東方雪月花 (くらんもち)
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流れの少年
1話


 

これは、「楽園」へと迷い込んだ少年の物語。

彼は何を思うのか、とくとご覧あれ。

 

 

 

冬の、雪降る星月夜。

 

 

「う…、ここは、どこ…?」

 

1人の少年が、楽園へと至る。

 

「あら、気がついたかしら?」

 

「あ、あなたは…」

 

「私は八雲 紫。よろしく」

 

「よろしくお願いします。…八雲さん」

 

「紫でいいのよ、もう」

 

紫と名乗る彼女はクスクスと笑った。

 

「あの、ここは…」

 

「ここ?幻想郷よ。忘れ去られたものが行き着く(ところ)

 

「幻、想郷…」

 

「ええ。だけど、あなたは忘れ去られたわけではないわ」

 

「では、何故…?」

 

「私が連れてきたの」

 

「…理由を、お聞きしても?」

 

「秘密。じきに分かるわよ」

 

「そ、そうですか…」

 

 

「さあ、もうすぐお目覚めけれど、能力の要望はあるかしら?」

 

「の、能力?」

 

「そうね…、例えば、空を飛んだり魔法を使ったり、本来人間では出来ないことを可能にするもの」

 

「出来ないことを、できるように…」

 

「そう。リクエストはあるかしら?」

 

「複数でも良いんですか?」

 

「ええ。3つくらいまでなら、なんとかできるわ」

 

いきなり言われても中々思いつかない。彼女は辛抱強く待ってくれているが、やはり頭には何も浮かんでこない。

 

沈黙すること数分、漸く口を開いた。

 

「…武器を生み出せる力が、欲しいです」

 

「あとは?」

 

「あとは、武器を使いこなす力。最後に…」

 

「最後に?」

 

「僕の切り札にするであろう能力、それは…」

 

 

 

 

 

「これで、能力の付与が出来たわ。さあ、いってらっしゃい」

 

「ありがとうございます」

 

「大丈夫よ。じゃあ、また会いましょう」

 

「はい!」

 

 

 

 

 

「…あら?人間、かしら…?」

 

彼女は身構える。彼女は人間に疎まれているから。だが、目の前で倒れている人間を見捨てるのも気分が悪い。

 

「う〜ん……」

 

しばし逡巡した後、やはり助けることに決めた。例え石を投げられても、人が死ぬのを見ていることなんてできない。

ましてや冬の山。雪だって降っている。

 

「あなた、大丈夫?」

 

「ん……」

 

「こんなとこじゃ死んじゃうわよ」

 

「あ…、ごめん、ありがと…」

 

「良かった、目が覚めたわね。じゃ、私はこれで」

 

「ちょっと待ってよ。せめて名前だけでも教えて」

 

「…鍵山 雛」

 

彼女は少し迷ったように言った。

 

「雛だね。ありがとう!」

 

「気にしないで」

 

「ばいばい!」

 

「ええ。…それと、あっちを下っていけば山を下りることができるわ。あとは道に沿って行きなさい」

 

「うん、わかった。ありがとうね、雛!」

 

「どういたしまして」

 

 

 

これより、楽園に流れ着いた少年の物語を語るとしよう。

では、またいつか。



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2話

 

「…ここは……、神社?」

 

長い石段を登った先に鳥居が見えた。

 

「せっかくだから、お参りしていくか!」

 

 

 

「意外と広いな…」

 

「意外とは失礼ね」

 

「ご、ごめん!」

 

いつの間にか女の子がいた。ここに住んでいるのだろうか。

だとしたら、巫女さん?

 

「…君は?」

 

「私は博麗 霊夢。博麗神社の巫女よ」

 

「ここ、博麗神社っていうんだ」

 

「ええ、そうよ。あんたは外来人ね?」

 

「んと、多分」

 

「なら、元いた所に返してあげる」

 

「いや、でもそれは…」

 

「霊夢〜、何してんだ?」

 

「ええと、魔女?」

 

「お、よく分かったな!ところでお前誰だ?」

 

「この前ここに来たんだ。紫って人に誘われてね」

 

「あいつかよ。ご愁傷さま」

 

「全く…、見境なく引き込むのもやめて欲しいわね…」

 

「お前運良いなー、外来人って大抵ここに来る前に喰われるし」

 

「喰われるって?」

 

「勿論、妖怪によ」

 

「妖怪?妖怪って、ただの迷信なんじゃ?」

 

「いや、マジで居るぞ」

 

「なんか、すごいとこに来ちゃったな」

 

「で、帰るの?」

 

「…いや、もう少し、ここに居る」

 

「霊夢、来たわよ」

 

「あんたが来るのは珍しいわね、レミリア」

 

「あら、良いじゃないの。

それに、面白いことがありそうだったから」

 

「どうやら的中のようですね、お嬢様」

 

「みたいね」

 

もしかしなくても僕だなこれ。

 

「あなた、名前は?」

 

「僕は……あれ」

 

「どうしたの?」

 

「思い出せない……」

 

「記憶喪失というやつでしょうか?」

 

「そうかもな。昔のことは思い出せるのか?」

 

「無理だね…」

 

「そうね…、とりあえずの名前を決めましょうか」

 

「それが良いわね。何かあるかしら…」

 

「では、雪の降る日ですので、雪の華と書いて、『雪華(せっか)』は如何でしょうか?」

 

「名案ね。さすが私の従者よ」

 

「安直だが、カッコイイから良いと思うぜ!」

 

「あんたはそれでいいの?」

 

「うん。雪華、雪華…」

 

彼は名前を口に馴染ませるように数度繰り返した。

 

「うん。僕は、雪華だ。よろしくね!」

 

「ええ、よろしく」

 

「よろしくな!私は霧雨 魔理沙、見ての通り魔法使いだ!」

 

「私はレミリア・スカーレット。そうね、あなたは、レミィと呼んでも構わないわ」

 

「十六夜 咲夜です。以後お見知り置きを」

 

「霊夢、魔理沙、レミリアに咲夜か。よろしく!」

 

「そういや、苗字はどうするんだ?」

 

『あ』

 

忘れていたらしく、霊夢、レミリア、咲夜が異口同音に呟く。

 

「まあ、今は11月だから、霜月とでも名乗るよ。

僕は霜月 雪華だな」

 

「いいじゃない。私は気に入ったわ」

 

レミリアは気に入ってくれたようだ。

 

「良いじゃんか」

 

「私も同意ね」

 

「ありがとね。

済まないけれど霊夢、今晩だけ泊めてもらっていい?」

 

「はぁ、しょうが無いわねぇ」




初めまして、作者のくらんもちです。今作は書き方を変えて、私の大好きなハーメルン作家に似せてみました。どうでしょうか。とにかく、こんな感じでゆる〜く連載していきます。宜しくお願いいたします。


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3話

梅の忍者めしを食べながらまったり書いてます。旨いなこれ。


 

数日後…

 

 

「ありがとうございます、紫さん」

 

「良いの良いの。私も楽しみなんだから。お茶屋はあっても、こんなのは無かったから」

 

「何故かやりたくなって、ですね」

 

「仕入れとかは任せて。外から持って来るわ」

 

「本当に何から何まですみません…」

 

「大丈夫よ。じゃ、楽しみにしてるわね!」

 

「…よし」

 

早速明日から開店だ。作り置きが出来るものは作ってしまわないと。そう思って料理を初めてから数十分ほど経っただろうか。

 

「空いてるかな?」

 

入ってきたのは女の子。髪が桃色、いや、桜色で、かなり目を引くであろう整った顔立ちの女性。

 

「ごめんなさい、開店は明日からなんです」

 

「え…?修羅(しゅら)様…?」

 

「…はい?」

 

「修羅様!お会いしとうございました!」

 

そう言うと、いきなり抱きついてきた。

 

「え、ええっと、どちら様でしょうか……?」

 

「ご冗談はよしてください。あなたの桜が参りました!」

 

「いや、本当に…!」

 

そして間の悪いことに。

 

「雪華〜?準備はどうか、し、ら…」

 

見られたくないところを見られてしまった。

 

「そ、その、お楽しみ中だったかしら?また後で来るわね」

 

「待って!違うから!」

 

 

少年説明中……

 

 

「そう、なのですね…」

 

彼女は明らかに落ち込んでいる。

 

「名前も思い出せない状態で…」

 

「でしたら、自己紹介をしなければですね。私は天水(あまみ) (さくら)と申します」

 

彼女が言うには、元々僕の部下だったという。

そして、僕の本来の名前も知っていた。

僕は「修羅」と名乗る兵士だったらしい。それもかなり高い階級の。何故か剣や槍、銃の使い方を覚えていたのも納得だ。

 

「本部はてんてこ舞いです。いきなり消息不明になってしまわれたものですから」

 

「それは、申し訳ありません…」

 

「いえ、修羅さ…じゃなかった、雪華様が謝ることではありません!」

 

「そう言ってもらえると、救われます」

 

その瞬間。

 

『GYOOOOOON!!』

 

「「!?」」

 

「なんだ!?」

 

慌てて外に出ると、見えたのは、目算で5メートルはあろうかという巨狼。

 

「何よ、あいつ…!」

 

「霊夢、今までこんなのがいたのか?」

 

「いいえ、少なくとも私は見たことがないわ」

 

霊夢の声は、驚愕のあまり震えていた。

 

「仕方ない、やるぞ!」

 

「ええ!」

 

「桜さん、避難を頼みます」

 

「仰せのままに」

 

 

 

「…デカいな」

 

「行くわよ」

 

「ああ。『模造』」

 

呪文(スペル)を唱えると、スナイパーライフルが3本現れ、

衛星(ファンネル)のように僕の周りを浮遊する。

 

「BANG」

 

そう呟くと、一斉に銃口が巨狼へ向き、発射される。3発の大口径弾を受け、軽く吹き飛ぶ。注意を引けたようだ。

さぁ、里の防衛戦の開始だ。



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4話

 

里を襲った巨狼は、2人がかりの攻撃によって、着々と体力を削られていた。

 

「そろそろ終いだ、霊夢!」

 

「ええ!」

 

多連(フル)…」

 

「夢想…」

 

その時だった。

 

『GOOOOOOOOON!!』

 

巨狼が轟咆した。

 

「な、なんなのよ、これ!」

 

「しまった…!『ナイトメアウルフ』か!」

 

ナイトメアウルフ。黒狼とも言われるそれは、魔力を使うことで、暗闇を発生させる。それに紛れ、闇討ちをするのだが。今回は逃走に使ったようだ。

 

 

 

 

ナイトメアウルフが放った闇は、避難指示をしていた桜のもとへも届いていた。

 

「あ…」

 

彼女の体を、暗闇が包む。そして、あの日の、彼女が最も嫌う記憶が、呼び起こされる。

 

「嫌…」

 

足の力が抜け、その場に座りこんでしまう。

そして、我知らず、想い人の名を呟く。

 

 

 

 

「…!」

 

呼ばれた。僕の名前ではない。だが、「自分」を指しているのだということは、不思議と分かった。

そして脳裏には、暗闇に怯え、膝を抱える幼い少女が。

 

「…行かなきゃ」

 

「ちょっと、どこいくの!?」

 

「ナイトメアウルフはどちらにせよ逃げてる。だから、行ってあげないと」

 

「だからどこに…!

…行っちゃったわね」

 

 

 

 

 

 

「……」

 

嫌だ。暗闇は、怖い。闇を見れば、否応無しに思い出してしまう。独りになった夜を。両親が惨たらしく殺された夜。

彼女は、震えていた。闇を恐れる少女は。

 

「…大丈夫か」

 

不意に頭上から降ってきた声。間違えるはずもない。

 

「しゅ、雪華、様……」

 

「安心しろ。僕が、居てやるから」

 

その言葉は、覚えているものと寸分違わず。

 

「こうすれば、落ち着くだろう?」

 

隣に座り、手を握ってくれる。あの時と、初めて修羅様と出会った時と、全く同じ。ただ1つ違うのは、優しい笑みを浮かべているということ。

 

「き…おく、が……?」

 

発してから、それが涙声で情けなく震えているのに気づいた。

 

「…断片的にね。思い出したのは、あの夜のことだけ」

 

「せっか、さま…」

 

「そんなに震えないでも大丈夫。君はもう独りじゃない」

 

「…はい」

 

彼女は少し安心したように微笑んだ。

 

「ありがとう。君のおかげで、人的被害は最小限だ」

 

「いえ…、私は、命じられたことをただ……」

 

「それでも。お疲れ様、桜」

 

「…!」

 

繋がれた手が引かれ、気づいた時には、彼の腕の中に居た。

安心する。ずっと蔑まれてきた自分を、唯一認めてくれた人。

 

「雪華、様…」

 

眠ったようだ。腕の中で眠られるというのは、不思議な感覚だが、悪くはない。

 

「大丈夫だ、桜」

 

暗くても、僕がついている。撫でてやると、微かに微笑んだ。つられてこちらも微笑む。

 

「ナイトメアウルフの闇は、しばらく残るからな」

 

それまでは、こうしておこう。



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5話

翌日…

 

「桜、頼むよ」

 

「は、はい!」

 

僕と桜はきりきり舞いだった。

紫さんに頼んで用意してもらった、喫茶店の開店日である。

やはり幻想郷の人々には物珍しいらしく、開店前から長蛇の列であった。桜はウエイターとして働いてくれている。

 

「雪華様ぁ!助けてください〜!」

 

桜の悲鳴が虚しく響く。

彼女のお陰で、男性の客が集まる集まる。少し、というかかなり申し訳ないが、その人気を存分に利用させてもらおう。

テーブル席は男性ばかりだが、何故かカウンター席には女性客しかいない。本当に何故だ。まあそんなことも思いつつ、コーヒーとお茶菓子を作る。常連になってくれそうな人も数人居たので、滑り出しは上々だろうか。

…これは余談だが。興味本位からか、僕と桜の関係を聞いてくる人もいた。まあ当然のごとく友人だと答えると、桜が少しがっかりしたような顔をしていたのをよく覚えている。疲労で参ってしまったのだろうか。気をつけておこう。

 

そして数時間後。

 

「雪華〜、桜〜」

 

霊夢が来た。その時には客も落ち着いて、桜はげんなりしていた。

 

「あ、霊夢さん…」

 

「…大丈夫?」

 

「全っ然大丈夫じゃないです…」

 

「働かせすぎじゃない?」

 

「ありゃ不可抗力だよ。さすがに僕も疲れたよ」

 

「そんなに?時間ずらして良かったわ……」

 

「初日なのに忙しすぎです…」

 

「まあ、珍しいんだろうな。お茶屋はあっても喫茶店はないらしいから」

 

「む〜っ…」

 

「おー、どうしたどうした」

 

「疲れました…」

 

「うん、お疲れ様」

 

全く、良い笑顔だ。文句すら封じられた。

 

「はぁ〜…」

 

「溜息ばっかりついてると幸せが逃げていくぞ?」

 

「…雪華様ぁ」

 

「?」

 

「好きな人とか居ますぅ…?」

 

「いきなりだな、おい」

 

我知らず苦笑する。

 

「…居ると思う?」

 

「…分かんないので」

 

「居ないよ。というか、僕を好くって、余程の物好きだぞ」

 

そう言って、彼は少し笑う。その物好きが目の前に居るのには気づいてくれない。

 

「さて、そろそろ閉店だな。もう21時だ」

 

「本当に、忙殺されましたね…」

 

「…入店制限でもかけるか」

 

「前向きの検討をお願いしますぅ…。もう足動かない……」

 

「大丈夫?…それっ」

 

「はぇ…!?」

 

「足動かないんだろ?だったら僕が運ぶしかないじゃないか」

 

「そ、そうかもしれないですけど!も、もうちょっとやり方が…。いきなりお姫様抱っことか、は、反則です……」

 

真っ赤になって顔を伏せてしまった。さすがに少しからかいすぎたか。

 

「ごめんごめん」

 

 

 

「全く、お熱いのね」

 

部屋に運び、戻ってくると開口一番それだった。

 

「そういうわけじゃないんだけどな」

 

苦笑を禁じ得ない。

 

「店名とかは決めてるの?」

 

「ああ。『桜舞う春(スプリング・ブロッサム)』だな」

 

「あら、随分キザな名前ね?」

 

「春、桜の下には人が集まって、賑やかになるだろ?そんな風に、憩いの場になるように、ということさ」

 

「へぇ…」

 

「まあ、僕自身、桜が好きというのもあるんだけど」

 

「あんたらしいわね。頑張って」

 

「ああ。じゃあな」

 

「ええ、また来るわ。次は客としてね」

 

「お待ちしていますよ」

 

 

 

片付けをして、奥へ戻ると、桜が真っ赤で俯いていた。

 

「どうしたんだ?」

 

「そ、その…、『桜が好き』、というのは……」

 

ああ、そういうことか。

 

「ああごめん。桜の木のほうだ、語弊があってすまないな」

 

「そう、ですか…、ですよね……」

 

「そうだな。あ、風呂には入ったか?」

 

「ま、まだです」

 

「なら、先に入るといい」

 

「…分かりました」

 

…その後、お風呂の中で独り泣いたのは、秘密だ。



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6話

 

数日後。初日に学習した僕は、即刻『桜舞う春』に1日700組の入店制限をつけることにした。700組目が入店すれば、すぐに新しい客の入店を制限。これにより、桜の疲労もかなり改善されたようだ。

 

「…700組目。これより入店を制限致します!」

 

外の人々からえー!という声があがる。だが既に事情を説明してあるので、潔く帰っていく。

 

「桜、今日は大丈夫?」

 

「はい。ありがとうございます、あのままじゃ冗談抜きで死んでました……」

 

「うん。さすがに客足がえげつなかったからね。君が壊れたら嫌だからさ。お疲れ様」

 

「はい!」

 

 

そして、最後の客が店を出ていく。今日はこれで店じまいだ。

 

「ふぅ…」

 

「桜?」

 

「いえ。何でも」

 

「なら良いんだけど…、何かあれば遠慮なく言ってくれよ?」

 

「っ…、はい」

 

言おうとした。でも、言えない。拒絶されることが怖い。

 

「うーん、まだ明るいから買い物にでも行ってこようか。お留守番お願いしてもいい?」

 

「…はい、了解しました」

 

 

着替えて外へ。野菜やら穀物やら色んなものが売っている。今晩はどんなメニューがいいだろうか。

 

「桜が好きなのは…、魚だったか」

 

なら、川魚を梅煮にしよう。ちょうど咲夜が梅干しを漬けていたのをもらっていた。…なんで梅干しなんて漬けてたんだろ。それはさておき、ちょうどよさげなのを買った。それと、店で使うものをいくつか。コーヒーに合う和菓子などを作ってみようか。そして帰路につき、ふと見ると、店があった。本屋だろうか。本棚が見える。

 

「レシピの本とかないかな」

 

そう思って入ってみる。レシピの載っている本を探して、色々漁っていると、奥から女の子。着物の上に黄色のエプロンをつけている。

 

「こんにちは!何かお探しですか?」

 

「うん、何か料理のレシピが載ってる本はないかとね」

 

「それでしたら…、こちらはどうでしょうか!」

 

持っている本から1冊を出した。

 

「これは?」

 

「お菓子の作り方などが書いてある本です。あなたにぴったりではないかと」

 

「…なんで、僕がお菓子のレシピを探してるって分かったんだい?」

 

「珈琲の匂いがしますから!はじめましてですし、最近出来た喫茶店とやらの方ではないかと思いまして!」

 

「なるほど。見事だね、名探偵さん」

 

「どうですか?」

 

誇らしげにしている。微笑ましい。

 

「あ、私、本居 小鈴って言います。今後とも『鈴奈庵』をご贔屓に!」

 

「僕は霜月 雪華、『桜舞う春(スプリング・ブロッサム)』の店主だよ。よろしく」

 

「やっぱり!行ってみたいなぁって思ってたんです!今度、お伺いしますね」

 

「ああ、待っているよ、小さな名探偵さん。じゃあ、これをもらおうか。いくらだい?」

 

「あ、はい。ええと」

 

その時だった。

 

「金を出しやがれ!」

 

「…ここにも強盗っているんだな」

 

「んだよ、てめぇ!」

 

男は短刀を持っている。今にも斬りかかって来そうだ。

 

「ただの客だが?」

 

「ああ?まあいい。金出せ!」

 

「…!」

 

小鈴は既に萎縮してしまっているようだ。

 

「出さなくていいぞ、小鈴」

 

「…スカしやがって。てめえ、ただで済むと思うなよ!」

 

回り込む構え。逆上して小鈴を人質に取るつもりらしい。だが、させない。先に回り込む。

 

「ちっ!」

 

「隠れてろ」

 

「は、はい!」

 

「死ね!」

 

振り下ろした男の腕を掴み、外へと投げ飛ばす。重心もブレブレなので、簡単だ。

 

「くそ!」

 

やけくそになったようで、短刀をやたらめったら振り回す。

 

「遅い!」

 

短刀を横から蹴り、叩き割る。日本刀は横からの攻撃に弱いから比較的簡単だ。そして鳩尾に1発拳を、頬に1発蹴りを、さらに腹に蹴りを入れて吹き飛ばし、背から地面に落ちた瞬間、トドメに膝をぶち込む。

 

「これでよし。大丈夫か、小鈴」

 

「は、はい!とても強いんですね…」

 

「ま、気絶するくらいに加減したけどね」

 

「す、すごいなぁ」

 

「怪我がないなら、良かったよ」

 

無意識のうちに、彼女の頭を撫でていた。

 

「へっ…?」

 

彼女の間の抜けた声で我に帰る。

 

「あ、ごめん!つい…」

 

「大丈夫です、全然…、これでも、一応まだ子供ですし…」

 

「本当に済まない。来た時にサービスさせてもらうよ」

 

「あ、ありがとうございます…」

 

「じゃあ、また」

 

「はい…。…行っちゃった」

 

そして、自分の顔が火照っていることに気づいた。

 

「あれ?なんでこんなに暑いんだろ…、もう霜月なのに…」

 

風邪、だろうか。あとで風邪薬を飲もう。まだ備蓄があったはず。ただ、何故かはわからないけど、この火照りは薬を飲んでも治らない気がする。



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雪の黄昏桜華舞う
7話


夢を、見る。いつもは、あの怖い夜の夢なのだけど、今日はいつもと少し違う。暗い。暗いのだけど、怖いなんて言っていられない。この奥へ進まなければいけない。そんな気がする。 

 

恐怖をこらえながら進むと、何かがいた。闇より昏いもやがそれを覆っているから、何かまでは分からない。でも、居てはならないモノだと、本能で解る。その何かが、こちらを向く。近付かれて、悲鳴をあげそうになったところで、目が覚めた。

 

「はぁっ、はぁっ…!」 

 

嫌な汗をかいている。時計を見ると、7時を示している。何だったんだろう、あれは。夢のはずなのに、奇妙な実感がある。

大丈夫、あれはただの夢。私には何の関係もない。

 

「大丈夫か?随分と魘されてたけど…」

 

「…はい」

 

大丈夫、大丈夫。私は、天水 桜は、ここにいる。

 

「そ、そういえば、今日は休みですよね!何か予定はあるんですか!?」

 

「…まあ、あるといえばある」

 

 霊夢達が夜に来るらしい。

 

「何するか目に見えてんだよなぁ……」

 

「…お酒、あるんです?」

 

「紫さんに頼んでね。いずれこうなるのは分かりきってたから」

 

「あ、あはは…」

 

「だけど僕は飲まないよ。アルコール苦手だし」

 

「え?そうなんですか?」

 

「そうだよ。桜は?」

 

「私は…、どうなんだろう、分かりません」

 

「少しにしといてよ。悪酔いしないように」

 

「わかりました」

 

「じゃあ、買い出しに行くから、着替えといてね」

 

「はい」

 

「ちょっと待ってて、すぐに出るから」

 

「あ、いや、その、雪華様になら……」

 

「僕にとってはダメなんだ。それに、そういうのは本当に大好きな人に言ってあげなよ」

 

その「本当に大好きな人」がご自分なのには、気づいてない。

 

「急かしはしないけど、なるはやでね」

 

「は、はい!」

 

そして十数分後。

 

「お待たせしました」

 

「ん、大丈夫。じゃあ行こうか」

 

「はい!」

 

 

 

 

 

桜と共に、霊夢達を満足させることができるような肴を見繕う。

 

「これとかどうだろう」

 

「いいかもですね!」

 

「桜ちゃんじゃないか!うちで買い物かい?」

 

「雪華さんも?」

 

ここの店主さんの息子さんと娘さんだ。

 

「ええ、はい。友人が遊びに来るので、肴になりそうなものはないかと……」

 

「だったらこれがおすすめだよ。甘辛く煮たのがおすすめだな」

 

「わあ、そうなんですね。ありがとうございます!」

 

「良いんだよ、桜ちゃんが喜んでくれれば!」

 

「それにしても、まるで夫婦ですね〜」

 

娘さんが呟く。

 

「えっ!?そ、そそそそそんな!」

 

真っ赤になって桜は否定する。

 

「そうですよ、僕なんかが桜を娶るなんて、勿体なさすぎます」

 

「私はお似合いだと思いますけどね」

 

「冗談はよしてください」

 

「そ、そうですよ!」

 

「そんな風に見られるのは、君だって不本意だろ?」

 

「え…?」

 

「まあ、とにかくこれを買います」

 

「まいどあり!」

 

 

 

不本意なわけないのに。むしろ、嬉しい。

──夢を見る。朧な夢を。

平和で、想い人の隣にいて笑える夢を。

叶わないと分かっている。でも、見ずにはいられない。

私を認めてくれた、唯一の人。でも、私を受け入れてくれるとは、思ってはいけない。



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8話

そして、夜になった。

 

「雪華〜!」

 

「そんな騒ぎ立てなくても聞こえてるよ。いらっしゃい、霊夢」

 

「ここが噂の喫茶店ですかぁ〜」

 

「…そちらの女性は?」

 

「あ、東風谷 早苗です。よろしくお願いします!」

 

桜舞う春(スプリング・ブロッサム)の店長、霜月 雪華だよ。宜しく」

 

「一度来てみたかったんですよね、まさか幻想郷に喫茶店が出来るなんて」

 

「…そちらの隠形している御二方も、宜しく」

 

「…バレたか。まさか見破られるとは……」

 

「完全予想外だったねー」

 

「神奈子様!?諏訪子様!?なんでここに!?」

 

「まあ、私達も喫茶店に来たかったんだよ…」

 

「意外…」

 

「兎に角、守谷神社祭神の八坂 神奈子だ」

 

「同じく洩矢 諏訪子だよ」

 

「店長の雪華だ。宜しく」

 

「ああ、よしなに頼む」

 

「これだけじゃないんだろ、霊夢」

 

「当然じゃない。まだまだ来るわよ」

 

 

 

そして数十分後。

 

「今晩は良い天気ね、雪華」

 

「お邪魔します」

 

「レミィ、咲夜。いらっしゃい」

 

「よー雪華ー!」

 

「よう、魔理沙」

 

「こんばんは」

 

「妖夢。いらっしゃい」

 

この前知り合った妖夢だ。カフェラテを気に入ったらしく、よく来てくれる。…背伸びしているのか、いつも、少しコーヒーの割合を多めにしてくれと頼んでくる。結果はお察しだ。

 

「こんなお洒落なとこ借りて良いんですか?」

 

「ああ。ちゃんと許可は出してる」

 

「じゃ、飲むわよ!」

 

「全く…、未成年に酒類は出したくないんだがな」

 

「そんな常識に捕われてるようじゃだめですよ〜」

 

茶化すのは早苗だ。

 

「君は外の人間だから知ってるだろうに…」

 

「あまり強いのは出さないよ。これでも慮ってるんだ」

 

「別に良いじゃない」

 

「うちは喫茶店であってバーじゃない。そういうのは他所でやりなよ」

 

苦笑を禁じ得ない。

 

「はいはい」

 

霊夢も少し笑って席に座る。

 

「桜もいらっしゃいな」

 

「あ、えと…」

 

「レミィなら多分大丈夫。行ってきなよ」

 

「…はい」

 

「雪華〜!枝豆追加ー!」

 

「早すぎるだろ…、分かったよ」

 

「ありがとね〜」

 

「もうアルコール回ってんじゃんか…、つまみ用意するこっちの身にもなれっての」

 

言葉とは裏腹に、雪華様の顔は穏やかで、楽しそうで。

胸が、高鳴った。

ふと嫌な予感がして見回すと、早苗さんが、雪華様を艶っぽい目で見ていた。さっきとは違う意味で、心臓が跳ねた。

 

 

─とても、眩しい。おつまみを要求する霊夢さん達に苦笑していたら、雪華さんがとても眩しく笑った。それに、目が吸いつかれた。自分に向けられたものではないけど、とても、嬉しい。

そして、それを私に向けて欲しいと、思った。

 

「早苗、大丈夫?」

 

「ああ、はい!お気に、なさらず…」

 

 

 

そんなこんなで数時間後。

 

「うぇ〜…」

 

「酔いまくってるじゃないか、霊夢」

 

「せっかさまぁ〜……」

 

「桜!?誰だこんなになるまで飲ませたの!?」

 

「…霊夢よ」

 

「サンキューレミィ、霊夢覚えてやがれよ」

 

「ふぇ…」

 

「…はぁ、運ぶか。よっ」

 

「えへへ〜…♪」

 

「えらくご機嫌だな…」

 

「せっかさま〜…♪」

 

抱き抱えると、嬉々として首に手を回してくる。

 

 

「よいしょ…」

 

「せっかさまぁ…いかないでぇ……」

 

一番上のボタンが開いており、酔いが回っているためか、妙に艶っぽい。理性を総動員し、なんとかこらえる。

 

「すぐに戻ってくるから、待っててくれよ」

 

「はぁい…」

 

彼女は自分の破壊力を認識するべきだ。数回ほど理性が持っていかれかけた。

 

「はあ、片付けだ」



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9話

 

最近、とある事件が多発している。神隠しとも違う、行方不明事件。釣りに行った親が、帰ってこない。用水路を見に行っただけの許嫁が、帰ってこない。生きているのか死んでいるのかも杳として知れない。しかし、たった1人だけ、目撃者がいた。彼の証言では、黒い靄がさらっていったように見えたという。それを受け、自警団は博麗神社に協力を要請。霊夢も捜査に参加しているとか。不思議な事件、何事もなく終わればいいが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうにも嫌な予感がする。皆に何も起こらなければいい。笑い話にでもしてやろう。

 

 

 

 

「何も無ければいいけど…」

 

「おや、雪華さん」

 

「文。おはよう」

 

「おはようございます。まだ卯の刻ですよ?」

 

「普段からこのくらいさ。いつもは店に引っ込んでるけどね」

 

「なるほど。あ、これ朝刊ですー」

 

「お、ありがとう。…やっぱり一面は失踪事件か」

 

「ええ、この頃急速に被害が広がってますからね」

 

「!これは…」

 

「どうかなさいましたか?」

 

一面を見て顔が強ばった。文はそれに気づいたようだ。

 

「…文」

 

「は、はい」

 

思わずどきりとした。彼は相当に好い人だ。真剣な声で呼ばれれば、女性なら誰だってこんな風になるだろう。

 

「事件が起きた現場を教えてくれ」

 

「ええ、構いません。ええと、此処と此処、それと…」

 

事件が起きたのは5ヶ所。何れも、湖の周辺で起きている。

 

「…やはりか」

 

「やはり、とは?」

 

「これは単なる人攫いじゃない。何らかの儀式だ」

 

「え?」

 

「現場を線で繋いでみてくれ」

 

「逆三角形が1つに、V字の線…?あ、もしかして」

 

「そう。これは六芒星…、籠目だ。つまり」

 

「犯人は、何かを封印しようとしている?」

 

「だろうね。そして、次に狙われるであろう場所は…」

 

地図の上を彼の指が滑る。

 

「ここ。…紅魔館だ」

 

「そんな、命知らずがいるんですか?紅魔館には、かなりの戦力が…」

 

「思い当たる節がある。もしそいつなら、恐らく紅魔館の面々でも歯が立たない」

 

「そ、そんな…」

 

「念の為、天狗達にも紅魔館に近付く者が居ないようにして」

 

「分かりました」

 

「さてと、行かなきゃ」

 

「どこへ?」

 

「紅魔館に決まってるだろ。僕には、そいつを退ける手段がある」

 

「そうなんですか!?」

 

「ああ。だから少ししたら向かう。

…桜には寂しい思いをさせてしまうけれど」

 

「ああ…、確かに」

 

「まあ、少しだからね」

 

「では、天狗達に知らせてきますね」

 

「頼む」

 

そして、彼女は山へと飛び去っていった。

 

「…そういえば」

 

雛は元気だろうか。一段落したら様子を見に行こう。



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10話

紅魔館…

 

「そうなのね…」

 

「ほぼ確実と見ていい。やつは曇りの日に行動する。雲を見る限り、今日の昼が予想時間だ」

 

「分かったわ。厚かましいとは分かっているのだけど……」

 

「勿論。そのために来たんだから。任せてくれ!」

 

「ありがとう。感謝するわ」

 

「そうだ、咲夜か美鈴と手合わせをしてもいいかな?」

 

「いいけど…、なぜかしら?」

 

「『切り札』の状態を確かめておきたい」

 

「分かったわ。存分にやりなさい」

 

「ありがとう」

 

 

 

 

 

 

そして、昼。

 

僕は紅魔館を巡回していた。今のところは何もない。すれ違う妖精メイド達に挨拶をして、たまに仕事を手伝っていた。

そして、やつは突然に現れた。

 

「この魔力は…!」

 

間違いない、来た。能力を使い、魔力反応のもとへと瞬時に移動。

 

「やっぱりか!」

 

「雪華!」

 

「レミィ、そいつに近付くなよ!」

 

剣を生み出し、斬る。斬った先は霧散したものの、瞬きする間に再生する。

 

「…あれじゃないとだめか」

 

そして、『切り札』を召喚する。

 

「来い!雪銀(ゆきがね)!」

 

それは、明らかに異質な剣だった。見た事もないような金属で形成され、刃の根元には光る何かがある。しかし、見事な白銀で、とても美しい。

 

「はぁっ!」

 

刃が一閃し、靄を切り裂く。しかし、今度は再生しない。

 

『グォォォォォォォォ!』

 

「お前だったか、『ナイトメア・フィアー』」

 

『お前は…、修羅!』

 

憶えている。覚えていなくとも、憶えている。

 

「僕は、霜月 雪華だ!」

 

『騙されぬぞ!その剣、その闘気!我が知るものと寸分と違わぬ!』

 

「生憎、記憶を喪ってしまってるんでね!」

 

連撃を繰り出す。奴の纏う瘴気を、確実に剥がしてゆく。

 

「彼女の、桜の両親を、何処へやった!」

 

『ふん、教えるほど愚かでないわ!』

 

反撃を紙一重で回避。だが、ナイトメア・フィアーはレミィに目標を変えたようだ。

 

『動くなよ、小娘!』

 

「させるかよ!」

 

能力を使い、回り込む。

 

「ちょっと我慢してくれよ!」

 

「え!?せ、雪華!?」

 

弓手でレミィを抱える。

 

「レミィは大切な友人なんでね!易易と渡してたまるかよ!」

 

『ならば、人間、お前だ!』

 

今度は咲夜へと。

 

「させないと言っているだろう!」

 

能力を使い、咲夜の前の空間数ミリの時間を止める。時が止まった空間は、最強の壁となる。

 

『おのれ……!』

 

そこで、奴の体が透け始めた。

 

『覚えておれ、修羅!』

 

そうして、消えた。

 

「ふぅ……」

 

「雪華…、その……」

 

「あ、ごめん!」

 

慌ててレミィを下ろす。

 

「怪我はないか?」

 

「え、ええ…」

 

「咲夜は?」

 

「大丈夫です…」

 

「なら良かった。儀式は、失敗だ。籠目は意味を為さなくなる」

 

 

 

「……」

 

まだ、心臓が早鐘を打っている。とても驚いたが、腕の中から見る彼は、とても格好良かった。顔が熱い。だけど、兎に角今は。

「ありがとう…」

 

 

 

 

「あ……」

 

美しかった。舞うように戦い、お嬢様のみならず自分まで守ってくれた。強い。美しく、強い。気付けば、彼から目が離せない。

 

 

 

 

「うん、レミィ達に怪我がなくて良かった。…まぁ、さすがに館のことまで気にしてる余裕はなかったのだけど」

 

「全然、構わないわ。直せばいいもの」

 

「いや、それじゃ僕の気が済まない。…これでどうかな」

 

能力を起動し、時間を戻して瓦礫を元の場所に戻し、魔法を使って固定する。

 

「とりあえずはこれでどうかな?」

 

「お見事の一言に尽きるわね…」

 

「そりゃ光栄だな」

 

悪戯っぽく微笑んだ。

 

「…さて、そろそろ帰るよ。桜も心配してるだろうし」

 

「…ええ、分かったわ」

 

少し残念そうだ。どうしたのだろう。僕は何もしてないと思うのだけど。

 

「なら、送らせて。私だけじゃなくて、咲夜まで守ってくれたんだもの。それくらいしないと罰当たりなんてものじゃないわ」

 

「あー、分かった。ありがとう」

 

「いいのよ、別に」

 

「私も同行致します」

 

「咲夜まで?私は構わないけれど」

 

「ありがとうございます」

 

 

そして、僕は時折レミィと咲夜と談笑しながら、紅魔館を後にした。



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11話

 

「…紫さん。居るのでしょう?」

 

「あら、お見通しだったのね」

 

「あれだけ派手に妖力ばら蒔いといてですか?」

 

「うふふ」

 

「まあ、それはともかく。幻想郷の有力者達に、言伝をお願いできますか?」

 

「いいわよ。それで、どんなこと?」

 

「簡単なことです。戦力を貸して頂きたいと」

 

「なぜ?」

 

「ナイトメア・フィアーは、軍を率いている。この前紅魔館に現れたのは、奴の影です」

 

「…分かったわ。だけど、彼女達は一癖も二癖もあるから、あまり期待しないでね?」

 

「それでも、全力を尽くして下さるのでしょう?どうか、お願いします」

 

「期待するなと言ったでしょう?全く、みんな妖怪(ひと)遣いが荒くて敵わないわ」

 

そう言って、苦笑しながら彼女はスキマに消えた。

 

「指揮はそれぞれの長にして、総指揮として紫さんを据えるか…?」

 

比較的親交が深く、指示を通しやすいというのが理由だが、それでも紫さんを信頼している。

 

「霊夢や魔理沙、レミィ、早苗と妖夢にも協力してもらいたいが……」

 

桜は連れて行かないほうがいい。何故かそんな予感がする。

 

「出来れば、天狗も戦力として数えたいな……」

 

文次第だが、紛れもなく幻想郷の一大事だ。

 

「さて、そろそろあいつらの本拠地を探るか」

 

雪銀を召喚し、『抜刀』する。そして剣を水平に構え、全方位を探る。

 

「こっちか」

 

指したのは東北。鬼門とされる(うしとら)だ。

 

「…そろそろ寝るとするか」

 

剣を雪銀へと納め、元あった場所へと転送する。

 

そして、寝具へと入り、寝息を立てる彼を見ている者がいた。

 

 

 

「雪華様、何をしようとしてらっしゃるのかな…」

 

桜だった。戦力だの総指揮だの物騒なことを呟いていたのだ。彼女としては心配で心配でしょうがない。

 

「どうしよう……」

 

実は、悪夢を見てしまった。毎日のことなのだが、最近気づいたことがある。この前、あの方の腕の中で眠ってしまったが、あの時だけ、悪夢を見なかった。だからというわけではないけど、まあそんな風に思い、部屋へ来てみたが。

 

「やっぱり、ダメよね…、いや、こうなったら!」

 

みんなあの方を狙っているのだ。ここで攻めねばいつ取られてしまうか分からない(尚、桜のものではない)。

 

「んーと…」

 

ごそごそと彼が眠っている寝具の中に入る。熟睡していらっしゃるのか、気づかれずに入りこむことができた。

 

「えへへ…、暖かい…♪」

 

そして数分後、気持ち良く眠りについた。

 

 

「……」

(なんでいきなり入ってきたんだ!?)

 

そう、実は起きていた。狸寝入りをしていたというわけではないが、寝付こうとし、敢えて寝た時と同じ呼吸をしており、眠っているように見えたというわけだ。目を開けて注意しようとしたら。

 

「えへへ…、暖かい…♪」

 

こんなのを聞いて注意できる馬鹿がどこにいる。

 

(まあ、今日くらいは良いか…)

 

明日、しっかり注意しよう。



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12話

「…というわけね」

 

「ありがとうございます。まさかこれだけの勢力が支援してくれるなんて」

 

「私の頑張りよ?」

 

そう言って彼女は微笑む。

 

「ええ、お疲れ様でした」

 

「で、本拠地は分かってるの?」

 

「おおよその範囲は」

 

彼は地図に指を滑らせ、魔法の森にほど近い場所に円を書いた。

 

「ここを中心として、半径800メートルの範囲に居ると思います。奴らの住処は異次元にあるので、正しくはそれに繋がる(ゲート)を探す形になりますが」

 

「なるほどね。了解」

 

「そして、紫さんに総指揮をお願いしたいです」

 

「それはなぜ?」

 

「信頼していますし、比較的親交が深いので」

 

「そういうことね」

 

彼女は苦笑した。

 

(ゲート)を通った瞬間、奴の軍団が襲いかかってくるでしょう。大半を貴女方に引き付けてもらい、少数精鋭で頭を叩きます」

 

「ナイトメア・フィアーとかいう奴の軍、強いの?」

 

「それなりには。ですが、油断しない限り、玉兎でも十分討伐は可能です」

 

「分かったわ」

 

「お世話になります」

 

「はいはい」

 

「では、少し外出してきます」

 

「何処へ行くの?」

 

「霊夢達の所です。協力してもらおうと思ってるので」

 

「ああ、そういうことね。いってらっしゃい」

 

そして、彼は飛び立っていった。

 

「で、さっきから盗み聞きなんてしてるのは誰?」

 

「…!」

 

「大丈夫よ、怒ってなんてないわ」

 

「その、ごめんなさい…。通りかかったら、雪華様とお話してるのが聞こえたので…」

 

「あなたが桜ね?私は八雲 紫。よろしく」

 

「よろしくお願いします。…雪華様は何をなさろうとしてらっしゃるのですか?」

 

「何、とは?」

 

「先日から気になっていたのです。軍や指揮なんて言葉を呟いていましたから…」

 

「そう。なら、私から言えることではないわ」

 

「なぜ…」

 

「あの子は、言うべきことはきちんと言う。貴女に言っていないということは知る必要がない、もしくは知ってはいけないことだということよ」

「でも…」

 

「分かってるわ。貴女は彼を深く想っている。だからこそ、よね」

 

「…はい」

 

「でも、貴女は行かない方がいいわ。大人しく彼の言うことを聞いておきなさい」

 

「…いやです」

 

「…最悪、命の危険もあるわよ」

 

「でも、私は雪華様に着いて行きます。いざという時、身代わりくらいにはなれるでしょう?」

 

「そんなに涙を溜めて言うことじゃないわ。全くあの子は、こんないい人をほっといて何しているのかしらね」

 

「……」

 

「好きにしなさい。ただし、私は知らないわよ?」

 

「…はいっ!」



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13話

後日…

 

「凄いですね…」

 

「妖怪、玉兎、天狗の連合軍、総勢15000よ」

 

「これなら後顧の憂いは絶たれたと見ていい。感謝します」

 

「ええ」

 

「そなたが、霜月 雪華という者か」

 

「これは、鞍馬様。お初にお目にかかります」

 

「そのように堅くならずとも良い。幻想郷の一大事とあっては、手を貸すのも当然よ」

 

鞍馬天狗こと鞍馬様。天狗達の頂点に位置する大天狗だ。

 

「有難い事この上ありません。重ね重ね、感謝を申し上げます」

 

「呵呵、ところでそなた、身を固めるつもりはないか」

 

「…といいますと?」

 

「儂には一人娘がおっての」

 

「そういうことですか…、しばらく、考える時間を頂いてもよろしいでしょうか」

 

「構わん構わん。存分に考えろ。別に断ったとて祟ったりなどせんわ」

 

そう言って鞍馬様は豪快に笑った。

 

「紫」

 

「あら、依姫じゃない。豊姫は?」

 

「姉上は、来られないとのこと」

 

「了解したわ。あ、この子が噂の彼よ」

 

「あなたが。綿月 依姫。以後、お見知り置きを」

 

「霜月 雪華と申します。以後よしなに」

 

「手勢は揃った。して、どうする?」

 

「これをご覧下さい」

 

能力で投影機を出し、空中に映像を出す。

 

「特殊な探知を用い、(ゲート)のおおよその範囲は割り込んであります。ここより、半径およそ800メートルの何処かに」

 

「ふむ」

 

「そこまで私が先導し、(ゲート)を捜索、発見次第、乗り込みます。そして、戦闘を開始しますが、玉兎の指揮を依姫様、天狗の指揮を鞍馬様、そして、総指揮として紫さんを。ただし、この戦闘の目的は殲滅ではなく時間稼ぎです。唯一奴を打倒する手段を持つ私を含め、幻想郷中の精鋭を集めた小隊で奴を倒します」

 

「なるほど、了解した」

 

「説明は以上となります。御二方、質問等ございますか」

 

「うむ、無いな」

 

「私も同様です」

 

「では、作戦開始です。付いて来て頂けますか」

 

「ええ、分かったわ」

 

 

 

雪銀(ゆきがね)、抜刀」

 

抜刀し、水平に構えることで(ゲート)を探知する。

 

「…見つけた。こちらです!」

 

そこへ向けて駆ける。

 

「は、早すぎる!」

 

「本当に人間なのか!?」

 

後ろかそんな声も聞こえてきた。

失礼な。これでもちゃんと人間だ。

 

「…ここです」

 

「…ふむ、いかにもな門よのう」

 

「では、ここからは…」

 

「ええ、任せてちょうだい。全軍、前へ!」

 

兵士達が前へと進みだす。それに紛れて僕達も(ゲート)へ。

 

 

 

そこでは、陰狼(かげろう)が待ち構えていた。最前列で戦闘が開始した。幻想郷を守るための、後世にて桜夢(おうむ)の大戦と呼ばれる戦いが始まった。



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14話

 

「…そろそろだな」

 

僕は通信魔法を起動した。

 

『みんな、そろそろだ。それぞれで切り抜けろ!』

 

『んな無茶言いやがってー!』

 

『君達なら出来ないとは言わせないよ!』

 

『わかってます!私だって、幽々子様の名代ですから、頑張ります!』

 

『雪華、私と咲夜はそろそろポイントに着くわ』

 

『OK、着いた者から待機していてくれ。敵が来たら適宜迎撃!』

 

『『『了解!』』』

 

「よし、じゃあ、突破しますか!」

 

無弩閃(むきゅうせん)!』

 

ビームを放ち、一気に切り開く。

 

「よし!今だ!」

 

「……」

 

彼の後を音も無く追従する影があった。

 

 

 

合流ポイント…

 

「お待たせ」

 

「あなたが最後よ」

 

「ごめんね、霊夢」

 

「別に。行きましょう!」

 

ここから先は出し惜しみしていられない。雪銀(ゆきがね)を使わないと、勝ちはない。

 

「…静かすぎないか」

 

「…ええ」

 

「……」

 

耳を澄ませる。僅かな足音も聴き逃せない。

 

「そこだっ!」

 

足音へ向けナイフを投げる。しかし、そこに居たのは。

 

「きゃ…!」

 

「桜…!?」

 

「あ、えと…」

 

「なぜここに来たんだ!!」

 

「…っ」

 

びくりと、桜は肩を震わせた。

 

「敢えて連れて来なかったのが分からないのか!太刀打ち出来ないような敵が居たらどうするつもりだったんだ!命の危険があるって分からない君じゃないだろう!」

 

そこでぺちんと頭を叩かれた。

 

「あんた、言いすぎ」

 

「あ…、ごめん…」

 

見ると、桜はいつのまにか俯いており、目に涙を溜めていた。

 

「えっと、つまりはね…、心配だったから、連れて来なかったってわけで…」

 

「分かって、ます…、雪華様は、正しい、ですから……」

 

「…ごめん」

 

「…大丈夫です!」

 

涙を拭いて、顔を上げた。

 

「…君が良いのなら、ついてくるといい」

 

「はい…!」

 

 

 

 

そして、僕達は難無く玉座の間へと辿り着いた。

 

 

 

 

──まるで導かれたかのように。

 

『待っておったぞ、修羅!』

 

「決着の刻だ、ナイトメア・フィアー」

 

『ふ、貴様を殺せば、全てが手に入ったも同然』

 

「さて、どうなのだろうな。幻想郷(ここ)には、僕より強い奴がごろごろ居る。紫さんとかな」

 

『我を倒す手段を持つのは貴様のみ。よって…』

 

『仲間共々、ここで殺し尽くしてくれる!』

 

「来るぞ!構えろ!」

 

戦闘開始。

 

「なんつーパワーだ!」

 

「当たり前だ。奴は悪夢の具現、本来、倒すことなど叶わない」

 

「それって、負け戦じゃないの!」

 

「本来なら、な」

 

「どういうこと?」

 

「とにかく、15秒くれ!」

 

「雪華のことだから、何かあるんでしょう。霊夢、やるわよ!」

 

「ちゃんとついて来なさいよ、レミリア!」

 

「誰に言ってるの、当たり前よっ!」

 

霊夢とレミィが連撃を繰り出す。その隙に、雪銀(ゆきがね)を腰に構える。

 

『させぬぞ!』

 

「お前の相手は、私達よ!」

 

『破邪の力だと…!?』

 

全てを断ち、闇を斬る神剣よ。今こそ目覚めるがいい。

 

「抜刀…!」



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15話

 

 

「抜刀…!」

 

『それは……!』

 

「神剣『桜華』!全てを斬れ!」

 

それは、美しい刀だった。少し幅の大きい刃は松明の光を反射し、桜色に煌めいている。そして、根元に拳大の穴があり、そこには、『闇』と文字が浮かんでいる。

 

『おのれ…!』

 

「はぁっ!」

 

『ぐっ!?』

 

奴が纏う昏い闇を斬る。

 

「すごい…!」

 

「覚悟しろ!ナイトメア・フィアー!」

 

 

 

 

 

紫side…

 

「依姫、前線はどう?」

 

「問題ない。あの狼どもは難無く」

 

「鞍馬は?」

 

「こちらも同様だ。我らの力をなめるな」

 

鞍馬は呵呵と笑った。

 

「頼むわよ、雪華」

 

幻想郷の命運は、彼の双肩に懸かっている。

 

「少しでも彼が集中できるよう、全力で戦って頂戴」

 

「無論」

 

「当然よ!将来、儂の義子となるかもしれぬあやつを死なせるわけにはいかぬ!」

 

「はいはい」

 

どうやら、鞍馬は彼を相当に気に入っているようだ。でなければ、例え冗談でも掌中の珠である一人娘をやろうとなど言わない。

勿論、彼女本人の意思もあるのだろうが。

 

「さて、私もいきますか」

 

「お主がか?」

 

「スキマ使えば奇襲し放題だし。味方居ないとこ狙って爆弾でも落としとくわ」

 

「…えげつないことをするでない」

 

 

 

 

 

 

 

雪華side…

 

「せいやっ!」

 

奴が召喚した影の騎士(シャドウナイト)を倒す。桜華の加護もあって、終始圧倒している。霊夢達の負傷もほどんどなく、一番怪我をしている桜も先程奇襲を受けて腕に刃が掠った程度だ。

しかし、油断してはならない。

 

 

 

 

「雪華、強すぎる…」

 

彼が味方で良かった。あれが、雪華の本気。

恐らくは、私も、魔理沙も、隠岐奈も、華扇も、勇儀も、豊姫も、依姫も、サグメも、輝夜も、永琳も、紫すらも、少なくとも私が知る限りの者達は、全員本気の彼には勝てない。パワー、スピード、能力、全てにおいて私達を超越している。

 

「でも…」

 

でも、不思議と怖くはない。勿論、常人は恐れをなす。強すぎる力というのは、恐怖をもたらすが、彼には感じない。普段の優しい彼を知っているからだろうか。

 

 

 

 

「喰らえっ!」

 

『ぐぁぁっ!』

 

ついに、奴の本体に届いた。とどめを刺すには、もう十分だ。

 

「これで、終わりだ!」

 

桜華を構え、肉体が壊れる寸前まで加護を四肢に巡らせる。

 

「『誰が為に桜華舞う(ブロッサム・スノウズ)』!」

 

『ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!』

 

奴の断末魔が響き、桜の花弁を模した弾幕がやつを斬り裂く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、気づけなかった。すぐ後ろに、(くら)い刃が迫っていたことに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どんっ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突き飛ばされ、地面に転がる。そして、見えたのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

影の騎士(シャドウナイト)に、胸を貫かれた桜だった。



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16話

 

「さ、くら……?」

 

主が死んだことで影の騎士(シャドウナイト)は消滅し、桜はその場に倒れた。

 

「なん、で……!」

 

「なんでって、当、たり、前、です……。私、が、貴方を、愛、して、いる、から…………」

 

「……!」

 

包帯を出し、傷を固く縛る。だが、それでも血は止まらない。

 

「まだ、だめか……!」

 

「もう…、そんなに、しな、くて、いい、のに」

 

「ダメ、生きろ、生きてくれ、桜…!」

 

「ああ…、とって、も、楽し、かった、です……。あり、がとう、ござい、ま、した………」

 

そして、彼女は微笑んだ。胸の赤いものが、広がるのをやめる。

 

「桜…………!!!」

 

彼女の亡骸を、力いっぱい抱き締める。

 

「なんで、こんなこと………!」

 

絶対に、死なせない。

 

「桜…」

 

桜、君は知らないだろう。僕もまた、君を想っていたことを。

 

「死なせて、たまるものか……!!」

 

君は知らないだろう。僕は、いや、俺は。朝霧 修羅は。執念深いということを。

 

「赦せ……」

 

お前は知らないだろう。お前と過ごしたことで、徐々に記憶が戻っていたことを。

 

「謹んで勧請奉る…」

 

お前は知らないだろう。いつか、お前と笑い合える日を待ち望んでいたことを。

 

故に、愛しき者の魂を、現世(うつしよ)へと戻す。

 

「帰ってきてくれ……、桜………」

 

(ぼく)の命を、あげるから。

 

「秦山府君、彼の者の魂を、現世へと戻したまへ……」

 

そして、彼は彼女を抱き締めたまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気がつくと、河原に居た。

 

「なるほど。三途の川ってやつか」

 

「お前さん、どうしたんだい?」

 

「え?ああ、ちょっと、色々ありまして」

 

「そうかい?お前さんは川を渡るには随分若いじゃないか」

 

「まあ、大好きな人の、身代わりとして、死んじゃいまして」

 

「そうなのかい」

 

「貴女は?」

 

「あたしは、小野塚 小町。死神さ」

 

「へぇ〜…、死神って本当に鎌持ってるんだ…」

 

「飾りだけどね」

 

「え?ならなんで?」

 

「いや、今のお前さんみたいに、亡者の方が喜んでくれるんだよ」

 

「死神って、随分とサービス精神高いんですね……」

 

苦笑する。

 

「まあ、ね」

 

「さて、舟はどこかなっと」

 

「は?何で舟に乗るんだい?」

 

「だって、死んだから…」

 

「お前さんを乗せることはできないよ」

 

「な、なんでです?」

 

「ほら…」

 

彼女は、後ろを指した。

見ると。

 

 

 

 

 

光が、灯っていた。

 

「お前さんは随分と人気なんだねぇ。あんなに強い想い(ひかり)、初めて見た」

 

「……」

 

涙が、零れ落ちた。

 

「そいつらを、置いていっていいのかい?」

 

「悔いはないけど、未練は、やっぱりありますね……」

 

涙が、止まらない。

 

「本当のところは、どうなんだい?」

 

「…置いて行って、良いわけないじゃないですか……!!」

 

「なら、戻りな。ただし、大切なもんと引き換えにね」

 

「大切なもの…。分かりました。では、『修羅』としての記憶を」

 

「うん、これならまあ、いいかな。じゃあ、ね」

 

「…はい!」

 

そして、彼は駆け出した。

 

 

そして、1人残された死神のもとへ、小柄な影が。

 

「わわっ!?あたしはちゃんと役目は果たしましたからね!?」

 

「ええ。渡るべきでない命は還す。よくやりましたね、小町」

 

「…明日は雪かなぁ」

 

「なんですかその言い草は!」

 

「お説教は勘弁してください!……映姫様のめっちゃ長いから」

 

「なにか?」

 

「いえなんでも!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目を、開けると、みんながいた。その中の1人に向けて、微笑む。



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17話

 

ナイトメア・フィアーとの決戦から数日。彼らは、穏やかな日々を過ごしていた。

 

 

「ふぅ…」

 

僕も、だいぶ回復してきた。あの時、『朝霧 修羅』としての記憶を置いてきた僕だったが、死神たる彼女の温情なのか、彼女に関する記憶はそのままだった。

 

「まあ、死神様だもんな。そんなのが出来ても不思議じゃない」

 

「雪華様。おはようございます」

 

「うん、おはよう」

 

桜も、無事に還ってこれたようだ。…まあ、僕の命と引き換えに秦山府君祭をしたことは泣きながら怒られた。

 

「あの、雪華様…」

 

「ん?」

 

「そ、その」

 

「どうしたのさ」

 

「あのこと、忘れてくれませんか……?」

 

「え?…ああ、あれか」

 

彼女は赤くなりながら頼み事をする。多分、あれだろう。

 

「構わないけれど、僕の話を聞いて」

 

「…はい」

 

「僕にはね、ずっと前から好きだった人がいるんだ」

 

「え…」

 

「その人は、綺麗で、とっても強くて、優しくて。その美しさに憧れて、その強さに励まされて」

 

「……」

 

「その優しさを、愛おしいと、想うんだ」

 

雪華様は、懐かしむように目を細める。

 

「それで、僕のために命を投げ出す馬鹿もやってくれちゃって。でも、それすらもね」

 

「え……?」

 

「…大好きなんだ。だからさ」

 

「…はい」

 

「僕は、桜と共に生きていきたいんだ」

 

だから。

 

「桜。僕と、結婚してほしい」

 

「え………?」

 

「ああ、別に嫌なら嫌って言ってくれ。気を遣わないでいい」

 

「…そんなわけ、ないです……」

 

震える声で、告げる。

 

「忘れてくれなんて言っておいて、こんなことを言うのもダメですけれど……」

 

「私だって、貴方が大好きです…!」

 

涙が、止まらない。でも、これは川のほとりで流した涙じゃない。

 

「ありがとう…」

 

「…えへへ」

 

桜は幸せそうに笑って抱きついてきた。

にへらと頬が緩んでいる。

 

「ありがとう…」

 

私は知っている。その言葉に、万感の想いを込めてくれていることを。

 

「…はい」

 

僕は知っている。その言葉に、抱えきれない幸せがあることを。

 

2人は、お互いにそんな想いを心に宿して、いつまでも抱き合っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深雪の心を、穏やかに融かしてゆく桜花。2人のこれからは、どうなるだろうか。私ですら分からない結末。これからも、どうか私の語る物語に付き合って頂きたい。では、また次のお話で。

 

 

 

 

 

 

…そうだな、仮にも私の世界だ。上等な教会、もしくは、式場でも用意しといてやろうか。彼らの驚く顔が楽しみで楽しみでしょうがない。

 

それに、そこそこの修羅場もあるだろか。彼を想っていたのは1人じゃないからな。まあ、その時はその時だ。



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桜花のそばに夏の葉あり
18話


 

「ええ〜っ!?」

 

烏天狗の叫びが、早朝の里に響く。

 

「う、うるさいなぁ…」

「いや叫びたくもなりますよ!鞍馬天狗様のご令嬢との縁談を断って桜さんと結婚ですって!?」

 

「鞍馬様は笑って許してくれたし、ご令嬢も友人として親交もあるし」

 

何とついこの前、川から戻ってきた反動か体調を崩していた時、鞍馬様とご令嬢がお見舞いと言って訪ねてきてくださった。

 

「はぁ…、ちなみにそれでもものすごいことだって分かります?鞍馬天狗様が親交があり、ご令嬢と友人ですよ?」

 

「…確かに」

 

しかも破れてしまったとはいえ、令嬢は雪華に懸想しているのだ。その気になれば、天狗を掌握することも可能だ。

彼に限ってそんなことはないと知っているが。

 

「そういえば、颯香(さやか)様の好きなものって知ってる?」

 

颯香様とはご令嬢のことだ。

 

「甘味がお好きですよ。最も、あなたからもらったものなら何でも喜ばれるでしょうが」

 

「そうかな…?」

 

「そうですよ」

 

文はため息まじりに答える。

 

「そうか。なら、外の菓子でも作って差し上げるか」

 

「それは普通に喜びそうですね」

 

「ティラミスとかかな…、チョコケーキとか」

 

「聞くだけでお腹空いてきました……」

 

「あ、ごめん」

 

「まぁ、早いとこ帰って朝餉にします。では」

 

「うん、じゃあね」

 

そして、文は飛び去っていった。

 

「さて、僕もご飯作らなきゃ」

 

喫茶店はしばらく休みだ。僕はともかく、桜は僕の術で無理やり連れ戻したのだ。しばらくは経過観察。

 

「桜、起きて」

 

「んぇ…?」

 

「おはよう、桜」

 

「…え、せ、雪華様!?」

 

「うん、僕だ」

 

笑って言う。そして、桜は僕に抱きついてきた。

 

「えへへ…」

 

「いきなりどうしたんだい?」

 

「その、雪華様と結婚できたのが、嬉しくて…」

 

「…そっか。僕もだよ」

 

「えへへ…」

 

本当に、可愛らしいと思う。誰にも反論させない。

 

「今日は、霊夢さん達が来るんですよね」

 

「だね」

 

「私、生きてられるかな…」

 

「何で?」

 

「…本人達から聞いたほうがいいと思います」

 

「?そうかい」

 

「まぁ、何があっても死なせないから」

 

「…だからってご自分の命を擲つのはやめて下さい」

 

「…覚えておくよ」

 

その時、桜のお腹が小さく鳴った。桜は真っ赤になって俯く。

 

「はは、すぐにご飯にしよう」

 

「はい!」

 

 

 

そんな風に笑い合う彼らを、見つめる影があった。影は、料理を始めた彼を見てほんの少しだけ微笑むと、身を翻し、姿を消した。影の、彼女の髪は、瑞々しい緑。彼女がいた場所には、花の香りが漂っていた。



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19話

「雪華〜!」

 

「はいはい、聞こえてるよ」

 

夜、霊夢達が来た。

 

「言っても無駄だろうが、飲みすぎないようにね」

 

「分かってるわよ、そんなこと」

 

「全く信用ならないな…」

 

「別にいいじゃない。それより、今日は雪華も飲んでよね!」

 

「は?」

 

「当たり前よ。なんだかんだでこの前飲んでないし」

 

「アルコールはあまり好きじゃないんだ」

 

「えー?」

 

「えーじゃない」

 

「別に良いじゃないですか、雪華さ〜ん」

 

「早苗。なんでだよ」

 

「雪華さんと一緒に飲みたいからです!」

 

しかしその真意は。

 

(お酒の力を借りて告白する、これで大丈夫…!)

 

というものだった。

 

「はあ、分かったよ、ちょっと待ってろ」

 

「えー」

 

「君達のつまみを用意するからだよ」

 

「じゃあしょうがないわね!」

 

手の平がくるくるな霊夢だ。

 

 

 

 

「ほら、これでも食べてて」

 

「やった〜♪」

 

「現金なやつ…」

 

「それは何です?」

 

「度数低めの白ワイン」

 

「そんなのあったんですね…」

 

「わざわざ入荷したんだぜ」

 

「よいしょ」

 

僕が適当なカウンター席に座ると、音速で早苗が僕の隣を陣取った。…速い。僕でも見えなかった。

 

「早苗さん速すぎです…」

 

そう呟いたのは桜だ。

 

「おや、悪いですか?」

 

そう言いつつもまったく悪びれる様子がない早苗。

 

そして数分後。

 

「雪華!」

 

「レミィ、こんばんわ」

 

「あら、それは?」

 

「度数低めの白」

 

「同じの、頂戴?」

 

「ああ、分かった。少し待っててくれ」

 

席を離れると、その席にレミィが座った。すると、早苗が頬を膨らませる。

 

「どうした、そんなに膨れて」

 

「…別になんでもっ」

 

「そうか?…レミィ、お待たせ」

 

「ありがと」

 

「…そこは僕が座っていたんだけど」

 

「んく、んく…、いいじゃない、別に」

 

「はぁ、しょうがないな。じゃ、隣失礼するよ」

 

席を奪われたので仕方なくレミィの隣に座る。

 

「そう、それでいいの」

 

「そうかい?ならいいが」

 

「む〜っ…」

 

早苗が面白くなさそうな顔をしていた。

 

「早苗?」

 

「……ロリコン」

 

「失礼な。確かに子供は好きだが、恋愛対象としては見てないさ」

 

「……!」

 

レミィが傷ついた顔をした。

 

「レミィ?何か気に障った?」

 

「…ええ……」

 

「ごめんね、本当に…」

 

「…見てくれが子供だと、貴方は嫌いかしら」

 

「え?だから子供は」

 

「そういう意味じゃなくて。…私では、貴方の妻に不十分かしら……?」

 

「は?どういう…」

 

「…私は、貴方を愛しているわ。……私と、一緒に時を刻んで欲しいの」

 

「…は?」

 

「私だって、雪華さんが大好きです…!だから、私と、付き合って下さい……!!」

 

「…え?」

 

2人は赤くなって返事を待っている。

 

「…その、レミィ、早苗」

 

「…ごめんね」

 

「「…!」」

 

「今日、言おうと思ってたんだけどさ…」

 

左手を、胸の前に翳す。

 

「指輪…?」

 

「僕には、ずっと前から、好きな人が居てね。その人に、伝えたら、快諾してくれたんだ」

 

「その人は、誰なんですか…?」

 

早苗が恐る恐るといった様子で口を開く。

 

「……」

 

彼の視線の先には、1人の少女。彼女は、優しく微笑んだ。

 

「僕は、桜と生きるって、決めたんだ」

 

「…そう。なら私達がとやかく言う筋合いはないわね……」

 

「どうか、お幸せにっ………!!」

 

「…すまない」

 

彼女達が酔い潰れて眠るまで、僕を離してくれなかった。



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20話

夢を、見る。

随分昔に、行方知れずとなった母さんの夢…。

物心つく前にどこかへ行ってしまったから、ほとんど記憶はないけれど、それでも1つだけ、覚えていることがある。

どこかは分からない、陽だまりの場所。そこで、僕は母さんといた。その綺麗な瞳が僕を見ると嬉しくて、声を上げたのを覚えている。しかし、その顔は逆光となって判然としない。

 

どうして。どこへ。行ってしまったのか。何も分からない。でも、僕を、愛してくれたのだろうと、解っている。

 

 

「……」

 

「あ、おはようございます、雪華様」

 

「…うん、おはよう」

 

今日は桜が先だったか。

 

「そういえば雪華様、どんな夢を見てらしたんですか?」

 

「夢?」

 

「はい。時折、どうして、と呟いていらしたので」

 

「そうなのか?」

 

「ええ」

 

「…それは多分」

 

桜に母さんのことを話す。

 

「そんなことが…」

 

「まぁ、ね」

 

「お母様は、どんなお方だったのですか?」

 

「ちょっと誤解されることが多かったけど、優しくて、綺麗な()をしてて、花が好きだった」

 

「お会いしてみたいです…」

 

「どうだろうね、もしかしたら、いつか会えるかも」

 

「え?」

 

「そんな気がするんだ。いつか、ひょっこり出てくるかもって」

 

「そうだと、いいですね」

 

「だね。母さんはどんな顔するだろうか…」

 

「雪華様のお母様、喜んでくださると、いいなぁ…」

 

「それは桜次第だね」

 

「…不安です!」

 

「大丈夫だって」

 

「そうかなぁ…」

 

「君なら、ね」

 

「へ?」

 

「何でもない」

 

「気になるじゃないですかぁ!」

 

「だーめ」

 

「も〜!雪華様〜!」

 

「残念でした〜」

 

そして笑い合う。これが、ずっと続けばいいと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…母さん。僕にも、大切な人ができたよ。綺麗で、強くて、優しくて、そして儚い。

その美しさに憧れて、その強さに励まされて、その優しさが愛おしくて、その儚さを、護りたいと思う。そんな人。いつか、母さんにも会わせてあげたい。そう、会える。いつか。

そうだよね、母さん───。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一葉(ひとひら)、雪が舞う。その中に、『彼女』はありえないものを感じた。

 

「これは、あの子の……?」

 

分からないと、きっと覚えていないだろうと、思っていた。

だって、ずっとずっと前、私は彼を置いてきてしまった。

 

「…お返しを、しなくてはね」

 

一陣の風が吹き、花を舞い上がらせる。そして、その中へ思いを込める。

それが、彼へと届くことを願って。

彼女はほんの少しだけ微笑み、また花を見る。

彼女の愛は、伝わっただろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

陽だまりのベランダに、瑞々しい緑の花が一葉(ひとひら)、落ちていた。



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21話

「さぁて、明日から喫茶店も再開だ」

 

1週間ほど桜の経過観察をしていたが、何の変調もなく、至って元気なので、明日から喫茶店も再開しようと思っていた。

そこへ。

 

 

「おはようございますっ」

 

「おや、颯香様。どうなさいました?」

 

「た、たまたま近くを通ったので」

 

会いたくなったから来た、というのは恥ずかしいので黙っている。

 

「そうでしたか。なら、どうぞ、あがってください」

 

「良いんですか!?ありがとうございます!」

 

「いえいえ。しかし、なぜここに?何か御用向きでしょうか」

 

「…はい。実は、最近山で、おかしな事件が起きているんです」

 

「ふむ…、どのような?」

 

「ええっと…」

 

颯香様曰く、天狗達が失踪を続けているらしい。この前とうとう幹部の1人が失踪したので、依頼してきたとのこと。

…まあそれだけではなかったらしいが。

 

 

 

「本当にお父様ったら、危ないからって、全く出してくれないんです。小さい子じゃないのに」

 

そう言って颯香様は唇を尖らせた。

 

「それだけ、颯香様が大切なのでしょうね。鞍馬様唯一のご令嬢とのことですから」

 

「……です」

 

「何か?」

 

「颯香で、いいです。むしろそうしてください」

 

「…しかし」

 

「しかしも案山子もありません。私は、あなただから呼んで欲しいんです」

 

「…それが、貴女の望みなら。では、──颯香」

 

「はいっ!」

 

「恐れ多いにもほどがありますよ…」

 

「私が良いんだから大丈夫です!」

 

「…他の天狗がいない時だけですよ」

 

「大丈夫です!」

 

「雪華様ぁ〜…?」

 

「あ、桜が起きちゃったな…」

 

「なら、お暇します。もう少しお話していたかったですけど」

 

「申し訳ありません」

 

「いえいえ!…あ、でも」

 

「何でしょうか」

 

「その、ぎゅっとしてほしいです…」

 

少し赤くなりながら颯香は言った。

 

「…いけません。最悪死刑ですので」

 

「そう、ですか…」

 

ちょっとがっかりしたようだった。リスクを取ってでもして差し上げるべきだったか?

 

「また来ます!」

 

「え、ええ」

 

「では!」

 

「はい、また」

 

颯香は翼を出し、飛び去っていった。

 

「雪華様ぁ〜…」

 

「ああ、はいはい」

 

「えへへ〜…♪」

 

桜が寝惚けて僕に抱きつき、頬を緩ませる。

これが最早日課となりつつある。

そして。

 

「♪〜、…あ……」

 

「おはよう、桜」

 

「ご、ごめんなさいっ!」

 

赤くなって謝る。これもパターンと化しており、様式美とすら言える。

 

「大丈夫だよ」

 

そして抱き締め返す。これがルーティーンとなりつつある。

 

「さっき颯香様が来てね」

 

「えっ、そうなんですか?」

 

「厄介事だそうだ。しばらく出るよ」

 

「…わかりました。寂しいけどお留守番しておきます」

 

「うん、ありがとう」

 

さあ、1日の始まりだ。



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22話

颯香様の依頼を受け、一路妖怪の山へと向かった。白狼天狗に事情を話し、特別に入れてもらう。

…まぁ鞍馬様にはいつでも遊びに来いというお言葉をもらっているのだけど。

 

「あなたが、霜月 雪華様ですね」

 

「はい。颯香様の御依頼を受け、参上致しました次第です」

 

「聞き及んでおります。私は犬走 椛。この辺の警備隊の隊長です。現場への御案内を務めさせて頂きます」

 

「椛さん。よろしくお願い致します」

 

「はい。では早速、参りましょう」

 

「承知致しました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ここです」

 

「…なるほど……」

 

「目撃者が1人おりまして、本人曰く、龍が現れた、と」

 

「ふむ…」

 

彼は何か考え込んでいる。

 

(古来より龍は水神、なのになぜこんなに濃い妖気が……。天狗のものとも違う。烏天狗とも白狼天狗とも合致しない)

 

それに龍が妖怪を襲うことなど有り得るのか?神々は確かに気紛れで、気分で過酷な試練を与えることもあるが、生命だけは尊重する。神である以上食事は必要ないし、襲う理由が見つからない。

 

「この山に、天狗の他の妖怪は?」

 

「河童などが棲んでおりますが、龍のような見た目のものは」

 

「…なるほど」

 

となると、考えられるのは。

 

(みずち)でしょうか」

 

蛟。龍のような体を持ち、水を境にして移動できる妖異だ。確かに、ここから数メートル先に池があるようだ。これならほぼ間違いないだろう。

 

 

「少し集中するので、話しかけないで頂きたく」

 

「承知致しました」

 

「ふぅ…」

 

感覚を限界まで研ぎ澄ませ、心の琴線を細く細く削っていく。

そして、妖気を追っていく。10分程度なら、山の全域をカバーできる。水から水へ。奴の残した妖気を辿り、居場所を探知する。

 

「……」

 

彼が極限まで集中しているのが分かる。恐らく、今の彼には私の心音まで聞こえているだろう。

 

 

 

 

…見つけた。水底にある穴蔵の中。

 

「はぁっ、はぁっ…!」

 

9分。疲労が半端じゃない。タイムオーバーギリギリだった。

吐き気を催している。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

「っ…、はい。時間を、置けば」

 

「少し、休みましょう」

 

「ありがとう、ございます…」

 

「いえ」

 

(蛟は強力な妖怪…、一部地域では神となっている場合もある。気をつけないと…)

 

不遜ではあるが、討伐する時は僕が最高戦力だ。

 

 

 

 

 

数分後…

 

「申し訳ありませんでした。おかげで動けるように」

 

「分かりました。では」

 

「はい。蛟の居場所へ行きましょう」

 

「よろしくお願いします」

 

 

 

彼らが行った後。彼が立っていた場所に花の香が漂い始めていた。



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23話

「…ここだな」

 

僕達は、蛟がいる池に来ていた。

 

「奴は水底、どうやって戦うんですか?」

 

「当然、引き摺り出しますよ」

 

「え?」

 

そして、僕は魔法を放つ。水面が大きく荒れ、飛沫が飛び散る。これなら蛟にも聞こえるだろう。

そして、予想通りに。

 

『GYAOOOOON!』

 

吼えた。

 

「来る!」

 

「お、大きい…!」

 

体長5メートルはあろうかという巨体だ。これは温存なんてしてられない。

 

「『雪銀(ゆきがね)』!」

 

手の内に雪銀が召喚される。

 

「せいやっ!」

 

脆い箇所を狙い、そこへ食い込ませて鱗を剥ぐ。そうすることで僕を脅威だと認識させ、注意をこちらへ向けさせる。

 

「ふぅ…っ」

 

第3能力を発動。時間を止めて幾重にも斬る。解除すると、一瞬で裂傷ができる。

 

『GUOOOO!』

 

水を圧縮し、レーザーのようにして発射してきた。しかし。

 

「そいやっ!」

 

スキマを出現させ、攻撃を返す。

 

これが僕の最後の能力。

『能力を模倣する程度の能力』だ。

 

 

 

「す、すごい…」

 

私が敵わないであろう蛟を、いとも簡単に圧倒している。鞍馬天狗様でさえ多少は苦戦するだろう。何せ、蛟は転移能力を持つ。彼は、転移をさせる間もなく攻撃をしているのだ。

これが終わったら、彼に剣の稽古をつけてもらおう。近づいてくる獣達を狩りながらそう思った。

 

 

 

 

 

「予想以上にタフだな…」

 

着実にダメージは与えているものの、倒れる気配がない。鞘である雪銀も相当の攻撃力を備えているはずなのだが。

しかし、どうにも気にかかる。先程までは、僕を倒そうとする動きだった。だが、今は忍ぶ動き、つまりは耐久をされているように思えてならない。耐久しているということは、何かを待っているということ。つまりは援軍。だが、妖怪とはいえ蛟が群れることなどあるのか。その疑念が、判断を鈍くした。

 

 

「ぐあっ!」

 

背中に衝撃。なんと、もう一体潜んでいたのだ。僕を吹き飛ばした蛟は、さっきまで戦っていた蛟よりも大きかった。そして、大きい蛟は、椛に標的を移した。まずい、呑まれている。せめて、せめて椛だけでも。そう思い、軋む体を押して駆ける。

 

「間に合えっ…!」

 

 

その時、花の香りが、背を押してくれた。

 

 

 

 

 

 

 

「なっ…!?」

 

彼を吹き飛ばしたのは、先程までのものより一回り大きい蛟だった。血の気が引いていく。もう、ダメだ。せめて囮になって、彼を逃がさないと。

その時、花の香りがした。物凄い速さで駆けてきた彼に、今度は蛟が吹き飛ばされた。

 

 

「え…?」

 

「椛、下がっていてくれ」

 

「髪が…」

 

彼の髪は、瑞々しい緑、そして瞳は、鮮やかな赤。

 

「僕は、風見 夏葉(かよう)

『次代のフラワーマスター』だ!」



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24話

「僕は、風見 夏葉!

『次代のフラワーマスター』だ!」

 

 

髪色は瑞々しい緑、そして瞳は、鮮やかな赤。

しかし、声と顔は。

 

「雪華さん…?」

 

「これが、僕の本当の姿だ」

 

「雪華さんの、本当の…」

 

「下がってて、椛。僕がやる」

 

「でも…!」

 

「大丈夫。力も、解放されている」

 

そう言って、彼は霊力、魔力、そして妖力を放った。彼は人間のはず。なのになぜ?

 

「なんで、ただの人間が妖力を…」

 

「それは、僕が半人半妖だから。妖怪を母に持つ、それが僕さ!」

 

それなら、合点がいく。どうして、ただの人間があれ程までに強いのか。彼女もまた、ナイトメア・フィアーとの戦いに参加しており、彼の力を目の当たりにしている。

あんなに強い理由。それが半人半妖。そして、風見という名字。まさか。

 

「居るんだろ、()()()

 

「さすがね。ちょっと油断してたわ」

 

「風見 幽香…!」

 

「あっちの小さいほう、よろしく」

 

「ええ、任せて頂戴」

 

「桜華、抜刀」

 

雪銀から桜華を抜く。

 

「参る!」

 

あれでも、まだ抑制された状態だったのか。私の目の前で、壮絶としか言い様のない戦闘が始まった。

雪華改め夏葉が、幽香が、それぞれ蛟達を蹂躙する。

幽香は花を模した弾幕で。夏葉は刀と桜の弾幕で。これまでと比にならないダメージを与えていく。

そして、数十秒後には、瀕死の蛟達があった。

 

「とどめだ。行くよ」

 

「勿論よ」

 

夏葉は刀を、幽香は傘を構える。

 

「「『万花繚乱・デュアルスパーク』」」

 

光線が絡みあい、蛟を嬲る。

そして、大きな光が止んだ頃には。

2つの大きな骸があった。

 

 

「……!」

 

私は絶句した。目の前に示された力が、強大すぎた。

そして、その力に、恐れを抱いた。彼自身ではない。

彼の力に、だ。勿論、普段の彼は優しく、暖かい人なので、彼は怖くない。だが、その力を、私に向けられると思うと、ぞっとする。

 

 

 

 

 

 

 

「夏葉…」

 

母さんは、僕の名を呼んだ。

 

「うん。ただいま、なのかな。母さん」

 

「ええ…、お帰り、なさい…!」

 

そう言って、母さんは抱きついてきた。

 

「ちょっ、母さん!?」

 

「お願い…、もう少しだけ、こうさせて…」

 

「…しょうがないなぁ」

 

その言葉とは裏腹に、彼はとても嬉しそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、雪華宅…

 

「雪華様、早く帰ってこないかな…」

 

もうお昼に近い。お腹も減ってきた。

 

「ご飯作って待ってようっと」

 

美味しそうな音と匂いがし始めた頃。

 

「…え?」

 

自分の身体が透けていることに気づいた。

 

「嘘、なんで!?」

 

止まらない。

 

「雪華様っ…!」

 

そして、寂しく調理器具のみが残された。



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25話

今回はフォーウルムさんとのコラボ回です!では、どうぞ!


「さて、じゃあもう帰るね。彼女が心配してるだろうし」

 

「またね」

 

「うん。椛さんも、また」

 

「ええ、またいつか」

 

そんな言葉を交わし、僕は家に向けて飛び立った。彼女があんなことになっているとも知らずに...。

 

 

 

 

 

十数分後、家に着いたが、やけに静かだ。いつもなら、迎えてくれるはずなのに。

 

「桜〜?」

 

桜を呼んでも、反応がない。この家はあまり広くないから、呼びかければ聞こえるはずなのだが...。

 

家中を探しても居なかった。お手洗いにも入っていない。

 

まるで、何かに連れ去られたように。

 

「どこだ...?」

 

そして、台所に行ってみると、食事を作っていたのであろう。そこには寂しく放置された作りかけの料理と、調理器具があった。どこかに連れて行かれたのは間違いない。しかし誰が、何のために。彼女を自分のものにせんという輩だろうか。

 

「聞いて回らないと......」

 

そして、里の全て家を同意の上で捜索し、店という店も確認した。なのに居ない。

 

「桜、どこに...」

 

神隠しだろうか。なら、あの人が知っているはず。

 

「紫さん...」

 

「何かしら?...どうしたの。そんなに憔悴して、何があったの?」

 

「桜が、居ないんです。何か、ご存知ではありませんか...?」

 

「残念だけど、私ではないわ」

 

「じゃあどこに...」

 

「そうね、本来は禁忌なのだけど」

 

「え...?」

 

「桜は、あの子は今、異世界に居るわ」

 

「異世界...?」

 

「『あっちの』私からの情報だから、確かよ」

 

「なんで...」

 

「それは分からないわ」

 

「僕を、連れて行ってください!彼女のもとへ!」

 

「本来なら不可能ね」

 

「そんな...!?」

 

では、もう二度と彼女とは会えないのか。

 

「『本来なら』、ね。私ならあなたを連れて行けるわ」

 

「お願いします」

 

「即答ね。いいわ。その愛に免じて、1度だけ、禁忌を犯してあげる」

 

「ありがとうございます...!」

 

「ただし、何が起きるかはわからないわ。十分に気をつけなさい。それと。」

 

「そんな顔で行ったら、桜が心配するでしょう?もっとしゃきっとしなさい」

 

「...はいっ!」

 

自分の頬を叩き、気合いを入れる。

 

「マシな顔になったわね。じゃあ、5秒だけスキマを開くわ。一気に行きなさい!」

 

「はい!」

 

そして、異界への(スキマ)が開く。言われた通り、一気に駆け抜ける!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

駆け抜けた先にあったのは、異様な光景だった。燃えたぎるであろう炎が、凍っている。そして、そこに居たのは、パチュリーと、母さん。僕は、2人を助けるために。

 

「桜華、抜刀…!!」



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日常の幻想郷I
26話


クリスマス。それは、世界三大宗教のうちの1つの神が生まれた日とされる、聖なる日。子供たちは、両親からプレゼントを貰って喜び、両親はそれを見て頬を綻ばせる。

こんな日は、僕もゆっくり、桜とともに過ごし──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

たかったんだけど。

 

「雪華〜!」

 

「どうしたんだよ、魔理沙」

 

「クリスマスとやらなんだろ?プレゼント、届けに行こうぜ!」

 

「多分間に合ってる」

 

「確かに永琳達も張り切ってたが…」

 

✻「東方Lost word」のイベント『行く年来る年弾幕レイダース』参照

 

「だからだよ。永琳先生らがやるから、僕達は必要ないの」

 

「あいつのこと先生って呼ぶんだな」

 

「普通そうだろ」

 

「まあいいや。とにかく、これが私からのクリスマスプレゼントだ!」

 

そう言って渡されたのは小瓶。

 

「...なにこれ?」

 

「当たり前だろ?媚〇だよ媚〇」

 

「何で!?」

 

「夫婦ってことはいずれそういうこともするだろ?

私からの餞別だ!☆」

 

「いやしないから!桜まだ18だよ!?」

 

「マジかよ!?じゃあお前幾つだよ!?」

 

「20歳ですが何か!?」

 

「早すぎんだろ!?」

 

「いいじゃないか別に!!」

 

「いや確かに悪いということもないけどな!?」

 

「...とにかく、これはいらない。そういう意味で桜に手を出すのは、僕のプライドが許さない。少なくとも、今する予定はない」

 

「ちぇー、つまんねーの」

 

「つまらんとは何だつまらんとは」

 

「別にー」

 

「はぁ…、寒いだろ。コーヒーでも出すから入りなよ」

 

「お!ありがたい!じゃ遠慮なく」

 

そして中に入ると。

 

「やっほー」

 

居たのは狐面で顔を隠した少年。

 

「またお前か。作者(キツネ)

 

「あっひどい。僕にはくらんもちって名前があるのに」

 

「知らないよ」

 

「まあいいさ。そして1つ警告だ。あの人も言っていたが、『彼』がここの存在に気づきつつある。防備を固めるといい」

 

「へえ」

 

「じゃあまあそういうことで」

 

「それだけかよ」

 

「それだけだよ」

 

「カフェラテでも飲むか?」

 

「ホント!?いただきます!」

 

 

 

 

夜…

 

「お疲れ、桜」

 

「雪華様も、お疲れ様です」

 

「魔理沙に何かされなかった?」

 

「いいえ、特になにも…」

 

「なら良いんだけど」

 

「何でです?」

 

「いや、気にしないで」

 

 

数十分後。

 

「上がりました…」

 

桜が風呂から戻ってきた。だが、妙に紅潮している?

 

「大丈夫?」

 

「大丈夫、です…、でも、何か、体が熱くって」

 

「…やりやがったな魔理沙」

 

「魔理沙、さん…?」

 

「多分だけど、桜、媚〇盛られたぞ」

 

「そ、そんなぁ…」

 

「どうしたものか」

 

「こうしたら、大丈夫ですかね…?」

 

そう言って抱きついてくる。

しかし、紅潮しているのでかなり色っぽい。

理性を総動員して抑え、抱き締め返す。

 

「えへへ…♪」

 

「…」

(可愛い…)

 

抑えきれなくなったというわけではないが。

 

「ん…」

 

「…!?」

 

思い切って、桜の唇を奪う。

離した後、案の定真っ赤になっていた。

…それは僕も同じなんだけど。

 

「い、いきなり、何、を…///」

 

「…桜が、僕を誘惑するのが悪い」

 

「そ、そんなのしてませんよぉっ…///」

 

「した」

 

「〜っ!///」

 

「…なんというか、やっと、夫婦らしいことできたね」

 

「そ、そうですけど、いきなりは、だめ…!///」

 

「ごめんね、桜」

 

「あ、熱いのも吹き飛んじゃいました…///」

 

「なら、良かった…」

 

微笑む雪華様。

 

「恥ずかしい…///」



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新春特別編 元旦の霜月家

新年、明けましておめでとうございます。
昨年の1ヶ月もの間、『東方雪月花』をご愛顧してくださり、出演者一同を代表してお礼申し上げます。


「おはよう、桜。そして、明けましておめでとう」

 

「おめでとうございます!」

 

「去年、本当に色んなことがあったね」

 

「本当ですね」

 

「桜が幻想郷に来て、いきなり抱きついてきたり」

 

「…別に良いじゃないですか!」

 

今更恥ずかしくなってきた。

 

「まあね」

 

雪華は微笑む。それが一層恥ずかしくするのだ。

 

「雪華様と会った時はびっくりしました。まさかあんなとこで遭遇するとは思いませんでしたから...」

 

「そうなんだね」

 

「でも、忘れられてたのは悲しかったです...」

 

「ごめんね、本当に」

 

「思い出してくださったのは嬉しいんですけどね!」

 

「なら良いんだけど...」

 

「あの後、眠っちゃったりしましたね...、ごめんなさい......」

 

「何で謝るの。可愛かったよ?」

 

「そ、そういうとこですっ」

 

この方はこちらが恥ずかしくなるようなことを平気で言う。でも、やめて欲しいかと聞かれるとそうじゃない。

 

「お、何やってんだ?」

 

「魔理沙じゃないか」

 

「去年の振り返りをしてました!」

 

「私も混ざって良いか?」

 

「ああ、勿論」

 

「私達も入れてもらうわよ」

 

「霊夢、早苗、レミィに咲夜まで。いらっしゃい」

 

「綺麗な服ですね!」

 

「お正月仕様よ」

 

「うん、似合ってるね」

 

「そ、そうかしら?」

 

レミリアさんは嬉しそう。

きっと、今も雪華様が好きなのだろう。

 

「雪華さん、桜さん、これ!」

 

早苗さんが渡してきたのは。

 

「これは、着物?」

 

「とっても綺麗です!」

 

「私の自信作です!サイズは目算なので、多少違うかもですが...」

 

「じゃあ着てみるか」

 

「そうですね」

 

「1人で大丈夫ですか?」

 

「大丈夫。僕も桜も経験はある」

 

 

数分後...

 

「うん、いい感じ」

 

「ぴったりです!」

 

「それなら良かったです!」

 

2人のイメージカラーに沿った色と、それぞれに雪の結晶と桜の花の意匠。

 

「すごいな、早苗」

 

「もっと褒めてくれていいんですよ!」

 

「本当に凄いです!」

 

「えへへ♪」

 

「で、皆はなんでうちに?」

 

「そりゃ、楽しそうだからな!」

 

「私もほとんど一緒」

 

「私は、その...」

 

「レミィ、どうした?」

 

「その、あなたとお正月を過ごしたいと思って、ね」

 

「私も、同じこと考えてました...」

 

「嬉しいこと言ってくれるじゃないか。ありがとう」

 

「皆さん、一緒に騒ぎましょう?」

 

「そりゃいいな!」

 

「はぁ...、酒を買っといてよかったよ」

 

「さすが雪華、わかってるぅ!」

 

「相変わらず現金だな、霊夢」

 

「じゃあ、肴持ってきますね!」

 

「お願いね、桜」

 

「こんにちは」

 

「妖夢、いらっしゃい」

 

「宴会をすると思ってお刺身を持ってきたのですが!」

 

「ドンピシャ。ありがとう」

 

「じゃ、騒ぐわよ~!」

 

その後、朝まで騒いでいたそうな。

 

 

 

──────────────────────────

 

「空間の歪み...、とうとう来るのか。虚無の名を冠する者が」

 

(キツネ)は、独りごちた。



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27話

数日後。

 

僕は紅魔館に居た。レミィが紹介したい人物が居るとのことで、赴いたのだが…、今僕の膝の上には金髪で宝石のような羽を持った美少女。フランドール・スカーレット。

 

「お兄様〜♪」

 

どういうわけか懐かれてしまい、この状況というわけだ。ああ、桜の目がどんどん冷たくなっていく。

 

「ふ、フランドールちゃん?」

 

「むー、フランって呼んで」

 

「ふ、フラン、僕、御手洗行きたいや」

 

「じゃあ付いて行く!」

 

「そうじゃなくてだね…」

 

「…フラン、退いてあげなさい」

 

「はぁ〜い……」

 

(レミィ、ありがとう…)

 

(お易い御用よ…、うちの妹が申し訳ないわね…)

 

「その、桜、さん…?」

 

桜は一言。

 

「…ロリコン」

 

それはそれは冷たい一言。

 

「違うって!そういうのじゃなくて……!」

 

しかし、桜の心中は。

 

(あんなに素直に甘えられて、いいなぁ……)

 

「桜!待ってくれ!」

 

「嫌ですっ」

 

なぜこんなことになったのか、それは数時間前に遡る…。

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────

 

数時間前、人間の里…

 

「あら、雪華」

 

「咲夜じゃないか。買い物?」

 

「ええ。…そうだ、お嬢様からの伝言よ。

『また今度、手が空いた時にでも紅魔館にいらっしゃい。紹介したい人がいるの』とのことよ」

 

「分かった、じゃあ荷物置いてから行くか」

 

「ええ、待ってるわ」

 

 

紅魔館…

 

「よく来たわね、雪華」

 

「レミィ。お招き感謝するよ。紅魔館に来るのは久しぶりだな。ナイトメア・フィアーの時以来か」

 

「そうね、あの時はありがとう」

 

「礼を言われることじゃない。友人を助けた、それだけだ」

 

「あら、十分お礼に値するわよ」

 

「ところで、紹介したい人って?」

 

「おいでなさい」

 

「お姉様、この人?」

 

「ええ、そうよ」

 

「この子は?」

 

「フランドール・スカーレット。私の妹よ」

 

「よろしくお願いします」

 

「よろしく」

 

「悪い子ではないのだけど、少し困ったところがあるのよ」

 

「お兄さん、遊んでくれますか…?」

 

「ん?良いよ。何がいいんだい?」

 

「駄目よ、雪華!」

 

「じゃあ…、お兄さんで遊ぶ!」

 

途端に弾幕が放たれ、面食らいつつも紙一重で回避。

 

「ヤバいな、この威力…!」

 

「雪華様!」

 

「大丈夫だ!レミィ!少々傷つけることになるが!」

 

「私達の生命力を舐めないで!ちょっとやそっとじゃすぐ治るわ!」

 

「OK、スペルカード発動。『雪輪大華』!」

 

傷が凍り、体力を奪う。数分の後、フランドールは動かなくなった。

 

「これでよし。大丈夫か?」

 

彼女の目から狂気が消えたのを見計らって近づく。

 

「お兄様!」

 

氷を融かすと、そう言って抱きついてきた。

当然、雪華含めその場の誰もが唖然とする。

 

 

 

 

 

──────────────────────────

 

 

 

そして今さっきまでの状況ということだ。

 

「桜、ごめんって」

 

「む〜…、雪華様の1番は私です……」

 

「…ああ、そうだね」

 

少し機嫌を直した桜と雪華は優しく笑いあった。



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28話

本日2月14日はバレンタインデー。
女性が好きな男性にチョコレートを送る日とされているが、実はこれ日本だけの風習。聞くところによると、とあるチョコレート店が儲かるために『バレンタインデーにはチョコレートを送ろう!』と宣伝したところ大反響でそれが日本中に広まったとのこと。外国とかじゃあ男性から女性に花とか色んなの送るらしい。
話はそれたが、幻想郷のバレンタインデーを見ていこう。
…恋愛弱者の僻みみたいなもんだが。


 

「ふわぁ…。」

 

「おはよう、桜。そして、誕生日おめでとう。」

 

「ありがとうございます。」

 

そう、今日2月14日は桜の誕生日。なので、昨日のうちからかなり張り切ってケーキを作っていた。

 

「誕生日だし、欲しいのはある?」

 

「う〜ん…。今は思い付きません……。」

 

「じゃあ、出来れば今日中に。」

 

「分かりました。」

 

「誕生日だが今日も開店だ。頑張ろう。」

 

「はい!」

 

 

ちなみにその日はさくらんぼ&チョコレートフェアだったとか。

 

 

 

そして夜……

 

 

\ピンポーン/

 

「はーい!」

 

ドアを開けると、そこには早苗がいた。

 

「あ、桜さん……。雪華さんは居ますか?」

 

「居ますよ。雪華様〜!」

 

「早苗じゃないか。どうしたんだ?」

 

「え、ええっと…。今日はバレンタインですので……。」

 

「あ、そういえばそうだっけ。」

 

「こ、これ!受け取って、ください!!」

 

「これは…?」

 

薄緑の包み紙に包まれた、小さな箱。

 

「ち、チョコレート、です……。」

 

「ありがとう。嬉しいよ。」

 

「じ、じゃあこれで……!!」

 

「あ、ああ…。」

 

「あら、どうしたの?早苗がものすごい勢いで走っていったけど。」

 

「レミィ。」

 

「何かあったんですか?」

 

「いや、特筆すべき事は…、いや、チョコレートもらった。」

 

「先を越されたわね…。」

 

「そうですね…。」

 

「まあ仕方ないわ。これ、あげる。」

 

「私からも、これを。」

 

それぞれ紫と灰色の包み紙の小箱。

 

「これもチョコレート?ありがとう。」

 

「喜んでもらえたようで何よりよ…。じゃあ、渡すものも渡したし、帰りましょうか。」

 

「はい。」

 

その直後、紅魔館の自室でさながら茹で蛸のように赤面しているレミリアと咲夜が目撃された。一部の妖精メイドは雪華に言ってやろうかとも考えたが、2人の脅迫まがいの懇願(咲夜に至っては本当に脅迫した)によって思いとどまったという。

 

「雪華さん…。」

 

「颯香様。どうなさいました?」

 

「その、これ!」

 

桃色の包み紙の小さな箱。

 

「ありがとうございます。颯香様。」

 

「えへへ、頑張って作りました。」

 

「ありがたく、受け取らせてもらいます。」

 

「そうしてくれると助かります。」

 

「あやや…?颯香様!?」

 

「文じゃない。どうしたの?それに椛まで。」

 

「あはは…、これは時を改めたほうがよさそうですな……。」

 

「構いません。渡すものがあるのでしょう?」

 

「では、失礼して。雪華さん、義理ではありますが、これを。」

 

「ああ、さんきゅ。」

 

「私からも…。」

 

「ありがとな、椛。」

 

「…いいえ。」

 

「じゃ、戻りますよ、椛。」

 

「私も戻ります。じゃないと、貴方の一番大切な人に怒られそう。」

 

笑いながらそう言って颯香様も文と椛を連れて飛び立っていった。

 

「いっぱい、ですね……。」

 

「そうだね。嬉しいけど…。」

 

「けど…?」

 

「内緒だ。」

 

「ええ〜っ?」

 

君がくれるのならそれが一番嬉しい、ということは黙っておく。

 

「ま、それはそれとしてだ。誕生日プレゼントは決まったかい?」

 

「え、ええっと…。何言っても、嫌わないでくださいね…?」

 

「ああ、勿論。」

 

「じ、じゃあ、まず部屋に行きましょう?」

 

「…?分かった。」

 

そして導かれるまま寝室へ入ると、いきなり抱きついてきた。

 

「桜?」

 

「私は…、雪華様が、欲しいです……。」

 

桜の唇を奪ってすぐに離す。

 

「ふぇ……。」

 

目がとろんとしている。

 

「僕は手加減なんて器用なことが出来るような奴じゃない。

それでも?」

 

「……はい。」

 

「なら何も言わない。ただ、覚悟しとけよ。」

 

そうして長い長い夜は更けていった。

 

 

…尚、悪戯してやろうと思った紡ぎ手が来たが、声を聞いて慌てて退散したのは内緒だ。




更に余談だが。つい先程魔理沙が2人の食事に媚薬を盛ったことが判明し、ぶん殴ってやると言わんばかりに追い掛けられている。そして分かりやすい巻き添えを食って現在進行形で紡ぎ手のくらんもちも逃げている。解せぬ。


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虚無の零と雪の熾天
29話


皆さんお久しぶりです。
というわけで、コラボ回&新章開幕ぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!


幻想郷の喫茶店、桜舞う春(スプリング・ブロッサム)。しばらく平穏であったが、突如として空間が捻れ、1人の男が現れた。

 

「あれが、霜月雪華か。まあ、気をとられてるうちに桜とやらを回収するか。」

男は桜の気配を探り、そこまで転移する。

 

 

 

 

 

「♪〜」

 

私は、雪華様のためのご飯を作っていた。今あの方は鍛錬に出ているからだ。

しかし突然後ろに気配が現れる。

 

「誰!?」

「『干渉』」

その声とともに桜の感覚が消えた。

 

「ぐ…!」

 

体から力が抜けた。

 

「特に恨みはない、が眠ってもらおう。」

 

その言葉で、桜の意識が薄れていく。

 

「桜!」

「せっ…か、様…」

 

嫌な予感がしたので帰ってくればこれだ。

 

「桜を離せ!」

 

桜華を抜刀する。

 

「……つまらんな。」

「…なんだと?」

 

無意識の怒りが湧き上がる。

 

「今のお前では、俺には勝てん。」

 

零は指を鳴らす。

その瞬間、外から大きな音が鳴り響いた。

 

「何だ…!」

 

一瞬、気が逸れた。

 

「ほら、甘い。」

 

一瞬で零は距離を詰め、雪華を吹き飛ばす。

 

「くっ…!」

 

ほぼ反射で何とか後ろに跳び、ダメージを軽減したが、それでも10メートルは吹き飛ばされた。強い。

 

「精々、外の奴らを倒せるくらいの戦力が無きゃな。じゃあな。」

 

男は桜とともに消えた。

 

「待て!くそっ!

…仕方ない、外の奴らをやらないと。」

「雪華、大丈夫なの!」

 

来てくれたのは風見幽香。僕の母さん。

 

「大丈夫だ、母さん。少し手伝って。」

「勿論よ、あなたの頼みなら。」

 

そして、音が聞こえた方へ向かう。

 

 

外に居たのは、巨大な亀と蜥蜴人間(リザードマン)だった。

 

「母さんは亀のほうを頼む!」

「分かったわ!」

 

雪銀を喚び、応戦する。

 

「この程度!」

 

身体能力は高いが、その分脆いようだ。

攻撃力にステータスを全振りしたらしい。難なく撃破。

そしてあの亀へ向かおうとしたその時。

 

「くっ……!」

「母さん!?大丈夫!」

「大丈夫よ。ただ、厄介ね。」

 

その理由は、母さんが実演してくれた。母さんが放った弾幕が、そのまま帰ってきたのだ。

 

「なっ…!?」

 

なんとか弾き返すも攻略法が分からない。恐らく、奴自身の攻撃力は皆無。反射して相手を倒すのだろう。

逆に言えば、こちらから攻撃しない限り安全ということ。その間に頭を回す。

反射は恐らく魔力によるもの。自身をコーティングするなりしているのだろう。

待て、それならば。そうなれば実験だ。弾幕を放ち、奴を観察する。

…予想通りだ。

 

「母さん!何でもいい、弾幕を撃ってくれ!」

「…何か考えがあるのね?」

「ああ。」

「信じるわよ?」

「頼む。」

「三つ数えたらいくわよ。

…3、2、1、ここよ!」

 

母さんの弾幕が奴へと向かう。当然反射されるが、その直後、ほんの刹那だけ魔力反応が無くなる。その刹那をつき、雪銀を構え、振るう。予想通り、弾かれない。

 

「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

一刀両断。大亀を撃破。

 

「母さん、ありがとう。」

「いいえ、当然のことよ。」

「いってくるよ。」

「…ええ、いってらっしゃい。」

 

そして、奴の居る場所へ向かう。

絶対に許さない。



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30話

彼が誰か分かる人居るのかな………。


意識がまだはっきりしない中、桜は目を覚ました。

 

「ここは……?」

 

見渡すと、そこは霧が濃い空間だった。真っ暗ではないものの気味が悪い事には変わりない。

 

「暗い……、……怖い。」

 

桜は自身の肩を抱くようにした。

 

「ふむ、暗いのは嫌か。」

急に声がかけられる。

それと同時に辺りが真っ白な空間に変わる。

 

「どういうこと……?それにここは……?」

 

「ここは『狭間』だ。説明は省くが、幻想郷の外だ。」

 

声の主は桜の背後に立っていた。

 

「貴方が、私を此処に?」

 

そう言って、腰の拳銃に手を掛ける。

 

「そうだ。無駄だと思うが騒ぐなよ。」

 

彼はそう言った。

 

「……それを、聞くとでも?」

 

ゆっくりと銃を抜き放つ。

 

「別に構わん。」

次の瞬間、桜の手の中の拳銃が消えた。

 

「……!」

 

桜は驚愕に目を見開いた。

 

「今のを見切れない時点で、お前は俺よりも弱い。」

 

彼の手には桜の拳銃が握られている。

 

「……構いません。生きてさえいれば。」

「生きてさえいれば助けが来る、か?」

「ええ。私はあの方を信じています。」

 

自身の夫にして、最強の戦士を、彼女は知っている。彼ならば、きっと来てくれる。そう信じているのだ。

 

「随分とそいつを信じてるんだな。」

 

男は溜息を吐く。

 

「今頃、あっちは俺が出した召喚獣で手一杯のはずだ。ソイツが来るのが早いか、お前が死ぬのが早いか。……試してみるか?」

「お好きにどうぞ。きっと前者の方が早いです。自慢の夫ですから。」

 

桜は彼をキッと睨んだ。

 

「……抵抗しないのか?」

 

「抵抗する手段を奪われてしまったので。」

 

桜は動じていないように見えるが、内心恐怖を抑えきれていない。

 

「…怖いか?」

「……ええ、怖いです。」

 

嘘をついてもしょうがない。

 

「そうか。……条件を出そう。」

 

零は桜に提案をした。

 

「俺が出す条件を守るのであれば、ある程度の自由を約束する。」

「……条件とは?」

「・自傷行為をしない。

 ・逃げ出そうとしない。

 ・体に違和感があったらすぐに言う。

この3つだ。」

「…その程度でしたら。」

 

桜は頷いた。

 

「よし、決まりだな。」

 

零は頷いて桜に拳銃を返す。

 

「……。」

 

拳銃を腰に戻した。

 

「腹減ったな。なんか食うか?」

 

何もなかったはずの部屋に現れたキッチンに向いながら男は聞いてくる。

 

「いいえ、遠慮しておきます。」

 

毒でも入れられたらたまったものじゃない。

 

「毒とかの心配ならいらんぞ?俺はお前に手を出すつもりは無い。」

「…余り信用しすぎるのもどうかとは思いませんか?」

 

完全に信用したわけではない、ということを言外に告げる。

 

「もし仮に毒を入れたとしよう。そのせいでお前の体から自由を奪えば『お前の自由を保証する』という制約を破ることになる。」

「……それもそうですね。」

 

しかし、頑なに手を伸ばそうとはしなかった。

 

「腹減ってんじゃねえのか?」

 

男は完成したトーストを皿に盛り付けながら聞く。

 

「私にとってはあの方の料理が最高なんです。」

 

桜は微笑んだ。

 

「そうか……だが空腹で倒れるなんてことはやめてくれよ?」

 

そう言いながら男はトーストにマーガリンを塗っている。

 

「ご心配なく。これでも元軍人ですから、その方面の訓練も受けています。」

 

「ふーん、元軍人ねぇ。俺と似たようなもんか。」

「……貴方は、何をなさっていたのですか?」

「軍の道具さ。敵の玩具と互いを壊し合うのさ。」

 

冗談のように詳しいことは言わないが、それでもその意味を桜は理解していた。

 

「兵器、いや…、殺戮人形、だったのですね……。」

「…言ってくれるじゃねえか。」

「何か違いますか?」

 

怖くなって桜はあらぬ方を向いた。

 

「何も違わねえよ。人間を殺すために、俺は創られたんだからな。」

 

 



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31話

「何も違わねえよ。人間を殺すために、俺は創られたんだからな。」

 

彼の告白は中々に衝撃的だった。が。

 

「……私も同じようなものでしたよ。」

「ほう?」

「皇帝直属軍とはいえ、出撃も稀ではありませんでした。ただただ敵を殺した……。それだけです。」

「だが、お前は『ヒト』だろう?」

「……ええ、そうですね。」

 

そう言って彼女は俯いた。なら彼は何なのか。妖気を感じるわけでもないし、見る限り人間ではあるが。

 

「なら、その時点で俺とは違う。」

 

そこで桜は男の様子に違和感を感じ始めた。

 

「……貴方は、『何』なんですか?」

「……『人間』の姿を真似た『人形』さ。」

「……。」

 

居た堪れなくなり、桜は視線を逸らした。

 

「……人間でないから、敵を殺せと命じられ、殺し、殺し、殺し続けた。あのときは、ただ楽しいと感じたけれど、今は何も思えない。」

「ええ、余り気持ちの良いものではありませんよ。」

「……お前は、人間を引きちぎったことはないだろう。」

「ありませんよ。これでも普通の人間ですから。」

「俺はあるよ。引きちぎったこともあれば、押し潰したこともあるし、ただひたすらに殴り殺したこともあった。」

「…貴方は、何を思っていたのですか。」

 

余りに惨たらしい内容だったため、思わず問うた。

 

「別に、悪いとも思わずに殺し続けた。」

「…そうですか。」

「……だが、今でも思い出すよ、あの光景を。」

「…あの光景?」

 

どれ程惨いものなのか。

 

「泣きながら『許してくれ』『助けてくれ』と請う人間を、ただひたすらに『命令だから』と殺し続けた日々を……」

「……惨いですね。」

 

寒気がする。

 

「……暗い話をしたな。少し楽にしよう。」

 

男は立ち上がって、桜から距離をとった。

 

「別に構いません。…怖いのは事実ですが。」

「………。」

 

男は何も言わないが、明らかに様子がおかしい。

 

「…どうか、なさいましたか?」

「…………ぐ…ぁ…。」

「大丈夫ですか!?」

 

慌てて男に駆け寄る。魔法で怪我の治療程度なら出来るはずだ。

 

「来るなぁ!!」

 

男が叫ぶと同時に部屋の壁に亀裂が走り、辺りが一気に冷たくなる。

桜の周りには黄色い光が集まってきており、それらが桜を守るように浮いている。

 

「これは……!?」

 

桜は辺りを見回す。

 

「ぐぅ……があああぁぁ!!!」

 

男の叫びと共にあたりに衝撃波が撒き散らされる。桜は光によって守られているが、もしこれが無かったらと思うとゾッとする。

 

「くっ……!彼に、何が……!」

 

どのくらい経っただろうか。しだいに衝撃波は弱まり、部屋ももとと同じような無機質な空間に戻る。桜を覆う光が消えると同時に、男は大量に吐血した。

 

「大丈夫ですか!」

 

再び駆け寄る。何かの病気だろうか。でも、私なら。そう思い、回復魔法の上位魔法、治療魔法を発動する。

 

「やめろ。」

 

男は桜を優しく押しのける。

 

「で、ですが!」

 

このままでは死んでしまうかもしれない。目の前で死なれてしまうのは嫌だ。

 

しかし、その後に続いた言葉は、驚愕の言葉だった。

 

「違う、俺は、俺は悪くない……!」

 

「過去に、何が……。」

 

魘されているようにも見える。だとしたら、自身の過去に苛まれているのだろうか。

 

「あれは…あれは命令だったんだ…だから……許してくれ…」

 

あまりにも弱々しいその言葉は、まるで懺悔のようだった。

 

「…さっきの、あれでしょうか。」

 

先程彼が忘れられないと言っていた光景。

 

「………」

 

男は黙ってしまった。

 

「…あの。大丈夫、ですか?」

「……ああ、問題ない。」

「なら、良かったですけど……。」

 

再び喋った彼の言葉は、元の雰囲気に戻っていた。

 

「能力の暴走だ。……怪我はないな?」

「貴方の、おかけで。」

「……そうか。」

 

男は椅子に腰掛け深く溜息を吐く。

 

「何故、あんなことが……?」

 

桜は恐る恐る聞いた。

 

「…俺の能力は『記憶を具現化する』ってやつもあるんだが、偶にああなるんだ。」

 

「…便利ですが相応のデメリットがある、と。」

「まあな。」

「……そろそろいらっしゃる頃でしょうか。」

「…いや、もう少しだと思うんだが…」

 

その時、空間の一角が突如として斬り裂かれた。

 

「…思ったよりやるようだな。」

「全く、随分とふざけてくれるじゃないか。」

 

並々ならぬ怒気を立ち昇らせながら現れたのは、やはり雪華だった。

 

「これはこれは、お早いお着きで。」

「あの程度じゃな。」

 

男に向かって雪銀を向ける。

 

「……さて、君は俺らの戦いを見たいか?」

 

男は桜に問うた。

 

「……いいえ。」

 

桜は首を振る。

 

「そうか…なら。」

 

男が桜の目前で手を振る。

瞬間、糸が切れたかのように桜は地面に倒れた。

 

「…彼女に何をした。」

 

雪華は目元に険をいや増す。

 

「要望に答えただけだ。」

 

男は雪華に向き直る。それと同時に桜の体が浮き上がり、壁の中に消えていった。

 

「彼女には、安全地帯で眠っていてもらおう。『彼女が居たから本気を出せなかった。』等と言われては困るからな。」

「なるほどなぁ。

……これで存分にお前を殺せるよ。」

 

雪華は雪銀を構えた。



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32話

 

「ははは、それでいい。」

 

「……参る。」

 

文字通りの音速で近づき、剣を振るが、既にそこに彼は居なかった。

 

「なるほど、いい踏み込みだ。」

 

男は彼の背後に立っている。

 

勢いそのままに後ろへ剣を振るが、やはり避けられる。

 

「なんだ、その程度か?」

 

男は退屈そうに欠伸をした。

 

「言ってくれるじゃあないか。……良いだろう。」

 

雪華の背に、1枚の光翼が現れると、彼の速度が格段に上がる。

 

「ふむ。」

 

雪華の剣が、男を掠めはじめる。

 

「いい太刀筋だな。」

「そりゃどうも!」

 

変わらず剣を振るう。男の服は所々裂かれはじめていた。

 

「おいおい、やりすぎじゃないか?」

 

男は距離をとる。

 

「個人的にはまだまだ足りないな。鬱憤が溜まってるんだ。目の前の奴のせいでな!」

 

再び剣を振るう速度が上がる。

 

そして、斜めに男を斬りつけた。──のだが。

 

「?!」

 

斬られた傷からは大量の血が…………

 

出ることは無かった。

その傷はすでに消えていた。

 

「…馬鹿みたいな再生力だな。」

 

飛びずさって距離を取る。

 

「………面白いな。」

 

男から何かが滲み出た。

 

「お前は、どうやら相当にできるやつのようだ。」

 

その瞬間、彼の背後に五色の羽が広がった。

 

「ほう?」

 

桜華から放たれた光。それが結界のようなものとなって、圧から彼を守る。

 

「さあ、行くぞ!」

 

先程よりもさらに早く。

音速の7倍はあろうかという速度で男へと斬りかかる。

 

「おお、速い速い。」

 

男はそれを何でもなさそうに避けた。

 

それを見て、雪華は2枚目の光翼を解放し、さらに速度を上げる。

──男がギリギリ避けられない程度に。

 

「惜しいなぁ。」

 

その一撃は男に防がれる。いや、吸収されたと言ったほうが正しいかもしれない。

 

「へぇ……。ゲームに例えるなら、無敵状態ってとこか。」

「まあな、そら!」

 

大量の青い弾幕が雪華を取り囲む。

しかしその瞬間、弾幕は消失した。

雪華は変わらずそこに居たというのに。

 

「落とした、か?」

 

その瞬間、彼の背後に雪華が回り込んでいた。予備動作すら無く。

当然、桜華を振りかぶっていた。

 

「へぇ、来い!」

「言われなくとも!」

 

桜華の一閃。

本来なら吸収されるはずのその攻撃は、男の肉を裂き、血を噴き出させた。

 

「ははは!いいねぇ!」

 

男から赤い炎が出ると、雪華を吹き飛ばす。

 

「ちっ。」

 

言わば初見殺しだったから一撃を入れられた。次はもうない。

 

「面倒なことをしてくれるな。」

 

男は体を動かしながら言う。

 

「搦手はそこまで得意ではないがな。これで終わりだ。『桜華一閃』。」

 

桜華の力で身体能力をブースト、神速とも言える速度で男へ突っ込む。

 

「いいね、最高だ。」

 

その一撃は、男を直撃した。致死の一撃であったことを確信した雪華は、どうやって桜を救出しようものかと思案する。

その時、壁が消え、寝ている桜を発見した。

 

「桜、大丈夫か!」

 

雪華は桜を軽く揺すった。桜の瞼が震える。

 

「雪華、様……?あの、人は……?」

「倒した。当然の報いってやつさ。」

「そう、ですか……。」

 

少なくとも悪い人では無かった。むしろ、普段はとても優しい人なのだろう。私を攫ったのも、何か事情があってのことなのかと考えると、どうしてももやもやする。

 

「随分と愚かだな。」

 

二人の背後から底冷えするような声がかけられる。

 

「……まだ仕留めきれていなかったか。」

「……。」

 

男は黙っている。少し不気味に思いつつも、雪華は雪銀を構えた。



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33話

「吹き飛べ。」

文字通り、雪華は一瞬にして後方の壁まで吹き飛ばされた。

 

「ぐっ……!!」

 

何とか叩きつけられることなく止まることができた。

…言霊だろうか。

 

「……終わらせてやろう。」

 

男が腕を振るう。

その向きと同じように、雪華は壁に叩きつけられた。

 

「げほっ……!」

「雪華様!」

 

桜が悲鳴を上げる。

 

「………。」

 

男は手に力をこめる。それと連動し雪華の腕が軋んだ。

 

「ぐ……!!」

 

このままでは腕が持っていかれる。

……やむを得ない。

仕方なく、雪華は一気に8枚の光翼を解放、彼にかかった圧が弾け飛ぶ。

 

「……無駄だ。」

 

男は手を離しているはずなのに圧迫感は消えない。

 

「…粗方弾いたが、まだ残ってるな。」

 

しかし、戦闘行動に影響はないと判断。全力の12%程の速度で斬り掛かるが、それは先程までとは次元が違った。

 

「……潰れろ。」

 

雪華の上から圧がかかり、地面に叩きつけられる。

 

「ちっ。」

 

桜華を一振りすると、重圧が消滅する。これが桜華の力。『異能破り』、と呼称しているものだ。

 

「……切れろ。」

 

その一言だった。雪華の腕から力が抜け、脱力してしまう。指一つ動かせない。

 

「くそっ……!」

怒りに呻く。しかしそれでも魔法や霊術を用いて弾幕を放つが効果はない。

 

「……いい加減、終わらせようか。」

 

男の体から発せられた光が雪華を包む。しばらくすると完全に力が使えなくなってしまった。

 

「お前は充分に戦った。終わらせよう。」

 

「…まだだ。まだ、終われない……!!」

 

思念を用いて桜華を操作、自らの腕を僅かに斬ると、雪華は立ち上がり、桜華を構える。

 

「………まだ足掻くのか。」

「諦めは、悪いんでな……!!」

 

片足を引き、桜華を腰に。

壮絶な霊力、魔力、妖力、神力が渦を巻く。

 

「おかしいな。我の性質上、こんなことは有り得ないのだが。」

 

男が手をかざすと、そこに無色透明の巨大な剣が現れた。

 

「この気持ちが、『高揚』なのだろうな。こんなのは初めてだぞ、霜月雪華。」

 

狙うは起死回生。

眼前の敵全てを屠る、滅亡の(ヒカリ)

 

「熾天翼全開放、『終焉』のもとに跪け!」

 

男が剣を構え、声高らかに宣言する。

 

「『万物は無より出で、天に昇り無へと帰す。』我が名の元に全てを滅ぼせ!」

 

「『天を灼く熾天の光刃(ブライト・オブ・セラフィム)』!!!」

 

「『万滅無天』!」

 

互いの攻撃は、それぞれに向かって突き進み、戦場は爆風に包まれ、その中で雪華と桜の意識は闇に沈んでいった。

 

「…………生きてる。」

 

うっすらと意識が戻った雪華が聞いたのは、幼い少女の声だった。

彼等の戦いを、遠巻きに見ていた者が二つの影。片方は深紅の髪と同色の眼の男、もう一人は男と同じように瞳と髪の色が同一の少女だ。もっとも、彼女は青色だが。

 

「……終わったみたい。」

 

少女が呟く。

 

「遠目に見ても、()()と殺り合って相討ちに持ち込むとか、お相手はかなりの手練れだったみたいだな。」

「……女の人、無事かな?」

「さあな。見に行ってみよう。御主人の容態確認と回収しなきゃ行けねえし、相手が敵対してきたら………始末しなきゃだからな。」

 

男の言葉に少女は頷いた。彼等は準備を整え、怪物達の戦場に向かった。



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34話

というわけで雪華対謎の男、完結!いやー、かなり長くなってしまいましたが、付き合ってくだされば幸いです。


 

そして、暫くの後、雪華は目を覚ました。

 

「あの後……、どうなったんだっけ。」

 

記憶を手繰る。

お互いの全力の一撃は、僅かに掠めたが軌道を変えることなく互いに直撃した。寸前で結界を張り、ほんの少しだけダメージを抑えることが出来たが、それが無ければ即死だっただろう。

 

「お前さんは半生半死だったのさ。」

 

聞きなれない男の声がした。

 

「……僕か?」

 

声に警戒しながらも応える。

 

「ああ、中々の健闘だったぞ。」

「……僕は半人半妖だ。

……桜は?桜!」

 

悲鳴をあげる体に鞭を打ち、立ち上がって桜を探す。

程なくして見つかった。眠っているだけで、命に別状はない。

 

「安心しろ、生きてはいる。意識はなく眠っているがな。」

 

先ほどからの声の主は深紅の髪と瞳を持つ男だった。彼は今、雪華の横に座っている。

 

「……お前は?」

「初めましてだな、俺は焔。今はお前の味方だ。」

「今は?」

 

その言葉に眉を潜める。

 

「そうだ。いざとなればお前と殺し合うことになるかも知れないが………そうならないことを祈っている。」

 

「……あいつは。勝負は、どうなった。」

「あいつ……ああ、無天の事か。」

「どうなったんだ。」

「さて、ね。とりあえず寝てるんじゃねえか?御主人の体は無事だったし死んじゃあいねえだろうな。」

 

「……相打ち、か。」

「信じられねえがな……。お前、半人半妖の域を越えてるだろ。」

「半人半妖ではあるが、それだけじゃないからな。

『終焉』の熾天使。それが、昔の通称だった。」

「『終焉』、ねぇ。安っぽいというかなんというか。」

 

そんなことをぼやきつつ、焔と名乗った男は何かを準備している。

 

「……何をしている?」

 

とうとう目がおかしくなってしまったのだろうか。僕には目の前の焔という男がバーベキューの準備をしているようにしか見えないのだが。

 

「何って、バーベキューの準備だが?」

「………。」

 

目は正しかった。

なんとも言えない気分で空を仰ぐ。

 

「……準備できた?」

 

そんな時、うっすらと意識があるときに聞こえた少女の声が聞こえる。

 

「……君は、さっき。」

「……?」

「さっき様子見に行った時に見られたんじゃないのか?」

「…そうかも。」

 

「はぁ……。」

「ん………。」

 

雪華の溜息とともに桜の瞼が震える。

 

「桜!」

「雪華様……?私、何で………。

……そうだ、雪華様、お怪我は!?」

「無いわけじゃないけど、大丈夫。」

 

そして、夫婦は優しく微笑みあう。

 

「………。」

 

そんな二人を気にせず、少女はグリルで焼かれている焼き鳥を眺めている。

 

「あれ、この匂いは……?」

「鶏肉、ですか?」

「……そうか、焼き鳥食べたことないのか。」

 

雪華は嘆息した。彼女は幼いうちから熾天会に入隊していたため、このようなものは食べたことがないのだろう。

 

「……美味しそう。」

「はいはい、翼のはこっちな。」

 

焔は皿を翼と呼ばれた少女に渡す。乗っているのは塩ダレの焼き鳥のようだ。

 

「少し、もらっても?あんなのと戦った後だ。腹が減ってしょうがないんだよ。」

 

目の前で呑気に食事を始めた彼らに害意はないと判断し、雪華は苦笑した。

 

「おいおい、まさか俺が自分達の分だけしか持ってきてねえとでも?」

 

焔はそう言って横においてある箱を指差す。そこには大量の焼き鳥が入っていた。

 

「完全にピクニック気分じゃないか。」

 

つい先程まで戦場だった場所で突如始まったバーベキュー。

それもまた、悪くないと思う。

 

「元々、ピクニックだったしな。御主人とお前の戦いを見に来たわけだったし。」

「……御主人?」

「さっき…いや()()()戦っただろう?」

「最初?……そういうことか。

なら、さっきまでのあいつは何だ?別人格なら、納得だが。」

「あれは式神だな。……あれを同類と見るのは気が引けるがな。」

「同類?ということはお前も?」

「んー、元は違うがな。アイツは術式から出来てるが、俺らは元人間だ。」

「人間…?」

 

焼き鳥を食べつつ首を傾げる。

 

「ああ。俺も、そこにいる翼も。」

「人間を式神にする技術なんて……。」

「こちらにはありませんね。だとしたら、やはり凱さん達みたいな別世界の人達、ということになるのでしょうか。」

「………俺の世界にあったのは人間を兵器に作り替える技術だ。」

「……惨い、ですね。」

 

桜が顔を顰める。

 

「本当は実物が見せられれば良かったんだがな。生憎俺のは以前ぶっ壊しちまったからなぁ。」

「いや、よしておく。気分が悪くなりそうだ。」

「…実際にそうなるか、試してみるか?」

 

雪華の耳に、聞き覚えのある男の声が聞こえる。

 

「……やめろと言っているだろう。御主人とやら。」

 

雪華は嘆息する。

 

「別に、グロテスクな物でもないがな。」

「私は、嫌です……。」

 

桜も困り顔。

 

「まあ、『パラサイト』って言っておけばわかるだろ。」

 

男は雪華達のほうへ歩いてくる。その手には水晶のような立方体が握られていた。

 

「『寄生』、ねぇ。」

「それが、『パラサイト』?」

「いや、これは『無天』()()()()()()。」

「さっきのあいつか。」

「さっきの相討ちで式が壊れてな。もう運用は無理だろう。」

「それは……、申し訳ないことをした。」

「全くだ。……まあいい。」

「で、どう落とし前をつける?」

「も、もう良いですから!」

「だけど桜……。」

「言っておくが、次殺る時は今回のようにはしないぞ。」

「当然。」

 

目元に険をいや増す。

 

「やめてくださいよ御主人、ただでさえ今回手抜きすぎて無天使ったんすから。」

「あれで手を抜いていたのか…。

本気ではなかったとはいえ、手加減したつもりは一切無かったのだが。」

「本気だったらそもそもで戦いにならんからな。」

 

男は焼き鳥を口に運ぶ。

 

「次は、本気を出させてやるよ。」

 

雪華は不遜に笑った。

 

「無理だな。」「無理だろ。」「……無理。」

 

三人に否定される。

 

「まあ、今のままじゃあ勝てないのは事実。なら、強くなればいい。違うか?」

 

彼らしからぬ脳筋理論。

 

「遠距離から視神経を切断されて精神砕かれて時間の狭間に捨てられても生きてられるなら大丈夫じゃないのか?」

「精神関係なら大丈夫だ。熾天会の天使ならデフォルトで精神攻撃無効だしな。」

「そうか…まあ今は食うことに集中するか。」

「……そうだな。知ってはいると思うが、霜月 雪華だ。」

「妻の桜です。」

「さっきも言ったが一応、焔だ。」

「…翼。」

「零だ。よろしく頼む。」

 

「ああ、よろしく。」

 

仄かに笑みを湛える。

お互いに先程までの殺意が嘘のようだった。

 

「年がら年中殺気を放ってる訳じゃないさ。」

「そりゃ僕も同じさ。」

 

はは、と朗らかに笑う。

 

「そういえば、桜ちゃんは何してたんだ?動きってか何て言うかが一般人じゃないんだが。」

 

焔が疑問をぶつける。

 

「僕達は、軍人だったからな。僕は歩兵だった。」

「私は狙撃手です。最低限なら近接戦闘もできますけどね。」

 

「狙撃?」

「あ、スイッチ入ったな。」

 

桜の答えに翼が反応する。

 

「もしかして翼ちゃんも?」

「うん、ほら。」

 

そう言って彼女が見せてきたのは真っ白な筒だった。

どこからどう見ても銃などではない。

 

「これは……?

でも狙撃銃と似たものを感じるような?」

「こうするの。」

 

翼が筒からグリップのようなものを引く。

すると筒が変形し、見たことのないような狙撃銃になった。

その見た目はさながらSF漫画の銃だった。

 

「わぁ………!!」

 

桜が目を輝かせた。

戦場で組み立てる狙撃銃は数あれど、変形するものなど聞いたことがない。

 

「持ってみる?」

「いいの!?」

 

まるで知らない玩具を見せてもらった子供のようにはしゃぐ。

それを見て、雪華は嬉しく思うとともに、寂寥を感じていた。

 

「うん。」

 

渡された銃を持とうとした瞬間、銃はもとの筒に戻ってしまい、さらに銃とは思えない重さに取り落としてしまう。

 

「お、重い……!

それに、元に戻っちゃった……。」

 

桜は肩を落とす。

 

「あ、ごめん。忘れてた。」

 

翼は何かを唱え始める。すると筒が輝き、浮き上がってひとりでに銃へと変形していく。

変形が終わると、銃は滑るように桜の前に移動してきた。

 

「わぁ……。」

 

手に取り、試しにスコープを覗いてみると、見たこともない計器が沢山散りばめられている。

 

「どう?」

「すごいね!計器とかは分かんないけど、きっと凄い弾を撃てるんだろうなあ……。」

「そんなに強い弾は撃てないよ。」

 

翼はそう言うが、それを見ていた焔は首を横に振っている。

 

「焔さんは違うって。」

 

桜は苦笑した。

 

「まあ、言ってることは正しい。」

 

零がそれにさらに付け加える。

 

「確かに弾はそんなに強くはない。が、それの本質は射撃機構にある。」

「機構ですか?」

「ああ、レールガンってある……よな?」

「電磁投射砲ですね。」

「その程度であればこちらにもあるさ。」

「最近知ったんだが()()()()()()()()は単発らしいな?」

「そうだな。」

「でも、3点バーストのレールガンも研究されてたはずですよ。」

「それは追加でフルオートも出来る。」

「なっ!?」

「本当ですか!?」

 

2人が驚きの声をあげた。

 

「ああ、フルオートで撃てるような機構があるからな。それ以外にも銃あったろ?」

「うん。」

 

零の言葉に頷くと、翼は魔方陣から似たような白い筒を何本か取り出し始めた。

 

「こ、こんなに種類が……。」

「……驚いた。」

「使いたい時にその状況に合った銃を選ぶの。」

「つまりこれらの性能を全て覚えている、ということか。凄いな。」

 

雪華が感嘆の声を上げる。

 

「覚える必要はないよ?」

「では、どうやって」

「教えてくれるの。」

 

翼は筒を撫でる。

 

「この子達が、教えてくれるの。輝きたいって。」

 

「…何となくわかった。霖さんみたいな感じか。」

 

凱以外で僕の知る唯一の男性の能力者、森近霖之助。魔理沙が小さい頃からの友人とのことで、同類ということもあり、懇意にさせてもらっている。お互いに『霖さん』、『雪君』と呼びあっているほどだ。

 

「そいつの場合は違うな。」

 

焔が言う。

 

「こいつの銃は全部共通の式で呼び出すんだが、毎回出る銃が違うんだよ。」

「……つまり、銃それぞれに意思があると?」

 

どんなものにも意思はある。それは聞こえないだけ。実際霖さんもそういった『声』を聞くものだと、何かの折に聞いたことがあったような。

 

「どうだろうな………作った本人様に聞いてみるのが早いが……」

 

そう言って焔は零のほうを見る。

 

「そこのところどうなんだ、零。」

「ノーコメント………と言っておこう。」

「企業秘密ってことか?まあいいさ。」

 

雪華は肩を竦める。

 

「いや、一応武器に意思を込めるのは不可能じゃない。」

「その程度だったら僕も出来る。付喪神にすればいいしな。」

「付喪神なんて面倒なことはしなくていい。武器の構成術式に人格ルーチンの式を書き込んで調節すれば出来るからな」

「その手があったか……。」

戦乙女(ワルキューレ)を製造する時に使われる手法でしたよね?」

 

「問題なのは容量だ。」

「容量?」

「戦乙女には無いものですが…。」

「それは式の構成式の中に必要な部分だけをいれてるからだ。」

「そうか…、戦乙女は飽くまでも戦闘用の自律人形(オートマタ)。それ以外を入れ込む必要がないから容量の心配はいらない……。」

「他にもある。例えば核兵器に簡単な人格ルーチンをいれたとしよう。」

「ふむ。」

「考えただけでも恐ろしいですが……、まあ、はい。」

「その人格に戦争の歴史を徹底的に教え込んだ後、『世界を平和にするにはどうするか』という問いを投げ掛ける。以前俺の国でやった実験なんだが…なんて返ってきたと思う?」

「……人類を滅亡させる。違うか?」

「もっと単純さ。文明をリセットし『人類のいない世界が来るまでやり直す』さ。」

「……実を言うと、僕の世界でも同じ質問をとあるスーパーコンピューターに入力してみたことがあった。」

 

雪華は重々しく言う。

 

「スーパーコンピューター………?なんだそれ。」

 

「知らないのか?

……まあ文字通りさ。通常のコンピューターとは比較にならない程の処理能力を持つコンピューター。」

「あれじゃないっすか?デウエクみたいな。」

「あー……あのポンコツ装置か。」

 

焔の例えで零は納得する。

 

「なにそれ。」

「デウエク……?」

 

揃って首を傾げる。

 

「デウエク…正式名称は《デウス・エクス・マキナ》。俺の世界での戦争の火種であり、歴史に残ってはならない物さ。」

「……成程、な。」

「私達でいう、『マリア』、でしょうか。」

「んで、それでどうだったんだ?」

「その回答がさっきのやつさ。人類が滅べば、戦争は起こらない。それが、スーパーコンピューター……、『マリア』の結論だ。」

 

「ふーん、行き着く所は同じか。だが皮肉だな。」

「皮肉?」

「どういうことです?」

 

今日何度目か分からない首傾。

 

「戦争の火種がなければ……俺は存在してなかったからな。」

「……そういうことですか。」

 

桜は目を悲しみに染める。

 

「…俺達は兵器だ。常に戦い続けなければならない。」

「…僕もまた然り。戦わぬ兵器など、錆びるのみ。」

「半分人間なだけましだろ。」

「何言ってるんだよ。お前はクローン。つまり複製。なら、お前も人間だろう。」

 

何気ない言葉に、桜も、焔も、翼も、驚きの視線を雪華へ向ける。

 

「……クローン…完全にそうだったらよかったんだがな。」

 

雪華は呆れの嘆息とともに。

 

「御託はいい。元がクローンならお前は人間だ。少なくとも、僕はそう考える。」

 

 

「……お前みたいなのを馬鹿って言うんだろうなぁ。」

「馬鹿で結構。」

 

堪えた様子もなくあっけらかんとしている。

 

「それでいい、馬鹿は世界を救うからな。」

「そういうものか?」

「そういうもんさ。」

「…ま、いいか。」

その時、スキマが開き、レミリアが顔を出す。そして雪華を認めると。

「雪華、大丈夫なの!」

「レミィ、どうしたんだ?」

「どうしたんだじゃないわよ!怪我はないの!?」

「大丈夫だって。」

 

雪華の言葉を聞き、安堵したように溜息をついた。

 

「レミリア……いや、こいつは別世界のか。」

「お兄様!」

「わっとと、フラン?」

 

飛び込んできた彼女を何とか受けとめる。

 

「えぐっ、紡ぎ手からお兄様が危ないって聞いたの!」

 

続いてフランも。しかし、レミリアとは違い泣きじゃくっていた。

 

「フラン……も違うな。」

「ぜっがざ〜ん"!」

「早苗まで。…はは、そんなに泣くんじゃない。折角綺麗なのに。」

 

フランと早苗を苦笑して撫でた。

 

「おうおう、お熱いねぇ。」

 

「どういう意味だよ。」

 

苦笑を深くする。

 

「別にー?」

「言っておきますが、妻は私だけですから。雪華様は天性の女誑しなんです。もう慣れたものですよ。」

 

桜も苦笑している。

 

「……なるほどな。」

「御主人も他人事じゃないですね。」

 

焔に言われて、零は顔を顰める。

 

「……零さんもですか。お幸せに。」

 

優しく笑った。

 

「…礼を言う。」

 

この間にも次々と雪華の世界の者達が雪崩込み、彼の無事に安堵していた。

 

「……なんか、賑やか。」

「そうっすね。」

「だな。……………待てよ?」

 

零は1つ思った。

 

ここにいたらまずいんじゃねえの?

 

「大丈夫ですよ、彼女達に事情は話してありますので。納得してもらってますから、急に襲いかかられることはないかと。」

 

零のすぐ近くに、着物に狐面を被った少年が出てくる。

 

「………誰だこいつ。」

「あ、ども。《東方雪月花》の紡ぎ手ことくらんもちです。フォーウルムの友人と思ってくださいね。」

「あのメット野郎のか、なるほど。………てことは非常識か?」

「……どうなんでしょうかね?常識は持ち合わせているとは思いますが……。何分アウトローなので。要は社会不適合者ですよ、あっはっは。」

「そうか……まあ、何でもいいが、俺等はこの辺で失礼させてもらう。」

 

零が指を鳴らすと、ゲートが開かれる。

 

「ありがとうございました。ウルムにもよろしくお願いしますね。」

「おう、伝えといてやる。」

 

そんな会話をし、焔と翼がゲートをくぐったあと、思い出したかのように零は立ち止まり、振り向く。

 

「忘れるところだった。おい、雪華。」

「な、なんだ?」

 

雪華は女性陣にもみくちゃにされながら応える。

 

その様子を見ながら、零はその場にいる全員に聞こえるように言い放つ。

 

「次は、正真正銘の()()だ。完膚無きまでにぶっ殺す。」

 

空気が、音を立てて凍りついた。

零へ向けられるのは、明らかな敵意と殺意。彼女達の怒りが、無形の濁流となって、彼へ襲いかかる。

それを破ったのは当の雪華。

 

「はは、こっちの台詞だ!覚悟しておけよ!」

 

「いい返事だ、楽しみにしている。」

 

そう言って零はゲートをくぐり、消えた。

 

「こっちこそ、な。」

 

今まで強さの限界を感じていたが……、上には上がいるとはよく言ったものだ。当分の目標は、アレと同じ領域へ至ること。

そのためには、彼女達の力も借りねばなるまい。大切なものを、護ることができるように。そうして、雪華は決意を新たにするのだった。




はい実に6000字超。えげつないっすね。普段の6倍ですよ6倍。詰め込みすぎたことに後悔するものの時すでにお寿司というわけで。次回からは、とうとう雪華達がアレをやります!お楽しみに!


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雪華と桜 ~いつまでも~
35話


というわけでとうとう、()()をやりますよ!この章はかなり短くなる予定です!


「はぁ……。」

 

僕は頭を悩ませていた。何故なら、親友の目の前でとんでもない約束をしてしまったのだ。(『東方地憶譚』82話参照)

 

会場はレミィに頼み込んだら快諾してくれた。

……ニヤニヤしながらなのは非常に癪だったが。

 

「凱もなぁ……、わざわざ皆の前で言わなくてもなぁ……。」

 

そう、あれは訳あって別世界の幻想郷でこちらの世界の皆と話した時だった。……その前日に、改めて桜にプロポーズしたのだ。そして指輪(製作:五十嵐凱)を渡し、諸々が終わった後、皆と話していた。するとあいつの突然の爆弾発言が炸裂し、収拾つけるのが大変めんどくさい事態になってしまったのだ。

………いや、あいつのことだ。わざとあの場で言った可能性すらある。むしろ十中八九当たっているだろう。(あいつ)はそういう奴だ。人をおちょくってからかって愉悦を感じる奴だ。あれでモテまくるのがちょっと納得いかない。

……まあ頼り甲斐があること請け合いだが。なのだが!先述の1点においてのみ、僕はあいつを苦手としている。それ以外は料理上手で見た目も良く、さらには強いと非の打ち所がない奴だ。──その1点が無ければ。あそこさえ無ければ!

 

「……約束してしまったものは仕方ない、色々な方面に声かけなくちゃなぁ。」

 

今日何度目になるか分からない溜息をつく。

服に関しては早苗に頼むか……?正月では僕達の着物を作ってくれた。いやでもさすがに正装は…。桜に聞いてみたところ、やはりというべきか、洋式が良いとのこと。

 

「……紡ぎ手。居るんだろ。」

「呼んだー?」

 

スキマからくらんもちが出てきた。

 

「お前の力で、色んなものを生み出せるだろ?」

「そうだね、僕のセカイの中だけではあるけど、僕の能力だよ。」

 

こいつはセカイの中でのみ、あらゆるものを生み出せる。

 

「…あー、そゆこと?おっけー、全然いいよ。」

 

快諾してくれた。

 

「感謝するよ。」

「ん、気にすんな。普通にお前らのことは応援してるし。」

「ありがとな。」

 

笑い合う。2人にしては珍しく穏やかな一時だった。

 

「あ、他に欲しいもんある?あるんなら一気に創るけど。」

「…いや、今のとこ。」

「りょーかい。じゃあ、来週までには仕上げる。」

「頼む。」

 

くらんもちを見送った後、気分転換に外に出ることにした。

色々悩んでいたから、結構鬱屈していた。

 

「さーて、会場も服もOK…、後は料理くらいか?」

 

恐らく僕達が出る幕はない。咲夜と妖夢が異様に張り切っていたからなぁ……。

 

……その時。鈍い音が聞こえた。



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36話

鈍い音がした方へ向かうと、1人の女の子と大人の男がいた。

そいつが、5歳くらいであろう小さな女の子を殴っていたのだ。

 

「ごめ、なさい……!」

 

女の子は必死に謝っているが、男は聞く様子がない。我知らず駆け出し、気付けばそいつの顔面を思いっきり殴っていた。恐らく歯と顎の骨が砕けたのだろう。ばきりと、音がした。

 

「おま、親分に何しやがる!」

 

そんな声も聞こえたが、文字通り一蹴して黙らせる。

 

「や、やべえぞ逃げろ!」

 

奴の子分と思わしき青年達は蜘蛛の子を散らすように逃げていった。それを見届けた後、ようやく声をかける。

 

「もう、大丈夫だよ。」

そして、彼女は泣き出した。今まで泣くことも許されなかったのだろう、ぎこちなく、けれど今までの辛さを爆発させるかのように泣いた。

 

「よしよし。痛かっただろ?」

 

そっと抱き締めてやる。一瞬びくりと小さな体を震わせたものの、すぐに委ねてくれた。加えて優しく撫でてやる。

しばらくそうしていると、ようやく泣き止んでくれたようだった。

 

「あ、の……。」

「ん?」

「なん、で、わたし、を……。」

 

成程、何故自分を助けたのかと聞きたいわけか。

 

「……それはね、僕の大好きな人に、とっても似てたからだよ。」

 

そう。初めて会ったあの夜も、こんな感じだった。まあ、あの時の桜はこの子より少し大きかったが。

 

「だいす……?」

「そう。それに、目の前で小さな子が泣いてるんだ。助けなきゃね。」

 

彼女は首を傾げた。

……どうやら、周りの大人達は見て見ぬふりを貫いていたらしい。そして、決断する。

 

「君、うちの子になりなよ。」

「……!?」

 

驚いたように目を見張る。当然だろう、助けてくれたとはいえ、見ず知らずの人にうちの子になれと言われているのだ。

 

「絶対に、あんなことしないし、させないよ。僕が、僕達が、護るから。」

「……なんで………?」

「ただの自己満足……、つまり見てられないんだよ。安心して。ね?」

 

彼女は俯いた。それは悩んでいるというよりも、恐怖に怯えているような様子。しかし、数秒の後、頷く。

 

「僕は霜月 雪華。君のお名前、教えて?」

「おなまえ……?」

 

名前も与えられてないときたか。

 

「じゃあ、君は紅葉(くれは)。霜月 紅葉だ。」

 

彼女の銀杏(イチョウ)のような髪に準えて。

綺麗な金髪を持つ彼女は、あどけないながらも整った顔をしていた。きっとあと10年もすればかなりの美人になるだろう。

 

「くれは……。」

「そうだ、さぁ、帰ろうか、紅葉。」

 

紅葉の手を取り、家路を辿った。

 

 

 

その後桜に紹介したところ、驚きながらも『雪華様ならしょうがないですね』とのお言葉を頂き、正式に紅葉は僕達の義娘となったのだった。



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37話

紅葉を引き取って数日。彼女も大分慣れてきたようで、僕を「おとうさん」、桜を「おかあさん」と呼ぶようになっていた。

初めて呼ばれた時のグッとくる感覚は忘れまい。霊夢達にも紹介し、初めは人見知りしていたものの、すぐに懐いて、特にレミィとフランに関しては「レミおねえちゃん」、「フランおねえちゃん」と言って慕っているようだ。

だが唯一困るのは、紅葉が僕の傍を離れないこと。普段ならいい。しかし店を開ける時はどうしても奥に居てもらわないといけない。だから、店の時だけフランに来てもらい、遊んでもらっている。そんな日が続いたある昼下がり。

 

「おとうさん、あのね…。」

「ん、紅葉、どうした?」

「おにんぎょう、こわれちゃった……。」

「ああ、そういうことか。分かった、父さんが直してあげるよ。」

「……!ありがと……!」

 

この家に来てから、笑顔を見せてくれるようになった。それが愛らしくて、ついつい撫でてしまう。

 

「ん……♪」

「おー待たせーい。……と、紅葉ちゃんじゃないか。お父さんに遊んでもらってたのかい?」

「紡ぎ手か。…ということは。」

「おう、御望み通り創ってきたぜ。」

 

紡ぎ手が取り出したのは明るい灰色のタキシード。なるほど、僕のイメージカラーを反映したらしい。

 

「桜のは?」

「それは本人に渡すつもり。お楽しみは最後まで分かんないほうがいいだろ?」

「……変なもの創ってないだろうな。」

「んなしょーもないふざけ方するかい!安心しろ、神に誓って、真面目に創った。」

「じゃあ違えた場合死刑な?」

「怖いけどお好きにどうぞ。本当に真面目に創ったから。」」

「……嘘はないみたいだな。」

「最初からそう言ってんじゃん。」

「ならいい。ありがとな。」

「おうともさ。たまにゃあ良いこともしないとな。」

「ま、大助かりしたのは事実だな。」

「だろー?」

「……ねえ、きつねのおにいさん。こっちきて。」

「んー?良いけど。」

「うちの娘に変なことするなよ。」

「誰がするか!!」

 

紡ぎ手が連れてこられたのは雪華達の寝室。

 

「どしたの紅葉ちゃん、何かあった?」

「ううん、あのね……。」

 

そして、紅葉は彼女が幼いながらも必死に考えたサプライズを話した。

 

「成程、そいつはいい。お父さん達も喜ぶだろうね。」

「じゃあ……!」

「狐のお兄さんが手伝ってあげるよ!一緒に頑張ろうな!」

「……うん!」

 

その後、彼らは使われていない部屋に移動し、『サプライズ』の準備をするのであった。

尚、これを通して紅葉は紡ぎ手とかなり仲良くなったようで、出来上がる頃には彼を「くらんおにいさん」と呼び、雪華が衝撃を受けたのは余談である。




「紡ぎ手じゃない、どこ行くの?態々『道』まで作って。」
「紫か。
……くらんもち郵便、行って参りまーす。」
そして、彼は『道』を通り、異世界へ向かうのであった。


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38話

というわけでとうとう挙式!彼らの幸せは永遠に。
さてと、僕も準備しなくっちゃ!


翌週。雪華達の結婚式当日である。

紅魔館の庭に、幻想郷の少女達が集まっていた。

雨予報ではあったが、紡ぎ手が無理矢理晴れにしたのは内緒である。

そこへ、

 

「よし、着いたな。」

「やっと着いた!」

 

スキマを通ってやってきたのは、雪華達の異世界の友人、五十嵐 凱と姫乃禍月(まがつ)

 

「凱!?何で!?」

 

雪華が驚いた様子で声をあげる。

 

「よ!元気そうで何より。」

「やっほー!来ちゃった!」

「紡ぎ手だな!?」

「あったりー!」

「何で凱達を呼んだんだよ!」

「そりゃお前の友達だから。違うか?」

「ぐ……、確かにそうだが………。」

 

雪華が珍しく言葉に詰まるとそこへ。

 

「おとうさん、だいじょうぶ?」

 

紅葉が来た。

 

「ん?……待て、『おとうさん』?」

「……聞き間違いじゃないよね?」

 

二人が首を傾げる。

 

「どうした、紅葉。」

「ん……。」

 

抱っこ、と要求するように手を上げ、雪華が要望の通りに抱き上げる。

 

「おかあさん、きれいだったよ…!」

「そうなのか、楽しみだな。」

 

優しく微笑む彼らは、まさしく親子であった。

 

「……まさか、お前子持ちだったのか?!」

 

凱が珍しく驚いた声をあげた。

 

「いや、引き取った、というか保護した。……虐待を受けていてな、見ていられなかったんだ。」

「………へぇ?その屑は何処に居るのかしら?」

「おい落ち着け。」

 

姫乃から殺意が立ち昇る。

 

「大丈夫。ちゃんと制裁は加えてある。顎の骨砕いたから、死にはしなくともしばらくろくに喋れないし、後遺症も残るだろう。

……紅葉が怯えてるぞー。」

 

殺気を放つ彼女に怯え、紅葉が身を震わせる。

 

「大丈夫、この人は父さん達のお友達だから。優しい人だよ。」

 

「あーごめんね!」

 

姫乃はすぐに普段通りに戻る。

しかし…、

 

「…………。」

 

凱は静かに紅葉を見つめるだけだった。

 

「どうしたの?」

「……いや、何でもない。」

 

そう言って凱はやさしめな笑みを浮かべた。

今度は普通の笑みである。

 

「えと、しもつきくれはです、よろしくおねがいします。」

 

抱っこされながら器用に礼をした。

 

「か……可愛いいーーー!」

「しっかりしてるじゃないか。」

「少し人見知りのきらいはあるけど、凱達なら大丈夫みたいだな。」

 

姫乃の声に驚いたのか、紅葉は雪華により強く抱きついた。

 

「おい、ビビってるじゃねえか。」

「ああああ、ごめんね紅葉ちゃん!」

 

必死に姫乃が謝る。

 

「大丈夫だよ。な、紅葉?」

 

紅葉はゆっくり頷く。

そして雪華が撫でてやると嬉しそうに微笑むのだった。

 

「そういえば、桜ちゃんは?」

「別室。さすがに同じ部屋で着替えるわけにもいかないし。」

「それにお楽しみは最後まで、でしょう?くらんもち謹製のウェディング衣装ですからねぇ。」

 

にやりと笑ったのはくらんもち。

 

「そっかぁ。楽しみだなぁ。」

「ほら、紅葉ちゃん、お父さん達の邪魔しちゃいけないから、あっちで待ってような。」

 

紡ぎ手は雪華から紅葉を受け取り、退室していった。

……やはり懐いている。

 

「さて、いろいろあって整理がつかんが、おめでとう、雪華。」

「……ああ、ありがとう。」

 

仄かに、しかしこれ以上ない喜びがこもった笑み。

 

「おめでとう……雪華君!」

 

姫乃は既に涙ぐんでいる。

 

「全く……、本人より先に泣いてどうするんだい。桜にも言ってやってくれ。」

 

姫乃の様子に苦笑した。

 

「うぅ……だってぇ……。」

「全く。それで?いつ始まるんだ?」

 

「1時間後。会場のセッティングとかを咲夜達がやってくれてる。」

「なるほど。………こんな事はあまり言いたくないが。」

 

凱が少し険しい表情をする。

 

「どうした?」

「あの少女、紅葉から目を放すなよ。上手くは言えないが………。」

「……分かった。娘を、喪いたくはないしな。」

 

そこでまた来たのは紅葉。紡ぎ手から逃げ出したらしい。時折あいつの紅葉を探す声が聞こえてくる。

 

「随分とアグレッシブだな。」

「どうしたの?おとうさんの方がいいのかな?」

「ん…。」

 

肯定するかのように雪華にひっつく。

 

「愛されているな。」

「ずっとこんな感じさ。嬉しいね。」

 

再び撫でた。雪華も雪華で紅葉を愛している。

 

「このまま仲良く過ごせるといいわね!」

「そうだね。そう出来るように祈ってるよ。」

「やっぱりここか!」

「紅葉ちゃん、駄目でしょ、お父さんのお着替えの邪魔になっちゃうわ。おばあちゃんと居ましょ?」

 

そこまで話すと紡ぎ手と幽香が来た。

 

「……そうか、お前の母親って幽香だっけか。」

「おとうさんといるの!」

「……こんな有様さ。」

 

雪華は苦笑するも、満更でもない。

 

「別にいいんじゃない?始まるまで時間ありそうだし。」

「……ま、好きにさせとくか。セッティングはほぼほぼ終わった。後は料理だな。」

「そうね、妖夢と咲夜が張り切ってたわ。」

「じゃあ私達もゆっくりしましょうか。」

「そうしとけ。俺は一旦戻る。」

「なら、桜の部屋に案内しますよ。彼女も喜ぶでしょうし。」

「そうね。また後でね、凱君。」

「ああ、また後で。」

「こっちですよ。」

 

紡ぎ手に姫乃も続く。そのまま部屋に着いた。

 

「桜、お客様だぞー。」

「はーい。

…あ、紡ぎ手さん。それに、姫乃ちゃん!どうして?」

 

桜は顔を輝かせる。

 

「呼ばれて来ちゃった!」

 

姫乃は桜に近付く。

 

「いらっしゃい!

……とうとう、かぁ………。」

 

感慨深げに呟く彼女は、花の意匠の入った淡いピンクの綺麗なドレスを纏っていた。

 

「………。」

 

姫乃は無言で桜を見つめていたがポロリと涙を流した。

 

「姫乃ちゃん!?」

「え、どうしました!?」

「ううん…なんでもないの。」

 

姫乃は涙を拭う。

 

「綺麗だよ、桜ちゃん。」

 

「……うん、ありがと。」

 

桜は親友を優しく抱き締める。

 

「よかったね…桜ちゃん。」

 

姫乃も抱き締め返す。

 

「お陰様で、ね。

……いつかは、姫乃ちゃんもこうなるのかな?」

 

悪戯っぽく微笑んだ。

 

「どうかな……でも、そうなるといいな。」

 

姫乃は優しく微笑む。

 

「よろしければ僕が創りますよ。イメージさえ固めれば全然行けますので。」

 

紡ぎ手も便乗する。

 

「うーん、出来れば凱君に作ってほしいなぁ。」

「あははっ、それもそうですね。失礼しました。」

 

彼は楽しげに笑う。

 

「姫乃ちゃん達の時も呼んでね?」

「もちろん!約束だよ。」

 

紡ぎ手は耳元のインカムから顔を上げる。

 

「ん、了解。

……準備が出来たようです。席に案内します。頑張れよ、桜。」

「…いってきます!」

 

笑う桜を残し、彼らは部屋を後にする。

 

「いってらっしゃい、桜ちゃん。」

 

数分後

 

プリズムリバー三姉妹の音楽と共にまず入場してきたのは雪華。明るいグレーのタキシードを身につけている。

 

「雪華君も格好いいわね。」

「そうだな……違和感があるのは俺だけだろうが。」

 

途中から合流してきた凱と共に姫乃はその様子を見ている。

 

「そうですかね?僕なりに真面目に作ったんですけど。」

 

紡ぎ手もすぐ近くに座っていた。

 

「いや、あいつが洒落た格好をしてるとな、どうも違和感が拭えん。あいつの戦いぶりを知ってるだけにな。」

「あー、そういう。」

 

まああいつは普段着で敵軍3万を全滅させるようなやつだし、仕方ない。

 

「そろそろ桜ちゃんかな?」

「ですね。お、丁度だ。」

 

その言葉と同時に、ドレス姿の桜が入場。周囲から息を呑む音が聞こえ、雪華も目を奪われたのか見開いていた。

 

「なるほど。さっき姫乃が泣いた理由も解るわ。」

「でしょ!本当に綺麗だよね。」

「自信作ですよ。いやー、検索しまくってイメージ固めまくった甲斐があったなぁ。」

「あれ再現するのに二週間くらいかかりそうだな。」

「完全再現はお勧めしませんよ。

そう、例えば……、アメジストみたいな紫、とか?」

 

姫乃に視線を向け、軽くウィンクをした。

 

「いや、それだとあのデザインには合わんな。あのデザインのカラーリングなら……」

 

そう言って凱はなにやらぶつぶつと呟き始めた。

完全に仕事モードである。

 

「全く、凱さん、今はこっちですよ。」

 

紡ぎ手は苦笑した。

 

「…ん、あーすまん。」

「ほんっと、凱君ったら。」

 

そう言う姫乃の頬は少し赤くなっている。

 

「まあ、そこまで姫乃さんを大切に想ってるってことですね。」

 

目を戻すと、雪華がそっと差し伸べた手を取り、桜が壇上に上がっていた。

 

「お、そろそろ見所か?」

「最初っから見所満載よ。」

 

 

 

「いつまでも、隣に居るよ。」

「私も、離しませんからね。」

 

頬を赤らめながら誓う。

そのままキスをする………なんてことはなく、両手を繋いだ。

 

「ったく、あれだけ恥ずかしがるなって言ったのに……。」

 

紡ぎ手も頭を抱えた。

……と思いきや、素早く桜の方からキスをしたのだ。

 

 

 

「……不意打ちとはずるいぞ。」

 

雪華も目を見張り、恥ずかしそうに微笑んだ。

そして今度こそ本当に口付けを交わした。

 

 

「……よかったね、桜ちゃん。」

「危なかった。危うく撮り逃すところだった。」

「それ、彼奴らに見せないほうが良いですよ。雪華は勿論、桜も暴走しかねませんし。」

「まさか、見せずにとっておくさ。」

「なら良かった。ほら幽香、行きなよ、母親だろ。」

「わ"か"って"る"わ"よ"!」

「泣かずにはいられないよなぁ…。」

「ぐすっ……。母親としての役目を果たせなかった私に、こんなことを言う資格は無いかもしれないけど…、夏葉、いいえ、雪華。おめでとう。そして桜ちゃん、この子と共に居てくれて、ありがとう。どうか、幸せになることを、祈っています……!」

 

そこまで言って感極まったのかわんわん泣き出す幽香を紡ぎ手が連行。その途中で、

 

「凱さん!姫乃さん!」

 

2人にマイクを投げ渡した。

 

「うおっと?!」

「桜ちゃんおめでとー!」

 

戸惑う凱からマイクを奪い取った姫乃が言う。

 

「雪華君と一緒になれてよかったね!これからもお幸せに!」

 

 

「ふふっ、勿論だよ!」

 

満面の笑みを浮かべた。

 

 

「今回は素直に言わせてもらおう。二人とも、結婚おめでとう!」

 

「ありがとな!」

 

雪華もまた微笑み、手を振った。

 

そして時は進み披露宴。

2人が乾杯の音頭を取る。

 

「皆、この度は集まってくれてありがとう!」

「皆さんのお陰で、こんな豪華な式を行うことが出来ました!それでは……!」

『乾杯!!』

 

 

「乾杯。」

「かんぱーい!」

 

そして、彼らを祝福する者、感極まって号泣する者、それを宥める者と分かれていた。

「相変わらず賑やかだな、雪華?」

「凱。そうだな、だけどこの賑やかさが心地良い。」

「ですね。」

 

そう言って微笑み合う。

 

「それはそうと、お前に渡しておきたい物がある。」

「渡しておきたいもの?」

「ああ、桜はまだしも、お前はいるかもと思ってな。」

 

そう言って凱が渡してきたものは、以前寝ぼけた桜が雪華に抱きついている写真だった。

(東方地憶譚80話参照)

 

「あっ。」

「何で現像してるんですかぁぁぁぁぁ!!!馬鹿馬鹿馬鹿ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「有難く戴く。」

「何でなんですかぁぁぁぁ!!」

 

もぉー!と暴れる桜。しかしそれでも雪華は楽しそうに笑っていた。

 

「お、おかあさん……?」

「大丈夫、ちょっと恥ずかしがってるだけだよ。」

 

「これは紅葉に。」

 

そう言って凱が懐から取り出したのは黒い箱だった。

 

「これは……。紅葉、おいで。」

「……?」

「凱お兄さんからのプレゼントだ。開けてごらん。」

「これ……、もみじ?」

「もみじの髪飾りだな。……ほら。」

「とっても可愛いよ、紅葉。」

 

桜も言うように、彼女の綺麗な金髪にとてもよくマッチしていた。

 

「本当は商品になるはずだったんだが、運搬途中で折れちまってな。勿体ないんで加工しておいたのさ。」

 

その髪飾りについている紅葉の葉は光をキラキラと反射している。

 

「わぁ……!」

 

紅葉も気に入ったようで、目を輝かせていた。

 

「……そうだ、くらんおにいさん。」

「ん、あれだな。ほら、お母さんに渡しておいで。」

 

紡ぎ手が何かを紅葉に手渡す。

 

「ん?何を渡したんだ?」

「おかあさん、これ!」

 

そうして紅葉が見せたのは、桜とエーデルワイスの花で作られた花冠。

それが交互になるように編まれていた。

 

「花冠…もしかして紅葉ちゃんの手作り?」

「うん!おはなはくらんおにいさんにだしてもらったけど、わたしがつくったの!」

「紅葉ちゃんが2人をお祝いしたいってな。適当な花を見繕った。」

「適当……まあセンスがいいのは認めてやるよ。」

「これでも結構考えたんですよ。花言葉やらも考慮して。」

 

エーデルワイスの花言葉は『真実の愛』。雪華から桜へのそれは、紛れもなく真実のそれ。

 

「そういうのをここで言うのは野暮だぞ。」

「おっといけね。」

 

紡ぎ手が口を噤む。

 

「……はい。」

「ほら。」

 

紡ぎ手が抱え、紅葉が桜の頭に花冠を添えた。

 

「似合ってるわよ、桜ちゃん!」

「…うん、ありがと……!」

 

そして、桜は嬉し涙を零したのだった。

 

 

 

その後も披露宴は続き、霊夢たちも、親友たちも紅魔館へ行ってしまった夜。

 

「……楽しかったんでしょうね。」

 

彼女の傍には、疲れて眠ってしまった紅葉。

 

「確かに、紅葉は初めてか。」

 

2人は微笑んで彼女を撫でた。

 

「……あ、あの。」

「うん?」

 

桜は、決心したように口を開く。

 

「え、えっと。……また、してくれませんか?」

「……さては紡ぎ手に何か吹き込まれたな?」

 

彼女は赤面して頷いた。

 

「あいつにも困ったものだな。」

 

そう言って、娘を抱きかかえた。

 

「紅葉を起こすわけにはいかないだろ。ちょっと待ってて。」

 

紅葉を一度ソファーに移動させ、彼らは再び身体を重ねたのだった。



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天使大戦 ラグナロク・ゼロ
39話


『総員進軍せよ!』

「…とうとうか。」

「そうですわね。」

「十二分な、過剰とも言える戦力をつぎ込んだ。」

「失敗は、許されませんわ。」

「「彼/彼女を、この手に……!!」」


「紫様。」

 

「ええ。分かってる。彼らのしがらみではあるけど、幻想郷の危機よ。なら私は幻想郷を守るために何だってする。当たり前でしょう?」

 

「そうですね、貴女ならば。」

 

──────────────────────────

 

紅魔館の一室。少女達は会議に臨んでいた。

 

「──以上が作戦だ。とはいえ、作戦と呼べるのか怪しいものだ。すまない。」

 

そして、彼女達を率いるのは、1人の少年だ。

 

「仕方ないじゃない。戦力差は絶望的、それならこれしかないもの。私だってこうするわ。」

 

「ナイトメア・フィアーの時とは、似ているようで真逆だ。けれど、どうか僕に付き合ってほしい。頼む。」

 

彼は、頭を下げる。無謀だが、どうか手伝ってくれと。

 

「頭をあげて、雪華。貴方のためなら、私達は賛成よ。」

 

「本当に、すまない。」

 

「謝るのはナシです。私達は、好んで貴方に協力しているんですから。」

 

「妖夢の言う通りだぜ。ほら、戦うんだろ?こんな時のために強い魔法の研究をしてたんだ。言うなれば、魔法の発表会だぜ!」

 

「………ありがとう。開戦はもうすぐだ。行こう、皆。」

 

少女達は、一様に頷く。それが、彼にとっては救いだった。自分の無茶についてきてくれる親友達。そして、愛する妻。彼女達を護らんと、彼は剣を取る。

 

──────────────────────────

 

「申し上げます。敵数4万を越え、1時間後には幻想郷へ到着するかと。」

 

「ありがとう、藍。みんな、聞いたな。これから大戦だ。各々、得物や道具のチェックを。これが最後の安息だ。この戦争、勝つよ。」

 

『おお/ええ/はい!』

 

「……さすがですね、雪華殿。一癖も二癖もある彼女達を纏めあげるとは。」

 

「みんなが、僕を信じてくれている。なら、応えないと。」

 

「そんな貴方だから、彼女達もついて行くのでしょう。」

 

「それなら、良いんだけどね。」

 

「……そろそろかと。」

 

「分かった。さあ、行こうみんな!」

 

「霊夢達は配置に着いてくれ。雪華殿と桜殿は私が先導する。」

 

「頼むよ、藍。」

 

「はい、お任せを!」

 

「みんな、気合いを入れてくれ。これは、我らが故郷を護る戦いである!」

 

「当然よ、行きましょう!」

 

「おー!私も本気で行くぜ!」

 

「私だって、幽々子様の分も!」

 

「あら、妖夢に守られるほど弱くないわ。」

 

「さあ、蹂躙よ。咲夜、美鈴。」

 

「「はい!」」

 

「さあ、配置につけ!熾天会は強大だが、僕達ならいける!やるぞ!」

 

『おー!!!!』

 

──────────────────────────

 

 

「一応援軍のアテはあるにはあるが…、了承してくれるかどうか。そも必要になるかも分からない。だが転ばぬ先の何とやらだ。備えておこう。」

 

次元の狭間。狐面の少年は、1人呟く。



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40話

「………。」

 

「……朝霧 修羅。なぜ俺から桜を奪った。なぜ貴様などが彼女の隣にいる。貴様は華を愛でるような奴じゃない。返せ。桜を。貴様が散らしてしまう前に。」

 

「ライガ・グレムレート。僕はお前から奪ったつもりはない。此処に居るのは、彼女自身の意思だ。お前が彼女を奪うつもりなら、僕は剣を取ろう。桜を、妻を護るために。」

 

「妻、だと……、貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

──────────────────────────

 

「また、会いましたわね。天水 桜。」

 

「紅、火那様……。」

 

「あの方を連れ戻せば、まだ陛下もお許ししてくださるはず。さあ、降りなさい。あの御方を、修羅様を、返しなさい。」

 

「………私独りなら、そうしていたかもしれません。私も、貴女が彼を慕っていることを知っています。ですが、私にだって、私なりの意地がある。彼を……、夫を、渡しはしません!」

 

「何ですって…………!?」

 

──────────────────────────

 

「「全軍、かかれ/かかりなさい!!」」

 

「迎え撃て!」

 

熾天会と幻想郷、2つの軍が激突する。兵の練度、実力であれば、こちらが上。"座天使"未満の下級天使程度ならば天狗や玉兎でも倒せる。その予想は正しかった。だが、物量が想定外だ。あちらは4万を超える大軍、大してこちらはナイトメア・フィアーの時と同じく1万5千。倍以上戦力差がある。

 

「桜、やるぞ!」

 

「はい!」

 

負ける可能性も十分にある……、だが、それではダメだ。何としてでも勝たなくてはいけない。

 

(だが、やはり強くなっているか。)

 

熾天会を離れてから約1年。目の前の金髪の少年……、"雷轟"の智天使、ライガ・グレムレートは、以前よりも少し強くなっている。殺す気はないが、それでも本気を出していることには変わりない。しかし、以前であれば為す術なかった攻撃を防御している。少なくとも脅威だ。すぐに戦闘を切り上げて援護に向かわなくては。

 

「させねえよ!」

 

「……。」

 

そうは問屋が卸さない。彼の力の使い方も上手くなっており、的確に雪華が援護に向かうことを阻止する。そして、雪華には、ライガが何か思い詰めているかのように見えてならない。

執着(あいじょう)、なのだろう。それも桜に対する。それは先程の発言からも伺えた。だから、彼女を奪った雪華が許せない。おそらくではあるが、ライガが強くなっているのはそれもあるはずだ。

 

だが、こちらとて負けるつもりは微塵も無い。いくら精鋭とはいえ、圧倒的な戦力差によりこちらの兵は着々と数を減らしている。救援を要請したいがアテはない。己の力で勝たねばならない、そんな絶望にも似た感情が、幻想郷の兵達に広がっていた。




「……マズイな。仕方ない、行くか。」

「何処へ行くの?」

「援軍の要請。心当たりというか、縁ならある。」

「……頼むわよ。」

「分かってる。」


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41話

どうも、試験中で無事お陀仏してるくらんもちです。息抜きに投稿してますがつれぇわ……。
まあ話は変わりまして。なんと!東方雪月花いつの間にか1周年過ぎてました!記念回?そんなもんねえよ!割とマジで忙しいんだから!現役受験生舐めんなよ!まあ進路は決まってますが!それはさておき、1周年を迎えさせていただき、ありがとうございます。みなさんのお陰ですね。では、そろそろしびれを切らしてる頃だと思うので41話いっちゃいましょー!


「くそ、物量が違いすぎる……!」

目の前の男と対峙しながら、1人ごちる。

「おいおい、余所見してる余裕なんてあるのかなぁ!」

こいつだって、一対一なら歯牙にもかけない。だが、座天使以下の下級 天使に幻想郷の精鋭達も苦戦している。数が違いすぎるのだ。こちらはせいぜい1万5千、だが、あちらは4万を超えるときた。どうすれば良いものか。そう考えたその時。

 

「セイクリッドレイン!」

 

光の矢が降り注いだ。

 

「全く、雨でなく光の矢が降るとは。こっちの世界は危険なんじゃないか?」

 

呑気な男の声がした。

 

「ああいう技なんですよ。」

「零…!?」

 

苦笑する紡ぎ手(くらんもち)と共に現れたのは、記憶に新しい男。

 

「よぉ、久しぶりだな。」

 

零は傘を片手に挨拶する。

 

「では、よろしくお願いします。

雪華、こんだけの援軍があるんだ。智天使ごときに負けんなよ。」

 

紡ぎ手は弓を分割し双剣にしながら呟く。

 

「……当然!こんな雑魚どもに負けるかよ!」

「……やってくれるじゃあねえか。」

 

ライガが立ち上がる。

 

「んで、こいつら何なん?」

 

零は傘を折り畳みながら雪華に聞く。

 

「……こいつらは、熾天会。僕達が元々所属していた、皇帝直属軍。」

「なるほどな。……え何お前古巣の連中と喧嘩してんの?」

「……まあ、そんなとこだ。で、目の前のあいつが。」

 

よろよろと立ち上がった男を指す。

彼の光翼は9枚。

 

「『雷轟』の智天使、ライガ・グレムレート。」

 

「なるほど、もう片っ方は?」

「『豪炎』の智天使、紅 火那。あいつは桜が相手をしているが、正直分が悪い。」

 

雪銀を構える。

 

「こいつは1人で大丈夫だ。周りの雑魚と、桜の援護を。」

「ふーん、とりあえず雑魚なのはわかった。」

 

零は傘を担ぎ欠伸をする。

 

「…頼むよ。」

 

そう言って雪華は薄く笑った。

 

「おい、そこの………ライチだっけ?」

 

「ライガ!ラ・イ・ガ!!」

 

やはり憤慨した。こいつは煽るのが上手い。

 

「お前みたいなへなちょこ野郎は後回しにする。どうせ二つ名の通り避雷針でもあれば余裕だろうしな。」

「このっ……!」

 

呻いて零に向かおうとするも、白銀の一閃に阻まれた。

 

「お前の相手は、僕だ!」

「くっ……!」

 

いつの間にか回復していた。ライガが押されはじめる。

 

「さて、俺は桜の方にでも加勢するかな。」

 

そう言って零は数多ある戦場のうちの1つへ足を向ける。尚、その道程に居た熾天会兵士が軒並み吹き飛ばされて戦闘不能に陥っていたのはご愛嬌とさせていただこう。彼の無双具合に一々反応していては心臓がもたない。



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42話

「さて、桜はどこで殺り合ってんのかなっと。」

 

零は探知を使う。魔力のぶつかり合いが大きいところにいると思ったのだ。

だが引っ掛かったのは別の魔力。ぶつかり合いではなく溜めてから放つ、といった感じのものだ。

 

「なんだこれ…………寄り道していくか。」

 

そう言って零は歩みを進める。

 

「はぁ……。」

 

彼女はため息をつく。正直、面倒で仕方がない。彼女の後ろにあるのは、熾天会主力兵器、『トライデント』。大型の魔力ジャベリンだ。彼女は、その護衛として幻想郷へ来ていた。

そんな中、ふと気がついたことがある。

自分以外にも何人かいたはずだが、明らかに護衛の人数が減っているのだ。

 

「あれ……?……っ!敵襲!」

 

勝手に減ることなど有り得ない。ならばこれは敵襲だと結論づけ、部下に警戒を命じる。

だが既に、彼女の周りにその声に答えられる者は居なかった。

 

「全滅……!?どこ……!?」

 

このトライデントはなんとしても護りきらなければ。迎撃のため銃を構え、いつでも引き金を引けるよう限界まで集中し、警戒する。が。

 

「よう、あんたが最後か?」

 

彼女の思考が停止する。

背後から声をかけられたのだ。

急いで振り返るが、人影はいない。

 

「上だよ上。」

 

顔を上げると、トライデントに腰を掛けこちらを見下ろす男がいた。

 

「っ!」

 

そちらへ銃口を向ける。

だが男は平然と見下ろしている。

まるで景色を眺めるかのように、静かにこちらを見ている。

 

「……あなたですか、部下をやったのは。」

「まあな、殺してはいないが。」

 

「……そう、ですか。」

 

それを聞いて安心する。だが、本音を言えば、もう投降してしまいたい。目の前の男からはとてつもない力……、有り得ないことに、"熾天使"と同程度、もしくはそれ以上のもの。今日は人生最悪の厄日に違いない。

 

「………何も殺そうとは考えちゃいないさ。」

「では何故?」

「俺は今回は頼まれて来てるだけだからな。それにあんただって死にたくないだろう?」

「……ええ、それは勿論。」

「俺が知りたいことを教えてくれれば、あんたは見逃がしてあげるよ。」

「……わかりました。ですが条件に追加を。私だけでなく、部下達も。」

「それはあんた次第だ。嘘偽りなく正直に答えてくれれば、これ以上あんた達が手を出してこない限りなにもしない。」

「分かりました。真実のみ答えましょう。」

 

そのまま少女は質問に答え続けた。

トライデントについて、兵力について、指揮を執っているライガと火那について。

聞かれたことをしっかりと、丁寧に答えていった。

洗いざらい全て。

 

「……私が知っているのはこの程度です。これ以上は階梯が上のお方に聞かないと分からないかと。」

「……なるほど、どうやら嘘は言っていないみたいだな。」

「はい。約束は、守っていただけますね?」

「勿論、約束は守ろう。」

 

男は笑う。戦場には似つかわしくない純粋な笑顔だ。

 

「……。はい。」

 

それを見て胸が高鳴ったのは何故だろう。

 

「聞きたいことは聞き終わったし、何か聞きたいことあるか?」

「特にありません。

……あ、いえ…………やっぱり、1つ、聞いても、良いですか?」

「ん?なんだ?」

「……どこに行けば、貴方に会えますか………?」

 

かなりの勇気を振り絞り、聞いてみる。はぐらかされても仕方ないけれど。

 

「俺に会いに来たければ、まずは戦争を終らせることだな。」

「戦争が終わって、全てが片付いて、平和になったら雪華に頼め。」

「わ、分かりました。彼に、聞いてみます。」

「それかあのたr……あいつの妻の桜に聞いてみろ。きっと力になってくれるさ。」

「そ、そうです、ね……。」

 

ああ、やっぱり。どこか変だ。元々面倒なのもあったけど、別れることがこんなに残念で。どうしてしまったのか。

 

「そういえば君、しっかり寝てないんじゃないかい?」

「え?あ、まあ、確かに……?」

 

寝てないと言えばそうかもしれない。いつも訓練でかなり忙しいからだ。

 

「そうか。ほら、こっちにおいで。」

 

男は地面に降り立ち、近くの木に近寄って少女に手招きする。

 

「え…?わ、分かりました。」

 

逸る胸を押さえて彼に近づく。元より生殺与奪は彼に握られているからこれは生存本能だと自分に言い聞かせた。

 

「ほいっと。」

 

少女の手を引き、横たわせる。俗に言う膝枕だ。

 

「え……!?」

 

ぼっ、と音を立てて彼女の頬が朱に染まる。殿方にこんなことをさせていいのだろうか。それより心臓がうるさくて思考が纏まらなくて、もう大変。

 

「しっかり休め。」

 

そうは言うがそれどころではない。

 

「え、いえ、あ、はい……。」

 

挙動不審になってしまう自分が恨めしい。この人の前ではせめて落ち着いていたいのに。

 

「そんなに強がらなくていい。」

 

優しく頭を撫でられる。

 

「は、はい……。」

 

深呼吸をして、目を閉じる。恥ずかしくて、嬉しくて、そんな複雑な感情を思いながら、眠りに落ちる。その間際、気づいた。これは、恋なんだと。

 

「君は良く頑張っている。誇りをもっていい。」

 

「はい……。ありがとう、ございます……。」

 

そっと微笑み、彼女は眠った。

 

「………寝た、か。」

 

零は彼女をそっと膝から下ろす。

 

「戦争が終れば、きっと会える………か。」

 

自分の言ったことを反芻しながら、彼は笑う。

 

「有言実行と行こうか?」

 

手始めに、この兵器を片付けよう。

彼が手を動かすと、空間が捻れ、トライデントが破壊される。

 

「……こいつは面白いな。」

 

そう言って彼は笑うのであった。



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43話

「本当に鬱陶しい……!」

 

1人奮闘しているフランは、苛立ちを隠せないでいた。こいつら1人1人は大して強くはない。だけど数が多すぎる。能力で一気に片付けられはするが、一瞬集中する必要がある。これだけの数を相手にするなら、その一瞬が命取りだろう。

そんな時、フランが戦っている方とは別の場所で爆発が起きた。

 

「!?どういうこと?」

 

彼のものではない。彼は魔法よりも剣を好む。吹き飛ぶことはあっても、爆発など起こるのか。

 

「そらそらそらぁ!!もっと骨のあるやつは居ないのかい!!」

 

爆心地から現れたのはチェンソーの様な剣を2本持つ女性と、

 

「ここなら、本気でブッ放せるぜぇ!!」

 

身の丈ほどの大剣を片手で振り回す男だった。

 

「え、ええ……?何あれ……。」

 

一言で言おう。

ドン引きしていた。チェーンソーで切り刻まれ、大剣で両断され。周りに居る天使はいとも簡単に全滅していた。

 

「ハッハッハァ!愉しいねぇ!」

 

女の方は明らかに頭のネジがブッ飛んでいる。

 

「かかってこいよ、虫けら共!」

 

男の方は比較的普通そうだが、剣を叩きつけた場所に爆弾でもあるのかというほどの爆発が起こっている。

 

「……貴方達は?」

 

しばらく呆気に取られていたが、身構えた。彼らは敵かもしれない。だとしたら、周りの奴らに加えてこいつらも相手取る必要があったのだが、それは次の瞬間に霧散した。

 

『全軍に通達!異界の幻想郷より応援あり!彼らの力を借り、敵を一掃せよ!』

「お兄様……?ってことは、貴方達が、援軍?」

「ん?この子は味方かい?それとも敵の将か?」

 

女性がこちらに武器を構える。

 

「味方だ。以前雪華にくっついていたからな。」

 

男の方は剣をぶん投げてすたすたと歩いてくる。

……剣が自立して飛び回っているのは正直恐怖でしかないが。

 

「お兄様を知ってるの!?」

「以前、うちの御主人と相討ちになってたからな。それに俺もその場に居たしな。」

「思い出した。あの時の。

…ありがとう、助けてくれて。」

 

ようやくフランは一息ついた。

 

「御主人の命令だしな。それに……」

「それに?」

 

彼女は首を傾げる。

 

「今度手合わせしてくれ、って頼まれていたからな。その前にくたばられては困る。」

「…お兄様ったら、まだ戦うの?」

 

もー、と呆れ半分、諦め半分の溜息をつく。

 

「まあそういうことで、今回は手を貸そう。」

 

フランと男が話している間に女の方は戦いに復帰していた。

 

「ありがと。さーて、私も頑張ろっ!お兄様に褒めてもらうんだから!」

 

再び戦意を漲らせ、スペルカードを抜く。

 

「お姉さん、下がってて!」

「…ん?あ、待て!」

 

女が下がったのを確認したフランがスペルを打とうとするが、それは宙を飛び回る剣に吸われてしまった。

 

「あ、あれ?なんで?」

 

困惑の声。

 

「……俺の剣は自立状態だと異能やスペルを喰らうんだよ。」

「スペルくらい使わせてよー!」

「戻すから待ってろ。」

 

男が手を伸ばすと剣が戻ってくる。

 

「じゃあ行くよー?

スペルカード、『閉じゆくシュワルツシルト半径』!」

 

無数の弾幕が、天使達を粉砕した。

 

「いいな、俺も行くぜぇ!」

 

男が剣を叩き付けると、そこから地面が割れていき灼熱の炎が辺りを焼き尽くした。

 

「凄い……!…じゃあ私も!」

 

フランが感嘆の声をあげる。

そしてレーヴァテインを握り、見様見真似で再現、前方が吹き飛んだ。

 

「あっはっはっは!消えな!」

 

かなり前方で戦っていた女の声がしたかと思うと、斬激が竜巻のようになり、辺りを吸い込みながら切り刻んでいく。

 

「あれは……、さすがに無理か。」

 

苦笑する。もう彼女の独壇場ではないか。

 

「集団戦なら俺よりも強いからな、あいつ。」

 

男が剣を担いでそうこぼす。

 

「…うーん、そうだ!

キュッとして……!」

「ん?」

「どかーんっ!」

 

可愛らしい掛け声とともに、女の周りの天使が文字通り()()()()

 

「……すごいな。」

 

男は感心する。

 

「私の能力だよ!」

 

誇らしげに胸を張る。

 

「そいつはすごいな。」

 

男はそう言うが、

 

「おい!あたしごと吹っ飛ばすきかい!?」

 

燃え盛る炎の中から先程の女性が現れる。

 

「大丈夫だよ、お姉さんは対象から外してたし。私の能力は相手の『()』を握り潰すことで破裂させるの。だから、お姉さんのを握らなければ、お姉さんが死んじゃうこともないってこと。」

 

こちらのフランはかなり幼い言動ではあるが、その実かなり理知的だ。

 

「危うく爆風に巻き込まれるとこだったんだが?!」

「その程度で喚くな。」

「お姉さん強いから大丈夫かなーって。」

 

にっこりと笑う。

 

「全く、天使か悪魔かわからない子だねぇ。」

「その議論は置いておいて、もう一踏ん張りと行こうぜ?」

 

気がつけば、フラン達を囲むように敵が動き始めている。

 

「んー、どちらかというと悪魔じゃない?吸血鬼だし。血は吸わないけどね。」

 

その時。

 

『聞こえるか、フラン。』

「お兄様!」

 

彼からの通信が入った。

 

『片付いたのなら、他の場所の援護を頼む。君ほどの戦力を遊ばせている余裕はない。』

「じゃあ、あとでいっぱい褒めてね!」

 

苦笑したような気配が伝わってくる。

 

『はいはい。頼むよ。』

「はーい!」

 

「分かった。ありがとね、お兄さん、お姉さん!」

笑って飛び去っていく。

 

 

 

第一の戦場、殲滅。



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44話

「まったく、彼はいっつも無茶するなぁ……!!」

 

お師匠様もそう思いません?と振り返る。

 

「まあ、仕方ないでしょう。彼らしいわ。」

「そんな雑談してる場合じゃないですよー!?」

 

ここで天使達を迎え討つのは鈴仙、永琳、早苗のチーム。

各々の武器を使って倒してゆくものの、やはり数的不利が目立つ。その時だった。

 

『異界の幻想郷より応援あり!』

 

彼の通信が入った。

 

「援軍ですか、それならもう少しだけ頑張りましょう!」

 

鈴仙と永琳が頷く。

 

「…お前らは、味方であってるのか?」

 

そんな彼女たちのもとに現れたのは一人の青年だった。

 

「彼がそう言ってたんなら、そうなんじゃない!見てるなら手伝ってほしいけど!」

 

発砲して天使を倒しながら鈴仙が応える。

 

「悪いが、俺は戦わん。」

「じゃあ何故来たの?」

 

呆れを隠そうともしないのは永琳。

 

「俺の役目は《視る》事だからな。ほら、始まるぞ。」

 

その時だった。地面を揺らすほどの轟音が彼女達が最初向いていた方向から立て続けに鳴り響いた。

 

「これは!?」

 

早苗と鈴仙は勿論、普段落ち着いている永琳でさえ驚きを現した。

 

「派手にやってるなぁ。あんたら、あんま俺から離れるなよ?」

「あ、貴方は、一体……?」

「俺か?俺は監視員(オブサーバー)。名前の通りのやつさ。」

「…何を監視しているの?私達?」

 

永琳は鋭い目線を向けた。

 

「まさか、なんでそんなことを?」

「じゃないと説明がつかないから。

──答えなさい。貴方は敵なの?」

「敵だったらここに弾丸の雨が降り注いでるぜ?あいつ等みたいにな。」

「…それもそうね。」

 

 

永琳は弓を下ろした。

 

「それに俺は戦闘力は皆無だしな。」

「まあ、明らかに戦闘向きでは無いものね。」

「それよりも上で撃ち下ろしてるやつの方がよっぽど戦闘向きだ。」

「あんな小さな女の子が銃を乱射してるなんて、シュールにも程がありますよ……。」

「そうか?」

「しかもあんな大きなライフル。明らかに体格が足りてません。」

 

 

早苗は弾幕を放ちつつ彼女を見た。

 

「あれは特殊なやつだからな。お、武器変えたっぽいな。」

 

数秒後、先程の轟音は止んだが、変わり巨大な光の柱が辺りに突き立っていく。

 

「わわ!」

「ちょいと失礼!」

 

鈴仙の横をすり抜けたのは着物姿の少年。紡ぎ手だ。

 

「紡ぎ手さん!?」

 

彼は手にした双刀を用いて先程の光柱を免れた天使達を神楽のような動きで斬り伏せていった。

 

「おーおー、あいつも戦えるのか。」

「今のとこ雪月花(こちら)だけではありますがね!」

 

そして、数秒の間に、生き残った者達は全滅していた。

 

「やるじゃないか、これで俺等の仕事は終わりだな。」

「いいえ、まだまだですよ。貴方達という戦力を遊ばせておけるほど、楽ではないんですよ。というわけで次お願いします。」

「あー?面倒だな。」

「お願いしますから。

鈴仙、早苗、永琳、あんたらも。」

「はいはい分かってる。」

 

 

そして3人は駆け出していった。

 

 

 

第二の戦場、銃殺。



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45話

「このっ……!」

「お嬢様!大丈夫ですか!」

「問題ないわ!」

 

ここに陣取るはレミリア、咲夜、美鈴。他よりも一際多くがひしめくこの戦場では、咲夜は勿論、レミリアにさえ疲労が見え始めていた。

 

「派手にやってますね!俺も行きます!」

 

そこに現れたのは翠の髪と目を持つ少年だった。

 

「あれは、雪華が言っていた……!」

「援軍ですか!助かりました!」

 

3人が喜色を浮かべる。

 

「大丈夫、ここは俺が!」

 

そう言った瞬間、彼は近くの天使達に滅多斬りにされた。

 

「なっ!?」

「だ、大丈夫ですか!」

「これでは、もう……。」

 

再び絶望が広がる。レミリアの槍を振るう腕も、重い。

 

「………痛ったいなぁもう!」

 

そう思った矢先、先程の少年の声がしたかと思うと、天使達を消し飛ばすほどの爆発が起きた。

 

「い、生きてる!?」

「何故……、あんなに斬られていたのに……。」

「この程度じゃ死にやしません!それよりもお三方!」

 

その後の彼の言葉は、さらに三人を驚愕させる。

 

「今出来る最高の一撃を、俺にぶつけて下さい!」

「「「はぁ!?」」」

 

当然の反応である。敵ではなく、己に向け放てというのだから。

 

「速く!時間無いですって!」

「わ、分かったわ!」

 

同時にスペルカードを発動。

 

『神槍 スピア・ザ・グングニル!』

『咲夜の世界!』

『虹符-烈虹真拳!』

 

「うっ……ぐああああ!」

 

案の定…というか当然だが、少年の叫びと共に爆発が起こる。

敵側の天使達でさえ何が起こっているのか理解出来ていないようだ。

 

「や、やはりマズかったのでは?」

 

美鈴が呻いた。

 

「……くく……あはははははは!!」

 

少年の笑い声が響く。

 

「充分です、充分ですよ!」

 

「こ、これは!?」

「どういうことなのでしょうか……。」

 

レミリアと咲夜も驚きを隠せない。

 

「僕の拳が、轟き叫ぶ!」

 

少年が拳を突き上げる。

 

「スペルカード!《転符 衝動解放》!」

 

突き上げた拳を地面に叩き付ける。

すると、拳から地面を伝い衝撃波が天使達を吹き飛ばした。

 

「凄い……。」

「……はぁ…はぁ…」

「その、大丈夫ですか?」

 

美鈴が彼へと声をかける。反動もかなりのもののようだし、一旦落ち着いた。その程度の余裕ならばある。

 

「…あはは、外部からの影響をそのまま跳ね返すんですけど、跳ね返すまでがキツくって……」

 

少年は笑いながら言うが、普通では考えられない。

 

「いや、それって中々に凄いことですよね?」

 

思わずガチトーンで聞き返す。

 

「それが…僕の性質なので……。しばらくは敵も来ないみたいなので、休ませてもらいます。」

「ええ、ありがとう。そして、お疲れ様。私達が守ってあげるから、気が済むまで休みなさい。」

 

優しく労ったのはレミリア。

 

「…貴女は優しいんですね。………()()()()()。」

 

そう言って少年は眠り始めた。

 

「……()()()()()、ね。彼の世界の私かしら。」

「納得です。お嬢様は慈悲深いお方ですので。」

「でも雪華さんには甘えまくっt痛ぁ!?咲夜さん!ナイフやめて!」

 

第三の戦場、圧殺。



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46話

「幽々子様、そちらは!」

「大丈夫よ、妖夢はそっちに集中しなさい。」

 

四つ目の戦場。ここでは幽々子と妖夢のタッグによって、他の戦場よりも善戦していた。

 

そんな中、戦場には似つかわしくないほどに美しい笛の音色が聞こえてきた。

 

「これは、笛?」

「あら、こんなとこで誰が吹いているのかしら。」

 

その音色を奏でているのは、1人の女性だった。

腰まで伸びるその髪の美しさが目を引くが、それよりも驚いたのはその女性が言った一言だったのだ。

 

「私は凛音といいます。これ以上戦いをするのは無意味です。今すぐに止めてください!」

「無意味?」

「どういうことでしょうか......?」

 

やはりというべきか、眉を潜めた。

 

「貴方達は『人を護る』ことが役目のはず。何故このように無駄な命を散らせようとするのですか!」

 

凛音は天使達に必死に呼び掛ける。

 

しかし天使(兵士)達は驚きのあまり一瞬狼狽える気配を見せたものの、戦闘を再開。しかし幽々子の能力で纏めて死へと誘う。

 

「...何故、争うのですか...、無駄なのに。」

 

そう言って凛音は再び笛を吹き始める。

先程と同じに聞こえるが、その音色を聞いた天使達は徐々に動きが遅くなってきていた。

 

「これは......!」

 

幽々子ですら驚愕の呟きを零す。

目の前で味方が死んでも眉ひとつ動かさずに襲ってきた彼らの動きが、目に見えて遅い。

 

「...妖夢。」

「はい!」

 

楼観剣を構えた妖夢が疾駆。

峰打ちで天使達を気絶させた。

 

「ふぅ......。ありがとうございました。」

「私からも感謝させて。貴女が来なかったら、ちょっと危なかったわ。」

 

2人とも微笑んで礼を言った。

 

「...お役にたてて良かったです。」

 

凛音は微笑む。

 

「雪華さん、大丈夫かな......。」

「行ってきなさい、妖夢。ここはもう大丈夫みたいだし、ちょっとくらいなら問題無いわよ。」

「...はい!」

 

しばしの逡巡の後、妖夢は飛び立っていった。

 

「あの子ももう少し素直になれば良いのに。」

 

そして幽々子は苦笑しながらそんな呟きを漏らすのだった。

 

 

 

 

第四の戦場、楽唱。

 

 

 

 

 

......なお、これは余談ではあるが。

妖夢が雪華のもとへと向かうとき、有り得ない速度でえげつない数の敵を刈り取っていったために、生き残った兵士から、『女亡霊武者』と呼ばれ恐れられていたのだとか。後にそれを知った妖夢は落ち込んだ。そして雪華に泣きついた......かどうかは分からない。風の噂によるものだから真偽は闇の中である。



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47話

「霊夢!そっちどうだ!」

「数ばっかで鬱陶しいのよ!」

「…大丈夫そうだな。」

 

天使達に怒りを爆発させる霊夢を見て魔理沙は苦笑した。

 

「しかしこのままだと苦しいな……。」

「……そうね。際限なく来るから何れ限界ね。」

 

流石に彼女達と言えど分が悪い。圧倒的な戦力差がある。

 

「ふむ、なかなかに苦戦しているようだな。」

 

現れたのは紫色の髪と瞳をした大男だった。

 

「我は巫女を援護する。お前は魔法使いを援護しろ。」

「はーい!」

 

大男がそういうと彼の足元…影から少年が出てきた。

 

「…あんたら、雪華が言ってた応援ね?なら早いとこ手伝って頂戴!」

 

目ざとく気づいた霊夢からの催促。

 

「わかっている。追跡者、魔法使いをこっから遠ざけろ。」

「了解でーす!ささ、魔理沙さんはこちらへ~。」

「私の名前!?あっちょっ!」

 

抵抗虚しく無理矢理連行されていく。

 

「さて……聞くがいい!我は執行の名を冠する者である!これより先の戦いは死ぬ覚悟がある者以外は不要!命を懸けられる者だけがかかってくるがいい!」

 

魔理沙達が退いたのを確認した大男は声を張り上げる。

 

「…執行者……。」

 

彼のそんな姿を見て、霊夢はふとそんな言葉を漏らす。

そして、そのようなもの関係ないというかのように天使達は彼へと襲いかかった。が。

 

「さぁ、懺悔の時間だ。」

 

男がそういうと地面から無数の鎖が現れ、天使達を縛っていく。数は一本の者もいればさらに多くの鎖で縛られた者もいる。

が、数秒後に鎖は消えてしまった。

 

「な、なんで拘束を解くの!?」

 

霊夢からすれば、有り得ない光景。鎖で拘束し、トドメを指すのではないのか。

 

「…時は満ちた。スペルカード!『断罪 罪の濁流』!」

 

男がそう言って懐から小さな小鎚を取り出し地面を叩いた。その瞬間、天使達は何かを叫ぶ間もなく消し飛び、辺りに血飛沫が舞った。

 

「す、凄い……。」

「しばらく奴等は近付けん。」

 

彼が指差す方向を見ると、全身を真っ赤に染めたほんの数人の天使達が座り込んでいた。

 

「あいつらは……。」

 

驚きに満ち満ちた声で問う。

 

「対象から外れた者だ。」

「対象って、どういうこと……?」

「最初に宣言しただろう、『覚悟のあるものだけかかってこい』と。」

「…じゃあ、あいつらは覚悟が無かった、そういうこと?」

「覚悟がなかった、又は迷いがあった者達だ。そんな奴等があの光景を間近で見たあとに攻めてこれるとも思えん。それに……。」

 

男が指差した方向を霊夢が見ると、地面に黒ずんだ何かが地面の亀裂をなぞるように蠢いていた。

 

「これは?」

「罪の残滓だ。対象が付近を通過すれば間を置かずに肉片になる。」

「だから、あれなのね。」

 

そこまでして、霊夢は呆けたように空を見上げている1人の少女を見つけた。見ない顔だから、天使達の生き残りだろうが……。妙に気になって彼女に声を掛ける。

 

「ちょっと、大丈夫なの?」

「……。」

 

顔色1つ変えず、ゆるゆると緩慢に霊夢を見た。

 

「あんた、名前は?」

「……ノルン。ノルン・ベネット……。」

「……ふむ。」

 

男は懐から取り出した本を少女の頭に触れさせたあと、中身を読んでいた。

 

「どうしたの?」

 

それを不思議に思って霊夢が振り向く。

 

「いや、このノルンという者の記憶を読んだだけだ。少々おかしな点はあるが……この状態ならば死んだほうが楽であろう。」

「…やめてあげて。」

 

それを制止する。

 

「…何故だ。別にお前の知り合いでもないだろう?」

「そうだけど……、本当何となくだけど、雪華(あいつ)に会わせてあげたいの。異世界とはいえ幻想郷から来たのなら、私の勘が鋭いことくらい知ってるでしょ?」

「……そうだな…ならこの場はお前の指示に従おう。」

 

男は頷き、霊夢に持っていた本を手渡す。

 

「これが、彼女の記憶……。

……!!」

 

突如目を見張った。

 

「…やはり、その名前には見覚えがあるか。」

 

霊夢が見ているページにかかれた文字。それらは黒で書かれているが、一部だけ赤で書かれている。

それは人物の名前であり……霊夢がよく知る二人の名前であった。

 

「つまり、あいつらに関係してるってこと……。」

 

そう。あったのは『朝霧 修羅』、『天水 桜』の名前。天水が桜の旧姓であることは彼女を知る全員が知っているし、聞くところによれば雪華は昔、修羅と名乗り、その名に相応しい活躍をしていたという。

 

「……そうか。だが、どうする気だ?この者の精神は破壊され、廃人も同然だ。」

「……あいつらのとこに連れてくわ。瀕死の怪我だって治せるあいつなら、もしかしたら………。ダメだったら永遠亭に搬送するまでよ。」

「我も心当たりが無いわけではない。戦いが終わったら相談してみよう。」

「よろしく。……何か忘れてるような気がするけど………、まあいっか。」

 

 

第六の戦場、断罪。



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48話

「おいおい、どこ行くんだよー!」

 

ずるずると連行された魔理沙は、そんな愚痴を零す。

 

「んー、ここら辺ですかね?」

 

少年はそう言って魔理沙から手を放す。

底はあまり目に付かない様な木陰だった。

 

「いやいやいや、どこだよここ!」

「見りゃわかるでしょ、木陰ですよ。」

「いやなんで此処に連れてきたんだよ!」

「だって紹介中に襲われたら嫌じゃないですか。」

「くそ……、早く戻らないと……。」

 

魔理沙は焦っていた。2人がかりでも押され気味だったのだ。霊夢1人ではあまり持たないだろう。あの男が一体何れ程の実力を持っているかは知らないが、それでも苦しいことには変わりない……、そう考えていた。

 

「そんな貴女にこれです!」

 

そう言って少年が取り出したのは黒っぽい筒だった。

 

「な、なんじゃこりゃ?ミニ八卦炉とも違うようだが……。」

「ここっすよ、ここ。」

 

彼が指差す場所にあるのは見覚えのある八角形の穴だ。

 

「まさか、ミニ八卦炉のオプションパーツ!?」

「そうです!もちろんモットーは『弾幕はパワーだぜ!』です!」

「そんなものが……、よし、こいつ借りるぜ!」

 

すぐさま相棒(ミニ八卦炉)に取り付け、霊夢の元へ向かおうとする。

 

「あー、今行かない方がいいですよ?」

「は?どういうことだ?」

 

何故そう言っているのかは分からない。だがそれ程強いのなら、親友が巻き込まれてはいないか、それが心配なのだった。

 

「執行者さんの攻撃は対象選別式なので巻き添えにはなってないと思いますが、その後の光景はさすがにショッキングですからね。」

「……そういうことか。」

 

何となく納得した。

 

「じゃあ私らは暇だな。」

「……そうでもないようです。観察者さんから別方向からの進軍を確認したと情報が来たので、そっち行きましょう。」

「分かった、こいつも試してみないとな!」

 

不敵な笑みを浮かべ彼について行く。

 

「あ、それでいつもの出力しないでくださいね?」

「え?そんなに?」

 

軽く引いた。当然である。いつもの出力を出せばマズイ程ブーストがかかっているわけで……。

 

「いやいや、それ中に『拡散装置』や『補正機構』入ってるんですけど、その中に『増幅器』も入ってるので。」

「拡散装置……。」

 

つまりマスパをノンディレクショナル並の弾幕に出来るわけで。

 

「いつもの10%で本来の100%分出せます。そうすることで継続戦闘時間を大幅に延ばしてるんです。」

「うわすご。」

 

語彙力どこ行ったとツッコミが入りそうではあるが、それだけ凄いのである。そして魔理沙はドン引きしていた。

 

「なのでそれで最大撃とうものなら爆発します☆!」

「当たり前だわ。」

 

こんな頭おかしいもの誰が作ったんだ……、そう思わずには居られない魔理沙であった。

 

「ちなみに注文は僕の方の世界の魔理沙さんですよ。」

「だろうな!」

 

ミニ八卦炉のオプションパーツといい、コンセプトといい、やったのは異世界の私としか思えない。そしてあちらの私はどんだけ頭おかしいんだとちょっと引くのであった。

 

「何でも霊夢さんと肩を並べるためだそうで。」

「あっちの霊夢はそんなに強いのか……。」

 

こっちの霊夢とは肩を並べるまではいかないものの、雪華を特訓に付き合わせたおかげでだいぶ差は無くなった。

 

「霊夢さんはうちのボスを除けば最強ですからね。逆に霊夢さん以外ではボスに歯がたちません。」

 

少年は何かを用意しながらそう言う。

 

「さて…と。魔理沙さん、何か魔力媒体みたいなのってありませんか?」

「キノコならあるぜ!」

 

さっとキノコを取り出す。

 

「……出来れば魔理沙さんの魔力が篭ってる物がいいんですが。」

「ん?それならマジックアイテムがあるが……。」

「何個くらいあります?」

「さっきまでのでかなり使ったから……、5個ってとこだな。」

「それだと少し勿体ないですね。……仕方ありませんね。」

 

そう言うと彼は地面に伸びる自身の影に手を突っ込んだ。

数秒後、半透明の結晶を5、6個取り出した。

 

「な、なんだこれ!?」

「増幅と保存の魔術式が刻まれた魔力媒体です。少しでいいのでこれに魔力を注いでください。」

「おう、分かったぜ!」

 

手を当て、慎重に魔力を注ぐ。

 

「……よし、充分です。」

 

魔理沙がすべての結晶に魔力を注ぎ終わると、それらは黄色い光を放ち始めた。

 

「あとは…これに装着すれば完成です。」

「できた!」

 

八卦炉を起動させると、媒体である結晶を装着させたパーツが魔理沙の周りを囲むように浮き始めた。

 

「こいつは、すげぇな……!!」

 

魔力充填、完了。試しに普段の10%で撃つ。

 

「わわっ!?」

 

マスパは普段と同じ出力で発射された。

もう少し右側に向けていたら少年に当たりそうではあったが。

 

「ああっすまん!難しいが、その分燃えるじゃねーの……!!」

 

魔力充填、再開。このじゃじゃ馬を絶対に乗りこなしてみせる。

 

「その調子です!」

 

そう言いながら魔理沙の方を見る少年の顔はどこか嬉しそうだった。

 

「行くぜ……、『魔砲-ファイナルスパーク』!」

 

アタッチメントによる増幅を考慮、コントロールにも細心の注意を払いつつ、自身の最強のスペルカードを放つと、目の前の天使達は一瞬で蒸発した。

 

「おー!流石ですね。」

「まあな、魔理沙様ならこの程度軽い軽い!」

 

誇らしげに胸を張る。

まあ張る胸もなi(殴

 

「この調子でどんどん行きましょう!」

「ああ!」

 

そうして、魔理沙達は迫り来る天使の撃退を開始した。

 

 

 

 

第七の戦場、開幕。



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49話

「ふむ、この辺りですかな?」

 

時空の裂け目から一人の男性が現れる。

 

「全く、あの御方も無理を言いなさる。」

 

唐突に命令された回復薬の調合は、少々手こずった上に終わらなかった。

無理もない。本来は身体能力向上系の薬を扱うのだ。

分野が違う。

結局永琳先生にたのんで試作ではあるが回復薬を貰った。ついでに結果も見てきてくれと頼まれてしまった。

 

「…やれやれ。」

「動くな。」

「ん?」

 

気がつけば周りに何人か兵士達がいた。

 

「見慣れない奴だな……ここで何をしている?」

「ふむ。」

 

おそらくだが、彼等は敵だ。

ならば、やることは決まっている。

 

「くっくっく………。」

「何が可笑しい?」

「いやいや、貴殿方のような素人を見るのは初めてでしてね。」

 

男は懐から注射器を取り出し、自身の腕へ刺す。

すると、みるみるうちに男の体の筋肉が発達していく。

 

「なっ!?」

 

「久しぶりの実戦だぁ……楽しませてもらうぞ!」

 

 

 

 

「はぁ…、はぁ……むきゅ〜……。」

「少しは、体力、つけなさいよ……。」

 

後方、医務エリア。そこでは、スタミナ切れのパチュリーと、怪我で戦闘不能となったアリスがいた。

 

「ムッフッフ、お困りのようだな御二方!」

「……誰よあんた。」

 

冷ややかな視線を向ける。

そこでアリスは驚愕する。

そこにいたのは顔はおそらく80~90の老人の筈なのに、体は筋肉ムキムキの老人(?)だったからである。

 

「え、キモ……。」

 

思わず率直な感想を述べてしまう。

 

「キモいとは何だキモいとは!折角助けに来てやったと言うのに!」

「だって、ねぇ?」

「そうね、正直ちょっと。」

「まあそんなことはどうでもいい!これを飲め!」

 

それは紫色の液体がはいった試験管だった。

 

「これ、どうなの?」

「見るからに胡散臭いわね、あんたもこの薬も。」

「問題はない、何故ならばこの薬はかの有名な名医である八意先生の監修の元に作られたからである!」

「永琳に?」

「……ホントでしょうね?」

「もちろん!この薬を飲めばたちまちに傷が癒え、回復する!」

「……じゃあ私が飲んでみる。その方が分かりやすいでしょ。」

「アリス!?」

「さぁ、ぐいっと飲むがいい!」

「……頂きます。」

 

アリスがそれを飲むと、言葉通りに傷が治っていった。

 

「そら、私が言った通りだろう?」

「凄いわね、さすが永琳。」

「ええ、永琳クオリティはやっぱり凄いわ。」

「当然だ!八意先生の製薬術は世界一ィ!不可能などぬああぁぁい!!」

「何処の漫画のネタかしら。」

「パチュリーそれどういう意味?」

 

突如意味不明なことを言うパチュリーにアリスは困惑していた。

 

「さて、回復したなら私は行くぞ!新たな患者を救いにな!」

 

無銘の戦場、回復。

 

 



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50話

大晦日ですね。皆さん如何お過ごしでしょうか。僕は特に予定もなくゴロゴロしてます。話変わって鎧武が来年10周年ってマジ?


「く……!」

 

桜は押されていた。相手が格上で、しかも桜の苦手な近接戦闘。対する火那は炎の槍を用いてこちらを攻め立ててくる。そして、その槍に篭っているのは明らかな憎悪。

 

「よくも、よくも修羅様を……!許しませんわ!」

 

彼女もまた、雪華を慕う者の1人だったのだ。

 

「お取り込み中失礼するぞー。」

 

そんな二人の間に割って入り片手で炎の槍を掴んだのは零だった。

 

「零さん……!」

「誰ですの!?

私の復讐を、邪魔しないでくださいまし!」

「くらんもちに頼まれてな、ちょっくら介入させてもらうぞ。」

「紡ぎ手さんに……?」

「この、離しなさい!」

 

火那は槍を引き戻そうとするも、ビクともしない。

 

「おうよ。ちょっとした条件と引き換えで今回は味方になってやるよ。」

「条件……?」

 

首を傾げる。しかし、火那は槍を消滅させ、新たに生み出して零を襲う。

 

「その取引はくらんもちとやったから気にするな。」

 

零は槍を掴んで、ねじ切った。

 

「なっ!このっ!」

 

炎槍を数多生み出し、それらを発射するが、零はそれを軽く払いのける。

 

「何ですの、この規格外の強さは……!」

「………お前さぁ、やる気あんの?」

「あの御方以外に負けることなどありえない!『智天使』たるこの私が……!!」

 

彼女は怒りに呻く。そう、『彼』以外に自分を下せるものなど有りはしない。そうでなければならない。

 

「……甘いんだよ、その考えが!」

 

零の放った一撃は火那に直撃……はせずにその横にそれた。

その影響で一瞬にして地面が抉れて消し飛んだ。

 

「な……!」

 

火那は驚愕の表情を浮かべた。こんな痕を付けることが出来るのは『彼』しか知らない……、つまり、目の前の男は『彼』と同等、もしくはそれ以上ということ。

 

「向上心はあるようだが、それだけだな。」

「それならば!」

 

この場合の勝ち筋は1つ。

……あの女を、天水 桜を、殺すこと。

 

「……出番じゃねえの?雪華。」

 

走るは銀色の閃光。

音速すらも超え駆けつけた。

しかし、槍は止まらない。それ故に、彼は身を以てそれを受け止める。

 

「え……?」

「雪華、様……?」

 

2人が驚愕の声をあげる。かの槍は、彼の横腹を穿っていた。

 

「そ、んな……。」

 

火那は想い人を傷付けた悲しみに、そして桜は。

 

 

 

かつてない哀しみと、怒りに体を震わせる。

 

「……おっとぉ、これはこれでありか?」

 

「もう、嫌……!」

 

桜から凄まじい魔力が迸る。

それは炎槍を掻き消し、火那を、そして零さえも吹き飛ばした。

 

「ははっ!こいつはすげぇな!」

 

零は笑う。目の前の光景を受けとめて尚、笑みが溢れたのだ。

 

「これは……!」

 

ただ1人、何故か何も無かった雪華は見た。妻の背に、10の光翼を。

『熾天会』の兵士達は、階梯によって翼の数が変わる。第九階梯の『天使』なら1枚、第八階梯『大天使』なら2枚、第三階梯『座天使』なら8枚、第二階梯『智天使』なら9枚。

──そして、第一階梯『熾天使』なら、10枚。

 

「雪華と同じ……楽しみが増えるな、これは。」

 

零はさらに深く笑みを刻む。

 

「…雪華様。貴方は、言ってくれました。『いつまでも、隣に居る』と。だから、もう後ろで護られるのは嫌なんです。

──これからは、私にもあなたを護らせて。隣で、一緒に戦わせて。お願い、私の雪華(アナタ)。」

 

桜は、優しい笑みと共に雪華の隣へ。

 

「……すまないな。もう君はあの時の君じゃない。だが護られるばかりなのは男の沽券に関わる。だから、護られると同時に、僕も君を護ろう。」

 

微笑みを返し、雪銀を構える。

 

びしり。

 

その時、雪銀から音がした。



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51話

皆さんあけましておめでとうございます!今年も「東方雪月花」を、そして「英傑神の旅路をここに」をよろしくお願いします!


「雪銀が、主と共に進化するか。」

 

びしり、びしり。

その音と共に、雪銀にはヒビが入ってゆく。

 

「…違う、これは進化じゃない。」

「なら、何なんだ?」

 

びしり、びしり、びしり、ぱきん。

硝子のような澄んだ音と雪銀が割れ、その破片は(ソラ)へと登っていき、刀の形を取る。

 

「これは、『共鳴』だ。」

 

その言葉と共に、その剣は桜の目の前へ降りた。

 

「……あとは任せていいな?」

「ええ、ライガさんを、頼みます。」

 

ゆっくりと、桜は剣を手に取る。

 

「行きましょう、『天人剣 雪葉』!!」

「あれね、わかったよ。問題ねえと思うが、気を付けろよ。」

「勿論。桜となら、負けはない。」

「……お前如きが、彼女の隣に居るんじゃねぇぇぇえぇぇぇ!!!」

 

怒り狂ったライガは、此方へ飛翔。だが。

 

「おいおい、無視は駄目だなぁ。」

 

その足を零が掴む。

 

「…っ!離しやがれ!」

 

零へ向け雷を放つも効果はない。

 

「まあまあ、少しは落ち着けよ。」

 

数秒後、辺りの景色が一転する。

そこは何も無い荒野だった。

 

「何だよ、ここは!」

「いやぁ、本気で戦って巻き込んだら申し訳ねえだろ?お互いによ。」

 

「どきやがれ。俺はやつを…、朝霧 修羅を、殺す!!」

「殺す…殺すねぇ…?くくく……ははは!」

「何がおかしい!俺は『雷轟の智天使』、ライガ!どきやがれ!」

 

怒りの余り、彼は、目の前の相手との力量差が分からない。

 

「……いい機会だ。」

 

零が腰の刀を抜刀する。その瞬間ライガの首は跳ねとんだ……はずなのだが、彼の首は元もままくっついている。

 

「な……!?」

 

確かに斬られた、首を落とされた。そのはずなのに、自分は何故生きている?抜刀する瞬間も、見えなかった。『熾天会』No.3である自分に。

 

「この空間は特殊でな…『死ぬことができない』んだよ。どんな手段をもってしてもな。」

 

その言葉が終わるや否や再び抜刀し、胴体を真っ二つにした。

だがその傷は瞬時に再生する。

 

「ぐぁ……!

……この!」

 

例え周りが見えなくなっていても、彼はバカではない。力の差を、理解し始めていた。せめて、せめて一太刀。せめて反撃を。そうして雷の大剣で斬りかかる。

 

「何だそれ?もっと本気出せよ!」

 

刀が抜刀と同時に細く鋭いレイピアになりライガの体を音速…いや、それ以上の速さで貫いた。それも1度や2度ではなく何十回もである。

 

「『雷帝の』………!!」

 

しかしそれに耐え、奥義を発動する。

 

「『干渉』。」

 

その一言で奥義がキャンセルされる。

 

「何、だと……!?」

 

自身の最強の奥義。それが、こんな奴に。

 

「奥義を使うのはいい。だがタイミングが悪すぎる。」

 

再び抜刀で斬りつけられる。

 

「くっそぉぉぉぉぉおぉぉ!!!」

 

死にそうで、それでも死ねない空間で、彼は吠えたのだった。



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52話

「……ちっ。」

「…………。」

 

敗戦し、捕虜となったライガと火那は、紅魔館の一室に軟禁されていた。雪華の結界もあって外には出られず、ライガは絶えず悪態をつき、火那は一言も喋らない。

 

「やっほー、元気してるか?」

 

そんな二人とは対極的に明るい雰囲気で入ってきたのは零だ。

 

「てめえは!」

「…神薙 零様。」

 

眉を釣り上げたライガ、そしてゆるゆると緩慢に火那は顔を上げた。

 

「あいつは何処だ。」

「ライガ、やめてください。私達は、負けたのですよ。」

「うるせぇ!戦争には敗けたが、勝負には負けてないだろ。俺はあいつと戦うために来たんだ!」

「落ち着け、どうせ戦っても死ぬだけだ。流石に勿体ないだろう?」

 

よっこいせ、と零は腰かける。

 

「……俺が、あんな奴に負けるってのか。」

「当たり前です。私達は『智天使』。修羅様……、いいえ、今はもう雪華様でしたか、あの御方は『熾天使』。智天使10人掛りでようやく勝負になるあの御方に、どうやって勝つといいますの?」

「そうそう、それに今あいつと殺り合おうってんなら……俺が相手になるぜ?」

「……ちっ。」

 

不承不承といった様子で荒々しく腰を下ろした。

 

「あと雪華も桜も万全じゃない。勝つのが目的なら弱ってるやつ殺しても面白くない。違うか?」

「いいや、俺の目的はあいつを殺すこと。戦うのはその手段の1つに過ぎない。そして、彼女を、取り戻すんだ………!!」

「まだそんなことを!あの2人は既に夫婦となっているのです、それならば、せめて応援するのが、惚れた者の役目ではございませんの!?」

「お前は悔しくないのか、火那!」

「……勿論、悔しいですわ。想い人が知らぬ間に他の人のものとなっていたのですから。でも、だからこそ私はあの御方に、雪華様に幸せになって欲しい。私が望むのは、それだけです。」

「はいはい、仲間割れはそれくらいにしておけ。後あいつは俺がぶっ潰すからお前にはやらん。」

「……ちっ。」

「申し訳ありません、少々興奮してしまいましたわ。」

 

片や忌々しげに舌打ちをし、片や沈鬱に謝罪した。

 

「別に謝るようなことじゃないさ。……そういえばノルン・ベネットって兵士に心当たりはないか?」

「彼女ですの?彼女は第三階梯『座天使』。……つまり上から3番目の階級で、霜月 桜と仲が良く、よく遊戯に興じていたそうです。時折雪華様も交えていたとの噂でしたわ。」

「…今から話すことは時期が来れば公になるが、それまでは他言無用だ。」

「…何ですの?」

 

火那は首を傾げる。ライガも視線だけを向けた。

 

「現在、ソイツの精神が不安定状態だ。なんとか受け答えは出来ているが…最悪の場合は……。」

 

零はそこで言葉をきる。

 

「……そういうことですか。確かに、霜月 桜なら悲しむでしょうね。」

「……それも全部あいつのせいだ。あいつが脱走さえしなければ、こんなことにはならなかった。」

「ライガ!

本当に、申し訳ございません!」

「まあ脱走の話しとかはどうでもいいが、今一番気になるのは桜だな。」

「そうですわ、あの翼に力、まるで『熾天使』のよう……。ですが彼女は『座天使』のはず。どうしてあんな力が……。」

「それはあれじゃねえの?想いの純真無垢なパワーで…。」

「それもあるでしょうが、それだけだとは思えませんわ。

……恐らくは、想いがトリガーとなって、彼女の潜在能力を解放したのでしょう。だってそうでなければあの力に説明がつきませんもの。」

「まああの雪華についていけるだけの実力があったってことだろうが……問題はその力だ。」

 

零は腕を組みながら考える。

 

「もし、今のノルンの状況を桜が知った際に、はたして暴走はしないのだろうか?」

「……そんなことは起こらないだろうな。」

 

ライガが口を開く。

 

「勿論悲しみはするだろうが、それしきで暴走なんてしていたら、あいつの側になんて居られなかったし、そもそも熾天会でやっていけないな。」

 

「まあその親友が()()()()()だったらどうかわからんがな。」

 

そう言って零は一枚の写真を二人に見せる。

 

「「……!」」

「……前言撤回だ。これは、彼女の心の強さに賭けるしかない。」

 

そう、そこに写っていたのは…全身に拘束具のようなものを身に付け、さらに体のあちこちから鎖で繋がれているノルンだった。

 

「ノルンの体……いや、精神には『断罪の鎖』というものが残ってしまっている。」

 

「……どうにかして、取ってはやれないのか?」

「取れるが……ほぼ確実に死ぬな。」

 

零がため息をつく。

 

「……くそ。」

 

彼は己の非力を呪った。

雪華(あいつ)にも、難しいだろう。

 

「……取る方法は2つ、1つはそのまま取り除く事だ。」

「そのまま?」

「どういうことですの?」

「文字通りさ。精神にアクセスして鎖を引きちぎる。」

「それは……。」

「かなりリスキーだな。下手すりゃ共倒れだ。」

「共倒れ……で済めばいいがな。」

「『断罪の鎖』ってのは簡単に言えば『爆破で即死させる兵器』だ。暴発でもすれば周りも巻き込まれる。」

「……どういうことだ。」

「成程な。ここにいる奴らも道連れってわけか。」

「ああ。んでもう1個の選択肢ってのは……。」

 

その後零から出た言葉に二人は驚愕する。

 

「おい待て、それはどういうことだ!!」

「そんなの、無茶が過ぎますわ!」

「それが最も安全な手段だ。」

「……彼女達が頷くとは、とても思えませんわ。」

「……同意見だ。」

「じゃあ見捨てるか?このままならあいつの精神は完全に壊れる。そうなれば鎖も自然消滅するだろうしな。」

「……私達に決める権利はこざいません。全ては、あの御方達が決めること。」

 

火那達にとっても、仲間は大切だ。

しかし、それ以上に彼らの友人。

自分達に、決めることなど、出来はしない。

 

「それが聞ければ充分だ。……そろそろ俺は戻る。」

 

そう言って零は立ち上がる。

その背に、ライガは言った。

 

「……あいつらを、よろしく頼む。」

「善処はするさ。」

 

零は扉に手を掛けたところで思い出したように振り返る。

 

「…そういえば、2つ聞きたいことがあったな。」

「何でございましょう?」

「ノルンについてだが……ノルンと雪華って『上司と部下』って関係だけか?」

「基本的にはその通りですが、霜月 桜を加えて遊戯をする時だけ、さながら幼なじみのような、そんな親しい感じでしたわね。」

「しかもあいつ桜の前でだけ笑ってたしな。」

「ふーん……じゃあ違うか。」

「それがどうかしましたの?」

「いや、何でもない。それだけならな。…あともう1つはお前らについてだ。」



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53話

「俺達?何も面白いことはねぇぞ。」

「何でこっちに攻めてきたんだ?態々雪華を狙って異世界に来る必要無いだろ?」

「……あいつは俺達『熾天会』の最高戦力だ。出ることはほとんど無かったが、精神的な面でも必要だったんだよ。」

「…なるほど。ある意味『象徴』であり『偶像』…だったんだな。」

「言い得て妙だな。事実、火那(こいつ)を含め、想いを寄せる者は多かった。」

「まあ、あの性格にあの雰囲気だからなぁ。天然の人誑しは恐ろしいな。」

「以前はあのように朗らかではありませんでしたの。なんというか、抜き身の剣のような、触れれば切れそうな、そんな雰囲気。でも、戦果を上げれば褒めて下さって、その時の優しげな表情にもう……!」

 

火那は頬を紅く染める。

 

「なるほどね…。聞きたいことは聞けたから俺は戻る。まあ、可能な限り大人しくしてるんだな。」

「当然だ。……悔しいが俺達は捕虜だからな。」

「知りたいことがあれば今度聞け。答えられる範囲で答えてやるよ。」

 

そう言って零は部屋を後にした。

 

──────────────────────────

 

「……。」

 

零が火那達と話した翌日。目を覚ましたのは雪華だ。

 

「お目覚めですか…予定ではもう暫く目覚めないと伺っていたのですが。」

 

目覚めた雪華の耳に聞きなれない男の声が聞こえる。

 

「まあ半分妖怪だしな。快復だって純粋な人間よりは早いさ。」

 

頭を押さえながら起き上がる。

多少のふらつきはあるが、ただの貧血だろう。結構血を流したようだし。

 

「零が待ってるんだろ?体動かさなきゃ治るものも治らない。」

 

少し笑ってベッドから降りた。今も桜と紅葉はすやすや眠っている。

 

「いえ、そう言う訳にはいかないのです。……少々面倒になっていますので。」

「面倒なこと?」

 

まさかフラン達が何かやったのか。

 

「はい。内容は桜様がお目覚めになるまではお伝えできませんが…下手すれば先の戦いよりも被害が出るかと。」

「……凄く嫌な予感がするな。分かった。庭で剣を振っているから、彼女が起きたら教えてくれるか?」

「申し訳ありませんが、雪華様にはここに留まっていただきます。」

「ん?そうか。……まあ、たまにはゆっくり過ごすのもいいか。」

 

ベッドに座り直した。変わらず2人は寝息を立てている。それが微笑ましくて、そっと撫でた。

 

「それはそうと…お体に変化はございませんか?」

「いや、特には。」

 

これと言った異常はない。

 

「それは良かったです。桜様や紅葉様には検査をしたのですが、雪華様には出来なかったので。」

「出来なかった?どういうことだ?」

「能力を使った検査だったのですが…恐らく雪華様の能力と干渉しあった結果かと。」

「能力?僕にそんな能力は……、いや待て。」

 

急いで自身の能力を確認する。

……あった。これのせいだったのか。雪華は驚くと共に笑みを浮かべた。

 

「心当たりがあるようですね。」

「ああ。どうやらこの戦いで覚醒したらしい。……面白いな、これ。

……零にだって勝てるかもしれないぞ。」

「ふむ…あの方も以前似たような事をおっしゃっていましたね。」

「そうなのか?

……だが、恐らく僕には届かない。いよいよチートめいてきたな。」

「私としてはあまり面倒事にはしたくないのですがね………。」

「大丈夫だって。ここじゃ戦わないさ。」

 

雪華は苦笑する。

 

「遠巻きに今度戦うぞ、と言われてるような気がするのは気のせいだと願いたいですね。」

「大正解。」

 

変わって雪華には珍しく人の悪い笑みを浮かべた。

 

「……はぁ。まあ私は自分で戦うつもりはありませんがね。」

「やるならあいつと一対一だ。じゃないと面白くないし。

……それとも、式神全員で僕と戦ってみるか?」

「恐らくそうならずにこちらの幻想郷を相手取っての戦争でしょうな。」

「……何故そうなる?殺すつもりで戦うのは事実だが、本当に殺す気なんて微塵もないんだが。」

「どうでしょうね…今回の件で零様の興味が貴方以外にも向けられていなければ……まあそれは今どうこう言っても意味はありませんね。」

「……そうだな、考えたくない。」

「う……ん…………。」

 

桜が声を上げた。

 

「おや、お目覚めのようですね。」

「せっかさまぁ〜。」

 

抱き着いてくる彼女を抑え、雪華は苦笑を漏らした。

 

「私が居ることに気がついておられないようですね。」

「寝起きはいつもこんなものさ。そしてな。」

「……あれ?」

 

眠気が覚めた彼女はみるみる内に赤くなる。

 

「ごごごごごめんなさいっ!」

「ここまでがワンセットだ。」

 

「…なるほど。……そういえば、私の自己紹介がまだでしたね。」

「統率者……、コントローラー。違うか?」

「少々違いますね。私の名は『統制者』。以後お見知りおきを。」

「おや。まあいいか。精度がまだまだだな。覚醒したばかりだし仕方ないか。」

「どうやら、貴方も私と似たような能力なのですね。」

「いや、多分違うぞ。それこそ戦ってみれば分かるだろうな。」

「…私はデスクワークがメインなのですが。」

「同時に指揮官でもあるはずだが。」

「私は指揮官であり通信兵であり生物学者です。あまり表には出ないのですよ。」

「成程な。永琳先生と気が合いそうではあるが。」

「桜様には関係ありませんよ。………零様も、そんなところではなく此方に入らしたらどうですか?」

 

男がそう言うと扉が開き、零が入ってきた。

 



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54話

「おはよう、零。」

「おはようございます。」

「よう…お前は別として、桜まで化物染みてきたことにショックだな。」

「私、ですか?」

「ああ、君は恐らく、熾天使になった。」

「え……?」

「……無意識だったのか。」

「無意識……だとしても体に変化くらいあるだろ?」

「ええ、何と言うか、筋肉痛……、みたいなものですかね。魔力回路にダメージがあります。」

「そうか…ちょっと失礼。」

 

そう言って零は桜の背中に触れる。

 

「……こんなもんか。どうだ?違和感あるか?」

「……治ってます!」

「凄いな。」

 

桜は歓喜の、雪華は驚愕の声。

 

「…………さっきまで似たようなのを弄っていたからな。」

「似たようなの?」

「何だそれ。」

「おとおさん……、おかあさん……。」

 

そこで紅葉も目覚めたようだ。

 

「…少々不味いな。雪華、紅葉を少し遠ざけろ。」

「分かった。紅葉、ちょっとお話するから、お姉ちゃん達と遊んでおいで。」

「やぁだ………。」

 

寝ぼけ眼で雪華と桜にしがみついた。

 

「………。」

 

零は考え込む。

 

「どうしたものか……。」

「あんまり邪険にしたら可哀想ですよね……。」

 

紅葉はそれでも2人の服を掴んだままだ。

 

「……今だけ許せ。」

 

そう言って零は紅葉の耳に触れた。

 

「んぅ……?」

 

「……『干渉』。」

 

再び紅葉は眠りに落ち、幸せそうな笑みを浮かべている。

 

「ああ、感謝するよ。」

 

雪華は苦笑した。この子は自分達から離れないのだ。こうした方が手っ取り早い。

 

「…さて、今から少々ショッキングな物を見せる。覚悟はいいか?」

「……分かった。」

 

桜も頷く。

 

「……これを。」

 

そう言って零が見せたのは………以前ライガ達に見せたノルンの写真であった。

 

「「………!!」」

 

雪華は目を見張り、桜は手で口を押さえる。

 

「……辛いだろうが、落ち着いてほしい。」

「………なぜ彼女はこうなっている。」

 

数秒の後、雪華が問う。

 

「詳細は分からんが……経緯は聞いている。」

「……彼女を、助けるには。」

 

「取れる選択肢は3つ。そのうち確実に助けられるのは1つだ。」

「……その方法とは?」

 

「…ノルンを式神にする。」

「どういうこと、ですか……?」

 

震えながら桜が口を開いた。

 

「今のノルンの精神は完全に不安定だ。まぁ人間や妖怪の精神が不安定なのは変わらないんだが………式神のそれは他よりも比較的安定している。」

「………私の、剣なら。」

「桜?」

「雪葉なら、鎖を斬れます。同時に、ノルンちゃんの不安や絶望だけを、取り除くことが出来る。桜華の力が異能を斬る力なら、雪葉の力は形無きモノを斬る力。

……それなら、あの子を助けられませんか?」

「…それが出来る代物なら、苦労はしないさ。」

「でも………。」

「……他の方法は。」

「1つは無理やり引き剥がす。今回精神に巻き付いている鎖は切れた瞬間に能力が発揮する。だから切れる前に勢いよく引き剥がす、脳筋みたいなやり方だな。これでやろうものなら二次被害は避けられないだろうな。」

「……。」

「それをしたとして、彼女はどうなる?」

「…精神に巻き付いてるものが爆発するんだ…言わなくても分かるだろう?」

「……助かる可能性は、限りなく低い。」

「なら、もう選択肢なんて……!!」

「……そうだね。」

雪華は、非力を呪った。なぜ力を持っておきながら本当にやりたいことが出来ないのだろうか。

「……さっきの式神にするという案だが…()()()()()()()()()簡単に出来る。」

「……どういうことだ。」

 

雪華は目元に険を増す。

 

「式神になったノエルを()()()()()ということが可能かどうかわからない、と言えばいいか。」

「それこそ、お前の干渉の能力でとうにか出来ないのか。」

「やったことねえからなんとも言えねえな。」

「ではどうすれば……!!」

 

思わず自身の膝を殴った。本当に、無能が過ぎて吐き気がする。

 

「本当はお前らが目覚める前に処理するつもりだった。」

「……ではなぜ。」

「ほら、これ。」

 

そう言って零が雪華に手渡したのは一冊のノート。

それはノエルの記憶を写したものだった。

 

「これ、ノルンちゃんの想い出……?」

 

それを見て桜は呟いた。自分達と遊んだこと、一緒にやったことが全部残っていた。それ程に大切だったのか。

 

「それがなければさっさと出来たがな……お前らの知人となれば、扱いも変わってくる。」

 

ふと、雪華が零す。

 

「………そうだ。僕の、新しい能力を使う。そうすれば、鎖だけを『無効化』出来るかもしれない。」

 

「ほう?」

 

「連れて行ってくれないか。彼女の元へ。」



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55話

「……わかった。桜、お前はどうする?」

「……行きます。夫にばかり、背負わせはしません。」

 

桜もまた、覚悟を決める。

 

「いいだろう、ついてこい。」

 

零は立ち上がり二人と共にノルンのもとへ向かった。

 

「……改めて見ると、中々凄惨だな。」

「……。」

 

桜は一言も発しない。

 

「今更怖じ気づいたのか?」

「まさか。……始めよう。」

 

その言葉とともに、結界を構築した。

 

「ああ……。」

 

零はそれに合わせ手をかざす。

するとノルンの体から紫色の鎖のような物が浮かび上がってきた。

 

「見えるな?あれが『鎖』だ。下手に切るなよ?」

「分かっている。」

 

鎖に触れる。すると彼から白銀の魔力が立ち昇り、鎖へと集まっていった。

 

「………。」

 

零は黙ってそれを見ている。

 

「もう少し。」

 

ゆっくりと、しかし確実に、鎖は解けていく。

 

「……慎重にな。」

「ふぅ……。」

 

ついに鎖は完全に解け、霧散して消えていった。

それを見届け、安堵したように溜息をついた。

 

「お疲れだったな。」

 

零は雪華の肩を叩く。

 

「本当だよ。」

 

雪華は苦笑した。そして桜もまた、安堵していたのだった。

 

「ん?目が覚めたんじゃねえの?そいつ。」

「ん……。」

 

零の言う通り、ノルンの瞼が震え、目を開けた。

 

「ノルンちゃん!」

「わわ!……桜ちゃん?桜ちゃんだよね?」

「良かった……!」

「え、ちょっとどうしたの!?」

 

突然泣き出す桜に、困惑を隠しきれないノルン。雪華は、優しく微笑んでいた。

 

「雪華。」

 

零が誰にも聞こえないように耳打ちする。

 

「……どうした。」

「ノルンについてだが、記憶を一部弄ってある。あの光景を思い出さないように改竄してあるから、それは内緒にして置け。」

「分かった。」

「……修羅様?」

 

ノルンが此方に気付いた。

 

「…久しぶりだな、ノルン。」

「お久しぶりです!」

「………さて。」

 

零は雪華達を残して先ほどの部屋に戻った。

 

───────────────────────────

 

「……さて、面白いことになってきたな。」

 

零は部屋に戻りながらそう溢す。

雪華がノルンに使った能力は明らかに新しい物だ。以前のアイツには無かったものであり、恐らくは零にすら届く物であった。

 

「…まあ、新しい力はアイツだけじゃないが………ん?」

 

そこでふと足を止める。何故ならば目の前に見知った顔が居たからだ。

 

「……あなたは。」

 

そこに居たのはレミリア。偶然鉢合わせたらしいが、面倒なことにフランと咲夜も付いている。

 

「……。」

 

3人から立ち昇るのは静かな敵意。

それもそうだ。以前零は声を大にして雪華を殺すと宣言したのだから。

 

「おやおや、これはこれは。」

 

対する零は何でもないかのように接する。

 

「……待ちなさいよ。あなたどの面を下げて来たのよ。」

「道理であのお兄さん見た事あると思った。あんたの仲間だったね、そういえば。」

「彼を殺すと宣ったのですから、逆の覚悟も出来てございますね?」

「……へぇ、殺ろうってのか?」

「あなたが望むのなら、ね。」

「私はお嬢様に従うまでです。」

「いつでも良いよ。」

 

全員が臨戦態勢を取ったその時。

 

「そこまでだ。」

 

響いたのは雪華の声。

 

「うん?雪華、再会の話し合いは終わったのか?」

「まだだよ。魔力が膨れ上がったから来てみれば。」

「何故止めるの、雪華!」

「そうだよ、お兄様!」

「彼は、貴方を殺すと言ったのですよ!?」

「だったら何だ。こいつが望んでるのは正々堂々とした『殺し合い』だ。僕が消耗した隙を突くような姑息な真似するかよ。」

「解ってるじゃないか雪華。それに、俺らが今居るこの部屋には紅葉居るしな。………巻き込んで良いなら本気で殺っても構わないぜ?」

 

部屋を指差しながら零は言う。

 

「というわけだ。君達がやるなら僕は娘を護るために戦わなくちゃならんが。」

「……。」

「分かったよ。何か埋め合わせするから。」

「……貴方がそこまで言うなら、引き下がるわ。」

「…紅葉ちゃんを巻き込むわけにはいかないもんね。」

「期待しています。」

 

3人ともなんとか収めてくれたようだ。

 

「じゃあ俺はやることやるぞ?」

「頼む。」

「あいよ。」

 

そう言って零は部屋に入っていった。

 

「それにな、今回助けてくれたのはあいつとその式神だ。せめて今回だけでも感謝しといてくれよ。」

「……まあ、確かに助かったのは事実ね。」

 

レミリアも努めて平静を装う。すると、バンッと音を立てて扉が開き、紅葉が出てきた。

 

「紅葉?どうしたのかしら?」

「おとうさん!なんで!なんでいっちゃったの!!」

 

……どうやら勝手に違うところに行ったためご立腹らしい。

 

「ごめんごめん。ちょっと昔のお友達に会いに行ってたんだよ。」

「む〜……。」

 

抱っこをしてやると少し落ち着いたようだ。

 

「相変わらず、お前は愛されてるんだな。」

「わたしもおとうさんといく。」

「彼女の所に?別に良いけど……。驚くだろうな。」

「紅葉は一昨日からこんな感じよ。」

 

素っ気なくレミリアは零に応えた。

 

「そうかい…んで、どうする?」

 

零はレミリアに問う。

 

「ハンデ有りで良ければ遊んでやるが?」

「彼がやめろと言ったのだもの。するわけないでしょ。」

「意外だな。てっきり一撃いれに来るかと思ったが…。」

「行くわよ、咲夜、フラン。」

 

剣呑な表情を崩さぬまま、彼女達は去っていった。

 

「……お前は一々煽るんじゃない。ただでさえこの世界での印象は最悪なんだ。」

「その方が殺し合いになったときに容赦無くなるから良いと思うんだがなぁ。」

「避ける努力をしろ。」

 

雪華は嘆息する。

 

「詰まらんなぁ。まあ、時が来れば争うことになるだろうし、それまでお預けだな。」

「どうせやるなら代表戦だ。大切な人達を喪いたくない。」

「まさか、俺がアイツ等を本当に殺すとでも?」

「転ばぬ先の何とやら。

……とにかく行こうか。ノルンを待たせている。」

「俺も行こうか?確認したいこともあるからな。」

「分かった。」

 

そして雪華は紅葉と零を連れ、ノルンの部屋へ戻る。



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56話

「あ、お帰りなさい。……ってその子誰ですか?」

「娘の紅葉だ。」

「可愛い!」

 

零は部屋の壁に寄りかかっている。

 

「あれ、零さんはどうかしたんです?」

「いや、少し確認にな。」

「確認?」

「ああ、体や魔力回路に異常はないか?」

「少し疲れてますけど、それ以外は全然。さすが雪華様のご友人!」

「そいつはよかった。」

「……そういえば、紅様とグレムレート様は?」

「2人なら無事だ。捕虜にしてるだけだし、殺す気も毛頭ない。」

「そうだな、死んではいないな………。」

 

零は目を逸らす。

 

「良かった……。」

「問題無いようなら俺は戻る。」

「はい!ありがとうございました!」

 

久しぶりに再会した友人との歓談は、零が出た後も続き、夜も更けていった。

 

───────────────────────────

 

翌日、雪華は紡ぎ手から言われた通り、零の部屋の前に居た。ノックを3回。

 

「失礼する。」

 

その言葉と共にドアを開けた。既に零は起床していたらしく、窓辺の椅子に寄りかかっている。

が、そこに居るはずの零は雪華の記憶と違い、髪の毛は闇のような黒だった。

 

「零?」

 

髪色が違うだけで随分と印象が変わるものだと思いながら首を傾げた。

 

「ん?……ああ、君か。」

 

振り向きながら男は立ち上がる。

 

「……零、ではないな。誰だ。」

 

ほんの少しだけ、警戒する。敵意は感じないが、正体不明。

 

「僕か?僕は(レイ)。はじめまして。」

 

「レイ……、(レイ)……。

……零のクローン元、か。」

 

「うん、その認識で合ってるよ。」

 

男…(レイ)は頷いた。

 

「君の事は(ゼロ)から聞いているよ。霜月雪華君。」

 

「……僕のことも知ってるのか。」

「まあね。」

「で、零の兄が何の用だろうか。」

「ん?……ああ、そういえば言ってなかったね。」

「…?」

「僕は彼の兄ではないし、この体も僕のものでは無いんだ。」

「……まあ、言われてみれば………?」

 

首を傾げる。

だが、共に暮らし、遺伝子等々も同じ。だからある意味兄弟とも言えるのではないか、とも思うのだった。

 

「それに僕は、既に死んでしまっているしね。」

「ではなぜこうやって会話が?零が死霊を降ろしたわけでもあるまいし。」

「彼の精神媒体に僕のを追加で書き込んだのさ。君も知っているとおり、遺伝子レベルで言えば僕等は同一人物だからね。」

「成程な。で、僕に何か?」

「君に興味が湧いたのさ。本気で無かったとはいえ、彼を討ち破った英雄にね。」

「英雄って……。痛み分けに近い敗けだったんだが。与えた被害は無天だけだし、聞くところによればさらに強くなっているそうじゃないか。」

 

そう、自分は敗けた。故に、日々彼女達と戦うことで鍛錬をしている。今回目覚めた能力も相まってあの時とは比べ物にならないだろう。

 

「僕が死んだ後も彼は戦っていたみたいだが……彼に傷を負わせたのは殆ど居なかった。君以上に戦えた者は居なかったということさ。充分に誇って良いと思うけどね。」

「それは奴に勝った時のお楽しみさ。」

 

雪華は肩を竦めて薄く笑んだ。

 

「今の彼…というか僕に勝つのはほぼ不可能といっても良いが……それを覆すのが君らしいと言えなくはない。」

「だろう?生憎と、常識はないんでね。

……(ゼロ)は聞いていないな?」

「ああ、僕の記憶を彼は見れないし、その逆も然り。何か聞かれたくない話しでもあるのかい?」

「僕の新しい能力について。」



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