ゲームの世界に転生したら、いきなり全滅ルートに突入した件〜攻略知識を活かしてなんとか生き伸びます〜 (みなかみしょう)
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1.終わりのはじまり

ご無沙汰しております。
昔、『オタ提督と艦娘たち』などを投稿していたキグチと申します。

あれから色々とオリジナル作品を書いて別サイトで投稿などしていたのですが、今回書けたものをどこで公開すべきか悩んでおりまして、まず古巣であるハーメルンで投稿してみようと思いました。

状況設定は良くないですが、コメディ色強めです。

楽しんで頂ければ幸いです。


「みんな! また会ってもよろしくな! 楽しかったよ!」

 

 その台詞を聞いた瞬間、オレの運命は決まった。

 王立ガスティーヤ学園。桜舞い散る春の季節。石とガラスで作られた校舎が建ち並ぶ一画に、制服姿の学生達が集っている。

 全員が胸元に桜を模した造花を身につけ、今日は卒業式だ。

 

 集っている学生達の制服、特に女子のものが妙に体のラインがはっきりしたり、髪色がカラフルなのは、そういう場所だから仕方ない。

 ここは、オレがかつて遊びまくった美少女ゲーム、『茜色の翼、暁の空』の世界だ。現代日本の制服を魔改造したような服装と、ゲームっぽい異世界の建物。そして、見慣れたキャラクターが並んでいる。

 

「あんたはこれから、どうするのよ?」

「俺はしばらく、冒険者をやってから……どうするかな?」

 

 木陰から眺める視界の中、目元まで隠れた黒髪の少年が、赤髪の少女と会話している。

 男の方はレイヤ・ミニスター、このゲームの主人公。

 赤髪の方はエリア・リコニア、ヒロインの一人だ。

 

 今日この時、俺も含めたこの場の全員は学園を卒業し、それぞれの進路に乗る。

 ある者は実家の領地に。

 またある者は騎士団に。

 またある者は研究所に。

 それまたある者は冒険者に。

 

「それじゃあ、みんな、またな!」

 

 表情がわかりにくい割に、妙に爽やかさを感じさせる口調で、レイヤが胸元の造花を手に持つ。

 周囲にいた様々な髪色のヒロイン達も、それに続く。

 

 それがきっかけになったのか、周囲の生徒達も同じく桜の造花を手にした。一応、俺もそれに続く。

 

「王立ガスティーヤ学園に栄光あれ!」

 

 主人公の声に合わせ、空に桜の造花が舞った。

 

 ファンタジー世界において、プレイヤーに親近感を持たせるために設定されたソメイヨシノもどき。異世界でも変わらず美しい桜吹雪が舞う中に、卒業生達の造花が加わる。

 

 良い光景だ。昔、何度もテキストとイベントCGを見たこのシーンを実際に見られるとは、感無量だ。ちょっとした感動すら、俺の胸に去来する。

 

「それじゃあ、みんな、ありがとう!」

 

 そう言い残して、ゲームの主人公、レイヤ・ミニスターは一番にこの場を去って行く。

 

 俺はそれを見送りながら、小さく一言零す。

 

「……確定だな。全滅ルート」

 

 主人公が特定のヒロインとくっつかずに、一人で卒業する。

 『茜色の空、暁の翼』において、これは特殊なルートに入ったことを意味する。

 

 これから始まるのは、戦乱ルート。

 ガスティーヤ学園のあるメイナス王国は、隣の帝国から侵攻を受ける。

 ひたすら戦火を広げる帝国に侵略され、主人公とヒロインが必死になってそれを撃退する。そんな特殊ルートだ。

 

 このルートの特徴は、全滅。

 主人公レイヤが誰か一人ヒロインとくっつくことで、更に別ルートに入るんだけど、それができないと全滅する。

 

 ゲームとしては学園編から継続するRPGパートとADVパートの選択肢の組み合わせで進行するが、時間などの制限がシビアなのだ。

 

 『茜色の空、暁の翼』はゲームとしての出来は非常に評価が良かった。かつて、二〇〇〇年代を若者として生きたオレは、気に入って何度も遊んでいたわけだが。

 

「選択の余地なしで、これは酷くないですかねぇ……」

 

 空を仰ぎ、そう零す。

 

 オレが意識を持ったのは三日前。既に全ては手遅れだった。主人公レイヤを誘導して、ヒロインとくっつけることすらできない。

 

 美少女ゲームの世界に転生を果たした今のオレの名前はマイス・カダント。

 

 だいたいこれから一年後、戦乱の中で死ぬことが確定しているサブキャラだ。



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2.状況整理

 マイス・カダント。メイナス王国のとある町の商人の三男坊。家を継ぐことは期待されず、王国のどこかに就職するためガスティーヤ学園へ入学することになった人物だ。

 

 性格はやや粗暴。豊かな家で育ったため、少し尊大。魔法や剣術の才能はそれほど見られない。外見は、濃いめの灰色の髪にやや悪い目つき。背丈は並。

 

 美少女ゲーム、『茜色の空、暁の翼』においては序盤に主人公に絡んで、あっさり蹴散らされ、そのまま物語から退場するサブキャラ以下の存在。

 

 それが、オレの転生した人物のプロフィールだった。

 

 オレ自身が転生した経緯はどうもはっきり思い出せない。交通事故だったと思うんだが、なんだかぼやけている感じだ。なんというか、現代日本で過ごした記憶すら、夢かなにかだったかのように感じる。

 

 だが、記憶があるのは確かだ。ここがオレが若い頃、二〇〇〇年代の初めに遊びまくった美少女ゲームの世界だと言うことははっきりとわかる。当時は美少女ゲーム業界がとても賑やかで、オレもオタクの嗜みの一つとして、よく遊んでいたものだ……。

 

 昔を懐かしんでいる場合ではない。目下の問題は、ここが『茜色の空、暁の翼』の世界で、よりによって戦乱ルートに入ったということだ。

 

 戦乱ルートに入ったのは間違いない。なにせ、主人公が卒業式の後、一人で学園を出て行ったからな。誰かしらのヒロインルートに入っていれば、そうはいかない。

 

 そして、戦乱ルートを回避する手段はもう失われている。 

 

 学園滞在中に主人公がヒロインを決めていた場合、秋頃に学園主催の大パーティーに招かれて、そこで告白イベントが起きる。

 

 そこに居合わせた、隣国の要人の一人がポイントだ。

 帝国皇帝の腹心、暗黒騎士クリス。その正体は魔王。不遇な境遇にある魔族を救うため、帝国中枢にまで食い込むことに成功した努力家の魔王である。ちなみに女性で人気キャラ。

 

 彼女はその時点では、皇帝を傀儡にして戦乱を起こすか迷っている。人間と魔族が相容れない存在なのか決めかねているのだ。

 そこでポイントになるのが主人公君だ。実は彼、魔族と人間のハーフである。

 

 魔族のハーフが大パーティで告白して祝福を受ける。その光景を見た魔王は、戦争への道を一時保留する。

 

 ゲームとしてはそこで戦乱ルートは消え、ヒロイン個別のルートになるわけだ。

 

 個別ルートに入らなかった場合、このまま彼は冒険者として各地を渡り歩き、その間に魔王は皇帝を傀儡にして、北方の商業連合へ開戦する。

 

 そしてオレ、マイスはだいたい一年後に死ぬ。戦争で。

 

 その死に様は不明だ。なにせテキストで「この戦いでマイスも死んだよ。覚えてるか?」「ああ、一年生の時の……」の二行くらいで語られるだけなので。

 死亡時期も場所も不明、ただこのままだと確実に死ぬ。

 

 それが今、オレの置かれている状況である。

 

「……さて、どうするか」

 

 オレは今、メイクベという町の宿の一室にいる。

 名のある宿では無く、ワンルームくらい広さに、ベッドが一つという簡素な宿。時刻は夜で、天井には魔法のアイテムが光を放ち照明の役割を果たしている。 

 

 マイスは一年生の時、主人公にやられたあと、学業に身が入らずに卒業。そのまま就職先も決まらず、冒険者になったらしい。

 卒業直前、学生寮で目覚めた後、周囲に聞いたりするうちに把握できた。どうやら、実家からは見捨てられた感じらしい。

 

 この冒険者という立ち位置は幸運かもしれない。好きに行動できるのは、訪れる死を回避するためにあがく上で好都合だ。

 

 実家からの手切れだか支援金だかわからない金と装備を手に、メイクベの町にやってきたオレは、紙とペンを買い込んで宿をとった。

 

 最初にやったのは『茜色の空、暁の翼』について、思い出せる限りの情報を書き出すことだ。なにせプレイしたのは十年前、やりこんだとはいえ、記憶が怪しい。

 

 まずは、思い出すことだ。

 メモに書き出すことで連鎖的に記憶が蘇り、それなりの分量になった。正確性については何とも言えないが、おいおい追記することでどうにかなると思いたい。

 

「………さすがにイベントの日時なんて覚えてないからなぁ」

 

 頭をかきながら、そうぼやく。

 書かれた書類の一番上にあるのはイベントの一覧表だ。

 とはいっても、かなり曖昧な記述ではある。

 

1.卒業。各ヒロインはそれぞれの進路へ。主人公は冒険者になり自由行動。

2.通常、主人公はここでレベル上げやスキルを獲得するなどで成長。また、ヒロインと会って好感度を稼ぐ。

3.帝国と北方商業連合が開戦。主人公は冒険者を継続。

4.外国で戦争中も、主人公は自由行動。

5.いくつかのイベントを終えると、商業連合敗北の噂が流れる。

6.商業連合敗北。帝国が王国との国境に兵士を集め始める。

7.王国と帝国、辺境伯領で戦端が開かれる。

8.辺境伯領で激戦。王国は奮戦するも、敗退。領地に侵攻される。

9.北方からも帝国に侵入され、王国軍は敗色濃厚になる。

10.主人公、学園を拠点にした義勇軍に参加。反撃を開始する。

11.主人公を中心に王国軍が進撃。帝国を国境まで追い返す。 

 

「……他になにかあったかな」

 

 紙に書いた情報を見ながら色々思い出そうとするが、心当たりがあるのは細かいイベントばかりだ。全体の流れとしてはこれでいいはずだが。

 

「……ここまでに何とかしないとな」

 

 一人呟きながら、指し示すのは「8.辺境伯領で激戦」のところ。

 この時、王国の精鋭である辺境軍が、帝国の用意した作戦にボコボコにやられる。最悪、ヒロインの一人も死ぬ。

 更に領土深くへの侵攻を許し、そこらじゅうで散発的な戦闘が起こり、王国軍は個別撃破されるはずだ。

 多分、この時オレも死んだはず。

 

 なら、ここをどうにかすれば生き残る目が出るんじゃないだろうか。辺境軍が帝国軍を追い返すくらいの勝ちを拾えるのが一番いい。

 

 問題は、『茜色の空、暁の翼』のジャンルが、コマンド選択式RPGであることだ。大軍相手の戦闘イベントはなく、戦争はあくまでゲーム内のイベントとして処理される。

 それと、キャラクターの取得できる能力も軍隊相手にどれだけ効果が出るかも怪しい。

 

 オレとしては、イベントに介入して本来のストーリーを変更してしまいたいんだが、できるだろうか?

 

 こればかりは、わからない。幸い、細かいイベントも色々思い出したので、手段は何とか思いつくが。

 

「…………」

 

 一日で書き出した大量のゲーム攻略法。これを駆使して、何とかするしかない。せっかく転生したのに、一年足らずで死ぬのは嫌だ。

 

 まずは、殺されないくらい強くなろう。幸い、『茜色の空、暁の翼』は結構頑張った作りのRPGだ。キャラクターを成長させる余地は大いにある。

 

「よし……」

 

 覚悟を決めたオレは、この日最後の大仕事を行うことにした。

 心を落ち着け、小声でその言葉を呟く。

 

「ステータス・オープン……」

 

 オレの今後にとって、とても重要な言葉は、室内に空しく響いた。

 

「マジか……」

 

 どうやら、ステータスオープンのないタイプの転生をしたらしい。割と困る。どうしようか。

 

 本気でがっかりしながら、オレは自分の書いた書類の整理をしてから眠りについた。



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3.冒険者生活スタート

 この世界の文明レベルは意外と高い。建物は木組みや煉瓦、古くて立派な石造りといったヨーロッパ風の町並み。歩く人達の服装は現代的では無いが、服の種類や色が豊富だし、窓には板ガラスがはまっている。上下水道も完備され、町は清潔。

 馬車が行き交う道を、なんか魔法生物みたいなのが掃除しているのをよく見かけるので、科学技術の代わりに魔法技術が生活の支えになっているようだ。

 

 これは非常に幸運だ。リアル中世みたいなところに転生してたら不衛生な環境で病死してたかもしれない。

 色々と都合良く整えられた美少女ゲームの世界に感謝しながら、オレは人の行き交う通りを歩く。

 

 オレの職業は冒険者。仕事としては、冒険者ギルドから依頼を受ける他、モンスター討伐、ダンジョン探索になる。

 

 オレが冒険者としての最初の滞在地をこのメイクベの町にしたのは理由がある。

 

 生き残るための手段として、強くなるために必要なものがこの町のダンジョンに眠っているのだ。

 

 『茜色の空、暁の翼』はオーソドックスなRPGだが、キャラクターの成長はレベルアップ以外にもいくつかの要素がある。

 その一つが、スキル付与だ。封技石と呼ばれるアイテムを入手し、町のスキル屋で依頼することで、<攻撃力+10%>といった能力を付与できる。

 

 メイクベの町に眠っている封技石は<貫通>。シンプルな名前だが凶悪なスキルである。なにせ、攻撃があらゆる耐性を貫通するようになるのだから。

 これを状態異常魔法と組み合わせることで、ラスボスすら硬直させる凶悪な能力が完成するのだ。なんとしても欲しい

 

 なお、このスキルはある意味、救済策だとプレイヤー間では言われていた。メイクベの町は戦乱編でしか行けず、戦乱編はちょっと難易度が高めで油断するとすぐメインキャラが死んでしまうのだ。

 

 それを防ぐためにメーカーが用意したちょっとしたサービス、オレもそんな認識だ。それにしても凶悪すぎるとは思わないでもない。ラスボスがなにもできずに麻痺と毒で死んだときは乾いた笑いがでた。

 

 ゲームとして遊んでいるときは「ちょっと卑怯だから今回はやめておこう」とか思って取得しないこともあったが、今回は全力で頂きにいく。

 

 このマイス、生き残るため、思いつく攻略法は次々に試す所存である。

 

 <貫通>の封技石はメイクベダンジョンの隠し部屋にある。最下層、ボスの部屋前のセーブポイントの裏を調べるといきなり道が開く。

 ボス部屋の場所は地下十五階。難易度的に、ソロでいけなくもない場所だ。

 

 ここで強スキルをとれるかどうかで今後の楽さが決まる。最初はとにかく慎重に頑張らねば。

 

 そんな風に、これからのことを考えながらオレは路地を歩く。

 行き先は、路地裏に突如現れた小さな店。

 古い佇まいに、古い金属製の看板に魔法陣が描かれた怪しい店舗だ。

 

「…………こんにちは」

「あら、いらっしゃい。可愛い坊やね」

 

 緊張しつつドアを開けると、カウンターの向こうにいる、ゆったりとした服に身を包んだ中年女性がオレを出迎えた。

 

 店舗内は狭く、雑多だ。あらゆる場所に本が積まれ、用途不明の道具が棚に飾られている。

「あの、魔法を買いたいんですけれど」

「もちろん良いわよ! みたところ駆け出しね? 学園の卒業生かしら、サービスしちゃうわよぉ!」

 

 紫色の口紅をつけたおばちゃんは、なんだか物凄いテンションで応対を始めた。ゲームだと選択肢しか出てこないNPCだったのに、妙にキャラが濃いな……。

 

 ここは魔法の店。ゲーム内では魔法はレベルアップで覚えるか、店で購入するかの二択だった。だいたい、店売りの魔法は威力が弱かったり、困った時の救済用の向きが強いんだが、今はとても頼りになる。

 朝一番に、宿で場所を聞いたオレは、真っ直ぐにここに向かった。

 

「それで、なにが欲しいのかしら? 魔法以外も扱ってるわよ? あ、私については要相談、だけれどねっ」

「……えっと、状態異常系と回復魔法はありますか?」

 

 なんか恐ろしいことを言われたが、できるだけそれを考えないようにしつつ目的を話す。

 

「あらあら、渋い要求ねぇ。ド派手な魔法を求めないところも、結構好みよ?」

 

 ……なんて主張の強い店主だ。

 ダンジョン攻略に必要な魔法を買いにきただけなのに、背筋が氷るような体験をしているぞオレは。

 

「はい、とりあえずは、これだけあるわよ」

 

 そう言って、おばちゃんは一枚の紙を見せてくれた。店で買って付与できる魔法のリストだ。

 

「とりあえず、ヒール、パラライズ、ポイズン、スリープが欲しいかな」

「あら、そんなに買ってお金は大丈夫なの?」

「ここにあります」

 

 オレは持って来た銀貨入りの袋をカウンターに置いた。

 

「懐に余裕がある若者は好感度上がっちゃうわぁ」

 

 今オレは、美少女ゲームの世界に転生してしまったことを最高に後悔しつつある。自動的に好感度が上がるおばちゃんはちょっと恐怖だ。

 

「そんな顔しないで、軽いジョークよ。新人冒険者さんなんて緊張してしょうがないでしょ?」

 

 どうやら顔に出ていたらしく、カウンターの奥でごそごそしながら、おばちゃんが言ってきた。 

 

「そ、そうですか。たしかに緊張はしています」

「ふふ、誰だって最初はそうなのよ……いいわぁ」

 

 うっとりとした口調でおばちゃんが取り出したのは、水晶球だった。

 それと羊皮紙だろうか? 古くさい紙を何枚か出して、水晶の下に敷く。

 

「はい、じゃあ、魔法を教えてあげるから、水晶に触れて。……水晶だけだからね?」

「わかりました」

 

 オレは滅茶苦茶慎重に水晶に触れた。

 

「では、はじめるわ。静かに、心を落ち着けてね……」

 

 そう言うと、おばちゃんが静かに何かの呪文を唱え始めた。

 呪文に合わせて、水晶の下に敷かれた羊皮紙が光になって消え、水晶が輝く。

 

「この者に叡智の欠片を……」

 

 おばちゃんの厳かな言葉と共に、水晶内の光がゆっくりとオレに移る。

 

 合計四回。購入した魔法の数だけ、この儀式は続いた。

 

「はい。おしまい。これで頼まれた魔法は使えるようになってるわよ。呪文を唱えればすぐ発動」

「ありがとうございます」

 

 魔法の購入と取得は無事に終わった。

 

 実はこの転生先のマイス君。魔法使いなのに、魔法をあまり持っていない。ステータスオープンは出来なくても、なんとなく感覚で取得魔法がわかるんだけれど、「ファイヤアロー」と「ファイヤウェポン」の二種類しか持ってないのだ。

 一年生の頃、主人公に負けてから相当だらけた学生生活を送っていたらしい。

 

 ともかく、このままでは第一目標の強くなるすら達成できそうにないので、まずは有用な魔法を仕入れたというわけである。

 

「それじゃ、オレは行きますんで」

「あら、もう少しゆっくりしていけばいいのに」

 

 意味ありげな目線でこちらを見るおばちゃんがちょっと恐かったので、オレは足早に退店した。



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4.最初の挑戦

 メイクベの町のダンジョンはそのままメイクベダンジョンと呼ばれている。町の端に位置していて、入り口周辺に兵士や店が集中しているのですぐにわかった。

 ダンジョンとしての特徴は、自然系の岩の洞窟。それが地下に向かっている。最下層は地下十五階で、オレが目指すのはそこにある隠し部屋だ。

 

 ゲーム的には学園卒業後の中盤に入れるようになる場所で、卒業後の腕試しみたいな扱いで訪れるダンジョンである。

 たしか、ここに来るときのレベルは大体三〇くらいだったはずだ。正直、今のオレはそれよりかなりレベルが低いと思われる。多分、一〇とか一五くらいなんじゃないだろうか。ステータスが見れないのでかなり不便だ。

 

 オレの職業はメイジ。魔法使いだ。多分、レベル三〇以上で二次職に、レベル八〇以上で三次職に転職できるはずなんだが……なんというか、ちょっと緊張感のある状況である。

 レベル的にかなり上のダンジョンに紙装甲のメイジでソロ。ちょっと怖い。

 

 今の装備は丈の短いショートローブに先端に宝玉の着いた杖だ。多分、ルビーワンドと、魔導の外套とかいうやつだと思うんだけど、装備品としては一応この時点で買える上の方になる。

 

 装備が整ってるだけマシだと思おう。

 そう考えて、ダンジョン前の店で回復アイテムを買い込んで、オレはダンジョンに向かう。

 仲間を募るとか毛頭考えてない。多分、この町の人達とはレベル帯が合わないだろうし、そもそもオレは一人でやるつもりだ。その方が経験値多く入るからな。

 

「む。君、一人でダンジョンに挑むつもりか?」

 

 石造りの門が作られている入り口にいると、見張りの兵士に話しかけられた。

 

「ええ、一度、中の様子をみるつもりでして。危なかったら逃げてきますよ」

「ふむ……冒険者のようだから止めはしないが、無理はするなよ? ここのモンスターはそれなりに強いんだからな」

「わかりました。気を付けます」

 

 良かった、あまり強く引き留められなかった。単独攻略禁止とか言われたらどうしようかと思った。

 いや、一瞬だけオレの腰に視線が向いた。そこには冒険者ポーチと呼ばれる、学園卒業の記念品がある。見た目より沢山収納できる魔法の品だ。

 学園出身だから、実力的に問題ないと判断されたのかもしれない。卒業資格に感謝だ。

 

 安心して、オレは門を潜り、石の地面が続くダンジョンに足を踏み入れる。

 まず、腰に下げた水筒のような道具を出して、蓋を軽く捻る。

 すると、内部から丸い光が浮かび上がり、オレの頭上から周囲を照らしてくれた。 

 

「おお、便利だなこれ」

 

 魔法の懐中電灯だ。蓋を捻ると光が戻って消える。

 これで暗闇でも安心だ。といっても、入り口周辺は人の手が入ってるから、魔法の明かりがそこらじゅうに設置されてて安心なんだけどな。

 

「単独で来てくれよ……」

 

 複数のモンスターに遭遇しないことを祈りながら道を進む。たしか、メイクベダンジョンのモンスターは単独が多いはず。それなら、レベル帯が合わなくても、何とかなるはずだ。

 

 エンカウントが優しいこと、ゲーム知識が役立つこと。その二つを祈りながら、進むうちに、その時は来た。

 

 二階への階段が見える通路に出た時、別の通路から巨体がぬっと前に立ちはだかった。

 

「ウゥゥゥゥ……!」

 

 オレの目の前に現れ、うなり声を上げるのは、赤い目に、土色の筋肉だるまみたいな巨体の魔物。頭部の縮れた髪の毛の間からは曲がった角が生えている。

 ボーデンオーガ。土属性の、このダンジョン特有のモンスターだ。

 見た目通りの物理特化のモンスターで、高いHPと攻撃力を誇る。メイクベダンジョン低層では、ちょっとした強敵で、単体で現れるだからと言って油断できない。

 

「来たか……っ」

 

 問答無用、ボーデンオーガは右手に持つ棍棒を振り上げる。

 オレも手のワンドを構え、戦いの姿勢に入る。

 

 この世界に転生して最初の戦いだ。最後の戦いにならないように、気合いを入れないとな。



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5.初戦闘

全体的に誤字を修正しました。



 『茜色の空、暁の翼』はRPG部分が結構よくできている。正直、美少女ゲームで基本がアドベンチャーだと、RPG部分がおまけ程度になっても不思議じゃないんだが、スタッフの思い入れのおかげか、かなりちゃんとしていたと評判になった程だ。

 

 基本はオーソドックスなコマンド選択式RPG、ダンジョンは一部が自動生成。レベルアップとは別に能力を底上げするスキル制、更に頑張って調整されたバランスでかなり遊べた。

 キャラの性別によって露骨に成長に差があることもなく、ラストバトルに男パーティーで挑むこともできた程だ。

 

 とにかく、結構しっかりしているゲームだったということだ。

 ただ、作り込まれている故に、色々とできることがある。

 

 ダンジョン内で遭遇したボーデンオーガ。この初戦闘で、ゲームの仕様が通用するか、確認させてもらう。

 

「ウォォォ……ガァァァ!」

「パラライズ!」

 

 ボーデンオーガが棍棒を振り上げたのとオレが杖を向けて呪文を口走ったのは同時。

 

「……グ……ゥ……」

 

 どうやら、上手く魔法は発動したらしい。

 パラライズの魔法は名前の通り、相手を麻痺させる。発動の瞬間、一瞬体から杖に何かが走る感触があったが、あれは魔力というものだろうか。

 ともあれ、無事に魔法は発動した。あの店のおばちゃんに感謝だ。

 

「ポイズン」

 

 再び杖をボーデンオーガに向け、今度は毒の魔法を唱える。

 待つことしばし、

 

「……がっ」

 

 ボーデンオーガは口の端から血を流し始めた。元々土気色なんで体色の変化はわからないが毒が効いているのは確かだ。

 

「パラライズ」

「……………」

 

 

 念のため、魔法を重ねがけしておく。たしか、麻痺は二〇ターンで、自動回復する設定だったはず。

 

 RPGとしてよくできている『茜色の空、暁の翼』だが、作り込んである故に、繰り返し遊んだプレイヤーには色んな攻略法が見えてくる。

 その一つが、これだ。

 このゲームは状態異常が強い。毒なんか回復しない限り永続だ。しかも数種類あって、後半まで使える。

 

 そして、大抵のモンスターは状態異常耐性に穴がある。

 レベル差がある相手でも、これを利用すれば狩っていけるのである。低レベルキャラのレベリングにも応用できるので、そういう手法が攻略サイトで紹介されていた。

 

 オーガ系は特に耐性が少なく、睡眠が効きにくいくらいしかない。低レベルメイジのオレからすれば、非常に与しやすい相手だと言える。

 

「……ごふっ」

 

 ここがゲームと同じで良かった、と思いながら毒でダメージを受け続けるボーデンオーガを眺めていたら、ついに力尽きた。

 絶命と同時に状態異常も消えて動けるようになったのか、巨体が床に倒れ伏す。

 

 すると、二メートルはあるボーデンオーガの体がうっすらと消えていく。

 その場に残にはクリスタルのような、角張った結晶体が残る。

 

「まずは一体、と。上手くできてるな、この設定」

 

 手に入れた土色の結晶を、腰の冒険者ポーチに入れながら呟く。

 

 この世界のモンスターは、何らかの魔力から生み出されたものである。中心に核となる結晶があり、そこに受肉している。

 倒すと肉体部分が消失し、魔石と呼ばれる結晶が残る。

 

 魔石は売ってよし、武具の材料にして良しの万能素材だ。

 死体から剥ぎ取りしないでいいので非常に助かる。

 

 ボーデンオーガはこのダンジョンでも上位のモンスター。収入でも経験値の面でも、非常に美味しい。

 

「レベル上がったかな? ステータスが見えればなぁ」

 

 ぼやきながら探索を再開すると、いきなり右肩に衝撃が走り、吹き飛ばされた。

 

「くっ、いって……」

 

 右肩を押さえ、痛みに呻きながら攻撃のあった方を見る。

 

「キキキキィ!」

 

 そこにいたのは小柄な灰色の体色を持つ禿げた子鬼。ハイゴブリンだ。

 

「キキキキィ!」

「ギギギィ!」

「ギギッ!」

 

 しかも一体じゃない。数は三、複数。しかも不意打ちだった。ゲーム的には先制されたことになるのか?

 

 いや違う。この世界はゲームじゃない。肩に走る痛みも、地面を転がった感触も、目の前のゴブリンに嘲笑されて軽く震える手も、嘘じゃない。

 

 ここは美少女ゲームの世界という先入観で行動することはオレにとってデメリットになる。今更になって、オレはそれを身をもって実感していた。

 

 ハイゴブリン達は無様に転がったオレを見て、笑っている。助かった。冷酷に追撃されたら終わっていたかもしれない。

 

 赤い宝玉の乗った杖を向け、オレは呪文を唱える。

 

「スリープ」

「…………」

 

 三体のハイゴブリンは次々に眠りに落ちた。

 このゲームのゴブリン系は、眠りに弱い。毒はやや耐性があるけど、寝てる間に何度もかけ直せば問題ないレベルだ。

 

「ヒール、ポイズン、ポイズン、ポイズン」

 

 痛みがあると判断が鈍りそうなので、自分を回復してからハイゴブリンに毒を付与していく。

 

 メイクベダンジョンのモンスターに、強力な耐性持ちはいない。なんとかこのペースでやっていけるはずだ。

 なにより、戦いってものに慣れなきゃいけないな。

 

 生き抜く上で鍛えなきゃいけないのは、オレの精神だ。現代日本で育った精神のままだといけないな。

 

 貴重な学びを体感しながら、ハイゴブリン達が毒で死ぬまで、オレはスリープを重ねがけした。



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6.ヒロインとの遭遇

 とりあえず、地下五階まで進んだ。出会ったモンスターは状態異常を駆使してできるだけ倒して、突き進んだ。

 さすがにダンジョンの道はうろ覚えだったので、ちょっと迷ったが、何とかなった。

 

 メイクベダンジョンは五階ごとにセーブポイントがあって町まで帰れる機能までついている。じっくり攻略して欲しいという、メーカー側の計らいだ。とても助かる。

 

 実をいうと、五階につく直前はちょっと危なかった。敵は強くなる上に、回復アイテムは尽き掛け。レベルが上がったからか、不意打ちを受ける回数は減ったけれど、そもそも紙装甲の魔法職にとって一撃が重すぎる。

 

 最後の方なんて、スリープを使って逃げの一手だった。MP回復アイテムが切れたんで。

 

 あれは危なかった。ペース配分はもっとちゃんと考えよう。あと、ダンジョン脱出アイテムもだ。実は今回買い忘れてて冷や汗が出た。必ず一個は持って、準備の時には指さし確認しよう。

 

 多くの経験と教訓と共に町に帰ったオレは、まっすぐ冒険者ギルドを目指した。

 相変わらず人通りがある道は、そろそろ日暮れを向かえそうだ。思ったよりも長く潜っていられた。最初の探索としては上出来だろう。

 

 メイクベの町の中心部にある、木造の大きな建物の中に入り、まっすぐ受付に向かう。

 

 中には冒険者達がいるが、一瞬こちらを見ただけで視線を外した。実は魔法屋に行く前に、ここに挨拶している。その時も「なんだ学園から来た新人か」と冷めた態度だったので、皆オレになんか興味がないのだろう。非常に助かる。

 

 真っ直ぐ受付に向かって、ちょっと疲れた感じのお姉さんに話しかける。

 

「あの、ダンジョンで手に入れた魔石を引き取って貰いたいんですけれど」

「はい。あら、今朝魔法屋について聞かれた学生さんの……マイス君だったかしら?」

「名前はあってるけれど、元学生ですよ。これ、お願いします」

 

 この受付さんには挨拶した時に魔法屋を紹介してもらった。ゲームだとコマンド一つで移動できたけど、現実になるとどこに行けばいいかわからなくて、いきなり困ってたところ助かった。

 

「はいはい……これ、本当にあなたが?」

 

 オレが冒険者ポーチから魔石がみっちり詰まった袋を取り出して置くと、お姉さんの目が点になった。

 

「ええ、色々と頑張りまして」

「やっぱり学園出てると違うのねぇ。結構大きい魔石もあるじゃない。ちょっと待っててね」

 

 そう言って、お姉さんは受付から離れた。

 冒険者ギルドでは魔石を鑑定して引き取っている。どうやら特殊な技術であるらしく、独占商売だ。魔石は利用価値が高い資源であるため、それを社会に供給して利益を上げて、ギルドを運営しているという寸法らしい。

 

「お待たせしました。二万シルバーになります。ほんとに凄いわね。一月暮らせるわよ」

「頑張りましたから」

 

 お姉さんはまだ驚いている。必死になって命をかけてるんだから、沢山報酬が貰えるくらいはいいと思う。それに、二万シルバーは生活にはいいけど、装備品を更新するにはかなり足りない。回復アイテムと脱出アイテムを買って、あとは貯蓄だ。

 

「……そうだ、自分がどんな魔法を使えるようになったかわかる方法ってありますか?」

「学園の授業じゃ教えてくれないのかな? 魔法屋さんで見てくれるわよ」

「すいません、あんまり真面目に授業受けてなかったんで」

「それでこの結果なら大したものよ。頑張ってね」

 

 知識の不足は落第生ということで何とか誤魔化した。信じてくれたかは微妙だ。

 

 今の話だと、またあの魔法屋にいかなきゃいけないのか……。レベルアップしてるだろうから、能力の確認はしたいし、新しい魔法も欲しい。メイクベは町が小さいから、他に魔法屋はないって言ってたな……。

 

 ちょっと重い気分になりながら、オレは受付を離れ、ギルドの外に出た。

 

 ここは町の中心部、石畳の道沿いはそれなりに賑やかで、店は多い。もう夕食の時間だ。初の冒険が無事に終わったことを祝って、美味いものでも食べよう。しまったな、どうせならお姉さんにお勧めの店でも聞けば良かった。

 

 我ながら厚かましいことを考えながら歩き出した時だった。

 

「おい、今日の動きはなんだ。あれじゃあ、俺達が死んじまうだろうが」

「え、でも、この前は回復優先って……」

「状況見ろよ! もうモンスターは死ぬ寸前だっただろうが! あそこは武器を強化するんだよ!」

「……わかりました」

「なんだぁ、その目は。嫌ならやめてもいいんだぜ、俺達と組むのをよ」

「それは……すいません。以後、気を付けます」

「わかりゃあいいんだ。明日は気を付けろよ」

 

 側で聞いているだけで気分の悪くなるやり取りが目に入った。

 男二人に女一人。大柄な二十代くらいの男達が若い女の子を一方的に責めている構図だ。それも理不尽な感じに。

 

 見ていて胸くそ悪くなるような出来事である。

 

 荒っぽい仕事とはいえ、ああまでパワハラ全開なのはどうかと思う。それと、回復は大事だ。あと一歩で倒せるなら無理に強化魔法なんかいらないだろうに。

 

 なんとも言えないものを見てしまい、立ち止まっているオレ。

 

 一人取り残された女の子は、大きく溜息を吐いていた。着ているローブから察するに、回復職だろう。粗末に扱われて可哀想に。

 

「……はぁ。嫌になるな」

 

 小さな呟きを残して、女の子がこちらを振り返る。

 

「もしかして、フォミナ・エシーネか?」

 

 その顔を見て、思わず声が出ていた。

 

「? あ……もしかして……えっと……すいません。学園の同級生ですよね。顔は見たことあるんですけど、名前を思い出せなくて」

 

 驚きつつも頭を下げる女の子を見て、オレは静かに納得した。

 所詮はサブキャラ。こんなものだ。

 

 ともかく、オレは思いがけず、ゲームのヒロインの一人に遭遇してしまったのである。



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7.フォミナ・エシーネ

 フォミナ・エシーネ。『茜色の空、暁の翼』のファンディスク『どこかの空で』におけるヒロインの一人だ。元々本編に登場していたんだが、その時はサブキャラの一人で、プレイヤー達に情報提供をする役割で、パーティーインすることはなかった。立ち絵も一枚しかない。

 

 明るい茶色と野暮ったい眼鏡、後ろでまとめたお下げ髪。それと制服越しでもわかる明らかな胸の興《おこ》り。明るく朗らかな性格で適時アドバイスし、常に主人公サイドにいることから、人気を獲得し、ファンディスクヒロインへの下克上を成したキャラクターである

 

「正直、戸惑ってるんです。後衛としてやるべきことをやっているつもりなんですが、何をしても文句を言われまして」

 

 そのフォミナがオレの目の前でパフェを食べながら愚痴っていた。

 この世界には喫茶店があり、パフェやらコーヒーまで提供されている。この世界観でどうやって冷凍してるのか不思議だ。魔法だろうか。バックヤードを見たい。

 

 微妙な挨拶を交わしたオレ達だが、同級生ということで、そのままここで話すことになった。

 軽い気持で「オレは今から食事なんだけど、なんか食べる? 奢るよ」と言ったらついてきた。あっさり着いてきてちょっと心配だが、同じ学園出身者ということで安心してるのかもしれない。

 

「さっきのはちょっと酷かったからな。パーティー抜けられないのか?」

「それが、私の家の関係で組まされてるので、難しくて……」

「ああ……それは大変だね」

 

 苦しそうな顔をしていうフォミナ。

 彼女の実家は優秀な騎士や冒険者を輩出している小さな領地持ちの貴族だ。兄妹達に比べて学園の成績が悪かったフォミナは家族に心配されて、冒険者パーティーを紹介される。

 卒業後、修行がてら冒険者をやれと言った手前の過保護だったんだが、選んだ連中が悪かった、というわけだ。

 

「実家が関わってると力になるのは難しいかもしれないな……」

「いきなり失礼をしたマイスさんにそんな迷惑までかけられません。これは、私の問題ですから。なんとかしてみせます」

 

 そう言いながら、フォミナはパフェをバクバクと食べ始めた。さっきケーキも食べてた。大分ストレスが溜まっているらしい。

 

「せっかくだし、ここはオレが奢るよ。それなりに実入りもあったからさ」

「え……さすがにそれは申し訳ないんですが」

「気にしないでいいよ。その代わりフォミナが一儲けしたら奢ってくれ。約束な」

「それはもう、とびきりのところに案内しちゃいます」

 

 にこやかに応じるフォミナ。簡単に食事の約束とかしちゃって、少し不安になるな。

 

「話くらいで良ければ聞くよ。今日はオレも店じまいだし」

「それじゃあ、遠慮無く……。あ、どうせならマイスさんの話も聞かせてください」

 

 そういって、しばらくオレ達はメイクベのダンジョンについて語り合った。殆どフォミナの愚痴だったが。

 ……実は助かった。学園の思い出話とかされたらどう誤魔化そうか必死に考えていたけど、回避できたので。

 

「マイスさん、学園時代よりもとても落ちついていますね。なんか、凄い大人というか」

「家から追い出されて冒険者するしかなかったから、色々あったんだよ」

 

 本当はただ別人になっただけなんですけれどね。

 

「今日はありがとうございました。また、機会があれば。マイスさん、良い冒険を」

「ああ、フォミナも良い冒険を」

 

 一時間ほど話し込んで、オレ達は解散した。

 

 喫茶店の外に出ると、もう夜だった。思いがけず女性と夕食をしてしまった。

 通りを宿に向かって歩きながら、今日一日を振り返る。ダンジョン攻略、そしてフォミナとの遭遇。 

 

 まさか、ここでフォミナと会うとは思わなかった。

 

 実を言うと、フォミナはオレの一番好きなヒロインなのである。

 昔からヒロインよりもサブキャラが好きになるタイプなのだ。

 

 サブキャラから格上げしただけあって、彼女はファンディスクでの扱いが良い。

 

 まず、個別ルートに突入すると髪型が変わる。髪をばっさり切ってちょっと長いボブカットに整え、髪飾りをつけて印象を変えてくる。

 それだけではない、レベルアップで転職するに従って、彼女の服は露出度が上がる。今は二次職でスカートにスリットが、三次職で胸元が開く。

 

 そして、極めつけは眼鏡だ。個別ルートに入った彼女は、眼鏡を外す。

 一大事でアル。

 当時、その変化にユーザーは激怒した。SNSが興隆する前、個人サイトと匿名掲示板が中心の世界で、団結し、メーカーに抗議した。問答無用で眼鏡を外すとは何事だ、と。当然、オレも同胞《はらから》達と共に怒りのメールを書いた。

 

 そして怒り……いや、願いは通じた。メーカーからの追加配布パッチにて、眼鏡の着脱を選択するイベントが追加されたのだ。

 それだけではない、一部スタッフとイラストレーターもこちら側だったため、凄まじい熱量で仕事をしてくれて、イベントCGが追加された上で、眼鏡も複数種類選べるようになった。

 

 これが、『あかかファンディスク眼鏡事変』である。今となっては美しい思い出だ。

 

「……夜は駄目だな。色々思い出す」

 

 気がつけば、昔のことを思い出しながら宿に到着していた。

 部屋に戻り、シャワーを浴びて、ベッドに入って考える。

 

 フォミナへの対応についてはとりあえず保留だ。このままいけば、彼女のパーティーは全滅する。無謀にもボスに挑んで、フォミナ以外は死亡。責任を感じてギルドで沈んでいるところで、主人公と出会う。そんな流れだ。

 

 あいつがこの町に来ているかわからないが、なにもしなくとも、彼女は解放される。それが良い形かはわからないが。

 

 なにかしたくとも、現状は手出しできない。それに、オレの目的は一年後の死を回避すること。そのためには一人で効率よくレベル上げするのが優先だ。

 

「…………」

 

 考えてたら、すぐ眠気がきた。一日で色々ありすぎた。あとは明日にしよう。

 今日は楽しかった。この気持ちのまま、寝てしまおう。

 

 オレは安宿の硬いベッドに身を委ね、穏やかな眠りに入った。



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8.地下十五階の決意

 ダンジョン攻略を開始してから十日、オレは地下十四階まで到達した。

 初日に五階までいけたのを考えると随分遅く感じるが、下にいくほど敵が強くなることもあり、慎重に進むことにした影響だ。

 

 戦争が始まって死ぬのは嫌だが、ダンジョン探索でそれより早くくたばっていては元も子もない。レベル上げと資金稼ぎも兼ねて、オレは意識してゆっくり先に進んだ。

 

「はぁい。毎日ありがとね、マイスちゃ~ん」

「どうも。回復と、魔力ポーション。それとこのリストのアイテム。それとエスケープの魔法陣も売ってください」

「はいはい。数はいつも通りでいいの? そのポーチ沢山入るなら、エスケープは余分に持っておいた方が安全よ?」

「じゃ、もう一個追加でお願いします」

 

 すっかり顔なじみになったおばちゃんの薦めに素直に従うオレ。別ゲーで脱出アイテムを持ち込み忘れて困ったことが脳裏に去来したのだ。あれは途方に暮れる。予備があって悪いことはない。

 

「はいどうぞ。三万シルバーね」

「これで。あと、オレの使える魔法、増えてるか見てもらっていいですか?」

 

 ポーション類を受け取りつつ、追加のお金を払うと、おばちゃんはいつもの水晶玉を出した。

 指示されるまでも無く、オレはそれに手を触れる。

 

「む……残念。まだ新しい魔法は無理みたいね。そろそろ二次職にならないと駄目なんじゃないかしら? マイスちゃんならすぐだと思うけれど」

「二次職にならなきゃ追加は無理そうですか」

「ごめんねぇ。そこは決まりだから。他で色々とサービスしてあげるわぁ」

「そ、それはいつもお世話になってますから」

 

 意味ありげな目線を向けてくるおばちゃんに、ちょっと恐怖を覚えたオレは、足早に店を出た。

 

 昼の雑踏の中、ダンジョンへ向かう道を歩きながら、オレは考える。

 ステータスを見る手段がないためはっきりしないが、そろそろオレは二次職になれる。

 ゲーム的には二次職は四十レベル。三次職は八十レベルで転職可能だ。三次職はレベル以外にもイベントやアイテムで転職できるパターンもある。

 

 この世界的には、三次職は達人の更に先の領域に至らなければ到達できない場所、ということになっている。実際、普通に戦ってそのレベルまで上げるのはかなり面倒なのでわからんでもない。

 

 メイジの二次職はウィザード。使える魔法の種類が増えるので、是非ともなりたい。ただ、メイクベの町では二次職になれないので移動する必要がある。

 

 とりあえず、メイクベダンジョンのボスを倒したら移動する。そんな目安がオレの中にはある。

 地道な探索で使える魔法も増えた。今のオレは、幻覚、暗闇、沈黙など、更に多くの状態異常魔法を使える。攻撃魔法は火属性しか覚えられなかったけど。

 

 昨日は十四階まで降りて、とりあえず撤退した。道順を覚えるのが目的だったので、今ならセーブポイントの十階から一気に下ることができる。十四階も、最下層への階段を見つけてある。

 

 まず、今日は十五階まで降りて、隠し部屋に侵入。それから、当初の目的である封技石<貫通>を手に入れよう。そうすれば、最下層のボスも楽に倒せる。

 

 そんな決意を固めつつ、オレはメイクベダンジョン前の転送陣から地下十階に向かった。

 

 

 ○○○

 

 地下十四階に到達するなり、ハイ・トロルに襲われた。灰色をした石のような皮膚を持つ、太った巨体のモンスターだ。見た目通りのタフさと攻撃力が売りで、普通に相手をするには恐いやつである。

 

「グォォォォ!」

「パラライズ、ポイズン」

「…………グフォッ」

 

 麻痺と毒を受けたハイ・トロルはその場に倒れて、全身に毒が回り絶命した。

 後に残ったのは灰色の魔石。ありがたく頂戴する。

 

 初日に比べれば、大分慣れた。装備品も少し追加している。右手に魔法の消費MPを押さえるアミュレット。首には先制率を下げる風のスカーフを巻いている。

 レベルアップもあってか、不意打ちが減った。普通に遭遇すれば、今みたいに安定して対処できる。

 

 今後の問題は魔法の種類や装備になる。その対策は、メイクベダンジョンを攻略してからやる予定だ。

 

 予定通り十四階を順調に踏破し、ダンジョン最下層への階段のある部屋に入ると、見知った顔がいた。

 

「あら、フォミナ……さん?」

「マイスさん。こんにちは。一人でここまで来るなんてさすがですね」

 

 そこにいたのはフォミナのパーティーだった。

 

「なんだ、おい。知り合いか? ソロじゃねぇか。俺達の邪魔しないように言っておけよ」

「無駄話しないで集中するんだぞ。今度こそ終わりにするんだからな」

 

 オレの方をじろりと睨んで言う男達。明らかに歓迎されていない。

 

「あ、オレは様子見にきただけなんで、お邪魔しませんので安心してください」

 

 そういうと、男達はオレに興味を失ったらしく視線を切った。

 

「行くぞ。フォミナ、おしゃべりは外に出てからにしろ」

「三度目の挑戦だ、集中しろよ」

「あ、ま、待ってください! それじゃ、また! マイスさん!」

 

 さっさと先に行ってしまった男達に、フォミナは慌ててついていってしまった。

 

 ……三回目の挑戦か。そろそろかもな。

 あの男二人はボスにやられ、フォミナだけ脱出する。そのシナリオは順調に進行しているようだ。

 

 ともあれ、フォミナ達を先行させ、オレは階段でしばらく待ってから最下層に降りた。

 

 ダンジョン最下層はシンプルな部屋だ。

 奥にはボスへの巨大な扉が一つ。今は閉じられているが、向こう側ではフォミナ達が戦っているだろう。

 

 正直、彼女のことは気になるが。まずは自分の目的が優先だ。

 

 オレは階段から右側の壁沿いをゆっくりと歩き、石壁をつぶさに観察した。

 

「あった……なるほど。『しらべる』って感じだな」

 

 じっと壁を見ていると、一カ所だけ窪んでいるところがあるのが見えた。

 迷わずそこを押し込むと、重い感触と共に壁自体がゆっくりと消えて小さな金属の扉が現れた。

 これこそが目的の隠し部屋だ。ついにここまで来た。

 

「……誰も来てませんように」

 

 ドアを開け、中に入るとそこは二畳くらいの狭いスペース。

 そして、中央には宝箱が鎮座していた。

 

「………」

 

 はやる気持ちを抑え、ゆっくりと箱を開ける。

 

「……あった」

 

 中に入っていたのは、透明で小さな球体。中に青白い光が瞬いている。

 

 これこそが<貫通>の封技石。オレが生き残るための手段だ。

 

 落ちついて冒険者ポーチに<貫通>の封技石を入れる。

 

 さて、目的は果たした。このまま脱出しようか。まず、スキルを覚えさせて貰わなきゃな。

 やり遂げた満足感と共に、小部屋を出たとき。ふと、ボス部屋の扉が目に入った。

 

「………揺れた?」

 

 人が四人くらい並んで通れそうな扉が、一瞬揺れた。中で激しいボス戦が繰り広げられていることを考えると、不思議ではない。

 

 ちょっと、様子を見てから帰ろうかな。

 

 そんな思考が脳裏をよぎる。このまま放っておいても、フォミナは生き残れる。ムカつく仲間は死に、そのうち主人公に拾われて幸せになる可能性もある。

 

 それでいいのだろうか?

 

 主人公と出会うまで、フォミナは仲間を守れなかったことを悔やんで、抜け殻のようになる。人の良い彼女にとってはあんなのでも、仲間だったんだ。

 

 自分の好きなキャラ……いや、女性にそんな思いをさせていいのか? 今なら、悲劇を防げるかもしれないのに。

 それに、主人公だって現れるとは限らないじゃないか。その場合、フォミナはずっと失意のままだ。

 

 一つ、思いついたことがあった。

 

「……防げるか。試す価値はあるかもな」

 

 オレはこれから、自分の運命を相手に戦うことになる。ならここで、フォミナの仲間を死の運命から救えるか、試してみるのはアリな気がする。

 せっかく手に入れた<貫通>はまだ使えないが、やりようはある。この十日間で色々と準備は整えた。

 

 自分への言い訳、好奇心、検証。色んな感情が、オレにこの決断をさせた。

 

 右手のルビーワンドを握り、オレはボスへの扉に手をかけた。

 ゆっくりと開いた巨大な扉の向こう。

 

 そこに広がっていたのは、パーティ全滅の直前の光景だった。



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9.はじめてのボス

 メイクベダンジョン地下十五階のボスはミノタウロスだ。

 RPGでもお馴染みの牛頭に筋肉質な巨体のモンスター。ご丁寧に斧でしっかり武装したこいつがゲーム上初めて現れるのはこの場所になる。

 

 能力は外見通り、タフさと攻撃力重視。しかしながら、味方全体に物理攻撃をしてくる『なぎ払い』と、こちらの防御力を若干下げる『おたけび』といった特殊攻撃を持つため、意外と手強い。

 

 耐性面も結構強く、パラライズとスリープ、それとポイズンは通用しない。

 『貫通』があればどうとでもなったんだが、今回はそうはいかない。

 

 うっかりいい攻撃を貰ったら、防御の薄いメイジは一撃で瀕死。最悪死ぬ。

 

 しかし、オレはこいつの前に出ることを、決断してしまった。自分でも驚くべきことに。

 

 ボス部屋の扉を開けて目に入ったのは、フォミナのパーティーが崩壊した光景だった。

 

 前衛の男二人は地面に倒れ込んでいる。まだ生きているのだろう、僅かに痙攣している。フォミナは無事だが、目前にミノタウロスが迫っていた。彼女一人にミノタウロスをどうこうする能力はない。どう見ても終わりだ。

 

 ここで見捨てないと決めた以上、オレは全力を尽くす。

 

「ハルシネイション!」

 

 ミノタウロスがフォミナに集中していて助かった。おかげで不意打ちだ。

 ハルシネイションは相手に幻覚を見せる魔法。これによって、攻撃の命中が著しく下がり、複数のモンスターがいる場合は同士討ちすることがある。

 

「ぐも?」

 

 フォミナにゆっくり迫っていたミノタウロスが、なんだか可愛い鳴き声を上げた。突然、目の前の光景が切り替わったことに戸惑っているようだ。奴からは見える世界が万華鏡みたいな滅茶苦茶なものになっているはず。

 

「ぐもぉぉぉおおお!」

 

 怒りと戸惑いそのままに、ミノタウロスが斧を振り回す。当然、オレにもフォミナにも当たらない。

 

「フォミナさん、大丈夫か?」

「あ、マイスさん? どうしてここに?」

「せっかくだから、ボス戦を見学して帰ろうと思って。大丈夫?」

「私は平気。でも、二人が……」

 

 震える声のフォミナの視線の先には、瀕死になった二人の仲間が居る。

 

「まだ生きてる。今からあいつを倒せば、全員無事に脱出できる」

「倒す? 無理だよ。いくらマイスさんでも……」

 

 恐怖のためか、口調が素に戻っている。たしか、普段は敬語だが気を許した相手には砕けた口調になるという設定があったな。

 そんなことより状況だ。ミノタウロスはまだ暴れてる、そのうちオレ達や倒れてる二人を巻き込みかねない。

 

「オレに作戦がある。可能な限りの支援魔法をかけてくれ。それと、適時回復を」

「まさか、前に出るの?」

「大丈夫。オレはやられないよ」

 

 多分、という言葉を飲み込んで前に進んだのは、意地か見栄だろう。冒険者ポーチに手を入れて、オレはミノタウロスの前に立つ。

 

「ハルシネイション!」

「ぐももぉ!」

 

 追加の幻覚を受けて、更にミノタウロスは狼狽える。この魔法だけが、通用する状態異常だ。

 さて、一つ問題がある。このミノタウロス、非常に強力な火耐性を持っている。

 実はオレ、攻撃魔法は火属性しかない。

 はっきり言って、<貫通>に頼るのが大正解なのだ。

 

 にもかかわらず、最適な準備をせずに、この場に来てしまった。フォミナはあのままエスケープの魔法書で脱出して助かるのだから、何もしなくていいのに。

 「彼女が酷く落ち込むから」とかいう理由で死地に踏み込むのは我ながらアホの極みだと思う。

 

 戦乱による死を回避するためには、もっとクレバーに、感情を排した行動をしなきゃいけない。それも十分わかってる。

 

 でも、それはそれ、これはこれだ。

 自分の好きなキャラの助けになるなら、ちょっと頑張るくらいいいじゃないか。

 事実、オレの冒険者ポーチの中には、こういう時のための対策品が詰まっている。

 

 もし、フォミナのパーティーが全滅する瞬間に遭遇したら。

 もし、その時に<貫通>のスキルを取得していなかったら。

 もし、オレの使える魔法に氷属性がなかったら。

 

 そのための対策品を、オレは冒険者ポーチから取り出す。

  

 ミノタウロスは幻覚でほぼ能力を失っている。

 ここから先は死地じゃない。ちょっとリスキーな攻略タイムだ。最悪死ぬけど。

 

「マイスさん! 危険だよ!」

「支援をたのむよ! 今から何とかするから!」

 

 後ろからの声に応えつつ、オレは冒険者ポーチから取り出した物を、ミノタウロスに投擲する。

 

「ぐもぅっ!」

 

 三センチくらいの小石のようなものがミノタウロスに触れたと思ったら、その周辺が凍結した。

 

「もぉぉぉぉ!」

 

 突然のダメージに怒り、斧を振り回すミノタウロス。しかし、奴にオレは捉えられない。振り回す斧が起こす風が顔にあたってすごく恐い。

 

 慎重に距離をとって、ポーチから次の攻撃分を取り出す。そして投擲。

 

「ぐももぅっ!」

 

 今度は左肩辺りが凍結して、ミノタウロスにダメージを与えた。

 

「マイスさん、なにを?」

「頼む、支援をくれ! 念のため防御を固めておきたい!」

「は、はい! ディフェンスアップ!」

 

 オレの体の周りに淡い光が満ちた。最下級の防御強化魔法だが、十分だ。なにせ五回まで重ねがけできるからな。

 

「連続でディフェンスアップ、それと、もしオレが怪我したらヒールを頼む!」

「はい!」

 

 今度のフォミナの返事は力強い。役割がはっきりすると強いタイプだ。

 

「さて、もう一撃」

「ぐももぅっ!」

 

 再びオレの投げたアイテムで体の一部を凍結させるミノタウロス。

 

「もおぉぉぉ!」

「うお、あぶねぇ!」

 

 暴風みたいな斧の攻撃に慌てて距離を取る。防御魔法を限界までかけてれば一撃は耐えれると思うけど、できれば貰いたくないな。

 

「さて、次……」

 

 オレは再び、冒険者ポーチからアイテムを取り出す。

 

 先ほどからオレが投げているのは、氷結小石という、一番弱い氷属性の攻撃アイテムだ。

 主にゲーム序盤、属性の関係を説明するときに渡されて、その時だけ役立つ類の攻撃アイテムで、店売りしてても自然と存在を忘れられるやつである。

 ゲーム的には氷属性の固定ダメージを与える。ミノタウロス相手なら弱点なので、その数値は倍だ。

 

 <貫通>なしで、火属性しかないメイジが安全にミノタウロス倒す方法。

 それがこれだ。ハルシネイションで攻撃を無力化し、ひたすら氷結小石を投げる。

 

 氷結小石の基本ダメージは三十、それが倍になって六十。

 ミノタウロスのHPは二千くらいだったはずなので、三十四回、こいつを当てればオレの勝ちだ。

 

 注意する点は幻覚は命中率をゼロパーセントにするわけじゃないこと。たしか五パーセントくらいはこっちに攻撃が来る。……かなり高い確率だ、恐い。

 

 幸い、フォミナが援護してくれるので、それで生き残る可能性を上げられる。

 とにかく、始めた以上はやり遂げる。このままミノタウロスを完封してやる。そうしないと死ぬからな!

 

「ほい!」

「ぐもぉ!」

「ほら!」

「ぐもももぉっ!」

「もっかい!」

「ぐもももももぉっ!」

「もぉぉぉおお!」

「うおおお、あぶねぇ! いてぇ! ちょとかすった!」

「マイスさん、ヒールです!」

「ありがたい! 支援魔法を絶やさないでくれ! それはそれとして、ほいっ」

「ぐもももももぉっ!」

 

 そんな具合で、何とか直撃を受けること無く、緊張のボス戦をオレはこなす。

 

 戦法は決まっているから、作業に近いが、失敗した時のリスクはでかい。

 ゲームと違って、小石が必中とは限らないしな。まあ、ポーチの中に三〇〇個はあるから足りるけど。

 

「マイスさん! これいつまで続けるんですか!?」

 

 言外に撤退の二文字を滲ませつつ、フォミナが言ってくる。

 

「もちろん、こいつが倒れるまでだ。あと二六回くらい当てれば倒れるから!」

「なんで数字が具体的なんですか!?」

 

 そんな突っ込みを受けつつも、オレの初ボス戦は続く。

 

 それから三十分後、合計四三回の投擲をもって、オレはミノタウロスを倒した。

 予定より数が多いのは、何度か手元が狂って外したからである。



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10.新しい一歩

ちょっとタイトルや用語を修正してみました。


「ミノタウロス、倒してきました。これ、魔石です」

「はい? いえ、失礼しました。マイスさん、パーティーを組んでいたのですか?」

「いや、見学しようと中を覗いたら全滅しそうだったので、助けに入りまして」

「…………」

 

 ミノタウロス撃破後、オレはフォミナと一緒に気絶した男二人を連れてダンジョンを脱出。

 まだ二人とも生きてるので、近くの教会に運び込んだ。この世界では、聖職者が医者も兼ねている。ちょっとお金はかかるが、あの二人は無事に回復し、今は念のため入院している。

 

 その翌日、しっかり眠ったオレはフォミナと共にギルドに報告に来たという次第である。

 

「事実です。私達は彼に助けられました。報酬もマイスさんに全額でお願いします」

「いや、フォミナさんに援護して貰ったからだし、そこは半分でいいよ」

「それは悪いです。命を助けて貰ったわけですから」

「正当な報酬だと思うけれど」

 

 事実だ。フォミナの援護がなければオレも危なかった。助けに入ったのは確かだけど、報酬を全部もらうわけにはいかない。

 

「では、こちらから報酬を出しますので、お二人で話し合ってください。撃破についてはマイスさんを協力者として、共同撃破にしておきます」

 

 言い争いを始めたオレ達を気遣ってか、いつもの受付嬢さんがそんなことを言ってくれた。

 たしかに、受付で話しててもしょうがない。場所を移したほうがいい。

 

「じゃあ、それで。いつもすいません」

「いえいえ、ところでマイスさん、フォミナさんとはお知り合いですか?」

「学園の同級生というだけですよ。たまたま会っただけ」

「なるほどなるほど。時に、今度ちょっとお食事にでも……」

「マイスさん、報酬を貰って外に行きましょう」

 

 受付嬢さんの言葉を遮って、フォミナが言ってきた。なかなか強引だな。受付嬢さんの目もなんかちょっと恐かったし、まあいいか。

 

「……ちっ。報酬です。戦利品についてもちゃんと話し合ってくださいね」

 

 何故か舌打ちが聞こえた気がしたが、とりあえず報酬は受け取った。

 

「マイスさん、あの受付の方と仲良しなんですか?」

「いや、特にそういうことはないけれど?」

 

 外に出るなり不思議なことを聞かれたが、オレには全く見当もつかない。いや、魔石を売る度に親しげに話されてた気もするな。たしかこのゲーム、取引を繰り返すとNPCの好感度が上がってイベントが起きるシステムもあったはずだが。

 

「ならいいです。気を付けてください。マイスさん、活躍してるから、狙ってる人多いらしいですよ」

「そんなことになってたの? 全然そんな気配なかったけど」

「毎日ギルドとダンジョンを往復してるから、話しかける隙もないという評判を聞きました」

「なるほど……」

 

 効率重視の攻略方針が良かったのか悪かったのか。ここは良かったと思っておこう。

 

「次は魔法屋にいくつもりだけど、先に精算の話する?」

「それはマイスさんのもので良いです。ミノタウロスの落としたアイテムも、マイスさんのものです」

「それはありがたいんだけどね」

 

 ボスは確定で落とすドロップ品が設定されている。ミノタウロスの場合は火の腕輪。火属性耐性が+三〇%という高性能アイテムだ。金よりもこっちのほうがありがたい。

 

「腕輪は貰うから、報酬は半分受け取ってよ。なんならあいつらの治療費に充てて欲しい。手切れ金代わりに渡しちゃえばいい」

「……検討します」

 

 回復したけど、あいつらも大分落ち込んでた。今ならフォミナも縁を切れるだろう。

 

 そんなことを話しているうちに、オレ達は魔法屋に到着した。

 

「あら、いらっしゃーい! マイスちゃん! あら、今日はかわいいお友達も一緒なのねぇ!」

 

 いつも通りのテンションのおばちゃんが現れた。

 

「どうも、こんにちは。今日も買い物に来ました」

「…………」

 

 オレの横で、フォミナが固まっていた。なかなかインパクトの強い店主だからな。

 

「まずはこの封技石をオレに付けて欲しいんですけれど」

「あら、面白いもの持って来たわね。こっちいらっしゃい」

 

 カウンターで<貫通>の封技石を渡すと、おばちゃんはニコニコしながら奥にある儀式部屋に案内した。

 フォミナに店内でも見ていてくれと頼んで、そちらについていく。

 

 儀式部屋は狭い。四畳半くらいしかない。床に魔法陣、その前に魔法屋の立つスペース、それだけの空間だ。

 室内に入ったオレはおばちゃんの指示のまま動く。

 

「じゃあ、陣の真ん中に立って。はい、そこで立つ。気を付け! はい、そのままちょっと待っててねぇ。 ……ぬおおおぉおぉぉ! はあぁぁぁっ!」

 

 杖を手に持ったおばちゃんが凄まじい気合いと共に何かをすると、魔法陣が輝く。それに呼応するように預けていた<貫通>の封技石が砕け散り、輝く淡い光がオレの胸に吸い込まれていく。

 

「これで……儀式は……完了よ……。いい……スキル持ったわね……。はぁっ、はぁっ……」

「あの、大丈夫ですか?」

 

 おばちゃんは滅茶苦茶疲れていた。封技石を使う儀式、そんなに疲れるのか。なんか申し訳なくなるな。

 

「気にしないでいいのよ、仕事だから。心配なら、今度肩でも揉んで貰おうかしら、二人きりでね」

 

 なんだろう。まさか足繁く通う内におばちゃんの好感度も稼いでしまったのだろうか。

 

「いやオレ、近いうちに町を発つと思いますんで」

「あらそう。寂しくなるわね。ちゃんと挨拶に来るのよ」

「それは勿論」

 

 スキル<貫通>の取得。メイクベの町でやるべきことは終わった。多少の予定外はあったけど、オレは次に進まなくてはいけない。

 それはこの後、フォミナにも伝えるつもりだ。

 

「マイスちゃんと会えなくなるのは残念だけど。冒険者だものね。貴方の行く先に良い冒険があることを祈ってるわ」

 

 儀式室を出る前に、人懐っこい笑みを浮かべたおばちゃんが優しい声音でそう言ってくれた。

 

「封技石の儀式にしては長かったですね」

「ちょっと世間話だよ」

「安心しなさい、お嬢さん。常連さんとは長話もしたくなるものよ」

 

 店内で待っていたフォミナに軽く説明し、オレはすっかり見慣れた店内で、消耗品の補充などをした。

 この店で買い物するのも多分これで最後と思うと、ちょっと寂しく感じた。

 

 昼になり、オレ達は喫茶店にいた。ギルドの外で再会し、初めて話したあの店だ。

 今回もフォミナは甘い物を多めに食べて、幸せそうにしている。

 見てたら食べたくなったので、オレはケーキセットだ。レモン風味のチーズケーキとコーヒーはとても美味しい。色々整った異世界は本当にありがたい。

 

 食事ついでの話題は、今後の話である。

 

「ギルドの後にここで話しても良かったと思うんだけれど」

「いいじゃないですか。ちょっとマイスさんが通ってるお店に興味があったんですよ」

 

 どういうことだろうか、そんな変わったことはしていないはずだけど。

 顔に出ていたんだろう、フォミナが笑みを浮かべながら言う。

 

「他の冒険者と馴れ合わず、淡々とダンジョンに通ってる学園卒業生、って周りから言われてたんですよ。普段なにしてるんだろうって」

 

 言われてみれば、オレの日常はダンジョン、ギルド、魔法屋の三カ所で構成されていた。食事のために店に入るくらいはあったけど、どこかで遊ぶようなことはなかった。ゲームの世界に転生したからって、自分までゲーム的な行動をすることないだろうに。

 

「ダンジョンに潜るのが結構楽しかったんだ。それに資金の問題もあったしな」

「それなら尚更、さっきの報酬は受け取って欲しいんですけれど」

「それは駄目だ。フォミナさんも戦ったんだから。なんなら手切れ金に……」

「あの二人とのパーティーなら、もう解散しました」

 

 唐突に、フォミナは笑みをやめて、真剣な表情になって言った。

 

「そ、そうなの? なにか言われなかった?」

「特には。いえ、家のことについて言われましたけれど、無謀な挑戦で私が死んだらどうする気ですか? とか、実家には私から伝えておきます、と言ったらすんなりと」

「……そっかー」

 

 意外と言うべき時には言える女だな、フォミナ。

 

「そんなわけで、手切れ金もなしです。だから、安心してください。ただ、問題がありまして。……行くところないんですよね、私」

 

 どんよりとした目で、フォミナは言った。

 実家から紹介された人材を切ったわけなので、フォミナはこれから自力で生きていかなければならない。太い実家を切った影響は大きい。いやまあ、あいつらと組んでても良いこと無かったんだけど。

 

「もし、お願いできればなんですが。マイスさんと……」

「わかった。一緒にパーティーを組もう。いや、組んでくれ」

 

 ここまで来ればさすがにわかる。彼女はオレとパーティーを組みたくてこんな話をしている。

 予定外だけど、オレも手助けした。今の彼女は本来のシナリオから外れた存在だ。糸の切れた凧のようにどこに飛んでいくかわからない。

 

 いや、糸の切れた凧はオレもか。しかもそのままどうにか、ちゃんと飛ぼうとしてるんだから、無茶がすぎる。

 

 だが、今回の事件で一つ実証できたことがある。

 

 運命は変えられる。

 本来死ぬはずだったフォミナの仲間は生き残り、彼女も失意に沈まなかった。

 

 この事実がオレにやる気を与えてくれる。

 何とかして、訪れる死を回避してみせる。

 

 計画は練り直しだ。ソロではなく、フォミナと二人で今後の対応をしていくプランを錬ろう。

 

「マイスさん、どうしたんですか?」

 

 黙り込んだオレに怪訝な顔で訪ねてくるフォミナ。眼鏡の似合うその顔が、大変可愛い。

 

「色々と考え事だよ。それと、さん付けはいいよ。同級生なんだし、仲間なんだから」

 

 そう言うと、フォミナは表情を明るくし、声を弾ませて言う。

 

「じゃあ、私のこともフォミナって言ってください! よろしくお願いしますね、マイス……マイス君!」

 

 本来の元気さを取り戻した彼女は、オレの一番好きなヒロインの姿、そのものだった。



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11.パーティ結成と次の町

 パーティを組むことが決まったら、フォミナがオレの滞在している宿に引っ越してきた。

 

 それ事態は別におかしい話じゃない。階は別だし、近くにいる方が情報共有は容易になる。 女性とはいえ基本的に冒険者は荷物が少ないので引っ越しも楽だ。町を拠点にでもしなければ、いつでも移動できるように最小限の荷物にしておくのが普通なので。

 

 ただオレ、近日中にこの町を出ていくつもりなんだよな……。

 

 もうメイクベの町に滞在する理由はないし。レベル上げのため、別のところに行かなきゃいけない。

 

 その辺りをどう説明すべきか悩む。今回に限って言えば「ボスを倒したから」で済むと思うんだけど、オレの最終目的までフォミナを付き合わせると、ほぼ確実に戦乱に巻き込むことになってしまう。

 

 一晩じっくりと考えた末、とりあえず、オレなりに苦しいけれど理解を示してくれそうな理屈をひねり出した。

 

「どうぞ。なにもないけれど」

「失礼します。……あ、本当に最小限なんですね」

 

 ビジネスホテルより少し広い程度の部屋へ招き入れると、フォミナは室内を見回して言った。

 実際、オレの部屋には変わったものは置かれていない。装備品と衣類と荷物だけだ。すぐにでも来たときの状態に戻せるだろう。

 

「ほぼ、こことダンジョンとの往復だったし、私物は持ち運びに困るからね。あ、そこの椅子座って」

「確かに、私もそうです。あんまり買い物にも行けませんでしたし」

 

 失礼します、と言ってフォミナが室内唯一の椅子に腰掛ける。とりあえず、オレはベッドに座った。

 

 オレ達の今後の予定について話そうと言ったら、こうなった。男の部屋に来るのなんて嫌がるかと思ったけど、意外だった。

 こちらとしては内密の話をしやすくて助かる。外で話すようなことでもないので、ギルドの会議室でも借りれないかと考えてたくらいだから。

 

「で、では、お話をうかがいましょう」

 

 ちょっと緊張気味にフォミナが言ってきた。

 

 目の前にゲーム画面の向こうにいる存在だった女の子がいる。

 そんなことを今更ながらに実感する。しかもこれは触れるし、設定されたテキスト以外のことも喋る。当たり前だが、不思議な感覚だ。 

 

「まず、フォミナにオレの行動方針を話しておこうと思う。これを聞いて嫌だったらパーティー解散でもいい」

「そ、そんなこと、私はしません……っ」

 

 いきなりの解散宣言に慌てられたが、とりあえず手で制して落ちつかせる。

 

「そのくらい荒唐無稽な話なんだ。フォミナは、予知夢って信じるか?」

「夢……ですか?」

「そう。夢だ。少し前から、何度も何度も、自分が死ぬ夢を見るんだ。それも妙に現実的な、はっきりとしたやつを……」

 

 それからオレは、前世のゲームで得た知識を『予知夢』としてフォミナに聞かせた。もちろん全てじゃない。これから王国と帝国で戦争が起きること。王国軍が苦戦すること。なにより、その最中にオレが死ぬこと。それも、一年以内に。そのあたりをかいつまんで話した程度だ。

 

「見る夢の時期は飛び飛びなんだけど、帝国と北方商業連合の戦争が現実になったりして、これはもしかしてって思ってさ。とにかく、死にたくないから強くなるために動いてるんだ」

 

 ミノタウロス討伐後、ギルドに入ったら帝国と商業連合が開戦したという話を聞いた。まだ夏にもなってないのに、ゲームより早い展開だ。正直、焦りを感じる。しかし、自分にできることは限られている。まずはレベル上げで強くなるという方針に変更はない。

 

 自分に都合の良い感じに編集した話を聞かせ終え、フォミナの方を見る。

 

「…………」

 

 彼女は静かに下を向き、「むー」とかいって唸っていた。

 変な夢にとらわれてる狂人だと思われたかもしれない。くそっ、もっとオレに説明する能力があれば。前世がラノベ作家とかだったら、もっと上手い妄想ができたかもしれないのに。

「…………」

 

 まだ黙ってる。目を合わせてくれない。これは失敗かな。

 

「……わかりました」

「え、マジで!?」

「なんでマイス君が驚いてるんです?」

「いや、相当無茶苦茶な話だからさ……」

 

 オレの言葉を聞いて、フォミナは笑みを浮かべた。

 

「神殿だと珍しい話じゃないですよ、こういうの。私が考えてたのは、神託の類いなのかとか、似たような伝承があったかな、ということです」

 

 そうだったのか。オレ、この世界の神話伝承はおろか、常識にすら詳しくないからな。ファンタジー世界に感謝だ。

 

「今の話だと、マイス君は一年後の死を避けるために頑張るってことですね?」

「そう。それで、予知夢も見なくなって安心したら、好きに生きる」

「わかりました。それまでお付き合いしましょう。……いえ、マイス君さえ良ければ、それ以降も一緒にいて頂ければ……」

「ほんとか! ありがとう!」

 

 立ち上がって全力で頭を下げる。

 後半小声で上手く聞き取れなかったけど、フォミナが同意してくれたのはよくわかった。

 良かった。爆速でパーティー解散にならなくて。仲間がいるのは本当に頼もしい。

 

「大げさですよ。な、仲間なんだから、当たり前じゃないですか。それに、当面の目的があるのは良いことだと思いますし」

「そうだな。それじゃ、今後の方針だけれど」

「はい。マイス君がリーダーだから、私はそれに従いますよ」

 

 先ほどまでとは打って変わって和やかな雰囲気になり、オレは次の町の名前を彼女に伝える。

 

「数日中に、ミレスの町に行こうと思うんだ」

「…………えー、ちょっと……いえ、わかりました。……ミレスかぁ」

 

 町の名前にフォミナがちょっと嫌な顔をしたが、了承してくれた。

 

 次の行き先は、白の町ミレス。大聖堂がある、綺麗な町だ。

 

 ちなみに、フォミナの親族がいるところでもある。



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12.白の町ミレス

 白の町ミレス。メイナス王国のほぼ中央に位置する大きな町であり、この国の神殿の中心地でもある。

 町はその呼び名の通り、白い建物が多く、中心部に行くほど高く、白い光景が広がる。その町並みの美しさに惹かれて、観光客も多く訪れる。

 

 町の中心に聳えるのはミレスの大聖堂。白と黒、二色の塔が際立つ巨大な建物で、多くの聖職者がそこで暮らす。

 

 この世界では、白の神と黒の神を奉じられている。それぞれ昼と夜を司り、世界を創造し、多くの生命を生み出した神様だ。白神が人前に出てきて試練や祝福を与え、黒神が魂や魔法の管理など裏方のような仕事をしているらしい。

 

 町が白いのは派手好きの白神のためで、奥ゆかしい黒神は塔だけで十分と言ったからと、伝承にはある。

 

 二神といってはいるが、神話によっては場面で入れ替わっていたりするなど、実は同一存在なのではと言われる、ちょっとはっきりしない神様であるとのこと。

 

 そんなことを、ミレスへの道すがら、オレはフォミナに教えて貰った。

 

「ようやくついたな。メイクベを出るのに手間がかかるとは思わなかった」

 

 高所に作られた公園から、白い町並みを見下ろして、感慨深くオレは言った。

 白い建物とそこらじゅうを流れる水路はとても綺麗だ。確かに一見の価値はある。実際、公園には多く男女が、仲睦まじい様子で景色を眺めていた。

 

「マイス君、結構好かれてましたもんね。あの受付嬢さん、本気で泣いてましたよ」

 

 次の行き先が決まった俺達は、すぐにミレスに向かうことにした。荷物はすぐにまとまるので、あとは世話になった人の挨拶だ。

 これがちょっと大変だった。事前に伝えてた魔法屋のおばちゃんは問題なかったが、冒険者ギルドで引き留められたのだ。特にあの受付さんに。

 

「本気で引き留められるとは思わなかったよ。ちょっと恐かった」

「マイス君、他の方とはあまり関わってなかったけど、目立ってましたからね。学園出身だからエリートに違いないって、狙ってる人も多かったみたいですよ」

「マジか……。全然気づかなかった」

 

 もっと周りにも注意した方がいいな。

 そんなことを考えるオレを見て、フォミナが呆れ顔をしていた。 

 

「あの受付さん、よくマイス君を食事に誘ってたらしいですよ。頑張ってアプローチしても全然手応えがないって、たまに近くで飲みながら嘆いてました」

「そうだったのか……」

 

 てっきり社交辞令だと思ってた。「今度飲みましょう」とかの、大人の世界の挨拶みたいなもんかと。

 

 愕然としているオレを見て、フォミナがふふっと軽く笑った。 

 

「マイス君がそういう人でちょっと安心です。女性関係で身を滅ぼす冒険者って多いですから。たまに大怪我する人もいますからね」

「それは勘弁してもらいたいな」

「それと、受付さんには注意ですよ。どこかに『新人喰い』なんてあだ名のとんでもない人がいるらしいですから」

「肝に銘じておきます」

 

 知ってる。『新人喰い』は人間世界に潜伏しているサキュバスだ。引っかかった時にステータスが低いと、そのままバッドエンドになる。恐い。気を付けよう。

 

「とりあえず、宿を探そうか」

「そうですね。できれば、中心部から遠いところが有り難いです」

 

 何でも、ここでは彼女の姉が聖騎士として務めているらしい。身内での立場がちょっと微妙なフォミナは会いたくないようだった。

 

「わかった。町外れ……はちょっと心配だから。少し離れたところで探そう」

「助かります。ダンジョンとか、お店との距離も考えた方が良いですよね」

「たしかに。早めに行こうか」

 

 景色を堪能したオレ達は、和やかに話しながら宿探しへと移行した。

 

 宿は結構簡単に決まった。町の北側、白い城壁よりの中心から離れた場所。大通りから一本入った先にある、静かな通り沿いにある『白い翼』亭という小綺麗な宿を、オレ達は拠点とした。

 この町の店、白のなんとかという名前が本当に多い。たしかにどれも壁が白いけどさ。

 

 『白い翼』亭で取った部屋は、以前よりもちょっと広い。室内のテーブルの横には椅子が二つ置かれている。おかげでちょっと宿代も高いんだけれど、それはこれから稼ぐから何とかなるはずだ。

 

「いい宿が見つかって良かった。落ちついてるから、しっかり休めそうだ」

「平気なんですか? もっと安い宿もありましたよ?」

 

 経済感覚がしっかりしているフォミナが言う。先にここが気に入ったのは彼女だが、値段を聞いて諦めてるところをオレが押したという流れだった。

 

「金の方は大丈夫だよ。ここならフォミナが頼りになるしね」

「そうですね。ここのダンジョンと言えば、旧大聖堂。聖職者の私が頑張れば、宿代くらい心配ないはずです」

 

 この地の主なダンジョンは、町外れにある旧大聖堂。かつての姿は失われ、アンデッドの巣窟になっている場所だ。

 

「いや、行くのはそこじゃないよ」

「え?」

 

 ターンアンデッドを使えるフォミナの出番というのは確かにあっている。

 ただし、行き先が違う。これから行くのはもっと実入りのいいところだ。

 

「オレ達が行くのは流血の宮殿だよ」

「…………」

 

 高レベル向けダンジョンの名前を聞いた瞬間、フォミナが表情を白くして固まった。



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13.流血の宮殿

「ほ、ほんとに来ちゃった……大丈夫かな」

「大丈夫だよ。……ヤバそうなら逃げるし」

「ほんとに大丈夫なんですよね!? 私、マイス君のこと結構信じてるんですよ!?」

 

 本気で怯えるフォミナをなだめつつ、オレ達は歩く。

 行き先はミレスの町の北。森の奥に突如現れる巨大な建築物に、オレ達は足を踏み入れるのだ。

 

 ミレスの町と同じく白を基調としたその建物は流血の宮殿。

 中には不死者の王と呼ばれる吸血鬼が住まうといわれる、非常に危険なダンジョンである。 

 ゲーム的には攻略レベル八〇の高難度ダンジョン。クリアとは関係ない場所で、訪れなくても良いけれど、挑戦すると色々と良いものが手に入る。

 多分、今のオレ達のレベルは三〇台後半なので、レベル的には来ちゃいけない場所だ。ただ、やりようはあるし、上手くすればレベリングの時間を節約できる。

 

「聖職者として本能的な恐怖を覚えるんですけれど、マイス君は平気なんですか?」

「? 特になにも感じないけど」

「落ちついた人だと思ってたけど、もしかして恐怖という感覚が麻痺してるんじゃ……」

「さすがにそれはないぞ。ボス相手の時は緊張したし」

「ここにいるのはミノタウロスなんて比較にならないやつですよぅ」

 

 入り口立っただけでこの怯えよう。なんか申し訳なくなるな。でもやめない。レベリングだけでなく、ここの攻略は必須なのだ。

 

「できれば、中にいる吸血鬼にも会いたいんだけどな」

「ひっ……。ほ、本気で言ってるんですか?」

「できれば、だよ。とりあえず、いってみよう。ほら、装備もつけたし」

「それなんですけど、聖印二つに本当に意味があるんですか?」

 

 疑念の目でオレを見つつ、胸に乗った十字に円を組み合わせた聖印を見せてくるフォミナ。 胸の上に鎮座しているそれは、二つ並んでいた。しかし胸に乗るのすごいな。

 

「オレの調べたところ、聖印にはヒール以外にもターンアンデッドにも効果があるんだ」

「ほんとかなぁ?」

 

 本当だ。ゲームにおいて聖印はヒールの効果10%アップだけでなく、隠しパラメーターとしてターンアンデッド成功率3%アップが設定されていた。

 ターンアンデッドの成功率はレベルと魔力依存で、今のフォミナだと、ここのモンスター相手だと1%あるかないかだが、聖印二つを装備することでかなり底上げできる。

 

「本当だよ。多分、一〇〇回に七回くらいは成功するんじゃないかな」

「なんで具体的な数字が出てくるのか凄い不思議なんですけど……」

「とりあえず行ってみよう。他の手も考えてあるし」

「……わかりました。行きましょう」

 

 覚悟を決めたのか、オレへの信頼なのか、フォミナは流血の宮殿に入ることを了承してくれた。

 

「うえっ」

「いきなり来たな」

「……ぅぉー……」

 

 入り口から堂々と入ったら、いきなりモンスターと遭遇した。

 

 グラン・レイス。怨霊の集合体でもとびきり危険な個体。流血の宮殿の主に引き寄せられ、成長した高レベルモンスターだ。

 大きさは三メートルほどだろうか、うっすらとした青白い霊体から、複数の体や顔が湧き出ては消えている、あやふやな幽霊のような見た目だ。しかし、それは見た目だけ。こいつはちゃんと物理攻撃もできる。しかも強い。

 怨霊であるため物理は無効。魔法耐性も極高。状態異常なんて通用しない。

 クリア後パーティーが相応の準備をしなければ倒せない、そんな敵だ。

 

「スリープ!」

「……………ぐぉー……」

 

 グラン・レイスは眠りについた。やっぱずるいわ、<貫通>。

 

「え、嘘……。スリープが効いた? どうして?」

「ちょっとだけ特別なんだよ。それより、寝てる間にターンアンデッドをかけてくれ」

「あ、はい! ターンアンデッド!」

 

 杖を構えたフォミナの声に応えて、グラン・レイスが白い輝きに包まれる。

 

「……もう一回だな」

 

 光っただけだった。失敗だ。

 

「ターンアンデッド! ………ターンアンデッド!」

 

 二回連続でやったけど失敗した。

 

「あの、全然効く気がしないんですけど」

 

 振り返ったフォミナはちょっと涙目だった。

 

「大丈夫、そのうち効くから。魔力回復ポーション、沢山買い込んであるから頑張って」

 

 オレの言葉にもはや拒否はできないと判断したのだろう。フォミナは覚悟を決めて、グラン・レイスに向き直った。

 ちなみに、オレがスリープを選んだ理由は、ターンアンデッドが失敗した場合でも攻撃判定にならず、目覚めないからだ。最早、グラン・レイスは物騒な案山子にすぎない。

 

「ターンアンデッド! ターンアンデッド! ……ターンアンデッドォ!!」

 

 この後、三四回目でターンアンデッドは成功した。



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14.狩りの成果

 三日で三百万シルバー稼いだ。

 

「マイス君。大変です、私の金銭感覚が崩壊しかけています……」

「奇遇だな。オレもだよ……」

 

 『白い翼』亭の一室で、互いに通帳を見ながら、オレとフォミナは震えていた。

 流血の宮殿におけるアンデッド狩りは、上手くいった。あそこは一階はモンスターとの遭遇率も低いし、強力だけど単体の敵が大半なのでオレ達と相性が良い。あのグラン・レイスのように不意打ちしてこないモンスターが多いのも助かった。

 

 そんな感じで、あの後三日ほど、流血の宮殿一階のモンスターを二人で狩りまくった結果がこの通帳だ。

 

 回復アイテムなどの経費を引いて、三百万シルバーの収入。単純にそれぞれ山分けした数値がオレとフォミナの通帳には刻まれている。

 二万シルバーあれば一月それなりの生活ができる世界で、三日で六年以上暮らせる収入を稼いだことになる。

 

「さっき、ちょっと外に出てお店に入ったんですけれど、これまで我慢しようと思ってた物が全部「あ、買えるな」みたいになっちゃって、自分の価値観が脅かされてるんです」

「わかる。オレも思ったより収入が入っちゃったから、余計なもん買いそうになってた」

 

 さすがはラストダンジョンよりも強い敵が出るおまけダンジョン。報酬も桁が違った。ゲームの時だと、あんまり意識してなかったけど、滅茶苦茶だ。使える金が簡単にドバドバ入って来てオレ達は取り乱していた。

 

 とりあえず大量の現金は恐いので、必要分だけ手持ちにして、残りはギルド併設の銀行に預けたんだけれど、受付の人が震えていたのも印象的だ。

 

「とにかく、気を強く持って散財しないようにしよう。生活費として見れば凄いけれど、マジックアイテムを買ったりすればすぐ無くなる金額だし」

「そ、そうですね。装備品って、高いものが多いですし」

 

 高難易度ダンジョンの報酬も天井知らずだが、冒険者向きの装備だって天井知らずなのだ。状態異常対策なんかの、使える装備品はおしなべて百万以上する。まだ慌てるような貯金じゃない。

 

「とりあえず、収入のことは一度置いておこう。豪遊は後回しだ。どうせこれからもっと増えるし」

「そ、そうですね。ちょっと取り乱しちゃいました。余裕があるのはいいことです」

 

 どうにか金銭面の激変を飲み込めたので、オレは次の話題を振る。

 

「そろそろ行けると思うんだよね。二次職」

「それはさすがに……いえ、そうでもないのかな? あれだけ強力なモンスターを倒したんで、私達もかなり強くなってますもんね」

 

 こちらの方は思った以上に素直に受け入れられた。

 

「どうしたんですか、マイス君?」

「いや、意外なほど素直な反応で驚いた」

「授業をちゃんと受けてなかったんですね。モンスターは倒されたとき魔石になりますが、それとは別に倒した者も魔力を取り込んで力に変えるんです。だから、私達は相当な魔力を手に入れたはずです」

「おぉ……。そうだったのか」

 

 この世界では経験値をそう解釈しているらしい。文明レベルが歪なくせに、こういう所は細かく考えられている。

 

「それに、学園卒業生はすぐに二次職になれる人が多いともいいます。私達なら、確実でしょう」

 

 たしかにゲームの流れとも合致する考え方だ。フォミナが疑問に思わないなら、ちょうどいい。

 

「じゃあ、今日は一日休みにして、転職と買い物にしようか」

「はい。楽しみです、転職も買い物も」

 

 これでオレはメイジからウィザードへ。フォミナはクレリックからプリーストへと転職できる。とれる選択肢が増えるんで色々できるようになるぞ。装備品も考えないと……。

 

「では、私は着替えて準備して来ますので、一時間後に」

「ああ、よろしく」

 

 そう言ってフォミナが退室した後に、オレは気づいた。

 なんか自然と一緒に出かけることになってないか? 道に詳しくないから助かるけど。



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15.二次職

 この世界において、冒険者の転職は基本的に神殿で行う。なんでも、冒険者の職業は神の祝福がどうとかいう理屈があり、神殿が生業としているとのことだ。

 通常は町にある神殿が仕事の一環として取り扱っていて、転職用の部屋が用意されている。 ここ、ミレスの町は少し特殊で、大聖堂がある宗教都市でもある関係で、転職専用の施設が別に設けられていた。

 

 転職堂と呼ばれるその場所は、オレからするといかにも教会めいた、こじんまりとした建物だった。町の通り沿いにあるが、人の出入りは少なめ。表に聖印をあしらった白い建物は、悪くない印象だった。

 

「結構空いてるな……」

「大聖堂でも転職できますから。観光がてらそちらで済ませる人も多いようです」

「なるほど」

 

 混んでいないのはありがたい。オレ達がわざわざこちらを選んだのは、フォミナが大聖堂に近づくのを嫌がったためだ。親族と接触する確率が跳ね上がるらしい。

 

「じゃあ、入るか。なんかちょっと緊張するな、こういうの」

「マイス君。事前に言っておきます。がっかりしないでくださいね」

「?」

 

 謎の忠告を受けつつ、オレ達は転職堂の中に足を踏み入れた。

 

 転職堂の中は、見た目通りだ。入ってすぐに礼拝するための広間。それは教会みたいな見た目と変わらない。ただ、奥の方に用意されているのが聖職者が話すための場所ではなく、転職用の祭壇であることが大きく違った。

 

「ようこそ、転職堂へ。お一人ずつ中にお進みください。冒険者の方は身分証明書をこちらへ。はい、メイジの方ですね、どうぞ」

「あ、はい」

 

 中に入るなり、クレリックの女の人が事務的なことを言って、オレの冒険者証をチェック。書類に書き込むと、「順路」と書かれた通路に誘導された。

 ちなみに、この冒険者証、ステータスこそ見えないが、職業や経歴が魔法的に記録されているという優れものである。こういう便利アイテムを用意してるなら、もうちょっと頑張ってレベルくらい表記しておいて欲しい。

 

「順路に沿ってお進みください。すぐに順番が来ますので。では、次の方」

 

 オレに続いてフォミナが受付をするのを背後に感じつつ、順路を進む。

 

「ようこそ。転職堂へ。まずこの書類を見て間違いがないか確認してください」

 

 順路を進むと最初に見えた祭壇の前に出た。

 そこには多分プリーストと思われる中年男性が待っていて、書類を一枚、手渡された。

 

 そこにはオレの氏名と現在の職業、転職後の職業の他、一度転職すると戻せないことなどの注意事項が書かれていた。

 最後の方に『上記の事項に同意します』とまで書いてある。

 

「なんかお役所みたいだな……」

「そう言わないでください。厳かにいきたいけれど、我々も仕事でね……」

 

 穏やかにいう男性プリースト。一応神様の祝福で二次職になるはずだけれど、組織的にそれを行うとなると、色々事情があるんだろう。なんだか現代的で微妙な気持になるな。

 とにかく、二次職にならなきゃ話にならないので、同意のサインをする。

 

「はい。承りました。では、こちらにどうぞ」

 

 プリーストが書類を確認すると、いよいよ祭壇の前に通された。

 

 祭壇はオレの胸くらいの高さの石でできた台だ。その上部には複雑な紋様の魔法陣が刻まれている。

 

「これは祝福の法陣、貴方がそちら側に手の平を置き、私が祈ることで神から新たな力を授かることが出来ます。さあ、手をどうぞ」

「おお、これが……」

 

 祝福の法陣には、二カ所対になるように手を置くための四角形があった。促されるまま、オレは目の前のそこに右手の平を置く。

 プリーストのほうも手を置き、こちらからわかるくらい大きく息を吸った。

 

「偉大なる二神よ、ここなる者に、新たなる力を授けん! はい、終わりです」

「え、もう?」

 

 特にエフェクトとか発生することも無く、儀式が終わった。一瞬、台座の表面が光ってそれだけだ。

 

「問題ありませんよ。ほら、法陣が光っているでしょう。あの瞬間、神の祝福で貴方の力が解放されたのです。今の貴方はメイジではなく、ウィザードですよ。はい、証明書」

「あ、はい。ありがとうございます」

 

 流れるような動作で転職証明書と書かれた書類を受け渡された。ちゃんとオレがウィザードになりましたという書面になっている。なんとも実感のない転職だ。

 

「そうそう。希望があれば二次職用の服を受付で貰えますので良ければ受け取っていってください。最近は自作する人が多くて余ってるんです」

「そうなんですか。ありがたく頂戴します」

 

 最後まで事務的な上に、なんか寂しい話まで聞いてしまった。オレもそのうち自作しようかな、服。

 とにもかくにも、オレは無事に転職を完了した。なんか、役場に書類を提出するみたいな手順だったけど、とりあえずは良しとしておこう。 



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16.マウントお姉さん

 とても事務的な転職を終えたオレは、受付でウィザードの服を受け取って着替えた。今までは全体的に茶色っぽい淡い感じの地味な上下に短いローブで、下手をすると村人みたいな格好だったが、今度は違う。

 

 まず、ローブが黒くて魔法使いっぽい。なんか複雑な刺繍もされているので、それなりに防御力もありそうだ。ゲームでは『ウィザードローブ』と呼ばれるそこそこ強い防具が貰えたのでそれだと思う。ローブの下に着る服も一式貰えて、こちらはポケット多めの動きやすそうなデザインのものだった。色合いも黒に合わせて濃いめ。各所に銀色がアクセントとして光って悪くない……ような気がする。

 

 途中までテンションが上がってたんだが、全部着替えた後、前世時代になに着ればいいかわからなくて、黒い服ばっかり選んでたのを思い出してちょっと落ち込んだのは内緒だ。

 

 ともかく、着替えを終えたオレは、転職堂の外でフォミナを待っていた。あの流れだと、オレのすぐ後に転職は終わっているはず。出てこないのはそのまま中の更衣室で着替えているからだろう。

 

「お待たせしました、マイス君」

「おぉ……」

 

 プリーストになったフォミナの印象は見違えていた。

 今までは長いスカートに上半身を覆う上衣という組み合わせの関係で、割と体格が隠れていたが、今度は違う。

 今度は体のラインがわかる程度の紺色の衣服だ。スカートは相変わらず長いが、ゲーム通り、大胆にスリットが入っている。体型がわかる上着は膨らんだ肩口が特徴的で、地味な見た目のフォミナが着ると、何とも言えない魅力を発揮している(伝わって欲しい)。

 なにより、スリットよりのぞく太ももに装備された白いニーソックスは一目で「なるほど……」と職人のこだわりを感じる出来映えだった。

 

「あ、あの、あんまり見ないでください。まだ慣れなくて」

「とてもよく似合っていると思います」

 

 オレは素直に感想を口にした。正直なので。

 

「な、なんか色々と淀んだ気配を感じる気がするんですが」

「気のせいじゃないか? とにかく無事に二次職になれたみたいだな。実感ないけど」

「ですよね。私は学園に来る前に何度か見たことあったんですが、ちょっと事務的すぎですよね」

 

 そういえば転職前に忠告されたな。事前に教えられてもがっかりしたと思うけど。

 

「とりあえず、使える魔法が増えてるかも確かめたいし、魔法屋にいきたいな。それと装備も更新しないと」

「お金もあることですしね。どうせなら、お祝いもしちゃいましょうか」

「よし、せっかくだし、良いもの食べよう」

 

 どうせ金はあるんだから、今日くらい贅沢してもいいだろう。息抜きは必要だ。

 明るい気持ちで歩き出そうとしたところ、呼び止める声があった。

 

「もしかして、フォミナか?」

 

 声の方を見ると、白銀の鎧を着た金髪の女騎士がいた。いかにもこの手のゲームにいて、屈服する展開がありそうなタイプだ。

 

「セアラお姉様!? なぜここに?」

「それは私が聞きたい。あの二人と一緒にメイクベの町にいるはずではなかったのか? そちらの男性は?」

 

 どうやらフォミナの姉らしい。親族がいるとは聞いていたけれど、まさか聖騎士と会うとは。大聖堂所属のエリートだ。能力的には剣士の上位職で、防御と回復もできる壁タイプ、アンデッド相手なら結構強い。

 

「マイスです。妹さんとは同じ学園で……」

「なるほど。同級生か。む、見たところウィザードになったばかり。冒険者組にしては順調なようだ。フォミナとはどこで?」

 

 なんか詰問口調で問われてる。結構きつい感じだな、この人。

 

「メイクベの町で。たまたま会いまして」

「なるほど。それであの二人はどうした? 四人パーティーならバランスも良くて安心なんだが」

「あの二人とは解散しました。今はマイスさんと二人パーティーです」

「…………」

 

 横からフォミナが毅然とした口調で割り込んできたら、セアラさんの表情が固まって無言になった。

 

「フォミナ、なぜあの二人と解散した。厳正なる書類選考、集団面接、幹部面接を潜り抜けた上で、お前と組むことを許した選りすぐりだったんだぞ?」

 

 日本の日々を思い出すからそういう変にリアルなのは止めて欲しい。というか、そんな試験をしてあの二人だったのかよ。

 色々思い出して精神ダメージを受けるオレをよそに会話は進む。

 

「あの二人は無茶をしすぎるので解散しました。マイス君に助けて貰ったくらいです」

「なんだと! 堅実かつ将来性のある人材だったんだぞ!」

「目上の人への対応は上手でしたけれど、それ以外は全然でしたし、私も酷い扱いをされましたよ」

 

 あー、あの二人、外面は滅茶苦茶いいタイプだったのか。しっかり騙されたんだな、フォミナの家の人。

 

「信じられん、そのようなこと……」

「あの、オレがフォミナと会ったのも、暴言を吐かれてるところを見かけたからでして」

「なんだと! 馬鹿な、彼らは……。いや、いい。それは後ほど確認する。フォミナ、二人パーティーでちゃんとやっていけるのか?」

 

 セアラさんは話題を変えた。たしかに、言い合ってもしょうがない話ではある。

 

「はい。それなりに」

 

 フォミナが澄ました顔でいうと、急にセアラさんの口角が上がった。

 

「それなりか。それは結構。だが、今のうちだけだぞ。私のように安定した就職先を早く見つけるといい。いいか、二人とも、聖騎士は初任給で年間八〇万シルバーは入る。危険手当など、諸々別でな。三年後には年収百万シルバーは余裕で越えることだろう」

 

 なんか今度は自慢が始まったぞ。これ、マウント取りにきてるのか? 嫌な異世界だな。

 

「えっと、凄いですね」

「そうだとも。二人とも、その日暮らしの冒険者など見切りを付けて、良い所を探すといい。今更学園時代にもっと頑張れば良かったなどとは言いはしないが、少しは焦りなさい」

 

 ちなみに、学園卒業後冒険者になるというのは行き先が見つからなかった学生の進路である。つまり、オレもフォミナも落ちこぼれ扱いされてもおかしくはない。

 

「セアラ姉さん、話はそれだけですか? 私達も次の予定があるので……」

「そうだった。当然私も仕事がある! 誇るべき仕事がな! さらばだ!」

 

 ちょっと恥ずかしそうにしながらフォミナが言うと、セアラさんは白銀の鎧を煌めかせて去って行った。

 

「ごめんなさい。マイス君。迷惑かつ不愉快な親族で本当にごめんなさい」

「あー……ちょっとびっくりしたな」

 

 転職堂前の往来、そこで初対面相手に堂々と年収自慢する姉はちょっときつい。これは会いたくないわけだ。

 

「気分を切り替えて、買い物してから、美味しいものでも食べにいこうか」

「そ、そうですね。でも不思議です、聖騎士は大聖堂周辺からまず出てこないのに」

 

 それを知ってるから、町外れに宿をとったわけだし、今いる所も大聖堂からは遠い。

 まあ、向こうにも相応の事情があるのだろう。

 

「よりによって、セアラ姉さんだなんて……」

「まあまあ、なにもなかったからいいじゃないか」

 

 突然の再会が相当堪えたのだろう、微妙に落ち込むフォミナを宥めながら移動を始める。実は周囲から注目されてたので早く去りたい。

 

 とりあえず、次の目的地。魔法屋を目指しながら歩いていると、ふと気づいたようにフォミナが言った。

 

「セアラ姉さん、年収自慢してましたけど、あの金額、流血の宮殿なら一日で稼げちゃうんですよね」

「そうなんだよな……」

 

 セアラさんには申し訳ないが、金銭感覚が豪快に変化したオレ達に、あの説教はまるで響いていなかった。



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17.転職パワーと…

「レストタイム!」

「エクソシズム!」

 

 オレの眠りの魔法とフォミナの浄化の魔法が、流血の宮殿二階に響き渡る。

 目の前にいた三メートルはある巨大な骸骨と、それに連なる数十の骸骨が眠ったまま一斉に消滅し、魔石と化す。

 

 今のモンスターはガシャドクロ恨。このダンジョン特有のアンデッドモンスターだ。二階になると出現モンスターが強くなり、数も増える。

 おかげで、オレとフォミナの狩りは順調だった。

 

 昨日、セアラさんと遭遇した後は楽しく過ごすことができた。魔法屋に行って新たに使える魔法を確認、その上で各種アイテムを購入。

 懐も潤沢なので、使えそうな高級品や回復アイテムを買い込ませて貰った。

 

「うん。やっぱり二次職は違うな。強くなってる感じがする」

「浄化できる確率が段違い、凄いです」

 

 オレとフォミナの装備も一部変更した。

 まず、杖がルビーロッドからウィザードロッドに。これは転職後すぐに装備するもので、もっと強いのも買えたんだけれど、「魔法攻撃力+5%」という特殊効果がおいしいため選ぶことにした。どうせなら状態異常付与とかできるやつが欲しいんだけれど、それは店売りじゃない。

 他にもアクセサリとして先制の腕輪というマジックアイテムを二つ購入。前までつけてた風のスカーフと一緒に腰に巻いて下げている。なんでも、正直に首とか腕につけなくても効果があるらしい。お店の人が教えてくれた。

 

「こうも順調だと、ここが恐ろしい吸血鬼の宮殿だという噂を忘れてしまいます」

「それは噂じゃないよ。吸血鬼は本当にいる。最上階に」

「帰りたくなってきました」

「でも、最終的にはそいつに会うのが目的だし」

「初耳ですよ!」

 

 その通り、今初めて伝えた。

 

 抗議の目線でオレを見てくるフォミナも杖が変わっている。浄化の杖という百万シルバーするマジックアイテムで、なんとターンアンデッド成功率が10%向上する。そして、胸と腰にはさりげなく聖印が一つずつ下げられている。さすがに首から二個は抵抗があったらしく、聖印はつける場所を変えられたのだ。

 

 二次職になったフォミナは範囲浄化魔法であるエクソシズムを行使可能。オレの範囲睡眠魔法レストタイムと組み合わせることで、凶悪な威力を発揮していた。

 

 二階は敵が多いだけあって、物凄い勢いで魔石が溜まる。多分、一日で五百万シルバーとか溜まるんじゃないかな。

 

「そういえば、流血の宮殿にどのくらいの期間いるとか、聞いてませんでした」

「ごめん。オレもちゃんと話すべきだったわ。一応、三階で狩りまくって三次職になったら、吸血鬼に会いに行ってちょっと話をするつもり」

「さん……三次職って、まずなれないんですよ? 達人が一生かけて最後に到達するかどうかなのに」

 

 たしかに、ゲームだとレベル六〇以降の経験値テーブルがおかしくなってて、普通のダンジョンだとレベル八〇到達はまず無理。隠しダンジョンに潜るか、イベントをこなさなきゃ、三次職はかなり遠い。

 

「ここの三階にいけばもっと美味しい敵がいるからいける」

「……そんなはずは。いやでも……」

 

 このぶっこわれダンジョンでのこれまでの収入を思い出して、可能性に思い至ったんだろう。察しが良い。

 

「正直、稼げるだけ稼いじゃえっていう気持ちは出てきますね……」

「だろう? ここの主は最上階の自室から出てこない引きこもりだからな。安心して暴れることができる」

「引きこもりって、どこで手に入れたんですか、その情報……」

「まったくだ。失礼だのう」

「!!」

 

 いきなり後ろから女の子の声に割り込まれ、オレとフォミナが即座に反応した。

 

 先ほどまで誰もいなかったはずの廊下に、それがいた。

 

 振り返った場所にいたのは、銀髪の少女だ。十代前半に見える、人間離れした造形の、まるで精巧なCGみたいな女の子だった。

 背中まで伸びたストレートの銀髪に紅い目を持つ少女は口を開く。

 

「どうした、雑談は終わりか? 他人の会話を聞くのは久しぶりだからもっと楽しみたいのだが」

 

 不適な笑みを浮かべながらいう少女の口元からは、尖った牙がのぞいていた。

 

 吸血鬼クラム。二階などに居るはずのない宮殿の主が、そこにいた。



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18.宮殿の主

 流血の宮殿の主、吸血鬼クラム。世界最強とも言われる吸血鬼だ。誰かに血を吸われて吸血鬼化した元人間ではなく、自然発生した真祖とも呼ばれる存在である。この設定は二〇〇〇年代なら致し方ないことだろう……。

 

 いわゆる銀髪ロリとも形容できる外見で、チャイナドレスの変形みたいな露出の高い白い衣装を着込んだ人気キャラである。

 そして人気キャラだが、ヒロインじゃない。本編にもあんまり絡まない。クリア後に仲間にできたりもしない。でも、しっかりイベントは用意されている。なんならエンディングまである。

 ちょっと特殊な位置づけのキャラなのである。

 

 ゲーム的には本編とほぼ無関係なサブイベントの要員であり、意外と親しみを感じるキャラであってか、「下僕になりたい」というプレイヤーが続出したお方だ。割と淡泊だった専用エンドも色々と要望を受けたファンディスクでは特別編まで用意された。

 

 それが今、目の前にいた。

 

「……なんでここにクラム様が」

「ほう。妾のことを知っておったか。なかなか面白い小僧だのう」

「……様?」

 

 おっと、つい癖で様付けで呼んでしまった。フォミナが怪訝な顔をしている。

 いや、多分今の反応から察するに、この対応は悪くない。オレは初対面で顔を気に入られる主人公とは違う。クラム様の家を荒らしてた冒険者だ。敵対してもおかしくない。

 ちなみにこの人、ゲーム的には殺せない。何度もチャレンジするイベントもあるんだけど、そこで何やっても死なない。

 

「あ、あなたは自分の部屋から出てこないものとばかり思っていたんですが」

「いや、自宅を連日荒らす輩がいれば気になって出てくるのは当然だろう?」

「たしかに……」

 

 フォミナが同意していた。オレもそう思う。くそ、ここはゲームと同じだと思ってたんだが。

 

「それでお前達、宮殿の主に会って挨拶もなしか?」

「……マイス・カダントです。そのうち挨拶にいくつもりでした」

「フォミナ・エシーネです……」

「ふむ……」

 

 名乗ってみたものの、クラム様は興味なさそうにオレ達を見回すだけだ。

 ゲームだと三階奥にいるボスを倒して部屋に入ると、武勇を讃えて友好的な感じで話が始まるんだけどなー。

 

 口先だけでどうにかできるか? パラライズをかけて逃げるか? しかし、クラム様とは仲良くなっておきたい。色々と援助してもらえる可能性があるのだ。

 

 状況を脱するべく思考していると、フォミナの震える手が目に入った。

 そりゃそうだ、最上級の化け物が目の前にいるんだ、恐くないわけがない。彼女は気丈にもそれに耐えて、杖を握りしめて……。やべぇ、やる気だこの子。

 

 オレはフォミナが構える前にその手を軽く握った。

 

「フォミナ、駄目だ。この人には浄化の魔法は効かない。アンデッドじゃないんだ。ただ、性質としてここに死霊が集まってるだけで」

「……そんなっ! いくらマイス君でもそれは間違ってます!」

「いや、間違っておらんぞ」

 

 目の前で起きた冒険者の言い合いにクラム様は楽しそうに笑っていた。

 怪我の功名。もしかして、少しは友好的にいけるか?

 

「マイスと言ったな。お前、面白いな。なんでそう思った?」

 

 オレはゲーム知識を必死に思い出しながら語る。

 

「あなたは、自然発生した吸血鬼だ。ダンジョンから生まれたモンスターでもない。人間とか、エルフとかと同じで、種族が吸血鬼なだけなんだ。だから、一度死んで蘇ったアンデッドじゃない」

 

 クラム様の宮殿に死霊が集まっているのは、死霊魔法との相性が良すぎる上に、根本的に力が強すぎるからだ。彼女が宮殿からあまりでないのも、出歩くだけで災厄を振りまくことを気にしているからのはず。

 

「ほーう。よく勉強しているなぁ。お前、ちょっと良く見せて見ろ」

 

 そう言うと、クラム様がオレの目の前に一瞬で寄ってきた。

 

「ふーむ……」

 

 頭一つ小さいのに、とんでもない圧迫感を感じる。背中に嫌な汗が流れる。普通のやり方じゃ、勝ち目のない相手だ。逃げることならできるか?

 

「よしっ。決めた」

 

 オレの心配をよそに、クラム様は何かを決めたようだった。

 

「な、なにを決めたんです?」

 

 問いかけに、クラム様は笑う。こっそり杖を握る力を強くする。先制とれれば何とかなるかな?

 

「そんなに怯えるな。妾相手に浄化魔法をかける度胸のあるプリーストと、よくわからんが知識のあるウィザードを客人として招くと決めただけよ。そなたら、ちと面白いからな」

 

 どうやら、オレ達は宮殿の主に認められたようだった。

 予定通りではあるけど、無駄に緊張する展開だった。



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19.クラム様とお話

 流血の神殿、三階から上がれる最上階。最後のフロアはまるごとクラム様の生活スペースになっている。白く冷たい石造りの応接に、泊まるものがいるのかわからない来客用の寝室、主に風景が飾られた絵画の部屋など、贅沢な作りの部屋が多く用意されている。各所にはクラム様に吸血された下僕が配置され、常に清潔に保たれているのも特徴だ。

 

 その中でもオレ達は応接に通された。応接といっても、玉座に腰掛けるクラムに向かって話す、謁見の間みたいな部屋である。

 

「セバス、茶の用意をしてやってくれ。久しぶりの客人だ」

「かしこまりました。クラム様」

 

 最上階に上がるなり横にやってきた、紳士然とした顔色の悪い男性が恭しく頭を下げて、退出する。彼はクラム様の世話係だ。たしか話すと意外と気さくで親切な男だったはず。

 

「では、茶の用意ができるまで、お前達の話を聞くとしよう。さあ、話すがいい」

 

 玉座に膝を立ててだらしなく座ると、クラム様が悠然と言い放った。際どい格好で際どいポーズを取るのが好きな人だ。一瞬目を取られかけたが、ここは緊張感を持たねば。

 

「話すと言っても……」

「クラム様は外に出ないから本当に何でもいいから聞きたいだけなんだ。オレ達の学園の話からでも上手く話せれば楽しんでくれるはず」

「わかっているではないか。マイスの言った通り、あまり外にでなくて世事に疎いから何でも珍しく聞こえる。悪い聞き手ではないぞ」

「フォミナ、学園のこと話せるか? オレよりは上手く説明できると思うんだけど。できるだけフォローするから」

「じゃあ、私達が冒険者になる前のことを……」

 

 状況に困惑しつつも、フォミナは学園時代のことを話し始めた。オレもゲーム記憶を頼りにできるだけ助けよう。

 

「なるほど。今の学校は貴族と庶民が混ざり合って通っておるのか、面白い。身分差があれば、色々と軋轢があるだろうに。わざわざ面倒なことをするとはのう」

「学園内で格差はありますが、たまにそういう垣根を越える人もいます」

「なるほど。いつの時代も変わり者はいるものだ。それよりも学園祭とやらが面白そうだのう。妾も見にいきたい」

「許可さえあれば誰でも入れるはずですよ。クラム様ならどうにかできるのでは?」

「ううむ、この体の事情さえなければ……」

 

 一時間後、クラム様はフォミナの話す「ゆるふわ日常系学園生活」の虜になっていた。なんか、ゲーム以上にまったり過ごしていたらしい、この子。

 

 最初は玉座にいたクラム様だが、セバスがお茶と菓子の用意が済んだことを告げると、テーブルを持ってこさせてティーパーティーの様になった。今は目の前で楽しそうにしている。持ってるのが銀色の杯で、中に入ってるのが誰かの血液だけど。

 

「最初に妾の宮殿を荒らしているのを見たときは軽く仕置きをしてやろうかと思ったが、なかなか良いものに出会えたのう」

「そんな。楽しんでいただけてよかったです」

 

 胸をおさえながら心底安心した様子でフォミナが言った。危なかった、やっぱり最初の時はちょっと機嫌悪かったんだな。

 

「では、次はお前だな、マイス。お前の話を聞きたい。それも色々と。お前はなにをしている? 死霊が魔法で眠ったり麻痺したのは何の技術だ。ここに来たのもお前の判断だろう、目的はなんだ」

「えっと、それは……」

 

 正直、クラム様相手ならオレのことを全て話してもいいと思っている。そのくらいの度量があるし、自身が超常の存在だから、荒唐無稽な話を受け容れてくれる可能性が高い。

 

「口ごもるか……。ふむ、訳ありだろうとは思ったが。よし、都合良くしてやろう。セバス、フォミナの相手をせよ。妾はマイスと二人で話す」

「承知いたしました。クラム様」

 

 セバスが現れて丁寧なお辞儀をしたと思ったら、クラム様が満面の笑みでこちらを見ていった。

 

「では、行くとしようか。妾の部屋に」

「マイス君っ!」

 

 フォミナの焦りを帯びた叫びが聞こえたと思ったら、オレの意識は暗転した。



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20.クラム様にお願い

 気づいたら。寝室にいた。

 流血の宮殿最上階であることは間違いない。ただ、これまでいた謁見の間と違って部屋は狭く、窓も扉もない。天井には魔法らしい、やや暗めの光源。家具らしいのは豪華で巨大なベッドのみという部屋だ。

 

「ようこそ、妾の部屋へ」

 

 ここは、クラム様の個室だ。空間移動でしか出入りできない、主だけの部屋。入ることができるのは、非常に親しくなった時のみ。場合によってはイベントシーンが発生する場所。

 

「な、なんでいきなりここへ?」

「フォミナに話を聞かれたくなさそうにしただろう? 気を利かせたのだ。お前は面白いことを沢山知っていそうだからな、さあ、こちらに来て妾に好きなように語るが良い。そも、それが目的ではないのか?」

 

 ベッドの上で軽く伸びをしながらいうクラム様。あんまり近づいて怒られないか? いや、いいのか。ここまで来たならやるだけだ。勿論、会話のことです。

 

 オレは靴を脱いだ上でベッドに上がり、クラム様の向かいに座った。

 

「覚悟が決まっているのは良いことぞ。さあ、なにから聞かせてくれる」

「まず、オレの魔法がアンデッドに通用するのは、<貫通>というスキルのおかげです。メイクベのダンジョンで見つけた封技石の力によるものです」

「ほう、<貫通>か、何百年ぶりかで聞いた名前だのう。普通、自分の攻撃を通すのに使うだろうに、まさか状態異常魔法に使うとは」

「魔法使い一人で戦うなら、まず相手の動きを封じなきゃいけないんで」

 

 いきなり即死魔法でも取得できれば、オレだってそっちを連打している。自分の能力にあった戦い方をしただけだ。

 

「しかしメイクベとは。あの田舎町にもまだまだ面白いものがあるものだのう。それで、他には」

「オレの話です。これから約一年後、帝国がこの国に攻め込んできたら、オレはほぼ確実に死にます」

 

 死、という言葉にクラム様が眉をしかめた。

 

「なぜそう断言できる。マイス、お前はなにを知っている」

 

 フォミナの時は、予知夢といって誤魔化した。でも、この人にはできるだけ話してしまおう。少なくとも、前世の世界のことを伝えれば面白い話として認識して貰えるはずだ。そうすれば、オレの頼みを聞いてくれる可能性が高まる。

 

「オレには、ここではない世界の記憶があります」

「…………」

 

 無言で聞く姿勢になったクラム様を見て、オレは静かに前世の日本のことを話しだした。

 

「なるほど。把握した」

「は、把握していただけましたか……」

 

 三時間話して、オレは疲れ果てていた。いや、大変だわ。ファンタジー世界の住人に現代日本の話をするの。しかも相手が好奇心旺盛なクラム様だから質問が凄い。政治体制について聞かれたと思ったら、学校生活、インターネットやら日常生活、食事事情など、話が横道に逸れまくった。

 

 それでも三時間かけて説明した。ここがオレがゲームとして遊んだ世界に似通っていること。状況的にこのままだと戦争が起きて、オレのみならず多くの人が死ぬことを。

 

「把握したとも。いや、妄想だとしてもなかなかの大作であった」

「妄想であって欲しいくらいなんですけれどね……」

「だが、マイス、お前はそうは思っていないのだろう?」

「…………」

 

 そう。オレは自分の記憶を信じている。なんの対策を取らないわけにもいかない。

 

 途中から横になって聞いていたクラム様は、起き上がると服が寝崩れたままでこちらを見て言う。

 

「さて、今の話だが。一つ確実に死を回避する方法がある。一つは妾の下僕になることだの。この宮殿にいれば安心。お前は面白い話を沢山できそうだし、器用そうだ。妾の下僕となるだけでなく、快楽を与えてやっても良いぞ?」

 

 突然、クラム様が蠱惑的な表情をして、こちらを見つめてきた。

 

「…………」

 

 これは、ゲームとしては分岐イベントだ。ここで「はい」といえばクラム様エンドになる。下僕として宮殿で暮らせば、戦火を免れることはできる。快楽というのは、あれだ、イベントシーンが発生するということだ。回想に追加される系の。

 

 オレはじっくり考えた上で、結論を口にした。

 

「すいません。今は貴方の下僕にはなれません。正直、かなり惹かれるものはあるんですけれど」

「ほう。妾を振るとは、理由があるのだろうな?」

「オレは生き延びた後、世界中を回って色んなものを見て回りたいんです。というか、普通にこの世界を生きてみたい」

 

 せっかくファンタジー世界に来たんだ、ゲームでは見れなかった世界の色んな場所を見たり、聞いたり、遊んだりしたい。その後スローライフしてもいいし、結婚とかしてそれなりに人生を謳歌してもいい。

 今、必死になってレベリングなんかをしてるのは、状況がそれを許さないからだ。

 

 なにより、

 

「オレだけここで助けられても困るんですよ。フォミナだって死んじゃうかもしれないし」

 

 帝国との戦争が始まると、沢山の人が死ぬ。フォミナや、他のヒロイン達も死んでしまう可能性が高い。短い時間だが、良くしてくれたメイクベの人達だってただでは済まないだろう。

 そこまで責任を持つわけじゃないが、できる限りそういうのは防ぎたい。というか、それをしないと死ぬし。

 

「ふむ。あの娘に情があるか。では、ちと可哀想かもしれんの」

「え? なにかあったんですか?」

「すでに三時間、セバスと一緒に二人っきりで過ごしておる。物凄くお前のことを心配しておるぞ。最悪、下僕になってることも伝えられておる」

「あ……」

 

 まずいな、フォミナの性格上、滅茶苦茶心配してそう。

 

「後で謝っておくのだぞ、あれは良い子だ。血も美味そうだしな」

「はい……」

 

 今更だけど、オレはあの子をかなり振り回してるな。なんか埋め合わせした方がいい気がしてきた。本当に今更だけど。

 

「まあ良い。今回はこのくらいにしておこう。それで、お前の望みはなんだ? 目的があってここに来たのだろう」

「はい。クラム様の持つ封技石から一つ、欲しいものがあります」

「許す。申して見よ」

 

 ここに来てようやく、オレは流血の宮殿に来た目的を口にできた。

 

「<超越者>の封技石を譲ってください」



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21.突入

 スキル<超越者>。その効果は、レベル制限の解放だ。これにより最高レベルが九九から九九九九になる。ぶっちゃけ、ゲームバランス崩壊の元である。

 

 <超越者>は特殊なスキルで、一回のプレイで一個しか入手できず。一度付与したら剥がせない。多くの場合、主人公に付けることになる。レベル九九以降は新しい魔法やスキルを覚えることはなく、ひたすら能力値だけ上がる。そもそもクリアレベルが七〇くらいなので、趣味の領域に突入するスキルとも言われていた。

 

 それが今はとても欲しい。ラスボスや隠しボスを倒して終わらない上に、運命に抗おうとしているオレにとって、能力値は高いほど助かる。

 

「ふむ。定命の者にとってはそれほど価値のあるものには思えんが」

「普通はそうでしょうね」

 

 この世界の常識的に、達人が人生をかけて到達できるのがレベル八〇くらいの三次職。そんな中じゃ、人間に『超越者』なんて意味がないように感じてもおかしくない。

 

「つまり、普通でないことをするわけだな?」

「はい。面白いものをお見せできるかと」

 

 オレの答えに満足したのか、クラム様は満足気に頷いた。

 

「よろしい。其方に<超越者>の封技石を授けよう」

「定期的に報告でもしにくればいいですか?」

 

 ウィザードになれば、移動魔法を覚える。たまにクラム様に会いに行くくらい出来るようになるはずだ。

 

「それには及ばぬ。妾の方で色々と用意しよう。なに、戦乱の時代になりつつあるというだけで、なかなかの情報なのだ。少し多めに手を貸すくらいはしてくれよう」

「ありがとうございます」

 

 オレが礼を言うと、クラム様は立ち上がった。つられてオレも横に立つ。頭一つ背が低い。あと、露出度高いから、上から見下ろすと凄い光景が見える。

 

「では、戻るとするか。妾の服を覗いてたのは黙っておいてやるからの」

「本当にありがとうございます」

 

 礼を言った瞬間、オレの視界は暗転した。

 

 ○○○

 

「マイス君! 良かった!」

 

 謁見の間に戻るなり、フォミナに抱きつかれた。衣服越しに柔らかい感触が……とか一瞬思ったが、彼女の顔を見てさすがに真顔になった。

 

「ごめん。心配かけた。大丈夫、なにもされてないよ」

「本当? 良かった、良かったよぉ……」

 

 フォミナは泣いていた。オレからすればクラム様は話のわかる吸血鬼だけど、彼女からすれば凄まじく強力なアンデッドの親玉みたいなもんだ。心配しない方がどうかしてる。

 

「後でもっとちゃんと謝らせてくれ。振り回してごめん」

「……いいんです。無事に帰ってきてくれたなら」

「そろそろ、話に戻って良いか、二人とも」

 

 声の方を見れば、ニヤニヤと笑ってこちらを見るクラム様がいた。

 

「セバス、あまりこの娘を脅かすでない。妾が客人をそのまま下僕にするなど、滅多にないであろうに」

「はっ、失礼致しました。しかし、クラム様はマイス様を気に入ったように見受けられましたので」

「うむ。気に入った。ふられたがの。だが、それもまた良し」

「クラム様がご機嫌でなによりです」

 

 恭しく頭を垂れるセバスさん。まさに忠実な従僕だ。

 

「セバス、今からいうものを宝物庫から持ってくるが良い。マイスには妾の新しい遊び道具になってもらう」

 

 いくつかのアイテム名を伝えると、セバスさんはその場からすっと溶けるように消えた。あの移動、吸血鬼のスキルなのかな。ちょっと欲しい。

 

「マイス君、遊び道具って?」

「大丈夫。そんな危険じゃないよ。クラム様がオレの目的を支援してくれることになったんだ」

「支援? この人が?」

「妾もマイスの目的を聞いて、その行く末を見たいと思った。それでよいか?」

「……はい」

 

 クラム様の説明に、フォミナは頷いた。

 

 セバスさんは十分もしないで戻ってきた。

 

「では、其方らにいくつか妾の宝物を授ける。まずはこの封技石、マイスよ、もっていくがいい」

「ありがとうございます」

 

 クラム様の手から、青色に輝く封技石を頂いた。やった、これで色々楽になる可能性が出た。

 

「フォミナにはこれだ。古代の聖印である。お前を守ってくれるであろう」

 

 そう言ってフォミナに手渡されたのは、今持っているのと似たような聖印だった。ただ、形がちょっと複雑で、不思議な気配を感じる。たしか、聖職者の全ステータスアップに耐性付与の強力なアイテムだ。

 

「す、すごい。なんでこれがクラム……様のところに?」

「長く生きていると何でもないものに価値がでるものよ。妾はアンデッドでないゆえ、扱うことはできるが意味がない。お前が持つ方が良いであろう」

「あ、ありがとうございます! でも、なんで私にまで?」

 

 気に入ったのはマイス君だけでは、と言外にフォミナがいうと、クラム様は小さく笑った。

「お前も気に入ったのだよ。マイスについていくその度胸と覚悟がな。機会があれば、セバスではなく妾も話したい」

「はい……是非」

 

 先ほどまで敵だと思ってた相手に気に入られて毒気を抜かれたような顔つきで、フォミナが言った。

 

「そうそう。あまり油断しない方がいいぞ。マイスはこれでいて興味深い男だ。どこぞの女に持って行かれるかもしれん」

「……っ!」

 

 急にフォミナが顔を赤くした。なんかオレがモテるみたいなこと言ってるけど、そんな事実はない。その予定もない。

 

「さて、最後にそれぞれ二人に、この日記帳を渡そう。これは連環の書というものを真似した道具でな。書いたことがこの三冊で共有される」

 

 そういって、手帳サイズの日記帳を渡された。

 

「三冊ってことは。一つはクラム様が?」

「左様。二人で日記を書くがよい。それで妾を楽しませろ」

 

 なるほど。それがオレ達からクラム様への料金か。日記を書くくらい、やってみせよう。

 

「これも悪くない品だぞ。ページの切れ端をもっておけ、危ないときに「たすけて」と書けば、妾が手を貸すかもしれん」

「心強い品、ありがとうございます……」

 

 保険が手に入ったみたいでかなり嬉しい。ピンチ時に書けるか怪しいし、クラム様が来るかも怪しいけどな。

 

「さて、今日は久しぶりに沢山話して疲れた。二人ともセバスに送ってもらい、帰るが良い」

 

 最後は割とあっさり目な感じで、クラム様との邂逅は終了した。

 

 ○○○

 

 セバスさんは万能執事なので、転送魔法でミレスの町まで送ってくれた。 

 色々ありすぎたオレ達は疲れ果てていたので、この日はそれで解散。宿に戻ってゆっくりと休んだ。

 

 そして翌朝。ぐっすり眠ったオレは『白い翼』亭の一階でのんびりと朝食をとっていた。朝のタイミングはオレとフォミナは別々なことが多い。タイミングよく居合わせれば一緒に食べるけど。

 

 いつもはフォミナが先に食事をとってるけど、今日はオレの方が早かった。よっぽど疲れたんだな、と思いつつ朝食のパンにバターを塗る。

 

「おはようございます。ちょっと準備に手間取って、遅くなっちゃいました」

 

 聞き慣れた声と共に現れた人物を見て、オレは声を失った。

 

「フォミナ、あの、それ……」

「はい。気分を変えてみようかと。どうです、似合いますか?」

 

 オレの前に現れたフォミナは、お下げをばっさりカットして、ボブカット風の髪型になっていた。眼鏡はそのままだが、前髪を髪飾りで押さえたりと、別人かというくらい印象が変わっている。

 

「……すごく、可愛い、です」

 

 ぎこちない口調で、オレはどうにかそれだけ絞り出した。

 

「良かった。私も朝ご飯を頼んできますね」

 

 そういってカウンターに朝食を頼みに去って行くフォミナを、オレは呆然と見送った。

 

 髪型チェンジは、フォミナの個別ルート突入の証拠だ。

 これ、多分相手はオレだよな。いつの間にこうなったんだ?

 

 オレの疑問をよそに、ご機嫌な様子のフォミナが朝食プレートを手に向かいの席に着いた。



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22.極めて重要な選択

ちょっとタイトルを変えてみました。
いつも感想ありがとうございます。
ハーメルンは優しい反応が多くて嬉しい。


 好みはあれど、髪型の変化は大きく印象を変える。『茜色の空、暁の翼』のゲーム内で何度も見たとはいえ、髪型が変わったフォミナの姿はとても新鮮だ。個人的には、髪型チェンジ後の方が好きなのもある。

 

「…………」

 

 そして、この髪型チェンジが起きたということは、ある会話がこれから起きることを意味する。オレはそれに備えて、精神を整える。なるべく冷静に対応しなければいけないので。

 

「あの、マイスさん。ちょっと相談なんですが、眼鏡をどうするか悩んでるんです。神殿でお金を出せば視力も回復できますし」

「眼鏡か……」

 

 オレは考えるふりをする。

 

 これは追加イベントだ。よく知ってる。思い出す。かつて、西暦二千年代前半に、同胞達と共にメーカーに凄まじい熱量のメールを送ったあの日を。そして、製作スタッフが動き、新たにこの選択肢が実装されたときの喜びを。

 

 ゲーム的には、ここで「眼鏡のままで」を選ぶと、フォミナは眼鏡を外さない。それどころか、別デザインの眼鏡を選ぶイベントまで発生する。

 当時のオレと同胞達が狂喜乱舞したこの追加イベント。異世界になっても息づくオレの遺伝子は、「今回も」と言っている。

 

 だが、

 

「外した方がいいんじゃないかな。戦闘中に壊れたり外れたりすると危ないから」

 

 オレは自身の魂に嘘をついた。

 

 これがゲーム内なら眼鏡を外す選択肢はない。だが、リアルに転生してしまった今は、現実的な対応をとらざるを得ない。戦ってるときにフォミナの視力に異常が出るのは困る。不安要素は消しておきたい。

 

 ……すまないっ。本当にすまないっ!! 同胞達よっ!!!

 

 心の中で何度も詫びる。機会があれば、額を地面に何度も打ち付けて土下座をしたい。できるなら血の涙だって流そう。

 それでも、オレのどこか冷静な部分が「安全のため、眼鏡を外せ」と言ってくるのだ。本当に申し訳ない、遠い地球の我が同胞よ……。

 

「なるほど。たしかにそうですね。あの、マイス君? 顔色が悪いけど平気ですか?」

「へ、平気だ。ちょっと心配事があってね」

「そうですか。なんでも相談してくださいね」

 

 なんとか悟られないように平静を保つ。今夜、反省文を書こう。自主的に。

 

「となると、今日はギルドで昨日の魔石の売却。それと、フォミナの視力回復。あとは買い物かな。それから、ちょっと今後のことを考えないと」

「そっか。昨日でマイス君のミレスでの用件は済んだんですよね」

「うん。その辺も踏まえて、ちゃんと相談させてくれ。今後はフォミナに心配させないようにするよ」

「……っ。嬉しいです、なんだかマイス君に仲間って認めて貰えたみたいで」

「さすがに反省したんだよ。こっちから振り回して申し訳ない」

 

 なんだか予想以上に喜んでいるフォミナに照れながら言う。今後も心配かけまくりそうで申し訳ないけど。

 

 今後のこと、ちょっと考えないとな。予定だとミレスにいる間にオレもフォミナも三次職になってるはずだったんだけど、もう流血の宮殿で狩れないし。

 

 今日の予定どころか、その先のことを検討していると、フォミナが眼鏡にふれながら、じっと考え込んでいた。

 

「どうかしたの?」

「いえ、眼鏡。いつも付けてたから無くなると落ち着かないかもなって。普段つけるように伊達眼鏡でも用意しましょうか」

「是非そうしてくれ」

 

 オレは即答した。

 地球の同胞達よ。これがオレからギリギリ限界で用意できるエクスキューズだ。

 伊達眼鏡という結論に自ら辿り着いたフォミナに心の中で喝采を送りながら、オレは妙に精神的に疲労した朝食を終え、食後のコーヒーを注文した。



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23.気になる出来事

 流血の宮殿二階の収入は八〇〇万シルバーだった。凄い。半日も戦ってないのにこの収入。クラム様が現れずに更に高収入な三階で狩りまくっていたら、一体オレ達の財産はどのくらいまで膨らんでいたのだろうか。

 

 大量の魔石から換金された現金は即座にギルド併設の銀行に預けられ、今回も新人らしい担当の子が震える手でオレ達に通帳を渡してくれた。

 とりあえず、ギルドでの用件は終わったオレ達はそのまま流れるように神殿へ。フォミナの視力治療は一〇万シルバーと高額なので、何度か念押しされたりもしたが、穏やかな心でやってもらった。

 

「貯金の余裕は心の余裕。セアラ姉さんの口癖ですが、ちょっとわかる気がします」

「まあ、当面の生活を心配しないでいいのは気持ちとして楽だよね」

 

 神殿近くにあった、川沿いのオープンカフェでのんびりカフェオレを飲みながら、オレはフォミナとのんびり話していた。しかし嫌な口癖の親族だな。

 

「本当に視力は問題ないの? あっさり終わったけど」

「はい。眼鏡無しでマイス君の顔もよく見えますよ。魔法的にはちょっと特殊な回復魔法らしいですから。一瞬な上で事務的なのはありがたみにちょっとかけますね」

 

 今回も神殿の対応は事務的だった。フォミナは何枚も書類に記入した上、待合室で椅子に座って並び、呼び出されたら診察室……じゃなくて儀式室に入って三分くらいで帰ってきた。 神殿の組織、滅茶苦茶お役所みたいにシステム化されてるな。効率的にはいいことなんだろうけど、なんだこの納得しがたい気持ちは。

 

 オレ達はそのまま魔法屋にも立ち寄り、封技石を使って<超越者>のスキルを付与。オレの成長プランも一歩前進だ。

 

「こうして落ち着けて良かったです。昨日は色々気が気じゃ無かったですから」

 

 しみじみと語りながら、パフェを食べるフォミナ。なお、直前にパンケーキも平らげている。甘い物がとても好きらしい。

 

「あれはびっくりしたな。結果的には良かったけれど。でも、次の予定を考えなきゃいけないし」

「私はマイス君についていきますよ。事前に情報を共有してくれればもっと良いですけれど」

「それはもう、これから話しますとも。ああ、でもその前に、帝国と商業連合の戦争の様子とか、国境付近の情報ってどうやれば手に入るかな?」

 

 遠い北方の戦争の話は、殆ど聞こえてこない。ゲームよりも早く開戦してるのが気になるし、そろそろ情報を仕入れておきたいんだが。

 

「うーん……。私の実家みたいな、そこそこ程度の規模では無理なんじゃないでしょうか。それこそ、国政に直接関われるくらいの偉い人と繋がりがないと。大商人とか、大領主とか、王族とか……」

「そうか。そうだよな……。下手をすれば国家機密だろうしな」

 

 まだ夏にもなっていないが、帝国の動きはできるだけ把握しておきたい。連中が開戦するタイミングで遠くのダンジョンにいました何てことにはしたくない。

 ゲーム知識を使って個人のレベルを上げまくることは可能だけど、情報力はどうすればいいんだろうか。それなりの品質の情報にアクセスできるような状況を作っておきたいんだけど。

 

「これから西に移動することになるんだけど、それに合わせて情報も拾えるようにしたいな」

「学園時代に頑張ってコネクションを作っておけば良かったかもですね。あそこは偉い人の子息令嬢が沢山いましたから」

「だなぁ……」

 

 本当に今更気づいてももう遅い。オレもフォミナも学園で将来を見据えてコネ作りをするタイプでなかったのが悔やまれる。

 

「クラム様もあんまり頼れないだろうしなぁ。従僕も含めて殆どあそこから出れないだろうから」

「こ、これから頑張りましょう。落ち込むことはないですよ! 今のところ、上手くいってるんでしょ?」

 

 あからさまに落ち込んだオレを心配したのか、フォミナが握りこぶしで大げさに励ましてくれた。……頑張ろう。今度、こっそり伊達眼鏡買ってプレゼントしたら喜ぶかな。駄目だな、別のものにしよう。

 

「三次職を目指しつつ、今度は情報入手についても考えなきゃなんだけど……ん? なんだあれ?」

 

 二人で腕組みして考えていると、川向こうの大通りが妙にキラキラしてるのに気がついた。

「あれは神聖騎士団ですね。向こうに本部がありますから。でも、おかしいですね。あの人数と装備、まるでどこかに出陣するみたいです」

「なにかあったのかな?」

 

 そう思って周囲に気を配ってみると、他の客達にも対岸の神聖騎士団を見ているのがチラホラいた。会話に耳をそばだてると、「大討伐」「旧大聖堂」といった単語が聞こえてくる。

「旧大聖堂の大討伐とかみんな言ってるな」

「アンデッドが大量発生したんでしょうか? 滅多にないことなんですが……」

 

 ミレスの町でアンデッドが大量発生するようなイベントはオレも覚えはない。あのゲーム内が世界全ての出来事というわけじゃないので当然ではある。

 滅多にないことか……。これからこの国で色々と起きることを考えると、気になるな。

 それに、フォミナも他人事じゃない雰囲気を出している。なんだかんだでお姉さんがいるわけだし、当然か。

 

「冒険者ギルドに、大討伐絡みの仕事がないか見にいこうか。フォミナも気になるみたいだし」

「いえ、そんなことは……嘘です。セアラ姉さん、口では調子がいいけど、実力がちょっと心配なんですよね」

 

 そういうタイプなのかあの人。それを知らされると、動かないわけにもいかないな。時間もできちゃったことだし。

 

「じゃ、とりあえずギルドで聞いてみよう。上手くすれば、神聖騎士団の偉い人から情報を貰えるかもしれないし。フォミナの心配事も減るしね」

「ありがとうございます。マイス君」

「気にすることじゃないよ。オレも気になるし」

 

 急ではあるが、次にやることが決まったオレ達は、手早く目の前の食事を片づけてカフェを後にした。

 考えてみれば、換金以外の本来の用件で冒険者ギルドに行くの、初めてだな。



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24.知らないイベント

 冒険者ギルドに行ったら、疑問は氷解した。

 ミレスの町の東端には旧大聖堂と呼ばれる建物がある。大昔は墓地も兼ねていた古代建築で、人口の増加と共に手狭になって引っ越した場所だ。

 建築物として歴史的価値のあるこの旧大聖堂では地下にアンデッドが発生する。そもそもミレスの始まりが、聖職者達がアンデッドの王を倒したことにあり、その名残が今もあるとのことだ。

 

 冒険者ギルドで確認したところ、ここ数ヶ月、旧大聖堂のアンデッド報告数が増えており、それに対応するため神聖騎士団による掃討及び浄化が行われるという。

 

 冒険者向けにも依頼が出ており、主に騎士団の援護や補助のための予備部隊への参加が依頼されていた。

 

「つまり、主役は神聖騎士団だから大人しくしてろってことなのはわかった。なら、自分達だけでやればいいのにな」

「騎士団は精鋭ですけど、人数が多くないんです。冒険者の方が対応の幅があるし、荷物を運べる上に戦闘までできるからこういう依頼は珍しくないんですよ」

 

 旧大聖堂の近くには街中にしては大きな芝生と木々に囲われた公園がある。モンスターの出現する場所だからと、安全のために塀で囲って家を建てないようにしてあるそうだ。

 そこに、神聖騎士団の臨時駐屯地が作られていた。

 

 ギルドで依頼を受けたオレ達はその片隅で仕事内容を聞いて、ゆっくりとした時間を過ごしていた。

 

「今回は冒険者はあくまで脇役でいろってことはよくわかった」

 

 オレ達冒険者の役割は、騎士団の支援だ。荷物持ちも含めて。それに対して文句をいったところ、帰ってきたのが先ほどのフォミナの説明だった。考えてみれば、彼らは彼らで大変だ、領主の直属部隊で町の治安を守る身なんだから、失敗が許されない。責任重大だ。

 

「依頼の報酬が少なめなのも理解した。戦うのを任せられると思うと、ちょっと気楽だな。フォミナは姉さんに挨拶しなくていいのか?」

「アンデッドの相手は慣れている人達ですから、そこは信頼できます。セアラ姉さんは、下手に話しかけると面倒なところがあるので……」

「たしかに……」

 

 姉を心配して参加を決めたフォミナだけど、顔を合わせたいわけではないようだ。わかる。今回、彼女が気にしているのは、討伐が急に組まれたことだ。アンデッドの増加なんかは、結構予測できるらしく、こういうのは珍しいらしい。

 それもあってか、駐屯地の準備も慌ただしい。オレ達も書類を見て備品の確認をしたけれど、まだ揃っていないのが多くて、慌てて事務官が手配をしていた。

 今は端の方に座って小休止。食事まで用意してくれるのでとても有り難い。

 

「ごめんなさい、マイス君。活躍すれば、騎士団の人と顔見知りになれるかもしれないかなって考えもあったんだけれど」

「そこまで都合よくいくとは思ってないよ。珍しいことだし、フォミナの心配もわかるし、たまには冒険者らしく依頼を受けておかないとね」

「受付の人、普通の依頼を受けたら凄い驚いてましたもんね」

 

 どうやら、オレ達は強力なモンスターを狩って、換金するのが専門の冒険者だと

思われていたらしい。普通に依頼を受けたら受付の人がびっくりしてた。

 

「マイス君、今回はあんまり変わったこと言い出しませんね」

「この状況で、オレになにをしろって言うんだ……」

 

 きっと今まで想像の外みたいな行動ばかりとってたんだろうな、オレ。ゲーム知識を使って最適化すると、異常行動になりがちなのはよくわかる。

 だが、今回のような話はゲームにはなかった。この世界がゲームとは離れた場所である証拠みたいな出来事だ。オレにできるのは回復アイテムを用意したり、アンデッド対策の装備品を用意しておくことくらいだ。

 

「失礼します。こちら、明日からの予定表です。不明点があれば事務局までお願いします」

 

 クレリックらしい男性がやってくると、オレ達に書類を一枚ずつ渡していった。

 見れば旧大聖堂討伐の予定が、記されている。冒険者は騎士団の後についていって、撃ち漏らしを片づける。基本は輸送隊の護衛になるみたいだ。

 

「明日の朝一番に指揮官からの訓示。そのままアンデッドを倒しながら一気に最下層の五階まで、か」

「寄り道はしないようですから、一日で終わるはずです。旧大聖堂の地下が巨大といっても、道もわかっている場所ですから」

 

 旧大聖堂の地下は巨大な墓地になっている。アンデッドがひしめくちょっとした迷宮なんだが、騎士団と冒険者の集団が進軍すればすぐに制圧できる程度の広さではある。

 今回の戦力は、神聖騎士団が五〇、冒険者が三〇。これでもミレスの町にいる神聖騎士団の三割近くにあたるそうだ。結構思い切った作戦である。

 

「案外、国境付近で帝国が怪しい動きをしてるから、国内の不安を断つために早めに動いたのかもな」

「マイス君の事情を知っていると、説得力がありますね。騎士団の上層部なら、現在の戦況について知っているでしょうし」

 

 どうにかして、その辺の情報を得られないかな。この分だと、神聖騎士団の活躍を見物して帰ることになりそうだ。とはいえ、無駄に前に出て戦ったら怒られそうだし……。

 

「マイス君、なにを考えてるんですか?」

「今回は無難に過ごすしかなさそうだなーって思ってる」

「マイス君が無難という言葉を知っていたのに驚きです」

「なかなか言うようになったね……」

 

 これといった手立ても思いつかなかったオレは、フォミナと楽しく雑談して、その日を過ごした。



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25.出撃、神聖騎士団

 旧大聖堂はミレスの町には珍しく、灰色をしている。それは古い石造りであることと、モンスターが出る関係で整備できていないことの両方が影響しているという。建物的にも二つの塔が印象的な今の大聖堂と違って、丸くて大きく作られた見た目が、時代の違いを感じさせる。

 

 その旧大聖堂前で神聖騎士団の団長が演説をいていた。

 

「これより、神聖騎士団によるアンデッド討伐を行う。これは大聖堂に古代の魔族が封じられた際より、我々に定められた聖業であり、この町、ひいては国全体の治安を預かる者の誇りでもある。協力者も含め、それぞれの仕事を十分に果たすように」

 

 眠たそうな顔をしたひげ面のおっさんが悠然と演説すると、神聖騎士団の若者を中心に歓声があがった。盛り上がってるな。

 さりげなく触れられた協力者、オレ達冒険者は静かなものである。とりあえず仕事はしますよという感じだ。

 

 オレはというと、神聖騎士団の団長を見てちょっと驚いていた。

 

「マイス君、どうしたんですか?」

「いや、あの団長、結構やり手だよ。本当に心配しすぎだったかもしれないな」

 

 あのひげ面、名前をエドモンドと言う。ゲーム内だと敗北続きで国土深くまで攻め込まれた王国軍を立て直す重要人物だ。いつもとぼけた態度をしているけど、指示は的確で、心の中では戦争を憎んでいる熱い人物でもある。当然、人気キャラでファンディスクでは男性キャラにも関わらずシナリオが書き下ろされた。

 

「たしかに、今の団長になってから神聖騎士団は若い人が重用されたりして良くなってると聞きますね」

 

 さすがはマイス君、とフォミナが褒めてくれるけど、申し訳ないがこれはゲーム知識があるからにすぎない。

 エドモンド氏、かっこいいけど結構簡単に死ぬんだよな。国を護るため、主人公に道を譲って討ち死にするその最期は心を熱くさせるけれど、できれば生きていてほしい。

 彼がここにいることがわかっただけでも、参加した意味があるかもしれない。今後は王国内の重要人物の居場所についても把握するようにした方がいいかもな。

 

「それでは、出陣!」

 

 前の方でエドモンド氏が声をあげると、威勢良く完全武装の神聖騎士団が出発した。輸送隊を囲む形で配置されたオレたち冒険者もそれに続く。

 

「じゃあ、オレ達も頑張りますか。輸送隊の護衛」

「はい。なんだか安心ですね。人も多いですし、恐いモンスターもあまりいないところですから」

 

 オレと一緒に流血の宮殿に挑んだおかげで、フォミナの感覚はちょっとおかしくなっているらしい。周りの冒険者と比べて余裕が違う。頼もしい限りだ。

 

 白銀の輝きと共に進撃する騎士団に続いて、オレ達はのんびりとダンジョンへと向かっていくのだった。

 

○○○

 

 神聖騎士団は精鋭部隊。それは嘘じゃなかった。旧大聖堂の攻略レベルは四五くらいとあまり高くないことを考えても、順調にアンデッド討伐は推移した。

 

「いや、想像はしてたけれど、本当に楽だな……」

「さすがは精鋭部隊ですね」

 

 輸送隊の荷車の横をゆっくりと歩きながら、オレ達は前の方の騒ぎを遠くの世界のできごとのように感じていた。

 ターンアンデッドとか聖属性魔法とか、そんなのが乱舞している光が見える。プリーストやら聖騎士やらその道のプロの団体様だから強い強い。

 おかげでオレ達冒険者の方には殆どモンスターが回ってこない。

 

「あ、ゾンビの上位種の群れ」

「エクソシズム!」

 

 たまにこっちに流れてくるやつがいても、このようにフォミナが始末してしまう。流血の神殿で過酷な戦いを繰り返したおかげか、戦闘に対する勘が鋭くなっているようだ。

 オレもたまには普通の魔法で活躍したかったんだけれど、その出番すらない。一応ウィザードになって攻撃魔法の種類も増えてるんだけどな……。

 

「もう、地下五階か、半日くらいしかかからなかったな」

「日頃の訓練をちゃんとしてるんですね。進軍に慣れてます」

 

 大人数だから、進むのに時間が掛かるかと思っていたけれど、さすがは精鋭部隊。伊達ではないらしい。オレ達が荷車をのんびり運ぶ間、迷い無く突き進み、半日で最下層に到達した。旧大聖堂が大きいとはいえ、軍隊が最短ルートで進めばそんなもんか。

 

 部隊の前の方では相変わらず派手な光が乱舞している。最下層ともなれば、流血の宮殿上層とまではいかなくとも、グラン・レイスの下位種くらいはいるはずなんだけど。

 

「このまま奥にある封印の扉にいって儀式を行えば仕事は終わりです」

「古の魔族の遺体が安置されてるんだよな。死んでなお、死霊を集めるって相当だな」

 

 たしか、古の魔族って、吸血鬼と魔族の混血だったはずだ。クラム様ほどじゃないけど、死んだ後も特性が残るのは大変だ。

 

「その魔族の遺体、どうにかできないのか?」

「浄化できるのは年月のみ。二神の加護によって押さえられてこれだそうです」

 

 そりゃ、オレがどうにかしたいと思う程度には対処法は考えてるか。それでいてこの現状なのは致し方ないな。

 

 そんな風にどこか他人事に旧大聖堂の事情について考えていた時だ。

 いきなり、進軍が止まった。

 

「なんだ? 最深部ってもうちょっと先じゃないのか?」

「はい。このまま真っ直ぐいくと封印の間になるはずですが……」

 

 なにかがおかしい。先ほどまでの快進撃が急に止まった。あまりにも急すぎる。

 普段から非日常に身を置いている冒険者達は変化に敏感だ。オレ達以外も武器を手に取り、警戒を始める。

 

「マイス君、なにかが来てます」

「なにかって……!?」

 

 オレが怪訝な反応をした瞬間だった。

 神聖騎士団のいる前の方、最前線で大爆発が起きた。

 

「きゃぅ!」

「くっ……」

 

 衝撃波がオレ達の方まで伝わってくる。

 

 レベルが上がってるおかげか、戦いに慣れてるからか、オレは前の方で起きた現象が見えた。

 

 魔法による大爆発だ。

 それも特殊な魔法なんだろう。先ほどまで静謐な気配すらあった、地下空間のそこかしこで火柱が残っている。

 

 ここに火属性のモンスターはいなかったはず。なんかあったな。

 

「フォミナ、行くぞ! 緊急事態だ!」

「え? でも」

 

 輸送隊の荷物を心配するフォミナに付け加える。

 

「お姉さんが心配だろ!」

「っ! はい!」

 

 オレとフォミナは前に進む、謎の爆発があった最前線へと。



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26.炎の魔神

 最前線の様相は、酷いものだった。

 石造りの旧大聖堂。そこで大爆発が起きたので瓦礫の山だ。魔法の火は普通と違うのだろう。瓦礫の間でまで火がちろちろと燃えている。気温も一気に上がったのか、汗ばむくらい暑い。

 

 それと、神聖騎士団だ。アンデッド相手に無類の強さを誇っていた彼らの多くが地に伏している。

 

「……うぅ……」

「姉さん!」

 

 見れば、フォミナの姉も倒れている一人だった。装備のおかげか、あれだけの魔法を受けて五体は無事だが、全身を打ち付けたのか動けないみたいだ。

 

「ハイ・ヒール!」

 

 フォミナの範囲回復魔法が発動すると、セアラさんを含めた周辺の団員が一気に顔色が良くなり、動き出す。

 

「セアラさん、なにがあったんですか?」

「わからない……。封印の間の前に、人影がいたと思ったら、突然周りが炎に包まれたんだ。完全な奇襲だ。してやられた……」

「封印の間……」

 

 今いる場所は最前線でも後ろの方。神聖騎士団の本隊はもっと奥にいる。

 

「フォミナ、封印の間の方に行こう。騎士団の人達は後から来る冒険者が救助してくれる」

「……わかりました。行きましょう」

 

 これだけのことをしでかしたのが何者か、純粋に気になる。間違いなく神聖騎士団を狙っている。もしかしたら、帝国絡みかもしれない。

 

「お、おい二人とも。危険だぞ。やめておくんだ」

 

 セアラさんが止めにかかるけど、素直に聞くわけにはいかない。何なら、今後のオレの運命に関係あるかもしれないんだから。

 

「大丈夫です。ヤバそうなら逃げますから。冒険者と一緒に態勢を立て直してくださいね」

 

 それだけ言い残して、オレとフォミナは封印の間に向かって駆け出した。

 

 封印の間。旧大聖堂でも曰く付きの場所であり、複雑な紋様が描かれた魔法陣で封じられた場所。オレ達が到着した時、そこではまだ戦いが繰り広げられていた。

 

 といっても戦ってるのはエドモンド氏を含めた四人程。多分、騎士団の最精鋭で生き残ったんだろう。それも既にボロボロで旗色が悪い。

 

 彼らの相手を見て、オレは心底驚いていた。

 

「なにあれ、炎の魔神……?」

「魔族だ」

 

 それは、この場にいないはずの存在だった。

 全身から炎を吹き出す、二メートル近い巨体の人型。体つきから男性であることはわかるが、見た目があまりにも人とは離れた存在。

 魔族としての本性を現した者が、そこにいた。

 魔族はモンスターとは別口の人間や亜人とは別にカテゴライズされた種族だ。主に、過去において大きな戦乱を起こした時からそう呼ばれている。

 

 今、神聖騎士団と戦っているのは魔王の直属、炎のムスペル。四天王ならぬ四魔族の一人であり、魔王の忠実なる部下。まだ帝国との戦端が開かれてないのに、こんなところになんでいるんだ?

 

「魔族……そんな、昔の戦争でもう殆どいないはずなのに」

「目の前にいるんだから仕方ない。とにかく、助けに入ろう!」

 

 今、エドモンド氏が死んだりするのはまずい。今後の戦乱に必要な人だ。そして、ムスペルも実は同様なのだ。あいつ、意外と話がわかるやつなんだよな。

 

「フォミナ、回復魔法であの人達を援護だ!」

「はい! ハイ・ヒール!」

 

 とにかく、戦闘に加わって、ムスペルには退場願う方向で行こう。

 杖を掲げたフォミナの回復魔法で、エドモンド達が回復する。

 

「む、新手か? なかなか早いな」

 

 余裕の反応を見せるムスペルに、オレは即座に魔法を放つ。

 

「フロストレイ!」

 

 極低温の冷凍光線を放つ魔法だ。ウィザードで使える最高位の氷属性魔法。ムスペルは一応弱点属性が氷ではあるが、火力が高くて氷魔法が通りにくいという設定があり、<超高火力>という特殊なスキルを持っている。

 

「馬鹿め! 小生に氷の魔法などぬおおおおお!」

 

 めっちゃ効いた。やっぱズルいわ、スキル『貫通』。属性防御とかスキルとかお構いなしだしな。

 

「き、貴様何者だ。小生の火力を突破する氷使いなど、人間にはいないはず」

 

 体を半分ほど氷らせながら、驚愕の表情でオレを見るムスペル。

 ちなみにエドモンド氏とかも驚いてるが、今は目の前に集中だ。

 

「ただの冒険者だよ。あんた、魔族だろ。なにか企んでたみたいだけど、退いた方がいいんじゃないか? そろそろ騎士団が立て直して反撃してくるぜ?」

 

 それは事実だ。あの爆発がムスペルの奇襲で、かなり上手くいってたとしても神聖騎士団が全滅したわけじゃない。すでに怪我人は回復され、戦線に復帰している。ここまで来ないのは、周囲のアンデッドも集まってきてるからだ。

 

「ふん。少々強力な魔法が使える程度で粋がって貰っては困るな。小生の炎はこの程度では燃え尽きんよ!」

 

 叫びと共に、氷った半身が音を立てて崩れ、炎が吹き出した。そりゃそうだ。一撃で倒せるとは思っちゃいない。

 

「パラライズ!」

「なんだと! ぐっ……動けん! 馬鹿な!」

 

 便利だな、状態異常魔法。そしてやっぱりボスは強いな。麻痺しても喋ってる。

 

「もう一度言う。撤退しろ。それで、あんたの親玉に伝えろ。もっと別の道はある、と」

「貴様、何者だ……」

「そのうちわかる……」

 

 頼む、これで退いてくれ。ここで倒すことはできるけど、できればやめておきたい。ムスペルは上手くすれば魔王を説得するのを協力してくれる可能性があるんだ。

 

「冒険者殿! こちらも立て直しが終わった! 助太刀するぞ!」

 

 声をかけてきたのはエドモンド氏だ。フォミナの援護の下、周囲を立て直してたらしい。ここ、封印の間の前だからアンデッドもいて結構危ないんだよね。

 

「くっ。ここは退かせて貰う。小僧、名前は?」

「マイスだ。主にちゃんと伝えろよ」

「面白い。小生をメッセンジャーにするとは。マイスとやら、また会おう」

 

 ちょうどそこでパラライズの効果が切れたのか、ムスペルの体が淡く輝いたかと思うと、消え去った。

 

「転移魔法か。そりゃ、そのくらいは使えるか」

 

 意外と器用なんて設定があったのを思い出した。

 

「マイス君! 大丈夫ですか!?」

 

 フォミナが近寄ってくる。傷ついた騎士団の人達を治して大活躍だ。

 

「見ての通り、傷一つないよ。撤退してくれて良かったよ」

 

 大げさに息を一つ吐いて、危機的状況だったアピールをしておく。

 

「冒険者殿、助太刀感謝する。先ほどの炎の魔神について見当が?」

「見た目から魔族と判断しただけです。なにか用があって来たんじゃないかと思って、探りを入れましたが、引き出せませんでした」

「ほう。後で詳しい話を聞いても良いだろうか? まずは、ここでの仕事を終わりとしたい」

 

 神聖騎士団はここの封印強化が仕事だ。ちょっと危なかったけど、そちらのほうは無事に完了できそうだ。

 

「わかりました。お願いします」

 

 ラッキーだ。予定外のトラブルが発生したけど、情報をもってそうな人と接触できたぞ。

 

「マイス君、ちょっと嬉しそうですけれど?」

「そんなことないよ。無事に終わって安心してるだけだよ」

 

 フォミナに本心を見破られかけたが、オレは何とか誤魔化した。



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27.勧誘と返し技

 神聖騎士団は無事に封印の強化を行い。ここに旧大聖堂の討伐任務は終了した。終わってみれば犠牲者もいない、良い結末だったといえよう。

 

 ただ、指揮官のエドモンド氏にとってはまったく良くないようだった。

 

「やはりあれが魔族であるのは間違いないということですな」

「はい。それと、何者かの命令で動いてるようですね。旧大聖堂で何をしてたのかはわかりませんでしたが」

 

 旧大聖堂の外、指揮官用の天幕の中にオレとフォミナはいた。話し相手はエドモンド氏。話題はもちろん、戦いを妨害した魔族ムスペルについてだ。

 

「推測だが、ここ最近のアンデッド増加は魔族によるものだろう。彼らは魔法の力に秀でている。封印を弱めることくらいできるはずだ」

「なるほど……」

 

 つまり、開戦前から帝国側が工作をしてたってことだろうか。ここで神聖騎士団の戦力を削げれば、かなり有利に戦える。戦争って恐いな……。

 

「なんで魔族がそんなことをしてきたんでしょうか? メイナス王国は魔族には温和な態度の国ですが」

 

 魔族への対応は国によってかなり変わる。メイナス王国はその辺がかなり緩い。

 

「……曖昧な情報だが、帝国と商業連合の戦場に魔族が現れたという情報がある。帝国の味方としてでな」

 

 来た。やっぱりその話になったか。

 

「じゃあ、魔族の中に戦争に加担している者がいると?」

 

 エドモンド氏はゆっくりと頷く。

 

「当然、魔族も国家に所属する国民であれば、そういうこともあるだろう。問題は、この国で何かをしていたかということだが……」

「戦争……ですか?」

 

 その言葉を口にしたのは、オレではなくフォミナだった。

 

「国境に怪しい動きがあるのは確かだ。自分が君達に話せるのはここまでだが……」

 

 さすがに詳しい話は教えて貰えないみたいだった。でも助かる。すでに状況は大分動いてるみたいだ。国境付近にいけば、情報を得ることができるかもしれない。

 

「すいません。オレ達もあれが魔族だということくらいしか、わからなくて」

 

 オレがムスペルに伝言を頼んだ件は、幸いにも聞かれていなかった。戦場は混乱してるからね。周りはそれどころじゃなかったし。ムスペル自体の情報も秘させてもらおう。なんで知ってるか問われたら大変だ。

 

「いや、あの場で助けに入ってくれただけで十分。正直、命拾いしたよ。なんなら、神聖騎士団に誘いたいくらいである」

 

 エドモンド氏が笑みを浮かべつつ、握手を求めてきたのでそれに応じる。どうやら、話はこれで終わりらしい。

 

「騎士団務めも魅力がありますが、しばらく冒険者でいたいです。学校を出たばかりですし」

「なるほど。若い頃の自由な時間は貴重なものだ。では、お二人の報酬の方は少し色をつけておこう」

 

 そんなやり取りをして、オレ達はエドモンド氏の天幕を後にした。

 

「マイス君、後で説明してくれるんですよね?」

 

 外に出るなり、フォミナがじっとりとした目をしながら言ってきた。やっぱり気づくよな。オレが魔族ムスペルのことを知ってるとか、その辺のこと。

 

「わかってる。宿に帰ったらちゃんと話します。これからのことも含めて」

「これからのことっていう言い方……ちょっといいですね。じゃなくて、宜しくお願いしますよ。びっくりしたんですから」

 

 喜びつつも怒るという器用なことをしている。なかなか珍しい。

 フォミナに説明するのは問題ないけど、今後の方針もおおまかには決まった。ミレスの町からは近いうちにさよならだろう。

 

「フォミナ! マイス君!」

 

 報酬を貰えるのは明日以降なので、今日は宿に戻ろうかと話していたら、声をかけられた。 オレ達の前に来たのはセアラさんだ。鎧も直って、すっかり元気な模様。

 

「セアラ姉さん、どうしたんですか?」

「礼を言うために探していたんだ。あの場では、そんな余裕もなかったからな」

 

 そういうと、セアラさんは居住まいを正し、綺麗に一礼した。

 

「あの場の援護、助かった。マイス君もフォミナも、立派だった。以前の失礼な態度は謝罪する」

 

 おお、ちゃんと謝れる人だったのか。というか、横のフォミナが驚いて凄い顔してる。多分、珍しい光景だこれ。

 

「姉さんがそんな殊勝な態度をするなんて」

「命の危険を感じれば、こうもなるさ。それで二人とも、団長に会って騎士団に誘われたんだろう? これから一緒とは頼もしいな」

「あ、それなら断りました」

「ごめんなさい。姉さん」

「なっ……」

 

 セアラさんが死ぬほど驚いた顔をしていた。表情の変化の激しい人だ。

 

「な、なんで断る。安定収入、安心の職場だぞ?」

 

 変なものでも見るかのような目でこちらを見ている。それほどですか。

 どう対応したものか困っていると、フォミナが軽く溜息をついた。

 

「姉さん、良く聞いてください。……私達の収入、一日で三百万シルバーを超えることがあるんですよ」

「な……っ!!!」

 

 セアラさんは腰を抜かしてその場に崩れ落ちた。

 

「な、なんだその収入は。それだと年収は? 一体どんなライフプランを……。いや、税の申告を……」

 

 なんか呟き始めた。色々と具体的で世知辛い気分になるな。

 

「それじゃあ、姉さん、お元気で。また会いましょう」

 

 余裕の笑みを浮かべて姉に別れを告げるフォミナ。きっと、子供の頃からムカついてたんだろうなぁ……。

 そもそもフォミナは結構いい性格してるんだよな。そこがいいんだが。

 

「それじゃ、機会があればまた」

 

 そう告げると、フォミナがオレの手を取ってさっさとその場から去ることになってしまった。なんか地面に計算式書いてるけど、平気かなあの人……。

 

「良かったの? あれで」

「いいんですよ。ちょっとスッキリしましたし」

 

 本当にスッキリした笑顔のフォミナを見て、オレはこの子にあんまりストレスをかけないようにしようと、心から誓ったのだった。



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28.運命の町へ

 色々と仕事が済んだので、すぐにでもミレスの町を出たい気分だったが、フォミナへの説明と相談が必要なので、オレ達はまだ『白い翼』亭に留まっていた。

 場所はオレの部屋、滞在時間が短いので殆ど物の増えていない室内で話し合いが始まった。

「まず、帝国の戦争だけど、裏に魔族がいる。旧大聖堂で会ったのは多分、相当強い奴」

「……いきなり凄い情報が出たんですが。それも予知夢ですか?」

「……そうだ。オレが体験した知識だとそうなってる。それで、可能なら連中とは話し合いで停戦に持ち込みたい」

「無理なのでは? すでに他国と戦争してる上に、こちらで破壊工作までしてるんですよ」

「やっぱりそう思う?」

 

 普通に考えれば無理だ。でも、オレは事の原因である魔王を知っている。奴は帝国皇帝の野心を利用して侵略戦争を開始、その上で魔族のための国を作ろうとしている。帝国内で手柄を得て、巨大な領地を得るというのがその第一段階だ。

 

 魔王は魔族の立場を深く憂いている。それ故の行動なんだが、別の道を示すことが出来れば上手い落とし所が見つけられるはずだ。

 でももう戦争モードに入ってるんだよな。あんまり自信がないな。

 

「敵の親玉に会ってどうにかするのが、オレが生き残る一番の近道なんだ。それに、上手くすれば戦争も終わるかもしれないし」

「承知しました。旧大聖堂のアレを見て、なにもしないわけにはいきません。でも、どうやって会うんですか?」

 

 フォミナの疑問はもっともだ、一応オレなりに、そこに至る筋道を考えてみた。転生して以来、書き溜めたゲームの攻略メモは何度も書き直され、結構良い精度になっているのだ。

 

「まず、リコニア辺境伯領に向かおう。開戦するのはあそこだし、オレ達が強くなる手段がある」

「流血の宮殿では、三階まで行けませんでしたもんね。通帳の残高が増えるの、ちょっと楽しみだったのに」

 

 残念です、と呟くフォミナ。ちょっと欲が出て来て良い感じだ。

 

「向かうのはザイアムの町だ。近くに強くなるのに適したダンジョンがある。そこで三次職になって、それから冒険者としての依頼をこなす」

「いまさら三次職になることの現実性についてはどうこう言いませんが、依頼をこなすのは冒険者としての知名度を上げるためですね?」

 

 さすがはフォミナ、こちらの意図を良くくみ取ってくれる。

 

「今回のでわかったんだけど、ちょっと活躍したくらいじゃ、偉い人は情報をくれない。それなりの知名度と信頼が欲しい」

「信頼はすぐには難しいと思いますけど……。冒険者の場合は何年もかけて積み上げるものですし」

 

 基本、フリーの職業である冒険者は信用が低い。フォミナの言うとおり、年単位で色んな依頼をこなして信用できる冒険者になるしかない。

 だが、今回に限って言えば、裏技が使える。

 

「多分、冒険者として活躍すれば、何とかなる。リコニア辺境伯には娘がいて、オレ達の同級生だ」

「……そっか。エリアさん、実家に帰ってるんですね」

 

 エリア・リコニア。赤髪に車の空気取り入れ口のような二〇〇〇年代独特の髪型を持つ、メインヒロインの一人だ。リコニア辺境伯の一人娘であり、帝国との開戦時には重要な役割を持つ。そして、下手をすると死ぬ。

 

「彼女の性格的に、同級生が活躍してると聞けば、色々協力してくれると思うんだ」

「詳しいですね、マイス君。仲良かったんですか?」

「……いや、全然。外から見た印象」

 

 ゲーム内でマイスとエリアの会話はほぼゼロだ。その点でいうと、面識があったかも怪しい。

 

「フォミナ的にはどう思う?」

「……私も殆ど話したことないんですよね。ただ、印象としてはマイス君と同じです。同級生が活躍してると聞けば、声をかけにくるタイプですよ、彼女」

 

 明るく快活、パッケージの真ん中に描かれるタイプのヒロイン。それがエリアだ。オレ達相手でも、それほど悪い対応はしてこないはず。

 

「ほんとは学生時代に仲が良かったなら話が早いんだけどな。多分、凄い情報が色々入ってくるぞ」

「コネ作りに必死になってる子を遠くに見てましたが、こういう時に役立つんですねぇ」

 

 しみじみと、学園卒業の恩恵が少ないのを噛みしめる。冒険者ポーチだけじゃないだろうか、今のところ活躍してるのは。

 

「方針としては、そんなところかな。明日にでもリコニア辺境伯領に旅立ちたい」

 

 色々挨拶とか準備もあるだろう。そう思って時間を設けたが、意外な返事が返ってきた。

 

「マイス君、今日にしましょう」

「早すぎないか?」

「多分、明日まであると姉さんが私達のところに突撃してきて面倒なことになります」

「よし、すぐに準備して適当に挨拶して旅立とう」

 

 こうして、オレ達は慌ただしくミレスの町を後にした。

 

 しかし、エリアか。オレちょっと苦手なんだよな。あの子。

 

 エリア・リコニア。彼女は今となっては珍しい、暴力ヒロインなのだ。いや、良い子なんだけどね。



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29.ザイアムの町

 リコニア辺境伯領、ザイアムの町。メイナス王国西端にあり、帝国の国境と最も近い町である。

 ミレスの町からは馬車を乗り継いで五日ほどで到着した。街道が整備されているおかげで、移動はとても早い。一度行った町は、今後転移魔法テレポートで移動できるので、時間が大分節約できそうだ。

 

 辺境伯領とはいうが、ザイアムの町は大きくて都会だ。ミレスのような上品な風景はなく、雑多で活気に満ちた都市である。周囲は草原や森で、帝国まで大きな街道が通っているという環境のおかげだろう。交易が盛んで、経済的にはかなり恵まれている。

 実際、少し東にある辺境伯のいる町よりも規模としては大きいらしい。金周りの良いところが大きくなるのはどこも同じだ。

 

 賑やかな分、治安が心配なので今回は更に良い宿をとった。その名も『砂漠の魚』亭だ。もはや見た目はしっかりしたホテルであり、部屋も大分広い。ザイアムは冒険者が集まる場所でもあるため、冒険者向きの部屋があり、アイテム類を保管する小部屋までついている。

 

 そんなわけで、長旅を終えたオレ達は、軽く休憩してからいつも通りの会議を始めた。場所はオレの部屋である。今回は広さに余裕があって、テーブルも広い。

 

「長旅お疲れ様です。それで、今後の方針ですが」

「なんで事務的なんですが、マイス君……」

「いや、なんか改めて打ち合わせとかいうと、どう始めたらいいかわからなくなって」

 

 だんだん宿のグレードが上がるにつれて、現代的になってくるんだよな。つい昔を思い出してしまった。

 気を取り直して、オレはザイアムの町での活動方針の説明に入る。

 

「とりあえず、明日からメタポー狩りに入ろうと思う」

「とりあえず、じゃないですよ! メタポーって、凄い力を与える代わりに見つけにくいし倒しにくいって有名なモンスターじゃないですか!」

 

 メタポーというのは、いわゆる経験値稼ぎ用のモンスターだ。見た目は丸っこいデフォルメされたブタで、金属質な外観をしている。特定の世代には一目で経験値を持ってるとわかる見た目だ。

 

「いるところにはいるし、結構簡単に倒せるもんだよ」

「マイス君のそういう情報、間違ってないのが恐いんですよね……」

 

 ザイアムから少し離れた辺鄙なダンジョンには、メタポー部屋がある。出現率が滅茶苦茶高い小部屋だ。当然のように隠されており、<貫通>と同じように救済用だと言われている。 ゲーム時代と同じく、今回も遠慮無く救済させていただこう。

 

 メタポー退治についても、<貫通>のスキルがあるので特に問題なし。ザイアムに来てすぐ、魔法屋で閃光の腕輪という先制率が更に上がるアイテムを購入したので、かなり効率よく狩れるはずだ。

 

「少し離れたところの人気のないダンジョンにいく。そこで試してみよう。できれば、今度こそ三次職になりたい」

「三次職、私達は何になるんでしょうね」

「どうだろうな……」

 

 派生先が決まっている二次職と違い、三次職は全員が専用職となる。フォミナの場合は、アークという攻防一体の聖職者になり、強力な聖属性攻撃と支援が可能になる。お祭り的なファンディスクの追加職業ということもあってか、かなり強い。

 

 一方、オレことマイスの三次職は不明だ。ゲーム内では用意されてなかったから、全くの未知数である。まさか三次職になれないなんてことはないだろうけど、多少の不安はある。

 

「とにかく、まずはミレスで達成できなかった目標を終える。そうしたら、冒険者ギルドで依頼を受けよう」

「有名になって、エリアさんと接触する機会を得るんですね。上手くいくかなぁ」

「多分、なんとかなると思う」

 

 こちらはゲームに無かった行動なので確証はない。この時期のエリアは実家に帰って、家の手伝いとか治安維持をやってるので、そっち方面の依頼を受ければ接触の機会は得やすくなるはずだ。

 

「とりあえず、やってみましょう。帝国と商業連合の戦争は、結構進んでるみたいですしね」

「そうだな」

 

 国境近くまで来たおかげか、北の方の戦争の話題が入ってきた。どうやら商業連合はかなり劣勢らしい。まだ夏前だっていうのに、ゲームよりも展開が早い。これも不安要素だ。できれば早く正確な情報を得たい。

 

 いや、焦っちゃ駄目だな。できることから着実にいこう。

 

「あとはクラム様との連絡だな。日記に魔族のことを書いたら、少し動いてくれるといってくれたね」

 

 例のクラム様から貰った中身を共有できる日記はとても便利だ。先日の旧大聖堂のことを書いたら、さっそく向こうのアクションが来た。あまり期待するなとは言われたが、情報収集してくれる人がいるのは頼もしい。

 

「はい。それから、国境に来たと言ったら珍しい食べ物のことを書けと要求されました」

「新しい刺激に飢えてるみたいだな。あそこから出れないし……」

 

 考えてみると可哀想な話だ。流血の宮殿は広いけど、ずっといれば飽きるだろう。セバスに新しい料理を作って貰うとかで、ザイアムに着くなり物凄い勢いで日記に文章が書かれてちょっと引いた。

 そろそろ転移魔法も使えるようになることだし、今度差し入れでももっていこうか。

 

「とりあえず、この後食事にして、早めに休もう。明日からまたお仕事だ」

「はい。宜しくお願いします!」

 

 冒険者としての仕事が再開するのが嬉しいのか、フォミナから元気な返事が来た。



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30.レベリング・モンスター

 ザイアムの町から東に一時間くらいの小さな村の隣に、小さなダンジョンがある。自然にできた洞窟みたいなところで、ゲーム的には簡単なお使いイベントが設定されているだけの場所だ。

 

「ほ、ほんとに隠し通路があった……。マイス君の予知夢はどうなってるんですか……」

「わからん。でも、使えそうなことは極力メモしてる」

「メモ……」

 

 そろそろ予知夢という設定でいくのは厳しくなってきたかなと思いつつ、オレは苦しい説明をフォミナにしていた。

 

 ゲームと同じように、このダンジョンには隠し部屋があった。最深部とかでは無く、なんでもない通路のちょっとした窪みを調べたら、いきなり扉が現れて小部屋が現れる。

 

 この小部屋こそ、レベル上げモンスターであるメタポーの出現部屋だ。

 オレは冒険者ポーチから、犬笛みたいな小さく細い笛を取り出した。

 

「呼び笛なんて買ってたんですね」

「これがないと出てこないんだよ」

 

 この部屋、普通に待つだけではなにも起きない。このモンスターを呼び寄せるアイテム、呼び笛が必要だ。ザイアムの町で購入できて助かった。

 

 笛を口にくわえて軽く吹くと、ピッという短い音がなった。

 さて、出てくるかな……。

 

「あ、出た! 出ましたよ!」

 

 効果はすぐに現れて、フォミナが歓声をあげた。

 いつの間にか、オレ達の前に金属質で丸っこい外見をした、デフォルメ全開のブタみたいなモンスターが現れている。

 

「ほぅ……これがメタポー……。かわいい……」

「スリープ、デッドポイズン」

「ぴぎぃ……」

 

 スキル<貫通>のおかげでメタポーは瞬殺された。

 

「ちょ、なんですぐ倒しちゃうんですか! 珍しい上に、あんなに可愛いんですよ! もう少し愛でる時間があっても良いじゃないですか!」

 

 過去一番くらいの勢いで抗議が来た。

 

 フォミナの言うとおり、たしかにこいつの見た目は悪くない。元ネタがメタボだとしてもだ。だが、できるだけ早く始末したい理由があるのだ。

 

「落ちついてくれ。どうせこれから沢山見るんだから」

 

 言いながら呼び笛を吹くと、またメタポーが一匹現れた。この部屋での出現率は九割だったかな。たまに複数出るんだけど、そこは運との勝負だ。

 

「ふぉぉ、マイス君。ちょっとだけ待ってください。戦いを仕掛けなければ、逃げにくいはずです。少し可愛いものを愛でる時間を……」

「そこまで言うならいいけど、後悔するなよ」

「?」

 

 オレに怪訝な笑みを返しつつ、フォミナはメタポーの凝視を始めた。

 

「うーん。この可愛さをぬいぐるみで表現するにはどうすればいいんでしょうか。基本が金属だから難しそうです……」

 

 本気で商品化を考えてる目だった。

 フォミナの意外な執念に密かに戦慄していると、状況に変化があった。

 

「……明日は紙とペンを持って来てスケッチしましょう。これは楽しくなってきました」

「おうおう、いー感じのねーちゃんじゃないの。その、お胸が発達しておられますね?」

 

 メタポーが流ちょうに言葉を放ったのである。

 

「……マイス君?」

「ああ、そいつ喋るんだ」

 

 オレの返事を証明するかのように、メタポーはフォミナの周りを跳ね回りながら勢いよく話す。

 

「いいぜいいぜ。その、ちょっと無理してお洒落してる感じがいいぜ。髪のセットとか、毎日ちょっと変わっちゃって困ってるだろ?」

「………えーと」

「元々地味で目立たなかったタイプだろ、ねーちゃん。プリーストの服で露出上がって恥ずかしいけど、頑張ってるんだろ? ……わかるぜ。少し足が太いのも魅力だ」

「…………」

 

 そうか、頑張ってたのか。あのスリット、大胆すぎるもんな。

 

「ま、頑張りな。ぽっと出てきた新人に相方をとられないようにな」

 

 なぜか全てわかった風に、慰め始めたメタポー。

 それを見るフォミナの目は、ハイライトが消えていた。表情も完全に消えてる。

 

「マイス君……」

「はい。スリープ、デッドポイズン」

「ぐぷぅ」

 

 フォミナに言いたい放題したメタポーは絶命した。

 

「こいつら、凄く口が悪いから、喋る前に倒しちゃいたいんだよ……」

 

 魔石を拾いながら、恐る恐る話しかける。フォミナは黙っている。この人、怒ると静かになるタイプだな。

 

「マイス君……こいつら、根絶やしにしましょう」

 

 凄絶な笑みと共に言われた。

 

「モンスターはダンジョンから生まれてくるから、全滅はちょっと……」

「なら、気が済むまで殲滅しましょう。ほら、呼び笛吹いて。なんなら私がやります」

「はい」

 

 ちょっと機嫌が直るまで時間がかかりそうなので、オレは大人しく指示に従うことにした。レベル上げに積極的になってくれるのは、好都合なので。



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31.限界までやりました

 メタポー狩り十日目、フォミナが限界に達した。

 きっかけは、合計三体のメタポーが現れたことだ。オレが魔法をかけるよりちょっと早く、向こうが喋り出した。

 

「なんかこの姉ちゃん。好きな相手と付き合ってる妄想日記とか書いてそうだな」

「一番側にいるというポジションにあぐらをかいて負けるタイプ」

「重そう」

「…………っ」

 

 静かに爆発したフォミナが手に持つ杖で、洞窟の壁を殴りつけた。メタポーを殴らなかったあたり、ギリギリで保った理性を感じさせる。攻撃すると逃げるからな。

 

「レストタイム、デッドポイズン」

「ぷぎぃ……」

 

 聞き慣れた断末魔と共に、メタポー三体が絶命。

 それよりも問題はフォミナだ。

 

「……………」

「あの、フォミナさん?」

「……マイス君も、私のこと、そういう風に思ってますか? 妄想日記書いてるとか、重そうとか」

「滅相もない」

 

 あいつらが口にするまで、そんなこと微塵も思いつかなかった。いざ聞くと「確かに……」とちょっとだけ思ってしまったが、それは悪いイメージだ。

 

「いま、ちょっとだけ思ったっていう顔になったんですけど」

「気のせい気のせい。それに、オレはそこまでフォミナを悪く見れないよ。ここまで協力してくれるんだし」

 

 これは本心だ。怒りの力でフォミナは十日間、ぶっ続けでこの単純作業に付き合ってくれていた。正直、三日で飽きると思ったんだが。

 

「そうですか。ありがとうございます。ずっと、アレを見てたせいで、少し疲れてたみたいです」

「たしかに、あいつら無駄に悪口が上手いんだよな」

「ホントそうですよね……」

 

 疲れた様子でフォミナが呟く。

 

「よし、メタポー狩りはこれで一度終わりにしよう。もう十分やったしな」

「え、いいんですか?」

「もちろん。予定より長くやってたくらいだ」

「それを早く言ってください・・・・・・」

 

 さすがにこれ以上フォミナにこの作業に付き合わせるわけにはいかない。そもそも、十連勤なんてブラック労働をやってしまって反省だ。なんかレベルアップのおかげか、妙に体調がよくて続けてしまった。

 

「そろそろいけると思うんだよね。三次職」

「たしかに……そんな気がします」

 

 数値としては見えないが、メタポーの高経験値は本物だ。ここ二日くらい、妙に体が軽いし、感覚が鋭くなっている気がする。本格的にステータスが向上して、世界の見え方が変わったのかもしれない。

 フォミナの方もその自覚があるらしく、たまに現れる通常モンスターを殴ったりして、成長を確認していた。

 

「今日はもう帰って、明日は転職しに神殿に行こう。それから少し休もうか。十日間ぶっ続けだしね」

「十日もやってたんですか……全然気にしてなかった。あいつらが消えるのを見るのがちょっと楽しくて」

 

 黒い感情を覗かせながらフォミナが言った。なぜかメタポーの口撃は全部フォミナに向かってたからな。

 やはりこれ以上は危険だ、このままではフォミナがヤンデレ属性を獲得してしまう。……もともとそっちの素質があるような気はしてたしな。

 

「じゃあ、明日は朝から神殿。それからどうしようかな。なんなら自由行動とか……」

「か、買い物いきましょう。あと、冒険者ギルドも。次は依頼をこなす番ですからっ!」

 

 おお、フォミナはやる気だな。ありがたいが心配だ。少しはゆっくり休んで欲しいのに。

 とはいえ、やる気を削ぐようなことはしたくない。

 

「わかった。明日はそれでいこう」

「はい。二人でおでかけですね!」

 

 先ほどまでの暗い表情は何処へやら、いつもの可憐な笑みと共に、フォミナは返事をしてくれた。



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32.三次職転職所

 ザイアムの町の神殿は町の規模と同じく、かなり大きかった。もちろん、大聖堂のあるミレスの町と比べれば大きさで負けるが、大都市に相応しく立派な建物だ。高さで床面積を稼ぐためか、ビルみたいな見た目になってるけど。

 

 冒険者が多い土地柄のためか、内部には転職用の施設を三つ備え、時には整理券も配られるという盛況ぶりだ。それ以外にも様々な理由で訪れる人がいるため、とても賑やかな場所となっている。

 

 そんなザイアム神殿内で、一カ所だけ閑古鳥が鳴いている部屋がある。

 

「ここが三次職用の転職部屋か。物凄く建物の片隅だな」

「元々倉庫だったみたいですね……。あんまり忙しくない部署だからと追いやられたんでしょう」

 

 オレとフォミナは神殿の地下の端に設けられた、『三次職転職室』にやってきていた。

 三次職はその道を究めた者がなれるかどうか。つまり、なり手がいない。そのくせ儀式は二次職と違うので部屋は別に必要。

 そんな事情で、三次職への道はとても静かな感じで開かれていた。最初、受付で聞いたとき、戸惑ってたしな。

 

「ん、おや? ここは三次職転職の儀式室ですよ。部屋をお間違えでは?」

 

 ノックして中に入ったら、老齢のプリーストにそんなことを言われた。

 

「いえ、三次職に転職したくて来たんですが」

 

 正直に目的を告げると、老プリーストは優しい笑みを浮かべた。

 

「二次職と違ってそう簡単になれるものではありませんよ。何十年も修行した方がどうにかなれるかどうか、というものでして……」

 

 なんだか優しく諭された。こちらを傷つけないような言い方に慣れている様子だ。

 

「あの、私達、メタポーを結構倒したんです」

 

 フォミナが横からそういうと、老プリーストは笑みを濃くした。

 

「ほう。メタポーを。なるほど、わかりました。メタポーを少し狩ったくらいでは三次職への道は拓かれないものですが、あなた方はそれでは納得できないでしょう」

 

 言いながら、近くの棚へ向かう老プリースト。

 多分、メタポーを何匹か狩って、いけると踏んだ若い冒険者が来るんだろうな。たしかに数十匹くらいのメタポーじゃ三次職転職は無理だ。

 

 しかし、オレ達の狩った数は並じゃない。途中で数えるのを止めたけど、ゆうに千匹以上のメタポーを狩っている。ゲーム的にはレベル九九を超える経験値を稼いできたのだ。

 

「これは『三次職試しの儀』の石版です。これに触れることで、あなた方に三次職になる資格があるか判断できるでしょう」

「はい」

「うわあああ! 光ったぁあああ!」

 

 手を置いたら魔法陣がとても美しく、七色に輝いた。ゲーミング石版だ。

 

「じゃあ、私も」

「うわぁあああ! こっちも光ったぁぁああ!」

 

 老プリーストは二度続いて悲鳴のような雄叫びをあげ、その場に腰を抜かして座り込んだ。リアクションが激しい人だ。

 

「あ、あなた方は一体、どんな修行を積んだのですか? それとも二神の加護でも受けたのですか?」

「メタポーを沢山狩っただけですよ。転職、お願いします。できますよね?」

「……少々お待ちを。……十五年ぶりに本来の業務ができるぞぉ。それも同時に二人!」

 

 なんだか嬉しそうにしながら、老プリーストは奥にある別室に駆け込んでいった。

 

「十五年ぶりって……。大丈夫なのか?」

 

 三次職が珍しいのは理解したけど、儀式をちゃんと行えるのか心配になる年数だ。

 

「き、きっと大丈夫ですよ。儀式の法陣は神のご加護で保護されていますし。三次職専属の方は定期的に儀式のマニュアルを読み返す決まりになってますから」

「それ、儀式の手順を忘れる人がいたからできたルールだと思うんだけど」

「……たしかに。大丈夫でしょうか?」

 

 オレが聞きたい。

 

 ちょっと不安が立ちこめる、次なる転職が始まろうとしていた。

 無事に終わって欲しい。



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33.接触

 オレ達の心配をよそに、転職の儀式室は無事に準備が終わった。

 

「おお……これは凄いな」

 

 極めて事務的だった二次職の時とは大きく違う部屋を見て、オレは正直に驚いた。

 白黒二色を配された薄暗い儀式室では、複雑な法陣がうっすらと白く発光している。室内の光景からは恐怖や不気味さは感じない、むしろ荘厳な気配すら感じる。

 

「なんか、空気が綺麗というか、不思議な感じがする」

「あの、もしかしてこれって……」

「あなたの感じているとおりですよ。お若いプリースト」

 

 老プリーストが厳かに頷いた。

 

「今、この部屋は二神のおわす場所の近くにあります。神聖な気配が流れ込んでおり、部屋自体が浄化されているようなもの……ふぅ」

「あの、大丈夫ですか?」

 

 なんかちょっと顔色が悪くなってる。この短時間でなにを。

 

「ご心配なく。この法陣を使うのに、少々頑張りすぎただけですので」

 

 なるほど。神の近くにいくんだから、それなりに大変なものなんだな。二次職の時とは全然違う。

 

「あの、オレがどんな三次職になれるかわからないんですか?」

「ご安心ください。儀式が始まると、貴方は神の側にいき、直接そのお言葉を賜ることができます。聞くところによると、そこで三次職についての詳細を聞けるとか」

 

 私が体験したわけではないんですがね、と言いながら老プリーストが教えてくれた。

 

「ちょ、直接言葉を交わせるんですか? 二神様とですか?」

 

 横のフォミナが滅茶苦茶驚いている。そりゃそうだ、信仰の対象と直接対話できるなんて夢にも思ってなかったろう。

 

「残念ながら、会話というより、一方的に語りかけられるようです。また、白神様と黒神様のどちらかが現れると聞いております」

 

 対話ではなく、お告げみたいな感じらしい。残念だ。もし話せるなら、オレがここに転生した理由とかを聞いてみたかった。

 

「では、お二方、お好きな方からどうぞ」

「じゃあ、オレからお願いします」

 

 順番にこだわりがあるわけでもないので、フォミナも反対せず、オレが法陣の上に立つことになった。

 

「では、これより儀式を始めます。大いなる二つ神よ、ここなるものに、大いなる祝福を、その貴き場所より新たなる託宣を……」

 

 老プリーストの祈りのような詠唱に会わせて、足下の法陣が激しく輝き。ついには部屋全体が真っ白になるほど光が満ちた。

 

 オレの視界も白く染まり、気づけば儀式室とは別の場所にいた。

 

「ここが神様のいるところか……、なんもないな」

 

 足下も含めて、全体が白く輝く空間だ。床に立ってる感触はあるけど、下を見ればなにもない。浮遊感も恐怖も感じない、不思議と安心する場所だった。

 

『外より招きし者よ』

 

 辺りを見回していると、突然頭の中に声が響いた。空間に強烈な気配が満ちる。上下左右、あらゆる場所から圧迫感を感じる。

 

「これが……神様……か」

 

 声だけで畏怖を感じさせる強烈な存在感だ。会話が成立しないというのもわかる。気配だけで、言葉のやり取りをしようなんて気が起きなくなる。

 

『外より招きし者よ。我は黒神と呼ばれし者。汝に運命を打ち砕く力を与えよう』

 

 どうやら、オレの場合は黒神が三次職にしてくれるようだ。もしかしたら、招いたのもこの神様なのかもしれない。

 

「黒神様、あなたがオレをこの世界に招いたんですか? なにをさせようとして?」

 

 どうにか頑張って、それだけ言葉を絞り出した。どうしても確かめたかった。確定したからといって、どうなるもんでもないけど。

 

『汝ならば、滅びの運命に抗えよう。最早、外なる者に命運を託すしかない故に』

 

 いきなり話が大きくなった。世界の命運とか託されても困るんですけど。もしかして、完全にバッドエンドルートに突入してるのか、この世界?

 

 考え込むオレをよそに、黒神は更に言葉を続ける。

 

『汝の魂に刻む新たな力は『エトランジェ』、外より来たりし者、この世の外に理を置く者、運命を覆す力』

 

「エトランジェ……?」

 

 聞いたことのない職業だった。ゲームにない完全なオリジナル職だ。ちゃんと三次職になれるのは嬉しいけど、使い勝手がわからないのは困るぞ。

 

『汝の魂に、その力を刻もう。行くが良い、外なる者よ』

 

 エトランジェについて詳しく伺いたかったが、黒神は一方的に話を打ち切った。

 

 気がつくと、元の儀式室にいた。法陣は相変わらず薄く光り輝く、黒神に会う前と同じ場所に老プリーストとフォミナがいる。

 

「おかえりなさい。マイス君、どうでしたか?」

「ただいま。とりあえず、エトランジェっていうのになったらしいよ」

 

 服装も含めて、特に変わっていない。いや、体から力が溢れてる感覚はある。三次職になるとステータスが大幅アップするはずだから、それだろう。

 

「上手くいったようですな。神の祝福を受けし新たな三次職の誕生を目に出来たことを光栄に思います」

 

 疲れた顔の老プリーストがにこやかにオレを見て言った。この人、何人くらいの三次職を見れたんだろうな。

 

「マイス君、どうでしたか? 本当に二神様に会えるんですか?」

「いけばわかるよ。大丈夫、危険は無いから」

 

 これは言葉より実際に体験して欲しいので、曖昧な返答をしておいた。

 

「では、フォミナさん。貴方もどうぞ。どんなものか、すぐにわかりますよ」

「は、はい!」

 

 老プリーストに促されて、フォミナも法陣の上に乗る。

 再び祈りの詠唱が聞こえたと思うと、部屋全体が輝き、今度は彼女が白い世界へと旅立っていく。

 

 とりあえずは、これで目標を一つ達成できそうだ。 



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34.新たな方針

「なあ、やっぱり納得いかないんだが……」

「もう五回目ですよ、マイス君。気持ちはわかるけど諦めてください」

 

 ザイアムの町の冒険者ギルドは大きい。人が多く、周囲にダンジョンやモンスター討伐できる場所が多い関係だ。事務用の建物とは別に食堂と宿泊所を兼ねた別棟があり、オレ達はそこで食事をとっていた。

 

「いや、なんでフォミナには新しい服があって、オレはそのまんまなんだよ。三次職専用の装備とかオレだって欲しい」

「意外とそういうのこだわる人だったんですね……」

 

 オレの目の前でケーキを食べているフォミナは、服装が替わっていた。薄い青に各所に白金色をちりばめた法衣。スカートのスリットは前と同じで、今度は胸元まで開いているアークという職業の衣装だ。

 

 アーク。邪悪なる者を討ち滅ぼす強大な力を秘めた攻撃的聖職者。ゲーム的には聖属性の攻撃魔法と支援魔法の双方を使える非常に強力な存在だ。ファンディスクだからとスタッフが自重しなかったのか、ちょっとズルいくらいステータスも伸びる。

 

「私が会ったのは白神様でしたから。結構見た目にこだわる方なんです。神話でも、いつも同じ服を着ている黒神様に注意した上で、ドワーフの職人に衣服を作らせる話があるくらいでして」

 

 つまり、黒神が外見に気を使わないのは筋金入りということか。白神だったら服のサービスがあったかもしれなかったのに。

 本当に驚いた、光の中に消えたフォミナが戻ってきたら、アークの衣装を身に纏っているのを見たときは。普通に神様に貰ったと聞いて二度驚いた。オレはそんなのなかったのに。

 

「で、でも黒神様の与えるご加護はとても実用的だといいますから。落ち込むことないと思いますよ」

「そりゃ、服が欲しくて三次職になったわけじゃないけどな……」

 

 なにをいってもどうしようもない。服はそのうち自分で買おう。三次職用の装備、結構強いから欲しかったんだけどな……。

 

「しかし、フォミナの方はなんか雰囲気が一気に変わったな」

「はい。前よりも二神様を近くに感じます」

 

 三次職へなった影響はオレよりもフォミナの方が大きい。その辺を歩いていると、クレリックやプリーストが驚いて振り返るようになった。たしか、アークになると神様に近い気配をまとうとかで、聖職者は自然と畏怖と敬意を持つ存在になるとかいう設定があったはずだ。

「当面は、依頼を受けつつ新しい力に慣れるようにしようか」

「はい。アークの力はプリーストの延長線上みたいですから、何とかなりそうで良かったです」

「オレの方はよくわからないんだよな」

 

 オレの方はフォミナのようなあからさまな変化はない。エトランジェという三次職がどんな能力を持つか、これから検証が必要だ。

 

 黒神のいうとおり、魂に刻まれた新たな力は自然と把握できる。オレが新たに得た力は『危険察知』『運命回天』の二種類のみ。たった二つは少なすぎるので、レベルアップで増えるかもしれない。すでにレベル百を超えてるはずだけど、どうもエトランジェというこのクラスは、色々と例外的な要素があるような気がする。異邦人という名前からして、ゲーム内の常識が通用しなそうだ。

 

「よし、ぐだぐだ言うのはやめだ。ギルドで依頼を見てみよう」

「はい。一緒に頑張りましょう」

 

 そんなわけで、名前を売るためにギルドの依頼を受けに向かったのだった。

 

「なんというか、難しそうだな……」

「ですね……」

 

 ギルドの掲示板前、大量の依頼が張り出されたそれらを見て、オレ達は途方に暮れていた。 冒険者ギルドの規模が大きいだけあって、依頼の数は多い。しかし、大半が商隊の護衛や、弱いモンスター退治だ。

 

 これらは世の中に必要かつ、地味なものではあるが。

 

「……もしかして、難しい依頼は名前の売れている人のところに回されるのでは?」

「すごくありそうな話だな」

 

 これは困った。もっとわかりやすく難易度の高い依頼があって、それを解決してやろうくらいの気持ちだったんだが。

 冒険者という職業の特性上、フォミナの推測は正しいように思える。一発で有名になれそうな依頼なんて、そう簡単に回ってくるわけないのだ。

 

「あとは危険なモンスター討伐の依頼があるかどうかだけど、どこかに野良エンシェント・ドラゴンとか出てないか?」

「出てたら今頃大騒ぎですよ。あと、エンシェント・ドラゴンは大抵が野良だと思います」

 

 それもそうだ。

 さて困った。こうなったら地道に商隊の護衛なんかをこなしまくるか……。

 

「あ、これ……」

 

 そういって、フォミナが一枚の依頼書を手に取った。詳細を確認して、オレにも見せてくる。

 

「神殿の慈善活動として、周辺の村を回るプリーストの募集?」

「はい。クレリックのいない村などを回って治療を行う活動です。その手伝いを募集しているようです」

 

 他とは毛色の違う依頼だ。なんで残ってたのかも理由はすぐにわかった。

 報酬が少ない。宿と食事、道中の護衛は神殿が用意するとあるので、妥当ではあるけど、これを受ける冒険者はなかなかいそうにない金額だ。

 

「これを受ければ、神殿の立場ある人や、周辺の村の地位ある人とも会えると思うんです」

 

 なるほど。名前を売るという面では、またとない機会だ。フォミナが三次職だと知られれば、さぞ目立つことだろう。

 

「じゃあ、受けようか、これ」

「それなんですけど、相談が。この依頼、聖職者だけの募集なんです。つまり、私の単独行動になります」

「そうすると、別行動になるな……」

 

 この依頼にオレが潜り込むのは難しそうだ。基本、神殿の団体についていく感じになるみたいだし。

 

「マイス君は新しい力を把握するのに時間がかかりそうですし、ちょうど良いかなと思ったのですが」

 

 たしかに、食事をしながらエトランジェの力がよくわからないので修行が必要だと何度か話した。そこを考えると、単独で色々検証できるのはありがたい。

 

「オレ達はパーティだけど。フォミナはいいの?」

「勿論です。自分で言い出したことですから。ここでマイス君に役立つところをお見せします」

 

 なんだかやる気十分でフォミナが言った。

 今の彼女の能力的に、この周辺で危険になることはまずあり得ない。危険に備えて移動用のアイテムをもって貰えば十分だろう。

 

「よし、オレはオレで別口で依頼を受けてみるよ。二人で別々にやれば、早く名前が売れるかもしれない」

 

 能力的に個別で行動した方が依頼を沢山こなせるのは間違いない。ここはフォミナのやる気に乗っからせて貰おう。

 

「良かったです。期待しててくださいね。そこらじゅうで癒やしを振りまいてきますから」

 

 能力的に、フォミナの方があっさり有名になってしまいそうだな。今のこの子、死者蘇生だってできるだろうし。

 

 神殿の偉い人に目を付けられなきゃ良いけど。

 そんな心配はあれど、とりあえずオレ達は少しばかり別行動することになったのだった。



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35.マイスの作戦、そして

 フォミナと別行動になって六日目。オレはテレポート屋を開業していた。

 

 知名度のため地道に依頼を受けることにして、商人の護衛をしたのがきっかけだった。近くの町に到着して、帰り道で更に別の商人をザイアムの町まで連れて行くことになった。

 

 そこでオレは自分のレベルが上がりまくっているおかげで、転移魔法テレポートを使えることを思い出した。

 帰り道の商人はテレポートで一瞬で移動して、物凄く感謝された。ちょっと報酬に色をつけてくれたくらいだ。

 

 商売において、移動の時間は少ない方がいい。

 そこに商機を見出したオレは、まず冒険者ギルドに向かった。

 のべつまくなし、商人の護衛を受けるのは良くない。それに、他の冒険者の仕事を奪うことになって面倒を抱えるのもご免だ。

 

 オレはギルドで正直にテレポートを使えることを話し、大商人や金持ちなどの貴重品をテレポートで即時で運ぶ仕事を回して貰うようにしてもらった。

 一言でいうと簡潔だけど、話し合いはそれなりに大変だった。ギルドの偉い人とか出てきて、それでそこらじゅうの町にテレポートをして、証明したりもした。

 

 オレはギルドの人と協力して、馬車と魔法を駆使して二日がかりでザイアム周辺の町を移動。一度行った町はテレポートできるという特性を最大限生かした個人輸送の準備を整えた。

「魔法屋の集団の人達、送り届けてきました」

「お疲れ様です。次の準備をしていますので、少しお休みください」

「わかりました」

 

 この辺りの魔法屋の偉い人という団体さんを、東の町へ送り届けて戻ると、受付さんが明るい笑みを浮かべて、言ってくれた。

 

「ギルド長から伝言で、食事など必要なら言って欲しい、だそうです。実はあの団体さん、いつも護衛や移動のスケジュールでうるさい人達だったんですよ」

「あー、なるほど。ちょっとわかりますね」

 

 年齢が上の面倒くさいタイプの人達だった。オレが魔法を使うまで半信半疑な様子だったし、いざ移動した後は、雇おうと勧誘されて大変だった。孫娘を嫁に、とまで言う人までいたし。

 

「今年は安心して送り出せた御礼ということで、遠慮しないでくださいね」

「わかりました。ゆっくりさせてもらいます」

 

 そういって、オレはギルド内に用意された小部屋に向かった。テレポートが使えるのはレベル六十から。そんな高レベルの冒険者はザイアムには殆どいないし、こうしてギルドに貢献しているということで特別待遇にしてもらっている。

 

 ちなみにギルド内での他の冒険者からの印象は完全に「テレポ屋」になってしまった。冒険に出ないで輸送ばかりしてる変わり者と思われているようだ。ただ、高レベルのウィザードなんて大体変わり者だからという共通認識があるようで、あんまり困っていない。

 

 ギルド側も輸送の仕事量を調節してくれていて、他の人の仕事を奪わないようにしている。敵を作りにくく、名前を売るという、オレ的には悪くない労働環境が完成していた。

 

「さて、一服した後の今日の業務は……と」

 

 ビジネスホテルくらいの狭い部屋で、椅子に座って仕事の書類を見る。今日の残務は後三件。全部行ったことのある場所だから、準備が出来次第すぐに終わる。

 仕事の後は軽くどこかで食べてしまおう。次の休みはどうしようかな……。

 

「……いかん。完全に気持ちが会社員になってしまった」

 

 朝起きてギルドに出勤、用意されてる仕事をこなして帰宅。数日、これを繰り返しただけで、気持ちが前世の会社員に戻っていた。恐ろしいな、遺伝子レベルにまで刻まれた現代社会の習慣は。

 

 オレがわざわざこんな仕事をしているのは、権力者に目を留めてもらうためだ。既にギルド始め、色んな方面に顔が売れ始めている。フォミナとは別ルートで、ザイアム辺境伯の娘、エリアと接触する機会ができればいいんだが。

 

 しかし、帝国についての情報は驚くほど入ってこないな。

 

 期間は短いが、既に偉い人とそこそこ接触をしている。隙あらば帝国と北方商業連合のことを聞いているんだが、返事はどれも曖昧だ。

 

 本当にわからないのか、容易に話せないのか。判断しかねる。もし後者なら、初対面の冒険者になど話せないくらい状況に動きがあるということになるんだが。

 

 せっかくだからと、軽食とドリンクを頼んでゆっくり過ごしながら、しばらく考えていたけれど、結論はでなかった。

 

「マイスさん、準備ができたそうです。次のテレポートをお願いします」

「わかりました。色々とありがとうございます」

 

 そうこうしている内にギルドの職員さんがやってきて、仕事が再開した。次に運ぶのは絵画なんかの貴重品だったかな。

 今日の仕事の内容を思い出しながら、オレはすぐに仕事に戻った。

 

 テレポートの魔法は一瞬で終わるので、輸送の仕事はすぐ終わる。

 本日残り三件の輸送の仕事は、準備が整っていたおかげで、すぐに終わった。

 

 後は明日の仕事の打ち合わせをして、帰宅。一仕事終えた気持ちで、ギルド内の部屋で書類にサインをしている時のことだった。

 

「マイスさん、お客様です」

 

 職員さんがノックと共にそんなことをいってきた。

 

「? どうぞ」

 

 オレに会いに来る客なんてフォミナくらいしかいないんだけど、彼女はまだどこかで神殿の仕事を手伝い中のはずだ。

 怪訝に思いながら、開いたドアの向こうを見て、オレは目を疑った。

 

「エ、エリア・リコニア?」

「そうよ。なによその顔、驚きたいのはこっちだって一緒なんだから」

 

 赤い髪に特徴的な髪型をした女性、領主の娘にしてメインヒロインの一人が、ドアの向こうに立っていた。



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36.辺境伯の娘

 エリア・リコニア。燃えるような赤い髪が特徴的な、リコニア辺境伯の娘。『茜色の空、暁の翼』のメインヒロインであり、パッケージでもほぼ中央に位置している。

 能力的には白兵、魔法の双方が平均的に伸びていくバランス型。二次職で魔法剣士になることで、そのステータスを生かした戦い方ができるようになる。

 性格は快活かつ直情。気遣いできるが、ちょっとしたことで怒って拳が出ることがある。いわゆる暴力ヒロイン的な要素を持っている。

 

 彼女は帝国との戦乱において、リコニア辺境伯領で参戦。場合によっては死亡する。

 オレにとっては情報を得る上で、なんとか接触したい人物。

 

 それが、向こうから訪ねてきた。少しは有名になったかなとは思っていたけど、これは想定外だ。

 

「では、私はこれで。なにかご用件があればお呼びください」

「ありがと。無理をいってご免なさいね」

「いえ、ギルド長と領主様からの指示ですので」

 

 そう言って、ここまで彼女を案内したギルド職員が退室していった。なんか、物凄く上の人が動いたみたいだな。すると、エリアは領主の仕事としてオレに会いに来たのか?

 

「突然ごめんなさいね。……座っていい?」

「あ、ああ。どうぞ」

 

 打ち合わせ用に用意されたテーブルに二人で向かい合わせに座る。

 

「…………」

「…………」

 

 黙ってエリアを観察する。服装は赤を基調とした魔法剣士のもの。既に二次職にはなっているらしい。机に立てかけた赤い宝玉が填まった剣は、リコニア家に伝わる宝剣サラマンドラ。彼女の成長に合わせて能力が解放される特別な魔剣だ。

 

「……えっと、ご用件は?」

 

 互いに見つめ合って黙っていては話が進まないので、とりあえず聞いてみた。

 

「仕事で来たんだけど。あなた、本当にあの、マイス・カダント? 評判聞くと凄くまともなんだけれど。一年生の時、私を見るなり「オレと付き合え」みたいなこと言ってきた」

 

 こいつ、そんなことしてたのか。ゲームでは描写されて無かった気がするんだけど。あんまり良い性格してなかったから、納得ではある。

 

「昔のことについては謝る。オレが馬鹿だった。実家から見捨てられて、冒険者生活をしていれば、自然とまともにもなるよ」

「ごめんなさい。失礼なことを言ってしまったわ。そうね、三年もあれば変わるわよね。うん、今のあなたからは嫌な感じはしないわ。別人みたい」

「そ、そうですか」

 

 一瞬焦った。たしかエリアは<直感>とかいうスキルを持っているくらい勘がいい。ただ、悪意はないので誤魔化す必要は無い。

 

「学園卒業のウィザードが、ギルドと提携してテレポートで商売してると聞いてやってきたの。名前を聞いたら、同級生だったし」

 

 今のオレはウィザードではないんだが、そこは重要じゃないので黙って頷いておいた。

 どうやら、オレの作戦はうまくいったようだ。思った以上に効果的だったらしい。フォミナに申し訳ないな。

 

「それで、オレに何の仕事をさせる気だ」

「そんなに警戒しないで。先に失礼なこと言っちゃったし、正直にいうわ。私の仕事を手伝って欲しいの。お父様……リコニア辺境伯からいくつか頼まれたことがあるんだけれど、協力してくれる人を探すところで困ってるの」

「そんなの、ギルドに頼めば腕の良いのを紹介してくれるんじゃないのか?」

「そうなんだけれどね。できるだけ信頼できる相手が良いの。学園の卒業生で同級生ならと思ってきて、あなたの評判を聞いたのよ」

 

 なるほど。それで「まるで別人」という発想になったわけだ。学生時代と人物像が合致しなくて、さぞ混乱したことだろう。

 

「一応、オレは合格だったと思っていいかな?」

「ええ。なんか偉そうでごめんなさいね。辺境伯からの仕事なんで、ちょっと慎重にいきたいのよ」

 

 なんだろう。エリアが思ったより普通だ。ゲームだともっと頻繁に怒ったりしてたもんだが。

 

「なによ。不思議そうな顔して」

「いや、なんか想像より落ちついてるなと。エリアって、もっとうるさ……賑やかな感じだった気がするから」

「どういう意味よ! いえ、そーね。学園だと、なんか反射的に手が出てた気がするわ。変なの多かったし」

 

 変なの、というのは主人公始め他の主要人物だ。たしかに、突発的にイベントが開催されたり、トラブルが起きたり、ラッキースケベイベントが起きたりと、エリアが手を出す理由はそれなりにあったように思える。

 周りが大人であれば普通と言うことだろうか。ちょっと苦手なタイプだったから安心した。

「今の落ちついてるのが本来の姿ってことか」

「まあね。こっちじゃ私がすぐに手を出すってこと知ってるから。いえ、最近はすぐにしないように気を付けてるのよ?」

 

 単に実家方面だと対策がとられているだけだった。

 

「とりあえず、オレに何をさせるつもりなのか教えてくれないか?」

 

 本題に入るように促すと、エリアは少し迷った様子を見せた後、意を決したように口を開いた。

 

「私と一緒に、ザイアムの町にある地下水路、そこから伸びた地下通路の調査をして欲しいの。……ちょっと、訳ありなのよ」

「わかった。話を受けよう」

「……早すぎない?」

 

 エリアは驚いたが、オレからすると当然の回答だ。

 

 ザイアムの地下通路。その言葉に、聞き覚えがあった。戦争になってザイアムが市街戦になったときに使われる場所だ。

 間違いなく、これから起こる戦乱に関係する場所。オレとしては、この機会を逃す手はない。



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37.イベント潰し

 ザイアムの町の地下に流れる地下上下水道。オレとエリアはその上水道の方へ入っていた。 周辺の川から引いた水が流れる石造りの地下通路は広くて意外と新しい。この町の発展が最近だからだろう。作りもシンプルで、飾りがない。

 

「なるほど、予知夢ねぇ。ふーん」

「まあ、そういう反応だよな。でも、想像以上に夢の通りになってるんだよ」

「別に疑ったわけじゃないのよ。ただ、こういう時代だとほんとにそういうことあるんだな、って思っただけよ」

 

 フォミナの時といい、予知夢の三文字だけで話が通るのは助かるな。神様がいて、なんなら話を聞くことができる世界なら、そんなもんか。

 

 地下水路の中は静かで安全だ。魔法の明かりに照らされた景色はゆったり流れる綺麗な水と、白い石の壁と地面のみ。モンスターどころか、鼠すらいない。

 黙って歩くのもなんなので、世間話をしようとしたら、オレのこれまでのことを聞かれた。 こちらとしても、事情を話すのは好都合なので、フォミナの時と同じように都合の良いように話を伝えたというわけだ。

 

「なんか、あっさり信じて貰えて驚きなんだが」

「だってあなた、三次職になれたんでしょ? 大変よね。三次職になれるってことは、強烈な運命が待ってるってことだもの」

「そういうもんなのか?」

「そういうものよ。二神様がわざわざ特別な力を与えるんだもの、並大抵じゃないことが起きるのかも」

 

 冒険者ギルドに話を通した時点で、彼女はオレが三次職になってることを知っていた。最初は驚いて疑ったそうだが、今の話を聞いて納得したようだった。

 強烈な運命か……たしかにそうかもしれない。レベルが足りたから転職しただけなんだけどな。

 

「今、帝国がこの辺で何かしてるのか?」

 

 事情を話した以上、遠慮することはない。オレは今もっとも知りたい情報を聞いた。

 

「きな臭い、ってお父様達は言ってるわ。実際、この仕事も帝国への対策だしね」

「町からの避難路か」

「そうよ。もしかして、それも予知夢?」

「まあな」

 

 この地下水路から町を脱出する通路は、エリアの運命を左右する場所だ。帝国に負けて市街戦になった際、ここを通って脱出できるかが彼女の生死に直結する。それ以外にも、多くの避難民が使い、多くの犠牲が出る場所でもある。

 

「ここだけの話、ミレスの町で帝国の魔族が出たらしいのよ。それもあって、慌てて戦争の準備中。他のことで忙しいから、私に簡単な点検作業が回ってきてるってわけ」

「これだって大事な仕事だろ。備えは重要だ」

「それはわかってるんだけどね。どうせなら、儀式魔法の準備とか手伝いたかったなー」

 

 朗らかに笑いながら、エリアは水路を迷い無く進む。事前の準備をするタイプだからか、しっかり地図が頭に入ってるようだ。

 

「ここの扉ね。鍵、開けるわ」

 

 水路の横に唐突に現れた鉄扉の前で止まると、エリアはポケットから鍵を取り出して開けた。

 

「よし、鍵は壊れてないわね。後はここから出口までいったら完了よ」

「仕事としては楽で助かるな」

「治安維持を頑張ってるのよ。だから、変なのが地下に住み着くこともない。ちょっと狭いわね。脱出用なんて、そんなものかしら?」

 

 これまで二人で並んで歩けるくらいの広さがあった水路と違い、脱出路は人一人がやっとで天井も低かった。ゆるやかに登っている道は、町から少し離れた低い丘の森の中に出るはずだ。

 

「オレが先を歩くよ。一本道みたいだし、その、スカートが」

「……お願いするわ」

 

 エリアのスカートはとても短い。ちょっとした階段でも後ろを歩けば中が見えてしまいそうだ。後ろを歩いて怒られる理不尽は事前に回避させてもらう。

 

 二十分ほどだろうか、狭い階段を登り続けると、頑丈な鉄の扉が天井に現れた。

 

「はい、鍵。扉開けるの、二人でやりましょう」

「わかった。よっと」

 

 鉄の扉を上に上げなきゃいけないので重い。<超越者>でレベル九九超えのステータスなら一人でもいけそうだけど、ここは素直に協力して扉を開けた。

 

 時間にして二時間くらいだろうか。久しぶりの太陽の光が目を差してくる。少しずつ目が慣れると、木々に囲まれた落ちついた自然の景色が視界に入ってきた。

 

「静かな場所ね。戦争の話がなければ、ピクニックにでも来たいくらい」

「本当にそうだな」

 

 木々のふれ合う音、柔らかく差し込む陽光。ここが戦乱で地獄みたいな場所になるなんて嘘みたいだった。

 

「さて、仕事はおしまい。せっかくだから、テレポートでザイアムまで送ってくれると……」

「いや、ここから次の町までの経路を確認した方が良い」

「それ、予知夢関係?」

「そんなところだ」

 

 今ここは落ちついたものだが、戦争が始まって人々が脱出するときは事情が変わる。周囲のモンスターが人間に気づいて寄って来るのだ。

 エリアはそこで避難民を守るため奮闘し、最悪死に至る。

 事前にその可能性を潰せるなら、潰しておきたい。

 幸い、エトランジェのスキル<危険察知>がすでに反応していた。

 

「あっちの方に、モンスターの気配がするんだ」

「完全に避難路上ね、いきましょう」

 

 緊張した面持ちで宝剣サラマンドラを抜くと、エリアは慎重に歩き出した。

 

 そこから歩いて五分。

 オレ達はワイバーンの群れに遭遇していた。

 

「ス、スカーレット・ワイバーン!? なんでこんなのが町の近くにいるのよ!」

 

 いたのは深紅のワイバーン上位種と、その部下みたいな黒いワイバーン。爪を持たない、ドラゴンと鳥の中間みたいな竜種は、オレ達を見るや雄叫びを上げて臨戦態勢だ

 スカーレット・ワイバーンは結構強いモンスターだ。しかも、属性的にエリアと相性が悪い。

 ゲームだと彼女への助けが間に合うかが鍵になっていたが、事前に脅威は排除させてもらう。

 

「エネルギー・ギロチンカッター」

「けぺっ」

 

 オレが放った無数の光り輝く光輪が、次々にワイバーン達を切り裂いた。

 

「い、一撃……?」

「とりあえずは、よし、かな」

 

 無属性の全体攻撃魔法。レベル九九オーバーの魔力なら、状態異常に頼らずとも、このくらいはできる。<貫通>のおかげで魔法防御を無視できるしな!

 

「三次職って、無茶苦茶強いのね……」

「これでも色々とやってるんだよ」

 

 驚くエリアに、短く答える。レベルを限界以上にしたり、スキルで魔法防御を無視してなきゃこうはいかない。状態異常の貫通は切り札だから、今後もできるだけ隠す方針だ。

 

「すぐに戻るのはやめて、避難経路を確認した方がいいんじゃないか?」

「そうね。しっかり確認しましょう。頼りにさせてもらうわ」

 

 結局その後、夕方までモンスターを退治したりして、経路の安全を確保した。

 これで少しは、運命を覆す足しになればいいんだけど。



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38.再会と同窓会

 エリア・リコニアに接触するため、冒険者としての知名度を上げる作戦は、上手くいった。

 というか、上手くいきすぎた。

 脱出路を確認する依頼を受けた翌日から、オレの姿は冒険者ギルドでは無く、ザイアムの町にある領主の別邸にあった。

 

 町の中心から少し外れた、敷地を大きく取られた屋敷。その一室で、オレはエリアと共に仕事をすることになった。

 

「これから三カ所に輸送。荷馬車は各商会で準備してるから、これからやるわよ。戻ったら、昨夜のうちに準備してくれてた分もね」

「なあ、冒険者ギルドよりもハードに働かされてる気がするんだが……」

「仕方ないでしょ。領主直々からの仕事がこれなんだから」

 

 オレ達のところに回されて来ているのは、武器、食糧、資材類の輸送依頼だ。冒険者ギルドと話し合いの上で、オレは領主と直接契約したテレポート屋になっている。

 これまでとの違いは仕事量だ。

 冒険者ギルドからの依頼は、その量が制御されていた。本気で飛び回れば他の人の仕事まで奪ってしまうので、そうならないように金持ち限定、高額で仕事を回すように調整してくれていた。

 

 今回は全然違う。最大効率でオレを稼働させている。わざわざ魔力回復ポーションまで用意してくれている辺りに、その意志の強さを感じることができる。

 戦争に関する情報を得やすくなるので歓迎すべき状況ではあるが、この仕事量にはちょっと困ってしまう。

 なにより、運んでいる物資的に断るわけにもいかない。

 既に五日、オレはそこらじゅうをお目付役のエリアと共にテレポートで飛び回っていた。

 

「こんなにしっかり準備できてるってことは、近いのか?」

 

 なにを、とは言わずに聞くと、エリアは首を横に振った。

 

「ごめん。私もはっきりとはわからないの。家族といえど、学園を出たばかりの新参にはそこまで話してくれない。でも、これだけ物資を運んでるってことは、お父様はそう考えているんでしょうね」

 

 オレが運ばされているのはどう見ても戦時用の物資なのだ。リコニア辺境伯は優秀な人物なので、これは戦争の気配が相当近づいていると見ていいんじゃないかと思う。

 

「ま、まあ、今日明日にでもってわけじゃないと思うわよ。騎士団とか傭兵とか、そっちの準備はしていないもの。先に物資だけ用意しているんじゃないかしら」

「そういう考え方もあるか……」

 

 全然わからん。ただ、戦時の気配があるってことは確かだ。

 

「とりあえず、仕事をしちゃいましょう。テレポートで一瞬なんだし、早く済ませて休憩しましょ」

「たしかに、仕事自体は早く済むしな」

 

 考え込むオレを見て、エリアが明るく言う。

 

 オレはザイアム周辺の小さな町までなら大体テレポートできるようになっている、移動時間だけ見れば荷物が用意された各商会までの時間の方が長いくらいだろう。魔力もそれほど使わないから、余裕はある。

 

「私の方でも色々聞いてみるから、まずは仕事をこなすこと、でしょ?」

「そうだな」

「フォミナが帰ってきた時、喜びそうなお店も教えるわよ。せっかく賑やかな所に来たんだから、少しは楽しみなさいよ」

「それはありがたいな」

 

 フォミナのことを話すと、エリアはとても会いたがっていた。付き合いが深いわけじゃないけど、同級生女子だとそんなもんだろうか。

 日程的に、彼女もそろそろ神殿の仕事を終えて帰ってきてもいいはずだけど。

 

 先に目的を達成できてしまったことを心の中で詫びつつ、オレはエリアと共に輸送の仕事へと向かった。

 

○○○

 

「やっぱり美味しい店を聞くなら地元の人間だなぁ」

「でしょう。甘い物に限らず、色々教えるから知っとくといいわよ」

 

 半日後、今日の分の輸送を終えたオレとエリアは街中のモダンな雰囲気の喫茶店でケーキを食べていた。オレ如きには詳細のわからない、いくつものクリームを組み合わせられたフルーツケーキは絶品だ。一緒に出て来たコーヒーも美味い。

 

 お高い店らしく、店内の客層は落ち着き、自分が浮いているんじゃないかと心配になるほどだ。幸い、常連らしいエリアのおかげでおかしな目では見られていないけど。

 

「貴方の予知夢、時期がはっきりしないのが不便ね。そこがわかれば、もっと色々できるのに」

「夢だからなぁ。その辺はあてにならないみたいだ」

 

 話題は自然とオレの予知夢……ということになっている帝国との戦争の話になっていた。オレのゲーム知識とこの世界の動きは時期にずれが出てきている。黒神が不吉なことを言っていたので、色々と変わってきているのかもしれない。

 そう思うと不安が増すが、思いついたことを頑張って実行するしかないんだよな。今はエリア経由で正確な情報を知りたい。

 

「やっぱり、フォミナが帰ってきたら、屋敷に住み込んでもらうのがいいと思うんだけれど」

「その話か……。オレとしてはありなんだけどな」

 

 エリアが言っているのは、宿から通うのではなく領主の別邸にいっそ住み込んでしまえという話だ。部屋は余っているし、別邸とはいえ領主の屋敷にいれば情報が得られる可能性がぐんと上がる。上手くすれば、辺境伯その人と話す機会だって得られるかもしれない。

 この決断は、フォミナが帰ってきてから、とオレは先延ばしにしている。外回りの仕事から帰ってきてオレが宿にいなかったら、びっくりするやら悲しいやらで彼女に悪すぎる。

 

「私としても同級生がいてくれた方が頼もしいし、嬉しいのよ。良い返事を待ってるわ」

「わかった。……しかし美味いな、ここのケーキ」

「そうでしょ。開店する時にうちがちょと出資してるのよ。あ、良ければ私の分もちょっと食べる? わけてあげるわよ、ほら!」

「え、ちょっと……」

 

 嬉しそうにいいながら、自分の分のケーキを切り分けて、直接食わせようとしてきた。そうだこの子、たまに距離感がおかしいんだ。

 

「楽しそうですね、マイス君……」

 

 いきなり、ここにいるはずのない人物の声が聞こえた。

 声のした方、後ろを振り向くと、久しぶりに見る仲間の姿があった。

 

「フォミナ……なんでここに」

「……ようやく町に戻ってきたら、同級生とマイス君の姿を見かけたんで入ってみただけですよ。楽しそうですね、続きをどうぞ」

 

 そういうフォミナの声はかなり底冷えするような無感情なもので、表情からは無そのものになっていた。暴れ回る自分の心を必死に押さえてる、そんな感じだ。

 

 どうやら、非常に良くないタイミングで、仲間と再会してしまったようだ。

 

○○○

 

「なるほど。一足先に、マイス君がエリアさんと一緒に仕事をする関係になっていたのですね」

「そうそう。それで、今度フォミナと行けそうな良い店を紹介して貰ってたんだ。ここ、エリアの地元だしな!」

「せっかくだから、二人にザイアムを楽しんで欲しかっただけなのよ!」

 

 フォミナがとても怒っていたので、オレとエリアは二人がかりで頑張って説明した。

 テレポートによる商売、領主の仕事を代行する上で困っていたエリア、そのまま領主お抱えの輸送屋みたいになっていること。

 順を追って説明することでフォミナの表情は柔らかくなり、ようやく一緒の席に座ってくれた。

 

「では、先ほどケーキを食べさせようとしていたのは?」

「……あれは、仕事を終えたテンションでつい。ごめんなさい」

「距離感については今後気を付けて欲しい」

「!? あんたはちゃんと私のフォローしなさいよ!」

 

 いや、そこはオレ悪くないし。

 恐る恐るフォミナの方を見れば、意外にも笑顔だった。

 

「冗談です。私が色んな村にいくたびに嫁に来てくれだの言われたり、神殿の人に勧誘されたりするのを必死に躱しながら働いてる裏で、マイス君が女の子とイチャイチャしてたなんて……と思うと、ついこみ上げて来るものがあっただけです」

 

 笑ってるのは顔だけじゃないかな、これは。

 

「とりあえず、フォミナの分のケーキを頼もう。仕事の完了と再会を祝して、ということで」

「かなり食べたい気分ですね」

「私のお勧めどんどん頼むわよ。今日は奢っちゃう」

 

 メニューを見ながら、エリアが次々にケーキを注文した。

 

 三十分後、フォミナの機嫌は直っていた。

 

「フォミナあんた、苦労したのね。私も家のことは色々あるけど、そっちも大概だわ……」

「はい。でも、私はマイス君が助けてくれましたから」

 

 甘い物好きのフォミナへのケーキ攻勢と、コミュ力高めのエリアとの会話により、何とか状況は改善していた。

 自然、話は卒業後からこれまでのことになり、たった今フォミナの口からメイクベの出来事が伝えられた所だ。

 

「しかし、マイス。あんた、やるわね。本当に見直したわ」

「そうでもない。直前までどうするかかなり悩んだしな」

「それでも、ちゃんと助けたのが偉いと思うのよ。自分の命をかけてボスとの戦いへ身を投じるなんて、なかなかできることじゃないわ!」

 

 フォミナの口から語られるオレは、大変頼もしい人物だった。横で聞いてると恥ずかしいくらいに。

 

「あの時は本当に、もう自分は終わりだと思っていましたから。今でも夢に見るほどです」

 

 なんかうっとりしながら言われてるが、当事者としては照れるくらいしか出来ない。あれだって、勝算がなきゃやらなかったんだが。

 

「いいわね、あなた達。……ねぇ、今の話、本にしていい?」

「本?」

「…………」

 

 エリアの唐突な発言に、怪訝な顔をするフォミナと、沈黙するオレ。来たか、という感じだ。この領主の娘の趣味は、同人誌みたいな本を作ることだ。漫画じゃないけど、イラスト多め、夢一杯に脚色された書物を自主製作し、各所に流通させている。

 

「もちろん、本人がわからないように脚色するわよ。こんないい話聞いたら、創作意欲が沸いちゃって困るんだわー」

 

 一人で身もだえしながら言うエリア。現物を目にするとちょっと恐いな。

 

「あの、意味がわからないんですが?」

 

 困った顔をしたフォミナがオレの方を見た。

 

「聞いたことがある。エリアの自主製作本だろ。既刊を見せて貰った上で、フォミナが良いと判断したならオレはいいよ。ただ、可能な限り脚色してくれ」

「その言い方、やっぱりただ者じゃないわね、マイス。ちょっと興味出てきたわ」

「…………」

 

 今のはオレが元々オタクだから使い慣れた言葉が出てしまっただけで他意はない。フォミナの視線が恐い。エリアの好感度を稼ぎにいったわけじゃないんだ。

 

「本なら別邸にも少しあるから、大丈夫よ。そうだ、引っ越しの話も進めちゃいましょうか」

「オレとフォミナが揃ったら、領主の別邸に住まないかって薦められてるんだ。情報収集的にも、仕事的にも都合がいいだろうって」

「そのうえ、私のお客様だから、宿代はかからないわよ!」

 

 親指立てながらエリアが補足する。

 

「この様子だと、マイス君は了承してるんですね?」

「辺境伯に直接会える可能性があるし、色々と助かるのは確かだからな」

 

 輸送の仕事で固定されるデメリットはあるけれど、それ以上にメリットが大きい話だ。断る手はない。

 

「わかりました。マイス君と一緒ということなら、喜んで同行します」

「良かった。私も嬉しいわ。よろしくね、二人とも」

 

 納得したフォミナが微笑で頷くと、エリアが快活な笑顔で応えた。

 

「ところでマイス君。エリアさんと会ったなら、例のノートで教えてくれても良かったのでは?」

「あ……」

 

 クラム様との情報共有ノート。あれを使えばもっと円滑にことが進んだ。なんてこった、目の前のことに必死で気づかなかった。駄目だな、気を付けないと。

 

「今後気を付けます……」

「そんな本気で謝らなくても……」

 

 かなり本気で凹んだけど、この後、三人だけの同窓会ということで食事に行ったりして、その日は結構楽しく過ごした。




ちょっとチャート変更……ではなく、プロットを思いつき、一気に一区切りできるところまで書きました。
つきましては、ハーメルンの読者様的には1日2回更新と1回更新どちらがよいでしょうか?

せっかくだからと、カクヨムコンに出しているんですが、エピソード的にはあちらが追い越してしまいまして。
一番反応があるここが最初に完結するのも収まりが良いかなと思っております。
以上、業務連絡でした。


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39.告白

 オレとフォミナは領主の別邸に住み込むことになった。

 別邸といっても立派な屋敷だ。広い倉庫に庭まで備えている。こうして思うと、戦時も想定しての作りな気がする。塀がやたら高いし、町からの脱出路まである。

 

 オレとフォミナは屋敷の隅に部屋をもらい、そこに落ちついた。部屋の位置はオレ達の希望だ。周りに人が来にくい場所の方が気楽だし、秘密の話をしやすい。

 

 そんなわけで、別邸に引っ越しを済ませた初日、オレは部屋にフォミナを呼んでいた。

 

「マイス君……大切なお話があるって……」

「ああ、オレ達にとって、とても大切なことを伝えたい」

 

 緊張した面持ちで、オレ達は机を挟んで向かい合っていた。

 フォミナは屋敷で用意してくれた上等な部屋着に身を包み、なんか良い匂いが漂ってくる。石鹸にかぎらず、風呂に色々並んでいたから、それを使ったんだろう。

 そんな彼女は伊達眼鏡をかけていて、今日も良く似合っている。

 

「……ど、どうぞ。覚悟はできています」

「…………」

 

 ちょっと思った。もしかして、告白とかするタイミングだと思われてるんだろうか。

 大変申し訳ないが、ちょっと違う。告白という意味では正しいんだけれど、言うのは全然違うことだ。

 

「フォミナ、これからのオレの話を聞いて、決めて欲しい。今後もオレと一緒に行動するかを」

「今更ですよ、マイス君。私は……って、なんですこれ?」

 

 オレは机の上に大量の書類を置いた。

 それは、転生以降書いている、『茜色の空、暁の翼』についての攻略情報だ。最初は雑に書き散らしていたが、今はちょっとした書物になっている。いうなれば、手書きの攻略本だ。

「これは、オレが知ってるこの世界についての情報だ」

「情報……これって……学園の人達のこと? エリアさんも?」

 

 フォミナが、ページをいくつかめくり、ヒロインについてまとめた項目に目を通す。

 

「……なんか、物語みたいに、私達のことがまとめられてますね。それに、妙に詳しいですし」

 

 どういうことですか? と動揺しながらフォミナがこちらを見る。その目は、これまで一度もオレに見せたことのない感情が乗っていた。

 未知のものを見る、怯えの感情だ。

 こういう目で見られるのは辛いな。

 

「オレには別の世界の記憶がある。それで、この世界のことを知っている。これから話すことを聞いて、フォミナが決めてくれ」

 

 オレは彼女に全てを話すことにした。

 このまま行けば、フォミナは本格的に戦乱に巻き込まれる。それは、ゲームでの彼女には無かった展開だ。普通に生き残れるのに危険な最前線に同行させてしまうのは本意じゃない。

 これから起こることを知った上で、判断して欲しい。

 その上で、オレとのパーティーを解散することになっても構わない。

 なにも知らずについてきて命の危険に晒すことは、オレが許容できなかった。

 

「……わかりました。全部聞いてから、決めます」

 

 落ちつくためか、深呼吸した後、しっかりとこちらを見てフォミナが言った。

 

 フォミナへの説明は、結構早く終わった。以前、クラム様に話した経験があるおかげで、要点を掴むのが上手くなったのかもしれない。それと、目の前に資料もあるし、フォミナは素直に聞いてくれるのが助かった。

 

 それでもたっぷり二時間かけて、オレは自身についての説明を終えた。

 

「一応、把握はしました。色々と理解は追いつきませんが、マイス君に別世界の記憶があって、それを頼りに行動していたんですね」

「そう。なんでこうなったか、元のマイスがどうなったかはわからないけどな」

 

 話を聞いてるうち、ずっと難しい顔をしていたフォミナが、むーんと唸る。

 

「そういえば、卒業の少し前に行方不明になってましたね。大怪我して治療されてたとか……」

「そんなことがあったのか……」

 

 ゲームだと普通に卒業してたはずだけど、なんかあったのかな。実家から縁切りされたから、それ関連かもしれない。

 

「オレを気持ち悪いと思うなら、遠慮無くパーティー解散にしてくれていい。それで、安全な所に逃げるといい。できることなら国外に……」

「馬鹿にしないでください」

 

 にっこりと笑いながら、フォミナははっきりとオレに言った。

 

「今さら私に、マイス君と別れる選択肢なんてないですよ。一緒にいるうちに、覚悟なんて決まっちゃってます」

「しかしな、ここにあるように状況はオレの記憶と違って来てるんだ。だから、フォミナの安全は保証できないんだよ」

「だからこそ、力になりたいんです。それとも、私の協力はいりませんか?」

 

 フォミナの決意は固そうだった。あと、笑顔が恐い。もしかして、ちょっと怒ってるかもしれない。

 

「実をいうと、かなり助かる。フォミナがいると心強い」

 

 これは事実だ。不測の事態があった時、フォミナの能力はかなり頼りになる。

 

「この本によると、メイクベのダンジョンで放っておいても私は助かったんですよね。でも、マイス君は見捨てなかった。だから、同じです」

「気持ち悪くないのか? 別人だぞ?」

「むしろ納得しました。学園の頃と別人みたいになってましたし」

 

 なるほど、そうくるか。

 

「と、いうわけでこれからも宜しくお願いしますね、マイス君」

「ああ、こちらこそ、よろしく。フォミナ」

 

 ようやくだけど、本当のパーティになれたって感じだな。

 

「ふふっ、これは二人だけの秘密ですね、マイス君」

「いや、クラム様に会った時に話してあるんだけど」

「…………マイス君」

 

 なんか、急に雰囲気が恐くなった。

 

「明日もお話しましょうね。前の世界の話を聞きたいです。あと、他にも色々と話したいことがあります」

「はい」

 

 下手なことをいうと恐そうだったので、オレは素直に応じておいた。 

 




どこからともなく「何時の為したいように為すが良い」という言葉が聞えたのでハーメルンは一日二回更新します。


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40.方針と捜索

 屋敷の別邸に入ったとはいえ、オレの仕事はそう大きく変わるわけじゃない。基本は領主からの輸送の依頼を受けてのテレポートとなる。

 そこで問題になるのがフォミナとエリアだ。さすがに慣れてきたので、輸送はオレ一人でもできる。テレポートは一瞬なので、時間もそうかからない。二人には何か別のことをして貰ったほうがいいのではないだろうか。

 

 そう思って、とりあえず打ち合わせすることにした。

 

「たしかに、三人揃って輸送する意味ってないわよね。マイス一人で魔法使ってくれればいいんだし」

「最初は確認のためにエリアにも同行して貰ってたけど、もう色んなところに顔を覚えて貰えたしな。多分、一人でこなせると思うんだ」

「そうすると、私達は別の仕事を?」

「別の仕事ねぇ……」

 

 腕組みして考え込むエリア。そう言われても、というところだろう。彼女にとっては輸送が与えられた仕事なわけだし。しかし、このままだとフォミナが浮いてしまい、あまりにも勿体ない。

 

 ちょうどいいことに、昨日フォミナと話し合ってる途中、新しい情報が入っていた。

 

「それなんだけど、いくつか案がある」

「話して頂戴。例のあなたの予知夢が絡んでるんでしょ?」

 

 理解が早くて助かる。フォミナの方を見ると、かすかに頷いた。

 

「一つは、エリアとフォミナにメタポー狩りをして欲しいんだ。手っ取り早く強くなっておいて欲しい」

「は? メタポー? そんなの簡単に見つからないし狩れないんじゃないの?」

「それが何とかなるんです。倒す方も、マイス君の話だと、どうにかなるとか」

 

 今のフォミナの職業であるアークは、非常に強力だ。支援魔法のアークウェポンを使うと、ダメージが大幅上昇する上に特殊な属性になってメタポーの防御を貫通する。

 オレがいるなら、使う必要はなかったけど、二人には有用な戦法だ。

 先制攻撃の確率を上げるアイテムと併用することで、それなりに効率よくメタポー狩りを行えるはず。

 

「やり方はフォミナに伝えてあるんで、ちょっと試して欲しい。ことが起きた時、強い仲間がいる方がいいんだ」

「わかった。やってみましょ」

 

 驚くほど素直にエリアが同意した。フォミナも目を見開いている。

 その様子を見て、赤髪をかき上げながら、エリアが言う。

 

「だって、あなた達二人とも三次職になってるんでしょ? だったら信じてみようって気にもなるわよ。自分が強ければ、色々捗るのもたしかだしね」

「そういって貰えると助かるよ」

 

 本音をいうと、エリアはレベルアップで三次職にするよりもイベントを経由したい。そうでないと、持っている宝剣が神剣へとパワーアップしないのだ。

 とはいえ戦力は欲しい。たしか、先に三次職になってもイベント自体は実行可能だから、ここは戦力強化を優先とした。

 

「それともう一つ、ザイアムの町に帝国の魔族が入り込んでいるらしい」

「……それ、本当?」

「恐らく、申し訳ないけど確証はないんだ」

 

 こちらはゲームの攻略情報ではなく、クラム様からもたらされた情報だ。昨日、フォミナと話ながら例の日記に色々書いていたら、突如向こうから連絡が来た。

 内容は短く『ザイアムに魔族の気配がある。気を付けろ』のみ。どうやってか知らないが、それだけは検知できたらしい。さすがはチートキャラだ。

 

「ミレスの町のこともあるから、お父様もそれくらい承知して調べてると思うけれど。もう少し手がかりはないの? 動きようがないわ」

「町の防衛に関わる場所に怪しい奴がいないかとか、調べるしかないんじゃないか? オレも時間があれば気になるところを調べてみる」

「……わかった。難しいけど候補を絞ってみるわ。心当たりを当たってみる」

「よろしくお願いします。私もこの前のお仕事で有力者に顔が売れましたから、少しはお役に立てるかと」

「じゃ、私と一緒に情報収集もしましょうか」

 

 良かった。フォミナの苦労が無駄にならなそうだ。協力的なエリアだけど、町での立場はまだそれほど強くない。二人揃えばなにか掴めるかもしれない。

 しかし、侵入してる魔族か、心当たりがないな。また、ゲームにない展開だ。攻略知識も万能じゃ無いとわかっているけど、ちょっと不安だな。

 

「思ったけど、マイスってお人好しよね」

 

 打ち合わせ後、今日の予定についての話が始まり、書類を確認していたら、エリアが急にそんなことを言いだした。

 怪訝な顔をしたオレに、エリアは話を続ける。

 

「だって貴方、これからこの国が大変なことになるのをわかってるのに、どうにかしようとしてるじゃない。普通に考えれば、適当に強くなって稼いだら、一人でどこか遠くに逃げるのが一番安全だと思うわよ」

「たしかにな……」

 

 その手段を考えなかったといえば嘘になる。実際、最初は一人で色々やって駄目そうなら逃げるつもりだった時期もあった。

 

「考えちゃったんだよ。逃げた先でのんびり暮らしててさ。そこに王国が戦争で大変なことになって、知ってる人も沢山死にましたなんて話を聞いたときのことを……想像するとちょっときつくてさ」

 

 それは、自分には耐えられそうになかった。攻略知識があって、悲劇を回避できるだけの実力と手段がある場合、あえて見捨てたという事実は思ったよりも自分には重いだろう。

 多分、そう思うようになったのは、メイクベのダンジョンで、フォミナを助ける選択をした時だ。

 

「それで命がけで動くんだから、あんたはやっぱりお人好しよ」

「いや、いよいよヤバくなったらテレポートで逃げるが」

「逃げるのかい!」

 

 もちろん逃げる。できるだけそうならないようにはしたいけど。

 

「でもマイス君、逃げないように色々やるんですよね。そのために、ここにいるんですから」

 

 横からフォミナが、全てわかってますみたいな顔をして言ってきた。たまにちょっと恐いわ、この子。三次職になってから、雰囲気変わった?

 

「一応、そのつもりだけど」

 

 そう応えると、エリアが満足した様子で大きく頷いた。

 

「じゃあ、頑張るとしましょうか。マイスの予知夢と私に振られた仕事、どっちを見てもすぐに戦争は始まらない。少しだけど、時間がありそうなのがラッキーね」

 

 エリアのいうとおり、この時間の間になにができるかが大きそうだ。



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41.遭遇

 急に時間の余裕ができた。

 それというのもテレポート輸送が楽なおかげだ。頼まれた荷物を魔法で即輸送。オレはすぐにザイアムの町に戻ってこれる。テレポートが連続で使えるのが先方にも把握されたおかげか、戦争とは関係ない土木用の荷物も運ばされてるけど、それでもまだ終わるのが早い。

 

 フォミナとエリアは二人してメタポー狩りだ。さすがにオレがいる時ほど効率が良くないらしく、よく不機嫌な顔をして帰ってくる。恐くて話しかけにくい時があるほどだ。あいつら、一体何を言ったんだろう。

 

 情緒面はともかく、二人とも熱心にレベル上げに勤しんでいる。合間にギルドや領主から仕事が来るけど、点検とかの雑用みたいなもので余裕を持ってこなしているようだ。元々、基本スペックの高い二人だから問題ないだろう。

 

 領主の別邸に移って十日、オレは余った時間を町の散歩に使うことにした。

 ただの散歩じゃない、将来のイベントを見越してのものだ。

 例えばザイアムの西門。たしかここは、城壁の一部が脆くなっている上、そこに事前に細工をされていて城壁に直接穴を空けられてしまう。

 オレはそこを見つけて報告、全体的に増強するように屋敷で頼んだ。エリアのお父さんは優秀なので、すぐに仕事が手配されて翌日から工事が始まった。

 

 他にも色々とやっている。攻撃されやすそうな倉庫は中身を移して隠して貰ったり、避難時に倒壊しそうな建物の報告。それと、帝国側と通じてそうな商人の通報などだ。

 とにかくザイアムの町は戦時のイベントが多い。ここが無事なら、オレの運命だって変わるんじゃないかと思うくらいに。それ故に、思いつく限りの手を打つのは悪いことじゃないだろう。

 

 一番いいのは帝国に侵略を諦めさせることだけど、それはさすがに方法が思いつかない。

 最初の戦闘で王国側に加わって徹底的に撃退すれば、あるいは停戦の空気が作れるかも知れない。奇襲でもいいけど、向こうが攻撃をしかけてくるそのタイミングがわからない。

 

 そうなると、侵入しているらしい魔族を捕まえて色々と聞きたいところだが、そちらの捜索は難航していた。

 手がかりがなさすぎる。できるだけ街中を歩いて、エトランジェのスキル<危険察知>の発動を狙ってみたけど反応がない。

 オレがもうちょっと有名だったら、向こうから狙ってきてくれたかもしれないけど、そう都合良くはいかないようだ。

 

 この日も、水路の様子を見て、水門の鉄格子が劣化してるのを見つけてから、オレはのんびり散歩をしながら、町の様子を見ていた。

 ザイアムの町は雑多ではあるけど、中心部は結構都会だ。道は広く、綺麗な石畳で舗装され、整った町並みが続く。喫茶店や服屋など、お洒落な店も並んでいて人手も多い。

 今のところ、戦争の気配なんてみじんも感じられない、平和な町並みだ。エリアがいうには、まだ小麦の値段なんかにも影響がないのでもう少し時間の余裕があるとのこと。

 

 今のうちに、装備を調えるべきかな。その前に、精神的に疲れてるフォミナとエリアを休ませた方がいいか。どこか出かけるなり薦めてみようか。

 

 そんなことを考えていると、ふと目に付く物があった。

 

「親父さん! このクレープもう一個! ほんと美味しい! この町来てよかったぁー! え、あっちのアイスも美味しい? この前のケーキも良かったし、ここは最高だぁ」

 

 川沿いに設けられた小さめの公園。そこに出ているクレープやらアイスやらの屋台を行き来しながら、喜びに叫ぶ女がいた。

 

 金髪で背が高く、黒くて肩と太ももが露出している服が印象的な美人だ。

 

「…………」

 

 オレは素速く視線を外し、近くのベンチに腰掛けた。

 ……なんで、あいつがここにいるんだ。いや、実は事前に来ていた設定なのか?

 

 混乱しながら、頭の中で状況をまとめる。

 今も両手にクレープを持って嬉しそうに食べている女は、暗黒騎士クリス。

 またの名を魔王クリス。

 『茜色の空、暁の翼』における、帝国側の最重要人物である。

 

「うっひょー。甘い物の後は今度はしょっぱいものにしよー。この町に来てから胃袋と体重が大変だわ-」

 

 あっという間に菓子を平らげたクリスは、そのままスキップでもしそうな陽気さで公園を出て行った。

 オレは少し時間をおいてから、それを追いかける。

 

 尾行はスキルもないので得意じゃないが、幸い相手が目立つおかげで見失わない。

 気取られないように、細心の注意を払ってオレは後を追った。

 

 クリスは鼻歌交じりに街中を突っ切り、路地に入って段々と人気のない方に入っていく。

 随分とマイナーな場所に向かうんだな。知る人ぞ知る名店でもあるのか?

 

 苦労して後を追うこと数分、人気のない所に来ると、急にクリスが立ち止まって振り向いた。

 

「この辺りでいいか。出てくるがいい、マイスとかいう魔法使い。下手な尾行なぞ見抜いているぞ」

 

 どうやら、バレバレだったらしい。

 仕方ないので、オレはゆっくりと物陰から姿を現す。先制攻撃アイテムを確認し、杖を握った上で。

 

「最初からオレが狙いか、暗黒騎士……魔王クリス」

 

 そう言うと、クリスの表情が変わった。

 

「な、なんであたしの正体知ってるのよ! 何者なのよ貴様! なんか聞いてるよりヤバい気配まとってるし、どういうこと!」

 

 魔王は狼狽していた。想定外のことに弱い設定だったな。

 

「よし、少し話し合おう」

「き、奇遇ね。あたしもそう思ってたところよ」

 

 とりあえず、会話できそうなので、そっちの方針で行くことにした。



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42.割と話せる奴

 魔王クリス。ゲームにおいては敵であり味方。戦乱ルートでは全ての元凶ともいえる重要キャラだ。普段は暗黒騎士として皇帝に仕え、各所で色んな活動をしている。

 通称は「理想の上司」。報告、連絡、相談を欠かさず、必要とあれば現場に自ら乗り出して事態の解決に当たる。失敗した部下へのフォローは忘れず、まず話を聞く姿勢を見せる人物でもある。

 

 おかげで、オレも話す機会を得ることができた。

 戦乱ルート以外では主人公とヒロインを見て戦争へ向けた陰謀を取りやめるくらいの人格のできた人なのだ、彼女は。

 話せば何とかなるかもしれない。そう考えてきた状況を作ることに、オレは成功していた。

「まず自己紹介だ。オレはマイス。冒険者だ」

「知ってるわ。ただの冒険者じゃないでしょ。ムスペルにメッセージまで持たせて、名前まで名乗ったんだから、それなりに調べたわ。三次職おめでとう」

 

 本当にしっかり調べられていたらしい。結構前からオレがここにいることに気づいていたのに、なにもしなかったのか?

 

「なんでここにいる? オレのことを知っていたなら、なんで何もしなかった」

「不気味だからよ! こっちが工作しようとした所、先に塞いで来るし! なんかおっかないプリーストの上位職みたいのと一緒にいるし! 妙に気配に敏感だし!」

 

 慎重派め、一瞬でもオレに殺気を向けていればもっと早く気づけていたのに。しかし、結構有効だったんだな、イベント潰し。

 

「まあ、いいわ。こうして一対一で話せるんだもの。あんた、なにが狙いよ」

「平和だ。戦争をやめてくれ」

「……無理ね。帝国は商業連合と開戦して、連戦連勝。この流れがある以上、あたしの手ではどうこうできないわ」

 

 クリスの回答はわかっていたことだった。勝ってる国は早々停戦しない。このままいけば、どうしたって一戦交えることになってしまうだろう。

 

「そこをなんとか。魔族の移住先におすすめの場所を教えるから」

「あんた滅茶苦茶言ってるわね。それ聞いて、たとえあたし達にとって有用でも止まれないって言ってるでしょ」

「いっそ魔族を率いて帝国から脱出して欲しい。そうすればオレ達が楽になる」

「あたしに皇帝陛下を裏切れっていうの!」

 

 突如、目を剥いてクリスが激高した。

 

「…………?」

 

 なんかおかしいな。クリスにとって一番大事なのは魔族の同胞で、皇帝なんか利用する価値がある人間くらいの感覚なはずだけど。

 

「一つ聞く。クリス、お前の目的はなんだ? なんで戦争に加担する」

「もちろん、皇帝陛下と帝国のためよ!」

 

 ……これ、もしかして洗脳されてないか?

 

「落ち着け、深呼吸してくれ。そして、ゆっくり思い出すんだ。昔のことを、なんで自分が頑張って帝国の重鎮にまで成り上がったかを」

 

「……あたしは……帝国で……魔族の同胞のため……」

 

 いいぞ、思い出してる。彼女が今の地位に駆け上がるまでの原動力は同胞のためだ。それ取り戻せ。

 

「……同胞と、なによりも皇帝陛下のため。帝国に勝利を……うっ」

 

 いきなり頭を押さえて苦しみだした。顔色も悪く、真っ青だ。

 

「おい、大丈夫か?」

「なんだ? あたしの頭の中に、あたしが二人いる。……気持ち、悪い……」

 

 魔王は伊達じゃない。あらゆる能力が並以上だ。もしかしたら、洗脳に抵抗できているおかげで、精神に負担が掛かり始めてるのかもしれない。

 

 どうする? ウィザードの魔法に洗脳を解除するようなものはない。フォミナの回復魔法ならどうだ? リフレッシュというあらゆる状態異常を治すのを持っているが。

 いや待て、この状況をフォミナに説明するのは大変だ。それにエリアも一緒に居る。帝国の幹部を町の中で捕らえたとかいったらきっと大ごとになる。

 せめてもう少し彼女とまともに話してから、そっち方面の行動を選択したい。

 

「仕方ないか……」

 

 他にとれる手段といえば、一つしか無い。ここが頼りどころだ。あの人なら、ゲームにない手段も色々ともってるだろうし。

 

「移動するぞ、魔王クリス。まず、その状態を治して貰う」

 

 オレが肩に手を置くと、荒い息を吐きながらクリスが聞いてくる。

 

「どこに……行く気だ」

「流血の宮殿。クラム様に会って見て貰う」

「ちょ……まっ……」

「テレポート」

 

 クリスが抗議しようとしてきたが、オレは問答無用でテレポートした。



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43.強制的な手段

「というわけで、こいつ洗脳されてます」

「……いきなり来たと思ったら、面白いものを連れてきたな」

 

 流血の宮殿、謁見の間。オレがクリスを連れて現れると、クラム様は楽しそうに出迎えてくれた。

 相変わらず豪華だが、どこか空虚な部屋で、クラム様はいつも通り悠然と玉座に座っていた。

 ちなみに、魔王クリスはちょっと震えてる。

 

「お前、クラム公と顔見知りなのか……なんなんだ……」

「こやつは妾のお気に入りよ。なに、たまに外の様子を知りたくもなるものでな」

「知り合いだったんですか?」

 

 これはゲームにもなかった情報だ。興味深い。

 問いかけると、クラム様は薄く笑みを浮かべながら昔を語る。

 

「こやつが子供の頃、預かったことがある。暴れ者で困っておってな、ちと物事を教えてやったのよ」

「……なるほど」

 

 さぞ恐かったろうな。この様子だと、教えるとかいう生やさしいものじゃなかったのはよくわかる。

 

「それで、洗脳か。ちょっと見せてみろ」

「あ、はい……」

 

 進み出る魔王クリス。とても素直である。

 

「ふむ……たしかにおかしな力を感じるな。クリス、身に覚えは?」

「いえ……なにも」

 

 クラム様がこちらを見た。

 

「オレも覚えがないんで、困ってここに連れてきたんですよ」

 

 本当に困っている。この展開は、ゲームのどのルートにもなかった。ゲームの重要人物くらい、シナリオ通りに動いて欲しいんだけど。どうなってるんだ。

 

「では、解除してみるとするか」

 

 なるほど、と頷いた後、クラム様が呪文の詠唱を開始した。

 ゲーム的に得られた能力だと、こういうのできないんだよな。羨ましい。勉強すればどうにかなるんだろうか。

 

 しばらくそんなことを考えながら、オレは呪文の詠唱とそれによって輝くクリスを眺め続けた。

 

 十分ほどだろうか、クラム様が詠唱を中断した上でこう言った。

 

「妾でも解除できなんだ。クリス、お前は何に出会ったのだ」

 

 驚いた様子で言うクラム様。

 参ったな、これは想定外だ。他に誰を頼ればいいのやら。

 一応、フォミナを呼んで状態異常解除の魔法をかけてもらおうか。あるいはアイテムか? なんか凄い回復アイテムってあったかな?

 

 オレの思考をよそに、クラム様達の会話は進む。

 

「出会ったと言われましても。覚えがありません、クラム公。ただ、この男と話しているうちに、己の中に心が二つあることに気づき、連れてこられたのです」

「ふむ。洗脳に耐性があるのはさすがは魔王というところか。しかし、困ったな。解除方法を調べるにしても、詳しい事情がわからないといかん」

「それは、難題ですね……」

 

 クリスの詳しい事情を調べるには、帝国にいかなければならない。今まさに侵略戦争を実施中の国にだ。そこで情報収集なんかしたら、どんな目にあうか想像もつかない。

 

 さて困った。この手の魔法はどうすれば解除できるんだろう。

 よくある展開だと術者を倒すとか、あとは死ぬ直前に正気に戻ったりするけど。

 ……死ぬ直前か。

 

「クラム様。一度殺してから蘇生するというのはどうでしょうか」

「き、貴様何言ってるんだ! 人の心はないのか! ……いや、それこそが人間なのか、恐ろしい……」

 

 クラムが凄い勢いで怒ってから震え上がった。忙しい奴だ。

 

「蘇生、できるのか?」

「はい。今のフォミナなら可能です」

 

 三次職になり魔法が増えたフォミナは蘇生魔法も取得している。準備的には問題ない。ゲーム的にも一度死んで蘇生すればバッドステータスは解除されてたはずだ。可能性はあると思う。

 

「……ありかもしれぬな」

「ちょっとクラム公! 人の命ですよ!」

 

 戦争仕掛けてる国の重鎮が何言ってるんだ。こっちはそれを阻止するために頑張って助けてやろうとしてるのに。

 

「試す価値があるのは事実だ。お前とて、心に何かしらの細工をされているのは嫌だろう? いきなり自分の部下を皆殺しにする命令をすり込まれているのかもしれんのだぞ?」

「う…………」

 

 黙り込むクリス。たしかに十分、想定される事態だ。

 

「大丈夫。一瞬で済ませてやる」

「他にもっと言い様はないの? 貴様ほんとうに人間か? あと、ちゃんと蘇生してね! ちゃんとね!」

 

 何度も何度も確認した上で、魔王クリスはこの作戦を了承した。

 

 正直、ちょっとびっくりした。



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44.理解と驚き

 魔王クリス洗脳問題への対策が決定したので、オレはテレポートでザイアムの町に飛び、ちょうどレベル上げから帰ってきたフォミナを捕まえた。ありがたいことに、エリアは仕事があるとかでついてこようとしなかった。

 

「こちらがクリスさん。帝国の魔族で、幹部で、魔王だ」

「いきなりすぎます。ちゃんと説明してください……また女の人と知り合ってる」

 

 流血の宮殿、謁見の間でテーブルを出してお茶を飲んでいたクリスを、フォミナに紹介すると、かなり怒った様子でそう言われた。

 

 素直にザイアムの町で見かけたこと、オレの名前を知っていて目を付けていたこと、どうも誰かに洗脳されているらしいこと、などを説明する。

 

「……色々と思うところはありますが、状況は理解できました。クラム様でも解除できないんですね?」

「そのとおり。それでちと困っている。マイスが良い案を思いついてな、フォミナの力を借りれば何とかなるかもしれん」

「私の力? どんなことをやるんですか?」

 

 席に座り、執事のセバスの入れたお茶を口に含みながら問いかけるフォミナ。

 それにオレはすぐに答える。

 

「クリスを一度殺して、フォミナに蘇生してもらおうと思う」

「……なに考えてるんですか、マイス君。滅茶苦茶ですよ。そりゃ、蘇生魔法は使えるようになりましたけど、やっていいことと悪いことがあります」

「そうだそうだ。その通り。フォミナと言ったわね。もっと言っていいのよ」

 

 結構な勢いで眉を立てて注意されるオレ。それに全力で乗っかるクリス。了承したけど納得してなかったって事だな。

 だが、オレにも言い分はある。

 

「こいつは戦争しかけて大量に死者を出してる国の幹部だ。少しくらい命を賭けてもらってもいいんじゃないか? それにほら、どうせ生き返るならプラマイはゼロだし? 洗脳が解ければ戦争の原因とか、色々情報がわかって人死にが減るかもしれないんだぞ」

 

 その説明に、フォミナは腕組みをして少し考えてから答える。

 

「……ありかもしれませんね」

「おい! この娘もちょっとおかしいわよ! クラム公! どうなっているんですか!」

「妾に文句を言われても困る」

 

 オレの方を睨んできたが、それも困る。元々フォミナはちょっとこういう所があるのだ。

 

「じゃあ、話がまとまったんで。やっちゃいましょうか」

「うむ。そうだな」

「……楽なやつでお願いするぞ」

 

 クリスが諦めた様子でいうと、フォミナが怪訝な顔をした。

 

「やるのはマイス君なんですか? そういう魔法、持ってましたっけ?」

「猛毒か切断だな。多分、切断の方が楽だと思う」

 

 オレの手持ちに即死魔法はない。確実に殺るならその二択になる。

 

「ちょっと待て! 一瞬で終わる的なことを言ってただろう! なんとかならんのか!」

 

 またも抗議を始めるクリス。もう少し魔王としての威厳を見せて頂きたい。

 

「やれやれ……ここで変死体や惨殺死体を作られても困る。妾がやるとしよう。クリス、こちらを見よ」

「はい……」

「<死を思え>」

「うっ…………」

 

 クラム様の一言で、魔王クリスは即死した。

 こわっ、ゲームにはなかった技だぞこれ。問答無用なんじゃないか?

 いや、それよりも蘇生だ。せっかくクラム様が手伝ってくれたんだし、すぐやってもらわないと。

 

「フォミナ、頼む」

「はい。フル・リザレクション!」

 

 フォミナが立ち上がって呪文を唱えると、クリスの体が淡く輝き、顔に血色が戻ってきた。

「かはっ。……あ、あれが……死。あたしはどれくらい死んでた?」

「二〇秒くらいじゃないかな。すぐにフォミナがやってくれたよ」

「か、かたじけない。ありがとう……フォミナ」

「いえ。決まってたことなので」

 

 立ち上がって礼をされて、戸惑うフォミナ。なんか、ちょっと雰囲気変わったか?

 

「クラム公も、そちらのマイスにも迷惑をかけた。ようやく頭がすっきりしたわ。長いことかかっていた靄が晴れた気分」

「とすると、洗脳が解けたってことでいいのか?」

「ええ。今思うとなんでああなっていたのかわからないわ。皇帝の命令で商業連合に戦争を吹っかけ、あまつさえ各国で破壊工作するなんて。全てが性急すぎて、常なら止めるところよ」

 

 席に座り、セバスの用意した新しいお茶を手にしながら、クリスは大きく溜息をついた。

 

「うまくいったようでなにより。では聞くとしよう。クリスよ。お前を洗脳したのは誰だ? 曲がりなりにも魔王。そう簡単にそんな醜態は晒さぬはずであろう」

「…………」

 

 クリスは無言だ。置いたカップの中の液体をじっと見つめている。自分に起きたことを考え、まとめているのが伝わってくる仕草だ。

 数分ほどで、彼女は顔を上げて口を開いた。

 

「恐らく、半年ほど前に皇帝と共に帝都の地下の遺跡に入った時です。その際に、皇帝の様子がおかしくなり、あたしも何らかの魔法をかけられたと推測されます」

「ほう……」

「…………」

 

 興味深そうに唸ったクラム様とは別に、オレは驚きに震えていた。

 

 おかしい。それは起きないはずのイベントだ。なにかが決定的に、オレの知っているゲーム知識と違っている。

 

「どうしたんですか、マイス君。顔色が悪いですよ」

 

 さすがに表情に出ていたようで、フォミナが心配顔で言ってきた。

 

「もしかして、帝都の地下遺跡を皇帝が起動したのか? あれは男には起動できないはずなのに……」

 

 呻くようなオレの呟きに、怪訝な顔をして反応を返したのは魔王クリスだ。

 

「男? なにを言っているんだ。現在の皇帝は女性だぞ?」

 

 その言葉に、オレは根本的な勘違いをしていたことに気づいた。

 

 既に「茜色の空、暁の翼」のラスボスは誕生していたんだ。




すいません。
感想はできるだけ返したいのですが、ちょっと厳しそうです。


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45.新たな予定

 「茜色の空、暁の翼」のラスボスは、魔王クリスでもなければ帝国皇帝でもない。

 ゲームの最終局面において戦うのは、古代種。

 帝都地下遺跡にあった巨大な古代機構に封じられていた、古の怨念だ。

 

 主人公達が帝都に攻め込み、進退窮まった皇帝は居城の地下にある遺跡に逃亡。

 そこで、古代機構を起動して最期の逆転を計る。

 

 この時、古代種が意識を乗っ取るわけだが、その対象が問題だ。

 古代種が宿るのはその時最も好感度の高いヒロインなのである。

 

 遺跡を発動させ、古代種の力を得るための条件は、古代種の末裔であること、そして女性であること。

 

 皇帝は宿った古代種を使役することを狙うが、それも空しく即座に消し飛ばされる。

 

 古代種の目的は強大なエネルギーを集めて、自らの位階を神へと引き上げること。

 遺跡は巨大な生け贄を捧げる祭壇であり、これまで戦乱で死んだ人々のエネルギーが集められている。

 

 古代種は覚醒し、遺跡は起動。ヒロインは背中から暁色の翼を生み出し、空は終末のように茜色に染まる。

 それが、「茜色の空、暁の翼」の最終決戦の始まりだ。

 

 この後、ヒロインを解放したり、ヒロインのデータを元に作られたラスボス第二形態が現れたりする。

 

「オレはこれを前提に動いてきたんですけど、全て台無しになりました」

 

 ヒロイン部分を用語を変えつつ、クラム様とフォミナ、ついでにクリスに向かってオレは説明をし終えた。

 

「クラム公、この男、気は確かですか?」

 

 事情を知らないクリスが正直な感想を言った。そりゃそうだ。

 

「妾もそう思いたいが、マイスはちと訳ありでな。今の話はかなり真実を言い当てている」

「ですね。だいぶ良くないです」

 

 事情を知るフォミナ達がいうと、クリスは腕組みをして悩み始めた。

 

「むー。荒唐無稽な話ですが。納得がいく部分もいくつかあるのは確かです。皇帝陛下は学術好きで、地下遺跡を先頭切って調べていた所、豹変しまして」

「なんらかの事情で機構が起動したんだと思う。帝都に他に異変はないのか?」

「そういえば、妙に疲れた人間が多いと最近は報告があったな。戦争で国民が疲弊していると解釈していたが」

「ふむ。もしかしたら、生きた人間からも生命力を集めているのかもしれぬな。その古代機構が生け贄から力を集めるものであれば、多少は応用も効こう」

「えっ、それだと帝国の人達も危ないって事ですか?」

「マイスの言うとおりなら、遺跡の力は周辺数カ国まで広がっているのであろう。中心にある帝国なら、影響は相当であろうな」

「ま、まずいです。すぐにどうにかしないと! 部下を集めて皇帝を討てばっ!」

 

 クリスが慌てて立ち上がるが、それをクラム様が手で制した。

 

「待つのだ。古代種は妾と同じく、今を生きる者達とは別種の存在よ。一筋縄ではいかん」

「マイス君、なにか考えはありますか?」

 

 じっと黙っていたオレに全員の視線が集中する。

 

 最初からオレの想定は崩れていた。既にラスボスが覚醒していて、皇帝を乗っ取っていたんじゃ話が違う。侵略のスピードが違うわけだ。皇帝は男、ということで情報をしっかり確認すべきだった。

 フォミナがオレのまとめた資料を見た時に突っ込みがなかったが、多分、皇帝の性別について言及していなかったためだ。まさか、そこが違うとは思わなかったから、詳しく書いていなかった。

 

 ……今更悔やんでももう遅い。それに、知っていてもとれる手段は多くなかったかもしれない。似たような道順をとっていた可能性は高い。

 こうなれば、次にオレが取るべき手段は一つしか無い。

 

「一刻も早く、皇帝を倒しに行きましょう。それしかない」

 

 ラスボスを倒す。これしかない。

 幸い、まだ王国と帝国の戦端は開かれていない。つまり、戦死者を生け贄とする古代機構はゲームの展開ほど力を溜めていないはずだ。

 それに、ゲームではラストバトルまでの戦況を踏まえて、ボスの能力が上下していた。戦乱の犠牲者が多いほど、ラスボスは強くなる設定だ。

 つまり、今の段階なら、最弱の設定よりも弱いラスボスと戦えるはず。

 

「勝算はあるようだな?」

「戦争が続いて死者が増える前に決着をつける。与える時間が長いほど、敵は強くなります」

「それはわかりますけど。どうやって帝都まで行くんですか? それに、皇帝を倒したら帝国内は大騒ぎになって、その後どうなるか読めませんけど」

「そこの魔王に協力して貰う。いいだろう?」

 

 フォミナの言うとおり、いきなり皇帝がいなくなったら帝国内は大混乱。余計なことが起きる可能性は高い。

 だからこそ、ここは魔王様に力を貸して貰う。さっきの様子を見る限りだと、自力で皇帝を止める気があったみたいだしな。

 

「……色々と思うとことはあるが、承知した。あたしにまた死ねとか言わないわよね?」

 

 ちょっと怯えた目をしながらの了承を受けて、予定より大分早いラスボス討伐に向けてオレは動き出すことになった。



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46.対策を練る

 ラスボスである古代種を倒す。そのための算段を立てる。

 急な話だが、こうなったらやるしかない。

 

「それで、どんな方法を取るの? あたしに出来ることなら協力するわよ」

「じゃ、魔法でオレとフォミナを帝都に連れて行ってくれ。それで皇帝に会わせてくれれば、正面から倒してみせる」

「……直接的すぎない?」

 

 あまりにも真正面すぎる作戦に、魔王が引いていた。

 

「それが一番早い。準備さえ整えれば、皇帝は倒せる。問題はそれ以外のことだ」

「あの、皇帝がいなくなったら、帝国はどうなるんでしょうか?」

 

 おずおずと手を上げたフォミナの問いに、クリスが答える。

 

「多分、相当混乱するでしょう。戦争どころでは無くなるわ

「だろうな。クリス、できたらそのままクーデターでも起こして政権を取れないか?」

「……なんか、あたしが凄く大変そうな気がしてきたんだけど」

 

 ようやく気づいたか。帝国の政治中枢に深く関わってるんだから、全力で色々任せるつもりだ。というか、頼れるのがこの人しかいない。オレはラスボスは倒せるが、帝国の混乱を治めたり、戦乱ルートを完全に止める能力はないのだ。

 

「他国の政治問題はオレ達にはどうしようもない。皇帝がいなくなった後、できるだけ早く混乱を収拾。ついでに戦争も取りやめにしてくれ」

 

 我ながら無茶な要求をしているとは思うが、責任を一人に全部押しつければ可能だとも思える。これさえできれば、オレは自分の死を含めたバッドエンドを回避できる。

 

「……ぬぅ」

「どうだ、クリス、できるのか? できないのか?」

 

 クラム様に問いかけられて、考え込んでいたクリスは難しい顔をして口を開く。

 

「……なんとかなるでしょう。そもそも戦争自体が急な話なので、役人も民も疲弊しています。皇帝が自ら押し進めているのは広く知られているので、反抗は可能。しばらく、内乱状態になるかもしれませんね」

「クリス以外にも洗脳されている人が多くいるはずだ。彼らが一斉に正気に戻れば、いけるんじゃないか?」

 

 オレの言葉に、クラムは表情を少し明るくした。

 

「そうか。その可能性は高いわね。行き当たりばったりになるけど……。いや、そもそも貴方達は皇帝と戦って大丈夫なの? いきなり洗脳を受けるかもしれないのよ?」

「この二人は三次職だ。神の加護を受けし者だから、生半可な洗脳など通じんよ。特に、そこのマイスなど、この時のために用意された節がある。白黒どちらかの神が守るだろう」

 

 ゲームでも三次職になってないと、まともに戦えなかったけど、そう解釈されるのか。

 たしかに、神と接触して得た力というのは納得がいく。フォミナなんか、ご神体みたいに拝まれてることがあるしな。

 

「マイス、妾の方で力になれることはあるか? 乗りかかった舟だ、協力しよう。あとで起きたことを話して聞かせてくれれば良い」

「宝物をいくつか賜ることができれば。それと、クリスの城にある武器も欲しい」

「む。あたしの城?」

「宝箱の中に、七悪の杖っていうのがあるはずだ。それをくれ」

「なんで知ってるのよ……気味が悪いな」

 

 そういいつつも、クリスは了承してくれた。

 

 ちなみに七悪の杖とは攻撃に複数の状態異常が乗るようになる杖である。毒、麻痺、眠り、幻覚、猛毒、衰弱、沈黙、の判定が一斉に行われる。魔法攻撃力の増加は少ないが、<貫通>と組み合わせると、とんでもなく強力になるアイテムだ。

 杖で強化できない魔法攻撃力は、レベルアップとアクセサリで補えば良い。これで、ラスボスはほぼ完封できる。

 

「そうだ。貴方達二人を帝都に連れて行くのはいいけど、さすがに変装が必要よ。そのままだと謁見の間までいけないかも」

「では、そこは妾が幻術をかけてやるとしよう。古代種の宿った皇帝以外なら、見破れる術者はいまい」

 

 これはありがたい。身を隠すアイテムを確保しなきゃいけないかと思ったけど、手間が省けた。

 

「あの、戦力ですがエリアさんはどうでしょう? そろそろ三次職になれると思うんですが」

「おお、もうそこまで来てるのか。どうするかな……」

 

 メタポー狩りの成果が著しいのは嬉しいが、悩み所だ。イベントを重ねて、武器が神剣イフリートになってるなら、かなり頼りになるんだが。

 

「エリアというのは辺境伯の娘だな。町にいた方がいいと思うぞ。十日以内に帝国軍が集結し、開戦する。その時に領主の親族は必要だろう」

「いやまて、それを早く言え」

 

 十日以内に開戦? マジか。思った以上に差し迫ってた。というか、以内ってなんだ。もっと時間ははっきりとしてくれ。

 

「……マイス君」

「十日以内ってことは、明日にも開戦する可能性があるのか?」

「さすがにそれはないけど、五日後とかだとわからないわね」

 

 全然時間がなかった。できるだけレベルを上げてから挑みたいのに。

 もし、帝国と王国の戦端が開いてから皇帝を倒したら、その後どうなるか、ますますわからなくなる。下手をすれば、王国が帝国に逆侵攻しかねない。

 なんでこんなギリギリな状況なんだ。いや、ギリギリなだけマシか……。元々普通に戦乱ルートを切り抜けるつもりだったんだし。

 

「できるだけ急ぐ。そしてクリスはできるだけ戦端を開くのを遅らせてくれ。あらゆる力を使うんだ」

「む、無茶をいうわね。あたしでも限度が……いや、そうね。なんとか六日は確保するわ」

「六日か、マイスよ、それでいけるものか?」

 

 クラム様に問われたが、不確定要素が多くて何ともいえない。

 だから、オレははっきりしていることだけ答えることにした。

 

「とりあえず、皇帝……古代種だけはしっかり倒してみせます」

 

 ラスボスを倒した後の事までは責任を持てない。できるだけ穏やかにことが収まることを祈るのみだ。



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47.決戦準備

 準備は四日で済んだ。というか、四日が限界だった。

 思った以上に皇帝は動きが早いらしい。早々にクリスから「侵攻が早まるかも」と連絡が来た。もしかしたら、クリスの洗脳が解けたことを把握しているのかもしれない。

 こうなったら時間との勝負だ。

 戦争が始まる前に、皇帝を倒す。これから起きる悲劇を止めるには、これを目指すしかない。

 

 オレは三日間、ひたすらメタポー狩りを行った。<超越者>のスキルを少しでも生かし、確実に古代種を仕留めるためだ。

 フォミナはエリアの手伝いだ。戦争が近いことを連絡してすぐに、国境付近が怪しい雰囲気になったので慌てて兵力を集めている。こちらはゲームよりも準備期間が短い。開戦したら、被害が大きくなる可能性が高い。

 色々と上手くいくことを祈ろう。

 

「じゃあ、準備はいい? 二人とも黙ってるのよ」

「わかった」

「謁見の間まで絶対に喋りません」

 

 流血の宮殿、謁見の間にオレ達の姿はあった。

 さすがにクリスを含めてザイアム周辺に集まるわけにはいかないので、ここを使わせて貰っている。

 

「うむ。二人とも上手く化けている。古代種には通用せんから、用心はするように」

 

 満足気に頷くクラム様。オレとフォミナはこの方に外見を変えて貰っている。

 とりあえず、クリスの部下に似せてもらった。それも上でもなく下でもない。ギリギリ、一緒にいてもおかしくない立場の者だ。クリスができる上司だったおかげで、そういう部下がいてもおかしくないらしい。おかげで何とか最初の関門はクリアできた。

 

「古代種討伐後、皇帝は死んだことにして政権を取る方は上手くいきそうか?」

「さすがに三日じゃ仕込みきれないわ。主要な部下も洗脳されてるかもしれないし、少しくらい混乱するのを覚悟でやるしかないわね」

「……悪いな」

 

 恐ろしい話だが、これしか方法がない。クリスのカリスマ性に期待しよう。

 

「フォミナ、準備はいいか?」

「はい。マイス君はどうですか?」

「オレも大丈夫。できることはやったと思う」

 

 オレは急いで集めた装備品を身につけている。

 先端に七つの宝玉が填まった七悪の杖、着ているのはクラム様の宝物庫にあった暗黒のローブという黒基調の服になった。また黒い服だ……。

 それと、先制攻撃用の閃光の腕輪に、魔力が底上げされる指輪を装備。殆ど休まずレベル上げをしてたんで、相当強くなった実感もある。 

 

 フォミナの方は基本的には変わらず、頭の髪飾りだけが新調された。

 様々な宝石が輝く小さなティアラが頭に乗っている。こちらは能力値上昇と、状態異常防止などいくつかの効果がある強アイテム、残光のティアラだ。

 

 オレとフォミナ、どちらも幻術で見た目が変わって新装備は見えないが、とにかく準備はOK。後は帝都に飛ぶだけだ。

 

「確認するよ。これからあたしのテレポートで帝都に飛ぶ。そのままどうにかして謁見の間まで行くから、そこにいる連中をマイスが無力化ね?」

「わかった。そこは任せろ」

「それから、皇帝……古代種だけはすぐに復活するだろうから、倒す、ですね」

「最悪、城に入れれば暴れて何とかするよ」

「……ほどほどに頼むわよ」

 

 とにかく城にさえ入れればいい。あとは強引にオレの力で古代種まで辿り着いて見せる。

 

「では、いくわよ。……本当にいいのね?」

「他に手段がない」

「私はマイス君についていきます」

 

 最後の確認とばかりに聞いてきたクリスに、はっきり答えると、彼女の方も覚悟を決めたように頷いた。

 

「武運を祈っておるぞ。妾としても、古代種の陰謀が潰えるのは愉快なのでな」

 

 クラム様のそんな応援の言葉を受けて、クリスが呪文を口にする。

 

「テレポート!」

 

 オレ達は三人揃って、帝都へと飛んだ。



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48.アレな約束

 石の街。それが帝都の第一印象だった。ミレスやザイアム、学園のあった王都とも違う。石造りの四角く高く、無骨で高い建物が多い。近代化していけば、高層建築が増えるんだろうけど、近代的な印象は思ったほど受けない。

 

「結構地域で建物が違うもんだな」

「ですねー……」

「二人とも、帝都見物してる時間はないわよ。ほら、こっち。せっかく城の近くに転移したんだから、急ぐわよ」

 

 クリスはオレ達を急かしつつ前を行く。

 戦争中とはいえ、戦火の及んでいない帝都はそれなりに賑やかだ。大通りには人がそれなりにいる。たまに目に入る市場の価格を見ると、物価が高いのが戦時を感じさせた。

 

「ここよ」

「ほぉ……」

「はぁ……」

 

 皇帝の居城にはすぐに到着した。低めの城に、一本だけ塔が突き出たような変わった形の建物だ。立派だが、豪奢ではなく、堅実。そんな印象を受ける。直接見ると、印象が違うもんだ。

 

「これはクリス様、いかがされました?」

「皇帝陛下にご報告したいことがあるわ。通して。同行の二人は資料係よ」

「承知致しました」

 

 さすがはクリス、顔パスで入れた。

 しかし、気になることがあった。

 人の気配が少なく、石で冷たい印象の廊下を歩きながら小声で二人に言う。

 

「実はオレ、<危険察知>というスキルがあって、身の危険を知ることができるんだけど」

「それがどうかしたの?」

「城に入った瞬間から、物凄く反応してる」

「えぇ……。でも、周りの様子は普通のお城ですよ?」

 

 フォミナのいうとおり、オレにも異常は見えない。でも、戦闘前みたいなチリチリした感覚がずっとある。

 

「……警備の兵士が少ない気がするわね。どうする? 予定変更?」

「いや、行こう」

 

 これはクリスの洗脳がとけてることも見抜かれてる可能性が高いな。とはいえ、続行だ。こうなったら強行突破した上でラスボスを撃破してやる。レベルは上げてるんだから、力押しでいけるはず。

 

 警戒して歩いたオレ達だが、あっさりと謁見の間に到着した。

 クリスが不気味に思う中、扉が開くと、そこに答えがあった。

 

 扉の向こうに待っていたのは、完全武装した兵士達と、玉座に座る女性が一人。

 

「ようこそ、クリスとその仲間よ。貴様が余の魔法を解いたことは把握済みだ。そして、怪しい力を持つ二人を伴っていることもな」

 

 すらっとした長身に黒髪。全身に金銀の刺繍が入った衣装を身につけた女性が冷たいがよく通る声で、俺達にそう語りかけてくる。

 

 クラム様の宮殿よりも広い謁見の間には兵士達が五〇人はいた。全員が妙に飾りの多い武器防具を身につけている。そしてついでに抜刀している。完全に臨戦態勢である。

 

「死……」

「レストタイム」

 

 皇帝がなにか言いかけていたが、オレの方が早かった。

 杖を出さずに使った範囲睡眠魔法はばっちり効果を発揮した。

 全員が寝た。皇帝も含めて。

 

「よし!」

「いつ見ても圧倒的ですね、マイス君のそれ」

「……滅茶苦茶だな」

 

 静かになった謁見の間を見渡して驚くクリス。全て<貫通>のおかげだ。一番最初に取って良かった。

 

「クリス、多分皇帝はすぐ目覚める。そうしたら部屋から出た方がいい」

「なんだと?」

 

 同時、皇帝が目を開き、こちらを見た。

 

「……貴様、何者だ? ここに集めたのは選りすぐりの強化兵だというのに」

「答える必要は無い。古代種。お前の野望はここで終わりだ。色々と迷惑だからな」

 

 その言葉に、目を見開き、あからさまに古代種は驚いた。

 なんかオレ、主人公みたいなこと言ったな。まさかこんな機会があるとは。もっと捻った台詞を考えておくべきだったか?

 

「クリス、戦闘になる。撤退しろ……」

「いや、なんかおかしいわよ」

 

 皇帝は立ち上がったが、戦わなかった。

 流れるような動作で玉座の手元に出てきたスイッチを押し、轟音と共に背後の壁に扉が開いた。

 あれ、古代機構への入り口だ。

 

 呆然とオレ達が見守る中、古代種は一目散に逃げ出した。古代機構に向かって。

 判断が早い。

 だが、好都合だ。

 

「クリス、予定通りだ。終わったら流血の宮殿に行く」

「わかった。帝国人としてどうかと思うけど、武運を祈るわ」

 

 そういってクリスはテレポートで消えた。下手をすれば、オレ達よりも彼女の方が忙しい。どうか頑張って欲しい。

 

 後にはオレとフォミナだけが残る。いや、眠っている強化兵とやらが沢山いるけど。

 

「フォミナ……」

「何度も言いましたが、私は最後までついていきますよ。それに、今回は役に立てます」

「感謝してるよ。いつも。なにか御礼をしないとな」

「じゃ、じゃあ、帰ったらデ、デートとか連れてってください」

「…………」

 

 彼女的には結構勇気のいる発言だと思ったし、オレとしても望むところだ。

 だが、どう答えるか悩ましい。

 これ、死亡フラグみたいだな、と脳裏をよぎったのである。

 死亡フラグ破りが流行ったのって、二千十年代だっけか?

 

「マイス君? 私と出かけるのは嫌ですか?」

 

 不安げに聞かれて、オレは慌てて言葉を作った。

 

「いえ、滅相もない。それどころか、これが終わったら二人で世界中を旅したいと思っています」

「良かった。楽しみです」

「無事に終わったら、相談しよう」

「はい、宜しくお願いしますね」

 

 どう転んでも死亡フラグみたいな約束をしつつ、オレ達は皇帝を追いかけた。



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49.暁の翼

 地下への螺旋階段を下ると、周囲が複雑な紋様が走る壁になった。恐らく、魔法的ななにかなのだろう。たまに明滅する、魔法的な古代機構。帝都の中央に位置する、巨大施設だ。

 階段を降りきって、天井のない教室くらいの広さのフロアに、古代種はいた。

 

 ファンタジーではなく、SF的な作りの椅子に優雅に腰掛け、古代種はオレ達を見据える。

 

「ようこそ。我が城へ。愚かな神の使徒よ」

 

 古代種の背中からは暁色の翼が生えていた。

 まさか、思ったよりも強くなってる? 翼の数が四枚だ。戦乱がそれなりに起きてないと枚数はここまで増えないはずだが。

 

「……マイス君の言っている意味がようやくわかりました。あれは、この世に居てはいけない存在です」

 

 何か感じたらしいフォミナが、緊張の面持ちで杖を構えた。

 オレも同じく、七悪の杖を取り出して、古代種に向ける。

 

「お前、なにをした。まだそこまで強くなれないはずじゃないのか?」

「……本当に貴様は何者だ。なに、ちとこいつに無理をさせてるだけだ。どうも、貴様らはここで始末した方が良さそうだからな。妨害者は想定していたが、たった二人とは拍子抜けだが……」

 

 暁色の翼が蠢き、そのたびに空間に赤い稲妻が走った。轟音の閃光。フォミナが一瞬震えたが、彼女は気丈に敵を見た。

 オレはただ驚くばかりだ。こんな芸当ができるとは。全てがゲーム通りにいかないのは承知していたけど、ここに来て、という気持ちはある。

 

 施設を暴走して無理矢理強くするパターンか。

 

「マイス君!」

「お仲間もちゃんといるか……」

 

 ついでに巨大ロボっぽいの奴が二体ほど歩いて来た。こっちは知ってる。問題ない。

 

「こいつらは眠らん上に、極上の魔法耐性を誇る。見たところ、魔法使いのお前達に勝ち目はないぞ」

「スターライト・レイ」

 

 七悪の杖を持ったオレの呪文により、無数の光が周囲に舞い、次々に古代種と巨大ロボを貫き、光の爆発を引き起こす。

 星の輝きのような小さな瞬きだが、極上の攻撃力を持った全体光属性攻撃魔法はしっかり効果を発揮した。

 巨大ロボは穴だらけ。古代種は翼で身を守ったようだが、あからさまにそれがボロボロになった。

 

「よし。かなり効いたな」

「……マイス君、本当に強いね」

 

 オレは相当レベルを上げたが、七悪の杖は魔力補正がほぼない。さすがにラスボスを一撃とはいかなかったようだ。

 とはいえ、<貫通>の効果でダメージは素通し、その上七つのバッドステータスをその身に受けて、敵は古代種ごと行動不能だ。

 

「ぐっ……貴様! なんなんだ!」

 

 それでも古代種は動いた。これはちゃんと絡繰りがある。

 こいつは<バッドステータス解除>というスキルを持っている。あらゆるバッドステータスを解除する能力だが、一度に一つしか解除できないという欠点があるスキルだ。

 古代種はラスボスらしく耐性も高いので睡眠と暗闇は自動でほぼ即時解除になるが、残りはそうはいかない。ランダム二回か三回行動をとるが、残った状態異常を解除して行動は終わりだ。

 

 動くためだけに<バッドステータス解除>が必要になる古代種に対して、オレは<貫通>付きの魔法攻撃で状態異常を再度かけ直すだけでいい。

 

 はっきりいって完封である。

 

 クリスに会えたのは運が良かった。最初から七悪の杖と<貫通>さえあれば、どうにかなると思っていたので。

 

「一応言っておく。降伏して侵略戦争をやめろ」

「断る! この程度で勝ったと思ったか、下等種族め! 丸裸にしてやる……っ!」

 

 そういって古代種がなにか指示を出すと、周囲の壁から無数の文字が浮かび上がり、オレ達に照射された。

 これは知ってる。戦闘ターンとは別に処理される、こちらを分析するイベントだ。この後、弱点属性とかを容赦なく突いてくる発狂モードになる。

 

「……なんなんだお前は! レベル六百二十八だと!!! 故障か! 馬鹿げている! マイス・カダント! お前は何者なのだ!」

 

 なんか、古代種が狂乱状態で叫びだした。ステータスを見れるのは、ちょっと羨ましいな。

 どうやら、三日間不休でメタポー狩りをした甲斐はあったようだ。レベル五百を超えてた。あと多分、もうこいつは瀕死だ。

 

 なんの面白みもないラスボス戦で申し訳ないが、それが狙いだから仕方ない。心置きなく止めを刺そう。

 だが、言うべきことは言っておく。

 

「馬鹿げてるのはお前だよ。戦争なんか起こして、お前みたいのがいるとこの世の全員が迷惑なんだ」

「なっ……隷属種族の分際で……」

 

 種族についての語彙が豊富だな、古代種は。しかし、こんな奴に、これ以上付き合う気も、必要もない。

 

「フォミナ、頼んだ」

「はい。マイス君」

 

 一言、横にいる彼女に告げてから、オレはとどめの魔法を唱える。

 

「スターダスト・レイ」

 

 無数の光が、暁の翼を背負った古代種を貫く。

 これで終わりだ。

 

 しかし、バッドステータス満載で動けないはずの古代種は、オレを見て不適に笑った。

 

「なめるなよ。貴様達だけは連れて行く」

 

 直後だった。

 翼が赤く発光したと思ったら、古代種を中心に巨大な爆発が巻き起こった。

 回避不能な光の爆発ごと、ラスボス戦のフロアが吹き飛び、崩壊していく。

 

「これ、ファイナルアタックか……」

 

 爆発で、オレの意識は容赦なく刈り取られた。



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50.終わりの時

 暁の翼を得た古代種の最後の切り札。相打ち狙いのファイナルアタック。

 パーティー全体への無属性防御無視攻撃である。これは回避不能で、こちらが確実に全滅する仕様だ。

 

 通常なら、各ヒロインのルートで入手できる特殊アイテムにより復活するのだが、オレにはそんなものはない。

 

 ないので、対策させていただいた。

 

「ふぅ。助かったよ、フォミナ」

 

 ボロボロになったフロアで、オレは起き上がった。目の前には頭にあった髪飾りがなくなったフォミナがいる。

 

「良かったですね。ここは計画通りで」

「クラム様のところにちょうどいいアイテムがあって助かったよ」

 

 多くの効果のある残光のティアラだが、一番の目玉は「死亡時即時復活」だ。

 ファイナルアタックでオレ達は全滅した。

 しかし、フォミナはアイテムの力ですぐに蘇った。

 そして、オレも蘇生して貰った。

 

 それだけの話である。

 ちなみに転生初期は、誰かの固定ルートに入って、ここを回避しようと考えていた。フォミナが仲間になってくれたおかげで、少し手早くできたかもしれない。

 

「さて、問題はここからだな……」

「そうですね。この遺跡、まだ動いてますよね」

 

 周囲を見れば、壁を走る紋様は元気に輝いている。まだ暴走状態のようだ。フロアはボロボロで崩れそうだが、まだ現存している。素材が頑丈か、古代機構を破壊しないような攻撃だったんだろう。

 とにかく、これを止めないと、多分、帝国中の人が死んだりする。それは良くない。

 

「やっぱりな。体は残ってる」

「蘇生するんですよね、本当に大丈夫なんですか?」

 

 フロアの中央には、皇帝の遺体があった。

 これもゲームと同じだ。ファイナルアタックのあと、ラスボスの体は残る。

 ゲームだと、このまま放置されて終わるが、オレ達は別の選択肢を選ぶ。

 ここで皇帝には蘇って貰う。洗脳を解いた時のクリスのように。

 

「大丈夫……のはずだ。駄目でもなんとかなる」

 

 一応、杖を構える。クリスに聞いたところ、本来の皇帝は穏やかな性格らしい。

 

「いいんですね、マイス君」

「ああ、この遺跡を止められるの、起きた皇帝だけだしな」

 

 ゲームでは、一度古代種が宿ったヒロインが古代機構の止め方を覚えていた。

 それを知っているフォミナは、小さく頷いた。

 

「わかりました。フル・リザレクション!」

 

 遺体が柔らかな光に包まれると、血色が戻り。ゆっくりと目が開く。

 

「…………」

 

 目覚めた皇帝は、その場で、無言で涙を流し始めた。

 

「わたくし、とんでもないことをしてしまいました……」

 

 涙をボロボロ流す皇帝。たしか、名前はサーラと言ったか。

 

「皇帝サーラ。悲しみに暮れているところ悪いけど、この機構を止めてくれないか? 覚えてるんだろ?」

「……わかりました。せめて、それくらいはしなくては」

 

 オレの言葉を聞くとふらふらと立ち上がった皇帝は、SF的な玉座に座る。

 両手を腕置きに置くとキーボードみたいなパネルが宙に現れ、流れるような動作で操作を開始。

 よし、これで一安心だ。

 

「…………」

「マイス君、様子がおかしいですよ」

 

 なんか、皇帝サーラが必死の形相でパネルを操作してる。そして、遺跡は止まらない。

 そういや、暴走状態だったな、これ。

 

「と、とまりません! いけない! このままでは帝都中の人の命を吸い上げて爆発します!」

 

 あまりにも物騒なことを言いだした。聞いてないぞこんなの!

 

「マイス君!」

「緊急停止だ! なんか、どこかぶっ壊せば止まる箇所とかないのか! 動力源とか!」

 

 皇帝サーラが立ち上がってきょろきょろと見回したし、動きを止めた。

 その視線の先を見ると、機構の中で壁を走る紋様が集中している水晶みたいな物体があった。

 皇帝がそこを指さし、叫ぶ。

 

「あそこが中枢機構です! 氷結魔法かなにかで冷却して緊急停止後、破壊すれば! でも、超高強度の結界で保護されていて……」

「コキュートス!」

 

 最高位の氷結魔法で、中枢は凍結した。

 

「あ……そっか、<貫通>をお持ちでしたね」

「理解が早くて助かる。停止したら、魔法で破壊だな? タイミングを教えてくれ」

 

 それから十分後、オレはきっちり暴走する古代遺跡を破壊した。



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51.そして服を買いに行く

 最終的に、帝都でオレ達が暴れた事件は遺跡の古代機構暴走として処理された。

 皇帝はその最中に事故死。帝国内は、一月ほど大きく混乱したが、今は少しマシになっている。

 

 魔王クリスが短いながらも準備していたこと、重臣が片っ端から洗脳されていて、それが解けて正気に戻ったことが大きい。

 なんでも、「え、なんで我々戦争しちゃったの?」と思う人が多数で、結構早く落ちつかせることができたとか。

 

 それでも帝国内はまだ混乱している。戦争継続派が独立宣言したり、北部商業連合の生き残りが決起したりで内戦状態だ。

 

 それはそれとして、オレはこの世界に転生してから初めてゆっくりした時間を過ごしていた。

 ザイアムの領主別邸を抜けて、広めの宿に引っ越し、ダンジョンにも行かず、依頼も受けずに過ごしていた。 

 冒険者としては休業状態だけど、クリスやエリアから来る仕事を片づけてたんだけど、それも少しは落ちついた昨今である。

 

「ようやく後片付けが済んだな……」

「クリスさんはもっといて欲しいようでしたけど」

 

 今回止まっているのはエリアお勧めのお高い宿だ。なんでも特別な部屋を手配貰ったらしく、離れみたいな単独の建築になっていて、綺麗な庭がある。

 

 そこのテラスでお茶を飲みながらオレはフォミナとのんびりしていた。

 昨日まで帝都でクリスの手伝いで、過激派のアジトとかを強襲していたのだ。

 

 帝国側は大変だが、色々となんとか間に合った感はある。

 オレが古代種と戦った二日後に、帝国と王国の軍勢が睨み合いをする状況まで来ていた。なんとか国内をとりまとめたクリスからの連絡で、帝国が撤退しなきゃ、現地指揮官の判断で開戦していたかもしれない。

 

 なにはともあれ、戦乱は回避された。オレ個人としては目標達成と言って良いのではないだろうか?

 

「これからどうしますか。あ、あの、あの時勢いで私とデートする約束をしましたけれど……」

「それなんだ、問題は」

「やっぱり、私とデートなんて嫌……」

「いや、デートに出かけるための服がないんだ」

 

 オレはまさにそのことで悩んでいた。

 転移してから基本的に装備品しか身につけてない男には、出かけるための服がないのである。

 そして、異世界においての服の知識も店も知らないオレにとっては、これは結構な難題だった。攻略情報も使えないし。

 

「まず、服を買いに行くのに付き合って欲しいんだけど」

 

 そう頼むと、少し間を置いてから返答があった。

 

「はい。喜んで!」

 

 良い笑顔で答えたフォミナだったが、すぐにはっとした表情になった。

 

「そういえば、私も服があんまりないんでした。せっかくだから一緒に買いましょう。それと、他にも日用品を……」

 

 楽しそうにこれからの予定を話すフォミナを見ていると、自然と笑みがこぼれるのが自分でもわかった。

 そんな穏やかな時間を破壊する存在がいた。

 

「マイス様! ご機嫌麗しゅう! 失礼致します!」

 

 返事を待たずにテラスにやってきたのは黒髪にスラッとした美女。

 元皇帝サーラだ。地味な衣服に、険の消えた表情、もうかつての面影は感じられない。

 フォミナの目つきがとたんに険しくなった。

 

「マイス君、やっぱりこれは……」

「そう言わないで。これしかなかったんだから」

「フォミナお姉様も、ご機嫌麗しゅう。いくつか書類を提出に来ただけですわ」

 

 そう言いながら、サーラが書類の束を渡してきた。

 軽く目を通すと、綺麗な文字でわかりやすく情報がまとめられていた。

 

「ありがとう。……結構覚えてるもんだな」

「はい。皇帝になっても勉学に励んでおりましたゆえ」

 

 復活した彼女には古代種としての記憶が残っている。

 非常に危険な知識だ。その上、クリスがいうには妙に行動力があるらしいので野放しにもできないとオレ達は判断した。そもそも、蘇った彼女には生きる手段がないし、帝国内においておくわけにもいかない。

 とりあえず、なにかあったらオレが止めるという条件付きで、強制的にパーティーインすることになった。

 

 そんなサーラががオレに渡してきたのは、古代種についての遺跡の記録だ。

 帝国内のあれこれも教えてくれるが、それは国内を平定しようとしているクリスに流している。

 

「……オレの知らない遺跡だらけだな。これ、どうにかした方がいいのかなぁ」

「どうでしょう。近くに古代種の末裔がいなければ稼働はしないと思いますわ」

「古代種の末裔って、どのくらいいるんですか?」

 

 なんとなく、そのままサーラも椅子に座って会議みたいのが始まった。

 この資料はサーラに頼んだ仕事だ。オレ達は古代種について何も知らなすぎる。対策くらい立てておきたい。

 

「そうですね。一万人に一人くらいは古代種の末裔かと思われます」

「結構多いな……」

 

 うっかり遺跡を見つけた冒険者がそのまま乗っ取られる可能性は十分ありそうだ。

 

「マイス君、どうするんですか?」

「人里に近いところは潰しておこうかな。後は、おいおい。程ほどにしないと、これだけで一生終わっちゃいそうだし」

 

 サーラが地図に記した遺跡の数は百を超えていた。しかも、北極とか南極みたいな遠方も普通にある。さすがに全部を相手にしてはいられれない。

 せっかく多少はコネができたんだし、人に相談しつつ対策しよう。

 ようやく一息付けそうなんだし。オレも少しくらい好きにしていいはずだ。

 

「このサーラ、お役に立ちますよ。遺跡は軒並み止めて見せましょう。あ、それとほら、マイス様のためにこれも用意致しました」

 

 そう言って、サーラは縁なしの眼鏡をかけた。

 

「…………」

 

 伊達とわかっていても、似合っている。元々かけていたらしく、わざとらしさも感じられない。

 

「…………」

「ふふ。気に入って頂けたようですね。ぐっと来るでしょう。知っています」

 

 サーラは古代種のスキルが残っているおかげで<鑑定>が使える。それでオレのステータスやら好みまで把握済みだ。このスキル一つとっても安易に世に放っていい人物じゃないな。

 

「色々と役立ちますよ。だからわたくしも同行させてくださいまし。こう見えて、房中術の心得もございます」

「ぼっ……なんてこと言うんですか! マイス君、この人すぐに帝国に引き渡しましょう」

「か、勘弁してくださいまし!」

「それやったら死んじゃうんじゃないかな……」

 

 フォミナは本気の目だった。容赦無い。房中術というのはあれだ。そっち系の技術とかのことだ。

 

「サーラさんが私達と一緒に居る理由はわかります。でも、冒険者までする必要はないんじゃないですか?」

 

 フォミナのいうことももっともだ。古代種のスキルが残っているので戦力にはなるだろうけど、ここで書類仕事をしててくれても十分役立つ。

 

「それがあるのです。お二人と冒険に出れば相当な稼ぎになります。マイス様は稼ぐ方法も知っていらっしゃることでしょう。わたくしは、それで稼いだお金を帝国の復興に使うのです。それが、わたくしの、一生をかけた、せめてもの償いなのです」

「…………」

 

 真面目な顔をして言われ、言葉を失うフォミナ。

 サーラはちょっと前のめりだが、古代種に乗っ取られて戦争を起こしたことを心底悔いている。それが端々から見える故に、オレも今の状況になることを受け容れた。

 

「とりあえず、仕事に戻ってくれ。エリアから貰った書類仕事もあるんだろ?」

「了解ですわ! 細かいお仕事はお任せあれ!」

 

 今は資料整理と、ザイアムで出世しつつあるエリアからの仕事も分けて貰っている。事務仕事は得意みたいなので、好評だ。

 再び、テラスにはフォミナとオレの二人だけになった。

 

「サーラについては、長い目でみてくれ」

「いいですよ。す、少しくらい仲良くしても」

「…………はい?」

「その代わり、私を一番にしてくれれば十分です」

 

 顔を真っ赤にしながら、フォミナは言っていた。

 そんなもの、最初から答えは決まっている。

 

「勿論、そのつもりだよ」

 

 ここまで一緒にいて、それ以外の回答はあろうか。いやない。

 

「と、とりあえずデートですよね。いえ、デートにいくための服を買いにいきましょう。それから……それからどうします?」

 

 浮かれた様子で聞かれ、オレは考える。

 

 さて、どうするか。おまけつきだけど、フォミナと一緒にいくならどこでもいい。帝国の内乱に手を焼いてるクリスからは手助けの要望がある。それに、他のヒロインの動向も気になる。そもそも、主人公のあいつは元気にしているんだろうか。

 

 色々気になるが、何とかなるはずだ。

 根拠はある。サーラによって、エトランジェのスキル<運命回天>の効果が顕わになったのだ。

 

 運命回天。効果は良くない運命に遭遇したとき、回天させるというもの。

 回天とは、情勢を一変させること。一気に盛り返すこと。

 

 つまり、オレはバッドエンドに出会ったとき、自然と良い方向に働かせることができるらしい。

 この上なく、強く、頼もしく、面倒ごとに巻き込まれそうなスキルだ。

 だけど、それも悪くない。

 

 目の前で答えを待ってるフォミナに、オレはゆっくりと告げる。

 

「そうだな、思いついたことを順番にやろう。ようやく、好きに動けるんだから。できるだけ楽しくいきたいね」

「ですね。私も楽しみです」

 

 死の運命を逃れた先にある、白紙の自由。

 オレはようやく、異世界転生して、自分の人生の一歩目を踏み出した。

 

 まずは、出かけるための服を買いにいかなくては。




最後までお読み頂きありがとうございます。
久しぶりにハーメルンに投稿しましたが、感想も温かく、とても楽しかったです。

この作品はここで一度閉じますが、また何かしら書きましたら投稿しようと思います。
今のところ考えているのは、二次創作の日常系です。

それと、誰も気にしてなさそうだけど考えてたマイスの前世ですが。
大学卒業後に商社勤務、5年後、鯖江市の眼鏡関係の会社に転職、2030年代に事故死、といった経歴を考えていました。
書く機会、ありませんでしたね。


最後にもう一度、ありがとうございました。


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