リコリコ×拓銀令嬢 ~実弾は日本を変える~ (フェデラルジオグラフィック)
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はじまり お嬢様、DAを知る
「信頼できる」お店
Side 桂華院瑠奈
この世に生まれて15年と経っていないのに、やれ公爵令嬢だの天才トレーダーだのフィクサーだの女王だの芸人だの色々な肩書を(周りの言いたい放題に)つけられている。そのほぼ全てに心当たりというか所以というかがあるのが腹立たしい。
そんな私にだってプライベートってもんがある。
「芸人と政治家は『自分自身』が価値だからプライベートなんてものはあきらめたほうがいいよ」
お?裕次郎君、貴様が挑発するのは珍しいな?戦争するなら受けて立つぞ?お?
「やめておけ。こいつ相手に言葉でやりあうのはいくら瑠奈でも分が悪い」
「…」
私をやや投げやりに諫める栄一君と無言で頷く光也君。この二人の言うことももっともなのでここは引き下がろう。この四人がTIGでも生徒会でもなく完全なプライベートで集まれる機会もほとんどなくなってしまったのだから。もっとも主な理由は私の都合がつかなくなったからだけど。
今回はプライベートな集まりである。ゆえに場所はどっかの会議室でも誰かの邸宅でもなく、この会合のために貸し切った
リコリコには店員が五人いて、マスターを除けば後は女性。うち三人ほど私と同じくらいかやや下の少女である。もともとは三人だったが最近青服のたきなと黄色服のクルミという新顔が増えた。
マスターのミカは黒人の男性。流暢な日本語をはじめ複数の言語を使いこなすおおらかな店長。1991年にアメリカ陸軍の士官として湾岸戦争に従軍した際に負傷して除隊、その傷がもとで左足を杖でかばっている。除隊後は陸軍時代に一時配属された日本での経験を気に入り色々とあって東京で喫茶店を始めたのだという。(色々についてはごまかされてしまった)なお戦闘兵科出身のためか喫茶店の経営ついて初めから試行錯誤を繰り返していたので、見かねた私が経営のイロハについて色々と気を利かせてあげたこともある。千束からは「先生」と呼ばれている。なぜかと聞いたら千束に
中原ミズキという女性はミカの個人的な伝手でこの喫茶店を手伝っているとのこと。結婚願望が非常に強いもののそれが空回りしている様子。まあそのことを客がいない時間帯に店の中で愚痴りながら酒を飲んでるんじゃあねえ。ガサツなところは見受けられるものの経営的な業務についてはマスターよりも適性があるようで、店の金庫番的なポジションを長年務めていた。最近新入りに代わったらしいが。まあ昼間から酒飲んでるやつに帳簿を任せていたのは半ば消去法的な人選だからむべなるかな。
錦木千束、赤い着物の看板娘。最初に訪れたときから店員として働いていたから、私達と一緒に歳を取ったようなもの。彼女のほうが三つ年上だが。初等部の修学旅行の前後ぐらいの頃に、昼間は大抵喫茶店の仕事をしている彼女に学校はどうしているのか?と聞いてみたら定時制の学校に通っているとのこと。幼いころに両親を亡くし、親の知り合いの黒人の店長に拾われ、喫茶店の仕事を手伝って学費の足しにしているのだとか。彼女を見ていると没落しかかったが華族の家に生まれた私の立場を実感する。
井ノ上たきなは最近入ってきた新人。千束と同じ学校らしいので定時制ということになる。制服はデザインこそ千束と同じだが青色。働いている理由は千束と似たり寄ったり。ただし千束より一歳年下。何事もそつなくこなし金庫番の役をミズキから奪い取ったようだ。ただ少しばかり一般常識に疎いというか、天然のような言動が見受けられ、千束やミズキが慌ててフォローしているところを見たことがある。
クルミ(上の名前はわからない)はミカのクウェートの時に一緒だった戦友の娘で、親の都合で一時的に預かっているとのこと。親の遺伝か金髪碧眼で黄色い着物がよく似合う。まだ小さいのでよほど忙しい時でない限りは店の仕事を振らないらしい。それでも出自ゆえに日本語と英語が堪能なようでカルテットの間で割と
傍目から見ればいわゆる家族経営の喫茶店が縁故で従業員を雇っている構図である。しかしそう考えるには不自然な点が多い気がする。
まず家族経営の店に見えて実際は従業員間に家族とみなせる関係性がほとんどない。ミカと千束は孤児とその保護者という立場であるから一種の家族とみなせるが、ミズキとクルミはミカの伝手で入っただけの他人で、たきなは千束と似た境遇なだけ。実情としては店長一人が預かった子供一人を世話しながら三人従業員を抱えていると言ったほうが実態に近い。
その従業員についてもつじつまの合わない所がある。特に千束は「喫茶店で働いて学費の足しにしている」という割にはやたら羽振りがいい。アパートもそこそこいいところに住んでいる様子。たきなとミズキは千束に比べればまだ質素な生活をしているようだが、住居が明らかに親のない子供や女性が一人で家賃を支えられるようなアパートではないという点は千束と共通である。試しに三人のアパートの登記簿を取ってみたら、一応貸主たるアパートの権利者は実態のある日本の法人のようだ。ただし三人とも同じ法人からアパートを借りている。これ以上は手間がかかるので詮索はしなかったが彼女たち自身もなかなかに胡散臭い立場なのは確かである。
立場と言えば錦木千束と井ノ上たきなについては立ち振る舞いも普通の少女のそれではない。特に非常に勘が鋭く雇った探偵の尾行を容易に見破って振り切ってしまう。おかげでこちらは二人の住処を調べるために
また経営面についてもよくわからない点が多い。従業員四名を抱えて東京都内のまあまあ悪くない立地に喫茶店を構えるのは並大抵ではない費用が掛かる。一度喫茶店の客の入りを部下に調べさせたがそれなりに賑わっているという程度。この喫茶店実は赤字なんじゃないのかと割と直球で店長に聞いたときにはあっさりと認めた。聞けばかつての橘のようにある程度別口の収入がありそれで補填している状態なのだという。それを聞いた私は一度資金繰りについて相談しようと提案したのだが拒否され、代わりに経営のテクニック面を教えるにとどまった経緯がある。
こんなに怪しい点がてんこ盛りの店が「最も安全」とはこれいかに。…まさかとは思うけど私を含めた『カルテット』の身の安全のためだけに桂華院家がでっちあげた店とかじゃないでしょうね?
「瑠奈、大丈夫か?ずっとどこか遠い目をしていたようだが」
おおっと、いかんいかん。せっかくの集まりなのに一人考え事をしてしまっていた。えーと今の話題は何かしら?
「もう時間だから帰るところだよ。桂華院さん」
ああ、せっかくのプライベートの集まりなのになんてもったいないことを。
「どうせ学校でいやでも顔を合わせるだろ」
「栄一君、そういう意味じゃないんだよ…桂華院さん、例の地下都市の完成式典のすぐあとだから、それほど間が空くことがないのは幸いだったね」
次に会う時は栄一君と開戦の準備をしておこう。そう心に決めて喫茶店を出ることにする。完成式典の後が楽しみだ。
初のクロスオーバーもの、かつ見切り発車なので至らない点が多いかと思いますが、よろしくお願いします。
追記
分かりにくいので申し訳ありませんが「喫茶リコリコはDAの支部である」という点はこの作品でも健在です。
ミカや千束の出自等の言及については「お客さんへのカバーストーリー」になります。
次回「新宿ジオフロント完成式典…の裏側」
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正義の傀儡の彼岸花
閲覧、お気に入り登録、感想共にありがとうございます。
ネタがある限り続けていきたいと思います。
…少なくとも銀幕ネタはやるつもりです。
Side 井ノ上たきな
やんごとなき『四人組』の貸切から二日後、わたしと千束はDAの本部にいた。富士山の近傍にある巨大な国有地の真ん中にそびえる建物。その一角にある大きなブリーフィングルームは人でいっぱいだった。人、といっても大人はスクリーンの前と部屋の出入り口を固めるスタッフのみで、部屋の中央にある椅子を埋めるのはわたしたち「リコリス」のみである。
「全員、揃っているな?」
特徴的な赤髪を短く切った女性、楠木司令がスクリーンにて少女たちに呼びかける。
「数か月前に複数の筋から日本における大規模テロ攻撃の情報をつかみ、DAで調査を行った結果これが事実であることが確認された。攻撃目標はここだ」
楠木司令がスクリーンに表示したのは、世界一忙しい駅に隣接する巨大地下施設の完成イメージ画像。
「新宿ジオフロント、攻撃予定日は4月27日。この日はオーナー主催の完成式典で政財界の要人が勢ぞろいすることになっている。」
「『オーナー』つってもあーしらと歳変わらないじゃないすか」
「聞こえているぞ、乙女サクラ」
軽口をたたいたリコリスを諫めつつ司令は淡々とスライドをめくりながら説明を続ける。
「さて、ここを攻撃されれば日本の大混乱は必至だ。何としても阻止しなければならない。だから今回は総力戦体制で臨む。東京各地からはもちろんのこと地方からも応援のリコリスを手配した。我々DAの任務は新宿・渋谷・中野の三区に展開し、攻撃を試みるであろうテロリストが新宿副都心に到達する前に排除することだ。テロリストが行動に移ったことが確認され次第、その付近に展開するチームが順次対処に当たることになる。各員は常に通信に注意を払うこと。なお今回我々には対象を全員抹殺することが上層部より指示されている。身柄確保が必要な対象については警察が対処する。ゆえに錦木千束、貴様にはこちらが用意した弾薬のみを使用することを厳命する」
全員の視線がわたしの隣に集中する。視線の先にいる者は不機嫌な表情を取り繕う仕草すら微塵もすることなく気だるげに返答する。
「わ~っかりました、『実弾を使え』ということでしょ?楠木さん」
その返答に少女達の中からひときわ大きい舌打ちの音が響く。
「チーム組成は現在配布している資料の通りだ。あとでチームごとに個別の任務のブリーフィングを行うので、各自一度自室に戻り放送に注意すること…解散」
ぞろぞろと退出する少女達と大人。部屋にはファーストとセカンドのコンビが二つ残っている。
「あのな千束、今回ばかりは…」
「分かっているよ、フキ」
「いや分かってない。今回はチームで行動する。いつものようにお前とたきなだけじゃない。例えお前が一人で突っ込んで全員素手で叩きのめしても、連れてる他の要員が動かなくなった連中の頭をぶち抜くだけだ」
「『そうなるぐらいなら自分で始末しろ』って言ってるんでしょ?」
「それもあるが、あたしが言いたいのは今回の司令はマジだってことだ。この編成表を見ろ。お前のチームだけファーストがもう一人いる。これは
「…」
「司令は『全員射殺』とはっきりと言った。
「…でも」
「千束!今回は…」
食い下がる千束と説得を試みるフキさんの間を館内放送が割って入る。
『各チームごとのブリーフィングを行う。アルファは101会議室、ブラボーは102会議室、…』
千束は弱弱しい足取りでブリーフィングルームを出ていく。私達もそれに続き、会議室へと向かう。ご丁寧なことに千束とわたし達とでブリーフィングルームから出たときに曲がる方向まで正反対になっている。
「どうするんすか?いくら最強のリコリスでもあの調子じゃそこらのチンピラにすら負けますよ」
「…方法が無いわけじゃない」
「あるんですか!?」
サクラとフキさんのやり取りにわたしは縋るように食い込む。わたしに対してやや引き気味の表情を浮かべながら投げやりな口調でフキさんが続ける。
「…あいつのチームが接敵して銃を撃つ前に、あたしらが目標を全員殺すことだ」
「わかりました…以前のようにすればいいんですね」
「ああ、必要なら機銃掃射でも何でもやってやれ。それしかない」
フキさんの言葉にわたしは拳を握りしめた。
しかし私達の覚悟とは裏腹にフキさんやわたしの担当は歌舞伎町や新宿御苑付近とされ、都庁周辺を担当する千束のチームと山手線で完全に分断されていた。
「千束ちゃんに何かあったのかい?数日店に出てこなかったようだし、出てきたと思ったら明らかに元気がないみたいだけど…」
「学校で色々あったんです。しばらくそっとしておいていただけますか、阿部さん」
結果を言ってしまえば、新宿ジオフロントのテロはDAが介入することなく警察とオーナーの側近と施設の関係者によって未然に阻止することに成功した。あとでクルミから聞かされたが、どうやらテロの内容は「地下施設の防火設備を外部からのハッキングで暴走させて中の人間を丸ごと窒息死させる」というもので、クルミが自慢のハッキングで新宿ジオフロントと東京都庁のネットワークを遮断した時点で失敗することが確定していたらしい。つまり新宿周辺の地上を張っていたリコリスの出る幕は最初からなかったようだ。千束自身と彼女の『不殺の信念』は守られたのは幸いだったが、「
ドンパチパートを入れようかとも思ったんですが、ジオフロント事件(未遂)はその特性上外側で騒ぎが起きると計画が破綻する(対象が逃げる!)のでこういった形で落ち着きました。なお先手を打たれて失敗が約束されていた模様。
次回「怪しい覚書」
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彼岸花の花びら
お嬢様もリコリコも本が立て続けに出たので財布ががが。
閲覧数が少しずつ増えてきております。ありがとうございます。
さて、本格的に二つの作品を絡めていきますよ。
「これは、なに?」
新宿ジオフロントのオープン後に判明した初期不良にまつわる諸雑務も落ち着いたころ、東京九段下の自室で、私はある書類を見てこう言った。書類の出所は桂華電機連合のCEOである白人女性といつぞやニューヨーカー相手に仕手戦を繰り広げた不良ギャンブラーの日本人男性である。
「御覧のとおり巨大なコンピュータシステムのプロジェクト計画書でございます」
ギャンブラーがうやうやしい言い方で少女に説明する。
「岡崎、あんたが持ってきている時点で厄ネタなのは確定なのよ。そしてわたしにワザワザ持ってきてるってことは不良債権問題並みにヤバい爆弾ってことでしょ?わたしが見た限りで怪しいところを一個ずつ読み上げればいいかしら?まず一点目、こいつの表紙に岩崎の代紋が刻まれていること。二点目、こんなビルワンフロア分のシリコンの塊をどこに据えるか契約書に全く明記されてないってこと。三点目、これだけデカいコンピュータの使用目的がはっきりわからないこと。四点目、先の二点に疑義があるにもかかわらず取引が実施されているということ。より具体的に言えば仕向地と使途が明記されていない取引な上、ココム違反の前科があるウチが関わっているにもかかわらず、兵器開発用クラスの先端コンピュータの輸出入の許可が通ってしまっていること。もっと言ってほしい?」
「大丈夫です、お嬢様。その三点さえ把握されていれば今回の件の説明が付きます」
「OKカリン、説明をよろしく。そこの不良に話をさせると確実にこじれるから」
「承知いたしました。人払いのほうをお願いします」
カリンの言葉に従って私は顔で使用人に退出を促す。使用人が別室(と言っても映像で監視できるのだが)に入っていく。
「それじゃあ、この厄ネタを見てみようじゃないの。一つ目と四つ目は大体察しが付くわ。
「ご明察です、お嬢様」
「伊達にあなたの下で働いてはいないわよ。さあ出しなさい。そっちが本命でしょう?」
私に促されカリンと岡崎が資料を一冊ずつ出す。
「え~と、岡崎の資料が『赤松商事の半導体関連製品取扱い目録』…最近岩崎とその系列へ大量の基盤や部品類を卸したみたいね。カリンは『特定システムに対するケーカカードのデータアクセス許可に関する覚書』…ってこれ対象データがほぼ全てに渡ってるじゃないの。昨年施行された法律*1を踏み抜くわよ」
「さっすが我らのお嬢様。俺たちが言いたいことを一発で当ててくださる」
おどけて見せる岡崎を軽く無視しながらカリンに向き合う。
「この覚書通してないでしょうね?」
「それが…」
「通してしまった、いや
頭を抱えているところに岡崎がさらに畳みかけてくる。
「そんでもってこれは
「
「その諸々の覚書がこのシリコンの塊とつながっているってことね。つまるところ
「Exactly. だからこそわたくしはお嬢様に相談しているのです。この案件は明らかに非合法活動です。明るみになれば我々桂華院や岩崎どころか日本全体を巻き込む大スキャンダルになりかねません。場合によっては今のうちに潰すべきなのかと」
カリンの返答に対し、しばらく黙り込んで頭の中を整理する。桂華院グループ及びムーンライトファンドは世界中あらゆる分野にまたがっている。ことIT分野においては主要プレイヤーの筆頭でもある。しかし寄り合い所帯ゆえにこういった秘密の案件の主要プレイヤーには適さない。秘密の案件は組織体制がしっかりした―それこそ年単位で不正を隠せるほどの―岩崎に頼むのが合理的である。
しかしその規模と得意分野ゆえにこういったプロジェクトでこのグループから完全に外れて仕事をすることはできない。ゆえにこうやって片鱗を掴むことになる。そして日米情報産業のトッププレイヤーである以上こういった案件では嫌でもそれがたくさん手に入ってしまう。それをまとめれば相手が何を秘密にしたいかおぼろげながら見えてくるというもの。
しかしそれを私自身の個人的な一存で潰すべきだろうか?確かに今手に入る情報で判断すれば法令違反なのは明白だ。しかし現状では怪しいデータセンターの計画があるだけで、その使用目的が非合法活動であると断定できているわけでもない。一先進国の官僚が何の策もなくあからさまな法令違反を犯すとは考えにくい。返し技を提示されれば開示した内容によって生じる矛先は私自身に向けられる。この案件を「見なかった」ことにして、万一の場合は岩崎を切り捨てるのがリスクの低い解決法だろう。スキャンダルにかこつけて岩崎を傘下に収めるチャンスに転がすのも桂華院の経済基盤を固めるという観点から見れば悪い話ではない。独占禁止法が面倒になってくるが…。一方ただでさえ今の政権とそりが悪い状況下で極秘裏に実行されていると思われる国家プロジェクトに何の算段もなしにNOを突き付けるリスクは大きすぎる。
「それはわたしの一存ではとても決められないわね。専門家が必要よ。アンジェラを呼びましょう」
通信の傍受を行う国家機関と言えば大きな先例がアメリカにある。彼女達は厳密にはその機関の直接の関係者ではないし、現役を退いて10年近くたっているが、桂華院の人間として認知されているのでいつぞやのように直接大使館に行くよりは角が立たない。この件に関して内密に話ができる人間の中では最も詳しい人間であると断言できるだろう。エヴァを呼ばないのは彼女が完全な紐付きで「内密」の要件を満たさないことと、紐がついているため
「お嬢様、それなら都知事にも一言添えたほうがいいですぜ」
「あの作家先生を?」
私の問いに岡崎はしたり顔で答える。
「彼の参謀の一人は元警視庁警備部のやり手官僚で、日本版FBIを作ろうと躍起になっていた時期がありますから、何か知っている可能性があります」
「OK。その人にも都知事経由で声をかけておきましょう。すぐには予定が取れないだろうし、この件について時間を取って話ができるのは少し間が空くことになるけど、それでいいかしら?」
「お嬢様の仰せのままに」
カリンがそう言うと二人は部屋を出て行った。
はてさて、今回はどんな案件が出てくることやら。
現代社会で乙女ゲームの悪役令嬢をするのはちょっと大変 の第四巻出ましたね。
私は電子書籍で読んでおりますとも。メイド長の挿絵が怖いのなんの。
そして四巻を読み切って気づいた。コレ何もフォローしないと恋住総理がダブスタのクソオヤジになってしまう。それはそれで面白いんだけどなんか補完を入れておかないとまずそう。
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血なまぐさいお茶会
感想ありがとうございます。
話を少しでも進めたいのでやや巻き気味にします。
恋住総理のフォローは当てがあるのでどこかで書く。
Side 桂華院瑠奈
数日後、東京都内の住宅街にある喫茶店を貸し切り会合が設けられた。ただし場所は九段下でも霞が関でも永田町でも丸の内でもなく東京の下町にある喫茶リコリコである。アンジェラと元官僚が口をそろえて「この件について話をするならばお嬢様の自室よりも信用できる」ということで選ばれた。確かにここなら私の使用人すら勝手に入ってくることはないけれども…。揃ったのはわたし、白人女性二人、老人が一人、そして長老が一人。全員集まったことを確認しつつ会談の口火を切る。
「さて、まずはそれぞれの自己紹介から。わたしは桂華院瑠奈。ここのメンバーならこれで十分よね」
「わたくしはカリン・ビオラ。桂華電機連合のCEOを務めております」
「私はアンジェラ・サリバン。桂華金融ホールディングスのCEOですが、ここでは元OGA*1の人間と言っておきましょう」
「わたくし佐々木と申します。岩沢都知事の選挙参謀をしております。出身は警察庁*2です」
「わしは
後田を名乗った長老はそう言うと軽く咳き込み、店員に水を求めている。黒人の店主がお茶を長老に出している。長老がお茶をすすり落ち着くのを待ってから会談が本格的に始まる。
「落ち着きましたか?それでは話を始めましょう。きっかけはわたしがそこのカリンから提出された案件によるもので…」
わたしがことのあらましを説明しようとするところを後田がさっそく遮る。
「お嬢様、心遣いはありがたいがわしもすでに佐々木君からあらましは聞いておる。そこのアンジェラ君とやらも似たようなものだろう」
「その通りです。私もこの件は把握しております。速やかに本題に入っても…」
「その本題に入る前にお嬢ちゃんとカリン君にお聞きしたい。君たちは
アンジェラの発言をまたしても後田が遮る。その顔は齢九十の爺とは思えない迫力を持った視線をお嬢様と白人女性に向けている。
「命ならとっくに狙われているわよ。刺客から手榴弾を取り上げたこともあったわね」
「わたくしはビジネスマンです。企業家人生をささげることは最初から覚悟してます」
「ならばカリン君はここから出ていきたまえ」
「失礼ですが理由をお聞きしても?」
「これ以上足を突っ込むと下手をすれば本当に死ぬからだ。今ならまだ間に合う。覚悟がないなら帰りなさい」
後田のつっけんどんな態度に苛立ちを覚えるカリン。わたしがカリンに声をかける。
「この様子だと今回の件は相当にヤバいらしいわね。カリン、今あなたが帰ったとしてもわたしはそれを非難しないわよ」
「わたくしは元の会社を追い出されたときにお嬢様に拾われてこの場にいます。お嬢様がリスクを取られるのでしたら、わたくしも同じリスクを背負いましょう」
「わたしのような警備は望めないわよ?」
「覚悟の上です」
後田はため息をついた。
「なんと素晴らしい忠誠心か。彼女は貴重な存在だぞ。さてお嬢ちゃん自身はどうかな?君は命を…いやこう言おう、
「なんで故人が現世の人間を殺しに来るのよ。亡霊か何かにでも憑りつかれているのなら、いい祈祷師を知っているわよ」
「亡霊か。言いえて妙だな。いいかい、君は今から祖父の残した亡霊と対立することになる。そしてそれは確実に実弾が飛んでくることを意味する。
「なんで拳銃だってわかるのよ」
「それ以上ききたいのならば覚悟をきめなさい。今、この場で」
沈黙が喫茶店を支配する。
「今更私の命を狙う人間の一人や二人増えても構わないわ。話を続けましょう」
「桁が三つは違う。数千人が君を狙うことになる」
「あら怖い。アメリカにでも逃亡しようかしら」
「この件に関わるならそれが最も賢明な選択かもしれない。桂華院瑠奈、最後に確認する。君は君自身の祖父が残した数千人の刺客から狙われる覚悟があるのかね?」
「はい」
長老の語気を圧倒する声でわたしは即座に回答した。それを聞くと長老はその表情を少しだけ緩める。
「ならば本題に入ろう」
「その前にわたしからも質問。アンジェラには何の確認も取ってないようにみえるけど?」
「OGA、いやCIAはこの組織について最初から把握してましたから。お嬢様」
「はぁ。私もまだ
当てつけの意味を通常の三割増しでぶつけてやる。
「それでは改めて本題に入らせてもらうが…」
後田が自らが
この国には好ましくないものを秘密裡に排除する組織が幕末から存在していた。組織の実行部隊は「失っても後腐れのない人間」、つまり孤児たちで構成されている。
明治維新後、西園寺家はこの組織を自らの華族特権でもって保護し続け、その見返りに組織は西園寺家に対して多大なる貢献をしてきた。瑠奈の祖父に当たる桂華院彦摩呂は特高警察という立場を利用し、終戦のどさくさの中組織をアメリカに売ることで自らを桂華院家に取り入らせた上で組織の監督権を西園寺家から引き継ぐ形で手に入れた。
アメリカ、特にCIAと軍情報部は組織を日本における反共・対反乱部隊としての価値を見出し、政治・物資の両面から全面的な支援を行った。かくして組織は桂華院家の華族特権とアメリカの全面支援を後ろ盾として、反共作戦の名の下に主に左翼系活動家の暗殺や大陸系・北日本系情報組織のアジト襲撃といった白色テロを多数実行し、その大部分を隠蔽することで日本の治安を
その組織は戦前では「八咫烏」と呼ばれた。「樺太の子供達」はこの分流であるが北日本統一の際に明るみなって解体され、大部分は桂華院家が引き受けた。その受け皿として成立したのが「北樺警備保障」である。しかし南日本の「八咫烏」は未だに露見していないため解体されず残っている。南日本では(主にアメリカの差し金で)「DA」と呼び名を変え、実行部隊は「リリベル」または「リコリス」と呼ばれる少年少女たちである。そして実行部隊の総数は後田が警察庁を退官する1972年にはベトナム戦争に伴う左翼運動真っ盛りだったこともあって十万人以上に達していた。退官以降は正確な状況を知らないが現代でも最低で五万人規模は維持されているだろうと後田は見ている。なおアンジェラがCIAで現役だったころには約七万五千人だったらしい。
良くも悪くも世間の注目の的であるわたし「桂華院瑠奈」がDAに関わればたちまちDAはその存在を暴露されるリスクに晒されることになる。そしてDAは秘密を守るためならば殺しを躊躇しない。対象がたとえ日本一の金持ちであり後ろ盾の親族である桂華院のお嬢様であろうと構うことはない。「祖父の亡霊に命を狙われる」ということはそういう意味である。ただしDAもバカではないので桂華院瑠奈本人を消した場合経済麻痺とお家騒動で日本中が混乱することは分かっている。ゆえに
後田とアンジェラの話はカリンを驚かせるに十分であったが、わたしを驚かせるには少し足りなかった。わたしは自分自身の祖父が特高警察の関係者であることを知っていたし、また自分の周りに侍る使用人の出自から心当たりがあったから。ただし「五万人から七万人が秘密裡に動員されている」事実には衝撃をうけた。三個師団分に相当する若者が「動員」されていること、そしてその事実を組織の存在自体から隠蔽されていることは私にも予想外だったからである。
少しばかりの間をおいてしわの寄った眉間を左手で揉みながらわたしは話を続ける。
「要するにわたしの祖父様がやってくれた工作の名残がいまだに健在で、それに私が関わるのは本来あってはならないこと、ということね」
「わしが知っていることは全て伝えたつもりだ。だがわからんことがある。なぜDAは今更になって巨大な計算機なんぞ組み立てようとしているかだ」
「そっちの方面はわたしのほうが専門だからDAの話と引き換えという形で説明してあげるわ。DAはコンピュータ…巨大な計算機の力で日本国民を監視するつもりよ」
「わたくしも後田さんもそこがいまいち想像できないところなんですよ。コンピュータは入力を処理して記録として貯め続ける機械でしょう?新幹線や飛行機の発券記録や通話履歴なら今でも令状を取れば閲覧できるでしょう?」
「あー、そうよね。確かにコンピュータは情報を処理して記録するだけかもしれないわ。だけど裏を返せば
元警察官僚二人はお嬢様の話に食い入るような目線を向けながら聞く。しかし割と新しい人間であるアンジェラは訝しげな表情を浮かべている。
「お嬢様、失礼ですが私にも到底想像のつかないことです。この国には観光客などの一時滞在者も含めれば二億人近い人間がいます。それらから発信されるすべての通信を傍受し記録し続けようとすれば、記憶用のコンピュータを格納するための高層ビルが毎年建つことになりませんか?いくら秘密組織とはいえそんなハコモノを毎年作るわけにはいかないでしょう?」
「アンジェラ、逆に考えてみて。DAは暗殺部隊、
それを聞いてアンジェラは合点の表情を浮かべる。それを片目に見ながら私はさらに続ける。
「それにコンピュータは一つ大きな強みがある。情報の抽出といった特定の作業ならば一瞬で済むことよ。例えば特定の番号のクレジットカードで発券された新幹線の切符を洗い出すとかね。はっきりとした資料を出すことはできないけれど、今回わたしがDAについて知ったきっかけとなった案件には『即時性』という項目がことさら強調されていたわ。おそらくDAは『今まさに切符を購入しようとしている』という情報をコンピュータで捕捉して、その新幹線の中で暗殺を実行する仕組みを作ろうとしている。警察が令状で引き出せるのは『この日に切符を購入した』という情報でしょう?それではこんな芸当はできないでしょうね」
今度はカリンが納得していない表情を浮かべている。
「お嬢様、それは流石に飛躍しすぎでは?この国で今この瞬間に何枚の切符が発券されているか考えてください。その膨大な切符の中から特定の一枚を抜き出して対象の移動先を判別するなんて、いくら高性能のコンピュータでも難しいでしょう?」
「そうね。
わたし自身が持つ携帯電話をちら付かせながら話してもカリンの表情は変わらない。
「加えて今のコンピュータでもそういった芸当は不可能じゃない。極めて小規模であればすでに実例はある」
え?という声が老人二人から上がる。
「『トライアド・アミューズメント』。わたしの系列のゲームセンターが何でケーカカード支払いにしているか知ってる?店中の監視カメラの情報と突き合せてカツアゲやスリで手に入れたカードを使っている不届き者をあぶりだすためよ。流石に店の中や出口のそばで捕まえることは法律の都合で難しいからやらないだけで、雑居ビル一棟の中であれば『この人間が犯罪に手を染めている』ことを短時間で捕捉することは今でも可能だということ。この仕組みを改良し続ければ二十年後には日本、いやそれ以上の人口を持つ国でも完璧な監視体制を組み上げることは不可能ではないでしょうね」
わたしの説明に残りの四人は納得する。後田とアンジェラの顔には少しだけ魅惑の感情が浮かんでいるが、それを無視して話を続ける。
「911、成田、新宿…世界でも日本でもテロとその未遂事件が頻発する中で、DAの予算が増強されていることは想像に難くない。でも景気がそこそこ良いこの国で万単位の動員をこれ以上拡大することは政治として許容し難い。『
岩崎が製作中のDA向け巨大コンピュータシステム…仮称『ラジアータ』をどうするか。ことがことだけにこの日は結論を出さず情報交換に留めることが決められた。華族、経済界、CIA、警察、政界のそれぞれの意見と立場を交換する。一通りのやりとりが終わった後、本件についての提案がある場合は信書をわたしの下へ送付すること、次の会合もまたこの店で行うことが決められ、この日は散会となった。
お嬢様、アンジェラ、カリンの三人は喫茶店を出た後、近くの駐車場に停めてある一台のリムジンに乗り込む。走り出して少ししてからお嬢様が切り出す。
「アンジェラ、あの店もDAのフロントでしょう?」
「…いつからそう思われたのですか?」
「あなたがあの店を強く勧めた時点でおかしいと思っていた。DAだという確信に変わったのは警察上がりの老人までもが同じ店を指定したから。警察のフロントはすでに老人自身で務まるはず。ならば九段下ではなくあの店を選ぶ理由は限られてくる」
アンジェラは観念した表情を浮かべる。お嬢様はそれを気にせず話を続ける。
「DAのフロントで会合をする理由は『桂華院瑠奈は知っているぞ』とワザと知らしめるため。あとは『何を話していたか』を共有させるため。でも『何をしようとしているか』までは知らせるつもりはない。そうでなければ会合とは別に信書をやり取りする段取りをする必要はないのだから。まあ今頃あそこの店長は、DAとやらの本部に連絡をしていることでしょうね」
アンジェラは何も言わず、ただ車を出すように運転手に手で促しただけだった。
次回は視点をDA側に変えます。『what should we do?』
年末年始の下りがあるので少しが間が空くかも。(コミケではなく)
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What should we do?
あけましておめでとうございます。(2023/1/2)
はい、リコリス側の話も始めていきますよー。
なおリコリスはほとんど出ない模様。
本作ではリコリスもリリベルもDAの管轄、という設定です。
組織分けても話が無駄に伸びるだけですので…。
「おい千束、珍しいな。お前がライセンス更新期間の早い時期にこっちに来るなんて」
更衣室にてフキが千束に対して問いかける。
「あー、先生がちょっと楠木司令に用事があってね、ついでに私も来ちゃった」
「え?先生がこっちに来てるのか?」
フキの表情が珍しいものを見るそれから敬慕に一瞬で変わり、自分が着替えの途中であることも忘れて千束に詰め寄る。
「おぅおぅおぅ食い気味ですねぇフキさん。わかったわかった。先生の方が時間かかるだろうし、用事が終わったら噴水前に行くように促しておくから落ち着け落ち着け」
完全に人払いをした司令室にて相対する大人たち。彼らを囲むテーブルの真ん中に置かれた録音テープを聞いているのは、女性部隊であるリコリスを率いる楠木、男性部隊であるリリベルを率いる虎杖、およびその二人の腹心が一人ずつ、最後に本件を持ち込んできた当事者のミカである。
ミカが録音テープを止めると楠木と虎杖が話を始める。
「…まさか情報収集システムの構築案件に関わる取引から糸を引かれるのは予想外でした」
「あのお嬢様に気付かれないように桂華院家関係者への情報統制は厳重に行っていたのだが、企業内の情報共有までは流石に我々も完全には制御しきれないからな」
「桂華院瑠奈嬢にはせめて成人するまでは気づかれたくなかったのですが」
「さらに厄介なのは桂華院瑠奈嬢が我々の存在を知っていることがすでに警察側にも把握されていることです。今のところ岩沢都知事を経由した佐々木氏の伝手により後田氏が個人的に接触しているという建前ですが、すでに警察庁と警視庁には知られているとみて間違いないかと思われます」
「アメリカも把握しつつあることもな。大方佐々木氏は我々にそのことを伝えるためにリコリコで会合を開くように仕向けたのだろう」
虎杖はそう言うとグラスの水を呷る。
「お嬢様に知られたことを今更言っても仕方ない。大事なのはこれからどう対応するかだ。と言っても我々が取れる選択肢は二つしかない。『取込』か『排除』だ」
「冗談でしょう?そんなことをすれば日本は大混乱です。治安組織が原因で治安が乱れれば組織そのものが『排除』です」
楠木の指摘に虎杖は乾いた笑いで応える。
「はっはっは。そもそもアメリカとロシアが強固に守っているお嬢様をリコリスやリリベルで殺せるわけがない。いや、可能な者が一人だけいるな」
「それを命令すれば千束は銃を我々に向けるでしょう」
楠木の指摘にミカは黙って頷く。
「まあそうだろうな。今の我々に選択肢はない。ゆえに今回の議題はこうだ、『お嬢様をいかにしてこちらに取り込むか』」
「お嬢様はDAの存在を把握しておりますが、DAは本質的に実働部隊でしかありません。話をするならもっと上が動くべき案件なのでは?我々だけでは取引できる材料は限られます。」
「その上からのお達しだ。我々はあくまでも『警察と協調している独立組織』という体裁でいるようにとのことだ」
「桂華院家と米国の支援だけで成り立っている組織として振舞えということですか?」
「そういうことになるな」
「そんな無茶な…」
その場の全員が頭を抱える。
「楠木君、その時が来た場合は桂華院嬢への応対は君とリコリスで行ってもらおうかと思っている」
「それは構いません。錦木千束の件を処理した際の条件のひとつでしたから。ただ上と折衝を行って『どこまで開示してよいか』の範囲の確定だけはお願いします」
「その件についてはこちらにてすでに上と話をつけてあるので今から話そうと思う。その前にミカ君、桂華院嬢についてこれまで以上に協力してもらうことになるだろうが、リコリコの店長として異存はないな?」
「問題ありません。あの喫茶店はそのために作ったようなものですので」
ミカはかしこまった口調で答える。虎杖はそれを聞いて話を続ける。
「さて、方針は決まっているので実務的な話をしよう。まず桂華院嬢の身辺監視についてだが…」
適時挟まれる休憩の時間を除いて、司令室は虎杖、楠木とミカの会話とその内容をメモする二人の腹心のペンと紙の音で満たされ続けた。
ミカが打ち合わせをすべて終えたころには日も沈み施設内も夕食時になっていた。すでに夜が遅く東京への最終電車に間に合わなくなっていたため、ミカは同行していた千束とたきな共々施設にて一泊することになった。最終的にフキがミカと会えたのは、太陽も沈み彼女が入浴を済ませた後のことである。フキが「先生と会うなら入浴後にしたい」と千束に伝えたからであるが、千束とサクラは笑顔でそれを聞いていたので、フキが顔を真っ赤にして二人に殴りかかるという珍事があった。
デザイナーズメモ:少女達の年齢
17歳:千束、フキ
16歳:たきな
15歳:サクラ
14歳:瑠奈
実はお嬢様が一番若い。
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(番外話)才能の花を開かせるために
感想欄でヨシさんの下りに触れられたので、突貫工事で作成。時系列的にはジオフロント完成式典の直前当たりを想定。
一応アラン機関の人間の設定です。千束との絡みはどうしようかな。一応接点は作れるんですが。人工心臓はさすがにオーパーツですしね…。
Side 吉松シンジ
テレビ番組の録画の映像だが、目の前に映る一人の少女。私はこの少女に大いに注目している。
神は時として人に才能を与える。スポーツ、文学、芸能、医療、科学…果ては殺し。才能を与えられたものはその才能を世界に届ける使命を生まれながらに持つ。しかし「神は二物を与えぬ」という言葉が示すように、才能にはえてして代償が伴う。目が見えない、手が使えない、足が無い…または心臓が弱い。そういった代償を補うことで、神から与えられた才能を世界に送り届けさせる。それが我々アラン機関の使命である。ただごく稀にだが、自らとその周りの力のみでその才能を世界に送り届ける幸運なものもいる。そういった者の幸運が尽きたときもまた、アラン機関は救いの手を差し伸べる。それもまた使命だからである。
しかしこのテレビに映る少女は、我々からしてもかなりイレギュラーな存在である。なぜなら彼女の使命が何かを我々が見極め切れていないからである。彼女が無能だからではない。有能に過ぎる…いや、彼女の場合は「何でもできてしまう」からである。金を持たせれば一年で莫大な富を築き上げ、政治に絡めば繋ぎの一代とはいえこの国の政権を作り上げ、歌わせればコロラトゥーラ・ソプラノを歌いきり、映画を撮らせればオスカーを取り…代償どころか苦手なことを探すことさえ難しい、と我々の情報部門に言わしめた万能の傑物、いや怪物。
――彼女は『万能』という名の才能を得たのであろうか?
それが事実ならば我々は彼女が『なんでもできる』ようににするための援助を惜しみなく与えなければならない。神からの才能をこの世界で輝かせることこそ『アラン機関』の使命なのだから。そのためならば、国の一つや二つをひっくり返すことを躊躇してはならない。才能の価値の前では、それは些末なことなのだから。
だだし現状でのアラン機関としての結論は「実際に支援のための行動を起こすべきではない」ということである。彼女は今幸運の中にいる存在であり、我々が手を貸す、または下す必要はないという理由からだ。アラン機関は支援した後の人物に再び接触すること、そして二度支援を行うことを禁じているからでもある。そして私はこの決定にはあまり満足していなかった。
――彼女の才能を満開にさせるために、彼女が今一番欲しているものは何か。
「大人に抗する力」を最も欲しているに決まっているじゃないか。
彼女の才能を最も束縛しているものは、彼女自身の周りにいる大人たちであることは明白である。ただ悩ましいことに、今彼女自身がその才能の片鱗を発揮できているのは彼ら自身であることもまた事実。どうすれば彼女の才能の助けになるだろうか?「大人たちに抗する」ことができるためには何が必要だろうか?
――「力」だ。「力」を与えればいい。
だからといって私自身が「力」を与えてしまってはならない。それはアラン機関の決定に完全に逆らうことであるからだ。才能を世界に届けるために私が組織から文字通り身を切られるのならば、それはそれで本望ではある。だが一度そうなれば彼女は永遠にアラン機関から見放される。私が危惧するのはそこだ。
ただアラン機関は「支援すること」そのものについては否定しているが「接触すること」ならばその限りではない。また幸運なことに彼女には「力」を手に入れるだけの財がある。そして私は個人的にだが「力」になりうる存在を知っている。彼女と同年代で、彼女の矛と盾になりうる存在を。彼女達が「力」になれば、「上回る」とまではいかなくとも「釣り合う」ところまでは持っていけるだろう。私個人が今できることは彼女とその存在を繋げるだけだ。あくまで彼女自身の財で「力」を手に入れるのならば「アランが支援した」ことにはならない。かなりグレーな解釈であることは承知の上だ。
彼女は急速に『大人』になりつつある。可能な限り速やかに彼女に「力」を持たせなければならない。日本の『とある組織』は彼女に「力」を与えてくれるかもしれない。またその組織は最近羽振りがいいらしく大きなプロジェクトを始めようとしていると聞く。試しに彼女にそのプロジェクトの情報を流してみることにしよう。彼女が本当に『万能』であるのならば、そのプロジェクトの
そのような物思いにふける中、目の前の映像に映る彼女は、早朝の地方の主要駅に到着した乗合高速バスから降りていた。全てを悟ったような眼で。
シナリオ上アラン機関と吉松さんの出番を入れられる見込みがないので、挿入話的なところでの登場でお茶を濁してみる。
デザイナーズメモ:少女達のスタイルの良さ
千束 ≒ 瑠奈 > サクラ > たきな > フキ
17歳に張り合う14歳。伊達にこの歳でグラビアを売っていない。
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選択肢(1)
二日市とふろう先生よりお礼回をいただきました。
感謝の極みでございます。
https://ncode.syosetu.com/n3297eu/661/
あの人のエゴサの力どうなってるんですかね?身内のDiscordぐらいしか広報していなかった気がするんですが。
精神が不安定なので感想返しはもう少し待ってください。
ちなみにお礼回を知ったのは感想欄の記述だったりします。
Side 桂華院瑠奈
件の会合から一週間後、東京 九段下。
私「桂華院瑠奈」は自室にて四通の便箋に見下ろしている。あの日あの店にいた者の中で店員も含めて最も若い自分自身が最終的な決裁者であることをこれらの封筒はまざまざと示している。わたしは思う。おそらく一番合理的な選択は、これらの封筒を全て燃やして、『そのような組織も案件もなかった』という形でふるまい続けることだろう。たまに『きまぐれ』であの喫茶店に顔を出して、店主と『世間話』に講ずるだけ。しかし、『日本の負の遺産』に長い間触れてきた自らの経験と『遺品整理士』としての自負がそれを拒絶する。
意を決して便箋の封蝋を破る。差出人は最も暗殺に近い人。前後の挨拶といった前置きを軽く読みつつ本題に集中する。
……… お嬢様はご想像いただけるでしょうが、わたくしはDAという存在を認めません。家柄の伝統に縛られた者たちに一度煮え湯を飲まされた身からすれば*1当たり前の話です。またビジネスマンとして、自分自身はともかく部下や同業者が法律の根拠なく監視され、あまつさえ暗殺されることがさも当然であるという環境に身を置くことを到底承服いたしかねます。 幸いなことにお嬢様にはDAを監督するための正当性を持ち、多少のことをものともしない胆力と財力をお持ちでございます。DAという組織をお嬢様ご自身が引き受け、その組織を完全に解体する意思を表明されるのでしたら、わたくしはその決断を祝福するとともに、あのクソッタレギャンブラーと共にわたくしの持てる力を惜しみなくその事業に注いで御覧にいれましょう。 ……… P.S. お嬢様が『見て見ぬふり』を選択されるのでしたら、わたくしは自らの身を守るために桂華電機連合のCEO職を辞してアメリカに渡る所存です。わたくしの提案でなくとも構いませんので、どうか『ご覚悟』を決めていただきたく存じます。 Sincerely. カリン・ビオラ
まあ当然と言えば当然か。生まれてこの方ビジネスマンとしてやってきた人間ならば「いつ殺されるか分からない」「企業秘密を含めてすべてのやり取りが国家に渡る」ことは全く承服できないだろう。手紙を監視カメラから見えないように慎重にたたんで机の脇に動かし、次の便箋を破る。差出人はもう一人のアメリカ人である。
……… 本件について合衆国とあまり関わり合いになりたくないというご意思をお持ちでしたら先に謝罪を申し上げておきます。私のほうでワシントンのつてに個人的に連絡を取りました。現在の世界情勢に対応することに精いっぱいのため、カンパニー*2は今回の件について積極的に関わるつもりはないとのことですが、ビューロー*3とペンタゴン*4はラジアータおよびお嬢様があの場でおっしゃったことについて非常に強い関心を示しております。ただし暗殺部隊の存在については三者ともに時代遅れである、という認識が強いようです。 カンパニー、ビューロー、ペンタゴンの三者の意見をまとめますと、この件に関する最も理想的な解決方法は、DAの監督権をお嬢様が継承したうえで暗殺部隊のみを解体し、ラジアータという仕組みは残すことであると考えます。暗殺部隊の存続並びにラジアータを引き続きDAとして秘密にするか、公の組織として法の枷をはめるかは別途詳細について相談する余地は十分にあると考えます。お嬢様がDAを掌握し、またラジアータを維持する場合、ペンタゴンはお嬢様に対する支援を一段階上げることを検討するという言質を非公式なルートですが取得しております。 ……… P.S. この手紙の内容は合衆国政府の公式な見解ではなく、この手紙と異なる結論が下された場合でも合衆国は貴方様に対する態度を変更することはない、と明記しておきます。 Best Regards. アンジェラ・サリバン
左眉と口元を引きつらせながら先の手紙と同じようにたたんで脇に動かす。彼女の経歴を考えれば不思議でも何でもない主張である。アメリカ…いや中東の市街地や山岳地で度重なるテロ攻撃に悩まされる軍隊からすれば民間通信を傍受して即座にテロの予兆を掴もうというラジアータという試みは興味深いプロジェクト。ラジアータ計画を破棄ないし妨害すればアメリカの国防族は私への支持を取りやめる可能性がある。だからそれをみすみす捨てるな、という分かりやすい圧力である。次にどちらを手に取るか思い悩む。30秒ほどの間をあけたのち、手に取ったのは長老の信書。彼は恐らくこの件については最も頼りになる人の一人である。彼に従うことが最善なのだろうか?
……… DAという組織はその特殊性ゆえにその能力を十全にかつ円滑に発揮することができるかは庇護する者の素養に負う。君の祖父はそのことをよく知るがゆえに庇護者の一方にアメリカという国家を選んだ。君の父親はそれに反発し自分ですべてを切り盛りしようとして失敗し、闇に葬られた。DAは庇護者ですら脅威とみなせば抹殺する。この国の体制に楯突くことは時として死を意味することを常に忘れないでいただきたい。 君にとって最も賢い選択は『見て見ぬふりをすること』であるが、君がそんなことをする人間だとは私は思っていない。ゆえに次善の策を提案する。桂華院の人間としてDAを庇護し、その組織体制には基本的には手を付けないことだ。その上でラジアータの機能や能力を拡充していけば、多少リリベルやリコリスの数を減らしたとしてもこの国の治安の維持増進を継続することができるはずだ。君のこれまでの言動と実績を加味すると、ラジアータという新しい構成要素を用いて新しい時代に適応した『八咫烏』を定義するに最もふさわしい人物は君をおいてほかにいないと私は断言する。 どうしてもDAの力を削ぎたいのであれば、私が死んでから行うがいい。ただしこの場合に考慮にいれなければならないことは、曲がりなりにもDAは一世紀半近く日本の治安を守り続けてきた組織であるということだ。DAの力を縮小することは日本における凶悪犯罪の抑えのひとつを取り除くことに等しい。その後の日本がどういった治安情勢になるか、私には想像できないし、したくもない。 世の中きれいごとだけで回らないということは、政財界に深くかかわる『小さな女王様』ならばよくわかっていることと思う。先の短い老人の頼みと言えばそれまでだが、どうかこの国にとって最善の選択を取っていただきたい。 ……… 追記 君がDAを庇護し導くに足る人物であることを証するために、直筆の推薦状を同封している。必要ならば使ってもらって構わない。 敬具
手紙の内容に頭を抱える。自分の父親はバブル崩壊での事業失敗で追い詰められ、「COCOM違反」によるスキャンダルがとどめとなって自殺したとは聞いていたが、それすらダミーで、実際はDAの主導権争いに敗れて処分されていたとは。あのクソ親父は本当にろくなことをしてくれない。しかもこれが事実ならばDAはその娘である私にいい顔はしないだろう。あの長老がDAを納得させる
軽い頭痛を引っ張りながら最後の封を開ける。差出人は会合ではほとんど無言であった作家先生の参謀。
………
日本警察としての意見は後田さんが書いていただけると信じておりますから、わたくしは岩沢都知事の安全保障のアドバイザーという立場から、ご友人である桂華院瑠奈嬢にとって最も安全となる方策を提案させていただきます。
貴方のご祖父さま、桂華院彦摩呂殿に学ぶのです。彦摩呂殿はDAという組織を庇護するとともに、DAという組織を自分への脅威に対し一種の私兵として運用することに長けていたと聞いております。ご祖父様のようにDAを上手く使いこなすことができれば、あなた様の安全はより一層強固なものとなるでしょう。後田さんとわたくしは貴方様がDAを指導されることこそこの国の10年後にとって最良の選択であると認識しております。お嬢様は彦摩呂殿にはない強力な『表の力』がありますから、『裏の力』であるDAを掌握すれば、ご自身の立場を表と裏両方から補完する非常に強固な体制を整えることができます。
ラジアータについては私個人としてはあまり仕組みとして納得はしかねますが、DAを統べる立場として考えた場合、お嬢様が予想する未来へ進むのであれば、将来的に一層強力な武器としても使えるようになるはずです。ゆえにこの試みにつきましても十年、二十年と継続して拡大発展を続けるべきであるとわたくしは考えております。
この国の相手の力を活かして自分の矛となす合気道というものがございます。これにならい、自らに降りかかる力を自分の力として活用することこそ、貴方様ご自身の安全を最も確実に保証するとともに、この国の安全保障に対する脅威への確実な対処を行う体制を整えることができるようになると信じております。
………
謹言
ちょっと待て、警察出身者がこれ書いていいのか、おい。極秘の独立系治安維持組織という特大の爆弾を抱えることは覚悟していた。しかしそれを「私兵にしてしまえ」とは、これまた大きく出たものである。私がリコリスやリリベル使って恋住総理の暗殺を試みる、なんて事態を考慮していないのかしら?実際にやる気はさらさらないし、やったとしても武永大臣までにするけど。…そんなおふざけは置いておいて、私の(政治的・物理的両面においての)
さて、四人の提案を読んだところで頭を整理しよう。
ハーメルンのフォント機能で遊ぼう回。
ちょっと冗長になるので、手紙を読む回と要点をまとめる回で一度分けることにしました。
お手紙読んで、方針決めたら各所への根回し話をすっ飛ばしてお嬢様にDAに乗り込んでいただこうか検討中。
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選択肢(2)
二日市先生のツイート以降UAとお気に入り登録数、感想が爆発していて効果を実感する今日この頃でございます。
お手紙の内容をまとめてお嬢様が方針を決める回になります。
さて、四人の提案を読んだところで頭を整理しよう。
今のところ私の選択肢は五つである。
A :DAの存在をみなかったことにする
B :DAの組織を掌握し、
ラジアータ・リリベル・リコリスすべてを解体する
C :DAの組織を掌握し、
ラジアータを残しつつリリベル・リコリスは解体する
D :DAの組織に関わるが、
その運営や方針には基本口出ししない
E :DAの組織を掌握し、
ラジアータ・リリベル・リコリスすべてを手に入れる
この上で私にとっての
・桂華グループ、特にムーンライトファンドの主要メンバーは
DAについて何らかの立場をとるべきであると考えている
・現在の桂華院家はDAの庇護者的立場である
おそらく私がDAに関わることを良しとはしないだろう
・アメリカ、特に国防族はラジアータ計画を継続することを要求している
・日本警察はDAの組織を可能な限り、
リコリスとリリベルを含めてそのままで残すことを望んでいる
ここからまず導き出されるのは選択肢Aは論外だということ。つまり私は少なくともDAに関わる立場にはいなければならない。そうでなければ今の桂華グループ首脳部が分裂する。また「アメリカ政府が態度を変更しない」ということはアメリカからの政治的支援が今後縮小することを意味するからである。
となるとDAとどこまでかかわるのかという話になるが、ここで最大のリスクになってくるのが「華族特権」である。桂華院家とDAのつながりは主に「不逮捕特権」による組織の保護に基づいている。恋住政権の注目政策のひとつとして「華族特権の見直し」が大っぴらに掲げられ、いつ梯子が外されるか分かったものではない。この状況で「不逮捕特権」を前提とした組織に関わること、ましてや維持し続けることは私の父よりもヤバいスキャンダルの原因になる可能性が非常に高い。二十年…いや三十年後のラジアータならば情報操作で何とかしのげるかもしれないが、それまでは自分自身の力で秘密を守り続けなければならない。そうでなければゲームでのエンディングにある関西空港にたどり着く前に一族郎党銃を突き付けられてジ・エンドである。
これを回避する方法として選択肢Bはどうだろうか?「DAという組織が存在していました」ということを公表し、「桂華院家は真相究明と組織の再編に責任を持ちます」という体裁をとる。スキャンダルになる前に先に公開する一種の
付け加えればよしんば政治的ハードルをクリアしたとしても、男女合わせて五万人あまりの
そうなると選択肢のC、D、Eが出てくる。共通項としては私がDAを掌握し、その組織を曲がりなりにも維持し、ラジアータだけは維持ないし拡大していくという点だ。これらの選択肢を選ぶならば、少なくともアメリカからの支援は得られる。またリリベルとリコリスを維持するDとEの場合に限れば日本警察からの支援も得られる。DAの実権を奪われる格好になる桂華院本家についてはおそらくはいい顔はしないだろうが、推薦状をちらつかせながらDAという組織を残すことを説明すれば納得は引き出せるだろう。それでこれらの選択肢の違いについて考えていくと、つまるところリリベルとリコリスをどう取り扱うかという点である。
アメリカからすればソ連が消滅した以上「反共部隊」を維持する理由はなくなったので解体しても構わないということだろう。アメリカについては主たる関心はラジアータであって「反共部隊」の存廃はあまり興味がなさそうともとれる。ならばCを選ぶとすればリリベルとリコリスをどうしても解体したい場合に限られるが、日本警察を敵に回してまで実践する価値のあることかと言われると、少しばかり二の足を踏んでしまう。理由は先に述べたとおりである。
日本警察の目下の関心事は「対テロ部隊」の維持である。世界中でクルアーンを掲げて暴れてる連中がいるこの状況下で「対テロ部隊」は少しでも多いことに越したことはない。ゆえに最も穏健な選択肢としてはDとなる。桂華院本家との交渉を考えた場合でも、この路線でいくならば交渉はうまく進められるだろう。
一方私個人の身体の安全だけを考えるならば、裏から実力行使できる組織を自前で持つ選択肢Eも悪い選択ではない。現状でも警察、各種情報機関、PMC等々でガチガチに固められた身の上ではあるが、そこにDAという新たなレイヤーを加えるだけの話である。従来の組織とは異なる法に縛られない組織であれば露見のリスクを考慮しなければなんでもできるため新たな選択肢を(日本国内であれば、という条件付きではあるが)与えてくれる。例えば私の政治的立場を脅かす人間に対して「先制的自衛権を行使」するといった具合である。言葉にするとものすごく危険であることは承知の上だが、同時に少しだけ魅力を感じてしまうのもまた事実。カリンを含め桂華のビジネスマンから最大級の反発を食らうことを覚悟しなければならないが、それに対しては『親切な言葉』を掛ければよい。その時の私の懐には『銃』があるのだから。
そこまで考えたところでふと
「大人になるという事は、『可能性を切り捨てる』事でもあります。何にでもなりかねないお嬢様は、それこそ化物にもなりかねません。合衆国が多くの国の要人を受け入れて、文化交流をしている理由の一つに『独裁者の出現の阻止』というのがあります」 「今のままだったら、私がそれになりかねないと?」 「すでにお嬢様は巨万の富を得ており、日本有数の企業グループを支配下におき、学力が高いことはこのアンジェラ存じ上げております。これで軍隊格闘術まで習得されて一人で何でも出来るようになったら、どうして人の意見を聞きましょうか?」
うん、アメリカからするとリリベルとリコリスは邪魔だ。厳密には「
再度。
・桂華グループ、特にムーンライトファンドの主要メンバーは
DAについて何らかの立場をとるべきであると考えている
・現在の桂華院家はDAの庇護者的立場である
おそらく私がDAに関わることを良しとはしないだろう
・アメリカ、特に国防族はラジアータ計画を継続することを要求している
ただし私がリコリスとリリベルを手に入れるのをCIAは望まない
・日本警察はDAの組織を可能な限り、
リコリスとリリベルを含めてそのままで残すことを望んでいる
これはとてもややこしいことになっている。お互いの利害が複雑に絡み合った案件は何度も相手にしてきたつもりだった。しかし私がこれまで相手にしてきた案件は突き詰めれば『誰が
近代国家の本質は国内の暴力の独占である。これが確立されていない国家は近代的で機能的な国家であるとはみなされない。ソマリアが良い例である。どうも日本警察はDAを持った私を『警備会社社長』という立ち位置で見ているので、国の紐づきは十分に取れていると解釈している節がある。しかしアメリカは違う。DAに関わる私を、リリベルとリコリスを『黒シャツ』に見立てて『非常に強固な経済的裏付けのある
ん?そういえば私はDAについては聞かされているが、
方針を決めたら根回しの時間だ。
お嬢様、珍しく決断を先送りされる。判断材料が少なすぎるからね、仕方ないね。
根回し話のダイジェストを上げたらDAにお嬢様が乗り込む回を書きます。
ダイジェスト回単独で1,000文字いけるかな…?
この作品書くときに参考にしてる作品の需要とかあったら文字数稼ぎも兼ねて併記しましょうかね?
あともともと書いていた根回し話をダイジェスト化するので次の投稿は遅れる予定です。ご了承ください。
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お嬢様の根回し
お嬢様の挨拶回り、という名の根回し(ダイジェスト版)
ご無沙汰しております。
泥臭い根回しと言うかやり取りこそ「現代社会で乙女ゲームの悪役令嬢をするのはちょっと大変」の肝になっていると思っておりますが、クロスオーバーなのにお嬢様側だけを延々と描き続けるのはバランスが悪すぎるのと、個人的に早くDAやリコリスと絡ませたいのもありますので、一旦先にダイジェスト版という形で上げて、折を見て個々の詳細を上げていこうと思います。
お嬢様のNEMAWASHIリスト
直参
・橘 隆二
・一条 進
DAへの工作資金は自分の隠し口座から出さなければいけないため、口座を直接管理するこの二人の協力は必須のため二番目に根回し。今回に限ってはムーンライトファンドの表の金は使えないため、資金を動かす際には細心の注意が必要である旨の忠告を受ける。それでもドル札のままならばある程度融通を利かせられるあてがあるあたり、この二人もなかなかにしたたかなところがあると感心する。
なお北樺警備保障の要員を含め、メイドや護衛に対してDAに関する情報を伝えることはご法度である。各国の情報機関や企業の手が複雑に入り乱れていてどういった形で秘密が漏れるか分かったものではないからである。これはエヴァや北雲さんと言った『すでにDAを知っている者』も例外ではないものとする。必要ならアンジェラ経由で情報共有を行う。
桂華グループ
・岡崎 祐一
・カリン・ビオラ
今回の当事者のため方針はまず真っ先に私の方針を伝えるための打ち合わせを実施。カリンはやや不服そうな表情であったため、まずは『事態の全容(岡崎がいる手前具体的には話せない)』を把握するための措置であることは丁寧に伝える。
なおアンジェラは今回このグループには含めていない。
桂華院本家
・桂華院清麻呂
・桂華院仲麻呂
DAの現庇護者である桂華院本家の了承は最低でも取らなければならない。という訳で橘経由で会合の場を調整してもらう。場所は白金の本邸。流石に喫茶店に桂華院家を集めるわけにはいかない。
どうも清麻呂叔父様は仲麻呂お兄様にDAの件をまだ話をされていなかったようで、当面の間は叔父様と私の間だけの秘密の話として取り扱うつもりのようだ。その方が余計に面倒くさいと思うんだけど。
なお私がDAに関わる件については私が佐々木氏と後田氏の名前を出すや早々に観念した様子でしぶしぶ納得してくれた。この様子では私がDAに感づくことを予想すらしていなかったな。
日本政府
・国家公安委員会
・警察庁
・警視庁
言わずもがな。伝手は後田さんと佐々木さん頼み。ただし後田さんはご高齢なこと、佐々木さんは都知事経由で連絡を取らなければならないことが悩み。
この二人の紹介もあって根回しは滞りなく完了。本当にこの二人は頼りになる。
アメリカ政府
・アンジェラ・サリバン
今回の件でアメリカ政府とのメインのパイプ役。アメリカ側関係者との会談の場のセッティングはアンジェラに任さざるを得なかった。
この会談のために星条旗新聞の取材という名目で赤坂プレスセンターに足を運び、取材前後の懇親会という名目で関係者と会い諸々の調整を行った。
私はDAに関わるが、組織の処遇については内情を把握してから改めて方針を決定させていただきたい、という旨は了承を得ることが出来た。
秘密を守るため、エヴァを含めアメリカ紐付きの桂華側の人間に対し本件について伝える際はアンジェラとCIAを経由して伝えることが決められた。ただし私が話を合わせられるように開示内容は私に伝えられる。
以上、ダイジェスト版。早くお嬢様にDA乗り込んでほしいんじゃ。
アメリカか日本政府とやり取りするくだりあたりで金目の話が出来たらなあと思う。
次回、「現地指導」 多分次も間が空きます。
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お嬢様の現地指導
公爵令嬢の現地指導
二日市先生のご紹介によるバブルも落ち着いてきました。ありがたや。
あとツイッターで『生臭い』って形容されてました。
「お嬢様、わたくしはこのような役回りをするためにご学友となった覚えはないのですが」
「本当にごめんなさい。今日はどうしても代理を立てなければならないの」
九段下の私の邸宅の更衣室にて、目の前で明確に不服の意思を表す久春内さんに頭を下げる。ただし彼女の容姿は私に似せている。そして私は久春内さんの容姿を取っている。要するに久春内さんに私の影武者を今日一日やってもらうのである。一応今日は完全にオフとし、誰にも会うことはないから影武者はただそこにいるだけでいい。その間に私は『久春内七海として』車種と内装を北樺警備保障のそれと合わせたDAの車に乗って九段下を出発し、東京を管轄するDAの支部のひとつに足を運んで視察を行う。この日を用立てするためにアンジェラ、カリン、橘にはそれはもう骨を折ってもらった。
「お嬢様、大丈夫でしょうか?今回我々桂華の人間は一切同行が許されておりませんが…」
「ごめんなさい佳子さん。今回ばかりはどうしようもないの」
自室で佳子さんに平謝りする。本来護衛は複数の出自の人間で組むのが基本だからだ。実際私は一度護衛と二人きりになったせいで誘拐されたことがあるから、『護衛は相手方の要員だけ』という状態は使用人の長としても許容できるはずがない。ただ今回に限ってはやむを得ないので私の強権と橘の圧力で押し切った。DAと言う組織の秘密は何よりも(関わる自分の身の安全を担保する意味で)優先されるのだから。
「…で、その引率に行きつけの喫茶店の店員が当てられているのはどういう冗談かしら?」
あちこちに頭を下げてようやく乗り込んだDAの車にいたのは、学生服を着た喫茶店の店員だった。
「よっくぞ聞いてくれましたぁー!」
「時間が押しているのとここはまだ桂華の施設内ですので速やかに出発しますよ。ミズキさん出してください」
「あいあい。千束ー、舌噛むなよー」
そういう割には非常に滑らかに車を発進させる中原ミズキ。その手つきから察するに自動車の運転スキルはかなり高いとみて間違いない。
九段下の地下駐車場から出て東京の道を進む。天気は雨こそ降っていないが雲がかかっている。今日は東日本全域が曇りないし雨とのこと。車が首都高速に乗ったあたりで私は切り出す。
「つまるところあなた達が『リコリス』という訳ね。しかも私の護衛に当てられているということはかなりの手練れでもある」
「あう、せっかく私から自慢したかったのに…」
「あたしはリコリスじゃないわよ、ただのドライバー。DAなのは否定しないけどね」
「それと前後を挟んでいるのはDAのお仲間?」
「その通りです。このままわたしたちはお嬢様をDAの東京支部へお連れいたしますが、留意点が一つ」
「なにかしら?」
「桂華院家はDAの庇護者ですが、桂華院瑠奈嬢はまだ厳密には庇護者ではございません。DA施設の場所を開示することはできませんので、途中からお嬢様には目隠しをしていただきます」
井ノ上たきなの忠告を聞いて、秘密組織ってのは思った以上に徹底してるなあと一周回って感心する。今日という日をDAが指定してきたのも、東京周辺が軒並み曇りまたは雨なので太陽の角度からこれから行く先の場所を類推できないようにするためだろう。要するに私はまだDAから信頼されていないということである。そのままにするにせよ何かしら手を付けるにせよ、私に対する不信感だけは何とかしておかないとまずそうだと頭の中にいれておく。
車列はお堀端の環状線から外れ、渋谷、三軒茶屋と東京の中心地から外延部に向けて走り続ける。首都高速の終わりを示す料金所を過ぎたあたりで目隠しをされた。要するに東京支部は東京都心にはない、という情報しか私に与えるつもりはないらしい。私は抗議の意味を込めて目隠しを外されるまで余計な口を利かないことに決める。
どれぐらい走ったか正確にはわからないが、九段下から体感で三時間ほど走ったところで目隠しを外される。外から開けられた車のドアから外に出てみれば、目の前にはきれいに整えられた建物。想定される人員規模に比べて小ぶりなことから考えておそらく半地下式の施設の入り口だろう。いかに秘密組織とはいえ、国税局から逃れる方法は限られているからだ。*1
「ようこそDA東京支部へ、桂華院瑠奈嬢。私はこの施設の責任者を務めている楠木と申します」
特徴的な赤髪を短くそろえたややお年を召した女性がスーツ姿で挨拶する。周囲に侍る少女たちは錦木千束や井ノ上たきなと同年代に見え、また制服のデザインが同じことから考えて彼女達もまた『リコリス』であることは疑いようもない。
「本日はDAの組織につきまして応接室にて簡単な概要を説明させていただいたあと、本支部のリコリスと簡単ながら顔合わせの場を設けられればと思います。それではこちらへ」
そう言われて案内されるままに施設に入る。そこにあったのは空港にあるようなセキュリティゲート。
「この施設に入る際はこちらで身体検査を受けていただきます。基準は空港に準じますが、追加で筆記具並びに映像及び音声の記録機器の類も持ち込みが禁止されております。これは規則ですのでご了承のほどお願いいたします」
そう言われて係員の指示に従って手荷物を預けゲートをくぐる。錦木千束や井ノ上たきなも同様に扱われていることから外部から来た人間は一律にこの手続きをうけていることになる。楠木司令とその周りにいたリコリス達が手続きを受けていないのは出迎えのために外に出ていただけだからだろう。
応接室に通されて出されたグレープジュースを飲みながらDAについての概要を聞く。内容は後田さんに聞いたそれとあまりかけ離れたものではない。しいて言うならば後田さんが完全に政界から身を引き私が生まれた90年代あたりからの話が追加された程度だろうか。予想はしていたが911や成田、新宿の時にもリコリスとリリベルは出動しており911では地方都市にてテロのいくつかを未然に阻止することに成功したらしい。DAの組織の性質上彼女の言うことの裏が取れないので話半分に聞いておくが、それでもこの国の治安を裏から支える組織としてそれなりの能力を持っていることは確かなようである。その手段が完全に黒であることに目をつぶればだが。
「あなたたちについてはよくわかったわ。先にはっきりと言っておくけど、私はDAについて誰かに話したりするつもりもないし、当面の間は貴方たちに何かを指示したりするつもりはない。これまで通り日本の治安を陰から守っていただければそれで充分。ただ、まあ『ご挨拶』はさせていただくわ。ドル、円、トラベラーズ・チェック、どれがいいかしら?」
そう言って私は机に置かれているメモ用紙に金額を書き込み楠木司令に提示する。彼女自身に決裁権はないはずから、この数値をそのまま上に投げるだけだろう。私が取引として提示できる条件としては良くも悪くもカネしかないのもまた事実であり、そのことをDAが見透かしているであろうことは容易に想像できる。だったら先にこちらから切り出してしまったほうがいいという判断である。ただし金額は全力の一割にも満たない値を提示する。それでも米ドルで十万をポンと提示するあたり、成金になったなあと改めて実感する。これで何度目かと聞かれれば、パンの枚数と一緒だと答える。
「私の隠し口座から出すのとDAの組織の体裁を守る都合上、現金でドンとはいかないからかなり回りくどい方法を取ることになるけれど、即座に用意できるのはこれだけってところ」
「我々を『買収』するおつもりですか?」
「DAってのはこれっぽっちで買収できるほどお手頃な組織なのかしら?」
「DAを舐めないでいただきたい。我々は確かに秘密であるがゆえに動きにくい組織だが窮しているわけではない」
「でしょうね。こちらも買収する気はさらさらないわ。これはあくまでDAの組織の一部を開示してくれた『情報料』よ」
「『情報料』…ですか。わかりました、それでしたらありがたく受け取りましょう」
現金というものは渡し方が難しい。足がつかないようにするという意味だけではなく心理的な意味においてでも。ただただ渡すだけでは相手に罪悪感を与えてしまうことが圧倒的に多いからだ。なので渡すときには『くれてやる』という気持ちで渡すのはご法度である。「どうぞお受け取りください」という言い回しが生まれることがあるのはこのためである。ただし今回の私は「DAの情報をこの金で買う」という体裁をとることでこの点を繕いつつ、少しでも情報を引き出すための梃子の役割も担わせている。
こちらが提示した金額を吟味する仕草をしばらく続けてから楠木司令は私に向き直る。
「『情報料』の受け取りに関しましては一度経理部門と相談させていただきます。結果につきましては喫茶リコリコを経由して伝えることになるでしょう。それではこちらも料金に見合った商品をご提供させていただきます。リコリスとの顔合わせの代わりに東京支部の設備についてご紹介させていただきましょう」
目隠しされた時点で察していたが、やはりDAは私に最低限の情報しか渡すつもりがないらしい。少しばかりの金で一支部の設備という桂華院家の令嬢にとって重要であるか即座には判断しづらい『情報』を提示してくるあたり、この女性も一筋縄ではいかない人間であることがうかがえる。それでも私は楠木司令の申し出を受けることにする。相手が「出す」と言っているモノを無下に断るほど私も愚かではないし、今この瞬間はDAにその身を預けている以上下手な詮索や反発をしないことが文字通り身のためだからだ。
楠木司令に先導され、錦木千束をはじめとしたリコリス数名を引き連れてDA東京支部を回る。ついてくるリコリスは錦木千束や井ノ上たきなと同じ赤か青の制服を着ていることから彼女達もまた手練れなのだろう。赤服が少ないということは赤服がより上位とみていいだろう。ざっと見る限りこの施設にいる「リコリス」は赤色、青色、白色、灰色の四種類。赤色と青色は供回りを含めても数が限られ、目算でも白色と灰色が半数以上を占める。白色は見たところ私と同じぐらいの年頃で、灰色はそれよりも若く明らかに十歳未満が含まれているところから見ると、おそらく白色が数的な主力で灰色は「見習い」といったところだろうか。赤色と青色はそれぞれ「指揮官」ないし「選抜兵」と思われる。どちらがどちらかは分からないが。
首都の守りを司るだけあって、東京支部の設備は非常に良好なように見受けられる。清潔な宿泊施設(二人部屋であることから考えてリコリスの最低戦闘単位は二名なのだろう)、元宮内省*2の人間が料理長を務める食堂、任務で負傷した要員を治療する医療施設、リコリス達が身体を鍛えるためのトレーニング施設。どれも十分な広さを持っており将来的な拡張もある程度考慮したつくりとなっている。半地下式の施設であるとはいえ東京から車で数時間の地域のどこにこれだけの敷地を用意できたのかと感心する。あれ?そういえば…
「リコリス達は部隊としてそれ相応の待遇を与えられているようだけど、訓練はどうしているの?まさかテロリスト相手に徒手空拳というわけにもいかないでしょう?」
どれだけ鍛えてもリコリスは根本的に私と同じ十代の少女だ。暴力を是とする荒くれ者どもと真正面から無手で殴り合って勝てる見込みなどあるはずがない。最低でもナイフや棒といった武器の類に長けている必要があるはずだ。これまで見た施設の中には肉体を鍛える設備はあっても武器を扱うそれはなかった。
「DAの支部の視察と言うからにはそういった設備は見せていただけないのかしら?」
「…承知いたしました。こちらです」
案内しようとする楠木司令の声色には渋々という色がわずかににじみ出ていた。
さてリコリスの武器はなんだろうか?色気という訳ではあるまい。
題名の元ネタはツイッタラーのエターナル総書記氏
次回「お嬢様 VS リコリス」
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リコリスの「武器」
「現代社会で乙女ゲームの悪役令嬢をするのはちょっと大変(漫画:大和田秀樹)」
が超読みたいと思う今日この頃。
お気に入り登録者が600人を超えてました。感謝。
Side 桂華院瑠奈
楠木司令に導かれ、先ほどまで階層の移動に使っていたエレベータの前に立つと、楠木司令が鋭い目線をこちらに向けてくる。
「これより先に存在するすべてのモノについて、少しでも他言すればDAはいかなる手段を取ってでも貴方を消さなければならなくなることを予め警告させていただきます」
「CIAや警察庁公安、桂華院の当主に対しても?」
「無論」
「わかったわ。そのまま続けて頂戴」
エレベータに乗り込むと、楠木司令が身分証のカードをエレベータの操作盤のボタンのない箇所にかざす。すると操作盤の蓋が開いて追加のボタンが露わになる。なるほど、保守用の点検口に偽装した機密区画の階層へアクセスするボタンか。本当に偽装や隠蔽についての技術は一級品だなDA。
「これよりリコリスの戦闘訓練施設にご案内いたします。重ねて言いますがこの扉の先にで見たものについては絶対に他言しないようにお願いします」
楠木司令が再度忠告するとエレベータの扉が開く。彼女についてエレベータを出ると背中からわずかに風を受ける。どうやらこの階層は全体が陰圧されているらしい。エレベータシャフトが陽圧されている可能性もあるが。
「この階層がリコリスの戦闘訓練施設となります。安全のため、お嬢様にはこちらの保護眼鏡を着装ください」
そう言われて同行するリコリスから渡された眼鏡を着用する。このデザインの眼鏡はいつぞやアンジェラとグアムに行ったときに着けさせられた眼鏡に似ている。それとこの階層に入ってからかすかに鼻を刺激するこの匂いは私がオスカー取った時の映画の撮影でしこたま嗅いだ匂いに似ている。そんなことを考えていると楠木司令はある扉の前に立つ。先の匂いがやや強い。そしてこの匂いが火薬の匂いであることに今更ながら気づく。
「まさか、リコリスの武器って…」
「ご想像の通り、こちらがリコリスの主力武器である銃の射撃練習場になります」
そう言うと楠木司令は青服のリコリスの一人に指示して扉を開けさせ、私を中に案内する。訓練場は静かで、両手で数えきれないほどの衝立が横並びになっている。銃声がしないのは私が来ることに合わせて人払いをしたからだろう。訓練場の中は火薬のにおいがするが、どぎついというほどではない。またよく清掃されていて埃もほとんどない。私が武器区画に入ることはついさっき予定を変更するまで決まっていなかったことから考えて、常日頃からよく整備されているであろうことは想像に難くない。
「御覧の通りリコリスはお嬢様と同年代の少女によって構成されておりますから、警察官のように体術を用いて対象を制圧することは困難であります。またDAは『望ましからぬものの排除』を使命としていますので、対象の生存につきましては二の次とされております。ゆえにリコリスは銃による対象の無力化を基本戦術としており、ここはその訓練及び演習を行う区画となっております」
銃があれば、年端のいかない少女でも大人を殺し制圧することが出来る。そう考えれば銃はリコリスがテロリストを制圧する手段としては最も合理的な武器のひとつだ。だからこそ途上国では私と同じ年代の少年がAKを担いでいるわけである。銃を以って『イコライザー(平等にする者)』とはよく言ったものだ。
後田さんが言っていた『実包』とはこれのことかと今更ながらに納得する。要するにDAと敵対すれば帝都学習館の学生のなりをしたリコリスが隙を見て懐から銃を抜いて私を射殺しようとしていたというわけだ。私の周りには護衛を兼ねた側近団がいるわけだが、彼女たちは基本的に非武装である。唯一グラーシャ・マルシェヴァだけがナイフを持っているが、銃を持ったリコリスが十人とやってきて一斉射撃されればみんな仲良く蜂の巣である。
「試しに撃ってみますか?」
楠木司令が私に問いかけてくる。大方かつてアンジェラが私をグアムに連れて行った時と同じだろう。リコリスの武器である「銃」を実感することで私への忠告に代えるつもりだ。
「ではお言葉に甘えて」
「承知しました。…井ノ上たきなは桂華院瑠奈嬢に銃の初等教練を命ずる。蛇ノ目エリカはガンラックから銃と弾薬をここに持ってくるように」
了解しました、と二人のリコリスが応える。茶髪の一人が集団から離れ、井ノ上たきなが先に衝立の間に入り、衝立の脇にある操作盤をいじる。すると同心円の描かれた紙製の的が彼女の目の前に現れる。距離にして30mほどだろうか。それを確認すると、彼女は私を衝立の間に案内する。
「楠木司令より臨時で教官を仰せつかりました。銃が届くまでは簡単に銃を取り扱う上での基本的な注意事項をご説明いたします。まず安全面の注意事項として、銃は装填されているかに関わらず人に向けないでください。映画のテッポウではありませんから、万が一暴発した場合死者が発生する危険があります。銃口は常にこちらの標的が並んでいるシューティングレンジの方向を向けておいてください。ただしブザーが鳴って目の前のランプが赤く光った場合はシューティングレンジに人が立ち入っている可能性がありますから、銃を衝立に併設している安全ホルダーに入れてください。またこの射撃場では衝立で区切られたブースで分けられており、銃への弾丸の装填はこのブース内でのみ認められております。これも万一の際の安全を確保するためです」
ピストルの形にした自分の手を銃に見立てて、まるで安全規則をそらんずるかのように淡々とかつ的確に説明する井ノ上たきな。グアムの時は軍の半屋外射撃場だったので、彼女の説明はその時とは大きくは変わらないが少々差異があって興味深いところがある。説明を聞いていると蛇ノ目エリカと呼ばれた少女が樹脂製のケースと紙製の弾薬箱を持ってくる。ケースはまず井ノ上たきなが受け取り、中にある拳銃を取り出して入念に確認した後、弾倉が抜かれたままの状態で渡された。
「こちらがリコリス標準の拳銃のひとつであるFN ブローニング・ハイパワー拳銃です。先ほども述べましたが弾薬が入っているか否かに関わらず、練習場内では銃口は常にシューティングレンジに向けておいてください。使い方ですが、今回は体験ということですので発砲するために必要なモノに絞らせていただきます。まずは…」
井ノ上たきなから拳銃の『撃ち方』を一通り教わる。グアムでアンジェラからも教わったこともあってある程度は知っているが、黙っておく。下手に言っても相手を警戒させるだけであるし、何よりあの時とは違う銃であるため使い方を間違えると危ないからである。
「劇用銃で慣れていらっしゃるからでしょうか。
そう言うと彼女は慣れた手つきで弾薬箱から一発だけ銃弾を取り出し弾倉にいれ、私に手渡す。私は先に教えられたとおりに弾倉を拳銃のグリップの中に差し込み、スライドを引く。彼女の合図を待ってから安全装置を外す。安全装置を目視で確認するときに、少し視線を後ろに回してギャラリーの様子を確認。楠木司令とリコリス達は私が実弾入りの銃を撃ったことがないと思っているようだ。ならば
「きっと本物の反動にビビるっすよあのお嬢様」
前言撤回。真っ向から売られたならその喧嘩は買ってやる。意識を的に向け、正面に見据え、銃の照星を的の赤い点の中心に向ける。呼吸を止めて、的の中心、照星、照門が一直線に並んだ瞬間に引き金を
甲高い発砲音が一発。その瞬間に的の中心に9mmの穴が開く。
沈黙が射撃訓練場を支配する中、私は弾倉を銃から抜いて井ノ上たきなに渡す。
「10発入れなさい」
「は、はい」
自分で弾倉にいれることもできるが弾薬の管理は彼女の担当のため『お願い』をする。彼女は受け取った弾倉に弾を込めていくが、さっきと比べてぎこちなさが浮かんでいることを私の目は見逃さない。再び受け取った弾倉を銃に入れて発射準備。今回は彼女の指示を待つことはしない。
立て続けに十発。的の赤い円の中に大きな一つの穴が開く。それを確認してから銃をテーブルに置き、『公爵令嬢』の顔を捨て『決裁者』の顔に変えてからリコリス達に体を向ける。
「さっき『ビビる』って軽口叩いたのはだあれ?」
「わたしだ」
リコリスの集団から前に出てきたのは錦木千束と同じ赤い服。ただしかなり小柄で茶色がかった髪を短く整えている。さっきの声とは違う気もするが、そこを指摘するメリットも特にないのでそのまま彼女に向けて指をさす。
「あなたね。では今から決闘を申し込むわ」
前に出たリコリスと楠木司令の目がわずかに見開かれ、リコリス達が小声で何かを話し始める。少し耳が張っていて何を話しているのか聞き取れないのが悔やまれる。
「…それでは、リコリスの戦闘訓練用の施設をお貸しいたしましょうか?」
搾り出された楠木司令の提案に私は二つ返事で了承する。そうして案内されたのは模擬戦施設という名のキルハウス。上部が観戦スペースになっているようだ。そして実弾と同じ弾道をするというペイント弾を渡される。これを相手に直撃させれば勝利なのだという。見ていろリコリス、私のこの悪役令嬢チートボディと護身術やら映画撮影やらで鍛え上げられた技術でもって今からこの赤服を正面から叩き潰して、私がか弱い公爵令嬢でないと知らしめぎゃふんといわせてやろうじゃないの!
ぎゃふん。
当初のストックが完全に尽きつつあるので今後は更新頻度が落ちます。
ネタはあるのですがまだ書けてないという意味で。
この時点でのリコリス標準拳銃(独自設定)
7.65mm:FN M1910
9mm:FN ハイパワー
11.4mm:コルト M1911
ブローニング系列で統一することで整備や取り回しを効率化しているという設定。
2004年時点ではDAはグロックを配備していない(試験的に買った程度)という設定です。1982年にリリースされ、ダイハードで有名になった銃ではあるんですが。理由はおまけ回で述べます、多分。
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After Action Report
個人的にアニス様見てるとヴェルナー・フォン・ブラウンをイメージするんですよね。
Side 春川フキ
桂華院瑠奈嬢が
「それで、どうだった?」
「一応確認ですが個人的な所感でよろしいでしょうか?」
「勿論だ。ここに呼んだのはそのためだと考えてくれ。直接戦った者の証言も大事な情報だ」
「司令もお気づきでしょうが簡単にまとめますと『練度の浅さを自らの身体能力で補って戦っていた』といったところでしょう。身体能力はリコリスを基準としても極めて高いレベルであり、要所要所の判断も少なくとも間違ってはおりません。わたしが勝てたのは長い間リコリスとして銃を握って戦っていたことによる経験の差に基づくものであります。銃がなく素手で、となれば体格差もあってわたしは返り討ちに遭っていたことでしょう」
「続けろ」
「先の模擬戦のように同じ装備で相対して確実に勝てると断言できるリコリスはそう多くはありません。ファーストならば余裕をもって勝てますが、セカンドは経験の浅いものなら負けるでしょう。サードは四名以上、可能ならば六名は必要になるかと。付け加えておきますが、これは
「含みのある言い方だな」
「
「サクラ、司令は私と…まあいい。サクラの言ったことが含みです。彼女の弱みはただ訓練不足であるだけです。もし彼女がリコリスとして一年、いや三カ月ほど訓練を受けていれば、結果は違っていたでしょう」
「短期間の訓練でファーストに匹敵するとは、少し買いかぶりすぎでは…ないかもしれんな」
そう言って司令は録画テープを巻き戻す。再生ボタンが押されたのはわたしが本気で潰しにかかる数分前。お嬢様の青色のペイント弾とわたしの赤色のペイント弾がキルハウスに模様を刻んでいた時である。わたしは少しお嬢様を試してやろうと気配を消して彼女の側面に回る。彼女はかなり勘が鋭く私が移動したことを察して周囲を警戒し私の存在を素早く把握した。だが私はすでに銃の照準を済ませていた。引き金を三回引きこれで終わりだと思ったが、そうはいかなかった。彼女はとっさに私に銃を向け三回撃ってきた。そしてわたしと彼女のちょうど中間地点で
「三回立て続けに起こったということ、きっかり三発しか撃っていないことからこれは偶然ではないでしょう」
「まさか銃撃を見切る人間がこの世に
「千束は避けますがお嬢様は撃ち落としました。これは射線を見切り、相手の射線と自分の射線を交錯するように狙いをつけ、相手の動きを見て自らの発射のタイミングを合わせる、という三つの動作が成立する必要があります」
そう言ってわたしはいったん言葉を切る。今から話すことは自分としても信じがたい事柄だからだ。正面の楠木司令も脇のサクラも渋い表情をしている。
「…あまり考えたくはありませんが、お嬢様は千束の目とたきなの銃の腕が両立しているものと思われます。つまりリコリコの二人を足して二で割ったようなものです。もし彼女が最低限でも訓練を受けていればわたしでも容易には勝てなかったでしょうし、サードは物の数ではなくなります」
自分で話をしていても軽く頭が痛くなってくる。ただでさえ取扱いに困る最強のリコリスを抱えていたのに、いきなりやってきたお嬢様がそれと並びかねないポテンシャルを抱えているのだ。それもリコリスでもリリベルでも、さらには正規の警官や軍人でもない民間人が。いや、ただの民間人であればどれほどよかっただろう。そういった民間人がいればDAは警察と共に監視してテロリストや活動家が彼に接触しないように取り計らうか、脅威になると判断されれば訓練を受ける前に排除するだろう。だが彼女の名は『桂華院瑠奈』。今の日本で最も力を持つ人間の一人である。監視は元から行われているから彼女がテロリストになるとは考えにくいが、万一の時に排除する場合のリスクが高すぎる。さらに言えば『桂華院』である。司令とお嬢様の供回りの前に、担当するファーストのみに内々で知らされたことなのだが、『桂華院』家はDAの政治的後ろ盾なのだそうだ。司令の心痛の前には私の頭痛など吹けば飛ぶような代物だろう。
「…それ以外に言うことはあるか?」
「自分からは以上になります」
「乙女サクラ、お前は何か言いたいことは?」
「すこ~し短気なところがある気がするっすね。それ以外には特にないっす」
「そうか。録画した映像は情報部にて更なる解析にかける。春川フキおよび乙女サクラ、以上で君たちの『模擬戦による桂華院瑠奈嬢の戦力評価任務』を終了する。退室後、本日は自由にしてよろしい。解散」
それを聞いたわたしとサクラは姿勢を正す。
「了解しました。失礼いたします」
「しっかしちょろいお嬢様でしたね。あんな軽口一つで乗ってくるんすから」
司令室を出て数十歩ほど歩いたところでサクラがつぶやく。
「言ってる場合か。『任務としての行動』だったから司令は大目に見てくださったものの、実際なら謹慎モノだぞ」
「うえっ、それは堪忍してつかぁさい」
何も知らない人間からすれば、サクラの軽口がお嬢様の機嫌を損ねてしまい、わたしが相棒をかばって前に出た格好になっている。それはあの時点では間違いではなかったが、お嬢様が『決闘』と言い出したことで軽口のトラブルを『模擬戦による戦力評価』にその場で繕ってくださったのである。結果的に『お嬢様は戦闘員として見ても油断ならない相手になりうる』という情報を引き出せたし、お嬢様にもそれなりに満足いただけたので怪我の功名というか塞翁が馬というか、DAにとっても悪くは転ばなかったからいいものの、政治的後ろ盾になる相手(サクラ自身は聞かされていなかったが)への不敬は本来重大な懲罰の対象になるべき事案である。正直わたしの頭痛は多少引いてきているとはいえ収まっているわけではない。こいつは戦闘員としては優秀だし忠誠心は十分なのだがいかんせん余計な一言が多いのだ。何度かしごきの一環で模擬戦やら自主練やらに連れ出したがそれでも治らなかったのでもはや半ば諦めている。この悪い癖こそコイツがセカンドに留まっている最大の要因な気がしてならない。下手に機密を伝えればふとした拍子に周りに漏らしかねないのだ。今のところそういった素振りを見せたことすらないが…。
「ところで本日の予定は入っておりませんがセンパイはどうするおつもりですか?」
「とってつけたように丁寧な口調で話すんじゃない。とりあえず今から食堂に行って軽食を摂ってくる。いい運動になったからな」
桂華院瑠奈嬢の来訪時刻の都合上応対した要員は昼食が省かれている。一応来訪直前に昼食代わりのサンドイッチが用意されたが、模擬戦をすることなんて想定していなかったのでそれでは足りなくなってしまった。それにお嬢様相手の模擬戦はいろいろと気を遣うところが多く、ある意味
「どうした、サクラ?」
「今は食堂に行かないほうがいいと思うっすよ」
「なぜ?」
「センパイ、今の自分の立場を考えてみてください、『お嬢様と戦ったリコリス』っすよ?下手に人の多いところに行けばその場のリコリス達が押し寄せてきて質問攻めにあうに決まってます。心を落ち着かせたいのであれば自室にいるべきっす。飲み物や食べ物はあーしが持っていきますから」
「あー…」
サクラのいうことももっともである。食堂で軽く済ませたくても大勢から詰め寄られては食べたいものも食べられない。
「わかった、サクラの言うとおりにさせてもらう。先に部屋に戻るからサンドイッチかおにぎりあたりを持ってきてくれ。あとお茶も頼めるか?」
「りょーかいっす、この乙女サクラ、これより物資調達任務に就きます!」
「あまり大声を出すんじゃない…じゃあ頼んだぞ」
それを聞くなりサクラは駆け足でわたしから離れていった。たまに思うのだが、こいつの思考回路は
サクラの持ってきたおにぎりを頬張り、お茶で軽く流して両手を合わせる。
「ごちそうさまでした」
「落ち着きましたか?センパイ」
「ああ、ありがとう。…しかし外の気配はなんとかならねえのか」
「少なくとも今日中は無理っすねえ」
「あれ、センパイ?」
「ちょっと追い払ってくる」
サクラを言葉で引き留めてわたしは自分の部屋の扉を勢いよく開ける。メンツをよく見るとエリカとヒバナが混ざっている。驚いた表情の面々をよそにわたしは声を上げる。
「おいてめえら!黙ってりゃこそこそ勝手にやりやがって!」
それだけ叫ぶと野次馬共は逃げ散っていった。彼女達に聞こえるように音を立てて扉を閉め鍵をかける。30分ほどはこの状態が続くだろう。
「さて、野次馬はいなくなったか。サクラ、ここだけの話だがどうだった?」
椅子に腰を下ろしてからサクラに向き合う。司令を前にしていろいろ言いたいことがある雰囲気を出し続けていたから、この場で一度吐き出させてやろう。
「上から見てましたけどありゃ『映画のスターがそのまま出てきた』って感じっすね。動きには派手さというか無駄なのが多かった気がします。それでリコリスとして通用するだけのパフォーマンスをたたき出したのは正直驚きましたけど」
「まあそれは戦闘訓練を始めたばかりの訓練生によくあることだ。だからあれは『戦闘員としての練度不足』でしかない。一カ月もあれば直せるだろうよ。そうなればお前じゃ歯が立たねえだろうな」
「悔しいけど否定はできないっすねえ…
「そのはずだ。たぶんな」
「正直正々堂々とやって確実に勝てるのって
「わたしもそう思う。内心腹が立つんだがな…」
確実に勝てる一人、
真正面から銃撃を見切る人間が二人も三人もいるわけがない、いやいてたまるか。桂華院瑠奈嬢と戦うまではそう思っていた。しかし彼女はわたしが
…これからの
After Action Report (AAR)
もとは軍隊の演習や作戦を事後的に分析する手法やそれによって作成されたドキュメントのこと。日本のネット界隈では「ゲームのプレイレポ」の言い換えになっていることもある。(CivilizationやHearts of Ironなどの海外製歴史系戦略ゲームの攻略記事に着けられることが多い)
ちなみに有名なCivilization 4は2005年の発売である。
拓銀令嬢二次を描くときにはこういうものの時系列をしっかり考証する必要があってそれが大変なことのひとつだったり。ぶっちゃけ無視してもいいんだけど。
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お嬢様の家路
それと投稿に少し間が空きました。
違うんや、もう少しあっさり目に済まそうと思ったら文章量が想定の二倍になったんじゃ。
決してBDとヒロインアーカイブに脳を焼かれたわけではないんじゃ。
Side 桂華院瑠奈
更衣室でその場で借りたリコリスの制服を脱ぐ。撃たれた左の腰を見てみると痣になっている。
模擬戦前にたきなから伝えられてはいたが、ペイント弾はよっぽど悪いところ(例えば頸椎)に至近距離から直撃しない限り後遺症や死亡のリスクはほとんどないそうだが、まともに食らうと痣が数日残るシロモノらしい。
この傷を直接見てみると、改めて悔しさがこみあげてくる。「決闘」で手加減をされた挙句、全く手も足も出なかったのだから。
チクショウ、いつか見返してやる。
とはいえ、直近でどうしようもない話である。
ここんところ最近、側近はメイドも含めて私には『逃げ方』しか教えてくれなくなった。『戦い方』は成田空港の一件から、『隠れ方』は蛍ちゃんに教えを乞うた辺りからぱったりと打ちきられたのである。マトモに練習させてもらえるのは剣道や弓道など道具が無ければ使えない武術ばかり。
それからは本やビデオなどから我流で覚えようとするのだが、最近は『検閲』が入っているらしく個人で買ったもののうちのいくつかが届かなくなっている有様。
こんな状況下で「私暗殺者に対抗するために鍛えたいの!」なんてわがままを言おうものなら今度こそ九段下…いや白金の本家に軟禁されるに決まっている。
教えがうまいかは二の次として、どこかにあのリコリス部隊に対抗できる技術を持った秘密を守れる人間がいないものかしら。
そんなことを考えながら、顔と服を久春内七海の変装に整え直す。DAのメイク班は九段下には敵わないもののそれなりに腕は立つようだ。
中原ミズキの運転でDAの敷地を出る。私は行きと同じく目隠しをされて千束とたきなの間に座らされる。
骨盤の左側がまだじくじくと痛む。今考えれば骨盤の脇を狙ったのは対戦相手なりの温情なのだろう。ここの痣ならしばらくスポーツ下着をつけることでごまかせるからだ。目にもとまらぬ速さで死角から接近してきたのはわたしに対応の暇を与えることなく狙ったところに銃弾を叩きこむためだろう。
停車と発進を何度か繰り返し、ある時点から車が一時停止することがほとんどなくなり速度も速くなる。高速道路に入ったのだろう。それを見計らって私は二人に話を切り出す。
「あれだけの設備を整えて、私を圧倒する練度を持つ工作員がいれば日本の平和は安泰でしょうね」
と鼠径部をさすりながら言ってみる。
「まー、DAで指折りのベテラン相手に簡単には勝てないだろうなあ」
右側から錦木千束が思い出すような口ぶりでわたしに言ってくる。今つけている目隠しの上からでは相手の表情はわからないが、遠い目をしているだろうことは想像がつく。
「楠木司令はあなた達リコリスが日本の治安を守っているって言ってたわね。あなた達もそうなのでしょう?」
私の質問に左側から声が帰ってくる。
「はい、その通りです。我々リコリスは日本の治安を裏から支えるのが使命ですので」
「おかげで死んでるリコリスもたくさんいるんだけどね」
「千束!」
「まあ当たり前でしょうね。テロリスト相手に銃だけを頼みに挑むんだもの」
普通に考えればそうだろう。リコリスはどれだけ訓練しても(そして目にもとまらぬ速度で動けるようになっていたとしても)根本的には未成年の少年兵である。荒くれ者の大人に組み付かれれば圧倒されるし、若い女性ならば…
「荒くれ者共と対峙したことがあるのはあなたちだけではないってことよ。私だってマフィアに尾行されたりテロリストに襲われたり、小さいころには誘拐されかけたこともある。だから安全のためにボディーガードに固められてるし彼女たちに護身術の稽古をつけてもらってる。私に侍るのはボディガードの中でもかなりの手練れよ。『樺太の子供達』って知ってる?」
「わたしは知らないですね」
「私も~」
「ああ、北日本のリコリスみたいなやつ?国ごと解体された後はアンタが雇ってたのね」
「流石冷戦を知ってる世代は違うねえ」
「喧嘩売ってんのかコラァ」
店にいるときも思うことだが、滑らかに進む掛け合いを見るにリコリコのメンバーはかなりお互いを理解し信用しあっているようだ。まあ年単位でリコリスとして共に死線を潜りぬけてきた境遇は同じだろうから当然か。
「そういえば、あなたたちもその制服を着ているということはリコリスなんでしょ?目隠しされて景色も楽しめないことだし、せめて武勇伝で楽しませてもらってもいいんじゃない?」
「おお、お嬢様も興味ある?それなら―――」
「リコリスの守秘義務は絶対です。たとえ桂華院彦摩呂翁であったとしても、リコリスが自らが参加した個々の事案についてDA直属の人間以外に開示することは許されません」
「「いけずー」」
「どうして二人で声が重なるんですか…」
「根っこでは二人とも似た者同士なんでしょ」
「「なんだとう…あっ」」
「ほらね」
まあなんというか、うん。中原ミズキの言うことももっともだと思う。多少の障害は自分で飛び越えるだけの圧倒的な能力を身に着けているところとか、自分のやりたいことのために周囲の迷惑を二の次に行動しようとするところとか、自分の理想と安全を天秤にかけたときに特段の事情が無ければ即座に理想に振れてしまうところとか。
「いいじゃーん、どうせバレないって。この車につまらない細工なんてないことはクルミが保証してるんだしぃ」
…ん?クルミってあの黄色い小さい子?少しリコリコについて思いをはせてみる。メンバーはミカ、中原ミズキ、錦木千束、井ノ上たきな、クルミ。
錦木千束と井ノ上たきながリコリスの服を着て活動している。つまりあの店はDAのフロントではなく先に案内された支部のような作戦施設だと考えるのが妥当だろう。
ミカが責任者とすると、中原ミズキは運転手(その割には酒におぼれ過ぎているような気もするが)。ではクルミの役割は?
もう少し深く考えよう。彼女の特技は何だったろうか?時折皿を割っていることをたきなとミズキが話していたことを考えると実働は無理。……そういえば彼女はワークステーションを使いこなしていると言ってたな。そして今の千束の発言を踏まえると……。
「もしかして、クルミってあの歳でハッカー?」
「大正解ー、なかなかいい勘してるんじゃない?」
「千束!それはクルミ個人の秘密のはずです!」
「……ん?クルミはハッキングが得意なリコリスじゃないの?」
「……あっ。えーと、それは…」
私の問いに明らかにたきなは狼狽している。顔が見えなくても声で分かる。この様子から察するにクルミの身の上はかなり複雑そうだ。少なくとも
私の身の上で例えれば、私が個人で野月美咲を抱えていて、それを側近やメイドに伝えていない、という状況。これはかなりややこしい話になりそうだぞ。
「DA本体もそうであるようにあなたたちにも何か秘密があるようね。まあいいわ、私だって秘密にしたいことの一つや二つあるのだからそこは深く言わないでおきましょう。その代わり…そうね、『あなたたち個人の身の上話』を話して頂戴。個々の事案じゃなければ開示できるんじゃない?」
「あー、そう来たかぁ。たきな、これなら言ってもいいんじゃない?」
「あ…、わたし達リコリスには守秘義務が…」
「帰ったら本家経由で楠木司令にお手紙書こうかしら」
「分かりました。
聞き分けがよくて何よりだ。
「じゃあお話を始めましょうか。あなた達はどこでいつからリコリスとして実戦に出たのかした?」
「わたしは1998年からでしたね。京都所属でしたが初出動は長野への応援でした。最近東京へ転属して…まあ、色々とあって」
「私は1995年からずーっと東京。初出動で死にかけたんだよねえ。記憶はほとんどないけど」
「えっ?千束も死にかけたことがあるんですか?」
「人を不死のバケモンみたいに言うなバカタレ」
「バケモンですよね?」
「ちゃうわ!れっきとした人間じゃい!」
この二人私が間にいることを忘れて大声で話し始めてやがる。
それは置いておいて二人の話を踏まえるとリコリスは小学生相当から暗殺者として活動を開始しているのか。10歳前後で暗殺者として活動できる状態まで持っていけるDAの教育体制は極端なまでに特化しているが施設と同じように洗練されているとみて間違いない。
時系列を整理すると、錦木千束の活動開始が1995年。同じころ私はまだ田園調布の屋敷に住んでいて…時任亜紀さんの学費をウチから出せないことが分かって奔走し始める時期だ。懐かしいなあ。そのため私が五億円を転がし始めた時期と錦木千束が犯罪者を殺し始めた時期は一緒ってことになる。
その後リコリコでカルテットメンバーが集まり始めるのは小学二年生あたりだったから、私個人だと五億から膨らませた数百億円を元手として1997年から極東グループを立て直し、北海道開拓銀行やら一山証券やらエトセトラエトセトラやってた頃。
次いで井ノ上たきながリコリスになって活躍しはじめるのと、私が泉川副総裁をでっち上げ、アンジェラが『アメリカ』として私の前に最初にやってきたのが1998年である。
同じ世代のはずなのに、生まれが変わるだけでここまで極端な差が生まれるのかと嘆きたくなる。
私の前世もろくなものではなかったが、少なくとも孤児を国民の盾にするような倫理観のぶっ壊れた国家ではなかったことは確かだ。単純に前世では知らされなかっただけのような気もしなくもないが。
もし生まれが違えば。もし違う世界で会えたなら。
転生した私が言うのもおこがましい話ではあるが、彼女たちを見るとそう思わざるを得ない。彼女たちを救うためにDAやリコリスは解体するべきなのだろうか?
リコリコで働く店員たちの顔を思い浮かべてみる。彼女たちは人生を楽しもうとする表情をしていた。いつ終わるとも知れないということを知ったうえで。
DA本部で戦ったリコリスの顔を思い浮かべてみる。彼女の眼は自らの職務や使命に誇りを持っていた。それが唯一無二であると当たり前のように信じている。
DAやリコリスを解体することは日本を「理想の姿」に変えることはできるかもしれない。
しかしリコリスで無くなった彼女達は本当に幸せになれるのだろうか?どこまで世話をしても彼女たちは根本的に
戦場で100万ドルの武器を任された兵士が、市井では駐車係の仕事すら与えられなかったという話はありふれたものだったし、それを知っていた私は彼らためにフロリダに壁を建てた。同じことをすれば彼女たちに表の人生を斡旋できるかもしれないが、それを本人たちは望むだろうか?
「ねえ他にも聞きたいことがあるんじゃないの?」
考え事をしていたところを横から錦木千束に遮られる。彼女たちの『身の上話』を聞こうとしたのはこちらなのに、自分一人で考えごとにふけるのはあまりよくないことだろうと思いなおす。
「……そうね、あまり事件とかの話もしにくいでしょうし……ああ、リコリコはいつできたのかしら?そしてたきなはどうしてリコリコに転属となったの?確か来たのは…一年ほど前だったわね?」
「あー、たきなの件はあまり聞かないであげて」
「任務でやらかして左遷されました。でも今ではリコリコにいるほうがいいなと考えています。それ以上は機密です」
「という訳で千束さんからリコリコの話をしよう。お嬢様がリコリコに来るようにったのは、店ができてからそれほど間もないくらいだよ」
「あー、あの時にコーヒー頼んだ記憶があるわ。興味本位で頼んだコーヒーがいくら砂糖を入れても味が酸っぱいままだったわね」
「こっちもほぼ同い年の娘が先生のコーヒー飲み切るなんて思わなかったぞ」
「頼んだからには飲みきらないとって思ってたから」
「今の店長のコーヒーはおいしいですよね?」
「『今』はね。できた当初のリコリコにいたのは十歳の私と先生だけ。十歳に満たないリコリスと半年前までその教官やってた人が客に出せるコーヒー淹れられたと思う?」
なるほど。『先生』と言われる理由はそこか。錦木千束はミカから戦闘技術を仕込まれたからミカは錦木千束にとっての『先生』なのだ。あの肌の色と体格で座学の教師はないだろう。逆に井ノ上たきなが彼を『店長』と呼ぶのは『店』として板についてから入ったからだ。
「それでまともに店として成り立ってなかったから増員として私が入った。あの組織に嫌気がさしてたからあたしにとっても悪い話じゃなかったけど」
運転席からの声がさらに補足する。
「クルミが入ったのはかなり最近だったわね?彼女はどうやってここへ?」
「あー、それは……ちょっと…色々と…」
明らかに錦木千束の声色がおかしい。かなりしどろもどろになりつつある。
「クルミは凄腕のハッカーで、それゆえに命を狙われています。ですのでしばらくリコリコにて匿っています。匿うこと自体が彼女からの依頼になっております」
井ノ上たきなが助け舟とばかりに返答する。しかしそれで私は納得できない。
「匿っている人間にホールスタッフやらせてるってこと?それじゃいつ相手に居場所が割れて襲われるかわかったもんじゃないわよ?」
「その点は大丈夫です。相手は『目標のハッカー』の顔を知りません。まさか喫茶店で堂々と接客しているなんて思わないだろう、という店長の策略です」
野月美咲を思い浮かべてみる。彼女もそれなりのハッカーで15歳だったはず。それに学外だと典型的なオタク気質を全開にさせている。そんな野月美咲より見た目が若く(滅茶苦茶拙いが)喫茶店で堂々と接客している娘がワークステーション使いこなしてハッカーだなんて、部外者からすれば思いもよらんわな。
ワークステーションの電気代と時たま壊す道具代で喫茶店の経営にスリップダメージが入り続けることを除けば合理的な選択ではある。
……ん?それでも一点だけ筋が通らない箇所がないか?
「だったらクルミのことを素直にDAに報告しておけばいいんじゃないの?」
「いや~、それが、ちょっと…ねぇ?」
錦木千束のこの反応、おいまさか。
「まさかクルミの相手のひとつがDAそのものだったりしないわよね?」
「っ…………」
ビンゴかい。
「厳密には『クルミは自身の居場所をDAに知られたくない』ので報告していないだけです。命を狙っているのは別の人間です」
井ノ上たきながフォローに入っているようで地味に墓穴を掘っている。それって『DAはクルミの身柄を要求している』ってことじゃないの。
これはなかなか興味深い情報だ。この件を上手くすればこの二人を
そのほか色々と話をしたりしていると、また車の速度が落ちてくる。パワーウインドウが下りる音が聞こえ、ミズキが外の誰かと話す声が聞こえる。
「東京に入りましたので目隠しを取らせていただきます」
そう言うなり目隠しを外される。移動中に天候が回復したのか周りが明るくなっていてちと眩しい。
「もう少しで到着だからそろそろお話は中止しましょうか。三人とも今日はありがとうございました。次にリコリコに行く用事があれば何かお土産でもお持ちいたします」
今のうちにお礼を言っておく。九段下についてからでは話す間もなく側近によって有無も言わさず彼女達と引き離されるだろうからだ。そしてそれは的中する。
リコリコの車から降り、自室へと戻ると化粧落としも兼ねて浴室に入る。なお脱衣所で服を脱いだ時に模擬戦で着いた痣をメイドに見られてしまった。「出先でちょっとこけちゃって」とごまかしたら、エヴァとアニーシャと北雲さんがそろって
「それでは転倒しないように後で手ほどきをして差し上げましょう」
と言ってきた。演習用のペイント弾だとバレてるなこりゃ。風呂上り後は覚悟しなければ。
浴室で自分の股に着いた痣を見つめながら、次に彼女達リコリスと会うことになるのはいつだろうかと思いをはせる。何かの桂華グループのイベントだろうか?それとも次の選挙?
二週間後、私の目の前には帝都学習館学園中等部の制服を着た先の模擬戦で私を打ち負かしたリコリスの姿が!
「(素人ではない)他人から見たリコリコやリコリス」というのは個人的に描きたかったことのひとつだったりします。
次回、なぜリコリスは帝都学習館学園中等部の制服を着たのか?
推敲が甘い箇所がいくつかあるので改稿するかも。
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(おまけ)お嬢様のDAへの資金援助スキーム
思いついたらメモ代わりにどんどん追記する予定。
DA側のお嬢様体制変更の話を描く予定でしたが、原作で「ぎゃふん」を取り入れてもらえましたので、あの話を踏まえた話を書けたらなあ、と思い構想を練っている真っ最中。
年代設定が2001年以前なら
「資金援助は円に始まりマルク、ポンド、ドル、フラン、ルーブル、ルピー、ペソ、クラウン、リラ、ウォンとなんでもござれ」
の一文を入れたんですよね。ぜーんぶユーロになっちゃって。
解説回なのでノーサイド
お嬢様のDAへ『情報料』として支払った資金は全て隠し口座から用立てされている。原作のように表の資金を使うと下手に手繰られる可能性が大だからである。また資金の流れから手繰ることが難しくなるように複雑な経路を用いて最終的にDAに金銭的便益が図られる形で提供された。これはそのスキームの一部である。
ケース①:代金支払いに見せかけた資金注入
以下を用意する。
・DAのダミー企業(A社、B社とする)
・桂華のダミー企業(X社、Y社とする)
・桂華のダミー銀行(Z銀行とする)
(金額は便宜的に)
X社はA社に10$の商品を発注し、A社は商品を引き渡し、X社は支払いに
B社はY社に 7$の商品を発注し、Y社は商品を引き渡し、B社は支払いを
B社は現金7$でA社から10$の約束手形を購入する。
(支払い時期前の手形を引き取る際は一定程度の割引が付く)
B社は購入した約束手形をZ銀行に9$で引き取ってもらう。この割引率の差2$がDAへの援助資金となる。
手形を受け取ることになるZ銀行はX社に支払期日の到来した約束手形でもって10$を受け取り処理を終了する。
ケース②:DAの支払代金の建て替え払い
DAは日本国内でしか活動しないが、それは海外での活動が全くないことを意味しない。特に戦闘用の装備品や情報の類に関しては国外からの調達が大きな割合を占める。このとき日本から「円」で決済を行う訳にもいかない。DAはその存在が秘匿されているがゆえに海外に対しても存在を仄めかすことさえできないできないのが一つ。もう一つは「円」を外貨に両替する段階で日銀または財務省の目に触れるリスクがあるからである。このため資金援助のスキームとしてDAからもっともありがたがられたのが、最初からドルやユーロで決済を行える立替払いであった。細部を詰めれば非常に複雑だが、簡略化するとこのような形である。
以下を用意する。
・DA側の商品受け取り先となるフロント企業(A社)
・桂華院側で商品を手配するブローカー(B)
・桂華院側のペーパーカンパニー複数(X社)
・桂華院側の資金を直接出すダミー銀行(Z銀行)
DAのフロントA社が武器や装備品をブローカーBに発注し、納品を受ける。この時に代金を手形にて振り出し、手形の引受人をペーパーカンパニーX社とする。手形の有効期限は半年とするが、借り換えを繰り返して最長二年に延長が可能な特約を付けておく。
ブローカーBは現金が無ければ商品の調達が難しくなるので手形をZ銀行に持ち込んで手形割引を受けて現金を確保する。これが実際の商品の代金となる。当然ながらペーパーカンパニーの手形は信用できないため割引率が高くなるのでDAから発注を受ける時点で割引率を考慮した代金設定にしておく。また振出人と引受人しかない手形は不渡りのリスクが高いことから法規制で保有割合を制限している国もあり、その対策としてZ銀行に引き受けさせる前に別のペーパーカンパニーへ裏書譲渡を何回か行うこともある。
Z銀行が引き受けた約束手形はほかのダミー銀行やペーパーカンパニー間で再割引や裏書譲渡を繰り返し最終的には引受人であるペーパーカンパニーX社に渡るように手配する。自分が引受人となっている手形が自分の手元にある場合、会計上の処理で「手形の支払い義務が無くなる(厳密には手形の額面の金額だけ当座預金を増加させる)」ので不渡りにはならない。なおこの複雑な手形決済が間に合わなかった場合は特約を用いて時間を稼ぎ、二年以内に取引を完了させる。
なおこの時点ではお嬢様の『情報料』は一時的な資金注入であるという認識であったため、資金は主に一時的な支払いで済み維持費の増大があまり発生しない支出へと充てられた。要するにリコリスやリリベルの装備品の更新や老朽装備の廃却などである。これらによりDAの兵器庫からは1970年代の最大規模を誇った時代に(南ベトナムからドサクサで)大量に調達して未だに使いまわしていた銃火器や装備品を一掃することである。もはや旧式すぎて交換パーツもなくなりつつあった32口径拳銃、.30-06弾/.30カービン弾を用いるライフルなどから9mm拳銃や7.62mm/5.56mm小銃への統一が一挙に推し進められることになった。なおこの過程においてDAの装備品は従来の米国系一辺倒から欧州系とも比較しての導入が行われ、その先鞭としてリコリスの拳銃にオーストリア製が選定されることとなる。
ちなみに一連の手形をハンドリングするのはMarket Expand Funding Organization Ltd.(市場拡大金融機構公司)というマカオのペーパーカンパニーという設定。
スキーム①も②も元ネタは同じところ。②はかなり有名。破綻したけど。
しばらくしたら元ネタ解説を追記するつもり。
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側近団の新人
Technical Assistance Grants(1)
調べることが多くて難儀しますが頑張って書いていきます。
Side 春川フキ
お嬢様と戦った、ということによる噂も7.5日。その間も私は(頼りになるが騒々しい)相棒や他のリコリスと共に任務に駆り出された。内容は「いつも通り」事前に収集した情報をもとに割り出したテロリスト共のアジトや取引現場の襲撃である。
ニューヨークで旅客機が突入してからというもの、敬虔な異端審問者気取り共の跳梁跋扈は留まることを知らず、その波はこの日本にも例外なく降りかかっているのだ。
一週間もすればリコリスの間での話題は(ときには話者自身も)入れ替わるものである。
そして8日目、サクラ共々楠木司令に呼び出された。私は執務室のドアをノックする。
「入れ」
「春川、乙女、入ります」
ドアの向こうからの声を聴いてからドアを開けて入る。サクラがドアを閉める。ドアを閉めたサクラが向き直るのを確認してから歩調を合わせて司令のデスクの前に置かれた椅子の隣まで歩く。司令の顔に表情はほとんどない。あまり顔に出ない(が声色には出る)人ではあるが今日は一層平坦な表情をしている。
「お呼びでしょうか、司令」
「そこに座って構わない」
司令が椅子に手を向けたので、失礼します、と言って座る。
「君たちは無駄話が好きではないから単刀直入にいく。春川フキ、乙女サクラ、君たちは東京支部から転属となる」
司令はその表情と同じぐらいに無を突き詰めた声色で告げる。隣でサクラがえっと声を上げるのを脇目で制する。
「辞令はこれだ。二人一緒に転属となる」
楠木司令から渡された紙を読んでみる。サクラもサクラで別の紙を渡されているが内容はほぼ同じのはずだ。
辞令 春川フキ 認識番号:LC2809 〇月✕日付けを持って下記部隊に転属とする。 特殊警備部隊戦術班 上記に伴い同日付をもって宿舎を下記施設とする。 東京都台東区浅草… …
「センパイ、これって…」
「喫茶リコリコへの転属だ」
「その通りだ。先日の桂華院瑠奈嬢への粗相が上層部の耳に触れ、問題のリコリスに対し何らかの処分を下さざるを得なくなった。流石に人の口に閂は掛けられん」
司令の声はがやや申し訳なさそうである。サクラは表情には出していないが冷や汗をかいている。
東京支部の系列であることには違いないが、『あの』喫茶リコリコは以前一人左遷された先だ。それと同じ扱いを受けるのである。
「喫茶リコリコは現在でもその任を果たしているはずです。わたし達がリコリコに送られる理由は何でしょうか?」
表情がみるみる不機嫌になり、司令への文句が咽頭まで出かかっているサクラに代わって司令に質問をぶつける。
わたし自身は任務だと言われれば割り切りはするし先生に近付けるという意味では満更悪いことではないのだが、サクラにとっては必ずしもそうではない。
「喫茶リコリコへの配属は書類上のものだ。君たちが喫茶店の店員になる必要はない。リコリスの制服は着れなくなるだろうがな」
「あーしらはこの制服に誇りを持っているっす!それを脱げとおっしゃるんすか!」
珍しくサクラがかなり司令に食って掛かっている。こいつの目標はファーストになること。そのためには『左遷』と『リコリス制服を脱ぐ』ことの意味は大きなものになるからだ。
「『処分』というのは表向きの話だ」
サクラの様子に全く動じることなく司令の表情と声が冷徹になる。
その様子に立て板に水がごとく流れていたサクラの文句が止まる。
「DA上層部は桂華院瑠奈嬢へのコミットメントをさらに強めることを決定した。彼女に存在を知られた以上、多少行動を拡大しても問題ないという判断だ」
「それと喫茶店への転属と何が関連するんすか、司令」
サクラが不服の声を上げる。わたしが補足も兼ねて彼女の次の言葉を抑えることにする。
「おおありだ。あの喫茶店は『桂華院瑠奈嬢への対策』も兼ねて作られたんだ」
驚いた顔をするサクラに対し畳みかけるように司令が喫茶リコリコの設立経緯を話す。わたし自身は千束の当時の相棒兼同室仲間としてあの喫茶店の設立に関わっていたので知っていたことである。
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お嬢様は良くも悪くも日本で最も目立つ存在のひとつであり、テロの標的になることは日常茶飯事である。
またDAの政治的後ろ盾である桂華院家のご令嬢とあって彼女はDAの最優先防衛目標の一つである。
だがDAは警察や他の期間と密接に協力しているとはいえ、主に国外からやってくるテロ計画のすべてを把握することは難しい。また把握したとしてもDAも警察も対処が間に合わない事案が発生することもある。
仮にそうなってしまった場合、DA東京支部の対応は後手になる可能性が高い。東京支部は都心から離れた場所にあって車を飛ばしても三時間はかかる。
成田の一件はその典型例で、あそこにマフィアが武器を備蓄していたことをDAは把握していたが、24時間運用の国際空港に隣接する保税区域という相性最悪の環境をいかに打開するかDAが手をこまねいていたところへ、千葉県警が踏み込んだのとまたしても何も知らないお嬢様(13)が乗りつけたのが重なってしまい大騒動となった。
騒ぎになって一度マスコミが集まればリコリスもリリベルもその力を発揮できなくなる。そこで騒ぎになった場合にDAとしてお嬢様の安全を守るには
かくしてお嬢様専用のDAの拠点を設立することが決められた。
さて新しい拠点の設立を決めたとして問題は誰を送るかである。
DAは根本的に『殺し(攻め)』の組織である。重要拠点に常時人を派遣する『内張り(守り)』は想定していない。そのためリコリスにしてもリリベルにしても人数は限られている。
またリリベルもリコリスも十代の少年少女である。大人数の十代の少年少女が制服を着て学校でもない建物に出入りしてしているとかなり目立ってしまう。
この二つの理由でDAは九段下の内張りだけに大人数を当たらせるわけにはいかなかった。
お嬢様の警護に誰を充てるかDAが悩んでいたのと同じころ、東京支部にはDAの原則殺害の方針に積極的に服そうとしない生意気なリコリスがいた。ただの命令不服従であれば懲罰なり再教育なり処分なりやりようはあるが、彼女には歴代最強とも評される圧倒的な戦闘能力があった。リコリスはおろか教官さえ容易に圧倒するその力を東京支部は惜しむと同時に完全に持て余していた。
片やお嬢様の警護に張り付ける人数を極限まで減らしたい上層部。
片や自分のやりたいように(殺さないように)任務にあたりたい最強リコリス。
上層部は最強リコリスに接触した。
『桂華院瑠奈嬢の安全にかかわる事案には最優先かつ手加減なしで当たること』
これを条件に新しく設立される支部にてある程度の裁量をもって任務にあたることを認める、という取引を持ち掛けたのだ。
まだ十歳にもなっていなかった最強リコリスは二つ返事でそれに応じた。
そして最強リコリスは『複数の命令違反』を、当時の東京支部司令の『監督不行き届き』を理由として、錦糸町に新しく設立された支部に『左遷』された。
こうして喫茶リコリコは生まれた。後に九段下の再開発に対応する形で
喫茶店の体裁をとったのは最強リコリスのワガママだったが、住宅街で昼間にをある程度自由に
先の新宿で司令が外人部隊を呼んだ理由はこれである。要するに部外者の目を入れた上で取引の履行を強要したのだ。
最近井ノ上たきながあそこに送られた件については文字通りの左遷だが、成田の一件でお嬢様の警護要員の増強が必要であるという先生の意見に応じた形でもあった。
今のところ千束とたきなはいい相棒となっているからその目論見は上手くいっているといえる。
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「政治的後ろ盾となっている桂華院家の安全はDAの最優先事項のひとつだ。これまで喫茶リコリコを経由した間接的な警護を実施していたのは、あくまで桂華院瑠奈嬢が我々の存在を認知していなかったからに過ぎない。彼女に認知された以上、DAは直接的な行動をとることが許可された。その第一弾が君たちの派遣だ」
「だったらどうしてセンパイとあーしなんすか!ファーストやセカンドのリコリスならほかにもいるし、それこそリコリコのメンバーでも…」
「司令、お言葉ですがわたしも人選については納得しかねます。理由を説明ください」
司令は息を整えるとわたし達に向き直る。
「数あるリコリスの中で桂華院瑠奈嬢の護衛が務まるのは君たちと喫茶リコリコのメンバーだけであると結論付けられたからだ。これを見てくれ。昨日行われた桂華グループ内での警護訓練の模様だ」
そう言って司令は映像を流し始める。
*****
おそらく九段下と思しきビルのエレベーターホールが映し出されている。画角から考えておそらくは監視カメラのものだろう。エレベータは4台あるようだ。
一番右側のエレベータの扉が開き、廊下にスーツを着た男性数名がエレベータから出てくる。
男性が周囲を固めたタイミングで隣のエレベータの扉が開き、女性の一団が現れる。
女性の一団がエレベータから完全に出ると左端のエレベータの扉が開き別の男性の一団が現れる。
エレベータの制御室とも連携した見事な安全確保手順だ。ファーストリコリスだけで組んだチームでも真似はできまい。
男女混合の一団がエレベーターホールから移動したところで画角外から一人の男性が現れる。これがおそらく『襲撃者』の役なのだろう。
男性の襲撃者の前にスーツ姿の男性が立ちふさがり…その隙間を縫って『護衛対象』が一番前に出てきて襲撃者と取っ組み合いをしているではないか!
本来ならあり得ない展開に護衛の間で混乱が生まれる。また『護衛対象』が襲撃者に組み付いているため護衛は銃や警杖などの武器を使えなくなっている。
そうこうしているうちに『護衛対象』は体格に勝る襲撃者に組み伏せられてしまい状況終了。そして映像が切れる。
*****
「成田やこの映像のように護衛対象が護衛を出し抜いて襲撃者に突撃しようとするのは何としても止めなければならん。そのためにはお嬢様が走り出したときに確実に止められる要員が必要だと結論付けられた」
司令の言いたいことが読めてきた。先走って護衛より前に出ようとするお嬢様に追いつけるリコリスは(お嬢様に反応する時間すら与えないほど)足の速いわたしか(先天の才で)視界の中相手の先を読み切れる千束しかいない。
そして千束は万一の際の救出要員なのでお嬢様の傍に張り付かせるわけにはいかない。そうなれば消去法でわたしがお嬢様の護衛に選ばれる。
しかしわたしは確実にお嬢様に取りつくことはできても体格差の都合上完全には止められない。そこでわたしが時間を稼いでいる間に相棒のサクラ(か他の護衛)が追い付いて完全に取り押さえるのだ。
一度捕まえてしまえばあとは彼女を簀巻きにでもして他の護衛と一緒に安全な場所まで引きずっていけばよい。
……考えておいてなんだがこれじゃどっちが狼藉者なのかわからなくなる。
お嬢様の護衛にわたしを配属させるために先週の件を蒸し返してサクラと一緒に表向きは『左遷』という形で転属させようとしているのだ。
それならば『処分』という言葉は表面上の話でしかなく、むしろ任務が最重要対象護衛の専任と考えれば立場は今よりも上になるはずだ。
サクラは東京支部の肩書に気を取られてそのことに気付いていないようだが。
「君たちは桂華院瑠奈嬢の護衛に回ってもらう。リコリスではなく帝都学習館学園の制服を着てだが」
「なるほど。では司令、いくつか確認させてください。この転属は先週の問題行動に伴う措置という『名目』でよろしいですか?」
「『まさに』その通りだ、と言っているだろう」
サクラが余計な文句を言うよりも前に言葉を挟むと、司令は意を汲んで即座に応えてくれた。
「では任務への貢献によってはここに戻ってくることも可能なのでしょうか?」
「結果次第だが場合によっては東京への再配属や、今以上の立場に据えることも検討する」
つまりわたしとサクラの待遇と査定にはほとんど影響がないということだ。粗相の件があってプラマイゼロになっているが。
サクラはようやく納得したのか威嚇の表情を完全に崩す。
「……功績を上げたらファーストに上げてくださるんすか?」
「私の一存ではできないが結果によっては上層部に掛け合おう」
「……絶対にファーストに上げてくださいよ、司令」
「それまで生きていればな」
「分かりました。センパイと一緒に司令どころか上層部も驚くような戦果を挙げてみせるっすよ!」
最初とは打って変わって上機嫌な声で高らかに宣言するサクラ。
それはいいのだがこの任務で『戦果を挙げる』という言葉の意味をこいつは分かっているのだろうか?
わたし達が戦果を挙げているってことは、警察や警備会社がしくじってお嬢様の目の前に暗殺者が到達しているというかなり危険な状況のはずなんだが。
フキは良くも悪くも忠実なので一歩下がった視点から物事を書くときに便利なんですよね。
次回がサクラ視点での転属話を書こうかな。
リコリスが簡単に海外に行けるならこの作品のリコリコメンバーがフキサクににプーケットかバンダアチェでのクリスマス休暇をセッティングするんですがね。なお。
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Technical Assistance Grants(2)
3/30なんて28時間労働だったし。
Side 春川フキ
辞令受領から三日後の朝、わたしとサクラは浅草のセーフハウスの整理をしていた。整理と言っても一番重い荷物といえば銃と弾薬並びにその収納ケースである。
そしてこれがわたし達にとって一番大事な道具である。
「センパイ、ガンケースはどこに置くっすか?」
「そうだな、そこの壁際に置いておこう」
「今回銃はここにおいて任務に出ることが多くなるんですよね?居室にそのまま置いといて空き巣にケース持ってかれたら大ごとじゃないっすか?」
「それもそうだが……寝込みを襲われたときに取りに行けるようにはしておきたい」
「じゃあ棚とか机とかでの目立たないようにしたほうがいいんじゃないっすか?」
「そうだな。いまからリコリコに行くから帰りがけに買いに行くぞ」
「了解っす。帰ってくるまでは上に布でも掛けときましょ」
セーフハウスを手早く整え、リコリス制服を着てリコリコへと向かう。
リコリスは基本的に私物は最低限しかないので、転属で一番時間がかかる作業は書類仕事か転属元と転属先の関係者への挨拶回りのどちらかである。
ただし今回は東京支部からリコリコなので書類も大したことはない。挨拶回りする相手も勝手知ったる仲である。
リコリコの応援に駆り出されるのも何度かあったから、正直なところ転属というよりはいつもよりちょっと長めに応援任務、という感覚である。
「しかしこんなことになるとは思いもよらなかったすねえ」
「まったくだ。あいつのところに配属されるとはな……」
「センパイは満更でもないんじゃないんすか?」
「なっ……アイツと同じ配属なんて」
「せんせい」
サクラの一言に言葉を詰まらせる。
なぜだ。わたしは周りの目があるところでは抑えていたはずだが。
「どうしてもなにも、センパイって結構顔に出るタイプっすよ。隠そうとするから慣れた人じゃないとわからないかもしれませんけど。配属辞令を受けたとき少し顔を崩してましたし、前にリコリコの任務への支援に行くときも少し上機嫌だったし」
つらつらと言われる事実に顔が熱を帯びてくるのを感じる。
「あの店長さんが好みなんだって確信したのは店長さんと話しているときだけ少し声が上ずっていたからっすね。センパイにも女の子らしいてぇ!」
脛を蹴ってサクラを黙らせる。
「ったく。そろそろ着くぞ。おふざけはここまでだからな」
「へぇ~い…」
力のない答えを背中で受け止めながら喫茶店に近づく。つくづく気に入らねえデザインしやがって。
喫茶リコリコの扉の前に立つ。
本日三時以降都合により休業 と書かれた看板が傍らに置いてある。DAからの正式配属を迎えるときに一般客が入っているわけにはいかないからだろう。
深呼吸してから扉を開ける。
「いらっしゃいませぇ!リコリコへようこそぉ~!ってコラァ!無視すんじゃねえ!」
現在喫茶店は休業中のため、ここぞとばかりに営業スマイルを押し売りしてくる店員もどきを無視して支部司令の元へ向かう。
「リコリス、春川フキ、乙女サクラ両名、本日付けにて特殊警備部隊戦術班に配属となります」
そう言うと二人分の辞令を先生に渡す。
「はい確かに」
「あこがれの先生の元だねぇ、フキぃ」
にやついているバカは無視。
「……千束、あまりからかうんじゃない。フキ、手短に済ませようか」
「あ……いえ、その」
「別にいいじゃないっすか。時間はあるんですし、ゆっくりしましょうよ~」
ね~、という二人の声を聞き流す。
「すみません。あのバカ
そうか、という反応と共に先生はわたし達を店の奥に導く。
案内されたのは店の地下にある射撃練習場と武器類の倉庫区画。掃除はされているが火薬のにおいはさほどでもない。
階段を降りたところに設置された机に並べられたパイプ椅子に座り、先生の説明を聞く。先生の傍らには(店の中ではまず見せない)真面目な表情をした千束が立っている。たきなは万一部外者がリコリコに入った時のために上にいる。
「さて、こちらに来る前に楠木から聞かされていると思うが、今回の任務は桂華院瑠奈嬢の護衛だ。特に大人の護衛が立ち入ることが出来ない帝都学習館学園内にて彼女の安全を維持することである」
先生の顔と声が任務のそれに完全に変わっている。わたしにとっては訓練生時代に聞いたきりの懐かしい表情と声色。
「主たる作戦区域の都合上、今着ているリコリス制服とサッチェルバッグの着用はできない。こちらから支給する制服を着て任務にあたってもらう」
先生はそう言うと千束に目配せをする。ほいほい、という声と共に千束は倉庫の奥から箱を持ってくる。
千束が箱を開けて取り出した中身は透明なビニールに包まれた赤い学生服。ただしわたしが今着ている服に比べてやや色味の深いワインレッドになっている。デザインも気品を感じるそれである。
サクラの様子を脇目で見る。あらかじめ納得はしていたからだろうか真面目な表情から眉一つ動かしていない。
「帝都学習館学園中等部の制服に擬態したDAの制服だ。識別のため目立たないように改変が行われ、DA制服として登録されている。ゆえに学内での活動中での紛失、盗難には注意するように」
DA制服として登録されている、とはDAにおいては『着用している間は銃器の使用を含めて実力行使が容認される』という意味である。ゆえにこれを紛失すると大ごとになる。
サクラとわたしは新しい制服をまじまじと見つめる。その様を見て先生は提案する。
「先に着てみるか?二人の体に合わせて仕立てたはずだが、サイズが合わなければ調整しなければならないからな」
「いいんすか?」
「フキはともかくそっちのサクラは制服が気になってしょうがない様子じゃないか。それに制服については着てから話したいこともあるからな」
そう言う先生の隣で千束が机の上に箱を二つ出し開封する。中身はもちろん帝都学習館学園中等部の制服(…によく似たDA制服)。
千束と先生にすすめられるがままに新しい制服に袖を通す。サイズは問題なし。少し体を動かしてみる。よく追随してくれる。
千束がどこからか全身大の鏡を持ってきたので自分の姿を見る。すっぴんではとても着れたものではないが、少しでも化粧を整えれば十分に着こなせるはずだ。
色合いにしろ装飾にしろ華やかさがあるが、わたしが着ても主張しすぎない程度に抑えられている。装飾はあるが様々な身動きに支障が出ないよう工夫が凝らされている。
流石は政官財華御用達、学生服もしっかりとしたデザインである。
デザインもさることながら何よりこの服は動きやすいのがいい。身動きに対して服の生地もよく追随してくれるし、なにより重さを感じない。……ん?重さ?
「センパイ、これって……」
サクラも制服の着心地に気付いた様子。
「気づいたか。このDA制服はリコリスのそれとはまったく異なる。元の制服から布地や縫製を工夫して数時間程度の連続した激しい身動きに耐えるとともに、摩擦に対する耐久性を上げている。だが元のデザインの都合から銃撃や破片からの防御はほとんど期待できない。その代わり重量は抑えてある」
これは制服の作り方の違いによるものだろう。
リコリスの制服は「リコリスの生命を可能な限り守る」という目的が先にあり、その目的を達成しつつ学生服として違和感のないデザインに落とし込む形で作られている。
そのため服として見た場合かなり重くできているし、特に若いリコリスは小柄な場合が多いのもあって着ぶくれしてしまうことが多い。
その代わりある程度の薬品や熱に耐えられるし、爆発時に散った細かい破片や跳弾であれば辛うじて耐えられる程度の防御性能はある。まともに銃撃や爆弾を食らうと制服の上からでも重傷を負ってしてしまうのだが。
一方この制服の場合「帝都学習館学園制服」としてのデザインが先であり、それを大きく崩さない範囲で機能を盛り込む必要がある。
特に薬品や熱に耐える布地で作った上着と破片に耐える素材で作ったインナーを重ねることによって実現していた防御性能は最初から実現不可能である。
だからリコリス制服でいう防御面は捨てて『服としての耐久性』を重視して調整したのだ。それならば先に述べた方法で外見を維持しつつ実現できるのだろう。
防御用の生地の重さを無くして身軽にしているのはスタミナを温存する目的もあるはずだ。
リコリスの理想は奇襲と即戦即決。一時間を超えるような長丁場のドンパチはよほどのことがない限り想定しない。そんなに時間をかけていればパトカーが大挙してやってくる。
しかし今回の任務は護衛。対象の安全を
さっき先生は「激しい動きに数時間耐える」と言っていた。つまり場合によっては丸一日桂華院瑠奈嬢の傍にいることが普通に想定されているということでもある。
そんな任務に着ているだけでそれなりに体力を消費するような重い防護服は不適切なのだ。
だがひとたび襲撃が実行されると装備と戦意をガチガチに固めたテロリストと対峙しなければならない。それも通常のリコリス制服に比べれて防御能力の欠けた装備で、である。
桂華院瑠奈嬢の護衛任務は決して華やかで気楽なものではなく、最も危険な任務のひとつになることは否めないだろう。
その意味においてこの任務に専任となることは決して左遷ではなく、DAという組織そのものから能力を認められた者であることの間接的な証左である。サクラにとっては間接的ながら『昇進』のひとつとみなしていいだろう。
制服の着心地を一通り確認したのち「許可された場合の」装備を確認する。
「桂華院瑠奈嬢または帝都学習館学園への攻撃が高い確度で予想された場合には武装の上での護衛任務を命ずることがある。その際はこのベルトを装着する」
支給されたベルトをシャツの上に装着してみる。装着しても身動きに違和感を抱くことは無い。
左肩に銃、右肩に弾倉二本、腰に小型ナイフのホルスターがついている。最後のは戦うための最低限のサイズしかなく文字通りのラスト・スタンドだ。
弾薬を抜いた武器を一通りつけ、上からブレザーを着けてみる。学内関係者のように制服を見慣れた人間が近くからまじまじと見れば不自然な凹凸に違和感を覚える程度だろうか。
あとベルトと一緒に渡された銃もこれまで使っていたハイパワーとは異なる。
まず外側が樹脂でできており、ハイパワーのハンマーのような突起物がほとんどない。
樹脂製だから冬場に装備していても肩が冷えることは無いだろうし、凹凸の少ない滑らかなデザインはとっさの時の抜き撃ちに有利だ。
「グロック19。最近DAに採用された新型の拳銃だ。弾薬はハイパワーと同じ9mm弾。整備や取扱い方法はあとで教えるからマスターするように」
「了解です」
先生の話に応答しながらサクラはどんな状況だろうかと目線を向けてみると、装備を付けて怪訝な顔をしている。
「弾倉は三本だけっすか?」
「二本だ。暴発防止のため装填したまま装着することは禁止、それ以上の弾倉を携行すると制服のふくらみをごまかしきれなくなる」
「じゃあ9mm弾三十発そこらで襲撃者から対象を守り切れってことっすか?」
納得していない表情のサクラに対して先生がさらに畳みかける。
「この制服は
「武装を認めない?こっちはお嬢様狙ってたテロリストを何度も葬ってきたっす。連中は最低でも自動小銃や手榴弾、場合によってはロケット砲まで持ってたんすよ!銃もなしに、あーしらリコリスにどう戦えっていうんすか!」
サクラが先生に対して苛立ちの感情をぶつける。
サクラの言う通り、お嬢様を付け狙うテロリスト連中は彼女の供回りの装備に対抗する都合からことごとく重装備だったのは確かだ。
もっともわたしが担当した任務では数名の見張り以外にはそれを取り出す時間すら与えなかったが。
「桂華院瑠奈嬢の警護については警察や北樺警備保障をはじめとしたほかの組織の要員が主役だ。君たちの任務は……」
「『護衛の間をすり抜けて前に出ようとする護衛対象を捕獲すること』でしょうか」
「その通りだ。フキは察しがいいな」
「ここに来る前に彼女が襲撃された映像は何度も見返しましたが、桂華院瑠奈嬢の護衛で一番の不確定要素は彼女自身の行動です」
「じゃ、じゃあセンパイがこの任務に選ばれた理由って……」
「でしゃばるお嬢様に追いつける見込みがあるのが一番足の速いわたししかいないからだ。お前の役割はわたしが押さえた彼女を完全に捕まえることだ」
苛立ちで赤くなっていたサクラの顔が紫を経て青くなり、それと並行して文字通り『崩れ落ちた』。
その様を見ていた千束が、いたたまれなくなったのかサクラに近寄って目の前で手を振る。
「大丈夫~?漫画みたいに気が抜ちゃってるけど」
「コイツ、こっちに来るとき司令に『あなたが司令も驚く戦果上げてやる!』なんて啖呵切っていたからな」
「あっちゃー、そんなこと言ってたの?そりゃあこうなっても無理はないかなあ……」
口調こそくだけているが表情はやや真剣だ。千束は多少ふざけることはあっても嘲ることは決してしない。特に落ち込んだ奴を前にしたときは。
それはともかく問題はこの完全に腑抜けたセカンドだ。とにもかくにもこいつを何とかしないと話が進まない。
手っ取り早く立て直すには……
「あー、先生、ひとつよろしいでしょうか?」
「どうした、フキ」
「わたし達の任務は桂華院瑠奈嬢の護衛ですが、二十四時間三百六十五日護衛に当たるわけではありませんよね?」
「ああ。東京、帝都学習館学園にいる間の護衛が任務だ。先に言ったが基本的に他の組織が護衛の主力で、さらに所轄の都合から酒田や北海道では現地のリリベルやリコリスの顔を立てねばならん。それにそもそもリコリスは海外で任務にあたることはできん。行くことは不可能ではないが……」
「でしたら桂華院瑠奈嬢が東京を離れている間はリコリスの任務に就かせていただけませんか?護衛任務だけではわたし達の戦闘技能を維持することは難しいと思料します」
わたしの提案を聞いた先生がわたしに一瞬だけ目配せし、すぐにサクラに顔を向け様子を一瞥すると、目と口を引き締め全員に聞こえるような音を立てて空気を吐き出す。
「……やむを得ないか。こちらから楠木に掛け合ってみるが、確約はできんぞ」
「お願いします。せめてリコリコの活動への参加だけでも認めていただければと思います」
「それならばこちらの一存で何とかできるかもしれん。上手くいかないようならそのようにとり計らおう」
先生から何とかリコリスとしての活動を継続させる言質を取ったうえで、うなだれるサクラの背中を軽く押してやる。
「聞いてたか?桂華院瑠奈嬢が東京に離れている間ならリコリスに戻れるそうだ」
「ホント……すよね?」
「まだ確約はできないがな。これでもそれなりに危ない橋だってことは自覚しろよ」
サクラの顔に少しずつではあるが生気が戻りはじめる。
ただしまだ現時点では空手形であることは自覚させておかねばならない。
「ほら、しっかりしろ。千束、済まないがたきなを呼んでくれ」
千束が内線電話に取りついている間にわたしはサクラの脇を抱えてその場に立たせる。
普段からはやりがちで都度抑えてきていたが、リコリスの制服を脱いだからかとんでもなく軽い。
リコリスってのはとんでもなく
地面について汚れた足を軽く払ってやっているうちにたきなが下りてくる。
「フキさん、お呼びでしょうか?」
「たきな、上でサクラに何か甘いものを出してくれ。金はわたしが出すから」
「よろしいですのですか?任務についての説明が終わっていないんじゃないですか?」
「これ以上の話はわたしが聞いて後でサクラに伝える。今のコイツは話を聞けるような状態じゃない」
「たきな、フキの言うとおりにして」
少し怪訝な表情をしたたきなと無表情のサクラが階段を上がっていくのを見届ける。
上で防音扉が閉まる音を聞いてから千束がこちらに顔を向けてくる。
「フキ、リコリコの任務は……」
「ここに来た時のたきなとは違って銃を抜くタイミングは分かってる。だがわたし等は『命大事に』とはいかねえからな」
「口出し無し、追い討ち無し、恨みっこ無し、昔からのやり方だ」
このフレーズはごく短い間だったがわたしと千束が組んだ時の約束事。
千束はわたしの殺しに口出ししない
千束が無力化した相手にわたしは止めを刺さない
わたしのやり方でやらせてもらう、という言葉に赤い瞳が沈黙で返事を返してくる。
「千束、フキの事情もあるからここは抑えなさい。フキには可能な限り荒事を優先して回すようにはしよう」
「お願いします。サクラが納得して任務に当たれるように配慮願います」
先生の助け舟にありがたく同乗させてもらう。それに対して千束は軽い溜息をついただけで何も言わなかった。
「先生、話の腰を折ってしまってすみません。説明の続きをお願いできますか?」
「分かった。だがその前に上で茶でも淹れよう。一旦落ち着いた方がいい」
先生の提案に沿う形で一度店に戻り全員でお茶を飲む。その後先生、千束、わたしの三人で地下に再度戻って任務の説明の続きを聞く。
今後の予定としては以下の通り。
明日はこちらの体制づくりのためオフ。
明後日に表向きの所属となる北樺警備保障へ転属の挨拶。DAが手を回して『中途採用』という形で所属することになるらしい。
それから三日間かけて北樺警備保障の『民間警備員』としての教育を受ける。
桂華院瑠奈嬢の護衛として任務に就くのは来週の月曜日からだそうだ。
そういった説明を受けたり、甘いもので立ち直ったサクラと一緒に銃の取り扱いについて教練を受けたりしているうちに時間がどんどん進み、喫茶リコリコを出たころには夜中になってしまっていた。
ガンケースを隠す家具はサクラの気分転換も兼ねて明日買いに行くことにする。
Technical Assistance Grants:『技術支援助成金』という名前でBGOがソマリア民兵に払ってた用心棒代のこと。(テクニカルの語源)
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側近団の新人
四月になっても仕事が忙しい……
Side 桂華院瑠奈
DA支部への視察からしばらくして、側近団長である久春内七海から『中途採用』の二人が私の側近団に参加すると伝えられた。
いきなり私の護衛に選ばれる程度には二人とも相当な腕利きなのだという。
……と言われてやってきたのは先の模擬戦で私を打ち負かしたリコリスとその相棒。名前をそれぞれ春川フキと乙女サクラという。
なお乙女サクラはDAの視察で余計な口を叩いたリコリスなのだそうだ。なおそれによる左遷ではないらしい。
それからしばらく側近団の一員として彼女達と時を共にしていたのだが、一つ大きな問題があった。
春川フキがお手洗いで席を外している間にわたしはそれについて乙女サクラに問いかける。
「『模範的リコリス』ってのは『世間知らず』の言いかえなのかしら……?」
「センパイが極端なだけなんすよ……」
春川フキがとにかく学生生活に馴染めなかったのだ。
原因は主に三つある。一つ目はとにもかくにも周りと話題がかみ合わないことである。
年頃の学生が知っていてしかるべきことについて驚くほどに無知であり、そのことに何も感じていなかったのだ。
「一応は私の同級生という立場なんだから事前にフォローとかしなかったの?」
「こっちに来るまでの空き時間で色々と仕込みはしたっすよ。それでもあそこまで知識が偏ってるとは思いもよらなかったっすよ」
「飲料自販機の使い方を素で知らなかったとか笑いを通り越して呆れるわよ」
小学生時代の栄一君じゃないんだから、と私がぼやこうとしたところで本人が戻ってきたので話を打ち切る。
あの様子では色恋沙汰なんてものも遠い彼岸であるに違いない。
教科書に載るような姿勢で座った春川フキが私を見据えて話を切り出す。
「わたしに何かご用件でしょうか?お嬢様」
「おおあり。色々言いたいことはあるけど、まずもってそのハリネズミのような態度はどうにかできないの?」
二つ目は愛嬌を振りまくどころか近づきがたい雰囲気を常に出し続けるのである。
「わたしの仕事はお嬢様ご自身の安全を守ることです。そのためには常に警戒を怠らないようにする必要がございます」
「それは分かるけど私が学生として振舞う時に支障をきたさない程度には警戒レベルを下げろと言っているの。学内は身分が保証された人間しかいないのよ?」
「『制服』を着ているからと言って悪意のない人間ばかりだとは限りませんよ、お嬢様」
お前がそれを言うのか、という言葉をぐっとこらえる。これが
春川フキはDAでは千束に次ぐ実力者として活躍していたというが、それだけ殺しに特化していたことの裏返しでもある。
とにもかくにもこの
それが三つ目、なまじ現役リコリスであるということ。そのため側近団の中ですら孤立しているのである。
DAは冷戦時代に反共部隊として運用された。そのため『樺太の子供達』からすると同僚の仇という立ち位置になる。
春川フキや乙女サクラはその年齢からすでに『冷戦を知らない子供達』なのだが、背負った看板はそのままなのである。
側近団の中でも新参者であるということもあいまって側近団のリーダー格である久春内七海や遠淵結菜とのそりが合わず、放置されている雰囲気がある。
相方の乙女サクラは周りと話を合わせることが出来たし、ひょうきんな性格も相まって学生生活に間もなく馴染めたし、側近団との仲も最低限は持つことが出来たのだが……。
側近団の間で不和がある状態は明らかにまずいので、イリーナ(比較的関係がマシ)、ユーリヤ(CIA経由で正体を知っている)、乙女サクラ、それと私でせめて側近団との仲を取り持とうととするのだが、これも芳しい成果を上げることもなかった。
そしてそれが「桂華院瑠奈の寵愛を受けている」だとかの噂の元になってしまい釈明に追われる。
周囲から馴染めず、「桂華院瑠奈の側近」という看板だけを背負っている謎の編入生、周りの人間はそれを『異物』とみなして排除しようとする。一種の『免疫反応』だ。
案の定というかなんというか、春川フキは面倒な生徒(いかに帝都学習館学園といえどその手の輩はゼロではない)に絡まれることが多くなった。体格が小さいので野月美咲の類と見られて舐められているというのもある。
それがもとで無愛想にさらに拍車がかかり、さらにまともな人が寄らなくなるという悪循環。
さらに悪いことに間もなく行われた定期考査の成績発表で春川フキは注目を集めてしまう。
乙女サクラは良くも悪くない位置で留まったのに対し、春川フキは四位(私と同率)に食い込んでしまったので嫌でも目立つ存在になってしまったのである。
だからほどほどに手を抜いたほうがいいっすよと忠告したんすけどね、とは相棒の弁である。
そして、それは悪い形で表面化してしまう。
定期考査の成績発表から二日後のこと、明日香ちゃんが私に駆け込んできた。
「ちょっと!桂華院さん!あなたの目つきの悪い護衛が例の連中に連れてかれたわよ!」
それを聞くなり即座に立ち上がる。イリーナ、ユーリヤ、乙女サクラの三人だけを連れて現場に急行。連れて
「遅かったかあ……」
私は一人ごちる。着いてみれば、悪ガキどもがことごとく伸びているか呻き声をあげて蹲まり、その中心に春川フキが立っていた。
私と乙女サクラで立っている彼女の様子を確認し、イリーナとユーリヤが倒れている連中の容態を確認する。
彼女は顔を含め素肌の出ているところにはことごとく痣か生傷があり肌色が見えている場所を探す方が難しい。ついでに言えば口を切ったのか口角から血が垂れている。
「うへえ、これまたこっぴどくやられてますねセンパイ」
「囲まれたからってこっちから手を出したら大問題だろ。だからしばらくは殴られるままにしていたさ。体を少し動かして急所だけは外していたがな」
「それじゃどうしてこいつらはぶっ倒れてるんすか?」
「こいつらわたしが反撃しないことをいいことに調子に乗って、桂華院瑠奈嬢を侮辱したんだ。それで…」
「一体何を言ってきたのよ」
「詳しく言わないほうがお互いのためですが、鼻息荒くしてわたしの股間に手を伸ばしながら、とだけ言っておきましょう、お嬢様」
「それで堪忍袋の緒が切れてこいつらを叩きのめしたってわけね……」
私は全員に聞こえるように大きなため息をつく。彼女も彼女だがこいつらも相当である。
「お嬢様、ユーリヤと確認しましたが彼らは命に別状はありません。数日痣が残る程度でしょう。ことごとく急所を突かれてますね。ですが『痛い』で済むギリギリのところで抑えられている」
イリーナに言われて悪ガキが手で押さえている場所を観察してみると、水月、章門、関元と的確に急所を打ち抜いていることが分かる。
しかも胴体の急所が中心なので打撲傷は学生服で隠れてしまう。何も知らない人間が彼女たちの外見だけを見たら春川フキが一方的に殴られていたようにしか見えない。
これだけボロボロにされてもその辺の判断が回る辺り流石偽装と暗殺を専門とするリコリスの精鋭である。
「命に関わらないなら一安心ね。とりあえずは、だけど。しかし春川フキ、あなたはどうするの?急所を外したとはいえその傷じゃあ……」
「こんなもん痛くも痒くもねえよ」
「センパイさっすがぁ」
「言ってる場合じゃないでしょ。ユーリヤ、先生やみんなを呼んできて頂戴」
とりあえず現状のままで人を呼ぶことにする。この状況を周囲に示しておかないと後で「春川フキに殴られた」と難癖をつけられかねないからである。
それはそれとして、痛々しい外見とは裏腹に彼女はそれを『痛くない』とは。普通に立って歩いているあたり、その言葉は真実なのだろう。
……連れていかれた保健室の中で先生に消毒薬をつけてもらったときに歯を食いしばっていたことは見なかったことにしておく。
結局この一件は女子へのリンチ事件として処理された。
春川フキはそれに何も異を唱えることはしなかった。私と側近団は彼女の意思を尊重して黙っていた。
悪ガキどもも黙っていた。大人数で女子を囲った挙句、あっさり返り討ちに遭ったのだから何も言えなかったのである。
彼らは事件をの責任を問われ転校と相成った。まあ当然ではある。間接的に私に喧嘩を売った格好にもなってるし。
そして春川フキなのだが……良くも悪くも
「孤立」もここまでくると「超然」だ。
最終的に喫茶店のマスターに手紙を出し、私が夏休みで東京に不在の間に喫茶リコリコで
東京から帰ってきた私を久春内七海の右隣で出迎えた春川フキの引きつり気味の笑顔よ。
どうやって春川フキの行動を直したのか気になって彼女の相棒に聞いてみたら、昼は喫茶店で、夜はセーフハウスで錦木千束から四六時中つきっきりで色々と仕込まれていたらしい。
同じことを喫茶店の飲んだくれに聞いてみたら、側近団や明日香ちゃん等を含めた私の関係者を喫茶店に招いて
しばらく私は喫茶店の看板娘に頭が上がらなくなりそうだ。
結局フキさんは千束に仕込まれるまで学校になじめませんでしたとさ。
次回はお嬢様がお金の力でDAの仕事を「やりやすく」しようとする話。
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喫茶リコリコの犯罪捜査
The ends justify the means
Side 錦木 千束
喫茶リコリコは喫茶店である。
そしてDAの支部の一である。だから楠木さんからやってくる指令に従って犯罪者に制裁を下すことが本来の任務である。
また町の便利屋的存在である。だから常連さんから仕事を請け負うこともある。
私もたきなも(リコリスであることを隠しているとはいえ)そこらのチンピラなら素手で軽くあしらえる程度には腕っぷしはあるし、そのことを常連さんは良く知っているので、たまに荒事になりそうな案件が舞い込んでくることもある。この前はストーカーの腕を極めて制裁してやったっけ。
今回の依頼人は常連の刑事である阿部さん。常連さん用のSNSでボードゲーム大会を告知していないのに閉店間際にやってきて、閉店時間を過ぎてから話を切り出すというかなり珍しいことをやっている。珍しいことを付け加えれば表情もかなり強張っていて、その様を見た先生がお茶を淹れようとするのを止めた。遠慮するのではなく止めたのである。
「放火犯の尻尾を掴んでほしい?」
「何とかならないか。少しでも手伝ってほしい」
「手伝ってほしいはいいですが、経緯を説明願えませんか?最低でも何をしてほしいのか具体的におっしゃっていただかないと」
「ああ、そうだ。実はな……」
阿部さんが「捜査情報をペラペラしゃべっていいんですか?」とたきなに怒られながら行った説明を要約するとこんな感じだ。
・二週間前の深夜に押上金属工業という会社で火災があり社長が焼死。
押上金属工業はこれにより廃業せざるを得ない状況になっている。
・被疑者として挙がっているのは根古屋(ねこや)という男。
彼の経営する根古屋鋳造は押上金属工業の同業者で、
根古屋鋳造はシェア争いで負けつつあった。
・出火時刻の三十分前に根古屋が押上金属工業周辺にいたという証言があり、
動機の存在もあって押上署捜査一係は根古屋の放火を疑っているが、
現場に彼が火をつけたという物証がなく、また彼も犯行を否認している。
・五年前にも根古屋鋳造のライバル会社であった
吾妻橋加工という会社で社長が焼死する火災があり、
この時も根古屋の姿が目撃されていたが、物証がないため事故として処理していた。
・阿部さん個人としても根古屋がやったと睨んでいるが、
生活安全係の彼は管轄外のため大っぴらに調べられないため、
個人的に頼める私たちに調査を頼みたい。
・報酬は先払いするが調査状況ないし結果によっては後で増額する。
「本当に何でもいいから尻尾を掴んでくれ、ということですか……」
「無理なら断ってもらって構わないんだが、どうにかならないかな?」
「探偵みたいで面白そうじゃん!」
「千束、今回ばかりは断ったほうがいいと思います。成果を上げられないとわかっている仕事を請け負うのはいくら阿部さん相手でも信用問題に関わります」
たきなの言葉に先生とミズキは黙って頷く。
「うーん……阿部さん、この話保留にできない?」
「それは構わないが、請け負うなら早いほうがいいぞ?」
「じゃあ、一週間後」
「こっちの都合もあるから次に来れるのは九日後だな。いい返事を期待してるよ」
そう言うと阿部さんはいつも私たちに向けてくれる柔和な表情を浮かべながら喫茶リコリコを出て行った。
「千束、どうするつもりだ?たきなの言う通り成果を見込めない仕事を受けるのは流石に私も承知しないぞ」
阿部さんが十分に離れたのを見計らって先生が私に氷のような顔を向けてくる。たきなもミズキも似たような表情だ。
「作戦はあるよ、先生」
「ほう」
「根古屋という男は五年前に商売敵を殺したのが上手くいったから、今回も同じことを行った」
「阿部さんのおっしゃったことが正しければ、という注釈はつきますが」
「つまり一度味を占めたら何回でもやる性格なんだよね?」
「そういうことになるな」
「だからなんなのよ?あたしにはさっぱり見当がつかないんだけど?」
「根古屋は同じ状況に追い込まれればまた同じことをするんじゃない?商売敵を作って根古屋鋳造の仕事を奪ってしまえば、困った根古屋は押上金属加工の時のようにまた火をつけようとする。そこを現行犯で捕まえて、過去の放火についても吐かせれば解決!どうよ?」
私の作戦案を聞いたみんなは別々の表情を浮かべている。
たきなは左手を顎に軽く添え目線を私の足元に移している。
先生は眉間にしわを寄せながら目を口を真っすぐ結んでいる。
ミズキは顔をそらせたが横目はしっかりとこちらを見据えている。
クルミは目は変わっていないが口をあんぐりと開けている。完全に呆れているな、失礼な。
「どうよって言われてもさあ……」
「確かに根古屋の尻尾を掴むには最も手っ取り早い手段ではありますね」
「たきな、納得する前によく考えろ。この作戦には大きな問題がある」
眼と頬を据わらせたクルミが流れるような口調で言う。
「DAが動く前に伊達さんに根古屋って男を捕まえてもらわないといけないってことでしょ?」
「それは一番小さい問題だ」
「お金は私の口座に十分にあるじゃない?」
「お前は頻繁に買い物するから口座の金は少ない方だろうが。今じゃたきなのほうが金持ちだぞ」
「あり?そうだっけ?ってクルミ私達の口座情報全部把握してるの!?」
私が人差し指を突き付けてもクルミはどこ吹く風で話を続ける。
「阿部とかいうやつの話を聞きながら少し調べてたが、根古屋鋳造も押上金属工業も得意分野は真空鋳造だ。普通の板金加工とはわけが違う。千束どころかリコリコの全員の貯金を合わせて、建設費はおろかようやく設備費用が捻出できるかぐらいだな」
先生、ミズキ、たきなは一斉に視線を私からそらした。私じゃなくてもよく分かるように仰々しく。
「それに金は二番目に大きい問題だ」
「え?じゃあ一番は?」
「ここの面子の誰が社長をやるんだ?」
「ミズキがやればいいんじゃない?ほら『企業の社長』って肩書があれば結婚相手も探しやすいでしょ?」
「それは男の話だろうが!それにあたしはアンタの見栄のために焼け死にたくはないわよ!」
私とミズキのやり取りを聞いてクルミは大きくため息をつく。
「あのな、日本では会社、つまり法人を作るためには社長や役員の氏名を登記簿に書かなきゃいけないんだぞ」
「……あ」
「気づいてなかったのか……」
クルミが右手で額から右頬を覆っている。先生は左手で同じことをしている。
私達リコリスには戸籍がない。当然ながら住民票もない。リコリコは土地と建物はDAの代理人名義で、表向きには(DA経由で帰化したことになっている)先生が借りている格好である。
戸籍も住民票もない人間を会社の社長や役員として登記することは不可能なのだ。
だからと言って阿部さんを含め常連さんに会社の関係者として名を連ねるように頼むのは不可能だ。場合によっては根古屋に襲われる可能性がある。
金の問題は予想してたけど、人間がネックになるとは思ってなかったなあ。……待てよ?
「クルミ、金と人の問題が解決すれば作戦は決行できるんだよね?」
「ああ。それ以外にも問題がないとは言えないが一応はできるぞ」
それを聞いた私はすかさずカレンダーを見る。探すは今週の土曜日。日付を示す数字を囲むように赤い丸が描かれている。
「……まさか、桂華院のお嬢様に用意してもらおうって考えてないか?」
「ダメもとで頼んでみるだけ、頼んでみるだけだから」
そういう私を、みんなは冷めた目で見つめるだけだった。
*****
「面白いじゃない」
土曜日に個人で訪れたお嬢様にいきさつを説明したときの彼女の一声がこれである。
「いいんですか?」
たきながおっかなびっくりでお嬢様に確認する。
「私は好きよ、たかが放火犯相手に会社作ろうなんてスケールが無駄にデカい作戦考えるところ。本来ダミーカンパニーなんて闇流通の捜査とかにしか使わないもの」
「そりゃ場末の放火犯一人に対しては明らかに割が合わないからな」
「だから面白いんじゃない。あなた達が求めるなら会社の一つや二つ作るわよ?いくつか条件はつけさせてもらうけど」
「条件?」
「そんなに厳しくはないわよ?
一、名義は問わないがリコリコは会社に対して一定の出資を行うこと。最低3%、可能なら5%。
二、事業開始から一年以内に根古屋という男の犯行を暴くこと。
三、犯行を暴けなかった場合、または犯人が根古屋ではなかった場合、
二年目期末に会社を清算するが、
その際に生じた負債はリコリコが一で使った出資者名義で負うこと。
この二点」
「おい、三点目は厳しくないか?」
クルミの反応を聞いたお嬢様はさも当然であるという口調で返事をする。
「人を罠にはめようとするんだから、罠が外れたときには相応のリスクを負ってもらうわよ。それに表向きには関与していない体裁を装うにしても、私が絡む以上このラインは最低限守ってもらわないと私自身の立場が無いのよ。ムーンライトファンドが大成功したときにどれだけの人間が寄ってきたと思う?」
「「「「「あー……」」」」」
私も含めてみんなで遠い顔をする。地元の便利屋として動いているリコリコにもその手の輩は来ないわけではないからだ。DAの任務との兼ね合いもあるので最近は原則常連さんかその紹介者からの依頼しか受けないようにしている。
「条件はシビアだけどその代わり作戦が成功すれば多少の儲けと配当金を出せるだけの『人』もある程度斡旋するわよ」
「たとえば?」
口角をけいれんさせたクルミが問うと、お嬢様は自分の左手で顎を撫でる。
「そうね……目的が目的だし、発起人には私の名前を入れるわけにはいかないからそこは適当に見繕うとして、
社長にはいざって時に自分の体を守れる人が必要ね。北樺警備保障の人間か、佐々木さんに頼んで元警察官を斡旋してもらいましょうか。
経理のほうはそうね、桂華銀行か桂華信託銀行の支店網再編の時に支店長や係長を外れた人から何人かアサインしましょう。
営業は桂華商会から人を出しましょう。海外駐在や出張の経験が豊富な人間なら国内外の取引の経験もそこそこあるし、危険を察知する鼻を持っていることでしょう」
「桂華グループからたくさん人を引き抜くと桂華側の子会社だと思われて相手に警戒されませんか?」
たきなの指摘はもっともである。
「桂華グループは常に組織の再編をしているから、その流れで一定の人間を解雇しているからその一人としてカバーすることが出来るわ。それでも不足なら素性を書き換える必要があるけど」
「常に組織再編してるのはお前が無計画に会社を買うからじゃないのか」
「うるさい!……ところで根古屋って男の情報は?」
「それならボクの方で調べがついてる。真空鋳造について独自のノウハウを持っていて、独占的な商売を続けてきたからか態度は良くなく、人柄について取引先からいい評判を受けていない。ついでにいえば押上金属工業に何度か訪れては脅迫じみたこともやっていたようだ」
「真空鋳造って言ったかしら?私の人脈でそれに対応できる人はすぐには思いつかないわね。栄一君にも声をかけてみようかしら」
お嬢様のつぶやきに先生が反応する。
「あー、オレの伝手に冶金工学に非常に明るい人がいたはずだ。そいつに声をかけてみよう。何から何まで桂華院瑠奈嬢にお世話になっていたらこちらの立つ瀬がないからな」
「あら意外。
「桂華院瑠奈嬢のように直接声をかけるわけじゃないさ。
「うーん……わかったわ。こっちで事前に身辺調査をするから先にプロフィールをこちらに回して頂戴」
お嬢様と先生の間でやり取りをしている中、たきなが渋い表情で次の話題を振り出す。
「『人』は桂華院瑠奈嬢と店長で対応するとして、『金』はどうするんですか?わたし達では工場を建てるお金を用意することは難しいですよ」
「たきなあ、この娘にとって『金』が問題になると思う?」
おい酔っ払い、話に水を差すんじゃねえ。
「ミズキ、確かに金額的には問題外かもしれないが、『どうやって渡すか』という問題が残るぞ」
「ああ、そこはちゃんと考えてあるわよ。『篭脱け詐欺』って知ってる?」
通り一遍見まわすとたきなだけがピンと来ていない様子。仕方がないので私が説明する。一回その被害者の相談を受けたことがあったなあ。
「銀行職員のふりをして現金を受け取り、そのまま建物を出て金を自分のモノにするってやつでしょ?」
「まさか……誰かに銀行員の振りをさせ、銀行の応接室を借りて、周りから見ると『銀行の融資の契約をしている』かの体裁を装って、実際には『現金を押し付ける』ということか?」
「クルミちゃん大正解。言うなれば『篭脱け
こともなげに言うお嬢様に私達はあっけにとられる。クルミでさえ引き笑いを浮かべている。その間にお嬢様は私に体を向けてきた。視線は私の眉間を貫いている。
「どう?錦木千束。あなたがこの作戦を『やる!』と言えば会社を作るわよ。その代わり、放火犯を確実に捕まえてもらうけど」
ここまでお膳立てされて断れるほど、私は面の皮が厚くないんじゃ。
The ends justify the means
結果は手段を正当化する⇒嘘も方便
元ネタはこの辺の時期にドラマ化された小説。というか割とそのまんまです。
「愛のメモリー」をラジオで聞いたときに思い付いたネタ。
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確かな「しるし」
話の分量的に分割したかったけど、うまい切り方が出来ず視点が何度も映ることになってしまいました…。
Side 桂華院瑠奈
喫茶リコリコで話をした一か月後、九段下の私の自室にて、アンジェラ、岡崎のと向き合う。議題は「新規に作る町工場の人事について」である。
なお二人にはこの町工場について「最近話題になった放火犯の調査のため、桂華の名を伏せて設立する」旨を伝えた上で人材を手配してもらった。
二人ともDAについては知っている(岡崎には名前を含め最重要機密はぼかしている)ので「喫茶リコリコの案件に関わることで今の私がDAにどこまで介在できるかの試金石とする」という口実も申し添えてある。
カリンにはあえて伏せておき、そのことを二人も徹底しておくように伝えておいた。DAについて一段関与を深めることを彼女が知った場合、どのような振る舞いをするか読み切れない所があったからである。一応バレたときに備えてアンジェラに「CIAとDAの合同作戦に名義貸しだけした」体裁を整えてもらっている。
「『墨田鋳造工業株式会社』……ね。社長は都知事に紹介してもらったレスキュー上がりの元消防署長と」
「経理は共鳴銀行と長信銀行の系統から一人ずつ出しました。プロファイリングは実施済みです」
「営業は旧赤松商事から個人的に信頼できる奴を三人用意しました。完全に
大変だったという割に岡崎はあっけらかんとした調子である。一方アンジェラの表情は固いままである。
「生産管理と技術は帝国重化学産業の人間が中心に揃えましたが、お嬢様、研究開発に入っているのこの人間は…」
「あー、この人ね、喫茶リコリコの側で手配した技術者らしいわ。『すべて世話になるわけにはいかない』ってね。一応DAと公安で身辺調査は済んでるし、面接した技術部長はかなり高く評価していたわ。それでも怪しいことに変わりはないから当面は研究開発要員の一に留めてる。『技術開発をさせてやってほしい』という要望だったしね」
アンジェラにいきさつを説明する傍ら、技術部長(となる予定の人)が面接の後に『彼は天才だ!』と喜んでいたことを思い出す。どうしてこんな人と繋がれたのかしら?彼はここ十年喫茶店を経営していたはずなのに。
**********
No Side
お嬢様の提案に千束が乗ってから五カ月が経ち、東京下町の一角に新しい工場が出来上がりつつあった。
敷地の中にある新築の三階建ての建物の前にて、ミカと阿部、吉松がヘルメットを被って話をしている。
「いやはや立派なものができたじゃあないか、ミカ」
「依頼を受けてから半年もたって依頼主には申し訳ない。ただ作戦の前提となる施設がようやく完成した」
「しかし押上金属工業とそっくりな建物ですな、マスター」
「鉄筋コンクリート三階建て、三階に火元になった社長室、二階と三階の廊下の窓は人気の少ない路地に面している」
「造ってもらってなんだが、ここまで露骨に押上金属工業に似せると罠だとバレるんじゃないか?」
阿部の質問に対し、吉松は微笑みを少しも崩さないまま返答する。
「それは大丈夫でしょう。ここまで大掛かりな罠を仕掛ける人間など普通はいないでしょうから。それに一階を作業場ではなく倉庫にするなど少しアレンジは加えてますから、見抜かれることはまずないでしょう」
「そりゃあそうだが……吉松さん、あなたはどうしてここに?」
「ミカの古い友人でこの会社の出資者の一人だからです」
「シンジには人も斡旋してもらったからな。本当に助かったよ」
そう言いながらミカはこの会社の出資比率を思い出す。約半分は桂華院のお嬢様が(岡崎の口座から金を借りて)出したが、三割は吉松、一割が自分達で、残りの一割は吉松から口利きを受けた銀行である。『助かった』という言葉は紛れもない事実なのである。
「そんなに畏まらなくたっていい。
二人のやり取りを聞いている阿部は刑事の勘から二人の会話の内容がすれ違っていないかという感覚を覚えていたが、二人の間柄に口をはさむ必要もないし悪いだろうとそれ以上気に留めることはしなかった。
――――― 二週間後
「私が社長の舞洲ひたちと申します。至らぬところも多いかと思いますが、一緒にこの『墨田鋳造工業株式会社』を発展させていきましょう!」
社長がお立ち台の上からそう挨拶すると、事務建屋脇の来客用駐車スペースに集まった社員たちからぱらぱらと拍手が上がる。
拍手をする彼らのうち自らの脇に立つ役員と最前列に並ぶ上級職の一部は『元桂華グループの出世街道から外れた人間』であることを舞洲は知っている。
しかし技術部長の後ろに並ぶ一人が特徴的なフクロウの首飾りを着けていることはその立ち位置から見えていなかった。
**********
Side 錦木千束
お昼ご飯を済ませた阿部さんの足音が無くなった喫茶リコリコ。たきなとカウンターで賄いのおにぎりを頬張り、先生がどこかからかかってきた電話で長話をしているとき、クルミが私の横にやってきた。
「千束、あの阿部とかいう刑事の依頼で会社を作ったことを覚えているか?」
「あー……『墨田鋳造工業』でしょ?最近ようやく会社として動き出したんだよね?」
「その墨田鋳造工業がニュースになってるぞ。ちょっとこっちに来てみてみろ」
クルミに連れられ押し入れの中の端末のモニタを見る*1。たきなとミズキも後ろから覗き込んでくる。表示されているのはいくつかの新聞記事の画像やネットニュースのサイト。
―――墨田鋳造工業が越後重工向け鋼製部品を受注…
―――LNGを燃料とする新型宇宙ロケットエンジン用部品を新会社が落札……
―――墨田鋳造工業が新しい特許を取得…
「おー会社が動き出したのね、意外とうまくいってるじゃないの」
ミズキが感心した声を上げる。よく言うよ、お嬢様が帰ってから一番反対していたくせに。
まだ素面の呑兵衛に冷ややかな目線を送っていると、先生が電話を終わらせてこっちに来た。
「たった今その件で電話があった。立ち上げた会社が業績を上げ始めたそうだ」
「それも急速にな。見ろ、創業から一年足らずでこんなに伸びる企業なんて、テック企業のスタートアップでもそうそうないぞ」
クルミはそう言ってモニタ表示を新聞記事から会社の業績を示すグラフに切り替える。
私はいまいちよくわからなかったけど、たきなが目を輝かせているあたりかなりの業績を上げているのだろう。
一方で先生はかなり険しい顔をしている。
「それで今その墨田鋳造工業から電話があったのだが、どうやら根古屋社長が墨田鋳造工業を訪れたらしい。『同業者としてご挨拶』と守衛には言っていたそうだが、舞洲社長曰くかなり横柄な態度でどちらかというと脅迫に近かったとのことだ」
その言葉にみんなが表情を変える。
「それに舞洲社長の好みを聞いてきたので手筈通り『タバコと音楽鑑賞』だと伝えたそうだ。また守衛や従業員によれば根古屋社長は事務建屋を出てからその周囲を見て回っていたらしい」
「下見、ですね」
たきなの考察に全員が同意する。しかしここまで露骨にやるもんかね、普通。少しは罠だと疑わなかったのかな。
「クルミ、監視は大丈夫?」
「問題ない、墨田鋳造工業には建設当初から各所に隠しカメラを仕込んでおいたし、根古屋鋳造には電気設備の法定点検の業者を装って同じようにカメラと収音マイクを設置してもらってる。くまなくとはいかないが根古屋鋳造側の動きを監視するには十分だ」
クルミは白い歯を見せながらモニタを隠しカメラの映像に切り替える。モニタではタバコを吸いながら高笑いを上げる根古屋の姿があった。
『こりゃあ前と同じ手が使えるなあ』
笑いながら根古屋はそう口走っていた。
「言っておくがこれらのカメラとマイクの音声は証拠としては使えん。依頼を達成するには根古屋が動いたその時に確たる証拠と共に身柄を抑えるしかない。そこはわかっているな?」
先生の言葉に私は黙って頷く。
それからというもの、リコリコの営業とリコリスとしての任務の傍ら、根古屋鋳造を監視するという微妙に忙しい日々が始まった。
クルミ、先生、ミズキが交代で隠しカメラを監視し、私とたきながいつでも動けるように任務と休息と待機をローテーションする。
この生活は長く続けられないだろうなと始めた当初から思っていたけど、チャンスは意外と早くやってくることになる。
ある日の夜、リコリコの営業を終えてたきなと共にセーフハウスに戻った私は、先に風呂を済ませてテレビを見ていた。
携帯電話が鳴る。発信元はクルミだ。
「もしもし」
『千束か。根古屋が珍しく夜遅くなのに工場に残っている。今日かもしれないから準備しておけ』
了解、とだけ返すと電話が切れる。風呂に入っているたきなを呼び出すと、制服に着替えて出撃準備。そうしてると廊下から濡れた足音が近づいてくる。
「千束、根古屋氏は動き出しましたか?」
「たきなぁ、髪の毛はもうちょっと丁寧にさあ…」
「任務が優先です。それで状況は?」
たきなは任務となると一事が万事この調子なのでもはや髪の毛はもう諦める。
ただしたきなが「いつものブツ」に手をかけるのは阻止する。
「たきな、今回銃は無し。ただの放火魔だし、何より警察官の阿部さんに見つかるとごまかしがきかなくなるよ」
「そうですね。今回は特殊警棒だけにしておきましょう」
「うーん、それでもあまりよくないような…」
その先を言いかけたところでクルミから再びの電話。根古屋社長は弟二人と『今日決行するぞ』と打ち合わせたらしい。
電話を切ったのとたきなの準備が整ったのがほぼ同時だったので、急ぎセーフハウスを出てスクーターにまたがり墨田鋳造工業へ向かう。
その道すがらで阿部さんに電話をする。阿部さんは夜勤だったらしくすぐに出てくれた。
根古屋が動こうとしていると伝えるとオレが捕まえてやる、と息巻いたので墨田鋳造工業で落ち合うことに決める。
墨田鋳造工業に着き、墨田鋳造工業の事務所棟が見える場所に身を隠したところで携帯電話が再び鳴る。クルミからだ。
「もしもし」
『千束、根古屋が兄弟連れて三人で工場を出たぞ。会社のトラックに黒いボンベを積み込んでる』
「黒色?何か見当はついてる?」
『おそらく酸素だ。日本では酸素ボンベを黒く塗る決まりになってる』
「酸素…ね」
『銃は使うな。根古屋が酸素をバラまいた状態で発砲したらお前たちも火だるまだぞ』
「そこは大丈夫、家に置いてきたから」
『そうか、とにかく気をつけろ。根古屋の放火の証拠だけは忘れるなよ』
クルミはそう言って電話を切った。背後から気配がする。
「若い女の子がこんな時間に外に出てちゃいけないだろうが」
「阿部さん、元はと言えばあなたの依頼でしょ」
「がはは、それもそうか」
「静かに、車か来ます」
たきなに促されて息をひそめて墨田鋳造工業の様子をうかがう。事務所棟最上階の社長室には電気がついている。
トラックのディーゼル音がどんどんと近付いてくる。幌のついた平ボディの二トントラックが墨田鋳造工業の事務所棟の脇にある路地に止まる。
丁度よくトラックの後部が見える。幌の影が邪魔で荷台の中までは良く見えないが…。
キャビンから三人出てきた。最後に出てきたのが予め写真を見せられていた根古屋社長だから、他の二人は彼の兄弟になる。
三人が荷台の中を確認し、二言三言やりとりすると、根古屋社長はトラックの前方に回った。ここからはよく見えない。
たきなはトラックが止まってからの一連の出来事を証拠として記録するためカメラを構える。DAが作った夜間対応の一品だから、暗くてもフラッシュをたく必要はない。
「あいつら荷台から何かを引き出しているようだな。あれは……何かのタンクか?」
「ク……ミズキが根古屋鋳造を監視してたんだけど、出発前に黒いボンベを積み込んでたんだって」
「黒いボンベ……酸素か。それが凶器なら大した証拠は残らないだろうな。溶接に必要だから金属加工業者なら工場に置いていてもトラックで運んでいても怪しまれない」
「お詳しいんですね」
「生活安全係は危険物取締も仕事の一つだからな。これならオレでも捕まえられる」
どうやら決着は阿部さんに任せてもよさそうだ。
「写真撮った?」
「ばっちりです」
「手際がいいねえ、二人とも」
私達の仕事ぶりに阿部さんが感心していると、事務所棟の三階の窓が開いて、中から根古屋社長が姿を現した。
三階の根古屋社長と地上の二人がアイコンタクトを交わすと、三階からロープが投げられる。それを掴んだ地上の二人はそれを掴んでごそごそやっている。
地上の二人が腕を振って合図を送ると根古屋社長はロープを手繰り寄せる。ロープの地上側には別のロープ状のものが結ばれ、窓から建物に引き込まれる。
もしかしなくてもあれが酸素のホースだろう。これ以上は建物と社長が危険なので打って出ることにする。
「兄弟二人はオレがいこう、二人は社長を頼む」
「建物内の根古屋社長はわたしで押さえます。千束は阿部刑事と一緒に。相手は二人ですから」
「オーケー」
気配を消して二人の後ろに回る。二人して三階の様子をうかがっているので近づくのは容易だ。阿部さんが先に声をかける。
「こんばんは」
「な……なんだあんたは!?」
「見てわからない?近所のおじさんと女学生」
「おいおっさん、そんなかわいい娘さん連れてこんな時間に出歩いていていいのか?警察に捕まっちまうぜ?」
「実はオレはこういうもんでねえ」
そう言って阿部さんは懐から手帳を出す。それを見るなり顔色を変えて視線を背後に移す二人。
「ところで、その後ろのトラックにあるのは酸素ボンベじゃないか?」
「へ、へへ。俺たちは積荷が崩れたか確認するためにここにトラックを止めたんだ」
「じゃあそのボンベから建物の窓に伸びてる太いのは何だい?それにこのシューって音は何だ?バルブが空いているんじゃないか?」
「う、うう……」
「高圧ガス保安法違反の現行犯で逮捕する。千束ちゃん、タンクのバルブを閉めて」
はーい、と言いながらトラックの荷台に上がると同時に、建物の方から男性の呻き声が聞こえてくる。
『根古屋社長を確保しました』
相棒ののっぺりとした無線に了解、とだけ返しながらタンクのバルブを閉じて一件落着。
完全に諦めた二人を拘束し、たきなが拘束した根古屋社長を連れてきた。
「じゃあ阿部さん、あとはよろしく」
「ああ、助かったよ。お礼は今度するから、さっさと帰りなさい。
パトカーのサイレン音を背負いながら下町の路地を足早に駆ける。阿部さんが呼んだ応援の警察官に見つかるとお互いの立場がまずくなるから。
数日後、新聞の三面に根古屋社長はこれまでの犯行を自供し再逮捕されたと書かれていた。商売敵だけでなく関係を断った取引先にも同様の犯行を行っていたらしい。
その新聞と追加の謝礼を渡しにリコリコを訪れた阿部さんは、その一週間後に犯行に及ぼうとした連続放火犯を現行犯逮捕したことで賞詞*2と金一封をもらった。ちなみに金一封は最近人気のカフェのスイーツとして私とたきなとクルミの胃袋の中に入った。
そして放火犯を捕まえるために作った墨田鋳造工業についてだが、根古屋が犯人であることを突き止めるという当初の目的を達したので解散にはならなかった。いや『解散させられない』と言ったほうが正しいかもしれない。
ヨシさんが紹介してくれた研究者が諸々の技術を開発するわ取引先の技術的難題を解決するわで世間からの注目を浴びすぎてしまったのだ。
根古屋の犯行を誘うために会社は業績を伸ばしたんだけど、急速に成果をあげたおかげで予想以上の利益を上げつつある。どれぐらいかというと、たきなは来年の配当金が楽しみだとスキップするぐらいに。
思った以上に話が大きくなっているような気がするけど、大丈夫なんだろうか?墨田鋳造工業ってそんなに大きな会社ではないような気がするけど。
**********
Side 桂華院瑠奈
「再度のご支援を賜れませんでしょうか。お嬢様」
九段下の私の執務室でそう言いながら頭を下げたのは元消防署長以下墨田鋳造工業の役員たち。
「再度も何も、
そう、当初の目的は達成したのであるからこの会社は清算しても構わなくなったはずなのだ。そのためには彼ら自身が会社をたたむ決心をする必要があるのだが。
建前上私は出資はおろか関与すらしていないし、金額的にも投げ捨てて構わない案件ではあるので、今後については役員たちの意思に任せる、と間接的に伝えたら、彼らはここにやってきて先の通り頭を下げてきたのである。
黙って待つ私に対して技術部長がとつとつと語り始める。
「わが社の研究開発要員が画期的な成果を複数挙げたのはご存じでしょう?それにより政府の関与する新型宇宙ロケット事業が急速に進展しつつあります」
「その成果が国内外に伝わりまして、今となってはこれだけのオファーが来ております」
技術部長の発言を営業部長が遮り、そのまま鞄から出した書類の束をぶちまける。
えーと、ロケット事業に出資している日米の重工系に始まり、帝亜自動車を筆頭としたロケットに関わってない日本の製造業、欧米の有名企業に官公庁、アメリカ航空宇宙局に至っては独占契約のオファーまで提示される有様。経産省や国交省でさえ助成金の案内でとどめているのにね。
「引く手あまたとはこのことね、あなたたち」
「ですから困っているのです。現在の規模ではこれらの案件の十分の一も消化できません。それに今御覧になっているアメリカ航空宇宙局など、我々を囲い込もうとする契約も複数来ております」
複数、と聞いて書類の束を流し見する。独占契約ないしそれに近いオファーを出しているのは、アメリカ航空宇宙局を筆頭に、ドイツとデンマーク系の老舗エンジンメーカ、フランスの航空機メーカ、アメリカの石油産業と防衛産業、日本からは帝亜と岩崎。さらにロシアや台湾系も混ざっている。
ここまで多くの囲い込みを目的とした引き合いがやってきてしまうと『どこと契約したか』がかなり重大な意義を持ってしまう。自分の能力で消化できる案件だけに絞ったとしても、それからこぼれた相手先はそうは思わないだろう。
契約できなかった相手方がライバルの足を引っ張る目的で何かしらの妨害をかけてくる可能性ががある。根古屋のように放火といったヒトやモノを狙った妨害なら警備員を増強すればいいが、原材料や中間財の買い占めなどに走られると資本力の小さい墨田鋳造工業はお手上げになるし、サプライチェーンが混乱して世界中にとばっちりが広がってしまう。
巨大なチャンスを逸すること、取引先から不要な恨みと妨害を貰わないこと。これらを両立する方法はひとつしかない。
「……私が墨田鋳造工業を買うしかないわね。資金注入で規模を拡大しつつ、私の名前を背負わせて誰からも手出しができないようにする」
「その通りでございます。お嬢様、大変厚かましいお願いであることは承知なのですが、再度のご支援をお願いいたします」
かくして、私は自分の借金で作った会社を自分の現金で買い取るという器用なことをやる羽目になった。岡崎に直接この経緯を伝えたら私の目の前で噴出したので水月にタックルをぶちかまして悶絶させてやった。
なお外野からの余計な手出しを防ぐため、購入後の町工場に私の名前を入れようとしたのだが、本件は完全に個人の買い物として買収した格好であったため、『桂華』も『極東』も使えず、やむなく私の
珍奇な名前の町工場は東京下町から静岡県湖西市に追加の製造拠点を設けるなど事業規模と収益を順調に拡大し、それなりの
新型ロケット
ギャラクシーエクスプレス GXロケット
実際は開発が上手くいかず計画中止となるが、「才能」の力でテコ入れされることになった。
静岡県湖西市:サイコロで決めた。他意は無し。
キラキラネーム:2000年代前半が最もよく取り上げられた時期である。
タックル:2004年はアテネ五輪で霊長類最強の女が金メダル取った年だということを知るなど。
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世界体育大会の観戦
拓銀令嬢本編がスポーツネタを取り上げているのでこちらも返信を兼ねてスポーツの単発ネタを投下。
Side 桂華院瑠奈
学校は夏休みの時期、多くの人が行楽や帰省を楽しむ中、私は九段下の自宅でテレビの前に座り、ビデオテープをセットする。入っているのは南欧で行われている「世界体育大会」の録画である。メイドに「世界体育大会を見たい」とお願いをしたら、なぜか放送局用のビデオテープで録画しそれを原本として複写したDVDが回ってきた。
世界体育大会は「平和の祭典」と銘打ってはいるが、実際にはその国の威信を背負った戦士たちがただ己の心技体を持って鎬を削る一種の戦争である。最近『検閲』が入って武術や体術の類のビデオや書籍の入手に重い枷がはめられた私にとって、世界体育大会は「干天の慈雨」に等しい。
ゆえにお目当てはサッカーやソフトボールなどの集団競技ではなく個人競技、特に柔道といった武術の類の競技である。要するに世界最高峰の技術を垣間見て少しでも自分のモノにできないかという腹積もりである。しかしそれはメイドに見透かされていたのか、そういった競技の録画映像はアーチェリーと射撃を除いて録画メディアを回してもらえなかった。
だけどそんなことは最初から予想済みである。先に絵梨花さんと鑑子さん、乙女サクラに神奈水樹(ちゃんと複数に分散してリスクヘッジ)に個人的にお願いをしてそれぞれの家庭用DVDで録画したものをこっそり回してもらった。
念のため絵梨花さん以外の受け渡し場所には(メイドもおいそれと入れない)喫茶リコリコを指名し、(春川フキのその様子見も兼ねて)リコリコを訪れた際にお土産に混ぜて受け取るなど念には念をこれでもかと入れておいた。
そして始まる
そのようなときに見逃したと箇所をすぐに巻戻すことができ、かつ再生速度を自由に変化させられるDVDはありがたい。等倍速なら見逃してしまうところでも0.5倍速やコマ送りならば見切ることが出来る。身近に強力な反例があるがそれについて今回は無視する。
跳躍競技と短距離走からそれぞれの踏み込みの違いを見出し、
短距離走と長距離走からそれぞれの足の運び方の違いを学ぶ。
体操と飛び込みで角運動量保存則の実例を見るとともに重心管理の大切さを見せつけられる。
競走馬の面倒を見始めた私にとって速度以外を競う馬術競技は新鮮に映る。
洋式剣術や洋弓はいつも私が学んでいる剣や弓とは違うので非常に興味深い。
今度アメリカに行くことがあったら行程の合間で散弾銃やライフルを撃たせてもらおうと心に決める。
水泳については水中と水上の動きが同時に流れないので上手く分析するのは難しそうだ。
また帆走についてはカメラが引き気味なうえ船の仕組みがよくわかっていないので参考になりそうにない。
本命の柔道・テコンドー・レスリング、これらについては学ぶべき箇所は無数にあった。
いかに目の前の相手に組み付くか、いかに相手を振り払うか。
いかに相手を押し倒すか、自分はいかに立ち続けるか。
しかしその本命の中で、ひときわ私の興味を引く試合があった。
女子レスリング 55kg級 決勝戦。日本人選手が金メダルを取ったその試合である。
その日本人選手は自身が小学校に入る前から頭角を現し、参加した大会をことごとく
相手の動きが完全に読めない、ということがあるわけがない。そう考えて何度も何度も見返して気づいたのは、動きが読めなくなる箇所はほぼ決まって彼女が得意とするタックルを掛ける前後であるということである。
本来、人間が何かしらの動作を行う際には、その直前でその動作を行うための体勢を作るために筋肉なり目線なりが動くもので、それを見極めることが出来れば相手の動きを読むことが出来る。防具に包まれ体の様子を直接見ることのできない剣道においてもこれは当てはまる。(もちろんこれは言うには易し行うには難しである)
ところがこの日本人選手の場合、タックルに移る前の動作がほとんど、いや全くないのだ。普通ならば相手の動作を見極めることが出来ればタックルに対して受け身を取るなどの対策を取ることがきる。しかし彼女に場合にはその前兆が全くないため受け身を取るどころかタックルを認知する合間すら与えてくれないのである。つまり相手は『突っ込まれてから気づいた』という状態になるのである。
このタックルに対して『予め受け身を取れ』ということをゲームで例えるならば、格ゲーで相手の操る中国拳法家の連続キックを全てブロッキングしたうえで反撃に転じてHPゲージを削り切るという芸当を決めろ、と言っているようなものだ。
そこまで観察出来たとき、ある老人の言葉が耳を打つ。
「目だ。人は目で獲物を追い過ぎる。だから、それを崩してやると……」
彼の場合は相手は自分の動きを読んでいることを
一方の彼女の場合は『相手に自分の動きを読ませない』ことを戦術に組み込んでいる。
相手の対処能力を封じる、という目的は同じでもアプローチが全く違う。
あの剣道の稽古の日に、彼女のタックルをモノにできていれば、私はあの老人に一矢報いることが出来ただろうかという考えが頭をよぎる。しかし即座にこの二つは測ることはできないことに気付く。比較対象の片方がこの世の人ではないこともそうだが、そもそも体の使い方、という尺度が違うからでもある。だが、尺度が違うということは優劣を比較することはできないが、
…… 1 + 1 = 2 は必ずしも正ではない、ということはこれまで私が散々実証してきたことだ。
老人とメダリスト、この二人の技を(可能な限り速やかに)使いこなせるようになってみせる。DVDを再度巻き戻しながら、私は固くそれを誓うのであった。
なお余談だが手配したDVD四セットは最終的にすべて没収された。乙女サクラが面白がってダビングしたDVDを持っていたため教材に事欠くという事態だけは避けることが出来たことが幸いである。メイドたちは定期的に私がDVDを手配していることを不審に思ってほうぼう調査していたそうだが、最終的には逃げ切ることに成功した。
以上、オリ……世界体育大会の話でした。
元ネタはTogetterのこれ。
https://togetter.com/li/2163141
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