ウマ娘の世界に転生出来たのに人間だった。だけど親ガチャ勝利した。 (庭顔宅)
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熊のように強く、カラスのように自由に

不定期投稿です。気長にお待ちください。


死んだ。

 

どうやって死んだかなんて知らない。というか興味も無い。そんなことはどうでもいい。大切なのは目の前に女神様がいて、ウマ娘の世界に転生させてもらえるってっことで、チートを1つ貰えるってことだ。

 

なので願った。強靱な肉体をください、と。

 

そう願うと、意識がぼんやりと飛んでいき、暗闇へと消えてしまった。

 

 

気がつくと4足歩行で床を歩いていた。首もすわって、単独行動ができる頃合いだ。だが、なぜ、まだおしめを替えられる年齢で意識を覚醒させたのだ女神様よ。許さない。

 

4足歩行生活から2足歩行になったころ。俺は気がついた。

 

ウマ娘じゃないじゃん。

 

俺の頭にはウマ娘の証拠とも言えるウマ耳が、ウマ尻尾が無かったのだ。道理ではいはいしているのに違和感なく進められる訳だ。そもそも性別が男である時点で気がつくべきだった。股が寂しくない、と。さらに尻尾の毛の感触が、耳と尻尾を動かす感触がないことに気がつくべきだった。

 

女神様ユルサナイ……ユルサナイ……

 

萎えた。正直に白状する。萎えた。なんのための強靱な肉体だよ。ふざけるな。2,3歳で前転が出来るようになるためじゃないぞ?

お爺さんがめっちゃ焦っていて面白かった。

 

言い忘れていたが俺には父と母がいないらしい。理由は知らない。だが爺さんと婆さんによって何不自由なく生活出来ている。まだ小学生だけども。

 

そして時間は更に流れて中学生。

 

俺はニートになっていた。正確には学生ではあるのだけど、通学していないのでたいして変わらないだろう。

 

理由?婆さんが死んだ。82歳の長い人生だった。

 

二度目の人生だけども親しい人が亡くなるというのは悲しい物だった。俺は人一倍その傾向が激しいと思う。大切な物が少ないからこそ、より悲しく感じてしまう。この世で名前を憶えているネームドキャラはたった二人、爺さんと婆さん。知り合いはいない。同学年の子供どころか近所の人とも仲良くすることは出来なかった。

 

爺さんは予想通り、優しかった。学校に行けとは言わずに側に居てくれた。いったいどんな仕事をしているのだろう、と疑問に思ったが聞くに、聞けなかった。

 

爺さんは異常だった。中学校には行かないと決めて、話した次の日には引っ越しが始まった。俺は私物が少なかった。そして爺さんも多少の私物と婆さんの形見だけで一日も過ぎずに引っ越しは終わった。

 

引っ越し先は山奥。全て爺さんの私有地らしい。広い土地、自然、原始的で文化的な家。詳細を言うならば建物は全て木造。調理器具と少しの刃物だけが鉄製。後は太陽光発電やら緊急事態用の文明的道具が多かった。

 

そこで俺は爺さんとサバイバル生活に勤しんだ。全てを爺さんから学んだ。本当にいろんな事を知っている。植物系知識が特にやばい。傷によく効く薬草であったり、食べられる草と食べられない茸。川の生物の生態であったり、想像の5倍ぐらい原始的な生活だった。熊とも戦った。爺さん曰く、それぐらい出来ないと生き残れないぞ、らしい。異常だ。

 

気がつけば3年たっていた。

 

 

爺さんはぽっくり逝ってしまった。86歳。最後はベットの上で永眠していた。健やかな笑顔だった。

その後の対応に問題はなかった。もともと爺さんは儂が死んだらこの通りにするのじゃぞ、と手段と方法を教えてくれていた。その通りに進んでいった。

爺さんも婆さんと一緒で葬式は行わず、海の底へと帰っていった。

 

そこで専属の弁護士と知り合った。

 

そこで爺さんの職業を初めて知った。

 

暫定ニートだった。正確に言うならば株トレーダー。それもめっちゃ稼ぐタイプだ。

爺さんは莫大な財産と株を残してくれた。これで俺は生涯、ニートで過ごせるようだ。

 

今さら働く気にもなれず職業ニートのまま、サバイバル生活を過ごしている。

強靱な肉体のおかげで病気にも怪我にもならず、幸せなサバイバル生活を過ごせている。熊と乱闘しても生き残れるようにもなったし、もう困ることは無いだろう。

 

だが恐ろしい事を知ってしまった。ここは東京周辺の県だったのだ。つまり、俺の身体能力であれば半日もたたずにトレセン学園に突撃できる。ウマ娘達を見ることが出来る。これは全男子の夢であろう。見に行きたかった。

 

だが文化的環境が俺を脅かす。数年ぶりの車は怖かった。その横をウマ娘が走っているという事実。魚でさえあれほど速く動かないのに。電車、道路、無駄に多い電柱、俺は生き残れるのだろうか。もう諦めよう。そう何度も思った。だが何度も挑戦した。

 

いろんな事があったがどうしてもウマ娘を見たかった。特にゴールドシップを見たかった。あのハチャメチャっぶりは変わらないのか、気になっていた。

 

そして5年たった。サバイバル生活は変わらず、自分でログハウスも作ってみた。とても楽しかった。爺さんと婆さんの形見を置いている爺さんが作った最初の家。まるで拠点のようにこの森に全体に点在する幾つものログハウス。この私有地は点在できるほどの広い。私有地の端から端へ行くには1日では時間が足りない。3日でも足りない。一週間で余裕が出てくるレベルだ。

 

その広大な森を5年で全てを理解出来るようになった。つい最近は気まぐれで木の上にログハウスを作るようになった。

 

……ウマ娘?……忘れてない、忘れてない……うんうんウマ娘でトレセン学園なゴールドシップだよね?覚えているよ。本当だよ?

 

さて……挑戦しましょう。

 

俺は街へ出る。そして最初の道路。

 

車、突破。精神的負担無し。人…エラー!?エネミー!!撤退!!

 

ウマ娘にも負けぬ速度でログハウスへ走っていく。全速力で故郷とも言える森に帰っていった。

 

俺は気がついてしまったのだ。

 

服が無い。忘れていた。

 

昔の穴が開きまくった服があったが、サイズが合わない。着ることはできない。唯一あるのはボサボサの黒いフード。なぜスーツとか用意してくれなかったんだ爺さんや?

 

ここで問題なのは金がない。クレジットカードもない。あるのはいくつかの銀行の口座。なのでお金を引き下ろすという手間が発生する。俺は死ぬぞ?警察に捕まっても理由を話せば何とかなりそうだが、俺の人生は結構異常でアブノーマルだ。恥ずかしい思いをするに違いない。

 

そうだ。服を作ろう。それで解決だ。俺の手には穴が飽きまくった小さめの服がある。そしてボサボサだけどもしっかり体を隠せる黒いフードがある。下半身さえ隠せたら問題無いだろう上半身はフードに任せる。骨を削って作った針、服を少しほどいて糸にする。

 

イメージは完璧。いざ裁縫。

 

 

………よし出来た。色合いは最悪だが無いよりましだ。下半身は隠せる。この森には残念なことに電話はない。スマートフォンどころか固定電話すらない。テレビもない(あっても見ない)、冷蔵庫もない。三種の神器?何んだそれ?

 

専属弁護士に連絡する手段も、通販を使う機会もない。トレセン学園を盗見して帰りに銀行寄って、服買いましょうか。

 

 

・・・・・・

 

 

トレセン学園。日本最高峰のレベルとされるだけあって設備の充実度は高い。

トレーニング用のレーストラックや体育館はもちろん、スポーツジム、ダンススタジオまで。飛び込み台付きの室内プール、購買部に、図書室に、屋外ライブステージや観客席、よりどりみどりである。中庭にはウマ娘の始祖とされる女神の彫像「三女神像」が噴水として鎮座している。

 

そんなトレセン学園を盗見するのは難しい。ハードルが高すぎるどころかハードルが見えないレベルである。今回俺がトレセン学園を盗見する方法は1つ。木の上からの観察。以上だ。

 

強靱な肉体を生かし、身体能力を生かし、高い木を登る。遠目から見たらカラスがいるなーレベルだ。これだけでは盗見を達成するのは難しいむしろただのバカだ。ここからが俺にしかできない技術。

 

鷹の目…は言い過ぎかも知れない。だがそれほどだ。

 

俺は視力が良い。既に2.0判定だった。マサイ族にも勝てるんじゃね?と思っていたが関係ない。大切なのは女神様から強靱な肉体をいただいたのだ。たぶん視力も強靱。ていうかそれぐら役に立って貰わないと困る。いや泣く。

 

結果から言おう。問題無かった。久しぶりチートに感謝した。前回の感謝は熊との戦闘以来だ。

 

そしてトレセン学園だけではなく、各レース会場でも可能だった。観客席の上から盗見可能である。久しぶりにガッツポーズをした。

 

この結果を得て、俺は狩る、喰う、レース見る、寝るの4連コンボが完成したのだった。ちゃんとゴールドシップはゴールドシップしてました。

 

 

・・・

 

 

ある日、事件が起きた。

 

まず前提として俺には簡単な未来予知能力がある。それは洞察力と視力の良さのおかげだろう。たとえばウマ娘が前に出る、スタミナ問題ないな、といった感じに理解できるのだ。

 

こう説明しているとすごそうだが、そんなものではない。

 

例えば熊ならわかりやすい。動きが大ぶりですぐにわかる。もう、二度と攻撃を受けることはない。

理解しやすいのは魚だ。

湖の中央にいる魚。その魚を捕まえようと向かう。その魚がどの方向に逃げるかはわからない。だが湖の隅にいる魚なら、動きでどの方向へ逃げるのか、ある程度理解できる。

ウマ娘は魚以上にわかりづらいが、出来る時も少なからずある。観点は判断材料がどれほどあり、消去法で消していけるかだ。

 

顔ではもう無理と表現しながら加速していくウマ娘、その速度を保ち続けるか、失速するか、加速するか。実に面白い。そして可愛い。競馬が流行った理由がわかる。

 

さて、本題に戻る。今は「G1 宝塚記念」なんとエイシンフラッシュが逃げているのだ。この世界はエイシンフラッシュがヒロインな世界なのだろうか?

 

エイシンフラッシュは現在先頭、後続とは三馬身差。1600m付近、最終コーナーだ。

 

エイシンフラッシュはコーナー、それも下り坂道でありながら失速せず、むしろ加速して駆け下りている。目は問題だ。目がおかしい。視界の端に見えるゴールだけを見ている。目の前の事も、後続のウマ娘達も見ていないように見える。

 

脳裏にまるで映像のように今後が予測される。

 

最後の直線、2000m。下り坂道が終わり、上り坂道に変わるころ。上り坂道に対応することばかり考えていたのだろうか?下り坂道が終わる前に転倒する。最初に頭を打つ、その勢いは止まらず約40m程転がり続ける。勢いが止まったころには全く動かない。頭、足、腕、指全てが動いていない。頭からは血を流し続けている。止まる気配は全くない。

俺には生きているようには見えなかった。

 

この予知能力は外れた事の方が珍しい。少なくともレース関連で見えた予測で外れた事は未だにない。

 

怖い……どんどん進んでいく。だけど予測は消えることが無い。そしてエイシンフラッシュの走っているフォームが少し崩れた。

 

俺は我慢が出来ないと木から飛び降りるて観客席への雨を防ぐ為の屋根に飛び降りる。さらに屋根から飛び降り、芝生に下りる。すぐさま全速力で走る。

 

俺はゴールの右側にいた。ウマ娘達はこちらに向かって走ってきている。この距離はもしもの場合、エイシンフラッシュを助けられるギリギリの範囲だと予測した。目論見通り、このペースだとエイシンフラッシュを抱えたままレースコースの内側に駆け抜けれる。後続にも邪魔にもならない。

 

あともう少しという所で、スピーカーから不審者がいることを伝え、警備員を呼ぶ放送が響く。一瞬慣れない放送、それも俺に対してと言う事実に怯み、足が止まってしまった。背中に視線を感じる。

 

その瞬間、最悪の予測通りエイシンフラッシュの体勢が崩れた。俺は筋肉を擦り切らす勢いで動かす。熊との戦闘はこのときの為だったのか。

 

だが一瞬の怯みは取り返しのつかない。ギリギリ間に合わない。だから飛び込む。後のことは考えていない。判断は一瞬。チャンスも一瞬。逃す訳にはいかない。なんで他人にここまでやっているかは知らない。だけど、少なくともウマ娘は好きだ。これだけは覚えている。

 

想いが伝わったのだろうか。俺の手はエイシンフラッシュに届いた。

 

だがエイシンフラッシュは既に地面と平行気味だった。

 

体術は爺さんから教わった。最低限の技術も出来なければ熊を殺すことなんぞできんぞ?と鍛えられた。未だに熊を殺したことはないので本当に必要だったのか。それはわからない。だけどターザンごっこには役にたった。

 

右手でエイシンフラッシュの首、人差し指と中指で頭を支え、そのまま俺ごと一回転させる。エイシンフラッシュはその勢いを拒むこと無く一回転する。

 

勢いは少しだけ失速したが、依然として勢いだけで人が殺せるレベルには速い。

 

それを左足だけで勢いを止める。エイシンフラッシュより速く一回転して左足を地面に叩き付ける。初めて木から落ちた時の痛みが左足に集中する。未だに勢いが止まらないエイシンフラッシュの足が、まるで鞭のように左腕を直撃した。

 

だが気にならない。むしろ痛みによってアドレナリンが流れだし、思考を加速させる。

 

急いで右足で地面を更に蹴り、すぐさまエイシンフラッシュの回転する勢いを左脚で緩やかにする。右手はまだ首と頭の掴み、大切なものを胸に抱えるように前かがみになりながらレースコートの内側に背中から跳びこむ。

 

俺が地面に激突するのと同時にエイシンフラッシュの勢いが止まるのを感じた。右手でエイシンフラッシュの右手を掴む。そこで勢いが完全に止まった。

 

左足でエイシンフラッシュの脚を支え、右足は背中を支える。右手は右手を掴む。右肩が彼女の頭を支えている。左腕は肘から先の感覚がない。これは折れている。青紫に変色している。もうダメかもしれない。

 

彼女の右手も勢いと強く握りすぎて赤くなっていた。今気が付いた左足が痛い。熊の一撃がダイレクトに当たったんじゃないかと思うほどの痛みと危機感が俺を襲う。だが問題ない。少しだけ顔を歪むだけで済んでいた。

痛みには慣れていた。その程度でウメウメ泣いてたらサバイバル生活はできないぞ。

 

たぶんアキレス腱やっちゃってるんじゃないかな?あぁ……後悔先に立たずってことか。でも、まぁ……

 

右肩を枕にして意識が飛んでいるエイシンフラッシュの寝顔が見える。

 

良いことした……のかな?

 

今世で初めて誰かの為に、何かをした気がする。爺さんにも婆さんにも出来なかったことを誰かにすることができた。とても良い気分だった。痛みを忘れてしまうほど和んでいた。

 

「……んっ…ここは、?」

 

エイシンフラッシュが目覚めた。目がボーっとしておりまるで寝起きのようだ。

いや状況を理解し始めたというべきか。だがそんなことよりも大切なものはある。

 

「痛みはあるか?」

 

痛み、すなわちケガの確認だ。俺の中では完璧に守り切ったと思っているがあくまで予測だ。実際に確認する必要がある。

 

「…ない…です。」

 

依然として目はボーっとしている。状況を図っているようだ。

 

「今から動かしていくから痛かったら言って。」

 

そう言って、右腕、右脚、左脚の順番で軽く上下に動かしていった。

 

「どうだ?」

 

「大丈夫です。」

 

「それなら自分で左腕を動かして……次は頭。」

 

「痛くないです。」

 

「そうよかった。」

 

どうやら俺は彼女を守り切ったようだ。

 

「…レースは!?」

 

突如、思い出したように声を上げた。目を見開き、自分の意志で体を起した。

 

「終わってるよ。君は負けた。」

 

そう言うとエイシンフラッシュは一気に顔を順位結果が表示されている電子機器へ向ける。どんな顔をしているかはわからないが、もうちょっと確認しておく必要がある。

 

「君、今どんな状況かちゃんとわかってる?言ってみて。」

 

「状況…ですか?確か転んで…レース会場?」

 

気が抜けたように体をまた俺に預け、背もたれにしてくる。首を少しだけ傾けてえっと…えっと…目をぐるぐる回しながら思い出しているようだ。

 

「記憶に問題はないな。」

 

身体的にも精神的にも問題なさそうだ。

 

「えっと、助けてくれたんですか?」

 

目がはっきりと冴え、戸惑いながら聞いてくる。その質問に素直に答える。

 

「そうだな。」

 

「貴方は誰ですか?」

 

「不審者。」

 

「え?」

 

ポカンと目をまん丸にする。

 

「ほら、証拠に警備員の人があそこに固まってる。」

 

そう言って目線だけ観客席に向ける。彼女も戸惑いながら同じように目線を向ける。そして驚愕の声を上げる。

 

「え?」

 

観客はざわざわと騒がしいかった。実況者は順位発表を終えエイシンフラッシュの方を心配しながら見守っていた。警備員は言葉を失っている、そう表現するのが正しい。ただ立ち止まってこちらを見ている。出場したウマ娘達はこちらを警戒しながら立ち止まっていた。

 

動きがないからどうしたらいいかわからない、といった感じか。

 

「逃げないんですか?」

 

「…なんだって?」

 

こんどは俺が戸惑う番だった。

 

「えっと…不審者なんでしょう?逃げなくていいんですか?」

 

逃げる…それでもいいかもしれないが一生追われ続けるってのは気分が良くないな。サバイバル生活してるから時効まで逃げ切れそうだけど。だが選択肢はもともとない。

 

「生憎と逃げれないものでね。」

 

「なんでですか?」

 

「足を怪我した。」

 

「大丈夫なんですか?」

 

「いや、動けないレベルにはやばいね。」

 

痛みが大丈夫なだけで結構大問題だ。左脚が動かせない。足が微かに動くだけでも痛い。アキレス腱やってる。間違いない。経験ないけど間違いない。この状況で動かすなんて夢のまた夢。右足と右腕だけで逃げ切れるほどトレセンは甘くない。それに今動いたら、警備員の人たちも動き出すだろう。せめて役得をもうちょっと堪能させてほしいものだ。

 

エイシンフラッシュは熟考していた。そして跳ね上がるように立ち上がる。

 

「貴方は私を助けてくれました。今度は私が助ける番です。」

 

真剣な眼差しだった。本気で不審者を助けようとしている。そうとしか思えなかった。だが何を言っているのかいまいち意味がわからない。

 

「私が貴方を逃がします。」

 

そういいながら俺をお姫様抱っこをする。

 

「ちょっ!マッ!?」

 

声をあげた時には遅かった。エイシンフラッシュが走り出す。観客席の下にある道を通り、このレース会場の外へ走って行く。警備員は動かなかった。他は知らない。それぐらいしか見えなかった。とにかく足が、腕がいたい。

 

走る振動が直に伝わってくる。反射的に腕を胸に押さえ込む、だが足はどうすることも出来なかった流れのままに揺れていた。いままで感じたことのない痛みが俺を襲う。俺には必死に歯を食いしばることしか出来なかった。

 

 

・・・

 

「ここまで来れば大丈夫ですかね?…あの…不審者さん?」

 

「ぉお…おう……」

 

じっくり息を吐いて、吸う。そして返事をしながら辺りを見渡す。

 

街道だった。左には2車線の道路、右は住宅地。人が少しずつ集まっている視線を感じる。全然隠れてられていない。それにエイシンフラッシュは勝負服のままだった。民族衣装のようだ。赤と黒の縦縞に黒袖に胸が大きく開いている衣装。エッチだ。ビールが似合う女性だと思います。

 

「ありがとう…逃がしてくれて。それでは下ろしてくれ。」

 

「あ、はい。」

 

エイシンフラッシュがゆっくりとしゃがんだ。後は俺一人で下りられるという高さだった。左足を地面に下ろす。そして勢いよく立ち上がる。片足立ちをするためだ。だが右足は限界だった。僅かな揺れで激痛がくる。まるで狂いそうなほどだ。姿勢を維持出来ずに倒れ込んでしまった。

 

「大丈夫ですか!?」

 

「だ、大丈夫だ。ありがとう。後は一人で大丈夫だ。」

 

「そんな状態で何が大丈夫なんですか!」

 

「時間があれば大丈夫だ。」

 

俺は体勢を変え足を曲げて寝転ぶ。視線をとっても感じるが問題。というか最悪4足歩行だろうが片足片腕だけでも森に帰る。痛み?所詮感覚。たとえ二度と体の左側が使えなくなっても逃げてやる。

 

「私が連れて行きます。」

 

有無を言わさず、またお姫様抱っこされる。抵抗のての字すら出て来ない。

 

「君は帰るべきだ。」

 

「連れて行きます。」

 

エイシンフラッシュはムスっと顔をしかめる。頑固だ。何を言っても聞かない気がする。もう連れて行ってもらった方が早い気がする。このまま彼女のファンからの熱い視線を受けるのはごめんだ。

 

「真っ直ぐ、○○県まで行けるのか?帰った方がいいぞ。タクシー呼ぶし。」

 

「わかりました。電話はどこにありますか。」

 

「……ない。」

 

いまだに携帯電話は持っていない。契約が面倒くさすぎる。それに必要性を感じないからな。電話をかける相手は専属弁護士さんしかいない。

 

「…財布は?」

 

「ない。」

 

エイシンフラッシュの視線を感じる。だが俺は目どころか顔をそらす。直視できない。

 

盗見に必要なのは身軽さだ。余計な荷物、てか衣服以外は邪魔でしかない。もしも落としてしまったら大惨事になるから持ってないんだ。そもそも毎回持っていくの面倒くさいのだ。

 

「私が連れて行きます。○○県ですね。」

 

「そうだがすッ!!」

 

エイシンフラッシュは最後まで聞いてくれずに走り出す。またもや痛みが俺を襲う。そしてまた腕を押さえて歯を食いしばる。さらにこれは盗見の罪だと言い聞かせて我慢する。次こそは捕まらない…ぜったいに。

 

 

二人が○○県に入って少し森に突入したころにやっとエイシンフラッシュの速度が遅くなった。痛みも表に出さずにいれるレベルだ。

 

「もう大丈夫だ。」

 

「ここまで来たら最後までッッと、最後まで連れて行きます。」

 

エイシンフラッシュは転び掛けた。それは木の根っこに足をかけてしまったからだ。時間は夜。少しの月明かりを頼りに少しだけ整備された山道を進んでいた。

 

「仲間が心配しているぞ。」

 

「いまさら遅いです。ここまでくれば一日も二日も変わりません。」

 

うっそだろ。お前本当にエイシンフラッシュさんですか?

 

まぁ、確かに今さらその酷使した足でトレセンに帰るのは辛いだろう。タクシーに呼ぶにも電話がない。それにここまで来れば俺のログハウスの方が近い。一晩だけここで休んでもらって帰って貰うのが一番だろう。

 

「わかった。だが夜が明けたら帰れよ。」

 

「わかりました。」

 

そこから会話は無かった。次の言葉は森の暗闇が深くなり、その闇の途切れが見え始めた頃だった。エイシンフラッシュはやっと夜道になれた、というより森になれたという所だろう。

 

「わぁ……」

 

言葉を失うとはこのことだろうなと俺は思った。もちろん良い意味で、だ。

森が途切れてログハウスが現れた。丸太で作られたログハウス。月も綺麗に光っておりログハウスが輝いているように見えた。

 

「すまないが早く中に入りたいんだ。下ろすか、歩くかしてくれ。」

 

「あっはい。すみません。」

 

二人はログハウスに入っていった。扉をギシギシと動かす。開きにくいのは俺をお姫様抱っこしているだけが理由ではない。このログハウスは全てが木で作られているからだ。

 

ログハウスの中は椅子と机と棚とベッドだけだ。ベッドの布団だけは買った。ふわふわで上等な奴だ。湿気にも強い。

 

「もう大丈夫だ。下ろしてくれ。」

 

「わかりました。」

 

下ろされて片足で立つ。そこに痛みが伴うがあと少しだ。我慢できないレベルでは無い。また1つ痛みに強くなった。

 

「悪いが椅子は使わせてもらう。ベッドに腰掛けておいてくれ。」

 

「はい。」

 

エイシンフラッシュは大人しく腰を掛ける。はぁーとたっぷりと息を吐き、疲れた様子だ。それもそのはず4時間ぐらいは走ったはずだ。逆によくそこまで耐えた。

 

俺は棚からすごい草とやばい草とばちくそすごいドロドロした透明な草と木の板と糸と骨を削って作った小刃、ワセリンとガーゼとテープを取る。器用に右腕で全て持ちながらけんけんと片足で椅子に座る。エイシンフラッシュが何をしているの?と視線を感じるがだいぶ睡魔がヤバくなっているから急いで治療を行う。今気絶したら終わる。

 

 

…おっと、その前にばい菌と汚れを落とさなければ。

 

彼は椅子に座ってからボーッと数秒間考える様子を見せるっとハッとしたように立ち上がる。そしてベットの方へ向かいしゃがみこむ。ベットの下の空間から2Lペットボトルの水と木製の桶とビスケットを取り出す。

 

ビスケットは保存食。水は緊急用。雨が降ると川が泥水になるからなぁ。雨水で足らない時用に買っておいた。全然使う気配すらないけど。いや今使ってるから価値はあったね。桶はDIYのおまけだ。良い練習台であった。

 

「食べたかったら食べて。」

 

そういってビスケットはベッドのそばに置いておく。水と桶だけを持って再び椅子へ向かう。

 

そして左腕を机の上にのせる。強い一撃を受けただけでそれ以外に外傷はなかった。手首を持って少し、ぶらぶらと揺らす。直線のはずの腕が折れ曲がっている。間違いない、折れてます。骨折れてます。なので行うのはひいおじいさん直伝。対骨折治療法。

 

まずはさくっと水で左腕と左足の傷口を洗う。この桶本来の使用用途は雨水を貯めるようだったが、使えるものは使えるときに使っておくのが爺さんの教え。貯めて死ぬよか後先考えずに今使え。

 

やばい草を口にいれ、噛む。慣れた苦みが俺を襲う。このやばい草は痛み止めに効く。おまけとして気が紛れる。やばいくせに優秀な草だ。致死量を守れば死なないから大丈夫。もうひいおじいさんが試した。

 

次はワセリンをガーゼに塗りたくる。全て使う勢いで塗らないと死ぬぞ。傷口に引っ付いて死ぬ。その次はすでに黒に近い色になった皮膚を小刃で縦に斬る。皮を斬るのではなく肉ごと、ぎりぎり骨を切るかどうかのレベルまで斬る。そしてすぐさまばちくそすごいドロドロした透明な草を塗り込む。もはや草ではないが関係ない。出血死にならないように糸で皮膚を縫い合わす。そしてワセリンを塗りたくったガーゼをテープではる。後ろで悲鳴が上がっているが無視だ無視。手の甲の向きを気を付けて木の板と縄で腕を固定させる。

 

ちなみに腕と首を△のように固定はしない。そんなことをしたら自然に殺されるからだ。腕が使えなくても指は使える。作戦 命大事に、手足は道具。これひいおじいさんの遺言。そしてひいおじいさん直伝骨折治療法。これで治る。これはひいおじいさんと爺さんと俺によって証明されている。

 

だが問題は足だ。

 

足を今座っている椅子の上に持ってくる。

 

俺はいまその足を抱えるように座っている。本当にアキレス腱を切っているかわからないが治療法は変わらない。すごい草を塗り込んでガーゼはって、木の板で足が動かないように固定する。これ以上はどうしようもない。

強靭な肉体を信じろ。この体は何度も傷つき何度も治ってきた。今回だって治るさ。多分。

 

ワセリンとガーゼとテープと水と桶を持ってエイシンフラッシュの前の床に座り込む。もちろん右足で跳びながら移動する。

 

エイシンフラッシュはベッドに座り込んでいた。目を塞いで、見てられないと顔を下に逸らしていた。そこに声をかける。

 

「君、足見せて。」

 

エイシンフラッシュは最低でも4時間は人一人を抱えて走っていた。別に転んだ訳でもないので擦り傷や土埃がついている訳ではない。だが血の匂いがプンプンしていた。そんなの理由は一つしか考えられない。

靴擦れ。

 

そうじゃないなら、ないで問題だ。いったいどこを出血しているのか。知る必要はないかもしれないが、治療する必要はある。まぁ傷口洗ってワセリン塗ったら傷は綺麗に治る。

 

エイシンフラッシュは塞いでいた手の指を開きこちらを除いてくる。震えた声で

 

「な、なにをしていたんですか?」

 

と聞いてきた。

 

「治療をしてた。さぁ君も足見せて。多分、怪我してるでしょ。痛くないの?」

 

「………」

 

「もしかして靴脱げないの?」

 

「いえ!…ありがとうございます。」

 

エイシンフラッシュの声が元の声音に戻った気がした。少し痛そうに顔を歪めさせ、靴を脱ぎ、靴下を脱ぐ。

 

予測どおり踵の皮膚が剥がれ、赤く染まっていた。水ぶくれは無いようで良かった。

 

「まず水で洗う。痛いよ。」

 

「はい。」

 

桶を彼女の足の下へもっていく。そしてエイシンフラッシュに足を上に固定してもらう。速やかに水を流し、傷口の汚れを洗い流す。

 

「んっ…」

 

……治療行為。中途半端な痛みななせいで色っぽく声を我慢するような声だ。なんか変な気分になってくる。これもエイシンフラッシュの衣装のせいだ。エイシンフラッシュの衣装がエチエチオピアなせいだ。大丈夫だ。俺の体の血流の流れを読み取れ。細胞レベルで血管を読み取れ。肌の中から青色と赤色の血管がいつも見えていたはずだ。エイシンフラッシュの脚は色白く、美しい色だ。何考えてんだ俺…なんでエイシンフラッシュの名前が出て来た……欲求不満か?…よし、治療終わり。

 

傷口を洗って、ガーゼで傷口を塞いだ。よし。定期的にガーゼは変えないといけないがそれは病院に任せよう。

 

終わった……眠い。治療は終わらせた。これ以上の治療は行えない。眠い。片足で椅子に戻る。

腕と脚の痛みが戻ってきている気がする。やばい草を噛み飲む。それでも脚の痛みが酷くなっている気がする。酷くなる前に眠ってしまおう……寝れたら良いなぁ…

 

体の体重を椅子に全て乗せる。体全身の力が抜けていく気がする。彼女の声が聞こえて、体揺れる気がする。この椅子って揺り椅子だったけ…?…いや彼女の声が遠のいていく、うん…眠れる……

 

左腕が重力に従って太股の上から落ちていく。その顔は爺さんと同じように安らかな笑顔で眠っていっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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俺と薬は表裏一体

「…ッっ。いったぁ……」

 

彼は腕と踵の痛みで目が覚めた。開けっぱなしされた扉から月明かりが見える。どうやらまだ深夜のようだ。若干肌寒い。だが扉を閉めると真っ暗だ。窓の1つなく、防風防水のため敷き詰められた木材に隙間はない。電気?はぁ?文明人が。太陽光じゃ電球まで回す電力はない!この場所に風力、地熱、水力は出来ねぇんだよ!!

 

お湯に回すのに精一杯。温かいお湯は最高です……温泉作りたい。うし…本拠点として温泉付き、明かり付きの大っきいやつ作るか。

 

そう思いつつヤバい草を噛む。やめなきゃなーって思いながらムシャムシャ噛む。そして飲み込む。

馬鹿と天才は紙一重のように薬物と医療薬も紙一重なのだ。でもやめられない。痛いんだもん。

 

さて完全に目が覚めてしまった。感覚的にわかる。眠れない。そもそも俺はショートスリーパーだ、長時間寝ることが出来ない。いつの間にかケロッと目が覚める。それにヤバい草も食べた。

 

彼は椅子から立ち上がる。若干筋肉痛で全身が痛いが、いつものこと。動かせないほどではない。どっかで筋肉痛は軽いストレッチをすると早く治ると聞いたことがある。つまりそういうことだ。

 

だが関係なしに腰いてぇ……ベッドになれすぎた。これからは定期的に木の上とか、野外で寝ないと、ハンモック欲しいとか言っている場合ではない。体が鈍ってる。

 

彼は何をしようかと辺りを見渡す。すると見つけてしまった。桶だ。

傷口を洗った水が入った桶。ちょっと臭い。匂いが桶にこべりつく前に洗わないとね。

 

桶を持ち上げッぶね!

 

忘れていた。桶には水が入っていて、片足しか使えないということをだ。片腕で持ち上げることしか考えていなかった。この傷が治ったら片腕腕立て伏せとか片足スクワットも追加で特訓するぞ。

 

再び桶を持ち上げる。

 

今度は問題無かった。おまけと思いつき血で汚れた彼女の靴下と自分用のガーゼの替えにワセリンを包んでを左手で掴む。

 

けんけんと唐傘お化けのように飛び跳ねながら川へ向かう。彼の目は普段の生活から夜の森道になれていて、転びかけることなく目的の場所にたどり着く。

 

荷物を地面に落とし、桶を勢いよく川に投げつける。流されて何処かへ行ってしまう前に捕まえて、手でゴシゴシと洗う。

 

綺麗さっぱり。血のにおいすら残さない。

 

綺麗になったことを再び確認してから川の水を汲み、地面の石の上に置く。靴下を樽の中に入れ、手洗いする。モミモミしてゴシゴシと念入りに手だけを使って洗う。水を汲み直し、水の色がピンクにならなくなるまでやる。

 

手洗いは最強。生地が無駄に傷つくこともなく綺麗になる。完璧である。

……………さて、終わった。

 

綺麗な桶と靴下を持って川を渡り、すぐ側にある大ログハウスへ向かう。

 

実はここは大ログハウスの側の川だったのだ。何もない川よりログハウスが側にある川の方が色々といいからね。ガーゼとワセリンを持ってきた理由?貧乏根性だ。新品を使うより、残り少ない方を使いたいじゃん?密封状態だと保存できる日数が増えるからね。無駄に新しいのを買わなくて済む。

 

大ログハウスと呼ぶのは川の側だけではない。畑があるからだ。畑付きのログハウスは3つしかない。ちなみにその内の2つは休ませ中だ。

 

話は戻って大ログハウス。桶を地面に置いて、その上に靴下を置く。置く位置を調整したので風に吹き飛ばされる心配はない。

 

そして俺は桶の代わりの桶を取りに行く。持ってきた桶は乾かすために放置して、この大ログハウスに置いてある桶を持っていくのだ。

 

桶を取ろうとログハウスに入るための扉へ移動すると畑が見えた。決して大きくは無いく老後の家庭菜園(ガチ)レベルだ。ちょうど野菜達が熟成しているのが見える。朝食として持っていこうか。あそこにはビスケット以外まともな食料がないからね。

 

扉を開け、ベッドのしたから桶を取り出す。埃1つない。さすが最新の桶だ。一番綺麗に作れてる。

 

その桶を持って畑へ移動する。ウマ娘ということもあるのでまずはにんじんを40本ほど…そしてトマトを8個だけ桶の中に入れる。

 

これで畑の3割が消えた。

ちなみに畑の作物はトマト、じゃがいも、ピーマン、にんじん、ナス、枝豆、サツマイモの7種類。これは理想的なセットだ。トマトはへたが簡単に取れる。そのまま食べれる。最高。じゃがいもは調理が面倒。だがうまい。許す。最高。ピーマンは種がウザい。それ以外は及第点。普通。ナスは普通。微妙。枝豆は最高。塩があう。最高。サツマイモはじゃがいもとは格が違う。そのままでも食べれる。ジャガイモの方がうまい。最高。

 

といった感じで良いのだ。人生の健康の秘訣はいろんな種類の野菜を食べることだ。7種類しかないじゃないかって?充分な量を食べてるから良いんだよ。主食が草やぞ?最近はマシになったけど。肉は魚肉しか食べられないんだぞ!今世で牛肉を食べた記憶無いぞ!まじで。

 

直接買って食べるのは負けだと思っている。ちゃんと一から作るか、狩れ。そしたら完全勝利だから。

 

野菜の入った桶を持って、川を渡る前ににんじんを洗う。土と汚れを落とす。そうしてから川を渡る。

 

最初に荷物を置いた場所へ行き、まずは縄を解いて、固定用の木板と踵のガーゼをとり、新しいのに付け替える。もちろんワセリンたっぷり。ワセリンのおかげで痛みが少ない。傷口にガーゼが引っ付かない。最高。俺のことを狂人だというやつは一度、皮膚を引き剥がし、消毒して、ガーゼを装備すると良い。狂うぞ。

 

さて、ゴミとなったガーゼ類はポケットの中にいれる…いまさらだが俺はスポーツウェアを着ている。てかスポーツウェアしか持っていない。ジャージはダメだ。一週間と保たん。その点スポーツウェアは一ヶ月だろうが半年も保つ。動きやすい、放熱性がすばらしい。いつの間にかほぼ半裸がデフォルトだったがスポーツウェアがいつもの服装になった。

 

ゴミはしっかり焼却。しっかり処理。すなわち環境平和。

最近は文明人になりすぎてゴミが結構出て来ている。だが辞められない文明人。わざわざ街へゴミを捨てに行く手間さえ考えなければ問題無いからいいけど。夜の内にコソッと行くのがおすすめ。巡回警察には気をつけろ。職務質問されたら死ねる。

そういえばゴミのおかげで曜日感覚が身につきました。

 

次は腕。縄を解き………。さて治療は終わった。いまだに腕が動く気配がないが、たった一日で治るわけがない。

 

彼はそう思いつつ、荷物を持つ。そして桶を持って元のログハウスに戻る。

 

ひっそりと、音を極力立てないようにして部屋に入る。出て行く前と変わった点はなかった。エイシンフラッシュは変わらず寝ていて、月明かりも変わらないままだ。

 

時間が過ぎるのは遅い。

 

机の上に桶を置き、再びログハウスの外へ行く。

 

再び言うが体が鈍っている。そしてウズウズというかヅキヅキというか…なんというか動きたい欲求が出て来ている。俺は先住民族か。まぁせっかく動きたいのだ。魚取りに行くか。狩りだ。

 

芝刈り機の如く魚を狩るぞ。

 

前傾姿勢で移動する。気分はさながら忍者。ログハウスの裏にある木製の槍を3本、流れるように掴みながら移動する。

 

さすがに湖は無理だ。今は泳げない。なのですこし大きめ川に行く。距離はログハウス3つ分。リハビリには丁度良い。さぁゲームを始めよう。小魚は許したる。卵持ちも許す。狙いはプクプクと太った奴だ。

 

今晩は焼き魚だ!!…朝食か?まぁいいや。

 

 

結果。槍3本全て壊れ、収穫無し。さすが木製、耐久性がない…また作らないとなーー…。地味に面倒くさいんだよなぁ。それっぽい理由付けてやらないとやる気が起きない。

もう…100本ぐらい予備が欲しいものだ。いや100本じゃ一年も保たない。万あれば安心だなぁー

 

壊れた槍はたき火用の薪として再利用する。薪の在庫は充分以上にあるんだけどなぁ……はぁ魚……食べたいなぁ。食べたいときに食べられない。これが自然の厳しさ。

おまけにしばらくは魚取れそうにない。さっさと傷よ治れ~~治れ~~

 

意気消沈しながら帰っているうちに月は沈み、ちょうど朝日が出始めていた。今日の朝日も綺麗た。遮るものが森しかない。眩しい。

 

はぁ………朝日が眩しい……

 

髪どころか彼の目からも水が流れていた。

 

・・・

 

帰っている間に服は乾いていた。彼はログハウスに入り、椅子に倒れるように座り込む。

 

なんとなく眠い。だがこれから朝がくるんだよな。俺一人ならいつでも寝れるぜ生態系トップクラス。なのだが今日はエイシンフラッシュがいるから眠れない……眠れない?いや眠ればいいか。約束では一晩だけ泊まり、帰るって約束だ。つまり用があれば起こしてくれる、用が無いなら勝手に帰ってくれるはず……靴下!

 

ガバっと立ち上がり、走る。大ログハウスに残した靴下を求めて走り出し、例の物を掴み取る。そして帰る。ちょこっと顔を出してログハウス内を覗くと変化は無い。よし、ミッションコンプリートです。

 

今度こそ気絶するように椅子に座り込む。

 

はぁ……疲れた。バナナ食べたい。特に深い理由は無いがバナナが食べたい。ブドウでも良い。リンゴも良い。なんか少し甘くて食い応えがあってみずみずしい何かが食べたい…

 

彼に物事考えれるだけの理性は残されていなかった。本能の妄想をしている間に眠ってしまっているのだった。

 

・・・

 

「………腹減った。」

 

空腹を感じ、目が覚めた。扉から日光が見える。ハッと思い、ベッドへ視線を向けると彼女はまだ眠っていた。ちょっとだけ安心しながらトマトをつまむ。ムッシャムッシャと1個、2個、次ににんじんを3個8個と気がつけばトマト6個とにんじん14本を食べていた。

 

やっべ食べ過ぎた。あとはトマトが2つとにんじんが26本しかない……別に食べ過ぎではないな。これだけで3日は生きれる。

 

まるで癖のように傷口を確認する。ガーゼにはあまり血が付いておらず、じっとしていたら痛みも我慢できないほどではないことに気がついた。少しでも腕と脚を動かすとめっちゃ痛い。流れるようにヤバい草を噛む。

そしてヤバい草を棚から自分のポケットの中に入れ、ゴミを棚の側に置いておく。

 

このヤバい草の致死量圏内は一日葉っぱ5枚、の4日である。現在葉っぱ3枚の半日。一日の分解量と4日以内に傷が治れば問題無い。だがそれ以上は地獄だねぇ……まぁ痛かったら一日8枚でも食べる。強靭な肉体を信じて容赦無く食べる。安心してくれ中毒性はない。

 

なぜこんなにヤバい草は沢山あるんだって?知らん。最初に見つけたひい爺ちゃんに言え。そしていつの間にか共同作業で栽培してた爺ちゃんにも言っておいてくれ。俺の代わりにありがとうって。

 

「おはようございます。不審者さん。」

 

「おはよう。」

 

エイシンフラッシュが目を覚ましたようだ。あと俺の名称は不審者さんらしい。まぁそれでもいいけど。

 

「食べる?」

 

にんじんを1つ桶から取り出し彼女へ手渡す。

 

「いただきます。」

 

彼女はそれを受け取り一口、食べる。

エイシンフラッシュはベッドを椅子の変わりにして座っていた。腕を伸ばさなくても届くくらいにはこのログハウスは狭い。例えるなら個人運営の山小屋だ。たかがログハウスごときに一時期のしのぎ以外の効果を求めないでくれ。

 

「あ、おいしい。」

 

エイシンフラッシュはそうつぶやきボリボリと食べていく。食べ終わったのを確認して新たににんじんを渡す。

 

「食べる?」

 

「はい。」

 

またにんじんを受け取りボリボリと食べる。若干目が輝いている気がした。まるでハムスターだ。その様子を俺は大層気に入り、1個2個と次々とにんじんを手渡す。そして4個7個14個とあっという間に26個、全部が消えていった。俺はそのことには気がつかずあほみたいに、トマトしかない桶の中に手を伸ばしにんじんを探していた。

 

トマトしか感触が無いことに疑問を抱き桶の中を覗くとその事実に気がついた。

 

残念がりながら視線を桶からエイシンフラッシュへ向けると手をこちらに上す彼女がいた。

 

「にんじんはもうなくなりました。」

 

真実を告げる。すると彼女は悲しそうな顔をした。そして・・・と考えるような様子を見せ、顔がほんのりピンク色になった。

 

「あの……全部たべちゃいましたか?」

 

「あとはトマトだけだね。」

 

「…すみません。」

 

「いや、いいよ。そんなことよりまだお腹すいてる?」

 

「っだ、大丈夫です。」

 

これ以上何か言うのは愚の骨頂というやつだろう。トマトを2つ、ムッシャムッシャ食べてしまう。

ログハウス内にはそのムッシャムッシャという音だけが響いていた。トマトを食べ終わってしまうと静粛としてしまっていた。

 

気まずい感じがしなくも無いがどうせ今日までの関係だ。彼女はトレセンに戻り、俺はまた盗見する。トレセンの方々にはしっかり精神管理?メンタルケア?メンタルチェック?メンタルコントロール?メンタルマネジメント?

まぁそれっぽいなんかをしっかりとして貰って二度とこんなことが起きないようにしてほしいものだ。俺のメンタルが保たない。

 

「踵。どんな感じ?」

 

「踵ですか?えっと……痛くは無いです。」

 

エイシンフラッシュが足を曲げて踵を見る。自信なさげにそう言葉をはいた。

俺を彼女の踵を覗くとガーゼは赤くなっていた。夏ではないから蒸れていないはずだが、清潔なガーゼに変えておいた方が良さそうだ。

 

「一応新しいガーゼに変えておこうか。自分で出来る?」

 

机に置いておいたガーゼ一式を手に持ち、差し向ける。

 

「はい。ありがとうございます。」

 

ガーゼ一式を受け取り今付けているガーゼを取り外す。テープをペリペリと剥がす。

 

「痛くない…?」

 

小声でそう呟いた。狭いログハウスだ。ここに言葉的プライバーは無い。

 

彼女の踵の傷は既に治りきっていて、傷は見当たらない。正直ガーゼは大きすだと思った。だが絆創膏はないから仕方なのだ。絆創膏は守備範囲が狭すぎる。だが便利なところが多いんだよなぁ…ポケットに常備してきゃよくね?

 

いや誰が使うねん。自然治癒能力をサボるといざという時大変そうだから…いや強靭な肉体ならそれぐらい……

 

そんなことを考えている間にエイシンフラッシュはガーゼを替えたようだ。

 

「すみません、これワセリンってなんですか?」

 

ほう…この私にワセリンを聞くか?ならばよろしい

 

「軟膏剤だね。まぁ乾燥を防いで早く、そして綺麗に傷を治す効果があるね。」

 

「へぇーそうなんですか。」

 

彼女は物珍しそうにワセリンの容器を見回す。

 

そしてワセリンは、石油から得た炭化水素類の脱色して精製したものだ。白色が一番メジャー、だが黄色が一番純度が高く高価だ。白色は二番目。医療用としても使われるなかなか良いものを我らは全てのログハウスに常備しているのです。

乾燥を防ぐと言ったが皮膚表面にパラフィンという膜を張り、角質層の水分蒸発を防ぐことで、必然的に皮膚の乾燥を防ぐ効果があるのだ。加えて、外的刺激から皮膚を保護する働きもある。なので軟膏剤から化粧クリームのような化粧品まで使われることがある。潤滑剤や皮膚の保湿保護剤まであるぞ。

湿潤療法のために、使われることもあるらしい。乾燥をきっかけとする皮膚病や、上からかぶせもの(ガーゼ)をする前提で切り傷そのものからの出血を一時的に止めるためにも多用されている。〈ここが一番天才〉

原材料が石油なので可燃の可能性がある。充分に気をつけて。衣服などにワセリンが付いたら容赦無く洗濯しよう。掃除にもなる。一石二鳥だ!

豆知識としてボクシングの試合で防護と傷保護の目的で塗布されることがあるらしい。

 

微かな良心と理性が詳細説明を我慢させた。まぁ心に出た時点で我慢と言えるかわからないが。

もし何を言っているのかわからないという人がいれば、はたらく細胞全話見なさい。漫画も見なさい。少なくとも勉強にはなる。あれは義務教育として中等部の教材として漫画を読ませるべき。

 

「それではさようならだ。」

 

「ん…?」

 

彼女が首をかしげる。

どやら一晩寝たら記憶がとんだようだ。それとも朝に弱いのか…普通にかわいい。

 

「一晩だけ泊める約束だ。みんなが心配しているぞ。早く帰ったほうがいい。」

 

「ぁーー……」

 

そこで思い足したように口を半開きに開け小さな声を上げた。そして・・・と考え込んでいた。すると突如としてベッドから立ち上がり、姿勢を正す。そして

 

「ありがとうございました。」

 

きっちり90度腰を曲げて感謝の意を唱えた。

 

「どういたしまして。」

 

こちらもつい腰を90度曲げた。椅子に座ったままだったが何故か頭を下げていた。理由は知らない。気がつけば頭が下がっていたのだ。

 

ログハウス内に気まずい空気が流れる。お互いに頭を下げ、上げ時を見失い、どちらも動くに動けない状況になってしまった。

 

エイシンフラッシュは困惑しえっと…えっと…と視線を迷わす。定めるべきものを失った視線は突如として一カ所に留まる。それは彼の左足だった。

 

「その足、大丈夫なんですか?」

 

「ん?ああ、大丈夫だよ。数ヶ月したら治ると思うし。」

 

「数ヶ月!?」

 

エイシンフラッシュが突如大声を上げる。突如として耳元で響いた大声にビクッとして彼は下げた頭を元に戻し、度の超えた驚き方のように後退ろうする。そして椅子に座っていた彼は足を上げ、背もたれに体重をかけた。

 

「そ、そんなに驚く事じゃないだろ?骨折だって2,3ヶ月かかるし、」

 

確かアキレス腱は全治6ヶ月とかだったはずだ。つまり半年。

 

「そんなに酷い怪我なんですか?」

 

恐る恐るといった感じに聞いてきた。それを聞いて今度は彼が・・・と考え込んだ。

 

結論として別に隠す事ではないと、歩くことすら辛いし、木の板で固定までしているんだ……俺は間違って無くない?ここまで重装備…木の板は重装備に入るのか?ガーゼまで普通だし…固定している時点で…捻挫って固定するのか?わからない…つまり判断不可。俺の主観でいくしかないな。

 

重装備なんだ。ただの擦り傷には見えないはずだ。つまり彼女が天然だと言うことにしておこう。そう考えるだけで心がほのぼのするぅ……

 

いつまでたっても声を出さない彼を不振に思ったのだろうか。エイシンフラッシュは続けて言葉を続ける。

 

「ここで暮らしていけるんですか?」

 

彼女は足と腕を交互に見る。

 

「うん。」

 

彼は頷く。

 

「その野菜ってどこから取ってきたんですか?」

 

彼女は先ほどまで野菜が入っていた桶を見る。

 

「畑。」

 

彼は遠くにある大ログハウスを見た。

 

「…家庭菜園ですか?」

 

彼が見つめてあろう先を見る。だがログハウスの丸太があるだけで何も見えなかった。

 

「うん。」

 

彼は頷いた。

 

「こんな環境で生きていけるんですか?」

 

「生きていけるからここに居るんだよ?」

 

さも当然だという風に言った。

 

俺は例え骨折だろうが、爺ちゃん試験で餓死しかけようが、スイミングの訓練で溺れた時も、腹痛で死にかけたときもずっとここに住んでいる。強靭効果で風邪とかインフルエンザとかにはかからなかった。

 

もはや故郷だ。第二ではなく第一の故郷だ。

 

エイシンフラッシュはずっと考え込んでいた。うーんと顎に手を添えて地面を目に穴が開くほど覗いていた。そしてフンッと覚悟を決めたように表を上げる。その顔は、歴戦の戦士を思わせた。

 

「本当にありがとうございました。」

 

「お…おう?……どういたしまして…?」

 

「それではまた。」

 

彼女はそう言うと素早く靴を履いて走り出す。

 

いったいどうなっているだと、急な展開について行けず呆然としていた。彼女が扉をくぐって外へ行ったときに、靴下がまだログハウス内にあることに気がついた。そして思い出す。先ほど〈それでは”また”〉と言ったのを。

 

「ちょっと待って!何かぁっ……」

 

やらかそうと…していない……

 

まるで周りのことが見えていないように、またもや無視された。

彼は疑問でならなかった。彼女がまた、何か…そう何か、例えばお姫様抱っこでレース会場から逃げ出したり、例えば街中で止まってお姫様抱っこされている俺を周囲の写真内に収めるとか、何か問題が起きるのでは無いかと疑問が止まらなかった。

 

 

・・・

 

彼は動かなかず椅子に座ったままだった。お腹が減れば非常食のビスケットを食べれば良い。喉が渇いたらペットボトル水がある。変に動く気力がなかったのだ。外から小鳥の気持ちよく鳴いている。できれば小川の流れも聞きたい所だったが、思うだけに止めた。

高望みはせず謙虚に生きる方が色々とお得なのだ。

 

久しぶりの自然のミュージックに身を任せている時だった。最近は狩る、喰う、レース見る、寝るでこうほのぼのとする時間が足りなかったのだ。

 

心地良い。できればそよ風を直に感じながら、木陰と日光と雲が織りなす最高の気温で、芝生に身を任せ昼寝をしたいのだが、思うだけに止める。

 

ログハウスも案外快適だし、気温が一定で雨も大丈夫で…安心する木材のにおいで…濡れる心配がなくて……なくて……

 

彼が悲壮感にさいなまれていた時だった。小鳥のさえずりが聞こえないことに気がついた。そして同時にドスドスとまるでマンモスが行進しているような地響きが聞こた。

 

足音は一人。どんどんと近づいてきている。

 

彼は顔が真っ白になっている気がした。あれから3,4時間もたっていないはずだぞ。いや3,4時間もたったからか?

 

疑問の答えは与えられず、その原因は突如として視界に現れる。

 

ログハウスの扉の縁に手を掛け、ハァーハァーと呼吸を繰り返すウマ娘がいた。つい先ほど見た民族衣装のようは服装で黒い髪の少女がそこにいた。

 

彼は何か話す事も無く、口を大っきくあけ呆然としていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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失言と達成感 慣例性はほぼない。

しっかりと思考を停止し、再起動するのに時間をかけ、言葉を吐き出した。

 

「ナゼ、ココニイルノ?」

 

なぜかカタコトになってしまった。彼女は息を整えることに精一杯で時間がかかりそうだった。俺は更に現状を見直そう。ログハウス、椅子に座って休む俺。痛みはあるが動けない程ではない程度だ。例えるなら筋肉痛。たった一つだけある扉にいるエイシンフラッシュ。俺が再起動するまでの間に少しは休憩になったようだだが、依然としてはぁはぁと呼吸を乱している。そういえばと、目線を机の上に向けると想像の物がそこにはあった。

 

「オミズドウゾ。」

 

机の上に置いておいたペットボトル水を差し出す。エイシンフラッシュはお礼を言って一気に飲み干す。無事にペットボトルは空になり、このログハウスには予備のペットボトル水が一本しかなくなった。これでタイムリミットは早まった。別の、この予備のログハウスではなく、住居用のログハウスに移動しなくては…

 

「トレーナーさんに連絡してきました。これからお世話します。よろしくお願いします。」

 

エイシンフラッシュはそう言って優雅に一礼する。フスッンと鼻息を勢いよく出す幻覚が見えた。

 

……一回整理して落ち着こう。

 

「トレーナーさんに連絡?」

 

「はい。」

 

「トレセン学園まで行ってきた?」

 

4時間程度でトレセン学園まで往復してきたと?全力疾走?靴擦れしたこと忘れていない?それあれ差しい引いても早すぎない?

 

「いえそこら辺にいた人に電話を借りて連絡しました。」

 

「……トレーナーさん何か言ってなかった?」

 

「何か言われる前に切りました。」

 

「あのね……」

 

想像してみよう。私はトレーナー。彼女と共にライバル達と切磋琢磨とトレーニングに明け暮れる日々。ある日のレース。ちょっとした事故が起こり、彼女は突如としてレース会場から逃げだし何処かへ走り去ってしまった。その背中には名前も知らない人がいた。

 

一日後。連絡が入った。急な出来事で知らない番号からだった。その連絡はしばらく帰らないという内容だった。

 

 

詳細は知らないが大まかこれぐらいだろう。

さて、どうやって安心しようか?無理だろ。気になりすぎて夜も眠れなくてこの身一つで走り出すぞ。俺ならやる。それに何か言われる前って、確信犯じゃないですか。最低限のコミュニケーションとりましょうよ。実質隠居生活している俺が言うことじゃ無いと思いますけど。

 

「そんなんじゃ心配は消えないだろうに…一回トレセン学園に行って顔を見せてきなさい。」

 

「いえ辞めておきます。」

 

ワイ?なぜ?

 

「その勝負服しか持っていないでしょ?一度帰りなさい。」

 

「大丈夫です。」

 

ま、まさか俺が連絡して、確保してもらうようにお願いすることがバレたのか?落ち着け、まだ俺が有利だ。家主は俺で、不法侵入者が彼女。そして怪我人が俺で、身体能力的強者が彼女だ。警察はいない…これ俺が先にヤラれるやつだ。

 

「そもそも何をしに来たの?あなたを養う暇はありませんよ?」

 

「その怪我では不自由だと思ったので、お手伝いしに来ました。」

 

「帰ッテ?」

 

「お断りします。」

 

くっつい本性が…落ち着いて、いや心理的に話しかけよう。彼女はウマ娘で俺は一般人。

 

「君はウマ娘。今が一番輝いている時期だろう?トレセン学園に所属し、結果も残している。なのにこんな場所にいるべきではない。」

 

深く考えるとその通りじゃん。絶対に帰さないといけない理由が増えた。

 

「ですが恩を恩のまま残したくはありません。」

 

「警察に連絡しないだけで充分だ。」

 

「それでは満足できません。」

 

「自己満なら余所でやってくれ。」

 

「なら警察に連絡しますよ?」

 

…は?つよい。え?逃げ道あるのか?彼女の要求を取るか、お縄につくか……しょうがないな。もっと奥まで心に刺さる言葉を言うしか無いのか。勝機は我らにまだあり。

 

「君は今が一番輝いているんだ。体は成長する。そして衰えていく。こんな事に時間を使うべきではない。」

 

俺は過去を振り返るように右膝を抱えた。十数年間生きてきたが身長が全く伸びない。140cmといった所だ。チビだ…俺はもう成長はしないだろう。衰える気は全くしないけど。

 

ま、人生は一瞬。ここで引いて後悔するより、言って自分クズだなぁって思った方がいい。どうせ他人。そうだ。他人だ。

 

もう進み出してしまった。後戻りはできない。するつもりもない。後悔もしない。俺は一人で生きていける。一人でしか生きていけない。俺が末代になる不孝をお許してね。じいちゃん。いや憎まれたほうが気楽だわ。

 

フッと声を出して一瞬だけ笑う。そしてエイシンフラッシュの目を見る。

 

「それで?蹴落としてきたウマ娘達はどうするつもりだ?」

 

「え?」

 

まるで目の前で人身事故が起こったみたいに、声を失っていた。予想していなかったと、想定もしていなかったと一人だけ周りの時間から隔離されていた。

 

「君が今まで蹴落としてきたウマ娘達の夢をどうするつもりだ。誰かが泣いた涙を本当に無意味にしてしまうのか?」

 

彼は追い打ちをかけるように言った。言ってしまった。

 

「……」

 

「もう一度言うが君は今が一番輝いているんだ。こんな事で無駄にしないでくれ。」

 

結論は出てしまったようなものだ。これで終わり。正直お縄についてもしょうが無いだろう。問われる罪はいったい何だろうか。まぁ終身刑にはならないだろう。

 

エイシンフラッシュはいつの間にか時間を取り戻し、言葉を失っていた。

だが急に、深呼吸を行った。3回。ゆっくりと行われた。あぁこれから殴られるんだろうな。

 

だが飛び出たものは予想とは違って想像すらしていないことだった。

 

「本当なら、大事故を起こして全治数ヶ月、リハビリにも数ヶ月かかっていました。違いますか?」

 

「知らないな。」

 

彼は動揺しすぎて間も置かずにそう答えた。

これが天才?天然?の考えることなのか?どうやってそんな思考に繋がったんだ。いったい何処まで自分を客観的に見ればそんな所まで考えつくのだろうか。

 

「死んでしまっていたかもしれない。違いますか?」

 

「わからないな。なんでそんなこと言うんだ?ただの予想だろう?死ぬなど、ばかばかしい。」

 

まるで犯人になった気分だった。違いますか?その言葉は推理系で答え合わせで核心に付くときに探偵的存在が言う言葉でしか聞いたことがない。

 

「電話を貸して貰うときに聞きました、その時の映像を見ました。」

 

「……」

 

そりゃ大ニュースにもなっているか。今思うととんでもない映像だな。いきなり飛び降りてきて、走り出して、高速で移動するウマ娘を抱えて、抱えられてその場を後にするなんて……末代までの恥だね。もう一生インターネット使えないよ。自分が主人公な特撮映像は見たくない。

 

「レースは命がけです。ばかばかしいなんてあり得ません。それに死ぬかもしれないと思ったから助けてくれたのではありませんか?まるでヒーローみたい急に現れて、そんな怪我までして助けてくれました。」

 

「…やめてくれ。そんな風に言われると英雄みたいに聞こえる。」

 

「そう言ってます。」

 

「俺は犯罪者だぞ。」

 

こんな名言がある。バレなきゃ犯罪じゃないんですよ?と。つまりバレたら犯罪なのだ。なので俺は犯罪者。もし捕まったら前科持ちとなる。

 

「ですがヒーローでもあります。罪だって軽くなると思います。」

 

「断る。俺は特殊で面倒くさい人生を送ってきた。そんな簡単な話ではない。もし捕まったら、もう戻れない。」

 

いまさらだが俺は記録上20歳だ。つまり去年までは未成年だったわけだ。専属弁護士の方のおかげでいろいろ過程を得て、ずっとこの生活が出来ていたが。法律的に俺がどうなっているかなんて知らない。ぜんぶ専属弁護士の方に任せてきた。もし、この資産が、私有地が法的問題により奪われるかもしれない。親族者はいない。里親もいないらしい。

未成年なのに里親もいなくて、孤児院でもない。義務教育も終わっていない。絶対じいちゃんパワーでグレーなラインを生きてきただろう。

 

こんなことなら前世でもっと法律関係学べば良かった。

 

「なら良いですね?これからお世話になりますよ。」

 

ますよ…?上からなのか下なのかわからないな。

 

「それで怪我が治るまでいるつもりなのか?」

 

「良いんですか?」

 

「いいから質問に答えてくれ。」

 

諦めた。いや諦めない。この状況から帰ってもらえるシチュエーションが見えないだけで諦めた訳では無い。まだ彼女が帰ることを望んでいる。

 

「はい、そのつもりです。」

 

「トレーニングはどうするつもりだ?」

 

「自主トレーニングします。」

 

まぁそうなるか。

 

「先ほどいったか君を養う余裕はないぞ。ここの水はあるが食料は自分で確保するしかないぞ。」

 

俺一人ならビスケットで生きていけるが、二人と考えると無理だな。

 

「えっと、家庭菜園ってどんな感じなんですか?」

 

「小規模なやつだ。野菜を当てにするな。1週間も保たないぞ。」

 

あれは生きる上で必要な栄養素を最低限はとるためだ。俺は別にベジタリアンではないのだ。

 

「…普段は何を食べているんですか?」

 

「草、虫、魚、獣、ビスケット、野菜、山菜。」

 

「虫!?」

 

おや?ふむふむ。なるほど?ターゲッツッロックオンッ

 

「そうだ。草原にバッタ、森に幼虫、川に魚、山に山菜が主食だ。基本的には焼く一択だ。安心しろ調味料はある。安全性も熟知しているから問題無いぞ。」

 

「ヒッ」

 

彼女は文明人であった。そんな彼女は虫を食べるなど想像も出来ないだろう。そして

 

「魚は自分お手で内臓を取り出す。」

 

「……」

 

どうやら放心状態のようだ。たたみかけろ。文明人としての弱みを突け。為せば成る為さねば成らぬ何事も。

 

「ここに水道やら下水道はない。野糞だ。」

 

「のぐそ?」

 

「いや忘れてくれ。最近気分が悪いんだ。意味の無い言葉を口走った。すまない。忘れてくれ。」

 

早口でそう言った。

今のはクズどころではない。カス以下だ。調子に乗りすぎた。今日のことは忘れてもらおう。願おう。祈ろう。全面的に俺が悪い……ここは良い記憶で植え付けて今の記憶を忘れてもらえるよう努力しよう。

 

「……今までのことは全て忘れてくれ。明日買い物に行こう。君の服も、食料もいろいろ買おう。荷物持ちはしっかりしてもらうぞ。」

 

「買い物?……ん?」

 

「お金はあるから問題無い。さて行くぞ。」

 

「え?え?…何処にですか?」

 

「秘密だ。」

 

椅子から立ち上がり、片足で外へ行く。エイシンフラッシュの横を通り過ぎて行く。目指すはこの私有地の中心部。ひいひいじいちゃんが作り上げた地だ。

 

ちなみにひいひいひいじいちゃんが最初の開拓者だ。ひいひいじいちゃんで開拓は完結させ、ひいじいちゃんが整備し、じいちゃんが整えた。この私有地は高祖父、曾祖父、祖父、叔父の歴史ある森である。俺はそのおこぼれを吸っているだけに過ぎない。甘い甘い汁だ。

 

この私有地にあるログハウスの内5つはじいちゃん達が建てたハウスだ。いろいろなんやかんやあって物置になっている。

だって中心部にありすぎて交通の便が悪いだ。それなりに大きさもあるので物置の方が便利なのだ。物置にしても余る程大きい中ログハウス。そもそも置く荷物が少ない。あ、中ログハウスというのは住居用という意味だ。大が付くと畑付き、小の場合は秘密だ。

ちなみにお湯が出るのはその5つだけだから定期的に行って、掃除をしているからいつも清潔だ。5つしかない理由は発電所を整えて、色々な機械を持っていくのは面倒くさいからだ。

 

さてこれから向かうのはひいひいじいちゃんが作り上げた地だが、わざわざそこに向かう理由は一つだけだ。

 

見えてきた。時間が過ぎるのは遅いようで速いな。

 

 

「いつ見ても綺麗ではあるな。」

 

二階建ての中ログハウスのすぐ側にある短草芝生地帯。上下のない平面、一周2400m、幅30m。森を切り開き、根ごと取り払われ確保された土地だ、芝生はわざわざ植えたらしい。ひいひいじいちゃんが嫁のためにと、心置きなく走り抜けるようにと作られた会場。除草剤を使わず人の手で雑草処理され、芝生の管理をするための専用の機械がなぜかある。その機械の専用の小屋にいざという時のために大型バッテリーまで確保された準備っぷり。

 

それを今管理しているのは俺である。使わないけど整えてはいる。

まぁ時間はかかるが良い暇つぶしだった。それにここの芝生は最高級のベッドだ。よく寝れる。これ以上のベッドは知らないね。

 

無駄にデカいベッドだが気にしないでおこう。さすがひいひいじいちゃん。行動力の化身。俺たちの祖先。

 

「わぁ…~~!」

 

少しして感動の声が後から聞こえてきた。

 

確かに圧巻だ。まず匂いがいい。良い自然の匂いがする。風を遮る物がなく、1直線に鼻の奥へ突き刺さる。近場に川もあり、豊かな水の音と香りを見せる。

 

これを全部一人で整備したぞと言い切れるのは気分が良い。達成感もある。

 

「ここってどうしたんですか?」

 

「先祖が作った。好きに使え。トレーニングスペースはあった方が良いだろう?」

 

自慢げに微笑みながら振り返る。そこには頬があがり、目がキラキラしているエイシンフラッシュがいた。

 

「走っても良いですか?」

 

気持ちを抑えきれずに耳と尻尾がゆらゆらと揺れている。ウズウズと今にも動き出したいと体全身が表現していた。

 

「どうぞ。」

 

「ありがとう!」

 

エイシンフラッシュは走り出しながらお礼を述べていた。その言葉を言い切る頃には既に遠くにいた。

 

そして俺は微笑んだ。

間違いない。先ほどの野糞などという失言はもう忘れているだろう。これで覚えていたら泣く……トイレ作らなきゃ。トイレと言っても穴掘って壁で周囲から隔離するだけだ。

 

野糞と言うのは本当だ。大自然にダイレクトインだ。トイレットペーパーはあるよ。トイレットペーパーは文明の利器。紙や草とは違うのだよ。だが水に溶けてしまうのでログハウス内に置いている。雨の日は下半身丸出しで帰宅することもしばしば…俺は文明人に片足は突っ込んでしまったのだ。後悔はしている、だが悔いはない。コラテラルダメージというやつだ。精神状態は安定しているので問題なし。いや既に発狂状態か?まぁいい。興味ないね。

 

衛生概念どうなってんねん。とお叱りを受けそうだが大丈夫です。

 

ひいひいひいじいちゃん直伝サバイバル式衛生概念☆講座☆

 

出す物は出したいときにしろ。しかし安全はしっかり確保するのじゃぞ。周囲の安全さえ確保すえれば問題無いぞ。

 

さてここでひいひいじいちゃんのポイント+の時間です。

 

なんで問題無いの?

 

孫よ…今日は何食べた?

 

山菜と水

 

孫よ…昨日は何を食べた?(水はもうよい)

 

山菜

 

孫よ…一昨日は何を食べた?

 

 

孫よ…その前は?

 

猫じゃらし

 

孫よ…以下略

 

空気/魚/昆虫/空気/ビスケット/ビスケット/ビスケット/空気/肉/昆虫/空気/茸/ビスケット/ビスケット/山菜/茸……

 

もうよいぞ。孫よ。

 

猫じゃらしは空腹をまぎわらせるor口の寂しさを忘れるため。ビスケットは消費期限が近づいてきてるから消化しないといけないんだ。ビスケット生活が嫌になって空気とか食ってた。肉はお宝。魚はご褒美。昆虫は贅沢。山菜は定期的に。

 

ちゃんと周期で狩り範囲を変えないと絶滅させちゃうことになるから気をつけてね。

 

満足か?孫よ。

 

大方満足。

 

うむ。時間が押しているので連続で行くぞい。大量の油を食ったか?肉を食ったか?一汁一菜は出来たか?健康的て文化的な生活を送れておるか?体調を崩したか?

 

油は昆虫くらいかな?魚は焼くし、肉は生焼けで食べた。我慢できなかった。肉は昆虫と魚と獣。一汁ってなんですか?今の生活て中途半端に文化兵器を使ってますよね?これって文化的なんでしょうか?体調を崩すことはないです。

 

つまり我々サバイバル中の出る物は栄養価が高く自然にとって良い物なのじゃ。川に流れて問題ない。それに、他の動物たちの出し物が紛れておる。衛生を保ちたいなら動物たちを滅ぼせ。その代わり肉が食えぬが良いか?

 

ヨクナイ!!

 

肉は人生の娯楽!!

 

肉こそ至高の御馳走!!

 

ええい!!今は儂の時間じゃぞ!!!父と息子と孫はだまっとれ。

 

マゴヨ!全テハ食ベラレルゾ!

 

そうじゃ孫孫よ。胃を鍛えよ、毒性のある茸も少量づつ食べ体に抵抗力を付けよ。毎日草を片っ端から食べよ。木の皮をかじれ。

 

そうじゃな孫よ。真っ先に川の水を直に飲め。最近は除水機やらで細菌やら不純物を消しているようじゃが耐性を持っておいて損せん。たしかエキノコックスじゃったか?病原菌は重大な危険にも繋がりかねんぞ。生水は最も身近な

 

ええいぃぃぃィィだまれと言っておろうぅ!!今は儂の時間じゃと言ったはずッ!!

 

ハッ!所詮弱肉強食。息子、弱イ。

 

老人は大人しくくたばっておれ。儂こそが一番孫孫にふさわしいんじゃ。

 

なによ孫の顔も直に見たこともない先祖ごときがッ!最もそばにおった儂こそがふさわしいんじゃ!!

 

ええいッ!!だまれ!最も人間性がひいひいじいちゃんである儂こそがふさわしいとなぜわからんッ

 

最モ身体能力ヲ持ツじいちゃんデアル儂コソガ 

 

身体能力と知能の遺伝子を引き継いだ儂こそ孫孫の!

 

オマエ孫孫ガ気二入ッタノカ?子供ダナ。ヤハリ相応シクナイ。

 

現代に適応し、その遺伝子を全て有す儂こそが最適解であろうが!

 

以上でひいひいひいじいちゃん直伝サバイバル式衛生概念☆講座☆は強制終了いたします。次回開催の予定はありません。

 

 

……さて道具とってこよ。

 

中ログハウスから程良く離れた場所に壁と扉と屋根を建てに行く。

 

ログハウスの外にある小屋から木材と工具を取りに行く。木材に関しては常に用意があるのでノコギリでぎこぎこしなくてもいい。二日とたっていないのに随分と片手足だけの生活に慣れたものだ。これなら日々日常から片手片足の訓練をする必要性がなくなったな。

 

木材を右肩に、工具を左手に持って、ぴょんぴょんと跳びながら移動する。そして適当な場所で地面を3m程掘る。さらに壁を建てるように10cmほどの溝を掘り、壁となる木材を埋め込む。扉の部分は埋め込まないので3辺だけだ。屋根を放り投げ壁の上に乗っける。そして木を登り屋根を壁に釘で打ち込む。木から下りて開閉用の金具を釘でとめる。扉となる木材も釘で打ち込む。

 

あっという間に出来た。往復の時間も含めて恐らく30分もかかっていない。

 

工具を持って中ログハウスへ戻る。

 

戻る途中で芝生地帯を見るとエイシンフラッシュが走っているのが見えた。楽しそうだな。

 

俺はログハウス内から除水された水を入れたペットボトルとビーチチェアを持って出てくる。

芝生地帯が見えるようにビーチチェアを置き、側の地面に水を置く。水分補給大切。そして片腕足を怪我しているのに地面に寝転ぶのは辛いので椅子を持ってきた。しっかりと背もたれを使えて足を伸ばせるビーチチェア。簡易的なハンモックのようだ。

 

他にすることもないので休憩と表し寝る。睡眠を取り過ぎると逆に体に異常をきたすと聞いたことがあるが本当なのだろうか?まぁ強靭な肉体ならなんとかしてくれるだろう。

 

目を閉じる。そよ風が頬を撫でる。大自然に包まれて、彼は眠りにつく。雨が降らない限り、彼はその場に眠り続けるだろう。

 

 

・・・

 

 

「…しゃさん!……不審者さん!」

 

体を揺さぶられ、目が覚める。不快に目を細めながらゆっくりと見開く。

そこには汗を垂らしながら不安そうに顔を覗き込んでくるエイシンフラッシュがいた。

 

「何か用?」

 

極楽の時間を邪魔をされたことに対する嫌悪感を隠さずに言葉に出す。残念ながら彼に社会的な一面などは無い。寝起きということもあり、自分の心に忠実だった。

 

「と、特に用は…ありません。」

 

エイシンフラッシュは悲しそうに申し訳なさそうな顔をした。そして俺は数秒間考え、気まずくなった結果、水分補給を提案することにした。

 

「そう……水どうぞ。」

 

水分補給は大切だ。人間は食料なしで7日間、水なしで3日間生きられると言われているのを聞いたことがある。そして人体の水分量は70%~50%と言われ、一日に必要な水の量まで存在しているレベルだ。

 

つまり水は適切に、そして頻繁に飲むべき。水を飲み過ぎると病気になると聞いたことがあるが、健康的に生きていたら問題無いだろう。

 

「ありがとうございます。」

 

「どういたしまして。」

 

このまま事務的な関係に落ち着くのだろうか。それなら是非お帰り願いたい。俺は他人に世話されるというのが大っ嫌いである。そして他人に利用されるのも大っ嫌いである。どうせやって貰うことなど無いのだから…いやどうやって帰ってもらうのだ?これからどうやって帰ってもらえるのだ?……彼は深く考えるのを辞めた。

能動的に、対応的に生きていこう。

 

「……この会場ってどうしたんですか?」

 

「ここは遠い祖先が作ったらしい…言っておくがここは一周2400mだぞ。感覚を間違えるなよ。」

 

一般的にレース会場は一周1600mだ。ひいひいじいちゃんの時代にはレースという概念が無かったのだろうか?もしあったとしてなぜこんなに広く作ったのだろうか?もしやそこに土地があったからなどと言わないだろか?

 

「へぇ~そうなんですか。」

 

「後怪我には気をつけろよ。病院なんて無いんだから。俺はもう寝る。何かあれば起こしてくれ。」

 

もう寝てしまおうと、ビーチチェアに背もたれた所で、晩ご飯の用意を忘れていることを思い出した。今は3時ぐらいだろうか?太陽が少しだけ沈んだ所にあった。だが俺はこのまま寝たいので素早く行動する。

 

振子のように右足で勢いを付けて、ビーチチェアから跳び、地面に立つ。そして中ログハウスへ向かう。

 

「あの!どうかしましたか!?」

 

早歩きで俺についてくる彼女が横にはいた。俺のうさぎ跳びは速いらしく、彼女は小走り状態だった。だがスピードは落とさない。中途半端に勢いを無くしてしまうと大変なのだ。

 

「晩飯を取ってくる。休んでて良いぞ。水は好きに飲め、家の中にあるやつは飲んでもいいやつだ。ビスケットもある。食べたいなら食べな。」

 

「わ、私もお供します。」

 

「別にいい。」

 

「それなら私はなぜここにいるんですか?」

 

「帰ってください。」

 

彼はそう言って中ログハウス内に入っていく。

 

「なっ」

 

後からそんな驚いた声がしたが、足音は聞こえてこない。どうやら中ログハウスが壁のように彼女の侵入を拒んだようだ。

 

彼はこのまま放置すれば帰ってくれるかなと思いながらも目的の桶を取りに行く。いわゆるリビングへ入り、桶を手に取る。目的地は畑の野菜。今晩さえ食事が賄えたらいい。明日の朝は外食なり、空気を食すなりなんでもいい。

 

「お断りします!お手伝いします!」

 

そんな事を考えているとエイシンフラッシュはビュンッと擬音が聞こえてきそうな飛び出し方をして俺が手に持っていた桶を横取りしてきた。

 

覚悟が硬いというべきか、頑固というべきか。買い物と表し、トレセン学園まで輸送しようか?だが彼女のせいで全てを奪われたくはない。全てを投げ出せば楽に生きれるだろうけど、俺には無理だった。むしろこの私有地が唯一の生きる理由のような物だ。

 

そこで彼はふと考えてしまった。

 

この森が無くなってしまったらどうするんだろう、と。無くなる理由はわからない。だがもし無くなってしまってもじいちゃん達の遺産がある。だけど何をして生きていくんだろう。ウマ娘達のレースを見るのは楽しいし、文明の利器に全身を突っ込んで生きるのも楽そうだ。だけどこの自由を、開放感を失った以上に得られる楽しさなんだろうか?ストレスから完全に隔離された俺がストレス社会に生きていけるんだろうか。

 

いや無理だな。

 

答えは見つかった。

 

挑戦と仮定して、数日間は生きていくだろうけど、数日で終わる気がした。今の生活が好きなんだ。前世で文明に生きたからこそ言える。この生活は不便すぎると。だけどその文明では得られないものが沢山この森にはあったんだ。ただどうでも良い日々を生きるなら、俺はこの森で生きていたい。

 

そのためには、この怪我が治るまで、そして彼女が満足するまで、この生活に慣れることだ。たとえ元の生活に戻れたとしても犯罪者はこの森の方面へ走り消えてしまったままで見つかるかの可能性がある。

 

いや彼女さえ黙ってくれたのなら、逃走だったり、変装なり、兄弟説で逃げ切れたりするのではないだろうか?

 

妄想してみる。実際に警察が調査に来た時。木から木へ飛び移り、この広大な森を逃げ回る。数でゴリ押されない限り大丈夫だろう。警察だって可能性の範疇でそこまではしない。

 

警察は全身黒フードで身長がチビだという事以外知らないのではないだろうか?

 

一番ネックな身長はどうしよう。最近盗人がこの森に不法住居していると言えばいけるのだろうか?

 

いや待て、あの専属弁護士さんなら何とかしてくれるのではないか?そうだ!あの専属弁護士さんなら何とかしてくれるな!

 

彼は一切の迷いも疑問もなくそういった考えた。その理由はこれまで実績ゆえだ。最たる例がクレジットカード。

 

俺は専属弁護士さんに、何か欲しい物はないかと定期的に聞かれている。ある時、俺はブラックカードが欲しいと言ったら一週間後にブラックカードを持って現れた。ブラックカードはそんな簡単に取得できる物では無かったはずだが、いとも簡単だったと言わんばかりの真顔で渡してきた。今でも金庫に保存している。使う機会はまだない。

 

専属弁護士さんは何者か。

 

それは俺が知りたい。

 

 

さて、現状を思い出そう。中ログハウス内で桶を彼女に奪われたぐらいだな。

 

俺はそのまま中ログハウスを出て行き、大ログハウスへ向かう。目的は畑の野菜だ。

 

「ちょっと不審者さん?何処に行くんですか?」

 

「家庭菜園へ晩飯を取りに。」

 

「ぁぁ…って昨日は野菜が入った桶なんてありませんでしたよね!?夜の間に取りにいったんですか!!??」

 

今朝のにんじん爆食い事件の事を言っているのだろう。今思い出しても恥ずかしい。早く忘れてくれないだろうか?

 

「そうだが?」

 

嘘をつく理由もないので素直に言う。是非とも俺の超人性を知ってもらい、安心してご帰宅願いたい。

 

「次は!絶対に教えてくださいね!無理矢理起こしてもでも!ですよ!!」

 

「必要ない。」

 

そう言いながらうさぎ跳びをしていた。彼女ははやり早歩き状態で後ろから声がしている。

 

「そういう問題じゃ無いんです!!」

 

このまま口論していも一生終わる気がしない。俺は折れる気はない。そして彼女は折れそうにない。さらに言うと俺は認める気は無いのでうるさいなーと無視をすることに決めた。

跳ぶ反動で後をチラ見するとぷんぷんとほっぺを膨らませながら小走りするエイシンフラッシュがいた。とてもシュールなので二度と後を見ないことを決めた。

 

決して笑いそうになったからでは無い。そして怒られそうだからと思ったからではない。反射的に吹かなかった俺を褒めて欲しいぐらいだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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サバイバル入門 卒業編

本日二度目の大ログハウス。

 

小川と畑と一軒家以下のサイズ家があって、桶は変わらず干されていた。すでに乾ききっているようだ。

 

「ここにもログハウスがあるんですね。」

 

「ああ、まだまだあるぞ。」

 

「たくさんあるんですか?」

 

「たくさん作ったからな。」

 

「なるほど…作ったんですか。…作った?」

 

「まぁ細かいことは気にするな。」

 

これ以上広げる話でもないと、切り上げて桶を掴む。そしてその桶をエイシンフラッシュに持って行かれた。

 

桶に向けていた視線をエイシンフラッシュの目に向ける。・・・と念を込めた視線を向けると、ムスンと不満そうに睨まれた。だがここは譲れないと声をあげる。

 

「なぜ取る?」

 

「なぜ持ったんですか?」

 

行動から否定された…だが終れねぇ。ここで引いたら男が廃るというやつだろう。

ムフンッとわがままな子供のようにそっぽ向きながら言う。

若干心で負けている気がするが気のせいだ。ちょっと気まずいからあらぬ方向を見ているだけだ。

 

「俺は介護が必要な老人では無い。」

 

「あなたは介護が必要なけが人です!」

 

「けが人であっても介護は必要では無い!たかが片腕と片足が使えないだけだ!」

 

「本当なら病院に行って、今頃ベッドの上で休んでいるはずです!」

 

「いいや松葉杖を貰って退院してるね!」

 

「あなたの場合は抜け出しているんじゃないんですか!?」

 

「そりゃそうだろ。大人しくする訳がない。」

 

自信を持ってうなずいた。

そもそも病院には何があっても行ったことは無い。だが、もし気絶して目覚めたのが病室の上だったとしよう。俺は容赦なく逃げる。料金を払わずに逃げる。俺は救急を頼んだ覚えは無い。そして財布はない。だから逃げる。たとえじいちゃんに怒られても、俺は逃げる。それどころかじいちゃんからも逃げるね。逃走能力はじいちゃんより俺の方が高い。老人相手であろうと容赦しないね。てかじいちゃんを普通の老人と判断したらけが人がでる。例えば俺とか俺とかじいちゃんとか。負け越しだろうと噛みつく精神を忘れてはならないと思っています。

 

「そうでしょうね…」

 

エイシンフラッシュが残念な人を見るような目で見てくる。なんで当たり前の事をしただけでそんな目で見られないといけないのだ?…何の話だっけ?

 

桶を片付けようとしていたんだった。

 

だがその桶は彼女が持っているわけで…

 

「その桶を中に納めてくれないか?ベッドの下に適当に置いておいてくれ、もう一つここに置いてくれ。それが嫌らならその手を離して地面に落としてくれ。」

 

「あ、はい。わかりました。納めてきます。」

 

先ほど大声で言い争ったとは思えない反応に肩透かしを食らったようで、高ぶった感情も収まったようだ。

エイシンフラッシュは今さっき奪い取ってきた桶を地面に置き、もう一つを持って中ログハウス内に入っていった。

俺は地面に置かれた桶を持って、畑に向かう。

 

「勝った……計画通り。」

 

これで本来の目的を達成することができた。彼女はいなくなり、桶は元の場所に戻った。空気は一度リセットされ、俺は行動が邪魔されなかったことによる高揚感を深く味わった。

彼女にはたった数日にも満たない時間で嫌な思いをさせられた。これはいままで一人で生きてきた障害だろう。理解はしている…はず…憎いとは思っていないから大丈夫だろう。嫌いという感情を抱くくらいは許されて欲しいものだ。例えば上司とか上司とか社長とか。なんで関わってくるかな?真面目に仕事やってるだろうが。

 

小言でそんなことを呟きながら社会不適合者ってまさに俺の事じゃね?と思いながら桶を畑の土壌と地面の境の地面側に叩き付ける。

 

気持ち高く振りかぶっただけなので桶は壊れはしないが、怒りは収まらない。

前世の記憶持ちって案外大変なのね。

 

腹は減ったとピーマンをむしり取り食べる。種が邪魔、味が嫌い、食感はわるくないなと何とも言えない感情を抱きながら無心でピーマンを食べる。ピーマンは嫌いなのでこういう時でしか食べる機会がない。なのでいくら食べてもいいのだ。無くなるまで食べてしまえ。

 

「あ!」

 

「げっ」

 

あ!と声が聞こえてしまい、反射てきにげっと言ってしまった。背後から大声が聞こえたことにでは無く、見つかったことに強く拒絶を示したのだ。

別に隠せるとは思っていなが嫌いなものは嫌いだし嫌なものは嫌だ。これが逃れられぬカルマってやつなのか?わかっていても出してしまう。だって人間だもの。

 

「なんでここに桶があるんですか?」

 

まさに怒っていますと腰に手を当てながらそう言った。

ばあさんの幻が一瞬見えた気がする。そんな訳はないと、記憶の奥底へしまった。

 

「もちろん、今使うためだ。」

 

「じゃなんでさっき言ってくれなかったんですか?」

 

「聞かなかったじゃないか?」

 

「むっ!?……聞いたら答えてくれるんですか?」

 

俺はピーマンをかじりながら目を背ける。

言質さえ取られなければ俺が不利な方へ進むことは無いはずだ。なぜなら彼女はそういった口約束などを律儀に守る系の優しい少女だと思っている。

つまり俺は今だんまりをさえ決めれば何とかなる…はずだ。

 

「答えてください。」

 

だめだった……だが答えない。そしてピーマンをかじる。最後まで諦めないのが俺クオリティ。視界に入らなければ恐るるに足らず。さぁ次のピーマンを…

 

とピーマンへ伸ばしていた手は彼女に止められた。そして肩も掴まれ、次の瞬間にはエイシンフラッシュの顔が目の前にあった。

 

「教えてください。」

 

彼女は真剣そのもので見ているこっちまで感化されるようだ。

 

どうしても諦めたくない俺は顔を背けながらも言った。認めはする。だが不満は隠さない。相手のために嘘をつくつもりはないぞ。

 

「聞かれたらな。後、手を離せ。」

 

今度は頬を掴まれ、背けた顔を無理矢理正面へ向けさせられた。目の前に彼女の顔がある。

 

「もう一つ教えてください。私のこと嫌いですか?」

 

「ああ嫌いだ。」

 

「……」

 

エイシンフラッシュはまさか言われるとは思っていなかったようで言葉を失っていた。

 

さすがに申し訳なさが出て来てしまった俺は補正をする。

 

「別に君が個人が嫌いじゃない。君という存在が嫌いなんだ。」

 

「………?」

 

エイシンフラッシュはとても悩んだがわからないと頭を傾げた。さすがに今のは抽象的すぎると言い直す。

 

「君が嫌いではない。俺の行動を邪魔する人が嫌いなんだ。」

 

「行動を邪魔する人が嫌い?」

 

「そう。例えば自分で出来ることを他人に邪魔されたりすることは大っ嫌いだよ。」

 

意味を含めたジト目でエイシンフラッシュの目を見る。エイシンフラッシュは気まずそうに顔を背けて上目遣いで

 

「で、でもあなたは怪我をしていますし…」

 

と言ってきた。かわいい。だがここは譲れない。こんなメンタルじゃ押しの強いキャッチセールスを断ることは出来ないぞ。NOと言える勇気をそして、思いを伝える刃を。

 

「俺は問題無く動けているだろう。何が問題なんだ?」

 

このまま、介護生活のようにやること全てが彼女にやられたらたまったもんじゃない。誰かが何かをやっているのに自分だけのうのうと暇そうにしているのは気に入らない。共同生活をする上で妙な上下関係はいらないんだ。共同なのだからお互いに助け合っていかないといけないんだ。辺にこじられても困る。

 

「ですが、もし怪我が酷くなったらどうするんですか?」

 

「ならその時に助けてくれ。」

 

反射的に答えたが自分でも実に良い答えだと思った。これで彼女にも理由ができるし、俺は邪魔されない。両方がうぃんうぃんという関係だろう。

 

「……わかりました。」

 

エイシンフラッシュは気に入らないという顔をしながらも納得はした様子だった。心配になった俺は再度問い合わせる。

 

「本当にか?」

 

「はい。わかりました。」

 

言葉なんていくらでも嘘はつける。疑い深い俺は再度問いかける。

 

「本当にわかった?」

 

「そんなに確認したくても大丈夫ですよ?」

 

最終確認として約束の内容をまとめることにした。

 

「よし、君はもし俺が怪我をした時のためにいる。でいいな?わざわざトレーニング環境と時間を俺のために浪費し、たった一回受けた恩を返すためにここいいると。」

 

「そんな風に言わないでくださいよ。たった一回でも恩は恩です。ちゃんと返します。」

 

そこは譲らないと、口をたこにしながらふてぶてしい顔でそう言った。

 

「なら指切りだ。」

 

「指切り?」

 

「ただの指切りではないぞ。先祖代々伝わる契約の行為だ。」

 

じいちゃんとよくやった。約束の時はやはり指切りだ。じいちゃんはばあちゃんとひいじいちゃんとよくやったって言ってた。

 

彼は右手の小指を差し出す。

 

「……普通の指切りと違うんですか?」

 

「違わないな。」

 

台詞はちょっと違うがじいちゃんが言っていた内容だ。じいちゃんが言ってたから先祖代々の方法で間違いないと思う。違っても知らないしわからないなぁ……

 

「はぁ……」

 

戸惑いを見せた。まぁ気持ちがわからない訳では無いが。だが頑固と言われようとやる。もう決めた。

 

「さぁ指切りだ。」

 

「わかりましたよ。」

 

エイシンフラッシュも小指を突き返してくる。俺は小指を交わせ

 

「指切りげんまん、約束を破ると拳骨ビンタ腹抜根。指切った。」

 

そう言って小指を離す。

 

「普通じゃ無いじゃないですか。」

 

「指切りは指切りだろ?」

 

「そうですけども……」

 

なんとも言い表せない感情が渦巻いているようで歯がゆそうなだな。

そんな事を考えているといきなりピッと顔が真顔になっていた。

 

「どうしたんだ?」

 

つい気になってしまい言った。

 

「どうしてそんなに嬉しそう何ですか?」

 

指摘されて確認するように自分の頬に触れた。確かに頬が上がっていた。

 

「嬉しいからだろうな。」

 

「答えになってませんよ。」

 

「感情に理由が必要なのか?嬉しいから笑う。悲しいから泣く。別に理由なんて無くていいじゃん。」

 

やっぱり難しく考える文化はどこでも変わらないようだ。単純で悪いのか?いいじゃんわかりやすくて。みんな馬鹿になれば幸せになれる。そう思わないか?

 

「……そうですね。」

 

妙な間があった後、肯定の言葉帰ってきた。

 

「そういう君はなんで笑ったのさ?」

 

これは単純な疑問。納得したのはわかった。だけど笑う理由がわからなかったのだ。だから聞いた。そして帰ってきた言葉は

 

「もう…嬉しいから笑っているんですよ。」

 

なんとも単純な事だった。ほら。やっぱり感情に意味なんて必要ないよね。

 

笑い声こそはしないが楽しそうな雰囲気が二人の周りを包む。だが腹は減るとピーマンを掴見ながら言った。

 

「野菜炒めと生。どちらがいい?」

 

「えっと、どういう意味ですか?」

 

「そのまま食べるか、簡単に炒めようかのどっちがいいかなーって思ったから聞いた。今夜は晩飯はこの野菜だけだからね。」

 

後はビスケットがあるだけだ。山菜を採りにいくのは時間がかかるし、間違いなく採れる場所は今のところ覚えていないので候補から外した。残念ながら肉の備蓄はない。計画性が無いと罵ってくれ。

 

「生でも食べれるんですか?」

 

「うん。薬が使われず自然の環境で育った野菜達だ。害虫の駆除もばっちぐー、だから問題無い。だが枝豆の皮は硬い部分があるから気をつけろよ。」

 

畑にはトマト、じゃがいも、ピーマン、にんじん、ナス、枝豆、サツマイモの7種類。じゃがいも以外は余すところもなんてない。草の部分はたき火に使える。よく燃えるから落ち葉やらなんやらを探さなくてもいい。便利だ。

 

「え?皮も食べれるんですか?」

 

「ああ。食べれるぞ。じゃがいもの皮以外は全部食べれるぞ。」

 

「へぇーー……」

 

「さ、自分で食べる量だけ採ってくれ。」

 

「わかりました。」

 

そう言うと1直線ににんじんのゾーンへ行った。

やはりウマ娘だな。と思いながらピーマンをかじる。このピーマンを最後にしようと意気込んでいると質問が飛んできた。

 

「なんでピーマンを食べているんですか?」

 

「腹減ったから。俺は食べたいときに食べるタイプだからな。」

 

「へー…それで夜ご飯も食べれるんですか?」

 

「食べれなかったら食べないだけだよ。」

 

言ってからそういえば彼女が同居人になるだなーと思った。はやり実感がないというか…何というか…まぁどうでもいいや。

 

「なるほど……やっぱりこういう隠居?生活をしていると一日に3食食べなくなるんですか?」

 

「そうだね。俺は食べたいときに食べるからなーー。3食食べることはほぼ無いかな?一日0食の時もあるね。」

 

「0食…ちゃんと食べないといけませんよ?」

 

「大丈夫だよ。俺はいたって健康的。筋肉見る?」

 

「み、見ませんよ!」

 

彼女は顔を真っ赤にしてにんじんに向きあう。

 

筋肉に自信はあったんだがな……そういえば傷だらけだった。横腹と腕と足が酷い。頭と胸と背中は無事だ。傷一つ無い。傷の理由で一番多いのは枝による切り傷だ。ターザンごっこの時によく怪我したね。理由の二番目は熊だ。やはり熊。強い……他の野生生物たちは臆病だから問題無い。カラスはこの森には寄りつかない。どうやら先祖が狩りすぎて知能が高いカラスは寄りつかないらしい。カラスは末代まで呪ってやるが実行できるヤバい奴らだ。

 

「そう。さて採取の続きだね。」

 

じゃがいもは料理しようか。いやポテイトサラダにするか?

 

「ねえポテトサラダ好き?」

 

「ポテトサラダですか?好きです。」

 

「じゃ晩飯はポテトサラダと生ね。」

 

「あの…生って他の表現あったりしませんか?直、とか野菜スティックとか。」

 

「野菜スティック?それって何?」

 

「えっと…野菜を長方形にカットしてドレッシングに付けて食べる料理です。」

 

「あっ家にドレッシングはないよ。」

 

「え!?ないんですか?」

 

「うん。いつもは直だからね。」

 

「ドレッシングは嫌いなんですか?」

 

「いや金の無駄だから。」

 

「無駄って……」

 

はぁとエイシンフラッシュはため息をついた。心の中でまったくこの人は……とか考えていそうだ。

 

俺はいそいそとポテトを掘り返す。エイシンフラッシュの方もにんじんを引き抜き初めていた。収穫はあっという間に終わり、二人は桶のそばに集まっていた。

 

「少なくない?朝の方が食べてなかった?」

 

桶の中には俺が持ってきた野菜を省いたら、前回彼女が食したにんじん26個より合計で言ったら少なかった。

 

「ポテトサラダもありますし、これぐらいだと思ったんですが?」

 

「まぁ少なかったらビスケットを食べたらいいか。さぁ野菜洗うか。」

 

「桶持ちます。」

 

エイシンフラッシュはそういってすかさず桶を軽々と持ち上げる。

 

「ありがとう。」

 

「エッ!?」

 

変な声と共に持ち上げた桶が落ち、中に入っていた野菜が少し外に出る。そしてエイシンフラッシュは信じられないとまるで犯罪者を見るような目で俺を見た。

 

「ぁあ野菜が……」

 

しゃがみ込んで落ちた野菜を桶に戻す。

 

「ご、ごめんなさい。」

 

エイシンフラッシュは焦った様子で謝りながら、急いで野菜を桶に戻した。

運がいいらしく潰れてしまったり傷ついてしまった野菜は無かった。

 

「どうしたの?急に変な声だして。」

 

「だってあなたが急にお礼なんて言うから…」

 

未だに信じられないと目を丸くしている。

 

「失礼な、感謝と謝罪を伝える事は普通だろう。人里から離れているが最低限の人としての尊厳は持っているぞ?」

 

「で、でもさっきも自分で行動を邪魔する人が嫌いって言ったじゃ無いですか?きっといい顔はしないって思ったのに、お礼なんて言うから。」

 

「まず確認しよう。俺は普通の人間だよ?ウマ娘じゃないんだよ?」

 

「普通…?…はい人間です。」

 

君は俺をいったい何にしたいんだよ。

 

「片手で野菜がたっぷりと入った桶を軽々と持てると思う?」

 

「…もてそう。」

 

いや俺強靭な肉体を受けただけの一般人だし。ちょっとじいちゃんが最強な人種で最強の弁護士さんが専属でいてくれるただの一般人だよ?

 

「無理だよ。それどころか持ち上げてから移動なんて出来るとは思えないよ?それを手伝って貰えたのにお礼をいっちゃダメなのか?」

 

「持ち上げることは……ごめんなさい。あなたの事を少し誤解していたようで……」

 

「別にどうでも……いや言っておく。思ったことは素直に言ってくれ。俺は察しが悪いから言って貰わないとわからないんだ。OK?」

 

「わかりました。一つ聞いても良いですか?」

 

「うん。どうぞ。」

 

「ずっと一人でここにいるんですか?」

 

おっと、そこが気になるのか。

 

「ここ数年は一人だね…もうなれたなーー新しいことにも挑戦出来るようになったし。」

 

「レースってよく見るんですか?」

 

「ここ数ヶ月レベルだけどよく見るね。」

 

「そうなんですね…」

 

そう言って何かを考えるように言葉を濁した。

 

彼は気にも止めずに言った。

 

「他に質問ある?」

 

「いえ今はありません。」

 

「よし。野菜を洗おうか。」

 

「はい。」

 

二人ですぐ側の川に行き、野菜を洗った。その間も細かい質問をいろいろ聞かれていた。

そして中ログハウスへ戻った。

 

日は俺基準で沈みかけ。3時くらいだろう。ポテトサラダは冷めてもうまい。さくっと作ってしまおうとそのままキッチンへ向かう。

 

「桶をそこ置いちゃって。」

 

「はい。」

 

流し台の横のスペースに置いて貰った。この中ログハウスは無駄に広い。キッチンも例外では無く流し台は1mを越える大家族用だし、横のスペースは4mほどある。過去の栄光が見えますね。ひいじいちゃん達…

 

まずはじゃがいもをゆでる所から始まる。持ってきたじゃがいも達を入れる用の鍋に水だけを入れ電気コンロのれに置く。IHコンロ君に変えようかと思ったが辞めた。やっぱり手軽に火を起こせるってのは便利だ。じいちゃんがしっかり火災対策をしてくれているのでヘマをしない限り火災は起こるはずが無い。

一応ガスコンロも常備しているので。わざわざたき火をしなくてはという呪縛からも逃れられていい。これが文明の力。

 

そして俺は木製のまな板を置いて、その上にじゃがいもを置き、台の下の棚から包丁を取り出す。

 

「私も手伝いますよ。」

 

そう言ってさっそうとじゃがいもを一つ手に持った。両手で抱えていて、まるで花を持っているように思えた。

 

「料理できるの?」

 

「はい。実家はケーキ屋をやっていて、お手伝いをした事があります。」

 

ケーキ屋…千切りとかできるのか?いや包丁の扱いに心得があるから大丈夫かな?まぁじゃがいもは余裕か。皮剥きはリンゴと同じ要領でやれば怪我することは無いはずだし、ゆでたら潰すだけだし。

 

「じゃあじゃがいもお願い。皮剥き終わったら、洗って鍋の中いれっちゃって。」

 

こえで皮剥きをしなくても済む。じゃがいもは他に比べて大変だから良かった。

 

「はい。任されました。」

 

場所を入れ替わってエイシンフラッシュが流し台のそばにあるまな板を使うことになった。俺はもう一セットまな板と包丁を持って、桶の向こう側に行く。

場所的には流し台、彼女、桶、俺だ。

 

さてナス、さつまいも、枝豆、にんじんか。

 

ポテトサラダに入れるとすればそのライラップ。ピーマンとトマトは収穫していない。トマトは個人用として収穫してくれば良かった。

 

枝豆とにんじんは確定。彩りとすればそれだけ充分だが、追加したいと囁くのがサバイバルクオリティ。さつまいももナスもポテトサラダに合う。

 

いやナスは好き嫌いがわかれる。今回は素直にさつまいもを入れようか。じゃがいもとさつまいもは案外合うのだ。甘くてうまい。いや勝手に変えるのは悪いな。

 

「甘いポテトサラダ好き?」

 

「甘いポテトサラダ、…気になります。」

 

「よし、わかった。」

 

両方作ろう。作る量は多い。ずっと同じ味だと飽きてしまうだろう。ずっと甘いだと食べる気無くしそうだ。甘い物は少量が一番おいしく感じるからな。

 

にんじんのヘタも硬くて、好き嫌いがわかれれる。今回は俺が食べよう。

 

ヘタの部分をざくざく切って、口の中に入れる。飴玉より硬い。

 

にんじんを3等分してから皮を剥く。左手を持ってきて、ころころと転がしながら皮を剥く。皮は後でゆでておひたしにするのでまとめて置いておく。

 

さて今回は甘いポテトサラダなので、にんじんは0.8mmの超薄切りのいちょう切り…ウマ娘ってにんじん好きだったよな?感触はしっかりとあった方がいいかな?2mmにしようかな。

 

そう思ってエイシンフラッシュの方を、横を見る。そこには丁寧にじゃがいもの皮を剥く彼女がいた。

 

この様子なら怪我することはなさそうだ。邪魔をしないでおこうか。

 

自分の仕事に戻ろうと前を向く。いやにんじんは終わった。

 

すぐ横にある桶から枝豆を取り出し、

 

枝豆は中の実と皮を分ける。中の実はにんじんと一緒に混ぜて、皮はにんじんと皮と軽くゆでて出汁で頂く。まったく、白だしは最高だぜ。

 

さて問題はさつまいも。皮ごといけるポテンシャルを持っているがポテトサラダには合わん。その皮はおひたしにならん。俺が責任とって頂く。

 

さつまいももにんじんのように3等分し、皮を剥く。剥きながら皮を食べる。ほのかな土の匂いと甘みが食欲をそそる。9割ほど甘みで食欲がそそる。もし土が砂糖の甘みがあればがつがつ食べてる。

 

さて……終わった。あとはゆでて、つぶして、混ぜるだけ。

 

さてエイシンフラッシュのほうは……まだ少しかかりそうですね。

 

真剣そうにじゃがいもと包丁とにらめっこしていた。じゃがいもを少しずつ回して綺麗に剥かれている。綺麗にできすぎていて見ているだけでなんか楽しい。

 

ちなみにあと2つでじゃがいもの皮剥きは終わる。そして終わった。

 

「不審者さん!…って何しているんですか?」

 

「何もしてないよ。さぁじゃがいも達をゆでようか。」

 

「じゃがいも達?…え?……なんですか?この具材たち。」

 

そう言ってまな板の上に綺麗に並べられた野菜達を何度も指さす。

 

「ポテトサラダの具材だけど?」

 

「先ほどまでありませんでしたよね?」

 

「先ほど作ったからな。」

 

料理は得意だ。特に捌き系が得意。魚と獣の解体はじいちゃん直伝で頑張った。一週間ぐらい肉だらけで喜んだけど代わりに血のにおいが嫌いになりすぎて敏感になった。自分の血にも過剰に反応してしまうのは辛い。

 

「……私がじゃがいもをやっている間にこれだけ…?」

 

「雑にやったからな。」

 

「……」

 

エイシンフラッシュは自分のまな板の上と俺の机の上を唖然と見比べていた。

 

「さぁ……ゆでなきゃ。」

 

時間が解決してくれはずだ。放置してあげる優しさってあると思うんだ。そして時間が押しているので簡潔に行くぞ。

 

さつまいもを持って鍋の中にいれる。それに続くようにエイシンフラッシュもじゃがいもを入れた。良い感じになるまでゆでて、取り出し、水気を払い、温かい家に潰し、マヨネーズ調味料系を入れ、混ぜ、枝豆とにんじんをいれ、形が崩れないように全体を優しくかき回すように混ぜる。

そして完成。次はおひたし。にんじん、枝豆の皮をゆでる、取り出す、白だしでおひたしにする。

 

皿に盛り付け、食卓用に用意された机の上へ持っていく。二往復。ついでにビスケットも端の方に置き完成。

さらに水を持っていき。完璧。

 

エイシンフラッシュを意識してみると台所でボーっとしていた。

 

彼女の後を通ってまな板など使った器具を流し台へ押し込む。簡単な片付けは終わったが彼女の意識は空の向こうだ。むしろ陰のエフェクトが見えるような気がした。

 

「お腹空いてる?」

 

確認だ。もし空いていないようなら埃よけを付けて放置だ。冷めてしまうがしょうが無い。

 

「……あれ?」

 

反応が無い。ただの石のようだ。

 

「エイシンフラッシュさん?」

 

「え?あ、はい。どうかされましたか?」

 

「お腹空いてる?」

 

「はい。空いてます。」

 

「じゃ食べようか。」

 

「はい。…はい?え?」

 

今度は食卓の上を見て、唖然としていた。

 

「なんでもう完成しているんですか?さっきまでゆでてませんでした…っけ?」

 

「ささ、食べよう。ほい、箸どうぞ。」

 

「あ、ありがとうございます。」

 

そう言って箸を取り出し彼女に渡して素早く食卓に行き席をつく。彼女も席についたことを確認したら、

 

「いただきます。」

 

「いただきます。」

 

気を取り直して食事だ。ポテトサラダ白色と黄色の二種類。そしておひたし。さらにビスケットを2ダーツ。24個。

 

「あまい。」

 

どうやらエイシンフラッシュは最初に黄色のさつまいもポテトサラダに手を付けたようだ。箸を咥えながらそういっていた。

 

「苦手か?」

 

「いえ、おいしいです。」

 

そこからは順調に進んだ。さすがウマ娘というべきか。あっという間にポテトサラダが消えていった。ポテトサラダだけではなく、ビスケットも無くなっている。

 

「さて、俺は寝る。」

 

「え?もう寝るんですか?」

 

「ああ、最近眠気がすごいんだよ。さぁいろいろ案内するからついてきて。いやもう少し後の方が良いか?」

 

「いまで大丈夫です。」

 

立ち上がって、まずは二階へ向かう。そして目の前の部屋の前に行く。

 

「ここが君の部屋だ。最低限の家具は揃っている。確認するか?」

 

「はい。」

 

エイシンフラッシュは遠慮そうに扉を開け中を半身で確認する。少しして戻ってきた。

 

「さぁ次だ。そうそう、俺は2階には上がらないから。俺の部屋はあそこだ。」

 

リビングに一番近い部屋を指さす。

 

「何かあれば来るといい。大きめの声を出せばわかるから。好きにしてくれ。」

 

「はいわかりました。」

 

「そしてあそこがお風呂だ。使ったタオルは籠の中に入れてくれ。」

 

「はい。」

 

次は外に出る。そして少し森を歩いた頃。

 

「あそこがトイレだ。」

 

「トイレ?」

 

信じられない。そう言いたいのだろう。だが

 

「トイレットペーパーはログハウス内にある。玄関すぐ横の棚だ。言っておくがこれがサバイバル生活ということだ。無理なら帰れ。」

 

「わ、わかりました。」

 

エイシンフラッシュはぎこちなく頷く。

 

「水は冷蔵庫にある奴を飲んでくれ。蛇口か出る水はあまりない。風呂は別で保存しているから大丈夫だ。使わない部屋の電気は消してくれ。ぐらいか、何か質問はあるか?」

 

「ない、です…」

 

どちらかというと何となく返事したように感じられたが細かいことは置いておく。俺と生活していくならばしっかりと言うことを覚えて貰う。気になるなら言う。わからないなら聞く。この国は平和の国だがここは安全な環境では無い。実質自給自足生活をあまり甘く見ない方が良い。知識は自分でつけなければ苦しむのは自分だ。

 

「遭難したくなければ森には近づくな。何かあればその都度聞いてくれ。お休み。」

 

「おやすみなさい。」

 

ログハウスまでは一緒に帰っていた。

 

俺はそのまま自分の部屋に戻りすぐさまベットイン。

眠気がすごいというのは事実だ。体力を治療に使っているからだろうか。より一層疲れている。熊と格闘した時より疲れた。魚サバイバルした時くらい疲れた。もうベッドから動きたくない。というかベッドと一体化したい。

 

明日は買い物か……………面倒くさいなぁ………………………

 

 

 

 

 

 




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