報屋をしていた(・・・・・・・・・・・・・・・)かの様にボスの細かな情報を知っている事に加えてこの注意書きだ、ほぼ全員がアルゴ氏が元ベータテスターだったのではないかと疑念を抱いたに違いない。

 

「みんな、今はこの情報に感謝しよう! 出所はともかく、このガイドのお陰で数日は掛かる上に危険の伴う偵察戦を省略できるんだ。…………こいつが正しければボスはそこまでヤバイ感じじゃない。きっちり戦術(タク)を練って、回復薬(ポット)をいっぱい持って挑めば、死人なしで倒すのも不可能じゃない。いや、違うな。絶対に死人ゼロにする。それは、オレが騎士の誇りに賭けて約束する!」

 

 ディアベルの言葉に賛同する様に盛大な拍手が送られる。…………個人的にはあいつが騎士で確定している点に思う所はあるが。

 

 こうして、フロアボスの攻略法が分かったため次に行うのはボス戦時の役割分担だ。『仲間や近くにいる人とパーティーを組んでくれ』という掛け声と共に各々が六人組を作り始める。

 

 さて、俺はどうするかな。この大一番はディアベルと共にアタッカーをしたい所だが、筋力優先のステータスなら盾役(タンク)に回るべきなのかもしれない。だけど、個人的には攻撃しまくって活躍したいしなぁ。

 

「アシュロン、悪いけど君は残りの二人と一緒にサポートに回ってくれないかな?」

 

「なんとっ!?」

 

 まさかここで戦力外通告されるとは思わなかった。

 

「オイオイそりゃねえよ。今まで一緒にやってきたのに、ここに来て味噌っかす扱いは流石にあんまりじゃねえか?」

 

「…………ごめん。だけど、これは君にしか頼めないんだ」

 

 内心を押し隠して少しオーバーに抗議してみせる俺に対して、ディアベルは真剣に………………何処か後ろめたい表情で頼み込む。

 

 それは戦力とかパーティーバランスとかとは違う、もっと別の目的がある様な…………。

 

「…………分かったよ。まあ、今回はのんびりと雑魚の相手をしながらお前の活躍を見物させてもらうぜ。でも、俺が離れている間に油断してドジ踏むんじゃねえぞ」

 

「ありがとう。せめて、君が暇にならない様に最高のボス戦にしてみせるよ」

 

 そう言って、ディアベルの案内のもと、オミソ達の所に向かう。残りの二人とは一体どんな奴らなのだろうか。こんな場面であぶれてしまうのだ、余程頼りない奴か重度のコミュ障かな…………。

 

 

 

--------------------

 

 

 

 

「…………よ、よお。さっきぶりだな」

 

「あ、ああ。また会ったな」

 

「………………」

 

 まさかのキリトとケープ女だった。

 

 会議前のやり取りが尾を引いていて空気が重い。そして、ケープ女からの圧が恐ろしい。

 

 何故よりによってこの二人があぶれてしまったのか。特にキリト、お前はめちゃくちゃ強かっただろ。雑魚処理のサポートなんてやらずにボスの相手をするべきだろうが。

 

「とりあえず、パーティー申請送るから入ってくれ」

 

「お、おう。サンキュー」

 

 パーティーを組んだ事で、視界の左上に二人分のHPバーとキリトとアスナ(フード女の事だろう)の名前が表示される。

 

「…………ま、まあ、色々あったかもしれないけど、今回は一緒に頑張ろうぜ」

 

「気安くしないで。あなたとは仲良くするつもりは無いから」

 

 いけない、涙が出てきた。言葉は刃物って格言を何処かで聞いた事があったけど本当の事だったんだな。ソードスキルを喰らった時より胸が痛いや。

 

「第一、頑張るも何も無いでしょ? ボスに一回も攻撃出来ないまま終わっちゃうじゃない」

 

「し、仕方ないだろ、三人しかいないんだから。スイッチでPOTローテするのもギリギリだし」

 

「そんな事分かってる! だけど! …………いえ、確かにあなたの言う通りね」

 

 雑魚狩りの役割には俺自身も不満はあれど、それにしたってアスナは異常だ。その姿からは余裕が無いというか、何処か生き急いでいる様な雰囲気を感じる。

 

「…………とりあえず、何処か落ち着ける場所でボス戦時の連携について話すべきだな。俺は何処でも良いがどうする? その辺の酒場とかでするか?」

 

「………………それは嫌。誰かに見られたくない」

 

「なら、どっかのNPCハウスの部屋とか…………でも、誰か入ってくるかもしれないしなあ。誰かの宿の個室ならカギ掛かるけど、それも無しだよな」

 

「当たり前だわ」

 

 どうやらキリトもこのじゃじゃ馬には苦労しているらしい。そもそもこの二人は一体どういう経緯で一緒にいたのだろうか? 

 

「だいたい、この世界の宿屋の個室なんて、部屋とも呼べない様なのばかりじゃない。睡眠だけは本物なんだから、もう少し良い部屋で寝たいわ」

 

「そ、そうか? 探せばもっと良い条件の所もあるだろ? 俺が借りてるのは、農家の二階で二部屋あってミルクは飲み放題。ベッドもデカいし眺めも良いし、その上風呂までついて…………」

 

 そこまでキリトが口にした瞬間、アスナはまるで閃光の様な勢いでキリトに掴み掛かった。

 

 それから、あまりの出来事に隣で話を呆然と聞いていたが、どうやらアスナはどうしても風呂に入りたいが、その風呂付きの部屋はキリトが長期間借りていてキャンセルが不可能。その結果、キリトが使っている部屋にお風呂をお借りにお邪魔するという事だ。

 

 ………………三十六計逃げるに─────

 

「何処に行くつもりだアシュロン? 良い機会だ。せっかくパーティーになったんだし、親睦を深めるために一緒に来ないか?」

 

「や、やめろ! 俺をお前らの変なゴタゴタに巻き込むな! …………ひ、引き剥がせない!? ディアベル! ディアベル頼む、助けてくれ!!」

 

 余りの恐怖に今ここには居ない友の名を呼んでしまったが、叫びは虚しくこだますだけだった。

 

 

 

 

 

--------------------

 

 

 

 

 

 そんな訳で、キリトさんが泊まっているお部屋。隣の風呂場では現在アスナ嬢が絶賛入浴の真っ最中である。

 

 この世界のドアは防音設備はバッチリなため水音は聞こえて来ないが、女の子が隣の部屋で風呂に入っているという事実は野郎二人を動揺させるには十分だった。

 

 どうにか気を紛らわそうと飲み放題の牛乳をいただこうとするが、腕が震えて中々グラスを口元まで運べない。向かい側に座るキリトは《アルゴの攻略本》を何故か逆さに読んでいた。

 

「…………こ、この牛乳美味しいな。お土産に五、六本程瓶に入れて貰ってっても良いか?」

 

「えっ? あ、ああ、残念だけどそれは無理だ。その牛乳、宿から持ち出すと五分で耐久値全損なんだよなぁ、これが。しかも消えるんじゃなくてゲキマズな液体になるという…………」

 

「そっか、そりゃ残念だ。どうにかしてヨーグルトにする方法でもありゃ良かったのにな」

 

「面白い発想だけど、流石にそんな事は…………いや、SAOならもしかしたら有り得るのか?」

 

 よし、下らない話だが気を紛らわす事は出来そうだ。このまま適当な話をしている間にアスナが入浴を終えさえすれば─────

 

 コン、コココン

 

 …………廊下側のドアからノックの音が聞こえる。この独特のリズムはきっとプレイヤーのものだろう。

 

「う、嘘だろ…………? 何でだよ! お前ソロプレイヤーの筈だろ!? 何でこんな時に限って来客が来るんだよ!?」

 

「し、知らないよ! このノックの仕方は確かに俺の知り合いだけど、普段はこうして直接来る事はない筈なんだ! …………こうなったら仕方ない。どうにかして気付かれる前に帰って貰うしかない」

 

「出来るのか、そんな事!?」

 

「出来る出来ないじゃない。やらなきゃ俺たちはお終いだ!」

 

 キリトは意を決してドアノブに手を掛ける。まさか、ボス攻略より前に命懸けの戦いに挑まなければならないとは思わなかったが、キリトの言う通りもう泣き言を言っている場合ではない。

 

 思い出せ、甲子園でサヨナラのチャンスで出番が回ってきたあの瞬間を。あの時に比べればこれ位のプレッシャー何とも…………いや、やっぱり今の方がヤバいな。

 

「おや、先客がいたのカ。それはお邪魔だったかナ?」

 

「いや大丈夫だ。それより珍しいな、あんたがわざわざ部屋まで来るなんて」

 

「まあナ。クライアントが、どうしても今日中に返事を聞いてこいっていうもんだからサ」

 

 そう言って入ってきたのは金褐色の巻き毛をしたかなり小柄な少女。その両頬には何故か鼠の様な髭が描かれている。顔を見たのは初めてだが、その小柄な体格と肩に羽織っているフード付きマントには見覚えがある。

 

「おっト、そういえばアンタとは自己紹介はまだした事はなかったナ。オイラはアルゴ。情報屋《鼠のアルゴ》だヨ。よろしくナ」



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10話 亀裂

お気に入り登録三十人を突破しました。ありがとうございます。とても嬉しいです。


 情報屋《鼠のアルゴ》。

 

 凄腕の情報屋であり《アルゴの攻略本》の制作者として最前線を攻略するプレイヤーの生命線となっていると言っても過言では無い存在。

 

 だが、どんな情報でも売る事を信条にしているため、迂闊に話をしようものならいつの間にかあらゆる個人情報を抜き取られ商品にされかねないと言われる気の抜けない人物。…………そう、どんな情報(・・・・・)も商品となるのだ。

 

 非常に不味い。想像を絶する最悪さだ。

 

 娯楽に飢えたSAOでトッププレイヤー二名が女の子を宿に連れ込んだなんてスキャンダルが表沙汰になれば格好の話のネタになるだろう。そんな事があった日にはもうオレンジプレイヤーみたいに何処かのダンジョンの安全地帯でひっそりと生きていくしか道は無い。

 

「へ、へえー、あのアルゴさんですか。あ、俺アシュロンって言います。あなたの本いつも読ませていただいています」

 

「知ってるヨ。ディアベルのパーティーに所属してる両手剣使いのアシュロンだロ。オレっちにはそんなに堅苦しく話さなくても良いゾ」

 

 流石は情報屋と言うべきか俺の事もしっかり知っているみたいだ。…………この状況ではいっそ名も無い一般プレイヤーであった方が有り難かったのだが。

 

「それで、クライアントに頼まれたって事はもしかしてまた例の交渉か?」

 

「あア、そのもしかしてなんだガ…………」

 

 アルゴはそこで言葉を切ると俺の方をチラリと見る。

 

「ああ、俺邪魔かな? それだったらしばらく部屋の外で待ってるけど」

 

「いや、大丈夫だ。アルゴも気にせず話を続けてくれ」

 

「ん〜……ンン〜〜……まァ、キー坊がそう言うなら良いけどヨ。…………そんジャ、本題ダ。キー坊のその剣、今日中なら、三万九千八百コル出すそーダ」

 

「…………さ…………」

 

「サンキュッパとかマジで!? その剣ってアニールブレードだろ、一体何したらそんな値段が着くんだよ? まさか、もう極限まで強化成功させてたりするのか?」

 

「いや、まだ+6までしか強化はしてない。これ位ならちょっと時間は掛かるけど四万なんて金を払わなくてもほぼ確実に同じ様な剣を作れる筈だ」

 

「オレっちも依頼人に同じ事言ったんだけどヨ、それでも譲って欲しいの一点張りダ」

 

 アニールブレードはクエストでしか手に入らない代物であり第一層で手に入る片手剣の中で一番の性能をしている武器ではあるが、そんな法外な金を払わなくても買う事は可能だ。

 

 それが分かっていても買おうとするなど別の目的があるとしか思えない。

 

「…………アルゴ、あんたのクライアントの名前に千五百コル出す。それ以上積み返すか、先方に確認してくれ」

 

「…………分かっタ」

 

 アルゴはウインドウを開くと指先が霞む程の速さでタイピングをしてクライアント当てにインスタント・メッセージを飛ばす。そして、一分程してクライアントから送られた返信を告げる。どうやら公開される運びらしい。

 

「依頼人の名前はキバオウ。今日の会議で大暴れしたからキー坊も知ってるだろうシ、何なラ、そちらのアシュロン君はパーティーを組んでるヨナ」

 

「キバオウさんが…………?」

 

 身近な人物の名前が出てきて思わず聞き返してしまう。

 

 キバオウが使っている剣はアニールブレードではないが、それでもそこそこ良い性能をしている物を持っているし、つい最近その武器を強化したばかりであるため態々高い金を払って買う必要も買う余裕だって無い筈だ。

 

 そうすると、アニールブレードを手に入れるのが目的ではなくキリトから(・・・・・)武器を取り上げるのが目的か?

 

 キバオウはベータテスターを憎んでいる。そして恐らく…………キリトはベータテスターだ。

 

 ほんの少し共闘しただけでも分かる程に他のプレイヤーとは隔絶した戦闘センスに加えてソロでも生きていける知識と度胸。これで初心者は流石に無理があるだろうが…………結局それも憶測でしかない。

 

 キバオウは確かに短慮な所はあるが、だからといって根拠も無いのにキリトをいきなりベータテスターだと決めつける事はしないだろう。

 

 そして何より大金を払ってまで邪魔をするのが分からない。期限が今日までという事は明日のボス戦でキリトの邪魔をするのが狙いなのだろうが、キバオウがそこまでしなければならない理由は無い筈だ。

 

 そうなると、キリトがベータテスターだと知っていて、邪魔をする事で得をする誰かがキバオウに頼んでいるとしか思えないが、そんな奴に心当たりは──────

 

「……………………あっ」

 

 ………………… いた(・・)

 

 呼吸が止まる。筋は通っている。だが、信じられない。信じたくない。

 

 それでもこの瞬間、まるで答え合わせでもする様に今まで意識していなかった小さな違和感すらもパズルみたいに噛み合っていくのを感じた。

 

「…………とりあえず剣の取引は不成立って事ダナ。そんジャ、オレっちはこれで失礼するケド、帰る前に隣の部屋借りるゾ。夜装備に着替えたいカラ」

 

「ああ…………って、ちょっと待った!!」

 

「へ?……………わあアッ!!」

 

「きゃあああああああ!!」

 

 キリト達がやけに騒がしい。こちらはそれ所じゃないのにと苛つきながら顔を上げると視界に少し赤みが掛かった肌色が入ってきた。

 

 ……………………そういえば、アスナが風呂に入ってたな。

 

「こっち見ないでっ!!」

 

「アダッ!!」

 

 思い出した瞬間、勢いよく投げつけられた香料の小瓶が顔面にヒットする。俺を打ち取るとは、きっとアスナは良いピッチャーになるだろう。

 

 

 

 

 

     ----------------

 

 

 

 

 

『アシュロン、今良いかな? 少し話したいことがあるんだ』

 

 キリト達と別れた後、部屋の中で自身の推理を永遠と考えていると突然控えめなノックと共にドア越しにディアベルの声がした。

 

「…………分かった。今開けるよ」

 

 今泊まっている部屋はアスナが憤慨していたオンボロ宿屋そのものであり、とても手狭な上に椅子も一つしか無い。そのため、そちらをお客様に勧めて俺はベッドの縁に座る。硬いベッドが椅子として使用すると丁度良いというのは中々皮肉が効いている。

 

 ディアベルは椅子に座るとストレージの中からワインとチーズを取り出した。

 

「祝杯にはちょっと早すぎるんじゃねぇか?」

 

「ボス戦後の打ち上げの前に少しでも君のお腹を満たしておきたくてね。じゃないと、明日稼いだコルが全部無くなってしまいそうだからさ」

 

「流石に俺だってそこまで食えねぇよ」

 

 そんな軽い冗談から入り、いつも通りの調子でお喋りが出来た。

 

 ディアベル達の方では明日のボス戦に向けてレイドの連携の練習をしていたが、リンドが張り切り過ぎてパーティーの歩調が揃わなかったり、長物部隊が盾部隊の背中を突いてしまい危うく乱闘になりかけたりとアクシデントがあったらしい。それでも最後はしっかりと形にした辺りやはりディアベルは優秀な指揮官なのだろう。

 

 俺もキリトの部屋での出来事を話すと案の定大笑いされた。

 

「そっちは随分と面白いことになってたんだな。記録結晶で撮っておけば良かったのに」

 

「こっちは笑い事じゃねぇよ。お陰で明日はちゃんとパーティーとして機能するかも怪しいんだぜ。幾らオミソだからってボス戦で何も出来ないんじゃキバオウさん辺りにでもドヤされちまうよ」

 

 気軽な発言だったが、どうやら気にしているワードがあったためかディアベルは笑顔を引っ込めて少し躊躇うと急に真面目な顔をする。

 

「…………アシュロン、聴いて欲しい。君をサポート部隊に回したのは決して君の力が他より劣っていたからじゃない。寧ろオレは君の事を一番に信頼しているからだ。君にはそこで─────」

 

「キリトがボスのLAを取ろうとしたなら、それを阻止しろって言いたいのか?」

 

 自分でも驚く程冷たい声が出てしまった。

 

「…………そうか、気付いていたのか」

 

「最初は俺も分からなかったけど、キバオウさんがキリトの剣を買おうとしていた事で何となく察したよ。…………流石に露骨すぎたぜ、ディアベル」

 

 そう、全部ディアベルが仕組んだ事だとしたら辻褄が合う。

 

 あり得ない程の高値で剣を買おうとしたのはボスのLAをキリトに奪われない様にするためだが、そこまでしても確実に狙う事が出来るのはリーダーとして全体を指揮できるディアベル以外にはいない。

 

 攻略会議の場でベータテスターが初心者のために情報を公開しているという証拠があるのにキバオウがテスターへの非難をするのを最後まで止めなかったのは多分彼に交渉をしてもらう交換条件だったからだろう。

 

 更に、パーティー編成を出来る立場でありながら一番の戦力になる筈のキリトを本陣に加えなかったのは寧ろそうする事でボスに最後まで触る機会を与えないためだ。

 

 そして、万が一キリトが黒幕の正体と目的に気が付いたとしても……………否、気が付けばこそディアベルの仲間である俺の存在によって動く事が出来なくなる。

 

 正に完璧な策略だ。これでLAのボーナスは間違いなくディアベルのものになるに違いない。

 

 ………………信じたくなかった。ディアベルは心から信頼できる友達で、俺を部活から追い出すために嫌がらせをしてきた野球部の連中とは違うのだと思いたかった。

 

「………………君は知らないかもしれないけど、フロアボスのラストアタックボーナスは一度しか手に入らない特別品だ。それを入手することでオレはトッププレイヤーたちをまとめ上げるリーダーとして完成する。私利私欲のためじゃない。これは今後の攻略を左右する絶対に必要なことなんだ」

 

「だからって、ここまでやらなきゃいけなかったのか? …………こんな手段を使って、お前は楽しいのかよ!?」

 

 俺の叫びにディアベルは表情を崩す。…………初めて、ディアベルは憤怒の表情を見せる。

 

「楽しいだって!? 本気で言っているのかアシュロン!? 自分のだけじゃない、ここでは大勢の命が掛かっているんだぞ!! やるべき事をやらないで、そのせいで人が死んだらどうするつもりだ!?」

 

「だからって誰かを陥れる様な真似をして、やりたくない事を我慢して、そうやってこの先ずっと苦しんでいくつもりなのか!? 俺はそんなの嫌だ!! 楽しめないなら、この世界に来た意味がないっ!!」

 

 大好きだった野球から逃げだして、それからの空虚な時間は苦痛だった。

 

 時間は酷くゆっくり進むのに気が付いたら一日が終わってしまう。何のために生きているのかも分からず、ただ無意味な事を繰り返して生活していく。

 

 それが耐えられなかったから、夢中になれるものを探して世界初のVR MMO RPG《ソードアート・オンライン》に手を伸ばした。

 

 ………………楽しかった。何度も死にそうになって、怖い事も沢山あったけど、それでも信頼できる仲間と一緒にする冒険は心が踊った。

 

 それも全部ディアベルのお陰だから。………………ディアベルは俺にとってこの厳しくて楽しい世界の象徴だから、汚い手段なんか取って欲しくない。

 

「…………俺はお前の考えに賛同出来ない」

 

「………………そうか。良く分かったよ。君はオレとは違う。君は天才でオレは凡人だ。誰かを蹴落としてでも一番になりたいって気持ちは理解出来ないのも無理はない」

 

 ディアベルは立ち上がると振り返る事もせずにドアの方へと向かう。そして、出ていく瞬間に最後に一言呟いた。

 

「…………それでも君は、君だけはオレの味方になってくれるって信じたかった。

 

………………だって、君はオレの相棒だから」



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11話 真実の姿

※ミトの存在について触れる都合上、9話での会話を変更しています。ご了承ください。


 十二月四日、日曜日、第一層フロアボス攻略当日。

 

 昨晩のやり取りが尾を引いてしまい、殆ど睡眠を取る事が出来ずに朝を迎えてしまったため、現在寝不足でふらふらの状態で迷宮区までの行軍をしている。

 

 正直今すぐに宿に戻って、あの硬いベッドに寝転んで眠ってしまいたい。どうせ俺のお役目は雑魚狩りだ。俺一人いなくなったってキリトが問題無く倒してくれるだろうし、…………ディアベルはボスのLAを問題無く取れるだろう。

 

「───ロン! 聞いてるのか、アシュロン!」

 

「えっ? ああ、悪い。ボーっとしてた」

 

「どうしたんだ? もうすぐボス戦なのに、随分と気が抜けてるじゃないか?」

 

 キリトが訝しげに眉をひそめる。

 

 昨日ディアベルの考えには賛同出来ないと言ったは良いものの、結果的に今こうしてキリトとパーティーを組んでいる事であいつの思惑通りになってしまっている。

 

 その事実が申し訳なくて思わずそっぽを向いてしまう。

 

「別に。何でもねえよ」

 

「嘘。あなた、あのディアベルって人と何かあったんでしょ? 昨日は最前列に座って、あの人の演説を囃し立てたりもしていたのに、今日は顔を見ようともしないじゃない」

 

「何だ? もしかして、やっぱり取り巻きの相手をするのが嫌だったから喧嘩でもしたのか?」

 

「ち、違えよ! ………………まあ、その、なんだ。音楽性の違いみたいなやつだ」

 

「はあ〜…………どうして喧嘩したのか話してみなさい。ずっとうじうじされても迷惑だわ」

 

「いや、別に相談とか良いよ。これは俺とあいつの問題でお前達に態々話す様な事じゃ───」

 

「い・い・か・ら!!」

 

 ずいっと詰め寄ってくるアスナの気迫にたじろいでしまう。

 

 こいつこんな奴だったのか? 

 

 近づいてきた人間には誰彼構わず噛みついてきていた昨日までとはまるで別人だ。風呂に入ってリラックスしたから態度も軟化したのだろうか?

 

 …………ただ、アスナの言う通り、確かにこのままだと本番でどんなヘマをやらかすか分ったものではない。この際だ、知られるとやばい所はなるべくボカすとして、相談に乗ってもらった方が良いかもしれない。

 

「…………昨日さ、あいつが色々汚い手を使ってるって事を偶然知っちまってよ。それが無性に許せなくて。やめろって言ったけど、ディアベルは絶対に必要な事だからって聞いてくれなくて、それで喧嘩になっちまったんだ」

 

 ラストアタックボーナスの獲得はリーダーとしてトッププレイヤーをまとめ上げるためには必要な事だとあいつなりに考えた結果なのだろうし、それに対してディアベルには清廉潔白であって欲しいなんて気持ちは単なるエゴの押し付けだ。

 

 そう分かっているのに、誰かを出し抜こうとする今のディアベルを見ていると、まるで自分の方が裏切られたみたいな気分になってしまう。

 

「………………ディアベルとはこのゲームが開始した時からつるんでいて、あいつの事本当に尊敬してた筈なのに、実は俺がリアルの方で嫌いだった奴らと変わらないんじゃないかって思えてきて、そうしたら、この先また一緒にやっていけるのか自信が無くなっちまったんだ」

 

 今まで楽しくやってきたのに、またディアベルと一緒に肩を並べて戦いたいのに…………あいつの笑顔が信じられなくなっている。

 

「…………ぷ、くく」

 

「…………ふふ、ふ」

 

「っ!? な、なに笑ってんだよ!?」

 

「わ、悪い。ただ、昨日彼女から同じ様な相談を受けたばかりだったから、つい可笑しくなってな」

 

「ええ、…………わたしもここに来る前にベータテスターだった友達に見捨てられちゃって、その子のことを信じられなくなってたの。だけど、そのことを昨日彼に話したらこう教えてくれた。『SAOは普通のゲームじゃない、命が掛かっている。でも、そんな状況で現れるのが人間の本性だとは限らない。何気ない普段の姿こそ、その人の真実なんじゃないか? 彼女がどんな人物なのか、それは君が知ってるはずだ』って」

 

「普段の姿こそ真実…………」

 

 そう呟きながら、これまでの旅を思い出す。

 

 …………ディアベルはかなり情に脆かった。

 

 アニールブレードを入手するクエストには病気の少女が出てくるが、あいつは相手がNPCであるにも関わらず元気になる様にと頭を撫でてやっていた。

 

 …………ディアベルはノリが良かった。

 

 トールバーナーに到着した記念の宴会では夜通しパーティーメンバーと馬鹿騒ぎをしていた。

 

 …………ディアベルは負けず嫌いだった。

 

 大食い大会を開いた時には最後まで俺と張り合った挙げ句、最後には盛大にぶっ倒れてしまっていた。

 

 リーダーの仮面を脱いだあいつは何処にでもいる気の良い奴で、だからこそこれまでの旅は楽しかった。

 

「わたしはその友達のこと、また信じてみようと思うの。だって、その子は本当はとても優しい子で、その子と一緒にいた時間は本当に楽しかったから」

 

 そう言ってアスナはフード越しからでも分かる位に朗らかな笑みを浮かべる。

 

 ようやく合点がいった。昨日までのアスナは友達に裏切られたから誰も信じる事が出来ずに周囲と壁を作っていた。

 

 たが、その事をキリトに相談した事で解決し、俺の悩みに気付いてくれる今みたいな…………多分、本来の彼女になる事が出来たのだろう。

 

 だからこそ────

 

「…………アスナは強いな」

 

 信頼していた友達に裏切られた心の傷を長い間一人で背負いながら生き抜き、そしてまた信じようとする。そんなアスナの事を尊敬してしまう。

 

「別にそんなことないわ。…………ちょっと待って、今わたしの名前───」

 

「全員、ここで止まってくれ!」

 

 アスナが何か言いかけた時、丁度一番前を歩いていたディアベルから指示が飛んできた。

 

 前方を見れば恐ろしげなコボルドのレリーフがされた扉がある。どうやら、話に夢中になっている間にダンジョンの最深部にまで来てしまっていたらしい。

 

 ディアベルはレイドメンバーの方を向くと高々と剣を掲げてみせる。その姿に、はじまりの街の小さな広場で勇者として全てのプレイヤーを救ってみせると誓った時の事を思い出す。

 

「───行くぞ!」

 

 短くそう告げると、青いロングヘアをなびかせて背を向け、重厚な扉をゆっくりと押し開く。

 

 あの日から変わってしまった事も沢山あったけど…………それでも、俺はやっぱりディアベルの事を信じたい。

 

「ありがとな二人とも。俺このボス戦が終わったらもう一度ディアベルと話してみるよ」

 

「そうか。あのナイト様がどんな汚い事してるか知らないけど、まだ第一層だ。多少の罪なら許されるくらいどんどん活躍してもらおうぜ」

 

「まあ、その多少の罪の被害者がお前なんだけどな」

 

「はあ!? おい、ちょっと待て、それどういう意味だ!?」

 

 怒鳴るキリトを置いて開かれた扉からボス部屋に駆け込む。こんな所でぐずぐずしていられない。早く終わらせて、またディアベルと冒険がしたいのだ。

 

 

 

 

 

    ----------------

 

 

 

 

 

 レイドメンバー全員がボス部屋に入った瞬間、背後の扉が勢いよく閉まり、それと同時に壁が不思議な色に輝き出し部屋全体が明るく照らされる。その演出がゲームのボス戦らしくて、悔しいが少しだけ感動してしまった。

 

 部屋の奥にある粗雑かつ巨大な玉座に座るこの部屋の主は自身を打ち取ろうとする不届者達をその赤金色をした鋭い目で睨みつけると、その巨体からは信じられないくらい高く飛び上がり、部屋全体を揺らす程の轟音と共にプレイヤー達の近くに着地する。

 

 第一層フロアボス《イルファング・ザ・コボルドロード》。

 

 俺達が越えなければならない最初の強敵、始まりの階層に君臨するコボルド族の王は己の強大さを示すかの様に大きく吠えた。

 

「全軍、突撃!!」

 

 ディアベルの指示と共にこちらも負けじと大声を上げて走り出す。

 

 コボルドロードの周囲には情報通り、取り巻きの《ルインコボルド・センチネル》が現れる。その数三体。どいつも硬そうな兜と鎧を身に纏い、手には片手斧や長柄斧を持っている。

 

 こいつらの相手がキバオウ率いるE隊と長柄物装備のG隊、そして俺達オミソ部隊の役目だ。

 

「アシュロン、作戦通りに頼む!」

 

「おうよ!」

 

 作戦は至ってシンプル。俺かキリトが敵の姿勢を崩し、その隙にアスナがとどめを刺す。以上。

 

 長柄斧を持ったセンチネルが勢いよく飛びかかると、俺に目掛けて両手斧ソードスキル《ヴァイオレント・スパイク》を放つ。顔面に向けて振り下ろされる一撃は中々の恐ろしさがあるが、レベルによる筋力差と地面を踏み締めているという点で俺の方が有利だ。

 

「うおおぉぉぉぉぉ!!」

 

 《サイクロン》による迎撃を放つと刃同士がぶつかり合う鋭い音が響く。

 

 そのまま力任せに押し返すとセンチネルはまるでボールの様にゴロゴロと転がり、勢いが止まった瞬間にはアスナが喉元に《リニアー》を撃ってHPを削り切る。

 

「飛ばし過ぎよ! もっと加減して!!」

 

「す、すまねえ…………」

 

 謝罪をしつつ、先程のアスナの一撃に舌を巻く。いとも簡単にやってのけていたが、あの姿勢の相手の喉元に正確に攻撃が出来るとは凄まじい技量だ。

 

 とりあえずセンチネルを始末出来たので前方を見ると、本陣はボスコボルドに対して有利に立ち回っている。戦斧による攻撃は情報通りであり、それに対してディアベルは的確に指示を送り、攻撃、防御、部隊の入れ替えをまるで一つの生き物みたいに見事に動かしている。

 

 それに対してキバオウ達の部隊はというと、どうやら二体のセンチネルの素早い動きに手を焼いているらしく、負傷者は出ていないまでも決定打に欠けている様子だ。

 

「キバオウさん、こっち終わったから一匹くれ!」

 

「…………フン、まあ、ええやろ。好きに持ってけ!」

 

 お言葉に甘えて片手斧を装備しているセンチネルに《ブラスト》を仕掛ける。上手く不意を突けたと思ったのだが、小柄なコボルドは剣をひらりとかわすとソードスキルではなく通常の攻撃で切り付けてきた。

 

「アシュロン、スイッチだ!」

 

「わ、分かった」

 

 慌てて飛び退けば、後ろから来たキリトが無駄の無い最適化された一撃で武器を弾き、そこから更にアスナが仕掛け、哀れなコボルドは見事に瞬殺されてしまった。

 

 キリトと言い、アスナと言い、このあぶれ者達強すぎやしないか?

 

「ほら、次来るわよ。早く回復して!」

 

 末恐ろしさを感じている暇も無くアスナの催促され、慌ててポーションを一気飲みした。

 



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12話 青

 コボルドロードとの戦闘は壁役のパーティーが何度かHPを半減させた程度で危なげなく事は運んでいる。ここまで上手くいっている理由は指揮官の采配が良いのもあるが、何よりレイド全体の平均レベルが攻略本に記載されていた推奨レベルより遥かに高いからだろう。

 

 例えボスの攻撃をモロに喰らってしまったとしても、HPが 危険地帯(レッドゾーン)にはならないため、その安心感から皆落ち着いてそれぞれの役割をこなせていた。

 

 そして、俺達雑魚狩り部隊に至ってはキリトとアスナのコンビが鬼の様にセンチネルを刈り取って行ったため現在手持ち無沙汰だ。

 

 護衛兵というだけあって当初想定していたより遥かに厄介な敵ではあったが、二人がそれを上回るレベルで無双してくれたお陰で奇しくもパーティー編成時に宣言した通りディアベルの活躍を傍観してしまっている。

 

 そんな俺の背後からドスドスと聞き覚えのある喧しい足音が聞こえてきた。

 

「おいアシュロン、…………あいつらと随分仲良うしとるけど、まさかジブンの役目忘れた訳じゃないやろうな?」

 

「役目? センチネルの討伐なら結構頑張っていると思うけど」

 

「アホウ、そっちやない! ジブンの仕事はあのテスター坊主の見張りやろうが!」

 

「…………キバオウさん。ディアベルから聴いてないのか? 俺はそうやって誰かを攻撃しようって考えには反対なんだ」

 

「ああ、聴いたで! ディアベルはんが随分辛そうに教えてくれたわ! けどな、お前は騙されとる! あいつはベータ上がりの奴らの中でも一際小狡い奴や! 今回もきっとベータん時と同じ様にボスのLAを盗み取る腹積りやろ! そうして、わいらの事なんか何も考えずにジブンだけぽんぽん強なろうとしてるに決まっとる!」

 

 ………………やっぱり、キバオウは律儀な奴だ。

 

 ディアベルの計画に反発してキリト達と仲良くしている時点で裏切り者と揶揄されても仕方ない筈なのに、それなのに態々こうして説得しに来てくれるのだ。

 

 パーティーを組んでいた時だって、粗暴な態度を取りながらも他のメンバーの事を気に掛けていたりと意外と面倒見が良い所があるし、これで後はもう少し融通が効く様になってくれれば言う事ないんだけどな。

 

「…………分かった。もしキリトが自分勝手な事をしようとしたら、その時は出来る限り説得してみるよ」

 

「ほ、本当か!?」

 

 キバオウが表情を和らげる。

 

 ディアベルやキバオウは警戒しているけど、俺としてはキリトが自分本位な行動を取るとは思えない。

 

 まだ遊びだった頃は強くなるために悪どい事をしていたのかもしれないが、今のSAOはベータテストの時とは違い最早もう一つの現実だ。そんな中で俺やアスナの悩みに真摯になってくれたあいつなら信頼しても良いだろう。

 

「だけど、代わりにひとつお願いがある。ベータテスターだとか以前の行いとか、そういうのを抜きにしてキリトの事を見てやって欲しいんだ」

 

「あいつをやと…………?」

 

 今の俺がキリトにしてやれる事なんて、多分こうやって少しでも偏見を無くしていく事くらいだろう。だが、このゲームはどんなに強いプレイヤーであってもたった一人でクリアは目指せない。

 

 それなら、一人でも多くの仲間を増やす事の方がフロアボスが落とすレアアイテムよりもきっと役に立ってくれる筈だ。

 

「よし! 残り一本! みんな後もう一踏ん張りだ!」

 

 気が付けばボス戦は既に終盤に入っている。ディアベルの言葉に周囲から、おおっしゃ! という様な歓声が弾けた。

 

「ウグルゥオオオオオオオーーーッ!!」

 

 追い詰められたコボルド王は怒りに任せて戦斧と盾を壁に投げつけて破壊すると、遂に腰に刺していた得物を抜いた。

 

 そして、それと同時に取り巻きコボルドもこれまで通り三匹出現する。

 

「…………まあ、そこまで言うなら考えといてやるが信用するかはあいつ次第や。せいぜい雑魚コボ狩って役に立ちいや」

 

 そう告げると、キバオウはE隊の仲間の元へと走って行った。

 

 ウカウカしていられない。俺も新しく湧いたセンチネルの討伐のため少し離れた所にいるキリト達に急いで合流する。

 

「何を話してたの?」

 

「ん? ああ、いや、後もう少しで勝てそうだし、お互い頑張ろうぜってな」

 

「あのキバオウとか? 冗談だろ…………?」

 

 どうやらキリトはもうキバオウに苦手意識を持ってしまったらしい。これはもしかすると仲直りするまでかなり骨が折れるかもしれない。

 

「C隊は俺に続いてボスを包囲! 他の部隊は距離を取って有事の事態に備えてくれ!」

 

 ディアベルが全隊に指示を飛ばす。

 

 ボスが使用するソードスキルは既に周知されており、その中に複数人に対して攻撃できるスキルは無い。そのため一つのパーティーで囲って戦うのが最適であるのは事実だが、その真意は別にある。

 

 …………とうとう仕掛けていくのか、ディアベル。

 

 その行為にはやっぱり思う所はあるけど、それでも今はあいつの戦いを見届けよう。そして、無事ボスを仕留めた時には『流石は俺達のリーダーだ。次の攻略も頼りにしてるぜ』と言ってやるのだ。

 

 陣形が完成すると同時にディアベルはボスに向けてソードスキルの一撃を繰り出す。剣から発せられたライトエフェクトに照らされて青髪が更に鮮やかに煌めいていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だ……だめだ、下がれ!! 全力で後ろに跳べえぇぇぇーッ!!」

 

「キリト、お前急に何言って───っ!?」

 

 驚いてキリトの方を向いてしまった瞬間、イルファングの唸り声、複数人の呻き声、刃が複数のアバターを切り裂く鋭い音が部屋中に響き渡る。それと同時にC隊の…………ディアベルを含む六人のHPが一瞬で半分以上削られた。

 

「……………………は?」

 

 前方ではコボルド王の周りには奴を包囲していたC隊が力無く倒れていて、その身体には一文字の切り傷が血の様に赤い光を発している。そして、六人の頭上には回転する黄色い光───スタンの表示がされている。

 

 どういう事だ? ボスがそんな攻撃をしてくるなんて情報に無かった。いや、そもそもこんな出鱈目なソードスキルは曲刀には無い筈だ。

 

 ………………いや、違う。コボルドロードが持っているのは曲刀じゃない。細く、ゆるく反った、鋼鉄特有の輝きを放つ武器。

 

 俺でも分かる。 あれは刀だ(・・・・・)…………。

 

『明らかにベータテスターを狙った罠がある』

 

 実際にコボルド村で痛い目に合ったのだ。俺もディアベルもそんな事、百も承知だった。

 

 だが、フロアボスのLAを取り合う事に夢中になりすぎる余り…………そして、多分俺との衝突で余裕を無くしてしまったためにディアベルは変更点への警戒を忘れて勝負を急ぎすぎてしまっていた。

 

「追撃が…………!」

 

 キリトが乾いた声で叫ぶ。その声にエギル以下数名のプレイヤーが我に返り援護へと急ぐが距離が開き過ぎてしまっていて間に合わない。

 

 コボルドの王は獰猛に笑う。

 

 両手に握った刀に再び光を纏わせると、凄まじいスピードで攻撃を開始する。標的は───ディアベルだ。

 

「…………やめろ…………」

 

 恐怖で凍り付いてしまった身体から漏れ出した言葉は無情にも何の意味もなさない。

 

 床すれすれの軌道から放たれた斬り上げによってディアベルの身体がまるで風に巻き上げられた木の葉の様に高く宙に浮く。そこから更にボスの刀が赤く輝くとソードスキルが襲いかかる。

 

 ズヴァァン──

 

 振り上げた状態から斬り下ろす一撃目、

 

 ズヴァァン──

 

 そこから再度斬り上げる二撃目、

 

 最後に刀を真っ直ぐに構え直し、一拍溜めてから放たれる強烈な三撃目、

 

 ズガァァン──

 

「ぐあぁっ……!!」

 

 連続で放たれた斬撃はその全てがクリティカルヒットだった。重いソードスキルをモロに喰らったディアベルは勢いよく吹っ飛ばされ、レイドメンバーの頭上を超えて俺達の近くにある石の柱に叩き付けられる。

 

「…………デ、ディアベルッ!!」

 

 ようやく金縛りが溶けた足を全力で動かしてディアベルの元へと向かう。その間にもあいつのHPは今まで見た事も無い速さでドンドンと削れていく。もうセンチネルの存在に構っている余裕は無い。

 

 ──嘘だ。ディアベルが死ぬ筈が無い。だって、あいつは勇者で、俺が騎士で、二人で一緒にこのゲームをクリアするって約束したのに…………。

 

 何とかディアベルの元に辿り着き、倒れている彼の上半身を起こし、ポーションを取り出す。急がねばならない時に限って震えて言う事を聞かない左腕が切り落としてしまいたい程恨めしい。

 

 ──ボス戦が終わったら仲直りするつもりだったのに…………。

 

 やっとの事で掴んだポーションを口元へ運ぼうとした時───その腕をディアベルが止める。その表情には儚い笑顔が浮かんでいた。

 

「ディアベルッ!!」

 

 背後からキリトの声がする。ディアベルはそちらを見ると口を小さく開き、か細い声を漏らす。

 

「…………キリトさん、後は頼む。

…………アシュロン…………ごめん────」

 

 最後まで言い終える事なく…………ディアベルはその身体を青いガラスの欠片へと変えて四散させた。

 

 ──まだ、お前の事…………一度も相棒って呼んでないのに…………。



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13話 開花

「い、嫌だああぁぁ、死にたくないいぃぃっ!!」

 

「立て─シュロン! 早くしな───ボスが──ぞ!!」

 

「…………何で……何でや……。───ルはん、リーダーのあん───何で最初に…………」

 

「センチネルが─匹も!? ──じゃ────じゃなかったのかよ!?」

 

 指揮官の死を引き金に先程までの快勝ムードから一転し、ボス部屋のあちこちから悲鳴や怒号が聞こえてくる。

 

 …………だけど、もう、そんな事どうだって良い。

 

 逃げ惑うプレイヤーの悲鳴も、コボルドロードの吠え声も、キリトの叱咤も全てが遠い世界での出来事の様に感じる。

 

 ディアベルが死んだ。

 

 はじまりの街の前の平原で助けてもらってからパーティーを組み、デスゲームが始まってからもずっと導いてくれた存在はたった今、余りにも呆気なく消え去ってしまった。

 

「…………あ…………あぁ…………」

 

 何の意味もないかすれ声を漏らしてただ呆然とする。

 

 泣いてない。泣いてしまいたい。いっその事、こんな辛い現実を忘れて子供の様に泣き叫んでしまいたいのに…………こんなにも芯が震えているのに、涙の流し方を思い出せない。

 

『ここでは大勢の命が掛かっているんだぞ!! やるべき事をやらないで、そのせいで人が死んだらどうするつもりだ!?』

 

 昨日のディアベルとのやり取りを思い出す。

 

 あいつの言う通りだった。ここまでの道のりが楽しかったから、人が死ぬという事の本当の意味をまるで考えていなかった。

 

 何がこのゲームを楽しみたいだ。それは、親友を苦しめて死の淵まで追いやってまで求めるものだったのか? 何故ディアベルが死んで、お前がのうのうと生きているんだ、アシュロン?

 

「ウグルゥオオォォッ!!」 

 

 コボルドロードが一際大きく吠える。戦意を失った雑兵を刈り取る時とは違う、敵対者を威圧感する声だ。

 

 こんな状況でボスと戦える奴など限られている。きっと、あの二人はディアベルの遺志を継いでこれ以上の犠牲者を出さないために挑むのだろう。

 

 お前は何をしている? このまま、木偶人形のようにここに座り込んで斬り刻まれるのを待つのか? その間に一体どれ程の犠牲者が増えるだろうか? あのクソッタレな犬はご自慢のナマクラを振りかざして……キリトを……アスナを……他のプレイヤーの命を断とうとするだろう。

 

 ………………ディアベルにそうした様に。

 

 バキンッ! という音がした。見れば左手には薄緑色の液体がボタボタと滴っていて、その周辺には散らばった硝子片が青いエフェクトとなって空気に溶けていた。いつの間にか持ったままだったポーションを握りつぶしてしまったらしい。

 

「………………そうだな。せめて、あいつだけは始末しないとな」

 

 イルファング・ザ・コボルドロードを…………ディアベルの仇を殺せ。それだけで良い。それさえ出来れば後はどうなろうとも構わない。押し寄せる後悔も、リアルから持ってきた鬱憤も、道標を無くした不安も、全て、全て捨ててしまえば良い。

 

 ああ、それは何とも────快い事だろう。

 

 バチンッ! いう音と共に頭の中の奥底にあるスイッチが切り替わる。そして、それと同時に周囲の動きも軌跡を描きながら酷くゆっくりと進む。

 

 ───呼吸が止まる。この感覚は知っている。豪速球を前にして、次の瞬間にはそれをバットの芯で捉えたと確信した時と同じ…………SAOにログインしたあの日、教わったばかりのソードスキルの軌道に合わせて身体を動かした時に感じた感覚…………《ゾーン》だ。

 

 心臓にドス黒い色の火が灯る。抜け殻の様だったアバターに力が籠る。

 

 身体が…………命が…………羽根の様に軽い。

 

 立ち上がり、一歩ずつゆっくりと足を動かす。地面をしっかり踏み締めなければ次の瞬間には身体が宙に浮いてしまいそうだ。

 

「ウバァウゥ──」

 

「邪魔だ」

 

 一匹のコボルドセンチネルが持っている手斧にライトエフェクトを纏わせ踊り掛かってくる───が、雑魚に構っている暇は無い。

 

 上段に構えてから一気に振り下ろした《ブラスト》の一撃が、センチネルを 手斧や防具ごと(・・・・・・・)両断した。

 

 センチネルの残骸が撒き散らす爆散エフェクトの中を掻き分けて更に歩みを進めれば、そこはフロアボス攻略の最前線…………キリトとアスナ、そして憎きコボルド王の死合いの場だ。

 

「アシュロン!? だめだ、下がれ! 俺が奴の攻撃を弾く! お前はその隙にアスナと一緒に攻撃するんだ!!」

 

 その指示に一瞬立ち止まりそうになる。そして、キリトが集中を欠いたその隙を狙ってコボルドロードは刀を左腰に構えてソードスキルを発動させた。

 

「あれは《絶空》っ! 不味い!!」

 

 キリトが叫ぶ。確かに刀のスキルは随分と出が速いみたいだが…………問題はない。ブレーキを取っ払った脳味噌が刃の軌道を教えてくれる。相手の攻撃を弾くためその軌道に剣を合わせて《アバランシュ》を放った。

 

 刃同士がぶつかり、相対した駄犬の顔が大量に飛び散る火花に照らされ赤々と映し出される。

 

「スイッチだ!!」

 

「っ!? あ、ああ!」

 

 合図を送るとすぐさまキリトとアスナがコボルドロードの左右に周り、ガラ空きとなった脇腹に強烈な一撃を叩き込む。HPが目に見えて削れ、痛みを感じるのかボスが唾液を撒き散らしながら悲鳴の様な叫び声を上げた。

 

 いいぞ、もっと苦しめ…………。

 

 そんな暗い満足感が胸の内を支配する。

 

「アシュロン、お前、あいつのソードスキルを受けられるのか!?」

 

「……………………ああ、出来る」

 

 正直言えば、ゾーンによる集中状態をここまで長時間続けた事は無い。もしかしたら、途中で集中力が切れてしまうかもしれないが、それでもコボルドロードにトドメを刺すまで…………もしくは俺自身がディアベルの様に殺されるまで、止まるつもりは無い。

 

「………………分かった。それなら交代で奴の攻撃を弾こう。言っておくがあくまで他パーティーの回復が終わるまでの時間稼ぎだから無理はするなよ」

 

 そう告げるや否や、キリトはボスの正面にまで向かってタゲを取ると放たれた攻撃に対して見事にブーストさせたソードスキルで相殺する。

 

 …………時間稼ぎなんて悠長な事は出来ない。こちらは今この瞬間にも身体の中で燃え続ける炎に焼き尽くされてしまいそうなのだ。

 

 キリトが作った隙を狙って多段ヒットスキル《ファイトブレイド》を、反対側からはアスナが《リニアー》を打ち込む。

 

 その調子で、俺が受け止めればキリトが、キリトが弾けば俺が攻撃を仕掛けていく。そして、アスナはコボルドロードを翻弄するかの様に軽やかに動き回り、僅かな隙を狙ってダメージを稼ぐ。

 

 やがてついにボスが残り三割を下回り、最後のゲージが赤く染まった。

 

 …………もうすぐだ。もうすぐ奴は死ぬ。

 

 この戦いが終わった時に訪れるのは仇を当てた歓喜か、脅威が去った安堵か、…………それともディアベルが死に自分だけが生き残ってしまった事に対する悔悟か。

 

 攻撃する瞬間にそんな風に思いを巡らせ────突然、視界が大きく歪んだ。

 

 コボルドロードはこの隙を見逃さず、自身の身体が切り裂かれるのも構わずに俺を標的に突貫する。

 

「しまっ……!? アシュロン!!」

 

 キリトは剣技を相殺した衝撃で後方にノックバックしており、アスナはソードスキルの発動により硬直中。どちらも援護は出来そうにない。

 

 床すれすれの軌道から放たれた斬り上げによって俺の身体がまるで風に巻き上げられた木の葉の様に高く宙に浮く。そこから更にボスの刀が赤く輝くとソードスキルが襲いかかる。────そう、これはディアベルにトドメを刺したのと同じ連撃。

 

 空中にてコボルドロードと目が合った。

 

 ………………笑っていた。自身を追い詰めた敵を最後の最後に殺す事が出来ると、ディアベルにそうした様に自慢の技で八つ裂きに出来ると、残酷な笑みを浮かべていた。

 

 ………………上等だ

 

 

 へ  し  折  っ  て  や  る 

 

 

「アアアアアアアアァァァァァァァァァァッ!!」

 

 ついに俺の中で燃え続けていた炎が盛大に爆破した。

 

 この世界に来て初めて覚えたソードスキル……何十回、何百回と繰り返し繰り出した《サイクロン》のモーションを宙に浮いた状態から起こす。

 

 そのまま、血の様な色に染まった刃を凝視した時、ある一点が目に入る。表面上は何の変化も見られない…………だが、何故かその部分を突けば奴の刀を折れると確信した(・・・・)

 

 迷いはない。コボルドロードが振り下ろした刀と俺の両手剣が激突する。

 

 ガシャァァァン!!

 

 金属製の甲高い悲鳴を上げ砕け散る刀と信じられないものを見る様に目を見開くコボルドロード。

 

 その光景を見て自分が宙に浮いている事を忘れてしまった俺は盛大に背中から着地した。

 

「ぐうっ!!」

 

 肺から空気が逃げ出し、頭はぐらぐらする。だが、寝転んでいる場合じゃない。

 

 何とか身体を起こすと、コボルドの王は追い掛けるキリト達に背を向け、後方で新しく湧いてきたセンチネルから両手斧を奪い取ろうと一目散に駆け出していた。

 

 その無様な姿に溜飲が下がる所か、より激しい怒りが込み上げる。

 

「やめろ! もう十分だろ!? 後はあの二人に任せておけ!!」

 

 追いかけてトドメを刺そうとした俺をいつの間にか背後にいたエギルが羽交い締めにする。

 

「放せっ!! アイツは殺さないと───」

 

「このドアホウがっ!! 自分のHPも見れへんのかい!! 犠牲になんのは……ディアベルはんだけで十分や…………」

 

 怒鳴り声と共にキバオウがポーションを無理矢理口の中に突っ込んできた。そこで漸く自分のHPがレッドゾーンにまで減少していた事に気付く。

 

 悔しい…………。いつの間にか怒りは何処かに消え去り、後は己の無力さに歯を食いしばりながら、キリトとアスナがボスにトドメを刺す瞬間を遠くから眺めていた。




ようやくタイトル回収が出来ました。


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14話 冷たい剣の世界で

 【Congratulations!!】

 

 イルファング・ザ・コボルドロードがその体を硝子片へと変えて盛大に四散すると同時に、上空にプレイヤー側の勝利を讃える言葉が明々と表示される。

 

 レイド崩壊一歩手前の絶望的な状況から大逆転を果たした挑戦者達は最初その奇跡を信じられないといった表情で眺めていたが、やがてそのシステムアナウンスが本当の事だと理解し始めると弾ける様な歓声がボス部屋に響き渡った。

 

 一ヶ月もの間、自分達を閉じ込めていたこの世界にようやく一矢報いる事が出来たのだと、それは今ここに居る自分達が勇気を振り絞って起こしてみせたのだと。

 

 そしてその功績によって莫大な経験値やコルやレアアイテムが一気に自身のストレージの中に入っていくのだ、皆が押さえきれない喜びを各々の方法で表現してみせていた。

 

「………………エギルさん、もう大丈夫だ。十分落ち着いたから離してくれ。キバオウさんも心配してくれてありがとな」

 

 皆が歓喜に酔いしれている光景を目にしてボスが倒されたという事を嫌でも思い知らされる。気が付けば内側から身を焦がしていた炎は跡形もなく消え去り、立ち上がるのも億劫な程の倦怠感が押し寄せてきた。

 

 エギルは「そうか……」とただ一言呟いて離れると一番の功労者であるキリトの元へと向かう。余計な気遣いなどせずに今はそっとしてくれる彼の心遣いがとても有り難く感じる。

 

「アシュロン、ディアベルはんの事は…………」

 

 それに対してキバオウの方はというと態々こうして傷口を開きに掛かってきた。まあ、それは不器用な彼なりの優しさであるし、軽い苛立ちは感じるものの気持ち自体は少し嬉しくもある。

 

 だから、今は一人にして欲しいと告げようと口を開きかけた所で───

 

「────なんでだよ!!」

 

 突然、半ば裏返った、ほとんど泣き叫んでいるかの様な声が部屋全体にこだました。

 

 声の主はリンドだった。

 

 彼は滝の様な涙を流しながら今この瞬間にも噛みついてきそうな形相でキリトを睨み付ける。

 

「────そこで讃えられるべき人はディアベルさんだったはずだっ!! よりにもよってなんで そいつ(・・・)なんだ!? そいつは…………そいつはディアベルさんを 見殺しにした(・・・・・・)張本人じゃないかっ!!」

 

「見殺し……?」

 

「そうだろ!! だって……だってアンタは、ボスの使う技を知ってたじゃないか!! アンタが最初からあの情報を伝えてれば、ディアベルさんは死なずに済んだんだ!!」

 

 血を吐く様な糾弾に触発され、周囲からも疑問の声が次々と生まれ、広がっていく。

 

 そんなプレイヤー達の前に躍り出たのは皆の疑問に対する答えを知っているキバオウ───ではなく、彼が率いていたE隊にいた痩せぎすのダガー使いの男だった。

 

「オレ……オレ知ってる!! こいつは、元ベータテスターだ!! だから、ボスの攻撃パターンとか、旨いクエとか狩場とか、全部知ってるんだ!! 知ってて隠してるんだ!!」

 

 キリトを指差しキンキン声でそう喚き散らす。

 

「まって! ベータ時代の情報はわたしたちだって攻略本から得ていたじゃない! あのボスについてベータテスターとわたしたちの間に知識の差は無かったはずよ!」

 

「そ、それは…………、それは、あの攻略本が嘘だったんだ!! アルゴって情報屋がウソを売りつけたんだ! あいつだって元ベータテスターなんだから、タダで本当のことなんか教えるわけなかったんだ!」

 

 アスナの理論的な発言も最早リンドには届かない。

 

 …………リンドは《ダルハリ地塁》攻略を目指した際に一番最初にパーティーに入った奴でディアベルの事を心酔していた。だからこそ、憧れだったディアベルの死に絶望し、何も出来ない自分の惨めさを痛感して、丁度良い矛先があったから歯止めが効かなくなってしまったのだろう。

 

 だが、命懸けのこの世界において芽生えてしまった小さな不信感は他のプレイヤーにも伝播していき、やがてほぼ全てのプレイヤーがキリトへ、アルゴへ、そしてまだ隠れているだろう元ベータテスターへ敵意を向け糾弾の声を上げる。

 

 それは、とても恐ろしい光景だった。この状況を黙って見ている訳にはいかない。このままでは、初心者と元ベータテスターとの間にある溝は修繕不可能な程に深まってしまうだろう。

 

 …………この状況を解決する方法を知っている。

 

 皆の前に出てこう言えば良い。

『ディアベルが死んでしまったのは、あいつがボスのLAを取るのに躍起になっていたからだ。そして、元ベータテスター達はボスに変更があったなんて事は知らなかった。何故ならディアベル自身が元ベータテスターだったのだから』と。

 

 …………だが、それは死んだディアベルの残された名誉すらも傷つけ地に落とす所業だ。それを俺の手で…………曲がりなりにも相棒だった俺がやらなければならない。

 

 分かっている。やらなければ、きっと多くの血が流れる事になる。そんな事ディアベルならば絶対に望まない。

 

 分かっている。だけど、…………怖い。

 

 それをしてしまったら最後、俺はどうしようもない 人でなし(・・・・)になってしまう。他の誰かが…………例えディアベル自身が許そうとも、俺は一生俺自身を許せなくなってしまうだろう。

 

「あんた、さっきから随分とベータ共の肩を持つな。もしかして、あんたも ベータテスター(グル)なのか?」

 

 キリト達を擁護し続けたアスナに対して誰かがそんな言葉を投げかける。

 

 ───不味い。このままでは、アスナにまで被害が及ぶ。

 

 …………最早迷っている暇は無かった。

 

「…………みんな、聞いてくれ。実は────」

 

「ハハハハハハハハハハハハハハッ!!」

 

 俺の告白は突如発せられた笑い声に掻き消された。

 

「冗談だろ? そいつは正真正銘ビギナーだぜ。困るなぁ、 細剣士(フェンサー)さん。そう懐かれたら仲間だと思われちゃうだろ? そっちの木偶の坊みたいに黙って俺の言う事だけ従ってくれてれば良かったのに」

 

「キリト……お前…………」

 

 前に出てきたキリトは俺に向かって少し微笑みかけると、次の瞬間にはふてぶてしい表情を作り、リンドを冷ややかな目で眺める。

 

「元ベータテスター? 情報屋? ……俺をあんな素人連中と一緒にしないでもらいたいな。たった千人のベータテスターの中に本物のMMOゲーマーが何人いたと思う? ほとんどはレベリングのやり方も知らない 初心者(ニュービー)だったさ。でもな、俺は 本物(・・)だ。誰よりも上の層に登って……誰も知らない事を知っている」

 

「………………なんだよ、それ……そんなの……ベータテスターどころじゃねえじゃんか……もうチートだろ、チーターだろそんなの!」

 

 E隊の男の言葉に周囲からもチーターだ、ベータのチーターだ、という声が幾つも湧き上がる。それらはやがて混じり合い、まるでひとつの単語の様に聴こえてくる。

 

「……《ビーター》!! いいなそれ! 気に入ったよ。LAボーナスと一緒に俺がいただいた!」

 

 そう言ってキリトはウインドウを操作すると、彼が着ていたくたびれたコートがまるで夜闇の如く黒いロングコートへと変化する。

 

 大規模MMORPGであるこの《ソードアート・オンライン》において、フロアボスのLAを取った者にのみもたらされる二つと無いレアアイテム。ディアベルを死へと誘った呪われたコートに身を包み、今ここに居る全てのプレイヤーを敵に回すかの様に不適な笑みを浮かべる。

 

「俺は《ビーター》だ。今後はテスター如きと一緒にしないでもらおう」

 

 大胆な宣言を終えると、「二層の転移門はアクティベートしといてやる。ついてくるなら初見のMobに殺される覚悟をしておけ」と捨て台詞を吐き、ただ一人第二層に繋がる扉に向かって歩き出す。

 

「……ふざけるな……謝れよ…………ディアベルさんに謝れよっ!! ビィィィタァァァアアッ!!!」

 

 ───黒く染まったその背に怨嗟の声を受けながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………なあ、ディアベル。何でお前が騎士を名乗る様になったのか、やっと俺にもわかったよ。

 

 ……………… 勇者はキリトだ(・・・・・・・)

 

 

 

 

 

   ----------------

 

 

 

 

 

『わたしは彼の後を追うわ。…………追いかけて、伝えたい事があるの』

 

『それなら、ひとつ伝言を頼まれてくれないか? 二層のボス攻略も一緒にやろうってな』

 

『ちょい待ちぃ…………伝言…………わいからも……頼むわ。…………今日は助けられたけど、ジブンのことはやっぱ認められん。わいはわいのやり方でクリアを目指す! 以上や! …………頼むで』

 

『……分かったわ。…………あなたはどうするの?』

 

『俺は………………』

 

 アスナとの別れ際、何を伝えるべきか色々考えてみたが、結果的に簡単なひと言にまとまってしまった。

 

『…………ありがとなって、そう伝えてくれ』

 

 ありがとう。

 

 …………一緒に戦ってくれて…………相談に乗ってくれて…………ディアベルの遺志を最後まで継いでくれて…………ディアベルの……名誉を守ってくれて。

 

 こうして俺の第一層フロアボス攻略は終了した。

 

 第二層への転移門は既にアクティベートされているが、今は階を登るだけの気力は無い。それどころか、気が付けば俺はスタート地点……《はじまりの街》のあの広場にいた。

 

 その場所で全てが始まったあの日の様に、ただ闇雲に素振りをする。そうしていなければ、自分自身の感情に押し潰されてしまいそうだから。

 

『俺はディアベルだ。よろしくな』

 

 振るう、振るう、振るう、振るう───

 

『…………それでも君は、君だけはオレの味方になってくれるって信じたかった。

 

………………だって、君はオレの相棒だから』

 

 振るう、振るう、振るう、振るう───

 

『…………アシュロン…………ごめん────』

 

「クソッ!! クソクソクソクソ!」

 

 もう……もう限界だ。何をしてもあいつと過ごした記憶が込み上げてきて、悲しくて、寂しくて、苦しい筈なのにそれらを吐き出す方法が無い。

 

 そうして、俺は腹立ちまぎれに剣を───

 

『アシュロン、オレと一緒に行こう! 君と一緒ならきっとこのゲームをクリアできる!!』

 

「………………ディアベル…………」

 

  捨てられなかった(・・・・・・・・)

 

 剣の柄に額を強く押し当てる。

 

 この剣を拾い上げて手渡してくれた奴はもうこの世界にはいない。今この剣を手放してしまえば、二度と俺は戦う事は出来ないだろう。

 

 何が正しいかなんて分からない。……それでも、この現実から逃げ出してしまうのだけは間違っているとはっきり分かる。

 

 悲しくて、寂しくて、苦しいけど、それでも──

 

「…………一緒に…………行こう」

 

 そう約束したから。お前はもういないけど、約束だけは連れて行こう。

 

 そして、願わくば……戦って死のう、ディアベルがそうした様に。それだけが、何処までも愚かな自分が出来る唯一の償いだ。

 

 そう決心した瞬間……この冷たい剣の世界で今触れている柄にだけ、ほんの少し温かさを感じられた。




 これにて第一層の物語は終わりです。ここまでお付き合いいただき誠にありがとうございました。


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第二層 砕ける剣と勇者達
15話 アシュロンという男


今回はキリト視点です。


  ──────【Message】───────

 

From: Asyuron

To :Kirito

 

 どうしても話したい事がある。十八時にそちらに向かうから待っていて欲しい。

 

 

  ────────────────────

 

 

 

 二泊三日掛けて体術スキルを習得し、やっと一息つけると思っていた矢先にこんなインスタントメッセージが送られてきた。

 

 送り主であるアシュロンは第一層フロアボス攻略の時にパーティーを組んだ両手剣使いであり、鋭い吊り目とがっしりした体つきによる威圧感のある外見とは裏腹に明るく人懐っこい性格の人物で、人付き合いが得意でない俺でも気軽に話をする事ができる数少ないプレイヤーの一人だ。

 

 ボス攻略後に別れた際にはアスナに伝言を頼むなど、《ビーター》となってしまった俺に対してもそう悪い印象は持っていないと思うのだが、短く綴られたメッセージと態々俺の居場所を事前にアルゴから買い取って──エクストラスキル習得クエの近くであることも相まって途方もない金額となっている──から会いにくるという行為からはどう考えても嫌な予感がしてならない。

 

 アシュロンは何が目的で接触しようとしているのか。それを知るために俺も彼の情報をアルゴから買い取ることにした。

 

 『今フロントランナーたちの間で一番ホットな話題だからナ。知らないのはキー坊くらいだゾ』とカラカラ笑われながら一プレイヤーの情報の割には随分と安い料金で伝えられた内容によると、今回の目的は恐らく現在の彼の立ち位置が影響しているのではないかと予想できる。

 

 《ディアベルの後継者》────アシュロンはそう呼ばれている。

 

 初のフロアボス攻略の指揮官であった騎士ディアベルの戦死によって、現在攻略を目指すプレイヤーたちはキバオウ率いる《アインクラッド解放隊》と俺を糾弾したシミター使いのリンド率いる《ドラゴンナイツ》の二つに分かれてしまっていて、各々が自分こそがディアベルの遺志を継いで攻略チームを引っ張っていくと言い張っているらしい。

 

 だが、そんな中で多くのプレイヤーからはディアベルとは最も古くから組んでいて常に彼の傍にいたアシュロンこそが真の後継者なのではないかと議論されているとのことだ。

 

 そんなアシュロンが亡きディアベルの遺志を継いで攻略を進めるつもりであるとしたら、俺にこうして接触する理由はただ一つ、フロアボスのレアドロップである《コート・オブ・ミッドナイト》だろう。

 

 本来ディアベルの物になるはずだった世界に一つしか無いフロアボスのレアアイテム。それを掠め取った《ビーター》を撃ち倒し、真の後継者として亡き友の代わりに全てのプレイヤーを導いていく。全くもって良くできた物語だ。

 

 もちろん、その悪のビーターである俺にはそれに付き合う必要はない。

 

 現在このコートに釣り合うレアアイテムなど発見されておらず、それを賭けてまで闘わなければならないメリットは俺には無い。

 

 大義だとかそんなものはクソ喰らえとばかりに逃げ出し、他のプレイヤーたちがいがみ合っている間に最前線のリソースを独り占めするのが正解なのだろう。

 

 このデスゲームが始まった日、この世界で初めてできた友達を見捨てた日に誓ったはずだ。どんなことをしてでも俺は絶対に生き延びてみせると。

 

「………………よお、久しぶり……って程でもないか、アシュロン」

 

 ………………だが、俺はこうしてアシュロンと会ってしまっていた。

 

 こんなことをしてしまったのは、きっと心のどこかではアシュロンのことを信じたかったからだ。

 

 ビーターと呼ばれ、他のプレイヤーから忌避される存在となった俺に残されたほんの僅かな理解者。その一人であった彼が敵にまわってしまうという可能性が恐ろしくて、確認しなければ胸の奥がチリチリと疼いて落ち着かなかった。

 

「…………ああ、ボス戦以来だな」

 

 アシュロンは彼らしくない簡素な挨拶を返す。

 

 やはりディアベルの死が相当堪えたのか、以前のような親しみやすさは無く、硬い表情のまま鋭い目だけがある種の強い光を帯びている。

 

 その様子は第一層のダンジョンにて自身の破滅を望みながら無茶なレベリングをしていたアスナに酷似していた。

 

「…………アンタのことはアルゴから聴いたよ、ナイト様の後継者さん。だから、こうして来た目的も大体予想できる」

 

「…………他の奴らがなんて言おうが関係ない。俺は俺の目的のためにお前に会いに来た」

 

 そう言って、アシュロンはウインドウを開く。

 

 ────やはり 決闘(デュエル)か。

 

 背中の剣に手を当てて身構える。

 

 アシュロンは《サイクロン》を得意としていて、確かにそのブーストは目を見張るものがあるが、それ以外のソードスキルは他のプレイヤーたちと大きな違いはない。だが、コボルド王との決戦の際に見せたあの戦い方───初見であるはずのカタナのソードスキルに対応してみせたあの爆発力は未知数だ。

 

 もし、あれ程の力を発揮されたとしたら────

 

「お願いします! 俺を……弟子にして下さい!!」

 

 思考を巡らせていた中で突如、血を吐くような懇願の声と共にその場で勢いよく土下座をするアシュロンと莫大な金額───恐らく彼の全財産───が表示されたトレードウインドウ。

 

「……………………………えっ?」

 

 その予想外の展開に脳の処理が付いていけずに、数秒間フリーズしてしまった。

 

 

 

 

 

   ─────────────────

 

 

 

 

 

「ちょ、ちょっと待てよ! 弟子って一体どういうことだ!?」

 

 何とか状況は飲み込めたが、それにしたっていきなり弟子してくれなんて訳が分からない。何故そんな思考にいたったのかまずは説明して欲しい。

 

「強くなりたいんだ! ディアベルとの約束を果たすために……このデスゲームをクリアするためにこの三日間ずっと一人で頑張ってきたけどダメだった。

…………他の奴らが自分達で頑張ってるのに、お前の知識に頼ろうなんて卑怯だって事は分かってる。

それでも……俺は弱い。俺一人じゃ、どうしたって犬死ににしかなれない。……そんな死に方じゃあいつに顔向けできねえ!」

 

「いや、だからって弟子にしてくれなんて急にそんなこと言われても…………」

 

「十層……いや、五層までで良い。金もアイテムも渡せるもんは全部渡す。どんなキツいクエストだってやる。だから、俺を強くしてくれ!」

 

 額を地面につけたまま必死にそう叫ぶアシュロン。

 

 …………確かにこいつの言う通り、アスナを含めた多くの新規プレイヤーたちが手探りの状態からパーティー同士で研鑽したりアルゴの攻略本から必要な知識を得て強くなっていっている中、ビーターである俺の知識に頼って強くなろうとする考えには思うところはある。

 

 それに、最前線のプレイヤーが二つの派閥に分裂してしまっている今、アシュロンであればそれをまた一つにまとめることができる可能性がある。その可能性はビーターの俺には無い力であり、俺と一緒にいては失われてしまう力だ。

 

 だから、本来ならこの嘆願は断らなければならないのだが…………

 

(流石に放っておけないよなぁ…………)

 

 白状しよう。俺はアシュロンのことを結構気に入っている。

 

 このアシュロンという男は、不思議にこちらの懐に滑り込んでくるようなところがあり、しかも俺はそれが不快ではなかった。

 

 …………そのあり方は、はじまりの街に置いてきた友達……クラインにどこか似ている。

 

 何よりも仲間を大切にする彼のことは尊敬しているが、それでも時々考えてしまう。もし、あの時クラインが俺と一緒に行くことを選んでくれていたら、ここまでの旅はどれだけ楽しかっただろうか。

 …………俺が抱き続けるこの罪悪感はどれだけ楽になっただろうかと。

 

 その気持ちを埋めるためにアシュロンにレクチャーしようなんて単なるエゴだって分かっている。が、それでも抗い難い魅力を感じてしまうのだ。

 

「わかったよ。俺の知ってること、この世界での生き方全部教えてやる。金もアイテムも要らない。ただ、厳しいからその辺覚悟しとけよ」

 

「っ!! ありがとうございます!!」

 

「敬語はやめてくれ。前みたいに普通に話してくれれば良い」

 

 しかし、弟子って言っても一体何から教えれば良いかと頭を掻いて悩んでいると、ふと丁度良いクエストがあったことを思い出す。

 

 今後攻略を進めていく上で非常に重宝するスキルが得られるクエストであり…………この上無く鬼畜な修行だ。

 

 あれに苦しむ姿を考えると「それじゃあ、最初の修行だ」と告げる口角が意地悪げに吊り上がるのを抑えられなかった。

 

 

────三時間後

 

 

「よし、割れたぞ」

 

「なんでっ!?」

 

 こいつ、俺が三日かけてやっと割った岩をたった三時間でクリアしやがった!?

 

「こいつは《 破壊不能(イモータル)オブジェクト一歩手前》の超絶的硬度だぞ!! 一体どうやったらそんな簡単に割れるんだ!?」

 

「え? ああ、いや、第一層のボス戦以来、調子が上がるとなんか武器とか岩とかの壊れやすい箇所が何となく分かる様になったんだよ」

 

「なんだそれ……? もしかして、あのボス戦の最後に相手の刀が壊れたのも偶然じゃなかったのか?」

 

「…………まあ、そうだな」

 

 その事実にもう一度「なんだそれ……?」と呟いてしまう。

 

 フロアボスを含む多くのモンスターはどれも強力なソードスキルを放つ強敵であるだろうし、そうなれば当然何かしらの武器を装備しているはずだ。

 

 それらはきっと替えが効かない(もしも、モンスターがメニューウインドウを開いて予備の武器を取り出していたら非常にシュールだ)かわりにその武器の硬度は非常に高いだろう。

 

 そう、ここにあった岩のように《 破壊不能(イモータル)オブジェクト一歩手前》くらい。

 

 もしも、その力をボス戦で決めれば、その時点で勝負は決してしまうと言っても過言ではない。即ち、この男はあのアスナ以上に攻略に欠かせない存在となりうるポテンシャルを秘めていることになる。

 

 …………騎士ディアベル、アンタとんでもない置き土産をしてくれたな。

 

 俺は心の中でそう呟き、ため息をついた。



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16話 伝説の勇者たち(レジェンド・ブレイブス)

 無事弟子入りした俺はそれからまた何時間も掛けてひたすら岩を砕き続けていた。キリト 師匠(せんせい)曰くこの力を上手く使えるようになれば、強力なソードスキルを使用するモンスター相手に有効打となりえるらしい。

 

 ゾーンによる体験があったとは言え、何故急に物の壊れやすい箇所が分かるようになったのかは不明であるのに、修行をしたら使えるようになるなんて上手い話があるのかと最初は疑問に思っていたが、続けていく内にどのような角度から衝撃を与えれば効率良く壊せるかが分かっていき、少しずつではあるが岩を破壊するまでに掛かる時間が短くなっていった。

 

 こうして手応えを感じているし、このままずっと修行に明け暮れたい所ではあるのだが、そう言っていられないのがレベル制MMOだ。

 

 俺のレベルは攻略集団の中でも上の方ではあるが、だからと言ってレベリングを疎かにしてはいざという時にレベルが足らずに呆気なくやられてしまうなんて事もあり得る。戦いの中で死んでも構わないとは思っているが、それはあくまで全力で攻略に挑んだ結果であるべきだ。

 

 そういう訳で、さて何か美味い狩りは無いものかと《アルゴの攻略本 第二層編》をめくろうとした所で、インスタントメッセージにてフィールドボスである《ブルバス・バウ》の討伐に参加しないかとお誘いが来た。

 

 フィールドボスを相手に出来るなら経験値も報酬もかなり貰えるので、それはとても有り難いお話……なのだが…………

 

「平均レベルはこっちが上なんや! 四の五の言わんとアタックはわいらに任せい!!」

 

「いいや! ディアベルさんの遺志を継ぐ俺たち《ドラゴンナイツ》が最前線に立つ!!」

 

「なぁにがドラゴンじゃ、さぶイボ立つわ! 格好だけディアベルはんと同じにしたからゆうて後継者気取りはやめてもらおか。ディアベルはんの遺志を正しく受け継いどるんはわいら《アインクラッド解放隊》や!!」

 

「ふん、大層な名前に見合った実力があるとは思えないがな……!」

 

「なんやとぉ!!」

 

 と、開始直前からこの有様だ。

 

 二人とも自己顕示欲が強い所はあったものの以前はディアベルというリーダーが居たために上手くまとまっていたが、第二層に入ってからはこうしていがみ合いを繰り返している。最近では二つに分かれた集団のメンバー達の間でも険悪なムードが漂ってきている始末だ。

 

 何とも面倒臭い状況だが、このまま喧嘩させていては埒があかないし、何故か先程から辟易している幾人かのプレイヤーが「お前何とかしろよ」と言いたげにチラチラこちらを見てきている。

 

 …………しょうがないか。頭をガシガシ掻きながら二人の間に割って入る。

 

「…………あー、ちょっと良いっすかキバオウさん。役割分担なら俺としては出来れば解放隊の方にタンク役をして貰いたいんだけど」

 

「なんやぁ、ジブンこいつの味方するつもりかい!」

 

「いや、違うって。今回のボス、突進の威力が結構ヤバイみたいだし、突破されて被害を出さないためにもレベルが高い方が盾をした方が安全だと思うんだ。報酬は少し減るかもしれないけど、ここはリンドさんにひとつ貸しって事にして引き受けてくれねえかな?」

 

「むっ……んん〜〜……」

 

 キバオウは腕を組んで思案する。こうしてあれこれ考える事で冷静さを取り戻してくれれば、後は何とかなるだろう。

 

「…………まあ、確かにジブンの言うことにも一理あるわな。しゃーない、今回は引き受けたるわ」

 

「…………すまないなキバオウさん。俺も少し熱くなりすぎた」

 

 キバオウが引き下がってくれたお陰でリンドも冷静になってくれた。

 

 そうして、無事役割分担が決まった事で、二人は自分達のチームの所に戻りアタッカー役とタンク役に分かれて編成を組み直し始める。

 

「お疲れ様。立派な仲裁役だったわよ」

 

 そう声を掛けられて振り向けば、第一層の時と同じ様に野暮ったいウールケープのフードを深く被ったアスナが立っていた。

 

 こうして会うのはボス戦以来だが、あれから更に心境の変化でもあったのか以前の様な鋭い雰囲気は完全に消えていてどこか余裕さえ感じられる。

 

「…………俺、こういうの柄じゃないんだよ。それにどうせなら俺よりも可愛いの女の子が説得した方がみんな素直に聴いてくれたんじゃないか?」

 

「残念でした。わたしは今回こちらの出歯亀君(・・・・)と一緒に取り巻き狩りに回るから、ボス攻略の揉め事はそちらで解決して下さい」

 

「……はは、どうも出歯亀君です」

 

 アスナに引きずられながら力無く笑う出歯亀君ことキリト。

 

 ビーターとして疎まれている手前、フィールドボス戦に参加し辛いが無事に終わってくれるか心配だったらしく態々《隠蔽(ハイディング)》スキルを使用して見守ろうとしていた所をアスナに見つかりこうして無理矢理引きずり出されてしまっていた。

 

 周囲から剣呑な眼差しを向けられてもなお平然とキリトと組もうとする彼女はやはり強い子なのだと改めて尊敬する。

 

「それで、あなたは今回あの人たちとリザーブに回るのよね。名前は確か…………《伝説の勇者たち(レジェンド・ブレイブス)》だったかしら?」

 

「伝説の…… 勇者たち……か」

 

 勇者。その単語にチクリと胸に痛みが走る。

 

 …………いや、ここはゲームの中なのだ。人様の名乗りにケチを付けるのは無粋と言うものだろう。

 

「あれ? そういえば、エギル……あの斧タンクの彼はどうしたんだ?」

 

「エギルさんはね、何かトラブルがあったらしくて来れないみたい」

 

「それで彼らが本隊にか。装備は随分と良いみたいだけど……心細いなぁ」

 

 キリトはそうぼやいてしまうのも仕方がない。

 

 エギルとは第一層のフロアボス攻略に一緒に参加しただけであり、それも別々のパーティーで戦っていただけだが、それでもあの威厳ある見た目と落ち着き払った雰囲気、ここまで鍛え上げたレベルと戦闘技術は居るだけで安心感を覚えてしまう程だ。

 

 現状ではあの人は数少ない頼れる大人というやつだ。先程の両集団のいがみ合いだって、彼ならば真っ先に仲裁に入ってくれた事だろう。

 

 …………考えてみれば、今回は初となる二大派閥合同にして頼りになるエギル率いるタンク集団不在のボス戦か。何だか無事に終わってくれそうにない気がしてきた。

 

「野郎どもー、そろそろ始めるでー」

 

 俺の心配を他所に、キバオウが何とも呑気な掛け声で攻略開始の宣言をする。

 

「おっと、もう開始か。それじゃ、また後でな。大丈夫だとは思うが一応気をつけろよ」

 

「じゃあね、アシュロン君」

 

「…………ああ、また後でな」

 

 そう言って二人と分かれた所でふと、そういえばこれから一緒に組むのにまだブレイブスのメンバーに挨拶をしていなかったのを思い出す。皆がボスのいる盆地へと向かう中をすり抜けて、金属鎧をガチガチに着込んだ集団の元へと急いで駆け寄った。

 

「すみません、遅くなりました」

 

「おお! 貴卿がアシュロン殿であるか。噂は予々聞いている。我が名はオルランド、真の勇者たる者達が集うギルド《伝説の勇者たち(レジェンド・ブレイブス)》のリーダーをしている! 此度の猛牛退治、よろしく頼むぞ!」

 

「え? あっ、はい。よろしくお願いします……」

 

「なに、何も恐れることは無い。此度の戦い、我ら常勝の勇者たちが一緒なのだ! 如何に強力なフィールドボスであろうとも、我が宝剣デュランダル(・・・・・・)の鯖にしてくれようぞ! わはははははっ!!」

 

 腰に差した《スタウトブランド》を抜き放ち、豪快な高笑いと共に高らかに掲げる聖騎士様。…………何と言うか、形から入る人みたいだ。

 

「そ、それにしても武器だけじゃなく防具までかなり鍛え上げられてますね。そこまで強化するのかなり大変だったんじゃないっすか?」

 

「むっ…………う、うむ。ここまで仕上げるのに随分と苦労した。だが、そのお陰で我らは若干平均レベルが足りていないにも関わらず、こうして攻略チームの盾として活躍する栄誉を賜っている。つまり、そう、この武器や防具の輝きは、我らの汗と涙の結晶なのだ!!」

 

 …………どうしよう。今の一言でレア装備特有の輝きが、一気に汗臭い何かに見えてきた。俺も一応、元野球少年だったから友情や努力は好きではあるのだけど、不思議と今はちょっと距離を置きたい。

 

「…………ええっと……とりあえず……ボス戦、行きましょうか」

 

「おお、そうであったな! よし、皆の者、これより出陣である! 我ら勇者の力を攻略チームの者たちに見せてくれようぞ!!」

 

 オルランドの言葉に他のメンバーが雄叫びを上げる。今の俺にはこの空気についていけそうにないため、完全に蚊帳の外だ。

 

 親友との死別でセンチメンタルな気分なのに周りが浸らせてくれない。その事に思わず溜め息がもれてしまった。



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17話 vsステーキX人前

「皆の者! ゆくぞ、必殺のフォーメーション γ(ガンマ)「こっちは回復終わったぞ、スイッチだ!」───は次の機会にして、戦略的後退だ! ふはははははっ!!」

 

「ちょっ!? オルランドさん!?」

 

 そう高笑いしながら走り出したオルランドの背を慌てて追いかけて、四本角の巨大牛《ブルバス・バウ》の元から離れる。

 

 現在フィールドボス戦はアタッカーのドラゴンナイツとタンクの解放隊との連携があまり上手くいっておらず、リーダー同士が怒鳴り合いをしてはいるが概ね順調に進んでいる。今後の事を考えたら寧ろこの場でギルド間での連携の欠点を洗い出せたのは大きな収穫と言っても良いだろう。

 

 そして、フィールドボスの取り巻きである《ウインドワスプ》の討伐に関しては事前情報よりも数が多いが、案の定攻略集団最強の二人が鬼の様に狩っているため心配の必要は無さそうだ。

 

「それにしても、ボス戦参加は初めてって聞いてたけど、随分と良い連携をしますね、このチーム」

 

 そう、予想外だったのはブレイブスの動きの良さだ。

 

 平均レベルの低さに最初は不安を覚えていたが、隊列の組み方やスキル使用の連携などをマスターしている。それに加えてしっかりと強化された最高ランクの装備による防御力の高さによってタンクとしての役割をメインである解放軍よりも上手くこなしている。

 

「うむ、我らはこのアインクラッドに来る前より、別のアクションゲームを嗜んでおってな。一本道のマップに押し寄せるモンスターを切り捨て続ける単純なものではあったが、その経験のお陰でこうして戦えておるのだ」

 

「ああ、そのゲームなら俺も暇つぶしに少し遊んだ事がありますよ。…………あれ? でも、確かあれって六人一組でやるゲームだった筈───」

 

 そう口にした所で、ふと俺達の頭上を通り過ぎていく一匹のウインドワスプが気になってしまった。

 

 そいつはプレイヤー達には目もくれずに真っ直ぐブルバス・バウの元へと飛んでいき、巨大牛のイチボの部分に着地すると怪しい緑色をした毒が滴る針を剥き出しにして───

 

 ──ブツっ!!

 

「モ゛ッ!?」

 

「「「「イ"ッ!?」」」」

 

 ブルバス・バウのお尻目掛けて勢いよく針を突き刺す嫌な音がこだまし、声にならない悲鳴を上げる哀れな牛とその痛みに共感して思わず自身の尻を押さえてしまった俺を含む数名のプレイヤー達。他の奴らも何が起こったのか分からずに固まってしまい攻撃の手が止まってしまう。

 

 そして──

 

「ブモ゛モ゛モ゛オオオォォォッ!!」

 

 突如としてブルバス・バウが大声を上げ、これまでのアルゴリズムを無視した無茶苦茶な動きをし始める。

 

「なっ!?  暴走(バーサーク)するなんて聞いてねえぞ!?」

 

  暴走状態(バーサークモード)は特定のモンスターが体力を削られるなどした際になる状態のことで、その名の通り怒り狂って激しい攻撃を繰り出してくるのだが、その分行動が単調になったりとプレイヤーにとってもメリットになることはある。

 

 だが、それは相手が暴走すると分かっていることが前提であり、今回のように急に変化してしまえばそれに対応出来ずに戦況が悪化してしまう。

 

 フィールドボスが暴走状態になるなんて攻略本には載っていなかったし、先程の特殊演出からしてこれもベータ版との差異というやつだろう。考えてみれば、牛の取り巻きに蜂なんていう全く関係無さそうな組み合わせの時点で疑うべきだった。

 

 ブルバス・バウの突然の猛攻によって戦線は崩壊し、ほとんどのプレイヤーがHPを半分くらいにまで減らしてしまっている。

 

「いかん! 皆の者、急いで救援に向かうぞ!!」

 

「そんな!? まだ回復も済んでないのにあれの相手をするなんて流石にヤバイですよ! ここは一旦退きましょう!」

 

「いや待ってくれ! 取り巻きを担当している集団に頼りになる奴がいる。そいつが来てくれるまで持ち堪えてくれ!」

 

 幸い取り巻き部隊との位置はそれ程離れてはおらず、向こうもボスの異常に気が付いている様子ではあるためすぐに助けは来るだろうが、それまでにボスの注意を引いておかなければ最悪死者が出てしまうかもしれない。

 

 そして、今現在タンクとしての役割が辛うじて出来るのは《レジェンド・ブレイブス》以外にはいない。

 

「そういうことであるならば、がぜん引くわけにはいかぬな!」

 

 オルランドはそう言って前に出ると、怒り狂う雄牛に向けて《 威嚇(ハウル)》の雄叫びを上げる。その堂々とした姿に他の盾持ちのメンバーも顔を見合わせて頷くとオルランドに並んで構えを取った。

 

 レジェンド・ブレイブスに 憎悪(ヘイト)を向けたブルバス・バウは角が四本も生えた頭を低く構えて、逞しい前足で地面を数回掻くと次の瞬間には荒い鼻息をあげて真っ直ぐ突っ込んできた。何度も見た突進攻撃だが、暴走状態であるためにその迫力は先程とは段違いだ。

 

「皆の者、覚悟を決めよ! 今こそ力を見せる時ぞ! 我らッ、《 伝説の勇者たち(レジェンド・ブレイブス)》也っ!!」

 

 ズダアァンッ! とまるで車同士の衝突事故みたいな音が鳴り響く。

 

 ブルバスの力は凄まじく、三人の益荒男達はズルズルと数メートル押し切られ、HPもレッドゾーンまで削られる。だが、耐えた。

 

「今だ! 奴の膝関節を狙え!!」

 

 ありったけの大声で叫びながら、右前足に《サイクロン》を放つ。それに合わせ、ブレイブスの残りのメンバーも反対の足をソードスキルで攻撃する。

 

「ブォモオオォォ!!」

 

 両前足を攻撃された猛牛は叫び声を上げながら前屈みに倒れ込む。

 

GJ(グッジョブ)! スイッチだ!」

 

 その言葉と共に駆け付けてくれたキリトとアスナがボスの弱点である額のコブに渾身のソードスキルを叩き込む。

 

 二人の攻撃によって、ブルバスのHPはみるみる減っていき──

 

「ブルルモオオオォォォッ!!」

 

  後一撃(・・・)という所で止まってしまった。そして、身の危険を感じたブルバスは自身の身体に鞭打って再び立ち上がってしまう。

 

「ちくしょう! 後少しなのに……!」

 

 後一発、奴の額にソードスキルを浴びせれば決着が着いたのだが、ああして立ち上がってしまうと攻撃は届かない。盾になれるプレイヤーは居ないし、足をチマチマ切り続けるのも非常に面倒だ。

 

「だいじょーぶ! 十分削れた。あとは……!」

 

 その場で思い切り飛び上がるキリト。高いステータスにものを言わせたかなりの跳躍ではあったが、それでも巨大牛の額には届かない。

 

 だが、そこでキリトは《ソニックリープ》の構えを取ると──

 

「はああああぁぁぁぁぁっ!!」

 

「なにっ! 飛んだだと!?」

 

 直進系のソードスキルは確かにシステムの力で加速することが出来るが、それを飛翔するのに使えるとは思わなかった。

 

 弱点のコブを切り裂いたことで、ブルバス・バウのHPは今度こそ完全に削り切られ、断末魔の叫びを上げながらその身を爆散させた。

 

 

 

 

 

    ─────────────────

 

 

 

 

 

「お疲れさん。大したもんだな、あんなソードスキルの使い方思いもしなかったぜ」

 

「ふふん、どうだ。《空中ソードスキル》。お前もフロアボス戦でやってたけど、こんな風にソードスキルにはまだまだ応用の余地があるんだ」

 

 そう得意顔で教えてくれるキリト師匠。成る程、このSAOというゲームはまだまだ奥が深そうだ。

 

「いやはや、実に天晴れな武者振りであった黒衣の剣士殿」

 

 拍手をしながらキリトに声を掛けるオルランド。他のメンバーがここ一番でフィールドボスのLAを取り損ねたことに落胆を隠せないでいる中で素直に相手を称賛するとは中々の精神力の持ち主だ。その英雄的精神をつい先程から大音量での反省会(相手の罵り合い)をしている二大組織のリーダー達にはぜひ見習って欲しいものだ。

 

「いや、そう言うアンタたちもナイスガッツだったぜ」

 

「うむ。一時はどうなるかと思ったが所詮は獣畜生。我らの敵ではなかったな!! この勝利を祝して今宵は大いに飲み明かそうと思うのだが、良ければ貴卿らも参加せぬか?」

 

「あー…………悪い。実はこの後にはもう先約があって──」

 

「この人はこれから次の街でわたしと食事をする約束がありますので。……キリト君、きっちり聞かせてもらいますから。……こそこそ使っていた変なソードスキルとかLAボーナスとかその他にも色々。ケーキでも食べながら、ね」

 

 あ、キリトの目が死んだ。

 

「そ、そうであるか……。では、アシュロン殿、貴卿はどうかな? 我としてはこの期に貴卿と親睦を深めたいのだが」

 

「………………すみません。せっかくのお誘いですが、これからちょっと修行をする予定なので俺も参加できません」

 

「なんと! フィールドボスとの戦いの後であっても己を鍛え上げると申すか! その強さに対する貪欲さ、誠に天晴れである! そうであるならば仕方ない。我らはこれにて失礼するとしよう」

 

 そうしてオルランドは「次はフロアボス戦で」と言葉を残すと仲間を引き連れて高笑いと共に去っていった。

 

「…………ねえ、アシュロン君。何の修行をしているかは知らないけど、余り根を詰め過ぎるのも良くないと思うわ。フロアボス戦があった日くらいはゆっくり休むべきよ」

 

「…………心配してくれるのは有り難いけど、俺なら大丈夫だ。後もう少しで練習している技のコツが掴めそうだから、感覚を忘れない内にものにしたいんだ」

 

 アスナの心配は嬉しいが、それでも今は立ち止まっていたくはない。それに、仲間達と楽しそうに話をするオルランドの姿を見てしまうと、どうしてもディアベルと一緒にいた頃のことを思い出してしまう。

 

 ああやって、アイツやキバオウ、リンド達と談笑しながら歩いていたのがもう遠い昔の様に思えてきて────

 

「そんじゃ、お邪魔虫の俺は退散しますんで、お二人は楽しくディナーに行ってきて下さいな!」

 

 そう言ってキリトとアスナの制止を振り切って急いでこの場を後にする。

 

 ………………胸を刺激し続ける鋭い痛みに思わず叫び出したくなるのを必死に我慢しながら。



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18話 鍛冶屋のネズハ

 バチンッ! いう音と共に頭の中の奥底にあるスイッチが切り替わる。そして、それと同時に周囲の動きも軌跡を描きながら酷くゆっくりと進む。

 

 ゾーンに入れた事を感じるとストレージの中から剣を引っ張り出して一度大きく深呼吸をしてから目の前の大岩に向けて構える。

 

 狙うは先程からずっと殴り続けていた一点。元より壊れやすい箇所であったのに加えて、ダメージを与え続けていたために大きなヒビが入っている場所だ。

 

「はあっ!!」

 

 そこに全力の《サイクロン》を叩き込むと、鋭い音と共に剣は岩の半ばまで深々と食い込む。

 

  たったそれだけだ(・・・・・・・・)

 

「たったの一撃でその鬼畜な岩に大きな切れ目を入れてしまうなんてナ。いやはヤ、キー坊から話は聞いていたけど、とんでもないことしているネ」

 

 突然、背後から声がしたため驚いて振り返る。だが、そこには誰もいない。

 

「コッチ、コッチだヨ」

 

 再び背後から声が聞こえたため、再度振り返る───というより、元々向いていた方向に向き直ると、顔の真下に金褐色の短めな巻き毛をした頭部があった。

 

「うおっ!? アルゴ!?」

 

「ニャハハハハ! 必殺技の開発に夢中で、《 看破(リピール)》の修行が疎かだヨ。最も生半可なレベルじゃオレっちの《 隠蔽(ハイディング)》は見破れないけどネ」

 

 アルゴはそう言ってケラケラ笑う。本人が言う通り、彼女の隠蔽スキルはかなりのものではあるが、だからと言ってこうも簡単に真後ろを取られてしまうのは何だか悔しい。これを期に看破のスキルも頑張って上げてみるべきかもしれないな。

 

「こんな所で何か用でもあるのか? この辺に体術スキルのクエスト以外で情報屋が欲しがりそうなもんは何も無いと思うけど?」

 

「理由なんてもちろン、アシュ郎君の様子を見に来たに決まってるじゃないカ」

 

 アシュ郎って…………。

 

「…………キリトのやつといい、また変なニックネームを考えたもんだな」

 

「流石のオイラもオマエみたいな大きな子をキー坊みたいにお子様扱いにはできないからネ。あっ、でモ、オネーサンに存分に甘えたいってことなら考えてあげなくもないヨ」

 

「…………オレ、アシュ郎。コンゴトモヨロシク」

 

 流石にこの歳でちびっ子扱いは恥ずかしいにも程がある。しかし、そう言うアルゴは一体何歳なのだろうか? 見た目は中学生か少し身長の高い小学生くらいしにしか思えないが、それに反して頭脳はかなりのものであるし、やはり身体の小さな大人なのだろうか?

 

 疑問には思うが本人に訊いたらきっと『女の子に年齢なんて訊くもんじゃないヨ』と怒られた直後に『十万コル払えば教えるヨ』と言ってくるに違いない。

 

「それで、新技についてはどうなんだイ? 見たところ岩に切り込むこともできているみたいだシ、これなら何かしら役に立つこともあるとは思うケド?」

 

「…………いや、こんなんじゃ全然ダメだ。ボスに通用する様にならないと意味がない。それに、そもそもゾーンに入らないと壊れやすい箇所が分からないってのに、リアルにいた頃よりも入るのに随分と苦戦する様になっちまってる」

 

 そう、一番の問題は思う様にゾーンに入る事が出来なくなっている事だ。

 

 野球をやっていた頃はバッターボックスに立った瞬間にスイッチが入ってゾーンになれたのに現在では簡単にはなれなくなっている。ついさっきだって、何時間も無心で岩を殴り続けていた結果入れたのだが、そこまでしなければ使用できない技なんて実戦では到底使えたものではない。

 

「ふ〜ン…………。なア、アシュ郎は簡単にゾーンって言うけどサ、そもそモ、それってアスリートが心身共に絶好調の時にしかなれないものダロ? 体についてはともかくとしテ、心の方に関してはオレっちにはどう見たって万全そうには見えないけどナ」

 

「──ッ!?」

 

 まさに痛い所を突かれたと言うべきか、アルゴの言葉がグサリと突き刺さる。

 

「………………引きずっちまってるって事は自分でも分かってるさ。……だけど、だからってどうすりゃ良いんだよ。忘れようったって忘れられる訳がねえ! だって、アイツは俺が───」

 

 俺が殺した様なものだ。そう言いかけた口に人差し指が当てられる。すぐ真下から見上げる形で悪戯っぽく微笑むアルゴの顔が余りにも近くて、思わず心臓がドクンと大きく飛び跳ねた。

 

「辛いこと程忘れられないものサ。ケド、心の整理をすることくらいはできる筈だヨ。今のアシュ郎に必要なのは心の傷を癒す時間だと思うんダ」

 

 ………………言葉が出なかった。

 

 他の奴に言われたとしたら『人の気持ちも知らないで勝手な事を言うな』と内心で毒づきながら適当な返事をしていただろうが、何故かアルゴの言う事には無視できないものを感じられた。

 

「辛い時にはとりあえず何か美味しい物でも食べてしっかり寝ることをおすすめするヨ。幸いこの第二層はモーモー天国だからネ。美味しいステーキを出すお店が沢山…………そういえば、ブルバス・バウの討伐に参加してたっケ。あのボス、高級な肉を鬼ほどドロップするからステーキは要らないかナ?」

 

「ああ、そういえば結構な量あったけど、あれもう全部食っちまったぜ」

 

「エ?」

 

「え?」

 

「…………そ、それならスイーツなんてどうかナ? 物凄いデコレーションかつ味も最高でオマケに幸運バフまで付く特大ショートケーキから油断すると悲惨な目に合う程クリームたっぷりのお饅頭までグルメ情報は網羅してるヨ。代金は…………例の技が完成した時にそのコツを教えてくれれば良いヨ」

 

「…………分かった。その情報、喜んで買わせていただきます」

 

「ニャハハ! まいド!」

 

 結果的にアルゴに良い様に手玉に取られて情報を買わされてしまったと思わず苦笑してしまう。確信は無いけども、きっと俺は将来的にこいつの常連客になってしまうんだろうな。

 

「それにしても、アルゴってなんつうか貫禄あるな。もしかして、お前本当に俺より年上だったりするのか?」

 

「おっト、ダメだロ、アシュ郎。女の子に年齢なんて訊くもんじゃないヨ。…………まア、それはそれとしテ、知りたかったら十万コル払ってもらおうカ」

 

 

 

 

   ─────────────────

 

 

 

 

 

 アルゴの助言に従い、羽を伸ばしに街まで歩いていけば時刻はもうすぐ十九時になろうとしていた。

 

 ここからキリト達かレジェンド・ブレイブスと合流するかとも一瞬考えたが、時間としては食事はもう食べ終わっているかお腹を大体満たして後はゆっくり酒でも煽っている頃合いだろうし、今更割って入って晩御飯を食べ始めたら流石に気まずいものがあるので何処か良さげな店を探して一人で済ますとしよう。

 

 さて、そうと決まれば後は何を食おうか───

 

 カァン、カァン、カァン、カァン

 

 夕食の事を考えていると鉄を叩く小気味良い音が耳に入ってきた。

 

「ん? あれは確か最近出てきたプレイヤーの鍛冶屋…………あっ」

 

 そういえば、剣の耐久値そろそろヤバめだったな。それに考えてみればメインウェポンを岩に打ち付けてもしもの事があれば一大事だし、ここらで練習用の両手剣も買っておくべきだろう。

 

 背負っていた両手剣を外し、鍛冶屋の露店へと歩み寄る。広げたカーペットに座り込む男の傍らには立て看板があり、《Nezha,s smith shop》という店の名前と料金の一覧が書いてある。

 

 ネズハと読むのだろうか? ローマ字表記のプレイヤーネームを読むのは少し苦手だ。

 

「い、いらっしゃいませ。お買い物ですか? それともメンテですか?」

 

 お客が来た事に気が付いた鍛冶屋さんは先程まで打っていた投擲用ナイフを腰のナイフホルダーにしまうと少しぎこちない愛想笑いを浮かべる。

 

 ネズハ氏は俺とそんなに変わらない年齢らしく、どこか自信が無さそうな丸い顔にずんぐりとした小柄な体型、着ているものは地味な茶色の革エプロンと言っては何だがかなり地味なプレイヤーだった。アインクラッド初の鍛冶屋プレイヤーだという話を聞いていたので、なんとなく頑固一徹な職人のお爺さんを想像していたのでちょっと驚きだ。

 

「武器のメンテを頼む。後、一番安上がりな両手剣があればそれも欲しいな」

 

「承りました。それでは武器をお預かりします」

 

 ネズハは何故かほっとした表情を浮かべると、 鉄床(アンビル)の上に研石を置くと渡した剣を少しずつ丁寧に研いでいく。武器の研ぎ上げには特にテクニックの様なものは必要なく、一定時間砥石に当て続ければ完了するらしいのだが、ここまで丁寧に扱うのはプロとしての誇りなのだろうか?

 

「あの…………つかぬ事をお聞きしますが……あなたは攻略チームのアシュロンさん……ですよね?」

 

「え? …………あ、ああ。そうだけど……」

 

「噂は予々お聞きしています。なんでも第一層のフロアボス戦では大活躍したみたいですね」

 

「………………別に。そんな大した事はしてねえよ」

 

 思い出したくもない第一層フロアボスの話が出てきて思わず顔をしかめてしまう。色々噂になっている俺に会ったのなら当然その話をしたくなるのかもしれないし、悪気があって聞いている訳ではないだろう。それでも何だが居心地が悪くてメンテが終わるのがもどかしくなってしまう。

 

「僕は戦うことが出来ない人間なので、攻略のために戦えるだけでも尊敬してしまいます。楽しそうに剣を振るって、それでみんなの役に立てたら……きっと気持ちいいんでしょうね。

 ………………本当に羨ましい……」

 

「…………っ」

 

 思わず怒鳴り付けたく気持ちを必死に押さえ込む。フィールドは常に命懸けの場所だ。いつ死ぬかも分からないのに気楽に戦っていられる筈がないし、

 …………本当に好きな事をしていられたのなら、きっと俺は《 ソードアート・オンライン(このゲーム)》をプレイしていなかった。

 

「お待たせしました。こちらお返しします」

 

「………………ああ、ありがとう」

 

 本当は何も話したくはないが、それでも感謝の言葉を喉の奥から何とか絞り出す。後は適当な武器を買ってさっさと立ち去ってしまおう。

 

「それと後お手頃な両手剣をご所望でしたね。それでしたら───」

 

「あっ! いた!」

 

 聞き覚えのある澄んだ声と共に背後より二人のプレイヤーがこちらに走ってくる足音がする。

 

「ごめんなさい! 先にわたしの剣を───ってアシュロン君!?」

 



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19話 涙

「アスナ? どうしたんだよ、そんな血相変えて?」

 

 剣を買ってさっさと立ち去ろうとした所で背後からアスナが駆け込んできた。その後ろにはキリトが「そんなに慌てなくてもまだ大丈夫だって」と言いながら付いてきている。

 

「ごめんアシュロン君、バフの時間があるから先に強化させて!」

 

「…………ああ、成る程。構わねえよ、それなら先やってくれ」

 

 ありがとうと一言感謝を述べると、次の瞬間アスナはネズハにむかって早口で強化内容を伝える。

 

 ボス戦後にケーキでも食べようなんて話してたが、この二人は幸運判定ボーナスが付与される《トランブル・ショートケーキ》を食べて、その効果を強化に使おうと考えた様だ。しかし、あのケーキはフィールドボス戦の稼ぎのほとんどが吹っ飛ぶくらいお高いらしいのに良く食べに行ったな。

 

「それにしても水臭いな。こっちに来てたのならメッセージで教えてくれれば良かったのに」

 

「いや、ついさっき来たばっかなんだよ。それにお二人のお邪魔をするのも気が引けたからな」

 

「なっ!? べ、別に俺とアスナはそんな関係じゃないぞ!!」

 

 キリトがムキになって否定するが、そんな事よりもこれからアスナのレイピアの強化が始まる様だ。

 

 ネズハはアスナから受け取った素材をざらざらと炉の中に焚べる。この瞬間赤く燃えていた炎が強烈な光の後に強化に合った色へと変化するのだが、今回は《 正確さ(アキュラシー)》強化の青色だ。

 

 俺も自身の剣を鍛えるために強化は何度か経験した事があるのだが、最初は変化する際の強烈な光を直視した結果、眩し過ぎて暫く悶えた事があったため、それからは咄嗟に視線を逸らす様にしている。

 

 もちろん、今回も同じ様に光を見ない様にする。だからこの時に───

 

(あれ? 今アイツ……………)

 

 ほんの小さな違和感を感じた。だが、ネズハは特に気にせずにレイピアを青い炎に当て、剣が輝くと同時に鉄床に乗せてハンマーで叩き始める。

 

「《強化試行上限数》まであと何回残し?」

 

「あと二回……+6にするには失敗出来ないわ」

 

「添加剤は上限数まであるから成功確率は九十五パー……あのお高いケーキの加護を加味すると九十七パーはあるかもな。なんにしろ、やれることは全部やったんだ。きっと大丈夫だよ」

 

「やれること…………ね」

 

 アスナはポツリと呟くと、隣にいたキリトの左手の薬指と小指をきゅっと掴んだ。

 

「ア……アスナさん? これは一体……?」

 

「あなたの幸運もちょっと貸して」

 

 …………これで良くそんな関係じゃないなんて言えたな。

 

 目の前で行われる甘いやり取りに野次の一つでも飛ばしたくなるが、色々と世話になっている二人の恋路だ。ここは温かい目で見守ってやるべきだろう。

 

 一方でネズハはというと、ラブコメみたいな雰囲気に飲まれる事なく一心不乱に青く輝く刀身を叩き続けている。強化に必要な打撃数は十回。こちらもメンテナンスと同じく技術は必要ないのだが、それでもネズハは真剣に剣を打っていた。

 

 そして、規定の回数を打ち終えて皆が強化結果に息を呑む中、アスナのレイピア《ウインドフルーレ》は───

 

 ───パリン

 

 儚い、いっそ美しいとさえ言える澄んだ金属音を放って、先から柄に至るまでが粉々に砕け散った。

 

 

 

 

 

   ─────────────────

 

 

 

 

 

 キリトが茫然自失したアスナの手を引いて宿屋へと向かう。

 

 数分前の楽しそうな雰囲気は幻であったかの様に二人とも終始無言でいて、そんな光景を後ろから見ている俺も何と声を掛けて良いのか分からないでいる。

 

 ───アスナのレイピアは強化の失敗により跡形も無く消え去ってしまった。

 

 地面に頭を打ち付ける様に何度も何度も土下座をして必死に謝罪をするネズハに対して、キリトは強化の失敗で武器が消滅するなんてあり得ない、そんなペナルティは一度も起こった事はないと自身がベータテスターである事を明かしてまで説明を要求する。

 

 そんなやり取りのすぐ隣で当の本人であるアスナは光を失った目で空気に溶けていくかの様に消えていく《ウインドフルーレ》の破片を黙って眺めていた。

 

 そうして、結果的に強化は最悪の失敗で終わったものの一生懸命に仕事をしたネズハに非はないとしてその場を後にし、明日新しい剣を見繕うために今日はゆっくり休んでもらうという流れになった。

 

「…………あのさ」

 

 繋いでいた手を放し、一人暗い部屋に入ろうとするアスナにキリトが声を掛ける。

 

「これは自惚れかもしれないけど……置いて行ったりしないからな」

 

 扉が閉められる瞬間、こちらを振り返った彼女の顔には…………

 

 

 

 

 

   ─────────────────

 

 

 

 

 

「おい、待てよキリト! 一体何処行く気だよ!?」

 

 アスナと別れた直後にキリトは首を振って付いてくる様にとジェスチャーをして目的も告げぬまま足早に宿を後にする。

 

 これから宿へ向かう人の波を掻き分けながら他のプレイヤーの目も気にせずビーターの証である《コート・オブ・ミッドナイト》を装備する姿には鬼気迫るものを感じる。まさか、こいつアスナの剣を折ったネズハに落とし前つけさせようとか考えてないよな?

 

「アシュロン、教えてくれ! ネズハ……あの鍛冶屋はあの時、お前みたいにシステム外の方法でウインドフルーレを破壊できたか!?」

 

「はあ!? 何言って──」

 

 キリトの言っている事が分からず聞き返してしまうが、すぐにその真意を理解する。

 

 正式サービスにて追加されたと思われる最悪の失敗《消滅ペナルティ》、キリトはまだそれに納得していないのだ。

 

 確かにベータでは無かった武器破壊のペナルティが何のヒントも無く追加されていて、その最悪の結果がよりにもよって最大限の好条件を用意したアスナに降りかかるなんて偶然にしては余りにも酷すぎる。

 

 だが──

 

「そりゃ無理だ。俺でさえソードスキルでやるか何時間も殴らなきゃ壊せない。そこらの生産職が全力でカンカンしたからって出来るもんじゃねえ」

 

 脆い印象を持たれがちだがレイピアは立派な武器だ。ましてやアスナが使用していたウインドフルーレは第一層でレアモンスターからしかドロップしない武器であり、耐久値を含めた全ステータスはそこらの同種の比では無い。そんな物を俺より筋力値が低いプレイヤーが簡単に折れる訳がない。

 

「確かに酷い話だとは思うけどよ、やっぱり追加のペナルティがあったって方が自然じゃねえかな」

 

「いヤ、それは無いネ」

 

「何でそう断言───って、アルゴ!?」

 

「ニハハ、良いリアクションありがとヨ」

 

 気が付かぬ間に隣を歩いていたアルゴに驚いてしまう。修行場での事と言いアルゴは隠蔽で相手を驚かすのが趣味なのか? 趣味なんだろうなぁ。

 

「アンタ程の情報屋が有り得ないって言い切れるってことは、やっぱり武器破壊なんてペナルティは存在しないんだな?」

 

「あア、それはベータ版だけじゃなくて正式サービス版でも検証済みなんダ」

 

「でもよ、俺達全員が目の前でウインドフルーレが破壊されたのをこの目で見たんだぞ。壊れたのはバグだって言うのか?」

 

「それについては順を追って説明させて貰うヨ。───ット、あれが例の鍛冶屋さんダネ。ヘエ、常習犯って割には随分と大人しそうな顔してるナ」

 

 気が付けば俺達はネズハが店を広げている広場の裏路地にいて、キリトとアルゴは物陰からこっそり奴の様子を覗き見ている。俺は二人とは違って隠蔽スキルを持っていないため同じ様に身を乗り出せずもどかしさを感じてしまう。

 

「常習犯ってことは……」

 

「…………キー坊の嗅覚は正しいヨ。この短時間に返事があった中だけでも既に七件、フロントランナーを中心にハイレベルのプレイヤーたちが主武装を失っていル。それも鍛え上げたレア装備ばかりサ」

 

「なっ!?」

 

 それはつまり、この一連の出来事は全てネズハが仕組んだ事だと言う事か。

 

 この瞬間、頭が沸騰し内臓がひっくり返ってしまいそうな程の怒りが込み上げてくる。

 

 別れる時……アスナは 泣いていた(・・・・・)

 

 アスナは強い女の子だ。どんなに酷い目に合ってもけっして弱音を吐かず常に真っ直ぐ前を向いて戦っていた。そんなアスナが俺達に涙を見せてしまう程に自身の相棒を失ったのがショックだったのだ。

 

 そんな非道を奴は事故に見せかけて行っていた。しかも、アスナだけではなく最低でも七人も同じ目に合わせている。到底許せる訳がない。

 

「いや、待てよ。攻略集団の戦力を殺いで誰が得する? 現実世界が遠ざかるだけだろ?」

 

「殺ぐ……意外に何か目的があるのかもしれないネ。…………さっきの質問の答えだけド、武器破壊がシステム的に起こる条件が一つあル。【強化対象の武器が既に強化上限回数に達していること】、つまり エンド品(・・・・)の強化を試行した場合だヨ」

 

「そんな馬鹿な!? アスナのウインドフルーレがエンド品とすり替えられてたって言うのか!? そんなこと一体どうやって………………あぁっ!!」

 

 何かに気が付いたのかキリトが数秒の間口をあんぐりと開けたままフリーズし、それが終わるや否やメニューウインドウを開いて何やら確認した。

 

「確か強化を試行したのが十九時丁度……まだ間に合う! アルゴ、俺はアスナの所に行く! 悪いがそのままネズハを見張っててくれ!」

 

「お、おい、キリト! ……たく。すまん、俺もちょっと行ってくる!」

 

「あいヨ、ここはオレっちに任せてくレ」

 

 アルゴの返事にサンキューな! と返して慌ててキリトを追いかける。だが、キリトと俺の敏捷値には大きな差があり、ぐんぐんと引き離されて遂には後ろ姿すら見えなくなってしまった。

 

 目的地は分かっているが、そこで何をするかは想像出来ない。こんな事ならもっと敏捷にステを振っておくべきだった。

 

 宿の階段をほとんど這い上がる様にして登れば、アスナの泊まっていた部屋のドアが大きく開かれたままなのが目に入る。キリトの奴はそこまで急いで一体何をする気だ?

 

「おいキリト! 説明も無しに一人で───何この状況っ!?」

 

 部屋の中にはこんもりと積まれた装備やアイテムの山───主に女性物の下着が目に入る──があり、その山を漁るキリトと後ろでワナワナ震えながらどう処そうかと思案しているらしきアスナの姿があった。

 

 ………………何故キリトはこんな手の込んだ自殺をしようとしているのだろうか? 死にたいのなら外周から飛び降りればすぐなのに。

 

「ね、ねえ……きみ…………もしかして死にたいの……? 殺されたいヒトなの……?」

 

「まさか!」

 

 そう叫びながらキリトは山の中から何かを引っ張り出してアスナの前に差し出す。

 

「………………うそ…………」

 

 アスナは限界まで目を見開き、ほとんど音にならない短い声をこぼす。

 

 まるで目の前の物が触った瞬間に消え去るのではないかと恐る恐る手を伸ばし、しっかりと触れると理解した瞬間それを強く抱き抱え──静かに涙を流した。

 

 ───手に持っているのは折れた筈のウインドフルーレだった。

 

 



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20話 真相を探れ

 もう二度と戻ってこないと思っていたレイピアが奇跡の復活を果たして数分後、人目を気にせず泣いていたアスナもやっと落ち着きを取り戻した。

 

 この感動的な再会の立役者であるキリトにこれ以上ない程の感謝を込めてハグなどの親密な関係へと発展するやり取りがあるのではないかと予想していたが、どうやらこの状況に至るまでの経緯が悪かったらしく「怒り九十九Gに対して喜び百Gだから、差し引き一G分だけ感謝する」と何とも微妙なトータルとなった。

 

 単位がGなのは衝撃加速を表しているらしく、怒りが上回っていたらその分だけぶん殴っていたとも言っている。怖い。

 

 そんな奇跡的に生存したキリトはと言うと「アルゴを交えて今後のことを話す必要があるし、とりあえず夜食を買ってくる」と出て行った。きっとアスナ様のお怒りが静まるまでの時間を稼ぐつもりだろう。

 

 そういう訳で、現在この部屋には俺とアスナしか居ない。

 

「……色々あったけどさ。とりあえず、それ戻ってきて良かったな」

 

「ええ、本当に良かったわ。…………この子はね、第一層のボス戦の時に再会した親友がくれた物なの」

 

 アスナの親友。確か元ベータテスターの奴で攻略の途中でアスナはそいつに裏切られてしまったと以前話してくれたな。俺が塞ぎ込んでいる間にそんな事があったのかと今更ながら驚く。

 

「裏切られた時、わたしよりもレアアイテムを優先したんじゃないかってずっと思っていたけど本当はわたしの為にこの子を取ってきてくれてたって知って凄い嬉しかった。…………この子はわたしとあの子の仲直りの証。だから、壊れちゃった時この子と戦えなくなった悲しみの他にもあの子との絆が消えちゃったんじゃないかって恐怖もあったの。そんなことある筈がないのにね」

 

 最後の言葉はどこか自嘲気味に話しているが、そんな苦しみを抱えていた彼女の事を一体誰が笑うだろうか。それ程までに大切な剣がアスナの元に戻ってきた事を喜ばしく思うと同時にネズハが行った事を余計許す訳にはいかなくなった。

 

「しっかし、そんなに大切な剣だったのならキリトの奴が激怒してたのも納得だな。別れてからのアイツ凄かったんだぞ。街中でフル装備になってさ、てっきりネズハの指を詰めに行くのかと思ったぜ」

 

「ふふ、もう。SAOじゃ指が欠損したって時間経過で元に戻るでしょ。……でも、確かにわたしの為に頑張ってくれたみたいなのに、いくら怒っていたからってちょっと無愛想すぎたかしら」

 

 冗談気味に話をした甲斐があってかアスナは軽く笑ってくれた。こうしてほんの少しでも元気を取り戻せたならキリトと共に気不味い空気の部屋から脱出せず残って話をした甲斐があったというものだ。

 

「所でアスナさん。もう良い加減毛布から顔出しても良いんじゃないでしょうか?」

 

「い、嫌よ! だって……いっぱい泣いた後だから目が腫れてるかもしれないし……」

 

 いや、SAOだとそんな事にはならないから。

 

 そんなツッコミを入れたくなった所で、『コンコン』とやや遠慮気味に部屋のドアがノックされる。

 

「──っ!! ……誰?」

 

「お……俺です。キリトです。……入っても良いですか……?」

 

「…………入って」

 

 アスナ様のお許しを得てキリトが大きな紙袋を抱えながら恐る恐る入ってくる。

 

「こちらお夜食です。お話が長くなるかもだしちょっとお腹に入れておいた方が良いかと思いまして……。あ、いや、別に要らなければ無理して食べる必要もないと言うか───」

 

「いいえ、いただくわ。…………その、ありがと」

 

 湯気が立つ大ぶりな包みを受け取りながらアスナは顔を合わせる事なくぼそりと呟く。だが、それでも感謝の気持ちは伝わったのかキリトも緊張がほぐれて笑顔になった。

 

「どういたしまして。それ《 タラン(ここ)》の名物らしくてね。名前はさしずめ《タラン饅頭》ってところかな。ベータの頃には無かったものだけど、牛ステージの名物だから牛肉まんかな?」

 

「ああ、タラン饅頭か。それなら中に入ってるのは肉じゃなくてカスター──」

 

「うにゃあ!?」

 

 突然、可愛らしい奇声が聞こえ、俺達はぎょっと視線を向けた。見れば、饅頭をホールドしたまま硬直するアスナの顔から首元にまで粘度の高いクリーム色の流動体がベッタリと付着している。

 

 その妖しい光景に動けないでいる中、アスナは泣きそうな顔のまま口をモゴつかせて齧った皮とクリームを頑張って飲み込み───

 

 ───ガタンッ

 

「はわワ……」

 

 最悪のタイミングで来てしまったアルゴが入り口前に立ったまま青い顔で絶句していた。

 

 ………何かこんな事、前にもあったな。

 

 

 

 

 

   ─────────────────

 

 

 

 

 

 クリームの処理が終わり次第、野郎二人には鉄拳による制裁が加えられると覚悟していたのだが、どうやら当の本人はもう怒る気力も湧かないのか枕に顔を埋めていじけてしまった。罪悪感が凄まじくていっそ殴られた方がマシだぞこれ。

 

「そっカー、今日は災難だったネ、アーちゃん。それにしてもアシュ郎も酷いネ。タラン饅頭のことならちゃんと教え───」

 

「そんな事よりそろそろ説明してくれ。何であの時、破壊された筈の剣がアスナのストレージから出てきたんだ?」

 

 何はともあれ、ようやくアルゴも来た事だし、ずっと気になっていた一連の出来事の詳細な説明を求める。話の持っていき方が無理矢理? 何の事かな?

 

「…………まあ、掻い摘んで説明すると、二人も何となく察してるとは思うけどあの時壊れたのはアスナのウインドフルーレじゃなくて、すり替えられたエンド品だったんだ。ネズハは何らかの方法で客の武器とエンド品を入れ替えてから強化を行い、あたかも失敗ペナルティで消滅したように見せかけてレア武装を騙し取るアインクラッド初の《強化詐欺師》って訳だ」

 

 強化詐欺とは装備の強化を代行する際に預かった武器や素材を騙し取る行為の事だろう。だが、方法は何であれ、盗んだのなら剣はネズハのストレージの中にある筈だ。それが何故アスナのストレージから出てきたのかが分からない。

 

「それで、ウインドフルーレを取り戻した方法なんだけど、アイテムって実は単に所持しているだけの《所有権》の他に《装備権》っていってそのアイテムを 装備している(・・・・・・)プレイヤーの権限があるんだ。そして、その権限が生きている間にだけできる救済処置、例えばダンジョンなんかで武器を無くした時にそれを取り戻せる裏技がある。それがアスナにやってもらった《所有アイテム全オブジェクト化》だ」

 

「使用するには階層の深いところまで操作しなきゃいけないシ、アイテム全部足元にぶち撒けなきゃいけないから使い勝手の悪い最終的救済手段だけどナ」

 

 成る程、それで下着をひっくるめた全てのアイテムがアスナのストレージの中から出てきてた訳か。何だか現実的なSAOらしくない魔法みたいな方法だが、レアなアイテムを落としてしまった時なんかには重宝しそうだ。

 

 これでウインドフルーレが戻ってきた方法はよく分かったが、未だ一番の問題であるすり替えトリックを見破れていない。

 

「ネズハはあの時、俺達全員の前で強化を行なっていたんだ。すり替えようってたって、そんな事できるタイミングなんて無かった筈だぜ」

 

「いや、それがあったんだ。思い出してくれ、炉に素材を入れた瞬間、俺たち全員があの光の方に夢中になって剣の方を見ていなかった筈だ。その時にきっと入れ替えたんだと思う」

 

「炉に入れた瞬間…………ああっ!!」

 

 あの時の記憶を掘り起こした瞬間、身体に電流が走る。何故自分は忘れていたのだろうか。炉が青い光を放った時、俺はその光を直視しない様に目を逸らした。その時気が付いていたのだ。

 

「……あの時アイツ左手で(・・・)何かしてた!」

 

「なに!? 本当か!?」

 

「ああ。左手で剣を持ったまま人差し指を使ってウインドウをタップする様な仕草だった。……ただ、なんかボヤけて見えていたせいで実際には何をしていたかはさっぱりだ」

 

 野球部に所属していた頃は暇さえあれば視界を広げるトレーニングをしていたため、視界の広さには自信があったのだが、何故かこっちの世界に来てからは少しボヤけ気味だ。

 

「よく見えなかったのは仕方がないヨ。SAOは《ディティール・フォーカシング・システム》を採用しているからネ」

 

「ディディ……フォカッチャ……?」

 

「《ディティール・フォーカシング・システム》。広大なSAOの景色をいちいち精緻なオブジェクトとして出力してたらシステムリソースがいくらあっても足りないからな。プレイヤーが興味を持って視線を凝らした対象物にのみリアリティなディティールを再現しているんだ」

 

 そんな事までしてんのかよこのゲーム。SAOには驚かされてばかりだ。

 

「トリックのキモが左手にあるって分かったのはデカいな。何回タップしてたかくらいは分かるか?」

 

「ん〜、俺も本当にチラッと見えたくらいなもんだから断言できねえけど、多分ワンタッチとかそれくらいじゃねえかな?」

 

「ワンタッチ……たったそれだけで武器を……いや、武器だからこそ……そうか! 《クイックチェンジ》だ!」

 

クイックチェンジ。確かそれって武器系統のスキルのmod……強化オプションの一つだ。効果はストレージ内にある武器を瞬時に取り出せる…………。

 

「そうか! それで自分のストレージ内にある同じ種類のエンド品と入れ替えてたって訳か!」

 

「発動に必要なメニューウインドウはカーペットと売り物の間に隠せば良いシ、modのエフェクトは炉の光と音で掻き消ス。……案外単純なトリックだけどモ、こんなことを思いつくとは天才的だネ」

 

 恐ろしいとでも言う様なアルゴの評価も尤もだ。少し練習しさえすれば誰にでも出来てしまいそうな方法でありながら武器スキルmodを利用して主武装をまるまる掠め取ろうなんて発想はなかなか考えつくものではない。しかも、それをこんな序盤に戦士ではなく鍛冶屋がやるのだ、騙された大多数のプレイヤーは疑う事すらもしなかっただろう。

 

「だけど、これでもう完全に尻尾は掴んだんだ。これ以上被害が広がる前にネズハの奴をとっ捕まえちまおうぜ!」

 

「いや、ここは慎重にいこう。確かに手口は判明したけどそれはまだ俺たちの憶測でしかない。所持アイテム全オブジェクト化だってチートくさい所があるし場合によっては破壊された武器はこの方法で復元できるなんて言い逃れをされるかもしれない。そこまで追い込んだ状態で取り逃がした場合…………」

 

「ネズハは証拠の隠滅をするかもナ。そしテ、詐欺が公になった頃には盗られた武器の返済方法が無くなリ、懲罰システムも無いSAOで罪を償わせるために行われるのは……処刑(・・)……罰としてのPKダ」

 

 処刑という言葉に思わず息が詰まり、同時に未だ枕に顔を埋めているアスナの肩もビクンと震える。

 

「そうならないために俺が次のスキルmodでクイックチェンジを習得して、言い逃れができない様に現行犯で捕まえる。そして取り返しのつく形で償いをさせる」

 

「うん…………きっと、その方が良いと思う」

 

 枕から顔を上げたアスナはどこか悲しげな表情でストレージから一本の投擲用ナイフを取り出した。

 

「あの優しそうなヒトが好き好んで他のヒトの大切な物を盗むとはどうしても思えないの……。犯罪をしなければならなかった理由があるのなら、それもはっきりさせたい……」



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21話 勇者になれなかった男

「強化、頼む」

 

 ガシャンガシャンと重金属系鎧特有の喧しい音を立てながら分厚いプレートメイルにグレートヘルムまで装備した男がぶっきらぼうな言葉と共に鍛冶屋ネズハに鞘ごと剣を突き出す。

 

 怪しい男の注文に面食らっていたネズハだが、《そういう趣味の人》と自分を無理矢理納得させながら出されたアニールブレードを受け取り──その剣のプロパティに思わず息を飲んだ。

 

「アニールの+6……試行二回残し、ですか。しかも内容が…… SS(鋭さ)3、 D(丈夫さ)3。使い手を選ぶでしょうけど、凄い剣ですね」

 

 言いながらわずかに唇を綻ばせてしまう。

 

 片手直剣最高レベルのアニールブレードを更にこれだけ見事に強化しているのだ。間違いなくかなりの根気とかなりの幸運が必要となる。しかもこの強化過程を考えると今までシステムによるアシスト無しの本人の実力だけで戦い抜いたという事であり、この剣の持ち主は顔を隠しているために誰だか判別できないが、きっと相当名の知れたプレイヤーなのだろう。

 

 だが、そんな感嘆はわずか一秒後には消え去り、代わりに浮かんだのはどうしようもない罪悪感。

 

 これ程までに素晴らしい剣とそんな剣の持ち主に自分はこれから──

 

「………………強化の種類は、どうしますか?」

 

「スピードで頼む。素材は料金込みで、九十パーぶん使ってくれ」

 

「……解りました。確率ブースト九十パーセントだと、料金は……手数料合わせて、二千七百コルになります……」

 

 自分が言った台詞に心の中で自嘲する。何が手数料だ。まるで 強化を成功させる(・・・・・・・・)みたいではないか……。

 

 男は了承し、トレードウインドウから提示された金額と必要な強化素材を出してくる。

 

「…………二千七百コル、確かに頂きました」

 

 ぼそりと答えて、携帯炉に向かい合う。ごく自然な動きで、左手に握った剣をカーペットに所狭しと並ぶ商品の数センチ上にぶら下げた。

 

 アバターには無い筈の心臓がどっくどっくと暴れ回る。まるで主人を見捨ててこの場から逃げ出してしまいたいみたいだ。

 

 受け取った強化素材を炉にくべると眩い緑色の光が生まれる。その瞬間、左手の人差し指をすっと伸ばし、カーペットに並ぶ剣と剣の隙間を軽くつつく。これで終わりだ。ちらりと依頼主の方を覗き見るが分厚いヘルムで顔色は伺えず反応は分からない。

 

 グリーンの光が溜まった炉の中に握っている剣を横たえると緑色の輝きがすうっと刀身を包み込み、それを隣の鉄床に移動させ、一瞬のためらいの後、慎重に狙いを付けてハンマーを振り下ろす。

 

 カァン、カァン、カァン

 

 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい

 

 槌を振り下ろす度に心の中で懺悔する。騙してしまった目の前の男に……これから砕け散るであろう目の前の剣に。

 

 ……十回目。最後の槌音がカァーンとひときわ高く鳴り響き──鉄床の上の剣が儚く砕け散った。

 

「──す、すみません!! 本当にすみません!!」

 

 弾かれた様に土下座をし、地面に打ち付ける様に頭を下げる。男が目の前で起こった出来事を受け入れた瞬間、一体どれ程の罵倒が──

 

「いや、謝る必要はないよ」

 

「…………は……? でも……」

 

 呆然とするネズハをよそに男はメニューウインドウを操作する。すると着込んでいた鎧が溶ける様に収納されていき──

 

「あ……っ、あなたは……!?」

 

「悪かったな。騙すような真似して」

 

 最後に漆黒のコートを装備した男──キリトは最大限穏やかな口調で話ながらメニューウインドウを再度操作し、武器スキルmod──《クイックチェンジ》を発動する。

 

 しゅわっ! という控えめなサウンドと共に右手に出現したのは砕け散った物とは別の──キリトの物であるアニールブレードだ。

 

 ネズハの顔が大きく歪む。

 

 そんなネズハの背後にある建物の窓が開かれる音がし、キリトがそちらを向いたのに釣られて同じ方向を向けばそこには数日前にウインドフルーレを騙し取った客──アスナの姿があった。

 

「…………は……はは……」

 

 全てを察して思わず乾いた笑みを浮かべる。

 

 あのレイピアがストレージの中から消えた瞬間、いずれこうなる事は分かっていて……もしかしたら、心の何処かでそれを望んでいたのかもしれない。

 

「アンタの手口は全部見破った。さあ、署までご同行願おうか」

 

 

 

 

 

   ─────────────────

 

 

 

 

 

  尋問のために取っておいた会議用の部屋には現在、容疑者のネズハの他に俺、キリト、アスナ、アルゴの計五人が居る。強化詐欺の手口の答え合わせを軽く行い、そして最も重要な盗品の行方について白状させたは良いものの……。

 

「……要するに騙し取った武器は全部換金して飲み食いやら宿代やらで豪遊してほとんど残っていないと、そう言うんだな?」

 

「…………はい……本当に申し訳ありません」

 

「攻略組の面々が文字通り命をかけて死に物狂いで鍛え上げた武器をお前は私利私欲で浪費したと?」

 

 キツい言い回しとなったキリトの言葉に小さな身体を更に縮こませて怯えるネズハ。

 

 実際彼のストレージ内を確認したが盗品らしい武器やそれらを売って手に入るであろう金額のコルは見つからなかった。だが──

 

「いヤ、それはないナ。ここ数日の身辺調査で君の質素な生活ぶりは確認させてもらったヨ。現在君はただ一人のプレイヤー鍛冶として市場を独占していル。それに加えての強化詐欺ダ。計算が全く合わなイ。だかラ、オイラたちは今こう疑っているんダ。君は荒稼ぎした金を誰かに貢いでいるんじゃないかってネ」

 

「そ、そんな! 一体誰に、何の根拠があって!?」

 

「《レジェンド・ブレイブス》つうチームがある。そいつらはみんなキャラネームに伝説の英雄達の名前を使っているんだ。《オルランド》に《ベオウルフ》、《クフーリン》って具合にな。何とも豪胆な連中だと思わねえか? ネズハ、いや《 ナーザ(・・・)》」

 

「──ッ!!」

 

 隠された本当の呼び名を呼ばれた英雄は驚きの余り大きく目を見開いた。

 

  哪吒(ナタク)。正しくは ナーザ(・・・)

 

 中国のファンタジー小説『封神演義』に登場する少年の神であり、堂々たる《伝説の勇者》である。

 

 検索エンジンの無いこの世界でNezhaの文字をナーザと読める奴はきっとほとんど居ないだろう。あのアルゴですら自身が頼りにしているブレーンから聞かされるまで知らなかったと言うくらいだ。

 

 だが、こうして真の名を発見した事によってキリトはネズハが最初から生産職を志していた訳ではなく、戦闘職になるつもりが、何らかの事情で鍛冶屋にならざるを得なかったのではないかと確信したらしい。

 

「オレっちが調べた所だト、フロントランナーたちの高価な武器が強化失敗で破壊される事件が始まった時期とブレイブスが台頭し始めた時期はピタリと一致するんダ」

 

「それに聖騎士様が言ってたぜ。ブレイブスは元々別のゲームで組んでいたチームだって。俺も知ってるゲームだったけど、あれは確か六人一組で遊ぶもんだった筈だ。五人揃えて残り一人を野良で済ますなんて考えられないし、そうなると必然的にあと一人メンバーがいた訳だ。それがお前なんだろ?」

 

「…………そこまで、分かっていたんですね」

 

 ネズハはそう小さく呟くと力無く項垂れる。それは正に肯定の証だ。

 

「…………正直に話してくれ。君たちはなぜ強化詐欺(こんなこと)ができたんだ? 君たちのパーティーの中でなぜ君だけがこんな不正を働くリスクを背負ったんだ!? 何か見返りを約束されているのか!? それとも何か弱みに付け込んで汚い仕事を強要しているのか!?」

 

「ッ!? 違う、彼らはそんな……っ!! ……ぁ」

 

「やっぱり、違うのね」

 

 これまでただ成り行きを見守っていたアスナが何処か納得した風に口を挟むと、懐から一本の投擲用ナイフを取り出し、ネズハに受け取る様に促す。

 

 ほんの少し手を伸ばせば容易に取れる距離であるにも関わらず、ネズハは眉間に皺を寄せて恐る恐る手を伸ばし──ナイフから数センチ手前で空を切った。

 

「…………あなた、片目が……」

 

「……見えない訳じゃないんですよ? ただ、ナーヴギアを介すると……遠近感がわからなくなるんです」

 

「FNC……フルダイブ 不適合(ノン・コンフォーミング)カ」

 

 アルゴが呟いた正式名称までは覚えていなかったが、そういう障害があるとネットで見かけた事がある。

 

 脳とフルダイブマシンの間で接続障害が生じてしまい、五感のどれかが上手く機能しなかったりラグが生じるといったごく微少な問題から最悪フルダイブすら出来ないといった問題までも起こるらしい。

 

 俺も小遣いはたいてナーヴギアとSAOのソフトを揃えた後にその存在を知り、自分は大丈夫かと不安になったのを良く覚えている。

 

「奥行きを判別できないのはSAOでは致命的だ。それでも君はログインした。ゲーマーなら SAO (この世界)を見ずには死ねないもんな。……そして、SAOがデスゲームとなってなお、ブレイブス(彼ら)はそんな君を見捨てずにここまで戦ってきた。……それが本当ならすごいよ。俺には絶対真似できない……」

 

「…………おっしゃる通りです。僕は仲間の情けに縋りついて……みんなの夢を台無しにしてしまった」

 

 ブレイブス(仲間)を讃えるキリトの言葉によって遂に緊張の糸が切れてしまったのか、ネズハは机に突っ伏して泣きながらこれまでの経緯を話す。

 

 SAO開始当初、先行者達が死に物狂いでリソースを奪い合っていた頃、ブレイブスはハンデを抱えたネズハのリカバーを優先して行動していた。遠近感が分からないネズハが戦える唯一の方法である《投剣》スキル。一部ではネタスキルとすら言われるそれのレベルを上げるためにチームは一丸となって修行に付き合ったものの結局使い物にはならず、気が付けば最前線との差は取り返しのつかない程にまで広がっていた。

 

「そんな時です。……あいつが……黒ポンチョの男が話し掛けてきたのは……」

 

OK(オーケェイ)、話は聞かせてもらったァ。あんたが戦闘スキル持ちの鍛冶屋になるならすげぇクールな稼ぎ方があるぜぇ』

 

 そう言ってその男はネズハに武器のすり替えのやり方を伝えた。

 

「もちろん、それは犯罪でしたから僕もそんなことできないって拒否しました。……そしたらその男は……笑ったんです。フードの下ですごく明るく……何だか映画みたいに綺麗で楽しそうな笑い方でした。その笑い声を聴いている内に何だか、いろんなことが深刻なことじゃないように思えてきて……」

 

 そうして、男は一言幸運を祈った後、何の見返りも要求せずにその場を去ってしまったらしい。

 

 そしてネズハは──

 

「でも、勘違いしないで下さい! 全部僕が勝手にやったことなんです! だから……だからどうか、これで──」

 

 そこまで話した瞬間、ネズハは急に立ち上がりバルコニーまで向かうと、柵の外に身を乗り出す。柵の向こうは──外周だ。

 

 ネズハの身体が柵の向こうへと消える瞬間、アスナが敏捷値にものを言わせた速度で動きその足を掴む。だが、敏捷特化型であったためかネズハの体重を支えきれず、諸共落ちかけた所でようやく俺とキリトが間に合い太腿も捕まえる。

 

「なっ!? は、放して下さい! 僕はもう!!」

 

「おい馬鹿! 暴れんじゃねえ!!」

 

「考え直して! あなた本当にそれで良いの!? 憐れまれたまま見返すことなく終わって良いの!? そんなの絶対ダメ!! 死にたいなら……勇者として死になさい!!」

 

 アスナの叫びにネズハは動きを止める。

 

「今だ、アシュロン!!」

 

「ぬぉぉぉおおおおっ!!」

 

 キリトの合図と共に力の限り引っ張り上げる。勢い余って二人を思い切り後方に投げてしまった気がするが緊急時ゆえ仕方ない。

 

 息を整えた後、部屋の方をみれば覚悟を決めた償いすら阻止されたネズハが肩を振るわせながら蹲っていた。

 

「…………ネズハ。君の投剣スキルはなかなかのものだと聞いている。例え遠近感が取れなくてもシステムアシストが効く投擲武器なら──」

 

「そんなことわかってます!! でもあんなもの実戦では何の役にも立ちませんよ!」

 

「そうだな。投擲武器が無くなれば戦えない。それならもし君でも戦える様になる武器が……投げても戻ってくる(・・・・・)武器があるとしたら……君は鍛冶スキルを捨てる覚悟はあるか?」



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22話 勇者として①

今回は二部構成です。


 現状のSAOではスキルを捨てるという行為は容易ではない。

 

 このゲームではスキルレベルを一つ上げるだけでも他のタイトルの比では無い程の時間と労力を必要とする。生産職に至っては更に元手も必要となるため、その苦労は最近までプレイヤー鍛冶がいなかった事が何よりも証明している。

 

 そんな非常とも言える条件を、ネズハはたった一度深呼吸しただけで受け入れた。

 

『この世界で、剣士に……勇者になれるのなら、他に何も要りません』

 

 そう言い切った彼の姿には少し前まで罪の意識に押し潰され自信無く縮こまっていた面影はどこにも無かった。

 

 そうして、覚悟を決めたネズハを連れ、俺にとっては通い慣れた道を通って体術スキルが習得できる修行場へと向う。そこでアスナが師範役のNPC(エロジジイ)の挑発に乗りかけ、危うくフロアボス攻略間近なのにクエストを始めようとするといったトラブルがあったが、無事ネズハが戦闘職へと復帰するための第一歩が始まったのだった。

 

「さて、後はネズハ自身に頑張ってもらうってことで、俺たちはそろそろ迷宮攻略に戻るとしようか」

 

 キリトがとりあえず一件落着とばかり大きく伸びをしながら攻略の再開を持ち掛ける。

 

 ボス部屋まで残り数階となった今、ボス戦に向けて少しでもレベルアップしておきたい所だし、今回のフロアボス《バラン・ザ・ジェネラルトーラス》とその取り巻き《ナト・ザ・カーネルトーラス》はどちらも《ナミング》というトーラス族専用のスキルを使用してくるため、その攻撃に慣れるためには雑魚トーラスとの戦闘で練習しなければならないのだが……

 

「…………悪い。俺、今回のボス戦はやめとくわ」

 

 俺の一言が意外だったのか二人は揃って驚きの声を漏らす。だが、驚いたのは二人だけではなく───俺自身も自分の口から出た言葉に内心驚いていた。

 

 理由は分からない。けど、どうしてもこの場を離れる気にはなれなかったため、急いで言い訳を考える。

 

「……後もう少し……もう少しで完成する筈なんだ。だから……」

 

「で、でもボス戦に参加しないと経験値もお金も手に入らないじゃない! あなた、ただでさえその秘密の特訓をしているお陰でレベリングが疎かになっているみたいなのにこのままじゃ───」

 

「アーちゃん、アシュ郎の好きにさせてやろウ。そもそもボス戦に参加するかどうかは個人の自由ダ。他者がとやかく言うことじゃなイ」

 

「…………確かにアルゴの言う通りだな。それなら仕方ない。行こうぜ、アスナ。今の内にガンガンレベル上げて、ボス戦でもLA取って、後でたっぷり自慢してやろう」

 

 そう言ってキリトは背を向けるとそのまま悠々とこの場を去っていき、アスナも少し名残惜しそうにこちらを見た後にキリトを追いかける。そしてアルゴも「ンジャ、たまに様子見にくるヨ。頑張ってネー」と言い残して行ってしまった。

 

 自らキリトに弟子入りしたのに勝手ばかり言っている自分に嫌気が差すと同時に自問自答をする。何故俺はボス戦参加を拒否したのだろうか?

 

 修行の為? いや、違う。そんなの言い訳でしかない事くらい自分どころかあの三人だって気付いているだろう。

 

 ボス戦に参加するのが怖いから? それこそまさかだ。今だってボスに殺されるよりもディアベルとの約束を反故にする事の方が恐ろしい。

 

 ならば一体何故───

 

「フォフォフォ……オヌシ、冷めとるのぉ」

 

「うるせえな。俺だって悪いとは思って──って、爺さん、あんた喋んのかよ!?」

 

 豊かな髭をなでながらいつの間にか隣に移動して、さも当然とばかりにNPCの言語処理アルゴリズムを超越した会話をしてくる老師様。

 

 こいつNPCだよな? 何で人間みたいに話してきたんだ? いや、確かにアスナにセクハラしたりと人間みたいな行動してたけど……本当にNPCだよな?

 

「…………ワシも昔はそうじゃったよ。武とは孤独の道。己とのみ向き合って冷徹に磨き上げるものと勘違いしておった。じゃが、真に極めるべきは陰と陽との均衡。精神は冷たく研ぎ澄ますだけでなく、日輪の如き熱も必要としておる」

 

「………………して、その心は?」

 

女子(おなご)との交わりじゃ! 盛大にハッスルすれば身も心も温まるぞぉ!」

 

「言うと思った!! テメェ、剣と魔法と健全な青少年の夢が詰まったRPGを汚すんじゃねえよっ!!」

 

 そうして、この日はこの不届なNPCに調子を崩されたまま修行をして終わってしまった。

 

 

 

 

 

   ─────────────────

 

 

 

 

 

「………………もう四つも割ったんですか。凄いですね」

 

 修行開始から二日の夕方、ネズハがようやく岩の表面に小さなひびを入れた時、俺は四つ目の岩を割り終えた。

 

 そう、まる二日を費やして四つ目(・・・・・・・・・・・・)。明らかに以前よりもペースが落ちている。原因不明の不安と焦燥によって集中力を欠いてしまいゾーンに入れない。このままでは技の完成なんて夢のまた夢だ。

 

「…………その、もしコツなんかがあれば教えてもらえませんか?」

 

「…………ゾーンに入って、壊れやすい所を見つけたらそこを殴りつける。何の参考にもならねえから、こうして実用化のために特訓してるんだよ」

 

 「ソ、ソウデスカ」と気落ちするネズハはほっといて軽く手足を伸ばして準備運動をすると別の岩に向かい合う。時間が無い。集中力が途切れない内に少しでも何か掴まなければ───

 

「………………なんか腹減ったな」

 

「え? でも、ついさっき晩御飯食べたばかりじゃないですか?」

 

「爺さんにいくつか食われちまったせいで全然足りねえや。…………しょうがない、その辺にいる牛でも狩ってくるか」

 

「ええ……、確かこの辺りには《トレンブリング・オックス》しか居ない筈じゃ……」

 

 確かにあの雄牛の肉は筋張っていて滅茶苦茶硬いが、噛み続けているとそこそこ旨みがあるしそんな怪訝な顔される物では無い筈だ。

 

 …………もっとも、今回は別に獲るつもりは無いが。

 

 修行場から少し離れた林の中、そこまで来た所で一つ深呼吸をしたのち声を掛ける。

 

「居るんだろ? 隠れたって無駄だぞ。こっちは看破スキルをそこそこ上げてんだ」

 

「…………やはり、付け焼き刃で取った隠蔽では見破られてしまうか」

 

 そう言って自らスキルを解いて現れたのは《レジェンド・ブレイブス》のリーダー、オルランド。隠れるためにいつもの鎧は脱いで、真っ黒の外套を着用した英雄とは程遠い格好をしている。

 

「どうやってここを嗅ぎつけたかは知らねえけどさっさと帰ってお仲間の勇者様達に伝えとけ。お前らがしてたセコイ稼ぎはもう出来ないってな」

 

「いや、待ってくれ。俺はただネズオの様子を見に来ただけであって、連れ戻しにきたんじゃない。だからこそ、アルゴさんからこの場所のことを教えてもらえたんだ。…………詐欺を働いた一味のリーダーの言うことなんて疑わしいかもしれないが信じて欲しい」

 

 そう言ってオルランドは深々と頭を下げる。

 

「………………アンタ、本当にオルランド……さん、なのか?」

 

「……口調が普段と違うから変に思ったか? 当然だろう、あんな仰々しい話し方をする人間がリアルに居る訳がない」

 

 いや、口調以外にも色々違いすぎだろ。

 

 ネズハがかなり慕っていた人物とはいえ、犯罪を犯したチームとだけあって最悪この場で決闘でも申し込まれるかと思っていたのだが、予想外の状況にかなり面食らってしまっている。

 

「アルゴさんから話は聞かせてもらったよ。詐欺を見破った上で裁くのではなく、こうしてあいつの力になってくれたんだってな。……ありがとう。本当に何とお礼を言えば良いのか」

 

「え? いや、礼ならキリトに言ってくれよ。今回の事、ほぼアイツが解決した様なもんだし」

 

「そうなのか? だが、アルゴさんからは何故かまだキリトさんには何も言うなと言われているのだが、どうしたものか……」

 

 ……アスナとアルゴが何か企んでるな。第一層では見事に悪役を演じてみせたキリトだが、意外と企んでいる事が表情に出やすいタイプだからそこから何かバレない様にと考えたのだろう。

 

 敵を欺くにはまず味方からと言われているが、何も知らされていないキリトに心の中で合掌する。

 

「君たちには本当に感謝している。……まったく、自分が恥ずかしいよ。勇者を名乗っていながら仲間たちが悪事に手を染めていたことにすら気付けなかったなんてな」

 

「…………それって、つまりオルランドさんは何も知らされていなかったのか?」

 

「もっとも、あまりにも稼ぎが良すぎたから違和感は感じていたよ。……それでも、ようやく英雄としてスタートできると意気込む仲間たちや、それまで遠慮気味だったネズオがチームに溶け込んでいるのを見ているとどうしても指摘することができなかったんだ。だから、この装備はチームみんなの頑張りのお陰だとひたすら自分に言い聞かせていた」

 

 成る程、だから装備について触れた時に最初に少し言い淀んでいた訳か。

 

「だが、それももうすぐ終わる。………………明日のボス戦が終わり次第、俺は全ての装備を売り払い賠償として前線チームに寄付した後、攻略から身を引くつもりだ。仲間たちからもなるべく出せるだけの金を出してもらって、それでも足りなければ……鍛冶屋でも初めて少しずつ返していこうかな」

 

「…………それで良いのか? だってアンタ勇者になるのが夢なんだろ?」

 

「そうだ。だが、…………いや、だからこそ、俺は勇者として(・・・・・)その夢を手放さねばならない」

 

 まるで自分に言い聞かせる様に呟くオルランドの瞳には悲しくなる程に強い決心が宿っていた。

 

 オルランドはそうして最後に「どうかネズオを……ネズハを頼む」とだけ言い残してこの場を後にする。

 

 俺は何も言えず、ただ奥歯を噛み締めその背を眺めていた。

 

 胸の内がギシギシと強く痛む。

 

 ───何故、ボス戦の参加を蹴ってこの場に留まったのか。何故、ここに来て調子を崩してしまったのか。

 

 その答えがようやく解った。



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23話 勇者として②

「ああ、お帰りなさい。随分早かったですね」

 

 俺が戻ってきた事に気がつくと、ネズハは手を止めて朗らかな笑みを浮かべながら挨拶をしてくる。俺が離れている間もずっと岩を殴り続けていたのだろうか、つい先程まで小さかったひび割れがいつの間にか岩の半ばまで広がっていた。

 

 ──ギシギシ、と痛みが走った。

 

「………………結構、頑張ってんだな」

 

「これですか? ついさっき、たまたま良い感じに芯を捉えられたんですよ。この岩を割りさえすれば僕もずっと憧れだった戦闘職として、攻略に参加できると思うと休んでいる時間も惜しくなっちゃって」

 

 少し照れ臭そうでありながら、まるで子供の様に目を輝かせながら語るネズハ。一度諦めてしまった憧れの存在になるチャンスを偶然得たのだ、きっと舞い上がってしまっているのだろう。

 

 だからこそ……

 

「…………なあ、お前は本当に攻略集団になる必要はあるのか?」

 

「え?」

 

「確かに投剣スキルの弱点はこれで克服する事はできるだろうけどよ、それでもお前のFNCは無くなる訳じゃないだろ。他のプレイヤーだっていつ死ぬかも分からない前線でそんなハンデを背負って戦っていたらお前その内───」

 

「ちょ、ちょっと待って下さいよ! 急にどうしたんですか!?」

 

「そもそも強化詐欺で騙し取った武器だって返せてないじゃねえか。そんな状態でつい最近まで鍛冶屋をしていたお前が急に前線で目立っちまったら疑問に思う奴だって現れる筈だ。それで、万が一今までやってきた事がバレでもしたら、お前…… 殺されちまう(・・・・・・)かもしれねえんだぞ?」

 

「──っ!?」

 

 ネズハの目に恐怖の色が宿る。

 

 こんな事を告げるのは卑怯な事だと分かっている。死ぬかもしれないと脅されて平気な奴なんて居るわけがない。それでも言うしかなかった。そうしないと俺の方がもう…………。

 

 ネズハは硬い表情で俯く。自分の中で何かと戦っているのか、強く握った拳は小刻みに震えていた。

 

「お前はもう何処でだって戦える様になるのなら中層でだって良い筈じゃねえか? 下手打ってあっさり死ぬくらいなら中層プレイヤーとしてずっと前線を支えていく方が良いに決まってる」

 

「…………僕は…………それでも、僕は……ッ!!」

 

 発せられた声が修行場全体にこだます。

 

 そして、ネズハは顔を上げて再び岩に向き直ると───

 

「うぉぉぉおおおおおっ!!」

 

 力の限り殴り付けた。

 

「なんで…………なんで諦めねえんだよ!?」

 

「確かに、僕みたいなノロマはいつか死ぬかもしれない! モンスターになぶり殺されるかもしれないし、僕が騙した人たちから惨たらしく殺されるかもしれない! それでも、それまでの間は憧れた自分で生きていたい! 終わる時は 勇者として終わりたい(・・・・・・・・・・)っ!!」

 

 ネズハの叫びが俺の芯を振るわせる。

 

 そしてそれと同時に胸の内に今までで一番強い痛みが襲いかかってくる。

 

「…………認めねえ……。 お前らが勇者だなんて(・・・・・・・・・・)、俺は絶対に認めねえ!!」

 

 俺の言葉にネズハは一瞬だけ動きを止めるが、こちらに振り向く事はせずにそのまま岩を殴り続ける。

 

「それは──! 僕らが──! 犯罪を──! 犯したからですか!」

 

「違う! 勇者はキリトだ、 キリトだけだ(・・・・・・)っ!! 

 ……そうじゃなかったら……勇者を名乗れなくなった ディアベル(アイツ)が……馬鹿みてえじゃねえか……」

 

 …………本当にどうしようもなく下らない理由だと分かっている。それでも、これだけは絶対に譲りたくなかった。

 

 それなのに俺は、夢を諦めてまで仲間たちを大切にするオルランドを……FNCというハンデを背負いながら挫折から立ち上がったネズハを……勇者だと認め始めていた。

 

 それが怖かったから態々この場に残り、ネズハの泣き言の一つでも聞いて『こいつは勇者に相応しくはない』と安心したかった。

 

 ネズハがゆっくりと動きを止める。岩の方を向いたままなので表情は読み取れない。

 

「………………アシュロンさん、オルランドさんがいつからあんな仰々しい言動をする様になったか知ってますか?」

 

「はぁ!? お前急に何言って──」

 

「このゲームが始まって十日目。……ディアベルさんがはじまりの街の一角で演説をした時からです」

 

「──っ!?」

 

「メンバーの中からも攻略に参加するのを怖がる人はいましたし、僕のせいで出遅れたから、いっそ攻略は他のプレイヤーに任せようなんて意見もありました。そんな時にディアベルさんの演説を聴いたんです。絶望していた他のプレイヤーを鼓舞するために敢えて一番危険な道を選んで闘おうとするあの人にオルランドさん凄い感動しちゃって『見るが良い! あれこそが人々を導く勇者のあり方だ! 我らもあの御仁を見習って偉大な勇者となろうではないか!』なんて格好つけ始めたんですよ」

 

 身体が震える。言葉が出ない。

 

「オルランドさんはディアベルさんに憧れて、僕らはそんなオルランドさんに憧れた。…………勇者っていうのはきっと、そうやって誰かの心を動かせる人間なんじゃないかと思うんです」

 

『何が待ち受けているか分からない。一度でもHPがゼロになったら終わりのデスゲームでみんな萎縮してしまっている。だからこそ、他のプレイヤーの前を歩いてこのデスゲームがいつかきっとクリアできるんだって事を伝えるのがオレの様なベータテスターの義務なんだ!』

 

 不意にディアベルが語った言葉を思い出す。

 

 ディアベルの気持ちはちゃんと届いていた……ディアベルの戦いは無駄なんかじゃなかった。それが堪らなく嬉しい。

 

 あの戦い以来ディアベルとは何処かすれ違ってしまっていて、ずっと失敗したのだと思っていたけど、あの戦いを選んだからこそブレイブスはこうして立ち上がれたのなら……ディアベルの事を勇者として認めてくれたのなら……。

 

 ネズハの隣まで歩み寄り、目の前に鎮座する岩のひび割れに触れながら観察する。

 

「アシュロンさん? 何を?」

 

「………………ここだ。ここがかなり脆くなってる。殴ればかなりのダメージになる筈だ」

 

 ネズハの驚いた表情をする何故か可笑しくなって、思わずニッカリと笑ってしまう。

 

「ここまで大見栄切ってくれたんだ、三層からなんて悠長な事言わせないぜ。明日のボス戦に一緒に乗り込むぞ、ナーザ(・・・)!」

 

 

 

 

 

   ─────────────────

 

 

 

 

 

 それから、俺が岩の弱点を見つけ出し、そこをネズハがひたすら殴り続けるといった作業を永遠と繰り返していった。遠近感が分からないネズハは指定した場所を正確に殴る事は難しい筈であるのにも関わらず一心不乱に拳を叩き込み続ける。

 

 そして、クエスト開始から三日目の午前十一時。最後に渾身の一撃を入れるとひび割れる乾いた音の後に轟音と共に岩が二つに割れていった。

 

「…………や……や"っだぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」

 

「お疲れさん。これでお前も晴れて勇者の仲間入りだな」

 

 泣きながらガッツポーズをするネズハ。相当嬉しいのだろうが、落書きだらけの顔が涙でぐずぐずになって何とも酷い有様だ。

 

 まあ、それだけ頑張った証だし本当はゆっくり浸らせてやりたい所だが、これから攻略集団に合流しなければならないのでさっさとクエストを終了させて体術スキルを習得させる。

 

「これでこの武器も使える様になるんですね」

 

「キリトはそう言ってたけど、実際どんな感じなんだろうな? ちょっと使ってみて───」

 

「アシュろーーーウ!!」

 

 突然、アルゴの呼ぶ声が聞こえた。振り返ればアルゴがこちらに全速力で走ってきていて───

 

「──って、アルゴお前、牛トレインしてんじゃねえか!?」

 

「い、岩! ボスの情報! 洞窟ガ! フロントランナー二! お、おたすけえええええぇぇェ!!」

 

 トレンブリング・オックスに追いかけられながら何かわめいているアルゴ。

 

「危ない!」

 

 ネズハが咄嗟に持っていた武器、《円月輪(チャクラム)》を振りかぶる。すると通常の投剣スキルとは違う身体全体を使った見事なフォームにて投擲を行う。

 

 投げられたチャクラムは緩やかな弧を描きながら飛んでいき、アルゴを追いかけていた雄牛の額を切り裂くとそのままの勢いで持ち主の元へと戻っていく。そして、その攻撃によって怯んだ隙に俺が接近し両手剣の一撃で首を落とした。

 

「今のはチャクラム! てことハ、あのクエストをたった三日でクリアしたのカ! ──って、そんなことより大変だヨ!」

 

「とりあえず落ち着けって。そんなに慌ててどうしたってんだよ?」

 

「第二層フロアボス戦の新情報がこの辺ででるらしいんダ! この大岩のどれカ……《仙人の座する迷子岩》だかラ……たぶんあの大岩! アシュ郎、アレを割ってクレ!」

 

 アルゴが慌てて周囲を見渡した後、NPCの爺さんが普段から腰掛けている岩を指差す。

 

「そんな!? もう攻略チームは迷宮に入っている頃なのに今からあれを壊すなんて無理ですよ!!」

 

 確かに何時間も掛けなければ割れない岩を今から破壊しろなんて普通なら無茶も良い所だろう。だが……

 

「…………ようやく、掴んだみたいじゃのう」

 

「ああ、アンタの言ってた事、何となく解った気がするよ。…………ご教示していただき、誠にありがとうございました!」

 

 そう言って、老師に直角九十度を意識して頭を下げる。

 

「良い良い。オヌシなかなか見込みのある童であったぞ。これからも精進忘れぬようにな」

 

 いつの間にか隣に移動していた老師は軽く肩を叩くと、そのまま近くにある小屋の方にまで歩いていってしまう。

 

 老師に心の中でもう一度感謝をしながら頭を上げ、大岩を前に一度深呼吸をする。

 

 陰と陽の均衡。精神は冷徹さだけでなく熱も欲する。思い出すのは最も心が冷え切っていた時とその中でも感じられた確かな温かさ。

 

 剣を逆手に持ち、額を柄に当てる。

 

 あの時、俺はディアベルが剣を拾い上げ差し出してくれた瞬間を思い出し、アイツが触れていた柄から立ち上がるための原動力を貰っていた。

 

(みんなを助けるために……力を貸してくれ……ディアベル)

 

 思い出すのは厳しくも楽しかったこの世界での日常。その思い出と共に柄から伝わってくる熱が冷めた身体と心に温もりをくれる。それはこの冷たい剣の世界でも確かに存在していた命の熱だ。

 

 頭の中のスイッチが切り替わり、ゾーンに入ったのを感じ取る。今ここに俺だけのルーティーンは完成した。

 

「はあっ!!」

 

 大岩に向けて剣を向けた瞬間から、それを割れると確かな確信を得る。その確信に身を任せ、《サイクロン》の一撃を放った。

 

 剣から伝わってくる確かな手応え。以前であれば刃がそこで止まってしまっただろうが、今はこの衝撃すらも心地良く感じる。そのままの勢いで力を込めれば気持ちの良い音と共に剣は振り抜け、切れた岩は自重で二つに分かれた後に耐久値を全損させポリゴン片へとその姿を変えていった。




ディアベルの死とキリトの活躍によってキリトのみを英雄視していた主人公。
その固定概念をぶっ壊してもらう事こそが第二層の物語を書いた理由の一つです。


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24話 第二層フロアボス戦

今回はまたキリト視点です。


「来るぞ!」

 

 全身が真っ青の牛男、《ナト・ザ・カーネルトーラス》が持つ巨大な両手用ハンマーが大きく振りかぶられるのを見て《ナミング・インパクト》が来るのを察知すると、大声で警戒を呼びかける。

 

 その声にエギルを初めとするタンク部隊が急いで構えを解き回避に専念する。そして、全員がその場を飛び退いた直後に放たれた強烈な一撃が敷石を叩くと同時に黄色いスパークを放射状に拡散させた。

 

 第二層のフロアボスであるトーラス族共が使うソードスキルは 麻痺する(ナミング)の名前の通り、直撃せずともその余波を食らうだけでプレイヤーを三秒間 行動不能(スタン)させ、そこから更に重ねて食らうと十分もの間動けなくなるという強力で深刻なデバフ、 麻痺(パラライズ)になってしまうのだ。

 

 フロアボスの目の前で麻痺になるのは致命的。ベータ時代ではほとんどのプレイヤーがそのままボスに殺された程だ。そのため、ボス戦開始前には、デバフの二重掛けには絶対にならないようにと(何故かキバオウに引っ張り出されてしまったために)レイド全員の前で注意を呼び掛けていた。

 

 その注意が功を奏したのか、取り巻き担当の方はデバフを受けないように上手く立ち回れていて順調な戦闘を行えているのだが───

 

「か……かっ、回避ーっ!!」

 

「アホウ! 落とした武器に構うんやない! 余裕のあるヤツは麻痺ったの引っ張ってけ! 二人掛かりでや!!」

 

 広大なボス部屋の反対側から、やや裏返り気味の絶叫が届いてきたため、戦闘の合間にちらりと視線を向けると、本隊である数十人のプレイヤーの頭越しに、ぎょっとする程の巨大な影が視認できる。

 

 ナト大佐の二倍もの体躯をした真紅の毛皮をしたトーラス族。第二層のフロアボス、《バラン・ザ・ジェネラルトーラス》だ。

 

 フロアボスというだけあって、奴が使用するナミング系の上位技《ナミング・デトネーション》は効果範囲が部下のスキルの倍近くあり、その極悪な能力により早くも七、八人ものプレイヤーが二重デバフにより麻痺った状態で戦闘から離脱していた。

 

「本隊はジリ貧くさいな……」

 

「ああ、でも、もう少し戦えばタイミングにも慣れるはずだ。今んとこはベータとの違いはないし、何とか……」

 

「でも、あれ以上麻痺した人が増えると……一時撤退が難しくなるんじゃないかしら」

 

 アスナの指摘に思わず唸ってしまう。

 

 動けないプレイヤーを運ぶにはかなりの筋力値が必要となるのだが、ざっと見たところ、このレイドの七割近くがバランス型かスピード型のプレイヤーだ。それはつまり、もしもこの面子で撤退戦となった場合には麻痺したプレイヤーを一人運ぶために二人以上もの人手が必要となることを意味している。犠牲者を出さないためには、そろそろ撤退を視野に入れなければならないだろう。

 

「……こっちのことは任せて、キリト君はリンドさんに話してきて」

 

「え……だ、大丈夫かよ?」

 

「まあ、問題ないだろう。こっちにはアイツら(・・・・)も居るしな」

 

 そう言って笑うエギルの視線の先には

 

「ぬはははは!! ブレイブス、突撃〜っ!!」

 

 と、何とも喧しい掛け声を上げるオルランドと彼に続いてナト大佐に果敢に挑むブレイブスのメンバーがいた。

 

 リーダーは一見ふざけているとしか思えない言動をしてはいるがナトの動きをしっかりと見極め余裕を持ってパーティーを指揮しており、彼らが身に付けている鍛え上げられた装備はその高い防御力と阻害抵抗値(デバフレジスト)が存分に真価を発揮している。

 

 あれが強化詐欺による恩恵だというのが何とも複雑だが、こうして攻略に貢献してくれるのならと今だけは素直に感謝しておくとしよう。

 

「それなら少しの間ここを頼む! すぐ戻ってくるけど油断するなよ!」

 

 そう言って俺は自慢の敏捷値をフルに使った全速力で走り出す。向かうのは今回のボス攻略戦のリーダーであり……ビーター・キリトを最も恨んでいるであろうリンドの所だ。

 

 きっとこんな時でも露骨に嫌な顔されるんだろうな、と内心辟易しながら隣に辿り着くと、どうやらリンドもこの状況が芳しくないと分かっているのだろうか顔色が彼が身に纏っているマントもかくやと言う程の青色になっていた。

 

「リンド、ちょっと良いか!?」

 

「なっ!? あ、あんたには取り巻きの相手を頼んだはずだ。何しに──」

 

「一回仕切り直そう。これ以上麻痺する奴が出ると撤退が難しくなるぞ!」

 

「そんな!? だってもう半分なんだぞ!? ここで退くなんて……」

 

「確かに惜しくはある。でも──」

 

あと一人(・・・・)……あと一人麻痺したら退く。それまでやってみぃひんか?」

 

 背後からの声に振り向けば、薄茶色の髪をトゲトゲに尖らせたキバオウの顔があった。彼も内心ではベータテスターである俺に消えざる反感を抱いているはずだが今の表情は真剣だ。

 

 短気なキバオウの意外な一面に驚きを隠せないでいるが、どうやらそれは俺一人ではないらしい。

 

「い、良いのかキバオウさん……? 仕切り直したら次はあんたがリーダーに……」

 

「わーっとる! けどな、皆《ナミング》の範囲やタイミングは掴んだはずや。集中もできとるし、士気も高い。POTの類いもようけ使っとるし、損するのは嫌いやねん」

 

 キバオウの言葉にリンドの顔付きが変わる。乱れ切っていた呼吸を整えながら周囲の様子を見回し、数秒の思案の後大きく頷いた。

 

「わかった。それでいこう。……提案、感謝する」

 

「…………基準が明確ならそれでいいさ。ゲージには気をつけろよ! ラス一になったら警戒だ!」

 

 俺が早口にそう言うと、キバオウは「言われんでも、わーっとる!」と叫びながら自分の持ち場に戻っていき、リンドも再び矢継ぎ早の指示を再開する。

 

 歯車がガチリと噛み合ったような感覚に思わず笑みを浮かべてしまう。攻略集団が二つに分かれてしまっていたことには少なくない不安があったのだが、こうして上手く噛み合ってくれるのなら意外と悪くないのかもしれない。

 

 その本流から外れたビーターの癖にそんな柄でもないことを考えながら取り巻き担当組の所へ戻ると、すかさずアスナが駆け寄ってきた。

 

「どうなったの!?」

 

「あと一人麻痺ったら撤退するってさ! でも、今のペースなら押し切れそうだった!」

 

 アスナは一瞬浮かない顔をするが、すぐに頷く。

 

「了解。それならこの青いのをとっとと片付けて、わたしたちもあっちに合流しましょう」

 

 方針が決まった所で、丁度ナト大佐が大技を放って《行動遅延(ディレイ)》に入ったためブレイブスとスイッチして戦闘を再開する。

 

 ゲージがラスト一本となった青い牛男はそれまで使用しなかったタックル攻撃を仕掛けてくるが、その軌道は尻尾の方向で判別できるため対処は容易い。危なげなく回避をした後にそこにできた隙をついてソードスキルを浴びせまくり、ついにHPを残り半分にまで減らすことに成功する。

 

 同時に本隊の方からも歓声が上がり、様子を見ればバラン将軍のHPも残り半分となっていた。

 

 2頭の牛男はほぼ同時に鼻面を天井に向けて猛々しく吼える。死に際に突入する暴走状態(バーサーク)だ。フィールドボスの時にはかなりの苦戦を強いられたが、今回は事前に情報は出ており、攻撃スピードが上がろうが落ち着いていれば対処は充分にできるだろう。

 

「良かった。見たところバラン将軍もベータの時から何も変わってないな。流石に今度はベータからの変更はなかったみたい……だ……」

 

 …………本当に?

 

 あの狂気の天才である茅場晶彦が……心血を注いだこのアインクラッドで……最も重要であるこのフロアボス戦をベータ時代と全く同じ攻略法で済ますだなんて、そんな手抜きをするのか? ……いや、そんなことある訳がない。

 

 考えろ。きっと何か重要なことを見落としてしまっているはずだ……コボルドロードの時みたいに何か罠が……コボルド…… ロード(・・・)…………!!

 

「しまった、そういうことか!?」

 

「ど、どうしたのよ、急に!?」

 

「第一層のボスが君主(ロード)なのに、第二層で将軍(ジェネラル)に格下げなんてあり得ない! 大佐と将軍がいるなら当然その上の──」

 

 ごごぉん! という突然の轟音が、俺たちの会話を遮った。

 

 音の発信源はコロシアムの中央。牛のレリーフが施されたタイルを中心に同心円状に敷き詰められた敷石がゆっくりとせり上がっていき、やがて三段のステージとなった瞬間、その上空でゆらりと背景が歪んだ。

 

 自分たちを見下ろす影にプレイヤーたちは我を忘れてただ呆然とそれ(・・)を眺め、二頭の牛男たちは狂喜に満ちた雄叫びを上げる。

 

 現れたのはこの塔のコンセプト通り、一頭の牛男。だが、そいつは決して低くはないこのボス部屋の天井に届くのではないかと思えるほどの背丈を誇っていて、その頭部では自身の雄大さを示すが如く太く伸びた二本の角と白金と思しき円形の王冠がギラリと鋭い光を放つ。

 

 ()の第二層フロアボス《アステリオス・ザ・トーラスキング》。

 

 第三にして最大のトーラス族は絶望の表情を浮かべたプレイヤーたちを見下し、嘲笑うかの様に優雅に一声鳴いてみせた。



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25話 駆ける光

 ───頭を止めるな! 考えろ!

 

 あまりの絶望的状況につい膝を折ってしまいそうになった自分に鞭を打つ。

 

 情報が全く無いフロアボスが登場した今、取るべき行動は即時撤退からの戦術の練り直しなのだが、トーラス王がボス部屋の中央に現れてしまったために部屋の最奥部で戦っていた本隊が王と将軍の挟み撃ちに合ってしまっている。

 

「お、オレたちで新手の足止めを……!」

 

「いや、(アレ)は本隊とはまだ距離がある! まずは敵の数を減らすぞ!」

 

 動き始めたアステリオス王から視線を外し、至近距離のナト大佐に剣を向けながら叫ぶ。

 

「──全員、全力攻撃(フルアタック)!! 防御不要ッ、回避不要ッ、攻撃あるのみッ、要するにゴリ押しだ!!」

 

 リスク覚悟で大佐の弱点である角の間の額にソードスキルを喰らわせ、俺に続いてアスナ、エギルチーム、ブレイブスもなりふり構わずに総攻撃を開始し、残り半分のHPをガリガリ削っていく。

 

 こうして始まった暴走牛(バーサーカー)決死隊(バーサーカー)による血で血を洗うインファイト戦はナト大佐の反撃に何度かヒヤリとする場面はあったものの、最後は俺の《ホリゾンタル》から体術スキル《弦月》のコンボで何とか討ち取ることに成功する。それによって視界にラストアタック・ボーナスの表示が浮き上がるが今は手に入ったレアアイテムをゆっくり見ている余裕はない。

 

「よし、次だ! 本隊が王の反応圏(アグロレンジ)に入る前に──」

 

 そこまで言った途端、俺は息を詰まらせた。

 

 本隊との接触までまだ余裕があるはずだった漆黒のトーラス王が、いっぱいに上体を反らせ、胸を大樽のように膨らませている。あのモーションは───

 

「に、逃げろ!! 遠隔攻撃(ブレス)が来るぞ!!」

 

 思わず叫んでしまったが、戦闘に集中していた本隊は困惑の表情を浮かべるだけだった。

 

 次の瞬間───ボス部屋の光度がバグったのではないかと思うほどの白い光が辺りを照らし、続いてピシャアァン! という乾いた衝撃音が鳴り響く。

 

 雷属性のブレス。数多の属性の中で最も速い速度でプレイヤーを襲うブレスであり、更に恐ろしいことに───

 

「そんな……全員……麻痺……」

 

 キバオウとリンドを含めた十人以上ものプレイヤーが倒れ伏し、そのHPバーの隣には雷マークのデバフアイコンが表示されていた。

 

 最悪だ。あんな攻撃、初見の奴では対処なんてできる訳がない。そんな反則技を使用する王と荒れ狂う将軍に挟まれたままリーダー二人が戦闘不能となった現状に、ついにレイドメンバーたちの間に動揺が走る。

 

 この混乱は第一層のフロアボスの時以上だ。こんな状態では最早まともな戦いは望めないだろう。

 

 …………そう、だから仕方のないことなのだ。

 

「エギル、アンタたちは麻痺者を安全圏まで運べ! アスナとブレイブスは動ける奴と一緒にバランを討ち取ってくれ!」

 

「っ──!? キリト君、あなたまさか……!?」

 

「決まってる! …………ボスのLAを取りに行く!」

 

 精一杯の強がりを吐き、アステリオス王の元へと走り出す。

 

「無茶だ! たった一人であんなバケモノ……!!」

 

 フロアボスに挑みに行く俺を見たリンドが倒れたまま声を張り上げる。

 

 うるさい、そんなことわかってる。

 

 だが、予想が正しければあのタイプのモンスターはクロスレンジを保てばブレスは使ってこないはずだ。だから、今できる最適解はアスナたちがバランを倒し終えるまで王のタゲを取り続けて時間を稼ぐことだ。

 

「オ"オ"オ"オ"オ"オ"オ"オ"!!」

 

 唸り声を上げるトーラス王が俺を叩き潰さんと長い両腕をめちゃめちゃに振り下ろしてくる。その攻撃は大振りであるため、おおよその予測は容易にできるが巨大な体に見合った大きな掌の範囲に肝が冷えた。

 

 比較的軽装な俺では一撃を喰らった場合、行動不能(スタン)するかもしれない。もしそうなったらほぼ間違いなく命はないだろう。

 

 途方もないプレッシャーにアドレナリンが大量に分泌され、高揚感に思わず笑みを浮かべてしまう。

 

 そもそも何故俺はこんなことをしているのだろうか? 

 

 独善的なビーターであれば、仲間が何人殺されようとも振り返らず自分の安全を確保するべきだ。なのに、こうして他者のために自身の身を顧みない行動をしている。

 

 …………いや、合理的でない行動なんて今に始まった話ではない。アスナのために強化詐欺のトリックを探ったこと。アシュロンを弟子に取ったこと。……そして、ビーターを名乗りベータテスターとそれ以外のプレイヤーの分裂を防いだこと。

 

 遡れば遡るほど自分の利益にならないことを何度もしていることに気が付き、そして最後に思い出したのは第一層の迷宮区にて出会ったアスナに『さっきのはオーバーキルすぎるよ』なんてお節介なアドバイスをしたこと……。

 

「─────ははっ」

 

 笑ってしまった。それでは……まるで俺は彼女のことが───

 

 ペシンッ!!

 

 急に腹部に衝撃が走り、身体が宙を舞う。アステリオス王の背後を取った瞬間、奴の尻尾によって弾かれてしまったらしい。

 

 しまっ───

 

 浮かび上がった俺に向けて、まるで虫でも振り払うかの様に迫り来る巨椀。咄嗟に剣でガードを図るがそれでもほぼ全身を叩かれ、その勢いで地面に叩きつけられてしまう。

 

 行動不能(スタン)まではしなかったが、痛みの代わりに訪れる強烈な痺れでろくに動くことができず、ヨロヨロと立ち上がるのが精一杯だ。残りのHPは二割弱。そして、距離が離れてしまったため、牛の王はこれ幸いとばかりにブレスのモーションを開始する。

 

 ────ここまでか。

 

 俺は胸中でそう呟いた。

 

 不幸中の幸いとも言うべきか、俺の背後には他のプレイヤーは居ない。…………死ぬのは俺一人だ。

 

 ビーターを名乗った瞬間からこんな結末も予想していたと言えば聞こえは良いが、生憎俺とてそこまで人生を悟っていない。未練は数え切れない程ある。

 

 一番デカイのは……両親と妹の直葉に迷惑を掛けたまま逝ってしまうことだろうか。血が繋がっていない上に碌に会話すらしなくなったこんな俺であっても、きっとあの人たちは死を悼み泣いてくれるだろう。それが少し嬉しくあると同時にやっぱり申し訳なさを感じてしまう。

 

 それでも……俺の頑張りはきっと無駄なんかじゃない。

 

 回復用のポーションを使用すれば麻痺が治るのに充分な時間は稼げたことだろう。そうして、レイドは無事ボス部屋を脱出し、真のボスたるトーラス王の存在と攻撃パターンの情報は次の攻略作戦にきっと活かされる。

 

 そして、俺より遥かに大きな可能性を秘めているはずの細剣使いはこれからも攻略を続け、いつか大きなギルドで頭角を現し、光なきこのデスゲームの世界を照らす一条の流星の様にプレイヤーたちを導く存在となるはずだ。

 

 …………できれば、そんなアスナの姿を一目見たかったなぁ。

 

 最後に産まれたもう一つの未練を抱えたまま、せめて穏やかに終われるようにゆっくりと目を閉じ───

 

「だめ─────ッ!!」

 

 絶叫と共に細い体に抱えられ、絡み合う様に横向きに倒れ込む。綺麗なブラウンの髪が視界いっぱいに広がって───次の瞬間、強烈な白い光によって塗り潰された。

 

 全身の感覚が遠ざかる。直撃を免れたために俺のHPはギリギリ全損せずに済んではいるが、バーの横には麻痺のアイコンが無常にも点滅を繰り返して存在を主張している。そして、それは俺を庇ってくれたアスナの所にも……。

 

「……馬鹿野郎。……なんで来たんだ」

 

 …………俺は、君が生き残ってくれさえすればそれで良かったのに。

 

「わからない」

 

 アスナはヘイゼル色の大きな瞳を曇らせて困惑した表情でそうひと言だけ口にすると、ふっと柔らかな笑みを浮かべた。

 

 アスナの背中越しからは巨大なアステリオス王がのそりのそりと近づいているのが見える。きっとこのまま俺たち二人を叩き潰すつもりだろう。

 

 …………ちくしょう。

 

 この残酷な運命を受け入れたかの様に微笑むアスナの顔を見た途端、先程まではなかった悔しさが込み上げてきて思わず歯噛みする。

 

「放せ! 放すのだ!!」

 

 本隊がいる方向からオルランドの叫び声が聞こえてくる。どうやらこちらに来ようとしているのを仲間に止められている様だ。

 

「あれはもう手遅れです! 馬鹿なことはやめてください!」

 

「馬鹿で何が悪い! 戦友や姫君の盾となって斃れるのは騎士の本懐……!! 真の勇者(・・・・)であるならば、今征かんでなんとするっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はいっ! オルランドさん!!」

 

 薄暗いボス部屋の天井に光が(はし)った。

 

 それは緩やかな弧を描きながら飛翔し、アステリオスの額にある王冠を撃つ。

 

「モ"オ"オ"オ"オ"オ"オ"オ"オ"!!」

 

 甲高い金属音が鳴り響くと同時に、アステリオスが頭を抱え体を弓形に反らして苦しみだす。

 

 ボスを大きく怯ませた光はその勢いのまま、ぐうっと旋回し飛んでいくと一人の小柄なプレイヤーがその光を掴まえる。

 

「……あいつは……!?」

 

 レイドメンバーの中から驚きの声が出る。

 

 男は皮のエプロンの代わりにブロンズの胸当てを装着し、両腕に同色のガントレット、頭にはハチマキを巻いて、左手の二本の指で器用に自身の獲物──チャクラムを回しながらボスを睨みつける。

 

 現れたのは"初のプレイヤー鍛冶"のネズハ……いや、堂々たる一人の戦闘職──

 

「来てくれたのか! ナーザ(・・・)!!」

 

 ナーザは俺とアスナ、そして絶句しているオルランドとブレイブスの順に目線を流し、一瞬だけ微笑んだ後、ボスに向き直る。

 

「誰かお二人を安全圏へ移動させてください。それ以外のみなさんは全力で将軍を! 《(こっち)》は()が引き受けます!」




Q:この一番かっこいい場面でどうして主人公は登場しないんですか?

A:敏捷値が足りませんでした。


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26話 雷光を討て

「ちくしょう! ぜってぇ次からは敏捷にもステ振ってやる!」

 

 アルゴだけでなくややAGI型であったらしいネズハにまで大きく離されてしまい、この世界におけるステータスビルドの無情さを目の当たりにしながらボス部屋に飛び込めば、第一層のコボルドロードとは比較にならない程デカイ牛男ボスとそいつの弱点を攻撃して足止めをしているネズハ、そしてボスの近くで倒れているキリトとアスナが目に入った。

 

 状況を瞬時に把握するとすぐさま二人の救助に向かう。

 

「悪い! 遅くなった!」

 

「アシュロン! お前も来てくれたのか!」

 

「そ、それよりもあの人一人だけでボスの足止めなんて大丈夫なの!?」

 

「まあ、少しの間くらいなら心配ないだろ。あの牛魔王にとってアイツは天敵みたいなもんだかな」

 

 修行場の岩の下は地下になっていて、そこには真のフロアボスである第三のトーラス族の存在とそいつの攻撃パターンや弱点についての壁画が描かれていた。

 

 それによれば、アステリオス王の弱点は頭部の王冠らしく、そこをチャクラム使いが攻撃する事でブレスを封殺するのが第二層フロアボス戦の攻略法らしい。

 

 フロアボス攻略に必須となるアイテムがフィールドボス戦で手に入るのはよく出来ているとは思うが、それでも最悪全滅すらありえるトラップを仕掛けてくる茅場の底意地の悪さには恐怖すら覚える。

 

 とりあえず今は一刻も早く二人を避難させなければならないが、いくらネズハが引き付けているとはいえボスはもう目と鼻の先にいる。悠長に肩に担いでいる暇はないので

 

「悪いな! ちょっと乱暴かもだが、今は黙って運ばれてくれ!」

 

「きゃっ!?」

 

「うおっ!?」

 

 荷物の様に小脇に抱えてそのまま本隊のいる方へとダッシュする。

 

「やだっ!? ちょっと、どこ触ってるのよ!?」

 

「あ、頭っ! 頭擦れてるから!!」

 

 何やら言っているが緊急事態なので当然無視。

 

 そのまま走っていると、後方から大量に息を吸い込む音が聞こえ、ついそちらに顔を向けてしまう。

 

 距離が開いてしまったためにアステリオスはブレスの体制に入っていて──

 

「やあっ!」

 

 なかなか堂に入った気合いと共にネズハがチャクラムを投げ、ボスをディレイさせた。

 

「ナイス援護!」

 

「夢、みたいです。僕が……僕が、ボス戦で……こんな……」

 

 震える声でそこまで口にしたが、後半はぐっと飲み込んで、代わりに叫ぶ。

 

「……僕は大丈夫です! アシュロンさんはお二人を移動させたら他の人たちと将軍を倒して下さい!」

 

「ああ、任せろ! 瞬殺してくっから、それまで頼んだぜ!」

 

 すっかり頼もしくなったな、と思いながらキリトとアスナを壁際まで運びポーションを飲ませた。これで、取り敢えず二人は大丈夫だろう。

 

 さて、約束通りさっさと将軍を片付けて……と、考えていたその瞬間、二本の腕にガシッと襟首を掴まれる。

 

「おい、アシュロン……お前、覚えとけよ……」

 

「……月夜ばかりと思わないことね……」

 

「ヒィッ!?」

 

 お二人ともめちゃくちゃ怒っていらっしゃる!?

 

 いや、確かにちょっと悪い事したとは思っていたけど、本当に危機的状況であったために仕方のないことで、心肺停止の人間にAEDを使用するみたいに人命救助にのみ意識を割いていたのであって決して悪気があってやった事じゃ───

 

「キー坊もアーちゃんもその様子なら問題なさそうだナ。いやァ、ヨカッタヨカッタ」

 

 独特なイントネーションの声が響くと、近くの壁のタイル模様がぐにゃりと歪み、虚空から湧き出るが如くアルゴが姿を現す。

 

 ありがとう、アルゴ。丁度良いタイミングで出てきてくれて。

 

 話を逸らす口実となってくれた事に心の中で感謝しながら、現状の方針について確認する。

 

「ネズハの事は伝えてきてくれたんだろ? リンドさんはなんつってた?」

 

「あの厄介なブレスを無効にできるのならボス戦はこのまま継続するんだとヨ。これだけボロボロにされたのにまだやろうだなんテ、あの騎士もどきも以外と根性あるネ」

 

「そうか、それならいつまでものんびりしていられねえな」

 

 そう言いながら戦場の方を見れば、激昂したバラン将軍がお得意のナミングを連発しており、それに対してプレイヤー側は多少は持ち直した様子だがまだ及び腰であるために攻めあぐねているみたいだ。

 

 ソードスキルが…… 武器さえ(・・・・)無ければきっとすぐに倒せるだろう。だから、俺がするべき事は……

 

 剣を逆手に持ち、柄に額を当てる。そのまま一つ深呼吸をすれば、次の瞬間には無意識の内に心身を縛り付けていた重りが空気に溶ける様に(ほど)けていき、心臓が早く戦いたいと急かすかの如く激しく脈打つ。

 

「そんじゃ、ちょっくら将軍の首級を挙げてくるから、お前らはそこで見ててくれよ。……お待ちかねの必殺技のお披露目だ!」

 

 高揚感に身を任せ、無数のライトエフェクトが途切れる事なく炸裂する最前線へと身を投じる。

 

 現在戦線を維持しているのはエギルチームとブレイブスがバランの攻撃を耐えているからなのだが、その双璧の片割れたるブレイブスはネズハの事が気になって仕方がないのかイマイチ集中出来ていない。

 

 本来であればデバフに強い彼らに一仕事頼みたかったのだが、あんな様子では少し頼りないので、無理を承知でエギルに声を掛ける。

 

「エギルさん! 急で凄え悪いんだけど、一瞬だけでも良いからアイツの攻撃を正面から受け止めてくれないか!?」

 

「なっ!? 冗談だろ!? オレたちの装備でそんなことしちまったら──」

 

「スタンは免れないのは分かってる! けど、この牛野郎を一刻も早く倒すには必要なんだ! 頼む、信じてくれ!」

 

 ……思い返せば、エギルとは会話らしい会話はした事がない上に、最後に言葉を交わしたのはディアベルの死に暴走していた所を止めてもらった時以来だ。

 

 お互いの事を碌に知らないのに信じろなんて無茶な話だろう。だが、エギルは数瞬悩んだ後に仕方ないと言わんばかりに笑ってみせた。

 

「ったく、お前と言いブラッキーと言い、何をしでかすのか全く予想できねえな。……分かったよ。一瞬で良いんだな?」

 

 そう言って、エギルは仲間たちに指示を出すと陣を組み、攻撃に備える。

 

 本来なら喰らってはならないソードスキルを受け止める姿勢。防御の要となっていたエギルたちの思わぬ行動に周囲から疑問の声が漂い、リーダーのリンドからは即刻やめるように命令が出された。

 

「ヴゥオオオオァァァァ───ッ!!」

 

 そして、目の前の将軍もそんな格好の的をみすみす見逃す事はせずに稲妻を纏った渾身の一撃を放つ。

 

 武器同士がぶつかり合う衝撃音とスパークが走り抜ける音が鳴り響き、オーダー通り攻撃を受け止めてくれたエギルたちは襲いかかる衝撃と痺れによる不快感に歯を食いしばっている。

 

 俺の無茶を通してくれた彼らに素早く感謝を述べながら剣にエフェクトを纏わせ一気に走り抜ける。狙いはバラン将軍の持つ黄金ハンマーの柄の一箇所。表面上は何の変哲もない……しかし、確かにダメージが蓄積され、脆くなっている部分だ。

 

「はあぁっ!!」

 

 斬れる(・・・)。確かな確信のもと、裂帛の気合いと共に《アバランシュ》の一撃を振り下ろす。

 

 ハンマーの柄は一抱え程度の太さしかないにも関わらず、剣からはその見た目以上に硬く重い手応えが伝わってくる。キリトが言っていた通り、ボスの武器は破壊不能一歩手前の硬度を持っているのだろう。

 

 ───だが、そのくらいの物ならば、もうとっくに斬ってきた。

 

 果たして、耳をつんざく様な金属音を撒き散らし、バランのハンマーは大樽程もあるその頭を地面に転がした。

 

「リンドさんっ!!」

 

「───っ!! そ、総員、全力攻撃(フルアタック)っ!!」

 

 呆気に取られていたリンドは声を掛けられて我に帰るとすぐさま総攻撃の指示を出す。

 

 バランの残りのHPはゲージの三分の一のみであり、得物をなくしたためにプレイヤーたちを牽制していたソードスキルはもう使えない。大木の様な手足を使った格闘や突進で抵抗はするものの、それらの攻撃は一般のタンク役に簡単に止められてしまっていた。

 

 そうして、プレイヤーたちを苦しめ続けていたバラン将軍はそこから二分もしない内に最後は俺の《サイクロン》によって体力を削り切られてその巨体を爆散させた。

 

「おっし! 将軍討ち取ったで! これで残りはクソ王一匹だけや!!」

 

「HPが心許ない奴はすぐに回復しろ! 準備が整うまでの間、動ける奴で王を止めるぞ!」

 

 リンドの指示のもと、アステリオスの所にまで走り出したのは全体の半数程。その中にはレジェンド・ブレイブスのメンバーも入っている。

 

 オルランドはネズハが戦闘職に転向したのは知っていたが、他のメンバーはその事を知っていたのだろうか。そして、慕っていた男の為とは言え、強化詐欺の要であったネズハがこうして一人の勇者としてボス戦で活躍しているのを一体どんな気持ちで見ているのだろうか。

 

 そんな心配をよそに、攻略集団は遂に真のフロアボスたるトーラスキングに肉薄する。

 

 メインスキルである雷のブレスはネズハが封じているものの、巨大な手足によって繰り出される攻撃は将軍の鉄槌にも匹敵する威力を誇っている。ここまでの連戦で体力もPOTも尽き掛けたプレイヤーも多い中、防御力の高いブレイブスが長時間ボスの攻撃を防ぐ事が多くなっていた。

 

 しかし、いくらHPに余裕があろうとも思わぬ落とし穴があるのがSAOだ。

 

 その瞬間が訪れたのはブレス攻撃を防がれた回数が二桁に届こうとした時だった。怒り狂ったアステリオスはヘイトをネズハの方に向け、鉄拳を振り下ろす。

 

 その一撃がネズハに直撃する前に既の所でブレイブスの面々が駆けつけ彼を守るために攻撃を受け止めるのだが、そこで遂に───

 

「オルランドさん、盾っ!!」

 

「ぬ───っ!?」

 

 オルランドの盾が大きくひび割れてしまう。

 

 これを好機とばかりにアステリオスは再び大きく振りかぶるとオルランドに狙いを定めて追撃を───

 

「やらせっかよ!!」

 

 拳が降り注ぐ前に今度はタンクもアタッカーもごちゃ混ぜになって各々の得物を構えて立ち塞がる。

 

「なっ!? 貴卿ら……ッ!?」

 

「へへっ、アンタらのガッツに当てられて、つい来ちまったぜ!」

 

「やるじゃんか! 手伝わせろよ!」

 

「───ッ!? ……ヌハハハハ! ここは……っ、勇者ばかりであるなっ!!」

 

 そう、ここは勇者ばかりだ。…………なあ、ディアベル…………お前だって、きっと…………。

 

 オルランド(勇者)に当てられたプレイヤーが一丸となって戦う姿に思わず口元が綻んでしまう。

 

「ならば結構! 皆の者、覚悟を決めよ!!」

 

「「「応ッッッ!!!」」」

 

 威勢のいい応答と共にボスとプレイヤー達はぶつかり合う。

 

 ズダアアァァンッ! とまるで大型車両同士の衝突事故みたいな音が鳴り響く。

 

 暴走(バーサーク)したアステリオスの力は凄まじく、集った益荒男達はズルズルと数メートル押し切られ、HPもレッドゾーンまで削られる。だが、耐えた。

 

「よし! 全員、そのまま押し返すぞっ!!」

 

 リンドの指示を受けて、ボスに向けて一斉にソードスキルをぶちかます。

 

 攻略集団による一斉攻撃を受けたアステリオスのHPはみるみる削れていき───

 

「ヴォロロルルヴァラァァァ───ッ!!」

 

 後一歩(・・・)の所で王はひときわ恐ろしげな雄叫びを振り撒き、プレイヤー達を怯ませる。

 

 ボスの残りHPは後数ドット…………だから、もう大丈夫だ。

 

GJ(グッジョブ)! スイッチだ!」

 

「後は任せて!」

 

「…………ああ、決めてこい。キリト! アスナ!」

 

 再び戦場に舞い戻った勇者二人はプレイヤー達の間を颯爽と駆け抜けるとアステリオスの弱点である王冠───に守られた額に向けて飛び上がる。

 

 バラン将軍の三倍もの背丈の王の頭部にはさしもの二人の跳躍でも届かない。だが───

 

「「はぁぁぁああああ───っ!!」」

 

 その足りない距離を補うために片手剣突進技《ソニックリープ》と細剣突進技《シューティングスター》で飛翔する。

 

 そして、アニールブレードとウインドフルーレが、巨大な王冠ごと額を深々と貫くと、そこから徐々にひび割れていき、次の瞬間には王は雷光の如き強烈な光を放ちながらその身を爆散させた。



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27話 償い

 


 【Congratulations!!】

 

 上空に表示された文字はプレイヤー達の勝利を賞賛すると共にフロアボス戦の終わりを告げるもの。

 

「犠牲者ゼロ……みんな生きてる…………俺たちの完全勝利だ───ッ!!」

 

 リンドが感極まって叫ぶと同時に他のレイドメンバーも一斉に歓声を上げる。それはつい先程まではここの主だったトーラスキングの咆哮にも負けないくらいの大音声で部屋の空気を震わせた。

 

 第一層の頃の俺は傷心しきっていて歓喜する仲間達の姿をどこか別の世界の出来事の様に見ていたため、今回ようやく攻略集団の一員としてこの達成感を味わう事が出来そうだ。

 

 そんな他とはちょっとズレた感想を抱きながらこちらに歩いてきたキリトとアスナに労いの声を掛ける。

 

「お疲れさん! 二人とも相変わらず見事なコンビネーションだったぜ」

 

「相変わらずって何よ。わたしとこの人はあくまで一時的に組んでるだけで──」

 

「へぇ〜、アスナさんはそんな行きずりの男のためにあんな危険な場面で助けに来てくれたのか〜」

 

「そ、それは! その……、流石に見捨てられないというか……」

 

「ハイハイ、ご馳走さま。お前らの仲睦まじさにもうお腹いっぱいですよ」

 

 この二人のやり取りは俺としては微笑ましく感じるのだが、そう思える奴はきっとここでは少数だろう。せっかく犠牲者を出さずに二層を突破できたのにここに来て憤死者を出す訳にはいかない。

 

「キリトさん、アスナさん、お疲れ様です! 最後の空中ソードスキル凄かったです!」

 

 駆け寄ってきたネズハがやや興奮気味に二人に賛辞を送る。その言葉にキリトは照れ臭そうに笑い、アスナはかぶりを振るとにっこりと笑顔を見せた。

 

「いいえ、本当に凄かったのはあなたよ。その武器をああも完璧に使いこなすなんて見直したわ」

 

「ほ、ほとんどシステムアシストのお陰なんですけどね。……それでも、やっと僕もなりたいものになれました」

 

 そう言ってネズハはチャクラムの刃を左手の指先で愛おしむ様に撫でると、急に姿勢を正しお辞儀をする。

 

「キリトさん、アスナさん、アシュロンさん。……僕の背中を押してくださって……本当にありがとうございました!」

 

「や、やめろよ、仰々しい……」

 

「そうだぜ。寧ろ俺は邪魔してた方だったし、なりたい自分になれたのはお前がそれだけ真剣だったからだろ。もっと胸を張れよ」

 

「いえ、それでもこうしてちゃんとお礼を言いたかったんです。……これでもう……」

 

 そこまで言ってネズハは口を閉じてしまう。

 

「おいおい、そこで止めんなよ。それじゃあ、まるで…………」

 

 最後の言葉みたいじゃないか?

 

 そこまで言い掛けた所で気がついてしまった。まさか、ネズハは強化詐欺の償いを今ここで───

 

「よう、お前ら。相変わらず見事な剣技だったぜ。コングラチュレーション! …………だけで、済ませたかったんだがな……」

 

「……エギルさん」

 

 レイド本隊から離れてこちらに来たエギルと二名のプレイヤー。三人ともとても険しい顔をしており、エギルに至っては普段の人当たりの良い表情が無いだけで思わず後ずさってしまいそうな威圧感を感じる。

 

 三人は別々のギルド、パーティーであるため一見繋がりは無い様に思える。だが、よく見れば第一層の時に持っていたレア物の大型斧ではなく店売りの中型の斧を装備しているエギルを含め、彼らはフロアボスに挑むにしては少し型落ち気味の武器を装備していた。

 

「あんた、少し前まで鍛冶屋やっていたな。それが何で戦闘職に転向したんだ? そんなレア武器まで手に入れて。……鍛冶屋ってのはそんなに儲かるのか?」

 

「………………」

 

「レア武器といえば、オレが持っていた武器はあんたに強化を頼んだら、失敗して壊れちまったな。……ああ、いや、別にいまさら恨み言を言いたい訳じゃないんだ。……ただ、ここに居る連中はどうもオレと同じ経験をしていて……そして、オレと同じ懸念を持っているみたいでな」

 

 普段の彼らしくないキツい言い方からして、エギルは既にネズハを疑っている。武器すり替えのトリックにまで辿り着かずとも、何らかの詐欺行為があったのではと怪しんでいるのだ。

 

 いつしか、勝利に湧いていた他のメンバーも、リンドやキバオウ、そしてブレイブスの五人も沈黙し、事の成り行きを見守っている。ほとんどのプレイヤーはただ訝しそうなだけだが、オルランド達の顔が激しく強張っている事は、遠く離れた場所からでもはっきり分かった。

 

「き、聞いてくれ! このチャクラムは俺が──」

 

「いいんです、キリトさん……」

 

 重たい沈黙を破り、何とかネズハを庇おうとするキリトだが、それを止めたのは当の本人であるネズハだった。

 

 そして、ネズハはチャクラムをそっと床に置くと、その場にひざまずき両手と額を地面に押し当てる。

 

「お察しの通りです。…………僕がみなさんの武器をエンド品とすり替えて、騙し取りました」

 

 再びボス部屋がしんと静まり返る。

 

 SAO初の強化詐欺。それもゲームクリアの要となる攻略集団を狙った犯行。ネズハの告白はきっとこの世界に囚われた全てのプレイヤーに対しての裏切りと取られただろう。

 

 第一層でキリトが糾弾された時と同じ、ひりついた空気が辺りに漂う。

 

「…………それを…… (コル)に替えたのか?」

 

「……はい、すべて」

 

「…………金での弁償は可能か?」

 

「…………いえ、もう出来ません。…………お金は全部、高級レストラン(・・・・・・・)の飲み食いとか高級宿屋(・・・・)とかで残らず使いました」

 

「…………ッ!?」

 

 馬鹿野郎が……。思わず拳を強く握りしめる。

 

 ネズハは……詐欺の罪を全て自分一人で背負うつもりだ。大切な仲間達を守ろうとする気持ちは立派だとは思う。だが、このままではネズハに待ち受ける運命は最も悲惨なものになってしまうだろう。

 

「……お前ッ……オマエぇえエエエッ!!」

 

 遂に忍耐の限界を超えたのかエギルの後ろにいたドラゴンナイツのメンバーが恐ろし形相でネズハに掴みかかった。

 

「解ってるのか!? オレが……オレたちが、大事に育てた剣壊されて、どれだけ苦しい思いしたか!! 剣なくなって、もう前線で戦えないかもって……そしたらよぉ、仲間がカンパしてくれて、強化素材集めも手伝ってくれて……迷惑かけまくってよぉ……!!」

 

 無抵抗のネズハの襟首を掴んで大きく揺さぶりながら怒鳴り散らす男。その声が段々と嗚咽混じりになっていく様子はこのボス戦に挑むまでにどれ程の苦労があったかを物語っていた。

 

 ドラゴンナイツの男は完全に裏返った声でなお叫び続ける。

 

「何処にも逃げ場のないこのクソゲーの中で、いつも頼りにしてた武器失ってどんだけ怖かったと思ってんだよ!! なのに……剣を売った金で、美味いもん食っただぁ!? 高い部屋に泊まっただぁ!? 挙げ句に残りの金でレア武器買って、ボス戦に割り込んでヒーロー気取りかよ!! お前は自分が一体何をしたのか……オレたちみんなからどんだけのモンを奪ったのか解ってんのかよっ!?」

 

「わかっています!! ……全部覚悟の上です。……恨みもしません……どんな裁きにも、従います」

 

 …… 裁き(・・)

 

 そのたった二文字の言葉を聞いた途端、フロア内にいる全てのプレイヤーの動きが止まった。

 

 強化詐欺のトリックを探る際にアルゴが予想していた。武器を失ったプレイヤー達が満足する様な懲罰システムはSAOには存在せず、それでも犯罪者を許せないとした場合に行き着くのは、誰もが思いつく最悪の処罰…… 処刑(・・)……罰としてのPKだと。

 

 その惨たらしい《もしも》が今まさに現実になろうとしている。

 

「……じょ……じょ、じょ、上等だぁ!! ぶっ殺してやるっ!!」

 

 逆上した男が遂に剣を抜いた。それを隣にいたエギルと解放隊の男が慌てて止めに入り、周囲は一瞬にして蜂の巣を突いたかの様な大騒ぎになる。

 

「クソ……っ!!」

 

「「────ッ!! 待て(待って)! キリト(君)!!」」

 

「止めるな! こんなこと黙って見ていられない!」

 

「わかってる! だけど、お願い! 今は信じて見守っていて!」

 

「きっとアイツ(・・・)なら…… アイツら(・・・・)なら大丈夫だ!」

 

 現状は予想よりも遥かに深刻だ。だが、それでもあの修行場で仲間と自身の信念を何よりも大事だと語ってみせたあの男ならば、きっと……。

 

 今すぐネズハを助けに行こうとするキリトを引き止めながら再度視線を戻すと、暴れている男は恐るべき執念でエギルともう一人の男を振り解き、手にしている剣を無防備なネズハの背中に振り下ろし───

 

「待たれよ!! 貴卿らが手を汚すには及ばん!」

 

 ネズハを斬りつける直前、仰々しい制止の声によってその動きを止めた。

 

 そんな言葉遣いをするプレイヤーはきっとこのSAOではただ一人……《レジェンド・ブレイブス》のリーダー・オルランドだけだ。

 

 声の主であるオルランドと仲間の四人は重装の金属装備を鳴らしながらゆっくり広間を横切り、うずくまるネズハの所へと歩み寄っていく。

 

 被っているバシネットのバイザーが半分まで降ろされているためにオルランドの顔色は伺えず、仲間の四人も顔を俯け無言でリーダーに着いてきている。その様はまるで顔を隠した処刑人を思わせ、あまりの威圧感に他のプレイヤーは何も言えずただ黙って見守る事しか出来なかった。

 

 そして、一行はネズハのもとまで辿り着くと彼にしか聞こえない程の小さな声で何やらボソリと呟く。

 

 そのほんの僅かな言葉を聞いた途端、今まで微動だにしなかったネズハがビクリと大きく身体を震わせたが、そんな反応をオルランドは意に返さず腰に差した剣の柄を握り、一気に引き抜いた。

 

 しっかりと強化されたアニールブレードがギラリと鋭い輝きを放つ。そのただならぬ気配に皆が目を見開き、固唾を呑む中───

 

「この者は我らの……いや……」

 

 ブレイブスは次々に手に持っていた業物と念入りに強化された防具を足元のチャクラムの横にそっと横たえ───

 

こいつ(・・・)は、俺たちの仲間(・・・・・・)です。……強化詐欺をやらせていたのは俺たちです」

 

 ネズハを真ん中に挟む形で横一列になり、床にひざまずいた。




テンポが非常に悪くて申し訳ございません。次で第二層を終わらせるのでもう少しだけお付き合いください。


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28話 勇者のために

無理矢理詰め込んだので、今回は少し長めです。


「…………オルランドさん。あなた達が彼の仲間ということは、つまりその装備は詐欺によって稼いだ金で鍛えた物だと言う訳だな?」

 

「はい。これらの装備は詐取した武器を売った金と俺達自身で稼いだ金で鍛えています。売り払えば賠償金として十分な金額となるでしょう」

 

 オルランドの言葉で張り詰めていた空気がふっと和らいだのを感じる。

 

 いかに場がヒートアップしていたとは言え、六人ものプレイヤーをいっぺんに《処刑》する程にまで皆が血に飢えていた訳ではないし、加えてブレイブスが名乗り出た事で状況は大きく変わった。

 

 ブレイブスのメンバーの装備は時価総額幾らになるのかすぐには見当もつかない程のハイレベル強化装備だ。詐欺の被害者達はそれらを売った金が手に入った上に第三層への扉も開かれた今、次の街で売っている最高級の武器を購入し必要な強化を施せばそれまでの遅れを一気に取り返す事が出来るだろう。

 

 もちろん、賠償だけでブレイブスが犯した罪が許されるとはいかないだろうが、それについては今後のゲーム攻略での貢献という形で償える筈だ。

 

 そう、少なくとも今ここでネズハが死ななければならない理由は───

 

「そんなことで許されるわけねぇだろ!?」 

 

 気が抜けた所に突然きんきん響く喚き声が上がり、思わず飛び上がってしまいそうになる。

 

 叫んだのは解放隊のメンバーであるダガー使いの男だった。フードを被っているため顔は見えないが、痩せぎすの体格と耳障りなその声には覚えがある。一層ボスが倒された直後にキリトをベータテスターだと告発したあの男だ。

 

 そいつはブレイブスを指差しながら更に声のボリュームとノイズを上げて叫ぶ。

 

「オレぁ知ってるんだ!! そいつに武器を騙し取られたプレイヤーは、他にもたくさんいるんだ! そんで、その中の一人が店売りの安物で狩りに出て、今までは倒せてたMobに殺されちまったんだ!!」

 

 衝撃の告白にもう何度目かも忘れてしまった沈黙が訪れる。

 

 奪ってしまった武器とそれまでの時間は金でいくらか償える。騙されたショックや相手への憤りは反省し長い時間を掛けて誠意を見せればいつか許されるかもしれない。

 

 …………だが、死者は……奪われてしまった命はどれだけの金や時間を掛けても戻ってこない。

 

 死人が出てしまったのなら、その罪は詐欺だけには留まらず……即ちレジェンド・ブレイブスのメンバーは…………

 

「こいつらは人殺し(・・・)だ!!  PK(・・)なんだ!!」

 

 ダガー使いの最後の一押しによって、ギリギリで保っていた秩序は遂に崩壊した。

 

「命で償えよ、詐欺師ども!」「死んでケジメつけろよPK野郎!」「死んだ奴に、ちゃんと謝ってこい!」「殺せ! クソ詐欺野郎どもを殺せ!」

 

 つい十数分前まで肩を並べ共にフロアボスに挑んでいた仲間に向けるものとは思えない非情な言葉がまるで濁流の様にブレイブスの面々を責め立てる。

 

 そして、武器を抜いて詰め寄ってくる数人のプレイヤーの存在にブレイブスのメンバーも土下座どころではなくなり、さりとて逃げ出す事も出来ずにただ青ざめた顔で震える。

 

 このままでは彼らは本当に殺されてしまうだろうが、それだけは絶対に阻止しなければならない。

 

 この場でネズハに罪の告白をさせてしまったのは、余計な事を吹き込んだ俺の責任だ。だから、どんな代償を支払おうとも俺にはあそこにいる六人を救う義務がある。

 

 そして何より……俺はネズハやオルランド、ブレイブスの面々を死なせたくない。

 

 例え、その結果追われる身となって二度と攻略に参加出来なくなっても……ディアベルとの約束を守れなくなろうとも……もう勇者(・・)が死ぬのは見たくない。

 

 そう覚悟を決め、今にも襲い掛かろうとする集団に向けて体当たりの一つでも仕掛けようと右足に体重を乗せた瞬間───

 

「待てっ!! この事件の裁定はリーダーである俺が下す! 異論は認めんぞ!!」

 

 鋭い声を上げながらレイドリーダーであるリンドがブレイブスと攻略集団の間に割って入った。

 

 自意識過剰なリンドが見せる有無を言わさぬ形相は処刑を執行しようとしていた一団を怯ませる。

 

 リンドの突然の命令に戸惑いを隠せないプレイヤーが現リーダーに唯一文句を言える(と言うかいつも文句を言っている)人物であるキバオウを見るが、彼は「ま、ええんやないか?」と何とも拍子抜けな承諾をしていた。

 

 リンドはブレイブスを助けてくれるのか。そんな期待をしてしまうが、その考えはリンドが床に置いてあった剣を拾い上げてオルランドの前に突き立ててみせた瞬間消え去ってしまった。

 

「……オルランドさん。あなた達の罪は到底許されるものではないが、そのためにここにいる誰かに六人もの命を奪わせる訳にはいかない。よって、あなた一人の命と引き換えに残り五人の罪は不問とする。……リーダーならば、自らの刃でけじめをつけろ」

 

 言い渡された判決に全てのプレイヤーが息を呑む。

 

 仲間の為に自分の命を捧げろ。その決定に最初こそ目を見開いたオルランドだが、すぐに落ち着きを取り戻すと一礼したのち剣を手に取る。

 

 仲間思いのオルランドにとっては救いなのかもしれないが、誰よりも勇者であろうとした男の結末がこんな終わり方であって言い訳がない。

 

 すぐさま助けに入ろうと走り出すが、その行手をエギルとキバオウが塞ぐ。

 

「そこをどいてくれ!!」

 

「喧しいぞ、アシュロン。リーダーの決定や、下のもんは黙って見とけ」

 

 そう言い捨てるキバオウと一言も発せずにいるエギル。これから人が死のうとしているのに、この二人もリンドも一体何を考えているのか全く分からない。

 

「や、やめてッ! やめてください!! 僕が悪いんです! 僕だけが悪いんです(・・・・・・・・・)!! 僕が死にますから……だからッ!!」

 

 そうこうしている内にオルランドは覚悟を決めて自身に刃を突き立てようとし、それを止めようと悲痛な声で懇願するネズハ。

 

 そんなネズハに対してオルランドは己の運命を悟ったかの様に静かに微笑んだ。

 

 …………その表情はディアベルが最後に浮かべたものと酷似していた。

 

 ──そして次の瞬間、オルランドは持っていた剣で自身の胸を刺し貫く。

 

『やめろ!!』

 

 誰かがそう叫んだ。

 

 俺だったかもしれない。ネズハだったかもしれない。キリトか……もしくはここにいるプレイヤーの誰かだったかもしれない。

 

 だが、そんな叫びに意味は無く、強化詐欺によって鍛え上げられたアニールブレードは持ち主であるオルランドのHPを容赦なく削っていく。

 

 身体をよじって前を塞ぐ二人を抜けようとするが、今度は後ろ襟をがっしりと掴まれてしまって前に進めない。視界の端ではキリトも駆けつけようと他のプレイヤーを掻き分ける様にしているが、あれでは到底間に合わないだろう。

 

 そうして、オルランドのHPはレッドゾーンを下回ってもなお削れていき、ほんの僅かな命の色も遂には消えて───

 

 

 

 

 

 

 …………カラン……カラカラ……

 

 

 

 

 

 

「……十分だ。覚悟は伝わった」

 

 ゲージが空になる直前、リンドが刺さっている剣を弾き飛ばした。

 

 死の恐怖と闘っていたオルランドは荒い呼吸をしながらぐったりとしているが、それでもしっかりと生きている。その事に俺やブレイブスだけでなく処刑を望んでいたプレイヤー達からも安堵の声が漏れた。

 

「お、おい。まさかそれで済ませるつもりか? そんなんじゃ、死んだ奴が浮かばれ───」

 

「ふっ……、何を言う? 強化詐欺の首魁であったオルランドは今死んだ!」

 

 ダガー使いの非難に対してリンドはキザっぽい台詞を言うと突然、ズパッ! と聞こえてきそうな動きで右手を前へと突き出し、キメッキメのカッコいいポーズを取ってみせた。

 

「生まれ変わって一からやり直すなら、死ぬ気で追いついてこい! 待ってはやらないが、攻略隊は勇者を歓迎するだろう」

 

 そう言って最後に、フフッ……とクールに笑う。

 

 ………………うーん、台無しだ。

 

「…………ブフォッ!!」

 

 完全に滑ったリンドの行動にまず真っ先にキバオウが吹き出し、そこから徐々に広がって最終的にボス部屋は笑いの渦に包まれる。

 

 当の本人は何とも哀愁漂う雰囲気のままフリーズしていたが、良くも悪くもシリアスな空気をぶち壊してくれたリンドの功績は大きい。ここはせめて俺だけでも彼を讃えるとしよう。

 

「そ、そんな顔するなよ、リンドさん。俺的にはとってもカッコ良──ブフッ!!」

 

「…………ッ!!」

 

 ───スパーンッ!!

 

 堪えきれずに吹き出してしまい、次の瞬間には周囲に頭を思い切り叩く乾いた音がこだました。

 

 

 

 

 

   ─────────────────

 

 

 

 

 

 こうして、最後は何とも締まらない形ではあったものの第二層フロアボス戦は本当に死者ゼロで終わらせる事が出来た。

 

 ダガー使いはあの後も食い下がっていたのだが、その犠牲になったプレイヤーは何処の誰なのかと問いただされると口ごもりながら「噂で聞いた話だから分からない」と答え、「そんなんで話をややこしくするな」とキバオウに制裁を加えられていた上に、死亡者の件はアルゴが追跡調査をしてくれる運びとなると顔色を青くしていた。

 

 そして、賠償の件については現状のアインクラッドで最も沢山のコルを持ち、同時に強化装備を求めている攻略集団でオークションを開いて解決を図る事となり、自慢の情報力で装備の価値を説明するアルゴと軽快な口調でオークションを盛り上げるキバオウが中心となって開催された。

 

「そういう訳で我々は後始末があるんでね、先に行って攻略の成功を新聞屋に伝えてくれ」

 

「なんで俺がっ!?」

 

「慣れてるだろう?」

 

 リンドの言葉にぐうの音も出ないといった表情をするキリト。

 

 ビーターとして他のプレイヤーよりも先行するのは確かにキリトの十八番だ。本人もその事を認めているために何も言い返せないらしい。

 

 こんな親密とはとても言えない会話をする二人だが、その姿はビーターとして糾弾されたあの時の事を考えると驚くべき変化だ。この様子であればきっと今後もゲームクリアを目指す同士としてやっていけるだろう。

 

 それはさておき、先を急ぐのであればせめて別れる前にネズハやオルランドに挨拶をしなくてはならない。そう思い、辺りを見渡せばレジェンド・ブレイブスの一同は攻略集団から少し離れた所にある柱に寄り掛かる様にして集まっていた。

 

 処刑は免れ、賠償金も支払う事にはなったもののそれでも彼らは犯罪を犯した身だ。未だに彼らを良く思わないプレイヤーもいるだろうし、自ずと距離が出来てしまうのは仕方ない事だろう。

 

 これから暫くの間はブレイブスにとって辛く苦しい期間となる筈だ。最前線での活躍を目指す彼らは果たしてその苦難を乗り越えられるのだろうかと不安を覚えながらも声を掛ける。

 

「俺達はこれから先行して第三層に向かう。……暫くは会えないだろうけど、それでもお前達がまた前線に戻ってくるのを待ってるぜ」

 

「…………はいっ! いつかまた前線で戦います! この最高のチームで必ず!!」

 

 涙でぐしゃぐしゃの目元を拭いネズハはしっかりと向き合って力強く答えてみせる。隣に座っていたオルランドがそんな彼を見て小さく笑うと、こちらに向き直り頭を下げた。

 

「……ありがとう、アシュロンさん。約束通り、ネズオをここまで導いてくれて感謝している」

 

「……いや、その逆だよ。こいつが俺を導いてくれたんだ。誇れよオルランドさん。あんたに憧れてた男(・・・・・・・・・)はとんでもない勇者だったぜ」

 

「───ッ!? ……フハハハハ! 当然である! 何故ならば、我ら六人は真の勇者たる者達が集うギルド《伝説の勇者たち(レジェンド・ブレイブス)》なのだからな!!」

 

 オルランドはほんの一瞬だけその目に涙を滲ませるが、次の瞬間にはそれを吹き飛ばすかの様に豪快な高笑いをする。

 

 そんなオルランドを見ていると俺の心配も杞憂だと思えてきた。子供っぽくて暑苦しが不思議と憎めない奴。そんな男の元に集ったメンバーならばきっとこの先も大丈夫だろう。

 

 そう確信できたのならもうこの場所に用はない。最後に短く別れの挨拶を言ってブレイブスに背を向けると出口の前で待っているキリトとアスナのもとへと向かった。

 

 

 

 

 

   ─────────────────

 

 

 

 

 

 出口の扉を開くと、その先は迷宮区タワーの外壁沿いをぐるりと一周する螺旋階段となっていて、そこから第二層のテーブルマウンテンが乱立する景色を一望できる。

 

「おお〜、スッゲェ景色!!」

 

「本当に凄い景色。あっ! あそこタランじゃないかしら? ……あんなに小さく見えるのにあそこで大変な目に合ったなんて信じられないわね」

 

「ほんとにな。思えば第二層にはたった十日間しか居なかったのに随分と色んな事があったな。強化詐欺だったりアシュロンの弟子入りだったり……そういえばアシュロン。お前あの技とうとう完成させたんだな」

 

「ん? ああ、いや。実はあれ、まだ未完成なんだ」

 

 そう、まだ未完成だ。迷宮区を登る際に判明した事なのだが、まだソードスキルを発動した武器(・・・・・・・・・・・・・)は壊す事が出来ない。そのため、バラン戦の時にはエギル達に止めてもらわなければならなかった。

 

 コボルドロードとの戦いの際、俺は確かにソードスキル同士の打ち合いで奴の刀を折ってみせた。その領域に至って初めてこの技は完成したと言えるだろう。

 

「それでもボスの武器壊せてたし十分凄い事だよな。必殺技って言うくらいだから、やっぱり名前とか考えてるのか?」

 

「モチロン考えてるぜ! どんな武器も真っ二つにする剣技……名付けて《ザックバラン剣》、だ!」

 

「「………………ダサい」」

 

「なんとっ!?」

 

 ボス部屋に乗り込む前に頑張って考えた名前をダサいと一刀両断され、思わず膝から崩れ落ちそうになる。斬った時の感触を名前に取り入れたイカしたネーミングだと思ったのに……。

 

「こういうのはもっとシンプルな方が良いんだよ。例えば……《武器破壊(アームブラスト)》とかどうだ?」

 

「あ、良いわね。それ採用」

 

「お、おい! 俺の必殺技だぞ! 勝手に決めんなよ!?」

 

 キリトが考えた名前は確かにかっこいいが、だからと言って素直に従うのはプライドが許さない。

 

 せめてもの抵抗にと抗議の声を上げるが、二人はケラケラと笑いながら優雅な足運びで階段を上がって行ってしまう。

 

 三度思い知らされる敏捷値の暴力に、もういっそこのまま踵を返してオークションにでも参加しようかという考えが頭をよぎるが、そんな甘ったれた考えを振り払うと俺の出せる最大限のスピードで勢いよく駆け上がる。

 

 二人に遅れない様に走り続けるのはきっとかなりキツいだろうが、それでも今は立ち止まる気は微塵も起きなかった。

 

 ───何故なら、勇者のために道を切り拓くのが俺の役目なのだから。




 これにて第二層完結です。コメント欄で一層よりも短くまとめると言いながら結果的に一層よりも長くなってしまい誠に申し訳ございません。

 多くの二次創作で飛ばされがちの第二層の物語を書いた理由は三つありまして、

 一つ目は、以前の後書きで書いた通り、ブレイブスとの関わりを通じてキリトのみを特別視する主人公の考えをぶっ壊してもらう事。

 二つ目は、これから行動を共にするキリトとアスナとの関係性の構築。

 そして三つ目が、この作品の肝である武器破壊の習得と、武器破壊をプレイヤーに向けて行う事がどういう結果を招くかを主人公に知ってもらうためでした。

 SAOの中で主武装を失ったプレイヤーがどれだけ嘆き悲しんだか、個人や集団にどれだけの影響を及ぼしたのかを知る事で、作品の説明文の通り主人公に武器破壊(自身の才能)に対しての忌避感を持ってもらう狙いがありました。今回は出来ませんでしたがいつかその様子も描写出来たらと思います。

 後書きも長くなってしまいましたが、ここまでご愛読いただき誠にありがとうございました。


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第三層 黒き騎士と森の戦乱
29話 森の奥へ


 最近忙しくて前回の投稿から随分と時間が経ってしまいました。

 これより、第三層の物語の開始です。


 ボス部屋や新しい階層への扉にはその場所の風景や出現するモンスター、そこで繰り広げられる物語を暗示しているらしい。現に第一層のボス部屋は恐ろしげなコボルドの絵、第二層への扉には牛が描かれ、二層ボス部屋には同じく牛であったがよくよく見れば王冠らしい物を被っているのが確認できた。

 

 今、俺達の前にある第三層への扉の図柄には節くれ立った古木の中で剣を交差させる二人の剣士が描かれている。右は肌が白く、左は逆に黒い。そして、何より特徴的なのは二人とも耳が長く尖っている点だ。

 

 その特徴は、最早ファンタジーではお馴染みと言うべき登場人物である──

 

「…………エルフか?」

 

「おっ! 鋭いな、アシュロン。そう、この層にはエルフがNPCとして登場するんだ。中にはMob(モンスター)として出てくる奴もいるぞ」

 

「えっ、ほんとに!? エルフに会えるなんて、まるで本当にファンタジーの世界に入ったみたい!」

 

「おっと、油断は禁物だぞ。エルフたちは総じてソードスキルを高度に使いこなす強敵だ。今までの亜人型のモンスターみたいに隙を見てソードスキルを叩き込めば勝てるなんて甘い連中じゃない。つまり……」

 

 キリトはそこで勿体ぶった様に言葉を切ると、扉のすぐ手前まで駆け上がってから振り返り、俺達二人を見下ろす。

 

「いよいよ第三層(ここ)からがSAOの本番だ。茅場晶彦が、SAOを特集した雑誌のインタビューで言ってたよ。『《ソードアート》とは、ソードスキルとソードスキルが織りなす光と音、生と死の協奏曲(コンチェルト)』だってな!」

 

「…………へぇ……」

 

「…………ふぅん……」

 

「……アスナはともかくアシュロンまで反応薄いとは思わなかった」

 

 思った反応が返ってこなかった事が余程ショックなのか、キリトがガックリと肩を落とした。

 

 三層まで来られた達成感やこれからより多彩になっていくこの世界への興奮をキリトなりに伝えたかったのだろうが、生憎と今はデスゲームの真っ最中であり、そのフレーズを言っていたのが俺達をこの世界に閉じ込めている張本人である茅場だと聞くと、興奮したら負けの様な気がしてならない。

 

「……生と死の……コンチェルト。それって、ほんとに……いえ、考えすぎね。それより早く行きましょう。あんまりのんびりしていると、他のプレイヤーに追いつかれちゃうかもしれないわ」

 

「…………そうだな。この層でやりたい事が沢山あるし、さっさと進むとしようか」

 

 そう言ってキリトは慣れた様子で扉を押し開く。

 

 ごごん、と重い音を響かせながら巨大な扉がゆっくりと開かれると、その向こう側から柔らかな緑色が視界いっぱいに飛び込んできた。

 

 第三層のデザインテーマは《森》なのだろう。

 

 神社とかにある御神木と同じくらい大きな木が見渡す限り連なり、幾重にも折り重なる枝葉の隙間から金色の光の筋が降り注ぐ光景は正にRPGで出てくる妖精の森そのものだ。

 

「わあ……!」

 

 アスナが小さな歓声を上げながら駆け出し、細い陽光の下で被っていたフードを取り払うと、まるではしゃぎ回る童女の様にその場でくるくると回る。

 

「凄い……! この眺めだけでも、ここまで上がってきた甲斐があったわね……!」

 

「……ほんとに、甲斐があったな」

 

 そんなアスナを眩しそうに見ながらキリトは小さく呟く。

 

 思い返せば、アスナがこうして楽しそうにしている姿を見せたのは強化詐欺に遭うより前だっただろうか。となれば、確かに二人の言う通り強力なボスを倒してまでここまで来た甲斐があったと言える。

 

 と、新層に来た感動に浸っていたが、流石にそろそろリンドに頼まれた依頼を済ませなければならないだろう。

 

 ボス戦勝利と新層開通のアナウンスは以前はアルゴがやってくれたのだが、現在彼女はオークションの真っ最中だ。そのため、代わりに一層の頃にフレンド登録をした新聞屋の知り合いにメッセージを送る。

 

「よし! これで下層の方にも攻略が成功した事が伝わる筈だ。楽しみにしている連中を待たせるのも悪いし、さっさと転移門を有効化(アクティベート)しに行こうぜ」

 

「いや、その役目はすぐに追いついてくるリンド隊かキバオウ隊に任せて、俺たちは一足先にこの層の目玉クエストを受けにいこう」

 

「目玉クエストって……もしかして……!」

 

 目を輝かせて反応するアスナにキリトはニヤリと笑いながら答える。

 

「そう! この層から出現するエルフのNPCと協力して進めていくクエストだ! しかも、これまでみたいな単発ものじゃない。なんと終わるのに第九層まで掛かる、SAO初の層をまたぐ大型キャンペーンクエストだぞ!」

 

「なっ!? きゅ、九層!?」

 

 思わず驚きの声が漏れてしまった。

 

 まだ戦闘に慣れていない期間があったとは言え、この第三層にまで到達するのに1ヶ月以上もの時間が掛かったのだ。それなのにここから六層も先まで掛かる大型クエストなんて想像もつかない。

 

「かなり力の入ったキャンペーンだけあって、こなさなきゃならないタスクもかなりあってさ。二層の時みたいに十日くらいでフロアボス戦が始まるとしたら、今から効率良く回っておきたいんだ」

 

「なら急ぎましょ! アシュロン君もそれで構わないかしら?」

 

「ああ、大丈夫だ。今回こそはフロアボス攻略にしっかり参加したいし、さっさとそのクエスト終わらせちまおうぜ」

 

 大型キャンペーンクエストとなれば、貰える経験値や報酬はかなりのものだろう。第二層では碌にレベリングをしていなかったので、この機会に遅れを取り戻していきたい。

 

「決まりだな。それじゃ、出発だ。……と、ところで質問なんだけど、二人は耳に自信あったりするか?」

 

「え? やだ……キリト君て……耳フェチ?」

 

「……流石に俺のにまで興奮するのはヤバいと思うぞ」

 

「ち、ちがわい! スタートNPCの居場所を見つけるためにはな───」

 

 

 

 

 

   ─────────────────

 

 

 

 

 

 キリトの先導のもと、主街区への道から外れて踏み込んだエリアは《迷い霧の森》という名前らしく、鬱蒼とした森の中で時々すごく濃い霧が出てプレイヤーを迷わせる上に頼りのマップも表示が霧がかかった様に薄くなってしまう。

 

 こんな森では特定のNPCを目視で探し出すのはほぼ不可能であるが、幸いな事にキリト曰くNPCの近くまで来れば金属音……剣戟の音が聞こえてくるらしい。

 

 そのため、森の中の様々な環境雑音の中から目的の音を聞き逃さない様に三人で注意深く耳をすませ、時折聞こえてくるキンッという微かな音の発信源を辿っていけば、やや広めの空き地にて激しく戦う二つのシルエットを発見した。

 

「すごい……っ。ねえ、あの耳! ほんとに長い!」

 

「確かに凄えな……。あんだけ耳が長えのに全く違和感がない。本当にエルフみてぇだ……」

 

 戦っていたのは二人のエルフだった。

 

 一方は煌びやかな金色と緑色の鎧に身を固め、プラチナブロンドの髪を後頭部で結えたハリウッド俳優ばりのハンサムな男。ハイレベル品のロングソードやバックラーを使った堅実な戦い方からは相当なやり手だと伺える。

 

 そして、その男と鎬を削っているのは黒と紫の鎧を身にまとい、褐色の肌をしたこれまた端正な顔立ちの女剣士だ。こちらは短く切ったスモークパープルの髪をなびかせながら素早く動き回り、ゆるく弧を描くサーベルにて鋭い連撃を放つ。

 

 両者の力は拮抗しており、こうして覗き見ている間にも息を呑む様な剣戟が展開されている。そんな剣士達の頭上には揃って金色の【!】マークが表示されている。あれこそ、クエスト開始NPCである証だ。

 

「男の方が《(フォレスト)エルフ》で女の方は《(ダーク)エルフ》。今戦っている二人のどちらかに加勢すれば、そこから延々と続くエルフクエの開始だ」

 

「どちらかに加勢ってことは……もう片方とは……」

 

「もちろん戦うことになる。選んだ時点で対立ルートへの変更はできないけど、どちらも同じようなクエストになるらしいし、そう深く考えずに選んでいいよ」

 

 「深く考えずにって言われても……」とアスナは悩ましげに呟く。

 

 無理もないだろう。必死に戦っている両者の表情はとても生々しく、とてもシステムによって操縦される魂なきアバターとは思えない。

 

 亜人系モンスターとは違う、まるで人間の様な相手との命のやり取り。……これこそが、茅場の言う《ソードアート》なのかもしれない。

 

ダーク(・・・)って付くくらいだし、あのねーちゃんの方が悪い奴だったりするのか?」

 

「いや、どちらの言い分にも理解できるところがあるし、どっちが悪いとかは特にないな」

 

「そう……。なら、決めた。黒エルフのお姉さん。あの人に協力するわ」

 

「まあ、キリトがやった事がある方が安心だしな」

 

「OK……って、俺がベータでどっちを選んだか言ったっけ?」

 

「「わからないとでも?」」

 

「うぐっ……。で、でもお姉さんだからじゃないよ、黒いからだよ」

 

 何だよ黒いからって……。いや、まあ、そっちの方がかっこいいって考えも分からないでもないけど。

 

「あっ、待った! あと一つ大事なこと!」

 

「何よ?」

 

「あのな……あのNPCは二人とも本来七層まで行かないと現れない、しかもエリートクラスのMobなんだ。いくら安全マージンを取ってるといっても、三層に来たばっかりの俺たちに勝てる相手じゃない」

 

「七層のエリートって……いくら何でも理不尽すぎるだろ。なんかしらの解決法があるのか?」

 

「ああ。こっちのHPが半分減ったところで、加勢した方が奥の手を使ってくれるはずだ。だから俺たちは攻撃には参加せずガードに専念すればいい」

 

 それなら問題ないな、と思った俺とは反対にアスナは怪訝な顔をする。

 

「奥の手……てことは、できれば使いたくない理由があるのよね?」

 

「…………う、うん。加勢された方は圧倒される俺たちを助けるために禁断の技……自爆技を使って相打ちになるんだ。それで、二人のエルフは死んで、俺たちは二つの種族の戦争に巻き込まれて、そこから長い長い物語が始まるって流れだよ」

 

「…………そんなの……イヤだわ」

 

「気持ちはわかるよ、俺も最初はそうだった。でも、これから先NPCの死(おなじこと)は何度も目にすることになるから、今の内に割り切った方がいい。……所詮これはVRMMO……人の作ったゲームなんだ」

 

「…………っ!?」

 

 人が……茅場晶彦が作ったVRMMO……その中で死ぬ運命から逃れられない奴がいる。

 

 その言葉が頭の中に入ってきた瞬間、自分でも説明できない熱が全身に駆け巡った。

 

「…………エリートMobっつってもよお、流石に剣がなきゃ戦えねえよな」

 

「え? そりゃそうに決まって……アシュロン、お前まさか……」

 

「あの森エルフには《武器破壊(アームブラスト)》の練習台になってもらう。それでもって良い機会だし、七層のエリート倒して経験値とかガッポリ貰って、ついでにあのねーちゃん助けてやろうぜ」

 

 俺の強気の台詞にキリトは「え? こいつマジで言ってんの?」と言いたげな顔をし、アスナは少しポカンとした後、面白そうにクスクスと笑う。

 

「そうね。わたしたちが強ければ片方は助けられるのよね。それなら、あのDV男を倒しちゃって、黒エルフのお姉さんを助けるついでに経験値ガッポリ貰っちゃいましょう」

 

 そうと決まれば、さっそく行動だ。昂る気持ちに従って、背中の剣を勢いよく抜き───

 

「……ちょっと待っててくれ。今ゾーンに入るためにルーティーンするから」

 

「…………もう、早くしてよね」

 

 出鼻を挫かれたアスナが冷ややかな声をもらす。

 

 柄に額を当てながら深呼吸をするが、目を閉じていても感じられるアスナの冷たい視線が突き刺さる。

 

 これでは集中できずにゾーンに入れないかも───と、思ったが意外とすんなり入る事ができた。



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30話 vs DV男?

 ……戦闘描写……難しい。


「人族がこの森で何をしている!」

 

「邪魔立て無用! いますぐ立ち去れ!」

 

 急に乱入してきた俺達に対してエルフ二人は揃って拒絶の言葉を発するが、頭上の!マークがクエスト進行中を意味する?マークへと変わった。

 

「ここで森エルフに敵対行為──剣を向ければクエスト開始だ」

 

「う……うん、……別に恨みはないけれど……ごめんなさい」

 

 やはり思う所があるのか、アスナはややためらいながらも森エルフにレイピアの切っ先を向ける。

 

 それによって無事(?)クエストが進行したのか、ハンサムな顔立ちがみるみる険しくなり、イベントMobの黄色いカラー・カーソルも敵対状況への移行──そして、プレイヤーよりも遥かに高レベルである事を示すドス黒いダーククリムゾンへと変化する。

 

「……愚かな。黒エルフごときに加勢するか」

 

「……人族にも道理のわかる者がいるということだ。カレス・オーの白騎士よ! 我が方より奪い去りし《秘鍵(ひけん)》……返してもらおう!!」

 

 とりあえず信用はしてくれたのか、女剣士はアスナの隣に並び立ちサーベルを構える。

 

 四対一と形勢が一気に不利になったのにも関わらず、森エルフの男はその顔に優美かつ酷薄な笑みを浮かべた。

 

「…………よかろう。ならば───」

 

 じゃきっ! とロングソードが上段に構えられ

 

四匹まとめて(・・・・・・)、我が剣の露と消えろ!!」

 

 次の瞬間、放たれた暴風が如き威圧感に仮想の肉体から冷たい汗がにじみ出る。

 

 成る程、キリトが勝てる相手じゃないと頑なに言うのも納得だ。レベルが高いだけじゃない、対峙している男は剣士としての次元が違った。

 

「ほら、めっちゃ強そうだろ? やっぱり、ガード専念がいいんじゃ……」

 

「うるさいわね! わたしはもう決めたのよ、片方だけでも助ける──」

 

 ───ギイイィィィンッ!!

 

「──ぎっ!!」

 

 アスナに向けて振り下ろされた剣を《サイクロン》で咄嗟に受け止めると、ソードスキル同士が激突し轟音と火花が迸る。

 

 ゾーンに入っていたお陰で縮地でもしたのかと思う程の速度で距離を詰めてきた森エルフの一閃になんとか反応する事が出来たが、フロアボスの攻撃をガードした時と同じ様に防御しきれなかった衝撃がジワリとHPを削り、鍔迫り合いをしているこの瞬間にも気を抜けば押し倒されそうだ。

 

 筋力特化型である俺が得意技で迎撃したにも関わらず力負けした。それ程にまで目の前の男はレベルや装備、ソードスキルのブーストに至るまで圧倒的に格上の存在だと思い知らされる。

 

 だが──

 

「正当防衛成立ね! 覚悟しなさい、このDV男!!」

 

 どうやら、森エルフが攻撃してきた時には既にアスナは奴の背後に回っていたらしい。そこから、ガラ空きとなった背中に向けて渾身の《リニアー》を放つ。

 

 アスナの描く銀色の軌跡は的確に森エルフの弱点を突いた。だが、それによって発せられた音はアバターを切り裂く時に出る鋭いものではなく、まるで鉄板でも叩いたかという様な硬い音であった。

 

「ヌゥッ……小癪な!」

 

 男は額に青筋を浮かべてアスナを睨みつけるが大きなダメージが入った素振りは見せていない。

 

「七層レベルのエリートクラス(ハロウドナイト)相手じゃ、ウインドフルーレは軽すぎるか……!」

 

 キリトがそう呟きながらアスナと森エルフの間に割って入り、緑のライトエフェクトをまとった振り下ろしに対して水平斬りの《ホリゾンタル》を使用する。

 

 俺よりも筋力の低いキリトでは真っ向から受け止めようとすれば最悪弾き飛ばされてしまいかねないが、そこは流石キリトと言うべきか、剣同士がぶつかる瞬間にその角度を逸らしていく事で衝撃を最小限に抑えた上に相手の体制をほんの少しではあるものの前のめりに崩してしまう。

 

 そして、その僅かな隙を狙って女剣士が鋭い二連撃を入れた。

 

「ガハッ!?」

 

 強烈な色彩と衝撃音……クリティカルヒットとなった攻撃に森エルフは白目を剥く。

 

「見事なものだな」

 

「……そっちこそ!」

 

 女剣士に褒められて驚いた顔をするキリトだが、すぐにその表情を引っ込めてニヤリと笑いながら返す。

 

「……何よ。散々勝てないだのなんだの言いながら自分だって結局ノリノリじゃない」

 

「まあ、俺だけのけ者はゴメンだからな!」

 

「それじゃあ、全員が良い感じで火が付いたみたいだし、あのゴリラ騎士様をとっちめる為の良い作戦をお願いしますよ。リーダー」

 

「そうね、お願いするわ。リーダー」

 

「何だよリーダーって!? ……ったく、良いか? 俺たちの攻撃は森エルフにはほとんど通用しない。だから、ダメージディーラーは黒エルフのお姉さんに任せて、彼女が攻撃するための隙を俺たちで作るんだ。あいつのヘイトは俺が稼ぐからアシュロンは主に盾を狙って防御を崩して、できるならそのまま破壊しろ。アスナはスイッチで奴を翻弄してくれ」

 

「了解だ!」

 

「任せて!」

 

 そうと決まれば早速作戦決行だ。

 

 同時に迫る俺とキリトに対して、森エルフは厄介な技巧派のキリトではなく自身よりも力の劣ったパワータイプである俺の方に襲い掛かろうとするが、そうはさせまいとキリトは《ソニックリープ》で瞬時に距離を詰める。

 

 突き技を咄嗟に剣で受け止めるのは至難の業だ。そうなれば当然、相手は盾でガードをする事になる。

 

「スイッチ!」

 

 すかさずキリトと交代して、悠長に構えられた盾に向けて丁度クールタイムが終わった《サイクロン》を使う。

 

 森エルフはきっとこの攻撃を止めた後に次に攻撃を仕掛けてくるアスナか黒エルフへの迎撃を企んでいるのだろう。だからこそ、この一撃は……《武器破壊(アームブラスト)》は戦況を変える決定打となる。

 

「はあっ!!」

 

 割れるという確信のもと剣を振えば、甲高い音と共に両断された盾の向こうに目を大きく見開いた森エルフの顔があった。

 

「シャッ!」

 

「ッ──!? ちっ!」

 

 そこへ息を鋭く吐きながら女剣士が刃を振り下ろすが、既の所で男は刀身に緑色のエフェクトをまとわせると

 

「うっ……ウオオオォォォッ!!」

 

 唸り声を上げながら両手で持った剣で打ち合い、そこから黒エルフを強引に弾き飛ばす。その剣には先程にはない荒々しさがあり───それ故に隙だらけだった。

 

「はあああっ!!」

 

 完全に振り抜いた隙を狙ってアスナがソードスキルを放つ。あのスキルは《オブリーク》。リニアーよりも攻撃範囲は狭い分、威力の高いスキルだ。

 

「グゥッ!」

 

 ファーストヒットの時とは違い、今度こそダメージが入った事を示す裂傷音と呻き声が辺りにこだます。

 

 男の戦闘スタイルを堅牢なものにしていた盾は無く、HPはもうすぐ半分を切る。ここが攻め時だ。

 

「スイッチ!」

 

 キリトが叫ぶ。

 

 体制を立て直させない為には、なるべく手数の多いスキルを使うべきだろう。キリトも同じ事を考えたのか三連撃技の《シャープネイル》を発動すると、猛獣の鉤爪を思わせる軌跡を描いて相手を切り刻む。

 

「スイッチ!」

 

 今度は俺の番だ。

 

 そう思って多段ヒットする《ファイトブレイド》を選択すると、ダメージは期待したよりも入ってはいないが、それでもこの連撃によって大きく怯ませる事には成功した。後は黒エルフに繋げさえすれば───

 

「── すいっち(・・・・)!」

 

「───ッ!?」

 

 凛とした女性の声が聞こえた。

 

 若干たどたどしくはあるが、それは間違いなく交代の合図だ。だからこそ、驚きつつもすぐにその場を飛び退けば、次に続いたのはNPCである筈の黒エルフの女剣士だった。

 

 影が走る。まさにその表現そのものと言って良いだろう。

 

 戦いの後で《フェル・クレセント》という曲刀の上位スキルだと教えてもらったその技を使う黒エルフはアスナのトップスピードすら上回る速さで駆け抜ける。そんな彼女を止める方法は森エルフには無い。

 

 必然、その一撃こそがこの戦いの終止符となった。

 

「グッ……オ"オ"オ"オ"オ"オ"オ"ッ!!」

 

 男の断末魔が森を震わせる。

 

 半分あったHPは一瞬で全損し、貫かれ大きく欠損した左脇から徐々に身体がボロボロと崩れ始めている。

 

「すげぇ……ホントに倒しちまった……」

 

 キリトが感嘆の声を上げる。

 

 黒エルフも俺達もHPは半分以上残っている。つまり、俺達の前にいるNPCはもう命を掛けた奥の手を使う必要はないという事だ。

 

「ただ……言っておくけど、この先何が起こるかはもう俺にもわからないぞ」

 

「なによ。少しは素直に喜びなさいよ」

 

「いやぁ、ベータ時代の経験をこんなデタラメにぶっちぎったのは始めてなんでね。……これはこれで血が騒ぐけど」

 

「お前ら油断するなよ。アイツが最後に何か仕出かすかもしれないだろ」

 

 ネットの動画なんかで本来なら倒せない筈のボスを倒してみたってやつがあるが、大抵は勝負に勝ってもイベントで負けたりしてストーリーの辻褄合わせをしてくる。自爆攻撃が両者とも使えるのなら、それこそこのタイミングで強引に共倒れを狙ってくるかもしれない。

 

「……不覚……アァ……実に無念だ……」

 

 もはや亡霊の様な姿になった森エルフはぶつぶつと呟きながら腰のポーチから何かを取り出す。

 

 …………出てきたのは葉っぱで作られた小さな巾着袋だった。

 

「っ!? それは──」

 

「なっ!? おい!!」

 

 その袋を見た黒エルフは血相を変え、制止する暇もなく駆け出してしまう。しかし──

 

「……貴様ごときに……功を譲ることになろうとは……ッ!!」

 

 男は消滅する間際にそう言いながら持っている袋を高く掲げる。そして、黒エルフの細指が袋に触れる直前、巨大な鉤爪が袋を掻っ攫っていった。

 

「なっ、何!? 鳥……!?」

 

「鷹……にしたって、デカイにも程があんだろ!?」

 

 人ひとりを楽々持ち上げられるのではないかと思える程に馬鹿でかい怪鳥が俺達のすぐ真上を滑空する。そして、その先でたたずむ()の所まで来ると、そいつの左手の上に掴んでいた袋を落とした。

 

「まったく、騎士という輩は……なぜ、ああも気位だけが高いのでしょうかねぇ……」

 

 男は先程まで戦っていた森エルフと同じ鋭く尖った耳と輝く様なプラチナブロンドの髪を持ち、きらびやかな金色と緑色の衣を身にまとい……騎士の男には無かった底知れない悪意を秘めた細目をしている。

 

 《森エルフの鷹使い(フォレストエルブン・ファルコナー)

 

 カーソルをダーククリムゾン(脅威)と表示される男は手に持った袋をこれ見よがしに弄びながら、ぞっとする様な薄ら笑いを浮かべた。

 

「ともあれ、黒エルフ(あなたたち)の大事な《秘鍵》とやらはワタシがしかとお預かりいたしました。ご安心あれ♪」



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31話 強襲の鷹使い

ちょっとオリジナル要素が入ります。


 ───赤く、紅く、赫く染まる。

 

 森エルフの奇襲によって上がった炎が黒エルフの女騎士───キズメルが抱え起こしている男の苦悶の表情を明々と照らしている。

 

 男は腹部をほぼ両断されていて、体の輪郭はすでにおぼろげに薄れ、各所で弾ける光の粒が火の粉の様に零れては夜闇に消えてゆく。

 

 この黒エルフの若者の存在はあと寸刻もしない内に完全に消え去ってしまうだろう。男の傍に転がっている指輪の持ち主……伴侶の契りとして贈られたその指輪を肌身離さず着けていたキズメルの妹の様に。

 

「…………誰にやられた?」

 

 だからこそ、キズメルは感情を押し殺して死ぬ間際の男に問い掛ける。二人を殺した者に報いを受けさせる事だけが、もはや妹夫婦にしてやれる唯一の手向けだと自身に言い聞かせながら。

 

「…………鷹使い。……巨大な鷹を使う男です」

 

 そんなキズメルの心情を察してくれたのか、息も絶え絶えになりながらも男は言葉を発した。

 

「……そうか。安心しろ。おまえたちの仇は必ずこの手で仕留めてみせる。だから───」

 

「ごめんなさい、義姉(ねえ)さん」

 

 男の頬を一筋の涙がつたう。

 

「…………間に合わなかった。……ティルネルを……守れなかった……」

 

 それが、最後の言葉となった。

 

 散っていく光を眺めながらキズメルは自身の中の何かが変わってしまった事を悟った。だが、そんな事はどうでも良いとすら感じてしまう。

 

「…………大丈夫だ。おまえはよく頑張った。だから、ティルネルと共に待っていてくれ。……私もすぐにそちらに向かおう」

 

 その日よりキズメルの戦いの日々(物語)は始まった。

 

 ───どこだ? どこにいる?

 

 狼使いだった男の(しもべ)を引き連れて戦場をさまよい、会敵した森エルフを鏖殺(おうさつ)していく。

 

 ───姿を現せ。

 

 その有り様を同族は(けもの)の様だと忌避するが、そんな事すらキズメルにはどうでも良かった。

 

 ───さすれば、この手で

 

 いや、自分自身も薄々は気付いていたのかもしれない。表面上は騎士として振る舞い、任務を忠実にこなしているものの

 

 ───討ち取ってくれようぞ。

 

 その中身は以前の彼女とは全くの別物と成り果てていると。それでも構わなかった。全ては、

 

 ───最愛なる者の仇《鷹使い》!!!

 

 ただ仇敵を殺すためだけに。

 

 

 

 

 

 

   ─────────────────

 

 

 

 

 

「そうか……貴様か! 《鷹使い》!!」

 

「「「────っ!?」」」

 

 女剣士が放つプレッシャーに背筋が凍る。

 

 今まで感じた事がない悪寒……だが、本能で理解した。殺気(・・)だ。目の前にいる女剣士…… NPC(・・・)が殺気を放っている。

 

「はて? どこかでお会いしましたかね? 敵方(黒エルフ)とはいえ、こんな美人忘れるはずないんですが……」

 

 それに対して鷹使いの方はまるで世間話でもするかの様な軽い口調のまま腰に差した剣を抜き、それと同時に背後より剣と盾を装備した森エルフが姿を現す。その数五人。いずれも先程まで戦っていた騎士よりもレベルは低いがプレイヤーと同等の腕を持つ敵に数で負けているというのはかなり不味い状況だ。

 

「ただまぁ、しいて言えば───」

 

 鷹使いは口の端をよりいっそう歪ませる。

 

「《秘鍵(コレ)》を奪った時に殺した薬師(・・・・・)が、そんな顔をしていたかも知れませんねぇ」

 

「─────ッ!!」

 

 その一言が開戦の合図となった。

 

 女剣士は鷹使い目掛けて《リーバー》による突進を仕掛ける。曲刀の基本スキルでありながら優秀な技であるそれは、あふれんばかりの憎しみと殺意が乗せられているためか、プレイヤーが使用するものとは一線を画す一撃となり───

 

「すみませんね。あの時(・・・)もそうでしたが、まずは一番弱いのからと決めているんです♪」

 

 虚しく空を切った。

 

「来るぞッ!」

 

 鷹使いは素早い身のこなしであっさりと女剣士の横をすり抜けると俺達の方へと向かってくる。

 

 幸い相手はこちらの出方を伺うつもりなのかソードスキルではなく通常の斬撃を繰り出そうとしている。それなら、《武器破壊(アームブラスト)》を狙う絶好のチャンスだ。

 

 そう判断し、両手剣にライトエフェクトをまとわせ一閃を──

 

「《サイクロン》ですか。なかなかの威力みたいですが……単調ですね」

 

「ガッ!?」

 

 俺の水平斬りを跳んで回避した鷹使いはそこから身体を回転させて顔面に鋭い蹴りを入れてきた。

 

「そして、あなたの《リニアー》も素晴らしい速度ですが狙いが純粋すぎる」

 

「───っ!?」

 

 続いてアスナが放った《リニアー》はいとも簡単に受け止められ、鍔迫り合いになった所を横から鷹が急襲する。

 

「きゃあああっ!?」

 

 速度が乗った攻撃によって引きずられる様にして転倒したアスナは、そこから肉を啄もうとする鷹の鋭利な嘴を咄嗟に防ぐ。だが、鷹の筋力値は相当のものなのかジリジリと押されていた。

 

「待ってろ、今助ける!」

 

 一刻も早く助けなければと急いで起き上がり、すぐさま距離を詰められる《アバランシュ》を使おうと構えを取って───それが致命的な失敗だと気付いた時には手遅れだった。

 

「いけませんねぇ。そんな隙だらけだと殺してくださいって言っているようなものですよぉ」

 

 自身の胸から突き出た金属の輝きに思考が止まる。

 

 全身から汗がどっと吹き出す。体の感覚が薄れていく中で唯一動かせる眼球を視界の端に向ければ、レッドゾーンまで減少したHPが今もなお徐々に減っていくのが酷くゆっくりと見えた。

 

「アスナ! アシュロン! ──くそっ……!」

 

 攻撃を受けた俺達を見てキリトは心配そうに叫ぶが、そんなキリトには二人、女剣士には三人の森エルフが張り付いていて応援は期待できそうにない。

 

 ああ、終わったな……。これから死ぬにしては何とも軽い諦観が胸の内を支配した矢先、突然背中を思い切り蹴り飛ばされ地面に倒れ込んだ。

 

「かはっ!? ……ぁっ……ぐっ……」

 

「無様ですねぇ。下手に他種族の争いに首を突っ込むから、こんな目に遭うんですよ。……どうです? ここはひとつ命乞いでもしてみませんか? 心に響くようなことが言えたら、あなただけでなくお仲間も見逃して差し上げますよぉ?」

 

 首筋に刃を当てられ、ネットリとした声が鼓膜に絡みつく。

 

 相手の気まぐれで訪れた最低で最後のチャンス。この機を逃せば俺は間違いなく殺されてしまうだろう。

 

 ……俺達の最終的な目標はSAOのクリアだ。このクエストを受けたのは報酬が他より美味しいからという理由であり、ここで失敗したからといって攻略には大した影響はない筈だ。ならば、どうすれば良いかなど考えるまでもない。

 

 ディアベルが死んだあの日に誓っただろ、アシュロン。俺は最後まで戦い続けると。戦って……

 

 戦って、死ぬと。

 

「……へっ、冗談言うなよ糸目野郎。キバオウさんから関西弁習って出直してこい」

 

 キリトに、アスナに、アルゴに……仲間に恵まれたお陰で多少は前向きになれはしたが、やはり俺は根っこの部分では自分を許せてなどいないらしい。

 

 だから、今ここで殺されるのとこの先ボス戦で殺されるのとは大した違いは感じない。ゲーム攻略のためにこの命を使い潰す。それだけの話だ。

 

「ハァ……そうですか。では、死になさい」

 

 軽々しく下された死の宣告。それが口先だけではない事はこの短い間にあった言動から伺える。きっとコイツは他者を殺す事へのためらいを忘れるくらいに命のやり取りをしてきたのだろう。

 

 だから、せめて最後まで戦う意思だけは手放さない様にと剣の柄を強く握りしめ……

 

 ───ウオオォォォ〜〜〜ンッ!!

 

 覚悟を決めたその時、突然辺りに遠吠えがこだました。

 

「フッ……。ようやく来たか。よかろう、存分に喰らいつけ」

 

 離れた場所で戦っている筈の女剣士がそう呟いたのを聞いた気がする。

 

 そして女剣士の言葉によって解き放たれたかの様に灰色の影が濃霧を切り裂きながら高速で接近し、その勢いのまま跳躍をすると鷹使いのほとんど真上から踊り掛かった。

 

「───チッ!」

 

 鷹使いが咄嗟にその場を飛び退けば、次の瞬間にはガチンッ! と恐ろしい音を立てて鋭い牙が生えた顎が閉じた。回避が間に合っていなければ間違いなく奴の頭は噛み砕かれていただろう。

 

 現れたのは灰色の毛をした一匹の狼。第一層に出てきた《ダイアウルフ》の倍近い体躯をしたそいつは鷹使いに対して牙を剥き、低い唸り声を上げている。

 

 狼のカーソルは女剣士と同じ黄色。つまりは味方なのだろうが、この狼は鷹使いが使役している巨大な鷹と同じ扱いなのだろうか? その場合、こいつを使役している黒エルフはいないのか?

 

「オオオッ!!」

 

 急な展開に戸惑っている間に、女剣士は体を独楽の様に回転させて三連続の横薙ぎを行うソードスキルを使用し、包囲していた三人の森エルフを大きく吹き飛ばす。これも上位のソードスキルなのか凄まじい威力であり、ガードが間に合わなかった二人が青いポリゴンとなって爆散した。

 

 仲間が一瞬にしてやられた事には流石のNPCも動揺するらしい。恐怖のあまり座り込んだまま動けずにいる最後の一人には目もくれず、女剣士は鷹使いに向かって駆けていき、狼も彼女に続く様に地面を蹴った。

 

 対して、鷹使いの方も口笛をひとつ吹いてアスナを襲っていた鷹を呼び戻し狼の相手をさせると、振り下ろされた女剣士の剣をさばきつつ鋭い突き技でカウンターを行う。

 

 両者共に高い敏捷力を存分に活かして相手の隙を伺うスタイルなのか戦場を縦横無尽に駆け回り、至る所で切り結んでは轟音と火花を生み出していく。

 

 一瞬の油断も許さない激しい剣戟。その中で相手の剣筋を予測し、自分の持ち得る手札を吟味して、それを決めるための道筋を探す。

 

 そんな光景に思わず目を奪われてしまった。

 

 第三層からが本番。ここからが本当の《ソードアート・オンライン》。今この瞬間こそキリトが言っていた通り、これまでみたいな単調な戦い方では通用しない真の剣士達の世界───

 

「アシュロン君、口開けてっ!!」

 

「あ? 急に何───んブッ!? ……んぐっ……ガボォッ……!」

 

 突然、低級ポーション特有のケミカルな甘みと酸味、煮出しすぎた麦茶みたいな苦味のハーモニーが口腔内を支配した。

 

「…………ぷはっ! テメェ、殺す気かっ!?」

 

「馬鹿野郎! そういうお前は死にたいのか!? まだ戦闘中なんだぞ! そんなギリギリのHPでなに呑気に観戦してんだ!」

 

「え? …………あ、そうだな。悪い……」

 

 言われてようやく自分が小石をぶつけられても死ぬ様な体力であったのを思い出す。一層の時にキバオウにも怒られたが、もっと自分のHPを見る癖をつけるべきなのかもしれないな。

 

「…………とにかく今は残った雑魚を片付けて退路を確保するぞ! アスナ、合わせてくれ!」

 

「ええ! わかったわ!」

 

「ちょっと待てよ、パリィなら俺が───」

 

「「お前(あなた)は引っ込んでろ(引っ込んでて)!!」」

 

「………………はい」

 

 二人が凄い怖い。そんなに剣幕にならなくても良いじゃないか? と内心で不満を漏らすが確かに邪魔にしかならないだろうと考え直して、しぶしぶ回復を待つ事にした。




自分の文章力では狼使いの活躍を十分に書けそうにないため、出番をカット。その分、鷹使いが凶悪になりました。


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32話 霧の中の攻防

 その後、女剣士と戦っていた生き残りはキリト達が相手ならと標的を変えたものの、残り少ないHPをアスナによって瞬時に削られて敢えなく消滅。それによって戦いの流れはこちらに向いてきている。

 

 だが───

 

「まずいな……。二人とも気をつけろよ。霧が濃くなってきた」

 

 迷い霧の森という名前だけあって、戦闘の途中から周囲に霧が掛かり始めていた。幸い相手の姿が見えなくなる程ではないが、視界が悪くなればそれだけ敵の太刀筋を見極めるのが難しくなってくる。

 

 これ以上状況が悪くなる前に方を付けたいとは思うが、俺のHPはようやく半分程にまで回復した所であり、あの鷹使いの攻撃がいつ来るか分からない戦場に復帰するには心許ない量だ。そのため、非常に歯痒いが二人の戦いを後ろから見守る事しか出来ない。

 

「悪い。もうちょっとしたら戦える様になるから、それまで耐えてくれ」

 

「大丈夫よ。むしろ、ここで変に出しゃばられた方がかえって迷惑───ひいっ!?」

 

 ───ガキンッ!!

 

 霧に紛れていつの間にか接近していた鷹使いがアスナに向けてソードスキルを仕掛けるが、横から滑り込む様にして現れた女剣士がギリギリで剣を弾く。

 

「おや、残念。上手く不意をつけたと思ったのですが……」

 

「図に乗るな、鷹使い! 貴様の相手は私だッ!」

 

 最初に攻撃を避けられた事から冷静さを取り戻したのか、女剣士は無理な攻め方はせず、むしろ俺やアスナを鷹使いの凶刃から守るかの様に立ち回ってくれている。

 

「ピュイッ!」

 

「ガルルルルルッ!」

 

 そして、守ってくれているといえば、先程乱入してきたこの狼もそうだ。

 

 上空から攻撃を仕掛けてくる大鷹はとても厄介な相手であり、今も動揺していたアスナの不意をつこうと襲いかかってきたが、その間に割り込んで激しく威嚇している。

 

 その様子はまるで主人を守護する忠犬の様にも見えるが……まあ、流石に会ったばかりの、それも野獣系のモンスターがそんな反応を示す訳がない。きっとあの狼は鷹をタゲっているだけで───

 

「……あ、あなたもわたしを護ってくれるの? ……なんちゃって……」

 

「………………ワフッ!」

 

 あの(イヌ)、急に尻尾振りだしたぞ!?

 

 登場した時には俺の事なんか眼中にもないみたいな反応だったのにこの扱いの差は何なんだろう? やっぱりアスナが可愛いからか? 人間の醜美は狼にも影響があるのだろうか?

 

 と、世の不平等さを呪っている一方で相手の方はというと残り二人のモブエルフのHPがどちらも半分を切った上に大鷹は狼にタゲられている為に動く事が出来ない。流石にこの状況は不味いと思ったのだろう。鷹使いは小さく舌打ちをした後にわざとらしくうんざりとした口調で声を上げた。

 

「あーもう、やめやめ! (イヌ)臭くて、興が削がれるったらないですよ! また今度にしませんか?」

 

「…………貴様を生きて帰すと思っているのか?」

 

「いやいや、そちらはその気なのかもしれませんが、もう《秘鍵(モノ)》は頂戴していますし……ねえ?」

 

 そう言ってポケットから取り出したのは葉っぱで出来た小さな巾着袋……両陣営が仕切りに手に入れたがっている物だ。

 

「……ねえ、キリト君。さっきから話題になっているあれ(・・)、なんなの?」

 

「ああ、あれは《秘鍵(ひけん)》っていって、このキャンペーンクエスト全体にかかわる文字通りキーアイテムだ。黒エルフが聖堂とやら守るためにどうしても奪われるわけにはいかないんだとさ」

 

「あれがキーアイテムとなると、持ち逃げされたら最悪クエスト失敗なんて事もあり得るわけか。そうなると何が何でも取り返さなきゃならねえな」

 

 キリトが言っていた通常のルートでは両者が共倒れしたお陰でその心配がなかったのだろうが、俺達が片方を倒してしまった為にクエストの難易度が高くなってしまっている可能性もある。

 

 あと一歩で死ぬ所だった身としては、このまま何も手に入らずに終わるなんて事は絶対に避けたい。そう思った所で、アスナも同じ気持ちなのか真剣な顔つきになった。

 

「…………要するに、元々は黒エルフさんたちの物(・・・・・・・・・・・・・)ってことね?」

 

「ん? そう……だね?」

 

 …………いや、どうやら俺とは違った理由で火が付いてしまったらしい。

 

 死にかけた時に出たものとは違う種類の冷や汗が流れる。まだそれ程長い付き合いではないのだが、こういう時の彼女は俺やキリトが思いもしなかった行動に出る事があるのだ。

 

「さて、そこで質問です。貴方の大事なコレを……こうしたら?」

 

 口元を邪悪に歪ませた鷹使いは手に持った小袋を頭上に放り投げる。すると、すぐさま大鷹が現れて袋をキャッチ。そのまま悠々と飛び去ろうとする。

 

「さあ、どうします? このままでは我々の野営地(手の届かない所)までひとっ飛びですよ? お選びを。任務と私怨……どちらを優先なさいます?」

 

「貴様……ッ」

 

「させるもんですかッ!!」

 

 そう叫び、アスナは全速力で鷹を追いかける。しかし、空を飛ぶ鷹からどうやって秘鍵を取り返すのかと疑問に思った瞬間、アスナは太い木の幹に足をつけると、なんとそのまま忍者の如く駆け上がっていった。

 

 文字通り予想の斜め上を行くアスナの行動に思わず「うっそだろ……」と呟いた横で、キリトが慌てた様に声を張り上げた。

 

「やめろ、アスナ! 無茶するな!」

 

 しかし、その制止の言葉は届く事なく、アスナは木を登りきると、そこから幹を強く蹴り付けて宙を舞い、追いついた鷹に向かって二連突きのソードスキル《パラレル・スティング》を放つ。

 

「ピュィイッ!?」

 

 アスナの空中ソードスキルは見事に両翼を刺し貫く。そして、突然の攻撃によって怯んだ拍子に秘鍵は鷹の鉤爪を離れ、アスナの左手の中へと吸い込まれる様に落下していった。

 

「よし! …………って、あれ!?」

 

 と、ここまで完璧な奪還劇を繰り広げたアスナだったが、相手取った大鷹はそこらの雑魚モンスターとは違ってかなりタフだったらしく、羽根を傷つけられてもなお空を飛び回り、巨大な鉤爪でアスナの細い胴体をガッチリ掴むと、そこらか螺旋を描く様に回転しながら地面へと一直線に急降下していく。

 

 ───不味い。地面に叩きつける気だ。

 

「アスナッ!!」

 

 キリトがすぐさま助けに向かうが、それを森エルフ達が妨害する。

 

「くそっ! そこを───」

 

「そこをどけっ!!」

 

 鬼気迫る勢いで邪魔者を吹き飛ばす女剣士はNPCらしかぬ気迫に驚くキリトをよそに真っ直ぐにアスナの救助へと向かう。敏捷重視のエリートMobだけあって、その速度はかなりのものだ。あれならばきっと大丈夫───

 

 …………待て、鷹使いは何をしている?

 

 慌てて周囲を見渡すが、先程より濃くなった霧の中にあの男のシルエットは見当たらない。

 

 逃げられた? 一瞬浮かんだ楽観的とも言える考えは、ズキリと疼いた胸の痛みによって掻き消される。

 

 いや、あの狡猾な男がそんな簡単に引き下がる訳がない。

 

 もしも、奴がエルフ達が血眼になって取り合っている秘鍵を囮に使ってまでこの状況を作り出したのだとすれば、きっとそれに見合うだけの影響……女剣士の抹殺を狙う筈だ。予想というよりは勘だけど、もう探し回る時間も余計な事をあれこれ考える時間も無い。

 

 幸い戦闘に参加していなかった俺はノーマークだったらしく、キリトの様に妨害は受けずに走り抜ければ、前方では女剣士が丁度アスナの元へと駆け付ける所だった。

 

 極限状態によって気が引き締められた集中力が目の前の光景をスローモーションで映し出す。

 

 狼が跳び上がり、大鷹に喰らいつく。それによってアスナは自由になるものの落下速度は止められない。そこへ女剣士が咄嗟に真下へと滑り込み、両腕を広げてアスナを受け止める。───ここだっ!!

 

 女剣士の背後に向けて《アバランシュ》のブーストを乗せた一撃を振り下ろせば、まるで自ら斬られに来るかの様に走る影が視界の端に入ってきた。

 

 ───ビンゴ! やはり鷹使いは隙だらけとなった女剣士の背後を狙っていたみたいだ。

 

「────ッ!?」

 

 俺の存在に気が付いた鷹使いがギリギリで剣を構えてガードを図る。そう、この瞬間を待っていた。

 

 霧が掛かった森に剣の断末魔が響き渡る。

 

 武器を破壊した勢いのまま胴体を斬りつければ、その斬撃によって鷹使いは吹っ飛び───いや、衝撃を利用して後方へと下がり、不安定な体勢から地面を蹴って枝の上へと飛び上がった。

 

 かなり良い一撃が入ったと思ったのだが、それでもエリートクラスだけあってHPは未だ半分以上残っている。だが、剣が無い以上はもう奴も戦えないだろう。

 

「アスナ、大丈夫か!?」

 

「……え、ええ」

 

 ここでキリトも雑魚を片付けて合流し、アスナの無事を確かめると胸を撫で下ろした。

 

「…………うちの一個分隊が全滅……おまけに大事な剣まで折られてしまいましたか。敵ながらやりますねぇ。それにひきかえ…………あぁぁぁもうっ!! どうしてこう森エルフ(うちのヤツら)はへなちょこの役立たずばかりなんですかねぇっ!!??

 

 突然、声を荒げる鷹使いの奇行に思わず固まってしまう俺達。だが、そんな俺達をよそに鷹使いはため息をひとつすると、急にケロリとした表情をする。

 

「まあ、仕方ありません。今回は素直に退くとしましょう」

 

「っ!? まて! これで終わらせてなるものか!」

 

 そう叫びながら立ち上がる女剣士であったが、一歩を踏み出そうとした瞬間にガクリと膝をついてしまう。先程の騎士との闘いに加えてこれ程の連戦だ。疲労もピークに達したのだろう。

 

「やめとけ! もう限界だろ!?」

 

「どいてくれ……。妹の仇……この手で必ず……」

 

 青い顔をしながらもなお鋭い殺気を放つ女剣士。だが、そんな姿を鷹使いは鼻で笑うと大鷹の足に捕まり空を飛ぶ。

 

「そう焦らずとも、いずれ必ず愛しの妹御とやらのところへ送って差し上げますよ。……そして、人族の剣士共。これ以上黒エルフたちに協力するのなら、あなたたちも皆殺しです」

 

 呪いの言葉を吐き捨ててこの場を去っていく鷹使いと悔しさのあまり発せられた声にならない絶叫。

 

 どちらも深い霧に飲み込まれ、森の奥へと消えていった。




 捨て台詞から察せられる通り、鷹使いの設定にもオリジナル要素が入っています。


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33話 クエスト進行と野営地

「……《秘鍵》を……その包みを渡してもらえるだろうか……?」

 

「あ……っ、は、はい!」

 

 ショックから立ち直れないのか女剣士は俯いたまま黒い革手袋に包まれた右手を力無く伸ばし、アスナがその手に秘鍵を乗せるとそれを大事そうに胸に抱いて長々とため息を吐いた。

 

「…………これでひとまず聖堂は守られる」

 

 安堵と悔しさがないまぜになった声色。先程までの戦いの中でも散々思ったが、やはりNPCではなく本物の人間みたいに感情を表現している。

 

 人工知能というものにはまるで門外漢な俺でも流石にここまで人間らしく自己表現できるAIが異常だという事くらいは分かる。最初に戦った森エルフの騎士やあの鷹使い、二層の体術クエの爺さんとSAOはAIに本当の命を吹き込む事が出来るのだろうか?

 

「…………礼を言わねばなるまいな」

 

 柄にもなくそんな小難しい事を考えていると女剣士は鎧をがしゃりと鳴らしながら立ち上がり、俺達を真っ直ぐに見る。

 

「人族の剣士たち。そなたらの尽力、改めて感謝する。我らが司令からも褒章があろう。野営地まで同行願えるだろうか?」

 

 そう言うと彼女の頭上にクエストの進展を知らせる【?】マークが点灯する。かなり波乱に満ちたスタートではあったが、無事クエストは進行してくれたみたいだ。

 

「それじゃ、お言葉に甘えます」

 

「ア、アスナ。こういうときはイエスかノーをはっきりと……」

 

「結構。野営地は森を南に抜けた先だ。──と、考えてみれば、まだ名乗っていなかったな」

 

 またもやNPCらしかぬ会話能力を披露した女剣士は咳払いをひとつすると表情を引き締めて漫画でしか見た事がない様なキッチリとした姿勢で敬礼する。

 

「私はキズメル。リュースラ王国近衛騎士団がひとつ《エンジュ騎士団》の末席に名を連ねる者だ。以後よろしく頼む」

 

「え、ええと……俺の名前はキリト」

 

「アスナです」

 

「アシュロンって言います」

 

「ふむ…………リト、スナ、シュロゥ、でいいか?」

 

「うーん、ちょっとイントネーションが違うかしら」

 

「俺のはだいぶ違ってるな」

 

 もう一度繰り返して発音を微調整してもらう。

 

「キリト、アスナ、アシュロン……人族の名は発音が難しいな」

 

 女剣士───キズメルはどこか照れた様な笑顔を浮かべる。ずっと厳しい顔しかしていなかったから、てっきり怖い人なのかと思っていたが、こうして笑っているのを見ると結構気さくな性格なのかもしれない。

 

 と、お互いの自己紹介も無事に済んだ所で、クエストの方も進行していき、キズメルの頭上にあった【?】マークが消えて、代わりに視界左側にあるキリトとアスナのバーの下に新たに《Kizmel》の文字とHPバーが表示された。

 

「では、改めて野営地まで案内しよう。着いてきてくれ」

 

「あ! ちょっと待って! まだ、その子の名前を聞いてない!」

 

 ……その子というのはキズメルの足元に伏せている狼の事なのだろうが、あの見るからに人ひとりをペロリと平らげてしまいそうな大狼(たいろう)をその子呼ばわりとは一瞬脳がバグりそうになった。

 

 とは言え、アイツにその気があったかはさて置き、俺にとって命の恩人……いや、恩オオカミだ。確かにここはお名前をお伺いして、後程助けてもらったお礼にベーコンの一枚でも贈呈するべきだろう。

 

 だが、問われたキズメルは何故か急に目線を逸らし、暫く黙った後にポツリと呟いた。

 

「こやつの名は………… (イヌ)だ」

 

「流石に酷すぎねぇっ!?」

 

 

 

 

 

   ─────────────────

 

 

 

 

 

 犬派か猫派かと問われれば迷いなく犬派と答えられる俺としては愛情の欠片も無い名前にはひと言申したい(ネーミングセンスについては人の事は言えないと自覚している)所だが、今は一旦話は切り上げ、キズメルの案内のもとダークエルフの野営地を目指す。

 

 未だ圏外であるため当然の如くモンスターとエンカウントするが、灰色の毛をした守護獣様がそのことごとくを噛み殺してくれたために俺達は剣を抜く事すらせずに済んでいた。

 

 激戦を乗り切った身としてはこのエスコートは非常にありがたい。これ程の働きをしてくれた彼にはベーコンなどではなく二層でドロップした秘蔵のC級レア牛肉をプレゼントするべきかもしれないな。

 

 そんなこんなで出発から十五分後、深い霧の先で何本もの黒い旗が翻っているのが目に入ってきた。

 

「見えたぞ。あれが我らの野営地だ」

 

「けっこうあっさり着いちゃったわね」

 

「確かに距離としてはそれ程でもなかったが、あそこには全体に《森沈みのまじない》が掛けてあるゆえ、そなたらだけではこうも容易く見つけられはしなかっただろう」

 

「へえ……おまじないって魔法のこと? でもこの世界に魔法はないんじゃないの?」

 

 この道中で随分と仲良くなったアスナがキズメルにタメ口で質問をする。考えてみれば現在の最前線に出てくる女性プレイヤーといったらアルゴくらいだろうし、アスナにしてみれば強くて頼りがいのある歳上の同性というのは非常に貴重なのだろう。キズメルもそんなアスナを好ましく思っているのか柔らかな表情をしている。

 

「まじないは言わば、古の偉大なる魔法のかすかな残り香……とうてい魔法とは呼べぬものだ。大地から切り離されたその時より、リュースラの民もカレス・オーの民もあらゆる魔法を失ってしまったのだ」

 

 大地から切り離されたとか、魔法を失うとか急に出てきたとんでもないワードに思わず感嘆の声を上げそうになる。

 

 日々の攻略でつい忘れていたが《アインクラッド (ここ)》はファンタジーの世界だ。当然、現実の世界とは全く違った歴史や文明があり、きっとそれらが独特に積み重なってこの世界を形作っているのだろう。そもそも、この城が百層にも連なって空に浮いているなんて設定自体かなりぶっ飛んだ話だ。もしも、それまでの経緯があるのならば一体どんな───

 

 ──パァンッ!!

 

「……? アシュロン君どうかした?」

 

「……いや、流石に疲れが溜まったのかフラッとしちまってな。自分に喝を入れてた」

 

「まあ、フロアボス戦に加えてあれだけの連戦だったもんな。あまり無理はするなよ」

 

「ああ、悪いな」

 

 咄嗟に顔に貼り付けた苦笑で何とか誤魔化す。

 

 しっかりしろアシュロン。そうやってこの世界を楽しもうとした結果がどうなったのか忘れたのか? 

 

 俺の命だけなら良い。そんな物いくらでもくれてやる。だが、万が一キリトやアスナが死ぬ様な事になったらどうするつもりだ? 

 

 攻略は……ここでの戦いは遊びではないのだ。そう自分に強く言い聞かせる度に、まるで鉄の塊を飲み込んだかの様に腹の中がズシンと重くなる。だが、これで良い。こうすれば、少なくとも地に足がつく。

 

 …………もう、ディアベルを失った時の喪失感を味わうのはこりごりだ。

 

 

 

 

 

   ─────────────────

 

 

 

 

 

 ダークエルフの野営地に近づいた途端に霧が嘘の様に晴れ、急激に視界がクリアになる。

 

 どうやら、もう森の南端にほど近いらしく、切り立った山肌が左右に続いていて、その一箇所に開いた谷間を利用した天然の要塞となっている。

 

 キズメルに連れられて、これまた整った顔立ちをした衛兵達の横を通り過ぎれば、目の前に黒紫色の天幕が大小合わせて二十近くも張られ、優雅な外見のダークエルフ達が忙しなく行き来している光景が広がっていた。

 

「へえ……ベータの時よりだいぶデカいなぁ……」

 

「前と場所が違ってるの?」

 

「ああ。でも、それは異常なことじゃなくて、こういうキャンペーン・クエスト関連のスポットはたいてい一時的(インスタンス)マップだから……」

 

 インスタンス・マップ……MMO RPGなんかで混雑対策の為にパーティーごとに生成される小さなエリアの事だっただろうか。

 

 確かにストーリーの進行中に他のプレイヤーが後ろに並んでいたりしたら萎えるなんてものじゃないだろうが、その対策とはいえ、この現実世界と見紛う程のSAOでいつの間にか自分達だけ別の世界に飛ばされてるなんて考えると少し不安になってくる。

 

 そんな心配もこの世界の一部とも言えるNPC達には特に関係のない話なのか、そのまま一番大きな天幕にまで通され、そこで先遣部隊司令官という立派な髭を生やしたダークエルフの男に大いに感謝された後、結構な額のクエスト報酬と共に複数の装備アイテムの中からひとつ選んで貰える事になった。

 

 キリトは筋力が+1される指輪、アスナは敏捷力+1のイヤリングを選び、俺の方はと言うとこの機会にかねてからの問題だった敏捷値を伸ばす為にアスナと同じ物を貰おうかと悩んだが、キリトに「+1程度じゃ焼石に水だ」と言われて泣く泣く看破スキルにブーストが掛かる虫眼鏡みたいな形のお守りを選択する。

 

 あぁ、どこかに敏捷値が+20くらいされるアイテムがないだろうか……?

 

 最後に司令官から、キャンペーンの第二幕となる新たなクエストを受けて天幕を後にすると、空代わりの次層の底はいつの間にか夕暮れ色に染まっていた。

 

「それでは次の作戦もよろしく頼むぞ。出発する時刻はそなたらに任せよう。いちど人族の街まで戻りたいのなら近くまでまじないで送り届けるが、この野営地の天幕で休んでもかまわんぞ」

 

 キズメルの言葉にキリトが何か言いたげにソワソワしだす。きっと野営地に泊まった方がお得だからお言葉に甘えたい等と考えているのだろう。

 

 アスナもキリトの思考をきっちり看破した様で、やれやれ、とばかりに軽く肩を上下させてから、キズメルに答える。

 

「それじゃ、お言葉に甘えて天幕をお借りします。お気遣いありがとう」

 

「なに、礼には及ばぬ。なぜならば……」

 

 キズメルがそこまで口にした時、何故かふと嫌な予感がする。

 

 頼む、気のせいであってくれ! と心の中で念じるが願い虚しく、続くひと言によって予感は的中した。

 

「予備がないゆえ、私の天幕で寝てもらわねばならんからな。四人では少々手狭だが我慢してくれ」

 

「いえ、ありがたく使わせていただき…………四人?」



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34話 遺された騎士

 キズメルは『四人では手狭』と言っていたが、案内された天幕は大の男が六人居たとしてもゆったりと過ごす事が出来そうな程豪華な物だった。

 

 足の裏から伝わってくる毛皮のフカフカした感触によって、遂に理性が限界を迎えてしまい、重い両手剣や金属鎧を全てストレージに放り込んでマナーもクソもないとばかりに盛大に床に倒れ込めば、密度が詰まった毛がふんわりと全身を受け止めてくれる。

 

「ふぁぁああ〜」

 

 最高に気持ち良い。ここ最近は硬い地面の上で薄っぺらい寝袋に包まって寝ていたので、この極上の敷物がまるで天国にある雲の様に思えてきた。

 

 キリトも続いて隣にどさっと寝転がる。そんなお行儀の悪い野郎二人をアスナは冷ややかな眼で見下ろすとブーツの爪先でキリトの脇腹を小突く。

 

 無言の圧力に屈したキリトがゴロゴロと転がる度に俺も居場所を追われてゴロゴロと転がざるを得ず、そのまま二人してゴロゴロゴロゴロと転がっていくと最終的に天幕の左端にまで追いやられてしまった。

 

「あなたたちの場所、そこね。で、このへんに国境線があると思ってください」

 

「…………国境侵犯したらどうなるんです?」

 

「……ここって《圏外》よね?」

 

 ヤバい、目がマジだ。

 

「わかりました、完璧に理解しましたっ!」

 

「侵略行為ダメ絶対っ!」

 

 そろって首をこくこくと振る俺達に対して、アスナは笑顔で頷き返すと部屋の反対側にて装備を解いて楽な格好になり、毛皮の上に腰を下ろして一息ついた。

 

「ふふ……人族の客人は初めてだが、こんなに賑やかだとは思わなかった」

 

「あっ! ご、ごめんなさい!」

 

「いや、構わない。陣中ゆえ、大したもてなしもできぬが、この天幕は自由に使ってくれ。食堂ではいつでも食事をとれるし、簡易だが湯浴み用の天幕もある」

 

「えっ!? お風呂あるんですか!?」

 

 と、すかさず反応を示すお風呂大好きアスナさん。

 

「ああ、食堂天幕の隣だ。こちらもいつでも使える」

 

「ありがとう、遠慮なく使わせていただくわね」

 

 一刻も早く風呂に入りたいのかウキウキとした声で答えるアスナの様子にキズメルは野営地までの道中でも見せた柔らかな笑顔を浮かべる。だが、今回はその表情の中に何故か寂しさの様な影を感じてしまう。

 

 そんなキズメルに目が離せないでいる。キズメルはNPCだ。だけど、もしかしたら…………

 

「…………アシュロン君。視線が凄い嫌らしいわよ」

 

「…………え?」

 

 視線が嫌らしい?

 

 その言葉の真意について考えた途端、それまで自分がマジマジと見ていた対象……つまりキズメルがいつの間にかシルクと思しき光沢のあるピッタリとしたインナー一枚きりという先程とは別の意味で目が離せない格好になっていた事に気が付いた。

 

 流石はダークエルフと言うべきか、浅黒い色をした身体は幻想的(ファンタジック)な曲線美を描いており、まるでガラス細工であるかの様に細くしなやかな手足やウエストとは対照的に胸元には予想外のボリューム感が…………

 

「い、いや、違う! 俺はただ何となくキズメルの事が気になってただけで、別に何処がどう出てどう凄いかなんてこれっぽっちも考えていないからな!!」

 

「………………最低」

 

「語るに落ちてるぞ、アシュロン……」

 

「違う、本当に誤解なんだ! だから、グリーンワームを見る様な目はやめて下さい!!」

 

 必死に弁解するが、アスナから向けられる視線は酷く冷たい。

 

 不味いぞ。このままではムッツリスケベという不名誉なレッテルを貼られた状態で残り九十七層を攻略していかなければならなくなる。

 

 この危機的状況をどう脱しようかと余り性能の良くない前頭葉をフル活用していると、キズメルが不思議そうな表情で俺を見ながら口を開いた。

 

「アシュロンは私のことが気になるのか? 奇遇だな。私もそなたのことが気になっていたのだ」

 

「えっ!? そ、それってどういう意味ですか!?」

 

 予想外の発言に思わず声が上ずってしまう。

 

 俺だって男子高校生だ。色恋への憧れはもちろんある。そして、今目の前には現実世界には存在するかも怪しい程の美人のお姉さんがいて、あろうことか俺の事が気になっていると言っているのだ。

 

 自身の名誉の為にあえて言わせてもらうと、別に女の子にモテなかった訳ではない。これでも中学の時から野球部のエースとして活躍していたので、女子の間で結構人気があるのだと友達から聞いた事がある。

 

 しかし、当時の俺は恋愛に対して気恥ずかしさを感じていたため、『今は恋愛なんかより野球だ!』などと血迷った態度を取り続けた結果、甘酸っぱい青春を送る事なく中学を卒業し、男子校という名のむさ苦しい男共の巣窟へと歩みを進めてしまったのだった。

 

 リアルでは手に入らなかったアオハルがネットゲームの中でNPCを相手に実現する。文字にすると何とも悲しい人種みたいになっているが、この状況を一体誰が笑うだろうか。

 

 栄光の日々はもう目の前だ。さあ、芦屋龍生(あしやたつき)よ。今こそ男を魅せる時───

 

 ──パァンッ!!

 

「…………ふう、ヤバいな。急に立ち眩みしちまったよ。やっぱりかなり疲れてるんだな」

 

 本日二度目の気魂注入によって頬を赤くしながら誰も聞いていないのに奇行を行った理由を口にする。

 

 何となく格好悪いが仕方ない。つい数十分前にこの世界を楽しもうとするな、命を懸けてでもゲームを攻略しろと改めて決心した矢先にこれなのだ。寧ろこの程度では甘すぎるのかもしれない。

 

「悪いけど先に一休みさせてもらうぜ。俺の事は気にせずにお前達はゆっくり風呂を楽しんでくれ」

 

 そう言って再びゴロリと横になって目を閉じた瞬間、瞼の裏に広がる闇の中に意識が溶けていくのを感じる。どうやら、自分が思っていた以上に疲れが溜まっていたらしい。

 

「そうか、アシュロンは一緒には入らないのか。残念だな」

 

 ………………なんか……キズメルがとんでもない事を言った気が……する…………

 

 

 

 

 

   ─────────────────

 

 

 

 

 

『君のこと相棒だと思っていたのはオレだけか!? 二人でこのゲームを攻略しようって意気込んでいたのはオレだけだったのか!?』

 

───違うっ!! 俺だって同じ気持ちだった!

 

『なら、何で助けてくれなかったんだ! もっと頼ってくれって言ったのは君じゃないか!』

 

───助けたかった! ずっと後悔している!

 

『…………もういい! 君を見込んだオレが間違ってた! あの時、君を助けようなんて考えずに一人ではじまりの街を出れば良かったんだ!』

 

───待ってくれ! 俺を一人にしないでくれ!!

 

 

 

 

 

─────────────────

 

─────────────

 

─────────

 

─────

 

 

 

「ディアベルッ!!」

 

 必死に手を伸ばした瞬間、夢は水泡の様に弾けて消え去った。

 

 そっとメニューウインドウをだすと、時刻は午前二時。荒くなった呼吸を整えながら周囲を見渡せば、すぐ隣にはキリトが、天幕の反対側にはアスナが穏やかな寝息を立てているのが目に入る。

 

 二人を起こしてしまわなかったのは幸いだ。余計な事はせずにもう一眠りしようかと再び横になって目を閉じたのだが───

 

(…………腹減ったな)

 

 そういえば、昨日は昼飯も晩飯も食べていなかったため、今や腹の虫は何か食わせろと大規模なデモを起こしている。

 

 保存食でも齧っていようかとも思ったが、ふとキズメルが食堂はいつでも使えると言っていたのを思い出す。こんな時間に押し掛けるなど本来なら非常識なのだろうが幸い相手はきっとNPCだ。深夜であっても普段通り対応してくれるだろう。

 

 極力音を立てない様に気をつけながら寝床を抜け、入り口の垂れ布をくぐって天幕の外に出れば、昼間には聞こえていたリュートの演奏は止まっていて、あれ程賑わっていた野営地内は嘘の様に静まり、動いているものといえば周囲の壁際を巡回する二人の歩哨と

 

「おっ! ワン公。お前も起きてたのか」

 

 (イヌ)と命名された悲しき獣が一匹、闇の中でポツンと座っていた。

 

 そういえば、まだ昼間のお礼をしていなかったな。

 

 ストレージの中から肉を取り出そうとした時、狼は不意にこちらに背を向けるとまるで着いてこいとでも言わんばかりにゆっくりと何処かへと歩き出す。

 

 これは何かのフラグなのか? そういえば、はじまりの街で猫を追いかけたら隠されたアイテムが手に入ったという話を聞いた事がある。もしかしたら、その隠しクエストと同じなのだろうかと好奇心を抑えられず、念の為に両手剣を取り出して肩に背負うと狼の後を着いていく。

 

 行き先はどうやら司令官がいた大天幕の裏手らしい。人の行き来が多少あるのか微かに道ができた林を抜けて視界が広がった途端、俺は立ち止まっていた。

 

 ほんのささやかな草地。中心に生えた大きな樹の下には無数の剣が地面に突き刺さっている。長い時間放置された設定なのか形も大きさも違うそれらは全て錆びついていて、がっしりとした蔓が幾重にも絡みついていた。

 

 その光景はまるで

 

(…………墓地?)

 

 夜中の墓地と言ってもおどろおどろしい雰囲気は感じない。アインクラッドの月光によって青く染まったこの場所は静謐な美しさがあった。

 

 そして、そんな墓地には一人、美しい先客がいた。

 

「…………アシュロンか。もう大丈夫なのか?」

 

「あ、ああ。お陰様でしっかり休めたよ。天幕ありがとな、キズメル」

 

「構わんさ。私ひとりには広すぎる」

 

 そう言って笑うキズメルの頬は薄っすらと赤く染まっている。右手には酒らしき液体の詰まった皮袋があり、ほろ酔い状態の姿に思わずドキリとしてしまう。

 

「どうした? 立っていないで、座ったらどうだ?」

 

「あ……ああ」

 

 勧められるままに隣に座り込めば、墓所に生えた柔らかな下草が俺の体重をふんわりと受け止める。

 

 騎士は皮袋の中身を一口呷ると立ち上がり、傍らにあった二つの指輪が下げられたサーベルにいくらか注ぎかけた。

 

「……それって、もしかして亡くなった妹さんの?」

 

「いや、これは妹の伴侶だった男の物だ。あの狼の主でな、腕に似ず少年のような夫で、見かけによらず気の強い妻とはそぐわぬようで、なかなか似合いの夫婦だった」

 

 そうか、キズメルが狼使いでないのにアイツを連れていたのは、元の主の知り合いだったからなのか。となれば、あの狼が対して懐いていないキズメルに従っているのはやはり主の復讐を果たす為なのだろう。

 

「私の妹……ティルネルは薬師でな。戦場で怪我人を癒すのが仕事だったのだが、あの鷹使いの手によって夫婦共々…………。この酒は妹の好物で、任務が片付いたら、あの子たちの祝いの席で振る舞おうと思って城から拝借してきたのだが……今やそれは叶わぬ」

 

 …………これで、確信した。やはりキズメルは俺と同じく大切な人を失った痛みを抱えていた。NPCでありながら俺の気持ちを分かってくれるのではないかと期待したからこそ昼間に寂しそうに笑うキズメルから目が離せなかったのだ。

 

 そして、それはキズメルも同じだったのだろう。

 

「鷹使いに追い詰められた時やこの野営地までの道中、そなたからは私と同じ匂いがした。キリトやアスナと共に居ながら、そなたはまるで死に場所を求めているかのように感じられたのだ。…………良ければ、話してはくれないだろうか?」

 

「………………」

 

 キズメルが差し出す皮袋を黙って受け取り、一瞬だけ躊躇した後に思い切って中身を呷れば、少しとろりとした液体が口の中に流れ込む。それは仄かに甘酸っぱく、飲み下すと強めの酒精が喉を焼いた。

 

 強い酒だ。胸の内がカッと熱くなり、その熱を外へ逃す為に口を開けば自然と言葉を吐き出せた。

 

「……この世界で初めて出来た友達で、自慢の親友だったんだ。アイツが勇者で俺が騎士で……二人で一緒に戦い抜いて……いつか、みんなを元の世界に帰そうって約束したんだ」

 

 急にデスゲームに巻き込まれて、恐怖に押し潰されそうになった時に差し出されたあの手にどれだけ救われた事だろうか。

 

 好きだった野球から逃げ出して、空虚だった俺なんかに一緒ならこのゲームをクリア出来ると言ってくれた、その言葉にどれだけの勇気を貰っただろうか。

 

 多くの仲間を率いてゲームクリアを目指すディアベルはまさに物語に出てくる勇者みたいで、そんなアイツの隣に居られる自分が誇らしかった。もしも、本当に俺に才能があるのなら、アイツが進む道を切り拓く為に使いたいと、そう願っていた。

 

 なのに……

 

「それなのに、ディアベルだけが死んで俺だけのうのうと生ている。ずっと隣に居たのにアイツの力になってやれなかった。……騎士だなんて名乗っておきながら、本当に守りたかった奴を守れなかった!!」

 

 気が付けば、胸の内を燃やしていた熱は両目からも溢れ出し、頬を温かく濡らしていた。

 

 空になった皮袋が手から滑り落ち、草の上で軽い音を立てる。今の俺はきっと情け無い表情をしているだろう。そんな恥ずかしい姿を見られたくなくて両手で顔を覆っていると、突然正面から頭部を優しく抱擁される。

 

「そうか。そなたも騎士だったのだな。……本当に私たちはよく似ているな」

 

 慈愛に満ちた声に、身体から伝わってくる温もりに、心が落ち着いていくのを感じる。

 

「守るべき者を失った騎士に一体何の意味があるのか……それは私にも分からない。しかし、それでもなお、そなたが騎士であり続けようとするのなら、先達として私もその意味を探し続けよう」



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35話 シティーボーイだから仕方ない

 中々筆が乗らず、随分と投稿が遅れてしまいました。


「えっと……その……大変お見苦しい所をお見せしました……」

 

 あれから十分程経ってようやく涙が治ってくれたのだが、顔を上げてすぐ目の前にあったキズメルの美貌を見た途端、こんな綺麗な異性の前で醜態を晒したのかと得も言われぬ気恥ずかしさに襲われる。

 

「なに、気にする必要はない。先程も言ったが私はそなたの先達なのだ。胸くらいいくらでも貸そう」

 

 いえ、その胸が本当に脅威でして……って、一体何を考えてんだ、俺!? もう恥ずかし過ぎてキズメルの方を見る事ができない。いっそ穴があったら入りたい……いや、墓場でこの台詞は流石に怖いな。

 

「……ふむ、流石に少しばかり長居しすぎたな。耳ざとい子兎のつがいも巣に帰ったことだし、私たちも戻るとしよう」

 

「…………?」

 

 子兎のつがい? エルフ特有の言い回しか何かだろうか? 

 

 よく分からないが確かにキズメルの言う通り、そろそろ帰らなければならないだろう。警備は万全であろうがここは圏外だ。あまり単独行動をしすぎればキリト達に要らない心配を掛けてしまうかもしれない。

 

 キズメルはサーベルに下げられている二つの指輪を愛おしそうに撫でながら「また来るよ」と優しく呟くと足早に墓地を後にする。

 

 そんなキズメルを追いかけて来た道を戻り、天幕の中に入ろうと垂れ布をくぐろうとした瞬間にふと嫌な予感がして急停止する。

 

 今は夜中の三時前だ。普通ならキリトやアスナは寝ているだろう。だが、万が一二人の内のどちらかが目を覚ましたとして俺とキズメルの二人が居ない事に気付いていたとしたらどうだろうか。いや、キリトだけならばまだ良い。もし、アスナが起きていて夜中にこっそり帰ってきた俺達を見たら一体どんな反応を示すのか…………想像しただけで背筋が凍る。

 

 いっそ、今から朝まで剣の素振りでもしていようかな? いや、落ち着け。きっと大丈夫。あの二人だってハードな一日を過ごしたのだ。常識的に考えてまだ熟睡している筈───

 

「あっ! アシュロン君、キズメル、二人ともお帰りなさい!」

 

 アスナの明るい声に思考が止まる。

 

 全身から汗がどっと吹き出す。体の感覚が薄れていく中で唯一動かせる眼球を使って部屋を見渡せば、アスナだけでなくキリトも起きていて二人とも不自然な程明るい笑顔で迎えてくれている。

 

 ああ、終わったな……。これから(社会的に)死ぬにしては何とも軽い諦観が胸の内を支配した。

 

 最早言い逃れは不可能。今後俺は美女のNPCに夜這いをした変態野郎として全女性プレイヤーから軽蔑の目を、男性プレイヤーからは同情と羨望の眼差しを向けられて生きていく事になるのだろう。

 

 そんな人生、俺はきっと耐えられない。

 

 だから……朝になったらこの層のフロアボスに一人で戦いに行こう。もし、奇跡的にそいつに勝ったら足を止める事なく四層のボスと戦う。その次は五層のボスと戦う。

 

 愚かな道化に相応しい末路は、もうそれしか───

 

「外寒かったでしょ。いつまでも立ってないで、こっちで温まったほうが良いわよ」

 

「え? …………お、おう」

 

 ……あれ? 何か優しい。

 

 予想外の状況に困惑しながら、アスナに勧められるままに部屋の中央にある不思議な形をしたストーブの前に座ると、今度はキリトがサンドイッチらしき物が入った包みを五個手渡してくる。

 

「お前、夕食食ってなかっただろ? 腹減ってると思って食堂からもらってきたぜ」

 

「お、おう。サンキュー……」

 

 何だろう? 二人が優し過ぎて逆に怖い。

 

 何だか凄く気味が悪いが、どうやら残酷な結末は回避できたらしい。その事にひとまず安堵しながら貰ったサンドイッチにかぶりつけば、薄焼きのパン中にギッチリ詰まったローストチキンの旨味が口いっぱいに広がった。

 

「それにしても、まだ真夜中なのに何だかもう眠れそうにないわね」

 

「そうだな。睡眠もしっかり取れたことだし、いっそアシュロンの食事が終わったらクエストを進めても良いかもしれないな」

 

「私もそれで構わない。確か次の任務は……」

 

 俺が黙々とサンドイッチを食べている横で話が着々と進んでいく。まあ、こちらとしても飯を食った後は暇つぶしに素振りでもしていようかと思っていたので口を挟む必要はないだろう。

 

 そう判断して二つ目の包みを手に取って───

 

「異常発生した毒蜘蛛の巣の探索だったな」

 

 …………え? …………ク……モ…………

 

 キズメルの言葉が耳に届いた途端、サンドイッチを落としてしまった。

 

 

 

 

 

   ─────────────────

 

 

 

 

 

 現代人に虫嫌いが多い理由は幾つか諸説があり、直接危害を加えられる危険によるものだけでなく目に見えない病原菌を忌避しているという説や都会化によって虫を見る機会が減ったからという説、人類の祖先が木の上に住んでいた時に天敵であったため本能的に怖がるなんて説もあるらしい。

 

 と、柄にもなくそんな小難しい話を出してまで結果的に何が言いたいかというと……俺は虫が、とりわけ蜘蛛が大嫌いだ。

 

「きしゃああっ!」

 

「無理ッ!!」

 

 《シケット・スパイダー》が八本もある細長い脚をカサカサ動かし、滑る様に接近してくる。一メートル半もの図体を誇る悪魔の進軍を前に臆病風に吹かれた俺は全力で敵前逃亡を開始する。

 

「はあっ!!」

 

 そんな情けない俺の横をすり抜けてアスナは毒蜘蛛の巨大な単眼を《オブリーク》で刺し貫き、そこからスイッチしたキリトが体術スキルの蹴り技、《弦月》で弱点の腹を攻撃していとも容易くHPを削り切った。

 

「まったくもう。いくら蜘蛛が苦手だからって、さすがに怖がりすぎよ」

 

 レイピアを鞘に収めながら、アスナが厳しい目を向けてくる。

 

「そ、そんな事言われても仕方ないだろ!? ただでさえ気持ち悪い見た目してんのに、あんだけ馬鹿デカくなってんだから逃げたくもなるって! 寧ろ何でアスナは平気なんだよ!?」

 

「あんなに大きければ虫も獣も一緒でしょ。モンスターを見た目でいちいち怖がってられないわよ」

 

「頼もしいことだな。我が妹も実体ある怪物なら虫だろうとウーズだろうと臆することはなかった」

 

 やれやれと首を振るアスナにキズメルは短く笑い声を漏らしながら頭を撫でる。

 

「巣が見つかるまで延々とあんなのが襲って来るとかマジでキツいって。……あのワン公が居れば臭いで見つけてくれたのかなぁ」

 

「……そうね。アシュロン君じゃないけど、確かにあの子がついてきてくれてたら心強かったのに……」

 

 あの狼にもクエストの手伝いをしてもらおうと出発する前に全員で野営地中を探し回ったのだが結果的に見つける事は出来なかったのだった。思い返せば墓場から帰る時にはすでに居なかった気がするし、思った以上に神出鬼没な奴の様だ。

 

「……あれは中々賢しい(イヌ)でな。森エルフが関与する任務以外は力を貸してくれぬのだ」

 

「へえ、アイツけっこう気難しい奴なんだな。まあ、巣穴の探索なら蜘蛛が来る方向を辿っていけばそのうち見つけられるし、気長にやってこうぜ」

 

 少し暗くなった雰囲気を吹き飛ばすかの様にキリトが明るい声で再出発の号令をかける。元ベータテスターにして事実上のパーティーリーダーである彼なりに俺達を導くという責務を果たそうとしているのかもしれない。

 

 キリトがこうして頑張っているのに蜘蛛が嫌いだからと言って戦わないのは流石に申し訳なく感じてくる。体術スキルで蹴っ飛ばすのは無理だろうが、せめてタンクとしての仕事はまっとうするとしよう。

 

 隣ではキリトの言葉に感心したのかキズメルも笑顔で頷いていた。

 

「うむ、そなたの言う通りだな。だが、キリトよ。先刻クモが現れた方角はそちらではないぞ」

 

 

 

 

 

   ─────────────────

 

 

 

 

 

 それから再び移動を開始し、道中《シケット・スパイダー》及びその上位モンスターである《コピス・スパイダー》との戦闘を四度繰り返し、やがて小さな丘の横腹に出来た天然の洞窟を発見した。

 

 中でタランチュラ程の大きさの蜘蛛が何匹も蠢いているこの場所こそが毒蜘蛛の巣だと確信したのだが、残念ながらそれだけではクリアとはならない。とても正気の沙汰とは思えないが洞窟に入って黒エルフの偵察隊がいた痕跡を探さねばならないらしい。

 

 嫌々洞窟へと足を踏み入れると内部は迷宮区とは違って所々にちっぽけな発光ゴケが貼り付いているだけでほぼ真っ暗闇だ。

 

 そのため自前で明かりを確保しなければならないのだが、こうなると俺は片手に松明を持っている限り両手剣が使えなくなってしまう。ここまで来ると最早このクエストは俺を殺しにきているとしか思えなくなってきたぞ。

 

「そういえば、このダンジョンは、ええと、例の……インスタンス? なの? それとも……」

 

「いや、こっちはパブリック・ダンジョン。特にここは主街区で受けられるクエストのキースポットでもあるから…………不味いっ!!」

 

 キリトが突然叫んだ瞬間、同時に前を歩いていたキズメルも足を止めた。横顔を厳しく引き締めてしばし気配を窺ってから、俺達を見る。

 

「どうやら、我々の他にも訪問者がいるようだ」

 

「ああ、きっとプレ……じゃない、人間の戦士だ。キズメル、ちょっと事情があって、彼らとは顔を合わせたくない」

 

「ほう、実は私もだ」

 

 何か秘策があるのかキズメルはにやりと笑う。そして、すぐさま松明を消させると丁度すぐ傍にあった壁の窪みに俺達を押し込み、背中のマントを広げると全員をすっぽりと覆う。

 

 まるで忍者ごっこの隠れ身の術みたいだが、こんなものでプレイヤーの目を誤魔化せる訳が……等と思ったのも束の間、突如視界の隅に【隠れ率(ハイド・レート)】という文字と【95%】という数字が現れる。

 

 《隠蔽》スキルは持っていないからその数値がどれ程凄いのかはイマイチ実感出来ないがきっとかなり高いのだろう。実際、表示を見たキリトは目を丸くしていた。

 

「もう……一体誰が来るのよ。こんなところに」

 

「……十中八九《ギルド結成クエスト》を進めているパーティーだ。このクエを心待ちにしていた連中といえば───」

 

なんでや!!

 

 洞窟にこだます関西弁とドスドスと喧しい足音。松明によって照らされたトゲトゲヘアーは特徴的過ぎて、下手したらSAOのマスコットキャラクターにでもなれるのではないかと疑ってしまう。

 

 現れたのは……みんな大好きキバオウさんだ。

 

「なんで宝箱が片っ端から開けられとるんや!!」

 

 ガーガー喚き立てるキバオウとそれを宥める《アインクラッド解放隊》のメンバー。その殆どが第一層の頃にレイドを組んだ面子であり、唯一初見なのが鉄頭巾(コイフ)で頭をすっぽりと覆った男だ。前線ではやや珍しい片手斧を右手の指を使ってクルクル回転させる姿は如何にも飄々とした人物みたいだ。

 

 解放隊御一行が目の前を通り過ぎる瞬間、鉄頭巾男が何かに勘付いたのか立ち止まってこちらを凝視し、それによって隠蔽率が幾らか下がったが、機嫌の悪いキバオウに怒鳴られてそそくさと列に戻っていく。

 

 そして、金属装備特有の重い足音が消えたから数秒後、キズメルが広げていたマントを背中に戻すと、全員が思わず安堵の息を吐いた。

 

「……なんだか、モンスター相手のときよりも緊張したわ」

 

「同感。別に見つかったからって、戦闘にはならなかっただろうけどな」

 

「でも、宝箱から出たアイテム分けんかい、くらいのことは言われてたかも」

 

「おいおい、流石のキバオウさんでもそこまでは……いや、キバオウさんだしなぁ……」

 

 昔から頭に血が昇ったキバオウ程厄介なものは無かった。チームを引っ張っていける位だし根は良い奴なのだが、如何せん頑固で短慮な所がある人物なのだ。

 

 第一層で組んでいた時の事を懐かしんでいると、隣でキズメルが不思議そうな顔で口を開く。

 

「城で暮らす人族は長く平和を保っていると聞いていたが、先程の者達とは相容れぬのか?」

 

「そうね。一概に友好的とは言えないわ」

 

「もちろん、剣を向け合うほどじゃないよ。大きなモンスターと戦う時は協力だってするし……でも、仲良しでもないというか、そんな感じ」

 

 キズメルに元ベータテスターと非テスターの確執など説明のしようもないので、キリトの説明は不明瞭なものにならざるを得なかったが、どうにかキズメルは納得してくれたみたいで、軽く頷き、仄かな苦笑を漂わせる。

 

「なるほどな。私の所属するエンジュ騎士団と、王都を警備するビャクダン騎士団のようなものか」

 

 ……エンジュとはなんぞや。

 

 俺とキリトが首を傾げた横で、アスナが華やいだ声を出した。

 

「すてき、騎士団に木の名前がついているのね。他にもあるの?」

 

「あとは、重装部隊のカラタチ騎士団がある。そちらともあまり仲がいいとは言えないが」

 

「へえ……じゃあ、入れてもらうならわたしもエンジュ騎士団がいいかな」

 

 アスナの言葉にふと、彼女が本当に騎士団に入った所を想像する。

 

 キズメルと同じ鎧とマントを身に纏い、肩を並べて敵陣に切り込み、立ちはだかる者をバッサバッサと切り捨てる。その勇ましくも可憐な姿に味方の士気は高揚し、逆に敵側は虐殺の天使の刃に震え上がる。

 

 …………うん、間違いなく

 

「「(フォレスト)エルフが滅ぶ……」」

 

 奇しくも、キリトと感想がダブってしまった。

 

「残念ながら、人族が女王陛下から騎士の剣を授けられた例はないのだ。……だが、そなたらの勲功大なることを鑑みれば謁見くらいは叶うかもしれん。そのときはせめて、名誉騎士号を賜われるよう申し添えておこう」

 

「ほんと? わたし、がんばるわ!」

 

 意外な事にアスナは随分と嬉しそうにしている。そんなに騎士とかに憧れる様な子だったろうか? いや、もしかしたら姉と同じ洋服を着たがる女児みたいにキズメルと同じ騎士になりたいのかもしれない。

 

 ともあれ、モチベーションが上がるのならば良い事だ。俺もアスナを見習って気持ちだけナイトを卒業する為に頑張るとしよう。

 

「よーし、それじゃそろそろ行きましょうか!」

 

 早くも《エンジュ騎士団》の見習いになったつもりなのか、アスナが勢いよく俺とキリトの背中を叩く。その姿を微笑ましく感じながら、俺達はこの蜘蛛地獄の探索を再開するのだった。




 泣いてスッキリしたせいか、地の文ではっちゃけ始めた主人公。


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36話 プレイヤー()NPC(AI)

 


 何度も襲いかかってくる毒蜘蛛や至る所に張り巡らされた蜘蛛の巣に精神が限界を迎えそうになった頃、ようやく奥の小部屋で小さく瞬くささやかな光を発見した。

 

 無数に伸びた蜘蛛の糸を払いながらアスナが拾い上げたそれは根元の所にオパールの様な白い宝石が付いている木の葉を象った銀細工だった。

 

「……エンジュ騎士団の徽章だ。この洞窟を調べていた偵察兵のものだろう。持ち主は、もう生きてはいるまい……」

 

 沈んだ声を出すキズメルにアスナは徽章を差し出すが、騎士は小さくかぶりを振る。

 

「これはそなたから司令に手渡してくれないだろうか? ……おそらく、これは司令の肉親なのだ」

 

「……わかったわ」

 

 アスナが大切そうに徽章をポーチにしまうと、視界左側にクエストの進行を告げるメッセージが流れる。この蜘蛛地獄からおさらば出来るのは嬉しいが、仲間の死を悼むキズメルを見ていると、素直に喜ぶ気分にはなれない。

 

 所詮はVRMMO、人の作ったゲーム、そんな考えはキズメルと共にいるこの十数時間で既に無くなっていた。それはきっとアスナも……そしてキリトも同じなのだろう。

 

「…………すまない。だが、これでこの洞窟の毒蜘蛛どもが危険であることの物証が手に入った。今度は兵を引き連れて───ッ!?」

 

 突然、何かに気が付いたのか、キズメルはダンジョンの奥の方に耳をそばだてる。

 

 また、蜘蛛が襲ってきたのかと警戒した矢先、聞こえてきたのは節足動物がカサカサ走る音ではなく、男達の叫び声だった。

 

「やべえ……あいつ階段上がってくるぞ!!」

 

「走れ走れ! 入り口まで逃げろ!!」

 

「あ……あんなクソデカいクモおるなんて聞いてへんぞ! どうなっとるんや!」

 

 狼狽に彩られたキバオウの声にガシャガシャと鎧が鳴らす金属音と乱れた足音。───そして、枯れ木が軋る様な、大型Mobの咆哮。

 

 ……これは間違いなく───

 

「やばい! アイツらこのダンジョンのボスに追われてるのか!?」

 

 予期せぬ状況に思わず舌打ちをしてしまう。

 

 地下二階から階段を登ってきたのなら当然ボスはダンジョンを出るまで諦める事はないだろう。ダンジョンのあちこちに雑魚Mobがいる中で、もしも連中が挟み撃ちにでもなったら最悪全滅すらあり得る。

 

 ならば、キバオウ一行に加勢して一緒にボスを倒すかと言われれば、それも躊躇われる。

 

 六人フルパーティーに加えて攻略集団最強にしてボスの情報に詳しいキリトに俺とアスナ、そして何より圧倒的な強さを持ったエリートMobであるキズメルがいるのだ。こんなダンジョンのボスなどきっと楽勝だろう。だが、その後にビーターであるキリトがチートみたいなNPCを連れているのを見たキバオウ及び解放隊は一体何を思うだろうか? 

 

 キバオウ達を見捨てるなんて選択肢は取れないが、その為にキリトやキズメルに要らない負担を掛けてしまうのは気が引けてしまう。

 

 そうして、助けに入るべきか否か迷っていると、同じく何かを思案していたキリトがおもむろに口を開いた。

 

「……パーティーが通り過ぎたら、後から来るクモをこっちに引きつけて戦おう」

 

「──ッ!? ……成る程、了解だ」

 

 たった四人でのボス撃破。きっとかなり苦労するだろうが、それでもこのメンバーであれば十分可能ではあるだろうし、その分プレイヤー同士での面倒事を避ける事が出来る。

 

「俺がこの部屋まで誘き寄せるから、みんなはここで待機していてくれ」

 

「解ったわ。気をつけてね」

 

 アスナの言葉にキリトは小さく頷くと、足音が聞こえる方向に走り出す。そして、それから一分もしない内に怒りに満ちた雄叫びが鳴り響き、そこから更に十秒後にキリトが部屋の中に転がり込むと同時にその背後から巨大な影が勢いよく入ってきた。

 

 固有名【 Nephila Regina(ネフィラ女王)】。鈍い紫色に光る外殻の周囲はモジャモジャとした毛に覆われており、真っ赤に燃える幾つもの単眼の下では忌々しい侵入者を穿ちたいと大剣の様な毒牙が忙しなく動いている。

 

 …………キバオウ達《アインクラッド攻略隊》はこのゲームを攻略する上で欠かせない戦略だ。見捨てるなんて選択は出来ない。

 

 だが、それでも今この瞬間、助けに入った事を心の底から後悔した。

 

 端的に言って気持ち悪い。見ているだけで背筋が凍る。戦うなんてとんでもない。

 

ケツ(・・)から出す粘着網に気をつけろ! 身体のどこかに触れても動きが阻害されるぞ!」

 

「なかなか心得ているなキリト。承知した」

 

「いいけど、もっときれいな言葉使えないの!?」

 

「ケツにきれいも汚いもあるかッ! いくぞ!」

 

 近づきたくなんてないのに、キリトの号令に合わせてつい体が動いてしまう。

 

 両手剣の切先が細かな毛にキモチワルイ覆われた外骨格キモチワルイを切り裂くと、卵の殻を砕いた様な音キモチワルイと女王蜘蛛が発する錆びた鉄骨が軋むような耳障りな悲鳴キモチワルイが空気を震わし、飛び散った緑色の体液キモチワルイが刀身や腕を濡らすキモチワルイ。

 

 キモチワルイキモチワルイキモチワルイキモチワルイキモチワルイキモチワルイキモチワルイキモチワルイキモチワルイキモチワルイキモチワルイキモチワルイキモチワルイキモチワルイキモチワルイ────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 も う ど う に で も な 〜 れ

 

 

 

 

 

 

   ─────────────────

 

 

 

 

 

「ふう……。お疲れ、アシュロン。蜘蛛が苦手って割にはなかなか頑張ってたな」

 

「────ハッ!? ……お、終わったのか……?」

 

 気が付けばあの醜悪な女王様の姿は消え去っていて、視界端に映し出されたウインドウには結構な量の経験値やコルが表示されていた。

 

 悪い夢から覚めたかの様に辺りを見回している俺にキリトは苦笑いを浮かべながら右手を上げ、それにつられて反射的に持ち上げた右手から軽やかな音が鳴り響く。

 

「キリト、その仕草はどういう意味なのだ?」

 

「お互いの健闘を称える、人族の挨拶よ」

 

 首を傾げるキズメルにアスナはにこっと笑いながら右手を上げてキズメルの右手に打ち付ける。パン、と良い音が響くと、キズメルは手を下ろしてしばし掌に見入っていたが、やがて感触を保存するかの様に軽く握った。

 

「なるほど。我らエルフはあまり他者と触れ合わぬが……悪くない挨拶だな」

 

 どうやら黒エルフの騎士様はハイタッチを気に入ってくれたらしい。どんなものであれ、こちらの文化を肯定してもらえるのは何だか嬉しくなってしまう。

 

「それはそうと、もうそろそろキバオウたちが戻ってくるぞ。たぶん、連中はギルドクエストを進めるためにもういちど地下二階に行くだろうから、その隙に洞窟から出よう」

 

「そうね。…………さっきのボス蜘蛛、わたしたちが倒したからキバオウさんたちは安全に二階を探索できるのよね。なんだか、彼らの知らないところで手助けしちゃったみたいでシャクだわ」

 

「『善き行いは森が、悪しき行いは虫が見てる』と言うではないか。そなたらにはきっと聖大樹の恵みがあろう」

 

「だってさ、アシュロン。またネフィラ女王に襲われたくなかったら悪いことはするなよ」

 

「はあ!? お前、俺みたいなスポーツマンシップ溢れる善良少年捕まえて何言ってんの!?」

 

 こちとら、少し前まで野球部指定の丸刈りで部活動には皆勤だったし、学業だって馬鹿なりに真面目にこなしてきた方だ。…………いや、まあSAOの発売日には学校サボって徹夜で列に並んだりはしてたけど。

 

「ふふ、そうよね。ちなみに人族の国では、そういうのを『情けは人の為ならず』って言うのよ」

 

「ふむ、『巡り巡って己が身に還ってくる』というわけか。悪くない、覚えておこう」

 

 マジかよ。キズメルは今ので意味が分かったのか。俺なんか中学まで『他人には容赦するな』って意味だと思ってたのに。

 

 確かに見た目から理知的だとは思っていたが、キズメルって実は凄く頭が良いのだろうか? …………いや、そもそもキズメルはNPCだからSAOのコンピューターから思考しているのか。

 

 こんなリアルの世界みたいなゲームを創るコンピューターだ。きっとスパコン並みに凄いのだろう。

 

「まあ、とりあえず用も済んだし野営地に戻ろうぜ。デカい蜘蛛にはいい加減こりごりだ」

 

「賛成。これも早く家族のところに返してあげたいし」

 

 そう言ってアスナは柔らかな仕草で自身のポーチに触れる。その姿にキズメルは少しだけ目を丸くすると、ふっと笑ってアスナの頭を撫でた。

 

「ありがとう。…………では、帰るか。我が家に」

 

「うん!」

 

 仲良く並ぶ彼女達は顔立ちはまるで似てないし、そもそもキズメルは肌が浅黒く耳が長いダークエルフ族───という以前にNPCなのだが、それでも不思議と姉妹めいた印象を受けてしまう。

 

 人間みたいな思考をするAIはもしかしたら本当に人間とそんなに変わらないのかもしれない。それならば、近い将来データで造られたAIと人間が家族になるなんて事もあり得るのではないだろうか。

 

 アスナとキズメルが笑い合う様子を見ていると、また柄にもなく難しい事を考えてしまった。



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37話 騎士の細剣と未完の月

 新しく買ったゲームが楽しくて、気が付けばまた間が開いてしまいました。


 ダークエルフ先遣隊司令官はアスナが木の葉を象った徽章を手渡しても大きく表情を動かす事はなかったが、キズメルと長い時間を共にした後だと、その変わらない態度の奥に深い悲しみを押し隠している様に感じてしまう。

 

 そうして、偵察隊の遺品を届けた事でクエストが進行し、今度はボス蜘蛛の討伐を依頼されるが、そこへキリトが恐る恐る【女王蜘蛛の毒牙】なるアイテムを渡すとクリア条件が満たされ、再びあの地獄に赴く事なく《毒蜘蛛討伐》を完了する事が出来た。

 

「……それで、どうする? もう、いつでもキズメルをパーティーに誘えるけど……」

 

「ん…………」

 

 頼まれていた報告はもう済んだので、天幕にいるであろうキズメルに一声掛ければ再び行動を共に出来るであろうが、アスナは葛藤するかの様に少しだけ俯いてから、軽くかぶりを振る。

 

「もう少し、あとにしよ。……なんだか、変なこと言うようだけど……しばらく、一人にしておいてあげたい気がするの」

 

「……そうだな。キズメルには随分と助けて貰ったし、今はゆっくり休んでほしいよな」

 

 NPCが人間みたいに休息を必要とするかは分からないが、だからと言って無神経に接してしまうのは間違いな気がする。キズメルの事を本当に仲間だと思っているのなら、アスナの言う通り今は一人でゆっくりさせてあげるべきだろう。

 

 そんなやり取りをしている間に、少し離れた食堂天幕から何やら良い匂いが漂い始める。時間としては少し早めの朝食時だ。肌寒いこの時期の朝には野菜たっぷりの温かいスープが欲しくなってしまう。

 

 堪え難い食欲にふらりと食堂へ足を踏み出そうとする俺の袖を、アスナがくいっと引っ張ってきた。

 

「ご飯の前に、ちょっと付き合ってよ」

 

「へ? 何だよ、朝風呂か?」

 

「違うわよ!! 《武器作成(・・・・)》! 鍛冶屋さんでわたしの剣を新調したいの!」

 

 

 

 

 

   ─────────────────

 

 

 

 

 

「………………フン」

 

「……ね、ねえ、キリト君……本当に大丈夫? この鍛冶屋さん、なんかわたしたちに恨みがありそうな顔(・・・・・・・・・・・・・・・)してるんですけど……」

 

 俺達の来訪に振り下ろしていた金槌の手を止め、さも不愉快そうに鼻を鳴らす鍛冶師。その顔は昨日俺達がキズメルと一緒に袋叩きにしたあの森エルフの騎士にそっくり……と言うより、色と服装を変えただけの同グラだ。

 

「だ……大丈夫……武器作成に失敗ペナルティは無いはずだから」

 

 システムでそう決まっているのなら問題ないのだろうが、流石のキリトも若干気まずそうな声を漏らす。そんなキリトにアスナは一瞬けげんそうな表情をするが、深呼吸をひとつすると表示されたメニューから《鋳潰し⇒武器作成》のボタンをタップする。

 

 ……今回の武器作成で、アスナは自身の愛剣である《ウインド・フルーレ》を元に新たな剣を作成するつもりだ。

 

 仲直りした親友から受け取り、数々の死線を共に乗り越えたそのレイピアに彼女がどれだけの愛情を注いでいたかは第二層での強化詐欺の一件で分かっている。それでもウインド・フルーレではこの先の攻略は難しい。だから、アスナはその剣をここで生まれ変わらせる事を選んだのだった。

 

 しばしの別れを惜しむかの様にアスナはシンプルだが美しい武器を両手で強く抱きしめ、俺達には聞こえない声で小さく囁いてから、それをエルフ鍛冶師に差し出す。

 

「…………こ、この剣を……使ってください!」

 

「………………」

 

 鍛冶師は少しの間アスナの事をジッと見つめると、先程までの失礼な態度とは打って変わって差し出されたウインド・フルーレを丁寧な仕草で受け取り、そのしっとりと深い艶をまとう刀身を炉にそっと乗せる。

 

 熱せられた細剣は眩い輝きを放つとその形を一つの美しい金属地金(インゴット)に変え、鍛冶師はその地金を鉄床の上に置きハンマーを振り上げた。

 

「……キリト君。……バフ、頂戴」

 

「………………うん」

 

 槌音が響き渡る中、不安気に伸ばされたアスナの左手がキリトの右手の薬指と小指を探り当てしっかりと包み込む。

 

 ネズハに強化を依頼した時と同じ、キリトとアスナの甘いやり取りを見ていると思わず口角が上がってしまう。ほんと、これで良くそんな関係じゃないなんて言えたよな。

 

 と、後ろで笑っていた俺の方にアスナは顔を向けると、おもむろに右手を伸ばしてきた。

 

「…………あなたも、バフ貸してくれる?」

 

「っ!? …………あ、ああ、構わねえよ。好きなだけ持ってってくれ」

 

 予想外の出来事に戸惑いつつも左手を伸ばすと、アスナはキリトのと同様に薬指と小指をきゅっと摘む。その細く華奢な指の感触に何だかむず痒さを覚えると同時に何故かほんの少しだけ安心感の様なものを感じてしまう。

 

 こうして、三人で手を繋いで見守る中、エルフ鍛治師がハンマーを振るう度にかぁん、かぁん、と澄んだ槌音が鳴り響き、明るい火花が盛大に飛び散る。槌はそのまま二十回……三十回……と打ち込まれ、四十回を超えた所でやっと止まった。

 

 純白に輝くインゴットがゆっくりと変形し始める。どこまでも細く、長く、鋭く、美しく。最後にもう一度強い閃光を放ち、それが収まるとアンビルの上には全体が白銀に煌めく一振りの細剣(レイピア)が横たわっていた。

 

「……いい剣だ」

 

 差し込む朝日を白く反射させる刀身を眺めて鍛治師はそう一言呟くと、再びフンと鼻を鳴らしながら細剣をアスナに手渡す。

 

「ぅ……わああああ!! すごい綺麗! キズメルの剣みたい!!」

 

「へえ、《シルバリック(・・・・・・)・レイピア》か。随分と凄そうな剣が出来たな!」

 

シバルリック(・・・・・・)な。どれどれ、強化の上限試行回数は……15……? ……ジュウゴッ!?!?

 

 プロパティを確認した途端、キリトが素っ頓狂な声を上げる。

 

「えっ? ちょっと、どうしたっていうのよ!?」

 

「だ、ダメだ! ダメだよ、アスナ!! 強いなんてもんじゃない! そんな剣、反則だッ!!」

 

「おいおい、確かに多いけどよ、いくら何でも反則は言い過ぎなんじゃねえのか?」

 

「よく考えてくれ! アニール・ブレードは上限が八だから、つまりこの剣は単純に考えてアニールの倍は強い! 層で言うなら五、六層クラスの代物だぞ!」

 

 ………………やべぇじゃん。

 

 確かにアニール・ブレードは一層で手に入る剣であるため、それより強力な武器はこの三層には幾つかあるだろう。だが、それらの武器との違いなんて精々ATKが2〜30くらい上がっている程度であり、倍以上も強い武器などバランス崩壊も甚だしい。

 

「俺やった事ねえから知らないんだけどよ、武器作成ってのは運次第でこんなヤバい剣が出来あがっちまうもんなのか?」

 

「う、うーん……確かに今回は作成者のスキル熟練度も高いし素材も上限の物を使ってるけど、ここまでの上振れはベータじゃ聴いたこともなかったな」

 

 そうなると、通常の武器作成手順には無かった要因によるものだと推測できる。すぐに思い当たる理由としては、アスナのリアルラックが化け物である可能性か、もしくは…………

 

「使い込んだ武器を素材にするってところかしら? それなら検証してみましょ」

 

「えっ? ……あー、確かにそろそろアニールじゃ厳しくなってきたし、もしこれで強い剣が作れるのなら儲け物だけど……うーん……」

 

 と、なんとも煮え切らない返事をしながら、こりこりと頭を掻くキリト。

 

 元ベータテスターとして、この先の攻略をしていく上で武器を更新していかなければならないと理解していながらも、キリトは時折アニール・ブレードを丁寧に磨き上げていたりと、きっと今の武器への愛着はアスナにも負けていないのだろう。

 

 そんなに大切にしている剣と急にお別れしなければならないのは流石に酷な話であるし、何となくだが未練を引きずったまま作成しても良い物が出来るとは思えない。

 

「なら、俺がいっちょやってみるか!」

 

「……良いのか、アシュロン?」

 

「おう! 俺だってそろそろ武器変えとこうと思ってたし、良い機会だ」

 

 そう言って、鍛治師の前に出て鋳潰しからの武器作成を依頼する。もちろん、機嫌を損ねてしまわない様に頼む際には直角九十度を意識して頭を下げるのを忘れない。

 

 そして、ストレージから両手剣を引っ張り出して渡す───前にお別れの挨拶とばかりにルーティーンの時と同じく剣の柄に額を当てる。

 

 そういえば、この剣を入手する為に一層の辺鄙な場所にある洞窟まで行ったっけな。しかも、そこそこ硬いゴーレムのドロップ品だったから、こいつが出るまでディアベルに長い事付き合って貰ったっけか。

 

 その後は戦闘だけでなく武器破壊の練習と言った無茶な使い方までしていたのに、それでも今日までずっと俺を支えてくれていた。

 

「……ありがとな

 

 感謝の念は自然と言葉になった。

 

 今更になってアスナ達の様に愛剣の存在感を感じてしまったが、それでも……いや、だからこそ、こうして新しい姿に生まれ変わらせる事にためらいは無い。

 

 お別れを済ませて剣を鍛治師に渡すと、そこからはアスナの時と同じ流れで両手剣はインゴットへ、インゴットは新たな剣へと生まれ変わろうとする。

 

「……ねえ、バフ、いるかしら?」

 

「ん? …………いや、大丈夫だ。それに、幸運バフなら多分さっきのでもう使い果たしてるだろうしな」

 

 幸運バフに使い切るなんて事があるのか……そもそも本当に効果があるのか定かではないが、もう一度三人で手を繋ぐのはちょっと気恥ずかしい。

 

 だが、もしもそのせいで低スペックの剣が出来上がってしまったのならば、アルゴの攻略本に『武器作成時には運の良いプレイヤーと手を繋いで挑むべし』と書いて貰うとしよう。

 

 そんなくだらない事を考えている内に鍛錬が終わり、光に包まれた剣がその全容を表す。

 

 それは不思議な剣だった。幅の広い諸刃の刀身はその一部が僅かに欠けていて、光の角度で白銀から暗い青にも変化する。その怪しい輝きに魅了される様にゆっくりと触れるとプロパティ窓が表示された。

 

 攻撃力や攻撃速度はシバルリック・レイピア程ではないが十分過ぎる程の強化、強化上限回数は十回と少々少なめだ。だが、それを補って有り余る程の追加効果が……

 

「ソードスキル使用時に《速さ(クイックネス)》+15のマジック効果か……破格だな……」

 

 もはや、驚くのも疲れたといった風にキリトが呟く。

 

 疑いようもないオーバースペックの武器。手に持った瞬間にズシリと襲ってくる重さに心臓が跳ね上がり、まるで熱に浮かさる様に再度ウインドウに目を走らせる。

 

【ザンバー・オブ・ギバウス】。それが、この剣の名前だ。




 才能がありながらも未だ完成していない、もしくは未だ欠けたままのアシュロンになぞらえて、新しい剣の名前を十三夜(ギバウス)にしました。


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38話 モルテ

 最後に投稿してから気が付けば三ヶ月も経過。一度は諦めかけましたが、最近面白い二次創作作者様が増えてきて、負けるもんかと再復帰しました。

PS SAOIFにてディアベル復活おめでとうございます!


 新しい武器が手に入った事だし、エルフ戦争クエをサクサク進めようとした矢先、アルゴより今日の夕方に三層の主街区である《ズムフト》にて攻略会議が行われるという連絡があった。

 

 流石に主目的である階層攻略を疎かにする訳にもいかず、泣く泣くキズメルと別れて主街区を目指すその道中───

 

 ────キィンッ!……キィンッ!……

 

「この音……剣と剣の戦闘……?」

 

「この辺で聞こえてくるって事は……もしかしてエルフ戦争クエか?」

 

 自身の予想に思わず眉をひそめてしまう。

 

 三層の目玉である大型キャンペーンクエストなのだから腕に覚えのあるプレイヤーならば当然このクエストを受けるだろう。クエストの序盤でも報酬は中々のものなのでSAOの攻略を目指すのであれば寧ろ歓迎するべきだ。

 

 だが、ストーリーの進行によって親睦を深めたキズメルと同じ姿をした存在が自分達の預かり知らない所で死の危機に瀕しているのだと思うとどうしてもモヤモヤとした気持ちになってしまう。

 

 それに、万が一クエストを受けているプレイヤーが俺達みたいに敵対している森エルフの騎士を倒してしまった場合、鷹使い(アイツ)が…………

 

「念のために、様子を見に行こう」

 

「……わかった」

 

 キリトの提案に俺もアスナも頷くと、下手に見つかってしまわない様に身を屈めつつ移動を開始する。

 

 SAOのシステム上、戦闘のサウンドエフェクトが届く範囲はさほど広くない。音の聞こえる方角に向かう事数分、前方の木立の奥で明るい閃光──ソードスキルのライトエフェクトが断続的に瞬いた。

 

 近くにあった古木の幹で姿を隠しながらそっと覗き込むと、揃いの青い胴衣を着たプレイヤー四人とそれらを指揮する藍色の長髪の男、そして緑色のマントとプラチナブロンドの長髪をした森エルフの騎士──俺達が戦った《フォレストエルブン・ハロウドナイト》が何者かと激しく切り結んでいるのが目に入る。

 

「あれは……《ドラゴンナイツ》か。しかも、リンドさんにハフナーやシヴァタの奴まで居るって事はギルドの本隊だな」

 

「しかも、あいつら森エルフ側に味方したんだろう。つまり、あのエルフが戦っている相手は……」

 

 …………キズメルか。そう予測した途端、胸を締め付けられる様な感覚に襲われる。リンド達が森エルフ側に加担した事でどう転ぼうとも残された黒エルフの騎士の末路は既に決まった様なものだ。

 

 やるせない気持ちで目の前で繰り広げられる戦闘を見守る中、盛んに切り結ぶ二人のエルフ騎士が立ち位置を変えた事で今まで緑のマントに遮られていたダークエルフの姿が露わとなる。

 

 森エルフと鎬を削っているのは黒と紫の鎧を身にまとい、褐色の肌に短く切ったスモークパープルの髪をなびかせながら素早く動き回り、ゆるく弧を描くサーベルにて鋭い連撃を放つ黒エルフの男騎士(・・・)だった。

 

 ……目を擦ってもう一度見る。黒エルフの男騎士だった。

 

「…………あれ、ぜってぇキズメルじゃねぇよな」

 

「……あ、あれ〜? 少なくともベータテストのときには同じNPCが登場したんだけどな〜」

 

「もしかして……またベータテストの情報に騙されたパターン?」

 

「……そうかも……しれません」

 

 何だか急に気が抜けてしまった。

 

 まあ、冷静に考えてみれば幾らNPCだからといっても男連中がスタイル抜群の美人エルフに剣を向けられる筈がないよな。

 

「……まあ、いいわ。今回はちょっと嬉しいし」

 

「嬉しい?」

 

「ええ。別のプレイヤーがこのクエストを始めても、もうキズメルは出てこないんでしょう? それってつまり、キズメルはわたしたちだけの仲間(・・・・・・・・・・・・・・・)ってことじゃない?」

 

「……かもね」

 

「なら、やっぱりわたしたちが護ってあげないと!」

 

「そうだな。キズメルと同じ騎士を名乗るつもりなんだ。背中を任される位には強くならないとな」

 

「でも、二人とも忘れるなよ。こっちは生きてる人間だけど───」

 

「あっちはNPCだって言うんでしょ? 耳タコよ」

 

 キズメルが巻き込まれていない事に安堵した為か、何処か緊張感の無い会話をしてしまう俺達とは対照的に、前方では森エルフの騎士が黒エルフの騎士の一撃によって瀕死の重症を負い、続くドラゴンナイツの面々も多人数で攻めたもののまるで子供でも相手にしているみたいに軽々と吹き飛ばされてしまう。

 

「警告に従い立ち去っておれば、このようなことにならなかったものを。愚かな人間たちよ……その愚かさの報いを受けるがよい」

 

 残りのHPが半分を切ったリンド達にダークエルフはサーベルを容赦なく振り下ろすが既の所で森エルフが受け止め、ソードスキル同士のぶつかり合いから発生した衝撃波が周囲の大木を震わせる。

 

 それでも最早逆転は不可能と悟ったのだろう。追い詰められた森エルフの騎士は悔しさに顔を歪ませながらも鋭い声で叫んだ。

 

「カレス・オーの聖大樹よ! 我に最後の秘蹟を授けたまえ!」

 

 その叫びと共に森エルフの胸元辺りから放たれた鮮やかな黄緑色の光が周囲を激しく照らし出し、その光に包まれた二人のエルフのHPが一瞬で根こそぎ削り取られる。

 

 自爆攻撃によりどちらのエルフも助からない。まさにキリトが言っていた通りの展開だ。

 

 力無く倒れた森エルフが最後にリンドに秘鍵を託して消滅すると、それでクエストが無事進行したのかハフナーが大袈裟なため息を漏らし、それを皮切りに他のメンバーも緊張が緩み、エリートMobがいかに恐ろしかったかについてワイワイ雑談を始めだした。

 

 そんな一団の中で、一人のプレイヤーに視線が止まる。そいつは痩せた男で、武器はキリトと同じアニール・ブレード。フードを目深に被ったその姿は見るからに怪しい人物なのだが、注視してしまった理由はその男が───

 

「どうやら、無事終わったみたいね。見つかると面倒だし、もう行きましょう」

 

「……あ、ああ。そうだな」

 

 二人には伝えるべきだろうか? ……いや、あの男の事を何も知らないのに変な事を言って不安にさせるのはよそう。この後の攻略会議の場でリンド達と話す機会はあるだろうし、その時にそれとなく聴いてみれば良い話だ。

 

 そう考えて頭を軽く振って思考を切り替えると、先を行くキリトとアスナの後を追いかけた。

 

 

 

 

 

   ─────────────────

 

 

 

 

 

「うわ……すっごい大きな木……!」

 

「木……て言うか、もうビルじゃねぇか、これ!」

 

「中身も完全にビルだぞ。天辺が確か二十階だからな。上がり下がりは面倒だけど、そのぶん最上階からの景色は絶景だぜ」

 

 《ズムフト》には何十メートルにも伸びた超巨大木が三本もそびえ立っており、どうやらその内部をくり抜いて町を作っているらしい。森がテーマの層の主街区なので何となくツリーハウスが沢山ある街を想像していたのだが、そんな予想を軽々と超えてくるSAOの世界観に改めて驚かされてしまった。

 

 三本の大樹に囲まれる様にして作られた転移門広場には多くのプレイヤーでごった返していて、その中には初期装備だったり非武装の者までいる。きっと新しい層の観光や主街区内だけで達成できるクエストを求めて訪れてきたのだろう。

 

 顔を輝かせて忙しなく行き交うプレイヤーを見ていると自分達が進めている攻略がこうして多くの人達に良い影響を与えているのだと思えてきて何だか嬉しくなってくる。

 

 そんな感想を抱きながら人波をかき分ける様にして入った樹の内部は年輪模様がくっきり浮き上がる木の温もり満載の空間となっていて、部屋の真ん中には大きな螺旋階段が天井を貫いてそそり立つ。

 

「ねぇ、早く行きましょう! 一番に着いた人が部屋を決めることにしますからね!」

 

「あっ、きったね!!」

 

 突然競争が始まり、果てしなく伸びた螺旋階段をアスナとキリトが猛スピードで上っていく。

 

 出たよ、敏捷値ハラスメント。フィールドでは俺のペースに合わせてくれるのにこういう時にはトップレベルのスピードを見せつけてきやがる。まあ、きっと勝者となるアスナならば下手な部屋は選ばないだろうし、今回はゆっくりと後を追いかける事としよう。

 

 すぐに二人の姿が見えなくなった為、声を頼りにのそのそと階段を上っていくが階をまたぐ毎にアイテムショップや飲食店、時には何を売っているのかも分からないヘンテコな店まであって結構面白い。現実の世界ならば途中で息が切れそうなものだが、SAOでは無茶な動作をしない限り疲労は感じないので楽しんでいられる。

 

 そうして、最終的にいかにもスイートなお部屋が並ぶ最上階へと到着すると、同時にその内の一室から「なんでここにいるのよ!!」「理不尽!!」という二つの叫び声が響き渡る。どうやら、いつもの痴話喧嘩が始まったらしい。

 

 あーあ、あの二人またやってるよ。アスナが機嫌を直すまで今度はどれくらい時間が掛かるかな? 面倒臭いなぁ、と考えながらドアノブに手を伸ばした所で、ふと妙案を思いつく。いっその事このまま逃げてしまおうか?

 

 幸い扉の向こうからはこれ以上の叫び声(シャウト)は聞こえないから大事になる心配はなさそうだし、丁度お腹も空いてきたので良い機会だ。ほとぼりが冷めるまで何処かで食事でもしていよう。

 

(悪いなキリト。恨むのなら俺を置き去りにした自分の敏捷値を恨むんだな)

 

 心の中でそんな捨て台詞を吐きながら、もと来た道を引き返すのだった。

 

 

 

 

 

    ─────────────────

 

 

 

 

 

「オレたちは、おまえら一般プレイヤーを解放するために戦っているんだ! 優先されて当然だろ!」

 

 最上階から少し降りた階にあるレストランにて注文した料理を幾つか平らげた所で、入り口付近のテーブルから怒鳴り声が聞こえてくる。

 

 見れば青い胴衣を着た金髪で大柄な男──ハフナーとその仲間(エルフクエの時に居たナガと呼ばれていたプレイヤー)が観光中らしきプレイヤーの一団と何やら揉めているらしい。

 

 ハフナーとは知らない仲ではないし、このまま放置して《ドラゴンナイツ》ひいては攻略集団全体の印象を悪くするのは得策ではない。それにもしかしたらエルフクエストの時に居たフードの男についても何か聴けるかもしれない。そう思った俺は食事を中断してハフナーの背後から声を掛ける。

 

「よう、ハフナー! お前らもこれから飯か?」

 

「──ッ!? ……アシュロンか。おまえは一人なのか? ブラッキーたちはどうした?」

 

「あー……その、なんだ……三十六計何とやらだ。そんな訳で今あっちのテーブルを一人で使ってるし、良かったら一緒にどうだ?」

 

 俺の誘いにハフナーは渋い顔をするが、少し考えてから「まあ、いいか」と了承してくれた。

 

 そんなこんなでハフナーとその仲間一名とで食べかけの食事や空になった皿が積まれたテーブル──その光景を見たハフナー達に苦笑いされた──につく。

 

「俺もこの店にはついさっき来たばっかなんだけどよ、オススメにあるオーガラットの香草焼きはかなり美味かったぜ。あとスティッキーマイマイのチーズスープも結構イケる。逆にグロキノコのグロソースソテーは匂いがキツくて───」

 

「ありがとさん。オレたちは無難にこのサンドイッチにするわ」

 

「ええー、そりゃねえよ、ハフさん。せっかく高そうな店に来たんだしもっと面白そうなの頼もうぜ」

 

「あのなあ、ナガ。この前もそう言ってとんでもねぇモン食わされたの忘れたのか?」

 

 新たな味覚の開拓をしているのではと疑う様な料理が出てくるのはSAOでは日常茶飯事であり、俺もせっかくの機会だからとディアベルやキリトの制止を無視してそういうゲテモノをよく口にしているが、結果は大抵お察しだ。

 

 ある程度歳が近いのもあって、ハフナー達はサンドイッチを俺は追加注文していた料理を食べながらまるで学食みたいなノリで世間話が始まる。

 

「そういや、キバオウさん達がギルド結成クエストやってるの見かけたけど、《ドラゴンナイツ》はもうやったのか?」

 

「ああ、ついさっき、やっと終わらせたとこでな。あと、ギルドの名称は《ドラゴンナイツ・ブリゲード(D K B)》に決定した」

 

 ドラゴンナイツだけでも良いと思うのだが、何故ブリゲートの一単語を態々足したのだろうか? まさか《アインクラッド解放隊(A L S)》に対抗して頭文字三つになんてくだらない理由じゃないだろうな?

 

「そういうおまえらは転移門の有効化すら放り出して初日から何やってたんだ?」

 

「ん? ああ、そりゃあ、もちろんこの階層もう一つの目玉のエルフクエだよ」

 

 別に隠す必要もないと思っていたが、俺の一言にハフナーは何故か突然表情を変える。

 

「……なあ、アシュロン。ブラッキーのやつはなんでそんなに急いでエルフクエを進めてんだ?」

 

「え? なんでって、報酬は良いけど時間が掛かるからフロアボス戦に間に合う様にって話だけど」

 

「……それは何としてでもフロアボスに挑む前にエルフクエをクリアしようとしてるって意味か?」

 

 …………一体何を言っているだ?

 

 ハフナーが何故ここまで食い付いてくるのか分からずに困惑した時、ある男の存在が脳裏に閃く。

 

「……もしかして、お前ら今朝一緒にいたフードの男に何か吹き込まれたのか?」

 

「──っ!? な、なんでお前がモルテのこと──」

 

「ナガッ!!」

 

 モルテ……それがあの男の名前なのか。そして、ハフナー達の反応から察するにモルテはギルドにとって秘匿にしておきたい存在……恐らくベータテスターなのだろう。

 

 もちろん、ただのベータテスターであれば特に問題はなかった。こちらにはビーターのキリト様がついているのだ。情報アドバンテージで負ける事はほぼ無いだろうし、そもそも張り合うつもりも無い。

 

 だが、モルテという男に関してはそれだけで話を終わりにしてはならない理由がある。

 

「……ハフナー、そのモルテって奴を信用するのはやめた方が良い。俺達はアイツがキバオウさん達と一緒にギルド結成クエストをやってる所を見たんだ」

 

「はあ!? そんなのわかるわけねーだろ? あいつずっとフード被ってっから誰も顔なんて見たことねぇんだぞ!?」

 

「でも、SAOじゃアバターの体格は変えられねぇし、姿勢だってそう簡単に変わるもんじゃねえ。俺なら、それだけ分かれば顔なんか見なくたって同じ奴だって分かんだよ」

 

 リアルにいた頃から体付きを見ただけで個人を特定する事が出来たが、せいぜい相手がスポーツを嗜んでいるとかどれ程筋トレに励んでいるかとかを知れるだけだったので、まさかこんな風に役に立つ日が来るとは思っても見なかった。

 

 俺の言葉にハフナーは眉間に皺を寄せて深く考え込み、隣に座るナガはそんなハフナーを不安そうにチラチラ見ている。

 

 やがて、ハフナーは大きく息を吐くと渋い顔のまま首を小さく振った。

 

「確かにオレもモルテの野郎はいけ好かねぇけど……もしおまえの言うことが本当だとしてもそれに一体何の意味がある? ベータテスターが二つのギルドに取り入って攻略の手引きをしたとして、それで何か悪いことになるとは思えねぇな」

 

「それは……」

 

 確かにモルテの行動は不可解だが、それによって奴に何の徳があるのかはさっぱり分からない。エルフクエストにありもしない報酬があると嘘を吹き込んだとして、今更互いに意識し合っている二大派閥の競争を激化させても何も変わらないのではないだろうか?

 

 俺が言い淀んだのを見て、これで話は終わったとばかりにハフナーは席を立つ。

 

「……一応このことはリンドさんに伝えとくが、それであいつをどうするかはあの人の判断次第だ。追い出すのならせいせいするし、泳がすのならオレもモルテのことは気にかけておく」

 

 そう言って最後に「じゃあな」と別れを告げるとハフナーはナガと共にテーブルから離れていく。その背中を見つめながら尚も思考を走らせる。

 

 両ギルドに階層攻略にあまり必要のないエルフクエストをさせたとして、モルテの狙いは何だ? 迷宮区にあるアイテムの独占? いや、例えそうだとしても少人数での攻略には限度があるし、そこまでする程の旨みがあるとも思えない。なら、エルフクエストの進行過程に何かあるのか? それならキリトやアルゴに相談して───

 

「いやぁ、サスペンスものみたいですっごいドキドキしちゃいましたよぉ。こんなことならポップコーンとコーラ買っとけばよかったですねぇ」

 

「──ッ!?」

 

 突然、背後から聞こえてきた何処か少年っぽい無邪気さと、芝居っぽいワザとらしさが同居した声。

 

 その声に驚いて振り向けば、背後に居たのはダークグレーの鱗片鎧(スケイルアーマ)を着込み、細かい鎖をフード状に編んだ鎖頭巾(コイフ)から覗く口許に大きな笑みを浮かべる男。

 

「どうもー、自分、モルテってもんです。名前の由来はとってもモテルから、じゃあないんですよねー残念ながら、あはははー」




 アシュロンの特殊能力については後付け設定みたいですが、第一層の攻略会議にてケープを着込んだアスナを一目で女の子と見破ったりと一応伏線らしいものは用意していました(言い訳)。


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