ようこそ百鬼夜行の跋扈する教室へ (桜霧島)
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一学期中間テスト
提灯火の呪 上



【提灯火】

田舎などに提灯火とて畦道に火のもゆる事あり

名にしおふ夜の殿の下部のもてる提灯にや

鳥山石燕『今昔画図続百鬼』




 

 

 ――嗚呼、嗚呼、何処に往くのですか。私を置いて何処に、何処に。

 

 

 ――遠いのか、近いのか。近いのか、遠いのか。私には判らない。判らない。

 

 

 ――唯、光の在る方へ。 

 

 

------------------------------------------

 

 

 

 オレはそいつを認識するとき、酷く曖昧な感情に蝕まれる。――果たして居るのか、存在として在るのか、何時から居たのか――

 

 観察した結果によると、「居る」ことには間違いないが、このような人間は今まで居た処(ホワイトルーム)には居なかった。

 

 まるで友人の葬式に行ったばかりかのような仏頂面で、授業中も常に本を読み、授業が終わると何時の間にか居なくなっている。

 

 隣人はコミュニケーションを遮断するし、何を考えているのかわからない。さらに向こう側のその人物は、居るのか居ないのかすら曖昧だ。ついでに言えば性別も曖昧だ。名前すら男とも取れるし、女とも取れる。

 これが高校生の普通なのだろうか。

 

 

 ▼

 

 

 なぜそうなったのかはわからない。偶然だった気もするし、必然だった気もする。

 

「こんな神社がこの島にあったのか……」

 

 4月も終わりのある休日。ふらりと散策していたオレは偶然、おそらく偶然だと思われるが、人工島の片隅でその神社に出くわした。

 一般的な神社に比べれば小規模と見られるが、鳥居があり、本殿があり、社務所もある。賽銭箱もあるのは、現金を扱わないこの島における様式美だろうか。名前はと見渡すと、看板に『晴明稲荷神社』と書いてある。祭神は「安倍晴明命」「猿田彦大神」と書かれている。やはり安倍晴明ゆかりの神社なのだろうか。この人工島で?

 

 とりあえずはと境内を歩くが、そのようにこじんまりとした作りであるため、3分ほどで見終えてしまった。

 誰が管理しているのかと、ふと社務所の方を見てみるとエアコンの室外機が回っている。はてさてどのような爺/婆がいるのかと表の窓口から覗いてみると、そこにはオレが存在を疑って已まないクラスメイトが居て驚いた。

 

 都合良く鍵の掛かっていない裏手のドアを開け、中に顔を出す。

 

 

「君はこれで不法侵入者となった」

 

 男にしては高い、女にしては低い声が俺に向けられる。その間、手元の古書から目を外すことはない。

 

「悪い。オレは1−Dの綾小路、綾小路清隆だ」

「識っている」

「ここで何をしている?」

 

 返答はない。幾ばくかの間が空いた後、口が開かれた。

 

「綾小路家。キミが本家なのか分家なのかは識らないが、元は華族。子爵家だ。・・・…嗚呼、五月蝿い外の人間の事を思い出してしまった。非常に不愉快だ」 

 

 謎の理論で以て嫌われてしまったようだ。だが疑問はまだある。なぜ此処に居るのか、何故このような状況になっているのか。

 

 そいつの周りには(うずたか)く本が重なっている。ちょうど社務所入口から彼が座るちゃぶ台まで、ちゃぶ台から窓口までが開いており、その他は本だ。よく倒れないものだと俺は奇妙な感想を抱いてしまった。

 

 ぺらり、ぺらりと本を捲る音が部屋を支配する。

 

「ええと……「中禅寺だ。」中禅寺は何故ここに居るんだ?」

「何故というのは非常に曖昧な質問だ。時系列のことを指すのか、場所のことを指すのか、或いは行為のことを指すのか。逆に問うが、何故キミは此処に? 明確な理由が答えられないのであれば、それはボクも同じことである」

 

 どうしてか、堀北と話しているような、高円寺と話しているような、或いは自分自身と話しているような気さえする。

 

「話すことが無いのであれば、お帰りはキミの背中だ。心配御無用、寝泊りはキミと同じく寮でしている」

 

 まるで寝泊り以外はここにいるかのような言い回しに気を留めながら戸を開け帰路に就くと、何時の間にか日も暮れ始めている。可怪しい。俺は昼食後、直に此処へ辿り着いたハズだ。

 

 あの神社では時間の進み方すら曖昧になってしまうのだろうか。

 

 

 

 

 

 5月1日。Sシステムの説明にクラス中が阿鼻叫喚している中、俺は隣人とさらにその隣の隣人に目線を向けた。堀北は驚いたような、憤慨したような表情を浮かべているが、内心はともかく取り乱したりはしていない。中禅寺はまるで今日の夕食の献立を考えているかのように平然としており、クラスの様子に興味がないようだ。

 平田が放課後に話し合いをクラスメイトに求めているが、おそらく中禅寺は帰るだろう。

 

 終礼のチャイムが鳴ると、矢張りというか、中禅寺は荷物をまとめ出ていくところだ。

 

「中禅寺くん、キミも話し合いに参加して欲しいのだけど、どうかな?」

 

 俺は今日、一等に驚いたかもしれない。平田は中禅寺のことを正しく認識できる人間なのだ。だがそんな彼も分が悪い。ちらりと平田を一瞥すると、教室の後ろの戸を開け出ていこうとする。

 

「ちょっと! 平田君がこう言ってるんだからアンタも参加しなさいよ!」

 

 クラスのうるさい女子の代表格である篠原が中禅寺を咎めるが、彼の――未だに彼でいいのかわからないが――表情は一寸たりとも揺るがない。

 オレは安心感を得た。平田と二人なら見間違い、勘違いである可能性はあるが、三人目の認識者を得たことにより、中禅寺の存在はここに確定された。

 そのような得もしれぬ安堵感をしり目に、意外にも中禅寺は反論するようだ。

 

「話し合いとは? 話すことなど何も無いのだよ、篠原さん、平田君。何の権利があって私の自由行動を掣肘するのか。現時点でポイントの増やし方は不明。授業態度の改善? それこそボクには関係の無いことだ。キミ達のように私語をしたこともなければ授業中に端末を弄っていたことも無い。序でに言えば、忘れ物をしたことも無い」

 

 正論だ。だがクラスメイト達は正論を言われ逆上するというよりも、「こんなやつ、このクラスに居たのか」と認識する割合の方が多く見える。落ち着いて視てみれば、中性的な顔立ち、目つきの悪さが全てを台無しにしているものの、イケメンといって差し支えないだろう。本当に男であれば、だが。

 

「アンタだって授業中に本を読んでいるじゃない! それに、水泳の授業だってずっと欠席でしょ! それで減点されていないって、なんでわかるのよ!」

 

 篠原を見直した。この正体不明のクラスメイトが何をやっているかを認識出来るばかりではなく、食って掛かることも出来るのだ、と。妖怪の類と口論なんて、事なかれ主義がどうこうという以前に絶対やりたくない。

 

「君は本当に愚かだな。『この学校において買えないものは無い』と聞いていないのか。水泳の授業の出席くらい買えるに決まっているだろう。ボクがそんな阿呆に思われるのは頗る心外だ。それに本に関して言えば、『授業に関係のない書籍』が罰則の対象だ。ボクが数学の時間にフェルマーの論文を読んでいようが、世界史の時間に『我が闘争』を読んでいようが、クラスポイントへの影響は無い。―――ではこれにて」

 

 話し始めた瞬間の強烈な存在感に皆、呆気にとられたようだ。話し終えても止めようとする者はいない。静かな口調ではあったが、あの生徒会長にも引けを取らない存在感であった。あれほど長く話すことも出来るんだなと、Sシステムの本質に気付いていたこと以上に、オレは驚いた。

 いや、高円寺だけはニヤニヤとまるで演劇を愉しむかのように嗤っている。中禅寺が出ていくと同時にアイツも外へ出ていった。堀北や須藤も同様に出ていく。

 平田の困難はまだ収まりそうに無い。だがこの空気の中、何とか話し合いを成立させようとしているところがいじらしいというか、さすがだ。

 

 

 

 

 

 茶柱先生の恫喝と堀北の要請に従う形でオレはAクラスになるべく行動させられることになった。甚だしく不本意ではあるが、そのためには先ず鼻っ柱の高いこの分からず屋を教育しなければならない。助かるのは学力と頭の回転、運動能力は悪くないことだ。面倒臭いのはこういった輩は失敗しないと学ばない傾向にあり、きっとそのフォローを俺が押し付けられるからだ。

 

 まずは目先に迫ってきつつある中間テスト、これを利用する他ない。Dクラスは勉強会を行う流れになったので何とかオレは堀北を説得し、櫛田の協力を得て池、山内、須藤の三バカを勉強会の席に着かせることができたが、予想通りというか何というか、分からず屋がやらかした。

 

 

 ▼

 

 

 思い掛けず櫛田の弱みを握ったので暫定的に手駒にすることが出来たが、心を折るまではいかなかったので、きっと反撃の機会を狙っているのだろう。

 だが、足りない。平田は常識的或いは良識的な範囲でしか動けない。須藤は身体能力はさておき知能面で足りない。高円寺はコントロール出来ない。さてさてDクラスで戦力計算になるやつは他に居ないかと考えると、あの曖昧な奴が居たことを思い出した。確か小テストの点数は悪くなかった筈だ。運動しているところは見たことがない。

 ……だがアレこそコントロール出来るものなのだろうか。

 

 そんなことを考えていた時、堀北兄妹の喧嘩に出会した。速やかに気配を消し、聴覚に集中し何を話しているのかを探る。

 なるほど、つまり堀北鈴音の心の根幹はあの兄に対する憧れを中心に劣等感などその他諸々ということか。ではタイミングを見計らい横槍を入れ、折れかけたところを救うのが部分最適解だ。

 

 

 

 ▼

 

 

 兄妹喧嘩を収め、暫くするとどうやら堀北も落ち着いたようだ。生徒会長という面倒な人種に目を付けられてしまったことは痛恨の極みであるものの、有用な人材とコネクションを繋ぐことができたこと、堀北に聞く耳を持たせることが出来たことで差し引きは少々マイナスで済むだろう。

 堀北には根気強く説明し保留ではあるが須藤をはじめ三バカを救うことに一応の意義があることを認識した。だが未だに生徒会長の妄執に囚われた侭である。また上位を目指すための駒も不足している。

 

 その時のオレは少々疲れていたのだろう。いや、魔が差したという意味では“憑れていた”のであろう。後にその時の発言を後悔することもあるが、その時は名案だと思ったのだ。

 

「堀北、週末は空いているか。勉強会が無いとき、少し時間が欲しい。 ――頼ってみたい人材が居るんだ」

 

 



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提灯火の呪 中

 

 午前中の勉強会を終えると、オレと堀北はロビーで待ち合わせた。

 止めておくべきだったか寸前まで迷ったが、口に出したが最後、意外と好奇心旺盛な癖にぶつくさと文句ばかり言う堀北を連れてオレは二度目の晴明稲荷神社へと足を向けることとなった。

 

「ちょっと、どこまで連れて行こうというの」

「頼りたい人物が居るであろうところだ。もう少しだ」

 

 例の鳥居が見える所まで来ると、境内に人影が見える。やはり堀北に土下座してでも止めておくべきだったと強くオレは後悔した。

 

「おや、堀北ガールにナンセンスボーイではないか。」

 

 ナンセンスボーイとは何だろうか。非常に気になるが、コイツのペースで会話を進めたくない。

 

「あぁ、高円寺か。お前こそどうしたんだ? 神頼みでもしに来たのか」

 

「んん〜実にナンセンスだよ、ボーイ。いや、神が頼みに来るという意味ではその通りさ。その場合、『神頼みされに来た』が正しいだろう。八百萬(やおよろず)の神でさえこの私の偉大さは測れないだろう」

 

 相変わらず支離滅裂な奴だ。半目でジロリとオレ達を見回したあと、何がわかったのか「なるほど、なるほど」と呟き、アデュー、と悠然と去っていった。

 

「まさか彼が会わせたかった人物では無いでしょうね?」

「当たり前だ。この先の人生でアイツに会いたいと思うことなんか無い」

「でも、この敷地にこんな神社があったのね・・・…。まるで気が付かなかったわ」

「オレもだ。先月、道すがら偶々ここへ辿り着いたんだ」

「で、その人物はどこにいるの?」

「そこの社務所だ」

 

 コンコンと裏手のドアをノックし、返事が無いことを確認してドアを開ける。果たして目的の人物はそこに居た。相変わらずこちらのことを見ることもなく、葬式を三軒ばかり梯子したかのように不景気な仏頂面で座布団に腰掛け、湯呑の茶を啜り、古書を捲っている。

 

「ドアをノックしたら返事があるまで開けないという一般常識を知らないのか、キミは」

「すまないと思うが、中禅寺に用があったんだ」

「生憎だがボクには無い。後ろの愛想無しを連れて早く帰りなさい。ボクは今しがたまで狂人の相手をさせられていて頗る機嫌が悪いんだ」

 

 嗚呼、もう、そう云うことを言うから困るのだ。折角此処まで連れて来たのに、堀北が速やかに踵を返そうとしているではないか。

 

「二人とも待ってくれ。堀北、黙ってても良いから、頼むからここに居てくれ。中禅寺、率直に言うが―――オレ達はAクラスを目指している。だがこのクラスは見ての通りの集団だ。一筋縄ではいかない。だから中禅寺にも協力して欲しい」

「無理だ。ボクは教師でもなければ金に困ってる訳でも無い。人にモノを教えるなど出来ないし、此処を卒業すれば実家の神社を継ぐことになっているからAクラス入りに何らのメリットも感じない。ましてやキミ達に協力するとなると、面倒事の臭いしかしない」

 

 にべもない、とはこのことだ。だが面倒事の部分については全面的に同意だ。オレはただ、平凡な学生生活を送りたかっただけなのだが、今の状況のような面倒事に巻き込まれている。いや、この場合自ら巻き込まれに行った訳だから自業自得か。

 

「もういいわ、綾小路君。中禅寺くんがここにいることには驚いたけど、こんなにやる気の無い人、クラスの足を引っ張らないだけで十分よ。早く帰って明日の勉強会の準備でもしましょう」

 

 その時、一瞬ではあるが中禅寺の視線が堀北に向いた。ここが瀬戸際だ、と何となくオレは感じた。

 

「何か一分野でもいい、中禅寺が出来ることは無いか」

「何かと言われてもボクは唯の宮司、キミ達に判り易く言えばこの神社の神主だ。副業で“憑き物落とし”をすることはあるがね」

「“憑き物落とし”とは何だ。」

 

 こういう宗教的な部分についてはホワイトルームのカリキュラムには無かった。恐らく無駄なモノとして省かれたのだろう。仏教、キリスト教等の一般的な宗派については知識として持っているが、神道のように民俗的な分野がある宗教は疎い。

 

「平たく言うと、お祓いのようなものだ。今でも悪いことが続くと『お祓いに行け』と言うだろう。昔の人、と言ってもたかだか150年ほど前ではあるが、そういう悪いことが続くと『妖(あやかし)に取り憑かれた』と言ったんだ」

 

 なるほど、やはりこの曖昧な男は妖怪の類と友達であったらしい。オレは奇妙な納得感を感じつつも、先を促す。

 

「では、中禅寺は『誰か』の『何か』を祓うことが出来るのだな」

「依頼があれば考えるが、お勧めはしない。」

「何故?」

「その人の人格や過去まで言霊として祓ってしまう可能性があるからだ。最悪、廃人になるケースまでは実家で見たことがある。科学を有難がる連中は“プラセボ効果”だの何だのと理由をつけたがるが、そのような生易しいものではない。そうだな、キミを祓えと言われたら1億積まれても嫌だね」 

 

 

「お前はオレのことを知っているのか」

 

 

「知らん。知りたくもない。ボクはキミと違って本物の“事なかれ主義者”なのだ。―――何だ、クラスのことを何も聞いていないわけが無かろう。席が近いのだからキミとその愛想無しの会話ぐらい聞こえている」

 

 少しばかり殺気を込めて睨むが柳に風、軽く受け流されてしまう。矢張りコイツ、只者ではない。或いは、この程度の殺気には慣れているのだろう。

 

「では、堀北はどうだ」

「ちょっと、勝手に話を進めないで。不愉快よ、綾小路君」

 

 堀北は抗議の声を上げるが、構わず進める。

 

「彼女が何に憑かれているというのだね」

 

 オレは少し考えて答える。

 

「―――狐、ではどうだろうか」

 

 

「――ほう。面白い」

 

 

 これまでの仏頂面から一転、中禅寺は眉を上げ、禍々しい笑みを浮かべた。

 当てずっぽうではあったが、この男の興味を惹くことが出来たらしい。堀北もクラスの隣人の新たな一面に驚き、話を聞く姿勢になっている。

 

「面白い、とは?」

「まさかこの『晴明稲荷』で狐憑きの相談をされるとは思わなかった。そういう意味で面白い。キミは安倍晴明という人物を知っているかね」

「平安時代に活躍したとされる陰陽師、ということくらいは」

「そうだ。並外れた実力を持つ陰陽師で、伝承にもよるが『狐から産まれた』と言われる事もある人物だ。また、その子孫は玉藻御前、妖孤を討ち取ったとされる狐に縁深い人物でもある。一方、稲荷は知っての通り、神の使いとして狐を祀ることの多い神社である。稲荷と名のつくこの神社で、まさかまさか神の使いに憑かれているから祓ってくれなどと言われるとは思わなんだ」

 

 中禅寺は愉快そうに、ほとんど空になった湯呑に口を付け、続ける。

 

 

 

「さて、堀北さん。最近、誰かに騙されたり、裏切られたり、()()()()()()()()()()()?」

 

 

 

 これは驚いた。この話の流れからそこへ持っていくのか。堀北も驚いた表情で何とか言葉を絞り出す。

 

「なんで……!?」

 

 軽くショックを受けている堀北の様子を受け流しながら、中禅寺は「一寸待っててくれ」とお茶のおかわりを準備する。もちろん、オレ達には無い。

 

「中禅寺くん、説明してもらえる。どうしてそのことを知っているの」

 

「あのねえ堀北さん、まさかとは思うがキミは“バーナム効果”というのを知らないのかね。これはほんの助言だが、キミは騙されやすい体質をしているから、その隣の自称事なかれ主義者など、周囲の人間には気をつけ給え。念の為言い添えておくと、道端の占い師が『何か悩み事があるでしょう』等というのがバーナム効果だ」

 

 オレに関して聞き捨てならないことを言われているが、湯呑をふーふーと冷ましながら話す中禅寺は、どこか滑稽に感じる。

 

「それで、狐の話に戻すが、誰かを騙したり裏切ったり見限ったり、そういうものが妖怪としての狐の本質だ。狸も似たようなことをするが、本質的には別のモノだ。ただ、注意すべきなのは『()()()()()()()()()()』ということだ。狐に関する伝承は様々あるが、ほぼ共通して『誰かを騙して自分の利益を得る』もしくは『()()()()()()()()()()()()()』という特性がある。狐火――或いは狸火、提灯火などとも言ったりするが――に騙されて道を誤った、或いは()()()()()()()()という伝承もある」

 

 生徒会長が狐のコスプレをしているところを想像し、思わず笑いそうになったが、話の成り行きを見守る。

 

「それで、これがあなたの言う『憑き物落とし』なわけ?全く参考にならないわ」

 

「阿呆、そんなわけあるまい。これはまだキミにかけられた『(しゅ)』を分解しているだけだ。『のろい』『まじない』、全て同じものだ。耳から入る情報というのは時に目などから入る情報に比べてダイレクトに記憶に残るものだ。極論を言えば親が子に『健やかであれ』と声を掛けるのも『呪』であると言えよう」

 

 堀北は顔を赤くしたり青くしたり忙しそうにしながら話を聞いているが、中禅寺はそれまでの飄々とした姿勢から一転し、思わずオレが身構えてしまう程の殺気とも感じられる圧力を伴って、堀北に語り掛ける。

 

「もしキミに呪を掛けた人間に心当たりがあるのならば、それは君のことを敵として憎んでいるか、親兄弟家族として愛しく想っているかのどちらかだ。キミは憎まれ口をよく叩いているが、誰かに恨まれたりすることも多かろう。それに自覚があるからこそ呪は良く効くのだ」

 

 

 ―――その自覚とは何だ、鈴音。

 

 

 ―――お前はそこまで言わないと判らない程愚かなのか、鈴音。

 

 

 ―――良くやったな、鈴音。

 

 

 

 堀北の中に先日痛めつけられかけたばかりの兄の幻影がリフレインする。

 

 

 

 ―――おい、おい!

 

 

 

 オレは尋常な様子ではない堀北の肩を揺すって目を覚まさせる。まさかこの堀北がこんなことになるとは思わなかった。「え……あ……」と白昼夢に魘された熱病の患者のようになっている。

 

「とまぁ解呪はこの辺りで良いだろう。祓ってやるにも準備がいるから、今日のところはもう帰り給え。あと、無料じゃないからな。2万PPほど準備しておきなさい」

 

 その言葉を最後に中禅寺は読書の態勢に戻ったので、オレ達は神社を辞した。

 

 ―――何時の間にか、逢魔が時になっている。

 

 

 

-------------------------------------------------

 

 

 その後も三バカの面倒を見ながら中間テストの対策を教室や図書室などで行っていたが、テスト前一週間を切る頃、図書室で須藤がCクラスからちょっかいをかけられ、Bクラスの一之瀬に仲裁されるということがあった。

 

「テスト範囲、変更になってるよ―――」

 

 直ちに茶柱先生に確認に行ったが、「忘れていた」などと嘯いてやがる。あの女、ただじゃおかない。

 だがそれよりも優先すべきはアイツらの赤点回避だ。今後、身体能力が重要になる場面、人数が重要になる場面が出てきたら、勝てるものも勝てない。

 オレ達は放課後、三バカを櫛田に預け教室で堀北と2人で作戦会議をしていた。堀北は悩んでいる。オレには少しばかりアテはあるが、確実にそうとは判らない。ウンウンと唸っている堀北を見ていると、教室の戸がガラリと開いた。

 そこには何故か制服では無く黒の着流しに黒の手甲を嵌め、髪を後ろに撫でつけた中禅寺が立っていた。コイツは今日、学校を休んでいた筈だ。

 

「中禅寺、どうしてここに」

 

 

 

 

 

 

「この世にはね、不思議なことなど何一つ無いのだよ、綾小路君―――」

 

 



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提灯火の呪 下

 

 

「中禅寺くん……?」

 

 堀北もオレと同じように、予想だにしない珍客の登場に驚いている。いや、アイツの教室でもあるのだが、今日起きたイベントと珍客の服装や雰囲気もあって頭がついていけていないようだ。

 赤襦袢に黒の着流し、黒の足袋に赤い鼻緒、これ程までに和装が似合う男だとは思わなかった。いつもの病的な痩身でさえ覆い隠し、禍々しさと幾らかの厳かさが同居したスタイルだ。

 オレはとりあえず事の成り行きを見守る。

 

「ボクは堀北さんのことを口は悪いし協調性なんか欠片もないものの、勉強と運動と頭の回転は悪く無い人物だと思っていたが、違うかね、綾小路くん」

 

 いつもとは比べ物にならない程の鋭い雰囲気で見咎められる。どうやら見守るだけでは許してくれないようだ。

 

「ああ、間違っては無いと思うぞ」

「なら、いつまでも呆けていないでサッサと考えなさい」

「うるさいわよ! 一体何を考えろと言うのよ! 私は! 我慢して! あの三人を教えてきたし、実際、それなりに彼らも伸びてきたわ! それなのに!」

「具体的にはどのように教えてきたのだね?」

「そんなもの、小学生の範囲から始まって、中学時代の復習、これまで習ってきたテスト範囲の復習は当然として、参考書から問題を出したり、自作のテストを作ったりして……」

「ボクにはそこがどうしても理解出来ないんだ、堀北さん。キミが高校三年生の受験生だと仮定しよう。優秀な君は一学期迄に高校全ての授業内容の履修を終えたとして、二学期、三学期は何をするつもりなのかね。キミはこの学校に入るに当たってどのような準備をしたのだ?」

 

「……!」

 

 どうやら堀北も無事に解に辿り着いたようだ。

 

「そう、過去問をやり込むこと、これが一番だ。この学校の過去問題集は発売されていないから、意識の外にあったかもしれない。あるいは、()()()()()()()()()()()()()()()かのどちらかだ。そしてこれがこの学校の一年生一学期中間テスト、二年分の過去問だ。見給え」

 

 中禅寺は袖の下から十数枚のプリントを取り出すと、オレたちに差し出す。オレと堀北は両方に目を通すと、驚きの事実が発覚した。

 

「何よこれ……! 全く同じじゃない!」

「そういうことだ。これさえあれば、いくら彼らとて赤点を取ることなど無いだろう。3日もあれば頭にそれなりのモノは叩き込める。もちろん、平均点を下げるなどの小細工はあったほうがいいと思うがね」

「じゃあ早速……!」

「いや堀北、アイツらに渡すのは少し待とう」

「どうして!?」

「ようやく、アイツらも勉強に向き合う姿勢というのが出来上がりつつあるんだ。ここで楽を覚えさせたら、定期テストの度にこうなるぞ? あと、期末以降、過去問が役に立つ保証は無い。だからギリギリ、中禅寺が言うように三日前には渡そう」

「その方が賢明だと思うね。後は、万が一赤点を取ったときの対応だ。堀北さん、どう考える」

 

 中禅寺の問い掛けに堀北は考え込む。あの三バカならテスト前日に寝落ちして一夜漬けすら失敗するなんてこと、有り得る。

 だが果たして堀北は正解に辿り着いた。

 

「『この敷地内でPPで買えないものは無い』」

「まあボクがあれだけヒントを出したのに気付かないでいられると困るのだけどね」

「あなたも偶には運動くらいしなさい。」

「断る。ボクは12歳の時に文庫本より重いものは持たないと誓ってるんだ」

 

 堀北もどうやらいつもの調子が戻ってきたようだ。教室に戻ってきたばかりのときに比べ、生き生きとしている。

 

「でもどうしてあなたはそんな格好をしているの?」

「今日、学校内のとある施設が竣工を迎えてね。ボクは生徒会からの依頼で、宮司として竣工式の執り行いをしていたんだ。だから今日、学校を休んだのも公欠扱いになっているはずだよ。この服装は、まあボクの礼装のようなモノだ」

「そう、兄さんに会ったのね」

「ああ、『不肖の妹のこと、宜しく頼む』とさ。良い兄貴じゃないか」

「当たり前じゃないの」

 

 頬を赤く染めながら視線を彷徨わせる堀北が少しいじらしい。

 

「ということは準備した2万PP、つまり上級生から購入した代金ということね。一体何時から準備していたのかしら」

「そりゃあテストの日程が明らかになったその日のうちに準備したに決まってるさ。キミとは違って、交友範囲は広いからねえ。それで、どうかね。()()()()()()()()()()()()から解放された気持は」

「悪くないわ」

 

 堀北とここまで会話を成立させるためにオレがあれだけの犠牲を払ったというのに、この偏屈な神主はあれよあれよと心を開かせてしまった。まるでオレの方が()()()()()()()()()()()()だ。

 

「わかったろう。どうしてこの学校の入試に過去問が無いか、どうして直前に試験範囲の変更があるのか、どうして茶柱担任は黙っていたのか―――そして、どうしてボクがここにいるのか」

「つまり、私達はみな、誰も彼も学校から試され、騙され、時には見限られたりしているのね」

「そういうことだ。不思議なことなど何一つ無い。全てに原因があって、結果がある。―――では対価も回収したのでこれにて御仕舞としよう」

 

 

 

 ▼

 

 

 テストが終わって数日後、オレはけやきモールで茶葉と茶菓子と湯呑を買って、晴明稲荷神社へ足を運んでいた。中禅寺にはすぐさま追い返されそうになったが、茶葉と茶菓子の準備を見ると何も言わなくなった。

 中禅寺はオレが淹れた茶を啜りながら、いつものような仏頂面でぺらりぺらりと本を捲っている。「何を読んでるんだ?」と聞いたところで無言しか返ってこない。

 とりあえず言いたいことだけを言うか。

 

「前に此処に来たとき、高円寺が居たが友だ「断じて違う」」

 

 何だ、聞いているのか。

 

「アレと友達だなんてボクに対する侮辱だ。ああいった輩はなまじ物事の本質を見通す実力があるから、折角ボクが丹精込めて掛けた呪や下仕掛けを自分の気分次第でぶち壊していく輩なんだ」

「以前から知っていたのか」

「知らなかった」

 

 中禅寺もアイツの実力を認め、警戒しているようだ。買ってきたおかきをぽりぽりと食べながら中禅寺に聞く。

 

「そう言えば以前、『狐と狸は本質的に違う』と言っていたが、どう違うんだ。どちらも人を化かすだろう」

「『狐』は人を化かすのに、こないだも言った通り基本的には理由があるんだ。人を騙してその肉を食うだとか、悪戯をされたから報復として化かすだとか、逆に恩を受けたから助けてあげる、とか。だが『狸』の本質は愉快犯だ。ただ自分が楽しむため、人を馬鹿にするために化かすんだ。まあ堀北会長や茶柱担任はわからんが、櫛田や平田は何方かと言えば狸の類だな。過去に何があったのかは存ぜぬが、彼らの対応の中心は自分だ。基本的には幼く素直な堀北さんが相手をするには少々手強いだろうよ」

 

 なるほど。しかしコイツは偏屈ではあるが矢張り並のニンゲンでは無いな。過程は大きく異なるだろうが、結論としてはオレと同じところに落ち着いてる。クラスをよく見ている証拠だ。平田の過去は知らんが、どうもあの八方美人ぶりには強迫観念のようなものさえ感じる。櫛田は裏の顔そのままだな。アレだけ隠しても中禅寺にはバレバレなのが可哀想でもある。

 

「なら、高円寺は狸かな」

「アレは唯の狂人の仮面を被った常識人だ。だが狂人として振る舞うからたちが悪い」

「そうか。いやしかし、適当に言った『狐が憑いている』という言葉がここまでのものになるとは思わなかった。ある意味、勉強になったよ」

「人間、無意識に本質を衝いてしまうことはある。」

 

 中禅寺は興味なさげに吐き捨てる。

 

「それにしても堀北会長が狐か。茶柱先生は言っちゃ悪いが女狐って感じはあるけどな。それを祓ってしまうなんて確かに大したものだ」

 

 中禅寺がジロリとこちらを見る。どうした?

 

「ボクは()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ―――どういうことだ?

 

「提灯火という妖怪がいるのだが、別名を狐火とも言う。鳥山石燕の『今昔画図続百鬼』では田んぼの畦道に現れる謎の火という解説があるが、他の地域の伝承では見た人間に害を及ぼしたもの、逆に人を導いたというものもある。なるほど、確かに『狐』火と言えよう」

 

 ―――どこに話が向かっているのだろうか。

 

「提灯、行灯、同じ物だ。キミは昼行灯を気取っているそうだね。そして堀北さんを、或いはクラスメイトを、時には騙し、時には導き―――」

 

 ―――オレは既に捉えられている。

 

「ここまで言えば判るだろう? 綾小路くん、キミこそが堀北さんに憑いている『狐』だ。ただ、悪さをしないうちは祓わないでおいてやる。だがボクや、堀北さん、他のクラスメイトを無意味に攻撃するようならば、全霊を以て迎え撃とう」

 

 

「お前にオレが葬れるとでも?」

 

 

「だから1億積まれても嫌だと言うんだ」

 

 

 なるほど、矢張り只者ではない。本気の殺気を込めたオレとここまで対等に渡り合うのだ。暴力では圧勝だろうが、コイツに自由を与えた瞬間、どうなるかわからない怖さがある。

 

「話は終わったかね。では早く帰りなさい」

 

 オレは晴明稲荷を辞し、寮へ戻る。だがオレが狐ならば、しばらくこの神社に居着くのも悪くはないだろう。

 

 ―――さて、次の茶菓子は何にしようか。

 

 






これにて一旦おしまいです。

乱数で動かない主人公ってやりやすい…!

いい妖怪がいれば、無人島編でお会いしましょう。

評価、感想、お待ちしております。


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閑話 百器徒然袋 〜雨〜


短編集です。神様に関する部分は異論もあろうかと思います。「こんな説もあるよね」程度でご理解ください。


 

 

▼生徒評価

 

 中禅寺 夏目(1−D)  170cm/50kg

 

 学 力 :A−

 

 知 性 :A

 

 判断力 :A−

 

 身体能力:D−

 

 協調性 :D−

 

 

学校からの評価:

 入学試験はトップクラスの成績であったが、面接試験では必要最低限の言葉しか話さず、時に面接官を煙に巻くような回答が散見されたため、面接官からの評価は割れている。だが入学間もなくからSシステムの本質に気付いていたことから、注意深さや観察力の高さが垣間見える。一方、痩せ身で体育の授業は欠席が目立つことから、身体能力は高くないものと推測される。学校(生徒会)から委託されている神社の運営はよくやっているようだ。

 

 

 

-------------------------------------------------

 

 

▼道祖神

 

 

 入学式を間近に控えた生徒会室。二人の男女が執務をしていた。

 

 「橘、ちょっと良いか。」

 

 「どうしたんです、堀北会長。」

 

 「この人工島の端に神社があるのは知っているか?」

 

 「え!?そんなものあったんですか!?」

 

 「ああ、あるにはあったが、この人工島が出来てすぐ何故か忘れ去られていたそうだ。最低限の手入れはされているようだが…。それで今しがた、学校からの依頼があった。今年入学した生徒で神社の息子がいるらしい。そいつに神社が荒れないように面倒を見させて欲しい、とのことだ。」

 

 「そうなんですね…。ちなみにどんな生徒なんですか?」

 

 「こいつだそうだ。1−D、中禅寺夏目。成績はまあまあだな。一応、機密情報だから気をつけてくれ。」

 

 「入試の結果はトップクラスなのにDクラスとは・・・。よっぽどコミュニケーション能力が低いのか運動が出来ないのか・・・。」

 

 堀北学はどこかで聞いたような話に極力表情を変えないように注意しながら書記である橘茜に依頼する。

 

 「問題児であることは間違いないだろう。そんな話をした後で申し訳ないが、神社の維持管理の件で彼に依頼と説明があるから、クラブ紹介の翌日で面談を調整してくれないか?」

 

 「わかりました!お任せください!」

 

 橘茜は淡い好意を抱く生徒会長からの依頼に張り切っている。

 

 入学三日後、担任の茶柱先生を経由して夏目を生徒会室へ呼び出すと、この世の不幸を全て経験したかのような仏頂面で出頭してきた。

 

 「・・・ということで、この依頼、受けてもらいたい。」

 

 「実際に見てみないと何とも言えません。神社にもそれぞれの流儀があり、守らなければならないことがあります。」

 

 「わかった。だが俺は少々立て込んでいる。そこの橘に地図を渡しておくので、共に現地を視察してくれ。」

 

 「わかりました。ですが依頼料というか、報酬はあるのですか。」

 

 「予算として月に3万PPが与えられている。苦しい懐事情だが、斟酌してくれると助かる。一応、榊や御神酒は買える値段だろう。余ったお金が君個人への報酬となる。大型の修繕は予算編成が必要なので生徒会に申し立ててくれ。」

 

 「少し不満ですが、見てから考えましょう。橘先輩、今週土曜は如何です。」

 

 「いいわよ!(お参りなら堀北会長と行きたかったなあ…。)」

 

 

 

 

 

 

 週末、橘は夏目と“晴明稲荷神社”へやってきた。

 

 「どう、中禅寺くん。管理できそう?」

 

 夏目は険しい顔をして神社を検分している。

 

 「気に食わないことは多いですが、まあいいでしょう。ところで社務所にある書物は…。」

 

 「見たところ、この人工島が出来たときの資料やこの神社の管理日誌、あとは…巻物?何かの文献かしら…。」

 

 「これはですね、多分ですがうちの実家から持ってきたものです。」

 

 「ええ!?何でそんなものが…。」

 

 「うちの実家は“武蔵晴明神社”というのです。この関東に“晴明”と名のつく神社はそれほど多くありません。あと神社自体の作りなどから察するに、うちから分祀したもので間違い無いでしょう。」

 

 「へぇ。そんな縁があったのねぇ。でも気に食わないとはどういうこと?」

 

 「元々うちには“猿田彦大神”は祀っていません。元来、“猿”と“狐”の仲は良くないのです。童話なんかだと、どちらも人を騙すものでしょう?…にも関わらず、そうなっているということは、何か意味があるはず。また、わざわざ“稲荷”としたことにも疑問があります。」

 

 「“稲荷”ってどういうものなの?」

 

 「ざっくりと言えば、豊作や商売繁盛を願うところです。この学校の主旨から言えば豊作はわかりますが、であれば天神様、学問の神様である菅原道真公などを別棟等で素直に祀っておけばよいのです。」

 

 「ほぇ~。深いのねぇ。」

 

 「ええ、ですから気に食わないのです。どうせこの神社の建立にはうちの親父か祖父さんが関わっている。そしてボクは親父に半分無理やりこの学校に入学させられた。まるで『どうだ!謎を解いてみろ!』と言われているような気分です。」

 

 「少し勉強になったわ。じゃあ、社務所や倉庫にあるものは自由に使ってくれて構わないし、何か不便があったら私に連絡して。会長には報告しておくわ。」

 

 そう言って連絡先を交換する。

 

 「ありがとうございます、橘先輩。」

 

 「ところで中禅寺くん、この神社では、その、縁結びとか…?」

 

 「さあ?やってみては如何です?それで上手く行けばこの神社のおかげ、ダメなら貴女の実力不足です。」

 

 (この偏屈男!な!ま!い!きー!!)

 

 橘は少し学を恨んだ。

 

 

 

 

 

 

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▼しょうけら

 

 

 

〜綾小路と堀北が来る数分前〜

 

 

 

 

 「キミ、榎木津という男を識っているだろう。」

 

 「ハッ!ボーイからまさかその名が出てくるとは思わなかったよ!」

 

 晴明稲荷神社の社務所で夏目は高円寺の訪問、突撃を受けていた。もちろん拒みはしたが、聞き届けるような相手ではない。

 

 「似たような境遇で、似たような仮面を被った人間がいたら、関連を疑うのも無理はないだろう。」

 

 「ふむ。君は私を知っていたというわけではないのだね、ボーイ。」

 

 「ああ、()()()()()()。」

 

 「彼とは父の会社のパーティで会ってねえ。お互い意気投合したものだ。」

 

 「ウソを吐くな。お前とアレが仲良くなれる筈が無い。お前はまだ常識の側に居る人間だ。アレに影響される理由も、アレを模倣する理由も無いだろう。」

 

 「…実に的はずれだ。彼とは仲が良いのかい?」

 

 「冗談でも止めてくれ。唯の知人だ。私の言いたいことは終わりだ。帰り給え。」

 

 「…また来るよ、ボーイ。」

 

 

 

 

 

 






妖怪は決まったけどストーリーが思いつかないから無人島編は年末年始の宿題ということで。


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無人島特別試験
蜃気楼の理 起



【蜃気楼】


史記の天官書にいはく、海旁蜃気は楼台に象ると云々

蜃とは大蛤なり

海上に気をふきて、楼閣城市のかたちをなす

これを蜃気楼と名づく

又海市とも云


『今昔百鬼拾遺』鳥山石燕



 

 

 結局のところは支配する者か、支配される者か。

 

 

 恐怖など人の弱さが見せる幻に過ぎない。

 

 

---------------------------------------------------------------

 

 

 

 須藤の暴力事件を無事に解決したオレたちは、思い思いにこの豪華客船を楽しんでいる。中間テスト前に茶柱が宣言したバカンスは、今のところ順調に履行されていると言って良いだろう。タダより高価いものはないと言うが、そのツケを払うのがオレ以外であればタダの旅行を愉しむべきなのだ。だが、三つの意味で楽しめていない現状がある。

 

 一つは夏休み前、オレを退学させようと親父が接触してきたことだ。茶柱曰く、オレの生殺与奪を握っているのは茶柱だというが、奴にそれほどの力があるとは思えない。故に最悪の場合を想定した行動を取らざるを得ないことが面倒だ。

 

 二つ目は一通り船内を見廻ったものの、共に過ごす友人と言える者がいないこと。三バカと行動を共にすると悪目立ちすることは明らかだし、堀北は部屋に引きこもっているのか会うことはない。また先日の騒動の際に親交を深めた佐倉もこちらを気にする素振りは見えるが、あまり公衆の面前で異性を伴って歩けるタイプではない。

 ―――そう言えば中禅寺の姿も見ていないな。まあ書痴の彼がバカンスと言ったって本を読む場所が変わるくらいのものだろうが。

 

 懸案の最後の一つは、このままこの学校がバカンスを楽しませる気など端から無いことを何となく想像出来るところだ。でなければ茶柱がオレをわざわざこの時期に呼び出して釘を差すことなど無いだろう。おそらくは学校が所有しているその島で何かやらされる。

 そして翌日、離島に到着するとほぼ予想通りの宣言が学校から為される。

 

 

 ―――これより、今年度最初の特別試験を始める!

 

 

 その教師から一通りの説明を受けたあと、各クラスで詳細の説明を聞く。

 

 

---------------------------------------------------------------

 

【基本ルール】

・各クラスは1週間、無人島での集団生活を行う。

・テントや衛生用品は最低限配られるものの、飲料水や食料、トイレなどはクラス毎に配布される試験専用の300ポイントで購入する必要がある。

・専用ポイントは試験終了後、クラスポイントに変更される。

 

【追加ルール】

・島の随所に「スポット」と呼ばれる地点があり、占有したクラスのみ使用可能になる。

・スポットは専有する度に1ポイントのボーナスがある。

・スポットの占有は8時間のみ。切れた場合、更新作業が必要となる。

・スポットの占有には、リーダーとなった人物が持つ「キーカード」が必要となる。

・正当な理由なく、リーダーを変更することは不可能

・最終日、他クラスのリーダーを当てる権利が与えられる。当てれば1人につき+50ポイント、外せば-50ポイント。

・リーダーを当てられてしまった場合、-50ポイント、ボーナスポイント無効

 

【禁止事項・ペナルティ】

・体調不良や大怪我によって続行できない者は-30ポイント+リタイア

・環境を汚染する行為は-20ポイント

・毎日午前・午後8時に行う点呼に不在の場合、1人につき-5ポイント

・他クラスへの暴力行為、略奪行為、器物破損などを行った場合、そのクラスを即失格+対象者のプライベートポイントを没収

 

---------------------------------------------------------------

 

 

 オレは諸々の説明を聞き終えた頃、ふと中禅寺の動向が気になった。

 

 ―――何処にも居ない。

 

 船を降りたのは確かにオレも見ている。まるで日本中の生物が息絶えてしまったかのような仏頂面で力無く下船する様子は、オレの不安を大きく掻き立てるものであった。そんな奴が居なくなっていることに恐らく誰も気付いていない。

 しかもまだ不安はある。堀北だ。どうやら体調が優れないようだ。少し顔も赤い。熱があるのだろう。この試験では不参加、リタイアはマイナス30ポイントされる。それを嫌ってか口には出さないものの、無理はさせられない。

 

 

 そんな中、やれトイレが要るだの要らないだので軽井沢らが揉め始め、結局、纏まりを欠いたまま、かつ中禅寺がいないまま、キャンプ地を探しに島へ進入する。

 

 成り行きでオレは佐倉と高円寺(途中で疾走して失踪した)とベースキャンプ探索に出たが、思わぬ副産物としてAクラスのリーダー情報を得ることができた。

 

 その後、どうにかこうにか川の畔のそれなりの人数が活動できそうな広場に辿り着くと、スポットのある樹木に背を預け座っている、地獄のような目つきをした男がそこに居た。

 

「中禅寺くん! 君が見つけてくれたのかい?」

「そうだ」

 

 平田が呼び掛けるが、会話をする気は無いらしい。底冷えのする目つきでオレたち一行を見回すと、その後の話し合いには興味がないらしく、堀北と一言二言話してクラスの和の端に鎮座してしまった。

 

「どこへ行ってたんだ? 船を降りて直ぐ居なくなっていただろう」

 

「炎天下でだらだらと話し続けるのは目に見えていたから、他のクラスが行っていない方向で、本営を設置できそうな場所を見つけて待ち構えていただけだ」

 

「中禅寺はサバイバル経験はあるのか?」

 

「非常に遺憾ながら()()。やりたくてやったわけでは無いがね。」

 

 その間、リーダー決めが議論されている。櫛田から堀北にしてはどうかと提案があり、堀北もこれを了承した。オレは、言いたいことが無いではなかったが、そう決まったのであればその状況を利用するだけだ。

 中禅寺はすることが無くなったのか、どかりと腰を下ろし、器用なことに仏頂面を維持したまま気怠げにぼんやりしている。この島で唯一の本と呼べるマニュアルは平田や堀北、櫛田に占領されているため、することがないのであろう。

 寧ろオレは本がない中禅寺がどういう行動をするのか気になる。そんな折、平田からクラスメイトに向かって声がかけられた。

 

「じゃあみんな、探索組、キャンプ設営組に分かれて行動しよう!」

 

 さてオレはどうするか、集団行動より探索のほうが向いているが……佐倉がこちらを見ている。行くか。

 山内も……? ああ、佐倉の気を引きたいということか。残念ながら中禅寺に憑き物落としをされても無理だろうな。山内は全ての能力が、人格が、劣っているにも関わらず『自分はやればできる、モテるはず』と謎の幻想に取り憑かれている。

 

 しばらく歩いていると、一人の女生徒が木の根本に蹲っているのが見えた。どうやらCクラスの生徒で、クラス内のトラブルにより戻れないと言っている。まあ、十中八九スパイだな。

 だが山内は『カッコつけたがり』を発揮して、無策にもスパイと思しき女生徒を引き入れるようだ。『無能な働き者は殺すしかない』というが、間違いなくコイツはそうだろうな。ちなみに敵にいれば煽ててクラスの中核に居るように仕向ける。Cクラスでは無理だがBクラスならそういう使い方も出来るだろう。

 

 ―――この女子の指、汚れているな。足元の地面、色が変わっている。まるで何かを埋めてその上に土を被せたみたいだ。

 

 それから、ある程度の薪を拾って戻ると、中禅寺が火の番をしているのを櫛田が煽てている。無駄だぞ、そいつはお前の腹の色を知っているからな。

 

「すごーい、中禅寺くん♪ すごく手際がいいね!」

「実家で護摩焚きをすることもあったからね」

 

 中禅寺は器用に火種を準備すると、2つほどの焚き火を作り出した。火の番が似合う男だ。周りの女子も少しアイツを見る目が穏やかになっている。

 そんな折、高円寺がリタイアしたことが明らかになった。これでマイナス30ポイントか。もうどうしようもないな。

 さて、オレも寝る準備をするとしよう。

 

 

 

 ▼

 

 

 

 翌日、オレは堀北を連れて各クラスの偵察に行くことにした。キャンプ地の運営や食糧確保は平田や中禅寺がいれば、どうとでもなるだろう。

 堀北は体調が良くないことには気づかれたくないのか、気丈な顔をして付いてくる。コイツはクラスを率いるリーダー格として育成しなければならない。中禅寺も言っていたが、コイツは基本的には素直で幼い。また理想が3年前の兄である生徒会長で止まったままだ。色々な人材を知り、様々なリーダーとしての在り方を学ぶべき段階だ。

 

 Aクラス、後に聞いたが坂柳派と葛城派の対立がひどいらしい。坂柳が欠席である以上、葛城が指揮を取ると見られるが、側近と言えるのは昨日見かけた粗野な男しかいないのであろう。基本的に慎重派の葛城は洞窟に貝のように引きこもる算段のようだ。

 図々しくも堀北が内部まで偵察しようとするが、ふむ、これは何とも。()()()()()()のようだ。

 

 以前共闘したBクラスの連中は、団結してサバイバルを乗り切る方針のようだ。堀北は協力体制を継続するようで、お互いにリーダー指名をしないこと、物資に余裕が出たときは共有すること、スポット共有をすることを話し合っている。

 オレなら場合によって裏切りも選択肢に入れるが、この場合はこれが正解だ。能力の水準が高いBクラスは使いようがある時もあるだろう。

 また、Bクラスもオレ達と同じくCクラスの人間を保護している。

 

 最後のCクラス、完全にバカンスモードだ。夜にはリタイアするということだが、なるほど、クラスポイントに目を瞑ればこういう戦略もありだろう。龍園というCクラスのリーダーは堀北に執心のようだ。手元には冷たい炭酸水とフルーツ、トランシーバーか。一体誰と繋がってるんだろうな。

 

 さて、我々Dクラスはと言うと、意外なことに池が活躍している。キャンプ経験を元に積極的にクラスへ貢献する姿は、彼の伸びしろを見ている気分だ。勉強とモラルが向上すれば立派な戦力になる余地がある。

 察するに、良くも悪くも周りに影響されやすい人物なんだろう。山内や須藤といった底辺と絡んでいるからそのようになっているのであって、こうして責任感をもって活躍できる場を与えるとこうなる、ということか。

 

 中禅寺は―――焚き火の前でマニュアル本を読んでいる。ぺらり、ぺらりとページを捲る姿は、背景が大自然であることを除けば普段あの神社で見られる風景だ。

 ―――よく見たらアイツだけクッションを持っているな。配布無制限のビニール袋を使っているのだろう。抜け目無いし、そういうところだぞ。

 チラリと堀北を見て小声で一言二言、声を掛けている。ここからは聞こえないが、多分体調を気遣っているのだろう。随分と仲良くなったものだ。本人達に言えば共に「ただの知り合いだ」と言い張るところが目に浮かぶ。

 

 また、意外なことに王美雨(みーちゃん)や長谷部、佐倉といったクラスの主流とは呼べない女子たちが中禅寺に話し掛けている。オレ達が偵察に行っている間、何かあったのだろう。後で聞いてみるか。

 確かに世界中の生命が息絶えてしまったかのような仏頂面をしている以外、顔貌は整っているし、粗野な姿勢もない。学力も高くサバイバル能力もある。コミュニケーション能力が普段低いため篠原や軽井沢らからは毛嫌いされていそうだが、物静かなグループからは信頼されるのであろう。

 

 そうして2日目も深けて行く。

 







それでは皆様、良いお年を。

初詣はちゃんと乱数の女神に祈るんやで。


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蜃気楼の理 承


明けましておめでとうございました。


 

 

 無人島三日目。よく言われているのが三のつく月日は気をつけるべきだということだ。つまり三年目、三ヶ月目、そして三日目だ。

 細かいトラブルはありながらも平田や櫛田が奔走して収め、他の探索班が果樹園のようなものや野菜畑を見つけることができたので、食糧供給にも目処が立ちつつある。

 保護したCクラスの伊吹も最低限ではあるものの協力する姿勢を見せているが、信頼を勝ち取るには至らないのであろう、事在るごとに須藤などが胡乱げな視線を投げ掛けている。だが、そもそもアイツらは根本的に間違っている。スパイ――オレは確信しているが――は一度懐に潜り込まれたら、変に排除したり疑うのではなく、寝返らせるか偽の情報を渡すのが一番だ。とりあえず、伊吹を懐柔しつつ、あそこに何を隠しているかを確認するのが先決だろう。

 

 それから昨日から気になっていた長谷部や王美雨、佐倉と中禅寺の関係だが、昨日俺が堀北と偵察に行っている間、佐倉が男子とシャワールームの使い方で少し揉めたらしい。内容としては何方が先に使うかといった些細なものだが、それを解決したのが中禅寺で、それを見ていた長谷部と王美雨がお礼を言いに行っていたということだと佐倉から聞いた。

 ちなみに長谷部は中禅寺を名前が『夏目』だからか『ナッツ』と呼んでいる。なお“nuts”は『タマ』とか『気狂い』とかの隠語だと教えてやると、長谷部はどう反応するのだろうか。本人はそういう意味を知ってか知らずかとても嫌がっているから、先日の狐扱いの感謝を込めて後で笑ってやろう。

 

 

 

 

 ――ん? 何か違和感がある。

 

 

 

 

 女子の中では中禅寺式ビニールクッション――正確にはBクラスも作っていたが――が流行っているようで、野宿がメインの男子もチラホラと持っている奴もいる。

 また、中禅寺に関して驚いたのは家事も卒なくこなすことだ。本人曰く「掃除洗濯料理も出来ない奴がこの全寮制高校で生きていけるのかね」とのことだが、一般的な高校生は川魚を捌いてムニエルにしたり、採ってきた果実を使ってソースを作ったり出来ないと思うぞ。

 そんな中禅寺は昨日から男女問わずモテモテで、非常に鬱陶しそうな顔をしている。堀北なんかは「良い気味だわ」と言っているが、全く同感である。目立ちたく無ければ言われたことだけをやっていれば良いのだ。

 逆に須藤や山内なんかは中禅寺に反感を高めているが、日頃からモラルの低い人間とそうでない人間の差であると気付けない限り、『モテる側の人間』には成れないだろう。

 

 そしてその夜、皆が寝静まった頃を見計らい、オレは伊吹の手荷物を物色した。やはり見立ては間違っていなかったようだ。だが警戒していた『三日目』も無事に過ぎ、伊吹の思惑もある程度掴めたので、万事順調だろう。

 

 

 

 

 4日目の朝。顔を洗おうと川へ来てみると、驚いたことに顔を青くし、目元に大きな隈を付けた平田がいた。

 

「平田、どうしたんだ?読書を邪魔された中禅寺より酷い顔をしているぞ」

「あ、ああ、綾小路くんか。昨日は何故か寝付けなくてね」

「あまり無理をしないほうがいい。こんな環境下だし、クラスメイトの仲裁だけでもストレスがかかる。話くらいなら聞くが?」

「ありがとう、大丈夫だよ。……もし駄目そうなら相談するよ」

 

 オレは何となく嫌な予感がした。昨日の夜までは万事順調のハズだった。三日目まではある意味想定内の展開だが、平田の体調不良は完全に想定外だ。Dクラスの男女が形だけでも組織として成り立っているのは平田と櫛田のおかげだ。そんな彼がリタイアすることになると、オレの計画にも支障が出る。見たところ、風邪やケガ等では無さそうだが、一体何があったのだろうか。

 当惑していると、同じく起きてきたのだろう、池と須藤が騒ぎながら顔を洗っている。

 

「俺、本当に見たんだって!」

「そんなわけあるか、池。どうせ寝ぼけていただけだ」

「本当なんだって! 信じてくれよ! 森の中を走る“火の玉”を見たんだって!」

 

 平田の躯がびくりと震える。

 

「じゃ、じゃあ今日も一日頑張ろう、綾小路くん」

 

 そそくさとその場を離れる平田。“火の玉”という単語に反応したようだったが、何だったのだろう。

 何かの書物に書いてあったが、“火の玉”とは動物などの死骸から発生するリンが空気中にガス光となって現れたり、蛍などの昆虫の見間違いという説が一般的らしい。このような半人工島で大型の生物の死骸は考えづらいし、プラズマが発生したりすることは無いだろうから、大方、川にいた蛍が飛んでいるのを池は見間違えたのだろう。だとすれば平田もか?果たして二人同時にそのような見間違いをするのだろうか?

 

 簡単な朝食を摂った後、何もないときは焚き火の前が定位置となっている中禅寺に見解を聞くことにした。

 

「池が“火の玉”を見たと言っているが、なにか知っているか?」

「知らぬ」

 

 聞き方が良くなかったようだ。

 

「“火の玉”という妖怪はいるのか?」

 

「居ないことはないが、殆どが別のなまえで呼ばれているな。古来、墓場などで目撃されてきたものは“鬼火”“狐火”“人魂”などと呼ばれることがあり、多くはリン光や蛍などの見間違いだろう。一方、海上で見られるものを“不知火”とも呼ばれることもあるが、これは漁火の蜃気楼という説が濃厚だ。つまり池が見たと騒いでいるのは人工的な篝火か、懐中電灯の光なのだろうよ」

 

 聞き方を変えるだけで何百倍も話すようになった。

 

「なるほど。中禅寺と見解が一致したことで安心した」

「そんなことよりキミ、もう少し働き給え。男子でまともに働いているのは池とボクくらいじゃあないか」

「平田だって働いているだろう」

「彼が働いている? 冗談も休み休みにし給え。アレは動かされていると言うんだ。それに彼を合わせたとしても男子20人のうち15%にしかならないじゃあないか」

「前向きに善処する」

 

 中禅寺はガックリと肩を落とした。

 結局、その日の活動も三日目と同じく食糧探索班と拠点班に別れることになったが、オレは佐倉と探索に行った。何だかんだ、孤高を気取っている鼻っ柱の高い分からず屋よりも佐倉といる時間のほうが長い気がする。

 

 夜、焚き火の前でCクラスが離脱したことについて皆が話している。中禅寺はオレ達とは別の焚き火の前で何やら伊吹と話しているようだ。傍らには佐倉と長谷部がいる。ハーレムとはやるじゃないか。

 

「アンタも私のことスパイだと思ってるんでしょう。いつも睨んでくるし」

「目付きは生来のものだ、私の両親に謝り給え。ボク個人は特に君に対して何か思う処はない。自由にし給え」

「え? あー、その、ごめんなさい?」

 

 伊吹の形ばかりの謝罪に中禅寺は極め付きの仏頂面を更に深めている。長谷部は腹を抱えて笑いを堪えている。いや、堪えられていない。佐倉は苦笑いを浮かべている。かく言うオレも思わず笑いそうになる。

 

 

 

 

 ―――笑う? このオレが?

 

 

 

 

 昨日の違和感の正体が漸くわかった。あの部屋で徹底した教育、巷で言う虐待を受けて以降、あるいはあの部屋を脱出した一件以降、オレは笑ったことなど一度もない。それがあの訳の分からぬ神主モドキの一挙手一投足に興味を抱き、(あまつさ)え感情を揺さぶられようというのか。確かに思い返してみればアイツとの交流が増えて以降、何故か論理的ではない思考や行動が散見される。

 

 

 ―――他人など道具にしか過ぎない。

 

 ―――感情など無駄にしかならない。

 

 ――最後にオレが勝ってさえいれば、それでいい。

 

 

 オレもそのうち祓ってもらうか。1億は積めないが。

 

 

 

「お前、なにか知ってるんだろ! どうせスパイのくせに!」

 

「うるさい! 助けて欲しいなんて私は一言も言ってない!」

 

 そんなことを考えていると、須藤が伊吹に掴みかかろうとしている。平田は何かに『()()()()()()()()()()()』ボンヤリしている。このままでは危ない。

 

 

 ―――と思ったら須藤がコケた。

 

 

 傍には中禅寺が何食わぬ顔をして座っている。アイツめ、さては足を引っ掛けたな?

 

「てめぇッ! 中禅寺! 何しやがる!」

「キミが愚かにも女子に殴りかかろうとして転けただけではないか。自分の無能を他人で晴らすのはそこまでにしておき給え」

 

 堀北と同じようなことを言う奴だ。だがアイツの場合、場の多数派が同じことを思っているから、共感性が高いのだ。堀北も毒舌はいいからこの辺を見習って欲しい。

 

「何だと!?」

 

 須藤が中禅寺に掴みかかろうとするが、中禅寺は座ったまま須藤の手首を掴むと、ひょいとひっくり返して鎮圧してみせた。

 堀北も驚いた顔をしている。

 

「合気ね」

「ああ、かなり慣れているな」

「『文庫本より重いものは持たない』と宣言していた彼らしいと言えば彼らしい武道だけど、余り似つかわしく無いわね」

 

 その後も須藤は抵抗しようとするが、割って入った山内、池、そしてようやく再起動を果たした平田によってテントの方へ連れ出されていく。

 危ないところであった。他クラスへの暴行は失格ものだ。もしかすると中禅寺もその辺を考慮して悪者を演じたのかもしれない。

 ―――いや、悪者にはなっていないな。周囲の女子の中には須藤に軽蔑したような視線を送り、中にはヒーローを見るようにアイツにキラキラとした視線を送っている者もいる。惚れた側、惚れられた側どちらにも不幸なことになるから止めておけと言いたい。

 

 

 

 ▼

 

 

 

 翌日、試験5日目。女子に叩き起こされた。どうやら軽井沢の下着が盗まれたらしい。どうせ伊吹の仕業だろうが、男子全員が手荷物検査をされることになった。オレなら池か山内の鞄に忍ばせるが――2人とも「関係無い」といった顔をしているな。須藤を見ても怠そうな表情で順番待ちをしている。誰か別のところなのか?

 しかしそれより心配なことは、平田が昨日よりも顔を青くして皆の手荷物を検分していることだ。何とかしなければ今日明日にも倒れそうだ。

 

 そして平田は次の中禅寺のカバンを覗き込み――ああ、そこにあったのか。中禅寺が平田の耳元で一言囁くと、一瞬顔を顰めたが、何事もなかったかのように次の生徒の手荷物検査をしていく。

 全員の検分が終わったところで、平田から女子に犯人らしき人は居なかったと報告するが、納得いかないのか男女の生活スペースを離すように要求された。作業にあたって女子からの要望は平田か中禅寺なら信頼しても良いということだったが、堀北によって「人畜無害そう」なオレも巻き込まれた。解せぬ。

 

「ちょっといいかしら?」

 

「どうした、堀北? 今更罪悪感でも湧いたか?」

 

「金輪際、そんなもの湧かないわ。……池君が“火の玉”を見たって騒いでいたのを覚えている?」

「ああ。でも勘違いだろうと中禅寺も言っていた」

「普段なら余りにバカバカしい話だと思うわ。―――でも、見たの」

 

 まさか、お前までそんなことを言うのか。

 

 

 

 

「私も、火の玉を見たの」

 

 



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蜃気楼の理 転

 

 

 とうとう堀北まで可怪しな事を言い出した。だが池に続き堀北、そして恐らく平田も同様の経験をしているのであろうが、三人も不可思議な体験をしているのは異常としか言うことが出来ない。

 

「昨日の夜中に、その、お手洗いに行こうとしたら、森の中、100メートルくらい先のところに火の灯りのようなものが見えたの。不審に思って近づいてみたら、ふと灯りが消えて――もちろん、周りには誰も居なかったわ。」

 

 堀北は顔を青くして独白するが、一体何が起こっているというのか。このクラスに何か不可思議なモノが憑いているとでも言うのだろうか?ホワイトルームでの教育もこの様な状況では助けてくれない。

 しかし、やらなければならないことは山積みだ。まだ伊吹の隠した物を確認することができていない。恐らくトランシーバーだと思うが、万が一がある。

 そしてリーダー外しの条件を満たさなければならないが、このまま堀北の体調不良を悪化させるような何かをして良いのだろうか。

 更に平田をこのまま放置して問題は起き得ないだろうか。何か見逃している致命的なモノは無いだろうか、不安ばかりが広がる。こんな経験は初めてだ。

 

 不安を払拭し、制約条件を緩める方法は――やはりあの男を頼るしかないか。

 探し人は力仕事をオレと平田に押し付け、呑気に火の番をしている。

 

「中禅寺、依頼だ。火の玉を祓ってくれ。」

 

「嫌だ。」

 

「報酬なら払う。」

 

「そう云う事では無い。本当に嫌なのだ。あと、出来ない理由がある。」

 

「それは何だ。」

 

「言いたくないし、言えない。だが、君が成すべきと思ったことを為せば、とりあえず問題は無い。だからボクに“お祓い”を依頼する前に、成すべきことを為しなさい。差し当たり、これらのテントを移動させればキミは自由に動けるのだろう?狐が火の玉に翻弄されていては木乃伊取りが木乃伊になる以前の問題だよ。」

 

 この言葉を果たして額面通りに受け取って良いのだろうか。中禅寺は恐らくオレがやろうとしていることをある程度わかっているのだろう。スパイである証拠を握り、AクラスとCクラスのリーダーを確定させ、リーダー外しを行うこと。そう、サバイバル――と謎の火の玉騒動――から視点を外せば、やるべきことは明確なのだ。だが、どこかで踏み切れない自分がいる。何なんだ、この感覚は。

 

「あなた達、一体何を――」

 

 堀北が口を挟む。

 

「あのねえ堀北さん、キミはAクラスを狙っているのだろう。クラスを勝利に導くための手段を考え、実行する、あるいは“仲間”に実行させるのがキミの務めだよ。」

 

「そんな事、言われるまでもないわ。」

 

「そこの昼行灯気取りには外でやりたいことがあるそうだから、とりあえず放っておいて、キミは平田くんと協働してキャンプの中でやれることをみつけ給え。」

 

「私も綾小路くんと行くわ。」

 

「キミの体調が万全では無いのはボクも綾小路も知っている。探索班の仕事でも無い限り、外のことは誰かにやらせておきなさい。」

 

「――不承不承ながら、わかったわ。」

 

 堀北が詰まりながらもそう返答すると、中禅寺は最早話すことは何も無いと言わんばかりに立ち去ってしまった。堀北もそれに合わせるようにして去って行く。本当に自分勝手なヤツらだ。これで平田がリタイアしたりすることになったらどうする気だ。オレが一番働いている気がするぞ。

 

「ちょっといい?」

 

 伊吹が話しかけてきた。珍しい。

 

「下着を盗んだの、誰だと思う?あんたも私を疑ってるんじゃないの?」

 

 その通りだ。だがこの件でも不可解なことはある。何故コイツは盗んだ下着を中禅寺のバッグなんかに忍ばせたのであろうか。クラス男女の分裂を煽るには須藤か山内、池あたりが適切だ。この4日間、一緒に生活していてそういうことに気付けないほど愚かな人間であれば相手をする必要はないのだが、スパイに任命されるということはそれなりに優秀な人間の筈だ。仮に中禅寺のカバンから発見されれば、軽井沢や篠原、佐藤らは騙せるかもしれないが、恐らくこの様子だと長谷部、王美雨、佐倉が擁護に回り、(長谷部を除く)彼女達のリーダー格の櫛田も擁護に回るだろう。

 

「いや、オレは伊吹を信じるよ。」

 

 そう言うと伊吹は少し驚いた顔をして「そう…」と呟き、去っていったが、オレは別に『やっていないこと』を信じているとは言っていない。

 わからないことはまだ多いが、都合良くオレ一人になったことであるし、行動を開始しよう。

 

 

 

 

 

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 6日目。実質的な最終日。朝からどんよりと曇った空は、まるでオレ達の不安を反映させているかのような天候だ。しかし夏の南の島で、6日目のここまで天候がもった事自体がある意味奇跡的だったのかもしれない。

 

 今日もクラスとしてのやるべきことは変わらない。班ごとに分かれ、その日の食糧を確保する。池が言うように午後には雨が降るだろうから早々に片付けなければならないこともあるし、逆にオレの計画の()()をするには良い目眩ましにもなるだろう。

 

 先ずは伊吹にキーカードを盗み出させること。予め隠し持っていたデジカメを壊しておいたのはこのためだ。恐らく龍園は画像もしくは現物がない限り、リーダーを指名して来ない。堀北が持っており、かつリーダーが堀北である決定的な証拠を伊吹に掴ませることが必要だ。また、逃げ出しやすくするために一騒動起こさなくてはならないが、これは午後の方が良いだろう。

 次にリーダーを交代させること。これには山内を利用しようと思う。あの愚か者は佐倉の連絡先でも餌にすれば言うことを聞かせられるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 オレは堀北を午前中の食糧班に誘うと、伊吹の居るところで堀北がキーカードを持っているところを見せ、山内をけしかけて堀北を汚させ、水浴びをしている間に伊吹に盗み出させるよう誘導した。

 沈黙している中禅寺が気にかかるが、好きにやれと言ったのだから、良いのだろう。

 水浴びを終えてしばらくした頃、堀北に呼び止められた。

 

「ちょっといいかしら、綾小路くん。此処では話せない話があるの――。」

 

 沈鬱な表情でオレに声を掛けてくる堀北。体調不良だけではない顔色の悪さを見て、伊吹は上手くやったことを確信する。堀北はキーカードを盗まれてしまったことにショックを受けている様子で、声に力がない。

 

「最悪のケースは伊吹に逃げられてしまうことだ。今はアイツをDクラスのキャンプから出さないことが肝心だ。幸いまだ時間はある。機会を見計らって問い詰めるしかないな。」

 

「そうね、先に戻っててくれる?――少し一人になりたいの。」

 

 自らの失態、一人で吐き出したいものもあるのだろう。

 オレは堀北を置いてキャンプへ戻り、人目を盗んで火事騒ぎを起こす。

 

 ――さて、そこそこに火も大きくなったところでDクラスの誰かが何か燃えていることに気づいたようだ。

 騒ぎが大きくなり、堀北も駆けつけてくる。伊吹を見ると、かなり驚いた表情をしているが、上手く逃げ出してくれよと願うしかない。

 

 平田らが火種となったマニュアル本を消火しても、騒ぎは収まらない。

 

 篠原を始めとした女子と須藤ら男子が言い合っている。平田が仲裁に入るも効果は無い。

 そんな中、櫛田が駆けつけてくる。

 

「ねえ!伊吹さんはこっちにいる?!」

 

「さっきまで此処に居たけど・・・まさか!?」

 

「どうして・・・・・・こんなことに・・・・・・」

 

 

 

 

 雨が本降りになり始める。

 

 

 

 

 雨音が耳を穿つ。

 

 

 

 

 平田は焦点の合わない目で何かを譫言のように呟いている。  

 

 

 

 

 堀北が伊吹を追いかけようとしている。

 

 

 

 

 ――オレは目の前の火の玉から目が離せないでいる。

 

 

 

 

 ――嗚呼、何て美しいのであろう。

 

 

 

 

 ――余りにも赤々とした(あか)。白一色の世界から来た俺に新たな色を加えようというのか。

 

 

 

 

 その時、声が響いた。雨が降っているにも関わらず、オレ達の耳に直接届くような、それでいて決して大きなものではない声が。

 

 

 

 

「キミ達、呆けるのはそこまでだ。女子は洗濯物を取り込むのを手伝ってくれ給え。男子は薪にシートをかけて、テントへ雨水が入らないように措置だ。早く動き給え。」

 

 ――今まで姿を消していた中禅寺がやってくる。渋々といった感じで各自は散らばっていくが、中禅寺が堀北にアイコンタクトを送ると、堀北は伊吹を追うために走っていく。平田は正気を取り戻し、クラスメイトの手伝いに走る。残ったのはオレと中禅寺だ。

 

「のんびり鑑賞とは良いご身分じゃないか、狐。さて、お望みの“火の玉”を持ってきてやったぞ。」

 

 そう言って手に持った《松明》をオレに差し出してくる。

 

「何だ、これは。」

 

「だから言ってるじゃあないか。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。」

 

「――『幽霊の正体見たり枯れ尾花』ということか。」

 

「そう云うことだ。堀北にもついでに説明してやる。」

 

「アイツはリタイアさせるぞ?」

 

 そう言えば中禅寺は深い溜息を吐く。

 

「キミねえ、何のためにあんな愛想無しの体調を日々態々気遣ってやったと思うんだね。疾うに微熱くらいまで軽快しているよ。」

 

 どういうことだ。この男はオレの計画を読み切った上で邪魔しようというのか。

 

「何を怪訝な顔をしているのだ。大体ね、他人の体調なんて不確定なものを計算に入れようとするキミが可笑しいのだよ。あの愛想無しが万全だったらどうする気だったのかね。どうせ闇討ちでも考えていたのだろうが、実に愚かだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()とでも?どう考えてもアウトだよ、倫理的にね。――ところで、キミが今回の試験でDクラスに関し、初めに疑問に思ったところはどこだね?」

 

「まずは・・・・・・池の火の玉騒ぎだろう。」

 

 そうオレが言うと、中禅寺は先程よりも一等深い溜め息を吐いた。

 

「はぁ。キミもやはり中学生に毛が生えた程度の男子高校生でしかないということだ。さて、そろそろあちらも上手くやったところだろう。狐の住まう森から抜け出して、気持ち良くリタイアしてもらおうじゃないか。」

 

 

 

 

-------------------------------------------------------

 

 

 オレと松明を持った中禅寺が堀北の向かった方へ歩いて行くと、自らの足で戻って来た堀北と出会った。多少の汚れはあるが、見たところ問題無さそうだ。――いや、オレの計画からすると問題なのだが。

 

「早速だけど、説明してもらうわよ。Dクラスが勝つための『秘策』とやらを。そのために態々伊吹さんを逃したのだから。」

 

 いつの間にそんな打ち合わせを――先程堀北を置いてキャンプに戻ったときか。オレは放火で忙しかったし、中禅寺はキャンプに居なかった。

 

「ふむ、意外と演技の真似事もできるのだな、キミは。まあいいだろう、そこまで難しい話ではないからな。『リーダーは正当な理由が無ければ交替出来ない』、言い換えれば、正当な理由があれば交替出来るということだ。体調不良やケガは立派な理由になるだろう。」

 

 堀北はようやく気付いたようだ。

 

「Cクラスを嵌めるのね。」

 

「正確に言えば、Cクラスと、Cクラスと結託しているAクラスを、だな。誤ったリーダーを指名させ、我々のポイントを守るとともに向こうのポイントを減らす。一石二鳥だ。いや、こちらのボーナスポイントを守れることを考えれば三鳥にも四鳥にもなるな。30ポイントのマイナスなどすぐに元が取れる。」

 

「なぜ中禅寺がそれを知っている。お前はほとんどこのキャンプ地から出ていないじゃないか。」

 

 オレは堪らず口を挟んでしまった。

 

 

 

 

 

 

 

「この世には不思議なことなど何も無いのだよ、綾小路くん。」

 

 

 

 

 

 

 

「――初日にキミらより先駆けて森に入った際、Cクラスの長髪の男子とAクラスの禿頭の男子が話していたのをこっそり聞いていたのだ。龍園と葛城とかいったか、彼らもまあ周到だね。今頃堀北さんからくすねたキーカードを共有している頃ではないか?」

 

 そうだ。Cクラスはリタイアしたとは言うが、伊吹、金田、そして龍園は少なくともこの島に残っている。そして龍園はクラス全員でのサバイバルを放棄し、リーダー当てに特化した戦略を採ったが――砂上の楼閣だったようだ。

 

「しかし、AとCの取引を知っていたのなら教えてくれても良かったじゃないか。」

 

「出来るわけなかろう。()()()が身近で嗅ぎ回っているんだぞ。」

 

 伊吹のことだろうか。しかし何となく違和感を覚える言い回しだ。

 

「それで、その松明の件はどうなんだ。」

 

「ボクは五日目の深夜、伊吹さんが保護された場所を佐倉さんから聞き、その辺りを捜索していたからその火を堀北さんは見たのだろう。」

 

「でも、私が近寄ったら消えて・・・!」

 

「キミが見た火の大きさは?色は?距離は?――寝起きで、暗闇の森の中、比較するものも無い状態で、果たしてどれだけの人間が光源との距離を正確に捉えられるのかね。」

 

「平田と池の件はどうなんだ?」

 

「池は知らぬが、平田は――と、そろそろ点呼の時間だ。キミたちはそろそろリタイアしてリーダーをそこの自称事なかれ主義者に譲っておいてくれ。そろそろボクも帰らないと探されることだろう。何、キミたちのことは上手く話しておくから安心してくれ給え。」

 

「ちょっと待って!リーダー当てはどうするの?!」

 

「新しく任命される自称事なかれ主義のリーダーが上手くやるよ。ではまた明日、船の上で。ゆっくり休んで体調を整え給え。」

 

「船に戻ったら絶対に説明してもらうから・・・!」

 

「待ってくれ、中禅寺。最後に聞かせてほしい。オレは、オレたちは、火の玉でなければ一体何に取り憑かれているんだ――?」

 

「ふむ。そうだね・・・ボクの見立てでは『蜃気楼』というところだ。もちろん、現象としての蜃気楼ではなく、そういう妖怪が居るのだ。一晩あるから、キミたちもよく考えてみると良い。」

 

 

 

 

 





難産でした。

蜃気楼の理(結)は近日公開予定ですが、その次は未定です。
ついてはアンケートを取りたいと思いますので、ご協力宜しくお願い致します。
これ以外の選択肢があれば感想でコメントください。
その他感想等もお待ちしております。


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蜃気楼の理 結

 

 

「――さて、説明してもらうぞ。」

 

「そうね、仲間内で隠し事なんてさせないから。」

 

「一体何時からボクは仲間に入れられたのかね。謹んで辞退するよ。」

 

 あれから無事に堀北をリタイアさせ、無人島試験の結果、225CPを手に入れたオレたちは例の豪華客船に戻って来た。過程はともかく、結果としてはオレの想定通りだ。

 堀北は自室へ引籠うとする中禅寺の首根っこを抑え、まるで躾の悪い猫を連れ出すかのように人気の無いデッキに運んできた。死神が飼う地獄の猫でももう少し可愛げがあるだろう。

 

 6日目の夜、コイツが意味深に言っていたのは『蜃気楼』だったか。これの説明をしてもらわなければ座りが悪くて仕方が無い。

 蜃気楼というのは、簡単に言ってしまえば大気と海水面の気温差により光が屈折することで、海上に船や都市が浮かんで見えたりすることだ。ちなみに春先のシーズンが蜃気楼の季節だ。

 海に囲まれた孤島だからさもあらんという気もするが、まさかこんな真夏の南の島で蜃気楼が出現することはないから、何かを隠喩しているに違いない。

 

「今回の試験で腑に落ちないことが多いとキミたちは言っているが、あくまでそれはキミたちから見た視点であって、ボクや第三者、或いは先生方からしてみればそれほど難しい話は全くと言っていいほど無い。綾小路君、ボクは言ったね。先ず疑問に思うべき所は何か、と。わかったかね?」

 

「池が見たという火の玉、平田の体調不良、伊吹が仕掛けた下着泥棒騒動、オレがメインで知りたいのはこの辺りなのだが、そういうことでは無いのだろう?堀北は何かわかるか?」

 

「そうね・・・。私はむしろ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というところが気になるわ。」

 

 どういうことだ?

 

「ふむ、この点ではやはり堀北さんの方が理解しやすいようだね。いいかい、綾小路君。“普通の”男子高校生であれば先ず疑問に思うのは『なぜ池と軽井沢がトイレ云々で喧嘩したか』ということだ。」

 

「単に節約するかしないか、男女共用を許せるかということじゃないのか?」

 

「全く違うね。いいかい、女子には男子とは全く違った苦悩があるのだ。お手洗いは単に大便や小便を垂れ流すところではない、と言えば鈍いキミにもわかるだろう?」

 

「――ああ、生理か。」

 

「――キミ、悪いことは言わないから、もう少しデリカシーというものを学んだほうが良いよ。少なくとも女子の居る前ではね。そう思わないか、堀北さん。」

 

「話の発端は中禅寺君だけど、その点は同意ね。」

 

「しかし、その事がなんの関係がある?」

 

「あのねえ、余り大きな声で言うことじゃないが、女子の()()は大体一週間くらい続く。つまり月の四分の一、今回の試験では単純計算で五名前後の女子がリタイアするリスクを常に我々は負っていたのだよ。生理用品は無料で支給する?ハッキリ言って何の足しにもならないね。一般社会においても女子というのは自分の肌や()()に合う形質の品を探すことに苦労しているのだ。」

 

「中禅寺君がそういう配慮を出来るのが少し意外だわ。」

 

「姉がいるからな。――で、そういう意味でこの試験は女子に対して非常に配慮が薄いということは間違いない。しかも我々の学年には女性教員が二人も居るにもかかわらず、だ。堀北さんの言う通り、学校側に真面目に試験させる気があるのか非常に疑わしいものだ。」

 

「実際、辛そうな子は居たわ。」

 

「だからボクの関心は『如何に女子の脱落者を出さないか』というところだった。声の大きいグループには篠原さんに、余り大きくないグループには長谷部さんにお願いして、辛そうな子が居たら遠慮なくリタイアさせてあげてほしい、出来ればそうならないように目を配ってあげてほしい、とね。一匹狼という名のボッチである堀北さんはボクが目を配っていた。」

 

「二人共しばくわよ。」

 

 堀北は驚いたような、嬉しいような、恥ずかしいような、怒っているような表情をしている。何だその顔は、オレとつるんでいた4か月で見たことがないぞ。

 

「――なるほど。それで長谷部や佐倉と打ち解けていたのか。下着泥棒騒動のときも不思議だった。『平田か中禅寺なら信用できる』というのは須藤の件があったにしても余りにもアンバランスだと。そういう絡繰があったのだな。」

 

「そういうことだ。実際、Cクラスは上手くやったと思うし、女子を脱落させないためにCクラスから物資の融通を受けたAクラス、女子が名実共にリーダーのBクラスでは余り問題にはならないことだがね。」

 

「――そうか、だから下着泥棒騒動の時に伊吹犯人説が女子から出なかったのか。」

 

「その通りだ。キミも気付いた通り『同じ苦労をともにする女子である伊吹が下着を盗む筈がない』と女子は考えたのだ。一枚無くなるだけで、死活問題になるからな。」

 

「中禅寺君に解説されるのは納得行かないけど、概ねその通りよ。あの時、男子は女子に叩き起こされたけど、私達は軽井沢さんのグループに起こされた。つまり彼女は『誰よりも最初に起きて下着を確認する必要があった』ということね。これ以上は無粋だから話さないけど、彼女は単に下着を盗まれたという生理的嫌悪感以上のものを抱えていたはずよ。」

 

「なるほど。それで篠原が強硬に男子に詰め寄ったという訳か。中禅寺に“お願い”されていたこともあってな。」

 

「で、ここからはボク――そして平田君だけが知る事情がある。さて綾小路君、キミはスパイとしてDクラスに潜入したとしよう。一番効率良く組織を崩壊させようとすれば、誰を狙う?」

 

「平田だろう。」

 

「そうだ、そして彼は狙われた。何故か女性の下着がカバンの中に入っていたのだからね。」

 

「そんな――!」

 

「一寸待て、中禅寺。それは何時のことだ?五日目の騒動のときは、お前のカバンに入っていただろう?」

 

「平田君のは三日目のことだ。青い顔をして『どうしよう』と彼が相談してきたよ。だからボクはそれを返すことにした。女子のキャンプの近くに捨て置けば風で飛んだか洗濯物を回収するときに落としたと思われるだろうし、夜中にこそこそとな。誰かに見られているとは思わなかったが、池ならまあ、大丈夫だろう。」

 

 オレが何も無いと安心しきっていた『三日目』にそんなことが起きていたのか。平田の体調不良は“火の玉を見た”ということでは無く“中禅寺が処理した場面を池に見られたかもしれない”という恐怖感によるものだったか。

 

「まさか2回目も同じ手段を採るとは考えなかったから、被害に遭った女子には申し訳ないと思うが・・・今のところ誰も被害にあったと主張する素振りが見られない。まあ、問題無いだろう。」

 

「そう言えば軽井沢のパンツはどうしたんだ?」

 

「キミがどういう返答を期待しているのか知らんが、昨日の夜、長谷部さんに頼んでこっそり戻しておいたよ。」

 

「――変態。」

 

 堀北と中禅寺がオレをジト目で見る。止めろ、そんな趣味は無い。話を進めよう。

 

「手荷物検査のとき、平田に何か言っていたようだったが?」

 

「ああ、『また処理しておく』と言ったのだよ。あまりいい顔はされなかったがね。ちなみにアレは本来、池のカバンに入れられていたものだよ。ボクのカバンに入れられていたことにしたほうが何かと良さそうだったからな。」

 

 そうだったのか。中禅寺を犯人にするのは無理があると思ったが、伊吹にとっても想定外のものだったんだな。

 

「――そういうことで我々Dクラスは『男女間の温度差による誤解』を常に抱えながら、『伊吹さんによって齎された幻』を道標に進んでいたのだよ。まあ、伊吹さん自身も幻惑されていたから、放火魔こと綾小路君の悪巧みと堀北さんの名演技でスパッと祓ってやったがね。これで綾小路君の疑問も全て解決出来たろう?」

 

 なるほど、そういう意味での蜃気楼か。それと、オレを放火魔扱いするんじゃない。ただの小火だ。

 

「――もしかして山内くんのアレは?」

 

「大方そこのサイコパスがけしかけたんだろう?伊吹さんが盗み出しやすい状況を作るために。」

 

 ガンッ!

 

「たうわっ!」

 

 コイツ、全力で脛を蹴りやがった!いくらホワイトルームでもそこは鍛えられないんだぞ!

 

「次に同じようなことをすれば実力行使に出るわ。」

 

「既に出た後に言うことじゃないだろ!」

 

 オレは抗議するが堀北は何処吹く風だ。中禅寺には口で『しばく』などと言うのにオレとの扱いに差がある。解せぬ。

 

「それで、AクラスとCクラスのリーダーはどうしてわかったの?」

 

「Aクラスはオレと佐倉が偵察に出た時、葛城と共に居た戸塚弥彦という生徒が、Cクラスは龍園が残っていることを確信した時点で龍園だと判断したまでだ。」

 

「――そう。結局、私は今回の試験で何も成果を残せ無か・・・「鈴音ぇ。こんな所で密談か?」」

 

 龍園と伊吹、山田アルベルトか。

 

「よくも嵌めてくれたなぁ、鈴音ぇ。まさかリーダーを交代する策に気付くとはな。だがお前はお利口ちゃんだから一人の力でそんなことに気付けないだろう?――本当は誰が仕組んだんだ、言ってみろよ。真逆この神主モドキとボンクラがお前の参謀と言うわけか?」

 

「私にそんな参謀は居ないし、必要無いわ。あと、馴れ馴れしく名前を呼ばないで頂戴。」

 

「まあ、そうだろうな。お前にはそいつらみたいに死んだ目をした男達を手下にするのが関の山だ。」

 

 中禅寺を見ると葬式を百軒ばかり梯子したような極めつけの仏頂面をしている。わかるぞ。

 

「用件がないならそこの負け犬を連れて帰ってくれるかしら。不愉快なの。」

 

「負け犬ってアタシのこと!?いいじゃない、決着つけてやるわよ!」

 

「ふん、挑発に乗るな伊吹。じゃあな、鈴音。潰して無様な泣き面を晒させてやるよ。」

 

 

 

 

 龍園達は去っていった。負け惜しみとも宣戦布告とも言える内容だが、あれだけ骨折り損のくたびれ儲けをしたのに強気な発言ができる精神性は見事だろう。

 

「そう言えば『蜃気楼』についての話をしていなかったな。」

 

 重苦しくなった雰囲気の中、思い出したかのように中禅寺が呟く。

 

「――江戸時代に画かれた鳥山石燕の『今昔百鬼拾遺』で蜃気楼は『海底に潜む“()()”が気を吐いて作り出す海上楼閣』という説明をしている。竜宮城伝説や蓬莱山伝説の基になった現象だな。」

 

 オレと堀北は黙って中禅寺の話を聞く。

 

「差し詰め、龍園某は貝のように森の中に潜み、策略を巡らせてAクラスやDクラスに幻想を見せ、混乱させた。実際、ボクや綾小路君が動かなければCクラスの一人勝ちになっただろう。一方で“蜃”は“ミズチ”とも読む。――ミズチとは“龍”だ。『本草綱目』やそれを元にして画かれた『和漢三才図会』では蛟竜が気を吐き楼閣を成すとされている。まさに“龍”が策謀して引っ掻き回した今回の試験にぴったりだとは思わないかね?」

 

「――なるほど、そういうことね。蜃気楼のように浮き上がったモノだけでなく、起こっている現象を一つ一つ紐解いていけば、結局はハマグリなり龍なり、原因に突き当たる、というわけね。」

 

「そういうことだ。不思議なことなど何一つ無い。だが堀北さん、気を付け給え。」

 

「何かしら?」

 

「今回、ほとんど蜃からの影響を受けずに試験を終えたクラスがある。」

 

「――Bクラスね。でも彼女達はCクラスにリーダーを当てられ、実質負けのようなものじゃないの?」

 

「だからこそ、だ。そんな中、一人勝ちしたDクラスに対して思うところは出てくるだろう。今後も同じように同盟を組めるかは不透明な状況になった。且つ、折り込み済みのダメージはそこまで痛くないものだ。個人の平均的な能力はDクラスの上位互換、ある意味ではAクラスよりも困難な相手になるだろう。」

 

 中禅寺は冷静に指摘するが、その通りだ。一之瀬を中心に団結出来るクラスであり、純粋に勝利を目指して実力勝負に持ち込まれると厄介な相手だ。搦手に弱いということは、搦手が無ければ勝つことは難しいということだ。蜃気楼なり自分の土俵に誘い込むなり――。

 

「――ん、そう言えば中禅寺。昨日の夜、堀北には狐の住まう森から云々と言っていたが、何か意味はあるのか?」

 

「“狐の森”は“蜃気楼”を指す言葉なのだよ。今回の狐対ミズチの勝負は狐の勝ち、というところだな。」

 

 

 

 オレは中禅寺から勝利判定を得て漸く安心できた。この男の言葉一つで精神を左右されるほど、オレは弱くないつもりなんだけどな――。

 

 

 

 

 






ということで無人島編も御仕舞です。

女子への配慮云々の件はずっと思ってたことでしたが、健全な男子中高生がメイン読者の原作やアニメでは、トイレや下着泥棒の時に軽井沢や篠原、佐藤がなぜあれだけ嫌悪感を剥き出しで男子を詰ったのか説明が足りないように感じたので、付け加えてみました。女性のそういうのに触れるのはタブーになっているので、もしかしたら原作やアニメでは大部分が意図的に外されたのかもしれません。
社会的に死にたくなかったら、間違っても5月1日に池が茶柱先生を茶化したようにネタにしちゃいけないゾ☆

あと初期小路君のノリが割と好きなので、「“憑き物落とし”と出会った結果、幾分機械化の進行が遅くなっている」と捉えていただければ幸いです。

それでは船上試験編でお会いしましょう。

次の妖怪は何にしようかなぁ。
思いつかなかったらいっそダイスロールに…

感想等お待ちしております。


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船上試験
面霊気の階 序




きざはし、と読んでください。




 

▼面霊気

 

鳥山石燕『百器徒然袋』

 

聖徳太子の時、秦の川勝あまたの仮面を製せしよし。

かく生けるがごとくなるは、川勝のたくめる仮面にやあらんと、夢心におもひぬ。

 

 

 

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 嗚呼、また私を嘲笑う声が聴こえる。探るような視線、光を映さない瞳、猫を撫でるような声、薄気味悪い夜に浮かぶ三日月のような口――。

 誰もが仮面を被って生きている。

 

 女は女であるだけで罪深い。何故なら優秀な雄を囲うために他の雌を蹴落とさなければならないからだ。女にとって女が敵であることなど15年も生きていれば必然的に学ぶ。

 男は男であるだけで罪深い。何故なら優秀ではない雌をも囲い、自らの装飾物とするからだ。男は女の味方をするようなことを言うが、実際は自身に害が及ぼうとすれば簡単に切り捨てる。装飾物の替えはきくから。

 

 優秀――優秀とは何?テストの点数が良いこと?運動神経が良いこと?外見が良いこと?お金を持ってること?悪知恵が働くこと?

 

 それとも罪を自覚すること?

 

 ならテストの点数は悪く、運動も出来ない、容姿も然程良くなく、金も持っていない、小賢しくもない私はクズじゃなかったら何?

 罪を自覚した上で罪を重ねる私は愚か者じゃなかったら何?

 

 ――答えは疾うに出ている。寄生虫だ。学校という狭い社会(箱庭)において優秀とされる雄に寄生する害虫だ。

 害虫はいずれ駆除される運命にある。だけど今の私はその時を少しでも少しでも先延ばしにすることしか出来ない。先延ばしにした時間で何をすることも出来ないのに。

 

 どうして私はこんなにも愚かなのか。

 

 どうしてこの世には救いが無いのか。

 

 どうして私が虐められなければならないのか。

 

 どうして―――――

 

 どうして――――

 

 どうして―――

 

 

 

 

 

「この世には不思議なことなど一つも無いんだよ――――。」

 

 

 

 

 

 また地獄(天国)の調べが聴こえる――。

 

 

 

 

 

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 蜃気楼に包まれた無人島試験を終えたオレ達は、束の間のバカンスを再開している。プールで遊ぶ者、デッキでデートするカップル、無人島の疲れからか惰眠を貪る者、図書室で学校には無い本を見つけ珍しくウキウキと自室に引き籠もる書痴、遊ぶ相手が居らず彷徨うオレ。最後の二つは何方がマシかと言えば、100人中99人は前者だというのだろうな。残りの1人たるオレは胸を張って後者だと言おう。

 

 オレは何より普通が欲しかった。自由が欲しかった。だが普通と言うには余りにもこの学校は特殊すぎた。自由と言うには余りにもこの学校は放任すぎた。クラス対抗?Sシステム?憑き物落とし?本来なら関わり合いたくないモノでしかない。

 特に何だ、憑き物落としって。『一生分の教育を終えた』と嘯くホワイトルームでは終ぞ学ばなかったぞ。あの男(クソ親父)も祓ってもらえば良いのだ。そうしたらあの趣味の悪い白い部屋から出てくることも出来る――いや、ダメだ。オレの平和のためにもやはり出てくるな。

 

 それ程までに忌避するのにも拘らず、あの男の言葉が耳に残る。

 

――清隆、よく覚えておけ。力を持っていながらそれを使わないのは、愚か者のすることだ。

――全ての自分以外の人間は道具でしか無い。過程は関係無い。どんな犠牲を払おうと構わない。この世は勝つことが全てだ。最後に自分が勝ってさえいれば、それで良い。

 

 今のところそれが間違いだとオレは否定できない。寧ろ肯定感さえ抱いている。

 だがこれも中禅寺の言う“(しゅ)”なのだろう。アイツに会わなければこうした認識も生まれなかったかもしれない。

 例えば中禅寺に勝つためには何が必要か。武力では無い。知力でも無い。そういった俗なものに左右される人物ではない。アイツ自身のフィールドで負けを認めさせること。果たしてオレに出来るだろうか。

 そもそも勝つとは何だろうか。誰よりも優秀な頭脳を持ち、誰よりも優秀な身体能力を持ち、誰よりも見目が良く、誰よりも金を持ち、誰よりも知恵を持つ。それが人生において勝つことなのか。それは絶対的に他者を必要とする価値基準であり、孤独を目指すその思想とは相容れないのでは無いか。

 唯、普通でありたい。しかし一般人の仮面を被り、一般人を模倣しようとしている時点で、既にそれは普通足り得るのだろうか。

 

 ――いかんな、思考がスパイラルしてきている。

 

 

 そんな時、奇妙なチャイムと共に船内放送が流れる。

 

「全校生徒の皆さんにお知らせします――。」

 

 メールを送るから必ず見ろ、か。一般的に、特に伝達したい情報かつ実行してもらいたいことは、3つの方法で伝達・依頼すべきだと言われている。即ち電話、メール、対面。この学校が如何に特別試験に重きを置いているかが分かる放送である。この姿勢を是非普段から茶柱にも見習って欲しい。

 

 緊急を知らせる着信音を伴ってメールが届く。18時00分迄に504号室に来い、か。――集合時間まで友達の居ないオレはどうやって過ごせばいいのだろうな。

 多少の不安とともに時間を潰すことにした。

 

 

 

 

-------------------------------------------------------

 

 

 不安だ。不安でしかない。

 

 周囲に居た表面上の友人達は全て異なる集合時間であった。主たる寄生先である表面上の恋人も異なる集合時間であった。表面上の友人、表面上の恋人、偽りの仮面を被った私にはとても良く似合っている。

 ――序に言えば家族でさえ表面上のものでしかなかった。いや、表面上さえ取繕えていなかった。私が傷ついたとき、側にいるのは私自身しか居なかった。娘が傷だらけで、ランドセルさえ傷だらけで帰ってきているのに、何故見て見ぬ振りが出来るのか。

 答えは簡単。興味がなかったから、愛されていなかったから。それを裏付けるかのように、自分で見つけてきたこの頭の可笑しい学校へ入るとき、誰も何も言わなかった。3年間()()音信不通にならないとさえ考えているだろう。そして恐らく、首尾よく卒業出来たとしても私の帰る場所は無いだろう。

 でも、それで良い。それが良い。体を売ることはこの傷がある限り難しいだろうが、それでも卒業さえ出来れば何とかなる。

 

 ――何とかなるはずだ。

 

 ――何とかなって欲しい。

 

 ――何とかなるだろうか。

 

 そのようなことを考えていたら、集合時間を少しばかり過ぎてしまった。十分以上では無いからペナルティの対象にはならないだろう。例えなったとしてもカーストトップの彼氏が何とかする。そういう契約だ。

 

「げ、最悪。何で綾小路君たちがいるわけ?」

 

 思わず口に出てしまった。いや、この場合、口に出すことで幾分かの不安を薄めたいという欲求があったかもしれない。真逆このメンバーで特別試験に挑むというのか。

 女子の胸囲ランキングの首謀者の一人で、ござるござると煩い変態キモオタク。気に食わない堀北と行動を共にする表情筋が死んだ男。余り関わることは無いが無人島ではそれなりに役に立っていた、前世と今世は葬儀屋に間違いない陰気を極めたような男。

 

 ――何ともならないかもしれない。

 

 不安だ。不安でしかない。

 

「遅刻だぞ、早く席に座りなさい。」

 

「はーい。」

 

 何だったか、この教師は。担当科目すら覚えていないが、確かAクラスの担任だった筈だ。お利口さんクラスに相応しい堅物だと思う。

 

 隣席に腰掛ける表情筋の死んだ男(綾小路)を一瞥し、溜め息を溢しつつ空いた席に座ると、堅物が説明を始める。

 

 

-------------------------------------------------------

 

【基本ルール】

・この試験では『十二支』を擬えた12グループで行い、夫々のグループには各クラス3〜4人ずつを配置する。

 

・このグループは『卯』グループである。

 

・各グループに優待者を一人ずつ設定している。

 

・優待者を当てるために1日1時間のミーティングを2回設ける。

 

・試験期間は4日間。3日目は完全自由日とする。

 

・ミーティング中は部屋を出ることは出来ないが、何をするかは参加者の自由。

 

・優待者に解答権は無い。

 

・優待者の指名については最終的に次の4つの結果に分かれる。

 

【結果1】

試験期間終了後、グループ内で優待者のクラス以外が全て正解していた場合、全員が50万PPを取得。

優待者とその同じクラスの生徒は倍の100万PPを取得。

 

【結果2】

1を目指した場合においてグループ内で優待者のクラス以外の誰かが一人でも不正解であった場合は優待者のみ50万PPを取得。

 

【結果3】

優待者以外の者が試験期間中に解答をメールで送信し、正解だった場合、正解した生徒は50万PPを取得、その所属クラスは50CPを取得。

当てられた優待者は所属クラスの50CPを引く。

なお、正答した時点でそのグループは試験終了。

 

【結果4】

優待者以外の者が試験期間中に解答をメールで送信し、不正解だった場合、不正解だった生徒の所属クラスから50CPを引く。

優待者は50万PPを得るとともに所属するクラスは50CPを取得。

なお、誤答した時点でそのグループは試験終了。

 

 

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 このメンバーでクラス混合の特別試験?内容以前の問題だ。ましてや私は狙われている立場だ。無人島五日目の下着泥棒は伊吹の仕業だと暫定的に解決され、いつの間にか私の手元に“モノ”は戻ってきている。今更「あった」なんて言い出せないから黙っているけど。でもこのDクラスの男子或いは女子が犯行に及んだ可能性は否定されていない。しかも犯人がいると思しきCクラスとも合同となるとは。Cクラスはあの面倒であった須藤の暴力事件でもDクラスに絡んできた奴らだ。この試験でもタダで終われるとは到底思えない。

 仮にその場合、自分は未だ危険に晒されている事になるが、コイツらが私を守るなんてことは無いだろうし、守る能力なんて少しも期待出来ない。

 

「全然ルールとか理解できないんですけどー?」

 

「小生もわからんでござるよ…。」

 

「…………。」

 

「…………。」

 

 とりあえず声を上げてみたが、やはりコイツらは使えないということがハッキリした。キモオタクは情けない声を上げているし、無表情と葬儀屋は心の中で般若心経でも唱えているのだろう、盆暗共め。

 

「説明は終わり?じゃあ私は帰るわ。」

 

 まずやらなければならないことは明らかだ。契約の相手方に対し「私を守るべし」という義務を履行させなくては。

 

 はて、彼は未だ試験の説明を受けていないけど接触しても大丈夫なのかしら――?

 

 

 

 

-------------------------------------------------------

 

 

 

 

「――それで、貴方のグループは大丈夫なの?」

 

「大丈夫も何も、不安しか湧かない組み合わせだ。正直、山内や池の方がコントロール出来る分、良かった。軽井沢は()()()()し、ハカセも理解が追いついていない。中禅寺に至っては居るのか居ないのかも分からぬほど存在を消していた。果たしてアイツ、ルールは理解したかな。」

 

 昨日の説明の後、一応の打開策は考えた。この試験ではシンキング能力、つまり「誰が」「どの結果を」望んでいるかを正確に理解し、「自身が」望む結果に導かなければならない。

 オレの望みとは何だろうか。とりあえずはDクラスをAクラスに上げるための実力、そして環境作りだ。堀北があの兄のように成りたいとするのであれば、クラス内をまとめ、時には堀北と対峙できるカウンターパートナー、これが必要になる。平田は調整役でしかなく、堀北に反対するということは難しいだろう。高円寺・中禅寺の“寺コンビ”も問題外、櫛田は堀北への反感からその内スパイとして行動し出すだろう。

 そういう意味では消去法になるが、堀北と同性の軽井沢、もしくは拗らせていない方の一匹狼である長谷部などが適任だろう。実力を隠していると思しき人間もチラホラ居るが、この四ヶ月の流れから不自然ではない候補者と言えばこの二人だ。

 

 

 八時になった。学校からのメールが送られてくる。そして、拗らせている方の一匹狼が話しかけてくる。

 

「貴方は優待者に選ばれたの?」

 

「いや。」

 

 オレは画面を見せながら返事をする。

 

「同じ文章ね。」

 

「お互い、選べる手段が減るな。」

 

「貴方は今回の特別試験、どう見る?」

 

「優待者をどう扱うかにもよるな。一応、勝ちにつながる手段は考えているが……。手伝いは要るか?」

 

「さすがね。でも手伝いは要らないわ。参考までに聞くけど、貴方が今回の試験で最も警戒して「いい天気だな、鈴音。」」

 

 Cクラスの龍園達だ。無人島から帰ってきた日以来の接触だが、またしてもこの男は特別試験で煙に巻いていくのだろうか。

 

「どうだ、優待者には選ばれたか?――葛城も、一之瀬も、その実力の底は知れた。俺の敵じゃない。後はお前達Dクラスだ。どんなお友達が助けてくれるんだろうなあ、鈴音。」

 

 堀北に対し挑発を入れ、同時に探りを入れ、牽制すら入れる。この男、盤外戦術をやらせれば学年でもトップを争うだろうな。

 

「生憎と私には友達は居ないわ。強いて言うなら、そこの死んだ目をした綾小路君くらいね。」

 

「ふん、コイツは金魚の糞が精一杯だろう?じゃあな、鈴音。」

 

 堀北は闘志を燃やし、戦う姿勢が出来ている。これならオレの計画には支障出ないだろう。上手くいってもよし、いかなくてもよし、堀北には何れにしても良い経験になるだろう。

 

 

 

 堀北には言わないが、俺が警戒していること。

 

 

 

 それはオレの仮面が外れそうな予感がして不安しか湧かないことなのだ。

 

 

 

 





タイトルに面霊気を使いたかったので、百器徒然袋 〜雨〜での高円寺君のくだりを「しょうけら」に修正しています。


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面霊気の階 破

 

 

「はぁ……どう見ても最悪のメンバーね。」

 

 悪態の一つでも吐きたくなるメンバーだ。

 第一回のディスカッションが始まったが、Aクラスは知らない男ばかり、Bクラスは宗教かと思わんばかりにクラス中からチヤホヤされる気に食わない(一之瀬)。この女は根っからの善人だという噂だが、そんなことは無いだろう。こういう女がその仮面の下でエンコーとかに手を出してたり、ダメ男に嵌って貢いだりしていたりするのだ。他の子から巻き上げたお金で。

 Cクラスは気に食わないばかりか自分に害を為したと思われる伊吹がいる。どの面下げてここに居るのか。引っ叩いてやりたいくらいだが、報復が怖い。

 そしてDクラスはオロオロしているキモオタク、無表情と葬儀屋だ。これから一日二回、合計六時間もこいつらと過ごさなければならないなんて考えるだけで憂鬱だ。

 

 

 ――ましてや私は“優待者”なのだから。

 

 

 こいつらには私を守ることは不可能だ。私はそう確信を深めた。

 最悪のシナリオは、暴力的な手段で以て私が優待者であることを暴かれることだ。暴力的な手段に出られたら、恐らく私は反撃の一つも出来なくなるだろう。私が暴かれたことがDクラスにバレたら、いくら平田の力を借りてもこの先の学校生活が成り立たなくなる可能性は高い。つまり、そうならないように立ち回らなければならないが、取り得る手段は黙秘または試験に関心を向けないことで乗り切ること、或いは他の寄生先を見つけ、自身の身を守ること、これくらいだろうか。

 優待者である以上、自分或いは他のDクラスの生徒の手で試験を終わらせることは出来ないみたいだし、他クラスと通じるなんて以ての外だ。そこまでの勇気は無い。

 

 大方の予想通り、女神サマ(一之瀬)が仕切りだすところを横目に見ながら、一言「軽井沢恵」と添え面倒臭い自己紹介を済ませる。このAクラスの男子――町田と言ったか、よく見ればそこそこに整った顔立ちだし、Aクラスを代表して女神サマに反論出来る程度には自分の優秀さに自信があるようだ。

 

 

【卯グループ】

A:竹本茂 町田浩二 森重卓郎

B:一之瀬帆波 浜口哲也 別府良太

C:伊吹澪 真鍋志保 藪菜々美 山下沙希

D:綾小路清隆 軽井沢恵 外村英雄 中禅寺夏目

 

 

 とりあえず初回ということもある。話を振られたときは答え、それ以外は興味の無い体裁で行こう。都合良くAクラスは「沈黙作戦」で行くようだし、Cクラスも一之瀬に対抗できるほど口も頭も回る人間は居ないようだ。町田から「この試験で一番避けるべき結果は何だ?」と問いかけられたが、つまり私が一番避けるべき事態である「優待者を暴かれ、裏切り者が出ること」と答えたら共感を得ることができた。良かった、正解だったようだ。

 

 議論の進め具合を見たところ、一之瀬と町田以外にこのグループで実力者は居ない。寄生するなら町田、という選択肢が濃厚か。一応、留意しておこう。このまま何事もなく四日間を終えることが出来れば、それが一番良いのだけど――。

 

 

 

 

 

 

 ――早速ピンチだ。どうしてこうなった?

 

 

 

 

 

-------------------------------------------------------

 

 

 トラブルの理由は明白だ。

 

 遅かれ早かれ、何れこうなるとは思っていた。クラスの中でもトラブルに事欠かない軽井沢のことだ。平田の威光に感けて他クラスとも揉め事のタネを作っていたことは想像に難くない。

 

 一之瀬の主導のもとに進めることになった第一回のディスカッション、今後の動きについて考えながら部屋の外に出ると、平田か誰かを待っていたと思しき軽井沢が伊吹を除いたCクラス女子三人と揉めている。遠目から聞き耳を立てると、夏休み前にCクラスの“リカ”とかいう女子に乱暴な行為を働いたようだ。

 

 男女交際には心底興味は無いが、どんな意図があって平田は軽井沢と交際しているのだろうか。クラスでも争い事に大きな嫌悪を示す平田が、トラブルメーカーでありさして優秀でもない女と交際するなんて、裏取引の臭いしか感じない。それとも普通の高校生はああいったギャルに魅力を感じるのだろうか?

 

 そんな疑問を感じる間にも事態はそこそこ大きくなりそうである。「写真を撮って本人確認させろ」と真鍋が詰め寄る。軽井沢は真鍋の携帯をはたき落として一旦は抵抗の姿勢を見せるものの、三人に囲まれ軽井沢は為す術もない。強気を保っていた表情も段々弱々しくなり、声も震えてきている。

 

 ちなみにオレは助けないぞ。事なかれ主義だからな。誰かをけしかけるにもBクラスはまだ部屋で何らか打ち合わせをしているし、ハカセを巻き込むのは可哀想。中禅寺は巻き込んでもいいが既に姿はなく、万事休すといったところだが、救世主が現れた。

 

「おい、何を騒いでいるんだ。嫌がっているだろ、止めてやれよ。」

 

 町田を筆頭とするAクラスが無言のディスカッションを終え退室してきた。

 町田は揉めている女子の集団に割って入ると、真鍋達をものともせずに追い払ってしまった。

 

 軽井沢は突然現れたヒーローに夢中だ。町田に対して平田に向ける視線のようなものを感じる。確かに町田は顔立ちも整ってるし、Aクラスであることからそれなりに優秀な人物でもあるのだろう。正義感もコミュニケーション能力もある。別に悔しくなんか無いからな。

 おい、平田。彼女が寝取られそうだぞ。ちなみにオレは純愛主義――いや、事なかれ主義だ。

 しかしこれは恋愛感情というより、何だろうな、クスリの切れた依存症の人間がクスリを見つけたときの様な顔だなあとオレは思った。

 

 

 

 

 

 二回目のディスカッションが始まった。それまで何をやっていたかは聞いてくれるな。

 状況は膠着している。一之瀬を始めとしたBクラスと、軽井沢を除くDクラスは話し合いをしようとするが、AクラスとCクラスは非協力的だ。何とか言葉を尽くして一之瀬が話し合いを成立させようとしているが、果たしてどうだろうか。

 オレは一回目と同様に“見”に回っている。時々一之瀬や周りに相槌を打ちつつも、他の13人の対応、癖、そういったものを見極めている。

 

 今回気付いたのはAクラス、おそらく町田は葛城派だが、森重は坂柳派なのだろう。味方のクラスのくせに相手のことを探るような態度が端々にある。

 ハカセは元々頭も良くないし、特に何も考えずその場のノリで喋っているからシロだろう。

 中禅寺は優待者ならオレに丸投げするか、上手くやるだろう。というか、コイツを読み切ることの出来る人間は居るのだろうか。いつもの様にぺらり、ぺらりと本を捲って居る。今日は――能楽の本か?時折見える挿絵に翁や女、そして妖怪の仮面が見える。一回目のディスカッションで一言発しただけで、あとは参加する気配すら感じない。一之瀬が話しかけてもチラリと視線を上げる程度だから、Bクラスの連中が鬼のような形相で睨んでいる。いつか中禅寺から見た一之瀬についても聞いてみたいものだ。

 軽井沢は――贔屓目に見ても怪しいな。端末をいじりながら試験に興味がない姿勢があるものの、いざ優待者を探す算段をし始めると、消極的な発言をする。意識的か、無意識かわからないが、オレや一之瀬を騙せるほどの演技が出来るとも思えない。何かに取り憑かれたかのように端末をひたすらいじっている。優待者で無ければAクラスやCクラスを口撃しそうなもんだ。積極性が欠け、行動が慎重になっている。

 Cクラスは――真鍋などは分かり易いが、伊吹ならわからんな。上手く仮面を被って表情を消している。こいつがスパイだったのも納得の人選だ。仮に優待者だと指摘されても冷静に対応出来るだろうし、優待者でないなら誤答を誘導できるだろう。

 そのようなことを連連と、膠着したディスカッションを終えながら考えていた。

 

 

 

 クラスの連中が屯する談話室――勿論、中禅寺は自室に引き籠もっている――に戻って来ると、高円寺が優待者を指名してしまって少しばかり驚いた。この短期間で嘘つきもしくは試験の絡繰りに気づいたというのか。やはりコントロール不可能な人物だ。恐らく正答しているだろうし、「申グループ」はどうするもこうするも、既に試験に参加する資格を失ってしまった。CPが手に入るだろうことは有り難いが、勝手な行動に皆は憤慨している。

 

 ピロン、と端末の音が鳴りメールを受信した。開けたくない。どうせアイツのお気持ち表明(お怒りメール)だ。

 

 

 

「どうして高円寺君を止めなかったの?――今度会ったら注意しておくわ。」

 

 無駄だ。アイツをコントロールするのは、それこそ不可能に近い。

 そんなことよりオレたちのグループだ。堀北に軽井沢の情報を提供するように言うが、反応は芳しくない。そもそも仲が悪いようだ。櫛田ともアレだし、やはり本格的にクラスから情報を得る手段を確立しなければならない。

 また堀北は辰グループにおける有効な手段を見出だせていない。中禅寺からは「幼く純粋」と評される彼女だが、少なくともこの試験では何らかの成果を期待したい。そうすれば二学期から主導権を握ることも少しは楽になるだろう。

 とりあえず堀北に成長してもらうためにも、アドバイスを送っておくか。見た目からくる第一印象と口に出す言葉、そして態度。それらから得られる情報を整理し、比較することで矛盾や違和感を導き出し、今後の動き方を修正する。この試験における基本的にはこうだ。

 人は誰しも仮面を被って生きている。仮面を付けたり外したり、その選択する瞬間、傾向、そうしたものから読み取れる情報は大きい。

 なに、難しいことじゃない。ホワイトルームでの教育のちょっとした応用だ。

 

 まあ、この試験は恐らく何らかの法則により優待者が定められている。いくつか候補はあるが、それを確かめる手段(コミュニケーション能力)が無いから別の手段を取らなくてはならない。軽井沢なら押せば何とかなるだろうか。

 

 ――その後、堀北に執心の龍園と、オレを篭絡しようとしている櫛田にも会ったが、オレの仮面は揺らぐことなく対応出来たと思う。龍園がこの試験の絡繰に手を触れつつあるのは、果たして誰のサポートがあったのだろうな。Cクラスの軍師、あるいは他クラスの裏切り者、何れにしても厄介だ。

 

 しかし(腹黒)の抱擁よりは(ミズチ)の取引の方が魅力的だったな。センチメンタルな雰囲気と少し弱った態度を見せられたら、普通の高校生なら驚き、櫛田に欲情するのだろうか。櫛田は一度二度、痛い目を見なければ更生しないだろう。中禅寺にでも依頼してみるか。この化け狸の仮面を外して更生させてください、とか。

 

 

 

-------------------------------------------------------

 

 

 

「もういい!私の願いを聞いてくれないなら!アンタなんか必要無い!」

 

 

 ――どうしてこうなった?

 

 

 新しい選択肢って何?平田が私に見切りを付けるってこと?

 ――冗談じゃないわ。私が、平田に見切りを付けるってことよ。

 

 真鍋と、あと名前もよく覚えていないアイツらCクラス女子に対抗するには、より強い力が必要だ。先程のように暴力で来られるのであれば、より大きな暴力を準備しなければならない。平田は話し合いで解決しようと提案してくるが、最早そのような段階は疾うに過ぎているのだ。平田はそれが分かっているのにも拘らず、頑なに話し合いを薦めてくるヘタレである。あるいは同性愛者である。その証拠に仮初の恋人関係になるとき「抱かせてやる」と言っているにも拘らず、一向にこちらに手を出してくる気配すらない。それとも身体に傷のある薄汚い女になんか、抱く価値すら無いってこと?

 ――ハッ、笑えるわね。結局のところ、優しい振りをしてるあんたも加害者側の人間よ。

 

 つまり、本来的に平田は私に興味はないということが明らかになった。新たな寄生先を探せ次第、恋人関係の解消を早急に進めなくてはならない。

 差し当たっての候補は町田だが、Dクラスでも佐藤や篠原、松下あたりは潜在的な敵となる可能性を秘めているし、男子に媚びを売る櫛田や、ことあるごとに見下してくる堀北など、気に食わないかつ私に攻撃を行ってくる候補者は多い。Dクラス内で身を守る術を探さなくてはならなくなる。よって恒久的な手段とはなり得ない。

 

 

 

 私は寄生虫。――――独りで生きることの出来ない、弱い生き物なのだ。

 

 

 

 だけど生き残るためなら、どんな仮面でも被ってやるわ。

 

 

 

 






本作をお読み頂き、いつもありがとうございます。

ちなみに皆様お気づきの通り3部構成でも4部構成でも終わりそうにありません。序破急(新)で終わるつもりだったのに…。
塗仏の宴が上下巻であれだけの分厚さであったことくらい心が折れかけています。
一応、結末まではプロット出来てるので、何とか今月中には完結させます。


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面霊気の階 柩



“魍魎の匣事件”

 1952年、東京を中心に連続バラバラ殺人事件が発生。犯人、容疑者全て死亡。事件の特異性から大きく報道されることは無かったが、この事件を契機として美馬坂近代医学研究所が閉鎖され、三鷹を本拠地とする新興宗教が1つ解散した。
 尚、当事者である久保竣公の小説『匣の中の娘』(遺作)や『目眩』の作者である関口巽(故人)の手記により一部詳細が語られている。


『奇譚月報 20XX 臨時増刊号』 特別編集員・(旧姓)中禅寺敦子





 

 

 試験二日目。堀北の話っぷりからすると、辰グループは龍園によって完全にコントロールされているようだ。既に各グループの優待者情報も集め終わって居るのだろう。葛城や神崎を含む他のメンバーを挑発したり、裏取引を持ち掛けたり、二日目にして既に「どう試験を終わらせるか」に重きを置いている。

 無人島試験は骨折り損で終えたように見えるが、実際はAクラスとの取引により200CP相当を得ることが出来ているし、これはBクラスの試験結果以上の成果だ。

 

 一方、卯グループは完全に膠着している。座長を務める一之瀬はトランプを使ってメンバーの性格志向を把握しつつ、親睦を深めている。もちろんAクラスは参加していないが、場の主導権を握り続けるという意味では一之瀬の行動も無駄では無い。一度こうした流れが出来てしまえば膠着を打破するのも、或いは膠着を維持するのも一之瀬の思うが儘だ。

 間違い無く一之瀬は策謀家としてもそれなりに上手くやるだろうし、カリスマもあることで煽動家としては一流にも手が届きかねない人物である。但し、その善性が足を引っ張ることになるだろうが。

 

 そして、恐らく優待者であり真鍋らから現在進行形で睨まれている軽井沢は、町田の隣に陣取り、あからさまに距離を詰めようとしている。昨日の平田との口論はほぼ一部始終見ていたし、平田からの補足説明もあったため行動原理も凡そ理解出来た。新たな寄生先として町田をロックオンしているが、町田も悪い気はしていないようで、連絡先を交換したり試験外でも会う約束をしているようだ。

 こうして見てみると軽井沢は、実は人を選別する目が肥えており、自らの強みも理解して振る舞うことができる人物であると言える。知力、学力さえ何とかすれば大いに活躍してくれるだろうし、後はどのようにオレの言う事を聞かざるを得ない状況に持っていくかだ。一番手っ取り早いのは櫛田のように弱みを握り脅すことだが、軽井沢には強みを活かすためにもある程度自発的に言う事を聞くようになってもらいたい。問題児達はこれ以上増やしたくないのだ。

 

 そして問題児達の一人こと中禅寺であるが、今日はまるで三千世界の終わりでも見てきたかのような殊更な仏頂面をしており、どうにも近寄りがたい。本を捲るスピードも当社比少し遅く感じるし、何を考えているのだろうか。今日の本は――私物なのか、えらく擦り切れているのが目立つ。黒表紙でタイトルも無いので、中身が何なのか分からない。

 サバイバルでは物理的な距離が近かったのである程度行動の予測は出来たが、今は分からない。少なくともオレの計画を邪魔しないで欲しいとは思っているが、アイツが動いてオレの不利益になったことは一度も――いや、あったな。堀北に全力で蹴られた脛の痛みは未だ忘れていないぞ。

 

 

 

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 四回目(二日目夜)のディスカッションが終わった。試験期間も残り半分、明日は自由日だから実質三分の二が終わったということだ。

 昨日は真鍋達に絡まれるというアクシデントに遭ったが、町田を利用することで今日は何とか乗り切ることが出来た。やはり私の見立ては間違っていないらしい。番犬としては中々に優秀だし、話をしていても平田とは違って多少の毒も吐くから面白い。Aクラスのパワーバランスを教えてもらえるのも有難い。

 

 この後、それから明日は遊びに行く約束をしているので、豪華設備で束の間の気分転換が出来――――そうにない。

 

 外に出て独りになった瞬間、真鍋達に囲まれた。運悪く従業員用で監視カメラも無く、人通りも極端に少ない通路へ、まんまと誘い込まれてしまった。

 軽く抵抗を試みるが三人相手に口喧嘩で勝てる訳もない。況してや実力行使など口に出すまでもない。

 

「待ちなさいよ!今、思い出したの!――前に食堂でぶつかった子が居たこと。けど別にあたしが悪いってわけじゃない。鈍臭い感じの女だったし――。」

 

「コイツ――マジ呆れた。素直にリカに謝るようなら許してあげるつもりもあったんだけど――。」

 

 ――初めから許す気なんて無かったじゃない。私は知っている。こういった連中に一度弱みを見せたら、骨の髄までやられるってこと。泣こうが喚こうが許しを請おうが、相手が満足するまで嫐られるしか無い。

 

「私、マジでムカつくんですけどー?」

「本気で虐めちゃう?」

「顔から気に入らないんだよね。ズタズタに切り裂いちゃう?」

 

 頭を抱えて身を守るが、髪の毛を掴まれて写真を撮られる。

 

 もう、壊れてしまおうか。壊されてしまおうか。

 

 

 

 

 

 

 

 ――いや、それには及ばない。

 

 

 

 

 

 

 

 パンッ!

 

 

 

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 通路の影に隠れ、オレは一人で軽井沢の様子を探っていた。ディスカッション終了後、Cクラス三人の空気に剣呑なものを感じたオレは軽井沢を狙う三人の後をつけていったが、途中で呼び止められる。

 

「女子の後をストーキングとは良い趣味をしているじゃないか、キミ。」

 

「中禅寺か。今は忙しいから後にしてくれないか。」

 

「キミに用があるんだが――ふむ、なるほど。じゃあ程良いところで手伝ってやろう。()()()()しな。」

 

 丁度良いとは何だろうか。とりあえず中禅寺に任せることにしてみよう。中禅寺が軽井沢を助けても助けなくても腹案はあるし、最終的には軽井沢が言うことさえ聞いてくれればそれで良い。

 

 中禅寺は当初ことの成り行きを見ているだけであったが、実力行使に移ろうとしたところで割って入ろうとする。――が、少し止める。

 

「集団での暴力の証拠を握って、Cクラスへのカウンターにする方が良いんじゃないか?」

 

「ボクはね、綾小路君。自分の目の前で人が傷ついたりすることが一番嫌いなんだ。そして大多数の人間がそうだから、覚えておき給え。あと此処までのものは録画してあるから好きに使いなさい。」

 

 やりたいことが一緒なのか違うのかさっぱり分からない。だけどまあ、そういう考え方があることは知っているので、中禅寺に任せる。

 

「力仕事なら手伝うか?」

 

「いや、それには及ばない。」

 

 中禅寺はスタスタと音も無く歩いて行くと、未だ存在に気付いていない真鍋達の背後で「パン」と大きな柏手(かしわで)を一つ打った。

 

 

 

 あー。そうなるよな。

 

 

 

 人間は、意識の外から大きな音を立てられると滅法弱い生き物である。

 するとどうなるか。目の前の光景のように、バタバタと意識を失うのだ。うん、実力行使ではあるが暴力は振るっていない。確かに傷付いたりはしていないが、詭弁じゃないかそれは、とオレは思う。

 なお、軽井沢はそれなりに離れて頭を抱えていたからかそれ程ダメージを負っていないようだ。そんな軽井沢に対し、普段からは似つかわしくない飄々とした語り口で中禅寺が話し出す。

 

「やあやあ、大丈夫かね?」

 

「大丈夫じゃないわよ――――何をしたの?」

 

「柏手は『邪を祓う』効果があるのだ。集団で女の子をいびろうとしていたみたいだからね、バチが当たったのだろう。立てるか?」

 

 ハンカチを渡しながら手を差し出す。非常にクールだ。その仏頂面に似合わない紳士加減だ。

 

「おい、何を呆けているストーカー。そいつらを通行の邪魔にならないよう、端に片付けておけ。」

 

 結局、力仕事をやらせるじゃないか。紳士加減の欠片も無い。

 

「――アンタ達、どっから見てたわけ?」

 

「最初からだ。余計な世話と言うなよ。平田くんから頼まれたから見守っていただけだ。」

 

「平田くんから?――あたしの過去を知っているの?」

 

「まあな。ちなみに其処のストーカーも知っているぞ。」

 

「お前もストーカーじゃないか。というか、いつの間にお前は平田と話していたんだ。」

 

「――別に助けて欲しいなんてあたしは言ってないから。」

 

「何だ、伊吹の真似か?アレは可愛くないから止めておいたほうがいいと思うがね。――さて、とりあえず今日は帰るぞ。」

 

伊吹が聞いていたら確実にお怒り案件だ。蹴られても知らんぞ。

 

「綾小路くん、キミは居残りだ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オレ達はこれまた人気の無いフロアにある個室へ移動した。途中で中禅寺が飲み物を買ったからには、そこそこ話が長くなりそうだ。

 

 到着して五分ほど沈黙が続いたが、中禅寺が意を決したかのようにつぶやく。

 

「ボクはこの一学期、ずっと考え続けていたのだがね。多分このタイミングだろうからキミに言うことにした。」

 

 このタイミングで話さなければならないこと――軽井沢、或いはこの試験に関係があるということか、と思ったら全く違うことを話しだした。

 

「あの学校にある『晴明稲荷神社』は二柱の神を祀っている。安倍晴明命はわかるが、もう一柱の猿田彦は何故そこに居るのか、どうして猿田彦で無ければならなかったのか、そこが常に疑問だったのだ。」

 

 中禅寺が言ったことは“提灯火事件(中間テスト)”の後、茶菓子を持ってあそこの社務所に通っていた時、何故か辟易とした表情をした中禅寺から聞いたことでもある。だがそれにしても今なのか、という疑問は沸くが、此奴の語り口はあちこちに飛ぶので予断は禁物だ。

 

「猿田彦は天孫降臨の際に、天照大御神に遣わされた邇邇芸命(ににぎのみこと)を道案内した国津神とされていることから、道祖神でもあり塞ノ神でもあるとされている。つまり“導き”の神様でもあり“道を塞ぐ”神様でもあるのだ。この場合の“道を塞ぐ”と云うのは、つまり“悪しきモノが此方へ来る道を塞ぐ”ということが通説ではあるのだが、ある意味においては導く対象の者に“試練を与える”という説もある。だからボクは最初、この学校の生徒に試練を与え、導く存在として祀られていると思った。」

 

 中禅寺はぐびりと水を飲み、息を整える。「最初」ということは、「今は」そうでは無いと考えているのだろう。

 

「この学校は単なる国立高校では無い。ボクも含めて、様々な家庭事情、性格、能力、志向などを持った人物が集められている、ある意味において実験的な施設であることはキミも認識していることだと思う。そしてその目標は“勝てる人間”を作り出すことだ。」

 

「そうだな。猿田彦の話とどう繋がるのかはわからないが、Aクラス、例えば葛城のように文武高い水準の人間、あるいは須藤のように身体能力に特化した人間、あるいは高円寺や堀北のように能力はあるが人格に問題のある人間、龍園のように狡猾でかつ勝利に貪欲な人間、探せば様々居るだろう。」

 

「キミ自身のことを外したのは意図的なものかい?」

 

「何のことかわからないな。」

 

「――話を戻そう。ボクはこの莫迦げた学校のように『ある思想のもとに、人工的に人間を作り出す実験施設』、そうしたものに心当たりがあるのだよ。」

 

 

 

 

 ――待て。莫迦な。まさか。

 

 

 

 

 ――その先を言うんじゃない。言ってくれるな。

 

 

 

 

「キミ、“魍魎の匣”もしくは“白い部屋”という単語に聞き覚えはあるかね。」

 

 

 

 

 



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面霊気の階 解



「ハッハッハッ!見ろ、京極堂!魍魎の尻尾がこんなところに逃げ果せているゾ!――おい、バカ柳の息子!お前は親に似てバカだからこんな阿呆の小路の腰巾着しか出来ずに若白髪で老けているのだ!やい、このバカ!こんな阿呆と付き合っていると、子々孫々バカになるぞ!」




 

 

「何故――何故お前がホワイトルームを知っている?」

 

「――この世には不思議なことなど何一つ無いと言っているだろう、綾小路君。」

 

 思わずオレは中禅寺の胸倉を掴み、万力の如き力で首元をぎりぎりと締め上げるが、冷静な声で対処される。オレが手を離すと服を払い、息を整えつつも一切の動揺を見せずに話を続ける。

 

「あの男は軽々と外に情報を漏らすほど愚かな人間では無い筈だ。」

 

「――そうか、だがそれは稼働してからの話であって、稼働する前の話はそこまででもない。少し昔話をしよう。」

 

 ふう、と一息入れる。果たしてオレのものだったか、中禅寺のものだったか。

 

「第二次世界大戦中、神奈川県登戸に帝国陸軍第十二特別研究施設というのがあった。其処では生物兵器や精神操作等非人道的なモノも含めて様々な研究が為されていたのだが、その中に一つ、明らかに異常なモノがあった。――『不死』に至る研究だ。この研究施設は戦後閉鎖されたが、研究員の一人である美馬坂幸四郎博士が『不死』に至る研究を引継ぎ、相模湖に美馬坂近代医学研究所を設立した。外壁は黒く塗られ、出入り口以外は窓すらない立方体――“匣”と呼ばれたらしいが、最終的には“匣”を巡る猟奇事件の発覚を機に閉鎖された。」

 

 箱、匣、ハコ。何かを閉じ込めておくものだ。ホワイトルームではオレたちが閉じ込められていたが、その匣には一体何が――。

 

「余り“匣”に興味を持つな、魍魎に囚われるぞ。――さて、その研究施設の残党が高度経済成長期を経て新たな研究テーマを引っ提げ、埼玉県のとある廃工場跡に新たな“匣”を設立した。『人工的に天才を作り出す施設』――そう“白い部屋”だ。」

 

 魍魎、また妖怪か。しかしホワイトルーム設立までにそのような経緯があったとは。親父もそこまではオレに説明したことは無かった。

 

「その中で何が行われていたのか、お前は知っているのか。」

 

「少なくともボク自身はその施設を見た事も無いし、その中身がどうだったのか詳細は知らない。だが幼年期の少年少女を集め、世俗から隔離し徹底した教育を行い、文武あらゆる分野に精通した人間をつくる、という思想であったということまでは知っている。ゆえにキミ自身のことは知らず、今日この瞬間まで確証は無かったし、どうして此処にいるのかも知らない。」

 

「そうか。自らの言動で白状したようなものだが、お前の想像する通り、オレはその施設に於いて幼少期から徹底した教育を叩きこまれてきた。この学校に来たのは、細かい経緯を四捨五入すれば、父親に強制された、そうした環境が嫌になり逃げてきたんだ。」

 

「細かい事情には興味がないし、この際は関係が無い。だが一方でボクの祖父の話をしよう。祖父は一時期“匣”の前身たる帝国陸軍第十二特別研究施設に居たそうだ。そして美馬坂近代医学研究所が閉鎖されるに至った原因である猟奇事件、通称“魍魎の匣事件”を解決に導いたと記録されている。祖父自身が何か残したわけでは無く、祖父と親交のあった関口巽という小説家がそういう手記を残しているのを見つけたのだがね。」

 

 関口巽。聞いたことが無い作家だな。学校に戻ったら調べてみるか。中禅寺の祖父ということだから解決というか、誰かに取り憑いた魍魎という妖怪を“落とし”たのだろうな。――もしかすると今日読んでいたのはそれか?

 

「ここからは想像になるが、恐らく祖父は自らが忌み嫌う“魍魎”の残党が未だ活動していることを何らかの形で知ったのだろう。そして平成初期には既に建設計画が本格稼働していたこの学校に、ねじ込む形で晴明稲荷神社を分祀したのだと思う。おそらく、建設計画に携わった榎木津財閥の横やりが入ったはずだし、実際あの社務所にもそれを仄めかす書類が残されていた。時期からして“白い部屋”は稼働してから二十年程と推測されるが、この学校の創立と前後しているから、何らかの関係があるものとボクは推測する。」

 

「この学校の理事長は“匣”の関係者なのだろうか。」

 

「理事長がどのような人物なのか、ボクも深くは知らない。年齢的には少なくとも直接的な“匣”の関係者では無いと思うが――結局のところは“美馬坂近代医学研究所”も“白い部屋”も“高度育成高校”も、祖父が忌み嫌う施設()だ。だがそうすると、何故そのようなところに態々自分の神を祀るようなことをしたのだろうかという疑問が新たに生まれる。」

 

 謎が謎を呼び――いや、不思議なことなど何一つないのだったな。続きを聞こう。

 

「ボクが見るキミの話をしよう。キミは酷く不均衡な人間であった。何故か凡人の仮面を被っているが、肉体はオリンピックに出場するアスリートのように鍛えられているし、真面目に授業を受け理解力が劣っているように見えないにもかかわらず、入試や小テストでは50点ぴったりという謎の点数を取り、かと思えば堀北さんを誘導し佐倉や須藤を救う、あるいは先日の無人島試験のように堀北さんを体調不良に追い込むために一欠片も配慮の無い行動をする等、行動に一貫性が見られない。」

 

「そう言われれば立つ瀬も無いが、その時はそうするのが良いと思ったんだ。」

 

「ああ、だろうよ。そうした一貫性の無さも一つの見解を足せばその疑問も解決する。――『此奴は初めて人間社会というものを知った怪物なのだ』と。乳飲み子がベビーカーに載せられて初めて外の景色を見た時のように、幼子が初めて幼稚園の“おともだち”と触れ合うように、綾小路清隆という青年は今生まれた『0歳児』なのだと。」

 

「オレはこの学校に入ったときから仮面を被り続けてきた。いつかバレるとしても、それまでは普通の高校生でいられるように。」

 

「そう、仮面――。人間は多面性を持つ生き物だ。十五年も人間をやっていれば大体の人間はそのことに気づく、そして悩むのだ。『果たしてどちらが本当の自分なのか』と。本当は裏も表もそんなものは無いのに。人は仮面と共に成長するものなのだ。」

 

 そんなものなのか。人を操る、心を折る、壊す。何れもあの部屋で学んできたことだが、人の心の成長というのは終ぞ学ぶ機会を得ることが出来なかった。オレは優秀であることを望まれ、強制されたし、それに応えることで周囲の同年代が一人、また一人と消えて行ったからだ。

 

「猿田彦の外見的に大きな特徴は、やはり鼻だ。猿田彦を表す仮面は、一般人の思い描く天(イヌ)とほぼ同じものだ。そう考えてみると、犬猿の仲という言葉はあるが、あの神社に限っては“猿”と“(イヌ科)”は喧嘩せずに居られるのだろう。つまりだね、綾小路君――」

 

 ――オレはオレで居られるのだろうか。

 

 ――オレはオレで居て良いのだろうか。

 

「晴明稲荷神社は狐と、始まりの地への導きの神であり試練の神である猿田彦が居る。狐が、新たな歴史を始めるための神社。――そう、あの『晴明稲荷神社』はキミのためにある神社だ。魍魎の呪を祓い、優秀な者も、そうでは無い者も、等しく猿田彦の導きによって『始まりに繋がる正しい道を進むため』に造られた神社だ。」

 

 全てに原因があり、結果があると中禅寺は言う。オレもそれには同意見だ。だが此処からは此処が始まりとなる。

 

「綾小路君、キミはどうありたい。」

 

「オレは、オレ自身を葬ることが出来る人間、オレの存在を否定できる人間を探している、のだと思う。」

 

「そうではない。キミは、生きている。“匣”に囚われた人間から自由になれるのだ。ボクの祖父は、あの神社を通してこの学校に“自由”という呪をかけたのだ。キミは、キミ自身を否定しなくて良いのだ。」

 

「だがオレは、人間としての感情に欠けている。お前が、堀北が、クラスメイトが、何を喜び、何に怒り、何に哀しみ、何を楽しむかが、わからない。オレは何を楽しめば良いのかわからないんだ。」

 

「では何故先ほどボクに無意味な乱暴を働こうとした。その感情は“恐怖”だ。人は、知らないものを恐れる。キミは、人から理解されるということを知らなかったのだ。そして今、初めて知った。――そう、知ること。キミが楽しむことが出来るのは、キミ自身が知ることなのだ。そのために望むなら、好きなだけ仮面を被るといい。いずれ仮面が本人の顔になり替わるなど私の知る世界では当たり前のようにある話だ。だが、そうしないという選択肢もある。それはキミの自由だ。」

 

「――オレはどうしたらいいだろうか。」

 

「差し当たり、救いを望むクラスメイトが自らの仮面を外されようとして立ち往生している。彼女と共に歩む道もあるだろう。」

 

「軽井沢か。そうだな、そういう選択肢もあるだろう。」

 

「『凡人の仮面を被った怪物』と『優秀の仮面を被った凡人』、とても良くお似合いだとも思う。少なくとも、堀北さんや一之瀬さんよりは遥かにキミの人間性を高めることになるだろう。――だから学びなさい。陳腐な言い回しだが『学ぶことに終わりはない』。最後に勝者たるに過程は関係ない。キミが死ぬ瞬間、学び損ねたモノは無かったか、それだけが重要だ。」

 

 そうか。最後に勝っていればいい。最後とは何時だ。勝つとは何だ。全ては始まって、終わる瞬間に決まるのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――中禅寺は言うべきことは全て言った、といった感じで疲労困憊している。全部が全部を解ったという訳では無いが、オレのために、文字通り言葉を尽くして、縁を尽くして憑き物を落とそうとしてくれたのだということは解った。

 

「すまんな。だいぶ心配をかけたようだ。」

 

「謝意はいずれ形のあるもので受け取るよ。キミのせいで首が痛い。それに喉が渇いたから、もう帰る。」

 

「最後に一つ聞かせてくれ。どうして中禅寺はここまでオレの世話を焼いてくれるんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そりゃあ、ゆ……知人が困っていたら助けなけりゃあ、ボクが化物になってしまうでは無いか。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうやら俺は友人に仮面ごと祓われてしまったらしい。1億じゃあ利かない、とんでもない恩だな。いずれ取り立てられぬよう、まずは仮面を被った凡人をオレ自身の手で祓いに行くか。

 

 

 

 

 

 ――しかし、オレの周りには素顔の奴が中々いないな。

 








何が言いたいかわからんって人の為に。


アニメ版2期のOPとEDがあるでしょ?歌詞と演出ごと纏めて「しゃらくせぇ!」って中禅寺君が祓ったということです。



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面霊気の階 SIN

 

 

 

 軽井沢を祓う――か。彼女が欲しているのは優秀な寄生先だ。だがそれでは根本的な解決にならない。オレ自身がバディ、或いは影の支援者となって彼女自身の問題解決能力を高めるとともに、上手く平田依存からフェードアウトさせること、要は自立した女性を形造らなければならない。

 幸いにも取っ掛かりは昨日の夜の一件で出来たのだが――すまんな、軽井沢。今のオレにはこういう手段しか取れない。

 それに、もし軽井沢や他のクラスメイトが今後もCクラスに狙われたときのカウンターも準備しなければならない。真鍋達を手駒にすれば出来ることも増える――言い訳ばかりだな。

 

 

 だが、必ず救ってやる。

 

 オレが、オレで在り続けるために。

 

 オマエが、オマエで在り続けるために。

 

 オレ達が共に成長するために。

 

 

 

 

-----------------------------------------------

 

 

 

 

 ――あたし、もうダメかもしれない。

 

 

 

 

「探したよぉ?軽井沢ぁ――昨日は一体何をしてくれたワケ?気付いたら居なくなってたけど、アンタまさか誰かにチクったんじゃないでしょうね?」

 

 三日目のディスカッションの中日。夕食前に平田君に会いに行こうとしたら、昨日と同じように真鍋達に囲まれた。平田か綾小路か中禅寺に連絡を――と思ったけど、よく考えたら平田以外の二人は連絡先を知らない。モタモタしている間に端末を奪われる。

 

「此処じゃあ人の目に付くかもしれないから、ちょーっと移動しようか?――抵抗するんじゃないよ?痛い思いが倍になるからね。」

 

 囲まれながら髪の毛を掴まれ、人気の無い下層の機械室のような所へ移動させられる。昨日は居なかったメガネの根暗な女――恐らくこいつがリカだろう。見覚えはあるような、無いようなだけど。

 こんなところ、ちょっとやそっと物音を立てても助けなんか来ないだろう。

 

 

「――じゃ、始めようか、軽井沢の土下座撮影会。」

 

「や、やめてよ……あたしは何も悪くない……。」

 

 逃げ出そうとするが、髪の毛を掴まれ壁に叩きつけられる。

 

「どうしたの軽井沢ぁ?――また泣いちゃう?」

「脚震えてんじゃーん♪ウケるー!」

 

 真鍋から平手打ちを喰らう。

 

「やっぱり――アンタ、虐められてたんでしょ?やられ慣れすぎている。」

 

 刹那、中学時代の記憶がフラッシュバックする。汚物に塗れた自分、生傷が絶えない躰、ズタズタの教科書、切れ味の悪い刃物で脇腹を裂かれる苦痛。

 呼吸が浅くなる。じっとりとした嫌な汗が吹き出る。目眩がする。

 

 嗚呼、また私を嘲笑う声が聴こえる。探るような視線、光を映さない瞳、猫を撫でるような声、薄気味悪い夜に浮かぶ三日月のような口――。

 

「早く土下座しろって言ってんだよ!」

 

 真鍋に頬を張られる。リカとかいう女が頬を張る。張る。張る。張る。張る。張る。

 

 痛みは耐えられる。だけどこの嗤い声、嗤い顔には耐えられない。

 

 どうして私はこんなにも弱いのか。

 

 どうしてこの世には救いが無いのか。

 

 どうして私が虐められなければならないのか。

 

 

 

 どうして―――――

 

 

 

 

 どうして――――

 

 

 

 

 どうして―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「綾小路、君――?」

 

 

 いつの間にか真鍋らの背後に彼の姿が見える。あたしの言葉に四人が勢いよく振り返る。

 彼は普段のナニを考えているかわからない無表情を顔に貼り付け、テレビで見たプロボクサーも同然のスピードを以て一撃で昏倒させていく。山下の顎を掌底で揺らし、反転しつつ藪の鳩尾に肘打ちを喰らわせ、数メートルは離れていたリカとかいう女に一歩二歩で詰め寄ると頸動脈に手刀を落とす。

 

 ――あっという間に制圧してしまった。真鍋は茫然とした表情を浮かべながら声を出すのが精一杯だ。

 

「あ、あ、あ、あんた、こんなことして――!」

 

「こんなこと?集団で軽井沢をリンチしていたことか?」

 

 綾小路君が真鍋の首を締め上げる。真鍋は涙を浮かべながら口をパクパクとしている。普段なら滑稽な顔だと思うかもしれないけど、ついさっきまで自分が同じ様なことをされていたので、助けてもらっているとは認識しながらも恐怖すら感じる。

 

「さっきまでの状況は全て録画、録音している。この学校はイジメには厳しいらしいからな、お前ら四人とも退学は免れないだろう。――オレ?お前らに暴力を振るったという証拠でもあるのか?」

 

 確かに言われてみれば、真鍋は知らないが全員一撃で倒されていて、痣すら残らないだろう。

 綾小路君は真鍋の腹に蹴りを入れて転がし、何処からか取り出したペットボトルの水で三人の気付けをする。アレをやられたら、あたしも本格的に心が折れていたかもしれない。

 

「オマエ達、今日あったことを学校や龍園に言ったらどうなるかわかっているだろうな?――失せろ。」

 

 殺気の込められた口調でそう宣言すると、真鍋らは小水を垂れ流しながらヨロヨロモタモタと走り去っていく。

 

 

 

 

 

「軽井沢――すまない、遅くなった。」

 

 あれだけの立ち回りをしたのに息一つ乱れていない。人を殴ることに、傷付けることに動揺していない。目が、何も語っていない。

 

 ――怖い。今まで彼に冷たい態度を取った自覚もある。それでも聞かずには居られない。

 

「どうして、綾小路君が、助けに来てくれるの――?」

 

 

 

「良いんだ、気にするな。――この世には不思議なことなど一つも無いんだよ、軽井沢。」

 

 

 

 不思議なことなどない?一体何の話だろうか。

 

「行こう、立てるか?」

 

 差し出された彼の手を取り立ち上がるものの、脚はまだ震えている。少しよろけて彼の胸に飛び込むような形になる。見上げると顔が近い。

 

 ――キレイな肌。整った顔立ち。感情を映さない無機質な瞳。思わず見惚れてしまう。

 

「どうした?まだ歩きづらいか?」

 

「大丈夫よ――!」

 

 何とか取り繕えただろうか。だが未だ弱々しく嗤う膝は情けなく悲鳴を上げている。熱を持った頬は涙で落ちた化粧で誤魔化せているだろうか。

 

「移動しよう。近くに空き部屋がある。」

 

「え、ちょっと…!きゃぁ!」

 

 徐ろに背中と脚を横抱きに抱えられる。所謂お姫様抱っこだ。これはどうあがいても隠せない。叩かれていない部分も顔が真っ赤なのを自覚する。太腿の裏の敏感な部分を触られ「んっ!」と身動ぎする。

 

「すまん、痛いか?ちょっと我慢してくれ。」

 

 乙女としては恥ずかしくて顔から火が出る。大丈夫、パンツ見えてない?あとオマエ、どこの王子様よ。ちょっとくらい恥ずかしそうな顔してよ。

 顔を見られないように彼の胸に顔を埋める。洗われたばかりの制服の匂いだ。

 

 

 

 

 

 ――やっぱりあたし、もうダメかもしれない。

 

 

 

 

 

-----------------------------------------------

 

 

 

 軽井沢を抱えて移動すること数分、中禅寺の待つ空き部屋に到着した。

 中に入ると、まるで全校生徒が死に絶えたが如き仏頂面で本を読み、オレたちを待っている。

 

「首尾は?」

 

 本から目を離さずに問いかけてくる。

 

「上々。」

 

「結構。だが彼女を救って来いとは言ったが、ラブコメをしてこいと言った記憶はないぞ。」

 

「そうだったか?」

 

そんな問答をしながら軽井沢をソファに下ろす。

 

「アンタ達、な、な、な――。」

 

「大丈夫だ、中禅寺はオレたちの仲間だ。」

 

「勝手に仲間にするんじゃない。あの愛想無しと同じオツムか貴様は。」

 

 軽井沢は少し混乱しているようだ。オレは平田から聞いていたこと、これからは軽井沢を護ることを掻い摘んで説明する。

 

「つまり、平田君が言っていた『新しい選択肢』っていうのは――。」

 

「大方、そこの表情筋が死に絶えてしまった男に預けようとしたのだろう。」

 

 軽井沢の疑問を中禅寺が引き継ぎながら答える。

 

「綾小路はキミも見た通り腕っぷしは抜群だし、頭脳も日本中で右に出る者はそれ程多くないだろうな。一方で、とある事情で感情というものが理解出来ないという“欠陥品”でもある。」

 

 本と妖怪とばかり仲良くしていて人間と仲良くなれない欠陥品が説明している。

 

「軽井沢さん、キミももう薄々気付いている通り、キミの立場は良く言ってジリ貧だ。無人島で見た通り平田にも限界があるし、何よりキミ自身が力を付けなくてはならない時期が来ている。そこで此奴だ。」

 

「でも綾小路君は堀北さんと――。」

 

「アレは唯の協力関係だ、軽井沢。もし堀北と軽井沢が同時にピンチに陥った場合、オレはお前を優先する。」

 

 そう宣言すると、軽井沢は顔を赤くしてコクコクと頷いている。良かった、納得してくれたようだ。

 

「――軽井沢さん、このように女心を理解させるのもキミの重要なミッションの一つだ。」

 

 何を言う。お前こそ女心を理解していると言うのか。

 

「キミは自分の身を守るためなら友人なぞ、恋人なぞ、青春なぞ要らない、とでも考えているかもしれんが、そんなことはない。キミにだって当然に幸せになって良いのだ。その為なら綾小路君なぞ、存分に扱き使うと良い。」

 

「わかったわよ!――じゃあまず何をすれば良いの?」

 

 半ば投げ遣りになりながら軽井沢が中禅寺に問い掛ける。

 

「まずはこの試験、勝ちにいくぞ。お前は優待者なんだろう?」

 

「――え?なんで分かったの?」

 

「頗る分かりやすい。下手をしたら一之瀬さんにはバレてると思うがね。」

 

「普段ならやる気のないAクラスやCクラスをけちょんけちょんに言って反感を買い、状況を打破出来ないオレたちにも噛みつく程度にはやったんじゃないか?それなのに議論に参加する気配すら無いし、町田に擦り寄ったり保身ばかりが目立つ。」

 

 オレたちがそう言うと軽井沢は思い当たる節があるのか「うへえ」と謎の相槌を打っている。

 

「――だが策はある。だから軽井沢、オレを信じろ。」

 

「うん――!」

 

 視界の端でやれやれと肩をすくめているヤツがいるが、お前も手伝うんだぞ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――だから、お互いの携帯を見せ合えば良いんだ。言い出しっぺの僕から見せるよ。」

 

 最後のディスカッションの時間。Bクラスの浜口が演説している。恐らく一之瀬の差金だろうが、足並みを揃えて携帯を見せ合おうと言っており、浜口に続いて一之瀬も、もう一人も見せてくる。こちらは足並みを揃えるのに向かないメンバーばかりだが、とりあえずオレたちの思惑もあるのでDクラスも続いてオレ、ハカセ、軽井沢と携帯を見せていく。

 中禅寺は相変わらず無表情無口で、本を片手に軽井沢と入れ替えた“オレのSIMカード”が入った端末をしれっと差し出す。

 

「えっ!?真逆、中禅寺君が優待者――?」

「何をしれっと出してるのよ!早く言いなさいよ!」

 

 ハカセはもちろん、伊吹や他のメンバーも驚いている中、中禅寺が話し出す。軽井沢はアドリブなのにいい演技をしている。

 

「いやはや、流石だね一之瀬さん。こうやって集団心理に働きかけて誘い出そうなんて、素直なボクには到底取れない手段だよ。」

 

 おい、そのくだりは台本にないぞ。

 

「こうやって見事Dクラスの優待者を見つけ出したわけだが、気分はどうだ?ボクの記憶が正しければ、Bクラスとは緩やかな同盟関係にあると思っていたのだが、キミはボクを守りきれるという自信が当然にあるのだろうね?」

 

 あいつめ、何を考えている。

 

「大丈夫だよ、協力し合えば必ず結果1に出来るよ!それに同盟関係は無人島試験のようにクラス同士で協力しあわないといけない状況だけだよ!」

 

「この試験も『クラス間の垣根を払って』と説明の際に聞いたと思うのだが――。そもそも、結果1を全員で目指すためにと言いながら、Bクラスは一之瀬さんの策略のもと、裏切る気しか無いのではないか?無人島ではCクラスにしてやられたみたいだからね。須藤なんかのために駆け回った一之瀬さんは、とても心変わりが早いようだ。Aクラス、Cクラスの皆、見たか、これが一之瀬帆波という卑劣漢の遣り口だ。結局は自分のことしか、自分のクラスのことしか考えていない。仲間と思わせて背中を撃つだなんて、ボクみたいに純粋な人間にはとてもとても――。」

 

「そんなことしないよ!」

「言い過ぎだぞ、お前!」

「そうだよ!一之瀬さんがそんなことするはずない!」

 

 Bクラスは中禅寺の言に反論しようとしているが、既にこの場はこの不吉な男に支配されてしまった後だ。

 中禅寺は徐ろに立ち上がると手の中でクルクルと端末を弄びながら部屋の中を徘徊する。

 

「ああ、そう言えばこの端末の本当の持ち主がボクか証明出来ていないな。Dクラスのものかもしれないし、Aクラスの誰かやCクラスの誰かのものかもしれない。そうだな――『優待者はボクだが逃げ切れたら報酬の半分をキミ個人に渡そう』とでも言えば取引してくれる人がいるかもしれないな。」

 

「――じゃあその端末を貸してくれる?私にコールしてくれたら持ち主が誰か証明出来るかもしれないよ?」

 

「必死かね、キミは。それに何をバカなことを言ってるんだ。そもそもボクは()()()()()()()()()だなんて一言も言っていない。それはキミたちBクラスとそこのDクラスの阿呆らが勝手に言っていることだ。当然、ボクは今でも逃げ切りたいと思っているよ?」

 

 一之瀬はここまで言われることを想定していなかったのか、下唇を噛み悔しげに中禅寺を睨んでいる。

 

「そこまでしてボクたちを攻撃したいだなんて――でも仕方が無い。この学校は自分のクラスの40人を幸せにして他のクラス120人を不幸にするための学校だし、それが早いか遅いか、不幸の量が多いか少ないかだけの問題だ。」

 

 中禅寺はテーブルを半周し、辿り着いた先の一之瀬の耳元で囁く。

 

「キミの攻撃でボクが不幸になったとしても学校の試験が悪いから仕方が無い、クラス別対抗なんて学校の仕組みが悪いから仕方が無い、勝手にバラしたボクが悪いから仕方が無い、信用のおけないAクラス、Cクラスが悪いから仕方が無い。私を騙そうとするDクラスが悪いから仕方が無い。――そう、()()()()()()()()()()。さあ皆、勇気を持ってボクを指名してみよう!一之瀬さんが言う通り、間違いだったとしてもいいじゃないか!だって不幸になるのはきっと自分以外の誰かなのだから!」

 

 

 

『試験終了の時間となりました。生徒の皆さんはディスカッションを終了し、自室に戻ってください。』

 

 

 

「それでは宴も(たけなわ)、御仕舞としようかね。」

 

 

 

 退出する中禅寺(悪魔)を全てのメンバーは無言で見送るのみであった。

 

 

 








次で完結させます。


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面霊気の階 天

 

 

「さて、説明してもらおうか。どうして一之瀬にあそこまで言ったんだ?」

 

 オレと軽井沢は昨日の作戦会議を見事にぶち壊し、一役、卯グループの大悪漢となった中禅寺を追い掛けて捕まえた。

 

「ん?ボクは何か間違っていたかね?」

 

「そうよ!昨日の話だと結果4を目指してあたかも綾小路君が優待者であるかのように持っていこう、ってことだったじゃない!わざわざSIMカード交換のためにPPも払ったのに!」

 

「そうは言うけどねえ、払ったのはボクじゃないか。」

 

 まあ、そうだ。オレたち三人の中で一番金銭的に余裕があったのが中禅寺だったのだが、それにしても後で報酬が手に入ったら補填するというだけの話だ。

 

「もう!」

 

「いやね、思ったのだけど、わざわざボクを指名させるのも綾小路君を指名させるのもリスクが高いじゃないか。モンティ・ホール問題のように、変更した指名先のほうが確率が高いなんて。だったら()()()()()()()()()()()()雰囲気にしてしまえば良いかなあと思って。」

 

「それはそうだが、表面上だけでも一之瀬と共闘出来る余地は有ったほうが良かったのではないか。」

 

「あの中で一番リスクの高い人間が一之瀬さんだ。彼女を黙らせる為なら悪役でも何でも演じるね。それに手を組むなら初手でやっておかないと意味が無いが、まあ、あの様子だとBクラスは指名してこない。Cクラスは脅されている張本人であるところのキミがいるDクラスを攻撃することを本能的に避けている。Aクラスの坂柳派の何という名前だったか、彼ぐらいじゃないか、指名するのは。」

 

 演じるという割には真に迫っていたように見えたが、中禅寺の言にも一理ある。

 その時、ピロン、という音とともに学校からメールが届いた。結果が出たようだ。

 

「え、見て、綾小路君!卯グループは結果4ってことは――!」

 

「誰かが誤答したのだろうな。まあ、大方中禅寺の予想通りだろうが――良かった。オレたちの勝ちだ。」

 

 軽井沢は肩の荷が下りたのか「良かったあ」と呟きヘナヘナと座り込んでいる。パンツ見えるぞ。

 

「軽井沢さん、報酬は経費を除いてキミのものにすると良い。」

 

「え!?いいの!?」

 

「そりゃあキミは頑張ったからね。ボクはPPに困っていないし、綾小路くんもいいだろう?だけど借金した子に返すのが先決だぞ?やらなかったら()()からな。」

 

「わ、わかったわよ――。」

 

「ああ。オレは堀北のところへ行ってくる。じゃあな。」

 

「待って!――その、綾小路君、それから中禅寺君も、あの――ありがとう。これからも宜しくね?」

 

 顔を赤らめ、お礼を言う軽井沢。変わっていく人間を見るというのはこういうことなのかもしれないな。

 こちらこそありがとう、軽井沢。また一つ、学びを得ることができた。

 

 

 

 

-------------------------------------------

 

 

 

 

 ようやく(おか)に帰ってきてから数日。オレは軽井沢を敷地の外れに呼び出した。

 

「綾小路君!待った?」

 

「おはよう、軽井沢。ほとんど待ってないぞ。待ったとしても、そこは男の甲斐性、というやつなんだろ?」

 

「その通りよ、分かってきたじゃない!――で、どう?」

 

「とてもよく似合っている。軽井沢の明るいイメージにぴったりな色合いで、かつ清楚さを魅せるワンピースだな。」

 

「惜しい!感情がこもっていれば満点だったのに――。」

 

 軽井沢が顔を赤らめながらオレのコメントを批評する。オレに『デート』の予習としてあれやこれや雑誌を渡されたのを思い出し、嘆息する。

 

「それを教えてくれるんだろ?」

 

「まっかせなさい!――で、こんな辺鄙なところに呼び出して、何処へ行くの?」

 

「お前と二人でいると目立つからな。人に見られにくい場所へ移動しようか。今後はそこで話すことも多くなるだろう。」

 

「そ、それって、あ、あ、逢引ってヤツ――?」

 

「何を言ってるんだ。オレはお前を守る、お前はオレに人間性を教える。それだけの話だろう?あと『デートの予習』と言ってきたのは軽井沢の方じゃないか。」

 

「そうだけど、ちがーう!」

 

 短時間でコロコロと表情が変わる。この矛盾性がオトメゴコロなのか?

 ラチがあかないので、歩き出すと軽井沢もついてくる。晴明稲荷はすぐそこだ。

 

「神社?こんなところがあったの――。」

 

「ほとんど人が寄り付かないから、内緒で会うにはぴったりだ。まあ、ほとんど必ず一人は居るが。」

 

「え、それって大丈夫なの?」

 

「問題無い。中禅寺だ。」

 

 オレはこの三ヶ月で開け慣れてしまったドアをノック無しに無遠慮に開ける。どうせいつもの仏頂面でアイツが居るだろう。

 

「――何回も言うがね、ドアが閉まっていたらノックして開けるのが人間の常識というものだ。匣では習わなかったのか?」

 

「聞いた覚えはあるな。」

 

「中禅寺君――普段から見ないと思ってたけど、こんなところに居たんだ。」

 

「いらっしゃい、軽井沢さん。」

 

 なんだ、軽井沢には優しいじゃないか。今日は干し芋もお煎餅も無いのに。

 

「お邪魔しまーす。っていうか、狭っ!片付けなさいよ!」

 

「ボクが何処に何があるかわかっているからこれでいいのだ。それで、今日は何用だね?」

 

「特に何か用があるという訳ではないのだが、今後軽井沢の避難先というか、密談をするときに使わせて欲しいと思ってな。」

 

「どうせ断ると言っても来るんだろう?」

 

「まあな。」

 

「船にいるときからそんな気はしていたからな。汚したり勝手に本を動かしたりしなければいいよ。」

 

 ぐびりと麦茶らしき液体を流し込みつつ中禅寺は言う。

 

「中禅寺君はここの管理人なの?」

 

「管理人というか、宮司をしている。」

 

「へぇ。意外と言うかお似合いというか。」

 

「――時間があるのならば、少し本殿を参って行くといい。」

 

「どうして?」

 

「この神社に祀られている猿田彦は、天宇受売命(アメノウズメノミコト)という奥さんがいるんだ。たいそう夫婦仲の良い神様だったみたいだからね、きっとキミたちの未来にもご利益があるだろう。」

 

 

 

 何というか、中禅寺が初めて神職なんだと感じた。

 

 軽井沢は()()()()()顔を真っ赤にしている。

 

 ――こんな平和な時間(青春)も良いのかもしれないな。

 

 

 

 







第一部はこれにて御仕舞です。駄文お付き合い頂きまして誠にありがとうございました。最終話は短くてすみません。
なお、猿田彦は一説によると『巨根』の象徴(鼻が大きいから?)でもあるようですので、そういう意味でも綾小路君にぴったりですね。

さて、思い付きで始めた中禅寺君ですが、中々に書いていて楽しかったです。今後はオリジナル展開含めて謎解き要素も取り入れていけたらと思いますが――誰か才能を下さい。
次はアンケート結果を踏まえて夏休み編(ほぼ全編オリジナル)を挟み、体育祭をナレ死(予定)させ、ペーパーシャッフルになります。なお、夏休み編の第1話は既に完成していますが、投稿時期は未定です。

宜しければ評価、感想、お気に入り登録、ここすき、どうぞお願い致します。

あ、あと乱数の方もぜひぜひ宜しくお願いします。あちらは帆波ちゃんとのイチャイチャがメインですが。


《次回予告》

 五徳猫の氷




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夏休みオリジナル
五徳猫の氷 一


 

 

【五徳猫】

鳥山石燕『百器徒然袋』

 

七とくの舞をふたつわすれて

五徳の官者と言ひしためしもあれば

この猫もいかなることをか忘れけんと

夢の中におもひぬ

 

 

-------------------------------------------

 

 

 

 ちりんゝ――と、風鈴の音が躍る。耳で涼を感じるとは(いえど)も、音というのはつまりは空気の振動でもあり、鼓膜の振動でもあり、脳へ伝わる只の電気信号だ。(しか)(なが)ら私たち日本人のDNAには梅干を見ると唾液が出てしまうように、風鈴の音を聞くと涼やかに感じるという反射が刻み込まれているのかもしれない。

 但し、近年の暑さは尋常では無く、風鈴さえ焼け石に水、焼けアスファルトに打ち水程度の効果しか無い――らしい。私たちが物心ついたころから東京の夏と言えばこのように蒸し暑く、時折“ゲリラ”豪雨なる物騒な異常気象に襲われていたのだから、夏なんてこんなもの、としか知らないしね。

 

「帆波ちゃん、大変なの!泥棒よ、泥棒!」

 

「は、はぁ――。」

 

 夏休みとは言え私たち生徒会の仕事に休みはない。一学期中に片付かなかった生徒間の様々なトラブルの解決や、二学期に控えた体育祭の準備・計画、クラブ活動費用の監査など、三年生の堀北会長、橘書記、二年生の南雲副会長、桐山さんも登校していて、ほぼフルメンバーが仕事をしている。夏休みの前半は三学年とも特別試験だったようだし、その間に溜まった仕事もある。皆、パソコンの画面や書類とにらめっこして、堀北会長は橘書記が仕分けした書類に判子を押すマシーンと化している。

 私は一年生で一番下っ端なので、こうして職員室のコピー機を借りて必要書類を印刷したりPDFにしたりするんだけど、運悪く担任の星之宮先生に捕まってしまった。悪い先生では無いんだけど、忙しいときに絡まれると溜息の一ダースでも出ちゃうかな、思わず風鈴に現実逃避してしまう程度には。

 

「はぁ。何を盗まれたんですか?」

 

「私のハーゲンダッツ・・・。うぇぇぇん。」

 

 まるでお子様のように泣き真似をしている。

 

「酔っぱらって記憶が曖昧な時に食べちゃったんじゃないですか?高々350PP程度じゃないですか。買いなおしましょう?」

 

「そんなことないもん!コンビニのレシートにはちゃんと記載されてるし、おうちで食べた跡も無いし――いだっ!!」

 

 後ろからつかつかと歩いてきた茶柱先生が、持っていたファイルで「バシン」と星之宮先生の頭を叩いた。あれは音だけじゃなくて本当に痛い叩き方だ。

 

「星之宮、一之瀬が困っているぞ。お前と違って忙しいのだから訳の分からないことで時間を取ってやるな。」

 

「何よ、佐枝ちゃん!私だって忙しいですぅ!」

 

「じゃあ早く仕事をしろ。」

 

「はあい。じゃあ帆波ちゃん、またねぇ。」

 

 ――はぁ、コピーを取るだけなのに何故か疲れてしまった。

 生徒会室に戻るとめいめい休憩していて、桐山さんと南雲さんが会話をしている。私は席に戻ってお茶を飲みながらぼーっと二人の会話を聞いていた。窓から見える中庭ではカップルが雑談しており、野良猫と思しき猫が我が物顔で闊歩している。

 

「――そう言えばDクラスの武内、自主退学したんだって?どうせお前が何か仕掛けたんだろう、南雲。」

 

「いや、知らねぇな。しらばっくれてるんじゃなくて、本当に知らねぇ。あいつは確かボクシングか何かで全国でもいい所まで行っていたんじゃなかったか。」

 

「そうだ。強面でいかつい風貌だったくせに朝比奈が仲良かったみたいでな。相談も無かったと少々ショックを受けているようだ。お前のクラスだろう、慰めてやったらどうだ。」

 

「ハッ、この学校に退学者なんて付きものだ。イチイチ同情したり慰めたりしてやれるかよ。なぁ、帆波?」

 

「え、え、えっと――私はその、武内さんという方も存じ上げないですし・・・。」

 

「止めてやれよ、南雲。今年の一年生は俺達の代とは違って最初の特別試験を終えても退学者を出さないくらい優秀なのさ。さあ、一之瀬さんも戻ってきたし、仕事を再開しよう。今日中には帰るぞ。」

 

「はい。そう言えば副会長、財界人の方の学校見学についてなのですが、随行員に変更があったそうで――。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ふぅ。疲れた。

 時刻は20時を少し回ったところだ。先輩方はまだ残っていたけど、「女子の帰りを遅くさせるわけにいかない」と早めに切り上げさせてくれた。さすがに今から自炊するのも面倒だから、今日はコンビニでサラダとおにぎりでも買って帰ろうと思う。

 

「では橘先輩、私はコンビニで買い物をしてから帰りますので。」

 

「わかった。じゃあね、帆波ちゃん。」

 

 この時間ともなると、人通りもまばらだ。各学年ともAクラスやBクラスならいざ知らず、CクラスやDクラスは夜遅くまで遊んでいるような軍資金も乏しい。必然的に帰りも早くなるというものだ。特にコンビニはスーパーに比べて少し割高な商品もあるので、私たちや先生方のように手間をかけずにエネルギーだけ補給する、という人たちくらいしか使わないのだろう。

 そんなことを考えていると、レジの前に和風の装いで、まるで腹を痛めた病人のように険しい目つきをした男子がいた。Dクラスの中禅寺君だ。

 

「あの、えっと――こんばんは。」

 

 彼はチラリと此方を見ると、興味を失ったかのように目線を手元の端末に移した。私はこの男子が苦手だ。主に龍園君とは違った方面で。

 

「店員がいないようだ。大方、お手洗いにでも行っているのだろう。」

 

 レジに目を移してみると、確かに店員がいない。この時間は確か若い男性だったと思うが、店内にも姿が見えないから品出しをしているわけでも無いようだ。レジの台には両手で「使用不可」と書いたボードを持った招き猫が鎮座している。

 

「そうなんだ。中禅寺君は、よくコンビニを使うの?」

 

「毎日とは言わないが、毎週は使う、という程度だ。」

 

「今日はどこかへ行っていたの?」

 

「生徒会から委託されている神社の整備だ。」

 

 そういえば彼はそういうことをしていたなと聞いてから気付いた。当り障りのない答えが終わると無言が場を支配する。――気まずい。特に先日の船上試験の時には手酷く非難されたこともある。きっと彼は私のことを好いては居ないのだろう、ということは何となくわかる。

 神社か、行ったこと無いな。今度、行ってみようかしら。生徒会役員として予算の執行状況を監督しないといけないしね――等と考えていると、間も無く店員がやってきた。

 

「大変お待たせ致しました。申し訳ありません。お先にお待ちのお客様、どうぞ。」

 

中禅寺君はまたまた例の目つきでチラリとこちらに目礼をし、先に会計を済ませる。どうやら少しは気遣いの出来る男子のようだ。――というか、サラダチキン、栄養ドリンクと野菜ジュース、カロリーバーしか買っていない。ボディビルダーか、不健康の極みかどちらかのようなラインナップだ。

 

「では、お先に。」

 

 そう私に声を掛けて出ていく。私も会計が終わって追いかければ追いつくだろうが、そこまで親しい間柄でもない。桔梗ちゃんのように全員と友達になりたい、とは少し思っているけど、あれだけ言われた後に仲良くしに行くのも違うような気がする。またいずれ、対峙することもあるだろうしね。

 ――はあ、疲れた。

 

 コンビニから外に出るとゴミ箱の脇に野良猫が居る。嗚呼、癒される。野良猫のように自由に生きていけたらなぁ。でも厳しい世界だしなぁ。

 

「にゃあ。」

 

 か、か、可愛い。思わず構ってしまう。

 

「にゃあ。」

「にゃにゃ!にゃあ。」

 

 野良猫にエサをあげるのはまずいよね。でも何かないかな――「一之瀬、何をしているんだ?」

 

「にゃっ!?――いつから居たの、神崎君?」

 

「一之瀬がコンビニから出てきてから『にゃにゃ!にゃあ。』と鳴いて、辺りをキョロキョロと見まわしたところまで、かな。」

 

「全部じゃない!すぐに忘れて!!」

 

「いいんだ、一之瀬。お前も疲れているんだな。いつも苦労を掛けて済まない。」

 

「やめて!違うの!素で謝らないで!うわぁぁぁん!」

 

 それもこれも、あれもどれも、中禅寺君のせいに違いない。そうだ、あの疫病神――!

 

 

 

 

 

-------------------------------------------

 

 

 

 

 

「ぜったい左よ!」

 

「いや、右じゃないか。」

 

「右じゃないかしら?」

 

「左だろう?」

 

「キミたち、暑いから早く出て行ってくれないか?」

 

 中禅寺は珍しく本を脇に置きつつも辟易とした表情をしており、その手には軽井沢が持ってきた――“招き猫”のキーホルダーを持っている。

 オレ達がこの晴明稲荷神社に来たのは、偶々と言えば偶々なのだが、いつものように友達もおらずやることが無いオレが買い物に出ようとしたところ、同じく買い物に出ようとしていた軽井沢と寮のロビーで出会った。

 

「見て、綾小路君!このキーホルダー、平田君に貰ったんだけど可愛くない?」

 

「招き猫、か。少しでも金運が良くなると良いな。」

 

「開運招福、私にも運が回ってくるに違いないわ!」

 

「でも軽井沢、この招き猫の手、変じゃないか?」

 

「――何が変だっての?」

 

「だって()()を挙げているじゃないか。普通、挙げているのは()()だろう?」

 

「は?左手に決まってるじゃない、見てわからないの?――ははーん。さてはプレゼントを貰える私に嫉妬して変な言いがかりをつけているんでしょう?」

 

「いや、そうじゃない。けやきモールに雑貨屋があるだろう?あそこのレジに飾ってあったのは右手を挙げていたはずだ。左手には小判を持っていたと思う。」

 

「えー?見間違いなんじゃないの?」

 

「そこまで言うならちょっと見に行こうじゃないか。ついでに意見を聞いてみたい奴もいる。」

 

「いいわよ!」

 

 

 

 

「――で、キミたちはデートしつつ此処へ来た、と。」

 

「デートじゃないわ!綾小路君に連れ回されただけよ!」

 

 中禅寺はまるで亜細亜が全部沈没してしまったかのような仏頂面で軽井沢から話を聞いている。傍らには通い妻のように甲斐甲斐しく中禅寺の世話を焼く長谷部がいる。なんだこの組み合わせは。

 

「でも珍しい組み合わせねぇ。」

 

「偶々会ったんだ。長谷部こそ、どうしてここにいるんだ。」

 

「ナッツーとはぼっち仲間だからねぇ。みやっちも来ているわよ。居心地が良いのよね。――あ、綾小路君はこの湯吞でよかったかしら。」

 

 中禅寺のお茶のお代わりを入れながら長谷部が答える。そう言えば最近、この社務所が片付いてきたなと思っていたのだが、もしかすると、というか確実に、長谷部が片付けているのだろう。此奴め、軽井沢に教わったからオレもこれは知っている。“おうちデート”というやつだ。“おうち”かどうかは分からないが。前に『本に触ったら殺す(意訳)』と言っていた癖に、長谷部には触らせているのか。

 

「三宅君には秋分の式典を手伝ってもらうことになっている。晴明神社でも一般的な稲荷神社でも秋分の日は五穀豊穣を祝う日になっているからね。弓道部の彼に()()()()()()()()のだよ。」

 

 長谷部の件を考えていたからか、心なしか中禅寺の顔がドヤ顔に見える。――これが怒り、憤りという感情か。

 そんな話をしていると、三宅がやってきた。

 

「お、今日は人数が多いな。中禅寺、弓と矢は問題なさそうだ。後は式典前に一度試射をすれば大丈夫だぞ。」

 

「ああ、三宅君ありがとう。お茶でも飲んでいきたまえ。長谷部さん、宜しく。」

 

「はいはーい。みやっちも座って待っててねぇ。」

 

「――で、あたしは左手だって言うんだけど、綾小路君は右手だって言うし、確かに右手を挙げてる招き猫もいるの。でも私のキーホルダーの猫は左手だし、中禅寺君なら何か知ってるかもしれないって綾小路君が言うから、一緒に来たの。」

 

 それで冒頭のやり取りだ。

 軽井沢は何となく居心地が悪いようで、借りてきた猫のように部屋の隅に縮こまって自分のお茶を飲んでいる。ちなみにコップは先程の雑貨屋で買ってきたものだ。

 

「中禅寺、それで本題なのだが――招き猫って何だ。アレも妖怪なのか?」

 

「招き猫、ねぇ。猫に関する妖怪で有名なのは長く生きた山猫が化けたとされる『猫又』、猫又や化け猫の大将と言われる『猫しょう』、鳥山石燕の『百鬼徒然袋』においては『五徳猫』というのが紹介されているな。」

 

「『五徳猫』というのは?」

 

 中禅寺は「一寸待ちたまえ」と言いながらごそごそと本の山をあさりだす。俺と三宅は両脇から覗き込む。

 

「――ああ、有った、これだ。頭に“五徳”を載せているだろう?五徳というのはコンロで鍋やフライパンを支える金属製のアレだ。これは何というか、ボクは鳥山石燕の駄洒落か何かじゃないかと思っているがね。」

 

「『七とくの舞をふたつわすれて 五徳の官者と言ひしためしもあれば この猫もいかなることをか忘れけんと 夢の中におもひぬ』か。」

 

「五徳の官者というのは、かの有名な『徒然草』で『平家物語』の作者であるという記述がある信濃前司行長のことだ。『後鳥羽院の御時、信濃前司行長、稽古の誉ありけるが、楽府の御論議の番に召されて、七徳の舞を二つ忘れたりければ、五徳の冠者と異名をつきにける――』。軽井沢さん、『徒然草』の作者は?」

 

「へっ?!急に振らないでよ・・・。徒然草よね?!鴨長明だわ!」

 

「お前、茶柱先生に怒られるぞ。鴨長明は『方丈記』、『徒然草』は吉田兼好だ。」

 

「うへぇ。」

 

「――で、招き猫の発祥の地と言われているところはいくつかあるが、一番有名なのは東京都世田谷にある豪徳寺の招き猫だな。江戸時代、井伊直孝が鷹狩の帰りに豪徳寺の前を通った際、猫に招かれ寺に入ると途端に雨が降り出したことから、井伊家の菩提寺として厚く遇されるようになった。転じて人に幸運を招くということで猫が信仰されるようになったそうだ。」

 

「――すると、左手だとか右手だとかっていうのは?」と長谷部が尋ねる。

 

「『右手はお金を招き、左手は人を招く』と言われているが、特に何か理由があるわけでは無いな。」

 

「じゃあどっちでもいいってことね。」

 

「そうだな。オレたちが此処に来てわかったことは、軽井沢に勉強の時間が必要だということだ。」

 

「うへぇ。」

 

 軽井沢の中で最近流行っているのか?()()()でも()()()いるかのような鳴き声だ。

 

 ――にゃあ。

 

 ――ん?軽井沢の鳴き声では無いな。

 

 ――にゃあ。

 

「中禅寺、何か猫の鳴き声が聞こえないか?」

 

「ああ、最近、野良猫が神社に住み着いているんだ。追い払うのも気が引けるから放っておいているがね。」

 

「え!?あたし猫好きなの!見に行ってくる!」

 

 軽井沢はバタンと音を立てて出て行った。それを横目で見て放置しつつ、三宅が話を続ける。

 

「招き猫と言えば、浅草も有名だな。」

 

「そうだ。むしろボクはそちらの方が本場だと思っている。」

 

「どういうこと?」

 

 長谷部が軽井沢の居たスペースに腰を下ろしながら尋ねる。

 

「『猫』というのは『寝子』、つまり今で言う風俗店で働いている女性を指す言葉でもあるんだ。他にも狐は『来つ寝』とも表し、こちらも同様にそういった職業に就いている女性を指している。」

 

「ただのダジャレなんじゃないのか?」

 

「いや、そうした言葉遊びほど真剣に考えなければならないものは無いよ。特に言葉は『呪』となると説明しただろう?物の名前や、特に地名なんかは誰かの何かの思想が入っていると考えた方が良い。」

 

「そんなものか。」

 

「そんなものだ。事実、その浅草寺では“ほおずき市”をやっている。“ほおずき”というのは今では観葉植物として親しまれているが、昔で言えば堕胎薬だ。ほおずき市や朝顔市をやっているような所の近くには殆ど遊郭があるんだよ。朝顔の種にも似たような毒性があるしね。」

 

「浅草の近くには吉原があるからな、まあ、そういうことか。高校生がするような話では無いが。」

 

「そうだね。だからまあ、猫や狐に取り憑かれた女性っていうのは()()()()()()()()か、()()()()()()()()ということは覚えておきたまえ。」

 

 

 






若干見切り発車です。

長くなりそうなのでナンバリングは普通に数字にしています。


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五徳猫の氷 二

 

 

 

 上手く演じていられているだろうか。

 

 1年と経たずに全く変わってしまった。昨夏は犯した罪に(さいな)まされ、物理的にも、精神的にも周囲と壁を作り、家族だけが私の世界だった。

 

 ――いや、何も変わってなんていない。龍園君には無人島でも客船の上でも手玉にとられ、加えて船上試験においては綾小路君や中禅寺君に行動を許してもらえなかった。周囲の信頼に応えられているかと聞かれると、残念ながらそんなことは無い。未だ勝利の二文字は、私の手の中にあった試しはない。

 

 そう、私は優秀なんかじゃない。()してや善人などではない。所詮、私は品行方正という名の『()』を被った、只の咎人だ。

 堀北会長にはもしかしたら、そうした私の仮面の下を覗かれていたのかもしれない。生徒会に入って全校生徒が幸せな学校生活を送る手助けをする――という仮面の下には、どこまでもエゴイスティックに自らの贖罪を求める愚かな女しかいないのだから。南雲副会長にその過去を明かしたのも、唯々赦されたかっただけ。誰かに、救って欲しかっただけ。

 そして、救われないのなら、救ってくれる誰かを見つけるまで演じきるか、私が私自身を救わなければならない――。

 

 

「帆波ちゃん、聞いてよ!また出たのよ、アイス泥棒!」

 

 ――先週もこんな話を聞いた気がするなあ。ウェーブのかかった茶髪で童顔のこの教師、聞くところによると恋人を取っ替え引っ替えするだけでなく一部生徒にもモテているそうだけど、長続きしない原因は恋人と本人、どちらにあるかは明白だろうと恋愛経験の無い私でも想像がつく。誰か救ってあげて欲しい――出来れば私より先に。

 

「は、はあ――。」

 

「こりゃあもう泥棒なんかじゃないわ。妖怪よ、妖怪。妖怪ネコババよ!」

 

「“ネコババ”というと、何処かで落とした記憶はあるのでしょうか――?」

 

「――無いわ。でも、ほら見て、このレシート!ちゃんとバニラアイスを買ったのに、家で気づいたら無かったのよ!まるで佐枝ちゃんみたいに性格の悪い妖怪の仕業ね!」

 

 猫型のポーチに入ったブランド物のお財布からレシートを取り出しながら、『ぷんぷん!』という感じで星之宮先生が力説する。

 

「あれ、そんなポーチ、お持ちでしたっけ?」

 

「話を逸らさないでよ、もう!――誰かに貰ったけど、誰からかは忘れたわ。」

 

「――星之宮先生も疲れていらっしゃるんですね。是非贈り主を思い出してあげて下さい。それじゃあ私は後ろで睨んで居る茶柱先生が怖いので、この辺で――。」

 

「へぁっ!?佐枝ちゃん居たの――?」

 

 私は「ゴッ」という響き渡るファイルの音、或いは星之宮先生の頭蓋が奏でる音をBGMに職員室を後にする。若干先生の扱いが等閑(なおざり)になっている気もするけど、致し方無い。

 

 生徒会の溜まった仕事は先週で一段落している。生徒会室へ戻って荷物を片付けたら帰ろうか等と考えていたところ、職員室を出てすぐに2-Aの朝比奈なずな先輩に呼び止められた。先輩は南雲副会長と同じクラスで、偶に生徒会関連の行事を手伝わされているから、私とも仲良くしてもらっている関係性だ。

 

「帆波ちゃん、忙しいところごめん。ちょっと相談したいことがあるんだけど――。」

 

「わかりました。ここでは何なので、生徒会室でお話を聞きましょう。」

 

 縁起の悪い職員室周辺からは早々に立ち去ろう。会話の寒暖差で風邪でも引きかねない。

 生徒会室の重い扉を開くと、都合良く誰も居なかった。

 

「朝比奈先輩、お茶でよろしいですか?」

 

「ありがとう、帆波ちゃん。――それで早速本題なんだけど、帆波ちゃんは武内君のこと、何か知らないかな?」

 

 持ってきたお茶に口を付けつつ、朝比奈先輩がそう切り出す。

 

「武内さん?――もしかして自主退学されたっていう2年生の。」

 

「そう、その人。2-Dだからクラスが違うんだけど、特別試験を切っ掛けに交流があって、同じ猫好きでもあったから仲が良かったの。でも誰に何も言わずに辞めちゃって・・・。Dクラスの人たちも寝耳に水だったって。」

 

 いつも笑顔が素敵な先輩からは想像がつかないほど落ち込んでいる。何とか力になってあげたいけれど――。

 

「帆波ちゃん、無理は言わないから、もし一年生で武内君のことを知っている人が居たら教えてくれないかな?退学の取り消しなんてできないけど、せめて納得したくって。」

 

「わかりました。どこまでお力になれるかはわかりませんが、一年生に会ったら聞き込みしてみます。」

 

「ありがとう、帆波ちゃん!」

 

「どこか、目撃情報を聞けそうな人やところに心当たりはありますか?」

 

「――武内君、どうやら彼女が居たらしいんだけど、学内でそれらしき目撃情報も無いし、変わった様子の同級生も居ないの。だから他学年の子で知ってる人が居たらと思ったんだ。後は一通り学内の心当たりある場所は見て聞いて回ったんだけど――やっぱり猫が集まるようなスポットかな。」

 

 居たはずの恋人、そして猫――あのコンビニ、また行ってみようかな。何か手がかりがあるかもしれない。

 

「わかりました。」

 

 まずはその線で調べてみよう。善は急げとも言うし、余り時間を掛けすぎても証拠、証人の記憶は薄くなるしね。

 幸いなことに執務机に戻ると南雲副会長からのプレゼントらしき武内先輩に関する書類が置いてあった。どうやら朝比奈先輩から頼まれるこの展開は読んでいたらしい。秘密を知られていることもあり多少苦手意識はあるけど、こういう気配りというか、如才無さは流石の一言ね。

 生徒会役員はある程度こうした個人情報も入手できるようになっているけど、当然のことながら私が入手できる情報と副会長が入手できる情報には差がある。とは言っても、先程朝比奈先輩からもらった情報以外に見るべきところは――出身中学と部活に関する部分だ。

 

 出身中学は珍しく関西ね。この学校は全国から人を集めているにも関わらず、何故か標準語以外を余り聞かない。国立のくせに『東京』と名が付いているからだろうか。それとも私が知らないだけで多数の関西人が――?

 いや、無いわね。だとしたらもっと出身地でコミュニティを作ってもいいはず。にも関わらずそれが無いということは、ある程度出身地が偏っているからに違いない。確かに高校進学で全寮制の、外部との接触が出来ない学校に上京するよりは、地元の進学校などに進ませる方が遥かに安心で確実だろう。特に女の子なら尚の事そういった傾向にあると思う。

 

 一方の部活。この学校には様々な部活はあるものの、ボクシング部という存在は無いから、必然的に登録上は帰宅部ということになる。だけど設備は整ってるし、外部からトレーナーを招くことは可能。もしかしたらその外部者と付き合う――なんてことは無いか。当然のことながら男性だろうし、女性なんてマネージャーくらいしか居ないだろう。マネージャー・・・もしかすると星之宮先生は何かを知っている?

 ――あり得る話ね。ボクシングなんて怪我の絶えないスポーツである以上、保健医の活躍の余地は十分にあるかもしれない――けど、とりあえずタンコブを作った担任のことは後にしておこう。

 

 さてさて先ずは猫、ネコよね。朝比奈先輩には悪いけど、猫は好きだからちょっとテンション上がるなあ。人工島という立地から余り野良は多くないけど、モールとか繁華街にいけば居ないこともない。ほとんどが《猫》見知った顔だけど。

 とりあえず例のコンビニの方に行けば見つかるかなあ。

 

 

 

 

「にゃあ。」

 

 やっぱり居た。

 

「にゃあ。」

 

 先日のコンビニでも出会った三毛猫だ。神崎君に見つかった苦い思い出の猫だ。「ミケちゃん(仮称)、何か知らないかなあ?」と『心の中で』問い掛ける。私は反省を活かすことのできる女なのだ。

 

 ――ん?

 

 私の姿を見てどこかへ歩いていくものの、まるで付いて来いと言わんばかりにこちらを振り返りつつ歩いて行く。何だかアニメみたいね。

 

 案内されて辿り着いた先は――人工島の外れ。周囲には人通りも無く、神社しかない。真逆ここが例の神社だろうか。辺りを見廻してみると『晴明稲荷神社』と書かれた看板がある。確かに生徒会の予算枠で見たことのある文字列だ。

 手入された境内を歩くと数分で見終えてしまったが、ミケちゃん(仮称)はと見ると、社務所の裏手で毛づくろいを始めている。

 私は少しばかり勇気を出して、恐らく彼が居るであろう社務所の扉をノックしつつ開ける。

 

「お邪魔しまぁす・・・。」

 

 恐る恐る中を覗き込んでみると、まるで艦隊を全滅させたばかりの海軍司令官のような仏頂面で何かしらの本を捲っている男の子――中禅寺君が居た。

 

「こんにちは・・・?」

 

 声を掛けてみるが、彼はチラリとこちらを一瞥し、再び読書の姿勢に戻る。社務所の中をぐるりと見廻すと、窓口から外が見え、中は本や巻物っぽい何かに支配されている。ちゃぶ台とその周りに座布団がいくつかあるので、ここで来客の応対もしているのだろう。

 

「挨拶くらい返せないかなあ?」

 

「こんにちは、一之瀬さん。さようなら。お帰りは後ろの扉からどうぞ。」

 

「――前から思ってたんだけど、中禅寺君は私のこと嫌いだよね?」

 

「そんなことはないよ。橘先輩にも似たような応対をしているし。――ただ面倒事の匂いがしたから早く帰ってほしいだけだ。嫌うほどキミのことはよく知らない。」

 

 橘先輩にもこんな感じなのか、この無愛想男は。しかし敏感というか何というか。確かに嫌われるほど何かをした記憶はないけど、かと言ってこれ程の塩対応をされる所以もない。而して当に私がこの神社に辿り着いたことによって縁が出来てしまったわけで――。

 

「船上試験であれだけ私を貶めようとしたのに?」

 

「酷い言い掛かりだ、キミを貶めようだなんてこれっぽっちも考えていなかったよ。キミは優待者であった軽井沢さんを怪しんでいるようだったからね、()()()()()()()()()()だ。」

 

「それにしてはキツすぎる言い方だったと思うな。私は生徒会の人間で、この神社の予算を差配出来るのよ?ちょっと位は機嫌を取ろうとか、思わないのか、にゃ?」

 

「さあね。キミが此処に来たのは生徒会の人間として?それとも個人として?どちらかによって対応は決まるかな。」

 

「――個人よ。探し人がいるの。二年生の武内さんっていうボクシングをしている猫好きな人を知っている?最近、自主退学をしてしまったみたいなんだけど、その人の情報を集めているの。」

 

「――残念ながらお役には立てないようだ。ではこれで。」

 

 取り付く島もないとは当にこの事だし、話の取っ掛かりすら無い。ふと机の上を見ると、招き猫のキーホルダーが見える。その横の絵巻には――冠を被った猫?また此処でも猫なのか。

 

「ああ、それは昨日、軽井沢さん達が来たときに忘れていったものだよ。全く、五徳猫じゃあるまいし態々忘れることもなかろうにな。人に貰った物だと言っていたのに。」

 

「五徳猫?」

 

「その絵巻は鳥山石燕という江戸時代の絵師が描いた妖怪図鑑のようなものだ。そこに描いてあるだろう?『ふたつわすれて〜』と。」

 

「へえ、こんなのもあるのね。猫の妖怪が五徳を被るなんて可愛いじゃない。」

 

「違う、逆だ。()()()()()()()()()()()()()。」

 

「どういうこと?」

 

「五徳というのはキミも知っての通り、分類するなら調理器具だ。だが、嘗ての五徳には呪術的な意味もあってね。キミも丑の刻参りは知っているだろう?白の袴に五徳を逆さに被って、その脚に蝋燭を立てるのが丑の刻参りの《正装》だ。この絵巻は『百器』と名の付く通り、道具にまつわる妖怪を集めたものなんだ。」

 

「で、何らかの理由で猫になった、と。」

 

「そうだ。実際、牛が五徳を冠った絵もあるし、こう見えて室町時代から存在する由緒正しい妖怪なのだよ。」

 

 妖怪に由緒正しいというのが有るのかどうか判らないが、この暫定妖怪博士が言うのだからそうなのだろう。この得体の知れぬ男子と妖怪、何となく違和感の無い組み合わせだ。

 

「ところで裏手に居る猫はこの神社で飼っているの?」

 

「違う。ボクが来て暫くしたら何時の間にか住み着いていたんだ。引き取ってくれてもいいぞ?」

 

「非常に魅力的な提案だけど、寮や生徒会室で猫は飼えないにゃー。」

 

 私がそう返答すると、器用に片眉を上げて胡乱げな視線を投げかけてくる。

 

 ――その時、社務所の扉が徐ろに開かれた。

 

「綾小路君――?」

 

 

 

 

 

-----------------------------------------------

 

 

 

 

 

 

 何時ものようにガチャリと少し建付けの悪い社務所の扉を開けると、珍しいことに一之瀬が居た。オレを見ると驚いた表情をしているが、オレから言わせれば一之瀬と中禅寺ほど違和感のある組み合わせも無いだろう。方やクラスの人気者で生徒会役員の日向者、方や日陰者の代名詞とも言える自称神主だ。

 

「綾小路君――?」

 

「珍しい組み合わせだな、一之瀬。何かあったのか?」

 

 オレは流しに向かい、慣れてしまった手付きで二人分のお茶を準備しながら一之瀬の話を聞く姿勢を取る。視界の端で中禅寺はやや諦めたような顔付きでいつもの場所に鎮座しながら読書をしている。

 

「綾小路君こそ、普段は余り会わないと思っていたら、こんなところに入り浸っているのね。」

 

「ああ、オレ達は友達だからな。」

 

「キミと友達になった覚えはないのだよ、綾小路君。」

 

「――と、妖怪博士は言っておりますが?あ、お茶ありがとう。」

 

「こいつはツンデレなんだ。目付きの悪さとか、堀北と似ているだろう?」

 

 そう返答すると一之瀬はやや苦笑いを浮かべ、冷蔵庫から用意した麦茶をゴクゴクと飲む。

 『妖怪博士』と一之瀬が言っているということは、オレが来る前に何らかの遣り取り――ああ、昨日の絵巻が机の上にあるな。きっと五徳猫のことか何かを話していたのだろう。オレは自分で用意した自分のお茶に口を付けながら一之瀬と会話を続ける。

 

「で、一之瀬はどうして此処に居るんだ?」

 

「んー簡単に言えば人探し、かにゃ?」

 

 人差し指を顎先に当てつつ、多少の小聡明(あざと)さを孕みながら一之瀬が答える。堀北にも中禅寺にも一之瀬の十分の一でいいからこういう人懐こさを覚えてほしいが――無理だし気味悪いな。

 一之瀬の話では突然学校を辞めてしまった先輩が気になるということだが、生憎とオレもよく知らなさそうな人だ。その旨を告げると一之瀬は少し悲しそうな顔をして、話題を転換する。

 

「綾小路君はどうして此処へ?」

 

「ああ、今度Dクラスでプールに行くから中禅寺もどうかと思って誘いに来たんだ。こいつ、メッセージは基本的に既読スルーだからな。」

 

「友達にもそんな感じなんだ・・・。」

 

「《知人》からの誘いは有り難いが、生憎ボクは泳ぐのが好きでないし、皆で楽しんで来てくれ。あと、端末の操作は素直に苦手なんだ。」

 

「泳げないんだ!色々と意外かも?」

 

「好きではないと言っただけで、泳げないとは言っていない。」

 

 いつもより35%程、不機嫌さ増しの仏頂面で答える。

 

「こいつ、泳げないことがバレるのが嫌で、水泳の授業の出席の殆どを買ったんだ。」

 

「へえ。」

 

「――もういい。さあ二人共、要件が済んだのなら湯呑を片付けてさっさと帰り給え。あと綾小路君、軽井沢さんに会うのならそこのキーホルダーを持って行ってくれ給え。まったく、こんなものがあるから余計な人が集まってくるんだ。」

 

 恥かしいのか怒っているのか何なのか、中禅寺はやや強引に会話を打ち切り、オレたちに退出を促す。

 

「はいはい。お茶ご馳走さまでした。」

 

「じゃあな。」

 

 

 

 

 

 

 いつの間にか夕方になっている帰り道。毎度の事ながらあの神社は時間の進み方が可怪しいと思う。

 

「ねえ、綾小路君。――中禅寺君っていつもあんな感じなの?」

 

「まあ、そうだな。授業中は居るのか居ないのか曖昧になるほど気配が無いし、こないだの特別試験でも『とある事情』が無ければ黙って終わってた、と思う。」

 

「――『とある事情』って?」

 

「すまないが一之瀬には教えられない。――ただ口数は少ないし、口を開けば偏屈の塊だし、目付きも地獄の門番のように悪いが、仲間想いなところもあるし、実際、何人かの男女は奴の事を好ましく思っている、と思うぞ。」

 

「綾小路君はどうなの?」

 

「――その何人かの内の一人だな。」

 

 人間は知らないもの、理解出来ないものを怖がるという。『知りたい』という欲求は裏を返せばその対象のことを恐れているということに他ならない。言い換えると、『理解出来ない』という事は、つまり『識る』という『攻撃』の対象になり得るのだ。

 要するに、一之瀬は中禅寺に対してある意味での恐怖を感じており、そして彼女は恐怖に立ち向かうことのできる女性であるということをこの問答は示している。

 

「――そうなんだ。ねえ、中禅寺君と仲良くなるにはどうしたら良いと思う?」

 

「あまり干渉しすぎないこと。後は隠し事をしないこと。本音で話せば本音で返してくれる、と思うぞ。」

 

「そうなんだ――。ねえ、そう言えばプールに行くんでしょ?私達Bクラスも行く予定だから、会ったら遊ぼうね!」

 

 一之瀬は少し考える素振りを見せるが、最終的にはやや強引にテンションを何時もの調子へ戻したようだ。

 

「ああ、わかった。じゃあな。」

 

「ばいばーい♪」

 

 オレは一之瀬と寮の入口で別れ、手元に残った例のキーホルダーを見遣ると、「余計な人を招かないといいなあ」と他人事のように思った。

 

 

 






〜夏目くんの秘密①〜
実はカナヅチ。



更新遅くなりすみません。体調崩して少しばかり入院していました。
間隔が空きすぎるのが嫌なので投稿しますが、文章も荒いので、誤字脱字、変な表現があればご指摘くださると助かります。

皆様もお体ご自愛ください。


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五徳猫の氷 三

 

 

 

 

 本日の天候は曇。朝からどんよりとした雲が広がっていて、午前中に控えた財閥の御歴々による学校見学会への影響が懸念される――いや、既にアクシデントは起きてしまっている。

 

 高度育成高校は教育基本法に基づき設置された国の《学術研究機関》だ、少なくとも名目上は。故に定期的に広報と監査を兼ねたこのような会が組まれており、主に生徒が学校に居ないこうした時期を見計らって行われている。

 

 そんな中、集合時間になっても監査員の一名が現れない。案内役を仰せつかった学校の理事の一人である校長、それからアシスタント役の生徒会メンバーも、幸先の悪さにこの空のような暗雲が心の中に立ち込めている。

 

「―― 一之瀬、悪いが島の入り口で遅れていらっしゃる方を出迎えてもらえるか。俺たちは他の方々を先ず校内へお連れする。」

 

 堀北会長の指示に「わかりました」と短く返答し、私以外の一行はぞろぞろと校内に向かっていく。この後は坂柳理事長――有栖ちゃんのお父さん――を中心とした理事会のメンバーとの打ち合わせ及び監査、校内見学の流れだ。

 

 ああ、みんなで行ったプール、楽しかったなあ。あの日くらい晴れていたら、もう少し気も楽になるかもしれないのに。

 Dクラスとの交流も出来たし――やっぱり綾小路君って何か隠している気がするのよね。目立たないように隠れてたけど、堀北さんや軽井沢さんは彼のことどう思ってるのかな?中禅寺君はやっぱり来ていなかったけど。

 

 ――船上試験での中禅寺君との遣り取りを思い出す。

 

『この学校は自分のクラスの40人を幸せにして他のクラス120人を不幸にするための学校だし、それが早いか遅いか、不幸の量が多いか少ないかだけの問題だ。』

 

 認めたくは、無い。

 

 私はBクラスのみんなが好き。だけど他のクラスの人たちの幸せを犠牲にしてまでAクラスに上がりたいのかと言われると――自信がない。でもAクラスを諦めるのも間違っている気がする。もちろん私だって、Bクラスの皆にだって叶えたい進路はあるけど、果たしてそれってAクラスで卒業しないと出来ないものなの――?というか、こんな選択を強いるこの学校って本当に何なの?

 

 Bクラスのリーダー、品行方正であり一年生唯一の生徒会役員。肩書は立派だけど、きっと皆は本当の私を知ると幻滅するに違いない――等とマイナス思考が首を擡げてくる。きっとこの空のせいね。

 

 現実逃避をしながら徒然と考えていると、前方からスタスタと歩いてくる背の高い金髪の男性が現れた。二十歳前後だろうか、おそらくこの人だろう。

 

「こんにちは、あの、今日の学校見学会にお越しの――」

 

「――ん?おおっ!にゃんこじゃないか!にゃんこだ!」

 

「にゃっ!?」

 

 遅れてきたもう一人こと――榎木津様からいきなり大声で「にゃんこだ!」と叫ばれ大いに驚く。

 ――え、私ってそんなに猫っぽいのかな?

 

 榎木津様は薄く半目になりじろりと私の頭の先から下まで見渡すと、ぼそりと「うーん、反省しているからいいか」と呟いた。――反省?

 

「んー・・・よし、にゃんこ女、ぼくの下僕にしてやろう!此処に神社があるはずだ。案内しろッ!」

 

「じ、神社ですか、榎木津様?」

 

 あと、下僕ぅっ!?

 

「そうだ!()()目つきの悪い男がいるところだ!」

 

 ここの神社で、目つきの悪い男――どうやら中禅寺君のことを知っているらしい。

 

「しかし学校見学会と理事会が――」

 

「そんな退屈なものはどうだっていい!どうせ阿呆と馬鹿しかいないからな!」

 

 困り果てる私であったが、此方の言うことを聞いてくれそうに無いので、「わかりました」と返答しつつ、生徒会チャットで事の経緯を報告し、既読が付いたところで例の神社へお連れすることにした。

 

 徒歩で移動する間にもあちらこちらへフラフラとするから気が気でない。でもこの学校の出資者一族で政財界に顔の利く人だから、何か私にはわからない力があるんだろう。

 

「はっはっは!悩んでも仕方がないぞ、にゃんこ女!ぼくは神だからな!不思議なことなど何一つないのだ!」

 

 こうやって先回りして私に回答を突きつけてくる。本当にわからない人だ。でも上辺だけを見ると絵本の中の王子様がそのまま出てきたような、貴公子、というのに相応しい容貌だ。中身は――奇天烈という他ない。

 高円寺君といい、お金持ちの人って皆、こんな自由人なんだろうか?

 そんなことを考えている間に晴明稲荷神社に着いてしまった。

 

「おっ!あそこだな。」

 

 バアン!と音を立てて社務所のドアを蹴破る勢いで開ける。

 

 ――あちゃあ。

 

 

 

 

 

 

--------------------------------------------

 

 

 

 

 

 

 

「――で、結局キミが持っているということか。」

 

「ああ、プールの時に軽井沢に返そうと思ったんだけどな、色々とバタバタして忙しかったし、軽井沢も『あたしはお金が貯まる右手を上げた猫が良いの!』と言い出してな。平田も苦笑いしてたよ。」

 

「ふうん。」

 

 オレは右手でクルクルと招き猫のキーホルダーをあやしながら、持ってきたわらび餅をパクリと口に放り入れる。

 ――うん、やはり夏に飲むお茶に合わせるのはこういった水菓子だな。お茶請けには厳しい中禅寺も文句の一つもなく――正確には「とっとと帰れ」という文句はあったが――座っている。

 

「中禅寺もプールに来れば良かったのに。」

 

「盗撮犯と、盗撮犯の片棒を担ぐ奴と一緒はねぇ――」

 

「いや、だからオレは軽井沢を使って阻止させたと言っているだろう。何でそんな解釈をするんだ。」

 

 まったく、偏屈な奴だ――などと感想を抱いていると、何か外からドタドタと音が聞こえる。

 誰か来たのかと扉の方を見遣ると、バアン!と勢いよく扉が蹴破られた。ガタが来始めていた扉を壊さない、絶妙の力加減に、オレは警戒よりも先に感心を覚える。

 

 

 

 

 

「はーはっはっは!おい、京極堂!来てやったぞ!」

 

 

 

 

 

 入ってきたのは――見たことのない男だ。そいつはオレに構うことなく中禅寺に向かって話しかけ始める。

 

「げぇ!え、エノさん・・・何で此処に――」

 

「――ん?どうやらぼくがいない間に豪華客船やらキャンプやら楽しんでいたらしいな!実にけしからん!」

 

 中禅寺が唖然としている姿なんて初めてだ。目を見開いてポカンと口を開けている。闖入者に思わず身構えてしまったが、この『エノさん』という騒がしい版の高円寺のような男は一体――。

 

「ん?――なんだオマエ、真っ白じゃないか!そうか、阿呆の小路の息子か!随分と京極堂に可愛がられているみたいじゃないか!よし、オマエもぼくの下僕にしてやろう!」

 

 エノさんという男は半目になってオレを頭から爪先まで視ながら、あの人とあの部屋を思い出させるような発言をする。

 ――オレの過去を識っているのか?こんな男に心当たりは無いが。

 未だ少し茫然としている中禅寺に説明を促す。

 

「中禅寺、この男は誰だ?」

 

「此奴は榎木津財閥の跡取り息子で、ボクの――知人だ。今年から大学生の筈だが、此処にいるということは榎木津財閥がらみの仕事で来たのだろう。」

 

 中禅寺が説明しているが、情報量が多すぎて入ってこない。榎木津財閥の跡取り?なんでこいつはオレのことを、あの男(親父)のことを知っているんだ?あと京極堂って何だ?

 

「京極堂と阿呆の小路の息子、オマエ達もにゃんこじゃないか。この学校はキャンプとにゃんこが流行っているのか!遊んでばかりで実に羨ましい!ぼくもこの学校に入りたかったぞッ!バカ柳が邪魔をしてきたからといって面倒くさがるべきでは無かったな!」

 

「にゃんこならこの社務所の裏手に居るから、一寸遊んで来い。その間にボクがエノさんのことを説明しておくから。」

 

 榎木津という男は「にゃんこ♪にゃんこ♪」とご機嫌にしながら社務所を出ていく。

 ――今さら気づいたが、一之瀬も来ていたのか。

 

「中禅寺君、榎木津様とは知り合いなの?」

 

「あんなのに“様”なんて付けなくても宜しい。祖父の代からの腐れ縁なんだ。」

 

「オレとあの男(親父)のことも知っているようだったが――。」

 

「アレはね、人の過去を視れるんだ。先代の榎木津財閥会長、つまりアレの祖父だが、それの特異体質を遺伝したらしい。親御さんを知っているのはきっと榎木津財閥のパーティか何かで会っていたのだろう。」

 

「過去を、視れる?」

 

 一之瀬が不思議そうに尋ねる。

 

「ああ。例え辛いのだが――何というか、その人が持つ空気、というのがあるだろう。機嫌が良いから何か良い事があったんだろうとか、落ち込んでいるから何か悪い事があったんだろう、とか。アレはその“何か”を詳細に、具体的に捉えることが出来ると思ってくれ。それこそキミたちが見た光景殆どそのままが奴には視える。しかし思考などは読み取れないから、あくまでその人の目に映ったものが、アレの目にも視える、と認識すれば良い。」

 

「なるほど、それでにゃんこ――。」

 

 一之瀬は不思議そうにしていたものの、中禅寺の説明を聞いてある程度納得したようだ。

 

「実に非科学的だな。そうするとあの榎木津というのはオレを知っていたというわけじゃなくて、オレが見た景色、オレが見たあの男を知っているということか。」

 

「そういうことだ。あとは唯我独尊、傍若無人、思考パターンは高円寺のそれと同じようなものと思って――いや、もっと酷い。ボクも幼少の頃から、やれキャンプへ行くぞとアレと二人きりで無人島に行かされたり、道場破りに付き添わされたりと、苦労してきたのだ。ようやく離れたと思ったのだが――。」

 

 苦虫を噛み潰したような顔で中禅寺が言う。

 

「“京極堂”と呼ばれていたが?」

 

「ボクの実家が営んでいた古書店の屋号だ。元々は宮司もしていた祖父の店だったのだが、祖父が隠居して父が受け継がず放置されていたのを、中学校に入ったばかりのボクが受け継いだ。まあ、趣味のようなものだがね。」

 

 再び「バン!」と扉が開いて榎木津が入ってくる。

 

「はー楽しかった。あの螽斯(キリギリス)親父め、ロクな仕事しか押し付けてこないと思ったが、にゃんこと遊ばせてくれるとは思わなかった。」

 

 螽斯親父とはこれまた意味が分からない。イソップ寓話のアリとキリギリスだろうか?

 

「今日は理事会か?」

 

「そのとぉりだ!ぼくはこの後、バカ柳の娘で遊んでから帰るが、京極堂、君はそこの“オロカ万引きにゃんこ女”に取り憑いた猫を祓ってやれ。」

 

「ちょ、ちょっと榎木津様!何を――!」

 

 バカ柳の娘――理事長の坂柳氏の娘か。確かAクラスに在籍しているらしいが、直接の面識は未だ無い。

 それにしても、一之瀬がオロカ、万引き、にゃんこ女――?疑問が次々と湧き上がるが、中禅寺と榎木津は話を進めている。

 

「厭だよ面倒臭い。」

 

「昔から言っているだろう、オマエが面倒臭がらなければ周りの人間はその分幸せになれるんだ。どうせその【()()()()()()】が何かしたんだろう?」

 

「然しだね――」

 

「然しも案山子もあるかい。ぼくはね、忙しいんだ。阿呆の小路とか、バカ柳とか、月なんとかとか、神崎とか、天沢とか、木瓜茄子(ボケナス)共はこの島の外で僕が遊んでおいてやるから。ぼくも嫌々だけど爺様達のやり残しだからな、やらないと座りが悪い。――それもこれも、あの螽斯親父がサボるからこんなことになるんだッ!」

 

「わかったよ、エノさん。」

 

「じゃあ、また来る。」

 

「そんな頻繁に学外の人が来れるような所じゃないはずだけどね。――じゃあ、元気で。姉さんにも宜しく。」

 

「わかった。――おい、オロカにゃんこ女、話は聞いていたな?ぼくは勝手に帰るから、オマエはこいつに祓ってもらえッ!」

 

「え、あ、はい――。」

 

 榎木津という男は嵐が過ぎ去るように去って行き――残されたオレ達三人は示し合わせたかのように深い溜息をついた。

 

 

 

「――文字通り災難だったね、一之瀬さん。大方、生徒会役員としてアレの案内を仰せつかったものの、言うことを聞かずに此処に突撃してきた、というところだろう?」

 

「――そうだよ。ねえ、中禅寺君、綾小路君、榎木津様が言っていたことなんだけど――」

 

「気にすることはない。言いたかったら言えば良いし、言いたくなければ、それで良い。」

 

 一之瀬は“万引き”という単語に顔色を変えたように見えた。実際、今でも顔を青くして動揺を抑えきれていない。彼女は品行方正、才色兼備、頭の回転も早く、リーダーシップも取れる優秀な人間だ。そんな彼女がAクラスではなくBクラスに配属されたのは何か理由があるのかと疑っていたが、恐らく()()()()()()なんだろう。

 此処で問い詰めたり弱みを握ったりするのではなく、あくまで本人の自由意志に委ねるのが、何というか中禅寺らしいと思った。

 

「――うん。ありがとう。」

 

「それより、もう一つの方を片付けるとしようか。」

 

「もう一つの方って?」

 

「探しているのだろう、武内という人のことを。」

 

「え、どうして――こないだは知らないって言ってたのに?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「不思議なことなど何一つ無いのだよ、一之瀬さん――。」

 

 

 

 

 

 

 








〜裏設定〜

榎木津真一郎 18歳 東京大学文科一類 入学
知力:真面目にやれば有栖ちゃんくらい
武力:真面目にやれば高円寺くらい
特技:人の過去を視ること
許嫁:中禅寺君の姉(幼馴染で同級生)
職業:神、名探偵、学生


あくまで二次創作だからね、榎木津礼二郎のそれは後天的だから遺伝しないとか突っこまないでね。



いつもお読み頂きありがとうございます。
感想、お気に入り登録頂いた方、感謝申し上げます。


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五徳猫の氷 四

 

 

 中禅寺君は昨日の榎木津さんによる突撃の後、私に一旦帰って生徒会の仕事を片付けるように言い、次に来るときは――翌日の今日だけど――夕方(逢魔が時)に再訪するよう指示した。

 

 幸いなことに、昨日、榎木津さんは神社を出て直ぐに理事会メンバーに合流したそうだけど、校長先生も有栖ちゃんのお父さん理事長も後で見た感じでは疲労困憊といった顔だったのが印象深い。――きっとあの調子で何かやらかしたんだろうな。打ち合わせや監査の中身は知らないけど、何となく想像はつく。

 

 過去を視ることの出来る人――恐ろしいけど、悲しくもある。その人の過去を視ながら関係を深めるだなんて、私には出来ないもの。

 

 そう言えば何故か有栖ちゃんからも労いのメッセージが届いたんだけど、榎木津さんは有栖ちゃんに一体何をしたんだろう?また今度、遊びに行くときに労い合おうかな。

 

「お待ちしてましたよ、一之瀬さん。」

 

 そんなことを考えていると、本殿の方から中禅寺君が姿を現した。いつもとは服装からして雰囲気が違う。漆黒の着流し。手には手甲。黒足袋に黒下駄。鼻緒だけが赤い。魔除けの五芒星(晴明桔梗)を染め抜いた真っ白な羽織を手にした、黒衣の男。

 いつもの鋭い目付きも何倍にも増して禍々しい、或いは逆に一種の神聖さを持つようにさえ見える。ジリジリと照らす西日が、その光と陰をより際立たせている。

 

 綾小路君はというと、脇に控えていつもの無表情を顔に貼り付けている。心持ち、楽しそうに見えるのは気のせいかしら。

 

「こんにちはでいいのかな、中禅寺君。その格好は?」

 

「まあ、ボクの正装といったところだ。ボクはこの神社の宮司をしているけど、副業として『憑き物落とし』をすることもあるんだ。」

 

「憑き物落とし――」

 

「そう。人は様々な呪いを受けて生きているんだ。簡単に言えば、そうした呪いを解きほぐしてその人本来のあるがままに戻すこと。これが憑き物落としだ。」

 

「呪い、ね――。榎木津さんは、私に『化け猫が憑いて居るから祓って』と中禅寺君に言っていたけど、具体的に私はどういうことをすればいいのかな?」

 

「そうだね――先ずはキミから“鍛冶が媼(かじがばば)”の猫を祓うとしよう。」

 

「鍛冶が媼の『猫』――?」

 

「こんな話だ。ある時旅人が山中で野宿をしようとすると、山猫の集団に襲われた。旅人が反撃として持っていた刀で群れのリーダーを切りつけたところ、群れは逃げるように去っていった。その後、旅人が血痕を辿って行ったところ、麓の村の鍛冶屋で店主の母を食い殺した上で、その(おうな)に成り代わっている化け猫を発見し、成敗した、というのが大まかなストーリーだ。」

 

「その話は何の関係が――?」

 

「だから、その武内という生徒が鍛冶が媼の猫だというんだ。」

 

 武内さんが、猫?

 一体何のことだろうと思っていると、何やら納得した様子の綾小路君が何枚かの紙を取り出す。

 

「なるほど、それで中禅寺はオレにこれを調べさせたのか。」

 

「ちょっと見せてもらえるかな?」

 

 南雲副会長に頂いた資料だ。――いや、違う。それよりかなり詳細に書かれている。両親は健在、双子の弟もボクシングをやっていて、入学前は――生活部?ボクシングとはかけ離れているじゃない!入学前の評価にもそのようなことは一切書かれていない。

 

「双子――まさか!?」

 

「入れ替わったんじゃないか、多分。この学校の生徒が敷地外に出るときは必ず教師が同行して監視を受ける。外部と連絡を取り合うなんて出来ないから、試合の時だけ入れ替わるのも難しい。故に入学のときには既に入れ替わっていたと考えるのが自然だろう。」

 

「でも、どうしてそんなことを・・・」

 

「ボクも調べてみて知ったのだが、ボクシングを真面目にやろうとすると意外と金がかかる。ちゃんとした設備、トレーナー、スパーリング相手――才能ある選手ならまだしも、それで奨学金をもらえる高校はごく僅かだし、もちろん生活費だってかかる。そういう意味ではこの学校は最適だと考えたんじゃあないか。なあ綾小路君?」

 

「よくわからないが、オレもそう思うぞ。」

 

「綾小路君はどうやってこれを?」

 

「正規のルートだと買えなさそうだからな、堀北先輩にお願いしたんだ。」

 

「堀北会長に!?――なるほどねえ。」

 

「基本的には全て証拠は無く、憶測に過ぎない。学校の先生なんかに聞いたって教えてくれないだろう。何故なら認めた瞬間に替え玉受験に騙されましたと言っているようなもんだからね。」

 

「学校側はどうやって気づいたんだろう。ボクシングを通じて接しているうちに星之宮先生が気づいた、ということはあるかもしれないけど。」

 

「うん、ボクもその線だと思う。そもそも教員と言えど、この学校から外出するのは非常に難しい。――だけど保健医なら別だ。学会や外部の専門医とのやり取り等、比較的自由に外出することができる。また、担当科目を持たないから、日中も時間を確保しやすい。」

 

「ああ、内偵者でもあるのか。」

 

 事実かどうかは分からない。あくまで中禅寺君と綾小路君の推測の域は出ていないけど、強く否定できる要素も無い。

 

「これは、朝比奈先輩には報告出来ないね。」

 

「そうだね。合ってても間違ってても、キミも先輩も幸せにならない。」

 

「りょーかい。――少し締まりは悪いけど、これにて一件落着で良いのかな?」

 

 私がそう言うと、中禅寺君は少し困ったような顔をして呟いた。

 

「いや、まあこれで終いにしても良いのだが――」

 

「どうしたんだ、中禅寺。珍しく歯切れが悪いじゃないか。」

 

「一之瀬さん、あの五徳猫――星之宮先生は余り信用し過ぎ無い方が良い。」

 

「信用し過ぎ無い方が良いって――」

 

「どういうことだ?」

 

 悩んだ様子の中禅寺君に私と綾小路君が尋ねる。

 

「もしかしたら優しく相談にのってくれるかもしれないし、アドバイスをくれることもあるだろう。だけど彼女らは『次がある』人達なんだ。星之宮先生だけじゃない、この学校の担任連中は自分のクラスを勝たせてあげたいという気持ちは確かにあるのだろう。だけど所詮は『自分の査定に響くから』とか『プライドに影響するから』とか、その程度のコミットメントでしかないんだ。――そしてそれはキミも同じだ、綾小路君。先生から見て良い子であり続ける必要は無いし、時には利用し、利用される関係の方が、ボクは健全だと思う。」

 

「どうした急に。」

 

「キミらは隠したいことが多そうだからね、ボクなりのアドバイスさ。」

 

「言いたいことはわかるけど、賛成は出来ない、かな。」

 

「うん、まあそれで良い。“五徳”というのは“仁義礼智信”の五つで成り立っている。でも五つでは足りない。“忠孝悌”の三つが忘れられているからね。」

 

「南総里見八犬伝でも出てくるあれだな。」

 

「“忠孝悌”――つまり家族や友人、仲間を想う心だ。」

 

「意外と中禅寺君はロマンチストなのね。」

 

「茶化すんじゃないよ。――一之瀬さん、榎さんの漏らした言葉から何となく想像はつくが、もしキミが間違えたり、困ったり、或いは立ち直れなくなったとき、頼れるのは先生じゃない。仲間であり友人なんだ。だから大事にしたまえ。」

 

「言われるまでもないわね。――でも、ありがとう。それじゃあ中禅寺君も友人にカウントして良いのか、にゃ?」

 

 私がそう言うと、その目付きの悪い男は目線を彷徨わせ、人差し指でぽりぽりと頬をかいた。その様子はまるで猫が顔を洗うような仕草に見えた。

 

 

 

 

「しても良いが、調査にかかった(PP)は取るぞ。」

 

 

 

 

 ――台無しだよ!

 

 

 

 

 

--------------------------------------------

 

 

 

 

 

 

 

 長い一日が終わった。もう夜も22時に近くなっている。帰りにコンビニに寄って明日の朝のパンを買っていこう。

 

 この何日か関わっていた中禅寺君は思ったより怖くなかったし、優しかった。朝比奈先輩には少し申し訳ないけど、私としてはある意味での心の(つか)えがとれ、憑き物が落ちたような気分だ。

 でも何か忘れているような――ああ、星之宮先生のアイス泥棒騒動だ。どうでも良すぎて忘れていたけど、職員寮の中で泥棒なんて発生し得ないし、きっと――。

 

「おや、一之瀬さん、今帰りかい?」

 

「中禅寺君――そうだよ。君は神社からの帰りかな?随分と遅くまで居たんだね。」

 

 バッタリ出会ってしまった。夕方に別れたばかりなので何となく気まずい。

 

「昼間に出来なかった事が沢山あったからね。」

 

「にゃはは――。それは申し訳ないにゃ。」

 

「夜ももう遅い、寮まで送って行こう。」

 

「ありがとう。でも、コンビニに寄って行くから。」

 

「ボクも寄っていくよ。明日の朝ご飯とかも買いたいしね。」

 

 慣れてみれば地獄のような目つきをしている以外は、意外と紳士的だ。そう言えばコンビニで出会ったあの日も、今思い返してみれば余程紳士的だったのかもしれない。

 

 私たちは他愛もない話をしながらコンビニの前まで来たけど――何か見慣れたオブジェクトがコンビニの前に鎮座している。

 

「星之宮先生!」

 

「むにゃ~?ほにゃみちゃんじゃな~い・・・ほにゃみちゃんが3人と、隣に居るのは・・・スヤァ。」

 

 うっ――お酒臭い。こんな日も変わらぬうちにこれ程までに酔いつぶれるなんて、一体誰とどれだけ飲んだのか。手に持ったコンビニの袋にはカップ麺とポカリとヘパリーゼ(二日酔の薬)とアイスが二つ――ダメだ、庇いきれないかもしれない。

 

「先生ダメですよ、こんなところで寝ちゃあ!中禅寺君、ちょっと手伝って!」

 

 彼を見ると、苦虫を百匹ほど纏めて嚙み潰したような顔をしている。 

 

「一之瀬さん、彼女もいい大人なんだから放っておかないか?甘やかすと良くない。」

 

「ダメだよ、風邪ひいちゃうかもしれないじゃない。」

 

「反省しない大人にはいい薬だと思うんだけどねぇ。」

 

「ほら、そっちの肩と、荷物を持ってくれる?先生の部屋は知ってるから。」

 

「むにゃあ~。」

 

 中禅寺君は渋々中の渋々と言った感じで手伝ってくれた。15分ほど歩いて職員寮まで辿り着くと、タイミング良く(あるいは悪く)茶柱先生が帰宅してきた所だった。

 

「中禅寺と一之瀬、どうして――いや、本当にすまない。範を示すべき大人がこの様子では――私が代わって謝罪しよう。星之宮(このバカ)は預かるから、帰っていいぞ。」

 

「わかりました。それでは後のことは宜しくお願いします。」

 

 私たちは踵を返し職員寮を後にする。

 

「んー疲れた!ありがとうね、中禅寺君。」

 

 彼の手を見ると、アイスを二つ持っている。――まさか。

 

「もしかして、星之宮先生の?」

 

「いや、誰のものかわからないが、気づいたらボクの手の中にあったんだ。」

 

「そうか、じゃあ仕方ないね。」

 

「ああ、仕方ない。ちなみにだけど、一之瀬さんはバニラとストロベリーならどちらが好きかな?」

 

「私はストロベリーかなあ。」

 

「ではこちらをどうぞ。」

 

 私たちは寮の前のベンチに並んで座り、べたべたとした温い潮風を受けながら口の中だけでも涼を取る。疲れ果てた体に甘味が染み込む。本当に今日一日、長かった。

 

「まるで五徳猫だな。」

 

 パクリとアイスを口に運びながら中禅寺君が話し出す。

 

「どういうところが?」

 

「五徳猫は七つの徳のうち、二つの徳を忘れた猫だが――星之宮先生は二つどころか四つも五つも忘れてそうだ。」

 

「にゃはは――。」

 

 これから先、星之宮先生に頼らなければならない特別試験もあるだろうけど――本当ね。

 茶柱先生みたいに連絡事項とか忘れられると困るんだけど。

 

「――でもまあ、星之宮先生が多くのことを忘れてくれたおかげで、こうして『二つの得』もあったことだし、今日のところは水に流してやるとしよう。」

 

 私たちは顔を見合わせ、笑いあった。

 

「そう言えば、あの神社に住み着いた猫。中禅寺君が面倒みてるんでしょ。」

 

「どうしてそう思ったんだね?」

 

「コンビニで買ってるサラダチキンのゴミ、社務所のゴミ箱に入ってたもの。前回行ったときも、その前に行ったときも。」

 

「Bクラスのリーダー様は憑かれやすい癖に変なところに目敏いな。」

 

「言い方!――ねえ、予算増額するから飼ってくれない?」

 

「いいよ。実家でも飼っていたし。」

 

「へえ!じゃあ、なんて名前がいいかなあ。ミケちゃんとかどうかな?」

 

「一之瀬さんにネーミングセンスが無いとは初めて知ったよ。」

 

「なんでよ!じゃあ中禅寺君も何か案を出してよ。」

 

「そうだね――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “五徳”にしようか。」

 

 

 






くぅ〜疲!

中禅寺君は最初に言いました。『五徳猫はダジャレである』と。

中禅寺君が星之宮先生を介抱するのは三度目です。つまり前二回にあたる『二つの徳』を忘れてしまった星之宮先生のことを五徳猫と言ったんですねえ。


宜しければ評価、お気に入り登録、感想など頂けると次回の更新が早まったりします。


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閑話 百器徒然袋 〜風〜



ウマ娘の新シナリオしなきゃいけないのでしばらく短編投稿ッス。
10連でシービー引けたのはハーメルンのおかげッス。
しかし社台解禁ってまじッスか…






 

 

▼長谷部波瑠加は観察している

 

 

 

 

 私に向けられる不躾な視線は、男子も女子もまず顔を見て、胸を見て、下半身を見る。最初の二つは順不同。

 これは中学生になった頃から始まったことだけど、未だに慣れることは無いし、慣れたくないとさえ思ってる。

 

 そんな気持ちで迎えたプールの授業。やはりと言うべきか一部の男子が“胸の大きさランキング”などという唾棄すべきモノで盛り上がっていた。

 見学者の列に紛れ辟易としながらふと見廻してみると、数少ない男子の見学者の中に彼――中禅寺夏目くんが居た。入学以来、この時が初めて彼を認識した時だったと思う。

 まるでソシャゲで天井まで回したのに1凸さえ出来なかった人のような仏頂面で、チラリと私の顔に視線を送ったものの、興味なさげに手元の書籍に視線を移し、ぺらり、ぺらりと捲りだした。

 その時の私は「へえ、珍しい人も居るんだな」くらいにしか感じなかったけど、その仏頂面と、ある意味では新鮮な気持ちにさせてくれたことが印象深かった。

 

 

 

 図書室は私のお気に入りスペースだ。特に辞典や謎の法令集がある隅の一角、高校生がまず使用しない棚がある周辺、此処は良い。

 

 もっと言えば、本という存在そのものが良い。此処で本を読んでいると煩わしい人間に話しかけられるリスクが減る。此処での本は私と外界を塞ぐ壁なのだ。

 

 ナッツーと教室や授業以外で出会ったのは四月の終わり頃。その時も陰気なクラスメイトという印象だった――而して今も余り変わらない――けど、そんな彼と偶々図書室で出会った。

 席に座って本を読んでいるフリをした私を一瞥すると、彼は私を恐らく背景か何かの一部と認識していたのか、何も言わずに画集か何かをあさっていた。

 不躾な視線は論外だけど、ここまで興味を持たれないというのも何か負けたような気持ちになり、少しイラッとしたのを覚えている。

 

 

 次に印象深いのが五月一日。ナッツーが平田君や篠原さんに反撃したあの日。

 私としては「よくぞ言ってくれた!」と拍手喝采したいところではあったけど、よくよく小テストの順位を見ると私より遥かに高い順位に彼の名前があったから、何となく裏切られた気持ちになった。

 

 その頃からだろうか、ナッツーのことを何となく目で追うようになったのは。

 

 ただその後も稀に図書室で見かけることはあったけど、未だ仲良くするには距離感が掴めないところがあるし、そもそも彼は終業のベルが鳴るとすぐさま居なくなって何処に居るか分からない。

 そうこうしているうちに中間テストが始まって、須藤君の一件があって、間もなく期末テスト。学力に余裕のない私は何処に居るかも判らない謎のクラスメイトより、自分が生き残るために必死だった。

 

 

 

「――長谷部さん、少しいいだろうか?」

 

 そんな彼から逆に話しかけられるとは思っても居なかった。無人島試験の初日に焚き火――彼が器用に灯したものだけど――の前で呼び止められたのだ。

 

「どうしたのかしら?」

 

「いや、ね、とても言いづらいのだけど、女子には“月のもの”があるだろう?こんな環境下で体調を崩したりする女子が出るかもしれない。特に長谷部さんと仲の良い――というか比較的話すことのできる、佐倉さんやクラスでも声の大きくない女子達は尚更だ。だから彼女らが()()なったら、目を配ってあげてほしいのだけど、良いだろうか。」

 

「――構わないけれど、櫛田さんや軽井沢さんから言ってもらった方が良いんじゃない?」

 

「櫛田さんや軽井沢さんは所謂『クラス内カースト』の高い人達だ。言いづらい女子も多いだろう。彼女達ではダメだというわけじゃないが、自然にこうした気遣いが出来て、何かあったら意見を通すことの出来る人はキミしか居ないと思ってる。」

 

 その時の私の気持ちは、驚き八割、喜び二割といったところだった。まさかクラスでも基本的には沈黙を守る彼が、ともすれば対立しがちな女子に適切な気遣いが出来るなんてという驚き。そして彼が実はこんなにも思い遣りに溢れた人だということを、今のところ私だけが知っているという喜び。しかも私のなけなしの承認欲求を満たしながら。

 

「わかったわ。――ところで、中禅寺君の下の名前は何だったかしら?」

 

「夏目、だがどうした?」

 

「じゃあ私は君を『ナッツー』って呼ぶね。これから宜しく♪」

 

 そう言うとナッツーはとても嫌そうな顔をしたけど、特に反論はなかったから私はそれを承認と捉えることにした。

 その後、佐藤さんや篠原さんにも同じようなことを頼んだことには、少し嫉妬したかな。

 

 

 

 豪華客船の旅も終わり、本格的に夏休みが始まると私は比較的暇を持て余すようになった。

 そんな折、行く宛もなくフラフラと歩いていると、弓道部であり『ぼっち仲間』の三宅明人が前を歩いていた。

 

「あ、みやっち!やっほー!何処に行くの?」

 

「ああ、長谷部か。中禅寺に呼ばれたから神社まで行くんだ。」

 

「ナッツーに?神社?神社ってあの敷地の端っこにある誰も居ない、あの?」

 

「ナッツーって……いや、どうやらあの神社は中禅寺が管理してるらしいぞ。」

 

「へえ〜。じゃあ私も行こっかな♪」

 

「『じゃあ』というのがよくわからんが、俺は構わないぞ。」

 

 

「いらっしゃい、三宅君――と長谷部さん?キミは呼んだおぼえは無いのだけど。」

 

「みやっちと偶々会って、ナッツーと何するか興味あるから来ちゃった♪」

 

 どうやらみやっちは神社の行事式で、ある役目を任せたいから呼ばれたようだ。彼らが話し合っている最中は暇なのでこの社務所の中を観察するが、一言で言えば、とっ散らかっている。人の歩いたり座ったりするスペース以外は(うずたか)く本や図面のようなものが積まれている。

 

「――じゃあ八月の真ん中頃にまた来てくれ。」

 

「わかった。」

 

「おっけー!」

 

 調子に乗って私も返事をすると、まるで「キミに言ったわけじゃない」と胡散臭いモノを見るようなジト目でナッツーに睨まれた。それくらいわかるわよ。でもこんな良い隠れ家、独り占めするなんてずるいじゃない?

 

 

 それから何回か――というよりほぼ一日置きくらいに通うようになった。

 最初のうちは無言が支配する空間だったけど、綾小路君も来ているらしいことを聞き、彼を真似して茶葉やお菓子を持って行くとその内会話してくれるようになった。まあ、無言の時間も心地悪いものでは無かったけど。

 

「――長谷部さんはこんな何も無いところで飽きないのかね?」

 

「何も無いことは無いじゃない。ナッツーも居るし。それより、快適空間作成のために整理して何も無いようにしてあげようか?」

 

「出来れば触らないで欲しいのだが――」

 

 会話をしている内に気づいたのだけど、ナッツーは実は押しに弱い――と言うよりむしろ女の子に甘い?気がする。お姉さんの“教育”が良かったのかしらね。

 まあさすがに捨てるのは怖いから、適当にダンボールとか棚を見繕って、関連しそうなタイトルの本や資料を突っ込んでいく。

 すると十二畳ほどの社務所も中々に見れるものになった。

 

「ふふーん♪一言くらい感謝されてあげても良いわよ!」

 

「ん。」

 

 一言どころではなく一文字の返事だった。でもまあ、この偏屈男が少し柔らかくなった気がするので良しとしよう。

 

 次は何して遊ぼうかな?

 

 

 

 

 

 

 

------------------------------------------------

 

 

 

 

 

 

▼佐倉愛里は悩んでいる

 

※時系列的には五徳猫の前です

 

 

 

 夏休みになったがオレはと言うと、これまたやることがとんと無い。櫛田や平田、軽井沢など陽の者たちは各々クラス内外の友達と遊んでいるようだが、オレが話すことのできる三バカの内、須藤は部活だし池や山内を誘って遊びに行くのは何か嫌だ。

 堀北は多分部屋で本でも読んでるか勉強でもしているんだろう。態々絡みに行ってチクチクと言われるのを寛容するほど、オレはマゾヒストではない。

 

 本と言えば中禅寺だが、奴も例の社務所に引き籠もっているらしく、パタリと姿を見ない。冷やかしにでも行ってみるかと遅めの朝食兼昼食を食べて外に出ると、日陰のベンチに佐倉がしょんぼりと座っていた。

 

「佐倉じゃないか、どうしたんだ?」

 

「綾小路君……!」

 

「悩み事か?もしかしてまたストーカーでも現れたのか?」

 

「ううん、違うの。――ねえ、綾小路君。綾小路君は幽霊って信じる人?」

 

 幽霊か。なるほどそう来たか。

 

「いいや、オレは見たことも無いしな。」

 

「そうなんだ……。」

 

「佐倉は見たのか?夏だからって無理に怪談話を広げなくてもいいんだぞ。」

 

「私も見たことは無いけど――最近、寮で不思議な現象に合うことが多くて。」

 

「不思議な現象?」

 

「うん。テレビを見ていたらノイズが走ったり、真夜中に金縛りにあったり――ううん、変な話をしてごめんね。多分私の勘違いだから、気にしないで!」

 

 そこまで話をして気にしないでと言うのもどうかと思うが……。落ち込んでいるのか出会った時より更に肩を落としている。

 

「――佐倉、今から時間はあるか?佐倉の悩みを解決するためにも行ってみたいところがあるんだが。」

 

「え!?いや、でも、あの、綾小路君も忙しいんじゃ――」

 

「そうでもないぞ。何より、佐倉のためだからな。」

 

 佐倉は「はうぅぅぅ」と顔を真っ赤にしている。こういう反応がいいんだよな。見ていて微笑ましくなるというか、堀北に絡みに行かなかったオレのナイス判断を褒めざるを得ない。

 

 

 

 

 ということで、困ったときの晴明稲荷神社である。

 

「佐倉は此処は知っていたか?」

 

「うん、何度か写真を撮りに。でも、此処って誰か居るの?」

 

「まあ、それは会ってから。でも、困ったときは御祓いというのは間違ってもいないだろう?」

 

「確かに…。」

 

 そう、“毒を以て毒を制す”という意味では此処、というより奴以上の適任は居ないだろう。どうせ居るだろうし。オレは迷いなく社務所の扉を開ける。

 

「邪魔するぞ。」

 

「お邪魔しまぁす…?」

 

「邪魔するなら帰り給え。」

 

 ちゃぶ台の向こうから中禅寺の声が聞こえる。今日もまたとびっきりの笑顔(仏頂面)で出迎えてくれる素敵(ツンデレ)な奴だ。

 

「残念ながらオレは関西人じゃないからノリツッコミは言わないぞ。」

 

「――最近思ってるのだがね、キミ、段々ボクに遠慮しなくなってきているよな。」

 

「まあ、そうだな。中禅寺だって、その分くらいの茶菓子は食べているだろう?」

 

 オレがそう言うと、中禅寺は心底嫌な顔をして盛大な溜め息を吐いた。

 

「それで、今日はまた珍しい人に連れ添って、一体何だと言うのだね。」

 

「佐倉の悩みを聞いてやってほしい。佐倉、いいか?」

 

「ふぇっ!?あの……私、その、うぅ……帰りますぅ……。」

 

 中禅寺の殺人鬼の視線に今にも戦線を離脱しそうな佐倉に代わり、オレが代わりに説明する。中禅寺はストーカー事件を知らないはずだから、ストーカー事件があったことは教えたものの細かい経緯は四捨五入して説明する。

 ちなみに佐倉、オレの背中に隠れてても良いから、途中で居なくなったりしないでくれよ。この状況で此奴と二人きりにされたら、何を言われるかわかったもんじゃない。

 

「――ストーカー、そして心霊現象ねぇ。長らくこの世界に居るが、ボクには縁のない話だ。御祓いをしてほしいというのなら金(PP)次第でやってもいいが、あまり意味はないよ。」

 

「じゃあ、私の勘違いってこと…?」

 

「そもそもだね、神道では亡くなられた方は皆、神様として祀られる。そうした人々が俗世で何か悪い事をするかと言えば、そうはならんだろう。神様だぞ?あとは浄土真宗なら教義的に念仏を唱えられた時点で成仏だ。キミも聞いたことはあるだろう?『善人なおもって往生す。況んや悪人をや』と。――しかしまあ、怨霊というのなら適切な対応が必要だがね。」

 

「というと?」

 

「日本三大怨霊は知っているかい?即ち菅原道真公、崇徳天皇、平将門公の三柱だが、彼らは元々人間でありながら強い恨み、未練を遺したと言われたが為に神様になり、祀られるようになった。それぞれ(ないがし)ろにしたときの祟りの伝承もあるしね。」

 

「怨霊の、祟りか――」

 

「キミも薄々気づいているだろう?今回の佐倉さんの相談は、つまり死者の残骸が悪さをしていることには違いないのだろうよ。」

 

「あの――それってやっぱり、ゆ、幽霊?」

 

「違う。つまりね、佐倉さん、とりあえずソイツを連れて部屋を見てもらいなさい。多分、テレビかその周りのコンセントか何かに盗聴器のようなものが仕掛けられている可能性が高い。」

 

「――ええ!?」

 

「まあ、もうそのストーカーは居ないみたいだから大した影響は無いだろうし、だから心配は無い。心配があるとすればソイツを部屋に上げても良いか悪いかというところだな。」

 

「ひぅっ!あ、綾小路君を、部屋に――はぅぅぅ///」

 

「すまん、佐倉。そんなに嫌だっただろうか?」

 

「い、嫌じゃないです!」

 

 そんな遣り取りを見ていた中禅寺は不機嫌な顔を三段階くらい引き上げ、ガシガシと頭を掻く。

 

「――金縛りの方は良質の睡眠が取れていないことの証だ。これは半分科学的に解明されている。夏だからとシャワーで済ませずきちんと湯船に浸かったり、寝る前にストレッチや白湯を飲む、或いは枕を変える等で無くなるだろうよ。――もういいだろう?キミ達、直ちに出て行き給え。」

 

「ああ、邪魔したな。佐倉、折角だからお参りでもして帰ろうか。」

 

「うん……!中禅寺君、どうもありがとう。」

 

「謝意はいずれ形のあるもので受け付けるよ。じゃあね。」

 

 佐倉も顔を青くしたり赤くしたり忙しそうではあったが、最終的には会ったときより顔色も良くなった。

 

 そんな彼女を見て、狐と猿の導きで、佐倉にも幸せが訪れるといいな、とオレは呑気に考えていた。

 

 

 

 

 ――ターニングポイントまで、あと一年。

 

 

 



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閑話 百器徒然袋 〜雲〜



ストゼロをキメて書いたネタ回です。


 

 

 

▼五徳は静かに暮らしたい

 

 

 長かった夏休みが終わった。

 

 学校の中は体育祭に向けて(にわか)に活気づいてきたところだが、中禅寺夏目にとっては煩わしいことこの上ないものだ。

 

 そんな夏目の朝は低血圧に抗うところから始まる。

 

 朝、6時半には目覚めるも中々布団からは出ない。今はまだ夏場であるためそこまででは無いが、冬場になると1時間は布団から出ないこともざらにある。

 

 ヨレヨレと起き上がると洗面所へ向かい、顔を洗って歯を磨くと、櫛を使い長めの髪の毛をやや強引に撫でつける。鏡に映る顔は仏頂面というよりも寧ろ病人のようだ。

 

 今日は休日であるため、身支度を整えると着流しを身に纏い、文字通り()()する。ちなみに朝食は取らない派だ。

 

 神社に到着すると直ぐに本の虫になるかと思いきや、まずは掃除から始まる。竹箒を持って境内を掃いてまわる姿は実にサマになっていて、このときばかりは夏目が神社育ちであることが明確に見受けられ、生来の真面目さが(うかが)える。

 

 掃き掃除が終われば、本殿の清掃だ。軽く室内用の箒で掃いた後、固く絞った雑巾で土足禁止のフロアを丁寧に手で拭いていく。榊に水をやり、御神酒を入れ替え、朝の祈祷を行う。祈祷と言っても一般的な二礼二拍手一礼だが、拍手の大きさ、礼の時の腰の角度、お辞儀の長さ、それらは一般人よりも洗練されていることは明らかだ。

 

 ここまでやってようやく社務所に向かうかと思いきや、最近新たに追加されたルーティン、猫の“五徳”の世話がある。

 

 飼い始めるとなると五月蝿くなったBクラスのリーダー様(いいんちょ)が餌を与えることもあるが、基本的には夏目が餌を準備する。なお、けやきモールの一角に何故かある動物病院で予防接種や何やをしたのは一之瀬だ。

 元は野良ということもあり五徳は暫くのあいだ外で飼われていたが、意外と人懐こく賢いことがわかったので、最近になって中に入ることを許可された。

 

 五徳に餌と水をやり、夏目は社務所に引きこもると自身にお茶を淹れ、五徳を愛でつつ図書室で借りてきた書籍を開く。もしかするとこの学校で、この瞬間が夏目にとって最大の癒やしの時間かもしれない。

 

 何も無い午前中を終えると、持ってきた手包みの中からカロリーバーを取り出してもそもそと食べる。

 社務所には簡易なキッチンがあり一口だがコンロもある。電子レンジ、冷蔵庫もあるので作ろうと思えば昼食くらいは作れるはずだが、そこは独り身の性か、面倒が勝って粗食になってしまう。

 

 粗末な昼食を取って一息ついた頃には、長谷部や綾小路などがやってくる。ほとんどが四方山話で中身の無いことが多いが、彼・彼女が誰かを連れてくる時は要注意だ。十中八九、面倒事に巻き込まれる。

 

 

 

「おはよーナッツー。」

 

「疾うに『こんにちは』の時間だ。」

 

「もう、そんなの気にしてると禿げるわよ。」

 

「――で、今日は何しに来たんだね。」

 

「良い茶菓子が手に入ったんだー。食べる?」

 

「くれるのか?」

 

「あー、私、温かいお茶が飲みたくなってきたかもー。」

 

「――わかった。今からお湯を沸かすから少々待ちたまえ。」

 

「やっぱ涼しい部屋で飲む温かいお茶っていいわよねぇ。」

 

「ハァ…。」

 

「みんな体育祭の練習で平日は疲れるじゃない?私も休日くらいはのんびりしたいのよ。」

 

「ボクものんびりしたいのだが――。」

 

「あら、私が居てものんびりしてて良いわよ?私は五徳と遊んでるから。ねえ、五徳ぅ♪」

 

「にゃあ。」

 

 夏目は猫と女の子には勝てないことを知っているので、長谷部波瑠加のペースから逃げることは早々に諦めた。*1

 

 

 

 

 夕方になり陽が傾いてきた頃、もう一人の飼い主こと一之瀬帆波が現れる。人気者である彼女は毎日来られるという訳では無いが、暇があれば癒やしを求めてやって来る。*2

 

「中禅寺君、お世話ありがとう!」

 

「一之瀬さんもお疲れ様。今日は体育祭の準備打ち合わせだったかな?」

 

「うん。どうしても先生方だけじゃ足りないところもあるからね。…と言っても私達も練習があるからそこまで深く携わるわけじゃないけど。」

 

 五徳を撫でながら帆波は夏目と会話する。五徳が付けている赤い首輪は帆波が買ってきたものだが、それに付いている招き猫のアクセサリーは例の軽井沢恵が置いていったのを夏目が加工したものだ。

 

「そうなのか。――一之瀬さん、そろそろ帰らないとスーパーの食材が売り切れるが大丈夫かね?」

 

「あっ!いけない!中禅寺君、思い出させてくれてありがとう!じゃあ、また来るね♪」

 

 来たときより心なしか足取り軽く帰る帆波を見て、或いは構われて少し気怠そうにする五徳を見て、夏目は少しだけ心の中で五徳に謝罪した。

 

 

 

 だいたい七時を過ぎると夏目はぼちぼちと帰る準備をしだす。

 そして夏目が帰った頃、コソコソと人目を盗んで五徳の縄張りを荒らす者が現れる。

 

 

「こいつがあの猫か…。一之瀬がいきなり神社の予算増額を訴えてくるから何かと思ったが、これは中々クセになるな。」

 

 まさかの兄北登場である。どうやらシスコンだけでなく下僕としての才能もあるらしい。

 五徳を膝の上で撫でつつ、思いを馳せる。

 

「ふむ、野良とは言え良いものを食べているのだろうな。肉づきも良いし、清潔にされて毛並みも揃っている。生徒会室で飼うのもアリか…?しかし可愛いな…。*3

 

 

 

 

 

 

「何してるの、兄さん…?」

 

 

 

 

 

 

「――鈴音か。体育祭前だというのに余裕そうだな、お前は。こんなところで猫と遊んでいる暇があるとは。」

 

「え、いや、雰囲気に騙されないですよ。まさか兄さんが猫好きだなんて知りませんでした。」

 

「――じゃあな、鈴音。体育祭の結果を楽しみにしている。」

 

 クールに立ち去る学。学の後ろ姿を見送る鈴音。その姿だけを見れば何とも絵になる二人だが、その合間には(五徳)が挟まっている。

 

 

「兄さんは一体どうしてしまったんでしょう…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――という夢をオレは見たんだがどう思う、中禅寺?」

 

「最後の方はともかく、ボクの生活が大体あっていることについて若干の恐怖を覚えているよ。フロイト先生も助走をつけて殴るレベルだ。」

 

 

*1
なお今の堀北からは逃げ切れる模様。

*2
順調に下僕への道を歩んでいる。

*3
事実陳列罪







この二次創作、二年生編って綾小路のラブコメを祓うだけの二次創作になるんじゃないかなぁ…?


え、一年生編から…?


で、できらぁ!



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ペーパーシャッフル
邪魅の花 〜宴の準備〜 一




【邪魅】

鳥山石燕『今昔画図続百鬼』



邪魅は魑魅(ちみ)の類なり


妖邪(ようじゃ)の悪気なるべし



 

 

 

 

-------------------------------------------------

 

 

 

 

 

 問――人の本質は善か悪か。

 

 

 

 

-------------------------------------------------

 

 

 

 

 

 体育祭は既に終わり、二学期中間テストも無事にオレ達Dクラス、そして学年全体も退学者を出すことなくテストを終えた。

 しかし喜びも束の間、生徒達は次の期末テストでもある特別試験――通称ペーパーシャッフルに備えることとなった。

 

 体育祭の顛末は特筆することはない。堀北がまんまと龍園に敗北しそうになったところへ助け舟を出したくらいだ。Cクラスの真鍋を脅して使ったが、この手はもう使えないだろうな。龍園にバレるのも時間の問題だろう。

 いくつかの撹乱要素は撒いたものの、真鍋との関わり、そして裏切り者であり龍園に通じている櫛田からの情報があれば、堀北の背後にいる『黒幕X』の候補はかなり絞られる。具体的にはオレか、中禅寺だ。

 奴の思考パターンなら『黒幕X』を暴き出すためにオレや中禅寺、或いはその周囲に居る人間を人質にする、或いは暴行するくらいまではやる。

 

 そんな予想もあり、体育祭への関与の仕方には、正直悩んだところもある。悩んだ結果、今までの路線を貫くことにしたのだが、混合リレーでは堀北生徒会長と勝負する羽目になったし、終わった後は同じクラスの佐藤から呼び出され「友達から始めてほしい」とお願いされた。

 ――さて、友達から始まって何で終わるのだろうか。今のところ、佐藤との関係を深めるつもりはない。普通に友達になれればそれで良いと思っているが、彼女は不満かもしれないな。

 

 友達と言えば、オレの数少ない友達である中禅寺は、体育祭の間、それはもう、とびっきりの仏頂面で気配を消していた。見ていて本当に運動が嫌いなんだなと思った。

 とは言いながらも、本番の成績自体は悪くなかったはずだ。特に騎馬戦では鞍上を務め、合気道で培った優れた体幹と反射神経でひらりひらりと相手を躱し、最後まで生き残っていた。

 

 

 

 

 ――そろそろ、オレ自身の身の振り方を考えなければならない時期に来ているのかもしれない。

 

 茶柱の脅しはもはや意味を成さなくなってきている。外からあの男がやって来ようとも、中禅寺や、あの榎木津という男に頼ることができれば、万が一退学することになったとしても何とかなりそうだ――その場合、オレは榎木津の下僕になるのだろうか?

 

 また、今のDクラスがAクラスを目指すために必要なリーダーも、須藤を手懐けることに成功した堀北がその座に就くだろう。櫛田という爆弾はあるし、上位クラスは実力の底を見せていないという不安要素はあるが。

 

 船上特別試験――干支試験――以来、堀北には敗北感を植え付けるように会話、行動してきた。確かに干支試験では辰グループとして多額のPPを得ることが出来たかもしれない。

 だがそれは堀北が考え、行動し、手繰り寄せた成果ではない。あくまで龍園やその他によってコントロールされた結果であることは当人も周りも認識している。

 

 一方で須藤を手懐けることに成功したのは評価出来る項目だろう。クラスのマイナス要因を打ち消すばかりではなく、戦力としてプラスに活用出来るならこれ以上の解決は無い。

 彼女は頭を下げることを覚え、ようやくクラスのリーダーを目指す下準備が出来たのだ。

 

 

 

 ――ということで、オレが居なくても何とか勝負になる土壌は出来つつあるというところ。

 

 なので、ここからオレが取り得る選択肢は、退学することを除けば、

①今のまま堀北やクラスメイトの背後で暗躍してAクラスを目指す。

②そんなことはさておいて全力で普通の青春を目指す。

③実力を出した上でAクラスを目指す。

くらいだろうか。

 

 まあ、友人の勧めでもあるし、オレとしては②を選びたいところだ。①は中禅寺にまたネチネチ言われるだろうし、③は正直、面倒だ。

 

 そんなオレの私生活はと言うと、軽井沢と時折神社で会ったり、電話するなどで交流を継続している。彼女と会話していると、所謂『一般』と呼ばれる水準がわかるし、どうすれば相手が喜ぶのかという感情面からのアプローチも向上する。軽井沢も何だかんだ、ぶつくさ言いながらも付き合ってくれるので、悪い気はしていないのだろう。対外的にはまだ平田との交際は継続中なので、あまり外で会うことはしていないが、軽井沢と平田との関係も見直してもらわなくちゃいけないな。

 

 

 

 とまあ、こんな状況で迎える特別試験だ。

 

 

 

「なあ、堀北。今度の試験、どう見る?」

 

「勝ち筋には気づいているわ。さっきの茶柱先生の説明の中にヒントは揃っていた。」

 

「――へえ。」

 

「平田君たちを呼んで、直ぐにでも作戦会議をしましょう。」

 

「中禅寺は呼ばなくて良いのか?」

 

「彼は――優秀だけど、今回は必要無いわ。クラスの中で役割を与え、全うしてもらうつもりよ。」

 

「わかった。お前の考えに従おう。」

 

 何時になく自信のある様子だ。それほど龍園に屈服しかけたのが悔しかったのだろうか、次こそは負けない、という意志を感じる。場合によっては、今回の試験で櫛田を処分しなければならないだろう。

 

 堀北が自分の殻を破るのには、あと一歩、というところか――。

 

 

 

 

 

-------------------------------------------------

 

 

 

 

 

 

 ――あと一歩。

 

 

 

 

 

 

 あと一歩であの憎たらしい女を辱めることが出来たのに。

 

 私はトイレの個室の中で爪を噛みながら怒りに震える。

 

 龍園も口ほどにない。あれだけ私が情報を与えてやったのに、最後はCクラス内部の裏切り者のせいで頓挫しやがった。

 そもそも、私との約束はあの女の『退学』に協力することであって、屈服させることは副次的要素だ。改めて約束を履行するよう求めなくてはならない。

 

 Dクラスの掌握については、幾つかの懸念事項がある。堀北と綾小路は絶許リストの殿堂入りだが、その他にも高円寺や気持ち悪い視線を送ってくる山内、池――それから得体の知れない中禅寺などがいる。

 

 中禅寺へは4月から声を掛けようとしていたが、放課後は直ぐに居なくなるし、休み時間などは私が忙しい。休日はといえば、この狭い敷地の中なのに会ったことすら無い。唯一の機会が無人島試験だったのだが、こちらから話しかけても「ああ」とか「うん」とか、一言の返事がほとんどだ。その後の客船の中でも見掛けなかったし、コミュニケーションが取れなければ私としてはどうしようも無いし、不安しかない。

 

 ――そう言えば長谷部波瑠加が中禅寺のことを『ナッツー』と呼んでいた。

 あの男嫌い、群れ嫌いがニックネームで呼ぶということは、ある程度信頼できる人物、なのだろうか……?

 

 少しだけ気持ちが落ち着いてきたのか、思いを走らせる。

 

 ――彼はどういった秘密を抱える人なんだろう。

 

 今までの人生で、これ程自分に興味を持たれなかったことは少ない。それは腹立たしいことでもあるが、一方でそうした人間の特異性、そういったものにも興味はある。

 

 この学校でもそうだが、今まで関わってきた人の多くは、私が被る善人のマスクを見ると警戒心を解き、様々な秘密の捌け口に私を使ってきた。だけど私が欲しいのはそんなものじゃない。ただ自身への称賛が欲しいだけなのだ。だが、副産物として集まってくるそれらは、私の身を守る盾であり、攻撃する矛になる。

 

 15年も生きていると、人は自分の“ランク”に何となく気づき出す。

 確かに私は人並み以上に勉強を頑張っているし、運動もできる。容姿だってそれなり以上に高い。

 

 でも、本当の一流には敵わない。

 

 この学校の女子で言えば、人望容姿は一之瀬帆波に劣り、知能は坂柳有栖に劣り、運動はクソムカつく堀北鈴音に劣る。

 そんな永遠の1.5流。それが今の私。

 だからこそ、他人の秘密という矛と盾を集めることで、そうした一流と勝負が出来るようになる。

 

 中禅寺夏目はどうだろうか。

 

 酷い目付きをしているものの、容姿は悪くない。むしろ良い。勉強は私よりも出来る。運動も好んではいないが、体育祭の様子を見る限り不得手というわけでは無いようだ。無人島では須藤を鎮圧していたし、暴力沙汰にも抵抗は少ない。一方でコミュニケーション能力は壊滅的。一部を除いて学内で誰かと話しているところは殆ど見ていない。

 

 

 

 ――何これ、男版の堀北じゃないの。

 

 

 

 あーやだやだ。そう考えると一気に嫌悪感が湧いてきた。どうせ自分の実力に胡座をかいて他人を見下しているに違いない。

 もし本当にそういう奴なら綾小路と堀北を潰すついでに――ぶっ潰してやってもいい。

 

 私は、私を認めない人間を、認めない。

 

 私を見下ろすことが出来るのは、私だけなのだ。

 

 

 

 

 

 さて、気分転換も終えたところで堀北の邪魔でもしに行きますか。

 校舎の階段を降りていくと、丁度堀北や綾小路、平田らが作戦会議をしようとしていたところだった。

 

 この試験でやるべきことは簡単だ。相手――おそらくCクラスになるだろうが――への問題をすり替える、或いは解答を予め手に入れることで堀北は簡単に負けるだろう。私は相手から問題を手に入れ、高得点を狙う。

 

 うん、サシウマを付けてもいいかもしれない。堀北の退学を条件に勝負でもしてやろうか。無様に泣き叫びながら退学する様子を見れば、取引相手(龍園)だって愉しんでもらえるだろう。

 

 

「あの!私も参加してもいいかな?――それとも、迷惑、かな?」

 

「僕はいいと思うよ!櫛田さんはクラスのこと、よく理解してるしね。」

 

「――もちろんよ、櫛田さん。遅かれ早かれ、貴女には声をかけるつもりだったから。」

 

 ふん、取り繕うのは上手いじゃない。微塵もそんな風に考えてなかったくせに。どうせ私がテストを横流しするとでも思ってるんでしょ?正解よ。

 まあいいわ。だとしてもコチラにとっては好都合というもの。せいぜい利用させてもらうわ。

 

 

 

 その後、喫茶《パレット》にて堀北からペア分けの作戦が説明され、予想通りCクラスを相手取ることも決まった。

 また、小テストの結果、私は池とペアを組むことになった。三バカの中ではまだマシな方で助かったといえば助かったが、これで自由に動ける時間は少なくなってしまった。

 

 中禅寺は――外村とペア、ね。確か船上試験でも同じグループだったはず。クラスの足を引っ張ることは無いだろう。

 綾小路は佐藤とペアだが、こいつも最近様子がおかしい。体育祭で惚れたか?確かに足は速かったけど、足が速い男子に惚れるとか小学生か。

 

 

 Dクラスは平田、堀北、そして私が講師役となり、勉強の苦手な生徒の勉強会をすることになった。

 私の時間を削られる分、彼ら彼女らには存分に恩を売るとしよう。これもまた、自身の身を守る術だ。

 

 

 

 

 






投稿先間違えちゃった。テヘペロでござんす。




幸村の霊圧が消えた…!?





3/2 日間ランキング15位…!?

思わず3度見くらいしました。

閲覧、お気に入り登録、誠にありがとうございます。恐縮する限りです。マジでビビってます。

また、いつも感想やここすきを頂く皆様、ありがとうございます。励みになっています。
ご期待に添えれるよう、文章力、構成力の向上に努めます。
今後とも宜しくお願いします。





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邪魅の花 〜宴の準備〜 二

 

 

 

「あ、きよぽん。」

 

「誰がきよぽんだ。」

 

 クラスでの勉強会が通知されると、オレは長谷部と三宅に声をかけられた。

 

 夏休みの招き猫事件以来、この二人とはしばしば晴明稲荷神社(あそこ)で顔を合わせる仲になった。秋分のときの行事も一緒に手伝ったりしたが、その時も『とある事件』に巻き込まれることになった。まあ、そのことは割愛するが、少なくとも知り合い以上の関係にはなれていると思う。

 

「綾小路、オレと長谷部がペアになったんだが、お互い得意不得意教科が被っていて困っている。平田や堀北の勉強会に参加しても良いが、あっちも人数が多いからな……。」

 

 確かに悩むのもわかる。この二人は中の下〜中の中位の学力だ。他の問題児たちに比べると放置されやすいだろう。かと言って万が一が無いわけでは無い。

 

「教師役の心当たりはあるが――中禅寺に頼むか。」

 

「きよぽん、それナイスアイディア!」

 

「――なら私と平田君からの要請でもある、と伝えておいてくれるかしら。」

 

 堀北がヨコから口を挟む。

 

「そろそろ、彼にもクラスの一員として働いてもらわなければいけないわ。」

 

「しかし提案しておいて言うのも何だが、そう簡単に首を縦に振るだろうか。」

 

「長谷部さんと三宅君なら大丈夫じゃないかしら。池君や山内君だと、難しいかもしれないけど。それでも頑ななようなら、私が行って交渉するわ。」

 

「わかった。まだそんなに遠くには居ないはずだ。パレットにでも呼び出すか。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――というわけで、中禅寺、勉強を教えてほしいんだ。頼む。」

 

「お願い、ナッツー。」

 

「――まあ、キミ達なら良かろう。ボクも神社の業務をしなくちゃいけないから、毎日とはいかないが……。」

 

 アイスティーをストレートで飲みながら、意外にも二つ返事で承ける中禅寺にオレも口を出す。

 

「助かる、中禅寺。オレも出来る限りサポートする。」

 

「随分と殊勝じゃないか。どんな風の吹き回しだ。」

 

「体育祭以来、クラスの雰囲気が良い。ここらでクラスポイントを積み上げて、Cクラスとの差を埋めたい。」

 

「きよぽん、意外と野心家ね。何か心境の変化でもあったの?」

 

「いや、特に何かあったというわけじゃないんだが……。」

 

「まあ良いだろう。――だが二つ条件がある。まず一つ、確かキミは佐藤さんとペアだったな。どうするつもりだ?」

 

「佐藤が勉強を見て欲しいというのなら、このチームの活動が無い日にやる。中禅寺もハカセとペアだろう?」

 

「そうだな。まあ、上手くやりたまえ。連れて来ないなら問題はない。」

 

「すまないな、綾小路、中禅寺。」

 

「いいんだ、三宅君。ボクは兎も角、此奴はちょっとくらい苦労させたほうが良いんだ。」

 

「おい。」

 

「それから二つ目、キミ達には『御火焚祭』の手伝いをしてもらいたい。」

 

「おひたきさい?」と長谷部が聞き返す。

 

「『御火焚祭』とは旧暦の11月18日に主に京都の神社で秋の収穫、五穀豊穣に感謝するためにする祭りだ。厄除け、家内安全、商売繁盛などのために社前に井桁に組んだ護摩木を火床に入れて焚き上げる。」

 

「こないだ俺がやったような、弓を使うのか?」

 

「いや、そこまでじゃない。だが大きめの火を使うから、もしものための消火要因として何人か確保しなくちゃいけないんだ。」

 

「いつやるんだ?」

 

「期末テストが終わった週の土曜にしようと思っている。まあ、何もなければ楽しんで行ってくれ。見学は自由だから誰か誘っても良いぞ。」

 

「いいわねえ。私、キャンプファイヤーの動画見るのとか好きなの。」

 

「さて、そろそろ勉強に取り掛かるとしよう――」

 

 長谷部と三宅の小テストの結果やノートを見せてもらうと、見事に間違いの傾向が一致している。仲良しか、こいつらは。

 だがこの分なら手間も増えなくて有り難い。今日のところは方針だけ共有しておいて、オレは堀北に試験の裏ルールを確認させるとしようか。

 

 そう言えば、もうすぐオレの誕生日だな。まあ、誰かに祝ってもらったことなど無いが、もしこのメンバーで集まれるのなら――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――で、オレに特別試験の勝ち筋は教えてくれないのか、堀北?」

 

「どこで誰が聞いているかわからないわ。特に、身内にスパイが居るとわかっている状況ではね。」

 

「そうか。なら、どの程度の問題まで出すことができるのか、確認はしておくべきだろう。授業ではやってないが、今までの授業で習った範囲の解法で解けるとか、授業で習った範囲だが、解法は高校生レベルを超えている、とか。」

 

「確かにその通りね。やっておくわ。」

 

「ところで、相手に出す試験問題の作成は誰がやっているんだ?」

 

「私と、平田君よ。進行状況はあなたにも共有するわ。」

 

「櫛田は関わっていないんだな。」

 

「ええ。情報は可能な限り封鎖しているけど――それだけじゃ解決しないんでしょうね。私なりに、対策は考えているわ。」

 

「そうか。」

 

「あと、お願いがあるのだけれど――中禅寺君の勉強会が休みの日、こっちの勉強会にも来てほしいの。正直、手が足りなくて困っているわ。あなたのペアの佐藤さんもいるし、どうかしら。」

 

「佐藤か。今のグループの方が居心地が良いからあまり気乗りはしないが、しょうがないな。」

 

「――貴方もだいぶ丸くなったわね。いえ、人間らしくなったというか。」

 

 どの口が言うんだというツッコミ待ちなのだろうか。でもまあ、自覚はある。タイミングをはかる必要はあるが、今の堀北になら、オレの過去を明かしても良いかもしれないな。

 

「中禅寺のせいだな。この半年、アイツに色々とパシらされているうちに、こうなってしまった。だが堀北もコンパスを握りしめていた時から比べると、かなり丸くなったと思うぞ。」

 

「そう――。ありがとう、と言っておくわ。でも今、私達が戦わなければならないのは、櫛田さんね。」

 

 同じ中学だった堀北もよく知らない櫛田の過去。オレ以上に隠さなくてはいけない過去など、正直、法に触れるもの以外は大したことは無いと思うのだが、櫛田にとっては何よりも重要なんだろう。

 

「もし私がこの学校に居なければ、きっと彼女はこんな愚かなことをせずとも、Dクラスの皆から頼られ、信頼される人間として過ごしたでしょう。そういう意味では、私の存在が彼女の可能性を摘み取ってしまったと言える。――もちろん、私自身には何の否も無いわ。でも、無関係でも無い。」

 

「どうするつもりだ?」

 

「私なりに対処するわ。」

 

「――中禅寺に相談してみたらどうだ?こういう時こそ『憑き物落とし』の出番だろう。堀北と櫛田から過去の因縁を祓ってもらう。」

 

「――それも一つの手段ね。でも私は今回、自身の退学を賭けてでも真正面から彼女に向き合ってみるつもり。それでもダメなら、彼に頭を下げるわ。」

 

「甘いな。有無を言わさず櫛田を退学に追い込むことだって出来るだろうに。けど、嫌いじゃ無い。骨くらいは拾ってやろう。」

 

「はぁ……。あなたも協力するのよ。」

 

 大きなため息と共に堀北が言う。ため息を吐きたいのはこちらの方だ。いざとなったら、オレの進退も賭ける必要があるかもしれないな。

 けど、其処までして守りたい秘密とは何だろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

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 勉強会が終わると、私は堀北に呼び出された。おそらくはテストを利用して勝負をしようというところか。

 

「待たせてすまないわ、櫛田さん。」

 

「どうしたの?綾小路君と作戦会議でもしていたのかな?」

 

「腹の探り合いはもういいわ。あなたは、同じ中学の出身であり、あなたの過去を知る私を退学させたいと思っている。そうよね?」

 

「うん♪同じ中学で同じ学年――私は、あの事件を知っている堀北さんに、この学校から居なくなって欲しいって思ってるよ♪」

 

「私が知る情報は断片的なもので、実際に何があったのかは噂程度しか知り得ていないわ。」

 

「でもそれは堀北さんの自己申告であって、保証はないよね。可能性が少しでもある限り、私はあなたを排除するわ。」

 

「そう――なら、今度の試験で賭けをしましょう、櫛田さん。私が負ければ、自主退学する。私が勝てば、あなたが私を妨害することを諦めてもらうわ。」

 

「でも、単純に総合点の勝負とかなら、私は堀北さんに勝てないんじゃないかなぁ?今までのテストでも勝ったことはないし。」

 

「なら一科目だけ。期末テスト八教科であなたが得意とする一科目だけ、それでも構わないわ。不満はある?」

 

「それって唯の口約束になるんじゃないかなぁ。負けた方は知らんぷりすれば良いんだし。」

 

「心配の必要は無いわ。」

 

 一々と憎々しい。が、どうしてここまで冷静で腹を括って居られるのだろうか。まるで私がこの賭けに乗るのを確信しているかのように。

 しかしそんなことを考えた矢先、予想出来ない闖入者が現れた。

 

「――では、俺が証人となろう。」

 

「堀北、生徒会長――」

 

 そういうことか!自らの弱点ともなろう兄を、既に巻き込む覚悟をしてきてから私と相対しているのか、この女は!

 ――クソが!精神面では完全に優位を取られている。

 

「久しぶりだな、櫛田。」

 

「私のこと、覚えていたんですね……。」

 

「一度見た人の顔は忘れない。」

 

「この学校で私が最も信用できる人――そして、あなたもある程度信用できる人ではないかしら。」

 

「堀北先輩は私達の事情を?」

 

「興味は無い。俺はただ、証人として呼ばれたに過ぎない。たとえその結果、妹が退学することになったとしても、妹が持ち掛けた勝負なんだろう。俺が口を挟むことではない。」

 

 チッ……逃げ道を最初から封じてきたか、このシスコンとブラコンめ。なら、こちらも腹を括るしかない、か。

 

「堀北さん、本気なんだね――良いよ、その勝負、乗ってあげる。希望科目は数学、同点の場合は無効、かな。」

 

「成立だな。もしどちらかが約束を違えた場合、容赦はしない。覚悟しておけ。」

 

 そう言うと堀北先輩は去っていった。

 一時は危ないかと思ったが、私には外部の協力者も居る。負けにしないことは出来るはずだ。

 

 

 

 そして何より、この勝負の条件には()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 堀北は気付いていないようだが、堀北先輩は気付いているだろうな。元々、私にはメリットしかない勝負だ。

 さて、そろそろこの茶番も終わらせようか。

 

「期末テスト、楽しみだね。」

 

「お互い、全力を尽くしましょう。」

 

「綾小路君も宜しくね♪私だって間抜けじゃないから。どうせそのポケットにしまってある携帯を通話にしているんでしょ?直接会って話をしない?」

 

 アイツも勝負に巻き込んで退学にしてやるか――。

 

 







 閲覧ありがとうございます。おかげ様でお気に入り登録が1000を超えそうです。チビリそうです。

 元はと言えばクズヒモ君とか雑魚君とか孔明君とかお利口ゴリラ君とか、その他よう実二次創作界隈の偉大なる先駆者様達に影響されて、何の気も無しに始めたモノですが、非才の身で此処まで続けられているのも読者の皆様の温かいご支援のお陰です。心から感謝します。


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邪魅の花 〜宴の準備〜 三



「――そうだ。騙されているのは騙している方だ。」

(京極夏彦『塗仏の宴』)





 

 

 

 その日、オレは教室で堀北と別れると、その足で晴明稲荷神社へ向かった。

 家主は今日も着流しを身に纏い、不機嫌を極めたような仏頂面で器用にもぺらり、ぺらりと片手で本を捲りながら(五徳)を撫でている。

 こいつの私服、全て和服なのだろうかという場違いな疑問が浮かんでしまったが、本題を切り出す。

 

「中禅寺、頼みがある。」

 

「真面目な話か。」

 

「ああ。堀北と櫛田から――過去の因縁を祓って欲しい。」

 

「過去の因縁?」

 

「ああ。堀北と櫛田は同じ中学の出身だったが、そこで何らかの事件が発生した。事件の中心に居たのは櫛田だ。生徒数が多くて違うクラスだったから、堀北も詳細までは知らないらしい。」

 

 オレはそこまでを一息で説明すると、自分の湯呑を取り出して冷蔵庫からお茶を注ぎ、口を潤しつつ続きを話す。

 

「――だが、その事件については、櫛田にとっては何よりも明かされたくない事実だそうだ。何としても堀北を退学させたいと考えているほどに。そして、堀北と櫛田はお互いの進退を賭けて勝負することになりそうだ。」

 

「そこにボクが入って何の意味があるのだね。話を聞く限り、その当事者二人で解決出来そうなものだと思うのだけど。」

 

「ああ。だから今から堀北と櫛田の間で話し合いが行われる。堀北にはオレの端末と通話を繋げたままにしておくように言っておいた。」

 

「ふむ。」

 

「中禅寺、頼む。あいつらが前に進めるようになるためにも――憑き物落としをしてやって欲しいんだ。」

 

「誰から何を?」

 

「お前自身の目で見極めてくれ。」

 

「今、使うのは耳だけどね。報酬は?」

 

「今回のペーパーシャッフルの完全な勝利を。――そして、櫛田桔梗の生殺与奪の自由を。」

 

「それは別にいいかなぁ。――いや、待てよ。ふむ――」

 

 茶化しながらも真面目には考えているようだ。だが言ってはみたものの櫛田の生殺与奪、此奴にとって興味を引くものだろうか。真逆、身体を要求するなんて無いだろうし。

 

「とりあえず、その過去の事件の詳細を知ってからだな。だが綾小路君、キミは――」

 

 おっと堀北から電話がかかってきた。どうやらあちらは準備が整ったらしい。

 

「すまない、中禅寺。話の続きはこれが終わってからにしよう。」

 

 オレは通話ボタンを押すと、スピーカーに切り替え、こちらの音声をミュートにしてちゃぶ台の上に置く。若干衣擦れの音が入っているのと音がこもっているのが気になるが、まあ許容範囲だろう。手元では密かにボイスレコーダーを回している。

 

『――あなたは、同じ中学の出身であり、あなたの過去を知る私を退学させたいと思っている。そうよね?』

 

 よしよし、無事に勝負までは持っていけそうだ。堀北生徒会長も約束を果たしてくれているようだ。

 堀北は既に覚悟してからこの場に臨んでいる。フラフラと堀北を貶めることしか考えていない蝙蝠女には、今回の勝負を呑ませて、退路を断つ必要がある。

 だが堀北よ、その条件は少し甘すぎやしないか。

 

 そうこう考えているうちにも二人の会話は終わりを迎えようとしている。

 

『――どうせそのポケットにしまってある携帯を通話にしているんでしょ?直接会って話をしない?』

 

 オレはミュートを解除し、二人に告げる。

 

「わかった。19時、晴明稲荷神社で待ってる。」

 

 通話を切り、中禅寺と向かい合う。彼女達が来るまで一時間ほどある。ボイスレコーダーを設置するには十分な時間だ。

 

「堀北さんは、兄貴に協力させたのか?」

 

「ああ。今回、アイツは真正面から櫛田にぶつかって白黒付けようとしている。さっきの話の続きだが、オレとしては無闇矢鱈に堀北やオレを攻撃するようなことを櫛田に控えさせられれば、それで良い。だが、そうならないようなら退学させるのも一つの選択肢だとも思っている。」

 

「彼女は――化けたな。」

 

 中禅寺は酷く驚いたような、或いは羨ましそうな、それでいて寂しそうな声音でぼそりと呟いた。

 

 オレは何故かその姿が深く印象に残った。果たしてこの偏屈者はどのような人生を歩んできたのだろうか。頭も切れるし、弁も立つ。家族仲も悪くないようだし、榎木津のような幼馴染というか、悪友もいる。一方で決して自ら主役になろうとせず、唯、其処に在る。

 

 まるで自分自身は舞台の脇役に過ぎないと主張するかのように。

 

「すまないが、境内を貸してもらうぞ。お前が立ち会うかどうかは自由にしてくれ。どのみち何かしらの手段で録音か録画する予定だ。」

 

「ああ、出るべきだと思えば出るし、そうでないなら本殿に引き籠もっているよ。」

 

「本殿に?社務所じゃないのか?」

 

「うん。少し調べたいことがあるんだ。」

 

「そう言うなら仕方がない。」

 

「くれぐれも過去の事件の詳細は聞いておいてくれ。櫛田さんの行動原理は――何となく想像はつくが、念の為だ。きっとボクは、勝負の結果まで大人しくしておくほうが良いと思ってる。それではよろしく頼むぞ。」

 

 確かに。今の堀北の心境を考えれば、オレも含めて余計な横槍は入れないほうが良いだろう。では、賽銭箱の辺りにボイスレコーダーを仕掛けるか。裏側だとアイツらも気づくまい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すっかりと日が暮れた神社の境内。名残惜しむかのように西の空を照らしていた夕陽も水平線の下に潜ってしまった。

 オレはポケットに手を入れ、石畳の上に立ち鳥居の方を見ると、屋外のくせに何故か無機質な空間に、似つかわしいような、似つかわしくないような二人が姿を現した。

 

「――お待たせしたかな、綾小路君?」

 

「いや、今来たところだ。」

 

「ふふっ♪何だかカップルみたいだね?」

 

「そうだな。普通の男子なら顔を赤くして喜ぶ場面だろうな。」

 

「じゃあその普通じゃない綾小路君にお願いがあるんだけど――私達の勝負、綾小路君も乗らない?私は綾小路君にも退学して欲しいの♪」

 

 ジト目をしてこちらを睨んでいた――いや、いつものことか――堀北が、慌てて間に入る。

 

「待って!私達の賭けに綾小路君は関係無いわ!」

 

「いや、そうでもない。オレは良いぞ。もちろん、堀北の勝つ方に賭ける。」

 

「ちょっと!」

 

「綾小路君も乗ってくれるんだ――へへっ♪嬉しいな♪」

 

「だが条件がある。お前の中学時代の事件、その詳細を教えてもらいたい。」

 

 そう言うと、櫛田は少しハッとした顔でこちらを見上げた。コイツの被った仮面の下、あの顔を晒させる必要がある。舞台はお前達の為だけにあるのではないのだ。

 

「私は彼女の過去に興味はないわ!」

 

 堀北が抗議の声を上げるが、一瞥をくれ、丁重に無視する。

 

「お前には無いかもしれないが、オレにはある。オレは理由も分からず退学にさせられそうになっているんだぞ?――どうだ、櫛田。それともお前は、オレが知らない、聞いていないと言えば許してくれるのか?」

 

「そんなに知りたいんだ。――ねぇ、綾小路君。他人には無い、自分だけの価値を感じる瞬間って、最高に気持ち良くならない?」

 

 オレの言葉に櫛田はゆっくりと仮面を外し、本殿の柱に背を預け、少しばかり演技臭い身振り表情で話し始めた。

 

「小学校の時、勉強で、かけっこで、一番をとって『すごい』『かっこいい』『可愛い』――そうやって賞賛されたときが何よりも幸せを感じる瞬間だったの。褒められたい、誰よりも目立ちたい――承認欲求っていうのかな?私はそれが他の人よりずっと強くて、依存しているんだと思う。けど――」

 

 承認欲求、か。マズローの五段階欲求説だな。現代では凡そ否定されている説だが、心理学においては初歩の初歩、有名な学説から広まった言葉だ。

 

 櫛田の独白は続いている。

 

「――私は私の限界を知っている。もう、勉強やスポーツじゃ誰かの一番になれない。私はみんなに見てもらえない。」

 

 オレには歩みを止めた、止まってしまった人間のことはわからない。あそこ(ホワイトルーム)では何人もの同輩達が歩みを止め、或いは歩みが止まったと判断され、最後はオレを除いて皆居なくなってしまった。

 

「――だから、人がやらないこと、やりたがらないことを率先してやった。でも一度手に入れた人気を手放すことは出来なくて――苦痛で――怖くて――」

 

 だが誰かの何かの一番になりたいという欲求――櫛田はやや過度ではあるが、理解は出来る。それはあの男(父親)が唯一愛して止まないものだったからだ。あの男の、自分の血縁も、何もかも犠牲にしても自らの野心――『俺が一番だ』『俺を尊敬しろ』『俺を見ろ』――そんな欲求を他者に押し付ける才能を持った人間。

 言うなれば櫛田は齢15にしてそんな邪なモノに魅入られてしまったのだ。

 

「そんな時、私の心を支えてくれたのはインターネットのブログだった。私だけが知るクラスメイトの秘密――それを曝け出したとき、これまでになく溜飲が下がったの。」

 

 これまでオレは櫛田のことについて判断することを保留していた。彼女が裏の顔を持っていようと、オレのことを脅そうと、クラスにとって有用な人物であることは間違い無かったし、実際彼女が居なければこれまでの定期テストや特別試験で大敗を喫していた、退学者を出していた可能性は高い。

 

「――でもある時、クラスメイトがそのブログを見つけてしまったの。いくら匿名と言っても、関係者が見たらすぐに特定できるもの。――そしてクラスメイトは私を攻撃した。私は彼ら彼女らに尽くしてきたのに、彼ら彼女らは私を攻撃してきたの。だから私は皆に秘密をぶち撒けた。」

 

 処分しようと考えたこともある。実際、この話し合い、勝負においてオレたちを害しようとするのなら、処分することも一つの選択肢として検討している。しかし、果たしてそれがたった一つの冴えたやり方なのだろうか。

 

「すると皆は私じゃなくてお互いを攻撃し始めたの。その時私はこう思った。――他人の秘密って、矛にも盾にもなるのね。」

 

 そう思ったからこそ中禅寺に頼ることを決めた。そしてそれは正解だったと思う。

 

「その後、クラスは無事に崩壊。でも仕方ないよね!だって皆が私に刃を向けたんだもの♪――それが事件の真相。」

 

 ――櫛田は、救われるべき人間なんだ。

 

「Dクラスの全員の秘密は知らない。でも、数人を破滅させるだけの秘密は持っているよ♪」

 

「あなたは……そこまでして……」

 

 堀北が愕然とする一方、櫛田は恍惚とした表情で自身の演技に酔いしれている。

 

「私の生きがいだもの!誰よりも注目され尊敬されることが何よりも好き!私にだけ打ち明けられる秘密を知ったとき!想像を超えた何かが自分に押し寄せてくる!」

 

 承認欲求の怪物、か。

 

「忘れないでね、綾小路君、堀北さん。私が勝ったら自主退学するって。つまらない過去かもしれないけど、これが私のすべて。――じゃあね、二人とも。」

 

「櫛田、一つだけいいか?」

 

「なぁに、綾小路君?」

 

「お前は間違っていない。間違っていないが、間違えてしまったんだ。」

 

 

 

 

 

 

 

「あまり邪なことをすると――死ぬよ。」

 

 





〜夏目君のヒミツ②〜

照れ隠しの言葉は「謝意はいずれ形のあるもので。」
何かの小説に影響されたようだ。




一週間の残業ウィークを終えて読むヒトオスVtuberの話は脳に染み渡るぜ。


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邪魅の花 〜宴の準備〜 四

 

 

 オレたちの前には参考書の山、模擬テスト、それから4つの紙コップが置かれている。今日も長谷部と三宅、オレが参加する、中禅寺による勉強会が喫茶パレットで開かれている。

 

 堀北と櫛田の神社の密会では、中禅寺は結局出てこなかった。本殿での探し物とやらも気になるが、聞いたところで素直に教えてもらえるとも限らない。櫛田も含めて、暫くは様子を見ることにしておこう。最も今頃、櫛田は龍園に接触してあれやこれやと要求している頃だろうな。

 

 『深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いているのだ』とはニーチェの言葉だが、邪なモノに近づく人間は、本質がどうであれ邪なモノに染まっていくのかもしれない。つまりこれが櫛田に掛けられた呪であり――

 

 

「うわぁ……今日も容赦無いわねえ、ナッツー。」

 

「無駄口叩いていないで、やるぞ、長谷部。折角部活が休みなのに何時間も勉強なんてしたくないからな。」

 

「みやっち、熱血系?――じゃあ私はその前におかわりでも貰ってこようかしら。」

 

 長谷部が立ち上がろうとしたとき、テーブルの脚に躓いて紙コップを落としてしまう。コロコロと転がるカップは通路に居たある男子生徒の足元で止まった。

 

 長谷部が「ごめん」と声を掛けようとすると、ぐしゃりとその男子生徒はカップを踏み潰した。抗議の声を上げようと顔を上げた長谷部が押し黙る。いつの間にか和やかな喫茶店の喧騒も鳴りを潜め、全ての生徒()がこちらの様子を伺っている。この男が現れたのも、オレが邪なモノに思いを馳せてしまったがためなのだろうか。

 

「龍園……」

 

 誰のものか、その人物の名を呟く声が聞こえる。

 

「随分と楽しそうじゃないか。こんなところで仲良くお勉強か、綾小路、中禅寺。贈り物は届いたか?」

 

 あのメールのことか。体育祭の後、保険として送っておいた真鍋らが軽井沢を虐めているシーンの動画付きメール。

 オレは極めて普段通りの無表情で、中禅寺は目を瞑って眉を顰めている。

 

「ふん――どうだ、ひより。なにか気づいたことはあるか?」

 

 龍園の目的はオレと中禅寺の反応を探ることか。大方、体育祭のアレコレが真鍋経由でバレたんだろうな。そして容疑者は船で軽井沢との件を見られたオレたち、と。

 

「中禅寺君は、お久しぶり、でしょうか。中々図書室で会えないから寂しかったんですよ?綾小路君は――初めまして、でしょうか。あまり印象に残らない顔なので……あ、いえ、元々人の顔を覚えるのは得意じゃないので。」

 

 中禅寺の方を見ると、絶望的な仏頂面で「ひより」と呼ばれた知り合いらしき女生徒を睨みつけている。

 オレの方は見覚えがないが、おそらくCクラスにおける龍園の懐刀的なポジションの生徒なのだろう。

 

「なんだ、ひより。中禅寺とは顔見知りだったのか。――今日のところは“挨拶”だけだ。長い付き合いになるかもしれないからな。じゃあな、また会おう。」

 

 お前達もこのカップのように踏み潰してやる、と言わんばかりにそう吐き捨て、取り巻きを連れて去って行く。

 

「シュガースティックが二本、クリームが一つ――。ごめんなさい、カップは弁償しますので。」

 

「相変わらず目聡いな、椎名さん。探偵事務所に就職したいなら、口を利いてやってもいいがね。あと、友達は選んだほうがいいと思うよ。」

 

「あら、それは素敵な提案ですね、中禅寺君。私も争い事は好きでは無いのですが――それではご機嫌よう。またお話ししましょう。」

 

 そう言うと、不思議な雰囲気を漂わせた女生徒――椎名は龍園達の後を追っていった。

 中禅寺は「パンッ」と柏手を一つ打ち、オレたち三人に発破をかける。

 

「――さて邪魔も去ったことだし、続きに取り掛かろう。一時間で終えるぞ。」

 

「――おう!」

 

「おー!」

 

 そろそろオレも動くべきときが来たのかもしれない。龍園はオレにとって――邪魔だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 残暑の面影がわずかに残る夕陽も、あと数十分でその姿を隠そうとしている。オレたち四人はパレットを出ると、帰る途中のコンビニでアイスを買い食いすることにした。

 

「うーん!妨害にも負けず頑張った後のアイスは美味しいねえ。」

 

「何というか、中禅寺もアイスを食べるんだな。意外だ。」

 

「キミ達はボクをなんだと思ってるんだね。」

 

「世捨て人を気取った偏屈。」

 

「――綾小路くん、後で覚えておけ。」

 

「でもわかる気がするー!ナッツーはアイスっていうより、わらび餅?」

 

「コンビニは高いからねえ。余程のことが無ければスーパーかドラッグストアで買うし。」

 

「主婦か。」

 

 三宅の中禅寺へのツッコミに長谷部が思わず吹き出す。

 

「――ふふ♪悪くないよね、こういう関係も。」

 

「どうした長谷部?」

 

「何て言うか、この四人でいると落ち着くのよねえ。――私、あまりグループで行動するのって好きじゃなかったの。特に男子がいる環境だと。でもみやっちも、きよぽんも、ナッツーも、肩肘張らずに話すことができるっていうか、思いの外、居心地良いっていうか。」

 

「そうだな。俺も部活以外で誰かと一緒に居ることは少なかったが、勉強会だけじゃなくってこのグループで遊びに行くっていうのも悪くない。中禅寺はどうだ?」

 

 三宅が問いかけると、頭をポリポリと掻きながら中禅寺が答える。

 

「まあ、そうだな。だが遊びに行くと言ってもボクはとんとそうしたことに疎いから――。」

 

「じゃあ、今度テストが終わったら映画でも観に行きましょ♪」

 

「お、それはいいな。」

 

「ふむ、まあ、それくらいなら。」

 

「きよぽんは?」

 

「誰がきよぽんだ。でも、確かにこの面子は一緒に居て楽だな。」

 

 堀北みたいにグサグサと言葉の棘の刺さる奴もいないし。

 

「でしょでしょ?じゃあお互いを下の名前で呼びあおっか!さあ、ナッツー!今こそ他人行儀を卒業するときじゃ!」

 

「何なんだ、キミのそのテンションは。――はぁ。波瑠加、明人、清隆。これで良いか?」

 

「おう、よろしくな、夏目。」

 

「それじゃあこの四人で新しいグループを作るってことに「あのー!」」

 

 良い感じでまとまりかけたところ、ピンクのおさげが息を切らせながら飛び出してくる。言わずもがな、佐倉である。先程からこちらの様子を伺っているのは見えていた。

 

「あのー!私も、綾小路君達のグループに入れて下さい!」

 

 佐倉が()()達のグループに――ああ、やはりストーカー事件の時に懐かれたか。無人島でも夏休みも一緒に行動することがあったし、仕方がない。

 そんなことを考えていると、明人と波瑠加が佐倉に真意を質す。

 

「佐倉さんが?勉強会なら、堀北のグループに居たほうが――」

 

「そうじゃなくて、純粋に綾小路君達のグループに入れて欲しいの。――私なんかダメ、かな。」

 

 その言葉を聞いた波瑠加と夏目がお互いに目を合わせるとニヤリと笑い、ちらりとオレを見遣りながら波瑠加はため息を吐きつつ答える。

 

「悪いけど、佐倉さん。私、このままだと納得出来ないわ。」

 

「ひぅ……」

 

「――このグループに入りたいなら、皆を下の名前かあだ名で呼び合うこと。」

 

「えぇっ!?じゃ、じゃあ――波瑠加ちゃん、明人くん、夏目くん、それに……き、きよ、ぴよ、清、隆、くん。」

 

 佐倉は怖ず怖ずと、オレたちの名前を呼んでいく。それを聞いた波瑠加はにんまりと笑っている。明人と夏目は何かこそこそと話している。

 

「うん、合格♪――ほら、きよぽんも呼んでみ?」

 

「誰がきよぽんだ。よろしくな、愛里。」

 

 

 

 

 

「……なあ、夏目。俺たちは何を見せられているんだ?」

 

「波瑠加もいい性格をしているが、あや……清隆はその内背中を刺されると思う。ボクは助けないがね。」

 

 

 

 

 

 ――おい、聞こえているぞ。

 

 

 

 まあいいか。これはこれとして、堀北に保険をかけておくとしよう。勝てなくちゃ、意味が無いからな。

 

 

 

 

 

 

 ――ん、軽井沢からメール?

 

 今日の夜に晴明稲荷神社(あそこ)で会いたい、か。

 

 何の用件だろうか――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

----------------------------------------------

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――あたしはバカだから、彼が何を考えているのかわからない。でも、だからと言って理解することを放棄したわけじゃない。

 

 あの時、あたしを『守る』と力強く宣言してくれた彼。

 

 船上試験の時に救けられて以来、彼にはそこそこコキ使われてきた。プールの時の盗撮未遂、体育祭のオーダー決めでの一悶着、どちらもあまり状況を理解出来ないまま巻き込まれた感はある。

 

 その結果はどうか?――クラスは体育祭を無事に切り抜け、次の特別試験に向けて団結した様子を見せている。あたしの立場も少しずつではあるけど、平田君の腰巾着というだけじゃなくて堀北さん、クラスのリーダーにも意見できる人間という立ち位置に変わり始めている。Cクラスから因縁を付けられることも無くなった。

 つまり、彼の言う事を聞くことにより、あたしにとってはメリットしか生まれていない。

 

 相変わらず無表情だし、世間ずれ*1しているところもある。でも逆にそれがあたしにとって新鮮というか――その、ね?

 そう言えば招き猫の時に成り行きでけやきモールを一緒に回った際、キラキラとした目で100均の店内を見る彼に少しときめいてしまったのは内緒だ。

 

 だけど、彼のことで知っていることは未だ少ない。

 

 容姿は整っていて、暴力にも強く、船上試験の時に見せたように頭の回転も早く、勉強も出来る?らしい。何故か試験ではぱっとしない点数ばかりだけど。

 

 確かに入学から夏休みを経て、彼から受ける印象は無機質なものから徐々に変わっていった。

 

 中禅寺君は彼についてこう言っていた。曰く『感情というものが理解出来ない欠陥品』だと。時折電話で話したり、あの神社で勉強を教わったり、今後の動き方を打ち合わせしたり――そんな中で、彼はあたしや中禅寺君からアレコレ言われながら「へえ」とか「ほう」とか相槌を打ちつつ、興味深げに話を聞いている。

 あたしは、あたし達は、彼から欠け陥ちた部分を埋めることが出来ているのだろうか。

 

 そんな彼は意外と言えば意外なことに、結構モテる。体育祭の後に佐藤さんが彼と付き合うと言い出したことには心底驚いた。止めたい気持ちもあったが、表面上平田君との交際を続けているあたしが引き止めるのも変な話だから黙って応援している風を装っている。

 

 堀北さんとも入学当初からつるんでいる姿を見るし、佐倉さんは視線で彼を追う回数が尋常じゃなく多い。招き猫の一件以来、長谷部さんとも仲が良いようだ。他にも一之瀬さんや櫛田さんなど、彼を特別視しているような感じを受ける女子もいる。

 

 

 

 

 

 ――果たして、あたしがパートナーになって良いのだろうか。

 

 いま名前が思い浮かんだ女子達は、容姿、学力、いずれにしても実力者だと言わざるを得ない。あたしが綾小路君の隣に立ったところで、彼女らと比べられると見劣りするに決まっている。

 

 

 

 

 

 ――怖い。

 

 

 

 彼から役立たずとして見棄てられるのが怖い。

 

 彼があたしに何の感情も抱かなくなることが怖い。

 

 自分がまた虐めのターゲットになることくらい、彼に忘れ去られることが怖い。

 

 

 

 そんなことをつらつら考えていたら、居ても立っても居られなくなって、つい会いたいとメールを送ってしまった。

 

 先日、あたしは彼のために誕生日プレゼントを買ってきた。そして今日は彼の誕生日のはずだ。

 忘れ去られないための卑屈な策略と思われるかもしれない。でもこの大きな不安と感謝が同居した気持ちをぶつけたいという欲求が優った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すまん、待たせたか?」

 

「ううん、あたしも今、来たところ。ごめんね、呼び出しちゃったりして。」

 

「大丈夫だ。勉強会が終われば基本的にはヒマだからな。外だと冷えるし、中に入ろう。()()に社務所の鍵を借りている。」

 

「そう――なら遠慮なく。」

 

 いつの間にか中禅寺くんのこと、名前呼びになっている。いつかあたしも――等と考えながら、場所を移す。

 彼がいつもの湯呑にお茶を淹れるのを座って眺める。

 

「それで、今日はどうしたんだ?急ぎの用なら電話でも良かったんだぞ。」

 

 彼はちゃぶ台に湯呑を二つ置き、あたしの隣に座りながら、壁に背を預け、立て膝の姿勢を取る。

 

「ううん、これを渡したくて。」

 

「これは――」

 

 バッグからプレゼントを取り出し、彼に渡す。中身は文房具店で購入した少し良いボールペンだ。

 

「お誕生日、おめでとう。あまり高いものじゃないけど、使ってくれると、嬉しい、な――?」

 

 彼は壁から背を離し不思議そうにプレゼントを受け取ると、中を開けてしげしげとボールペンを見る。

 

「――すまん、人からこういったものを貰うことが初めてだから、どういった反応をすればいいのか。」

 

「そこは『すまん』じゃなくて、『ありがとう』よ。――いい?あんたのために、誰かが何かをしてくれた、何かをくれたときは、『ありがとう』って言っておけば大抵何とかなるのよ。」

 

「そうか。――ありがとう、()。」

 

「たぅわ!!」

 

 不意打ちすぎるでしょ!誰よ、いきなり名前呼びさせるなんて仕込んだの!どうせ中禅寺くんか長谷部さんの仕業でしょっ!

 

「ど、どう、どういたしまして、き、()()。これはアレよ、干支試験で守ってくれたお礼も込みなんだから……。」

 

「――そうか。ところで、恵の誕生日はいつなんだ?」

 

「あたしは三月。お返し、期待してるから。」

 

「ああ。良いプレゼントを贈るためには、クラスポイントを少しでも増やさなきゃな。」

 

「そうね。今度の試験、勝てそ?何かあたしがやることはある?」

 

「いや、恐らく問題無いだろう。やって欲しいこと――まあ、無いことは無いが、まずは勉強会を頑張ってくれ。」

 

「うへえ……。」

 

「ところで、恵。最近は真鍋たちに絡まれたりはしていないか?」

 

「心配してくれているの?今のところ、そういったことは無いわ。」

 

「お前を守るのも契約のうちだからな。」

 

「へぇ……。そうやって佐藤さんにも粉掛けてるんでしょ。」

 

 少しジト目で彼を睨んでみる。

 

「そんなことはない。彼女からは『友達から始めてくれ』と言われたが、そこから先に進む予定は無い。」

 

「怪しいわね。どうせえっちなことでも企んでるんじゃないの?」

 

「どうしてそうなるんだ。恵こそ、平田とはいつまで恋人ごっこを続けるつもりなんだ?」

 

「少なくとも、クラスの中での安全が担保されるまでよ。――なに?嫉妬してくれちゃったりして?」

 

「嫉妬――がどういう感情かわからないが、恵がオレの見えないところで何をしているかは気になるな。」

 

「そう――ありがと。そっち詰めていい?」

 

 人一人分空けていたスペースを無視して彼の横に座る。体温が直接感じられる距離だ。

 

「清隆、温かいね。」

 

「恵は少し冷たいな。」

 

「――ねえ、ほっぺた触っていい?」

 

「オレの頬を触っても景品は出ないぞ。」

 

「ふふ♪清隆自身が景品なのよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――誰にもこの景品(清隆)は渡さないわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼に相応しい実力者に、私もなる。

 

 

 

*1
誤用






すみません。公私共にバタバタしていて遅くなりました。
宴の準備はあと2、3話で終わると思います。


補足)
軽井沢→綾小路:気になる男子。でも原作とは違って綾小路脱マシーン化計画が進んでいるので、お互いの関係もほんのり甘めに。ちなみに今回の綾小路による「保険」も、軽井沢が櫛田にジュースを引っ掛けることなく綾小路が自分で対応した、というかする予定。

俺たちのきよぽんはあんな卑しいメスにやらん!(戒め)


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邪魅の花 〜宴の準備〜 五

 

 

 

 ――しゃらん。

 

 

 幾重にも重なった鈴の音が和音となり鼓膜を揺らす。

 

 

 ――しゃらん。

 

 

 ああ、音と云うのは斯様にも美しいのだ。

 

 

 ――しゃらん。

 

 

 黒衣の男が祈りと祝詞(うた)を捧げる。

 

 

 ――しゃらん。

 

 

 観客が巫女を崇め、奉る。それはこの学校で最も優れた男だと言われる人物も例外ではない。

 

 

 ――しゃらん。

 

 

 紅々(あかあか)と燃え上がる焔が、その(いろ)を映したかのような袴を身に纏った巫女を美しく飾り立てる。

 

 

 ――しゃらん。

 

 

 栗色の髪をした美しい巫女が舞を捧げる。善も悪も火に熔けていく。

 

 

 ――しゃらん。

 

 

 真剣な面持ちをした彼女の胸の内は笑っているのだろうか。それとも嗤っているのだろうか。

 

 

 ――しゃらん。

 

 

 ――しゃらん。

 

 

 ――しゃらん。

 

 

 

 ああ、オレはこの巫女が酷く羨ましく見えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

――

―――

――――

―――――

――――――

―――――――

――――――

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

 

 

 

 全てのテストが終わった後、オレは櫛田を晴明稲荷神社へ呼び出した。答え合わせと、中禅寺に呼び出すよう指示されたからだ。

 深夜の神社で男女三人、何も起きないはずは無く――いや、五徳()が居るな。視界の端で水を飲みながら寛いでいる。

 三人と一匹、不思議な空間になった。

 

 

「――それで、改めて私を呼び出して綾小路君はどうしたいのかな? 賭けは貴方達の勝ち。私は今後、堀北さんの邪魔をすることは無いよ?」

 

「『堀北の』は、な。オレやその他のクラスメイトについては言及されていない。」

 

「あは、気づいてたんだぁ♪」

 

 小聡(あざと)さと不気味さを伴わせた奇妙な笑顔で櫛田は感心した様子を見せる。

 

「堀北さんは気づいていなかったみたいだけど――でも、気づいたところでどうしようもないよ?」

 

「そうだな。だが、誰がカンニングペーパーを仕込んだと思ってるんだ?」

 

「まさか……お前がッ……!」

 

「万が一堀北が、Dクラスが敗北しそうになったことを想定して手を打っただけだ。まさかお前は相手を退学させようとしているのに、自分が退学にさせられることを想定していないのか? よく言うのだろう?『撃っていいのは撃たれる覚悟のあるやつだけだ』と。」

 

 池が格好つけて言っていたアニメか何かのセリフを引用して櫛田に告げる。

 櫛田は悔しそうな目つきでオレを睨みつけているが、その時、ジャリ、という音を立てて黒衣の着流しに身を包んだ男――中禅寺が木箱を抱えて姿を表した。

 

「――キミがね、負けることは分かっていたのだよ。」

 

「中禅寺、くん……?」

 

「あのねぇ、櫛田さん。アイツも気に入らない、コイツも気に入らないで退学にできるほど、世の中は甘くないのだよ。よく言うだろう――『人を呪わば穴二つ』と。」

 

「どうして君がここにいるのかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この世にはね、不思議なことなど何一つ無いのだよ――。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「不思議なことなど……無い……?」

 

「とりあえずキミを祓ってやろうというんだ。」

 

「祓う――」

 

「聞こえなかったか?ボクが、キミを、あの愛想無しに()てるようにしてやる、と言ったんだ。」

 

 ちょっと待て。お前はそんなことは言っていないし、オレはそんな話、聞いてないぞ。

 

「ところで櫛田さん、陰陽五行という考え方は知っているかな?」

 

「五行――火とか水とかっていう?」

 

「そうだ、全ての元素は火水木金土から出来ているというものだ。その中に『相剋(そうこく)』という相性がある。木剋土、土剋水、水剋火、火剋金、そして金剋木。木は土を耕し、土は水を吸い取り、水は火を弱め、火は金を熔かし、金は木を刈る。」

 

 また訳の分からない話をしている。オレはこの半年で学んだ。この状況で口を挟んだところで無駄だということを。

 

「つまりは五行において『桔梗()』は『()』に剋てないし、何か別のアプローチが必要になる。」

 

「それは何の科学的根拠も無いし、今回の件と何の関係も無い――とは言い切れないのかな? 私はどちらかというと具体的な解決策が欲しいんだけど?」

 

 櫛田は夏目に疑問を呈しようとしているが、この場を去らない時点で既に夏目の術中に陥っている。彼女は夏目の呪に嵌りつつある。

 

「これ以上無く具体的な解決策だと思うがね。――まあこれを見なさい。」

 

 抱えていた木箱を下に置き、蓋を開けると、そこには巫女装束のようなモノが収められていた。

 

「まさか中禅寺くん……そんな趣味があったなんて……。」

 

「おい、キミ。何か勘違いしていないか。」

 

 櫛田はドン引きかと思ったが、意外にも興味深そうに巫女装束を眺めている。

 

「――これを着けて、週末に開く御火焚祭に出て欲しい。」

 

「おひたきさい? 私が? 巫女に?」

 

「そうだ。特に難しいことは無い。鈴を渡すから適当に鳴らして歩けば良いんだ。」

 

「神社の儀式ってそんなものなの?」

 

「あくまで火を燃やすことが主だからな。」

 

 そう言えば夏目が手伝って欲しいと言っていた行事があったな。オレたちは消火役で呼ばれたが、櫛田はメインヒロインじゃないか。

 数時間前までオレと龍園の手のひらで踊っていた彼女からすれば大出世だ。

 

「火を燃やすことが堀北さんに勝てるようになることと関係が?」

 

「もちろんあるとも。木生火、火剋金、即ちキミが火を操ることで、金剋木の関係を裏返そうということだ。陰陽的には。」

 

「その他の意味としては?」

 

「――想像してみたまえ。御火焚祭には一部のクラスメイト、生徒会役員も呼ぶ。その中で、この衣装を身に着けることが出来るのはキミだけだ。そして主役の一人として男も女も、同級生も上級生も、一心に祈りと羨望をキミに捧げる――どうだ、興奮するだろう?」

 

 櫛田は戸惑いながらも満更ではない顔をしている。確かに、この承認欲求の塊からすれば、この学校で主役を張れる数少ない機会を逃す理由は少ないだろう。

 というか、五行だの何だのというのは建前で、夏目としてはこの機会にガス抜きをしておこう、といったところだろう。つくづく人をよく見ている奴だ。その悪の組織の幹部のような笑みがとてもよく似合っている。

 これが青春なのかは甚だ疑問ではあるが。

 

「――いいよ、やってあげる。」

 

 真っ赤に淫蕩()けた顔の余韻を残しながら、櫛田は視線を衣装から夏目へと切り替える。

 

「でもフェアじゃないよね? 確かに堀北さんと綾小路くんは賭けに勝ったけど、中禅寺くんは何もベットしていないよね? どこからか聞きつけた私の裏の顔で脅すなんてこと、まさかしないよね?」

 

「そう言うだろうと思って、準備はしてある。ほら、契約書だ。」

 

「えぇと……『雇用契約書』?」

 

 なるほどな。秘密保持契約を兼ねた雇用契約書でお互いを縛ろうということか。

 

「無論、タダ働きはさせないし、君の欲求を二重に満たすことができる。もちろん、雇い主は従業員を守るだろう上に、この施設は名目上、生徒会の管理施設だ。公平さは担保できると思うがね?」

 

「……月に15,000PPかぁ。もう一声!」

 

 欲をかくと失敗すると学ばなかったのか?

 ほら、神主様が仏頂面のレベルを一つ上げたぞ。

 

「――といっても、予算の兼ね合いでこれ以上ボクはキミに提示できるものは無い。」

 

「う〜ん……じゃあ貸一つということで!」

 

「まあ、貸しは嫌だから予算が余ったらボーナスでも考えてあげよう。キミの集客力次第だ。」

 

 矢張り夏目は女子に弱いな。オレは気になることがあるので問い掛けてみる。

 

「そんなに櫛田が必要な行事があるのか?」

 

「ああ、キミは世間知らずだからわからないのだろうな。さ、とりあえず櫛田さんはここにサインを。」

 

 何をぅ?

 

「――年末は『師走』というだろう? 特に年始にかけては初詣客から賽銭を巻き上げるのに忙しいんだ。」

 

 身も蓋も無いことを言っている。

 

「――ハッ!? まさか私、お正月のスケジュールがこれで埋まってしまった……!?」

 

「残念だったな。既にサインは終えた後だ。まあ、キミの頑張り次第で臨時収入もあるし、それなりに顔も売れるだろうし、労力に見合った報酬は約束できると思うよ。櫛田さんが巫女をやってくれるというのなら、これ以上のことは無い。」

 

「へぇあ!? わ、私は、その、中禅寺くんのこと、まだよく知らないし……」

 

「何か意味深だな。」

 

「――はぁ。何か勘違いしているのか知らんが、この紋様は何だ、あや……清隆。」

 

「五芒星か?」

 

「そうだ。晴明神社にはこの紋様が代々受け継がれているが、この陰陽五行を表す五芒星には別の呼び方もある。」

 

「それは?」

 

 

 

 

「―――晴明『桔梗』さ。」

 

 

 

 

「「ダジャレじゃない!」」

 

 

 

 

「ダジャレじゃない。呪と言いなさい。」

 

「はぁー。とんだ一日だったわ。賭けには負けるし、退学させられそうになるし、巫女にはなるし、挙句の果てにはダジャレに付き合わされるし。」

 

「半分以上、自業自得だな。」

 

 オレが呟くとムッとした顔で櫛田が頬を膨らませる。あざといな、さすが櫛田、あざとい。

 

「まぁ、今日も遅いからここらで解散しよう。じゃあキミたち、土曜日はヨロシク。」

 

「はーい」「わかった」

 

 にゃぁお

 

「……五徳も腹が減ったと言っているな。櫛田さん、餌をあげてみるかね?」

 

「えっ!? いいの!? やる!」

 

「キミにもこの神社に慣れてもらわなければならないかならね。何なら五徳に猫の被り方を教えてもらいなさい。」

 

「余計なお世話よ!」

 

 

 黒櫛田もようやく裏に引っ込んだようだ。暫くは大人しくしているだろう。

 

 夏目は『晴明桔梗』と掛けて櫛田を縛ろうとしたが、オレはもう一つ意味があるのではないかと先のやり取りで気づいた。

 

 

 

 桔梗(明智光秀)(豊臣秀吉)に調伏される。

 

 

 

 この神社に縛られている限り、櫛田は裏切れないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

--------------------------------------------

 

 

 

 

 

 

 

 

 御火焚祭は無事に終了した。中禅寺曰く、本来は三基ほどの火を焚くそうだが、境内が狭いせいで一つしか設置出来ないとボヤいていた。

 今日もまた、オレは晴明稲荷神社の社務所で五徳にキャットフードを貢ぎながら、夏目と駄弁っている。

 

 

「―――それで、櫛田の憑き物落としは終わったのか?」

 

「終わったと言えば終わったし、終わっていないと言えば終わっていない。対処療法のようなものだ。根っこの部分を何とかしないと、また憑かれるかもな。」

 

「根っこ――龍園、か?」

 

「いや、アレは前も言っていた通り、蜃の類だろう。ありもしない(まやか)しに踊っているのは、本人か、周囲か、どちらなのだろうな。」

 

「すると、櫛田についているのは何だ?」

 

「名前をつけるなら――『邪魅』だな。鳥山石燕の『今昔画図続百鬼』では『邪魅は魑魅の類なり 妖邪の悪気なるべし』と解説されている。元々は中国の妖怪だが、山に溜まった『悪い気』に名前を付けたものだ。」

 

「『悪い気』を何とかしない限り再発する、か。」

 

「ああ。そしてこいつの厄介なのはもう一つある。」

 

「何だ。」

 

「――()()()んだ。」

 

 中国原産の妖怪で伝染る……何かの感染症みたいだな。

 

「櫛田は誰に伝染されたんだろうな。」

 

「さあ? 彼女と同じ中学で悪意を持った人間が居たとすれば、さもあらんだろうが、同じクラスではなさそうだ。何せ崩壊したんだからな。」

 

「まあ、悪意なんてこの学校には腐るほどある。」

 

「うん、だから学校自体に取り憑いて居るんじゃないか。これを祓うには、まあ、今のボクじゃあ無理だね。エノさんあたりを引っ張ってきて善いも悪いもゴチャゴチャにして、何とかなるレベルだと思うよ。」

 

 

 

 あの男のかけた呪は、一体何処まで根を拡げているのだろうか。

 





投稿遅くなってすみません。
短めですがキリのいいとこで、生存報告として投稿します。


閲覧ありがとうございます。
評価、感想お待ちしております。


あとアンケートやってます。


一年生編の冬休みって特にイベント無いッすよね?オリジナル挟んでも大丈夫っすよね?





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再会と決着
文車妖妃の宴 一




▼文車妖妃
鳥山石燕『百器徒然袋』


歌に、古しへの文見し人のたまなれや

おもへばあかぬ白魚となりけり

かしこき聖のふみに心をとめしさへかくのごとし

ましてや執着のおもひをこめし千束の玉章には、

かゝるあやしきかたちをもあらはしぬべしと、

夢の中におもひぬ




 

 

 

第一条

ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。

 

第二条

ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。

 

第三条

ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。

 

 

――アイザック・アシモフ『鋼鉄都市』

 

 

---------------------------------------------

 

 

 

「何を診ているのですか?」

 

「――答えは一つなどではないことはわかりきっているのに、答えを出さなければ仕事(カネ)にならないとは、当に書籍に対する冒涜ではないかとボクは思うのだが、キミはどう思う?」

 

 疑問を呈した筈なのに、少し間を開け疑問として返答される。

 ですが私は何故かそれがあまり不快に感じませんでした。

 

「――つまり、そのシリーズの順番が気に食わない、と?」

 

「そうだね。時系列順というのは効率主義の最たる例で、つまり文学への愚かな挑戦と言えるだろう。」

 

「『あいうえお順』よりは幾分かまし、というものでは。」

 

 ここの図書室の司書に対し思ってもいない弁護を述べる。ここの司書は『最善』ではなく『間違いではない』ことに重きを置いており、実際、推理小説が恋愛小説の棚に並べられていたこともあります。しかし、それも明確な『間違い』ではありません。

 

「高度ではないロボットが司書を務めるのならまだしも、それで職を得ている以上はそれ以上を期待したいところだね。」

 

「――なるほど。さすが()()()()がお認めになるほどの見識(偏屈)ですね、中禅寺君。」

 

「――何となく想像はつくが、一応聞いておこう。どうしてボクの名前を?」

 

 私と同じく、生まれながらにしての天才。頭脳明晰、容姿端麗、腕力最強、そして不可思議な眼力―――そんなあの御方が気に掛ける存在である彼、中禅寺夏目君は果たして私の玩具になってくれるのでしょうか。そんな期待がつい私の口を軽くしてしまいます。

 

「あの御方のパーティーで見かけた顔がいらしたので、つい声を掛けてしまいました。後は、先日の夏休みに……。」

 

「ふむ、すると、キミが『とある学校の理事長の娘』である坂柳さんということだね。夏休みの件は、ボクも被害に遭った側だからお悔やみを申し上げるよ。」

 

「ふふっ。ええ、その通りですわ。」

 

 あの御方は社交界で『傍若無人』『鬼才/奇才』『変人』など巷の噂に上がるような方ですが、少なくとも私の前では非常に紳士的であり『天才』というのに相応しい―――っと、つい思考が彼方此方に飛びそうになりますが、聞きたかった質問をしてみましょう。

 

「中禅寺君は、『天才』と呼ばれる人についてどう考えますか?」

 

()()()()()()()()。」

 

 彼は間髪置かず即答する。どうやらこの手の質問はされ慣れているのか、普段から考えているのか、恐らくは後者でしょうが―――興味が深まります。

 

「これは異なことを仰いますね。貴方もあの方のことはよくご存知では? ――そして、同じクラスのご友人のことも。」

 

「――キミが何を望んでいるかは知らないが、一つだけ言っておこう。」

 

「何でしょう?」

 

「『現状のみではなく将来の事情を考慮に入れなくては賢明な決定はできない。』」

 

「アイザック・アシモフですね。一体それが何を?」

 

「『天才』という言葉は唯の幻想、まやかしに過ぎない。『呪』とも言って差し支えない。即ち人は()()()()()()()ではなく、()()()()()()によって語られるべきものだよ。」

 

「では、私も貴方がたが何を為すかで愉悦(たの)しませて頂きましょう。 ――中禅寺君は、この私から何を落としてくださるのでしょうか?」

 

 返事を聞くことなく、待たせていた真澄さんを伴って図書室を出る。

 

 興味深い観察対象がこの狭い学校(箱庭)で二人もいるなんて―――

 

 

 

 

 

 

 ―――なんと私は恵まれているのでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

---------------------------------------------

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハッピーバースデートゥーユー♪

 

ハッピーバースデートゥーユー♪

 

ハッピーバースデーディア愛里と清隆と夏目と波瑠加ー♪

 

ハッピーバースデートゥーユー♪

 

 

 テーブルに据え付けられたホールケーキに向かって「それ!」という掛け声に従い息を吹きかける。

 

 感動だ。知識として知ってはいたが、まさか自分がすることになるとは……。

 

 

 

 ことの始まりは試験勉強中、波瑠加が言った、何気ない一言だ。

 

「はぁー疲れた……。もうすぐ誕生日だってのにやってらんないわぁ……。」

 

 明人が「最後まで集中しろ」と(たしな)めるも、苦手な覚えモノ系の勉強に疲れ切ってしまったようだ。

 

「――きよぽんは誕生日いつなの?」

 

「誰がきよぽんだ。……先週、終わったところだ。10月20日。長谷部はいつなんだ?」

 

「は、る、か!」

 

 つい癖で名字で呼んでしまったが、訂正させられる。

 

「――波瑠加はいつなんだ?」

 

「11月5日よ。――あれ、愛里も割ときよぽんと近いんじゃない?」

 

「わ、私は、10月15日、です。ぐ、偶然ですね!」

 

 若干つっかえながらもオドオドと佐倉が返答する。

 本来なら彼女がこちらの勉強会に出席するのは筋違いだというものだが、あちらでの勉強会が無い日はこうしてこちらに参加することもあった。

 

「じゃあ試験とか諸々が終わったら合同誕生日パーティーでもしましょうか♪」

 

「夏目はいつなんだ?」

 

「――10月30日だ。」

 

「明日じゃないか。」

 

 これは驚いた。このグループは三宅明人以外、三週間の間に誕生日が固まっている。

 ……十月十日というヒト種の一般的な妊娠期間から言えば必ずしも不思議なことではないのだろう、という感想は辛うじて飲み込んだ。

 

「ナッツー、はぴばー。じゃあ、試験が終わったらみんなでケーキ買って、お祝いしましょ♪」

 

 

佐倉 愛里:10月15日

綾小路清隆:10月20日

中禅寺夏目:10月30日

長谷部波瑠加:11月5日

 

 

 

 

 ――そして冒頭に戻るわけだ。

 

 オレは喜怒哀楽、それらの感情をこの15年で得ることが無かった。だが、この半年で少なくとも『喜び』『楽しさ』を学ぶことができた。

 前に夏目が船上試験の時に言っていた。『死ぬときに学びそこねたものは無かったか。それが人生の勝者たるか否かだ』と。

 おそらくオレは現状を奪われることがあれば『悲しい』し、『怒り』を覚えるだろう。それは言ってしまえば『欲』であって、仏教的には解脱の境地から遠のく感情だ。だが、オレは間違いだとは思わない。

 

 ホールケーキに灯された16本の蝋燭、一つ一つは淡いものだが、合わされば炎となり、それは先日の晴明稲荷神社で夏目と櫛田が燃え上がらせた、あの美しい情欲の炎にも劣らないものだ。

 

 

「よし、じゃあケーキを食べ終えたら、予定通り映画を観に行きましょ♪」

 

「ああ、ホラーでもアクションでも何でもかかってこい。」

 

「『かかってこい』は違うのでは……?」

 

 

 オレは友人に恵まれたのかもしれない。それは隣で波瑠加に「はい、あーん」とケーキを押し付けられている夏目も同じ感想であって欲しい、と思った。

 

 だが、物事というのは順調なように見えても、水面下ではどのような状況になっているか一個人には知る由もないし、大抵の場合は―――知らぬ間に酷くなっていることさえある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日――。

 

「ここに居たか、綾小路。お前宛の面会人だ。」

 

「これから友達と約束があるのですが。」

 

「残念だが、お前に拒否する権利は無い。」

 

 図書室で椎名と会話していたところ、担任の茶柱佐江に連行され、応接室へと通される。茶柱の尋常ではない雰囲気を察するに、とうとう来るべき時がやって来たようだ。重々しい扉を開き、オレを中へ案内すると、茶柱は「失礼します」と、その男に声をかけ退出していった。

 幾分かの間を置き、男は口を開く。一年半ぶりの会話がどのようなものになるのか、およその見当は付くが、易易と戻るつもりはない。

 

「来たか、清隆。何時まで其処に立っているつもりだ、座りなさい。」

 

「生憎、座ってまで長話をするつもりは無いんだけどな。」

 

 やはり血縁上の父親であった。どうせ無断で彼処を抜け出したオレを連れ戻そうというのだろうが、せめてもの抵抗として着席は拒否する。

 さて、どうやってこの場を切り抜けるか。

 

「お前のせいで一人死んだぞ。執事の松雄を覚えているな。私に無断でお前がこの学校へ入学することを手伝ったとして懲戒解雇となった。」

 

 もちろん覚えている。が、彼は解雇くらいで自殺するようなタマじゃない。もとよりその覚悟はあったはず。

 恐らく、この男が再就職出来ないよう表に裏に働きかけたに違いない。或いは、居たらしい息子を人質に取られたのかもしれない。

 オレは努めて平静に、成り行きのまま進める。

 

「で?」

 

「先月、焼身自殺した。お前の我儘が、一人殺したんだ。……恩人が死んだんだぞ? 少しは興味を示したらどうだ?」

 

「それでオレが罪悪感を覚えてアンタの元に戻るとでも思っているのか?」

 

「――清隆、いったい何がお前に決意させたのだ?」

 

「アンタはオレに最高の教育(虐待)を施したのかもしれない。だが、オレはただ自由が欲しかっただけだ。そしてその決断は、この学校へ来て正しかったと確信している。」

 

 そうだ、正しかったのだ。松雄が開いてくれた道は、オレを葬るどころか、生かすことさえ出来る世界に繋がっていた。

 

 確かにこの学校は異常だ。そしてオレも異常だ、異物だ。しかし善も悪も、強きも弱きも、優も劣も、男も女も、何もかも人種のサラダボウルに放り込まれたように混沌とし、幾つかの特別試験や日常生活という名のドレッシングにより調和している。

 だからオレのような異物でさえ生きていられるのだ。

 

「私が用意した道以外に正しい道はない。」

 

「なら、アンタがまず、その正しい道を歩いてみるべきだな。」

 

「――子どもの我儘の時間は終わりだ。その退学届にサインしろ。これは命令だ。」

 

「オレには書く理由が無い。アンタの命令が絶対だったのは、ホワイトルームの中だけだ。」

 

「あるに決まっている。お前はホワイトルームの最高傑作であり――私の所有物だ。」

 

「嘘でも『親子だから』とは言わないんだな。」

 

「思ってもいないことで説得するつもりはない。既にホワイトルームは再稼働している。 ――さあ、早くサインしろ。お前に拒否権など無い。」

 

 やれやれ。今日は拒否する権利を失ってばかりだな。ユニセフに訴えるぞ。

 そう言えば入学早々にも堀北からオレに拒否権が無いことを告げられていたことを思い出す。そういう意味では今日に限った話ではなく、オレという個人の拒否権の存在が危ぶまれている。

 

 ……さて、どうするか。

 

 このまま退学したって何も得るものはない。この男の言いなりになるのは業腹(ごうはら)だが、親権を翳されたら法的には未成年のオレは歯向かうことが出来ない。

 

 何か逆転の一手は無いものか考えていると、先程入ってきた重厚なドアがノックされ、「失礼します」という男の声と共に初老の男性が入ってきた。誰だこいつは?

 

「お久しぶりです、綾小路先生。」

 

「坂柳か。随分と久し振りだな。」

 

「先生の秘書を辞め、父からこの学校の理事長を引き継いでからもう7,8年になりますか。早いものです。」

 

 坂柳、理事長、か。ホワイトルームを立ち上げた男の秘書、親から引き継いだ高度育成高校、そしてAクラスの娘の父親。娘の方は噂話程度でしかよく知らないが。

 

 夏目の話ではホワイトルームとこの学校、手段は異なれど目指す姿は同じものだ。違うのは『最高の教育』の解釈の仕方だな。

 そういう意味では、なるほど、この人物も『魍魎』に魅入られた者か。あまり信用ならない大人のうちの一人だ。

 

「会うのは初めてだったね、清隆君。」

 

「どうも。」

 

 何と答えて良いか分からず、また、坂柳理事長が何を狙っているのか判断出来ず曖昧な返答になってしまった。

 

「綾小路先生、校長から話は伺いました。彼、清隆君を退学させたいとのことでしたね。」

 

「そうだ。親が希望している以上、学校側は直ちに遂行する義務がある。」

 

「それは違います。この学校ではあくまで生徒の自主性が重んじられます。」

 

 うん? どういうことだ? 坂柳理事長はオレをまもろうとしている?

 

「モノは言いようだな。この学校では入試の段階で、推薦によって合否は決定されていることは知っている。本来なら推薦されることの無い清隆は何らかの恣意的な操作がなければ入学出来ない筈だ。」

 

「さすがによくご存知ですね。しかし現実に彼は入学しており、生徒である以上、私は彼を守らなければなりません。」

 

 やはり坂柳理事長はオレの退学を止めようとしている。

 しかし何故だ? オレにこの男を敵に回してまで利用する価値があるとでもいうのだろうか。

 

「――フン、詭弁だな。だが、いいだろう。」

 

 そう言うと綾小路篤臣は席を立ち、部屋を去ろうとする。

 

「次は無い。それまで預けておく。」

 

 あの男は意外なほどあっさりと帰っていった。おそらくは想定の範囲内であったのだろう。坂柳理事長と目を合わせると何方ともなく、ふう、とため息をつく。

 

「此方の顔を立てて引いてくれた、ということかな。お互い、大変だね。」

 

「坂柳理事長、ありがとうございます。確認したいのですが、Aクラスの彼女は……?」

 

「有栖のことかい? 僕の娘だよ。さっきの話じゃないが、有栖が入学するにあたって、そして入学してからも特別扱いをしたことは無いよ。」

 

 そんなものか。そう言えばこの学校の誰かの家族の話なんて聞いたことはなかったな。せいぜい堀北(ブラコン)と、その(シスコン)、葛城兄妹くらいだ。

 葛城はともかく、いくらオレだってあの二人が普通でないことくらいはわかる。

 

 などと余計なことを考えていると、コンコンと再び――いや、三度か――ドアがノックされる。あの男の次は一体何だと理事長の様子を窺うと、どうやら想定外の来客のようだ。お互い怪訝な顔をして視線を交わすと、理事長がドアを開けに行く。

 

 

 

 

 

「有栖、どうしてここに? それから君は……」

 

 

 

 

 

 其処には坂柳有栖と、まるで三回ほど世界の終わりを見届けてきたような仏頂面をした友人―――中禅寺夏目が居た。

 

 






有栖ちゃん「こんな楽しそうな祭り、参加しないわけには!」



閲覧ありがとうございます。


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文車妖妃の宴 二

 

 

 

 誰も来ないはずの応接室のドアがノックされ、不審な顔をした坂柳理事長により扉が開かれると、そこには坂柳有栖と、この世の全ての不幸をまとめて三回ほど経験したかのような仏頂面をした中禅寺夏目が普段着――黒の着流し姿――で立っていた。

 

 落ちゆく夕日に照らされた応接室。間もなく太陽が完全に顔を隠そうとしている。逢魔が時と呼ばれる時間だ。

 誘われるかのように魑魅の類が集まってきている。誘ったのは時間か、場所か―――それとも人の形をしたナニカか。

 

「有栖―――どうしてここに? それから君は……。」

 

 銀色の髪を揺らしながら、年齢に似つかわしくない妖艶な笑みを浮かべる坂柳娘。外見は幼気な美少女だが……。

 オレはくわしいんだ。この学校に碌な美少女などいないと知っているんだ。

 

「お父様、何やらお客人がいらしていた様子。残念ながら間に合いませんでしたが、島の外から来た父子が会うことが出来て、島の中にいる父娘が会えない道理は無いでしょう?」

 

 それは、まぁ、そうだが、あの男と会いたがるなんて父娘揃って何を考えているのか。

 

「―――あぁ、ご紹介が遅くなりました。こちらは『お友達』の中禅寺夏目君です。」

 

「生憎とキミと友達になったつもりは無いのだがね。」

 

「あら、私とあの御方は幼い頃からの旧知の仲。つまり貴方とも私はお友達ということですわ。」

 

「それは他人と言うんだ。」

 

 夏目は心底不満げにしているが、意外と相性の良さそうな二人だ。だが、この二人と会話する前に確認しなければならない。

 

「坂柳はどこまで知っているんだ?」

 

「―――それは僕から答えよう、清隆君。有栖がまだ小学生だった頃、出資者の紹介で彼女を連れてホワイトルームを見学したことがある。ガラス越しではあったが、その時に君を見ているんだ。つまり、君が生まれ育った環境について僕たちはそれなりに知っているんだよ。」

 

「そういうことです。序でに先取りして答えておきますと、私は体育祭で貴方を見つけ、歓喜に震えました。そして、今日は貴方とお話(宣戦布告)したかったからここへ来ました。まあ、多少ドラマティックな出会いを演出したかったきらいはありますが。」

 

 やはり碌な女ではなかった。理事長も心なしか草臥れた顔をしている。娘の手綱くらい握っておけ。製造者責任だ。

 

「あの時、ホワイトルームで貴方を見かけたとき、綾小路君はチェスに興じておられましたが、まるでロボットのように、AIのように、無表情で最善手を打ち続けていた姿が印象的でした。そしてその実力に少しばかり嫉妬したものです。」

 

「ちなみにドラマティックな出会いに、何で夏目を連れてきたんだ?」

 

 この場で一番の異物は何かと言えば、僅差で夏目の方がオレより上回るだろう。図書室にいた形跡は無かったし、多分今日も神社(あそこ)で五徳*1か長谷部波瑠加*2か一之瀬帆波*3を脇に侍らせ丁重に無視しつつ、茶を啜りながら、ぺらりぺらりと本を捲って書痴の書痴たるところを発揮していたのであろう。

 それでも此処に居るということは、坂柳が口八丁手八丁で連れ出したか、何らか意図があって坂柳に着いてきたということだ。

 

 そんなことを考えていると、坂柳理事長が口を開いた。

 

「――中禅寺君だったね。私も榎木津氏には、まあ、何というか、世話になっている。学生生活は楽しめているかい?」

 

「まあ、そこそこといったところです。ところで理事長、ボクもお聞きしたいことがあるのですが。」

 

「何だい?」

 

「堂島静軒という名に聞き覚えは?」

 

「知っているよ。ただ、知っているだけで実際にお会いしたことはないけどね。多分、綾小路先生もその筈だよ。直江先生は―――わからないね。」

 

「そうですか……。父や榎木津氏からは何か聞いていますか?」

 

「非常に抽象的な質問だが、そうだね、キミに関して言えば『自由にして欲しい』と聞いているよ。そのためにあの神社の管理を任せたわけだしね。堂島静軒氏のことであれば、恐らく君が知っている以上の事情は知らない。既に亡くなってかなり経つそうだしね。」

 

「―――わかりました。ボクからは以上です。」

 

 おい、もう終わりかよ。帰ろうとする雰囲気を出しているが、これじゃあ結局何のために来たのかわからないじゃないか。

 それに堂島静軒? 直江先生? 直江ってあの国会議員のか……?

 

「ふふっ。中禅寺君は、お友達が退学するんじゃないかと心配して此方にいらしたんですよ? 貴方と貴方のお父様のことをお話したら一撃でした。」

 

「一撃。」

 

 一撃ってなんだよ。坂柳は蠱惑的な笑みを浮かべ、やや挑発的な視線を夏目に送るが、オレからの投げかけも含めて夏目は完全にスルーするつもりのようだ。

 

「そろそろ時間だ。この辺で僕は失礼するよ。中禅寺君、ああ、清隆君も。僕はこの学校の責任者として、ルールを遵守して、あくまでルールの中で生徒を守る。いいね? 有栖も、あまり無茶するんじゃないよ。」

 

 なるほど。今回は助けてあげたが、あくまで決められたルールに従ってというわけか。この先、あの手この手で狙われることも多くなるんだろうな。

 

「わかりました。本日はありがとうございました。」

 

 とりあえず、色々と思惑はあるんだろうが、今日のところは礼を言っておくか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 坂柳理事長は応接室から出て行った。本来ならオレたちも辞するべきなのだろうが―――さて、どこから話したものか。

 

「坂柳は何かオレに聞きたいこと、話したいことがあるのか?」

 

「改まって問い掛けられると照れますね。」

 

 いったいコイツは何を言っているんだ。

 

「―――作られた天才、紛い物の天才、そんな貴方を打ち倒すために私はこの学校へ来たと言っても過言ではありません。私は、私であるために、貴方の存在を否定しなければならないのです。」

 

「楽しみにしてもらっているところ悪いが、オレはこの学校で目立つつもりは無い。一之瀬や龍園、うちのクラスなら堀北や平田を相手にしてくれ。高円寺でもいいぞ。オレは、兎にも角にも、平平凡凡な高校生活を送りたいだけなんだ。」

 

「いいえ。貴方はこの先、目立たなければならない状況に追い込まれます。それは私がどうこうという話ではなく、それが必然だからです。そして、彼ら彼女らでは役者不足というもの。」

 

 大した自信だが話を聞けと言いたい。オレはただ高校生らしい青春を送りたいんだ。

 ……そうだ、恋人の一人でも出来ればこんな訳の分からない連中に絡まれなくてもいいのでは……?

 などと考えながら、強引にでも話を元に戻す、というか進める。

 

「坂柳が何と言おうと、オレは凡人で在りたいんだ。―――で、先程は話が流れてしまったが、夏目の目的は達成されたのか?」

 

「そこそこといったところだ。だが、やはりホワイトルームとこの学校、同じようで違う。違うようで同じ。まさに表裏といった印象だな。」

 

「それがわかると何か良いことがあるのか?」

 

「あのねえ、綾小路くん。自分がどんな学校に入学してしまったのかを正確に知ることは、この学校において何よりも大事だよ。」

 

 そうかもしれないが、何となく今までの夏目の行動原理から外れている気がしてならない。いや、オレの身が心配で駆けつけてくれたというのなら、それに越したことはないのだが。

 

「まあ、キミが理事長に守られてこの学校に残っているということを鑑みれば、キミの父親と理事長は、少なくとも方法としては考え方が異なる、というところは理解できるだろう?」

 

「そうだな。」

 

「こないだ、船上試験の折に話した通り、この学校もホワイトルームも大本は同じ実験施設だ。だが、ホワイトルームは少数精鋭にしか出来なかったところ、この学校は多くの実験素材を所有している玉石混淆スタイル、つまりこの学校のほうが選択肢の幅が広いんだ。綾小路くんの父親は強制での教育を重視し、坂柳理事長は生徒自身の自発的な行動を重視している。研究母数の多寡が、運営方針の違いを生んでいるのだろうね。」

 

「だが、目指すところは同じ『勝者』なのだろう? その方針の違いが何かオレたちに影響するのか?」

 

「『勝者』の定義が違う。ホワイトルームでは()()()()()()()()()、高度育成高校では残った者が即ち()()()()()()()という違いがあるんだ。だからボクたちは『自ら助くる者を助く』、つまり最大限の自助努力が求められていて、学校側はこの点に関して教育という言葉の定義を一般世間とは変えているようだ。」

 

 なるほど。夏目は横目に有栖を見ながらオレの疑問に続けて答えた。

 

「この学校は、矯正施設なんだ。そう思わないか、坂柳さん?」

 

「――えぇ、ある意味では仰るとおりかと。今のところ私達に課された特別試験、それらは基礎学力だけではなくチームワークや運動能力、裏工作含めた盤外戦術が試されています。逆に言えば、それらが外の世界で生きていくために足りていないと判断されている、ということ。」

 

「そうだ。優等生、例えばAクラスの人達は今まで先生やコーチの言うことをきちんと聞いて、順風満帆に生きてきた人が多いだろう。だが、世の中はそんなに甘くない。清濁併せ呑んで、かつ結果を示さなければならない。Bクラス、漫然と生きていれば、多くがそれなりの人生を歩んだだろう。」

 

 言われてみればそうかもしれない。何となく夏目の言いたいことがわかった。

 

「Cクラス、Dクラスは言わずもがな、敗者復活枠だ。光るものがあってもそのままでは社会の役に立たない。まあ、そういう意味ではAクラスに配属されようとDクラスに配属されようと、『社会の役に立たないと判断されて矯正施設送り』という観点でみれば、等しく価値が無い議論だろうよ。」

 

 オレと坂柳は夏目の話を黙って聞く。饒舌な彼というのは、珍しくもあり、他者の介在を許さない雰囲気さえある。坂柳はほぼ初対面の筈だが、夏目のことをどうみているのだろうか。

 

「ボクはね、この学校が本気で『世界で勝てる』人間を作る気があるのか非常に疑わしいと思ってるよ。語学一つでもそうだ。何故英語でSpeakingの授業が無い? 中国語は? スペイン語は? 文理選択は何故無い? そもそも、大学受験をさせるつもりはあるのか? ―――だからボクはこれらに対する有効な回答が無い限り、この学校が優秀な進学校ではなく矯正施設だと言うんだ。そして恐らく、この矯正施設は此処だけではなく、日本全国に作られる予定だった筈だ。だから『東京都』高度育成高校なんだと考える。そんなに政府肝いりの学校を日本全国に作るか?」

 

 だが陽は没し、魔物達の時間も終りを迎える。

 

「―――まあ、ボクが幾ら考えたとしても、真実は人の数だけあるものだし、キミたちに吐き出したところで詮無きことか。ボクは帰るよ。」

 

 夏目はそこまで一気に話すと、途端に押し黙り、徐ろに応接室を辞していった。「おい」と声をかけたものの一顧だにせず、勝手に来て勝手に出て行く。まるで猫のような奴だ。

 

「―――私も友人を外に待たしていますので、先に失礼しますわ。いずれ、また。」

 

 坂柳も、その特徴的な松葉杖が軋む音を鳴らしながら去っていった。

 

 夏目と坂柳有栖が出るのを見送り、オレもまた応接室を辞す。

 出たところで茶柱佐枝が待ち構えていたが、丁重に無視する。

 すまん、本来なら色々と言いたいことはあるのだが、もうお腹いっぱいなんだ。だいたいアチラの言いたいこともわかるし、どうせ言い訳や今後のオレの動き方を確認したいということだろう。既に茶柱先生があの男と会話したという嘘はバレているし、オレを守る事もできない。

 何にこだわっているのかは知らんが、正直クラスの運営なら平田と櫛田が居れば十分になったし、戦略面なら堀北も、あと1つ2つ特別試験を乗り越えられたならオレ抜きでも戦えるようになるだろう。高円寺という飛び道具もある。

 

 オレは遅まきながらも、これから夏目や長谷部達と普通の青春を目指すし、クラス間闘争は知らぬところでやっていてくれ。

 

 だが、夏目のあの態度は気になる。焦っているような、怒っているような、諦めているような。今しばらく、観察するとしよう。

 

 

*1

*2
猫みたいな女

*3
泥棒猫(予定)






閲覧ありがとうございます。

ホワイトルームと高度育成高校って、フラスコ計画と健康的フラスコ計画にめちゃくちゃオーバーラップするんですよね。

キミラノで『よう実1巻&7巻』、無料公開中……!


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文車妖妃の宴 三



幸村君にそこはかとない罪悪感を抱きながら、筆がノったので初投稿です。




 

▼side:長谷部波瑠加

 

 

 12月も半ばを過ぎようとしている。間もなく終業式だ。

 辺りを見回してみると、マフラーやセーターを着用している生徒も多くなってきた。

 そう、女子としては戦争(おしゃれ)の季節だ。

 

 この学校では決められたブレザーとスカート、あるいはズボンを着用していれば、シャツやカーディガンなどはある程度自由にさせてくれる。髪型に至ってはさらに自由。

 確かにこの閉鎖された島で服装をとやかく言う理由はないけど、ともすれば自堕落な生徒は日がなジャージ姿になるかもしれないことを考えれば、基本的な制服を準備して後は自由というやり方の方が、外の世界に戻ったときに差し障りが出ないのかもしれない。

 あと、毎日私服はちょっとキツい。センスどうこうもそうだけど、私達Dクラスにはカネが無いのよね。

 

 寒さに耐えて生足でスカートを履き続けるか、ニーソックスで耐えるか、タイツを履くか、セーターを着込むか、マフラーを着けるか。勇気があればトレーナーを着てきても良いかもしれない。ニット帽や耳当てなどもワンポイントとしてセンスが問われる小物たちだ。

 様々な選択肢(銃弾)を準備して学校(戦場)に赴く私達の敵は、果たして男子か女子か学校か。

 

 そういう意味では、制服を準備することは戦争を最小限に食い止めようとする学校側の努力なのかもしれない。

 

 さて、私達の『綾小路グループ』は、週に2度か3度集まって、四方山話に耽っている。カフェで集まることもあれば、ナッツーが居る神社に集まることもある。

 みやっちは部活があるから来たり来なかったりだけど、大抵、私は特段の事情が無ければこの社務所で猫と戯れたり、ナッツーで遊んだり、極稀に勉強したりしている。

 愛里も大体一緒にいることが多いけど、きよぽんが居るときは必ず来ている。―――わかりやすいわね。

 

 自分の居場所。自分だけの場所。私の自宅には無かった場所。

 最近はあの神社をそんな風に考えることが出来るようになった。

 

「縁結びの由来など無い。猿田彦の話など唯のこじつけだ。」と言い切っていたナッツーだけど、男女の仲ではなくて、友達同士、気のおけない仲間が集まるという意味では少なくとも縁を結んでいると思う。

 それもある種の、彼の言う『呪』なのだろうか。

 

 そんな彼は、私達が隣であーだこーだ話していても時折生返事をするばかりで、目線は常に手元の書籍だ。

 もうこの社務所に置いてあるものは全部読んだろうに、湧いてくる―――定期的に片付けているのに、さらに増えている―――本は何処から入手しているのか謎ね。古本屋でも開業したのかしら。

 

 今日も今日とて、私と愛里という美少女二人がこの狭い*1密室に居るというのに、こちらを気にする様子もなく何やら分厚い本を捲っている。

 

「そろそろクリスマスかー。愛里は何か予定はあるの?」

 

「特には……。」

 

「はぁー。そんなコトじゃ、気になる相手に逃げられてしまうぞよ?」

 

「そ、そんな! いや! 気になる相手とか、私には、その―――です。」

 

 冒頭はそれなりの声量だったけど、語尾に向かうにつれて小さくなっていく愛里の言葉。きよぽんに好意があるのは私達の中では周知の事実なのに、じれったいわね。

 愛里と深く話をすることは今まで無かったけど、夏の特別試験できよぽんに好意を抱いていることには何となく気づいてたし、二人で話しているうちにきよぽんに好意を抱く切っ掛けになった事件についても教えてくれた。他の二人はどこまで知っているか知らないけど、まあ、ネットミームを引用して言えば「そら(イケメンに暴漢に襲われているところを助けられたら)、そう(簡単に堕ちる)よ」といったところかしらね。

 だけど、彼女気づいているかしら。

 

「―――いい、愛里? 実は、きよぽんは、モテるの。」

 

「ええっ!?」

 

「まずイケメンランキングで上位にいること、これだけでも注目している女子がそれなりに居ることを物語っているわ。一学期は堀北さんとほとんど一緒に居たし、夏休みにはプールでBクラスの一之瀬さんも交えて櫛田さんや軽井沢さん達と遊んでいて、二学期は体育祭のリレーで大活躍、Cクラスの女子ともいい感じで話している姿も見られていて、挙句の果てにうちのクラスの佐藤さんはきよぽんに告白したとさえ言われてるのよ? ―――控えめに言って、愛里は進展が無さすぎて逆に出遅れているわ。」

 

「そんな……。」

 

 言ってて少しムカついてきた。何よあいつ、ハーレムじゃない。絶望的な顔をした愛里を慰めるべく、解決策を提案する。

 

「だから勇気を持って告白―――は無理かもしれないけど、遊びに誘ってみたら?」

 

「でも……私、口下手で……。」

 

「じゃあ私がそれとなくクリスマスの話題を振ってみるから、きよぽんの予定でも聞いてみなよ。手遅れだったら、その時はみんなで遊びましょ♪ ……ねぇ、この奥手な愛里にナッツーは何か妙案でもある?」

 

「―――ふむ、直接話すのが難しいのなら、手紙を書いてみればどうだ?」

 

「手紙ですか?」と愛里が聞き返す。半分、こちらを気にしないナッツーへの嫌がらせで話を振ってみたものの、中々良さそうなアイディアだ。

 

「でも、手紙なんてもらったら迷惑じゃないでしょうか……?」

 

「いやいや、そんなことはない。徒然草にも書いてあるよ。」

 

 ナッツーは表情を変えず懐から端末を取り出して操作しだし、私と愛里はナッツーの両サイドから肩を寄せ合い小さい画面を覗き込む。色々と当たってる気がするけど、こういうのは気にした方の負けなのよね。

 

「―――あぁ、これだ。第72段『多くて見苦しからぬは文車の文、塵塚の塵』。つまり、多くて見苦しいのは間間あるが、手紙を運ぶ車に手紙が多くとも、それだけ人の気持ちが込められたものが載っていると思えば見苦しいなんてことは無い、ということだろう。」

 

「ほえぇ……。」

 

「そうだねぇ、()()()()()()()()()()()()()()、頂いたファンレターを鬱陶しいと思ったり邪険に扱ったりするかい?」

 

「いえ、それは……。 はっ!? 夏目くん、気づいて!?」

 

「想いを伝える、という行為は本来非常に難しいものだ。選ぶ単語で伝わるニュアンスが全く異なってしまうし、方法が間違っていれば害にさえなる。だが、手紙を渡す、文字にするという行為はそうした誤解が生まれかねない余地を最小限にするし、受け取った側も嬉しい気持ちになるものだ。」

 

 ラブレターの類は受け取ったことは無いけど、芸能人だった愛理には馴染み易い文化かもしれない。

 

「なるほどね〜。きよぽんもそういうのには疎そうだけど、手紙ならワンチャンあるかも?」

 

「まあ、いきなり恋文はハードルが高いと思うから、日頃の感謝や想いを伝えるところから始めてはどうだ? 最初は書き損じが多くなったとしても、塵塚の塵、つまり見苦しからぬモノだろうよ。」

 

「―――わかった、やってみます!」

 

「……なんか、上手くナッツーの『口車』にのった感じね。」

 

「おっ? 波瑠加も上手いこと言うじゃないか。」

 

 私達は顔を見合わせて笑い合う。ナッツーは笑うというよりニヒルに口角を上げる程度だけど、それでも彼なりの笑顔なのだろう。

 みんなは愛里がこんなに純粋で頑張り屋なことを、彼がこんな顔で笑うことを知らないだろう。知っているのは私達だけ。そのことに、そこはかとない優越感と安心を得る。

 友達、恋バナ、青春。私の望んだモノがここには全てある。今日は居ないけど、きよぽんやみやっちが居たら、もっと楽しくなるかもしれない。

 

 だけど私は考えてしまう。こんなに恵まれていていいのだろうか、と。

 文に優れたナッツー、武に優れたみやっち、可愛らしい愛里、よく分からないけどミステリアスな存在感のあるきよぽん。

 私には彼ら彼女らに与えられるものは何も無い。そんなことをみんなが望むはずもないのに。

 

「よし、決めた! 今度の週末はみやっちの部活の応援、それが終わったら遊び倒しに行こー!」

 

 人それぞれの生。

 

 願わくば、私が敬愛する極少数の人たちには、より美しい生が訪れんことを―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-------------------------------------------

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 色々と周りが動いていることには気づいていた。

 

 椎名からの接触、あの男の登場、神室(というより坂柳有栖)の尾行、そしてクラスを付け回すCクラスの連中。

 

 夏目が気づいていたかは分からないが、恐らく気づいていただろう。あの神社にもCクラスの尾行者らしき人影があったことを。

 オレやあいつらだけでなく、軽井沢や櫛田、一之瀬などが不定期に来ていることがわかれば、あの場所に集まる人物に何かあると勘ぐり、襲撃されるのも時間の問題だ。また、オレと夏目は真鍋達に顔を見られている。

 だからオレは最近、あそこで集まるときは疑われない程度に別行動をして、神室に釘を差し、周囲の動向を窺い、不安の根を断つようにしている。

 

 また、堀北生徒会長にも連絡を取ることが出来た。オレを取り巻く状況を説明し、協力を仰ぐ代わりと言ってはなんだが、交換条件を突き付けられた。南雲雅を止めること、そして堀北鈴音を導くこと。前者に対するやる気は無いが、後者については一考の余地はある。目立ちたくないのはもちろんだが、彼女がどこまで伸びるのか少し気になってきたのだ。さながら弟子を取った気分だが、そんなことを言うと無言の手刀が腹か喉に突き刺さるんだろうな。

 

 閑話休題。

 

 そして夜、オレは自室から二人の人物に連絡を取る。一人目は外出することなく部屋に居たのか、記憶にある11桁の数字を入力して数コールすると、比較的すぐに電話に出た。

 

『もしもし?』

 

「オレだ。」

 

『どうしたの? 何かあった?』

 

「いや、恵は何をしているかと思って。」

 

『清隆がそんな殊勝な電話をしてくるわけが無いでしょ。』

 

 ごもっとも。オレと軽井沢の関係は知り合い以上、友達以下というところだ。だが、夏の特別試験以来、彼女を守るという約束をしているし、たまに勉強も教えている。それ以外にも『女心の勉強』という名目で、目立たないように何度か二人きりで会っている。人前では呼ばないが、こうして密かに下の名前で呼び合ってもいる。

 なお、このことは夏目は兎も角、波瑠加や明人、愛理は知らない。だが、そのことを龍園に嗅ぎつけられたら軽井沢が狙われるだろう。そうなっては約束違反だし、守る対象が増えることで本来守られたものも守れなくなるかもしれない。

 

「真鍋たちからの接触はないか?」

 

『うん。それは今のところ問題なし。……その確認をするためにわざわざ連絡してきたわけ?』

 

 驚いたというより、呆れたような反応が返ってきた。

 

「あれから随分経ったが、ここまで何もなしか。これ以上の心配はなさそうだな。」

 

『そうだといいけど。でも、いつどうなるかなんて誰にもわかんないでしょ。』

 

「まあ、そうだな。」

 

 オレたちは真鍋達の弱みを握っているが、同時に軽井沢の弱みも握られている。恐らく、龍園にもその話は伝わっていると見た方がいい。だとすれば、彼女の言うように狙われる可能性は残っている。

 

『―――ねえ、Cクラス、っていうか龍園が血眼になって探している黒幕Xってアンタでしょ?』

 

「やはり恵にはわかるか。」

 

『まあ、あんなふうに助けられたらね。他に可能性があるなら中禅寺君だけど、彼はそんな面倒なことしないでしょ、きっと。 ―――で、清隆はどうするつもり?』

 

「恵は何もしなくても良い。そしてこれが電話を掛けた本題だが、しばらくオレと夏目、それからあの神社には近づくな。安全が担保できない。そして出来れば、オレたちの関係もここで終わった方が良い。もちろん、恵の身の安全については今後も出来る限り守っていくつもりだ。」

 

『違う、そうじゃない。清隆はどうしたいの? 私のことはいいわ。いや、良くないけど。でも、中禅寺君や長谷部さん、佐倉さん、三宅君たちとの関係もリセットするの?』

 

「いや、それは続けるつもりだが……。」

 

『なら、私との関係も今のままでいいじゃない。何なら、洋介君とはそのうちちゃんと別れるから、普通に友達になろう?』

 

 

 

 

 

 言葉が続かない。続けることが出来ない。

 

 オレは軽井沢のことを見誤っていたかもしれない。

 

 最初は彼女をスケープゴートとしてクラスを支配するというやり方を考えていた。指導者としてはやや物足りないが、堀北と違った面からの統率力は見るべきところがあったからだ。足りない部分はオレが補えばいいと思っていたが……。

 だが、その場合は今の環境を放棄、夏目や波瑠加、明人や愛理達との関係はやや難しいことになっていただろう。なぜなら彼女は非常に依存心と独占欲の高い女性だったからだ。少し重いとは思うが、まあ、別に嫌いってほどじゃない。

 

 しかしそれがこの短期間で? オレの心情を思い遣り? 剰え居場所を守ろうとしてくれる? 何が彼女を変えた? オレか? 夏目か?

 

『何よ、急に黙っちゃって。』

 

「すまん、まさか恵からそんなことを言われるとは余り考えていなかった。正直に言えば、驚きと嬉しい気持ちが半々で何を言うべきかわからないんだ。」

 

『言ったでしょ? 誰かに何かをもらったら?』

 

「―――ありがとう。」

 

『ふふん。どういたしまして、と言っておくわ。』

 

「だが、危険であることは確かだ。極力、一人で行動することは避けてくれ。」

 

『おけまる〜。あとさ、私からもあるんだけど?』

 

「何だ?」

 

『佐藤さんと洋介君とクリスマスにダブルデートする話があったでしょ?』

 

 そう言えばそんな話もあった。

 

「そうだったな。」

 

『佐藤さん、すごく楽しみにしてた。どういう形になるのであれ、ちゃんと向き合ってあげなさい。』

 

「わかった。」

 

『じゃあね、清隆。おやすみ。』

 

「ああ、おやすみ、恵。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、もう一人に電話をするか。

 

 

*1
キミたちのアレのせいでもある






原作と比べると時系列がちょっと怪しいのは許してクレメンス。

そして恵ちゃんの後方理解のある彼女面ムーヴはありだと思います。

あと、オスカー・フォン・ロイエンタールは名言の宝庫。


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文車妖妃の宴 四


投稿間隔開けてしまい大変申し訳ありません。
個人的には一ヶ月くらいの感覚なんですけどね……不思議だ。

お陰様で鵼の碑(鈍器)は読み終えました。



 

 

 二学期の終業式を迎えた。

 

 今日は午前中までで授業は無い。形だけの校長が形だけの訓示をたらたらと述べる。

 集会が終わればクラスに戻り、茶柱先生から冬休みの注意事項を受け、解散となった。

 

 龍園が仕掛けてくるとすれば今日だと睨んでいる。奴としては様々な状況を想定し、容疑者を一人一人潰した後、自らが有利な場を整えて仕掛けてくる。既に高円寺を含めたオレ以外の比較的実力のあるクラスメイトは、何らかCクラスからちょっかいを受けている。

 

 おそらく、1対1の戦いにはならないだろう。恵だけでなく愛理や波瑠加たちを人質としてとられる可能性もある。彼女らには極力少数で外出しないよう、夏目や明人に警戒をお願いしている。

 

 誰かを蹴落とすこと。誰かを支配すること。オレにとっては等しく価値が無い嗜好だ。

 

 龍園のことはかつて夏目が『蜃気楼』と評していた。確かにそうかもしれない。

 奴は『黒幕X』という架空の―――正確には、虚像に過ぎない人物を想定して包囲網を組んできた。だがオレも夏目もDクラスを陰から操りAクラスへの下剋上を目論んでいる人間ではない。少なくとも今は。

 

 『自由』とは何か。―――それは牢獄のようなものだ。

 

 言葉にした瞬間、皆、その言葉に囚われる呪のようなものだ。

 オレは最近、こう思う。『不自由』という言葉が先にあったのではないか、と。

 

 オレは生まれながらにして―――いや、生まれる前からその生を定められていた。そう、『不自由』が先にあったのだ。

 人はその育ちについて千差万別、全く境遇が同じ人間など存在しない。一卵性双生児でさえお互いという境遇の違いがあるのだ。

 

 龍園にしてもそうだ。奴は自由だと言う人もいるかも知れないが、オレから見ればとびきり不自由な人間だ。

 自由を得るために不自由を打ち壊すという不自由に囚われている。そして龍園はオレの実力を見誤った。実に愚かなことだ。

 だが、これも過去のオレが蒔いた種だ。大きくならない内に摘み取るのもオレの責任というわけか。

 

 ふぅ、と一息つき携帯端末を取り出す。まぁ、念には念を入れる必要があるだろう。

 

 

 ―――ん、恵からメールか。

 

 

『へるぴ』

 

 

 今のオレは非常に複雑な表情をしているだろう。笑えば良いのか事態を深刻に捉えれば良いのか。ホワイトルームの教育も役に立たない。

 

 きっと彼女は非常事態に襲われ、咄嗟にポケットの中でオレに助けを求めたのだ。誤字に気づく間も無かっただろう。

 だが、言いたいことは伝わった。

 

 やはりそちらに行ったか、龍園。所詮はそこまでの男か。

 

 オレは少しばかりの苦笑とともに恵の位置情報を端末で確認すると、夜の帳が下りる外へ向かう。

 

 苦笑の先は恵か龍園か、それともこの学校か。今のオレには判断がつかなかった。

 

 

 

▼side:軽井沢恵

 

 

 

「ククッ。やはりお前が『黒幕X』か。あの神主モドキと7:3……いや、8:2くらいでテメェだと思ってたよ」

 

「バカな、龍園! コイツは……!」

 

「ハンッ。テメェは無人島試験の間、コイツにだまくらかされてたんだよ、伊吹。だが油断するな、真鍋たちは一瞬でオトされたみてぇだからな。囲んでやっちまえ」

 

 校舎の屋上。多少は乱暴されたけど、助けが来るとわかっていれば比較的怖くない。まあ比較的、っていうだけで怖いものは怖いし痛いものは痛い。あと寒い。

 

 清隆からは一人きりにならないように注意されていた。だけどこうして拐われたのは半分わざと。

 『自分一人が犠牲になれば』なんて殊勝なコトなんて考えてない。だけどいい加減Cクラスから粘着されるのもみんな厭気が差していたし、冬休みは気兼ねなく清隆とデートしたい。

 佐藤さんには悪いけど、あたしがピンチの時、彼は絶対駆けつけてくれると信じている。そういう関係性を作ったから。

 あの陰気な男に整えられているみたいで癪ではあるけどね。

 

「清隆……」

 

 彼の名を呟くと、「悪い、遅くなった」と言いながら私に制服の上着をかけてくれる。痛みと寒さで少しばかり涙目になっている私は袖を濡らしながら心の中で彼を応援する。

 

 この不器用で感情表現の乏しい天才は軽く腕まくりをすると、まず襲ってきた石崎、伊吹をものともせずに無力化した。

 コイツ、前から思ってたけど敵対する人間なら女でも躊躇ないわね。でもまあ、顔に傷をつけないように倒しているだけ配慮しているのかもしれない。

 

 あの恐ろしい黒人の山田何とかでさえ、大人と子どものようにまるで問題にしていない。

 単純な膂力でも清隆が優位だ。ひらりひらりと躱しながら急所を目掛けて攻撃を繰り出す。

 格闘技には詳しくないけど、強いボクサーはきっとこんな感じなんだろうなと場違いな感想を持ってしまった。それだけ非日常が眼の前にあるということなのか。

 

 清隆は3方向から囲まれたはずなのに、あっという間に制圧してしまった。

 

「ククッ。役に立たねえ奴らだ」

 

 そうか、と清隆が無機質な返答をする。龍園もまた戦闘モードに入っているけど、既に私は彼らの意識に無いだろう。

 

 ―――恐ろしい。

 

 男二人が殴り合っている。私自身、いくつかの暴力を見てきたし実際にされてもきたけど、私がされた『明日も遊ぶための暴力』ではない。これは壊し合いだ。

 先程までとは違い、清隆も避けるのではなくガードすることが多くなっている。

 

「ハンッ! やはり腕っぷしもあるか! 楽しいなあ、綾小路!」

 

「悪いがオレは楽しくはない」

 

「だけどなァ! 喧嘩ってのは! 腕っぷし! だけじゃ! ねぇんだよ!」

 

「……シッ!」

 

「ぐッ……!」

 

 ガードと回避を使い分けることで龍園による暴力の渦を華麗に捌き、清隆の切り裂くような拳が龍園の鳩尾を穿つ。よくアレで倒れないものだ。

 

「……確かにテメェは強え。この場ではお前が勝つだろうな。だが明日は? 明後日はどうだ!?」

 

「繰り返していればいずれ勝てると?」

 

「小便してる最中は? クソしてる最中は? 女抱いてる最中は? どこからでも狙ってやる…!」

 

「負けることが怖くないのか?」

 

「恐怖なんて感情、俺には一度も感じたことが無ぇな!」

 

 

 

 

▼side:綾小路清隆

 

 

 

 感情とは生物学的に言うと自身の生命の保持、或いは子孫を残すために必要な人間に備わった機能である。

 

 理屈では理解している。だがホワイトルームではそうした感情というものは不要なものだと教えられた。他者を操る―――いや、利用―――いや、誘導するとき、相手の感情を理解しなければ自身の望む方へ誘導出来ない。そしてそこには自身の感情というものは不要だ。

 

 オレはこの8ヶ月ほどで同世代の男女の多くの感情を学んできた。船上試験においては軽井沢から彼女の恐怖を知った。

 

 『人はわからないものに対して畏れを抱く』と言っていたのは夏目だったか、何かの本だったか。その意味においてオレは恐怖というものを感じたことが無い。

 

 龍園の場合においてはどうだろうか。奴は暴力の支配する世界に生きてきた人間だ。通常の人間は理不尽な暴力に対して恐怖を抱くが、奴の場合は恐怖を抱くまでには至らないと言っている。

 

 であればどうやって奴に恐怖を抱かせるべきか。

 

 簡単な話だ。根源的な恐怖―――つまり自身の生命が不可解な力で失われることに直面させてやればいい。

 

「綾小路ィッ!」

 

 勢いをつけパンチを繰り出してくる龍園の腕の外側へステップを踏むと、手首と肘を()め龍園の体勢を崩す。体育祭で夏目がやっていた技だ。

 よろめく龍園の隙を見逃すはずもない。顔面、鳩尾と上下に揺さぶり最後に再び顔面を殴り飛ばすと、オレは倒れた龍園の両手を挟み込むように馬乗りになる。

 

 完璧なマウントポジションだ。

 

 龍園が何か喚いているが関係無い。ただ壊す。骨や歯が軋む乾いた音が響く。そしてそれはぐしゃりぐしゃりと徐々に湿り気を帯びた音に変わる。両手をキメられた龍園は為すすべなくそれらの音を最短で聴くことになる。

 

「テ、テメェ……」

 

 実は人の顔面を殴るのはコツが要る。顔面、というか頭部は人間の部位の中で最も急所が多い部分である一方、最も硬い部分の中の一つでもある。だから下手な人間が頭部を殴ると、十中八九自身の拳を傷つける。

 オレは此奴に恐怖を与える必要があるからこうしているが、ヒトを無力化するなら、相手が倒れた瞬間に踵で顔面を踏みつけるのが効果的だ。*1

 

 夏目ならどうするんだろうな。肉体労働は専門外と言っていたから、きっとあの傍若無人王子が良いも悪いも目茶苦茶にして終わらせるのだろう。

 

「まだやるか?」

 

「……」

 

 返事がない。気を失ってはいないようだが、瞳の奥に恐怖の感情が読み取れる。どうやら壊し終えたようだ。

 オレたちDクラスに憑いていた蜃気楼(龍園)は、もう二度と実体を持たなくなるだろう。

 

 これでこの血まみれの宴も終いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「恵、無事か」

 

「ありがとう、清隆。でも……」

 

「心配するな。後のことは任せてある。行こう」

 

「……わかった」

 

「……オレが怖いか?」

 

「えっ……うん、少しね。でも問題無いわ」

 

「うん?」

 

「無いったら無いのよ。来てくれるって信じてたし」

 

「そうか」

 

「さ、行きましょ……ってどこへ?」

 

「とりあえずオレの部屋へ行こう。暖かい飲み物でも出す」

 

 

 

 

 

 

 

「清隆、改めてありがとう。助けを呼んだら来てくれるって信じてた」

 

「正確には『助けて』とは言われて無いがな」

 

 そう言いながら恵から受信したメールを見せる。暖かいコーヒーが二人を包み込む。

 

「ぷっ……あたし、テンパりすぎて入力ミスしてるじゃない。恥ずかしい」

 

「恥ずかしくなんてない。十分に伝わっている」

 

 そう、文字が間違っていても、短くても、十分に伝わっているのだ。

 自分の気持ちや状況を文字で伝えるのに精密さや巧緻さは必要ない。それが心を込めたモノであれば、十分なのだ。

 それが今回の一件でオレが得た数少ない教訓だ。

 

「これからどうなるのかしら……?」

 

「おそらく、龍園はCクラスの中心的立場から外れるだろう。最悪、退学するかもしれない。Dクラスにとってはどうだろうな、何も変わらないんじゃないか。今回の一件は誰も関知していない。せいぜいが恵と夏目くらいだ」

 

「ふうん。ま、あたしは清隆とデート出来たらそれでいいけどね」

 

「デート……?」

 

「あら、寒空の下暴行されそうになった可哀そうな女の子を慰めてあげようっていう気はないワケ?」

 

「……平田はいいのか」

 

「平田君があたしに何をしてくれた?」

 

「……そうだな。だが大っぴらには出来ない」

 

「当たり前でしょ。それくらいあたしだってちゃんと考えてるわよ。まあ何にせよ、これからもよろしくね、協力者様」

 

「ああ、よろしく」

 

 

 年が更けていく。

 

 

*1
と刃牙に書いてあった。






ドラゴンボーイさんとリトルガールさんのくだりは泣く泣く飛ばしました。だって夏目君(神社から)出ないし。。。

続きはアニメ3期が始まったら頑張ります。


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閑話 陰陽師の男はキリスト教徒の夢を見るか?


 性の6時間、はーじまーるよー(棒)



 

 The year's at the spring,

 The day's at the morn;

 Morning's at seven;

 The hillside's dew pearled;

 The lark's on the wing;

 The snail's on the thorn;

 God's in His heaven,

 All's right with the world!

 

 

 Robert Browning:『Pippa Passes』

 

 

 

------------------------------------------------------

 

 

 

 世界的にクリスマスと言えば、一般的には家族と過ごす日とされているものの日本においては(やや)(おもむき)が異なる。ターキーでは無くチキンを食すこともそうだが、我が国では家族に加え、恋人と愛を確かめ合いつつ過ごす日ともされているのだ。そんな中、オレは『綾小路グループ』の長谷部波瑠加により『クリぼっちを防ぐ会(仮称)』――(仮称)までが正式名称だ――というものに引っ張り出されることになった。

 

 そもそもクリスマスというのは言うまでもなくキリストの生誕祭であり、主な宗教を仏教とする我が国でそれを()も当たり前かのように有り難がることが国民の宗教観の希薄さを表していると言えるだろう。

 もっとも、宗教観が希薄であることは決して悪いことではない。宗教とは即ち生きる指針であり、来世での救いが無ければ生きづらいなどという世の中では無いことを表しているからだ。

 

 さて、『クリぼっちを防ぐ会(仮称)』の開催場所は晴明稲荷神社―――オレの()()たる中禅寺夏目が宮司を務める其処(そこ)である。神社でクリスマスパーティーをしようとするあたり、やはりオレの友人たちも宗教観は薄いようだ。

 なお、夏目は最後まで場所を貸し出すことに抵抗していたことは申し添えておこう。長谷部波瑠加と佐倉愛理の重量級(比喩)二人に左右から迫られ首を縦に振ることになったアイツは、きっとDクラスの皆にバレたら締め上げられることになるだろう。明人は「やれやれ」と言いながら苦笑いしていたが。

 

 今回の『クリぼっちを防ぐ会(仮称)』の目玉イベントは『プレゼント交換会』だ。今までの人生でオレには全く縁が無いイベントだったので想像もつかないものだったが、波瑠加曰く「定番」とのことだったので、世の中ではそうなのだろうと納得することにした。

 

 とは言いながらも、何を買えばいいのか皆目見当がつかず、明人にどういった物が定番なのかと聞いてみたところ、「日用品でいいんじゃねえの?」とアドバイスをもらったので、オレは先日の休みに【けやきモール】で3,000PP程度の猫の柄をしたマグカップとシリコン製の蓋を購入し、プレゼント用に包装してもらった。

 カップの色も悩んだが、オレを除いて女子と男子が半分ずつのため、安直ではあるがどちらに転んでも良い白地の物にした。

 

 なぜ猫の柄かと言うと、夏休み以降、あの神社に三毛猫『五徳』が棲み付くようになったからだ。夏目によってその名を名付けられた五徳は意外と人懐こい性格をしており、時折Bクラスの一之瀬帆波が癒しを求めてやってくるなど、この神社の看板猫として本殿の軒先で日向ぼっこに勤しんでいる。そういう意味では社務所で本を読んでばかりの宮司より働いているかもしれない。

 

 集合時間は土曜日の15:00。ちなみにその翌日、オレは佐藤と平田、軽井沢とダブルデートをすることになっている。しかしながらそうして考えてみると、オレの交友関係も広くなったものだ。

 

 遅くなることに関してはホワイトルームで鍛えられているので、1日や2日くらいの徹夜なら大丈夫だし、Cクラスの脅威も恐らく当面は去った筈なので、イレギュラーさえなければ問題無いだろう。

 

 全て世は事も無し。

 

 

 

 ▼

 

 

 

 さて、当日を迎えた。簡単に昼食を済ませ、少し早いがプレゼントを鞄に入れ自室を出る。ジュースとお菓子は各自持ち込みということなので、買いに行かなくてはならないからだ。スーパーで2Lのジュースといくつかの個包装になった菓子類を1,000PP分ほど購入し外に出ると、ちょうど佐倉愛理が荷物を持って神社へ向かう所だった。

 彼女は茶色のニット帽を頭に載せ、黒いセーターの上から帽子と同色のコートを羽織り、いかにも年頃の女の子といった装いをしている。少しばかり大きなトートバッグには、きっとジュースやお菓子が入っているのだろう。

 

「あっ。き、清隆君!」

「愛理、今から向かう所か? なら、一緒に行こう。荷物、持つから」

「えっ!? そんな、悪いよ……」

「気にするな、ほら」

「うん、ありがとう……!」

 

 重そうに抱えていた愛理の分のジュースとお菓子も持ってやる。バッグからはリボンが付いた包装紙が見え隠れしている。

 

「愛理は何をプレゼントするんだ?」

「え、えーっと……秘密です!」

「そうか」

「清隆君は……?」

「―――秘密だ」

 

 そう言うと愛理は何故か嬉しそうな顔をした。何か彼女の琴線に触れるものがあったのだろうか。

 

 冷たい海風が隣り合って歩くオレ達の間を通り抜ける。歩道の脇に立つ木々は既にその葉を散らし、ガサガサという枯葉が舞う音と、かつかつというオレ達の足音と、寒さに耐える愛理の「ふう」という息遣いだけが聞こえてくる。

 

「寒いな」

「そうだね」

 

 途切れがちな会話について、彼女はどう思っているのだろうか。

 愛理との出会いは説明する迄も無く、あのストーカー騒ぎだ。今から思い返すと少しばかり―――いや、かなり恥ずかしくなる大根演技だったが、オレの恥ずかしさと引き換えに彼女の安全が買えたのだから安いものだろう。

 その後は無人島で一緒に探索したこと、それからやはりペーパーシャッフルの勉強会であろうか。

 

「色々あった年だったな……」

「そうだね」

 

 思わず漏れてしまったオレの独り言に愛理が返答する。

 

「清隆君は、どうしてこの学校に来ようと思ったの?」

「―――一言で言うのは難しいな。強いて言えば『変わりたかった』からだ」

「変わりたかった?」

「オレはこの学校に入学する前、自由に憧れていた。親の監視が厳しくて遊ぶことすら無かったが、オレはその環境に疑問を持っていなかった。そういう自分を変えたかった―――こんなところだろうか」

「そうなんだね……嬉しい」

「嬉しい?」

「うん。前にも言ったかもしれないけど、私も『変わりたい』と思ってこの学校に入ったから」

「そうか。愛理は変われたか?」

「うん! 清隆君や、波瑠加ちゃん、明人君に夏目君―――みんなと出会って、変われた。清隆君は?」

「オレも同じだ。愛理やみんなと出会って、変わった。オレの場合は変えられた、かな」

「ふふっ。みんな個性的だもんね」

「愛理もな」

「……もう、そんなことないよ!」

「いや、グラビアアイドルは十分に個性的な部類だろう」

 

 彼女もまた春先の憑き物が落ちたことで変わった人間だ。前までのオレなら彼女に対してどのような使い(みち)―――いや、役割を見出したのだろうか。

 

 今のオレにとっては、共に穏やかな時を過ごす友人の一人である。

 

「あっ。あれ、波瑠加ちゃんと明人君じゃないかな」

 

 間もなく神社に着くという頃、前の方に男女の一組が見えた。男子の方はオレと同じように両手にビニール袋をさげ、女子の隣を歩いている。持たされたのか、自らの意思で持ったのか、確率は半々だな。

 

「波瑠加ちゃん!」

「あ、愛理ときよぽん」

「誰がきよぽんだ」

 

 慣れたら負けだと思う。だが不思議と嫌ではない。

 

「俺も居るんだけどな」

「あ、その、ごめんなさい!」

「なにーみやっち。私に妬いてるの? それとも、愛理に『明人君♡』って呼んで欲しかった?」

「うっせぇ」

「明人君……」

「……うっせぇ」

 

 ニヤニヤと笑う波瑠加に頬を膨らませる明人。これが正しく青春なんだろう。

 

 全て世は事も無し。

 

 

 

 ▼

 

 

 

 晴明稲荷神社はこの人工島の外れにある。島の入口から反対側、けやきモール等の比較的人通りが多い場所からかなり外れた、風除けと思しき人工林の中にひっそりと佇んでいる。

 敷地面積はざっと2,500㎡程度だろうか。約50m四方の敷地の中に、本殿と社務所、鳥居が鎮座している。

 

 この場所で見かけたことがあるのはこのメンバーと、Dクラスでは堀北、櫛田、高円寺だけだ。だが恐らく龍園も知っているだろうし、坂柳も存在を知ってはいるだろう。上級生も含めれば、生徒会のメンバーも知っているだろう。

 ……ということはあの南雲雅生徒会長も此処を訪れたことがあるのだろうか。高円寺と同じくらい場違いな気がするが。

 

 社務所を見ると受付の窓口は半分閉まっているものの空調の室外機は動いているので、家主が居るであろうことはわかる。

 オレががちゃりと無造作にドアを開けると、果たして家主はそこに居た。

 

「扉を開けるときはノックをしろと何度言えばわかるのだね」

 

 手元の書籍から視線を動かさず、夏目が声を発した。

 

「一度聞いたことはだいたい覚えている」

「では数少ない例外ということだね。反省しなさい」

 

 無論、わざとやっている。

 今日も今日とて彼は和装である。制服以外だと和装しか見たことが無い。少し長めの髪を今日は下ろし、紺の着流しの上から少し厚手の羽織物を肩から掛けている。卓袱台(ちゃぶだい)には彼の湯吞が置かれ、濃い緑色の液体が半分程度残されている。

 

「やっほー♪」

「お邪魔します……」

「よう」

 

 他の皆も勝手口から次々と入り、室内へ侵入する。家主は侵入者を咎めるように声を発した。

 

「入るなら手を洗いなさい」

「はいはーい」

「お母さんかよ」

 

 この社務所はこの神社の倉庫を兼ねて作られたものだろうが、この人数くらいなら少々狭いものの入ることが出来る。なお、家主が持ち込んだであろう書籍を除けば余裕で入るだろう。

 ある程度は波瑠加が甲斐甲斐しく整理したものの、それでもなお圧倒的な量の書籍や図面などが部屋の片隅に(うずたか)く積み上げられている。

 コンロと流しがあり、流し台にはオレ達それぞれの専用コップが置かれている。

 

「そう言えば五徳の姿が見当たらないな」

「大方、その辺で日光浴でもしているのだろう。寒くなってきたらそこから帰ってくるよ」

 

 顎で半分閉まっている受付窓のほうをしゃくりながら夏目が答える。

 

「んじゃ、パーティーを始めましょっか♪」

 

 波瑠加の音頭で『クリぼっちを防ぐ会(仮称)』の開始が告げられた。

 明人と愛理は持参した菓子やジュースを卓袱台に広げている。

 

「あ、清隆とポッ●ーが被っちまったぜ」

「いやいや、みやっち、こんなんなんぼあってもいいですからね」

「波瑠加ちゃん、芸人さんみたい……」

 

 家主は世界の終わりが10回連続で訪れたかのような仏頂面をしている。まだ諦めてなかったのか?

 

 全て世は事も無し。

 

 

 

 ▼

 

 

 

「じゃあみんなお待ちかね、プレゼント交換をしましょう!」

 

 入学してからの話や入学する前の話――オレの場合、入学する前のことは愛理に話したようにかなりぼやかしたものになったが――に花を咲かせていたオレ達ではあるが、開始から1時間少々が経った頃、波瑠加が口火を切った。

 

「さーて、みんなのセンスと運が試されるわよ~?」

「そう言われると、緊張するな。清隆はどうだ?」

「明人と同じだ」

「き、緊張するよぅ……」

 

 波瑠加がそれぞれのプレゼントに紐をつけ、反対側の紐の端をどれに繋がっているか見えないようにしてオレ達に向けた。

 

「さあ、誰から行く? あ、自分のを引いちゃった場合は引き直しね。誰もいかないなら私から……」

「じゃあボクから引こう」

 

 意外なことに夏目が先陣を切った。悩むこと無く紐を引っ張り、花柄の小さな袋が手繰り寄せられると、波瑠加が「あ、私のだ」呟いた。

 

「ねえナッツ―、開けてみてよ!」

 

 器用に片眉を上げて怪訝な表情をした夏目がリボンで結ばれた袋を慎重に開けると、中には半透明の小さな瓶が収められていた。

 

「―――ハンドクリーム、か?」

「うん、容器も可愛いでしょう? 感想は?」

「思ったよりはまともだしセンスが良いな」

「『思ったよりは』は余計よ、もう」

「有難く使わせてもらうよ」

 

 夏目が二の句を継いだものの、波瑠加は演技混じりの口調で「つーん」とそっぽを向いた。夏目は心なしか困ったように後頭部を掻いている。

 

「じゃあ、次は俺が」

 

 明人が空気を変えるように一歩、歩みだした。波瑠加の持つ束から一つ紐を引くと、夏目が持ってきた小箱が合わせて引っ張られた。

 

「あぁ、ボクのだね」

「中身は何だ……?」

 

 明人は恐る恐る蓋を開けると中を認識した瞬間、深い溜め息をついた。

 

「みやっち、何だったの?」

「多分―――」

 

 

 

 ▼

 

 

 

「じゃ、最後は何となく嫌だし次は私が引こうかなー」

 

 賛否あった夏目のプレゼントの品評会を終え次は誰がと見回したところ、波瑠加が名乗りをあげた。夏目は未だ「値打ち物なのに……」と不貞腐れている。

 

 しかしこういうのは普通、紐を持った人間が最後だと思うのだが……波瑠加はそのあたり自由だ。

 ちなみに確率から言えば引く順番が違ってもそれぞれ引く確率は同じだ。だが『残り福』という言葉があるように、人間は選ぶ順番に価値を見出す習性がある。但し、波瑠加は一般的とは逆の方をいくようだ。

 左手に3つの紐を持ち、右手でそのうちの一つを「それっ」という掛け声とともに思い切り引っ張る。

 

「俺のが!」

 

 そう叫び声を上げたのは明人だった。波瑠加が勢いよく引っ張った紐にプレゼントが引き摺られ、リボンがぐちゃっとなってしまった。

 

「ごめーん、みやっち」

「……ったく」

 

 波瑠加が崩れてしまったリボンと包装紙を整えながら開封すると、中には小さな猫の置物が入っていた。

 

「これは……?」

「ちょっと分かりづらいかもしれないが、一応花瓶だ。使わないかもしれないが許してくれ」

「……ううん、大事に使う。ありがとう、みやっち」

「……どういたしまして」

 

 波瑠加が花瓶を抱えるようにしてお礼を言うと、明人は照れたように頬を掻きながら返答した。「猫っぽい波瑠加にはぴったりじゃないか」などと夏目が囃し立てており、愛理は羨ましそうにそれを眺めている。

 

 全て世は事も無し。

 

 

 ▼

 

 

「ということは―――消去法で愛理ときよぽんはプレゼント交換ということになるわね」

 

 そういうと波瑠加は持っていた紐を床に放り投げた。オレは(おもむ)ろに床に置かれたプレゼントを2つ拾い、オレが持ってきたものを愛理に渡した。

 大きさもそうだが、重さも大体一緒くらいだな……何となく嫌な予感がする。

 

「愛理」

「ひゃ、ひゃい!」

「メリー・クリスマスだ」

「……うん!」

「じゃあ、せーので開けてみましょ。せーの!」

 

 オレと愛理は似たような包を揃って開けた。

 

「これは……一緒?」

「色違い、だな……」 

 

 明人と波瑠加が呟いたように、プレゼントが被ってしまった。オレのは白地に猫の模様だが、愛理のは黒地に猫の模様……つまり同じ店で、色違いの同じ物を買ってしまったわけだ。

 

「愛理、すまんな」

「ううん! そんな事ないよ! ……ありがとう。嬉しい

 

 波瑠加と同じように、マグカップを抱えるようにしてお礼を言う愛理。

 

「オレの方こそ、大事に使わせてもらうよ」

「ペアルックだなんて、アツアツですなぁ~♪」

「は、波瑠加ちゃん! そんな、ペアルックだなんて……」

 

 波瑠加は「うりうり〜」などと言いながら愛理を猫可愛がりしている。

 

 その後、オレと愛理は元々この社務所に置いてあった自分たちのカップを引き上げ、揃ってこの社務所用に使うべく流し台の脇に置くことにした。

 家主(夏目)は諦めたような視線でそれを眺めている。

 

 

 

 

 全て世は事も無し。

 

 願わくば、来年こそ平凡な青春を送らんことを―――。

 

 





 果たして夏目くんは何を持ってきていたのでしょうか。皆様のご想像にお任せしますが、特に本編に関係するものではありませんし、下ネタでもないです。

 今年は皆さまにとってどのような年でしたでしょうか。
 お陰様で創作活動を始めさせて頂いてから1年が経過しました。お付き合い頂いて本当にありがとうございます。
 エタってる方をお待ちの方がいらっしゃれば、申し訳ありません。

 さて、まもなくアニメ3期が始まります。
 本編の方は2年生編が間もなく終わり、ハーメルンが切っ掛けで知ったこの『よう実』という作品も、いよいよクライマックスが近づいてきています。
 あの子が退学になってむせび泣いている人もいるでしょうし、あの子の豹変具合にドン引きしている人もいるでしょう。
 ですが、終わってしまえば全ての人にとってハッピーエンドだった、ということになることを願ってやみません。

 皆さまとそのご家族、ご友人に来年も幸多からんことを祈念し、年末のご挨拶と代えさせて頂きます。


P.S.
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