俺が七草の養子なのは間違っている (萩月輝夜)
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人物設定
七草八幡


お気に入り登録者数が1500を越えてたのでここで八幡の妄想設定を投稿しようと思った次第…
需要があるかは知らないけどね。

物語が更新されていけばこちらも更新していこうと思います。

2/28家族構成追加


名前:七草八幡《旧姓:比企谷八幡》

 

◆体格・容姿

身長:178cm 体重75㎏

特徴的なアホ毛がピンと跳ねており特徴的なとその瞳と『特異な能力』を相手に悟られないようにするために伊達メガネを掛けている。

 

かなりのイケメン…というわけではなく普通の整った顔立ちである。

服に隠れていて見えないが脱いだ場合はその鍛え上げられた筋肉がお目見えする。

自分の事はイケメンとは思っておらずまぁ、整った顔立ちではあるだろと自認はしているらしい。

 

◆家族構成

 

父 七草弘一 母 (既に他界している。真由美たちの母) 長女 七草真由美 長男(養子) 七草八幡 次女 七草泉美 三女 七草香澄 四女?七草小町

 

と言うような構成だが次女以下に関しては一括りにした方が良いような微妙なラインである。

家族仲は悪くなく普通の一般家庭のように食卓を囲み一緒に夕飯を取ったりする。

 

(この作品では弘一の先妻の息子である二名は居ないことになっております。

 

弘一は後妻を娶っていないので真由美達が先妻の子供という設定です。

 

この作品では八幡が養子ですが長男ということになります。)

 

 

◆性格・嗜好

幼少期から両親からネグレクトに近い扱いを受けていた。

当初はそのため性格は捻くれていたが祖母との出会いにより軟化した…

が、しかし悪態と皮肉混じりの諫言と辛辣な言葉を投げつける癖は抜けきっていない。

面倒事を嫌うが目の前で知り合い等が巻き込まれている場合は嫌々ながら事件解決のために動くというなんとも天の邪鬼な性格をしており「自分自身の精神衛生上よろしくない」と言っては嫌々ながらも関わる姿が見られる、

知り合い達からは「捻デレ」と呼ばれており悪態をつく。

子供にはなぜか好かれやすい。

ロリコン扱いされるが本人的には同年代か自分よりも1、2上か下ぐらいの年齢の普通の女性が好きらしい。

 

◆数字落ち《八幡家》

 

元々は「八幡家」という師補十八家の一つだったが突如彼の祖父に当たる代で魔法力が欠如し数字落ちして「鉢万家」と名を変えた。

八幡と絶縁した父親が若い頃に八幡の母親である「比企谷家」に婿入りする形となり「八幡」の名字がなくなり「比企谷」の姓へと変化した。

元息子である彼に「八幡」という名をつけたのは生まれたときに魔法師としての才能が既にあったので父親が産まれた彼を先祖帰りだと思い込み嘗ての栄光と十師族へ返り咲く為その名字を名前につけた。という理由があった。

八幡と小町が生まれている頃には既に名字は「比企谷」へと変わっている。

 

 

◆身内への甘さと他人への敵意

 

自身が数字落ちの「八幡家」の出自であることから同じ魔法特進科の生徒よりちょっとしたいじめにあっていたが千葉に離れて暮らしていた「一色いろは」が入学したことにより事件に巻き込まれ(自分で飛び込む形になった。)更にいじめが苛烈になるが本人は冷めた対応と祖母に習った護身術で切り抜けていたが過去の栄光にすがる実親から絶縁を言い渡され妹と共に実家を出る。

しかしその際に十師族である「七草家」の双子の姉妹が誘拐された場面に遭遇し追跡し無事救出に成功した。

その際に七草家に招かれ当主である「七草弘一」にその才能と実力、人柄を見いだされ実妹の小町と共に七草家へ養子に入ることになる。

第一高校入学に際しては「目立つのが嫌だ」と言う理由で手を抜き入試では次席になるがその際に義理の妹、姉、実妹に問い詰められていた。

血は繋がっていないが義姉、義妹達。そして実妹の小町を信頼し守ることを第一信条としているほどシスコン。

義父である七草弘一を信頼している。

親族又は自身が心を許した人物に対し危害を加えられそうになった瞬間その人物を躊躇い無く殺害出来る程には冷徹。

 

 

そのためか『第一高校襲撃事件』ではそのその性質を遺憾なく発揮しテロリスト数百名を武術と魔法で圧倒し首謀者である甲一の両腕を振動収束系魔法《フラッシュエッジ》で切り落としとどめを刺そうとしたが後処理が面倒くさくなって十文字に押し付けた。

 

敵と判断した者、敵対するものには慈悲はない。しかし、友好関係を持ってしまうと切り捨てられないほどには甘い。

 

その結果様々な美少女に好意を寄せられるというモテムーブをかますことに。

 

◆二つ名

 

『万能の黒魔法師《エレメンタル・ブラック》』九校戦時

 

 

◆異性からの好意の疎さ

 

数多くの女性から好意を持たれており義姉妹である七草真由美、泉美、香澄達。同学年では司波深雪、光井ほのか、北山雫、一色愛梨、後輩では一色いろは(これからもっと増えるかも知れない。)と様々な女性から好意を持たれてはいるが幼年期の頃の生活が原因で他人からの好意を「必ず裏がある」と懐疑的になってしまっているのでなかなか伝わらずにいる。

彼女達の積極的な行動に対してもおどおどした反応を見せてはいるが心の奥底では「何かを企んでいるのでは?」と悪い方向に捉えてしまう。

 

上記の義姉妹に関しては家族愛で接しているために恋愛感情に発展しておらずヤキモキさせてしまっている

 

◆交遊関係

 

司波達也が唯一の親友と語っているように交遊関係は八幡のなかでは狭いが知り合いは多い。

特筆してあげられるのは達也と同じクラスの吉田幹比古と西城レオンハルトの二名。何故か知らないが女性との交遊関係が広い。

九校戦後は一条将輝や吉祥寺と連絡先を無理矢理交換させられたりしたが険悪ではない。

 

趣味・嗜好

 

マックスコーヒーが好きで良く飲んでいるのを見掛けられる。

料理を作ることが得意で良く妹、姉のお弁当を作る場面が見受けられる。

 

 

◆魔法・戦闘技能

 

元々八幡は第八研究所所属の「八幡家」の人間であり加重魔法の使い手でありその能力は追随を許さぬほど。《グラビティ・バレット》《グラビトン・クラスター》《グラビティ・バインド》等一系統ではなく複数の系統を組み合わせ使用するのを得意とする。

展開速度も人間の限界以上の速度を示しCADが無くとも魔法を使用することが出来てしまう。

 

苦手な魔法はなく全てにおいてほとんど欠点なく使用できる。

(達也の再生や分解といった特異な魔法は使用できない。近しい性質のものは再現できるが劣る。)

 

身体能力は《四獣拳》を使わなければ親友である司波達也と肩を並べるほど。

《四獣拳》を使用した場合達也を圧倒する身体能力を発揮する。

 

また精神干渉系魔法『消失』や無系統魔法『初期化』を使用できるが八幡は家族であっても明かすことはしていない。

 

なぜそのような精神干渉系の魔法や強力な『初期化』が使用できるのかは現時点では不明。

 

開発した魔法としては

自身の《瞳》の力と『グラビティ・バレット』を組み合わせた姉である真由美が使用した『魔弾の射手』の八幡バージョンの『ファントム・バレット』

振動収束系『フラッシュエッジ』

雫に渡した『能動的爆破軌道《アクティブ・ブラスト・オービット》』

ほのかのための『虚偽閃光《ルクス・フェイク》』

自身がピラーズで使用した『絶対零度《アブソリュート・ゼロ》』

九校戦で見せた対魔法用防御『解体反応装甲《グラムリアクションアーマー》』

がある。

 

また義姉と同じく四種八系統の魔法を多彩に操り七草家に養子に入ったに関わらず「万能」と称するにふさわしい魔法技能を有する。

 

◆先天的スキル《見通す瞳》→《賢者の瞳》

 

八幡の持つ《見通す瞳》は最終的に《賢者の瞳》へ進化するがこれは八幡が持つ先天性スキル…ではなく《魔眼》に該当する。

初期はゲームのように対象人物を確認することでステータス表記が成されていたが《賢者の瞳》に進化したことで対象人物の限られた一定時間だが未来を見通すことが出来るものであったが任意で発動出来ないという欠点があった。

 

◆『詠唱破棄』『二重詠唱』

 

八幡自身が持つ先天性スキルであり魔法の起動式は通常アルファベット3万文字あるとされているが彼が持つ《見通す瞳》の影響もあり解読することが出来《詠唱破棄》は類似した性質の魔法の起動式を組み合わせ不要な部分を発見し切り捨て発動できる能力でありこのため八幡は複雑な起動式を即座に発動することが出来る。

 

その展開速度はCADを使うことが前提であるが人間の限界値を越えて発動する。

彼の前ではどんな魔法の起動も遅いと感じてしまうだろう。

 

《二重詠唱》は異なる性質の魔法式を同時に展開できる能力で本来であれば異なる性質の魔法を使おうとすると干渉して発動すらすることが出来ないのだが八幡はこのスキルを使用することでどんな相反する性質の魔法を起動させることが出来る。

 

この二つは彼の出生に関連するがしかし、この時点では不明である。

 

◆四獣拳

 

祖母の比企谷朔夜《ひきがやさくや》が開発し孫である八幡へ伝授した魔法格闘技

 

騎伝招来、八幡の膨大なサイオンと闘気を統合させ従える召喚の型《青龍》

一切灰塵、圧倒的な攻撃力で対峙したものを撃滅する一対破戒の型《白虎》

一騎当千、一人で1個大隊に相当する複数の相手取る乱舞の型《朱雀》

難攻不落、戦闘機の機銃の攻撃を受けてもびくともしない防御の型《玄武》

相手を殺さずに情報を聞き出すために生かす無窮・無殺の型《麒麟》

四方を守護する聖獣をモチーフとした体術であり何故そのような拳法を孫の八幡に伝授したのかは今の時点は不明。



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七草八幡《九校戦編》

名前:七草八幡《旧姓:比企谷八幡》

 

◆体格・容姿

身長:178cm 体重75㎏

特徴的なアホ毛がピンと跳ねており特徴的なとその瞳と『特異な能力』を相手に悟られないようにするために伊達メガネを掛けている。

 

かなりのイケメン…というわけではなく普通の整った顔立ちである。

服に隠れていて見えないが脱いだ場合はその鍛え上げられた筋肉がお目見えする。

自分の事はイケメンとは思っておらずまぁ、整った顔立ちではあるだろと自認はしているらしい。

 

◆家族構成

 

父 七草弘一 母 (既に他界している。真由美たちの母) 長女 七草真由美 長男(養子) 七草八幡 次女 七草泉美 三女 七草香澄 四女?七草小町

 

と言うような構成だが次女以下に関しては一括りにした方が良いような微妙なラインである。

家族仲は悪くなく普通の一般家庭のように食卓を囲み一緒に夕飯を取ったりする。

 

(この作品では弘一の先妻の息子である二名は居ないことになっているので、弘一は後妻を娶っておらず、真由美達が先妻の子供という設定です。この作品では八幡が養子ですが長男ということになります。)

 

 

◆性格・嗜好

幼少期から両親からネグレクトに近い扱いを受けていた。

当初はそのため性格は捻くれていたが祖母との出会いにより軟化した…

が、しかし悪態と皮肉混じりの諫言と辛辣な言葉を投げつける癖は抜けきっていない。

面倒事を嫌うが目の前で知り合い等が巻き込まれている場合は嫌々ながら事件解決のために動くというなんとも天の邪鬼な性格をしており「自分自身の精神衛生上よろしくない」と言っては嫌々ながらも関わる姿が見られる、

知り合い達からは「捻デレ」と呼ばれており悪態をつく。

子供にはなぜか好かれやすい。

 

 

◆数字落ち《八幡家》

 

元々は「八幡家」という師補十八家の一つだったが突如彼の祖父に当たる代で魔法力が欠如し数字落ちして「鉢万家」と名を変えた。

八幡と絶縁した父親が若い頃に八幡の母親である「比企谷家」に婿入りする形となり「八幡」の名字がなくなり「比企谷」の姓へと変化した。

元息子である彼に「八幡」という名をつけたのは生まれたときに魔法師としての才能が既にあったので父親が産まれた彼を先祖帰りだと思い込み嘗ての栄光と十師族へ返り咲く為その名字を名前につけた。という理由があった。

八幡と小町が生まれている頃には既に名字は「比企谷」へと変わっている。

 

 

◆身内への甘さと他人への敵意

 

自身が数字落ちの「八幡家」の出自であることから同じ魔法特進科の生徒よりちょっとしたいじめにあっていたが千葉に離れて暮らしていた「一色いろは」が入学したことにより事件に巻き込まれ(自分で飛び込む形になった。)更にいじめが苛烈になるが本人は冷めた対応と祖母に習った護身術で切り抜けていたが過去の栄光にすがる実親から絶縁を言い渡され妹と共に実家を出る。

しかしその際に十師族である「七草家」の双子の姉妹が誘拐された場面に遭遇し追跡し無事救出に成功した。

その際に七草家に招かれ当主である「七草弘一」にその才能と実力、人柄を見いだされ実妹の小町と共に七草家へ養子に入ることになる。

第一高校入学に際しては「目立つのが嫌だ」と言う理由で手を抜き入試では次席になるがその際に義理の妹、姉、実妹に問い詰められていた。

血は繋がっていないが義姉、義妹達。そして実妹の小町を信頼し守ることを第一信条としているほどシスコン。

義父である七草弘一を信頼している。

親族又は自身が心を許した人物が危害を加えられそうになった瞬間に敵対する者は躊躇い無く殺害出来る程には冷徹、ではあるが彼自身の性格も相まって後処理の事を考えてしまう程には鋼の意思を持つ理性の化け物といっても過言ではない。

 

その結果様々な美少女から言い寄られるというモテムーブをかますことに。

 

『入学式編』ではそのその性質を遺憾なく発揮しテロリスト数百名を武術と魔法で圧倒し首謀者である甲一の両腕を振動収束系魔法《フラッシュエッジ》で切り落としとどめを刺そうとしたが後処理が面倒くさくなって十文字に押し付けた。

その後《十文字家》の十文字克人と協力し《ブランシュ日本支部》を壊滅させた。

 

『九校戦編』では《無頭竜》のジェネレーターが指令をうけて観客席で暴れ九校戦自体を中止にさせるために近くにいたこれまた運悪く泉美と香澄に襲いかかろうとしたところを八幡に阻止された。

 

その後《無頭竜》の幹部が集う場所を執事の名倉より知らされ殴り込みジェネレーター数体の抵抗に合うがその抵抗虚しく八幡が使用した《虚無》により極小のブラックホールにより吸い込まれ消滅、更に襲いかかってきたジェネレーターに《結合崩壊》による攻撃を行い上半身は消え去り下半身だけが歩いているというショッキングな光景が広がった。

その光景を目の当たりにした幹部達は逃げ出そうとするが八幡がそのエリアに加重魔法を施し立つことすらままならない超重力を発生させてそれでも逃げ出そうとする幹部の手足を《重力爆散》《フラッシュエッジ》にて切断、または圧縮して欠損させた。

命乞いをする日本支部の幹部から《無頭竜》の首領の名前とその居場所など全てを聞き出した後にその場にいた全員を九校戦が行われている国防軍の憲兵詰所に移動魔法《次元解放》を使用し投下して後の事後処理を全てぶん投げるという暴挙に出てしまった。

 

ただ、面倒くさいという理由である。

 

◆二つ名

 

『万能の黒魔法師《エレメンタル・ブラック》』九校戦時

『黒衣の執行者《エクスキューショナー》』

 

 

◆異性からの好意の疎さ

 

数多くの女性から好意を持たれており義姉妹である七草真由美、泉美、香澄達。同学年では司波深雪、光井ほのか、北山雫、一色愛梨、後輩では一色いろはと様々な女性から好意を持たれてはいるが幼年期の頃の生活が原因で他人からの好意を「必ず裏がある」と懐疑的になってしまっているのでなかなか伝わらずにいる。

彼女達の積極的な行動に対しても惚けた反応を見せてはいるが心の奥底では「何かを企んでいるのでは?」と無意識に気がつかない振りをする。

 

上記の義姉妹に関しては家族愛で接しているために恋愛感情に発展しておらずヤキモキさせてしまっている。

 

好意を抱かれていることすら「何かあるのでは?」と疑い幼い頃のトラウマが若干ある八幡は一人悩んでいた。

 

 

◆交遊関係

 

司波達也が唯一の親友と語っているように交遊関係は八幡のなかでは狭いが知り合いは多い。

特筆してあげられるのは達也と同じクラスの吉田幹比古と西城レオンハルトの二名。何故か知らないが女性との交遊関係が広い。

九校戦後は一条将輝や吉祥寺と連絡先を無理矢理交換させられたりしたが険悪ではない。

 

一度でも交流、情を掛けた人間(親友)に対しては自分の身を擲ってでも助けようとする。

 

趣味・嗜好

 

マックスコーヒーが好きで良く飲んでいるのを見掛けられる。

料理を作ることが得意で良く妹、姉のお弁当を作る場面が見受けられる。

新しい魔法を作成することが好きで作成した魔法を他人に使わせる癖がある。

 

◆魔法・戦闘技能

 

元々八幡は第八研究所所属の「八幡家」の人間であり加重魔法の使い手でありその能力は追随を許さぬほど。《グラビティ・バレット》《グラビティ・ブラスト》《グラビティ・バインド》等一系統ではなく複数の系統を組み合わせ使用するのを得意とする。

展開速度も人間の限界以上の速度を示しCADが無くとも魔法を使用することが出来てしまう。

 

苦手な魔法はなく全てにおいてほとんど欠点なく使用できる。

(達也の再成や分解といった特異な魔法は使用できない。近しい性質のものは再現できるが劣る。)

 

身体能力は《四獣拳》を使わなければ親友である司波達也と肩を並べるほど。

《四獣拳》を使用した場合達也を圧倒する身体能力を発揮する。

 

また精神干渉系魔法『消失』や無系統魔法『物質構成』を使用できるが八幡は家族であっても明かすことはしていない。

 

なぜそのような精神干渉系の魔法や強力な『物質構成』が使用できるのかは現時点では不明。

 

開発した魔法としては

自身の《瞳》の力と『グラビティ・バレット』を組み合わせた義姉である真由美が使用した『魔弾の射手』の八幡バージョンの『ファントム・バレット』

光波振動収束系『フラッシュエッジ』

雫が九校戦で使用した『能動的爆破軌道《アクティブ・ブラスト・オービット》』

ほのかが九校戦で使用した『虚偽閃光《ルクス・フェイク》』

自身がピラーズで使用した『絶対零度《アブソリュート・ゼロ》』

九校戦で見せた対魔法用防御『解体反応装甲《グラムリアクションアーマー》』

等がある。

 

また義姉と同じく四種八系統の魔法を多彩に操り七草家に養子に入ったに関わらず「万能」と称するにふさわしい魔法技能を有する。

 

◆開発したCAD

 

特化型CAD《ペイルライダー》『ガルム』『ウルフズペイン』『サーペンテイン』

『ナハト・ロータス』が作成したリボルバー型特化型CAD。

回転式シリンダーカートリッジを採用しているのが特徴で鑑賞用の物は全体に実銃のようにエングレービングが施されその見た目の高貴さと美しさで国防軍将校が観賞用で取引されている場合が多い。

実戦用の物に関してはエングレービングは撤去され二色のカラー(ブラック・ステンシルバー)。初心者向けのCADでは無く玄人向けの商品となっている。

魔法式の封入が拳銃型に比べ少なくなるので使用するものを選ぶ。

 

魔工師『ファントム』が独自に作り出した特殊機構

『異なる魔法を連続で使用しても混線が起こりにくい』《デュアル・キャスト》と

『自身のサイオンを直接威力に上乗せできる』《オーバー・ブースト》

という使いこなせれば他者を圧倒できる。

 

八幡が持つものは『ウルフズペイン』を自分用にカスタムした『ガルム』と呼ばれるものである。

 

普段使いしているのがペイルライダー『ガルム』はS&W500をモチーフにした形のマットブラックカラーで塗られておりグリップ部分には『黒睡蓮』のマークが刻印されている。

 

バレルも魔法の射程距離と威力向上の為、実銃と同じく8インチのロングバレルに変更されており使いこなせるのは八幡しかいない。

もう一丁は在ることになっているが八幡が所有している。

 

『サーペンテイン』は雫のために八幡が開発したCADで九校戦のアイスピラーズ・ブレイクの最終決戦で使用されており市販品とは比べ物にならない性能を誇る。

カラーはシルバーグレー、グリップはブラックで塗られており外装は旧大戦で使用されていたイスラエル製大型拳銃の『デザートイーグル』に酷似してはいるが拳銃タイプの特化型CADではなくリボルバー型のCAD。

先述した機能《デュアル・キャスト》と振動系上級魔法の起動式《レーヴァテイン》を使用する際、上部レール部分をスライドすることで回転弾装型ストレージが出現し起動式の書き換えと威力を上昇させる機能が付属されている。

扱いが難しい為に、ほぼ雫専用のCADといっても過言ではない。

 

自動二輪変形外装装着型CAD『グレイプニル』

八幡が作り出した大型自動二輪の形をしているCADで、八幡が使用する戦略魔法を最大限に発揮するために使用される。

変形すると全身を覆う所謂パワードスーツのような様相になり装着することで宇宙での活動や大気圏内を自由自在に動き回る。

魔法障壁が展開され続けているので対艦ミサイルの直撃を数発受けてもびくともしない強度を誇る。

背面に接続されている大型のレール砲の下部とペイルライダー・カスタム『フェンリル』とドッキングしセンサー各種との接続により複合戦略級魔法『空想虚無』の本当の威力を発揮することが出来る。

 

特化型可変CADペイルライダー・カスタム『フェンリル』

 

見た目はリボルバー拳銃で銃身はマッドブラックのカラーリングが施され、グリップ部分には『黒睡蓮を呑み込まんとする巨狼』のエンブレムが刻印されている。

 

八幡が作り出した三種の戦略魔法の内二種を本来の威力で発揮するために作成された『ナハト・ロータス社』の特化型CAD『ペイルライダーシリーズ』のハイエンドカスタムモデルCAD。

魔法を打ち出す形のガンモード、《結合崩壊》を近接ブレードとして使用するモードの《ソードモード》がある。

世界で二丁しか存在しない。

 

余談ではあるが八幡自体が特殊な剣術を取得しているので武器による近接格闘を得意とする。

 

その流派をいつ取得したのかはまだ不明であり《刀藤流》と呼ばれる名前が分かっているのみである。

 

リボルバーカートリッジを採用しているため通常の特化型CADであれば九つの起動式を封入できるがリボルバー型では六つしか封入できないが恐るべき発動速度と凄まじい威力を誇る。

 

しかし封入されている魔法が一つで三つ分のストレージを使用するほどの圧迫されたデータを誇るため実質は戦略級魔法専用のCADとなっている。封入されている魔法は『空想虚無』『結合崩壊』の二種類。

 

 

◆先天的スキル《見通す瞳》→《賢者の瞳》

 

八幡の持つ《見通す瞳》は最終的に《賢者の瞳》へ進化するがこれは八幡が持つ先天性スキル…ではなく《魔眼》に該当する。

 

そのため八幡の瞳はその力を行使する際には瞳が《金色》に発光するので特殊レンズをつけた伊達メガネを装着している。

 

初期はゲームのように対象人物を確認することでステータス表記が成されていたが《賢者の瞳》に進化したことで対象人物の限られた一定時間だが未来を見通すことが出来るものであったが任意で発動出来ないという欠点があった。

 

◆『詠唱破棄』『二重詠唱』

 

八幡自身が持つ先天性スキルであり魔法の起動式は通常アルファベット3万文字あるとされているが彼が持つ《見通す瞳》の影響もあり解読することが出来《詠唱破棄》は類似した性質の魔法の起動式を組み合わせ不要な部分を発見し切り捨て発動できる能力でありこのため八幡は複雑な起動式を即座に発動することが出来る。

 

その展開速度はCADを使うことが前提であるが人間の限界値を越えて発動する。

彼の前ではどんな魔法の起動も遅いと感じてしまうだろう。

 

《二重詠唱》は異なる性質の魔法式を同時に展開できる能力で本来であれば異なる性質の魔法を使おうとすると干渉して発動すらすることが出来ないのだが八幡はこのスキルを使用することでどんな相反する性質の魔法を起動させることが出来る。

 

この二つは彼の出生に関連するがしかし、この時点では不明である。

 

◆四獣拳

 

祖母の比企谷朔夜《ひきがやさくや》が開発し孫である八幡へ伝授した魔法格闘技

 

騎伝招来、八幡の膨大なサイオンと闘気を統合させ従える召喚の型《青龍》

一切灰塵、圧倒的な攻撃力で対峙したものを撃滅する一対破戒の型《白虎》

一騎当千、一人で1個大隊に相当する複数の相手取る乱戦拳舞の型《朱雀》

難攻不落、戦闘機の機銃の攻撃を受けてもびくともしない不落の型《玄武》

相手を殺さずに情報を聞き出すために生かす無窮・無殺の型《麒麟》

四方を守護する聖獣をモチーフとした体術であり何故そのような拳法を孫の八幡に伝授したのかは今の時点は不明。

 

◆戦略級魔法

 

『空想虚無《マーブル・ボイド》』

 

八幡が《次元解放》使用時に偶々発見した素粒子の一つである『重粒子』を魔法で再現しその起動式と加重魔法の複合戦略級魔法の一つ。

 

『重粒子』はその性質上、質量が大きすぎるためにその姿を三次元世界で形にすると圧壊してしまうという特徴がありそれを八幡は加重魔法によって制御し質量を熱量に転換させて膨大なエネルギーにして使用した箇所をまるではじめからなにもなかったかのような『虚無』へと変えてしまう所謂マイクロブラックホールを生成する。

 

八幡が普段使いしている特化型CADペイルライダー『ガルム』やホウキがない状態でも発動可能、だがその際は威力は極端に低下(それでも対人戦闘では十分な威力を発揮)する。

 

規模なブラックホールを作動させる場合は特殊CADが2基並列稼働させる必要となる。

 

自動二輪変形外装装着型CAD『グレイプニル』と特化型CADペイルライダー『フェンリル』を用いることで理論上はほぼ無制限の範囲にブラックホールを生成し発動できる。

その破壊力は凄まじくまさに展開した領域は何も残らずに文字通り『無』が出来上がる。

起動後は加重魔法による相殺(ホワイトホールに類似するもの)をし他なる空間に悪影響を与えないようにする。

 

『結合崩壊《ネクサス・コラプス》』

 

『重粒子』を応用した振動・放出系統戦略級魔法。

熱量を変換途中の際の臨界エネルギーを加重魔法による仮想ロングバレルによって固定し射出する重粒子ビーム砲。

射程距離は最長で300km程で当たれば塵すら残らない。

此方は専用の起動式を封入した特化型CADペイルライダー・カスタム『フェンリル』であれば本来の威力で発動可能。

発動速度も先述した戦略魔法に比べるとかなり早く使い勝手もよい。

 

普段使いしている特化型CADペイルライダー『ガルム』で使用した場合は某SFロボアニメのような所謂ビームライフルのような使い勝手となり加重魔法を応用すれば銃身部分にエネルギー体を纏わせ切断力の高い『ビームブレイド』を展開(反発しあっているので実体を持つ刀身も受けることも可能)。

しかし、威力はペイルライダー・カスタム『フェンリル』と比べると一歩劣ってしまう。

 

『次元解放《ディメンジョン・オーバー》』

 

移動型戦略魔法。

 

八幡が加重魔法と『重粒子』を掛け合わせて製作した起動式。

座標が分かっていたり一度言ったことの在る場所であれば様々な場所にアクセス出来るワープゲートを作り出す魔法。

物をその空間にいれて自由に取り出すことが出来るため汎用性は高い。

他の魔法と組み合わせて完全意識外から攻撃が出来るため八幡はこの魔法を使えることを公表していない。

 

無系統魔法『物質構成《マテリアライザー》』

 

八幡が最初から使用できる魔法で達也が使用する『再成』に近いが似て非なる魔法であり何故使用できるのか、どういった原理であるのかは八幡にも分からない。

 

対象物(有機物・無機物問わず)の時間軸を選び対象自体に上書きさせて復活させるという荒業でその絶大な効果を示す。

 

『初期化』に関してはその人物のエイドスの蓄積時間を読み取るのではなく対象となる平行同位体を呼び出し上書きさせて同調させると言う実態。

科学的に解析された『魔法』ではなく本当の『奇跡』であること。

 

そのため仮に不治の病に犯されていたと、身体の欠損があったとしても別次元から同一人物(健康な平行同位体)を呼び出す。

 

しかし、この魔法も万能と言うわけではなく対象人物の時間遡及は30年程度までしか遡れない、それに年齢がそれよりも上の場合は何故か肉体が若返ってしまうという謎現象が発生してしまう。

 

 

 

 



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七草小町

名前:七草小町《旧姓:比企谷小町》

 

◆体格・容姿

身長:155cm 体重44,5㎏

兄と同様アホ毛がピンと跳ねており八重歯が特徴。

此方も兄同様に特殊な瞳を生まれつき持ち『特異な能力』を発動できるが相手に悟られないようにするために青縁の伊達メガネを掛けている。

 

兄と同じく整った顔立ちでありかなりの美少女。

小町自身は祖母から習った武術を嗜む程度であるが引き締まりメリハリのある体つきになっており一部は義姉に比べると乏しいが泉美と香澄に比べると大きい。

自分の事は美少女とは思っておらずまぁ、整った顔立ちではあるでしょ?と自認はしているらしい。

 

 

◆家族構成

 

父 七草弘一 母 (既に他界している。真由美たちの母) 長女 七草真由美 長男(養子) 七草八幡 次女 七草泉美 三女 七草香澄 四女?七草小町

 

と言うような構成だが次女以下に関しては一括りにした方が良いような微妙なラインである。

家族仲は悪くなく普通の一般家庭のように食卓を囲み一緒に夕飯を取ったりする。

 

(この作品では弘一の先妻の息子である二名は居ないことになっており弘一は後妻を娶っていないので真由美達が先妻の子供という設定…八幡が養子ですが長男ということになります。)

 

 

◆性格・嗜好

 

人当たりがよく気が付くと友達が増えているタイプ。

幼少期から兄に変わって両親に寵愛を受けてきたがその両親達の兄への態度に疑問を覚え嫌悪感を覚え八幡が絶縁を言い渡されたとき共に家を出ていくぐらいにはブラコンであり掛けているメガネは型が同じだけで色違い。

 

八幡に対しては「LOVE」ではなく「LIKE」の方で好き。

 

中学の頃は兄が妹の小町がイジメに関わらないようにしていたので迫害は小町は受けずその一方で兄の悪口を聞かされることに強いストレスを覚えていたが周囲や兄へ絶縁を言い渡した両親へは悟らせないように表面上ではいい子の体裁を保っていた。

本人は人懐っこい部分があり周りに人が自然と集まってくるため知り合いは多いが単独行動を好む癖があるため兄の八幡曰く「血は争えねぇな」と語る。

 

周りと余計な確執を作らないように打算家であざとい振る舞いをすることが多いが女子には嫌われない不思議な魅力を持っており仲良くなった人間の前では素の自分を出したり照れ隠しの際に「ポイント高い!」というのが口癖。

 

ブラコンであり兄への彼女、嫁候補を探し非常に積極的でこの理由は今まで虐げられてきた兄は幸せにならないといけないというある種の小町が抱える強迫観念の一つであり七草家に養子入りした際に義姉妹達と九校戦の時にであった深雪、雫、ほのかの三名はチェックし未来の嫁候補探しに抜かりはない。

まだまだ嫁候補が増えるかもしれないが…。

 

怒らせると怖いというのは七草家のなかでは有名。

 

◆数字落ち《八幡家》

 

元々は「八幡家」という師補十八家の一つだったが突如彼の祖父に当たる代で魔法力が欠如し数字落ちして「鉢万家」と名を変えた。

八幡と絶縁した父親が若い頃に八幡の母親である「比企谷家」に婿入りする形となり「八幡」の名字がなくなり「比企谷」の姓へと変化した。

元息子である彼に「八幡」という名をつけたのは生まれたときに魔法師としての才能が既にあったので父親が産まれた彼を先祖帰りだと思い込み嘗ての栄光と十師族へ返り咲く為その名字を名前につけた。という理由があった。

八幡と小町が生まれている頃には既に名字は「比企谷」へと変わっている。

 

◆二つ名

 

現地点ではない。

 

◆交遊関係

 

現地点では不明。

 

◆趣味・嗜好

 

兄の事が好きなのでよくからかったりする風景が見られるが愛情のあるいじりかたを得意とし休日の兄の相手をするのが好き。

料理を作ることが得意で家庭料理からお菓子までなんでもござれ。

柔軟が得意で運動神経は悪くない。

 

◆魔法・戦闘技能

 

小町も八幡と同じく第八研究所所属の「八幡家」の人間であり加重魔法の使い手でありその能力は八幡と比較するとかなり劣ってしまうが一般的な魔法師であれば高水準であることには変わりない。

 

苦手な魔法はなく満遍なく扱うことが出来るので七草の『万能』の名に恥じない能力を持っている。

 

兄と同じく《四獣拳》を使用することが出来るが《破戒・白虎乃型》を使用した場合は威力は極端に下がるので独自の動きを加えた相手をいなす動きが得意な為《無窮・麒麟乃型》を使わせれば八幡すらしのぐ実力を持つ。

 

しかし、理論的に動くのではなく直感で動くので座学、魔法理論はかなり苦手。

 



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『プロローグ~新たな出会い・七草姉妹救出編』
運命の悪戯


思い付きで投稿です。(連載するかは知らない。)

追記…香澄と泉美の口調逆でした…泉澄ファンの方々申し訳ない。


「貴方のやり方嫌いだわ…あなた一人で抱え込まないでよ…!貴方が傷つくのはもっと嫌い…!」

 

「もっと…人の気持ちも考えてよ!私、ヒッキーの事…好き、なのに!ヒッキーが傷つく必要ないじゃん!私そんなに頼りないかな…!」

 

俺の大切な二人の少女。

 

中学の修学旅行の際に部活に依頼が入ってきた片方は『告白を成功させてほしい。』告白をされる方からは『告白をさせないでほしい』

 

俺は悩んだ。悩んだ末のあの行動だ。後悔はしていない。しかしー。

 

 

二人の少女からその言葉を、好意を向けられて俺は逃げていた。今の関係が壊れてしまうから。

 

その事件以来俺は様々なことに巻き込まれた。

 

文化祭の件、生徒会長立候補の件。

 

それら以降、俺は学校の『悪役』に選ばれちまった。

 

『修学旅行の際に告白を邪魔したくそ野郎』『文化祭の実行委員長を攻め立てて泣かせた』とか『あの『一色』に取り入るために比企谷家の長男が『一色の娘』を自作自演で生徒会長に立候補させたあげく手助けした。』なんて噂が飛び交い俺は虐めにあいまくった。

 

上履きは墨まみれ、教科書はずたぼろ。机には動物の死体。囲まれてリンチなんてのもざらだった。

 

まぁばぁちゃんに仕込まれた古武術で無様にやられることはなかったが。

 

俺がどんな苛めにあっていても俺が信じた二人の少女を巻き込むわけにいかなかった。だから俺は二人を遠ざけた。

 

 

 

 

 

自己満足かもしれない。だけど俺は『本物』を守ることができたんだな。

 

 

 

肉体的な苦痛より嫌がらせの方が精神的に結構キツイものがある。

 

倦怠感を覚えながら帰宅する。

 

自宅に帰宅した俺はさらに追い討ちをかけられた。俺の部屋の荷物がなくなっており親父が俺の荷物を売り飛ばしたらしい。

 

原因は俺が中学でやらかしたことが問題らしく俺がいることで比企谷家に迷惑が掛かるからお前との縁を切る、って事らしい。

 

俺はあきれてしまった。

 

もういい加減疲れちまった。小町からは泣きながら親父に話しかける。

 

「お兄ちゃんが出ていく必要ないじゃん!お父さんもお母さんもおかしいよ!なんで…なんで…お兄ちゃんばっかりいっつもこんな辛い目に遭わなきゃならないの…?!そんなにお兄ちゃんを追い出したいのなら…私もこんな家…出ていく!」

 

 

親からは親子の縁を切られ外へと俺と小町は実家を出た。

 

月日はもう冬。外はすっかり帳が落ちようとしている。度重なる大戦により前世紀よりも寒さがより強くなっている。

 

 

 

 

 

 

「寒いな…もう冬か…大丈夫か小町」

 

「うん、大丈夫。お兄ちゃんの方こそ平気?」

 

公園のベンチに二人で腰掛け俺は小町の頭に手を乗せ撫でてやると小町は恥ずかしながら気持ち良さそうに目を細めた。

 

「もう、デリカシーないんだからお兄ちゃん」

 

すこし照れているが嫌では無さそうだ。

 

「さてこれからどうするか…」

 

取り敢えずの行動資金はまだまだ余裕が有る。が、しかし、年端もいかない少年少女が彷徨いているのは良くない。そこで思い付いたのは

 

「ばぁちゃん家にでもいくか…?いや、でもな…」

 

ばぁちゃん。母方の親。つまりは祖母だ。俺に武術を仕込んだ張本人。家にいったことはないけどな。何でも長野の山奥らしいが。

 

考えていると小町が俺の袖を引っ張る。心配そうな顔で俺の顔を覗き込んできた。

 

「大丈夫?お兄ちゃん」

 

「あぁ、問題ねーよ。さてと、取り敢えずの腹ごしらえしますかね」

 

俺は立ち上がり大通りへと向かう。小町も急いで立ち上がり追いかけてくる。

 

「わわっ!?待ってよお兄ちゃん!」

 

大通りのサイゼリヤへと向かう。やっぱり千葉と言えばサイゼリヤよ。

 

「やっぱりサイゼリヤ?」

 

「当然」

 

「はぁ、やっぱり…」

 

「サイゼリヤいいだろ?安くて旨いし…ん?」

 

俺が小町と会話していると目の前を歩いていた姉妹?だろうか。彼女達の前に黒塗りの業務車両がいきなり横付けし、男が数人出てきて車の中に連れ込み猛スピードでこの場を離れていった。

 

俺はその光景をみて。

 

「ねぇ、お兄ちゃん。今のって誘拐だよね」

 

「マジかよ…はぁ、自分って奴は何で面倒ごとに頭をつっこんじまうんだろうなぁ…」

 

「そこがお兄ちゃんのいいとこじゃん?」

 

「いくぞ」

 

「うん!」

 

 

そう言い小町を俺の背に乗せ加速術式を発動させ黒塗りの乗用車を追跡した。

 

 

 

数分後ー

 

 

 

二人組を連れ去った業務車両は町外れの廃工場に止まっていた。

 

見張りが二人いたが『透明』を発動し背後から手刀をあてて昏倒させた。小町に携帯を渡し警察に連絡するよう指示し外で待機させた。

 

窓があり、中を覗いてみると二人の少女が手足を縛られ口を塞がれていた。周りには8人程の黒ずくめのおとこたち。

 

リーダー格が電話をしているようだ。上機嫌に笑い声をあげている。交渉が上手くいったようで電話を切った。

その直後リーダー格の人間が手下に指示を出した。動いた二人は下衆な笑顔を浮かべながら少女の服を引き裂いた。少女は悲鳴をあげられず身動ぎするが当然動けない。引き裂いた衣服からは下着が見えており柔肌に触れ下着を脱がそうとしていた。その時

 

俺は瞬時におっさん二人の眼前に立ち顔面を鷲掴み持ち上げた。驚きに戸惑っているおっさんを男達の所へ投げ捨てた。巻き込まれたのもいるようだがどうでもいい。

 

取り巻きのおっさんどもが俺の回りを取り囲む。

 

「な、なんだてめぇは!?おい見張りは!」

 

自分でもビックリするぐらい低い怒気を発する声が出た。

 

「おい」

 

「…っ!?なんだ!」

 

「おっさん…悪いんだけどさ、今日まで俺は大変な日が続いてよ…イライラしてんだわ」

 

おっさんどもは俺の発した圧力にビビりながら

 

「餓鬼が…いきってんじゃねぇぞ!?バラシちまえ!」

 

拳銃やナイフなど銃刀法違反に引っ掛かりそうなものを構えている。

 

「運がなかったんだよ、おっさん達」

 

拳と首をコキコキっ と鳴らした。ばあちゃんにしこまれた魔法と体術を組み合わせた『四獣拳』と呼ばれるその内の一つである一対多数用の乱舞の型『朱雀』を構えた。

 

「ストレス発散の生け贄になってくれや」

 

憂さ晴らしをするかのように俺は誘拐犯どもをボコボコにした。

 

 

???視点

 

 

学校からの帰り道。私泉美と香澄は迎えの車が修理中のため歩いて帰宅していました。

 

隣にいる泉美と話ながら歩いていると後ろの道路から黒塗りの乗用車がやってきて私たちの目の前に横付けしてきたのでした。私たちは咄嗟の事で対応できずにいると、大人が私たちになにかを嗅がせられ、そのまま気絶して車の中へと連れ込まれてしまいました。

 

気がつくと私と香澄は縛られ口に布を当てられ声が出せない状態でした。CADを使おうにも手が動かせません。香澄も気がついて動揺しています。

 

大人達のリーダーのような人は何処かへ電話をしているようでした。その内容を聞いてみると

 

「お宅の大事な娘さんたちは預かったぜ。返してほしけりゃ金を用意するんだな。用意できなきゃ大亜連合に売り飛ばしてもいいんぜ?十師族(ナンバーズ)の娘なら高く売れるだろうしなぁ?」

 

その言葉を聞いて私は体が動かなくなりました。お姉ちゃんに聞いたことがありました。「いい?香澄、泉美。学校から帰る際は必ず迎えを呼ぶのよ?一人では帰らないこと。七草家(うちのいえ)は特に危ないからね。気をつけなさい」

世間やニュースでも聞いたことがありました、大亜連合が魔法師を誘拐していることを。

 

私は怖くなりました。もしかしたら私も魔法師を産み出すための実験台にさせられー。

 

 

「おい?娘がどうなってもいいってのか?おい!」

 

大人の人が乱暴に携帯を切りました。その次に発せられた言葉に私は恐怖と不快感で気持ちが悪くなりました。

 

「ちっ、しょうがねぇ。痛い目にあってもらおうじゃねーか…まだ餓鬼だが顔立ちは整ってるな。へへっ…!少し味見してみるとするかね。

おい!山田!鈴木!その嬢ちゃんの服を裂いちまいな」

 

山田と呼ばれた太った男の人が鼻息荒く私に近付いて来ました私は精一杯の抵抗をしました。

 

「んんんーー!!「いや!来ないで!」」

 

「ふひぃ…!元気がいいなぁ…そっちのほうが興奮する…!」

 

身をよじりますが抵抗むなしく私と泉美は制服を破られてしまいました。

 

「お、可愛いの履いてるねぇ…ピンクか…ふひっ!もう初潮は来たのかなぁ?来てたらママになれるねぇ」

 

「んんんん-!!んんんーー!!(いやいやいやぁ!誰かぁ!)」

 

私たちの下着に気持ち悪いおじさんの指が触れる瞬間もう駄目と思い目を閉じました。だけれどもいつまでたっても不快な感触は訪れなかったので恐る恐る目を開けてみると、そこには男の子?男の人?が立っていました。

 

しかも、私たちに危害を加えようとしていたおじさん達の頭を鷲掴み、持ち上げています。男の子は顔だけこっちに向けてこう言いました。

 

「待ってろ、すぐ助けてやる」 と。

 

少し目がきついけどそれでも優しげなその表情に私と香澄は安心して気を失いました ーーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ー八幡視点ー

 

取り敢えず無傷で変態集団を沈めた。変態どもをひとつの場所に集めて魔法を発動する。『拘束』が発動し一纏め状態にする。外にいた見張りは『重力』で動けなくしている。

 

縛られていた女の子の縄を解いてやり制服が破れていたので俺のコートを被せた。すると、女の子が…ってよくみると双子だ。もちろん紳士なんで破れた箇所は見てないよ?八幡ウソツカナイ。そんな言い訳を頭のなかで言い聞かせていると双子が目を覚まし涙ぐみながら俺へと抱き付いてきた。Why?

 

「怖かった…怖かったですわ…!」

 

「怖かった…怖かったよう…!」

 

俺は手持ち無沙汰だった両手を少し遊ばせ双子の頭に乗せ撫でてやる。数回撫でると落ち着いたのかまだ眼は赤く晴れぼったままだが自己紹介してくれた。

 

「ぐすっ…私は七草泉美ですわ総武中学2年ですわ。助けていただいてありがとうございますっ!」

 

「…私は七草香澄。同じく総武中学の2年。助けてくれてありがとう…」

 

「俺は…八幡だ。とにかく無事でよかった」

 

俺の名前を聞いて二人は考え込むような仕草をした。

 

「ねぇ、泉美。八幡さんっていろはちゃんがいっていたあの八幡先輩?」

 

「うん、やっぱりそうですわ。そっかいろはがいっていたのはまちがえじゃなかったんです!よかった…」

 

「俺の噂聞いてたのか…」

 

「学校じゅうで噂になってましたけど私たちはいろはちゃんと友達なので正しい情報を聞いていたんです。よかった八幡様はホントに優しいかたですわね」

 

「うん、ホントに」

 

「よかったねお兄ちゃん、わかってくれる人いたね」

 

「ああ。絶縁してくる糞親父とは大違い…って、あ」

 

 

俺が失言したと同時に泉澄(俺命名)たちはずいっと近寄ってきた。しかもちょっと怒り気味で。

 

「どういう…ことですの?」

 

「お兄ちゃん…」

 

小町は寂しそうな顔をして二人からの圧力に負けて渋々話すことになった。今まであったこと、今日絶縁されたことを。鼻で笑われるかと思ったが。

 

「ぐすっ…なんで先輩がこんな目に…ひどいですわ…」

 

「何で今までいいことしてきたのにあんまりだよこれじゃ…!」

 

「まぁ、お前たちあんまり気にするな…でもありがとう」

 

八幡が笑顔で返すと泉澄達は何故か頬を赤らめながら

 

「「八幡様あざと過ぎませんこと!?」八幡さんあざと過ぎじゃない?!」

 

「は?何が?」

 

「ホントにごみぃちゃんなんだから…」

 

俺たちが警察に連絡して数分後パトカーがやってきた。そのなかに警察以外の車両が一台止まり中から少女が出てきた。

 

「香澄ちゃん!泉美ちゃん!」

 

香澄と泉美に近づき抱き寄せた。

 

「大丈夫?怪我はない?酷いことはされなかった!?」

 

「うん、大丈夫ですわ。お姉さま」

 

「うん、大丈夫だよ。お姉ちゃん」

 

「よかった、ホントによかった…」

 

涙ぐみながら姉妹に安堵している少女はこちらにあるいてきた。え、なんすか俺捕まっちゃう?

 

「妹たちを救ってくださってありがとうございます!本当に感謝の言葉もありません。七草家を代表して感謝いたします」

 

「え、七草家?」

 

「ええ、私は七草真由美ともうします。宜しくね。お名前教えていただけますか?」

 

「俺は…八幡です。こっちは妹の」

 

「小町です」

 

「八幡君と小町ちゃんね。当主が会いたがっています。家に来ていただけないですか?」

 

「わかりました。行きます」

 

こうして俺たちは十師族の七草家へと向かうことになった。

 

 




嘘設定

比企谷八幡…我らが主人公。捻デレ味が少し薄い。妹を溺愛している。ばあちゃんというなの東方不敗のような人物に特殊な拳法を教わり無双出来る。魔法も出来る。強い。本編主人公である達也と唯一戦術魔法を抜いた状態では渡り合える人物。人誑し。

小町…兄である八幡を親愛の情で愛している。かわいい妹。精神操作系の魔法を使用できどんな相手の意識を奪うことが出来る「人心掌握(メンタルジャック)」を使用できる。

ばあちゃん…八幡の師匠であり孫である八幡と小町を親よりも溺愛している。布1本で巡洋艦を両断できる化け物じみた実力と御歳60を越えているがナニカサレタヨウデ見た目が20前半で止まってしまっている美女。八幡曰く「めちゃくちゃ強い。」


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七草家へ

お気に入り登録をしてくださっている方が多くてビックリしました。
原作キャラはこんなキャラじゃないだろと思う方もいらっしゃる方もいるかも知れませんがよろしければ2話目をどうぞ(続くとは言ってない。)


泉澄たちは事件の後遺症がないか簡易的な精神チェックを受けて問題なかったためそのまま帰宅することになった。

 

魔法師はちょっとしたことで魔法が使えなくなってしまう可能性があるために必要だったのだ。

 

医者の簡易チェックの前に俺の《瞳》で泉澄たちの状態を確認した。

されたことを忘れさせる必要があったのだ。あんなことをされたら魔法が使えるかどうか以前の問題でトラウマが残るだろう。俺は迷わず《瞳》の力を使用した。

 

他人に知られると非常に不味いんだが俺の《瞳》は特殊で、見た対象をゲームのキャラのようにステータスとして可視化し、メニュー表示をすることができるのだ。今どんな状態なのか、どんな装備なのか、どんなものが好みなのかとかな。これを俺は《見透す瞳(トゥルースサイト)》と名付けた。自分で言ってて中二くせぇなこれ…

 

もう一つ…《初期化》という魔法がある。これは俺が指定した物体を現在の状態から俺がその物体が存在した時間軸を選び跳躍して戻す荒業だ。物体、生物は問わない。これはもし生物が死亡もしくは物が壊れたとき復元できる能力だ。平たく言えばザオリク、アレイズだ。こんなん見つかったら実験動物間違いなしだな…知ってるのは俺だけだ。俺が泉澄達にやったのはこれだ。ステータスに《精神異常》が出ていた。

 

そして俺が泉澄達に使用した魔法が《消失》という魔法で、これは精神に対して使用する魔法だ。

この魔法はばあちゃんからも「無闇に使用するな」と厳命を受けるほどで、効力としては対象者の記憶を1日だけだが遡り俺が改編できてしまうという精神干渉系統の魔法だ。

無論俺もこれを使うのは今回で二度目になるが、ばあちゃんも人助けのためなら許してくれるだろう。

 

「泉美、香澄。俺の目を見てくれ」

 

急に俺に「目を見てくれ」何て言われたら気味悪がれるか?と思ったが

 

「わかりましたわ。八幡様」

 

「わかったよ。八幡さん」

 

素直に俺の言うことを聞いてくれてちょっぴりこの子達大丈夫か…お兄ちゃん心配と思ったが茶化している場合ではない。

 

整った顔立ちの双子の姉妹の目を見て俺は「消失」を発動した。

 

 

 

 

 

 

無事に「消失」の発動が成功し二人の先程の出来事を変態集団から襲われたことだけ消して「身代金のための誘拐」の記憶に改竄した。

 

車に揺られているとなぜだか香澄と泉美が俺の両サイドに陣取って来てやたら密着して話しかけてきている。どうしたんだろうか、まだあの恐怖感が残っているのか?問題だな…なんとか対処しなくちゃいけないな。てか好感度MAXやん。何で?

 

その光景を見ていた八幡に聞こえない程度の小声で小町と真由美が会話していた。

 

「ねぇ、小町ちゃん?」

 

「なんです?」

 

「八幡君って女誑し?」

 

「ですね…本当にごみぃちゃんなんだから…」

 

車に揺られるほど数十分。七草さんに連れられて俺たちは『七草家本邸』へ連れてこられた。

 

「うぉ、でっけぇ…あのくそ親父の家より数倍でかいな」

 

「うん、そうだ…(ぐぅぅぅぅう。)」

 

小町の腹の虫がなって静寂。次の瞬間笑いが起こった。

 

「そういや、まだ飯食ってなかったな」

 

「//////」

 

「大丈夫よ。家の者に食事を用意させてるから。食事をとってからにしましょう。父に会うのは」

 

七草家に入り食事をとらせてもらうことになった。めちゃくちゃ豪華でびびりました(小並)

 

 

 

 

食後、少し休憩していると七草さんが客間に呼びに来てくれた。

 

「八幡くん、小町ちゃん。いい?」

 

七草さんは学校の制服から着替え私服になっていた。しかし、私服になると高校生には見えないな。身長が同世代よりも少し低いのもあるが結構童顔なのだ七草さんは。

 

「あ、はい。どこにいけばいいんですか?」

 

俺が動くと七草さんは俺を手で制しとどまらせた。

 

「いえ、ここで大丈夫よ」

 

七草さんがそう言い終わると後ろから男性が姿を現し俺と小町の手を握ってくる。

 

「初めまして八幡くん、小町さん。私が七草家当主、七草弘一だ。娘を救ってくれてありがとう八幡くん」

 

 

 

日本の魔法師の頂点十師族が一つ、七草家。その当主七草弘一が俺の前にあらわれた。

 

 

 

 

この人が七草弘一さんか…なんか人当たりが良さそうなひとだな。自己紹介されたのでこちらも挨拶する。

 

「八幡です。こっちが妹の小町です」

 

「小町です」

 

「娘たちの危機を救ってくれてありがとう。真由美から報告を受けた際は生きた心地がしなかったよ。お礼をさせて欲しいのだが…」

 

「いえ、偶々だったんです。お気に為さらずに」

 

「いや、そういう訳にはいかない…何か…そうだ!」

 

「?」

 

「?」

 

俺と小町は首をかしげた。

 

「香澄たちからは話を聞いてる。何でもご実家から絶縁されたとか…訳を話してくれないかな」

 

俺は乗り気ではなかったが小町の熱い説得を受けて話すことと相成った。俺の話を聞いた弘一さんは苦虫を噛み潰したような顔をして悲しい顔をした。サングラスをつけていたので目元までは解らなかったが。

 

「そうだったのか…君は非常に素晴らしいことをしたと思うよ。だがそれは身を削る奉仕の精神だ。いつまでも続けられることではない。そんなことを続けていては心が死んでしまうだろう…休める場所。安心できる相手が必要だ。

どうだろう八幡くん、小町くん。うちの…うちの子にならないか?」

 

予想外の提案だった。俺と小町が?七草家の人間に?どっきりもいいところだ。どこかにカメラを隠しているんじゃないだろうな?思わず声に出てしまったが。

 

「冗談ではないよ?」

 

弘一さんは言う。

 

「すまないが君たちのことは調べさせてもらったんだ。八幡君と小町君の事をね。君のご実家は旧第八魔法研究所に属していた八幡家の家系だそうだ。君たちの魔法力は凄まじい。中学での魔法実技も八幡君、君は入学してからずっと一位。発動速度も異常な速さだよ。これが君たちを迎え入れたい一つの理由だ。もう一つは…人柄だ」

 

「人柄?ですか?」

 

「ああ」

 

生まれてこのかた言われたこと無いんですけど…?

 

「魔法師は冷徹な者が多い。私もそうだ。だがね…それではいけないと思っているんだよ。人の心を失ってしまったらそれは《魔法師》なのか?それはもう《魔法師》を語るたたの《機械》だよ。いや、人じゃない。君たちに魔法師の在り方変えてもらいたいんだ。他人を労る心を持ち自分を犠牲にしても救おうとする君たちを私は守りたい」

 

「俺は…」

 

「お兄ちゃん…」

 

この人が嘘を言っているようには思えない。俺の《瞳》も「この人は嘘をついていない」とわかる…

俺の家族は今小町だけだ。その小町を困らせるわけには行かない。なら答えは一つだろう?

 

「わかりました。その話お受けいたします。妹共々よろしくお願いします!」

 

「…そうか。あとは任せなさい」

 

弘一さんは安堵したような様子で俺たちに一言言って客間から出て行こうとする。

 

「お兄ちゃんよかったね」

 

「ああ」

 

「私はこれからやることがあるから、失礼するよ。今日はゆっくり休みなさい」

 

「ありがとうございます。弘一さん」

 

弘一さんは部屋から退出した。直ぐ様固まっていた七草さんが俺と小町の肩を掴んで揺らしてくる。いたいっす。

 

「驚きより嬉しさの方が大きいわね!やったね八くん、小町ちゃん!あ、そうすると八くんたちが私の弟妹になるのかぁ…ね。おねえちゃんって呼んでみてよ八くん!」

 

え、くっそ恥ずかしいんだけど

 

「え、七草さ」「おねえちゃん」

 

「さ、」「おねえちゃん」

 

圧強いな!?俺は決死の覚悟で

 

「ね、姉さん」

 

「ぐふっ」

 

「弟…いいかも」

 

「お兄ちゃんのせいで真由美おねえちゃん変な扉が開いたかも」

 

「なんだそれは…」

 

弟いじりが始まり大変鬱陶しかったが俺は嫌ではなかった。

 

今日は12月25日。クリスマス。俺はとんでもないクリスマスプレゼントをもらったのかもしれないな。

 

 

そして数ヵ月がたった。弘一さん…いや父さんのお陰でさまざまな手続きを経て俺と小町は正式に七草家の人間となった。

 

姉さん、小町、香澄、泉美と非常にうるさいくらい仲良く過ごさせてもらっている。今年の4月に第一高校に入学することに決まっている。成績?トップになると総代になって答辞を読まないといけなくなるらしいので手を抜いたら姉さんに問い詰められたけど俺は悪くない。全校生徒の前で噛んでみろ。それこそ黒歴史だ。ちなみにトップになった女の子と俺の点数差は1だったらしい。あぶねぇ。

 

 

名前は何て言ったかな…司波なんだっけ…?

 



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一学年『入学編~七草姓の養子』
入学式


小説書くかーと思ったら感想が来ていてビックリしました…。
感想、評価ありがとうございます。


入学式数時間前の七草家にて

 

「八くん?手抜いた?」

 

「ごみいちゃん?」

 

「お兄様?」

 

「兄さん?」

 

「いきなりなんだよ…びびっちゃうでしょ?抜いたって何を?」

 

入学式当日に俺は姉妹達に囲まれ問い詰められていた。どうやら俺が入試で手を抜いたと思われたらしい。まぁ実際そうなんだが、トップになると全校生徒の前で答辞を読ませられることになるの嫌じゃん?

それが嫌だったので手を抜いたのだ。おや?姉さん?その結果って本人しか知らされないはずじゃ?

 

「姉さん?」

 

「私、生徒会長だから」

 

職権濫用だぞ姉さん…!姉さんがどやぁ…と言わんばかりのドヤ顔を俺に向けている。

 

なんかムカついたので姉さんの前に立ち、頭に手を置き撫で回す。

 

「ふえぇ?!八くん?!」

 

姉さんは俺と結構な身長差があるので姉さんが俺を見上げる形になる。

 

「そっかー姉さん、仕事で疲れてたんだな。ごめんな姉さんーごめんなー姉さん」ワシャワシャワシャワシャ

 

姉さんが得意気にしているときに頭を撫で回すと顔を真っ赤にして途端に弱くなるのだ。そういう所は可愛いと思う。どや顔はうざいけど。

 

存分に撫で回すと姉さんはこちらを顔を真っ赤にして恥ずかしがって涙目になりながらこっちを睨んでいる。

 

「八くん~」

 

「俺をあんまり弄らんようにな」

 

「お姉さまばっかりズルいですわ!お兄様私も!」

 

「あ!ズルいお姉ちゃんばっかり。僕も!僕も!」

 

「…小町はいいかな~なんて」

 

 

泉美と香澄は姉さんが俺になでまわされているのをみて撫でろと催促し小町は物欲しそうな顔をしていたので髪型が崩れないように撫でてやった。

泉美は満足そうな笑みを浮かべ香澄は「えへへっ」とにこやかな笑みを浮かべており小町は「…もうごみぃちゃんなんだから」と恥ずかしそうに悪態をついていた。

特に泉美、香澄。年齢考えな?君たちもう高校生になる時期でしょ?お兄ちゃんは心配です。

それはさておき俺の妹達が可愛すぎる。

 

 

入学式まで時間があったはずなのだが姉さんの付き添いで家を早くに出ることになった。なぜ?学校に着いて姉さんと別れる。姉さんは後ろを振り向き俺に

 

「八くん?サボっちゃ駄目だからね?おねえちゃんの答辞も見ててね!」

 

「サボらねぇよ。いってらっしゃい」

 

「ふふ。いってきまーす」

 

姉さんは上機嫌で会場の講堂へむかって歩いていった。

 

 

 

 

入学式まであと数時間

 

 

 

 

 

「はぁ…憂鬱だ…」

 

真由美の付き添いで何故か二時間も早く学校に到着したその少年はベンチに腰掛けそう呟き右手に特徴的な色のコーヒー缶をもち、特徴的なアホ毛をぴょんとはねらせた。顔立ちは非常にととのっていて、特徴的な瞳は伊達メガネをかけているせいか普通に見える。その少年の名前は七草八幡。

 

 

「ふけっかな…あ、でも姉さんにバレるとやっかいだな…ICカードもらいにいかなきゃならんのよな、受付の人の前で噛んだら黒歴史確定だわ。それにしらんやつと入学式の席が隣になんだよな、ボッチに優しくない。話し掛けられて噛んで「うわなにこいつかんでやんのw」って言われて高校デビュー真っ暗だわ。マッカン飲むか…ん?なんだ?」

 

現実逃避しようと手にもったマッカンのプルタップを開けて口をつけて飲もうとしたとき少年の耳に男女の言い争う声が入ってくる。 

 

「納得できません!」

 

 

「まだ言っているのか?」

 

 

二人の男女が講堂の前で言い争っていた。

 

 

同じ新入生だろうか?しかしその制服のデザインは微妙だが異なっている。スラックスやスカートの男女の機能性の違いではない。八幡が見てみるとそこには女子生徒の胸には第一高校の八枚の花弁が用いられた校章がついており、男子生徒のにはその校章が付いていなかった。

 

 

「何故お兄様が補欠なのですか?入試の成績はお兄様がトップだったではありませんか!本来でしたらわたくしではなくお兄様が新入生総代をお務めになるはずですのに!」

 

 

「お前がどこからその結果を入手したのかは置いておいて…魔法科高校なのだからペーパーではなく実技が優先されるのは当然じゃないか。俺の魔法実技はよく知っているだろう?自分じゃ二科生でも、よく合格できたものだと驚いているよ」

 

 

「(兄妹、か…?にしては全然似てないな…?妹の方は十師族にも負けずとも劣らないサイオン量だな。にしてもスゲーきれいな顔してんな…兄の方は、二科か。魔法の領域演算内にばかでかいのが二つ占めてるな…分からん。一体なんだ?俺の《瞳》でも調べきれないとは)」

 

八幡の自身の特殊な《瞳》が二人を捉えていた。

 

 

八幡に視られていることに気がつかない兄妹は会話を続けていた。

 

 

少女が自信のない兄へ叱咤の言葉を投げ掛けていた。

 

「そんな覇気のないことでどうするのですか!勉強も体術もお兄様に敵うものなどいないと言うのに!本来でしたら魔法も…」

 

「深雪っ!」

 

強い言葉でみずからの名前を呼ばれた少女ははっとして口を閉じた。

 

「…申し訳ございません」

 

「深雪」

 

「お兄様…」

 

「お前が俺のために怒ってくれるのはすごく嬉しいんだ。俺を思って言ってくれたんだろう?」

 

「お兄様…そんな想っているだなんて…///」

 

深雪と呼ばれた少女は顔を赤く染めて恥ずかしがっていた。それを見ていた兄と八幡は

 

 

「((あれっ?ニュアンスちがくね?)ないか?)」

 

と思ったそうだ。

 

 

深雪と呼ばれた少女はどうやら新入生総代だったらしく答辞のリハーサルのために早く会場に入っていたらしい。ご苦労なこって。あの兄貴はあと2時間も待たせられるのか。まぁ、俺も妹のためなら時間なんぞ惜しくはないな、但し大志、おめーはダメだ。小町達に近づくなよ。なんて妄想に耽っていたら声をかけられた。

 

 

「隣いいか?」

 

「どうぞ」

 

「俺は司波達也だ。よろしく」

 

「俺は八幡だ。さっきまで言い合ってたのは恋人か?」

 

「違う、あれは妹だ。俺と深雪は兄妹だぞ。しかしなぜこんな早い時間に?」

 

深雪…?どっかで聞いたことあるな。

 

「あぁ、目が覚めちまってな、マッカン飲みながらボーッとしてただけさ。お前も大変だな。妹の付き添いか?」

 

「ああ、なぜそれを?」

 

「さっきのやり取りを見てりゃあな。恋人かよ」

 

「違う。妹だ」

 

「分かってるって」

 

二人は短いやり取りをして喋ることも失くなったのか達也はスクリーン型の端末を出し、八幡は文庫本を取り出し時間を潰した。

 

八幡が文庫本に目を落としていると目の前を通りすぎていく在校生の声が聞こえてきた。明らかにこちら、いや、八幡の隣にいる生徒に向けて無邪気な悪意が届いた。

 

「ねぇ、見てあの男の子《ウィード》よ」

 

「補欠の癖に張り切っちゃって」

 

「所詮スペアなのにな」

 

ウィードとは2科生徒を指す言葉だ。

 

国立魔法大学の付属教育機関である第一高校は魔法技能士育成機関の場だ。

 

国からの予算が与えられる代わりに一定の成果を出さなければならない。

 

この学校のノルマは卒業生を100人出すこと。しかし、魔法科高校では事故が付き物だ。実習で、実験で、魔法の使用で「チョッと」だけでは済まない事故へと直結する。

 

俺らのような年頃や、材…なんだっけいまだに中2病を患っている奴ならさながらアニメのような超人的な力を再現したい、そして自らの才能、可能性にかけて魔法師への道へと突き進む。

 

しかし、心理的な要因により魔法はすぐさま使えなくなるリスクも孕んでいる。事故のショックで魔法が使用できなくなり少なからず毎年自主退学していく生徒も少なくない。

 

その穴埋めのための生徒が二科生「ウィード」だ。

 

一科生との違いは先生が付かない。個別授業ができない。つまりは国の機関で有りながら独学で魔法を学びな!と言われているのが公然の事実で俺的にそれはあまりにもお粗末なのでは?と思う。しかし、実際二科生も自らが代替品《スペア》であると自ら差別していることも問題なのだろうが。制服の校章も学校の発注ミスであることもこの学校に強制的に入学させられたときに調べたのだ。いや、それでいいのか国立高校。仮にも未来の魔法師を育てる高等学校だろうに…。

 

「…くっだらな」

 

俺が一言隣にいる司波にも聴こえない音量でボソッと呟くと反応した。

 

「どうしてそう思う?」

 

司波は単純に疑問に思い聞き返してきた。

 

「…?なんだ聴こえてたのか。言葉の通りだよ、この高校に入ってることが既に『優秀』ってことだ、差別することがおかしいんだよ。

他の高校よりどんだけ競争率高いと思ってるんだよ。『魔法』という特殊な力を科学的に解析し起動式を理解し行使する人間が一般的だとでも?違うな。『魔法』を使える人間は一握りなんだよなぁ。まぁ、一科生の俺が言っても説得力はないと思うが、二科生の中にも合格の判定基準が合わなくて仕方なく二科生になったやつもいるだろうし学校という狭い世界なら劣等生として扱われるかも知れんが、実地、実践なら特筆してる技能があれば立場が逆転する可能性だって有るわけだ。

まぁ、社会に出たら皆等しく社畜。馬車馬のごとく使われるのが落ちだろ。しかし、魔法師になってまで働かなきゃならんのか…あぁやだやだ」

 

八幡は心底嫌そうにさらに目を濁らせながら達也へ説明をした。

 

「お前魔法師ぽくないな。」

 

達也は仏頂面で変わらない表情であったが俺に対して「面白いなこいつ」と言うような表情を向けられているような感じがして俺は

 

「やめろよ…気にしてるんだから…」

 

「改めてよろしくな八幡」

 

「お、おう?」

 

司波に差し出され手を握り握手している俺がいた。俺こんなキャラじゃなかった気がする。

 

◆ 

 

「よし」「…」

 

達也は開いていた端末を閉じた。八幡は読んでいた単行本を閉じて懐に仕舞い込む。端末には時刻が表示される。

 

入学式まではあと三十分。

 

「新入生ですね?まもなく開場の時間ですよ」

 

話しかけてきた女子生徒はCADを所持していた。CADを常時所持することができるのは生徒会役員並びに風紀委員だけだ。

 

達也は二科生ということもあり生徒会等に所属する人間とはあまりお近づきになりたくはなかった。隣にいる八幡も若干ではあるが面倒くさそうにしていた。八幡の場合は人の優劣に関わらず接するのが面倒だと思っていそうであるが。

 

「関心ですね。スクリーン型と君は…って八くん?お隣にいるのはお友達?おねえちゃん嬉しいわ…」

 

何故かよよよとポーズをとった姉がいた。達也は訳がわからないといった表情だろうか。姉は持ち直して笑顔で達也を見ている。

 

その表情には一切の差別がなく、ただ無邪気に好奇心で達也に声をかけてきたのだろう。

 

「あ、申し遅れました。私は第一高校の生徒会長を務めています、七草真由美です。ななくさ、と書いてさえぐさと読みます。弟がお世話になっています。よろしくね」

 

「俺、いや、自分は司波達也です。ん?七草?弟?八幡お前…」

 

「名乗ってなかったか?俺の名字は七草だ。七草八幡」

 

「そうだったのか…」

 

驚いているようだ。姉さんも司波の名前を聞いて

 

「司波達也君。そうあなたが…司波君」

 

嫌みでも言われるのだろうかと思いきやそれは裏切られた。

 

「先生方の間であなたたちの噂で持ちきりよ。司波君、君は入学試験、7教科平均、百点満点中九十六点。特に圧巻だったのが魔法理論と魔法工学。当校始まって以来の満点よ?八くんに至っては総代の司波さんとの点数はたった1点差の次席で先生たちからはわざと手を抜いたんじゃないかって疑われていたぐらいなんだから」

 

そう生徒会長に手放しで称賛され達也は意外だなと思いつつ、八幡はその言葉を聞いて今よりもさらに目を濁らせながら答えた。

 

「いや、別に手を抜いた訳じゃ…てかそれ部外者に教えるのどうなんだよ生徒会長」

 

「そんな八くんひどいわ!生徒会長だなんて他人行儀な…お姉ちゃん悲しいわ…」

 

「今言うのかよ。姉さんめんどくさっ」

 

「ひどい!」

 

すかさず達也が

 

「さては八幡、お前答辞を読みたくなくて…」

 

「ん、んなわきゃあるか」

 

「…(深雪に匹敵する魔法力とサイオン量。七草八幡…調べる必要があるな。)」

 

呆れる表情を浮かべる振りをして八幡に対し自分達兄妹の敵になるやも知れない男に視線を向ける達也と動揺する八幡の光景を見るなにも知らない真由美は微笑ましいやり取りだと思いクスり、と笑った。

 

 

 

生徒会長の微笑ましいものを見る笑顔と達也の無言の圧力から解放され講堂に入ると席はもう既に半数がうまっていた。しかし、前と後ろで《ブルーム》と《ウィード》エンブレムの有無で席はきれいに別れてしまっていた。

 

「ここもか…」

 

「仕方がないだろう」

 

「最も差別意識が強いのは差別を受けている者、か…」

 

俺的に後ろに座りたかったが目立つのもやだしな。しゃーなし、前に座るとしよう。俺はここで達也と別れ座席へと向かうと座席がちょうど3つ空いているところがあったので真ん中へ座り込むことにした。式が始まるまであと30分。俺は文庫本を出すことができなかったので、睡魔に逆らわずそのまま瞼を閉じ式をキングクリムゾン!することにしようとしたがーーー。

 

「隣いい?」

 

していたが一人の少女によってそれは防がれた。よかったなジョルノ。じゃなかったな、俺は声をかけてきた少女に顔を向けた。流石は魔法科、背は女子の平均より少し低く感情が少し乏しそうではあるがミステリアスな雰囲気で身体の一部がすこし乏しい(雪乃に雰囲気が似ている)美少女が声をかけてきた。さらに隣にいたのは顔も勿論美少女で髪型は短いツインテール。くりくりとした瞳が愛らしくからだの一部がとても大きいです…な小動物系統の美少女だ… 昔の俺なら美少女、女の子に声を掛けられたらキョドってキモい声が出るかもしれんが自分でも驚くぐらい平坦な声が出た。

 

「ん、どうぞ」

 

「ありがとう」

 

「ありがとうございます」

 

俺は座っていた席を二人に譲り隣にずれる。美少女二人が連なって着席した。

 

「私は北山雫。よろしく」

 

「私は光井ほのかです。よろしくおねがいします」

 

「七草八幡だ」

 

自己紹介すると雫が八幡に話しかける。

 

「あなたが七草八幡…入試で次席。私は3位だった」

 

「なんだいきなり…偶々だよ、偶々」

 

急に入試の結果を言われたもんだからこいつも選民思想に染まった奴なのかと思ったが光井?だっけがアシストしてきた。

 

「雫、八幡さんがびっくりしちゃうでしょ?ごめんなさい八幡さん。雫、今までの成績で上に人がいたことがなくて悔しいんですよ。抜かれた人がどんな人なのか気になったみたいで、他意はないんですよ」

 

なるほど。表情が読み取れないもんだから深読みしちまったな。

 

「ああ、きにしてねぇよ。たぶん首席様の方がすごいと思うが…上には上がいるもんだぞ北山」

 

「雫って呼んで」

 

何故?ホワイ?名前呼び?ボッチにハードル高いことさせないでもらっていいですかね?

 

「いや、何故に名前よび?」

 

「もう知り合いだから」

 

「いやいや、北山」「雫」

 

「だから北や」「雫」

 

「…北y」「雫」

 

このやり取りついこないだやったな…

どうしちゃったの北山さん。壊れちゃったの?壊れかけのレディオなの?俺が名前を呼ばないとリピートし続けちゃうなこの娘。バイツァダスト使えちゃうの?いつから魔法科高校はスタンド使い育成高校になったの。おれは観念して。

 

「わかった…雫」

 

「(o^-^o)」

 

どうやらご満悦のようだ。

 

「わ、私もほのかって呼んでください」

 

ホノータスお前もか…君もちゃっかりしてるね…

 

「わかった、ほのか」

 

そう言い終わると雫が俺の脇腹をつねってきた、いたいからやめてね…

 

寝ようと思ったのに雫たちに起こされ式の前半までは覚えているが後半からは夢の中へと旅立って…という訳にはいかなかった。総代の司波深雪と呼ばれる人物は10人中10人が美人だと答えるぐらいには美少女だった。皆容姿に見とれていて答辞の内容はかなりギリギリで「平等」、「一丸となって」など際どいワードが出ていたがこれに気づいた人はいるんだろうか?姉さんの答辞?もちろん聞いていた。先生の話?知らんな、寝てたけど。

 

そんなこんなで、式も終わり受付でIDカードを受けとる。俺はAクラスらしい。やっぱりこの学校に通うのか…何てことを思い耽っていたら雫とほのかが俺を見つけて小走りで近づいてきた。

 

「八幡、クラスは?」

 

「八幡さん、どこのクラスになりました?」

 

「ん?Aクラスだったぞ」

 

「私たちもAクラスだった。改めてよろしくね」

 

「わぁ!よろしくおねがいします、八幡さん」

 

お互いに同じクラスであることが分かり、雫たちが俺と一緒にお茶がしたいと言い出していたが、俺は用事があった為そのまま帰宅しようとしているところに声を掛けられた…

 

「八幡」

 

達也が交付所から戻ってきており、その後ろには入場したときには居なかったタイプの違う美少女二人を引き連れていた。俺と達也は同じことを思ったらしい。

 

 

「「((女誑しめ…))」」と。

 

達也の後ろにいたショートカットの快活そうな美少女が達也に問いかけた。

 

「ねぇ、達也君、彼は?」

 

「あいつは七草八幡」

 

自己紹介しようとしたら雫が俺の袖を引っ張る。ほのかも気になっているようだ。

 

「ねぇ八幡、彼は?」

 

「八幡さん、あの人は?」

 

「あいつは司波達也。妹のために二時間前に学校に来るような妹思いの兄貴だ」

 

「「???」」

二人は俺の説明に首をかしげているが俺の持論だと妹を大事にする奴に悪い奴はいない。これマメな。

俺も渋々だが達也の後ろにいる女子生徒に自己紹介を始める。

 

「七草八幡だ。まぁ、なんだ?よろしく?」

 

「何で疑問系なのよ?あたしは千葉エリカ!よろしくね八幡!」

 

なに?名前呼び流行ってるのか?

 

「で、こっちの娘が…」

 

エリカに手を引かれ前に出てきたメガネをかけた大人しそうな美少女が俺の前にたつ。俺の目を見て「きれい…」とうっとりしていた。俺の《瞳》のことがばれたか?俺は表情には出さなかったが。

 

「柴田美月です。よろしくおねがいしますね、八幡さん。八幡さんと司波さんはオーラが似てますね…」

 

「オーラ?もしかして柴田さんって霊視過敏症?」

 

俺が問いかけるとうなずいた。平たく言うと霊視過敏症は魔力が形となって目に視えてしまう現象だ。ひどい人だと失明する危険があるらしいが。俺も似たようなもんなので。

 

「そうか、大変だな。実は俺もなんだよ。(バレると不味いから掛けてるだけだが。)」

 

「そうなんですね!よかった…」

 

「…(俺とオーラが似ている?八幡は七草の人間のはず…一体。)」

 

美月が仲間が見つかってよかった!と喜んでいると司波は考え込むような仕草を一瞬だけだがして少し身構えていた。いや俺とオーラにてるって言われて俺に攻撃するのやめろよな。

…昔小学生の頃、俺と誕生日が同じってだけでめちゃくちゃ嫌な顔してる同級生いたの思い出した。

 

てかこの娘も名前呼びか…

 

「こっちこそよろしく。で、こっちの二人は…」

 

「北山雫。よろしく」

 

「光井ほのかです。よろしくおねがいします」

 

互いに自己紹介をし、交付所の入り口付近に立っていたところ背後から達也の待ち人が現れた。

 

「お兄様、お待たせいたしました」

 

達也の待ち人らしき人物が人垣からようやく解放されてこちらへ向かってくるが兄の回りの少女たちを見て気になったのか

 

「お兄様、そちらの方たちは…?」

 

「深雪。こちらが柴田美月さん、千葉エリカさん、こちらの方が別クラスで北山雫さん、光井ほのかさんだ。彼は七草八幡だ」

 

紹介され所作を直し令嬢のように綺麗な動作で挨拶を行った。

 

「初めまして。私は司波深雪と申します……?」

 

挨拶をして顔をあげると俺の顔をみてよく観察するためにさらに近付いてきた、うおっ、本当にスゲー綺麗な顔だな…あの…ちかいんすけど。

 

「申し訳ございません…八幡さん。その、あの…何処かでお逢いしましたよね…?」

 

整いすぎた顔が俺の眼前まで近づき、いくら女子に少しなれたと言えこれはヤバすぎる。

 

「い、いや、あんたみたいな綺麗な人で美人な女の子にあった記憶がない。一度あったら忘れないと思うんだけど…」

 

俺は少しキョドってしまった。

 

俺の方が身長が高いので司波妹が俺を見上げる形、つまり上目遣いになるのだが、破壊力が凄まじい。これを無自覚でやっているのだから末恐ろしい…じゃなかった。

 

「す、すまん離れてくれ」

 

「…っ、ごめんなさい。はしたない真似を。わたくしのことは深雪とお呼びください」

 

そんな笑顔でお願いされたら逃げられないじゃねーかよ。てか距離近くね?名前呼び多くね?

 

「…わかった。よろしく深雪」

 

「はい♪八幡さん」

 

お互いに挨拶をすませるとそこに姉さんがやってきてきた。

 

「また会いましたね深雪さん」

 

生徒会長然としたうちの姉が話しかける。何でも深雪に用事があったらしいが姉さんも空気を読んでかまた明日といっていたのだが後ろの男子生徒が

 

「会長!用事があったのでは?」

 

誰だお前は。姉さんがいいって言ってるんだからいいだろう。誰こいつ処す?処す?八幡的にポイント低い!なんて思っていたら

 

「いいんです、服部君。司波さんにも用事があるでしょうし、こちらの落ち度です。ごめんなさいね司波さん」

 

「いいえお気に為さらずに。」

 

にこやかな笑顔で柔らかに返答する司波妹流石だな。うちの妹達にも見習わせたいぞ。

 

このやり取りの最中俺たちをめっちゃというか二科生を見ている服部と呼ばれた先輩がこちらを睨むように見ている。

こいつも選民思想に囚われた阿呆か…なんか姉さんのこと好きそうだし…お前みたいな男にはやらん。社会的に殺してやろうかな…それか《初期化》してやろうか…なんて物騒な事を考えているうちに会話が終了し解散するようだ。

 

「じゃあな八幡」

 

「八幡さん、失礼しますね」

 

皆と別れ帰ろうとするが姉さんに呼び止められた。

 

「あ、八くんまって」

 

「何姉さん、帰って妹たちの面倒見なきゃ行けないんだけど」

 

何事かと思い立ち止まると

 

「そうね泉美ちゃんたちの面倒を…ってもう泉美ちゃんたちはいい年齢でしょう!まったくもう…八くん。仕切り直して、風紀委員に入ってくれないかな?」

 

「何故?」

 

どうやらまだ帰宅出来ないらしい。



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俺はどっちかと言うと風紀を荒らす方

感想と評価ありがとなす!
…いやほんとビックリなんですけど。原作と八幡様様ですわ。

続きをどうぞ(続くとはいってない。)

※感想を頂いてあーちゃんだけ名前よびの先輩だったのに気がつきました。
あずさ先輩から中条先輩へ修正しています。申し訳ない。



「風紀委員に入ってくれないかな?」

 

「…?なんで?」

 

「いきなり言われてもびっくりしちゃうよね。生徒会室で話すわ。付いてきて」

 

理由は講堂前で話すことではないらしい。俺は皆に別れを告げ、姉さんに連れられて場所を生徒会室に移動した。

生徒会室につくと入り口付近には電子ロックが設けられており警備は厳重になっている。

姉さんがカードキーを翳すと「ピリリッ」と電子音がなり扉が解錠された。

中に入ると整理が行き届いた最新設備のある近代的な部屋だった。

 

「で、何で俺が風紀委員会に入ることになったんだ?こういう面倒なの嫌いなの解ってるだろう?」

 

部屋に入り問題の件を話し始める姉さん。

 

「友達の渡辺摩利って言う子にね、あなたのことを話したら興味を持っちゃって。入試も八くん次席じゃない?それに魔法力も体術も勝てる子いないじゃない。それに対抗魔法も使えるし。だからね生徒会推薦枠で入れちゃった」

 

対抗魔法…『術式解体(グラムデモリッション)』の事か。実は実家で泉澄たちの魔法訓練中に明後日の方に飛んでいった際に使用した時に姉さんにばれていた。余談だがサイオン量が常人の100倍以上が俺にはあるらしいので数百発うってもガス欠にならないらしい…それだけで務まるもんだろうか?てか入れちゃったって…は?入れちゃった?事後報告じゃねーか。

 

「ちなみに拒否権は?」

 

「ないわ!」

 

このどや顔である。いつも通りのワシャワシャを敢行する。

 

「ね・え・さ・ん?」

 

「んんっ!ひゃあ!八くん許して~!」

 

姉さんの頭は撫でやすく心が安らぐ。しかしほんとにこの人は俺より年上なんだろうか?癒し効果があるのかもしれん、学研に研究資料提出する必要があるかも。この秘密を解明できたら世界征服できるな。いや姉さんに見ず知らずの男が触れたら俺がそいつをこの世から抹消しなきゃならんな、奥義使って。しかしこれ姉さんも嫌がってないのでこれ罰にならないのでは?八幡は考えた。

 

「八くん…もう…ダメ…許して…」

 

姉さんの頭を撫でていると咳払いが入り口から聞こえた。

 

「んんっ!」

 

俺は視線を向けると3人立っていて一人はスラッとした宝塚系の女子生徒。後ろに中学生位の身長の可愛らしい女子生徒。3人目はクール系で理知的な女子生徒がたっていた。

 

「ここは休憩室じゃないぞ。真由美…お前男を連れ込んで…」

 

「違うわよ!摩利!この子はうちの弟だってば!」

 

この人が姉さんの言ってた渡辺先輩か。姉さんの頭から手を離し体を先輩たちへからだをむける。

 

「すみませんうちの愚姉がお世話になっています。弟の八幡です」

 

「ほぉ、君が八幡君か。私は渡辺摩利。風紀委員長を務めているよろしく」

 

素敵な笑顔で握手を求めてきたので俺もそれに返し手を握る。昔の俺だったら悪態をついてしなかったが今はそんなことはしない。手を握ると武術を噛んでいるのか手に豆のようなものができていた。相当な手練れらしい、剣術を嗜んでいるのだろうか。

 

「ええ、こちらこそよろしくお願いします」

 

「真由美よりしっかりしてそうだぞ」

 

「摩利?どういう意味かしら?」

 

「言葉の通りだがね?」

 

がっぶり四つしながらキャットファイトしてる姉たちは放っておこう。身長の低い女子生徒と眼鏡をかけた先輩が自己紹介する。

 

「生徒会の2年中条あずさです。よろしくお願いしますね八幡くん!」

 

「中条先輩よろしくお願いします」

 

「初めて先輩って呼ばれました…嬉しいです…!」

 

何故か感動している。そんなに先輩って呼ばれるのがうれしかったのか。「あーちゃん先輩」と言った方が良かったかも知れない。

 

「書記の市原鈴音です。よろしくお願いいたします」

 

「市原先輩よろしくお願いします」

 

メガネが似合いそうな理智的な人だな。

 

自己紹介が終わると渡辺先輩が話しを切り出す。

 

「真由美から聞いただろうから省かせてもらう。七草八幡君、是非風紀委員会に入ってくれ」

 

「なにする委員会なんすか?説明もなしじゃ『はい』とはうなずけないっすよ」

 

「む、そうだったな。校内の安全確保、魔法の不正使用の取り締まり…」

 

「二科生の検挙とかも入ってないですよね?」

 

俺は先輩の言葉を遮り強い口調で言いはなった。

 

「それはないぞ」

 

先輩は苦笑しながら俺の言葉を受け止めた。

 

「そうですか?一科生が二科生を《ウィード》と呼んでいる時点で公正もあったもんじゃないと思いますが」

 

「それを言われてしまうとな…」

 

「俺は来年入ってくる妹たちのために学校をよりよくしたいんで。差別があったら楽しく過ごせないでしょ、妹たちが。それに姉さんが今年最後にやる仕事に学校改革があってもいいでしょ?」

 

「君はかなりのシスコンだな…」

 

渡辺先輩は少しあきれていたが俺はいたって真面目だ。俺の家族になってくれた七草家の為にらしくないことをしてもバチは当たらないだろう。俺は渡辺先輩にちょけらかさずに真面目に答えた。

 

「ええ、大好きなんで。姉さんも妹も」

 

「なるほどな。これは真由美が八幡くんにベタ惚れに訳だ、服部が可哀想になる勢いだな」

 

「ちょ、ちょっと摩利!べ、別に私は八くんのことベタ惚れなんてしてないわよ…!」

 

そのやり取りを俺と姉さんを除く3名が生暖かい目でみていた。

 

斯くして俺は生徒会推薦枠で入学初日にして風紀委員に選ばれてしまった。

 

今日の朝イチに俺に会えるならこう言ってやろう、俺が風紀委員になるのは間違っている、と。

 

 

◆達也達が二日目の朝、学校に登校する前に遡る。

 

達也と深雪は毎日修行を行っている寺で食事をとりながら目の前の人物に達也が問いかける。

 

「師匠、頼んでいた件は」

 

「ああ、調べてほしいと言っていた彼「七草八幡」君についてだね。調べたよ」

 

達也の問いに答えたのは禿頭の作務衣を着た胡散臭い坊さんで、忍者と呼ばれる魔法使いのこの寺の住職である「九重八雲」が口を開く。

 

「…!!先生、結果は?」

 

その問いに真っ先に反応したのは深雪でありその答えを待っている。なにかを待つように、または期待するように。

 

「おやおや珍しいね、深雪君が食いついてくるとは…焦らすのも良くないか。そうだね…彼は七草の血族の人間ではないね」

 

「と言うと?」

 

達也が聞き返す。

 

「彼は数ヵ月前に七草家の双子の姉妹をたまたま誘拐されたところに駆けつけて救出したらしい、それも30人も犯人がいたところをたった1人で制圧してね。無論怪我は無しでだ。その後七草家の当主である七草弘一にどういう思惑か知らないけど養子に迎え入れられたそうだ。その際に八幡君と血の繋がった実の妹である小町という妹も一緒にね」

 

「一体なぜ…」

 

「それは私にも分からない…話を続けるよ?彼は七草家の双子を救出する前に実家の両親と絶縁した…いやされたそうだ」

 

「!?」

 

「どういう事ですか先生…!?」

 

達也は表情こそないが驚き、深雪は信じられないといった表情で八雲に問いかける。

 

「彼は千葉の総武中学という有名魔法学校に通っていてね、そこで事件が起こったらしい。調べたところによると彼は魔法実技、理論共に異常な身体能力を持ち、入学以来ずっとトップで将来有望な魔法師だったようだね。それで学校で彼を対象にしたいじめがはびこっていたらしく、そこに拍車を掛けるように「一色」家の次女である「一色いろは」が入学してきた。しかし彼女も妬みかな?いじめのような行動をとられ総武中学校の生徒会長に立候補させられたらしい」

 

「それと八幡になんの関係が?」

 

「八幡くんはずいぶんと騒ぎに飛び込むのが得意みたいだね…いじめにあっていた「一色いろは」を生徒会長に無事押し上げてそれまでの事件を全て解決したのさ…それを妬むものがいてね。八幡くんは旧第八研究所出身の魔法師の「八幡家」の家系らしくてね。それが気にくわない周りの人物は噂を流し始めた」

 

「…一体それは…?」

 

深雪は恐る恐る八雲に質問すると。

 

「「八幡家の息子が十師族に返り咲くためにあの「一色家」の次女に取り入った」なんて言われるようになったんだ」

 

「な、なぜそんな風になるのです!八幡さんはそんなことをする人ではありません!!」

 

「深雪…!!落ち着け」

 

声を荒げる深雪に嗜めるように声を掛ける達也、ハッとした深雪は謝罪する。

 

「…っ、申し訳ございませんお兄様…先生」

 

「私は八幡君にあったことがないから分からないけど深雪君のお眼鏡に掛かった子なら間違い無いだろうね。危惧しているようなことは絶対にしないだろう。それに…達也くんが思っている彼は君らの敵にはならないと思うよ?」

 

「はい?」

 

「数年前、彼はとある人物に会いに1人で沖縄を旅していたらしい。数年前の沖縄への侵攻…彼はあの場所にいたみたいだ」

 

「…!!?本当ですか?!」

 

深雪の脳内にあのときの情景が思い浮かぶ。銃が自分と母親と穂波さんに向けられられた時、「もう駄目だ」と諦めかけた時にガラスをぶち破り霊体のような白虎が銃弾を弾き、襲撃者を倒し捕縛した。その後倒れている母親と護衛に駆け寄り深雪の最愛の兄と同じ魔法を使用し介抱してくれた。少し目が特徴的な中学生のような少年の姿は一言だけ

「大丈夫。お母さんもお姉さんも無事だから」と一言だけ告げてお兄様が来る前に瞬間移動のように消え去ってしまった。

 

「!?では、母や穂波さんを守ってくれたのは八幡だと…?」

 

「その可能性はたかいねぇ…」

 

「八幡さん…」

 

深雪は自分と家族を助けてくれた八幡に想いを馳せてた。

 

 

 

◆入学二日目

 

 

 

 

 

 

教室に入り席順を確認する。真ん中か…席に座ろうとすると女子生徒がかけよってくる。

 

「おはよ、八幡」

 

「八幡さんおはようございます」

 

「おはよう、ほのか、雫」

 

「八幡、昨日会長に連れてかれたけど何かあったの?」

 

雫が昨日の出来事が気になったんだろう、俺に聞いてきた。

 

「ああ、実はな…」

 

かくかくしかじかまるまるうまうま。いあいあクトゥルフ。

 

 

「ーーーーーと、いうことだ」

 

 

「八幡、この学校始まって以来じゃない?初日にして風紀委員になるの」

 

「姉さんの名前がでかいだけだ。俺の力じゃない」

 

「そんなことないですよ八幡さん!」

 

ほのかと雫がフォローを入れてくれるが俺自身の力ではないことを感じている。この学校では姉さんの名前が強いのだ。

 

「すみません」

 

3人で話していると声を掛けられる。首だけ向けるのは失礼なので会話を中断して体ごと声の方へ向けるとそこには司波の妹がいた。

どうやら俺のとなりの席らしい。わざわざ挨拶に来てくれたようだ。

 

「改めまして司波深雪です。よろしくお願いします。八幡さん」

 

「こちらこそよろしく。深雪」

 

ここにいる四人で今後活動することになりそうだ。

 

 

 

ガイダンスが終わり先輩たちの授業風景を見る時間になった。俺はCADの調整を見たかったので単独で行動しようとしたのだが、俺と司波妹に金魚の糞の如く人がついてきており、鬱陶しく思った俺はついてくる連中に一言言おうと思ったが、司波妹が「皆さんのご迷惑になりますので別れて見学いたしましょう。七草さん、北山さんに光井さんに一緒に参りましょう?」見事に大勢を牽制。てか深雪さんや何故に俺の手を握って連れていこうとしてるんですかね?野郎連中がすごい目で俺を見てるんですけど?

これによりグループ別けが明確になったのであった。

 

午前の授業が終わり昼休みへ。一人で摂ろうとしたが司波妹に捕まり食堂へいくこととなったのだが。

 

 

(はぁ…めんどくせぇ…てか先に達也達が使ってるんだから使用権は達也達にあんのに「司波さんと食事がしたいから「雑草」は退いてくれって…人としてのマナーどこいったよ。」)

 

俺の視線には深雪と仲良くなりたい有象無象のAクラスの生徒が達也達のグループと言い争っていた。いやこれは10:0でAクラスの連中が悪いだろう…エリカはちょっとケンカに発展しそうな喧嘩腰だし、達也の隣にいるガタイのいい男も喧嘩腰だしよ…姉さん、意識改革ほど遠そうだぞーなんて言っている場合では無い。一緒に食事をするために食堂に来ていた雫とほのかに声を掛ける。

 

「すまん二人とも。達也達と食事をとってくれないか?あいつらがいたんじゃ達也や他の利用者の生徒に迷惑がかかる」

 

「分かった…策、あるの?」

 

「大丈夫ですか、八幡さん?」

 

「ああ、ちょっと強引だけどな。要はこの言い争いの原因になっている深雪を俺が連れ去ってしまえばいい」

 

「!?そんなことしたら八幡が目の敵にされちゃう、ダメ」

 

「だ、ダメですよ!」

 

「大丈夫だって、慣れてるから」

 

強引に二人を言いくるめ達也にアイコンタクトを投げると俺の伝えたいことが伝わったのか頷いてくれた。俺は深雪の元に駆け寄り手を握り言い争いをしている連中に聞こえるようにわざとでかい声で話す。

 

「深雪、今日は俺と一緒に昼食食べる約束してただろ?いい居場所見つけたんだ。行こうぜ!」

 

深雪の手をとって視線を合わせ「話を合わせてくれ」と伝えると手を握ったことに呆けていた深雪は直ぐ様俺の意図を汲んで頷いて話を合わせてくれた。助かる。その様子にAクラスの音頭をとっていた森沢?森永?森なんとかだ。と取り巻きが騒いでいたが殺気を少し飛ばしてやると怖じ気付き黙ったようで俺は深雪の手をとって屋上へと向かう際に達也に視線を向けると「頼む」と言われたように感じた。

 

 

 

屋上に到着すると春のそよ風が気持ち良く日差しもちょうど良い塩梅であった。屋上には芝が敷き詰められており昼寝するのにはもってこいだろう。人影は俺と深雪のみだった。そこで手を離すと深雪から「あっ…」と声が上がり少し残念そうにしていた。そんなに達也と食事がしたかったのだろうか。だがすまない。あそこでうだうだやっていると他の利用者に迷惑がかかるからな。コラテラル・ダメージだ。

 

「ごめんなさい八幡さん…私のせいで」

 

「別に深雪のせいじゃないだろ。あの…森久保とかいう明らかに「自分は選ばれた人ですー」って言ってる奴が悪い」

 

「…ぷっ、ふふふ。八幡さん。森久保ではなくあの方は森崎君ですよ?」

 

どうやら名前を間違えていたらしい。深雪に笑われながらそう指摘されてちょっと恥ずかしくなったが覚えていないってことは覚える必要が無いってことだな。証明終了。

 

「そうだったか?まぁいいや。こっちこそごめんな、いきなり手なんか握っちまって。これハンカチ」

 

俺がハンカチを差し出して手を拭ってもらおうしたが盛大に控えめな腹の虫が俺の耳に入る。

 

「え?」

 

音の発信源を探るとどうやら目の前にいる美少女から聞こえてきた。目の前の少女の美しい白い肌はみるみるうちにトマトのように真っ赤になっていき顔を白く細い美しい指で覆い被せた。

 

「/////…は、八幡さん!わ、忘れてください!!」

 

俺は思わず笑ってしまった。

 

「ふっ…あっはっはっは!…あーごめんごめん。いやほんとごめん」

 

いや可愛すぎるだろうなんなんこの美少女。

 

「…は、恥ずかしい…///」

深雪を辱しめるつもりはなかったのだがせめてものお詫びだ。俺はベンチにハンカチを敷いて深雪に座ってもらった。

包みを開けると驚いていた。

 

「わぁ…これ八幡さんが作ったんですか?」

 

そこには俺が妹達のために作った弁当の残り物だが二段のお重が広がっていた。

ミニハンバーグにソーセージ、唐揚げ、ほうれん草のゴマ和え、きんぴらごぼう、プチトマト、甘めの卵焼きに小さめのおにぎりが数個入ったお重だ。

そのお弁当の内容を見て深雪は目を輝かせている。

 

「ああ、俺が作ったんだ。深雪の口に合うか分からないし、今回の罪滅ぼしじゃないけど昼飯をおごらせてくれ」

 

「いいのですか?…美味しそうです」

 

ウエットティッシュを深雪に手渡して手を拭いて箸を持つ。俺は水筒からほうじ茶をコップにいれて深雪の近くにおいた。手を合わせるその所作も気品があって俺は見惚れていた。

 

「いただきます」

 

「い、いただいてください」

 

「ふふふ…おかしな八幡さん♪」

 

結果としては俺の作った弁当は深雪の口にあったようで「また食べたいです」という社交辞令をもらったが素直に嬉しかった。

昼休憩はハプニングが発生したが有意義な時間を過ごすことが出来た。てか美少女と食事できるとかどんだけ徳を積めば出来るんだ?今年の運使いきったかもな。

 

食堂にいた達也達に悪いことをした。今度駅前でケーキを奢ってやるか、一人1000円ずつ。

 

幸せな昼食を終えたまま今日も終わるかと思いきやそう上手くは行かなかった。

 

 

「いい加減諦めたらどうなんですか?深雪さんはお兄さんと一緒に帰ると言ってるんです。他人が口を挟む問題じゃないでしょう?」

 

俺が渡辺先輩に呼ばれて風紀委員会本部に行き今月に始まるイベントの内容を聞き終わり、俺、渡辺先輩、姉さんの3人で学校から出ようとしたとき遠くの校門前で美月が啖呵を切っていた相手はもちろん1Aのクラスの連中だ。

ちなみに先ほど俺が深雪を連れ去ったとき森なんとかの取り巻き?らしき一部の生徒達に教室に戻ったときに何故か羨望の眼差しで見られて声を掛けられた。「七草君応援してる!」「七草やるなぁ」と言われたがなんの話だ?ちなみにだが森なんとか達からは嫌われ、陰口を言われたりしたが全然屁でもない。あれに比べたらな。

言い合いを聞いてみると、達也が深雪を待っているときに深雪にくっついてきたクラスメイトが達也に難癖をつけたことで始まったらしい。

 

その光景を見て俺は渡辺先輩にアイサインされた。とどのつまり「止めてこい」とのお達しだ。オーダー入りまーす。

 

「がんばって八くん!」

 

「早速働かされるとか…ついてねーな」

 

「ぼやくな、ぼやくな。怪我をさせるわけには行かん」

 

「へいへい…ってあいつら…!!」

 

俺が視線を向けた瞬間に一科の生徒がCADを抜こうとしているので俺は咄嗟に加速術式を使わずに「縮地」を使い一気に駆け迫る。一科と二科の腕と獲物を握り割り込んだ。その姿を見た両者はまるで瞬間移動したように見えただろう。

 

両者に殺気をぶつける。

 

「…そこまでにしておけ。このままじゃ怪我じゃすまないぞ?」

 

学舎に似つかわしくない殺気が校門に広がっていた。

 

 

「なんの権利があって深雪さんと達也さんの仲を引き裂こうと言うんですか?」

今もあの物腰柔らかで優しい美月が一科生に対して一歩も引かずに雄弁に語っている。語っているのだが…

 

「引き裂くと言われても…」

 

「美月は何を勘違いしているのでしょうか…?」

 

呟く兄の発言に賛同している深雪。渦中の兄弟は混乱していた。そんな困惑している兄弟を尻目に心優しい友人達は対峙している一科生徒と壮絶な舌戦を繰り広げていた?

 

「僕たちは彼女に相談したいことがあるんだ!」

 

「そうよ!司波さんには悪いと思うけど少し時間を貸してもらうだけなんだから!」

 

深雪のクラスメイトの男子、女子その一その二の言い分をガタイのいい達也と同じクラスのレオが笑い飛ばしていた。

 

「はん!そういうのは自活中にやれよ。ちゃんと時間をとってあるだろうが」

 

「相談だったら予め本人の承諾をとってやったら?深雪の意思を無視したら相談もなにもあったものじゃないじゃないの、それがルールなの。なに?高校生になってそんなことも知らないわけ?」

 

相手を煽るようなエリカの台詞に男子生徒が噛みついてきた。

 

「うるさい!他クラス、ましてやウィードが僕たちブルームに逆らうな!!」

 

この暴言に真っ先に反論したのは(達也達はやっぱりと思った)美月だった。

 

「同じ新入生じゃないですか。あなた達ブルームが一体どこまで優れていると言うんですかっ!」

 

決して大きな声ではなかったが美月の声は不思議と校門前に響いた。

 

「…あらら」

 

その発言に達也は不味いと思ったことが言葉になり出てしまった。

 

「…どれだけ優れているか、知りたいなら教えてやる」

 

「ハッ!おもしれぇ、是非ともみせてもらおうじゃねぇか」

 

まさに売り言葉に買い言葉、レオが挑戦的な大声で応じた。

 

「だったら教えてやる!」

 

特化型のCADを男子生徒が引き抜いてレオの眉間に照準を合わせ深雪が達也の名前を叫ぼうとした瞬間、旋風を伴って躍り出てCADを抜いた男子生徒の腕と伸縮警棒を抜いたエリカの手首を優しく握り双方の攻撃を止めた男がいた。

 

 

「…そこまでにしておけ?それ以上は怪我じゃすまなくなるぞ。」

 

双方がどう言ったは知らないが非があるのは一科生側だろう。俺に腕を握られた生徒は喚いている。

 

「お前は…七草…!なんなんだお前は邪魔をするな!」

 

俺の腕を振り払い手に持った特化CADのトリガーを引き絞り俺に向けて魔法式を展開しようとするが遅すぎる。

悲鳴が上がるが俺は先ほど振りほどかれた手から術式解体(グラムデモリッション)を打ち放ち起動していた術式を打ち砕いた。

その光景を見た術式を放った男子生徒は俺が何をしたのか分かっておらず呆けていたが俺はその隙を逃さずエリカの手首を優しく離して片手で男子生徒の喉元に手刀を突きつける

 

「自衛目的以外で人に向けて魔法を使用し対人攻撃をした場合は犯罪行為だぞ?わかってんのか?あぁ?森なんとか君よ?」

 

「っ…」

 

悔しいよりも恐怖の感情を覚えた顔で俺を見る森なんとかはただ黙っているだけで俺は追撃しようとするが。

 

「まぁ、俺に言われるよりこの二人に言われた方が堪えるだろ。会長!委員長!見てないで出てきてくださいよ!」

 

俺が後ろに視線を向けると二人の女子生徒が歩いてくる。その姿を見た達也と深雪を除く生徒は驚愕した。

 

「八幡君の言う通り、自衛目的以外で魔法を使用するのは、校則以前に犯罪行為よ」

 

この学園の生徒会長であり俺の姉である七草真由美が現れると双方行動をやめて姉さんを見ていた。まるでその場に神が現れたかのように。後光が出ていたかも知れない。一部の生徒は気が抜けて倒れ込みそうになっていたのは当然だろう、十師族の七草家の令嬢でこの学園の生徒会長で魔法の実力も見た目も最高に愛らしくこないだなんか寝ぼけて俺のベットに潜り込んできて…

 

「…八くん?今変なこと考えなかった?…」

 

いいえ。姉さんが可愛いと言うことしか考えてないですよ?八幡ウソツカナイ。

 

「何をやってるんだお前達…んんっ。おまえ達、1ーAと1ーEの生徒達だな。事情を聞くからついてこい」

 

はじめは俺と姉さんのやり取りをあきれていたが、直ぐ様委員長モードに切り替えて冷たい硬質的な声で手元にあるCADは既に起動準備を終えている。抵抗すれば即座に実力で制圧されるだろう。風紀委員会の権限において実力を行使する!と言ったところか。その威圧にレオも、エリカも、深雪のクラスメイト達は黙ってしまった。

 

しかし突然。

 

「すみません、悪ふざけが過ぎました」

 

達也が先輩達の前に立って事の説明をし始める。その行動と発言に委員長は眉を潜める。

 

「悪ふざけ?」

 

「はい、森崎一門の『クイックドロウ』は有名でしたから後学のために見せてもらうつもりだったんですが、真に迫るものでしたのでつい熱が入ってしまいました」

 

「ほう…君は起動式を読み取ることが出来るのか?」

 

「実技は苦手ですが、分析は得意です」

 

俺は《瞳》の力を使用し達也の状態を確認した。ステータスは「高速解読」が追加されている。

…お前、やっぱ二科生じゃねぇわ。魔法式はアルファベット約3万文字とされていてそれを即座に解析し読み取るのは異常としか言う他無いぞ。

 

「…誤魔化すのも得意の様だな」

 

渡辺先輩が値踏みするような、面白いものを見つけたような目で達也を見ていた。

 

「摩利、もういいじゃない。達也くん、生徒同士の教え合いだったのよね?」

 

姉さんが先輩を嗜め達也に問いかけると頷いて肯定した。この場を総括するように言葉を紡ぐ。

 

「生徒同士での教え合いは禁止されているわけではありませんが魔法の起動の際には様々な制約がありますのでその時期になるまで自活は控えてくださいね?よろしいですか皆さん?」

 

「会長がこう仰られていることもあるので今回は不問にします。以後この事がないように。そろそろ下校時間です解散しなさい」

 

その言葉でこの場にいる深雪のクラスの生徒が蜘蛛の子を散らすように一部の生徒を除き解散していく。達也もその場から立ち去ろうとするがそうは問屋が下ろさないってなわけで。

 

「君、名前は?」

 

「俺は七草八幡っすけど…」

 

「八幡くん、君じゃない!…んん、そこの君だ」

 

ちょうどその視線の方向に俺がいたから答えてしまった。達也に名前を聞きたかったのか。

 

「1年E組、司波達也です」

 

「司波くんか…覚えておこう」

 

達也、ご愁傷様。渡辺会長にロックオンされたぞ。絶対おもちゃにされるぞ…

 

「達也」

 

「なんだ八幡」

 

「ご愁傷様」

 

「は…?」

 

俺は達也に声を掛けて南無…のポーズをとると達也は?の表情をしていたがその光景を見ていた姉さん達は笑っていた。

 

姉さん達は仕事があるので学校に戻っていった。

 

 

「借りだなんて思わないからな…」

 

「あ?なに言ってんだお前?姉さんの優しさに感涙にむせび泣いとけ、森なんたら」

 

「僕は森崎だ!森崎駿。森崎の本家に連なるものだ。七草八幡!」

 

森崎とやらが自分の家柄について語っているがどうでもいい。もし姉がいるこの学園で逮捕者が出た時の事。汚点を作るような事を考えたらイライラしてきた。森崎に怒気をぶつけてやる。するとあら不思議勇んだ先程の威勢は何処へやら。追い討ちを掛けるように言葉を掛ける。

 

「姉さんは許してくれただろうが俺は許したわけじゃない。また同じようなことがあれば、「森崎駿」最後通告だ。自身の才能を過信しすぎて他を貶めるようなことがあれば俺が「七草」の名を借りてでもお前を潰す」

 

「…司波さんも僕たち一科生といるべきなんだ…!」

 

捨て台詞のように怯えた様子でこの場から立ち去って行く森なんとか。

 

「いきなりフルネームで呼び捨てかよ」

 

「八幡さん!?大丈夫ですか?」

 

「あの…ほんと近い…距離感バグってないですか深雪さん」

深雪が俺に駆け寄ってくる。俺の手を握って手の状態を見てくる。あの…お兄様が見てるんでちょっと離れてもらってもいいですかね?深雪が近づいてくるとそれを皮切りにみんなが近づいてきた。

 

「八幡君、すごかったわね。いつの間にあの場所に入り込んだの?」

 

エリカが質問してきた。どうやらさっき俺があの場所に割り込んだ事に興味深々らしいがそろそろ帰宅してマイエンジェル(妹)達に会わなければならない。適当な事を言って俺が帰ろうとアクションを起こすと深雪が前に立ちはだかる。

 

「駅までご一緒してよろしいですか八幡さん。先程の行動、お兄様も気になっていますし…駄目ですか?」

 

目の前の超絶美少女が上目使いで俺に「一緒に帰ろう」と誘ってくる。これを断れる男がいるだろうか?否、いないだろう。だがしかし…!お家には俺の帰りを待って(推定)いる小泉澄達がいる…ここは心を鬼にして…

 

「あー…いいよ、帰ろっか」

 

済まない妹達よ…お兄ちゃんは魔王に捕まってしまいました…

 

 

 

帰り道俺が先ほどあの場所に飛び込んだときに使った「縮地」の事を離したらエリカは仰天し達也は呆れた表情を浮かべていた。「術式解体」も深雪曰く使える人物を見たのは兄の達也以外に見たことがなく少し驚いていた。エリカは警棒を止められたことを悔しがっていたが別に恥じることじゃないと思う。学生にしては早すぎるからだ。俺からしたら大分スローだったがその比較対象が悪すぎる。何せ俺のばあちゃんだからな。

 

「腕も立って可愛いとか天は二物を与えるとか不公平だわ」

 

誉めてやると恥ずかしそうにしてエリカが顔を真っ赤にして俺の背中を小突いて来たがなぜに?

 

深雪がなぜ不機嫌になっていたのかは本当に謎だった。誰か解明してくれ。解明できたらノーベル賞も夢じゃないな、女心を解明したものとして…なんかかっこいいなプレイボーイみたいで。いや俺は要らないけど。

 

 

波乱に満ちた二日目が終わりを告げた。

 

 

 

あ、帰る前にケーキを買って帰ろう。

 




なんで八幡沖縄にいたの?A:ばあちゃんとの特訓為に沖縄にいました。


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七草くんのお怒り

気がつくとUAが10,000を越えていてお気に入り登録も200を越えていて、!?となった輝夜です。
たくさんのコメントありがとうございます。
誤字脱字の報告もありがとうございます(ホントに申し訳ない。)

追記。原作小説を本屋で購入し市原先輩の挿し絵を確認したらメガネかけてないやんけ…!となり申し訳ないですが4話の会話を一部変更させて貰いました。

本当に申し訳ない…。

よろしかったら最新話見てやってください。



早朝、俺はキャビネットから降りて校門へ進むと目の前に見知った二人がいたのを確認して声を掛けた。

 

「うーす、達也、深雪。おはようさん」

 

「…おはよう八幡」

 

深雪は何故か俺を見ると嬉しそうな顔…と言うよりも想い焦がれた人物が現れた様な少女の顔をしており、その顔を見た達也はなんとも複雑な表情をしていた。ほんの一瞬だが。

 

「は、八幡さん!おはようござ…」

 

「八くんまってよ~!」

 

います。と深雪が言いきる前に邪魔され表情こそは変わらないが深雪から冷気が出ているように感じて俺は何故かブルッた。声の主は当然

 

「姉さんなにやってんだよ…」

 

「八くんがはやすぎるの!…あ、達也くん、深雪さんオハヨ~」

 

俺と一緒に乗ってきたキャビネットから降りてやっと追い付きぷりぷりと怒る姉さん…たまに疑いたくなるんだが本当に俺より年上なんだよな?見た目の幼さと俺と喋る時ちょっと幼くなるせいかもしれない。

 

昨日会ったばかりだというのにずいぶんとフランクだ。まぁそこが愛される要因なのかも知れない。

 

「おはよう御座います会長」

 

「…おはよう御座います生徒会長」

 

「深雪さんにお話したいこともあるので校内まで一緒しても構わないかしら?」

 

一瞬だが姉さんに挨拶する深雪に一瞬ラグがあったが直ぐ様挨拶を返す。

挨拶した流れで司波兄弟と俺、姉と一緒に学校へ向かう。姉さんが深雪達に声を掛けたのには理由があったのだ。その件に関して深雪が察して話す。

 

「お話したい事とは生徒会の件でしょうか?」

 

「ええ、一度説明したいと思って。二人ともお昼はどうする予定なの?」

 

「食堂で頂くことになると思います」

 

「達也くんと一緒に?」

 

「いえ、兄とはクラスが違うので…」

 

昨日の事を思い出したのだろう。深雪が悲しげな顔をしていたので俺が助け船を出した。

 

「じゃあ、達也も一緒に生徒会室に来いよ。1人も2人も変わらない」

 

「よろしいのですか?」

 

「ダイニングサーバーもあるけど今日も俺と姉さんの分の弁当もつくって持ってきてるからな。結構多め…」

 

「八幡さんのお弁当…お兄様是非いきましょう」

 

「お、おい深雪…」

 

普段と違う舞い上がり方をしていた深雪はハッと我に返り恥ずかしそうにしていた。ホントにギャップあって可愛いな深雪。

 

「も、申し訳ございません…昨日頂いた八幡さんのお弁当が美味しくて…」

 

「そんなにか…それなら俺もご相伴に預かろう。良いか八幡?それと会長、なぜ生徒会室にダイニングサーバーが?あれは新幹線とかにあるやつですよね」

 

「ああ、良いぜ。ダイニングサーバーがある理由はだな…」

 

「入ってもらう前にこう言うのは非常に心苦しいのだけれど、夜遅くまで仕事をするときもあるので」

 

俺の代わりに姉さんが答えてくれた。入っていただきたい人間に夜遅くまで仕事しますとは言いづらいよなぁ…

 

「副会長は生徒会室にはいらっしゃらないのですか?」

 

入学式の終わり頃に達也と俺たちの集まりに現れた姉さんの後ろにいた忍者…じゃなかった服部先輩の事を言っているのだろう。あの副会長がいれば室内は険悪な雰囲気になることは間違い無いだろうな。

 

「はんぞー君ならお昼はいつも部室棟で昼食をとるからいないわよ?」

 

「「よかったぜ」です」

 

俺と達也がユニゾンして一致した回答をしたもんだから深雪が吹き出しそうになりそっぽを向いて肩で息をしている。

俺と達也は顔を見合わせて苦笑いしてしまった。

 

「そうですか…分かりました、妹共々お邪魔させていただきます」

 

「…よかった~じゃあ詳しい話はその時に。お持ちしてますね」

 

ほっと胸を撫で下ろす姉さんはいつもと変わらない笑顔でそう答えた。

ちょうど校舎に入る前に話が終了し姉さんは3年生の教室へ向かうため俺たちと別れた。

俺も達也と別れ、深雪と共に教室へと向かった。

達也、深雪、姉さん、俺…4人…誘ったはいいが弁当の量足りるか…?

 

 

昼のチャイムが鳴るとクラスの面々は食堂や購買で昼食を買いに教室から出る。俺もその1人で、雫とほのかが俺と深雪に昼食を取りに行こうと誘ってくれたが、俺が「生徒会でちょっと呼ばれてて」と告げると悲しそうな顔をしていた…本当にすまん。今度ケーキ奢ってやるから許してくれ。

 

深雪と共に生徒会室に向かうが同伴している美少女の足取りは軽やかだ。そんなに俺の弁当が楽しみなのだろうか?それはそれでこのお弁当を作った甲斐があると言うものだがそこまでだろうか…?

 

俺たちが生徒会室に到着すると達也が先に待っていた。

 

「達也待たせた」

 

「お兄様お待たせして申し訳ございません」

 

「いや、今さっき来たところだ。待っていない」

 

…こう言うことが言える男がモテるんだろうな。俺は無理だな、普通に「~分前に来た」って言いそう。待ち合わせで5分前に来ないやつはなんなんホント?こういう事言ったら小町にガチで説教された記憶が甦ったわ。

 

深雪がインターホンを押すと歓迎の言葉が返ってきてドアのロックが解除される。

 

「いらっしゃ~い、待っていましたよ。さぁ入ってきてください」

 

奥の生徒会長の席に座り何時ものような笑みで此方に手招きする姉さんの姿を見る、本当に会長してるんだなと思うと姉さんが此方を見て。

 

「八くん?なにかいま変なこと考えなかった?」

 

「いや考えてないです」

 

入室すると深雪が貴族のような挨拶をして達也以外は驚いていた。そのくらい似合いすぎていたのだ、その所作が。

 

俺たち三人は空いている席に座り持ってきたお弁当を広げると先輩のお三方も驚いていた。

 

「これは八幡君がつくったのか?」

 

「ええ、妹達の弁当と同じものですが…」

 

「いやこれはもう手作りの域を越えちゃってます…高級店のお弁当ですよ?」

 

「これはすごいですね…」

 

「妹達に渡す以上、手を抜くわけに行きませんからね」

 

渡辺先輩、中条先輩、市原先輩から三者三様のリアクションを頂き、達也も分かりづらいが驚いているようだ。そして姉さんがフフン、と何故かドヤる。

 

「すごいな八幡、こんな才能があったとは…」

 

「…まぁな、冷めない内に頂いてくれ、まだ温かいはずだぞ。保温魔法を掛けておいたから」

 

弁当を持ってきていた渡辺先輩と配膳機から出されたお弁当を持っているあずさ先輩と市原先輩にもお裾分けしたら大変好評だった。無論姉さんはニコニコと。達也は驚きながら。深雪もニコニコと美味しそうに食べてくれていた。

 

「女として負けたかも知れん…旨すぎる…」

 

渡辺先輩の呟きが聞こえた気がしたが気のせいにしておこう…

 

食事が進み姉さんが話題を切り出した。

 

「そろそろ本題に入りましょうか」

 

先ほどの砕けた口調の姉さんから生徒会長の七草真由美として達也達に話しかける。

 

「当校は生徒の自治を重視しており生徒会は学内で大きな権限を与えられます…深雪さん、貴女が当校の生徒会に入ってくださることを私たちは希望します。引き受けていただけますか?」

 

「会長は兄の入試の結果はご存じですか?」

 

「!?」

 

達也が声をあげそうになるがそれを俺が阻止する。達也から睨み付けられるが俺は首を振って深雪の想いを聞き届けるようにアイコンタクトすると大人しく聞く体勢をとった。

 

「ええ、知っています。魔法理論においては歴代の入学者のなかで一位です。ほんと、自信無くしちゃうくらいすごい点数でした…」

 

「成績優秀者ということであれば…」

 

「残念ながらそれはできません」

 

その突き放すような答えを出したのは姉さんではなく市原先輩だ。

 

「生徒会役員は一科の生徒から選出されるのです。これは不文律ではなく規則なのです。本当であれば私たちも司波くんのような人材を生徒会に迎え入れたいのですが、この規則を覆すためには生徒の3分の2の決議が必要になります。一科と二科の生徒数が同数の現在では改訂できないのです。ごめんなさい司波さん」

 

市原先輩が申し訳なさそうに深雪に謝罪する。その姿に深雪は

 

「…申し訳ございませんでした」

 

その姿に俺はお節介だったかもしれないが何故だろうかとある提案をしてしまう。

 

「委員長」

 

「ん?どうしたんだい、八幡君」

 

「そういやなんですけど風紀委員の任命は二科の縛りはないはずですよね?あるのは生徒会の会長、副会長、書記、会計だけだったはずです。渡辺先輩が任命してそこに達也を入れれば…」

 

「それだっ!!」

 

「それよ八くん!!」

 

俺の話を聞いた渡辺先輩と姉さんは「ナイス名案!」と早押しクイズと言わんばかりの速度で反応してくれた。あれに似てたな…大昔に見たCM集で時代劇俳優が餅のCMに出てる奴だ。

 

「風紀委員の生徒会枠に、二科の生徒を入れても規約違反にならないわけだ」

 

「ちょっと待ってください!俺の意思はどうなるんですか?そもそも、どんな仕事なのかも説明を受けていないです」

 

「当校の校則違反者を取り締まる組織よ。達也くん」

 

いや、説明雑かよ姉さん。

 

「魔法が使われる使われない以前に喧嘩が起こったら止めるのが我々の仕事だ」

 

「あのですね!俺は実技の成績が悪かったから二科生なんですが!」

 

「構わないよ、力ずくというのなら八幡君がいる」

 

「はい?」

 

「へ?」

 

俺が風紀委員に入っていることがそんなに珍しいのだろうか?司波兄弟は驚いているようだ。話を続けようとするが昼休憩の終了を告げるチャイムが鳴り響く。

 

「放課後にまた話をしたい。また生徒会室に来てくれないか?」

 

「…分かりました」

 

「では、またここに来てくれ」

 

ここでの会話は終了し司波兄弟はまたしても生徒会室に来ることになったのだ。

 

「あ、八くんも生徒会室に来てね」

 

俺もでした。

 

 

 

放課後、生徒会室に3人で入ると俺たちが会いたくない人間がそこにいた。

 

「副会長の服部刑部です。司波深雪さん、七草八幡さん。生徒会へようこそ」

 

あ?入ってきた人間は3人だったよな…深雪に達也に俺…あれれ~?おかしいな~この先輩は意図的に二科生が見えない仕様なのかな~?…ムカついてきたわ。

 

「入ってきて早々に申し訳ないが移動しよう」

 

「どちらへ?」

 

達也が渡辺先輩に質問する。そりゃそうだ「生徒会室に来てくれ」と言われたのに早速移動とは。

 

「風紀委員会本部だよ、色々と見てもらいたいものがあるからね」

 

「渡辺先輩、待ってください」

 

「何だ、服部刑部小丞範蔵副会長」

 

「名前ながっ」

 

「ぷっ…くくく…八くん駄目だって…くくく」

 

俺が反応し呟くと姉さんが笑いをこらえていると俺を睨み付けてくる副会長。まさか本当に「はんぞー君」とは。

 

「フルネームで呼ばないでください!」

 

「じゃあ服部範蔵副会長」

 

「服部刑部です!」

 

「そりゃ名前じゃなくて官職だろ。お前の家の」

 

「学校には『服部刑部』で届けが受理されています!…ではなくてその一年生を風紀委員に任命するのは反対です」

 

「可笑しな事を言う。司波達也君を任命したのは私だ。例え口頭であっても効力は失われんよ」

 

「過去、二科生(ウィード)を風紀委員に任命した例はありません」

 

「私の前で禁止用語を使用するとは良い度胸だな」

 

「取り繕っても仕方ないでしょう、生徒の3分の2を摘発するおつもりですか?それに実力で劣る二科生に風紀委員が務まるはずがない」

 

「待ってください!確かに兄は二科生ですが、実戦ならば誰にも負けません!」

 

「司波さん。魔法師は冷静さを心がけるものですよ。魔法師を目指すものは身内贔屓に目を曇らせないように心がけなさい」

 

そこで俺の中のなにかが切れた。

 

「…おい、真由美…」

 

「へ?八くん…?っ…!!(ま、まずい!ホントに『キレちゃってる』!!)」

 

物凄く低い声が出た。俺の体からサイオンと覇気が混ざり合い目に見える形になり具現化する。

問答を繰り広げていた先輩が此方に気がつく。

 

「おい!会長になんて口の聞き方をっ…!!」

 

「はんぞーくん駄目っ!!」

 

姉さんが止めようとするが遅かった。

 

空間内に濃密な殺気が広がる。あずさ先輩はガタガタとまるで幼子のように震え達也は深雪の前に立ち身構えてる。渡辺先輩や市原先輩は動けずにいる。殺気を直接ぶつけた服部とやらは震えて声が出せないようだ。この程度の殺気で動揺するとは…拍子抜けだ。

俺は頭に来ていた。姉さんの部下でありながら差別をして深雪の兄への想いを踏み潰そうとし、さらに俺の友達である達也をバカにするような発言。

…俺は許せなかった。

 

「学校運営をする人間が差別発言。いいご身分だな先輩。

姉さん?そんな人間を学校運営の組織に組み込んでいるのか?クビにした方が良いぞ?学校改革する上でそのような存在は癌だ。しかし、この程度の人間が副会長?全くお笑いだな。他人を表面上の肩書きでしか測れない魔法師ならその程度の実力なんだろう」

 

「き、貴様…生徒会長の弟だからと言って図に乗るなよ!」

 

「…くっくっくっ…あっはっはっは!!!」

 

俺の何時もの笑い声でなく本当に理解していない人間に対して嘲笑うような笑いかたに皆驚いていた。

 

「何が可笑しい…」

 

「八くん…」

 

「『魔法師は冷静を心掛けろ』。なんだろ服部先輩?」

 

「くっ…」

 

深雪達に言った言葉を自分に言われ答えを窮しているはんぞー君に追い討ちを掛ける。

 

「先輩、実際に達也と戦ってみてください。その校章の有り無しに差がないことを達也に教えてもらえば良い」

 

「服部先輩。俺と模擬戦しませんか?」

 

「なに…?」

 

達也が提案するとはんぞー君はぶるぶると震え始めた。

 

「思い上がるなよ!補欠の分際で!」

 

俺に言われてまだ言うのか…と呆れた表情を浮かべながら達也が言葉を紡ぐ。

 

「妹と…友達の目が曇っていないことを証明するためならば」

 

その発言は、はんぞー君にはよっぽど挑発的に聞こえたのだろう。

 

「…良いだろう身の程を弁えることの必要性を教えてやる」

 

「…良いでしょう。生徒会の権限に基づき模擬戦を許可します」

 

 

場所は変わり模擬戦を行う場所に移動し俺の両隣には姉さんと深雪が立っている。俺は先程の事を姉さんに謝罪していた。

 

「…ごめん姉さん。事を荒立てちまって」

 

「ううん、良いのよ八くん。はんぞー君は一科生である事に誇りを持っていて少し傲慢になっているけれど、決して悪い子じゃないの」

 

「一科に対して、だろ」

 

「それを言われちゃうと否定できないかなぁ…」

 

うーん、と利き手を頭に当てて悩んでいるようだ。

 

「八幡さん…」

 

姉さん曰く悪い人間ではないらしいが、俺は知っている。この手の輩は一度実力を見せて叩き潰した方がいい。

すると隣にいる深雪が俺の袖口を引っ張ってきたので、深雪の方に体を向ける。

 

「どうしたんだ深雪?」

 

「ごめんなさい八幡さん、兄のために怒ってくださって」

 

「…一応「友達」だからな。それにはんぞー君の言い分が気に入らなかったからなのもあるし気にすんな」

 

俺は無意識に深雪の頭に手をおいて撫でて「しまった!」と思い慌てて手を離すが深雪は頬を赤く染めていた。まずい、怒らせたか…?

 

「す、すまん。つい妹にやる調子でやってしまった…許してくれ」

 

「い、いえ///、大丈夫です…そ、それよりもこの模擬戦どちらが勝つと思いますか…?」

 

不安そうに何かを期待するように俺に視線と言葉を掛けてくる深雪。答えは決まっている。

 

「達也だな」

 

「それは何でなの八くん?」

 

会話に参加した姉さんも交えてその根拠を答えた。

 

「それは…勘だ」

 

2人がずっこけた。わーすげぇレアだな。

 

「八くん!!」

 

「八幡さん!?」

 

2人が詰め寄ってくる。ちょっ、近いから、離れて…!

 

「じょ、冗談だよ…深雪と達也が歩いているときに深雪をかばうような歩き方をしていただろ?あれば武術を嗜んでいる奴の動きだ。しかもかなりの腕だ。それにこの間の言い争いの時に森なんとかの後ろにいた女子生徒が魔法を展開しようとしたときに達也も術式解体(グラムデモリッション)を使用していただろ?あれは俺が言うのも何だが自身のサイオン量と技量がないと使用できない対抗魔法だ。そんな奴が弱いわけがない」

 

「達也くんも八くんと同じく対抗魔法を…?」

 

「八幡さん…」

 

姉さんはなるほどと飲み込み、深雪は嬉しさと驚愕が入り交じった表情をしていた。

俺たちが喋っていると試合の準備が終了し両者定位置に立つ。達也は特化型のCAD…あれは「シルバー・ホーン」か?

なるほどな、そういうことか…

 

渡辺先輩の開始の合図を皮切りに魔法式がそれぞれに展開し始めるが達也の方が展開が早い。

気がつけば達也は服部先輩の後ろに立ち、地に伏していたのは服部副会長だった。

 

瞬時に試合が終了し静寂が模擬戦場を支配するが渡辺先輩の一言で消え去った。

 

「…勝者、司波達也」

 

「……」

 

その結果に興味を示していない様に達也は踵を返す。

 

「待て」

 

渡辺先輩が達也を呼び止める。

 

「今の動きは…予め自己加速術式を掛けていたのか?」

 

「そんな訳が無いのは、先輩が一番よくお分かりだと思いますが」

 

「しかしあれは」

 

達也が説明しても埒が明きそうにないので俺が助け船を出そうとするタイミングで深雪も説明し始めた。

 

「先輩、達也のさっきのは歴とした体術ですよあれ。忍術に近い気もしますが…」

 

「私も証言いたします。あれは兄の体術です、兄は忍術使い・九重八雲氏から指導を受けているのです」

 

「はんぞー君が倒れたのも忍術なの?」

 

姉さんが疑問に思い達也に質問する。

 

「酔ったんですよ」

 

「酔った?一体何に?」

 

「服部先輩にはサイオン波動の波をぶつけて船酔いのような状態にして倒れて貰っただけです」

 

「そんな、信じられない…そんな強い波動を一体どうやって…?」

 

「波の合成、だろ達也」

 

俺が達也に答えをぶつけると頷いた。どうやら合っていたらしい…間違ってなくてよかった。

 

「八くん?」

 

姉さんはよく理解できていなかったようだが俺がかいつまんで説明する。

 

「振動数の異なる波を連続して作り出し、その波の合成がちょうどはんぞー先輩に当たるように調整して強い波動を作り出したんだろう。よくやれたな」

 

「ああ、おおよそ正解だ八幡」

 

「その波の合成を行うためのもうひとつの仕組みはそのCADか」

 

CAD、俺がその発言をすると中條先輩が達也の持つCADを見て目を輝かせるように食いついた。

 

「司波くんの手に持っているCAD…『シルバー・ホーン』じゃないですかっ!?そのモデルは…!」

 

『シルバー・ホーン』といえば天才魔工師トーラスシルバーが作成したフルカスタマイズモデル特化型CADだ。一般の学生では買えないほど高価な物だ。伝があって譲り受けたか関係者かのどちらかだ。…まぁ今の俺には気にする必要もないだろうが。

それよりも中条先輩が暴走気味になっており姉さんが止めている。

 

「あーちゃん、チョっと落ち着きなさい。『シルバー・ホーン』がすごいのは分かったから。それでそのCADとサイオン波動と何の関係があるの八くん」

 

「『シルバー・ホーン』のループキャスト機能は確かにすさまじいがサイオン波動を作り出すとなると異なる波長、振動数が必要になるんだ。それをあくまで同一の波数を複製するのをCADを介し補助して作り出し達也自身がその波数を即座に振動数等も変化させて発動させている…であってるか?」

 

「ああ、大正解だ、八幡。…多数変化は実技では評価されない項目ですからね」

 

これで外れていたらと思うと死にたくなるな。とりあえずボッシュートにされなくてよかった…しかしこれだけの事をやってのけるとはやっぱお前二科生じゃねーわ…

 

「なるほど、テストが本当の能力を示していないとはこういうことか…」

 

達也に伸されたはんぞー君が起き上がり、まだふらつくのか足元がおぼつかないが気合いで俺達に向かい目の前に立ち話しかけてくる。

 

「司波さん、八幡君」

 

「はい」

 

「…うっす」

 

目の前まで来たはんぞー君に俺と深雪は向き直り俺は渋々といった体勢で聞くことにした。

 

「目が曇っていたのは私の方だった。許してほしい」

 

「こちらの方こそ、生意気な事を申しました。お許しください」

 

「…その謝罪は俺には不要っすよ?俺の後ろにいる達也にしてくださいよ。サイオン波動に揺さぶられて判断できなくなりました?」

 

「…そうだな。後輩に諭されるとは何とも情けない話だがな…」

 

俺達から離れるとCADを片付けている達也に近づき話しかける。

 

「…司波」

 

「はい」

 

「司波の妹さんと友人を侮辱してしまった…許してほしい」

 

「…いえ、もう気にしていません。深雪と八幡の目が曇っていないということを証明できましたので」

 

「そうか…感謝する。お前のお陰でテストで測れない実力があることを知ることができた。次はこうは行かない」

 

はんぞー君は達也に手を差し出した。咄嗟の事で達也は驚いていたが不敵な笑みを浮かべて差し出された手を握り返した。

心なしかはんぞー君の表情も先ほどよりも明るいように俺には見えた。

 

 

パンっ!と手の叩く音が聞こえる。

音の発信源は姉さんだ。何時ものように柔らかい笑顔を浮かべていた。

 

「さぁ!仲直りも終わったことだし生徒会室に戻りましょうか?」

 

そう言って全員が生徒会室に戻ろうとした瞬間、模擬戦場に一人の漢が現れた。

 

「む…ここにいたのか七草達」

 

その漢は学生と呼ぶには少し年上過ぎるようなオーラと体格を持った人物だった。

 

「あら?十文字くん。何故ここに?」

 

十文字と呼ばれた胸板が厚すぎる漢がここに来た理由を答えた。

 

「服部が模擬戦を行うと聞いてな。結果は新入生の勝利か」

 

「申し訳ございません会頭。自分の油断が招いた敗北です」

 

「気にするな。相手が上手だったのだろう。精進しろ」

 

「はい!」

 

はんぞー君から十文字先輩が俺に向き直る。いやこの顔見たら子供泣くぞ絶対に。厳だもん。

 

「…お前が七草八幡か。姉から聞いていると思うが自己紹介させてくれ、俺は十文字克人。この学校の部活連の会頭を務めている」

 

「わざわざすいません。俺…自分は七草八幡です。よろしくお願いします、十文字先輩」

 

「よろしくな…早速で悪いんだが俺と模擬戦をしてくれないか?お前の実力を見てみたい」

 

「…はい?」

 

何故か十文字先輩と模擬戦を行うことになった。どうやら今日も面倒ごとに巻き込まれてしまったようだ。

スマン妹達、今日もお兄ちゃんは帰るのが遅れそうです…

 




服部先輩の扱いと十文字先輩の口調これでいいのか不安です。


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『万能』対『鉄壁』

コメント&高評価、お気に入り登録ありがとうございます。
誤字脱字報告ありがとうございます(本当に申し訳ない。)

今回魔法理論・CADについてガバガバな部分がございます。それでも良いよという方はご覧ください。


※話の後半でちょっとセンシティブな表現がございますお気をつけてください。


「…早速で悪いんだが俺と模擬戦をしてくれないか?お前の実力を見てみたい」

 

「…はい?」

 

唐突な十文字先輩からの模擬戦の申し込みがあり、俺は直ぐ様帰れるものだと思っていたので固まってしまった。

十文字先輩の発言に反応するものが一人いた。

 

「そう言えばまだ八幡君の実力を見ていなかったな。私が八幡君の実力を測ろうと思ったのだが、十文字が手合わせすると言うのなら是非見せてくれ」

 

「え、ちょっと」

 

この先輩は何を言っているんだ、俺は早く帰って妹達のお世話しなきゃならな…はっ!この先輩ニヤついていやがる!

あんた楽しんでやがるな…?

 

「そうね、八くんの実力を知って貰うには実際に見て貰った方がいいかもね。あーちゃん準備して」

 

「わ、わかりました~!」

 

慌ただしく端末で模擬戦場の設定と使用書類の作成を行っている。くっ…!逃げ場は…そうだ深雪と達也ならこの状況を打開してくれるかも知れない、と思い視線を向けると深雪が俺の視線に気がつき頬を赤くして俯きながら

 

「わ、私も八幡さんの実力を拝見したいと思います」

 

思ってたんと違う!た、達也なら…

 

「自分も八幡の実力を見てみたいと思っていました」

 

君たち裏で打ち合わせしたの?俺逃げ場無いじゃん。はんぞー君…服部先輩も乗り気じゃねーか!くそっ、さっきの当て付けがここで回ってくるとは、これが本当のインガオウホー!じゃない。

…仕方がない、腹決めるしかないか。姉さんの顔に泥を塗るわけにいかないしな…

 

「分かりました。十文字先輩、模擬戦お受けいたします…CADの準備があるんで待ってて貰ってもいいっすか?」

 

「構わないぞ。八幡、此方こそよろしく頼む」

 

十文字先輩も名前呼びかよ…まぁ姉さんと分かりやすくする為か。

俺は教室を出て急ぎ足で事務室へ向かう。

 

さぁ、相手は十師族の『鉄壁』と称される十文字家の次期当主、万能と称される七草家に入った不純物(紛い物で混ざり者の俺)が挑ませて貰いますよ。

俺は無意識にニヤリと口角を上げて不敵な笑みを浮かべていた。

その笑みを指摘できるものは誰もいなかった。

 

事務室から俺のCADが入ったアタッシュケースを取りに戻り再び模擬戦場に入室する。十文字先輩は既に所定の位置で腕を組んで目をつぶりながら待っていた。気にするような人物ではないと思うが一応十文字先輩へ謝罪の言葉をかける。

 

「遅れてすんません。お待たせしました」

 

「いや、気にしないでくれ」

 

台の上にアタッシュケースを置いてケースとセキュリティを解除しようとすると中条先輩か此方をキラキラした目で見ている…本当にCADオタクなんだな。

 

解除しケースから本体を取り出す。取り出されたものに真っ先に食いついたのはやはりと言うか中条先輩だった。

 

「は、八幡君!そ、それって『ペイルライダー』シリーズじゃないですかっ!?

新進気鋭のCADメーカー「ナハト・ロータス」の!!

存在しているかも怪しく都市伝説レベルの魔工師「ファントム」が作り出したハイエンドカスタムモデルCADじゃないですかっ!!しかも世界に2丁しかないとされているロングバレル型の超超限定品モデル!いいなぁ…!!」

 

「ナハト・ロータス」、近年になりその頭角を表してきたCADのメーカーであり作成されたCADは種類こそ少ないものの発売される度に即完売。持っているだけでも資産価値がある…とされている。

俺が手にしている『ペイルライダー』と呼ばれる特化型のCADだ。達也が先ほど使用していた『シルバー・ホーン』と同じものだ。形は大分違っているが。

達也の『シルバー・ホーン』はマガジン型のカートリッジストレージだったが、『ペイルライダー』の特徴は旧世紀に存在していた「S&W500」のリボルバーマグナムのブラックカラーに近いもので、通常特化型CADは9つ魔法の起動式を格納出来るがこいつは6つまでしか格納できないのだ。だがそれを補って余りある能力がある。

 

それは異なる系統の魔法の起動式を連続して使用することが出来ると言う点であり俺が持つカスタム機の特徴だが、これは俺のサイオン量を直接魔法の威力に上乗せ出来ると言うことだ。

…俺は生まれと今の家の事情で「八」と「七」の魔法を使用することが出来るが、元々「七」の魔法と相性がよかったのかも知れない。

最近は魔法(物理)ばかりだけれども。

 

中条先輩が「存在しているかも怪しい魔工師」と言っていたがその存在は今、目をキラキラと輝かせている中条先輩の前で苦笑している存在…つまりは俺、「七草八幡」だ。

発端としては暇だった時間にCADを組んでいたら弘一さん…じゃなかった父さんがそれをみて「会社立ち上げてみるかい?八くん」と唆されて設立して売り出してみたらあら不思議、瞬く間にCADの業界では有名な会社となったとさ。今は忙しいから本当に欲しい人にしか作ってないのだが…そもそもリボルバー式のCADがピーキー過ぎて使う人は少ないがマニアがいるらしい。本当に玄人向けのCADだ。

 

どこぞの怪盗アニメのリボルバーを使うイケボのおじさんかよ。

 

そんな幻影みたいな魔工師が目の前にいるとは露知らず中条先輩が目をキラキラと輝かせながら此方を見ているが先輩に渡して見せると永遠と続いて十文字先輩との試合ができないので。

 

「終わったら見せてあげますから待っててくださいね…」

 

「本当ですよ!絶対ですよ!嘘ついたら針千本飲ませますからねっ!!」

 

俺と先輩達は中条先輩のマシンガントークに若干の苦笑いだが俺は定位置について十文字先輩と向き合う。

 

「よろしくお願いします」

 

「ああ、来い八幡」

 

「試合開始!」

 

渡辺先輩の開始の合図と共に俺は自己加速術式を使わずに「縮地」を使用し先輩の背後をとってCADから旧第八研究所に所属していた八幡家の系統である重力操作を行って重力弾を発動するが直ぐ様先輩は障壁魔法(ファランクス)を発動し防いだ。数発打ち込むがびくともしない。再度攻撃を仕掛けてもだ。

此方の攻撃の様子見をしていた先輩が障壁を展開しながら口を開く。

 

「今の背後に回った移動は自己加速術式は使用していないのか。凄まじい身体能力だな」

 

「…ありがとうございます。先輩の障壁魔法(それ)固すぎませんかね?」

 

「伊達に『鉄壁』の名前で語られているわけではない。行くぞ…ふんっ!!」

 

瞬間先輩も《ファランクス》を展開し発射する形で此方に飛ばしてきた。言わば破壊が難しい鋼鉄の壁が此方に向かってきていることになる。

俺は迷うことなく回避を選択する。術式解体(グラムデモリッション)を使えないわけでは無いが先輩の展開速度と強度を考えると使用してもサイオンが無駄になってしまう。

俺は障壁魔法(ファランクス)の回避と同時にCADを起動し重力爆散(グラビティ・ブラスト)と呼ばれる先ほどの重力弾よりも強力な魔法と知覚系の魔法、姉さんが使用する《マルチスコープ》の真似事の魔法、俺が作成した《ファントム・バレット》を併用し先輩目掛けて発動するが、やはり先輩の目の前で再び防がれてしまう。俺は表情には出さないが悪態を吐きそうになる。しかし先輩たちは驚愕の表情を浮かべていた。

 

「くっそ…!どんだけ堅いんだよその盾…!」

 

「あれは真由美の《魔弾の射手》!?彼も使えるのか…まさか十文字の《ファランクス》にヒビがはいるだと…!?」

 

「会頭の障壁魔法にキズを付けるとは…八幡君の魔法強度は一体」

 

「さっすが八くん!十文字君をやっつける勢いでやっちゃいなさーい!」

 

…一人だけ俺の魔法で先輩の障壁にヒビを入れたことを喜んではしゃいでいる姉さんがいてちょっと嬉しいけど複雑だった、てかそれでいいのか姉さん?体裁とかあるだろうよ。

 

「流石だな八幡。しかしその魔法は…七草の《魔弾の射手》も使えるのか」

 

「姉さんのに比べたら劣化品ですよ…それに俺にも色々あるんすよ…察していただけると助かります。それにしてもさっきの魔法は結構本気で撃ったんすけど割れなかったとは…ちょっとへこみますわ…「あれ」使います。先輩、本気で《ファランクス》割りに行くんでしっかり防御しておいてくださいよっ…はあああっ!」

 

俺にもプライドと言うものがある。俺のとった行動はあり得ないものだっただろう。

 

 

手に持ったCADを落としてポケットに突っ込んだのだから。

 

 

「「なっ…!?」」

 

ここにいた全員がそう思っただろうが姉さんだけは違った。

 

「そう、八くん…『あれ』を使うのね」

 

体のサイオンを解放し魔法と格闘を組み合わせた『四獣拳』の四つある内の一つ、威力重視で一対一用の破戒の型「白虎」を構え腰をしたに落とし右腕を前方に握るように突きだし左手は腰の辺りで構えた。

その姿に皆が驚いていた。

 

「会長、八幡さんがおっしゃっていた「あれ」とはなんでしょうか?」

 

深雪が「あれ」という言葉に反応し姉さんに問いかけるが悪戯な笑みで

 

「見ていれば分かるわ、ほら」

 

視線を八幡と十文字との模擬戦に目の向けさせるように誘導するとそこには驚きの光景が広がっていた。

 

「どんな秘策があるのか知らないがそう易々と俺の『鉄壁』を越えられると思うな!」

 

十文字が《ファランクス》の強度を上げて発射してくる。八幡の眼前に迫った瞬間に加速し右手を引いて左手を突き出すと同時に八幡のサイオンを食らった霊体のような白虎のオーラが左手に形成され十文字が起動させた《ファランクス》にぶつかると《ファランクス》が破壊されていく光景が広がる。

 

「はぁぁぁぁぁっ!!」

 

最後の一枚がピシリッとひび割れてガシャン!!とガラスが砕けるような音が鳴り響く。

 

「なにぃ!?」

 

「なんだって!?」

 

リアクションをとったのは渡辺先輩であり同時に反応した服部先輩も驚愕していた。

一番驚いていたのは言うまでもなく

 

「なっ…!!」

 

俺は十文字先輩を守っていた障壁まで砕ききり、魔法を中断して再び先輩の正面まで近づくと同時にポケットのCADを起動させ、眉間へと突きつける。

先輩は呆気に取られていたが直ぐ様気を取り戻し降参した。その行動に呆然としていた渡辺先輩もジャッジした。

 

「しょ、勝者。七草八幡!」

 

膝を突いている先輩に俺が手を伸ばすと先輩が手をとって立ち上がる。先程までの試合について俺に感想を述べた。

 

「…俺の敗けだ。今年の人材は優秀な者が多い、一科も二科も関係なくな…まさか俺の《ファランクス》が破られるとは思わなかったが…俺もまだまだということか」

 

「さっきの「あれは」俺の奥の手だったんで先輩に通用してよかったですよ…」

 

「八幡君さっきの魔法は一体…加速術式を使用したのは分かったのだが…」

 

「あれですか?違う系統の魔法と身体技能を融合させた魔法格闘術(マジック・マーシャル・アーツ)で正確な名前は俺も教えてくれた師匠もよく分かってないみたいで、仮の名で『四獣拳』って名前にしているんですけど…渡辺先輩とか知りません?」

 

「「四獣拳」か…聞いたこともないな。いやしかし、凄まじいな」

 

「先輩も聞いたことないっすか…うーん、達也なんか聞いたことないか……って?深雪?どうした?」

 

「あの白虎はやはり…あのとき助けてくださったのは八幡さん、貴方だったんですね…」

 

小声で俯きなにかを喋っているのは聞こえるがよく聞こえない。

 

「おーい?深雪さーん?…ってなんで泣いてるんだよ…!!」

 

な、なんで泣いているんだ?!…やはりさっき頭を撫でてしまったのが不味かっただろうが…ヤバイ、お兄様に怒られる…!!

 

「深雪…?…そうか、お前が逢いたかった恩人はやはり八幡だったのか…」

 

達也が精霊の瞳(エレメンタルサイト)で深雪の状態を確認すると八幡に対して「嬉しい」という感情を示しており達也自身も安堵した。

 

「あ、達也!俺が悪いのかも知れんけど俺のせいじゃないんだ許して!急に深雪が…」

 

「安心しろ八幡、誰もお前の事だとは思っていない」

 

そう言って深雪を引き寄せ耳打ちする。

 

「深雪」

 

「お兄様…やはりあのとき私とお母様と穂波さんを助けてくださったのは八幡さんです。あのサイオンの暖かさ…あの時に感じたものでした」

 

「そうか、お礼を言わないとな」

 

「待ってくださいお兄様、お礼を言うタイミングなのですが…」

 

「ん?」

 

「私に任せて頂けますか?」

 

「深雪がそう言うならそうしよう…今日は母様にも報告しないとね」

 

「はいっ!…八幡さ、」

 

深雪が達也と話が終わり、先輩との試合に勝利した八幡を労おうとして振り返ると

 

「八くん~!!凄いわ!!十文字くんに勝っちゃうなんて!!さすが私の弟ね!」

 

「姉さん抱きつかないで貰っていいですかね!?先輩たちが凄い目でみてる…って深雪がめっちゃ凄い目で見てるんですけどぉ!?」

 

八幡が姉である真由美に抱き締められてたのだ。しかも八幡と真由美は身長差があって八幡が屈む形になる、なので自然と頭が真由美の胸の部分に来るため胸に埋もれているような状態になる。流石の八幡でも顔を赤くし動揺していた。家族とは言え血が繋がっていない義姉弟になるのだ。真由美の見た目も相まって美少女に抱き締められている状態であればこうなるのは当然である。

…それを真由美が自覚していないのも原因なのだが…

 

「…」

 

「深雪さん…?」

 

「おめでとうございます八幡さん、十文字先輩にご勝利されるとは。会長」

 

「はい?」

 

「いくら御姉弟と言っても異性なのですから、いつまでも抱き合うのはよくないかと思われますが」

 

抱きついていた姉さんは深雪にそういわれよく見ると悪い笑顔を浮かべていた。その表情を深雪が確認すると表情の笑顔の固さがMAXになって…あの姉さん、早く離れてくんない?目の前の深雪さんなんか怖いんだけど。

 

「怖くないですよ八幡さん」

 

エスパーかよ。

 

「会長、私は兄と共に先に生徒会室に戻っております…失礼いたします」

 

「ええ、分かったわ」

 

「では……八幡さんのバカ…」

 

去り際になにか言われたような気がするがよく聞こえなかった。それと達也呆れるような表情をやめて。

 

その後、姉さんの抱擁から解放され、服部先輩からすげぇ目で見られたけどお前はダメだ、姉さんはお前にはやらん。中条先輩には俺の『ペイルライダー』を渡したらめっちゃ欲しそうな顔で見てたけどダメです、それ俺が作ったやつなんで。「伝があるんで『ペイルライダー』のショートバレルなら譲れますけどそれは…」と言うと本当に嬉しそうに喜んだ。本当に好きなんだな。

十文字先輩からは「また試合をしよう」と誘われたが正直勘弁して欲しい。

「前向きに検討します」と言うと笑って部活棟へ服部先輩と向かっていった。

 

残った渡辺先輩につれられて俺は風紀委員本部へ先に向かうように指示されたので、直接繋がる階段から入室すると凄い散らかりようだった。○○さん家の大家族みたいな足の踏み場もないほどだ。主に書類関係。

 

「少し散らかっているが、まぁ適当に掛けてくれ」

 

後から入ってきた達也も俺と同じことを考えたのだろう「掃除をしたい」と。

 

「ご覧の通り男所帯でな…整理整頓するよう口酸っぱく言っているんだが」

 

「渡辺先輩のデスクの周りが一番汚いんすけど…」

 

「誰もいないのでは片付くものも片付きませんよ…」

 

「…校内の巡回が主な仕事だからな、部屋が空室になるのは仕方がない」

 

俺と達也は同じことを思っただろう「あ、こいつ掃除する気ないな」と。

 

達也と俺で本部を掃除していると書類が出てきた。しかも今日までのやつ。書類提出が出来ないやつは会社で厄介者扱いされるぞ。

俺は渡辺先輩に書類を渡し判子を押すように強めに指示を(お願い)するとコクコクと頷き綺麗に整頓された机に着席し書類仕事を始めた。

こうしてみるとほんと出来る女、キャリアウーマン然としていて似合っていた。

割りと量が多そうで時間がかかりそうだったので本部に備え付けられていた食器棚にあったお茶(期限切れではない)を湯呑みに注ぎ、渡辺先輩の机の上の邪魔にならないところに置くと気がついたのか

 

「おお、すまない八幡君。君は意外と気が利くんだな」

 

「意外は余計っすよ…なんだと思ってるんですか」

 

「面倒くさがりだと思ったのだが…」

 

「否定はしないっすね、たまたま気が向いただけっす」

 

「捻ねくれているな君は…うん、うまい」

 

俺がいれたお茶に口をつけて一服していた。

 

  ヒッキー捻ねデレだ! 先輩、ほーっんと捻ねくれてますよね? 比企谷くん、本当に貴方は天の邪鬼ね…

 

「…そうっすね」

 

とっさに放課後の懐かしいあの教室でのもう会うことはないだろう3人の少女の顔を思い出す。

忌々しい記憶ではあるが、あの部屋で繰り広げられた時間は掛け替えのないものだ。

俺の声は少しか細かったかも知れない。

 

 

「摩利、ここ本当に風紀委員会本部?」

 

「いきなりなご挨拶だな真由美」

 

「だってあーちゃんやりんちゃんが片付けて!って言っても片付けなかったじゃない。どういう心の変化…ってそっか」

 

俺と達也の顔をみてなるほど、と納得していたようだがまぁ触れないでおこう。

 

姉さんが降りてきたのはそろそろ生徒会室を閉めるとの事を伝えに来たためだった。姉さんからは「じゃぁ八くん校門で待っているからね」といって退出していった。

俺も姉さんを待たせるわけにいかない、渡辺先輩も

 

「明日からクラブの一斉新入部員獲得競争で騒がしくなる、頼むぞ。それともう今日は終わりだ。解散しよう」

 

といわれ俺は憂鬱だった。さっさと姉さんと一緒に帰ろう。

 

達也が備品のセキュリティを設定しているときに風紀委員の上級生が巡回から戻ってきた。

 

「ハヨーッス」

 

「おハヨーございまス!」

 

威勢の言い掛け声が響く。なぜか「っべーわ」と言っていた金髪の奴を思い出した。

 

「おっ、姐さん、いらしたんですか」

 

「委員長、本日の巡回終了いたしました。異常無しです!」

 

「姐さんっていうな!何度言えば分かるんだ!鋼太郎お前の頭は飾りか!?」

 

「そんなに怒らんでくださいよ…あ、そういえば委員長、そこにいる一年坊は?もしかして新入りですかい?」

 

「まったく…そうだお前の言う通り新人だ、期待のな。生徒会枠の1年A組の七草八幡と風紀委員推薦枠の1年E組の司波達也だ」

 

「七草?もしかして七草生徒会長の弟さんで?こいつぁ逸材だ!…もう一人は、へぇ…紋無しですかい」

 

その発言に俺がまたしても切れそうになると達也が諌めてきた。鋼太郎と呼ばれた先輩は興味深そうに達也を観察しているようだ。

 

「先輩、その発言は禁止用語に抵触する恐れがあります!」

 

「お前たち、そんな単純な了見だと足元をすくわれるぞ。ここだけの話だがさっき服部が足元を掬われたばかりだ。さらに七草は…」

 

「先輩」

 

「おっとすまない八幡くん。七草は私がしっかりと実力を確認しているから言う必要もないな」

 

渡辺先輩、俺が十文字先輩に勝っただなんて言ったら変に目をつけられるからやめて欲しいんだけど。

渡辺先輩が達也が服部先輩に勝ったことを伝えると先輩二人の達也を見る目が変わったようで

 

「そいつぁ、心強ぇ」

 

「二名共に逸材ですね」

 

「意外だろ?」

 

「は?」

 

「そうっすね」

 

「この学校はやれ、ブルームだウィードだなんて言い争いをしているのを見ていてうんざりしていたんだ。今日の試合は爽快感抜群だったね」

 

渡辺先輩が今日のことに関して感想を述べていると達也もこの先輩達の事を知り意外そうにしていた。

 

「3ーCの辰巳鋼太郎だ。よろしくな七草に司波。腕の立つのは大好きだ」

 

「2ーDの沢木碧だ。名前で呼ばないようにしてくれよ?」

 

先輩達と俺と達也は握手をした。この雰囲気ならば達也も過ごすには悪くないのではないかと思えてきた。

 

 

 

「ただいま~」

 

「たでーま」

 

「お帰りなさいませお嬢様、八幡様」

 

「ただいま名倉」

 

「ただいまです名倉さん」

 

「八幡さま。呼び捨てで構いませんと申し上げましたのに」

 

「いや、そういうわけには…」

 

学校から七草家へ帰宅すると執事である名倉さんが出迎えてくれた。俺たちが帰ってくる音を聞き付けたのか泉美、香澄、小町がリビングから出てきた。

 

「お帰りなさい、お姉さま、お兄様」

 

「お帰りなさい!お姉ちゃん、お兄ちゃん」

 

「おかえり~お姉ちゃん、お兄ちゃん」

 

妹其々で出迎えの挨拶が違うのは面白いなと思ったのは俺だけだろう。そんなことを思っていると名倉さんが声を掛ける。

 

「そろそろ御夕飯の時間でございます。お荷物を運ばせますのでリビングへ」

 

そういって家政婦さん達が出てきて俺と姉さんの荷物を預かっていった。本当にこれ慣れねぇな…

 

 

リビングで待っていると食事が運ばれ姉弟で食事をすることになる。父さんは仕事が立て込んでいるので別で取るらしい。

 

食事が終わり其々に当てられている部屋に入っていき、俺も少し学校での勉強を復習していると時計の針が11時を指そうとしており、そろそろ風呂に入って寝るか…と思いクローゼットから着替えを出して浴室へ向かうと事件は起こった。

 

 

 

真由美は久々に姉妹4人でお風呂に入っていた。

七草家のバスルームはホテルのように広く、人が数十人で入ってもまだ余裕がある程だ。

 

「八くんってば副会長にものすごい啖呵切っちゃって、あのときの雰囲気は私も怖かったな。本当に副会長に実力行使するんじゃないかってヒヤヒヤしちゃった」

 

「流石、私のお兄様ですわ!ご友人のためにお怒りになれるなんて…」

 

「兄ちゃんかっこいい…!他人のために怒れるなんて流石だね!それにしてもその副会長って人僕嫌いだな」

 

「へぇ…お兄ちゃん友達出来たんだ…小町は安心しちゃったよ」

 

「「「ねー?」」」

 

姉妹の血は繋がっていないが本当の姉妹のようで思わず真由美は笑みを浮かべてしまった。ここには今、弟の八幡はいないがそのように感じられてそれも笑みを浮かべる要因なのだろうか。

 

話が進み真由美が今期生徒会に入ることになった深雪について話を始めるとピタリと止まり、泉美と香澄が小町を見てため息をついている。一体どうしたのだろうか?

 

「ねぇ、小町ちゃん?」

 

「ねぇ、小町…?」

 

「はぁ…まったくごみぃちゃんなんだから…」

 

ブクブク、と湯船に沈んでいく小町。

 

「??一体どうしたって言うの泉美ちゃん、香澄ちゃん、小町ちゃん」

 

疑問に覚えた真由美は妹達に問いかける。

 

「小町から兄ちゃんの中学校でのモテ具合が異常なんだーって話を聞いててさ。ね泉美」

 

「はい、お姉さまはご存じなかったかもしれないですけどお兄様は総武中学に在学していたときに部活動で『奉仕部』という部活に所属していてそこで様々な同級生を落としていたそうです。しかも全員タイプの違う美人」

 

「そうなのお姉ちゃん。お兄ちゃん昔から面倒ぐさがりなんだけど…今でも変わらないか…自分を犠牲にして事件を解決しようとする姿勢と行動から堕とされちゃう女の子がね…その中の一人にいろはもいるんだけど…」

 

自分の兄がモテて色々な女性に好意を寄せられていることは喜ばしいことなのだろうが、お兄ちゃん大好きな小町にとっては複雑なのだろう。

 

「いろはって『一色家』の一色いろはさん?」

 

「うん、そうだよー。ほんと困っちゃうよねごみぃちゃん…」

 

「小町ちゃんはお兄様が大好きですものね?」

 

「小町は兄ちゃん好きだからなー?」

 

「…別に、好きじゃないんですけど?」

 

好きじゃないとは言いつつその表情は赤くなっている。湯当たりしたわけではないだろう。その好きは「親愛」の方であるが。

 

「それを言っちゃったら泉美達はどうなのよ!お兄ちゃんのこと好きなんでしょ?」

 

「「そ、それは…」」

 

「泉澄達はお兄ちゃんと血が繋がってないんだから結婚できるよ?」

 

小町が泉澄に問いかけると迷っていたが覚悟を決めてその心に秘めているモノを告げた。

 

「私は…お兄様、いえ八幡様の事を好いています。一人の異性として」

 

「僕も…兄ちゃん、八幡さんの事が好きなんだ…間違いなく」

 

二人の表情は真剣そのものだった。兄としてでなく一人の異性として誘拐され救われたときとこの数ヵ月で触れ合って八幡という男性に惹かれていったのだ、その表情は妹ではなく一人の少女達だった。

 

「そっか…泉美達も大変だね~。さっきお姉ちゃんが言っていた深雪さんだっけ?聞く話によると結構な強敵かもね、泉澄達~応援してるよ。あ、お兄ちゃんが結婚したら私が妹になるのか…うーん」

 

「負けませんわ!お兄様に対する想いは負けませんもの」

 

「僕も…泉美と同じく兄ちゃんに対する想いは負けないよ」

 

姉妹の話を聞いていた真由美は自分は八幡に対する想いはどうなのだろうと考えた。

真由美自身、八幡の事を出会った時は不思議な子だなと思った。双子をなんの損得無しに助けに入り、父に七草家に養子入りを勧められた時も小町ちゃんを案じて七草家に養子入りした。

その後彼と触れあう内に知らず知らずの内に真由美は八幡の事を想っていたのかもしれない。それは弟に向ける親愛の情だろう…家族以外にベタベタくっつかれると嫌な顔をするのは自覚はしていないが。

妹達の恋の応援はしてあげたいとおもう真由美であった。

 

「お姉ちゃんは泉美ちゃん達の恋の応援しちゃうわ。八くん程の格好いい男の子はいないもの。家族だけれども血は繋がっていないからいけるわよ~」

 

それに私も狙っちゃおうかしら?と言おうとしたところバスルームのドアが開かれる。

 

「予習も終わったし風呂に入って寝よう…って…へ?」

 

「「「「え?」」」」

 

カポーン、と浴室内に反響した音が響き静寂が広がっている。

八幡の視線の先には生まれたままの姿でいる真由美と妹達がおり真由美は小柄でありながらその豊かなバストと括れが見え髪をアップにしているので普段の幼い印象から色気が出ていた。

泉美と香澄は姉と違い豊満ではないが少女から大人へ成長する段階で体つきは女性らしい柔らかさが出ており特に腰周りは抱き締めれば折れてしまう様な細さと女性らしさを持っていた。

 

「(え///、八くん…え?)」

 

「(お兄様…///)」

 

「(兄ちゃんの…///あ、あわわ…!)」

 

対して真由美と泉美達からは、八幡の体は普段の制服姿からは想像できないほど引き締まった筋肉を持ち、魅せるためでなく戦うための肉体が見えた。

更に八幡の一部を注視しており真由美はアワアワし、泉美は目を見開き、香澄は顔を真っ赤にしながら両手で顔を覆うが指の隙間からそれを確認していた。小町は「あーあ」と言っている。

 

八幡は急ぎ浴槽を出ようとするが既に遅かった。

 

「きゃあぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

「うわあぁぁぁぁぁぁ!!?…って!…ぐふっ」

 

「はっ…!は、八くん~!」

双方の悲鳴が響き真由美が前を腕で隠しながらサイオン弾を撃ってしまい八幡に当たり気絶させてしまった。

 

その後、浴室から上がり四人で協力して八幡に服を着せてその日は過ぎていった…

 

「姉さん達昨日風呂場にいた?」

 

「いないわよ?」

 

姉の気迫迫る回答に八幡は気のせいだったと自分の記憶をそう結論付けた。風呂場での記憶はよく思い出せないが良いものを見た気がすると八幡は思った。

 

「…ごめんなんともないです」

 

「「「(ほっ…!)」」」

 

余談だが八幡の一部を注視した真由美と泉美達はドキドキしてその日は眠れなかったらしい。

 



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ここかぁ…騒ぎの現場は

UAが20000を越えてお気に入り登録が400を越えて戦々恐々の輝夜です。

コメント&評価もありがとうございます。
誤字脱字の報告ありがとうございます(本当にもうしわけねぇ…。)

今回は八幡に堕とされる女子生徒が多いかもしれません(ダレダロウナー)
いったい誰でしょうか?

今回も八幡のキャラがぶれているかも知れません。それでも良いという方はご覧ください。
どうぞ!


魔法を扱う、という点以外は普通の高等学校と変わらない魔法科高校にもクラブ活動が存在している。

 

ただ、魔法と密接な関わりを持つ部活もあり、魔法科高校ならではだ。

 

夏頃に開催される全国の魔法科高校の総体、つまり『九校戦』と呼ばれる大会で優勝するために魔法クラブは新入生の人材獲得に躍起になるのだ。

…どこも予算は欲しいだろうからな。

 

かくして、入学式から3日目であるが熾烈な各クラブの新入部員獲得の戦いが始まる。

新人を獲得するために戦わなければ予算が増えない(生き残れない)

 

ここかぁ…騒ぎの場所は…?違反者ぁ…鬼ごっこが好きなのか?

 

ここは生徒会室だけれども。

 

「…というわけでこの時期は各部のトラブルが発生するんだ」

 

「勧誘が激しすぎて授業に支障をきたすこともあるから、学校も一定期間、つまり1週間という期間を設けて新入部員の勧誘が始まるの」

 

生徒会室に居るのは姉さん、渡辺先輩、俺、達也、深雪の五人のみだった。5人とも其々弁当を持参し食事を取りながら話をしていた。

 

「この時期になると学校が無法地帯になってしまってな。この期間中はデモンストレーションをするためにCADの所持と使用が許される…其々が躍起になって新入部員を獲得するものだからな。過剰な使用は罰則の対象になるんだがフリーパスの暗黙の了解になっているんだ」

 

「学校側としても、九校戦の成績を上げて貰いたいから、新入生の入部率を上げるためにね?」

 

「そう言うことだから、風紀委員は一週間フル回転で仕事だ。今回は即戦力が3名もいる…一人は問題児かも知れんがな…いや欠員が埋まってよかったよかった」

 

渡辺先輩が安堵しているようだが3名?つまり俺もってことですか?

 

「働きたくない…」

 

「お前な…」

 

ぼそり、と呟くのを達也と姉さん達が拾って呆れた顔をしている。俺はまだ専業主夫の夢を諦めた訳じゃない。

 

「なに言ってるのよ八くん。お姉ちゃん期待してるからね!」

 

「そんな覇気のないことでどうするのです!八幡さん。深雪も頑張りますので一緒に頑張りましょう?」

 

「両手に花だな、八幡くん。男として頑張ってみたらどうだ?」

 

渡辺先輩が俺を見て言ってくる。

俺のやる気が無さそうなのを見ていると、俺の両隣の席に居る姉さんと深雪がさらにズイッと近づいてきた。

あのホントちかいんすけど…姉さんや深雪みたいな美少女に「頑張って!」と言われたら奮起するしかないよなぁ…

 

「そこまで言われたからには、やりますよ…」

 

「本当に八くんは面倒くさがり屋なんだから…」

 

姉さんは頭を抱えて「あいたたた…」とわざとらしくアクションを取っている。

深雪も一緒に頑張りましょうと言っていたが姉さん達とお留守番だ。まぁ順当だろう。もし仮に深雪が魔法の流れ弾に当たってしまったら一大事だ。

姉さんからお留守番と聞いたときには俺の方を少し見て肩をおとしてしょんぼりしていた。深雪はそんなに取り締まりたいのだろうか?だったら俺と変わって欲しいが深雪は後方で待機してて欲しい。荒事なら俺の得意分野だからな。

 

 

 

 

「何故お前達がここにいる!」

 

達也と俺が風紀委員会本部に入室して向かえた第一声がそれかよ。

 

「お前、あの時俺が言ったこと理解してなかったのか?てかここで言うことかよ非常識だな、森なんたら」

 

俺が呆れながら言うとその態度が森なんたらの感情を逆撫でたのか

 

「な、なにぃ!?」

 

今にも俺に掴みかかろうとする勢いだが。

 

「やかましいぞ!森崎!また問題を起こす気か!」

 

「す、すみません!」

 

渡辺先輩に一喝されて森なんたらは慌てて口を紡ぎ、直立不動になる。

 

「全員揃ったな?」

 

その後上級生が入ってきて室内には9名が揃い渡辺先輩が立ち上がる。森なんたら?ちゃんと座ってたよ?

 

「そのままで聞いてくれ。諸君今年もバカ騒ぎの一週間がやってきた。風紀委員会にとってはここが新年度最初の山場だ、今年は処分者を出さずに済むように気を引き締めて当たって貰いたい。いいか、風紀委員が率先して問題を起こそうとするなよ?」

 

渡辺先輩が誰に向けたわけではないが、森なんとかがビクリとなっていたが、俺と達也は

「巻き込まれないようにしよう…」と心に決めた。

 

「今年は幸い卒業生分の補填が間に合った。紹介しよう、立ってくれ」

 

事前の打ち合わせがなかったが示し合わせたように3人が立ち上がった。森なんたらは緊張しているのか熱意のある直立不動、達也は本当に緊張していないのだろう自然体で休めの姿勢で俺は普通に立ち上がった。

ふと座席の方に目を向けると辰巳先輩と沢木先輩がこちらを見て笑みを浮かべており達也も目礼していた。

 

「1-Aの七草八幡、森崎駿と1-Eの司波達也だ」

 

1-Eというクラスを聞いた瞬間室内がざわつくが渡辺先輩が視線を向けるとおとなしくなった。

先輩の一人が達也に向けて言ったのだろう

 

「使えるんですか?」

 

その質問をされた渡辺先輩は質問をしてきた先輩をうんざりした表情で見て

 

「ああ、心配するな。3人とも使える人材だ。司波の腕前はこの目で見ているし、森崎のデバイス操作もなかなかのモノだ。七草は言わずもがなだ」

 

先輩達が俺を一斉に見る。こわっ、貴様見ているな!まぁ『七草家』というフィルターを通して見ているんだけれでも。

 

「よろしい、巡回については先日会議したとおりだ。早速行動に移ってくれ。各自レコーダーを忘れるな?七草、司波、森崎は残って私から説明する…それでは出勤!」

 

教室内に残った渡辺先輩、俺、達也、森なんたら、沢木先輩、辰巳先輩の6人が残り辰巳・沢木先輩は俺と達也に「張り切りすぎんなよ?あと七草お前はやりすぎるな?じゃあな!」「分からないことがあれば聞いてくれたまえ。では」

と声を掛けて去っていく。その姿を見た森なんたらは忌々しそうに俺たちを見ていた。

 

「これを渡しておこう、レコーダーだ」

 

並んだ俺たちに渡辺先輩がレコーダーと黒地に赤文字が刺繍された『風紀委員』の腕章を手渡される。

俺は『風紀委員(ジャッジメント)ですの!』とやりたかったが白い目で見られることは確実なので自重した。別にテレポーテーションが使えないわけではないが。

 

「レコーダーは胸ポケットにいれておけ、ちょうどレンズが見える形になる。今後、巡回するときは常にそのレコーダーを携帯すること。違反行為を見つけたら、スイッチをいれてくれ。あまり撮影を意識しないでくれていい、風紀委員の発言がそのまま証拠に採用される。念の為、ぐらいに考えておけばよいさ」

 

「質問があります」

 

達也が渡辺先輩に質問する。

 

「許可する」

 

「CADは委員会の備品を使ってもよろしいですか?」

 

「構わん、どうせホコリを被っていたものだ。好きに使ってくれ」

 

達也が委員会のCADを借りると言っていたので俺も借りることにした。俺が特化型CAD(ペイルライダー)を抜くのが面倒というわけではない。あるものを最大活用しようというエコの精神だ。

 

「渡辺先輩、俺もいいっすか?」

 

「八幡君もか?良いぞ」

 

じゃあ、俺はこのタイプを使おうか…達也も借りるのを決めたのか先輩に確認して貰う。

 

「では…この2機をお借りします」

 

「俺もこの二つを借ります」

 

「…君たちは本当に面白いな?」

 

達也は昨日掃除していたときに密かに自分の調整データを複写しておいたブレスレット型のCADを二つ…お前最初から借りる気満々だったな?

対して俺は手甲型のCADを両手にはめて現在進行形で自分の調整データを借り受けているCADの設定データを書き換え終えた。

大体こんなもんだろう…

 

その姿を見て渡辺先輩がニヤリと笑い、森なんとかは俺たちを皮肉げに見ていた。

 

 

森なんとかが巡回に向かう際に噛みついてきたが、俺と達也が封殺したら捨て台詞を吐いて立ち去って言った。

なんで次があると思ってるんだろうなぁ…勝負の世界に次なんて無いのにな?

 

俺は達也と分かれて巡回していると早速問題に遭遇した。

人だかりが形成され遠くからでも分かる。

 

なんですぐに問題発見しちゃうんですかね…?あ、今日占いで一位だったわってそうじゃない。

一人の女子生徒がクラブ勧誘(結構強引)をされていた…どうやら非魔法クラブが多いようだ。

しょうがなく割って入ろうとすると聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「いい加減にして!…ちょっと!?どこ触っているのよ…」

 

達也と同じクラスの明るい髪色とショートカットが特徴的な美少女、千葉エリカが熱烈な歓迎を受けていた。

一部の男子生徒がどさくさに紛れてエリカの体に触ろうとしているのを見て人波に呑まれていくにつれ、あの元気なエリカの口調が弱まっていく。流石に不味いと思った俺は急いだ。

知り合いがそう言う目に遭い、若干イラつきつつ俺は人だかりに突っ込みエリカに触ろうとしていた男の手を取った。

男はこちらを見て怒り顔だったが、俺を見ると顔を青ざめさせていた。

 

多分知り合いが聞いたらビックリするぐらいの威圧感のある声で集団に警告する。

 

「強引な勧誘は捕縛の対象になるんすけど…無論女子生徒への過度の接触もです。解散してもらえます?」

 

俺が睨みを利かせると、エリカを取り囲んでいた非魔法クラブの勧誘していた者達は動きを止めた。

 

「こっちだ、いくぞ」

 

「え?八幡…きゃっ!」

 

突然現れた俺にビックリして動きが止まっていたエリカに俺は好機だと思い加速術式を発動させ中心にいたエリカの手を取ってお姫様だっこで抱き上げこの場から連れ去った。

…サバサバしているけれども見た目は正統派で可愛いところもあるな。やっぱエリカは美少女だわ。

 

 

校舎裏まで抱き抱えたままのエリカの惨状を俺はガッツリ見てしまった。現在エリカが大変なことになっていた。

 

服は乱れ髪はボサボサ、おまけに制服のネクタイがエリカの片手に握られ胸元がはだけ、決して大きいと言う訳では無いが鍛えられ無駄がない形の美しい胸の谷間が見えてしまっていた。さらに下着の色も。まるで事後のように。

俺の視線に気がついたエリカは顔を真っ赤にして

 

「見るなっ!て、てか降ろしなさいよっ!」

 

「わ、悪い!」

 

俺はエリカを降ろして即座に後ろを向いた。あの瞬間に後ろを向かなかったらエリカにひっぱたかれていただろうな…と思案していると後ろから声が掛かる。

 

「み、見た…?」

 

俺はここでエリカに対して言うべき答えを探していた。

「見てないな」なんて言うものならエリカの攻撃が飛んでくるし「見た」と言ったら攻撃が飛んでくるだろう…あれ?俺詰んでない?ダメじゃん、詰んだ詰んだ~、ごちうさかな?なんてボケてる場合じゃねぇ。

こういうときは脳に思い浮かんだ言葉をぶつけてやるんだ。そうしよう、そうしかない。

 

俺は制服の乱れを整えたエリカに向き直り答える。

 

「えーっと…ごちそうさま?」

 

「ばかぁ!」

 

さっきよりも顔を紅潮させて拳を入れようとするエリカ。

俺は寸でのところで避ける。

 

「あっぶねぇ!!ちょ、落ち着けって!今のはエリカってやっぱり美少女で可愛いんだって再確認しただけで」

 

「…っ!!!余計にタチがわるいのよっ!な、なによ…び、美少女で可愛いだなんて…」

 

褒めたが小泉澄達ダメだったよ…お兄ちゃんの冒険はここで終わりらしい。殴られる覚悟をしていたがしかし、いつまで経っても拳のひとつも飛んでこない。

 

肝心のエリカは顔を真っ赤にして俯いたままだった。そしていきなり顔を上げて近付いてきた。目と鼻の先に。

 

「巡回がある程度終わったら剣道場に来て!絶対よ!いい!?…それで今回の事はチャラにしてあげる…」

 

「お、おう…後1エリア終わったら行けたら行くよ」

 

「それ来ない奴の定型文じゃないの…絶対来なさいよ。それじゃあね!…助けてくれてありがと!

(な、なによ。なんなのよ…『可愛くて美少女』だなんて…あれ素で言ってるのよね…あーもう八幡と話していると本当調子狂うわね…「可愛い」…か、ふふっ)」

 

エリカはプンプンと怒りながら立ち去り剣道場へ向かっていった。

何故か嬉しそうにしていたのは何でだったんだろうか…ヤバイ怒らせちまったな…今度ケーキでも奢ろう。

 

 

校舎裏から離れ再び巡回エリアに戻ったときに知り合いが此方を見て駆け寄ってきた。

 

「八幡」

 

「八幡さん」

 

「おお、雫とほのかか。見部中か?」

 

「そう、バイアスロン部が気になった」

 

「私も雫と同じ部活を見部しようと思いまして」

 

バイアスロン部まで一応護衛という形で連れていき、その後付近で別れようとしたのだが背後から騒がしい声が聞こえ、ああ、事件が起こったんだな、と

 

「ちょ、ちょっと離してください」

 

「強引すぎる」

 

丁度その辺りを巡回していたのか渡辺先輩が騒ぎを聞き付けてやってきた。

 

「おい!強引な勧誘は風紀委員の捕縛の対象になるぞ!…ってまたあんた達か!」

 

「よう、摩利。久しぶりだな」

 

どうやら話を聞いているとこの二人は渡辺先輩と知り合いらしい。雫とほのかが勧誘を受けていたのはこの学校の元卒業生でバイアスロン部のOGとの話だ。

 

「ちょっと、呑気に挨拶している場合じゃないでしょ?この子連れていきましょう」

 

「そうね、じゃあな摩利」

 

「っておい!待て!」

 

OGは渡辺先輩の制止を振り切り雫とほのかを強引に連れ去ってしまった。

その速度は速く、既に遠くまで離れてしまっていた。

知り合いが連れ去られるのを見逃すわけにもいかず、俺はCADの起動式を二重展開し追いかけた。

 

 

「まさか摩利に出会うとは」

 

「でも逃げ切れたわね、さぁバイアスロン部に勧誘よ!」

 

「あのう…」

 

「そこに行こうと…」

 

才能ある新入生を確保したOG達はホクホク顔だったが雫とほのかがその目的の場所に向かおうとしていたのは知らなかったらしいが運が悪かった。

 

何故なら。

 

「止まってくれません?先輩達」

 

並走して止まるように指示を出してくる八幡がとなりにいたのだから。

 

「そんな止まれって言われて止まる…うぇ!?」

 

「そんな!?私たちに追い付くなんて!?ねぇ、君も入らない?」

 

こんなときにでも部活に誘ってくる辺り胆が座っているのか…俺も仕事をしなくちゃならない。

 

「…お断りします、風紀委員なんで。止まってくれないと捕縛しないといけないんすけど。止まっても捕縛しますけど」

 

「げ、風紀委員か。ならなおさら捕まるわけに行かんね!」

 

「飛ばすわよ!」

 

OGが速度をあげようとするがそうは行かない。自己加速術式をさらに重ね掛けし先輩達のまえに立ちはだかるように先回りした。

先輩達からしたら急に消えてビックリしただろうが早く前を向いた方がいいっすよ?

 

「面倒事は嫌いなんすけどね…しゃーなし」

 

俺は手甲型のCADから加重系統の魔法式を展開し叩きつける。手甲から発せられた魔法で地面を揺らした。

 

急な地震で転倒しそうになる先輩達。いくら部外者とは言え女性だから怪我をさせるわけにはいかず、更に雫とほのかがとらわれているので再び加重&収束系統の魔法式を展開、先輩達は重力の網のようなものに囚われた。捕縛用の俺が編み出した魔法で『超重力の網(グラビティ・バインド)』と名付けた。

…なんか某カードゲームを思い出した。

 

逆に雫達は無重力のように宙にふわふわと浮いている。

 

「え!?なにこれ動け…ない!!」

 

「うわわっ、揺れて…ぎゃー!捕まった!!」

 

「おー…ふわふわ浮いてる、初めて体感したかも」

 

「あれ?八幡さん?」

 

俺は二人の無事を確認するとこの事件の下手人を捕まえた。

 

「抵抗しないでくださいね。また痛い目をみたいなら別っすけど」

 

俺がそう告げると先輩達はうなだれて降参していた。

その後渡辺先輩が追い付き二人は風紀委員会本部へと連れて行かれるときに

 

「おい摩利なんなんだあの子は!」

 

「私たちに追い付くなんて…」

 

「彼はうちのエースでな、真由美の弟だ」

 

「真由美ちゃんの?そりゃ勝てないわ…」

 

「くっ、卑怯よ摩利!」

 

先輩達がコントしているところに今度また同じことを起こさないように釘を刺す。ある種の死刑宣告かも知れない。

 

「先輩達、もし仮にまた勧誘会の時に勝手に入ってきてやりたい放題やるようなら次は敷地内の不法侵入で警察に送りますからね?そのときは七草の名前を使うんで」

 

俺がそう言うと顔を青くしておとなしくなった。渡辺先輩からは「グッジョブ!」と言わんばかりの眩しい笑顔が見えそうだ。

 

俺は重力操作を解除して二人を地に降ろす。雫は着地に成功したがほのかがお尻から落ちそうだったので咄嗟に抱き抱えたため、お姫様だっこの状態になってしまった。

その状態を見た雫が俺に近付き脇腹をつねる。痛いからやめてくれ。

ほのかはと言うと顔を赤らめながら

 

「お姫様だっこ…初めてされちゃった…しかも八幡さんに///」

 

よく聞こえなかったがいつまでも抱き抱えているわけにはいかないのですぐに降ろした。

 

渡辺先輩からの事情聴取が終わると先輩達は風紀委員会本部へ連れられていった。

 

「私、この部活に入りたい」

 

「元々この部活に入ろうと思っていた矢先に先輩達に連れていかれて…」

 

「そうだったんだな…怪我の功名か…」

 

「ん…八幡、助けてくれてありがとう」

 

「八幡さん助けてくださってありがとうございます!」

 

「仕事だからな。雫とほのかがそんな目にあってたら助けるだろうし」

 

「「////」」

 

なんで二人して黙ったんだ?顔赤いし。なるほど暑いからか。

…てか雫、俺の脇腹をつまむな。絶妙に痛い。

 

こうして二人と分かれ時間もいい感じだったので巡回を切り上げ帰ろうかと思ったが先程のエリカとの約束を思い出し体育館へ向かった。

 

 

「遅い!」

 

開口一番遅れて来た事への辛辣なお言葉。エリカ?お前巡回終わったら来てくれっていってたよね?時間指定も特にしてなかったよな?

 

「しょうがねぇだろ…丁度違反行為にぶつかってたんですけどねぇ…」

 

「ふーん…日頃の行いじゃないの?」

 

目の前の美少女が辛辣なことをいってくるんですけど…救いはないんですか?そうですか…

 

された事への不満をようやく吐き出したのか下の階で行われている『剣道』を二人で見ていると女子生徒が綺麗な1本を取っていた。

俺は感心していたがとなりにいる剣に生きる系女子はお気に召さないようだ。

 

「不満そうだな」

 

「え?…そうね、試合じゃなくて殺陣だよ」

 

「いや、まぁそうだな。分かりきった試合を見せられるのは経験者的には面白くないかもな」

 

そんな話をしていると下の階が騒がしくなった。当事者は先程見事な1本を取っていた女子生徒で防具を外している。

面を取った姿はなかなかのルックスであり言い方は悪いが客寄せにはもってこいの見た目だ。

 

「剣術部の順番まで後一時間もあるはずよ、桐原くん!どうして待てないの?」

 

「心外だな壬生。あんな未熟者じゃ実力が披露が出来ないと思って協力してやろうっていうのに」

 

そう言って両者は防具を付けないまま試合を始める。

結果から見ると剣道部の壬生先輩が勝ったのだが…

 

「真剣なら、致命傷よ桐原くん。あなたの剣はあたしの骨に届いていない。素直に敗けを認めなさい」

 

「真剣なら、か…だったらお望み通り真剣で相手をしてやるよっ!!」

 

桐原先輩は振動系の魔法「高周波ブレード」を使用した。

エリカはその光景にワクワクしているが冗談じゃない。相手は生身の人間だ、大事故になる前に止めなければ行けないがそこに一人の影が飛び込んできた。

達也だった。

先輩の目の前で恐らく無系統の魔法を打って「高周波ブレード」を無効化したのだろう。先輩は達也に無効化され取り押さえられている状態だった。

二科生の達也が突如現れたことで会場は騒然となっている、不味いな…

 

「すまん、エリカ。仕事してくる」

 

「え?だって達也くんが取り押さえちゃったよ?」

 

「一科生を二科生が取り押さえたらどうなると思うよ、例え風紀委員であってもな」

 

「なるほど…私も参加していい?」

 

「ダメに決まってるだろ…くそっ…今日は厄日だな」

 

俺はエリカに告げて二階から飛び降り達也のもとへ駆けつけると突如現れた俺に驚くギャラリーがいるが達也に背後から襲いかかろうとした剣術部の先輩らしき人物をいなし気絶させる。

俺が突然現れたことに達也は驚いていた。他の人から見たら表情は変わっていないように見えるが最近分かるようになってきた。

 

やはりと言ったところで桐原先輩を取り押さえ連行しようとした達也にイチャモンを付けてきた剣術部の一科生が襲いかかるが俺も参戦し数十名を捕縛することになった。

何故か周りが盛り上がっていたが気のせいだろうか…?

 

先輩達と乱闘騒ぎの最中に視線を感じた。メガネを掛けた剣道部主将の先輩から感じたことのある視線は「嘲りと妬み」俺はこの視線に覚えがある。

 

気がつくと壬生先輩と剣道部主将はいなくなっていた。会場には俺と達也が抵抗できないほどにいなした剣術部員が辺り一面に転がっていると同時に達也が要請した担架を持った保健委員と応援の風紀委員の辰巳先輩と沢木先輩が駆け付けていた。

 

先程のあの先輩から向けられた視線…俺は何かが起こるのではないかと嫌な胸騒ぎがした。

 

 

体育館での事件が収束し部活連本部に呼ばれた俺たちは姉さん、渡辺先輩、十文字先輩に報告していた。

 

「…以上が剣道部の新勧演舞に剣術部が乱入した事件の顛末です」

 

「よく14人も相手にして無事だったわね…」

 

「いえ、その場に八幡もいましたので…」

 

「八くんちゃんと仕事していたのね…お姉ちゃん嬉しい」

 

「いや姉さん、俺その前にも学校に勝手に入ってきたOG捕まえてるからね?仕事してるからね?」

 

姉さんが達也からの報告を受けて、よよよ…とリアクションを取っているが怪我させないようにするのは骨が折れた…まぁ達也もいたから問題はなかったが…

てか、姉さんそんなに信用無い?

 

「私は八くんの事信じているに決まっているじゃない!…たまにサボっちゃうけど」

 

そんな姉弟の戯れを渡辺先輩は無視し話を続ける。

 

「当初の経緯は見ていないんだな?」

 

渡辺先輩が俺たちに問いかけ肯定する。そうしないと問題になるからな。俺と達也は口裏を合わせた。

 

「はい。桐原先輩が挑発したという剣道部の言い分も剣道部が先に手を出したという剣術部の言い分も確認していません」

 

「俺も確認したときには既に両者一触即発の状態だったんで…」

 

俺たちがそう告げると姉さんは

 

「最初、手を出さなかったのはその所為?」

 

「危険であれば介入するつもりでした。打ち身で済むなら当人同士の問題だと」

 

「桐原先輩が高周波ブレードを使用し、しかも防御術式も展開していない一般生徒だったんで迷わず突っ込んだだけなんですけどね俺は」

 

俺たちの話を聞いて議論を重ね結論が出たようで。渡辺先輩は十文字先輩に向き直る。

 

「聞いての通りだ十文字。風紀委員会は今回の事件を懲罰委員会に持ち込む気はない」

 

その答えを聞いて十文字先輩は。

 

「寛大な決定に感謝する。高周波ブレードという殺傷性の高い魔法をあんな場所で使ったのだ、怪我人が出ずとも本来ならば停学処分もやむ得ないところ、それは本人もよく分かっているだろう。今回の事を教訓とするようよく言い聞かせておく」

 

十文字先輩の回答に姉さんが反応するが風紀委員のトップの渡辺先輩も「ケンカ両成敗だ」っていってるんだからそれで全部収まるんじゃないか?

 

話し合いは終了し結果としては「今回の事件は法廷に持ち込まずに示談で解決」という形になった。

姉さんはまだ仕事が終わりそうにないので達也から「一緒に帰らないか?駅前でなにか奢るよ」といわれ一緒に部活連本部から昇降口に向かうことになった。

 

 

「おつかれ~、って珍しい…八幡がいる」

 

「お兄様…は、八幡さん///」

 

昇降口から出るとエリカ達が達也を待っていたようだ。深雪は俺を見て何故か笑みを浮かべている。

なにかしただろうか?

達也は俺を見てあきれているがてんで見当も付かない。

 

達也達と駅前に行きお茶を楽しんでいるときに今日の出来事と達也が使った特定の魔法を打ち消すキャスト・ジャミングを使ったことに皆驚いていた。もちろんオフレコだったが。

その話の途中に俺はトイレに行きたくなり達也達に断りを入れて席を離れた。

席を離れる姿を深雪は見ておりタイミングを見計らって達也に断って八幡の後を追った。

 

「今日も大変だったな…あれ深雪?」

 

用を足してトイレから出ると深雪が通路で待っていた。

ウソ、皆会計終わって帰っちゃった?急いで戻ろうとすると深雪が此方に気がついて声を掛けた。

 

「八幡さん…」

 

「皆帰っちゃったのか?おいてかれたのか…」

 

「い、いえ皆さんお店のなかにいますよ?」

 

「遠足の時にサービスエリアで置いていかれたこと思い出してちょっと辛かったわ…てかそれならなんで深雪がここに居るんだ?体調悪い?」

 

「い、いえ!いたって健康です!元気です!…その八幡さん…」

 

なんだが話が噛み合っていないような…!深雪に悪いが《瞳》で状態を確認させてもらう。

うーん。状態『緊張』か…なにかあったのか。

とりあえず深雪からの言葉を待つことにした。短い時間だったが深雪にとっては長い時間だったかもしれない。

が、意を決して話してきた。

「数年前です、八幡さん…あなたは沖縄にいましたか?」

 

「!…ああ、ばあちゃんとの修行のために沖縄にいたな。沖縄はそのとき大亜連合に侵攻されて俺も大変だったよ、逃げるのにさ」

 

深雪は祈るように、願うように俺に確認をしてきた。

 

「では…あのとき私とお母様と穂波さんを救ってくださったのは八幡さんですか…?」

 

「…他人の空似じゃないか?俺深雪にあったときに顔も思い出せなかったし、別人だ」

 

「いえ、あの時救ってくれたのは八幡さんでした。昨日の試合の際に十文字先輩に使用なされたあの拳法…そしてあの時感じた優しいサイオンの暖かさ、間違いないです。救っていただいたあの時と一緒でした」

 

深雪は泣きそうな顔で此方を見ている。くそっ、これじゃ俺が悪者みたいじゃないか。

黙る俺を見て深雪はすがるように見ている。

…もう、既に黙っているから答えは出ているようなもんだけどな。さっきも「沖縄にいた」って言っちゃってるしな、はぁ…しゃあない。

 

「…深雪のお母さんとお姉さんはその後大丈夫だった?」

 

俺のその言葉を聞いて深雪は先程の沈んだ顔がウソのように満面の笑みを浮かべた。

 

「…!やはり八幡さんだったのですね…!ずっとお礼を言いたかったのです…!八幡さん。私とお母様、穂波さんを救ってくださってありがとうございます…!」

 

俺の手を取って満面の笑みを浮かべながら嬉し涙を流している。

空いている手でポケットからもう一枚の清潔なハンカチを取り出し深雪の涙を拭った。

拭うと俺の行動が可笑しかったのか柔らかな笑い声が聞こえた。

 

「ふふっ…八幡さんは紳士ですね?」

 

俺はなんだか妙にむず痒くなりそっぽを向いた。

 

「やめてくれよ…柄じゃないってことは自覚してるんで…」

 

「八幡さん」

 

「な、なんでしょうか?」

 

「連絡先を交換いたしませんか?私八幡さんともっとお話したいです」

 

深雪のめちゃくちゃ整った顔が近付いてくる、ずいっと。

 

「え、いや俺と喋っても楽しくないだろうし…」

 

「ダメですか…?」

 

またしても深雪は上目使い(涙目うるうる)で此方を見てくる。無意識でやっているのだろう…末恐ろしいぞ。

自分の武器分かってますねぇ!?深雪さん!?反則ですよそれ。禁止カードです。絶対に負けない!

 

「…お願いします」

 

駄目でした。

 

「ふふふっ、かわいい八幡さん」

 

深雪の完璧な作戦に嵌められて沖縄で深雪達を救ったのが俺だとバレて尚且つ連絡先を交換することになった。

 

その後達也達が待つ場所に戻り雑談とお茶をしてその日は解散した。深雪は終始微笑を浮かべたままだった。

 

今日、いろんな事ありすぎたなぁ…

 

 




おや?雫、ほのかの様子が…?
エリカも…?
深雪は堕ちたな…。

感想と評価お待ちしております。


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面倒事に愛される男

お気に入り登録とコメントありがとうございます。
好評価もいただけると嬉しいです…(強欲)

今回はあまりメインの話ではないです。七草と四葉(司波)家が八幡をどう思っているのかになります。
上手く書けていれば良いですが。

度々の誤字脱字報告申し訳ございません。

口調が原作のキャラと違う!と思われますがご了承を。


「おかえりなさい達也、深雪」

 

「おかえりなさい達也くん。深雪さん」

 

達也達は八幡達と分かれた後帰路に着いた。

自宅の扉を開けると達也達の母親とその護衛兼お世話役が出迎えた。

 

「ただいま戻りました母様、穂波さん」

 

「ただいま戻りましたお母様、穂波さん」

 

二人は出迎えてくれた母親と姉のような存在に返事を返す。

 

「さぁ、お二人とも?手を洗っていらっしゃい。食事にしましょう」

 

深夜から指示され達也と深雪は洗面台へと向かった。

 

 

「…やはり私たちを救ってくださったのは八幡さんなのね」

 

「はい、あの場にいてお母様と穂波さんを救ってくださったのは八幡さんだったのです。それから今日の八幡さんったら…」

 

深雪は嬉しそうに今日判明した出来事と活躍を深夜に報告していた。

その報告を母親の深夜も微笑みながらその話に耳を傾けている。達也はなんともいえない表情をしており、それに気がついた穂波が達也に耳打ちする。

 

「達也くん」

 

「穂波さん」

 

「深雪ちゃん取られちゃって寂しい?友達に」

 

穂波が達也に問いかけるが

 

「…どうなんでしょうね?俺はその感情は無いと思うんですけど…寂しいと何処かで思っているのかもしれないです」

 

「深雪ちゃんも兄離れする時期がきたかー…達也くん的にはどうなの?その深雪ちゃんの意中の八幡くんだっけ?」

 

達也に深雪の意中の相手である七草八幡について質問してきた。

 

「そうですね…八幡は良い奴ですよ。面倒くさがり屋ですがやるときはきっちりやる…強いて言うなら…」

 

達也は以前に渡辺委員長が八幡に言っていた言葉と深雪などに『デレ』を見せていたのを思い出した。

 

「『捻デレ』ですかね…」

 

この言葉以外に思い付く言葉がなかったのだが、何故か八幡の印象にしっかりと合っていた。その言葉を聞いた穂波は笑っていた。

 

「『捻デレ』か…あははっ!面白いね八幡くんって子は。その子本当に『七草家』?」

 

「あいつは『七草家』の人間ですが良い奴です…それにあいつとは『友達』ですし…あいつが生徒会長を、家族を大切に思い行動しているのは『四葉家』に近いと思いますよ」

 

「そっか…深雪ちゃんは気になる子が出来て達也くんは友達が出来たか…よかったね達也くん」

 

「…もし仮に八幡が深雪の伴侶になるなら俺は祝福します。あいつになら任せられると思います、深雪の目に間違いはないはずですので」

 

「ふふっ、お兄ちゃんしているね達也くん」

 

「…茶化さないでください」

 

複雑な心境の達也と穂波が会話をしている中、母は娘にアドバイスをしていた。

 

「よかったわね深雪」

 

「はいお母様!」

 

「ふふっ…深雪。八幡さんに恋しているわね?」

 

深夜にそう言われ深雪が恥ずかしそうにしていたが、自分の気持ちを告げた。

 

「…はじめは救ってくれた事への感謝でした。

それが高校に入学をしてあの特徴的な瞳を見たときに再会できるとは思いもしなかったです。

兄をバカにする他の生徒に対し怒り、私が原因で騒ぎになったときには自らを悪役にして守ってくれました。

…それに八幡さんの面倒ぐさがり屋ですけどちょっと素直じゃない所がその…愛おしく思えてきまして。

…は、恥ずかしいです…お母様!」

 

そう言い終わったとき、深雪は顔を真っ赤にして

深夜は深雪を抱き寄せて微笑んでいた。

 

「お母さんは深雪の恋を応援するわ。だってすごく良い顔だもの?」

 

「はい…」

 

「八幡さんに私もお礼を言いたいので此処にお呼びして歓迎会を開きましょうか」

 

「良いのですか?」

 

「ええ、達也さんのお友だちになって貰ったり、未来の深雪のお婿さんになるかも知れない男性ですもの。そしてあの時に私と穂波さんの命と症状も治してくれたのですからね」

 

深雪を抱き締めながら深夜は達也に視線を向ける。

その表情は優しいものだった。

 

「母様やはり八幡は…」

 

達也の質問に答えるために深雪から離れ頷く。

 

「ええ、達也の『再生』と似たような魔法を使っていました」

 

「…!?やはりですか、母様と穂波さんの症状を快復させたのは」

 

達也は驚愕していた。自分以外にも『再生』を使用できるものがいるとは。しかし、達也は純粋に八幡に感謝をしていた。深夜はとある魔法を使い体を壊しており、穂波は生まれの関係で体に異常が現れていたのだ。

しかし、沖縄侵攻の際に救われたときその前兆は全て消え去り健康体そのものになっていた。

あの時深夜と穂波が死んでいたら深雪は今の性格ではなかっただけではなく、達也も母親が愛情を向けてくれているのがはっきりと分からなかっただろうし、他の家の者は達也を深雪の『ガーディアン』として扱っていただろう、しかし母である深夜は司波深夜の『愛息子』として認識してくれている。

 

「是非ともうちの深雪さんとくっついて欲しいのだけれども…彼『七草』なのよねぇ…うちは『四葉』だしねぇ…」

 

深夜は「こまったわぁ…」と首を少しかしげほほに手を当てて目をつぶっていた。その仕草ですら妖艶で見るもの全ての視線を奪いそうであった。

穂波が深夜のコメントに「あー…」と悩ましげだ。

 

そう『四葉』と『七草』は現当主との間で確執があるからだ。

 

深雪の意中の相手が『七草』であるならばまず良い顔をしないだろうし、妹である当主の四葉真夜は突如七草弘一が養子にした『七草八幡』の能力と魔法を見て彼を『七草家』の最大戦力として見ているので、そんな男が四葉の次期当主候補筆頭の深雪と接触するのは不快に思うだろう。

 

以前入学前に真夜から指令で「達也さん?深雪さんに近付かないように七草八幡を遠ざけなさい。またタイミングを見て消しなさい」と命令を受けていたが、達也は自分に残った深雪への思いで深雪の八幡へ対する気持ちを蔑ろに出来なかった為その指令を無視してしまっている。なので、本家から達也は消されるかもしれないがそんなことはないだろう。

母親である深夜がいるのだから。

 

「そ、そんな…」

 

深雪は目に見えるような落ち込み方をしていたが深夜が深雪の頭に手を乗せて撫でた。

 

「大丈夫よ深雪さん」

 

「へ?どう言うことです?」

 

深夜は衝撃の一言を発しこの部屋にいる3名を唖然とさせた。

 

「バレなきゃいいのよ。バレなきゃ!」

 

そのイタズラじみた発想をいう深夜は今年でアラサー後半だというのにお茶目すぎる少女に見えたという。

 

「(((お母様)母様)深夜様…)」

 

そんなこんなで司波家は平和だった。

 

 

場所は変わり同時刻の七草邸にて

 

「ふうむ…どうしたものか…」

 

「おつかれのようですな当主」

 

当主である七草弘一は頭を悩ませて仕事をしていた。

七草家の執事である名倉が息抜きの紅茶をいれて持ってきていたので、受けとりそれを飲む弘一。

 

「名倉か…ありがとう。うむ、うまい」

 

「お褒めに預かり光栄でございます。して何でお悩みだったのですかな?」

 

名倉は弘一が頭を抱えていたことに対して質問をする。

 

「ああ、八幡の事でな」

 

「八幡様のことでございますか?」

 

「この間、七草の分家会議で八幡を『次期当主』に指名したのだが周りが反対してな…『血の繋がりの無い捨て子を、ましてや実績の無い男を次期当主にするのは反対だ』と言われてしまってな」

 

「しかし八幡様は『ナハト・ロータス』社で実績を…」

 

「分家はそれが気に入らないのだろう。全く…しかし、それを無視して事を進めてしまえば七草家から離反するものが出てくる…」

 

悩ましげに弘一は吐き出す。

八幡の人柄、魔法技能、身体技能、弘一が知る限りではその若さで最高の魔法師であると断定できるだろう。

しかし、彼は弘一と血の繋がりの無い七草家以外の魔法師なのだ。

分家の了承を得ずに八幡を迎え入れたこと自体が分家にとって面白くないはずだ。だから次期当主にする話が此処まで引きずる話になっている。

 

「いっその事、真由美とくっ付けるか…」

 

「当主、それはあまりにも早計でございますぞ…」

 

名倉は弘一の発言に少々呆れ気味だったが名倉自体その案はアリなのでは?と思ってしまった。だが、同意してしまうと弘一が暴走してしまう恐れがあったため否定的な意見を述べたのだが…

 

「そうか?実際のところ真由美、特に泉美と香澄達は八幡のことを「異性」と見ている所が多々あるがな…」

 

「お止めにならなくてよろしいのですか?」

 

「そうなったらそうなったで祝福するさ。八幡は私が認めた男だ、八幡のことだから泉美達のことは「妹」としか見えていないだろうし、八幡も獣のようにならんだろう…まぁ彼も男だ、真由美達に言い寄られれば断るのは難しいかな?何せ私の妻の子供だ、見た目なら誰にも負けんよ」

 

名倉は当主に対して「親バカめ…」と思ったが口にしなかった。

 

「なにか手柄を立ててくれれば八幡を次期当主に据えることが出来るのだがね…何か起こらないものか…?」

 

一人呟く弘一は、後に八幡が第一高校襲撃事件の解決者になろうとは思いもしなかった。

 

そして八幡は本人の預かり知らぬ所で『四葉家』(正確には当主の妹の家である司波家)から婿にされたり、実家である『七草家』からは次期当主にさせられそうになっていることを八幡はまだ知る由もなかった。

 

 

 

 

「疲れた…なんで俺こんなに働いてんだ?しかも無給だし。労働基準法違反では?訴えたら勝てるのでは?」

 

俺は連日の風紀委員の仕事にうんざりしていた。魔法の違法使用を受けて現場に向かうのだが、先日の大捕物で悪い意味で注目の的になった『達也』に目掛け魔法を撃ち、それを達也が無効化して捕まえに行くのだが、逃が…すことはなく俺が物理で取り押さえるという日が連日続いていた。

ぶっちゃけ授業よりも忙しく面倒だった。達也がこの程度の魔法をいなせないわけはないが一応仕事の事もあるし、友達のことが心配なので動かざるを得なかった。不本意に働かせられているのだが。

 

下手人は赤と青の線で縁取られていた白いリストバントを身に付けていたので俺のため息は深くなった。

 

 

ようやく長い一週間が終わり達也と俺は風紀委員の仕事から解放された。

 

机でぐったりしているとクラスの連中から「七草くん大丈夫?」「七草、大丈夫か?」と声を掛けられるが、返事をする気力(本当はあるが)が無いため手をあげて返事をすると「頑張ってね!」と応援されるぐらいにはクラスメイトとの仲は悪くない、これも《七草》の名のお陰だろうが…

俺が机にへばっていると近付く人影を感じた。

 

「八幡さん大丈夫ですか?お加減は?」

 

「八幡、大丈夫?」

 

「は、八幡さん大丈夫ですか?」

 

優しく気遣ってくれる深雪にちょっと冷たい雫、そして本当に心配そうにしてるほのかだった。俺は机に突っ伏しているのを起き上がり。

 

「おう、大丈夫…ちょっとな…このとおり元気なもんよ」

 

まぁ、この程度でへばる程ばあちゃんから柔な鍛え方は受けてはいない。

 

「八幡さんは今日も委員会なのですか?」

 

深雪が聞いてきたので

 

「いんや、今日はやっとこさ非番だ。深雪は今日も委員会か?」

 

「ええ、オフはあっても生徒会には非番はないので…」

 

「まるでサービス業のシフトだな…」

 

「ええ、でもやりがいがある仕事ですので」

 

「深雪は偉いな本当に、うちの妹にも見習わせたいよ」

 

そう言って俺はまたしても深雪の頭に手を置いてしまい撫でてしまった。はっ…!!

俺は急いで手を離すが深雪の顔が赤くなっていた。しまった、またやってしまった!

 

「ご、ごめん深雪!ほんとに俺のこの癖が憎い…!」

 

「い、いえ…気になさらないでください…むしろもっとやって欲しいというか…」

 

深雪が俯きながら何かを呟いているようだったがそれは二人の声に掻き消された。

 

「八幡、私にもして?」

 

「は、八幡さん私にもしてくださいっ!」

 

「(頬を膨らませている)…!」

 

「ああ?別に良いけど…(深雪がめっちゃ機嫌悪くなっていくのはなんでなんだ?)」

 

雫とほのかがズイッと近付き撫でるように指示をしてきたので、俺はその指示通りに二人の頭に失礼して撫でてやる、雫は分かりづらいが顔を赤くしほのかはとろんと紅潮した表情になっていた。両者共に嫌がっていない、俺に触れられるだけでも昔は『比企谷菌』が移る!ってめっちゃ煙たがられていたのにな。

撫でられている光景を見ている深雪は機嫌が悪くなっていく。

 

「えーと、深雪さん?」

 

「……」プイッ!

 

瞬間的に最適解を探すしか…駄目だ全然分からん。なにこれガ○ダムのクソゲー?ザクマシンガンで装甲が紙屑のように破壊されていくじゃん。

 

「そろそろ生徒会室に行きますので。それでは雫、ほのか、じゃあね、ごきげんよう八幡さん…八幡さんのバカ」

 

そう言って踵を返し教室から出ていってしまった。うーん、後で達也に聞いておくか。

それよか。

 

「二人とももういいっすかね?」

 

「ん、駄目。八幡の手…気持ちが良い」

 

「も、もう少しだけお願いします…」

 

結局数分二人の頭を撫でるという結果になった。

 

 

一人で帰ろうとしていたところ、雫とほのかに「カフェテリアでお茶しませんか」と誘われた(というか引き留められた)。断る理由もないので3人でお茶をしていた。

こういうときに小町に聞いておいた女子との話題講座は本当に助かる。

 

「ねえ、八幡さん。あれって達也さんですかね?」

 

ほのかが気がついたのか俺に問いかけてくる。

俺はその方向に《瞳》を向けるとそこには達也がテーブル席で女子生徒と向かい合って座り、何かの相談を受けていた。

達也の向かいに座っている女子生徒を俺は見たことがあった。先日の剣術部との事件でその渦中にいた壬生先輩だった。

 

よくよく観察してみると達也の話しは聞こえなかったが、達也の言葉を受けて赤面したり不機嫌な顔になったりと忙しいようだ。

 

その時俺は、壬生先輩が剣道部の主将に会場の外に連れ出された時、俺たちに向かって悪意の視線を向けて来たことを思いだして壬生先輩のパラメータ状態を確認すると思わず眉を潜めた。

 

「精神状態:異常。マインドコントロールの疑いあり。」

 

俺の中で此処一週間の出来事とあの時の主将の視線、壬生先輩の精神状態を見てなにかが噛み合った。

…なるほどそう言うことか。だが、まだ現状持っている情報ではまだ弱い、もう一つ欲しいところだ。

今の現状では有力な情報は手に入らないので家に戻って調べるとしよう。

杞憂かもしれないしな。

 

話している達也の邪魔をするわけに行かなかったので視線を切り上げ正面に向き直ると雫とほのかがこちらを不思議そうに見ていたので。

 

「達也だったよ。先輩から相談を受けてるみたいだ。さ、食べちまおうぜ、冷めちゃうし」

 

「そうですね」

 

「わかった」

 

こうして3人で楽しくお茶をすることになった。

そして雫とほのかに連絡先を交換するようにせがまれ交換した。

雫とほのかは嬉しそうに俺の連絡先を見ていたが、何故連絡先を欲しかったのかは俺にはわからなかった。

 

 

 

自宅に帰宅し、俺は名倉さんにお願いし剣道部主将の司甲について調べて貰うとビンゴだった。

本人はいたって普通の一般人であったが甲の母親の再婚相手、つまり義理の兄に当たる人物が反魔法国際政治組織『ブランシュ』の日本支部のリーダーらしい。

甲も義理の兄の息がかかって第一高校に入学させられたのだろう。

『ブランシュ』は現在公安から目をつけられている、反魔法団体の筆頭のようなものだからだ。

 

まぁ、いいさ。もし姉さんがいる学校でドンパチやろうものなら…

ふとその瞬間に達也達の顔が脳裏にちらつき俺は考えをまとめた。

 

「俺の大事なもんに手を出そうってんなら…命をもって払って貰うだけだ。代償をな」

 

その表情は八幡を知るものがいればその豹変ぶりに驚く者がいたであろう。

机に座り肘を付いて手を組み面をあげると八幡のその表情も静かなる怒りを湛えていた。

 

自室で一人呟く。その静かなる決意に返してくれる者は未だ誰も居なかった。

 

 

端末が震える。

俺は端末を取ったのだが、連絡してきた人物の名前を見て驚いた。

 

『司波深雪』と表示されていたからだ。

 

「深雪から?一体なんだろう」

 

俺は迷わず応答した。テレビ通話になるので端末に深雪の顔が映る。

…うん、いつ見ても綺麗なお顔だ。お風呂上がりなのだろうか?頬が若干赤く、髪も若干湿っているように思ったのと部屋着のようだが妙な色気があったのだ。

 

「は、はい八幡です」

 

『八幡さんですか?こんばんわ深雪です…お時間大丈夫だったでしょうか?』

 

「ああ、丁度調べ物終わったからもんだいないよ」

 

『…!よかった。その…』

 

「?どうした」

 

画面の前でもじもじしている深雪。俺は急がせずに待つことにした。

意を決したのか深雪が発言した。

 

『お話…したいと思いまして…よろしいですか?』

 

幸いもう明日の準備は終わっている、時間も未だあるし寝るには些か早すぎた。

 

「いいよ、寝不足にならない程度なら付き合う」

 

『はい!では…』

 

深雪は嬉しそうに今日生徒会であった出来事や身の回りの話をしてくれた。俺も小町に教わった女子との会話術を駆使し話していたのだが、都度都度深雪が赤面している場面が見られ怒らせるような発言をしてしまっていた。

うーん、いかんな。父さんには「社交性を身に付けなさい」と言われているので気を付けなければ。

 

八幡が深雪と通話をしている背後、ドアが開いておりその隙間から泉美と香澄が覗いていた。

 

「ねえ香澄ちゃん…?」

 

「ねぇ泉美…?あれって」

 

視線の先には通話に映る深雪の表情。その表情を見た双子は確信した。

 

「「お兄様に絶対好意を持ってる表情ですわよ」兄ちゃんのこと絶対好きな顔だよ」「あれ!!」

 

二人でユニゾンしてしまった。明らかに自分達の義兄に恋をしている表情だ。泉澄達は危機感を覚えた。

 

「あの深雪さんというお兄様の同級生、お美しいですわね…」

 

「なにさ!兄ちゃんちょっと顔が良いからってデレデレしちゃってさ!僕たちだって負けてないんだから!ねっ、泉美」

 

「当然ですわ香澄ちゃん!」

 

そんな会話を繰り広げていた双子の声は当然…

 

『八幡さん後ろから私をものすごい目で見ている方々がいるのですが…』

 

「方々?…ってお前ら何してんだよ…ノックしなさいよ」

 

八幡が立ち上がりドアを開くと驚いた表情の泉澄達。

 

「お、お兄様!?」

 

「うわわっ、に、兄ちゃん!」

 

「ほら入ってこいよ。深雪に挨拶しなさい?」

 

『八幡さん?その娘たちは…?』

 

「ああ、前にも言ったけど姉さん以外にも妹がいるって話をしたことあったろ、それがこの妹達。ほれ、挨拶しなさい?」

 

「はじめまして、お兄様の妹の七草泉美ですわ」

 

「…兄ちゃんの妹の七草香澄、です」

 

何故か不機嫌な妹達に八幡は頭に?を浮かべるしかなかったが、八幡の預かり知らない所で八幡を慕うもの同士の戦いが始まっていた。

 

『ご丁寧にどうもありがとうございます。私は司波深雪。八幡さんと同じクラスで仲良くさせていただいております。よろしくお願いしますね?泉美さん、香澄さん?』

 

「…こちらこそよろしくお願いいたしますわ。『司波さん』」

 

「よろしく『司波さん』」

 

「「「フフフ…」」」

 

「え、なに…?怖いんだけど」

 

「「「怖く」無いですよ」無いですわ?」無いよ?」

 

八幡に3人の整った顔が一気に向けられてちょっとびびった八幡。

両者はにこにこしているが何かがバチバチにぶつかり合っているのを感じた八幡は溜め息を付く他無かった。

 

深雪、泉美、香澄の3人は思った。

 

(「この妹達」この方」この人」敵」だ…!!!」」」)

とシンクロしたとかしないとか。




雫とほのかが陥落するのも時間の問題ですかね…?


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踊る大現場線

気がついたら週間ランキング94位…はぁ?この駄作が?となった輝夜です。
UAも30000越えてお気に入り登録600越えました…!
登録と閲覧してくださった読者様ありがとうございます。

それと誤字脱字報告もありがとうございます…。

コメント、好評価も数多く嬉しい限りです。

※今回魔法理論について今回もガバガバに入っておりますご注意ください。

おや?ほのかと雫が…?


勧誘期間が終わり八幡と達也は一段落することが出来ていた。

しかし、その勧誘期間が終わったとしても学校の授業が終了しているわけではなくこのタイミングで魔法実習が本格化してくる。

 

実技場で達也と美月はペアになり実技を受けていた。

 

「達也さん、940msクリアです!」

 

「やれやれ…三回目でようやくクリアか」

 

「しかし意外でした、達也さん本当に実技が苦手なんですね」

 

「意外って…何度も自己申告したはずだけど」

 

「確かにお聞きしましたけど…謙遜だとばかり」

 

本当に心底不思議そうに首を傾げる美月を見て達也は苦笑するしかなかった。

彼女は本当に疑問に思って聞いているのだろうから嫌みに聞こえないのは彼女が持っている雰囲気もあるのだろう。

 

「俺も…人並みに出来ていたら言い方は悪いけど此処にはいないかな?」

 

達也は角が立たない言い方を選択し美月に告げる。

 

「でも…達也さんは口惜しくないんですか?あれだけの事が出来るのに実力がない、みたいな評価をされて。普通なら口惜しいと思うのに達也さんはそれをあまり感じさせないので…」

 

達也はなんとも答えずらい問題が来たものだ、と内心思いつつ特殊な《瞳》を持つ美月相手に下手にごまかせば達也の持つ特異性のある能力が露見してしまう可能性があったので彼女には悪いと思いつつ勘違いをして貰うことにした。

 

「そもそも俺は魔工師志望だからね。戦闘用に魔法を学んでいるわけじゃない。魔工師が魔法が使えないんじゃその魔法の癖だったりがわからないからな、それに…」

 

入学式の時に八幡に言われたことを思い出し達也は無意識に告げていた。

 

「入学式の前に八幡に言われたことがあってな。「この高校に入ってることが既に『優秀』ってことだ、二科生の中にも合格の判定基準が合わなくて仕方なく二科生になったやつもいるだろうし学校という狭い世界なら劣等生として扱われるかも知れんが実地、実践なら特筆してる技能があれば立場が逆転する可能性だって有るわけだ。

まぁ、社会に出たら皆等しく社畜、馬車馬のごとく使われるのが落ちだろ。しかし、魔法師になってまで働かなきゃならんのか…あぁやだやだ」って言っていたしな」

 

「達也さん…ふふふっ!八幡さんの物真似似すぎですよ…!」

 

達也は八幡の真似をしながら美月に話すと口を手で押さえて笑っていた。

 

そんなに似ていただろうか?と達也は思ったが、それよりも今八幡の言葉を思い出すと魔法が満足に使えないのに魔法師にさせられ必死に足掻いているだけの達也であったが、八幡の入学式に言われたちょっといい加減な発言は達也の心に乗った重石が少しだけ軽くなって笑えるようになる気がした。

 

ひとしきり笑った美月は笑いすぎて涙を流していた。

 

時刻は昼休み。しかしまだ居残って実技を受けている生徒がいた。

何故か達也と美月は巻き込まれ。

 

「ほら、もう一息だ」

 

「と、遠い…!0,1秒がこんなに遠いとは思わなかったぜ…!」

 

「エリカちゃん、もう一息だよ!」

 

「あああぁ!!美月の優しさが今は痛い!」

 

レオとエリカが居残りして実技を行っていた。実技場には二人の叫びがとどろく。とそこに。

 

「なに騒いでんだよお前ら…」

 

「お疲れさまです、お兄様、皆」

 

「八幡と深雪?それに雫にほのかも。何故此処に」

 

「あれ八幡さん達?どうして?」

 

実技場に風呂敷を持った八幡と小さいトートバックを持った深雪。そして雫とほのか達が現れた。

 

 

 

 

「深雪経由で達也に頼まれたんだ。どうせ昼飯食べてないんだろ?作ってきたから食ってくれ」

 

俺がお重の弁当箱を掲げるとエリカとレオが喜んでいた。

 

「うっそ!八幡君のお弁当?やった~!達也君に聞いてたから気になってたんだ!」

 

「お、こいつはありがてぇ!」

 

俺が作ってきたお重のお弁当を見て達也が疑問を投げ掛けてきた。

 

「毎回思うんだが何故そんなに食いきれない量を作ってくるんだ?」

 

「…自分でもわからん。まぁ良いだろ、昼飯代が浮いたと思えば」

 

「お前の昼食は学生が食べるもんじゃないな…豪華すぎて」

 

その最中にも実技場の外れで深雪と雫、ほのか達は食事の準備を始めていた。時間は有限だ、俺は達也を見て促す。

 

「とりあえず、食事を取ろうぜ」

 

「そうだな」

 

「お兄様、八幡さん!いただきましょう?」

 

深雪にも催促され皆の輪のなかに向かっていく。

 

「「「「「「「「「いただきます!!!!!!!!」」」」」」」」

 

 

食事が一段落して話題は実技の事になる。美月が切り出してきていた。

 

「そう言えば八幡さん。そちらも同じ課題をやっているんですよね」

 

「ああ、そうだけど…」

 

「よろしければお手本を見せていただけませんか?」

 

「え?」

 

「あ、私も見たい」

 

エリカが美月の提案に乗ってきた。その反応に対して他のメンツも。

 

「俺も見たいな」

 

「お、七草の実技指導楽しみだな」

 

「私も見たい。八幡隠してたから」

 

「わ、私も見たいです!」

 

達也、レオ、雫、ほのかの順に「見たい!」と言ってくるものだから俺は退路を塞がれてしまった。深雪に視線を向けるとにっこりと微笑みを見せるだけなので俺は諦めて測定用の機械の前に立ち測定を始める。

この機械、他人が触れまくって調整怠りまくってるからノイズがひどいんだよな…こんなので実戦を行うのであれば数回は死んでいる。

 

「しかし、この機械調整全然ダメだな。今すぐにでも調整したい…」

 

「八幡はCADを調整するのか?意外だな」

 

達也が俺の発言に食いついてきた。意外って…

 

「意外って…ああ、俺のCADは自分で調整してるし、妹達と姉さんのCADも俺が調整してんだけど。てか俺、ドンだけずぼらだと思われ…」

 

「思ってた」

 

「おい」

 

よし達也、お前が俺をどう思ってるかわかったぞ。

それとして深雪もガバッと食いついてきた。

あの本当に距離感バグってない?近くていい匂いする…って俺今最高にキモい事いってるな。

それに雫にほのか?キモいからって二人して俺の脇腹つままないでね?地味に痛いのよそれ。

 

「八幡さんが全て、ですか!?私のCADもお兄様に調整して頂いているんです!」

 

差し出されたCADをまじまじと見るとよく調整されているのが見て取れる。この調整はプロ顔負けの個人カスタマイズがされて…ん?なんかどっかで見たこと有る調整だな…

まさか達也…

俺が達也に疑問の顔を向けると他人からは絶対にわからないだろうが焦っているように見えた。

 

俺は答えを聞こうとー

 

「ねねっ!早く手本見せてよ八幡!」

 

したが達也に聞きたいことはエリカに急かされ中断されてしまった。他のメンバーも俺の速度を見たいらしい。

はあ…面倒だがやらないわけにいかない、それと達也今度そのCADについて聞くからな。

 

俺は美月達と同じ課題を行った。

美月が始めに確認し驚愕した。

 

「八幡さん。え、ウソ…に、200msです…」

 

美月が話した俺の結果に全員が驚いていた。

 

「人間の処理速度の限界なんじゃないの…!ってお願い八幡!いや八幡先生この課題をクリアする方法を教えて!」

 

「俺も頼む八幡!」

 

ズイっと俺に顔を近付けお願いしてくるエリカとレオ。

…教えろ、といってもな…あまり人におすすめできるやり方じゃないしな。そう思案していると達也も。

 

「俺にも教えてくれないか?」

 

あまり表情に出ていないが興味深々だった。俺は諦めて裏技を教えることにした。まぁ真似できる確証はないので使用者本人のスキルによるが。

 

「…わかったよ。あーそうだな…仮にだ、キッチンからテーブルに卵を移動させるのに何工程必要になると思う?えー美月、答えてくれ」

 

美月に振るとちゃんと答えてくれた。その

 

「えーと…四工程ですかね。加速、移動、減速、停止です」

 

「正解だ。俺は四つの工程を二つに分けて加速、移動を一つの魔法式に、減速、停止を一つの魔法式に纏めて二重詠唱をして起動式の不必要な展開を詠唱破棄して展開しているんだ」

 

「「「「「「「は?」」」」」」

 

俺の魔法の起動展開を伝えると全員唖然としていた。てかユニゾンしたし…だから嫌だったんだ。

面倒くさがりな俺は、魔法の修行中に同一のものをわざわざ別々で起動させるのが煩わしくなって別々だった魔法式の共通点を見つけて起動させることで短縮させる裏技を見つけたのだ。

元々起動式はアルファベット約3万文字あると言われ、それをCADで補助し起動させている。

だったら英文と同じで似たような文章があるはずだ。後に付随する言葉が違うだけならばそこを変えて似たような文章は飛ばしてしまえば良い。と

この事をばあちゃんに伝えると

「お前さんにしか出来んよその短縮法…」とあきれられた。

短く出来るものはした方がよくないか?

 

が、しかし、見つけたとはいったがこれは元々俺が持っているスキル《二重詠唱》と《詠唱破棄》になるわけだが…

 

それと詠唱破棄ってかっこいいよな強者感あるし。あれだ、自壊する鉄の女王…破道の九十、黒○みたいで。

 

達也が質問してくる。

 

「八幡、それは俺でも可能なのか?」

 

「さぁ?どうだろう。もっとも俺のこの同系統と系統外の二重詠唱は俺の特性だろうからな…達也は起動式が読み取れるからワンチャン行けるか…?」

 

「八幡、そればらして良いのか?」

 

本来自分が使う魔法技能は秘匿しなければ行けないのが暗黙の了解だ。

レオが聞いてくるが別に知られたところで痛くも痒くもない。

何故なら

 

「あー…俺にしか再現できないって言うのが難点なんだよなぁ…」

 

どこぞの奇妙な冒険で主人公が「不可能って言う点に目をつぶればよぉ~!」と言っていたのを思い出した。

えぇ…と反応が返ってくる。

そんなバケモン見るような目で見るなよ。

 

「なんだ、期待して損した~!攻略の糸口が見つかったと思ったのにぃ!」

 

「まぁ、加速、移動も同系統の起動式だからそんなに難しくないぞ。皆律儀に全部展開してるからな。此処を二重詠唱できるだけでも100msは早くなるはずだ。やってみろ」

 

エリカは大袈裟にしているがとりあえず終わっていないエリカとレオに付いて実技をやってみるように補助すると…

 

驚愕の結果が出た。

 

「え、エリカちゃん900msだよ!すごい!」

 

「うっそ…さっきと100msも違う…」

 

さっきの実技とは大違いで100msも縮まっておりエリカと美月は抱き合って喜んでいた。

もちろんレオも

 

「すごいなレオ、890msだぞ。」

 

「おっしゃー!実技終わりだぜ!あんがとな八幡!」

 

バシンっ!とレオの平手が俺の背中に炸裂する。痛いんですけどぉ!!

背中をさすりおれは苦笑いするしかなかった。

 

「八幡、規格外過ぎ」

 

「八幡さん…すごいです!」

 

「人を化け物みたいに言うのやめてくれません…?」

 

雫はとんでもないものを見るような目で、ほのかはまるで憧れの人物にあったかのように目を輝かせ俺を見ていた。

…大したことをしてるつもりはないんだけどな。

俺から「魔法」を取ってしまえば自分で言うのも何だが只の特徴のない死んだ魚のような一般高校生になってしまうだろう。

 

…俺にはこれしか特徴がないのだから。

 

「魔法師」という選択がなければ今頃専業主夫になっていたはずだ。

まだ諦めてないけど。

 

そんなことを思っていたら深雪から。

 

「ダメですよ八幡さん、立派な魔法師になってくださいね。それとゴニョゴニョ…(それともし専業主婦になりたいのなら私の家に嫁ぐなんて手も…)」

 

「深雪さん?エスパーなの?俺の考えを読まないで貰って良いですかね…?」

 

「わ、私も立候補していいですか!?八幡さん!!」

 

「ほのかみたいな可愛い子が家で毎日待っていたら頑張れるんだと思うが、告白しても振られるまである」

 

「ふぇ?」

 

ほのかが急に顔を真っ赤にして俺に倒れるように気絶してしまった。女性陣の俺を見る目が冷たい…俺が何をしたっていうんだ。

 

冤罪だ!それでも僕はやってない!あれ最後結局有罪になっちゃうんだよな。見てて辛いんだけど。

 

あと達也とレオから「またかお前…」見たいな表情で俺を見るのをやめい。

何故か嬉しそうに気絶するほのかを抱き抱える俺に深雪、雫、エリカがすごい表情で見ていたのは何故なのだろう…?

 

 

 

 

此処一週間問題もなく平和だった。

達也の方も闇討ち紛いの襲撃もなく平和らしい。

しかし達也が襲撃を受けると俺が深雪のとばっちりを受けるのだ。干渉力が強すぎて俺が氷浸けになりそうになるのだ。その度に深雪が悲しそうな顔をするものだから怒るに怒れない、そんな平和な日が続いていたのだが…

 

『全校生徒の皆さん!』

 

授業が終わり深雪達と教室を出ようとした矢先にハウリングしまくった大音量の声が俺の耳に入り不快感で顔が歪む。

雫とほのかは驚きと不快感を露にし。

 

「な、なんですかぁ!?」

 

「…音うるさい。ほのか、大丈夫?」

 

「うん、大丈夫」

 

「み、耳が…」

 

『僕たちは学内の差別撤廃を目指す有志同盟です』

 

スピーカーから男子生徒の声が聞こえる声に教室内のまだ残っているクラスメイトが色々と騒ぎ立てている。と同時に俺の端末に着信が入る。

どうやら放送室を有志連盟とやらはジャックしてしまっているらしく、委員長から「来てくれ」とお呼びが来ていたが俺は無視して帰ろー

 

「ダメですよ?八幡さん?一緒に行きましょう」

 

う、とするがいい笑顔の深雪に手を捕まれ放送室へと連行されていった。

放送室へと向かう俺たちを不安そうな顔で見ているほのかに「大丈夫」と声を一応掛ける。

 

それと…あれ?俺が捕まえに行く側だよね?おかしくね?なんで俺が捕まってんの?それと深雪さん?最近俺への扱い雑になってませんこと?女ってツヲイ…そう思いながら引きずられて深雪と俺は放送室へと向かった。

 

 

道中、達也に出会い放送室へ向かう。

 

「お兄様」

 

「深雪か…って八幡?…お前まさかと思うが…」

 

「ん、んにゃわけない…」

 

俺が明らかな動揺を浮かべていると溜め息をつき深雪に話しかける。

 

「お前も呼び出しかい?」

 

「はい、会長から向かうようにと」

 

深雪から手を離して3人で向かう際に今回の占拠事件について意見交換していた。

 

「まさか…これを切っ掛けに行動に入るつもりか…?」

 

「八幡どうした?」

 

「どうされました八幡さん?」

 

二人が突然立ち止まった俺に不思議そうに語り掛けてきた。

 

「…ああいや、ちょっとな…」

 

俺は迷っていた。この二人にこの学校を襲うかもしれない輩の事を伝えるべきなのかを。しかし達也からの一言で俺は驚くことになった。

 

「もしかしてこの占拠事件の背後にブランシュがいるんじゃないかと思ってるのか?」

 

「!?…どうしてそう思った?」

 

俺は驚いた、達也が何故その情報を知っているのかと。

 

「俺も闇討ちされた時、襲撃者が特徴的なリストバンドを身に付けていたんだ…それから調べていったら行き着いた情報があってな」

 

「…」

 

俺と達也は同じ回答をした。

 

「「下部組織エガリテ…そして背後にいるのはブランシュだ」か」

 

俺と達也はどうやら同じ考えだったらしい。

達也は深雪のため、俺は姉さんのためにこの学校を襲うであろう襲撃者の存在を互いに許すことはない。

俺たちはそれ以降特に話すこともなく、達也は表情にこそ出ていないが深雪を守るという確固たる意思を感じた。俺は敵対者に対して慈悲を与えてやる必要はないと感じている。

 

黙って放送室へ向かう。お互いに大事なものを守ろうと、戦えることだけは分かりその意思は言葉にしなかった。

 

二人並んで歩く兄と八幡を背後から頼もしそうに、そして悲しそうな表情をしている深雪の姿があった。

 

 

 

二人で並び、その後ろから一人の3名で放送室へ到着すると既に姉さんに渡辺先輩、十文字先輩が既に着いていた。

 

「遅いぞ」

 

「すんません」

 

「彼らは今放送室を占拠し立てこもっている」

 

「これ以上、彼らを暴発させないように慎重に対応するべきです」

 

「多少強引でも短時間で解決を図った方がよいだろう」

 

どうやら聞いた話では。

先程の放送は流れていないようでどうやら電源をカットしたらしい。放送室のマスターキーも奪って立てこもっているのは計画的な犯行だろう。

 

しかし、渡辺先輩と市原先輩の両者でどのような対応をするのかで揉めていた。現場でする対応としては劣悪すぎる。

「事件は会議室で起きているんじゃない、現場で起きているんだ!」と某湾岸署の刑事ドラマの台詞を思い出した。このままでは埒が空かないので

 

「十文字先輩はどう思います?」

 

俺の質問に十文字先輩は「意外だな…」といった表情を向けてきていた。

正直、渡辺先輩は強硬派過ぎるし市原先輩は穏健派過ぎて両極端だ。うだうだやられるよりも一人の意見を押し通した方がやりやすい場合があるからだ。

だから俺は先輩達の会話をぶった斬って十文字先輩に聞いた。

それに今の俺は仮にも十師族の一員だ。このくらい強引でも問題ない。

 

十文字先輩が少し考えてから口を開いた。

 

「俺は彼らの要求する交渉に応じてもよいと考えている。元より言いがかりに過ぎないのだ、此処でしっかりと反論しておくことが後顧の憂いを断つことに繋がる」

 

「そうしましたら、此処は待機ですか?」

 

「学内の設備を破壊してまでも解決するような犯罪性はないと思われる、先程学内のシステムに問い合わせてみたが扉は開けられないようだ」

 

その答えに、まぁそうだろうなと、十文字先輩ならそうすると思った。

俺は後ろに下がり達也に目線を向けると軽く頷き胸ポケットから端末をとりだしコールし始めた…ん?

電話に出たのは壬生先輩で達也と会話をしている。

…お前何時の間に先輩と連絡先交換してたんだ…?達也に驚きの視線と深雪がなにか言いたそうな視線をぶつけていたが深雪の側に行きアイコンタクトで「後にしてくれない?」と伝えるとコクリ、と頷き凍傷になるのは回避された。

達也が

 

「十文字会頭は交渉に応じるとおっしゃっております。生徒会長も同様です」

 

達也は俺の顔を見て頷く。

 

「と、いうことで会場やら日程やらの打ち合わせがしたいのですぐに出てきて貰えますか?…ええ、今すぐです。『先輩の自由は保証はいたします』ので…警察じゃないので牢屋に入れたりはしませんよ…では」

 

俺は直ぐ様移動しCADをホルスターから引き抜いた。

《超重力の網》を放送室内の人員把握のために《瞳》の力を使用し《壬生先輩》を除く数名に掛けるようにドアの取っ手に手を伸ばし開ける準備をする。

 

扉のロックが開かれた瞬間俺はCADのトリガーを引き絞って魔法を発動した。

 

 

 

当然と言うべきか、壬生先輩は「話が違うじゃない!」と騒いでいたが、元々放送室の占拠と鍵の不正使用の件で停学でもおかしくなかったのだ。生活指導担当は「生徒会に一任する」として会長である姉さんの寛大な心でお咎め無しの裁定が下された。

壬生先輩はめちゃくちゃ姉さんに噛みついていたがあれは異常だった。

…やはり精神操作系の魔法を受けている可能性が高い。

 

家を出る前に姉さんから聞かされた話だが、今日の放課後に討論会が行われるという話になったらしい。

ずいぶんと性急だな、と思ったが。

俺はこのタイミングで仕掛けてくるな、と思った。

 

教室に入り雫とほのかが俺を見つけて駆け寄ってきた。雫はそれほど表情は変わっていなかったが昨日の出来事を心配してくれていたようだった。ほのかはその逆で表情に出ており一目で「私はあなたの事を心配していました」と表情に出ているようだった。

 

「八幡。大丈夫だった?」

 

「八幡さん…大丈夫だったんですか?」

 

「大丈夫だって言ったろ。心配性だなほのかは」

 

「でも…」

 

このまま話していると埒が空かない。俺は早速本題を切り出した。

 

「ほのか達は今日部活があるのか?」

 

「え…?あ、はいありますけど…」

 

何てこった…!よりによって襲撃の恐れがあるタイミングで他の部は休部なのにバイアスロン部がやっているとは…ここで「今日は危ないから帰ってくれ」とは言えないしな…要らぬ緊張感を持たせてしまう。

 

「なにかありました?」

ほのかが首を傾げ聞いてくる。俺はなるべく平静を装った。

 

仕方ねぇか…「あの」魔法を使うしかない。

俺はポケットに入れていた試作品の「あるものを」ほのか達に手渡した。

 

「これって…『お守り』…?」

 

「ああ、ほのか達部活頑張ってるみたいだし、なにか渡せねーかなって思って」

 

「わぁ…ありがとうございます…?…!?…///」

 

俺がピンクのお守りを渡した途端、急にほのかが顔を赤くしてそれに続いて雫も赤くなって固まってしまった。

「あんたなんかのプレゼントなんか要らないわよ!」と怒らせてしまったか?しかし念のために持っていて欲しいのだが…

 

しかし、それは意外な結果で裏切られることになる。

雫が珍しく恥ずかしそうに

 

「ん?…八幡それ「安産祈願」って書いてる///」

 

あ、しまった。よりにもよってそっちのデザイン渡しちまった…!

 

案の定ほのかは

 

「あ、ああああ安産祈願…!???ほあわわわわわ…!?で、でも八幡さんとの…!?」パタッ

 

真っ赤になってキャパオーバーになってしまい再び俺が抱き抱える状態になってしまった。

うーん、これは俺が悪い。

 

「これは…八幡が悪い…///」

 

はい。その通りです…雫に言われ頷くしかなかった。

 

ぷくーっ、と頬を膨らませ何時もの如く脇腹をつねられてしまった。うん、セクハラで訴えられなかっただけマシとしよう。

 

二人と分かれ討論会が始まる講堂へと足を向けた…訳ではなく講堂前の通りに俺は向かった。

 

 

講堂では今ごろ姉さんと壬生先輩が弁論をぶつけ合っているだろうがはっきり言って勝負にすらならないだろう。

そもそも、「魔法」が使え此処に入学していることこそが「優秀」の証なのだから。

差別意識は自らのなかにあると言っていいだろう。

壬生先輩が差別と宣う一つに非魔法クラブと魔法クラブの部費の違いがあるのは当たり前だ。

何故か?

それはこの学校は「魔法」を使う事を前提として活動しているのだから。

魔法を使わない部活に優先的に支払うのだろうか?

否、支払う筈もない。「魔法を使用した技能にのみ優先的に割り振られる」からだ。

魔法を学ぶ学校で魔法を使わない、矛盾している。

魔法を使わない「剣道」がやりたいのならば、それこそ私塾にいくか此処をやめて公立高校に進学した方が自分の腕前を貶められることもない。

 

しかし、そんな彼女達の「この現状をどうにかしたい」という真摯な思いすらも利用する野郎に俺は若干のイラつきを覚えていたのは確かだった。

 

 

 

そんな持論を俺は考えながらベンチに座っていると武装した数十名の乱入者と車両が現れたが俺はCADを引き抜き起動式を展開、車ごと吹っ飛ばした。

近くにいた乱入者はうろたえる。

 

「な、なんだ!」

 

「わ、分かりません!」

 

「おい、おっさん達」

 

俺のさして大きくもない声が妙に響き、乱入者どもがこちらに一斉に重火器を向けたがたった一人しかいない俺を見て、この部隊のリーダー格の人間だろうか?が笑い始めた。

 

「たった一人でこの人数を相手にする気か?間抜けだな」

 

「間抜け?今から襲う相手の情報も知らないで襲撃か?御目出度い連中だな」

 

「…っ、やれ!!」

 

弾丸が俺に飛来するが遅い。

自己加速術式を発動し即座に集団の後ろ側へ回り込む。

相手にとって見れば瞬間移動したように思えただろうがそんな隙は与えない。

移動と同時に《重力爆散》を連続で発動し1個中隊規模の人員と兵装を無効化した。

突如、部下と兵器が全て無効化されたリーダー格のおっさんは訳が分からない顔をしていたが気を失ってしまった。

同時に姉さんと深雪が居る講堂の方でガラスの割れる音が聞こえた。

恐らく襲撃があったらしいがそっちは達也や渡辺先輩がいるので安心だろう。

 

俺は姉さんから学校に侵入してきた連中の掃討を頼まれているので他に侵入者がいないかさっきのおっさんを縛り上げ向かおう…と思ったのだが

 

向こうの林、運動場で爆発音が聞こえた。

奇しくもその方向は雫とほのか、バイアスロン部が活動している場所だった。

 

俺は思わず悪態をついてしまった。

 

「なんで悪い予想は当たっちゃうかな…渡した側からこれかよ!?」

 

俺は起動式を展開し一度限りの《空間跳躍》を行いほのか達のもとへ向かった。

 

今回の事を見越して用意していたのは正解だったかも知れないな。

 

間に合ってくれよ…!!

 

 

部活動の準備をしていた雫とほのかは更衣室で着替えをしていた。

その着替えの最中の話題はもちろんーーー

 

「ほのか、八幡の事好き?」

 

「ふぇ?…えええ!?い、いきなりなに雫」

 

雫による唐突な質問にいつものように慌ただしくなるほのか。

その顔はリンゴのように真っ赤になっていた。

 

「だって学校にいるときも家にいるときも八幡の話をするじゃない」

 

ほのかは今まで気がついていなかった。

雫に指摘されてはじめて自分が夢中で『八幡について』語っていることに。

そして今気がついた。

 

「…はじめは八幡さんを入試の際の魔法実技試験で見たときにすごく『綺麗』だったの」

 

「綺麗?魔法式が?」

 

「うん、本当に綺麗な色だったの。魔法を放ったとき色鮮やかで、私はプシオンを感じることは出来ないけどね。八幡さんの放つ魔法を視て感じて、この人は暖かい人なんだって。初めて会った時は十師族の家の人で怖い人かなって思ったけど、皆で過ごす内にちょっぴりエッチで、だけどものすごくかっこよくて…私の家系の問題もあると思うけど…きっと八幡さんのことが好きなんだと思うの」

 

ほのかは光のエレメンツの末裔であるからか強い依存性があるがゆえに八幡のように優れた魔法師に対して惹かれ、強烈な恋愛感情と従属願望が生まれる。

しかし、それも理由かも知れないが彼女が惹かれるのは八幡の性格とその強さにあるのだろう。

 

その答えを聞いた雫もほのかに胸の内を明かす。

 

「…私も、八幡の事が好き。

生まれて初めて成績が抜かされたの。

凄く悔しかった。

それから八幡を追い抜いてやろうと思ったけど抜けなくて。私も気がつかない内に八幡を目で追って関わろうとしてたの。

恋心に変わったのは部活の入学の時かも、先輩達から助けてくれたときに八幡が言ってた。「雫とほのかがそんな目にあってたら助けるだろうし」って…八幡は私をちゃんと視てくれているんだって感じて…其処からかも」

 

言い終わるとあまり表情を変えない雫が赤面しておりほのかは思わず抱き締めてしまった。可愛すぎて。

 

 

「雫…もう、かわいすぎるよぉ!」

 

「ほのか…苦しい」

 

「あ、ごめんね雫。そっか雫も八幡さんを…お揃いだね」

 

雫は普段通りの表情になり、ほのかに宣戦布告する。

 

「例えほのかが相手でも…負けないよ」

 

「私も雫が相手でも負けないよ!」

 

そう二人で言い合っていて、おかしく思えたのか二人で笑いあった。

 

少し話し込んでしまったようで着替えるのが遅くなった二人は練習着に着替え練習場所へ向かおうとするのだが…

 

「皆!今日の練習は中止よ!」

 

部長が声を張り上げて告げていた。何事かと部長へ駆け寄る雫とほのか。

それは普段では聞かない状況だった。

 

「学校にテロリストが入ってきたのよ!何処から来るか分からないから部室棟へ避難するのよ」

 

「え…?」

 

部長のその発言を聞いて青ざめるほのかだったが次の瞬間。

 

爆音が鳴り炎が上がる。

 

ロケットランチャーの弾が地面に着弾し大爆発を起こし爆音が練習場へ響いた。

 

部長は急ぎ部員を避難させるために声を掛けてその場を移動するが、ほのかと雫は腰が抜けてその場にとどまってしまったのだった。

その直後武装したテロリストが数名、目の前に現れる。

 

「こっちにも生徒がいたとはな…」

 

「へへっ、さっきの爆発でビビって腰をぬかしてやがるぜ。おい!妙な真似をするなよ?動いたら殺す」

 

ほのか達を確認したテロリスト達は嘲笑うようにナイフと銃を取り出しちらつかせる。

しかしほのか達も魔法師、行動しようとしたのが失敗だった。

魔法式を展開しようとしたが二人は強烈なめまいに襲われる、よく視るとテロリストの一人が指輪のようなものを共振させているようで、魔法を展開することが出来なくなり

その場から動けなくなってしまう。

 

(まさか…アンティナイト!?そんな!!)

 

「バカな女だ…死ねバケモノ!!」

 

「ほのかっ!!」

 

「雫っ!!」

 

距離を縮めナイフを振り下ろしてくるテロリスト。ほのかと雫はとっさに『八幡から貰ったお守り』を握り目蓋をつぶって抱き合った。

 

(八幡(八幡さん、助けてっ!!)

 

瞬間。旋風が少女達の前に舞い降りてテロリストのナイフが振り下ろ…されることはなかった。

 

来る筈の痛みはいくら待ってもやってこずに衝撃もなかった。雫とほのかはゆっくりと目蓋を開ける。ー其処にはー

 

襲いかかるテロリスト二名のナイフを持った手首をへし折り動きを止めて宙に浮かして投げ飛ばし二人重ねて回し蹴りで後方にいるテロリストの集団の所まで蹴り飛ばす少年の姿があった。

突如として現れた魔法師の少年に驚愕するテロリスト達であったが、今のほのか達にとってはヒーローそのものだった。

 

その少年の名前は。

 

「八幡!!」「八幡さん!!」

 

首をほのか達に少し向けた。

そうすると八幡の登場に二人は安堵していた。

 

「間に合ってよかったわ…お守り、早速効果があったとは…」

 

何故離れた場所にいた八幡がほのか達のところにまで瞬時に来れたのか。

答えは部活前に渡していた『お守り』で、そのお守りには使い捨てだが持ち主のサイオンがこのお守りに流れ込むと座標を発信して八幡が作り出した《空間跳躍》が使用できる。と言ったカラクリだ。

 

「『お守り』ってこれですか?八幡さん…」

 

「まぁ、あとで説明するわ、待っててくれ」

 

「うん、待ってる」

 

「はいっ!!」

 

フランクにほのか達と会話をしていたが会話を遮るようにテロリストが銃撃をしてくる。

が、しかし八幡が手を翳し即座に魔法障壁を作り出し無効にする。

反対側の手でホルスターからCADをとりだし告げた。

 

「俺の大事なもんに手ぇ出したからには…」

 

普段見せないような鋭い眼光でテロリスト達を射貫き動けなくさせている。

 

「八幡さん…///」

 

「八幡…///」

 

テロリストの中には八幡の殺気に慄いて銃撃をやめてしまうものまでいた。

八幡は鼻で笑ってしまった。

この程度の殺気でビビるようならお前らはテロリストに向いていないと。

 

「代償を払って貰うぜ」

 

お構いなしにと八幡は引き金を引き絞りテロリストに重力弾を叩きつけた。

 

 




テロリスト君の明日はどっちだ…!


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悪意の代償

ようやっと入学編終了…。
UAが40000越えて評価バーが生まれて投稿した作品ではじめて4本になったの嬉しすぎる。お気に入り登録ももうすぐ700…。
解釈違いの作品を一読していただいて本当に感謝しかないです。
コメント&好評価よろしくお願いします。

※今回もオリジナル魔法が出ます。苦手な人はバックしてください。
 残虐な表現がございます。ご注意ください。

当作品はハーレムものです。ご注意ください。


「アンティナイトを使え!」

 

「八幡さん!」

 

アンティナイトを所持する人員が一斉に使用し波動が迸る。

しかし、ほのかが慌てるが俺は涼しい顔をして前に進む。この程度のノイズが効く筈もない。

 

テロリストに向けてCADを構えトリガーを押し込む。

 

起動式が展開し《重力爆散》が放たれテロリスト達に殺到し吹き飛ばされる。

あまりの衝撃に呻くテロリストもいるが俺には関係ない。

一人のテロリストが難を逃れ此方に拳銃を引き抜き俺に発砲するが《グラビティ・バレット》で弾き飛ばすと同時に《縮地》を用いて背後に回り込み、組伏せ、頭部にサイオンを纏わせオーラのように光る手刀を突きつける。

 

「動くな」

 

「くっ…!!」

 

「あんたに聞きたいことがある、お前らに指示してるリーダーは何処にいる?」

 

テロリストの一人が反抗しようとするが組伏せるのを強くし動けなくさせる、諦めたのか抵抗する力が弱くなったが喋る気はないらしい。

 

「貴様に喋ることなど…ぐっ!」

 

「まぁ素直に喋ってくれるわけないわな…じゃ、あんたの『記憶』に直接聞くわ」

 

俺は《瞳》の力を用いてテロリストの記憶を1日だけだが遡り覗き見る。

 

この男はどうやら首謀者である司一に直前にあっていたらしい。場所は…学校近くの廃工場じゃないか…

ずいぶんとお近い御住まいで。

 

「居場所分かったわ」

 

「なっ…!?」

 

男の記憶を覗いたのちに素早く光波振動系の魔法で意識を刈り取った。

倒れた男を拘束して他にも倒れていたこの男の連中も一纏めに《拘束》を発動させた。

これで一先ずは安心できるだろう。

 

後ろに居たほのか達に視線を向けると無事な姿を確認できて俺は安心した。

 

「大丈夫だったか…って、…は?」

 

俺はほのか達の安否を聞こうとしたら両者に抱き締められてしまった。なんで?すすり泣く声が聞こえてきてしまって俺は困惑した。

え…怪我したのか!?《初期化》使わないと…でも見られるのは…!

 

と思ったのだが。

 

「…怖かったです。ぐすっ…!怖かったよぉ~!!」

 

「…怖かった」

 

違ったらしい。

 

ほのかが俺に抱きつき涙を流して先程のテロリストに魔法を無力化され、傷つけられそうになった恐怖を思いだしたのか俺に抱きついてきた。雫も同様で普段なら見せない不安な表情を浮かべていた。

俺は二人を落ち着かせるために抱きつかれたのを振りほどくわけにはいかないので宙で空間をもて余す両手を二人の頭にそれぞれ置き撫でて落ち着かせることにした。

 

しばらくして《瞳》で状態を確認すると落ち着いたようで精神状態も異常無いようだ。

 

二人がようやく離れてくれた。

…俺も男なので二人のような美少女に抱きつかれてしまうと非常その…恥ずかしいんですけど…

ふと、ほのか達の現在の格好を見る。

練習着とは言え機能性に優れたハーフパンツの装いになり、雫の華奢な美脚とほのかの健康的で少しむちっとした脚線を覗かせていた。

 

近年では戦争による寒冷化で着込むことが多く、公の場に出る場合女性は肌を見せないようにするのが通例であるが、部活中だったほのか達には当てはまらない事柄だろう。

普段見えないほのか達の脚線美が見えたこと、そして雫は体型が細いのだがそれに比例し何処がとは言わないが体操着からの上からでもはっきりと分かる大きさでほのかに至っては大きすぎず小さすぎない理想的な大きさのモノが今も緊張しているのか上下してしまってい…

ちょっと待って?今の俺めちゃくちゃ気持ち悪いじゃん…

 

つまり…その、今のほのか達の格好も相まって非常に目のやり場に困ってしまう。

瞬間、ほのか達と目があってしまう。

 

俺の視線がほのか達の『アレ』に向いていることが分かり二人は顔を真っ赤にして腕で前を隠し抗議の目で俺を見てくる。

 

俺が悪い訳じゃない!しょうがないじゃないか!こういったときでも男の子だもの!

 

「八幡さん…目がえっちですよぉ…目を瞑ってください…!」

 

「八幡のえっち…目、瞑って?」

 

「す、すまん…」

 

二人が近づき俺は目を閉じる。

 

多分だけど殴られるんだろうな…と思ったがいつまで経っても衝撃が来なかった。

俺は恐る恐る目を開け、其処には

 

チュッ。

 

ほのかと雫。二人の美少女に俺の頬にキスをされていたのだから。

 

「…?」

 

俺は突如の事で脳がフリーズしてしまった。ホワイ?なんでキスされたの?なんで?

ほのか達は顔を赤くして俺からゆっくりと離れた。

 

「八幡さんは私たちを助けてくれましたから…その、お礼です…」

 

「八幡は私たちの命の恩人…だからお礼…あげる」

 

「い、いただきます…?」

 

俺も思考が回っていないのか見当違いの回答をしてしまいほのかと雫はようやく笑顔になってくれた。顔はまだ赤いままだったが。

 

俺は、はっ!と我に返り現在の状況を再把握する。二人を安全な場所へと避難させねばならない。

二人を抱き抱え校舎まで自己加速術式を展開し校舎を目指す。

両腕で抱き抱える状態だ。

 

「え?八幡さん…?きゃあっ!?」

 

「八幡…大胆」

 

二人の可愛らしい悲鳴が聞こえたが命には代えられない。我慢して貰うことにした。

降ろしたあとで色々と言われてしまいそうだけれども…

案の定降ろした先でほのか達に怒られた。

なぜか…その際に《瞳》に映り込んだほのかと雫の俺へ対する好感度が最大値になっていたのは何故だろう…?俺、ガッツリ怒られてたよな?

 

俺はほのか達が安全な場所へ避難したのを確認して、先程のテロリストの記憶からこの事件の首謀者である司一にケジメをとって貰うため学校すぐの廃工場へ自己加速術式を展開しその場を駆けた。

 

 

一方、その頃図書室にて機密文章を盗み出そうとしたテロリストとその文章入手のために利用された壬生先輩は達也達の手によって鎮圧されていた。

 

壬生先輩はエリカとの勝負に敗北し治療と事情聴取の為に保健室に運ばれ、彼女が利用されたことの発端の事を達也は知ることになった。

原因としては壬生先輩が渡辺先輩に言われたことを誤って理解していて、全ては誤解だったと言うことだ。

その瞬間壬生先輩が近くにいた達也の胸に埋まり後悔と恥ずかしさで涙した。

その光景を深雪は目を伏せ何も見ていないポーズを取っていた。

 

落ち着きを取り戻した壬生先輩の口から「ブランシュ」の存在を聞かされ達也は案の定、と言った反応を示しており問題はその首謀者が何処にいるのかという話になる。

 

「奴らが今、何処にいるかと言うことになるのですが…」

 

「達也くん、まさかとは思うけど彼らと一戦交える気なの?」

 

真由美が達也に確認する。その肯定は過激なものであった。

 

「一戦交えるではなく、叩き潰すんですよ。徹底的にです」

 

その発言に渡辺先輩が食いつく。

 

「危険すぎる!学生の領分を越えている!」

 

「確かに学生の領分を越えています。これは警察に任せる案件です」

 

真由美の尤もらしい発言に達也は強烈な一言を突きつけた。

 

「壬生先輩を家裁送りにするつもりですか?強盗未遂で。それこそ当校の汚点になるかと思いますが」

 

その発言に十文字先輩を除く全員が絶句する。十文字先輩が達也の発言に反応した。

 

「警察の介入は好ましくない。だが相手はテロリストだ、下手をすれば命に関わる。俺も七草も渡辺も当校の生徒に命を掛けろ、とは言えん」

 

「当然だと思います。最初から委員長や部活連のお力を借りるつもりはありませんでした」

 

「一人でいくつもりか?」

 

「本来ならば、そうしたいのですか」

 

「お供します」

 

妹の発言を皮切りにこの場にいたレオ達が参戦の意思を固めてきた。

しかし達也はここで気がついた。この場に『居なければいけない男』が居ないことに。

 

「七草会長、八幡は何処です?」

 

達也に言われ真由美も気がついたのだろう「あ、そういえば…」と言った表情で八幡がこの場に居ないことを思い出していた。

 

「八くんには外の侵入者に対応するようにお願いしていたのだけれど…もう、お姉ちゃんに連絡しないなんて、まったくもう…皆待っててチョッと今何処にいるか確認するから…」

 

達也は嫌な予感がしていた。まさか八幡お前…と思案していると真由美の驚く声が耳に入り思考が中断された。

達也の想像は的中してしまったようだ。

 

「ええっ!?八くん!!?いまこの事件の首謀者が居る場所に乗り込んでいるですって!?どうしてそんな危険なことを?!」

 

全員が騒然とする。

既に八幡が位置を特定し戦闘を開始しているところだったからだ。

 

「雫さんとほのかさん達が危険な目にあった…?大丈夫だったの?…そう無事なのね。八くん今場所は?いま何処に居るの?私たちも今すぐに向かうから危ないことはしないでよ!?あ、ちょっと!」

 

ブツリ、と通話が切れてしまった。会話の内容から察すると場所の位置はどうやら学校と目と鼻の先にある廃工場らしい。

 

達也はその八幡の行動にふと『らしい』と。

どうやらあいつも考えることは俺と同じらしいと。自分と妹の日常を脅かすものは排除…八幡も同じなのだろう。

自分と姉、七草生徒会長を大事に想っているあいつならこのような手段に出るのは当たり前だったかもしないと。

達也はつくづく『自分と似ている』と感じてしまった。

 

会長の話を聞いていた

 

「雫、ほのか…無事でよかった。しかし八幡さん一人で…どうしてそんな危険な場所へ…これはどうやら『お話』しないといけないですね…!」

 

深雪は八幡の行動に対して心配していたようで怒っていた。

 

こうして達也達は十文字会頭達と現場に車で向かうことになった。

 

 

 

閉鎖された廃工場へ向かうと衝撃的な光景が広がっていた。

思わずその光景を目の当たりにした深雪が達也に問いかける。

 

「これは八幡さんがお一人で…?」

 

「ああ、これほどの人数をたった一人で全滅させるとは…」

 

閉じられていた門扉は破壊され其処かしろに無力化され気絶しているテロリスト達が転がっており武装は全て凍りつき無効化されていた。

 

「ぎゃあああああああ!!!」

 

廃工場から男の悲鳴が聞こえる。八幡のものではないことが分かるがこの事件の首謀者かもしれない。

レオ達に侵入口に留まって貰い、達也達は内部へと走った。

 

 

達也達が到着する数十分前。

 

「ここか…」

 

俺は自己加速術式を展開し《重力爆散》を鉄門扉に発動し破壊する。

 

「な、なんだ!?」

 

突如として現れた俺に驚いていたようだが此方がどうやら本隊らしい、俺の存在を確認し直ぐ様体制を整えた。

 

「貴様…!十師族の七草八幡か!?」

 

「お、こっちの連中はちゃんと調べてたのか。勉強熱心なことで」

 

「撃て!!殺せ!!」

 

外にいた数十名のテロリストが重火器を構えるが即座に振動系魔法《ニブルヘイム》を発動させる。

一瞬にして数十名のテロリスト達の重火器が凍りつき使用が不可能になる。ナイフを取り出そうとするが遅い。

飛び込める距離にいたので乱舞の型『朱雀』の構えを取りつつ武器を取り出そうとした男の手首をへし折り蹴り飛ばし集団の元に届く前に自己加速術式を併用し到達。男を蹴った反動を利用し撃破する男達の体を足場代わりにして次々と跳躍し蹴り技で意識を刈り取り無力化していく。

その姿はテロリストから見てみれば恐怖でしかなく俺のその攻撃方法は源平合戦で義経が壇之浦で使ったという八艘飛びのように見えていた事だろう。

 

…うん、自分でも思うけど気持ち悪いわ。人間やめてね?

 

「命までは取らないでおくわ…後処理面倒くさいし…まだ中に居るんだろうな…めんどくさっ」

 

周囲にいた重火器をもった数十名のテロリストどもはたった一人の人間に制圧された。

俺は気だるげに倉庫内に飛び込んだ。

 

案の定、まさに蜂の巣をつついたようにうじゃうじゃと湧いてくるテロリストたちの持つ重火器を無効化し、近接戦闘しか出来ないようにする。

がしかし、アンティナイトを持つ数名の要員がいたので振動収束系魔法《フラッシュエッジ》を複数起動させ光の丸鋸のような光輪がアンティナイトだけを切り落とした。

 

「うわぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

目測が誤ったかもしれない。肉も削いでしまったかも知れないが死んでいないから問題ないな。

悲鳴が上がるがどうでもいい。俺は耳障りな音を無視し、再び《ニブルヘイム》を発動し氷付けにして廃工場内のテロリストを無力化した。

俺は《瞳》を使用する。どうやらこの廃工場にもう一部屋あり、数名が残存しているようだ。

道中に気配は感じられないのでそのまま突き進んだ。

 

広いホールのような場所へ出ると一人たっている男を目視で確認する。残りの人員はあそこら辺に隠れてそうだな…

俺がこのホールに入ってきたことを感知し振り返る。

メガネを掛けた細い体躯のいかにも『革命家』といった風体だった。俺に話しかける。

 

「ようこそ、初めまして、司波…ん?招かれざる客だな」

 

「お前が望んでいた人間はここには来ないし、お前も『ここ』で終わりだ司一」

 

「君は…ふははっ!まさか七草家の長男がここに来るとは…予想外だ…改めて初めまして。僕がブランシュ日本支部のリーダーである司一だ」

 

俺の目の前にいるこいつは自分の事は選ばれた人間だとでも思っているのだろうか?こういった手合いのインテリは話すと長くなるからな…

 

俺はホルスターからCADを引き抜き突きつける。

 

「一応警告しておくわ。両手を頭の上で組んで大人しくしろ」

 

「ふむ。君はあの十師族の一員だ、魔法が絶対的な力だと思うのなら大間違いだよ」

 

司が手を挙げると物陰に武装したテロリスト共が現れ俺に銃口を向ける。

 

「なぁ、ひとつだけ聞いていいか?」

 

「なんだい?七草八幡くん」

 

数で勝る司は勝利を確信しているのか余裕そうな態度で此方の問いかけに答えている。聞きたいことはただ一つだ。

 

「お前が高校を襲えと命令したのか?」

 

「ああ、そうだけれど?それがどうかしたのかい?」

 

当たり前の事を聞くな、と言わんばかりの態度だったがこれではっきりした。証拠も十分に揃った。

姉さん、達也、深雪達。そして雫やほのかが危険な目にあった。

なら、その空間に手を出したことを後悔させなければならない。

眼鏡越しに司を俺の金色に輝く《瞳》が射貫く。

 

「お前、消えていいわ」

 

俺は死の宣告を告げた。

 

瞬間、濃密な何かに司は目の前にいるこの少年が自分に向けているのは「殺意」であると。今すぐに行動を起こさなければ殺される!と思ってしまった。

 

「う、撃てぇー!」

 

司一は逃げようとし、護衛の人員は俺の殺気に当てられ直ぐ様動けなかった。

テロリスト共がサブマシンガン等から銃弾を発射しようとするが発射する前に俺が《グラビティ・バレット》を発動し腕ごと潰され銃が暴発した。

テロリスト達から苦悶の悲鳴が聞こえるがお構いなしに魔法を発動し無力化していく。

気がつくと部屋の奥へ逃げようとした司一を確認して俺はあとを追いかけた。

 

奥の部屋に入り込むと不快なノイズ音が聞こえる。

 

「ふ、ふふふっ!!どうだ化け物!…本物のキャスト・ジャミン…」

 

グ、と言いたかったのだろうがアンティナイトのブレスレッドを付いた腕を見せようと思ったのだろうが無駄だった。

何故ならば既に《フラッシュエッジ》の光輪で胴体から消し飛んでいたのだから。

 

「ぐ…ああああああああああっ!う、腕が…!」

 

鮮血を吹き出し苦悶の状態で喚いているがどうでもいい。

頭頂部にCADを突きつける。驚愕の表情でこいつはで俺を見上げるが俺の表情は死んでいた。

 

「た、助けてくれ…な、何がほしい!」

 

命乞いをするとは思わなかったがこいつが空いている手で眼鏡を外そうとする予兆が見えたので俺は直ぐ様こいつがやろうとしていることが分かり、もう1本の腕も《フラッシュエッジ》切り飛ばした。

 

「ぎゃあああああああ!!い、痛い゛…!!」

 

辺りが鮮血で染め上がり俺にまで掛かってしまう。

おい、どうすんだよクリーニング代寄越せや。

こいつがやろうとしていたことを指摘してやる。

 

「どうせ壬生先輩の時のように俺に『邪眼』でも使用したかったんだろうが…無駄だぜ。分かっている手品のタネほど退屈なもんはないぞ」

 

俺の指摘と金色に輝く《瞳》を見せると此方に対して反抗する気力がなくなっていく。

俺は止めを刺すべくCADを司一に突きつけ引き金を引いた。

意識を重力波で刈り取り傷口を焼いて止血して。あまりの痛みに今回の犯人は失神した。

 

俺は血糊を付けたままその場から撤退した。

あとに残ったのは両腕が欠損した首謀者と意識が刈り取られ無力化されたテロリストだけが転がっていただけだった。

 

 

「八幡!」

 

「八幡さん!!っ、そのお姿は!?大丈夫ですか!?」

 

廃工場のホール出口まで行くと達也と深雪の声が聞こえた。どうやら十文字会頭もこの場所に来ていたようだった。

 

「大丈夫…って、怪我してないけど」

 

「血まみれではないですか!?今治療を…」

 

「いや、返り血だから…」

 

鬼気迫る表情で俺の治療をしてこようとする深雪をなだめ十文字先輩に話しかける。

 

「無事か、八幡」

 

「ええ、ご覧の通りっすけど…」

 

「七草が怒っていたぞ…『勝手に一人で行っちゃうなんて』とな」

 

うげ…姉さん怒ってんのか…あとで埋め合わせしないとな…じゃなくて。

 

「この奥に無効化したテロリストと首謀者を捕まえてるんで処理は十文字先輩にお願いしていいっすか?警察の管轄は『十文字家』でしたよね?」

 

「ああ、それで首謀者の人間は?死亡したのか?」

 

「いえ、まぁ…死んだ方がマシな状態かもしれないですね。両手を吹き飛ばしてしまったので」

 

「其処までやる必要があったのか?」

 

俺の首謀者へのオーバーキルに対しての発言だろう。十文字先輩は俺の実力があれば其処までの行為をしなくても無効化できたはずだと思っているのだろうが違う。俺は『それ』でも手加減してやったのだ。

 

「姉さんのいる空間で。ましてや俺の大事なものに手を出した代償を払って貰っただけっすよ」

 

「そうか…分かった。あとは此方に任せろ…それと八幡、その血糊を落とせよ。そうしなければ七草に驚かれるぞ。司波、一緒に来てくれるか?」

 

「分かりました」

 

俺の揺るぎない意思を十文字先輩は確認したのか短く頷いて達也を引き連れ工場へ向かっていった。

 

「八幡さん?」

 

正面を向き直ると仁王も真っ青なほどの笑顔なのだが怒っている深雪が立っていた。

不味い、これ…やばいかも。

あまりの怒りっぷりに姿勢を正し返事をする。

 

「は、はい…」

 

「その前に血糊を落としましょう。はい」

 

そういって魔法を使い返り血を浴びた俺の制服をキレイキレイしてくれた。

 

「あ、りがとう、ございます…」

 

「どういたしまして。さて八幡さん?どう言うことなのか説明していただけますよね?どうしてお一人で?」

 

満面の笑みでありながら俺は深雪のその圧にびびっていた。なんでこんなに怖いんですか?

理由を説明しないと深雪は納得しなさそうなのでありのままを伝えることにした。

深雪に嘘付いても直ぐに見破られそうだし…

 

「…あー、えーと…最初は十師族として学校に対して変な動きをする連中に対してムカついて…その最中に雫とほのかが危うく連中の手に掛かって命の危機にカッとなって撃退して。そのときに達也や深雪が危険な目に合うんじゃないかと頭によぎって…冷静じゃいられなかったんだ、俺の…「友達」…だから…な」

 

俺は頭を両手で抱えて踞った。

 

ああああああああ!!恥ずかしい!!なにいってくれてるんですかね?俺は!?

「友達」なんて柄じゃないでしょーが…向こうは、達也達は俺を「友達」だなんて思っていないだろ。

せいぜい良くて「知り合い」だ…誰かこの勘違い野郎を殺してください…

ふと目が深雪と合う。

 

深雪はキョトンとした顔で俺を見て「友達…ですか…」と呟いて残念そうな、でも喜んでいるようななんとも言えないお母さんが子供を見るような慈しみの目で俺を見てくる。

 

深雪さん、やめて俺のライフはゼロよ!その残念なものを見る目で見ないで!

 

再び地面に視線を向けると柔らかい感触が俺の頭に触れた。

深雪がしゃがみ項垂れている俺の頭に白い綺麗な手が撫でていた。

 

「八幡さん」

 

普段よりも優しげな声は大きくはなかったがしっかりと俺の耳に入ってきた。

 

「は、はい?」

 

「八幡さんが傷ついたら兄も…私はもちろん悲しみますからね。だから、約束してください。無茶しないと」

 

真剣な表情で俺を心配してくれているようだったが俺にもプライドというものがある。

目の前で知り合いが傷つけられるのは寝覚めが悪いし俺の精神衛生上よろしくない。

そう全ては『自分』の為なのだ。

深雪に今出来る精一杯の抵抗を見せる。

 

「善処…します」

 

深雪に負けたりなんてしない!

 

「してくれます・よ・ね?」

 

全てを魅了するような笑顔だったが有無を言わせずに「はい」と言いなさいと言われているようだった。

駄目だったよ…

 

「…は、はい」

 

こうして『国立魔法大学附属第一高校襲撃事件』は無事収束を向かえた。

 

七草の義理の息子の活躍によって。




次は九校戦の話かなぁ…。


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『九校戦編~八幡はひっそりと暮らしたい』
八幡は目立ちたくない


UA50000越えてお気に入りも700越えてましたぁ!!
ありがとうございます…!!

今回から『九校戦』編に入ります。

活動報告の方に「ヒロインは誰を追加したいですか?」を挙げておりますのでそっちもよろしければコメントいただけると幸いです。

そろそろ「俺ガイル」のキャラの影が…?

コメント&好評価お待ちしております。




4月頃に発生した『国立魔法大学附属第一高校襲撃事件』は生徒会と風紀委員会、部活連の3巨頭である

生徒会長七草真由美

風紀委員長渡辺摩利

部活連会頭十文字克人

の三名が解決したと言われているが学校内で噂になっていた。

 

「解決にもっとも尽力したのは七草生徒会長の弟、七草八幡だった」という噂がまことしやか、というよりも彼が解決した。というのが第一高校生徒の認識になっている。

 

「100人のテロリスト相手に魔法を使わずに徒手空拳で制圧した」

「逃げ遅れたあるバイアスロン部の部員を守るために果敢に戦った」

「反魔法団体に一人で挑み壊滅させた」…など嘘と真実が織り混ぜられた話が校内で広まっていた。

その噂を流しているのがその3巨頭のうちの二名。

七草生徒会長と渡辺委員長というのだから否定できない真実味を帯びてしまっているだろう。

 

その事件から数ヵ月が経過していたが八幡を見る目が「七草生徒会長の弟」ではなく「学校を救った英雄」的な目で見られていた。

 

今回の事件で元々整った見た目と特徴的な目。魔法力と身体能力にその家柄で八幡を信奉する者達でファンクラブなるものが存在しているらしいが詳細は不明であり八幡が所属しているクラスでも「八幡君ってかっこいいよね~!」「あの瞳で見つめられながら罵倒されたい」…といったお前ら大丈夫か?相手はあの八幡だぞ?状態になっている。

 

しかし、そんな称賛の中一部の同級生、先輩から批判、批評の声もあるのが実情ではあるが本当に極一部だ。

 

七草八幡はその噂にうんざりしていた。

 

そう、彼は目立ちたくないのだ。

 

この話は彼が卒業、いや卒業しても語られるだろう。

 

本人は不本意であろうが…

 

一方、十師族の七草家では「七草八幡」の評価が改められていた。当主である弘一が次期当主に据えようとしていたところ、分家からの反対があったのだが今回の事件解決の立役者並びに反魔法団体「ブランシュ」日本支部の壊滅をしたのが八幡ということが分かると、多くの分家は弘一のその行動を認める者が出始めていた。

七草家以外では四葉家では「ブランシュ」の壊滅に際し七草八幡が主だった戦果を挙げており司波兄弟からの報告が芳しくなかったこともあり更に四葉当主は八幡に対して更に警戒心を強めていた。

四葉当主は配下の分家に暗殺指令を指示しようとしていたとか…

 

しかし、人知れず次期当主に指名されたり四葉家に目を付けられ暗殺命令を受けていたりしていたが、当の八幡はまだなにも知らない。

 

 

 

7月中旬。

魔法を学ぶ第一高校であっても期末テストというものは存在している。

期末テストが終了したその日、俺は何故か深雪達に連れられ生徒指導室に来ていた。

 

「失礼します」

 

指導室を出る達也に声をかける。お前何かやったんか?

 

「達也…なんかお前やったの?」

 

「八幡…それに皆どうしたんだ?ひどい言われようだな…」

 

といつもの面々(俺は深雪、雫、ほのか)(達也はレオ、エリカ、美月)が待ち構えていた。

指導室を通る上級生や同級生にじろじろ見られていた。

女子は言わずもがな違うタイプの可愛い、美人どころが集まり。男子は俺を除く良い男が集まり注目を集めるのは無理もないだろう。

俺の場合は変に目立ってしまっているのがあるだろうが…姉さん?なにいいふらしてんの?

思わず俺はため息をついてしまった。

そのため息にほのかが心配そうに俺に話しかけてきた。

 

「大丈夫ですか?八幡さん」

 

「…ああ、大丈夫だ。こっちの話、気にしないでくれ…てか達也、どうしたんだ?は此方の台詞だっつーの。何で指導室に呼ばれていたんだ?」

 

達也は苦笑いを浮かべ事の発端を発端を話してくれた。

 

「実は実技試験の事で訊も…もとい質問をされていてな」

 

「なんだそりゃ…」

 

「なにそれバッカじゃないの?」

 

レオとエリカが不機嫌になった。ワザワザ点数を下げる行為をすると思っている教師にバカバカしく思ってしまった様子だ。

深雪も達也が呼び出された理由がまたしても侮られるものだったのかと少し怒りぎみだったが達也になだめられた。

そうだ、一学年の期末テストの結果が学内のネットに掲示された。

 

魔法実技

 

一位:1-A 七草八幡 1-A 司波深雪

 

二位:1-A 光井ほのか

 

三位:1-A 北山雫

 

となっており、4位からようやくBクラスの人物が出てきており上位20名はA~C組の人物達が名を連ねているのだが、魔法理論となると大判狂わせが発生していた。

その結果が此方です。

 

魔法理論

 

一位:1-A 七草八幡 1-E 司波達也

 

三位:1-A 司波深雪

 

四位:1-E 吉田幹比古

 

理論に至っては上位二名がE組という結果に一科生はその当時大いに騒ぎになったらしいが、深雪が黙らせていた。

深雪を怒らせちゃいかんよ…

 

総合結果としてこうなった。

 

総合順位

 

一位:1-A 七草八幡

 

二位:1-A 司波深雪

 

三位:1-A 北山雫

 

四位:1-A 光井ほのか

 

という結果になった。非常に面倒くさいことになったなと俺は思ってしまった。

本来なら上位成績者に乗らないギリギリのラインを攻めようとしたのだが、テストの前日に姉さん達から

 

『いい?八くん。今回の期末テストで手を抜いちゃ駄目だからね!』

 

『お兄様の格好いいとこ見せてくださいね!』

 

『兄ちゃんが実技理論総なめにするのみたい~!』

 

『ほら、お姉ちゃんや泉澄達に期待されてるよ!小町も応援してるから頑張りなよ。お兄ちゃん』

 

といわれてしまい逃げ場がなくなってしまった。

妹に応援されて頑張らねぇ兄いる?いねぇよな!ということになり今回の結果となった。

 

「それで?達也の誤解は解けたのか?」

 

「ああ、一応な」

 

「一応?」

 

俺の質問に達也は気が乗らないような表情と口調で説明した。

 

「手抜きじゃないと理解はして貰えたが…転校を勧められたが」

 

「転校?一体なんでまた…」

 

俺の疑問に他のメンバーも頭に疑問符を付けてたり一言言いたいのだろうが、それを始めてしまうとややこしくなってしまうので一目配らせ静かにして貰うようにお願いすると不満そうに黙ってくれた。

 

「第四高校は九校のなかでも特に魔法工学に力を入れているから、俺に向いているんじゃないかって、ね。勿論断ったけど」

 

「まぁ、お前の成績見たら先生もそんな冗談言いたくなるかもな…知識に至っちゃ先生より詳しそうだしな達也」

 

俺がそれをいうと皆が俺を見てくる。いや、そう思うだろうよ。

 

「それを言うなよ」

 

「まぁ、教師がそんなことをいう時点で間違っているとは思うけどな。所詮先生も人間だ、表面上は読み取ることは出来ても神様じゃないんだ、内面を知って評価できるはずもない。それこそ精神操作系統の魔法でも使わない限りな」

 

「うん、八幡のいう通り。そもそもの前提が間違っている時点で教師失格だと思う」

 

平坦な口調で雫が俺のコメントに援護をしてくれた。結果的に俺のコメントはフォローされる形になったが。

 

話は進み話題は直近で行われる大イベント『九校戦』へと興味が移ることとなった。

レオが話題を切り出した。

 

「そういや、もうすぐ九校戦の時期じゃね?」

 

九校戦のにおける第一高校の準備にガッツリ関わっている深雪が困ったように説明した。

 

「ええ。作業車や、工具にユニフォーム。準備するものが沢山で目が回ってしまいそうです」

 

「深雪さん、ご自身も出場なされるのにご準備もなされるのは大変なのでは…?」

 

美月は本当に深雪を案じている言葉を投げ掛けそれを感じ取った美月に笑顔で返す。

 

「ええ、大丈夫よ美月。確かに大変だけれどもやり甲斐のある仕事だもの。投げ出したりしないわ」

 

「大丈夫よ美月。深雪の事だから新人戦を総なめにするに決まってるじゃない?それよか準備の方が大変そう」

 

エリカが冗談半分、本気半分で返す。

 

「油断は出来ない。今年は三高に『一条』の御曹司が入学したらしいから、でも…」

 

「「でも?」」

 

エリカと美月が雫の発言にあとに続く言葉に疑問を持つ。

雫の視線は俺に…ってなに?皆してどうしたよ?幽霊でもいたか?やだ、怖い。

 

「うちの一高には『七草』の御曹司がいるから…期待してる。八幡」

 

そういって近づき俺の袖口を握ってくる。上目使いで。

雫の行動にムッとする一部の女子から睨まれるが俺悪いことしてないよな?なんで?

達也達は「あー…」と納得している。

袖口をつかんでいた雫が離れほのかのそばに戻ると会話が再開される。

 

「そりゃ強敵かもね。というか雫随分詳しいわね」

 

エリカが疑問を口にするとその問いに答えてくれたのはいつも一緒にいるほのかであった。

 

「雫はモノリスコードフリークなのよ。だから九校戦は毎回見に行っているのよね?」

 

「…うん、まあ」

 

ほのかの問いに感情の乏しい雫だったがちょっぴり恥ずかしそうに頷いていた。こう言ったところが可愛らしいと感じてしまう要因なのだろうか…

 

「…ばか」

 

雫が俺を見て俺にしか聞こえない声で罵倒してきた。ひどくない?てか俺の心読まないで。

 

「今年は三高と競う側になると思うけど大丈夫。男子新人戦は八幡がいるから」

 

「そうですよ!八幡さんがいますから男子新人戦はきっと大丈夫です。三高がどんなもんですか!」

 

雫の言葉にほのかも乗っかりまさに怖いものなしといったところだったが非常に答えづらいのだけれども…

 

「わりぃ。俺、九校戦出場する気ないんだが…」

 

「「「「「「は?」」」」」」」

 

俺が話の腰を折るようなことを言ったばかりか全員が「お前なにいってんの?」的な表情を向けてくる、深雪と雫に至っては背後からなにか浮き出てきているように思える程の迫力だ。

だって面倒くさいじゃん。なんでワザワザ大衆の面々で魔法を披露しなきゃならんの?見世物じゃないんだが。そもそも全ての魔法科高校がその会場に集まるということは「あいつら」と会う可能性があるからだ。

俺はそのリスクを避けたいという思いがあって発言しているのであって…

 

「八幡さん?何を仰っているんですか?」

 

「八幡?」

 

深雪と雫に問い詰められる形になるが俺は負けない!

 

「いや、俺目立ちたくないし…」

 

「そんな覇気の無いことでどうするのです!仮にも今回の成績優秀者なのですよ?」

 

「それに八幡、この間の事件解決の立役者。逃げられないと思う」

 

「い、いや俺みたいなやつが出場しても九校戦の運営側も迷惑だろうし。俺妹いるからお世話を…」

 

「わ、私は八幡さんの活躍みたいです!」

 

「あたしも八幡の活躍みたいかな~」

 

理由の足しにもならない弁論を語る俺の逃げ場は深雪、雫、ほのか、エリカが取り囲んで塞がれた。そして達也が止めの一言を告げてきた。

 

「…八幡。選手の選出は七草生徒会長と生徒会が選ぶんだよな?姉である会長が身内贔無しに直近の成績や事件解決の例を見てお前を選ばないはずはないと思うんだが」

 

なん…だと…?

 

「…そうだった」

 

俺は身内の中に敵が居ることを思い出しがっくりと項垂れ両手を地面につく。

その光景に苦笑いするほのか達と勝ち誇ったような深雪と雫が居たそうだ。

 

くそっ…諦めないぞ俺は…!

俺は生徒会室に走った。

 

「あ、八幡さん!?」

 

生徒会室に入室すると姉さんが作業をしていた。

姉さんに声をかけようとすると姉さんは此方に気がつきパアッ、と明るい表情になった。

 

「姉さん!俺は九校戦に…!」

 

「お願い八くん!エンジニアとしても九校戦に参加してちょうだい!エンジニアが足りないの!!」

 

でないぞと言おうと思ったが早速退路塞がれましたぁ!!

 

「ええ…?」

 

「ん?八くんどうしたの?」

 

「お兄様が言った通りだった…」

 

しかし、俺はまだ諦めたわけじゃ…!?

 

「八くん…ダメ?」

 

姉さんが俺の手を取って上目使いでおねだりしてくる。姉さんの得意技だ。

くっ…!姉さんのおねだりなんかに負けない…!

 

「わかった…頑張って出るよ」

 

駄目だった。しかし、一歩譲っても選手として参加するのは良いのだが…

 

「ほんと!お姉ちゃん嬉しい!」

 

姉さんが俺に抱きついて来る…ああ、柔らかいのが当たっているし、良いの匂いめっちゃする…じゃなくて。

 

「俺がエンジニアで参加するのは不味くない?」

 

「あっ…い、良いのよ!皆知らないし!」

 

姉さんがあわてふためくが「ばれなきゃ問題はない」って思ったろ。

学生の大会に参加するCADの調整技師にプロ呼んでどうするんだよ…

 

チャイムが鳴ったので俺と姉さんは一旦その話を終了させ、次の授業の準備のために生徒会室をあとにした。

 

 

「…だからと言って、各クラブの選手を無視するわけに行かないし、選手を決めるだけでも一苦労なのだけれども今回は八くんが一人二役で活躍してくれるからお姉ちゃんの負担はかるくなるわ」

 

「俺が参加するのは確定ですか…」

 

「当たり前でしょ、八くん?」

 

「さいですか…」

 

姉さんの愚痴を聞きながら生徒会室で授業が終わった後昼食を取っていたのだが、案の定俺は強制的に選手とエンジニアの二足の草鞋を履くことになってしまった。

その決定事項を達也と深雪は「ほれ見たことか」と言わんばかりの勝ち誇った顔をしている。

特に達也、その顔ムカつくから止めろ。

表情に出てないけど何となくわかるぞ、エリートボッチ舐めんな。

 

「選手選抜が未だ決まっていないんですか?」

 

うーん、うーん。と唸っている姉さんを見かねた達也が声を掛ける。

 

「選手の方は十文字くんが手伝ってくれてなんとか決まったんだけどね…問題はエンジニアなのよ。」

 

「エンジニアですか…」

 

「なんだ、未だ決まってないのか?」

 

渡辺先輩の問いかけに姉さんはいつものような明るさはなく力無く頷いた。

 

「二年生の方だと五十里くんとあーちゃんとか優秀な人材が居るんだけど、今年の一年生や三年生はどうしても魔法師希望の子が多くてね。まだまだ頭数が足りないわ」

 

「五十里か…あいつはどっちかというと調整はあまり得意ではなかった筈だが…」

 

「現状はそんなこと言ってられる状況じゃないの…」

 

「私と八くん、十文字君がカバーすると言ってもね。限度があるわ」

 

姉さんよ、俺は確定ですか…救いは、救いは無いんですか!?

姉さんが他の選手の分も見ると言う台詞に渡辺先輩が反応していた。

 

「お前達は主力選手じゃないか。八幡くんもだが、他人のCADにかまけていて疎かになるようでは本末転倒だぞ」

 

「せめて摩利がCADを自分で調整してくれるとありがたいんだけどな~?」

 

「…うん、本当に深刻だな。どうにかしなければ」

 

疲労ゆえに姉さんの妙に据わった眼差しで渡辺先輩を見ると若干冷や汗をかき目を背けていた。

ヤンデレになった姉さんは怖いのでノーセンキューだ。

あ、やっぱり選手も確定なんすね…?

「ねえ、リンちゃん。エンジニアやってくれない?」

 

「無理です。私の技能では中条さん達の足を引っ張ってしまうかと」

 

既に何度か姉さんは市原先輩にアプローチをしていたのだろうか、失敗しているようだ。

姉さんは轟沈し泣きそうになっていた。

 

「うえ~ん、リンちゃんに振られちゃった~八く~ん…慰めて~」

 

おーよしよし、姉さんが俺にもたれ掛かるように軽く頭を預けてきた、他の人も居るというのに俺に頭を撫でられると皆から「ここにも居たかシスコン・ブラコンの姉弟が…」という生暖かい目で見られてしまった。

深雪からは冷気が出ていたは何故だったのだろうか?達也が宥めていたが。

 

「…八くん、良いアイディア無い?」

 

がばりと頭を上げたので、俺は姉さんから離れた。

姉さんは行き詰まったのか俺に意見を求めてきた。

…仕方がない、ここは姉さんと深雪に助け船を出してやるとするか。

え?さっきの復讐じゃないかって?ハハハ、ソンナハズガアルワケナイダロー、ナニヲジョウコニズンドコドーン!

おっと、荒ぶって日本語じゃない半角カナ言葉を話してしまった。

 

「達也とか良いんじゃないか?深雪のCADだって調整しているのは達也って話らしいし」

 

俺の話に中条先輩が食いついてくる。

 

「確かに、司波くんの調整は一流のクラフトマンにも負けずとも劣らない仕事でした」

 

「盲点だったわ…!」

 

姉さんの瞳に生気が宿った。

 

「そうだった…!達也くんはうちの備品のCADを調整して使っていたの忘れてた。使っているのが本人だけだからな」

 

達也の逃げ場がどんどん潰されていく。達也は俺を睨んでいるが目を見ないようにしていた。

でも達也、横見てみ?深雪が目を輝かせてんぞ。

 

しかし、達也も戦わずして負けるのは自分の主義に反するのか最後の抵抗を試みていたが。

 

「CADエンジニアの重要性は重々承知していますが、一年生それも二科の自分には務まらないですし、過去に事例が無いのでは?」

 

「なんでも最初は初めてよ」

 

「前例は覆すためにあるんだ」

 

「達也、諦めろ…最大の障害は姉さんたちじゃ無くて近くにいる人だぞ?」

 

達也は俺が言っていることが分からなかったようだが、その隙を突き隣にいる達也の超重要人物にアイコンタクトをすると頷き思いもしない援護射撃…もとい艦砲射撃が飛んできた。

 

「わたしは九校戦でもお兄様にCADを調整していただきたいのですが…ダメでしょうか…?」

 

達也は深雪の援護射撃に思わす氷付いてしまった。もうこれは詰みだな。

今ごろ達也は心のなかで「深雪!?」となっている筈だ。

すかさず姉さんが追撃を掛ける。

 

「やっぱり、いつもCADを調整している人が担当してくれれば選手としても心強いわよね!ね、深雪さん!」

 

「はい!その通りだと思います。兄や八幡さんがCADの調整を受け持ってくれるなら光井さんや北山さんも万全の状態で試合に望めると思います」

 

達也は二名のラッシュ、特に深雪の兄がやってくれると信じている汚れ無き美しい笑顔を見せられた事により詰んでしまった。

 

ちょっと待って、俺も逃げ場潰されてるじゃん…

 

俺と達也はため息をつきそうになった。

 

 

 

放課後に俺と達也をメンバー入りさせるかどうか最終的に決定させることが決まった。

俺はともかくとして、達也をメンバー入りにさせるときは荒れるんだろうなぁ…と少し黄昏そうになったがこうなったら意地でも達也をメンバー入りさせてやろうと決意した。

友達の為かと言われれば半分はそうだと答える。何故なら俺が見た中で一番の知識と整備の腕を持っているからだ。

初めて達也のCADを見せて貰った時にそう感じたからな。

なんせ達也はあの「トーラス・シルバー」だ。

少し前に最新機種のCADの企業展示会があり俺も変装して参加していたのだが、そのとき「シルバーホーン」モデルをさわったときと同じ調整がされていたのだ。

これでも俺も一応「ファントム」の名を語って「ナハト・ロータス」を運営しているからな。

CADを見る目はある、と自負している。

 

しかし、学校競技のエンジニアに「トーラス・シルバー」と「ファントム」が参加するって…俺はともかくとして「シルバー様」が出るとか…ご愁傷様だろ。

 

残り半分は…俺が楽をしたいからである。

 

暇をもて余していた達也は自分のホルスターからCADを取り出して調整していたのだが、それを中条先輩が目敏く見つけ瞳を輝かせながら頬擦りする勢いで『シルバー・ホーン』もとい『トーラス・シルバー』を誉めちぎっていた。

 

俺もすることが無いのでホルスターから引き抜いて『ペイルライダー』のCADシリンダーカートリッジの回転ストレージを回していると案の定こちらにもニコニコ顔で近づいてきた中条先輩がやってきた。

 

「あっ、八幡くんも今日はペイルライダーを持ってきているんですね」

 

姉さんに視線を向けると「見せてあげて」と言わんばかりのお母さんのような表情を俺に向けてきた。

こうもキラキラとした表情、そして小動物的なちょろちょろ動く雰囲気を持った先輩はどちらかと言うと昔の小町を想起させてしまい、危うく頭を撫でそうになるがそこは自重した。

 

CADを渡してあげると「ナハト・ロータス」で販売されたCADとか種類なんかを色々と説明してくれて本当に好きなんだなと素直に関心してしまった。

 

姉さんが笑いそうになっているのが気になったが…

 

まぁ…すみません中条先輩。本人目の前にいるんですけどね。

あ、そうだ、中条先輩に渡すものがあったんだわ。

 

「中条先輩」

 

「なんですか?八幡くん」

 

首をかしげて俺を見る中条先輩。本当に俺よりも年上なのか疑いたくなったが以前に話していた『あるモノ』を生徒会室に持ってきて足元に置いておいたアタッシュケースを机の上に置く。

「なにかな?」と覗き込んでいる中条先輩の前で開いた。

 

「以前に中条先輩に言った『ペイルライダー』のショートバレルっす」

 

「えっ!?ホントに?ホントにホント?ありがとうございます八幡くん!!」

 

ガバッ。

 

アタッシュケースの中身を見た瞬間中条先輩のテンションがMAXになったのか喜色を浮かべて俺に抱きついて来た。先輩、いくら嬉しくてテンションが上がったと言っても年頃の女の子なんだから俺みたいな奴に抱きついちゃいかんよ…

お兄ちゃん心配です。って言ってる場合じゃねぇ。

 

「あの、先輩?離れてくれません?ね、姉さん?い、いや、違うって!これは…!」

 

その光景を見た渡辺先輩、市原先輩は

 

「八幡くんは本当に女誑しだな…」

 

「驚きです」

 

姉さんはというと。

 

「(少し目が据わっていて不機嫌になっている。)はーちーくーん?餌付けしてあーちゃんも手込めにしようとしてるのかな?お姉ちゃん…そろそろ怒っちゃうわよ?」

 

深雪は言わずもがな

 

「(干渉力が強すぎて寒い。てか霜が出来て笑顔だがめっちゃ怒っている。)八幡さん?またですか?」

 

達也は

 

「(そっとしておこう)…八幡お前」

 

それはお前違う作品の主人公の台詞だろうがぁ!

 

その後中条先輩と俺は姉さんたちからお叱りを受けましたとさ。

お叱りから解放されたあと。

 

「八幡くん本当にごめんなさい…CADの事になっちゃうと舞い上がってしまって…『ペイルライダー』は市場に出回っているのが本当に希少なモノなのでつい…」

 

お叱りが堪えたのと俺に抱きついた事への羞恥心が混ざり今にも泣きそうになっており、俺から声を掛けるのは憚られたがここは言っておいた方が良いだろうと思い意気消沈の中条先輩に妹たちを嗜めるような優しい声色で話しかけた。

 

「そっすね…先輩がCADが好きなのは分かりましたが女の子なんすから嬉しくても抱きついちゃダメっすよ?未だ俺だからよかったですけど、見ず知らずの男に先輩みたいに可愛い女の子が抱きついたりしたら誘拐されちゃいますよ」

 

「ごめんなさい…って!私を何歳だと思っているんですか!八幡くんよりも先輩ですよ!」

 

「いや、モノ貰って嬉しくて抱きつくような先輩は先輩としてどうかと思うんすけど…?」

 

「正論が痛いです…!…でも、もう大丈夫です!八幡くん以外にはしませんから!」

 

その失言?により中条先輩は渡辺先輩から揶揄われていた。

俺を見ている姉さんと深雪がずっと不機嫌だったのが謎なんだが…?

 

またしても達也が呆れたような表情で俺を見ていた。

だからその表情やめろって。

 

 

 

「それでは、九校戦メンバー選定会議を始めます」

 

時間帯は変わり放課後。部活連本部にて姉さんが開始を告げ、会議が始まった。

 

既に内定を貰っている先輩たちに混ざり俺と達也がいる席はオブザーバー席だった。

俺への文句はない…というよりも歓迎と好感触の声が多かった。

まぁ…当然だろうな『七草家』の人間で尚且つ生徒会長からのお墨付きだ。

それに先の事件解決を尽力をしたのが俺と言うことになっているので先輩たちも俺を認めざるを得ないのだろうが。

マジで姉さんたちの手柄を横取りしているようで本当に心苦しいのだけれど…てか出たくないんで誰か否定的な意見を誰か出してくんない?と思ったが誰も声を上げやしない。

否定的な意見を出す方が自分をこの輪から仲間はずれにしてくださいと言っているようなものだ。

特に姉さんからの反感が一番でかい気がする、逆らってはいけない。

 

達也の方はやはりと言ったところか、「何故この場に二科生がいるのか」と。

この場で《ウィード》と言わない辺り良識は未だ残っているようだがそこからもつれていった。

達也に対しては意外にも好意的な意見が多かった。

その理由として先輩からは風紀委員としての実績がなまじ無視できないほどの実績がある達也は二科生として別格の認識だった。

それに選手の中に達也の活躍を確認している風紀委員の先輩が多数存在しているためメンバー入りに納得しているところもあったが、今此処で騒ぎ立てている人間は論点がなく感情論で騒ぎ立てている間抜けしかいないようだ。

 

この騒いでいる間抜け共の余りの反応を見て俺はイラつき度がMAXハザードオン!になりそうになり、どうやって黙らせようか思いながら発言しようとしたところ達也に止められてしまった。

すると不意に議長席の隣から低音ボイスが会場を静まり返らせた。

 

「つまり、司波の技能がどの程度のものなのか分からないからこのような無駄な議論が続いているのは理解した。なら、実際に確かめてみれば良い」

 

十文字会頭の正論に今まで騒いでいた先輩たちはピシャリと黙ってしまった。

それほどに十文字先輩の説得力があったのだ。

 

「簡単に言うが具体的には?」

 

「実際に調整をやらせてみれば良い」

 

まさにその通りであった。

 

「なんなら、俺が実験台になるが」

 

十文字先輩が立候補するが周りの先輩たちが「危険です!」と騒ぎ立てているので俺が怒気を飛ばしてやるとおとなしくなった。この程度で静まるなら騒がないでくんない?血圧あがっちゃうでしょ?

姉さんが代役を申し出るがそれは逆効果なんだわ姉さん。

俺は視線を合わせて「大丈夫」と送ると頷いてくれた。

 

「先輩俺が引き受けるっす」

 

俺が引き受けようとしたが先輩から立候補者が現れ達也は驚いていた。

 

「いえ、その役目俺にやらせてもらえませんか?」

 

桐原先輩の立候補に達也も驚いたようだったが、それよりもその男らしさが表情に出てはいなかったが嬉しそうだった。

 

姉さんからの指示で別のCADに現在使用しているCADをコピーして即時使用出来るように調整する、というテストの条件をだされた達也は

 

「余りおすすめできませんが…仕方がありません。安全第一でいきましょう」

 

そう言って設定データの抜き取りをオートではなく「完全マニュアル」で行っており、エンジニアスタッフ、特に中条先輩と五十里先輩は驚いていた。俺もだが。

選手の面々は何を行っているのか全く理解できていない様子で俺は苦笑した。

調整が終わり達也から桐原先輩へ手渡され使用する。

 

「桐原、感触はどうだ?」

 

「問題ありませんね。自分の物と比べても遜色ありません」

 

桐原先輩が達也から渡されたCADを起動させて使用すると結果を直ちに報告した。

しかし、やはりと言うべきか間抜け共は否定的な意見しか出して来なかった。生徒会長直々の推薦ということもあってハイレベルなものを期待している面もあったのだろう。

…この凄さが分からない時点で魔法師の卵としてはお粗末だな。

 

「わたしは司波くんのチーム入りを強く推薦します!」

 

そんな空気の中いつもとは違った強気の雰囲気で反対意見を述べる同級生に立ち向かったのは中条先輩だった。

凄さを力説するのだが反対意見を言われ、次第に尻すぼみになっていってしまい中条先輩が言い負かされてしまう恐れがあったので、俺が賛成意見を言ってコイツらを黙らせようと思ったところに思いもよらない援護が入る。

その人物に俺と達也は驚いた。

 

「桐原個人が所有するCADは競技用の物よりハイスペックな機種です。スペック違いにも拘わらず使用者に違和感無く感じさせなかった技術は評価に値すると思いますが…会長、私は司波のエンジニア入りを推薦します」

 

なんと服部先輩が達也のエンジニア入りを支持したのだ。俺もこのチャンスを逃すまいと追撃を仕掛ける。

 

「会長、俺も達也のエンジニア入りを強く推薦します…俺も今回CADを調整するエンジニアで参加するのですが、達也の安全マージンを取りつつ完全マニュアルで行うのは流石の俺でもちょい無理ですし…」

 

まぁ、やれなくはないが此処では黙っておく。俺は最大級の『禁じ手』を発言した。

 

「『七草家』専属のCADの魔工師と同じ…いやそれ以上かも知れない技術を桐原先輩が使用したCADに施していました。それはこの『七草八幡』が証明します…此処まで真面目に語りましたが1年生で参加実績がないって言ってましたけど俺が内定してますから大丈夫っすよね?先輩方?」

 

服部先輩という2年生、というか学内の実力者と俺という十師族『七草家』の長男が太鼓判を推すのだ、十分にインパクトがあったはずだ。

 

「服部、八幡の意見はもっともなものだ。司波は当校のエンジニアに相応しい結果を示してくれた。俺も司波のメンバー入りを強く支持する」

 

十文字先輩が意思を表明すると反対派は沈黙し勝負はついた。

結果、達也は九校戦のエンジニアとして参加することが決定したのだった。

 

 

「たでーま…」

 

「もう、八くん。しっかりしなさい?せっかく代表に選ばれたんだから」

 

場所は変わり俺と姉さんは部活連での出来事が終わり帰宅していた。俺は疲弊し、姉さんはほくほく顔だ。

 

「いや、しっかりしろって…無理だろ」

 

「これから小泉澄ちゃんたちから大喜びされちゃうわよ?八くんが九校戦に出るって」

 

「それは百歩譲って良いんだけど…九校戦だと魔法師全員が集まる場所だ。つまりその親族が応援に来るってことだろ?「向こう」での知り合いとか来てそうなんだよなぁ…選手としても」

 

「あっ…ごめんなさい八くん…辛いこと思い出させちゃったね…」

 

姉さんが俺の発言にハッとして落ち込んでしまう。

 

「いや、どうせ向こうは俺を見ても似てる奴いるな、ぐらいにしか思わないって…それに」

 

本当にらしくないと自分でも思ってしまう発言をしていた。

 

「互いに気づかないのが幸せだと思うからな」

 

俺の表情を見て姉さんが悲しそうな顔をしていた。

此処に鏡がないので分からないが、自分でもひどいと思う顔をしていたのだろう。

リビングのドアが開く音が聞こえてくる。この表情のままでは小泉澄たちが心配してしまう。

 

「まぁ、メガネしてるし、背筋もピンと伸びてるからよくよく見ないと俺だってわからんって」

 

冗談を姉さんにかましてやるといつものような明るい笑顔に戻った。

 

「ぷっ…なにそれ?変な八くん」

 

俺と姉さんは気を取り直し、小町達(天使)からの「おかえり!」をいつもの表情で待機していた。

 

「お帰りなさいませ、お兄様、お姉さま」

 

「お帰りなさい!兄ちゃん、お姉ちゃん」

 

「おかえり~お兄ちゃん、真由美お姉ちゃん」

 

いつものような「おかえり」を貰い暗かった気分が晴れた気がした。

相も変わらず現金な人間だな…と自分を鼻で笑いたくなった。

 

案の定俺が九校戦と試験の成績を総なめにした結果、泉澄たちに抱きつかれ

 

「凄いですわお兄様!流石私たちのお兄様です!でしょ?香澄!」

 

「兄ちゃん凄ーい!!流石僕たちの兄ちゃんだね!ね、泉美!」

 

「お兄ちゃんやるじゃん!小町も妹として鼻が高いよ…でも無理はしないでね」

 

小町は察ししてしまったようだが俺は小町の頭を撫でて

 

「大丈夫だ、きっとな」

 

「…頑張ってね、お兄ちゃん」

 

「おう」

 

「私たち3人で絶対に応援に参りますから楽しみにしててくださいねお兄様!お姉さまも連覇がかかっていますので」

 

「頑張ってね兄ちゃん、お姉ちゃん!!」

 

「…おう、ありがとうな」

 

泉澄の頭を撫でてやるとえへへっ、と満面の笑みを浮かべていた。

 

俺と姉さんは妹たちからの激励を貰い明日の九校戦発足式に備えることにした。

明日も波乱な1日になりそうだ…

 




「俺ガイル」原作でも数字が付いている名字の子が居ましたね…出したい…。

部活連で達也が八幡を止めてなかったら大惨事になっていたと思う。
しれっと「七草家」の名前を使っていく八幡…。
これが「権力」…!


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九校戦発足式

九校戦第一話にめっちゃコメント来ててビックリしました…。
前話のあとがきに「数字の付いた名字の子出したい」と書きましたが自分の力量的に「俺ガイル」からキャラを出しすぎると捌ききれなくなってしまうのでこの作品では二名程度しか十師族関連では出せないので申し訳ないです。
(読み方的に数字に出来る登場人物は申し訳ないですが見送りです。)
UAが60000&お気に入り800突破ありがとうございます。
コメント好評価誤字脱字報告もありがとうございます。

活動報告でもあった「ヒロイン追加は誰がいい?」で多かったあの娘が漸く出ます。
八幡のヒロイン枠が追加されていく…。
性格ちがくね?といった所があるかも知れませんのでご注意を。


九校戦発足式当日。

 

俺は登校し教室に入るなり深雪から

 

「生徒会長から申し付けられましたので、八幡さんを見張っていてくださいと。サボらないで発足式に参加してくださいね、八幡さん?」

 

と死け…ではなくお知らせが届き、俺は参加する以外の道が無くなってしまった。

というよりも深雪さん?いつの間に姉さんと連絡先を交換していたの?

 

「昨日会長より「八くんを見張っていてね、どっかに逃げちゃうかもしれないから。連絡先を教えますので逃げようとしたら報告お願いできますか?」と頼まれましたので」

 

姉さんの物真似をする深雪。

 

ちょっとまって深雪、姉さんの真似上手すぎない?

思わずそんなことを思っていると深雪のその説明を聞いた雫とほのかもやって来て詰め寄るように。

 

「八幡ダメだよ?逃げないように私も見張ってるから」

 

「八幡さんダメですよ?私も雫と一緒に見張ってます!」

 

「勘弁して…」

 

俺はある意味美少女3人の熱い視線を受けながら、というかこの話を聞いた奴から血涙を流しそうなくらい羨ましがられる展開に巻き込まれているのだが考えてほしい。

ずっとこの視線を背中越しと横から受けている俺の心の辛さを。

え?自慢かこの野郎って?体感してみろめっちゃ辛いから。

朝から授業を受けて昼は屋上へ行って一人で食事を取ろうとしたところ、3人から「「「ダメ」です」ですよ」と進路を妨害され深雪達に屋上へ連れていかれ、何故か雫とほのかがぴったりとくっついて来て全員でそれぞれ持ち寄った弁当を各自でつついていた。

てか雫さん?ほのかさん?離れてくれない?めっちゃ食いづらいんですけど…

何故か二人の顔が赤い。

暑いなら離れてくれないかね。雫とほのか、頬膨らませながら俺の横腹をつままないでくれ。痛い。

それと深雪さん?雫達を俺に触れさせたくないからってお茶を凍らせるのはやめてくれませんかね。

お茶がキンキンに冷えてやが…!ちゃダメなのよ飲めなくなっちゃうでしょうが。

 

なんでか怒り気味の深雪を宥めるのが大変でした、お兄様助けてくれ…

 

そして放課後。

深雪は発足式の準備があるので俺たちと分かれ、俺は美少女2人組に連行されて姉さんから知らされた場所、つまり講堂へ行くとそこで漸く二人から解放された。

 

そこには既にメンバーが多数居り、遅刻はしていないのだが何故か急がなければならない衝動に駆られてしまった。

 

舞台の裏手に回るとそこには達也と深雪がスタンバっており、俺は達也の着用してるメンバーの薄手のブルゾンを見て

 

「違和感が無さすぎる…」

 

「?どうしたんだ八幡」

 

「八幡さんどうされましたか?」

 

満足げな笑みを浮かべている深雪と達也がこちらの発言に気がついたのか応答した。

俺も達也の制服について感想を述べた。

 

「いや、達也すげー似合ってんな、それ」

 

俺は自分の左胸を指差し達也のブルゾンの左胸に刺繍されている部分を指し示し率直な感想を述べる。

すると達也は表情には出ていないが気恥ずかしそうにしていた。

達也が答える前に深雪が俺に近づき達也の心情…というより深雪の今の心情を話してくれていた。

 

「漸くお兄様が本来あるはずの校章をお付けになられて…深雪は嬉しいです」

 

俺に説明した後うっとりとした表情でエンジニアが着用するブルゾンを着ている達也を深雪はみていた。

それには俺も賛同した。

 

「そうだな、ある種ようやっと認められたというべきか…」

 

俺の発言に達也は苦笑していた。

 

「認められたって…まだ調整もやっていないのに評価されるは可笑しくないか?」

 

「お前の事だからすぐに結果を出すだろ…まぁ、反発があるかもしれないが俺が黙らせる」

 

「それはいい意味での黙らせるか?」

 

「…どっちだろうな?」

 

「おい…!」

 

そのやり取りを聞いていた深雪はにこにことしていた。

不意に深雪が手に持っているものは達也も着用しているエンジニア用のブルゾンではなく選手用のユニフォームを持っていた。

 

「八幡さんもこちらを」

 

深雪がその制服を広げ着用するように促され俺は上着を脱いで着用するがうまく着ることが出来ずに深雪に笑われてしまった。

 

「笑わないでくれよ…」

 

「ふふっ、ごめんなさい八幡さん。屈んで貰えますか?」

 

「お、おう…」

 

俺は屈み腕を通して着用するとすかさず深雪が正面に立って襟元を整えてくれた。

まるで旦那に妻がネクタイ締めるように…ってイカンイカン。

深雪も俺と同じような事を思ったのだろうか、二人して顔が少し赤くなっており顔を一瞬だったが見合わせていた俺達に達也の咳払いで急ぎ二人して顔をそっぽ向けた。

 

「深雪、他の人の目もあるからほどほどにな」

 

「な、なに言ってるんだよたちゅや」

 

「そ、そうですお兄様」

 

「八幡、噛んでるぞ…」

 

深雪のお陰で綺麗に着こなすことが出来たユニフォームを着用した俺と達也をみた深雪は満足げに笑みを浮かべており、当の本人達はそれをみて苦笑しか出来なかった…

 

 

 

発足式という名のお披露目会が始まった。

進行役は姉さんで一人一人の紹介を行っていたのだが、これがなんとも言えないステージ側と客席側からの視線に俺と達也は居心地の悪さを感じていた。

 

姉さんの紹介が一人一人終わると襟元にIDチップを仕込んだ徽章をユニフォームにつけるのだが、その役目は進行役の深雪が担っていた。

深雪は嫌な顔ひとつせず一人一人に徽章を付けていく。

その際に同級生のほとんどが顔を赤くして崩れそうな表情を食い縛って耐えていた。

深雪の凄いところは同じく選手の女子生徒にそれを行っても嫌な顔、というよりも頬を赤らめていたり、照れているような様子が見られていて、先輩達が微笑ましいものを見るように見ていた。

 

まぁ、深雪みたいにな超絶美少女に至近距離でそんなことされたら緊張するわな。

俺のそんな気持ちを読み取ったのか、となりにいた同じエンジニアチームの五十里先輩が声を掛けてきた。

 

「何だか緊張するね」

 

「そうっすね。視線にさらされるのは精神衛生上よくないっす」

 

「でも、試合になったらたくさんの視線に晒されるから此処で慣れておこうよ」

 

「了解っす」

 

緊張をほぐすためだろうか、わざわざ声を掛けてきた所をみると先輩も緊張していたのかもしれない。

気がつくと先ほどの取り付けていた人達とは反応が違うのは当たり前だが、嬉しそうな顔で達也の徽章を取り付けていた。

取り付け終わり、最後に残った俺が名前を姉さんから呼ばれる。

 

「1-A 七草八幡君」

 

俺の気のせいだろうか、先程よりも声色が明るかったようだが。

まぁ、最後の人員紹介だしな。50名も紹介したらつかれちゃうよな。

後で姉さんをわしゃわしゃするか…ただ撫でたいだけじゃないぞ。

 

深雪が俺の前に立って襟元に徽章を取り付ける為に近づいた。

不意に俺は深雪の目をみてしまい深雪にしか聞こえない声で呟いたようだ。

 

「綺麗だな…」

 

すると先程まで微笑を浮かべていた深雪も少し顔が赤に染まり、互いに見合わせると顔が赤くなっていた。

 

「は、八幡さん…」

 

ハッとなる深雪となんとも言えない顔になっている俺は顔を見合わせて若干忙しなく徽章が取り付けられた。

 

「な、なんかすまん…」

 

深雪が全員の徽章を取り付け終わるとステージ向こうの生徒から拍手が巻き起こっていた。達也の際はまさかの1-Eのクラスメイト(レオ達)が音頭を取って拍手をして不満げな連中を一掃していたのは気持ちが良かった。

拍手が鳴り止むと姉さんから補足の説明が入る。

なんだろうか…と思った矢先、俺にとってその補足は要らなかったです。

 

「これを持ちまして全員に徽章の授与が終了致しましたが今回の九校戦に関して重ねてお伝えしたいことがございます。現在選手のユニフォームを着用している一年生の七草八幡君ですがエンジニアと選手を兼任致します。

これは当校始まって以来の快挙になります。

この快挙も重ねまして、参加者一同へもう一度盛大な拍手をお願いします!」

 

「ちょっ!…姉さ、」

 

講堂内に拍手が響き渡り同じく壇上の姉さん、深雪、雫とほのかに達也までもがその拍手に加わっていた。どうやら覚悟を決めるしかないようだ。

 

小町、泉美、香澄…お兄ちゃんやっぱりやるしかないようです…

 

俺が覚悟を決めている最中に九校戦の発足式は無事終了した。

 

 

発足式が終了し、競技に出るメンバーは忙しない日々が続いていた。俺と達也はCADの調整や姉さんと深雪の生徒会の仕事を手伝っていた。

 

室内にキーボードを叩く音が聞こえる。

ちょうど中条先輩と市原先輩が外出していた為、生徒会室に残っているのは俺と達也だけだ。

喉が乾いたので室内の備え付けの飲み物を探す…が、ない…

こういう時にないの多いよなぁ…

 

仕方ない、外の自販機まで行くか…

 

「達也、コーヒー買ってくるけどいるか?」

 

俺にしては珍しく他人の分まで買ってくる気遣い、八幡ったら優しいわね。

達也に声を掛けると喉が乾いていたのか

 

「ああ、頼んでいいか?…あの黄色のロング缶は買ってくるなよ?」

 

マッ缶…大分前に多く買ってきてしまい達也が気になっていたので1本渡したら「これは人を色々な意味で駄目にする飲み物だな…」と苦い顔をして飲みきっていた。

旨いのに…

 

「ちっ…達也をマッ缶の虜にさせようと思ったのに」

 

「あれを毎日飲んでいたら色々と不味い気がするぞ…?」

 

何を言う「マッ缶は長寿の元」という言葉を知らんのか達也よ。

 

「そんな言葉はない…普通のコーヒーにしてくれ」

 

「わーったよ、ブラックでいいか?」

 

「頼む」

 

コーヒーを買いに外の自販機へと向かった。

 

 

「ちょうど2本あったな、ブラック…?なんだ?『精霊魔法』か…?」

 

自販機に行きコーヒーを購入すると売り切れたちょうど2本分が今俺の手の中にある。

不意に俺の《瞳》に様々な色の飛び回る精霊達が姿を現していた。

 

「誰かが呼び出したのか…?そっちは薬学実験室か。って美月…?」

 

精霊達はどうやら薬学実験室から来ているようだが美月が普段掛けているメガネをはずしその方向へ誘われるように向かうのが見えたので俺も気になってそちらへ誘われるように向かった。

なにか嫌な予感がしたので。

 

 

「吉田くん…?」

 

「誰だっ!!」

 

「きゃっ!」

 

魔法の発動中に不意に術者に声を掛けてしまった美月は、術者の『怒り』を反映された精霊に襲いかかられようとするのを見て、ホントに俺って嫌な予感的中させちゃうんだよなぁ…と考えるのと同時に「縮地」で美月の前に躍り出て《ある技》を使用して精霊達を吹き飛ばす。

術者はその《技》をみて驚愕しているが良く見えない筈だ。俺を睨んでくるがそれよりもこの切っ掛けを作った当の本人に告げねばならない。

 

「美月、発動中の術者にいきなり声を掛ける奴がいるかよ…それと…術者のあんた、争う気はないから」

 

「…すまない。僕もそんなつもりは無かったんだ」

 

「いや、さっきのは術者に声を不用意に掛けた美月が悪ぃ」

 

「ええ!?私のせいですかぁ!?」

 

「いや、彼女は悪くないよ…それよりも七草君、君は精霊魔法が使えるのかい?」

 

「…まぁ似たようなもんだ、専門家には劣るが」

 

俺が使用したあの《魔法》について聞いてきた。こいつ結構目が良いようだが勘違いしておいて貰おう。

俺が先程の魔法について説明すると精霊魔法を使っていた男子生徒が自己紹介をしてきた。

 

「名前も名乗らないですまない。僕は吉田幹比古、美月さん達と同じクラスだ」

 

名乗られてしまったので此方も名乗らねば無作法というもの…

 

「俺は七草八幡だ。まぁ、よろしく?」

 

「なんで疑問系?達也からは話を聞いていたよ。とっても非…いや僕の理解を越えているよ」

 

「いま、非常識だろこいつって思ったろ。それいったら薬学実験室で自然霊の喚起魔法の結界張る方が非常識だろ。吉田って呼べばいいか?」

 

俺がその事について話すと苦笑いし

 

「お互いに非常識かもね、出来れば名前で呼んでくれ」

 

「おう、よろしくなミッキー」

 

不意に俺がその呼び名で名前を呼ぶと美月が吹き出して肩で息をしていた。

幹比古も唖然とした顔をしていた。ん?緊張を解そうとしたんだが不味かったか。

どうやら美月は某千葉県のあの有名マスコットキャラクターを想像したのだろうか…

美月の脳内では「ハハッ!!」と声高に話す幹比古でも連想したか。

すると幹比古が俺が呼んだ呼び名に猛反発したいようだった。

 

「ミ、ミッキー!?…意外だな、君がそんなあだ名で人を呼ぶとは。それと頼むから幹比古って呼んでくれよ?」

 

「景気の悪い顔してたから緊張を解してやろうと思ってな、とりあえずよろしく幹比古」

 

「ああ、よろしく八幡」

 

俺と幹比古は此処で初顔合わせをした。お前も名前で呼ぶのな?

 

幹比古がやろうとしていたのはやはり自然霊を使った喚起魔法の練習をしていたらしい。練習後の地面に灰が落ちていたので生真面目な美月は幹比古の後片付けを手伝っていたのだが。

 

俺が美月に話を振る。美月も特殊な《瞳》を持つ人物なので気になって声を掛けたんだが…

 

「美月はどう見えたんだ?水精の様子」

 

「え、あっ青系統の光の玉が見えただけですが…」

 

「色調の違いが見えたのかい!?」

 

「あ、は、はい。青とか藍色とか…キャッ!?」

 

幹比古は美月の手を取って引き寄せて美月の《瞳》をまじまじと見つめていた。

なんだ幹比古…お前もリア充だったのか…俺がやると通報される。いや、しないけどな。

困惑と当惑で動くことが出来ない美月を助け出してやるために咳払いをわざとらしく大きめに払い幹比古に話し掛ける。

 

「んんっ!!…合意でやるなら俺こっから出ていくけど…お前ら俺が風紀委員だってこと忘れてない?」

 

「わわっ!」

 

「きゃっ!!」

 

美月と幹比古が醸し出すこの空間に居づらくなった俺はポケットと手に持った缶コーヒーを思いだし

 

「俺そろそろ行くわ…コーヒーを達也に渡すの忘れてたし。お二人さん常識の範囲内でな」

 

「なっ…ちが、勘違いだ!」

 

「は、八幡さん!ち、違います!」

 

「大丈夫、みなまで言うな。じゃ、そういうことで」

 

「誤解なんだって!」

 

俺は幹比古の訴えを無視し「縮地」を使い生徒会室迄戻ってきた。

 

「遅かったな」

 

「ああ、買いに行く途中に青春ラブコメに巻き込まれてな…」

 

「??なんの話だ?」

 

「いや、気にすんな…リア充爆発しろ」

 

「(それを言うなら何時ものお前も人の事を言えんだろう…深雪、お前の恋は前途多難だぞ…)…物騒だな」

 

達也は思った。お前も人の事言えないだろうが、と。

 

 

8月1日。第一高校が九校戦の会場入りする日になった。

メンバーが全員集まっていたわけではないが、これ以上待っても時間の無駄になってしまうので出発時間にはまだ早いが出発することになった。外で待機していた達也は同じく外でまっていた摩利に理由を聞いていた。

 

「真由美と八幡君は実家の方で用事があるそうだ」

 

「なるほど…分かりやすい説明でしたね。しかし、会長達を置いて出発していいんですか?」

 

真由美は第一高校におけるアイドルのような存在だ。そんな人物を放置して出発するのは他のメンバーから反対意見が飛んで来そうなものだのだが…

 

「それだったら真由美から「かなり遅れてしまうから先に出発していて。それに八くんも一緒に用事に参加しないと行けないから終わったら一緒に向かうわ」と来ていてな。本人からの意向を無視するほど此処の連中もバカではないだろう」

 

「そうですね。先輩、名簿リストと照合した結果、人員は会長と八幡を除いて全員いるようです」

 

「分かった。ん…丁度時間だな。達也くんも此方のバスに乗るかい?」

 

渡辺先輩が指差したのは大会に出場する選手が乗るバスだった。達也は首を横に振る。

 

「いえ、余計な悪目立ちをするのはあまり…大人しく後ろの作業車に乗っていますよ…それに二科の俺が乗っていると選手のコンディションも悪くなるでしょうし」

 

「全く…他の連中も素直に達也くんの実力を認めれば良いものを…すまないな」

 

取り繕った言葉ではなく心より思っている言葉だったので達也は渡辺先輩はこう言ったところが好かれる要因なのだろうなと感じ、達也自身も悪い気分ではなかった。

 

「先輩が気になさることではないですよ、では」

 

 

バスが走りだし一時間がたっただろうか、バス内は適度に揺れる車内と普段の九校戦の練習の疲れが此処で出て眠りこけている生徒が多数いた。

目的地まで後数時間…といったところで一人の生徒が大声を上げた。

 

「危ない!」

 

起きていた深雪の声で眠りこけていた生徒が眼を醒まし対向車線を注視する。

本来ならば壁固なガードがあり此方を越えてこない対向車が偶然にも宙返りをして此方に突っ込もうとしているではないか。

バス内の誰かが悲鳴を漏らした。

バスは急ブレーキを踏むが対向車線から突っ込んでくる事故車は止まらない。

 

不意に深雪が隣の車線を見ると一台の大型バイクが二人乗りをして対向車へ向かっていく。

 

このままでは危険だと深雪は思ったが不意に自身の端末から着信が入る。

こんな時にいったいどなたが…と少しの苛立ちを覚えつつ端末を確認するとそこには

 

「七草八幡」の文字が記されていた。

 

急ぎ着信に出る。

 

「八幡さん!?」

 

いったいどうされたのですか!?と聞く前に八幡から深雪へのお願いをされた。

 

「深雪!みんなに魔法を使わないように指示してくれ!」

 

「は、はい!」

 

みなさん魔法を…と言うと思ったところ既に遅く各自で魔法を発動している状態であったため事故車両に対し相克を起こし妨げられてしまっていた。

しかし、一瞬にして魔法式が分解された。

恐らくは達也の《術式解体》であろう。

 

そのタイミングで隣の追越車線を進んでいたバイクがドリフトしながらバスと事故車両の前に躍り出てバイクの操縦者は足のホルスターからCADを抜いて魔法式を瞬時に展開し加重収束系統の魔法を使用し動きを止めていた。

その魔法は八幡が使用しているのを見せてくれた《超重力の網》であった。

 

 

第一高校の面々を乗せたバスが出発してすぐの事。

俺と姉さんは家の用事…というか分家さん達との定例会議に何故か参加させられた。

小町は夏風邪を引いてダウンしているので家政婦さん達から看病されている筈だ。

 

数日前に分家会議があるとの事で俺と姉さんは参加してくれと父さんに言われ正装して会議に参加したのは良いが…

定例報告会ではなく俺と此処に居ない小町を分家の人たちに紹介する会になっていて、父さんは酷く饒舌だったなと今にして思った…

父さんってこんなに饒舌になる人だっただろうか…?酒入ってないよな?

俺の活躍と会社の件、そして姉さんの事も報告…というか自慢大会みたいになって俺は非常に居たたまれなくなり姉さんに話し掛けると。

 

「お父さん、八くんのことを連れてきて分家の皆さんにお披露目したかったみたいよ?こんなお父さん見るの私を分家の皆さんにお披露目するとき以来かも。良かったね八くん」

 

「なんか…複雑だわ…」

 

「ううん、八くんと小町ちゃんはもう立派な『七草』の家の一員よ。お姉ちゃんもそう思ってるから」

 

目の前には俺と小町を誉めちぎりそうな程語る父さん。

隣には俺と小町を「家族」と呼んでくれる優しげな笑みを浮かべる姉が居て、俺はこんなに幸福を享受して良いのだろうかと本気で悩んだ。

 

分家の家長さんに会うと何故か好感触で接しられて俺は非常に困惑していた。

え、俺義理の息子だって知ってるんですよね?と問いかけると。

 

「はじめは私も八幡殿を本家に組み込む事は反対であったが既に八幡殿はCADの世界において知らぬものはいない会社を経営し、先の一高の事件の際には敵対組織を崩壊させるまでの活躍に至った。未だ八幡殿はお若い、これから人脈を形成していくことを期待せざるを得ないし、既に高校での人徳もあるとなれば否定するものもおりますまい」

 

ぶっちゃけ俺は父さんに拾われて今がある。最初は俺たち兄妹に対して分家の人たちから反対意見が強かったらしいが、俺が第一高校で解決した事件と立ち上げた「ナハト・ロータス」の業績が好調らしく、FLTには劣るが機能とマニアックな外見が特徴なCADが高値で取引されているそうで特に国防軍の偉い人に人気らしい。売り上げ的にはかなりの黒字だとか。

 

「は、はぁ…恐縮です」

 

「いやはや弘一殿もとんだ逸材を拾われてきたようだ。期待しておりますぞ八幡殿」

 

にこにこ顔で俺に話し掛ける分家の人は機嫌が良さそうだった。

 

 

俺と姉さんが分家会議から解放される頃にはもう俺はくたくたになっていた。

 

「疲れた…もう帰っていい?」

 

「駄目よ八くん、これから九校戦の会場入りしなきゃ行けないんだからね?」

 

会議から解放された足でそのまま会場へと向かわねばならないのだが…

 

「え…?車が修理中…ですか名倉さん」

 

「ええ、申し訳ございません八幡様。今急ぎで修復させているのですが…夜まで掛かる見込みでございます」

 

「ええ…マジっすか」

 

「ええ、マジにございます」

 

名倉さん、そんな茶目っ気要らないっす…

今日中に会場に入らなければならない理由があった。

俺的にはどうでもいいのかも知れないが、懇親会の挨拶に非公開だが十師族の『九島家』九島烈老師が挨拶に来るらしい。父さんからも「挨拶をする機会があればしてきなさい」と言われているので出来れば無視したかったがそうも行かず会場入りを遅らせるわけには行かなかった。姉さんもパーティーには乗り気では無いようだが。

今から出ないと遅れる可能性もあったので『あるものを』使うことにした。

 

「…仕方ないか…名倉さん、『あれ』の準備できてます?」

 

俺は七草家のガレージを見て話すと名倉さんがシャッターを解放して答えてくれた。

 

「はい、整備万端にてございます。ご準備いたしますのでしばしお待ちを」

 

そういって名倉さんは家政婦さん達に指示を出してガレージへと向かっていった。

 

「分かりました…『あれ』に乗って向かいます…姉さん着替えなくていい?」

 

その場に二人残され俺は姉さんの格好を見て話し掛けた。

 

薄手のカーディガンを羽織り、その下は両腕両肩がむき出しの白のサマードレス。

スカート丈も膝下まで。

素足にヒールの高いサンダル。

つば広の帽子をかぶっており似合っていた。

 

しかし、今から乗る乗り物には少し不似合な格好ではあるが…

 

「うーん今から着替えると遅くなっちゃうからいいわ…それよりも八くんからこの服の感想聞いてないんだけど?どうかな、似合う?」

 

くるりと回りスカートが少し翻って首をかしげ、何時ものように優しい笑顔で俺を見る表情はとても魅力的だった。まるで物語に出てくるヒロインのように。

俺は率直な感想を述べた。

 

「うん、可愛すぎて俺が死にそうだし、白いサマードレスが似合いすぎて悪い虫が寄ってきそうで義弟の俺はめちゃくちゃ心配だ。もし仮に告白したら振られるまであるな」

 

俺が感想を述べると姉さんは恥ずかしそうに、そして嬉しそうに返答したが、俺の回答の一部が不満だったらしい。

最後の一文は姉さんがごにょごにょ言ってて良く聞こえなかったが。

 

「あ、ありがとう八くん…///八くんだったら告白してくれたらお姉ちゃん受けちゃうかも…」

 

「なんか言った?」

 

「ううん!なんでもない。褒めてくれてありがと八くん」

 

何時ものような笑顔の姉さんだったが少し顔が赤くなっていた。

服装を褒めた後に直ぐ様ガレージから名倉さんが家政婦たちと共に「あるもの」を引っ張り出してきてくれた。

 

「お待たせいたしました八幡様、お嬢様」

 

名倉さんと家政婦さん達がガレージから持ってきたのは俺が「ナハト・ロータス」で開発していた試作型のCAD機能がある赤と黒のカラーリングの大型バイク『レッドリッター』だった。

 

「八幡様、お嬢様此方を」

 

二人分のヘルメットを名倉さんが手渡してくれた。俺はフルフェイス、姉さんはヘルメット&ゴーグルタイプだ。

姉さんが被っていたつば付帽子を家政婦さんに渡し被る。

 

俺の今の格好は黒のカジュアルスーツになっているのでそのまま出発することになる。

タンデムのツーシートに姉さんが跨がるのではなく横に腰かけるように両足を片方のサイドステップに足掛ける。

前にいる俺に振り落とされないように腰の辺りをきつく腕を回して姉さんが密着するような形になった。

 

「八くん、安全運転でお願いね?」

 

「当然。姉さんをキズモノにするわけに行かねーし」

 

「八幡様、お嬢様行ってらっしゃいませ」

 

「じゃあ、行ってきます」

 

「いってくるわね名倉…きゃっ!八くん!」

 

名倉さんと家政婦さん達に見送られながらバイクのアクセルを吹かし、エキゾースト音が鳴り響いた。

発進と同時に背後から姉さんの可愛らしい悲鳴が聞こえたが無視することに決めると抵抗なのか密着度と腰の締め付けが強くなった気がした。

 

「やれやれ…お嬢様と八幡様は本当の姉弟のように仲がよいですなぁ…」

 

微笑ましいものを見るように名倉は呟いた。

 

 

 

 

大型二輪が高速道路を疾走する。

俺の背後にいる姉さんは薄手の服装だが風の影響を受けないように魔法で保温と防風対策をしているので意外と快適そうだ。

姉さんに何故俺が今回の会議で呼ばれたのか疑問に思ったことを聞いてみた。

声は風に邪魔されずしっかりと聞こえている。

 

「なんで俺、会議に参加しなきゃならなかったんだ?報告するだけなら顔を出さなくても…」

 

「お父さんも思惑があったんでしょ?「これがうちの八幡です」って分家の人に知らしめたかったのよ」

 

「まぁ、分家の人に好感触だったのは驚いたけどね…」

 

「もしかしたらお父さん、八くんを『七草家次期当主』に指名したいのかもよ?」

 

「俺を?面倒くさい…冗談いわないでくれよ。仮に俺が指定されたらバックレるまであるな…それだったら次期当主は姉さんだろ?」

 

「私は次期当主って器じゃないかな。私も次期当主なら八くんになって貰いたいかも?」

 

普段と変わらぬ口調で俺に話し掛ける姉さん。

 

「仮にもし俺が当主の座に着いたら次代の跡継ぎいなくなるな、貰い手がいなくて」

 

俺が次期当主になってみろ。

猫背は改善したがこの死んだ魚のような眼の男の元に嫁に来る女性はいないはずだ。その時点で家系を継ぐものがおらず消滅してしまう。

そもそも魅力がないし…あれ?自分で言ってて悲しくなってきたぞ?

 

背後からの密着がさらに強くなる。

姉さんがなにかを呟いていたようだったが突風に掻き消され聞こえなかった。

 

「ううん、八くんはとっても魅力的よ?…八くんが次期当主なら私がお嫁さんになってもいいけど…」

 

「姉さんなにか言った?」

 

「なんでもないわ!ほら、八くん運転しっかりね!」

 

「わーってるって」

 

アクセルを吹かしエンジンが唸りを上げ加速する。

 

 

暫く走行すると前方に第一高校の作業車と選手達を乗せたバスが見て取れた。

どうやら追い付いてしまったらしい。

俺は追い抜いて先に着いておこうかと思い追い抜こうとアクセルを回そうとした瞬間、

 

俺の《瞳》が反対車線から車が飛び出し第一高校の選手達が乗るバスへ突っ込もうとする悪意を捕捉した。

 

瞬時に俺は判断し達也の端末をコールする。同時に背後にいる姉さんにしっかり掴まるように指示を出す。

 

「っ!姉さん掴まっててくれよ!!飛ばす!」

 

「え?八くんどうしたの?いきなり…」

 

「いいから!」

 

「う、うんわかった…きゃっ!!は、八くん!?」

 

着信がワンコール、ツーコール…と鳴り達也が応答する。

 

「八幡か?どうした?」

 

「達也!《術式解体》を選手達のバスへ準備をしてくれ!前方の車両に反対車線から車が来るぞ!」

 

「なに…なっ!?」

 

俺が言いきった直後、最悪の事態は現実のものになった。

 

反対車線からオフロード車が何故か偶然にも宙返りをして選手のバスへと突っ込んでいく。

俺はアクセルを吹かしながら深雪の端末へ連絡をいれる。

達也がなんとかしてくれるだろうが念のためだ。

こんな事態でも冷静に判断している俺は俺自身に笑いそうになった。

 

「深雪!みんなに魔法を使用しないよう指示してくれ!」

 

深雪の反応を待つ前に連絡を切ってアクセルを吹かし急停止したバスの横からドリフトしながら割り込み俺はショートバレルの《ペイルライダー》を引き抜き先ほどまで突っ込んで燃えていた事故車は鎮火されていたが加速が止まるわけではない。

 

「止まってくれよ…!」

 

俺は素早く《グラビティ・バインド》を起動させ勢いを殺し動きを止め…きることは出来ずこのままでは停止したバスに激突してしまう…!

と思われたが十文字先輩の《ファランクス》が発動し事故車は完全に停止した。

この状態では中の人間は仏になってしまっているだろうが、取り敢えず考えるのは後にした。

突然宙返りをしてバスに突っ込んだことに関して俺は疑問を考えずにはいられず、何故突如として俺自身の《瞳》が起こってもいなかったチョッとした未来予知が出来たのか謎だった。

 

割り込んだ車線には姉さんを後ろに乗せた運転手の俺が事故車両を見つめ佇んでいた。

 

 

事故車両が突如として2人乗りをしている大型バイクの運転手に止められ九死に一生を得たメンバー達はバス内に急ぎ乗り込んできた人物の声で我に返った。

 

「みんな大丈夫!?」

 

ヘルメットとゴーグルを脱いで薄手のカーディガンを羽織り、白のサマードレスを着た生徒会長の真由美がやってきていたのだ。

落ち着いた真由美の声で十文字と摩利は我を取り戻し振り返る。

 

「もう大丈夫よ。大惨事は免れたようで何よりだったわ。消火してくれなかったら間に合わないかと思ったけど…消火してくれたのは十文字くん?」

 

「いや、俺ではなく司波妹だ。バス内の魔法式を掻き消したのは七草か?」

 

「ううん。私じゃないわ。たぶん八くんだと思うけど…」

 

「八幡か…?今あいつは何処に」

 

いるんだ?と十文字が聞こうとすると真由美の背後からブラックのフルフェイスを被りカジュアルスーツを来た男性が現れメットを脱ぐと

 

「ここっす、無事っすか先輩達。それにバス内の魔法を吹き飛ばしたのは達也の《術式解体》っす」

 

「…っ八幡」

 

「八幡さん!」

 

「八幡さん…!」

 

雫達が反応し大惨事を防いだ当の本人が現れた。彼を慕う少女達の顔に喜色が浮かんでいたのは想像に難くないだろう。

 

窓の外には作業車から出た技術スタッフが救助活動をしていた。それを見た真由美は八幡に声を掛ける。

 

「八くん、手伝ってきてあげて」

 

「えぇ…めんどくさ…あいよ」

 

救助活動をする3年生のメンバーがいるなかで一年生の姿を確認した摩利は今年の一年生は恐ろしいなと思った。

あの魔法が無法的に飛び交っていたものを消し去ったのは後方からだろうなと。その実行者は達也くんか…

実行することすら難しかったあの現状で彼らならやりかねないと摩利はそう思ってしまった。

 

 

 

事故の後、警察の事情聴取やら交通整備の手伝いやらで時間が取られたが昼過ぎには会場に到着することが出来た。

出発する際に姉さんには窮屈な2人乗りよりもバスに乗っていた方が楽だろうと思い提案したが不機嫌な顔をされて却下され、結局後ろに姉さんを乗せて会場入りすることになった。出発する際に何時もの面々(深雪、雫、ほのか)が不満げな顔をしていた。

いや、君らもバス乗ってるんだから楽でしょうが。姉さんも何故わざわざ苦労を選ぶのよ。修行僧かな?

 

到着したロビーで姉さん達と別れ、先に着いていた荷物カートを押しながら達也、深雪と話す。

 

「では、先ほどのあれは事故では無かったと…?」

 

「ああ、不自然だったからね。事故車を先ほど調べてみたら魔法が使われている痕跡を見つけた」

 

深雪が質問すると達也が答えた。俺もその答えに追加で回答する。

 

「魔法の起動式も検知されない高度な技術だったな。使い捨てで潰すには惜しい能力だ。そんなことに使わずに国防軍で使った方が優意義だとおもうんだけどなぁ…まぁ、どこかの組織が一高をねらって自爆攻撃を仕掛けてきたのは明確だろ」

 

「卑劣な…!」

 

「元より、犯罪者やテロリストは卑劣なものだよ。それより何が狙いなのかが気になるが」

 

「…(魔法が使われ自爆特効を仕掛けるテロリスト…確かに何が狙いだ…?名倉さんに頼んでおくか。幸いさっきの男の身分証と体組織のサンプルはデータ化してあるから後で渡して調べて貰おう…もし、先ほどの連中が再び攻撃を仕掛け姉さんの連覇を止めようって言うのなら…容赦はしないがな)」

 

深雪が静かに怒りを発露させ立ち止まる、達也は深雪の背中を二度叩き再び歩を進める。

しかし、立ち止まる俺を見て深雪と達也は俺を見て不思議そうに此方を見ていた。

 

「八幡?」

 

「八幡さん?」

 

「…んあ?ああ、なんでもない」

 

 

俺もカートを押そうとしたところ見知った顔に遭遇し直ぐ様足を止めてしまった。

 

「やっほー、深雪に達也くんに八幡、元気してた?」

 

「エリカ?ってお前その格好…」

 

「ええ、エリカ一週間ぶり…って貴女、何故此処に?」

 

エリカのその姿は直視するには刺激的だった。

上はタンクトップで下はショートパンツにサンダルで魅力的なナマ足をさらし健康的なエロスを醸しだし道行く通行人からチラチラとエリカを見る生徒が見受けられた。

ちなみにだが達也は話が長くなりそうだったので先輩との打ち合わせもあるためさっさと行ってしまった。

 

妖精が夏を胸で刺激しそうなナマ足が魅力的だった。

 

「もちろん、応援によ」

 

「競技は明後日からよ?今日の懇談会は選手しか入れないわよ?」

 

「知ってる、あたし関係者だから」

 

何を根拠にそんなことを…を俺と深雪が思った矢先に更に知り合いが現れた!

現れたって言うとドラ○エみたいだな。

 

「エリカちゃんお部屋のキー…っと、深雪さん?八幡さん?」

 

そういって小走りに此方に走り寄ってくる美月がやってきた。

 

「「…派手ね」派手だな」

 

深雪と俺が挨拶ではなく感想を述べると美月も居心地が悪そうな愛想笑いを浮かべていた。

俺は美月のある一点部分とエリカの美脚をまじまじ見てしまい思わずそっぽを向かざるを得なくなりそれに気がついた深雪が俺の脇腹をつねってくる。

深雪さん、それは雫の専売特許です…!

 

視線に気がついた美月とエリカは顔を赤くして見られている部分を手で隠して抗議してくる。

 

「ううっ…眼がエッチですよ八幡さん…」

 

「スケベ八幡ね…やらしー…」

 

「おい、待て!俺が悪いのかよ!後なんか語呂良いのムカつく」

 

「八幡さん?…はぁ、全く…エリカ、美月、似合っていて可愛いのだけれどTPOに合っていないと思うのと八幡さんから熱烈な視線を受けてしまうから着替えた方がいいわ」

 

深雪さん?さらっと俺もその原因の一因にしないで…って痛ぇ!脇腹摘まむなって!

 

 

ロビーでの冤罪?が解決された後、俺は部屋で疲れて寝ていたのだが姉さんからの依頼で起こしに来るように頼まれた

深雪に起こされ行く気もなかった夕食のパーティーに参加する羽目になった。

俺が「七草家」の人間でなければ絶対に出ていない筈だが…偉い人は「役職が人を創る」とはよく言ったものだと関心してしまう、そんなものは知りたく無かったが。

俺は第一高校の制服に着替えて深雪と一緒に来ていた達也と一緒に会場に行って貰うことにした。

大丈夫だって。絶対行くから。

 

「人多すぎだろ…」

会場に到着するとそのような意見を言いたくもなる。

大会に参加する学校の数を全ていれると約四百名…和やかに、というよりも緊張感の方が眼につくのと人が多すぎて気分が悪くなる。

家柄を持ち出してマウントと取り合う未来しかみえないからな。

 

そんな心情を知ってか知らずかウエイトレスが声を掛けてくる。

 

「何かお飲み物は如何ですか?」

 

「あーじゃあ…マッ缶で…ってなにやってんだエリカ?」

 

「関係者ってそういうことか…」

 

「そういうこと。てか、此処にマックスコーヒーがあるわけ無いでしょうが」

 

「んじゃ、ジンジャーエールをくれ」

 

「はいは~い。それよりも、どう?この衣装似合う?」

 

エリカは随分と大人っぽいメイクをしており服装もこの会場で給仕をしてるコンパニオンと同じで、何時もの溌剌とした性格のエリカだが大人びた格好も凄く似合っていた。

 

「…そうだな。俺がもし七草家の当主なら真っ先にエリカを雇うぐらいには魅力的だな」

 

「あ、ありがと///…は、はいジンジャーエール!あたし仕事あるから行くね!」

 

エリカは顔を真っ赤にして急いで向こうに行ってしまった。給仕の服を着ていたが転けることもなく進む姿を見て流石武道を習っているだけあるなと思ってしまった。しかし一体どうしたと言うのか…

 

取り合えず腹が減ったので提供されているバイキングに手を付けるかと食事が置いてあるテーブルへ向かうべく歩を進めると一人の女子生徒とすれ違う。

 

第一高校ではない赤いブレザーを着用した恐らくは第三高校の女子生徒だろうか、俺は通りすぎたときに思わず二度見をしてしまい中学次代の俺に纏わりつき愛らしさと憎たらしさを兼ね備えた後輩の姿が脳裏にちらつき名前をつい呟いてしまった。

 

「いろは…?」

 

見た目が完全一致と言う訳…ではなく所々めちゃくちゃ似ててあいつの亜麻色のセミロングの髪型を想起させる女子生徒はウェーブの掛かる金髪のロングヘアーで全くの別人だったが何故かあの後輩に似ていると感じてしまった。

 

呟いた名前が聞こえてしまったのか此方を振り返ってしまった。

 

「??いろは、は私の妹ですが…!?」

 

「あ、すんません、人違いでした。それでは…」

 

不味い、と思い失礼しますと行ってその場を離脱しようとしたが俺の体が動かなくなってしまった。え?なんすか急に金縛り?参ったな。と思ったら俺が勘違いした呟きを聞いた少女が俺の手を取っているではないか。

あのすみません手、離してくれます?そんな事情は知らぬと少女は驚いた顔を浮かべ話してくる。

 

「貴方は…もしかして比企谷八幡様でいらっしゃいますか…?」

 

比企谷…久々に聞いたなその名字。

 

「あ~、えーと。俺が八幡だけど…どこかでお会いしましたっけ…?」

 

そういうと俺の手を取って嬉々とした表情で俺の手を両手で握った。

え、なんのサプライズだこれ!?

 

「やはり貴方が…!申し遅れました私は第三高校一年、一色愛梨と申します」

 

こちらも礼儀として名乗る。

 

「第一高校一年、七草八幡です…ん?やっぱり一色ってことは…」

 

「はい、一色いろはは私の妹です。在学中のいろはを助けてくださってありがとうございます…!」

 

急に頭を下げるものだから俺は急ぎ頭を上げて貰うことにした。ちょっ…!一色さん頭上げて!!このままでは俺が彼女に頭を下げさせるのを強要させているように見えてしまいます!

 

「ちょっ…!一色さん頭上げて…!何事かと思われる…!」

 

俺にそう言われた一色さんは頭を上げて周りにいた第三高校のメンバーに目配せし離れて貰っていた。

 

「助けたっていってもあれは俺が在学中に部活動の一環でやったことであって…つまり自分の為にやったことだ、お礼をいわれる筋合いはない」

 

俺がそう言うと気品有る感じに一色さんがクスリと笑うと少し真面目な表情になった。

 

「いろはが私に言ってました。「きっと先輩は「自分の為だ」って言うに決まってる」といろはが言っていたのを思い出しまして…貴方が去年の12月頃から急に姿を消してしまっていろはの元気がなくなっていたのですが、これで元気になってくれそうですわ…七草さん、お聞きしても?」

 

「…なんでしょうか?」

 

「何故12月頃に突然いろはの前、総武中から居なくなってしまったのです?そして今は何故「比企谷」ではなく「七草」の姓なのでしょうか…」

 

非常に答えづらい問答だった。まぁ…教えたところで此方に得も損もある訳じゃないし説明しても良いか。言わないと納得しなさそうだし…流石に泉美達の件は黙っておくことにして、一色さんに話すことにした。

 

俺が総武中で家の兼ね合いで様々ないじめにあっていたこと。それが原因で実家…比企谷家から絶縁され12月の寒空の下で実妹とさ迷っていたところ、たまたま七草家の姉妹を救出して家長に気に入られ、七草家に養子入りしたことを説明する…因にだが既に比企谷の家は俺たちを絶縁した親ごと消えたらしい。いったい何処に行ったのか見当も付かないがどうでもいい。一連の流れを説明すると一色さんは何故か涙を流していて俺はあわててハンカチを差し出し涙をぬぐってやると

 

「ありがとうございます八幡さま…紳士ですわね。

何故、何故…八幡様がそのような目に合わなければならないのです…他人のために戦える貴方が報われないとは…許せませんわ…!」

 

「いや、なんで一色さんが泣くんだよ…」

 

突然目の前で泣き出されたら困惑するっつーの…ほら他の生徒からなんだなんだ?みたいな目で見られるし…

 

「ぐずっ…八幡様が涙を流さないものですから代わりに私が涙を流しているだけですわ…」

 

なんかこう…いろはと同じくあざとい…いやこれは天然物だな。間違いない。まぁ、なんとも思っていない俺が異常なのかも知れないが、他人のために涙を流せる一色さんは見た目に寄らずエリート主義ではなく結構親しみやすいようだ。

 

「ありがとうな一色さん。君みたいに俺の為に泣いてくれる人初めて見たわ」

 

キモいと思われない程度の微笑を浮かべ反応すると一色さんが顔を真っ赤にしている。ヤベっ、キモかったか…

 

「い、いろはが言っていたように本当にあざといですわね八幡様!…でも本当にありがとうございました。妹をいじめから救っていただいて色々な事を教えて頂いて…」

 

いや、あざといって男に言う台詞じゃないよね?君たちみたいな美少女に使う言葉だよな?俺が渡したハンカチを持ったままペコリと綺麗なお辞儀をされたので俺も対応する。

 

「ど、どういたしまして…」

 

俺のその対応に一色さんは笑顔で。

 

「はい、八幡様。それに妹も一色ですので私も『愛梨』とお呼びください」

 

「え、いやでも一色家の令嬢を名前で呼ぶのはちょっと…」

 

「いろはは名前でお呼び頂いているのに、私は名前で呼んで頂けないのですか…?」

 

そう言って俺を一色さんは上目使い&うるうる瞳で見られるものだから抵抗できる筈も無かった。

俺は悪くない。

 

「姉妹揃ってあざとすぎるだろう…わかったよ「愛梨」…これで良いか?」

 

「はい、よろしくお願いいたしますね八幡様♪」

 

ついでに連絡先も交換することになった、何故…

 

流れで愛梨と食事をすることになりその最中に大会のお偉いさんからの話があって正直面倒くさかったが愛梨から「八幡様だめですよ?」とお小言を頂いたので食事をこっそり頂きながら聞いていた。

…多分ばれていない筈。

 

お偉いさんの話が終わり九島老師が登壇して…と言うときに会場がざわめき始めた。

ステージにいるのは金髪でパーティードレスを纏った美女がたっているのだ。

 

これには隣にいた愛梨も

 

「どうされたのでしょうか…老師の名代の方ですかね…」

 

俺は《瞳》でステージを覗き見るとその背後には九島老師が立っており、恐らく《仮装行列》を使用し意識をステージ前の若い女性に見せているのだろう。

俺は小声で頭に疑問を浮かべている愛梨に話しかける。

 

「(年老いてもその技巧は世界最巧ってよく言ったもんだな…ってなんで此方見てるんだ老師。)愛梨、よく見てみろ。あの女性の後ろに老師いるぞ」

 

「え…?」

 

俺が意識を老師に向けていると老師も俺の視線に気がついたのかニヤリと笑みを浮かべた。ほとんどの者は次の瞬間、老師が突如何もないところから現れたように見えただろう。

 

「まずは、悪ふざけに付き合わせてしまったことを謝罪する」

 

その声は齢九十を越えているものとは思えぬほど活力に溢れた声だった。

 

「今のはチョッとした余興だ。どちらかと言えば魔法よりも手品に近い、手品のタネに気がついたものはざっと6人程度であった。つまり」

 

大勢の高校生が興味津々で耳を傾けている。

 

「もし私が君たちの殺害を目論むテロリストだとすると、爆弾、毒ガスを仕掛けたとして行動できたのは五人だけ…そしてその実行犯が仕掛ける前にとどめを刺すことが出来たのはたった一人であったと言うことだ」

 

一人であったと言った瞬間、老師は俺の目を見てそう言っていた。名前を告げられていたら一斉に俺に視線が来ることを配慮しての発言だろうが要らないっす…たまたま気がついただけなんで…

 

「…もらいたい。魔法を学ぶ若人諸君、私は諸君の工夫を楽しみにしている」

 

老師が言い終わると拍手が巻き起こった。

俺も老師の言う工夫で魔法を使うのは大好きだ。色々組み合わせられるしな。

 

それに…父さんからは「本気を出して来い」と言われているので俺が得意とする複合魔法をかますとするか。

 

 

パーティーが終わりに近づいたときに愛梨に質問された。

 

「流石ですわね八幡様、まさか老師の魔法を見破るとは…それで八幡様はどの競技に参加されるのですか?」

 

「いや、大したことはして無いよ、俺は『アイス・ピラーズ・ブレイク』と『モノリス・コード』に出場予定だが…」

 

「本戦のですか?」

 

「いや、新人戦だよ」

 

「そうなりますとうちの一条と当たりますわね…」

 

「へぇ…一条家の御曹司とか…まぁ、負ける気はさらさら無いけど(姉さんのいる年度での連覇が掛かっているんだ、負けられねぇんだよな…)」

 

「それは八幡様の学校が優勝するのは揺るぎ無いと…?」

 

俺の発言に少しムッとした表情で俺に聞いてくる愛梨。

 

「ぶっちゃけ俺が一条に負けようがどうでもいい。最終的に第一高校が優勝すれば良いだけだしな。ほらあれだよ「試合に負けて勝負に勝った」ってやつ…でも俺が負けると勝てないってときは蹂躙させてもらう」

 

「ふふっ…やはり八幡様は面白い方ですわね…いろはのいっていた通りです」

 

「何て言われてるのかもう想像付いたわ…で愛梨は何に出場するんだ?」

 

「私は新人戦のクラウド・ボールと本戦のミラージ・バットですわ」

 

「ミラージ・バットだとうちのエースと当たるかもな…あいつは多分一高の先輩達でも勝てないだろうしな…」

 

「私がそちらのエースに負けると?」

 

やはりムキになるところはいろはに似ている。俺は宥めるために愛梨に話す。

 

「お、落ち着けって、いい試合になるんじゃないかなって思っただけだ」

 

「それではそちらのエースと私がどちらが強いか八幡様?しっかり見ておいてくださいね」

 

愛梨の剣幕に少しびびりながら了承する。てか離れて、めっちゃいい匂いして心臓バクバクなんだけど。

 

「わかったから近づかないでくれ…愛梨みたいな可愛い子に近づかれるとドキドキするんだよ…」

 

「か、かわっ、可愛いだなんてな、何を…!」

 

俺が感想を述べると顔を赤くしている。あ、ヤベ、このままだと張り手を食らってしまう。

 

「新人戦のクラウドボールは応援しに行くから頑張ってな、じゃっ!!」

 

「あっ…八幡様!必ず応援に来てくださいねー!」

 

愛梨の張り手とめちゃくちゃにいい匂いから逃れるためにその場を「縮地」を使用し逃げ出した。

 

入り口に到達するとそこには4人の門番が立っていた。

 

「は~ちく~ん?さっき話していた女の子はだれかな?」

 

姉さんに

 

「八幡、さっきの女の子誰?」

 

雫が何時ものような表情の読み取れ…いや大分不機嫌だな。

 

「八幡さん…さっきの女の子は誰ですか…?」

 

ほのかは何故か泣きそうな表情だし。

 

「八幡さん?説明頂けますか?」

 

深雪は微笑を浮かべているが今にも何かが凍りつきそうなイメージを具象化させそうだ。

 

俺はため息を付いた。

今日は色々あった…もう寝たい…

 




次はもう一人数字が付く娘が登場するかも…?


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騒がしい夜に

皆様のお陰で評価バーが全部埋まりました…嬉しすぎる…
目指せ黄色から赤へ…(強欲)

お気に入り登録がもう少しで1000で多数のコメントもいただいており私自身のモチベーションもかなり高まっております。
本当にありがとうございます。

更新の遅さと誤字脱字報告は本当に申し訳ないです。

さて、今回は「俺ガイル」からキャラが登場します。
キャラクターの「これどうなってるの」の質問等はコメントへ…(露骨)
コメントを返答できなくて申し訳ないです…時間を見つけて返答を必ずしたいと思いますので何卒…!

コメント&好評価お待ちしております。


姉さん達のお叱り?から漸く解放されてホテルの割り当てられた部屋に戻ってきた俺は、早速本家の名倉さんへ連絡を取った。

 

「はい、名倉にございます」

 

「名倉さん、夜分にすみません。お願いしたい事があったんすけど…」

 

「八幡様の頼みとありましたら断る理由もございません。して?頼みたいこととは?」

 

挨拶も程々にして本題を切り出した。

 

「今日、第一高校のバスが事故車を装った恐らくテロリスト達から襲撃されたんです」

 

「なんと…!八幡様とお嬢様はご無事でしたか?」

 

名倉さんも驚いてはいるようだ。

 

「俺と姉さんは大丈夫です。事故車のデータと乗っていた人物のPD…此方は詐称している可能性もありますけど、それに人物の遺伝データも採取してるんでそっちに転送します。何処の組織なのか調べてくれませんか?」

 

「畏まりました、直ちにお調べいたします。その場での迅速な対応、流石に御座います八幡様」

 

俺の事故発生の際に取った行動を褒めてくれているのだろうが大したことはしていない。

 

「いや、普通っすよ…それではお願いします名倉さん」

 

「承りました八幡様」

 

連絡を切って俺は同じ部屋割りになっている同級生が帰ってくるまで俺は眠りについていた。

 

「流石に疲れたな…ちょいと一眠り…」

 

 

パーティーが前々日に催されたのは、前日を休養に当てるためだった。

夕食後八幡が他校の女子生徒と一緒におり、いい雰囲気になっているのを発見してしまった深雪、雫、ほのか、真由美はお話(訊問)を本来は禁止されているが八幡の部屋で聞き取り調査を行っていた。八幡がかつて中学時代に「いじめから救った一色いろはの姉からお礼をいわれていただけだ」と言うことを聞かされ、雫とほのかは感動していたが深雪と真由美は一瞬悲しそうな顔をしていた。

他二人はその前後の理由を知らないのでそのような感想しか出てこないが、真由美は本人から経緯を聞いているのと深雪は九重から事情を聞いているので八幡に申し訳ないことをしてしまったなと感じていた。

 

お話から八幡を解放し、深雪は達也の部屋での用事を終えた後に八幡に先程の事を謝罪をしに部屋に向かった。室内にはいるようだがどうやら疲れきって眠ってしまっているようなので明日改めて謝罪することに決めた。

 

「女三人集まれば姦ましい」とはよく言ったもので、一年生の若い活力が眠りへ誘うのは到底無理な話だった。

時間は夜10時を指していたがお喋りが止まることは無かった、だがそれは部屋のノックで一時中断された。

 

「あっ、私が出るよ~」

 

ノックに反応し扉を開けたのはほのかであった。

 

「こんばんわ~」

 

「あれっ?エイミィ。それに他のみんなもどうしたの?」

 

「うん、あのね。此処に温泉があるの」

 

「ごめん、もう少しわかりやすく言ってくれる?」

 

弾んだ声で告げられた言葉はほのかには分かるようで分からなかった。

 

「そう言えばこのホテルの地下は人工温泉になっていたわね」

 

深雪には英美が言いたいことが分かったらしい。

 

「さっすが深雪、あったまいい!!」

 

能天気な英美に褒められて深雪は頭痛を覚えこめかみを押さえる仕草を取ったが、英美の無邪気な「ん?」と言う仕草に毒気抜かれるしかなかった。

 

「なんでもないわ。それで?温泉がどうかしたの?」

 

「うん、だからね。みんなで温泉行こうよ!」

 

「入れるの?ここ軍の施設だよ?」

 

その返答をしたのは雫であった。そう、ここは軍の施設で許可された以外の場所は立ち入りを禁止にされているはずなのだと。

しかし、英美は

 

「試しに頼んでみたら11時までならだいじょうぶだって!」

 

ちょっとアホの子が入っている英美の「だいじょうぶ!」の発言に否定された。

 

「流石、エイミィ…」

 

感心しているのか呆れているのかどっちでも取れるほのかの呟きも英美にとっては褒められていると取ったのか

 

「ふふん!言ってみるものだよね!」

 

得意気にしていた。

 

「…分かったわ、それでは温泉へ向かいましょう」

 

こうして深雪の一声で九校戦参加メンバーは地下の温泉へと向かうことになった。

 

 

地下の大浴場は第一高校の女子グループに貸しきり状態だった。

着替えて入るのは当然なのだが、ほのかは貞操の危機に晒されていた。

 

「わぁ…」

 

「な、なによ…」

 

エイミィの漏らしたため息にほのかは異性に見られているような羞恥と警戒心を感じていた。施設から渡された湯着は「ミニ丈甚平で半ズボンなし」であり大事な場所は隠せているが装備としては心もとない衣装であった。

思わずエイミィからの視線にほのかは胸元を握り合わせるように隠す。

エイミィの視線はほのかのその豊かな果実へと目を落としていた。

 

「ほのか…スタイル良ぃ~」

 

にじり寄ってくるエイミィに後退するほのかであったが直ぐ浴室の壁に行き着いてしまった。

 

「ほのか」

 

「な、なによ…」

 

「剥いてもいい?」

 

「いいわけないでしょっ!!」

 

視線をチームメイトに向けるが、ほのかとエイミィ以外は浴槽に浸かっており慈悲の無い言葉がほのかを襲う。

 

「剥かせてあげたら?」

 

「そういう問題!?」

 

相も変わらずエイミィの目は捕食者の目をしていて、本当に冗談では済まない領域へと行きかけていた。

 

「雫、助けて!」

 

たまらず、親友へと助けを求めるがその返答は無情なものであった。

 

「いいんじゃない?」

 

「なんでぇー!?」

 

雫は自分の胸元を見てほのかの胸元を一瞥しため息を吐きながら答えた。

 

「ほのか、胸、大きいから。揉まれて少し小さくなればいいよ」

 

「いやぁー!!」

 

雫が個別サウナに入っていくと浴室内にほのかの無情な叫びが響き渡った。

 

浴槽に入っていたチームメイトは「いや、揉まれたらさらに大きくなるのでは?」と思っていたらしいが口には出さなかった。それほどまでに雫がほのかのブツに嫉妬しており冷静な判断が出来なかったのだと。

 

ほのかのそのバストは豊満であった。

 

「一体なにを騒いでいるのかしら…」

 

体をもう一度洗い直し髪をアップにした深雪が浴槽に足を踏み入れると異様な色気に一斉にチームメイトの視線が注がれる。

ごくり、と喉をならすチームメンバーも居るようで異様な視線に流石の深雪も思わずたじろいでしまった。

 

「な、なに?」

 

「だ、ダメよ!深雪はノーマルなんだからね!」

 

エイミィの攻撃?から解放されたほのかによって遮られた。

注目された深雪は思わず短い甚平の裾を引っ張り押さえるように隠すと浴室内は異様で奇妙な緊張感に包まれた。

 

「うん、女の子同士だと分かってはいるんだけど…」

 

「深雪をみているとそれもどうでもよくなっていくと言うか…」

 

「も、もうなにを言っているのよ。からかうのもいい加減にして」

 

深雪が浴槽に入るとその色っぽさからチームメイト達からため息が漏れだした。

 

「深雪!私は味方だからね!」

 

隣にほのかがザブン、と入浴していなかったら深雪の貞操が危なかっただろう。ほのかが深雪に視線をぶつけるメンバーの視線を断ち切った。

 

「いい加減にしないとここにいるみんな冷水浴しなくちゃ行けない羽目になるわよ!」

 

ほのかのその一言でみんなが一斉に我に戻り、なにも知らない雫がサウナから戻ってきてチームメイト全員で入浴するが、やはり女子が集まれば恋愛話が始まるのは必然である…

 

「…でさ、ドリンクバーのバーテンさんが素敵な小父様だったのよ」

 

「中年趣味とか変わってるわねー」

 

「ナイスミドルといってほしいなぁ~…高校生なんて子供よ。頼りにならないわよ」

 

「頼りになると言えばうちの十文字先輩は?」

 

「いやぁ~十文字先輩は頼りになりすぎるでしょ、本当に高校生?って疑いたくなっちゃうけど…それにあの人、十文字家の跡取りでしょ」

 

「跡取りと言えば今日三校の一条家の跡取り息子がいたよね?」

 

「うん、見た見た。結構いい男だったもんね~」

 

「男は外見だけじゃないけどさ、外見もよければ言うこと無いよね」

 

…といった具合であった。そんな中英美が唐突に深雪に話を振った。

 

「そういや、三校の一条くんってさ、深雪に熱視線を送っていたよね?」

 

唐突に話を振られた深雪であったがそんな視線を送られていることに気がつかなかった。

 

「えっ?そうなの?」

 

「一目惚れかな?」

 

「深雪にならありえそうだね」

 

「むしろ、深雪に惚れない男がいたら可笑しい」

 

「実は前から知り合いだったりして」

 

きゃーと黄色い歓声が上がっているが当の本人はと言うと雫から質問されていた。

 

「深雪、どうなの?」

 

「真面目に答えさせてもらうけど一条くんは写真でしか見たことがないわ。それと会場の何処にいたのかも分からなかったし」

 

これだけ聞いたら三校が大分ショックを受けるのではないかと思ったが、まだ気になることがあるらしく里美スバルが質問した。

 

「じゃあ、深雪の好みの人ってどんな人?やっぱり七草くんみたいなのが好みなのかい?何時も一緒に居るしね」

 

スバルのこの質問に、深雪だけでなく雫とほのかが反応し硬直してしまったのにエイミィが気が付いた。

 

「へ?ど、どうして八幡さんが出てくるの?」

 

「おや?七草くんを呼ぶときは名字じゃなかったかい?」

 

「そ、それは…」

 

滅多に見せない動揺を深雪が、その白い肌を赤く染めてスバルの質問に反応してしまったのが運の尽きだった。

それとは別にチームメイトも深雪を見てニヤニヤし口をそろえて「あぁ~」と納得した素振りを見せていた。

 

「そうだった、うちにももう一人十師族のプリンスがいたね」

 

「本人はそう呼ばれるの嫌いそうだけど、プリンスと言うか若頭?って感じよね。七草くんかっこいいよね…なんかこう酸いも甘いも噛み締めてるような達観した感じ。いいよね~」

 

ただの面倒くさがり屋だと思うが。

 

「ぶっきらぼうで女の子の扱いに手慣れて無さそうだけど対応が紳士的な感じがする」

 

「見た目良し、性格良し、家柄良し、魔法戦闘技能も良し…非の打ち所が無いんじゃない?」

 

八幡に対するチームメンバーからの好評価に深雪、雫、ほのかは自分の事ではないのだが自分のことのように嬉しく思ってしまった。だが次の一言は八幡を慕う彼女らにとっては最大の敵であった。

 

「でもさ、七草くんって深雪に負けず劣らずシスコンだよね…お姉さんの七草会長とめちゃくちゃ仲良くない?今日の事件の時もバイクで後ろに乗せて現れたんだけど事故処理が終わって出発する際に七草くん、会長に「バスの方が楽だから姉さん乗ったら?」って言った七草くんに不機嫌そうに「バイクに乗るわ」って言って結局会場まで2人乗りで来てたよね、しかも嬉しそうに。もうあれお姉ちゃんと弟の関係じゃないよ!」

 

「もうそれはカップルだね、深雪の最大の敵は七草君の姉の七草生徒会長かぁ…」

 

「…深雪大変だね」

 

「も、もう!からかわないで頂戴!」

 

「あ、深雪が照れてる!レアな表情」

 

深雪が反論するが普段よりも勢いがないのは気のせいではないだろう。

 

「七草くん…罪な男だよ。第一高校の高嶺の華の心を射止めてしまうとは…」

 

「罪な男と言えば七草くん、三校の女子生徒に話しかけられてたよね。しかも楽しそうに」

 

「おやおや?ライバルが多いな」

 

「七草くんモテモテだね~会長に深雪、他校の生徒にも好意を寄せられてるって凄すぎ…でもお兄さんは八幡くんの事どう思ってるの?」

 

そう、深雪はブラコンであることが知られており、達也もシスコンであることが知られている。何処の馬の骨とも分からない男に妹を渡すはずがないと思われたが深雪は恥ずかしそうに興味津々なチームメンバーに告げた。

 

「…お、お兄様も「八幡であれば深雪を任せられる」と言っていたわ。は、恥ずかしいのだけれども…」

 

「「おお~」」

 

今第一高校で話題の深雪の兄が妹の想い人である八幡を認めているとは思わず驚嘆の声を挙げていた。

 

「…そういえば深雪はどうして七草くんが好きになったの?」

 

不意に英美が深雪が八幡に好意を寄せた切っ掛けを知りたくて質問する。その質問にチームメイトも興味を示しており、はぐらかすことは不可能だと感じた深雪は素直に話すことにした。

 

「…数年前にわたしと家族が事件に巻き込まれたときに救ってくださったの。お礼を言おうと思ったのだけれど直ぐに名前も名乗らず居なくなってしまって。最初はお礼を言うためにその人物を探していたのだけれど、第一高校に入学して直ぐの頃、私が原因で事件が起こりそうになったときに自分が悪役になってまた救ってくれた時にあの時救ってくださったのが八幡さんだと気がついたのよ…そこからかも知れないわね。八幡さんに好意を抱いたのは」

 

「おお…まさに「小説より奇なり」だね…!」

 

「わぁ…スッゴいロマンチック…!」

 

感動しているチームメンバーを尻目に英美がこの空間に戦略級魔法を投下した。

 

「雫とほのかも七草くんの事が好きなの?」

 

その発言をした瞬間浴室内が静まり返るが、驚愕の声が響き渡る。

 

「「「「ほわぁぁぁぁぁ!?」」」」

 

これが屋外であれば迷惑になっていたであろうレベルの大声だった。

チームメンバーへ問い詰められる雫とほのか。

その反応は二名とも異なっていたのは想像に難くない。

 

「うっそ、そんなことあるの?」

 

「ど、どうなの二人とも…?」

 

チームメンバーが息を飲み、その回答を期待する。深雪もその中の一人であった。

真っ先に回答をしたのは雫であり、緊張をしていると言うわけではなく何時ものように平淡としていた…と言うわけには行かず緊張しているようだ。

 

「…うん、私も八幡の事が好き」

 

雫のその決意に感化されたのかほのかも動揺したが覚悟を決めて告げた。

 

「私も…八幡さんが好き」

 

浴室内は深雪、雫、ほのか、3名の八幡に対する想いを聞いたメンバーの黄色い歓声で埋め尽くされていた。

しかし、不安視する声も当然あり…

 

「七草くんスッゴい…」

 

「学校内のこの三人から好意を抱かれるとは…クラスの男子が聞いたら血涙流しそうだね…」

 

「深雪達、ぎすぎすしない?大丈夫?」

 

その問いに其々答える。

 

「大丈夫よ、雫達が八幡さんを好きなのは知っているし」

 

「うん、大丈夫、知ってる」

 

「深雪達が八幡さんを好きなのは知ってたけど…」

 

チームメンバーがそれぞれに感想を言い合うが深雪達が発した言葉に雫とほのかが頷くと苦笑いするしかなかった。

 

「でも八幡さん人の好意に疎そうなのよね…」

 

「分かる」

 

「それ分かるよ…」

 

「「「あー…分かる」」」

 

瞬間3名は八幡を巡る恋のライバルとなったのであった。

八幡に対するアプローチが更に苛烈になっていくことは明白だろう。

 

 

一方その頃…

 

「はっくしっ!!…あーソファーで寝ちまった。シャワー浴びて寝るか…その前に散歩に行くか…達也遅ぇな、まだ仕事してんのか…?」

 

噂の渦中にいる人物は呑気であった。

 

 

場面は変わり第三高校に割り振られた選手の部屋では若い活気が溢れていた。こちらも寝るにはまだ早い時間なせいか、九校戦についての会議、ではなく此方も恋話をしていた。話題は愛梨が話していた人物であった。

 

「それで愛梨?先程話していた殿方は誰だったのじゃ?」

 

やや古めかしい言葉を使うが決して年上ではない。

愛梨と同じく第三高校の一年生で四十九院沓子が問い詰めており更に、

 

「愛梨が話していた人物私も気になるわ…誰だったの?」

 

此方も愛梨と同じく第三高校の一年生、十七夜栞が感情の起伏が薄いはずなのにやや威圧感のある態度で愛梨に質問していた。

 

「先程話していたのは第一高校の七草さんよ。妹の恩人でまさか九校戦の会場でお会いするとは思わなくて…」

 

「七草?あの『七草家』のか?ほほう!あの愛梨が男に話しかけるとはな。しかも楽しそうにはなしておったじゃろ。うちと別校の男達が悔し涙を流すのう!で、愛梨のお眼鏡にかなったのか?」

 

「愛梨が気にかけるとは意外ね…どうなの?」

 

「べ、別に八幡様とはただ妹のお礼とお話しを少しした程度だし…」

 

「ほーう…?『八幡様』となぁ?」

 

「うっ…」

 

「栞、その七草八幡殿とやらはどんな人物なのじゃ?」

 

栞が八幡の調べた情報を告げる。

 

「七草八幡…養子として「七草家」へ入り第一高校次席入学。4月に反魔法団体「ブランシュ」襲撃の際に第一線で活躍し武装した非魔法師の襲撃者と魔法師を約100名以上強をたった一人で全滅させ実行犯を捕縛、「ブランシュ日本支部」を壊滅させた…今回の九校戦の際に選手兼エンジニアとして参加するという第一高校初の快挙…使える魔法は、満遍なく苦手な物は特にない。発動速度は異常な速さを誇り同一系統と複数の系統の魔法の多重同時使用を得意とする。特筆する点として魔法を使用せずとも高い身体能力を誇る…噂だけれども七草家次期当主候補筆頭とあるわね」

 

「伊達に「七草家」に養子に入ったわけではないようじゃ…うちの一条といい勝負じゃな。それでどうなんじゃ愛梨?惚れたか?」

 

「そ、そんなじゃないわよ…今まであったことの無い男の子だと思うけど…」

 

沓子の質問に尻すぼみになり赤くしてもじもじし出した愛梨に全員が「あ、こいつ惚れたな」と確信した。

 

八幡の名前に反応するもう一人のクラスメイトがいた。

 

「八幡…!?ねぇ愛梨の妹の名前って「一色いろは」だよね。その七草って奴「比企谷」って名字じゃなかった!?」

 

愛梨に食いつくように聞きに来たのは同じクラスの三浦優美子だ。

何時ものように気だるげな喋りではなく切羽詰まった様子だ。

普段の態度からは想像できないほどの変わりっぷりに愛梨は少し引き気味だった。

 

「え、ええ。八幡様は家のご事情で七草家の養子になられたと言っていたから…旧姓が比企谷だったけれど…それがどうかしたの?優美子…まさか貴女が「探して謝罪したい男の子」って言うのは八幡様の事?」

 

「そっか、ヒキオ…行方不明ってなってたから…見つかって良かったし」

 

優美子は安堵の表情と少しの怒りの表情が同居していた。

 

「「謝罪」?何やら込み入った事情らしいのう…」

 

「そうみたいね」

 

沓子と栞に聞かれてその経緯を優美子は説明し出した。

 

優美子が当時総武中学であったことを話し、八幡がどのような境遇だったのかとその状態にトドメを刺してしまった優美子達の依頼の内容に愛梨の八幡から聞いた話を聞いた沓子達は。

 

「なんとも気分が悪くなる話じゃ…しかし、その七草殿は同じ部活動の仲間を守るためと依頼人の名誉を守るために身を削って依頼を達成するとは…なんともまぁ、不器用な男じゃのう。しかし、そのような結果を招いてしまった原因は優美子達のグループにもあるのではないか?」

 

沓子からの指摘に優美子はばつが悪そうにしていた。

 

「その件に関してはあーしたちが悪いと思って反省してる…ヒキオが苛められてそんな最悪な状況になってるとは思わなかったわけよ…だからあーしはヒキオに謝りたい。それがあーしの「ケジメ」だから」

 

「話を聞く限りどうしてやり返さなかったのじゃ?七草殿自体その力はあったはずじゃろう」

 

「…恐らく自分が虐めの犯人たちにやり返してしまえば八幡様の親友たちに危害が加えられる恐れがあったからでしょう。妹も八幡様の知り合いの一人よ。妹が言っていたわ「先輩は全部自分の為だ。俺の精神衛生よろしくねーし、お前らが気にすることじゃねーよ。っていってホント捻デレなんですから」」って」

 

「なるほどのう…まぁ、なんとも素直でない殿方と言うのは分かったな」

 

「そうね、愛梨が好みそうな男性ね」

 

「だ、だから違うわよ!というかなんで掘り返すのよ!」

 

沓子と栞のコメントに否定しきれていない愛梨の様子によってしんみりした空気が壊され何時ものような騒がしい雰囲気に戻る。

しかし、優美子が頭を抱えていた。

 

「しかし、ヒキオまた別の女の子落としてるし…今度は愛梨とか…はぁ…」

 

「ん?優美子よ「また」とは?」

 

優美子の「また」という発言に疑問を持った沓子は質問する。

 

「ヒキオ、中学の時も無自覚な女たらしだったし…結衣に雪ノ下さん、沙希にいろは…人の好意に無自覚で否定するのに悪意には敏感なんよね…ほんといつか刺されるし」

 

「優美子は違うの?」

 

栞に聞き返されるが

 

「あーしが?いやいやナイナイ。なんかヒキオ見てると心配になるし…」

 

「優美子はうちの学校でもそうだけど性格ほんとにお母さんみたいよね」

 

「愛梨?どーいう事だし」

 

愛梨のその的確なコメントに沓子と栞が頷いた。

ギャル的な見た目で初見で近寄りがたい印象を与えるが、その反面非常に面倒見が良く三校の生徒達からは「三校のオカン」と人知れず呼ばれているのを優美子は知らない。

 

「八幡様と会う機会があるから、その際に一緒にいきましょう優美子」

 

「七草殿にも興味があるしのう、付いていって良いか?」

 

「私も七草君に興味が出てきたわね」

 

「待ってるしヒキオ…!」

 

 

 

「お、マッ缶あるじゃん。ここ軍の施設なんだよな?…相当なマッ缶ファンがいると見えるな…ん?」

 

ホテルの自室に帰り疲れきった俺は、数刻程眠りこけていたあと、シャワーを浴びて眠りに入ろうと思ったが眠れず自販機に飲み物を買いに来ていたのだが妙な気配を感知した。

 

先ほど部屋に居た時に調べたのだが、今日の事件の際に俺自身の《瞳》の効力が強化されていることに気がつき自身のステータスを確認すると

 

『一定以上の使用が確認され強化。《見通す瞳》が進化し、《賢者の瞳》へ進化した』となっていた。俺自身もなんじゃそら?また厨二病が発動してしまったのかと否定したくなったがこれも俺の能力だ、諦めるしかない。仕方なく効力を確認してみると能力が不味かった。

 

『短い時間ではあるが未来を予知、観測することが出来る。しかし、任意での発動に関しては練度が必要』

 

つまり先ほどの事故の予測は未来を感知し、先読みすることが出来ていた…というおったまげな能力を獲得してしまった訳だ。

しかし、今後に役立ちそうなので面倒ではあるが練習するしかないと判断した。

 

そんなことを思い出すが今は空間に対し《瞳》の力を解放する。

すると茂みに隠れた拳銃や爆弾を所持した侵入者を確認できた。

 

(ちっ…今は九校戦で開けられてるにしても軍事施設だぞ。問題起こされる前に仕留めておくか…)

 

俺は悪態をついたがここで放置しておいた方が後々面倒になることは分かりきっている。CADは所持していないが体術のみで事足りるだろう。

しかし、なぜここに侵入したのかをこの下手人たちに聞かなければならない。

俺は四獣拳の一つ、無窮・無殺の型《麒麟》を選び発動した。

 

この型の特徴は相手を殺す技が無く他の型に比べると構えがなく自然体ということだ。

更に俺自身のサイオンが続く限り相手から認識阻害と地面から浮いて移動が出来るという伝説の聖獣である《麒麟》の名を冠した非殺傷の型だ。

 

《麒麟》を発動し侵入者を制圧するために接近する。

しかし既に戦端を開いている人物がいた。それは幹比古であった。

全員に札のようなものを使い対処していたが一人拳銃を持った侵入者が幹比古に照準を定めている。

 

幹比古の魔法はそれの対処をするには遅すぎた。

銃弾が発射される前に俺が近づき掌底をあてて昏倒させ、もう一人の方へ向かおうとするが突如拳銃がバラバラになり特別躊躇することはなく掌底を打ち込み無力化した。

突如として幹比古は敵対していた侵入者が自分の他に現れた人物に倒されたことに驚き、鋭く俺達に問い掛けた。

 

「誰だっ!」

 

札を此方に向けて俺ともう一人の乱入者を威嚇してくる。

そう札を構えられたらおちおち話も出来やしねぇ、まずはその札を下ろせ。おk?

 

「俺だ」

 

「あと俺な」

 

「達也に…八幡?」

 

俺達に援護に入られたのがショックなのが見ていて直ぐ分かった。

倒れている侵入者達に俺は加重収束系統《キャッチリング》を使用し拘束してそこら辺に放っておく。

達也が侵入者に目をやり幹比古に話しかける。

 

「死んじゃいない、いい腕だな」

 

「八幡の援護が無ければ、本来僕は撃たれて死んでいた」

 

「あほか」

 

「へ?」

 

「援護が無ければというのは仮定に過ぎない、お前の行動によって侵入者の捕獲に成功したんだ」

 

達也の容赦のない指摘と罵倒に幹比古は面を食らっており俺は黙ってその話を聞いていた。

 

「現実に八幡の援護があって、現実にお前の魔法が間に合った。本来?幹比古、お前は何をもって本来の姿を求めているんだ?」

 

「それは…」

 

「相手が何人いても、どんな手練れが相手でも、誰の援護も必要とせず勝利することが出来る…其処にいる規格外は無視するとして…」

 

「おい、達也」

 

俺が抗議するが達也は無視しやがったこの野郎…其処まで俺規格外じゃないと思うんですけど。

 

「あえてもう一度言おう、あいつは無視してくれ」

 

「なんで二回言ったんだよ…そうだな幹比古、なんで其処までして自分を否定しようとするんだ?さっきも達也が言っていたがお前の魔法で現実に侵入者を撃退してるじゃねーか」

 

「八幡には分からないよ、言ってもどうにもならない事なんだ」

 

「魔法の発動スピードが遅いことか?」

 

「…エリカに聞いたのかい?」

 

「いいや?俺自身…まぁ特殊な能力があってな、達也から聞いてないか?俺は異なる同系統の魔法を二重詠唱して不要な部分を詠唱破棄して即時発動できる技能があるって…だから俺には分かるんだよ幹比古、お前の魔法式は無駄が多すぎるんだよ、俺からしてみればな」

 

「…」

 

俺の発言に混乱を来しているのか無口になってしまった。

 

「まぁ、俺の発言を信じるかはお前次第だけどな。お前んちが古式魔法の名家なのは知ってるし歴代受け継がれた魔法を変えるのは抵抗があるかも知れないが一つだけアドバイスしておく」

 

普段のいい加減な俺の雰囲気が変わったことに幹比古は疑問に思い達也も此方を見ている。

やりずれぇな…まぁでもいい教訓になるだろ。

 

「躊躇う事でとばっちり受けるのは自分だけじゃなくて自分が大切してる奴も受けるってことだけは覚えておけよ?古い倣いにこだわるのもいいが新しいものにも目を向けろ、いいインスピレーションになるかも知れんし…」

 

完璧なる「お前に判断を任せる」をしてしまったがそれぐらいの分別はつくだろうしな。

 

「とりえずこいつらを警備員に突き出さなきゃならんから幹比古、警備員呼びにいくぞ。と、その前に…よし、達也、こいつら見ててくれ」

 

侵入者の一人に近づき達也達がいるのでこいつらの記憶を盗み見ることは出来ない。なので、皮膚の一部を《フラッシュエッジ》で気づかれないように切り取り保管した。その後達也にこいつらの見張りを頼み、幹比古と共に警備員を呼びに行った。

 

「ああ、分かった」

 

「う、うん分かった…って八幡待ってくれよ!」

 

俺は《麒麟》が発動しているので飛び上がり2メートル近い生け垣をなんなく飛び越えて向こう側へ足を動かさずホバー移動しながら詰め所へと向かった。

マッ缶買いに来ただけのはずなんだけどな…

 

 

「七草家の彼はずいぶんと容赦のないアドバイスだったな」

 

「少佐、聞いておられたのですか」

 

其処に達也が別名を使って所属している国防軍の上官である風間が突如現れたが驚く達也ではない。何時もと違ってぞんざいな敬礼を返す。

 

「あれが七草家の養子か…興味深いな」

 

「八幡を軍に勧誘するおつもりですか?」

 

達也は風間に問い掛けるがニヤリと笑って答礼した。

 

「他人に無関心な特尉が気に掛けるとは珍しいな?」

 

「妹の想い人で俺の親友です。アイツを軍の仕事に巻き込みたくないだけです」

 

そのような返答に面を食らった風間だったが次の瞬間笑いだした。

 

「ふははっ!まさか特尉がそんなことを言い出すとは…安心しろ。単純に七草家の次期当主筆頭の少年がどう言った人物なのか気になっただけだ、それに彼はこういった手合いには関わりたくなさそうだしな。しかし、親友か…」

 

「この者達をお願いしてもよろしいでしょうか?」

 

これ以上はからかわれるなと思った達也は急激な話題変更を行ったが風間は人の悪い笑みを浮かべていた。

 

「引き受けよう、ここの基地司令には話を通しておく」

 

笑顔が消え何時もの上官の顔になる。

 

「こいつらは一体何が目的なのでしょうか」

 

「分からん、話を聞いてみないことにはな。達也、とばっちりには気をつけろよ?」

 

「ええ、ありがとうございます」

 

一言、二言告げて達也はその場から立ち去った。

 

 

 

「よう、遅かったな…っておいお前何処いたんだよ警備員呼びに行ったら軍の人がいて呼び損だったじゃねーか」

 

「お前達が呼びに行ってすぐに巡回の軍の人が通りかかったから引き渡してその場を離れたんだよ」

 

「だったら端末に連絡くれてもいいんじゃねーの?」

 

「…そういう考えもある」

 

おいこら、絶対に俺ら呼びに行ってたの忘れてただろ…こんにゃろ。

 

「お前絶対忘れただろ…ふぁ~寝みぃから先寝るわ。明日は姉さんの試合あるし…」

 

「七草会長と渡辺委員長の試合だったな…おやすみ八幡」

 

俺が先に布団に入ると疲れが一気に押し寄せ眠りについてしまった。

その日見た夢はよく覚えていなかったがなんだか楽しい夢だったな、と




愛梨はヒロイン確定ですね…。こういうお嬢様キャラに作者は弱い…。
ちなみにですが八幡のヒロイン枠で「俺ガイル」キャラでは一部を除いて参加はさせません。雪ノ下、由比ヶ浜は出ません。

幹比古への説教は達也ではなく八幡が行いました。
この作品では八幡も魔法の起動式を読み取れると言う設定なのでそうなりました。

八幡に対する達也の「親友宣言」はこの作品では母である深夜がこっそりと姉に内緒で達也の感情の一部を復活を行っているのでそのような感情を抱くことが出来ることになっています。
沓子と栞の口調は優等生とかを確認したのですが合ってるか微妙…
優美子口調難しすぎませんかね…?


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九校戦開始

お気に入り登録1000人突破…!圧倒的感謝…!
UAも80000越えてまさかの日間ランキングに51位でまた載っていたのは驚きでした。
これも皆様のお陰でございます。
ありがとうございます。
目指せ高評価…!

コメントも頂くと作者のモチベーションが上がっていきます。何卒…!
今回は原文が多めかも知れません。
それに真由美の描写が非常に多くなっておりますのでよろしくお願いいたします。日数的には九校戦一日二日目の時間軸ですね。

1000人を突破したので八幡の設定とか載せられたらいいな~と思っております。

それではどうぞ!


翌日、眠りについたことで疲れはとれていた。

達也は既に起きていたので、洗面台に向かい顔を洗い身だしなみを整えて紅縁メガネを掛ける。

 

このメガネは優秀で、俺が《瞳》の力を行使しすると外からは瞳の色が変わったことを悟られない特殊なレンズで作られているので手放すことが出来ない…もう一つの理由は俺の目が濁っているからな。

ゾンビと間違えられてしまうからな。

 

洗面台から出ると達也は端末でニュースを見ており話しかける。

 

「飯食いに行くか…」

 

「そうだな」

 

俺と達也でホテル内に併設されてる割り当てられた場所で食事をとることにした。

ホテルだけあって朝食も旨かったです。

その場にいた同じ学校のチームメイトの女子生徒から俺に「(深雪達の恋の)応援してるよ!」と謎の声を掛けられたりして頭に疑問符をつけるしかなかった…ああ、試合の事に関してか朝からありがとうな。

しかし、何故だろう。応援の前に()が付いていた気がしたのだが…

達也は俺に対してため息をついていた。

 

だからその顔やめろ…

 

 

九校戦は開幕した。

各学校が校歌を歌うと直ぐ様競技へと入る。

一日目は姉さんのスピード・シューティングが始まる。

 

「じゃあ、俺姉さんとこ行くから。また後でな」

 

俺は達也達に一言別れを告げて一校選手控え室へ向かう。

控え室に入ると姉さんがユニフォームに着替えて椅子に普段のように座り目を閉じて瞑想のような事をしており、俺が入室したことに気がつくと立ち上がり俺に近づいてきた。

…心なしか何時ものような明るい笑顔ではなく、緊張しているのか表情には不安が浮かんでいた。

 

「姉さん」

 

「あ、八くん。どうお姉ちゃんのこの衣装?似合う?」

 

姉さんの豊かな長い髪の上から耳を保護するヘッドセットは手に持っており、目を保護するゴーグルは今は着けておらず、足のラインが強く出るストレッチパンツの上にミニワンピースと見間違えそうなウエストを絞った詰め襟ジャケットというユニフォームと競技用のCADと相まって可愛さと凛々しさが同居しさながらSF映画のヒロインのような雰囲気だった。

 

感想を聞かれるので答えないという選択肢は俺の中にはない。

 

「似合ってるよ姉さん。流石はエルフィン・スナイパーって言われるだけあるじゃん」

 

「もう、そのあだ名で呼ばないで頂戴!全くもう…」

 

俺の回答に満足しなかったのか頬を膨らませそっぽを向いてしまった。わりとこういったところは幼いよな…しかし怒らせたままにするのは不味い。

 

「俺はその名前好きだけどな…かっこいいし」

 

「大人なんです~!八くんはいいかも知れないけどお姉ちゃんそろそろ高校卒業するのにその二つ名はちょっと…」

 

俺は話題を変えるために姉さんの衣装について喋った。

 

「それよか姉さんを不躾な目で見る会場の男共の目を潰して回りたい…」

 

噂だと姉さんのこの姿を見て同人誌を作っているという事を聞いたことがあるので由々しき事態だ。

 

「八くんが言うと冗談に聞こえないのよね…」

 

「俺は姉さんに対しては何時も真面目だが?」

 

「それが困るって言ってるの!もう!」

 

何時ものような漫才をしており姉さんの緊張も解れたことだろう。

 

「試合前に適度に緊張解れたでしょ?姉さん緊張してたし」

 

俺が気持ち悪くないレベルの微笑を浮かべると姉さんは顔を少し紅くして俺に近づいてきた。

 

「ねえ、八くん。お姉ちゃんにやる気が出るおまじないしてくれないかな?」

 

「「大人なんです~!」って言ってた人と同一人物とは思えないんですけどね?」

 

「ほら!いいから!お姉ちゃんからの命令よ」

 

ずいっ、と頭を差し出してきた。今日は特別サービスだ。姉さんは今年で九校戦に出れるのは最後だから悔いを残して欲しくないからな。

 

この時真由美は八幡から何時ものように只頭をワシャワシャされるだけだと思われたがそうではなかった。

特大級の応援エールであった。

 

「は、八くん…?」

 

俺は姉さんを胸に抱き止めて頭を何時ものワシャワシャするのではなくそっと撫でるようにした。

 

「大丈夫だよ姉さん。俺の自慢の姉さんだし、俺は姉さんを信じてるから。『必ず優勝できる』って」

 

しばらく無言で俺が姉さんを抱き止めたまま一定の間隔で姉さんの頭を優しい手付きで撫でていると腕の中の姉さんは落ち着いたように瞳を閉じてその感触を噛み締めていたようだ。

俺から離れると表情も先ほどの不安そうな表情から何時もの微笑みの表情に変わっていた。

やはり姉さんは笑顔を浮かべている方が似合っている。

 

「ん…八くんありがと。お姉ちゃん元気出たわ」

 

「CADの調整もバッチリだ、なんせ希代の魔工師『ファントム』が調整したし」

 

「ふふっ、八くんがそんなこと言うなんて珍しいわね」

 

「自分で言ってて恥ずかしくなってきた…」

 

「お姉ちゃんの活躍見ててね?」

 

「おう」

 

立て掛けた競技用CADとヘッドセットを手に控え室出て会場へ向かう。前方の通路から伸びる光を浴びている姿は幻想的でまさに「妖精」であった。

 

試合が開始されると姉さんの姿を見た聴衆が騒いでいるのを見て少し俺は会場のエンジニア詰め所で不快な表情を浮かべていたが見られる心配はないだろう。

選手達の事で他のエンジニアも手一杯だろうしな。

 

吐き出されるクレーを姉さんが得意とする知覚魔法《マルチスコープ》で広範囲レーダーのように補足しドライアイスの亜音速弾で撃ち抜いていく。

その構えはライフルを構えると言うよりかは弓をつがえるような形で魔法を放つ。

結果として一発も外さずクレーを100枚中100枚を撃ち抜きパーフェクト。

 

当然ではあるが第一回戦の勝者は姉さんで確定した。

 

(まぁ…姉さんの独壇場になるわな)

 

二回戦…三回戦と続き対象を全て撃ち抜きパーフェクト。

続く準決勝も同様だった。

対戦相手が可哀想になってくるレベルだなこれ…

姉さんの技量と俺のCAD調整技術が合わさればまさに鬼に金棒、ハリー・○ッターにニワト○の杖だな。

例えが古すぎたかもしれない…

 

スピードシューティング女子決勝トーナメント会場。

姉さんが出場するからかスタンドは既に満席であった。

 

…いや、マジで姉さん目当てできている奴の目玉サミングしに行きたいんだけど…

そんな物騒な事を考えていると姉さんがシューティングレンジに姿を見せた瞬間、嵐のような歓声が会場内に鳴り響いた。

観客席に《重力爆散》叩き込んでいい?ダメ…そうか。

会場に設置されたディスプレイが「お静かに願いします」の文字が出ると水を打ったように静まり返りその分熱気が高まったような気がして俺は姉さんの対戦相手が少しだが気の毒に感じてしまった。

 

姉さんは元より観客などいないような素振りで俺が開発し調整した小銃型のCADのトリガーロックをリリースし、開始の合図を待機する姿勢を見せた。

 

シグナルが開始の合図を告げた。

しかしまだ撃ち抜く対象物のクレーは射出機からは発射されておらず縦に5つ並んだライトが全て点灯することで開始される。

 

ライトが全て灯り姉さんが撃ち抜くべきクレーの赤色が粉砕されていく。

普通に見ればこの競技の性質上相手より先に撃ち抜いてしまえば相手は自殺点を気にせず撃ち抜くことが出来てしまうがそんなものは姉さんには関係ない。

何故なら相手側の白いクレーを全て避けて赤いクレーのみを下から撃ち抜いているのだから。

 

『魔弾の射手』

 

ドライアイスの弾丸を生成し、狙撃する射撃魔法。魔弾を作り出すのではなくその銃座、射手を作り出すことから『魔弾の射手』と名付けられた。

 

この魔法の利点は仮に互いに振動系魔法の撃ち合いをしている最中に自分は相手の魔法領域干渉外から狙撃することができると言う点だ。

スピード・シューティングは本来魔法の発動速度と魔法力の集中を要求される競技なのだが、姉さんの状況は安全地帯から狙撃、つまり相手からの干渉を受けずに一人芋スナしている状態になっているのだ。

 

もし仮にこれを対人戦闘に置き換えると、他人が魔法を使用し撃ち合いをしている時に突然死角からの攻撃を受けてしまうと言う凶悪な攻撃に変わる。

 

互いに振動系魔法を使っていなければ条件は同じなのだが姉さんを相手取るのは分が悪すぎた。

 

姉さんの照準スピード(精密さ)、魔法力は世界的(俺からも)に見ても卓越している水準にある。

 

うちの姉さん相手に高校生レベルでは話にならない。

姉さんは壊すべきクレーを全て破壊しパーフェクトだった。残酷だがこれが結果だ。

 

ブザーがなり結果が表示されだ瞬間、収まっていた熱気が観客席から解放され歓声が上がる。

 

本戦スピード・シューティング女子優勝者は第一高校三年七草真由美が文字通り優勝を射止めた。

 

 

 

 

一日目の競技、スピード・シューティングは想定通りと言うべきか女子部門では真由美が優勝することになった。

さらに九校戦始まって以来の歴代最速でパーフェクトハイスコアの更新を記録をし今後破られることができないほどの実績を叩き出してしまっていた。

ちなみにだが男子部門も第一高校が優勝し総合優勝への道筋を立てる。

 

「会長おめでとうございます」

 

あずさ先輩の祝福に真由美も笑顔で頷く。

 

「ありがとう。摩利も無事準決勝進出ね」

 

「ああ、まずは予定どおりだな。八幡くんも良くやってくれたよ」

 

「八幡さんも仰っていましたが「姉さんの優勝は確実だから心配してない」と」

 

九校戦一日目は無事終了し明日に備え眠り英気を養う必要があったが眠るにはまだ早すぎるため真由美の部屋へ生徒会+風紀委員長の面々が集まっていた。

 

真由美は八幡を呼ぼうとしたのだが女子だけが集まる空間と言うことで一目散に逃げ出してしまった。

 

(この時、八幡は同室の達也と幹比古とレオの4人でマリ○カートをやっており盛り上がっていた。)

 

『八幡…これは?』

 

『おう、実家の執事さんが持ってた奴なんだけどさ、「八幡様、学校行事で夜、男が集まってやることと言えば《マリ○カート》で爆走でございます。どうぞお持ちください」っていってソフトとハードを持っていけって』

 

『Sw○tchだな。しかも最終生産品か…存在してたんだな』

 

『動くのかい八幡?』

 

『俺ははじめてみたぜ、今のハードよりでかいんだな前世紀のやつって』

 

幹比古とレオは現物を見て驚いている。

 

『動くように修理してきたからな。やってみるか…俺こういう対戦ゲームやるのちょっと憧れてたんだよな…』

 

ホテルに備え付けのテレビに無線接続し本体を起動してキャラを選び遊び始めると…

 

『おい、達也!おまっ青甲羅をゴール手前で使うのは卑怯だろ…』

 

『戦略的だと言って貰おうか』

 

『あ!幹比古お前ごっつあんゴールしたな!』

 

『そういうレオこそキノコ使って直前でスパート掛けてゴールしたじゃないか』

 

『しかし…何故俺達はカーブを曲がる度に体が傾くんだ…?』

 

『なんでだろうな…?様式美だろ』

 

『そうか…』

 

意外と白熱し男子高校生的な遊びをしていた。

 

 

場面は変わり真由美達が集まる場に男子生徒がいないのは時間を考慮しての事もあるが、それとはまた別の問題があった。

 

「少しヒヤッとしたが服部もなんとか勝ち残りか」

 

摩利がやれやれといわんばかりに男子成績が思ったよりもパッとしなかったようで男子の部バトルボードでは予選で予想外の苦戦を強いられていた。

どうしてそのような結果になったのか。

どうやら選手とCAD調整がうまく行っていなかったようで現在進行形で調整を続けているのを報告用の端末で生徒会の一員である鈴音が摩利へ報告すると辛口なコメントが帰ってきて真由美も苦笑いするしかなかった。

 

話題は変わり今回の真由美が出場したスピード・シューティングは大会新記録で、今後も打ち破られなさそうな結果に話はシフトした。

 

「しかし、至上最速終了でパーフェクトフルスコアとは流石は『妖精姫(エルフィン・スナイパー)』だな真由美」

 

真由美はその呼び名で呼ばれる事を嫌っているのを周知の事実で摩利は敢えてその呼び名を口にするが真由美の反応は今までとは違っていた。

 

「もう、その名前で呼ばないでって言ったでしょ?」

 

今までなら本当に嫌そうな顔をしていたのだが今日は違っており少し顔を紅くしてその忌名をどちらかと言えば誇りをもって受け入れているような感じであったので部屋にいる全員は驚いてた。

摩利が反応する。

 

「意外だな?今の今までそのあだ名で呼ばれると露骨に嫌そうにしてたのに」

 

「ちょっとね…」

 

もじもじし始めた真由美を見た摩利は察して面白いものを見つけたと言う表情をして真由美にちょっかいを掛けた。

 

「ほほう?八幡君か?」

 

「な、なんで八くんがここで出てくるのよ」

 

唐突に八幡の名前を出されて狼狽える真由美の姿に摩利が追撃を掛ける。

 

「八幡くんに褒められて嬉しくなったな…そういえばやたらと控え室にいる時間が長かったな?どうせ八幡君に「元気の出るおまじないしなさい」って言って抱き締められて頭を撫でられたりしてたんだろ?」

 

摩利は冗談で言ったつもりだったのだが…

 

「なっ…!なんで知ってるの!?」

 

「は?」

 

「ん?」

 

「はい?」

 

「…会長?(七草会長?控え室でそのような羨ましい…こほん。淫らなことをしているとは…これは八幡さんに『お話』をしなくてはいけませんね…?)」

 

「え?…はっ!」

 

生徒会+風紀委員長の真由美を除く4名は固まってしまった。

まさか言い当てられると思わなかった真由美は墓穴を掘ってしまう。

摩利からの質問にあわてふためく真由美がいた。

 

「お、お前まさか控え室で…」

 

摩利が想像してたのは控え室で義理の姉弟とは言え淫靡な事をしていたのではないかと想像してしまい顔を赤くする摩利に対して真由美も混乱し大慌てで否定する。

 

「バ、バカ言わないでよ!摩利達が想像してるようなことはしてません!…ただ、八くんに何時も通りに…頭なでてもらってただけなんだから…それに八くんとは姉弟なんだから!」

 

普段の余裕たっぷりは何処へ…と言うような状況であり摩利は「お前なぁ…」、あずさは顔を赤くして「はわわ…」となり鈴音は「…はぁ」と溜め息をついて深雪は只怖い微笑を浮かべあずさが怖がっていた。

 

「姉弟って言っても義理だろ。お似合いなんじゃないか真由美。まぁそうなったら祝福はしてやるが…」

 

「確かに八くんみたいにやる気はないのにいざってときはスッゴクかっこ良くなるのは卑怯だけど…だから違うって!」

 

「あー、わかった。みなまで言うな」

 

「聞きなさいよ!」

 

「八幡くんと会長仲いいですね。もうカップルみたいです」

 

「本当に服部くんが可哀想になるレベルですね」

 

「八幡さん?ふふふ…」

 

あずさと鈴音、深雪はそれぞれに感想を述べていた。

反論をする真由美だったが。

 

「もう!だから八くんと私は義姉弟だってば!」

 

「と言うかこの部屋寒くないか?冷房効きすぎだろ」

 

「恐らく深雪さんの干渉力のせいだと思われますが…」

 

「さ、寒いです」

 

「司波、落ち着け」

 

「も、申し訳ございません…」

 

「いや、聞いてよ!」

 

摩利が深雪を嗜め部屋が氷漬けになるのは回避された。

真由美は言葉では否定していたがその顔は赤くなり満更でもなさそうなのがダメだった。

 

「しかし、真由美のCADを調整したのは八幡くんだったな、すさまじいな」

 

「はい、見せて貰いましたが八幡くんの調整技術は達也くんと同じく一流のクラフトマンに負けず劣らずですごかったです」

 

「しかも、今回真由美が競技で九校戦初の快挙を成し遂げてしまったからな。八幡くんが調整したCADで」

 

摩利とあずさが八幡の調整したCADについて手放しで褒めていた。

摩利が提案をし出す。

 

「それならもう明日の選手の調整を八幡くんにお願いするか?服部の調整に明日のクラウドボール担当は付きっきりだろう」

 

「無茶言わないでよ。八くん新人戦のバトルボードとスピードシューティングの娘達の調整に加えて、自分の競技の調整があるんだから」

 

真由美の言う通り八幡は現在自身とチームメンバー総勢6人分の調整を引き受けているので上級生の分まで受けてしまうと真っ黒な企業も真っ青な労働時間になってしまうのだ。

しかし、摩利達は八幡の正体が希代の魔工師「ファントム」であることを知らないのでその程度の人数であれば1日も掛からずに調整できるが知っている真由美としてはあまり八幡に負担と正体がバレをしてほしくないのでそのようなコメントをしたのだ。

それを言われた摩利は。

 

「むっ…それもそうか…。しかし、明日の真由美のCADは調整が終わっているんだろう。なんとかならないか?」

 

こまっている摩利を見た鈴音が提案した。

 

「でしたら明日、明後日もオフの司波くんをメインにしてサブで八幡くんに協力をお願いするのはどうです?」

 

鈴音の代替案に思案し真由美は難しそうな表情をして考え答えを出した。

 

「…八くんには悪いけど優勝を目指すなら仕方がないか。深雪さん、明日達也くんと八くんに伝えてくれる?」

 

「はい」

 

深雪は真由美の願いを快諾した。

思いもよらぬ兄への活躍の機会が増えたことに喜びを隠さずにはいられなかった一方。

自らが好意を寄せている八幡が義姉である真由美に対してスキンシップの度合いが姉弟間のレベルでなくもうそれはカップル同士であったことを知り、昨日浴室内でチームメイトに言われた「七草会長が一番の強敵」と言うのを思い出して深雪は警戒心を最大にする他なかった。

 

 

「お兄様、深雪です。大丈夫でしょうか?」

 

夜も更けてきた頃にゲームで遊んでいた幹比古達と解散してそろそろ寝ようとしたときに深雪が俺たちの部屋へやってきた。

 

「深雪?」

 

達也がドアに近いポジションにいたのでドアを開けると俺も同時にそちらに振り向くと寝巻きにしては可愛すぎる白のゆったりとしたワンピースを着た深雪がそこにたっており、特段珍しい服ではないのだが深雪と相まって見とれてしまっていた。

 

俺の視線に気がついていない司波兄妹は話を始めていた。

 

「実は…」

 

深雪が何故俺たちの部屋に訪れたのかを説明すると達也は呆れていた。

俺は別の意味で顔を歪めたくなったが。

 

「……なるほど。それでこんな夜遅くに来たのか」

 

「…ご迷惑でしたか?」

 

「正直今日聞きたくなかったけど、明日聞かされてた方が地獄だったからサンキューな深雪」

 

「おい、八幡」

 

「じょ、冗談だって…しかし、深雪。女の子が出歩く時間じゃないぞ」

 

「確かに八幡の言う通りだ。いくらホテルの中とはいえ女の子が出歩く時間じゃないな。色々と不審な動きがあるんだ、もしかしたら廊下に不審者が入ってくるかも知れない」

 

俺は達也のその言い分に言い過ぎじゃね?と思ったがこいつにとっては大切な妹だしな。そりゃそこまで言うわと思い深雪を見直すと満面の笑みであった。

 

「はい、申し訳ございませんでしたお兄様」

 

俺と達也は声を揃えて

 

「「満面の笑みで謝られてもなぁ…」」

 

ぼやく達也は顔を笑わせており俺は「しょうがねぇな…」と言った感じだった。

考えてみれば達也は深雪に対して甘すぎるのだ。

あ…俺も人の事言えねぇ。小町はともかくとして泉美ちゃん。香澄ちゃんは感情が高ぶってくると人前で一人称を「私」から「僕」に変えてしまうので俺が気を付けなさいと言っても「ごめんね、お兄ちゃん」としょんぼりして謝ってくるので怒るに怒れないのだ、その後頭を撫でると機嫌が良くなる。これマメな。

それと同じか…

 

俺たちの反応を見て深雪はまたしてもクスりと笑みを浮かべていた。

 

 

九校戦二日目。

 

俺と達也はエンジニア用のブルゾンを着て第一高校の天幕にいた。

達也は急遽割り当てられたメインのエンジニアとして据えられたのでそちらの方を調整しなくてはならなくなったので急遽全員分のCADのデータを頭に叩き込んでいるのを見てやっぱこいつ二科じゃねぇ…ってなった。

 

「八くん、ごめんね?急にお仕事頼んじゃって」

 

仕事をしている達也を確認しているところに様子を見にきた姉さんに声を掛けられ返答する

 

「姉さん以外から頼まれたらぜってぇやらねえけど…」

 

「ほんとありがとう八くん」

 

「まぁ、俺よりも達也の方に感謝するべきだと思うけど…」

 

俺が指差す方向には達也が仕事をしており姉さんもそれには同意していた。

 

「それには同意ね…ほんと達也くんってスゴいわね~。瞬間記録とか完全記憶とか言うやつじゃないの?羨ましい…」

 

「姉さんそれ達也の前で言うなよ?達也としちゃそんなものより魔法力が欲しかったんだろうが…」

 

「あ、受験生を前にして許しがたい贅沢ね~」

 

ぷりぷりと可愛い顔の頬を膨らませ両手を腰にあてていた。

姉さんそれ素でやってるんだよな…

俺は本当に、マジで無意識に可愛さを褒めるように姉さんの頭を何時ものようにわしゃわしゃと髪が乱れないように撫でてしまっており姉さんと俺が試合前にいちゃいちゃしているように見えただろう。

 

その光景を見た第一高校の天幕にいたチームメンバーはこう思ったのではないだろうか。

 

『リア充爆発しろ!!』と。

 

 

競技が始まるコートへ向かい到着すると姉さんは羽織っていた膝上丈のクーラージャンパーを脱いだ。

俺は愕然としてしまった。

 

「姉さん、その格好で出るんですか?」

 

「なんで急に敬語?…そうよ?」

 

当たり前のように頷かれて俺は頭痛を覚えた。

 

「本当に、そのスコートで試合すんの?」

 

「え?おかしいかな…。似合ってない?」

 

いやむしろ逆で似合いすぎていてヤバイのだ。

テニスウェア、としか言い表せないポロシャツにスコート姿でそれはどっちかと言うとお嬢様がおテニスをする姿なんですわー!、と言う姿なんですけど。

少し体を傾けるだけでスコートの裾が跳ねてアンダースコートがチラ見えしてしまう。

俺はこういったチラリズムに造詣が深いわけではないのだが、スコートの下からチラ見えするアンダースコートはもうほとんど下着と言っても差し支えない。だからこそ、この会場にきている高校生並びに中年のおっさんたちに姉さんのアンダースコートを見せつけるわけにはいかないので全員《重力爆散》を叩き込みこの世から抹消しなくてはならないのだ…!

とりあえず姉さんは褒めておく。

 

「めっちゃ似合ってる」

 

「ありがと、八くん」

 

「でも…」

 

「でも?」

 

姉さんは不思議そうに俺を見てくる。

 

「姉さんのスコートから(ほぼ)パンツが見えて観客席が盛り上がるのはムカつくので《重力爆散》撃ち込んできて良い?」

 

「おバカ!ダメに決まってるでしょう!それにこれは下着じゃなくてアンダースコートよ!全く…八くんのエッチ!」

 

スコートを押さえ顔を赤くし抗議の表情を浮かべた姉さんに怒られてしまった。

どうやら失言だったらしい…。間違ったな。

 

その後機嫌を戻して貰い試合に望む姉さんを後ろから見守る形になるがなんの心配も抱いてはいない。

何故なら「姉さん」だからだ。

 

対戦相手はショートタイプの拳銃形態のCADを両手で保持して忙しなくボールへ動かしている。

相手選手が捉えたボールが移動魔法によって不自然な軌道を描き姉さんのコートに落ちようとするが倍のスピードを加えられて帰宅していく。

全て元の場所へと帰っていくのだ。

姉さんは胸の前で両手で拳銃型のCADを構え中央に立っている。

伏せ気味に両目に神秘的な光をたたえ祈るようにCADを捧げ持っている。

俺は相手の事など既に脳内から排除されて目の前にいる姉さんに心奪われていて目の前に映る姉さんはまるで一枚の絵画に描かれた女神のような美しさを放っていた。

 

美しさだけでなくその実力も相手の方が高度に見えるかもしれないが実際は姉さんが得点を重ねている。

圧倒的であった。

俺はただ、姉さんの姿に見惚れるしかなかった。

 

◆ 

 

第一セットが終了し真由美は外にいる八幡に視線を向ける。

八幡は真由美に穏やかな微笑を浮かべると真由美は暖かいものに包まれて自分の動悸が早くなった気がした。

真由美は注目を受けることには慣れているはずだ。

それこそ純粋な称賛を込めた視線や嫉妬、生々しい劣情を隠した視線にさらされることはあったが、先程の八幡から送られた視線は感じたことのないものであった。

父、泉美と香澄からは感じることの無かった視線だ。

 

憧れと親愛。これが八幡から受けた視線だった。

 

真由美自体八幡に対しては、「ちょっと捻くれた可愛い義弟」という想いを当初は抱いていたのだが、第一高校に入学してからは八幡に対するイメージが「普段はやる気はないがやるときはやる表情を見せるかっこいい年下の男の子」というイメージに変わっているのを本人は自覚はしていないのだろうが…

 

ハッとして今いる自分の状況を思い返す。

今からの3分間で水分補給やらをしなければならず、コートの外へ行かなければならないのだが水筒やタオルは八幡が持っておりずっとコートに立っているのは不審がられてしまうのだがあの想いを抱いてしまった真由美は非常に気まずい状態になっていた。

 

(もう!八くんのせいでめちゃくちゃになっちゃったじゃない!…ええい女は度胸!)

 

真由美は自分の足に前進を命じた。

 

 

「お疲れ姉さん」

 

「あ、ありがとう…」

 

「?どうしたの」

 

「う、うんなんでもない」

 

タオルと水分補給の水が入ったボトルを差し出した俺に対して姉さんは何故か他人行儀な感じかした。

きっと疲れているのだろう、顔も若干赤いしな。もしかして熱中症かもしれないしな、水分を補給して貰おう。

 

「はぁ…」

 

俺の顔を見て突然溜め息をつく。しかし何故か落胆しているような…相手の選手がそんなに手応えがなかったのか。

 

「お疲れさまって、まだ試合が終わってないわ。気を抜いちゃダメよ」

 

「いや、もう終わりだよ」

 

「えっ?」

 

「サイオン量の枯渇で第二セットに入ったところで直ぐに棄権するよ」

 

俺がそう告げると姉さんが向こうのチームが審判団と何か相談しているのが目に入ったようだ。

 

「魔法の連続使用によるサイオンの枯渇だな、ペースの配分を見誤ったんだろうよ。姉さんを相手にするのは力不足だった」

 

「良くわかったわね八くん」

 

「姉さんをずっと見ていればわかるよ」

 

その言葉を告げた瞬間に真由美の顔に仄かに朱が入った。

当然八幡はその事に気がつくこともなく。

 

「ほら、相手が棄権したよ」

 

審判団から相手選手の棄権が告げられ第一試合は姉さんの勝利で幕を閉じた。

 

「時間ももったいないし、テントにいって次の試合の準備をしよう。あ、姉さん体冷やすとあれだから上着」

 

「え、ええそうね(もう…さっきから八くんにペース崩されっぱなしなのだけれど…)」

 

「小町や、泉美、香澄も見てるだろうしやるんならとことん、完全勝利目指そうぜ。姉さん」

 

「ええ!八くんが調整したCADでお姉ちゃん優勝目指しちゃうわね。お姉ちゃんに任せなさい!」

 

俺は自分よりも年上の姉が自分よりも年下に見えてしまい微笑ましいと感じてしまった。

 

その後2試合目、3試合と着々と勝利を重ねていき危なげもなく姉さんは俺が調整したCADを駆使して対戦相手を寄せ付けず、全試合無失点・ストレート勝利で本戦女子クラウドボールの優勝を飾った。

 

 

姉さんと共に対戦会場から戻ると駆け寄ってくる3人の人影が現れた。

小町、泉美、香澄達は九校戦の開催日は平日で本来学校があるのだが、親族が参加して応援しに行く場合は公休扱いとなるらしい。

…俺もそれ中学時代にほしかったよ。

 

姉さんが二つある内の一つを優勝で納め、姉さんが優勝することを信じてやまない妹達は自分の事のように笑顔であった。

 

「お姉様、優勝おめでとうございます!」

 

「お姉ちゃん、優勝おめでとう!」

 

「真由美お姉ちゃん、やったね!」

 

妹達の笑顔に当てられ姉さんも笑顔だ。

 

「小町ちゃん達も応援ありがとうね。明日以降八くんの試合もあるからそっちの応援ね」

 

「まぁ、姉さんなら当然だな…。相手が可哀想になるレベルだったが…」

 

俺が告げると小町、泉美、香澄達は声を揃えて

 

「「「あー…」」」

 

と納得していた。

 

「今回はCADの反応が普段よりも良かったの。調整してくれたCADがなかったら優勝逃していたかも知れないわ、これも八くんのお陰ね。今度は八くんの番ね。姉妹で応援するから優勝するのよ!」

 

「お、おう…」

 

姉さんからの称賛に照れくさくなった俺は頬を掻いてそっぽを向くと小町、泉美、香澄達がニヤニヤして俺をからかってくる。

 

「あ、お兄様が照れていらっしゃいますわ」

 

「あ、兄ちゃん照れてるー!」

 

「お兄ちゃん良かったね。真由美お姉ちゃんから誉められて」

 

「あのなぁ…」

 

一言物申そうかと思ったが楽しそうに話しているのを見てしまい遮るのは憚られた。

 

じゃあ、まぁ家族の期待に応えるとしますかね…

 

 



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蠢く悪意

そろそろUAが100000行きそうなのビックリな作者の輝夜です。

登録してくださった皆様お待たせ致しました最新話になります。
なかなか八幡無双まで行けないのはスミマセン…。

コメント&高評価お待ちしております。

余談ですが小説を書く際に魔法科のアプリゲーを見たのですがその中に香澄と泉美のウエディング姿のカードを見掛けて更に「かわいすぎんだろ…」と思った次第です。

それではどうぞ。


九校戦三日目。

大会に入る前の早朝にほのかはベットから起き出し着替え始めた。

 

(んー…走りに行こう)

 

少女はググッ、と腕を上に挙げて走り込みがしやすい衣装に着替え、同室にいる雫を起こさぬように部屋から出た。

 

(はっ…はっ…!)

 

軍の施設なので走り込みに最適なコースがある。

幸いこの時間に走っている生徒はいなく、ほのかただ一人のランニングコースと化していた。

 

走り込みの最中に自分の今大会に臨む親友達に思いを馳せていた。

 

(深雪は総合力が圧倒的だし、雫も力押しでなんとか出来る魔法力がある…。私は二人ほど実戦が得意じゃないしここ一番に弱い…二人に追い付くためにも人一倍練習しなきゃ…!)

 

ほのかは努力家であった。

そんな思いを持ちながら走り込みをしている最中、道端の自販機に併設されたベンチにて一服している少年から声を掛けられた。

 

「ん…?ほのかか?」

 

声を掛けられてはっ、としたほのかは振り返り視線をそちらに向けると自分が好意を寄せ憧れを抱く少年が缶コーヒーを持っていた。

 

「八幡さん!」

 

「ずいぶん朝早くから頑張ってるな。早起きとか偉すぎだろ」

 

「八幡さんはなんでこの時間に?」

 

「ああ…目が覚めちゃってな。二度寝しようにも寝れなかったからここに来てマッ缶をあおっていただけだよ」

 

「そうだったんですね…(はっ…!今なら八幡さんと二人っきり…。深雪も雫もいない今ならチャンスかも…!)」

 

「じゃ、俺そろそろいくから」

 

「あ、ちょっと待ってください!」

 

「ん?どうした?」

 

ほのかはせっかくのチャンス逃してなるものかといった勢いで八幡を引き留める。

怪訝に思う八幡はほのかからの言葉を待つために待ってくれている。

 

ほのかは緊張する心で八幡に告げた。

 

「あの…!ランニング後のストレッチに付き合って貰っても良いですか…?」

 

「へ?良いけど…てか俺で良いの?」

 

「はい!八幡さんが良いです!」

 

「お、おう…」

 

(八幡さんにお願いしちゃった…!ちょっと大胆だったかな…?)

 

 

背中が汚れないようにマットを敷いて八幡に足を押さえて貰いながら腹筋をするほのか。

 

「11…12…んっ、すみません…手伝ってもらって」

 

「んあ?ああ、いいよ、やること無かったしな…。にしてもほのかはえらいな。競技期間中に練習をサボらないなんてな」

 

「ちょっとでもブランクが開くと体が鈍っちゃうような感じがして…」

 

「ほのかは真面目だな。まぁ、ほのかが参加するミラージ・パットもボードも魔法力と同等に身体バランスが重要になる競技だからな…それに見たところほのかはちゃんと体が出来ているみたいだし」

 

(っ…!なんか今全部見透かされたような感じがした…。あれ?八幡さんの目の色って金色だっけ?)

 

不意にほのかはメガネがずれた八幡の目を見てしまった。

その瞳は一瞬黒目の部分が金色に変わったように感じたのだが気のせいだった。

 

「この調子でコンディション維持しようぜ…。っ!」

 

「は、はい頑張ります!」

 

かばりっ、とほのかが上体を起こすとほのかは気がついてしまった。

 

(顔が近い…!)

 

勢い余って八幡のキスしそうな勢いで顔に近づいて八幡の顔を見たほのかは八幡の整った顔と全てを見通しそうな特徴的な瞳がほのかの瞳に映る。

ほのかの動悸が高まっていく。

 

ドクン…ドクン…ドクン…!

 

(うう…どうしよう!八幡さんに私の心音聞こえちゃう…!)

 

ほのかは急ぎ目を反らしたかったが目を反らすことが出来なかった。

しかし、不意に八幡が目を反らしたことでほのかは残念がったが取り合えず危機は回避された。

なぜ八幡が目を反らしたのはいったいどうしたというのか疑問に思ったほのかは八幡に質問してしまう。

 

「八幡さん?どうしたんですか?」

 

「いや…そのほのかのあれが…」

 

「あれ?…っ!は、八幡さんのエッチ…」

 

八幡の視線がどこを向いていたのか、それは、がばりっと起き上がり揺れたほのかの胸部へ集中していたことだった。

ハーフパンツに薄手のパーカーを着用していたほのかは運動したお陰で汗をかいて体のラインがくっきり映ってしまっていた。

腹筋のために頭に載せていた両手を胸の前に交差して抗議する形になった。

 

「八幡さん…?」

 

「は、はい…」

 

「わ、私だから許してあげますけど他の女の子のは見ちゃいけないですからね?」

 

「本当に申し訳ない…」

 

本当に反省しているようで少し落ち込んでいる。

それを見て恥ずかしかったが少し嬉しくなった。

ほのかが好意を寄せる八幡はちょっぴりエッチでだけどものすごくかっこいい男の子で自分を女の子として見てくれることがわかりなんだか嬉しくなってしまった。

 

ほのかから離れて八幡は

 

「じゃ、じゃ俺そろそろいくから…あ、ほのか」

 

「は、はい」

 

「これ飲んで。水分補給はしっかりな、あと体冷やすなよ。じゃっ」

 

「あ、八幡さん!…ありがとうございます」

 

走り去った八幡から手渡されたスポーツ飲料を大事そうに持っていたほのかであった。

 

 

俺は今日CADの調整仕事がなくフリーになっているのに何故か目が覚めてしまって変な時間に起きてしまい二度寝をして惰眠を貪っていた。

先輩達には悪いと思うが、続けて二度寝させて貰おうかと思ったがそれは部屋のドアがノックされ中断された。

 

「誰だ…?」

 

俺は少し覚醒しきっていない頭で考え怪訝に思ったがこの時間なら達也達は既に大会会場へ向かっているはずだ。

何故か俺は迷うことなく部屋のドアを開けるとそこには天使達がいた。

 

「お兄様?お迎えに上がりました」

 

「兄ちゃん迎えにきたよー!」

 

「お兄ちゃん今変なこと考えなかった?」

 

泉美、香澄、小町が俺を迎えに選手控えのホテルまでやってきていたのだ。

 

「おー迎えに来て…ちょいまち。ここ選手しか入れないはずなんだが?」

 

俺は疑問に思った。確かに妹達が迎えに来てくれたことで眠気は吹き飛んだがそれは問題じゃない。

なんでここにいるんだ?

 

その俺の疑問に泉美が応えてくれた。

 

「お姉さまから「八くん今日はオフだけれども流石に摩利の試合を見ないのは流石にあれなので小町ちゃん、泉美ちゃん、香澄ちゃん。八くんを起こしてきてあげて」と言っていましたので」

 

なるほどそれが理由か…っておいホテルの警備員は何をしてるんですかね?仕事しなさいよ。

確かに小町達は可愛いから顔パスするのはわかる。

俺だってそうするだろうからな。

小町ちゃん達が怪盗団なら盗みに来たときに喜んで差し出すだろう。

 

「いや、お兄ちゃんは連日のお仕事で疲れてるから…」

 

俺が会場に行こうとするのを拒否しようとすると

 

「お兄様は私達と観戦したくないのですか…?」うるうる…!

 

「兄ちゃん、僕たちと一緒に試合みたくないの?」うるうる…!

 

「へぇ~…お兄ちゃん小町達と一緒に観戦したくないんだ…」袖ぎゅっ…!

 

なんと言う策士…!!泉美と香澄の二人が悲しそうな顔をして瞳を潤ませながら上目使いで小町が俺の袖をちょいと摘まみながら悲しそうな顔をする…。くっ…だが俺は惰眠を貪りたい…貪りたいが妹達の思いを無駄には出来ない!例えそれが罠だとしても…!

 

「…わーったよ。行くから着替えしてくるから待っててくれ」

 

駄目でした…お兄ちゃんは妹達には勝てなかったよ…

小町、泉美、香澄の3名の頭を撫でるとえへへっ、と言った笑い声が聞こえてきたのでさっきのはやはり演技だったらしい。

将来は名演技派女優になれるだろうな…

 

妹達のジェットストリームアタックにより七草家の白い悪魔は撃墜されたとさ。

 

お兄ちゃんが可愛い妹のおねだりに勝てるわけねぇだろ…

 

妹達に部屋から連れ出され左右に泉美・香澄に腕を組まれ逃げ場はなく俺の後ろには小町が陣取っていた。

会場へ向かう最中道行く人々が此方を見て感想を述べていた。

 

「おい見ろよめっちゃ可愛い子いるぜ」

 

「うわ、ほんとだ!」

 

「メガネ掛けてる男の子もかっこいいなぁ~。第一高校の生徒かなぁ?」

 

「てか、美少女3人侍らせてるとか…ハーレムかこのやろう…羨ましいぜ」

 

「彼女かよ、羨ましすぎる」

 

「ショートカットの髪型の女の子は活発そうな美少女だしセミロングの女の子は清楚な美少女だし後ろにいる女の子は妹か?面倒見が良さそうな美少女だぜ。真ん中の男はフツメンじゃなくてイケメンじゃん。爆発しろ」

 

などなど、って最後のやつうるせぇ…

小町、泉美、香澄が美少女で最高に可愛いのは異論は認めない。

泉美と香澄の両名は八幡の両腕を更に密着してヒソヒソ声で話し始めた。

 

「香澄ちゃん、彼女ですって。フフッ…」

 

「泉美、彼女だって。エヘヘ…」

 

『彼女』という言葉に反応し嬉しそうにしている泉美と香澄。

そんなヒソヒソ話を聞いた俺は複雑な気持ちになった。

 

(小町、泉美、香澄も大きくなったら彼氏とか連れてくるんだろうか…あ、想像したら連れてきた彼氏を俺が開発した新魔法でこの世から消し去るわ。

そうしよう。

でも幸せになって欲しいからな…最低条件は俺より強くて経済的に部長クラスじゃないと無理だな…。

そもそも小町達に釣り合う男が現れるかどうか…)

 

その姿を後ろから見た小町は

 

「全く…、そういうとこはホントごみぃちゃんなんだから…見せつけられるこっちの気持ちも考えてよね~」

 

その呟きは兄妹達には聞こえなかった。

 

「あの…泉美ちゃん?香澄ちゃん?そろそろ離してくんない?お兄ちゃん逃げないから」

 

「ダメですよお兄様?逃がしませんので」

 

「ダメだよ兄ちゃん?連行しまーす!」

 

八幡の願いも虚しく実妹に監視され双子の姉妹に両腕を密着ホールドされながら連行されて観戦席に向かうのだが…

八幡は酷く後悔した。何故なら…

 

「八幡さん?なかなか起きていらっしゃらないのでお迎えに上がりましたのに女の子を侍らせてデートとは良いご身分ですね?」

 

氷のような、いや実際は出ていないがそんな感じがして笑みを浮かべているが背筋が凍りそうな程の凄みを感じさせる深雪と

 

「八幡。その女の子達だれ?」

 

いつものような無表情だがしかし俺には分かる。なんで不機嫌になってるんですかね?すみませんがこの子達は俺の妹なんですが…といっても信じてくれなさそうな雫と

 

「は、八幡さんがまた別の女の子連れてきてる…しかも双子…!あれ?でももう一人の子は妹かな…?」

 

いつも思うんだがほのかって表情豊かだよな…。なにかを勘違いしているほのかと

 

「八幡?中学生に声を掛けちゃ行けないって学校で習わなかったの?」

 

めちゃくちゃ言葉に棘があるエリカ達に妹達につれられてきた俺は責められていた。何でだよ…

 

 

「違うっつーの…。義妹達だって、彼女じゃねーよ。二度寝してたところに姉さん経由で起こしに来てくれたんだよ…。ほれ、挨拶しなさい?」

 

俺がその事を説明すると左右の泉美と香澄は不機嫌になり小町は「ごみぃちゃんはさぁ…」と言った反応を返してくれた。

何でだよ事実でしょうが。

不機嫌そうに俺から離れて改め直して姿勢を正して会釈して皆に挨拶をする。

 

「皆様初めましてお兄様の妹の七草泉美と申します」

 

「お兄ちゃんの妹の七草香澄です。よろしくお願いします」

 

「七草小町です!よろしくお願いします」

 

 

泉美は何時ものようにお淑やかなに、香澄は何時もと違いよそ行きの言葉遣いに、小町は何時ものような自然体だ。

が、しかし深雪や泉美達は笑みを浮かべてはいるが俺は背筋が薄ら寒くなり思わず魔法を使いそうになったが今は夏だ。

 

深雪達は泉美と香澄達を牽制しあっていたのは何故なんだ…?

 

俺がその光景をえぇ…?みたいな感想を思っているとその姿を見た小町が何かを察したのか深いため息をついていた。

 

「はぁ…。ごめんなさい皆さん。こんなニブチンが兄で…」

 

「「「あはは…」」」

 

深雪達は顔を赤くしてなにかを誤魔化して愛想笑いをしていた。

俺のどこがニブチンだと言うのか、人の悪意にはめちゃくちゃ敏感やぞ。

 

観客席の場所取りをしていた美月とレオに感謝を述べて座る。

再び左右に泉美と香澄が俺の隣に陣取っておりほのかと雫が不機嫌そうにしていた。いや、前に座った方が良くないか?

小町は俺の知り合い達と一緒に座り、俺の学校での印象を聞いているようだ。

あの皆さん変なこと小町に吹き込まないでくださいね…?

 

「お兄様、もうすぐスタートですよ」

 

深雪が気が付き声を掛けたのは遅れてやってきたのは達也だった。

そういや先に出ていたはずの達也がいなかったのが気になり前の座席で深雪の隣に座った達也に俺も声を掛ける。

 

「達也どこに行ってたんだ?」

 

「会長に捕まってな…手伝いをさせられていた」

 

「なんか…すまん」

 

「いや、お前が謝ることじゃないだろ。それより試合が始まる」

 

達也に促され俺はスタートラインを見るとバンダナでショートボブの髪を揺らし渡辺先輩はスタート体勢に入っていた。準備を告げる一回目のブザーが鳴り観客席が静まり返る。

一拍、間が空いて二拍目のブザーが鳴り響きスタートが告げられた。

 

瞬間。

 

俺の《瞳》の能力が渡辺先輩の未来の姿を捉え七校選手のオーバースピードと水面に潜む何かにより大ケガをする結果の映像が俺の脳裏に叩き込まれた。

 

俺は気付かれないように両脇に陣取る泉美と香澄に声を掛ける。

 

「泉美、香澄。お兄ちゃんお花摘みに行って良い?」

 

「お兄様試合始まっちゃいますよ?」

 

「兄ちゃん此処に来るまでに済ませてくれば良かったのに~」

 

「いや、君たちが急かすから行けなかったんでしょうが…」

 

「早く戻って来てくださいねお兄様」

 

「おう」

 

抜け出し自己加速術式を二重展開しその場へ駆け出した。

 

なんでこういう時だけ発動すんだよ…!頼むから間に合ってくれよ…

 

「全くお兄様ったら…」

 

「全く…兄ちゃんってば…」

 

泉美と香澄は八幡の行動に呆れていた。

八幡が用を足しているときに試合が開始され進行していく。

突如として悲鳴が別の観客席から聞こえ泉美と香澄の耳に入る。

七校の選手が大きく体勢を崩していた。

 

「オーバースピード!?」

 

誰かが叫んでいた。

 

七校の選手がフェンスにぶつかるだけならばそれだけだったが目の前には加速をしようとカーブに差し掛かった摩利が居たのだ。

 

背面から迫る気配に気が付き新たなる魔法を使い七校選手を受け止めようとしたがそれは出来なかった。

不意に摩利の水面が沈み混んだのだ。

摩利はサーフィンの上級者というわけではなくその小さな変化は発動した魔法を狂わせるのには十分な成果であった。

 

大きな悲鳴が上がった。

 

七校選手のボードが摩利へ直撃し激痛で意識が飛びそうになる。

 

(かはっ…!ま、不味い…!)

 

追い討ちを掛けるよう七校選手と縺れ合うようにぶつかりフェンスへぶつかり外へ飛ばされ地面に激突しそうになる

その光景を見た誰か達が悲鳴と驚きの声をあげる。

と思いきやコース外に現れた人影が飛び込みそれを見た観客席から驚愕の声が届く。

それは泉美と香澄がよく知る人物だった。

「一体誰だ!?」

 

「一校の制服を着てるわ!」

 

「お兄様!?」

 

「兄ちゃん!?」

 

その人影…八幡は右手を翳し魔法を発動させた。

 

魔法を発動させ地面にぶつかる前に摩利と七校選手を超重力の網で掬い取る形でふわふわと宙に浮いている。

 

摩利と七校選手はとっさに目をつむり来るはずの衝撃がやってこないことに不思議がっていると観客がフェンスを飛び越え地面に激突せず宙に浮いている二名の現状を目の当たりにし呆然としていた。

 

助け出されたことで摩利は気が抜けてしまいボードが直撃したせいか意識が朦朧として飛び込んだ人影に抱き抱えられる状態で意識を失った。

 

目が覚める。

 

「摩利、気が付いた?私が誰だか分かる?」

 

「真由美、何を言っているんだ…っ!」

 

目が覚めて起き上がり言葉を発した瞬間に自分が今どの様な状態になっているのかを思い至った。

 

(そうだ…私はボードの競技の最中七校の選手と接触してコース外へ…)

 

「ここは病院か…」

 

「意識に異常はないようね…良かった」

 

「あたしはどのくらい意識を失っていたんだ?」

 

「事故から数時間…お昼を回ったところよ。あっ、まだ起きちゃダメよ」

 

摩利は真由美にベットに押し戻されてた。

強い力ではなかったのだがそれほどまでに今は身体の自由が怠さを覚えているようだ。

 

「ボードが直撃して肋骨と右腕が折れていたのよ。今は魔法で繋いでいるけれど定着するまでは…」

 

「分かっているさ、決して瞬時に治癒するわけではない。大丈夫だ、そのくらいは弁えている」

 

力を抜いてベットに身体を預け真由美に摩利は問いかけた。

 

「それで?どのくらい定着するまで時間が掛かる?」

 

「全治一週間よ」

 

「一週間!?それじゃっ」

 

「ええ、ミラージ・パットも棄権ね。仕方がないけど…」

 

「そうか…」

 

摩利はその結果を受け入れるしかなかった。

レースの結果と他試合の状況を確認して更に落ち込む摩利は思わず悪態をついてしまう。

 

「あたしだけが計算違いか…」

 

「仕方がないわ、摩利の判断は間違っていなかったの。あそこで摩利が加速を止めなければ決勝に進めていたはずよ。だけど七校の選手は大ケガをして魔法師生命を絶たれていたと思うわ。その場にいて応急処置してくれた八くんも同意見ね」

 

真由美の話を聞いて摩利は先程の事故の際に助けてくれた後輩の事を思い出した。

 

「そうだ…八幡くんがあの時重力魔法を使ってくれなければあたしは更に大怪我していたかもな…」

 

「ええ、八くんが言うには「あの状況だと受け身が取れず更に怪我が酷くなっていたかも知れないっす」って。八くん昔から…生傷が絶えなかったから応急処置が得意なのよ」

 

真由美が八幡の応急処置の件を話したが、一瞬悲しい顔をしていた。

しかし摩利には気が付くことが出来なかった。

 

「…八幡くんにお礼を言わないとな」

 

「ところで摩利。体調は大丈夫そう?」

 

「ああ…少し頭が痛むが外傷的な事だろう。意識もはっきりしているしな」

 

「病院の先生も言っていたけど脳は損傷は見られないみたいだし…聞いちゃおうかな」

 

「?」

 

首を傾げている摩利の目を先程とはうって変わり真面目な表情になり覗き込む真由美。

 

「どうしたんだ一体?」

 

「あのね、摩利あの時…」

 

 

 

 

応急処置をして姉さんに渡辺先輩を預け達也達のいる部屋へ向かいノックをすると深雪がドアを開けてくれた。

 

「あ、八幡さん」

 

「よっ」

 

「お兄様、八幡さんがいらっしゃいました」

 

室内へ入るとそこには達也の他に上級生二名の男女がいた。

 

「五十里先輩すんません。わざわざ来てもらって」

 

「いいよ気にしないで?それより渡辺先輩は大丈夫だったの?」

 

「ええ、なんとか間に合ったので打ち身程度で済んだみたいっすから。七校の生徒も同様ですね」

 

「そうかい…なら良かったよ」

 

ホッと一息ついた五十里先輩は本当に清涼剤だわ…戸塚みたいな雰囲気あるよな。

 

「ほんと、無事で良かったわ。摩利さんが怪我したと知ったときは驚いたわ…」

 

五十里先輩の隣にいた千代田先輩が反応した。

ここにいる五十里先輩と千代田先輩は聞いた話によると許嫁同士らしい。

まぁ、「百家」の家系だからな…当然っちゃ当然だけれども…リア充でしたか…

 

「ええ、トイレに行く途中に気が付いて間に合って良かったっすよ。あ、そうだ。千代田先輩優勝おめでとうございます。流石っすね」

 

「ありがと。七草くんが摩利さんを救出してくれて大事に至らなかったとはいえ大変なことに巻き込まれちゃったからね。その分あたし達が頑張らないと!」

 

意外と言うか熱血系だなこの人…俺は苦手な部類だが悪い人ではないのは分かる。

会話を終了し達也が俺に話しかけてきた。

 

「八幡、お前はあの事故の事どう見る?」

 

「そうだな…達也と同じだと思うが『第三者の介入』があったと思う」

 

「それはどうしてだ?」

 

達也が俺に質問する。

 

「トイレに向かうときにふと会場を見たときに渡辺先輩のコースの水面の動きが可笑しかったからな。

体勢を崩して七校の選手と激突するのは目に見えてた…本当は目立ちたくなかったけど」

 

「八幡は水面の挙動が見えたのか?」

 

「ああ、意外にも《眼》は良いからな。あれは水霊が仕込まれていたんだろうが…それよか俺より美月や幹比古に聞いた方が良いんじゃないか?専門家だろ」

 

俺が達也に提案するとちょうど部屋のドアがノックされ開かれた先には俺が呼んだ方が良いと提案した人物達が立っていた。

先輩達に美月と幹比古達の紹介をして呼んだ理由を述べた。

 

「二人には水中工作員の謎を解いて貰うために来て貰った。

俺と五十里先輩で話していたことだが先程の渡辺先輩の事故は第三者による妨害を受けた可能性の検証を行っていたんだが…可能性として考えられるのが八幡が意見として出した「水霊が仕込まれていた」ということだ。美月と幹比古、まずはこの動画を見てくれ」

 

「分かりました」

 

「分かったよ」

 

動画を見る前に美月はメガネを外し幹比古は熱心に先程の映像を見ている。

動画の視聴が終わり達也は幹比古に問いかける。

 

「幹比古、特定の条件にしたがって水面を陥没させるほどの魔法は精霊魔法で発動可能か?」

 

「可能…と言いたいところだけどそんな数時間では精々侵入者を驚かせる程度の猫だまし位にしかならないね。余りにも準備期間が少なすぎる。この大会は警備が厳重の筈だ。変な痕跡があればすぐバレてしまうんじゃないかい?」

 

「そうか…美月」

 

「は、はい」

 

「美月は渡辺先輩の事故の際に精霊の活性は見えたか?」

 

「い、いえ。メガネを掛けていたのでそこまでは…。ごめんなさい」

 

「いや、気にしないでくれ。これは俺が悪かった」

 

項垂れた美月に達也が謝罪すると隣にいた美月に深雪が慰めを掛けていた。

俺は幹比古の発言を受けて精霊は関係しているのだろうと確信を得ることが出来た。

しかし、それだけでは渡辺先輩が事故に巻き込まれた原因の特定には弱い。

もう一つなにかを見落としている筈だ…と不意に動画に映る七校選手の状態を確認すると引っ掛かる部分があった。

何故此処で減速を掛けていないのだ、と。

本来ならばこのコースでは減速を掛けて曲がらなければならないところで逆に加速を掛けてその本人自体驚愕の顔をしているのを見て俺は確信に至った。

 

精霊魔法だけじゃなく要因はこの会場にもあったのだ。

 

そんな様子を見てか、達也がまたしても俺に問いかける。

 

「八幡お前はどう思う」

 

「そうだな…達也も同じ感想を持っているんだと思うが敢えて答えるか。『大会運営の中に工作員が居る』としか考えられないな。確証はないけど」

 

達也以外は信じられないといった表情をしているが俺はこれが大正解だと思う。

実際、エンジニアが調整したCADを最終的にチェックするのはこの大会の運営委員に引き渡されて行われるからだ。

 

その事を伝えると失念していた深雪が「あっ…!」と声を挙げ、その事に一様に「信じられない」という表情をして絶句していた。

 

「だが、手口が分からないのが厄介だが…」

 

「それが難点なんだよなぁ…」

 

エンジニアである俺と達也は警戒を怠ることが出来なくなった。

達也が担当する深雪、俺が担当する雫とほのか達の事を思えば必ず阻止し、その下手人を捕まえなければならないと心に誓った。

 

 

三日目の成績は男女ピラーズ・ブレイクで優勝、男子ボードが3位に女子ボードが3位という成績を納めていたが、第三高校が優秀な成績を納め接戦になっており影響を与えないとされる新人戦も本選がこのような結果なので一校の大会優勝に関して大きく変動する要因になってしまう恐れが出てきた。

 

俺と達也は明日の新人戦へ備え、担当する選手のCADを調整していたのだが、達也の端末に姉さんからの呼び出しが入る。

良い時間だったので作業を中断し達也は第一高校に割り当てられたミーティングルームへ向かうべく作業室から退出した。

 

俺は先に部屋に戻り明日の新人戦に向けて寝ることにした。

 

(明日は雫のスピードシューティングだな…。CAD弄った下手人の捜索と一校大会優勝の2つのタスクをクリアせにゃならんのは辛い…。やだ、八幡社畜街道まっしぐらじゃないの。

幸い、雫に『あの魔法』を使って貰えば良いしな…)

 

翌日達也から聞かされた話で深雪が本戦のミラージ・パットに出場することが決まって俺は頭を抱えてしまった。

 

(やっべぇ…愛梨に「応援に行くわー」ってあのとき言っちまったんだよなぁ…どうっすっかな…)

 

深雪を取れば愛梨が怒るしまたその逆も然り愛梨を取れば深雪が怒る…

またしても俺のやるべき事が追加されたのが決定した。

 

勘弁してくれ…

 




雫とほのかのCAD担当がしれっと八幡になっている…めっちゃ抗議したんだろうけど二名のお願いに折れて仕方なく引き受ける姿が目に見える。

八幡もやる気はないですが引き受けた仕事は最後まできっちりとやり遂げる人間ですのできっと頑張ってくれる筈でしょう…


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新人戦開幕

九校戦4日目。

一旦本戦が休みとなり今日から5日間かけて、一年生で勝敗を競う新人戦が始まる。

出場する一年生はもちろんの事、自校の総合優勝が目的であるが1年生で選ばれたと言うこともあって自分達の名誉になるので気合いの入り様は凄まじいものだった。

俺は別の意味で気合いをいれなければならない。

 

一つは姉さんが高校最後の年なので総合優勝を獲得すること。

 

二つは姉さん、小町、泉美、香澄達の前でみっともない姿をさらせないこと。

 

三つは父さんより「本気を出して来なさい」と言われたことだ。

 

本日行われるのは男女スピード・シューティング予選・決勝と男女バトルボード予選となる、これは本戦と同じ順番だ。

 

俺が担当する雫はスピード・シューティング最初の試合、ほのかはバトルボードの最終戦に参加する。時間はギリギリ被っていないので調整することは出来るが…出来るけど…!

てか、姉さんこの一日目の試合が被っている子達の担当ってきつくないか?

八幡はそう思います。

 

 

女子スピード・シューティング控え室。

雫は最終チェックを終えた俺のCADを手に取り状態を確認して貰った。

俺が最強の仕上がりにしても使う当人が満足しなければそれはただの自己満足になってしまうからな…

手に取った雫は確認すると俺の仕事に満足してくれたようで俺に返答してくれた。

 

「どうだ?」

 

「うん、完璧。自分で調整するより快適」

 

雫は表情と声に感情が現れにくいにので初めは分かりにくいものであったが学校生活や今回の九校戦でだんだん分かるようになってきたのだ。

…ボッチは会話をしないで表情を読み取り意図を汲み取らないと死がまっているからな…

雫は嘘をつかずに都合が悪いとよく俺の脇腹を摘まんでくる癖があるのだ。

 

どうやら、俺の調整はお気に召したようだ。

 

「八幡。やっぱり北山家(ウチ)で雇われない?」

 

ただ、雫の本気なのか冗談なのか分からないコメントには慣れていない俺が居る。

雫にとっては本当に誉めてくれているだけなのかもしれないが俺はこう言った自分を誉めてくれる人間には未だに「裏があるのではないか」と疑ってしまう悪癖があるのだ。

こういうコメントに敢えて自分を下げるような発言をしてしまうのは俺の悪い癖かも知れない。

 

「俺みたいな三流技師にそんだけ冗談が言えるなら大丈夫そうだな」

 

俺がそういうと雫はずいっと近づいてきてた。

 

「冗談じゃないよ。八幡は一流、私が保証する。だけど八幡には…」

 

何故か顔を赤くして言葉に詰まってしまう雫。

 

「大丈夫か…体調悪いのか?」

 

「ううん、大丈夫だよ…。ねぇ、本当に雇われない?」

 

ハッとした雫が再三の要求…と言うよりかこのやり取りは実はもう既に何十回と行われており俺は本気じゃないだろうな思っているのだ…先述したように雫は冗談を言わない。

マジで俺を雇用しようとしているのが不味い。

俺の将来の夢は専業主夫になることなのだが冗談で雫に契約金と作業料を見せて貰ったときに思わず心が揺らぎそうになるくらい破格の金額であったが流石に会社を運営している俺…というか俺が魔工師《ファントム》であることを知られるのは非常に不味いわけで…

 

「あのな雫、俺は魔工師になるつもりはないからな?たまたま今回の大会で調整できるのが居なかったから俺がエンジニアすることになっただけだし、それに俺は七草の家の人間だから家の家業やらなきゃならんから無理だぞ」

 

断りの常套句として100点であろう文言を並べると雫はその感情が現れにくい表情を赤くさせて俺に言葉をぶつける。

 

「だったら…私が七草のお家に行けばいつでも調整して貰える。問題ないでしょ?」

 

「問題大有りだわ…ほら、冗談行ってないで行くぞ」

 

会話を終了して立ち上がり控え室から出て会場へ向かう俺と雫。

その背後で雫がなにかを呟いたようだったが俺には聞こえなかった。

 

「八幡のニブチン…」

 

会場に到着し交わす言葉は特段無かったが気分によるものだろう俺は珍しく俺から声を掛けた。

 

「雫」

 

「うん」

 

先ほどのように顔も赤くないので体調が戻った様で一安心した。

出番を前にした雫に掛ける言葉はこれしかないだろう。

 

「お前なら必ず勝てるって俺は信じてる」

 

そういうと雫の変わらない表情に喜びの色が見えた気がした。

 

「うん!頑張ってくる八幡」

 

そういって雫は会場へと踏み出した。

 

 

定位置に着いて開始を待つ雫。

シューティングレンジに立つ雫を注意深く《瞳》で確認するが先日起こったCADの異常は見受けられず、雫の状態も安定しているので俺は一安心した。

 

雫が構えを取る。

 

(今回は大丈夫みてぇだな。頑張れ雫。俺が雫用に開発した《あれ》もあるしな)

 

ランプが全て灯りクレーが空中に飛び出す。

雫が視認した瞬間それらは全て粉々に砕け散った。

 

しかしそれは範囲内のクレーを砕くのではなく掃除機のように吸い寄せ砕いている。

もちろん相手方のクレーを砕かないようは弾き飛ばし自分だけのクレーを吸い砕いていた。

豪快であるが繊細な魔法が使用され観客席から感嘆の声が聞こえてくる。

 

雫はスナイパーのようにじっと正面を見据えクレーが射出される機械を見てはいない。

飛び込んでくる標的すらも見ていないようだった。

 

「クレーがフィールドに入った瞬間に吸い砕くだと!?」

 

「次々にクレーが…まるで掃除機みたいに吸い込まれて砕かれていく…」

 

雫のその光景を別の高校の生徒達が見ていた。

 

「どうなっているんだあれは!?」

 

「あんなの見たこと無いぞ」

 

他の生徒達が驚いているなか三校の栞と愛梨は雫の使用した魔法を冷静に分析していた。

 

「栞今の戦法がどんなものなのか分かる?」

 

「ええ、恐らく北山選手はフィールドを分割しにそれぞれに重力球を設置して引力で引き寄せ振動魔法を発動させて砕いているわね…。区分するエリアを細分化せず大まかな振動魔法と重力魔法を使用することでまるで掃除機のように吸われ砕かれているように見えるのはその為ね」

 

魔法を見抜いたその目の良さに愛梨は栞を誉めた。

 

「流石に良い目をしているわ。あなたと対戦したらどうなるのかしら」

 

「そうね恐らく北山選手は細かい範囲指定が苦手な筈。私の演算能力を駆使すれば彼女の魔法を無効化できるわ」

 

 

試合が終了した。

撃ち漏らしはなく結果としてパーフェクト。

第一試合は雫が勝利を吸い取った。

 

「パーフェクトだって!?」

 

「エルフィンスナイパー並みじゃないか!」

 

観客席では周囲の反応を聞いた達也が関心したり呆れたりしていた。

 

「八幡が言っていた雫への『取っておき』とはこの事だったのか」

 

「雫と八幡さんは練習を重ねていましたものね」

 

エリカが達也達の会話に食いついてくる。

 

「さっきのは豪快だったよね」

 

「(あの魔法は一歩間違えば戦略級魔法になるレベルの破壊力を秘めては居るが八幡の事だから大分グレードダウンして教えたんだろう…やれやれ普段真面目じゃないくせにこういうときは真面目になるとすごいなあいつは)能ある鷹は爪を隠すとはこういうことかも知れないな」

 

「八幡さんはこう言ったのを見せびらかしたりするのお嫌いになりそうですからね」

 

「違いない」

 

「普段やる気無い人間が本気出すとスゴいってことはよく分かったわ」

 

「八幡さんやっぱりスゴい…」

 

八幡のその実力に対する評価を告げたほのかに対して達也達は頷いた。

 

 

 

「お疲れさん」

 

第一試合が終了しシューティングレンジより引き上げてきた雫にドリンクとタオルを差し出す俺を見掛けた雫は、少し駆け足に俺の元へ向かってきた。

…いや、試合で疲れてるんだからゆっくり歩いてきなさいよ…

 

「なんだか拍子抜け」

 

皮肉で言っているのではなく本当にそう思っているんだろう。

受け取ったタオルで汗をぬぐう姿は様になっており喜びを隠すことが出来ていなかった。

お前も表情に出るタイプね。

 

「まぁ、雫の実力なら問題なかっただろう」

 

「でも…みんな八幡のお陰だね」

 

「俺はなんにもしてねぇよ。全部雫の実力だ」

 

「ふふっ、八幡はそう言う。照れてる?」

 

「うるせぇよ…」

 

褒められることに慣れてないんでやめて貰って良い?

俺が頬を掻いてそっぽを向いていると控え室に入ってくる人物を確認出来た。

 

「お疲れさま!スゴかったよ雫!」

 

「ありがとう。八幡さんのお陰だってあるのに頑なに「雫の実力」だって」

 

「…現に試合で実力示してるの君だからね?俺は裏方だから」

 

苦虫を潰したような表情をしている俺に不満があるのか分からないが抗議してくる。

 

「八幡が調整したCADや魔法がなければ私はパーフェクトを取れてなかったかもしれない。だから八幡。自分の仕事に自信を持って?」

 

こうも真っ正面から言われ否定するようなら俺は真性のクズになるだろう。

だが認めるにはまだ早い、試合は全部終わっていないのだから。

 

「その褒め言葉は貰っておくが俺の仕事はまだ終わってないから今のところは雫の手柄だぞ」

 

「むぅ…。でもさっきの魔法、能動的爆砕軌道(アクティブ・ブラスト・オービット)魔法大全(インデックス)に登録申請がくるかもって話だよ?」

 

「げっ…!」

 

「えっ!?インデックスって…魔法史に名前が残っちゃうレベルじゃないですか!八幡さんスゴい!」

 

「流石だな八幡って…お前な」

 

達也が称賛し思わずほのかが嬉しさのあまり八幡に飛び付きそうになるが寸出のところで踏み留まり喜んでいるが当の本人はというと…

 

「目立ちたくねぇ…」

 

「なに言ってんのよ。快挙よ快挙!しっかしインデックスに登録される人物が近くに居るとは驚きですな~」

 

「雫と八幡さんも快挙だよ!」

 

嫌そうにしている八幡と快挙に喜ぶ二人に雫は冷静に答えていた。

 

「いや、まだ申請段階だから…」

 

自分の魔法がインデックスに登録される…そんな話を聞いたら普通は喜びそうなものなのだが八幡は心底嫌そうにしていた。

それに気がついた達也は八幡へ話しかける。

 

「八幡」

 

「…おう、達也」

 

「本当に嫌そうだな」

 

「…たりめぇーだろ。あの魔法は出力間違えたら戦略級魔法に匹敵するほどの破壊力と機能性に富んでる魔法なんだから俺が作った大量破壊魔法を一番最初に使用したのが雫の名前が乗るのは不味いだろ」

 

「雫のためか?」

 

「…バカ言え全部俺の為だよ」

 

八幡をそう言いきって雫達がしゃべっている方へ顔を向け歩いていく。

 

(全く…素直じゃないなお前は)

 

「雫」

 

「なに八幡」

 

「準々決勝からは対戦形式になるからな《あれ》を使うことにしよう」

 

「《あれ)って?」

 

エリカが疑問符をつけて聞き返してくるが俺は机に置いてあったアタッシュケースの解錠をするとその《あれ》は姿を表した。

そのケースから出てきたものに達也は驚いており八幡に対して苦笑するしかなかった。

他のみんなもケースから出したCADを見ても普通の特化型のCADだと思い怪訝な顔をしていたが詳しい達也には伝わったようで

 

「八幡お前…鬼だな」

 

八幡は人の悪い笑みを浮かべて呟いた。

 

「相手の予定をめちゃくちゃにして裏を掻くのが俺の得意技なんでね。向こうの三校に『天才』が居るのなら此方は『悪巧みの天才』だぜ」

 

「うっわー…悪い顔してる」

 

「八幡さん悪い顔してます…」

 

それぞれが八幡に対して引き気味に感想を述べられて居たところにアナウンスが入る。

 

『間も無くスピード・シューティングBグループが開始されます』

 

そのアナウンスを聞いた雫は俺に話しかけてくる。

 

「八幡見に行かない?気になる選手が居て」

 

「それって三校か?」

 

「うん、いずれ当たるかもしれないし」

 

「わかった。敵情視察は大切だしな、行くか」

 

「うん」

 

皆で観客席に向かいBグループの試合を見ることになった。

 

 

ガヤガヤ…。会場に向かうと観客は盛況で人、人、人の波…俺は早速悪態をつきそうになる。

 

「人多いな…」

 

「注目選手だからね」

 

「お兄様~!」

 

「兄ちゃん!」

 

「お兄ちゃん!」

 

と、会場に到着するとレオ達と妹達が座席を確保してくれていたので礼を言ってすんなりと座ることが出来た。

 

「雫さん一回戦突破おめでとうございます」

 

「雫さんおめでとうございます!」

 

「うん、ありがとう。これも八幡のお陰だから優勝まで頑張るよ」

 

「お兄様の調整技術と雫さんのお力なら大丈夫ですわ」

 

「うんうん。雫さんなら大丈夫だよ」

 

仲良さげに話す雫と泉美と香澄。

深雪達にはめちゃくちゃ警戒心高いのに雫にはめっちゃ懐いてるんだよな。

 

「…なんで雫は泉美ちゃんと香澄ちゃん達と仲良くなってんの?」

 

「お兄様の素晴らしさを語り合っていたら意気投合いたしまして…」

 

「兄ちゃんの事とか話してたらなんか意気投合しちゃって…」

 

「うん、いい妹さん達だね」

 

そう言う雫達は似てはいないのだが姉妹のように見えてきたな…よくよく見ると一部も良く似てる…っつ!

そんなことを考えていたら俺のとなりの座席に雫がいるのだが脇腹を摘まみもう片方の方では隣に泉美、俺の上斜め左の座席にいる香澄達に脇腹を摘ままれてめちゃくちゃ痛い。

 

「八幡?いま失礼なこと考えたでしょ」

 

「お兄様?泉美は悲しいです」

 

「兄ちゃん?女の子にそんなことを思っちゃ行けないんだよ」

 

「しょ、しょんなことはおもってないじょ?」

 

動揺しまくりな八幡に3名のジト目が突き刺さった。

 

「あとでお話しましょうねお兄様?」

 

「お話しようね。兄ちゃん?」

 

「八幡、女の子が気にしてることを思っちゃダメ」

 

「人の心読まないでくれよ…それと…すいません」

 

素直に謝る他無かった。

苦笑いする達也達に見られながらスピード・シューティングBグループの先鋒。

雫と俺がマークしている三校の十七夜栞選手が現れるとアナウンスが流れ会場の歓声が上がった。

 

『お待たせしました!次はスピード・シューティングBグループ第三高校十七夜栞選手の登場です!先程は第一高校の北山選手がパーフェクトを記録し我々の度肝を抜きましたがこちらも前評判の高い十七夜選手はどうやった魔法をで我々を魅了してくれるのでしょうか!?』

 

そんな実況の期待をものともせずにシューティングレンジに立つ十七夜に俺と雫は視線を向ける。

 

「来たな」

 

「うん」

 

構えるとランプが全て点灯しクレーが射出されると次々と破壊されていく。

会場にいる観客席の観客はそれぞれに驚きの表情とリアクションを見せている。

只破壊しているだけでなく破片が連鎖するように他のクレーにぶつかっていくその様子を隣にいる泉美が俺に聞いてくる。

 

「お兄様、あれは一体…」

 

「一つ目のクレーを振動魔法で砕いて次々と破片を移動させているんだろう。香澄、泉美どうやってると思う?」

 

「物体の位置移動の計算…かな?」

 

「連鎖して炸裂させるのは…破片の数も計算しているんでしょうか…」

 

「正解だ。香澄と泉美は賢いな」

 

「えへへっ♪」

 

「ふふふっ♪」

 

喜んでいる妹達を尻目に真面目な雫は栞に対して意見を述べていた。

 

「まるでスーパーコンピューターみたい…まさか同時に把握してるの?」

 

数学的連鎖(アリスマティック・チェイン)

 

第三高校の十七夜栞の誰も真似できない彼女だけの魔法。

スーパーコンピューターすらも凌駕する演算能力を駆使し砕けたクレーが音楽のように奏でている様が、まさに美しい数学の旋律の様であった。

 

試合が終了し十七夜選手のスコアも雫と同じくパーフェクト、その結果に会場は大きく湧いた。

 

「新人戦で二度もパーフェクトが出るなんて…!」

 

「どうなってるんだ!?今年の新人戦はレベルが高いぞ!」

 

何処かからか聞こえてきたコメントにほのかが反応していた。

 

「これならインデックスに登録されても可笑しくないんじゃないか?」

 

「えっ?そうなんですか八幡さん」

 

「いやそれはないだろうな…。さっきの魔法は三校選手の空間認識能力がなきゃ使用できない汎用性の低い魔法だ。えーと…どこでだっけなどっかの研究所でそんな能力開発してる所が…」

 

「金沢魔法理学研究所の事だな」

 

達也が俺の言いたかったことを答えてくれた。

 

「おーそうそう。個人の能力を極限まで突き詰めるのがあの研究所の特徴だったな」

 

「そんなことまでわかっちゃうんですか?」

 

「俺は実家の都合上そう言う情報が入ってくるんだよ。てか達也よく知ってたな」

 

「俺にも伝手があるからな…にしても三校は一条の御曹司にカーディナル・ジョージといい学生の大会にしては反則的な面々じゃないか?」

 

「それは俺も同意だ」

 

達也が所感を述べ俺が同意すると深雪がクスりと笑う。雫、泉美、香澄もつられて笑う。

 

「それを言ったら八幡さん?人の事を言えた義理ではありませんよ?お兄様もですが」

 

「お兄様は規格外ですので一条の御曹司にもカーディナルにも負けませんわ」

 

「兄ちゃんに勝てる人なんていないと思うけど?」

 

「それは同感。確かに八幡の技能は高校生のレベルを越えてるから」

 

なんなの君ら?俺を褒めてどうしたいの俺を。お金なら出せないわよ?どんどん伊達メガネに隠れた俺の瞳が曇りを帯びていく。

そんな俺を見かねた俺に達也が救いを差し伸べる。

 

「そろそろ八幡を褒めるのをやめてやれ、さっきよりスゴい顔をしているぞ」

 

「本当なのに…そろそろ行こうよ八幡」

 

「んだな…。次の準々決勝はあれを使うから最終調整をしておきたいし…それじゃな皆」

 

「頑張ってね雫、八幡さん」

 

「うん、ありがとう深雪。行こう八幡」

 

「おう」

 

俺と雫はいつもの面々とわかれて選手控え室へ向かい通路を進行中にふと声を掛けられた。

 

「第一高校の北山さん?」

 

ふと声を掛けられ俺と雫は振り向くがそこには見知った顔もあった。

 

「こんにちは、第三高校の十七夜です」

 

「んあ?誰だ…ってさっきのBグループの選手と…愛梨?なんで此処に?」

 

「私は栞の付き添いで…ってどうして八幡様が此方にいらっしゃるのですか?」

 

「俺は大会での雫のCADのエンジニアだな」

 

「八幡この人達は?」

 

「ああ、紹介してなかったなこの子は…」

 

「いえ、大丈夫ですわ八幡様。初めまして北山さん。私は三校一年の一色愛梨ですわ」

 

「一校一年北山雫」

 

俺の目の前にいる愛梨と先程試合をしていた十七夜。

 

「北山さん先程の予選拝見させてもらいました。大変良い腕をされていますね」

 

十七夜はうちの雫と同じで表情が出にくいタイプか…

俺と雫でなければ思わず突っ掛かりそうなコメントで追撃してきた。

 

「あなたと『準決勝』で対戦するのが楽しみです」

 

その発言に雫は特に苛立つこともなくむしろ余裕そうに不敵な笑みで返す。

 

「そっか、当然次の試合は勝つって自信があるんだ。わかった、私も『準決勝』楽しみにしてるよ十七夜栞さん」

 

火花は散っていなかったが相対する二人は視線がスパークしているようなイメージがあった。

 

「えーと…そろそろ行くぞ雫。それと愛梨もまたな」

 

「え、ええまたお会いしましょう八幡様。…行きましょう栞」

 

「わかった」

 

「わかったわ」

 

双方の選手は付き添いと共に控え室に向かっていった。

 

「八幡」

 

「どうした?」

 

「絶対に勝つ」

 

「お、おう」

 

(やっぱ女って怖ぇ…)

 

雫の尋常ならざるやる気に俺は気圧されてしまった。

そのくらいの気迫があったのだ。

 

 

『皆様こんにちは。女子新人戦スピード・シューティングは間も無く準決勝が開始されます!』

 

女性アナウンサーが明るい声色で案内をする。

 

『予選では超高校級の魔法に度肝を抜かれ、準々決勝でも選手達の熱い接戦に手に汗握る展開を見せてくれ、そして戦いは8強まで絞られました。いずれも各校の有力選手です!』

 

カメラが一校の英美に向けられたのを気がつき明るい笑顔で対応する。

 

「グランマ見てる~!達也さんやったよ~!!」

 

その光景に調整を担当した達也も表情には見えていないが微笑を浮かべていた。

アナウンスは続き観客席がその対戦カードに湧いた。

 

『そして注目はなんと言ってもこの対戦カード!』

 

会場に設置された巨大モニターに対戦選手の顔が表示される。

 

『予選では新魔法「アクティブ・ブラスト・オービット」で文字通り会場を興奮の渦へと吸い込んだクールビューティー、準決勝でもその圧倒的な魔法力で圧倒してしまうのか!?第一高校一年北山雫選手!!』

 

選手控えでその様子を見ていた雫は少し恥ずかしそうにしかし嬉しそうにしていた。

 

『なんと本大会二度のパーフェクトを記録!その正確無比な予測に並ぶものは無し!連鎖奏でる協奏曲「アリスマティック・チェイン」は準決勝でも炸裂するのか!?第三高校一年十七夜栞選手!』

 

「ずいぶんと注目されているようだね」

 

こちらも選手控え室で第三高校の栞のCADを調整した魔法界では知らぬものはいないであろう基本コードを発見した天才『カーディナル・ジョージ』と呼ばれた少年、吉祥寺真紅朗が栞に声を掛ける。

それに返答する栞。

 

「吉祥寺君ほどじゃないわ」

 

「ははっ。また謙遜を。君の精密射撃ならば北山選手の魔法を対応できる筈だ。行けるよね?」

 

「当然よ」

 

『早くもこの二人が激突します!両者のご活躍をお楽しみに!』

 

 

「八幡?」

 

「これで…良しと…。んあ?どうした雫」

 

「大丈夫?」

 

「大丈夫だっつーの。ほれお前のCADだ。わかってると思うが予選で使用したCADとは機種が全くの別物だ。少しでも違和感があるなら言ってくれ、直ぐに調整するからな」

 

手渡し受け取りその感覚を確認する雫。

構えてトリガーを二度、三度と押しては離し状態を確認すると雫は俺へと返答する。

 

「うん、普段使っているものよりしっくり来すぎて怖いぐらい」

 

「そうか…なら良かった」

 

俺は胸を撫で下ろすことはしないがひとまずその言葉を聞けただけで調整している身としては十分な言葉だ。

試合に挑む雫に一言言っておくことにした。

 

「雫」

 

「どうしたの八幡?」

 

「いつもの通りにやれば勝てるさ、俺が調整したCADと雫の実力があればな」

 

俺が普段言わないようなクサイ台詞を言うと雫がにこりと笑い始めた。

 

「意外…八幡そう言うこと言うんだね」

 

「らしくねえってわかってるから掘り返さないでくんない?」

 

「…ありがと八幡、緊張解れた。優勝する道筋立ててくれたから。行ってくる」

 

「おう」

 

ぶっきらぼうに右手をあげて俺は雫を送り出した。

 

選手の活動を見れる場所へ作業端末を持ち試合開始を待つ俺は思案していた。

 

三校の選手。十七夜栞は数学的連鎖(アリスマティック・チェイン)を使っての精密な射撃が得意なのは分かっている。対して先ほど雫が見せた能動的爆砕軌道(アクティブ・ブラスト・オービット)は細かい調整が出来ないと思い込んでいる事こそが付け入る隙となる。

それこそ調整しているのは三校の吉祥寺か…

対策はされていない…というよりも出来ないといった方が正しいかもしれない。

 

俺が開発した《あれ》を使用…というかほぼ反則ギリギリなのだがばれなきゃ問題ではない。

俺と担当した選手と対峙するってことはそう言うことだ。

奥の手は最後まで隠しておくもんだぜ。

 

雫が持つCADには俺のペイルライダーと同じく『黒睡蓮』のマークがうっすらと刻印されていた。

 

 

シューティングレンジに立つ雫と栞。

観客席は二名の選手の姿を見るやいなや熱狂に湧いていた。

開始準備がされると会場は熱量を保ったまま静まり返り、まるで火山が爆発する前のような感覚だ。

二名は構えると一つ目のランプが点り数秒立つと全てのランプが点灯し試合開始が告げられた。

 

射出口から二色のクレーが吐き出された。

雫が砕くべきクレーの色は紅。

三つのクレーが雫が発動させた魔法に吸い込まれ破砕されていく。

しかし弾き飛ばした白のクレーを正確に相手方の選手が撃ち抜いていき点差は雫の方が負けていた。

 

「準々決勝で見せた魔法を対策してくるたぁ勉強熱心だな吉祥寺…だがなその目の良さが命取りだぞ」

 

雫のCADには効果範囲や強度固定した収束、重力、振動魔法を『何十種類』と格納している。その魔法に対抗できるのだとしたら対戦相手は人並み外れた空間認識能力が必要となる…

にもかかわらず平然と対応してくる辺りよっぽど優れているのだろう。

だが…

 

不意に俺はニヤリと人の悪い笑みを浮かべる。

試合は三校選手の優勢であった。が、しかし雫は冷静なままであった。

会場は三校選手の勝利を確信しているなかで

 

「そろそろかな八幡」

 

そう呟き不意にニヤリと笑みを浮かべる雫。

 

(体調は万全の筈…それなのに何故予想よりも消耗している…?私の『アリスマティック・チェイン』はいくら消耗しやすい規模の魔法式といっても相手の起動式に合わせて調整されている筈…なのにこの疲労感は一体…!?)

 

逆に焦りを見せ始めた栞に気がつかない三校陣は勝利を確信しているようだったがその様子を見ていた一条と吉祥寺は雫の持つCADを見て焦りを浮かべていた。

相手が用意していた策に。

 

「…不味いなジョージあれは…」

 

「ああ北山選手のCADは恐らく…『汎用型』だ…!!」

 

競技を行っている会場で三校選手が少し苦しそうにしているのを見て俺は勝利を確信した。

 

「予想通り…だな。

相手は特化型のCADだと思い込んでいるみたいだが、悪いがあれは特化型じゃなくて照準器付汎用型のCADだ。

昨年ドイツで開発されたものを輸入して俺が技術の洗いだしをして一から作成したナハト・ロータス社の最新CAD、照準器付大型汎用型のCAD『イチイバル』。

まぁ、まだ試作機の枠からは脱してないけど高校生の競技で使う分には十分反則級だし対策されていないのであれば勿論結果は…」

 

「私の勝ち」

 

大会会場で呟いた雫の言霊が本当になったのか逆転し始めた様子に会場がざわつき同じく三校陣も動揺が走る。

 

「迂闊だった…!あれほどの魔法が特化型に収まる起動式の数じゃない…一般企業から照準器付汎用型CADが発売されていないとはいえ発表されたのならその可能性を除外すべきじゃなかった…!」

 

吉祥寺が頭を抱え自らの詰めの甘さを叱責する。

それに反論したのは一条であった。

 

「だが、準々決勝で使用された収束魔法は出力が縮小されていた…ってまさか数の少ない起動式で戦っていたって言うのか?」

 

「そう、恐らく誤認させるための作戦だったんだろうね。こんな作戦を立てて特化型だと思わせ照準器付汎用型CADを用意した奴がいる」

 

吉祥寺からその報告を受けた一条は驚いた。

 

「まさかそんなことが…」

 

「一方で特化型と見まごうばかりの魔法の展開速度と選手本人の魔法力が無ければ成立しない本人の特性を活かした唯一無二の作戦…。こんなことを考える奴がいるとは…」

 

「数種の起動式に対抗できるように調整していたからな…いまの十七夜は意識しないままテニスコートをずっと走り続けている状態だ。不味いな…そろそろ十七夜の限界が近い筈だ…!」

 

連鎖を外し着々と真綿で首を絞めるが如くじりじりと点差を詰められていく栞を尻目に雫はひとつも漏らさずにクレーを破壊していく。

 

(私は負けられない…!)

 

ついに点数が並び栞は壊すべきクレーに魔法を放つが外してしまった。

 

(そんな…)

 

連鎖が決まらず失点してしまった。

 

「これで終わり」

 

対して無慈悲に雫は最後のひとつを的確に破壊した。

 

(やっぱり八幡はスゴい…。八幡が私のために作り上げてくれた魔法式とCADがまるで自分とはじめから合ったようにぴったり。本当に八幡、私の専属技師になってくれないかな…?私が北山家から七草家に嫁入りしたら行けるかも知れない。八幡は専業主夫になりたいって言ってたから私が稼いで養ってあげるし問題ないね)

 

何て試合に関係ないことを思いながらスコアはパーフェクト。

試合終了のブザーが鳴り響き観客席から歓声が上がると同時にアナウンサーのコメントが入る。

 

『試合終了~!十七夜選手最後の連鎖が決まらなかった!!スピードシューティング女子準決勝勝者は北山選手!決勝進出だぁー!!』

 

項垂れその場に沈み込む栞を尻目にCADを肩に掛けてゴーグルを取り外しアクションをとり勝利の笑みを浮かべる雫に大きな歓声が上がった。

 

(八幡…必ず私のものにするから覚悟しててよね)

 

雫は決意し八幡はまたしてもなにも知らなかったのだった。

 

 

正午、スピード・シューティング女子の部が終了し第一高校の天幕には俺と達也。スピードシューティングに出場した新人戦1年生と姉さん達生徒会がおり、浮わついた雰囲気を醸し出していた。

 

「スゴいじゃない八くん!私の目に狂いはなかったわね!」

 

よほど嬉しかったのか俺目掛けて抱きついて来た。

姉さん?皆の目があるから自重して…ってほら雫とか深雪がスゴい顔でこっち見てるから。

 

「姉さん落ち着けよ…てか離れて」

 

「あっ、ごめんなさい八くん…」

 

俺に指摘されて漸く気がついたのか俺から離れて顔を赤くして恥ずかしがっているようだ。

こほん、と咳払いをして同じエンジニアである達也にもコメントした。

 

「達也くんも本当にお疲れさま。一校が一位二位三位と独占できたのは君たちのお陰ね」

 

「選手達が頑張ったお陰ですよ」

 

「ほんとそれな。俺はただ座って調整してただけだしな」

 

達也のコメントに同調すると俺たちが調整した選手達から反対意見が飛んできた。

 

「それもあるけど、八幡や達也さんの力も大きいってことは皆わかっているから」

 

「自分も此処までこれるとは思っても見なかったから」

 

「ホント、達也くんには感謝してるよ~ありがとうね達也くん!!」

 

新人戦に出場した3位の滝川さんと2位の明智さんが達也を褒め称えており達也自身も少々照れくさそうにしている。

 

「特に北山さんが使用した新魔法『アクティブ・ブラスト・オービット』ですが、大学の方から『インデックス』に正式採用するかもしれないと打診を受けています」

 

市原先輩からその結果を聞いた俺は、他人から見ても心底嫌そうな表情を浮かべ姉さんは目を見開き、渡辺先輩は絶句し、雫は「やっぱり」と言った満足げな表情を浮かべていた。

 

「八くん…やっぱりスゴいわ!」

 

この国に存在する魔法師の目標として「インデックス」に登録されることが名誉だとされているのだが…

 

「…その登録に関してなんすけど辞退って出来ますかね?」

 

心底嫌そうにその事について答えると珍しく雫が大慌てで俺に詰め寄ってくる。

うん…近いよね?

 

「どうして!?せっかくインデックスに八幡の魔法が乗るのに!」

 

「目立ちたくねぇだけだか?」

 

「だったら八幡と私の連名でインデックスに載せようよ。ならいいでしょ?」

 

「それは…」

 

「八幡くん。謙遜と悪態は過ぎれば嫌みになるぞ?」

 

渡辺先輩から少し興ざめしたような表情で窘められる。

騒ぐ雫をなだめながら理由を述べていく。

最後にその載せない理由をなかなか告げない八幡に多少苛立つ雫であったがフォローに入った達也のコメントを聞いて天幕にいる全員が絶句した。

 

「八幡に見せてもらったあの魔法は拡張性と応用が効きやすいため戦略級魔法に匹敵する能力を秘めているんですよ。もし仮に八幡が辞退したとしても使用者の雫の名前が乗って別の人間がそれを使用した場合雫が大量殺戮者の汚名を被せられることを危惧した八幡は辞退したいんですよ。登録されることから」

 

「…ちょっ、お前なんで言うんだよ…!」

 

「そんな…」

 

「つくづく規格外だな八幡くん…」

 

そっぽを向いた俺に登録したくない事実を知った雫が悲しそうな表情で俺に近づいてくる。

俺の名前が登録された場合「実際にやってみてくれ」と言われる場合が必ずあるからな。

そうなった時、俺は自分の魔法力でこの魔法をフルスペックで使用することになるだろう。そうなると圧倒的な破壊力を秘める魔法を見せつけることになり、一番最初に使用した雫がいわれの無い中傷を受ける可能性があったからだ。

 

「ごめんなさい八幡…」

 

「気にすんなよ。俺の悪い癖が出ちまっただけだ。作り込むならとことん作り込む俺の悪い癖がな」

 

空気が悪くなりそうな雰囲気を察した姉さんは

 

「はい、此処での言い争いは終わり。八くんも北山さんもいまはその口論はあとにしましょ?せっかく幸先の良いスタートを切ったんだし。八くんと達也くん。この調子で頼むわね。インデックスに関しては辞退する方向で動きましょう」

 

「分かりました」

 

「わかった」

 

気遣いをしてくれた姉さんが笑顔で俺の肩を叩いた。

 

(姉さん…ごめん)

 

俺は姉さんに感謝する他無かった。

 



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やはり八幡は警戒される

今回もあまり進まない…
てかまだ新人戦の一日目なんすね。
九校戦だけでめっちゃ話数使うやん。
感想と評価ありがとうございます。モチベーション上がりまくってます。
そして誤字脱字報告本当に申し訳ないです。

今回はほのかが活躍かな?
そして八幡がやべー奴扱いされてます

それではどうぞ!



第一高校スピード・シューティングの結果は他校でも波乱を呼んでおり、特に一校に対して「覇権奪還」を掲げていた他校と共に本戦「バトルボード」にて思いもよらないハプニングで「気の毒ではあるがこれはチャンス」と意気込んでいた第三高校は思わぬ波紋を呼ぶことになっていた。

 

「じゃあ将輝、あれは一校選手の個人の魔法技能に依るものじゃないって言うのか?」

 

三校新人戦に参加する選手一同から視線を向けられているのはこの会議の中心人物である一条家の御曹司である一条将輝が頷き返していた。

 

「確かに北山って選手は他よりも卓越した魔法技術を持っていて実際にウチの優勝候補だった十七夜を打ち破って優勝してはいるが、それに続いて2位3位の選手はそれほど魔法力が卓越した様子見られない。それなら独占される結果にはならなかった筈だ」

 

「それにバトル・ボードはいまはウチが優勢だし、一校のレベルが今年の一年が特に高いとは思えないよ」

 

「ジョージの言う通りだ。現に男子は三名、女子は一名とバトルボードの予選を通過している…。それ以外の要因があると考えて良いだろう」

 

「一条君、それってどんな要因?」

 

スピードシューティングの女子新人戦3位決定戦で惜しくも敗れてしまった三校の選手が将輝に問いかけると将輝は隣にいた吉祥寺とアイコンタクトをして互いに同じ思っていたことを全員に告げた。

 

「エンジニアだと思う」

 

「ああ。僕も将輝と同意見だ」

 

「一校の勝利はまぐれではない。CADの性能を2~3世代引き伸ばすことが出来る化け物じみた技術者が向こうには居るってことだ」

 

それを聞いた三校選手陣は動揺しているが気を引き締めさせるために将輝は合えて真実を告げた。

 

「今後奴らが試合をする選手の担当となった場合相当な苦戦をするのは間違い無いだろう」

 

「将輝、お前がそこまで言う相手なのかよ…」

 

「一人のエンジニアが複数競技の人を担当するのは物理的に不可能だけど…」

 

「ああ。だが一校には今年「七草家」長男が入学して今回の大会では選手兼任エンジニアを担当している。スピード・シューティングで北山選手が使用していた魔法もそいつが作成したって噂だ。七草の長男ともう一人のエンジニアが一校の新人戦のレベルを引き上げているのかも知れない。デバイス面ではハンデを負っていると考えた方が良いな」

 

重苦しい雰囲気のなか新人戦の女子リーダーのような存在である愛梨は別の事を考えていた。

 

(先程の試合で見せていたCADと選手の魔法はやはり八幡様が調整されていたのですね…。あの栞が打ち負かされるのは納得ですわ…。八幡様が褒められるのは嬉しいのですけれど…複雑ですわね…)

 

他校生徒の八幡が褒められて嬉しいのだが自身の所属する第三高校が苦境に立たさせれ微妙な心境の愛梨であった。

 

 

 

 

一方その頃八幡と達也(主に八幡)は三校から人外扱いを受けているとは露知らず、昼食を仲間達ととった後分かれてバトルボードの会場へと急いだ。

 

午後から予定されているのは第四レースから第六レース。

ほのかが参加するのは第六レースになるので急ぎ会場へ来たのだ。

 

「あっ、七草くんどうしたんですか?」

 

八幡は会場へ到着すると中条先輩の木の実を咥えた小動物のようなキョトンと首を傾げる姿を見て思わず頬が緩みそうになるが八幡は「俺のにやけ顔見たら通報されるな…」と思い力をいれていつものような表情をとった。

しかし、

 

「八幡くん今バカにしませんでした?」

 

口元がだらしなく緩んでいたようで指摘されてしまった。

 

「んなわけないっすよ。ただ中条先輩が小動物みたいで可愛いなって思っただけっすから」

 

そう言われたあずさは顔を真っ赤にして八幡に反論する。

 

「か、かわっ…!八幡くん?思ったことをすぐ口に出すのはいけないことなんですよ!」

 

抗議し半目で睨み付ける様子も子供が拗ねているように見えて微笑ましく思ってしまう。

思わず頭を撫でたい衝動に駆られそうになるが、そんなことをしてしまえば俺が警察のお世話になってしまうので自重した。

 

「すみませんでした」

 

「ホントに思ってます?」

 

「思ってますって」

 

「…分かりました。信じてあげます」

ふーっとあずさが息を吹いて「しょうがないですね…」と言っているように聞こえたが気のせいだろう。

八幡とあずさが問答をしているとあずさの背後からほのかが現れ八幡を見るやいなや

 

「八幡さん!」

 

その姿はまるで犬が尻尾を振り回しているような姿であっただろうがそれを指摘できる人間がいるだろうか。

 

「来てくれたんですね!」

 

隣に立つあずさはほのかのサイドテールが揺れて喜びを表しているように見えて気を利かせたのか八幡に

 

「ごめんなさい二人とも。他の子達を見ておきたいので此処を離れますね?しばらく二人でお願いしますね。八幡くんと光井さんは調整を進めていてね」

 

そう言ってあずさは八幡とほのかの場所から離れて他の選手陣へと向かっていった。

 

「はい!(中条先輩ありがとうございます~!八幡さんと二人っきり♪)」

 

(こういうときは中条先輩お姉さんになるよな…)

 

ふと俺はほのかの衣装に目をやる。

スイムスーツのような競技衣装は体のラインが強く出るものでほのか『アレ』がより強調されて目を引いてしまう。ほのかって小動物みたいな大人しい性格してるのに持ってるブツは狂暴だよな…ほのかはニュートンだった?

 

「八幡さん?」

 

…いやホントにほのかの『アレ』すげぇな…目で追っちゃうもんな夢たくさん詰め込めそうだもん。

 

「な、なに言ってるですか!…///八幡さんのエッチ!…んもう、いくら私でも怒っちゃいますよ?」

 

両腕をクロスし「アレ」を隠しいつの間にかズイッと近づいたほのかに怒られてしまった。

 

「本当にごめん…」

 

「もうっダメですからね!」

 

プイッとそっぽを向いてしまったほのか。

不味い怒らせてしまった…なにか機嫌をとるものはないのか…

仕方ないもうこうなったらひとつしかない。奥の手だ。

 

「ほのか…。許してくれ」

 

「(ぷいっ)八幡さんがわ、わたしの言うことを聞いてくれたら許してあげます」

 

ん?なんでもって言ったよねのパターンかこれ。要求を飲まなければ俺が警察に突きだされてしまうそれは非常に不味い、不味いが命をとられることだけは阻止しなくてはならない。

 

「すみません命だけは…」

 

「へ…?い、命なんてとりませんよ!何を想像していたんですか八幡さんっ」

 

「え?違うの」

 

「違いますよ…その…わたしと九校戦が終わったらデートを…」

 

もじもじと俺に要求してきたのはデートのお願いだった。

は?俺とデート?何かの罰ゲームなのだろうか。

どっかにカメラでも仕掛けられているのだろうか、だとしたら先程の行動も全部録画されているかもしれないな…くっ、ほのかがまさか策士だったとは…この八幡の目を持ってしても見抜けなかったとは…

此処でほのかの提案を飲まなければ俺は警察に突きだされてしまうだろう。

…仕方がないその要求を飲むことにした。

 

「わーったよ。俺とデートなんかして楽しいとは思えないが…」

 

「絶対ですよ!(やった!八幡さんとのデートだぁ!頑張れほのか。おー!)」

 

何故だがるんるん気分のほのかに俺は

 

「そんなに俺が笑われる姿をみたいのかよ…意外と鬼だなほのか」

 

俺の独り言は聞こえていないらしい。

まぁさっきまで緊張していたようだし解れたのなら良いとするか…

 

「さぁ調整を済ませちまおう」

 

「はい!」

 

ほのかと共に選手控え室に向かいCADの調整を進めた。

 

 

ほのかとCADの調整が終了し試合まで何だかんだで一時間以上余ってしまった。

俺は今回のほのかの一番の敵になるであろうある人物の敵情視察をする事にした。

もちろん一人で行こうとしたが、ほのかが寂しそうな表情をしたので一緒に見に行くことにした。

その際にめちゃくちゃ笑顔になっていたのが分からなかったが…

なるほどほのかも敵情視察したかったのか。

 

「決勝は明後日だけど…決勝で当たるかも知れない相手を知っておくのは戦術の基本だからな」

 

「その八幡さんが注目の相手って言うのは?」

 

会場に到着し俺が注目していた選手がそこにいた。

 

「第三高校の四十九院沓子だな」

 

「あれ?あの子さっきの…?」

 

「ん?知ってるのか?」

 

「いえ、さっき会場に向かう際にすれ違っただけなんですけど…そんなに手強いんですか?」

 

「いや、ちょっと気になることがあってな」

 

試合が開始されて進行していくと突如四十九院以外の選手が波に足を取られて転倒してしまいさらに魔法によって波を作られ最大加速で進む他選手が全く前に進めずに圧倒的な大差をつけられ予選を通過したのだった。

 

(こんな魔法って…)

 

アナウンサーが四十九院の予選通過を高らかにアナウンスした。

 

『水面を自在に操りあえなく轟沈!逃れようにも凄まじい水流でシャットアウト!『水の申し子』四十九院沓子選手圧倒的な力で予選突破です!』

 

観客席に向かって笑顔で手を振る四十九院に観客席も湧いていた。

その実力にびくついているほのかに俺は声を掛ける。

 

「ほのか」

 

はっとしたほのかはこちらを不安そうにみている。

 

「大丈夫だって、ほのかビクつく必要ねぇから」

 

「八幡さん」

 

「確かに噂通りの強力な選手だがほのかがビクつく程の選手じゃない。

ほのかだって引けを取らない選手だ。

特訓でしたことを思い出して予選通過に集中しようぜ」

 

慰めに取られるかも知れなかったが今のほのかには十分な言葉だったらしく

 

「はい、八幡さん!」

 

 

時間は九校戦開始前の準備期間まで遡る。

第一高校では九校戦に向けての特訓が繰り広げられていた。

その特訓には雫やほのかも混じり競技へ向けた特訓を繰り広げていた。

 

「燃えてるね雫」

 

柔軟運動をしているほのかのとなりでは雫がスピードシューティングの特訓をしている様子が見られていた。

 

「うん九校戦まで後二週間もないしテスト期間に練習できなかったから遅れを取り戻さないとね」

 

(そう言えば八幡さんは何をしているんだろう…?やっぱり会長のお仕事と九校戦に向けての練習のお手伝いをしてるのかな?)

 

深雪達から聞いた話で八幡と真由美が義姉弟であることを知らされているので、なかなか会えないのはその為のかなーと思ったがその距離の近さ故にほのかの妄想力が爆発してしまった。

 

『やっぱり八くんじゃなきゃ身体の調整はまかせられない…』

 

『ああ、俺が姉さんの身体の事を隅々まで知っているから…』

 

真由美が生まれたままの姿でベットの上でうつ伏せになりただ一枚のバスタオルを掛けられたその上から八幡が身体を整体しているのを妄想してしまっていた。

 

『ダメよ八くん。私たち義姉弟なのよ…?』

 

妄想の八幡が七草会長の施術する必要の無い場所へ触れており耳元で

 

『例え義姉弟であっても今は男と女さ…『真由美』』

 

(今の無し!今の無しぃ!!)

 

バランスボールにのって柔軟をしていたほのかは思わず自分がした妄想にうおぉぉ…となっているときに妄想に出てきた人物が現れてほのかは動揺してしまった。

 

「よっ、練習頑張ってんな」

 

「ふぇ…?は、八幡さんっ!?」

 

身体を反らせた柔軟運動をしていたほのかだったが突如現れた八幡に驚いて体勢を崩した

 

(わ、わわっ…!ちょっ…待って!!)

 

「ふぎゃっ!」

 

「おい、大丈夫か?…っ!」

 

俺は思わずほのかの体勢を一瞬だが脳内に焼き付けた。

ほのかの体操着がめくり上がり胸部分のオレンジ色の布地が見えさらに健康的な太股に体操着、いわゆるスパッツが食い込みさらにそのスパッツのしたにある下着のラインがうっすらと浮かび上がり非常に素晴らしい光景が広がっていたのだ。

これは彼女の名誉のためにもすぐさま視線を反らす。

 

「は、はい大丈夫です。でもどうして此処に?」

 

「いや、十文字先輩にって言うか姉さんの使いで部活連に向かっていたんだが、ほのか達の姿が見えたんで差し入れでもって思ってな。悪い、なんか邪魔しちまったな」

 

そう言う八幡の左手にはスポーツ飲料のボトルが2本手にあった。

しかし今のほのかはそんなことを気にしていられるほどではない程に恥ずかしがっていた。

 

(うぅ…八幡さんにみっともない姿見られちゃった…恥ずかしいぃ~)

 

大股を開き八幡にみっともない姿を見せてしまったほのかは顔を真っ赤にしてしている。

 

「い、いえ来てくれて嬉しいですぅ~…」

 

両手で顔を覆ったほのかを見た雫が近寄り宥めようとするが俺をジト目でみている。

何だ一体…

 

「八幡は責任と取るべきだと思う」

 

「えっ?」

 

「は?責任?」

 

「そう、例えばほのかの言うことをなんでも聞くとか」

 

「ちょっと待て。なんでそうなるんだよ?」

 

「八幡、ほのかのあられもない姿見たでしょ?目がエッチだった…」

 

「いや冤罪だろそれ…」

 

「むぅ…」

 

雫は抗議の視線でほのかは訳がわからないといった表情だ。

 

俺は非常に迷った。

確かにほのかに対し此処で俺が「見たくて見た訳じゃない」と「良いもの見せてもらった」とどちらに転んでも俺が社会的に死ぬのは必然なのでそれで許されるのならば甘んじようじゃないか。

これは敗北ではない未来へ活きるための…!

 

「…まぁ俺が急に話しかけたのが悪いし。ほのか俺に何かして欲しいことあるか?あ、ヤバイのはやめろよ…?」

 

「へっ?」

 

(そ、そんな急に…!)

 

先程の妄想が炸裂しそうになったが頭を振って妄想を掻き消し八幡にお願いしたいことを思い出しその事を告げた。

 

「その、バトルボードの練習に付き合って欲しいです」

 

 

バトルボードの練習場にてウェットスーツに着替えたほのかは波乗りをして八幡にその姿を見せていた。

普段のおどおどした様子は鳴りを潜め集中していた。

 

「どうですか?」

 

「いいんじゃねーの?俺は競技にでないから分からんけど身体のバランスもしっかり取れてるし加速減速のタイミングも良くできてるしな」

 

「ありがとうございます!」

 

「このままで十分だと思うんだけど不安なのか?」

 

「え?どうして分かったんですか?」

 

「ほのかのことだから分かるよ(ほのかは分かりやすいって位表情に出てるからな)」

 

「(八幡さん私をちゃんと見てくれてるんだ…!何だか嬉しくなっちゃった♪…ダメダメ浮かれてちゃ!)私は雫ほど魔法が得意じゃないし運動も同じくなんですけど…他校の代表選手は優秀な人ばかりだろうし。私が選ばれて良かったのかなって…そう思うと夜眠れなかったりして…」

 

「(まぁ、ほのかのような性格だとそう思ってしまうのは無理もないか…)」

 

ほのかの問題として挙げるとすれば必要以上に自信が無い事だ。

逆にほのかが自信過剰だとしたらそれもそれで問題…というかキャラ違うだろおい、となるがそのせいでほのか自身実力が出し切れないという可能性も出てくるな。

ほのかのCADを調整する立場にある俺はすぐさまに解決策を出さないと行けない最優先事項になった。

 

「よし、ほのか作戦会議だ。女の子が眠れないのは問題だしな」

 

「はいっ!ありがとうございます」

 

「(しかし、なんでか嬉しそうなのは何でなんだろうか…?)」

 

ほのかをベンチに座らせる前にハンカチを敷いてその上に座ってもらい俺は立ったまま魔法式を作成しようとしたのだがほのかの「座ってください」と促され隣に座ることになったのだがやけに俺と近い…俺は雑念を振り払いほのか用の新魔法を作成し提示した。

 

「これ見てくれる?」

 

「はい」

 

「これはスタート時に使用する」

 

「最初に光魔法!?うーん…」

 

「スタートと同時に波を起こしたり光を使用するのはバトルボードにおいて様々な戦法が使われているのは知ってるよな?」

 

「は、はい。でも雫が成功した例はないから本人の能力を引き上げた練習をした方が良いって…」

 

「確かに妨害に使えるほどの魔法を使用した場合レースの際の移動時の魔法へ移行しにくいからな…だからといって低出力の魔法では意味がない」

 

しかし、八幡がほのかに提示した魔法は最初の閃光魔法と移動用の魔法を組み合わせた移行の際にラグがない魔法を作成していたのだ。

 

「そんなことが出来るなんて…。八幡さんやっぱりスゴいです!」

 

「いや、ほのかの光魔法に対する特性がなかったら使えない魔法だ。だからスゴいのはほのかだ」

 

(八幡さんが私の為だけに作ってくれた魔法…!)

 

「…私頑張ります!」

 

「よし、新人戦優勝目指して頑張ろうぜ(本当は俺が楽したいだけだけどほのかも熱心に取り組んでいるからな…俺がこんなことを思うのは失礼だし。俺も少しは真面目に取り組むか…ありがとなほのか)」

 

八幡は最初はいやいや参加することになった九校戦だったがほのかの真面目さに感化されてちょっとは真面目にやろうと決意した。

ほのかがその気にさせたのは知らないが…

 

「はい!」

 

◆ ◆ ◆

 

(よし…大丈夫!)

 

場面は戻り九校戦女子バトル・ボード第六試合。

ほのかの順番が回ってきた。

 

手首・手足を覆うウエットスーツと厚手のスイムシューズは競技中の落下や激突など怪我を防ぐために選手の身体を守るために圧迫気味に張り付くユニフォームは高校一年生とは思えぬ刺激的なプロポーションを持つほのかの身体を必要以上にメリハリあるものに見せてしまっている。

 

試合が開始される前に達也に伝えていたことで『ゴーグルを着けておけ』という連絡があったので八幡の知り合い達は色の濃いゴーグルを着用しておりその集団だけが異彩を放っていたことに八幡は「失敗したな…」と。

 

八幡も今掛けている伊達メガネをサングラスに変更しほのかに伝えた「策」に備えた。

 

(特訓した内容を、今は出しきるだけ!)

 

アナウンスが流れほのかの名前が告げられる。

競技参加者の名前が全て告げられて開始の準備を行う。

 

『セットオンユアマーク…』

 

女子新人戦バトルボードの予選第六レースの幕が切って落とされた。

 

瞬間。

 

会場は強烈な閃光に包まれた。

選手一人が落水し、ほのかを除く選手が閃光から逃れるために手で目を覆った。

 

そんな中加速すらままならない選手から飛び出し一人スタートダッシュを決めたほのかの姿があった。

 

「計算通りだな」

 

八幡がしてやったりと思うなか、一方で八幡から「ゴーグルを掛けておけ」と指示をされていた達也達は八幡が用意した秘策に対してそれぞれに呆れていた。

 

「秘策を用意している…とは言っていたがまさか閃光魔法を水面に発生させていたとは…」

 

達也が八幡の秘策に呆れながらも確かに効果的な戦術だと関心していたが

 

「これが八幡さんの用意した秘策ですか?」

 

「八幡らしい秘策だったね…」

 

「なるほど…お兄様がゴーグルを着けておけと言うのはこういうことだったのですね」

 

「ゴーグル着けてててもチカチカしそうな閃光魔法だったよ、光魔法の系統が強い人なんだねほのかさんって」

 

「うわぁ…お兄ちゃんらしい戦法」

 

ゴーグルを外した深雪と雫が達也に問いかけるが呆れ声で小町も同じくで泉美と香澄は感心している様子であった。

 

『大きな閃光が会場を包み込みました!光井選手の魔法です!猛スピードのスタートダッシュが成功し先頭を突き進む!!』

 

コースを疾走するほのかを見て俺は言葉には出さなかったが作戦が成功したようでひと安心していた

 

『他の選手はまだスタートが切れていません!完全に出遅れてしまっています!』

 

九校戦のアナウンサーが熱烈な解説を行う。

実際にほのかの使用した閃光魔法《ルクスフェイク》は成功し後続の選手はほのかの後を追いかけられずにいる。

 

「思ったよりもスピードが出ている…。ほのか自身のポテンシャルが高いからこれなら小細工は使う必要はなかったかもな…」

 

『前評判と違い光井選手、トリッキーな戦い方に切り替えてきたか?』

 

アナウンサーの解説をBGMにほのかはレーンを疾走する。

 

(《ルクスフェイク》成功できた!移動の推移もすんなり上手く行ってる…)

 

ほのかは後方をチラリ見ると閃光魔法から復活した選手がほのかを追いかけるように進撃する。

しかし後続との距離は十分だ。

 

(このままスピードを落とさず逃げ切る!)

 

後続で追い付こうとする選手がほのかを視界に捉えようとした。

 

「くっ…!一校の選手、舐めた真似を…」

 

後続の選手が左手に着けたCADを操作する。

 

「妨害魔法を準備しているのはあんただけじゃないって思い知らせてあげる!」

 

魔法の起動式が走る。

瞬間コース上の水面が大きく波打ちほのかを巻き込もうとしていた。

その波がほのかに迫る。

 

(くっ…!スゴい波!此処で転覆したら後続に追い付かれちゃう…!)

 

此処でほのかは波から逃げるのではなく乗る方を選択した。

 

(バランスを取って波に乗る…!)

 

最初の波を捕まえてほのかは波に逆らわずに乗りこなす。

 

(相手が妨害魔法を使ってくるのは八幡さんとの特訓で想定済み…今日まで沢山こなしてきた…!)

 

相手が引き起こした大波小波を全て乗りこなし妨害魔法はほのかの乗るボードの点火燃料と化して加速し後続との距離を更に伸ばす。

逆に妨害魔法を仕掛けた選手達がその波に飲み込まれ水没してしまった。

 

「しまった…!波が跳ね返って…ぎゃーー!!」

 

その光景を見たアナウンサーが実況する。

 

『おおっと!!妨害しようと放たれた波が自分に返ってしまい転覆!!やはり競技中の妨害魔法は諸刃の剣!』

 

その実況を聞いた深雪と雫は同じことを思った。

 

(八幡さんの真似なんて簡単にできるはずありませんもの)

 

(八幡の真似なんて簡単に出来るわけない)

 

自分の事ではないのだが八幡が褒められているようで誇らしげになっている二人で有った。

 

試合は進行しほのかは他選手に更なる差をつける。

 

『光井選手、他選手スロープ一周分も引き離し独走しているぞー!』

 

ほのかの目の前に目標地点が視界に入る。

その勢いのままゴールに到達した。

 

『ゴール!!言葉を失う圧勝劇!予選通過は第一高校光井ほのか選手だー!!』

 

(やったー!!)

 

観客席からの歓声が鳴り響く。

 

 

 

「勝ちました!勝っちゃいましたよ!!八幡さーん!!」

 

「おめでとうほの…ってちょっ!離れろって!!」

 

「やりましたよ八幡さ~ん!!」

 

予選が終了し本戦に勝ち進んだのはほのかであり俺は労いの言葉でも掛けようかと思いタオルと飲み物をもって水路から上がったほのかを待っていたのだがウエットスーツのまま予選通過を出来たことに嬉しさのあまり俺に駆け寄った勢いで抱きついてきたのだ。

チームメイト(特に女子生徒)と他校の生徒から生暖かい目で俺に抱きついてきたほのかに目線をくれており俺は急いで引き剥がそうとするが今のほのかに触れてしまえばなにか大変なことが起こるのではないかとびくびくし…あ、もう手遅れでした。

 

「八幡さん?何をしていらっしゃるのですか?」

 

「八幡?妹ちゃん達に言いつけるよ?」

 

俺の後方から身も凍る(比喩なし)ほどの冷気と圧倒的な不機嫌なオーラが俺を襲った。

いや弁明させて欲しい。

俺が好き好んでこんなことをする人間に思うのだろうか。

え?ほのかみたいな女の子に抱きつかれたらいやとは言えないでしょって?

それはそうだ。男の子だもの。

あ、ちょっと待ってください深雪さんに雫さん!

というかほのかいい加減に離れてくれ…!

 

そんな光景を見ていたクラスメイトと他校の生徒は「ヤバイ」と思ったのかそそくさといなくなってしまった。

マトモなのは俺だけか!

 

「あの…ほのかそろそろ離れてくれないと俺が命の危機に…」

 

「やりましたよ八幡さ~ん!」

 

「聞いてくれないんですけど…お願い深雪さん、雫さん。ほのかに離れるように言ってくれ…」

 

「もう、しょうがないですね…。ほのか、八幡さんか困っているから嬉しいのは分かるけど離れなさい?」

 

「ほのか。それは(八幡恋愛規定)条約違反だから八幡から離れて」

 

「えへへ…へ?あれ深雪に雫どうして…?うええええぇ?ご、ごめんなさい八幡さ~ん!」

 

しかし嬉しそうに俺に抱きつくほのかを無理矢理に剥がすというのは俺の良心が痛みまくったので雫と深雪に頼んで離れてもらうようにお願いすると、自分がどれだけ大胆なことをしていたのか自覚したのか顔を真っ赤にして数分フリーズしてしまっていたのだった。

 

…しかしほのかに抱きつかれたときに当たったスーツ越しにあの感触、ほのかは本当に夢がいっぱい詰め込めるんだなと思いました(小並)

 

 

「妹ちゃん達には連絡したから」

 

雫さんそれはガチで死刑宣告なんよ…

 

俺がほのかに抱きつかれ、しどろもどろになり深雪が凍りつかせようとし雫が俺の脇腹を摘まむその光景を見ていた達也は頭を抱えていたという。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

第一高校の会議室では生徒会と真由美と摩利、克人が現状の男女新人戦の結果を確認していたのだがその結果は本戦の男女での結果が逆転してしまっていた。

 

「森崎君がスピード・シューティングで準優勝したけど…」

 

失望を真由美がオブラートに包んだのだが…

 

「後の二人は予選落ちか…」

 

失望を隠しきれない摩利の発言が続く。

新人戦一日目が終了し男子スピードシューティングの順位表にため息をついていた。

 

「男子と女子で逆の成績になっちゃったわね…」

 

「そうとも言えません。三校は一位と四位ですから、女子で稼いだ貯金が未だ効いています。あまり悲観しすぎるのもよくないかと」

 

真由美の弱気な発言を鈴音が打ち消すが意気消沈のムードをぬぐい去る事は出来なかった。

 

「元々女子の成績が良すぎたんだ。今日のところはリードを奪ったと考えたら」

 

「しかし男子の『早撃ち』の不振だけではない。女子が『波乗り』で二名予選通過しているのに関わらず男子は予選通過は一名だけだ」

 

摩利の発言に対し厳しい言葉を投げ掛ける克人に苦笑いするしかなかった。

 

「このままズルズルと不振が続くようであれば今年は良くとも来年も引き摺るような結果を残しかねん」

 

「つまりは『負け癖』が付くってことか?」

 

「その恐れもあるだろう」

 

克人の指摘に摩利は苦い顔をして黙り込んでしまう。

第一高校のリーダーを自他共に認識し常勝を自らに課している第一高校幹部は「今年が良ければ来年はどうでも良い」という状態に甘んじることは出来なかった。

 

しかし、そんな幹部のなかでも生徒会長である真由美はそんなことを感じてはいなかった。

 

「大丈夫よ皆、そんなに悲観することではないわ。私たちが卒業した後もしっかり成績をだしてくれるわ。そして今年の残った競技全て優勝してしまえば問題ないもの」

 

真由美のその発言にこの場にいた全員が真由美に振り向いた。

強者が放つ傲慢なまでに自分勝手な言い分であったがその自身はなぜか信じても良いのではと言う勢いを感じさせた。

克人が自信満々な真由美へとその根拠を問いかける。

 

「七草はどうしてそう思う?」

 

その問いに真由美は自信をもって答えた。

 

「今年の男子一年生にはうちの八くんがいるから負けないわ。そしてエンジニアには達也くんもいる。あの二人がいればきっとなんとかなる…ってそう思っちゃうのよ、不思議よね~」

 

八幡を信じきっている真由美。

実際に八幡は義姉のためであれば動く事に躊躇いを覚えることはないだろう。

ある種の根性論を提示しているだけに過ぎない真由美に呆れるしかなかったが、会議室にいた幹部達はなぜか自分達もあの二人ならやりかねないと感じてしまっていた。

 

 

 

一方、新人戦一日目が終了し『早撃ち』では雫が優勝し『波乗り』ではほのかが圧倒的な実力で予選を通過しホテルでは少し気の早い第一高校の女子グループで祝勝会が開催されていた。

 

夜も少し更けた時間に頂くのは背徳的なお菓子の数々がティーンエイジャー達の前に広がりほのかが感想を述べる。

 

「ひえぇぇ~こんな時間に罪深いよぉ~」

 

「わっ!深雪これめちゃくちゃ良い茶葉じゃない!ありがと~。皆今淹れるね~」

 

英美が深雪が持ってきた紅茶の茶葉を受けとり人数分のティーカップ…ではなく紙コップを用意し淹れる。

室内に紅茶の良い香りが広がる。

英美の紅茶の入れ方は一流だった。

人数分の紅茶が入った紙コップを回し渡すと英美が音頭を取った。

 

「皆行き渡ったかな?では雫の『早撃ち』優勝とほのかの『波乗り』の予選通過をちょっと気が早いけど祝して」

 

「「「「「かんぱーい!」」」」」

 

それぞれに持ちよったお菓子に手を付けて感想を言い合う。

 

「雫、ほのかおめでとう」

 

試合の結果を深雪に褒められて返答するほのかと雫。

 

「ありがとう!これからが本番だけどね…」

 

「ありがとう。私も気を抜かないようにしないと」

 

労いの言葉を深雪に掛けられ感謝した後に明日の日程を確認するほのか。

 

「私は明日休みだけど皆は試合があるものね」

 

「ええ」

 

「ん」

 

「うん」

 

「深雪と雫とエイミィはアイス・ピラーズ・ブレイクに出場…」

 

深雪達から視線を外しスバルと菜々美へと向ける。

 

「スバルと菜々美がクラウドボールだよね」

 

「ああ」

 

「うん」

 

「そういえば三校の一色選手もクラウドボールに出場するんだよね…?」

 

不安そうにその事を告げるがスバルはいつものように役者じみた台詞回しで回答すると一瞬重くなりそうな雰囲気もけしとんでしまいこういうところは非常に助かるなとほのかは思った。

 

「あっ、そういえば」

 

チームメイトである菜々美が気づいたことがあったらしいので雫に問いかける。

 

「ピラーズはメインが司波くんでサブが七草くんだっけ?」

 

その事に八幡片想い勢である深雪、雫が気がついてしまう。

 

「明日は男子のアイス・ピラーズ・ブレイクもあるんでした…私と雫は試合で見に行けないのが悔しい…!」

 

「深雪の意見に同意…。なんで開始時刻ずらしてくれないんだろ」

 

不満を露にする二人にほのかは

 

「二人は試合に専念しなきゃダメだよ!それこそ八幡さんの試合に気を取られてさんざんな結果になっちゃったら八幡さんが悲しんじゃうよ?」

 

その言葉に深雪と雫が

 

「そうですね…!八幡さんを落胆させるような事があってはいけません。雫、頑張りましょうね!」

 

「同意。深雪全力で頑張ろう」

 

他校がかわいそうになるレベルでやる気になってしまった二人に他三人は憐れ…と思うしかなかった。

 

「でも男子ピラーズはあの『クリムゾン・プリンス』が出てくるんでしょ?大丈夫かな」

 

そういったのは菜々美であった。

そう思うのも無理はない、相手は何せ『十師族』の一条家の息子なのだから。

菜々美のその発言に英美とスバルは不安そうな表情を浮かべていた。

しかし八幡を想うこの三人の少女達はそんな彼を信じてやまない。

 

「大丈夫よ菜々美、八幡さんなら必ず勝てるわ。「めんどくさっ」って悪態を付きながらね」

 

「八幡は面倒くさがり屋だけどやる時はやる人だから」

 

「八幡さんはどんな相手だって蹴散らしちゃいますから」

 

自信満々に自分の事のようにいう少女達にスバル達は茶々をいれる。

 

「いやはや、七草くんは彼女ら3名にこんなに想われているとは…幸せ者だな」

 

そう言われた深雪は顔を赤くし雫も珍しく顔を赤していた。ほのかは顔を真っ赤にしわたわたしている。

ほんわか空間に耐えきれなかった菜々美が雫に質問する。

 

「そういえば、いいよね~雫の『早撃ち』で使用した魔法『アクティブ・ブラスト・オービット』って七草くんが開発した魔法なんでしょ」

 

「うん、そうだよ」

 

「私の閃光魔法『ルクスフェイク』もね!」

 

その話に乗っかってほのかも八幡に開発してもらった魔法を自慢げに話す。

 

「うっそ!あれもなの?」

 

「いいなぁ~七草くん競技に参加してなきゃ私のも調整して欲しかった~」

 

駄々をこねる振りをしていた様子を見た深雪がたしなめるように菜々美に指摘する。

 

「八幡さんの体は一つなのだから同時に調整と試合には望めないわよ菜々美」

 

「菜々美のいいたいこともわかるよ。

そういえば七草くんと達也さんが担当したのって負け無しだもんね。なんかあの二人って良いコンビだよね」

 

皆がうんうんと頷き達也の実妹である深雪もチームメイトからの評価に表情を綻ばせていた。

 

 

 

深雪達が気の早い祝勝会をしている別の時間帯では俺は部屋で一人思案していた。

達也は明日の試合に向けてエンジニアとの会議に出席しているため今はいない。

 

(明日は深雪、雫、明智のピラーズ…調整については達也がメインエンジニアで担当するとして…愛梨のクラウド応援に行けっかな…いかないと怒られそうだし。

俺の試合に関してはすぐに終わるだろうし終わったら適宜見に行こう。

深雪達の応援にも行かなきゃな…ええい!やることが多いな!愛梨の試合は…良かった開始は被ってないな)

 

予定表を確認し重複していないことにホッとした。

これなら約束を破らずに済むだろう。

 

(しかし…)

 

机の上を一別するとそこには革製の古めかしい見た目だが最新技術が使われているスーツケースが置かれておりそこには明日のピラーズで使用する衣装が入っていた。

しかも整髪料とサングラスも入っていた。

 

(父さん…俺にこれをマジで着せるのかよ?いくらなんでもこれはちょっと…)

 

男女アイス・ピラーズ・ブレイクではユニフォームではなく各選手が自分の気合いが入る衣装で競技に望むのが特徴である、つまりは学校の制服でもよいはずなのだが…

 

そのケースのなかには弘一が懇意にしている呉服屋で仕立て上げさせた高級さがありながらもファッション性の高い黒いジャケットとスラックス(耐熱冷感仕様)にジャケットの中に着用する黒と青のストライプのワイシャツにベストといった衣装が格納されていた。

 

(俺が着ない選択肢を取っても父さんは泉美と香澄と小町を使って着させてくるよな…父さんは『本気をだしてきなさい』と言っていたし『あの技』を使うか…あれ使うとめっちゃ目立つけど氷柱を一気に破壊するならあの技しかないわな…。目立ちたくねぇけど家族の期待には答えますか…!)

 

俺は明日への試合へ決意を決めてCADの調整を始める。

未だ寝るには早い時間だったからな。

 

さて、明日はやること一杯だな…

 



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灼熱地獄のち絶対零度

一週間ぶりの投稿…遅くなって申し訳ないです。

今回はようやっと八幡の試合ですが…?
※この作品は八幡の無双を前提に作られていますご注意を!

好評価&コメントありがとうございます!

妙に長くなった最新話どうぞ!


九校戦五日目にして新人戦二日目の早朝。

俺は顔に当たる日差しで目が覚めるという最悪の起き方をした。

 

「…んあ?」

 

俺はどうやらCADの調整中に寝ていたらしく机にうつ伏せっていた。

寝ぼけ眼で時計をみると、起きる時間よりも少し早かったが体がバキバキになっていた。

ご丁寧にタオルケットを誰かが掛けてくれたのだろう。

達也ではないことがわかるがいったい誰が…

 

「まぁ、誰だか知らないけどありがとうな」

 

机上の競技用に調整したCADを手に取り確認する。

 

「よし」

 

仕上がったCADを手に取り確認すると、完璧に仕上がっている。

状態を確認したところで達也が起きていたのか俺に声を掛けてくる。

 

「起きたか」

 

「おはよう達也。調整中に寝ちまった」

 

「体は大丈夫か?」

 

「突っ伏して寝ちまったから体バキバキなんだわ」

 

肩を回し首をコキコキッとならし俺の発言に呆れている達也。

 

「おい、大丈夫なのかそれは…」

 

「大丈夫だよ」

 

俺は自身に『初期化』を使用し体の不調を取り除いていたのだ。

眠気もなく、体の痛みもない万全の状態で今日の物事に取り組むことが出来るだろう。

 

「やること盛りだくさんだな…俺は試合に深雪達の試合もあるし…」

 

「競技の調整は任せてお前は試合に集中してくれ」

 

「そうするよ…それに愛梨のクラウドも応援しに行かなきゃ行けないし…」

 

俺の、愛梨の応援に…。と言う発言に引っ掛かったの達也が聞いてくる

 

「愛梨?三校の一色愛梨か?なんでお前が応援に行くんだ?」

 

「ああ。昔世話した後輩の姉ちゃんと初日にあってな…その際に『応援に来てくださいね』って念押しされて…ってどうしたんだ達也、頭抱えて」

 

達也が頭を抱えていた。

 

(八幡が居た総武中学校の一色いろはの姉だな…しかしだ八幡、お前どれだけの女の子と知り合いなんだ?本来ならここで八幡に一言言うべきなんだろうが、勝手に深雪の想いを俺が暴露するわけにもいけない…

はぁ…雫にほのか、それに第三高校の一色愛梨か…。深雪俺はお前の想いが叶うように願ってるからな)

 

「どうした?」

 

「お前が何処に行ったか聞かれても深雪達にフォローしないぞ」

 

「はあっ!?ちょっ…ま!達也さん!?」

 

俺は達也の突然の裏切りに驚くしかなかった。

 

◆ ◆ ◆

女子新人戦クラウドボール第一回戦。

 

「八幡様見に来てくれるかしら…」

 

第三高校の選手控え天幕内部で試合開始前に不意に呟いたその言葉が優美子の耳に入っていたらしく…

 

「ったく…ヒキオの奴…」

 

「ゆ、優美子!?貴女いつからそこに?」

 

「さっきから居たんだけど?で、愛梨はヒキオが見に来るのを心待ちにしていると…」

 

「べ、別に心待ちなどしていないわ!ただ私との約束をしっかりと守ってくれるかどうか…」

 

優美子は天を仰いだ。

 

(もうそれは完全に恋する乙女なんよ…。まったくヒキオの奴、必ず見に来るし!すっぽかしたら許さないかんね)

 

(来るわよね…?八幡様来ますわよね…?)

 

不意に愛梨の端末が震える。

 

『ごめん愛梨。第一試合から見ることが出来なさそうだけど「準決勝」から見に行くから頑張れ』

 

「八幡様…」

 

端末を見た愛梨の表情が変わったことに目ざとく気がついた優美子がマナー違反だとわかっていながら端末を覗き見ると、気が利いた八幡のコメントに関心していた。

 

「へぇ…ヒキオなかなかやるじゃん、「準決勝から見に行く」って…愛梨が優勝するの確信してんじゃん。てか、いつの間に愛梨の連絡先手に入れてたし」

 

「ちょ、ちょっと優美子。勝手に覗かないでくださる…?」

 

恥ずかしそうに胸に端末を隠す動作をしている愛梨だったがまんざらでもなさそうだ。

 

「さて、愛梨のやる気が出たところで試合に行くし。調整はバッチリ」

 

「べ、別にその様なことは…って優美子!お待ちなさい!」

 

慌てて優美子の後を追う愛梨。

その表情はよい笑顔であった。

 

 

(俺の試合は午後イチからだからな…愛梨の試合を見に行こう)

 

調整等があり第一回戦から見ることはできていなかった。

女子クラウドボールの試合会場へ向かうと愛梨は既に準決勝へと駒を進めていた。

そして次なる対戦相手はうちの第一高校の選手だった。

 

愛梨から貰った連絡先にメールをしておく。

 

(うーん愛梨に悪いことしたかな…せっかくなら第一試合から見たかったけど。しっかしこっちの観客席に座るの居心地悪いな…)

 

愛梨側のコートの観客席に第三高校の生徒がいるわけではないがなんだが他人の領土を侵略している気分に陥りそうになる。

そんな居心地の悪さは知り合いではない一人の女子生徒によって救われた。

 

ちょいちょい。

 

「あ?」

 

肩を叩かれぶっきらぼうな返答で振り返るとそこには青に近い黒髪の美少女がそこにいた。

その少女は第三高校の赤い制服を着用しており当然知り合いなど愛梨しかいない。

 

「おお!やはりか!その特徴的な瞳は、お主が愛梨が言っておった七草八幡殿か?」

 

急に名前を言われて警戒しそうになったがその少女の放つ笑顔に毒気抜かれてしまった俺がいた。

 

「何で俺の名前を…。てかなんで愛梨が関係してるんだ?」

 

まさか殺し屋か…なんてアホなことを考えていたら自己紹介をしてくれた。

 

「おお済まぬのう。わしは第三高校の四十九院沓子と申すものじゃ。愛梨の友達じゃよ」

 

「ああ。あんた『波乗り』の選手か…愛梨と知り合いだったんだな」

 

「む、見たところお主も愛梨の応援にきたのじゃろ?せっかくじゃし一緒に観戦せんか?」

 

「…っておい!」

 

「よいからよいから~♪」

 

考える間もなくそういって俺の手を取って空いている観客席へ隣り合って座ることになった。

 

(聞いちゃいねぇし…てかこの子めちゃくちゃ人懐っこいな…)

 

『女子新人戦クラウド・ボール準決勝注目の対戦カードです!』

 

アナウンスが開始され両高の選手が登場すると観客席が湧いた。

 

(結局四十九院に押し切られてしまった…)

 

「そうじゃぞー。お主はその場、特に女の子に流されやすいところがあるからのう」

 

(エスパーかよお前…)

 

隣にいる四十九院に俺は戦々恐々しながらアナウンスがなされ試合開始が告げられた。

 

『第一高校春日菜々美選手対第三高校一色愛梨選手。この戦いの勝者が決勝リーグへ進みます!』

 

最初のボールがコートに射出されてそのボールを打ち返したのはうちの学校の春日だった。

そのボールはコートを覆う透明な周囲の壁を不規則に跳ね返りまくり愛梨のコートへ殺到していた。

 

(なるほど…クラウドボールは相手コートにバウンドさせた回数で勝敗を決める競技、つまりは自陣に落としてしまわなければ問題ないと言うことになるが…理にはかなってるな)

 

俺は春日の戦法を解析した。

俺は愛梨の実力を知らないのでこの状況をどう切り抜けるのか気になった。

 

アナウンサーも盛り上げるために実況が入る。

 

『出たー!春日選手の「虹色の跳躍(レインボー・スプリング)」!!あえて落下直前を狙うことで、スピードボールにも対応でき落下時のエネルギーも利用できる巧妙な策です!一、二回戦に続きこの魔法で決めるのか!?』

 

ボールが愛梨のコートへ落ちるその瞬間。

春日の魔法も愛梨相手でなければ十分に通じていたことだろう。

しかし、愛梨の実力は俺の想像を越えていた。

 

愛梨は落下するボール三つを全てまるで稲妻(エクレール)の如き速度で全て打ち返したのだ。

 

「すごいな…」

 

その光景に俺は素直な感想を述べる。

 

「じゃろ?」

 

隣にいた四十九院か得意気に俺に語りかけてきた。

 

「愛梨は移動魔法を得意としておってな」

 

「成る程…一瞬見えた首元のペンダント…CADか。それで魔法の起動…あの大きさならシングルアクションだな。

確かにあの速度なら春日の魔法にも追い付ける…この勝負、愛梨の勝ちで決まりだな。自分が得意とする戦法が対処されたとき程絶望感は半端ないからな」

 

俺が愛梨の魔法について考察すると隣にいた四十九院が驚いた表情を浮かべていた。

 

「お主…あの一瞬の光で愛梨のあの速度の秘密がわかったのか!?」

 

「そうなのか?結構あてずっぽうで言ったんだけどな。まぁ眼は良いから光ってるのが見えたからあのペンダントがCADなんだろうなって思っただけだ」

 

俺がそう言うと控えめに笑う四十九院。

周りにいた観客が怪訝な表情をしていたが四十九院はそんなことなど気にもせず俺と会話をする。

 

「ふははっ!…いや愛梨も見る眼があったと言うことか。それよかお主自分の学校の生徒を応援せんともよいのか?」

 

四十九院が不思議そうに俺に聞いてくるが俺は正直応援しているのは一校では深雪や雫、ほのかしかいない。

正直それ以外は誰が勝とうがどうでもいい…というか面識があまりないのでな。

 

「正直誰が勝とうがどうでもいいんだ、今知り合いの愛梨が試合をしてるからそっちを優先して応援してるだけだしな」

 

「ぷっ…ふはは。やはり愛梨がいっていた通り面白い男じゃのう!そうかそうか…」

 

笑われる要素あったか…?

試合に目を向けると春日が打ち返された速球を必死に返そうとしているが間に合わず結果的に2ー0で試合終了。

決勝進出は愛梨で確定したようだった。

 

(さて、次の決勝戦はうちの高校の里美か…)

 

 

(愛梨視点)

 

コート整備等の準備が終わり新人戦女子クラウド・ボール決勝戦が開始された。

 

『クラウドボール決勝リーグ注目の一戦。第一高校里美スバル選手対第三高校一色愛梨選手

一色選手と里美選手は奇しくも同じくラケットスタイル同士、超スピード打ち合い必死の戦いに期待が高まります』

 

双方共に激しいボールの撃ち合いに会場は湧いていた。

 

『これは激しい戦い!お互いに一歩も譲りません!コートを目にも止まらない速さで飛び交っています!』

 

着実に里美と愛梨が点数を獲得しどちらが一方だけ点数を得るということはなく互角の勝負が繰り広げられ一進一退の攻防が繰り広げられていた。

 

しかし

 

(おかしい…)

 

愛梨は違和感を覚えていた。

 

(誰も居ないところを狙っているはずなのに)

 

愛梨自身コートの端部分を狙いボールを打ち返しているのだが誰も居ないところに里美選手が現れボールを打ち返されていた。

 

(幻影…?だけれどちゃんとした実体なのに気配を感じ取れないなんて何かの魔法かしら。だけどその予兆は感じられない…)

 

速球を返しながら考え事を出来ている時点で相当なものだが愛梨は冷静に分析していく。

 

(特殊な魔法でも働いている…?あまり考え事をしていると相手の策に嵌まってしまうわ…なら)

 

愛梨は相手選手の動きが読み取れないのであれば戻ってくるボールのみに意識を集中することにした。

 

(いつものスピードで叩き切る!)

 

ラケットを愛梨はいつものスピードで振り切ると相手コートにボールが入り得点を積み上げていく。

里美はまぐれかと思ったが明らかに速度が上がっていた。

取りきることが出来ず失点を積み重ねていく。

 

(単純なスピード勝負であれば誰にも負けない。例え貴女がBS魔法を使用していたとしてもね)

 

知覚した情報を脳や神経ネットワークを介さず直接神経で知覚する魔法と、打つ、走るとCADを操作するそれらの動きを精神から直接肉体へ命令する魔法。

すなわち感覚器の電位差を直接読み取り運動神経の電位差を直接操作する。

それが私、一色愛梨の『稲妻』と呼ばれる所以である。

 

里美から打ち返された8球全てに追い付き打ち返し試合終了のブザーが会場に鳴り響いた。

 

 

『試合終了!一色選手60対20のストレート勝ちで里美選手を下しました!』

 

試合を終えた選手が順位で並ぶ。

 

『女子新人戦クラウド・ボール優勝は第三高校一色愛梨選手、準優勝は第一高校里美スバル選手…』

 

「愛梨が優勝かー。まぁ当然じゃのう」

 

「あの速度に追い付ける魔法師が居るとは思えないけどな」

 

「愛梨から二桁得点取れるのは並みの魔法師じゃ無理じゃよ」

 

(愛梨なら深雪といい勝負になるかも知れないな…)

 

考え事をしていると不意に右手を四十九院から肩を叩かれる感触があったのでその方を見ると人懐っこい笑顔の四十九院がいた。

 

「さて、そろそろお別れじゃ八幡殿」

 

「ようやく解放してくれんのか…」

 

「む?なんじゃワシとの観戦は楽しくなかったかのう?」

 

「んなこと言ってねーだろ…。まぁ、色々参考になる話を聞けてよかったよ」

 

そういうと四十九院はしょんぼりしたような素振りを見せたが俺の回答に満足したのかいつものような天真爛漫な笑顔を見せていた。

 

「お、そういえば聞きたいことがあったんじゃがお主は調整技師と選手の二足の草鞋なんじゃろ?新人戦の『波乗り』も担当しとるのか?」

 

人懐っこい笑顔で聞いてくる四十九院は本当に只の興味で俺が担当している競技を聞いてきているのだろう。

そういやこいつも『波乗り』の選手だったな…惚けることでもよかったが四十九院相手にそれをすることはなんだか気が引けてしまい答えることにした。

別に答えても問題はないしな。

 

「ああ、担当してるぞ」

 

俺が担当していることを伝えるとウンウンと頷いた。

 

「そうかそうか!お主が担当した選手と『決勝戦』で戦えるのを心待にしとるぞ!」

 

「ああ、だけど俺の担当選手はつえーぞ」

 

「楽しみじゃのう!ではまたな七草殿」

 

そういって四十九院は風のように去っていった。

 

(自由な奴だな…。

あ、そういや愛梨にメールしとこうか…直接あって言うのは迷惑だろうし。

『愛梨の試合すごかったな。

うちの選手が可哀想になるレベルだったよ。

それよりクラウド優勝おめでとう』…っと)

 

端末を取りだし本日の試合について愛梨にメールを送信したのち、午後から始まる新人戦男子ピラーズへ出場するために第一高校の選手控えの天幕へ向かう前にホテルの部屋に戻りスーツケースを取りに戻ろ…としたが俺が出場するピラーズの開始まで時間はまだあるようだ。

雫達のところに顔を出しても問題はないだろう。

 

(一応最終調整の名目で雫のCADを確認するか…)

 

 

第一高校女子二人目の試合。

正確には第五試合の順番に雫の出番が回ってきた。

 

(八幡きてくれないのかな…?八幡も試合があるし無理を言っちゃいけないんだけどこればっかりは…)

 

控え室で着替えを終えてため息をついて八幡の事を考えていると控え室のドアが開きメイン調整技師の達也が入ってきたのかと思ったがその人物は雫が待ち望んでいた人物だった。

 

「よっ、調子はどうだ?」

 

「八幡…!うん、大丈夫。CADも八幡が調整してくれたからバッチリ」

 

「そうか…なら別に来なくても良かったかもな…、それじゃ俺…」

 

八幡が踵を返して戻ろうとするところを手を掴んで引き留めた雫の行動に困惑していた。

当の本人も八幡を無意識に引き留めてしまい告げる言葉がなく無言になってしまう。

 

「…まだ、八幡に感想言って貰ってない」

 

無言の中で言葉を発したのは雫であった。

 

「えーと…雫さんや。一体なんの事?」

 

「私の衣装」

 

短い言葉のなかに全てが内包されていた。

雫の衣装は今『振袖』であった。

なぜにその衣装…?いや似合ってるけどさ…

 

「感想は?」

 

「本当にそれで出るのか?」

 

「…似合ってない?」

 

「いや、めちゃくちゃ良い家の令嬢って感じで似合いすぎるぐらいなんだけど…。ってどうした?」

 

「…ううん。ありがと。それと…いってくるね」

 

邪魔じゃね?と俺は喉元まで出掛かりそうになったがなぜか機嫌のいい雫の気分を害さないようにその言葉を飲み込みこむことにした。そうでなければまたしても脇腹をつねられそうだからな。

 

俺から達也へ「雫の面倒を見る」と言うことを連絡し端末をもって雫のバイタルと会場の様子を控え室から確認する。

会場をモニターする俺とフィールドの対象にピントを合わせる雫。

雫が櫓からせり上がりその姿を現すとその振袖姿に会場がどよめくが本人は何処吹く風で襷で捲った左腕を胸の前に持ち上げた。

雫が選んだ…と言うよりかは俺と一緒に決めた汎用型CADで普段雫が使用しているコンソールが内側を向いているタイプだ。

 

フィールドの両サイドのポールに紅いランプが灯る。

光の色が黄色に変わり青色へと変化すると雫の指がコンソールを叩く。

自陣の氷柱12本に魔法式が展開されて少し遅れて相手選手の魔法が雫陣内の氷柱を襲うが微動だにしなかった。

 

再び相手選手が移動系魔法で雫の氷柱を崩す再行動を取ろうとするが、その一拍で相手陣地の氷柱3本が粉々に砕け散った。

 

「流石雫だな…しっかりと氷柱の情報強化しながら《共振破壊》も出来ている。やっぱ雫に勧めて正解だったな」

 

雫と大会前に話し合いをしていた際に元々は母親の影響もあってか《共振破壊》を得意としていたこともあり初めから高いレベルで使いこなしてはいた。

が、しかしこの魔法は非常に起動式が長く負担を掛けやすい魔法式であったが俺が改良…と言うか《詠唱破棄》の要領で物体を観測する魔法式も一緒に組み込むことで非常にスマートに展開できるように作り直したのだ。

雫自身のポテンシャルの高さもあり「情報強化」も行えるだろうと踏んでの策だった。

雫本人も頑張ったのだろう。

学校の自主練、外でもその結果『情報強化』と改良型『共振破壊』を同時に使用しても多少の疲労が出る程度で使用できるほどの完成度に至っている。

しかし相手も1本も倒さず負ける気は無いらしく雫の陣地の氷柱を全力を掛けて砕いた。

雫の状態を示すモニターをみるが倒された事への動揺はみられない。

その程度で雫が動揺するはずがない。

相手の健闘も空しく雫の無慈悲な『共振破壊』はまるで特撮ドラマに出てくる怪獣が薙ぎ倒すビル郡のごとく、紙屑のように倒壊していった。

 

 

深雪の試合は第一回戦の最終戦であり選手の控え室に達也達の様子が気になったので顔を出してみると、そこには当然だが選手である深雪と達也。そして姉さんは本部に居ないといけないのでは…?あとおとなしく寝ててくださいよ渡辺先輩。

 

「あ、八くん。試合の準備は大丈夫なの?」

 

「大丈夫だって…。それよか渡辺先輩は寝てなくて大丈夫なんですか?」

 

「なんだ八幡君までわたしを重傷者扱いするのか?」

 

「いや一応重傷者でしょうが…。それよか姉さん本部に居なくていいのか?一応男子も試合中だと思うんだけど…」

 

「大丈夫よ。向こうははんぞーくんとあーちゃんに任せてきたから。今年度には私たち引退しちゃうし。なんでもやっちゃうのは不味い気がするのよね?」

 

「して本音は?」

 

「女子の試合の方が面白そうだったから来ちゃった♪」

 

「などと申しておりますが渡辺先輩?」

 

「よろしい八幡くん。真由美へ頭撫でるの刑だ」

 

「ね・え・さ・ん?」

 

ガシッ!…わしゃわしゃわしゃわしゃ…

 

「ひぃやあぁぁぁぁぁ~!!!八くんだめぇ~!!」

 

姉さんに瞬時に近づき頭撫で撫での刑を執行すると顔を紅くし恨み目がちに俺と先輩を睨み付ける姉さん。

 

「くっ…!八くん覚えてなさいよ!」

 

姉さんからの逆襲に備えるとしよう…。てかその許可したの渡辺先輩じゃん。なんで俺だけ…?

俺が気を抜いていると死角から人物が現れた。

 

「八幡さんっ!!」

 

「うぉっ!?な、なんだよ深雪」

 

なんでか少しほほを膨らませぷんぷん怒った深雪が俺に抗議の視線をぶつける。

…なんで怒ってるんだろうか。怒った顔もかわいいのが困る。

その膨らんだ頬を指で突っつきたくなる衝動に襲われるが、そんなことをしたら俺の指が凍傷になってしまう…

そんな不純な想いを悟られてはいないだろうが深雪から俺へ投げ掛けられる言葉はただ一つだった。

 

「私の試合しっかり見ていてくださいね…?」

 

「いや…その為に来たからね?まぁ頼もしすぎる応援団がいるが緊張すんなよ?」

 

俺なりの冗談を言うとクスりと笑って深雪は笑顔となり返した。

 

「大丈夫です。お兄様が調整してくださったCAD。それに……八幡さんがみてくださいますから♪」

 

深雪の素晴らしい笑顔とその発言に俺はドキッとしてしまった。

 

俺たちはピラーズの会場を一望できる第一高校に割り当てられた会議室へと場所を移していた。

深雪がステージに上がると観客席が大きくどよめいた。

 

「その格好は卑怯だろ…」

 

俺は深雪の艶姿に目を奪われていた。

白の単衣に緋色の女袴。白いリボンで艶のある長い黒髪を後ろで纏めておりCADよりも鈴なんかを持たせたら絵になる、つまり神社の『巫女』のような衣装だ。

ただでさえ整いすぎている深雪の美貌が衣装と合いまって神気を帯びているかのような雰囲気を醸し出す。

実際に観客席でみているわけではなくガラス越しに深雪の姿を俺の《瞳》で視認しているわけなのだが、周りにある霊子の活動も深雪の静謐さに当てられ落ち着いているようだった。

 

その神々しさはまさに『神姫』と言っても差し支えがなかった。

 

舞台の裏で八幡が深雪に見とれているとは露知らず…というか当たり前だが深雪は心を落ち着かせて試合開始を待っていた。

 

(すぅ…)

 

私は自身を落ち着かせるために短い深呼吸をする。

 

(まずは落ち着かなくては…)

 

あまり気合いを入れすぎると魔法を無意識に発動させてしまうのは私の悪い癖だ。

フライングは重大なルール違反になってしまう。

開始までただひたすらに私は自分を昂らせないように落ち着かせるためのこの時間だ。

 

(フライングでお兄様や見てくださっている八幡さんを落胆させるなどもってのほか…)

 

その落ち着いた様子が端から見れば「静謐さ」を醸し出しているのかも知れないが深雪自身は知らない。

 

フィールドの両サイドにあるポールが紅く点灯し深雪の薄く閉じていた瞳が開かれると観客席からため息が漏れていた。

ライトの色が黄色から青へ変化した瞬間強烈な熱気と冷気が自陣と敵陣を覆った。

方や自陣には冷気。敵陣には灼熱。

敵陣地は溶け出す氷柱に冷却魔法を起動させているが全くといって効果がない。

深雪の陣地は永久凍土の様相を見せ敵陣地は灼熱地獄へと変貌していた。

二つの相反する属性がぶつかり合い濃い霧を発生させていた。

 

アナウンサーが興奮気味に解説する。

 

『「氷炎地獄」です!まさかあの高等魔法がこの九校戦で見れるとは!灼熱の地獄で相手の氷を焼き、自陣を超低温の檻で完全防御!この魔法を破る術はあるのか!?』

 

「すげえな深雪…まさか『氷炎地獄』を使用できるとは…」

 

俺の後ろでも姉さんと渡辺先輩が驚いている。

達也も反応していたが今は深雪の事に集中しているのだろうかこちらには顔を向けなかった。

 

姉さん達が驚くのも無理はない。

 

魔法師ライセンス試験でA級試験用として提出されほとんどの受験者が再現できないほどに高度な高難易度魔法だからだ。

 

それを涼しい顔で使用できてしまっている深雪に俺は普通に感心してしまっていた。

 

『そして仕上げに相手選手の氷柱を粉砕した!司波選手の氷柱にはキズ一つありません!』

 

上昇していた気温は止まり敵陣から衝撃波が発せられ熱せられた氷柱が脆くも崩れ去った。

深雪が魔法を切り替えたのだ。

相手選手の奮闘空しく深雪の氷柱にキズ一つつけることは出来なかった。

 

『女子新人戦アイス・ピラーズ・ブレイク第一回戦最終試合はものすごい結果となりました!

第一高校司波深雪選手が見せた「氷炎地獄」に会場は興奮冷めやらぬ様子です!』

 

俺と達也は深雪の試合結果に控えめな拍手を深雪に送ると、俺たちを櫓から確認できたのか嬉しそうな表情を見せたあと会場にお辞儀をする深雪に更なる歓声が届いた。

 

 

「よし…」

 

愛梨のクラウドボールの試合を無事に見届け担当している雫の第一回戦突破と深雪の圧倒的な実力でこちらも一回戦を突破したのを見届けた後、部屋へ衣装を取りに戻り、大会運営に預けていたCADを受け取って控えの天幕にてそれぞれの状態を確認して着替えをしていた。

女子の試合が全て終了したので残るのは俺の試合のみになっている。

試合を終えた深雪も先ほどの会議室に来るようだ。

やることがありすぎたのでもう帰りたい…そうは問屋が下ろしてくれないわけで…

 

スーツケースからジャケットとスラックスを更衣室のハンガーに掛けて制服を脱ぎ着用していく。

CADを引き抜くときに邪魔になるのでジャケットの前は閉めないようにした。

 

「しっかし…サイズぴったりだな」

 

送られてきたジャケットを着用し『四獣拳』《朱雀》の構えを取るが阻害されはしなかった。

非常に動きやすく大きすぎもせず小さすぎもしない、ジャストフィットであった。

しかし…

 

「いつサイズ測ったんだ…?」

 

そんな疑問を頭に浮かべながら更衣室から出ると天幕内にいたチームメンバーから驚きの表情を浮かべ特に女子が顔を紅くしてこっちをみていた。

ん、どうしたんだ…?試合前に体調不良はやめてくれよな…

 

鏡台の前にたち普段は使わない整髪料を使い下ろしている前髪をかき上げるようにオールバックにセットし普段使用している伊達メガネを外しサングラスを着用するとあら不思議。

鏡に映る人物が俺でなく全くの別人に見え普段よりも威圧感が出るようになってしまった。

みる人からみればどこかの組織の若頭または誰かしらの護衛に見えるかも知れない。

 

(競技にこれは大丈夫なのか?めっちゃイキってるようにみられないかこれ?)

 

ため息をつきたくもなったがせっかく父さんが用意してくれたのだ、着ないわけにも行かない。

…まぁ妹達が無理矢理にでも着せると思うが。

 

身支度を整え机の上に置いていた『特化型』を二丁、左右脇のホルスターへ差し込み天幕から会場へと向かった。

 

 

男子新人戦アイス・ピラーズ・ブレイクの第一回戦午後の部最終試合が始まろうとしていた。

 

観客席…ではなく第一高校に割り当てられたピラーズの試合を一望できる会議室に泉美・香澄・小町を真由美は連れてきており、生徒会のメンバーや達也達は特別咎めたりはしなかったが部外者というよりも未だに入学していない自分達を関係者ブースに連れてくるのは如何なものかと小町は思ったが口にはしなかった。

未来の後輩達と挨拶を終えて八幡の試合を待っていた。

 

初めは深雪と泉美と香澄達は敵意丸出しで話していたが互いに八幡に対する想いが通じあったのか棘はなくなっていた。

まぁ、ベタベタしていると怒り始めるのは仕方ないとして…今は普通に会話をしていた。

 

会議室からみる観客席も盛況であった。

 

「ついにお兄様の試合が始まるんですね!」

 

「兄ちゃんどんな魔法つかうんだろうね?重力魔法かな…泉美はどう思う?」

 

「やはりお兄様が得意とする重力魔法かしら…深雪さんはどう思われますか?」

 

「そうね泉美さん…。八幡さんも様々な使用魔法の引き出しがあるから何をお使いになるのか想像できないわ」

 

「こら泉美ちゃん、香澄ちゃん。大きな声を出してはしたない。ごめんね摩利、無理言って…」

 

妹達のはしゃぎように少し釘をさし関係者ブースに連れてきてしまった摩利に謝罪するが気にしてはおらずどちらかと言うと微笑ましいものをみるような表情であった。

 

「いや、八幡くんは第一高校(ウチ)に貢献してくれているしな。

未来の後輩たちにこのくらいしてもバチは当たらんだろう。

それに妹さん達がこんなにも応援してくれているのを水を差すのも無粋だろ」

 

「そういってもらえると助かるわ」

 

真由美は友人から嫌みを言われるのではと思っていたがそんなことはなかった。

その言葉を貰った妹達は調子に乗り始めた。

 

「だって兄ちゃんの試合だよ?盛り上がらない方がおかしいって!」

 

「そうです!興奮しない方がおかしいです!」

 

「そうだけど…周りの事も考えなくてはダメよ。ごめんなさいね深雪さん」

 

「いいえ気になさらないでください。八幡さんの試合ですから興奮するのも無理はないです」

 

さらにヒートアップしそうだったので強めの口調で嗜めると反省したようで双子の姉妹は落ち着きを取り戻した。

 

「はいごめんなさいお姉様…」

 

「ごめんなさいお姉ちゃん…」

 

「小町ちゃんは落ち着いてるわね…?」

 

「お兄ちゃんが大舞台で変なことしないか心配なんですよ小町は…」

 

小町は泉美と香澄とは別の意味で八幡を心配してたがその会話を聞いていた摩利は小町に話しかける。

 

「大丈夫だよ小町君。

八幡くんは面倒ぐさがりだが信頼されている人の前で不誠実な事を行う人間ではないとわたしは彼と関わってみて思ったよ」

 

「…有り難うございます摩利さん。いや~お兄ちゃんもこんな美人な先輩から信頼されるとは小町も妹として鼻がたかいですな~」

 

不安そうな素振りを見せていた小町だったが摩利の発言により何時ものような調子に戻っていた。

 

(お兄ちゃんが高校でどんな風に過ごしてるのか不安だったけど…ちゃんとみてくれてる人が居てよかった)

 

試合開始前に八幡がどんな衣装で出てくるのかの話しになり泉美が思い出したかのように真由美に報告する。

 

「そういえば昨日お父様から連絡がありまして『八幡に私が送った衣装を着せるように』と連絡があったのでお兄様の部屋を確認しようと向かったのですが、しっかりとケースを持っていましたわね。どんな衣装なのでしょうか…」

 

「お父さんが兄ちゃんに送った衣装ってなんだろな~。楽しみ!」

 

アナウンサーからの選手説明が流れ始めた。第一試合は二校と第一高校の試合で八幡が出場する。

 

『大会五日目、新人戦二日目の午後の試合は間もなくスタートです。

男子アイス・ピラーズ・ブレイク第一試合には新人戦注目の選手が登場!

七草八幡選手は第一高校としては史上初となるエンジニア兼選手として九校戦に参加し、既に新人戦女子スピード・シューティングで優勝した北山選手の担当技師として実力を遺憾なく発揮しております。

そして先の本戦女子バトルボードでは不慮の事故が起こり、所属校の渡辺選手と七校選手を咄嗟の機転で無事に救出しました。

公式戦での実力は未知数!この戦いに注目が集まります!』

 

真由美達が居る観客席の反対側に第三高校の愛梨達が居た。

本来ならば同じチームメンバーである一条を応援すべきなのだが…

 

「おお!ついに八幡殿が出るか。楽しみじゃな愛梨?」

 

「そうね。八幡様の実力が如何様なものなのか魔法師として気になるところよ」

 

いたって本当に真面目に愛梨は答えていたはずなのだが、ポーカーフェイスから笑みが隠しきれておらず、その事を隣にいた優美子に指摘されていた。

 

「嘘つけし。本当はヒキオの姿がみたいだけっしょ?」

 

「ち、違うわよ!魔法師としての実力を確認したいだけなんだから!」

 

「七草八幡…いったいどんな戦法を見せてくれるのかしら」

 

「まったく楽しみじゃのう!」

 

「ちょっと!?栞、沓子。無視しないでくださる!?」

 

彼女達がわちゃわちゃしているなか

 

『両選手入場です』

 

各選手が搭乗する櫓がせり上がり八幡の姿が現れた瞬間観客席と会議室がざわついた。

 

櫓の上に立つ八幡は普段髪を下ろしているのだがオールバックにしてメガネではなくサングラスを掛け仕立て上げられた黒を基調としたジャケットにスラックス。

ワイシャツの上に着用するベストはCADホルスターも兼ねており機能性とファッション性が混ざりあっていた。

櫓に立つ八幡はヒリつくような威圧感を纏って遠くはなれた観客席にいた観衆もそれを感じ取る。

 

未だ二十歳にも満たない魔法師の少年が纏ってよい雰囲気ではなかった。

まるで戦場の真っ只中に居るような緊張感。

その普段の八幡を知っている者であれば何時もの出で立ちとは大きく変わり大人びた落ち着いた…というよりも危険な匂いを漂わせる危ない魅力を放つ男性として現れたのだ。

 

観客席は息を呑んで八幡の姿を見ており、一方会議室に居る真由美達はそれぞれ感想を述べていた。

 

「本当にあれ八幡くんか…?普段の姿とは想像できない雰囲気を纏っているな。

これじゃあ完全に相手選手が司波妹と同じく萎縮してしまっているよ」

 

摩利のコメントに反応した泉美と香澄。

 

「何時ものお優しいお兄様とは違った雰囲気…ぴりつくような感じがいたします(お父様、流石ですわ!)」

 

「普段の兄ちゃんとは違うね…(お父さんが送ったお兄ちゃんの衣装ナイスだよ!)」

 

八幡の姿に感想を述べる真由美。

 

「うーん…どこかの組織の若頭みたいね八くん。完全に場を支配しちゃってる。

…八くんの策略かしらこれ(でもお父さん八くんに衣装送ってくれてありがとう!似合いすぎてるわ!)」

 

「見た目の効果てきめんですね…(お兄ちゃん本当に○し屋みたいになってる…)」

 

「八幡さん…///」

 

言葉にはしていなかったが弘一を褒め称える素振りを見せた七草姉妹と顔を紅くして見つめる深雪に摩利と達也は苦笑していた。

弘一は預かり知らぬところで娘達からの株が上がっていた。

 

一方で観客席の息を呑む静寂を気にしている素振りすら見せていない八幡だったが…

 

(え、せり上がったらなんか歓声とか上がるもんじゃないの?誰一人声を上げてないじゃん。

やっぱりこの衣装失敗だって!くっそ…着るんじゃなかったぜ…!

なんでか相手選手も俺を見て動揺してるし…)

 

櫓がせり上がったあとに観客席からの歓声がないため八幡はこの見た目で「やらかした」と感じていたが実は八幡の放つ威圧感に観客が動揺していただけだったのを当の本人である八幡は知らない。

 

「ヒキオ…マジで○し屋じゃん。逆にグラサンつけてて良かったかもね。あいつ目付きが異次元レベルで○し屋だから」

 

「凄い威圧感ね…。流石は『七草家』の人間といったところかしら」

 

「凄い威圧感じゃのう…周りの霊子達もざわついておる。愛梨?」

 

「(背筋が凍るような『存在感』…八幡様が数字落ちの家柄なのは聞いていたけど本当にそれだけでここまでの覇気を出せるものなの?しかも、凄く自然体に…八幡様本当に貴方は何者なの?)あ、ごめんなさい。なんでもないわ」

 

『男子新人戦アイス・ピラーズ・ブレイク第一回戦、12試合激戦の火蓋が切って起こされました!』

 

アナウンスがなされ開始が宣言される。

 

相手選手が拳銃型CADを構え魔法式を起動させるが八幡の前で大規模な魔法を使用するには遅すぎた。

 

「遅いな」

 

相手が起動させる前に八幡は呟く。

ホルスターのCADを引き抜き起動式を展開させる。

 

瞬間

 

お互いの陣地の氷柱が温度を失い更に凍結し相手が発動した魔法を受け付けず困惑する選手を尻目に俺は相手側の氷柱に向けて互いの陣地から吸収した熱量を増大させた巨大な火球で相手選手の12本の氷柱を蒸発させた。

 

その光景に相手選手も観客もアナウンサーも何が起こったのか分からないようだった。

 

『第二高校、藤宮選手陣内の氷柱がまるで一瞬で蒸発してしまった!

全く見たことのないこの魔法は一体!?

速報です!ただいま入った情報によりますと、先程の魔法は七草選手のオリジナル魔法『絶対零度』(アブソリュート・ゼロ)とのことです!

早い!早すぎる!七草選手の展開速度は最早光速レベルです!

七草選手の自陣の氷柱はキズ一つありません!』

 

 

四種二系統複合魔法『絶対零度』(アブソリュート・ゼロ)

《収束・発散》《吸収・放出》を掛け合わせて俺が開発した複合魔法で、対象物から熱量を奪い取りマイナスエネルギーから熱量、つまりプラスエネルギーの摂氏五千度へ変換し対象物へ投射する魔法で、《詠唱破棄》と《二重詠唱》を使うことが出来る俺だけの魔法だ。

 

まぁ、『ペイルライダー』ではないので大分威力は抑えられているが競技で使う分には十分だろう。

 

俺が発動した魔法に自陣の氷柱を砕かれた第二高校の選手は構えたCADを力無く下ろし項垂れている。

 

(悪いな…運が無かったと思ってくれ)

 

相手を一瞥しホルスターに引き抜いたCADを入れ直し少しずれたサングラスを中指で押し直すと観客席から歓声が鳴り響いた。

 

わぁぁぁぁぁぁぁぁ…!!!

 

「へ?」

 

俺は思わず間抜けな声が出てしまうが観客席からは様々な歓声が飛び交う。

 

「かっこいいー!!」

 

「マジで今年の九校戦どうなってんだ?凄すぎだろ!」

 

「八幡さまー!」

 

ここで俺も調子にのって少しきざぶった控えめな手を上げるとさらに歓声が大きくなった。

アナウンスが入る。

 

『試合終了!第一高校七草八幡選手。

相手の魔法発動を許さず完封勝利を成し遂げました!

とても高校生とは思えません。九校戦もついにここまで来たかと言うところ…』

 

そのアナウンサーのコメントと試合の様子を別室で見ていた国防軍の人間がコメントする。

 

「なるほどあれが七草の養子か…もし実戦に投入すれば凄まじい戦果を示してくれそうだな」

 

隣にいた女性士官が反応する。

 

「コンタクトをお取りになりますか?」

 

「ああ。是非ともうちの部隊に入ってほしい逸材だ」

 

「わかりました。それでは」

 

「ああ、多少強引でも構わん…。七草八幡君か、素晴らしいな…その力」

 

国防軍の男は野心に満ちた表情を浮かべ八幡を見ていた。

 

 

会議室と観客席でそれぞれの反応を見せていた。

 

「相手になにもさせずに勝利…流石ですわお兄様!」

 

「兄ちゃんのあの魔法初めて見たかも。すっごい…ね、小町!」

 

「小町は信じてたよ?お兄ちゃんが必ず勝つって」

 

「まったく八幡君はとんでもないな…相手になにもさせずに勝利するとは」

 

「流石は私の自慢の弟ね!八くんお姉ちゃん鼻高々よ!」

 

観客席では八幡の実力に圧倒されていた。

 

「ヒキオ容赦なさ過ぎでしょ…?」

 

「とてつもない展開速度と魔法力ね…」

 

「家柄を抜きにして養子に入ったといっても元々が恐ろしい実力じゃな八幡殿は…こりゃあウチの一条も危ないかものう。の、愛梨…。愛梨?」

 

優美子、栞と会話をしており、沓子が愛梨に話しかけると顔を紅くして八幡の姿を見つめていた。

 

「(八幡様…あの威力の魔法をあの展開速度で発揮できるなんて…。

やはり貴方は私が今まで出会った魔法師とは違う。

人柄も魔法力も…。

あのお方はいろはの想い人なのに…私自身も惹かれていく…)」

 

愛梨は頭を振りかぶるが否定できず自覚してしまった。

自分が八幡に好意を抱いていることに。

 

初めは妹から話を聞いて物珍しい人がいるものね、と。

九校戦のパーティーで初めてお会いして妹の出来事のお礼とちょっとした雑談をしただけなのに他の人にない彼なりの優しさを感じ取ってしまったのだ。

この方は非常に不器用なのですね、と。

 

(私は八幡様に惹かれてしまっているわ…)

 

熱のこもった視線で八幡を愛梨は見ていた。

 

 

場面は変わり男子新人戦ピラーズの注目株である三校の一条将輝も男女最終戦のピラーズの試合を吉祥寺と共に本部で見ているとその光景にチームメンバーと共に愕然としていた。

 

「第一高校の司波さんは『氷炎地獄』(インフェルノ)を成功させた…。更に七草は新たに作成した新魔法『絶対零度』(アブソリュート・ゼロ)を使用して勝ち進んだか…。そして男女ピラーズは第一高校計4人が初戦突破…」

 

「おいおい…新人戦のレベルじゃねーぞ…」

 

チームメンバーの一人が呻くようにその現状を飲み込む。

当然だろう。

片やA級魔法にその本人しか使用できないとはいえ下手をすれば一条の「爆裂」に匹敵する威力を誇る新魔法を開発してしまった七草の息子がいるのだから。

 

「将輝、見てくれ」

 

「どうした…?!」

 

吉祥寺が持っていた端末を確認するとそこには選手の担当した技師の名前がのっていたのだったが「七草八幡」と「司波達也」の名前が記載されていた。

 

「またこの二人の名前だ…!七草に眼を奪われがちだけど一緒に名前を連ねているこの「司波達也」というエンジニアも不味いよ」

 

「早撃ち」で煮え湯を飲まされ、女子ピラーズで三名もの予選突破者を出した調整技師がここにもいたことで要注意人物が八幡だけではないことを再確認した三校メンバー達。

 

「七草八幡…司波達也、お前達は一体何者なんだ…?」

 

こうして九校戦五日目新人戦二日目の競技は終了し、新人戦の驚異的なレベルを観客や各関係者へ知らしめることになったのだった。



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万能の黒魔法師(エレメンタル・ブラック)

お気に入りが1500越えました…。
何だかんだでちょくちょく日間ランキングに乗ってるのを見ると皆さんこの駄文を見てくださっているんだなと感動しました。
評価とコメントいただけるように頑張ります…。
相も変わらずの誤字脱字報告申し訳ない。

九校戦…まだ終わりませんね(笑)
本当に長い…。書いてて楽しいですけど読者様的にはどうなんですかね?

そしてまたも独自理論が展開しますので苦手な人はご注意をば。

それでは八幡無双開始どうぞ!


『クラウド・ボール』は全試合が終了し『アイス・ピラーズ・ブレイク』は男女共に一回戦が終了した。

そして夕食の際はその高校の一同が会し、本日の健闘と結果を報告し合う時間であった。

 

無論本日のチームメンバー話題の中心は男女ピラーズでやってしまったというか俺と深雪達な訳で…

今晩の食卓?は見事に明暗がわかれてしまっていた。

 

その理由は語るまでもなくだが男子の方だ。

その女子の集まったテーブルに俺と達也が紅一点?で居た…というか連れ込まれた。

 

「すごかったわよねぇ深雪の『アレ』」

 

『氷炎地獄』(インフェルノ)って言うんでしょ?先輩達ビックリしてた。A級魔法師でもなかなか成功しないのにって」

 

「ありがとう」

 

「あれも達也さんのお陰なの?」

 

達也のお陰…そう言われた深雪は嬉しくなり頬を赤らめながら答えた。

 

「ええ勿論お兄様なくしては出来なかった魔法よ」

 

「ええ~!やっぱりそうなんだ、すごい!」

 

「そう言えばほのかの奇襲作戦と雫の作戦も七草君の提案なんでしょ?」

 

「えへへ~。そうなんだ~」

 

「うん、そうだよ」

 

「いいなぁ~」

 

「エイミィも結構決まってたよ!一回戦目ははらはらしたけど」

 

「乗馬服にガンアクション、カッコ良かったよ」

 

「雫もカッコよかった~!振り袖素敵だったし、相手に手も足も出させずに追い詰めていく戦いぶり。クールだったよ~!」

 

クラウドの結果は準優勝と六位入賞と「まぁまぁな結果」に終わったが男女のアイスピラーズは俺ともう二人いたものの三校の一条に当たり敗退、もう一人も敗退した。それに比べると女子の戦果は深雪、雫、明智さんと3人が初戦を突破したという好成績にお祭り騒ぎとなっていた。

 

女子達がはしゃぐ姿を食事を取りながら、男子のテーブルから追い出された俺と達也は見守っていた。

 

因にだが何故俺たちが女子のいるテーブル付近で食事を取っているのかと言うと、結果が振るわない一科の男子チーム(一部)から女子の試合で結果を出している達也を疎む生徒に追い出されてしまい、仕方なく俺は達也と一緒に居るというだけの話だ。

 

「七草君!雫のあれって「共振破壊」のバリエーションなんでしょ?」

 

唐突に話しかけてきた女子が居た。

正直顔も覚えていなければ「居たっけ…?」となるような関わりの薄い女子だったが、普段の対応をしてしまえばこの朗らかな雰囲気はぶち壊しになってしまうので驚かせないように普通に反応した。

 

「ああ、雫がうまく使いこなしてくれてほっとしたよ」

 

素っ気ない返答であったが十分なものだったらしく次々と女子生徒に質問を投げ掛けられる。

 

「やっぱり起動式は七草君がアレンジしたの?」

 

「雫がスピード・シューティングで使用した魔法もオリジナルなんでしょ?」

 

「ほのかの魔法もオリジナルって聞いたよ!」

 

矢継ぎ早に質問されて返す暇もな…って俺は聖徳太子じゃないんだから順番に聞いてくれます?

 

「それより七草君のピラーズで見せた魔法、本当にすごかった!」

 

一人の女子生徒がそう言うと全員が頷き特に深雪、雫、ほのかが力強く頷いている。

 

「そそ!深雪の『氷炎地獄』(インフェルノ)にみたいにド派手な魔法だった…!痺れたなぁ…」

 

「調整も出来て魔法もすごいなんて凄すぎ…あの魔法「インデックス」に登録されてもおかしくないレベルだったよ」

 

「それにあの衣装カッコ良かった!なんか殺し屋みたいでドキドキしちゃった…///」

 

「流石は第一高校の『万能の黒魔法師(エレメンタル・ブラック)』って言われるだけあるね!もう二つ名が付くなんて流石は七草君!」

 

一人の女子生徒が言った奇妙な言葉に引っ掛かり聞き返してしまう。

 

「ちょっと待ってくれ…なんだそのあだ名」

 

「え?七草君知らないの?さっきのピラーズの試合で観客席の誰が言ったのか知らないけど、七草君の調整技術と魔法師としての実力に黒いスーツを着用した姿から連想して『万能の黒魔法師(エレメンタル・ブラック)』って名前が付いてたんだけど…。他校の生徒や観客の人も呼んでたよ?」

 

おい誰だよそんなこっぱずかしいあだ名を付けやがったやつは…ブラック・○ジシャンかよ…。

そいつ絶対厨二病患ってるぞ病院いけ。

しかし、チームの女子達は盛り上がっておりなんとも言えない気分になったが称賛されていることを考えると居たたまれない気分になり別段特別な事をしたわけではないのだが…と思ってしまう。

しかしあまり卑屈な言葉を使えば角が立ってしまう…。

言葉を使わないといけないな。ってか俺はいつから人の顔色を伺うような性分になってしまったのか?

てか待って?殺し屋って言ったか?

 

「その二つ名は無視するとして…まぁ、俺はあくまでも裏方だから俺が担当した選手は調整がうまく嵌まっただけだと俺は思うし、俺の試合の際は元々魔法理論で再現できるかもってやつを実際に試しただけだから大したことはしてない…と思うんだが」

 

俺がそう言うと一年女子は朗らかに笑い「謙遜すぎ!」とか「実際に結果だしてるし凄すぎだって!」と称賛の言葉を貰いなんだかむず痒くなってしまった。

俺が誉められる光景を達也は「仕方がないな…」と微笑を浮かべ、深雪達は何故だか後方腕組でうんうんと頷いていた。

その反応は一体なんなんだい?深雪さん達や。

 

「一年女子のテーブルは良い雰囲気ね」

 

「そりゃほぼ上位独占だからな。特に達也くんと八幡くんが担当しているところはな」

 

別のテーブルに居た真由美と摩利は一年女子のはしゃぎ様を見てコメントしていた。

 

「あの二人が居れば本当に安泰だわ~。そう言えば一年男子は達也くんに見て貰うのに抵抗があるんだっけ?」

 

「そう、それで女子の担当になったのが功をそうしたんだがその代わり…」

 

再び一年女子のテーブルに戻る。

 

「最初は男の子の調整なんて…と思ったけど今はほんと男子に感謝してる」

 

悪意は無いんだろうが、無邪気な笑みを浮かべるチームメンバーの発言に笑い事では済まない人物もいるわけだ。

ガタッ、と荒々しい音を立てて一人の男子生徒が立ち上がった。

 

「不愉快だ!俺は帰る!」

 

「おい、森崎」

 

制止の声を振り向きもせず食べ終わった食器を配膳口へ向かい食堂をあとにした姿を見て俺は言葉にすら出さなかったが呆れていた。

 

森崎はスピードシューティングに出ており流石に普段から達也に噛みついていてそれなりの実力はあったらしいが二位だった様で持て囃されている俺と達也が気にくわないのだろう。

そう言うやつは何処にでもいる。

 

出ていく様子を女子達も「気にさわったのかなぁ…」とコメントしていた。

 

「七草君、達也くん!みんながお礼を言いたいって!」

 

明智さんが俺と達也に声を掛けてチームメンバーが一斉に俺らのところまで来て感謝の言葉を掛けていた。

いや、だから達也ならまだしも俺は何にもしてないからね?

競技をやったのは君たちで…って聞いてないか。

 

そんなことを思いつつ食事の時間は過ぎていった。

 

 

(八幡様…)

 

三校の利用時間となり先に会場へ向かおうとしていた愛梨。

しかし先ほどの試合の影響で愛梨自身頭のことが八幡で一杯になっていた。

 

「おーい愛梨?」

 

「ダメだ。さっきのヒキオの試合で完全に心奪われちゃってるし」

 

「うーん。重症じゃな」

 

「へ?な、なにかしら」

 

「お主先ほどからボーッとしておったぞ。いくら八幡殿に恋慕を抱いておっても歩きながらは危ないぞ」

 

そう言われた瞬間四十九院はめちゃくちゃ否定するんじゃろうなと思っていたが帰ってきたリアクションは全く正反対であった。

 

「え、ええ。ごめんなさい…」

 

捲し立てるように否定したのではなくおしとやかだったのだ。

そのいつもと違う光景に三浦達が反応する。

 

「愛梨めっちゃしおらしくなってる…え、可愛すぎんだけど。愛梨ぎゅっとして良い?」

 

「完全に乙女の顔になってるわね」

 

「ダメじゃなこれは…」

 

呆れる二人と母性が爆発した一人がいた。

第三高校の食事の時間には少し早かったが到着すると食事会場から第一高校の面々が現れるとそこには今第三高校女子の間で話題となっている人物が出てきたのだ。

それは優美子がここにいるということを知ったときからずっと謝りたかった人物が様々な美少女に囲まれていることに若干のイラつきを覚えながらその人物にしかわからないあだ名で結構なでかい声で呼びつけた。

 

「ヒキオ!」

 

唐突に発したあだ名に双校が「ヒキオ…?」という反応をしたが優美子はお構い無しだった。

向こうを向いていた少年がピクリと反応しこちらに顔を向けると怪訝な反応を見せ「誰お前…?」と思っているのだろうがそんなことは構いもせず優美子はズンズンと近づくと八幡の手を取って観葉植物やベンチのある休憩スペースへ連れ込んだ。

 

「ちょっと来るし!」

 

「お、おい!なんだよ一体!?」

 

その咄嗟の行動に双校の女子達が黄色い悲鳴をあげていた。

 

「え、なになに!?」

 

「告白かな!?」

 

彼を慕う一校の女子は一瞬ムッとしてその後を八幡を慕う第一高校の三名と優美子を追うために他の三校女子に断りを入れて追いかけたのであった。

 

金髪のギャルっぽい少女に手を掴まれて休憩スペースに連れ込まれた俺は咄嗟のことに反応できずにいた。

目の前にいる少女が何故昔、一人の少女から言われていたあだ名である「ヒキオ」と呼んでいたのか気になった。

引きこもりではないのだがそのあだ名で呼ぶのはたしか一人だけだったはずだ…

取り敢えず目の前で俺を見つめる少女に言葉を返そう。

てかなんで観葉植物の物陰に隠れてんの、深雪さん達よ。助けてくれ。

 

「えーと…何処かであったっけか?」

 

俺は目の前の金髪ギャル…長いな(仮)ギャル子さんとしよう。

ギャル子さんに俺の疑問を投げ掛けるとめちゃくちゃ不機嫌になっていた。

 

「はぁ…ヒキオ、あーしの事忘れた?まぁ、あんたがいじめられる原因を作った一因担ったし忘れたいのも無理ないか…」

 

ギャル子さんがその事を言った瞬間俺は思い出した。

総武中学での思い出したくない忌々しい記憶で俺が更にいじめられる原因の一因となった「嘘告白事件」で、俺に告白を成功させないでほしいと依頼してきたメンバーのリーダーである金髪の縦ロールのやたら面倒見が良かった少女、「三浦優美子」本人であることを。

 

「おまえ…三浦か」

 

目の前の三浦の表情は俺が思い出したのか安堵の表情を浮かべていた。

 

「やっと思い出したし」

 

「…なんで三浦が三校にいるんだ?」

 

「総武を卒業する前に実家から戻ってこいって言われて三校のある本家に帰ってきたわけ。うちはほら「三浦」だからさ。ヒキオがいなくなって総武中はいじめ問題明らかになって大変なことになってたから…」

 

「…」

 

三浦の話によると俺があの「比企谷」の実家から妹とともに絶縁された後、戸部達が責任を感じたのか俺のいじめの証拠を教育委員会に提出し、いじめに荷担していた魔法特進科の生徒を退学処分や推薦を全て取り消され総武中学校のブランドは地に落ちて三浦や一色は転校して難を逃れたようだった。

雪乃、結衣達が俺のせいで迫害を受けていないことを三浦から聞いて俺はほっとしていた。

 

「あんたがいじめられた原因があーしにもあるからずっと謝りたかった…。謝罪して許される訳じゃないけど…」

 

三浦が俺に向けて後悔の念と深いお辞儀を見せて謝罪してきた。

 

「本当に御免なさいヒキオ…あーし達が依頼を持ち込まなきゃいじめがひどくなかったかもしれないのに…本当に御免なさい」

 

正直俺はこの謝罪をどう受け取って良いか分からなかった。

あのときの忌々しい記憶は既に過去のものでどうでも良くなっているからだ。

だがあの三浦が自身のせいでないのに頭を俺に下げていることに若干の罪悪感と苛立ちを覚えたので声を掛ける。

 

「…気にしちゃいねぇよ。俺があんとき変なことをしなきゃここまでこじれる事なんてなかっただけだ。それにこれだけが原因じゃなくて、一色の生徒会長の件もあったからな…。

そもそも俺が数字落ちの家系だったことも輪を掛けて悪化の理由の一つだっただけだし三浦は悪くねぇだろそもそも。

元はと言えば戸部と海老名さんがくっついてくれてりゃ問題はなかったんだ。

だから…気にするな。中学の事はここで終わりだ」

 

棘のない言葉で頭を下げている三浦に頭を上げさせた。

俺の言葉を聞いた三浦は安堵したのか先程の緊迫した面持ちから解放されてホッとした表情になっていた。

 

「ありがとうヒキオ…。これで雪ノ下さん達に…」

 

「三浦。雪ノ下達に俺の事は言わないでくれ」

 

「は?どうして!雪ノ下さんも結衣もヒキオにあいたがってるのに」

 

訳がわからないと言った表情をしている。

三浦的には雪ノ下達に俺が見つかった事と謝罪を受け入れたことを報告したいのだろうが俺はもう関わりたくないのだ。

悪い意味ではない。

 

俺は今「七草家」の人間で雪乃や結衣は元々非魔法師の人間だ。

 

十師族の人間は反魔法団体に狙われやすく、そもそも俺がブランシュ日本支部を壊滅させた張本人であるのでそんな人間が非魔法師の人間に関わることを知られたら悪どいことを考える連中から人質に取られてしまう可能性があると俺は考えた。だったら俺を別人にして貰っていた方が都合が良いだろうとの考えだ。

 

その考えを三浦に伝えると悲しそうな表情をして抗議をしたが、俺が折れなかったので三浦も渋々納得してたようで

 

「わかった…。あーしからはなにも言わないことにする」

 

「悪ぃな」

 

「それだとあーしが悪者みたいじゃん…。でも雪ノ下さんと結衣はヒキオの事めっちゃ心配してたことは覚えておいてよ」

 

「わーったよ…」

 

「それじゃ…あ、ヒキオ!」

 

「あ?まだあんのかよ」

 

三校の連中のところへ戻ろうとした瞬間こちらに振り返り意味の分からんことを言ってきた。

 

「愛梨、泣かせたらゆるさないかんね!」

 

「は?」

 

「ちょっと優美子!?」

 

優美子が言った「愛梨を泣かすな」という言葉が出てきたのだろうか…。

顔を紅くしてぷりぷり怒る愛梨が観葉植物の物陰から優美子と入れ違いで俺の前にやってきた。

え、なに俺が殴られるパターンですかこれ?

 

「は、八幡様、先程の優美子の言ったことは気になさらずに!」

 

「お、おう」

 

そういってズイッと眼前まで近づいて来た。

いやめっちゃいい匂いするしめちゃくちゃ近いんですけど…!

 

「こほん…それと、ピラーズの一回戦突破おめでとうございます…」

 

「あ、ありがとな…あ、悪いな愛梨一回戦目から見に行けなくて。新人戦クラウドの優勝おめでとう。

愛梨の実力なら優勝できるって信じてたけどな」

 

俺の表情をみた愛梨の表情が紅くなりぼうっとした表情を浮かべていた。

熱でもあるのだろうか。

 

「あ、ありがとうございます。それより後ろにいらっしゃる司波さんが此方を穴が空くぐらい見ているのですが…」

 

深雪が穴が空くぐらい…?ってヤバイ!!

 

「八幡さん?どう言うことですか?午前中お姿が見えないと思ったら相手校の応援をしていたんですね?」

 

にっこりと氷の微笑を浮かべ干渉力が強すぎて俺と観葉植物に霜がついてしまう。

深雪さんや観葉植物は10度以下になっちゃうと良くないからやめようね…って俺も霜焼けになっちゃうんですが。

 

「(やはり司波さんも八幡様のことが…相手は強敵ですが負けませんわ!頑張るのよ愛梨!)凄まじい干渉力ですわね…初めまして司波深雪さん。私は第三高校一年、一色愛梨です」

 

愛梨は冷気を出す深雪に物怖じせずに凍りついた八幡を解凍しつつ深雪へ挨拶をする。

 

「先程のピラーズの試合拝見しました。凄まじい魔法力…、この場でお会いできて良かった」

 

八幡を自分の気の昂りで凍らせてしまったことを愛梨のお陰で気がつき内心反省しながら愛梨の言葉を聞いていた。

俺は愛梨の発言を聞いて意外だなと感じた。

 

「あなたは私たちの世代の魔法師でトップクラスの実力を誇りますわ…だからこそ私は全力を尽くし貴女との勝負(八幡さんの事と試合)に勝利して見せますわ」

 

愛梨が一瞬俺を見て深雪へのライバル宣言をした。

それを物陰に隠れていた雫とほのかは

 

(凄い緊張感…?って絶対一色さんも八幡さんのこと狙ってるって!うう…八幡さんまた女の子落としてる…)

 

(ふーん。深雪にライバル宣言…というか一色さんも八幡のこと好きだよね?全く八幡ってばまた女の子に…。これはギルティ)

 

深雪は愛梨の言葉の意味を理解したのか頷き愛梨に手を差し伸べる深雪。

 

「ええ、そうですね。もちろん私も貴女に負ける気はありませんのでお互いに(八幡さんの事と試合)全力を尽くして戦いましょう」

 

その返答に闘争心が燃え上がる愛梨。

 

(流石には動じないわよね…。私は貴女を試合で圧倒し八幡様の心を射止めて見せる!それでこそ私が倒すべき好敵手よ!)

 

深雪の差し伸べた手を握り返す愛梨。

若干握る手が強まったのは気のせいではないだろう。

 

「いい戦いをしましょう!」

 

「ええ」

 

互いに薄い微笑を称えているが何故だろう俺の背筋が寒気を覚えるのは…

 

「それでは司波さん、私達は食事へ…」

 

「ええではまた」

 

「八幡様…ではまた」

 

深雪へは薄い微笑だったが俺には満面の笑みで俺に挨拶を交わして夕食会場へと三校のメンバー共に向かっていった、四十九院がこっちをみてにやにやしていたのが気になったが。

 

「八幡さん?お話いたしましょう?」

 

俺はそんなことを気にする間もなく深雪達からのお説教を受けることになった。

 

同時刻、横浜中華街。

 

とある中華料理店の一室で男達が会談をしていた。

 

「新人戦は第三高校が優位ではなかったのか?」

 

ここでの会話は日本語ではなく英語で行われている。

 

「せっかく渡辺選手を棄権に追い込んだのに、結局このままでは第一高校が優勝してしまうぞ」

 

明らかに日本人ではなく外国人だ。

 

「本命が優勝したのでは我々胴元の一人負けだぞ」

 

「今回のカジノは大口の客を集めたからな…。支払いの配当は決して安くはない。今期のビジネスで大きな穴を空ける事になるだろう。そうなれば…」

 

男達が深刻そうに顔を見合わせる。

 

「…ここにいる全員が本部の粛清対象になるだろう。下手をすればボスが直々に手を下してくるかも知れない」

 

重い沈黙が続く。

 

「死ぬだけならまだ良いが…」

 

ぼそりと一人の男が呟いた言葉に全員が恐怖した。

 

 

九校戦六日目の新人戦三日目。

 

今日は男女の開始タイミングが逆になる。

先に女子ピラーズを行い男子が後で競技を行うのだ。

 

男子の第一試合は俺から始まるので雫達の試合を見られないのは残念だが、終わり次第すぐさま向かおうと決意した。

 

俺の今日やるべき仕事は雫のCADの調整とバイタルチェックを行って、俺は俺で試合を行わなければならないので今日もやることが一杯である。

 

うーん働くのってたのし!くはあるわけねぇよ…?

やだ八幡社畜街道まっしぐらだわ。

 

嘆いていても仕方がないので着替え朝食を取ったのちピラーズの控え室に向かうとしよう。

深雪達からお説教を受けたせいで未だに足が痛いのだ。

正座させられたからな。

 

今日も穏やかに1日が過ぎるかと思ったがそんなことはなかったです。

 

ピラーズ・ブレイクの会場へ達也と俺は向かっていたが、控え室の前に二人の男子高校生が立っていた。

 

一人はイケメンでもう一人もイケメン…なんだ?俺への当て付けなのだろうか?そうに違いないほぼそうだ(過激派)。一人の方は達也と俺と身長は殆ど変わらないがルックスは向こうが上だった。

もう一人はというと身長は低いが此方も整った顔立ちで貧相な体つきはしていなかった。

 

向こうも此方に気が付いたのか俺たちの方へ歩いてきた。

街とかで歩いてくるときに向こう側から人が歩いてくるのって緊張感を覚えるのは俺だけだろうか…。

 

「第三高校一年、一条将輝だ」

 

俺たちと身長の変わらない男子生徒が口を開いた。

初対面の人間を相手にするには横柄な態度だなと思ったがこういうやつは皆から持ち上げられ…というか素質のある人間なんだろうなと思った。

リーダーシップを取る、リーダーとして振る舞うことが嫌みにならないのも自然な奴だなと、そしてその情熱に溢れた瞳は俺を敵視していた。

 

「同じく第三高校一年の吉祥寺真紅郎です」

 

小柄な方は丁寧な口調だが挑発的な眼差しで俺と達也を見て古風な名前を名乗った。

古畑○三郎みたいな名前してんなお前…

 

名乗られたからには名乗るのが礼儀だが俺は正直面倒くさいと思った。

しかし達也が反応する。

 

「第一高校一年、司波達也だ」

 

「第一高校一年、七草八幡だ。で?何の用だ?一条の「プリンス」もそっちの「カーディナル」も試合前で暇じゃないだろ?」

 

悪意はない。

しかし此方に好意的ではないのは丸分かりであえて言うなら剥き出しの闘争を此方にぶつけてきてるのが分かったため、尚更俺の心はうんざりしていた。

絡まないで欲しいので俺は敢えて間違った二つ名で呼び、突き放すため刺々しい口調をぶつけたのだが…

 

「せめて「クリムゾン」はつけてくれよ七草。んん…俺だけじゃなくてジョージの事まで知っているとは話が早いな」

 

自分で言うのは流石に恥ずかしいのかばつの悪い表情をしていたがそんなもん知らん。

そんな二つ名をつけられるのが悪いんだ。材木屋じゃあるまいし…

 

「しば・たつや…聞いたことの無い名前です。ですがもう忘れることはありません、恐らく司波君と『万能の黒魔法師(エレメンタル・ブラック)』と呼ばれる七草君は九校戦始まって以来の天才技術者だと思います。試合前に失礼かと思いましたが僕たちは君たちの顔を見に来ました」

 

「お前もそのあだ名で呼ぶのか…」

 

俺がそのあだ名にうんざりしているところを無視し達也が反応する。

 

「若干十三歳にして基本コードのひとつを発見した天才少年に『天才』と評されるとは恐縮だが…確かに非常識だな」

 

たまに思うんだが達也って言い方きついよな。

え?お前もだって?そんなまさか。

俺らが控え室の外で会話をしていたのを聞き付けたのか深雪と雫が顔を出して来た。

 

「お兄様?」

 

「八幡?」

 

深雪が顔を出した瞬間一条の顔つきが憧れの人物を見るような表情へと変わったので俺は「あ、こいつ一目惚れしたな」と感じたのを達也も思ったのか

 

「深雪、先に準備しておいで」

 

「雫も先に準備しといてくれ」

 

「分かりました」

 

「分かった」

 

一緒に顔を出した雫を無視するわけにはいかないので達也と同じ言葉を雫に掛けた。

深雪ははじめから一条が部屋の外になど居なかったかのように自然で完璧な無視で雫はというとガン無視を決め込んで敵意を現して控え室へ戻っていった。

 

そろそろ帰ってくんねぇかな…

終わらせるために俺が惚けている一条へ声を掛ける。

 

「『プリンス』さんよ。そっちもそろそろ試合じゃねーのか?いいのかよ、ここで油売ってて」

 

俺のイヤミ全開の発言に苦笑している一条の姿をとらえた。

しかし直ぐ様気を取り直し此方を見据える。

 

「ああ。俺もお前も時間がある訳じゃないが俺がここに来たのは七草、お前に言っておこうかと思ってな」

 

「あ?」

 

「七草。同じ十師族として『決勝戦』で会おう」

 

一条はその瞳に自分が勝利して見せるという確固たる意思を湛え此方を見ている。

雫のように『準決勝』で会おう、と言った言葉ではなく俺が必ず準決勝を勝ち抜き互いに最終戦で戦おうと言った発言だ。

俺はきっと無意識で人の悪い笑みを一条に向けて意趣返しの言葉を投げつける。

 

「…ああ。『決勝戦』で待ってるぜ一条」

 

そう俺が返すと俺の意図を汲み取ったのか挑戦的な笑みを浮かべていた。

…やっぱこいつイケメンでムカつくな。

 

俺と一条の会話が終了するのを見計らって吉祥寺が話しかけてくる。

 

「…僕たちは明日モノリスコードに出場します」

 

「なんだ?もう明日の試合の話か?気が急いてるんだな吉祥寺。今日のピラーズはお前のところの一条が勝つとでも言いたげだな?」

 

普通の返答をしたと思ったが威圧感があったらしく吉祥寺が言葉に詰まっていたが知らん。

 

確かに吉祥寺は男子新人戦スピードシューティングで優勝し、一条は十師族で今回の大会優勝候補筆頭だ。

吉祥寺が突然モノリスの事を話してきたがモノリスにエントリーしてくるのは当然と言えば当然だった。

こちらはメンバーの中に森崎が居るんだよなぁ…かわってくんねぇかな、達也とあともう一人は…レオか幹比古だな。うんそれが良い。

 

「ええ、ピラーズは将輝が勝つと信じていますからね。だからですよ」

 

吉祥寺は自信満々に信頼して一条が勝利すると相手校の俺と達也の前で喧嘩上等と言わんばわかりの宣言をしたのだ。

 

「君はどうなんでしょうか?」

 

そういって吉祥寺は達也を見てその言葉を掛けた。

その言葉には様々な意味を込められていたが、達也はそろそろ時間が惜しいと思い簡潔に述べた。

 

「俺も八幡が勝つと信じてる。それと俺はモノリスには出場しない」

 

「そうですか…。僕らの『一条』と君達の『七草』どちらが勝利するか楽しみです。出来れば選手の君とも勝負してみたかったですが…まぁ、無論両方の試合で勝つのは僕たちですが」

 

明らかな喧嘩を吹っ掛けてきているので八幡は吹き出しそうになっていたが達也はこの二人が喧嘩を吹っ掛けてきているのを思い出し内心苦笑していた。

 

「時間を取らせたな司波、七草。次の機会に」

 

そう告げて一条と吉祥寺は八幡と達也の横を通りすぎていった。

 

 

「お兄様、結局彼らは何をしにいらっしゃったのでしょうか?」

 

「八幡。彼らは何しに来てたの?」

 

「わりぃ、着替えるから詳細は達也に聞いてくれ」

 

ノックして控え室に入り俺は急いで更衣室でピラーズの衣装へ着替える。

あいつらが話しかけてくるもんだから着替えの時間無くなりそうなんだが?あ、一条は制服で出るからそのままで良いのか…うーんギルティ。あいつは決勝で必ず仕留める。

俺はそそくさと更衣室へ向かった。

 

その間に着替えが終わった深雪と雫がいて達也へ質問してきた。

 

「偵察…と意思表明かな。八幡にだが…。あまり意味はないと思うが」

 

達也は先程のやり取りを当たり障りの無い言葉を選んだ。

試合前に余計な情報をいれたくなかった達也だったが達也の返答に深雪と雫は顔を見合わせてクスッと意味ありげな笑みを浮かべた。

 

「宣戦布告だと思いますよお兄様」

 

「うん。八幡だけじゃなく達也さんにもだと思うけど」

 

妹と雫が何を言いたいのかさっぱり分からず頭に疑問符を浮かばざるを得なかった。

 

「信じていらっしゃいませんね?」

 

深雪の拗ねた眼差しを向けられても納得が出来ない。

 

「いや、だってな…八幡ならまだしも俺は選手ですらないし彼らはこの九校戦という枠を越えて既に魔法師の世界で評価され確立している。あの二人が敵視するとは思えないんだが」

 

その言葉に深雪と雫が深くため息を付いていた。

 

「…お兄様?どれだけ他校の生徒がお兄様の技術と戦術に対抗意識を燃やしておられるのかもう少し客観的にとらえるのがよろしいかと?」

 

「深雪の言う通り達也さんはくどいぐらいの自信を持ったほうが良いよ?達也さんは八幡と同じく注目され意識されているのを認識したほうがいいよ」

 

二人から呆れるような諫言が飛んできたが当の本人である達也は未だに納得できていない。

 

「しかしだな…仮にだ、八幡と同じく技術で実績を出していたとしても俺は八幡のように試合にでているわけでもないし…」

 

その発言に深雪と雫が待ったを掛けるように達也にこの場に八幡がいたら悶絶するであろう言葉を聞いて達也は目を白黒させていた。

 

「はぁ…お兄様の謙虚さも度を過ぎてしまえば嫌みに聞こえてしまいますよ?…八幡さんには言うな、と釘を刺されていましたが仕方がありません。

八幡さんは「達也ほど魔法の知識と実力を兼ね備えている奴を知らない」とお兄様の実力を認めていらっしゃるんですよ?」

 

「うん。八幡が達也さんこと「唯一信頼できる親友」って言ってたのを聞いたから間違いないと思う。それに達也さん八幡は『七草』の人でしょ?つまりは十師族に認められてることだと思うな」

 

八幡が達也に対しそんなことを思っているとは露知らず親友である人物に対し少しむず痒くなったと同時になんとも言えないしかし決して悪い気分ではなかった達也であった。

 

 

着替えが終わり更衣室から出ると深雪達が此方を笑みで見て達也はというと此方をなんとも言えない表情で見ていた。

なんだよ…この衣装が似合わねぇのは知ってるよ…

何かを話しているのは聞こえたが内容はよく分からなかったがまぁいいか。

 

「最終調整をしちゃおうぜ達也」

 

「ああ」

 

「ええ」

 

「うん」

 

達也が頷き深雪と雫の方に視線を向けると二人も頷いた。

俺は男子ピラーズのために自身と女子ピラーズに出る雫の調整を、達也は深雪の為に調整を開始した。

 

◆ ◆ ◆

 

深雪が猛烈な氷炎を操り三度相手の陣地を蹂躙しその神秘的な見た目で観客を魅了し、雫が二つの魔法を使用して相手選手の戦意を削ぎながら戦い、英美が普段の生活で意図せず抑えていた力を発揮し想像するのは常に最強の自分の姿で三校選手を突破して女子新人戦ピラーズ・ブレイクは一位から三位まで総なめにしていた。

 

その一方で男子ピラーズ・ブレイクの方はというと…

 

『女子新人戦ピラーズ・ブレイクは九校戦史上類を見ないハイレベルな試合内容でした!

なんと、一位から三位までの出場校が全て第一高校というとてつもない結果となってしまいました!

この結果を誰が予想できたでしょう!しかし、此方も目を離すと後悔すること間違いなしの一戦!

対戦カードはこちら!』

 

そういって巨大モニターに映る二名の男子生徒の表情写真。

 

『今大会の優勝筆頭候補第三高校一年『一条将輝』選手!得意魔法『爆裂』で相手選手の氷柱を砕いてきた別名『クリムゾン・プリンス』!その圧倒的な魔法力で今大会1本も一条選手の氷柱は砕かれておりません!今度の一戦でもパーフェクトゲームなるか!?』

 

アナウンサーの煽りに会場が熱気に包まれる。

 

一方会議室では真由美達が八幡の決勝戦の様子を見ていた。

 

「すごい歓声ですわね…」

 

「泉美当然でしょ。兄ちゃんと一条の息子の試合だよ?盛り上がらないほうがおかしいって」

 

「まぁ、どれだけ一条さんが強かろうがお兄様の勝利は揺るぎ無いですわね。ね、お姉さま」

 

「うーん。いくら八くんが強くても一条家の《秘技》とこの競技はすこぶる相性がいいからね…苦戦は間逃れないかもしれないわよ?」

 

「それは何でなの真由美お姉ちゃん?」

 

小町が真由美に質問をすると回答してくれた。

 

「八くんの《アブソリュート・ゼロ》は対象物の熱量を奪い取って、つまりマイナスエネルギー、冷気に変換して其をプラスエネルギー、つまり熱量へ変換して対象物へ投射する魔法なのだけれど、負を正へ変換するのは非常に難しくて今までの相手だと八くんから見たら相手の魔法の展開速度がかなり遅いのも相まって通用していたけど相手はうちと同じく十師族の家の子よ。小手先の技術では倒せない、倒されちゃいけないのよ」

 

「そっか……でもお兄ちゃんはしっかりと『奥の手』用意してると思うよ?だってお兄ちゃんだし」

 

真由美から説明されて本来であれば不安になるかと思いきや、あっけらかんとした小町に一瞬毒気抜かれる真由美達だったが笑いが溢れた。

 

「そうですわね。小町の言うとおりお兄様ですもの。切り札は切っても『奥の手』は隠しておりますわ」

 

「兄ちゃんが素直に自分の手の内を明かすとは思えないもんね」

 

「小町ちゃんの言う通り、八くんの事だからとんでもない秘策を持ってるかもね」

 

姉妹達の会話が続くなかアナウンスが八幡の事を説明し始める。

 

『そして今大会で初めてにして圧倒的な存在感と実力を発揮した今大会のダークホース!第一高校一年『七草八幡』選手!まさかの一回戦目と二回戦目の魔法を切り替えて使用し我々の度肝を抜いたその魔法力とCADの調整技術については右に出るものはいないのか!?今大会で付いた二つ名『エレメンタル・ブラック』の名に恥じない実力です!一条選手と同じく相手選手からの魔法で氷柱が1本も崩されておりません!』

 

「お姉さまと同じく二つ名付きましたわねお兄様…」

 

「兄ちゃんの二つ名もお姉ちゃんみたいでめちゃくちゃかっこいいよね!『万能の黒魔法師(エレメンタル・ブラック)』って兄ちゃんにぴったし…ってお姉ちゃんどうしたの?」

 

「ううん?なんでもないわ香澄ちゃん(香澄ちゃんはそういうの好きな子だったのね…)」

 

(お兄ちゃん材木屋さんの事思い出してるんだろうな…)

 

「あ、お兄様が出てきましたよ!」

 

『両者入場です!』

 

地面から櫓が競り上がり選手の存在を確認した観客席は各自応援している選手の名前を呼ぶ。

割合でみると一条の方が多いかもしれないが七草と呼ぶ声も非常に多い。

 

黒と赤。

 

八幡と将輝。

 

『七草』と『一条』

 

両者が互いの存在を確認しホルスターから互いの拳銃型のCADを引き抜く。

お互いの手に獲物が握られ観客席が静まり返る。

また別の場所で烈が大会関係者席にてその一戦を興味深そうに見ていた。

 

「ほう…やはり八幡くんが一条の倅と戦うか。

私の《パレード》を見抜いたときは驚いたがその実力はたまたまではなかったようだな。

先の試合で見せた《アブソリュート・ゼロ》も目を見張るものがある。

しかし八幡君は不思議な少年だ…血が繋がっていないはずであるが弘一のような策を巡らせるのが得意であり彼が纏う気配…まるで四葉の人間のようだ…しかし彼は『八幡家』の血筋…

この試合『一条』と『七草』のある種の代理戦争のようなものだ…どちらに転んでも事が動くだろう…

ふっ…一度八幡君とは茶でも飲んで話してみたいのう」

 

八幡は七草の養子で血は繋がっていないがその実力は『万能』呼ばれる七草家に負けず劣らずの実力を示してしまっている。

 

その実力は義姉である真由美すら越えているかもしれない。

弘一の周りの人間が次期七草当主据えることを考えることに納得できる判断材料になるだろう。

この一戦で弘一が望む結果になるやもしれんな…と烈は思った。

 

会場にいる八幡と将輝の姿を見据える烈は興味津々と言った様子であった。

 

アナウンスが入る。

 

『第一高校七草八幡選手 対 第三高校一条将輝選手 男子新人戦アイス・ピラーズ・ブレイク最終戦の火蓋が気って落とされました!』

 

フィールドの両サイドのポールが赤く点灯し両者共に微動だにしない。

ライトが黄色に変わり開始を告げる青へ変わった瞬間両者のCADが持つ手が同時に相手陣地の氷柱へ向けられる。

 

瞬間

 

凄まじい衝撃が会場内を襲う。

 

発動タイミングは八幡のほうが早かった。

 

一条が悪態をつく。

 

(くっ…ジョージが解析した通り早すぎる!七草…なんてやつだ!)

 

八幡は一条の速度に感心していた。

 

(やっぱり今までのやつとは違うな一条…。これは『もう一丁』必要か?)

 

将輝が一条家の秘技である《爆裂》を使用し八幡の陣地にある氷柱内部の水分を狙い気化させ爆発させ倒壊させようとする。八幡も《アブソリュート・ゼロ》を発動させ氷柱の温度を奪い去るが、それでも水分全てと完全には出来ず、八幡側の氷柱にヒビが入っていた。

逆に一条の陣地の氷柱は八幡の《アブソリュート・ゼロ》によって逆に補強される形になり1本もヒビが入っておらず八幡が奪いさった冷気を熱に変換するたったホンの数秒で決着が付いてしまいそうだった。

 

『開始と同時に両者が得意とする魔法の応酬です!

発動タイミングほぼ一緒だったが七草選手のほうが一歩早い!しかし一条選手の『爆裂』が八幡選手の陣地の氷柱にヒビが入ってしまっている!』

 

急かすようなアナウンスに観客席がざわつく。

本来であれば選手は動揺したり焦ったりするものだが八幡は微動だ似せずただ《アブソリュート・ゼロ》の熱変換をサングラスを掛けた瞳で見据え待っている。

 

微動だにしない八幡を見た将輝は確信して勝負を仕掛けた。

 

(この勝負…もらった!)

 

『爆裂』の出力が上がり更に八幡の氷柱のヒビが広がる。

 

が、しかし。

 

(さて…そろそろいいか)

 

八幡が熱変換を終えた八幡の魔法《アブソリュート・ゼロ》の火球が将輝の陣地の氷柱へ殺到し蒸発させたが1本が辛うじて残ってしまった。

 

(ちっ…干渉して逸れたか…)

 

しかし既に八幡の氷柱も何本か粉砕されており残す本数は1本。

将輝は既に別の氷柱へ対象を変えており八幡の残り1本を粉砕するために《爆裂》を行使する。

八幡も一条の陣地に残る最後の氷柱を焼き払うため《アブソリュート・ゼロ》の火球が襲う。

 

その光景に観客席と会議室の一部が息を飲んだ。

 

両者最後の1本が砕かれる…となった時。

 

八幡はもう片方の手で素早くホルスターからもう一丁の《CAD》を引き抜き自陣の氷柱へ魔法を発動させた。

互いの魔法が炸裂し会場が煙で覆われる。

 

『お互いの魔法が炸裂し会場は深い煙に覆い隠されてしまいました!果たして結果は!?

おおっと!霧が晴れてきました…』

 

先に霧が晴れ始めたのは将輝の方で根本が残った最後の氷柱が姿が表した。

 

(俺の勝ちだ…七草)

 

勝利を確信し構えていたCADを下ろす。

対して八幡は構えを解いていなかった『二丁』のCADを構えたままで互いの陣地の霧が同時に晴れる。

 

そこに残っていた氷柱の状態に将輝と観客席は驚愕の表情を浮かべていた。

 

八幡の陣地にある氷柱が

 

『設置されたままの綺麗な状態で1本』たっていたのだから。

 

「なっ…!?」

 

勝利を確信し構えていたCADを下ろしていた将輝に八幡の魔法を止める術はなかった。

 

(油断大敵だぞ一条。相手が『奥の手』を切っていないのなら気を抜くべきじゃないな?)

 

「終わりだ」

 

根本だけになっている将輝の氷柱を先程引き抜いたCADで《詠唱破棄》で発動させた《重力爆散》で粉々に打ち砕いた。

 

終了のブザーが鳴り響く。

 

『試合終了!なんと言うハイレベルな試合…本当に高校生同士の試合だったのでしょうか!?男子新人戦アイス・ピラーズ・ブレイク決勝戦の勝者は第一高校七草八幡選手の勝利です!』

 

アナウンサーが勝利者の名前を告げると観客席から大歓声が上がった。

 

八幡は引き抜いた二丁のCADをホルスターへ差し込むと右手を軽くあげると歓声が更に大きくなった。

 

 

「奥の手は最後までってね…」

 

隠していた(ちゃんと運営には通してある)CADのストレージに格納されていたのは対三高の生徒用の魔法でたぶん俺にしか使えない防護魔法だ。

 

無系統防護魔法『解体反応装甲(グラム・リアクションアーマー)』。

俺の莫大なサイオンを対象物を指定して術式解体の鎧を纏わせる防護魔法で平たく言えば戦車に装備されていたりする相手の攻撃を爆発させることで威力を相殺させる炸裂装甲(リアクティブ・アーマー)のような物だ。

めちゃくちゃ便利かと思うがそうではなくこの魔法自体燃費が凄まじく悪い。

凡そ《グラムデモリッション》数十発分に相当し、発動させるタイミングを誤るとただサイオンの無駄遣いになるという汎用もへったくれもない魔法なのだ。

一種の《キャスト・ジャミング》に該当するだろう…が先述した通り化け物じみたサイオン量がなければ発動することすら出来ない。

 

(まぁ、うまくいって良かったわ)

 

櫓がおりて表彰台へ向かうと一条がこちらに向かって歩いてくる。

 

「流石だな七草。氷柱に仕掛けた魔法は一体なんだったんだ?」

 

「企業秘密だ」

 

俺がそっけなく答えると一条は残念そうな顔をしたが教えてやる義理はない。

 

「モノリスでは勝たせてもらう」

 

「勝つのは俺だ」

 

そういって言葉を切り表彰台に登らされ俺が男子ピラーズで一位を取り終了した。

 

◆ ◆ ◆

 

午前の試合が終了し、第一高校の天幕はお祭り騒ぎとなっていた。

 

女子新人戦ピラーズ・ブレイクは一位から三位まで第一高校が独占、先に試合が終了した男子新人戦ピラーズ・ブレイクも八幡が大会優勝筆頭候補の「一条」を破り優勝した為だ。

 

そんな中、女子ピラーズ・ブレイクの三選手である深雪・雫・英美と調整担当である達也と試合が先程終わった俺が本部ではなくホテルのミーティングルームへと招集されていた。

 

「八幡さん優勝おめでとうございます!」

 

「八幡ならきっと一条の御曹司を倒せるって信じてた」

 

「流石だな八幡。お前なら一条に勝利するって思っていたぞ」

 

俺の姿を見かけるなり称賛の声を掛ける深雪達が駆け寄ってきた。

深雪と雫は俺に抱きつかんばかりに接近してきたので手で制して止まってもらった。

距離感バグってるからな、君たち?

 

「こらこら深雪さん達?八くんの健闘を称えるのはいいけどいちゃいちゃしないでね?時間に余裕がある訳じゃないから手短に用件を言わせてもらうわね」

 

呼び出したのは姉さんだった。ホテルのミーティングルームにはただ一人。

抱きつきそうな勢いの深雪達を強めの言葉で牽制していた。

不満そうな深雪達と姉さんの間で火花が散っているような幻覚が見えたが気のせいだろう。

 

「今大会で決勝リーグを独占するのは当校始まって以来の快挙です。司波さん、北山さん、明智さん本当に良くやってくれました」

 

三者三様の動作がみられたが三人はお辞儀をして姉さんの賛辞に答えていた。

 

「大会委員会から当校へ提案がありました。決勝リーグの順位に関わらず付与されるポイントは同じになりますから決勝を行わず、三人を同率優勝にしてはどうか、と」

 

三人が顔を見合わせて、達也は皮肉げに口を歪ませ俺は「そう来たか…」と呟いた。

建前では同時優勝させたいようだが本音は大会運営本部が楽をしたいのが丸見えだからだ。

 

「あの…」

 

先程の試合でサイオンが枯渇し病人の様になっている雫に支えられている英美が手を挙げて姉さんに話しかける。

 

「私は言われる前から…棄権しようかと思ってました…」

 

「それはそうよね。じゃあみんなも提案を受け入れるってことで…」

 

「待ってください!」

 

姉さんが「いいわよね?」と言い掛けたところに待ったが入った。

 

「雫?」

 

「北山さん?」

 

待ったを掛けたのは雫だった。

 

「私は…」

 

口を開いた雫から明確なる意思表示がなされた。

 

「深雪と戦いたいと思います」

 

強い意思が込められた瞳で真由美をみて、隣にいた俺の瞳をまっすぐに見返した。

 

「深雪と本気で戦うことが出来る機会なんてこの先何回あるか…、私はこのチャンスを逃したくないです」

 

「北山さんはそう言っているけど深雪さんはどう?」

 

問いかけられた質問に深雪は一瞬考える素振りを見せてたが答えは決まっていたようだった。

 

「雫が私と戦いたいと思ってくれているなら私はそれを断る理由はありません」

 

深雪の発言にほっとする雫。

 

「分かりました。では明智さんは棄権するとして、司波さんと北山さんで決勝戦を行うことになると大会運営にそう報告しておきます。試合は午後イチで行われることになりますので今から準備を進めておいたほうがいいですね」

 

姉さんの言葉に反応して一礼をしたのは達也でそれに続いて深雪と雫、あわてて英美がミーティングルームから退出する。

残ったのは俺と姉さんだけになった。

 

「やっぱり深雪さんの事だから北山さんの提案を受け入れるわよね…」

 

「そりゃ、深雪も雫も負けず嫌いだからな…そうなるって。しっかし女子が総なめで独占するって…今年の一年おかしいんじゃないか?」

 

「それを言ったら八くんもでしょ?あ、そうだ…」

 

とことこと近づきそう言い俺に笑顔を見せた。

 

「八くん優勝おめでとう!…お姉ちゃんは八くんが勝つのを信じていたからね」

 

嬉しそうな表情で俺の大会の結果を誉める姉さんの笑顔にチョッとドキッとした俺は少し視線をそらす。

 

「まぁ…姉さんや泉美や香澄に小町も見てくれてたりするからな、それに父さんも見てるだろうし、無様を見せられなかったし」

 

姉さんの「素直じゃないんだから…」という呟きが聞こえたが知らん振りをした。

姉さんが思い出したかのように俺に話しかける。

 

「それよか八くん大丈夫?試合が終わってすぐに雫さん達の調整あるけど大丈夫?」

 

「まぁ…ぶっちゃけると同率優勝してくれたほうが俺的には楽だったんだが…雫が深雪と戦いたがってるんだから止める権利は俺には無いわ。

俺は選手だけど調整技師だからな。雫が全力を出せるようにするだけだし。それに…」

 

「それに?」

 

姉さんが首をかしげた。

 

「実質俺と達也のCADの調整技術を競い会う決勝戦になるだろうし、俺は楽しみなんだよな…俺と達也の調整がどちらが上なのかって」

 

「八くんってそう言うところ男の子よねぇ~、もちろんお姉ちゃんは八くんと北山さんが勝つって信じているからね!」

 

女子のピラーズは結果的に深雪と雫の決勝…ではあるが裏では俺と達也、《ファントム》対《シルバー》の戦いが行われようとしていた。

 

「さぁて…俺も準備するとしますか…」

 

「頑張ってね」

 

姉さんに背を向けてミーティングルームから雫のいる控え室へ向かう。

俺は無意識に口元を釣り上げ凶悪な笑みを見せていた。

 

「さぁ、達也。《ファントム》と《シルバー》の戦いを始めようぜ…」

 

その独白を聞き取れるものはいなかった。

 

 




原作を見ると新人戦の男子勢弱くないっすかね…?
それと原作を見るとこの段階でほのかの波乗りが終わっている気がする…。
ほのかの活躍書いたほうがいいかな?

おや?会場の様子を見ていた老師が意味深な発言を…?

女子のピラーズは実質八幡対達也《ファントム》対《トーラスシルバー》の形になっちゃうよね?
三校は泣いてよいと思う。


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七草八幡(ファントム)VS司波達也(トーラス・シルバー)

活動報告にて『ヒロイン候補』の案を募集してたのですが「俺ガイル」からも参加させたほうが良いですかね?
意外と希望案で出ていたので…。

コメント評価ありがとうございます。
誤字脱字報告もならびにありがとうございます。

今回はタイトル詐欺かもしれませんね…申し訳ない。

ガバな魔法理論が展開されますご注意を。

それでは最新話どうぞ!


観客席は超満員であった。

女子新人戦アイス・ピラーズ・ブレイク決勝リーグは決勝戦へ変えられ男子決勝戦と同じく一般客席も関係者席も人で埋め尽くされていた。

女子新人戦ピラーズ・ブレイク決勝戦は異例の第一高校の選手のみで執り行われることになった。

 

「司波深雪」対「北山雫」の対戦カードで観客は大いに盛り上がった。

 

関係者用の席には互いの担当選手の調整を終えた俺と達也の姿がその左右に、達也の隣に渡辺先輩が座り俺の隣には姉さんが座っていた。

互いに雫に付くことなく深雪に付くことなく俺は雫に、達也は深雪へ伝えていた。

 

「良いのかい達也くん?深雪くんのそばに付いていたかったんじゃないか?」

 

人の悪い笑みを浮かべて渡辺先輩が達也に問いかけていた。

 

「ええ」

 

「ずいぶんあっさり認めるんだな…」

 

弄りがいがないと言わんばかりの反応だったが達也は普段通りの対応をしていた。

 

「実の妹の決勝戦をそばで見たいのは普通の反応では?」

 

「君は素面でよくそんなことが言えるな…?」

 

「?」

 

よくも恥ずかしげなくも…と渡辺先輩は思ってそうだな。

確かに俺も妹の試合ならば迷うことなくそんなことを言ってしまいそうだ。

 

一方で俺と姉さんも会話をしていた。

 

「八くんも北山さんについていなくて良いの?」

 

「んあ?ああ…逆に俺たちがいると邪魔になるしな。それに雫にさっき言われたんだよ。「八幡は私たちの試合を良いポイントで見ていて」って言われたからな…。ここでもバイタルチェックはできる」

 

会場の選手入り口を見据える八幡とは別に達也は八幡を見て今までの実績と自分の予想を照らし合わせ思案していた。

 

(俺と同じく魔法理論に優れCADの調整に関してもプロ以上の実力を誇っている…。

一度雫の調整したCADを見せてもらったが、アレは今春、企業展示会にあった『ナハト・ロータス』の最新機種として展示されていた物の調整と八幡の調整したものが一致していた…。

これから導き出される答えは…お前があの魔工師『ファントム』だとしたら…)

 

達也は親友ではあるが技術者としてその実力を垣間見た八幡と競い合いたいと心の中で思ってしまっていた。

 

表では深雪へ雫が挑戦する戦いが。

しかしその裏の戦いは第一高校の技術スタッフで一端の高校生ではあるが真の姿である魔工師『七草八幡(ファントム)』対『司波達也(トーラス・シルバー)』の戦いでもあった。

 

 

二人の選手がステージに上がると同時、客席は水を打ったような静けさを得た。

 

フィールドを挟んで対峙する二人の少女。

白の単衣と緋色の袴を身に付ける深雪

水色の振り袖を身に付ける雫

 

互いに思うところがあった。

 

(まさか雫…調整なされている八幡さんと戦うことになるとは…。

ううん、深雪、躊躇えば雫と八幡さんに失礼だわ。

そして調整なさってくださったお兄様の顔に泥を塗る事になってしまうわ。全力でいかせてもらうわ雫!)

 

(八幡も試合後でくたくたなのに深雪と戦いたい私の気持ちを汲んで最高の仕上がりにしてくれた、CADを用意してくれた…ただそれだけでは深雪には勝てないのは知ってる…だから八幡に無理を言って『切り札』まで用意してもらった…この勝負八幡のためにも勝って見せる!)

 

互いに準決勝までとは見た目が変わっていた。

深雪は髪を縛っておらず雫も襷を掛けていない。

 

場を支配するような静寂さが二人の少女から醸し出されていた。

フィールドのライトが赤く点灯し互いの目が薄く開かれる。ランプが黄色に変わり戦端を開く合図が青へと変わると同時に魔法が展開された。

 

深雪が発動させた魔法の熱波が雫の陣地の氷柱を襲う。

しかし雫の氷柱は持ちこたえていた。

フィールド全体を覆う《インフェルノ》の熱波を温度改変を阻止する『情報強化』で退けていた。

 

深雪の陣地を地鳴りが襲う。

共振を呼ぶ前に掻き消されて無効になる。

エリア全体を作用する振動が魔法の干渉によって打ち消さされているのだ。

 

両者は互いの魔法を打ち消し会いながら互いの陣地の氷柱に手を伸ばす。その姿はまるで達人同士のいなし合いを見ているような攻防を見せていたー。

 

だが、

 

(届いていない…!流石は、深雪!)

 

(私の『インフェルノ』が防がれている…?状況的には此方が有利だけれど…)

 

(やっぱり干渉力では深雪に軍配が上がるよなぁ…これは早速「切り札」切らなきゃならんか?いや…まだだな)

 

(一見均衡しているような見た目だが深雪が押している…八幡と雫がこれだけしか策を用意していないとは思えない…何を隠しているんだ…?)

 

試合の当人同士と調整した担当技師達はこの状況を冷静に客観的に判断していた。

 

雫の「共振破壊」は深雪によって完全に防がれている。

それに対して深雪の熱波は雫の陣地を完全に覆ってしまっている。

対抗魔法「情報強化」は魔法の情報改変を阻止するもの。

物理的なエネルギーに改変された魔法の影響は阻止することは出来ない。

魔法による氷柱自体の加熱は阻止することは出来ても、加熱された空気により氷柱が溶け出すのは時間の問題だった。それを防ぐことが出来るのは物理的にもエネルギーを吸収し変換できる《アブソリュート・ゼロ》ぐらいだろうか…。

しかしあの魔法は四種八系統を使いこなすことが出来る俺だけが使用できる魔法だ。

 

俺は雫には「切り札」を渡していた。

だがそれを切るにはいささか早すぎる。

 

(だったら!)

 

雫はCADが嵌められた左腕を右の袖口に突っ込んだ。

袖口から引き抜かれた手に握られていたのは拳銃形態の特化型CAD…しかしその形はオートマチックの拳銃タイプではあるが市販のものよりもやや大きいタイプの物だった。

 

それは八幡が雫に持たせた『切り札』…ではなく策の一つだ。

 

八幡が雫に持たせたCADは市販されていない特注品の大型拳銃タイプのCAD『サーペンテイン』。

形状的に旧世代に存在したリボルバー型拳銃「コルトパイソン」のシルバーカラーに酷似していた。

雫用に調整しショートバレルタイプへ変更している。

 

銃口を最前列の氷柱へ向けて雫は引き金を引いた。

その光景を見た深雪の表情は驚きに染まっていた。

 

(二つのCADの同時操作!?雫、貴方まさか其を会得…!いや八幡さんからね!)

 

雫の手に拳銃型CADを構えるのを見て深雪の心を動揺させた。

 

達也の得意技とも言える同時に複数のCADを同時に操ることが出来る非常に難易度の高いテクニックで、他に使える人間は深雪が知りうるなかでは八幡だけだ。

 

(八幡から教えられたこの策で使いこなして見せる!)

 

雫は決意しCADの引き金を引いて八幡との練習で習得した深雪への対抗策を発動させた。

 

 

遡る事九校戦15日前…

 

雫と八幡は学校のプールにて九校戦で行われる『アイス・ピラーズ・ブレイク』で使用される氷柱と同じものを用意し測定を行っていた。

 

「八幡、測定お願い」

 

「あいよ…ほい」

 

八幡は雫の氷柱へ「大会に出る選手が使用すると予想した同等」の情報強化を掛けた状態で雫の魔法を迎え撃つ体勢をとったがあっけなく崩れ去った。

 

「調子いいんじゃないか?…ってどうした」

 

その状態を確認したので雫へ声を掛ける。

しかし雫の表情は晴れやかではなく首を振って否定した。

 

「これじゃダメだよ…このままで深雪に勝てるわけがない」

 

「あ?…どうしてだ?」

 

雫のその発言に俺は若干の興味を引かれた。

確かに雫の実力ならば決勝リーグに進めるだろう。

「共振破壊」という強力な魔法も持っている。

しかしそれは「並み以上又は格上の選手」が相手と言う条件になるが。

雫の理由を聞いてみることにした。

 

「深雪に勝とうだなんて身の程知らずな願いだって分かってるよ…でもせっかく真剣に深雪にぶつかる機会があるのなら同格かそれ以上の技を身に付けておきたいんだ」

 

(雫ってクールな見た目してるけど結構熱血な性格してるよな…。そんなことを考えていたとは)

 

八幡はふと深雪の実の兄である達也の事を思い出した。

達也は深雪の担当になっておりもちろんピラーズの担当になっている。

測定基準が合わなくて二科になってしまったがその実力は計り知れなく入学してからの様子を見るに魔法の知識や戦闘技能、CADに関しては八幡と同等かそれ以上の実力を誇るであろうとそう考えていた。

深雪に関しては魔法技能、知識は十師族に匹敵する能力を秘めて…というか実は十師族なんじゃないかと疑っている八幡であったが今はどうでもよかった。

八幡にしては珍しく他人に興味が湧き『七草八幡(ファントム)』と『司波達也(トーラス・シルバー)』の魔工師どちらの調整で選手のポテンシャルを引き出し勝たせることが出来るのか気になっていたのだ。

 

雫に便乗するようで悪いと思った八幡であったが良い機会だ、と思い乗らせて貰うことにした。

しかし、実際それだけではなく目の前で雫が深雪に掛ける想いを組んでやりたいという気持ちも強かった。

 

「…わーった。そんじゃ『深雪達に勝てる』策を考えるとすっか」

 

「……!」

 

俺が「協力する」と言った瞬間表情が出にくい雫の表情がパァっと明るくなった。

 

「んじゃまぁ…雫、先に自習室に行っててくれ。事務室へ『ある物』を取りに行ってくる」

 

「『ある物?』」

 

「まぁ、楽しみにしとけ」

 

「…うん。わかった」

 

場所は移り自習室へ到着する雫と遅れてやってきた八幡。

早速深雪達に対抗する策を提示したすると雫は驚いていた。

 

『フォノンメーザー!?』

 

「ああ。雫は『共振破壊』つまりは振動系統の魔法が得意だよな?」

 

「そうだけど…でもあれって軍の一部で使用されているけれどもA級魔法師でも難しい上級魔法なんじゃ…」

 

不安そうな心情を吐露するような雫であったがその心配は無用だと言わんばかりに八幡が説明する。

 

「雫の言う通り確かにA級魔法師でも再現が難しい魔法だが『フォノンメーザー』は超音波の振動数を上げて量子化させて熱線へと変化させる魔法だ。

つまりは振動系統の上位魔法でさっきも言ったが振動系が得意な雫なら習得は直ぐだよ」

 

そういって大きめのアタッシュケースを開けてブレスレット型の『フォノンメーザー』の魔法式が入っているCADを雫に手渡すと左手首につけた。

八幡が雫に状態を確認した。

 

「どうだ?違和感はあるか?」

 

「うん、多分大丈夫。

多分、八幡が組み立ててくれなかったら挑戦しようとも思わなかったしその機会を得られてよかった」

 

ターゲットの氷柱に左手をかざして『フォノンメーザー』を発動させる。

 

(標準…出力…セット、いける!)

 

魔法の起動式が走り超音波の振動数が上昇し量子化が完了し熱線へと変化、氷柱へと照射された。

氷柱が熱で融解し風穴が空く。

発動スピードも威力も問題なかったが…

 

「ほれ、タオル」

 

「ありがとう」

 

(一度で使いこなすとは流石は雫だが…)

 

『フォノンメーザー』を一度撃っただけでかなりの疲労感が出ててしまっていたのだ。

 

(この状態では試合に望める性能を引き出すことは出来ないな…だとすると『アレ』を持ってきていて正解だったな。ただ…調整するには雫に付き合って貰う必要があるが)

 

「雫」

 

「どうしたの?」

 

「これを使ってみないか?」

 

そういって八幡は持ってきていたアタッシュケースの隠しストレージから「ある物」を取りだし雫へ見せる。

 

「これって…特化型?」

 

「ああ」

 

(確かにこれなら最小限の消耗で大きな力が出せる…。けどさっきまで使っていた別の魔法が…)

 

手渡されたCADを構え再び『フォノンメーザー』を発動させる。

すると…

 

(えっ…?)

 

起動してから直ぐ様魔法が発動され、先程の光線よりも数倍太い『フォノンメーザー』が氷柱へ衝突すると大きな風穴が空いていた。

 

「全然違う…!」

 

「やっぱりか。疲労感はあるか?」

 

「ううん全然。これなら試合中に何発でも撃てちゃいそうだよ。でも実際にこの特化型は使用しないでしょ?」

 

「いや、使うつもりで雫に手渡したんだ」

 

「え、でも…」

 

八幡は雫が言いたいことは重々承知していた。

特化型は強力な分格納できる起動式が9つのみとなっており今回の大会で「共振破壊」や「情報強化」を使用するのに他の魔法の使用が制限されてしまう。

その点でみると汎用型は99の魔法式を格納できるが威力は特化型と見るとどうしても劣ってしまう。

それに相手はあの魔法力に優れた深雪と魔法理論とCADに精通した達也のペアであるので生半可な準備ではこちらが敗北するのは必至であることから八幡は雫も驚くような策を提示した。

 

「俺は雫に汎用と特化型の二つ持ちを勧めるよ」

 

「…っ!それは無茶だよ八幡。2個のCADを使えば魔法が干渉してまともに発動できなくなる」

 

当然雫は八幡の策に反論するがそんなことは折り込み済みだと言うように八幡の反論が始まる。

 

「いや、同時に使用するから魔法の混線が起こるのであって『順番』に使用すれば干渉は実はしないんだよ」

 

「え?」

 

思いがけない真実が八幡の口から飛び出し唖然とする雫に八幡は説明した。

 

「と、まぁ言葉で説明するのは至極簡単だが実際やってみようと思うとこれが難しくてな。

俺は俺自身の特殊なスキルがあるから同時並列使用しても混在せずに使用できるんだが…」

 

八幡は真面目な表情で雫を見つめる。

その真面目な表情と八幡の発言に雫の鼓動は速くなった。

 

「俺はいい加減なことは言うが真面目にやってる奴の気を削ぐふざけた事は言わない。

出来ないことをやれって言うのはストレスにしかならないし…それにこの策を雫に提示したのは雫なら出来ると俺が確信しているから勧めてんだよ」

 

「…///」

 

普段の気の抜けた八幡ではなく至極真面目で本当に雫の事を信じているからこそのその発言に八幡は意図をしてないが雫にとってはこれ以上ない背中を押してくれるコメントだった。

 

…本人は意図していないのだろうが。

 

(ずるいよ…八幡。ほのかが舞い上がっちゃうのもわかる…)

 

雫がボソりと呟いたのが八幡の耳に入ったのだろう。

 

「何か言ったか?」

 

「ううん、なんでも。やってみるよ八幡の事はどの誰よりも信頼してるから」

 

「お、おう…」

 

「ところで八幡。このCADって市販品なの…?オートマチックタイプのCADはみたことあるけどこのリボルバータイプって初めてみた」

 

「市販品じゃないぞ?俺お手製だが…」

 

(これがユーザーメイドのCAD…?完成度が高すぎ…リボルバータイプは作成難易度が高すぎて「ファントム」しか作成してないって噂だけど…まさか八幡が「ファントム」?)

 

「どうした?」

 

「ねぇ…八幡って…ううん何でもない。それより八幡北山家(ウチ)で雇われない?」

 

「はぁ?」

 

この頃からだった雫が八幡を雇おうとしていたのは。

 

 

場面は決勝戦へと戻る。

 

拳銃型のCADを起動させ混線を起こすことなく起動処理を終えた雫の魔法が深雪の氷柱へ襲いかかる。

 

「フォノンメーザー!?…ってちょっと威力高すぎじゃない?」

 

隣で姉さんが悲鳴をあげる。

振動系魔法『フォノンメーザー』。

超音波の振動数を上げ、量子化して熱線とする高等魔法だ。

しかし、雫が使用しているこの魔法は一般に知られているモノより大幅に威力が上がっていたのだ。

 

今までの三試合で攻撃を受けなかった深雪の氷柱に始めて攻撃が通っていることに達也は表情にこそ出さないが驚いていた。

 

俺は達也を…いや深雪を倒すために雫に授けた秘策ではあったが、俺はこの程度では終わらないと踏んでいた。

この程度であの兄弟が敗北する未来が見えないからだ。

 

案の定動揺は一瞬であった。

雫が繰り出した新しい魔法に対応するために深雪もそれに合わせ切り替えてきた。

魔法が照射された蒸気、氷の昇華が停止した。

深雪の陣地がたちまち白い霧に覆われ雫の陣地へ押し寄せる。

 

雫が「情報強化」の干渉力を引き上げるが無意味だった。

押し寄せる魔法は冷気。融解を妨げる魔法はこの攻撃には意味がない。

 

「『ニブルヘイム』だと…?一体ここはどんな魔界だ…?」

 

渡辺先輩の口から信じられない…といった驚愕の声が漏れだしていた。

その件に関しては俺も同意ですよ先輩…

このままでは「情報強化」は意味をなさなくなり「ニブルヘイム」による冷却で生じたドライアイスが充満しかかっている。

再び『インフェルノ』を使用されてしまえば気化熱による冷却効果を上回る効果によって液体窒素が一気に気化して雫の氷柱は砕かれてしまうだろう。

 

それは雫も理解しているはずだ。

 

なので雫は目の前にいるライバルを越えるため八幡から渡された『奥の手』をこのタイミングで切ることにした。

 

(やっぱり深雪強い…でも!負けたくない!)

 

雫は『サーペンテイン』のシリンダーを回転させて再び引き金を引いた。

雫の照射している『フォノンメーザー』に変化が生じ緑色の光線から灼赤色の極太の光線へ変化し『ニブルヘイム』で強化されていた氷柱を縦一列を全て溶解させ横へ薙ぎ払う動作をいれる。

次々に氷柱が溶断されていく。

 

その様子に流石の深雪も動揺した。

 

(嘘…!『ニブルヘイム』で氷柱を強化しているはずなのに破壊された!?一体その魔法は…?)

 

深雪が驚くのは無理はない、何故なら八幡が『開発した魔法』なのだから。

八幡がまたしても開発した奥の手の振動系上級魔法『レーヴァテイン』。

「フォノンメーザー」を超振動させて収束して撃ち出す端的に言えば某起動戦士とは原理が違うがいわゆる熱量の上がったビームを撃ち出す。

 

この魔法は振動系が得意な雫本人の力量と『サーペンテイン』の処理能力がなければ再現は出来ない。

 

その光景を見た達也は雫が持つ八幡が開発したであろうCADを見て驚愕していた。

 

(まさか…試合中の雫がCADのシリンダーを回転させたのは『フォノンメーザー』の起動式の一部を書き換える為の動作…!同系統の別の魔法、更に威力の高い軍でも研究中の「粒子ビーム」を再現したと言うのか…!?)

 

表情に出てはいないがきっと驚いているんだろうなと悪い顔をしている八幡は誰に聞こえるわけでもなく独白した。

 

(そうだ達也。深雪が既に完成されている魔法師なら雫は成長途中の高いポテンシャルを秘める魔法師だ。

だからこそ雫には俺の作ったまだ発表していない技術を渡し自力を引き上げさせてもらった。

使いこなせるはずだからな。雫なら。

使用中の起動式の一部をあらかじめ準備しておいた類似起動式へ変更させて別の魔法を入れ換えて再展開させスピードを上げさせたんだよ。

だが、まぁ…)

 

その温度は『インフェルノ』とは比べ物にならない熱量であり無論雫側の氷柱も甚大な被害を受けるが背に腹は変えられず「肉を切らせて骨を断つ」戦法に切り替えてきた。

 

しかし深雪も見たことのない魔法に一瞬動揺したが素早く『インフェルノ』を発動させた。

 

両者全く同じタイミングで両者の陣地に魔法がぶつかり合う。

 

(深雪!)

 

(雫!)

 

瞬間

 

会場が爆音と衝撃に襲われて気化した煙が会場を包み込む。

 

深雪と雫両者ともに激しい汗をかいておりその視線はお互いの陣地を見据えていた。

観客席と関係者席の観客が息を飲む。

煙が晴れる。

そこには

 

両者の陣地には氷柱が1本たりとも残ってはいなかった。

静まり返る会場。

 

あるいは先程の光景に度肝を抜かれていたのか1拍遅れて試合終了と観客席からの大歓声が鳴り響いた。

 

(決着…はまぁ付かないよな。はぁ…達也の方がまだ上ってことか…)

 

(深雪はもちろん全力で雫との試合に当たった…。雫には申し訳ないが地力で言えば深雪が雫に負けるはずがない。

つまりは技術的な面で言えば八幡の方が上と言うことになるのか…やはり俺はお前に知り合うことが出来て幸福だと思ったよ八幡)

 

隣にいる八幡を達也は見つめるがその視線は敵意ではなく自らを高めてくれるかけがえのない親友が出来たと喜んでいる達也であった。

 

 

試合が終わり歓声のなか全力を出しきった雫と深雪であったが観客席へ手を振った。

更に歓声が大きくなる。

雫が関係者席にいる八幡を確認し観客席に向ける笑みは八幡に対して一層の輝きを見せた。

 

(ありがとう八幡…深雪と戦わせてくれて)

 

女子新人戦アイス・ピラーズ・ブレイク最終戦は結果的に第一高校の同時優勝で幕を閉じたのだった。

 

 

同時刻。

 

その光景を書斎の一室で一人の貴婦人が九校戦のまさに深雪と雫の試合を観覧していた。

両者共に引き分けという結果に整った顔立ちに若干だか怒りが見えている。

 

「やはり…七草家の養子は危険ね…

深雪さんに劣る魔法師がまさか相討ちに持ち込まれるとは思ってもみなかったわね。

達也さんの事ですから本気で深雪さんを勝たせるために調整を行っていたはずなのに深雪さんを勝たせることが出来ないとは…彼の技能は危険すぎて四葉にとって不利益な存在だわ。

姉さんがいるから達也さんに命令を下しても突っぱね返されてしまうわ…全く、七草の養子と深雪さんを接触させるなとあれ程言っているのに無視しているし…姉さんの子供といえどもこちらの意思に反抗するようであれば考えがあるわ。

葉山さん?」

 

考え込んでいる貴婦人が表を上げて老執事が話しかける。

 

「なんでございましょうか真夜様」

 

「貢さんに連絡を。「九校戦が終了次第に七草八幡を暗殺しなさい」と。黒羽姉弟ならばすぐに終わる仕事でしょう」

 

「畏まりました」

 

葉山は真夜からの依頼を受けて葉山は分家の黒羽へ連絡を入れた。

 

裏では『七草八幡の暗殺計画』が始動していた。

 

しかし、四葉家当主四葉真夜は見誤っていたのだ八幡の実力を。

普通の対象であれば黒羽姉弟で十分すぎる戦力だが彼女の耳には彼の本当の能力が入ってきていなかった。

 

それは意図的に達也達の母親である深夜が必ず八幡へちょっかい(暗殺)をかけると踏んで意図して情報を教えていなかったのである。

 

後日彼女が命を狙った少年に救われることになるとはこの時思ってもみなかった。

 

 

(結局雫を勝たせることは出来なかったな…。こりゃ達也の勝ちかな)

 

今日の試合日程が終了し、俺はラウンジで一人先程の試合について振り返っていた。

本日の結果としては第一高校が男女ピラーズで優勝、女子の方は一位が同率で三位までが第一高校で独占した。

女子バトルボードはというと三校の四十九院を破りほのかが優勝を果たした。

まぁ…ほのかに悪いことをしたかもしれない…というかしたな。

俺の体は一つしかないので許してほしいが。

許してくれる…許してくれるよな?

 

そんななか今日の試合で雫に九校戦が始める前に「深雪達に勝てる策」と言いつつ引き分けにしか持っていけない俺の調整不足について少しイラついていた。

 

(まぁ、結果的にみれば勝利とも言えなくもないので調整技師の面目躍如ではあるが何か気分的に気持ちが悪いな…)

 

ロビーに売っていた自販機から購入したマッ缶のプルタップを開けて小気味良い「カシュッ」と言う音を聞きながら喉へ押し込んでいく。

 

(俺は達也に勝ちたかったのかもしれないな…何て言ったら「何だこの勘違い野郎」って言われるまである。まぁ試合のあと雫にめちゃくちゃ感謝されたから良いことにしよう)

 

マッ缶を煽りそとの景色をソファーに座りながらみていると声を掛けられた。

 

「素晴らしい試合だったよ七草八幡君」

 

突如掛けられた声は老人の声だったが衰えているとは感じさせない活力が溢れていた。

振り返るとそこには。

 

「九島老師…?」

 

そこにはパーティーで姿を表していた老師が俺の後ろに立っていた。

飲みかけの缶をおいて急ぎ立ち上がる。

普段の俺なら座ったままだろうが今は「七草」の息子だからな直ぐ様立ち上がる。

目の前にいるのは「世界最巧」の魔法師だ。

それに義父にも「挨拶をしに行ってきなさい」と言われていたのもあったので良い機会であった。

てか俺が十師族であったとしてもこの人めちゃくちゃ忙しいから若造の俺がいっても追い返されると思うんだが…

 

「いや、そのままで構わないよ。隣いいかね?」

 

「あ、はいどうぞ…」

 

俺の隣の席に老師が着席する。

座る動作もきびきびしていた。

直ぐ様近くにあったHARを呼び出し二名分の緑茶を注文する。

用意された緑茶を老師の目の前のテーブルに置くと「ありがとう」といわれたが咄嗟だったのでよく覚えていなかったが。

 

席に座るなり老師が話しかけてきた。

 

「弘一は元気かね?」

 

「…義父ですか?毎日倒れるんじゃないんかって位には忙しそうにしていましたね。老師が何故義父のことを?」

 

「そうか、弘一からは私の事を聞いていなかったか…彼は私の教え子でね。

弘一は若い頃から策を巡らせて行動するのが癖だったのだ。

君の試合や調整技師として担当していた試合を見せて貰ったが、若い頃の弘一にそっくりだったよ八幡君」

 

どう答えたら良いんだこれ?誉められてるんだよな?

無言のままでいるわけにもいかずとりあえずの返答をしておく。

最適解とはともかくとして。

 

「ありがとうございます老師。女子のピラーズの試合はいまいちだったと思いますが…」

 

「謙虚だな君は。もう少し自分の実績を誇って良いものだが…、まぁ若い内から傲りが過ぎれば自らの首を絞めることになる」

 

「はぁ…」

 

老師が何を言いたいのか俺には理解できなかった。

茶飲み話をするには裏があるような気がして気が抜けなかった。

 

「時にだが八幡君…」

 

場の空気が変わったような気がした。

 

「…何でしょうか?」

 

「君は『十師族』についてどう思っている?」

 

「…それはどういった意味でしょうか?」

 

「いやなに、こうして若い代の十師族の子供に意見を聞ける貴重な場なのでね九校戦は。八幡君自身の意見を聞かせては貰えないかと思ってね。

特に君は七草の家に養子として入った者だからその意見は貴重だ」

 

穏和な老人…ではなく今俺の目の前にいる老人は「魔法師・九島烈」として「七草家・七草八幡」の俺に問いかけてきている。

その優しげな表情からは想像できない程のプレッシャーが俺を襲う。

しかし俺はいつものように友達に話しかけるような気軽さで言葉を告げる。

 

「どうでもいいっす」

 

「…ほう?それはどうしてだね?」

 

興味深そうに掘り返してきた。

 

「正直俺は元々数字落ちの『八幡家』の人間で実の妹と共に七草の家に拾われましたが七草の人間には感謝はすれど『七草家』には思い入れはないですよ。

同じじゃないかと言われればそれまでですが、もし仮に十師族という括りがなくなっても義父や義姉妹達を見捨てるような真似はしない…俺が大切にするのは「家族」であって「十師族」じゃないですから。

それに…その「十師族」の枠組みがあって家族が不幸になるなら俺は迷うことなくぶっ壊しますが」

 

「…!そうかそうか…」

 

俺のひねり出した回答に満足したのか老師は一瞬だが考え込み俺を見据えていた。

俺は困惑するしかないわけで…

 

「いや、君の意見は参考になったよ八幡君。試合後疲れているところに話しかけてしまって済まなかったね」

 

「い、いえ気になさらないでください。ただ黄昏ていただけなんで…」

 

そういって老師はおもむろに立ち上がり俺へ一枚の紙を差し出してきた。

これは…?

 

「私の連絡先だ。なにかあったら此処に掛けてきなさい。老いぼれと茶飲み話にでも付き合って貰えると嬉しいがね」

 

「は、はい…」

 

まさかの老師の連絡先を手渡されて一瞬困惑したが直ぐ様受け取り登録した。

…『世界最巧』の魔法師と知り合いになるって字面がやべぇよ…

 

「次も八幡君の活躍を見させて貰うよ。それではな八幡君」

 

そういって踵を返しラウンジからいなくなってしまった。

この場には俺しかいない。

 

まるで狐に化かされた気分になった。

端末を確認すると「九島烈」の名前がアドレス帳に登録されていた。

 

夢じゃなかったんだな…

変に乾いた笑いが出そうになった。

 

(しかし、十師族についてか…あんまり深く考えてなかったな)

 

飲み終わった缶をゴミ箱へ投げ入れるとホテルの一室に戻るため通路を歩く。

だがその進路を塞ぐように向こう側から来た雫とほのかによって阻まれる。

 

「あ、八幡いた」

 

「八幡さん!」

 

「よぉ。雫にほのか」

 

「よぉ、じゃないよ。どこにいたの?八幡試合終わったらいなくなっちゃうから探したよ」

 

「ちょっとな。それよか雫達は何で此処に?」

 

「うん、達也さん達が私たちの同時優勝とほのかのバトルボード優勝をお祝いしてくれるって。

八幡も一緒に行こうよ」

 

「そうですよ八幡さんも一緒に行きましょ?」

 

ガシッと両腕をホールド…というか雫の控えめなあれとほのかの爆裂なあれが当たって大変なことになっているんですけど?

俺がそんなことを想像したのが伝わったのか顔を赤くして抗議してきた。

いや俺悪くないよねぇ?

 

「八幡のえっち…///」

 

「は、八幡さん…///」

 

抵抗したら俺が社会的に殺されそうなので渋々ついていくことになった。

 

「理不尽だ…」

 

連行されていくと戻ってきたラウンジに達也と深雪が座ってお茶をしていた。

俺が雫達に連れられてきたのを見て少し不機嫌になっていたが流石に今日は抑えたらしい。

いつもの事だと言わんばかりに達也は妹の様子を一瞥して俺へ話しかけてきた。

 

「遅かったな八幡どこに行ってたんだ?」

 

「ちょっと家の用事でな…(老師と話してたことは別に言わんでいいか)それよかほのか、優勝おめでとう」

 

場の空気を変えるためにほのかの優勝の事を口にすると達也と深雪もほのかの戦績に称賛を告げた。

 

「ほのか、優勝おめでとう」

 

「優勝おめでとう、ほのか」

 

いつものように変わらない華やかな笑顔だったが少し不満げな表情を浮かべていた。

ほのかが優勝したのは深雪的にも嬉しいはずなのだが何故なのだろうか俺にはわからなかった。

 

「ありがとうございます!達也さん、深雪。それと…」

 

皆に一礼して称賛を受けとるほのか改めて俺へと向き直った。

 

「私、八幡さんのお陰で優勝できました!ありがとうございます」

 

「優勝できたのはほのか9割で俺は1割しか活躍してないからね…っていうと嫌みに聞こえるかもしれないからそうだな…ほのかの努力と俺の調整が噛み合ったから優勝できたってことで」

 

「…!そうですよ八幡さんが担当してくれたから勝てたんです。改めてありがとうございます」

 

ほのかの顔がぱぁっと明るくなって俺の手を取ってくる。

同時に雫が俺の脇腹をつねるといういつもの黄金パターンが再現されていた。

 

「…おう。でもほのかは明日もミラージの試合があるからな、サブではあるが全力でやらせて貰うよ」

 

「はい!」

 

脇腹をつねる雫も俺に感謝の言葉を掛けてきた。

 

「私も八幡が担当してくれたからスピードシューティングとピラーズは優勝出来た。

ありがとう八幡。だから…ウチで雇われない?」

 

「またその話か…だから俺は魔工師にならねぇっていってるでしょ?」

 

「むぅ…」

 

むくれる雫を見ていると達也が俺に話しかけてきた。

そちらへ向き直る。

 

「ピラーズの決勝では深雪に勝たせるために俺は本気を出して調整したが、まさか引き分けになるとは思っても見なかったよ八幡」

 

「ああ、俺も雫に勝たせるために本気出して調整したんだが蓋を開けてみれば引き分け…つまりは俺の技術はお前より…」

 

下になるな、と言おうとした瞬間、達也に先回りされて別の言葉になってしまった。

 

「違うな。『俺とお前の技術は同等になるんだよ』八幡。俺は今回九校戦にエンジニアとして参加できてよかったと感じているんだ。張り合える相手が見つかったからな」

 

俺は達也の正面切って称賛のコメントに思わず顔をそらしそうになったが素面で返答した。

へんなリアクション取ったら絶対深雪達にからかわれるからな。

 

「お前…ほんと誑しだよな…。俺も同じ調整技術持ってる奴がいるとは思わなかったから俺も張り合える相手が見つかってよかったよ」

 

俺がそうコメントすると達也は薄くではあるがニヤリと深雪は俺を見て優しい微笑みで、雫とほのかが俺の隣にたって笑みを浮かべている。

 

何だよ…にやにや俺を見やがって…特に達也その顔やめろ。

決めた、お前の奢りでケーキめちゃくちゃ食ってやろう。

 

達也の奢りで皆の健闘を称える会が始まった。

 

明日は俺が参加するモノリスが始まる。




八幡、雫に正体がばれてしまいそう…。

九島老師にエンカウントして連絡先を渡され絡み(面倒事)が増えるよやったね八幡!

雫への今大会へのCADでブーストを掛け深雪と引き分けた八幡の実力を目の当たりにして真夜がついに動き出しちゃいましたね。

本編で「司波達也暗殺計画」があるのなら八幡もあっても良いかなと。

此処では書きませんが違う形で真夜を心に抱える闇を八幡で救ってあげたいなと思います。


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悪意は動き出す、そして覚悟を決めろ

遅くなりましたが最新話です。

確認してるんですけど誤字脱字が多い…本当に申し訳ない!
お気に入り登録と感想コメントありがとうございます!

ついにあの事故シーンが来ますね。(ちょっとギャグになったかも…?)

それではどうぞ!

※追記…書きたい話があったので最後の会話を変更しています。申し訳ございません。


九校戦七日目にして新人戦は四日目に突入した。

残る競技は本戦&新人戦のモノリスコードとミラージ・バットのみとなった。

 

モノリスコードの予選リーグが行われる日だが観客達の関心は花形競技のミラージ・バットに向けられていた。

女子のみを対象とするミラージ・バットのコスチュームは、カラフルなユニタードにヒラヒラのミニスカートに袖無しジャケットまたはベスト。

ファッションショー(コスプレ大会?)と化している女子ピラーズ・ブレイクとはひと味違った華やかさがある。

いや、このコスチュームを着用し年若い女性が空中を舞い上がるのだ。

華やかさにかけては九校戦随一だろう。

 

男性ファンの関心(というか注目)が集まるのは無理がないだろうが…

これ来年泉美と香澄と小町がその衣装を着て男の劣情の視線にさらされることを考えると来年から消滅させたほうが良いんじゃないかと思ったが胸の内に仕舞っておくことにした。

 

しかし、俺の自意識過剰でなければ本部天幕に向かう瞬間に他校からの視線が少し集中しすぎているような…?

ミラージに出場する選手が注目されるのはわかるが俺と達也に視線が集まりすぎている気がするのは気のせいではないはずだ。

 

それも色ボケにまみれた欲望の眼差しではなく敵意をむき出しにされた刺が生やされた視線だ。

 

「…やれやれ司波くんはともかくとして七草くんも自分の事になると鈍いってのはホントなんだね。

…これはほのか達も苦戦するはずだ」

 

「ちょ、ちょっとスバル!八幡さんの前で言わないでよもう!は、八幡さんはもっと自分を誇ってください!」

 

ミラージ・バットの選手である一年D組の里美スバルが俺たちに向けられている視線の類いの種類について説明している。

 

そして俺が顔を紅くした、何故かほのかに窘められた。

 

てか何故このタイミングで深雪達が出てくるのだろうか…?

敵意は感じるがこの程度の敵意なんて児戯に等しいぞ、あん時に比べたらな。

 

第一試合に出場する為のスタンバイを終えた里美がからかうように声を掛けてきた。

 

「八幡はともかく鈍いのは自覚してるが…里美にはわかるのか?」

 

「おい、達也さらっとdisるんじゃねーよ…。なに言ってんだ里美、俺は人の気配に敏感だぞ」

 

俺がそういうと里美は「大変だね司波くん、ほのか…」「ああ…」「うん…」と会話を繰り広げていた解せぬ。

 

「そうだね…君たちが調整を担当したスピード・シューティングにピラーズそしてバトルボードでは上位独占だもの。高度に効率化されたデバイスソフトの貢献が大きいし、一体どんなエンジニアが調整したんだ、ってなればそう考えるのは必然だよ」

 

「調べりゃ誰だかわかるもんだと思うんだけど」

 

「ああ」

 

「そういうこと。つまりは七草くんと司波くんは各校の注目の的さ。特に七草くんは「お家」がお家だからだし選手と技師の二足の草鞋を履いているからね、目立つのも無理はないよ」

 

「それに八幡さんはピラーズで優勝候補の一条くんを倒しちゃいましたからね…特に三校からの注目がすごいことになってるみたいですけど」

 

だからか、さっき此処に来るまでに赤い制服の連中からの視線がヤバかったのは。

 

「はぁ…。目立ちたくねぇ…平穏でいたかったんだけど」

 

「無理だろそれは…」

 

姉達から頼まれなければ真っ先に九校戦なんぞに出てはいなかったが、それだけ俺の「力」が有用ということが知られているので逃げ場がないのだ。

そんなことを言ったら渡辺先輩や十文字先輩に色々言われそうだが…

 

達也と里美が調整の最終チェックのため会話を繰り広げている。

俺が諦めたように深い溜め息をつくと声を掛けられた。

 

「あの…八幡さん」

 

「どうしたんだ?」

 

「どうですか…?へんじゃないですかね?」

 

ほのかの格好はミラージ・バットに出るに相応しい可愛らしい衣装となっていた。

全体的なカラーリングは青と白で統一されており女の子らしいフリフリがたくさん付けられたまるでおとぎ話のお姫様…というよりかは○リキュアのようなコスチュームだった。

一部は女王様みたいなボリュームだが…

 

「文句の付けようがないな…良いじゃん。ほのかの雰囲気に合ってて良いと思うぞ?可愛いじゃないか」

 

「あ、ありがとうございます…///」

 

顔を真っ赤にして俯いてしまった。

試合前に体調不良は本当にやめてくれよ?

なんとも言えない空気にしてしまったので俺から切り込む。

 

「ほのかなら新人戦も優勝できるさ。もちろん里美もな」

 

実際に思っていることを口に出して見るとほのかは嬉しそうに俺へズイッと近づき激励の言葉を俺に告げた。

 

「おやおや私はついでかな?」

 

「里美は達也の担当だろうが…」

 

「まぁ、仕方がない。これでようやく君たちの恩恵を受けられるからね。勿論勝利してくるさ。七草くんも頑張ってきたまえ?」

 

「私頑張りますね!それと八幡さんもモノリス頑張ってください!」

 

「お、おう…。頑張るよ」

 

ミラージ・バットの選手達との会話を終えて試合会場へと向かっていった里美とほのかを見送り、俺はモノリスコードの控え室へ向かうことにした。

 

「んじゃまぁ…達也、あとは頼んだ。

ほのかには作戦を伝えてあるからあれで大丈夫だと思うが…」

 

「ああ。お前もしっかりな」

 

「おう」

 

達也に別れを告げて準備を行う。

…チームメンバーに森なんとかいるんだけど大丈夫か?

 

 

『間もなく男子新人戦モノリス・コード第二試合第一高校対第四高校の試合が開始されます!』

 

第一高校と第四高校の試合は『市街地エリア』で行われることになり各校の選手は廃屋に潜み開始を待っていた。

 

しかし第一高校が潜伏している場所でスリーマンセルでいるのだが八幡は疎外感を感じていた…というよりも他二人、というよりかはチームメンバーである森崎から一方的な敵視を向けられて、近づくに近づけない状態になっており少し離れている場所に八幡はいた。

 

森崎のイラつきが八幡の耳に入る。

 

「くっそ…必ずモノリスで優勝しなきゃならん…!」

 

「司波の担当した選手は軒並み上位独占だもんな」

 

「あいつの実力じゃない!全部選手の実力だ!」

 

(どんだけイラついてんだよ森なんたら…、はぁ…早く終わってくんねぇかな…)

 

森崎達に小声で溜め息をつく八幡。

試合開始のカウントが読み上げられていた。

それに合わせ八幡も心のなかでカウントをする。

 

(試合開始まで10、9、8…。)

 

7,6とカウントされた時、八幡は『ペイルライダー』をホルスターから引き抜こうと手を掛けた。

 

瞬間、俺が意図せず《瞳》の力が発動し数秒後の出来事が脳裏に叩き込まれた。

 

今、八幡達がいる廃墟の天井が魔法によって崩され八幡含め重症を負う映像が流れ込んで来た。

 

(やべぇ!!)

 

咄嗟に魔法を使おうとするが開始前に魔法を使えばフライングなることを思いだし舌打ちする。

カウントが5になった瞬間脳裏の映像と同じく天井が崩壊し始め森崎達は気づいていない。

例え興味のない相手でもチームメンバーだ。

だが、しかし…

 

(ダメだ、間に合わない!)

カウントが進み1になった瞬間に遂に天井が崩落し天井が八幡達に襲いかかる。

咄嗟の事で反応できない森崎達を尻目に両腕をクロスさせて『ある技』を使用した次の瞬間。

八幡達は崩落に捲き込まれてしまったのだった。

 

 

時間は少し遡る。

 

第一高校の天幕ではモノリスコードの試合を観戦するために多くの関係者が集まっていた。

そのなかには当然雫や深雪も八幡の勇姿を観戦するために天幕にいた。

 

「八幡が遂にモノリスに…」

 

「ええ。うちは確か第四高校との試合だったわよね?」

 

「うん。こういっちゃなんだけど四校は調子がよくないね…、選手の層が薄いのかも、」

 

他の観客と混じり試合の内容を話している。

離れた場所では真由美もその試合を観戦していたが、流石に今回は泉美達を天幕へ連れてくることはしなかったが。

 

(八くん無茶しなきゃ良いんだけどね。相手にオーバーアタックしないか心配だわ…)

 

義弟の心配よりかは相手選手の心配をしている真由美だったがそれはまさかの形で裏切られることになる。

 

試合開始のカウントが始まり6,5…となった瞬間八幡達がいた廃墟ビルが一瞬にして倒壊して捲き込まれたのだ。

 

悲鳴を上げる生徒が多数おり真由美も口で手を抑えていたが悲鳴が上がる。

 

「八くんっ!?」

 

「きゃああああああっ!!!」

 

「きゃああ!!」

 

「なんだっ!!」

 

「わああっ!!」

 

「いやあああっ!!」

 

騒然とする第一高校の天幕だったが次第にパニック寸前の空気が溢れだす。

 

「バカな!?」

 

「一体これは!?」

 

アナウンスが流れる。

 

『只今ビルの崩落事故が発生いたしました。第一高校対第四高校試合中止です』

 

目の前のモニターに映る崩落現場を見ている第一高校の面々は騒ぎ立てていた。

冷静でないのは深雪と雫も同じであり若干の放心状態になっていた。

 

「八幡さんは大丈夫なの…?」

 

「そんな…八幡さん無事でいてください…!」

 

「こんなの…絶対許せないよ…!」

 

二人は天幕から恐らく担ぎ込まれるであろう救護詰に向かおうとするが…

 

「おい、画面を見てくれ!」

 

一人の生徒が事故現場を映しているモニターでなにかに気が付き全員がモニターを注視すると何事だと雫と深雪は足を止めた。

第一高校が捲き込まれ崩落したビルの残骸が動いていた。

 

「おい…動いてるぞ」

 

「うそ…」

 

次の瞬間重なったコンクリートの残骸が上空へ吹き飛ばされ粉々にくだけ散った。

 

ーその場に立っていたのはー。

 

『だーっ!!…あー…死ぬかと思ったわ…、うっわひっでぇなこれ…ってそれどころじゃねぇわ』

 

辺りを見渡し感想を述べている一人の男が。

防護服を着用し所々ボロボロになって砂ぼこりはついてはいるが、怪我はしていない八幡の姿が残骸から現れたのだ。

加重魔法を使用し反重力に切り替え瓦礫を撤去する。

埋もれている森崎達を発見し手当てを始めた。

 

その姿に天幕にいる一同は呆然とした。

 

「八くん…?」

 

真由美の呟きに一斉に驚きの声を上げる

 

「「「ええええええええ!?」」」

 

その無事な姿に深雪と雫は涙が引っ込み珍しい表情が出ていた。

深雪は目が点に。

雫は○ッフィーのような表情になっていた。

 

『第一高校七草選手の無事が確認されています!

只今到着した救護班と共に同チームの負傷者を担架に乗せており…』

 

八幡はピンピンしており森崎達の救出を一緒に救護班と行っていたのだ。

目の前の映像に呆然としていたがハッと我に返る第一高校の生徒は「誰がやったのか」と騒ぎ立てていた。

 

真由美も我に返り生徒を落ち着かせる。

 

「皆落ち着いて、十文字くんと私で見てきます」

 

「生徒会長、私も一緒に…」

 

「会長私も…」

 

「いや、お前達は此処で待っていろ。確認するのは我々の仕事だ」

 

「…そうね、十文字君の言う通りあなた達は此処で待っていて(八くんお姉ちゃんをこんなに心配させて…全くもう!)」

 

「分かりました…差し出がましくお願いして申し訳ございません会長」

 

「ごめんなさい会長…」

 

深雪と雫が同行を願い出るが十文字が断り二人は少し落ち込む素振りを見せたが時間が惜しかったので真由美と克人はテントへ向かった。

 

 

崩落現場から負傷者を運び、応急処置を行っている救護詰所へ真由美達が向かうと使用されているテントがありそのすぐ側では寄り掛かって休んでいる八幡がいた。

 

「八くん!!」

 

その姿を確認した真由美は一目散に八幡へ駆け寄る。

その姿を見た十文字は「弟のことが心配だったが天幕では生徒にその姿を見せないようにしていたのだな…」と関心していたが実際は違った。

 

「おー。ねえさ゛っ…ぶふぉっ!!」

 

駆け寄るな否や八幡が被っている競技用のヘッドギアの上から頭部をチョップする姿が見られ十文字の思考が一旦停止した。

そんな十文字を無視しすごい剣幕で真由美は八幡に肩をつかんでぐらぐらと揺らす。

あまりの剣幕に八幡当人も驚いていた。

 

「おバカ!!本当に心配したのにこの子ってば!」

 

「ちょ!まじで痛いんだけど!?俺一応怪我人…っ!」

 

「うるさーい!ていっ!!」

 

「ちょ!ホントに痛いって!姉さん止まれって!」

 

八幡が真由美の攻撃する(じゃれつく程度)手を掴み動きを止めるとピタリと止まると真由美が八幡に抱きついた。

 

「もう…ホントにホントに…心配したんだからね!」

 

今にも泣きそうな真由美に八幡は頭を撫でて抱き返した。

 

「姉さんごめん…、」

 

「本当に大丈夫なの?痩せ我慢してない?」

 

「大丈夫だっての…。まぁ俺は無事だったけど森崎達がな…。というか姉さん一度離れてくれる?」

 

「あっ…ごめんね八くん」

 

ばつが悪そうに答える八幡の視線は救護テントに向けられている。

八幡に抱きついていた真由美は顔を紅くしてバッと離れた。

そのタイミングで克人が話しかけてきた。

 

「無事か八幡」

 

「十文字先輩…心配して貰ってありがとうございます。死にかけましたが無事ですよ」

 

「そうか…俺と七草は森崎達の状態を確認したのち俺は運営本部に向かう。今回の事故の件を確認せねばならん」

 

「そうっすか…森崎達の状態結構グロいっすよ?十文字先輩はともかく姉さんは見ないほうが…」

 

「大丈夫よ八くん、確認するために此処に来たんだから。

八くんはもう戻って大丈夫なの?」

 

「一応どこにも異常がないから戻って大丈夫とは言われてるからな…」

 

「なら、此処で少し待ってて貰える?一緒に天幕に戻ったほうが皆安心するでしょうし…」

 

そういってテント内部へ入っていった。

 

 

「同じチームの彼が的確な処置をしていなければ危なかったよ…。

命に別状はないが重症だ。

今応急処置で魔法で固定しているから安定している」

 

医師にそういわれ十文字と真由美は森崎達の状態を確認する。

十文字は負傷している状態の森崎達を見ても動じずにいるが隣にいる真由美は凄惨さに思わず口をハンカチで抑えてしまう。

 

「うっ…」

 

「大丈夫か?あまり見ないほうがいい」

 

「いえ…大丈夫です」

 

口で抑えながら今回の事件について真由美は考察していた。

 

(なにかおかしいわ…。バスの事故や摩利の件に引き続きこんなことが起こるなんて…)

 

真由美は咄嗟に今年に発生した『あの事件』の事を思い出していた。

 

(まさか春の事件の関連…?でもあれは八くんが首謀者と支部ごと壊滅させていたはず…。また別の組織ってことになるの…?)

 

体調が悪くなったのか思案しているのかどちらとも取れる様子を見せ俯いている状態の真由美に気がついた十文字が声を掛けた。

 

「七草」

 

「十文字くん」

 

八幡と司波(彼ら)に相談してみるか…」

 

「そうね…」

 

「俺はこれから運営本部に問い合わせにいく。七草お前は弟と一緒に天幕に戻って皆を落ち着かせてくれ」

 

「分かったわ」

 

救護テントから出ると八幡と共に第一高校の天幕へと向かおうとするが…

 

「八くん」

 

「ああ。うわぁ…泉美達からめっちゃ連絡来てる…」

 

八幡に声を掛けると端末を確認して「うげぇ…」という表情をしている八幡に真由美は溜め息をついた。

 

「当然でしょ?あんな崩落現場を見たら泉美ちゃん達も心配するに決まってるでしょう…」

 

「あとで埋め合わせしないとな…、捲き込まれただけなのに」

 

「とりあえず天幕に戻って皆に無事を報告しに行きましょう」

 

「一応俺怪我人なんだけどなぁ…」

 

「あら?司波さんと北山さん、八くんのことスッゴく心配してたわよ?」

 

「わーったよ…いきますって…、あ、姉さんちょっと待って泉美達に返信するから…」

 

八幡が妹達に返信を終える。

真由美と八幡、義姉弟二人は天幕へ戻っていった。

 

◆ ◆ ◆

 

俺は一応崩落に捲き込まれた状態なので治療を受け(まぁ怪我していないんだが一応ポーズとして…)天幕へ姉さんと共に戻るとチームメンバーから声を掛けられ、無事を確認されて適度な受け答えをした。

姉さんは天幕にいるメンバーに事の状況を説明していた。

 

一方で俺はまた別で声を掛けられた。

 

「八幡さん!」

 

「八幡」

 

深雪と雫が心配そうに俺の状態を確認しに駆け寄ってきた。

 

「大丈夫なのですか?」

 

「大丈夫なの八幡?」

 

「おう、このとおり元気だぜ」

 

腕を上げて問題ないことを見せると深雪と雫はホッ、と息をついた。

 

「崩落に捲き込まれた時はもうダメかと思いました…」

 

「よかった…廃ビル内で『破城槌』を使われたときは生きた心地がしなかった…。八幡大ケガしちゃうんじゃないかって…」

 

「ありがとな、心配してくれて」

 

俺と深雪と雫で会話をしていると天幕に入ってくる人の気配を感じた。

その人物は直ぐ様分かったが。

 

「お兄様!」

 

「何があったんだ?って…八幡が此処にいるって事はモノリスコードで事故が起こったんだな」

 

恐らく達也が此処にいるのはほのか達のミラージの次の試合までインターバルがあるため休憩を取りに来て、休憩が終わったあとに天幕に訪れたらこの騒ぎ様…といったところだろうか。

状況を察知したのか誰に聞くまでもなく判断し確認しようとしていた。

 

その問いに深雪が返答しようとする。

 

「はい。あれは事故と言いますか…」

 

「深雪、あれは事故じゃないよ」

 

いい淀む深雪を尻目に雫が普段よりも強い口調で主張する。

 

「故意の過剰攻撃。明確なルール違反だよ」

 

「あのな雫、今の段階で滅多なことを言うもんじゃねーぞ。どこに耳があるのか分からんのに四校の故意による確証が得られていない状態で断定するのは危険だ」

 

少々雫がヒートアップしそうだったので釘を刺しておく。

すると姉さんが会話に割り込んできた。

 

「そうですよ、北山さん。単なる事故とは考えにくい…それは確かですが決めつけてはダメ。疑いを口にするほどそれがますます膨れ上がって、それがいつのまにか真実として一人歩きをし始めてしまうのだから」

 

確かに真実より誇張された嘘の出来事が真実として認知される出来事を俺は知っている。雫にはそのきっかけになってほしくないので雫に話しかける。

 

「…雫。まぁ、俺が無事なんだしきっと事故だろ」

 

「だけど!」

 

「今は口に出さずに心のなかにしまっといてくれ。いいな?」

 

「…分かった」

 

「おう」

 

姉さんの上級生らしい発言と俺が言いくるめたのも合間っておとなしくなってくれた。

…やっぱり姉さん生徒会長らしいことちゃんとやってるんだな。

 

「八くん?今失礼なことを考えなかった?」

 

半目で俺を睨み付けてきた。

 

「ちゃんと生徒会長やってるんだって関心しただけだけど?」

 

「なんかバカにされてる感じがしたけど…まあいいわ」

 

達也も来たことで森崎達の状態と事件の概要を伝える。

 

「…と言うわけでうちは最悪棄権することになったわ」

 

達也が反応する。

 

「最悪もなにも棄権するしかないでしょうに…」

 

「それがそうもいかないのよ…全員が出場できないという訳じゃなく…」

 

「俺がピンピンして此処にいるからな」

 

そういうと皆が「あぁ…そういうことか」と妙に納得した様子で俺を見る。

 

「それに関しては十文字くんが大会委員会本部で折衝中よ」

 

「はぁ…」

 

「…ねぇ、八くん」

 

姉さんがなんとも言いづらそうに俺に話しかける。

 

「相談したいことがあるんだけど…」

 

媚びるような姉さんの視線を受ける俺は思った。

「あ、これまた面倒ごとに捲き込まれる奴だ」と。

 

「なんかやな予感するんだけど…で?此処では出来ない話?」

 

「そうね…此処では話しづらい内容だからチョッと一緒に来てくれないかな」

 

「やな予感は否定してくんないのな…?はぁ…わーったよ」

 

正直断りたかったが姉さんが不安そうにしているのが見えてしまい断れなかった。

俺は深雪と雫からのきつい視線に気がつかない振りをしていた。

達也が俺の後ろから声を掛ける。

 

「八幡」

 

「あ?なんだ」

 

「ご愁傷さま」

 

「お前に言われると思わなかったぜチクショー…」

 

達也が珍しく南無…と手を合わせると俺はうんざりしたような仕草を取り姉さんのあとを付いていった。

 

 

姉さんのあとに付いていくと天幕の奥へ連れていかれた。

間仕切りはされているが当然布だ。

防音性を期待できるはずもないがそこは魔法を使うとあら不思議、立派な遮音フィールドが形成される。

 

俺は姉さんを座らせるために椅子を引いて座らせると「ありがと」と感謝を受けたのち俺も空いている席に着いた。

 

「それで早速なんだけど…」

 

姉さんは言い方を考えているのかなかなか話題を切り出さない。

二人っきりでいるのは大歓迎だがあまり時間を掛けてしまうと深雪から凍らせられそうだ、なんでか知らんが。

 

「来るときのバスと渡辺先輩の事件同様、何者かの妨害工作?って考えられるかどうか、だろ?」

 

「…うん。その事で八くんに聞きたかったの。バスの件もそうだし、摩利の事件で八くんは七校の選手のCADの細工を指摘していたじゃない?」

 

姉さん達を不安にさせないように『大会運営本部がCADに細工をした』とは言ってはいない。

あくまでも『CADに細工された・したかもしれない』と伝えただけ…裏付けが薄いからな。

改めて問いかけられ俺は「ああ」と肯定した。

 

「今回も同じ手口だとしたら四校の暴挙も説明がつくのだけど…どう立証できると思う?」

 

「細工してる現場を抑える」

 

「四校からCADを借りられるとしても…ダメかしら?」

 

「素直に貸してくれるとは思えないけど…、第一にそれに関しては大会運営本部が調べているだろうし」

 

「そうよね…」

 

テーブルの上で指を組んで視線を落とす。

落とした視線を上げないで再度姉さんは俺に問いかける。

 

「…八くんの言うとおり、当校を標的として妨害工作が行われているとして…目的はなんだと思う?遺恨?それとも春の一件の報復かな」

 

成る程な、姉さんはそれで悩んでいたのか…

春先、校内にテロリストが入り込み俺が構成員と首謀者を潰した残党が引き起こした一件の報復ではないか。と恐れているわけだ。

 

しかし、それはないと断言できる。

 

「ブランシュ日本支部」はあの廃工場で構成員を俺が壊滅させているので残党も名倉さんが調べ上げ、俺が全員十文字家(十文字先輩)と協力し正式に襲撃事件の証拠を提出し壊滅させた。

必然的に今回の事故で協力組織や残党の仕業ではないと俺は知ってるが姉さんは不安なのだろう。

此処は俺が知りうる情報を姉さんに知らせれば心労を和らげることが出来るだろうが俺は躊躇した。

 

「…春先とは関係ないよ」

 

「えっ、どうしてそう言えるの?」

 

「ああ、実は…」

 

 

遡ること1日前…

 

「名倉さんからか…」

 

不意に端末が震える。

着信を確認すると『名倉さん』の文字が端末に映った。

 

「はい、八幡です」

 

数度コールを経た後に連絡を受けとる。

 

『八幡様。夜分遅くに申し訳ございません、名倉にございます。八幡様競技優勝おめでとうございます。

当主も大喜びしておりましたぞ』

 

「父さんが…分かりました。まだ第一高校が優勝したと決まっていないので油断は禁物ですけど…

それより気にしないでください。

連絡を貰ったところを見ると襲撃してきた連中の正体が分かったんですね?」

 

世間話も程程に本題を切り出すと名倉が答える。

 

『ええ、遅くなりまして申し訳ございません。

八幡様からお渡しされました情報をお調べしましたところ香港系のシンジゲートの工作員のようでございました。恐らく「無頭竜」かと…』

 

八幡は「また厄介なのが関わってきたな…」と呟いた。

 

『無頭竜』

 

香港系国際犯罪シンジゲートでその組織の首領は名前どころか部下の前にすら姿を見せないことから、「頭の無い竜」と敵対組織によって名付けられて、自らつけた名前では無いらしいが…

こいつらの厄介な点は「ブランシュ」とはことなり反魔法運動を行う排斥運動ではなく魔法を使用した犯罪行為を行うという点だ。

そして一番のヤバイ点は魔法師をさらい非人道的な兵器である「ソーサリー・ブースター」…つまり魔法師の脳みそをとりだし兵器にしているという事だ。

 

八幡は此処でなぜ「第一高校」が狙われるのかを考察する。

 

奴らは組織であるので運営資金が必要だ、手っ取り早く稼ぐ方法…足を使って稼ぐより運を使ったギャンブル…

賭け事…八百長…

 

瞬間、八幡の脳内になぜ『無頭竜』が第一高校ばかりを狙うのか答えにたどり着いた。

 

「分かりましたよ名倉さん。なぜ俺たちを狙うのかはまぁ、予想ですがね」

 

『それは如何様な理由で?』

 

「奴らは犯罪組織で運営するには金が必要になりますからね…おおよそ日本支部の連中が『九校戦』をカジノのように仕向けて奴らの顧客に掛けさせた掛け金を丸ごといただく為、それと連中は第一高校が優勝してしまえば自分達が損害を受けるから優勝候補である第一高校に優勝させないように工作をしているんだと思いますけど」

 

八幡はたどり着いた答えを名倉に解説すると感心していた。

 

『流石に御座いますな八幡様』

 

「いや、あくまでも予想なんでこれが答えって訳じゃないですけど…。奴らが潜伏している場所を調べて貰えませんか?」

 

『畏まりました。では此方も「無頭竜」の線でお調べいたしましょう。お嬢様にはこの事は?』

 

名倉が言いたいのは真由美には裏で行われている事件を伝えるのか?といったニュアンスで八幡に問いかけた。

八幡は考える間もなく名倉に返答する。

 

「姉さんには一部のことしか伝えませんよ。今年最後の九校戦なんで姉さんには楽しんで貰いたいので…余計なことには巻き込みたくないんですよ。無論泉美達にもですが…」

 

『左様でございますか…しかしながら八幡様、抱え込まれ過ぎるのも問題ですぞ?』

 

「大丈夫ですよ…丈夫なのも取り柄なんで。それではお願いします」

 

『畏まりました』

 

そう言って通話を終了する。

 

 

「…って言うのがあって」

 

「そんなことが…」

 

『無頭竜』の事は当然ながら明かせないので一部は真実を明かして残りは嘘を織り混ぜてそれらしいものをでっち上げるのは真相を伝えるのにはこれが一番だ。

それに…今年最後の九校戦だし姉さんには余計な心配をして欲しくないからな。

 

姉さんが俺を見つめるがその表情は不安そうな雰囲気だ。

 

「偶然なのかも知れないけど…あまり無茶しないでね八くん」

 

「どっちかというと俺は避けたいのに向こうから突っ掛かってくるんだよなぁ…」

 

俺が冗談交じりにちょけらかす様に言うと、姉さんは上品に口元に手を当てて笑っていた。

 

「クスッ…確かに八くんはハプニングに愛されてるわね、ありがとう八くんのお陰で気が楽になったわ。少し不謹慎かもしれないけど」

 

「人間、不安になったら話を聞いて貰うのが一番だしな。まぁ、弱音を吐くんだったら俺の前ならどれだけ吐いてもいいし」

 

「…///。大丈夫、八くんの前でしか弱音は吐かないもの」

 

姉さんから信頼されていると受け取ったらいいのだろうか?

少し姉さんを騙しているようで気が引けてしまうが相も変わらずやることが消化されずに積み上がっていく感覚を覚え溜め息をつきたくなった。

 

それと真由美から「八幡が一年生の女子生徒達に動揺が広がらないように協力して欲しい」と言われ八幡はマックスコーヒーを無性に煽りたくなった。

 

 

同時刻

 

「首尾はどうだ?」

 

「予定通りだ。第一高校はモノリスコードを棄権するしかない。しかし…」

 

「しかし…なんだ?」

 

横浜・中華街のとあるビルの一室で円卓を囲む五人の男達がいた。

一人の男が報告をしてたが言い淀むのを苛立ちながら聞いていた首謀格の男が聞いていた。

 

「第一高校の七草八幡が無傷だったことだ」

 

「バカな!?殺傷力Aの魔法を使用したのに無傷だと?どういうことだ…?」

 

「だが、七草が無事でも他選手が事故で負傷しているから再び参戦することは不可能なはずだ。モノリスコードは最もポイントが高い競技だ。新人戦のポイントは本戦の二分の一とはいえ、影響は小さくない」

 

その報告を受けた男達は空元気に強がって笑顔を浮かべていた。

そうでもしなければやっていられないからだろうが…

 

◆ ◆ ◆

 

「四校のフライング!?」

 

「僕たちが寝ている間にそんな大変なことが…!」

 

ミラージの次の試合のインターバルで体力回復に努め、先程まで休憩していたほのかとスバルが天幕本部へ訪れるとざわつく雰囲気に異様なモノを覚えた二人は深雪達を見つけこの原因を聞いて驚いていた。

特にほのかの慌て具合は大変であった。

 

「治療魔法で全治三週間だそうよ」

 

「いくら立会人がいるからと言って廃ビルで『破城槌』なんてルール違反の魔法を使ったらそうもなるよ」

 

深雪と雫から聞かされた内容にほのかは青ざめたリアクションを取っていた。

 

「ううっ…一歩間違えば大事故に繋がるから大会レギュレーションが厳しく設定されているのに守られないなんて怖すぎるよ…」

 

八幡もその試合に出ていたことを思い出しほのかが血相を変えてあわてふためいた。

 

「そ、そう言えば八幡さんは…?八幡さんはどうなったの深雪、雫!?」

 

「八幡さんなら…」

 

「…」

 

深雪のその美しい顔に影を落とし言葉に詰まってしまいそれは雫も同様であった。

絶望に染まった表情を浮かべるほのかは今にでも駆け出しそうな勢いだった。

 

「そ、そんな…はち、」

 

八幡の名前を呼びたかったのだろうがそれは天幕の間仕切りの布が上げられると遮られた。

 

「それじゃよろしくね八くん」

 

「りょーかい」

 

天幕の間仕切りから八幡と真由美が出てきたことにほのかは驚いていた。

 

「…って!なんで此処にいるんです!?ち、治療を受けてるはずじゃ?」

 

まるで死んだ人が目の前にいるようなリアクションを取るほのかに若干驚いている八幡。

 

「いや、事故には巻き込まれたけど俺は無事だよ…って深雪達から聞いてないのか?」

 

ほのかが深雪達を急ぎ見ると気まずそうに視線を合わせないようにしていた。

 

「深雪、雫!」

 

案の定ほのかからの指摘が入るが…

 

「私たちが『八幡さんは無事よ』って言う前に駆け出しそうな勢いだったじゃないの…」

 

「ほのかがそんな感じだったから言うタイミングが…」

 

(は、恥ずかしい~!!)

 

顔を真っ赤にして自分が早とちりしていたことに気がついた。

 

「まぁ、ほのかは心配してくれたんだろ?ありがとうな」

 

優しい微笑みを八幡はほのかに向けるとさらに顔が真っ赤になった。

その光景を見た深雪達は八幡を凄まじい形相で見ており達也は平常運転だと思い、スバルは焦っていた。

八幡はなぜその視線を向けられているのか分からなかった。

 

(はぁ…またか…)

 

(た、大変なことになってる…!)

 

(何で俺は深雪達に睨まれているんだ?)

 

事故は起こったとは言え此処は通常運転であった。

 

 

「予選と特に変わるわけじゃない。

ミラージは持久力勝負だから気力勝負や余計な細工は無しだ。

八幡からはなにかあるか?」

 

ミラージ・バットの最終戦の時間が近づきミーティングを行う達也達に混ざり、モノリスが一時試合見送りになっている俺も参加することになった。

一応はサブになるからほのかに言葉を掛ける。

 

「そうだな…里美は冷静なペース配分な。

特に里美はSBの関係で無意識にその傾向があるからな…余計なことしてムダな体力を使わないように」

 

里美が大袈裟に首を竦めた。

 

「分かっているよ。七草くん」

 

視線をほのかに移す。

 

「ほのかは練習でやってたときみたいに幻影魔法をばらまいて余計な魔力を使わないように。

使わなくても十分過ぎるほど実力があるんだからな。

と、こんなものか?」

 

「は、はーい…」

 

「うん、的確なアドバイスだったぞ。八幡の言うとおり二人とも自分の持ち味を出すことだけ考えていればワンツーフィニッシュはいただきだ」

 

達也の大胆な一位・二位独占宣言と俺の普段通りの雰囲気を見た天幕内のチームメンバーの女子がヒソヒソと話す声が聞こえるがそれは悪口ではなく安堵の会話だった。

 

「事故が起きて怖くて仕方なかったけど…」

 

「何時も通りの司波くんと七草くんがいると安心しちゃうね」

 

(姉さんに「安心させて」って頼まれてるからな…それなら普段通りにするのが一番だしな)

 

その会話を繰り広げる達也と八幡、そして見ている女子生徒達の会話を聞いた真由美がそれを見ていた。

 

(やっぱり達也くんと八くんは精神力実力共に既に大会メンバーにいなくてはならない存在…。

八くんに至っては「目立ちたくない」って理由で手を抜こうとするのが玉にキズだけど。

あとは十文字くんが掛け合ってくれる結果がどうなるかね…)

 

最終戦前のミーティングが終わり女子新人戦ミラージ・バット決勝戦が始まる。

 

 

『日も落ち満点の星空が広がり絶好のミラージ・バットの舞台となりました。

間もなくミラージ・バット決勝戦です。

果たして優勝を掴むのは誰なのでしょうか!?』

 

試合会場のステージでは六人の少女が試合を今かと待機している。

 

『試合開始!』

 

(八幡さんが私のために考案してくれた戦法で優勝して見せます!だから見ててください八幡さん!)

 

試合開始がアナウンスされると真っ先に動き出したのはほのかでありホログラムが出る前に跳躍しポイントを獲得していた。

 

ほのかは『光のエレメンツ』であることから光に対する感受性が非常に高いため、八幡が考案した戦法が『光珠が他選手が肉眼で視認する前に戴く』という、これは彼女の力を最大限に活かさせる八幡の作戦であった。

 

『速い!一番手は予選でも初動の速さを発揮した光井選手!』

 

(流石はほのかだな…だが次は僕が獲る!!)

 

次の光玉が現れるときスバルが跳躍していた。

 

『二球目は里美選手が獲得した!此方も速い!もはや第一高校同士で争う展開だ!』

 

ミラージ・バット最終戦は第一高校の二名で争うような形になっている光景を関係者席で見ていた真由美とあずさ。

 

「二人とも絶好調ね」

 

「ええ」

 

真由美の発言に同意するあずさ。

 

「二人の調子がいいのはもちろんですけど魔法式の処理が圧倒的に速いです」

 

自由自在に飛び回り点数を稼いでいく第一高校の選手達。

 

(レギュレーションギリギリの機種を全員が使っているからあとはエンジニアの腕と言うことになってしまう…他校の生徒は悔しいだろうな)

 

そんなことをあずさは思っていると後ろの他校からの呟きが耳に入る。

 

「くそっ!何であんな小さい起動式で複雑な動きが出来るんだ!これじゃまるで『トーラス・シルバー』じゃないか!」

 

「しかも系統の異なる魔法を同時に使用しているのに混線が少なすぎる…!『ファントム』でもなきゃ…!」

 

誰かが舌打ち交じりに呟いた。

 

(まるで『トーラスシルバーみたい』…?深雪さんが使った『インフェルノ』と『ニブルヘイム』も起動式が公表されていない高等魔法プログラム…。

混線させずに魔法を使用出来る起動式の開発とそれに伴うCADの調整…八幡くんが開発した『アクティブ・ブラスト・オービット』に『アブソリュート・ゼロ』…どちらも複合二種の高等魔法のプログラム…。

これって「みたい」じゃなくて本人たちじゃなくちゃ不可能なんじゃ…)

 

『司波くんと八幡くんは『トーラス・シルバー』と『ファントム』ってどんな人だと思います?』

 

『「ファントム」はそうですね…意外と俺たちと同じ日本人で仕事人気質な青年かもしれません。』

 

『そっすね…「トーラス・シルバー」は何処にでもいる普通の兄ちゃんかもしれないですよ?』

 

達也と八幡が「ファントム」と「トーラスシルバー」について感想を述べた時の事がフラッシュバックし彼らの声が聞こえた。

 

(まさか、まさかまさか…まさか!?)

 

あずさの意識はそちらに向いており決勝戦の第一ピリオドをほのかとスバルの二名が圧倒的なリードを奪い終了していた。

 

 

『試合終了!』

 

大歓声のなか女子新人戦ミラージ・バット最終戦が終了した。

 

『優勝第一高校光井ほのか選手、準優勝第一高校里美スバル選手

女子新人戦ミラージ・バットは第一高校のワンツーフィニッシュです!』

 

ほのかとスバルが喜び合う姿を関係者席で真由美達も見ており笑顔で拍手を送っていた。

不意に真由美の端末が震え連動しているイヤホンに十文字からの連絡が入った。

此方も喜ぶのに十分な内容であった。

 

「そう!やったわね十文字くん」

 

怪訝に思ったあずさが真由美に聞き返す。

 

「どうしたんですか会長?」

 

「モノリスコードの件で十文字くんが委員会を口説き伏せたそうよ」

 

真由美のコメントに隣にいた摩利も反応する。

 

「八幡くんはともかくとしてアイツが頷くというか…」

 

頭を抱える素振りを見せる真由美。

 

「そこが頭の痛い問題なのよねぇ…」

 

◆ ◆ ◆

 

結局女子新人戦ミラージは俺と達也が試合開始前に宣言したとおりほのかと里美のワンツーフィニッシュで優勝を奪い去った。

天幕に戻ろうとするが姉さん達にミーティングルームへと何故か達也と共に連行されて、そこでは某○ックのハッピーセットのCMの様に興奮した同学年の女子達とは対照的に感情を抑制し表情も改まった生徒会メンバー(深雪は此処にはいない)と第一高校の三巨頭が俺たちの前に鎮座しており、その他にも五十里先輩に桐原先輩というメインメンバーも一同に介していた。

 

「今日はご苦労様、期待以上の成果を上げてくれて感謝しています」

 

姉さんが随分と生徒会長モードになって形式張った言葉を俺たちに掛けてきておりその言葉を発する前に十文字先輩に目配せしているのに俺と達也は気がついた。

俺たちは姉さんのコメントに返答する。

 

「選手が頑張ってくれましたので」

 

「8:2で選手の力が大きいから本当に俺たちは本当に補助だけですけどね」

 

此方も達也は無難な形式張った答えを返し俺は無意識に悪態をついて返答する。

妙な緊張感が室内に広がっていたが俺の返答で若干空気が弛緩したようで姉さんは苦笑しながら労いの言葉を掛ける。

 

「もちろん光井さんも里美さんも他の皆が頑張ってくれた結果です。

でも達也くんと八くんの貢献が大きいのは此処にいる全員が認めているわ。特に八くんに至っては選手と技師の二足の草鞋を履きながら今大会に尽力してくれたのもありますから。

君たちが担当した三競技で事実上無敗…現段階で新人戦の2倍以上のポイントを確保できたのは達也くんと八くんのお陰だと思っています」

 

「…ありがとうございます」

 

「…」

 

達也は少し間をおいて、控えめに頭を下げた俺も軽く頭を下げる。

少しの間をおいて俺は姉さん達を見つめるが何故か会話を切り出そうとしない。

姉さんが十文字先輩を目で抑えていたがどうやら言いづらい内容らしい。

…大体の予測をすることは出来たがまさか俺に説得に加われというんじゃないだろうな姉さん達?

俺がそう言った意味を込めた視線を向けると十文字先輩が軽く頷く。

やっぱりでしたか…

 

姉さんが観念したように少し長いまばたきをした。

 

「此処まで来たら新人戦も優勝を目指したいと思うの」

 

「姉さんちょい質問いいか?」

 

「ええ、なにかしら八くん」

 

「モノリスはうちの高校が棄権したんじゃないのか?」

 

「十文字くんが委員会と相談して「不慮の事故のため特例として大会参加を認める」ということになったので試合は続行できるわ」

 

まさか此処で十師族の権威をつかったのか?十文字先輩…まぁ確かに事故を仕組まれて「お前大会参加無理ね」と言われたら頭には来るかもな。

 

「分かったよ姉さん」

 

「話を戻すわね。達也くんと八くんは三校のモノリスコードに一条将輝君と吉祥寺真紅郎君が出場するのは知っている?」

 

知っているもなにも俺たちの前に来て「参加する」と宣言していったんだよなぁ…

その事を思い出し俺と達也は苦笑いを浮かべながらだか頷いた。

 

「そう…あの二人がチームを組めばトーナメントを取りこぼす可能性は限り無く低いわ。彼らが優勝してしまうと当校が新人戦優勝することは不可能になります」

 

故に

 

「だから達也くん、八くんと共に負傷した森崎くん達に代わってモノリスコードに出て貰えませんか?」

 

姉さんから告げられた用件は俺の予想…というよりも達也も予想していた内容であった。

 

「二つほど、お訊きしてもよろしいですか?」

 

「ええ、なにかしら」

 

「なぜ自分なのでしょうか、他に一度しか出場していない選手がいるなかで自分のような選手でもないエンジニアが?それに二科生である自分が抜擢されてしまえばのちのち精神的なしこりを残すのではないかと」

 

達也からの反論に姉さんも渡辺先輩もぐうの音も出ていない。

 

当然だろう今年度がよくても来年、再来年の本戦に遺恨を残すようであれば本末転倒になるからだ。

姉さん達からの反論がないことを確認した達也は「これでこの話は終わりだ」と判断して達也は辞退の言葉で締め括ろうとしたがそうは問屋が下ろさない。

 

「そう言うわけなのでお断り…」

 

「甘えるな、司波」

 

十文字先輩のずっしりとした重みのある言葉が響く。

その言葉に達也は咄嗟に返答できなかった。

 

「十文字くん?」

 

姉さんが十文字先輩を見る。

 

「お前は既に代表チームの一員だ。

そしてお前はリーダーの七草が選んだメンバーである以上はリーダーの決定に従うのは当然」

 

俺はなんというジャイアニズム…と思ったが率いるものはこのぐらいの横柄さがなければ務まらないだろうなと思う。

十文字先輩がさらに言葉を繋ぐ。

 

「逃げるな司波。

例え補欠であろうとも選ばれた以上は務めを果たせ」

 

この台詞は「九校戦」のみに念頭を置かれた言葉ではなかった。

しかし、達也は未だに悩んでいるようだったので逃げ道をつぶ…じゃなかった、俺が手をさしのべる。

 

「確かに新人戦の連中から選んで即席のメンバーを組んだとしても俺の足を引っ張るような連中しかいねぇしな。

合わせられんのはお前だけだ…。つーわけで達也、一緒にチーム組んでくれよ」

 

(八くん…)

 

(本当に人誑しだな八幡くんは…)

 

俺の発言に姉さんと渡辺先輩がほほえましいものを見るような表情で見ていた。

十文字先輩は満足げな表情だ。

 

「!?…悪人だなお前は」

 

俺の発言に面食らって驚く達也だったが少し笑みを浮かべて隣の俺に向き直る。

 

「俺が悪人なら全世界の人間が善人になっちまうくらいには悪いやつだぜ」

 

柄にもなく隣に座る達也に拳を握って右手を上げると達也も左手を拳を握って挙げて互いに打ち合わせるようにぶつけた。

 

先輩から逃げ道を塞がれ、俺から後押しの言葉を貰って達也が出した答えは一つだった。

 

「分かりました。義務を果たします」

 

姉さんと渡辺先輩が笑みを浮かべ十文字先輩はしっかりと頷いた。

 

残りのもう一人のメンバーは達也と同じクラスメイトから選ぶことになった。

少し反論が服部先輩から出たが達也が根拠を述べると「そうか…」といっておとなしくなった。

ほんとに丸くなったよな服部先輩…

 



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妹たちは兄が心配

まだまだ終わらない九校戦…文字数がえらい事になったので分割して投稿します。

コメント高評価お気に入り登録有り難うございます。

誤字脱字報告も有り難うございます。

八幡と義妹たちのイチャイチャがかけてればいいなぁ…。

そしてまだモノリスまで行かないと言う…。

それでは最新話どうぞ!


九校戦七日目で新人戦三日目の夜。

 

本日の九校戦の試合が終了し熱気も収まった頃、高校生数名が一同に会しホテルの一室にて話し合いをしていた。

ただ決して明るい話と言うわけではなく…

 

「なぁ、達也に八幡。マジ?」

 

訝しげ、と言うよりも途方に暮れた顔で問いかけてくるレオに対し

 

「七草会長はともかく、十文字会頭がこんな手の込んだ嘘を付くと思うか?」

 

達也の回答は突き放した様なものだが。

 

「いや、会長さんならともかく、ってのも俺にはよく分からんのだけどもよ…はぁやっぱりマジか」

 

今にも自分の頬をつねり出しそうな勢いでレオが深い溜め息をついたのを見て俺が茶化す。

 

「レオって意外にも繊細なのな」

 

「お前ほど強心臓じゃないんだよ…マジか」

 

俺との会話で少しは落ち着いたのかベットに腰を下ろしていた。

あの、それ俺の使ってるベットなんだけど…って頭乗っける部分に尻を乗せるな尻を!

 

ミーティングルームでの一連の流れの後にモノリスコードに選出(達也が有無を言わさず選んだ)したレオを選手達のいるホテルとは別の宿泊先から引っ張ってきて幹部総出で一人に代役を引き受けさせた後…

というかあれは俺も見ていたが本当にひど…もとい戦慄を覚えるような強制の仕方だった。

今目の前にいるレオは何時ものようにエリカとの漫才もする気力がないほどと疲弊しているということなのだろう。

 

此処は俺と達也が使っているホテルの一室で今後の段取りをするために達也が顔合わせ(という名の指名)後に引っ張って来ていたのだ。

 

此処にエリカと美月、幹比古がいるのはある種の「お約束」になるだろうが。

ちなみにだが深雪と雫そしてほのかは同学年の里美や明智に捕まって狂騒と言う名のメビウスの輪の中から抜け出せずにおりモノリスで代役を立てることをまだ知らされていない。

 

「達也が推薦して俺が受領してんだから逃げ場はないぞ?何だったら俺と幹比古交換して欲しいぐらいだ」

 

「いや流石にそれは…」

 

幹比古が反論する。

 

「でもよぉ…俺なんにも用意してないぜ?」

 

「なんだそんなことか…それなら心配要らないぞ?それをいうなら達也も無理矢理決めさせられたからな、準備すらしてねぇぞ?」

 

「ああ」

 

達也が俺の返答に頷く。

その反応にレオが不安げな様子を見せる。

 

「いや、それ不安しかないんだが…」

 

「安心しろって。それが無理なら心配無用だ」

 

「やっ、それ同じ意味だから」

 

突っ込みを入れてきたのはエリカだった。

いい突っ込みだなM-○グランプリも夢じゃないぞエリカ、とまぁそろそろふざけるのもいい加減にしようかと言ったところで達也が喋る。

 

「八幡がこう言っているが大丈夫だ。防護服とアンダーウェアは中条先輩に頼んである。

ああ見えて中条先輩は段取りのいい先輩だからな。

抜かり無くジャストサイズの物を揃えてくれるさ」

 

ああ見えて…って意外にも辛辣なコメントに俺は苦笑いを浮かべるしかなかったが《外見に反してしっかり者》と言う評価なのは全員が一致しているようだった。

 

「CADは八幡が準備する。

今回はレオだけにフォーカスを当てればいいから調整に関しては俺が行う。

時間はあるが一時間でバッチリ調整してやる。

八幡にはレオが使用できる新魔法を作成して貰うぞ。手数は多い方がいいからな」

 

「俺もやんのか…りょーかい。

レオにあの《魔法》を使わせてみるのも一興かもな…だとしたら試作してた《アレ》が使えるな…」

 

「おい、八幡お前のトンデモ魔法の実験体にしないでくれよ」

 

八幡がぶつぶつと呟き不安なことを色々と発言しているのを聞いたレオが「うへぇ…」と言った表情を浮かべている。

 

CADを白紙の状態から魔法師個人に合わせて使用可能にするのは至難の技で通常であればその3倍の時間、つまりは三時間掛かってしまうと言われている。

さらに新しい魔法をその個人用に作成するのはさらに難易度が跳ね上がってしまうのだが…

レオそしてエリカと美月達はあまり驚いた様子は見られなかった。

 

一つ目に「一時間」と言うのがスゴいのかよく分かっていない点と八幡と達也両名のこの4日間での活躍…「ビックリ箱」を散々見せつけられたことで「この人達ならなんでもありなのでは?」という思いが出てきているのだった。

 

「大丈夫?もう21時だよ?自分のもあるでしょう?いくら達也くんと八幡が早いからといっても…」

 

この四人のなかでは比較的CADの調整の手間を知っているエリカが唯一、心配そうに問いかけてきたが…

 

「大丈夫だ。自分のは十分で終わる」

 

「マジか達也。俺は30分ぐらい掛かるんだが…?」

 

目の前にいる規格外の友人達を見て杞憂だったことが判明しエリカは盛大に溜め息を付いた。

 

「30分以内に終わる…そう30分以内ね。何だか心配するのも馬鹿馬鹿しいと思ってきたわ」

 

こうしてはじめて参加するレオと達也。そしてエリカ達にモノリスコードのルール説明を行い選手であるレオから質問が投げ掛けられる。

 

「…ってことはディフェンスの役目は敵のチームをモノリスから十メートル以内に近づけないこと、鍵の魔法式を打ち込まれてもモノリスが開かないように押さえていくこと、モノリスを割られてもコードを読み取られないように敵の邪魔をすること、の三つでいいのか?」

 

「今年のベストアンサーだぞレオ」

 

レオの的確な問いかけに満点を出した。

 

「普通は対抗魔法で《鍵》の発動を阻止するんだがレオの硬化魔法でもモノリスの分割は阻止できる。

『割れたままの状態を維持するから』モノリスを『再びくっつけることには』ならないしな」

 

「いいたかないが八幡、それって立派な『悪知恵』だぜ…?」

 

「俺は悪巧みの達人なんでね…いっちゃなんだがもっとルールすれすれなものもあるが…聞くか?」

 

「いや、やめとくぜ…」

 

苦笑いで俺の提案を聞くのを断ったレオだった。

 

「『鍵』の方は理解できたけどよ。敵を撃退するのはどうしたらいいんだ?」

 

気を取り直したレオが質問を続行する。

 

「殴る蹴るはダメなんだろ?自慢じゃないけど遠距離攻撃は苦手だぞ?」

 

「ああ、それについては解決策はあるっと…。ちょっと待ってろ」

 

俺は立ち上がり荷物を置いている部屋内の通路へ向かう。

一つのキャリーケースを引っ張り出して来ると室内にいた全員が此方に注目した。

…やりずらいんですけどね。

 

キャリーケースを開くと、拳大のものと縦幅ギリギリなサイズの長物をいれるための2つのアタッシュケースがあり、それらを取り出してセキュリティーを解除する。

 

「これを使う」

 

開かれたケースの中にはブレスレット…というよりもスタイリッシュなガントレットと特撮番組で光の巨人が武器として使っているような直剣型のデバイスが入っていた。

 

「だからよ…打撃攻撃は禁止…」

 

「その前にこれを読んでみ」

 

そう言って俺はレオに九校戦のパンフレットを手渡す。

 

「モノリスコードのルール…?」

 

「ああ、そこにも書いてあると思うが魔法で質量体を飛ばして相手にぶつけてもルール違反にはならない」

 

「質量体を魔法で飛ばし…ってこのCADって刃先が飛ぶのか?」

 

手渡した武装デバイスを訝しむように見るレオに補足説明してやる。

 

「そいつは俺が暇潰しに作った武装デバイス『フォトンアース』。達也からの話だけしか聞いて無いからレオが得意とする『硬化魔法』に特化したCADになってるんだが、調整までは済んでないからそれは達也に任せるとして…そしてもう一つのこいつだ」

 

「うぉっと…投げるなよ。これは?」

 

もう一つのブレスレット型のCADを投げ渡すとレオが慌てて受けとる。

 

「そいつは武装一体型デバイス『レグルスパーク』だ。

でそっちには俺が開発してた新魔法の起動式が入ってるからそれも達也に威力調整と魔法式の文法チェックをして貰ってくれ」

 

「威力調整しないといけない程なのか?」

 

「…ちょっと興が乗ってな。やりすぎた」

 

「お前な…」

 

視線を逸らすと達也が呆れている。

仕方ないじゃんよ…興が乗っちゃったんだから。

 

「それはいいとして…うへぇ~ブッツケ本番かよ」

 

「明日は全部ぶっつけ本番みたいなものだ。全員な」

 

レオに不適な笑みを俺は向ける。

 

「安心しろそのCADに関しては市販品よりも高性能で使いやすくしてるからな」

 

「まっ、だったら大丈夫かね」

 

俺の笑みに答えてレオも不敵な笑みで答え二つのCADを改めて受け取った。

 

その後そろそろ時間も夜遅くになってきたのと女子達がこの部屋にいることが知られると面倒になるので解散することになった。

 

時間は少し遡る。

 

「あーちゃん、それじゃこの身体データに合わせて防護服の調達をお願いね」

 

「わかりました」

 

先のモノリスの件で参戦するメンバーが確定したため防護服を準備するためだ。

更に参加するメンバーで選手として大会に観戦で来ていたレオと技師の達也のためのアンダーウェアの準備をしなくてはならないのだ。

 

真由美に手渡されたデータを片手に運営委員会へ赴き参加選手分(八幡の分は破損していたので此方も)を調達しあずさはその小さな体で大きめのバック三つ分を背負い手に持ちその足で八幡達の部屋へ向かった。

 

(仕事とはいえこんな夜更けに男子の部屋に行くのは緊張するなあ)

 

八幡達の部屋に到着しドアの前で声を掛ける。

 

(ふう…)

 

「司波くん、中条です」

 

1拍遅れて返事が返ってきた。

 

「うっす、今開けます」

 

ガチャリと開けられると部屋内にはレオと達也がいた。

 

「会長に頼まれたものを持ってきましたよ」

 

「すみません中条先輩重いのにわざわざ…あ、持ちます」

 

「ありがとうございます」

 

レオがあずさが持つ防護服が入ったバックを手に持ち、あずさは背負ったバックを下ろすために室内へ入る。

そのなかには同室である達也の姿もありパソコンに向かい合っている姿が見えた。

あずさが室内に入ってきたことに気がつきあずさに近寄る。

 

「たぶん全員体型にフィットするはずなんですけど。あれ?ところで七草くんは…」

 

「ああ、八幡なら用事があって外出しましたよ…。ありがとうございます、遅くにすみません」

 

荷物を受け取り邪魔にならないところに達也が置いている。

ふと達也の背後にあるパソコンに映るものが気になったあずさは達也へ質問する。

 

「あれは何をやっているんですか?」

 

「ああ、起動式の書き換えですよ」

 

「ええっ!?今からですか?明日の試合前にはちゃんと寝ておいたほうがいいんじゃ…」

 

「大丈夫ですよ。調整するのはレオの分のCADと魔法式だけなのであと数十分で終わりますし」

 

「数十分!?」

 

「あ、いえ先輩が来る前からやってるのでデバイス一つで1時間ですね」

 

「はい?」

 

もうあずさは疑問符を浮かべるしかできなかった。

達也は思い出したかのように目の前にいるあずさに協力を要請した。

 

「ああそうだ、もしお時間大丈夫でしたら文法チェックをしていただきたいのですが?」

 

咄嗟の協力に面食らったがあずさは好奇心のほうが勝ったので達也が調整している魔法式のチェックを引き受けた。

するとそこにはあずさが見たこともない魔法式が羅列されていた。

 

(!?なに、これ…これを一時間で調整…?これは複合魔法の起動式…かな。複雑過ぎて簡易チェックしかできない『放出』と『収束』?何の魔法なのこれ?)

 

思わず聞いてしまったあずさ。

 

「この魔法式は?」

 

「ああそれですか?八幡が作成した魔法ですよ。相変わらずおかしいですよね」

 

「す、スゴいですね…」

 

思わず作り笑いで達也の返答を受け取り、その後達也はレオと共に会話を繰り広げていたが先ほどの魔法式を見たあずさは考え込んだ。

 

(複合魔法の起動式をいとも簡単に作成する七草くんにそれを調整できてしまう司波くん。やはり彼らこそが…!!)

 

(なぜだろう…視線を感じる)

 

視線を感じ振り返る達也に気がつきあずさは急ぎ視線をそらした。

 

 

達也達が何時ものメンバーと解散しあずさが明日の試合のための用品を持ってくる前の時間。

八幡は義妹達から呼び出されていた。

 

八幡は何故か双子の義妹達の前で正座をさせられており場所は八幡達選手が使用しているホテルではなく泉美と香澄が宿泊しているホテルの一室であった。

 

(何で俺正座させられてるんだ…?)

 

その八幡の心の声が聞こえたのだろうか泉美と香澄が八幡の頭上から見下すように言葉を掛ける。

その言葉は普段の義妹達からは想像できないほど刺々しいものだった。

 

「今「何で正座させられてるんだ?」とお思いになられていますか?普段よろしく本当に鈍感ですわねお兄様?」

 

「今僕たちが何で正座させているのかわからないのかな?本当に鈍感だね兄ちゃん?」

 

「いや、マジでなんで俺が正座させられてるのかわかんないんだけど」

 

その言葉に泉美と香澄が顔を見合わせてたあと八幡の顔を見て溜め息をついていた。

その反応に訳もわからない八幡。

その答えを言う泉美と香澄は八幡に近づく。

 

「お兄様…」

 

「兄ちゃん…」

 

(え、俺もしかしてビンタされちゃう?何で俺に対して怒ってるのかてんでわからんのだが…まぁそれで泉美と香澄の怒りが収まるなら許容範囲内だな。

受け止めるぐらいの度胸がなければ七草の兄は務まらないからな…。さぁどんと来い!)

 

なにかを勘違いした八幡は立ち上がり両手を広げる。

近づく義妹達は一瞬戸惑っていたが八幡に触れ合いそうになるまで近づき受け入れるために八幡は見据えるがそれは予想とは異なっていた。

 

「は…?」

 

彼が間の抜けた声が出たのは義妹達から抱き付かれていたことだった。

義妹達のすすり泣く声が聞こえる。

 

「お、おいどうしたんだよ?何処か痛いのか?」

 

八幡が聞くと首を振って否定する。

 

「どうしたんだよ急に泣いたりして」

 

困ってしまう八幡を他所に抱き付いたまま離れない泉美と香澄。

暫くすると八幡に顔を見せぬままその答えを言う。

 

「ぐすっ…本当にあの時の崩落の際に心配したんですからねお兄様…」

 

「ひっぐ…兄ちゃん大ケガしちゃったんじゃないかって…」

 

先程の怒りはどうやら泉美と香澄を心配させたことによるモノだったらしいことを認識した八幡は、泣く程に心配してくれた義妹達をあやすために両手の行き場が無くなったためその手を頭に乗せて撫でた。

 

「そっか…心配してくれてたのか」

 

「…」

 

「…」

 

暫く無言で頭を撫でる行為が続く。

すると泉美と香澄が顔をあげ瞳を赤くして視線を向けてくるが、目を逸らさず八幡は交互に見つめる。

 

「ごめんな泉美、香澄」

 

「ぐすっ…許してあげません…」

 

「ひっぐ…許してあげない…」

 

「…どうやったら許してくれるんだ?」

 

まさかの「許さない宣言に」驚く八幡。

 

泉美と香澄二人は瞳を紅く…ではなく顔を紅くして八幡が許しを獲る方法を教えた。

 

「今日は私達と一緒に居てくださいましたら許してあげます…」

 

「泉美の言う通り僕たちと…一緒に居てくれたら許してあげる」

 

「は?いや…それはダメだろ」

 

「でしたら許してあげません」

 

「だったら許してあげない」

 

「ええ…?」

 

つん、と八幡からそっぽを向いた義妹達に頭を抱えるしかなかったがこの状態でも可愛い義妹達め、と思える程度にはやはりシスコンだった。

前門の泉美に後門の香澄という逃げられない袋小路に追い詰められた八幡は妥協案を出すが…

 

「ダメです」

 

「ダメだよ」

 

「だよな。はぁ…わかったよ。だけど此処には小町がいるんだから止められると思うんだが…」

 

小町がいるから追い出されるだろうなと期待したがそれは泉美から伝えられた。

 

「大丈夫です。小町なら今日はお姉様のところにいますので」

 

「おう…小町ちゃんなんでこのタイミングで姉さんのところ行っちゃったの?」

 

もはや最後のストッパーさえいなくなり覚悟を決めるしかなかった八幡であった。

 

 

場面は切り替わり真由美と摩利がいる部屋には小町がいた。

 

既に寝る準備をしていた真由美が入っているベットに寝巻きで潜り込んでいた小町はすり寄っていた。

その光景を摩利は微笑ましいモノを見るように

 

「嬉しそうね?小町ちゃん」

 

「お姉ちゃんと一緒に寝れるのが楽しみなんですよ~(泉美と香澄からお兄ちゃんのことで追い出されちゃったからお姉ちゃんのところに避難するしかなかったんだよね…)」

 

「そう?泉美ちゃんも香澄ちゃんも来ればよかったのに」

 

「いや此処選手のホテルだからな真由美…」

 

そのコメントに呆れている摩利。

 

「たまには小町が真由美お姉ちゃんを独り占めしてもいいでしょ?(まぁ、たまには真由美お姉ちゃんに甘える日があってもいいよね?それよか泉美達がお兄ちゃんと『一線越えちゃうか』心配だよ…大丈夫だよね?)」

 

「そうね…たまには小町ちゃんをぎゅっとして寝るのもいいかもね」

 

同じベットにいる真由美が小町を優しく抱き締めると小町は何だか睡魔に襲われた。

 

「ふぁあ~眠たくなっちゃったよ(まぁ、大丈夫か…って段々眠たくなってきた…)」

 

「おやすみ小町ちゃん…」

 

「…おやすみなさいお姉ちゃん、摩利さん」

 

「おやすみ小町くん…」

 

電気を消して小町達は眠りについた。

既に小町の頭の中からは泉美と香澄の事など睡魔によって追い出されてしまった。

 

◆ ◆ ◆

 

小町達が眠りに落ちる前の時間。

 

(これどういう状態なんだ…?)

 

泉美達が使用している客室は最高級のスイートルームであり置かれているベットはキングサイズのものが一つだけ。

俺は地面にでも寝ようとしたが泉美達からの必死の抵抗があったため香澄達が使用しているベットに横になっているのだが…

 

(なんで俺は義妹達のお風呂を上がり終わるまで待ってなきゃいけないんだ…?)

 

隣の浴室から壁が薄いのか水の流れる音が聞こえる。

時間潰しをしようにも道具は俺が使っている部屋に置きっぱになっているので取りに戻ることができない。

 

(文庫本でも持ってくるんだったな…)

 

そんなことを思案していると段々頭が重くなってきたな…

目蓋が落ちそうになった瞬間ガラりと浴室の扉が開く音が聞こえる。

俺はそちらに目を向けると意識が覚醒した。

 

そこには湯上がりでしっとりした様子で何時もの雰囲気とは違う色っぽさを漂わせる義妹達がそこにはいた。

何故だか妙に緊張してしまう俺がいて必死に心の中で頭を振る。

 

(なに考えてんだ俺は…相手は泉美と香澄だぞ?)

 

動揺するのを隠すために泉美と香澄に話しかける。

 

「もうお風呂上がったのか?」

 

「は、はいお風呂をいただきました」

 

「う、うん。兄ちゃんは入らないの?」

 

「俺は向こうで入ってきたから寝るだけだな」

 

俺がそういうと残念そうな表情を浮かべており更に顔が赤らんでいるようだったので湯中りでもしたのだろうかと想像し寝るための準備をするために上着を脱ぐ。

 

「そうですか…(お兄様のお背中流して差し上げようと思いましたのに…///)」

 

「そうなんだ…(兄ちゃんと一緒のお風呂に入って…うわわわっ///)」

 

「泉美と香澄、顔紅いけど大丈夫か?」

 

「い、いえなんでもありませんわお兄様。もう夜も更けてきていますし床に就きましょう」

 

「な、なんでもないよ兄ちゃん。そろそろ寝ようよ」

 

「そうだな明日も早いし寝ようか」

 

そういってベットに入ると早速問題が発生した。

 

「お兄様は真ん中です」

 

「兄ちゃんは真ん中だよ?」

 

「え、お兄ちゃん端っこでいいんだけど?」

 

「ダメです!」

 

「ダメだよ!」

 

またもや強い圧によってキングサイズのベットの真ん中にポジショニングすることになりその左右に顔の紅い泉美と香澄が陣取ることになり川の字になった。

 

ベットに入り数刻経ち八幡は眠ろうと目を閉じるが左右の泉美と香澄の体温を感じてがなかなか眠れない。

それは左右にいる泉美と香澄も同じようで声を掛けられる。

 

「お兄様起きていますか?」

 

「兄ちゃん寝た?」

 

「…起きてるよ」

 

結局眠りにつけずに駄弁ることになるわけだが。

泉美と香澄が俺が何故今日の試合で無事だったのかを確認したかったらしい。

 

「お兄様は今日の試合で何故無傷だったのでしょうか…」

 

「それは僕も気になった」

 

「ああ、それか…。俺が特殊な拳法を使用できるのは知ってるだろ?」

 

俺がそういうと泉美と香澄が頷いた。

 

「《四獣拳》…でしたかお兄様?」

 

「ああ、モノリスの試合で崩落に巻き込まれたときに咄嗟に防御の型を発動させていたんだよ。

あの型は使用者のサイオン量で戦闘機の機銃ぐらいなら防げるからな…ただそれだけだと大ケガは免れなかったからギリギリまで魔法を使わなかった、いや使えなかったんだ。

まだあのタイミングだとカウントが数え終わってなかったし、

フライング…って可能性もあったからな」

 

「…そうだったんだ」

 

四獣拳の一つ。難攻不落、戦闘機程度の機銃なら受けてもびくともしない防御の型《玄武》を使用したことで俺はあの崩落に巻き込まれずに済んだのだ。

 

…まぁそれでも怪我は免れなかったため『初期化』を使う羽目になってしまったが此処では明かさない。

姉さんや泉美に香澄、そして小町にも教えていないのだから。

 

その事を聞いた泉美と香澄は安心したのか俺に更に密着して腕に抱き付くような形となる。

風呂上がりのボディーソープの合成された花の匂いと泉美と香澄自体の女の子特有のいい匂いが俺の鼻につく。

それと同時に俺の鼓動も不意に早くなったがそれを表に出さないようにする。

 

「どうしたんだ二人とも?」

 

「お兄様のご自慢の技があるのはわかりましたが無茶はしないでくださいね?もしお兄様が傷つかれたら私は悲しくなってしまいますから…だから今日はお兄様が何処かにいかないようにくっついておきます」

 

「僕も兄ちゃんが怪我したら嫌だから無茶しないでね?今日は兄ちゃんが僕たちに心配させたので罰として起きるまで離れちゃ嫌だよ?」

 

身動きが義妹達によって封じられてしまったので逃げ場はなく俺は仕方なくその提案を受け入れるしかなかった。

 

「はいはい。それじゃ寝るぞ」

 

「はい、おやすみなさいお兄様…」

 

「うん、おやすみなさい兄ちゃん…」

 

二人の声を聞いて俺は疲労がピークに達していたのだろう直ぐ様眠りに落ちてしまった。

 

 

八幡が就寝したときに左右の双子はまだ起きていた。

小声で兄を挟んで会話をする。

 

「香澄ちゃん起きてます?」

 

「…うん起きてるよ泉美」

 

少し体を起こし寝ている兄を見る。

寝顔は穏やかで寝息をたてており多少の物音では起きなさそうだった。

 

二人は言葉を交わすわけではなく打ち合わせをしたように八幡の頬に近づいた。

 

泉美と香澄の心臓の鼓動が早くなるがそんなものお構いなしと覚悟を決めた。

 

(お兄様…こんなことは卑怯だとは思いますがこれは罰なのです。心配させたりいつのまにか可愛い女の子に好意を寄せられてしまうお兄様への私からの…)

 

(本当はダメだけど…兄ちゃんが僕たちを心配させたり女の子といちゃついてるのがいけないんだからこれは罰なんだよ?)

 

泉美と香澄は八幡の頬にキスをして再びベットに潜り込み密着した。

 

「愛していますお兄様…」

 

「大好きだよ兄ちゃん…」

 

満足げな表情を浮かべて眠りについたのだった。

 




レオに変更したのはこれがやりたかっただけです…幹比古すまない。


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獅子のち悪魔または理不尽

申し訳御座いません以前投稿したものを編集して原作戦闘の内容を自分なりにアレンジした再編集版になります。

投稿したあとに「これ達也と八幡やってること一緒やん」となりレオの活躍をいれましたが納得がいかず変更したという流れになります。

しおりやお気に入り登録コメントしていただいた読者様には感謝です。

今回の魔法理論も割りとガバガバですが生暖かい目で見てください!

気に入ってくれましたらコメントと高評価いただけると嬉しい…。

再編集版それではどうぞ!




朝になり九校戦八日目にして新人戦最終日は困惑の空気と共に幕を開けた。

 

いや、俺が朝起きたら泉美と香澄に抱きつかれていたのは困惑したんだけど。

俺はいつから泉美と香澄の抱き枕になったんでしょうか?

と言うよりもそろそろ高校生にもなるのに義兄である俺と寝ようとするのはそろそろ止めてほしい。

八幡は妹達の将来の行く末が心配…という冗談は置いておくことにしてだな…。

 

前日のモノリスコードで、前例の無い悪質なルール違反がありその為試合続行不能になった第一高校チームは通常であれば残り二試合が不戦勝のところを大会運営の裁量により代理チームの出場によって続行が認められたそうだ。

 

天幕にて姉さんと生徒会の面々が一同に介しており試合に出る俺と達也、レオは防護服とCADを装備して集合していた。

 

「三校と八校は決勝トーナメント進出確実。一校の二勝には四校の不戦勝が含んでいるからもう一勝必要…しかしその一勝で本来不戦勝で進出できた二校と九校のどちらかが落ちることになるから不満を訴えているみたいね。」

 

「そりゃそうだろ姉さん。本来戦わなくていいのならそれが一番楽な筈だからな。」

 

「うちが二試合とも負ければ丸く収まるけど…そうはいかないわ。」

 

姉さんの強い意気込みが感じられた。

それには同意だ。

 

「まぁ出るからには勝つけどね。」

 

「当然出るからには勝ちにいきますよ。」

 

俺と達也が自信満々に宣言すると姉さんはそんな様子を見て笑みを浮かべていた。

 

「余計な心配だったようね…。頑張ってね皆!」

 

「ああ。」

 

「はい。」

 

「うっす。」

 

三人とも違う返事をしていたが覚悟は一緒だったようだ。

 

『九校戦も八日目となりました。本日は新人戦モノリスコードを決勝戦まで行います。』

 

アナウンスが要項を説明する。

 

『第一高校は昨日の不幸な事故により次の選手にメンバー交代を致しました。

第一高校司波達也くん、西城レオンハルトくんそして七草八幡くんは不幸な事故に巻き込まれはしましたが無事が確認されましたので本日のモノリスコードに引き続き参加となります。』

 

第一高校のメンバーの交代にざわつく観客関係席。

 

「あの崩落で怪我なしって…。七草は異能生存体かなにかか?」

 

「司波と七草はわかるが…もう一人は誰だ?」

 

「おい、二科生らしいぞ。」

 

「嘘だろ…」

 

「首脳陣は何を考えているんだ?」

 

場面は切り替わりフィールドに移る。

 

「なんか目立ってる気がするんだけど…。」

 

「フィールドにたつ選手が目立つのは当たり前だ。」

 

「レオはそういうことを言いたいんじゃないんだよなぁ…。」

 

レオの言葉に達也が「当たり前だろ」と言葉を掛けるが俺はそれに反応して答える。

 

「やっぱりこれが目立ってるんだろうなぁ…。」

 

レオの腰には俺が手渡した武装一体型のCAD『フォトン・アース』が提げられており俺の視線に気がついたレオは自分の腰に手をかけて目をおとした。

 

しかし注目されているのはレオだけではない、というよりも俺と達也は要注意人物としてマークされていた。

 

第三高校の関係者席でも第一高校の選手に視線を向けているものがいた。

 

「出てきたね彼が。七草くんはあれで無事なのは異常だよ。」

 

「本当に七草は人間なのか疑いたくなってきたな…まぁ、七草が出てくるのは想定内だが司波が選手として出てくるとは思わなかった。」

 

モノリスコードに参加する一条将輝と吉祥寺真紅郎が会話をしていた。

 

「司波くんは2丁拳銃スタイルに加えて右腕にブレスレット…同時に三つのデバイスなんて使いこなせるのかな?」

 

「あいつがやることだ、伊達やハッタリではないだろう。特化型CADを左右のレッグホルスターにロングタイプか」

 

「七草くんも特化型一丁持ちにブレスレット装備か…彼らはどうやら複数のデバイスを使用するスタイルみたいだね。

…しかし司波くんも出来るのに何故二科生なのだろう。」

 

「それは分からないが複数デバイス同時操作…通常ではあり得ないが七草が技術サポートした女子選手が二つを使いこなしていたからな…同時操作はお手の物なんだろう。」

 

この将輝と吉祥寺の会話を具現化したような視線が各校の選手スタッフから八幡と達也に視線が注がれる。

担当競技で悉く上位を独占した忌々しいスーパーエンジニア達。

そしてピラーズ・ブレイクで優勝最有力候補であった一条将輝を倒した七草八幡。

達也に関しては彼が二科生であることを知らない各校のメンバーはその彼がたまたま披露したイレギュラースタイルは驚きと警戒はされども嘲笑するものはいなかった。

 

唯一の例外は他ならぬ第一高校選手団が観戦している関係者席の一角で女子選手達の熱狂的な声援が届いていた。

 

◆ ◆ ◆

 

『モノリスコード新人戦第一高校対第八高校森林ステージにて試合開始です!』

 

「八校相手に森林ステージか…」

 

「不利…よね普通は」

 

真由美と摩利が呟く。

 

第八高校は野外実習に重きを置いており森林ステージは彼らのホームグラウンドだ。

ステージ選択に関してはコンピューターでの自動選択になっている筈だが、本来不戦勝で勝ち上がれた高校に有利になっていると言う大会運営の忖度が見られた。しかし幹部達は特に気にした様子は無かった。

「忍術使い」の達也と「拳法使い」?の八幡がおり今回は前者の達也の「忍術」が遮蔽物が多い有利なステージであることは幹部達は認知していた。

一方真由美は八幡が特殊な拳法を使いこなし此方も達也と同じような周囲と同化するような《無窮・麒麟の型》が有ることを知っているので非常に有利なステージだと思った。

 

早速第八高校のモノリスの付近にて戦端が開かれていた。

 

選手の姿はルール違反監視用のカメラが追いかけておりその映像は客席前の大型ディスプレイに投射される。

今、大型ディスプレイに映されているのは八校ディフェンダーの前に躍り出た達也の背中だ。

 

『なんと!早くも八校ディフェンダーに一校選手が接近!第一高校司波選手です!』

 

「速い…!」

 

「自己加速か?」

 

吉祥寺の呟きに将輝が画面への視線をずらさず肯定する。

 

片ひざをつきディフェンダーの側面に回り込んだ達也がモノリスに疾走する姿が映し出される。

 

「いや、移動に魔法を使っている様子は見られないけど…あっ!」

 

ディフェンダーが達也にCADの銃口を向けた。

先ほど片ひざをついていた選手は体勢を崩されていただけに留まっていたようだった。

拳銃形態のCADが起動式を展開する。

しかし、その直後に起動式がサイオンの爆発によって消し飛ばされたその光景は視覚化処理が施された大型ディスプレイに映し出されておりその画面には達也の先ほどまで空いていた右手には既にCADが握られていた。

達也は先程までは左手にCADを握っていた筈なのだ。

 

「いつの間に?」

 

将輝の問いかけに吉祥寺が答えるがそれは「CADをいつ抜いたんだ?」への回答ではなく

 

「今のは、まさか『術式解体(グラム・デモリッション)』」

 

「『術式解体(グラム・デモリッション)』だって?まさか司波が使えるとは…」

 

ステージでは唖然とし棒立ちになる八校の選手を尻目に達也はモノリスの手前で引き金を引く。

達也が打ち込んだ《鍵》が作動し敵チームのモノリスが割れたのを見て観客席にいるほのか達も喜んでいた。

 

「やった!達也さんがモノリスを開いた!ってあれ?」

 

そのままコードを打ち込むかと思いきや達也は樹々の影へ飛び込むコース取りをしておりそれを八校選手も追撃しようとしている。

 

「入力しないんだ?この展開は初めて見る珍しい。」

 

雫が反応し深雪が理由を述べる。

 

「あら、いくらお兄様でもこの場で使い慣れていないウェアラブルキーボードで512文字のコードを打ち込むのには無理よ。」

 

「なるほど、敵を無効化させてからゆっくり打ち込む戦法…流石達也さん。」

 

「なるほど…堅実的だね。」

 

一方で第一高校のモノリスにも第八高校のオフェンスが迫ってきていた。

 

『一校のモノリスにも第八高校の選手が迫っています!』

 

「ああん!達也くん早くしないと!ほらレオ、ガンバんなさい!」

 

「レオ君頑張って!」

 

第一高校のモノリスが置かれている場所は観客席から一望できる場所にあった。

 

エリカと美月がレオの応援をする。

 

(未だコード入力されていないってことはうちも第一高校も一緒の状況だ…ここで決めてやる!)

 

第八高校の選手が達也と八幡と同じく拳銃形態の特化型CADを構えレオに照準を向けて《エア・ブリット》を発動する。

モノリスよりも先にレオを倒すという算段なのは一目瞭然であった。

 

(モノリスよりも先に俺を倒すつもりか…)

 

木の影から飛び出してきた姿をレオは視認してモノリスの前に陣取るのはレオは腰に提げている《フォトンアース》に手に掛けた。

 

「させるかよ!!」

 

それと同時に《フォトンアース》の刃先が分離飛翔して背面に回り込み八校選手の後頭部に当たり転倒させる。

たまらず第八高校の選手は体勢を崩してしまう。

その隙を逃さずレオは剣を手放し右手に着けた《レグルスパーク》を構える。

オフェンス選手が倒れながらもレオに照準を向けるがレオの気合いの入った音声入力のCADの起動の方が先だった。

 

「ブラスター!!」

 

レオが《レグルスパーク》を着けた右手を軸に左手を重ねTの字を作り出すと光線が発射され、CADごと選手が弾き飛ばされて気絶して試合続行は不能となった。

 

その光景と見たことの無い魔法に観客席が沸き立つ。

特にその光景に子供達がはしゃいでいた。

 

「うわぁ…かっこいい!!」

 

「お父さん僕もあれほしい!」

 

「うおっ!まさかの一撃かよ!」

 

「なんだ今の魔法!?」

 

「音声入力とは…ずいぶんと珍しいモノを。」

 

八幡がレオに渡したCADは音声コマンド型で魔法式の発動スピードを引き上げるために敢えてその形で作成したのだった。

決して八幡が特撮番組を観ながら暇潰しで作成したCADではない。

 

このCADの特徴としては汎用型にはなるのだがあらかじめ決められた音声を入力することで発動することが出来るようになっており「ブラスター」と叫べば威力の高い光線のような放出系統の魔法『Sブラスター』、「ショット」と叫べば三角推のような光線が発動する速度に優れる誘導性能がある放出系統の魔法『Sショット』、「シールド」と叫べば《レグルスパーク》を中心としたレオが得意とする《硬化魔法》を活用できる小型の盾『Sシールド』を張ることも出来る。

そしてかなり丈夫に作られてるので乱暴に扱っても問題ない。

サイオンの消費量も抑えられるように作られておりそれに比例して今回は試合であるので攻撃技に関しては十分に威力が抑えられており直撃しても気絶してチョッと痺れる程度で済んでいる。

 

暇つぶ…もとい片手間で作成したには十分すぎるほどの性能を秘めていた。

 

「おっしゃ!」

 

『第八高校オフェンス第一高校モノリス付近にまで接近しましたがディフェンスにより阻止され行動不能に!』

 

勝利し手を挙げるレオの姿にエリカと美月はホッと胸を撫で下ろした。

 

一方で八幡は樹々の中を疾走しており第八高校の三人目の選手は八幡という理不尽として対峙していた。

 

モノリスを目指し生い茂る樹々の隙間を移動している際に敵オフェンスと会敵し先に向こうが気がつき魔法による攻撃を仕掛けてきたが八幡は正確に魔法を『グラビティ・バレット』による重力弾で打ち落としていく。

 

数発八幡へ魔法による攻撃を仕掛けるが全て叩き落とされ不利だと判断したのか樹々の隙間へと撤退していくが逃げていく選手を確認し悪態をつく。

 

(ちっ…接近戦が出来れば一発なんだが…それだとルール違反になっちまう。威力を殺して攻撃しないといけないのは面倒だな…。姉さんのように上手くはいかないな。

てか木が邪魔…伐採するか。)

 

その背を向けて逃げ出すのは八幡の前では悪手であった。

 

汎用型を発動させ威力を抑えた『フラッシュエッジ』二重展開し『瞳』の力を使い居場所を把握して光輪を敵オフェンスの潜む樹木付近を円で囲むように伐採する。

 

「此処まで来れば…な、なんだ!?」

 

八幡から逃れた八校選手が一息ついて作戦を考案しようとしていたのだが…。

 

「みーっけた…。」

 

「へ?うわぁぁぁぁぁぁ!?!?」

 

敵オフェンスは突如景色が拓かれたので驚愕の表情と悲鳴を浮かべているが戦場で気を取られるのはよろしくない。

それを身をもって体験させるべく特化型を向けて加重魔法を発動し重力波で意識を刈り取ると堪らず相手選手はダウンした。

 

本当は目立ちたくないという理由で《無窮・麒麟の型》を使用し樹々の間で『瞳』の力を使用し狙い撃とうと思ったがこの試合父親である弘一も見ている筈なので流石に引き撃ちばかりするのも…と八幡は思ったのでわりと派手目の攻撃を心がけるようにしたがいたってエコに環境を利用し、動作は最小にを心掛けた。

 

逆に其が強者感が出ているのは八幡本人は気がついていないのだが…。

 

(こんな威力で大丈夫か…。)

 

「かはっ!」

 

「相手が悪かったな。」

 

『第八高校のオフェンスが第一高校のオフェンスにより行動不能です!まさか樹木を伐採して隠れていた敵オフェンスの姿を丸裸にしてしまった!そして的確な加重魔法で意識を刈り取った!これにより第八高校は残り一人となってしまいました!』

 

そのアナウンスを聞きながらモノリスを目指す八幡。

加重魔法を使用し反重力を発動させ10m近い樹木の先端まで飛び上がり木々を蹴ってモノリスまで跳躍する。

 

(…そこか。)

 

数度跳躍すると敵モノリスと敵ディフェンダーの姿、そして達也の姿を確認。汎用型CADを敵ディフェンダー(その衣服部分)とその足下の地面に向けて魔法を発動すると、魔法によって発生した磁力に、大量の砂鉄が這うように敵ディフェンダーに纏わりついて跪かせる形で身動きをとれなくした。

 

「うわぁ!な、なんだ!み、身動きが…」

 

「達也。」

 

「ああ。」

 

突如として動きがとれなくなった敵ディフェンダーは混乱するがその隙をつきが達也が選手の隣を抜けてモノリスにコードを打ち込み解錠させた。

 

試合終了のブザーが鳴り響く。

第八高校のディフェンスを跪かせその隙にモノリスにコードを打ち込み解放した。

 

『ただいま第八高校のモノリスが開かれました。第一高校勝利です!』

 

これにより第一高校は決勝トーナメントに進出が決定した。

その瞬間第一高校の応援席は大騒ぎだった。

 

「勝った勝った!!」

 

「すごいすごい!完勝だよぉ!!」

 

「おめでとう深雪!」

 

「お兄さんすごいじゃない!」

 

「七草くんすごーい!!」

 

「西城くーん!!!」

 

まるでもう優勝したかのような騒ぎだった。

 

 

 

「市街地ステージよ。」

 

「はぁ?」

 

「…昨日あんなことがあったばかりなのにですか?」

 

第二試合である一校対二校の試合はなんと『市街地ステージ』に決定した。

その報告を控え室にやってきた姉さんから受けた俺と達也は絶句していた。

自分達の過失を認めない強情さはどこぞのお偉いさん達の仕事振りを見ているようでなんとも言えない気分になったが仕方がないことだろう。

運営本部もまさか犯罪シンジゲート『無頭竜』が関わっているとは夢にも思わないだろうしな。

 

「……。」

 

俺がそう思っていると姉さんが不安そうな表情を浮かべている。

 

「姉さん?」

 

「あ、ごめんなさい…一番不安なのは八くん達なのに。」

 

「あんなことはもう起こらないから大丈夫だよ。」

 

そういって姉さんに近づき何時ものように頭を撫でると恥ずかしそうに「もう…」と言って不安そうな表情はなくなっていた。

 

(八幡…本当にいつか刺されるぞ?)

 

(居ずれぇ…)

 

そんなことをしていると背後から達也とレオの視線が突き刺さり居心地が悪かったが問題はない。

 

 

まぁ、結果から話すと第二高校との試合も危なげなく…というよりも俺たち即席のチームワークで圧勝した。

今回もレオをディフェンダーとして配置して俺と達也で攻め込み俺が威力を抑えた《グラビティ・バレット》と《瞳》の力で物陰から狙撃…《ファントム・バレット》で意識外からの魔法でオフェンスを全滅させモノリス付近まで近づくとディフェンスが反応するが《グラビティ・バインド》でディフェンスを抑え込みその隙に達也がモノリスを打ち込んで終了。

 

え?全部一人でやれば良いだろって?

それもそうなんだが俺一人でやってしまうと意味がなくなってしまう。

特に達也とレオに関しては舐め腐っている一科が居るのでそいつらに実力を目の当たりにさせてやろうという俺の魂胆があったからだ。

決して俺が楽をしたいわけではない。

 

というわけでこれにより準決勝に進むことになった。

 

達也達が第三高校の試合を見るというので俺もそれについていくことにした。

その為に少し早めに昼食をとることになり達也とレオ達はエリカ達と取ることになり俺も昼食を天幕で取ろうとしたのだがどうも視線(主に女子選手達)が気になる為それぞれ制服に着替えて外で取ることになった。

九校戦では出店を出しているのでそちらで購入して食事を取ろうと考えた。

 

俺が天幕から出ようとすると深雪と雫、ほのかが一緒に食事を取ろうと提案してきた。

それにプラスして他の女子達もいたので流石に一人で食事を取りたかったのでやんわりと断りを入れた。

その際に深雪と女子達から残念そうな表情を浮かべられたが雫が耳打ちしてなんとか収まった。

 

祭りとか縁日で買って食べる焼きそばとかなんであんな上手いんだろうな?これを解明できたらノーベル賞だと八幡は思います。

 

出店のブースへ向かうと本格的な昼時では無いが多数の観客や生徒がいた。

焼きそばを買いに出店へ向かうと聞き覚えの有る声を掛けられた。

 

「八幡様?」

 

振り返るとそこには赤い制服を着用した美少女達がいた。

 

「ん?ああ、愛梨か。それと…」

 

「久しぶりじゃな八幡殿。」

 

「こんばんわ八幡さん。」

 

「あれ?ヒキオじゃん。何でここに?」

 

「三浦とええと…四十九院と十七夜だったか。飯買いに来たんだよ。お前らも早めの昼食か?」

 

「ええ、三校の試合前にと思いまして。八幡様もですか?」

 

「まぁな…ってどうした?」

 

俺がそういうと愛梨を三人が取り囲むように作戦会議?らしきものを始めていた。

 

(愛梨…チャンスじゃぞワシらは三人で食事を取るから愛梨は八幡殿と取るのじゃ。)

 

(愛梨今は司波さん達がいないからチャンスよ。)

 

(よし、愛梨。ヒキオとご飯食べてきな。)

 

(ちょ、チョッとお待ちになって!そ、そんな八幡様と二人っきりで食事だなんて…!)

 

何故かあわてふためく愛梨を置き去りにして俺に振り返る三人は何故かめっちゃ言い笑顔なのはどうしてだ。

 

「八幡殿ワシと栞は用事をおもいだしてしもうたので済まぬが愛梨と一緒に昼食を取ってくれんかのう?」

 

「は?いや愛梨もつれてけよ。」

 

「愛梨は関係ない用事だから私たちが離れると一人になるのよね愛梨が。」

 

「あーしら忙しいからさ。愛梨は今丁度空いてんだよね。今のうちにご飯食べないとジカンナクナッチャウナー。」

 

「というわけなのじゃ!でわなっ!」

 

「三浦はカタコトじゃねーか…っておい!!行っちまったし。」

 

「ち、チョッとお持ちなさい栞!」

 

三浦と十七夜と四十九院がこちらをチラチラと見ておりこれは断れないと踏んだ俺を見た三浦達は俺と愛梨の返答を待たずに風のように俺たちの前から消え去った。

 

この場に残ったのは俺と愛梨の二人となり愛梨に至っては俺を顔を赤くしてチラチラと見ている。

このまま愛梨を一人で放っておくわけに行かないので仕方ないと思うが表情には出さず愛梨の手を取る。

時間は限られているしな…。

 

「は、八幡様!?」

 

「俺と一緒で悪いが昼飯食いに行こうぜ。時間も限られているし。」

 

「わ、分かりましたわ!」

 

声が上ずっている愛梨。

 

「落ち着けよ…。」

 

こうして二人で出店へむかうが会話がないのが辛すぎる。

 

(八幡様に手を握られていますわ…!手を…!)

 

(…って俺いつまで愛梨の手を握ってるんだよ!)

 

その事に気がついた俺は急ぎ愛梨の手を放すと「あっ…」と声をあげて残念そうな声を出した。

残念そうな声をあげた理由は俺には分からなかった。

 

「何か食べたいものとかあるか?」

 

「へ?え、ええ。そうですわね…実は私こういった出店を利用したことがなくて…。」

 

意外というかイメージそのままのお嬢様ということが再認識できた。

 

「そっか…愛梨はお嬢様だからな。買い食いとかしたこと無さそうだし…いろはとは大違いだな。」

 

「いろはのことですか?あの子八幡様にご迷惑をお掛けして…。」

 

申し訳そうな表情をするが全然そんなんじゃないことを伝える。

…まぁ、鬱陶しいと思ったのは否定しないけど。

 

「あ、そういうんじゃないって…中学の時部活の皆で買い食い一度だけしたことあったなって思い出したってだけで迷惑とかそんなんじゃねーから。」

 

「なるほど…そんなことが。」

 

俺はふと気になり愛梨と共に移動しながら質問する。

 

「そういや疑問だったんだ一色家って第三高校に通えるところに有るんだよな?」

 

「ええそうですけれど…それが?」

 

「いや、何でいろはは千葉になんて居たんだ?実家から中学に通った方が絶対に良いだろ。総武中なんて特段珍しいのがあるって訳じゃないし…。」

 

「いろはから聞いていませんか?それに関してはあの子が私の父にわがままを言って転校したいと言ったんですよ。当時は総武中学は魔法科のある進学校でしたしそれに…制服がかわいいという理由と私…が原因ですけれど。」

 

「原因?どう言うことだ?」

 

そのコメントが気になり立ち止まる。

愛梨は俺を見て話し始めた。

 

「いろはは結構プライド高くてあの子が負けず嫌いなのはご存じですか?

今まででも仲は良いのですが、中学に私が上がるといろはも私と同じように期待の目で「一色家の娘」として見られるような事があって、いろはも私もその期待は苦痛では無く互いに魔法の腕を伸ばすために鍛練を続けていまして…。いろはは気がついたんでしょうね…、私といると実力を伸ばせないということに。それで父に言って、当時魔法実技に力を入れていた千葉の総武中に転校を願い出たんです。「お姉ちゃんと居ると自分を甘やかしちゃうから、実家から出て一人暮らししまーす!」と言って、千葉で一人暮らしを始めたんです。」

 

今めっちゃいろはだったな愛梨…。

似すぎじゃね?ってそんなことはどうでも良いがいろはが千葉にいたのはそういった理由だったのね。

 

「そうだったんだな…確かにプライド高いところ有るからなあいつ…てかいろはが妙なところで全力出して相手を叩きのめしてたのそれが理由か…。」

 

正直いろはは総武中学で生徒会長に勝手に推薦されたときに「辞めたい」とは言わず俺たち奉仕部に「ギャフンと言わせたいので手伝ってください」といって徹底抗戦を明らかにして依頼してきていた。

その件に関して葉山や三浦も巻き込んで最終的に中一にして生徒会長に登り詰める事になった。

やはり『一色家』の師補十八家の人間であるので舐め腐らないように実力を示すのが一番だということを分かっているようだった。

推薦した奴らに「ねぇ?あなた達が嫌がらせで推薦した奴が惨めに敗選する様が見たかったけどみんなの投票をもらって私、中学一年生で生徒会長になったんだけどどんな気分?ねぇどんな気分ですかぁ?」と言わんばかりの女子グループにめっちゃ煽ってたのを見て「コイツ怖…」となったのを思い出した。

持上げた奴ら逆に孤立してて可哀想だったもん。

自業自得だが。

 

「それにあの子…男の子相手に対してからかう素振りを見せることがあるのでそのせいで勘違いさせておおごとにさせちゃいましたし…その件でも八幡様に…。」

 

「いや、だから謝んなって。あー…あの件か…。あれは俺が居たからよかったけどな…。」

 

いろはは愛梨と同じく可愛らしい見た目とあざとさ(いろはのあざとさは養殖物)であいつと同じクラスの男子生徒を勘違いさせて危うく傷害事件にまで発展しそうになったがなぜか毎回帰り道を俺と一緒に帰る(というか勝手についてくる)ので俺が彼氏と間違えられたのだ。

何時もと同じように途中で分かれ、人気の無い道でいろはに勘違いさせられたストーカー男が襲いかかり高周波ブレードの魔法を発動して襲われた。そこはやはり女の子、少し動揺し防御魔法を発動が遅れて制服の一部が切り裂かれたいろはが腰を抜かし動けないところを、道を分かれたあとに俺が落とし物をしたのを気がつきいろはのところへ戻る最中に、その光景を見て俺は直ぐ様駆け寄って《不落・玄武の型》を使用。高周波ブレードを素手で受け止められた襲ってきた男子生徒が困惑している隙に掌底を叩き込み、無力化して警察へ突き出したのを思い出した。

 

それからだったか、やたらと部活以外でもいろは俺にやたらと絡み、あざとい仕草を俺に仕掛けてくるようになり、たまに褒めると顔を赤くして早口言葉と言わんばかり速度での罵倒が返ってくるというのがお約束になっていた。

 

俺やっぱり嫌われてたよな?

 

「あの一件で、父に千葉から実家に戻らされたいろはったら、八幡様のお話しかしなくて困ったものですわ。本当にありがとうございました八幡様。(これ考えると、やっぱりいろはも八幡様の事好きよね…?まさか姉妹揃って同じ人を好きになるなんて…。)」

 

再び頭を下げそうな勢いだったので

 

「お礼はもう大丈夫だって言ったろ?はぁ…なんかしんみりしたら腹減ったな…さぁ、行こうぜ!」

 

「は、八幡様!?(こう言うところが凄く良いのよね…。)」

 

しんみりしてしまいそうだったので強引に手を再び取って出店にむかう。愛梨の表情は嬉しそうな顔になっていた。

 

フードコートの空いている座席に座る俺と愛梨。

テーブルの上には出店で買った料理(焼きそば)大盛りを何故か一つだけ購入しそれぞれに飲み物が置かれている。

 

俺が焼きそばに手をつけようとすると愛梨が顔を赤くしながら思案していた。

心配になったので声を掛ける。

 

「大丈夫か愛梨?」

 

「へっ?だ、大丈夫ですわ!」

 

「そうか…冷める前に食べちまおうぜ。冷めると美味しくなくなるし。」

 

俺は焼きそばが乗ったプラスチックの皿から出店でもらった小皿に取り分け愛梨に渡すが一瞬考えたあとに愛梨が切り出した内容に一瞬フリーズした

 

「その八幡様…食べさせてもらえませんか?」

 

「は?」

 

「その…お礼です!いろはと私の仲を取り持っていただいたので!」

 

「チョッと何を言っているのか分からないんですが愛梨さん?」

 

愛梨さんや…それは俺がお礼される方や。

 

「こ、細かいことはいいのです!さぁ!あ、あ~ん…」

 

「は、はいあ~ん…」

 

そう言ってお行儀よく席について俺が食べさせるのを待っている愛梨を見た俺は腹を括った。

焼きそばを食べやすいように麺を切って一口サイズにして愛梨の口元に運んだ。

愛梨は瞳を閉じて長い睫毛が見え顔は若干上向きになり雛鳥のように口を少し空けておりその姿に俺は若干ドキッとした。

箸で持ち上げた焼きそばが愛梨の口の中に入りモグモグと上品に咀嚼する様はなんだが妙に愛らしかった。

飲み込み感想を述べる。

 

「…初めて戴きましたが美味しいですわね。」

 

「そりゃよかったよ。それじゃ…」

 

「今度は私が八幡様に「あ~ん」して差し上げる番ですわ。はい!」

 

そう言って焼きそばを俺とは違って少量を切らずに俺に食べさせようとしてきた。

流石に恥ずかしいのだが…?

俺が渋っていると愛梨が

 

「じ、時間がなくなってしまいますから。それとも私から食べさせられるのはイヤ…でしょうか?」

 

少し悲しそうな表情を浮かべる愛梨に俺は罪悪感を覚える。

めっちゃ卑怯じゃんそれ…。

いやしかし考えてほしいここ公共の場だからね愛梨さん?

そんなことを思っているとその光景を見た一般人や観客がこちらを見て会話しているのが聞こえる。

 

「おい見ろよ食べさせ合いっこしてるぜ。」

 

「すごい美男美女…第一高校の男子生徒と第三高校の生徒だね…。」

 

「おいあれって一校の七草選手と三校の一色選手じゃね?」

 

「え、あの二人って付き合ってるの!?ショック~!」

 

といった声が届き愛梨もハッとなりその顔を紅くしている。

しかし、その手に持った箸を下ろすことはしなかった。

俺がそれを受け取らなければそのままになってしまう事は間違い無いだろうし愛梨もその体勢のままになってしまうので

 

「は、八幡さんはい!あ~ん。」

 

「あ、あ~ん…。」

 

「お、美味しいですか?」

 

「んぐ…お、おう。」

 

正直緊張してなんかを食ったとしか記憶に残らなかった昼食となった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

「どうした八幡?ずいぶん疲労してるみたいだが…?」

 

「…いや、精神的に疲労しただけだ。」

 

「???」

 

観客席側で落ち合ったレオと達也達と集まって三校の試合を観戦する。

観客席は超満員であった。

 

「すげえ超満員だな。」

 

「そりゃ一条の御曹司が出るからな。」

 

「さぁ、敵情視察と行こう。」

 

いつもと同じメンバーも一同に介し着席する。

視線はフィールドにいる一条達が映し出される大型ディスプレイに向けられる。

 

試合が始まってみれば予想以上に一方的な展開になっていた。

自分達を見ている筈の第一高校の選手に見せつけるように将輝はその力を発揮する。

 

(見るがいい司波、七草。これが小細工なしの圧倒的な力だ!)

 

障害物が少ないフィールドに三校陣地から悠々と歩いて敵陣地に向かう将輝は敵に姿をさらしている。

それは相手校も当然無視するわけがなく魔法を次々と向けるが彼の体から1メートルの範囲を領域干渉で全て無効にされていた。

 

その光景に観客席から反応が帰ってくる。

 

「八校選手が仕掛けている移動魔法も悉く打ち落とされているぞ!」

 

「加重魔法や振動魔法も無効化されているぞ!」

 

レオと雫が突然反応する。

 

「すげぇ…!」

 

「やはり一条選手は強敵…。」

 

(やっぱり俺相手にしないといかんよな…。)

 

八幡は少々うんざりしていた。

 

フィールドでは着実に将輝が八校のモノリスに近づいてきており此方からの抵抗を受け付けないことを悟った八校選手は三校のモノリスへ走ろうとするが将輝が発動した魔法で戦闘不能にしてしまう。

 

「《変倚解放》か…よくもまぁ《圧縮解放》を使えばいいものを。完璧に俺たちを意識してんな。」

 

「《変倚解放》ってなんですか?」

 

ほのかが俺の呟きを拾ったらしく質問してくる。

 

「ああ、結構マイナーな技でな円筒の一方から空気を集めてもう一方を目標に向けて蓋を外すって言った方が分かりやすい…○ラえもんの空気砲って言った方がわかりやすいかもな。」

 

「空気砲…そうですねでもなんでそんなことをわざわざ…。」

 

例えでわかったようだったがその理由は何なのかを聞いてきた。

 

「さぁな。いや、でももしかしたら殺傷力を下げるためにワザとそれを使ったのかも知れないな。」

 

「なるほど…。」

 

大型ディスプレイには一条が八校モノリスが目前にまで近づいている様子が映し出されている。

観客席のボルテージも上がっていく。

 

「見ろ!八校モノリスは目前だ!行けー!」

 

「一条くーん!」

 

現場では八校選手の抵抗が開始されている。

 

「くっ!」

 

「「これ以上は行かせるか!!」」

 

特化型CADの照準を向けて魔法を発動させる。

いずれも上級魔法といっても差し支えないものであったが将輝は真っ正面から無効化してしまった。

逆に将輝に空気塊の槌が八校選手に叩き込まれ身動きが取れなくなる。

 

試合終了のブザーが鳴り響く。

吉祥寺ももう一人の選手も試合開始から試合終了まで陣地から一歩も動かずに将輝の行動だけで遂ぞなにもすることはなかった。

いや、する必要が無かったという方が正しかった。

 

その後俺たちの試合の順番が回ってきて第一高校対第九高校との試合の順番になり当然だが俺たち第一高校が勝利しモノリスコード決勝戦は第一高校対第三高校のカードとなった。

 

正直に一条と正面切って戦えるのは俺だけだろうと確信した。

 

達也の実力があれば正直一条に膝をつかせることは可能だと思うがそれと達也なんか隠してる気がするんだよなぁ…まぁ、それと準備の不十分な競技用CADでは十分な威力の魔法を発揮できないのは先の試合で実証済みだ。

 

レオも持ち前のポテンシャルとフィジカルはあるが俺のように様々な魔法を使用できると言う訳でもなしに咄嗟の応用が効くか…と言われれば流石に力量差が有りすぎてキツいだろう。

 

そうなると消去法で俺が正面切って一条を抑えてやる必要が有る訳だ。

 

正直吉祥寺も十分な実力者だがレオと達也の二人掛かりなら倒せるだろう。

不可視の弾丸(インビジブル・ブリット)』対策にレオには《レグルスパーク》と達也はアイツ自身の膨大なサイオン量があるので俺が調整したブレスレットタイプの汎用型CADに俺がモノリスで使用した魔法をインストールしてあるので吉祥寺が接敵することになれば変なことが起こらなければ十分足止めできる。

失敗すると俺に攻撃が集中するんだが…。

 

先にも先述の通り実践を想定した戦闘なら未だしもこれは試合であるので相手を手加減無く仕留めるのなら『あの魔法』を使用すれば良いだけだがそうはいかない。

 

手加減するのって大変なんだなと再認識した。

 

レオと達也に準備と作戦については既に相談済みだ。

レオがディフェンス達也は俺と共オフェンスで攻勢に出ることになる。

 

目標は第三高校選手の全滅だ。

 

◆ 

 

決勝戦のステージが「草原ステージ」に決定されたことを知った両校の反応はそれぞれだった。

三校の天幕では歓喜を上げる者さえいた。

 

「お前の言うとおりになったなジョージ。」

 

「ついてるね将輝」

 

「ああ。」

 

「強運だな一条」

 

仲間達が一条と吉祥寺達を取り囲む中愛梨達がその光景を見ていた。

 

「おお、草原ステージかこれは勝利間違い無しじゃな。」

 

「そうね。」

 

「しっかし将輝とヒキオが戦うとはおもわないっしょ。」

 

「…。」

 

「愛梨?」

 

沓子が発言し栞が肯定。優美子が感想を述べる。が愛梨は浮かない顔をしていた。

 

「愛しの彼の事想うと複雑?」

 

「ち、違うわよ…!」

 

愛梨が咄嗟に否定するが否定しきれていない。

その光景に優美子と栞と沓子は笑みを浮かべていた。

 

将輝と吉祥寺が会話する。

 

「あとは七草が誘いに乗ってくるかどうかだ…。」

 

「彼は間違いなく誘いに乗ってくると思うよ。

遮蔽物の少ない草原だから正面切っての一対一の撃ち合いに持ち込まなきゃ勝負はつかない。」

 

「だろうな…」

 

将輝は吉祥寺の言葉に頷く。

 

「僕が言うのもの違うと思うけど他者からの視点で言わせてもらうね将輝。正直…彼の魔法力は君と互角だ。

搦め手を使われれば僕たちの勝ち目は薄くなるだろうね。

それならば正面から打ち込んで勝負の場に引きずり出すしかない。」

 

「かもしれないな…だが、ピラーズでの借りは返させてもらうぞ七草…!」

 

先の試合で敗北を喫した将輝は決意する。

しかし、将輝と吉祥寺は八幡に対する評価が誤っていたことに試合開始直後に気づくことになる。

 

「司波くんと西城くんの相手は僕がするよ。」

 

「司波も十分な強敵だが…西城も七草の用意した魔法とCADありきとは言えあの爆発力は侮れないから気をつけろよジョージ。とはいえお前は「基本コード」が使用できるアドバンテージがあるからな。」

 

その発言に肩をすくめるようなポーズを取る。

 

「残念だけど新人戦の優勝は向こうで確定しちゃってるからね…せめてモノリスコードの優勝は此方がいただかないと。」

 

「ああ、やってやるさ」

 

吉祥寺の言葉に将輝は力強く頷いた。

 

 

所は変わって一校天幕内には「優勝はいただく!」と自信満々で胸を張るような活気は無かった。

 

「草原ステージか。三校に有利だな。」

 

克人が感想を述べる。

その感想に同意するように悩ましげな声を上げる真由美。

 

「うーん…なんだか意図を感じるわね。気のせいかしら?」

 

「無いとは言いきれんがあまり考えすぎるのもな…。八幡達の気勢が削がれなければよいのだが。」

 

ステージが確定してから俺たちは天幕へと向かった。

天幕内部へ入るがしかし、いつものような活気がなくなっていた。

 

「八くん」

 

「姉さん」

 

「次のステージは『草原ステージ』だわ…。厳しい戦いになるわね。」

 

姉さんが心配そうな表情を浮かべるが問題はない。

ここで一つ姉さん達の緊張を解すために冗談の一つでも言ってやることにしよう。

 

「俺的には大会運営が対戦相手が有利になるようなステージを選んでるんじゃないかと踏んでるんだけど?」

 

「八くん…」

 

「八幡お前な…。」

 

「お前強心臓過ぎるだろ…」

 

姉さんが頭を抱え達也とレオが若干引いており全員が微妙な笑顔を浮かべている。

どうやらあまりお気に召さなかったらしい。

 

「まぁ、『渓谷ステージ』じゃないだけ未だましだと思えば救いはあるな。拓けた場所ならやりようはいくらでもあるし。遮蔽物がないステージじゃ《無窮・麒麟の型》も効果半減だしなあの技は一度認識されちまうと見破られるからな…正面切ってぶつかり合うしかないけど問題ねえよ。」

 

出来れば遮蔽物と水気がないところがよかったが贅沢は言えない。

『一条』の爆裂は液体があるところで発揮される秘技だからな。砲撃戦でやり合うから未だマシといえよう。

姉さんを安心させるためにらしくないことを告げる。

 

「八くん大丈夫なの?いくら八くんが強くても…。」

 

「大丈夫さ姉さん。それに…」

 

「それに?」

 

その言葉に疑問符を浮かべる姉さんの姿自信をもって答えた。

 

「誰の弟だと思ってんだよ…俺は姉さんの弟だぜ?このくらい片手間でかたつけてやるよ。」

 

自信満々に普段は絶対に言わないような台詞をあえて投げ掛けるといつもの表情を浮かべ小さく吹き出した姉さんの笑顔が見えた。

 

「ふふっ…八くんがそういうなら安心ね。…皆頑張って!」

 

控え室から出て草原ステージに準備が完了し配置につく俺たち。

姉さんの先ほどの表情を思い出す。

 

(心配いらねぇよ姉さん。俺は家族が見てくれてる間は絶対に倒れないし負けたりもしないよ…。)

 

静かなる想いをを大切な家族へと決意した。

 

◆ 

 

新人戦、モノリスコード決勝第一高校対第三高校

選手の登場に、客席と関係者席がが大きく沸いた。

 

無理もないだろう今回の九校戦においてその名前を各高校に知らしめたスーパーエンジニアの達也と八幡の二名。

その内の一人である八幡は「七草家」の御曹司で競技においても度肝を抜かれるような戦法を繰り出してきた。

達也も担当した競技全てが上位独占という恐ろしい結果とモノリスにおいてまるで兵士のように的確な試合を行っており目立つのに事欠かさない。

レオに関しても特撮ヒーローのようなアクロバティックな動きと使用している道具のお陰で子供達(男児達)からの人気が高かった。

 

更に対戦相手は此方も「一条家」の御曹司である将輝は圧倒的なその力でモノリス予選を蹂躙してきた実力者であり八幡に負けず劣らずの力を示してきた。

その参謀である「カーディナル・ジョージ」こと吉祥寺も実力も知名度は将輝に引けを取らない。

 

そんな実力者達が一同に介する新人戦モノリスコードで盛り上がらないわけがなかった。

 

そんな盛り上がっている中スタンドが違う意味でざわついていた。

それは思いがけない来賓達にあった。

 

「九島先生!このようなところへ如何なさいましたか!?」

 

いつもであれば、大会本部のVIPルームにてモニター観戦している九島老師が突如来賓席に姿を見せたのだ。

 

「たまには此方で見せてもらおうと思ってな?それともう一人この試合を観戦したいものがおってな。構わないかね?」

 

九島老師にこう言われてしまえば断ることなど出来る筈もなく大会関係者が頷くとその人物が入ってくるのだがそれもまたとてつもない大物であった。

 

「突然お邪魔してしまい申し訳ない。私も此方で観戦させてもらってもよろしいですかね?」

 

「七草先生もこのようなところへ!?」

 

本部席に現れたのはまさかの「七草家」当主の七草弘一。

まさかの人物達の登場に騒然となる本部席で直立不動だったスタッフ達は急ぎ革張りの椅子を二つ用意して九島老師と弘一は腰を下ろした。

 

「それは勿論、光栄な事だとは存じますが…」

 

何故…こんな急に?という問いに九島は気さくに返答し弘一は少し気まずそうに答えた。

 

「なに、一人面白そうな若者を見つけたのでな。」

 

「私は申し訳ないが息子を応援しに来たのですよ。恥ずかしい話ですが…。」

 

「いえ、ご立派なことだと思いますぞ七草先生。」

 

意外なコメントだったが咄嗟に反応するスタッフ達。

弘一は少し苦笑いを浮かべ息子が出る試合会場へ目線を向けた。

その表情は普段他人に見せるようなものとは違い家族にだけ見せる優しげ表情だった。

 

(八幡…お前なら必ず勝つことが出来る筈だ。私は信じているよ。)

 

一方で烈もモニターに映る八幡を此方は興味深そうに見ていた。

 

(さて…八幡くん君の戦いかたを拝見させてもらうとしよう。)

 

『間も無く新人戦モノリスコード優勝決定戦開始です!』

 

◆ ◆ ◆

 

『モノリスコード新人戦決勝スタート!』

 

開始のブザーが鳴り響き戦端が拓かれた瞬間、お互いに想定していた通り陣営の選手である八幡が左手に装備した汎用型CADと将輝は特化型CADを構え魔法による遠距離砲撃戦が開始された。

 

瞬間

魔法によるぶつかり合い衝撃が広がる。

両者拮抗した魔法のぶつかり合いを繰り広げていたが次第に八幡が優勢になっていく。

 

八幡は加重魔法を展開し重力による断層を作り出し襲いかかる魔法を打ち落としていく。

将輝は空気圧縮弾を放ちながら突き進むが全て八幡に叩き落とされていき更に同時に重力弾による砲撃を将輝は受けている。

 

(くっ…!これだけの重力操作をしながら魔法による攻撃を…!?)

 

手数は将輝の方が多いが重力による断層が発生し攻撃が八幡にダメージを与えられずにおり逆に詠唱破棄により重力弾の展開速度が上がった攻撃で将輝が処理しきれず防御に回らなければならないと言う事態に陥っていた。

 

(威力を上げすぎて失格になりたくねえし…こんなもんでいいか。)

 

派手さを演出するために途中で重力爆散(威力縮小版)を盛り込み地面へ叩き込みその際に一瞬だが重力制御を解除し一条を仲間と分断させるために魔法を発動し仕込みを始める。

重力爆散で地面が捲られた衝撃と爆発で将輝が後ろへ押し込まれた時に八幡が仕掛けた魔法が発動し将輝が踏み込んだ瞬間足元が爆発する。

 

土煙が舞い上がり将輝は思わずCADを握っていない手で顔を覆ってしまう。

 

(なにっ!?明らかにさっきの加重魔法じゃない…!?)

 

決して威力は大きくなく戦闘不能に至るまでの性能はない。

しかしそれは的確に将輝の足元で爆発し仲間との距離を開いていく。

 

その光景に八幡はニヤリと口元を歪める。

 

(悪いが分断させてもらうぞ一条…)

 

先ほどの将輝の足元で爆発した魔法を見て観客席で見ていたほのかが反応した。

 

「なんか小さい玉みたいのが浮いてる…?」

 

「え?何処に有るの?」

 

その言葉に雫が反応し映像処理された画面を見るがなにも映っておらず爆発してるだけだ。

 

「一条選手の足元にノイズが走ったような光の玉が…。」

 

「八幡の新しい魔法かな。むぅ、気になるけど…あれ陣地から一条選手が離れていくような?」

 

「あ、また爆発した!」

 

八幡が分断させるために使用した魔法。それは地中に磁力を流して砂鉄を集め、小さな球体として肉眼では見えないように光系統の魔法で擬似的なステルス外装を作り出し、将輝が接近したらオートで着火、足をとられる程度の小さな爆発が起こる魔法の地雷を作り出すものだった。

爆竹の少し威力があるようなものだと思えばよいだろうか。

 

ほのかが反応できたのは外装のステルス部分に光魔法を使用してたことだろう。

 

 

一方観客達はそのステージでの光景を大喜びで迎えていた。

 

『開始早々激しい砲撃戦です!お互いに陣地から歩き出し魔法による撃ち合いが行われております!』

 

魔法同士がぶつかり合い砕けて散りステージでは爆発が鳴り響く。

さながら特撮番組のような演出の爆発が発生する。

 

『想子可視化処理が施されたディスプレイには激しく輝くサイオンの砲弾が空中に顕現した魔法式を打ち砕く様と爆発の様子が映し出されています!火が出ていますがルール的な違反は無いことが確認されていますので試合続行です!』

 

観客席の子供がその光景に目を奪われていた。

 

「すっげぇ…。」

 

「きれい…。」

 

『なんと幻想的でダイナミックなスペクタクルなのでしょうか!?』

 

鳴り止むことがなさそうな両者よるな砲撃が続いていた。

分断されていく将輝の姿を見て八幡の狙いを感じ取った吉祥寺は行動を起こす。

 

「はっ…!七草くんの狙いは将輝を孤立させることか…!」

 

遠距離からの砲撃を仕掛けようとするが八幡の加重魔法により叩き落とされてしまう。

その光景を見た吉祥寺は仲間共に将輝の援護に向かい反重力を起動させて八幡が仕掛けた重力魔法を無効にしようとするが強度が強すぎて歯が立たなかった。

 

「くそっ!なんて強度なんだ打ち破れない…!」

 

将輝の援護をしつつ一校のモノリスを開ける為に砲撃戦を行っている将輝の背後を迂回して目指す。

 

吉祥寺が動いたのを八幡は視界に捉えていた。

 

将輝の背後から一校のモノリスを開ける為に行動を起こすのは想定内であった。

しかし想定外だったのは将輝が八幡の砲撃魔法が想定以上に食らいついてきていたので八幡は空いている右手をレッグホルスターに手を掛けて特化型CADを引き抜き出来るように準備をする。

その動作を見た将輝は魔法を使いながら疑問を覚えていた。

 

(攻撃に七草は試合が始まっても特化型を抜いていない…一体何が狙いなんだ!?)

 

(まだだ…まだ抜くのは早い…。)

 

一方でその動き始めた吉祥寺と三校選手が打ち合わせ通り丁度レオが接敵しており戦闘を開始していた。

その進行方向にレオが立ちふさがる。

 

「やっぱり吉祥寺が動き出したか…八幡の読み通りだな。」

 

「一校のディフェンダーが此処で出てくるのか…。だが此処で!」

 

名無しの選手達(レオ)有名選手(吉祥寺)が戦闘が開始された。

実力は吉祥寺の方が優勢であったがレオの持ち前のポテンシャルとフィジカル、そして《フォトンアース》を左手に《レグルスパーク》を右手に装備し《シールド》の掛け声と共に『Sシールド』を発動させて食らいつく。吉祥寺の『不可視の弾丸(インビジブル・ブリット)』を防ぎながら攻撃する。

 

対策をまさかされているとは思わなかった吉祥寺は心の中で悪態をつく。

 

(まさか音声入力のCADに『不可視の弾丸(インビジブル・ブリット)』対策を入れているなんて!? )

 

「うぉぉぉぉ!!」

 

「っ!しまった!」

 

《フォトンアース》の先端が当たり体勢を崩す吉祥寺にすかさず気合いの一撃と共に武装一体型のCADをぶち当てようとしたが流石にそれだけでは吉祥寺を倒すことはできず魔法による威力の相殺が行われ逆にレオが魔法による攻撃でダウンと取られてしまう。

 

「がぁっ!!」

 

「胆が冷えたけど大振りな攻撃に当たるほど鈍重では無いよ?」

 

その攻撃にレオはたまらずダウンするが、意識が多少飛んでいるだけと八幡は確認する。

 

「レオ!」

 

「将輝!」

 

「すまないジョージ!」

 

レオをダウンさせて吉祥寺の攻撃が将輝と共に此方に集中する瞬間の光景に心の中で八幡は自分の不甲斐なさに若干の舌打ちをを打つ。

抜いていない方のホルスターからCADを引き抜き《瞳》で状態を確認する。

 

意識はあるがまだ立てないレオに作戦通りに《あの魔法》を発動し、俺に殺到する圧縮空気弾と『不可視の弾丸(インビジブル・ブリット)』の魔法式ごと打ち砕くと吉祥寺と将輝は驚いていた。

 

(なっ!!? 『術式解体(グラムデモリッション)』だと!?しかもあの数の魔法式を全部撃ち落としたって言うのか!?)

 

(このタイミングで司波くんと同じく『術式解体(グラムデモリッション)』…!?)

 

地に伏しているレオが復活して指が動いているのを、吉祥寺は八幡の『術式解体(グラムデモリッション)』を使用できることに気を取られていたせいで気がつくことが出来ていなかった。

 

(そろそろ決めるとするか)

 

その隙をつき八幡は自己加速術式を二重詠唱し数百メートルを一気に詰める。

 

一方で将輝も八幡がすさまじい数の魔法式を撃ち落としたことに気を取られてしまい加速術式を使わずに接近してきていることに気がついたのは間合い5メートルに入ってきているときだった。

 

(今の一瞬で距離を詰められた!あと5メートルもない…こいつの実力なら一投足で詰められる…!)

 

将輝の顔には動揺が走っていた。

そして八幡という脅威が接近してきたことにより恐怖が発生し、レギュレーションを越えた威力の空気圧縮弾十六連発を八幡に殺到させてしまった。

 

(しまった…!)

 

(おい、洒落になんねーぞ…!?)

 

観客席にいた真由美が真っ先にその事に気がついてしまった。

 

「八くんっ!!(あれはレギュレーションを逸脱した出力の魔法…!!)」

 

思わず義弟の名前を叫んでしまう。

 

十六連発の高威力の空気圧縮弾が八幡に襲いかかる一つでも当たれば大ケガは免れない。

八幡は回避を選択しなかった。

 

八幡の実力であれば直ぐ様回避できる距離であったが将輝が放った魔法を弾き飛ばした方が早かった。

立ち止まり汎用型で加重魔法と四獣拳《乱舞・朱雀乃型》と《不落・玄武乃型》を同時起動させて全身に赤と黄色のサイオンオーラを滾らせそれぞれの型を構え内心で舌打ちする。

 

(ちっ…近寄られたぐらいでこれほどまでの高威力の魔法を16連発もビビって撃ちやがって…!!)

 

左手に加重魔法を纏わせた拳と脚、右手に特化型の魔法を『術式解体(グラムデモリッション)』に切り替えて迎撃する。

 

(1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15…!)

 

荒々しく襲いかかる空気圧縮弾をアクロバティックな動きを交え拳と脚で弾き飛ばし魔法で撃ち落としていく八幡。

その姿に天幕いた生徒会の面々達は驚いていた。

 

「本当に八幡は魔法師なのか?まるで格闘家のようだな。」

 

腕を組んで冷静に見守る克人。

はっ、と安心して一息つく真由美が補足をいれる。

 

「ほっ…。実際にはあれが八くんの戦闘スタイルなのよ十文字くん。

でもこの試合では直接攻撃が許されていないから結構ストレスだったのかも…。」

 

「なるほどな…搦め手も使える接近型の魔法師とは恐れ入るな。」

 

やはり底がしれないと…十文字は思ったが此処では口にしなかった。

画面の向こうでは八幡が15発目まで迎撃していた。

 

しかし、最後の一発がレオ付近に着弾しようとしていたので急ぎ迎撃するが魔法は間に合わず体を動かして正面に立ち八幡が使用できる最大の防御技で対応した。

 

「(『解体反応装甲(グラムリアクションアーマー)』!!)うおっ…!」

 

その結果、必然であるが八幡は一発の空気圧縮弾を受けて吹き飛ばされ爆発は周辺に広がる。

その光景に天幕に居る真由美が煙に覆われた画面を見て青ざめ口で手を抑えながら最愛の義弟の名を叫ぶ。

 

「八くん!」

 

その行動は観客席で見ていた泉美、香澄、小町も兄を呼んだ。

 

「お兄様っ!!」兄ちゃん!」お兄ちゃん!」

 

ほのか達は悲鳴をあげて目を背ける仕草を取る。

 

吹き飛ばされた光景を本部席で座ってみていたは弘一も思わず立ち上がる。

 

ステージには土煙が舞い上がり八幡は吹っ飛ばされて将輝の足元まで転がっていった。

 

足元に転がる八幡がいるその光景に将輝は「しまった」と自分が衝動的にルールを逸脱した威力で魔法を放ってしまったことを放ったあとに自覚してしまったのだ。

 

(戦場ではなくこんな高校生の試合でルールを逸脱した威力で魔法を放ってしまうなんて明らかなルール違反だ…。)

 

足元に八幡がいるがピクリとも動かない。

 

(審判はまだ気付いていないのかも知れないがだがこれは…!)

 

レッドフラッグは挙がっていないが自身が反則に該当する反則を犯してしまったと後悔する。

 

しかし。

 

突っ伏していた八幡がただの土塊であったのは背後から攻撃を受けるまで気がつけなかった。

 

将輝が突っ伏して倒れている八幡の形を取った何かがノイズが走ったように迷彩が取れていく。

背後から特化型を突きつけられて突然の事に脳の処理が追い付いていないようで静止してしまっている。

 

「は…?」

 

「戦場で呆けるのはよくないぞ一条。」

 

「なっ…!?」

 

八幡の声に反応し振り返ろうとするが既に遅く構えた特化型をシングルアクションで発動して重力波動をぶち当てて意識を刈り取りそれを受けた将輝は膝から崩れ落ちた。

 

離れていた吉祥寺は思わず目を疑った。

地面に倒れている将輝を見た吉祥寺は共に八幡を攻撃していた手を止めてしまう。

 

「将輝…?」

 

しかし、流石の八幡も消費量の多い『術式解体(グラムデモリッション)』数十発と『術式解体(グラムリアクションアーマー)』という一度の使用で大量のサイオンを消費する技を《二度》も使用したため八幡は体の倦怠感を多少覚えていた。

 

ここで一条を仕留めておけたのは僥倖と言えるだろう。

 

(やっべ…咄嗟にサイオン使いすぎてちょい怠い……レオ、達也頼むぜ…。)

 

倒れているレオの意識が完全に覚醒する。

 

(…っく…八幡の奴一条を倒したのか…)

 

目線の先には倒れた一条と八幡がおりその付近には呆然とした吉祥寺がいた。

 

(お膳立てはしてくれたんだ…やって見せろよ俺!)

 

「バカな将輝がやられるなんて…。」

 

レオは素早く立ち上がり攻撃をするために近くに放っぽった《フォトンアース》を握り刃先を分離させて攻撃する。

しかし寸出の所で吉祥寺が気がつき移動魔法で回避しその直後に魔法で攻撃する。

不可視の弾丸(インビジブル・ブリット)』を発動させてレオに当たる瞬間驚愕な光景が吉祥寺に飛び込む。

 

魔法の弾丸がレオの体に着弾した瞬間に破裂するように砕かれ無効化されてしまったのだ。

 

「なっ…!?」

 

「『ショット!!』」

 

「うわっ!」

 

思わず足を止めてしまいその隙を逃がさないレオは《レグルスパーク》からコマンドを入力し『Sショット』が発動。

吉祥寺に追尾して着弾し動きを阻害しトドメを刺すため必殺の音声コマンドを入力する

 

「『ブラスター』!!」

 

右手を起点に左手を拳に置いてT字にして光線が発射されて吉祥寺に直撃し戦闘不能になった。

 

「よっしゃ!!」

 

瞬間試合終了のブザーが鳴り響きアナウンスが入る。

 

『第一高校の司波選手がディフェンダーを無効化しモノリスを解錠、及び対戦相手のリタイアを確認いたしました!何と言うことでしょうか!?九校戦始まって以来の勝利条件を二つ満たしました!よって新人戦モノリスコードは第一高校の優勝です!』

 

同時に別行動をしていた達也は三校モノリスのディフェンダーを戦闘不能にし万が一の事を考え八幡の作戦通りモノリスへコードを打ち込んでおり打ち込みが終了すると同時にレオが吉祥寺を戦闘不能にしたためであった。

 

勝利宣言がされたが呆然とする観客席でほのかと雫が呟く。

 

「えっ…勝った?」

 

「勝ったの…?」

 

それが合図になったのかもしれない。

誰かが完成をあげてそれが伝播していき大きなうねりへと変化して歓声の大瀑布が形成された。

第一高校の生徒達の無邪気な喜びの叫び声が観客席を埋め尽くす。

次第に拍手の輪が広がっていき互いの高校の健闘を讃える暖かい拍手になっていた。

 

一方で天幕でもその光景を見ていた生徒会役員と他多数も喜んでいた。

一番声が大きいのは真由美だったが。

 

「いやったぁ!八くーん!!」

 

その光景に暖かい笑みを浮かべる面々であった。

 

「一応は父さんとの約束は果たせたか…。」

 

思いがけない拍手のシャワーに俺たちは照れ臭くてしょうがなかった。

俺のもとにチームメンバーが集合する。

吉祥寺を倒したレオ、モノリス解錠のために裏方に回りつつ俺が渡した光学迷彩の魔法でモノリスに近づき敵を排除した達也が近づいてきた。

正直この三人でなければ優勝は出来なかっただろう。

 

「美味しいところ持っていきやがったなレオ?」

 

俺が恥ずかしさを紛らわすためにレオに皮肉めいた言葉を投げ掛ける

 

「そりゃねーだろよ八幡!…しっかし作戦がうまく行って助かったぜ。「吉祥寺の攻撃を受けても立ち上がるな」ってなかなか無茶な作戦を立ててくれたもんだ。本当に気絶してたし…八幡の掛けてくれた魔法がなけりゃ吉祥寺に負けてたぜ。」

 

「レオだから出来た作戦だったな。」

 

それに達也が同意する。

レオにかけた魔法は俺がピラーズで使用した『解体反応装甲(グラムリアクションアーマー)』をレオに一条の空気圧縮弾をレオが受けたときに掛けておいたのだ万が一の保険の意味合いも強かったがうまく行って何よりだった。

 

「んなことよりよ八幡大丈夫なのかよ!?」

 

「そうだなレオの言うとおりだ。大丈夫なのか八幡?それにさっきの圧縮弾の魔法の時に使用した魔法は…」

 

「ああ、大丈夫だ。俺が使う《四獣拳》には肉体そのものの強度を高める技があるからな…それで何とかなった。それにさっき一条の目を欺くために使用したのは砂鉄と土を磁力でくっつけて即席の身代わり人形を作成してそっちに気を取らせるためな。」

 

「なるほど…なんでもアリだな八幡…。」

 

レオが信じられねぇといった表情に複雑な表情をしている達也。

達也に至っては深雪から俺の『初期化』について色々聞いているんだろうがまぁ達也の事だ言いふらしはせんだろ。

まぁ、実際に「初期化」は使用してないんだがな。

 

「それより優勝したんだ喜ぼうぜ。」

 

俺がそういうが達也は言いづらそうな表情をしているが意を決して俺に話しかける。

それは俺にとってのある種の敗北宣言であった。

 

「八幡お前さっきの試合の件で恐らく…というか確実に会長ともかく妹さん達に問い質されるぞ…?」

 

「あ、やべぇ…。」

 

俺は勝った筈なのに敗北した雰囲気を味わっていたのだった。

 

察した達也とレオが苦笑いしてこっちを見ていた。

とりあえず今だ衰えない拍手に俺たち三人は肩を組んで照れながら腕を振った。

 

本当にどうすっかなぁ…。

 

 

因みにだが、試合終了後救護詰所へ姉さん達からつれていかれ検査されたが、異常無しということでそのままホテルに戻ったのだが、俺の部屋に集合し大説教された。

元はと言えばレギュレーション違反の魔法を使った一条に一言もの申したいが面倒ごとになりそうなのでやめた。

ホントあいつ今度会ったら一発殴るわ…。

 

こうして九校戦における新人戦最終日は幕を閉じた。

まぁ本戦のミラージとモノリスが残っているが心配要らないだろう。

疲れ果てた俺は、レオ達の所に行ってもらっていた達也の帰りを確認しないまま、制服のまま眠りに落ちた。



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破滅への導火線

前回投稿から日が経ってしまった…。本当に申し訳ない。

(バ○オRE4やら美プラなどに手を出していたりリアルでの仕事の多忙さのため遅れました。)

気がつくと評価ゲージが黄色に…オレンジ目指して頑張りたいです…。

最新話ないなかでも見てくれている読者様本当にありがとうございます。
九校戦は次で終わると思います(壮大な前フリ)

感想&評価ありがとうございます!

長くなりすぎましたが最新話どうぞ!


新人戦優勝のお祝いパーティーは総合優勝のパーティーまでお預けとなった。

理由としては競技優勝と新人戦優勝を果たしたモノリスコードに急遽出場することになった3名(特に八幡)の疲労度合いが凄まじくドンチャン騒ぎが出来る状態では無いためと明日のミラージ・バットの準備でそれどころではないと言う理由なのだが…。

 

一方で新人戦優勝に貢献した八幡は試合終了後ホテルの八幡の部屋にて義理姉妹と実妹から説教を受けており日付が変わってから就寝したため第一試合が開始されるチョッと前に起床することとなった。

完全にダウンしていたのである。

 

と、言うわけで起床した、と言うよりかは八幡は誰かに起こされると言う結末だが。

誰かから揺らされ起こされ惰眠を貪りたい八幡には嬉しくないモーニングコールだった。

 

「…きてください…」

 

控えめな少女の声が聞こえる。

 

「あと5分…。」

 

「起きて…は…ん。」

 

そしてもう一人いるのか感情が乗っていないような声が聞こえる。

両者共に言い声で囁くもんだから睡眠導入には持ってこいであった、ASMRかよと言わんばかりである、ゆさゆさと優しくだが揺らされ起こされそうになり逆に眠りへと落ちていこうとする俺。

 

「もう!八幡さん起きて!それどころじゃないの!」

 

「八幡寝てる場合じゃないから起きて。」

 

しかし、耳元で聞き覚えのある声が俺の鼓膜を叩く。

あまりの大音量に不機嫌になりながら起き上がるがまだ覚醒していない頭で眼を開く。

しかし、まだ目蓋が開ききっていない半目の状態だ。

 

目蓋を擦りベット横に置いていたメガネを自然な流れで顔に掛け視線をそちらに向けると見知った顔が二人いた。

 

「んにゃ…ほぉのか…としずぅくか…?」

 

ぽけーっとした俺は若干の呂律の回っていない俺の寝言?に対してほのかと雫が何か言っているようだがよく聞こえない。

 

「ね、寝惚けてる八幡さんかわいい…///」

 

「寝ぼけてる八幡、かわいい…///」

 

少しボーッとしてから頭を振るうと漸く頭が起き始めてきたようで俺はなぜこの部屋に二人がいるのか質問する。

 

「おはよう二人とも…ってなんでここにいるんだ?鍵を掛かってなかったのか?」

 

その問いに雫達が返答する。

 

「それに関しては秘密…ってそんなことはどうでもいいから。」

 

「雫の言うとおりそれどころじゃないんですよ!」

 

いやどうでも良くねえんだけど…不法侵入だからな?

二人の剣幕に寝惚けていた頭が覚醒し真面目な表情へ切り替える。

 

「何があったんだ?」

 

問いかけるとほのかが説明してくれた。

 

「実は…。」

 

ほのかが説明してくれた内容は『ミラージ本戦で第一試合で出場した小早川先輩が試合中に跳躍しポイントを獲得し足場に着地しようとしたのだが魔法が発動せず落下してしまった』という内容であった。

 

「…。」

 

「…って言う状態になってしまって。」

 

「恐らく小早川先輩はもう…。」

 

「そんなことがあればもう先輩は『二度と魔法は使えなく』なるな…それにCADを調整した先輩も深刻な精神的なダメージを受ける…か」

 

魔法に対する不信感を持ってしまえば二度と使用できなくなる。

薄氷に立つように微妙なラインで俺たちは魔法を使用できているのだ。

 

ほのかと雫も不安そうな表情を浮かべている。

いかんな…場の空気を変えるために俺はこの部屋に二人が来た理由を問いだただした。

 

「それでなんで俺の部屋に来たんだ?」

 

「そうでした!達也さんがいきなり居なくなっちゃってそれを深雪に聞いたら「大会委員のテントに向かわれた」って言ってて…。」

 

ほのかがここに来た理由を答えてくれたので俺は「やっぱり大会委員か…」と内心で感想を述べてほのかと雫をベットから退いてもらい立ち上がる。

 

が、しかし。

 

「八幡制服のまま寝てたの?しわくちゃだけど…。」

 

視線が俺が今着ている制服の指差して状態を報告してくれた。

…そうだった昨日余りにも疲れててそのまま寝ていたんだった。

 

「やっべ…このままだと流石に…ちょい待ち。」

 

魔法を使用しまるで新品のようにシワひとつ無い制服が仕立て上がる。

その光景にほのかと雫が「おぉ…」と感嘆していた。

 

「急がないとなんかヤバイ気がしてきたな…。」

 

何故か達也が大会委員のテントで大暴れする未来が《瞳》を使わずに予想できてしまったのでサブプラン…というか切り札を切ることにした。

流石に大会委員のテントで暴れたら流石の達也も不味いので「ある人」に連絡する。

その会話を聞いた雫とほのかが驚愕していた。

 

「…ご無沙汰しています『九島老師』。少しお時間頂くことは出来ますでしょうか?」

 

まさか早速貰った連絡先使うことになるとは思わなかった…。

 

 

「…なめられたものだな。」

 

競技用に使用されるためのCADを受けとり検査装置に通した男性はその受け取ったCADになにかを紛れ込ませたのを見逃さなかった達也によって地面に叩きつけられていた。

 

その行動を見た警備員や関係者が彼を取り押さえようとするが八幡と同じく達也は殺気を放ち喧騒を静寂へと変えてしまった。

 

「深雪が身に付けるものに細工をされてこの俺が気が付かないとでも思ったのか?」

 

達也は自分を取り囲む他人の視線など毛にも止めず組み伏せた男性に冷ややかな問いを掛ける。

 

「検査装置を使って深雪のCADに何を紛れ込ませた?ただのウイルスではあるまい?」

 

その男性の表情が恐怖に染まる。

 

「なるほど、この方法ならCADのソフト面に細工を仕掛けることも出来るだろう。大会レギュレーションに従うCADは、検査装置のスキャンを拒むことができないからな。」

 

その発言に達也を押さえ込もうとして立ち止まった近くに居た警備員は押さえ込まれた男性を見る目が被害者から加害者を見る目へと変化した。

 

「だがこの大会、今の今までお前一人の仕業というわけでもあるまい?」

 

達也の膝の下で男性が恐怖により涙を滲ませて首を横に振る。

 

「そうか。言いたくないか。」

 

達也が男に見せつけるようにして手刀を作り出しその喉元に突き破るためと持ち上げ勢いよく突き刺す、がそれは男性の喉元寸前で、達也の手首を掴み制止させると黒い影が現れ、その人物の方向に目を向けると達也の見知った顔が現れ達也は驚き、その人物に声を掛けられた。

 

「ちょい待ち…何やってんだよ達也…。」

 

「八幡か、どうして此処に?」

 

八幡がこの場にいることが不思議だったのか達也は問いかける。

 

「どうして此処に…じゃねーよ、雫とほのかが教えてくれたのさ。ミラージ本戦での事故があって達也が美月から何かを聞いて運営のところに向かったって言うから嫌な予感したんだよ、やっぱ案の定だったが…。」

 

抗議の目を八幡は達也に向けるがさも行動するのは当然だろというような表情を達也は浮かべていた。

 

「深雪が出る前の試合で実際にCADの不具合があったんだ、動くのは当然だろう。」

 

「まぁ…そりゃそうだよな。んで?どういう状況よ。」

 

「これだ。」

 

八幡は検査機械に入れられ細工がされたと思われるCADを達也は機械から出して手に取り目を通す。

 

「…確かになにか入ってる気がするな、んー…わからんな。」

 

八幡はそういって疑惑のCADを持ったまま達也が取り押さえている男に近づく。

再びテント内に殺気が広がり、特に男性に強い殺気を当てて過呼吸を引き起こす。

 

「…おっさん、さっさと話した方がいいぞ?達也の手を止めたのはあんたに聞きたいことがあるから止めただけで、あんたが殺されようがどうだっていいんだが…?それとも此処で脳漿をぶちまけたいか?」

 

そういって八幡は空いている手でうつ伏せになってる男性の顔面を鷲掴んだ手に白いオーラを纏わせ《破戒・白虎乃型》を発動させ、そのまま握りつぶさんとしようとすると男性が声にならない悲鳴を上げるが八幡の男性を見る目はゴミを見るような表情だった。

警備員達は八幡の殺気に当てられて動けず、中には腰を抜かしているものまでいた。

 

「妙に忠誠心あるなおっさん…しゃーなし、この人から言って貰った方が効くかもな…。」

 

全員がこの人?と八幡が言うと大会委員のテントの方へ視線を向けるとそこには驚きの人物が入室してきた。

 

「八幡君、これかね?私に見て欲しいという九校戦での一連の事故の原因というのは?」

 

「お忙しいのにお越しいただいて申し訳ないです『九島老師』、この異物について少しお知恵をお貸しいただこうと思いまして。」

 

テントには「最高にして最巧」呼ばれた老魔法師が現れその場人達は驚いていた、更に空気を一変させて止まっていた警備員達が狼藉を働いた達也を確保しようとするが八幡が睨みを効かせ再び動きを止めた。

 

達也は八幡が老師に普段とは違い敬語で話しているのに驚いていた。

 

(お前…敬語使えたんだな…ってなぜ老師と知り合いなんだ?)

 

達也も立ち上がり一礼し言葉を交わしその後八幡は持っていた疑惑のCADを老師に手渡すと繁々と見つめて頷く。

 

「…確かに異物が紛れ込んでおるな。これには見覚えがある。私が現役だった頃に広東軍が使っておった電子金蚕だ。」

 

八幡は聞き覚えがなく老師に聞き返す。

 

「電子金蚕…?それは一体なんでしょうか。」

 

老師は丁寧に説明してくれた。

かいつまんで説明すると有線回路を通じて回路に侵入し魔法兵器を無効化してしまうSB魔法の一種であり、プログラムを改竄するのではなく出力される電気信号に干渉し改竄する性質があるためアンチプログラムの有無に関わらず電子機器を狂わせる遅延型の術式であるらしい。

 

「随分と苦しめられたものだ…」と老師は昔を懐かしむように語ってくれた。

 

その説明を聞いた警備員達は達也を取り押さえるために集まっていたが対象を足元に倒れている男性を拘束するために動き出し奥の詰め所に連れていかれた。

 

男性が連れていかれるのを八幡と達也が見届けると二人は老師へ向き直る。

老師は達也へ話しかける。

 

「さて司波君、そろそろ競技場に戻った方が良かろう。予備のCADを使うと良いだろう。このような事態だ、改めチェックの必要はない。そうだな?大会委員長?」

 

老師よりも一回り若い老人?が頷いた。

 

「運営委員のなかに不正を行う輩が紛れ込んでいるなど、嘗て無い不祥事だ。言い訳はあとで聞かせて貰うとしよう。」

 

今にも卒倒しそうな大会委員長は必死に肯定の頷きを返す姿を見た八幡は(大変だなこのおっさんも…。)といった感想を覚えた。

 

大会委員長から視線を外して老師は再び八幡と達也に楽しそうな表情を浮かべた。

 

「司波君君にもいずれ話を聞きたいものだ。」

 

「ハッ、機会が御座いましたら…」

 

「フム、ではその機会を楽しみにしていよう…」

 

ニヤリと達也に楽しげな視線を向けた後八幡に話しかける。

 

「それとこの爺の茶飲み話にでもまた付き合ってくれんかのう八幡君?」

 

「…自分で良ければ。突如お呼び立てしてしまい申し訳御座いませんでした老師、退屈な出来事だったと思いますが…。」

 

「構わんよ。若いものと話していると活力が湧いてくるのでな。」

 

「そうでしたか…。」

 

「うむ、ではまたな八幡君。」

 

八幡が一礼すると満足な表情を浮かべテントから出ていこうとするが老師が立ち止まり思い出したように告げた。

 

「そういえば八幡君。」

 

「はい、なんでしょうか?」

 

「先程まで弘一が君の試合を此方で観戦しておってな『良い試合だった』と言っていたよ。」

 

「父さ、父が来てたんですか…?」

 

「うむ、仕事の合間を縫って此方に来ていたようだったな、愛されとるのう八幡君。」

 

「……。」

 

なんだか妙に恥ずかしくなってなんとも言えない表情になった八幡を見て再び好々爺な表情を浮かべる老師は再び出口に向けて脚を進めそれに続いて大会委員長がついて出ていった。

 

老師が出ていくのを見送ったあとにこの後の展開が予想できたので八幡は端末を取りだしある人物へ文章を書いて送信したが達也はその事には気が付かなかった。

 

 

一連の出来事が終了し、達也と共に第一高校の天幕へ戻ると俺たちへ視線が突き刺さり、俺ではなく向けられた感情が生暖かいもので在ることを達也は感じていた。

 

「八幡」

 

「あ?」

 

「なぜだか生暖かい目線が此方…というよりも俺に刺さっているのだが。」

 

「気のせいじゃね?」

 

「お兄様!八幡さん!」

 

そんな中普段通り?に駆け寄ってきて二人に申し訳なさそうにしかし嬉しそうに出迎えた。

 

「すまない、心配掛けて。」

 

「よっ」

 

「そんなことは御座いません!お兄様は私のために怒ってくださったのでしょう?それに八幡さんもお兄様を援護するべくその場へ向かわれたと…。」

 

「達也が怒るのは深雪絡みのときだけだからな、いやー本当になんかしでかすんじゃないかとヒヤヒヤしたぜ。」

 

「…それを言ったらお前の行動の方がヒヤヒヤしたが…まさか老師と知り合いだったとはな。」

 

「あぁ、それか…実はピラーズが終わったあとにラウンジで老師に話しかけられたときにな…。って、ヒヤヒヤしたってお前がそれ言う…?」

 

俺たちの普段通りのやり取りに深雪は笑みを浮かべている。

 

「くすっ…私が言うのも違うと思いますがお疲れさまでしたお兄様。そして八幡さんも。」

 

「まぁ…どうでも良かったら止めにもいかないしな…。」

 

改まって深雪がペコリと一礼するのを俺はむず痒くなってそっぽを向くと深雪の笑みが更に強くなったような気がする。

 

「深雪、俺は調整室に先に向かっているからね。」

 

「はい、お兄様。は、八幡さんこっちへ…。」

 

「へ?お、おい深雪…?」

 

天幕内の空気がなんかあったけぇ…的な雰囲気になったがそれはさておき。

調整のために先にエンジニアに割り当てられた部屋へ向かう達也を尻目に、俺と深雪は天幕内の布一枚で隔てられた個室?に深雪に手を引かれて連れてこられていた。

 

「その…八幡さん、どうでしょうかこの衣装…?」

 

選手が着用するブルゾンに隠れて上半身の着用している全体図は良く見えないが、前は空いているので予選で使用する衣装を着用して派手ではあるが下品ではなく深雪が着用することで身体のラインが良く出る上品な紅い…濃い色のマゼンタ色のユニタードを覗き見ることができ、更に模様の入った若干タイトな白いタイツが深雪の脚線美を醸し出し、非常に美しい出で立ちであったのは間違いではないだろう。

 

それに競技に出るために濃いめのメイクをしているがそれも普段の深雪とは違って見えて新鮮だった。

 

昔の俺だったらキョドって気持ちの悪い笑い声が出ていたかも知れないな…。

 

深雪が聞いてきたってことは感想を求めてるんだよな…、言っちゃ何だがそんなに気の聞いた言葉を掛けるのは正直俺のボキャブラリーが乏しいのでそんな期待の眼差しでもって見られましてもねぇ…?

 

「(そわそわ…)(もじもし…)」

 

スッゴい期待してるよ深雪…。此処で調子を落とすようなことは言わないようにしなければ…!

 

「すっげぇキレイで似合ってるよ深雪、ただなぁ…。」

 

「ただ?」

 

「スカート短すぎないか?それ、それだと翔んだときに見えそうで…」

 

俺の視線が深雪の太もも部分に視線が集中しているのに気が付いたのだろう、深雪はユニタードのヒラヒラ部分を押さえて顔を赤くして抗議の目で俺を見てきた。

 

「ユ、ユニタードですからちゃんと下は履いていますよ八幡さん!まったくもう…八幡さんはエッチなんですから…」

 

顔を紅くした深雪を見て、ヤバイ選択をミスったのかも知れない。

怒られるか…と思ったがそうではなかった。

 

「ですけど「似合っている」というのは嬉しかったです。予選ではこの衣装ですが決勝では別の衣装に着替えますので私を、私だけをみていてくださいね…八幡さん?」

 

「お、おう…。」

 

「はい。」

 

先程より近づき…というか深雪が俺の両手を取って顔を朱に染めてウインクを俺に見せてくれた、その似合いすぎる動きに俺は妙に恥ずかしくなって深雪からの視線を外さざる得なくなった。

俺の反応に満足したのか深雪は笑顔だった。

 

「じゃ、俺そろそろ観客席に行くから…頑張れよ。」

 

「はい!頑張ります。」

 

深雪の試合が始まる順番が近づいてきているので観客席で見ることを伝え、天幕から出ようとしたところ姉さんに声を掛けられた。

 

「八くん」

 

「姉さんどうした?」

 

「どうした?じゃないわよ急にメッセージを送ってきて「達也が大会委員のテントで暴れたのは妹の為だってことを伝えてくれ」って言うんだもん、何事かと思っちゃったわ。」

 

「まぁ、事実だし。」

 

「事実だしって…、それで?一体運営のテントで何があったの?」

 

真面目な表情になる姉さんに俺も真面目なトーンで返答する。

 

大会運営の検査装置を操作する人間が受け取ったCADに魔法師が関知できないウイルスを混入し先の渡辺先輩の事故や小早川先輩の事故もその男の仕業であることを伝えると温厚な姉さんも怒り気味だ。

 

「何て事を…!」

 

「…まぁその場に運営委員長と九島老師がいたから一連の事件は収拾したからもう事故は起こらないと思うよ。」

 

姉さんにはそうは言ったが半分はそうなってほしいと言う希望でもう半分は起こるんだろうな…といった感想を俺は覚えた。

実際問題背後には『無頭竜』がまだ健在であるし、大会に仕込ませていた工作員は俺たちが見つけて運営委員会に引き渡したので第一高校の優勝阻止はできなくなった。

 

選手に工作を施すのが無理だとすれば直接的な妨害…考えられるとすれば大会そのものを『無かったこと』にさせる…観客席で事件が起こるとかだろうな。

 

後がなくなった連中が動き出すのは本戦のミラージに仕掛けてくるだろう。

警戒しておくことに越したことはない。

 

「八くんがそう言うなら安心ね…さて!そろそろ深雪さんの試合が始まるけど此処で観戦する?」

 

地面を指差すが俺は首を横に軽く振って否定した。

 

「観客席でみるよ。クラスメイトに大会委員のテントでの事情を説明しないといけないし。」

 

動き出すであろう連中に対応し念の為に小町達の近くで観戦することにした。

姉さんには心配を掛けないように嘘を付くことになってしまうが…仕方がない。

 

「わかったわ。」

 

姉さんとわかれ観客席へ向かう。

本戦…深雪と愛梨の試合なんだよなぁ…どっちも応援しないとな。

 

 

関係者席へ向かうとほのかと雫が俺に気が付いて声を掛け妹達がこっちへ招き寄せる。

 

「八幡さんこっちです!」

 

「八幡こっち。」

 

「お兄様」

 

「兄ちゃん、こっちだよ~。」

 

「お兄ちゃんこっちこっち。」

席につくといつものメンバー(レオ、幹比古、エリカ、美月)が待っていた。

 

「八幡おっそい~!何してたの?」

 

「ほのか達から聞いてたけど大丈夫だったのか?」

 

「ああ、実はな…」

 

エリカとレオが俺が大会委員のテントへ向かった件について聞いてきたが、先程の状況をバカ正直に答えるわけにはいかなかったので大分濁して説明すると納得してくれた様だった。

 

ミラージ二回戦が始まり深雪が出て来た。

観客席は深雪の姿を確認すると見とれるような感嘆が漏れ出す。

 

「深雪キレイ…。」

 

「フム…赤?いやマゼンタだね、あの色を着こなすとは流石深雪。」

 

「フッ…男どもの視線がやらしーこと。」

 

「うわー…スッゴいきれい…。」

 

「悔しいけど…司波さん衣装似合ってるね、泉美。」

 

「ええ、香澄ちゃん。来年は私も出場して衣装を着用できるように努力しますわ。」

 

ほのかが感動し雫がその着こなしに納得しエリカは観客席の反応を見て鼻で笑っていた。

小町も深雪の着こなしを誉め泉美と香澄に関しては深雪の衣装の着こなしに少々不満そうだったが来年への目標を掲げていた。

 

これが演技の美しさを競う採点競技ならば文句無く深雪の優勝だっただろうが、流石の本戦ともなると九校戦は甘くはなかった。

 

「深雪さんがリードされてしまうなんて…。」

 

第一ピリオド終了の際に美月が呟いた言葉に皆も頷いていた。

 

「トップに立った三校の選手、BS魔法師とまでも行かなくとも「跳躍」の術式に特化した魔法特性を持っているみたいだね。」

 

「それだけじゃないわね。飛び上がる軌道を計算して、巧みに深雪のコースをブロックしている。「跳躍」のスペシャリストというよりも「ミラージ・バット」のスペシャリストというべきじゃない?」

 

美月の驚きにエリカと幹比古が自分の考えを述べると、

 

「三校の水尾選手はうちの渡辺先輩と並んで優勝候補に挙げられていた選手だからな…それに、深雪もピラーズであれだけ目立てばマークされないはずもないし、向こうの選手も意地があんだろ?先輩のな。」

 

「確かに、深雪の実力を見れば警戒しないはずがないから。」

 

「水尾選手は堅実な戦いかたが主流ですから、場数でいうなら深雪よりも上ですからね…」

 

俺の発言に雫とほのかが賛同してくれた。

 

「まあ、このままで深雪が終わるとは思えないしな。達也同様だが。」

 

最後にレオが、悲観的な空気を吹き飛ばすように明るく言い放った。

悲観的なことを考えていないレオのその発言が非常に心強かったのは全員が思っただろう。

 

(達也がなにも策を用意していないとは考えられないからな…。)

 

誰にも告げず達也が策を用意しているのだろうと俺は思案していた。

 

次のピリオドでは深雪が挽回し、第二ピリオド終了の段階でトップに立った。

しかしポイント数はほんのわずか。深雪もまだまだ余力を残していたのだが相手も第三ピリオドに備えて余力を残していた節が俺からも見てとれた。

 

(さぁ、達也。どんな切り札を切るつもりだ?)

 

 

戦局が動いたのは深雪が最終ピリオドで装備しているCADが変化している事だった。

 

「あれ?深雪のホウキが変わってる。」

 

真っ先に変化に気がついたのはエリカだった。

 

先ほどまで携帯端末型のCADを装着していた深雪が、ブレスレッド型のCADを装着していた。

 

「二つ持ち…なるほど達也らしい策だな。しかし意外だなもうその手を切ってくる…いや、切るしかないか。」

 

俺が指摘すると一同はその目的に首を傾げていたがほのかだけが、感慨深げに頷いていた。

 

「そう…深雪早くもあれを使うのね。」

 

「アレ?」

 

雫の問い掛けに俺は察した表情でほのかは悔しさと憧れが同居した複雑な表情で答えた。

 

「きっと驚くぞ。」

 

「達也さんが深雪のために用意した秘策、私も挑戦したけどダメだった…きっと驚くわよ此処にいる人たち全員が。」

 

「ほのか。」

 

「あ、ごめんなさい八幡さん…」

 

隣に座るほのかへ声を掛けると申し訳なさそうな表情をするがそれはこっちの台詞だった。

 

「俺がうまく調整できていればほのかも使用できたかもしれないが…ごめんな。でもなほのか」

 

「は、はい///」

 

免罪符というわけではないが釘を刺しておく必要があった、ほのかは必要以上に自分に自信がないからな。

真面目な表情をほのかに向けると顔を赤く染めた。

これははっきりと告げておかなければならなかった。

 

「そんなものがなくともほのかは実力者だよ。それは俺が保証する。」

 

「八幡さん…///」

 

「はい、お二人さん私もいることを忘れないでね?」

 

ムスッとした表情で俺とほのかの間に割って入った雫にたじたじなほのか。

 

「し、雫!べ、別にいちゃついてなんか…。」

 

「ただアドバイスしてただけなんだけど?」

 

「むぅ…」

 

「ほら試合が始まるぞ。」

 

雫と他多数(一緒に見ている仲間内から)の視線をずらすためにそういうと丁度良いタイミングでミラージ第三ピリオド開始を告げるチャイムが鳴った。

 

 

装着された右腕のブレスレッドが格納された起動式を展開した瞬間に止まること無く、途切れること無く発動する極小の魔法式。

 

深雪の体はまるで綿毛のよう空へ舞い上がる。

 

深雪の進路を妨害するように他校の生徒が行く手を阻むが深雪はそれをバレルロールの要領で回避した。

 

それだけならばただの飛翔…で観客達の関心が済んでいたが驚くべきと事は光玉を打ち消した後に空中で体を反転させて次の光玉へ足場に一度着地せずに飛んだまま飛翔していることだった。

 

観客席の人々達の歓声は絶句へと変化した「そんなことが出来る」のかと。

 

二つ、三つ…五つ…次々と出現する光玉を他選手は足場へ着地して再び飛び上がらなければならないのに対して空中で横移動するだけで済んでいる深雪とははなから競争にならなかった。

 

観客の誰かが絶句から解凍されて声を出す。

 

「飛行魔法…?」

 

スティックを振るう深雪の姿は戦女神の如く、凛々しくそれでいて優雅だった。

 

「トーラスシルバーの…?」

 

驚きが連鎖していく。

 

「そんなバカな…」

 

その人々の囁きが俺たちのグループの耳にも当然入るわけで…

 

「うわ…達也くん大人げない…。」

 

「『あれ』を操れる深雪も大概だぜ…?」

 

エリカが若干引き気味になりレオも相手選手に「お気の毒」といわんばかりの表情になっていた。

 

「これがほのかが言っていた秘密兵器…、すごい。」

 

「まさか『飛行魔法』を此処まで巧みに使いこなせるとは…一体深雪さんは何者なのでしょうか…お兄様。」

 

「司波さんも凄いけど『飛行魔法』の起動式を起こせる司波さんも一体何者なのかな…兄ちゃん。」

 

「あの二人もしかしたら…」

 

優雅に会場の上空を飛び回る深雪の姿を観ながら感想を述べている泉美と香澄、その二人の会話に答えを出そうとする小町と同じような感想を俺も思った。

 

「まぁ、先月発表されたものをもう実装するのはありえないわな。疑われても仕方がない…か。」

 

「十師族…それか流派に属する家系かな?」

 

「だったら面白いかもな。」

 

そういった後に視線を妹達からずらして上空を飛び回る深雪へと視線を向ける。

空を飛ぶという現代魔法の革新に「不可能」と言われた奇跡の実演にこの美しい少女はこの上なく相応しい魔法であろう。

俺はそれと同時に達也に対して今再び複雑な感情を抱いた。

何故お前は二科生なのだろうか、と。

 

魔法理論では俺と並び、身体技能ではほぼ同等であるのに関わらず実技に関しては魔法は水準よりも下というアベコベであること。

 

俺は達也が『何らかな特殊な魔法を使用するため通常の魔法を使用する為の演算領域が強力な魔法で占領されてしまっている。』という考えに至った。

 

記憶がフラッシュバックする。

 

入学式のあの頃、達也と深雪を見たときに《瞳》に映る達也の魔法の演算領域が特殊な魔法に埋め尽くされていたことを思い出した。

 

(まさか小町の言う通り本当に『十師族』またはそれに準ずる流派の家系なのか?そう考えれば達也の異常な能力や深雪の十師族顔負けの魔法力と美貌に説明がつく、司波…読み方を変えれば『シバ』…『四葉』…まさかな。)

 

俺はそんなことを思いながら他の観客は深雪の宙に舞う美しい演舞にそれぞれ違う意味で意識を割かれていた。

 

試合終了の合図が鳴り、深雪が地上に降り立つまで観客達の視線を外すことは出来なかった。

 

ミラージ・バット予選は深雪の大差で決勝へと勝ち進んだ。

 

(まぁ…あいつらが仮に『四葉』であっても距離感は変わらないしな。)

 

親同士はいがみ合っているがどうでも良い。

 

そんな事を考えていると不意に俺の待つ端末が震える。

 

マナーモードにしていたため着信音はでなかったが俺は震える端末を懐から取りだし目をやると宛先は名倉さんから来ており内容を見てみるとベストタイミングだった。

今回の仕掛けの裏付けとそれに関わるメンバーの詳細も付けてだ。

 

『無頭竜の潜伏先が判明いたしました場所は横浜○○○○~○ー○…』

 

(ありがとうございます名倉さん。)

 

端末を一瞥し懐へしまう。これから動き出すであろう襲撃者に俺は備えた。

 

 

深雪の圧倒的な実力を見せつけられた第二試合を見ていた優美子は気分が沈んでいた。

 

(愛梨に試合前に見せるんじゃなかった…)

 

優美子が試合を見せたことに後悔していたが愛梨は違っていた。

 

「…なるほどね、確かに驚いたけど光珠が発現してからの到達時間…」

 

その次の言葉に驚愕した。

 

「私の跳躍で捕らえられないことはないわ。」

 

「っ!?」

 

「大丈夫よ優美子。あなたと私の力であの戦法に勝って見せるわ。」

 

「…当然だし。ヒキオのためにも勝たないとね愛梨?」

 

「もう…からかわないでちょうだい…。」

 

やる気十分な愛梨に気分が沈んでいた優美子はその雰囲気に当てられて冗談を言えるところまで回復しお得意の八幡いじりを愛梨に行うと、何時ものように顔を赤らめている。

 

「じゃ、次の試合で1勝してくるわね。あんな化け物早々居ないだろうし。」

 

「そうね。頑張るし愛梨。」

 

「当然よ。」

 

見送る優美子は我が子を送り出すように愛梨を見送った。

 

(あーしが励まされてどうすんのよ…。愛梨、頑張って。)

 

◆ ◆ ◆

 

「十七号から連絡があった、第二試合のターゲットが予選を通過した。」

 

「電子金蚕を見抜くような相手だ。順当な結果なのだろうが…不味いな。」

 

「それだけではない、飛行魔法を使ったらしい。」

 

「バカな!?」

 

「これで力を使い尽くしてくれたのなら万々歳だが…虫が良すぎるか。」

 

「もはや手段を選んでいる場合ではないと思うが、どうだろうか。」

 

「賛成だ。百人程死亡すれば十分だろう。試合が中止になる。」

 

「中止になれば払い戻しは当初の掛け金のみだ。未だ許容範囲内だろう。」

 

「客が騒がないか?同業者はともかく、兵器ブローカーどもは厄介だぞ。アイツらは諸国政府と太いパイプでつながっているからな。」

 

「客に対する言い訳など後でどうとでもなる。今大切なのは組織の体制だ。」

 

「そうだな…実行は十七号だけで大丈夫か?」

 

「多少腕が立つ程度ならば「ジェネレーター」の敵ではない。残念ながら武器の類いを持ち込むことは出来なかったが十七号は高速型だ。リミッターを外して暴れさせれば百や二百簡単に屠れる。念のために十八号にも暴れさせよう。」

 

「異議はないな?…それでは十七号十八号のリミッターを解除する。」

 

八幡がいる会場で狙ったターゲットではなく偶々だったのだが彼らが取った行動が自らの命の灯火を消し飛ばす破滅への導火線へ火を付けることになるとは思いもよらなかった。

 

 

試合が終了し次の試合が始まるまでに備え売店で飲み物を買いに立ち上がり会場の外へと向かった。

その最中に先程の試合について話し合っていた。

 

「さっきの凄かったよねお兄ちゃん。」

 

「ああ…深雪と相手する選手が可愛そうになるレベルだったな…。」

 

小町が深雪が使用した『飛行魔法』の事について言っているのだろう、それには同意だった。

俺が頷くと今度は小町が耳を疑うようなことを言ってきたので否定した。

そんなことは天地がひっくり返ってもあり得ないからな。

 

「いや~お兄ちゃんの彼女さん候補が現れて小町は嬉しいよ。」

 

「いやいや…小町さんや、さらっととんでもないこと言ってるけどあり得ないからな?俺みたいな奴を好きになるのは相当な物好きだからな?」

 

あの完璧美少女が俺の彼女?100%あり得ないだろ、それこそ天文学的数値だろうさ。

 

俺のその発言を聞いた小町と泉美と香澄は顔を見合わせて溜め息をついた。

何で俺が溜め息つかれなきゃならんの?

 

「もう此処まで来ると清々しいね…。」

 

「お兄様を好きになる女の子が可愛そうになるレベルですわね…。」

 

「素で言ってるんだから末恐ろしいよ、兄ちゃん…。」

 

「なに言ってんだよお前ら…」

 

「そんなお兄様を好きになった私たちどうなんでしょうね、香澄ちゃん?」

 

「そうだね泉美…本当に兄ちゃんを好きになった女の子は泣きを見るね…。」

 

「つまり、泉美と香澄は可哀想と…」

 

「「それは言わない約束でしょ!」ですわよ!」小町!!」」

 

「??」

 

俺には聞こえない声でなにかを話しているようだったが俺には関係ないの無い話だろう、知らんけど。

 

そんな会話をしながら八幡と妹達はで飲み物を売店へ買いに行こうと会場から外へ向かう最中に成人男性二名とすれ違う。

 

その男性からは感情と言うものが消失…というよりかそもそもが欠落していたそんな風に感じさせるような無機質な「表情」であった。

 

その男達とすれ違った瞬間。

 

男達の動作が自己加速術式を展開したのか泉美と香澄の背中を鉤爪の如き指先で抉り取ろうとする。

本来であればその指先が双子の姉妹の命を容易に刈り取るほどの威力を秘めてたが、先頭を歩いていた筈の少年が突如男達の鉤爪を作った手首の動きを止めるため羽毛を触るような動作で握られた瞬間、その腕ごと抉り消され『無』へと還っていった。

 

元より腕など存在していないかのように。

 

「あれ?お兄様先程まで…。」

 

「兄ちゃん?」

 

妹達の目に入らないようにうまく隠し小町達に誤魔化すための言葉を掛ける。

 

「このおっさん具合悪そうだから救護詰め所につれていくわ、わりぃ先に飲み物買いに言っててくれ。」

 

「ちょ!お兄ちゃん」

 

「あ、お兄様!?」

 

「兄ちゃん!?」

 

返答も待たずに八幡からの攻撃を受けよろける男性二人を抱えて外へ走っていく。

襲撃を仕掛けてきた男二人を加重魔法で捕らえ八幡は自己加速術式を二重詠唱し会場の人気のいない裏側に回り込みこの襲撃の後始末が始まる。

 

痛みや驚きも表せない男二人は八幡に抵抗しようとしたが直ぐ様地面に伏せる羽目になった。

 

加重魔法による超重力にて体と臓器に掛かる負荷は常人であれば既にぺしゃんこに潰されていてもおかしくはなかったが彼らにその魔法を掛けている八幡が手加減していることを彼らは知るよしもない。

 

殺戮の命令を受けて手始めに通りすぎようとする男女グループを殺害しようとしたがその攻撃を今目の前にいる少年によって無効化されてしまった。

 

例えその攻撃が受け止められるとしても狙ったのは少年ではなくその後ろにいた少女を狙った筈にも関わらず攻撃を止められてなおかつ一人ではなく二人を無効化されていることに本来であれば恐怖にすくみパニックに陥るが彼らは『無頭竜』によって非人道的な手術をうけ作成された生体兵器『ジェネレーター』、人ではなく道具である彼らには恐怖もパニックにも縁はない。

 

しかし、そんなことは八幡にとってはどうでも良いことだった。

 

「襲撃を仕掛けてくるとはやはり予想通りだったな。」

 

目の前で地に伏しているジェネレーター二名を八幡がメガネ越しの金色の《瞳》が射貫く。

八幡の独り言が死の宣告となって木霊する。

 

「何者…というかお前ら普通の人間じゃないな?『ジェネレーター』って呼ばれる生体兵器か…可哀想に。」

 

感情の乗っていない薄い同情。

不意に八幡が片手を翳すと地に伏している片方の『ジェネレーター』前に黒い球体が現れ『無』へと還っていく。

 

「そっちが仕掛けてこないのなら無視してやろうかと思ったが…話が変わった。」

 

残って地に伏している生体兵器に《キャッチリング》を使用して手足胴体を拘束し加重魔法によって浮かび上がらせた後八幡が空に手をかざすと空間にヒビが入り裂ける。

 

その割れた空間に拘束したままのジェネレーターを放り投げるといなくなってしまった。

 

「あまつさえ大会を滅茶苦茶にしようとして泉美と香澄に襲いかかろうとした…代償を払ってもらうぞ『無頭竜』?」

 

感情を消されてるのが功をそうしたのか常人であれば竦み上がり動けないほどの恐怖を本来であれば与えられている筈だったが『ジェネレーター』には感情がない。

その威圧感は無駄な行為であったが怒りを向けられずにはいられなかった。

 

他人から見ればいたって冷静さを装っているが今の八幡は肉親へと向けられた悪意へ静かな怒りを向ける。

 

仕掛人がいる会場へ八幡も加重魔法を使い浮かび上がり生体兵器を保持しながら凄まじいスピードで飛翔した。

 

◆ ◆ ◆

 

時間はミラージ・バットの試合が始まる前に俺はちょっとした『後片付け』をした後に会場に戻ると達也から連絡が来た。

 

『すまないが今手が離せないので深雪へ出店のアイスクリームを買ってきてくれないか?』

 

連絡を受けて宿泊先の深雪の部屋に向かう羽目になった俺は溜め息をついた。

 

「何で俺が…。」

 

試合が終わった後だったので出店からアイスクリームを購入し深雪への部屋へ到着してノックするが返事がない。

 

「いないのか?おい深雪?」

 

そういって返事を待たず部屋のドアノブを開いてしまったのが問題だった。

 

「へ?は、八幡さん?」

 

「あ…。」

 

ドアを開いた先にその目的の人物が居たのだが生まれたままの姿でバスタオルが一枚であり深雪のその姿は非常に扇情的であり理性の無い獣であれば襲いかかっていただろうが俺は人間なのでそんなことはしないおk?

 

とは言えやはり美しいものを見ると目を離せなくなるというのは本当らしいようで深雪の陶器のような美しい白い肌に水気を帯びた艶やかな黒髪に丈が少し足りていないバスタオルから覗かせる太ももがチラつき大変スケ、もといけしからん光景が広がっていた。

 

「……」

 

つまり深雪の姿に目を奪われてしまっていたのだ。

俺が急に現れたことで深雪も困惑していたが少しして状況を冷静に処理してフリーズしている俺に声を掛けてきた。

 

「その、八幡さん恥ずかしいです…///」

 

「はっ…!?すみません警察にはつき出さないでください!」

 

「し、しませんよ!」

 

深雪の言葉に我に返り素早く土下座のポーズをとり警察への突き出しを回避しようとしたが深雪のマリアナ海溝よりも深い寛大な心で許された。

 

「それより八幡さん…一度へやから出ていただけませんか?着替えたいので…。」

 

深雪も今の状態に顔を赤面し体を隠しながら俺に退出を促す。

 

「そ、そうだよな…ごめん着替え終わったら声を掛けてくれ。」

 

「は、はい…」

 

退出し部屋に近くの壁に寄りかかりながら待っていると部屋のドアが少し開かれ深雪が顔を出す。

 

「八幡さんもう大丈夫ですよ、入ってきてください…。」

 

やはり顔が少し赤い。

 

「そ、そうか…お邪魔します。」

 

俺も何だか緊張して入室する。

前に見せてもらった白いワンピースを着用している深雪から室内に備え付けの椅子に二人とも腰掛け深雪から切り出してきた。

 

「それで八幡さんは何故此方に…?」

 

「え?達也から聞いてないのか?『俺の代わりに深雪に食事と売店のアイスを買って持っていってくれって』そう言ってたんだけど。」

 

「そうだったんですね!『お兄様…ありがとうございます!最近はほのかと雫に二人占めされていたのを見かねた深雪を不憫だと思って気をお使いになってくださったのですね…お兄様。』」

 

「お、おう…。」

 

何故か凄く嬉しそうな表情を浮かべた深雪に若干苦笑いを浮かべながら用意された弁当を深雪と俺は一緒に取った。その際に試合に出るのは深雪の筈なのに甲斐甲斐しく俺のお世話をしているのだ。

 

おかしくない?君がどっちかというかお世話される方だよね?

 

「八幡さんは少々だらしないところがありますのでお世話のしがいがあります。」

 

楽しそうに今にも歌い出しそうにお茶を入れて俺の前に差し出してくれたので二人で買ってきたアイスを食べながら雑談をした。

 

「決勝戦は夜に行われるし開始まで数時間ほどあるからお昼も取ったし眠くなってきただろう?俺はそろそろ行くから…」

 

「あ、待ってください八幡さん。」

 

食事が終わり深雪も次への試合のために休息を取るために(試合開始まで数時間ある)睡眠を取る必要があるのでそれを告げて部屋から出ようとすると深雪から引き留められる。

 

「どうした?」

 

「ええと…もう少しお側にいてくださいませんか?」

 

顔を赤くして俺にお願いしてきた。

 

深雪さんや、それは思春期の男の子に言っちゃいけない台詞よ?勘違いしちゃうからね?

恐らく俺は先ほどの深雪の着替えを覗いてしまった代償なのだろう。

 

俺は逃げられないと思い深雪の提案を受け入れることにした。

 

「ええと…ちなみに具体的には…?」

 

「その…一緒にお昼寝を…」

 

「却下にきまってるでしょうが…。…男女が一緒の布団に入るのは不味いだろ。」

 

「は、八幡さんでしたら構いませんのに…」

 

深雪がなにかを言っていたようだったが「仕方がない」と言った表情で深雪は昼寝の準備を整えて寝具に潜り込み試合の疲れと食欲が満たされていたのか直ぐ様眠りの国へと旅立った。

 

深雪のそばで用意された椅子に座り整いすぎている寝顔を拝んでいる。

 

「ホントに綺麗だな…。」

 

安心しきっている寝顔を見ているとそれが自分に対する信頼なのだと考えると何だかむず痒い気持ちと好きでもない男の前で無防備な姿を晒しているのは少々問題だとは思うのだが…。

あれか、俺はペットのような扱いなのかもしれんな。

 

「しかし…。」

 

それにしても数年前、沖縄に修行しに行ったときにまさか大亜連合による襲撃に合わせどさくさに紛れ『レフト・ブラット』による襲撃を俺がまさか救うことになりその数年後に同じ高校に入ってお礼を言われることになるなんて考えもしなかった。

 

隣に安らかな寝息を立てている深雪が寝ているベットに俺が手をついて表情を観察していると深雪の手が俺の手に重なるように優しく触れて自分の頬に当てている。

 

「深雪さん…?おーい?」

 

返事はないただの寝相を打っただけだったがまさか俺の手に重なって頬に当てるとは思わないじゃん。

深雪が起きるまでの四時間半俺はずっと満足そうに眠る姫の顔を見ることになりそうになったが愛梨との約束を想いだし目の前の眠り姫を起こさないようにそっと手を離し部屋からゆっくりと退出した。

 

「おやすみ深雪。」

 

◆ ◆ ◆

 

「お、八幡殿!来たな。」

 

「来ましたね八幡さん。」

 

「遅くなってすまん。十七夜、四十九院。」

 

『お片付け』を終えて急ぎ会場まで戻り愛梨の試合を観戦するために十七夜達の場所へ向かったのだが…

 

(滅茶苦茶見られてるな…。)

 

関係者席に向かうまでに他校の生徒…特に三校の生徒からの視線が凄かった。忌々しいものを見るのや尊敬の眼差しをぶつけられていた。

 

(恐らくはモノリスのせいだろうがな…。)

 

「どうしたのじゃ?」

 

「いや、何でもない。」

 

席を確保されていた場所に座りステージで待機している愛梨に目をやるとアナウンスが入る。

 

『第一高校の司波選手と同様、一年生でありながら本選に選抜された一色選手!クラウドボールで見せた圧倒的なスピードに今回も期待が高まります!』

 

「周りの選手が萎縮しちまってるな…。」

 

「司波殿に注目が行きがちじゃが愛梨も負けておらんぞ?」

 

「そうだな。」

 

四十九院の言うことはもっともだった。

彼女も一流の魔法師でそんじょそこらの魔法師に負けるどおりがない。

 

『試合開始!』

 

試合開始のブザーが鳴り響き光珠が上空へ現れると一目散に愛梨が到達し獲得する。

 

(跳躍で飛行スピードを越えて見せる!)

 

『これは早い!ホログラムが点灯した瞬間に一色選手が獲得いたしました!』

 

その後光珠が出現し他校の生徒も負けじと次々と現れる光珠を獲得しようと跳躍するが愛梨の前では児戯に等しい速度でありかっさらう形となった。

 

『一色選手次々と獲得!何と言う速度でしょうか!マジックフェンシング競技でも『エクレール・アイリ』の異名を取る一色選手ですがこれはまさに稲妻!』

 

第一ピリオドは愛梨の圧勝で幕を閉じた。

 

控え室に戻り優美子が出迎える。

 

「いい感じじゃん。」

 

「ありがとう優美子。そうだこの試合は録画してるわよね?」

 

「もち、愛梨は既に決勝を見据えてるもんね。」

 

「当然よ。」

 

そう言って不敵な笑みを浮かべ控え室から愛梨は会場へと向かった。

 

『試合終了!一色選手他を寄せ付けず圧勝です!』

 

続く第二、第三ピリオドも愛梨は高得点を叩きだし愛梨が望んだ第一試合は勝利で幕を閉じた。

観客席が歓声で沸くなか愛梨は空を見上げていた。

 

その姿を観客席で俺は見ていた。

 

(愛梨なら深雪と良い勝負をしそうだが…飛行魔法無しでやりあうのは辛いかもしれないな。)

 

「うむ、愛梨らしい戦いかたじゃったな。」

 

「ええ。」

 

(俺が三校の生徒なら手を加えてやれるんだが…まぁ、無理な話か。『直接』は、だが。)

 

おもむろにポケットに入った情報端末を握りしめながら十七夜と四十九院に話しかける。

 

「順当に行けば愛梨が決勝進出だな。愛梨、流石だな。…そろそろ戻らねえとな。」

 

「む、もう行ってしまうのか?」

 

「こっちも色々と立て込んでてな…そうだ、十七夜。」

 

「なにかしら?」

 

「これを愛梨に…って担当技師って誰だ?」

 

四十九院が答えてくれた。

 

「優美子じゃぞ?」

 

「そうだったか…なら三浦にこれを手渡してくんない?」

 

不思議そうに俺からの情報端末を受けとる十七夜。

 

「これは?」

 

「魔法の起動式が入ってる、決勝では恐らくだがうちのエンジニアが使用した『飛行魔法』を公平を保つために公開配布すると思うが…。」

 

俺がそう言うと驚いた表情をする二人。

 

「なんじゃと…?」

 

「そんな…。」

 

「だが一般の魔法師が使ってもすぐにガス欠になっちまうからな、深雪の前じゃ意味が無い。それでだ…。」

 

手渡した端末に目をやる。

 

「俺が調整した『飛行魔法』の起動式が入ってる。流石に愛梨の事はしらないから微調整に関しては三浦と愛梨本人にしか出来ないからそこは任せるとして…」

 

「八幡君、一つ聞かせてくれる?」

 

「ワシも聞かせてほしいのじゃ。」

 

「どうした?」

 

「どうしてそこまで愛梨に協力しようとするの?こういってしまえばあれだけど、三校と一校は敵対してるのよ?」

 

「八幡殿は何故愛梨を手伝おうとするのじゃ?敵に塩を送るとは…。」

 

俺は不思議そうな顔をする十七夜と四十九院に「どうして愛梨を手助けするのか」と聞かれ理由は一つしかない。

 

「何でって…。理由は俺が愛梨と深雪の本気の試合が見たいからだか?」

 

何と言う自己満足にして自分勝手。

一方的な試合というのは退屈で俺の精神衛生上よろしくないからだ。

 

その事を伝えると二人は面白いものを見るような表情で俺を見てくる。

変な事言ったか?

 

「あなたやっぱり変わってるわね…。」

 

「八幡殿はやはり変わり者じゃな!」

 

「ええ…?まぁ、これを渡しといてくれ。」

 

「分かったわ。」

 

 

一方で試合が終了し決勝進出が確定し優勝に向けて控え室で休憩を兼ねて先ほどの自分の試合映像と深雪の映像を見返していた。

 

(このスピードだとギリギリのライン…、決勝では更なる調子をあげてくる恐れがあるわね…。)

 

跳躍では愛梨に軍配が上がるが飛行魔法を使用する深雪のスピードは決勝では上がってくる可能性があった。

 

(不安が無いと言えば嘘になるけれど…此方も全力を尽くすのみだわ。)

 

不意に控え室のドアがノックされて優美子が反応する。

 

「空いてるし、どぞー。」

 

同じ高校の先輩が入室してきて先の試合の健闘と次の試合での戦術の検討を提案してきた。

 

「え?…飛行魔法をですか?」

 

愛梨と優美子は目を白黒させている。

 

「そう、決勝で使ってみるのはどうかと…。」

 

「ちょっち待つし。」

 

その提案に待ったを掛けたのは優美子であった。

 

「付け焼き刃で戦えるような甘い競技じゃないし、技術的な面からも不安で担当技師としては慣れた魔法で行くべきだと思うんだけど?」

 

「それなんだけど…」

 

先輩が優美子の剣幕にビビりながら補足説明をしてくれた。

 

「あのあと、大会委員会から一校のCADの情報が公開されてね…恐らく決勝は全ての高校が飛行魔法を使ってくると思うの。」

 

「なっ!?」

 

「はぁ!?」

 

その事に愛梨と優美子は驚いている。

無理もないだろう、一番の難敵である司波深雪が使用して見せた『飛行魔法』を全員が使えるのだ。

 

愛梨は難しそうな表情で思案し数秒後、優美子に依頼する。

 

「優美子、今から調整できる?」

 

「やるだけやってみるし…でも、」

 

「私は優美子を信じているわ。」

 

「…。」

 

愛梨から強い眼差しを受けて優美子は頷くしか無かった。

 

 

場所は変わり九校戦が行われている会場から少し離れ拓けた森林に移動してきていた。

 

「とは言ったけれども、急な話で練習場所はこの辺りしかないし。」

 

「このくらいの空間があれば十分よ。それより凄いわこんなにも飛行が簡単だなんて。」

 

「飛行魔法自体はトーラスシルバーのものをほぼ弄っていないからそのままだしね。」

 

動きは綺麗に愛梨は空中を飛んでいた。

 

「おーい!愛梨、優美子!」

 

遠くの方から愛梨達の顔見知りが声を掛けてきたので魔法の行使を中断し着地した。

 

「沓子、栞。一体どうしたの?」

 

「先輩達から愛梨が此方に移動したと聞いて此方にきたのよ。」

 

「むぅ…やはり八幡殿の言う通り全校に『飛行魔法』が配布されていたか…」

 

「八幡さんの言う通りこれは辛いわね。」

 

「…優美子の言う通り付け焼き刃で戦える相手では無い…それに他の生徒も飛行魔法を使えるようになる…。」

 

「確かに司波選手と戦うには熟練度が圧倒的に足りていない…愛梨の実力があったとしても。」

 

「愛梨に優美子…、この状況を打開できる策があるとするればどうする?」

 

いつものおちゃらけた雰囲気の沓子ではなく真面目な雰囲気で話し始めたので愛梨達も身構える。

 

「どういう事?」

 

「どういう事だし?」

 

「実はな…八幡殿と先ほどまで愛梨の試合を見ている際にこれを手渡されたんじゃが…栞。」

 

「これよ。」

 

そう言って愛梨と優美子の前に八幡に手渡された情報端末の中身を見てみるとそこには愛梨用に完全ではないが調整された跳躍と飛行魔法を組み合わせた起動式が封入されていた。

 

その起動式の完成度具合に優美子は驚愕の表情を浮かべ愛梨は困惑していた。

 

「一体どうして八幡様が…。」

 

「何でヒキオが敵に塩を送るような…」

 

「八幡さんが言ってたわ。「俺は本気で戦って自由に空を飛び回る愛梨が見たい」と言っていたわ。」

 

栞が情報端末を手渡されたときの事を伝える(若干盛ってる)と優美子が「あぁ…またいつものか」と母親のような表情になり愛梨はと言うと…。

 

「…///」

 

顔を紅くしていた。

 

「たっく…ヒキオらしい理由…無自覚でこれを言ってるんだから恐ろしいし…。」

 

「優美子…。」

 

「分かってるって。ヒキオから渡されたこいつを大急ぎで調整するし。」

 

「…!ありがとう優美子。」

 

本来ならば他人から手渡された起動式を担当技師が調整して使用することはプライドが許さなかったであろうが優美子は愛梨の気持ちと八幡の思いを汲み取って力を借りることにした。

 

「凄い…まるで重さを感じさせない…!」

 

「まるで本当に『稲妻』の様じゃ…!」

 

「凄い…凄いわ愛梨。」

 

「ほんとに…ヒキオ、とんでもない調整してくれたし。」

 

優美子からの調整終了後に再度使用するCADにインストールしなおして愛梨は『飛行魔法』を起動させると空中を先程よりも流麗に飛び回り稲妻のごとき速度で空中を旋回する。

その姿を見た三人は呆然としたり関心したりしている。

 

(期待してくれている皆…そして私自身の為に…)

 

愛梨は自身が好意を寄せる少年の事を思いだし決意する。

 

(八幡様の為にも勝利して見せる!)

 

◆ ◆ ◆

 

深雪の試合が終了した後に襲撃にあった八幡が『お片付け』と称して何をしていたかと言うと…。

 

横浜・中華街

 

「十七号と十八号からの成果の報告が来ないぞ…。」

 

「まさか取り押さえられたとでも言うのか?」

 

「取り押さえられたとしても我々に繋がる証拠は何も出ては来ないが念のために撤退の準備はしておかなければならん。」

 

「おのれ…一度勝利した程度でいい気になりおって…!」

 

「それ以上に我々が優先すべきは一校の十師族の餓鬼の始末だろう…。」

 

「我々の計画をことごとく潰してくれたあの生意気な餓鬼か?」

 

「七草八幡…十師族の子供か…奴には妹と姉がいたな。それを人質に取るか?」

 

「それも、」

 

高級スーツと成金じみた高級宝石をつけた幹部の一人が言葉を紡ごうとした瞬間、最上階に続くこの部屋のドア『最初から無かった』かのように消え去り、近くにいた仲間の幹部の両腕が胴体から泣き別れした。

 

両腕が切り落とされた男はあまりの激痛に失神する他無く他の幹部はゆっくりと歩を進め部屋に入ってくる黒いコートとサングラスを着用した男性…少年だろうか、この部屋に入ってきてから反応する他無かった。

 

「…っ!や、やれ!十三号、十四号!」

 

この限られた者にしか知らされていない空間に少年が侵入するという異常事態に流石の無頭竜の幹部達は自分達の命を守るためにジェネレーターに命令を出すが、遅かった。

 

「了、」

 

言葉を紡がせる前の二体のジェネレーター達を保護している情報強化されたエイドス・スキンごと素早く二丁引き抜いたCADの起動式によって発生した『粒子ビーム』によって上半身ごと消し飛ばしそこに残って立ったままの下半身が少しだけ歩行しパタリ、とその場に倒れた。

 

「…っ、じゅ、十五号、十六号!!」

 

直ぐ様倒されてしまったジェネレーターを無慈悲に目撃した幹部は続けざまに残る駒に指令を出すが無意味であった。

 

魔法を使わせまいと自己加速術式を掛けて接近した十五号が少年に拳を振り上げるが特化型CADの銃身バレルの相当する部分が赤熱化して光刃のようなものが延びて襲いかかる拳ごと両断し攻撃が当たる前にその命を散らした。

 

残る十六号も飛びかかろうとしたが頭手足に『粒子ビーム』を同時に叩き込まれて活動を停止した。

 

「バカな…四体のジェネレーターが数秒も経たずに無効化されただと…?」

 

「…。」

 

咄嗟の事に情報が処理できていない幹部達の光景を男は何の感情もない表情で見ていた。

 

「ひっ…!?」

 

状況を理解し動き出そうとする幹部達を逃がすまいと一帯に重力展開がなされ身動きが取れなくなってしまう。

 

「よぉ脳無竜…じゃなかった無頭竜日本支部の幹部さん達よ。お返し渡しにきたぜ?」

 

逃げ出そうとし這いつくばった幹部の前にしゃがみこみ顔を覗き込んだ瞬間、男が短く「ひっ!」と悲鳴を上げた。

 

幹部達を少年の表情は能面のように無表情でサングラス越しから金色に光る《瞳》で射貫き”死”を告げにきた。

 

 

「な、何者だ…。」

 

地面に這いつくばる幹部が目の前にいる少年に問いかける。

 

目の前で同僚の両手が切断され、自分達を守る生体兵器が上半身と泣き別れをして歩行するというスプラッター映画もビックリなショッキングな映像を見せられた男の口調はいつものような尊大な物言いではなくなっていたのは想像に固くない。

 

「九校戦では世話になったからそのお礼を返しに来たわけよ。…ほら返すぜ。」

 

そう言うと少年の背後より先程まで見えなかった『送り込んだ生体兵器が何もない空間から拘束された状態』で地面に転がされた。

 

「なっ…!?」

 

「しっかし、道具に始末をやらせて自分達は高座からの見物か…いい気分だろうな?自分の手は汚さず楽に金儲けできるんだからこれまでに良い商売はないだろう『ダグラス=黄』さんよ?」

 

目の前の少年に自分の名前を知られてしまっていることに心臓を握りつぶされそうなショックを受けるが帰ってきた答えは無情であった。

 

「何故、私の名前を…!?」

 

「誰が喋って良いと言った?」

 

次の瞬間、先程放り投げた生体兵器に少年がCADを構え発動させたであろう黒い球体が接触すると吸い込まれ消えてしまった。

 

「余計なことを喋るから…。さーて…こっからが本番だぞ。」

 

少年はCADを眼前にいる男に突きつける。

 

「ま、待て!待ってくれ!」

 

「何を待つんだ?」

 

「わ、我々はこれ以上九校戦に手出しするつもりはない!」

 

「いや、明日で九校戦終わるんだけど?」

 

「九校戦だけではない!我々は明朝にもこの国を出ていく!二度とこの国には戻ってこない!」

 

「へぇ…?で、それはお前の権限でどうかできるのか?」

 

「私はボスの側近だ!ボスも私の言葉を無視できない!」

 

「なんでそんなことが言えるんだ?」

 

「私はボスの命を救ったことがある!命の借りは、救われた数だけ望みを叶えることで返すことが我々の掟だ!」

 

「それ、今此処にいる自分以外は助からないって言ってるよな?」

 

この場にいる三名の視線がダグラスへ突き刺さる。それは裏切りによる憎悪と殺意の視線だった。

その光景を見て滑稽だな、と少年は思っていた。

 

「それが本当だとしたらその事をどうやって証明するんだ?」

 

「それは…。」

 

「あんたらのボスは直接の粛清をする際にも気絶させてその本人の前まで持ってこさせるんだろ?そんな奴がボスの名前を知ってるとは思えないけど…そうだな、あんたが影響力を持つというのなら顔、見たことあんだろ?答えろよ」

 

自分よりも二回り以上年が離れているのにも関わらず少年の殺気に当てられ呼吸するのすら億劫になる男は目の前にいる少年の前では後先の事を考えている暇がなかった。

 

この理不尽から生き延びるためには縋るしかない。

 

「私は拝謁を許されている。」

 

「で?あんた達のボスの名前は?」

 

ダグラスは口を閉ざした。

言える筈もない、それは組織の最重要機密であり長年組織にいたダグラスは刷り込まれた恐怖と忠誠心が目の前にいる恐怖を凌駕したほんの一瞬であったがそれは間違いだった。

 

「ぎゃあああああっ!!」

 

「ジェームズ!?」

 

隣にいた同僚が少年から放たれた魔法によって両手足が泣き別れし近くに転がり鮮血がダグラスに降り注ぐ。

 

「そういや、国際指名手配犯で『ジェームズ・朱』ってのがいたな…。」

 

くるりとダグラスに向き直りCADを構える。

 

「次はあんたか…。」

 

「ま、待ってくれ!」

 

「俺が『答えろ』と言った言葉以外答えるなと言ったよな?」

 

「わ、わかった!答える!ボスの名前は『リチャード=孫』だ!」

 

「それ本名じゃ無いだろ?実名は?」

 

「…孫公明だ。」

 

「住んでるところは?」

 

香港の高級住宅街の住所に、オフィスビルの総称、行きつけのクラブなど洗いざらい全て話してしまった。

 

「…私が知っている情報はこれで全てだ。」

 

「そうか…聞きたい情報は聞けたからな。ありがとうよ。」

 

「し、信じてくれるのか?」

 

「おっさんは紛れもなく無頭竜の首領、リチャード=孫の側近らしいな。」

 

圧倒的な理不尽を前に虚無感を漂わせていたダグラスは、ようやく解放されると喜色を浮かべるが

 

「グレゴリー!?」

 

最後の同僚が氷漬けにされたことで打ち砕かれた。

 

「…な、何故だ!我々は命までは奪わなかったではないか!?」

 

「あ?だからそうしてんだろ?『皆生きてるじゃないか』」

 

ダグラスの周りには両足を潰されたり両腕が切断され氷像へと変えられた同僚が転がっている。

どれも弱々しいが生命の活動を行っている。まだ生きているのだ。

 

「そりゃ結果論だろ。おっさん達の都合の良い理屈だ。俺は『五体満足で解放する』とは言ってないぞ?」

 

彼らは大量殺人を目論み結果としてこの目の前にいる少年一人によって阻止された。

…この幹部の男が知るよしなど無いが。

 

「だがまぁ…そんなことはどうでも良いんだよ。」

 

「な、なに…?」

 

「お前達が何人殺そうが関係の無い話だ。だって『俺とは関係の無い人間』だからな。」

 

絶句する男を尻目にこれ以上会話を続ける事になれば、下らない毒にも薬にもならない会話を繰り広げられることが決まっている。

 

「だが…お前達は俺の家族に手を出そうとした。俺の逆鱗に触れちまっただよおっさん。其だけで俺があんた達に怒りをぶつける理由はこれで十分だろう?大事なものに手を出すってことはそう言うことだ。」

 

そう言い放ち少年は重力波を当てて恐怖にすくむ男の意識を刈り取りその場に倒れ込んだ。

 

 

「…俺も甘いな。本来なら命を取るべきだが…後処理面倒だから軍にぶん投げるか。」

 

俺は部屋に転がっているジェネレーター達に特化型CADを向けて起動式を展開する。

恐らく殺傷ランクA以上は在るであろう加重魔法『空想虚無(マーブル・ボイド)』を使用して完全制御した拳大の大きさのマイクロブラックホールを当ててやると『無』へと還っていった。

 

「お片付け…ってな。」

 

更にはこの部屋に置いてあった機密帳簿等の証拠となるものをかき集め四肢が欠損していたり氷漬けになったり気絶している無頭竜達の幹部達を九校戦の軍施設、憲兵がいる部署の座標を確認し俺が使用できる移動魔法『次元解放(ディメンジョン・オーバー)』を使用し憲兵詰所と此処の場所を繋げて配達よろしく送り届けた。

 

向こうは大騒ぎだろうが…まぁ、大丈夫っしょ。

あ、やべ。戸部の口癖が…。

 

「俺も帰るか…つかれたわ。」

 

帰り道は加重魔法による飛翔ではなく座標が分かっているので『次元解放(ディメンジョン・オーバー)』発動し九校戦の会場まで一足で帰宅した。

 

八幡が去った無頭竜の幹部達がいた隠し最上階はもとより誰もなにも無かったかのように静まり返った。

 

…因にだが憲兵詰所に手足を欠損し氷漬けになった男達が突如現れたときは大混乱に発展したがこの男達が『無頭竜』の東日本幹部だということが分かり直ぐ様拘束され西日本支部にも捜査のメスが入ったらしいがそれはまた別の話。

 

意識を取り戻したダグラス=黄が軍の精神病棟でうなされながら「黒衣の男が…」ブツブツと呟いたことでこの惨状を作り出した魔法師に畏怖を込めて軍では『黒衣の執行者(エクスキューショナー)』の渾名が付けられたことを当の本人はまだ知らない。

 

 




八幡が使用した魔法に関しては九校戦終了・横浜騒乱編で追加したいと思います。

八幡の目の前で眠りにつく深雪は八幡でなかったら襲われててもおかしくない…。
愛梨の試合の時系列がよく分からなかったので文章の流れで同日にしています。

次回投稿でミラージの決着と九校戦閉会になるかと思います。

八幡の前で妹達に手を出したジェネレーター君達は戦犯ですね…。
血は繋がっていなくとも泉美と香澄を大事に思っているからこその行動でしたね。

今回は怪我をおっていないので首謀者達は命までは取られなかったですが、仮に八幡の家族が命の危機に陥った場合どうなるか…その鋼の意思が揺らぐかも知れないですね。



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夜空に輝く優等生

今回はあっさり目です。
深雪と愛梨が活躍します。

今回は原作で出なかったオリキャラが出てきます。
(調べても名前が出てこなかったのでオリジナルの名前をつけちゃいました。この人はこの名前だよー、というのがありましたらコメントにて…。)

最近はリアルが忙しくて週一で投稿できていないのが辛い…。
見てくださって有り難う御座います!!

感想&コメントも有り難う御座います。
誤字脱字報告本当に申し訳ない!




愛梨に魔法の起動式を封入した情報端末を手渡した後『後片付け』の事もあり無性に腹が減ったので出店で軽食をとった後、決勝まで時間があったので昼寝をしにホテルまで戻ろうとすると一人の女性が若い男達(大学生ぐらい)に囲まれナンパされている光景を目撃してしまった。

 

「お姉さん俺たちとお茶しない?」

 

「大会見るよりも楽しいことしようよ。」

 

「あ、いえ私は…。」

 

(今時そんな奴らいるんだな…。)

 

その囲まれている女性に一瞥すると思わず二度見してしまった。

 

(愛梨?…いやお姉さんか?)

 

愛梨に非常によく似ておりそのまま年を重ね、というよりも少し大人びた雰囲気…見た目的には大学生ぐらいの女性だろうか、下劣な妄想を抱える大学生達に話しかけられ困惑していた。

 

(あのままだとずるずる連れていかれそうだな…しゃーなし…。)

 

「ほら行きましょうよ。」

 

「あっ…。」

 

俺は愛梨の姉の手首をつかみ強引にナンパしようとする男の手首を掴み割って入ることにした。

 

「探したわ姉さん。ほら行くよ。すみません連れがご迷惑を…」

 

こういうナンパの類いは強引に知り合いを装って連れ去る方が手っ取り早い。

…実際中学の時にいろはがナンパされたときにこれで何とかなった。

しかし、そう上手くは事が運ばないわけで…。

 

「あの…どなたでしょうか?」

 

早速ミッション失敗に至ったわけだ…いや、そこは話を合わせて頂戴よ。

 

「ん?」

 

「あ?」

 

「へ?」

 

俺が割って入るとさっきまでこの女性に楽しそうに話していた男達は一気に不機嫌になり敵対心を露にする。

そんなことは知らぬと俺は連れ出そうとした女性に話しかける。

 

「いや、そこは乗ってくださいよ。俺が間抜けみたいじゃないっすか…。」

 

「えっ…?あ、ごめんなさい。」

 

「あ?何だお前?」

 

男達を無視して話していると今にも殴りかからんとする男達に声を掛けられた。

 

「大人が話してるときに割って入るなって学校で習わなかったのか?…ってこいつ第一高校の生徒か。」

 

「一般人に魔法を使っちゃ行けないって学校でならわなかったんちゅか~?」

 

「めんどくせぇな…」

 

「クソガキが…!」

 

卑しい笑い声を挙げているが俺は何とも思わず冷めた目と敢えて聞こえる声量で呟くと男達を見ているとその表情が気にくわなかったのか一人の男が俺にパンチを仕掛けてくる。

 

しかし、それは俺の前ではあまりにも遅すぎた。

 

空いている片手で受け止めてその男にしか聞こえない言葉をボソッと呟くとその表情は恐怖に染まっていた。

 

「さっさと消えろ。この脳ミソが下半身欲で生きてるヤリ○ン野郎が…潰すぞ。」

 

「ひっ…!」

 

「に、逃げろ!やべぇぞ!!」

 

同時に殺気をぶつけてやるとその男は恐怖に縮み上がりもう一人の男を連れて一目散にその場から逃げ去って行く。

情けない声を挙げながら。

 

「ったく…あの程度の殺気でビビるぐらいならナンパなんてするんじゃねぇよ…。」

 

「あ、待って!」

 

俺が呟きその場から立ち去ろうとすると俺の右手が誰かに握られ身動きがとれなくなる。

何かこれ前にもあったな…?

 

そう思い後ろを振り返ると先ほどナンパをされていたので割って入った金髪の女性が俺を引き留めているのが目に入り声を掛けられた。

 

「えーと…何でしょうか?」

 

「助けてくださってありがとうございます。あなたは?」

 

これ名前を名乗らんといけん?正直さっさと昼寝がしたいので下の名前だけ明かした。

 

「…八幡です。」

 

「八幡…その髪型とその目…っ!もしかしてあなたが『娘』が言っていた比企谷八幡君?」

 

「比企谷じゃなくて今は七草…って『娘』?」

 

目の前の女性が俺の旧姓を知っていたということも驚きだったがそれだけじゃなく今『娘』って言った?

目の前にいる女性は明らかに子持ちには見えないほど若かった。

 

「あ、ごめんなさい突然ビックリしてしまいましたよね。私は一色紅利栖(クリス)。愛梨といろはの母親です。」

 

「ええ…?」

 

目の前にいる女性は子持ちだったことに俺は驚いた。

 

 

ナンパ男達を撃退したのち俺は再び売店の飲食コーナーへ戻ってきていた。

そのままにしておくとまたこの人がちょっかいを掛けられそうだったので会場の観客席へ案内しようとしたが、愛梨の試合は既に終了し決勝に進出することが確定していたので、試合までは時間があるためこちらに案内して愛梨のお母さん…紅利栖さんと雑談をすることとなった。

 

ちなみに何故俺が一色さん…もとい紅利栖さんを名前で呼んでいるかと言うと、本人から「「紅利栖」って呼んで」と言われたためである。

決して俺が自発的に言い出したのではないと明記しておこう。

 

俺の昼寝の時間は無くなったのだ。雑談と言う結果にな。

 

「どうぞ。」

 

売店で売ってたドリンクを二人分購入し紅利栖さんの前に置くと感謝された。

 

「ありがとう。えーと何とお呼びしたら良いかしら?」

 

「比企谷は旧姓なんで今は七草で呼んでください。」

 

「分かったわ八幡君。」

 

この人も名前呼びなのか…。

目の前の紅利栖さんが姿勢をただして俺にお礼を述べてきた。

 

「改めて…いろはを救ってくださってありがとうございます。八幡君。」

 

「愛梨からお礼は貰っているので大丈夫ですよ。気になさらないでください。俺がやりたくてやっただけの話ですから。」

 

普段のように自分自身の為だと伝えると紅利栖さんはクスりと上品に笑う。

 

「やっぱりいろはも同じことを言っていたわ。」

 

「それ、愛梨にも同じことを言われましたよ…。それより先ほどはあの男達にナンパされていたんですか?」

 

そう俺が言うとキョトンとした表情を浮かべている紅利栖さん。

 

「え?ナンパだったの?ただ道を聞いていただけなのだけなのだけれど…?こんなおばさんにナンパするだなんてあり得ないわよ。」

 

「ないない」と言わんばかりに否定する紅利栖さん。

 

この人自分がナンパされてたことに気がついていねぇ…。

てか、紅利栖さん?あなためっちゃ美人ですからね?気を付けた方が良いですよ?

 

「いや、紅利栖さんはめちゃくちゃ美人ですよ。俺通り過ぎた時に愛梨のお姉さんかと思いましたが…」

 

そう言うと紅利栖さんは嬉しそうな微笑を浮かべていた。

そんなにナンパされたことが嬉しかったのだろうか?変わった人だな。

 

「あら…冗談が上手いのね八幡君は。でも、娘と同い年の男の子にそんなこと言われちゃったらおばさん、嬉しいわ♪」

 

「は、はぁ…。」

 

「…実はね、娘には私が大会の観戦に来ていることは内緒なのよ。」

 

「え、愛梨には伝えてないんですか?」

 

そう言うと紅利栖さんは苦笑いしていた。

 

「愛梨は…私が来ることを知ったら重荷になってしまうから…。それでもあの子が頑張っている姿を現地で見てみたくて。」

 

「今までの愛梨の試合は見たことがなかったんですか?」

 

「ええ、恥ずかしい話のだけれど…私は体が弱くて今まで愛梨の試合を外で見たことがなかったのよ。今日は調子が良いから家の者に無理を言ってこの会場に来ているの。」

 

「そうだったんですね…。」

 

「でも…。」

 

紅利栖さんはその整った表情に暗い影を落としている。

 

「どうしたんですか?」

 

「愛梨は…私が応援に来ていたら邪魔かしら…?」

 

「はい?」

 

「今の今まで応援にも来なかった母親がいきなり応援に来たら調子狂ってしまわないかしら…?」

 

「…それは分からないですけど。応援されて嫌な子供はいないと思いますよ。…少なくとも俺はそう、思います。」

 

「え?」

 

俺の遺伝子上繋がりのある今は蒸発した毒親達からは愛情と言うものを注がれた試しがない。

だが、今の父親である弘一さんが大会に観戦しに来たときは正直恥ずかしがったがめちゃくちゃ嬉しかった。

 

愛情を注がれて尚且つ自分と血が繋がった肉親ならばその行動は嬉しい筈だ。

 

俺の発言を聞いて紅利栖さんは「そう…」と呟き覚悟を決めた表情で俺を見つめた。

先程迄の迷いのある表情は晴れていた。

 

「八幡君に悩みを聞いて貰ってスッキリしました。…ありがとう八幡君。なるほど、これじゃウチの娘達が八幡君に夢中になるわけですね…」

 

「まぁ…暇潰しになったのなら幸いです。」

 

「私ももう少し若ければ…。そうだ、処で何だけど…」

 

「何ですか?」

 

何やら不穏な単語が聞こえたがよく聞こえなかった、「若い」とかなんとか。

いやいや、十分若いでしょうが、愛梨の制服着たらまじで姉だと思うわ。

 

『はーい!愛梨の姉でクリスでーす!』

 

俺の脳内に愛梨の制服を着用し、かなりピチピチで体のラインが出ており、愛梨とは違いとある部分達の大きさの主張が激しい状態になった紅利栖さんの姿が現れ目線を隠すとあら不思議、想像したら犯罪臭がする夜のお店にいそうだな。

 

いや、めっちゃ需要ありそうだけれども…。

 

なんてアホなことを考えていると紅利栖さんから発せられた言葉に俺は耳を疑った。

 

「八幡君はウチのいろはと愛梨、お嫁にするならどっちがいい?」

 

「はい?」

 

紅利栖さんの誤解を解く必要がありそうだ。

 

ずいぶんと長い間話し込んでしまいLサイズの飲み物が入った紙ストローがふにゃふにゃになるぐらいには。

 

まさか、いろはと愛梨の秘密を聞かされることになるとは…墓場まで持っていく必要があるようだ。

 

しかし、所々愛梨といろはが何故俺の事が好きと言う話になったのだろうかが疑問であった。

好かれる要素あっただろうか?いや、こんな変な瞳で性格の俺が好かれる筈が無い。

 

「色々と話を聞いてくれてありがとう、八幡君。是非ウチに遊びに来てね。愛梨もいろはも喜ぶわ。」

 

「は、はぁ…。」

 

すっかり憑き物が落ちたかのようにスッキリとした表情でフードコートから会場の観客席へ紅利栖さんは向かっていった。

 

「あ、やっべ!深雪の所に戻らねぇと…」

 

時刻は夕日が差し掛かった時間帯だったので、急ぎ深雪が眠りについているホテルへ預かった鍵を使い開けて戻ると深雪はまだ眠ったままだったのでゆっくりと隣の椅子に座り、眠り姫が起きるまで待つことになった。

 

◆ ◆ ◆

 

決勝戦は午前とは打って変わって、満天の夜空であった。

 

上弦の月…鬼○の刃かな?上空には星の瞬きが圧倒している。

ぶっちゃけると競技を行うにはあまり良い状態ではないが日取りは変更できない。

 

深雪と愛梨がぶつかり合うにはうってつけのステージであることには変わりない。

 

ミラージの試合会場のすぐ隣の入り口に俺は顔を出していた。

 

「体調はどうよ?」

 

「万全です、八幡さん。気力も充実していますし最初から飛行魔法で行こうと思います。」

 

「その方が良いだろうな…。頑張れよ深雪。」

 

「はい!」

 

勢いよくフィールドへ飛翔する深雪を見送る八幡を達也は見ていた。

 

「深雪、ずいぶんと上機嫌だったな。」

 

湖上の足場に立つ深雪に視線をやりながら隣に移動してきた達也に声を掛けられる。

 

「あ?ああ…昼飯食って昼寝したらそりゃコンディションはよくなるだろ?」

 

「…そうか(恐らく違うと思うんだが、八幡だしな…。)」

 

達也から向けられる視線が抗議を含む視線だったのは気のせいの筈だ。

決勝進出校は一校、二校、三校、五校、六校、九校から各一名ずつ。

複数の選手を決勝に送り込めた学校はない。

 

今この場には病院に詰めている渡辺先輩以外の主要女子メンバーが顔を揃えた状態になっている。

 

三校は決勝に愛梨しか送り込めなかったので深雪が三位以内に入れば第一高校の総合優勝が確定するので応援する方にも力が入るというものだ。

 

「機嫌が良く試合に臨めることは良いことだわ。達也くんがケアしてくれたお陰ね。」

 

反対側から姉さんが笑顔で話しかけてきた。

その発言を聞いて俺はびくつきそうになったのは深雪と一緒の部屋にいたからだろうか。

 

「会長、ケアをしたのは俺ではなく八幡ですよ?」

 

「達也、お前っ!余計なことをいうな…!」

 

達也がその発言をしたその瞬間に一瞬にして俺に近づきして姉さんが不機嫌な表情になった。若干ハイライトが消えているのが恐怖を覚える。

 

「へぇ…八くんは深雪さんのケアをしていたのね?何をしてたの?」

 

「ただ食事しながら雑談しただけだっつーの…。てか、姉さん怖いんだけど?」

 

若干目のハイライトが消えかかっているのでほら見なさいよ姉さん、隣にいる中条先輩が怯えちゃってるじゃない。

 

「ホントかな…八くん?」

 

姉さんは疑惑の表情を浮かべているが嘘は言っていない。

…それは俺が疚しいと思っているからなのだろうか。

 

「そう言えば深雪さんは『カプセル』は使わなかったようですが、十分に休息は取れているのですか?」

 

何気ない市原先輩の発言に俺は表情を変えてしまいそうになるがなんとか踏み止まった…、かに俺は思いたいたが姉さんの「正直に話して?」の圧に俺は正直にならざる得なかった。

 

「…五時間、昼寝…いや睡眠か、取ってもらったから大丈夫ですよ。」

 

「そうですか。随分とぐっすりと眠ったようですね。ホテルのベットで寝ていたんですか?」

 

その発言に俺は言葉を詰まらせてしまった。あまりにも的確なコメントにえ、分かってるの?と言いたくなるようだったがこういう時だけ姉さんの鋭い洞察力が働いてしまった。

 

「八くん?試合が終わったら話し合いをしましょ?」

 

ズイっと近づき姉さんの怒りぎみでは在るが整った顔が俺に近づき、普段ならば大歓迎であるが後で待っている出来事を考えるとため息をつきたくなった。

 

「マジで恨むぞ、達也…。」

 

「さっ、そろそろ試合が始まるぞ」

 

「にゃろう…。」

 

恨み節の視線をこの出来事の発端となった人物にぶつけるが、当の本人はどこ吹く風で白々しく試合が始まる会場へ意識を向けており、俺と姉さんもまだ言い足りてないが意識を向けることになった。

 

 

淡い色のコスチュームが、照明と、湖面に揺らめく反射光にその輪郭がくっきりと浮かび上がる。

 

そのなかで桜色のコスチュームを着た深雪が一番人目を引いていたのは、予選で『飛行魔法』という離れ業を使っただけではなかった。

 

ゆらゆらと煌めく湖面の光に照らされる深雪は儚い印象を与え目を離した瞬間に消えてしまいそうな印象を観客に強く与えまさにお伽噺に出てくる『妖精』と形容できた。

 

『お待たせしましたいよいよミラージ・バット本戦決勝、夜空に映える淡い色のコスチュームに身を包み選手達が決戦の合図を待っています。』

 

アナウンスが決勝戦の熱量をあげていく。

観客席はその煽りを受けるが、静かにその熱意を燃やし神聖な戦いを見守っている。

 

『午前の戦いでは飛行魔法を用いた司波選手に度肝を抜かれましたが今回もその再演がなされるのかどうか期待が高まります。』

 

俺は衆人の視線を受ける選手の一人である深雪の反対側、真正面の浮き島に立つ愛梨を見つめた。

その衣装はパールホワイトを基調とし、胸から臍の辺りに掛けて稲妻のような金色の模様があり縁取られたラインは赤色が配色されており愛梨の見た目とこの試合に臨む覚悟も相まって深雪に負けず劣らず愛梨は妖精というよりかは軽装の戦乙女のような雰囲気を醸し出していた。

 

『しかし、跳躍を得意とする一色選手を始めとする各選手共に予選で素晴らしいパフォーマンスを見せた強者揃い、勝負の行方は分かりません。』

 

ざわめきが潮を引くように静まった。

人々が固唾を呑んで見守るなか、ミラージ・バット決勝戦が始まった。

 

 

始まりの合図と共に六人の少女が一斉に飛び上がった。

跳ぶ、のではなく六人全員が空中に浮いたままだった。

 

『何と!全員が飛行魔法を使用しています!』

 

その光景に隣にいた姉さんが驚きの声を挙げていた。

 

「飛行魔法!?他校も!?」

 

「流石は九校戦。六、七時間でものにしてきましたか。」

 

達也があくまでも知らない体裁をとっており俺は「白々しい…」と思ったが此処では出さない。

 

「トーラスシルバーが公表した術式を各校がそのまま使用しているんだろ。」

 

「…無茶だわ。あれをぶっつけ本番で使いこなせる術式じゃないのに。選手の安全より勝ちを優先するなんて…。」

 

姉さんが苦々しく呟いた。

その勝利への渇望を各校にさせているのはウチの成績であることも要因だとは思うが此処では触れないでおくことにした。

 

「大丈夫でしょう。あの術式を使っているのなら万が一の場合でも『安全装置』が機能する筈です。」

 

達也のその声色には「お手並み拝見」と言いたげな余裕があった。

 

空中にいる愛梨に視線を向けると十七夜達に告げたことを聞いた内容が本当だったことに驚いてはいるようだったが想定内、といった様子だった。

 

 

空を舞う六人の少女達。

 

(やはり全員が飛行魔法を使ってきた…八幡様の言った通りになったわね…)

愛梨は飛翔している少女達に一瞥しそんな感想を覚えた。)

 

それはまさしく妖精のダンスであった。

観客は夜空を飛び交うその舞いに心を奪われ見とれている。

徐々に落ち着きを取り戻した観客達であり、思いがけない試合経過に驚くことになった。

 

飛行魔法を使用し同じように飛んでいる。

飛行魔法の使用にレベルの差など無いように見える。

しかしポイントを重ねているのは第一試合ではじめて飛行魔法を使用した深雪と第三高校の愛梨がポイントを独占しているのだ。

 

『一校選手が得点を獲得…。三校選手が素早い動きで一校選手から奪い去るように得点を獲得していきます!』

 

他校の生徒はその二名の動きについていっていない。

深雪は滑らかに、優雅に。

愛梨は素早く、優麗に。

 

(八幡様が用意してくださったこの魔法…体が軽くて何処かに飛んでいってしまいそう!こんなにも飛ぶのって楽しいものなのね…そこっ!)

 

深雪の獲得しようとした光珠を愛梨が戴いていく、その表情は笑顔だった。

その行動に深雪は全員が飛行魔法を使ったときよりも驚いていた。

 

(愛梨さん…本当に勝ちに…。わたくしも全力を出させていただきます!)

 

深雪は選手入り口にいる親愛なる兄と恋慕する少年を視界に捉えると深雪の動きが優雅ではあるが力強いものとなった。

 

得点を重ね独占する二人の試合についていこうとする他校の生徒だったが次々と脱落していってしまう。

アナウンスが入る。

 

『次々と選手が脱落していきますが…飛行魔法の術式にサイオン残量が少なくなると自動的に着陸動作に入るような仕様となっており安全に飛行を終了しているようです。』

 

一人が墜落するのを見て観客席が悲鳴が挙がったがゆっくりと降下するのを見るのとアナウンサーがその事について実況すると観客席から安堵の声が挙がったが、一番安堵したのは大会委員の方だろう。

 

同じく入場口にいる姉さんもホッと胸を撫で下ろした。

 

「よかった…ちゃんと安全装置が動作しているのね…。」

 

(そりゃ、達也が作った魔法だからな…大会委員が弄っていなければ本来の仕様だしな…。愛梨も…うん、俺が渡した俺版『飛行魔法』も深雪相手に互角…いやそれ以上の効力を発揮してくれてるみたいで安心したよ。)

 

(ちゃんと魔法のアピールになっているな…。何より俺の開発した魔法を華々しくデビューさせてくれた深雪には感謝しかないな。…それにしても三校の一色選手が深雪と張り合えるとは、とんだダークホース…いや、当然か。)

 

一校のブースでは華々しく『飛行魔法』をデビューさせてくれた深雪に感謝しているのを尻目に次々と宙に浮かぶ妖精達から脱落者が出ていた。

 

愛梨が使っている魔法が八幡が改良した『飛行魔法』であることを達也は知る由もない。

 

深雪と点数の獲得を競いあっていた愛梨ではあったが点差は同点であり、先行して深雪が動いていた。

また一人、また一人と脱落者が出ており残る選手は愛梨を含め四人となった。

 

(次々と脱落していくわね…私を含め残り四人…!)

 

光珠が点灯し動き出す愛梨の前方を深雪が駆けていく。

 

(このままじゃ勝てない…!)

 

距離にして少しではあるがこの光珠を取られてしまえば点数差は広がってしまう。

 

(八幡様に用意してもらった魔法、調整してくれた優美子…みんな…みんな期待してくれているのに!)

 

光珠に深雪が到達しようとして諦めそうになる愛梨。

 

(あんなに練習したのに…これが練習の差、才能の…そんな筈は無い!)

 

必死に否定するが俯きそうになる愛梨は、観客席に視線を向けると驚愕していた。

そこには両手を握り空中に浮かぶ愛梨を想い祈るように見つめている母親の紅利栖の姿があったからだ。

 

(お母様…!どうして、いや来てくださったの…!)

 

右腕につけたブレスレット型CADを操作し八幡が調整した魔法を起動させる。

 

(飛行魔法と跳躍魔法のミックス…これが私の全力!!)

 

到達した深雪がスティックを振るい光珠を獲得しようとした瞬間、背後から急加速した愛梨に得点が加算される。

 

(あの光珠めがけてマジックフェンシングのように…突き通す!!)

 

次々と得点を重ね、ついにその牙城を崩した。

三校陣営から歓声が挙がる。

 

アナウンサーも興奮気味に解説する。

 

『第三高校一色選手が第一高校一強の牙城をついに崩し首位に立ちました!』

 

観客席は王者から得点を奪い一強が崩れ去ったことで未々勝負は着かないぞ、と興奮を先程よりし始めた。

その驚きは第一高校にも伝わる。

 

「まさか、深雪さんがリードを許すなんて…。」

 

「…なかなかレベルが高いですね(まさか深雪が抜かれるとは…。)」

 

「やるな。(跳躍と飛行を重ねて使用できてるな…よかった。)」

 

真由美は驚愕し、達也は表面上は普段通りを装っていたが深雪が先を越されたことに驚いており、八幡は愛梨が自分が渡した魔法を使いこなし尚且つ『跳躍』とのミックスで鋭角的な動きをしていたことに満足していた。

 

観客席でもほのかと雫が点数を先にいかれたことに驚いていた。特にほのかだったが。

 

「深雪が点を取られるなんて…。」

 

「よくやったね三校」

 

「えっ?」

 

慌てるほのかを尻目に冷静なコメントを呟く雫に振り向く。

 

「面白くなるのは此処からだよ。」

 

『インターバルに入ります。』

 

そのまま第一ピリオドが終了して結果として愛梨が優位に立ってインターバルに入る。

雫が言葉を紡ぐ。

 

「だって、深雪はああ見えて本当に負けず嫌いだからね。」

 

『これより第二ピリオド開始です!』

 

雫の発言とおりにやられっぱなしでは無く第二ピリオドでは深雪が愛梨を追い抜きそうな勢いであったが愛梨がそれを阻止。

インターバル明けの試合では深雪が優位の状態で終了し続く第二ピリオドでも一人脱落。

 

最終ピリオドは深雪、愛梨、そしてもう一人の選手の争いとなった。

点差は愛梨が深雪より点数は多いが気を抜けばすぐにでも抜かされそうな点数で次点の選手とは点数が離れすぎており見るも無惨な結果だった。

 

実質上は深雪と愛梨の決勝戦となる。

 

 

第三ピリオド、つまりは最終戦開始前にインターバルを挟み、少しの休憩を終えて最終戦へ向かう前に俺へ深雪が駆け寄ってきて最終戦の事を確認する。

 

「点数差からこのまま盤上にとどまっていてもいいもんだけどな」

 

「いえ…私がそれで止まってやり過ごすような人間だとお思いですか?八幡さん。」

 

「だろうな…頑張ってこいよ。」

 

「はい!」

 

そういって飛翔した。

その姿を見て八幡は同じく最終戦で唯一深雪に対抗できる愛梨にも意識を割く。

 

(愛梨と深雪、五分五分の力関係で試合が続いているが最終ピリオドでどっちが勝利するか…楽しみだな。決着的にはどちらかが負けることになるんだが…難しいよなぁ…。)

 

此処にはいない愛梨にも負けてほしくないと我が儘な理想を馳せる八幡がいた。

 

同タイミングで休憩をしていた愛梨達。

 

「愛梨!この状態なら一校にも勝てるし!」

 

「ありがとう、優美子のお陰ね。」

 

「いいや、愛梨の力だし…気にくわないけどヒキオのお陰でもあるわけだけど…。」

 

実際に点数は僅差でミラージ本戦で優勝できる可能性がある。

 

しかし。

 

「これで第一高校の総合優勝は決まってしまったわ。」

 

「愛梨…。」

 

深雪が三位以上での順位で残ってしまっているので九校戦での総合優勝は確定してしまっているのだ。

しかし、愛梨の表情には落胆の色はなかった。

 

「だけれど、総合優勝は逃がしてしまったけどこの勝負は勝たせてもらうわ。」

 

「そう…頑張るし愛梨!」

 

「ええ、いってくるわ!(八幡さんや優美子も力を貸してくれている…それにお母様もこの試合を見てくれている…。)」

 

強い覚悟を決めて最終ピリオドへと挑む。

 

 

『サイオン切れによる脱落により残り三名となりました、ミラージ・バット決勝戦ラストピリオド間もなく開始です。』

 

湖の柱に立つ深雪と愛梨。

開始を告げるブザーが戦笛の如き鳴るのを妖精と戦乙女が待っている。

 

『試合開始』

 

ブザーが鳴り響き両者共に空に浮かぶ光珠に向かって二者が飛翔する。

 

(全力を出しきる!)

 

(全力を出させていただきます!)

 

光珠を弾くスティックを私が先だと言わんばかりに愛梨が伸ばす。

それは先ほどの試合よりもスピードが上がっていた。

 

その様子をタブレットで見てた優美子が驚いていた。

 

「早い…今までに計測したタイムよりも早いし!愛梨…頑張って!」

 

(届いたっ!)

 

光珠を弾こう、とした瞬間黒い影が愛梨の前に横切る。

 

(え…?)

 

『第一高校が最終ピリオドで先制の得点!』

 

呆然とする愛梨を一瞥せず深雪は通りすぎる。

 

(愛梨さん…私も負けません!私自身、見てくださっているお兄様、そして八幡様の為にも)

 

深雪は愛梨を倒すために本気を出してきた。

 

(先程までの試合は様子見だったとでも言うの…?なら…!!)

 

しかし、愛梨も負けじと《跳躍・飛行魔法》を駆使して食らい付く。

得点を抜いては抜かされまるでその軌跡が光の尾を引くように移動していた。

 

(そこっ!)

 

(取らせないっ!!)

 

二人の接戦に観客席は目を奪われていた。

雫もその姿に見とれ、ほのかは呆然としていた。

 

「す、凄い…」

 

「な、何なのこれ…?」

 

両者一歩も引かず熾烈な競争に観客席も驚くしか無かった。

宙に舞う深雪と愛梨を見つめる八幡はある種の核心を持った。

 

(深雪は魔法の息継ぎがうまいな…自身のサイオンを省エネして使用している…愛梨は全開でサイオンを放出している…にもかかわらず愛梨が押されているのは元々のサイオン保有量が多いってことだ。)

 

深雪の姿を一瞥してとなりにいる達也に視線を向ける。

 

(愛梨は仮にも師補十八家の一族…サイオンの保有量と魔法の使い方に関しては一般の魔法師では到底追い付けない筈、それなのに「コイツら」は…。)

 

八幡は『司波兄妹』が俺と敵対しないことを祈りながら深雪と対峙している愛梨のサイオンの消耗具合を見て優しげな表情で愛梨を見ていた。

 

『第二高校が脱落!』

 

(まだ、まだ舞える!)

 

アナウンスが入り第二高校がついに脱落し残るは愛梨と深雪の一騎討ちとなる。

 

両者の得点は同じ

 

『第一高校と第三高校の一騎討ちとなりました!』

 

愛梨は全開で『跳躍・飛行魔法』を使いサイオンが枯渇しつつあった。

しかし、自分と対峙している深雪は疲労はしている筈なのにその表情は軽やかであった。

 

(愛梨さん、あなたも負けられないのよね…。)

 

深雪も思いの外、消耗が激しいが表情に出ていない分有利に見せていた。

 

(だけど私も譲れないものがある…!この『魔法』をつくってくださったお兄様と見てくださっている八幡さんに恥じない戦いを!)

 

残り時間もあと僅か、両者の選手の体力とサイオンも限界で、勝負を決める最後の光珠が現れる。

 

それに気がついた深雪と愛梨は目標へ向かう。

 

(戴きます!)

 

(届いてっ!!)

 

両者がせめぎ会い最後の光珠をスティックで弾き、その勢いのまま試合終了のブザーが鳴り響く。

人間の目には両者が同時に光珠を弾いたように見えたが機械による判定に持ち込まれた。

 

宙に浮かぶ深雪と愛梨。

観客席もその結果発表に息を呑んだ。

 

そして、ついに結果が発表される。

 

『試合終了!ミラージバット本戦決勝は…。』

 

観客席にいる栞と沓子もにも緊張が走り、雫とほのかも無意識に握りこぶしになり力が入る。

 

モニターに優勝者の顔が映る。

 

『第一高校、司波深雪選手の優勝です!』

 

その発表に観客席と八幡達がいる場所は大いな歓声が挙がった。

 

『素晴らしい戦いを魅せてくれた選手の皆さんに盛大な拍手をお願いします!!』

 

パチパチパチ…ワァァァァァァァァァ!!…パチパチパチ…!!

 

結果が表示されて気が抜けたのか愛梨が湖上の柱に着陸する。

深雪は微笑みながら柱に優雅に着陸する。

 

「愛梨…?」

 

優美子が愛梨に視線を向けると満足げな表情を浮かべているのに気がついた。

 

「微笑んでいる…?。お疲れ様…愛梨。」

 

全てを出しきった愛梨の表情は晴れ晴れとしていた。

 

 

勝利を納めた深雪の健闘を称えるように俺たちは深雪を見ながら笑顔で拍手した。

姉さんは第一高校の総合優勝が確定したことが一番嬉しいのだろうが、後輩である深雪が優勝したことも要因だろう。

 

「よかった、よかったわ深雪さん!」

 

こうして九校戦八日目、ミラージバット本戦は第一高校、司波深雪が優勝しその結果九校戦総合優勝は第一高校に決定したのだった。

 

明日はモノリス・コード本戦があるが第一高校で優勝間違いなしだろう。

何故なら十文字先輩達が出るからだ。

 

そうなると明日は閉会式と後夜祭だけになる。

 

…『お片付け』も済んだことだしな、悪いが休ませて貰おう。

 

嬉しそうな表情で此方に向かってくる深雪に俺は手を挙げるとその笑みは強くなった。

俺は愛梨に一瞥するとやりきって満足げな表情を浮かべる愛梨を確認して後で労いの言葉を掛けてやろうと誓った。

 

まずは先に深雪の健闘を称えるとしよう。

 

 




愛梨マッマの「夢をもって日本に来日した」というのが魔法科高校の優等生でありましたが調べても出てこなかった…。

何の夢だったんでしょうかね?

原作と違い大分互角に戦っているように見えましたが余力的に深雪が大分余裕があったので逆立ちしても愛梨では深雪には勝てないです。

原作でも本当に深雪はヤバイですね…。

あと2話くらいで九校戦が終わるかも知れない…。


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やはり俺の預かり知らぬ所で尾ひれは付く

遅くなりました。…リアルが忙しいのと腰痛がね…。
一話投稿だといったな?あれは嘘だ。

感想とコメントありがとうございます。
遂に九校戦編最終話となります。

ほぼ消化試合みたいなものだと思いますがよろしければご覧ください。

つぎの投稿は…不明です。
今回2話(一話は設定だけれども)投稿したので許して…!
それでは最新話をどうぞ!!


最終日を待たずに総合優勝を決めてしまった第一高校だったが、祝賀パーティーは明日以降に持ち越された。

 

明日は九校戦を締め括るモノリス・コード本戦決勝戦が開催されるが優勝は間違いなしといってもいいだろう。

 

…何故なら、服部先輩と桐原先輩そして十文字先輩という学内でも屈指の実力者がいるのだから。

 

第一高校チームは順当に決勝リーグに進出しておりチームメンバーとエンジニア達は大忙しであった。

とは言っても残りの競技は一競技であり、半数以上が手が空いているのでプレ祝賀会の意味合いも込めてミラージ・バット優勝を決めた一年生の深雪を中心としてミーティングルームを貸しきって行われた。

 

仕切り役は生徒会長の真由美と鈴音、参加者は女子選手・スタッフがメインとなっていたが男子が全くいないというわけではなかった。

男子は2年3年の選手とエンジニアを除いた新人戦に出ていた人物達が中心ではなく片隅で居心地が悪そうに飲み物を注がれた紙コップを持っている。

 

「まだ明日のモノリスコード決勝が残してはいますが、一先ずは我が校の九校戦総合優勝を祝しまして…」

 

「「「「カンパーイ!!」」」」

 

紙コップの乾いたぶつかる音が鳴り響きそれぞれが話し始めることで一気にミーティングルームは喧騒に包まれた。

 

「おめでとう深雪!」

 

「ありがとう、エリカも来てくれて。」

 

「…会長や深雪にあんだけ懇願されたらね…来ないわけにはいかないし。」

 

「ふふっ、有り難うエリカ。」

 

この場に選手以外の人物達(レオ、幹比古、美月、エリカ)が参加していたのは真由美の単なるお祝いだけの意図ではないのは確実だろう。

(エリカは頑なにこの場に来るのを拒んでいたが深雪と雫達によって強制的につれてこられたがその拒む原因となっている人物がこの場に居ないので拍子抜けしてしまった。)

 

しかし、この場には新人戦の優勝の立役者である八幡が居なかった。

 

「…と、いうわけで八幡さんは疲れて寝てしまったわ。」

 

「それで『朝まで起こさないでやってくれ、死ぬほど疲れてる』って?」

 

「ああ…。ん?何故最後にネットミームが…」

 

「無理もないだろうね。」

 

「ずっと大活躍でしたものね…。」

 

「ここんところずっと働きづめだったし休ませてやろうぜ。」

 

深雪が一人の男子生徒の噂話をしているところへ(エリカ、達也、幹比古、美月、レオ)二名の女子生徒が近づいてきた。

 

「おめでとう、深雪。」

 

「とっても、素敵だった!」

 

雫とほのかの二人である。

 

「有り難う、二人とも。」

 

ほのかがこの場にいなければいけない人物がいないことに気がつき辺りをキョロキョロと見渡す。

 

「あれ?八幡さんは?」

 

「ええ『疲れたから寝させてくれ』と申していまして…。お祝いしたかったのですが。」

 

「ずっと大活躍だったもんね…。」

 

深雪が少ししょげた表情をしていたが達也がフォローに入り、雑談しつつプレ祝賀会はつつがなく進行していた。

 

 

第一高校がプレ祝賀会を行ってる時間の裏側では、各校が第一高校の総合優勝が確定したことにより落胆の色を浮かべていた。

 

それは第三高校も例外ではなく首脳陣達、特に新人戦のメインメンバー達は落ち込んでいた。

 

しかし、ミラージ・バット本戦で深雪と戦った愛梨は違っていた。

 

試合が終わり数時間、自身のサイオンが一定まで回復した愛梨は『跳躍・飛行魔法』のチューンナップした魔法の練習を行おうとしていた。

 

「愛梨!まだ休んでいなくて平気なの?」

 

「大丈夫よ優美子、私を誰だと思っているの?十分休んだわ。」

 

そういって起動式が入ったホウキを手に取る。

 

「其よりも今はもっと試してみたくてしょうがないの。」

 

「分かるぞその気持ち、折角の面白い魔法じゃからな。」

 

沓子がその事に同意して自分もやってみたそうな表情を優美子に向ける。

 

「なぁ、儂もやってみたいのじゃが…。」

 

「ダメだし、これは愛梨の為にチューンナップしたものだし。」

 

「えー!ちょっとくらい大丈夫じゃろ?」

 

「ダメ、危ないし。」

 

優美子が強く否定すると口を尖らせて拗ねてしまったのを見て栞が沓子に笑みを浮かべていた。

 

「ごめんね、付き合わせちゃって。」

 

「いやいや、こんな面白い遊びを儂に秘密でやってたら許さんからなー?」

 

「ふふっ」

 

愛梨は手足にLEDの目印バングルをつけて魔法式が封入されたCADを起動させて飛翔する。

 

「目印が良い感じに光っておるのう。」

 

「綺麗ね。」

 

「ホント、楽しそうに飛ぶし…。」

 

LEDの目印バングルが光の軌跡を描く。

縦横無尽に軽やかに、優麗に愛梨は宙を舞っていた。

 

(あの試合の中で自分の限界を超えられることが分かった…)

 

愛梨は宙に舞いながら自分に合わせた魔法を渡してくれた好意を寄せる人物に想いを馳せていた。

 

(ありがとう…八幡様。)

 

その飛行はある人物から声を掛けられるまで続いた。

 

 

疲れがピークに達していた俺はプレ祝賀会には出ずにホテルの一室で仮眠をとっていると目が覚めた。

隣にある時計に目をやると食事の時間はとっくに過ぎており俺は「しまった…」と後悔した。

 

「めっちゃ腹減ったな…外に買いにいくか…。」

 

早速俺は起き上がり《次元解放》起動させゲートを潜り、食い損ねた夕飯を食いにわざわざ魔法を使い外の飲食店に食べに向かった。

 

美味しいラーメン屋でもあっただろうか…?食べ○グで検索して店を見つけ夕飯にラーメンを戴いた。

濃厚な豚骨醤油は食べ盛りな男子高校生にとっては全てが血肉へと変換されることだろう。

要約すると久々に食ったのでとっても旨かったです。

 

「久々に食ったけど旨かったな…そういやウチの近くに結構ラーメン屋あったな…今度行ってみる…あ、食後のマッ缶買ってなかったな…買いにいくか。」

 

夕飯を食った後に食後のマッ缶を買い忘れたので宿泊のホテルの外にあった自販機に歩きで向かうと森の上空に光の軌跡が目に入った。

 

「ん…愛梨か?」

 

俺は《瞳》を凝らして上空に浮かぶ人影を見てみる。

 

其処には森の上空を優麗に舞い踊る愛梨の姿が見えた。

 

俺は先ほどの試合の健闘を称えるために声を掛けようとしたのだが、その前に自販機でスポーツ飲料を購入し、森の方に歩くと愛梨はまだ宙に舞っているので、やめておけば良いのに俺は何故か愛梨を驚かせてやろうと思い、加重魔法を使い反重力を発生し弾くように飛び上がり宙に佇む愛梨に声を掛けた。

よくよく考えれば分かることだったのだが突然背後からしかも浮いている人間に声を掛けられたらそれはビックリするだろう。

 

もちろん俺もやられたらビックリするだろう。

満腹だった俺はその事を考慮せずに話しかけてしまった。

 

「愛梨。」

 

「ひゃっ!!だ、誰?」

 

地上からではなく同じく『宙に浮いている人間』から声を掛けられてビックリした愛梨は普段の落ち着き払った様子ではなく本当にビックリしているようだった。

 

「そこまで驚くとは思わなかった…悪かったな。」

 

「え、は、八幡様?って、きゃっ!!」

 

「うぉっ!危ねっ!!」

 

急に話しかけられたことで魔法の行使が途切れてしまい墜落しそうになる愛梨を俺がお姫様抱っこするような形になり地面へ降下していった。

俺は自らの軽率な行動に猛省した。

 

「あ、ありがとうございます…。」

 

「いや、突然話しかけちまって悪かったな。ごめん。」

 

俺の腕にすっぽりと埋もれている愛梨は顔を紅くして黙ってしまった。

 

「い、いえお気になさらないでください…(ふぁっ!?は、八幡様にお姫様抱っこされている!?)」

 

「すまん、すぐ降ろす。」

 

「あっ…」

 

そういって俺は愛梨を地面に降ろすと残念そうな表情をしていたが分からなかった。

 

「どうしてここに八幡様が?」

 

「ああ、自販機で飲み物を買ってるときに光の軌跡が見えてな…」

 

「そ、そうだったんですね…。」

 

「まぁ、でも丁度よかった。」

 

「え?」

 

「試合、よかったよ。宙に舞ってる愛梨はすっげぇ綺麗だった。」

 

八幡が無意識に微笑を浮かべるとその表情を見た愛梨の動悸が早くなり顔を紅くしていた。

 

「……」

 

その事に気がつかず八幡は言葉を紡ぐ。

 

「ただそれだけ伝えたくてここに来ただけだ。ほい。」

 

「わわっ!?これって…。」

 

八幡が手に持ったスポーツ飲料のペットボトルを投げ渡すと愛梨は驚いていたが、流石に落とすことはせずに綺麗にキャッチしていた。

 

「水分補給しっかりしとけよ。」

 

「ありがとうございます…///」

 

何気ない気遣いに愛梨は八幡への想いを再確認してボーッとしていたがハッとする。

 

今は八幡を慕う一校女子が居ないし優美子達も今はいない。

ならば今がチャンスなのでは?と愛梨は思ったが遅かった。

 

「じゃあ、俺そろそろ行くから、体冷やすなよ?お休み。」

 

クルリと踵を返して宿泊先のホテルへ戻った。

 

「お、お休みなさい…。」

 

背後から愛梨の言葉を聞いてそのまま帰路についた。

愛梨は其処で八幡に声を掛ければよいのに一瞬躊躇いを示すが愛梨は普通の返事を返してしまった。

 

「やってしまった…折角のチャンスだったのに…ダメね、私…。」

 

「愛梨~!!」

 

愛梨はしょげていたがそのタイミングで遠くから愛梨を呼ぶ声が聞こえる。

どうやら栞達が何時たっても戻ってこない愛梨を心配して探しに来たようだ。

 

 

「八幡様…。」

 

「…理…、愛梨!」

 

「ど、どうしたの?」

 

栞達が自分を呼んでいることに始めて気がついた愛梨はハッとした。

 

「優美子が「愛梨ってば何時までも戻ってこないし!」ってぼやいてたから…」

 

「今すれ違ったのは八幡殿か…なにを話しておったのじゃ愛梨?」

 

森の中で一校生徒である八幡がいることが気になった沓子が質問するとそれを端に質問責めに愛梨はあった。

 

「た、ただ試合の結果を話していただけよ。」

 

「怪しいわね…」

 

「愛梨と八幡殿の逢瀬を邪魔してしまったかのう。」

 

「も、もう!からわかないでちょうだい!」

 

愛梨が恥ずかしそうにしていると迎えに来た栞と沓子は笑っていた。

 

栞達と共に宿泊先へ戻る愛梨だったが一瞬立ち止まり八幡に告げようと思った言葉が自身の中で反響していた。

 

(八幡様…私は貴方の事が好きになってしまいました…。必ず貴方に伝えて見せます。)

 

愛梨の独白は当然ながら八幡に届くことはなく彼女の中で留まり続けていたのだった。

 

◆ ◆ ◆

 

真由美に誘われてプレ祝賀会に参加していた達也であったが自身が所属する陸軍101旅団・独立魔装大隊の上官である風間に呼び出されていた為途中で退出したのだった。

 

「失礼します。」

 

達也がノックをすると室内にいる風間から「入れ」といわれ入室すると、其処にはいつものメンバー(風間、藤林、柳、山内)が勢揃いしておりその姿を視認した達也は敬礼を行うと風間達はぞんざいな敬礼を返し達也に座るように促した。

 

「先の試合ご苦労だったな達也。」

 

労いの言葉を風間より承る。

 

「いえ、ほとんどが八幡のお陰ですが…最終戦で八幡が一条の御曹司とぶつかってくれて助かりました。」

 

「確かに特尉の魔法は競技で使用するには些か威力がありすぎるからな。」

 

「一条選手の最後の攻撃を達也君が受けていたら大ケガは免れなかったですね…。」

 

「最後の攻撃を受けた七草選手は何故無事だったんだ?まさか…」

 

「いえ八幡は最後に『空蝉の術』のような魔法を使っていましたからほぼダメージはないですよ。」

 

同じ部隊に所属する柳が八幡が達也と同じく《再成》と似たような魔法を使ったのではと思われていたが達也は八幡が《再成》に似た魔法を使用できることを敢えて伝えなかった。

 

苦笑いしながら達也はモノリスの試合について話していた。

 

達也が本来使用する魔法は殺傷能力が高すぎて軍指定されているA級魔法『分解』を所持しており尚且つ達也が軍属であることをしられてはならないため、今回の八幡からのモノリスに参加するようにいわれたのは予想外だったことだろう。

そして最後に一条が放ったレギュレーション違反の魔法を受けていたら流石の達也でさえも、『再成』を使わざるを得なかっただろうが結果としては八幡が将輝を押さえる形となったのでその結末は訪れなかった…。

 

達也はわざわざ雑談するために呼ばれたのか?と思ったが会話の途切れ目になったときに部屋の雰囲気が変わり達也は姿勢を正した。

 

「さて…大黒特尉。」

 

風間が達也の呼び方を任務時の呼び方に変えた。

 

「貴君をここに呼んだのは労いの言葉を掛けるのと伝えておかねばならぬ事例が発生したからだ。」

 

「その呼び方で呼ばれるとは何か問題があったのですか?」

 

風間は発生した事例を説明する。

 

「先程、この基地の詰め所に四肢が欠損又は潰されたり全身が凍り付けになった中年の男四人が何もないところから突如として出現…いや送り込まれたようにな。それも丁寧にその者の身分が分かる証拠品まで一緒になってな。」

 

「送られた…?この基地のセキュリティーは其処まで脆弱ではなかった筈では?それで、その送られて来た人物とは?」

 

九校戦でいくら関連施設が解放されているとはいえ警備は厳重になっている筈の基地の尚且つ憲兵の詰め所に大人四人が誰にも気がつかれずに投げ込まれるとは思えなかった達也だったがその四人の身元が気になった達也は風間に質問する。

 

「送られてきた人物は『無頭竜』…しかも東日本支部のリーダー『ダグラス=黄』とそれに準じる幹部達だ。」

 

「なっ…!」

 

九校戦で深雪のCADに細工を仕掛けようとした男の背後にいた組織が壊滅させられたことに驚いたのだ。

 

九校戦でうっすらと『無頭竜』が背後で暗躍していることをしっているのは達也を除き目の前にいる上官達しかいない筈だからだ。

 

表情には出ていなく驚く達也を尻目に風間は続ける。

 

「他の幹部連中は生命活動はしているが意識が戻らなくてな…唯一意識が戻ったダグラス=黄は現在軍の病院に入院している、奴は上の空のように「黒衣の男が…」と呟いているようだ。」

 

隣に座る響子が端末を達也に手渡す。

 

「これは?」

 

「無頭竜の幹部達がいた横浜中華街にあるビルの一室…最上階に設置された監視カメラの映像よ。」

 

其処には大慌てで高級スーツを着た中年の男達が荷造りをし始めている様子が写し出されておりしばらくすると壁が突如として消え去りその後惨劇が始まった。

男達を守っていた生体兵器が一瞬にして惨殺されていく。

 

「…」

 

耐性の無い者が見れば嘔吐してしまうような凄惨な場面であるが達也はこの惨状を作り出したこの黒衣の男の素性が気になった。

 

「この男は一体…。」

 

一時停止した動画の男にはモザイクが掛かっており表情はよく見えない。

響子に達也は問いかけるが首を横に振った。

 

「それが映像を解析したのだけれど魔法的な阻害が掛かっていて取り除くことが出来なかったのよ…悔しいわ。」

 

「響子さんを持ってしてもですか。」

 

『電子の魔女《エレクトロン・ソーサレス》』と呼ばれる響子の実力を持ってしてでもこの魔法的な阻害は取り除くことは出来ず身元は判別できていない。

 

再び動画を再生すると達也は思わず目を見張ってしまった。

その先には黒衣の男の背後の空間がひび割れその中から『生体兵器がその一室に投げ込まれた』という現象と近くにいた生体兵器を黒い球体が現れ吸い込まれた。

文字通り『無』へと還してしまったのだった。

 

「これは一体…!?」

 

驚く達也に声を掛ける風間。

 

「特尉も驚いただろうがその魔法は『消滅』ではない。」

 

「ではこれは一体…?」

 

「不明だ。『魔法大典』にも記載されていない魔法であることだけは分かっている。」

 

「これほどの威力を誇っているのでは使用者は分かるのでは?」

 

「ああ、現在調べているがその魔法を使用できる魔法師は国内には存在していない。」

 

「では、この黒衣の男は『無頭竜』の失敗を処罰しに来たと…まるで『《執行者》エクスキューショナー』のようですね。」

 

「『執行者《エクスキューショナー》』か…言い得て妙だな。ふむ、藤林、以降からこの黒衣の男を《エクスキューショナー》と呼称する。」

 

「分かりました。」

 

風間は達也が呼んだその呼び名を件の男の名称にしようと決めた。達也はそれを採用するのかと思った。

 

「まだ動画の続きがある。再生してくれ。」

 

再び動画を再生させると近寄ってきた生体兵器を黒衣の男が迎撃すると赤熱色の光線が飲み込み下半身だけになっており更にもう一体が襲いかかるが手に持ったCADが変形し剣の柄のようなものに変わり銃口に当たる部分から先程の赤熱色の光線がSFアニメのロボットが持つブレードに形成され切り裂かれその命を散らした。

その後、男達の処断が終わった『執行者』は1ヵ所に男達を集め手を上げると空間に歪みが現れ、砕け散り男達をその歪みの中へと投げ入れると一仕事終えたかのように《執行者》は別の場所に歪みを開き中へと飛び込むのだった。

 

今まで争いが起こっていた一室には不気味な静寂だけが広がっているのだった。

 

動画が終了し達也は風間を見るとそれに答えるように達也に話しかける。

 

「これは軍でも研究が進められている『フォノンメーザー』のに類似した振動系魔法であることが分かった。更にだ、この男が使った魔法は軍のモノよりも威力の高い。出力をこれより上げられる場合は戦略級にも匹敵するだろう。」

 

「…つまりは身元が分かっていないこの男が戦略級魔法師になり得ると?」

 

「我々の見解はそうだ。更に『執行官』が最後に使用した魔法は恐らくだが一種の移動魔法だろう。」

 

「そんなこれ程までの移動魔法があるなんて…。」

 

「戦場では反則レベルだな。…出来れば戦場で会いたくないタイプだ。」

 

「特尉はこの魔法がなんなのか分かるかい?」

 

余りの突拍子もない事に言葉を失ってしまう響子と苦笑いする柳を尻目に山内が達也に問いかける。

 

「この魔法は自分も見たことはないですね…。」

 

「そうか…特尉でも分からないのなら本当にあるかも怪しいですね。」

 

「しかしだ、現にこの《執行者》は使用できてしまっている。威力は皆無ではあるがその利便性から特級…S級の指定されてもおかしくないレベルだ。」

 

「…」

 

「…」

 

「…」

 

「(戦略級に匹敵する魔法を三つも持つ男…一体何者なのだろうか…?しかし、この男どこかでみたこと…いやどこかで会ったような気がするのだが…俺の《精霊の瞳》でも解読できない程に高度な魔法阻害が掛けられている…。)」

 

部隊の面々が黙ってしまうが達也は《執行者》について考えていた。

端末に写るこの男の雰囲気を達也は見たことがあったがどうやっても答えが出てこなかった。

風間が面々を見渡して方針を告げる。

 

「我が隊はこの男の足取りを追うことになった。しかし、現在奴の行方は不明であり存在も未確認だ。出来ることならば捕縛したいところだが抵抗が予想されるだろう。戦略級魔法を三つも扱えるような人物だ。そうなった場合は排除するのもやむを得ないであろう。大黒特尉。」

 

「はい。」

 

「もしも接敵するような場面がある場合は意思の疎通を図れ。抵抗に会い捕縛が無理な場合は『分解』の使用を許可する。」

 

「はっ!」

 

達也は立ち上がり風間達に敬礼をする。

 

こうして『執行者』は思わぬところでマークされたのだった。

 

◆ ◆ ◆

 

「ねぇこの後大浴場にいかない?」

 

「いいね。」

 

場面は移りプレ祝賀会を行っているミーティングルームではそろそろお開きの時間となりほのかと雫が提案していた。

 

「深雪もどう?」

 

本日の主役でもある深雪にほのかが声を掛けると頷いた。

 

「そうね、行きましょう。」

 

「決まりだね!」

 

「うん」

 

そういって三人は初日に行った大浴場へと足を向けた。

 

 

 

「ええっ!!」

 

大浴場へ到着した三名だったが思わぬ利用者とかち合った。

 

「おー!奇遇じゃな!!お主らも風呂か?」

 

ブンブンと手を振る沓子にそれを驚愕の表情を浮かべる栞、更に若干の気まずさを表情を孕む愛梨に若干の敵対心を見せる優美子が其処にいた。

 

「さ、三校の…!」

 

(((な、何てタイミング…!?)))

 

(((な、なんで今日に限っているの?)))

 

(?)

 

それぞれの陣営がお互いに思うところがあったが時間は有限なので更衣室に入り着替え始める。

誰も喋らず衣擦れだけの音が更衣室に響く。

 

(うう…気まずい…さっき対戦したばかりだものね)

 

衣服を脱いで下着だけの姿になり手際よくそれも脱いでいきミニ甚平の姿になったほのかは急ぎ浴室へと向かった。

 

(早めに済ませちゃおう…。)

 

誘った手前申し訳ないと思いつつも空気の重さに耐えきれなくなったほのかはシャワーブースへ向かう。

 

「あーっ!大変じゃ~!」

 

「?」

 

シャワーブースに到着すると大仰な声が聞こえてきてそちらの方に顔を見せると沓子が叫んでいた。

 

「手が届かんくて髪が洗えんのじゃ~、うちでは侍女にやってもらっておったからの~ん?」

 

髪を洗っていた沓子に見つかったほのかが沓子に捕まった。

 

「おお!そうじゃおぬし手伝ってはくれんかのう?」

 

「えっ!?」

 

「頼むのじゃ~。」

 

「それなら今までどうやって…もごっ!」

 

最後まで言わせてもらえず沓子に手で口を塞がれてしまったほのかにひっそりと話しかけられた。

 

「おぬしもみたじゃろう?先ほどの試合を終えたあの二人の気まずさ…というよりも八幡殿の事もあるじゃろうが…。」

 

「モガッ(え?)」

 

「ここは儂らが交流を深め会って交流するのじゃ。」

 

「モガガッ(え、ええ?)」

 

沓子にシャワールームに連れ込まれてしまったほのかだったが言われたことを思いだしなるほどな、と

 

(確かに一理あるような…無邪気に見えてそんなことを考えていたんだ。)

 

気を取り直し沓子の提案を受け入れる。

 

「わかったわ、手伝ってあげる。」

 

「やったなのじゃ~。」

 

ほのかは自分に妹がいたのならばこんな気持ちなのだろうかと思い少し笑みが溢れた。

 

「おお気持ちがよいぞ~」

 

「それはどうも」

 

沓子の青みが掛かった綺麗な長髪を洗髪していると声を掛けられる。

 

「おぬしが口で伝えずとも色々と聞いておるよ。」

 

「え?」

 

「例えば…お主この九校戦で心当たりがあるのではないか?」

 

「実は先ほどまで愛梨が飛行魔法で遊んでおってのう?」

 

「!?試合が終わったばかりなのに?」

 

「試合上だけでなくもっとあの魔法を知りたいと思ったんじゃろうな…それは気持ちよく飛んでおったぞ。」

 

「おぬし、新人戦での勝利を考えて敢えて飛行魔法を出さなかったのではないか?」

 

「!…それは。」

 

ほのかの脳裏に先の情景が思い浮かぶ

 

(きっと驚くわ)

 

(ほのか?)

 

きれい…

 

でも、私には出来なかった…。

 

『ほのかは実力者だ。俺が保証する。』

 

八幡に言われたことで救われたその言葉はほのかのなかで反響していた。

 

「…」

 

「実は儂もやってみたかったが止められてしまってな…でも諦めんぞ?そのうちやってみるつもりじゃ。」

 

洗髪した泡をシャワーで洗い流した水音でハッと我に返ったほのかに沓子は告げる。

 

「おぬしが全体のことを考えてリスクを取らなかったのは偉かったがやってみたい気持ちを押さえる必要はないじゃろ?」

 

その次に告げられた言葉にほのかはドキッとしてしまうのだった。

 

「自分用のアレンジを頼んでみてはどうじゃ?おぬしが恋慕しておる大事な八幡殿に。」

 

「……!!」

 

ほのかは思わず自分が慕っている八幡の名前が出てしまったことに思わず赤面せざるを得なかった。

 

「…!!」

 

「…w」

 

シャワーブースのところでほのかと沓子が表情をコロコロと変えながら話しているのを浴槽に浸かりながら雫が見ていると浴槽の縁に腰掛け足を浸ける栞と優美子が話しかけてきた。

 

「ごめんなさい沓子がお世話になって…私言ってこようかしら?」

 

「あーしも言ってこようか?」

 

その申し出に雫は首を振る。

 

「ううん、ほのかは流されやすいけど嫌だったら本当に断るから大丈夫。だからたぶん大丈夫だとおもう。」

 

(寂しそう?)

 

(なんかこの子…雪ノ下さんに似てる気がする。)

 

「もしかして光井さんとは長いお友達?」

 

「ん、小学校の頃からずっと競い合ってきた仲間だったから。」

 

「なーるほど…」

 

「そ、そんなに私ほのかのこと見てたのかな…。」

 

顔を赤くする雫。

 

「わりとね。特別な友達なんだっておもったわ。」

 

「特別…そう。」

 

顔を真っ赤にする雫を見た優美子は脳裏に浮かぶ人物と合致して一人納得してしまった。

同じく栞もその姿に珍しいものを見たような感想を覚えた。

 

(あ、この子結衣に対しての雪ノ下さんだわ。)

 

(あのクールで強そうな子が意外な一面ね。)

 

 

親友達が其々打ち解けているのを見て愛梨は驚いていた。

 

(ずいぶんと打ち解けているようね…私は…。)

 

横をチラリと見やると深雪がおり愛梨は意を決して話しかける。

 

「(気まずいかもしれないけどどうしても伝えなくちゃ…。)いいかしら?」

 

「(一色さんが話しかけて来た…)もちろん。」

 

二人は浴槽には入らず共に縁に腰掛け足湯のような状態で会話する。

 

(…さぁ、伝えるのよ愛梨。)

 

スウッと息を吸い隣に座る深雪へ話しかける。

 

「実はさっきまた飛行魔法の練習をしていたの。」

 

「え?…どうして?」

 

「あなたと戦って自分がもっと成長できると思えてきて…そしたらもっと練習したくて堪らなくなったの」

 

「そうなの」

 

深雪は普段通りに愛梨のその言葉を聞いている。

 

「ええ。正直あなたに負けたときは打ちひしがれそうになると自分で思ったのだけれど…不思議なぐらい自分の中の世界の視野が広がったような感じがしてもっと次の次元を見てみたいって、そう思えたの。」

 

深雪はその言葉をただ黙って聞いている。

愛梨は言葉を続ける。

 

「だから、どうしてもあなたにお礼を伝えたくて…ありがとう。」

 

その言葉を告げられた深雪は戸惑っていた。

 

(私はこの瞬間が少し苦手だ。)

 

(お兄様や八幡様の目の前で恥ずかしい戦いをしないために、試合中は勝つことしか考えていなかったけれど、試合が終わってから他人と再会は自分の言葉と態度が相手を侮辱していないか、相手を傷つけていないかわからなくて戸惑ってしまう。)

 

深雪が愛梨に話しかけられた時に微かにこわばるのが見て取れた。

 

『いいかしら』

 

『もちろん』

 

(微笑んでいるけど微かにこわばっている表情…拒絶じゃなくて戸惑い。)

 

(司波さんはきっと敗者の立場になったことがない圧倒的な才能の持ち主、でも勝ち誇らない高潔さゆえに気まずい思いをすることも多いのでしょうね。)

 

愛梨は今一度決意する。これははっきりと告げねばならないと。

 

(あなたに負けたものは決して落胆しているだけじゃない、素晴らしい経験を得られたってことを。)

 

『だからどうしても貴女に伝えたくて…ありがとう』

 

 

「どういたしまして。そんな風に思えるなんて…やっぱり貴女尋常じゃないわねすごいわ。」

 

「すごいのは貴女よ。貴女みたいな人と同世代で」

 

それは心からのコメントだったのだろう。

嘘偽りの無い愛梨の本心だった。

 

「一緒に戦える機会があってラッキーだった」

 

「私もよ貴女が本当に強くて必死だったわ。お陰で私もあの試合で成長できたの」

 

「本当に?だったらとっても光栄だわ…。それにもう一つ貴女に伝えておかなければならないことがあるわ。」

 

にこやかな笑みは一旦鳴りを潜め真面目な表情になる愛梨に深雪も真面目な表情になる。

 

「私は…八幡様を愛しているわ。この想いは司波さん、貴女にも負けないわ。」

 

愛梨の強固な意思に深雪以外では萎縮してしまうだろうがそうはいかない。

 

「(やっぱり一色さんも八幡さんを…)」

 

やはりだろうとは思っていたが一色も八幡に好意をよせている事が分かり深雪はその態度を崩さずに対応する。

 

「ええ、『愛梨』私も八幡さんをお慕いしているわ…負けないわよ。」

 

「名前を…!…ええ、私も成長して貴女をもっと焦らせて見せるわ…『深雪』。」

 

「!あら、負けないわよ?」

 

その発言を聞いていた雫とほのかは八幡に対して煮えきらない想いが募っていった。

 

(やっぱり八幡…三校の一色さんを落としちゃってる…うーんこれはギルティ…)

 

(ううっ…!やっぱり一色さんも八幡さんの事が好き…ライバルが増えちゃってるよ~!)

 

こうして乙女達の会合は苛烈にしかしながら穏やかに過ぎていった。

 

◆ ◆ ◆

 

乙女達の喧騒が終了し、九校戦は遂に最終日を向かえた。

早朝、宿泊のホテルにて。

 

「どう思う!」

 

「どう…って言われても…誘うしかないんじゃない?」

 

朝の身支度をしているときほのかは雫に相談していた。

 

「それが出来れば苦労しないよ!」

 

「でもやるしかないよ…私も八幡にはダンスの誘いをするつもりだし。だって…」

 

そう言ってほのかの手をとる雫。

 

「だってパーティーは一度切りだし。」

 

「おおっ!?(妙に雫がやる気満々だな…)」

 

昨夜のお風呂の会話により奮起した雫。

 

「でも、何か出来ることがあるかな…」

 

「今日の観戦の時がチャンスだよ。もう今大会の八幡の仕事は終了しているから一緒に行動できる時間もある筈…」

 

「確かに何度も話しかければ流石の八幡さんも気づいてくれるかな…。」

 

「但し気になるのは…。」

 

「え…?」

 

 

「八くんはこの試合どう見る?」

 

「そうだな…十文字先輩の《ファランクス》の防御に桐原先輩の攻撃力に服部先輩の奇襲力…付け入る隙がなくて相手が可哀想になるレベルだな。」

 

「うーんこれじゃ一方的ね…かといって手加減する必要もないし。」

 

「だね。」

 

(ううっ…雫が言っていた一番の障害ってやっぱり生徒会長…!)

 

本戦決勝モノリスコードの試合を観戦を八幡と共に観戦をしていたのだがやはりと言うかそのとなりには義姉である真由美が隣にいて話しかけることが出来なかったのだ。

 

試合が終了し、軽食をとることになりこれはチャンスとほのか達も付いていくが八幡と真由美の会話に割り込むことが出来ず右往左往しているのを見た真由美が気がつき八幡に話題を掛ける。

 

「そう言えば八くんは九校戦の後夜祭誰か誘うの?」

 

(会長…!貴女は神ですか?!ライバルだけれども!!)

 

「後夜祭か…昔運動会の最後に男女でマイムマイムを踊るときに女子にスッゲー嫌な顔されて屋上でマッ缶あおってたの思い出すから好きじゃないんだよな…。」

 

八幡の目がどんどんと濁っていくのか分かり思わずほのかは立ち上がりその言葉の先を切り裂いた。

 

「そんなこと無いです!八幡さんを袖にするような人は八幡さんの良さが分かっていないんです!!」

 

「ほのか…?」

 

八幡が困惑の表情を浮かべるとほのかは回りの視線を受けてハッとした。

 

「あっ…」

 

「…」

 

「ご、ごめんなさい!急に…!」

 

「いや…ありがとうほのか、…そう言ってくれる奴がいるのが驚いただけだから。…嬉しかったよ。」

 

「…///」

 

八幡の隣にいた真由美はその光景を見て言い知れぬ胸のモヤモヤを抱えることになった。

 

(何故かしら…八くんが他の女の子と話していて嬉しそうな表情を見るのは何故かイライラしちゃうのよね…分からない…あ~もう!!)

 

この気持ちが何なのか真由美は分からなかった。

 

◆ ◆ ◆

 

全ての試合が終了し2095年8月12日全国魔法科高校親善魔法競技大会こと『九校戦』は全日程を終了し各部門の優秀選手が表彰された。

第一高校からは深雪と八幡が選出された。

 

各部門で表彰されたのち、「無事」に閉会した。

 

そして日没後、ホテルでは華々しく後夜祭が行われた。

 

会場には音楽と学生達の喧騒が響き渡るが決して雑音ではない。

この会場には当然ながら第一高校の面々が訪れておりほのかは後悔していた。

 

(あれから結局恥ずかしくて言い出せないまま夜になっちゃったー!!)

 

頭を抱えるほのかの隣に雫が隣にいた。

 

「見て」

 

「え?」

 

その視線の先には八幡の隣にいる真由美にダンスの誘いをしている同校と他校の生徒が見受けられ若干の殺気をぶつけて話しかけられずにいる生徒が見受けられた

 

「会長がめっちゃ話し掛けられてる。」

 

「流石だね~」

 

「今のうちかもしれない…会長が囲まれている今がチャンス…。」

 

「え…!?そんな騙し討ちみたいな…。」

 

「会長は強敵…戦いに遠慮無用だよ。」

 

雫とほのかが会話をしていると他校の生徒から声が掛けられた。

 

「あのよろしければ…」

 

「え、ええ?」

 

誘われているほのかを見た真由美が目の前にいる八幡に耳打ちする。

 

「八くん…。」

 

「あ、ちょっと待って姉さん。今こいつらの排除に忙しいから。」

 

「光井さん、誘って欲しそうに八くん見てるわよ?」

 

「あ?何で?」

 

「ここは男らしく誘ってきたら?」

 

「姉さんがそう言うなら…。」

 

八幡は真由美に促されその場から離れほのかへと近づくと話しかけていた男子はビビって散ってしまった。

 

「あー…ほのか、一曲お相手願いますか?俺で良ければだが。」

 

八幡がそう言うとほのかの表情がパアッと明るくなった。

 

「……っ!!喜んで!!」

 

「…しまった、先にほのかに取られてしまった…八幡つぎは私もエスコートお願い。」

 

「はぁ?…俺と踊りたいとか物好きだな…分かったよ。」

 

そう言って八幡はほのかの手を取り曲に合わせ優雅に踊り始める。

その姿を踊りながら見ている真由美は複雑だった。

 

(八くんが他の女の子と楽しそうに踊っているのを見るのは何か嫌だな…。)

 

八幡がほのかと雫、深雪と踊った後に疲れた八幡は椅子に座り込んでいた。

その後に何故だか声を掛けられ数名と踊る羽目になったのだ。

 

「何で俺踊っているんだろうか…」

 

「あの…八幡様?」

 

「あ?」

 

俺が顔をあげると其処には愛梨がいた。

 

「お疲れですわね…」

 

「あ、ああまさか数十名を踊ることになるとは思わなくてな…一体なんで俺と踊りたがるのか…分からん」

 

「八幡は本当にご自身の魅力を分かっていらっしゃらないですわね…。」

 

「魅力ねぇ…こんな変な目をした野郎のどこが良いのか…あ、家柄か。」

 

「そ、そうではないと思いますのに…んんっ!それより八幡様、私と一曲お願いできませんか?」

 

「女の子に言わせるのは情けなくなってくるな…こちらこそお願いできますか?一色さん?」

 

そう言って愛梨は俺の手を取って引き上げ音楽の満ちたステージへと誘った。

 

八幡と愛梨のデュエットは見るものを魅了していた。

 

 

「お疲れさま八くん。」

 

「姉さん」

 

後夜祭も終盤に差し掛かりダンスも一段落したところで休憩をしているところに姉さんが声を掛けてきた。

流石に姉さんも慣れていると言っても数名とダンスをするのは精神的に疲弊するものだろう。

若干笑顔も疲れているのは気のせいではない。

 

「大人気だったわね?」

 

「なんか言い方に棘無いか?」

 

「…別に?何かお姉ちゃんに掛ける言葉があるんじゃないの?」

 

何故だろうスッゴク不機嫌な感じがするのは何故なのだろうか…

ここで選択肢をミスるとNiceboatされそう…ヤダ八幡悲しみの向こう側に行っちゃいそう。

わーったよたくっ…!!

 

俺は真面目モードになり立ち上がり少々格好を付けて姉さんに手を差し出す。

 

「俺と一曲踊っていただけませんか?『真由美』。」

姉さん呼びではなく名前呼びにしたのは俺の一種の決意の現れだ。

 

そう言うと姉さんは顔を紅くして何かを呟きながらいつも通りの笑みを浮かべ俺の手を取ってくれた。

 

「…もうそう言うところがずるいわよね…。ええ、一曲お相手おねがいするわ。」

 

曲に合わせ踊り始める。

 

「本当に八くんには感謝しているの。」

 

「あ?なんだよいきなり…。」

 

「八くんのサポートと力が無かったら今回の優勝はなかったわ…本当に八くんがうちの高校…いや私の家族になってくれてほんとに良かった。ありがとう何度も助けてくれて。」

 

「姉さんのために力を出すのは…当然だろう…。」

 

「ふふっ…八くんってば顔真っ赤よ?」

 

「うるさいな…」

 

「ねぇ、八くん?私達って恋人みたいに見えるのかな…?」

 

「な、なんだよ急に…。」

 

唐突に姉さんが雰囲気が変わったことに驚き更にその言葉の意味を読み取れなくて俺は立ち止まってしまった。

数秒だっただろうか?数時間にも感じられた静寂を打ち破ったのは姉さんのおどけた言葉だった。

 

「…な~んてね。冗談よ冗談。」

 

「やめてくれよ…。七草の長女としてその発言はどうなのよ。」

 

「ごめんごめん。」

 

「(姉さんと俺が恋人か…想像したこともないが姉さんの隣にいる男が…なんかムカついてきたな。だったら弟の俺がいた方が余計な虫は寄り付かなくてすむかもな。)そうだな…恋人に見えた方が(悪い虫が近寄らなくて)良いかもね。」

 

「…///」

 

「姉さん?」

 

「もう少し踊ってくれる?八くん?」

 

「はいはい…。」

 

何故だか上機嫌になった姉さんの手を取って後夜祭が終わるまでそれは続いた。

 

(八くんとこうしてずっと一緒に居たいと思うのはダメかしら…。)

 

こうして全国から集った魔法科高校生が凌ぎを削って戦い抜いた『九校戦』は総合優勝第一高校をもって終了したのだった。

 



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『夏休み編+1~八幡の過去/乙女達の恋心』
夏と言えば東○特撮かプ○キュア映画だよな?


最新話です。今回から『夏休み編』になります。

何だかんだ休みがとれたので比較的早い投稿になります。

コメント&高評価ありがとうございます。
執筆での励みになります。

今回は…タイトル詐欺かも知れないですけどよろしければご覧ください。

それではどうぞ。


九校戦が終了し第一高校は遅めの夏季休暇…つまりは学生達が待ち望んだ「夏休み」が始まった。

しかしながら俺は《ナハト》で新販売する新たなCADを片手間に開発しつつ今後必要になるであろう自分の『装備』を作成していた。

 

俺は夏休みに入った一週目くらいから《ナハト・ロータス》へ入り浸り新型のCADに熱を入れていた。

 

…ぶっちゃけると初日から開発を再開したかったが後述の理由でそれは阻止された。

初日は九校戦でのほのかへの罪滅ぼしでデートをすると言う何が楽しいのだろうか?罰ゲームをしていたのだが終日ほのかの表情は笑顔だったり赤面したりと忙しかった。

 

一応の罪滅ぼしでほのかヘアアクセサリーを送ったのだが喜んでいたのでこれで約束は果たされたと思いたい。

 

戻ってきた次の日には再開したかったが丁度アイスが食いたくなって《次元解放》を使用してアイスを買いにコンビニへ向かったのだが、そこで事故があって別世界に飛ばされた時になんだかよく分からないが《星武祭》とやらに巻き込まれて優勝した結果《聖遺物》のような鉱石を手に入れ《刀藤流》と呼ばれる剣術も習得してきたので結果オーライと言えるだろう。

 

戦闘の幅が増えることはいいことだからな。

 

『お義兄さんの事忘れませんから…!私の事を忘れないで下さいね…?』

 

別れの際に懐かれた女の子に泣きつかれたときはどうしようかと思ったが…。

 

まぁそれはさておき、向こうに一年いたはずなのだが此方の世界へ戻ってきたときには次の日の明け方だったので時間の流れが遅くなるという発見もあった。

 

別の世界と繋がることも発見できたのがありがたかった。

座標軸は分かっているので今度遊びに行こう。

 

「っと…出来たぜ…。」

 

《ナハト》の工作室で俺は開発を終えた《レッドリッター》の正式開発モデル《グレイプニル》のハンドルを握りアクセルを吹かす。

エンジンからのエキゾースト音が開発室に鳴り響いた。

 

正常に動作を確認したので俺は機体から離れ、腕に付けた端末に音声入力コマンドを打ち込む。

 

「『タイプシフト・グレイプニル』」

 

その瞬間大型自動二輪が変形した。

 

機械の塊である自動二輪が人形に変わりヒューマノイドタイプのキャストにトランスフォームする。

まるで人間のような滑らかで柔軟な動作を行っていた。

それこそ八幡が使用する《四獣拳・朱雀乃型》を真似た動きをしてる。

八幡の近接格闘術をプログラミングしているので誤差無しで動いている。

 

次のテストで確認するためにダミー人形を数十体を《グレイプニル》の周りに配置し戦闘テストを行う。

ランプが点灯しダミー人形が動き始めると《グレイプニル》は装備しているペイルライダー『サーペンテイン』二丁をマニピュレーターで左右の手で引き抜き、単一魔法《エアブリット》でダミー数十体を打ち倒していった。

 

何故この機体が魔法を使えるのかは先述した特殊な鉱石に由来している。

たしか…《星武祭》で手に入れた『なんとか・マナダイト』って呼ばれる特殊鉱石だったか…?

まぁ細かいことはさておくと、その石のお陰でこいつは俺のサイオンをパスすることで魔法を機械でありながら行使できているのだ。

 

こいつ1機を無尽蔵に動かすことなど造作もない。

 

ある種の《奇跡》が起きていると言っても過言ではない。

 

数分戦闘訓練を行い無傷で終了し俺が満足行く結果となった。

 

「よし…ここまでは想定内だな…。」

 

佇む《グレイプニル》に目をやってもう一つの《特殊コード》を打ち込む。

 

「『タイプエンド・グレイプニル』」

 

人形のバイクは真なる姿を表した。

 

 

「八幡様、雫さまよりお電話にございます」

 

「え、雫からですか?」

 

《ナハト・ロータス》の工作室での作業をしていたのが土曜日で、一段落し実家に戻ってきた時には既に日付が変わっており日曜になっていた。

 

シャワーを浴びてテレビをつけるとテレビ○日での伝統朝7時からのスーパーヒーロータイムが始まっており丁度女児向けの変身ヒロインモノのアニメ…つまりプリ○ュアが放送されていた。

…てか初代って今から90年前からやってんだよな…すげぇ、因みに何代目のだっけ?92代目か?

日本の総理大臣並みに歴史紡いでやがる…お前達の歴史って美しくないか?

 

因みに今、来年高校生になろうと言う泉美と香澄と一緒に番組を見ていたのだが、実は二人は元々この作品のファンだったらしい。

泉美と香澄は小さい頃配信サービスで見た作品のキュ○グレースとキュ○ベリーに憧れていたらしい。

俺は因みに初代様…ブラックとホワイトが好きだ。あの徒手空拳の戦闘スタイルは参考になる。

そういやウチの泉美ちゃんと香澄ちゃんの声ってこの2キャラの声してんだよな…気のせいか?

てか、ウチの泉美ちゃんと小町の声が稀に被るときがあるんだよなぁ…一緒に喋ると分からなくなる。

 

そんなことを考えているうちに保留の時間が延びていることに気がつき急ぎ名倉さんから俺の端末を受けとり通話する。

 

『もしもし八幡?』

 

「おう雫か?久しぶりだな。」

 

『私も居ますよ八幡さん。』

 

『わ、私も居ます!』

 

「深雪とほのかも…久々だな。」

 

『お久しぶりです、八幡さん。』

 

『はい!』

 

現在のテレビ電話は数十名での会話が可能で俺が入るまでガールズトークを楽しんでいたのだろう。

連絡をしてきた雫が本題を切り出す。

 

『うん、久しぶり。所でなんだけど…海に行かない?』

 

「はぁ?」

 

『あ、もしかして…』

 

『うん、そう。』

 

『?』

 

「?」

 

俺と深雪は雫とほのかの会話に置いてきぼりだ。

あれか?熟年夫婦とかの『なにも言わんでも分かる』とかいうあれか。「ツー」「カー」なのか。

 

『ほのかに雫…一体何の事?』

 

「全く分からん。」

 

その事についてほのかが説明をしてくれた。

 

『えっとね、小笠原に雫のお家の別荘があるの。』

 

『えっ?雫のお家ってプライベートビーチを持っているの?』

 

「すげぇな雫…お嬢様みたい…ってお嬢様だったわ。」

 

『うん…』

 

俺が話すと雫が妙に恥ずかしそうに答えていた。

最近資本家の周りで無人島に別荘をたてるのが趣味になっているらしい。

口汚いことが知性の現れだと勘違いしているマスゴミたちは「自然破壊の成金趣味」と揶揄されるがそれは全くの勘違いであることをここに記しておこう。

実際には国土の有効活用であり他国からの土地売買を食い止めているのが実情で、政府からも国土保護のためにそれが推進されているのが実情なのだ。

 

実際にうちの『七草家』も小笠原諸島の無人島のかなりでかい島を買い取り、レジャー施設兼別荘を建てていること思い出した。

 

…国内の魔法師は外国へ出航することは許されていない。

これは国の法律によって決まっているからだ。

『魔法師は国の重要資源』であるからで外国への流失を防ぐための措置なのだろう。

 

そんなことを思い出していると雫が会話を続ける。

 

『父さんが、『お友達をご招待しなさい』って。どうやら八幡に会いたいみたい。』

 

『今年は伯父様が一緒なんだ…。』

 

雫の発言に若干引きぎみになっているほのかは昨年の事を思い出しているのかもしれない。

友達と一緒に遊んでいるはずなのに親同伴はきついよな…。

 

その件については雫が補足説明をする。

 

『安心して。顔を見せるのは最初だけ。なんか、仕事が山積みみたいで数時間明けるだけで精一杯みたい。』

 

ほのかの怯える表情は一気に晴れやかな物へと変化した。

一体何が会ったのか気になったが一旦それは頭の片隅に置いておいた。

 

『それで…どう八幡?』

 

どう…とは恐らくこの別荘に行かないかという誘いなのだろう。雫達の期待の視線が画面越しに突き刺さる。

昔の俺なら難癖をつけて断るだろうが何だかんだで付き合いのあるこいつらの誘いを断るのはなんだが後味が悪かったのだ。

俺は少し考えたあとで結論を出す。

 

「わーったよ…俺が行っても良いなら行かせてもらうよ。」

 

『やった!』

 

『うん!』

 

『是非に!八幡さん。』

 

「お、おう…(俺なんかが行っていんだろうか…?あ、達也たち来るよな?)」

 

◆ ◆ ◆

 

「えーっ!?兄ちゃん雫さんたちと海に行くの!?」

 

「お兄様?私達を置いてお楽しみに行くつもりですか?」

 

「いきなり何よ…てかさっきの通信聞いてたのかよ。」

 

雫たちとの通信を終えてリビングへ戻ると少し怒りぎみの俺の天使達(姉妹)が待ち構えていた。

 

「香澄ちゃんの言うとおりですわ。夏休みに入ってからというものお兄様はお仕事場に向かわれてしまわれますし…」

 

「泉美の言うとおり!お兄ちゃんは時間があればCADいじってるし…この間の光井先輩とのデートの事も許してないんだからね!!」

 

「いや、あれはデートじゃなくて罰ゲームだからな?」

 

「本当に言ってるんですのねこのお兄様は…?」

 

「本当に言ってるよこの兄ちゃんは…。」

 

二人は本当にあきれた表情を俺に向けている。

一体俺が何をしたって言うんだよ…

 

俺がその事で「うげぇ…」となっているときに更なる援軍が現れた。特に妹たちの方だが。

 

瞬間背後から負のオーラが顕現した。

 

「へぇ…八くん光井さんとデートにいったんだ…」

 

「げっ…姉さん。」

 

背後を振り替えるとそこには姉さんがいた。

若干のハイライトが消え掛かっている姉さんを見るのはマジで怖いからやめて欲しい。

 

「八くん?私達もついていくわ。」

 

「いや誘われたのは俺…。」

 

「い・い・わ・よ・ね?」

 

「わーったよ…はぁ…」

 

「泉美、水着を見に行くよ!」

 

「はい香澄ちゃん!いきましょう!お姉様も一緒に!」

 

「ええ!行くわよ!泉美ちゃん、香澄ちゃん!」

 

こうして姉さんたちは水着を買いに出掛けてしまった。

超至近距離まで接近した姉さんに押し切られ何故だか俺の方が家族同伴の海水浴へ出掛けることになったのだった。

姉さん達がいなくなったリビングで俺は呟いた。

 

「どうしてこうなった…。」

 

因にだが小町は期末考査での筆記試験で赤点ギリギリだったので俺が先生になり家庭教師を受けることになっており…

 

『うえ~ん…筆記試験が憎いよぉ…どうしてお兄ちゃんは得意なのよ!』

 

『小町は昔っから筆記が苦手よなぁ…なんでなん?』

 

『うう…小町が聞きたいよ!』

 

と言ったような流れがあったのだ。

本当に昔から小町は筆記…というより魔法理論が苦手なのだ、あいつはどっちかと言うと「考えるより感じろ」と言った直感タイプの人間だからな…小町は俺よりも《四獣拳》の精密さならば上だからな…特に《無窮・麒麟乃型》を無傷で捕縛すると言う事なら俺より小町の方に軍配が上がるからな。

 

次の俺が作ったテストで70以上取れるなら一緒に連れていこう…流石に可哀想すぎる。

 

 

「悪い、世話になるわ。」

 

「お世話になります雫先輩!」

 

「お邪魔するわね北山さん。」

 

「うん、ようこそ。小町ちゃんに七草先輩。八幡、大丈夫だけどほのかと深雪がね…。」

 

「…」

 

「ふふふ…」

 

「あはは…」

 

「…(笑みを浮かべているが冷気を出して威嚇)」

 

「どうして香澄と泉美はほのかと深雪と仲良く出来ないんだ…。ほのか困ってるし…」

 

俺は頭を抱えた。

雫に追加の人員(姉さんと妹たち)を連れていくことになったのだが案の定バチギスしていた。

因にだが小町はテストの点がよかったので連れてくることが出来た。

俺と姉さん、小町、泉美と香澄の四名だ。

この人数をOKしてくれた雫の懐の深さに感謝した。

 

因にだが俺たちが今いる場所は空港ではなく港…というよりもクルーザーが停泊しているマリーナに来ている。

しかもよりによって千葉に来るとは…もう二度とこの場所には立ち寄らないと思っていたのにな。

 

「うちもクルーザーを所有はしてたけど北山さんのお家の船も大きいわね…。」

 

隣にいる姉さんは北山家所有の白亜のクルーザーを見上げて感想を述べている。

 

「うちクルーザーなんてあったんだな。…そういやウチってお金持ちでしたね。」

 

「八くんが知らないのは無理ないわよ。何せ乗ってたのって私が小さいときにお父さんとお母さんに乗せて貰った時以来だから…。」

 

「蓮美さんだっけか。あってみたかったな。」

 

「蓮美さんかぁ…あってみたかったな。」

 

「そうね…きっとお母さん八くんと小町ちゃんのこと気に入ると思うわ。」

 

隣でクスり、と姉さんは笑うがその表情には若干の顔に陰りが見えた。

しかし、それは一瞬にしていつもの表情に変わり微笑していた。

 

七草蓮美さん…姉さんと泉美と香澄の母親で父さんの妻に当たる人物だ。

俺が初めて七草家に招かれた時に遺影が置いてあったのだがとても優しそうな姉さんをもっと大人びた雰囲気にさせた美女の写真が飾られていた。

父さんに聞いた話だと姉さんが4歳ぐらいの時に亡くなったそうで原因は実験中の魔法行使による事故だそうだ。

泉美と香澄は物心つく前に亡くなってるので記憶がない。

それもそれで可哀想な気もするが仕方がないことだろう。

 

…そうだなもし蓮美さんが生きていたのなら挨拶をさせて貰いたかったな。

 

「そうだな…俺も蓮美さん、母さんにお礼を言いたかったよ。『俺と小町を七草家に迎え入れてくれてありがとう』って」

 

「うん。そうだねお兄ちゃん。」

 

俺が何気無しに言ったのが姉さんに聞こえたのか近づいてきた。

 

「そうね八くん」

 

姉さんの格好は白のワンピースに頭をすっぽりと覆う麦わら帽子を被っていた。

俺のパーソナルエリアに易々と踏み入れてくるが嫌だとは思わなかった。

九校戦以降なのだが何故か姉さんの距離感が近い気がするが気のせいか?

 

「あの…姉さん近いんだけど…」

 

「姉弟なんだから近くたって良いでしょ?」

 

「あのなぁ…。」

 

姉さんに近づかれるのは嫌いではないが流石に…。

俺はさらっと姉さんと距離を取りしんみりした空気を変える為話を変更する。

…そのとき姉さんが一瞬残念そうな表情をしていたが気のせいだろう。

 

「そういや、大型自動二輪と普通免許は持ってるけど一級船舶はもってないな…。」

 

「動かしてみたい?」

 

「出来るならね。」

 

「因にだが私の系列会社に船舶免許の学校があるんだがどうかね?」

 

姉さんとの会話をしているときに不意に男の声が割り込んできたのを確認して声のする方に体を向けるとそこには『船長』がいた。

 

ギリシャ帽に飾りボタンのついたジャケット、ご丁寧にアンティークパイプを加えている。

 

船長というには少し恰幅が足りない気がするがそこはご愛嬌だろう。

…船長というよりかは『水兵』と言った方が良いだろうか?

水兵って言うと俺は大昔にあったアニメのほうれん草食って腕がEXレッドキングみたいになるやつだ。

 

俺が謎の船長の登場に困惑していると船長の方から握手を求めてきていた。

 

「君が七草八幡君だね。私は北山潮、雫の父親だ。」

 

成る程この人が雫の父親だったのか。

予想よりも気さくな人物であったことに驚いたがこの程度では動じない。

俺は手を握り返し自己紹介をする。

 

「娘さんにはお世話になっています。自分が七草八幡です。ご高名はかねがね伺っております。この度は姉妹共々よろしくお願いします。」

 

かつての俺の口から「ご高名」何て台詞は出てこなかっただろうな。

 

俺が差し出した手を潮さんが俺の手を離してくれなかった。

え、俺はそういう趣味は無いんですけど…と冗談を心のなかで呟いていると潮さんの目は視たことがあるものだった。

 

相手を値踏みするような目線は雪乃の姉と同じようなものであったが、それとはまた異なり不愉快に感じさせない人の上に立つ会社の社長とはこう言うことか、と感じさせる百戦錬磨の目であった。

 

「…ふむ、ただ捻ねくれていると見せかけて二歩先を常に見つめている策略家のようだね…ただ頭が良いだけでなく実力もある小手先だけの男ではないようだ。」

 

潮さんの呟きは俺が注意深く視ていなければ聞き取れなかった程の声量であった。

もし仮にこれがみんなにも聞こえるような大音量であってもこの人からの評価であればすんなりと受け入れられるほどの説得力があったのだ。

 

なのだか…。

 

「うん、雫の目は確かなようだ。我が娘ながら、中々しっかりしているじゃないか。」

 

まさかの親バカ発言に俺はメガネがずり落ちそうになったがなんとか持ちこたえた。

これが雫の父親か、と心のなかで思った。

 

実際に言うと『北山潮』に会うのはこれが初めてではない。

『ナハト・ロータス』での俺の偽名《ファントム》では無い方の社長名義の名前で『名瀬蜂也(なぜはちや)』と言う名前で一度取引したことがあったからだ。

そのときの俺の見た目は魔法を使って偽装していたので俺とは分かっていないだろうがまさかここで会うとは…と思った。

 

「泉美、香澄、小町!しず…北山さんのお父さんに挨拶しなさい。」

 

「私も一緒にご挨拶させていただくわ八くん。」

 

「分かった。」

 

そんなことを思いつつ先方に目礼をして小町達を呼ぶ…って未だバチってるんか。

俺に呼ばれたので女同士の戦いは一時休戦となり小走りに妹達が駆け寄ってくる。

そして今の状況を察したのか一礼して自己紹介を行った。

もちろん姉さんも一緒に。

 

「七草家長女、七草真由美です。北山さんにはいつも助けられております。この度はお招き戴きありがとうございます。」

 

「初めまして、七草泉美です。本日はお招き戴きまして、ありがとうございます。」

 

「初めまして、七草香澄です。ご招待戴きまして、ありがとうございます。」

 

「初めまして!七草小町です!ご招待戴きましてありがとうございます伯父様。」

 

「ご丁寧にどうもレディ達。北山潮です。まさかこれほど美しくチャーミングな七草家のご令嬢達を迎え入れられる事は当家の船とあばら屋にとっても栄誉な事でしょう。」

 

胸に手を当ててまるで映画のような仕草を取った潮さんに姉さんと泉美は笑みを見せていた。

それに答えるべくうちの姉妹達は丁寧なお辞儀をして見せていた。

 

その後司波兄妹とエリカ達が合流し挨拶を交わした所で潮さんは仕事の時間が差し迫っていたようでそそくさと大型の高級車へと乗り込んでいった。

…乗り込んだ後に帽子を未練げに見ていたのは見なかったことにしよう。

 

◆ ◆ ◆

 

クルーザーに乗り込み達也とCADのことで話したい件があったので隣同士で相談をしていたのだが、その光景を見ていた妹達(泉美&香澄、深雪)が頬を膨らませて不満げに見ていたのだが敢えて俺は気がつかないことにした。

それは達也も同じことだったのだろう。

そろそろ近い内に達也に「お前シルバーだろ?」と言うつもりだ。

共同で新CADを作るのもありかもしれないな。

俺は外装を作るのが得意なので達也にソフトウェアを作って貰えば良いのが出来上がりそうだ。

 

そうやって新しいアイディアを出していると別荘のある島に無事到着した。

 

波は中々に荒かったが、最新の揺動システムで誰一人船酔いすること無く島に足をつけることが出来た。

 

「さて、ビーチの日陰で纏めるか…。」

 

達也とのアイディアを纏めるために空調の効いた室内に避難したかったが流石にそれをすると全員からの非難の目がやばそうだったのでビーチでやることにした。

 

荷物を置いて女性陣は着替えに時間が掛かるので俺たち男性陣はビーチパラソルとマットに遊具を持ち出し準備をして女性陣の登場を待っていた。

が、俺は徹夜明けだったのでマットとパラソルを敷いた場所で寝転んで昼寝をしてしまっていた。

 

 

「八くん?あらら」

 

先に着替え終わった真由美はビーチに来ており、手提げの小さいバックを置くためにビーチパラソルが設営された場所に近づいたのだがその場所では八幡が穏やかな寝息をたてていた。

 

「夏休みに入ってからずっと《ナハト》の工作室に籠りっきりだったものね…」

 

真由美は八幡に近づき辺りを見渡すが深雪達の姿はない。

達也達は別の場所でビーチパラソルを設営している。

 

「…」

 

「寝てるわよね…。こ、これは八くんが疲れて寝てるのが不憫だからであって他意はないわ…。」

 

誰にその説明をしているのか分からないが真由美は八幡にそろり、と近づき八幡の頭を魔法を使い浮かせ荷物を枕にしているのを外してその間に真由美は膝を折って太股を差し込み所謂『膝枕』の形を取り自分の太股に八幡の頭を乗せた。

 

(わ、私は一体何をしているのかしら///…で、でも八くんは弟だしこのくらいは大丈夫よ。うん正論ね!)

 

足に重みと温もりを感じた瞬間、真由美は急に気恥ずかしくなったが頭を振りかぶって正論を自分のなかに提示した。

 

「…」

 

「ほんとに穏やかな寝顔ね…ふふっ、可愛い。」

 

真由美はすぐ下にいる八幡の頭を撫でる。

 

「えっと…何をしてるんでしょうか姉さん?」

 

目と目が合う。

寝息を立てていた八幡を見ていた真由美だったが、その呟きで太股にのっていた八幡が目を覚ましたお陰で真由美は驚き八幡を砂の上のマットに落としてしまった。

 

「ふぇ?…キャッ!!」

 

「うおっ!!…ってぇ……何すんだよ姉さん…。」

 

ドゴッ、と割りと固い音がして頭を抱える八幡を見て真由美は謝罪した。

 

「ご、ごめんなさい八くん!」

 

「いや、大丈夫だから…っ!」

 

俺は落とされぶつけた箇所をさすりながら姉さんの水着を見て惚けてしまった。

 

眩しい、この一言に尽きる。

姉さんが着用している水着はビキニタイプで余計な飾り気がない白色なのだが姉さんのバランスの取れた体型を引き立たせる露出度の高いものだった。

麦わら帽子にハイビスカスの花飾り、上着はパーカーを着用しており元々大きめの魅力的な果実は白色と相まって余計大きく見えた。

その光景に直視することをやめることは出来なかった。

 

正直似合いすぎていてやばかった。グラビア雑誌の女優なんか目じゃないくらいに。

 

「八くん?…あっ…ふ~ん?」

 

「な、なんだよ…。」

 

不思議に思った姉さんは首をかしげていたが俺の視線に気がつき悪い表情を浮かべていた。

よく人をおちょくる時の表情だ。

 

「一体何を想像したのかなぁ~?…それよりどうかな?」

 

くるり、と回って見せた。恐らく水着の感想を聞いているんだろうか…。

 

「どうって言われてもな…。」

 

どうか、と言われたがどう答えたもんか…。

よし、ここは正直に水着の感想を答えよう。

 

「そうだな…俺の前以外でその水着を着ないでくれない?正直俺以外には誰にも見せたくない。姉さんの為に用意されてると言っても過言じゃない。姉さんが家族じゃなかったら目を奪われてナンパするまである。振られる未来しか見えないけど…って姉さんどうした?」

 

俺が姉さんの水着に対しての感想を述べるとパーカーで顔を隠して顔を赤くしていた。

一体どうしたと言うのだろうか?

 

「そ、そういうところが卑怯なのよ八くん…」

 

ゴニョゴニョとパーカーで口元が遮られてしまっているのでなにかを呟いているようだったがよく聞こえなかった。

 

「どうした姉さん?もしかして体調悪いのか?」

 

「う、ううんなんでもないわ!…褒めてくれてありがと。」

 

姉さんは照れ隠しをするように何時ものような笑みで俺を見ていた。

 

「ど、どういたしまして?…ってさっき何で俺に膝枕してたんだ?」

 

俺はその笑みに少し動揺してしまっていたが、先ほど俺の近くにいたのは何故だったのか質問すると姉さんは誤魔化していた。

 

「えーっとそれは…そう!八くんが研究で疲れて寝ちゃってると思ったから、お姉ちゃんが膝を貸してあげようと思って!」

 

「いや、荷物で枕にしてたし…。」

 

「細かいことをきにしちゃいけないのよ八くん?」

 

「細かいことか…?」

 

その回答になっとくが言っていなかったがそれは別の者の会話によって中断されてしまった。

 

「八幡~」

 

「八幡さん!」

 

遠くからエリカと深雪の声が聞こえてきた。

パラソルに隠れて姉さんの姿が見えていないので俺だけが呼ばれているのだろうが。

 

近くによって来た瞬間エリカが分かりやすい位不機嫌な表情を浮かべ深雪は俺に霜を付かせようとするぐらい冷気を俺に向けてきた。

本当にやめてほしいんだが…、俺が何をしたって言うんだ。

 

俺の肩を竦めた様子を見て姉さんは笑みを浮かべていた。

 

 

それにしても本当に、目のやり場に困ってしまうのが実情だ。

これって見るだけでお金とられるやつじゃないよな?大丈夫?そうか、ならよかった。

 

俺が秘蔵しているお宝本が霞んでしまうくらい素晴らしい光景が広がっている。

波打ち際で戯れるティーンエイジャーの水着姿がだ。

 

姉さんも言わずもがな白いビキニがついつい目で追ってしまう魔力を秘めているのでこれが解放されているビーチならば他人の目を引いてしまうだろう…俺は迷わずそいつらの目を潰しに掛かるが…。

 続いては波打ち際で目を引くのが派手な原色のワンピースを着用しているエリカ。余計な飾り気がないのでスレンダー(同年代の少女に比べれば引き締まり出るとこは出てる)なアイツのプロポーションを引き立たせている。

 隣で少しむくれながらも楽しそうに水遊びをしている深雪は、大きな花柄がプリントされたワンピースを着用している。

少女のギャップと日に日に大人の女性としての魅力を備えていくプロポーションを年相応なデザインで視覚的に薄めてくれているので生々しさは鳴りを潜め妖精的な雰囲気を醸し出している。

 意外だったのが美月で、細やかな水玉模様のセパレートを着用しており、ビキニほどではないにしろ胸元の深いカットが双方の果実の主張を強調して、いつものおとなしさからは想像できないほどの艶かしさを醸し出している。

…これ、小学生とか見たら性癖破壊されそうだな。とか思ったのは内緒だ。

ただ、エリカや深雪と違って自発的に鍛えていないということもあってか肩幅や腰幅が少し足りていないので腰回りの曲線が若干足りないのはご愛嬌だろう。

それでも十分ウエストは細いし煩悩抱えまくりな男子高校生ならきっと目で追ってしまうぐらいには魅力的だ。

 同じくセパレートでありながら、ワンショルダーにパレオを巻いたアシンメトリーなスタイルをしているのがほのかであり、この中の凹凸の大きさと言うのならばこの中では一番の大きさを誇るだろう。

顔は小動物系で守ってあげたくなるような雰囲気を纏っているのに体つきは暴力的というなんとも一粒で二度美味しい二面性を兼ね備えているだろう。

 雫は逆にフリルを多用した可愛らしい少女のようなワンピースを着用しているのだが、表情が乏しく大人びた雫が着用するとなんとも倒錯的な魅力を醸し出していた。

雫はそれこそウチの泉美と香澄のように凹凸は乏しいが括れもしっかりとあるのでこの中では一番…叡知かも知れない。

 

…うん、自分でこう言っててなんだけど普通に気持ち悪いし普通に訴えられそうなんで俺は彼女達から視線をずらした。

 

「お兄様~。」

 

「兄ちゃん!」

 

「お兄ちゃん!」

 

泉美と香澄が着替えが終わったのか俺がいるパラソルのところに来たようで水着を見せに来たようだ。

 

 泉美と香澄と小町の水着はセパレートタイプの水着を着用しており、泉美は腰回りにはパレオを巻いていて穏やかな泉美にはお似合いの格好であるだろうし、香澄はライトグリーンのセットにデニムのショートパンツを組み合わせたタイプで活発な香澄に非常によく似合っていた。

 小町はオレンジ色のセパレートタイプで泉美達に比べれば凹凸は大きく、武術を嗜んでいるので引き締まっているのでその健康的な肢体を引き立たせるには少し物足りなかったが別の水着を買いに行く時間が無かったため仕方がないだろう。

凹凸は小町が上、それより下になるのが泉美と香澄。しかし両者共に腰の括れに形のいいお尻は同年代の男であれば赤面すること請け合いだろう。

…そんな目をウチの大事な妹にぶつけようとするやつはこの世から『虚無』で消し去らなければならなくなるが…。

 

そんなことを思いつつも目の前にいる天使(妹達)の水着姿を褒めることにした。

 

「似合ってるよ泉美、香澄。上品な感じは流石泉美って感じだし、快活だけど女の子らしさがあって可愛いぞ香澄。それに小町は去年より身長がちょっと伸びたお陰で大人っぽくなったんじゃないか?」

 

「お兄様から褒められました…やりましたね香澄ちゃん!」

 

「褒められたね泉美!」

 

「妹にこれだけ言えるんだからこれを他の女の子に言えれば良いのにねお兄ちゃん…」

 

そういって俺に近づき両サイド陣取り俺の両手を体に密着して小町は背中に抱き付いてきた。

あの…暑いんですけど。

 

「うふふっ」

 

「えへへっ」

 

「熱々ですなぁ…。」

 

「何が面白いのか知らないけど…まぁ楽しそうならいいか。」

 

視線を妹達から沖合いへ向けると飛沫が上がっている。

レオと幹比古が競泳をしているようだった。

 

俺が見る限りではレオが素で楽しんでいるようなのだが幹比古はかなり自棄になっているようだった。

 

俺ははしゃぐ皆を一瞥し海の向こうへ視線を向けた。

波もなく薙いだ水面もないひとつの線のような青い水平線を見つめる。

抜けるような蒼窮に俺は思いを馳せていた。

 

…そういや俺、七草家に拾われて数ヵ月がたったのか。

事の発端は親からの絶縁を言い渡されてサイゼリヤに行こうとしたら目の前で今隣にいる泉美と香澄が誘拐される場面に遭遇し救出しに行くことになるとは思わなかった。

 

そして救出が成功し七草家に招かれて『家族』になったのだった。

 

姉さんも泉美も香澄も弘一さんも俺と小町に非常によくしてくれている。

 

…だがたまに思うのだ、「いつかまた裏切られる」のではないかと。

俺はガキの頃から肉親からの「愛情」ではなく「悪意」を与えられていただけだ。

肉親と他人から蔑まれ悪意をぶつけられていた俺はいつしか他人に興味を失ってしまった。

 

例えそれが、俺を心の底から俺を信じるものがいたとしてそれが本当の「好意」や「愛情」だったとしても、だ。

 

ー心の奥底ではそんな矛盾を孕みつつ俺は他人からの「関心」が欲しいのかもしれないー

 

なんてな、そんなアホらしい事を妄想しているとふと俺を見る視線が多数存在していた。

そちらに両腕に泉美と香澄を装着したままふとそちらに身体ごと目を遣ると…ビーチにいる全員が俺を見ていたことに声を出さなかった俺を褒めて欲しいぐらいだった。

 

「八幡表情が暗いけどどうしたの?体調悪い?」

 

腰を深く折り両手を膝に付いた状態で正面から覗き込むような体勢で俺を覗き見ていた。

どうやら俺を心配して駆け寄ってきたのだろう。

こうしてみると雫は本当に着ている水着と相まって本当に倒錯的で…ぶっちゃけるとエロい。

もちろん雫は鋭いのでこのまま凝視を続ければバレてしまうので視線をずらした。

 

「いや、少しボーッとしてただけだ。」

 

「八幡さん、せっかく海に来たのですから、泳ぎませんか?」

 

「そうですよ。パラソルの下にいるだけじゃ、勿体無いですよ。」

 

とは行っても左右には深雪とほのかが雫と同じような体勢で取り囲まれている状況は青少年の精神衛生上非常に宜しくない。

視線を左右に逃すことも出来ない。

360度美少女に囲まれている状況を後ろでエリカがニヤニヤして見てやがる。

それと一緒に達也もこちらを見ているし…しかも楽しそうに

くっそ…本当にいい性格してやがるぜ。

 

「わーったよ…泳ぐか…。」

 

「楽しまなきゃ損だよお兄ちゃん」

 

「そうですよお兄様。」

 

「行こうよ兄ちゃん!」

 

「さぁ、八くん?遊びましょ?」

 

「ああ。」

 

こうして俺は姉さん達に手を引かれて小難しいことを忘れて俺は楽しむことにした。

俺は無意識に笑みを浮かべていた。

 

◆ ◆ ◆

 

眩しくも青い空を見上げてしまい俺の《瞳》を焼きそうになったが対熱紫外線フィルターの魔法を発動させているお陰で、《瞳》は潰されていない。

先ほどまで達也と俺を標的にした打ち合いをしていたのだが流石に少女9人に対して男二人はきつかった。

戦いは数だよ兄貴…と言わんばかりであった。

 

達也は少し沖に出てレオと幹比古は遠泳になってしまったようで姿は見えない。

俺は砂浜に戻って日陰で姉さんと一緒に休んでいた。

戻ろうとしたときに深雪とエリカに不機嫌な顔を向けられたが流石の居心地の悪さを感じ取ってくれたようで追求はしてくれなかった。

今深雪達はボートで遊んでいる。

 

「お疲れ様八くん。」

 

「くっそ…達也の野郎いつの間にか離脱してやがった…流石の俺も八人はきつい…」

 

「それはご苦労様だったわね。あ、そうだ八くん。」

 

「ん?…ってなに遣ってんだよ姉さん。」

 

姉さんに呼ばれ目を向けると

 

「え?なにって海に入ってサンオイルが落ちちゃったから塗り直して欲しいのだけれど…///」

 

そこにはビキニの上を外して片腕で押さえサンオイルの入った容器を右手に持ち俺に向けてこちらを見ている姉さんの姿があった。

 

「いや魔法を使って紫外線を浮けないようにすればいいだろう…。」

 

「せ、せっかく海に来たのだからそんな野暮なことしなくてもいいじゃない///は、八くん、ぬ、塗ってくれないかな?」

 

近代においてサンオイルのような薬品は無論の事ながら今でも流通はしてはいるが現代魔法が普及した今需要は少なくなっている。

尚更姉さんは魔法において右に出るものはいないのだから紫外線をカットする魔法を行使することなど苦ではないはずなのだが…。

 

「ほ、ほら八くんお願い!」

 

そういってオイルのボトルを俺に差し出してきたので仕方なく受け取った。

 

「しょうがねぇな…。」

 

ボトルを受け取ると姉さんはうつ伏せになり完全に白いビキニが外れ完全に背中が見えてしまっている状態になっている。

 

その姿に動きが止まってしまう。

 

「…(落ち着け俺相手は姉さんだぞ…?)」

 

陶器のような白い肌に若干の汗が滴りなんとも言えない蠱惑的な雰囲気を醸し出している。

俺はサンオイルを手に取り姉さんの白い肌に宛がった。

 

「ひゃん!!は、八くん!!」

 

「ご、ごめん!…っ!!姉さん前!」

 

姉さんにサンオイルを塗ろうと触れた瞬間に姉さんからの悲鳴が聞こえた。

 

「もう!ちゃんと練って温めないと…。へっ?前?…きゃああああっ!!」

 

「ぶべらっ!」

 

そこには綺麗なピンク色が乗っかった大福が二つ…っていってぇええええええ!!!

 

姉さんの悲鳴が聞こえ俺は張り倒されてしまった。

そのまま後ろに倒れ気絶した瞬間に

 

「きゃあああ!!」

 

「っ!?」

 

「八くん!?」

 

突如として海の方から悲鳴が聞こえやっぱりか、と事故の発生に気がついた俺は気絶を無理矢理《物質構成》で負傷をキャンセルし加重と加速魔法によるホバー移動を行い裏返ったボートのすぐそばまで行くと達也も深雪の危機に気がついたのだろう忍術か何かで接近していた。

 

俺と達也は水中に潜り込むとパニック状態の泉美と香澄は深雪によって救出されており達也の方へ向かっていった。

俺は達也と深雪に妹達を任せパニック状態にあるほのかを抱えるが手足のバタつきが当たり抵抗されたが俺はそれをものともせず海上へと浮上した。

 

海面に浮上するとエリカが雫を救出しており転覆したボートに乗せていた。

どういう経緯でひっくり返ってのかは分からないけどそれは後回しにして腕に抱えたほのかをボートに乗せる選択肢を取ることにした。

 

息が吸えるようになって少しは落ち着いたかと思いきやほのかの興奮状態は落ち着いてはいなかった。

 

「は、八幡さん!!ちょっと待ってください!!」

 

「は?いやいくら真夏だからと言って転覆して水のなかにいたんだ、体力の消費はしてるんだから早くボートに乗らないと。」

 

「チョ、ちょっと待ってください!!」

 

何故だかほのかは俺のボートにあげる行動を必死になって阻止している。

 

「お願いですから!」

 

俺は必死の抵抗を受けるが強引にほのかをボートへ押し上げるとその勢いで反転し背中を先にボートで休んでいた雫に抱き止める形になった。

俺がボートに押し上げた結果ほのかの身体は俺へ正面を向く形となって、そこで俺はほのかが嫌がっていた理由を理解した、いや、してしまった。

 

元々ほのかの水着は泳ぐことを想定していない魅せるためのファッション用の水着だったのだ。

ほのかの水着は巻くれ上がっている状態であり、俺の眼前には大きい雪見だいふくが現れていた。

俺の視線に気がついたほのかは今更ながら悲鳴をあげて、両手で胸を押さえてボートの上で踞ってしまった。

うん、これは俺がわるいな…。

これから来る社会的制裁に震えた。

 

◆ ◆ ◆

 

「ヒック、ヒック、エグッ…!」

 

「ほのか、本当にすまん…わざとじゃなかったんだ…本当だ。」

 

砂浜にペタンと座り込んだほのかに俺は謝罪をするが今の状態では聞き入れられる状態ではないだろうが俺は一応の謝罪を入れた、俺へと突き刺さる視線が軽蔑ではなく同情の感想であったのはありがたいが少女、それに年頃の女の子の全裸を見てしまったのは「得した」ではなく完全に「申し訳ないことをした」と言う気持ちで俺の心は支配されてしまっていたのだった。

 

「ヒック…だから…エグッ…、待ってって…グズッ…言ったじゃないですかぁ…グズッ」

 

達也、深雪、雫、エリカ、姉さん、泉美、香澄、美月は決まり悪そうに俺たち二人を見つめてた。

正直気まずいのは俺なんだが…。

しかし、だからと言って逃げることも撤退することも俺の頭の中からは抜け落ちていた。

目の前の少女に誠心誠意の謝罪をしなければ、そう思ったのだ。

 

「いや、あのさ…八幡は助けてくれたんだし…。」

 

流石のエリカも軽口は叩けないようで困っているようだ。隣にいる姉さんも俺掛ける言葉が見つからないようで困っている。

 

「本当に申し訳ない…。」

 

某クソ映画のような博士の台詞が出てきたが誠心誠意の謝罪だ。

と言うよりもこれ以上の言葉が出てこないのだ。

 

頭を下げ続けている八幡の状態を見た雫が助け船を出してくれた。

 

『ほのか、八幡が悪くないって言うのは分かってるよね?』

 

ほのかだけに聞こえるように会話をしているのだろう。

 

『ウェアを直す時間だってあったんだから』

 

雫の声の大きさに関わらず、また一部の真実とは異なる内容にも関わらず、ほのかを落ち着かせるに効果は十分であった。

 

『当初の予定とは違ったけどこれってチャンスだよ。』

 

なんだかキナ臭い匂いがしたのは八幡の気のせいだろうか?

雫がほのかに二度三度言葉を掛けるとほのかは漸く顔をあげてくれた。

 

「八幡さん、本当に悪いと思っていますか?」

 

「嘘いつわりなく本当に思っているので警察だけは勘弁してください。」

 

再び謝罪して頭を下げる…かと思いきや八幡は地面に膝をつけて両手に地面をつき所謂『土下座』の体勢を取ると流石のほのかも慌てた。

 

「ちょっ…八幡さん!!そんなやめてください!土下座なんて…!それに警察にも言わないですから!頭をあげてください!」

 

「この程度じゃ許されないと思っている。なんでも言う事を聞くから。」

 

「え、な、なんでもですか…?」

 

「ああ。」

 

ほのかが「じゃあ…」と呟いたあとに「顔をあげてください」と言われたので顔をあげるとなにかを決意したほのかがそこにいた。

 

「…今日1日、私の言うことを聞いてください。」

 

「…ん?」

 

予想外の台詞に思わず声がでてしまったがこう言う要求はほのからしくないと感じてしまったが男に二言はない…てかこの台詞誰考えたんだよ。

なんてアホなことを考えている暇はないのでそんなことは脳内の片隅に追い周りにいる姉さんと深雪に目をやると同じ表情をうかべているのだった。

 

「それで…許してあげます。ダメですか…?」

 

「分かった…。」

 

言うことを聞いて欲しいと言っていたが悪質な要求をしてくる子では無いことは分かっているが何を要求されるのかが分からないので戦々恐々としながら頷くとほのかの表情は満面の笑みになり

 

「約束ですよ!」

 

「分かった…。」

 

俺は腹を決めるしかなかった。

 

◆ ◆ ◆

 

夕食が始まる前にほのかに連れられて手漕ぎのボートに乗ったりほのかと一緒に雫宅の家政婦さん特性のフルーツジュースをカップルのように飲むことをお願いされたのだがほのかは顔を赤くしていた。

いや、それ本当にやりたいことなのかほのかよ…。

 

ほのかのお願いを聞いているウチに良い感じに暗くなり夕食の時間となった。

 

夕食はバーベキューで和気藹々とコンロを囲みテーブルとコンロを言ったり来たりしていた。

ほのかが甲斐甲斐しく八幡のお世話をしてくれているのだが八幡はそのお礼に食材を焼いてほのかの取り皿に取り分けるというお互いにお互いを世話をするという構図が出来ておりその光景を見ている真由美と深雪は若干不満げにしていたのを八幡は見ないことにしていた。

 

 

夕食が終わり、食後の休憩を終えて就寝までの時間で女子グループでカードゲームをしている最中にほのかは「ちょっとお花摘みに」と伝えお手洗いへと来ていた。

 

ほのかは鏡の前で決意する。

元々伝えたいことがあったのだが今回のアクシデントによってその計画は前倒しになったのは想定外であったが嬉しい悲鳴ではあった。

 

「よし…!」

 

淡いルージュを薄く引いて髪型を整え服装をチェックし身に付けている下着も念のためにチェックを入れる。

 

(は、派手目の物を履いたけど…きょ、今日は勝負の日だから…!『ま、万が一』って事も有るし!)

 

八幡をこっそりと誘い出すためにほのかはリビングへ戻っていった。

 

自分の足が震えていることにも気がついていなかった。

 

「八幡さんちょっと…」

 

「ああ…」

 

外へ出ていく姿を確認した小町は二人の後を申し訳ない気持ちになりながら着いていった。

 

 

俺はほのかに「ちょっと夜の散歩に出かけませんか?」と言われ今日1日はほのかの言うことを聞かなければならないので俺に拒否の選択権はないので「いいよ」と承諾し夜の砂浜へ散歩へ出かけた。

 

歩き始めるが会話は特にない。

本来ならば男から話題を切り出すべきなのだろうか?

こう言う状況になったことがないのでこう言う場面を小町に見られたらひどく説教されること請け負いだ。

「ポイント低い!」と怒られてしまいそうだが肝心の小町さまがいらっしゃらないので答えはでないだろう。

 

一応はほのかが打ち寄せる波に当たらないように俺が波側に立ち掛からないように同じ歩調でほのかと歩く。

 

砂浜の中頃まで来た辺りで背後からほのかに呼び止められた。

 

「八幡さん。」

 

穏やかな波に掻き消されそうなほどか細い声だったがほのかが振り絞ったような声が俺の耳に入ってきたので歩みを止めてほのかの方へ振り返った。

 

街頭はなく別荘の明かりも此方までに届いてはいない。

立ち止まった俺とほのかを照らすのは夜空に浮かぶ月と星明かりのみであり、表情はよく見えないがほのかは緊張をしているそんな感じがした。

 

静寂のなかに潮騒だけが響いている。

 

俺の名前を呼んだあとに紡がれる言葉が続かない。俺が視線で続きを促しても、ほのかは顔を赤くして目を逸らして俯いてしまう。

 

「あの…」

 

その言葉のあとが続かずそのやり取りが数度繰り返され、

 

「ゆっくりで良いぞ?どうした?」

 

俺は普段よりも優しめの口調で促すと決意したのか俺に伝えたい言葉を勇気を振り絞った。

 

「あの…その…私、八幡さんの事が好きです!(い、言っちゃった…!)」

 

迷いに迷ったであろうほのか絞り出した台詞はもしかしたら別荘にいる深雪達にも聞こえているのではないかという迫力があった。

しかし、そんな事に思いを巡らせる余裕はほのかにはなかった。

 

「は、八幡さんは私の事をどう思っていますか!?」

 

八幡と視線を合わせることが出来ず目蓋を閉じてしまったほのかに中々返答が返らなかった。

 

「…ご迷惑でしたか?」

 

恐る恐る目を開け、涙目で問いかけたほのかの視線には八幡は困惑の表情を浮かべているのが映った。

八幡が我に返りほのかに返答する。

 

「…なんかの冗談か?」

 

(やめろ…!)

 

八幡は必死に自分とは思っていることと異なる事を口走ろうとしていた。

八幡の顔が苦痛に歪む。

 

「この告白誰かが見てて嘲笑ってるんだろ?」

 

(やめろ…やめろ…!!俺はそんな事を思ってない!)

 

自らの意思と反した言葉しか紡げない八幡は自分を殴りたくなる

 

「ほのかがそんな事する奴だとは思わなかったぜ。」

 

「ち、違います!私は本当に…」

 

その先の言葉を呟けばもう後には引けなくなる。

 

(やめろ…やめろやめろ…やめろ!!!)

 

「消えろよ、もう顔も…っ!!…うぐっ!!」

 

明確な拒否。

 

八幡の目を見てしまったほのかは悲しいよりも先に「苦しい」という感想を覚えた。

 

何故なら

 

「…。」

 

ほのかの告白を受けて涙を流し顔面が蒼白となり、拒絶する自分の発言に後悔するような八幡の姿があったからだ。

 

「はち…」

 

「ほのかさん!」

 

「えっ!小町ちゃん?」

 

八幡に声を掛けようとしたほのかの声を遮ったのは後ろからの小町の声だった。

頭を押さえ踞る八幡に近づく小町にほのかも掛けよった。

 

「お兄ちゃん大丈夫?」

 

「ああ、大丈…夫…だ。それと…ご、めん…ほ…の…か…。」

 

ドサり、と八幡は気を失って倒れてしまう。

 

「八幡さん!」

 

大丈夫、と告げる前に八幡が意識を失って倒れてしまい地面にぶつかる前に小町が受け止める。

その場にいた二人は小町が八幡を抱えてほのかが別荘へ応援を呼んだのだった。

 

「お兄ちゃん…。」

 

八幡を背負う小町は背中で気を失っている兄が抱える闇に関して責任感を覚えてしまった。

 

◆ ◆ ◆

 

「それで小町さん。八幡は何故倒れたんだ?」

 

八幡が倒れてから数分後。

別荘へ助けを呼びに行ったほのかが達也達を連れて八幡を小町と一緒に運び込み今はベットで安静にしている。

 

リビングには今回の参加者が全員集まりほのかの隣にはエリカと雫が座っている。

 

ほのかは告白の拒絶のショックを受けていたが八幡が倒れた理由を聞けないほど衰弱はしていなかった。

 

小町の隣には深雪と真由美が座っている。

 

全員の視線が小町へと集中する。

だが、小町は凛とした姿勢を崩さなかった。

静寂がリビングを支配する。

 

その静寂を破る。

小町が語り始めた。

 

「そうですね…皆さんは小町とお兄ちゃんが七草家の養子なのは知っていますよね?」

 

みんなが頷く。

しかし、達也と深雪はその先の事情を知っているため表情は暗い。

 

「私と兄が七草の家に迎え入れられたのは…血の繋がった肉親から絶縁を言い渡されたんです。」

 

「「「!?」」」

 

「な、なんでそんなこと…」

 

「胸くそ悪い話だぜ…。」

 

「ひどい話だ…。」

 

「サイテーね…。」

 

美月が涙目に、レオと幹比古は苦虫を潰したような表情を浮かべ、エリカは心底イラついた表情をしている。

 

「そ、そんな…。」

 

「酷すぎる。」

 

ほのかと雫が反応した。

両者は共に悲しそうな表情を浮かべる。

 

「全部、私の…せいなんです。」

 

小町の膝においた握りこぶしから血が滴る。

それ程までに強い思いで握り込んでいた。

隣にいる真由美が小町の肩を抱く。

今にも泣き出しそうだったが必死に堪えていた。

 

「小町もそれなりに魔法力はありましたけど、理論は苦手だったので小さい頃試験の結果が悪いといつも父達から出来るまで叩かれるスパルタ教育でした…。それを見かねたお兄ちゃんはお父さん達に精神干渉の魔法を使って意識と記憶を小町からお兄ちゃんへ対象を差し替えたんです。小町には「愛情」を、お兄ちゃんには「無関心」になるように…。それは絶縁されるまで十数年続きました。」

 

「そんな…」

 

真由美は涙を堪えている。

 

その話を聞いた達也は自分と深雪の関係性に近いものを感じた。

 

「兄の同級生がどこから知ったのか分かりませんが元『八幡家』の家柄もあってそれをネタにしてお兄ちゃんはいじめの被害に合ってました。お兄ちゃんは魔法力も戦闘力もずば抜けていましたから…それを気にくわない師補十八家の息子に因縁をつけられてました。」

 

小町は言葉を続ける。

 

「学校では「悪意」」、家では「無関心」に去らされていたお兄ちゃんの精神は限界を向かえていたんですよ…。それにトドメを刺したが嘘告白です。」

 

「嘘告白?」

 

達也が小町に問いかける。

 

「呼び出しを受けた兄が屋上に放課後向かうと、何故か告白もしていないのに振られた挙げ句にその事をクラスのメンバーに言い触らされて皆の笑い者にされて…それはその師補十八家の生徒の策略だったんです。其処からでした、兄が他人の好意を否定する様になったのは。小学生の頃の話なんですけどね…。」

 

「そんなお兄様が…」

 

「なんで…なんで兄ちゃんがそんな目に合わなきゃなんないのさ!」

 

泉美と香澄が怒る。

 

「「「「……。」」」」

 

皆が絶句した。

 

「それから兄は他人からの『好意』に対して『裏がある、信じれば裏切られる』って思うようになったんです。」

 

小町の告げた真実は壮絶な物だった。

 

家や学校では同級生に「悪意」と「無関心」に晒され続け心と身体はボロボロになっていったことに。

 

「兄が他人に対して興味を失わないように矯正してくれたのはお婆ちゃんと奉仕部の皆さんのお陰でしたから…まぁそこでもお兄ちゃんが苛めにあっていたのに関わった人達の為に迷惑を掛けないようずっと我慢してたんです。

それでも性格はあれでも随分まともになったんですよ?中学でも兄は自分と関わった人たち全員を救ってきましたから…もう限界だったタイミングで私と兄が七草家に拾われたのは本当に幸運でした。」

 

苦笑しつつ説明すると殆どの女性陣は涙を流していた。

 

小町は女性陣を見渡し頭を下げる。

 

「お願いします…兄を…今まで他人からの「関心」と「愛情」を得られなかった…お兄ちゃんを人並み以上の「幸せ」をあげて下さい…今まで迷惑を掛けてきた小町じゃお兄ちゃんへ「関心」しかあげることが出来ない…「愛情」を満たしてあげることはできないから…お願い…します。」

 

頭を上げるとその表情には苦笑と目尻に若干の涙が溜まっていた。

それを見かねた七草姉妹が小町に抱きつく。

 

「小町ちゃん…」

 

「小町…」

 

「小町ちゃん…」

 

「小町は…大丈夫だから。」

 

そう言ってほのかの方身体を向ける小町。

 

「ほのかさん。」

 

「は、はい。」

 

「ほのかさん、お兄ちゃんを好きで居てください。あの反応が出るってことはお兄ちゃんはほのかさんを意識していると思います。」

 

「ふぇ!?こ、小町ちゃん?」

 

「心から嫌ってる人にはあんな言葉を掛けたりしません。今のお兄ちゃんは考えていることと喋っていることがアベコベになってるんです。」

 

「確かに八幡さん、酷く苦しそうな顔をしてた…。」

 

ほのかの脳裏に八幡の苦悶する表情が思い浮かぶ。

 

「本当に嫌いな人なら今ごろ魔法でも撃ってると思いますから。だから、大丈夫ですので兄を嫌いにならないで下さい…ほのかさん。」

 

「そっか…私八幡さんに嫌われて無かったんだ…よかった…。」

 

隣にいる雫がほのかの手を重ね頷いた。

 

小町がその事を告げると部屋の雰囲気が軽くなったような気を皆が感じていただろう。

空気が弛緩したのを感じた小町は若干だが普段通りの元気を取り戻した。

 

「まぁ…小町のお義姉ちゃん候補が増えるのは良いことなので是非お兄ちゃんをよろしくお願いしますね皆さん?」

 

そう言って小町はイタズラな笑みを浮かべ部屋のなかにいる深雪、雫、ほのか、エリカ、そして真由美に泉美、香澄に視線を向けると気がついた少女達は顔を赤くしていた。

 

「「「こ、小町ちゃん!」」」

 

一斉に抗議するが小町は笑っていた。

それは男性陣も決意していた。

 

「八幡は俺の親友だ。親友が傷つくのを黙ってみているほど心の狭い人間じゃない。」

 

「それじゃ、ダチとして俺は八幡を支えてやるぜ。」

 

「レオの言う通り僕たちはもう八幡の友達だ。…そんな元気のない八幡は見てられてないからね。…彼には色々と救われた…今度は僕たちが救う番さ。」

 

「達也さん、レオさん、幹比古さん…ごめんなさい。」

 

「小町さん、そこは『ありがとう』だよ」

 

「ありがとうございます、皆さん。」

 

ほのかの告白によって八幡の過去を知ることになった達也達は決意した。

 

◆ ◆ ◆

 

「うん…?此処は…俺、いつの間に寝てたんだ…?」

 

八幡が目を醒ますとそこは雫の別荘で宛がわれていた寝室だった。

 

「確か俺ほのかに呼び出され一緒に散歩してた…っ!!」

 

昨日の記憶がフラッシュバックする。

 

『あの…その…私、八幡さんの事が好きです!』

 

ほのかの精一杯の勇気を込めて放った一言を台無しにした

 

『何かの冗談か?』

 

『この告白誰かが見てて嘲笑ってるんだろ?』

 

自らの意思と反した言葉しか紡げないもう一人の自分がいるように。

 

『ほのかがそんな事する奴だとは思わなかったぜ。』

 

その言葉に涙を流す八幡を慕う少女。

 

『消えろよ、もう顔も…』

 

少女の決意を踏みにじったことを思い出し八幡はシーツへ顔を埋めた後、隣をチラリ目をやる。

時刻は早朝と言っていいほどで日が昇ったばかりであった。

 

「合わせる顔もないな…この事は皆に伝わってるんだろうし…謝罪しても無駄…帰るか。」

 

子供のような自己解決をした八幡は身支度を整えた後小町の端末へ書き置きを残し静かに寝室を出た。

 

 

砂浜へ出てデバイスを操作して加重魔法による重力制御で飛行しようとした瞬間に近くに人の気配がして振り返るとそこには今八幡が一番出会いたくない人物がそこにいた。

 

「やっぱり小町ちゃんの言う通りでした…八幡さん。」

 

「…ほのかか。」

 

ほのかはこちらを見据え近づいてくる。

八幡は後ずさってしまう。

 

今すぐにも逃げ出したかったがそれをしなかったのは八幡がほのかに対しての責任があったからだろうか。

 

数歩歩けば八幡に触れられそうな距離まで近づいたほのかは視線を逸らさずに、しかし八幡はその真っ直ぐの瞳を直視できなかった。

 

早朝の小鳥の声と穏やかな波の音だけが二人だけの空間を支配する。

ほのかが遂に発した。

 

「八幡さん。」

 

「…。」

 

八幡は答えない、いや答えられないといった方が自然か。

ほのかの次の行動に八幡は驚愕していた。

 

「ごめんなさい八幡さん!私…八幡さんの事何も知らなかった…八幡さんを傷つけてしまいました…」

 

頭を下げるほのかに八幡は苛立ちを覚えてしまった。

 

「ちょっと待ってくれ…なんでほのかが謝るんだ?…謝るのは俺の方だろうが…。」

 

ほのかに怒りをぶつけるのはお門違いなのだが八幡はその感情を押さえることは出来なかった。

 

「小町ちゃんから聞きました…八幡さんが高校に入るまでの事を…。」

 

八幡は「やっぱり聞いちまったか…」となり自分でも思っていなかったが知られたことに少しの絶望を覚えた。

 

「なんで泣いてんだよ…同情するぐらいなら軽蔑してもらって構わない。それだけの事を俺はほのかにしたんだ。」

 

「八幡さん…。」

 

「他人に『関心』を持たれたいのに関わりを断ちたいって思ってしまうし、他人からの『好意』には「必ず裏がある」って疑いの目を向けちまう面倒くさい奴なんだよ俺は…、」

 

「そんなことありません!」

 

「…っ、ほのか。」

 

普段出さないようなほのかの大きな感情に八幡は一瞬たじろいだ。

そんなことはお構い無しとほのかは八幡に感情をぶつけた。

 

「八幡さんはちょっぴり面倒くさいですけど…それでも、小町ちゃんの為に…学校での友達のために自分を犠牲にしてきた八幡さんが報われないのはおかしいです。だから…八幡さんが幸せになるように私が八幡さんを幸せにして見せるので…貴方を想っていても良いですよね?」

 

ハァハァ、と息も絶え絶えに八幡に自分の心を吐露したほのか。

しかし、そう簡単には八幡の心の闇は晴れることは出来ない。

だがほのかのその熱意の心からの言葉が少し、ほんの少しだが八幡の心に穿たれ少しだけ晴れた気がした。

 

「…俺は…ほのかにひどいこと言うかも知れないぞ。」

 

八幡は自分でも想像し得ない言葉を発していた。

相手を拒絶する強い言葉ではなく相手を傷つけないような弱い言葉に変化していたことに。

 

「…大丈夫です。」

 

ほのかは八幡を見据える。

 

「ほのかにひどいことするかも知れないぞ?」

 

「大丈夫です。」

 

「どうしてそこまでほのかは言いきれるんだ?」

 

「私は八幡さんを信じていますから。きっと他人を信じて、人を好きになってくれるようになるって。」

 

ほのかの確固たる意思に八幡は根負けした。

 

「…っ!ほのかには負けたよ。好きにしてくれ…。」

 

「はい!私は八幡さんの事をずっと想ってますから!さぁ八幡さん別荘に戻ってご飯にしましょう。皆待ってますから。」

 

「…。」

 

俺は妙に照れ臭くなり空を見上げる。

ほのかは昨日の事など忘れたかのように八幡に照れた表情で腕を取り体を密着させてくる。

柔らかい部分が八幡の腕に辺り顔を紅くしていたがそれはほのかもだった。

 

「ほ、ほのか…近いんですけど?」

 

「昨日の『言うこと聞いてもらう権利』を使いきってないんで良いですよね?」

 

「もう日付変わってるんですけど、ほのかさん?」

 

恥ずかしそうに嬉しそうに八幡の腕を絡めるほのかを振りほどく気にはなれなかった。

 

別荘に八幡達が近づいたのを確認したのか達也や真由美達が入り口の前に立ち、笑みを浮かべ待っているのを視認すると歩みを早めた。

 

「ほら、八幡さんに『関心』を持ってくれている人はこんなにいるんですよ?私もその一人ですから。」

 

「…そうだと良いけど。」

 

八幡は照れ隠しにそう言って駆け寄ってくる妹達を迎え入れるために止めていた足を皆のところへ向かうために歩を進めることにした。

 

『関心』と『愛情』を向けてくれている仲間達の元へ戻っていった。

 

八幡が思うほどその絆は脆くなく強固なもので、彼を慕う少女達は一人でないことを後々知ることになるのだった。

 



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そうだ、司波家に行こう。

最新話です。今回は遂にあのお方達が登場。
タイトルから察していただけると思いますがあの二方が出ます。

夏休み編での一話目での話数にコメント有り難うございます。
なかなかにお褒めの言葉を承り作者のモチベーションがガン上がりです。

コメント&高評価有り難うございます。

今月中にもう1本投稿したいですが…どうでしょうかね?

今回の話数で少し際どい表現があるので苦手な方はご注意を!

それではどうぞ!


雫の別荘に行ってから2日後のこと。

 

「八幡さん!我が家へいらしてくださいませんか?」

 

「はい?」

 

自室でCADの調整をしている最中にビデオ通話を深雪がしてきたのだ。

 

「唐突にどうしたんだ…。」

 

「ご迷惑でしたでしょうか…?」

 

「いやそう言う訳じゃないんだが…ええっと、どうしてそんな流れになったんだ?」

 

「あ、ごめんなさい理由も告げずに。」

 

「ああ、いや大丈夫なんだけど…それでどうして俺は深雪の家に誘われたんだ?」

 

深雪が事情を話しやすいようにこちらから話題を振る。

 

「実はお母様が八幡さんにお会いしてお礼を申し上げたいのと…」

 

「のと?」

 

「わたし自身…八幡さんにお会いしたいので…」

 

画面越しに深雪が頬を紅らめて控えめに八幡をみている。

その姿に八幡は先日ほのかに言われた事を思い出した。

 

『八幡に『関心』を持っている人はこんなにいるんですよ?』

 

あの時俺の過去を聞いたであろう後に、別荘の入口付近で待つ人物の中に俺を侮蔑の笑みではなく本当の『関心』の笑みを浮かべた深雪が居たことを。

それと今、画面越しの深雪の表情と同じモノであったことを感じ取った。

だが、同時にそれを素直には受け取れず否定するもう一人の俺がいることも。

 

「…っ分かった。それで何時行けばいい?」

 

「…!はい八幡さんこちらで待ち合わせを…。」

 

こうして翌日の昼過ぎに駅前に待ち合わせることになった。

テレビ通話が終了し、クローゼットに目をやり明日着ていく物を選択した。

…流石に昔のように『I♡千葉』と書いているようなプリントされたTシャツを着ていくのは無いだろう。

そこは小町とかに矯正させられたからな…。

無難にサマージャケットとジーパンでいいか…。あ、向こうの家にお土産も買わないとな…東○バナナでいいかな。

 

明日の準備を行って寝坊をしないようにCADの調整も程ほどに寝床に着いた。

 

 

次の日寝坊もすること無く予定通りに起床した俺は集合時間になるまでは時間があったので駅前にある土産ショップに向かい深雪の家に持っていくお菓子を見繕っていた。

 

「○京バナナ…お、あったあった。…ってこれはマッ缶味の東京○ナナだと…?十個ほど買っておこう…。」

 

そんなこんなで土産ショップで買い物に熱中していたら集合時間15分前になっていたのに気がつき急ぎ集合場所へ向かうとそこには美少女が佇んでいた。

 

「…。」

 

白の膝丈程のワンピースに七分丈の薄手のカーディガンを羽織り頭には小さめの鍔の大きい麦わら帽子をかぶっている。

立っているだけで絵になる、まるで物語のヒロインのようであった。

 

「…///」

 

「……///」

 

「見ろよ、すっげぇ美人…。」

 

道行く通行人が深雪を見て振り返り、なかには頬を赤らめる高校生もいたが流石に周囲の目を集めすぎているので俺は急ぎ駆け寄った。

 

◆ ◆ ◆

 

「深雪」

 

「八幡さん!」

 

俺が駆け寄ると深雪は表情をぱあっ、と明るくしている。

 

「悪い、待たせちまったな。」

 

「いいえ。わたしも先程到着したので。」

 

《瞳》で深雪を見やると本当に俺と僅差でこちらに到着したようで嘘はついていないことが分かったが俺が後に来ていることには変わりはないので罪滅ぼしではないが深雪の服装を褒めることにした。

 

「深雪の今日の服装可愛らしくていいな。すげー似合ってるよ。」

 

「ふふっ、ありがとうございます八幡さん。それでは参りましょうか?」

 

「ああ、…た…?」

 

「頼む」と告げようとし、俺は深雪と共に目的地へ歩を進めようとした瞬間に背後からの視線を受けた。

 

「…」

 

「八幡さん?どうされました?」

 

「…いや、何でもない。しっかし暑いよな。俺が茹で蛸になっちまうから深雪、ご自宅に案内してもらえます?」

 

「はい!ではこちらです八幡さん。」

 

深雪と共に歩きだし俺は背後を一瞥し《瞳》で確認すると魔法を行使しているのか背の低いゴスロリ衣装と女の子?でこちらは普通の衣装を着た、恐らく双子の姉妹が此方を視認しているのが確認できた。

 

(一体何者…こんな街中で目立つ衣装を着用して周りの市民に気がつかれない程の隠密性を誇る魔法を行使できる魔法師…視線は深雪ではなく二人とも俺を見ている…狙いは俺…か。)

 

歩きながら思案していると深雪から声を掛けられる。

 

「お母様は八幡さんにお会いしたがっていましたので招待を受けてくださって有り難うございます。」

 

ニッコリと微笑み此方へ振り返る深雪を確認した八幡は監視者のことは一度頭の片隅に追いやって返答する。

 

「宜しく頼むな。」

 

背後に監視者の視線を受けつつ何も知らず自宅に招待できることで浮かれている深雪と頭痛を覚える八幡は一路司波家へと向かった。

 

◆ ◆ ◆

 

八幡が司波家に訪れる前日。

 

「ごきげんよう、貢さん。」

 

「これは真夜様。本日はどうなされました?」

 

黒羽家家長、黒羽貢のもとへ1本の通信が入った。

その通信の先の主は魔法師の世界で知らぬ者はいないとされる十師族で《触れてはならない者達(アンタッチャブル)》の異名を持つ『四葉家』現当主、四葉真夜からであった。

 

貢は四葉における諜報と工作を担当する分家筆頭の家柄であり、彼女がそんな《黒羽家》へ連絡をとったのは理由があった。

話もそこそこに真夜は本題を切り出す。

 

「四葉家当主として命じます。亜夜子さんと文弥さんで『七草八幡』を抹殺しなさい。二人の実力でしたら十分でしょう。」

 

その命令に貢は了承した。

 

「畏まりました。娘達には任務の準備をするよう伝えます。」

 

「ええ、お願いしますね。…全く此方からのお願いを聞き入れてくれない姉さんと達也さんにも困ったものだわ…七草のしかも養子が深雪さんに接触している事実が不快だと言うのに…。あらごめんなさい任務の詳細をお渡ししていませんでしたわね…こちらですわ。」

 

そう言って貢の元に任務の詳細データが届く。

その内容に貢は眉をひそめた。

 

「これは…前日に深雪嬢とターゲットが通話をしているようですな…。しかも明日司波家に訪問ですと?」

 

「ええ、どうやら深雪さんと待ち合わせをしているようで…。どうやら深雪さんは七草の養子に好意を持っているようでしてねぇ…深雪さんには四葉の後継者候補の自覚が足りていないらしいですわ…これも全部姉さんのせいです。」

 

「…」

 

貢はただ黙って聞いているしかない。

表面上は穏やかで淑女然とした体裁を真夜は整えてはいるが憤りを見せており恐怖でしかなかった。

 

「ふふっ。あらごめんなさい貢さん。ついつい愚痴ってしまいましたは貢さん。それでは」

 

「畏まりました。」

 

「ええ、良い報告を期待していますわ。」

 

そう言って通信をきり貢の前の画面が黒くなる。

通信が完全に終了したことを確認して貢は息を吐き出した。

 

部屋に備え付けられた通信設備のスイッチをいれて部下を呼び出し娘と息子を執務室へ来る様に指示した。

 

「亜夜子と文弥をここに。」

 

四葉分家の黒羽家の中でも随一の実力を持つ二人で真夜は十分対処は可能であると踏んでいたがそれは大きな間違いであったことを後々知ることとなる。

 

 

『!?まさか…気付かれたのかしら…《ヤミ》』

 

『まさか!《ヨル姉さん》の『極致拡散』が見破られるわけがないよ。』

 

駅前のターミナルの看板の近くで二人の少女?がターゲットを確認する。

少女達が視認しているのは八幡であった。

少女達の格好は夏場に着用するものではなく所謂ゴシックロリータと呼ばれる黒くてフリフリした格好でショートカットの少女?は長袖のワイシャツにサマーベスト、チェックスカートとストッキングの格好をしているが如何せん隣にいる少女の格好が目立ち過ぎていたのだが通行人には彼女達の姿は見えていなかった。

両名共に美少女であることに変わり無かった。

 

看板付近で亜夜子が八幡に視線を向けると直ぐ様こちらに一瞥して視線を向けてきていたのだった。

まるで見透かされているように。

 

自身の魔法が破られていないという第三者からの証言を得て多少の安堵感は得られたのだろう、話をしながらターゲットを追尾し始める。

 

次第に群衆から離れていき閑静な住宅街へと足を踏み入れる。

 

「まさかご当主からの任務が『七草の長男の抹殺』とは思わなかったわ…近くに深雪さんがいるのが驚きなのだけど。」

 

「そうだね、聞いた話じゃ深雪姉様は七草の養子と楽しそうに話していたらしいし…ご当主様カンカンだっただろうね…。」

 

「しかし、深雪さんが一緒だと私たちが攻撃したことがバレてしまうから何処かのタイミングで分断させる必要があるわ…って七草の養子大胆だわ…。」

 

「《ヨル》どういう…ってうわわっ!!」

 

視線の先にはターゲットと深雪が抱き合うようになっていた。

 

「きゃっ!?」

 

「あぶねっ!」

 

「ミャ~」

 

深雪が短い悲鳴をあげる。

正確には目の前には突如出てきた子猫に驚き体勢を崩した深雪を支えるために抱き抱える八幡の姿があったからだ。

 

その光景を電柱の影から見ていたヨルとヤミは…というかヤミが顔を赤くしていた。

遠くからターゲットと深雪の会話に聞き耳を立てる。

 

「大丈夫か?」

 

「は、はい…ビックリしましたけど大丈夫です…その…八幡さん…。」

 

「?どうした。」

 

「その…支えてくださったのは大変ありがたいのですが…離していただけますか…?」

 

「?…っ!!ご、ごめん!!」

 

深雪に言われ八幡が気がついた。

とっさに驚いた深雪を怪我をさせないように抱き抱えたのだが体勢が不味かった。

深雪の腰を抱くように腕を回し右手が恋人繋ぎのような格好になっており非常に顔も近い。

この場面を見られたら誤解を受けても仕方がないだろう。

 

急ぎ深雪から離れるが「あっ…」と呟き残念そうな表情を浮かべる深雪に八幡は気がつかなかった。

 

「それにしても…珍しいな。野良か?」

 

「首輪を着けていない様ですが、生まれたばかりなのでしょうか…。ふふっ…くすくったい」

 

「ナァ~」

 

しゃがみこむと深雪と俺の足元にすり寄って擦り付け深雪が差し出した指をペロペロと舐めていた。

子猫と戯れる深雪は非常に絵になっていたが俺は一応《瞳》で猫の状態を確認し病気を持っていないことや弱っていないかを確認し安堵した。

その子猫は白色であった。

嘗てあの家で暮らしていたときに小町に非常になついていた「カマクラ」を思い出した。

…俺には全然なついてなかったがな。

 

俺も何気なしに手を子猫の眼前に差し出すとこちらに気がついたのか深雪から離れ俺の差し出した指をペロペロと舐めていたことに俺は無意識だったのだろう。

その表情に深雪が微笑みを向けていた。

 

「この子猫どうしましょう…そのままにするのは心苦しいのですが…。」

 

「だよなぁ…深雪の家は飼えないのか?」

 

「お母様が猫が苦手なので…。」

 

「深雪自体は大丈夫なのか?」

 

「ええ。猫は小さい頃以降触れたことはなかったですが好きですよ?ですが…生き物を飼う、と言うのは少々覚悟がいりますので…飼われていた経験が?」

 

「まぁな…俺も比企谷の家にいた時に小町が親に頼んで猫飼ってたからな…。」

 

「そうだったんですね。」

 

「それならダメだよなぁ…しょうがない。ちょっと待っててくれ。」

 

そう言って俺は端末を取りだし実家へ連絡する。

 

「…あ、名倉さん。少し頼みたいことが…。」

 

名倉さんに事情を説明すると数分後に実家の車が到着し子猫を保護し回収していった。

その際に深雪が名残惜しそうにしており「八幡さんのご自宅へ遊びにいっても宜しいでしょうか?」と言われたので二つ返事で返答すると嬉しそうにしていた。

まぁ猫と遊びたいのは分かる。

 

しかし、本当の理由は深雪はこれを好機と思い猫をダシに八幡の実家へ訪問すると言う口実を手に入れるという高等テクニックを刹那の瞬間に閃き実行していたのであった。

深雪は末恐ろしい娘であった。

 

猫の件も終わり再び歩きだした二人の姿を電柱の影から追跡している亜夜子と文弥は真夜から渡された任務書を確認するがターゲットの性格が異なっていたことに疑問を覚えていた文弥に亜夜子は呆れていた。

 

「本当に極悪非道の人なのかな…全然そんなの感じないけど。」

 

「バカねヤミ…そんなことは些細なことで例えそれが真実でなくとも私たちは任務を全うする…それが《黒羽》の役目であることを忘れたの?」

 

「でも、深雪姉さんあの人と話してる姿…楽しそうだよ?」

 

「だとしてもよ。これはお仕事なのだから。」

 

「仕方がないか…。そろそろ仕掛けよう姉さん。」

 

「七草の養子の実力がどんなものなのか気になるところだし、楽しみね。」

 

ヤミは口では任務に対して否定的ではあるがそれが与えられた《任務》であるならば実行する程度には自分の役割を理解していたしヨルも親戚である深雪の悲しげな表情を見るのは好ましくはなかったが仕事だった。

それに七草の現当主が直々に養子に迎え入れたと言う話しに対して実力がどのようなものなのか興味を抱いていた。

 

ターゲットの動きを注視しているとついに司波家へ到着してしまう…そんなときに八幡が深雪から離れ「忘れ物を取りに戻る」と言ってその場から離れたのを確認し任務を開始したのだった。

 

「行くわよヤミちゃん?」

 

「ヤミちゃん呼びしないでよヨル…!」

 

 

深雪宅へそろそろか、などと思いながら背後の気配を《瞳》で確認するがまだ着いてきている様子であったので内心ため息をつけながらそろそろ対処をしなくてはと俺は思っていた。

 

「(…そろそろ深雪の家に着いちまう…後ろにいる奴らをどうにかしないとな…巻くか?いやそれだと深雪に余計な分不安を持たせちまう…分かれた後に倒して目的を聞き出すか。)深雪?」

 

俺に呼び掛けられて隣で一緒に歩いていた深雪が俺の方を見る。

 

「はい?どうかしたんですか八幡さん。」

 

「さっきの公園に忘れ物をしちまったみたいでな…取りに戻るわ。」

 

「あ、でしたわたしも…。」

 

「いや、深雪をこんな暑い中また歩かせるわけには行かないからな。距離も近いし深雪は家で休んでいてくれ。」

 

「でも…。」

 

「大丈夫だって、深雪の家ってあそこだろ?すぐ戻るよ。」

 

「分かりました…では冷たい飲み物をご用意してお待ちしておきますので…。お待ちしております。」

 

「ああ。すぐに戻るよ。」

 

そう言って俺は踵を返し先ほどの公園へと足を向ける。

…さてターゲットは一人になったわけだがどう出る?

俺は監視者に自分の考えを知られぬように自然体で公園まで戻った。

 

八幡が後ろからの監視者を撃退するために戻ったことなど当然知るよしも無かった。

一人になった深雪は自宅へ到着し玄関のドアを開けようとすると兄が出迎えた。

 

「ただいま戻りました、お兄様。」

 

「お帰り深雪…おや、八幡は?」

 

「先程までわたしと一緒に向かわれていたのですが公園に忘れ物をした、とのことでお戻りになりましたがすぐにいらっしゃると思いますよ?あちらに…」

 

深雪が手で指し示すと確かに達也の視界に八幡が公園に向かっているのが見えたのだが同時に、そこには居ないはずの達也の知り合いが居たことに疑問を覚えた。

しかしその疑問は直ぐ様、達也の中で危険を知らせていた。

 

「ああ、(どうして亜夜子と文弥が家の近くまできているんだ…?今日は此方に来ることを連絡していなかったはずだが…?どうして亜夜子は《極光拡散》を使っている…。まさか…!叔母上の指示で八幡を…!)見えているよ。…深雪すまないが少し外出してコンビニで八幡の飲み物を買ってくる。」

 

「え?ご用意していますけれど…。」

 

「行ってくる。母様達と一緒に戸締まりを頼む。」

 

「お、お兄様!?」

 

そう言ってコンビニへ向かう振りをして八幡の後を追いかけた。

 

「どうされたのでしょうか…でも、お茶のご準備をしておかないといけないですね…。」

 

達也は八幡を追いかけたのは心配していたからだ。

 

だが、それは『八幡を心配して』ではなく任務にきている『亜夜子と文弥』を心配してだ。

それに彼女達が敗北することになれば必然的に自分達が四葉と繋がっていることが露呈してしまうことだ。

 

知られれば自分はともかく深雪が八幡との関係が悪化すること危惧した達也の行動であった。

…しかし、八幡が達也達、司波兄弟が四葉に本家に連なるものだとしても「だから?」と言うだけなのだがその事についてはまだ達也達は知らない。

 

 

移動をしながら《瞳》の力を発動し現在位置を確認しステータスを判明させた。

 

(女の子と女…?いや違うな、一人は男か…なんで女装してんだ?そう言う趣味かもしれないから触れないでおくか…女の子が事象改変の魔法で男の方が精神干渉魔法か…しかし双子のオーラが達也達と似ている、どう言うことだ?)

 

《賢者の瞳》で明らかにしたが特性的には女が補助で男の方が戦闘…どうやらツーマンセルで俺を仕留めようとしているのは分かったが何故俺が狙われているのかが分からない。

 

公園に到着した俺は直ぐ様振り返り公園の入口に対して《グラビティ・バレット》を叩き込むと双子が何もない所から突如現れた。

 

攻撃を受けたフリフリなゴスロリドレスを着た少女が口を開く。

 

「いつから気がついていたんですの?」

 

「駅前からだが?見事な気配遮断だったがもう少し視線以外の感情を消した方が良いエージェントになれると思うぞ「魔女」さんよ?それに隣にいるやつももう少し感情を抑えた方がいいな、「坊や」?」

 

「!?こいつ…どうしてボク…じゃなかった、どうして私たちの事を!?」

 

「答える義理はないぞ。てか、何者なんだ?まぁ、聞いたところで答えてはくれないんだろうが…。」

 

「申し訳御座いませんが私たちの存在は明かすことが出来ませんが…死んでくださいます?行くわよヤミ?」

 

「もちろんだよヨル!」

 

「…ちっ!やっぱりそうなるよな?」

 

ヨルと呼ばれた少女がヤミと呼ばれた女装少年に告げると戦闘態勢に入り先程まで入口に居た少年が眼前にまで接近していたことに。

 

「…!!」

 

俺はとっさに反応し加重魔法を用いて背後に下がるがその瞬間には俺の背後に回っており少年の魔法式の構築は既に終了していたが、しかし発動までの速度は俺の方が早かった。

 

「(早い…!だが!)」

 

CADを用いず右手をかざして少年の魔法式を吹き飛ばす。

その光景に驚きはしていたが迅速に次の行動に入っていた。

 

「どうやら俺の魔法も織り込み済みって訳か…。」

 

「それは秘密ですわ。…ヤミ!」

 

「ああ!!」

 

攻撃を仕掛けてくる男の方に意識を割けば今度は女からの挟撃を受ける俺はまさに防戦一方のような展開となっており見るものが居れば一方的に俺が押されているような雰囲気であるがそうではない。

『こいつらからどうやって情報を引き出すか?』ということで頭が一杯なだけだ。

 

「厄介だな…!」

 

「ボクたちから逃げきれると思わないことだね?」

 

「おいおい、一人称は「私」じゃなかったか?」

 

「…!!」

 

殺してしまった場合はまさに『死人にくちなし』という風になってしまうし、今はまだ日中で人の目もある住宅地に隣接する公園だ。下手に俺の《虚無》を使うわけにも行かないわけだ。

それに下手な手加減をすることになれば逃げられてしまう恐れがあるので死なない程度に痛め付ける必要がある。

…後処理が面倒だからな。

 

実際に魔法を《術式解体》で無効化しているが、ヨル呼ばれた男の魔法は普通に食らいたくない。

 

《ダイレクト・ペイン》…精神干渉で直接のダメージを受けるのは正直痛そうだ。

 

攻撃を回避しているが気がつけば男がすぐ後ろに回り込んでいるのが厄介だ。

恐らくはヨルと呼ばれる少女が先程《瞳》で確認した魔法《疑似瞬間移動》で男の座標を俺のすぐ近くで発動できるのは強みだな。しかも連続発動出来る、ときている。

それに普通に遠距離からの攻撃を仕掛けてきているのも中々にめんどくさい。対処が。

発動する魔法は全て汎用型のCADをシングルアクションの《術式解体》で無効にしていく。

 

並みのテロリストや普通の魔法師であれば数秒も経たずと敗北するだろうがそれだけでは足りない。

俺を殺すには。

 

数十以上という攻防を繰り広げ俺は涼しい顔をしていたがヨルとヤミは疲弊していた。

 

「あれだけの攻撃を受けてどうしてケロッとしているんです…?」

 

「ボクたちの攻撃が当たらない…!」

 

「なんだ?もうお手上げか?暗殺者にしてはずいぶんなんだな…?じゃあそろそろ終わりにするか…。」

 

そう言ってホルスターから抜刀術よろしく《ガルム》を抜き放ち詠唱破棄して《崩壊》を発動し男の方の四肢へ叩き込み動けなくした。

 

流石に相棒がやられたと言って名前を呼ぶ程度で直ぐ様行動に移すようだが遅かった。

別の者に意識を割くことが戦いでどれだけ危険なことか。

 

「ぐああっっ…!!!」

 

四肢を焼かれる痛みで人体の構造的にヤミは意識を墜とさざるえなかった。

 

「ヤミ!なっ…!?」

 

「お前達には聞きたいことがあるから殺しはしねぇよ。」

 

ヤミがいつのまにか八幡が発動していた魔法にやられていたことに驚愕していたが直ぐ様態勢を整えようと疑似瞬間移動を発動させようとしたが遅かった。

 

何故ならば眼前には右手にCAD、左手は独特な構えをしたターゲットが既に居たのだから。

 

「かはっ…(任務書のターゲットの実力が実際と違う…これじゃまるで達也さんのような…。)」

 

消え行く意識のなかで自分が知る魔法師を思い出していた。

八幡が《次元解放》で空間跳躍と同時に魔法が発動しヨルの四肢は赤い閃光に撃ち抜かれ添えられた左手の白いオーラの爆発によって内臓が破壊されあまりの激痛に意識が墜ちた。

 

地面にドサり、とバウンドし墜落したヨルは口から吐血して四肢から出血、血溜まりを作り黒いゴスロリをどす黒く染めていった。

その光景は美しくもグロテスクな光景だった。

 

戦闘が終了し、公園には夏のセミの声が鳴り響いていた。

 

俺は構えを解除して息を吐く。

 

「流石に《崩壊》と《破戒乃型》はやり過ぎか?まぁ死んではいないしこいつらの正体を知ることは出来るだろ。流石に傷をそのままにしておくのは不味いな…」

 

倒れ意識を失い出血している双子をそのままにしておくのは不味いと思い、念のために元々掛けてあった認識阻害を公園全体に再び認識阻害の魔法をかけてから双子を《物質構成》で傷を癒していく。

 

なんで俺は襲撃してきた奴らに《物質構成》を使ってるんだ?殺されても文句は言えないはずなんだが…。

後始末の事を考えて「面倒くさい」と考える当たりそこも俺の異常性が出ているのかも知れないがまぁそれは置いておくとしよう。

 

一番に負傷度合いが酷かったのはヨルと呼ばれていた少女で内臓が《破戒・白虎乃型》のせいで破裂していたり地面にバウンドしたせいで顔や腕など色々なところに傷がついてしまったを見てしまい何となくだが罪悪感を覚え治療をしておいた…よく見ると人形みたいに綺麗な子だな。

 

どうして俺を襲いかかってきたのかが分からないが…うん、これで大丈夫だな。

 

治療が完了し元通りになった双子の姉弟?を《キャッチリング》で拘束し公園内の日陰に移動させる。

 

「…」

 

「…」

 

「さて、お前達がなんの理由で俺を襲ったのか聞かせて貰おうか…。っ!」

 

俺はヨルに手を翳し《消失》で記憶を探ろうとした瞬間に背後からの魔法が飛んできた為に重力展開を行い攻撃を無効にした。

 

「……!」

 

背後を振り返ると黒服が数人此方に魔法を目掛け攻撃を仕掛けてきた。

恐らくこの双子の協力者だろう。

 

数人が此方に攻撃を仕掛けてくるが俺に決定打を与えられずにいる。

こいつらの目的が俺でないことは解りきっていた。

 

「なっ!」

 

一人の黒服が俺の隙をついて双子に近づくが加重魔法によって弾かれる。

どうやらこの双子を回収したかったのだろうがそうは行かない。

こいつらには聞きたいことがあるからだ。

 

黒服達を無力化するために起動式を展開するがその瞬間、起動式が打ち砕かれ認識阻害の起動式が組み込まれてた煙幕が展開された。

 

「なにっ!?」

 

思わず腕で視界を覆ってしまう。

 

「ちっ…厄介だな…。」

 

腕を下ろし俺は《瞳》の力を作動させ瞳を金色に輝かせる。

どうやら敵の方が上手だったらしく拘束していた双子を連れ去って離脱していたようで煙幕が晴れる頃には黒服も双子も居なくなってしまっていた。

 

その光景に俺は悪態をつく。

 

「ちっ…逃げられたか…。しっかしいったい何者だったんだ?」

 

俺の呟きに答えてくれるものはおらず、ただ透き通る夏の暑い日差しが俺を焼くだけだった。

 

◆ ◆ ◆

 

「まさか…文弥と亜夜子がやられるとは。容赦の無い一撃…あれは一体?」

 

八幡に追い付いた達也がみた光景は驚きのものであった。

《黒羽》の次期当主である文弥と四葉当主候補である亜夜子が八幡になす術もなく地に伏していたことだ。

もちろん親戚である二人の心配をしていたのだがそれよりも八幡が亜夜子達の四肢を撃ち抜いた魔法について興味を覚えていたのは無意識だったのだろう。

 

拘束し恐らく拷問をして情報を抜き出そうとしている。

彼女達の情報が抜き出されることはつまり四葉の情報を聞き出されることになるので必然的に達也達の情報が八幡に知られることになるのは非常に不味かった。

 

それを阻止するために達也は動き出そうとするが別の集団が八幡に襲いかかる。

 

(あれは黒羽のエージェントか?だが彼らでは八幡には勝てない…やはりな。)

 

達也の想像通り多勢に無勢のはずなのだが八幡は涼しい表情もとい興味を無くした顔で黒服達を見ているのは後処理が面倒だと思っているからだろう。

 

黒服が隙をついて亜夜子達に近づくがそれは想定内だったらしく吹き飛ばされる。

黒服達をまとめて吹き飛ばすつもりで起動式を構築しているのをみた達也は「不味い」と思い『術式霧散』で書き消した。

 

術式を消された瞬間に黒服が認識阻害が編まれた煙幕で視界を覆い、その隙に亜夜子達を迅速に回収していったのを達也は確認していた。

 

煙幕が八幡によって掻き消され落胆している様子を確認した達也は無事に逃げきれた亜夜子達に対しホッとしていたが同時に叔母に問いたださなければならないと決意し一足先に自宅へと戻ったのだった。

 

 

「う、ううん…一体私は…」

 

「うう…こ、ここは…。」

 

「お嬢様方!お目覚めになられやしたか!?おい!水を持ってこい!」

 

目が覚めると亜夜子は黒羽家の任務用の自家用車にのせられていることに気がつき、隣には弟の文弥が寝かされていることに気がついた。

 

「お嬢様、ご無事で。」

 

まだ覚醒していない意識が漸く起こされたことで自分の状況を理解した。

 

「ええ。大丈夫よ…私は負けたのね…。」

 

「…」

 

黒服達は何も答えないのが何よりの答えだろう。

亜夜子は俯くが目に入った自分の白い綺麗な腕を見てハッとした。

それと同時に先ほどターゲットから腹部に衝撃を受けたことを思い出し亜夜子は腹部を触るが痛みがない。

 

「お嬢様?」

 

「痛みと傷がない…?一体どういう事なの…まさか精神干渉系の使い手だったというの?」

 

実際には八幡が《物質構成》で全て元通りにしているだけなのだが、あの時の痛みを知っているだけに隣に今も気を失って(寝ているだけだが)いる文弥と同じ精神干渉系の魔法師だと勘違いしていた。

 

「無様を報告するのは気が重いけれどご当主へ報告をしなくては…。」

 

そう言って寝ている文弥を起こし四葉本家と貢へ報告をするため回線を開いた。

久々の敗北に亜夜子は思わず握る拳に力が入った。

 

 

襲撃者から逃げられた俺はやることも無くなってしまったので本来の目的地である司波家への道へ戻ってきていた。

 

(逃げられちまったがまぁ使う魔法で絞りこみはできそうか…。)

 

そんな感想を思いつつ司波家のゲート前へ到着し端末を取りだし深雪のアドレスを呼び出しコールする。

 

呼び出しが二回ほど鳴らして到着したことを伝えるとゲートが開き敷地内へ入り深雪が玄関のドアを開けてくれて出迎えてくれた。

 

が、出てきたのは深雪ではなく次の瞬間俺の視界が真っ黒になった。

衝撃が走るが痛い、ではなく柔らかいモノが当たっていた。

 

「いらっしゃ~い、八幡くん!待ってたわ~。あ、忘れ物は大丈夫?」

 

「ぶぼぼぼっ…!!(ちょっ、離れてもらえますか!!)」

 

「あん♪ごめんなさい。八幡くんに会いたくてつい。」

 

「ぶはっ…ん?」

 

俺の眼前に現れたのは恐らく深雪の姉だろう

だが姉というにはその妖艶さと色気がありすぎでそれに深雪と比べると先ほど当てられた柔らかいものが服越しではっきりと分かるほど立派なモノがそこにはあった。

 

だが達也と深雪の上に姉は居ただろうか…?

 

女性の顔をジロジロと見るのは失礼と思った俺は今回招かれた件について挨拶をした。

 

「初めまして、司波さんからお話はお聞きしてると思いますが同級生の七草八幡です。本日はご招待いただきありがとうござ…?」

 

俺が挨拶をして頭をあげると姉?の背後からバタバタと深雪が珍しく慌てた形相で駆け寄ってきているのが見えてこちらに近づいているときに衝撃な一言を言い放った。

 

「お母様!私より先に八幡さんに会いに行かないで下さい!わたしがお迎えしようと思いましたのに!」

 

お母さん?MOTHER?ホワイ?この目の前にいる深雪より大人びた少女のような女性が?

 

今一度その「お母さん」と呼ばれた人物を見るとお淑やかな笑みを浮かべ「イタズラ成功!」と言わんばかりで俺を見ていた。

 

は?マジかよ。若いってレベルじゃねぇぞ。

 

深雪の怒りなど何のその、あくまで自分のペースであしらっていた。

 

「深雪はさっきまで八幡さんのお電話を戴いた後に鏡に向かって髪型を直していらっしゃったからお待ちになっている八幡さんに失礼じゃない。」

 

「お、お母様!」

 

深雪のそれを指摘するとそれが恥ずかしいのか顔を紅くして狼狽えていた。

こんな深雪の姿を見るのは初めてなので新鮮に思えた。

 

「ふふふ…。あらごめんなさいね、八幡さん。さぁどうぞお入りになって?」

 

「八幡さん、どうぞ此方へ…。」

 

「お、おう…。」

 

言われるがままに妖艶な美女と美少女に手を引かれ司波家へと案内されたのだった。

 

 

司波家のリビングに案内されてソファーに座らせられる前に持ってきていたお土産を深雪へと手渡す。

 

「あ、深雪これみんなで食べてくれ。」

 

「ありがとうございます八幡さん。お兄様!」

 

深雪が「お兄様」と呼ぶと自室から出てきたであろう達也が目に入った。

深雪に手渡したお土産を受けとり俺へ「わざわざすまないな」と言って奥の部屋へ恐らく仏間へとお供えをするのだろう。

…てか仏間なんてあったのか。

 

と、まぁ渡すものを渡したので深雪と深雪のお母さんに促されて柔らかそうなソファーへ腰を掛けると深雪が俺のとなりへと腰を下ろす。

やけに近いのは何故なのだろうか…?

 

席に着いた所でテーブルによく冷えたマッ缶が置かれた。

おいおい、よく分かってるじゃないか!!

 

だが手をつける前にやることがあったので姿勢を正し対面に座るお二方を見ると深雪のお母さんとお付きの人なのだろうか優しそうな女性が微笑んだ。

 

「改めまして、私は達也と深雪の母親の司波深夜よ。よろしくね八幡くん。」

 

「私は司波家の家政婦、桜井穂波よ。宜しくね、八幡さん。」

 

「七草八幡です。本日はお招きいただきありがとうございます。深雪のお母さん、穂波さん。」

 

丁寧な挨拶をして顔をあげると深雪のお母さんが不満げな表情を浮かべており隣の穂波さんは「あはは…」と苦笑いをしている。

 

次の深雪のお母さんの発言に俺以外の全員が驚愕していた。

 

「そんな八幡くん、お母さんだなんて他人行儀な…『深夜』って呼んで♪」

 

それはもうまるで少女のような愛らしい…というか本当に深雪の一校の制服を着てても違和感がないんじゃ?的で隣にいる桜井さんと比較するとそれよりも年下に見えるのは何故なのだろうか…あれか?アンチエイジング的な奴か。

深雪が15歳位だとすると最低でも30後半の年齢じゃないとおかしいよな?

俺はこの世の不思議を味わったがかわいい人だなという印象を受けた。

 

だが、それとして他人の親御さんを名前で呼ぶのはハードルが高い。

俺も同じく達也と桜井さんは苦笑いをして深雪は同級生の前でキャピキャピしている母親に対して恥ずかしいのだろう、赤面していた。

 

「お母様!何を言ってるんですか!」

 

「母様…。」

 

「深夜様…。」

 

「いや、流石に深雪のお母さんを名前で呼ぶのはちょっと…」

 

「え~?ダメ?」

 

いやそんな首を傾げて可愛らしい表情で言われても…てか何故俺の手を握ってるんですかね…。

 

「いや、深雪のお母さんでいいような…。」

 

「え、『お義母さん』でいいってこと?」

 

「字が違うんだよなぁ…。」

 

おい、変換バグってんぞ深雪のお義母さん。

あと流石に距離感おかしい、娘の同級生の両手優しく握って自分の下の名前呼ばせるとかどうなってんだよ…。

同級生でしたっけ?フィジカルの高さは本当に学生と言っても差し支えがなかった。

 

司波深夜十七歳です!おいおい。

 

そんなアホなことを考えているが、未だに攻防が続いており深雪が俺とお母さんを引き剥がそうとするが有無を言わさないプレッシャーに深雪は頬を膨らませている。

 

いや、達也助けてや…。

 

「深夜って呼んで♪」

 

「深雪のお義母さん…」

 

「深夜。」

 

「お義母さん…」

 

「深夜。」

 

「お、」

 

「深夜。」

 

ずっとリピートしてくるんですけどお前のとこのお母さん…しかもすっげぇ圧…。

これ以降はマジで蒟蒻問答だと思った俺は諦めて深雪のお母さんの名前を呼ぶことにした。

…俺ってこういう押しに弱い気がする。特に美人の押しには。

しかし、こういうのに限って特に害がないというのが奇跡だろう。

 

「深夜さん…。」

 

俺は渋々…というわけではないが微妙な表情を浮かべて名前を呼ぶと深夜さんは声色を明るくし笑みを浮かべ俺の手を再び握ってきた。

 

「は~い!宜しくね八幡くん!」

 

少女のような笑顔に俺は苦笑するしかなかった。

 

その後、保護者二名からの質問攻めにあい所々に深雪の話題が出てくるのでそれとなく答えていると隣にいる深雪が赤面し達也は微妙な表情を浮かべているのは謎だった。

 

深雪のお母さんが火種を投下する。

 

「八幡くん、深雪ったら家ではあなたの事ばかり話すのよ?」

 

「お、お母様!」

 

「ははは…」

 

俺はただ苦笑いするしかなかった。

てか深雪が俺の事話してるのって何よ?悪口言われてます?

 

程なくして会話が一段落着いたのかお二人は真面目な表情になり俺が呼ばれた本当の理由が告げられた。

 

「今日八幡くんを家にお呼びしたのは数年前の『沖縄侵攻』の折に私と穂波、深雪の命を救ってくださったお礼を伝えたかったの…ありがとう七草八幡くん。この恩は決して忘れないわ。」

 

「お嬢様と深夜様を守る立場にあった私も、救っていただきありがとうございます。七草八幡様。」

 

深夜と穂波が頭を下げようとしてくるので俺は慌てて阻止する。

 

「ちょ、ちょっと待ってください!…俺は偶々その場面に遭遇しただけなんでそんな、俺はそのお礼を受け取れないです。」

 

「それであったとしても貴方は私たち司波家の恩人なの。受け取ってもらえないかしら?」

 

「それでも俺はその場に居合わせただけなんで…。」

 

俺は深夜さんからの感謝を受け取ることは出来なかった。

あの時期の俺はめちゃくちゃに感情が振れてたのでとりあえずソコにいた銃を向けていた連中に怒りの矛先をぶつけていただけで感謝される謂れはないのだ。

つまりは八つ当たりなのだ。

 

なかなか感謝を受け取らない俺に対して困ったような笑みを浮かべる深夜さんに対して罪悪感が生まれはしたが気のせいだろうと思いたい。

 

深夜さんが口を開く。

 

「娘からは聞いていたけど…うーん困ったわね…それならこの感謝は報酬ということにしてくれないかしら?」

 

「『報酬』ですか?」

 

「ボランティアでは対価を貰うために行っているんじゃないでしょ?他者から『感謝』という報酬は貰うでしょ?それと同じで貴方は私達を『窮地から救った』というボランティアをしてくれたことに対して感謝という『報酬』を払っているだけなのよ。どう?受け取ってくれるかしら?」

 

なるほどそうきたのかと思ってしまった。

ものは考えようだと思ってしまったが俺もその考えが心にストンと落ちてきて納得した。

俺は観念して深夜さんの感謝…もとい『報酬』を握ることにした。

 

「分かりました、その『報酬』」をお受け取りします。ですけどあれは本当に偶然だったので気にしないで下さい。」

 

「ふふっ、それでいいわ。」

 

敵わねぇな、と思いつつ目の前にあるマッ缶を煽った。

 

「あら、もうこんな時間なのね…穂波、食事の用意をお願いできる?」

 

「はい、かしこまりました。深雪さんも手伝ってくれる?あ、八幡くんも食べていくよね?というか泊まっていきなさい。」

 

「え、もうそんな時間ですか?ってちょっと待ってください泊まるのは…。」

 

時計を確認すると外の景色は茜色に染まっていた。

流石にご馳走になるわけにもいかないし、妹達も家で待っているので断ることにした…てか待て、泊まって行けって。

 

「いや、流石にそこまでは…(ガシッ)ん?」

 

断ろうと立ち上がると腕を掴まれそちらの方に視線を向けるとそちらには悲しげな表情を浮かべ俺を上目使いで見ていた。

 

「八幡さん…(ウルウル…)」

 

「うっ…(マジでその表情ズルすぎるんですけど…?)」

 

深雪の整いすぎた表情から放たれる必殺上目使い半泣きはこれを受けて堕ちない男はいないであろうというほどの破壊力を秘めていた。

 

それ禁止カードだっていったでしょうが…!

ふと、視線を感じそちらの方向に視線を向けると深夜さんがニコニコと此方を見ていた。

めっちゃいい表情してますねぇ!!

 

「分かった…せめて実家に連絡させてくれ…。泊まるのは無理だとは思うけど。」

 

夕食だけは戴いていくが泊まるのは流石にヤバイと思い抵抗を見せるがその決死の反抗作戦は達也によって打ち砕かれた。

 

「その件だが八幡、小町さんに連絡をしたら『泊まってきていいよ~』と言っていたぞ。」

 

小町ちゃん?いつから君は俺の母さんになったの?てか、達也お前いつの間に連絡先交換してやがった。その件について詳しく聞く必要があるので俺はそれが解決するまで帰りません。

 

泊まることが確定した事を聞いた深雪は何故か笑みを浮かべていた。

 

「はい!腕によりを掛けてご準備致しますね!!」

 

「わーったよ…。」

 

こうして俺は司波家にお泊まりすることになった。

 

◆ ◆ ◆

 

「どうしました?亜夜子さん、文弥さん。あら…顔色が優れないわね?どうしたのかしら。」

 

時間は少し遡り任務の失敗を先に父の貢へ報告すると「信じられん…」と呟き直ぐ様に真夜へ回線を繋いだ。

その口調は普段通りの淑女然とした態度だった。

 

「真夜様、申し訳ございません。七草八幡の抹殺に失敗致しました。」

 

「…申し訳ございません。」

 

「…。」

 

モニターの前で頭を深々と下げる亜夜子と文弥だったがその心は悔しさと恐怖心で支配されていた。

真夜が言葉を発するまでの時間が数秒が数時間に感じられた。

 

「そう…お二人が失敗するとは想定外でしたわ。お二人とも怪我は無いですか?」

 

身を案じる言葉は取り繕った言葉ではなく本当に案じているからこその言葉であった。

その言葉を皮切りに亜夜子は結果を報告する。

 

「はい。私と弟に怪我はありません。接敵した際に私と弟がターゲットより重症を負わされたのですが…」

 

「ですが?というと。」

 

「部下から回収されて気がついた時に、攻撃を受けた場所が綺麗に修復されていたのです。弟は四肢を撃ち抜かれ、私は四肢と腹部へダメージを受けたのですがそれが綺麗に無くなっていたのです。元から攻撃など受けていなかったかのように。まさかターゲットは精神干渉系統の使い手だったのでしょうか…?」

 

亜夜子が疑問を口にするとモニターの前の真夜が考える素振りを見せていた。

 

「(敵に幻を見せる魔法…?しかも実際に痛みを与える…文弥さんのような『ダイレクトペイン』のような魔法よりも強力なモノね…。七草八幡、想像よりも厄介な相手になりそうね。分家のなかでも屈指の実力者である黒羽姉弟を退けるとは…)そう、分かったわ。お二人には「七草八幡の殺害」に関しては一旦保留とします。いいですね?」

 

「はい真夜様。申し訳御座いません。」

 

「ご当主様、申し訳御座いませんでした…!」

 

亜夜子と文弥はモニター前の真夜に深々と頭を下げるとその光景にクスり、と微笑みを浮かべているのは二人には見えなかった。

 

「いいのよ亜夜子さん、文弥さん。これは私の落ち度ですから気にしないで頂戴。」

 

「はい、失礼します。」

 

そう言って親戚の伯母と子供が気安い会話をするかの如く通信は終了した。

 

「…。」

 

通信が切られ黒く染まった液晶に亜夜子の俯いた姿が映り込んだ。

 

「姉さん…。」

 

下ろした拳に力が入り震えている。

その姿を確認した文弥は亜夜子に声を掛ける。

 

「次こそは七草八幡に勝利して見せるわ…!見ていなさい…!」

 

黒羽の長女は七草の長男に対して決意を抱き、泥をつけてくれた八幡に自分より強い同年代の魔法師がいることに歓喜を覚え自らを高めるために鍛練を決意するのであった。

それに巻き込まれることを弟の文弥は未だ知らない。

 

◆ ◆ ◆

 

一方でライバル視されているとも知らず押しの強い同級生の母親と同級生に懇願されて夕食を取っていたときに深夜さんが深雪になにか耳打ちし顔が真っ赤になっていたのはなんだったのだろうか?夏風邪なら早めに寝た方がいいぞ深雪、長引くと辛いからな。

それと、ご馳走になった後に達也と深雪と一緒にCADや魔法の事について話していると桜井さんから「お風呂沸いたからどうぞ」といわれ客なのに家主よりも先に入っているんだろう…。

 

「どうして俺は司波家の風呂に入っているんだ…」

 

一般的な住宅のよりも広い…さすがに実家よりもでかいと言うわけではないが肩まで浸かって足を伸ばせる位に浴槽がでかかったです(小並)

 

「…そろそろ上がるか。後が閊えているだろうし…あ、俺が入った後の湯船深雪嫌がりそうだな…浄水魔法で綺麗にしておくか。…後に入ったら入ったで変態扱いされねぇかこれ?」

 

湯船に浸かりボーッとしていたら数十分経過していたのでそろそろ上がりもう一度シャワーで身体を洗い流そうとした瞬間に浴室の扉が開いたのだった。

 

「お、お邪魔します…」

 

「は…?」

 

浴室の扉の前には競泳水着の上にバスタオルを巻き付け後ろ髪をまとめて所謂ポニーテールにした深雪がいたのだから。

 

「どっかの店みたいだな…。」

 

俺は思わず深雪に声を掛けてしまう。

 

「え?は、はい!」

 

「なんで深雪がここにいるんだ…?」

 

「お、お背中をお流ししましょうかと思いまして…」

 

そう言って身体を洗うタオルを持った深雪が近づいてくるが顔を紅くしてどう見ても羞恥に染まっているようにか見えないのだが。

 

「背中流すって…風呂に入ってから既に数十分経ってるんだけど…ってそう言う問題じゃないんだよ。深雪、そもそも年頃の女の子が男子の前でそんな格好をするのはどうかと思うぞ?好きでもない男の前でそんな格好をするなんて尚更だが…痴女かよ。」

 

何時ものように無意識に、目の前にいる深雪に対して攻撃的な口調で突き放す。

八幡は内心「しまった…!」と言う心情になり顔を背ける。目の前にいる深雪は少し困ったように微笑み、悲しそうな表情を浮かべ入り口に立った深雪は近づいて八幡に対しての想いをこの場で告げてきた。

 

「そんなこと…そんなこと有りません。わたしは八幡さんの事をお慕いしています。」

 

「…」

 

「八幡さんが今までされてきたことを全部小町ちゃんから聞きました…けれどもわたしは八幡さんの事が好きです。数年前、命を救ってくださったときからずっと。」

 

その想いに面食らったが八幡は答えられない、答えるわけにはいかない。

結果として彼女を傷つけることになるのだから。

それに反して拒絶するような言葉を放つ。

 

「…きっとそれは勘違いだ。そもそも深雪達を助けたのは俺の気まぐれで気分がむしゃくしゃしてなきゃきっと見捨てていたし、深雪が俺に抱く感情は恋慕じゃない。危機的状況で救われたことによる吊り橋効果。きっとそれは一時的な気の迷いでしかない。そうに決まっている。その場のノリで告白すると後で後悔するぞ?」

 

嘲笑うかのように深雪に言い放った後で罪悪感を覚えて背を向けた。その行動にまるで小さな子供を慈しむような優しい表情を浮かべて近づいてきた。

その様子に八幡は怪訝な表情を浮かべるがその答えは意外な行動で知ることになった。

 

「なに…してるんだよ…。」

 

「大丈夫ですよ…八幡さんを責める人はいないです。慕う人の方が多いですから…だから大丈夫です。」

 

浴室の鏡に映る姿は腰にタオルを巻いた八幡に背後から背中に抱き着いた深雪の姿が映っておりその光景に八幡は驚くしかなかったが深雪は冷静であった。

 

「おい、離れろって…!」

 

「離れません。」

 

「なっ!?」

 

まさかの否定に八幡は驚くがそんなこと知らぬと言わんばかりに八幡に話しかける。

 

「わたしもその一人ですから…それに本当に八幡さんに嫌悪感を抱いているならこんな格好や抱き着いたりしてませんよ?」

 

「…っ」

 

考えれば考えるだけドツボに嵌まっていく。あぁ、なんて面倒くさい性分なのだと。

八幡はなにも答えられなくなってしまい黙り込むしかなかった。

 

「今はわたしや皆からの好意を信じられないかもしれませんけど、きっと大丈夫です。私たちで八幡さんが信じてくれるように頑張れば良いだけの事ですからね?」

 

「わかったよ、俺の敗けだ…でも、そんな日は訪れないと思うけどな?」

 

「いいえ、必ず八幡さんのその捻くれ体質を何とかしてみせますから。」

 

それはもう素敵な笑顔で全否定されてしまい八幡はもう諦めるしかなかった。

 

「くっ…もう、好きにしてくれ…」

 

「はい!それでは…八幡さん座ってくださいますか?お背中流します。」

 

「なぁ、深雪さん?今思ったんだけど恥ずかしくないかその格好…と言うか離れてくれないか…その当たってるんだけど…。」

 

そう八幡が言うと深雪は顔を茹で蛸のように紅く染めて呟いた。

 

「それは言わないでください…///」

 

「恥ずかしがるぐらいならしなきゃいいのに…。」

 

「な に か 言 い ま し た ?」

 

「なんでもないです…。」

 

素敵な笑顔で俺を脅す…もとい聞き返してきた深雪に対して俺は命じられるがままに浴室の椅子に座り深雪に背中を洗われる事になりなんだか恥ずかしくなったのは八幡だけでなくそれは深雪も同じであった。

 

(わ、わたし…八幡さんに大胆なことをしているのでは…?いいえ八幡さんの捻くれを治すにはこのくらいの荒治療でないと完治しないですから!)

 

(いや、めっちゃ恥ずかしいんだけど…?冷静に考えたらスクール水着にバスタオルって…!!?)

 

鏡に映る背後にいる深雪の姿を再確認するとバスタオルが外れ紺色のスクール水着だけになり(ご丁寧に名前が『みゆき』と書いてあり文字が崩れていた。深雪の『アレ』のお陰で。)バスタオルがなくなっていた。

恐らく巻いていた未使用のバスタオルを洗体のために使用しているのだろう。

 

(マジでそっち系の店じゃん…深雪さん?!)

 

無言のまま浴室内には八幡の背中を深雪がタオルでゴシゴシと擦る音だけが響いていた。

 

「…///」

 

「…///」

 

二人と恥ずかしい想いを抱えながら八幡は洗体を受けて、深雪は背中を流していた。

しかし、次の行動が問題であった。

 

「で、では前をお流ししますね…?」

 

その発言に八幡は全力で拒否した。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ深雪!それは不味いから!」

 

「大丈夫ですから!」

 

何が大丈夫だと言うのか。小一時間ほど話し合いたかったがそんな議論はしている暇などないと八幡貞操の危機であった。

 

「大丈夫じゃねーよ!男子高校生の性欲甘く見んなよ!…ちょ、ほんとに勘弁して!!」

 

無論抵抗されたら負けず嫌いの深雪も抵抗するわけで。

 

「お流ししますので抵抗しないでください八幡さん!」

 

「そういう問題じゃねーんだよ!っうわっ!!」

 

「きゃっ!」

 

「あぶねっ!…ぐえっ!」

 

背中を洗体している時に飛び散った泡に足を取られてガッシャーン、と浴室内で二人は倒れ込んでしまった。

不幸中の幸いだったのが八幡が床に倒れその上に深雪が倒れ込む形になったがまさかの形で八幡はあの魔法を使わざる得なかった。

 

《瞳》が金色に輝く。

 

《物質構成》が発動した。

 

(ログイン開始…物質記憶表(マテリアル・タイムレコード)起動…平行同位体検索…検索完了…名称検索確定、『七草八幡』現在頭部に重大なダメージ…出血を確認…健常な平行同位体と同期開始…完了までコンマ0,1…修復開始…修復完了、物質記憶表(マテリアル・タイムレコード)からのログアウトを確認。)…だいじょ…ぶ…か!?」

 

思わず《物質構成》を使用する羽目になってしまった八幡の意識が覚醒した。

深雪が怪我をしていないか確認すると衝撃の光景が広がっていた。

 

「…………////」

 

八幡が仰向けに倒れ、眼前に深雪の紅くした整った顔があった。

 

「……!」

 

もにゅん。

 

「ひゃん///!?」

 

指先が柔らかいものを握り込んで深雪の甘い声が脳内に響いた。

顔が近いだけなら何度かあったがそれよりも不味いことがあった。

転倒を支えるために深雪の身体に触れていたのだが触れていた場所が不味かった。

八幡の右手、つまり支えている右手で深雪の胸を揉みしだいていたことだった。

 

「す、すまん!」

 

「は、ちまんさん…!あん////」

 

支えている手を放すことが出来ず揉んでしまったことで深雪が倒れ込み非常に不味い体勢になってしまった。

 

「み、深雪!離れてくれ!」

 

「ち、力が抜けてしまって…んっ///!」

 

倒れ込みお互いに動けず泡で滑ってしまい深雪の下腹部に八幡の膝が入ってしまっていて非常に危険な状況だった(絵面的に)動けばドツボに嵌まると言う状態だった。

 

(ヤバイほんとにヤバイ…このままだと俺の《ペイルライダー》がヤバイ!)

 

「は、八幡さん…///」

 

(耐えろ俺…!ここで耐えないとなにかが壊れる気がする…!!)

 

「み、深雪…///」

 

八幡と深雪の視線がぶつかりお互いの心音が聞こえそうになる程だった。

八幡が鋼の意思で抵抗しこの場所から抜け出そうとするとそこに天からの助けが差し伸べられた。

 

浴室の扉が開かれるとそこには達也の姿が。

 

「八幡、随分と入浴時間が長…い、が…。」

 

広い浴室内にピチョーン、と水滴が木霊する。

 

「た、達也…ちがっ、これは!」

 

「お、お兄様!これは!」

 

「…すまん、邪魔したな。」

 

「って勘違いだっつーの!おーい達也さん!?」

 

「お兄様!?」

 

司波家の浴室から悲鳴に近い絶叫が聞こえ達也は今日の事を何も見なかったことにして自室に戻っていった。

 

「未来の婿君は随分と意思が固いのねぇ…。まぁ深雪があんなに積極的だったとは思わなかったわ…」

 

「嗾けたのは深夜様では?」

 

「あら~?そうだったかしら?」

 

「うわー、白々しいですね~。」

 

脱衣所の扉の前に深夜と穂波が聞き耳を立てていた。

 

「これは脈ありかしらね?」

 

「どうでしょうか…?」

 

会話をしていると脱衣所で交互に着替え恥ずかしそうに気まずそうにしておりその光景を扉の隙間から楽しそうに深夜は楽しそうにみていた。

 

浴槽から出た二人は数度言葉を交わして深雪は自室に入り、八幡は達也の部屋で寝床にすることになったのだが誤解を解くのが大変だった。

 

時刻は深夜に鳴りそろそろ眠る時間になった。

 

 

達也の自室にて。

 

「八幡。」

 

明かりの落ちた部屋でベットに寝る達也が敷布団に転がる八幡に声を掛ける。

 

「…なんだよ。」

 

浴室での出来事を弁明し今日一の疲労を感じた俺は眠りにつきたかったが深雪の兄である達也から質問を受けていた。それもガチトーンで。

 

「深雪を泣かせる真似だけはしないでくれよ?そうなった場合は…」

 

「え、ちょ怖いんだけど…。」

 

「…冗談だ」

 

「そのトーンは冗談じゃねーだろ…。」

 

「お前は深雪の事をどう思っているんだ?」

 

「どう…って。」

 

達也から真面目な…と言うかこいつは何時も真面目な表情か。

深雪についての心象?について聞かれた。

 

「いい子だとは…思ってる。俺みたいなやつに積極的に関わろうとしてるのが可笑しなぐらいには。」

 

「…。」

 

達也は黙って聞いている。

 

「…だけど深雪が俺の事を『好き』って言ったのが理解できない。」

 

「それは…」

 

「わーってるよ…その感情は俺の心の、精神の問題なんだよ。だが…そう簡単に変えられるもんじゃない。」

 

「八幡…。」

 

辛気くさくなってきたは俺らしいとは思うが唯一の親友のそんな表情はみたくないのでらしくもない冗談を言ってみた。

 

「深雪やほのかみたいな美少女に「好き」って言われるのなんて人生やり直しても起こり得ない役満だな。いやぁ遂にモテ期が到来しちまったか…怖いな。」

 

「ふっ…似合わない台詞だな。」

 

「…うるせぇよ。はぁ…疲れたな。んじゃおやすみ達也。」

 

「ああ、おやすみ。」

 

就寝の言葉を交わして俺は直ぐ様眠りへの旅へ誘われたのだった。

 

(お前が他人を信じられるように俺も最善を尽くすさ。…それが深雪の幸せに繋がるのなら尚更な。それに四葉が八幡を狙っているのは真夜叔母様だろうが…今はまだ八幡に知られるには早すぎるんだ。)

 

隣で眠る親友に対してまた親愛なる妹に対して達也は決意した。

 

一方でベットに横たわり先程の浴室の事を思いだし悶絶している深雪の姿があった。

 

(わ、わたしは何て大胆なことをしてしまったの?!お母様の提案があったとは言えあ、あんな大胆なことを実行してしまうなんて…は、恥ずかしい///)

 

ゴロゴロ、と転がるのをやめて隣にある大きめのクッションを抱き締めて想いを馳せる。

 

(八幡さん…貴方は幸せにならないといけません。わたしが幸せにしてみせます!…今日のお風呂での出来事で八幡さんのお顔が紅くなっていらっしゃったから意識はしてくださっているのよね…?)

 

深雪は浴室での八幡が触れていた部分を思いだし身体が火照ってきてしまいその部分に触れそうになるが再び冷静さを取り戻り悶絶してしまった。

 

「わ、わたしは淑女あるまじき事を…恥ずかしい…。はぁ…もう、今日は寝ましょう…。」

 

端末を開き、その液晶には九校戦前に八幡とツーショットで撮った画像データが表示されていた。

愛おしそうに、その画像をなぞり呟いた。

 

「お休みなさい、八幡さん…。」

 

こうして八幡の司波家でお泊まりは様々なハプニングがあったが無事に終了したのだった。

 




亜夜子と文弥のキャラこれでよかったのか微妙です。(お嬢様口調で話してたし衣装もそんな感じだったので間違ってたら御免なさい。)

深夜さんのテンションは完璧に中の人の雰囲気に引っ張られお茶目なお姉さんと言う風な感じになってしまいましたがこれはこれでよかったと思いました。
感想などあれば是非。

深雪の好意は伝えましたが八幡にはやはり…と言った感じですが彼も全部が全部否定的と言うわけではなく感じられる部分はあります。
結果として自分で「自意識過剰だろ」と言う結果になってしまうだけで…。

八幡自体も彼女達の事は嫌いではないです。
なぜ好かれているのかが理解できていない状態ですが。

ご視聴いただき有り難うございます。


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想い人、想われる者

ヒロインもうちょっと増やしたいけど俺の文章力では…文章力が欲しい…。

感想&評価ありがとうございます。最高順位だったかもしれません日間ランキング10位…
これも皆様のこの作者の妄想駄文にお付き合わせてしまっている読者様達のお陰にございます。
本当にありがとうございます。

前回は深雪の告白だったので今回は…?

誤字脱字のご報告本当にありがとうございます。

今回のお話は多少センシティブな場面が多々ございますご注意ください、


それでは最新話どうぞ



夏休みが中頃と言うところで俺は雫に連行され…もといショッピングモールに来ていた。

 

ショッピングモールに併設された良い雰囲気のカフェへと来たのだが…。

なぜか、目の前に座る雫が無表情ではあるが明らかな不機嫌な表情になっていた。

膨れた頬を突っつきたい衝動に駆られたがそれをやったら《フォノンメーザー》が飛んできそう立ったので自重した。

 

事の発端は何気無しに誕生日の話題になり雫から「八幡は誕生日いつなの?」と聞かれた時に「確か…8月8日だったかな…」と告げると現在に至るわけだ。

 

「八幡どうして誕生日教えてくれなかったの?」

 

声に若干の怒りと困惑を含み俺に言ってきた。今日は既に誕生日から二週間以上が経過していた。

いや、そんなことを突然言われても困るんだが…

 

「いや、聞かれなかったし…。」

 

「聞かれなかったら答えなくてもいいの?」

 

いや、めっちゃ理不尽だろそれ…てかお母さんなの?

 

「いや必要無いだろう…そもそも聞いてどうするんだ?『誕生日』なんか別に特別じゃないだろ。」

 

俺が雫にそういうと聞き返す。

 

「どう言うこと?」

 

「あ?」

 

「『特別じゃない』って…。」

 

「言葉の通りのまんまだけど?俺はガキの頃から両親に誕生日を祝って貰ったことなんて無いんだよな。そもそも俺は家にいても小町以外から居ない扱いで長期休暇だと家族は旅行に行って置いてきぼりなんてザラにあったな…流石に生活費一週間程度あったから二桁に満たないときから自炊もしてたから不憫でもなかった…っておい!なんで泣いているんだ雫?」

 

「…ぐすっ、えっぐ…。」

 

俺が誕生日についての持論を雫に伝えると何故か号泣してハンカチを濡らしていた。

 

「あのさ…泣き止んでくれないか…何で泣いているのか理解できないんだけど…。」

 

「八幡が泣かないから…ぐすっ…私が代わりに泣いてるの…えっぐ…」

 

雫が泣くもんだからカフェに居る店員やらお客やらからの視線が集中していた。

 

「なんだなんだ?」

 

「隣に居る男が泣かしたのか?」

 

「告白振られたんじゃ…」

 

(好き勝手言ってくれやがって…。)

 

好き勝手言ってくれてる店員や客に対して威圧感をぶつけるとサッと視線を素早く逸らしてくれた。

 

泣いている雫の隣に座り背中を擦ると落ち着いて嗚咽は聞こえなくなった。

 

「落ち着いたか?」

 

声を掛けると雫は無言で頷いた後に俺に向き直った。

何時ものような無表情ではなく若干の憂いをみせて目が赤く腫れぼってしまっていた。

 

「うん…ぐすっ…決めた…。」

 

決めた…と呟いて雫は端末を取りだし何処かへと連絡を始めていた。

嫌な予感がしたがとりあえず待つこと数分。

衝撃な一言が雫から告げられた。

 

「明後日に私のウチお父さんの主催のホームパーティやるから来て?」

 

「はい?」

 

「あ、八幡欲しいものある?」

 

「欲しいもの?そうだな…休み?」

 

「なにそのOLの願い事みたいなの…じゃなくて物にして?」

 

ふと、俺の脳内に思い付いたものを呟いていた。

 

「そうだな…「刀」が欲しいかな…」

 

「刀…?」

 

「スマン、冗談だ。そうだな…」

 

「…?」

 

「強いて言うなら…「信頼」かな。」

 

重ねて冗談を言ったらさらに雫は真面目な表情になって頷いた。

 

「!…わかった。八幡、明後日のお昼過ぎに迎えに行くから。」

 

「拒否権は…。」

 

「来て。」

 

その二文字の重さよ…俺はここで「行かない」を選択しないを選ばないと言うことは少なからず何かをきたいしているのだろう。

全くもってアホらしいとは思うが。

 

「無いよな…わーったよ…。」

 

俺は降参のポーズを取って参加の意思表示を示した。

その姿をみて雫が微笑んでいたのが何故だったのかわからないがタダ飯を食うことが出きるのならご相伴に預かろうではないか。

 

(これで八幡をウチに呼ぶことが出来る口実が出来た…これは私とほのかにとってチャンス)

 

八幡が「やれやれ」と言った感じに店内の窓から外をみている横顔をみて雫は少し切ない気持ちになった。

 

 

 

数日過ぎて…約束の日。

俺は北山家へと招待を受けていたのだが前日に「ドレスコードで来て」と言われ俺は九校戦の時に使用したスーツ一式を着用して家の前で待っていると北山家の使用人が運転する高級車に乗せられた。

 

車に乗り込むとそこにはドレスアップした雫が座席に座っていた。

乗り込んできた俺に微笑みを向けてきており、思わず俺も格好を確認してつい呟いてしまった。

 

「これまた随分と…」

 

「似合う?」

 

「そうだな…。」

 

正直、滅茶苦茶可愛いと思う。

雫に至っては見た目は幼いのだが表情から来る大人しさと服装の見た目も合間って中々に脳が誤作動を起こしてしまいそうな大人の雰囲気を感じた。

 

「似合ってるよ。それと滅茶苦茶可愛い。」

 

「…ありがとう///」

 

「お、おう…。」

 

赤くなって車内で黙ってしまった。

なにか不味いことを言ってしまったか?こんなとき小町ならなんと言うだろうか…?

助けてコマえも~ん!、何てアホなこと言ってないで今日のことについて質問した。

 

「ところで今日って俺なんで呼ばれたんだ?」

 

「お父さんのホームパーティーに招待してそこで八幡のお誕生日をほのかと一緒に祝おうって。」

 

「はぁ?」

 

「祝うのは私とほのかだけだけど許して。」

 

 

 

雫が微笑みを浮かべ俺に向けていた。

北山家に向かう車の中で俺は何かを期待しているようで自分が嫌になった。

 

 

北山家へ到着し車から降りてその眺望を確認するとかなりの豪邸であった。

…しかし、流石にウチよりは小さいなと感じてしまい、感覚が可笑しくなっていることに気がつき「変わったな俺…」と思ってしまった。

 

「こっちだよ八幡。」

 

「っておい…!」

 

そう雫に手を引かれ会場へと足を運び入れたのだった。

 

何でも今日は達也達を本当は誘うつもりだったらしいのだが実家の都合があり断られ、エリカと美月に関しては「ドレスを着るのがイヤ、」「恥ずかしい」と言う理由で辞退。レオと幹比古に関しては連絡が取れなかったという理由らしい。

 

で、ほのかはと言うと…。

 

「し、雫!?どうして八幡さんがここに居るの?」

 

会場へ到着すると着飾った何時もの雰囲気とは違うドレスを纏ったほのかがいた。

どうやら俺がここに居るのに驚いている。

そんな驚くほのかをみて雫が得意気な表情をしていた。

 

「サプライズ。ホームパーティーに託つけて八幡のお誕生日も祝おうって。」

 

「き、聞いてないよぉ~!何もプレゼント用意してないし…。」

 

ほのかは半泣きになりそうだが雫が心配ないと言わんばかりにどや顔(わかりずらい)をしていた。

 

「大丈夫。既にほのかも用意してたじゃない。」

 

「へ?…あ!」

 

何やら思い当たる節が当たったようだが俺にはさっぱりだった。

 

「ごにょごにょ…」

 

俺から手を離しほのかに近づき耳打ちするとほのかが顔を赤くしていた。

 

「な、なるほどね…。」

 

「でしょ?」

 

「?」

 

俺は頭に疑問符を付けるしかなかった。

そんな俺を見た雫とほのかは俺の両手を取ってパーティーが開催される会場奥へ進むことになった。

 

 

「ホームパーティー」とは言ったものの、経済界では知らぬものはいない雫の父親、北方潮氏が催すパーティーは会場は盛況であったが決して騒がしいというものではなく正に上品な上流階級のパーティーと言った様相をみせていた。

 

「人多くねぇ…?」

 

「八幡さん人混み苦手でしたね…。」

 

「そんなに人いないと思うんだけど…。」

 

パーティーが始まり数分。俺は既に疲れていた。

 

なんだかやたらと俺に話しかけてくる美男美女。

無闇矢鱈に質問をされて無視してやろうかと思ったが彼女の手前そんな非社交的なことはしなかった。おかしいな、俺はそんな人間だっただろうか?

俺の呟きにほのかが苦笑いを浮かべ雫は首をかしげる、と言った所作をみせてくれた。

ほのかは俺の言ったことに同意をしてくれているようだったがこんなことには慣れっこな雫はいまいちピンと来ていない。

それもそのはずで、俺は数ヵ月前までは一般家庭(数字落ち)で七草の養子に入ったことで父さんから社交界マナー的なものを教わるようにマナーの先生から俺と小町は必要最低限の事しか教わっていないし、そもそもに於いて俺がこう言った社交性のある場に出ることが嫌いだからな。

 

こう言う場は精神的に疲労するものだ。

 

特に九校戦の懇談会とかすげーイヤだった。

家柄を持ち出してマウンティングを取り合う姿は正直見ていて気分が悪い。

マウンティングを取り合う奴はあれか?前世は犬なのかも知れない。

 

俺と比べるとやはりお嬢様である雫は慣れているだろうし普段から一緒にいるほのかに関してはそういったことに抵抗はあるだろうが必然的に慣れの場数は俺よりも多い。

 

そういう感覚の差はあるだろうが俺は一向にその感覚が無くならないように願いたいものだ。

 

今日のパーティーのお題目は「雫の九校戦新人戦でのスピートシューティング優勝」という事らしい。

殆どが親族で開催されているこのパーティだが雫の家の家族構成が父、母、弟、そして雫の四人家族なのだが、父親である潮氏には姉妹と弟が五人もいるようで尚且つ晩婚だったことも合間って従兄弟に至っては雫よりも年上、半数が右手の薬指に給料3ヶ月以上の指輪を付けた既婚者。そして家族同伴、更に結婚していない独身者もお相手を同伴してのパーティに参加という形になり今回のパーティは大規模なものになったと言うことらしい。

 

いや、俺めっちゃ部外者じゃん。アウェーってレベルじゃないんですけど?

てか身内なのに人数多くない?石○さん家の大家族もビックリなレベルだぞこの人数…。

いかん、例えが古かったな。

 

と、言う話をいつの間にか雫が連れてきていた…というよりも俺たちの姿を確認して近づいてきた雫の母親から聞かされていた。

北山紅音、旧姓鳴瀬紅音は嘗てAランク魔法師で振動系魔法で名を馳せた人物だった。

 

「内輪のパーティーに赤の他人を連れ込むのは厚かましくて好きになれないんだけど…ビジネスが絡まなきゃ潮くんは甘いからねぇ。」

 

「はぁ…。」

 

控えめに相槌を打っておいた。

 

そんな毒舌を初対面の人間、流石に毒舌から始まったわけではなくしっかりと挨拶をしたが、一応娘の友人と言うことで招待されている俺の前で吐いている事に俺は察してしまったが相手が本題を切り出すまで自ら突っ込むほど火中の栗を拾いに行くほど間抜けではない。

ちなみにだが雫とほのかは母親から「話があるから向こうに行っていて?」と言って追い出され向こうのテーブルで食事をしている。

 

一通り毒を吐き出して満足したのか雫の母親はすっかりストレスから解放されたようで紅音の親族以外をみる目から若干の棘がなくなりやっと終わりか…と思ったが今度は俺に向けられる視線が値踏みするような視線に変化したのを俺は気がつかないわけがなかった。

 

会話を切り出される前に雫達のテーブルへ向かおうと思った俺だったが。

 

「ところで…貴方、雫とほのかちゃんの事をどう思っているの?」

 

動き出す前に言葉を掛けられ撤退することすら許されずその場に留まるしかなかった。

先程の愚痴はどうやらこの戦いのための呼び水だったらしい。

 

振り返り雫の母親を見据えて答えた。

 

「どうとは…?高校の同級生っすけど…。」

 

「それだけ?こう言っちゃあれだけど雫もほのかちゃんも可愛いのにただの「お友達

」?それに今回のパーティは親族だけでやるはずだったのに突然「お友達」を呼びたいと言ったときは驚いたけど…これは大変ね、あの子達も。」

 

「はぁ…。」

 

「大変ね」「お友達」の部分に含みが在るような言い方だったが真意は分からなかった。

俺は頭に疑問符を付けるしかなかったが、雫の母親は俺を無視して続ける。

 

「貴方はあの『十師族』の七草家の長男で噂じゃ次期当主候補らしいじゃない?近い将来に婚約が申し込まれるはずよ。貴方も知らない赤の他人よりも気心知れた女の子の方が良いんじゃない?貴方の気持ち的にはどうなの?うちの子達嫌いなの?」

 

嫌いなの?と言われたら好ましいと答えるだろう。

ただ俺には非常に勿体ないくらいの良い娘達だと言うだけだ。

 

「何処から聞いたんですその噂…話飛躍しすぎでは?俺は七草家の人間ですが元々外様の人間なので七草の家を継ぐ権利はないですし…今は学生なんでそんなこと考えたこと無いっすね。それに俺みたいな奴と付き合ったら後ろ指指されて雫達が可哀想ですよ。

てか、俺みたいな奴との付き合いしてるの止めなくて良いんですか?親として。」

 

その返答に夫人は笑っていた。

 

「ふふっ…面白いわね貴方。うちの子達は人をみる目があるから大丈夫よ、それに何処の馬の骨とも知れない男に娘達をあげたくないわ。

その点で言えば貴方の身元がはっきりしてるから大丈夫、実績も素晴らしいしね。

その君の在り方はとても歪だけど気に入ったわ。それで君はウチの娘達から告白されたら了承するの?」

 

返答に困る質問が来たが雫の母親は「答えないと逃がさない」と言わんばかりで俺は諦めて返答する。

俺に家族以外の他人を信じる心があるとして俺に好意を抱いているのだとするならば。

答えは一つしかないのだから。

 

「何度も諦めないで告白してくる物好きはいないと思いますけど…そうっすね、諦めないで俺に構ってくるなら飽きるまで付き合いますよ…それでも諦めないで辛抱強く付き合ってくれるなら…俺は身を呈してでも守りますよ。」

 

それだけ告げて雫達が居るテーブルへ向かった。

 

その後ろ姿をみて紅音は呟く。

 

「難儀な子ねぇ…調べてわかったけどその環境なら屈曲してしまうのは仕方がないわ…親ならそれを止めなきゃいけないんだけど今日喋って分かったわ…優しい子ね、八幡くんは。親として娘達の応援をしないとね。」

 

その呟きは八幡には聞こえなかった。

 

 

雫の母親から撤退し、雫とほのかのテーブルへやってくると近づいてきた俺に気がつきテーブルから離れ雫が近づき申し訳ない表情を浮かべて頭を下げてきた。

 

「八幡、ゴメン。」

 

「あ?どうして雫が謝るんだ?」

 

「お母さん八幡にすごく失礼な事言っていたでしょ?恥ずかしい…。」

 

娘がパーティーに誘ったのに突如自分の母親が値踏みをするような視線を向けて尚且つ勝手に娘の心象を聞き出されるのは年頃の女の子でなくとも羞恥に染まるだろう。

 

「いや、親なら学校で娘と交遊のある男がどんな奴なのか知りたいだろうし、俺が親なら娘に近づく男は皆殺しにするが…まぁ、当然の反応だろうし雫が気にする必要はないだろ。」

 

「うん…ゴメンね八幡…。」

 

俺に不快な気分にさせたのではないかと不安になっていたようだったがそうじゃない。

他人に悪意以外の関心を寄せられるのが慣れていないだけだからな。

 

「ああ、これでこの話は終わりだ。折角の化粧と衣装が暗い表情で台無しになっちまうぞ?」

 

不安そうな表情を浮かべる雫の頭を俺は無意識に撫でてしまうと雫の顔は瞬間にリンゴのように真っ赤になった。

 

「…///!そう言うのズルい…。」

 

やはり俺の脇腹を摘まんでくる。

 

「これは俺が悪いな…スマン。」

 

ぶん殴られるかと思い頭に乗せた手を外すと「あっ…」と残念そうな表情を浮かべていたが俺は気がつかなかった。

 

 

「むぅ…。」

 

ムスーッと頭を撫でられている雫をみて羨ましがって居るほのかがいて宥めるのが大変だったが雰囲気は悪くなく俺が黙ればほのかが喋り、行きすぎると雫が抑え、俺がボケると雫とほのかがツッコムというトライアングルフォーメーションが出来上がっていた。

グラスに注がれたジンジャーエールを傾けて雫とほのかの姿を見守っていると背後から声を掛けられた。

 

「あの…七草八幡さんですよね」

 

「あ?」

 

「…っ」

 

俺が振り返ると小学生ぐらいの少年が俺の背後に立っており若干の怯えをみせていた。

これは不味いと思いぎこちなく頷いてしまった。

 

「ああ、ごめん…俺が七草八幡だけど。君は?」

 

「は、はい!」

 

よくよくみてみれば雫の面影があるように感じて正に「お利口さん」といった雰囲気を与えている。

自己紹介をしようとしていたのだが隣から雫が遮った。

 

「航」

 

「姉さん、お話の最中に邪魔しちゃってごめんなさい。」

 

「姉さん?」

 

俺が聞き返すと雫が頷いて答えてくれた。

 

「うん、航は私の弟。航?ご挨拶しなさい?」

 

言葉のやり取りが少ないが決して冷たい、という印象は受けなかった。

俺の前に改めて立って礼儀正しく挨拶をした。

 

「はじめまして、北山航です。小学六年生です。」

 

俺は小学生に挨拶をされたので自動的に挨拶をする。

小学生に挨拶されてキョドるのは過去の俺だけで良いのでしっかりと自己紹介をする。

 

「七草八幡です。お姉さん達とは高校で仲良くさせて貰っています。よろしくね。」

 

「は、はい!…あの…その…。」

 

自己紹介が終わり俺と航君の間には正直微妙な空気が流れており航君は俺に何かを聞きたそうにモジモジしていた。

 

そんな二人の空気を変えてくれたのは意外や意外、ほのかであった。

 

「航くん、八幡さんに聞きたい事があったんじゃないの?」

 

「あっ、はい…その、八幡さんに一つ教えて貰いたい事があるんですが…。」

 

俺は答えることもなくただ黙って航君をみている。

若干の怯えがあるのは俺の衣装が悪い、と言うことにしておきたい。

 

「いいぞ、何が聞きたいんだ?」

 

「その…魔法が使えなくとも魔工技師になれるものなのでしょうか?」

 

随分と変なことを聞くんだなと俺は思った。

質問の意味が、ということではなく北山家の跡取り息子が「魔工技師になれますか?」と聞いてくるのがだ。

それと俺に対して何故その質問をしてきたのかだ。

現に雫とほのかは「えっ?」というような表情を浮かべている。

 

「航君、質問に答える前に聞いて良いか?」

 

「は、はい。」

 

「そもそもなんで…俺に魔工技師の事を聞こうとしたんだ?俺は魔工技師志望じゃないし資格を持っていないぞ?」

 

何故か緊張している航君に対して俺は若干の困り顔をしていたがしっかりと答えてくれた。

その理由が思わず隣に居る雫を見てしまう程には。

 

「実は姉さんが言っていたのを聞いて…『九校戦での優勝は八幡のCADの調整技術のお陰…』と言っていましたし、それに姉さんが『八幡を将来私専任の魔工師にする』と常日頃から言っていたんですが違うんですか?」

 

その回答にほのかは「確かに…」と納得した表情を浮かべ若干誇らしげであったが「専任」という言葉を聞いた途端にほのかは雫を睨む…まではいかなかったが恨めしそうにジト目で見ていた。

俺は真っ先に雫の方をジト目でみると雫はバツが悪そうにしていた。

 

「だって…事実でしょ?」

 

「お前な…。」

 

「八幡の調整技術がなきゃ私とほのかは優勝できなかった。」

 

「それはお前らの実力があったからで…。」

 

「それだけじゃ優勝できなかった。」

 

「それは百歩譲るとして「専任の魔工師」って…お前まだ諦めてなかったのか。」

 

「当然。」

 

「そうかい…」

 

お前面の皮厚すぎるだろ…。

まるで水掛け論のように発展していきそうだったので俺から会話を中断すると少し嬉しそうにしている雫をみてため息をつきたくなったが航くんの聞きたいことに答えていないのでそれは後回しだ。

 

「ええと…それでその…魔工技師は魔法が使えなくともなれるのでしょうか?」

 

そう不安げに俺に聞いてくる航君を俺はサングラス越しに《瞳》で確認する。

 

まだ小学六年生ということもあるが魔法力は実践では通用しないほどの弱々しさだ。

訓練をすれば雫の母親の遺伝子を継いでいるだろうからもしくは魔工技師になれるだろうか?というレベルだった。

 

正直に話してやるか迷ったがここで嘘をつかれた方が辛いはずだと思い俺は正直な感想を述べる。

 

「それは無理だ。魔工技師は魔法を使える魔法工学の技術者のことで、魔法が使えない人物を魔工技師とは『呼べない』んだ。」

 

「そう…ですか…。」

 

案の定航君は落ち込んでしまったが間髪入れずに回答する。

 

「まぁ、でも魔法が使える魔工技師だけがそう呼ばれるだけじゃないんだがな。」

 

「えっ?」

 

「魔法が使えなくともその勉強は学ぶことが出来るし、流石に今の魔法力が微弱なままではCADの調整は出来ないけど、航君がやる気になって鍛えれば今ある微弱な魔法力を強化してCADを調整することが出来るぞ。それは魔法を使う機器全般に言えるから本当に航君が『魔法工学技師』になりたいのなら本気で勉強すれば可能だ。」

 

「本当ですか!?」

 

おとなしい少年は年相応なテンションになっており微笑ましいがこれだけは釘を刺しておかなければならない。

 

「魔法工学技師に本気でなりたいと思うならかなりの努力が必要だ。魔法師にとってのCAD調整は自分の体を預けるようなものだから生半可な気持ちでやればあとでそのしっぺ返しは自分に帰ってくることになるから覚悟をしておいた方がいい。特に自分の肉親…雫、お姉さんの役に立ちたいと思うならなおさらだぞ?」

 

「ぼ、僕はそんなつもりじゃ…」

 

可愛いもんだ。その姿をみて雫とほのかは微笑んでいた。

口では「違います!」と否定のポーズは取っているが顔を赤くして恥ずかしそうにしている姿は決定的なものだった。

 

…航君の俺を見る目が「怖いお兄さん」から「信頼できる優しいお兄さん」に変わっておりそんな光景をみている雫とほのかは何故か誇らしげになっていたのは分からなかった。

ただ真実を突きつけてやっただけで感謝される筋合いはないのだから。

 

「あの…!」

 

先程までモジモジしていた航君が何か意を決したようで俺に告げてきた。

耳を疑う内容だったが。

 

「八幡さん!…僕を弟子にしていただけませんか!?僕が魔工技師になるための先生として。」

 

「は…?いやだからな、俺は魔工師の資格を持ってるわけじゃなくて知ってるってだけで…教えられるほど知識量はないぞ?」

 

ぶっちゃけこれは嘘であり俺はもう一つの偽名で魔工師《名瀬蜂也(なぜはちや)》の名前でライセンスは持ってはいるがばれると面倒なのでこの事を知っているのは会社の一部の人物と姉さん達だけだ。

 

「でも…」と航君は食いついてきたがきっぱりと断った。

 

断ったはずなのだが雫からの援護射撃が入り「空いた時間でも良いから航に勉強を教えてあげてほしい。あと調整も」と言われたがおい、最後の一文は雫が調整してほしいだけだろと思ったが航君のお願いに最大限で譲歩したような形となった。

航君は嬉しそうに「先生!」と俺を呼んでいるがやめて欲しい…。

めちゃくちゃ懐かれ話をしたそうだったが雫に言われ名残惜しそうに両親の居るテーブルへ戻っていった。

 

俺、今日生徒が一人出来ました。

…どうしてこうなった。

 

◆ ◆ ◆

 

「航がそんなこと思っていたなんて…。」

 

航君との会話のあとに雫が俺にコメントしてきてほのかも同意していた。

 

「私もビックリしたよ。航くん、魔工技師になりたかったんだ。」

 

「魔法が使える人物が周りにいたらその憧れは強くなるだろうしな…航君は使えない訳じゃなかったみたいだが弱すぎて単一系統すら使えるのが怪しいレベルだったが。そうなると魔法に関わる仕事…必然的に魔工師に行き着くわけだ。それに雫の力になりたいだなんて姉思いの弟だな。」

 

俺が説明すると雫が非常に恥ずかしそうに顔を真っ赤にして俯いていた。

 

「でも、八幡さんが先生になったら航くんすごい魔工師になりそうです!」

 

「俺の教えなんて素人に毛が生えた程度だと思うが…」

 

「そんなことないです!」

 

ほのかが強く否定し、それに雫が同意する。

 

「八幡がそれを言ったら全員八幡以下になっちゃう。」

 

「いや、それは流石に言い過ぎだろう…。」

 

俺が否定するが雫に強く否定されたしまった。

いや、俺の調整技術を高く買ってくれるのは良いんだが事情を空かせないので素直に受け取れないのだ。

 

「それが残当だから…でも、ありがとう八幡。航の先生引き受けてありがとう。」

 

「…たまにしか来れないと思うけどな。」

 

「それでも…うん、ありがと。」

 

そう言って微笑む雫はお姉さんの表情を浮かべていた。

 

 

二人によってお祝いを受けていた。

しかし、場所はパーティー会場ではなく場所を移しまさかの雫の自室であった。

自室に北山家の家政婦さんが小さめのホールケーキ(三人で食いきれる大きさ)を運んできてくれてご丁寧に蝋燭やメッセージプレートがつけられていた。

 

てか、待ってくれ。年頃の高校生の部屋に男の子を呼ぶのはいかがなものだと思うんだけど?

雫の部屋には少し露出の高いドレスを着用している美少女二人とスーツを着た男が何故かその部屋のベッドに腰掛け左右を美少女から挟まれていた。

 

「八幡の好きなマックスコーヒー味だよ?」

 

マジかよ雫。

取り分ける前に雫から薦められた。

 

「八幡蝋燭消して?」

 

サイドテーブルに置かれたケーキの上に刺された15本のローソクを息を吹き掛けて掻き消した。

ぱちぱち、と雫とほのかより拍手を受けた。

 

「お誕生日おめでとう。八幡」

 

「お誕生日おめでとうございます!八幡さん!」

 

「お、おうありがとう…。」

 

誕生日なんて生まれてこのかた…というよりも記憶がないと言った方が正しいのかも知れないが…。

記憶に有る最新の誕生日は七草家での祝われたことだろうか。

てか父さんが俺よりも嬉しそうにしていたのが意外だった。

 

それはさて置いておいて。

 

雫が白い手袋をつけたまま取り分けの包丁を握ってケーキを切り分けていた。

その見た目はヴェールを頭につけていないもののその姿はケーキ入刀をする花嫁のようで少し見とれてしまったが雫達には気づかれていなかった。

 

「はい、八幡。」

 

「ありがとう…。」

 

「あ、八幡。」

 

ケーキを受けとると若干クリーム等の甘い匂い意外に発酵した甘さの匂いが微かに鼻についた。

ケーキに手をつける前に雫からプレゼントを手渡されたが意外なモノだった。

 

「はい。プレゼント」

 

「おうありがとう…ってマジモンの刀じゃねぇか…。」

 

手渡された長細い紫色の綺麗な麻布の上紐をほどくと一本の刀が出てきた。

紫色っぽい黒色の鞘。引く抜くと長さは刀身は切っ先から鍔までいぶし銀の大体1M無い程度…と言った打刀であった。

 

それは俺の師匠である少女が使用していた《雛丸(ひいなまる)》に非常に酷似していた。

流石にあの見た目ではなく雰囲気がだ。

 

「欲しいって言ってたでしょ?お父さんに聞いたらウチにそう言った刀剣の貿易商の人が居て譲ってくれたの。」

 

「そ、そうか…てかいいのか貰っちまって…あとで請求とかしないよな…?」

 

「心配しなくても大丈夫。」

 

「じゃあ…ありがたくいただくわ…。」

 

俺は意識をしていなかったが表情が綻んでいたのだろう、俺をみている雫が微笑ましいものをみるような表情を浮かべていたのを確認して少し恥ずかしくなった。

 

俺が悪い訳じゃない。仕方ないじゃない男の子だもの。

 

値段について気になったが聞かないことにした。

どう考えても大業物の雰囲気と妙な神気を感じ取ったからだ。

 

因みにこいつの銘は《漆喰丸(シックウマル)》という銘らしい。

なぜか俺にぴったりだと感じてしまったのは心の厨二病が発症したせいだと思いたい。

 

「八幡さん!私からはこれを…。」

 

「おおっ…?ってこれはまた高価そうな…」

 

雫からプレゼントを貰い、そしてほのかからも祝いの言葉と実は用意していたプレゼント(オニキスがあしらわれたブレスレット)を手渡された。

そのデザインは装飾過美ではなくシンプルなブレスレットで日常生活でも問題なく使用出来るデザインだった。

 

「いいのか?こんな高そうなもん…」

 

「いいんです!本当は八幡さんとのデートの時にお渡しするつもりだったんですけど…。その、髪飾りのお礼に…」

 

「あー…なるほど。なんか気を使わせて悪いな…」

 

そう言って渡されたブレスレットを手に取り利き腕に取り付ける。

 

「ありがとなほのか。似合うか?」

 

「はい!お似合いです八幡さん。」

 

「プレゼントも渡したところで…改めて、遅くなってごめんね八幡。お誕生日おめでとう。」

 

「おめでとうございます!八幡さん。」

 

「…ありがとうな。」

 

二人からのお祝いは確かに嬉しかった。

…素直に喜ぼうと努力はしているのだが、やはり俺はこの行動に裏があるのではないかと勘ぐってしまっていた。

 

俺が一瞬戸惑った顔をしていたのを雫は気がついていたのだろうが知らない振りをしてくれていた。

 

「じゃあケーキ食べよ?」

 

「いただきましょう八幡さん。」

 

「…そうだな。」

 

「「「いただきます」」」

 

そう言って三人で取り分けたケーキを戴くことにした。

味はマックスコーヒーの味が再現されているが甘さがくどくなく、イチゴの変わりにローストしたアーモンドが香ばしくて非常によかったがスポンジの間に入ったカットされたフルーツをフランベした際にリキュールのアルコール分が抜けきっていなかったのか少々味がくどかった以外は非常に美味しいケーキだった。

 

俺を中心にして二人の美少女が左右に配置されている。やたらと距離が近いのは気のせいではないだろう。

 

「「…」」

 

(めっちゃ静かじゃん…)

 

何故かケーキを食べ初めてから左右の二人が静かになっていた。そんなにケーキがお気に召したのだろうか。

 

俺は食べ終わりケーキと一緒に運ばれた紅茶に手をつけているとカチャリ、とサイドテーブルに食器が置かれる音が静かに響いた。

それと同時に俺も紅茶を飲み終わりティーカップの中身を飲み干しサイドテーブルに置いた。

 

瞬間、不意にガシッ、と雫から抱きつかれた。

俺の胸に顔を埋めんばかりの勢いだった。

 

「ちょっ、どうした雫!?」

 

「ふみゅ…はちゅまん…。」

 

「は…?お、おい…。」

 

「しゅき…はちゅま。ねぇ…なでて?」

 

恐らく「撫でて?」と言っているのだろう。そう言って俺の眼前に自分の頭を近づけてきた。

 

「おい大丈夫か?」

 

「なでて?」

 

断っても蒟蒻問答になりそうな気がしたので諦めて雫の頭に手を置いて撫で始める。

 

「~♪」

 

非常に気持ち良さそうな表情を浮かべており今にも猫撫で声を出しそうな勢いでその反応に俺も思わず一度だけでなく数回撫でてしまっていた。

手を離そうにも雫の手が撫でている俺の手を退かすのを阻止しているからだ。

 

顔をみると目がトロんとしており顔が赤くなっており雫から若干のリキュールの匂いがしていた。

 

「まさかケーキのアルコールで酔っちまったのか…?」

 

「はちゅまん~♪…ほめて。」

 

俺の胸に飛び込み頭を擦り付けてきた。

この状況に俺は逆に冷静になってしまった。「雫って酔うと人肌恋しくなっちゃうタイプか…」と感心し雫にはお酒の類いを与えちゃいけないなと思いました(小並)

 

って冷静に考えたら隣にいるほのかが止めてくれないのがおかしいと思った俺はふと隣を見るとそこには酔いつぶれて雫のベットの上に幸せそうな寝顔をしているほのかの姿があった。

 

「ほのかもアルコール弱いのかよ…!?」

 

「む~はちゅまん…ほかのおんなのこに、きゅをそいじゃだめ…。もっとわたしゅをみて?」

 

「ちょっ、雫っ…うおっ!」

 

ほのかに気をとられていたら雫による違法タックルを食らい威力は全く無かったが柔らかいベットの上ではその小さな突進は受け止めきれなかった。

 

「む~…」

 

「ちょっと離れてくれませんかね?雫さん…」

 

「やだ」

 

「…さいですか」

 

俺の抵抗も虚しく目の前にいる雫はきっぱりと断り俺に抱きついてくる。

俺もこの行動が酔った故の後で後悔するんだろうな、と思いながら本人のためにどかせばいいのだが何故か動かせる気がしなかった。

 

俺は自分に生来持って生まれたCAD(意味深)を押さえるのに必死だったが雫は「んなもん知らねぇ!」と言わんばかりに雫はくっついている。

 

「もう満足したろ…そろそろ離れてくれよ…。」

 

「…。」

 

そろそろ離れてくれないとこの状況を見られた日にはどんな噂が北山家に流れるかたまったもんじゃないし、妹達に知られたらとんでもないことになりそうなので勘弁して貰いたい。

 

しかし、声を掛けても黙ったままの雫。寝てしまったのかと思い顔を近づけると同時に雫が顔をあげた。

 

「…はちまん。」

 

まだ酔いが抜けきっていないのか目がトロんとしたままではあったが普段に近しい雫の雰囲気であった。

 

「わたし、はちまんのこと…すき…だいすき。」

 

「…酔いが覚めたあと自分でその発言に後悔するぞ?ほらはなれろっ…!」

 

引き剥がそうとするが雫は離れようとしない、逆に抱きつきがもっと強くなった。

 

「…」

 

「ちょっ、お前…離れやがりなさいよ…!!」

 

ぐぎぎ…とまでは行かないが引き剥がそうとすると意地になってるのか離れてくれない。

 

「…はちまん。今日のお祝い楽しかった?」

 

突如として今日の「誕生日会はたのしかったか?」と言われて一瞬躊躇したがそこは俺の性質云々抜きにして答えた。

 

「他人から祝われたのなんかほぼ初めてだったから、新鮮だったぞ。」

 

「たのしいとは、言ってくれないんだ…。」

 

「それ以外に答えようが無いんだけど?…まぁ楽しかったと言えば楽しかったか?」

 

「どうして疑問系?…そっか…たのしかったんだ…えへへ。」

 

妙に楽しそうにしているがそろそろ離れて貰わなければならない。

 

「…ほら、そろそろ離れ…うおっっ!?」

 

起き上がろうとした瞬間に雫に押し倒されて非常に不味い態勢に陥っていた。

 

「…。」

 

俺が下になり雫が俺の上に跨がっている所謂、騎○位状態になっていた

 

「し、雫…」

 

その表情は酒のせいではなく真っ赤に染まっていた。

なかなかこの状態から会話を切り出さずにいたので沈黙続いたが雫が意を決して言葉を溢した。

 

「はちまんが…たにんのこういをしんじられないりゆうは…こまちちゃんからきいたよ?」

 

「…。」

 

小町から聞いているのなら尚更この状況をどうにかして欲しいもんだが。

俺がすぐにでも雫を振りほどけばこの問答はすぐにでも終了できるがそれを許さない、と言わんばかりの迫力が雫が醸し出していた。

 

「はちまんのたんじょうびを祝うのは…たてまえで、たぶんだけどほのかはもちろん、みゆきからももうこくはく、されてると思うけど…。」

 

「っ!…なんでその事知ってんだ?」

 

おいまて、なんで俺が告白されたこと知ってんだ雫は。

その事を聞かされて俺は過去の記憶が呼び起こされそうになり酷い頭痛がしたが雫は瞳を伏せて恥ずかしそうに俺が予想だにしない言葉を告げてきた。

 

「わたし、はちまんのことがすき…みゆきたちと同じくらいに…一人の男の子として…。」

 

「……。」

 

消え入りそうな声だったがその告白は俺の耳へ届いていた。

どうして、俺に好意を寄せるのか。本当に分からなかった。

 

「はちまんに言葉で言ってもわからないとおもうから…こうどうで示すね…?」

 

おもむろに雫は顔を俺の顔付近に近づけてきた。

元々整った顔立ちの雫が顔を紅潮させトロんとした瞳を潤ませて外見からは想像つかない色気を醸し出していた。

その様子に俺はドキドキしていた。それは雫も同様だろうが。

 

「行動で示すね?」その意味を示すモノは直ぐ様やってきた。

 

「んっ…ちゅ…」

 

「んっ!?」

 

女子特有のいい甘い匂いと唇に触れた柔らかい感触が脳に直撃し脳を麻痺らせていく。

俺は雫にキスをされていたのだ。

 

「んちゅ…。」

 

「……!…ぷはっ…雫っ、おまえっ…!?」

 

口腔内に柔らかいものを差し込まれそうになった瞬間にハッとなった俺は雫の肩を持って引きがした。

 

「はちまんに…あげちゃった…ファーストキス…。」

 

嬉しそうにはにかむ雫に俺は怒りを覚えた。

 

されたことではなく、させてしまったことにだ。

 

「…なに考えてんだ…好きでもない男にこんなこと…するなよ…」

 

「好きでもないおとこのこに…こんなことしないよ?」

 

「なっ…!?」

 

俺は絶句してしまった。

 

「はちまんが他人を信じられなくなったのは知ってる。その人達ははちまんを見る目がなかっただけ…でも私たちは違うよ?はちまんを好きになったみゆきやほのか…それにわたし…。友達として見てくれているたつやさんに西城くんによしだくんにエリカにみづき…皆、はちまんのことを信じてるから。だから、私たち…私を信じ…て…?」

 

俺に覆い被さってまっすぐに瞳を見てくる雫の真剣な表情に俺は目を離せなかった。

その真摯な思いを称えた瞳に俺は思わず目を背けてしまった。

 

その想いが嫌なわけではない。

むしろ其は俺が心から望んだものであり欲していたものだ。

だが、信じていいのか?そんな想いが俺の脳内を駆け巡る。

 

また裏切られるぞ?と誰かが囁き、信じてみろよ、と誰かが呟く。

 

まさに二律背反の状況でそんな自分の頭蓋を今すぐにでも粉々にしたかったが俺は先程の雫の言葉を思い返す。

 

『好きでもないおとこのこに…こんなことしないよ?』

 

雫の口づけは酔った勢いで笑いを取るために行ったものではない。

俺の唇へ雫の唇が触れた瞬間に震えていたのを思い出した。

 

精一杯の勇気を、この目の前の少女が振り絞った少女の行動が悪戯故の行動ではないことは分かりきっていた。

その当たり前の事を認識した瞬間に俺は、ほんの少し、本当に少しだけだが『信じてみるのもいいんじゃないか?』と他人からの好意に対して認識が変化した、そんな気がした。

 

そらした視線を眼前にいるはずの少女へ伝えなければならない言葉を伝えようと思ったその時。

目の前には驚きの光景が広がっていた。

 

「し、雫…?」

 

「すぅ…すぅ…」

 

俺の胸元に顔を埋めて眠りこけている雫の姿があった。

 

「おーい…雫さん~?おーい?」

 

(嬉しそうな表情ではちまんの胸に顔をうずめている雫)

 

「この状況誰かに見られたら社会的に死ねるな…人の苦労も知らずにすやすや眠りやがって…こんにゃろう…。」

 

「…ふにぅ…。」

 

このまま眠りこけられるのは非常に不味いので魔法を使って雫には離れて貰いベットで寝て貰うことにした。

雫の今日の行動のお陰で俺は好意を告げられた三人の少女に対して「只の同じ高校のかわいい同級生」としてではなく「俺に気に掛けてくれるかわいい同級生」と意識をせざるを得なかった。

 

「俺、今度雫達に会うときにどんな表情で向かい合えばいいんだ…?!」

 

俺を気に掛けてくれる美少女にファーストキスをさせてしまった後悔が俺の心のなかでぐるぐるしていた。

正直顔を会わせたら挙動不審になるのは確実だろうからな…。

 

先程のキスを思い出して悶絶しそうになったが、頭を振って立ち直り雫の部屋から退室した。

 

部屋で眠ってしまった二人の表情は笑みを浮かべていた。

 

八幡の心が少しづつ、ほんの少しだが前向きになったことを感じ取ったのかは知らない。

 

八幡が彼女達の想いを本当に信じられるまで幾多の出来事があることをまだ、彼女達と八幡は知る由も無かった。

最も、彼を慕うのが3人だけとは限らないが。

 




酔いから覚めて八幡に介抱されていた。

「うう…まさかこんなにお酒に弱いだなんて思わなかったよぉ~…。」

「…///」

「雫大丈夫だった…って顔が紅いけど。」

「う、うん私もお酒がこんなに弱かったとは思わなかった。」

「…///」

「…///」

「二人とも…顔色紅いけど大丈夫?」

「あ、いや!ちょっと暑くてな…。」

「うん、私も暑くて。」

ほのかに心配された二人は言葉を交わしてはいないが思うところは一緒だった。

「(さっきの出来事ぜってぇ言えねぇ…。)」「(ほのかに絶対言えない…。)」

「?」

ほのかは疑問符を浮かべているが真実には到達しそうになかった。

「…///」

「…///

八幡と雫はは顔を見合わせて赤面した、



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会長選挙と女心

どうにか今月中に投稿できましたぞおらっ!というわけで最新話です。

感想&評価ありがとうございます。
誤字脱字報告もありがとうございます。

今回のお話を持って《夏休み編+1》八幡の彼女達への心情が変化していくハートフルな物語は終了します。

そして次回からは原作でも大盛り上がりだった《横浜騒乱編》が始まります!

それでは最新話をどうぞ!


「今月で私たちも引退かぁ…。」

 

夏休みの話題で盛り上がっていた生徒会の空気が微妙に変化したのは、姉さんのこの発言がきっかけだった。

 

そのときまでは相も変わらず生徒会の男女比率は俺と達也を除いて男子は二人だけで女子社会の生徒会は、新学期初日ということもあって「一夏の体験談」で盛り上がっていた。

 

この時代になると「性に奔放」ではなく「結婚するまで純潔を守り続ける」と言うのが主流で昔の時代ならば生々しい会話が繰り広げられていただろう。

しかし、その世相になったとは言え現在この生徒会には彼氏持ちの委員長や俺の対面に座る黒髪ロングの姫カットの美少女と顔を見合わせるとケンカをしているわけではないのに顔を紅くしてサッとそらしてしまう。

あの日の事を思い出してしまうからだ。

 

あの日以来同じクラスの『あいつら』と顔を合わせるのが非常に辛い。

嫌いと言うわけではないが視線を合わせづらいというか…。

 

と、その状態で女子生徒からの口から「無理矢理脱がされて」、「ベットに押し倒されて」等といった台詞を連発されてしまうと健全な青少年二人は「居ずれぇ…」となってしまい達也は風紀委員室にあった珍しい紙媒体の魔法書に目をやり、俺は上着を脱いで新しく新調したCADホルスターに馴染ませるために抜き差しをして特化型CADのトリガーガードに指を通し片手で回転させて遊んでいた。

 

「白けてしまったので眠って貰いました」というヲチを聞かされて思わず引っ掻けて遊んでいた《ガルム》をおとしそうになった。

意図的に俺たちを意識から除外してその話をしていたのかは知らないが俺と達也は聞かされている話を無意識に遠ざけていたのでどうしてその経緯で話題が出たのかは不明だった。

 

俺には関係のない話であったがとなりに居る達也に対して問いかけられたものなので必然的に耳には入った。

 

「そう言えば会長選挙は今月でしたね。」

 

「ええ。選挙は月末ですが、一応は体裁を整える必要がありますので、来週中には選挙公示をして諸々の準備をしなくてはなりませんね。」

 

「…」

 

確認の質問を達也が市原先輩へ問いかけるとその答えが返ってきていたのだが、先程までZ指定ギリギリ…まだしもC指定の内容を話していたにも関わらず感情の置場所を何処にやってしまったのかと聞きたくなる位の平坦な冷静沈着な普段の表情が崩れない先輩をみて俺は如何なもんなのか?と思ってしまったが二人は会話を続けている。

というか、市原先輩どうしてそんな状況になったんですか?と突っ込みをしたかったが俺は心の奥底へしまった。

 

「体裁だけなんですか?」

 

「立候補者が複数居れば、選挙は行われますが生徒会長になろうとした生徒は限られていますから、所詮は身内同士の争いですね。」

 

「身内同士?」

 

「此処五年間は首席の生徒が生徒会長を務めているんです。」

 

「つまりは生徒会長は選挙するまでもなく決まっていると?」

 

「そうではありませんが…直前の生徒会役員でなかった人物がいきなり生徒会長になるのはハードルが高いですし、そうなるとこの生徒会役員の中で立候補することになるのは副会長の服部くんか中条さんの一騎討ちとなることでしょうから恐らく選挙前に話し合いで一本化して立候補者が出されることになるでしょうね。」

 

その話を聞いて達也と俺は「なるほど…」と納得してしまった。

しかし、その立候補者の一人が「待った!」をかけた。

 

「わ、わたしには生徒会長なんて無理です!話し合いをしなくても立候補するするつもりはありません。」

 

今の段階から涙目になっているようでは、この第一高校の生徒会長は務まらないな、とこれまた達也と俺は納得してしまったが…。

 

「そうなると、六年ぶりに首席入学以外の生徒会長の誕生か…。」

 

「次の会長ははんぞーくんかぁ…。」

 

口調とは裏腹に渡辺先輩と姉さんは納得をしていないようだったが。

 

個人的な好き嫌いは無しにして心情的には中条先輩寄りのポリシーなのだろうが。

だからこそ中条先輩を生徒会長に据えたいのだろう。

だが当の本人が萎縮をしてしまっており姉さん達からは「学年次席が下の学年に押し付けてどうする」という苦言を貰いこれまた泣きそうになっていたのは印象深い。

 

「いえ、そんな、押し付けるだなんて…わたしはただ適材適所といいますが…その…。」

 

筋の通ったことを言っている気がするが先輩達から半目で見据えられただけで萎縮してしまうようでは、というよりも中条先輩の性格では会長という役職は辛いだろうなと思ってしまった。

 

◆ ◆ ◆

 

渡辺先輩に命じられて俺は同行者と一緒に校内を巡回していた。

その人物というのが千代田先輩でなんと風紀委員として迎え入れられたのだ。

新しく迎え入れるにあたって俺が何故だが俺に白羽の矢が刺さったというわけだ。

最初は断ったのだが渡辺委員長から「君は面倒くさがり屋ではあるが一度頼んでしまえば誠意を持ってやってくれるだろう?面倒見も良いしな。」と言われて咄嗟の反応ができず呆けているとにやける渡辺先輩の表情をみて仕方がなく受け入れるしかなかったわけだが…。

 

先輩に巡回ルートや特定のルートだけを回らないように補足説明すると「意外ね…」という言葉を投げかれられたが聞かないことにした。

報酬も入らない仕事をする気はなかったが姉さんが居る手前無下にすることもできなかった。

仕事は仕事、淡々と社畜のようにするしかなかった。

 

なぜか、千代田先輩が体育館を重点的に見て回りたいと強い要望があり、校舎との位置関係で始めに訪れたのは第二小体育館に向かうと剣術部が練習を行っていた。

 

「…八幡。お前っていっつも連れている女が違うのな?」

 

「冗談でも怖いこといわないで貰えます?千代田先輩に失礼でしょ…五十里先輩に殺されますよ俺が。」

 

開口一番、桐原先輩がそんなことをいうもんだから思わず真顔になってしまって説明口調になったが、冗談なのか本気なのか分からない口調で俺にそう言ってくるもんなので困った。

 

此処に例の3人が居たのなら此処は地獄と化していただろうがとりあえず事なきを得た。

 

「桐原くん、そんなことを言ったら両方に失礼じゃない。千代田先輩は五十里くん一筋だし、七草くんは真由美さん一筋なんだから。」

 

「まぁ…それでも良いですけど…。」

 

「いや、俺と姉さんは姉弟なんですけど…。てか一筋って。」

 

千代田先輩を悶えさえて俺を困惑させたのは壬生先輩の発言であった。

俺はどうして千代田先輩を同行して巡回をしているのか説明すると桐原先輩は納得してくれたが意外な反応が返ってきた。

俺は耳を疑いたくなったが。

 

「ほぉ~あの噂は本当だったんだな。」

 

「噂…?何すか?」

 

「八幡くん知らないの?」

 

「千代田を次の風紀委員長に据えよう、って渡辺委員長が根回ししているって噂なんだがあの人がそんな面倒くさい真似をするか?って思ってたんだが…確信に変わりそうだな。」

 

「だから言ったじゃない、千代田さんなら例外だって。渡辺先輩が千代田さんを特に可愛がっているんだから、ましてや経験のない千代田さんを自分の後釜に据えようって言うんだから八幡くんを尚且つ、次期の副委員長に指名しようとしている八幡くんを同行させるくらいはするわよ。」

 

ちょっと待ってくれ、壬生先輩は今なんて言ったんだ?

 

「ちょ、ちょっと待ってください壬生先輩…俺が副委員長に指名…?何処情報ですかそれ。」

 

「渡辺先輩が言っていたわよ?『八幡くんは副委員長に据えて花音のサポートをしてもらおう。』って…。」

 

俺は頭を抱えたくなったが伊達や酔狂で他人を持ち上げたりしないんだろうなと関わりで察してしまい今日の仕事を投げ出したくなった。

 

更に、桐原先輩達と月末に行われる会長選挙で驚きの事実が聞かされた。

 

『服部先輩は会長選挙に立候補せずに部活連会頭に推されている』という情報を聞かされ、その件については千代田先輩も納得していた。

 

しかし、と俺は気がついてしまう。

次期生徒会長を決める会長選挙で最有力立候補者の二名が出ないことになってしまったことに次の選挙は一体どうなってしまうのかと。

 

 

パトロールが終了し風紀委員室にいた渡辺先輩に俺は問い詰めるとどうやらその噂は本当だったらしく、若干たじろいていたのは俺が威圧感を出して聞いていたからだろう。

渡辺先輩からは「来年の話になるから考えるだけでもしてくれないか?」と言われて世話になって居る手前断るわけにもいかなかったが、その場に偶々姉さんが現れその話を聞いた姉さんが一言。

 

「八くんが副委員長になってくれたらお姉ちゃん嬉しいな。」

 

「熟考させていただきます。」

 

「はやっ!」

 

「あっはっははは!!」

 

秒で即答すると渡辺先輩が爆笑し、千代田先輩がツッコミ、姉さんが微笑むというコントのような空間が出来上がっていた。

 

風紀委員室での一連の流れが合った後に俺たちは帰路に着いていた。

生徒会が終わった深雪、巡回が終わった俺と達也。

クラブ活動が終わったレオ、エリカ、美月、雫、ほのか。

そしていつもの事ながら自主連をしていた幹比古。

俺たちはいつものメンバーで駅までの途中の喫茶店でテーブルを囲み駄弁っていた。

俺の左右には深雪、ほのかが陣取るという何時もの配置だったのだがそれを見ている雫とエリカが不満げな表情を浮かべていた。

 

そして、また話題はまたしても第一高校の次期生徒会長を決める会長選挙の話となった。

 

やはり全一で「中条先輩はちょっと頼りないかなぁ…」といった総評になっていた。

しかし、中条先輩を評価する声もあるのが実情で

 

雫は

 

「でも実力はピカイチ。」

 

続くレオも

 

「あの人段取りとか気配りできる人だしな…。」

 

美月も

 

「生徒会長は優しい人が良いような気がします。」

 

等と言って中条先輩が生徒会長になるのを支持する声も上がっているのも実情だ。

そんな中でエリカが声を上げる。

 

「服部先輩が立候補する線は消えちゃったんだよね?」

 

俺と達也に再質問してきた。

その問いに答える。

 

「ああ、本人から聞いたらしいから間違いないだろう。いくら会長でも部活連の会頭に決まった生徒を横取りはできないだろう。」

 

「十文字先輩が指名したらしいからな…流石に無理だろ。」

 

肯定を返す達也と補足を入れて信憑性を増した答えを追加する俺達にエリカは

 

「うんうん…いくらあの人達でも十文字先輩に太刀打ちできるとは思えない気がするな。」

 

何度も頷いているエリカの横で美月と幹比古が

 

「ではやはり、次期会長として中条先輩が立候補されるしかないのでは?」

 

「他の生徒会役員が立候補する気がないんだったら中条先輩しか…。」

 

二人が次期会長の予想に話を戻す。

 

「でも本人はやりたくないっていってるんでしょう?そうだ!深雪が立候補すれば良いのよ。」

 

「……。」

 

「ちょっと、エリカ?何を言い出すのよ。」

 

その発言に目を丸くしている深雪だったが自分の発言が存外良いアイディアなのではと思ったエリカは説明する。

 

「一年生が生徒会長になっちゃダメ。なんて規則がある訳じゃないんでしょ?深雪はこの前の九校戦でピラーズ・ブレイクの優勝に、二年三年の選手に混じって本選のミラージ・バットでも優勝してるんだし、実力も知名度もバッチリ…って、あ、ごめん、八幡…。」

 

「あ?なんで俺見るんだ皆?」

 

先程までエリカが意気揚々と根拠を説明していると何かに気がついたようでその明るい表情に暗い影を落とし回りの人物達も気がついたようで一気にお通夜ムードになってしまった。

 

心なしか俺の両サイドに座り腕をいつの間にか絡ませているほのかと深雪の絡ませ具合が強くなった気がした。

俺も無意識だったのだろう。

エリカの話を聞いて昔の『依頼』を思い出して苦い顔をしていたのを見られたのだろう。

 

「…すまん皆。気にせず話してくれ。」

 

「ううん。こっちこそ八幡の話を小町ちゃんから聞いてたのに無神経でゴメン…。」

 

エリカが謝罪をするがこの場では10対1で俺が悪いからな。

 

「気に掛けてくれるだけでも嬉しいよ。ありがとうなエリカ。」

 

「…///!!もう…本当に…誑し八幡なんだから…。」

 

俺が話しかけると顔を紅くして俯いてしまうエリカに疑問符を頭に俺は浮かべていると深雪にホールドされている腕が凍りついてきてほのかからホールドされている腕は二の腕を摘ままれており逃げ場がなくなった。

 

気を取り直してエリカの言葉に推薦された深雪が回答する。

 

「無茶言わないで。大体、高校生の『実力』は魔法力で測られるものじゃないわよ?」

 

「学力だったら達也くんと八幡がいるじゃん。生徒会長になったら役職を自由にできるんだよ?」

 

エリカと深雪のやり取りに参戦するように美月達がエリカの意見に賛成した。

 

「そうですね。七草会長は、一科生の縛りのルールを廃止するって仰ってましたし…。」

 

「美月まで…」

 

「八幡さんまで。」

 

表情的には躊躇うようなモノを見せているが揺らぎが見えていた。

 

「そーそー。それにさ、生徒会長になったら達也くんを風紀委員会から引き抜くこともできるんだよ~?」

 

まるで悪魔の囁きのように魔導へ落とそうと言わんばかりエリカの囁きに深雪は目に見えて動揺していた。

隣に居る俺に向けて深雪が聞いてきた。

 

「八幡さんは、私が生徒会長になるのはどうお思いですか…?」

 

「うーんそうだな…いいんじゃないか?深雪が生徒会長になったら支持する連中は増えるだろうし風向きも良い方向に変わるんじゃないか?」

 

俺がそう言うと深雪はテーブルの下にある俺の手に深雪が手を重ねてきており、俺はビックリしてしまったが深雪は無意識だったのだろう。

 

「八幡さんがそう仰られるのなら…。」

 

ほのかが深雪が俺の手の上に深雪の手が重なっているのを見えたのだろう、なぜか俺の腕に絡ませてきて意見を出してきた。

 

「八幡さんが生徒会長に立候補されるなら私、支持します!」

 

「なるほど…」

 

「そりゃ面白そうだな。」

 

ほのかの突拍子もない提案に話を聞いていた幹比古とレオが悪のりしてきて、その反応をうけて俺は呆れ気味に言葉を返す。

 

「深雪なら票が集まるとは思うが、俺みたいなやつに票が集まるとも思えんし…」

 

俺がそんなことを言うと左右のほのかと深雪が熱弁し始めて困った。

 

 

新学期から一週間が過ぎた。

 

しかし、変な噂が飛び交っていた。

 

『七草と深雪が次期生徒会長の会長選挙に一年生ながら立候補する』という噂が飛び交っている。

この噂を聞き付けた同じクラスメイトの連中に質問を受けたが俺たちは否定した。

それが真実なのだから。

 

その噂を聞いたほのかが青い顔になっていたがその噂が飛び交ったのはほのかのせいではないだろう。

自分の座席に着席し青い顔になっているほのかの隣に立って自己嫌悪に陥らないように励まし、頭を軽く撫でてやると顔色はよくなっていた。

一方で雫と深雪の顔色が別の意味で悪くなっていたのは俺は悪くない。

 

雫と深雪から要求されたがその場面で天の助けが入った。

 

「八くん。お願い。チョッと時間を貰いたいんだけど…。」

 

俺が所属する1-Aのクラス、一年生のクラスに最上級生の三年生、それも生徒会長である姉さんが堂々と教室内に入ってきて俺たちがいる座席の前にやってくると俺がほのかの頭の上に手を置いて撫でていると光景を見た一瞬、不機嫌そうな表情を浮かべるがそれは直ぐ様切り替わった。

 

目の前で両手を合わせて姉さんはそんなことを言い始めた。

背後にいる市原先輩が呆れた表情を浮かべているのは無視しておこう。

 

時間を貰いたい、と言っていたが次の授業が始まるまでもう時間がないのに何をいっているのかと思ったが。

 

「生徒会の公務、ということにしておけば、減点されることはないから。」

 

「分かった。」

 

姉さんの頼みを無下にする、という考えは俺にはないので素直に着いていくことにした。

しかし、俺が姉さんに着いていこうとすると三人が複雑そうな表情を浮かべているのが理解できなかった。

 

 

連行、もとい任意同行された場所は生徒会室。

昼飯時に深雪に連れられて此処に集合するのだが、今何故此処に連れてこられたのかその用件を察してしまった。

 

「授業中にすみません。もう日が無いものですので…。」

 

市原先輩に頭を下げられて反射的に「いや、大丈夫なんで気にしないでください」といって首を振った。

 

「ありがとう。八くん。そう言ってくれるのは助かるわ。」

 

ふぅ~、と息をついて早速だが本題を切り出した。

 

「実は今度の生徒会選挙の事なんだけど…。」

 

案の定の切り出しに俺は用意していた回答をぶつける。

 

「中条先輩の説得?それとも深雪の参加への説得?」

 

「そう…って、ど、どうして分かったの?」

 

言いたいことを言い当てられて目を丸くして慌てている姉さんの様子は非常に可愛らしかったが事情を説明しておく。

 

「そりゃ姉さんの事だから…じゃなくて授業中に連れ出したのは深雪にその事を聞かれたくなく相談したかったんだろ?だとしたら俺じゃなくて達也に交渉役を頼めば良かったろ。まぁ、恐らく達也が深雪を立候補させることに難色を示すと思うが。」

 

「どう言うこと?」

 

姉さんが疑問を口にする。

達也のように、言い方は悪いがシスコンのあいつが自分の妹が栄誉職に就くことを拒むとは思いにくいがそれは間違いだ。大切に思っているからこそその重要なポジションに就くことが『まだ早い』と思っているのだ。

先ほど聞いた話と俺の主観が入るが問題ないだろう。

 

「一年生での生徒会長就任は早すぎる。前例がないって言うのは言いすぎだけど達也が言うには組織のトップになるにはまだ未熟らしい。」

 

「深雪さんはしっかりしているように見えるけど…。」

 

しっかりしている。というのは同感だが一部子供っぽいところがあることは訂正しておかなければならない。

 

「俺もそうは思うけど、姉さん。深雪は感情が昂るとどうなる?」

 

「昂ると…?あ!」

 

「結構無闇に凍らせたりするよな?だから達也は『自分のコントロール、ましてや魔法を暴発させることが無くならなければ深雪にそういったものには出させることが出来ない』ってな。」

 

その話を聞いて姉さんは『魔法を暴発させる』と言う点は目を瞑ることが出来ない問題点だった。

そして姉さんは頭を抱えていた。

 

「う~ん…明日には選挙が公示されるのに立候補者が一人もいないなんて…」

 

「中条先輩はダメなのか?」

 

「あーちゃんはああ見えて結構意固地だから…流されはするけど『イヤなものはイヤ』って言える子だからね…。」

 

その話を聞いて別に成績最上位者から選出して大勢でそれこそ現実の選挙のようにすればいいのでは?

という事を伝えると姉さんは首を振って否定した。

 

「次期生徒会長候補の絞り混みは生徒会の仕事なの。余りに多く乱立されちゃうと収集がつかなくなっちゃう…。」

 

「それを収集するのが生徒会の役目なんじゃね?」

 

「例えそれが魔法の撃ち合いになっても?生徒会長になろうとする人達は全員猛者達よ?被害は計り知れないわ。」

 

「んなアホな…。」

 

魔法の撃ち合いに発展して講堂内がボロボロになった景色を想像し、一転して青春を感じさせる少年少女達の空間が何処ぞの世紀末で理不尽と不条理をコンクリートミキサーにいれてぶちまけた感じになるのかとブルッた。

というかそんなことになったら新入生部活勧誘期間の比じゃないだろうに…。

はっきり言うとそんなことになった面倒くさくなるのでやめた方がいいな。

 

そんなことを思っていると実は以前にもそんな蛮勇の歴史がこの学校で引き起こっていたことが市原先輩の暴露話によって判明し呆れてしまった。

 

「え、大丈夫この学校…その時期だけ全員モヒカンになって肩パットしてるのに変わってないよな?」

 

「そんな伝承者伝説みたいな見た目にはならないわよ…。魔法という大きな力を完全な自制心をもって制御できる程高校生は大人じゃないって話よ。」

 

姉さんは改めて俺に拝む…というよりも乙女のお願いのポーズで俺に頼み込んできた。

 

「だから、ね?八くんにはあーちゃんに会長選に立候補してくれるように説得してきてくれないかな…?お願い。」

 

「説得するのはいいけどただじゃなぁ…」

 

必死に懇願してくる姉さんに対して俺は妙な嗜虐心が生まれた。

そういうと姉さんは女の子が使ってはいけないワードを繰り出した。

 

「わかったわ…あーちゃんを無事に説得できたら私を1日好きにしていいわ。え、エッチなのはダメよ!」

 

顔を紅くしてそのワードを俺に向けて言ってきた。弟が姉にそんなこと要求するわけ無いだろ…。

その会話を聞いている市原先輩は「コイツらは他人の前でなんちゅう事を会話しとるんじゃ」となっているだろうが問題ない。

 

「決まりだな。それじゃ姉さん…ごにょごにょ…」

 

近づき耳元で囁くと瞬間姉さんの顔がトマトのように紅くなり変な悲鳴を上げていた。

 

「ぴゃーあ!?は、八くん…?は、はわっ!?」

 

「一体なにをお願いしたんですか…?」

 

「それは内緒で…。とりあえず昼休憩前に中条先輩の教室に説得にいきます。」

 

真っ赤にして俯いた姉さんを一旦放置して市原先輩に向き直り昼休み前に中条先輩を説得にいくことを伝えると苦笑いされた。

 

「中条先輩を懐柔するなら『アレ』が必要だな…。」

 

紅くなった姉さんと苦笑している市原先輩に別れを告げて1-Aの教室へ戻った。

 

 

中条先輩はリスみたいな小動物的な可愛さがあるので(関係ないと思うが)危険察知をして俺は中条先輩の教室へ向かうと三限が終了して昼休みに入る前に襲撃を仕掛けた。

 

教室の外から中を伺うと中条先輩が生真面目に端末で作業をしているようだった。

入り口で覗き見ていると教室内の先輩が食堂に向かう為に出てくるため一瞬怪訝な表情を向けられるが姉さんの弟であることが認知されているので「どうしたの?」とか「なんか用か?七草弟。」とフランクに声を掛けられるのは意外だった他人のクラス、それも上級生のクラスに足を踏み入れるのは二の足を踏んでいたので呼んでもらえるのは有り難かった。

 

「中条さん~!お客さんだよ?」

 

「あ、はい!…七草くん?」

 

「どもっす。中条先輩少しお話が…。」

 

「あの…私お昼に用事が…。」

 

用件を切り出す前に何かを察した中条先輩はその場から逃げ出そうとしたが世間が許しても俺は許しませんよ。

動き出そうとする中条先輩だけに威圧感を飛ばすと動けなくなっていた。

本当にすんません…。

 

「昼飯、一緒にどうですか?CADについてちょっとお話ししたいことがあったので?」

 

その事だけ伝えて中条先輩にだけ聞こえるような小さな声で話す。

 

「それに先輩、生徒会室に行きづらいでしょ?俺と一緒にいれば俺のせいに出来ますし。」

 

「そ、そんなことしたら七草くんが悪者になっちゃいますよ!?」

 

「大丈夫っすよ。慣れっこなんで。じゃ、行きましょうか。」

 

「わ、わわっ!七草くん?」

 

俺が中条先輩の手を取って教室を出ようとすると教室内の生徒…特に女子生徒が目と目の会話から俺にもご丁寧に聞こえる声量でヒソヒソ話を始めた。

「意外と強引」「イケメン鬼畜メガネ」「Sっ気がたまらない」等の熱視線が俺に向けられているのを感じてなんとも言えない感じになった。

 

それを振り払うように中条先輩の手を取って教室から出ると男子生徒の先輩達から「やるなぁ七草」「頑張れよ」等と言った理解に苦しむ内容だったがこのままこの場に居続けるのは不味いと俺のボッチの感性が囁いていたので教室を出て食堂へ向かった。

 

 

食堂について普通に中条先輩と窓際の席に座り食事を取りながらCADの事を交えつつ喋っていた。

 

「~の最新機種が…」

 

「あそこのメーカーは調整は簡単ですけど面白味が無いですよね。」

 

「そうなんですよ~!誰にでも簡単に調整できるっていうのは初心者向けだとは思うんですけどね…。」

 

雑談ばかりをしているわけにはいかない。時間は有限だし此処で説得を決めなければいけない。

CAD論議はほどほどに本題を切り出した。

 

「中条先輩。」

 

「はい?どうしました?」

 

「この学校の生徒会長は中条先輩が相応しい、と俺は思っています。」

 

「と、突然どうしたんですか?…なるほど、会長に頼まれてわたしを説得するように依頼されたんですか?」

 

中条先輩は姉さんから頼まれて俺が説得するように仕向けられたのだと思っているのだろう。

それは間違いではないが強制されたからではない事をはっきりさせておこう。

 

「それは勿論あります。ですけど俺は中条先輩にこの学校の生徒会長をやって貰いたいと思うんです。」

 

「え?」

 

予想だにしない俺の発言に中条先輩は目を丸くしていた。

追撃を掛ける。

 

「先輩はこの学校での立候補者が乱立して魔法による撃ち合いに発展して重傷者が数十名出た出来事を知っていますか?」

 

「は、はい…。」

 

そう頷くと中条先輩は顔を青くしてぶるぶると震え始めた。

此処で追求をすると泣き出しそうなレベルになりこれ以上は躊躇われたが俺は攻勢に出た。

 

「同じことの繰り返しはしたくないっすよね…?ましてや中条先輩が在学中に。」

 

「わ、わたしには無理です!会長のようなカリスマ性も無いですし…。」

 

「ありますよ。」

 

「え?」

 

そんな馬鹿な…と言わんばかりに目を見開いていたがその証拠を提出する。

 

「これは…?」

 

それは俺が持っている映像端末だった。

そこには前日に『生徒会長は誰がいい?』と言う話を仲間内でやっていたときにこっそり録画していたものを中条先輩に見せたのだ。

 

「みんなが…。」

 

自分が下級生に信頼されていることを知って顔色がよくなった。

…もう一押しだな。俺は中条先輩に『飴』を上げることにした。

 

「実は中条先輩が生徒会長になってくれたらお祝いで来月発売予定のナハト・ロータスの大汎用特化型照準器付『イチイバル』のテスターが伝で手に入ったのでプレゼントしようと思ったんですけどね…」

 

チラリ、と目を中条先輩にやると目を爛々と輝かせ「ほしい」と言葉は発していなかったが聞こえてくるようでその表情に思わず苦笑しかけた。

 

「それ、本当ですか…?」

 

恐る恐る自分のご飯が取られそうになっている子猫かよ、と思ったが口には出さない。

 

「嘘はいわないっすよ俺は。」

 

「やります…」

 

「え?」

 

「やりますっ!誰が相手でも負けません!!わたし生徒会長当選してみせます!」

 

力強く断言して、まだ見ぬ…というか殆ど信任投票で会長が確定しているのだがそれは言わないことにして素直にやる気になってくれたのは俺的には嬉しかった。

 

◆ ◆ ◆

 

数日が経過し9月も月末に入る。

 

生徒会室で姉さんは自分の座席に座り俺は役員でも何でもないのに生徒会室の《俺専用》座席でCADの組み立てを行いながら姉さんと会話をしていた。

 

この場所には当然ながら生徒会役員と(なぜか達也もいる)部外者が数名おり、つまりはいつもの空間が出来上がっていたのだ。

 

中条先輩が会長選挙の立候補者として擁立されて無事に会長選挙が行われるかと思いきやまたそれはそれで別の問題が発生していた。

 

「明日で最後かぁ…。」

 

「なんの話…ああ、そっか。」

 

「うん」

 

姉さんが言っていた言葉の意味を理解するのに数秒も要らなかったがあえて此処では言葉にしておく。

明日は会長選挙と生徒総会が行われるからだ。

つまり明日の新任の生徒会長が当選すれば姉さんは生徒会長の肩書きが外れる、と言うことになる。

そして姉さんが生徒会長として過ごす最後の1日である。

だが、そこにあるのは感傷的なものが少しだけで「惜しい…」と言うものは見られなかった。

 

「でも、あーちゃんが今回一人だけの候補になっちゃったけど八くんがあーちゃんをどんな手を使って奮い立たせたのか分からないけど珍しくヤル気満々よ?これなら任せられそうね。どんな手を使ったの?」

 

「それは秘密ってことで。」

 

対抗馬がいないが中条先輩の性質的に妙な義務感に駆られてはいるが俺が見せた「あの映像」でやる気に満ち溢れていたのは分かった。

一年生は中条先輩に世話になっているものが多くほのかや雫に手伝ってもらい「会長は中条先輩で」派をこっそりと増やしていた。

 

会長選挙が終わったとしても後輩から信頼を受けているので仮に演説が終わったとしてもモチベーションは保ち続けるだろう。

 

「どちらかと言えば、問題は生徒総会の方でしょう。」

 

市原先輩が卓上端末を上下にスクロールし文章を読みながらチェックをしているようだ。

 

「春の臨時総会であんな大見得切ったんだ。今さら引っ込みはつかないだろう。」

 

渡辺先輩が食事を終えて弁当をしまっている。

 

「引っ込めるつもりなんて更々無いけどね?」

 

「大見得?なにそれ?」

 

聞きなれない単語に疑問符を浮かべると姉さんが答えてくれた。

春先にあった『襲撃事件』の際に二科生徒との臨時総会で「生徒会役員の一科、二科の制限撤廃」を指針として告げていたらしい。

 

「そんなことがあったのな。」

 

「八幡さんはその際に主犯格達の鎮圧に向かわれておりましたから…。その指針で暴走する方が出で来るのではないかと懸念をしていたのですが…どうやら杞憂だったようですね。」

 

全員にお茶を配り終えた深雪が冗談じみたことを言うと今度は渡辺先輩が口を開く。

 

「闇討ちか?まぁ我が校の生徒に、この女を襲う度胸があるとは思えないからね。近くにいる男が男だし。」

 

そういって俺を見る渡辺先輩。

その発言を受けて部屋にいる全員が俺を見る。え、なんすか…怖い。

 

「姉さんみたいな実力者に実力差がある魔法戦を挑む奴はいないと思いますし…それに」

 

「「「それに?」」」

 

渡辺先輩、市原先輩、中条先輩が俺の言葉にギョッとしただろう。俺は無意識だったが。

 

「姉さんに危害を加えるなら殺します。」

 

「「「!?」」」

 

「冗談っすよ。まぁ痛い目を見てもらいますけどね?」

 

(((冗談に聞こえないんだが)です…)ですけど)

 

おや?微妙な雰囲気になってしまったのを感じ取ったのか姉さんがフォローをいれる。

 

「でも、摩利の言い方は傷ついちゃうわ。女の子相手に酷いと思わない?八くん。」

 

俺に話を振った姉さんの表情は明らかに笑みが浮かんでいる。

 

「そうだね…でも俺がいつでも守れる訳じゃないから気を付けたほうがいいよ。」

 

「えっ?」

 

しかし、俺の回答は姉さんの予想とは異なっていたらしい。

 

「姉さんは女の子で、美少女だからなぁ…悪い虫が寄ってこないか心配なんだが。」

 

「…そ、そう///」

 

「?」

 

何故だか動揺している姉さん、一方で俺のとなりにいる深雪が俺を魔法で凍らせようとしていたのが理解できなかった。いや、姉さんが美少女なのは疑いようがない真実なんですが。

 

「反対派が姉さんを襲わないとは限らないからな…今日は俺が傍にいるとしよう。」

 

「…///」

 

「君は真由美の事になると本当に過保護だな。」

 

「…当然っすよ。」

 

「…」

 

絶妙に変わった俺の表情に全員が達也も深雪すらも気がつかなかった。

その中で気がついたのは姉の真由美だけだった。

 

◆ ◆ ◆

 

弟の八幡と共に自宅へ帰宅し、妹達と食事を取りながら雑談をしていた。

日付が変わる数時間前。

七草の本邸の庶民からしてみれば大きすぎるかもしれない、足を伸ばすことが出来てちょっとした旅館レベルの大きな浴槽に浸かりながら入浴剤が入った少し色づいたお湯のなかに沈む自分の肢体を見ていた。

 

『貧相なプロポーションだとは思わない。』

 

『身長の成長は中学三年生で止まってしまったが妹達も小柄…と言うよりも母親も身長が同年代に比べれば小さい方だったので遺伝的なものだと諦めている。小町ちゃんはまだ伸びているらしいけど。』

 

『背が低い割には手足が長いとブティックやエステサロンでも言われる』

 

『胸も身長の割には大きいと言われるし、ウエストはどんな服でも苦労したことはない』

 

『割りとイケている、と自分でも思う。』

 

『彼の目には私はどう映っているのだろうか?』

 

彼、つまりは義弟である男の子。二人称である部分には八幡の名前が入っていた。

 

妹達が誘拐をされて助けに入った現場では本当になんの損得なしにただ『助けに入った』だけ。

父から養子の事を提案されてその直前に実の両親から絶縁された高校生にもなっていない男の子が自分の保護ではなく血の繋がった妹を保護するためを思って養子に入った。

それから彼は口では言うものの他人のために動いている。

 

そんな彼の行動にクスッと笑みが浮かぶ。

 

男女関係なく…そのせいで彼を慕う女子がもう既に私が知っているだけで数名はいることにちょっと…どころではなくムッときている。

その中の一人は『彼女(司波深雪)』であり初めて彼女を入学式で見た瞬間、自信が揺らぎそうになるほどの完璧な姿だったと思ってしまう。

 

義弟である彼を私はどう思っているのだろう?

ただの義姉?それとも…。

 

無意識に真由美は湯船に顔を沈める。

ぶくぶく、と湯船に沈めた口から出る空気が泡となり弾けた。

その吐いた息が呼吸なのか溜め息だったのかは本人の預かり知らぬ行動だったのだろう。

 

彼の来歴を思い返す。

 

家柄は元師補十八家の『八幡家』の長男。

見た目は平凡…ではなく非常に整ったイケメンと言うには少し言いすぎかも…まぁ整ってはいる。

魔法技能は七草家に入り劣ることの無い『万能』と呼べるほどの圧倒的な魔法の才能を持っている。同学年…もしかしたら世界中の魔法師と比べても勝てるものは私を含めいないかもしれない。

 

それだけの力を幼少期から持っているにも関わらず実妹に危害が加えられないようにその意識を自分に差し替えて内側からは『無関心』外側からは常に『悪意』に晒されてきた。

 

そして夏休みに聞いた彼の他人に対しての根幹を作ってしまった『悪夢』に対して彼に掛ける言葉が見当たらなかった。

真由美自体も家柄の事もありやっかみを受けたことをあるが彼が受けた仕打ちは想像以上だったからだ。

 

だが彼は私たち他人に対して「無関心」というその素振りを見せたことがない。

 

私が本当に何気なしにふざけて抱きついても彼は優しい表情で構ってくれる。

お風呂や海水浴でのハプニングで見られてしまったがその際は顔を真っ赤にして恥ずかしがっていて私自身恥ずかしかったけど女の子として見られているようで嬉しかった。

 

血の繋がりはない私や妹達を本当に心配し、守ってくれている。

しかしそれは家族として信頼されているが異性として見られていないと言う裏返しになるのだが…。

 

湯船から顔を揚げて脳が酸素を欲しているので大きく息を二回、三回と吸って先程の事を思いだしハッとなり、顔が紅くなっていた。

 

彼に対する想いは出会った時は『面白い変わった男の子』だと思った。

その後、一緒に過ごすにつれて「捻くれているけど可愛い弟」変わった。

九校戦の時に彼がクリティカルな攻撃を受けた時に本当に心配した。

彼の過去を聞いて私は家族として認められ愛されていることを知って嬉しかった。

だがそれと同時に私が彼を一人の異性として目で追ったり、他の女性に触れたりしていると嫉妬していることに気がついてしまった。

 

その事から導き出される答えは一つしかないに真由美はハッとなり今自分が思っていることを否定しようとしたがそれは出来ず深く沈んでいった。

 

その表情はお湯の暑さから来るものではなかった。

 

「私八くんの事好きなのかなぁ…。」

 

考え事をしていたお陰でのぼせかけた頭で自覚した。

 

義弟としてでなく一人の異性として見ていること、彼に異性として見てほしい、ということに。

 

◆ ◆ ◆

 

そんな真由美が一人相撲をしていた次の日。

生徒総会と会長選挙当日がやってきた。

 

「全員揃ったな?配置の最終確認をするぞ?」

 

風紀委員室に全員が本部に集められており渡辺先輩が最終確認を取っていた。

ローテンションを組みバラバラに動いている風紀委員会であったが前述する行事の事も相まって一度に総動員されていた。

風紀委員計9名で全校生徒560名の対応をしなければならない。

まぁ、渡辺先輩と達也と俺がいるので問題はないが。

 

俺と達也は舞台袖で壇上にいる生徒に対して襲撃を掛けるものがいれば取り押さえる言わば最終防衛ラインとなっている。

が、そんなことはあり得ないだろうと俺は思っている。

 

昨日は姉さんと一緒に帰ったが普段と変わらない帰り道だったからだ。

姉さんのファンクラブなるものからの嫉妬の視線を受けはしたが。

姉さんの演説がついに始まった。

 

「…以上の理由を以て、私は生徒会役員に関する選任資格の撤廃を提案いたします。」

 

姉さんの議案説明が終わったところで一科生女子生徒が挙手した。

 

案の定と言うべきか反対意見が出たが暴発に終わりそれを否定する根拠を提出できずに質問をしてきた一科生の先輩は着席することになり生徒会役員資格制限撤廃は賛成多数で可決されたのだった。

 

そしていよいよ中条先輩の選挙演説が始まった。

立候補者が一人しかいないので所謂所信表明演説に近いのだが、形式的には信任投票が行われる。

しかもそれが電子投票ではなく紙に書いて投票ボックスにいれて行うアナログな投票スタイルである。

緊張した面持ちであるがやる気に満ち溢れた表情の中条先輩は演説台へと向かった。

 

中条先輩は理論・実技共にトップクラスの生徒であり、それを少しも鼻に掛けること無く謙虚で人当たりのよい中条先輩は俺たち一年生のみならず慕われている。

その見た目も相まって姉さんとは違う「みんなのアイドル」のような扱いを受けていることは校内の情報から耳に入ってきていた。

 

演説台で一礼するとアイドルに向かって拍手や口笛を向けると言った男性ファンののりのようなところがあった。

 

緊張はしているのだろうが人間は極限状態になると逆に冷静になることがあるのでそれは中条先輩にも言えることだろう。

能弁に「政策」や「政見」を発表している。

 

問題が起こったのは、次期生徒会役員の言及をしたときに発生した。

先程の生徒会役員資格制限撤廃に関する事柄を述べたところ低レベルな野次が飛んできていた。

その野次に対して中条先輩はなにも答えない。

そのような反応が来ることは予想済みではあったが想定外の事が発生していた。

 

野次を飛ばした反対派と中条先輩のファンが小競り合いが生じ掴み合いに発展していた。

 

「お静かに願います!ご着席ください!」

 

「静粛に願います!」

 

「落ち着いてください!皆さん!」

 

深雪や服部先輩に姉さんが声を張り上げて注意するが収まる様子は見られずさらにその小競り合いは広がっていく一方であった。

 

その光景を見た達也が八幡に「怪我をさせても構わないなら…」と頭痛を感じながらこの騒動を止めるためにアイコンタクトをしてきて八幡もそれに答え溜め息をつきながら壇上の下へ飛び降りようとした次の瞬間。

 

極めて下品で中条先輩を侮辱するような野次が反対派から飛び出た瞬間構内に少女の叱責と少年の殺気が広がった。

 

「「黙れ」「静まりなさい」」

 

全く叫んでもいないのに喧騒のなかで同じタイミングで響く二言は一瞬にして構内に伝播し取っ組み合いは終焉を迎えた。

 

壇上では取っ組み合いを阻止するために舞台袖から出てきた風紀委員の八幡と議長役の深雪が舞台に立っていた。

 

舞台では想子光の吹雪が彼女の怒りを現すが如く荒れ狂っており、争っていた人たちをまるで心臓を鷲掴みされているような恐怖を圧倒的な殺気として少年はぶつけている。

この会場を支配しているのはこの二名でまるで死に方を選べ、と言われているようなものであった。

常識を逸脱した干渉力の高さと純粋な怒りと殺気。

生徒達は壇上にいる二人に怯え、震えるしかなかった。

 

しかし、その空間は終わりを迎える。

いつのまにか少女の方には兄が、少年の方には姉が近くに立っており、それぞれ干渉力と殺気を掻き消し薄めていった。

 

しかし、収まったといってもその場で騒ぎ立てる蛮勇の者はいなかった。

 

◆ 

 

その後は皆秩序を取り戻し粛々と予定を消化して投票が始まった。

皆大人しく投票箱へ票を入れていた。

 

そして翌日、投票結果が発表された。

 

◆ ◆ ◆

 

結果発表~!!といって茶化してみるが隣にいる深雪が泣きそうな表情になっているので気が気ではない。

俺と深雪は苦い顔と泣きそうな表情で開票結果をみていた…のだが。

 

投票数が五百五十四票。

 

中条先輩が百七十三票で無事生徒会長に当選していた。おめでとうございます!と言いたいところだが引っ掛かる部分があるのだ。

 

おや?残りの投票数が差数で三百以上あるのだ。

あれだげ威圧感を飛ばして粛々と投票させたというのに中条先輩に票が入っていないのか?と思ってしまう人もいるだろうが安心してほしい。しっかりと投票はされているのだ。

 

『中条先輩』以外にだが。

 

「…こんな結果になるなんてねぇ。」

 

「司波が二百二十票、中条が百七十三票、八幡くんが百六十一票…」

 

「待って下さい、勘違いして私に投票した人たちが大勢いたのは認めざるを得ませんが…」

 

認めたくない、と深雪が抑えた声で抗議するがここが限界だったらしい。

 

「どうして私が『女王様』や『女王陛下』、『スノークイーン』が私の得票にカウントされているんですか!」

 

泣きそうな…というかもう涙声で叫んだ。

 

「なんで俺に至っては『覇王』とか『世紀末覇者』、『七草の最終兵器』とか書かれてるの?これ最後は完璧に悪口だよね?これら。」

 

俺は呆れ気味で苦笑せざるを得なかった。

 

「投票用紙に『深雪女王様』とか『覇王八幡』とか書いてありますし…他の解釈がしようがありません。」

 

市原先輩が困ったような声で深雪を宥めているが、納得できていなかった。

 

「何ですか、それはっ?わたしは変態的な性癖な持ち主だと思われているのですかっ!?」

 

「女の子が『変態的な性癖の持ち主』って言わない。てか、落ち着け深雪…。」

 

どうどう…と思わず深雪に近づき宥めていると涙目…というか泣いてしまい思わず小さい子をあやすように頭を撫でてしまっていた。

 

「八幡さぁん…。ぐすっ。」

 

深雪の行動にフォローをいれる。

 

「まぁ、あの場で深雪が全員を制止してなかったら四、五年前の悲劇が繰り返されていたからあの行動は正しかったんだよ。深雪は立派な行動をしたんだ。誇ってよいと思うぞ。」

 

「そ、そうよ。深雪さんや八くんが制止していなければ今ごろ魔法の撃ち合いに発展していたわ。」

 

「わ、私たちの代でそんなこの学校の歴史に残る事件が発生しなくてよかったよ。」

 

姉さんと渡辺先輩は動揺しながら深雪のフォローに入るが次の深雪の発言に「うっ…」と言葉を詰まらせてしまう。

 

「ぐすっ…でも八幡さんの威圧感で会場も制止していたじゃないですか、私が止めなくとも…。」

 

「「うっ…」」

 

すかさず俺がフォローする。

今日は深雪を甘やかさないと不味い気がしたからだ。

 

「あれは深雪がやってくれたからみんな魔法の撃ち合いにならずに済んだんだ。俺も寸でのところで止まれたし。だからよくやったな。」

 

「八幡さん…///」

 

「ちょっ…お、おい!」

 

そう言って深雪の頭を再び撫でると顔をトロン、とさせて離れるかと思いきや突如として俺の胸元へ飛び込み嬉々として、頬を俺の胸に擦り付け甘えるような行動を取っており俺は離れるように言えなかった。

 

その光景を達也は「やれやれ」とあずさは顔を隠しながら指の隙間から「はわわ…」と顔を紅くして摩利と鈴音は余りの甘ったるい雰囲気に胸焼けを覚えいた。

 

「……」

 

その光景を一人モヤモヤした面持ちでみていたのは真由美であった。

 

様々な騒動が起こった第一高校の次期生徒会長は二年生中条あずさがその座に就くことになり収束を向かえた。

 



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『横浜騒乱編~黒衣の執行者』
エンカウント


お久しぶりに此方へ投稿…お待たせしました。
今回のお話しはほとんど進展はありませんが作中にようやくあの後輩が現れます。

コメント&高評価ありがとうございます。
誤字脱字報告も重ねてありがとうございます。

今年中に『横浜騒乱編』終わるといいなぁ…。

それでは最新話をどうぞ。


近年、オートメーションが進んでいる湾岸施設は一定の人員がいるだけでほぼ無人であった。

 

その為、夜間は岸への接岸は禁止されているはずのなのだが日本籍に偽装した外国船が密かに接岸し日付も変わろうかとしている深夜、大勢の邪悪な気配を漂わせていた。

 

『五号物揚場に接岸した小型貨物船より不法侵入者が上陸。総員直ちに五号物揚場へ急行されたし。』

 

短波無線に届いた指令に私服警察官は顔を見合わせること無く現場へと急行した。

しかし、その現場へ向かう二名の警察官の表情は対照的であった。

 

「やれやれ、やっぱりあそこか。」

 

「ぼやいている場合じゃないですよ!警部!」

 

「しかしね、稲垣くん。」

 

「つべこべ言わずに走る!」

 

「俺は君の上司なんだがね?」

 

「歳は自分の方が上です!」

 

「やれやれ…。」

 

年上の部下に対して適当な感じに答えながら八幡の同級生の兄である千葉寿和警部は足の回転を早めて部下である稲垣警部補と千葉警部は700Mもある現地点から三十秒ほどで到着した。

両名共に魔法師であった。

 

駆けつけているのが自分達だけということに気がついた寿和はぼやいた。

 

「やっぱり人手不足だよなぁ…。」

 

「魔法犯に対応できるのが魔法課の刑事だけですからね!」

 

「本当は、そうでもないんだけどなぁ…っと!!」

 

緊張感の無い会話を皮切りに寿和警部は高く跳躍した。

その手には一般的な反りの少ない直径1Mほどの飾り気の無い普通の木刀。

空中で滞空しながらサプレッサーがついたサブマシンガンを三点バーストで速射してくるテロリストの攻撃を柳のように回避し密入者の生け垣を飛び越え援護魔法を仕掛けてきている魔法師三人をただの木刀で殴り倒していた。

一方で稲垣警部補はサブマシンガンを持つ密入者相手に拳銃で打ち倒している。

素早く魔法師を片付けた寿和警部は挟撃する形で稲垣警部補と共に侵入者を援軍を待たずして制圧した。

 

「警部、船を抑えましょう!」

 

「えっ?俺が?」

 

「づべこべ言わない!」

 

コントでもしているのかと錯覚するような掛け合いにたった今密入国しているもの達と戦っているようには到底思えない雰囲気さえあった。

 

だが、流石に敵を逃がすようなことをしないのは仕事人としての性なのかもしれない。

 

「わかったわかった。じゃあ稲垣くん船を止めてくれ。」

 

「…自分では船を沈めることになるかも知れませんよ?」

 

「そのときは俺じゃなくて課長が責任を取るよ。」

 

「『俺が取る』とは仰らないんですね?」

 

その発言にガックリと肩を落としながらリボルバーにケースレス弾を再装填する手付きに迷いはない。

稲垣警部補がグリップ底部のスイッチを押すとバレルに内蔵された標準補助機構がホロスクリーンとして展開した。

そして武装一体型の特化型CAD、リボルバー型銃型デバイス『ルプス』の稲垣警部補のカスタムされたデバイスに仕込まれている魔法の起動式が展開する。

引き金を引くと同時に魔法が炸裂し貫通力と威力を向上させたメタルジャケット弾が離岸する小型船舶船尾を撃ち抜き爆発させた。

小型船舶は動力源を破壊されて惰性だけで動いている状態になっている。

 

「流石だねぇ稲垣くん。」

 

呑気な称賛を口ずさむがパチン、と金具が外れる音が聞こえた。

木刀…ではなく仕込み杖。白刃が夜闇に煌めく。

義経の壇之浦八艘飛びといわんばかりに千葉警部が小型船舶に飛び移る。

鋼鉄の船舶扉は千葉一門の秘剣「斬鉄」によって切り裂かれた。

次々と船舶内部に突き進む千葉警部は獲物1本を手に捜査を始めた。

 

 

「お疲れさまです警部。」

 

「全く…骨折り損のくたびれ儲け、とはまさにこの事だねぇ。」

 

時刻は空が白み始めてきており千葉警部はまさに他人事のように呟いた。

勇んで船のなかを突き進むがもぬけの殻で、船底ハッチが開いており恐らくはそのハッチより潜水して何処かへと脱出を果たしてしまっていたようだった。

沈没中の密入船は稲垣警部補と千葉警部の攻撃のお陰で沈没の速度が早まってしまい今はもう湾内海底に沈んでしまった。

特段手がかりになるようなものはなかったが後で課長に叱責を食らうと考えると気が重くなったがそのときの自分に投げることに決めた。

 

「逃げた賊の行方は未だに不明ですが…。」

 

「まぁ、潜伏しそうな場所は分かりきってはいるが…。」

 

千葉警部がそう言うと別方向に視線を向ける。

危うく沈没に巻き込まれそうになった千葉警部はその一躍をになった年上の後輩に恨み目がしを向けた。

 

◆ ◆ ◆

 

時を同じくして某所。

 

井戸の中から全身ずぶ濡れのウエットスーツを着用した男達が一人、二人と次々と這い出してきて総勢十六名の男達が井戸の回りに集結する。

 

その這い出てきていた姿を一人の青年、身形を整えた若い男性が微笑を浮かべながら見ていた。

 

ずぶ濡れの男の一人が酸素レギュレーターをはずし素顔を見せる。

まさに「悪人」といった形相の男が青年に気がつき近づく。

青年が声を掛けた。

 

「皆様、着替えてお寛ぎを朝食を用意させておりますので。」

 

そう青年がいうとこの怪しい集団の先程レギュレーターをはずした男が答える。

 

「周先生、ご協力を感謝いたします。」

 

さして感謝など微塵も感じさせない感情が映った言葉であったが気にも留めずににこやかに笑みを浮かべるだけで十六人の男達を引き連れて建物の内部へと入っていった。

 

 

魔法科高校における二大大会がある。

一つは九校戦。もう一つは近々開催される「全国高校生魔法魔法学論文コペティション」…まぁ長いから「論文コンペ」にしておこう。

全国高校生、とは言うもの実質は魔法科高校九校が対象となっており九校戦が「武」を競い合うモノだとするならば論文コンペは「知」を競い合う九校間対抗戦だろう。

なぜ俺がこんなことを説明しているのかというと…。

 

「八幡くんには論文コンペの警備をお願いしたいんだ。」

 

「はぁ…俺がですか?」

 

十月になると先任だった風紀委員長である渡辺先輩は引退、という形を取ってはいるが新任の千代田先輩が心配なのか、其れとも普段の癖が習慣付いているのかは知らないが風紀委員会本部に入った矢先にそんなことを告げられた。

正直金銭の発生しない仕事は乗り気がしないと態度で示すと苦笑された。

 

「警備、といっても会場警備のではないよ。そちらはプロを用意する。」

 

「そこじゃなかったら誰を?うちの論文コンペに出場する生徒っすか?」

 

「そうだ、チームメンバの身辺警護とプレゼン用資料と機材の見張り番だ。論文コンペには『魔法大学関係者を除き非公開』の貴重な資料が使われるからね。そのことは外部の者にも知られている。そのせいで所為で時々、コンペのメンバーが産業スパイの標的になることがあるのだよ。」

 

「なるほど…じゃあどっかの企業がサーバーにハッキングしてきたりとかするんですかね?」

 

まぁ、確かに魔法高校の論文はどこぞの企業にとっても興味深いものであるだろうし狙われるのは分かる気がするが。

 

「いや、そんなことはないが…産業スパイといってもチンピラが小遣い稼ぎを企む程度のレベルだからな…むしろ警戒すべきは置き引きや引ったくりだ。四年前には、会場へ向かう途中のプレゼンターが襲われて怪我をした事例もある。そこで各校ではコンペ開催の前後数週間、参加メンバーに護衛を付けるようになったんだ。」

 

渡辺先輩にそういわれて合点がいった。

いくら学校の行事といっても『魔法』が関わっているのならばそういう風な対応が採られても不思議ではないだろう。

 

渡辺先輩は重ねて説明する。

 

「当校でも無論、毎年護衛を付けている。護衛のメンバーは風紀委員会と部活連執行部から選ばれるが、具体的には誰が誰をガードするのかについては当人の意思が尊重される。そこでだ…」

 

俺を見て渡辺先輩は人の悪い笑みを浮かべて発言した。

 

「八幡くんには司波くんの護衛をお願いしたい。」

 

は?達也の護衛?要らなくない?

と、思ったことをそのまま俺は口に出した。

 

「え、要らなくないっすか?達也の実力なら返り討ちに出来ると思うんすけど…。」

 

「まぁ、そうなんだが…。」

 

「君を達也くんの護衛に依頼したのは他の人員が襲撃されたときの補助要因として護衛に加わって欲しいのだよ。君ほどの実力者が居てくれれば今年度も安心だからな…其れに形とは言え司波くんに護衛を付けないのは妹の方が怒りそうだからな…。」

 

渡辺先輩にそういわれて脳内で深雪が笑顔のまま背景が凍り漬けになっている景色を幻視して少しブルッた。

 

「まぁ、本決定までには時間があるので考えておいてくれたまえ。達也くんにはまだ伝えてはいないが…。」

 

そんなことを言われてほとんど護衛は確定したようなものだったがポーズとして「考えておきます」とだけ伝えて風紀委員会本部から退出した。

 

「ま~た面倒なことに巻き込まれそうだな。」

 

退出したあとにそんなことを呟くと《賢者の瞳(ワイズマン・サイト)》が一瞬だけだが今後の未来を映し出した感じが脳裏をチラついてため息をついてしまった。

 

◆ ◆ ◆

 

その日の夕方、自室にて《特化型CAD(フェンリル)》並びに魔法式の最適化を施していると端末が震える。

 

「ん?愛梨か。」

 

その着信の主は『一色愛梨』が示されていた。

室内のモニターに繋ぎテレビ会話を開始する。

 

『ご、ごきげんようですわ八幡さま。』

 

少し上ずった声で俺に話しかけてくる。

 

「よっ、愛梨久しぶりだな。…っと言っても1ヶ月前に通話しただろ。」

 

『そ、それは言葉の綾ですわ…それよりもお話ししたいことがありまして…。』

 

そんなこんなでお互いの近況を説明する。

夏休みは何処に行ったのか、なにをしていたのかをだ。

…まぁ俺の場合『次元解放(ディメンジョンオーバー)』で飛ばされた先で少し学生達のエンターテイメントの背後に蠢く黒い陰謀の争い事に巻き込まれていたんだけどな…。

そんなことを伝えても「頭がおかしいのでは?」と言われてしまうので此処では告げなかった。

そんなこんなで雫の別荘に行ったりだとか深雪の家にお呼ばれしたりだとか、誕生日を祝って貰ったなどを告げると画面の愛梨は目に見えて不機嫌になっていた。

 

『どうして八幡さまは誕生日を教えてくださらなかったのですか…?』

 

「いや、聞かれなかったし…ってこのやり取りどっかで聞いたな。」

 

何故か俺が悪いことになっており思わず頭を掻いてしまった。

 

『まぁ、お会いしたときに聞かなかった私の不覚ですわ…はぁ、深雪は既にお祝いをしていると言うのに…。八幡さま!』

 

「うぉっ!!なんだよ一体…。」

 

急に画面に近付くもんだから驚いてしまった俺を尻目に愛梨は告げてきた。

 

『こ、今度八幡さまのご自宅にお邪魔してもよろしいですか!?僭越ながらお祝いをさせて貰いたいので…。』

 

「いや、誕生日はもう過ぎてるし…そもそも愛梨は石川の実家にいるんだろ?わざわざ…大変だろうし気持ちだけ受け取っておくよ。」

 

来なくてもいいぞ?と言いかけたがそれは彼女にとってとっても失礼だろうととっさに判断した俺を誉めて欲しいが寸でのところで言い止まった。

 

『それでは今度、東京へお会いに…ではなく観光に参りたいと思いますのでご案内を頼めますか…?』

 

「…わかった。ただ俺もそんなに詳しい訳じゃないから其れでもいいなら。」

 

『や、約束ですわよ!?』

 

「いや、ちゃんと案内するから…。」

 

東京の名所…あんな雑踏としたところを愛梨を案内するのはどうなんだろうか…。

 

『やった…八幡さまとのデート…。』

 

「なんか言ったか?」

 

あまりの気迫に俺が画面から後ずさりしそうになったが踏み止まり頷く。

そうすると嬉しそうに何かを呟いていた。

 

『いいえ、何も!』

 

その笑顔は思わず俺を赤面させるには十分すぎるほど強烈な笑顔であった。

話しは戻り近々行われる論文コンペの話となった。

 

『…それでは八幡さまはメンバーの警護をなされるのですね?』

 

「ああ、正直護衛を受け持つ奴に俺は必要ないと思うんだけどな…。」

 

『司波さんには…確かに必要ないかもしれないですね。』

 

「だろ?…正直深雪が怖いからって言うのもあるんだけどな。」

 

『まぁ、万が一、ということも有りますし…』

 

ははは…と乾いた笑いを出すと愛梨は苦笑いをしてくれた。

 

『私も論文コンペには発表者ではなく応援で現地入りしますのでお会いできるのを楽しみしていますわ八幡さま。』

 

「おう、会場で待ってるよ、それと…」

 

ちょうど手元に暇潰しで作成していた愛梨用の武装一体型CADの事を伝えようとした矢先に愛梨のテレビ通話側から

声が聞こえた。

 

『愛梨~。いろはより先にお風呂に入っちゃいなさい~』

 

この妙に間の抜けた声は愛梨のお母さんである紅利栖さんだろう。

さすがの愛梨も無視するわけには行かないようだったので。

 

『お母様わかりましたわ~!あ、ごめんなさい八幡さま…先にいろはに入るように行ってきますね。あ、このままで。』

 

「後ででもいいんじゃないか?」

 

『いえ、下手するとお母様が八幡さまと会話をし始めそうなので…。少しお待ちください。』

 

「あ、おい」

 

そういって愛梨は通話をつけたまま部屋から出ていってしまった。

 

「行っちゃったし…しかし男子と話していてそのままにするかね…俺は男として見られていないのでは…?」

 

そんなことを呟きながらテレビ通話に映る愛梨の部屋を見てしまった。

お嬢様ではあるが年頃の女の子ということもありウサギのぬいぐるみがおかれていたりと部屋のカラーは明るい色調であった。

ふと、ベットのそばにおいてある写真立てに目が向かう。

そこには姉妹仲良く写る愛梨と俺をなじってきていた後輩の姿があった。

その写真は幼いときに撮ったものなのだろう背格好は今とは随分違っている。

しかし、その笑顔は変わっていないように見えた。

懐かしい、と思った矢先にその声が聞こえてきた。

 

『あれ?お姉ちゃんを呼びに行ったのにいないじゃん…あれしかもテレビ通話繋ぎっぱなし…もうお姉ちゃんってば……え?』

 

ガチャりと部屋のドアが開いた。

画面に映り込んだ人物を見て互いにフリーズしてしまった。

 

「…あ?」

 

沈黙は数秒だったかもしれないし数十分だったかもしれない。

先に口を開いたのは画面越しの少女だった。

 

『セン…パイ…?』

 

まるで幽霊でも見ているかのような表情を浮かべ確認するように問いかけてくる。

俺も気が動転していたのだろう思わず昔のように接してしまった。

 

「よう、一色。」

 

口元を押さえ顔をうつむかせながら此方の画面へと近付いてきたかと思いきや壁に備え付けられている液晶を外さんばかりに揺らしてきた。

 

『センパイセンパイセンパイセンパイセンパイセンパイ…!!!』

 

「ちょっ…やめろ一色!酔う、酔うから!」

 

ガクガクガクっと大きく揺れて三半規管がやられそうになったがそんな柔な鍛え方をしていないが実際不快感の方が勝ってしまうので気が動転している一色を宥める。

 

「落ち着け!一色!」

 

数回揺らされたあとに画面の向こうの後輩は肩で息をしておりガバッと顔を上げるとその瞳には涙が溜まっていた。

 

『一体何処にいたんですかぁ!…ひっぐ…必死に探したのに見つからなくて…えぐっ…先輩のお家にも行ったのにお米も居ないしお家も無くなってるし…雪ノ下先輩達と一緒に探したけど行方不明だって…うぇ~ん…!!』

 

此処まで号泣されてしまうと返す言葉も思い浮かばないのだが…返す言葉を思案していると開いているドアから突然叫びが聞こえたので急いで駆けつけた愛梨と紅利栖さんがやってきた。

 

『いろは!?どうしたの!…あ』

 

『いろはちゃん~!どうしたの?…あら?』

 

二人が目にしたのは通話中で画面に映る俺と目が腫れぼったくなっている一色。

一色は振り向き見たことの無い表情と雰囲気を実姉と母親にぶつけていた。

二人は恐怖し、思わず俺も恐怖を覚えた。

 

『オネエチャン?オカアサン?スコシオハナシシヨッカ?』

 

『…!(コクコクコク!!)』

 

『あはは…。』

 

俺は思わず通話を切ろうとしたがホラー映画のように一色の首が此方に向く。うわっ、こわっ!!

 

『センパイも一緒に『オハナシ』しましょうか?』

 

「お、おう…。」

 

こうして一色によるお説教、もといオハナシが始まった。

 

 

『…でお姉ちゃんは九校戦で見つけたセンパイの事をわたしに伝え忘れていたと。』

 

ジト目で一色は愛梨を見ている。

その視線に耐えきれず思わずそっぽを向いてしまう愛梨。

 

『は、はい…。』

 

そしてその視線は母親である紅利栖さんへと向けられる。

 

『そしてお母さんもその場で先輩に会っていたと…。』

 

『い、いろはちゃん顔がこわいわよ~』

 

『顔はお母さんの遺伝なんですけど?』

 

『ははは…。』

 

明らかに表情が泳いでいた。

 

「まったく…それで先輩?」

 

今度は矛先が此方に向く。

 

「なんだ?」

 

『一体今まで何処にいたんですか?家の力を使っても見つからなかったのに…。』

 

「ああ…その事なんだが…。」

 

俺があの日、元親から絶縁された日から説明する。

偶々誘拐された七草の双子を救出しその日から俺と小町は比企谷の名字を捨てて『七草』の養子になり魔法第一高校に入学することになったことを伝えると驚いていた。

 

『だから探せなかったんですね…というよりも!無事だったら連絡くださいよ!心配したんですから!』

 

「お前らを巻き込まないようにするために端末全部処分してたからな…」

 

その事を告げると申し訳ない表情を浮かべ一色は「あっ…」と声を上げた。

 

『ごめんなさい先輩…』

 

「いや、気にしてくれたんだろ?ありがとうな。」

 

「!いや本当に心配してたんですからねセンパイそこのところ本当にわかってますか?その事が伝わったのなら何よりですけどその笑顔は本当に禁止カードですしかも会わないうちにめちゃくちゃイケメンになってるじゃないですかあ、顔のよさは元々でしたねそんなのでわたしが落ちると思ったら大間違いですよセンパイ本当にごめんなさい!」

 

いつも通りの長い罵倒を受けて懐かしい感傷が沸いてきた。

 

「ふへっ…」

 

『…ってなんで笑ってるんですか?気持ち悪いですよ?』

 

「久々にあってそういうこと言うか?」

 

そんなことを言ういろはであったが表情は嬉しそうだった。

俺も笑みを浮かべたのは昔の部室の風景を思い出してしまったからだろう。

 

『へへっ、変わらないですねセ~ンパイ♪』

 

『むぅ…』

 

『あらあら~。』

 

俺たちの光景を見て愛梨はなぜか悔しがり紅利栖さんが微笑ましいものを見ていた。

その後今度の東京観光に付いてくると強引に言ってきて断りようがないので仕方なく受け入れることにした。

俺の存在を雪ノ下達に伝えようとしていたのだがそれは阻止させて貰った。

かなり不満そうにしていたが納得してくれた。

会話も区切りが付いて終了した。

 

「ふぅ…てか愛梨、一色に俺の事を伝えてなかったのな…。」

 

会話を切ったあとにこの後愛梨は説教を受けているんだろうなと幻視してしまった。

あとうちの泉美と香澄が問い詰められているんだろうなと思い埋め合わせをしようと思い改修途中の特化型CAD(フェンリル)》に手を付けた。

 

◆ ◆ ◆

 

翌日。

達也達とは別行動を俺はしており新たな魔法を作成する為に、図書館へと向かっていた。

図書館、といってもほとんどが電子媒体化されており逆にこの時代になると紙媒体の方が珍しい。

重要なデータはオンラインでは閲覧できないのでこうして足を運んでいるのだった。

全てが個室になっており空きブースを探して奥へ向かうと1個の個室から知り合い、というよりも家族が出てきた。

 

「あれ?姉さん。」

 

「あら、八くんどうしたの?」

 

「俺は新しい魔法式のヒントがないか此処に来たけど姉さんは?」

 

「私は勉強しに来たのよ。」

 

「生徒会役員なのにか?推薦じゃねーの。」

 

「あ、八くん知らないんだ。生徒会経験者は辞退することになっているの。まぁ不文律なんだけどね。」

 

「そうだったのか…。」

 

初耳だった。

 

「…っとこんなところで立ち話もなんだし中に入ろっか?」

 

そうやって姉さんは先ほど出てきた個室を指差してきた。

 

「いや、一人用では?」

 

「いいからいいから。(八くんと個室…少しは意識してくれるかしら…?)」

 

姉さんに押しきられてもとい手を引かれ俺は二人一緒に個室へと入ることになった。

 

 

三人が入れば身動きが取れなくなるスペースでは今現在俺と姉さんが入りかなり手狭な状態になっている。

姉さんは女性としては小柄な方で俺は男子としては平均な体格をしてはいるがやはり一人用のスペースに入ることが間違っているので端末の前に俺が座り予備のスツールに座る姉さんと肩を寄せあって座るかたちになった。

 

狭い室内で美少女と二人きりというシチュエーションは健全な青少年なら興奮間違いなしだが俺と姉さんはつまりは姉弟なのでそんな感情は起こりにくい…といいたいところだが夏休みのあの一件があったのでそういうのがまったくないという訳ではない。

 

気にしない方向でいるのだが姉さんが隣に座っているのだがぶつかってしまう。

俺は次第に面倒くさくなったのである行動を取ることにした。

不意に、この個室には文献保護の為にと個室内での生徒同士の不純異性交遊を見張るための監視カメラが設置されている。

それに気がついた俺は今操作している学校の端末から経由してホストコンピューターに侵入しカメラの画像データを改竄する。

この状況を見られるわけには行かない。

 

「八くん何してるの?」

 

「ああちょっとね…。」

 

「ふーん…は、八くんちょっと失礼するね。」

 

「…っておいなにやってるんだよ姉さん。」

 

隣のスツールに座る姉さんが俺の椅子に座ってくる。

どういった状況かというと『姉さんが俺が座っているスツールに移動させ股の間、前方に座らせている』状態になっている。

 

当然ながら困惑、赤面している。自分でやったのに…。

 

姉さんとぶつかるのは姉さんが煩わしいと思ったがそこまでやれとは言っていない。

決して姉さんが俺の股の間に座りたいからではないだろう。

 

「は、八くん…?」

 

「どうしたの姉さん。」

 

「えーとなぜ私は八くんの椅子に座っているのかしら…。」

 

「いや、狭いし。こっちの方が(検索)やりやすいでしょ?てか自分で座ってきたのになぜ疑問系なのか。」

 

「…///(これはこれで恥ずかしい…!!)」

 

意味が違う気がするが赤面する姉さんを見るのが好きなのでこのままでいいだろう。

だが俺の中の姉さんを虐めたい欲が出てきてしまった。

背後から姉さんの耳元で囁く。

後ろから手を腰に回すような仕草をして所謂『あすなろ抱き』の状態になっている。

 

「は、八くん…?」

 

「こんなカメラがある前で一体何を想像したのかな姉さんは?」

 

姉さんの耳元で俺が今まで出したことの無いウィスパーボイスで囁くと身を振るわせモニターの明かりしかない個室内でも分かるほど赤くなっていた。

 

「ひゃう!…そ、それは…うう…八くんのイジワル…!」

 

「姉さんだからだよ…。」

 

身をよじって此方を見る姉さんはよく見ると目尻に少し涙が溜まっていた。

 

腕のなかでは姉さんの柔らかい感触が伝わる。

心音が聞こえそうなほどに接近した俺と姉さんはもう少しで唇がふれあいそうな程接近していたが姉さんの表情を見ていると罪悪感が湧き出てきてネタバラシをする。

 

「隣にいると姉さんが俺の腕に当たって鬱陶しいと思ったから移動して貰って助かったけど…姉さんは小さいからすっぽり収まってくれてよかったよ。てか俺に露出趣味は無いし姉弟だろ俺たち。」

 

おどけたような表情をすると姉さんはさらに顔を真っ赤にして俺の胸を叩く。

 

「うう…八くんなんか嫌い…!」

 

ポカポカと俺の胸を叩くがまったく痛くなかった。

そこで姉さんはハッとした。

 

「えっと…じゃあ八くんはカメラや人目が無かったら…例えばだけどホテルや鍵を閉めた私の部屋だったら…。」

 

「姉さんが『いいよ』って言うなら姉弟だけどいただくよ。『据え膳食わねば男の恥』って言うだろ。」

 

「あ、あう…////もう!お姉ちゃんをからかうのは禁止なんだからね…!」

 

脳の処理が追い付かなくなったのか顔を真っ赤にして俺の腕のなかでおとなしくなってしまった。

どうやら機嫌を損ねてしまったらしい。

自分で此方に移動してきたのにこっちが怒られるのは理不尽だな。

 

「(しまった…からかいすぎた。まぁ、姉さんだからいいか。)」

 

しばらくの間姉さんの機嫌を取るために大変だった。

狭い個室で姉さんを必死に頭を撫でていた。

 

俺の腕のなかにいる姉さんは何処か少し嬉しそうにしていたのは何故だったのだろうか?

その答えは俺には分からなかった。



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諜報は高ランクにしておけってMGSで言ってた。

遅くなりました。最新話です。
最近資格取得に向けて勉強をしているのでなかなか執筆が…楽しみにしている読者様大変申し訳ございません。(楽しみにしている人がいたらいいな…。)

感想&評価ありがとうございます。

まだまだ掻きたいことがありますが《九校戦》よりは短くなるかも知れないです。
けど長いですね…。

今回オリジナルキャラが出ますが本筋とはあまり関係がないので無視してください。
『部下』というだけです。

それでは最新話をどうぞ!


姉さんを密室で辱しめ(意味深)というよりもイチャイチャしながら調べ物及び勉強をして一緒に帰宅したその日の夜。

 

机に向かって《特化型CAD(フェンリル)》の調整をしていると端末が震える。

 

「…ん、こんな時間に誰だ…?」

 

どうやら端末に通知が入ったようだ。非通知が表示されている。

 

時間的にはもう深夜に差し掛かっている時間帯である筈なのだが気になった俺は直感を信じ着信を取ることにした。

 

「はい、八幡っす…」

 

応対すると端末からは聞き覚えのある声が聞こえる。

 

『あ、よかった~出てくれたわ。私よ八幡くん♪』

 

「は…?」

 

声のトーンは同級生の深雪に似ていたが分からない。声は非常に若い女性だった。

 

「えーと…どなたでしょうか…?」

 

『忘れちゃったの?私よ八幡くん。深夜です♪』

 

「…なして俺の連絡先を知ってるんですか?」

 

連絡先を知っているのは達也と深雪だけだ。深夜さんには伝えていない筈なのだが…。

そんなことを思っていると意識を引き戻される。

 

『実はこっそり深雪の連絡先から、ね?それよりもテレビ通話に出来るかしら?』

 

「?ええ。大丈夫ですけど…ちょっと待っててください。」

 

直ぐ様に端末からの通話ではなくテレビ通話に切り替えるとそこには深夜さんが映っていた。

この間あったときと変わらずに可憐で美しく本当に子持ちなのかと疑ってしまうくらいにはその美貌は相変わらずであった。

 

「何をしてるんすか深夜さん…。」

 

『実は娘のアドレスからコッソリ、ね?』

 

いや可愛いかよ…といわんばかりのフリーダムっぷりに俺は思わず頭を抱えそうになったがこの人の起こす事に一々反応しているとキリがないので本題に入る。

 

「それ怒られるの深夜さんですよ。それでどうしたんですか?」

 

『実はね…?』

 

思わず眉をひそめてしまう内容を聞かされた。

先日横浜の方で不審な船舶が密入国してきて船員は何処かに逃げて入国されてしまった事と魔法関連の有名企業がハッキングや盗難にあっていることを聞かされたのだ。

その話を受けて『ナハト』もハッキング被害を受けたと実働部隊のリーダーがそんなことを言っていたことを思い出した。

 

うちがハッキングを受けたのは《二重詠唱(デュアル・キャスト)》の情報だったが到達する前にカウンターして撃退されている。

…俺が独自に開発していた《自動変形二輪型CAD(グレイプニル)》と動力源である”あの鉱石”については知られていないので問題ではないだろう。

 

「俺の、うちの会社も…子会社ですけど被害にあったというのは聞いていましたがほんとうだったんすね。」

 

「そうなのよ。近い内に横浜で論文コンペがあるって言う話じゃない。それが不安でね?」

 

俺の会社と言い掛けてアブね、となった。

危うく口を滑らせてしまうところだったがセーフだろう。

七草の系列会社という体で喋っているが達也の母親だ、いつ解れた糸のようにそこから引っ張られて中身がバレるか分かったものではない。

というか一般の家庭が『十師族』に連絡していることがある種目をつけられるのでは?と思ったが今更か、と開き直り深夜さんの話を聞いていると興味深いことが耳に入ってきた。

 

「最近うちの子も知人に「聖遺物(レリック)を解析して欲しい」って言われて自宅で調べていたらハッキングを受けてね~困ってるのよ。」

 

今とんでもないことを聞かされたかもしれない。

 

「あの…とんでもなくさらっとヤバイ単語を聞かされたような…。」

 

その事を指摘すると深夜さんは口を押さえて「あら」といったような表情を浮かべたがさして気にしていないと言った態度だった。

 

「まぁ、他の人に聞かれたら困るけど八幡君なら大丈夫ね。」

 

「いや、軽いっすね…。」

 

達也と違い随分と楽観ししているところがあるなこの人は…まぁ聞かされたところで俺もばらすことはないのだが。

深夜さんは目を細めて俺に言った。

 

「恐らくうちの達也と深雪は八幡くんに迷惑を掛けてしまうこともあるかもしれないけど…そのときはごめんなさいね。」

 

「大丈夫っすよ。俺の唯一、唯二の存在なんで。」

 

社交辞令的に「大丈夫」とだけ答えておくが正直もう面倒事に巻き込まれている気がしないではないが。

 

「ふふっ、ありがとう八幡くん。それと…いえ、何でもないわ。お話に付き合ってくれてありがとう。今度また家へ遊びにいらっしゃってくださいね八幡くん。」

 

嬉しそうな表情を浮かべていたが深夜さんの表情は何かを憂いているようだった。

その事を追求しない方が良いと俺の本能が告げていた。

 

「また機会があればお邪魔させて貰います。」

 

そう告げると深夜さんはふと笑みを浮かべて通話を終了した。

 

 

「うちの達也に至っては心配は要らないと思うけど…過保護かしらねぇ私。」

 

「それが『お母さん』と言うものだと思いますけどね。深夜様。」

 

通話が終了し近くにいた穂波に話しかける。

その表情は心配する母親そのものであった。

 

「先日も達也は謎の組織に襲撃されて撃たれたと聞くし…心臓に悪いわ。いくら達也が『再成』を使えると言っても…。」

 

「…それが達也くんに与えられた祝福(呪い)ですからね。それがなければあの時私たち死んでいたかも知れませんけど…やりきれないですよね。」

 

「その力が達也を四葉に縛ってしまっているのよね…。母親として情けないわ。」

 

「そんなことは…。」

 

ない、と穂波が言いたかったが言葉に詰まってしまう。深夜フォローを入れるがやるせない気分になっているのが目に見えていたので言葉につまってしまう。

 

「本当の意味で達也を、深雪を解放できるのは…八幡くんだけなのかも知れないわね。」

 

愛する子供達の事を思えばこそ、今『四葉』という呪縛を解いてくれるのは達也の親友と深雪の想い人である八幡だけだろうとそう思ってしまったのであった。

 

◆ ◆ ◆

 

翌日、その日の放課後に渡辺先輩からの連絡があった。

 

『論文コンペの人員ついて話がある。風紀委員会本部に来てくれ』と。

 

俺はその足で風紀委員会本部へと足を進めた。

…俺、受けるって言ってないんだけど。

渡辺先輩の強引さは今に始まった話ではないし今更と言えば今更だ。

 

そんなことを思いつつ風紀委員会本部の扉前に到着し入室するとそこには渡辺先輩を始めとして新委員長の千代田先輩、五十里先輩がそして件の達也がそこにはいた。

達也は五十里先輩と論文コンペの事で話し合いをしていたらしい。

俺が来たことに渡辺先輩が気がついたらしく俺に意識を向ける。

 

「おお、来たか八幡くん。」

 

「すんません。遅れました。」

 

時間内には到着したとは思うが一応形だけでも謝っておく。

 

俺が来たことで渡辺先輩は「そろそろ本題に入ろう」と促した。

もちろん「論文コンペの警備担当」の話になるわけなのだが…

もろもろの事を達也に説明したあとに渡辺先輩は人の悪い笑みを浮かべている。

 

「さて…問題は君をどうするか、なんだが」

 

「必要ありませんよ。」

 

まぁ、そうなるよな?とはいってもそうは問屋が卸してくれない。

 

「まぁ、そうだろうが一応君に護衛をつけることには変わり無い。その人員が…」

 

渡辺先輩が俺を見て答えた。

 

「八幡くんが君の護衛を受け持つことになる。」

 

「は?」

 

「え、摩利さん。七草君をですか?」

 

「これは驚きだね。」

 

渡辺先輩を除くこの室内にいる生徒はおどろいていた。

達也に至っては呆然としているようにすら感じられる。

 

「渡辺先輩。どうして八幡が護衛に就くことになったのでしょうか…?」

 

達也が疑問を投げ掛けると理由を告げてくれた。

俺が選ばれたときと同じ理由だったが納得をしてくれた。

深雪の事は伝えてはいないがな。

 

「なるほど…そういうことだったんですね。ところで何故その采配を渡辺先輩が?」

 

俺もその事については疑問に思った。どうして引退したはずの前任の委員長である渡辺先輩がそんなことをしているのかと、視線を向けるとバツが悪そうな表情を浮かべている。

 

「いや、何故と言うことはないが…。」

 

言葉を濁した渡辺先輩を見て俺は思わず突っ込んでしまった。

 

「過保護っすね。」

 

その言葉を聞いた室内のメンバーは渡辺先輩を見て生暖かい笑みを浮かべ顔を紅くしてそっぽを向いてしまった。

どうやら的中だったようだ。

 

◆ ◆ ◆

 

達也曰く論文メンバーのお手伝いに選出されたのは数日前に言い渡されていたようで学校に提出する論文の内容は既に書くことが決まっていたとはいえ購買の原稿用紙が品切を起こしていたようで駅前にある文具店へ護衛の千代田先輩と俺、論文メンバーの五十里先輩と達也で買い出しに出ていた。

明日に提出を控えているのに待っていられないからだろう。

 

「わざわざ先輩達や八幡に付いてきてもらわなくても大丈夫でしたが…。」

 

「馬鹿言え。お前に何かあったら俺が深雪に殺される。」

 

「どれだけ怖いんだお前は…。」

 

「思わずぶるってきちまうね…というよりも五十里先輩達のイチャイチャを見せつけられたらたまらんだろう。…ほれ。」

 

「なるほどな…。」

 

実際に後ろにいる千代田先輩達は睦言を繰り広げているから説得力はあるだろう。

その事に気がついた達也は苦笑いを浮かべる。

 

「まぁ、助かったよ。」

 

「ところで達也、お前最近なんか襲撃とかにあったか?」

 

その事を突っ込まれ達也は苦笑していた。

 

「突然…と言うか誰から聞いたんだそれ。」

 

「え?お前の母ちゃんだけど。」

 

「母様…。」

 

隣にいる達也が頭を抱えていたが俺はただその情報を貰っただけだからな。

小声で達也に確認した。

 

「んで?聖遺物(レリック)の解析をしてたって?」

 

「それも聞いたのか…母様…。ああ、知り合いから預かって解析を依頼されてな。」

 

含みのある言い方だったが俺はあまり強くは追求はしなかった。

 

「まぁ程ほどにな。出所は聞かねぇけど最近魔法技術を扱っている企業がクラッキングとかハッキング受けたりしてるんだろ?」

 

「…聞かないで貰えると助かるよ。」

 

「今度お前の家に言ったときに見せてくれ…達也、気がついてるか?」

 

「ああ。見られてるな。」

 

お話に夢中になっているとは言え周囲の警戒を怠るほど間抜けではない。

悪意は感じられないが敵意は感じられる。どうやら待ち伏せしているのだろう。

どうやら達也と中心として俺にも敵意が向けられているような感じがする。

達也は「どうしようか」と言った表情を浮かべ俺は「捕まえるか…」と言った表情を浮かべて動き出そうとした瞬間に店から買い物を終えた五十里先輩と千代田先輩が出てきた。

 

「お待たせ…どうしたんだい?」

 

出てくるなり即質問をしてきた五十里先輩の感性に思わず舌を巻いてしまった。

鋭いな、と。

 

当然許嫁である千代田先輩もその反応に「ん?」と首を傾げていた。

 

俺が説明しようかと迷っていると達也が口火を切った。

 

「いえ、どうも監視されているようですので、どうしようかと。」

 

思いまして、告げようとしたのだろうがせっかちな千代田先輩に遮られてしまって最後まで言いきれなかった。

 

「監視!?スパイなの!?」

 

俺は思わず頭を抱え呟いてしまった。

 

「バカなのかこの先輩は…。」

 

「ば、バカとは何よ!」

 

「いや、大声で叫ばないでくださいよ…」

 

大声でその事を言ってしまったら此方を見ている下手人に「逃げろ!」と言ってしまっているようなもので、案の定此方を盗み見ていた下手人は視線を外し気配が遠ざかる。

 

しかし、千代田先輩も第一高校の風紀委員長の後釜に選ばれたことだけはあるようで達也に「どっち?」と聞くと直ぐ様迷うことなく駆け出した。

その後を五十里先輩も追って駆け出した。

いや、護衛対象が付いていかんで下さいよ…。

 

その光景を俺と達也は見送ることしか出来なかったが二人にするわけには行かず二人で後を追いかけることにした。

 

千代田先輩は同世代の魔法師トップクラスの実力を持つと同時に陸上部のスプリンターであるため逃げようとする犯人を追いかけるなど造作もない。

さすがにトップアスリートと比較するのは可哀想だがそれでも一般的な男性であっても追いかけるのは容易いだろう。

逃げ出す人影を追いかけている千代田先輩の視線の先に逃げていく人影が映る。

その人物は”少女”で千代田先輩と同じ”制服”を着用していた。

意外だと思ったのだろうが考えるより動く方がいいを地で行く千代田先輩は更に走る速度を上げて行く。

残り数メートルと言ったところで逃走する犯人の少女が此方を振り向く。

マスクもサングラスもしていない素面で此方に表情を見せてくれた。

わずかに見せてくれた横顔を凝視し記憶に焼き付けるべく後頭部へ視線が移動する。

しかし、それは悪手であった。

 

それは少女が意図したものではないにせよ、追跡者の意識を逸らすことにとっては最高のタイミングであった。

少女が後ろ手に放ったカプセルに気がついたのは少女が再び前方に向き直り千代田先輩と少女の中間に落ちる、そんなタイミングで気がついてしまい不味い!と思い反射的に足を止めて目を閉じる。

大光量が千代田先輩とその周辺にいた住民の目を焼いた。

一番近くにいた千代田先輩がその被害にあっているだろう。

その隙を突き下手人の少女が用意してあったスクーターへ跨がりこの現場からの逃走を図ろうとする。

 

咄嗟に千代田先輩が左腕に左手が走る。

魔法を発動しようとするがそれは後方から達也の放った『術式解体(クラムデモリッション)』によって破壊された。

 

「何をするの!?」

 

「花音ダメだ!」

 

声が重なると同時に五十里先輩が千代田先輩に追い付き魔法を発動させた。

スクーターのタイヤが接している地面に摩擦力をゼロにする魔法を仕掛けたのだろう、案の定少女の跨がるスクーターは進まない。

もはや逃げられないとこの場にいる全員がそう思った。俺以外は。

動きを止めているメンバーを尻目に俺は駆け出す。

 

「八幡?」

 

「七草くん!?」

 

その瞬間スクーターに跨がった少女が取った行動は常識外れだった。

右のグリップ部分につけられた紅いボタンを押すとスクーター後部の外装がバカりっ!と開くと二連式のロケットブースターが展開されて爆炎が吹き上がり五十里先輩が発動させた魔法を無理くりに引き剥がしその場から逃走を始めた。

 

遠くなっていくスクーターに跨がる少女、しかし俺は逃がさない。

 

「用意周到だな…だが。」

 

片手を無造作に振って俺は直ぐ様少女が爆速で逃げる前方に『次元解放(ディメンジョン・オーバー)』のゲートを光学迷彩を合わせて発動しスクーター少女の前に次元の裂け目が現れる。目には見えない揺らぎのようなものだ。

爆炎と爆速を上げてスクーターは疾走する。

 

このまま真っ直ぐ行けば逃げきれる、筈だった。

商店街が立ち並ぶ場所から大通りへ抜けたと思ったが先ほど走り出した場所へ戻っていた。

 

「は?」

 

少女は突然の事に間の抜けた声を上げて止まってしまう。

体に来ていた強烈な加速感が無くなっていたことに気がついて再度スクーターのエンジンとブースターを発動させるが共に”empty”の文字が表記されていていた。

 

「どうして…?」

 

「もう逃げられねぇぞ。」

 

「…!!かはっ…。」

 

俺の声を聞いて振り返る少女の表情は驚愕に染まっていた。

その隙に後頭部にサイオン波動をぶつけて意識を刈り取り無効化した。

 

倒れ込む少女を俺は抱き抱えて《賢者の瞳(ワイズマン・サイト)》で状態確認をする。

 

『精神汚染あり。』

 

この一文が記されていた。

 

「外部から利用されてるのか…。」

 

不意に昨日の夜に深夜さんから言われたことを思い出した。

『近い内に横浜で論文コンペがあるって言う話』『横浜で不審な船舶の密入国、ならびに船員が全員行方不明。』

 

そんなことを思い出し、俺は溜め息をついた。

 

「襲撃、本格的にありそうだな…。」

 

そんなことを呟いていると後方から達也達が近づいてきているのを感じた。

 

 

場面は変わり某所。

 

東京・池袋の外れにある古いビル群の一画。表向きは雑貨貿易商の事務所となっている部屋の中には旧式のモニターが所狭しとならびその前で思い思いの格好をした男達が食い入るように見ている。

その中のモニターの中に映るワゴン車から送られた映像に映る先ほど八幡達を敵視して危うく捕まりそうになったが結局捕まってしまい八幡の腕のなかで気絶する少女を見て中年の男が渋い顔をしていた。

 

「あの小娘め…失敗してくれたな。」

 

男は少女の身を案じているわけではないのは声色で分かる。

少女がへまをしでかして協力している此方の素性を知られるというのが非常に困ると言うことだけだった。

 

渋い表情をしていた男の近くにいた一人の部下が告げる。

 

「あの少女を外部協力者として手配したのは周大人(チョウたいじん)ですので万が一に何があったとしても我々に繋がる情報は明るみにならないはずです。」

 

「あの若造の仲介か…何処まで信用していいものか…。」

 

このアジトを用意してくれた青年の顔を思いだし、更に渋い顔をしていた。

 

「あの小娘を捕縛して見せた餓鬼の名前は?」

 

部下に問いかけると驚愕していた。顔のライブラリー照合をしているのだろう。

 

「七草八幡…十師族『七草家』の長男です。」

 

七草(サエグサ)…日本の十師族(ナンバーズ)か、あの小娘が向こうの手にわたる前に始末した方が得策だな。」

 

報告を受けた男は更に渋い表情をして思案し決めた。

 

「して、例の聖遺物(レリック)は?」

 

話題を変えるように突如として話を振ると別のモニターを監視していた男が立ち上がり報告する。

 

「フォア・リーブス・テクノロジー社から持ち出された形跡はありませんが、現在は所在不明です。」

 

その事を告げられると忌々しいものを聞いたような表情になりそれと同時に恐れさえ感じさせていた。

何故ならばこの男達は大亜連合の工作員であるからだ。

 

Four Leaves、そのまま日本語に直せば『四葉』と言う意味になる。

男達が属する国家に因縁深い相手であった。

ましてや今ちょっかいを掛けている企業の名前は『四葉』の名前を借りた所謂”虎の威を借る狐”だと思い込んでいるのが余計に始末に悪い。

四葉当主の実の姉である分家が主導している企業だと夢にも思わないだろう。

この男は何も知らないのだ。

知らないと言う罪と知りすぎると言う罠が同居している。

 

そしてレリックは達也が持っていると言うことを何処からか嗅ぎ付けられたのか今度はターゲットを魔法企業だけではなく第一高校を活動対象に追加し部下へと命令を下した。

 

(リョウ)上尉」

 

(シー)

 

「現地で指揮を取れ。他所の犬が嗅ぎ回っているようならば排除しろ。それと小娘の”排除”をな。」

 

 

千代田先輩達には断りを入れて保健室へと来ていた。

襲撃…と言うよりも逃走を俺の魔法で阻止してから気絶した女子生徒を何故か俺がおんぶして一旦保健室へつれていくというイベントが発生し安宿(あすか)先生へと手渡し後に俺が作った七草の実働部隊が迎えに来て国立魔法大学付属の立川病院へ搬送…言わば拘束するような形になるが仕方がないだろう。

 

任務の失敗に終わった末端を多少とは言え”色々と知ってしまっている存在を消さない”訳がないのでそれの保護も兼ねてだ。

その事を極秘で安宿先生へ伝えると納得してくれた。

 

「本当だったら患者だからそんな手荒な真似はしたくないんだけど…状況が状況だから仕方ないね。」

 

「すんません。」

 

それだけ言い終えて俺は気絶するように眠る少女、というか平河千秋の頭に俺の掌を翳し《瞳》の力を解放する。

”向こうの世界”で《記憶消失》が強化された精神干渉系魔法《記憶読込(リローデット・メモリ)》で平河の記憶を読み取っていくとそこには姉の事で俺たちを恨むように仕向けられた、と言うよりも増幅された形の姿がありそれに近づく見目麗しいスリーピースをつけた青年が暗示を掛けているのが見られた。

その男の名前を平河が告げる。

 

『周さん』と。

 

(名前からして大陸の魔法師…大亜連合の人間かもしれないな。)

 

そんなことを記憶から聞き出し掌を頭からはずす。

安宿先生に一言告げてから保健室を退出した。

 

スラックスのポケットから端末を取りだし連絡する。

 

ワンコール、ツーコール…となったときに対応する音声が聞こえた。

 

『私だ。…ん?八幡どうしたんだい?』

 

義父である七草弘一が着信に出た。

 

「ごめん、父さん仕事中に。少し伝えて起きたいことがあってさ。今大丈夫?」

 

『大丈夫だよ。それでどうしたんだ?』

 

「最近横浜に密入国してきた船舶があるのを知ってた?」

 

『ああ、うちの息が掛かっている国防軍の部署からそんな話を聞かされたけど…それがどうかしたのかい?』

 

「今日論文コンペの準備をしていたときに此方を伺う視線があったから追いかけたんだが…。」

 

『うん。』

 

「ロケットブースター付きのスクーターで逃げ出されて。」

 

『うん。うん?』

 

「色々あって捕まえたんだけどさ…」

 

『それは…何というか大変だったね。それでどうなったんだい?』

 

「魔法を使って聞き出したんだけどどうやら大亜連合が関わっているみたいなんだよ。」

 

『…!そうか、そんなことが…。』

 

記憶を読み取った、とは言えないのでそれとなく伝える。

 

「今回のこれが偶然とは思えないんだよ。父さんには伝えておこうと思ってさ。」

 

『そうか。伝の公安と国防軍にはそれとなく伝えておくよ。それに七草の実働部隊を動かしても構わないよ。』

 

「あー、ごめん今回俺たちを見ていた女子生徒を病院の護送と警備に先に使っちゃってたけど…。」

 

『ははっ、まぁ八幡が結成させた部隊だからね…大丈夫だよ。名倉にも指示を出しておくよ。』

 

「ありがとう父さん。」

 

そんなことを言うと通話越しに嬉しそうな声が聞こえる。

 

『八幡が次期当主としての自覚を持ってくれたのは嬉しいね。』

 

「なに言ってんだ父さん…。それじゃ。」

 

『ああ。それじゃ。』

 

そういって通話を切る。

俺は思わず溜め息をついた。

 

「…なにバカなこと言ってるんだ父さんは。」

 

いつぞや姉さんが言っていた『お父さんは八くんを次期当主候補にしたいのかもよ』という妄言が脳内で再生された。

 

思わず頭を抱えたくなったが向こうから七草の実働部隊がやって来て来た。

 

「八幡。」

 

学校の許可証を胸にぶら下げ第一高校とは違う公立高校の指定制服のチェックのスカートを着用して上着はブレザーではなくジャケットを着用した少女達が現れそのリーダー格が声を掛けてきた。

 

「良く来たな。それじゃ頼むわ。」

 

「…ああ。回収する。」

 

目線を少女達にやると頷いて保健室へ共に入室する。

事前に安宿先生には説明していたのですんなりと行動は進み寝ている平河を一般車両にカモフラージュした実働部隊の車両に乗せて病院へと搬送した。

車両に揺られながら俺は達也に「さっき襲撃してきた女子生徒を病院に連れていく。」とだけ伝えてその日はそのまま帰ることにしたのだった。

 

隣に座る少女に声を掛けられる。

 

「また面倒なことに巻き込まれそうだな。」

 

「…ああ。全くだ。…お前達に調べてほしいことがある。」

 

「何だ?」

 

「今回、論文コンペが横浜で行われるんだがそこの調査をしてきてくれ。大陸の連中がちょっかいを掛けてきているかもしれない。」

 

「横浜か。」

 

「ああ。」

 

「あそこには中華街もある。潜伏するならもってこいだろうな。…あなたの頼みだ。引き受けよう。それと…。」

 

「わーってるさ、報酬は期待しておけ。何なら高級ホテルに泊まってきても良いぞ。」

 

「ふっ…言ったな?それでは対象者の護衛はうちの部隊から数名出しておく。」

 

「そりゃ頼もしいな。頼んだぜ。」

 

「了解した。」

 

俺が『ナハト・ロータス』の警備として結成した少し訳アリの人物達が集まった実働部隊へ横浜に向かい捜査するように伝えた。

 

◆ ◆ ◆

 

翌日、昼食を取るために弁当を持って生徒会室へ向かおうと思ったが既に姉さんは生徒会長ではないので生徒会室を使うのは憚れたのでどうしようかと思っているところに俺は両腕を絡め取られそのまま連行される形で屋上へと向かうことになった。

 

「八幡さんと会話するの久しぶりな気がします。」

 

「私も。」

 

「最近教室と保健室で仮眠取ってたりしてたからなぁ…」

 

「差し支えがなければ教えていただけないですか?」

 

深雪に聞かれて一瞬反応が遅れたが教えても問題はないだろうと判断し説明する。

 

「最近、新しいCADと魔法の起動式を作成しててな…思いの外熱が上がってな…最近3時間しか寝てなかったんだよ。」

 

「ダメですよ!ちゃんと寝ないと…。」

 

「ほのかの言う通り。」

 

「それで大丈夫なのですか?」

 

深雪が”大丈夫なのか?”と言うのは俺の体と開発成果の事を言っているのだろうか?

言い淀む必要もないので肯定する。

 

「ああ。睡眠はバッチリよ。…授業サボって保健室で寝てるしな。それに研究成果もバッチリだぜ。まぁ起動式についてはあんまり聞かないでくれると助かるが。」

 

「うん、魔法の事を聞くのはマナー違反だからね。」

 

雫達も気になるようではあったが深くは追求しては来なかったのは助かったのだが…。

 

「昨日の件は大丈夫だったのでしょうか…お兄様からはお話を聞いていましたけど。」

 

おっと、その話をここでするのは不味い。

だが、ほのかと雫には俺が論文コンペの護衛をしていることは伝わっていなかったらしく雫から質問された。

 

「昨日の件?何の事?」

 

その問いには深雪が答えてくれた。

 

「実は八幡さん、論文コンペティションのメンバーの護衛に選ばれたのよ。」

 

「すごいですね八幡さん!だ、誰の護衛なんですか?まさか女の子の…。」

 

ほのかが反応し自分で落ち込んでいるのは一種の才能なのではと思ったがほのかが悲しいかおをするのはあまり隙ではないので安心させるために俺が補足説明をする。

 

「いや、女子生徒の護衛じゃない…達也のなんだよ。」

 

「ふぇ?」

 

「え?」

 

ほのかと雫が疑問を浮かべていた。

まぁ分からんでもない。

 

「まぁ、要らんと思うよな…?」

 

「襲撃し掛けてきた相手が可哀想になるレベル。」

 

全くもっての正論だった。

 

「まぁ色々あんだよ…実はな。」

 

俺が護衛に選出された理由を話すと深雪を除く二人が「あぁ~」と声を上げて納得していた。

 

正面にいる深雪が話しかける。

 

「でも、最近わたしたちは八幡さんと触れ合っていないです。」

 

「うん。」

 

「そうですよ!」

 

深雪の言葉を皮切りに左右にいるほのかと深雪が俺の腕に密着してきた。

大きい柔らかいのが両腕に当たり俺は思わず赤面してしまう。

雫に至っては空いている俺の胡座を掻いている足の間に座り込み猫のように擦り付けてきた。

雫さん、その位置は不味いっすわ。

俺を中心に少女達の甘い香りが満ちていく。

 

「最近はどうやら七草先輩にお熱のようですしね…八幡さん?」

 

「いや、姉弟なんすけど…?なんで姉さんの話が、てか君たち俺に告白してきてから距離近くない…?」

 

「八幡さんが私たちをす、好きになってくれるまで続きますからね!」

 

「好き好き攻撃実施中。」

 

「そういうことですのであ、諦めてください八幡さん。」

 

左右にいるほのかと深雪が更に密着してきており雫に至ってはあの時のように俺の胸元に頬擦りするレベルで俺に構ってくる。

三人共に顔を紅くしている。

恥ずかしいのならやらなければ良いのにな。

 

そんなことを思いつつ四人でいちゃつきながら昼休憩は終わりを告げた。

 

 

放課後、今日は達也の論文コンペの仕事がないらしく達也を待って帰路に着くこととなった。

昇降口付近でA組とE組のいつもの面々で待っていると達也が此方に気がつき向かってきた。

 

「お兄様お疲れさまです。」

 

「よう達也。」

 

「みんな…待っていてくれたのか。」

 

「まぁな」

 

「ところで八幡昨日の件は…」

 

「ああ、俺もその事について報告があったんだわ下校しながら…いやそれとも喫茶店でお茶しながらの方がいいか?」

 

というよりもみんな揃って帰路に着くのは久々な気がした。

 

「あ、それ賛成~!ん?なになに?何の話?」

 

「ああ。後で話してやるから…。じゃあ行くか。」

 

エリカが食い付いてきたが俺はその反応に若干の苦笑いを浮かべつつ一同でかなりの頻度で使用している…というよりも溜まり場になっている喫茶店へと向かった。

 

 

行きつけの喫茶店へ向かう道中に学生らしい会話をしていた。

話は俺が今何をしているのかの話になった。

 

まぁ、近頃は、というよりも今日の護衛の依頼が無ければ姉さんと一緒に図書室で勉強しつつ論文を読みふけって新しい魔法式の構築に勤しんでいたからな。

 

「…八幡は最近魔法式の作成に勤しんでいるらしいからな。それに昨日から八幡は論文コンペの護衛だ。」

 

達也が補足をいれる。

 

「へぇ~八幡が護衛ね。申し分ないだろ。」

 

レオが納得していた。

 

「まぁまぁ…ところで八幡は誰の護衛をしているんだい?」

 

幹比古から聞かれた。

 

「まぁ、達也の護衛だけど…。」

 

「「「「え?」」」」

 

そう説明する達也を除くE組の全員は俺と達也に視線が集中した。

まぁそうなるよな?

 

「安心しろ皆。俺もそう思った。」

 

「要らないよな?」

 

「護衛いるの達也くん?」

 

「逆に襲いかかる方が可哀想になるのですが…。」

 

「第一高校でも屈指の実力者がペアを組んでいたら相手の方がご愁傷さま。」

 

レオに続いて、エリカ、幹比古、美月、雫と次のような反応をして見せた。

 

「お前ら俺と八幡をどう見ているんだ…。」

 

達也が呆れたような表情を浮かべるとそれぞれ思い思いに反応をしてくれた。

 

「え?達也くんは物語に出てくるラスボスでしょ?」(エリカ)

 

「八幡はその作品の裏ボス。」(雫)

 

「主人公じゃないのな。」(俺)

 

「八幡は主人公…って言うよりダークヒーロー?それか舞台装置?」(エリカ)

 

そうなると俺はオー○ドライバーを腰に装着しなきゃならんのだが?

 

「俺は機械仕掛けの王(デウス・エクス・マキナ)じゃないんだけど?」(俺)

 

「私はヒーローよりもヴィランの方が好みかな~。」(エリカ)

 

「八幡さんはヒーローも似合いますよ!」(ほのか)

 

「八幡は私たちのヒーローだから。」(雫)

 

「じゃあ達也は物語の後半に出てくる追加戦士だな。」(レオ)

 

「所謂『もうお前一人で良いよ』って言われるやつなのでは?」(幹)

 

「達也さんも八幡さんと同じく舞台装置なのでは?」(美月)

 

「お前達は俺たちを何だと…」(達也)

 

「お兄様も私のヒーローですから。」(深雪)

 

じゃあ達也はシールド持って戦うか『レッツモーフィン!』して変身するしかないな…。

怪獣が出たら達也に任せよう。何でかは知らないけど。

 

そんな会話を繰り広げつつ馴染みの喫茶店へと入ろうとした矢先に此方を見張る視線を感じとりはしたがただ此方を”視ている”といった類いの視線だった。

 

喫茶店へ入り四人掛け席は連続しているのがあったので俺はカウンターへ一人で座ろうとしたのだが雫に腕を取られ四人掛けの席へ引きずり込まれた。

マスターも気を聞かせてくれたのか座席を一つ用意してくれて結局四人掛け二連続の一席という構図になった。

まぁ、利用客は俺たちしかいないので問題は無いのだろうが。

テーブル席ににつけられた席に俺、雫とほのか。深雪と珍しくエリカがおりもう片方にはレオと達也、美月と幹比古が着席している。

 

…こうして第三者から視てみれば俺は美少女を侍らせているクソ野郎に見えなくもない。

 

案の定喫茶店のマスターから言われてしまった。

 

「相変わらずモテモテだね、八幡くんは。」

 

「そんなわけないっすよ…そういうマスターは髭剃った方が良いっすよ?似合ってないっす。」

 

「は、八幡くん容赦無いね…!?」

 

意趣返し、というわけではないがマスターの髭を弄ることにした。

髭がなければもっと若々しく…というよりも貫禄を出そうと思って生やしているのだろうが全然似合っていない。

貫禄は勝手に出るものだとうちの婆ちゃんも言っていたしな。

 

注文し出されたコーヒーのカップを傾けながら今度の論文コンペの話をしていたがそれぞれのカップの中にあるコーヒーが少なくなってきたところで達也に報告も兼ねて昨日の件を伝える。

 

「…それで八幡。昨日の監視者の事は何か分かったのか?」

 

達也が質問をする。

 

「ああ。昨日俺たちを視ていたのはうちの生徒だった。達也、三年の平河先輩を覚えているか?」

 

「?ああ、九校戦でミラージのエンジニアをやっていた先輩がどうした…まさか。」

 

ハッとなった達也に答え合わせをする。

 

「ああ、その妹の平河千秋だった。」

 

「どうしてそんな…。」

 

ほのかが困惑した様子で聞き返してくる。

 

「達也はそんとき本選のミラージのエンジニアだったろ。」

 

「逆恨み、ってやつ?」

 

「ちょっとエリカちゃん…。」

 

エリカがおどけたように聞き返すと美月が嗜めていた。

それにエリカが反論する。

 

「だって達也くんには関係ない話じゃない。…まぁ不幸な事故だったとは思うけど。」

 

「達也は二科で姉は一科のエンジニアだったし、ましてや直近での活躍に平河の言い分は分からんくもないが競技直前に仕掛けられていた細工に気がつかなかった姉が悪いからな。」

 

「八幡鬼ね…。」

 

俺とエリカの一連の流れを聞いていた達也が問いかける。

 

「というと?」

 

「おっと…話が逸れたな。達也、四月に起きた襲撃事件で壬生先輩がマインドコントロールの話をしてくれたな。」

 

「ああ、甲一からの精神干渉…まさか。」

 

勿体ぶるように俺は説明した。

 

「ああ。それだけなら先日のロケットブースター付きの原付で逃げ出そうとは思わなかっただろうよ。精神汚染…マインドコントロールを受けていた。」

 

俺はここでははっきり言わずに抽象的に発言した。

 

「”大陸系統”の暗示が掛けられていたみたいだったんだ。」

 

「「「!!?」」」

 

その事を告げると達也達は驚いていた。

まぁ、無理はないだろうが。

 

「美月が視線を感じるって言っていたのは勘違いじゃなさそうね。」

 

「視線?」

 

美月に視線を向けると躊躇いがちに頷いた。

 

「今朝から何だか嫌な視線を感じるんです…物陰から此方をこっそりと伺っているような奇妙な視線が…。」

 

「幹比古…いくら美月好きだからって目で追うってそんな…。」

 

冗談交じりでそんなことを言うと幹比古は慌てて否定したが墓穴を掘っていた。

 

「ちょ!そんな影から伺うような真似はしたことがないよ!見たいなら見たいってはっきり断りを入れるから!」

 

「へ?」

 

「え?」

 

「ん?」

 

「お?」

 

「よ、吉田くん\\\\」

 

「…はっ!?ち、違うんだよ柴田さん!!い、いや違わないけど!?」

 

「…ごめん幹比古。俺が悪かった。それで専門家はどう見る?というかどう見た?」

 

突然の告白に呆気に取られるメンバーと顔を紅くする美月と幹比古。

爆発しねぇかな…。

いかん、話が逸れた。修正するために話を幹比古に振る。

 

「…柴田さんの勘違いじゃないよ。柴田さんの言うとおり今朝から校内の精霊が不自然に騒いでいる。たぶん誰かが式を打っているんだと思う。しかも結構執拗にだ。」

 

国の魔法学校であるならば標的にされるのは日常茶飯事ではあるが執拗に入り込もうとしているのは幹比古にとっては入学以来はじめて観測したようだった。

俺が言った”大陸系”の魔法を使っているのが更に信憑性を増した。

 

「これで俺は平河が関係ないと言いきるのは不可能になったと考えている。此方を見張るのと達也への復讐のために利用されていた、ってな。あんまり大きな声じゃ言えないが最近横浜で密入国があったらしいしな。警察も取り逃がしたとか聞いた。」

 

その事を告げるとエリカが渋い顔をしていた。

まぁ、あんまり良い気はしないだろうな。

実際にその現場にいたのはエリカの兄貴らしいしな。(聞いた話だが。)

 

「それで平河はどうしたんだ?」

 

この話の中心人物が今どこにいるのか達也の質問にみんなが気にしていた。

 

「昨日うちの実働部隊を使って国立付属の病院に搬送した。今は護衛が側に着いているよ。」

 

「手が早いな。」

 

「当然だろ。その手の繋がりのある関係者は失敗すれば消されるのが常套手段だしな。」

 

「お、おい大丈夫なのかよそれ…。」

 

「!?だ、大丈夫なんでしょうか…。」

 

美月が青い顔してレオも流石に驚いていたが俺は答える。

 

「安心して良い。うちでも選りすぐりの魔法師がいる部隊だから問題ない。」

 

そんなことを話している内にコーヒーカップは残り少なくなっていたが俺は皆より先に飲みきった瞬間に俺の端末が震える。

着信画面を見ると実働部隊のリーダーからの着信だった。

これは流石に無視することは出来ないので席を立つと同時にエリカとレオも立ち上がった。二人から怪訝な目を向けられたが恐らく此方を監視している人物のもとにお話(物理)に行くつもりなのであろう。

 

「八幡さん?」

 

深雪から声を掛けられて俺は素直に伝えた。

 

「わり、知り合いからの電話だ。ちょっと出てくる。」

 

美月がエリカに問いかける。

 

「エリカちゃん?」

 

「んーちょっとお花摘みに」

 

そういって軽やかな足取りで店の奥へと向かっていく。

 

「わりぃ、電話だわ。」

 

そういってレオは胸ポケットを押さえて店の外へと出ていってしまった。

四人がけの席では幹比古が小さめのスケッチブックに筆ペンで何かを書いていた。

…恐らく人払いの結界の陣を書いているのだろう。

 

そんな光景を見ながら達也にアイコンタクトをすると同じことを思っていたのか短いため息を着いてカウンター席へ向き直る達也を見て

 

「知らぬが仏だな…。」

 

そんなことを俺は呟き店先へ出たのだった。

 

 

「…俺だ。」

 

『私だ。』

 

実働部隊のリーダーからの着信を受けとるといつも通りのぶっきらぼうの愛想の無い言葉が返ってきた。

まぁこいつにそんなことを期待することは一生無いんだろうが…。

長話をするつもりは無いのは向こうも同じであろうから用件を聞き出す。

 

「結果は?」

 

『あなたの言うとおり横浜に動きがあった。外国人…アジア人種と混血が多いな。それに不明船舶が数隻入国している。いずれも架空のペーパーカンパニー所持のようだぞ。』

 

「流石だな。」

 

思わず数日でそこまで調べ上げたのかと関心してしまうがこのくらいの事ならばやってのけるのが実働部隊の面々だ。

 

『大亜連合の特殊作戦群のリーダー呂剛虎もそちらに現地入りしている可能性があるな。それとあの規模の船舶ならば直立二足歩行戦車も搭載できるだろう。戦争でも仕掛けるつもりなのか?』

 

端末には調べた情報と先程の人物の情報が送られてきた。

この端末は俺が特注で作成したものなのでハックされる心配はない。

 

思わず溜め息をついた。

 

「知らん。論文コンペに託つけて日本の魔法師の拉致と技術の奪取が目的なんだろう…”向こう”は魔法技術が後進国だからな…そんなんだから”アンタッチャブル”の怒りを買うんだ。全く…八月に無能どもが仕掛けてきたって言うのに…学習能力がないようだな。」

 

そんなことを呟くとリーダーは少し笑っていた。

どうやら俺の言ったことが面白かったらしい。

 

『ふっ…一番怖いのはあなただと思うがな…部隊は横浜近郊で駐留しておく。発端が開かれたら合流しよう。』

 

「所属を聞かれたら”七草家”の名前を使え。装備は大丈夫か?」

 

『ああ。市街地戦闘の装備種類を選んで持っていったからな。大丈夫だ。…承知した。』

 

通信を終了して店中へ戻った。

 

「…あいつら町中だってことに気がついてんのか?」

 

いくら幹比古の神道系の魔法を使おうとも人間の目と気配は消せても最新鋭の監視カメラの目はごまかせない。

 

「まぁ達也がなんとかするだろうな…もう一杯コーヒー頼むか…っ!?」

 

裏で起こっている事件の事は一旦放っておいてコーヒーを味わうために喫茶店のドアを開いた。

が、その瞬間むき出しの本能を持つ野獣のような威圧感を感じ取った。

 

「エリカ達の方向か…!」

 

開いたドアを急いで閉めて裏手へと走り出す。

到着したときには煙と閃光が広がっていた。

どうやらさっきまでここにいた男ではない、その男を見張っていた人物が先ほどの野獣の威圧感を出していたらしい。

踵を返す前に《瞳》でエリカ達を観察するが異常はないようだ。

 

(追いかけないと殺されるな…ちっ!)

 

追いかけようにもエリカ達と戦っていた人物の姿は既に無い。

しかし追いかける方法はある。

 

俺はブレスレット型CADを起動させて対象のサイオン残滓を計測する魔法を使用した。

 

(まだまだ精度は粗削りだが…見つけた!)

 

殺されるかもしれない男の足取りを掴み俺は走り出した。

 

 

先程までエリカ達と対峙していた某国非合法工作員ジロー・マーシャルは強化された脚力にモノを言わせて一駅分の距離を駆け抜けたところで立ち止まった。

安全を確保されたから立ち止まったわけでない。

競走馬に匹敵するスピードで駆け抜けたのにも関わらず此方をぴったりと追跡してきている気配があったからだ。

 

(どこだ…?)

 

気配を探り後ろを感じとるが気配は感じられない。

だが近くにいる、ということは分かっている。

目につかないところに隠れているのだろうと言うのがジローの考察だった。

 

しかし、それは裏切られることになる。

後方への意識を切り上げ正面へ向き直る。

 

ジローはゾッとした。

 

そこには音もなく一人の青年が立っていたからだ。

正面からの音は全て遮られていた。

音以外の五感がジロー・マーシャルに危険だと、知らせている。

 

大柄な引き締まった東洋系の人種が此方を無感情で見ている。見てくれは普通ながらまるで猛獣と対峙しているのだと、ジローの本能がそう告げていた。

青年の顔にジローは見覚えがあり驚愕した。

 

「人喰い虎…呂剛虎…!?」

 

今相対している人物はジローが今回の作戦で要注意人物だとしてファイリングされていたトップで大亜連合に掛けては白兵戦随一の実力を誇る特殊部隊群のエース。

 

その事を頭に思い浮かべた瞬間にはジローは持っていた自動拳銃を呂剛虎に構えていたが引き金を引くことが出来なかった。

 

(っ!?)

 

いつの間にか接近を許し拳銃を握っていた利き手の手首が握りつぶされていたからだ。

その光景に呆然としているジローを仕留めるために呂剛虎の拳が喉元に迫りその灯火を掻き消そうとしたその瞬間にジローの脳内に声が聞こえた。すぐ近くだった。

 

喉元に迫った呂剛虎の拳は狙いを外れ背後からの攻撃に意識を割かねば命を取られると判断したのだろうジローを投げ飛ばし距離を取った。

 

「ぐおっ!?」

 

その瞬間呂剛虎がジローの後方へと大きく吹き飛ばされる。

ビルの間に強烈な風が吹き荒れた。

 

驚きで腕の激痛を忘れていたジローだったがその状況を理解し痛みが襲う。

 

「がぁっ…!!はぁ、はぁ…一体…!?」

 

地面にうつ伏せになるジローは痛みに喰いしばりながら見上げると目の前に先程の少年少女と同じ制服を着た少年が独特の構えをしながら呂剛虎と対峙している。

 

その姿と相対している呂剛虎が言葉を発する。

 

十師族(ナンバーズ)七草八幡(サエグサハチマン)…」

 

「ちっ…あいつの読み当たってんじゃねーかよ…。呂剛虎か。おい…おっさん。」

 

「な、なにかね…」

 

視線を向こうに向けたまま此方に話しかけてきた八幡に困惑していた。

 

「あんたには聞きたいことがあるから逃げないでくれよ?逃げたら俺があんたを殺すから。」

 

そういって八幡は呂剛虎へと突っ込んでいった。

 

「彼は一体…?」

 

目の前で繰り広げられる戦闘にジローは呆然とするしか無く痛みに気絶するしかなかった。

 

 

「見つけた…!って不味い!呂剛虎かよ!」

 

八幡が見つけ出した時には既に筋肉質な男がコートを着た男の手首を破壊している光景が広がっていた。

 

その男は呂剛虎。

さっき実働部隊から送られてきたファイルに載っていた大亜連合特殊作戦群のエースがどうしてここにいるのかが気になったが今はそれどころでは無い。

 

このままでは見殺しする事になってしまうので八幡は急いで二重詠唱と詠唱破棄による加速術式『加速時間(アクセル・クロック)』を発動させて筋肉質の男の背後を《破戒・白虎乃型》を叩き込もうとした。

しかし、相手も白兵戦のプロ、不意打ちというわけにも行かず攻撃を中断させるだけに留まってしまった。

 

後ろに飛んで俺の拳のダメージを受けたのにも関わらず普通に立っているのは人間にフィジカルではなく猛獣のそれに近いだろう。

 

十師族(ナンバーズ)…七草八幡。」

 

此方を視認した呂剛虎が此方を見て微かに漏れだした言葉は此方を知っているというのに十分な情報量だった。

 

『人喰い虎』と『七草家の養子』で火蓋が切って落とされた。

 

呂剛虎は無手の構え、対する俺はスピード重視の《乱戦・朱雀乃型》を構えて人体の弱点である頭蓋を狙う。

振り抜いた拳は唸る低いジェットエンジンのような音を吐き出す。弾丸よりも早く捉えきれることは出来ない速度で狙ったのだがその攻撃はキャンセルされた。

八幡の拳を素手で防いだ…訳ではない。

大陸の術者が使用する硬気功の一種、呂剛虎が第一人者であるとされる鋼気功だろう。まさか止められるとは思わなかったがそんなことでは動揺せず拳の打ち合いを行う。

対して呂剛虎は驚いていた。

自分と互角以上に打ち合うことが出来ている平和ボケしているであろう日本の魔法師の頂点である十師族《ナンバーズ》の子供が躊躇い無く此方の命を刈り取ろうとしている事実にだ。

八幡が龍の爪で喉元に突き立てられているような威圧感を発しているのだから。

 

対する八幡は相手の硬さにうんざりしていた。

 

(どんだけ硬いんだよこいつ…!速度もあるから白虎じゃこっちが反撃を受けるかも知れないな。朱雀はこっちがスピードが断然上だが威力がな…。そうなったら”あれ”を混ぜて使うしかないか。)

 

実際にダメージは呂剛虎が受けているダメージが多く八幡は無傷だ。

 

しかし、致死量でないため攻める勢いは削がれていない。

 

だが、おかしいのは八幡も呂剛虎も純粋な格闘技能(+で補助的に魔法を使用)で戦闘を行っていることだ。

ただの学生と白兵戦において無類の強さをもつ兵士が渡り合っている光景は世界有数の実力者が見れば卒倒するだろう。

 

八幡が手数で対する呂は威力で八幡を押していく。

拳、掌、熊手、肘鉄、肩、体当たりを混ぜて八幡を防戦一方にしていくつもりだったがそうは行かない。

対する八幡は手型を鳥爪の形に振るうと同時に独自にアレンジした足技を入れた蹴りを練り込み《乱戦・朱雀乃型》に恥じない手数で逆に押していく。

…元々は一体多数を想定した四獣拳であるので当然なのだが呂は四獣拳(そのこと)を知らない。

呂の顔からは動揺は感じられないが八幡をなかなか仕留められない心の焦りは八幡の前では隠しきれない。

攻めの速度が早くなり八幡は思わず眼前に迫る拳を遮るように受け流してしまった。

 

これを好機と考えた呂は仕留めるために心臓部分に狙いを定め拳を振り抜く。

それが焦りだったのかは分からないが八幡には好転のチャンスにしか過ぎない。

 

心臓に呂の拳が突き抜かれようとした瞬間に八幡の《瞳》が見開かれた。

体内の想子とは異なる星辰力(プラーナ)を体表面に浮かび上がら活性化させて攻撃に転じた。

 

「っ!?」

 

次の瞬間には呂の拳が八幡の膨大な星辰力《プラーナ》で鋭い刃物でズタズタにされたかのように鮮血が吹き出していた。

その動揺を八幡は見逃さない。

 

『破戒・白虎乃型』

 

即座に間合いに入り込み型を構える。

”生命”という”個”を終わらせる必殺の拳底が呂剛虎へ叩き込まれる。

 

「がぁ…!!」

 

(ちっ…!浅いか!)

 

しかし呂も食らっては不味いと思ったのか咄嗟に防御と捻りを入れて回避に成功していた。

口から喀血し裏路地のゴミ箱へと叩き込まれ砂ぼこりが舞う。

裏路地に静寂が支配し八幡は警戒しつつゴミ箱に叩き込んだ呂剛虎の状態を確認しようと近づくが…。

 

「霧…?」

 

裏路地に濃霧が立ち込める。

八幡がそのことに気取られているとゴミ箱に叩き込んだ呂が動き出す、連れ出されているのに気がつきホルスターから特化型CAD(ガルム)を引き抜くが既に遅く、同時に霧が晴れると呂は居なくなってしまっていた。

 

「ちっ…逃がしたか……俺だ。回収を頼む。」

 

痛みによって倒れているコートの男を実働部隊に回収を依頼するとすぐさま部隊がやって来て男を回収していった。

踵を返し喫茶店へと戻る。

 

裏路地には血痕と戦いの後だけが残っていた。

 

 

「まさか呂上尉が撤退させられるとは…七草の養子も特記戦力に加える必要があるな。」

 

「…」

 

治療を受け終わった呂を見ながらビルを根城にしている男がモニターに表示されている八幡の情報が記されている。

呂は八幡を見て忌々しそうな表情を浮かべていた。

 

「やつの拳は見たことの無いものだった。七草の養子は強い。」

 

「ほう、呂上尉がそこまで言うほどか…。」

 

無口な呂が交えた感想をのべる。

そのことを告げる呂は不敵な笑みを浮かべ画面に写る八幡の姿を目に焼き付ける。

 

その表情は八幡を”必ず狩る”と決意していた。




八幡が千秋を捕まえてしまったためにパスワードブレイカーの下りは無くなりました。
(まぁなくてもいいかなという判断。)

響子さんと八幡は関わらせたいですけどね…難しい。

そして野獣が八幡を狙う…。

エリカをヒロインに加えたいけどどうしようか検討中…。


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子は親を選べない、だけど友は選べる。

どうも皆様。輝夜です。
試験勉強に行き詰まったので気分転換に小説投稿です。

先日三十五話に多くの感想ありがとうございます。
やっぱりみんなエリカ好きなんですねぇ…自分もエリカみたいなサバサバしてるけど実は中身ジットリ系女子は大スコ侍です。

タイトルから察してもらえば分かると思いますが…。

子は親を選べないのはこの魔法科の世界に置いて逃げられないテーマじゃないかなと思います。

感想&高評価ありがとうございます。
高評価してくれると嬉しいなぁ…(チラチラ)

それでは最新話をどうぞ。


捕縛した男ジロー・マーシャルという男から何故あの場にいたのかを問いただす。

どうやらこの男は元々日本での諜報活動を行っていたらしい。論文コンペも近いからな。

そして近頃大陸側からの密入国があったことを受けて第一高校をマークしていたらしいのだがその際にエリカ達からの攻撃を受けて撤退した矢先に嗅ぎ回っていることが『人喰い虎』…呂剛虎が所属している組織、大亜連合に目をつけられ危うくこの世から去るところだったが俺が助けに入る、という事になったのだ。

 

「君は一体何者なのだ…あの『人喰い虎』とまともに渡り合う戦闘スキル…。」

 

椅子に拘束されているジローと名乗ったおっさんは興味深そうに聞いてくるが答えてやる義理はない。

 

「さぁな。ただの一般魔法師だけどな。USNAの工作員さんよ。」

 

「君のような一般魔法師がいるかね…。」

 

おもむろに右手をおっさんの頭に翳してこっちは消す方の精神干渉系魔法《記憶読込(デリートメモリ)》を使用し昨日今日と俺と接触したことをそっくり消し去り気絶させた。

喫茶店付近の裏手に着の身着のままの状態で置いて来るように部隊に指示を出した。

 

尋問(拷問はしていない)をしていたらいつの間にか朝になっていたので後の事は任せて俺は『ナハト』の研究室から《次元解放(ディメンジョン・オーバー)》でその間に七草の自室へと戻り登校の準備を進めていると少しして端末が震える。

着信主は実働部隊の一隊員からのようでどうやら無事に終わったようだ。

 

『…ん。蜂也に言われた通りに置いてきたよ。』

 

端末からは報告をしてくる少女の声が俺の耳に届く。

 

「ありがとな。今度駅前のスイーツ食べ放題のチケット送っておくからな。」

 

『うん、期待してる。それじゃあ。』

 

そういって喜色を浮かべている声色を最後に通信を終了する。

 

「…本格的に大亜連合が関わってるな…この件を伝えるべきか…悩ましいな。」

 

今回ばかりは規模が違う。チンピラや一組織であれば何とかなったが国が敵に回るかもしれない。

そうなった時にその場にいる全員を守りきれないかもしれないだろう。

ふと、俺を慕ってくれている筈であろう、いや俺の勘違いかもしれない女の子達の顔を思い浮かべたが一瞬にして「深雪達なら返り討ちに出来そう」と思った俺は悪くない。

 

そんなことを思っていると自室の扉が控えめに叩かれた後にドアノブが回る。

 

『お兄様~朝食のご準備が出来ていますよ?冷めてしまいますので…。』

 

泉美がどうやらいつまで経っても来ない俺を迎えに来たらしくひょっこり顔を出し入室してきた。

俺に駆け寄ってくる。

 

「ああ、ごめんな。それと泉美、野郎の部屋なんだから『どうぞ』って言うまでは入ってきちゃダメだぞ?」

 

思わず入室してきた泉美に対してこらっ!と軽く注意して頭を撫でると嬉しそうに目を細める。

 

「大丈夫ですわ。お兄様になら何をされても拒みません。」

 

年頃の女の子がそんなことを言わない。

 

「はいはい…年頃の女の子がそんなこと言わない。」

 

思わず口に出てしまった。

そんなことを泉美に告げると膨れっ面になったがかわいい。

 

「むぅ…!」

 

膨れっ面になった泉美の頬を突っつく。

ぷにっとなりたまっていた息がぷしゅーと吐き出される。

 

「こんなことをされても許して上げるのはお兄様だけですからね?お兄様は私のものです。」

 

頬を突っついた俺の指と右手をそのまま頬に当てて頬擦りしている。

まるでウサギの愛情表現のようで少しこそばゆい。

ずっと泉美のほっぺをむにむにしていたいが今日は平日だ。学校もあるためさっさと朝食を取らなければならない。

 

「このままだと泉美といちゃいちゃする羽目になるから朝飯食いに行こう。遅刻するぞ?」

 

「それでもいいのですが仕方ありませんね…いきましょうお兄様?」

 

泉美を連れだってリビングへ向かう。

もし大陸の連中が泉美や香澄、小町そして姉さんを傷付けようものならば…。

 

そのときは俺の理性が切れて敵であるもの全てを滅ぼしてしまうかも知れない。

 

 

登校し授業が進み俺の護衛はほとんど形骸化しており自由とかしている俺はE組とA組の昼飯の会合で待ち合わせをしていると先に来ていたとエリカと一緒に場所取りをしていると難しい顔をしていた。

 

「どうしたんだよエリカ。眉間にシワが寄ってんぞ?」

 

UNSAの諜報員であるジロー・マーシャルに出し抜かれたと思っているエリカは昨日帰る際にずっと悔しそうな表情を浮かべていた。口には出さなかったが表情には出やすいエリカは非常に分かりやすく、態度は丸分かりだった。

俺がその後に見つけて捕縛したことを伝えるとさらに悔しがっていたがそれだけではないようだ。

 

俺の問いに対する回答は煮えきらないものであり半分肯定半分正解だとも取れた。

 

「まんまと逃げられたことに気にしてるんじゃないの…まぁその後に八幡に簡単に捕まっちゃうのはちょーっと思うところはあるけどね。」

 

”まんまと”、”ちょーっと”という言葉を使う辺りよっぽど悔しかったんだなと思うがそれだけではないようだ。

 

「あいつが言っていたことが喉に刺さった魚の小骨みたいに引っ掛かっててさ…学校のなかだから安心できないって…」

 

「まぁ俺が昨日言った通りだと思うが…エリカ。」

 

一応エリカには伝えておこうと思ってとなりに座っているエリカに近づき話しかける。

 

「へ?うわわっ!!///は、八幡一体どうしたのよ…?」

 

遮音フィールドを展開し外から声が聞こえないようにした。

目の前のエリカは顔を赤くしていた。

暑いのだろうか?一般の生徒に聞かれるわけには行かないので我慢してほしい。

 

「昨日お前達の目の前に現れた男を追っかけたときにその場に以外な男が現れてな。」

 

「…意外な男って?」

 

「大亜連合特殊部隊群のリーダーの呂剛虎だ。千葉家の娘なら聞いたことぐらいはあるだろ?」

 

「『人喰い虎』…!じゃあ八幡が言っていたのが。」

 

「ああ。あながち…と言うより本格的に仕掛けてくるだろうな。」

 

「そっか…それなら仕掛けてくるのがわかっているなら…。」

 

鬱憤を晴らさんとしているように楽しそうにしているエリカに俺は釘を刺しておく。

 

「エリカ」

 

「ん?どうしたの?」

 

「お前は確かに実力者だ。だが楽しんで厄介事に参加するのはやめろ。自分だけじゃなくて周りも不幸にするぞ、その考えは。」

 

「っ!?…わかってるわよ…うるさいわね。」

 

俺が言った台詞に苦虫を潰したような表情を浮かべているのはエリカが自覚しているからだろう。

面倒事や荒事に積極的に関わろうとしているのが感じ取れたからだ。

そんな奴が行き着き先は絶望を知るだけだろうというのが俺の経験則だ。知り合いのだが。

 

「本当にわかってるんかねぇ…やめてくれよ?エリカが強いのはわかるけど苦しそうな顔や泣き顔は見たくないぞ俺は。ずっと笑っていやがれ。」

 

「へっ!?…ば、バッカじゃないの!?…なんなのよもう…///」

 

そんなことを言うとエリカは間の抜けた声を出しそして怒られた。

解せぬ。

 

そんなこんなで会話をしているうちにいつもの面々が集まり昼食を取ることになったのだが今日は珍しくエリカが隣に陣取っていた。

 

 

昼休みが終わり論文コンペに向けて達也達が校堂前の広場で機材を広げてプレゼンの練習をしているのをメンバーの護衛である桐原先輩や千代田先輩、そして俺がいた。

その実験の機材が大型ということもあり一般生徒も見学をしていてある種のお祭り騒ぎとなっていた。

今はプレゼン用の核熱融合炉のデカイ電球に光が集約している。

その実験が成功し拍手が起こるが数十秒後には潮が引くように静かになり別の器具を用意してプレゼン資料の道具を作成していく。

 

しかし、ただ成功だけという訳ではなく問題も当然起こっていた。

俺が千代田先輩に「ちょっとお花摘みに行ってきます」と断りをいれてその場を離れトイレから戻ってくると千代田先輩が頭を抱えていた。

 

「どうしたんすか?」

 

「ああ七草君…彼女に注意してもらえるかな…。」

 

「ん?…はぁ、エリカか…分かりました。すんません。」

 

「責任もって面倒を見てよね?」

 

「エリカは犬じゃないんすから…。」

 

視線の先にはさっき食堂で注意したことを忘れたのかと聞きたくなるような行動をしているエリカがそこにはおり相手は同じ風紀委員の三年の先輩と言い争っていた。

どうやらエリカがプレゼン機材の辺りでうろちょろしているのが気にくわないらしい。

神経質そうな先輩と対するエリカはそっぽを向いて今にも口笛を吹き出しそうな雰囲気であった。

 

「関本先輩どうしたんすか?」

 

後で渡辺先輩に聞いた話だが風紀委員には任期というものは存在せず卒業まで言い張れば風紀委員のままだ。

その関本先輩はその風紀委員に属している三年の一人だ。

 

こちらに気がついたのか話しかけてきた。

 

「七草…いや、対したことじゃないんだが風紀委員でもなければ部活連に選ばれていない人間がここにいては護衛の邪魔になると注意していたところなんだ。」

 

「ふーん…そうだったんすね。ですけど来年、再来年の為に下級生が実験の見学を中止する理由はないかと思いますが…それに実験の邪魔になるようでしたら護衛を依頼された我々が責任をもって止めますので”部外者達”に関しては任せてもらえませんかね?」

 

俺にそのことを告げられ背後にいた千代田先輩も「やるわね七草君…」と関心していたみたいだったが”部外者”扱いされた関本先輩はムッとしていたが睨み付けると黙ってしまい反論をしようとしているのだろうが二の句を告げずにエリカの腕を優しくとってこの場から引き剥がした。

 

「千葉は俺が責任をもって連れ帰りますので。…千代田先輩護衛頼みます。失礼します。エリカ帰るぞ。」

 

「あ、ちょっと八幡…。」

 

少し戸惑った様子を見せるが手をほどかなかったのは突然のことだったのか、それとも別の思惑が合ったのかは知らないがおとなしくしてくれている分には助かった。

問題児を連れ去ってくれたお陰で頭痛の種である二人を引き剥がした事により千代田先輩からは小さくサムズアップされた。

いや、風紀委員長なんだから自分で解決してくださいよ。

そんなことを思いつつ俺はエリカの手を取って校舎へと向かった。

 

◆ ◆ ◆

 

昼休みに諭されさっきも実験器具の見学をしているときに風紀委員の先輩に絡まれたときに無理矢理手を取って校舎へ連れていかれたけど嫌ではなかった。…乱暴に手首を握られたのではなく優しくだったからだろうか?

成り行きで一緒に下校することになったエリカは不思議な気持ちだった。

隣にいる少年を見て回想していた。

 

入学当初の事を思い出す。

 

『あっぶねぇ!!ちょ、落ち着けって!今のはエリカってやっぱり美少女で可愛いんだって再確認しただけで』

 

『…っ!!!余計にタチがわるいのよっ!な、なによ…び、美少女で可愛いだなんて…』

 

四月の新入部員勧誘週間で先輩達から思わず痴漢まがいなことをされた時に助けてくれたあとに言われた台詞は今でも印象に残っていた。

 

『お前は確かに実力者だ。だが楽しんで厄介事に参加するのはやめろ。自分だけじゃなくて周りも不幸にするぞその考えは。』

 

そのことを言われたときには思わずドキリ、としてしまった。

確かにあたしはその癖があると自認してはいる。

でもあたしの実力ならば大きなお世話よ!と言うところであったが八幡には言えなかった。

 

そして八月に八幡の過去を知らされたときにあたしは勝手に境遇を重ねてしまっていたのだ。

実の父親には冷遇されて血の繋がった姉には嫌がらせを受ける。

まぁ、兄貴達とは仲が良いとは言えるだろうか。

 

そんな部分が似ているなーと勝手にシンパシーを感じてしまっていたのだ。

 

校門を一緒に出てあるくあたしと八幡。

一緒に下校しているという意識はないのだが歩幅の大きい八幡があたしに歩調を合わせているのは分かった。

会話も特になく駅までは1本道。

あたしから今日の事で話しかけようと思ったけど八幡から声を掛けられた。

 

「エリカ」

 

思わず立ち止まってしまった。

立ち止まると同時に八幡も立ち止まりこちらへ振り向く。

 

「今から時間少しあるか?」

 

あたしは質問の意味が咄嗟に理解できずに戸惑ってしまうがあたしは八幡の”瞳”をメガネ越しに見てしまった。

何時ものような気の抜けた視線ではなく幾つもの死線を潜り抜けて様々なモノに染まってしまった覚悟の視線。

今のやり取りに少女漫画のような甘さも優しさも微塵もない。

今にも喉元に白刃を突き付けようかと言うような迫力が今の八幡にはあった。

 

「ええ。大丈夫よ。それで?どんなところへ連れていかれるのかしら?」

 

おちゃらけでもしなければ呑まれる、とあたしはそう確信した。

 

「来いよ。」

 

先ほどまでの視線はなくなり何時も通りの良い意味で気の抜けた雰囲気で纏いやはり歩幅を合わせて肩を並べて駅まで歩くことになった。

 

(あ~もう調子狂う…。)

 

そんなことを思いつつ駅に到着したあたしは八幡と二人でキャビネットに乗っていた。

二人で帰るのなんて初めてかもしれない。

 

狭い室内(車両)で二人っきりになっているというのに八幡は反対側の窓に肘を着いて物思いに更けている。

その反応にあたしは心がざわついているような気がしてならなかった。

 

自分で誇るわけではないが其なりに母の血が入っているから顔立ちは整っていると思うし武術もやっているから体つきもだらしなくはない。

まぁ八幡の周りにいる女の子があたしから見ても美少女ばっかりだということもあるのだろうけど…それでも密室で女の子と二人っきりなのだからなにかしら反応をしてほしいという期待もあった。

それに物思いに耽っている八幡の横顔は今まで見たことがない表情だったのも心がざわつく要因だろう。

 

「なんなのよもう…。」

 

「なんか言ったか?」

 

八幡がこちらに振り向きあたしを見据えている。

 

「な、なんでもないわ…ところで一体どこに向かっているの?」

 

「ああ、言ってなかったな…まぁ着いてからのお楽しみだ。」

 

「はぁ?」

 

あたしは思わず間の抜けた声をあげてしまった。

会話は途切れ沈黙が車内に満ちる。

何故か身の上話を八幡にしてしまった。

 

「八幡。」

 

「なんだ?」

 

「あたしね…千葉家の本当の娘じゃないんだ。」

 

「…」

 

八幡は黙ったままだが此方を見て話を聞いている。

言葉を続ける。

どうしてそんなことを話しているのか自分でも分からなかったが八幡になら話してもいいだろうと思っていたのかも知れない。

 

「あたしは愛人の子なんだ。くそ親父が浮気で作った子供なの。」

 

語ることを止められなかった。

 

「エリカには兄弟がいたよな?」

 

八幡が聞いてきた。肯定した。

 

「うん、兄たちは本妻の子供…姉もいるけどね。」

 

あたしは姉の事は忌々しく吐き捨てるように説明した。

 

「あたしはあたしのお母さんが死ぬまで『千葉』の姓を語ることを許されなかったの。あたしが第一高校に入る一年前かな…お母さんが亡くなったのは。」

 

「エリカは父親の事は嫌いか?」

 

「大っ嫌いよ…あんな男。」

 

その事を告げると八幡は微笑を浮かべていた。

 

「お前と俺は似てる気がするかもな…境遇とかが。」

 

「それは言えてるかも?だからこんなことを八幡に言っちゃってるわけだし。」

 

「子は親を選べないからな…まぁ俺とエリカは兄妹に恵まれてるだけ未だましかもな。」

 

「あたしたち意外と相性良いのかもね?」

 

おちゃらけた雰囲気を出していたが不意に八幡の雰囲気が変わった。

 

「…エリカ。」

 

「何よ?」

 

「人を殺したことはあるか?」

 

「…。」

 

答えてくれ、と言わんばかりの無言の催促だった。

 

「…まだないわ。それでも専用のホウキがあれば相手を確実に殺せる技がある。」

 

「…。」

 

そのことに八幡は黙ったままだ。

その話を聞いてなんとも言えない表情を浮かべている。

 

「そんなことを聞いてどうしたの?八幡はあるの?」

 

逆にこっちが質問をすると意を決したように答えてくれた。

煮えきらなかった回答だったが。

 

「エリカは自分の手が汚れる覚悟はあるか?今度の敵は、学校を四月に襲った連中とは比にならない。マジモンの戦争になるだろうよ。だからこそ俺はお前達に関わってほしくないと思っている。」

 

その先を言わせないと、あたしは遮った。

八幡の瞳を見ながら答える。

 

「あたしはお母さんの娘で千葉家の人間よ。覚悟はあるわ。」

 

その場かぎりの言葉ではなく本心からの言葉を告げた瞬間八幡の雰囲気が変わった気がした。

 

「そうだろうな…だけど問題事に突っ込むその質はエリカ自体を危険に巻き込んじまう。…それにその手を血に染めるってことは未来永劫拭えない染みに変わりない。」

 

重みのあるその言葉に思わず理由を問いただしたくなったがそうは行かなかった。

ちょうどキャビネットがとある豪邸へと停車したからだ。

ドアを開けて八幡が外へ出るとそこは都心に程近い市街地の一角だった。

 

「ここって…。」

 

「着いたぜ。ようこそ”我が家(七草家)”へ。」

 

先に下りた八幡から手を貸されるように差し出された手を取ってキャビネットから降車するとあたしの目の前にはウチとは比較できないほどの豪邸がそびえていた。

 

「へ?」

 

「エリカ、今からお前のその実力を俺に見せてくれ。今度の戦いは必ず流血がある。そんな気持ちなら俺はお前を連れていくわけには行かない。俺はそれを容赦なく叩き折る。お前の得意なフィールドでな。」

 

「…!上等よ。」

 

 

◆ ◆ ◆

 

翌日、魔法科高校の1-Aと1-Eの教室に七草八幡と千葉エリカの姿はなかった。

 

昼食時、食堂に入ってきた深雪達だったがすれ違う生徒がぎょっとしていたのは気のせいではないだろう。

何時も隣にいるはずの少年が居ないことがその不機嫌さを助長している原因だろう。

見られていることなど気にもせずに深雪達は真っ直ぐ迷い無く、達也達のテーブルへ向かった。

 

「お兄様、お待たせしました…はぁ…。」

 

こちらへ向かってくる深雪だったがその表情は明るくない。

思わず苦笑いを浮かべてしまう達也だった。

 

席取りをしていた達也はレオ、幹比古と美月が食事が乗ったトレーを持ってきたので入れ替わりで食事を取りに行く。

元気のない深雪に声を掛けて食事を取りに行く。

達也、深雪、ほのか、雫の四名は配膳台へと向かう。

達也に突き刺さる視線は深雪の尊敬の視線とは異なり羨望と嫉妬の視線だった。

 

 

達也達四人を出迎えたのはレオと幹比古と美月の三名だけだった。

 

「あれ?エリカは履修中なんですか?」

 

「それを言ったら八幡もいないみたいだけど…」

 

ほのかがなにげなしにこの場に居ないエリカについてEクラスの達也達へ質問をしていたのだが同時に幹比古もこの場に居ない中心人物の所在を同じクラスのほのかに聞いていた。

タイミングが被り若干の気まずさはあったものの達也がエリカについて、深雪が八幡について説明してくれた。

 

「ああ、エリカなら今日は恐らく休みだ。」

 

「吉田くん、八幡さんなら今日はご実家の用事が有るとかで休みだそうです。」

 

「エリカと八幡が?」

 

「ああ。」

 

達也が頷いた後に燃料を投下してしまった。

 

「そういえば昨日実験器具の作成途中にちょっかいを掛けてきたエリカを先輩から遠ざけるために手を引いて帰っていたな…。」

 

ガタッ、と椅子から立ち上がったのは深雪を初めとして雫、ほのか。

その表情は思わず達也も真顔になってしまう程の迫力だった。

 

「深雪。」

 

「はっ…!申し訳ございませんお兄様…。」

 

「心配なのは分かるが八幡がそんなことをする人間ではないのは分かっているだろう?それにエリカも昨日は調子が良かったが今日の朝に体調を崩したのかもしれないしな。」

 

「そ、そうですよね…」

 

心配そうにしている深雪の姿に新鮮味を覚えつつ達也は自分の妹にこんなに心配にさせている八幡に対して今度会ったら脛を蹴ってやろう、と人知れず決意していた。

 

◆ ◆ ◆

 

七草家には離れがあり魔法による材質強化がされた武道場が新たに設置されていた。

これは八幡が『アスタリスク』と呼ばれた学戦都市にいった際に習得した剣術を修練するためと小町と『四獣拳』の組手を行うために自分のポケットマネーを投じて作られた場所だった。

この場所を使うのは八幡とその妹である小町だけが使用しているのだが今日に限ってはそうではなかった。

 

「エリカこれ使え。」

 

ひょいとエリカに投げつけ八幡は怒られた。

 

「刀を投げるバカがどこにいるのよ!」

 

「ここにいるじゃねーかよ。あと抜き身じゃないから大丈夫だ。」

 

「もうっ…ってスッゴいなにこの業物…?」

 

エリカは八幡に手渡された鞘から刀を引き抜くと美しい刃紋が浮かぶ白刃が現れた。

 

「構えろエリカ。」

 

「…!」

 

「お前の得意なフィールドでお前の実力を見せてくれ。」

 

「後悔しないでよね…!」

 

エリカは声を掛けられて八幡を見ると直ぐ様に刀を構えた。

八幡の構えは正眼の構えではなく刀を握り顔の真横で肩の位置と同じと言うどちらかと言えば幹竹割りではなく突きを初手に放つことが出来る構えだった。

 

それを受けてエリカも得物を持って構えた。

 

静寂が支配するがその均衡を破ったのは八幡だった。

その空間で一組の男女、八幡とエリカが胴着姿で互いの実力を図るために相対していた。

 

道場内に白刃といぶし銀の刃が煌めき剣激音が道場内で響き渡る。

エリカは目の前にいる八幡の太刀筋に何時ものような気だるげさは感じられなかった。

 

(なんなの…!?本当に八幡素人なの?この剣筋は素人じゃないわよ!)

 

殺したくないから手加減をして確実に相手を行動不能にする技巧の剣、そんな印象を与えられた。

本当の実力者だからこそ出来る技巧だろう。

 

大振りな太刀筋ではあるがそれすらも緻密な隙を見せない連続攻撃のいぶし銀の刃がエリカの持つ得物とぶつかり合う。

 

まるで折り紙で鶴を折るように正確な手順でエリカに反撃の手を許さない連続攻撃を与える。

エリカも自己加速術式を使い辛うじて追い付いている状態だ。

 

(まさか剣の型を寸分狂わずに繋いでいるって言うの?)

 

そこに気がつくのは実力者であるエリカなのだからだろう。千葉流剣術を納める印可、剣の腕ならば八幡は知らないが摩利よりも上なのだ。

しかし対する八幡は刀藤流剣術、この世界には存在しない剣術。

宗家の娘より手解きされその父親を打ち倒し奥伝まで習得した皆伝だ。

場数であればエリカよりも上だろう。ずっと戦い続けていたのだから。

 

数百と言う打ち合いに八幡が自分にレベルを合わせていることを感じとり剣士としてのプライドが傷つけられた気がした。

 

あたしの剣がバカにされていると。

自分に残された唯一の取り柄を。

 

恐らく本気を出せば既に二桁は死んでいるかもしれない剣戟の応酬にエリカは苛立っていた。

冷静さを取りこぼしていく。

しかしながらがむしゃらではなく烈火の如く、といった方が良いほど苛烈だった。

対する八幡の剣は冷静に正確無比に防いでいる。

 

「舐めているの!?」

 

「舐めちゃいない。殺さないように手加減するのが大変なんだよ。特にエリカみたいなか弱い女の子にはな。だからこそ今度の戦いにはつれていけない。」

 

「ふざけないで!あたしは弱くなんてない!」

 

八幡からの煽りに冷静な判断が出来なくなっているエリカはキレた。

 

エリカはまるで元々自分用にあるかのごとく完璧に調整されたホウキで目の前にいる八幡を殺す勢いで必殺の一撃を放つ。

 

「剣士が冷静さを失ったら終わりだぞ…。」

 

八幡に掻き乱され普段のように冷静さを失ったエリカはがむしゃらに攻撃を仕掛ける。これが並みの兵士や剣士であれば既に斬り殺されているだろう。

エリカのサイオンが爆発する。恐らく”秘剣”と呼ばれる千葉家の剣術なのだろう。

山を斬り津波を切り裂くその一撃を八幡は正眼に構えた神速の連剣によって叩き落とされた。

 

「”連鶴”」

 

刀身に八幡の莫大なサイオンが集約される。

淀みない連続攻撃で袈裟斬り(巣籠)切り上げ(花橘)で”秘剣”を掻き消して逆袈裟(青海波)右凪ぎ(風車)でエリカの四肢を切り裂く。

 

「うぐっ…!!」

 

エリカは得物を手落とし、鮮血が飛び散り道場の床を汚していく。

正確な攻撃に腱が断ち斬られ鮮血で汚れた地面に仰向けになるようにエリカは倒れ込んだ。

白い胴着が血で汚れた。

 

エリカは痛みと悔しさで感情がぐちゃぐちゃになっていた。

自分が積み重ねてきた剣士としてのプライドを打ち砕かれたからだ。

 

(敗けたの…あたし。)

 

遠くなる意識のなかで不意に体を抱き抱えられる感触を覚えた。

声が聞こえる。

 

「悪いなエリカ。でもこうしなきゃお前の考えは変わらんだろ。」

 

「…だからって手足の腱を断つのはやり…過ぎよ…それで、あたしはお目にかなった?」

 

そういってエリカの意識は落ちた。

しかし落ちる寸前に抱き抱えている八幡の声が届いた。

 

「ああ、しっかりと届いたよ。お前の覚悟もな」

 

抱き抱えている八幡の利き手からは夥しい血が流れていた。

 

 

「うん…。」

 

エリカの目が覚める。

寝起きの覚醒していない頭で辺りを見渡すとそこは飾り気はなかったが清潔感のあり高級ホテルのようだった。

 

「あたし…そうか八幡と勝負して…敗けたんだった。」

 

エリカは八幡と打ち合った事を思い出した。

必殺の剣を八幡によって打ち砕かれたことを。

 

「あ~あ千葉の剣が敗けちゃった…だけど…」

 

エリカは八幡が使う剣術が見たことのない剣術だったことに疑問を持った。

 

「八幡が使っていたあの剣術はなんだったんだろう…見たことのない古流剣術だったけど…。凄く綺麗だった。」

 

その剣術について聞いてみようと思いベットから起き上がると今の自分の服装に驚愕してしまった。

 

「な!なによ、この格好////」

 

起き上がったエリカの姿は胴着ではなく何故かベビードールを着用していた。

明るい色のかなり過激なデザインをだ。透けていて大事な部分は必要最低限な布でしか保護されていない。

 

「な、なんでこんなの着てるのよあたし…?…手首の傷がない?」

 

ふと自分の手首を見てみるとあのときに斬られた筈の手の腱がそのままだった。

ベットのとなりに何故か立て掛けてあった木刀を握る。

何時ものように握れており痛みもない。

何事もなかったこのような状態になっていた。

 

「足もなんともない…。夢だった?」

 

ベットから起き上がる。

当然のように痛みもなく普通に動けていた。

しかし、あのとき斬られたときの痛みは覚えている。

頭に残る不思議な感覚に頭を抱えていると部屋のドアをノックされた。

 

「ひんっ!」

 

エリカは思わず変な声が出た。

 

『?俺だ。入っても大丈夫か?今変な声がしたけど…』

 

ノックの主は八幡だったようだが今の姿を見られるわけにはいかないので慌ててベットに戻りシーツを被るようにして頭だけを出すようにして部屋へ招き入れる。

 

『ちょ、ちょっと待って!!…うん大丈夫!』

 

「入るぞ?」

 

部屋に入ってきた八幡の姿は胴着ではなく制服に着替えていた。

 

「?なんでシーツを被ってるんだ…具合は?」

 

「へ、平気よ。の、ノックしないさいよね!」

 

「いや、しただろ…。まぁそのくらい騒げるなら大丈夫か。」

 

「ん?いい匂い…あ。」

 

八幡の方からいい匂いが漂っている。

 

「ああ、丸1日眠っていたからな…腹が減ってるだろうと思って朝飯作ってきたんだが食うか?」

 

ぐぅ~。

 

「あ…///」

 

エリカが戴こうかな、と言うと思ったが言葉よりも行動で示した(腹の音)為思わずエリカは恥ずかしさからシーツに顔を埋めてしまった。

 

「サイドテーブルに置いておくから…」

 

「うん、ありがと…!?ま、待って!」

 

「ん?」

 

エリカはシーツを取ろうとしたが今の格好を思い出し慌てて踏み留まった。

 

「は、八幡が食べさせてよ…。」

 

突然の食べさせろ、に八幡は怪訝な顔を浮かべる。

 

「いや、もう元気なんだから自分で食べろよ…。」

 

「…」

 

「わーったよ…。」

 

しおらしいエリカの態度に思わず頭を掻きそうになるが押し問答になると感じ素直に八幡はエリカのベットに座りサイドテーブルに食事を置く。

日本らしい主食に米、主菜に鮭の塩焼き、副菜にほうれん草のおひたし、汁物にワカメと葱の味噌汁のベーシックな食事だ。

 

切り身を女の子が食べきれる大きさに切り分けこぼさないように空いている手を皿にしてエリカの口へ持っていく。

 

「ほい。」

 

「うん…あーん…美味しい。」

 

「そりゃ良かった。」

 

お行儀良くモグモグと咀嚼する様に八幡は思わず庇護欲を掻き立てられたがエリカは同級生であることを思い出し食事を続ける。

余程お腹が空いていたのだろう。綺麗に食べ終わった。

 

「…ごちそう様でした。」

 

「お粗末様。」

 

サイドテーブルに空になった食器を重ねてHARに流しに持っていくように指示してエリカのいるベットの横に腰を掻ける。

 

「ごめんなエリカ。」

 

「え?」

 

突然の謝罪にエリカは頭に疑問符を浮かべた。

 

「悪かった…お前を弱い、何て言っちまってさ。ごめん。」

 

「…いいのよ。技を磨いても心は強くはなれないから。」

 

「いや、エリカは強い。」

 

「え?」

 

まっすぐに八幡はエリカを見据える。

 

「あの一撃は俺に届いていた。ほれ。」

 

そこには包帯が巻かれている八幡の腕があった。

 

「そっか…届いてたんだ…。」

 

「ああ。」

 

「それで?お目にはかなった?」

 

「流石、としか言いようがないけどな。」

 

八幡は後ろを振り向きエリカに告げた。

 

「エリカはもっと他人を頼っていい。まぁ、お前が言うな。って思うかもしれないけど血の繋がっている家族より”心”で繋がっている赤の他人の方が素直に生きられるだろ。」

 

「ソースは八幡?なにそれ。…でも説得力はあるわね。」

 

クスリと笑うエリカにおどけて八幡は告げた。

 

「実体験だからな。…妹達や姉さん、達也達に深雪、それにエリカも既に俺の護るべきリストに入ってるんだ。心配はないって言うのは嘘になる。もし仮に目の前で誰か一人でも傷つけられることになれば俺は自分自身を許せなくなって暴れるだろうな?だからこそ面倒事に突っ込むエリカの心を折りたかったんだが無理だな…。」

 

「八幡…。」

 

クルリとエリカへ向き直る。

その本気の決意にエリカの心は揺り動かされた。

 

「俺が俺で居るために、戦うエリカを護らせてくれ。そしてエリカが俺を護ってくれ。」

 

「!?…そ、それってズルじゃない八幡…!!////」

 

「?大声上げてどうした?利害は一致してるんだから無問題だろ。」

 

「そういう問題じゃないわよ!…あ。」

 

勢いで思わずベットから立ち上がってしまったがエリカは今自分がどんな格好なのかを思い出した。

 

「きゃあああああああっ!!?」

 

叫びが客間に響き八幡は思わず肩を抱いて踞り涙目を浮かべ此方をにらむエリカの姿をまじまじと見てしまっていた。

ハッと我に返り目を腕で隠す。

 

「え、エリカ!何て格好してんだお前!?」

 

「し、知らないわよ!あ、あんたが着せたんじゃ…。」

 

「俺じゃねーよ!倒れた後にうちの家政婦さんに任せた…ってまさか家政婦さんか…?」

 

再び腕で隠した視界を開いてエリカの格好を確認する。

普段の快活な彼女からは想像できない色気に目を奪われてしまう。

エリカのスレンダーながら出るとこは出ていて良く締まった括れに扇情的で大事なところは最小限の防御されていないその格好は思春期男子にとっては毒にも等しい甘い密であった。

 

「み、みるなバカァ!!」

 

 

制服に着替えるために八幡を追い出したエリカは未だ頬の熱が引けきっていない。

 

「何なのよもう…。」

 

着ているベビードールを脱いでクリーニングされた下着を着けベットに腰掛けストッキングを着用する。

 

「あたしも深雪達と同じかぁ…。」

 

シースルーのワンピースを着用し背後のファスナーを閉める。

 

「八幡の事…好きになっちゃった…。」

 

上着を羽織り腕を通し鏡の前に立ち下ろしていた伸びているセミロングの明るい髪を束ねてポニーテールにする。

何時もの”千葉エリカ”になった、筈だった。

 

「はぁ…。あんなこと言われたら好きになっちゃうじゃない。」

 

鏡に映るエリカの姿は何時ものような明るい雰囲気ではなく想い焦がれる乙女の姿が映っていた。

八幡に言われたことを思い出す。

 

『俺が俺で居るために、戦うエリカを護らせてくれ。そしてエリカが俺を護ってくれ。』と。

 

「…まぁ八幡ならその意味は『俺自身の精神の安寧のためだ』って言うんでしょうけど…はぁ。」

 

思わずため息を着いてしまう。

意図はない。まさしく言葉通り。

そう言うことを言うやつなのだとこの数ヵ月で分かっているからだ。

 

「まぁ、あたしもその一人になっちゃったんだけどね…今までなら外からみてれば良いだけだったのに…深雪達の事を笑えないわ。」

 

一昨日までいちゃついている八幡達をからかうので良かったのに今度はからかわれる側になるのかと少し憂鬱になったが一番の問題は…。

 

「これ深雪達に気づかれないかなぁ…。」

 

今、エリカが置かれている状況が不味かった。

 

→先日に達也の前で八幡から手を引かれて下校→次の日一緒に学校をズル休み→エリカが気を失って1日経過で一緒に登校の準備をしている→今ここ。

 

「いや、絶対気づかれるでしょこれ…どうしよ…。」

 

思わずため息を着いた。

 

「あーもう!何かムカつくから八幡に全部なげちゃお!」

 

全て責任は八幡に投げてしまおうとそう決意し宛がわれた客間の扉を開いた。

扉の先に既に着替えて壁にもたれ掛かりエリカを待つ八幡の姿があった。

無性に触れ合いたくなった。

 

「はーちまんっ!」

 

「…なんで俺の腕を絡めるのよエリカ?」

 

「え~?あたしをキズモノしたんだから責任とってよね?」

 

「人聞きの悪いこと言わないでもらえる?おまえ絶対それを公衆の面前で言うなよ?」

 

「さぁ~どうでしょう?それは八幡の行動次第かな~」

 

「こいつ…。」

 

「…あたしが八幡の枷になったげる。」

 

「?なんだいきなり。」

 

唐突な宣言に首をかしげる八幡にエリカは追い討ちを掛けた。

真面目な表情になるエリカ。

 

「好きだよ、八幡。」

 

「…は?」

 

「あたしたちが八幡を護ったげるから八幡があたしを護ってね。そしてあたしをその気にさせたんだから責任とってよね?」

 

眩しい笑みに八幡は自分を慕う同じ感情をぶつけられて困惑するしかなかった。

その理由が八幡には分からなかった。

 

「お、おう…」

 

「はい!これで言質取ったわよ?じゃ学校に行きましょうか?」

 

となりには普段とは違う”千葉エリカ”がそこに居たのだった。

腕を絡めて取って八幡をつれていく。

 

「どうしてこうなった…?」

 

八幡は頭に疑問符を浮かべるしかなかった。




導入まで雑だったかもしれないですけど許して…。
家族に対してエリカは父親と姉にしか悪感情を向けていなかったのでこの流れでいいかなと…。

解釈違いではないと思う…かな?

八幡とエリカのラブコメが始まったのでレオくんの強化イベントが消えました。(仕方ないね♂)
レオは個別で八幡が強化アップアイテムを上げるので大丈夫です。
八幡が護らなきゃいけない人間がどんどん増えていく…。
取り零せずに幸せに出来るかな?

八幡がエリカに聞いた「誰かを殺したことは有るか?」ですがこれは後程…。
まぁありきたりな設定にならないことを祈っていてください。

一応ここで原作に置ける『横浜騒乱編』上巻の半分ぐらいですね。
まだまだ先が長い…。

オリジナリティを出していけたらいいなと思う今日この頃です。

お読みいただいてありがとうございます。


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俺は悪くねぇ!

俺とエリカは一緒に通学したのだが家を出る前に泉美と香澄、そして姉さんに見つかり特に姉さんが隣に居るエリカに対して棘があるような発言をしていた。

 

「あら、千葉さん。学校を休んでまでウチで一体何をしていたのかしら?」

 

「先輩の弟さんに誘われてお邪魔してたんですけど?」

 

俺の腕を取り煽るようなことを言うと姉さんが此方に詰め寄ってくる。

目のハイライトが消え、またしても姉さんのヤンデレモードになっていた。

 

「八くん…どう言うことなの?」

 

「ちょ、姉さん怖いんだけど…俺がエリカを呼んだのは剣術の修練の為だっつーの…。」

 

「ほんとかなぁ~?…ほ・ん・と・う・か・な・?」

 

ハイライトの消えた姉さんの赤い瞳が俺とエリカを射貫く。まるで赤光で焼かれると錯覚してしまうほどの恐怖を覚えた。

実際に隣に居るあのエリカも「ひっ…!」と声を挙げて居る。若干涙目になっているエリカをかわいいと思った俺は悪くない筈だ。

わざとなのだろうか?更に俺の腕に抱きついてきてエリカのちょうど良い大きさのモノが当てられている。

幸福感よりも目の前に居るこの怖さに掻き消された。

この恐怖はあの国民的なテレビから出てくる悪霊も裸足で逃げ出すレベルだ。

 

その光景を見ていた泉美と香澄は何やら察したようで呆れていたような態度を示していた。

 

「はぁ…お兄様ったら、と言いたいところですが案の定千葉さんもでしたか…。」

 

「うぅ…既成事実でも作った方が早いかな泉美。」

 

「淑女としてあるまじき行為ですわよ?香澄ちゃん…でもその手は有りかも知れませんわね。」

 

良く聞こえなかったが何やら物騒なことを言っていたような気がしてならなかったが今目の前に居る姉さんを鎮めなければ俺とエリカ諸とも《魔弾の射手》を喰らいそうなのでその対応に追われていた。

 

結果授業に遅れると言う本末転倒な事になり結果として姉さんとエリカと俺で登校することになり、たまたまだったのだがその様子を深雪達に見られたが追求されることは無かったので怪我の巧妙だった。

 

 

「八幡。警備隊の訓練に参加していけ。」

 

「突然っすね…いいですけど。」

 

論文コンペに起こるであろうトラブルに対して対応するために率先して十文字家次期当主が動いているのをみるとこの人も情報を入手しているのでは?となったが勘と言うか直感が鋭いだけだろう。

断っても良かったが直接十文字先輩からのお誘いを七草の俺が其を断るわけにはいかないだろう。

 

「了解っす。達也の護衛も無いですし。」

 

「頼むぞ。」

 

「うっす。」

 

学校に隣接する丘を改造して作られた野外訓練場。

何故このような施設があるのかと言えば魔法科高校では警察や軍に進む生徒も多いのでこのような施設が設けられているのだ。

ただまぁ警察や軍に有るような銃撃訓練場のような本格的なものはない。

今現在進行形で十文字先輩と俺は魔法による模擬戦闘を行っていたのだった。

直接の戦闘を行っていたメンバーは五、六人ほどいた筈なのだが既に全滅に近い。

同じく十文字先輩に直接訓練に参加しないかと持ちかけられた幹比古は人工森林に居て息を潜めている。

俺が精霊魔法もどきを使い通信機の代わりに使用し指示して「不意を突け」と教えたからだ。

 

使い魔の姿を見て幹比古は驚愕していた。

 

「りゅ、龍!?ほ、本当に!?…君は本当に規格外だね精霊魔法が使えて…まさか使い魔が龍とは。本当に人間?龍の姿の使い魔は最高位の筈なんだけどね…。」

 

そんなことを言われたが「そうなのか?」と返すしかなかった。

ちなみにだがこれは精霊魔法なのではなく俺が習得している『四獣拳』の応用に過ぎないので俺にとっては珍しくともなんともない。

ただの龍だ。

 

そんなこんなで一斉で十文字先輩に掛かったのだが当然沢木先輩と俺以外は返り討ちにされしまっていた。

いや、《ファランクス》強度上がってないっすかね?

それもそうだろう、今回論文コンペの九校合同の警備隊長を十文字先輩が務めるのだ、手柄、と言うわけではないが他校よりも士気を挙げるために自ら率先して訓練をする様は俺には真似できないししたくもない。

 

「先輩。俺が突っ込むので意識外から十文字先輩に。」

 

「り、了解した。」

 

距離を取って意識外から攻撃できるポジションを探しだす。

 

「十文字先輩いきますよ…!」

 

「八幡が来たか…。」

 

十文字先輩と俺の模擬戦が始まる。

俺は踏み込むと同時に《特化型CAD(ガルム)》を二丁引き抜き模擬戦様に調整した威力の『重力爆散(グラビティ・ブラスト)』を十文字先輩と地面へ叩き込む。

 

対する十文字先輩は《ファランクス》を正面と爆散地点にピンポイントに展開して無効化されてしまうがそんなことは分かりきっていると単一魔法《幻影の射手(ファントムバレット)》を背面より打ち込む。

すると少しかすったのを察知したのが避けながら此方へ魔法をぶつけてくる

 

「今の避けんのかよ…。」

 

「流石だな八幡!」

 

「くっ…!!」

 

思わずタメ語が出てしまったが喰らいたくはない。

迫る魔法をもう一丁の《特化型CAD(ガルム)の内部に格納されている『術式解体(グラムデモリッション)』で打ち砕く。

 

魔法の応酬が繰り広げられておりその光景を見ていた先輩がポツリと一言、

 

「付け入る隙がない…」

 

それは幹比古は違ってタイミングを俺と同期していた。

 

(八幡…もう少し左だ…三、二、一…今だ!! )

 

幹比子が地面に右手を押し込み地脈を通って作成した呪陣へとサイオンを流し込む。

俺はその動作を《瞳》を通じて確認していたので同時に『ルクスフェイク(虚偽閃光)』をシングルアクションで発動した。

押さえ目ではあるが目眩ましには十分な光量だ。

 

「むっ…!」

 

やはりと言うべきか十文字先輩は眼前を腕で覆い隠し視界を遮った。

 

「ぬおっ!?」

 

その瞬間地面が陥没した地面へと埋没していく。

幹比古の古式魔法が炸裂したのだ。

 

このまま追撃を仕掛けようと思った俺だったが土煙のなかに消えている先輩の姿を《瞳》で確認出来ている俺は次どんな手を取るべきか思案していたのだが…。

 

「あ、ちょっと!」

 

先輩の一人が今が好機と突っ込んでいってしまった。

しかし、土煙が晴れるとそこには土埃一つ着いていない十文字先輩の姿があった。

障壁魔法が先輩に炸裂し伸されてしまい結果として俺と幹比古で試合を繰り広げるということになってしまった。

 

俺はため息をつきつつこのキン消し並に固い先輩をどういなすか思考するのであった。

 

 

魔法による模擬戦時には、事故防止と事故発生時の救護活動を目的として屋内・屋外を問わずにモニター要因が着くことになっていた。

 

「相変わらず凄いな八幡くんは…。それに吉田も。」

 

その試合を観戦していた摩利は感嘆を漏らしていた。

 

一年生でありながら十文字家次期当主である克人と魔法と駆け引きを凌ぎを削っている八幡の姿はこの一校の中でもトップクラスであることは明白であったが一緒に訓練に参加している幹比古の実力も高く評価していた、のだが…。

 

「むぅ…。」

 

「朝からどうしたんだ真由美、唸ってばかりだな…。」

 

「うーん…実はね…」

 

隣に居る真由美がモニターを凝視し先ほどから唸っているのを聞いていた摩利は流石に無視するわけには行かずに聞いてみると耳を疑うような内容だった。

 

「エリカが八幡くんと?」

 

「そうなのよ…」

 

真由美が今日学校に遅れてきた理由、それは八幡が七草家の客間の一つからエリカに腕を絡めさせてリビングへ向かってきた様子を説明していた。

 

その話を聞いた摩利は悪い顔をしていた。

 

「ほほう…まさかエリカと八幡くんが。真由美、先を越されたかもな?AかBか?」

 

「ちょ、ちょっと摩利!」

 

一瞬にして顔がリンゴのように真っ赤になった真由美を見てクツクツと笑う。

 

「おや?私は何も言っていないが…何を想像したんだ?」

 

「ナ、ナニって…ゴニョニョ…。」

 

摩利は自分の友人が初すぎて大丈夫なのだろうかと、本気で心配したがそれはきっと八幡の事だからだろうと結論付けた。

 

「お前な…そんなに弟を取られたくないならさっさと告白してしまえば良いだろう?」

 

「くっ…彼氏が居るから強気ね摩利…!!そ、それが出来れば苦労しないわよ。」

 

「何だそれは…。」

 

摩利は以前に真由美から相談を受けており「自分が弟である八幡に好意を抱いてしまっている」事の説明、詰まる所恋愛相談を受けていた。

そんな相談を受けて一瞬呆けてしまったが真由美と八幡は血が繋がってはいない。

戸籍上は”七草”というだけなので彼氏彼女の関係や結婚も出来るだろう。

 

それに真由美と釣り合うような男は十師族の人間ぐらい…というよりも真由美をどこの馬の骨とも分からない男とくっついて欲しくない、と思うほどには摩利は真由美の親友をしている。

その相談を聞かされたときは応援してやろうと思ったが如何せん八幡の周りに居る少女達が強かった。

 

司波深雪や光井ほのかに北山雫、風の噂では三校の”稲妻”の異名を持つ師補十八家の一色愛梨とその妹も八幡に恋慕しているとの情報があった。

摩利は既に恋人が居るので人並み以上にアドバイスは出来る。

その恋人というのが今朝八幡と腕を絡ませ嬉しそうな表情を浮かべていた少女に関連有る人物である千葉修次だった。

更に今回その八幡を巡る戦いにエリカも参戦すると言うことを聞いて摩利は複雑な気分になったのだ。

エリカは修次の妹で近い内に親族になるかもしれない人物に複雑な心境だ。

 

しかし目の前にいる親友が八幡の事になると冷静ではいられないのは入学当初からの周知の事実ではあるが不憫に思えてきた真由美に修次から聞いた話をすることにした。

 

「確かに昨日シュウから『妹から友達の家で剣術の訓練をするから今日は帰らない』と伝えていたらしいぞ。『剣』を理由にするのは不純交遊の為ではないだろう。」

 

「そ、それじゃどうして八くんの腕に絡ませていたの…?」

 

「…剣を通じてエリカが惚れたか?」

 

フォロー仕切れなかった。

 

「千葉さんが八くんの事を好きになってるじゃないの!あ~もう…うう…。」

 

摩利はしまった、と思った

エリカの性質上『剣』を引き合いに八幡に会いに行っている筈がなく本当の剣術の修練をしているのは目に見えているので剣を合わせたことで何かがあってエリカが八幡に惹かれたのだろうと察してしまった。

 

目の前でぶーたれている真由美に摩利は正論を投げ掛けた。

 

「そんなに言うなら告白したらどうだ?八幡くんならお前の告白を断らないだろ。…それに最近かなり攻めたんだろ?図書室の個室で大胆なことをしたんじゃないか。」

 

「そ、それは…。」

 

図書室の件を伝えてはいたのでその事を言われて赤面している。

もじもじとしている真由美に新鮮味を感じていたがその勢いが有るのなら行けるのでは?と思い浮かんだが目の前にいる親友は耳年増であったことを思い出した。

 

「告白したら良いじゃないか。」

 

「…それを言ったら八くんとの関係が崩れるんじゃないかって。」

 

「真由美…」

 

真由美は八幡を弟として大切にしているし異性として見ている。

しかし『七草家の養子』というのが一番の難関であったし真由美の父親がどんなリアクションを取るのかも不安要素であった。

…しかし真由美の実の父親である弘一が真由美と八幡でくっついて欲しいと思っていることは預かり知らない事では有った。

 

「大丈夫だろう。」

 

「大丈夫かな…。」

 

八幡の事になると途端に弱くなる親友に苦笑を浮かべた。

 

「大丈夫だ。お前ほどの奴を袖にする何て真似は八幡くんは絶対にしないだろう。」

 

「う、うん…。」

 

「案外真由美の事を意識してるのかも知れないぞ?図書館といい夏休みの時といい紅くなってたりしたんだろう?なら大丈夫だ。八幡くんが男色家ならば話はべつだが…。」

 

その事を聞かされて真由美の脳内には八幡と達也が絡み合ってアーッ!♂している映像が脳内で再生されて真由美の顔はゆで上がったタコのようになった。

 

「ま、摩利!!」

 

「想像力豊かだなお前は…。」

 

 

夕方になっても第一高校は忙しなく走り回っている生徒で活気に溢れていた。

まるで学園祭の準備のように活気づいていたが魔法科高校には学園祭は存在しない。

理由としてはカリキュラムがつめつめのパンパンだからだ。

九校戦などと言った例外はあるが本当に例外だ。

そのために文化系のクラブが有志を結成し警備部隊への夕食の差し入れを最後の追い込みをかけるがの如くフル稼働をしていた。

 

…正直俺は学園祭にはあまり良い思い出がない。

『文化祭の実行委員長を屋上で泣かせたクソ野郎』の異名をもらったり俺が絶縁される数か月前の出来事だからだ。

どうも苦手意識が働くのは常らしい。

十文字先輩と素敵な肉体言語に腹の虫は正直な音を挙げていた。

 

「腹減ったな…何か食べて帰るか…」

 

時刻は夕暮れ。

すっかりと夜の帳が落ちようと空の色は茜色から紺色へと姿を変えようとしていた。

 

踵を返し帰ろうとしたが流石に先輩達に一言もなしに帰るのは失礼だろうと思い小体育館へ足を運ぶと沢木先輩達に挨拶を告げるがその際に

 

「八幡くんも御馳走になっていきたまえよ。」

 

と言われたが他人と食事を取るのは精神衛生上よろしくないので丁寧に断らせていただくと残念そうにしていたが俺は悪くない、筈だ。

 

こうして体育館から離脱をして校内の自販機に立ち寄りいつもの飲み物を購入して立ち去ろうとした瞬間に缶を持っている反対側の腕が誰かから絡め取られてしまった。

腕に柔らかい感触が当たっているのでそっちに意識が割かれそうになるが気を取り直し

怪訝な顔をしてその方面を見ると俺の手を絡めとっていたその犯人はすぐに分かった。

 

「なにやってんの姉さん。」

 

「ビ、ビックリした?」

 

?どこか辿々しいし顔も紅い姉さんに怪訝な顔を向けるがどうして俺の腕に自分の腕を絡ませて来たのかよりもこんな時間まで学校にいるのか気になった。

 

「…?、ああビックリしたわ。どうしたのこんな時間まで学校に?受験生ですよね?」

 

「そんなことは言わなくて良いの!それにわたしがこの時間までいるのは十文字くん達の模擬戦をモニターしていたのよ…摩利と。」

 

「?渡辺先輩は」

 

「用事がある…って言って先に帰っちゃったわ。」

 

「まじかよ。」

 

「そ、それより八くん一緒に帰りましょ?」

 

どことなく元気の無い姉さんを見て俺は手を取った。

 

「ふぇ?八くん…?」

 

「帰ろっか。」

 

姉さんの返答を待たずに俺が今度は姉さんの手を握りながら歩き始める。

歩幅を信頼している姉を疲れさせないように歩幅を合わせる。

校舎から校門までの道のりは意外にも長い。

辺りには生徒一人もいなく喧騒も聞こえては来ない。

秋の静けさだけが俺たちに聞こえてきた。

大した話題もなく無言のまま歩いていたが姉さんが俺に質問してきた。

 

「八くんは私の事をどう思ってる?」

 

「え、ちょっと抜けてる可愛い姉だけど?」

 

そう言うと少し嬉しそうにしていたが握る手の力が強くなった気がした。

まるでそう言うことじゃない、と言わんばかりの抵抗の証のようだった。

 

「一昨日は千葉さんと何をしていたの?それに深雪さん達と距離が近いわよね?」

 

今朝の事を掘り起こされて少し鬱陶しく思ったがその程度で感情を荒げたりはしない。

 

「またその話?だからエリカとは道場で剣術試合してただけだって。それに深雪達は知り合いだっつーの。」

 

「むぅ…千葉さんとじゃあなんで腕を絡めさせて出てきたの?知り合いの距離感じゃないわよね?」

 

「それは…。」

 

言葉に詰まってしまった。

確かに言い訳が出来ない状況であったしその直前で告白をされていたからだ。

反論できない間があったために姉さんに察してしまった。

隣に居る姉さんは離れて俺の目の前に立っていた。

姉さんの語気が荒れる。

 

「お姉ちゃんは嫌なの!八くんが他の女の子とイチャイチャしてるのは!私だけを見ていて欲しい…。」

 

「姉さん一体何を言ってるんだ…。」

 

いつも通りの感情と表情だったと思ったが次の瞬間には一変して俺に近づいた。

 

「私を…他の子と同じく異性として見てくれないの?それとも八くんにはお姉ちゃんとしか…”家族”としか見えない?」

 

「!?」

 

何て事を言うのだ、と思った。

”異性”として見てくれないの?というのは余りにも直球だった。

流石に鈍い俺でも分かるその行動に顔を紅くして真面目な表情で俺を見られてもどう対応して良いか分からなかった。

 

「姉さんは…」

 

命の恩人でもあるし今の家族だ。

そんな人物を邪な目では見ては行けないという一種のフィルターが掛かってしまっている。

確かに姉さんは性格もよく美人で少し抜けているところもあり魅力的な少女だ。

だがしかし俺たちは”家族”なのだから。

突き放す言葉も受け入れる言葉も俺には発せない。

 

近い将来姉さんは魔法師と結ばれて知らない男と仲良くするだろう。

七草家の長女だからだ。

それは仲の良い姉が男と居ることに嫉妬する弟の感情だろうと決めつける。

 

だがその想像の中の光景は非常に不愉快だった。

隣に居る男を八つ裂きにしたいほどには。

 

夏休みの事件で皆に、姉さん達には俺の過去話は伝わっている筈だ。

その事を知っても尚、俺にそんなことを言ってくるのは頭で分かっていたとしても心が否定したがっている。

もう一人の自分に「お前の都合のよい解釈だ」と。

 

そんなことを姉に言われてしまったら俺は本格的に人間不信をぶり返してしまうだろう。

しかも家族にだ。

 

俺は思わず姉さんの瞳を覗いてしまう。

紅く綺麗な瞳には嘘偽りの無い真摯な光が讃えられていた。

 

他人の悪意には聡い俺のこの性質が今は恨めしいと思ってしまう。

この言葉を放ってしまえば俺と姉さんの仲を否定してしまうことになるだろう。

何を血迷ったのか俺はその言葉を呟いてしまう。

 

「…俺を拾ってくれた命の恩人だ。大切な姉だとも思ってるし大切な女の子だ。異性として見ているかは分からない。…でも姉さんが他の男と一緒に居るのは想像したくない…」

 

自分でも何て自分勝手な言い分だとは思っている。

そんなことを告げてそっぽを向くと目の前にいた姉さんは俺の右隣に移動し腕を絡ませて手を握ってくる。

 

「はぁ…八くんが私を大切にしてくれてるのはよく分かったけど…他の女の子に目移りするのはやっぱり嫌。」

 

「…別に目移りなんかしてねぇよ。向こうが勝手に寄ってくるだけだ…からかうために。」

 

「そうだとしたら大した役者さんね皆。全員八くんに惹かれてるのよ…私も含めてだけど。」

 

「お、おい…。」

 

さらっと衝撃発言をもらって戸惑う俺に更に追撃を仕掛けてきた。

顔を紅く染めて決意を告げる。

 

「私…八くんが好き。家族になったときからだったと思うの。」

 

「何言ってんだよ…」

 

「…八くんからのお返事してもらえるようにお姉ちゃん頑張る。」

 

「…そんな言葉は出てこないと思うけどな。」

 

「初めての告白だったのにそんなこと言っちゃうんだ…」

 

「人聞きの悪い…。」

 

「私から”初めて”を奪ったのに…。」

 

「お願いだからやめてくれその言い方…。」

 

「だからね…八くん待ってるから。」

 

八幡からの答えを待っている、とそう宣言しているに他ならない。

隣に居る姉には勝てる日は来るのだろうかと、とそう思いながら俺は姉さんに手を引かれながら帰宅した。

 

(俺、幸運の最大値使いきってるんじゃないか…?)

 

そんなことを思いながら右腕にくっついている姉の手を握りキャビネットのある駅へ向かったが一瞬後ろを振り向き何かのアクションを取っていたようで気になり振り向こうとしたが手を引っ張られてしまった。

 

 

時刻は少し遡って夕方。場面は切り替わり学校の食堂兼カフェにて。

 

「アハハ…ど、どうしたのよ深雪達…。」

 

何時ものように八幡&達也グループの会合…とはいえその中心となっている二名はそれぞれ警備隊の戦闘訓練と論文コンペの準備に追われてここにはおらず、この場に居るのは八幡に好意を寄せる人物しかいなかった。

 

「…エリカ教えてくれるかしら?どうして八幡さんと一緒に登校していたのかしら?」

 

「え?それは途中で八幡と一緒になったからで…。」

 

「”途中”はおかしいわよね?…最初から八幡さんと登校してたんでしょう?」

 

そう聞かれてエリカは普段通りに対応する。

 

「いやいや…深雪も見たでしょ?あたしは八幡と七草先輩と一緒に来たんだって。」

 

そう言うエリカに雫とほのかは納得しようとしたが深雪には騙されなかった。

 

「嘘ね。」

 

「へ?」

 

きっぱりと「嘘ね。」といわれてしまい止まってしまうエリカに深雪は追撃をかけた。

 

「エリカは嘘をつくのが苦手なのね…それは美点だわ。正直者ということだもの。でもね?エリカ。嘘をつくのは良くないと私は思うの。」

 

そう言って深雪はエリカの耳元に近づく

 

「だって…」

 

囁いた。

 

「エリカから八幡さんの匂いがするもの。」

 

「ひっ…!?」

 

囁かれ隣を見るとそこには普段見たことのない目の据わった深雪の威圧感にエリカは悲鳴を挙げてしまう。

 

「距離にして少しくっついたくらいでは八幡さんの匂いはしないわ…それこそ八幡さんのご自宅で泊まったくらいじゃないと、ね?」

 

「エリカ。もう自白したほうがいい。」

 

「まさか、エリカもなの…?」

 

雪の女王から問い詰められて左右からは挟撃されている様は正に地獄絵図の有り様だった。

流石のエリカといえどもこの場面を切り抜ける手は持ち合わせてはいなかった。

検事雫は促し弁護士ほのかは「無いよね…?」という憂いを帯びた視線を投げ掛ける。

三人からは「退路はないぞ」と告げられていた。

言うか言わないか迷っているエリカに深雪の無言の笑顔は恐怖でしかなかった。

観念して自分の気持ちを吐露した。

 

「はい…八幡の事好きになっちゃっいました…。」

 

項垂れながらもう逃げられないと悟ったエリカは自白した。

その告白を受けた三人は三者三様の様子を見せていた。

 

「はぁ…八幡さんは本当に無自覚ジゴロなのですから…。」

 

困ったように頭をかしげを片手で頬を押さえる深雪。

 

「これはそろそろ釘を刺しておくべき?」

 

物騒なことをいう雫。

 

「うう…エリカも八幡さんを好きになるなんて…ライバルが多すぎるよ…!」

 

頭を抱えて困惑するほのかの姿があった。

 

「それでいつからどんな経緯で八幡さんに好意を(いだ)いたのかしら?」

 

「それは私も気になる。」

 

「わ、私も…。」

 

「えーっと…はぁ、気が重いなぁ…。」

 

「「「…。」」」

 

エリカは説明し始めた。

意識をし始めたのは夏休みのあのときで境遇が自分と八幡が似ていて重ねていたこと。

自分が厄介事に頭を突っ込むタイプであることに八幡に心配されてその心を折るために自分の得意分野である”剣術”で戦うことになったのだが八幡の方が強くその際に心も誇りも折られたこと。

気絶して泊まりそしてその時に八幡に言われた”その言葉”に心を揺り動かされて惚れてしまったことを伝える。

 

「と、いうことなのですが……あ~もう恥ずかしい!!」

 

伝えきったあとにエリカは顔を真っ赤にしてカフェのテーブルに突っ伏す。

その様子に先ほどまでの三人の雰囲気は消え去っていた。

 

「それならエリカも八幡さんに惹かれるのも分かるわ。」

 

「八幡にそれを言わせるの何かズルい…。」

 

「エリカも八幡さんも大変だったんだね…。」

 

「あれ?なんか思ってたのと違うわね…。」

 

「どんな風に思っていたのかしらエリカは?」

 

「い、いや『この泥棒猫!』とか『私の方が先に好きになったのに!』ぐらい言われそうかと…。」

 

エリカのその反応に苦笑する三人。

真っ先に答えたのは雫だった。

 

「そんなことを思ったりはしないよエリカ。私的には八幡に全員娶ってもらえば良いし。」

 

「凄いわね雫…。」

 

「だって全員仲が悪いわけでもないでしょ?まぁ仮に誰が一番最初に○○○して妊娠するかで揉めそうだけど。」

 

「「セッ!?」」

 

「ファッ!?」

 

「ちょ、チョッと雫!」

 

「もごご…。」

 

思わず雫の口を押さえてしまった深雪。

言った本人である雫を含め全員が顔を紅くしていた。

今は利用客が深雪達しかいないにしても聞かれるわけには行かないないようだったからだ。

 

「な、何て事いうのよ雫!」

 

ほのかが顔を真っ赤にして雫を嗜めるが普段の表情と変わらず淡々と説明する。

 

「でもその前に八幡の人間不信をどうにかしないと行けない。」

 

「そ、それは…そうね。」

 

エリカが同意する。

 

「だからそれまでは私たちで争うのは不毛。協力すべきだと思う。」

 

「雫の言う通り協力すべきだわ。八幡さんの過去に負った傷を癒さないことには私たちの戦いは進まない…。」

 

「うん。」

 

「そう。」

 

「そうね…。」

 

少女達はアイコンタクトを交わして共同戦線を張ることになった。

 

「それで?深雪達はどうして八幡の事を好きになったのよ?」

 

自分だけ馴れ初めを聞き出されて不満だったのと深雪達がどんな状態だったのかを聞きたかったため問いかける。

 

「そうね…私は。」

 

深雪が説明し

 

「私は…」

 

雫も説明し

 

「あたしは…」

 

ほのかも説明してくれてここにいる全員が全員の理由を知ることになった。のだが…。

 

「「「こ、これは流石に恥ずかしい…」」」

 

流石に夏休みに起こったあの出来事は言えなかった。

無論エリカもあの時着替えを見られた事を。

 

((((言えない…))))

 

「あ、そうだわ。

 

深雪が何かを思い出したように言葉を紡ぐ。

 

「三校の愛梨も八幡さんの事をお慕いしているのよね…それに妹さんも。」

 

「はぁ!?どんだけ誑しなのよ八幡は?」

 

「それを無自覚にやってしまう八幡…恐ろしい。」

 

「ええ!?三校の一色さんも!?」

 

エリカ、雫、ほのかがリアクションを取る。

 

「でも一番の強敵は…」

 

「うん。」

 

「ええ。」

 

「そうだね…。」

 

「「「「七草先輩だわ。」だね。」よ。」よね。」

 

全員一致で一番の強敵は姉である”七草真由美”であると認識したのだった。

 

 

「へくちっ!」

 

「姉さん大丈夫か?」

 

「ちょっと寒いかなぁ…ねえ八くんそっちにもっと近づいていい?」

 

「いや十分暖かい…。」

 

「はい!」

 

そう言って隣に居る姉はキャビネットの中だと言うのに俺に超密着して来る。

 

「暖かい…////」

 

「恥ずかしがってガチトーンやめてくんない?(調子狂うな…まぁ可愛いからいいか。)」

 

密着する姉の頭を撫でると気持ち良さそうな表情を浮かべているので家に着くまでずっとそうしていた。

 

論文コンペまで残り一週間となった。

これからどんな出来事が起こるのか、根回しをしてはいるが大変なことが起こると直感が告げていた。

だが今はこの隣に居る姉の機嫌を取ることにしようと決めた。



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情報が漏れるのは様式美

魔法科三期2024年放映決定…!!
つまりは『ダブルセブン編』で動き回る泉美と香澄が見れるってことじゃないっすか…!
やったぜ(確信)
聞いた瞬間小躍りしました。七宝君も見てぇなぁ…!

そんなこんなで魔法科熱が上がっている状況で投稿…。

感想コメントありがとう御座います。
何かコメントが見れなくなってるのが一部散見されましたが…
アンケートを取るあとがきが不味かったかな…反省しています。

誤字脱字報告もありがとう御座います。

それでは最新話をどうぞ!!



日曜日。

 

論文コンペがあと一週間に迫っており俺は達也の護衛のために日曜日だと言うのに制服を着用し学校へ登校していた。

 

正直午前中までは寝ていたかったのだが最近、泉美と香澄が俺のベットに潜り込んでくるのだ。

 

泉美が「お兄様…起きてください…起きないとイタズラしてしまいますよ…。」

と可愛らしい囁き声で囁き。

 

香澄が「兄ちゃん、起きないと…み、耳噛んじゃうよ…」

とこちらも可愛らしい甘い声で囁いてくるのだ。

 

そして実行。

左右から生暖かい感触がカプり、そしてはむはむ…。

 

「うぼぉああああああ!?」

 

年頃の女の子としてあるまじき事をしてくるのだ。

やめろと、言っても聞いてくれやしない。

むしろ悪化しているような気さえしてくるのだから困った。

 

妹達の俺を見る目が最近怪しいと思う今日この頃。

これが反抗期なのだろうか…お兄ちゃんは悲しいです。

 

そんなアホなことを思いつつ俺は学校で達也と合流し作業を行う場所へ向かおうとしていた道中で達也に質問された。

 

「一昨日エリカと何かあったのか?」

 

「…な、なにもごじゃーいませんでしたよ?」

 

「思いっきり動揺してるな…隠し事下手か。」

 

「うっせ…てか誰から聞いた…って深雪か。」

 

「ああ。何をやったんだ?」

 

達也をみると”隠し事は許さん”と言わんばかりに聞いてきた。

こんな状況で下手に隠し事をしたりしたらお兄様に殺されてしまいそうなので正直に話した。

 

「…っていう理由で家に招いてエリカの心を折ろうとしたんだがあいつの剣が届いてな…それじゃ認めないわけにはいかない、っていうことになって『俺が俺でいるために、戦うエリカを護らせてくれ。そしてエリカが俺を護ってくれ。』って伝えたんだが…って達也どうした?」

 

俺が包み隠さずに伝えると達也は頭を抱えていた。

 

「八幡、その言葉の意味分かってるか?」

 

「あ?言葉のままだろ。それ以外何があんだ?」

 

「…聞いた俺がバカだったと今再認識した。お前はそういう奴だったな。(この無自覚ジゴロめ…。)」

 

「?」

 

達也から睨み付けられるが意味が分からない。

いや、危なっかしいからエリカを守って俺が俺でいる為この関係は俺の精神衛生上の安寧を保つ上で必須だろ?

生きていく上で必要なことじゃないか。それなのになぜ達也は頭を抱えているのか理解できないんだが。

人間は生きていく上で衣食住が必須だろ?

それと同じことなのだ。

 

 

達也は深くため息をついて俺に近づいたと思ったら俺の脛を蹴ってきた。

しかも凄い勢いで。

 

「い゛っ゛た゛っ゛!!」

 

思わず蹴られたところを押さえ込み踞る。

その張本人を睨み付けるがあきれた表情を浮かべこちらを睨み付けている。

俺が一体何をしたというのか?

 

「なにしやがんだっ!」

 

「お前が家の用事で休むとなったときに深雪が心配そうにしていてな…言ったよな八幡。『深雪を泣かせたりしたら分かってるよな?』と。」

 

鬼気迫る表情を浮かべて俺に問い詰めてくるが俺は反論する。

 

「いやだからこそエリカが余計なことに首を突っ込まないように心を折ろうとしてたんだけど?エリカも深雪の友達だろ。そんな友達が怪我でもされたら逆に深雪悲しんじまうだろうが。」

 

「…それも一理あるが。」

 

エリカは深雪と友達→エリカが怪我する→深雪は悲しむ→それをみて俺が調子悪くなる→だから俺がエリカを守る→解決。

という流れだ。

 

達也はその発言を受けて一瞬考え込んだ。

俺の言葉を頭ごなしに否定できないからだろうか。

 

「まぁ、深雪がなんとも思ってないのなら俺からはとやかく言うのは無粋だからな。なにも言わないが深雪を泣かせるような真似はしないでくれよ?」

 

「…確定は出来ないが。」

 

「おい。」

 

達也に睨み付けられてしまった。

俺は降参せざるを得なかったわけだ。

 

「わーった、わーったよ…。努力する。」

 

「はぁ…いくぞ。」

 

その事を告げるとため息をつかれてしまった。

世の中の政治家だって常套句として使用しているだろう。

出来ない確約はするものじゃないと婆ちゃんも言っていたしな。

 

「おう。」

 

深雪達の話はここで終わり目的の場所へと向かおうとしたのだが…。

 

「っ…雨か。」

 

「雨だな。」

 

「この様子じゃ外で作業は出来ない。帰るか。」

 

「直ぐにそうやって帰ろうとするなお前は…外で出来なくとも室内でなら出来る。というよりも今回はロボ研の部室で作業だ。」

 

「はいはい…。」

 

達也と俺はロボ研の部室へと足を運んだ。

 

◆ ◆ ◆

 

ロボ研は文字通りロボットの研究をする部室でガレージには大小の工作物や機械、パワーローダーや某アメコミに出てくるパワードスーツを模したものが置かれている。

今回ここに来た目的は大型の計算機が置かれているため論文コンペの期間中はこちらを使用し起動式のデバック並びに術式シミュレーションを行うためだ。

達也の今日の作業は起動式デバックになる。

ロボ研の部員は別の機械の動作接続に出払っているためにここにいるのは俺と達也のみ。

ロボ研に入室するとその部屋の作り上光が入り込みづらく薄暗いのと今日の天気も相まって中の様子が分かりずらい

達也より先に俺が入ると人影が出迎えた。

 

「おかえりなさいませ。」

 

その声が昔馴染みの声の落ち着いた声色に聞こえて苦笑する。

そこにいたのは所謂”メイド服”を来た少女…ではなく3H、ロボ研では「ピクシー」と呼ばれる人型家事手伝いロボが置かれていたのだった。

 

メイド服を着用しているのは当代のロボ研の部員の趣味なのだろう。

通常は二十代の見た目が主流なのだが少女然とした十代の見た目であり第一高校の制服を着ていても黙っていれば無口な美少女で通じそうな程”人間に近い”見た目をしている。

ピクシーをみていると一人の自我を持つ擬形体の事を思い出しそれとは雲泥の差だな…と思った。

そんなことを思っていると後ろにいた達也がこの部屋のセキュリティを守っているピクシーへパスをするために名前を告げる。

 

「一年E組 司波達也。」

 

俺もそれにならって認証パスをして貰うために名乗る。

 

「一年A組 七草八幡。」

 

短く告げると直ぐ様ピクシーは深々と腰を腰を折って挨拶をする。

実は俺がこのロボ研のピクシーのインターフェースを弄っていたりするので直ぐ様反応できるようになっているのはロボ研の連中にも内緒にしていることなのだが。

達也は論文コンペのデバックに取りかかる。

その間俺は暇なのでロボ研の部屋にあるピクシーのメンテナンスベットにピクシーを近くに移動するように指示をする。

 

「ピクシー、メンテナンスベットに腰かけてくれ。メンテナンスモードに移行しろ。」

 

「かしこまりました。」

 

そう言ってピクシーはメンテナンスベットに腰かけてメンテナンスモードに移行する。

俺はロボ研に置いてある工具とPCを使い動作、マニュピレーターの動作プログラムを改良をすることにした。

 

3Hはその構造上、首の部分に接続のジャックがありピクシー自身がメイド服の首元を緩める形となるので少しはだけ女性型の為肌に当たるスキン部分がはだけてしまうが所詮は機械だ。

そんなことで興奮しない。

どちらかと言えば「ロボットに憧れる小学生男子」の心情に近いだろうか?

首のジャックにアナログなケーブルを差し込みマニュピレーターのレスポンスと反応タイミングを人間へ近づけるためのプログラミングをしていく。

随時更新されていく情報の奔流が脳へ送られるがそれを正確に捉えるのに《賢者の瞳(ワイズマンサイト)》は便利すぎるしチート過ぎる気もしたが使わない手はなかった。

一時間弱ピクシーを弄くり回していると眠気がやってきた。

 

(流石に集中しすぎたか…?)

 

自身の状態を確認すると『状態異常(バットステータス:睡眠)』が表示されていた。

ここに来るまでに取ったものは泉美が作ってくれたフレンチトーストとコーヒーだけだ。

そうなると考えられる要因は一つしかなくロボ研の空調システムが勝手に動いているのを確認した。

 

(催眠性のガスか…。)

 

チラリと大型計算機のところにいる達也も睡眠ガスの影響を受けているようで何時ものような自然体ではなく気だるげな表情だ。

 

俺は『物質構成(マテリアライザー)』を用いて『睡眠が通用しない平行同位体の俺』を呼び出しガスを無効化することにしながらベットに腰かけているピクシーへ指示を出す。

 

「ピクシー。メンテナンスモードから復旧。強制換気モードを発動してくれ。そして排除行動の禁止。」

 

「了解しました。強制換気モードを発動し、排除行動を一時停止します。」

 

人間よりも物分かりが良いヒューマノイドタイプのキャストに思わず笑みをうかべそうになったがそれよりも向こうのブースにいる達也も気がついていたのだろう。視線を向けると頷いていた。

協力してこの『犯人』を捕まえるために一芝居打つことにした。

俺はメンテナンスベットにうつ伏せになるように目蓋を閉じて達也は計算機のデスクに突っ伏すように寝た振りをするのだった。

 

 

下手人は直ぐ様にやってきた。

ガスが取り除かれた後も、目を閉じたまま神経を研ぎ澄ましたままじっと座っている達也と本当に寝ている八幡が足音を忍ばせてロボ研の部室へ入室したことは気配で気がつき寝ていた八幡も起き、何時でも対応できるように臨戦体勢を取っている。

 

「司波?」

 

聞き覚えのある声が達也のブースから聞こえた。

声を掛けているのはアリバイを作る為なのだろうがタイミングがあまりにも良すぎるので中途半端な配慮だったと八幡は苦笑せざるを得なかった。

さらに入室してきた生徒はメンテナンスベットに突っ伏している八幡とピクシーの姿が確認できていないのか声を掛けては来ていない。

意識は達也の方へ向いているらしい。

達也も達也で狸寝入りを決め込み下手人がどんな行動を取るのか見極めているようだ。

 

「司波、寝ているのか?」

 

再度の呼び掛けに達也は無視を決め込み寝た振りをしている。

声を掛けた生徒は安堵し何かを探す素振りをはじめた。

俺は隣に居るピクシーにジェスチャーで「しー」のポーズを取って暗がりの中を《無窮・麒麟乃型》を発動しステルス状態で立ち上がる。

この状態では声は聞こえなくなるのでピクシーへ音声で指示を出していた。

 

「ピクシー。侵入者の行動を録画しておけ。返事は頷くだけで良い。」

 

こくり、と頷き共に気配を消して達也のいるブースへ移動しピクシーへ装備されている目を通じて侵入者の行動を録画している。

録画されているとも、背後に既に俺達が居ることに気がつかずサブモニターのジャックからハッキングツールでデータの吸い上げを行おうと悪戦苦闘する姿があった。

 

(いや、もっと段取り良くやれよ…。)

 

既に証拠は押さえられているので”ネタバラシ”をしようか?と八幡と達也は思案すると不意に出入り口から侵入者へ声を掛けられビクり、と肩を震わせる。

 

「関本さん、何をしてるんですか?」

 

(ここまでか…)

 

(いや、あんたが言うんかい…。)

 

幕引きを行ったのは花音であった。

達也は犯人の愉快な一人相撲が終わってしまったことに落胆してしまっていたのと八幡は思わず声を掛けたのが花音であったことに思わず突っ込みを入れてしまった。

 

そんなことは今会話している当事者達には知らないだろう。

 

「千代田!?どうしてここに!?」

 

「どうして?あたしがここに来たのは保安システムから空調装置の異常警報を受け取ったからですが、関本さんこそどうしてここに来たんですか?それにその手に持っているものは何です?」

 

「バカな…警報は切っていた筈だ…。」

 

(何で自分でいっちまうんだこいつは…)

 

(これが所謂『おまぬけさん』なのでしょうか?)

 

(ピクシー、余計なことは覚えなくて良いからな?)

 

(かしこまりました。)

 

その会話に八幡とピクシーは会話をして育成しているほど余裕がある。

この問答は正直茶番でしかないが。

 

不本意に漏らした失言をした関本は花音に追い詰められていく。

 

「ハッキングツールでバックアップですか?あり得ないでしょうそんなこと。そうよね?司波くん。」

 

愕然と振り返った関本の視線の先には苦笑いしていた達也が立っている。

 

「デモ機から直接バックアップを取るなんてあり得ません。そんな必要もないですけどね。」

 

デモ機の仕組みをそこら辺は疎いと思われている花音も流石に知っていた。

 

「あまりバカにしないでほしいですね。いくらあたしがその辺りの技術に疎くてもそのくらいは知っています。」

 

「くっ…。」

 

花音は関本を睨み付け、奥歯を噛み締める。

反論が尽きたことを示しており何を仕出かすか分からない状況になった。

 

「関本勲、CADを床に置いて投降しなさい。」

 

花音の口調が変わる。

それに対する関本の答えは、

 

「千代…!」

 

その瞬間に八幡は《無窮・麒麟乃型》で消していた気配を復活させて《縮地》で関本の懐に入り込み掌底を体に叩き込み地に伏せさせた。

 

「え?八幡くん?」

 

「いつの間に…。」

 

突如何もないところから、ではなくいきなり目の前に現れた八幡とピクシーに驚く花音と先ほどまでメンテナンスベットに突っ伏していた筈の八幡とピクシーが現れたことに驚く達也を尻目に地面へ倒れている関本へ声を掛ける。

 

「エリカの謳い文句じゃないけど『体を動かした方が早いのよね~』っすよ。起動式の展開は無駄が無かったっすけど余計な行程を入れすぎましたね。関本先輩。」

 

 

千代田先輩が応援を呼び風紀委員と部活連からの応援が駆けつけて関本を生徒指導室(生徒達の間では『取調室』と呼ばれている)へ連行されていった。

 

千代田先輩から俺へ向けて質問をされた。

 

「そういえばさっき何もないところから突然どうやって現れたのよ?」

 

「あれは《四獣拳》の《麒麟乃型》の能力っすよ。…まぁ秘伝なんで細部は教えられないっすけど。」

 

「君は何でもアリね…。それにしてもちゃんと仕事をしてるじゃない。」

 

「何だと思ってるんすか…。」

 

思わず苦虫を潰したような表情を浮かべてしまったが千代田先輩からの評価は総じてそんなものだと俺はそう受けとった。

会話をして千代田先輩達が退出したのを見計らってピクシーへ指示を出す。

 

「ピクシー。俺が指示を出したときから今の時間までの録画データを俺のデータドライブへ転送して大元は削除実行してくれ。」

 

「かしこまりました…データを転送中…完了。マスターデータを削除します…削除完了。此方を。」

 

複製が終わったデータドライブを俺へ手渡してこの後ピクシーを弄くろうかと思ったが突如として俺の端末が震える。

電話のようだ。

 

「俺だ。」

 

『あ、八幡?護衛の女の子だけど落ち着いたみたいで喋れそうだよ?どうする?』

 

「起きたのか。」

 

『そうだよ。』

 

つまりは達也達を襲おうとしていた平河が精神が安定していることを俺に伝えるために連絡をしに来てくれたらしい。

 

俺は達也に視線を投げると理解してくれたようで頷いた。

 

「分かった。直ぐに向かう。」

 

『待ってるよ~。』

 

達也に一言告げてロボ研の外に出る。

俺は《次元解放(ディメンジョンオーバー)》を用いて立川病院へと一瞬にして跳躍した。

 

◆ ◆ ◆

 

国立魔法大学付属立川病院の面会時間は正午から午後七時までとなっておりその病院の廊下を一人の青年が花束を持って歩いている。

しかし、廊下を歩いていると言うのにその青年の整った顔に通りすぎる女性看護師や女性入院患者が通りすぎても何の反応もないというのはおかしな話である。

もう何度も通っているかのような素振りをしており連絡案内板を見ずに”音もなく”歩いている。

エレベーターを使わずに階段を上がり四階の廊下に出て、不意にそこで立ち止まった。

視線の先には大柄の男性の姿と第一高校の制服を着用している少年の姿があり一触即発の様相を見せていた。

 

「おやおや…お見舞いに行くとは陳先生には申し上げていたのですが…まさか七草の長兄が来ているとは。」

 

何食わない顔で青年は何の躊躇いもなく非常ベルを押したのだった。

 

 

八幡と呂剛虎が戦闘に入る前の事。

さらに言えば八幡が立川病院に移動する前の時間帯。

立川病院のロビーには男女のカップルが訪れていた。

 

一人が八幡の学校の先輩である渡辺摩利。もう一人は天才剣士の名を欲しいままにする千葉家次男でエリカの腹違いの兄である千葉修次がそこにいた。

 

「シュウ」

 

いつものように宝塚のような男装の麗人然とした雰囲気で下級生が赤面してしまうような態度を取っている筈なのに一変しシュウと呼ばれた恋人の前では柔らかい女性的な雰囲気を醸し出し恥じらいを見せているがその表情には申し訳なさそうな意味合いも含まれていた。

 

「その…すまない。忙しいのにこんなことに付き合わせてしまって。」

 

摩利の目的は花音経由で達也達を見ていた少女、平河千秋をお見舞い名義という名の訊問をするべく保健教諭である安宿先生からここの居場所を聞き出していたのだった。

 

しかしその言葉を聞いた修次は「心外だ」と言う顔をしている。

 

「水くさいなぁ。そんなことを気にするする必要なんて無いんだよ。」

 

修次がそうは言うものの自分の学校の出来事に巻き込んでしまっている摩利は眉をしょげさせておりそれを見た彼氏はフォローするが「だが…」と食いついてくる彼女に困った表情を浮かべて返答した。

だが摩利の表情に気兼ねの色が浮かんでいたのを見逃さなかった。

 

「どうしたんだ摩利?」

 

「いや、何て事は無いんだが…シュウはいつも長期で空けるときは何時も稽古をつけてやっていたじゃないか…エリカに。今日は良いのか?」

 

摩利の問い掛けに拍子抜けした表情に苦々しさを同居させたモノを浮かべ答えた。

 

「エリカは最近クラスメイトと稽古してるみたいだからね…それからかなエリカの様子が変わった気がしたんだけど。摩利は何か知ってるかい?」

 

クラスメイトと稽古をしている、と聞いた摩利は一人の男子生徒を思い出した。

 

「ああ…恐らく八幡くんだろうな。」

 

「八幡?誰だいその子は。」

 

「真由美の弟だよ。」

 

「真由美くんの?それはつまり”七草”の子か…。ん?お、弟?男か…?」

 

「そうだが…シュウ?」

 

何気なく伝えた言葉に修次が動揺していた。

 

「そんな、まさかエリカに彼氏が…いやそんなまさか…。」

 

「シュウ、大丈夫か?」

 

摩利に声を掛けられてハッと我に返った修次。

 

「す、すまない…摩利、気が動転していたようだ。そうか…男か…」

 

「し、シュウ?」

 

「今度ウチにその八幡くんとやらを招待して真偽を問いたださないとな…。」

 

その言葉を聞いた摩利は

 

(いや、既に手遅れだと思うよシュウ…。)

 

そんなことを思っていたが摩利にジッと微笑ましいものを見るような表情を向けられているのに気がついた修次は軽く咳払いをして気を取り直す。

 

「んんっ!それよりも摩利がそんなことを気にしなくてもいい。それに何より僕が摩利と一緒に居たかったんだ。」

 

「そ、そんな恥ずかしいことを口にしなくてもいい。」

 

いきなりの攻守逆転にたじたじになる摩利を見て修次は年上の矜持を守れたとホッと一息ついたが、弛緩したその神経は直ぐ様強い緊張を張ることになる。

突如緊急ベルが鳴り響いた。

色ボケしていた摩利も直ぐ様脳内が緊急時の頭に切り替わる。

 

「シュウ!?」

 

「火事じゃない。これは暴対警報だ。…場所は四階のようだね。」

 

「四階!?」

 

「まさか摩利の後輩が入院しているのも四階か?」

 

摩利の表情を見た修次は他人事ではない事態だと理解した。

 

「行こう!」

 

二人は階段を駆け上がり後輩が入室している四階の病室前の通路に到着すると暴徒と見られる大柄な男と摩利もよく知る後輩が既に戦端を切っていた。

 

「八幡くん!?」

 

「呂剛虎だって!?それに摩利、今のは…。」

 

「ああ、ウチの後輩だよ。」

 

八幡は刀を手に呂剛虎と戦闘を開始していた。

 

 

「っと…。」

 

俺は学校から立川病院へ《次元解放(ディメンジョンオーバー)》で移動し、見舞いの品を持って平河が入院している病室四階へと向かっていた。

次元の裂け目(クラック)を病院の目立たない裏手に作り病院の受け付けへ向かうと看護師が話しかけてるがそれとなく伝えて入館手続きをして階段を上がっていく。

病室に近づくと俺は異変に気がついた。

 

(人の気配が無さすぎる…一体。)

 

平河が居る病室の前には俺が護衛で着けていた実働部隊の少女が眠そうにあくびを上げていた。

俺に気がつき軽く手を上げる。

 

「やっほー。ご苦労様。」

 

「ああ。ご苦労。何か変わったことはあったか?」

 

「いいや?平和そのものだよ。」

 

俺が平河の病室へ入ろうと思った矢先に背後からの獣のような威圧感を感じ取った。

即座に振り向くとそこには大柄な青年が立っていた。

見覚えのあるその表情は忘れもしなかった。

それは向こうも同じことで此方を視認すると臨戦体制に入ったのだった。

 

「呂剛虎…平河を消しに来やがったか。」

 

「七草八幡…。」

 

背後で実働部隊の一人が俺に話しかけてきた。

 

「援護する?」

 

後ろを振り向かずに正面を見据えて指示を出す。

 

「いや、お前は平河の部屋を死守してろ。」

 

「了解。」

 

そう指示を出して俺はホルスターから特化型CAD(ガルム)を引き抜こうとしたがハッとした。

 

(やべぇ…間違えて普段使いの特化型CAD(ガルム)じゃなくて特化型CAD(フェンリル)を持ってきちまった…!)

 

うっかりしてしまっていた。

こんなところで特化型CAD(フェンリル)に内蔵された魔法を使ってしまえば病院事なくなってしまう可能性がある。

 

一瞬の迷いが呂剛虎の接近を許してしまう。

 

(やべ…!)

 

掌底を食らう直前に空間から日本刀を取りだし鞘にサイオンを流し込み盾として硬化させて弾くと同時に鞘をつかみ拵を握って抜刀し切りかかる。

 

「っ!」

 

「!?」

 

流石に呂も獲ったと思ったのだろうがそう簡単には獲らせはしない。

いぶし銀の切っ先が獣へと無手の構えをする若人へ向けられ互いに距離を獲る。

 

その瞬間に館内の非常ブザーが鳴り響いた。

火災報知機ではなく誰かが暴対警報をならしたのだろう。

それをゴングに俺と呂剛虎が踏み込み再び激突した。

 

 

俺は握られた《漆喰丸(シックウマル)》の切っ先を突き出すが対する呂剛虎は無手の構え、武器を突き出されているのに恐れた様子もなく此方へ突っ込んでくる。

本来こいつの前では日本刀などただの棒切れで直ぐ様へし折られるだろうがそんなことはお構いなしと人喰い虎が俺の得物の範囲に入った瞬間、刀に俺が保有するサイオンを流し込む。

刀がぶつかる瞬間に呂が右手を翳すと刀と拳の交差した地点で「ガギャン!」と金属がぶつかり合う音が廊下に響き渡る。

日本刀をへし折る筈だった呂剛虎の《鋼気功》は俺の垂れ流し纏わせているサイオンを重力魔法によって制御されている硬度とぶつかる為に金属のような音を立てているのだ。

 

「!」

 

只の日本刀でないことを打ち合い理解したのか此方に振らせる隙を与えないように攻撃を仕掛けてくるがそれは此方も同じことだ。

 

殴り掛かるタイミングで詠唱破棄による《解体反応装甲(グラム・リアクションアーマー)》を発動させて後方へ押し込み一瞬の隙を作り人喰い虎を押し返し剣閃を煌めかせた。

四十八手の型を寸分の狂いもなく体に叩き込まれたタイミングで完璧に呼び出し目の前に居る人物へ叩き込む。

 

しかし、呂も只でその連撃を食らうほど間抜けではないようで剣閃が奴の腕によって弾かれてしまう。

恐らくは中華武術を応用した一技法を魔法的に昇華させた技法なのだろう。

突きだされた呂の豪腕を反射的に回避し加重魔法によるホバー移動で壁際に移動することになる。

それを見逃さないこいつは拳、掌、熊手、体当たりと果敢に攻めてくるが俺には当たらない。

そのお陰でこいつが再び焦っているのを《瞳》を見ずとも感じ取っていた。

俺は手に持っていた刀を人喰い虎の顔面目掛け投擲した。

 

「!?」

 

まさか獲物を投げるとは予想だにしなかっただろう思わず眼前でその刀を拳で弾いてしまうがそれは間違いだ。

 

なぜなら俺は”獲物を手放してなど居ないのだから”

 

「ガッ!!?」

 

強烈な衝撃が人喰い虎を襲っただろう。

腹部を押さえて此方へ進める歩みを遅くした。

その理由は俺が投擲したのは刀ではなく”鞘”の部分なのだから。

刀はもちろん投擲はしたがサイオンの糸のようなものをくくりつけているので持ち手からすっぽ抜ける、ということはない。

手に持っていた鞘を加重魔法による反発力を利用し弾丸以上の速度で投射したからだ。

そんなものを直撃すればいくら丈夫といえども苦悶の表情を浮かべ判断を鈍くさせるのは十分だ。

自己加速術式《加速時間(クロック・アクセル)》で人喰い虎に到達し一刀五閃を浴びせる。

 

「連鶴」

 

その瞬間呂剛虎の四肢から鮮血が吹き出し倒れた、と思われたが。

 

「グッ…オオオオオッ!!!」

 

「はっ?」

 

まさかの四階の廊下から雄叫びを上げながら飛び降りジャッ○ーもビックリなアクションで身を投げる…が直ぐ様病院の天井付近に吊り下げられていたオブジェに捕まり電装飾が施されていたのだろうスパークしながらそのオブジェを破壊し地面へ着地し走り出した。

 

「ちょ、マジかよ…!」

 

直ぐ様追いかけようと飛び降りる準備をしたが視線をずらした瞬間呂剛虎は姿を消していた。

 

「くっそ…逃がしたか…」

 

追いかけても無駄骨になるだろうから溜め息をつき手に持った漆喰丸(愛刀)を軽く振るって血を払い鞘へ押し込み納刀した鞘ごと《次元解放(ディメンジョンオーバー)》の空間へ仕舞う。

俺は気を取り直して平河の病室を警護していた隊員が話しかける。

 

「何時見てもスッゴいね~。」

 

「凄くないだろ別に…。中に居る平河は大丈夫か?」

 

「うん、大丈夫。」

 

「そうか…。」

 

「八幡くん!!」

 

そういってドアの取っ手に手を掛けると背後から知っている声がかけられる。

そちらに体を向けるとやはり知っている人物だった。

 

「?渡辺先輩がどうしてここに…隣の人は…ああ。」

 

此方へ向かってくる渡辺先輩と男性の格好が所謂”ペアルック”になっているので察した。

ジッと見ている俺に渡辺先輩は怪訝な顔をしている。

 

「…な、何かね。」

 

「渡辺先輩どんだけ彼氏の事好きなんすか…」

 

その事を告げると顔を真っ赤にしていた。

 

「なっ…!!な、何を…。」

 

「それより何でここに渡辺先輩が居るんですか?」

 

「あ、ああ。ここに平河千秋が入院していると安宿教諭に聞いてな。」

 

その事を聞いて俺は先ほどの戦闘が発生した理由に合点が言った。

 

「…黙っとけって言うべきだったな。まさかそこから居場所が漏れたか?」

 

平河の居場所がばれたのもそれが理由かも知れなかったからだ。

保健室に居る教諭の顔を思い出し溜め息をつくが渡辺先輩には関係のない話だ。

 

「何か言ったか?」

 

「…いえ。何でもないっすよ?渡辺先輩が来たってことは平河に訊問しに来たんですか?」

 

「そうなんだが…というよりもさっきの戦闘は一体なんだったんだ!?君と互角の近接戦闘を行っていたあの男は?」

 

「なんだったって…平河を利用していた組織が失敗した平河を始末しようと派遣した魔法師としか…」

 

「そいつは…」

 

俺は襲撃してきた魔法師について話そうとしたが隣に居る渡辺先輩の彼氏が説明した。

 

「さっき彼と戦闘に入った奴の名前は呂剛虎、大亜連合本国特殊工作部隊の魔法師。そうだろう?」

 

「ご存じでした…って貴方は?」

 

男性が俺の質問に答えて自己紹介をしてくれた。

その名前に俺はぎょっとしてしまった。

 

「私は千葉修次。初めまして七草八幡くん。妹のエリカがお世話になっているね。」

 

「あ、うっす…七草八幡です。…まさかエリカ、いや千葉さんにはお世話になっています。…まさか千葉さんのお兄さんが渡辺先輩の彼氏さんだったとは知りませんでした。」

 

差し出された手を握り返すとめっちゃ強く握り返されてしまった。

なんで怒ってるんだこの人…。

握られた手に多少の痛みを覚えつつ修次さんを見ると笑みを浮かべては居るが品定めをしているような視線を俺へ向けている。

数秒見た後に納得したのか手を離して人の良さそうな表情を浮かべて俺に話しかけてきた。

 

「まさかあの『人喰い虎』と互角に渡り合う剣術…一体どこの流派なんだい?」

 

近代魔法技戦の権威である千葉家の次男はどうやら俺の使用していた剣術に興味があるようだ。

 

「あれですか?…我流ですよ。」

 

「その割にはずいぶんと型が綺麗に当てはまられているように感じたけど…。」

 

「偶々です。」

 

「エリカとはどんな関係なんだい?」

 

「同じ学校の同級生ですが?」

 

「剣術の修練をする…と言っていたのは君であっているのかな?」

 

「ええ。…それより用事があったのでは?」

 

これ以上追求されると余計なことまで言ってしまいそうになるので早々に切り上げる。

実の兄へ自分が剣の魔法師でもない人間に破れたことを知られるのはエリカにとっても不本意だろうし…。

その場から立ち去ろうとする俺を修次さんが引き留める。

 

「八幡くん。」

 

「…なんでしょうか?」

 

「僕はあまり国内に居なくてね…妹の面倒を見てやれないんだが…エリカの剣と打ち合ってその剣は君に”届いていたかな”?」

 

全部お見通しなのかこのお兄さんは…

俺は踵を返そうとした体を修次さんへ向き直り真っ直ぐに見る。

 

「ええ”届いていましたよ”。彼女の本心が乗った良い剣筋でした……俺がエリカを見続けますから安心しててください。修次さん。」

 

その言葉に満足したのか先ほどまでの敵視は無くなっており感心するような視線を向けられた。

 

「エリカを頼むよ八幡くん。」

 

「は、はぁ…?」

 

それだけ言って修次さんと渡辺先輩は俺よりも先に平河の部屋へ向かっていってしまうのを見てハッとして後を追いかけることになった。

 

平河の様子を確認すると《精神異常》は見られず元に戻っており受け答えも普通だ。

どうやら姉の件と達也への劣等感を煽られてそれを漬け込まれたらしい。

だがその暗示をかけられた人間のことはすっぽりと抜けているようで「分からない」と答えるだけでこれ以上の回答は期待できず俺は修次さん達へ別れを告げて帰宅することにした。

 

 

「出すぎた真似でしたかね?」

 

高級乗用車を運転する周青年は後ろに居る呂へ話しかけた。

しかし呂は周を見据えたままで黙ったままだ。

そんな態度も気にも留めない周は屈託の無い声で言葉を続ける。

 

「それにしても驚きました。呂大人が手傷を負わせられるとは…七草の養子も侮れない、ということですかね?」

 

嫌みにも取れるその発言に呂は眉ひとつ動かさない。

がその巨体からは闘志のようなものが滾っているように感じられた。

 

「奴は強い。」

 

「…呂大人がそこまで言うとは。」

 

呂からは他人を強者と認める発言をしたことは周も驚いていた。

 

「遁甲術を使うのか?」

 

口にしたのは自分を助けた周の術についての疑問だった。

 

「いやお恥ずかしい、陳閣下の御技と比べれば手遊びに毛が生えた程度でして皆様にお見せする程度のものでは御座いません。」

 

その周も手の内を隠して居たことを責めるような言葉に苛立ちを見せずに笑みだけを浮かべていた。

 

 

呂剛虎がアジトへ戻ったのは日付が少し変わった後だった。

再び手傷を負った呂剛虎を見た陳は驚いた表情を浮かべており負傷の経緯を既に報告を受けていたからだ。

”抹殺対象者の病室の手前で七草八幡と遭遇し戦闘、撤退せざるを得なかった”と

その話を聞いて陳は思わず耳を疑ってしまったがその負傷具合を実際に見てみると信じざるを得なくなっていた。

呂は再襲撃を意見具申したが陳は却下していた。

陳は呂に責任の是を問うつもりはなかった。

あまりにもイレギュラーが多すぎるのだ二度に渡る七草の養子の妨害、それに協力者である周の胡散臭さが引き立っており呂を責めることは奴の術中に嵌まるような気がした。しかしそれ以上に”優先順位”が変わったのだ。

 

「状況が変わった。」

 

その状況を打破するために呂の力が必要となったのだ。

つまらないことで呂を責任を問う時間よりも此方の方が有効であると陳は判断した。

 

「第一高校における我々の協力者である関本勲が任務に失敗し奴らの手に落ちた。収容先は八王子特別鑑別所だ。」

 

特殊観察所に送られたとなれば任務の遂行度合いは必然的に跳ね上がる。

それに関本は直接陳達と遭遇しているので間接的な接触したことの無い平河とは優先度は天と地の差ほどあるからだ。

 

「平河千秋の始末は後回しだ。関本勲を処分せよ。」

 

「是」

 

「…それとだ、上尉。今後、”七草八幡”を特記戦力として認定。”やむを得ない事情”以外では戦闘を禁ずる。」

 

その事を告げられた呂は変わらずに平然とした表情で答えた…ように見えた。

そこには傷の痛みなど気にしないと言わんばかりに八幡への再戦を望む猛虎がそこには居た。



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鉄板ネタは三度までだぞ

投稿遅すぎぃ!!
…すいません、試験勉強等で筆が遅くなっちゃいました。
8月の後半まで投稿できるか微妙です。

コメント&評価ありがとうございます。
誤字脱字報告も重ねてありがとうございます。


病院襲撃事件から一夜明けて月曜日。

今日も姉さんと一緒に登校しキャビネットから出ると見知った顔が別のキャビネットから出てくるのが見て取れた。

それは向こうも同じで此方に気がつき駆け寄ってくる。

 

「…」

 

その姿を見た姉さんが一瞬不機嫌そうな表情を浮かべるが直ぐ様普段通りになった。

俺じゃなかったら見逃してるね。

 

「不機嫌にならないでくんない?姉さん。」

 

「…別に?不機嫌になんてなってないわよ?」

 

「いや既に現れてんじゃん…。」

 

ペシっ。

 

「いだっ。」

 

そんなことを言うもんだから俺の二の腕を叩いてきてきたのちに俺の右腕に自分の腕を絡ませてくる。

 

「そんなことを言う八くんにはこうしちゃう。」

 

「ちょ、おい!…はぁ、好きにしてくれ…。」

 

妙に嬉しそうにしている姉さんが隣に居るがまぁいいかとなったが付近に居る男子生徒達が血涙を流しながら悔しがっているのが見れたがお前達に姉さんは渡さん、とだけ決意した。

その光景を見ていたのは当然男子生徒だけではなく…。

 

「八幡?公衆の面前で何をしてるのかな~?」

 

「会長離れてくださいますか?」

 

「ん。同意。」

 

「か、会長は八幡さんから離れてください!」

 

「あら?皆さんお揃いで登校かしら?」

 

俺と姉さんの目の前にはエリカを初めとした少女達がキャビネットのロータリーで一触即発に陥りそうになったが俺と達也の発言を受けてハッとなっていた。

俺たちの声色も怒気を帯びていたからだろうか。

 

「「みんなの迷惑なるからやめような姉さん」やめるんだ深雪。」

 

「「「「ご、ごめんなさい」「申し訳御座いません…」」」

 

気を取り直して俺たちは第一高校へと足を向けた。

 

駅から学校まで男は俺と達也、女子が五人と見る人から見れば羨ましがること請け負いではあるがただのクラスメイトと同級生と姉だ。

今俺の左右には姉と反対側にエリカが居る。

後方に居る深雪達が前方に居る俺へ恨み節のような視線をぶつけるが気のせいだと思って無視をする。

隣に居るエリカが俺に話しかけてきた。

 

「昨日次兄上と病院で会ったって本当?」

 

「聞いたのか?」

 

「ええ。…一緒にいけすかない女と一緒に居たこともね。」

 

いけすかない女…もしかして渡辺先輩の事を言っているのだろうか?

その事について突っつくと薮蛇をつつくことになりそうなのでやめておくがエリカは俺と同じくシスコン…もといブラコンなのだろう。

その点においては俺とエリカは近しい存在だと言えるだろう。

耳元に近づき囁く。

その行動に隣に居る姉さんと深雪達が「なっ!」と声を上げていた。

 

「その時に『人喰い虎』と戦ったんでしょ?その時剣術を使ったの?」

 

「使ったけど…それがどうかしたのか?」

 

「次兄上が八幡に『今度千葉家に連れてきて手合わせしたい』って伝えてくれって。」

 

「マジかよ…。」

 

正直あんまり『刀藤流剣術』を広めたくはないのだが…。

”千葉の麒麟児”と呼ばれた修次さんに見せたのが間違いだったと後悔したがあのときは持っていたCADが威力がありすぎるものだったので抜くわけには行かなかったし仕方がないと言えば仕方がないと言えるのだが…。

エリカがとんでもない爆弾発言を決めた。

 

「これであんたをウチに呼べる口実ができたからあたし的には大歓迎。」

 

顔を少し紅潮させたその発言は思わずドキリとしてしまい視線を姉へ戻すと不機嫌な表情をしていて俺は思わず冷や汗を流した。

 

「ふぅ~ん…」

 

「な、なんだよ…。」

 

「別に?お姉ちゃんの約束破っちゃうんだ?って思っただけよ。」

 

「ここで蒸し返すなよ…。」

 

「ん?何の話?」

 

エリカには聞こえていなかったらしくそのまま何も聞こえないことにして貰おう。

 

「ああ、いや今度エリカの家に行くの楽しみだなって…。」

 

「絶対に…きてよね?」

 

「お、おう…。」

 

顔を俯かせ袖を控えめに摘まんでくる様子に普段とは違う印象を受けて『かわいいなこいつ…』となったが俺は悪くない。

その事を告げたことで俺に突き刺さる視線が強くなった。

俺は悪くない。

 

◆ ◆ ◆

 

姉さん、エリカ、達也達とは教室が違うし学年も違うため一旦ここで分かれて教室へ深雪達と向かう。

教室に入るとクラスメイトから「おはよー七草くん。」「おはようさん。七草。」と挨拶をかけられ俺は

 

「うっす。」

 

と声を上げて手を挙げる。

普段通りの挨拶であるのでクラスメイト達は普通の反応を返してくれた。

何時も通りに挨拶を返して席に着く。

始業時間までは時間があるので一眠りするか…と思ったが俺の席付近の女子はそうはさせてくれない。

と言うよりもヘソを曲げている女子を宥めなければならないと言う高難易度ミッションが待っていた。

 

「…なんでお前達ヘソ曲げてんの?」

 

「曲げてなどおりませんよ?」

 

「曲げてなんていない。」

 

「ま、曲げてなんていないです。」

 

完璧にその様子が構ってほしい妹に重なって苦笑するしかなかったのだが深雪がその理由を発言した。

 

「最近はエリカも無自覚に虜にして本当に…。」

 

「虜?なんでエリカが…。」

 

深雪の言っていることが分からないが…ってなんでその事知ってるんだ?

 

「八幡のお家に言ったことなんて無いのに羨ましい…。」

 

「いや、ウチにきても面白くないだろ。」

 

何故、雫がその事を知ってるんだ…?

 

「わ、私も八幡さんのお家に泊まりに行きたいです!」

 

あ、間違いねぇエリカの奴ゲロりやがったな。あいつ…。それにほのか?女の子が男のウチに泊まりたいって言うもんじゃないからな?

 

「泊まりはダメだが遊びに来るのは良いけど…」

 

「本当ですか!?」

 

少し喰いぎみに俺の回答に食いつき俺の席へ詰め掛ける。

その瞬間にほのかの大きなものがドタプン、と揺れて目を奪われる。

 

「ん、八幡私は?」

 

「ああもちろん。」

 

雫が聞いてくるのでもちろんと答える。

友達だと思ってた奴の家に呼ばれた時に「なんでお前居るの?」と言われて追い出されたことを思い出して仲間はずれは辛かろうと言う意味でだが。

 

「では…八幡さんのご自宅にお邪魔するついでですが私はシロちゃんの様子を見に行かせていただきます。元気ですか?」

 

「ああ、シロね。元気だよ。人馴れしすぎてお前本当に捨て猫か?って疑いたくなるぐらいには。」

 

この間の夏に保護した白猫…白いからシロと名付けられた子猫はウチのアイドルと化しており家政婦さん達や家族をメロメロにしている。

とても人懐っこく最近では仕事している父の膝で丸くなって寝ているか俺の部屋に入り込み俺の布団に忍び込んでくるほど人馴れして居る。

 

「ん、八幡私も猫見たい。」

 

「私も見たいです。」

 

「ああ。良いぞ。そうだな…今はウチが忙しいから12月頃になるかも知れないけど良いか?」

 

「ええ」「うん」「はい」

 

三人の少女達は嬉しそうに頷くと当時に授業を告げるチャイムが鳴り響いた。

 

 

授業が終了し昼休み。

席を確保するために俺と深雪はほのかと雫を先に配膳台に行かせて料理を取りに行かせている間に深雪からお礼を述べられた。

 

「八幡さん。お兄様の護衛お疲れさまです。」

 

「?何の件だっけ…ああ。先日の日曜日か」

 

「ええ。危うくお兄様がお作りになられた研究テーマの起動式が危うく奪われるところだったとお兄様からお聞きしまして。」

 

「まぁ仕事だしな。気にするなよ。まぁ実行犯が捕まったとは言え単独犯とは言いづらいが…。」

 

その背後に誰が着いているのかは俺は把握しては居るが無関係な深雪を巻き込むわけには行かないのでその事は告げなかったが。

 

「その事を本人に聞いてみるか…。」

 

「?なにか言いましたか?」

 

深雪が不思議そうな表情を浮かべて此方を覗き込んできた。

 

「ああ、いや何でもない。」

 

もしかしたらと俺の脳内で推理が始まる。

現地協力者として利用されていた平河はあの長髪の青年を通して協力者として仕立て上げられ呂剛虎に狙われていたのだとすれば関本先輩はさらにヤバイか…?

データの奪取ともなれば呂とその関係者の顔を見ているはずだ。

消される可能性はある…。

正直自分の都合で犯罪紛いの行為に手を貸したことに関しては自業自得だとは思うが姉さんの居る学校で傷害事件など起こされたら堪ったものではないので関本先輩を保護するためにも向かわなければならないだろう。

となれば特別鑑別所へ呂剛虎の襲撃もあり得る。既に情報は伝わっているはずだ。

並みの魔法師では奴に勝つことなどできないのは既に二度も交戦している俺だからこそ断定できる事だろう。

惨劇が起こるのは確定だ。

てか、俺はあいつと何回戦えばいいんよ…?

 

「…ん?」

 

そんな脳内で推理を進めていると不思議そうな表情を浮かべて俺を見つめる深雪の視線が俺の眼前まで近づいているのに気がつき思わず声を上げる。

 

「…うおっ!?」

 

椅子から転げ落ちそうになった瞬間に踏ん張りどころが悪かったのか力が入らなかった。

 

「八幡さんっ」

 

すかさず隣に居た深雪が支えてくれた、のだが。

 

「す、すまん深雪…」

 

「は、八幡さん……///その…。」

 

俺を支えている深雪の顔はリンゴのように真っ赤になっており顔から湯気が出てしまいそうな程であり俺は嫌な予感がして深雪の顔から視線を下へ向ける。

 

「…い、いやわざとじゃ…!」

 

俺の手はナニかに捕まろうとしたのだろう、まさかの掴んだモノが”深雪の胸を鷲掴んで揉みしだいている”のだから。

夏休みでのあの感触を思い出し思わず男の悲しい性で感触を思い出そうともう一度揉みしだきそうになったもう一人の俺を全速力で張り倒し深雪から離れ全力で謝罪した。

 

「…」

 

深雪は此方を恥ずかしそうに見て胸の辺りを腕でクロスしている。

その瞳は潤んでいた。

 

「す、すまん!!」

 

同級生の胸を揉みしだいて謝罪だけで済まそうと言うのは虫の良い話だろう。

済まない妹達…このままだとお兄ちゃんは同級生のおっぱいを揉んだことで警察沙汰になって明日の朝刊に乗ってしまいそうです。

 

『七草家長男、第一高校の雪の女王こと”Sさん(匿名)の身体へ触れて裁判沙汰へ!?』で紙面を飾ってしまいそうなのはどうしても避けなければならない…!示談金って相手の言い値だっけ?数億なら出せるけどさぁ…!!

 

「…顔を上げてください八幡さん。」

 

大真面目にそんなことを考えていると深雪から声をかけられた。

俺は恐る恐る面を上げるとそこには顔を赤くしながら此方を見据える深雪が居た。

 

「大丈夫ですよ八幡さん、警察にも突き出したりしませんから。」

 

「深雪さん?なんで俺の思ってることが分かんの?エスパー?」

 

「私はSB魔法師ではないですよ?…八幡さんが分かりやすすぎるんです。…コホン。ですが八幡さん私の胸をイヤらしく揉みしだいてなにも無しでは八幡さんがまた事故を装って襲われてしまうかも…。」

 

「いやそれは、」

 

無いだろ、と言いかけたが俺の台詞を遮った。

 

「心から?神に誓ってでもですか?」

 

「…ああ。」

 

「嘘ですね♪」

 

信用無いね俺ね…。

満面の笑みで否定されて心が折れそうになったが女王深雪様から一転して心優しい同級生深雪さんへジョブチェンジして俺へ話しかけてきた。

 

「…冗談ですよ八幡さん。…今回は私の不注意で今のような”事故”が起こってしまいましたが私以外にこのようなことをしないでください。」

 

「は、はい…。」

 

「八幡さんが私をデートに誘ってくれましたら信じましょう。」

 

「俺が深雪をデートに誘うのは難易度が高すぎじゃありませんか?」

 

「…胸を揉まれたのに。」

 

「ぐっ…!」

 

「ほのかとはデートしていたのに私とはしてくれないんですね…?」

 

「うぼぉあ…!?」

 

「このままではお兄様に『八幡さんから獣の如く胸を揉みしだかれた』と…。」

 

そんなことを達也に知られたら俺はこの世から消されてしまうのでやめてください死んでしまいます。

姿勢を正して向き直る。

 

「分かった…分かりましたこのとおり…デートさせてください。」

 

「約束ですからね?はい指切りです。」

 

深雪の白魚のような白い小指に俺の指が絡まりお馴染みの言葉を告げる。

 

「ゆ~びきりげ~んまんうそついたらはりせんぼんの~ます♪指切った♪」

 

「指切った…。」

 

「うふふっ♪」

 

そういって俺と深雪は指を離し深雪は嬉しそうに俺は申し訳なさそうな表情をうかべた。

その直後に雫達が戻ってきて達也達も食堂の俺たちのいる場所へ近づいてきた。

今起こったことは俺と深雪の二人だけの秘密になった。

てか待って?『私以外にはしないで下さい』って言ったか?

 

その後昨日のことをみんなに伝え達也は鑑別所に収監されている関本先輩と面談するために達也が行動を起こそうとしていたのを見て俺は少しため息をつきたくなった。

 

◆ ◆ ◆

 

その日の放課後、関本先輩のいる特別鑑別所へ向かうための委任状を一応形だけでも貰いに行こうと考え風紀委員会本部へ向かうと声が聞こえた。

 

『ダメ』

 

怪訝に思いながら扉を開けて入室するとそこには渡辺前委員長と千代田先輩、そこには達也が居た。

 

「おはようございます。…どうしたんすか?」

 

「ああ、ちょうど良いところに八幡くん。達也くんに言ってあげて!」

 

「何をっすか?」

 

「関本勲の面会申請をよ。」

 

やっぱり…と合点が行ってしまったが関本先輩を保護するためには向かわなければならないのは俺も一緒なので千代田先輩を説得にかかる。

 

「被害を受けたのは当事者である達也のはずっすよ?それを何の理由も無しに『ダメ』で押し通すのは流石に酷いんじゃないですか?そもそもにおいて鑑別所の面会承認は風紀委員長を通して生徒会長がすることになっていますんで最終的な決定権は学校に在りますが。」

 

「なっ!?」

 

千代田先輩もまさか俺が達也の味方をするとは思っていなかったのだろう。

二の句が告げずにいるのを俺は好機と見て追撃をかける。

 

「申請を出すのが達也でダメなら俺なら大丈夫でしょう?その随員として達也を連れていく、まぁ俺は監視でもしていれば良いんじゃないですかね?」

 

「ぐぐぐ…でも、」

 

「これはお前の敗けだな花音。諦めろ。それにあたしと真由美と八幡くんの三人で一緒に関本の様子を見に行く予定を立てて居たからな。問題なかろう?」

 

「…まぁ、摩利さんと八幡くんが一緒なら。」

 

一応俺も大丈夫判定になっているのが驚いたが拒否されたら”七草家の権力”を使って行こうと思っていたから好都合だった。

 

「八幡くんには事後報告になってしまったが構わないね?達也くんのそれで良いかな?」

 

「大丈夫っすよ。」

 

「大丈夫です。」

 

こうして四人で関本先輩のいる特別鑑別所へ向かうことになったのだった。

 

◆ ◆ ◆

 

「準備できました。」

 

雑居ビルの一室で陳達は関本勲を始末するための部隊を選抜し編成が完了した。

 

「呂上尉。」

 

「是」

 

呂剛虎は陳へ指示を出す。

 

「特別鑑別所は現在警備が厳重になっている。当然ながら正面後方からの潜入はできない。そこで呂上尉は屋上からの潜入して対象を抹殺しろ。随員は正面で騒ぎを起こし引き付けろ。装備は対魔法師用のハイパワーライフルを装備。回収は陸路を使い車両だ。」

 

随員が敬礼し作戦が始まった。

しかし呂はターゲットである関本勲などどうでもよくなってきていた。

来るであろう自分に二度も土をつけた男へと意識は割かれてその名前を呟く。

 

「七草八幡」

 

その感情が薄い表情からは予想だにしないほど募る怒りを迸っていた。

 

◆ ◆ ◆

 

そして次の日火曜日。

俺は達也と、姉さんは渡辺先輩の四人で関本先輩が収監されている特別鑑別所へと足を向けた。

一応部隊の数名を鑑別所付近へ展開し不審者が現れたら俺の端末へ報告するようにとは伝えていたがそれが今日に至るまで報告はなく平和だった。

なぜだか今日は襲撃が敢行されるという俺の”勘”がそう物語っていた。

 

入り口では様々な手続きがあったが入ってしまえば拍子抜けしてしまうほどであった。

これも一重に”七草家の権力”が働いているのだろう。

俺と姉さんがいるからだろうか。

警備は先日の立川病院での暴漢の報告があったために警備人員は割り増しになっていた。

ここに襲撃をかけるのはよほどのバカか腕に自信があるバカの二者だ。

 

関本先輩が収監されているビジネスホテルのような個室だが異なる箇所は部屋の中を覗き見える隠し部屋が併設されている。

その部屋に俺と姉さん、達也がその隠し部屋に入り関本先輩を尋問するために相対するのは渡辺先輩ただ一人である。

正直俺の《記憶読取(リローデットメモリ)》を他人に見せるわけには行かないので助かったのだが女性一人をほぼ犯罪者の部屋に一人で行かせるというのは少し複雑な心境では在るが…。

隠し部屋に備え付けられた大型の偽造ミラーに映る渡辺先輩に対して関本先輩が”天地がひっくり返っても勝てない”ということはこの部屋にいる誰もが知っていた。

関本先輩が暴れたとしたら俺と姉さんが取り押さえる算段をしている。

 

関本先輩がいる部屋に渡辺先輩が入ってくると驚いた表情を浮かべ無意識に手首に手をおいていたのは普段の癖か自分よりも強い魔法師が入ってきた渡辺先輩を警戒してだろう。

声が震えてないのが不思議なぐらい緊張をしているのが見て取れる。

 

『もちろん事情を聞かせに貰いに来た。』

 

同じ風紀委員だったことも合間って渡辺先輩のやり口手口はよく知っているものだろう。

だからこそこの密室に渡辺先輩が来たことにより関本先輩の警戒心は大きく引き上げられている。

無論、それは今尋問を行っている先輩も知っていることでこの鑑別所で魔法を使うモノならば警報システムが作動し収容室に備え付けられた銃座(暴徒鎮圧用のゴム弾)が作動し対魔法装備をつけた警備員が飛んでくる。

 

『そうか?』

 

渡辺先輩はそうとだけ告げると匂いを使った意識操作の準備を会話中に準備しており関本先輩はその狙いに気がつき息を止めるが既に遅かった。

 

部屋には意識誘導するための匂いが室内に満ちて意識は堕ちていった。

 

 

「渡辺先輩すげぇな。」

 

俺は素直に渡辺先輩の自白剤を使わずに”匂い”での意識操作の手腕に手放しで感心していた。

 

「八くんは摩利がどんな魔法を使ったのか分かるの?」

 

「ああ。魔法…と言うよりも手品見たいなもんだろう?意識誘導、匂いでアロマテラピーとかのそういった類いだろ?渡辺先輩は防衛大にはいるよりも専門校に入った方が引く手数多なんじゃないか?」

 

白衣を来て悩み相談をしている渡辺先輩を想像したら存外似合っていた。

戦う民間療法師とか人気でそうじゃない?見た目も相まってだけど。

どこぞの戦うコック…○ガールかよと一緒のカテゴリーになったが。

その事を告げると姉さんはクスりと笑ってた。

達也も苦笑いを浮かべてその反応を見ていたがその直後に警報が鳴り響いたと同時に通信が入る。

 

「俺だ。」

 

実働部隊の一人の少女からの通信だった。

 

『連中が侵入してきたみたい。正面にはハイパワーライフルを装備した諜報員が数名…あ、上空からの強襲が本命みたい!』

 

その報告を聞いて俺は頭が痛くなったがそうもしていられない。

素早く指示を出す。

 

「やっぱりかよ…お前達は下の警備員達と一緒に防衛に務めてくれ。”七草の関係者”と言えば問題ない。」

 

『かしこま~!』

 

防災警報ではない、非常警報が鳴り響いている。

 

警報を聞いた俺たちの反応は早かった。

俺は姉さんを連れて廊下の外へ、達也は周囲を警戒し、向こうの部屋に居た渡辺先輩は関本先輩を備え付けのベットに気絶させて倒し部屋を出て鍵を掛けた。

 

「侵入者…やっぱり…。」

 

天井のメッセージボードを見て確認すると同時にこの鑑別所を襲撃を仕掛けた獣性とそのプレッシャーを感じとる。

 

俺の呟きに渡辺先輩が反応し戦慄していた。

 

「どこのバカだ…。」

 

その答えは直ぐ様分かった。

 

「そこに居ますよ。…姉さん達、下がっててくれ。」

 

三階の非常口付近へ素早くホルスターから《特化型CAD(ガルム)》を引き抜き『重力爆散(グラビティ・ブラスト)』を叩き込む。

 

「八くん!?」

 

「八幡くん?!」

 

爆音と爆風が館内に響き渡る。

俺の突然の施設の破壊を目の当たりにして驚いているようだったが達也は気が付いていたのだろう。

俺の突拍子の無い攻撃に驚く素振りも見せずにその視線は非常口へと注がれる。

 

煙が充満する付近から大柄の若い男が飛び出した。

その身長は俺よりも頭ひとつ高く、だとすれば百八十後半。

鍛え上げられた肉体は鈍重さを感じさせない、どちらかと言えば大型肉食獣を想起させるしなやかさを兼ね備えていた。

その姿を確認した渡辺先輩は見覚えのある男だった。

 

「呂剛虎」

 

◆ ◆ ◆

 

「ちっ…鉄板ネタは三回が限度だっつーの。」

 

俺はそう吐き捨てるように呟き《乱戦乱舞・朱雀乃型(お馴染みの構え)》を取り先輩達の前に行こうとした瞬間俺へ前方から敵意が殺到する。

前へ出ようとした渡辺先輩を蹴って後ろへ勢い良く倒す。

 

「ぐっ…八幡くん!?一体何を…?」

 

ズドン!とさっきまで渡辺先輩が居た場所へ大口径の銃弾が叩き込まれそれを合図に鉛弾の大豪雨が俺たちへ殺到しそうになったその瞬間に俺の正面、つまりは攻撃が当たる全面へ叩きつけるような重力フィールドが形成されて叩き落とされる。

力業で押さえ込むその光景をみて渡辺先輩は俺へ文句の一つを言いたかったのだろうがキャンセルされた。

 

「す、すまない八幡くん助かった。」

 

「渡辺先輩は姉さんの援護に入ってください…まだ来ます!」

 

銃弾は全て叩き落とされ攻撃は此方へと届かない。

 

「対魔法師用のハイパワーライフル…潤沢だなぁおい!」

 

同じく呂と共に降下してきた工作員が対魔法師様のハイパワーライフルを持って此方へ遮蔽物の影から射撃をして来るが俺が重力フィールドを形成しているため当たらない。

しかしそれと同時に達也達の背後から接近してくる気配がある。善意ではなく悪意、もしくは殺気。

その事に気が付いた俺は素早く達也に指示を出す。

 

「達也ぁ!後ろから歩兵八!姉さんと先輩を頼む!」

 

その瞬間に背後の階段がある扉をぶち破って都市迷彩を着用した諜報員が同じくハイパワーライフルを装備して姉さん達へ襲いかかる。

 

「分かった!」

 

俺の言わんとすることを理解し素早く応戦を始めた。

 

(達也ならあのくらいの敵を倒すのはわけない…筈なんだがやっぱ何か隠してるな…。)

 

たまたまチラ見したときに達也の魔法演算領域に巣食っていたあの大容量の”魔法”のことが脳裏を過るが今はそれどころではない。

 

「八くん援護するわ!」

 

姉さんの申し出は嬉しいが余計な手が入ると計算が狂ってしまうのでどちらかと言えば後方に展開している連中の相手をしていて欲しいので少し冷たい言い方で答える。

 

「姉さんは俺の背後に居る連中の排除を頼む!」

 

「…っ、分かったわ!」

 

姉さんの”マルチスコープ”があれば非魔法師等相手ではないので直ぐに決着は着くだろう。

この鑑別所でドンパチされたら色々と問題になるのだがそれも想定内だ。

 

近くの遮蔽物に隠れつつ応戦している達也の戦闘スタイルをみていると若干の苛立ちを覚えたが人には隠しておきたいこともあると飲み込んで正面で展開している諜報員達を詠唱破棄した《重力爆散(グラビティブラスト)》を叩き込み地面へと叩きつけられ悲鳴が上がる。

死にはしない威力に押さえたので問題はないだろう。

それよりも問題なのが今目の前に居るのだが…。

 

呂は此方へ突進を開始した。

どうやら援護など不要と言わんばかりに初めから待つつもりは端から無かった様で遭遇した際”俺しか見ていなかった”。

 

「シッ!!」

 

呂の命を刈り取る拳が俺へ迫ろうとした時に拳に纏わせたサイオンで迎え撃つと同時に地面を重力魔法で砕きコンクリ片を反重力で飛ばし質量攻撃を行う。

しかし相手もコンクリを拳で砕き此方への攻撃の手を緩めない。

此方も攻撃を受け流し片手に装備した特化型で《グラビティ・バレット(得意技)》をばらまくと鋼気功で弾かれてしまうが怯ませることには成功した。

利き足を踏み込み攻撃を仕掛ける。

 

「ふっ…!」

 

振り抜いた拳は確かに呂をとらえた筈なのだが本来であれば肉体を殴ったときに生じる破裂音は”パァン”と肉を打つ音ではなく”ガァンッ!”と金属を打つ音が鳴り響いた。

 

(強化してきやがったか…?)

 

呂を打った拳は負傷しなかったが手応えが先日に相対したときよりも向上しているのが感じて取れた。

此方と打ち合う呂の表情は不適に笑っているように見えた。

さながら獲物を狙う肉食獣だ。

 

「気味の悪い野郎だ…!」

 

俺は《朱雀乃型(速度重視)》を解除して《白虎乃型(破壊力)》に構え直し凶戦士と相対するが速度の遅い《白虎》では呂の速度には追い付け無いが情報強化された鋼気功を撃ち抜くにはこれしかない。

”殺さないように加減して気絶させる”のは至難の技だ。

相手は近代近接魔法師十指に入る実力者でありその考えは蜜よりも甘い。

 

まさにその考えは命取りだった。

 

《白虎乃型》が発動中の拳を呂へぶち当てようとするが回避されてその場から消え去った。

 

「やべっ!」

 

背後に居る姉さんの声が俺に届く。

 

「八くん!」

 

恐らく背後に移動しているのだろう呂は命を借りとるために俺の心臓を拳で貫こうとしている。

ここの距離では他人の援護は望めないしそれにこの状態ではもう片方の手でCADは引き抜けない。

自分で何とかしなければならない場面だ。

仮に殺されたとしても《物質構成(マテリアライザー)》を使ってしまえばそれまでだができればそれは姉さん達の前では使いたくない。

そうなれば俺は”鬼札”を切ることにした。

背後から近寄る獣を一瞥せずに発動する。

 

『召龍・青龍乃型』

 

瞬間、体内からサイオンが急激に抜けていく感覚を覚える。

 

「くぅっ…!」

 

その瞬間、背後より寸でのところでその拳を俺を貫けるところまで行った呂へ”地面より黒いナニか”が現れ嘶きそれごと凄まじい衝撃ごと天井へと激突した。

 

『グオッッッッッッッッッ!!!』

 

「ガァッ!!?」

 

戦闘を終えて此方への援護をしようとしていた姉さんを含めた三名は驚きの表情を浮かべる。

 

「なに…それ。」

 

「何だ一体それは…」

 

「八幡それは…。」

 

『グルルル…。』

 

天井に突き刺さっていた呂は一瞬だが動きを止めたのちに拘束を振りほどいて降りてきて此方を見ているがその表情は感情が薄いとはいえ遠目からみても”驚いている”と分かる。

 

「ちっ…結局使うことになっちまったな。」

 

俺の隣には俺の体躯よりも二回り三つ回り程大きい黒い光を纏った”龍”が俺に渦を巻くように纏わり付く。

その姿は東洋に伝わる青龍…ではあるのだが生物よりかは機械と有機物が融合したような見た目でありそれも驚く原因なのだろうが…。

 

正直この技は使いたくなかった。

理由は只一つ。

目立つからだ…というのは嘘だが《召龍・青龍乃型》は俺自身のサイオンの四分の一を喰らって現れるこいつは俺の《四獣拳》の中で《白虎》よりも”一番殺傷力が大きい”技だからだ。

 

相手もプロの軍人、困惑はしていたが直ぐ様気を取り直し此方の命を奪おうと大型肉食獣の如く此方へ突貫を仕掛けてくる。

しかし、呂は気がついていなかった。

 

俺の『瞳』が金色の”爬虫類種”へと変化していることに。

 

「……」

 

『ギュグオァァァァ!!』

 

黒龍が黒炎を吐き出し呂へ直撃する。

 

「ウォォォォォ!!?」

 

焦げ付くような匂いが鼻に突くが勢い勇んだ呂の速力が落ちていく。

 

クルリ、と背を向けて脱力する。

その行為に姉さん達の驚く声は当然ながら来るわけだ。

 

「ど、どうして後ろを向くの!?」

 

「何を考えているんだ八幡くん!」

 

「八幡!」

 

呂の鋼鉄すら貫く拳が俺へ当たる瞬間。

 

「ハッ!!」

 

『ギュグオァァァァ!!』

 

その拳に俺の強化された剛脚に黒龍が吐き出した黒炎が付与された回し蹴りが激突する。

 

「…」

 

「…」

 

一瞬の静寂がその場に広がる。

拳と脚がぶつかったその瞬間に空気が弾ける音が鳴り響いて呂は俺の脚を砕いたと思ったのだろうがそれは逆だった。

 

「っ!?」

 

呂の拳が弾け砕け散り欠損する。

それに連鎖するように獣の躯から鮮血が迸り床を赤で汚していく。

 

「ぐ…がぁ…!」

 

「…」

 

倒れまいと此方に追撃を仕掛けようとする呂へ俺は無慈悲に拳を欠損している右腕に剛脚を当てた瞬間に”龍の顎”がイメージとして現れ喰らい尽くし右腕を失わせた。

 

『青龍乃型・龍撃』

 

この技は相手のサイオンを全て食らいつくし自分の攻撃の威力に上乗せし相手の魔法式も無効にしつつ相手の肉体へ裂傷、もしくは破壊させるために開発されたこの技は師匠でもある婆ちゃんから言わせると”最もエグい技”と言われている。

 

「……!」

 

最後の踏ん張りが無くなってしまった呂は血だまりに崩れ落ちていった。

この体躯であれば死にはしないだろう。

倒れ込む獣を見てボソり、と呟いた。

 

「地を這う獣が天に浮かぶ龍に勝てるわけねぇだろが。」

 

◆ ◆ ◆

 

正面で奮戦していた警備隊は一人の犠牲も出さずに済んだが襲撃者は逃げられてしまった、という結果になってしまったが十分といえるだろう。

警備隊が八幡達のいるエリアに到着した場面は地獄絵図であったことだろう。

 

挟み撃ちにされた状態で四名全員が五体満足であり襲撃を仕掛けてきた13名のうち13名は重症であったが全員生きては居た。

 

特に警備隊が目にしたもので一番驚いたものといえば血だまりに沈む手配中の呂剛虎がおりそのすぐ近くに少年がキズひとつついていないことだろうか。

その光景に驚きこそすれば少年少女達の制服が”第一高校”の物を着用していたために直ぐ様確保に踏み切った。

恐らくは『七草家』の事を知らされていたのだろうが。

血だまりに沈む呂剛虎は片腕を失っており気も失ってはいるが命に別状はなかった。

その後、事情聴取は行われなかった。

ここでも『七草』の名前が有効活用されていたことを知り八幡は後処理の事を考えずに済むな、と頭の中に思い浮かべて真由美達よりも先にその場を後にした。

 

その後に達也たちから先ほど使用した技を聞かれたが「秘伝だから教えられない」とだけいってその会話を終わらせた。

恐らく幹比古が居れば先程八幡が召喚した龍を見れば腰を抜かして驚いていたことだろうが…。

特別鑑別所を襲撃してきたテロリストと呂剛虎を確保することが出来た。

しかし、実働部隊である呂を捕まえることは出来たがそれに指示を出している首謀者がまだ捕まっていない。

逆に論文コンペ当日までは安全を確保できているといってもいいが当日は戦争じみた光景が広がることは想像に固くない。

八幡は端末に連絡を入れて現在横浜に駐留している不明船へ工作活動を仕掛けるように指示を出すと直ぐ様七草傘下の実働部隊のリーダーから「了解した」の返事が帰ってきた。

 

リーダーに工作を任せて八幡達は帰路に就いた。

 

 

論文コンペティションが行われるまで妨害は一切無かった。

本番が開かれるまでの一週間は平和そのものであったのだが横浜に潜伏している敵はそれどころではなかった。

”突如として直立歩行戦車が内部パーツが腐食し大破”、”装備群の紛失”、”弾丸が劣化してしまい使用できない”等といった論文コンペティション当日に蜂起する予定に間に合わなくなってしまっていたがそれは学生達にとっては関係の無いことであった。

 

そんな論文コンペティションが開かれる二日前。中華街の一室にて二人の男性が向かい合い会話をしていた。

 

「周先生すっかりお世話になりました。」

 

「恐縮です、閣下。」

 

青年に向かい合う陳は何時もと変わらず横柄な口調を出しているが周はそれを気にも止めずに恭しく、柔らかな表情を浮かべて頭を下げている。

 

「しかし、大変でしたね。まさか持ち込んだ装備群が全て破壊されてしまったとは…閣下の心中をお察しいたします。」

 

「ええ。周先生のご協力が無ければ破壊された装備群を集めることは出来なかった。…必要最低限ですが、感謝いたします。」

 

陳は目の前にいる青年に借りを作ってしまったことに多少の胃の痛みを覚えていたが起きてしまったことは仕方がないと飲み込んだ。

潜伏していた装備群を破壊した工作員を調べようとしたが”痕跡が一切見当たらなかった”のだ。

必要最低限の装備を周に用意してもらい本国へは追加の装備を送るように打診した。

 

「本国からの追加物資と艦艇を派遣するとの連絡がありました。少々予定は狂いましたが作戦を遂行することが出来る。」

 

「おお。それは良かった。お役に立てたのでしたら光栄です。」

 

「ただ、一つ未解決な問題がありまして。」

 

「おや、それは何でしょうか閣下。」

 

対面している二人は何時もの表情で腹の探り合いをする。

 

「ご存じかも知れませんが武運つななく副官が敵の手に落ちてしまいまして。」

 

「存じております。誠に運が悪かったとしか申し上げられません。まさか呂先生が…。」

 

「しかし、一度敵に囚われる失態を犯したとはいえ彼は我が国に必要な武人。」

 

周は無言で頷いて陳の言葉を肯定しはするが自らは言葉を発しない。

余計な言質を取られないように。

なにも言おうとしない周に陳は諦めて自らの言葉を切り出した。

 

「もう一度だけ力を貸しては貰えないだろうか。」

 

陳が周へ頭を下げずにそう言うと、周は軽く目を見張って驚きを表現した後に、返答した。

 

「閣下、もちろんですとも。同胞の危機を見過ごすわけには行きません。」

 

座りながら机に乗り出すように周が出てくる。

 

「実は明後日、いや正確には明日ですが呂先生の身柄が横須賀の外国人病院刑務所へ移送されることになっておりまして。」

 

周からもたらされる情報に本気で驚いてしまっていた陳だった。

 

「病院刑務所…呂上尉が負傷したと?」

 

「どうやら七草の長兄との戦闘で利き腕を失ったようでして…命に別状は無いようですが」

 

「まさか呂上尉が…。」

 

驚きを隠せない陳の姿を見た周は茶化すことはせずに言葉を続ける。

 

「移送ルートは調べ済みです。実に好都合なタイミングですので。」

 

周は陳へ詳細を説明した。

 

「明日の作戦でこの街にはなるべく被害を…」

 

見返りではないが今二人がいる横浜中華街へは被害出さないように話題を切り出し陳は頷く。

 

「もちろんですとも。作戦の第一目標が関東魔法支部ですので多少の荒事は避けられませんが被害を出さないように作戦指揮官へは念押ししております。」

 

「ご遠慮痛み入ります。」

 

言葉だけの約束に周は恭しく頭を下げた。

 

嵐が近づこうとしていた。




藤林がいる国防軍の部隊には情報が行っている?

ここでは書いてませんがピクシーに貰ったデータは達也に手渡して藤林にわたっています。

平河の記憶は消されている?

平河と周は七草の実働部隊に阻まれて会いに行けておらず記憶はそのままですが情報は八幡経由で提示されてしまっているので周は少し動きが悪いです。
平河の嫌悪感は達也にのみ向けられており八幡に対しては尊敬の念を向けています。

修次は八幡をどう思っている?

ギルティ。



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胎動

最新話です。
今回の話は短いかな…。
オリキャラが出ますが本編と関わりがないので詳細の設定はあまりないです。
(お役立ちキャラだと思ってください。)

感想&評価ありがとうごさいます。

それではどうぞ!


十月二十九日。土曜日。この日の授業はどのクラスも自習状態だった。

1-Aのクラスには本来いる筈のの生徒がおらず、その生徒の席付近にいる黒髪ロングの美少女が教室の温度を下げていることにも当然ながら居ないので気がつかないが近くにいる親友達が宥めていた。

その光景を見て寒さに震えるクラスメイト達はこう思ったことだろう。

 

『お前の連れだろなんとかしろよ!!』と。

 

その渦中の人物はと言うと…

 

「今日もいい天気…っと」

 

屋上には人工芝が敷き詰められおり地面に寝そべりながら近くにはお馴染みの飲料缶が置かれてサボり、もとい休憩をしていた。

 

「ふぁ~…そういや論文コンペは明日か…そうなれば俺の役目も御免。」

 

結果としてこないだの特別鑑別所での襲撃から第一高校への攻撃は鳴りを潜めていた。

大亜連合特殊部隊のエースである呂剛虎を拘束したことで攻撃の手が止まったのだろうが実行犯が捕まっただけで指示役である人間はまだ捕まっていない。

姿は割れてはいるが身柄は拘束できていない。

更に横浜の埠頭に船舶が停泊したままなので論文コンペに襲撃を仕掛けることは確率的にかなり高い。

かといって八幡が持っている”あの魔法”を使うのは流石に(はばか)られた。

 

真由美たちの安全を守るためには使用せざるを得ないが出来ることならば”奥の手”は使いたくないと言うのが本心だった。

 

しかし、目の前で真由美達が危機に晒される場合があれば後先のことを考えずに使うぐらいには達也や深雪達には入れ込んでいることに八幡自体は気がついていない。

 

「達也が仕事しないと俺はただの随員だからなぁ…開店休業状態、ヒモ男ってこんな気分…なんか悲しくなってきたな。ん?着信か。」

 

寝転んでいるところに端末が震える。

どうやら実働部隊のリーダーからの着信のようだ。

 

「俺だ。」

 

『私だ。』

 

いつもと同じように素っ気ない対応をしているがこれが普通なのだから仕方がない。

端末越しに少女が用件を切り出す。

 

『頼まれていた工作作業が完了した。あの物資量は骨が折れたがなんとかなった。』

 

「お疲れさん。取り合えず…」

 

『だが…』

 

戻ってこい、と言い掛けたが通信越しで言い淀んだ。

 

「どうした?」

 

『奴らが乗って来ていた艦艇のパソコンに作戦予定図が入っていた。』

 

「そんな重要なもん良くあったな。」

 

『まぁ、情報収集のためにわざと捕まって司令官らしき男の部屋に連れ込まれて複数名の男の相手をさせられる前に全員無力化して部屋のパソコンを調べたら奴らの目的は日本関東魔法支部の制圧、そこに保管されている魔法データの奪取、並びに魔法論文コンペティションに参加する魔法師達の拉致が目的のようだ。』

 

前述した下りを聞いて俺は顔をしかめた。

 

「…おいおい大丈夫だったのかよ。」

 

『心配してくれているのか?ふっ…無用だ。私が仮に魔法が使えなくともそのような男達に負けるわけがないのは知っているだろう?』

 

俺の表情を知ってか知らずかその様なことを言われて思わずバツが悪くなった。

 

「…まぁ無事なら言うことないけどよ。」

 

『…ありがとうな』

 

そう言うと優しく微笑まれた気がしてならなかった。

 

『…制圧した艦船と人員では両方は制圧できない。どちらか片方で両方を制圧する場合は恐らく追加の人員が予測される。』

 

「ちっ、結局戦わないと行けないわけか…。」

 

『そう言うな。実際に八幡が呂剛虎を倒してくれたお陰で奴らの計画が随分と狂ったようだしな。』

 

「随分粘着されて困ってたからな…。」

 

『モテモテじゃないか?』

 

「嬉しくねぇ…。」

 

あんなむさい男に迫られるのはごめん被る。

 

『私たちはここに残って論文コンペ当日に起こる行動を対処しようと思う。其でなんだが八幡…。』

 

「向こうでので協力者の選定は任せる。俺の名前を使っても良いぞ。」

 

『そうか…であればどうやら私たちと同じく奴らについて調べている人物が二名ほどいたのでその者達に協力を仰ごうと思う。』

 

「誰だ?」

 

端末へデータが送られて俺は目を疑った。

 

『国防陸軍101旅団独立魔装大隊所属、藤林響子少尉と警察省千葉寿和警部だ。』

 

「藤林響子…老師のお孫さんと…エリカの兄貴か…。」

 

『千葉家の長男がどうかしたのか?』

 

「…いや、何でもない。てか老師のお孫さん国防軍にいたんだな。しかも独立魔装大隊か。」

 

『噂だと戦略級魔法師がいるようだが…。』

 

独立魔装大隊、『大天狗』と呼ばれるゲリラ戦のプロである風間玄信が隊長を務める国防軍の魔法師部隊だったな。

所謂噂話程度には聞いていたが国防軍のその部隊には”戦略級魔法師”がいるとごく一部の関係者で噂になっていた。

まぁ、戦略級魔法師と言うのは立場的に大きな制約が課せられる。それこそ”物”と変わらない。

”歩く核弾頭”のようなものだからだ。

…だからこそ俺の”この魔法達”を家族や友人達に知られるわけには行かないのだ。

 

「だったら襲撃の際に力を貸してくれそうだな…協力を仰いでくれ。」

 

『了解した。八幡もこっちに来るときは気を付けてくれ。』

 

「ああ。」

 

そう言って通信を終了して人工芝へ寝転び腕を伸ばす。

 

「”あれ”を使わないことには越したことはないが…。」

 

俺の呟きは屋上に吹いた一陣の風に描き消された。そうならないことを祈るように。

 

◆ ◆ ◆

 

本来であれば達也の護衛として論文コンペの調整場所へ向かわなくてはならないのだが達也より連絡があった。

実際に達也のチームメンバーでありリーダーの市原先輩が所用により午後からの登校のため手持ちぶさたになっているのだ。

八幡はと言うと課題を出されていたがすぐに終わらせてこの教室に来ていた。

深雪達にはバレないようにするりと抜けてきた。

既にバレているのだが。

 

「昼寝でもするか…雨も降らんしな。」

 

襲撃が予測されるであろう論文コンペへの対応策を今出来る最大限の手を尽くしたのでその事を一旦忘れて昼寝をすることにしたのだったが屋上へと続く扉が開かれた。

 

「あ、見つけた!八幡こんなところにいたの?」

 

「…エリカか。」

 

「何してるの?」

 

「見りゃわかんだろ。日向ぼっこだよ。」

 

「授業は?」

 

「自活でやることも終わらせたから。」

 

「はぁ…呆れた七草の長男がそれでいいの?」

 

「いいんだよ。俺は俺だしな。」

 

近くまできたエリカは俺を呆れた表情で見ている。

 

「ふぅ~ん…ねぇ八幡。」

 

「あ?」

 

寝転ぶ八幡に顔を赤くしたエリカが近づいて隣にお行儀良く正座して座り込んだ。

 

「…何してるんですかエリカさん?」

 

「あ、あたしも天気がいいから日向ぼっこしようかな~って。」

 

「いや、ここじゃなくていいだろ。」

 

「あたしは…あんたの隣がいいの。」

 

ぼそり、と呟いた言葉が八幡の耳にこびりついた。

 

「お、おう…。」

 

「お、お邪魔します…」

 

エリカは足を崩し寝転ぶ八幡と同じ体勢になり日向ぼっこを始めた。

 

「…///」

 

「…///」

 

会話はない。

二人とも顔を赤くして日向ぼっこをしている。

 

(あたし…なんで八幡と日向ぼっこしてるんだろ…こんな光景を深雪達にみられたら大変ね…あたしスッゴくドキドキしてる…八幡もかな?)

 

エリカが気になり隣を見ると…。

 

「Zzz…」

 

エリカは切れた。

 

「なんで寝てるのよ!」

 

ドゴッ!

 

「いだっ!?な、何すんだよエリカ!」

 

「うっさいバカ!変態、八幡!あたしの気持ちを返しなさいよ!」

 

「何行ってんだお前は…てか別に名前は悪口じゃないんだが?」

 

ぽかぽか、と八幡を叩くエリカの様子は端からみればカップル同士にじゃれ合いにしか見えないだろう。

八幡を探しにきた深雪達に見つかるまでそれは続いた。

 

因にだが屋上が一瞬にして永久凍土になったとかならなかったとか。

 

◆ ◆ ◆

 

今年は会場が横浜のため第一高校は会場へ前乗りせずに当日に行く事になっていたが首都圏より遠い第三高校の面々は前泊していた。

”九校戦のように移動している際に事故に巻き込まれないとは限らない”からと言う理由だ。

代表チームの応援に来ていた愛梨達もその例に漏れていなかった。

愛梨を初めとした実力者達も論文コンペのメンバーの護衛として選ばれていた。

 

だた、愛梨は論文コンペの会場へ向かう理由は一割は義務感、二割は応援のため、残りの七割は八幡に会うためだろうとお馴染みのメンバーに言われ赤面していたのは想像に固くない。

 

「愛梨、そろそろ行くし。」

 

「あら、もうそんな時間…。」

 

自身の技能を高めるために魔法論文のデータをブルーカットの伊達メガネを掛けて見ていたが優美子に声を掛けられて外し使用していた端末の電源を落とし立ち上がった。

 

「ヒキオ…じゃなかった八幡に会うの楽しみ?」

 

「も、もうからかわないでちょうだい!」

 

愛梨はからかわれている…と思いながらもその想像を否定できないため目の前にいる友人に強く否定できずにいた。

 

「しょ、しょうがないじゃない…」

 

モジモジしながら優美子へ返答する。

 

「私が八幡さんのご自宅へ遊びに行こうとしたときに一緒に行く事になってしまうし…あの子が居るとその…」

 

「”告白しづらい”って?」

 

「う…はい。」

 

力無く項垂れる愛梨であった。

その姿をみて優美子は笑みを浮かべた。

 

「告白したもんがちだと思うけど?既に司波さん達は告白したって言うじゃん?」

 

夏休みの出来事を九校戦を経て友達になっていた愛梨達と深雪達は連絡先を交換して交流していた。

とある会話の最中でひょんなことからその事を知ることになり愛梨は出遅れたと思っていたが八幡に聞いても特段気にしているようすが見られなかったのでホッとしたが別の意味で焦ったと言う。

 

「まぁ…八幡だし。しょうがないじゃん?」

 

「いろはには悪いけど先に想いを伝えさせて貰うわ…。」

 

決意に燃える愛梨はバスへと乗り込むために歩きだす姿を見つつぼそりと呟いた。

 

「まぁ…八幡だし想いは伝わるだろうけど…八幡だし。…愛梨!待つし!」

 

優美子は後を追いかけた。

 

◆ ◆ ◆

 

「会談中に失礼する。」

 

「どなたかしら?」

 

響子と寿和のディナー中に一人の美少女が現れ声を掛けられた。

その少女は黒い露出度が高い黒いドレスで胸元が大きく空いておりその豊かな果実が実っており寿和の視線はそちらに誘導されていたがさして気にした様子もない。

なぜかその格好に不釣り合いな口元を隠す黒いマスクが付けられている。

怪訝な表情を浮かべる響子と完全に鼻の下が伸びきっている寿和の様子もお構いもなしに会話を続ける。

 

「ああ、すまない名前も名乗らずに失礼した。私は菜那崎佐織(ななさきさおり)、七草家、いや七草八幡の使いだ。」

 

「七草家分家の…?」

 

名前を告げたことで響子の佐織への関心が大きく向く。

少女はクールな表情を装っていた。

 

「(八幡の名前をだして良かった…これで『お前誰だよ』何て言われたものなら泣いちゃうぞ私は…)これを。」

 

少女は意外にも小心…いや結構な天然だった。

佐織は二人がいるテーブルの上へ一般的なデータメモリいわゆるUSBメモリーを置いた。

 

「これは?」

 

響子が佐織へと質問する。

テーブルに置かれたUSBメモリについてだろう。

 

「横浜埠頭に密入国してきている船舶に積んである兵器群の詳細、搭乗人数に進行経路が入ってる。」

 

「!?」

 

「い、一体どうやって…?」

 

響子は驚き寿和が呆然としていたが無視して会話を進める。

 

「それは企業秘密だ…恐らくだがそれが全部の戦力ではないだろう。追加の戦力も予測される。その情報を利用するかしないかはあなた達に任せる。」

 

それだけ言って踵を返し立ち去ろうとする佐織に響子が声を掛ける。

 

「これをどうして私達に?」

 

立ち止まり振り返らずに答えた。

 

「あなた達の立場ならば有用に使えるだろう?だから貴女達に渡した。それだけのことだ。失礼する。」

 

そう言って佐織はこの場から立ち去った。

 

「話題の七草家の長男の関係者ですか…」

 

「一体何者なんですかね七草の長男は」

 

「まぁただの高校生ではないでしょうね。」

 

響子の脳内に知り合いの男の子が思い浮かび最近の高校生は末恐ろしいと思ってしまった。

 

枚挙に暇がない今話題の”七草の長兄”と分家の人間の名前をだされてしまえば嫌でも信憑性が高まってしまう。

視線はテーブルの上に置かれたデータスティックに注がれるが響子がそれを手に取る。

 

「…警部さんにお願いしたいこと全部言われてしまいましたね。」

 

「と、言うことはつまり。」

 

何かを察した寿和は響子へと向き直る。

 

「明日の朝八時半に桜木町の駅へいらしていただけますか?部下さん達とCADと実弾銃も用意していただいて。」

 

「藤林さんそれは…。」

 

「彼女の情報も正しければ…私たちも動かないと本腰を入れないと行けないですね。」

 

自らの本職へと戻る前に藤林と寿和はワイングラスを傾けた。

これから起こるであろう事件に向けて今はこの時間を楽しむことにした。




菜那崎佐織…八幡が擁する実働部隊のリーダーで分家の一人娘。黒髪ロングの美少女で魔法技能と重火器の扱いに手慣れいるが少々世間知らずの面がある。体型はグラマー。という設定。



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論文コンペティション

論文コンペティション当日となった。

八幡は達也と深雪と出立する前に準備をしていた。

会場へは真由美も一緒に連れだって行く事になる。

 

「…」

 

自室…ではなく七草家に作った開発室の作業机ににて調整を終了した装備群を各所へ収納していく。

八幡の表情はまるでこれから休み明けで仕事に行くサラリーマンのような表情をしている。

自身の魔法、《次元解放(ディメンジョンオーバー)》で作り出した異次元格納スペースに《特化型CAD(フェンリル)》二丁と《自動二輪変形型CAD(グレイプニル)》を仕舞い込んだ。

 

制服を改造して取り付けたホルスターへ二丁の愛銃(ガルム)を、右腕の手首には汎用型のブレスレットを装着し左側の手首には音声入力タイプの長方形のブレスレットが装備されている。

 

「何もなきゃ…って言うのは無理か。いざとなれば俺が矢面に立つしかないよな。あぁ…やだやだ。」

 

そんなことを思いつつ全身鏡の前で身嗜みを整える。

高校入学までは身嗜みになど気をつけたことなどなかったが家柄もあって気にするようになっていた。

 

「おっと…そういや愛梨も論文コンペのサポートで来るんだったな…これを渡しておかないとな。」

 

作業机の上に横に立て掛けられている武装一体型のCADを魔法の格納スペースへ入れ込む。

形は全長60cm程の両刃の平たい三角の形で全体が束部分は紫掛かった直剣で稲妻の意匠が施されていた。

 

「…行くか。」

 

佐織からの連絡で国防軍所属の藤林さんとエリカの兄貴である千葉さんとの協力を取り付けているので現地では警察と国防軍の人たちが巡回、警戒をしていることだろう。

恐らく会場に顔を出すだろうから挨拶しておこう、そう思った。

 

願わくば何もないといいな、思ったが待ち受けるものが杞憂ではないこと俺の《瞳》の力を使わずとも直感が囁いていた。

 

◆ 

 

「八くん準備は終わった?」

 

「…ああ、姉さんにいわな…っ。」

 

自室を出ると真由美が待機していた。

それに応じる八幡はこれから起こりうるであろう事件を言おうと思っていたが真由美の顔を見て言い淀んでしまう。

 

「どうしたの?」

 

「…いや、何でもない。姉さん今日は出来るだけ俺の近くにいてくれ。」

 

「へ?ええ…?」

 

「頼む。」

 

唐突なお願いに真由美は困惑していたがたまに現れる真面目な表情とその気迫に顔を紅くして頷いた。

 

「///わ、わかったわ…でもどうして?」

 

「…訳は後で話す。論文コンペが終わる頃には。」

 

「うーん…気になるけど…まぁ八くんがそう言うなら。」

 

「ありがとう姉さん。…じゃあ行こうか。」

 

「行きましょう?」

 

一緒に家から出ようとしたとき七草家の大きな玄関には双子の姉妹とアホ毛がぴょんと跳ねている妹が姉兄を送り出そうとしていた。

 

「行ってらっしゃいませお姉様、お兄様。」

 

「頑張ってねお姉ちゃん、兄ちゃん。」

 

「達也さん達もいるんだからサボっちゃダメだよお兄ちゃん。あ、お姉ちゃんはちゃんと見張っててね。」

 

「ふふっ。」

 

「うわー小町、辛辣ぅ…。でも言えてるかも?兄ちゃんダメだよ?」

 

「小町ちゃんの言う通りですよ。お兄様。」

 

「小町ちゃん酷くない?って泉美ちゃんに香澄ちゃん…姉さんまで。俺どんだけ面倒くさがりだと」

 

「事実「でしょ?」「ですわ」「じゃん」「だよ」」

 

「ひでぇ…。」

 

小町がそう言うと姉妹達は笑い真由美もクスりと反応し八幡は苦笑いを浮かべた。

玄関には明るい笑い声が響いた。

 

◆ ◆ ◆

 

全国高校生魔法学論文…ええい長い、論文コンペでいいか。

その現場に俺と達也に姉さんに深雪は一緒に合流し会場までトラブルもなく到着した。

既に現場には機材を乗せたトラックが到着しており会場に運び入れられているようだった。

五十里先輩に桐原先輩達が既に到着しており実際には時間よりも早く向かったはずだったのだが俺たちのグループが一番最後だったらしい。

会場には頭を抱えた千代田先輩の反対方向には”論文コンペには関係の無い見知った顔”がそこにた。

 

「八くん。千代田さんが困っているから助けてあげたら?」

 

「俺に振るのかよ…。」

 

面倒くさそうにしている俺の表情を見て苦笑しつつ姉さんは頷いた。

俺は溜め息をついて千代田先輩を説得すると「仕方がない」と言わんばかりであったが納得して引き下がってくれた。

日頃の行いって大切なのね、心がけなきゃと思ったがそんなことはすぐさま記憶の彼方へと忘れ去ってしまうだろうから関係ないが。

 

エリカを連れ出してロビーの片隅におかれているソファーへ座らせて話をすると本当に反省しているようで怒るに怒れなかった。

…まぁ面倒事に首を突っ込むのは直ぐには抜けないだろうから仕方がないと飲み込んで一応釘は刺しておくことにした。

 

「…まぁ観客席から見る分には問題ないから大丈夫だ。大人しくしてろよ?」

 

「それって振り?」

 

いや、そんな伝説の三人組の熱湯コマーシャルをするリーダーじゃないんだわ。

 

「いや振りじゃねーんだよ。」

 

そういうと俺たちの周りに笑いが起こった。

 

「まぁ、会場で何かしら問題が起こったら”協力してくれ”。」

 

そういうとエリカは満面の笑みを浮かべ頷いた。

 

「おっけー。任せなさい。」

 

 

こういった集まりには見知った顔が現れるのは定石でありそれは俺も例外ではなかった。

開演時間が近づいて来るが本日をもって俺の任務は終了したのでこうしてロビーで休憩しているのであったが俺の直ぐ傍には姉さんがいる…訳ではなく今のところは襲撃の恐れがないので姉さんは今のところ渡辺先輩達と一緒にいる。

 

ロビーにいる俺は他校の生徒から話しかけられようとしていたのだが俺はあからさまに近寄りがたい、まぁそれは普段からなのだが。

俺に話しかけてくるのは罰ゲーム、もしくは物好き…だったはずだった。

 

「七草。」

 

ロビーの自販機にマッ缶がなかったため仕方なくブラックコーヒーを煽っていると背後から声を掛けられた。

 

「…この声は。」

 

「久しぶりだな七草。」

 

「お久しぶりです七草くん。」

 

「ちっ…出たなイケメン共め。」

 

振り向くと三校のエース一条将暉と吉祥寺真紅朗が立っており俺は薄い反応を示し舌打ちした。

 

「相変わらずだなお前は…。」

 

「あ?特に関わりのない知り合いにどう反応すれば良いのか教えて欲しいもんだけどな」

 

「お前も来てるってことは論文発表のメンバーか?それとも会場警備のメンバーか?」

 

俺の言い方が若干強かったが特に言い淀んだりもせず直ぐに普段通りに持ち直し質問してくる。

 

「いや、俺は論文のメンバーじゃない。護衛だったんだが今日で終わりだからフリーだぞ。」

 

「意外ですね…君が論文コンペのメンバーじゃないんですか?」

 

俺と一条のやり取りを聞いていた吉祥寺が驚いたように質問してきたので応じた。

 

「ああ。論文発表のメンバーに選ばれたのは達也だよ。俺はその護衛だ。」

 

その事を聞いて一条は苦笑いを浮かべ吉祥寺は「なるほど…」と呟きその口元には笑みが浮かんでいた。

 

「いや、司波に護衛が必要なのか疑いたくなるレベルなんだが?」

 

「それは俺も思ったが…その事を断ると妹が怖くてな。」

 

その事を告げると背後が冷たくなった。

 

「八幡さん?誰が恐ろしいと?」

 

「ひえっ…!?」

 

背後から冷気と共に聞き覚えのある癒し系の音声が聞こえてきたが今の俺にとっては脳内で《死の宣告で例のBGM(某暗黒卿のテーマ)》が鳴り響く。

まるで錆び付いたブリキのおもちゃのように首をぐぎぎ、と回し背面を見るとそこにはとっても可愛らしい笑みを浮かべた深雪お嬢様が立っていた。

 

「八幡さん、わたしの聞き間違いでなければ”妹が怖い”と聞こえたのですが…まさかとは思いますが…」

 

「み、深雪はせっかちさんだなぁ…俺がそんなこと言うわけないじゃないか?俺が怖いと言ったのは”小町”の事だって。」

 

「おや?一条君とのお話の文面では『司波の護衛が必要なのか?』というところから何故小町ちゃんが出てくるのですか?」

 

「すみませんでした…」

 

全部聞かれてました。

深雪の無言の笑顔に俺は謝罪するしかなかった。

ここで土下座しなかっただけ偉くない俺?偉くない、そう…。

 

「し、司波さん!」

 

名前を呼ばれた深雪が反応した。

一条の声色が固く感じられるのは深雪に一目惚れして緊張しているからだろうか。

 

「おや、一条さん。挨拶もせずに失礼いたしました。」

 

「てか、なんでお前ここにいるんだ?」

 

「おいおい…これを見ろって。」

 

そう言って将輝の腕には『警備』と書かれた腕章が取り付けられていた。

 

「あ、そう言うことな。」

 

「ああ。今回十文字殿主導の九校共同会場警備隊の一員として参加してるんだ。…お久しぶりです司波さん。後夜祭のダンスパーティー以来ですね。」

 

「…此方こそご無沙汰しております。一条さん。」

 

深雪の発言には少しの間があったが不自然にならない程だったのは深雪にとって八幡と達也のチームと勝負した相手というだけであるので可哀想だがそれしか印象が残っていないということだろう。

対して一条は後夜祭をダンスパーティーで踊った、という思い出深いものがある筈だったのだが深雪にとってはミリ単位で印象に残っていなかったらしい。反応が少し遅かったのがその答えだ。

一条に「憐れな…」と思いつつ俺へニコり、と笑みを投げ掛ける深雪を見て少し誇らしく思ってしまった。

 

「(俺、そう言えば深雪に告白されたんだよな…ってあれは深雪が気の迷いで…………言っただけだ。)」

 

好かれていることを一瞬だが理解してしまい大慌てでその思考を吹き飛ばした。

俺の視線に気がついたのか深雪は少しその色白な顔色を紅くして動揺を隠すように誤魔化すように一層の丁寧なお辞儀をする。

 

「あっ、いえ、こちらこそ。」

 

深雪の完璧な所作に上流階級のパーティーに行きなれているはずの将輝は棒立ちして隣にいる第一高校の生徒も魂を抜かれたように固まり見惚れているのは仕方がないこと…まさしく”相手の注意を逸らす”という事に成功していた。

それから少し会話をして深雪が止めを刺した。

 

「一条さんと十三束くんが目を光らせてくださっているのであればわたしたちも一層安心できるというものです。会場の警備、宜しくお願いしますね?」

 

深雪のこの笑みは他人にお願いしたい時に使う”お願いしますね?”笑顔だ。

本当に美人はお得だなとつくづく思う。

 

一条達と別れた後に登壇側ではない俺たちは先んじて到着していた美月達と合流し会場内でステージが見やすい席よりも”不審な人物”がいないかどうか見やすい席に移動した俺の視界に資料で見たことのある人物の顔が入った。

一拍遅れて俺の隣にいるエリカも気がついたようで少し不機嫌な表情を浮かべていた。

声を掛ける。

 

「エリカの兄貴か。」

 

「……単なるナンパ野郎よ。どうせ女と待ち合わせしてるんでしょ。」

 

棘のある言い方に思わず俺は「そうかい…」とだけ呟いてソコでの言及は終了した。

エリカの反応に無意識に《瞳》の力が発動する。

 

ー何者かに操られ、俺と達也に襲いかかるエリカの兄貴を達也ではなく、”俺”がその命を奪った。ー

 

その未来視(ヴィジョン)を見せられて思わず顔をしかめてしまった。

思わずエリカに声を掛けようと思ったが取り付く島もなさそうなので意識を片隅に留めておいて後で寿和さん話しかけるとして俺は隣にいる深雪に話しかける。

 

「そう言えば深雪、一条の隣にいた背のちっこい生徒って誰だ?」

 

「十三束君のことですか?」

 

十三束(とみつか)、か…」

 

俺はその名字を聞いてなんだか懐かしい気分になった。

嘗ての比企谷の時、俺を案じてくれていた雪乃、結衣そして戸塚…読み方は違うが音が似てる人物を思い出す。

十三束と呼ばれた少年も随分な女顔だったと思い出した。

そんなことを脳裏にちらつくと深雪は言葉を続ける。

 

「隣のクラスで百家最強の一角…”十三束家”の『レンジ・ゼロ』は有名ですから…とお兄様が。」

 

「…なるほどな。」

 

俺もその”特異性”は達也ほどの情報通でなくとも魔法師の中では有名な話であった。

 

◆ ◆ ◆

 

午前九時。

論文コンペは、華々しく、ではなく厳粛な雰囲気の中で開幕を迎えた。

最初の発表は第二高校から始まった。

プレゼン開始の時刻になるとロビーから人の波が消えて俺は第一高校の発表まで時間があるので深雪達と一旦分かれ佐織と合流するためにロビーに向かうと男性と女性に声を掛けられた。

 

「ちょっと良いかな。」「少しよろしいかしら。」

 

同時に話しかけんでくれ…と思いながら振り返るとそこには千葉寿和と藤林響子がいた。

俺は”学生”七草八幡としてでなく”十師族”七草八幡として対応することにした。

 

「この度は会場の警護に参加してくださってありがとうございます。千葉警部に藤林少尉。」

 

軽く会釈をすると大人二人は苦笑いを浮かべていた。

 

「いやぁ…七草の長男に頭を下げられるのはねぇ…妹が世話になっているのもあって…やりずらいなぁ。妹に聞いていたよりも随分違うようだ。」

 

「千葉の麒麟児にそこまで言われるとは思いませんでしたが…。妹さんとは仲良くして貰っています。」

 

「ははは…。」

 

「流石は『万能の黒魔法師(エレメンタル・ブラック)』とお呼びした方が良いのかしらね七草八幡くん。」

 

「『電子の魔女(エレクトロン・ソーサリス)』にそこまで言われれば光栄ですね。」

 

俺がそう言うと大人の余裕の雰囲気を持っていたが自分よりも一回りもしたの少年に言われるのはあまりいい気分はしないのだろう。表情には出ていなかったが表情から読み取った。

互いの自己紹介も程程にロビーのソファーに座り会場警備の見取り図と人員配置を教えられ施設周辺には私服警官、外郭部分とこの会場へのルートには国防軍の兵士が配置されている。

あくまでもこれは”七草家、七草八幡が主導し警察と国防軍の一部隊と協力して予想される襲撃に備えている”という構図が出来上がっていた。

そのため一般生徒や、深雪達、十文字先輩には伝えていないのは余計な混乱を招かないために黙っている。

これだけ密なら向こうも馬鹿正直に襲撃を仕掛けてこないだろうと。

 

藤林さんが佐織経由で渡した密入国者のデータについて驚いていたが詳細は伏せた。

 

「そこはまぁ…”七草家”、とだけ申しておきます。それに情報をつかむのはほんのちょっとの魔法の使い方で情報は得ることは出来ますからね。」

 

そう言うと藤林さんは苦笑いを浮かべていた。

ついで千葉さんも俺が呂剛虎を撃退、傷を負わせたことと渡辺先輩の恋人でありエリカの兄である修次さんが俺の剣の腕を気にしていることを伝えられると今度は俺が苦笑いを浮かべる他無かった。

不意に藤林さんの端末が震える。

俺と千葉さんに断りを入れて端末の着信を受けとるとり数度頷くとその表情は驚きに染まっていたが直ぐ様取り繕うが随分と深刻そうだったがこのタイミングで藤林”少尉”が驚く事と言えば…?

 

「ええ、はい。伝えます。失礼します。」

 

襟元をただし通話先の人物との会話を終了する。

その表情は思わず愚痴を溢してしまいたくなりそうな表情を浮かべた。

思わず俺は声を掛けた。

 

「どうしたんですか藤林さん。」

 

「そのですね…。」

 

どうもかなり言いづらい内容らしいが時期も時期のため聞いておかなければならないが少し躊躇い気味に話してくれた。

 

「…ここだけの話、先日君が倒して刑務所に移送中だった呂剛虎が仲間の助けもあって護送車が襲撃を受けて逃げられてしまったの。」

 

「はい…?」

 

千葉さんは間の抜けた声を出して俺は少々うんざりな表情を浮かべていた。

 

 

千葉さんと藤林さんとの会話を終えるが佐織はどうも来ないらしい。

さっき連絡来て『動きがありそうなので会場には行かずに周辺で待機している』と端末にチャットで送られてきた。

恐らく近隣のスイーツショップで甘味を楽しんでいることだろう。まぁ、良いか…?

 

「まぁ、勝手に動かしておくか…仕事はしてくれるしな…。」

 

端末を確認しているとまたしても端末が震えている。

 

「ん?」

 

内容を確認すると十文字先輩からのメールだった。

 

「なになに…?『七草も合同警備隊詰め所に来てくれ』?…俺を自由に動かさせてくださいよ…。」

 

俺は軽く溜め息を着きながら十文字先輩達がいる詰め所へと向かった。

 

「失礼します…。」

 

「おお、良く来たな七草。」

 

詰め所へ向かうと服部先輩と桐原先輩が同タイミングで訪れていた。

どうも食事中だったらしく先輩達二人も合わせて十文字先輩とサンドイッチを摘まんでいた。

勧められたが今は食事をする気分では無かったので断ってコーヒーだけ頂いた。

手に持っていたサンドイッチを口に放り込み咀嚼して食事を終えると椅子に座る俺を含め三人に質問した。

 

「服部、桐原そして八幡。現在の状況について何か違和感を覚えたことはないか?」

 

他人の意見は当てにせず自分で見た聞いた情報を取捨選択する勇傑が俺たちに意見を求めてきていた。

その意見の求めに服部先輩達が答える。

 

服部先輩は「外国人の数が多い」、桐原先輩は「妙に殺気だっている」と。

その言葉を聞いた十文字先輩は最後に俺に問いかけた。

 

「そうですね…まぁ、七草家経由の情報ですが不法入国者を乗せた船が埠頭に停泊している、とか。」

 

俺のその言葉に先輩達はぎょっとしていた。

教えろ、とは言われていないのでここで全部をゲロってやる必要はない。

 

「ふむ…八幡のその話はウチにも届いていないが…確かに。」

 

十文字先輩は考える素振りを見せていたがその時間は十秒にも満たなかった。

しかしそれは桐原先輩達にとっては十分以上経過しているように感じられた。

それ程に重い沈黙だったと言えるだろう。

十文字先輩が口を開いた。

 

「服部、桐原。午後からは防弾チョッキを着用しろ。それからすまんが八幡は…」

 

「すみませんけど俺は独自行動させてもらいます。作戦のローテーションを組んでいる所に俺が入っても邪魔でしょうし…それに。」

 

俺のその発言に十文字先輩不敵な笑みを浮かべた。

 

「俺に合わせられる生徒が居ないでしょうし。」

 

「ふっ…そうか。」

 

驚きに目を見開く先輩達を尻目にそんなことを気にした様子もなくハンドレシーバーを手に取り合同警備隊のメンバーへ同じことが通達されたのだった。

 

 

「八幡さまっ!」

 

午後のプレゼンテーションはつつがなく開始した。

一校の出番の午後三時なので達也達は機材の警備の為に五十里先輩と共にいるはずだ。

深雪は今ごろエリカ達、つまりは”何時もの面々”と食事をしているはずだ。

今ごろ合流しようにも時間が丁度時計の半分を過ぎていたのでロビーでコーヒーでも飲もうかと自販機の前に向かうと呼び止められてしまった。

聞き覚えのある声に思わず振り返ってしまう。

そこにいたのは赤い制服に身を包み日本人離れしたルックスの美少女がいた。

 

「よっ、愛梨どうしたんだ?三校の出番は一校の後なのに随分と早いんだな。」

 

声を掛けるとぱあっと表情が明るくなった。

なぜだろうか?

 

「その…八幡さまに…お話がありまして…。」

 

俺に?言ったい何の用なのだろうか。

首を傾げていると愛梨が促してくる。

 

「論文発表まで時間がありますし…その…。」

 

ロビーでの自販機から出されるコーヒーでお茶をするのは余りにも失礼だし何よりも脳内で小町が「女の子がお茶に誘ってるのに自販機のコーヒーはないよお兄ちゃん」とちっさい小町が助言してきていたので俺から提案することにした。

 

「それじゃこの施設に喫茶室があるからそっちで話すか…行こう。」

 

「は、はい!」

 

そうして俺と愛梨は連れだって施設内にある喫茶室へ向かった。

目的地に着いた俺たちは座席に着き飲み物を注文し辺りを見渡すと利用客は俺たちしかいないようだ。

俺がブレンドコーヒーで愛梨が紅茶をそしてケーキを其々に頼んだ。

しかし、誘った当の本人である愛梨からは話題を振ってくれず無言が広がっていた。

これは…俺から話を振らないと行けない感じなのか?誘ってきたのは君だよな?と内心で思っていたがどうも愛梨の顔色が紅い…悪いと思いつつ《瞳》で視るがどこも悪いところはない至って健常だ。

 

「…ん?」

 

ふと愛梨から俺への好感度を視てみると最大値になっていた。

その上がりぐらいに俺は思わず疑問の声を挙げてしまう。

 

「…?どうされたのですか」

 

可愛らしく首を傾げる愛梨に慌てて俺は誤魔化すように否定したのだがそれが良くなかった。

 

ああ、いやなんでもない。愛梨は可愛いなって思っただけだよ。」

 

どうも脳内で思っていたことが口に出ていたらしい。

次の瞬間には色白な肌を紅く染めていた。

 

「か、かわっ!?…そ、そんな八幡…さま///」

 

「あ、やべ口に出てた。」

 

言った後に「しまった」と思ったがもう後の祭りであり顔を紅くして俯いてしまった。

これはセクハラで殴られても仕方がないとこの状況を飲み込むほか無かった。

 

「(これは…八幡さまへわたくしの想いを伝えるチャンスでは…行くのよ愛梨!)…っ!は、八幡さま。」

 

「お、おう(な、なんなんだ?この妙に気迫迫るのは…?)」

 

直ぐ様愛梨がその面を表にすると何かを決意したような表情を浮かべる。

その真剣な表情に俺は思わず姿勢を正してしまう程の迫力があった。

 

「わたくしは八幡さまのことをお慕いしています。」

 

「…は?」

 

愛梨の口から発せられた好意を示す言葉が告げられ俺は思わず脳がフリーズした。

愛梨が俺を?どこかに監視カメラが仕掛けられていてこの状況をみて楽しんでいる輩がいるのでは?と思い俺は辺りを見渡し魔法を使うがその類いのものはない。

困るんだよなぁ最近。その手のイタズラが多すぎて困る。

愛梨のような高貴な感じの美少女が俺みたいな他人からの好意を信じられない人間に向けて良い感情ではない。

またしても俺は深雪達に向けて言い放った無自覚な敵意を愛梨へぶつけてしまった。

 

「はぁ…俺に告白とか愛梨大丈夫か?そもそもにおいて俺と一緒に居るだけで苛めの対象になっちまうぞ?妹から何も聞いていなかったのか?だとしたら相当学習能力無いぞ。」

 

俺がそう言うと愛梨はポカンとした表情を浮かべながら少し寂しそうな表情を浮かべはにかんだ。

 

「妹と深雪から聞いていましたが…まさかここまで否定的だったとは思いませんでしたが…やはり直接的な方がよろしいですわね。」

 

「一体なに…っておいっ」

 

愛梨はなにかを呟くと座席から立ち上がり俺の隣に立った。

そしておもむろに俺の手を取って逃げられないように留め俺へ自分の息がかかりそうな距離まで接近してこういった。

 

「嫌いな殿方にここまで接近して自分の…好意を伝える真似はしませんわ。あの九校戦であった時からわたくしは…貴方に惹かれてしまった。」

 

「…一時の気の迷いは身を滅ぼすからな?」

 

「それでは…わたくしの想いが嘘ではない…ということを証明…致しますわ。」

 

「…!?」

 

俺の頬に柔らかい感触が伝わり愛梨の匂いが鼻腔を刺激する。

どうも頬へ愛梨の柔らかい唇が当たりキスをされてしまっているようだ。

その感触に俺は脳がフリーズし自らの意思で離れることは出来なかった。

数秒だったが数十分にも感じられた頬へのキスがようやく終わると俺も我に返った。

 

「あ、愛梨!お前な…!」

 

「い、一色家の長女が伊達や酔狂で殿方にキスをするわけがありませんわ///」

 

ド直球なことを言われて俺は反論できなかったしそもそもにおいて《瞳》で愛梨の好感度を視てしまっているのが質が悪い。

 

「そ、それでお返事…は…。」

 

不安そうに此方へ返答を待つ愛梨に俺は煮えきらない答えを提示してしまった。

 

「愛梨のその気持ちは嬉しい、んだと思う…。だけど俺が他人に好かれるはずがないんだと頭でそう思って分からないんだよな。」

 

「…。」

 

「これは俺の過去が原因だから愛梨は関係がない…くそっ、なんて言えばいいんだ…!?」

 

だんだんと俺は自分のこの面倒くさい自分の在り方に腸が煮えくり返りそうになったが対面に座り直した愛梨の手がテーブルに乗せていた握りこぶしにそっと重ねられた。

 

「わたくしの八幡さまを好いてる気持ちは変わりませんので…」

 

愛梨のその言葉に俺はただただ情けなくなると同時にまた一つ大事な者が増えてしまったと喜ぶ自分が居て自分を殺したくなったのはここだけの話だ。

手を互いに離したタイミングでお茶とケーキが運ばれてきて無言の空気が流れたが嫌な感じではなかった。

ケーキも一口、というタイミングで俺は愛梨に渡そうと思っていたモノを格納空間を見られないように展開し机の上においた。

 

「八幡さま、これは…?」

 

「愛梨に渡そうと思って持ってきたの忘れてたんだが…。」

 

「わたくしに…ですか。開けてみても?」

 

俺は頷いて了承を得た愛梨は机の上に置かれた長方形のアタッシュケースを開いた。

その中身に愛梨は頭に疑問符を付けている。

 

「これは?」

 

形は全長60cm程の両刃の平たい三角の形で全体が束部分は紫掛かった直剣で稲妻の意匠が施されていた。

 

「武装一体型の愛梨用のCADだ。…まぁ護身用ってことで受け取ってもらえないか?」

 

そう言うと愛梨は笑みを浮かべて頷いた。

 

「はい。八幡さまからの贈り物、となれば妹も悔しがるでしょうし…ですが女性に刃物を送るというのはいかがなものだと思いますが…。」

 

その事を突っ込まれ脳内の小町ちゃんが「ポイント低いよ!」と暴れているのが目に見えたがこの際見なかったことにした。

 

「まぁそれは俺も自覚してるから…ほらあれだ”魔を祓うもの”的な?な。そいつには愛梨が使う魔法の癖に合わせた調整と俺が開発した魔法が入ってる。…もしかしたら必要になるかもしれない、からな。」

 

愛梨は疑うことはせずに俺が渡したCADを受け取ってくれた。

CADに内蔵されている魔法の説明をすると驚いていた。…そんなに驚くとは思わなかったが満足してくれたようで何よりだ。

その後俺と愛梨は顔を紅くしたり青くしたりして雑談に花を咲かせていると時刻は午後二時半過ぎだったので出されたケーキと飲み物を胃袋に入れて喫茶所を後にした。

 

◆ ◆ ◆

 

午後三時になり時間通り一校のプレゼンテーションが始まった。

俺と愛梨はその時間前に会場に戻り分かれて席へ戻ると深雪に、雫、ほのか、エリカになにか言いたげな表情を向けられたが肩を竦めて深雪の隣に座った。

 

ステージ上では第一高校の発表テーマを市原先輩のアルトの声が会場内に響き渡っていた。

加重系魔法の技術的三大難問の一つである「重力制御型熱核融合炉」の発表をしているのだ。

デモンストレーションで作成された機材が動きだし煌びやかな閃光を放つ。

続けざまに今世紀までに行われた繰り返された実験の映像とシミュレーションの分割動画が流れ出す。

「核熱融合炉」が魔法で実現できない理由は産み出されたエネルギーが大きすぎて取り出せない、と言うことであったが壇上にいる市原先輩はそうではないと静かに告げた。

全ての問題は取り出そうとするエネルギーに対して融合可能距離数における電気斥力値が大きすぎる点に収束すると言う。

更なる実験器具が現れ電磁石の振り子が現れ五十里先輩が機材を動かす。無論魔法でだ。

市原先輩は防音用のヘッドセットを取り付け動いている振り子のメインパネルに振れると大音量のシンバル音が会場になり響くが市原先輩がパネルから手を離すとその音はピタリと止んだ。

どうして音が減ったのかはぶつかっていた振り子の接触面、空間内におけるクーロン力を十万分の一にまで低下させる魔法式を開発したと。

その言葉に会場内がどよめいた。

再びまたしても別のデモ機が壇上からせりだし大きな水槽にチューブが入り液体が行き来をしている。

市原先輩が説明している後ろでは五十里先輩が魔法を使ってプラズマ化、クーロン制御…と様々なプロセスを必要とするループを何十回と安定的に発動させる。

デモ機の動きと共に発言者である市原先輩は結論として「重力制御型魔法式核熱融合炉が実現できると確信している。」そう締め括ると会場からは割れんばかりの拍手が喝采した。

その反応を見ていた俺は拍手を軽く行い脳内でこう思った。

 

(”継続的”ではなく”断続的”に核融合を行わせる魔法式の連鎖を『ループキャスト』によって実現したとは…市原先輩のもとアイディア?があったとは言え達也のその発想は流石だな。)

 

その発表を聞いて俺が開発した新動力アプローチを聞いたらこの会場の全員驚くんだろうなと思った。

本人の想子保有量と別次元に存在する特殊粒子重粒子、それを三次元、つまりが現実世界に持ってくると膨大な熱エネルギーを発生させて俺が使用する加重系魔法、更にそれを安定的に動作発動させる別系統の魔法を連続的に発動させている『ループ・チェインキャスト』を使用する無限のエネルギーを取り出すことが出来る”重粒子反応炉”という”断続的な核熱融合炉”とはまた別のアプローチのエネルギーの取り出すことが出来る動力を既に装備しているある種のハイブリットマルチエンジンを搭載しているのだ。

…まぁ実質この仕組みを理解し安定的に動作できるのは俺しかいないんだけどな。

教える気もないけど。

 

そんなこんなで第一高校の発表が終わると後片付けが始まる壇上の袖裏では恐らく達也と入れ替わりで発表する吉祥寺と会話しているのだろうとそう想像し達也のもとへ向かう深雪と共に席を立って歩き始めたその瞬間だった轟音と振動、そして破壊音が会場を揺るがし木霊した。

倒れそうになった深雪を抱き抱え《瞳》の力を発現させて外を視る。

 

そこには予測の会場と横浜の町が火の海になる光景が脳内に叩き込まれ思わず眉をひそめることになった。



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戦端

数ヵ月ぶりに前話投稿しましたがまだ見てくれている人がいて感謝です…!
今回の話の流れ的には原作とほぼ一緒ですね。
八幡の取っている対応で割りと?安全になっているかもしれません。

お気に入り&コメント&評価ありがとうございます!




突如として会場内に響き渡っていた爆音と振動、衝撃に俺は倒れそうになる深雪を抱いて支える。

 

「きゃっ!」

 

「よっと…大丈夫か深雪。」

 

「あ、ありがとうございます八幡さん。」

 

「いや、気にするな…っと着信か。」

 

深雪を抱き抱えていると端末へ着信が入る。その主は佐織からだった。

フリーハンドで着信へ出る。

 

『俺だ。』

 

『佐織だ。連中動き出したぞ!装備も兵員も予想より多い…!奴らお前がいる会場へ誘導弾搭載のスティンガーを打ち込んだみたいだ!こっちも警察と藤林少尉の部下達と協力して対応する。』

 

どうやら外も大変なことになっているらしく銃声と爆発音が断続的に聞こえている。

 

『それと兵士が何名か既にその会場にさっきの爆発騒ぎで侵入しているようだ…気を付け…。』

 

その発言の直後連絡は途絶えて会場外からだろうか複数の銃声が木霊する。

俺は内心で舌打ちをした。

 

(最悪の想像がこのタイミングで来るか…!)

 

深雪を連れだって達也のもとへ移動すると達也も同じことを思ったのだろう。

 

「チンピラにしては随分と整った装備らしいな。」

 

「ああ。フルオートじゃない…対魔法師用のハイパワーライフルか!」

 

「大亜連合待ったなしだなこりゃ…」

 

言葉を交わすことはなくアイコンタクトを取って行動しようとした。

俺は席に座っている雫達を、達也は深雪を控え室へ避難させようと思ったが既に遅かった。

荒々しい靴音と共にドアが蹴破られ衣服に統一性の無いというわけでもなく妙な色彩のあった服を着用している。

その姿を見た俺と達也は軽く舌打ちをする。

「あまりにも突破されるのが早すぎる」と。

 

聴衆が恐怖にすくむ中で勇猛果敢な反応を見せていたのは三校の生徒で手首に付けているCADを起動させようとするが魔法を発動するよりも早くその人物の背後を一発の銃弾が通り抜け着弾した。

予想通りハイパワーライフル。非魔法師が持つ魔法師へ対抗できる”殺すことが出来る”道具だった。

 

「大人しくしろっ!」

 

妙にたどたどしい日本語は今銃を構えている乱入社が外人であることを教えてくれていた。

 

「デバイスを置いて床に置け。」

 

乱入者は魔法師相手の戦闘に慣れている様子だった。

もしかしたらこいつも魔法師なのかも知れない。

口惜しそうに三校生徒はCADを外している姿を悠長に見ていたのは間違いだったらしい。

通路に立っていたのは俺と達也、その背後に奇しくも守るような形で深雪がいる。

目についたのか銃を構えた兵士が慎重な足取りでにじり寄ってきた。

 

「おい、お前もだ。」

 

声を掛けられたのは俺たちであると誤解もしようがない発言であった。

俺は状況を注視する。

 

会場には総勢六名。

フロントに三名、バックに三名。

加速術式(アクセルクロック)』と『次元解放(ディメンジョン・オーバー)』をCADを使わずに使用すれば苦もなく制圧することは可能だが後者の魔法は人の目に触れさせることは好ましくない。

かといって『物質構成(マテリアライザー)』を使うのも論外である。

隣にいる達也も同じことを考えているのだろう乱入者の怒号が浴びせられていた。

 

「早くしろっ!」

 

(…この手札でいくか。)

 

他人に見られずこの六人を制圧するルートを整えた俺は達也が動き出した瞬間に俺も動こうと決めた。

俺たちの瞳に銃を突きつけられたことで発生する”恐怖”の色はない。

達也は”観察”し俺は”面倒”という感情を乗せて兵士を見ていた。

兵士は自分を見ている眼差しに正体不明な恐怖心を覚えて仲間の制止を無視して引き金を引いた。

銃声が轟き悲鳴が連鎖する。

距離にして3メートル。高初速弾を吐き出すハイパワーライフルの弾丸はコンマに満たない秒数で達也と八幡の体を穿つには十分すぎた至近距離だった。

避けられない悲劇を連想するには聴衆には十分だったがそれよりもその後の眼前に広がる光景の方は驚きというよりも映像作品を見ているような気分になったであろう。

放たれた弾丸は達也が蚊を握りつぶすか如く握られた右手に納められた。

八幡は自身の体を『次元解放(ディメンジョンオーバー)』の発動領域内の場所に置いているので”八幡という情報体がここにはない”という状態になっているので通り抜けてしまうのだ。

八幡は達也と同じく手のひらに弾丸を収める真似をして見せた。

男はひきつった表情で軌道を変えて弾丸を発射するが二発、三発四発…と全て八幡と達也の右手に握り込まれてしまっていた。

俺はその光景を見て確信した

 

(達也も俺と同じく《特殊な瞳》を持ってるのか…?それとも《魔法》?…とりあえずそれは後で聞くとして魔法を発動させるか。)

 

会場内の誰かが呟いた。

 

「弾を掴み取ったのか…?」

 

「一体どうやって…?」

 

男が銃を投げ捨ててナイフを持ち出す。恐らくは混乱によるものだろう。

 

「化け物めっ!」

 

錯乱と銃が効かないことに錯覚した結果だろうがそれでも戦意を失わずに挑もうとするのは優秀な兵士なのだろうと俺は思ったが相手が悪い、これに尽きた。

達也は鋭い突きをなんなく回避しナイフを持つ腕に手刀を打ち込む。

 

達也の手刀は攻撃してきた兵士の男の腕を切り落とした。

 

「ぎゃっ…」

 

兵士は短い悲鳴をあげようとしたが達也によって鳩尾に一撃をもらい後ろへと大きく吹き飛んだ。

その際に切り落とした断面から鮮血が溢れだし白い制服を汚す。

そのタイミングで俺はフィンガースナップを行う。

 

瞬間、室内に膨大な閃光と破裂音が響き渡った。

同時に『次元解放(ディメンジョンオーバー)』を発動する。

 

深雪達には思わず目を覆ってしまう光量が広がるが”室内にいる俺が敵兵士と断定したものだけには一千万デシベルの大音量と百万カンデラの閃光”が襲いかかる閃光魔法(ルクスフェイク)を発動させると同時にその混乱に乗じて『次元解放(ディメンジョンオーバー)』でバックを守っていた兵士達を《四獣拳・朱雀乃型》で制圧し『拘束魔法(キャッチリング)』で拘束した。

閃光が晴れた頃には何が起きたのか分からない生徒達と聴衆達。特に近くにいた深雪と達也。

それはそれとして俺は声を大にして会場内にいる生徒に指示を出した。

 

「呆けるな!さっさと取り押さえろ!」

 

俺が一喝すると前方にいる残りの兵士達に会場内の生徒達は一斉に魔法を発動させた。

回避の反応を見せた乱入者もいたが選りすぐりの魔法師達になすすべなく捉えられた。

 

しかし、運命はそう簡単には運ばないようだ。

 

「バケ…モノ共がぁ…」

 

カチリ、と撃鉄が落ちる音がした。

合同警備隊の連中がしっかりと後方に居た侵入者のボティーチェックをしていなかったからだろうか隠し持っていたデリンジャーを発砲した。

狙いが外れていたのなら其でよかった。

 

パンっと銃弾が放たれる音がして”ナニか”に着弾した。

 

「え…?」

 

呆けた声を挙げて一人の女子生徒にその凶弾は着弾し膝から崩れ落ちた。

その光景にその少女の隣に居た親友の少女の悲鳴が会場内に木霊する。

 

「いやぁぁぁぁぁっ!!!”ほのかぁ!”」

 

雫の声を聞いた八幡は《縮地》を用いて移動する。

瞬間にその凶弾を放ったテロリストの腕を切り落とした。

 

「ぎゃっ、」

 

悲鳴を響かせる前に魔法により強化された前足が顎を砕く。

倒れ込むテロリストなど無視しほのかの元へ駆け寄る。

 

「ほのか!」

 

「光井!」

 

ほのかに関連ある少女や少年達も急いで駆け寄る。

八幡は声を荒げてほのかを抱き上げて怪我の様子をみる。

 

「ほのか!(弾丸は…肺を貫通してる。出血が多すぎて治癒魔法じゃ無理か…!)」

 

魔法障壁を貫通する弾のようでほのかの体を弾は貫通して背に添えた手が紅く濡れる。

 

「かひゅ…はひゅ、ま…んさん…?かほっ…げほっ…くひゅ…」

 

俺の手を握るほのかの力が、温度が次第に弱まって呼吸もおかしい。

治癒魔法では今のほのかを助けることは出来ても”延命”させることが出来ない。

いや出来たとしても魔法の継続時間が失くなれば”生存することが”出来ないといった方が正しいか。

 

”秘匿する筈だった魔法”をこの場で使用することを選んだ。

ここで躊躇えば後悔してしまう、と。

 

「(迷っている暇はねぇな…ごめん、ほのか。)悪いみんな。少し記憶を弄る。」

 

「え、はち…まん?」

 

「八幡?どういう…」

 

「八幡さん…」

 

「八幡…。」

 

何の事だが分からない雫とエリカ達。達也と深雪を除き《瞳》の力を全開にし会場全員を対象に精神干渉形魔法『記憶読込(デリート・メモリ)』を発動した。

 

世界が、人々の認識が変わっていく。

 

『さっきまでの時間でほのかが敵に撃たれた』と『俺が魔法を使った』という記憶と事象を改竄されていくのだ。

 

八幡の《瞳》が黄金色に煌めき”ほのか”という存在に”別次元のほのか”を呼び出し上書きさせていく。

会場数百人の記憶の改竄と”人間”という膨大なデータの塊が俺の魔法領域演算を圧迫してスパークするような感じを吐き気さえ覚えた。

 

 

「(ログイン開始…物質記憶表(マテリアル・タイムレコード)起動…平行同位物質検索…検索完了…名称検索確定、『光井ほのか』の平行同位体と個人情報(パーソナライズ)同期開始……完了まで監視継続中…修復開始……完了。負傷時の痛み、記憶を消去…実行…完了を確認。全行程を確認。物質記憶表(マテリアル・タイムレコード)からのログアウト実行…確認。対象者『光井ほのか』の覚醒まで3…2…1…0)…ほのか。」

 

 

ゼロ、となった瞬間に声を掛けると目を閉じていたほのかの目蓋が開きアメジスト色の瞳が現れた。

 

「ううん…あ、あれ?どうして…。」

 

「ど、どうしてほのかが八幡さんに抱かれてるの?」

 

「うわっ!ど、どうしたの雫…ってどうしてわたし八幡さんに抱き締められてるのっ!?…八幡さん?」

 

「…」

 

訳が分からない、という表情を浮かべているが当然だろうさっきまでの事実と痛みは俺が消してしまったのだから。

声をあげるほのかを抱き締める俺を会場の俺を見つめる視線の意味は「瀕死の重体から復活させた異端な魔法を使用した」ではなく「どうして少女を抱き抱え先程捕縛したテロリストが瀕死の重体になっているのだ」という意識に切り替わっているのだ。

エリカ達は驚愕と茫然が重なった表情を。

八幡に視線を向ける達也と深雪はまるで過去の自分達と重ねるような視線を向けていた。 

 

「立てるか?ほのか。」

 

「は、はい…。」

 

抱き抱えていたほのかに手を差し伸べ立ち上がらせるとエリカ達が怪訝な表情を浮かべ駆け寄ってきた。

 

「八くん!」

 

「八幡!」

 

「八幡さん!」

 

「ちょ、ちょっと大丈夫…?というよりも…」

 

エリカが発しようとした台詞を達也が奪い取った。

 

「八幡さっきの魔法と後方へ移動したあれは一体…。」

 

「魔法じゃなくて『縮地』な。其よりも…」

 

話題をすり替えるのは非常に申し訳ないのだが変えさせてもらう。

まぁ聞かれるわなと思っていたが素直に俺は答えるわけもないので本当はダメだが達也の先程の行動について突っ込んだ。

 

「さっきの銃弾を握りつぶしたのはなんだったんだ?あり得ないだろ普通。」

 

「其を言うならお前もだが?」

 

「お兄様…。」

 

「まぁ、達也にも聞かれたくもないことの十や二十はあるとして…」

 

「いや、流石に多すぎ。」

 

エリカに突っ込まれてしまった。えらく真面目だったんだが

俺が先程達也が使った魔法に突っ込むと痛いところを突かれた、と少し怯んだような感じが見て取れた。

明かしたくない魔法を聞き出すほど俺は無神経ではないではないので話を続ける。

 

「とりあえず状況は理解してるから退路を確認しないと。」

 

雫とほのかから体の無事について聞かれるが俺は腕を持ち上げ”大丈夫だ”とアクションを起こすと安心していた。

達也も幹比古と美月達が心配の声を挙げるが銃弾を握った右手を二、三回閉じたり開いたりしていた。

特段追求することもなく次の為に行動を移そうとするとエリカが話しかけてきた。

 

「それにしても…随分と大変なことになったけれどこれからどうするの?」

 

俺は外で戦闘しているはずである佐織達と合流するべく急ぎたかったが無視するわけには行かずに指針だけ伝えた。

 

「外に俺の私兵が戦闘している”この地域から脱出するはずのルート”を確保しているはずだが…。」

 

「待ってろ。何て言わないわよね?」

 

「…言うと思ったよ。危ないことはするなよ?」

 

「えへへっ。あんたの背中は守ったげる。」

 

女ならばときめいていたがそんな状況ではないし別行動かまして負傷されるよりはましだとそう決断した。

その発言にエリカないしほのか、雫達が喜色を表していた。

その光景を見ていた達也は肩を竦め深雪も喜色を浮かべてた。姉さんは心配そうな表情を浮かべていたが俺はただ頷いた。

 

「はいはい…。達也とエリカ達は正面に陣取ってる兵士の撃退と悪いんだけど姉さんは会場内にいる全員を落ち着かせてくれないか?俺よりも姉さんの方が適任だし。」

 

「…分かったわ。でも、」

 

心配そうにしている姉さんを見て俺はそっと手を置いて諭すように告げた。

 

「制圧したらすぐ戻ってくる。ここには渡辺先輩達もいるし制圧した兵士は全員気絶させて抵抗するようなら”これ”が発動するようにしてるから。」

 

俺は指をパチン、とならすと気絶させた兵士の眼前に”フラッシュエッジ”を展開させた。

『抵抗したらどうなるか分かってるよな?』ということだ。

 

俺のえげつない魔法に全員が苦笑いした。

さっきから微妙な表情をされてるのは解せぬ…これも全て大亜連合ってやつの仕業なんだ。ほぼそうだ。

 

アホなことをしているうちにもロビーからは銃声が鳴り響いているので心配そうな姉さんにハグをかました。

 

「は、八くん!?」

 

「大丈夫だって。んじゃ行ってくる。」

 

達也達と皆と共に俺は正面ロビーの確保のために行動を起こそうとするが吉祥寺に邪魔…もとい質問をされたが達也は其を一蹴し会場を後にした。

 

「は、八幡さんどうしてわたしはさっきまでなにをしていたんでしょう?」

 

「…どうした?」

 

「いやぁ、急にほのかが倒れたから俺が咄嗟に駆けつけて支えただけだよ」

 

「ふぇっ!?」

 

顔を紅くしてすっとんきょうな声を挙げるほのかに八幡は薄い笑みを浮かべる。

 

その時の八幡は普段通りの言葉遣いだったがのロビーへ向かうその表情は普段は浮かべない”怒り”に満ち溢れて居たのだった。

 

「八幡、お前…。」

 

「皆まで言うな。…めちゃくちゃイラついてるからな。」

 

その表情に普段表情を変えない達也でさえ困惑していたのだった。

 

◆ ◆ ◆

 

正面の入り口前はライフルと魔法の撃ち合いであった。

攻撃側のゲリラ兵士は全員アジア系統の人種で服装も先程会場になだれ込んできた格好と同じで通常の突撃銃(アサルトライフル)と対魔法師用のハイパワーライフルで武装をしている。

ゲリラ兵士を迎撃しているのは魔法協会が手配したプロの魔法師。

しかし見て分かるように手配した魔法師が10とするとゲリラ兵士はその数”100”。倍、いや十倍以上の数が押し掛けていたのだった。

既にゲートは突破され通常装備では傷つかない筈の魔法師が何人も傷つき倒れている。

今にもその均衡は崩れようとしていた。

其を見た八幡は一言。

 

「多くね?たかが高校生の論文コンペの会場襲撃するためにこんなに寄越すかね?」

 

先頭を進む達也と共に出入り口の扉の角に隠れ呟いた俺の一言をエリカが聞き取ったらしく返答してくれた。

 

「案外八幡を警戒して投入してきたのかもよ?」

 

「んなアホな…っておい」

 

本当にそう思っていた八幡だったが実は裏で呂剛虎を倒したのが伝えられていたようで七草の関係者+近接魔法師最強の男を倒した、ということで向こうからしてみれば驚異でしかないらしく増員した、という事実だった。

目の前でエリカとレオがはやる気持ちを押さえられなかったのか物陰から飛び出そうとしたのを発見しエリカは手を取ってレオは加重魔法で動きを止めた。

 

「待てっちゅーの…対魔法師用の高速鉄鋼弾だ。あと一歩踏み込んでたら死んでたぞ。」

 

「ぐあっ!?」

 

「あ、ありがとう八幡。」

 

「ったく…(銃が邪魔だな…黙らせるか。)」

 

遮蔽物越しでは対魔法師用のハイパワーライフルが火を吹いている。

流石の八幡も秘匿された魔法を使わなければ少々手間だと感じていた。

 

「…。(数は全部で…さっきより減った…って言っても…よし。)」

 

八幡は《瞳》の力で全容を把握しブレスレッドに格納された魔法を発動させる。

要するに”銃を使わせなくさせてしまえば”いいのだ。

 

絶対零度(アブソリュート・ゼロ)』による熱への抑圧と吸収が始まり火薬という”燃焼”により生じるガス圧と小銃内部に存在する油分を凍りつかせ固着し動作不能にした。

俺のこの魔法には”最大レンジ数はざっと二十が限界”だが其は関係ない。”相手を制圧できるまで魔法を即時連続発生させればいい”それだけだ。

俺は瞬時に使い物にならなくなったゲリラ兵士の百丁もの銃動作を《瞳》で既に確認していたので達也達の制止を受ける前に飛び出した。

 

「…!」

 

加速時間(クロック・アクセル)』を使用し敵陣に飛び込み銃声が止んだロビーには短い悲鳴だけが広がって

その光景は凄惨なものだったからだ。

 

俺は飛び込むと同時に”光振動系統魔法(フラッシュエッジ)”を複数枚展開し手足を切り落として達磨にして地面に這いつくばらせたあとに纏めて『重力爆散(クラビティ・ブラスト)』で圧壊させて数十名を床にこびりつく血シミへ変えた。

 

「ひ、ひぃっ!!」

 

残った仲間が骸へと変えられた様子を見て割れたロビーの入り口から逃げ出した。

 

「…。」

 

その様子を見て逃げ出すテロリストどもには恩赦は要らない、と『灼熱地獄(インフェルノ)』を発動し逃げ出したテロリスト全員が消し炭となりロビーは確保されたが”地獄絵図”に違いなかった。

 

「八幡さん…何時もより雰囲気が怖いです。」

 

「八幡…何だか怖い。」

 

「何だがさっきと人が違うような感じがするぜ…」

 

レオの発言に全員が同意した。其程までに敵に対しての容赦がなくなっていたのだ。

 

「ううん。大丈夫…でもどうしてわたしは倒れたんだろう…?」

 

自分の体を抱くほのか。

さっきまで自分がどうして倒れたのか分からない。

体で覚えていることと頭の記憶が混濁しそうになるが触れている雫の温もりが今が真実だと伝えてくれている。

その悪鬼羅刹な戦いぶりに後方で待機していたメンバー達が困惑の声をあげていた。

普段のような飄々とした態度なのに敵に対しては一切の躊躇なく、むしろ残虐性が増しているようにさえ思えたのだ。

その笑みに薄ら冷たい怒りがにじむ。

戦闘が終わると普段の八幡に戻るのだから其も拍車を掛けているのだろう。

 

「八幡さん…一体どうしちゃったんだろう…。」

 

その呟きに達也が答えた、というよりも口を挟まずには要られなかったからだ。

言うな、とは言われていなかった達也は告げた。嘘と真実を混ぜてだが。

 

「ほのかはさっき襲ってきた敵に銃をむけられて混乱しているところに八幡が割って入ってさっきの状況になってたんだ。恐らく八幡にとってほのかが大切な存在だから傷つけられて感情が爆発しているんだよ。ほのか。俺も昔に…八幡のように深雪を…大切な者達を傷つけられて黙っていられる自信がなかったからね。(八幡のあの感情の爆発は…。)」

 

「達也さん…もですか?」

 

「ああ。その人物を大切にしていればこそだよ。」

 

達也の返答に少し安堵したほのか。其は深雪や雫、エリカも同様だった。

こちらに歩を進めてくる八幡を迎えようと。

ほのかに対しての返答に達也と深雪はその本質を知っているから言葉を濁す…すげ替えるしかなかった。

 

◆ ◆ ◆

 

八幡は倒れ伏している敵達の処理を現地の魔法師へ任せ戻るが二の足を踏んでいた。

 

「八幡さんっ!」

 

と思っていたが向こうの方から駆け寄ってきたのだ。

その行動に思わず脳がフリーズする八幡だったがほのかを初めとして全員が笑顔で迎えていた。

普段通りのものだった。

達也は八幡の肩を叩き深雪は隣に立つ。

その光景に八幡は不意に生まれた罪悪感に押し潰されそうになったが説明することは出来ないと、そんなことを思っていると達也と深雪が八幡へ意味ありげな視線をむけているのに気がつきその視線の意味を理解すると表面上は普段通りの自分で接することにした八幡。

 

「あーんもう!出番がなかったじゃない!」

 

膨れるエリカを見て全員が苦笑を浮かべていたが少し吐き気と怯えをたたえた表情を浮かべる美月とほのか達に普段通りに話しかけた。

 

「わりぃ…美月やほのか達には刺激が強すぎたな。大丈夫か?」

 

「ーいえ、大丈夫です八幡さん。」

 

気丈に振る舞っている素振りを見せては居るが目の前でスプラッター映画さながらの光景を見て耐えて吐かなかったのは八幡に対する恋心の成せる技だろう。

今はその気丈さが八幡にとっては有り難かった。其は美月も同様で視線を向けると頷いてくれた。

 

「しかし、八幡お前《灼熱地獄》も使えたのか」

 

「ああ。たまたまだけどな…ロビーの安全は確保されたからここから脱出してもいいんだが…現在進行形で義勇軍と国防軍の部隊が蜂起した敵兵士と戦闘を繰り広げてる。其こそ今出ていったらチープキルされる可能性が高いな…。」

 

そう提案すると八幡の言葉に全員が傾聴した。

 

「よくそこまで知ってるな。…こうなることを予測してたのか?」

 

その事を突っ込まれ八幡は少しばつの悪い表情を浮かべた。

 

「ああ。だから論文コンペが始まる前に警察や老師のお孫さんに声掛けして対応を練ってたんだが…予想以上よりも俺が、というよりも俺の部下が頑張りすぎたお陰で戦力は向こうの方が多くなったみたいでな…反省してるよ。」

 

全員が苦笑いを浮かべていた。

 

「連中の狙いは論文コンペのデータと魔法師の拉致、そして関東魔法協会に存在する日本の魔法技術の奪取だろう。」

 

八幡は付け加え「俺は別に魔法協会はどうでもよくて皆の安全が保証されればどうでもいいんだけどな」と。

 

「流石に相手の作戦分布図が変更になってる可能性があるから闇雲に飛び出すわけにはいかないが…どうするかな」

 

自分一人で戦場を駆け回るのは何ともないがそんなことをしてしまえば『次元魔法(とっておきの魔法)』が露見してしまうことになるし確実に今の感情では横浜が血の海になるからだ。

うーむ、と眉間に皺を寄せていると雫が助け船を出してくれた。

 

「八幡。VIP会議室を使ったら?」

 

「VIP会議室?何だそれ。」

 

「分からないのも無理無いよ。本来だと官僚級の政治家や経済団体のクラスの人たちが使う部屋だからね。大抵の情報にアクセスできる筈。」

 

「そんな部屋あったのかまさに秘密の部屋、だな。」

 

「うん、一般的には解放されていない部屋だから。」

 

「そんな部屋よく知ってたわね雫。」

 

エリカが本当に感心したという風な口調に、雫は少し恥ずかしそうな表情を浮かべながら得意気に答えた。

 

「暗証キーもアクセスコードも知ってるよ。」

 

「凄いんですね…。」

 

「小父様…雫を溺愛しているから。」

 

ほのかが付け加えた一言に八幡は思わず雫の手を握ってしまった。

この地獄からの環境に情報を知れるということは非常に有り難く目の前にいる雫は女神に見えてた。

 

「は、八幡///」

 

「雫が女神に見えてきたわ…いや最高に可愛い女神に訂正だわ…雫早速案内してくれ。」

 

VIP達が使うとなれば沿岸警備隊や警察の情報を仕入れることが出来るだろう。

いくら八幡の端末が最新タイプだとしても限界があるからだ。

八幡の言葉に表情の変わっていない筈の雫の表情は「八幡の役に立てる」ということで喜色を浮かべている様な感じを覚え珍しくオーバーリアクションな首を縦に振り八幡の手を取って会議室へと向かった。

その光景を見ていたほのか達からジト目で見られたが悪くない、と自分に八幡は言い聞かせた。

 

◆ ◆ ◆

 

雫に案内された会議室に到着しアクセスコードを使いモニターに傍受した警察のマップデータは海に面する場所が危険地帯を示す真っ赤で埋め尽くされていた。

警察や軍隊が動いていないわけではないのだが投入されている戦力が”多すぎるのだ”。

具体的な数字はモニターには表記されているわけではないのだが八幡が協力を要請した魔法師達をも飲み込みそうな赤い色のマップ分布図は見るものから見れば絶望しかなかった。

其はこの会議室にいる人物達も例外ではなかった。

 

「何これ…!」

 

「ひでぇなこりゃ…」

 

「こんなに大勢…どうやって。」

 

「恐らく追加の増援が来てたんだろうな…先んじて密入国してた敵対勢力は俺の部下が全滅…国防軍に任せたんだがおかわりがあったようだ。不幸中の幸いが俺が協力が要請した部隊が持ちこたえていることだろうな…時間の問題だが…幸いにも避難経路の道中に配備してくれていたお陰でこれから向かえば何とかなるかだろう。」

 

達也に視線を投げる八幡に気がついたのか向き直る。

 

「状況は八幡も言っているとおり悪い。この辺りでぐずぐずしていたら国防軍の応援が来る前に敵に捕捉されてしまうだろう。だからといって簡単に脱出させてくれる筈もないだろうし少なくとも陸路は無理だ。何より交通機関が動いていない。」

 

「ってことは海か?」

 

レオのその言葉に達也が首を振る。

 

「其も望み薄だろう。要請した艦艇に避難した者達が全員搭乗できるとは思えないしな。…その辺りは八幡の方で何か用意してないか?」

 

「既に実家に頼んで軍用のヘリを改造した機体を二機手配してる。一機で百名弱は余裕だ。が高射砲や艦艇からの攻撃、着陸場所を確保しないとな。駅前が一番陣取りしやすそうだ。」

 

そう告げてモニターに映る論文コンペの会場から一番近い『桜田駅前』を指を指す。

 

「シェルターには避難しないのかい?」

 

幹比古が八幡に質問するが首を横に振った。

 

「頑丈ではあるが…不安要素がある。」

 

「どう言うことだ?」

 

達也が質問をする。

 

「連中の…装備の一覧に最新型の小型対地底貫通用のミサイルがあった。増援で来ている敵部隊に持ち込まれてる可能性が高い。」

 

「「なっ!?」」

 

「…持ち込まれた装備は俺の部下が全部破壊してる筈だがもしかしたらな。」

 

幹比古は当然ながら流石の達也も驚いたらしく言葉の語尾に「!」をつけているのが分かった。

 

「其なら駅前に向かってヘリで脱出する?」

 

「ああ。其が安全だろうしな。うちで手配したヘリは最新鋭の防弾防爆対魔法装甲のヘリだ。そう簡単には落とされないよ。だが最悪の状況は想定しておいた方に越したことはない。」

 

「なら安心だね…それじゃぁ、」

 

エリカが今にも駆け出そうな勢いだったが今度は達也が「待った」を全員に掛けた。

 

「すまないが皆。少し時間をくれないか?」

 

「えっどうしてですか達也さん。急がないと…。」

 

一刻を争う状況で「待ってくれ」と言った達也に反応したのはほのかであった。

この中で一番民間人に近い感性を持っているからこその彼女の声でありその疑問は尤もであったが近くにいた八幡がほのかの肩に手をおいて目線で諭すとはっ、となったほのかは「ごめんなさい」と謝罪して達也も苦笑しながら回答した。

 

「デモ機のデータを処分しておきたい。」

 

「…そういや忘れてたわ。」

 

八幡のフォローが入ると全員が納得し頷いた。

 

「八幡、司波。」

 

デモ機のある会場のステージ袖に向かう最中に腹の底から響くような声が掛けられた。

そんな存在感を出せるのはただ一人だ。

 

「十文字先輩。」

 

振り向いた先に巌のような男が現れ沢木先輩と服部先輩を引き連れているのが見て取れた。

 

「他の者達と一緒か。八幡はともかくとして司波達は脱出したのではなかったのか?」

 

其は遠回しに「さっさと避難しろ」と言っているに他ならず八幡は思わず苦笑し状況を説明した。

 

「入り口部分の敵部隊を制圧して確保した後に狙いであろうデモ機のデータを盗まれないように破棄しに来たんですよ。達也達とはバラバラに行動するよりも良いかと思ったので。」

 

十文字は八幡の言葉に納得しているようだ。

 

「しかし、会長…じゃなかった七草先輩達以外は地下通路へ向かったぞ。」

 

「地下通路…不味いな。」

 

「地下通路は不味いのかい?」

 

沢木が八幡の台詞に反応し問いかけてきた。

 

「不味い、ということのほどじゃないっすけど一本道じゃない地下通路だと他のグループとの遭遇もあり得る可能性があります。其に連中が地下施設制圧用の地表貫通弾を持ってきていないとは限らないので…」

 

「そんな馬鹿な…!」

 

「事態は常に最悪の状況を予想しておくのが最善手、なので…まぁ杞憂であれば尚良いですけどね。」

 

その言葉を聞いた十文字は沢木と服部に指示を出した。

 

「沢木、服部。中条達の後を追え。…八幡地下通路を進んだ生徒達を避難させる手はあるのか?」

 

あずさの後を追って駆け出す沢木と服部の後を追う後ろ姿を見送りつつ八幡へ話しかける。

 

「実家から最新鋭のヘリを二機手配してるので今地下シェルターへ向かっている人たちも余裕で乗せられる筈ですよ。」

 

八幡がそう言うとふっ、と軽く笑って告げた。

 

「さっさとデモ機のデータを消去し避難を完了させるぞ。いくぞ八幡、司波。」

 

「了解です。十文字先輩。」

 

「分かりました。」

 

多くを語らず互いの言いたいことが分かった二名はステージ裏へと歩を進めた。

七草と十文字二人の”十師族”、そして達也の三人が並ぶ後ろ姿を見ていた深雪とほのか達は頼もしさを覚えていた。

 

「八くん!」

 

「うおっ!姉さん…人前だからね?」

 

「もう…心配したんだからね。大丈夫なの?」

 

デモ機が設置されたステージ裏へ足を踏み入れたら姉に抱きつかれると言う一幕が展開され後ろにいた深雪達の機嫌が悪くなった、というのは想像に固くない。

 

「いやあんな連中が俺に傷つけることも出来ないし。」

 

「もう…お姉ちゃんをあまり心配させないでちょうだい。」

 

「…何をやってるんですか?」

 

何時もながらの姉弟コントをしている八幡達を尻目に達也はこの場にいるメンツに思わず眉をひそめる。

鈴音に五十里がデモ機の前に立っており、真由美、摩利、花音、桐原、紗耶香が取り囲んで見ていた。

 

「デモ機のデータの消去ですが?」

 

さも当然なことを聞くな、というテンションで鈴音に返されてしまい達也は絶句せざる得なかった。

 

「七草達は避難をしなかったのか?」

 

「リンちゃんや五十里くんが頑張っているのに私たちだけ先に逃げ出すなんて出来ないでしょ?其に…八くんもいるのに…ね。」

 

最後の呟きは十文字には聞こえなかったが達也の代わりに代弁してくれた十文字にそう答えた真由美に対し言い返せなくなった。

 

その後残ったデモ機を破壊もしくはデータの消去を任せられた十文字と八幡と達也。

その後に控え室に集まって今後の方針の足並みを揃えることにした。

八幡と達也はそれぞれ『虚無』と『分解』を使い残った機材を物理的に破壊、消滅させたのだった。

 

 

「終わったっす…。」

 

「戻りました。」

 

「お帰り、早かったね。」

 

会議室の扉を開けると既に八幡と達也以外のメンバーが控え室に集合していた。

破壊及び消去したことを伝えると予想はしていただろうが下級生がこんなに早くデモ機の処分をしたことに驚き表情を露にした花音は当然というか聞いてきていた。

 

「…企業秘密で。」

 

「秘密です。」

 

「むぅ…可愛げのない後輩たちめ…」

 

そんな花音の反応に許嫁の五十里が反応しその言葉に不承不承ではあるが大人しく引き下がった。

会議の内容は八幡がVIP控え室で言ったことをほぼ同じで八幡と同級生は口を挟まなかったが追加の情報でやはりあずさ達が敵兵士とバッティングして応戦しているとのことだ。

ただ人数が少ない上で後を追いかけた沢木と服部が援軍に駆けつけ時期に収拾されそうだ、とのことらしい。

沿岸防衛隊が手配した避難船は押し寄せた避難民を収容するので一杯で全員が脱出できないという結論になった。

八幡が手配、というよりも察知して既に準備していたヘリが桜木町駅前に避難民を乗せるために向かっている。

結論として全員の意見は『ヘリコプターでこの危険区域(デットゾーン)を脱出する』というというので一致した。

 

「…わたしも摩利さん達の意見に賛成です。」

 

花音達も反論はない賛成です、というスタンスを取っていた。

深雪達一年生は八幡と達也に視線が注がれる。

反応を見たい真由美と摩利の視線は二人に向けられたが…その目は互いに別の方向へ向けられていたのだった。

八幡と達也は互いに別々のものを視認し背中合わせで黒色のCADと銀色のCADを引き抜いた。

 

「八くん!?」「達也くん!?」

 

驚きを浮かべる真由美と摩利。

時間が無いわけではなかったが対応できるのが”この二名しかいなかった”ということだ。

八幡は《瞳》の未来予知で高度二千フィート上空を飛んでいる”地底貫通弾”を搭載したステルス爆撃機の姿を。

達也は訓練の賜物で気がつき壁の向こうに迫ってきている装甲板に覆われた大型トレーラーが制圧用の人員を引き連れ突撃してきていた。

 

『ちっ…!!』『……!』

 

悪態をついて八幡は戦闘機を《瞳》越しに収め加重複合系統魔法『空想虚無(マーブルボイド)』を発動し地底貫通弾を投下しようとした弾頭ごと戦闘機を”無”に還した。

達也も標準に収めて分解魔法『霧散霧消(ミスト・ディスパーション)』を発動し突撃してくるトラックを乗っていた運転手を除き地面に放り出されていた。

 

この会場が吹き飛ぶ、という最悪の事態は免れた。

 

「八くん…今の魔法は…何なの?」

 

しかし知覚系統魔法「マルチスコープ」を使用していた真由美に八幡の魔法を見られてしまった。

 

「今の加重系統の新魔法だよ。まさか爆撃機が来てたとは思わなかったけど」

 

「そ、そうなのね…」

 

あっけらかんに答える八幡に真由美は納得せざる得なかった。

”目の前で爆撃機が『無』に飲み込まれる”という光景に若干の放心状態になっていたのだろうが会場が大きく揺れる。

 

「っ!?」

 

視界を維持したままの真由美は青ざめていた。

八幡と達也は素早く外の景色を《瞳》越しで見ると小型のミサイルが飛翔してきていたのだ。

艦砲攻撃と歩兵用のミサイルの群れがこの会場を殲滅させるために向かって来ており八幡と達也は迎撃準備を行うが其は必要なかった。

巨大な障壁が展開され着弾する前に横からの攻撃で全て撃墜されたからだ。

 

その直後に国防軍少尉藤林響子がまるでタイミングを計ったかのように入室しその姿に真由美は驚いていた。

響子はというと少し申し訳なさそうな表情を八幡へ向けていたが首を横に振ると何時ものような優しい表情になっていたのだった。

 



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拠点防衛戦

八幡達が集まる会議室に現れた藤林だけではなかったことに真由美を除いて他の人物達は何が何だか、という表情を浮かべていたが一番驚いていたのは他ならぬ八幡であった。

野戦用の戦闘服を着用した藤林の背後から少佐の階級章をつけた壮年の男性が現れ達也を真っ先に視界にいれて手を後ろに組んで藤林の隣に立った。

 

困惑に染まる表情を浮かべている達也に藤林が話しかける。

 

「特尉、情報統制は一時的に解除されています。」

 

その言葉を受けた達也の表情から困惑は消えて目の前の壮年の男性へ敬礼をする。

その姿を深雪と側へ移動して来ていた八幡以外は驚きを隠せずに見つめている。

不安そうにしている深雪の手を八幡が握ってやるとハッとした表情になりすり寄るように八幡の手を握り返した。

壮年の男性が達也の敬礼を目にして視界に八幡を捉えて口を開く。

 

「国防陸軍少佐、風間玄信です。訳あって所属を明かすのはご勘弁願いたい。」

 

(どうして101が…と藤林少尉が所属しているから当然といえば当然、か…。)

 

その自己紹介に含みがあるな、と八幡は思ったが口に出すほど野暮ではなかった。

その台詞は姉である真由美と摩利に向けてナニかに配慮して発言しているのだと感じ取った十文字は公的な肩書きを名乗りあげると風間の視線は八幡へと向かった。

一瞬呆けてしまうが藤林から微笑を浮かべられていたのを察して子供心ながらに「しまった…」と思いつつ佇まいを直して八幡は目上の人間に使う言葉遣いで自己紹介した。

 

「十師族七草家・七草八幡です。」

 

風間に対し一礼をする。

目上の人間である風間が高校生に対して小さく一礼しているのを見て摩利達は驚いていたが口を開かなかったのは無意識に威圧感を八幡が出していたからだろうか。

そんな小さな疑問は霧散し風間から指示された藤林が現在の状況を説明する。

蜂起開始直後に交通機関や主要機関を防衛していた保土ヶ谷駐屯地の部隊、並び警察の魔法部署が対応に当たっていて侵略軍に応戦し今は其ほど被害はおおきくないが予断を許さないため鶴見、藤沢から1個大隊が追加増援を送るとのこと、そして関東魔法支部は義勇軍を結成し防衛戦を行っているらしい。

その説明を終えた藤林を労い達也へ話しかける際に「特尉」の呼称で呼びつける。

 

次に放った言葉に真由美と摩利が口を開きそうになるが風間がその威圧感で黙らせていた。

 

其は達也に”出撃しろ”との命令。

つまり達也は”国防軍の軍人だった”ということに八幡と深雪を除く全員がショックを受けていたようだ。

驚愕に染まっている魔法師達に説明口調で風間は告げた。

 

「国防軍はここにいる皆様に対して特尉の地位に関しての守秘義務を要求する。本件は国家機密保護法に基づく措置であることをご理解されたい。」

 

反論しようとする小娘達に風間の射貫く視線がその反言を黙らせる。

達也はまるで笑みを張り付けたかのような上官に当たる存在に別場所へ誘導されていたがその時八幡と深雪は達也の元へ赴き額にキスをして誓約(オース)を解除する。

溢れる光の奔流に会議室にいる誰もが一歩、二歩と後ずさるが深雪と八幡は別だった。

その行動に面食らった八幡だったがその行動は何かしらの制約を破棄するものだと察して普段通りの表情に戻る。

 

「ご存分に。」

 

八幡はこれから命のやり取りへ向かう親友へいつも通りの態度で声を掛けることにした。

 

「皆無事に家に返すからお前は仕事頑張れよ?色々聞きたいことはあるが無事に帰ってきてからだな。」

 

何時も通りの二人にその変わらない表情に笑みが浮かんだように思えた。

 

「ふっ…ああ。行ってくる。深雪達を頼むぞ。」

 

「任せろ。」

 

おもむろに八幡と達也は手を差し出しハイタッチを決めた。

 

◆ ◆ ◆

 

地下を進む八幡達とは別の避難者、つまりはあずさ達だったが地下通路から会場へ戻り地上を行こうとしたが案の定襲撃にあい戻る方が危険になったため沢木、服部、十三束という屈指の実力者達と共に桜木町のシェルターへ向かうことになった。

その通信を聞いた八幡達は一先ず駅前と歩を進めた。

 

既に制圧したロビーには会場警備をしていたプロの実戦魔法師達は関東魔法支部の防衛戦の戦列へ加わるためにその存在は確認できてなかった。

道中で戦闘員の死体が転がっていたがほのか達の視線に入らないように八幡含む男達がガードしていた。

藤林の隊は自身含め八名と分隊規模にも満たない集団であったが全員がプロであった。

八幡の左右には深雪と真由美、後ろにはほのかと雫がいて左にいる真由美に話しかけられていた。

 

「八くん、いつのまに響子さんと知り合いだったの?」

 

「ん?ああ。佐織繋がりさ。」

 

その会話を聞いていた藤林が振り向き軍務中ではあるがフランクな物言いで参加してきた。

 

「本当に八幡くんの動きがなければここだけの話我が国は後手に回って更なる被害をうけていたかもしれないわ。」

 

「大袈裟っすよ。そもそもその情報は佐織達…部下が頑張ったからで。」

 

「上が指示しなきゃ下は動かないわよ?その点は八幡くんは非常に優秀な上官だと言えるわね。軍に来ない?」

 

突然の勧誘に苦笑いを浮かべる八幡。

 

「実地よりデスクワークの方が得意なんで遠慮しときます…。というよりもそう簡単に十師族の子供を勧誘して良いんですか?」

 

「君のような優秀な人材は喉から手が出るほど欲しいかも。だから気をつけなさいね?」

 

「そうっすね…藤林さんみたいな美人な上官がいるなら考えます。」

 

緊張を解そうとえらく真面目に、いたって真面目に放ったその言葉は一回り年上の藤林を動揺させるには十分だった。

 

「えっ…///」

 

顔を赤くしてしまう藤林に気がついた八幡ラバーズは詰め寄る。

 

「は~ち~くぅ~ん?」

 

「八幡さん?」

 

(しまった…失言だった。)

 

「ふふっ。」

 

手放しで誉めて警告を促す藤林に警戒度を無意識にあげてしまい普段の失言をして好意を抱かれている女子二名の口撃うけている八幡の様子に気がついたのか年上らしい柔らかい笑みを浮かべていた。

その笑みを見て八幡は「まだまだだな」と心の中でそう思った。

 

藤林の隊が乗ってきた車両はここにいる全員が乗れるほど広いものではないといわれ元より徒歩で桜木町の駅前が救助ポイントになっているためそこへ到着し守護すれば良いのだ。

ここで十文字は個別で行動することになる。

十師族の一員として魔法協会防衛への戦列へ加わることにした彼は車両を一台と藤林の部下を引き連れ分かれた。

八幡は十文字に避難者の護衛をする、ということを伝えた。

 

二台あった車両が一台なくなってしまったので前方を守ることが出来なくなってしまい魔法師を配置することになるのだが其に八幡が立候補した。

姉や深雪を矢面に立たせ危険な目に会わせるぐらいなら自分でやろうとそう思った八幡は右腕に装着した長方形の音声入力型のブレスレットに指示を出した。

同時に違う場所『次元解放(ディメンジョンオーバー)』で作り出した保管庫のクラックを作り出しあたかも今呼び出した体を装う。

 

「コール、グレイプニル。」

 

短く告げるとクラックを潜り抜け直ぐ近くの車道に出現し二輪駆動独特のエンジン音が響き渡った。

敵かと思い藤林達は身構えるが八幡が説明した。

 

「いや、俺のCADですよ。」

 

バイクの音とCADという単語が結び付かない藤林は思わず聞き返してしまった。

 

「CAD…?この音がですか?」

 

「まあ、見てもらえば分かりますが…あ、来たな。」

 

八幡の元に搭乗者のいない真っ白な大型自動二輪が到着しスタンドが自動に降りて待機している。

その光景に藤林を初めとする軍属の人間と途中で拾った避難民は驚いていた。

 

「こ、これがCAD?」

 

「はい…まぁ驚くのは早いですが。」

 

そう驚く藤林を尻目に八幡は追加音声をブレスレットに入力した。

 

「『タイプシフト、グレイプニル』」

 

次の瞬間バイクが少し地面から浮いて本来なら”あり得ない”変形を開始した。

車体が分割されまるで某平成四作目の特撮番組(仮面ライダー○○○○)のような人形に変形し頭部の目の部分が車体が純白で洗練されたデザインでクリアのバイザーが緑に輝いて八幡に付き従う。

その姿を見た先ほど迄戦火に巻き込まれ元気のなかった子供達がおおはしゃぎしていたのが印象的だった。

 

「こ、これは…?」

 

「自分が作成した自動二輪変形CAD『グレイプニル』ですよ。万が一のために持ってきてたんですけど。」

 

装着したブレスレットに音声指示を出す。

 

「後方にいる避難民に絶対に手を出させるな。」

 

変形したグレイプニルは声を発さずに頷いて前方の直衛について足部に当たる部分がスライドしナニかが飛び出し握り込む。

 

「あっ、そのCAD…」

 

CADに気がついたのは後ろにいた雫でありその形は見覚えがあった。

グレイプニルのマニュピレーターが《サーペンテイン》を握り込み準備を終えた。

 

「藤林少尉。お待たせしました。前方は俺とこいつが守護するので後方で警戒をお願いします。」

 

「そ、其は良いんだけど…そのCADって…。」

 

「ああ。大丈夫です。こいつには人工知能と俺のサイオンを流し続けると無限に動く自己稼働判断型のCADなので。」

 

藤林は目の前の少年がとてつもない世紀の発明品を持ち出したことに面を食らっていたが直ぐ様我に還り行動を始めた。

 

◆ ◆ ◆

 

第三高校は脱出手段として会場に来るために乗ってきていたバスを守護するために奮闘していた

 

車をバリケードにして将輝、吉祥寺、愛梨達が敵兵士と対峙していた。

 

「会場の横付けした方がよかったかしら?」

 

「しっかしなんでこんな離れたところに…。」

 

「そういう街の作りなんだから仕方ないでしょ…。」

 

ぼやきながらしっかりと敵対者を始末している当たり流石という他無いがトーチカとして使用する特別仕様の大型バスのタイヤが破壊工作されていたようでパンクしてしまっていた。

そこで生徒と先生でバスのタイヤ交換を行っていた。

幸いにしてその場所はバスの発進場になっていたため機材と予備のタイヤが格納されており現在は時間稼ぎのために戦闘を行っていたのだ再び交換中のタイヤとは別のタイヤがロケット弾が不幸中の幸いで後部地面に着弾した。

しかし破片が突き破りパンクしてしまった。また一からの交換のやり直しである。

その報告を聞いた将輝と愛梨は激怒した。

かの邪知暴虐な敵へ必ず一発食らわせねばと決意した。

 

「このヤロウ!」

 

「やりやがりましたわね!」

 

”一”の数字持ちが同タイミングで敵に向かって沸騰した。

その様子に少し呆れながら注意をしようと思った吉祥寺だったがふと考えを変えた。

タイヤ交換を素早く進めるために”この二人に暴れてもらい気を引いてもらえばいいのだ”と。

吉祥寺は怒りを露にする友人達を放っておいて引率教員のところへ向かった。

頼りになるクラスメイトと自らの将に任せて。

 

◆ ◆ ◆

 

一方、八幡達は救助地点(ランディングポイント)である桜田駅前広場へ八幡と『グレイプニル』が前衛(ポイントマン)を務めていた。

道中に接敵すること無く到着したのだが駅前広場付近の地下シェルターがあるはずの地面が大きく陥没していた。

その場の惨状に八幡を除く人物達は言葉を失ってしまった。

その付近にいたのは”足を持った戦車”だった。

 

「直立戦車…一体何処から…?」

 

藤林にとっても予想外の敵だったのか呻くような声が唇から漏れ出す。

舗装され補強された地面がたかだが二機の直立戦車にここまでずたぼろにされるわけがないと何かしらの攻撃を直立戦車から地下シェルターへ向けて放ったに違いなかった。

花音が下手人に向けて攻撃を放とうとして五十里は咄嗟に止めてしまう。

『地雷源』を使うのだろうと心配したのだろうが流石の花音もそこまで短絡的ではないがその動きは大きな隙になりすぎた。

直立戦車が四連装20mmガトリングをこちらに向けようとしているのをみて花音達はCADを操作した。

見据えた相手は既に、

 

ー両断されて爆発していたのだった。ー

 

「へっ!?」

 

花音が爆発を察知するより前に既に刀を装備した八幡とバイクのグリップ部分ごと引き抜くと紅い光刃を出力した剣を持つグレイプニル。

両者は『縮地』と『自己加速術式』を発動して近づき縦一閃をした。

 

ずるり、と直立戦車は真っ二つに斜め切り落とされ中にいた搭乗員すら切断しオイルなのか血なのか分からぬ液体を撒き散らし絶命させ爆発した。

数秒も掛からずに制圧してしまった。

八幡の直立戦車だったものを見る目は普段と違い”ガラクタを見るような目”だったが気がつくものはいない。

其は八幡という自分ですらだった。

 

一方でいつの間にか敵を斬り伏せた八幡と人の形をしたCADの後ろ姿を見つめ…というか苦笑する藤林の近くで呆然とする花音を尻目に真由美に話しかける。

 

「私たちの出る幕がなかったわね…真由美さん…彼一体何者なの?」

 

「八くんは…義弟。いえ、とっても頼りになる私の弟です。」

 

完全な惚気だった。そういうことを聞きたかったわけではなかった、と藤林は思ったが真由美が姉ではなく女の顔になっているのをみて藪蛇しないように、と心に決めていた。

 

そんな会話をしていると八幡と《グレイプニル》が普段の足取り出戻り同じく避難するために隊列を作っていた幹比古に話しかけていた。

 

「幹比古、地下の様子を精霊を使役して覗き見ることは出来ないか?」

 

そう言われて幹比古は精霊魔法を使用し地下の様子を覗き見ていた。

 

「…どうやら地下に向かった人たちは戻ることが出来なくてシェルター前まで向かったみたいで今この下には中条先輩達が避難してるみたいだ。幸いにも全員が無事みたいだよ。誰かが生き埋めになっている、ってこともないみたいだ。」

 

その発言を聞いて八幡は藤林に問いかける。

 

「生き埋めになった人達の救助はいつ頃行われるんですかね?」

 

「分からないわ。戦闘が落ち着かないと臨時のトンネルを掘ることは出来ないし…明日が明後日だと思うわ。」

 

八幡は内心で遅いな、と思いつつ戦闘中だからな…と割りきっていたが同じ学校の其も中条先輩達を瓦礫の下に閉じ込めておくのは忍びない、と思った八幡はおもむろに陥没した駅前広場に手を伸ばす。

 

《瞳》の力を発動させ大体の場所を把握して加重魔法を瓦礫とその周辺の空間に発動させた。

繊細克つ大胆に陥没し舗装され地下内部へ崩れ落ちた鉄筋とコンクリートとアスファルトをまるでクレーンゲームの如く持ち上げる。

その動作は一人では無理でありCADである《グレイプニル》も加わりその重力制御はまさに”神業”だった。

 

「「「「「…はい!?!?!??」」」」」

 

全員が呆然とした。

陥没した部分がまるで切り取られたような光景に重力制御に大きな資材が浮かび上がらせた際に落ちないように『超重力の網(グラビティ・バインド)』を発動と同時に鉄骨にコンクリートに埋まっている鉄骨に対して磁力制御…と数十通りの魔法の行使をしているのだ。

 

それは地下シェルターに生き埋めにされてしまったあずさや避難民も突如として明るくなった天井を見ており愕然としていた。

 

「なに、これ…」

 

「すげぇ…。」

 

「(こんなもんか…)グレイプニル。この路材を処理してくれ。」

 

八幡がグレイプニルに指示を出すと頷き脚部収納からCADをもう一丁取りだし巨大なビルのような質量に狙いを定め引き金を引いた。

次の瞬間に巨大な地面を構成していた地面は圧縮され圧壊していく。

圧縮される行程で莫大な熱量が発生しているはずなのだがその熱量が外へ漏れでないように八幡が特殊なフィールドを形成し保護をしていた。

 

(全部縮小できるがそうすると藤林さんとかに怪しまれるからな…ほどほどにしとくか。)

 

グレイプニルが発動している魔法で空中で圧縮された資材は六畳間ほどのプレハブ小屋の大きさにまで縮小し空いている箇所へ処分された。

 

その光景に開いた口が塞がらなかった。

一人の子供がぼそりと呟きそれは伝播していき人々はここが戦場というのを加味して八幡を称える拍手が控えめに広がりそれを聞いた八幡は頭に疑問符をつけていた。

 

◆ ◆ ◆

 

駅前広場を制圧し生徒達でシェルターに避難していた人達を地上へあげて近隣の建物を拠点とし陣地を作成する作業中違う地点で協力していた佐織達と寿和が八幡達と集合した。

作業に当たっていた八幡に話しかけていた。

グレイプニルは子供達を落ち着かせるために遊び相手になっている。

 

「すまない八幡。合流に手間取った。」

 

「状況は?」

 

「各地で義勇軍と軍隊、警察組織が頑張っているようで抑え込みに成功している。国防軍の独立魔装大隊が戦列加われば鎮圧は時間の問題だろうな。」

 

「そうか…お前達はここに集った避難民の護衛に輸送用のヘリが到着するまでチームで当たり死守してくれ。」

 

「了解。」

 

「千葉警部もご苦労様です。」

 

「いやはや…そちらこそご苦労様、というべきなのかな?」

 

「警部ほどじゃありませんよ。」

 

八幡と佐織が上司と部下のような会話を繰り広げておりと途中で会話に入った寿和と話している光景を見ているエリカはなんだか面白くないものを見るような目で兄と想い人の会話を見てた。

向こうでは真由美達が今後の展開について相談している。

 

藤林は野毛山に展開している陣地に避難することを進めたがこの広場に集まっている避難民の数は数百を越えており現在戦闘中の軍の陣地に全員を避難させる、というのはかなりリスキーであると言えた。

しかし、八幡が予め用意していたヘリも全員を乗せられない。

そこで雫が言葉を発する。

 

「私も八幡と同じように父の会社へ救助のヘリを寄越すように連絡します。そうすればここにいる避難民を脱出させることが出来る。」

 

結果としてここに魔法師が避難民脱出を援護するために残る、ということになった。

なったのだがその人選がいけなかった。

弱い強いではなくその人数だった。

 

「市民が脱出するまで私が死守します。」

 

その真由美の物言いに摩利が食って掛かった。

 

「バカなことを言うな!お前一人でここに残るつもりか!」

 

真由美はフッと笑って確固たる意思を伝えた。

 

「なにも私一人でここに残るわけじゃないわ。ここには八くんもいる。それにね摩利。これは十師族に名を連ねる者としての義務なの。私たちは十師族という特権の名のもとで様々な便宜を享受している。今の日本には貴族階級は存在しないけど私たちは法に束縛されずに自由に振る舞うこともしている。こう言う非日常的な状況だから私は、私たちは自分の力を役に立てなきゃならない。」

 

遠くにいた八幡が傍に立ちそれに気がついた真由美が頷く。

確固たる意思が真由美の言葉に込められて摩利がいい淀むが五十里が、花音、エリカ、深雪、雫、ほのか、幹比古、レオ、美月に紗耶香に桐原がここに残ると告げた。

それを待っていたかのように摩利が鈴音に不敵な笑みを見せた。

 

「市原。下級生がここまでいってこの場に残る、と言っているんだ。上級生たる我々が避難するわけにはいかないよな?」

 

「そうですね…真由美さんだけではありませんが敵の数は多いのです。頭数は多い方がいいでしょうし、真由美さんは意外に抜けているところがありますからね。」

 

その言葉を聞いて本当に呆れている姉さんをみて八幡は内心で「目撃者が少なければ『虚空虚無(ボイド・ディスパージョン)』と『次元解放(ディメンジョンオーバー)』でほのかを襲った同族達を皆殺しにしてやろうと思ったんだが…正直さっさと避難してほしい」と内心で思っていた。

 

その表情を普段通りの面倒くさがりな表情に隠し真由美は呆れをその美貌に染めて藤林に向き直り説明した。

その説明を受けた藤林は部下を護衛につけようとしたが一人の男に阻止された。

 

「いえ、それには及びません。藤林さん、いや藤林少尉。ここは小官がお引き受けいたします。」

 

千葉警部…寿和が藤林に名乗り出たからだ。

続けて言葉を掛ける。

 

「軍の仕事は外敵を排除することであり市民の保護は警察の仕事であります。我々が此方に残りますので藤林少尉は本隊と合流なさってください。」

 

「了解しました。千葉警部。よろしくお願いします。」

 

慣れない口調に少し詰まる部分があった説明に藤林は触れずに綺麗な敬礼をして颯爽と部下と共に去っていった。

藤林が去ったあとに寿和がエリカに容赦ない突っ込みを受けてしょんぼりしていた。

それぞれが武器を受け取ったり準備を進めるなかで八幡はほのか共に鈴音が端末にて呼び出した地図をほのかが光学魔法を用いて衛星写真と重なりあい立体的に映し出す。

 

その画像をみて八幡はほのかを褒めた。

 

「すごいなほのかは…俺でもこれは出来ないわ。流石は光魔法の使い手。」

 

「そ、そんな大したことじゃないですよ八幡さん///」

 

ほのかは顔を紅くして謙遜していたが八幡の褒め言葉を聞いて鈴音達も褒め始める。

思わず顔を紅くしてお礼?を言って丁寧にお辞儀をするほのかに上級生の摩利達は八幡達を始めとする特徴的すぎる下級生がいるなかでこの反応は新鮮で初々しい気分になっていた。

 

八幡はそんな中で端末を起動し何処かへ連絡をした。

 

二つのグループに分かれた数分後に不意に八幡が大通りの方を向いてホルスターから特化型CAD(フェンリル)を引き抜く。

《グレイプニル》も特化型調整したCAD(サーペンテイン)を大通りに方へ構えた。

引く抜くと同時に加重魔法によって制御された重力が直立戦車を押し潰し爆発することなく制圧された。

 

「「「「「!!!?」」」」」 「「「「「!?」」」」」

 

それを引き金にして魔法第一高校の腕利きの生徒が臨戦態勢に入った。

 

「……。」

 

輸送ヘリの発着場所を死守するグループと魔法師が構築した市民が入る簡易シェルターを守る”防衛戦”が開始された。

 

◆ ◆ ◆

 

八幡達が侵略者達と戦闘に入る前。

時は少し遡り横浜国際場に併設されている大型車両の駐車場では三校の脱出用のトーチカである大型タイヤの交換が進められていた。

注意を引くために敵兵士と戦闘を繰り広げる”一”条と”一”色。

過半数の敵が制圧されていた。同時に味方も戦闘不能になっているものが多かった”一条の魔法を見て”だ。

上級生が「加減をしろ!」と怒鳴り声を挙げるが将輝は苛立ちに満ちた声で遮った。

赤みを帯びた拳銃型のCADの敵兵士へ向けてトリガーを引く度に”紅い花”となって散った。

また一人味方側が「うっ…!」と口を抑えて戦闘不能になる。

 

(この程度で戦えなくなる程度なら最初から戦場に立つな…!)

 

苛立つ感情を抑えつつもう一人遮蔽物から武装一体型のCADを振るう頼りなる女傑へ視線を向けると将輝と同じペースで遮蔽物に隠れる敵兵士の頭上に雷を落とし屠っていた。

 

(すごい!…このCAD、優美子に調整してもらったとはいえこんなにも使いやすいなんて…!これを自作出来てしまう八幡さま一体何者なのかしらね。)

 

愛梨は八幡が更に大好きになった。

自分と学友を生かすためにこれ程の魔法を与えてくれた彼に感謝するしかなかった。

 

八幡が開発した愛梨専用の『武装一体型CAD(ライトニング・シオン)』に搭載された放出魔法”稲妻落とし(ブリッツ・フォール)は”愛梨の魔法の性質上”速度”もさることながらその威力は凄まじく攻撃を受けた敵兵士が黒こげになり発火し直ぐ様炭化してしまうほどの威力があった。

発動レンジは”一人”ではあるが愛梨の魔法発動の速度を考えれば十分すぎた。

 

一条家の秘技”爆裂”を使い敵へ真紅の華を咲かせる将輝。

一色家の才女が扱う魔法は”稲妻が如き”速度で敵へ雷を落として屠る愛梨。

一部の生徒と上級生を除く三校生徒は真の意味で”クリムゾン・プリンス”と”エクレール・アイリ”の二つ名の意味を知るのだった。

 

 

最後の一人を同時に魔法を発動した将輝と愛梨は仕留めたことを確認すると将輝がぼそり、と呟いた。

 

「もう終わりか…?」

 

「襲撃を画策したにしては随分とお粗末な陣形でしたわね…狙いは一体…?」

 

駐車場の辺りが静かになったことに気がついた将輝の呟きに愛梨が反応していた。

 

「これで終わりかどうかは分からないよ。今の僕たちはそれを知る術を持たないのだから」

 

将輝と愛梨の反応にタイヤ交換を終えた吉祥寺が答えながら近づいてきた。

彼らのまわりには魔法によって倒された敵兵士の死体だけが転がっている。

 

「脱出するなら今しかない。タイヤ交換は終わっている。」

 

そう催促されて将輝は赤みを帯び光沢を放つCADを懐にしまい愛梨は紫色武装一体型の小剣を腰の鞘へ納める。

柄に触れながら愛梨は想い人に感謝した。

 

そんなことを思っていると端末が不意に震える。

 

「ん…?誰かしら…八幡さまからだわっ」

 

急ぎ端末の着信をオンにして通信を行う。

 

『愛梨、無事か?』

 

「ええ。それは此方の台詞ですわ。八幡さまはご無事で?」

 

『ああ。今駅前の広場で脱出用の輸送ヘリの到着を待ってる。』

 

八幡がやられるとは微塵も思っていなかったがそれでも恋する乙女としては心配だったのである。

 

『そっちはどうなんだ?無事に脱出できそうか?』

 

「ええ。先ほど脱出用のバスの破損したタイヤの交換と脱出路の退路を確保しましたわ。」

 

『なら今のうちに脱出してくれ…今愛梨達が戦ったのは現地工作兵士だ。本隊が展開される恐れ…いや本格的に攻撃が開始される。』

 

愛梨は思わず耳を疑う。

その反応に将輝と吉祥寺が漏れ出た音に食いついていた。

 

「まて!七草。それは本当か?」

 

いきなり会話に割り込んできた将輝に通信機越しに顔をしかめたが仕方がないと割りきって話を続ける。

 

『…一条か。ああ、間違いない。俺たちが散々暴れまわったお陰で奴さんも痺れを切らしたんだろう。「現地兵じゃ対応できない」ってな。』

 

「そうだったのか…。」

 

『通信機越しだとそっちは落ち着いたようだな。そこは敵の偽装揚陸艦が近い埠頭だ。早く脱出してくれ…』

 

次の瞬間遠くの方で爆発音が轟く。それは街中の駅前付近の方向からだ。

将輝達は向こうで戦闘が行われているのだと理解した。

 

『攻撃が始まった…急げよ!』

 

「八幡さま!わたくしも…。」

 

助太刀に参ります、と告げようとしたがそれは止められた。

 

『駄目だ。…愛梨は脱出してくれ。お前ほどの実力者が居てくれれば三校生徒も安心だろうしな。それに俺は”七草”だぜ?さっさと帰ってマッ缶をキめたくてしょうがないんでな。無事に家に着いたら連絡してくれよな。んじゃ。』

 

きっぱりと断られてしまい二の句が告げなかった愛梨は端末を見つめるしかなかった、が直ぐ様気を取り直しバスへと向かう。

そして先程の八幡の言葉を聞いた将輝はバスに乗らずに魔法協会支部へと向かうことになる。

吉祥寺はそれを引き留めるが「一条だから」とその言葉の意味と重さに歩き出す将輝の後ろ姿をただ見送るしか出来なかった。

将輝を見送りながら三校生徒護衛のためにバスに乗り込んだ吉祥寺と愛梨はバスで危険区域を脱出することになった。

 

◆ ◆ ◆

 

防衛戦の口火を察知した八幡は襲い来る”正式型の直立戦車”へ特化型CADを向けて引き金を放って迫り来る三輌へ加重魔法を叩き込む。

次の瞬間にはまるで空き缶を潰すかの如く圧縮され舗装された地面へ紅い水溜まりが出来ていた。

 

「来るぞ。」

 

その言葉と同時に幹比古の精霊魔法が敵襲を関知した。

が、その数に愕然とした。

 

「そんな…いくらなんでも多すぎる!」

 

ビルの隙間から顔を出した直立戦車の数は目に見えている範囲だけで凡そ"13"。八幡が今三輌沈黙させたがその数は市民へ向ける台数ではなかった。

 

直立戦車へ付き従うように装甲車の姿も確認されて歩兵もかなりの数になるだろう。

幹比古からの報告に流石のエリカ達も面を喰らっているようだった。

駅前広場を守護する八幡。

八幡はエリカ、深雪、幹比古、レオ、美月へ指示を出す。

 

「お前らはそっちのデカブツを頼む。俺は歩兵を黙らせる。…いい加減うんざりしてきたところだ。」

 

目の前に現れた直立戦車へ『重力弾(グラビティ・バレット)』を叩き込み沈黙させると同時に敵兵士が発砲しようとしていたライフルと掃射用の機銃へ片手を掲げると加重・慣性制御魔法を発動させて発射される弾丸が銃口内へ戻っていき暴発する。

発射寸前で弾丸が銃口に巻き戻されチャンバー内と給弾装置へ次弾装填された弾丸が暴発しライフルと機銃自体を爆発し破片が飛び散った。

装甲車では制御していた者が金属片の餌食になっていることは想像に固くなく外へ出てきた恐らくは此方が本隊なのだろう、兵士達が苦悶の表情と悲鳴をあげるが八幡にとって”どうでもよかった”。

銃が使えなくなって無防備な隙を一瞬だが八幡に見せたのは大間違いだった。

 

八幡は使い勝手のいい『重粒子』を応用し編み出した振動・放出系統魔法である『結合崩壊《ネクサス・コラプス》』を『特化型CAD(フェンリル)』によって発動した結果既に前方に居た装甲車三台分の無防備な敵兵士はFPSのプロゲーマーの如く的確に的であるその頭蓋を撃ち抜かれ骸と化す。

 

莫大な熱量を変換途中の際の臨界エネルギーを加重魔法によって固定し射出する所謂”ビーム砲”が対人戦闘で使用されているのが驚愕であるのだが今のその魔法を指摘する者も居なければ本人は感情のまま殺戮を実行する。

 

「…(こいつらがほのかを。さっきの奴らと”同族”だからな…殺っておくか。)」

 

”ほのかが一度殺され掛けた”

 

ただこれだけが八幡の理性のリミッターを振り切っている。

敵対する者は躊躇い無く殺害出来る程には冷徹、ではあるが彼自身の性格も相まって後始末のことを考えて其を実行したことはない…。いや、”過去一度”だけで行ったことはあったがそれは”家族”へ危害を加えられた際だった。

血の繋がりもない赤の他人であるほのかが傷つけられた八幡は思いの外”彼女に対して特別な感情を抱いている”ということ他ならなかったが其を指摘できる人間は今は居ない。

 

ほのかを襲ったのは同一人物ではない。しかし八幡にとっては”ほのかを襲った同陣営の兵士”というだけで十分だった。

感情を現して荒立てる、と言うわけではなく冷静に、事務的にただ”自分の大事な者へ危害を加えた”という理由で敵兵士の頭蓋を撃ち抜いていく。

 

まるで縁日の射的を気軽に遊戯するようだった。

次第に敵兵士と装甲車が物言わぬ死体とスクラップへ変化していく。

 

「ひっ…た゛す゛け゛…。」

 

「…」

 

運良く攻撃を逃れた兵士が八幡へ命乞いをする。

しかし、特化型CADが変形し低いエンジン音を鳴らす打刀程の大きさの紅刃を作り出す。

 

「…」

 

「ひ゛っ…」

 

八幡が一歩、二歩と踏み出す度に生き残った兵士が後ずさりをするが意に関せず歩みを進める。

 

「あっ…」

 

逃げ出す兵士は背中に固いものが当たることに気がつき其が自分が乗ってきた車両だということに気がその表情は絶望に染まる。

 

「あ、ああっ…!!」

 

眼前にまで近づいた八幡は最後に生き残った兵士に対し縦一文字にその紅刃を振り下ろし両断し臓物を撒き散らすことなく絶命した。

 

骸と化している敵兵士に向ける八幡の視線は冷たいものだった。

いち早く中隊規模以上の兵士をものの数分も掛からずに全滅させ戦車隊と交戦している深雪達と合流したのだった。

 



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青龍乃型

そろそろ『横浜騒乱編』も終わりが見えてきたな…。


歩兵&装甲車、直立戦車の部隊を退けた八幡達は小休止して推理をしていた。

外に倒れている死体は八幡が『灼熱地獄(インフェルノ)』で焼却しておりその光景に深雪達は八幡に対して微妙な表情を浮かべていたが見ない振りをしていた。

破壊した装甲車にもたれ掛かり休憩をしていた。

幹比古は八幡に先程自分達が対峙していた直立戦車の動きについて質問していた。

それに対して八幡は正確な答えを用意していた。

 

「先程投入されていたのは大亜連合の正式採用型の直立戦車だ。流石に所属を示すエンブレムは偽造…偽情報(ディスインフォメーション)。幹比古が戦った戦車が人間的な動きをしていたのは《ソーサリーブースター》を搭載していたからだろうな。」

 

「「「「ソーサリーブースター?」」」」

 

幹比古達が聞きなれない疑問を揃えて口に出す。

八幡は自分の頭をこつこつと指でつついての説明に不快感を覚えた。

 

「外付けの強化パーツ…所謂”魔法師の大脳”が納められた端末だよ。」

 

「趣味悪…。」

 

「胸くそ悪いぜ…。」

 

「なんと卑劣な…!」

 

「何てことだ…!」

 

「まぁその性質上全部が全部の機体に取り付けられていたみたいではないが其が機体と装甲車にあったんだろうな。まぁ趣味の悪い装置であることには変わりないが。」

 

「大亜連合が横浜を攻めに来ていたのは魔法技術の奪取と”装置の材料”もあるってこと?」

 

エリカが八幡に問いかけると「恐らくな」という返答が返ってきて明らかな嫌悪感を浮かべていた。

 

「それに大亜連合…大陸式の術式を使っているみたいだし。美月の力が必要かもしれないな。」

 

その事を告げると幹比古が真由美達と一緒にいる美月へ連絡をして手伝って欲しいと伝えると二つ返事で了承した。

…そこで美月と幹比古の関係をからかったり笑ったり怒ったりして緩い空気が流れていた。

 

 

侵攻軍…正確には大亜連合の総指令は刻々と状況が悪くなることに険しくなる表情を隠すことが出来なかった。

軍隊の展開が初期作戦の構想よりも早すぎたのだ。

そして民兵の抵抗は予想以上の抵抗を見せていて既に現地潜伏兵は6割が通信途絶している状況だ。

 

「無人偵察機、通信途絶。」

 

下士官から伝えられた悪い情報に情報に思わず舌打ちをしたくなるがここでわざわざ艦内の空気を悪くする必要はない、と妙なところで真面目な指揮官は最後の無人偵察機がやられても悪態はつかないように必死に押さえ込んだ。

既に潜伏しているひげ面の指揮官にイライラしつつ北上する部隊へ転進を命じた。

それは内陸方面、脱出用のヘリを待つ駅前広場の方面であった。

 

 

美月が駅前からグレイプニルに護衛されながら八幡達と合流している最中も花音達が交戦していた。

合流と同時に八幡達も交戦していた。

と、言ってもほぼワンサイドゲームであったが。

八幡達に向かって機銃とグレネードが一斉射撃されるが加重魔法により制御された重力波により全て叩き落とされた。

 

「爆ぜろ。」

 

八幡は放出系統魔法『雷電波動(ライトニング・ウェーブ)』は強力な電撃を相手にぶつけるの特殊な電磁波を発生させ発動。現れた敵兵士を装甲車ごと薙ぎ払っていく。

装甲車や直立戦車に搭載されている電子機器と武装は耐えきれず破壊され爆発する。

制御を失った装甲車が直立戦車へ激突し共に横転するのを確認し装甲車から涌き出てくる前に『結合崩壊(ネクサス・コラプス)』を叩き込まれて追加の兵力達はたった一人の学生の前に残骸と化して静寂を向かえた。

破壊された装甲車から視線を外して美月に声を掛けた。

 

「美月。」

 

戦闘が終了し一段落している美月は呼ばれて振り向いた。

八幡は別動隊の花音達の状態を確認していた。

 

「千代田先輩達がどういう状況なのかわかるか?」

 

「ええっと…場所は変わってないみたいです。現在も交戦中。」

 

「ありがとうな美月。…幹比古、こっちに敵は来てるか?」

 

呪符を構え瞳を閉じている。

周囲の気配を探ってくれているようだった。

 

「うん、こっち側の作戦領域側に敵の気配を確認…!…品薄みたいで大分数が少ないみたい。でも油断しないで!」

 

「そうか」

 

完全に一息つける…と思ったがそうもいかないようだ。

 

「な、なんですかあれ…。」

 

また別の問題が発生していた。

美月が遠くの駅前の上空をメガネ越しでみていると黒い雲のようなものが集まっているのが発見した。

美月の言葉に全員がその方面を見て驚いていた。

 

「《グレイプニル》、姉さん達を守れ。」

 

八幡は冷静に真由美達の側にいるグレイプニルに手首につけた長方形のブレスレットに短く告げると幹比古が察知した通り最後の増援が現れ全員が装備を構え対峙した。

 

◆ ◆ ◆

 

七草家の使用人が操縦する大型のVTOL軍用輸送ヘリと雫の家の使用人である黒沢《夏に別荘に向かうクルーザーを操作や身の回りのお世話をしてくれた人物》が民間のダブルローラーの双発ヘリが上空に姿を見せ順番に着陸しようと高度を下げようとしている、そんな最中にそれは発生した。

突如として発生した雨雲…ではなくそれは季節外れの蝗の大群…煌蝗だった。

ヘリの出迎えに来ていた雫はポーチからCADを取り出した。

小型拳銃そっくりのナハトモデルのセカンドマシン。

これは九校戦の際に八幡からプレゼントされたものだった。

そこにインストールされている魔法はこれも八幡が作成したデュアル・キャストの《レーヴァテイン》。

空に向けて引き金を引くと蝗の群れを薙ぎ払う。

 

「数が、多い…っ!」

 

昆虫が焼け死ぬ、というのではなく燃え尽きて消えていく蝗の群れへ魔法を放つが焼け石に水で蝗で構成された暗雲はヘリへと近づこうとしていた。

回り込もうとした群れがヘリに襲いかかろうとした。

その事にほのか気がついてはいたが雫が発動中の魔法に相克することの恐れとそもそもにおいてほのかの魔法は相手を傷つけることに秀でていない。

真由美も摩利も八幡が呼び寄せたヘリに同じく群がろうとしている蝗の群れへ魔法を仕掛けている。

 

蝗の群れが雫の実家のヘリに取り付こうか、としたその時。

雫達の護衛についていた白い機身がおもむろに手に持ったCADを上空に掲げた。

 

発動した紅い閃光が網目のように広がり暗雲を大きく絡めとり破壊した。

 

「「へっ?」」

 

まるで夏の蚊を絡めとるような”ハエ叩き”が如く蝗の群れを駆逐していく。

暗雲はその猛攻に耐えきれず消滅した。

その魔法を発動した者の先を追うように見つめる雫とほのか。

 

「八幡…の『自立思考行動型CAD(バイク)』君?」さん……?」

 

何故か「君」と「さん」づけで呼んでしまうほどの存在感があった。

困惑した声を挙げる二人に《グレイプニル》は茶目っ気にピースサインして見せていた。

その行動をするCAD?に二人は「八幡はなんでもありだなぁ…」と妙に関心してしまっていた。

 

「えーと…バイク君?」

 

そう雫が話しかけると《グレイプニル》は少し考える素振りを見せて喉に当たる部分をこつこつと叩くと少し機械音声じみたモノが聞こえた。

 

『正式名称は型式ナンバー:NT-XCAD-001『グレイプニル』です。バイク君、という名前ではありませんので悪しからず。』

 

「喋った…?」「喋った!?」

 

やたらと格好のよい声のCADだったことに雫は目を点にして、ほのかは仰天していた。

 

『声帯に当たる部分に振動魔法を発動させて声に似た周波数帯を聞こえるようにしているだけです。元にしている声は津○健次郎です。』

 

「そうなんだね。」「そうなんだ…。」

 

『呼びやすい呼び名でお呼び下さい。』

 

そういわれて雫は呼び名が「バイク君」ではなんだか味気ないと思い提案した。

 

「それじゃあ…『にー君』って呼んで良い?」

 

「それならわたしは…『ニル君』って呼びます。」

 

『……悪くはないですね。』

 

微妙な変化だがゴーグル部分の緑色に光るバイザーが一瞬だが点滅し”恥ずかしがっているように”二人は見えた。

その様子に雫とほのかは目の前の八幡より少し大きい機械の身体を持つCADに愛くるしさを覚えた。

グレイプニルは不意に上空を見上げて呟いた。

 

『どうやら八幡が自分に指示を下さずとも達也殿が対処してくれたようですからね。』

 

…余談だが先ほど蝗の大群、ではなく化生体の大群が殲滅された経緯は《グレイプニル》も”八幡と同様の演算領域を持ち”格納されている疑似魔法演算領域内で発動した『結合崩壊(ネクサス・コラプス)』を放出系統の魔法で拡散し移動系統で対象の座標に固定し”ハエ叩き”の如く応用した…という結論だった。

 

『あそこですよ。』

 

「ん?……達也さん?」「へっ…?た、達也さん?」

 

グレイプニルが空を指差して雫とほのかも視線を動かすと銀色のCADを構えた黒づくめのスーツ姿の人物がもう一機のヘリへ襲撃を掛けようとしていた蝗の集団を破壊しそれを同じくして同じ服装の集団が輸送ヘリを護衛を始めていたのだった。

一方では『白い機身(八幡が作ったであろうCAD)』をバイザーの裏から興味深そうに凝視する達也がいたことに指摘できるものは居なかった。

 

◆ ◆ ◆

 

蝗の大群の魔法…化成体の発生させた術者を排除するために銀色のCADを持つ兵士…というよりも達也がすごいスピードでビルの向こうへと飛んでいった。

直ぐ様ライフルを持った集団が上空で円陣を組むように護衛しヘリは着陸した。

 

「あの人達何者なんだろうねニー君。」

 

『達也殿が所属する部隊のようです。詳細は本人のために伏せさせていただきますが。』

 

グレイプニルは配慮できる人間?だった。

空を見上げる雫とほのかは未だに飛び続けている達也と同じ部隊の魔法師はとてもハイレベルな人物達というのはそれだけでわかった。

 

「でもすごく威圧感があるねニル君」

 

ほのかの言い分ももっともだが敵に対して威圧感を出すことは戦略的には間違いではなくその反応に一般人的な感想にグレイプニルは機械ではあったが好ましい感性を持っているとそう思った。

 

『頼もしい援軍であることにはかわりないでしょう。』

 

集まった市民をヘリに搭乗がほぼ完了しているのを見ながらそう述べた。

雫と護衛に残った警部補達を乗せたヘリが飛び立ち地上からの狙撃が到達したのを見届けた独立魔装大隊の飛行歩兵隊は周囲のビルへと飛び散った。

八幡が準備していた大型の軍用ヘリが着陸し初陣で乗せきれなかった市民達を乗せ始める…だが予想よりも人数が多いためか軍用の大型輸送ヘリは市民を収容するのでいっぱいいっぱいだった。

その誘導を真由美達が誘導していたが近づいてきた《グレイプニル》に真由美達は驚いていたが先の二名と同じ『八くんならありかなぁ~…』『八幡くんならそれもあり得るか…』と納得していた。

手配した機体は二機だったがもう一機上空で待機している戦闘ヘリから真由美へ通信が繋がった。

 

『真由美お嬢様。ご無事でいらっしゃいますか。』

 

コール音に答えて通信ユニットに耳を当てると自身のボディーガードである

 

「問題ありません。名倉さんはいまどこに?」

 

『上空で待機しております戦闘ヘリに搭乗しております。お嬢様と八幡さま。それにお友達方は此方に搭乗し脱出してくれ、と旦那様より仰せつかっております。』

 

「分かりました。…ただ市民脱出の退路確保のために戦闘中なので途中で拾うことになると思います。」

 

『もちろんにございます。』

 

こうして最後の脱出者となった真由美達は無事に駅前広場から脱出することに成功した。

途中で鈴音が市民に偽装した敵兵士に人質にとられる、という一騒動が起こったがいつの間にか背後に回り込んだグレイプニルが敵兵士に重力波動を当てて無力化していた。

 

『やれやれ…女性を人質に取るとはプライドは…あ、大亜連合の兵士には存在しませんですね。』

 

歯にもの着せぬ諫言に真由美達は思わず吹き出してしまった。

 

◆ ◆ ◆

 

十師族の二名が魔法協会前を死守していた義勇兵に交ざり戦闘を繰り広げているなかもう一人の十師族の義息は掛け無しの兵力を蹂躙していた。

 

重力に雷、炎に水流…と様々な魔法を連発し周囲にスクラップ工場と死体安置所が出来たのかと錯覚を覚える残骸の山が築かれていた。

無論それは一人ではなく学友と共に戦闘を行っていたのだったが”八幡の周囲にだけつもり重なっている”ということが異常だった。

それを息一つ上げずにその惨状を作り上げた八幡に流石のエリカ達も困惑の表情を浮かべていた。

その一方でうんざりしたような表情を浮かべる八幡がいた。

八幡達を回収するヘリコプターが此方に向かってきている、という情報を聞いて周囲の敵兵を全滅させた一同はビルの角でほっと一息つく。

 

「どんだけ沸いてくんだ。夏場に出る”あいつ”らかよ…。」

 

”あいつら”という言葉にエリカが反応し肩を抱いてぞわっとしていた。

 

「ちょ、ちょっとやめてよ…。」

 

その反応に八幡は男子小学生が女子小学生にする”あれ的なこと”をし始める。

 

「俺もガキの頃しか見たこと無いが”あいつ”らは夏場になると妙につやつやして…」

 

「いやぁ!深雪ぃ!」

 

「はいはい…八幡さんもそれぐらいにしてくださいね。それにしても意外だったわ。エリカって意外にも女の子っぽかったのね。」

 

「む、虫は本当に無理っ!…ってどういうことよ深雪っ。」

 

「和やかな雰囲気にしようと思ったんだがダメでしたね…。」

 

「いや、和やかにはならないと思うよ?」

 

「たまに思うんだが八幡の語術センスがよく分からん時があるぜ…。」

 

「あはは…。」

 

他三人からツッコミを貰ってしまった。

妙につやつやしている黒光りするイニシャル”G”の姿に殺意をもって向かってくる敵兵士よりも”そいつ”に恐怖し涙目になって深雪に抱きつくその姿に八幡は「弱点発見」となったがこれ以上やると涙目のエリカに獲物で叩っ斬られそうなので「ごめん」と一言告げてエリカの頭を撫でると軽くどつかれていた。

 

「あいたた…ん、来たみたいだな。」

 

八幡がエリカといちゃつき?をしているとヘリのローター音が周囲に木霊していたので八幡が言うまでもなく全員の耳に届いていた。

距離にしてちょっと走れば戻れる場所で防衛戦を構築していたが戻るには面倒だしヘリが着陸する時間を考慮すれば迎えに来て貰った方が楽だ。

しかし何時まで経ってもヘリの姿は見えない。

八幡は上空に《瞳》を凝らすと陽炎のようなものが揺らめいているのに気がついた。

 

「光学迷彩…ほのかの光屈折魔法か。やっぱり流石だな。」

 

そんなことを思っていると八幡の端末に着信が入る。

音声ユニットを耳に装着すると気になれた姉の声が聞こえた。

 

『八くん聞こえる?悪いんだけど着地場所がなくて…って何このスクラップ工場。』

 

「敵がはしゃぎすぎてこっちに兵力を割きすぎたんだろ…って悠長に話してる暇は無いか。」

 

『ロープを下ろすからそれに掴まってくれる?』

 

「了解した姉さん…んじゃさっさと帰るか。いくぞ。」

 

「あ、ちょっと八幡!」

 

八幡が末端のタラップに足を掛けると自動でロープが巻き取られ上空へ登っていく。

他の四人も深雪を筆頭に八幡の後を急いで追うようにタラップに足を掛けて登っていった。

 

先にヘリに乗り込んだ八幡の目に入ったのはヘリに光学迷彩の術式を施しているほのかが目に入る。

移動する景色、尚且つ建物や情景をスクリーンに投影を維持するのは非常に高度な技術だ。

細かいこの調整はほのかにしか出来ないと八幡は思ったが必死に頑張っているほのかに横やりをいれるのは忍びないと思い同じヘリに乗り込んでいるグレイプニルに指示を出す。

 

(グレイプニル、ほのかの援護をしてやってくれ。)

 

(了解です。)

 

八幡が量子通信で指示を出しグレイプニルの疑似演算領域を起動させほのかの魔法演算領域に干渉させる。

維持させる魔法式をグレイプニルが代替し負担を軽減させる。

 

「あ、あれ?なんだが凄く軽くなった…?」

 

『大丈夫ですかほのかさん?』

 

「ニル君?」

 

『失礼ですが光学迷彩を維持するのが辛そうだったので干渉させて貰いました。』

 

「そ、そんなことも出来るんだね…。でもありがとう。凄く楽になったよ。」

 

『お礼ならマスターへお伝えください。そう指示したのは八幡ですので。』

 

「へ?」

 

唐突な暴露に思わずグレイプニルにプロレス技を掛けようとしたが言葉を続けた。

 

『辛そうなほのかさんを見てマスターが助け船を出したんですね。』

 

「てめっ…!」

 

その事を告げられて動きが止まりばつの悪そうな表情を浮かべている八幡に負荷がかなり楽になったほのかが笑みを浮かべながらお礼を告げた。

その光景に後から来た深雪達もその場面と言葉を聞いていたのかヘリ内部に緩やかな空気が流れていた。

 

しかし一方で回収する筈だった摩利達は未だに戦闘を続けていた。

決して彼女ら、彼らが実力で劣っていた、というわけではない。”数が多すぎた”のだ。

ほとんどの侵略兵が中華街への中心周辺に移動しているのは知っていたが直立戦車や装甲車、歩兵にはハイパワーライフルに本来持っていない筈のCCM(カウンターカウンターメジャー)が搭載されたスティンガーミサイルを装備する兵士と魔法師が混在している部隊より猛攻撃を受けていた。

降下するのも非常にヘリ側としても非常に危険な状態だった。

それを視認した真由美と八幡は援護に入る。

 

敵兵の身体に雹が降り注ぐ。

氷の粒ではなくドライアイスの弾丸が超音速で降り注ぎ防護服を貫通する。

真由美が得意とする《魔弾の射手》が発動し360度どこから撃たれるかも分からない弾幕を敵兵士は避けることは出来ずに薙ぎ倒されていく。

 

装甲車と直立戦車を相手取るのはその弟である八幡で次々とスチール合金製の機体に熱したバターのように穴が穿たれていく”確実に人が乗っている部分を正確に撃ち抜いていた”のだから。

振動系統魔法、雫も使っていた魔法《レーヴァテイン》を二丁のCADと『次元解放(ディメンジョンオーバー)

のストレージ内部に格納していた予備CAD”六丁”を遠隔で同時展開し《詠唱破棄》で同時発射した。

増幅された音の共振が死の光線となって上空から敵に降り注ぎ壊滅させた。

 

ステルス状態の上空拠点から地上からの殲滅。

完全なる不意打ち(ハイドアタック)はもはや八幡と真由美の魔法も”禁じ手”に近い制圧方法だった。

その光景を敵兵士と戦闘していた摩利は先の魔法は真由美と八幡くんだろうな、若干引きつつ内心で釈然としないといった心情だったが渡りに船だと自分に言い聞かせ飲み込むことにした。

 

『お待たせ摩利、ロープを下ろすから上がってきて。あ、ちょっと八くん!?』

 

『…!?』

 

真由美の声が聞こえた…思ったがその後ろで誰かが動く気配を感じたがひとまず後方にいた二年生に声を掛ける。

後方から五十里と花音、桐原と紗耶香が連れだって摩利の方向へ向かって歩いてくる。

しかしここは戦地。周囲の警戒を解いてしまったのは非常に不味かった。

上空には脱出用のヘリに先程敵兵を一掃した魔法を放った真由美達がいることに完全に気を抜いてしまっていた。

ゲリラ戦の真骨頂はこういう状況における”不意打ち”にある。

ヘリを待つ四名の前方から生き残っていた侵略兵が横転した車の影からのり出してライフルを向けていた。

それに気がついた摩利だったが上空からの声に遮られた。

 

「危ない!」

 

八幡の声だった。

 

その声を聞いて真っ先に動いたのは桐原でライフルから放たれた高初速弾を高周波ブレードで弾こうとするが明らかに間に合わない。

が、侵略兵は忘れていた”七草の養子”がこの戦場にいることに。

弾丸が桐原の高周波ブレードに当たる前に地面に八幡が激突し砂ぼこりと同時に地面を加重魔法で捲り上げる。

 

「おらぁっ!!」

 

弾丸が身体に到達する前に様々な路材が混ざった道路が巨大な防御壁へと変わった。

まるで”畳返し”のようだった。

 

「「「「はっ?」」」」

 

その光景に思わず間の抜けた声を出してしまうが断続的に続くライフルの銃撃音で我に返る四人は素早く近くの遮蔽物へ隠れる。

 

その事を確認して八幡はCADの引き金を引いてベクトル変更魔法『対遠距離兵器用攻撃(炎線返し)』を発動し襲いかかるハイパワーライフルの弾丸を敵兵士へ打ち返す。

その光景は凄まじく敵兵士が自ら撃ち出した弾丸に五体をバラバラにされて血の池に沈む、というショッキングな光景だった。

 

「ったく…学習しねえなこいつらは。」

 

「うぁ…この…化け物めっ…!!」

 

銃弾の嵐の中で一命を取っていた兵士を見つけた八幡は相手が武装をもって此方に狙いを定めようとしているのが視界に入ったのでCADをトリガーガードに引っ掻け回しながら散歩でも出掛けるように近づく。

銃弾が直撃しなくとも周囲に当たった破片が身体に突き刺さり苦悶の表情と攻撃によって身体の一部が吹き飛んでいる兵士は逃げ出そうとするが足を失っている兵士は羽をむしり取られた蜻蛉に等しい。

近づく八幡に狙いを定めて引き金を引いてその銃弾は八幡に直撃した筈だったが”弾丸を片手で掴んで”無力化した。

兵士は拳銃を持った方の腕を赤い光刃が肩ごと切り落とされた。

 

「があああああああっ!!?」

 

鮮血がその膨大な熱量の光刃で焼き塞がれそのあまりの痛みで気絶する。

動けない兵士に八幡は足を引っ掻けて仰向けにさせる。

八幡は銃口を気絶する兵士に向けるが一瞬、ほんの刹那の時間だったが思案しCADをホルスターへ仕舞い込む。

 

「…。」

 

敵兵士がこの周辺にいないことを『賢者の瞳(ワイズマンサイト)』を発動させて確認した。

 

(この辺りの敵は全滅したか…あとは…十文字先輩と一条のところ、そして達也の所属してる部隊が戦闘中だな。警戒を解除しても大丈夫そうか?)

 

くるり、と踵を返し摩利達の所へ戻る八幡だった。

その魔法の精巧さもさることながら”現場にいた者より先に危険を見通すその洞察力と敵対するものに対する冷徹で無慈悲な行動”に摩利達上級生は下級生の少年に背筋が凍るものがあった。

 

 

戦火は収まりつつあり優位は日本側に傾いていた。

別の場所で十文字が、一条。そして達也が侵略者を駆逐しつつあった。

一方で沿岸部から脱出を図るヘリの中はついに脱出出来ると緩い空気に包まれていた。

 

ヘリの一角で八幡の左右には光学迷彩を展開しつつもグレイプニルの補助を受けて他の事に意識を向けることが出来て隣にいれて嬉しそうな表情を浮かべるほのかと表面上は此方も嬉しそうな表情を浮かべているが心配そうに見守る深雪の姿があり左右を陣取れなかったエリカと真由美は互いの友人に宥められていた。

 

左右から密着し心配する素振り、特に真由美が八幡の手のひらに自分の手を重ねているのがみえて…というよりも心から心配している二人の行動に思わず苦笑を浮かべそうになる八幡。

 

その表情の裏で拳を握りしめ血が滴っていることと唯一深雪が気がついており全員の記憶を弄り会場で発生した”ほのかの死”というショッキングな現実から意識をそらさせその事を八幡が知っており一人その葛藤と戦っているのを痛ましい目で深雪が見つめ血が滴り握る拳に優しい表情を浮かべ手を置いた。

もしあの場に八幡が居なければ桐原達は死亡していたであろう事は想像に固くなく深雪は最愛の兄へ『再成』の発動を依頼していたに違いないと自分勝手な思いと最愛の人にそのような負担を掛けてしまっていることに自らの激情を凍り付けにして抑制していた。

 

 

「隊長、我が軍が撤退を始めました。」

 

「そうか」

 

部下からの報告を受けて大亜連合軍特務部隊隊長・陳洋山は驚きも憤ったりもしていなかった。

味方が敗走する予想をしていなかったわけだが初期作戦事項の際よりも増員と装備の拡充をしていた筈だったのだが、とは内心で思っていたが作戦内容が達成できれば損害は問題ではないとそう思うタイプの人間で彼の地位は今日までの指針が示しているだろう。

 

「我々はこれより作戦第二号を実行する。」

 

彼に付き従う兵士は二十名。

決して多い数ではではないが全員がその特殊作戦軍に所属する破壊工作のプロフェッショナルで初期任務でつれてきた潜入兵とは練度が違っていた。

 

陳は一番前に座っている部下の名前を呼んだ。

二度も破れ尚且つ利き腕を奪われはしたがこの作戦を結構する上で外せない戦闘力に掛けては随一だ。

 

「呂上尉」

 

「個人的に思うところは在るかもしれんが、報復を考えるな。価値の定かではない聖遺物に拘ったのが間違いだったのだ。」

 

「分かっております。」

 

表面上は自制の効いた回答をして上官に答えたが猛虎は内心で八幡に対する憎悪と復讐心が込められていた。

そこで自分の心を見せないのはプロだからだろうか。

欠けた片腕はサイバネティックアームの人工筋肉の義手が取り付けられ彼本来の装備である三国志の武将が身に付ける鎧を装備している。

唯の鎧ではなく魔法的な鎧だ。

 

「行くぞ。目標は横浜ベイヒルズタワー…日本魔法協会関東支部だ。」

 

兵士達を乗せた民間用に偽装した大型トレーラーは敷地内へ突入したのだった。

 

◆ ◆ ◆

 

ヘリの空気は安堵に包まれこのまま横浜を脱出…とは行かなかった。

突如として和やかな空気は美月が発した「あっ!」という反応と幹比古の言葉によって一変した。

 

「どうした美月。」

 

真っ先に反応したのは八幡であり反応した美月に問いかける。

 

「えっと…ベイヒルズタワーの方の辺りで、野獣のようなイメージが…」

 

美月は自発的にメガネを外して周囲を警戒してくれていたようだがそれが功を奏した。

警戒範囲の広さは八幡と幹比古、美月では後者の方が索敵範囲は広い。

 

「野獣…おい、まさかだと思うが…」

 

八幡は当たってほしくないと思いつつ幹比古へ視線を投げると呪符を懐から取り出し術を発動させる。

既に後方で小さくなっているベイヒルズタワーの方面を見ると幹比古は驚きを孕んだ声で告げた。

 

「敵襲!?」

 

「幹比古それは本当か?」

 

「ああ…間違いないよ。少数だけど恐ろしい呪力を感じる…!このままだと協会が危ない。」

 

そのタイミングで姉さん宛に十師族共同回線に緊急通信が入る。

幹比古の言った通り魔法協会は現在在中している魔法師の数は少なく制圧される恐れがある、と泣きついてきた。

真由美は十文字に連絡し「自分達が協会へ向かう」と伝えヘリコプターは一路魔法協会へ転進していた。

 

「姉さん、俺が先行する。…名倉さん後部ハッチを開けてください。グレイプニル行くぞ。」

 

『了解。』

 

「え、ちょ、ちょっと待って八くん!?」

 

座席から立って真由美の制止を無視して後部ハッチから飛び降りる八幡。

全員が向ける視線の先にそこには驚きの光景が広がっていた。

 

上空に待機してバイクに変形した《グレイプニル》に跨がり”空中をアスファルトのように切りつけ進み”魔法協会へ猛スピードで向かう八幡の姿があった。

 

その光景に桐原がぼそりと呟いた。

 

「なんでもありだなありゃ…。」

 

その言葉に全員が頷いた。

 

◆ ◆ ◆

 

陳による奇襲は、完全に日本側の意表をついたものだったといえるだろう。

現に魔法協会は混乱の極みに在った。

先頭を突き進む鎧を着用した兵士が装甲車の機銃一斉射をものともしておらずバリケードを突破し協会の守護についていた魔法師をどんどんと屠っていた。

ヘリコプターの上空からその現状をみて真由美達は一度遭遇したこともある呂剛虎だということに気がつき摩利達は魔法協会の発着場へ急いだ。

 

協会の入口付近へ近づいた呂剛虎このままロビーへの扉をぶち破ろうとしたがそうはいかなかった。

後ろに陣を組んで鱗状になっていた兵士が突如として飛来した何者かによって呂剛虎を除いて全滅した。

煙の中に浮かぶ人物に目を見開きその憎悪を明らかにした。

 

『よぉ、また動物園の檻から逃げ出したのか?《人喰い虎》さんよ。』

 

声は比較的クリアに。発せられた声に呂剛虎は聞き間違えるはずがなかった。

自分に敗北を二度も味合わせ、利き腕を喰らわれた因縁深き相手。

 

「七草八幡…!」

 

憎しみと好敵手と対峙出来たことに歓喜とも呼べる憎悪の表情を浮かべ八幡の名前を吠えた。

 

「ガチムチの男に纏わり憑かれるのは趣味じゃねぇんでな…戸塚ならまだしも。…来いよ。”呂剛虎”こっから先は…”行き止まり”だ。」

 

「ガァァァァッ!!」

 

《四獣拳・青龍乃型》を構え自己加速術式を発動した八幡と《鋼気功》を発動させた呂剛虎が激突した。

 

 

ヘリの内部で摩利達は地上でぶつかり合う八幡と呂剛虎の戦闘に目を奪われていた。

 

「なんだあれは…」

 

「なんじゃこりゃ…」

 

その反応は尤もであり呂剛虎は世界屈指の近接戦闘魔法師でありいくら八幡が強いといっても太刀打ちできない…筈なのだが互角に…いや、それ以上で渡り合っていたのだ。

それはさておいてヘリは魔法協会のヘリポートに到着した真由美達は八幡の援護とこの拠点の防衛のために行動を開始…したのだが深雪は最後の砦として協会内部で待機することになりそれ以外は八幡の援護に加わるために装備を整えることにした。

準備を整え広場へ向かうそこには八幡が呂剛虎を吹き飛ばしている光景が広がっており真由美と摩利、エリカとレオは止まってしまった。

 

摩利達が到着する少し前に八幡と呂剛虎の戦闘が繰り広げられていた。

 

「ガァァァァァァッ!!!」

 

「まるで獣だな…!」

 

その咆哮と猛攻は”獣”を想起させるに十分な気迫だった。

八幡に接近する拳底と拳はどれも一撃一殺の威力を秘めたもので八幡が使用する戦闘スタイルからして接近戦を免れることは出来ないがその一撃一撃を八幡は受け流し、相殺していた。

《四獣拳・朱雀乃型》では威力不足で今ごろは触れた瞬間に拳が破裂し命を散らしていることだろう。

そのため八幡が選んだのはサイオン消費量は大きいが互角以上で渡り合える《四獣拳・青龍乃型》を選択し拳を合わせているが目論み通りだった。

 

次第に呂剛虎の技の威力は少しずつだが弱まっているのが身体で感じ取れていたがその気迫は衰えることを知らなかった。

 

数度にわたる拳を合わせ受け流し一瞬の隙が生まれた。

 

「しっ…!!」

 

八幡の加重魔法とサイオンを練り合わせた闘気の一撃が猛虎へ叩き込まれ大きく吹き飛ばす。

 

「がぁッ…!?」

 

その隙を逃すまいと八幡は『加速時間(クロックアクセル)』を発動し体勢を整わせる前に追撃を行う。

蹴り膝に拳に拳底(連続攻撃)にと…怒濤の攻撃を繰り出し絶対に壊れる筈の無い呂剛虎の《白虎甲》にヒビが入っていた。

 

「ヌゥアッ!!!」

 

やられっぱなしではいられないと反撃のために利き腕でない方を振り下ろすが八幡は拳に纏わせた《龍顎》が喰らい尽くす。

情報強化された身体のエイドススキンを喰い破るほどのその威力に呂剛虎は目を剥く。

その瞬間を逃すほど八幡は間抜けではない。

シングルアクションで猛虎の足元に加重魔法と振動魔法を組み合わせた即席の罠を仕掛け身動きを取れなくしていた。

 

「グァッ…!!」

 

吹き飛ばし距離にして20M弱。

 

”必殺の一撃を叩き込むには十分な距離”だ、と八幡は判断した。

 

「はぁぁぁぁぁ………っ!」

 

《青龍乃型・龍激》を解除してサイオンと『星辰力(プラーナ)』を組み合わせた漆黒の機生体龍を召喚すると嘶き八幡の周囲を回るように回転し始める。

 

八幡は前方に両腕を突きだし足を開き腰を落として飛び込むように”跳躍”した。

次元解放(ディメンジョンオーバー)』のポータルを潜り脚部にその空間に存在する『重粒子』を纏わせその粒子を加重魔法で制御、足先へ集中させて破壊力を増大させ同時にポータルを潜る機生体龍は重粒子を取り込み体内に疑似生成された臓器から重粒子を吐き出してその速度を加速させる。

ゲートを潜り抜けたときには既に現行戦闘機の最高速度にまで達した黒炎を纏ったような飛び蹴りはまさに”必殺の一撃”であり眼前に迫ったその攻撃に呂剛虎は死を覚悟せざる得なかった。

 

「だぁぁぁぁぁっっ!!!」

 

動けない猛獣は力の限り叫んだ。

 

「七草八幡ーッ!!!」

 

足裏が呂剛虎とその鎧に触れた瞬間に一帯に爆発音と爆炎が中心となって燃え盛り鳴り響く。

次の瞬間に寸前まで耐えきっていた鎧が破壊され重粒子の莫大なエネルギーと『次元解放(ディメンジョンオーバー)』という”次元に干渉できる術式が”容易に情報体と肉体を”根源”から破壊していく。

 

「『四獣拳青龍乃型・崩龍脚』」

それがこの技の名前である。

 

現実として”呂剛虎という人間の肉体は莫大なエネルギーに晒され”破壊され砕け散る。

 

ズドーン!!(爆発音が鳴り響いた)

 

膨大な熱量のお陰で蹴り抜いた後の地面に焼け付いた黒線が走った。

八幡は振り返らずに上半身が消し飛び死亡した《虎》に対して告げた。

 

「言ったろ”地を這う獣が天を翔ぶ龍に勝てるわけがない”って。」

 

魔法協会前には燻った黒煙が立ち上ぼり勝利の狼煙となって天に昇った。

一方で魔法協会に鬼門遁甲で忍び込んだ陳は待ち構えていた深雪に《コキュートス》を喰らってその意識を閉ざし捕まっていた。

結果として大亜連合の侵略軍の目的は未達成で終わり一方では達也達の部隊が残存兵力を根こそぎ打ち倒しついに敵は限界を向かえて侵略軍は敵前逃亡をせざるを得なかった。

戦闘が終わり摩利達に

 

「さっきの空間を跳躍した魔法はなんだ!?」

 

と詰め寄るように聞かれたが

 

「新魔法っす。移動型の」

 

と伝えると八幡に毒されているのか「そ、そうか…」と納得してくれたようだった。

次々と八幡の元に慕うもの達が集い終わり深雪と真由美は大いに喜び迎えのヘリがあるヘリポートへ向かう。

そこへ向かう道中八幡は未だに戦っているであろう達也に少しだけ気にかけた。

 

(こっちは片付いたぞ。達也。無理はするなよな…。)

 

立ち止まっていた八幡は真由美達に呼ばれその足をヘリポートへと向けたのだった。




達也回りの部分は結構カットしてます。




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空想虚無(マーブルボイド)

八幡達は魔法協会防衛に成功し深雪は襲撃を仕掛けてきた特殊作戦群隊長である陳を拘束し八幡は呂剛虎を撃破した。

魔法協会関東支部の面々は十文字指揮下におり真由美達からその場を引き継ぎ魔法師達は協会へと戻っていく。

 

それを確認した後、全員を乗せたヘリが動き出す。

横浜から脱出を図る時にヘリの丸窓から横浜ベイヒルズタワーの頂上にフルフェイス姿の人影と軍服を着用している者達が屋上に入れ違いで到着したのが見えた。

真っ黒いスーツに身に纏うのは達也だろうな、と思い後の面倒なことは軍に任せようとちゃんと座り直そうと思ったが身体に力が入らない。

 

「あれ…。」

 

次第に隣に座っている深雪の膝の上に頭が吸い寄せられた。

ぽふっ、と頭が着地してしまう。

当然突如として自分の膝に頭を乗せたのはビックリはしたが慌てて払い落とすことはなかった。

深雪を除く彼に好意を寄せる女性陣の視線が突き刺さる。

全てを察した深雪は八幡の頭を撫でるように手を添え動かす。その優しい手付きに八幡の目蓋は限界を迎えようとしていた。

 

「…八幡さんわたしの膝をお使いください。」

 

「わりぃ…深雪、すぐ、退くから…」

 

「大丈夫ですよ?今日の事件からずっと戦い詰めでしたから。」

 

「もう一生分働いた気がする…賃金はでないクソみたいなアルバイト…だったな…。」

 

いつも通りの軽口に同年代の友人達が笑みを浮かべていた。

「いつも通りの八幡が戻ってきた」と。

 

しかしその前後、深雪の台詞に全員が納得していた。

横浜国際場の会場から侵略軍との戦いで先頭に立ち続け様々な魔法で敵を屠ってきたのだ。

それに対人近接戦闘における世界で十指に入るとされる呂剛虎を打ち倒してしまったのだ無理もないと評されるのも当然だろうと思った。

 

”唯の一人を除いて”ということになるが。

 

「……。」

 

この中では深雪だけが八幡の『記憶読込(デリートメモリ)』の影響外にいた。

達也と同じく影響を受けないようにしたにしたのは彼の気まぐれかそれとも本能だったのかは分からなかったがその瞬間に深雪は八幡が行った出来事を覚えていようとそう思った。

次第に深雪の膝に重さが掛かっているのが分かった。

人間は起きているときよりも睡眠を取ったり気絶したりする方が力が入らないものだ。

悪態を開く口は閉じて寝息を立てる音が聞こえる。

ヘリの中では一番の功労者を労うように静かになり戦いに参戦したもの達も緊張の糸が解れ寝に入ったり肩を寄せ合ったりしている光景が広がり警戒の意味も込めてヘリのローター音だけが響いていた。

 

◆ ◆ ◆

 

「お兄ちゃん!」「お兄様!」「兄ちゃん!」

 

「三人同時に喋んないでくんない?特に小町と泉美は声が似てるからな。てか何で抱きついてんの?」

 

俺はヘリに乗った後の記憶がなかった。

…覚えているのはというと姉さん達の視線が俺と深雪に突き刺さっておりその膝の上で俺が所謂”膝枕”されていた、ということだった。

俺は内心「深雪の柔らかい膝の感触もっと楽しんでおけばよかった」とキモい感想を心のなかで思っていたのだがふと深雪と視線が合うとにっこりと微笑まれなんともいたたまれない気分になってしまっていたのだ。

深雪達を送り届けた後にヘリは七草の敷地内に到着し俺と姉さんは無事に七草本邸に帰ってきたわけだがそうなるとかわいい妹達はそれはそれは心配していたようで俺と姉さんが玄関を開けると飛び出すように現れ俺と姉さんに抱き着いてきたのだ。

 

「お兄ちゃん…。」

 

「小町ちゃん。」

 

「心配しすぎだってば二人とも。お姉ちゃんと兄ちゃんが雑魚にやられるわけないでしょ?」

 

「香澄ちゃん…。」

 

「だってわたしたちのお姉ちゃん達だよ?信じないでどうするのさ。」

 

ふふん、と得意気に明るく笑う香澄に泉美と小町も釣られて笑いその様子に俺と姉さんは肩をすくめて笑うしかなかったが小町に至っては少し半泣き状態だったので抱き着く妹達の頭を撫でるしか出来なかった。

それをみていた泉美と香澄も俺に引っ付いてくる。

あの煤と埃まみれなんでお風呂にいきたいんですけどね?

 

「なら一緒にお風呂に入る?」

 

やめてくれ…マジで社会的に死んじゃうから…!!

 

わー、わー言い合う兄妹達を優しく見守る視線があることを俺は気がついていた。

後ろから父さんが現れたが「お帰り」とだけ言って後ろの部屋へ引っ込んでいった。

今はその義父の心遣いが有り難かった。

 

妹達と姉につれられリビングへ向かう俺は只々薄い笑みを浮かべて引っ張られるしかなかった。

 

その後。

小町達と姉さんから解放された後俺は父に呼ばれ事の顛末を伝えた。

今回の事件で市民誘導と避難を主導したのは七草であったため市民からの魔法師への感謝の言葉が協会に多く届いたらしく十師族七草家の長である父さんは大分満足げであった。

 

「まさか思いもよらないところでいい結果を産み出すとはね。”棚からぼたもち”とはまさにこの事か。…まぁ犠牲者が出なかった、というわけではないが事実として大多数の市民の救助と侵略者の阻止…そしてお前はあの『人喰い虎』を撃破した。十分すぎる結果だ。お前は七草の人間…いや魔法師としての本懐を遂げたよ。…さぁ今日は真由美と共に疲れただろう?もう今日はゆっくり休みなさい。」

 

結果としていい方向に転んだだけで決して犠牲者が出たわけではない。

 

”事実として目の前で俺を慕っているであろう少女の命が奪われそれを俺は阻止できなかった”という事実はこの世界に残っている。

その事実が俺の心のなかに未だに燻る炎のように。

 

父さんは俺がほのかに使った魔法の存在を知らない。

だが全てを知っているような感覚を覚え何故か心が幾分か軽くなった気がした。

…プラシーボ効果かも知れない。表面上は。

 

「…そうするよ。もう一生分働いた気がするし。」

 

強がりの悪態を付くと父さんは笑って見せた。

 

「はははっ。まだまだ働いてもらう必要があるぞ?私は八幡に期待しているからね。」

 

「期待されても困るんだけどなぁ…。」

 

そんなことを思いつつ俺は父さんのいる執務室から出て自室へと戻る。

…自室に押し掛けた妹達が俺のベットに潜り込んでいるのを見つけてしまい俺は追い出すのに少々手間取ってしまった。

 

心配してくれるのはありがたかったが寝る前にやることがあったので妹達を追い出した。

 

「やっといなくなったか…心配してくれるのはいいんだけどよ。来年高校生よあの子達…心配だわ。」

 

小町ちゃんはともかくとして血の繋がっていない泉美と香澄は本当に不味い気がする。

いや俺にそういう気があるとかないとか以前の問題だろうこれは。

 

「ふぅ……いくか。」

 

ほっと一息付いて俺は『次元解放(ディメンジョンオーバー)』のストレージから衣服を取り出す。

 

「これは完全なる俺の私怨…だが、俺は俺の大事なもの手を出した代償…払ってもらうぞこれは…俺の精神衛生上を保つ上で大事な事なんでな。」

 

心の内に燻る炎がぱちりと爆ぜた。

 

衣服を身に纏う。

ただのプラ繊維の衣服ではなく俺が敵にケジメを付けてもらうときに着用するものだ。

人によってはそれは神父服に見えるかもしれないし闇を纏う復讐者のボロ布にも見えるかもしれない。

魔法を発動し俺を”認識できるものはこの世にはいなくなった”

 

ストレージから『自動二輪変形外装装着型CAD(グレイプニル)』を呼び出す。

そこで俺は長方形の手首に付けたブレスレッドに音声コマンドを入力した。

 

「『タイプエンド・グレイプニル』」

 

次の瞬間。

 

自動二輪変形外装装着型CAD(グレイプニル)』が人型に変形した…のではなく淡い輪郭に分解されその機体が俺へと纏わり付く。

変形すると全身を覆う所謂パワードスーツのような様に相様変わりした。

身に纏う装甲の色も白一色ではなく全て吸収してしまいそうな黒やその機体の装甲線は蛍光色が光る。

頭部のグレイプニルに似通ったデザインはゴーグルタイプのヘッドではなく人の顔のようなツインアイへ偽造する。

黒いローブのようなものを身に纏った。

これで例え姿を看破されたとしても七草八幡だとは分からない。

 

『……。』

 

次元解放(ディメンジョンオーバー)』のポータルを潜り一瞬にして夜の大空へ飛翔する。

 

装着すると自動的に重力制御の魔法が発動し飛行魔法よりも自由な飛行を可能として大気圏内を自由自在に動き回る。

成層圏を監視する衛星すら欺瞞し自身が訪れたことがある場所、と言う風にはなってしまうが刹那の時間でその場所まで到達できるようになるその魔法は殺傷力はないものの戦略級にも匹敵する可能性があった。

 

背面のブースターが点火し音速で数秒をたたずして成層圏へと到達した。

 

魔法障壁が展開され続けているので有害な宇宙線は全て無効になり受けても害はない。

軍の監視衛星をグレイプニルを使ってハッキングして頭部に搭載された高感度センサーとマイクロスパコン、そして俺の《瞳》の力が発動し俺は少し移動した後に視線を動かし撃つべき敵を写し出す。

 

そこには軍艦がひしめき合い多くの人々が動いておりそれらを指示を出す司令塔の光景が鮮明に見て取れた。

全員が重装備並びに軍服を身に纏い大亜連合の証を付けている。

それを見た俺はパワードスーツのレッグホルスターがカシャリ、と音をたてて超特化型CAD(フェンリル)を手に持って構える。

連動するようにパワードスーツ背面の大型レール砲がせりだし肩に懸架されるように起動した。

背面に接続されている大型のレール砲の下部とペイルライダー・カスタム『フェンリル』とドッキングしセンサー各種との接続された。

 

起動式を選択しドッキングしたレール砲が唸りを上げる。

 

『仮想バレル展開…チェンバー内部重粒子圧縮充填開始…起動式異常無し…充填完了まであと九…十。充填完了。発射領域に対抗魔法フィールド展開。』

 

レール砲前方に加重魔法で組み上げた仮想ロングバレルが生成され発射される魔法のコントロールを高める。

実際に弾丸が発射されるわけではないが使用する魔法の特性上必須だった。

術式を組み上げバックファイヤの影響を受けないように俺の周囲に広域対抗魔法を同時展開する。

これはグレイプニルがなければ使用できない。これがなければ自分も巻き込まれてしまうからだ。

 

準備と俺の心の昂りが収まったその時。俺は引き金を引いた。

 

『軽々しく俺の知り合いに手を出したんだ…払ってもらう…二度と手を出したくないって思いたくなるぐらいにな。『空想虚無(マーブルボイド)』開放。』

 

この引き金は俺の精神安静を保つものだ。

 

《フェンリル》の引き金を引いて『終焉(ラグナロク)』を告げた。

 

司令塔の直上、引き金を引かれ充填された重粒子が仮想バレルを通り座標を指定した魔法式が司令部上空中心として放たれる。

次の瞬間に軍港基地周辺は『無』へと飲み込まれた。

 

空想虚無(マーブルボイド)』。

八幡が『重粒子』を応用しその起動式と加重魔法の複合魔法の一つ。

 

『重粒子』はその性質上、質量が大きすぎるためにその姿を三次元世界で形にすると圧壊してしまうという特徴がありそれを八幡は加重魔法によって制御し質量を熱量に転換させて膨大なエネルギーにして使用した箇所をまるではじめからなにもなかったかのような『虚無』へと変えてしまう所謂マイクロブラックホールを生成し近くのものを全て飲み込んでいく。

基地司令部に兵器保管庫、そして戦闘員を乗せた艦艇を飲み込んで戦闘に必要な部署が次々と巻き込まれ消されていく。

軍港奥に鎮座した旗艦を飲み込もうか、としたその矢先にそれと同時に旗艦の上空に小型の太陽が発生し船体の金属を蒸発させて重金属の蒸気をばら撒きながら人も物も全てを飲み込んでいく。

しかしその効果範囲は軍港のみにとどまらず軍事施設全てを飲み込んだ。

市民が近くにいないのは知っていたので存分に破壊を繰り返す。

小型の太陽が膨張を広げているのを見た俺は魔法式を途中停止させ対抗魔法で防御した。

俺の魔法は無事にキャンセルさたが小型の太陽はどんどんその大きさを増していく。

その莫大な熱量は海面を蒸発させ辺り一帯に水蒸気爆発の煙と音を巻き散らした。

衝撃波は敵軍の軍事施設を根刮ぎ破壊したのだった。

暴風が俺へ一気に襲いかかりローブを靡かせる。

煙が晴れる頃にはそこには生命の痕跡は残っておらず半島はまるで虫に喰われたかのように抉られていた。

その威力は明らかに…。

 

『日本側が戦略級魔法師を投入でもしたのか?あり得んだろこの威力…出来れば向けられたくないな。』

 

俺は恐らく対馬要塞からの起動式展開なのだろうと予測し今この地点で俺の姿を見られているだろうなと思ったが問題はない。

見られていたとしても”こいつ”の詳細を明かすことは絶対に出来ないからだ。

 

俺は監視衛星を通じ対馬要塞の方面いて俺を見ているであろう兵士に軽く手をふりポータルを潜り抜けてその場を後にした。

 

俺の中にあった小さな燻りはもう消えていたのだった。

 

◆ ◆ ◆

 

八幡が大亜連合の軍港に戦略級魔法を発生させているとき、達也達がいる対馬要塞第一観測室は呆然と驚きの声が上がっていた。

準備を終えて攻撃を開始しようとしたその時だった。

異変に気がついた風間がオペレートしていた藤林に状況報告を命じた。

 

「藤林少尉!何が起こっている!」

 

「詳細不明…ですがこれは…加重系統…いや複合魔法の『ブラックホール』!?」

 

鎮海軍港の司令部に突如としたブラックホールが生成された。

こちらの攻撃ではない。向こうからの攻撃でもない。第三者からの攻撃だった。

その攻撃は全てを塗りつぶす『黒』となって埋め尽くす。

 

観測室にいた真田も柳もその表情を驚きから隠せなかった。

それは既に発動している達也の《マテリアル・バースト》に干渉し押さえ込むほどに強力な魔法だった。

達也は情報強化を施そうとしたが無の固まりは一瞬にしてその場から消え去り達也の魔法が行使される。

全てを飲み込んだ閃光が望遠カメラの安全機能が発動し真っ暗になる。

全てが終わったときにカメラの映像が復活するとそこには達也の”マテリアルバースト”で焼き払った半島の先端が抉られ無の塊が抉り取ったお陰で大亜連合の保有する軍事施設は全て消えさり土地の一部がまるでアイスを掬ったかのように綺麗な形で抉り取られていた。

 

これで終わりかと終了の指示を出そうと風間は思いその場にいる誰もがそれを受領しようとした。

しかし煙が晴れると最大望遠で敵拠点を覗くカメラに二つの光…双望が魔法的に遠く離れた対馬要塞にいる兵士達と目があった。

 

達也が《マテリアルバースト》を打ち込みその余波で誰もが生きれない高温の嵐のなかで一人、いや一機と言った方が正しいかもしれない。

夜を纏うような漆黒の機械外装に背面には歩兵が持つには大きすぎるレールガン。そしてその頭部は人ではなくアニメに出てくる人型二足歩行のロボットのような形をした頭部を模したロボットが佇んでいた。

しかし近代的な見た目とは裏腹にその身に纏うマントはコートのようだった。

その姿を見た藤林は九校戦時に現れた謎の執行者と姿が重なり思わず声に出す。

 

彼が先程達也の魔法と相克を起こしたであろう魔法を使ったのだろうと思い調べると一致してしまった。

 

黒衣の執行者(エクスキューショナー)…!?」

 

その藤林の呟きを受けて風間は素早く指示を出そうとするが謎の存在がカメラに向かって手を振っていた。

まるで嘲笑うように。

次の瞬間にはカメラから、監視網からその存在は消えてしまっていた。

藤林が追跡と追撃を風間に問いかけるが軽く首を横に振って命令し柳が帰投命令を全員に出す。

達也は《サードアイ》を地面に下ろし先程モニターを見つめる。

謎の戦略級魔法を使用した人物に対し達也は分からない。しかし無性に仮面の裏に隠れる表情と心情の動揺を隠すのに丁度よかった。

 

『灼熱と漆黒のハロウィン』

 

某半島を消し飛ばした魔法は二つの戦略級魔法が使われた、と後世の歴史に語り継がれるその事件は軍事史の転換点であり歴史の転換点であるとも言われている。

魔法の優位性を決定づけて魔法こそが戦争の勝敗を決める力であると明らかにした事件。

同時に存在するかも怪しいその存在は危険視され日本ならず世界が警戒する国家非公認戦略級魔法師『黒衣の執行者(エクスキューショナー)』の存在も明るみになった。

それらに接触を開始しようと各組織が秘密裏に動き出すのだった。




これにて『横浜騒乱編』終了です…!
途中更新が滞りましたが無事に投稿できました。
読者様達のお陰です。

次回は『来訪者編』が始まります。
お楽しみに。

感想&お気に入り登録&高評価待ってます。
コメントくれると作者が喜んでモチベが上がります。
それでは。


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『来訪者編~招かれざる者と七草、そして一番星』
恒星の来訪者


来訪者編開幕。
さわり部分だけになります。


朝鮮半島で起きた『灼熱と漆黒のハロウィン』は世界に衝撃を与えた。

 

それはUSNA(北アメリカ大陸合衆国)も例外ではなかった。

未確認の国家非公認戦略級魔法師が現れた、と言うことは寝耳に水であり今まさにそれは喉元に核兵器が突きつけられている状況であった。

 

それを座視するわけにはいかないと魔法先進国、世界のリーダーとしてUSNAは日本で確認された戦略魔法師のコードネーム『グレートボム』と『ダークマター』として呼称。

捜索のためとある人物を日本へ送り潜入捜査をさせることに決定したのだった…。

 

しかし、USNAの戦略級魔法師捜索はとある研究の問題点を解決できるのではと言う理由も含まれていた。

USNAではマイクロブラックホールの実験がリスクが読みきれずにゴーサインが降りないそんな中で極東…言わば日本で起こった事件。

 

朝鮮半島の軍事都市と艦隊を消し飛ばした灼熱…ではなくもうひとつ発動していたとされる”人工的なブラックホール”がUSNAの首脳部は焦りを見せていた。

”世界に認知されていない魔法師が我々が研究しているマイクロブラックホール生成を容易く行いそれを既に戦略魔法レベルで実用している”という帰結した。

 

一体どういった原理で発動している魔法なのか分からないままなら発動された瞬間に文字通り”瞬殺”されてしまうことは想像に固くない。

それに今ゴーサインを出していないマイクロブラックホール実験を行うことでその魔法の発動プロセスを知ることが出来るのではないかと儚い理論を振りかざすほどに今USNAは追い詰められていた。

魔法師部隊『スターズ』。その先代のシリウスが新ソ連との戦いで死亡し其にともない魔法師も多く失っている立場としては藁にもすがる想いなのだろうがその行動は余りにも浅はかすぎた。

 

世界に、八幡と達也(二人の主人公)に対して払いきれない程の代償をその身を持って支払うことになろうとは思いもしなかったのだ。

 

◆ ◆ ◆

 

『灼熱と漆黒のハロウィン』…と呼ばれる事件からから1ヶ月ほどが経過していた。

時期は恋人たちがキャッキャウフフするファッキンクリスマス…つまりは12月で何気ない日常を謳歌していた俺たちは学生特有の”ある出来事”苦しめられていた…と言うか一部だけど。

テーブルの一角ではレオとエリカが『KIMATU・TEST』…こう書くとかっこいいな、じゃなかった『期末テスト』の魔の手に追い詰められ騒いでいた。

 

俺を上座として時計回りに深雪、達也、ほのか、エリカ、レオ、美月、幹比古、雫と言った順番…と言うかいつもつるんでいる…まぁいつものメンバーが一同に会している。

場所はいつもの喫茶店ではなく雫の実家にお邪魔して勉強会なるものを開催していた。

と言うよりもここにいる連中は全員が成績優秀者であり成績順も前から数えた方が早いぐらいだからな…この勉強会をやる必要があるのかと言われればないと思うがそこは雰囲気で察しろと達也の無言の視線が怖かったことだけをここに記しておこうと思う。

それはそれとして深雪と雫に「来てくれるよね?」という上目使いと袖引っ張りは禁止カード、殿堂入りの温泉行きだと伝えたはずなのだが聞き入れられなかったようだ。

運営が仕事をしていない件について小一時間環境をジャッジする運営に話したいんだが…ダークタワーが…というよりも剛腕神殿が面倒…ってこれは別の話だったな。

言いたいのはBP上げてバトル…ってこれも違ったな失敬。

つまりはいつもの放課後駄弁っているのと変わらなかったが雫とほのか会話の一言に俺は思わず立ち上がってしまいそうなほど驚いていた。

 

「え?ごめん雫もう一回言ってくれない?」

 

「うん。実はアメリカに留学することになった。」

 

「聞いてないよ!」

 

ごめん雫さん、俺も聞いてないです。

 

「ごめん二人とも。口止めされたから…。」

 

「どうして留学なんて出来たの?」

 

心から申し訳なさそうにする雫の姿にその話を聞いた全員はそれ以上追求することは出来なかった。

雫としても早々に打ち明けたかったようだがこれも事情なのだろうと察し追求することはなかったがいつも一緒にいるほのかが心配そうな表情を浮かべている。

それもそうだ魔法師の海外渡航は日本政府によってよっぽどのことがない限りグレーゾーンで禁止されている。

それも渡航場所はUSNA、表面上は同盟国ではあるが潜在的な敵性国家であることを忘れてはいけないだろう。

普通に心配である。

その事が表情に出ていたのだろう雫に上目遣いで首を傾げて此方を見てきた。

それも禁止カードだからな雫さん?

 

「交換留学だから…って理由だったかな。」

 

「交換留学でどうしてOKが出たんでしょうか…?」

 

美月の質問に一緒になって首を傾げる雫に追求するのは意味はなさそうだと判断した俺は雫に渡航期間について質問した。

 

「期間は?何時までなんだ?」

 

「年が明けてすぐだよ。三ヶ月程度。」

 

「三ヶ月かぁ…びっくりさせないでよ~雫。」

 

雫の答えを聞いてほのかはほっと胸を撫で下ろすがその回答を聞いた俺と達也は同じことを思っただろう。

 

(三ヶ月…長くねぇ?)(三ヶ月か…長いな。)

 

しかしそんなことはどうでもよく目の前の女子が異国に一人三ヶ月いってしまうということを聞いて準備をせざるを得なかった。

 

「それじゃ…クリスマス会も兼ねて雫の送別会をするとしよう。」

 

達也は当面のやるべきことを提案して俺はというと。

 

「雫に渡すもんがあるから楽しみにしててくれ。…無論深雪達にもだけど。」

 

雫、と言いきらなくてよかったと俺はこのときばかりは神の存在を信じることにしたのだった。

 

◆ ◆ ◆

 

期末試験が終わり(案の定俺と深雪、雫、ほのかが実技を総舐めにして筆記は俺と達也がタイ、深雪、幹比古、雫、ほのか…とお馴染みの顔ぶれがならびレオ達も上位独占だった。実技はダメだったが。)

時節は十二月二十四日。

血のバレンタイン…ではなくファッキンクリスマス…でもなく日本特有のごっちゃ混ぜ宗教に乗っ取った異国の文化であるクリスマスイブ開催の日を日本も迎えていた。

街のなかはクリスマスムード一色で道行きすれ違う男女はカップル…という非リア充には辛いバレンタインと同じぐらいに辛い1日ではあるが企業側からしてみれば稼き入れ時であることは間違いないので世相に全力で歯向かいたい俺であったがせっかくいつものメンバーで集まり楽しみにしている雰囲気を壊すほどあの時ほど尖っては居ない筈…であると信じたい。

しかし、送別会の筈なのになぜクリスマスに行うのか、と達也に聞きたかったが『お約束』といわれてしまえばその通りだ。

 

「八幡どうした?」

 

となりにいる達也が俺の顔色を見て質問してきた。そんなに変な表情だっただろうか?

…冬は余りいい思い出がないがここで言っても仕方がない。

 

「いや…ちょっと一年前を思い出してただけだ」

 

「一年前?」

 

その話題に雫が食いついてしまった。

俺は「しまった…」と内心で思うが既に遅く全員の関心が此方に向いてしまっていた為回避することは出来なかった。

俺は観念し説明する。

 

「…丁度一年前だ。俺が小町と一緒に七草の家に拾われたのは。すげぇクリスマスプレゼントって思ったけど。」

 

俺が言わなくてもいいことを説明すると全員が「あっ…」という表情になった。

…ここに小町がいたら間違いなく脛に『白虎乃型・烈脚』を食らっていたことは想像に固くない。

気分を沈ませてしまったことに罪悪感を浮かべている俺に雫が駆け寄り抱きついてきた。

 

「今日はわたしの送別会だけど…八幡の記憶に残る楽しいクリスマスにしよう?」

 

そういわれ俺は自分の浅はかな言動に殺したくなったが今は雫にそういわれたのが素直に心に入ってきて嬉しかった。

 

「…そうだな。雫の記憶にも残るクリスマス会にするか。」

 

「うん。」

 

雫の一言で全員が頷いて達也が飲み物を持ったグラスを全員に行き渡らせて「乾杯」の合図でクリスマス会は朗らかに開催された。

 

送別会…といっても今生の分かれというわけでもないので”寂しい”よりも”興味”の側面の方が勝ってしまうのは人間の性というわけで俺はクリスマス料理に舌鼓を打ちつつとなりに何故かいる雫の会話を聞いていた。

 

「ねっ、留学の行き先はどこなの?」

 

「バークレー。」

 

「あら…ボストンじゃないのね。」

 

「うん、東海岸は雰囲気が良くないらしくて。」

 

深雪の問い掛けに雫の返答は穏やかでないものを感じた。

 

「ああ。向こうだと『人間主義者』が騒いでいるんだっけ…どこも大変だ。」

 

それに同調するように幹比古が頷く。

 

「魔女狩りの次は『魔法師狩り』ってか?歴史は繰り返す、って言うけど馬鹿げた話だ。」

 

人間のエゴで産み出された魔法師を運用していたのは人間の筈なのにその優秀さを恐れた非魔法師達はそれを否定しようとするのはまさに”矛盾”といえるだろうが今はそのくらい話を持ち出す必要もないだろうと俺は強引に話を方向転換することにした。

 

「そういや雫。お前の替わりに来る奴の事ってなにか知ってる?」

 

それを聞くと雫の機嫌が悪くなった。

…俺なんか悪いこと聞いたっけ?

 

「…同い年の”女の子”らしいよ?」

 

「あの、雫さんどうして機嫌が悪くなっているんですかね?」

 

「自分の胸に聞いてみるといいよ」

 

そういうとプイッとそっぽを向かれてしまった。

解せぬ。

助けを求めようにも女性陣はどうも雫の味方らしいなこれ。

達也は深雪陣営なので当然ながら助けは求めることは出来ないので自分でどうにかしろとのことらしい。

俺は内心でため息をつきながら床においていた結構な大きな袋から指輪ケースほどの化粧箱を取り出した。

 

「雫。」

 

「なに…ってこれは?」

 

「三ヶ月もいなくなっちまうから急いで用意した。クリスマスプレゼントと被っち舞うけど許してくれ。」

 

飲み物が入ったグラスをテーブルにおいて白い化粧箱を空けるそこにはさっきまでの不機嫌な表情はどこへやら、嬉しそうに、恥ずかしそうにしている雫の姿があった。

 

「雫…ってまぁ…」

 

「雫どうしたの…ってやるわね八幡。」

 

「雫…っ!いいなぁ…。」

 

「わぁ…素敵ですね雫さん!」

 

女性陣全員が覗き込み感心や羨ましがったりしており男性陣も覗き込んでいた。

やめてくんない?すっげぇ恥ずかしいんだけど?

 

「これ、いいの?」

 

雫が化粧箱と俺の顔を右往左往しながら受け取りの有無を聞いてきたがそんな対したものじゃないのでそんな態度を取られても逆に困るんですけどね?

 

「…まぁ”お守り”みたいなもんだと思ってくれ。要らなきゃ捨ててもいいぞ?」

 

「ううん…。絶対に大切にするね八幡。」

 

にこりと微笑み掛ける表情の機微が薄い美少女にそういわれて俺は硬直せざるを得なかった。

ちなみに俺が渡したのは耳に穴を空けないタイプの小さな青い宝石がついたティアドロップ型のイヤーリングだった。

まぁ少し細工をしてるんで本当にお守りの意味があるんだが…ここでは言わんでおこう。

流石に雫にだけプレゼントを用意していないというのは余りにも仮に、万が一にでも俺に微少な好感度を持っている少女達に失礼なので常識の範囲内でプレゼントを用意した。

深雪には雪の結晶をモチーフにした普段使い出来るブローチ、ほのかには美しい細工が施された宝石がついている髪留め、エリカには艶やかな赤漆塗りの櫛をプレゼントとして渡した。

全員が喜んでくれたのはプレゼントのセンスが良かったのだろう。

これで俺の好感度が下がることはない…と信じたい。(八幡はそう思っているだけで実際は好感度爆上がりである。)

 

無論男衆にもプレゼントを用意していた。八幡ったら優しいのね…嫌いじゃないわ!

というのは冗談で達也には《ナハト》のCADとトレーニングウェア、レオには普段使い出来るレベルⅣのボディーアーマーと以前に渡していた『レグル・スパーク』に連動する補助CADのアミュレット一式。幹比古にはマフラーと手袋(奇しくも美月とペアのデザイン)。それを見て驚いていたがそんなに高額なものじゃなかったが…最後になって男衆に入れるのは申し訳ないが美月は霊視過敏症を抑える別デザインの眼鏡とこの時期は寒くなるからいいところのメーカーのマフラーをプレゼントさせて貰った。(奇しくも幹比古とペアのデザイン。)

特に幹比古と美月は互いに顔を真っ赤にして恥ずかしがっていた。

…さっさと付き合えよお前ら(ギリギリギリ…!)

 

と野郎連中のプレゼントは(幹比古を除く)中学生男子が喜びそうなものを送ったが正解だったらしい。

エリカに「意外だ…」といわれたが全くもって心外であることをここに記しておく。

 

そんなこんなで高校生が夜出歩く時間帯の終わりが近づき解散することとなる。

俺を除いて八人はキャビネットに乗って帰りそれを見送ったあとに一人《グレイプニル》に跨がり七草本邸へと帰宅することにした。

まぁ帰ったら七草の家でまたクリスマス会を行うことになるんだけどな?

 

◆ ◆ ◆

 

自宅についた達也と深雪…司波兄弟は穂波と深夜に出迎えられて喫茶店で食べたケーキとは別のものとコーヒーを味わいながら今日起こったことを説明していた。

穂波は司波兄弟を自分の弟妹のようににこにこと聞きながら深夜の「わたしもいきたかった~!」という反応に三人揃って苦笑と呆れが浮かんでいた。

 

話は進み雫が留学する、という話になり深夜達の雰囲気は先程よりも固くなった、気がしていた。

 

「そうなのね…やはり真夜の読み、というより情報は正しかったということになるわね穂波。」

 

「ええ。どうも達也くんに”十月のあれの件”で探りを入れに来ているようですね。」

 

「叔母上によりますと俺は”容疑者”らしいですからね。」

 

困ったように発言する達也に深夜は困ったように頬に手をついた。

 

「それに達也に発動した魔法に干渉させるほどの魔法力を持った”未確認の戦略級魔法師”を探してちょうだい…だなんてしかもその容疑者候補リスト一覧に八幡くんをいれるだなんて!しかも一番上よ?上!…穂波、これあの子の私情が入ってるわよね?」

 

「深夜さま…それはわたしの口からはなんとも。」

 

話を振られた穂波も苦笑いするしかなかった。

その発言を聞いて深雪の表情は暗く沈んだ。

現に達也の所属する独立魔装大隊も現に『灼熱と漆黒のハロウィン』時に現れ未知の戦略級魔法を発揮しコードネーム『黒衣の執行者(エクスキューショナー)』の本格的な捜査を国防軍総出であの時から行っている状態なのだが姿も、その魔法も見つかっていないという状況なのだ。

 

後者は元々七草と四葉の仲は宜しくない。筈だったが八幡が来てからというもの師族会議の場で二人が口論になることがなくなった…というわけではないが七草家当主弘一が四葉当主真夜を余り相手にというよりも向こうが大人な対応をしてきているようにすら感じることがあるらしいと妹の真夜の側仕である葉山からその事を聞いていた深夜は頭を抱えた。

 

達也は話題を変えた。

 

「留学生が来るならともかく叔母上の忠告を合わせて考えれば偶然と考えるのは余りにも能天気過ぎるでしょうね。」

 

その返答に深雪が反応する。

 

「そうなるとUSNA…スターズが送り込まれると?」

 

「ああ。だが俺は今少佐達との接触を禁じられて…ってここでする話ではなかったな。」

 

達也は「まずった…」と思ったが目の前には「わたし怒ってます!」とプルプルする深夜の姿があった。

 

「当然です達也!わたしの可愛い息子を戦場に立たせるだなんて!風間少佐の非常識具合に抗議する必要がありますからね!」

 

「ですが母上…あれは…」

 

「『ですが』も『だって』もありません!…大事な一人息子が死地に行くなんて…心配したんですから…。」

 

立ち上がり達也の側に向かう深夜は思わず年頃の思春期の少年だということを忘れて小学生低学年の男の子にするような母親のハグで達也を抱き締めていた。

母の目尻に涙が溜まっているのを達也は見逃さず仕方ないとなりなすがままになっていた。

その光景を穂波と自分の妹に見られるのは男子高校生的にHPが削られる想いをしていた。

自分は大切にされていると再認識するには十分すぎるハグであった。

 

リビングでの話し合いで達也はUSNAから容疑者に、八幡は日本とUSNAから容疑者として扱われていることに若干の不憫さを感じ今度あったときに伝えてやろうと思ったが四葉からの命じられているので教えられないことと八幡が謎の戦略級魔法師でないことを祈った。

 

◆ 

 

毎年恒例の大晦日で芸人達が笑ってはいけない状況で「ででーん!」のあのBGMを鳴らしながらケツをしばかれる番組を途中まで見ていたがリビングで寝落ちしてしまっていた。

朝起きたらソファー左右に座っていた泉美と香澄が俺に寄り添うように寝ていたので「おいおい…」と思ったがまぁ正月だしな。

年が明けて西暦2096年の元旦を、俺は七草本邸で迎えちゃんとした正装…袴姿で何処かの若頭かくやという見た目で姉と妹達も艶やかな振り袖姿で七草本邸に訪れた分家やお偉い人たちの相手をすることになり軍資金もたんまり貰った。

正直貰う必要は無かったが有り難く受け取っておいた。

達也達と新年の挨拶をしておこうかと思ったが実家周りの挨拶に忙殺されて合流するのは難しいと深雪経由でメールを送ると「一緒に行って振り袖姿見せたかったです」的な物が送られてきて写真が添付されていた。

そこには艶やかな振り袖姿になっていた深雪とほのかの画像が送られてきた。

 

「こいつは凄いな…」

 

「八くん?一体何を見てるのって…。」

 

「ん?ああ姉さん。深雪から写真が、」

 

「むぅ…。」

 

「…ってどうしたよそんなつまんなそうな顔して。」

 

俺が深雪から写真が送られてきた、という話をしたら途端につまらなそうな表情を浮かべ手に持った端末の写真を見ると渋い顔をしていた。

 

「なんでもないわ?…それより八くんお姉ちゃんはまだ聞いてないんだけど?」

 

「は?何を聞いてないって…」

 

姉さんは俺の目の前に移動し振り袖の袖口をもってフリフリして一回転していた。

急に踊りたくなったのだろうか…いでっ。

そんなことを思っていたら思考を読み取られたのか振り袖の余ってる部分で叩いてきた。

妙に痛い。

 

「は~ち~くん?」

 

「姉さん近いんだけど…?!」

 

ずいっと顔を近づけてくる姉さん。

化粧の乗りがいいのか薄い化粧を施すだけで普段より幼い?雰囲気は少し大人っぽく感じて少しドキッとした。

それにめちゃくちゃいい匂いがしてクラクラしてしまいそうだった。

このままでは事故が起こりそう(まぁそんなことはあり得ないけど)。

ふと、ここで俺は姉さんの奇妙な行動の意味を理解した。

そういうことな。

俺は頭に浮かんだ台詞を吐き出した。

 

「すっげぇ似合ってるよ。」

 

…恥ずかしながらこの感想しか出てこない。

これ以上の言葉が見つからないからだ。

おべっかでも謙遜でもなく本当に「似合っている」としかでなかった。

そのくらいに今の姉さんの姿は美しかった。

 

「そ、そう…なんだ…あ、ありがとう///」

 

ん?どうも俺が想像したリアクションから掛け離れた反応だった。

「うーん、70点!」ぐらいのコメントに点数を付けられるものだと思っていたが顔を紅くして袖口で顔を隠してもじもじしてしまっていて…体も少しくねくね動いていた。

 

「(うぅ…!八くんに真面目な表情で褒められちゃった…きゃ~!!ってこんなことしてたら気味がられちゃう…っ!)きゃっ!」

 

一体どうしたというのか検討もつかなかった…がそんなことをしてくねくねしていた姉さんはバランスを崩した。

 

「あぶねっ!」

 

俺は咄嗟に姉さんを受け止める…ことは普段の衣服なら出来たが今の俺は袴姿。

正直動きづらいこの上ないし姉さんは振り袖姿で可動域が少なくなっている。

詰まる所…。

 

大きな音を立ててソファーへ倒れ込んだ(倒れ込む姉を弟が受け止める構図)

 

「いででっ…姉さんだい、」

 

丈夫か?と俺が言って受け止め倒れ込んだ姉さんを起き上がらせようと腰と手に触れた…筈だった。

ふにょん。

 

「ひゃん!」

 

ん?俺は一体どこを触ったのでしょうか?いやいや…まさか…。

ふにょん、もにゅん。

 

「は、八くん!」

 

あ、間違いねぇ。この手に感じる布越しの柔らかい感触…それは…

 

「ひうっ!やぁ…だめぇ…そんなに…揉まないで…」

 

「うぉぉぉおっ!?」

 

甘い声が耳元で聞こえ全てを察した。

大慌てで俺はソファーから飛び離れるとそこには女の子座りをして胸の部分を隠すように肩を抱いて胸を隠しながらこっちを恥ずかしそうにしている姉さんの姿がそこにあった。

 

「ご、ごめん!!姉さん!いや、そのわざとじゃなくて!」

 

俺も俺で真っ赤になって姉さんの柔らかい”あの部分”の感触が残ってる手を思わず凝視してしまい姉さんからのジト目が俺を射貫きはっ、となって弁明した。

俺の弁明を聞いて姉さんは考える素振りを見せ俺にとんでもないことを聞いてきた。

 

「う、うん…八くんがわざとやったんじゃないのは分かるんだけどね…その…どうだった?(わ、わたしは何を聞いているのかしら…!?)」

 

この姉は一体何を言っているのだろう…?

だがここではぐらかしたり的はずれなことを言ったらとんでもないことになりそうだと俺の直感がそう告げていた。

 

「えーとその…柔らかかった…です。(俺は姉さんに何をいってるんだ…!?)」

 

何を言っているんだろうか俺は。姉さん相手に。

その答えを聞いた姉さんも可笑しな事になっていた。

 

「そ、そうなんだ///…その…もっと…触ってみる?(わ、わたしったら何て大体な事を…!う、うんでも八くんはすーっこし鈍感が過ぎるからこのくらい責めないとダメ…よね?)」

 

そう言って姉さんは俺の手を再び取ってソファーへ座らせてくる。

 

「ちょ、姉さん!?ちょっと落ち着こうか?」

 

「そ、そうね…。」

 

「…」「…」

 

その後妹達が来るまで互いに顔を紅くして黙ってしまいふとしたタイミングで視線を会わせると逸らす…ということが何度か発生していた。

 

互いに口火を切ろうとしたその瞬間にタイミングが良いのか悪いのかとある人物が乱入してきた。

 

「お兄ちゃんにお姉ちゃんー?写真を…って…あー………。」

 

「おい…小町勘違いするなよ?」

 

「何の話?…ふぅ~ん…そっかお姉ちゃん…」

 

「ち、違うからね小町ちゃん?」

 

俺たち姉弟の雰囲気を察したのか小町は悪い表情になって飛んでもないことをブッ込んできた。

 

「お正月だからって家族が居るところで”姫初め”しないでね?」

 

「しねぇーよ!!!???」

 

「こ、こまっ、小町ちゃん!??」

 

小町を追いかけ回すために《麒麟乃型》で追いかけ回す羽目になった。…てか小町の方が巧いのよねその型。

写真を撮ることになり楽しそうにしている妹達と妙にぎこちない感じになっている兄と姉の五人が写った写真は家族共有されていつの間にか小町が俺の端末から深雪の端末に送られていてまた一波乱あるのは別のお話。

 

 

冬休みはほとんど…というよりも全然知り合い達と会うこと無く色々あった冬休みが終了し今日から三学期が始まる。

(その色々には雫の見送りにいってその場で感動の映画のような場面になり俺たち男子が途方にくれてしまう、という出来事があったが…。)

いい思い出になる、そう信じたかった。(黒歴史にならないといいなぁ…)

さて今日から我らA組に雫が交換留学ということでUSNAから交換留学生がやってくるとの事だが出来ればあまり関わりたくない、というのが心情だろうが俺が『七草家』である以上関わりはあるんだろうなぁ…と半ば諦めた。

USNAがこのタイミングで交換留学生を許可するのは十中八九『灼熱と漆黒のハロウィンを引き起こした国家非公認戦略級魔法師を捜索』これに限るだろう。

…てか灼熱と漆黒って。何て痛いネーミングセンスなのだろうか。海の向こうにも厨二病というものは存在するらしい。

対象になってるのは達也…なんだろうが俺も捜査の対象に入っている気がする。

直前で俺が『人喰い虎』…呂剛虎を倒してしまったことと俺が十師族の子供だからだろうな…。

 

目立ちたくねぇ…この一言に尽きる。

だがそれも叶いそうにないなと項垂れた。

父さんから留学生に関する話は俺に伝わっていない。

恐らく『日本の魔法師と交換でUSNAの魔法師が第一高校に留学する』という話は来ているだろう。

相手の動きと目的を知りたいから教えていないのかそれとも知らないから俺にまでその情報が来ないのかは分からないが確実に何かを知ってはいそうではある。

 

本当なら俺の魔法を告げるべきなんだろうけど明らかな厄ネタでしかないからなあれ。

当分は”あの魔法”の使用を控えようと思った。状況がそれを許してくれれば、の話だけどな。

 

始業式最初の授業がフルタイムのカリキュラムなのはここが魔法科高校だからだろうけど正直辛い。眠たい、帰りたいの三拍子が揃っている。エクシーズ召喚できそう。

HRが始まる前まで俺は机にうつ伏せになっていたが後ろからちょんちょん、と肩を叩かれ声を掛けられた。

 

「八幡さんっ、授業始まっちゃいます。」

 

「後5分…。」

 

定型文をほのかに告げると死ぬより恐ろしい事を告げてきた。

 

「八幡さん?起きてくださらないと小町ちゃんに連絡がいく、」

 

「はい起きました。小町ちゃんに連絡はやめてください。」

 

《クイックドロウ》もとやかくのスピードで姿勢と服を整えた俺を見ていたのは深雪とほのかだけでなく金髪碧眼の美少女が此方を興味深そうに見ていた。

”興味”…というのは不適切かもしれない。”偵察”…調査的な意味合いでだ。

 

見慣れない少女が目の前に現れたので近くに居る深雪に問いかける。

 

「深雪、この子はどなたさん?」

 

「アメリカからの交換留学生のアンジェリーナ・クドウ・シールズさんですよ。」

 

深雪からの紹介を受けてリーナが金髪を軽やかに揺らして自己紹介をする。

 

「アンジェリーナ・クドウ・シールズよ。リーナと呼んでくださいね?」

 

そういって目を細め華やかな笑みを浮かべた。

瞳は蒼窮色…スカイブルーでありまるで宝石のようだ。

長い黄金色の髪はツインテールで纏められていてほどけば姉さん、いや姉さん以上の長さになろうかと。

高校一年生の割には大人びていてコケティッシュな髪型はシャープな美貌を柔らかく”見せている”ように感じ笑みを浮かべてはいるが”どこか疲れているように見えて”俺は「こいつも苦労してるんだな…」と思ってしまった。

それにシールズを見る視線が多いのは気のせいではなくとなりに深雪という美少女と一緒にいるからだろう。

シールズも深雪も美少女だからな。視線を集めてしまうのは仕方がないとそう思った。

親しみやすいのは本心かそれともキャラを作っているのか微妙に分からなかったので俺は自己紹介をした。

 

「七草八幡だ。名前でも名字でも好きな方で呼んでくれて構わない。」

 

「そうなのね。それなら『ハチマン』と呼ばせて貰うわ。」

 

やはりお前も名前呼び名のか…初対面の人間に呼ばせるの流行ってるのか?

 

「それなら俺も…『リーナ』と呼ば…呼んで良いのか?」

 

「ふふっ、どうして疑問系なの?不思議なのねハチマンって…宜しくねハチマン。」

 

「ところでリーナ。話は変わるがお前甘いものは好きか?」

 

「え、ええ好きだけれど…どうしたの?」

 

「お前に良い飲み物を紹介するよ。お近づきの記念にな。」

 

「???」

 

困惑する転校生に俺はマイフェイバリットドリンクを紹介して親密になろうと思ったが深雪とほのかに「ダメですよ?」と表情で制されてしまった。

解せぬ。あれはエリクサーと同じものだというのに…俺は布教を諦めないぞ。

 

目の前にいる少女は俺が異世界で出会った金髪の美少女のように何か隠し事をしているような気がして少し気になってしまった。

こうして達也より一足先に俺は”来訪者”と遭遇し一波乱の幕が上がり始めたのだった。




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人は誰でも隠し事がある

来訪者編になってめちゃくちゃ感想&高評価&お気に入りが多い…!!
めちゃくちゃ嬉しいです!
ありがとう御座います。




金髪美少女(リーナ)との遭遇は俺が提案した「マッ缶でお近づきになろう作戦」はかなりの好感触だった。

 

「んぐ…んぐ……っ!やだこれスッゴク甘くて美味しい…!!」

 

黄色と黒の缶を渡したときは怪訝な表情を浮かべていたが一口つけるとあら不思議練乳とミルクの甘味が好みだったのか出会った時より顔の険が取れていた気が…した。

 

「え…?~~~っ!!」

 

飲み終わった後に深雪から缶側面に記載されたカロリーを指摘されてリーナが半泣きになっていたのは俺は悪くない。

青少年少女が摂取したところで消費エネルギーの方が多いのだから問題はない。

だがしかし、言わせて欲しい。

 

魔法師は頭を使う、つまり糖分を体は欲しているのでこの黄色と黒のストライプの缶飲料はクルマで言うところのガソリン。

体を動かすために必要な栄養素なのだ。

…流石の俺も1日1本が限度だけどな。

 

そのカロリーで半泣きになりそうになっていたが結構気に入ってくれたようで嬉しかった俺はリーナにお近づきの印に一ケースあげることにした。

 

「1ケースあるからやろうか?」

 

「え、本当!?」

 

「…。」「…。」

 

「はっ…!…んんっ!!い、要らないわよっ!」

 

喜んだ後に深雪達の視線を感じて咳払いし一喝されたが俺は追い討ちをかける。

 

「本当に?」

 

そう聞き返すと少し迷って顔を紅らめながら恥ずかしながら懐かしくも新しい言葉(伝家の宝刀)を見せてくれた。

 

「く、くれるって言うなら貰ってあげなくはないわ…!」

 

と綺麗なツンデレを見せてくれた。

俺は感心してしまった。

 

「この二十世紀も間近に終わろうとしてるこの時代に綺麗なテンプレを拝めるとは…逆に感心したわ。」

 

「へ???何の話?」

 

そもそもさっきから口調が崩れすぎている気がするこっちが本心か。

というよりも…。

てかそれがお前の素か…可愛いじゃないか」

 

「んなっ!?」

 

「八幡さん?」

 

「は、八幡さん!」

 

どうやら俺が思っていたことが口に出ていたようだ。

 

俺は深雪とほのかににこやかに鋭い視線を向けられ泣きそうになる表情を向けられて「しまった…」となった。

リーナに視線を向けると俯きながら何かを呟いていたようだったが俺には聞こえなかった。

ほんのりと顔が蒸気している気がした。

 

(……な、なんなの!そんな初対面で”可愛い”って言われるなんて思っても見なかったし…なにか、なぜかハチマンと喋ってると調子が狂うわ…!)

 

「?悪かったな急にキモいこと言っちまって…お礼に明日マッ缶のケース持ってくるわ。貰ってくれない?てか貰ってください。」

 

「どれだけその飲料を布教したいのよハチマンは…本当に貰っても良いの…?」

 

「もちろん。」

 

「あ、ありがとう…。」

 

絶滅したんじゃなかったんだなその伝統芸能。

なんとも打てば響くキャラクターをしていて嘗ての知り合い(由比ヶ浜)を思い出して懐かしくなった。

そんなこんなであって既に”知り合い”という括りにリーナは潜り込んでいたのだった。

 

時間は少し進み昼休み。

そんなこんなで食堂にはいつものメンツ…(特に達也の仲間内である1ーEのメンバー)が終結しリーナが自己紹介を行い席に座ろうとするが配膳台から食事を持ってきていない状態で座るのは二度手間になるので先に料理を持ってきていたほのかを座らせ俺はリーナと深雪を連れて配膳台に向かう。

 

俺と左右にリーナと深雪と連れだって配膳台へ向かうと妙に視線が多い気がしてならなかった。

その原因は聞かずとも直ぐに分かった。

答えは左右の”美少女”達。

リーナも深雪も互いに匹敵しあう美少女であり食堂内部にいる野郎連中や女子生徒の視線を奪うのも無理はないだろう。

…逆に俺がいることで邪魔になっていないかとさえ思ってしまい危うく認識阻害の魔法を使いそうになったが自重した。(八幡自身そうは思っているが彼自身に視線を向ける女子生徒も実際には数多くいる。認知していないだけである。)

 

料理をもって達也達の席へ着くと何故か俺の左右に彼女達は陣取って自己紹介並びに食事会を始めることになった。

俺はラーメン、深雪は日替わり定食、…そして何故かリーナはざるそばという日本人過ぎるチョイスだった。

リーナは自己紹介された人間とその名前を一度で覚え相手に好かれる初歩的な行動をしていた。

かの旧暦の偉人も言っていたことだが「名前を覚えられる」というのは相手にしてみれば覚えられている!というのは非常に気持ちの良いことで人心掌握の一歩でもあった。

自己紹介が終わり達也がみんなが聞きたいことを質問していた。

 

「リーナはもしかして九島閣下の御血縁なのかい?」

 

「あら、よく知ってるわねタツヤ。随分と昔の話なのに…うーんそうよ。わたしの母方の祖父が九島将軍の弟なの。」

 

「それじゃそれもあってリーナは日本への海外留学が決まったと。」

 

「うん。タツヤの言う通りでその縁があってわたしの所に話が来たみたい。でも本当はそれだけじゃないんだけどね?」

 

「どういうこった?」

 

俺が割り込むように質問をしてしまったが達也は「問題ない」とアイコンタクトを送られた。

 

「わたし、日本がと~っても大好きなの!フジサンにアサクサ!侘び・さびがとってもクールでしょ?それに日本は魔法先進国でわたしと同じ年代の子供達がどれ程の技術があるのか見てみたくて子供の頃からの夢だったの!3ヶ月程度しかいられないけどね?」

 

楽しそうにはしゃいでいるリーナのその姿はとても嘘偽りを言っているようには聞こえず本心そのものだったと俺は《瞳》を使わずともそう思った。

その場にいた全員リーナのその姿を見てこのテーブルを囲む知り合い達は良い奴らで出来る限り思い出を残してやろうとそう決意した。

しかし、その時のリーナの表情の明るさに少し影を感じ取ったのは俺の気のせいでは無かったようだ。

 

◆ ◆ ◆

 

リーナあるところに深雪が居て俺ガイル…じゃなかった俺がいるのが昨今の日常と化したこの数日は俺の心労はマックスだった。

 

基本的に俺の側に深雪がいるのでそうなると必然的にリーナも付いてくると言うハッピーセット!!状態になるわけなのだが本当に勘弁して欲しい。

 

目立つ、とにかく目立つのだ。

リーナが留学してくる前なら学校一の美少女…といえば”司波深雪”だったが”アンジェリーナ・クドウ・シールズ”が来たことで記憶に新しい生徒会役員選挙で深雪が女王と呼ばれた事件…その”女王”と呼ばれる人物が”双璧”をなしているのだ。

 

黒と金。

深雪は副生徒会長としてリーナのお世話をすることになるので余計に「深雪に負けず劣らずの美貌の持ち主」という情報を強くその脳内へイメージ付けられるのだ。

正直深雪達を見ている俺がいるのは正直”百合の間に挟まるアレ的な”立場なので消されても仕方がないのだがそう言った反応が無いのは不気味でしょうがない。

…達也が入学したての頃にやっかみで魔法を飛ばされていたときのことを思い出し俺にも魔法が飛んで来るのではと考えた俺は俺を狙った魔法が二人が被害を被らないように《瞳》で警戒していたがそんなことはなかった。

美しさだけでも十分に話題になるのだがその”魔法力も深雪に匹敵するほどの実力を持っていた。

魔法実技の授業が行われる実技棟にはそんな二人の魔法力を見ようと他学年や自由登校になっている三年生までやって来て見学している始末だ。

 

実技の内容はポールの上におかれた金属球を先に支配するといういたってシンプルなものでゲーム性が高い。

だからこそ対する二人の魔法力の高さが問われる実技だ。

先月から始まったこの授業は一部を除き深雪に全く歯が立たず無双ゲー状態だった。

その話を聞いた新旧生徒会役員達(プラス風紀委員会)の面々は太刀打ち出来ず敗北し誰一人として太刀打ちできずに敗北してしまった…”一人を除いて”だが。

 

しかし、反対側にいるリーナと拮抗…いやさっきも1本取られてしまうという事態が発生し上級生が総出で挑み負けてしまうという面目が丸潰れになり(深雪はどっちかというと非常に申し訳無さそうにしていた。)姉さん達も見学に来るという事態にまで発展していた。

いや、暇かよ先輩達…。

カウントがリーナが主導で行われゼロになった瞬間に魔法が行使しされ中央ポールに置かれた金属球は一瞬光りリーナの方へ転がった。

 

「あーっ!また負けたっ!」

 

「フフッ、これで二つ勝ち越しよリーナ?」

 

盛大に悔しがるリーナにどこかでホッとしている深雪。

その実力は正に”互角”僅差での勝利だったといえる程リーナの魔法力は単一系統の魔法だけを見ても同格であった。

その授業を深雪の背後で腕組して後方見学していたのだが不意に深雪がパネルから離れ俺のところへ向かってきた。

なして俺のところへ?

 

「八幡さんもリーナと競うのも良いのではないですか?」

 

「簡単にいうなよ…深雪と互角の魔法師とやってみろだって?…冗談きついぜ。」

 

「何を仰るのですか。わたしは未だに八幡さんからこの授業で一勝も奪うことが出来ていないのですけれど?」

 

そう妙に強い気迫で迫られれば断る、ということは出来なかった。

さっき”一人を除いて”と言ったがそうそれは俺の事だった。

 

「えっ!?八幡深雪に勝ったの?……八幡わたしと勝負よ!」

 

その話を聞いていたリーナは少し思案し目を輝かせ俺に勝負を挑んで来た。

お前達ってバトルジャンキーと負けず嫌いな性質なの?

どうやらこの見た目の異なる美少女達は思いの外負けず嫌いらしい。

俺は溜め息をついて深雪が先ほど魔法行使をしていたパネルの前にまで向かい準備する。

 

「…カウントはリーナからで良いぞ?」

 

「分かったわ!…それじゃぁ…スリー、ツー、ワン」

 

リーナの「ワン」の掛け声で二人同時にパネルに手を翳した。

 

「GO!」

 

リーナの掛け声をスタートとして魔法を行使した。

俺が静とするならばリーナは動。

体の動きは別々であったが魔法の巧さというのは一緒だったと思う。

眩い想子の光が対象の金属球に干渉して爆ぜることは…無かった。

リーナの方へ金属球は転がっていく。

 

「は、ちょっ!早すぎるわよ!」

 

リーナに責められるが常時(パッシブ)で《詠唱破棄》と《二重詠唱》が発動しているのでどうしようもないのだが。

その光景に驚いたリーナに対し俺の後ろに下がっていた深雪が俺に話しかけてきた。

 

「ふふっ、また少し早くなりましたか?」

 

「いや今まで通りだと思うけどな?…それに仮にも十師族の人間が負けちゃいかんでしょ。」

 

「フフッ、それもそうですね…わたしとももう一戦行っていただけますか?」

 

「やっぱりバトルジャンキーだよお前ら…。」

 

「くやしーっ!八幡!もう一回よ!」

 

「…向こうにももう一人いたわ。」

 

俺は頭を抱えた。

 

こうして実技時間内で総当たりで俺と深雪、リーナで対戦を行い六回中俺が全勝。深雪とリーナで二勝ずつの勝ち越しはリーナが多く奪う、という事態に陥り上級生達はこの一年生達を驚きで見つめるしかなかった。

久しぶりに俺たちはリーナと共に昼食を取っていた。

人気者のリーナは様々なグループから声を掛けられイヤな顔ひとつも浮かべずに交流を広めるのは留学生として模範的な動きと言えた。

俺なら真似できない。断言できる。

 

その事を同席しているエリカが指摘するとリーナはあっけらかんと答え民族性の違いはあるだろうが新鮮に映った。

幹比古が深雪とリーナが互角だったというのに驚き称賛するとリーナはオーバーリアクションで表現する。

 

「これでもワタシ、ステイツのハイスクールレベルじゃ負け知らずだったのにミユキには負け越しちゃうし、ホノカには総合力では勝てるけど精密制御じゃ負けてるし…それに、」

 

言葉を一旦切って何故か俺の方を悔しそうな表情で見ていた。

はて?

 

「なに自分は関係ない、って表情をしてるのよ八幡は…初めてだったわ。どれだけやっても勝てないなんて流石はニホンのナンバーズ…これが魔法大国・日本って所なのかしら?」

 

少し恨み節的なことを言われて俺は困惑したがリーナの言い分も理解できることもあった。

 

「それって褒めてるのか?」

 

「褒めてるのよ。ミユキも八幡もワタシが知っている中でとっても優秀な魔法師ね。」

 

掛け値無しにそう言われて気恥ずかしい気分になった俺は余計なことを口走った。

 

「まぁ…世辞はありがたく受け取っとくよ。」

 

「あら、八幡ってば謙虚なのね。日本人はそこが美点だけど謙虚すぎるのは嫌みよ?」

 

「そうですよ八幡さん。もっとご自身を誇ってください。ですよねお兄様?」

 

「ああ。八幡は俺が知る魔法師の中ではトップクラスだろう。深雪といい勝負だ。」

 

話題を振られた達也が頷いてそれに他の皆も頷いていたのを見て俺はくっそ居づらかった。

俺が悶えるのを見ていて不憫だと思ったのか達也が話題を変えるかの如くリーナに「アンジェリーナの愛称は『アンジー』じゃないのか?」と問い掛けていた。

別段動揺する質問ではないはずだと達也と俺を除く全員がそう思ったはずだがリーナの表情に俺や達也のように特殊な力や洞察力を持っている人間には分かってしまう一瞬、ほんの刹那だったが狼狽が浮かんでいた。

 

「アンジェリーナは確かに”アンジー”と略されるのが普通なんだけど小学生の頃にアンジェラ、っていう子がいてその子の略称が”アンジー”で紛らわしいだろうと思ってワタシは昔から”リーナ”の略称にしたの。リーナ…日本語表記だと”理奈”…ってほら呼び方がニホンっぽくて素敵じゃない?」

 

その話を聞いて達也と俺以外は「本当に日本が好きなのね」と暖かい笑みを浮かべていた。

対照的になにかを察した達也は表情に出さず納得していた。

俺はただただ「ほーん」と納得してなぜ狼狽を浮かべていたのかは理解できなかったが。

 

◆ ◆ ◆

 

翌日。

 

「おつかれさまーっす…。」

 

「あ、八幡くんちょうど良いところに」

 

「はい?」

 

その日は教室でミユキ達…じゃなかった深雪達(リーナ、ほのか)と分かれ日々のルーチンと化していた風紀委員会本部へ前委員長(渡辺先輩)からの頼まれ事を自分でも珍しいと思ったが引き受け顔を出した。

そこで俺は見慣れた後ろ姿を目撃した。

 

「あっ、八幡。」

 

豪華な金髪を見間違えるはずもなくリーナに声を掛けられてしまった。

なんでここにいるんだ?と問いただしたくなったが理由があるからここにいるのであってリーナも俺に問いただされたくないだろうと思いリーナを囲む先輩達の群れを横に抜け千代田先輩の定位置である中央の席へ渡辺先輩から頼まれた書類を置いた。

これで任務達成と…俺は目的を果たし本部から巡回という名の散歩に繰り出そうとした。

 

「ん、ありがとー…って八幡くんちょうど良いところに来てくれたわ!」

 

しかし回り込まれてしまった!状態になったが流石に千代田先輩の頼みごとを無視できるほど俺は先輩を嫌いではなかったので立ち止まり振り返る。

 

「なんすか千代田先輩?これから巡回にいこうとしたんですけど…。」

 

「あはは…それは悪かったわね。それでね…」

 

どうやらこの先輩を俺の意見を無視することにしたらしい。ははこやつめ。

じゃなくてこの先輩は俺の反応を無視して話を進めた。ここが千代田先輩の良いところであり悪いところだ。

 

「シールズさんのことは…って同じクラスだし知ってるわよね。」

 

さっきまた明日な、って言ったばかりだったんですけどね?

リーナに顔を見合わせると「あはは…」少し気まずかしそうにはにかんで頬を掻いていた。

その様子を見ながら俺は頷いた。

 

「シールズさんが風紀委員会の活動を見学したいって言われてるの。日本の魔法科高校の生徒自治を見てみたいんですって。それに今日は司波くんが非番だから同学年の風紀委員は八幡くんしかいないし頼まれてくれない?」

 

「まぁいいっすけど…上級生の先輩達はそれで宜しいんですか?」

 

リーナを囲んでいる男子生徒の先輩達は苦笑いし動きで「どうぞ」と促してくる。

…恐らくリーナが「結構よ」と態度か言葉で否定を明らかにしたんだろうなということだけは伝わってきた。

日本人と違ってそこら辺の文化の違いもあるだろうしな。

”NO”と言える俺みたいだなと思った。…え?”NO”と言えてないって?深雪や姉さん達に?…ノーコメントで。

しかしリーナのような美少女と一緒に校内を案内するために行動したらどうしてだか深雪達に後で言われそうだったがこれも賃金がでない仕事…ボランティアをさせられていると思ってしょうがないと諦め頷いた。

 

「了解っす…そのまま直帰しますんで。」

 

「うん。それで良いわ。それじゃあリーナさんは八幡くんと一緒に校内を見て回って。」

 

「お気遣いありがとうカノン。」

 

千代田花音…花音の部分が"CANNON(大砲)"に聞こえるのは仕方がないことだったがそれを聞いた先輩が訂正したがっていたが俺はリーナを連れて放課後の校内案内並びに巡回を開始した。

 

数年前の自分に放課後美少女を案内していると聞かせたら仰天するだろうか?

校内を案内しながら補足をいれて校内を巡回していると隣にいるリーナがやらたと俺の使用する魔法について聞いてきていたのだが捉え方によっては何かを聞き出そうとしているのでは?という疑いの目を向けられてもしょうがない状態だった。

その後も俺の所作を何気無しに見ているのだろうが”どこか監視されている”気分を覚え俺自身ちょっと居づらかった。

 

少し校内をあらかた見て回り実技棟から二人で教室に戻ろうとしたときに俺は背後にいるリーナが立ち止まったのに気がつき振り向く。

 

「どうしたリーナ?疲れちまったか?マッ缶飲む?」

 

「それもいいかもね…じゃなくって八幡。ワタシ貴方に聞きたいことがあるの。」

 

質問をされた。

 

「あ?急にどうしたよ」

 

「八幡、貴方は|黒衣の執行者『エクスキューショナー』ってどんな人だと思う?」

 

その名前を知っているのは魔法師関係者…それもかなり”軍部”に近い立場の魔法師だけでありそれは自分が”関係者です”と言っているようなものだ。

俺はその事を聞かれ内心で苦笑いした。

”こいつ隠す気あるのか?”と思ったが特段狼狽えずもせずにその質問に答えることにした

世間で公開されている…とうか十師族経由で知らされた情報をリーナに伝えた。

 

「『灼熱と漆黒のハロウィン』を引き起こした国家非公認の戦略級魔法師の事だっけ?…存在そのものが不明…分かっているのがその際に使用した魔法が非常に高度な加重系統の魔法の使うことだけ…何もかもが霞のような存在…まるでおとぎ話の存在だな。まぁ十師族経由の情報だけど。」

 

「…随分と詳しいのね。で、実際にいると思う?」

 

「言ったろ。十師族経由の情報だってよ。魔法だって昔は”あり得ない”で一蹴されていたけど今は”魔法”は現実のものだしな…だけどその事件を引き起こしたのは一人だと思うんだよな俺。」

 

「と、言うと…?」

 

「噂だが…大亜連合の軍事基地と艦艇を吹き飛ばしたのは一つの魔法らしい。全てを吹き飛ばすような熱量を発生させる大規模な魔法と被せて使用できるとは思えないんだよな。それこそその消し飛ばした魔法を発動する初期段階…副次作用で生まれたものなんじゃないかと思ってる。膨大な熱量が発生する魔法は世界の研究記録にも記載されていると思うが場合にその場の中心地に重力という歪みが生まれて加重系統の兆候が記録されたんじゃないかと思ってる。」

 

「流石の考察力…噂以上の加重系統魔法の使い手ね八幡。」

 

「そいつはどうも…?」

 

その言葉はリーナが上部の言葉ではなく本心からの言葉だった。

それと同時に目の前のリーナから発せられる雰囲気がガラリ、と変わった。

 

「洞察力も魔法力も八幡、ワタシは今まであったことがある魔法師の中でも”優秀すぎる魔法師”だと思うわ。是非ともステイツに欲しい人材ね。ワタシも学業じゃなくて実戦でも通じる魔法師になりたいの。」

 

この瞬間俺は確信した。

リーナは”俺が『灼熱と漆黒のハロウィン』を引き起こした容疑者の一人”として疑われていると。

ステイツ…そんな戦略級魔法師レベルの容疑者と接触するために送り込んできたのは普通の魔法師では返り討ちに会う可能性がある…すなわちそれと渡り合うことが出きる人物、もしかすると今目の前にいるリーナは魔法師部隊…『スターズ』の一員…恒星級と呼ばれる魔法師なのかも知れない、と。

《瞳》の力を使わずともこの後の事は想像できた。

 

そんな動揺など表に一切出さずに俺はリーナを普段通りに見つめていると次の瞬間にリーナが鮮やかな笑みを浮かべていた。

穏やか…とは程遠く狩りの対象を見つけ捉えたような研ぎ澄まされた獲物を持つ狩人のような笑みを。

リーナの手が跳ね上がる。

俺はその掌底を突き出された手首ごと痣にならないように優しく掴みとり喉を目指した攻撃を阻止する。

しかしリーナは止められた右手の人差し指を使って鉄砲の形を作りサイオンの波動を打ち出す。

が、俺は領域干渉でサイオンの集中をさせないように局所、つまりはリーナの人差し指に微調整で集中させて発動事態を押さえ込み無力化させた。

流石のリーナも発動自体を押さえ込まれるとは思っておらず動揺の顔色を浮かべる。

 

「あっぶねぇな…リーナの言ったことにそれには俺も同感だ。…てかなんでそんなこと言い出した?俺がその”謎の戦略級魔法師”かもしれない…ってことでお前の上司から調べてこいと言われたのか?」

 

リーナの右手首を握り近くの壁際に押し込むようにして反撃のためだろうか?動かそうとしていた左手を俺の空いている肘で押さえ込み手刀に振動系統魔法を発動し頸動脈付近へ突きつけ足での反撃を受けないように封じる。

完全に変な動きをすれば”お前を殺す”という明確な意思表示をこの金髪の留学生へと突きつける。

普段通りの口調でどうしてこんなことをしたのか問い掛けた…ったが面倒なのでやめた。

実害が出てるわけじゃないしな。

 

「…これっきり止めてくれよな。」

 

俺の反応にリーナは初めて驚愕を浮かべた。

 

「え…?き、聞かないの?」

 

「厄ネタっぽいから良いわ。面倒くさいし。俺の実力を見たかったってことで。あ。」

 

「ど、どうしたの?」

 

「…悪い。すぐ離れるわ。」

 

「え、ええ。そうね…。」

 

現在の状況を端から見れば俺がリーナを壁際に押し込み…いわゆる”壁ドン”している状態でキスをしようと取られかねない状態だった。

何故かリーナが顔を赤くしているのは攻撃が止められて怒って俺が手首を握って攻撃を無力化してしまったからだろうか?

いや、顔に穴は開けられたくないわ。

俺は魔法を解除しリーナの手首を優しく離し壁際から離れると俺から根掘り葉掘りってよぉ…じゃなかった隅々まで聞かれるかと思ったが「面倒くさい」の一言で全部一蹴されてしまい考えていた会話の構築を崩されどうやって切り出そうか考えていたようだが俺は振り向いて歩き出す。

窓から差し込む夕日が俺たちを照らし出す。

俺とリーナ。互いに隠し事しているのが分かるように”陽”と”陰”を描き出す。

動きだし俺の体は影から飛び出した。

 

「あ、ちょ、ちょっと!」

 

「さっさと帰るぞ。もう校内は見回っただろうし。そろそろ完全下校の時間だ。」

 

リーナを置いて教室に戻ろうとすると自分が置いていかれたことに気がついたのか小走りで俺の方へ駆け寄ってきて再度確認をしてきた。

 

「本当に…訊かないの?」

 

「あ?何を。」

 

「何をって…例えばワタシの正体だとか、確かめなくて良いの?」

 

「…仮に俺がそれを聞いたとしてリーナは俺にどうして欲しいんだ。」

 

リーナは答えない。いや答えられないのだろう。それを認めてしまえば自分はUSNAの軍人である、と認めることになるからだ。

…まぁ大体の予測はついてるから無意味っちゃ無意味だが。

俺は溜め息をついて言葉を続ける。

 

「まぁ互いに今日の事は無かったってことでなにも見てないしなにも聞いてません。…人間知られたくないことは山のようにあるからな。つー訳ではい、終わり。」

 

そう言うとリーナはクスり、と笑って呟いた。

 

「八幡。貴方って不思議な人…いや変な人。」

 

「うるせぇよ。」

 

「あ、待ってよ八幡!」

 

俺は頭を軽く掻いて歩き出す。その後リーナが慌てて半歩遅れて付いてくるのを確認して教室へ戻った。

 

◆ ◆ ◆

 

リーナはUSNA軍魔法師部隊『スターズ』総隊長《アンジー・シリウス》と《国家公認戦略魔法師》という二つの顔を持っていたが日本の学生である達也や深雪…そして八幡の実力に驚かされてばかりだった。

そしてつい先程もターゲットの一人である八幡に腕試しをしようと喉元に手刀を突きつけようとしたがそれを阻止され逆に組伏せられ手刀を突きつけられる、というリーナ自身からしてみれば悔しい結果が残ったのだ。

それに自身の正体を察知されてしまった様子を取られたが”どうでもいい”の一言で一蹴されてしまった。

本来ならば悔しい、と思うところなのだが彼からのその言葉は妙に心にスッポリと入ってきて安堵している自分がいて複雑な気分になった。

 

(あんなことを言われるなんて思っても見なかったわ…それにさっき壁に押し込まれたときに八幡の顔を見たけど…結構…いやかなり……って私は何を考えているの…!?)

 

リーナの脳裏には普段は不真面目な言動を取っている八幡だったが先程のやり取りの際に見せた”真面目な表情”が離れなかった。

異性で同年代で自分より”実力が上かもしれない”八幡にリーナは興味を抱かないわけがなかった。

それに教室も同じで深雪がいるところに彼もいる状況はほぼ毎日学校に行くことで発生するシチュエーションだった。

 

そんなことを思いつつ振り払うように頭を振るとリボンで結んだ二房の金髪が揺れる。

いつのまにか帰路に着いていたことに気がつきマンションのエントランスに近づく。

リーナは都内に少人数のファミリー用の間取りの部屋を借りておりオートロックを解除し部屋への入り口を開くと底には同居人の自分より年上の女性…ではあるが異国の地でサポートをしてくれるシルヴィア准尉が出迎えた。

 

「お帰りなさいリーナ。」

 

「シルヴィ、先に帰ってきていたんですね。」

 

「…随分と疲れているようですがどうかしましたか?」

 

「あはは…シルヴィは鋭いですね。」

 

「とりあえず手を洗ってソコに座っていてください。お茶を用意しますからね。」

 

今朝部屋から出るときよりもリーナの表情が疲れ…気疲れしているような気配を察知しシルヴィアは部屋にある椅子に座らせ数日前に彼女がクラスメイトから貰ったという黄色と黒のパッケージの飲料缶のプルタップを開け耐熱容器にいれて電子レンジで数秒加熱して取り出す。

座らせていたリーナの前のテーブルにソーサーごと丁寧に置いた。

 

「ありがとう御座います、シルヴィ。」

 

「それで?どうしたんですか。らしくないですね。」

 

「…実は今日ターゲットの一人である八幡のことを探ろうと放課後一緒に学校の案内をして貰ってまして。」

 

「ほうほう…それでターゲットとは親しくなって尻尾を出しましたか?」

 

シルヴィアはそこの部分だけを聞くと随分とターゲットと接近して任務を達成しようとしていますねと思った。

リーナの告げた言葉はかなりのギリギリのラインを攻めていることを知った。

 

「…こっちの正体が八幡にバレてしまった…というよりも感づいたかも知れません。」

 

深刻そうな表情でリーナが言うものだからシルヴィアは思わず間の抜けた声を出してしまった。

 

「はい?」

 

事の一連の流れをリーナがシルヴィアに伝える。

 

「まさかリーナが発動しようとしたサイオンの流れを只の領域干渉で押さえ込んで…さらに反撃できないように組伏せる…やはり『人喰い虎』を倒した彼は只者ではないようですね。」

 

「ええ。それにワタシの正体がどうでもいい、みたいなことを言われて助かりましたけど…それはそれでちょっとショックでした。」

 

「そんなことが…。」

 

その話を聞いたシルヴィアはターゲットの人柄がよく分からなかった。

それは素なのか、情報を引き出す作戦なのかを。

 

「…ですけど八幡がワタシの正体を知らなくても良いですと言ったのですから利用させて貰います。」

 

それでも落ち込んでいたリーナが自身に発破をかけようとしていたのでシルヴィアは燃料に火を付けるために言葉を掛ける。

 

「そうですよリーナ。逆にその状況を利用しましょう。話を聞く限りターゲットは貴女に好印象を持っているようですし。」

 

「そうですよね……相手は日本の”十師族(ナンバーズ)”…情報源としては十分過ぎますからね。任務達成のために頑張りますよ!それに相手は只の高校生です。精々?利用させて貰いますよ!」

 

落ち込んでいたリーナだったが似合わない悪役言葉を使って立ち直ってくれたのはサポート要因であるシルヴィアは一安心した。

 

…しかし、リーナが言った”只の高校生”というのは余りにも不適切な言葉ですよ、というのは憚られた。

それで落ち込まれるよりはマシかとシルヴィアは思ってなおさら口には出せなかった。

 



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招かれざる異邦人

寝静まる深夜。

丑三つ時も近い時刻となったタイミングでリーナの寝室のドアが乱暴に開け放たれると同時に大きな声がリーナの鼓膜を叩いた。

 

「リーナ起きてください!」

 

その日の、いや次の日の真夜中リーナはスヤスヤと寝息を立てていたが同居人のシルヴィアによってたたき起こされた。

 

「シルヴィ何事ですか。」

 

リーナも叩き起こされることは慣れていた。

素早く意識を覚醒させて平常時の声で起こしてくれたシルヴィアに状況説明を頼んだ。

 

「カノープス少佐から緊急の連絡です。」

 

その回答を受けてリーナはリビングに設置している秘匿回線が備え付けられた通信機の前に立ち音声のみでの通信を行った。

リーナの今の格好は下着をしただけ着けてオーバーサイズのパジャマを上着だけ羽織っている状態なので流石に寝起きでもそれは配慮した。

 

「ベンお待たせしました。音声のみで失礼します。」

 

『此方こそお休みのところ申し訳ございません。』

 

そう言って画面に映る男性はベンジャミン・カノープス少佐。

USNA軍魔法師部隊『スターズ』副隊長その人だった。

スターズ内でもっとも常識のある年上の男性であるとリーナは思っており時差があるこんな時間に緊急の連絡があるのは何かあるのだとそう思った。

 

「構いません。一体何があったのですか。」

 

『先月脱走した者達が分かりました。』

 

「何ですって!?」

 

軍からリーナは『未確認の戦略級魔法使用者』の捜索を命じられ日本に向かい前にその前に命令されていた『脱走者の追跡・処分』だった。

その行方が分かったというものだ。

 

『日本です。横浜から入国し現在は東京に潜伏しているものだと考えられます。』

 

「なぜ日本に…しかもこの東京にですか!?」

 

リーナは問い掛けるが画面越しのカノープスもその問いに答えられる回答を持ってはいなかった。

 

『…統合参謀本部は追跡者チームを派遣することを決定したようです。』

 

「日本政府はその事を知っているのですか?」

 

『機密作戦事項となり日本政府は知りません。』

 

その返答にリーナの心持ちはずっしりと重くなった。

まさかの『不戦規定(ブラックオプス)』の発生だとは思わなかった。

脱走者の件を日本政府へ公表しないのは日本との外交に問題が発生すると国防総省(ペンタゴン)が判断したのだとリーナは改めて思い知らされた。

 

『総隊長、参謀本部からの指令をお伝え致します。アンジー・シリウス少佐に与えられた任務は優先度を第二位として脱走者の追跡を最優先せよ、とのことです。』

 

リーナは大きく息を吸って気持ちを整え復唱した。

 

「了解。アンジー・シリウス少佐は現在進行の任務を第二位として脱走者追跡の任を第一として行動します。カノープス少佐。本部へ了解した、と伝えてください。」

 

『復唱確認。了解致しました隊長。お気をつけて。』

 

彼女を気遣う言葉と共に通信は途切れた。

リーナはもう一度寝に戻ろうと考えたが「今夜はもう眠れそうにないわ…」と呟きソファーへ腰を掛ける前に台所にある箱から黄色と黒のパッケージの飲料缶を持ちソファーへ腰を掛けてプルタップを開ける。

一口煽った。

 

「ふぅ…甘さが身に染みるわ。シルヴィ今日はUSNA大使館でミーティングを行います。」

 

「了解しましたリーナ。」

 

シルヴィの返答を聞いて今日は学校を休まなければならないな、と少し学校へ行けないことに残念に思っていた。

 

◆ 

 

「ん…?なんか騒がし…いねぇな。ほのか。リーナは今日休みか?」

 

俺が登校したとき教室は何時もに増して騒がしかった。

そして俺の後ろの席に今日は噂の留学生がいないことに気がついてほのかに声を掛けた。

 

「あ、はい。今日はリーナ欠席みたいです。八幡さん。なんでもお家の関係で急用が出来たらしくて…。」

 

「ほーん…。」

 

「それと昨日のニュースが原因みたいですよ。」

 

「『吸血鬼事件』か…。」

 

『吸血鬼事件』とやらは一旦頭の片隅に…脳裏に一瞬だが別世界(学戦都市)の姉妹の特殊能力と武装を思い出し「なっつ…」となったが追いやる。

ほのかから前者の報告を聞いて俺はそれとなく「急用ねぇ…」とだけ呟いて思考を巡らせる。

昨日リーナに腕試しをされて軍関係者しか知らない情報を知っていたということは恐らく”後回しに出来ない事情”が発生したんだろう。

その事を突っ込むのは野暮だと思った。

それにリーナも深雪やほのかに”本来の姿”を伝えているわけもなく今ほのかに聞いても望む答えは帰ってこないだろうと思考の海から顔をあげた。

すると目の前には面白くなさそうな表情を浮かべているほのかといつの間にか俺のとなりに来ていた深雪の姿がそこにあった。

 

「八幡さんはそんなにリーナのことが気になるんですか…?」

 

「はぁ…やはり雫の言う通りになってしまったわ…。」

 

何を勘違いしているんだろうかこの二人は…俺とリーナはマッ缶仲間で互いに疑っている状態だぞ?

お前達が想像しているような甘い関係では断じて無いですが…。

 

「なんか勘違いしてない?」

 

俺がそう言っても二人は何時ものようにほのかはしょんぼりとして深雪は何時もながらの微笑を浮かべ机とかが少し凍りついていた。

目の前の二人にどういったら納得してくれるのか今度はそっちに意識を割くことにしたのだった。

 

 

案の定と言うか食堂…ではなくカフェテリアでエリカがうきうきしながら『吸血鬼事件』についての考察を立てていた。

単独犯ではなくプロの犯罪組織じゃないか、とか臓器売買ならぬ血液売買組織の犯行じゃないかという推測を立てていたがそれに達也がエリカの言葉を一つづつ分析し否定していた。

「血を一割しか抜かった理由が分からない」と「死体を街中に放置したり血を抜いた後が見当たらない」と言われエリカも確かに、と納得していた。

確かに血を抜いたのならば傷跡が残るしその傷は治癒魔法を掛け続けない限り残る筈だ。

俺の『物質構成(マテリアライザー)』のよう超刻魔法が無ければ絶対に無理だと言える。

そこでの問答が終わり今度はエリカが俺の机の前に浅く腰掛け体を捻って顔を近づける。

ほんとに顔が良いよなエリカは…猫みたいに身体が柔らかいな。

猫耳を付けたエリカを想像してちょっと萌えたのは俺の妄想だけにしておこう。

少し思案顔をして先程までの会話の流れを汲み取り答えを出す。

 

「達也の言う通り一割しか血液が抜かれないのは不可解だし死体を街中に放置しているのも猟奇殺人にしても中途半端な行動だな。…俺はもしかしたら”怪異”や”物の怪”…所謂”人ならざる者”の仕業じゃないかと思ってる。強いて言うならオカルト…を利用した魔法師の仕業…だと俺は思う。」

 

そう言うと全員が「なるほど…!」という表情を浮かべていた。

エリカが俺にずいっと顔を近づけてくる。いや近ぇって。

 

「八幡は今回の『吸血鬼事件』が魔法師の仕業だと思ってるの?」

 

「あくまで机上の空論でしかないしな。…幹比古が居る前でこんなことを言いたかないが現代魔法に通じてる古式魔法師もいる。その人物が両方の魔法を使いこなし現代魔法を凌駕する隠蔽能力を持つ魔法を持っていたら?式神や降霊術を用いて犯行に及ぶことも出来るだろう。ただし”そのレベルの古式魔法師がいれば”って枕詞が付くがな。それに禁止されている現代魔法…精神干渉魔法の使い手なら公衆の面前で殺人を実行しても気付かれずに人を殺す事だって出来るだろう。まぁ今のは極端なパターンだけどな。」

 

俺や妹の小町レベルの精神干渉系魔法の使い手じゃなきゃ他人を欺く魔法を掛けることすら怪しいだろう。

”記憶を弄る”という意味ではだが。

 

「なんだか嫌ですね…人間主義、みたいな風潮が広がらないと良いんですが。」

 

人間主義…端的に言うとスペースノイドとアースノイド…じゃなかった魔法師排斥運動の一部だ。

美月は懸念していたが今のところはそのような動きがないのは俺が父さんから聞いていたがこのまま猟奇殺人が起こるようなことがあれば非魔法師達は不安がり行動を起こす可能性があるかもしれないが今回の『吸血鬼事件』はどちらかと言えばオカルト面を強調した一つのゴシップネタ…ネットで流行るバズりネタになっているだろう。

 

「八幡は実家から何か聞いてないか?今回の事件を。」

 

達也が俺に質問してきたと同時に全員が俺の方を向いた。

…いや、そんな期待された目でみられても今日学校に来たタイミングで『吸血鬼事件』のことをしたから教えるもなにも今初めて聞いたんですけどね?

期待されても困るんですが。

 

「悪いけどその事件のこと今日初めて聞いたから教えられることはないぞ?それだったらお前の方がお母さんから聞いてんじゃねーの?」

 

「…いや。聞いてないな。」

 

一瞬だけ達也の反応が戸惑ったようなものに見えたのは気のせいじゃないだろう。

俺じゃなきゃ見逃してたね。

と、言ってもここで追求しても意味は無いので話を続けようとしたがエリカが『吸血鬼事件』の話題が飽きたのか別の話へシフトした。

 

「そう言えばさ。雫元気でやってるかな。」

 

エリカの首を少し回しほのかへ向けられた。

 

「ええ、元気でやっているみたい。授業もそんなに難しくないって言ってたわ。」

 

現代のインフラ技術によって簡単に海を隔てた向こうの大陸に連絡を取ることはそんなに難しくない。

何故だか俺からも雫へ連絡をした方がいいのかと考えたが一先ず置いておくとしてほのかが喋った会話には留学生という概念は存在していたが身近にある実体験ではないので雫からの報告?は興味を引く内容ばかりだ。

そしてほのかが告げた次の内容に俺は思わず確証…というか証拠を提供してくれたことにほのかと雫に感謝せざる得なかった。

 

「昨日も電話で少し話したんだけど『吸血鬼事件』に雫もビックリしていたみたいで向こうのアメリカでも似たような事件が起こっているみたいなんです。」

 

「日本だけじゃなくアメリカでもか?」

 

「…初耳だな。」

 

「雫も言ってたんですが情報統制が結構あるみたいです。雫はニュースじゃなくて留学先の情報通の学友に聞いたそうなんですよ。」

 

達也は意外そうに、克つ感心したような口調で呟いた。

俺の関心を引いたからかほのかが少し嬉しそうにほのかがはにかんだ説明をしてくれた。

 

(その話。雫から聞いておいた方がいいか…明日にでも連絡を取ろう。)

 

そう思いながら昼休みは過ぎていった。

 

◆ 

 

「今回の事件…お父さんから聞いていると思うけど七草の協力関係にあった魔法師が襲われて重体よ。」

 

「遂にうちの関係者にまで被害が出たか…。」

 

まだ午後の授業が行われている筈だったが使われていない空き教室を俺と姉さんが占拠し”密会”をしていた。

”密会”と言っても”逢引”や”逢瀬”ではなく血生臭い事実を報告している。

何故こんなところで説明をしたり受けたりしているのかと言うと姉さんに父さんが日中に報告をしてきたからだそうで少しあきれていた。

他の生徒や十文字先輩に聞かれるわけにはいかなかったのだろう。

今は空き教室の一角を借りて遮音魔法を施している、と言った具合だ。

 

「なにもこんな日中に教えてくれなくても良いのにねお父さんも。」

 

「まぁ、一大事。だと思ったんだろうが…しかしうちの関係者が…敵は魔法師を狙っている?」

 

「ええ。被害にあっているのは全員”魔法師”よ。」

 

「被害者が出てるのが東京近郊なんだっけ?」

 

「ええ、そうよ。裏路地や公園…どちらにしても血を抜かれてる。まるで”吸血鬼”ね」

 

俺は少し思案して姉さんに提案した。

 

「それじゃ今夜から俺が行って見回るよ。」

 

俺は無意識だったのだろう。

姉さんに対して「危ないから後方で俺の援護をしていてほしい」と言う意味合いの視線を投げていたことに気が付かなかったがそれに気が付いた姉さんは苦笑いを浮かべていた。

 

「もう…心配性なんだからうちの弟くんは。」

 

「心配するのは普通の事なのでは?」

 

俺がそう告げると姉さんは視線を天井に向けたあとにこっちに視線を戻す。

その顔色は赤みを帯びていたが少し呆れた表情を浮かべている。

 

「そんなこと言って…他の女の子にも言ってるんでしょう?」

 

「姉さん以外に言ったことないっての…」

 

他の知り合いに対してはそのニュアンスは若干違う。

物理的に危なっかしい意味合いで言っているのと姉さんや家族には心からの心配をしているのだ。

特段変なことを言ったわけでないのだが一瞬会話の流れが止まった。

 

「へ?」

 

「え?」

 

「…そ、そうなんだ。でも私も七草の魔法師よ?遅れは取らないわ。……でもありがとう八くん。」

 

端正な顔が羞恥に染まっているのを見てやっぱり姉さんは可愛い、そんな感想しか出てこなかった。

その反応を見て俺は「そういや俺って姉さんから告白されてたんだよな…」と我に返って何とも言えない雰囲気になり視線が交わり合った瞬間に互いに視線を外していた。

 

「えーあぁ…うん。そうしてくれると助かる?」

 

「…あ、そうだわ。お父さんから言われてたんだった。八くんに伝えてくれって。」

 

その言葉を言われた瞬間に俺の脳内に父さんのあの不適な笑みが脳裏に過る。

何かを思い付き企んでいる顔をだ。

 

「ん?なんか嫌な予感が…?」

 

姉さんのその言葉に俺は思わず唖然とした。

 

「今回の魔法師襲撃事件は『解決までのプロセスは全部八幡に任せる。真由美はサポートとして補助に付かせる』って。」

 

「うっそだろ父さん…」

 

頬を赤く染めてた姉さん、そして父さんから告げられたまさかの仕事に俺は何とも言えない感情のまま今日から『吸血鬼事件』の捜査を行うことになった。

 

◆ ◆ ◆

 

 

授業が終わり俺は家に帰り装備を整え冬の夜風に当たりながら《グレイプニル》に跨がって首都高をぶらぶらとバイクを走らせていた。

不審者と間違われそうな程真っ黒な俺の服は冬用のインナーとカーゴパンツを着用し上着はジャケットを羽織っており端からみればマグポーチを付けている軍用のベストにも見えなくないが入っているのはCADが数種だけだ。

 

「魔法を使ってるけど無かったらめちゃくちゃさみぃよな…うん。そろそろ降りて調査するか。」

 

捜査までまだ時間があった。

静岡のSAまでバイクを飛ばし高速を流したあとに一般道に降りて都心近くまで向かう。

時刻は高校生が出歩いて良い時間帯ではないだろう。

 

「姉さん聞こえる?」

 

東京都心の繁華街近くに到着し通信デバイスに通信をいれる。

するとすぐさま応答した。

 

『聞こえているわ八くん。ツーリングは終わった?』

 

「ああ。真冬にツーリングするのはやめた方がいい…ってただ走らせに向かってた訳じゃない。」

 

『というと?』

 

「静岡のマッ缶味のうなぎパイが…」

 

『やっぱり遊びに行ってるんじゃないの…。』

 

通信機越しにあきれた表情を浮かべているのが感じ取れた。

む、失礼な。うなぎパイのマッ缶味だぞ?レアなんだが…喜んでくれるのはリーナだけというのは悲しくなってくる…布教を進めなければならない。

…っと話が逸れてしまったが早速行動に移らなければ。

 

「話が逸れちまったな…すまん姉さん監視カメラの映像に変化は?」

 

今姉さんが乗っている機材が搭載されている白いハイエース…ではなくテレビ局の中継車は父さんが軍から借りてきた車両を中継基地として使用している。

今回の姉さんのバックアップとして『ナハト』の実働部隊と七草の捜索チームが対応している。

 

『特段可笑しい様子は見られないわ。普段の街中って感じね。想子レーダーにも反応がないわ。』

 

「やっぱり脚を使って情報収集するしかない、か…これから近くの公園から当たってみる。ちょうど繁華街の外れに位置してるしな。」

 

『分かったわ。カメラでモニターしているから何か分かったことがあったら通信してちょうだい。佐織ちゃん達にもすぐ行動できるように指示を出すわ。』

 

「通信アウト。…さて。」

 

人気の無い都心の外れを《瞳》の力を発動し捜索を開始する。

最新の機器よりもこちらの方が鼻が効く。目だけど。

華々しい輝きが支配する世界から暗黒の世界へ俺は足を踏み入れた。

 

◆ 

 

通信が途切れたあとに真由美は八幡の位置情報が記された地図が映る液晶画面を現在位置を確認しながら呟いた。

 

「それにしても今回の事件で七草の関係者…それも魔法師を狙ったこの事件をお父さんは何時もの事ながら「何かある」って言って私たちを捜索に駆り出したけど指揮は八くんに任せる…か。」

 

「それも当主の考え…ですか?」

 

真由美の呟きに佐織は丁寧な言葉で聞き返す。

 

「ええ。去年の横浜侵攻事件で八くんが矢面にたって事件解決に非魔法師の救出、あの件でずいぶんと魔法師へのイメージアップに繋がったらしいわ。嬉しい誤算だって。」

 

「当主は本格的に八幡を次期当主に指名されるつもりなんでしょうね。」

 

「ええ。いずれは『ナハト』での実績も公表するつもりなんでしょう。八くんが就いてくれたらひと安心かも知れないわ。」

 

10月末に発生した横浜侵攻事件。

先の事件で多くの市民が逃げ遅れたが八幡を始めとする魔法師達の活躍によって被害はほぼゼロ、と言って良い程の結果を挙げておりその際に救助された非魔法師の市民が魔法協会を通じて魔法師に対するイメージが伝播し向上しているということだ。

どこの誰かが流失させたその事件での八幡の勇姿をネットに流出させていた者がいたらしくそれを見た市民は八割が「横浜争乱の英雄」と言うものがいたりしてファンは大多数…というよりも九校戦も多かったが更に増えたと言えるだろう。

それでも残りの二割は魔法師という人種に恐怖を覚える者がいるということだがその声はどちらかと言えば反魔法師の意識を持つ者だけなので小さい。

この事に関しても弘一はニヤリ、としていたのは想像に固くない。

 

「ええ。それは嬉しいことなのだけど…向こうの大陸が消し飛んだあの魔法…そのお陰で八くんが『例の戦略級魔法師』じゃないかって各所で疑われてるみたいなのよね…特にあの”四葉”や国防軍の各所から疑われてるみたいなの。…佐織ちゃんは八くんから何か聞いてる?」

 

佐織は真由美に問いかけられたが首を横に振った。

 

「…確かに八幡は加重魔法を使わせたら右に出るものはいないでしょう。それだけで観測されたという”ブラックホール”を再現する魔法までは無理じゃないでしょうか。」

 

「…そうよね。例え八くんが優れた魔法師であったとしても戦略級魔法を作成することは無理よね。『所持してるよ?』っていって七草の次期当主に就いてくれて方が私的には助かるかなぁ…(そうすれわたしと八くんが結ばれて…って何をかんがえているのかしらわたし…///)」

 

七草の当主として就くことになれば隣にいるのは自分が良い、と妄想していると隣にいる佐織から生暖かい目で見られていることに気が付き大きめの咳払いをした。

 

実際に魔法師として優れているがために八幡がその件の魔法師ではないか?と現在国内、十師族に疑われいるのを父親に聞かされ頭を抱えざる得なかった。

実際に八幡は戦略級に匹敵する魔法を既に三つほど所持してはいるが…それを知らないこの二人は只々このような噂話?をするしかなかった。

その事に真由美は苦笑いを浮かべ画面で八幡を示す緑色の光点を見つめながら不憫な事に巻き込まれている弟に内心で「頑張って…!」と応援せざる得なかった。

 

 

八幡が捜索し真由美達がその八幡が置かれている状況に心配している一方で

リーナ、もといアンジー・シリウス率いる脱走兵追跡チームは目標を発見し本部から増員された二人のハンターは東京の街並みに紛れるために現地コーディネートをして夜の街を疾走し遂に脱走兵を徒歩距離内まで追い詰め都心外れの街頭の少ない公園で対峙した。

 

「脱走兵デーモス・セカンド。両手を挙げて指を開きなさい。」

 

目深に被った帽子とマフラーに隠れて更に蝙蝠のような灰色の目出し帽、黒のロングコートを…という明らかな不審者であり表情は見えないが追手のハンターにサプレッサー銃を突きつけられていた。

その口元は微かな嘲笑が浮かんでいたが暗がりでそれは見えない。

突きつけられた銃口に反応したのは慢心か。それとも恐怖か。

その直後にガラスを引っ掻いたようなノイズが流れていた。

キャスト・ジャマーとよばれたCADを機能不全させるUSNAの秘密兵器だった。

 

突きつけられた銃口に素直に両手を挙げて指を開いた。

指を開かせるのはCADの操作を封じさせるためだ。

拳銃を突きつけたハンターがデーモスへ投降指示(お馴染みの言葉)を出す。

その言葉を聞いてデーモス…サリバンは手を広げながら肩を竦めた。

 

「いや、必要ない…君たちでは私を倒せない。ハンターQにハンターRだったか?」

 

名前を言い当てられたハンターQは引き金に力が入り言葉を言い終えると共に引き金を引いてその命を散らされたはず…だった。

 

「うぐっ…!!」

 

だがその弾丸はサリバンを貫かずキャスト・ジャマーを構えていたハンターRの腕を抉っていた。

 

「起動屈折術式だと!?」

 

「キャストジャマーが効いてないのか?」

 

「いいや?キャストジャマーが効いていないわけではない。」

 

蝙蝠が書かれた覆面の下でニヤリと笑みを浮かべたのをQとRは察知した。

 

「もはや私はCADを必要としない。」

 

その言葉と同時にハンター達が服の下に隠していたナイフを構え強化された身体で避けきれぬ刺突を行う。

その強化された攻撃をサリバンは難なく避けてナイフの軌道を逸らしていく。

刺突から斬撃に切り替えるがその攻撃もサリバンに届かずあしらわれ逆にピンチに陥っていた。

サリバンの手にはいつの間にかナイフが握られており攻撃を崩されそのままRの背中に同じ大きさのナイフがつきたてられーー

 

「ベクトル反転術式!?この強度は!」

 

「総隊長!」

 

そんなことはなく阻止された。

サリバンの台詞にハンターQが被るように叫ぶ。

自在に動くナイフの打ち合いに負けたサリバンは不利と見たかその異常なまでの身体を使い壁を蹴り上げ路地を構成するビル屋上へ到達し逃走を始めた。

同じくその通路を追跡のために赤熱・金瞳の魔法師。

一見すれば鬼のような見た目であるが美しささえ感じさせた。

だが今いる路地の向こうに新たなる活性化した想子波動に”彼女”は追跡を断念した。

それは新たなる犠牲者の発生を防ぐべく路地の奥へと走り出した。

 

◆ ◆ ◆

 

「……レオ!」

 

繁華街から外れ市街地に近い公園付近を捜索していた俺の《瞳》に膨れ上がった殺気と想子波動を関知された現場へ自己加速術式を使い走り抜ける。

直後に到着した公園のベンチに倒れている人影が二人…一人は女子大生だろうか?そしてもう一人はレオだった。

駆け寄ると同時に通信ユニットを耳に掛ける。

二名の状態を脈拍を確認しながら告げた。

 

「姉さん被害者を確認した。二名。一人は女子大生で脈拍は弱いが生きてる…それにもう一人は西城…レオが巻き込まれた。」

 

『そんな!西城くんが?』

 

「ああ。レオを脈拍は弱いが生きている。救急車の手配と佐織達を寄越して…!」

 

言葉を言いきる前に本能的に敵が接近していることに気がついた俺は硬化魔法をジャケットに施し通信ユニットを持っていない手を楯として構えると衝撃は直ぐにやってきた。

 

「ちぃっ!」

 

シングルアクションので発生させた『重力弾(グラビティ・バレット)』をばらまくが倒すには至らず後退させるだけだった。

その瞬間に伸縮警棒で攻撃されたのだと俺は気がついた。

羽虫…鈴虫のようなノイズが発生している事に気がつきこの目の前の人間が仲間に「撤退しろ」と指示を出しているのではないかと。

俺はこの瞬間でこの事件、複数犯による犯行だと理解した。

 

「逃がすわけには行かんが…素直に捕まってくれる…わきゃないよな?」

 

襲撃を仕掛けてきた相手の人相は”黒ずくめ”、この一言に尽きる。

黒の鍔付きのハットを目深に被りその表情も覆面を目だけ切り抜かれた白一色。体に身に纏うコートも肌を一切見せていないので女か男かも分からない。

どっかの犬○家のスケキヨかよ…とツッコミたくなったが自重した。

襲撃者は獲物を捨てて徒手空拳…中国拳法の構えを見せこちらに襲いかかる気満々だと。

正体不明の相手…普通の人間には目の前の襲撃者がどっちの性別か分からないが俺には関係がない。

メガネ越しに瞳を金色に輝かせて『賢者の瞳(ワイズマン・サイト)』を発動させた。

 

(体格から想像していたが女か…本名ミカエラ・ホンゴウ…状態異常が出てるな…これは『精神憑依?』)

 

賢者の瞳(ワイズマン・サイト)』によって映し出された情報には真名と状態が詳細情報(ゲームパラメーター)のようなステータスが表示される。

他人には見えずに俺だけの視界に現れる。

このミカエラ・ホンゴウという女性に”誰かもう一人入り込んでいる”ように思えた。

ただし分かっている情報は”女である””名前がミカエラ・ホンゴウ””精神異常が出ている”これだけだった。

 

その情報に気を取られていると覆面の女は魔法の発動の兆候を見せずに自己加速術式を掛けて俺へ攻撃を仕掛けてきた。

見事なもんだ、と逆に感心してしまったが俺の脳内で”こいつと拳を交えるな”と警鐘を鳴らす。

それならばと、俺は拳を受ける前に体に瞬時にサイオンと星辰力を流し込み相手の拳が触れる瞬間に大きく吹き飛ばした。

 

『!?』

 

大きく吹き飛ばされた襲撃者の女は覆面に表情が隠されていてその素顔は分からなかったが動揺が漏れ出ている。

《玄武乃型》を流用した防御術式で解体反応装甲(グラムリアクションアーマー)とは違い相手をただただ吹き飛ばすこの型はダメージは現れないが相手の体勢を崩すには十分な隙を生み出してくれる。

懐から『特化型CAD(ガルム)』を引き抜き素早く『結合崩壊(ネクサス・コラプス)』のビームで肩、太股を撃ち抜いて地面に転がせた。

 

『……!?』

 

地面に転がる襲撃者を捕らえようとした俺の近くで接近する者の存在を関知しそちらへ視線を向けると「鬼」がたっていた。

燃える炎のような髪色に今の俺のような金色の瞳、その体躯から女性だと判別できるが”認識”がぶれていた。

存在はしているが関知できない真夏の陽炎のような存在が目の前にたっていた。

 

(俺の《瞳》で解析できない…だと?一体…?)

 

向こうも俺を見て動揺しているのかその歩の歩みを止めてこちらを見ていたが直ぐ様動き始めた。

俺もその「鬼」へ意識を割いたのが不味かった。

 

「………!」

背後から物音がした。

なんと先ほど地面に転がせていた襲撃者が驚異的な回復速度で傷口を修復させて立ち上がり暗闇を疾走していたのだ。

 

「…ちょっ、マジかよ!」

 

急いで追いかけようとした俺だったが先に逃走に気がついていた赤髪の女に先を越されていた。

だが俺も只では逃がさない。

持っていた相手のサイオンで稼働し続ける小型の追跡装置を単一魔法で射出してコートに取り付ける。

無事に取り付けるとそのまま白覆面は赤い女と追いかけっけこが始まった。

 

「ちっ…今はレオ達を救護する方が先か…。」

 

ビーコンは動いていた。

追跡を実行しようとしたが公園で倒れている女子大生とレオの救出を優先すべく俺は二人の逃げた方向へ視線を向けて拳を握りしめるとギリギリ…と肉と骨が軋む音が響いた。

 

◆ ◆ ◆

 

(どうして八幡がここに…!?)

 

USNA最強の魔法師となったリーナ、もといアンジー・シリウスは追いかけた先で八幡に遭遇するとは思わずその足を思わず止めてしまっていたことに後悔していた。

その一瞬で先ほど八幡が無力化していたであろう白覆面の怪人を無理矢理にでも回収するべきだったと。

起き上がり逃げ出した白覆面を追いかけるリーナだったがそれは叶わなかった。

 

「シルヴィ。想子パターンは特定できましたか?」

 

中継車に乗っているシルヴィアに問いかけるがその返答は芳しくなかった。

 

『申し訳御座いません。ノイズが多く特定には至っていません。』

 

「カメラはどうです。」

 

『現在追跡をできていますが…障害物が多くいつ見失うか』

 

「追跡を続けます。」

 

このままでは押し問答だと思ったリーナは通信を切って逃げる白覆面の怪人を捕らえるために自己加速術式のギアを上げた。

深夜の繁華街には若者が数多くおりその気配に紛れるように関知される想子が薄まっていく。

これでは不味いと更にギアを上げると白覆面の怪人は急遽進路を変えると住宅地へと向かった。

もうすぐ捕まえられる…!これはチャンスと思ったリーナだったが想子のノイズに突如包まれた。

 

(キャスト・ジャミング!?)

 

自らに掛けた自己加速術式が阻害され速度が遅くなる。

次の瞬間には追っていたはずの想子パターンは見失う…というよりも紛れ込まれてしまって分からなくなってしまったと言った方が正確だった。

 

そして白覆面の怪人が自らを誘い出すために住宅地へとむかったのだ、と理解してしまった。

突如として動きが止まったリーナを心配するシルヴィアからの連絡へ言い淀むことなく恥じることなく状況を説明し移動基地へと帰投した。

 

このときにリーナは気がついていなかった。

自分が追っていた白覆面の怪人が自らの仲間である”ミカエラ・ホンゴウ”であることを。

それを知ることになるのは先だった。




十文字家との共闘はなくなってます。
《吸血鬼事件》は七草…と言うよりも八幡が主導で動いてます。
本編では達也達がエリカ達と協力して捜査をしてましたがこの二次創作では…?と言った感じになりますのでご期待ください。

割りとリーナが八幡に対して好感度は最初から高いです。
やっぱりマッ缶は潤滑油…!

次のお話でお会いしましょう。


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遭遇

レオが『吸血鬼事件』に巻き込まれたと言うことは関係者…達也たちに衝撃を与えたのは想像に固くない。

…うん、意外にも俺が一番驚いてるわ。

知り合いに危害を加えられて”キレている”事に。

 

「…。」

 

ポケットから昨日追跡装置を監視するアプリを起動したがロストしており俺は内心で舌打ちをする。

気が付かれて破壊されたか想子を押さえられたか分からないが動いていなかった。

 

ひとまずの状況を達也たちに伝えて運び込まれた中野の警察病院の場所を伝えて学校を休みレオの病室の前でパソコンを叩きながら一先ずの状況の整理を付けていた。

 

(襲われたのは七草の関係者…それをたまたま通り掛かったレオが発見した。そしてその場にその女性を襲った白覆面の怪人…じゃなくてミカエラ・ホンゴウと言う女性が待ち伏せしていた。別の場所でも同じような想子波動と殺気を感じ取った。あのときの羽虫の羽音のようなノイズ…あれは遠くにいた仲間に指示を出していたのか?”逃げろ”とかだと思うが…それだと相手は複数犯なのか?)

 

それだと近くで想子波動と殺気を感じ取れたことに納得が行く、それにその気配を感じ取った場所で血痕が付いた弾丸が採取されている。

日本人での血液一致は見当たらなかったのでもしかするとUSNAから入国してきていた工作員かもしれないな。

弾丸は日本で一部流通している45口径のACP…明らかに対魔法師用の弾丸…それに《瞳》で確認した白覆面の怪人…ミカエラと言う名前からして日系アメリカ人だろう。

その人物の精神領域に憑依…もとい乗っ取られているかもしれない。

まるで『精神寄生虫(パラサイト)』だなと内心で思った。

…なら”あの魔法”が役に立つかもしれないと向こうの世界で開発していた対霊体用魔法を再構築することにして一旦その事を頭の片隅においておいた。

煮詰まった頭を凝り解すために病院の売店へ向かう。

今は糖分が欲しかった。

 

◆ ◆ ◆

 

そうすると今回日本で起きている『吸血鬼事件』、もとい魔法師襲撃事件はUSNAも関連している?

そんなことを思っていると昨日ほのかが伝えてくれた言葉が脳裏をよぎる。

 

『昨日も電話で少し話したんだけど『吸血鬼事件』に雫もビックリしていたみたいで向こうのアメリカでも似たような事件が起こっているみたいなんです。』

 

それはつまり同じことがUSNAでも起こっている?リーナはその捜索も任務としてこちらに来ている?

話の辻褄が合ったような気がした。

 

(昨日出くわした鬼のような女性…俺の《瞳》でも正体を探ることは出来なかった。まるで陽炎の様で…何かを纏って隠蔽しているような。)

 

そこで俺はハッとした。

 

(アンジェリーナ・”クドウ”・シールズ…?そういえばリーナが言っていたな)

 

リーナと初めて会った時のことを思い出す。

 

(『あら、よく知ってるわねタツヤ。随分と昔の話なのに…うーんそうよ。わたしの母方の祖父が九島将軍の弟なの。』って。)

 

老師との血縁関係…その弟である人物が偽装魔法”仮装行列(パレード)”を使うことが出来るならリーナも使えるはずだ。

魔法師は世代を重ねるごとにその力が強くなる。

俺の推測があっているのならあの赤い髪の鬼女の正体はリーナ、になるのかも知れない。

だがあそこまで見事に『仮装行列(パレード)』を使いこなせるものだろうか…本人に話を聞いてみたいがはぐらかされるか俺が消されるかのどっちかだ。

まぁリーナがそう言うタイプ…ではないと信じたいが。

 

仮装行列(パレード)』の仕組みを知っている人物にそれを聞ければ良いのだが…とそんなことを思っていると脳裏に電流が走る…がおいそれと他家の秘術を聞き出すわけにはいかない…。

まぁ…俺も似たような魔法は使えるが根本的な起動式が違うからな…解析も出来ないから力業で解決するしかないんだよな。

 

「手詰まりか…いや。あの紅い女を味方に出来ればまた話は違ってくるかもな…。」

 

PDで情報を纏めていると向こうから複数人の足音が聞こえてくる。

いつものメンバーが現れレオの病室を探しているのか俺がいることに気がついていないようだったので声を掛ける。

 

「よぉ。」

 

「八幡。まだいたのか?」

 

一通りの情報を達也達に伝えていたのだが其を教えていたのが襲撃のあった次の日…つまり今日の登校日の朝、と言うことになる。

『レオが吸血鬼事件に巻き込まれて警察病院に担ぎ込まれた。場所は○○病院。』と簡潔的な文章を送っていた。

しかし俺は達也の言葉に疑問符を浮かべていた。

そんなにずっといた訳じゃないと思った…筈だったが気がつくと既に外は既に茜色に染まっていたことに気がついた。

 

「…マジか。もうこんな時間?」

 

うーん。どうやら情報を纏めるのと考え事をしていたせいでパートタイムのフレックス並みに時間を消費していたらしい。

その事を達也に確認すると達也だけでなく全員が頷き苦笑してた。

む、いかんな。

このタイミングでエリカの隣にいる美月が問いかける。

 

「八幡さん…レオくんは無事ですか…?」

 

「ああ。大丈夫だ。命に別状はないって教えたろ?ってまぁ俺から聞くよりかは自分の目で見た方が確かだが…この病室だ。」

 

俺からの説明を受けた美月はホッと胸を撫で下ろす。

その様子を女性陣は温かい目で見下ろしていた。

病室の扉をノックすると聞きなれた男の声が聞こえてきた。

 

『おーう空いてるぜ。』

 

病院の個室…その中にレオは患者用の衣服を着用しベットから上半身を起して扉の方向を向いていた。

顔色こそは普通なものの”中身的には疲労困憊”なのだが其を心配させまいとしているレオは強かった。

俺が扉を開けるとエリカからすたすたと病室へ入っていく。

続いて達也達が入り個室は満員となった。

 

ベッドの上で上半身を起こし胡座を掻く姿勢になったレオの回りを取り囲むようにして開口一番達也が声を掛ける。

 

「酷い目に遭ったな。」

 

「みっともないところ見せちまった。」

 

照れ臭そうにレオが笑っているがあのときの状況を俺は知っているので生きているだけ凄い、としか言えないのだが。

 

「見たところ怪我も無いようだが。」

 

「そう簡単にやられてたまるかよ。俺だって無抵抗だった訳じゃないぜ。」

 

「じゃあ何処をやられたんだ?」

 

「それがよく分からねぇんだよなぁ…殴り合ってる最中に急に体の力が抜けちまってさ…最後の根性で一発殴ってきた相手にいれたんだけどよ…そっから力が入らなくなって公園?に倒れてる所を八幡に助けて貰って今に至る…って感じか?」

 

レオは心底不思議そうに自分がやられたときの状況を話している。

 

「毒を食らったって訳じゃないんだよな?」

 

「ああ。身体中の何処を調べても刺し傷噛み傷…銃創もなしで血液検査でも健康そのものだったぜ?」

 

その話に達也が首を傾げていると幹比古が質問する。

 

「相手の姿は見たのかい?」

 

「見たと言えば見たが…目深に被った帽子に真っ白な覆面姿…ロングコートの下にボディーアーマーを着けてて人相も体つきはよく分からなかったが……間違いじゃなきゃ」

 

とレオが俺を見る。

恐らくは自分の中の気を失うまでの記憶と俺が見た情報の照らし合わせをしたいのだろう。

此処で俺も口を開いた。

《瞳》の情報を此処で全部言うのは何故か憚られたので切り出せる情報だけを此処にいる連中に伝える。

 

「…”女性”のはずだ。現に俺も襲撃を受けて対応したからな。」

 

「レオを昏睡させた相手と対等に殴り合ったのかい?…って逆か。」

 

「相手が可愛そうよそれ…ってレオが昏睡させられたのにあんた大丈夫だったの?」

 

幹比古の台詞に乗っかったエリカだったが一応は心配をしてくれているようでなんともむず痒い。

 

「ああ。一応前後のやり取りである程度の防御策は取ってから接敵したからな。加重系統魔法を拳に纏わせて”触れないように”した…けど浅かったのか逃げられたよ」

 

俺が”逃げられた”と告げると達也と深雪が驚いていた。まぁそうなるよなぁ…。

 

「お前の《四獣拳》でも意識を飛ばすことが出来なかったのか?」

 

「ああ。巷で噂になってる”吸血鬼”かもな?本当に。」

 

その事を茶化しながら発言すると幹比古は神妙な顔つきになり達也は考える素振りを見せていた。

まぁそんな反応になるよな。

 

そこから幹比古がレオを襲った正体は「パラサイト」と呼ばれる”超常的な寄生物”ではないかと。

妖魔に悪霊…つまりはこの世にはいない”悪質な幽霊”が関与しているのではないかと。

幹比古は古式魔法の使い手だ。その手のオカルトじみた話ではあったが信憑性はあるため俺も達也も黙って話を聞いていた。

ある程度は予測してたものにぶち当たり少しではあるが解決策の導線になるだろう。

と…俺の隣にいるほのかが怯えたような表情を見せた。

 

「そ、そんな…悪霊とか妖魔が実在するなんて…っ」

 

その様子を見た俺はほのかに向き直り声を掛けた。

 

「魔法だって昔は”存在してなかった”だろ?だけど今は俺達が”空想上の絵空事”を実用化して使ってる。幽霊だって悪い奴らばかりじゃないって…ほら座敷童子とか。」

 

それは違うだろ…とみんなの視線が刺さる。…例えが悪かったかもしれないな?

と思っていると俺の言葉で安心したのかほのかは落ち着きを取り戻していた。

それから幹比古がレオの”幽体”…つまりは生命力の塊の残量を確認させて欲しいと告げると了承し幹比古は足元に置いた鞄から札を取り出し状態を確認すると驚いてた。

俺も《瞳》で状態を確認していたが”生命値が半分以下”になっていたのだからやはり当然と言えば当然だろう。

俺達は面会時間が間近に迫っていたので病室を後にする。

入れ替わりでレオのお姉さんが戻ってきたのでこれ以上の長居は不要だろうと考えレオには自動回復できる術式を掛けておいて後にした。これでいきなりレオのお姉さんの前でぶっ倒れることはないだろう。

 

そのまま”パラサイト捜索”に向かおうとしたが流石に一度家に戻ろうと達也達から離れようとすると声を掛けられた。

 

「八幡。」

 

「ん?」

 

「レオを助けたときお前はそこで何をしていたんだ?」

 

まるで問い詰めるような言い方に俺は苦笑してしまったがそれに深雪が反応する。

 

「お兄様っ。…八幡さん。」

 

深雪が申し訳なさそうな顔をするが気にしなくていいんだが。

 

「何してた…か。まぁ達也達には伝えてもいいか。」

 

俺は手で病院前のベンチに移動しろ、と合図して全員に移動して貰うと遮音フィールドを展開しそこで何をしていたのかを詳細を省いて説明した。

 

「実は襲われたのはレオだけじゃない。」

 

「なに?」

 

「レオが襲われる前…つまり昨日の夜に七草の家人が被害にあったんだよ。」

 

「七草の家人がか?」

 

「それを受けて被害箇所を俺が捜査…見回りをしていたら七草と協力関係のある魔法師もその同じタイミングで襲われたんだ。まぁその被害者を見てレオも巻き込まれちまったんだがな?」

 

「そうだったのですね…。」

 

達也も深雪も驚いてはいたが俺が告げる内容が一致していたようで其れ程までではなかった。

流石に達也達に”協力してくれ”とは気が引けてしまいそれ以上は話すことはなかったが。

俺は皆と分かれた後に端末が震える。

着信は佐織からだった。

 

「仕事が早いな。勤務先…マクシミリアン・デバイスの社員か。」

 

昨日遭遇した”ミカエラ・ホンゴウ”…もとい本郷未亜はどうもUSNAからの出向社員らしい。

佐織から送られた顔写真とPDを見ながら俺は次にどうするべきかを考えながら駐輪場に停車している《グレイプニル》へ向かった。

 

◆ ◆ ◆

 

八幡達がレオを見舞っている最中、リーナはマクシミリアン・デバイス東京支社へと訪れていた。

昨日あった脱走兵デーモスセカンドの件でだ。

学校を休み大使館が用意した紹介状と第一高校の信用で通過したリーナは《仮装行列》を使い会議室の一つに昨日手助けしたスターダストの隊員とビシッとしたタイトスカート姿で対面していた。

脱走兵と対峙したスターダストの隊員から報告を受けとるシリウス。

それは以前のデーモス・セカンドでないことを知った。

対峙した情報とその能力を客観的に知らされたシリウスは決断を下す。

 

「…どうやら過去のデータは当てに出来ないようですね。今後脱走兵を補足した場合は追跡に留め、直接手を出さないように。私が対処します。」

 

立ち上がった二人のスターダストの二人に敬礼し終えよう…としたところにリーナ、もといアンジー・シリウスは追加の連絡を行った。

 

「それと…今回、関係があるが不明瞭ですが日本の十師族…七草家が動いている可能性がある。”エクスキューショーナー”の被疑者である七草八幡が現れる可能性もありうるのでそれに留意し脱走兵捜索に当たれ。」

 

「イエス・マム」

 

スターダストの隊員に敬礼を返し、シリウス…もといリーナはその場を立ち去った。

 

マクシミリアン・デバイスの廊下ではシルヴィアがリーナを待っていた。

 

「総隊長こちらへ。」

 

その言葉に頷いて《仮装行列》で変装したリーナがシルヴィアの跡をついていく。

案内された場所は従業員女性用の更衣室だった。

 

「どうぞ総隊長。中に誰も居ないことを確認済みです。」

 

鍵を開けて中へ誘導するシルヴィアの後に続いて左右の状況を確認し入室して扉に鍵を掛けるとその姿は赤髪と金目は金髪と蒼窮へと変化した。

 

「ふぅ…やはりこの方が楽ですね。『パレード』を維持するよりも魔法を隠す方が大変です。」

 

ごちるリーナにシルヴィアが声を掛ける。

 

「少佐急いでください。従業員が来ないうちに早く。」

 

リーナはシルヴィアからのお小言が飛んできて首をすくめるリーナはドレッサールームに入り会議室に入る前にハンガーに掛けた第一高校の制服へ着替えを始めた。

 

「捜査班も白覆面の想子波を識別出来なかったそうです。」

 

「そうですか…脱走者が獲得した能力は個人によって差が出来るようですね。」

 

リーナが告げたことは予想済みだったのかシルヴィアの声に驚きはない。どちらかと言えば落胆の気配が濃厚だった。

タイトスカートを脱いで下着姿になったリーナはハンガーに手を掛ける。

その最中で何故脱走兵が日本人を襲っているのかの議論が繰り広げられるかそれは互いに憶測の範疇を越えなかった。

 

ストッキングを脱いでレギンスに履き替えワンピースの前を留めたリーナが呟いた。

 

「彼らが獲得した異能…それが関係しているのか知れないですね。それよりもあの白覆面を追跡現場に八幡がいるとは思いませんでした。(…八幡はどんな女の子が好みなのでしょうか……。)」

 

会話の最中に出た八幡の話題。

それはリーナが今一番気にしている少年の名前だった。

他人に対して壁を作るくせに面倒見がいいというなんとも天の邪鬼で捻ねくれた性格。

七草の家系に入ったイレギュラー…其れでありながらその実力は”最強”。

万能の黒魔法師(エレメンタル・ブラック)と呼ばれるほどのリーナを授業とは言え負かす程の実力を持つ。

それに顔立ちも悪くはないし”瞳”が綺麗だと思った。

リーナも高校生で年頃の女の子で同学年で自分と並ぶ魔法師…気にならない筈が無かった。

 

ドレッサールームのなかでワンピースを着用しガウンを羽織る前にポーズを取ってみる。

週刊紙のグラビア女優のようなポーズを取りそれが姿鏡に映りハッとした。

 

(べ、別にわたしが八幡を気にしてるとか…そんなんじゃないですかっ)

 

「そうですね…まさか”エクスキューショナーの第一容疑者である彼があの場にいたのは予想外でしたね…それもあの白覆面…脱走兵と戦闘を行って影響を受けずにいるのは彼の実力でしょうか?…それに”異能…傷を残さず血を奪うという吸血鬼の能力ですか…って何をしてるんですか」

 

時間もないのでシルヴィアがドレッサールームを開くとグラビアアイドルがするようなポーズを取っていた。

 

「えっ…いや、これはっ…」

 

パッと姿勢を正し、赤面して俯く上官の姿にシルヴィアは深々と溜め息を吐いた。

 

◆ ◆ ◆

 

突き出された拳と拳が武道場に響き渡る。

目まぐるしく変わる体に、目まぐるしく変わる攻守。

八幡とその妹小町は久々にということで組手をしていた。

それは単なる拳の応酬ではなく《四獣拳》…一拳振るえば人の命を容易く絶つ拳を合わせていた。

 

八幡は《朱雀》小町も《朱雀》を発動し相手へ一撃をいれるために振るう。

上下左右から拳、手刀に拳打の応酬…それを掴み投げ飛ばすが魔法により座標を固定した空間を壁変わりに足場して跳躍し小町が連脚を浴びせるが八幡は涼しい顔で受け流す。

再び空間を足場代わりにした小町が飛翔し飛び蹴りを浴びせるがカウンター気味に繰り出された回し蹴りがヒット。

空中から叩き落とされる小町は素早く体勢を建て直そうと片手で畳を弾きバク宙の要領で向き直りながら距離を取ろうとするが《四獣拳》の使い方…殺し方に至っては兄である八幡の方が上手だった。

 

体術の巧さは両者互角。

威力に関しては比べるまでもなく八幡の方が上手。

しかし速度で言うならば小町の方が上手だった。筈だった。

 

同じ速度重視の《朱雀》でもそれは如実に現れていた。

武器として表すならば小刀二刀流の小町に対して八幡は大剣の二刀流。

小町は他の型を組み合わせて使用できないのに対して八幡は《朱雀》に威力重視の《白虎》を組み合わせ使用することが出来る技巧を有していた。

《速度》と《威力》。

 

小町は圧倒的に不利だと自覚しこの状況を打開するために兄が発動させている自己加速術式を打ち消すための対抗魔法を発動する。

背後に回り込んだ兄を認識した小町はその場所に向けて《術式解体》を発動し起動式を破壊する。

しかし、それは無意味だった。

後ろにいた筈の兄が目の前に現れていたのだから。

突然の事に驚く小町だったが後ろに意識を集中していたため前方にいる八幡へ対処できない。

《玄武》で対応しようにも小町にはその切り替えが兄ほど素早く出来なかったのだ。

小町が遅いわけではない。

八幡が異常なほどに早すぎるだけである。

小町の脳内で「あ、終わった」と思うと同時に拳底が体へ叩き込まれ武道場の壁に激突した。

 

 

「もー!お兄ちゃん手加減してよっ!こんなに可愛い妹をボコボコにして罪悪感はないのっ?」

 

俺が放った《朱雀》の一撃で武道場の壁まで吹っ飛ばされたがとっさに空間に反重力魔法を仕込んでいたのでぶつかったときの衝撃は…そうだなおっきなマシュマロに包まれたくらいだろうか?

いや、でっかいマシュマロに包まれたことなんて無いんだが…。

 

「いやいや…小町が「久々にお兄ちゃんと組手がしたいー」とか言うからだろうよ…。」

 

「だからってこんな可愛い妹をボコボコにしちゃう?」

 

「試合とは言え手は抜けんだろ…それにお前が第一高校に入学したら体術で小町ちゃんに勝てるの居ないと思うけどなぁ…。」

 

恐らく達也といい勝負かも知れん…かもだが殴り合うのは見たくない。

此処は俺の妹…と自慢げに誇っていいのだろうが複雑だ。

小町も俺と同じくほぼほぼ全ての魔法を満遍なく扱うことが出来る。

それに俺と同じく特殊な《瞳》を持っているが使わせないようにしている。

小町が持つ本来の魔法が凶悪で《瞳》と組み合わせると”反則技”になってしまうからだ。

だからこそ”それ”を使わせずに元よりある体術の才能と魔法技能を伸ばすためにこのような組手を行っているのだ。

 

しかし、目の前の妹は不満げに組手の内容を語っている。

 

「さっきの《術式解体》決まったと思ったんだけどな~いつのまにかあたしの目の前にいるし…お兄ちゃん、《朱雀》の速度上がってない?それに威力も。」

 

「まぁ去年から使う機会が多かったからなぁ…それで鍛え上げられたんだと思うけど…でも実際に小町のあの場での《術式解体》はナイスタイミングだったな。重ね掛けする必要があって焦った。」

 

小町も俺ほど乱射は出来ないが《術式解体》を出来る。…まぁこれだけでも十分強いんだけどな?

それはさておいて厳密には《次元解放》で小町の前に移動した…んだがこればっかりは教えられないからな。

「再度自己加速術式を発動した」という体裁にしておこう。

 

「うーんお兄ちゃんみたいに型を切り替える速度があればなぁ…ってさっき何気に別の型いれて使ってなかった?」

 

「そこまで分かるんなら小町もきっと使えるさ。」

 

久々の組手は俺が勝利し小町は悔しがっていたが時期に俺に並ぶときが来るだろうと少し兄として嬉しく思う反面出来ることならば使わないで欲しいという気持ちがあった。

 

◆ ◆ ◆

 

レオが襲われて二日たったが未だにベットの上だ…というか当たり前なんだけどな?

生命力をガッツリ吸われて幹比古が「君本当に人間?」と思わず口に出てしまったほどに驚いていたのだがよっぽどなのだろう。

レオが未だに病院のベッドと仲良しなのは達也経由で深雪から聞かされていた。

 

「大丈夫でしょうか…。」

 

A組で深雪が心配そうにしているのは達也の友達であるからもあるが本心で心配をしているからだろうな。

 

「大丈夫…だろう。レオも自分で言ってたけど”俺の体は特別製”だってな。内臓が傷ついたり骨が折れたりなんてしてないから平気平気。それともレオが嘘吐いて空元気だったって?」

 

椅子に座りながら手を軽く振るう。

まぁ俺はレオが皆に心配させないように空元気だったと思っているが。

 

「そうではないですが…わたしが心配してるのは八幡さんですよ?」

 

「はい?」

 

話題の矛先が俺に向いたことに間の抜けた声を出してしまった。

深雪は心配そうな表情で俺を見ている。

 

「わたしたちがあの病室に向かう際に西城君の部屋の前で横浜のときのような表情を浮かべていらっしゃったので…。」

 

「……っ。」

 

そう指摘されどきり、とした。

本当によく見ているな、と深雪の洞察力に感心すると共にそれは達也にもバレてるんだろうなと感づいた。

 

「…まぁ、実際に知り合いがやられてムカつかないわけないからな。」

 

そうぼそり、と呟くと深雪が俺の制服の裾を掴みこう言った。

 

「八幡さんはお優しいですから…一人で抱え込まないでくださいね?」

 

「…おう。」

 

情けないことに俺はそうとしか言い返せなかった。

直後にその日の授業が始まった。

 

授業はつつがなく進み昼休み前の休憩時間俺は雫に電話を掛けていた。

教室ではなく廊下に出た俺と深雪とほのかはUSNAでは今ごろ夜…ちょっと遅い時間だったが確認したいことがあった。

 

『八幡。』

 

久々に聞いた雫の声は変わりの無い静かなテンションだったが少し嬉しそうにも聞こえた。

 

「数日ぶりだな雫。こんな夜遅くに連絡して悪かったと思ってるが…少し聞いておきたいことがあってな。」

 

「大丈夫。まだこっちは夜の八時だから。」

 

画面の向こうの少女の顔が未だ1ヶ月も経過していない筈なのだが大人びて見えるのは端末越しなのかは分からないが俺にはそう見えた。

 

『それでどうしたの?』

 

「ほのかに聞いたんだが…そっちでも吸血鬼が暴れてるって。詳しい話を聞きたかったんだ。」

 

『…ああ。その事。本当に日本でも吸血鬼が出たんだ。でもどうしていきなりそんなことを?』

 

そういうと雫が画面の向こうで首をこてん、と傾げていた。

うん可愛い。ではなく疑問に思う雫には悪いと思うが単刀直入に言わせて貰った。

 

「レオがそれらしき者に襲われて被害にあって入院中だ。」

 

そう告げると画面向こうの雫の表情が固くなった。

あ、まずったな。

 

「あ、いや検査入院的なやつだから命に別状はないぞ?」

 

『そんな…。』

 

ショックを受けているようでフォローの言葉を入れるが本題を切り出すにはこれが一番手っ取り早いと思ったんだが逆効果だったかもしれないと思い追記した。

 

「いや、大丈夫だからな?そんな顔をしないでくれよ。レオが襲われる前に俺が駆けつけて撃退したから。ただその際に敵の異能に当てられて今は病院で療養してる。」

 

『八幡がそういうならそうなんだろうけど…。』

 

俺の言ったことを信じてくれたのかそう悲観する質もで無かったようで俺は胸を撫で下ろす。

 

『そっか…だから八幡は吸血鬼の事を知りたいんだね。』

 

その反応に俺は頷いた。

 

「ああ。だがどうしてもって訳じゃない。知っている範囲で教えてくれればそれでいいんだが…。」

 

『うん。分かった。』

 

「言っとくが危険な橋を渡るなよ?ミイラ取りがミイラ…なんて笑えないし雫に危ない目にあって欲しくないからな。」

 

『うん。無理はしないから。期待しないで待っててね。』

 

なんかその言い方には含みがあるように聞こえて心配になった。

 

「期待しないでいいってのは”情報”の事でいいんだよな?”危ないことをしない”の意味じゃないよな?」

 

『もちろん。』

 

そういって微笑む雫は魔性の女の子だとそう思った。

 

◆ ◆ ◆

 

都内で吸血鬼事件に対して俺率いる捜査チームは今日も今日とて都内を捜索していた。

別動で警察が主になった捜索チームもあるだろうがこっちはこっちで独自に動いている。

 

『八くん。そちらの状況は?』

 

「已然こちらに吸血鬼の影無し…ってね。」

 

「こちらも異常は見られず。」

 

深夜の都心は吸血鬼事件の1件もあってか少し都心から離れると人の影を見ることはない。

俺は普段の黒づくめの姿で《グレイプニル》を引っ張っている。

《瞳》の感知能力と内情(内閣情報監理局)のバックアップを受けて部分的には連携しているように見えるが力関係

は文民よりも”民”の方が強いというなんとも言えないのだが。

 

『しかし…監視カメラやサイオンレーダーからも逃げられることが出来るなんて一体敵の正体はなんなのかしらね』

 

通信機越しに姉さんの疑問の声が届くが全くもってその通りだと思う。

 

「それはその当の本人に聞いてみないとな…っ!?」

 

次の瞬間に俺の《瞳》で拡張した情報領域に”吸血鬼”として登録した敵性情報を獲得した。

場所はすぐ近くの公園らしい。

 

同時に中継車から姉さんの通信が入る。

 

『八くん!そこから南東にターゲットを確認したわ。』

 

「了解。直ちに向かう。行くぞ。」

 

『了解したマスター。』

 

「『タイプシフト・グレイプニル』」

 

通信を切って加速術式を発動させ夜の町を疾走する。

音声コマンドを入力し人型に変形したグレイプニルを伴って移動した。

 

 

(一人は追われて…もう一人は追跡…これはこの間の鬼女か!)

 

公園へ疾走すると《瞳》が人影を捉える。

一人は逃亡者でもう一人は先日の赤髪金目の鬼のような女だろう。

俺は即座にその場に向かうために駆け出しジャケットのホルダーから特化型CAD(ガルム)を取り出し利き手に握り込む。

俺は準備を整えてその足音の方向へ向かうとその正体をついに肉眼で捉える。

交差する二つの影。

一つはこの間俺と交戦したコートと覆面で隠した”ミカエラ・ホンゴウ”でありもう一人は目の辺りを仮面で覆った鬼のような女…俺はリーナだと思っている人物が共に素顔を隠して追いかけている。

声を掛けて平和的に…とは行かないので無力化してから話を聞き出すことに決めた。

 

「グレイプニルは覆面を押さえろ。俺はあの赤髪金目のあいつに用がある。」

 

「了解したマスター。」

 

グレイプニルもレッグホルスターから獲物であるコンバットナイフと『サーペンテイン』を取り出し《四獣拳・朱雀乃型》を構えスケキヨ(白覆面に黒コート)へ突撃する。

接触すると生気を奪われるため本来ならば接近戦闘はご法度だが試作品の相手と装着者の生体磁気を利用した特殊なデバイスを持たせているので相手が死なない限りは”はだが触れることは出来ない”ようになっている。

 

「!?」

 

俺が咄嗟に追いかけっこの最中に割って入ったからか覆面女…いや面倒だからリーナにしておこうに驚きの反応と舌打ちをされた。

どうも俺が介入するのが面倒だと思っているようだが…それはこっちの台詞な訳でな?

左手に《フラッシュエッジ》を発動して保持しながら《加速術式》を使わずにあくまでも身体技能でリーナへ飛びかかる。

 

閃光が弾ける。

 

俺の保持した《フラッシュエッジ》は空を切ってその場にいた筈のリーナは3Mほど離れた場所へ跳躍…魔法によるものだと理解していたので驚きはしなかった。

並みの魔法師であれば今の一撃で腕の1本や命を貰っていた筈なのだがそれを回避して見せた魔法のスピードとテクニックに舌を巻いた。

 

(これがリーナの実力だとすると…すごいな。)

 

リーナが移動した先は街灯のすぐ下だった。

その姿は街灯によって照らされ暗がりから光が当たるとその姿が露になる。

賢者の瞳(ワイズマン・サイト)』も見破れぬ幾重にも偽装された情報に女性であるのは確かだがそれを疑ってしまうほどの肉眼で見る禍々しい色彩に鬼のような仮面のしたにある金色の瞳は見るものによっては恐怖すら感じるだろうがその程度の事で俺は揺るがない。

 

「さぁて…その仮面の下に隠した本性をさらけ出して貰う…ぜっ!!」

 

赤髪の女へと飛び込むと同時に魔法を使わずにあくまで身体技能で接近し《フラッシュエッジ》を保持しながら振り下ろすと驚いた表情を浮かべながら魔法の残光が煌めく。

自己加速じゃなくて自己移動の魔法を発動したのが分かり右手に持った特化型CAD(ガルム)から発動した《重力弾》をばら蒔き牽制しながら左手に持った《フラッシュエッジ》で切りかかる。

俺の振り抜いた攻撃を回避するために進行方向を変更するがその予測進路に時限信管で発動するように《重力弾》が炸裂した。

 

「くっ…!?」

 

その瞬間に光輪は赤髪を一房切り裂くだけに留まったが追撃を仕掛けるために多重展開した《フラッシュエッジ》を投擲する。

 

「いけっ!」

 

投擲した魔法は到達する前に魔法によって撃ち落とされてしまったが先制攻撃は成功した。

こちらを見る赤髪の女は乱れ髪…先ほどの攻撃は髪止めのヒモごと断ち切ってしまったらしくその姿はインド神話に出てくるカーリーそっくりであった。

俺に乱入されているからか焦っているのが伝わり視線も俺ではなく《白覆面の女》に注がれてるのが分かった。

 

俺の背後で地面が抉れる音が響くと金目の視線が俺から離れた。

恐らく《グレイプニル》が加重系統魔法を使って覆面女を吹き飛ばしたのかそれを目で追っているようだ。

正体を知るために俺は魔法を発動させ襲撃した。

 

 

(くっ…どうして八幡がまた此処に…ってなによあのロボット!?魔法を使ってる?!?)

 

リーナはデーモス・セカンドが現れた知らせを確認し先ほど後処理をしたあとで同じくデーモスと同じ仲間である白覆面の人物が現れたことでその人物を追跡を行っていた最中に現れた八幡と謎の機体。

彼らは瞬く間に分断しリーナ達を捕縛するために活動を始めた。

 

対峙しているリーナは正直目の前の八幡に気をとられて追跡をしている筈の白覆面を追いかけることが出来ていなかった。

逆を返せば白覆面は今八幡が連れてきた戦闘ロボットによって足止めを喰らい動けずにいるのだ。

この状況を利用しない手はないと思うリーナだったがそう簡単に物事は進まない。

 

(くっ…これが八幡の実力なの?加重魔法をこんな風に使うなんて…っ!)

 

現に機雷のように威力は小さいが足止めできる魔法を使われリーナは立ち往生…そちらの機雷に気をとられると手に持った光鋸がこちらを両断しようとしている。

リーナの持つ発動スピードに追随できる八幡の能力に驚いていた。

 

(普通移動方向とは逆向きにして回避しようとしたのになんで合わせられるのよ!)

 

自己加速ではなく自己移動を選択したのにも関わらず純粋な身体技能で迫る八幡に舌を巻いたがリーナに敗北は許されない。ましては相手は自分が認めた負けたくない男の子で日本の頂点に立つ十師族の家系の魔法師。

USNAのアンジー・シリウスとして一介の学生に遅れをとることは許されない。

 

(しまった…!?)

 

八幡が起爆させた機雷に足を取られてしまうリーナその隙を逃す筈もなく八幡が手に持つ光の鋸が腕へ直撃する。

声には出さずに不覚を悟ったリーナは咄嗟に鉄鋼を仕込んだ籠手で受け止め強化の魔法を発動し切断を免れる。

公園には金属が擦れる音と火花が舞い散る。

リーナは懐にしまっていた拳銃を取り出すと気づかれてしまったのか光鋸の魔法を解除し無手になり拳銃があげられる前に押さえられサプレッサーが付いた拳銃からくぐもった銃声。

すぐさま対応するリーナは拳銃を手放し八幡の顔面に魔法を発動しようとする。

それにようやく驚いた表情を浮かべる八幡に内心笑みが溢れたが重力制御の魔法を使っているのか直ぐ様回避をされてしまい雷球の魔法は明後日の方向へと飛んでいってしまった。

 

(今のを避けるの!?くるっ…!)

 

本来ならば急制動を掛けたお陰で足の骨が折れている筈なのに八幡は涼しい顔で急激な方向転換を行いリーナへ視線を向ける。

それは余裕のあるものの表情だった。

宙に浮いていた八幡は地面に着地し独特な構えを取りながら右手に特化型CADを持ち踏み込もうとしている。

それを迎撃するために拳銃とコンバットナイフを構えるリーナ。

しかしその均衡は八幡が持つ通信機のスピーカーから聞こえた内容によって決壊した。

 

「マスター。ターゲットを捕縛した。今は気絶させている。」

 

「!?」

 

機械的でありながら人間のような音声…まさかあの機械が発しているのかとリーナは疑問に思った。

空いている片手で通信をオンにした八幡。

それはリーナに聞こえるように動揺させるために聞かせているのだろうがその成果は十分すぎるものだった。

 

「了解だ。良い仕事だグレイプニル。」

 

『当然の事をしたまでの事だ。』

 

踵を返してリーナから離れる八幡だったがその隙を見逃さず、というよりもターゲットが向こうのてに渡ってしまうのが非常に不味いと判断したリーナは八幡に向けて魔法発動を行う。

発動した魔法は八幡へ到達するがその攻撃は体へ触れる前に霧散した。

 

「なっ…!?」

 

流石に驚きの声が漏れ出てしまうリーナ。

完全に意識が白覆面の方向に向いていたのに何故防がれたのかが分からなかった。

三度魔法を放つリーナだったがそれは三度八幡に当たる前に霧散する。

歩みを進める八幡へどんな手品か分からないがこのままでは対象が確保されると確信したリーナは魔法を発動した。

 

「あ?一体どこに…」

 

「しまったマスター!やられたっ!…にがすかっ!」

 

四度目の攻撃は八幡ではなく”白覆面”へ対してだった。

魔法が行使され八幡が連れてきていた一機が施した魔法を破壊し拘束を解除したのだ。

 

「おい!?あ、まてっ!」

 

「!?」

 

身が自由になった白覆面の女はその場から立ち去ってしまった。

その事を感じ取ったリーナは内心で悔しがりながら閃光弾を地面に叩きつけ離脱を決意し立ち去った。

咄嗟に手で目を覆う八幡。

その場に残された八幡とグレイプニルは呆然としていた。

 

「くそっ逃げられた!…なんて事をしてくれたんだあいつは…。」

 

頭を抱えて八幡はリーナが離脱した方向を見つめながら「やってくれたなあのやろう…」と恨みげに呟いた。

八幡が得た収穫といえば”邪魔された”ぐらいだろう。



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決断と同盟

唐突に投稿します。


八幡達から撤退したシリウス。

テレビ中継車に偽装した移動基地へ戻ってきたアンジー・シリウス。もといリーナはシートに腰かけて落ち着くよりも先に撤収を命じた。

 

反論はなくリーナが車内へ戻ってきたということは”車を出す”と意味なのだから問題はないのだが…。

聞きたくても聞けない、といった空気感を醸し出す。

作戦前に綺麗だったブーツは汚れ赤い髪はヒモが切られ乱れ髪になっているからだ。

この車内にいるものでリーナに「何かあったのですか?」と聞く勇者は誰一人としていなかった。

 

「少佐。」

 

移動している車内、天井の高い移動車両の中でスターダスト級の二人の隊員が頭を下げる。

 

「申し訳ございませんでした。」

 

二人はデーモス遭遇に際し追跡脱落をしてしまったことへの謝罪をしていた。

その反応にリーナはいつものように無表情で応じた。

 

「構いません。それを言うならば私も第三者の介入があって目標を取り逃してしまった…おあいこです。」

 

と告げて少し口角が上がった。

その反応を受けてスターダストの隊員もほっと胸を撫で下ろしたのか緊張した口調が柔らかくなる。

 

「…ありがとうございます。」

 

「脱走したサリバン軍曹を処理したのですから実際問題作戦成功と言えるでしょう。…処分したサリバン軍曹の遺体は?」

 

「無事回収しております。」

 

「結構。」

 

部下からの発言に今度はリーナが内心でほっと胸を撫で下ろし安堵した様子で頷いて指示を出す。

 

「軍曹の遺体は直ぐ様解剖へ回してください。それから私が追っていたあの白覆面の事は何か分かりましたか?」

 

直ぐ様表情を引き締め連絡を待つ。

 

「申し訳ございません。今回の遭遇で対象のサイオンパターンを採取するに至りましたが特定までには至らず。脱走者のデータには一致しませんでした。」

 

「そうですか…脱走者のデータと一致せず…もしかするとサイオンパターンが変質しているのかもしれないですね。」

 

「恐らくは後者だと思われます。」

 

「了解した。採取したパターンで追跡に当たれ。」

 

「イエス・マム」

 

その答えを聞いて自分の席へ戻るように指示するし戻ったのを確認したリーナは座席に腕を押さえ治癒魔法を掛けながら深く腰かける。

 

(八幡貴方は一体なんなの!?複数の魔法を同時に展開してそれでいて速度は超一級…それに魔法が使えるロボットなんて聞いたことがないわよ……あーもう!考えると腕が痛くなってきたわ!)

 

考えるのをやめて今は少し休憩をしたかった。

 

◆ ◆ ◆

 

翌日。俺は学校に登校するしてリーナを呼び出した。

昨日の事を確認したいためだ。

二人でマッ缶を飲みながら雑談をしながらリーナにどんなアプローチを掛けようかと考えていた。

俺がリーナに「お前シリウスだろ?協力してくれない?」と言ってもなに言ってんだこいつは…となって警戒されるだろう。

七草という十師族の立場を利用すれば懐柔は可能だろうか?それが一番可能性がありそうだな…。

まぁそんなことをリーナと話ながら考えながら声を掛ける。

 

「そういやリーナ。」

 

「どうしたの八幡。」

 

「そういやお前って昨日も学校休んでたけど大丈夫か?」

 

「大丈夫…って休むのは家の都合だってほのかに伝えてたはずよ?病気じゃないわ?」

 

ほう?それなら少しカマを掛けさせてもらおうか。

腕を庇うような動きを見せていたリーナに声を掛けた。

 

「”腕、痛むんだったらちゃんと病院行けよ?”アザになったら大変だろうし。」

 

「!?…別に怪我なんかしてないわ。ちょっと肌寒いだけよ。」

 

表情に咄嗟に出ないように飲み込んだのか表面上は何事もないように装っているが俺の《瞳》だと筒抜けなのさ。

悪いな。

心拍が異常に上がっているのは図星を突かれそれを表情に出さないようにしなければ、と必死に体裁を取り繕うとしているからだな。

 

「……。」

 

俺がずっとリーナの表情を確認していたからか何故か顔色を紅くしてもじもじしている。

俺に指摘されてどうしようかと迷っているのかそれとも…トイレにでも行きたいのだろうか?

 

「な、なによ……?」

 

少し怒り気味に告げてきたリーナに場を和ませるためのジョークを告げた。

元々リーナに思っていたことを告げてお茶を濁すとしようか。

 

「ああいや綺麗だなって。(瞳の色が)」

 

「…!?!?き、綺麗っ…っていきなりなんて事を言うのよ八幡はっ。」

 

おや?先程よりも顔が紅くなったな…体調でも悪いのだろうか?と思っているとリーナが机の上に置いていたマッ缶を手に取り勢い良く飲み干して立ち上がる。

 

「ご、ごちそうさまっ」

 

「あ、おいリーナ。」

 

「なによっ。」

 

「そっち体育館のほうだぞ?」

 

「わ、分かってるわっ。先に教室に戻ってるわ。」

 

そう言ってリーナはぷんすこ怒りながらカフェテラスを出ていった。

その後ろ姿を見てぼそりと呟く。

 

「選択まずったかなこれ…。小町に知られたら脛に一発もらいそうだ…。んぐっ…んぐっ…んじゃまぁ午後の授業を頑張りますかね。」

 

マッ缶の空を握りつぶしゴミ箱へシュートして俺はリーナを追いかけた。

 

 

カフェテラスで腕の事を指摘されてリーナは目の前の少年を警戒せざるを得なかった。

 

(気付かれた…!?)

 

昨日の戦闘の際八幡の《フラッシュエッジ》を受け止めた際に特殊合金正の手甲を切り裂いて血は出ていなかったかが骨が折れてしまっていて治癒魔法で現在治療をしている状態だったのだ。

 

「”腕、痛むんだったらちゃんと病院行けよ?”アザになったら大変だろうし。」

 

その言葉に表情を出さないように必死に食い縛って反論した。

 

「!?…別に怪我なんかしてないわよ?ちょっと肌寒いだけ。」

 

苦しい言い訳だと自分でも思っているが隠し事はそれ程得意ではないのだ。

そう反論すると八幡はリーナの顔をじっと見つめていた。

疑うような…と言う分けではなくただただ見つめられていた。

 

(うっ…や、やっぱり疑われてる…こ、こうなったら人気のないところに誘い込んで…)

 

物騒なことを思い付くがそれを指摘できるものは誰もいない。

 

「な、なによ…///」

 

リーナがじっと見つめられていて居心地が悪い、というか恥ずかしくなったので聞き返す。

 

「ああ。いや綺麗だなって(瞳の色が)」

 

「……~!?」

 

リーナは目の前の少年の言ったことに最初は理解できなかったが次第にその意味が分かり顔が真っ赤に染まった。

その場から逃げ出したくなったリーナ。

しかし混乱をしているからかカフェテラスから教室へ戻ろうとしたのだが

 

「そっちは体育館だぞ?」

 

「わ、分かってるわよ!(も、もうなんなのよ!正体は見破られてるかもしれないし…その、いきなりき、綺麗なんて…もう、なんなのよ~~~~~~!!!)」

 

探るべきターゲットに対して心揺さぶられていたリーナであった。

 

◆ ◆ ◆

 

リーナと共に戻ってくると深雪からにこやかな顔で俺の手が凍りそうになっていた。なんで?

しかし休憩時間に深雪経由で「レオを襲った吸血鬼事件解決」に協力をさせて欲しい、と依頼が来たのだった。

 

正確な話をするために食堂にていつものメンバーと対面してその内容を確認すると達也的にもレオが襲われたことに心の何処かで燻っている所があったらしく協力を持ち掛けてきたのだった。

その事を告げる達也に同調する形でここにいる全員が頷く。…まぁエリカの場合は面白半分もあるだろうがな。

このお転婆娘め…一度お仕置きをしたほうがいいか?ってなんだか俺が変態みたいじゃないか…。

しかし今回俺は家の仕事で吸血鬼事件を追ってはいるので友人達を巻き込んで良いものか、と思案する。

ちなみにリーナはここにはいない。

 

(知り合いを胡散臭い事件に巻き込むわけには行かないよなぁ…)

 

だがしかし、と俺は思い直す。

実力で見るならば俺の知り合い達は全員屈指の実力者だし確かに戦力に加わってくれば百人力だろう。

だがしかし俺はリーナの事が気がかりだった。

 

(ほぼほぼあの赤髪金目…俺の《瞳》でも見破れない魔法強度…となると源流の偽装魔法…《パレード》になるんだろうな…。そうなるとまぁリーナだろうし…USNA最強の魔法師アンジー・シリウスの正体がばれちまうな。)

 

スターズ総隊長、世界最強の魔法師部隊のリーダーであるシリウスの情報がバレるのはあまり好ましくないだろう。

そうなった場合リーナは早々に本国に戻らざる得ない…というよりもマッ缶愛飲仲間が居なくなるのは俺としても少し寂しい。

別にリーナの身を案じているわけでなく俺の為であるんだが…。

まあ…………少なくとも俺はリーナの性格は嫌いではない。打てば響く良い性格をしているからだ。

 

(情報を知ってるからばらされたくなかったら協力しろ…ってそれはもう下衆のやることなんだよ。)

 

そういうのは薄い本だけにしておこうな!っとまぁ冗談はさておき…。

今回は警察や入国してるUSNAも動いているみたいだしそんな連中と相手取るのは多少骨が折れるので戦える連中の力が必要になる。そうなると達也達の戦力は必須と言ってもいいだろう。

…が、しかしリーナの事を考えると達也達と一緒に行動をするのは…不味い。

不用意な情報を知るものがいる場合は拡散のリスクが高くなる。

それならば、と知りうる情報を食堂へ集まった達也達に教えられる範囲内でだが。

 

「今回…レオを襲った謎の吸血鬼だが警察も動いてる。それぐらいに事態は逼迫してるってことだからな。捜索隊の主導は七草家で魔法師を守るために動いてる。…だからお前達が吸血鬼事件を追うなら…まぁ協力をしてくれるならよろしく頼む。人は多い方が助かるからな。」

 

「でしたらっ」

 

深雪が嬉しそうな表情を浮かべていたのを見て少し心が痛んだが俺の方針を伝えておかなければ。

 

「だがお前達を七草の指揮系統に組み込むのは憚られるから別動隊として行動してくれないか?」

 

「ど、どうしてですか?」

 

深雪が悲しそうな顔をしたのは心が痛んだが言い訳をさせてほしい。

 

「どうして別行動なんだ?」

 

達也からの疑問が飛んでくる。

うん、まぁそうなるよな。

俺は全員が納得できるような言い訳を提示した。

 

「それこそお前達は…あんまりこういう言い方したくないけど下手したらうちの魔法師よりも強いかもしれないからな…それだったら俺の命令系統に組み込むよりも遊撃隊でいてくれたほうが敵の狙いも分かるしな…まぁエリカがいるのにこういった事を言うのはどうかと思うんだが…。」

 

「あたし?」

 

首を傾げるエリカの反応は尤もなもので全員が俺とエリカの間を視線をさ迷わせる。

 

「ああ。ぶっちゃけると今回の捜索はすこーし厄介でな。死人が出ている以上警察が動いていてその犠牲者に魔法師も出ている…そうなると一般人と魔法師両方の保護を訴える組織が動いてんだよ。」

 

「動いてる…あ。」

 

ほのかが何処か納得した、という感じで両手でぽん、というジェスチャーをしてくれた。

 

「そういうこった。警察側は確実に千葉家がと…関わってるからエリカ含む遊撃隊がこっちにこられると指揮系統がめちゃくちゃになるんだよ。それに…俺は七草の人間として”自力でこの事件を解決した”っていう実績が必要になるわけだ。俺とすればそんな闘争にお前達をこの事件に関わらせたくない訳なんだが…お前達は”するなよ?”って言っても首を突っ込んでくるだろ?」

 

そういうとエリカを中心にして”当然”といわんばかりの表情で頷いた。

 

「だからこそ俺の目が届く範囲で遊撃をしてくれる分にはある程度は知らんふりで情報の共有はできる。お前達は存在しない第三勢力って訳だ。まぁ…警察側の幹比古とエリカがいるからなんとも言えんがな。」

 

まぁ達也という”軍所属”の人間がいるからさらにややこしく…なるのでこれ以上は止めておこう。

只でさえ俺は面倒事を隠し決めようとしているのだから。

達也にもリーナの事を話しておいた方が良いのかと迷ったが…色々と情報網を持っているこいつはUSNAの事も感づいてはいるんだろうな…。

 

と、まぁ尤もらしい事を言うと全員が頷いてくれた。

こうしてうちの七草の部隊…というか達也率いる部隊が遊撃隊として加入しレオを襲った吸血鬼捜索隊が結成されることになった。

 

◆ ◆ ◆

 

週末の土曜の夕食を終えて俺は自室…というか作戦指揮所になっている魔改造された中継車にて姉さんと共に作戦会議をしていた…というか姉さんにも一応は知っておいて貰わないと裏口が合わせられなくなってしまうので。

泉美や香澄も話に参加しそうにしていたが「ダメだぞ?」しておいた。

二人はムスっとして小町は二人を見て呆れていた。

 

二人きりになった車内で相談をする。

 

「それ…本当なの?」

 

信じられない、といったような表情を浮かべる姉さん。まぁ無理もないだろうと交換留学生…リーナがあのUSNAのアンジー・シリウスだとは夢にも思わなかっただろうし。

姉さんとしても怪しい、とは思っていただろうがそんなビックネームが俺の口から告げられるとは思わなかっただろう。

 

「ああ。」

 

「でも…どうしてそんなことを?うちに協力をしてくれている第三課の人たちも知らない情報を一体どうして…?」

 

「えーとそれはなんだけど…まぁ…姉さんには知っておいて貰った方が良いしな。」

 

「…!それって…。」

 

まぁ必然的に俺の《瞳》の力がばれてしまうが…まぁ遅かれ早かれ姉さんには知って貰っていた方がいいとそう自分に言い聞かせ説明をしながらメガネを外し力の一端を見せるために黒目から黄金色の瞳へ変化させる。

一目で見ても分かりやすい変化と言えるだろう。

それを見せると俺の瞳をじっと見つめしばらくして視線をそらしてホッと息を吐いていた。

合点がいったという風だ。

 

「ふぅ…それが八くんの《魔眼》って言うわけ……どおりでこの間の横浜の際に迎撃が素早いと思ったわ。」

 

「ごめん。隠し事をする訳じゃなかったんだけど…ガキのころから”それは知られてもいい人以外には伝えるな”って婆ちゃんからの言い伝えだったから。」

 

「……!そっかぁ……ううん。八くんを攻めてる訳じゃないの…ただ…ね。」

 

「?」

 

次の言葉に俺は顔が熱くなった。

 

「わたしに…そんな大事な事を伝えても良い、って思われるほどには八くんからの信頼を得てるんだなーって感動しちゃったの。お姉ちゃん…嬉しい。」

 

「…?!…ちょっとなに言ってるか分からないですね…?」

 

イタズラな笑みと優しげな笑みを浮かべ俺の手を取って顔を覗き込んでくる姉さんに対して真っ直ぐと目を見られなかった。

視線を逸らすとこっちの視線を合わせようとしてくるので仕切り直しと咳払いをして手を離すと姉さんから話を切り出してくれた。

 

「それで?このタイミングでその事をわたしに教えてくれたってことは何か考え事が合ったってことよね?」

 

うちの姉さんは話が早くて助かると俺は実行したいことを告げる。

 

「…ああ。リーナを此方の陣営に抱き込みたいんだ。今回の件でUSNAに借りを作らせてとパイプを太くしておきたいんだよ。」

 

そう告げると姉さんの表情は驚愕に染まる。

 

「…!?随分と大胆な行動に出たわね八くん。でも分かってる?相手はUSNAの戦略級魔法師とその部隊…スターズなのよ?」

 

驚く姉さんを尻目に俺は告げた。

 

「それを言ったら此方は日本の魔法師の頂点の十師族で七草の長男なんですけど?それに地理的な有利はうちの管轄内だしな。それに父さんも今回の件に関しては”俺に一任する”って言ってたし今後の事を考えればこのくらいの事はしておいた方が良いだろうし。そもそもUSNAは日本政府に今回の件を告げずに秘密裏に作戦を進めているからうちから突っつかれるのは嫌な筈だしな。」

 

有り得る筈もないだろうが父さんは俺を次期当主に据えたいらしいから俺にこんな無茶な仕事を振ってきている…ただ面倒くさいから姉さんではなく俺に振ってきているのはそう言う思惑があるからだろう…。

ならば俺の隠し戦力を増やすなら、と今回の作戦を思い付いただけだ。

俺が笑みを浮かべると姉さん苦笑していた。

 

「あ、悪い顔してる…本当にお父さんの嫌なところは似ないで欲しいかな八くん?」

 

「それは…褒め言葉な気がするんだけど?」

 

「…分かったわ。今回わたしは八くんのサポート。八くんの提案にはわたし”イエス”でいるわ。でも大丈夫なの?相手はあのアンジー・シリウス…もし交渉が決裂になったりでもしたら…。」

 

相手は世界最強の魔法師集団の長だ。しかし…。

 

「大丈夫だって。相手が誰であろうが必ず勝つから。俺を誰だと思ってんの?七草の養子で姉さんの弟だぜ?」

 

「そう言いきれちゃうのが八くんなのよね…。」

 

呆れたような表情を浮かべるがスッとそれは微笑へ変わった。

少し話した後で指揮所車両に積載されたモニターに協力関係にある組織から貸し出された監視衛星を使った周辺マップモニターに写し出された捜索している光点が活発に動いているのを確認して目的地へ向かうことにした。

 

こんな調子の良いことを言えるのは姉さんの前だけだ…それほどまでに俺は七草真由美という人物を心の何処かで信じているのかもしれない。

 

◆ ◆ ◆

 

捜索技術という点ではUSNA…スターズの方が上なのかもしれない。

俺も現場に出れば《瞳》の力を活用すればその場の事は分かるが指揮所にいて把握を出来る…尚且つ敵国の敷地内で監視衛星を使えないにも関わらず俺達よりも素早く探知し動いているのは技術が此方よりも上なのかそれとも吸血鬼に関するトレースだけが出来るだけなのかは分からないがな。

俺も技術屋としては非常に気になるので是非話を聞いてみたいところではある。

 

「八くん。対象を確認したわ。」

 

指揮所でモニターを見て情報を処理した姉さんの声でハッとして正面を見るとIFF(個人識別認証コード)に割り振られたモニターに移る光点には”アンジーシリウス”と覆面女の識別が映りリーナ側の人数は四人で取り囲むように動いている。

そしてその敵味方含め五人に近づいている光点がある。

恐らくは達也達だろうと考え俺は移動指揮所の座席から立ち上がりホルスターに仕舞っていた《特化型》を確認した。

 

「行ってくる。」

 

「頑張ってね八くん。」

 

「ああ。」

 

そう言い送られ俺は指揮所から外へ出て目的地へ走る。

深夜に近い時間帯で人の気配は公園付近には殆ど無い。

公園の階段を掛け登り近くの茂みに隠れ《瞳》の力を発動し脳内に情報が流れ込んでくる。

モニターにあった通りにUSNAの軍人が覆面女を取り囲み優勢に戦いを進めていたのは仮面の女…アンジー・シリウスが押しており覆面女は逃げ出す機会を伺っていたが…包囲網は不完全だ。

 

(警察にUSNAに遊撃隊に七草…とんだ夢のドリームチームだわな…入り乱れすぎて収集がつかなくなってるな…まぁしかしこんな監視網が広がってるなかで良くもまぁUSNAは動けるもんだ…裏に協力者がいそうなものだがまぁ今はそれどころの話じゃない。俺がリーナに話をつけてさっさとこの猟奇事件を解決しないとな。)

 

国内で暴れている異形のものをとらえるのには皆協力的だろうしその”遺体”をどう扱うかで色々と面倒なことになりそうだなと思ったが後回しにしよう。

今は吸血鬼を捉える方が優先だ。

 

木陰から戦闘の状態を確認していると仮面の女魔法師が覆面女を圧倒している姿が見える。

俺はホルスターと《次元解放》のポータルから改良した超特化型《フェンリル改》と近未来的な近接装備を取り出す。

 

状況を俯瞰していると仮面の女魔法師が覆面女に攻撃を当てているの目撃しチャンスと思い行動に移す。

体勢を崩した覆面女に対して俺は近未来的な近接装備を加速術式を使い投擲すると身体に突き刺さるが血は出ずに地面に縫い付けられるように体勢を崩す。

俺は突如として現れ驚いているリーナに向けて迷うこと無く特化型に封入された起動式を発動する。

此方を射貫く金色の瞳には確実なる敵意が宿り此方へ向かってくるが俺の魔法が確実に早かった。

 

しかし、仮面の女魔法師はプロの魔法師であり先手を取ることに成功していた俺だったが仮面の女魔法師が既に手にしている武装一体型の拳銃から発せられた単一魔法が俺を捉えていた。

その魔法式を分解するには時間が足りない刹那の時間であり俺はその攻撃を体で受け止める。

しかし俺の《次元解放》により俺という情報体は外れているので攻撃は通らず体を通り抜け背後の茂みの林を抉るだけに留まった。

 

「…!?」

 

断続して武装一体型のデバイスより魔法の弾丸が放たれるが俺を透過しているのに対して「はぁ!?」と言った苛立っているような感情を感じ取り明らかな隙を晒しその隙を突くようで悪いと思いつつ仮面の女に向けて体を覆っている偽装情報体を剥ぎ取る。

 

《フェンリル改》から放たれた無系統魔法・物質構成(マテリアライザー)を使用した。

賢者の瞳(ワイズマン・サイト)》でも見破れない強固な情報体の魔法があるのならば逆戻れば良いと、そう考えた俺は力業だが仮面の女魔法師の魔法使用履歴を遡り”情報体で偽装する前の魔法師使用状態前の身体”に巻き戻すことにした。

いくら特殊部隊のリーダーと言えども常時魔法を発動するのは想子の無駄遣いだし疲労するのは当然であると。

その考えは当たっていたようで術が消えていく。

 

体を覆っていた偽装情報体は映像の逆回しのようにノイズが走り真実の姿を月明かりの下へ晒し出させた。

 

「…………!?」

 

次の瞬間。

戦神のような荒々しい金色の瞳を持つ赤髪の仮面の女魔法師の姿は美しい金の髪を持つ蒼窮色の瞳を持つ美しい少女の姿へと戻った。

 

「アンジー・シリウス。俺と手を組む取引をしないか?」

 

俺は《フェンリル改》を突きつけながら此方を呆然と見ているリーナの綺麗な瞳を見ながらそう言葉を投げた。

 

◆ ◆ ◆

 

リーナの頭は?で埋め尽くされそうになっていた。

先程まで追跡を行っていた白覆面のパラサイトと戦闘に入り体勢を崩し「取った!」と確信を持っていたところに突如として対峙していた白覆面のパラサイトは地面に剣で縫い止められて剣が射出された方向を見ると黒づくめの男…昨日も遭遇し邪魔された八幡がいたのだ。

またしても、と作戦の妨害を受けたリーナは敵意を剥き出しにして手に持っていた武装一体型のデバイスで弾丸を発射し着弾したと思えば”通り抜けてしまい”後ろの林を揺らすだけに留まってしまった光景に思わず一瞬唖然としてしまった。

 

しかしそれが良くなかった。

 

八幡が手に持った見たことの無い拳銃型のCAD…恐らく特化型だろうがそれの銃口に当たる部分が煌めくと発動していた《仮装行列》が解除されていることに気がついたのだ。

鬼のような大女から華奢で柔らかな四肢を持つ金髪蒼窮の美少女へと戻ってしまい視覚的な威圧効果と隠蔽力は霧散してしまいアンジー・シリウスとしての情報は失われ八幡の前にアンジェリーナ・クドウ・シールズとしての姿を晒してしまっていた。

いつの間に…?と思う思考が乱されているタイミングで追い討ちを掛けるように八幡が話しかけてくる。

 

「アンジー・シリウス。俺と手を取る取引をしないか?」

 

その言葉にリーナは疑問に思う前に体が反射的に反応し《仮装行列》を施し偽装するより先に手に持った武装一体型の拳銃の引き金を引いて情報強化された貫通力を高めた弾丸を八幡へ向けて発射した。

殺到する音速の弾丸を”全て破壊し”尚且つ手に持っていた武装一体型のデバイスがグリップだけを残して消し飛んでいたのだ。

武装として使えない状態になってしまったことに驚いて動きを止めてしまったリーナだったが素早く壊された武装一体型の拳銃を腰のホルスターに戻し手にスローイングダガーを持ち変えようとしたが次の瞬間に自分の景色が突如として夜空を見ており眼前に黒目ではない《黄金色》の瞳に変わった八幡の顔があった。

リーナが知覚できないのも無理はない。

八幡はリーナが動いた瞬間に《仮装行列》の劣化版…八幡の新魔法《偽装工作(フェイントオペレーション)》によって”目の前に八幡がいる”という状態を錯覚し正面を見続けていたリーナの意識を掻い潜って《次元解放(ディメンジョンオーバー)》の空間跳躍を使用して背後に回り込み柔術の要領で体勢を崩され地面に転がされていたのだから。

当然体格差もあり身じろぎ動こうとするが八幡が発動している加重系統の魔法により手足の動きは制限されて手に持ったスローイングダガーも没収され音声入力も出来ない状態で押さえ込まれてしまっていた。

この危機的状況にリーナは口を開く。

 

「くっ…無茶なことをするわね八幡…。」

 

「やっぱりその声…リーナだな。随分と余裕がなさそうじゃないか。」

 

地面に仰向けに押し倒されたリーナは八幡に組伏せられており仮面の出ていない口元に笑みを浮かべ余裕そうな表情を浮かべている。

虚勢であることを見抜くのに八幡は《瞳》の力を使わずとも分かりきっていた。

 

「さっきの魔法は何なの?」

 

「別にお前が知る必要は無いだろ?まぁ…俺の話を聞いてくれるって言うのなら…教えても良いけどな。この状態のお前と話をしたかったからこんな手荒な真似になっちまったが。」

 

「わたしと話を…?随分と手荒な真似をするじゃないの八幡。こういうのはもっとロマンチックに迫って愛の言葉を囁いて欲しいものだけど?」

 

「悪いがそんな経験はないもんでね…気の聞いた言葉は言えそうにねぇや。」

 

「ちょっと…痛いのだけれど八幡?」

 

八幡は瞳を黄金色に輝かせながらリーナの蒼窮の瞳を覗き込むと同時にCADを突きつける反対側の手でリーナの着けているマスクを剥ごうとした。

既に正体が割れているとは言え最後の最後まで抵抗を続けるリーナにある意味で感心していた八幡だったがその肉眼でその姿を確認するまで目の前のアンジー・シリウスという存在がリーナだという確証が欲しい。

 

頑なに此方に顔を背けようとしていたリーナのマスクに八幡の手が触れた。

その時だった。

 

「アクティベイト!『ダンシング・ブレイズ』!!」

 

リーナが叫び没収されていたスローイングダガーが宙を舞って八幡へ襲いかかる。

その本数は5本、狙いは手足に右肩の5ヵ所で殺傷する目的ではなく無力化するための攻撃であることは理解していたが避けることはせずに《次元解放》によって先程と同じくダガーが体を通り抜けていく。

 

「どういうこと…攻撃が通用しない…?」

 

リーナが呆然と呟くなか八幡はリーナのマスクを剥がしにかかる。

顔を振って抵抗を見せるがお構いなしにマスクを剥いだ。

苦し紛れのリーナの抵抗の言葉が浴びせかけられる。

 

「こ、後悔するわよ八幡!」

 

「?お前がどんな意図でその言葉を発してるのかは分からないが…悪いがお前達が追っていた白の覆面女は此方が既に回収してる。お前達がどう言った理由であの覆面女を追っているのかは分からないが…。」

 

「…!?」

 

既に《グレイプニル》に指示を出して地面に縫い付けていた白覆面のパラサイトは回収されているので目的は達せられてると言えなくもない。

八幡の目的は”リーナをこちら側に引き込む手順を踏む”ということなので白覆面のパラサイトが捕まえられたのは御の字と言ったところだろうか。

耳に掛かるレシーバーの留め具を左右順番に外していく。

存外に固いマスクを外すと涙目混じりの美少女善としたリーナの尊顔が現れ八幡は思わず見惚れてしまう。

美少女には見慣れていると思っていた八幡だったが思わず顔が赤くなり視線を逸らしたくなる程であったが視線はリーナの顔を瞳に吸い込まれてしまう。

八幡は無意識に呟いた。

 

「やっぱり…綺麗だな…。」

 

「なぁっ…!?と、当然何をいいだすのよっ。」

 

リーナは顔を真っ赤にしてあわわと震え出す。

 

「はぁ?涙目になったり真っ赤になったり忙しいやつだなリーナ。」

 

「と、いうかわたしから離れなさいよ!人を呼ぶわよ!」

 

「人を呼ぶ…ってお前の方が不審者に見えるぞ?それにお前が俺の話を聞いてくれる、って言うなら押さえてる手を外しても良いけど?」

 

「…知らないわよ!?本ッ当に…どうなっても知らないわよっ。」

 

強情だな…と思いながらも隙を見せれば反撃されると確信しているからこそここで手を緩めるわけに行かなかったがリーナの思いもよらない反撃を受けることになった。

 

「~~~~~~~~~~~っ!!」

 

次の瞬間、夜の公園にリーナの絹を裂くような悲鳴が轟いた。

思わず目が点になった八幡だったが彼女に発動している魔法を解除はしない。

 

「誰かっ!助けて!」

 

まさしく強姦魔から助けを求めるリーナの悲鳴を聞き付け”タイミング良く現れた警官四人組”が現れる。

 

「打ち合わせしてやがったか…。」

 

ぼそり呟きながら素早くリーナを起こし手袋を引きちぎりながら後ろに回り込み動けないように腕を回し込みCADを突きつけながら盾にする。

 

「武器を捨てて両手をあげて後ろを向け!」

 

「…とんだ茶番だな。」

 

正面から駆け寄ってきた警官…の格好をしたリーナの仲間が八幡に拳銃を突き付けるがリーナを駆けつけた仮装警官に投げつける形で突き飛ばす。

突き飛ばしたリーナは正面の警察官の胸の中に飛び込むと同時に周囲の警官が八幡を囲むがほんの一瞬の隙を見逃さない八幡は素早く《乱戦乱舞・朱雀乃型》を発動し取り囲もうとしていた警官達目掛け跳躍する。

一人が苦悶の声を挙げている最中それを足場にして次々と囲んでいた警官達を次々と魔法を使わず身体技能で無力化した。

 

「どういうこと…なの?」

 

「悪いがリーナ…関東は七草の管轄内だからな…この程度の変装すぐに見破れる。おふざけはやめて貰えるか?」

 

唖然とするリーナが信じられない…という顔を浮かべる。

先程までリーナを助けに入ろうとしてたバックアップ要員は全員伸されてしまった。

 

「そろそろ話を聞いてくれる気になったかアンジェリーナ・クドウ・シールズ。そろそろ本題に入ろう。」

 

アンジー・シリウス、とは言わずにそうリーナに八幡が問い掛けると周囲を見渡して溜め息をついて改めてリーナは八幡に向かい合い膝を折って丁寧に一礼した。

 

「これは失礼致しました。確かに貴方を見くびっていました。やはり実際に手合わせして貴方の実力が分かりました。七草八幡…いや万能の黒魔法師(エレメンタル・ブラック)?」

 

軍帽はなくともピシッとしたその敬礼は紛れもなく軍隊式の敬礼で国防軍のものとは違う外国の軍隊であることを教えてくれている。

イヤミを交えるのはUSNAなりのアメリカンジョークなのかもしれない。

 

「ワタシはUSNA軍統合参謀本部直属魔法師部隊・スターズ総隊長、アンジェリーナ・クドウ・シールズ少佐。アンジー・シリウスというのは先程の変装時に使う名前なので今まで通り”リーナ”とお呼びください。さて…。」

 

先程までの呆けていた雰囲気と一変し、剥き出しの殺意が八幡へ注がれる。

 

「例え貴方が日本の十師族の一員であったとしてもワタシの正体に気がついてしまった時点でスターズとして抹殺しなくてはなりません。仮面のままであればいくらでも誤魔化しようがあったというのに…ほんと…残念です。」

 

「会談に応じ無いと、そう言う気なんだなリーナ。」

 

向けられる殺意をものともしない八幡はリーナに気さくに話しかけるとその端正な顔立ちは苦痛に歪んでいる。

 

「…本当に残念ですよ八幡。ワタシは貴方のことを気に入っていたのですが。」

 

伸された警官達から回収したコンバットナイフと拳銃を装備し構えるリーナを一別し八幡は溜め息をついた。

 

「それは此方の台詞だ。もうちょい素直に俺との会談に応じてくれるものだと思ったんだけどなぁ…やっぱり融通は聞かないよな。…なら…。」

 

本当に惜しい、と言わんばかりの意味合いを込めたリーナの言葉は常人が聞けば発狂してしまうだろうが八幡は違う。

 

諦めのような乾いた笑みを溢し八幡は顔をリーナに向け黒縁メガネの隙間から黄金色の瞳が爛々と輝き射貫き告げた。

その言葉にリーナは得も知れない恐怖を無意識に感じ取って背筋に悪寒が走る。

 

「結局こうなるよなぁ…姉さんが言ってたのが正しかったか。」

 

八幡は手に持った《フェンリル改》のグリップを捻るとカチャリと音を立てて変形しスライド部分に打刀のような赤刃が形成されその切っ先をリーナに突きつけるとリーナも八幡に対して武装一体型のCADを突きつける。

同時に気絶していた警官達も起き上がり八幡を包囲するように再び行動する。

 

「さようなら、八幡。」

 

「……だから言ったろ?茶番だって。」

 

次の瞬間に月明かりが照らす八幡の影が動く前に囲んでいた警官の右腕が切り飛ばされ苦悶の悲鳴を上げる前に気絶させられていたのだ。

 

「…!?」

 

蒼窮の瞳が驚愕を映し出し明らかな動揺を晒しだしたのを味方の警官がフォローに入るために三方向から襲いかかりコンバットナイフを振るう。

その延長領域に形成された『分子ディバイダー』の仮装領域。

 

「…。」

 

しかし八幡は動揺せず逆に呆れた表情で襲いかかる警官達の『分子ディバイダー』の仮装領域とコンバットナイフ諸とも八幡の赤刃が警官のコンバットナイフを破壊し峰打ちの要領で気絶させられる。

一人を切り裂き低く唸る重低音の返す刃で二人目の警官を気絶させ行動不能にし続く三人目も赤刃を煌めかせ沈黙させた。

リーナの付近にいた残る一人も動き出す前に軽く振るった一閃により無力化された。

警官達が使用していた分子ディバイダーは対人戦闘においては無類の強さを誇るが八幡の使用している《結合崩壊(ネクサス・コラプス)》はその性質上物理法則を無視した質量数を持っているため切り裂くことは出来ずに逆に負けてしまう結果になる。

言うなれば向こうの出力が”一”とするならば八幡の魔法は”百”だ。

 

「…っ!」

 

「まだ…俺を抹殺する、何て(のたま)うかリーナ?」

 

周りの要員が死屍累々の状態になり呆然とした状態のリーナに近づき喉元に赤刃を突きつけ黄金色の瞳で射貫きながら声を掛けるとわなわなと震え騒ぎだした。

 

「い、一体どうなってるのよ!?普通四体一で勝つ?…信じられないんだけど?!?」

 

「それを言うならお前らUSNAが此方の庭で好きかってやってる方が信じられねぇんだけどなぁ…?」

 

「うぐっ…!?」

 

図星を突かれて答えに窮するリーナだったが無駄話をするほど時間が残されていなかった。

その答えが八幡のヘッドセットに通信が入る。

 

『八くん。その公園に接近する人影が…これは達也くん達の遊撃隊ね。そのままだと数分後にリーナさんに遭遇するわ。』

 

「了解…リーナ。此方に達也達が向かっている。」

 

「なんだってタツヤ達が此方に…。」

 

「この間レオがさっきの白覆面の女に襲われたのは知ってただろ?あいつらはやられっぱなしではいられないってことだ。それは俺もだダチをやられて黙ってるわけには行かねぇんだよ。」

 

「…。」

 

「お前達が追っているパラサイトとやらがそれに関わっているならそれは俺たちの敵でもある。それを邪魔立てするなら…リーナ。お前も敵と見なす。さっきの警官のようになりたいのなら話は別だが?」

 

分かりやすい殺気を敢えてぶつけるとリーナは目を白黒させてから溜め息を吐いた。

 

「……分かったわ。ワタシの負け。降参よ。…癪だけど貴方の話聞いて上げるわ。」

 

「最初からそう言ってくれたら話は早かったんだけどなぁ…。」

 

「う、うるさいわね!」

 

「行くぞ。」

 

「あ、ちょ、ちょっと!?」

 

そんなこんなで八幡はリーナの手を引いて連れだしてその場から離脱した。

転がっていた警官は待機していた佐織達に任せていたため身元が分かるような証拠品はでなかった。

現場の証拠隠滅を図ったその後に達也と家で待っているように言われた深雪が八雲を連れて公園に到着したがその場には人一人いなく困惑するしか無かった。

 

(先程までやりあっていた形跡が残っている…一体だれだ…?)

 

戦いの痕跡を辿る達也だったが答えはでなかった。

周辺の監視カメラの映像もただただ深夜の公園が映るだけだったのだ。

 




達也と深雪のシーンはカット!
まだ達也達にリーナの正体はバレていない…ギリギリ。
八幡とリーナがどう言った友好関係を築くのか…お楽しみに。


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隙が多い美少女

八幡とリーナが会談に応じ1日が過ぎた次の日の日曜日。

 

「リーナ!何時まで寝ているんですか!もういい時間ですよ!」

 

「…んふぇ?」

 

同居人であるシルヴィアにどやし叩き起こされた?リーナは寝ぼけ眼を擦りながら寝巻きであるシャツと下着姿でベッドから這い出てダイニングルームのソファーに寝ぼけたまま腰かけていた。

 

「全く…日曜日だからと言って…だらけすぎですよ?」

 

「ん~…。」

 

呆れ顔のシルヴィアはリーナの前に蜂蜜入りのホットミルク…ではなく八幡からの頂き物である黒と黄色のストライプの清涼飲料水…所謂マッ缶を耐熱容器のティーカップに注いで温めたものをおいてそれに口を付けて一口飲み干すとその甘さに脳が覚醒してリーナはほっと一息吐いた。

 

「ふぅ…。御馳走様でした。シルヴィ…本部からは何か言ってきませんでしたか?」

 

口調はしっかりとスターズ総隊長そのものであるが…羽織ったモコモコの上着に寝癖が付いてブラシも当てていない頭では威厳もへったくれもないが…もっともこの状態であったとしてもみっともなく見苦しくもないのはリーナが”絶世の美少女”だからだろう。

その格好を八幡が見たら「美人ってのは得だな」と言いそうなものだが。

同時に思ったことを口に「似合ってるな」と言ってリーナから拳が飛んできそうだったが今ここには八幡はいない。

シルヴィアも苦笑を浮かべただけで八幡と同じことを思い浮かべた。

…シルヴィアと八幡はあったことがないのでその意見が通じているかは分からないが。

 

問い掛けられたシルヴィアは首を横に振った。

 

「いいえ。本部からはまだ何も。…しかし何のお咎めも無し、と言うのは無いでしょうね。」

 

「うぐっ…。」

 

「リーナ…一体何があったんです?バックアップメンバーの衛星級とは言えスターズのコード持ちが四人も一気に負傷…一番酷いのは利き腕を肩ごと切り裂かれ復隊は不可能…残る三名は戦線復帰は可能ですが数ヵ月は病院生活です。」

 

「ううっ…!」

 

「それにリーナまで三時間以上通信途絶にIFFの消失…本当に焦ったんですからね。」

 

「うううっ…!」

 

シルヴィアにはそんなつもりが一切無かったのだろうがその追求がリーナの自尊心を大きく傷つけた。

 

「…もしかして負けちゃったんですか?」

 

まさに”連鶴”と言った具合に必殺の一撃が叩き込まれリーナはついに撃沈した。

両手で頭を抱えて唸っていたリーナだったがシルヴィアの言葉によって遂に崩れ落ちダイニングテーブルの机上に勢い良く頭を打ち付けゴンっ、と音が響きシルヴィアは驚いた。その後に小さく「痛い…」と呟いたのを聞き逃さなかったが。

 

「ワタシはもうダメです…やっていける自信が無くなりました…シリウスの称号を返上します。」

 

「え、あ、ちょっとリーナ?総隊長?」

 

顔を伏せたまま泣き言を垂れ流れ始めたリーナの前にシルヴィアがあたふたし始めた。

これでは行けないと思ったシルヴィアは元気付けるためにあたふたしながら声を掛ける。

 

「だ、大丈夫ですよ。総隊長は立派にシリウスの職務を果たしておりますよ。」

 

「高校生に負ける世界最強の魔法師だなんて…有り得ないじゃないですか…。」

 

完璧にブーたれてしまったリーナにシルヴィアは思わず天を仰いでしまった。

どうも目の前の少女はマイナス思考の泥沼に嵌まり込んでしまったようで…高校生に、と言うよりもリーナは肩書きとして世界最強の魔法師部隊の隊長、と言うのもあるが彼女の年齢を考えれば悩み多きティーンエイジャーなのだと改めて実感したシルヴィアも「自分もこんな風にあったことあったなぁ…」と妙に黄昏そうになったが今はそれよりもフォローを入れなければならないと思考を切り替えた。

 

「きっと相手が悪かったんですよ。きっとそうに違いません。」

 

しかし、何時までも悄気て貰うのも困るのでシルヴィアは上官の機嫌取りをしようと決意した。

 

「総隊長が遅れを取ったのは例のシバ兄妹の片方ですか?それとも七草ハチマンですか?そのどちらかなのでしょう?」

 

「八幡です!…ミ、…白覆面のパラサイトを捕らえようとしたタイミングで突然割って入られて…。」

 

突如言い淀んだリーナにシルヴィアは一瞬頭に?が浮かんだが気にせず会話を続ける。

 

「?ではやはり七草の魔法師は普通の高校生では無かったと言うことでしたね。」

 

「…あんなのが”普通の高校生”ならワタシは”それ以下”と言うことになりそうです。」

 

更なるマイナス思考のループにシルヴィアは「不味い…」と思い言い方を変えた。

 

「そんな普通じゃない魔法師を相手にするのは衛星級では荷が重かったではありませんか。リーナが戦っていなかったら更なる被害が出てましたよ?」

 

言い方を変えてリーナを宥めようとしていた。

 

「普通じゃありませんでした!」

 

その作戦は有効だったらしく沈んでいたリーナの気分を向上させるのに一役買って下を俯いていたリーナの顔を上げさせることに成功した。

 

「八幡は魔法師じゃなくて《(Samurai)》だったんですよ!?」

 

「…《(Samurai)》ですか?」

 

「八幡が剣術使いと言うのは作戦本部からの情報で聞かされていましたが…日本の侍大将である千葉家よりも使い手であるなんて聞いてません!囲まれた状態でダメージを受けずに切り抜けるなんて(Samurai)のソードマスタークラスですよあれは!」

 

「そ、そうですか…。」

 

シルヴィアも日本の剣術家である千葉家のことは聞いており同学年にいる千葉エリカもかなりの使い手であると作戦指示書に記載をされていたことは知っていたがリーナが言うには八幡はそれ以上の使い手だった、と言うことを聞かされ困惑していた。

散々愚痴を吐いたことでリーナは自虐的なマイナスループから抜け出せたようですっかりといつものリーナに戻っていた。

 

「…すみませんでしたシルヴィ。」

 

「良いんですよ。たまには愚痴を吐き出さないとパンクしちゃいますからね。」

 

キッチンへ移動しティーカップに残っていたマッ缶の残りを入れて電子レンジで加熱した後にリーナの前に再び差し出すとリーナはちょっと笑って再びティーカップを受けとりちびちびと口を付ける姿にシルヴィアは笑みを浮かべた。

その姿にリーナはますます小さくなったがシルヴィアに他意はなく上官の愚痴に付き合うのも部下の勤めだと心得ていた。

 

「本部からの指示はございませんがいくつかご承認いただきたい報告がいくつかあります…あ、そのままで大丈夫ですよ。」

 

ティーカップを持っていたリーナは身だしなみを整えなければと思ったがソファーに腰かけていた腰を浮かせたパジャマ姿の上官を手で押し留めた。

 

内容としては「昨日交戦した衛星級の隊員の戦線復帰の目処と離脱」、「カノープス少佐からスターズをこれ以上日本へ派遣することは出来ない」との旨と「参謀本部がスターダストの増援に使うつもりでチェイサーではなくソルジャーの派遣を検討している」との事。

 

追加要員の話を聞いて落胆し溜め息を吐いたリーナ。

衛星級とスターダストの戦闘力を比べると見劣りしてしまうのは仕方がないことであった。

 

「あちらの方の調査ですが、別動隊もまだ特筆すべき成果は上がっていません。」

 

「私たちは脱走者の処理を優先しなくてはならない状況ですから、あちらの方は他チームに頑張って貰わなければならないですが…なかなか深くは食い込めないようですね。」

 

あちらの方、と言うのは『灼熱と漆黒のハロウィン』を引き起こした「大爆発」と「虚空」を引き起こした戦略級魔法、軍事関係者の間では「グレート・ボム」と「ダークマター」の術者を突き止める任務の事でありリーナが日本に派遣された理由もその術者を突き止めることにあった。

別動隊として大学や高校に派遣されたリーナ達よりも一足先に来日しマクシミリアン・デバイスなどの魔法機器企業に潜り込んで情報収集を行っている。

 

「そう言えば最近ミアと顔を会わせる機会もありませんでしたね。潜入先の仕事が忙しいのでしょうか?」

 

「っ…。え、ええ。ここ数日は真夜中過ぎまで走り回っているようです。今日も仕事みたいです。」

 

「ここ数日真夜中過ぎまで振り回されているのは私たちも同じですけど…日曜日だと言うのに走り回っているのは勤勉、としか言いようが無いですね。そう言えば明日の午後に第一高校へCAD機材の搬入に向かうそうです。」

 

「えっ?」

 

シルヴィアから明日のミアの行動予定を聞かされ固まるリーナ。

知り合いの人物が来て制服姿を見られるのは恥ずかしいものがあるとすこし見当違いの感想を抱いていた。

そうシルヴィアに言われてリーナはただただ愛想笑いを浮かべるしかなかった。

 

◆ ◆ ◆

 

俺にとって日曜日は惰眠を貪るというかなり重要な曜日だった筈なのに高校に入学してからはなにかと動くことが多くなった気がする。

今現在俺は妹達が使用する特製のCADの作成と調整、小町が使用する武装一体型のナックルダスターの調整…それに昨日リーナとの会談で分かったことを纏め上げる…という仕事と達也達に教えても良い情報の整理を行っていた。

 

「なんで俺休みの日だってのに仕事してるんだ…くそっ俺が卒業したら不労所得で生活してやる。」

 

そのくらいが言えるくらいには俺は既に貯金もあるし何より《六花》で獲得した使いきれないほどの賞金をこっちの世界で日本円に変換…はかなり難しいので適当なUSNA企業の株や日本企業の株を買ったりしたがそれでも結構余っていた。

投資が成功したので逆に七草の資本が増えるという本末転倒な事をしていた。

それに俺の持ち会社…「ナハト・ロータス」は会社名を変更し「アハト・ロータス・ワークス」に変更すると同時に新規事業…というか一般市民向けに横浜事変で使用した機能縮小した「ナノトランサーシステム」開発・販売をすることにした。

それが大ヒット…それにともない「ナハト」もとい「アハト・ロータス・ワークス」は知る人ぞ知る、といった感じだったのだが今や有名会社へと成長した。

あんまり目立ちたくないんですけどねぇ…?

 

そんなこんなで貴重な日曜日を潰した俺は家族との食事で少しやさぐれた心を落ち着かせ自室に設置されている冷蔵庫から黒と黄色のストライプ缶を取りだし煽る。

強烈な糖分が頭の中を駆け巡りもう少し頑張れそうだと机の端に缶を置いて作業を進めようと思った矢先だった。

 

プルルル。

 

突如電話が鳴り響いた。

 

「誰だ…って雫?」

 

こっちは夕方…というか夜だが掛けてきている雫がいるアメリカ西海岸は真夜中であり丁度日付が変わったタイミングだ。

俺は妙な感じを覚えて拒否する、という選択肢を取らずにすぐさま通話をオンして応答しモニターに掛けてきている人物の姿を映したが…不味かった。

 

「雫か?どうしたんだこんな夜中に…ってお前…ちょっ!?」

 

案の定雫だった。

雫だったのだが液晶に映るその姿は俺を赤面させるには十分すぎるショッキングな映像だった。

雫は寝巻き姿で現れ…これが普通のパジャマ姿なら俺もそれ程オーバーリアクションを取る必要が無かったのだがファッション重視のネグリジェを着用しガウンすら纏っていない状態だったのだ。

高解像度のモニターを置いている自室で応対したのも不味かった。

技術の進歩により高解像度のモニターに映る雫の姿は対面で向かい合っているのと遜色がない解像度だ。

ネグリジェという衣装を着てはいるが薄く光沢のある生地は凹凸が少ない雫ではあるがしっかりと括れがあるのがうっすらとネグリジェ越しに見えて雫の華奢な肢体を隠すには余り役立っておらずより扇情的な印象を肉付けさせた。

いくら夏に雫の水着を見てはいるがその時でさえ雫の表情と雰囲気も相まって「一番エロいな…」と思っていたのに今の雰囲気と室内の明かりに照らされ逆行で透けているほぼ薄布一枚で防御力が皆無なネグリジェを着ている雫は上半身に下着を付けていないようでふんだんに縫い付けられたレースとドレープが肝心な場所を隠してくれてはいるのだが…残念なことにネグリジェの肩紐がずり落ちているのでチラチラと大事な部分…布越しにツンとしたとがった部分や薄い色素の部分が影になって見えそうで見えなかったり…ああもうじれってぇな!俺ちょっと雫のところに行ってきます!

…ではなく年頃の高校生のそんなあられない姿に俺はなんとも言えない感情になり手で顔を押さえ彼女の名誉のために指摘しようかしまいがで迷っていたが俺の反応に気がついた雫が爆弾発言をしやがった。

 

『八幡の……えっち。』

 

頬を赤らめてジト目になり胸部分を腕で隠しながらこちらに抗議する雫。

俺は思わず間の抜けた返答をしてしまった。

 

「…雫さんそれは冤罪では?」

 

それでも俺はやっていない、と心の底から訴えたかった。

あ、でも最後にあれ捕まるんだよなあれ。…俺逃げ場ない?

そんなしょーもないことを思っていたが今この対面している状態では俺の精神衛生上によろしくないので雫にお願いをした。

 

「とりあえず…なんか羽織ってくれない?あと肩ヒモ…かけ直してくれ…目のやり場に困るんだけど?」

 

俺が画面を見ないようにそっぽを向きながらお願いすると不思議そうな顔で聞き入れてくれた。

 

『?まぁいいけど。』

 

俺がそっぽを向いていると画面から衣擦れの音が聞こえる。

恐らく肩ヒモ直してガウンを羽織ってくれているのだろう。

 

『もう大丈夫だよ。…あ。』

 

「どうした?」

 

『夜遅くにごめん。』

 

画面越しに雫が俺にたいしてペコリ、と頭を下げた。

 

「いや、別にこっちまだ日付回ってないから大丈夫だが…そっちはもう日付回ってるだろ。…つかお前顔赤くね?」

 

何故か呂律が微妙に怪しいし顔が赤いまさか…。

 

「お前…酒飲んだのか?」

 

『何を?』

 

「そりゃ…二十歳にならないと飲めない飲み物だよ。」

 

『飲んでない飲んでない…飲んでないよ?』

 

手振りでヒラヒラさせるが表情がぽけーっ、しているので間違いなく”飲んでいやがった”。

俺は少し呆れていた。

 

「…ちゃんと水飲んどけよ?それよりどうしたんだ?酔った勢いで連絡してきた訳じゃないだろ?」

 

『?八幡に連絡したくて連絡しただけだけど?』

 

「冗談はいいから用件を告げて早く寝てくれ…。」

 

『むぅ…冗談じゃないのに…はぁ…』

 

逆にこっちが呆れられてしまったが呆れたいのはこっちなんだがな…。

 

「んで?なんで連絡してきたんだ?」

 

『…ふぅ…出来るだけ早めに伝えた方が良いと思って。』

 

”伝えた方がいい”というのは俺が雫にお願いしていたUSNAで発生している『吸血鬼事件』に関してだろう。

 

「もう分かったのか?流石だな。…無茶してないだろうな?」

 

『してないよ。その事件について教えてくれた男の子がいたから…それよりももっと褒めて?』

 

男の子…という言葉に俺は少しムッとしてしまったが気を取りなす、が雫が酔っているせいで幼児退行を起こしているように見えて脱力してしまったと同時に「雫にお酒は飲ませない方がいいな…」と人知れずに決意した。

 

「ありがとな雫。お前は本当に凄いよ。」

 

『んふふ…もっと褒めて?』

 

”褒めて”との御所望なので素直に褒めて雫を労うことにする。

実際に向こうでは留学で忙しいだろうに調べてくれたりこんな遅い時間に連絡をしてくれたりしたしな。

労ってもバチは当たらないだろう。

 

『…ん。それでね。吸血鬼の発生原因なんだけど。…確か余剰なんとか?の黒い穴の実験のせいみたい。八幡なんだか分かる?』

 

その話を聞いて俺は内心「俺のせいか…?」と思ったが俺が使用する”例の魔法”は発動プロセスが違う為今一般的に広まっている…というかその現象を発生させる実験内容について雫に説明した。

 

「ええとたしか…余剰次元理論に基づくブラックホール生成・消滅…じゃなかったかな。」

 

『そう、それ。』

 

「マジか…あれをやったのか…。」

 

USNAがその実験を行ったことに俺は呆れていたせいか動揺よりも冷静な口調。

 

『それ、なに?』

 

「まぁ平たく言ってしまえば…”小さなブラックホールを作り出しその中からエネルギーを取り出す”っていう実験だよ。生成されたブラックホールが消滅、蒸発する過程で質量が熱エネルギーに変換されることが実しょ、…いや予想されているからな。それを確認したかったんだろう。」

 

『それが余剰次元理論?異次元からエネルギーを取り出すの?』

 

雫にその事を言われて俺はドキッとしたが彼女が俺の魔法を知っているはずがないので言葉から連想した言葉だろうが中々に真をついた言葉だと思ったが…一般的な理論とは異なる。

 

「いや、エネルギーを取り出すプロセスに余剰次元理論は関係ない。」

 

『でもそれでどうして吸血鬼発生につながるんだろう…?』

 

疑問に思っている雫に告げた。

 

「魔法による事象改変にエネルギーは必要ないのは知ってるだろうから割愛するけど…俺たちが加速系統、移動系統の魔法は魔法発動の前後にエネルギーの増量、現象が観測されている。魔法はエネルギー法則の改変に縛られずに魔法はエネルギー保存の法則は否定されているように見える。」

 

『…現代魔法の第一パラドックスってやつだっけ?…”命題自体がふきゃんぜん?というりろん、”だっちゃはず?』

 

呂律が怪しくなってきておりここで俺が”もう寝た方がいいんじゃないか?”といったところで今トロンとした瞳の中が爛々と輝き知識的好奇心が眠りよりも優先しているようなのでそのまま話を続けることにした。

 

『雫が言うようにエネルギー保存の法則が破綻しているように見えるのは見掛けだけの話…魔法もまた物理的な結果をもたらすモノである以上は少なくとも魔法の行使はエネルギー保存の法則…世界の理に則り”変化が訪れる”はずがないんだ。”世界”という閉じた輪の中で変化が観測される、ということになれば計測の誤りか”世界”という輪が閉じておらず”別の世界”に通じてる、ってことになる。』

 

俺の台詞に雫はハッとなったようで呂律の回らない口調で唱えた。

 

『しょうか!魔法にひちゅようなエネにぇるぎーは、異次元、別世界(べつしぇかい)から供給されている?』

 

「ああ。俺もそう考えている。」

 

現に俺は夏休みにここではない世界…《六花(アスタリスク)》に訪れて想子…霊子ではなく《星辰力》に大気中に存在する万応素(マナ)と呼ばれる別次元のエネルギーの存在…そして俺の見つけ出した《重粒子》もこれもまた別次元のエネルギーであることが判明しているのでこれは確実に言える。

 

”別世界、別次元は存在し《エネルギー》を取り出し魔法を使用することは出来る”ということだ。

 

「魔法式は恐らくだが事象改変の結果として足りないエネルギーを逆算して別次元から引っ張ってくるプロセスが”意図せず”に組み込まれているんだ。それがどの起動式の一文なのかは恐らくこの世界の魔法に関連する人間は誰も分かりはしないだろうし…それはかなりの徒労だから俺もやりたくはないけどな。物質的なエネルギーの観測がされていない以上は非物質的なエネルギーが世界の壁をほんの小さな穴をこじ開けて魔法式が不足分のエネルギーを要求して変換をしているとなれば辻褄は合う…はずだからな。それを”別次元からエネルギー”を取り出せる、と解釈した研究者達が余剰次元理論に基づいてマイクロブラックホール生成実験を行った…だが加重系統魔法、例え極小のブラックホール生成でも制御は難しいしかなりのエネルギーを消費させ…次元の壁を支えている筈の重力を制御が甘くなって次元の境界が揺らいで”使用される筈の魔法的なエネルギー”がろ過されずにこちら側に流れ込んできたとしたら?」

 

魔法式(まほうーしき)コントロール(こんちょろーる)されない魔法的なエネルギー…それが吸血鬼の正体?』

 

画面の向こうで雫が肩をブルッと震わせ体を抱いている。

その様子を見た俺は少し驚かせ過ぎたかもな…と反省し言葉を掛けた。

 

「かもしれない、だ。憶測の域をでないから真に受けるなよ?あくまで”推論”だからな?さ、そろそろいい時間だぞ雫。明日はお前も学校だろ?」

 

『そうだね。…うん。そろそろわたしゅも…眠るよ。おやしゅみ、はちまん。』

 

「ああ。おやすみ。ありがとうな。」

 

『うん。あ、しょうだ。』

 

こちらで通話を切ろうとしたのだが何か俺に言いたいことがあるのか留まった雫。

呂律の回っていない口からとんでもない言葉が飛んできた。

 

『…しゅきだよはちゅまん。あーいちゅてる。』

 

「酔ってるなお前…ふぅ……おやすみ。雫。」

 

そういわれ動揺しなかった俺を褒めてほしい、と平坦な声で対応し通話をこちらか切ることにした。

切る直前に俺に微笑みを向けて通話を切ると当然ながら音は聞こえず無音の状態で大きな液晶には難しい顔をしている俺がいた。

今、日本で騒ぎを起こしているパラサイト達。

それはまさに別次元から訪れた”来訪者”と言えるだろう。

そんなことを思いつつ俺は途中になっていたCADと武装一体型のデバイスを調整を行う。

気がついたときには深夜を回りそうになっていた。

…くそっ。今日は早めに寝ようと思ってたのになぁ…。

 

◆ ◆ ◆

 

「うぃーっす…リーナ。」

 

「おはよう八幡。遅かったわね。」

 

「ちょっとCADの調整をな…。」

 

「大丈夫なの?」

 

「ああ。」

 

「はい、眠気覚ましのマッ缶。」

 

「おお。サンキュー。」

 

「……。」

 

遅刻をしたわけではないが俺が教室に入ると殆どの生徒がSHRを受けるべく自分の座席について近くにいるクラスメイトと雑談に興じている。

…まぁそもそも俺の場合友達、と呼べるクラスの連中が深雪にほのか、今は西海岸にいる雫しかいないわけで…その他は達也のEクラスのメンバーしかいない。

そもそも最近は達也達と合っていないのはパラサイト追跡があるからな。

連絡役も姉さんや十文字先輩に任せているから申し訳ないが…。

俺も俺でリーナと密約…というか個人での作戦提携をしているので他師族である十文字に警察に近しい組織である幹比古やエリカにリーナの正体を知られるわけには行かないからある程度距離を取る必要がある。

必然的に俺とリーナの距離が近くなる訳だが…。

 

「………(こっちを見つめて微笑を浮かべながら教室が氷付けになりそうな程の冷気を発生させている深雪とあわわと宥めようとしているほのかの姿)」

 

「え、ちょっと深雪…?寒いんだけど…?」

 

深雪がこっちを見つめておりクラスの全員が思っていることだろう「お前の知り合いだろうが!さっさと何とかしろ!」と視線で告げるが俺が収集をしないと不味そうだ、というのは分かる。

というかまたこのパターン?お兄さんいい加減見飽きた…というかAクラスの名物光景と化している。

隣にリーナも寒さで肩を震わせている。

俺は溜め息…は吐かずに近づいた。

 

「…深雪。」

 

俺は霜が付きそうな程凍えそうな教室を進み深雪の前に立つ。

 

「なんでしょうか八幡さん?」

 

こちらを見る深雪の表情は微笑だが明らかな怒り…というか嫉妬が見て取れた。

別に俺とリーナはそんな関係じゃないんだけどなぁ…とまぁ声を掛けたのだからリーナと俺が一緒にいる理由を説明した。

 

「…俺とリーナが一緒にいるのは会長命令と委員長命令なんだよ。それにリーナ本人のご指名でさ。」

 

もちろんこれは嘘ではない。

姉さんに頼んで千代田先輩や中条先輩に口裏合わせをして貰っている。

 

「だからといって四六時中一緒にいるのは如何なものかと思うのですが?」

 

明らかに棘のある言葉に思わず吹き出しそうになってしまうがそれっぽい事情を説明する。

 

「は、八幡さんっ?」

 

俺は深雪の傍に近づいて耳元で説明した。

その際に何故か顔を赤くしていたのは何故なのか考えもつかなかったが…というか俺に近づかれて嫌な気分になって…でも俺目の前にいる美少女に告白されたんだよな…と頭の中がこんがらがってきたので一旦無視した。

 

「…実のところ俺は実家の命令…”七草家”として交換留学生…件の吸血鬼事件に関わってるかもしれないリーナを監視する、っていう仕事があんだよ。」

 

「…っ!ご、ごめんなさい八幡さん。…そうですよねご実家のお仕事もあるというのに…わたしの考えが浅はかでした。」

 

俺にそう言われてハッとしたのか直ぐ様教室の温度は暖房が効いた暖かい教室に戻って霜はなくなった。

深雪は俺に頭を下げようとしたが寸でのところで俺がやめさせた。

 

「…いいや。俺がちゃんと説明してなかったから深雪が不機嫌になったんだろうし…まぁ俺が悪いってことでここは一つ。…ほのかも除け者にするみたいで悪いな。」

 

「あ、ああ。いえっ気にしないでください八幡さん。」

 

「八幡さん…///」

 

俺に急に話を振られたからか慌てていたが顔を赤くしている。

…何故なんだろうか?さっぱり分からん。

 

「……女誑し。」

 

背後からボソり、とリーナがなにかを呟いた気がして振り向く。

 

「…?なんか言ったかリーナ?」

 

「な・ん・で・も・な・い・わ・よ!」

 

「…なにツンツンしてんだお前。」

 

そんなこんなで目の前にいる美少女二人を宥めたことに成功したと思ったら今度は金髪の留学生が何故か機嫌が悪くなっている理由が俺にはサッパリだった。

この現象に名前をつけてくれるなら俺からノーベル賞をプレゼントしたいレベルだ。

その解決法方も教えてくれるなら尚ベストだ。

 

◆ ◆ ◆

 

場面は変わって昼休み。

こちらでも八幡に対しての愚痴をこぼす少女の姿があった。

 

「ねぇ、エリカちゃん?何で八幡さんと喧嘩しているの?」

 

その瞬間にエリカの肩がびくっ、と震えていた。

答えようとするエリカの声はあからさまに裏返っている。

 

「な、何を言っているのかなぁ美月は。け、喧嘩なんかしてないってしてないったらしてないって。」

 

ブンブンと首を横に振ると春から伸ばしている明るい髪色のポニーテールが馬の尻尾のように揺れていた。

動揺しているのは美月から見ても丸分かりだった。

 

「そ、そんなに慌てなくとも…別にエリカちゃんが八幡さんに何かしただなんて思っていないから。エリカちゃんが何かしたって八幡さんなら呆れた顔を浮かべるけど微笑を浮かべて許してくれるじゃない。だからエリカちゃんが原因なら喧嘩になるはずがないもん。」

 

「そ、それは貶されてるのか褒められてるのか微妙…なんだけど?」

 

「褒めてもないし、貶してもいないよ?…だって単なる事実だもの。」

 

美月は、それをバッサリと切り捨てるとエリカは抗議した。

 

「それを事実と言いきられるのはなんか心外かも!?」

 

「はいはい。エリカちゃんが原因だとは思っていないから。」

 

「美月…強くなったわね。」

 

「言いたくないならこれ以上は訊かないけど?」

 

エリカは芝居じみた台詞を投げるが美月はそれを受け流した。

それを見てエリカは力尽きたように机に突っ伏した。

 

「喧嘩じゃないのよ…あたしが一方的に気まずくなっているだけ…明日…明後日まで引きずる予定はないから、今日のところは見逃してくれない?」

 

首をひねって「ひーん!」と泣き声を上げそうな程エリカは少し参っているようで腕と髪の隙間から気弱な瞳が美月を見つめる。

 

「明日、明後日…に戻るって言いきるのならそれでもいいけど…。」

 

「だよねぇ…あーやだやだ。これじゃ普通の女の子みたいじゃない…あたし、信頼されていないのかなぁ…。」

 

「普通もなにも…エリカちゃんは女の子で八幡さんに恋してるんでしょ?忙しくて相手にして貰えないから拗ねちゃってるのね。」

 

「なあっ!?」

 

その事を美月に言われて伏せていたエリカは顔を赤くして勢いよく顔を上げた。

エリカの目の前にいる美月は今日のエリカにとっては八幡よりも強敵だった。

 

「だってそうじゃない。エリカちゃんが悩んでいる理由が八幡さんのことなんだもの。呆れます。」

 

「ううっ…。」

 

「八幡さんがエリカちゃん達に中々会えないのはご実家のお仕事もあるんだろうし…今追っているパラサイトの件も処理をしきれないからエリカちゃん達に頼んでいるのでしょう?しっかりと信頼されているってことじゃない。」

 

「…美月が苛める。」

 

「虐めてなんていませんよ。心底、って程でもないですけど呆れているだけです。」

 

エリカが指の隙間から鋭い視線を向けるが美月がエリカを見つめる視線は同級生に向けるそれの視線ではなくまるで”恋多き年頃の娘に優しげな表情を向けている母親のような表情”だったからだ。

 

「エリカちゃん?そう言うのはね『一人相撲』って言うんだよ?」

 

「ぐほっ…!?美月の容赦のない一言がわたしの胸を抉るぅ~!」

 

「…真面目な話だよ?」

 

「あ、はい…ごめんなさい」

 

そう告げられエリカの体はほんの少し小さく見えたと言う。

 

その後ガールズ?トークをしている最中に幹比古がやってきてエリカと美月(エリカの分はついでだと思う)の昼食として持ってきたサンドイッチを受け渡し三人で昼食を取ろうとしたそのときだった。

 

「痛っ…!」

 

美月が突然手にしたサンドイッチを教室の地面に転がし両目をきつく閉じた。

唐突な行動に怪訝な目を向けずに幹比古は美月に近づき素早く古式魔法を発動し霊的波動を押さえた。

 

「…なに、これ…こんなオーラ見たことない…。」

 

外に意識を向けることで、幹比古も波動を捉えた。

 

「これは…魔の気配…?!…柴田さん。メガネを掛けて。」

 

メガネを掛けるように幹比古に促されかけ直す。

美月は落ち着きを取り戻したことでエリカと幹比古は青ざめた顔を見合せた。

 

「まさか吸血鬼が学校に…!?こんな昼間から?一体何が目的で?」

 

「ふん、良い度胸じゃない?やってやろうじゃないの。」

 

エリカもやる気が満々だったが幹比古は冷静に判断した。

 

「まずは獲物を取りに行こう。」

 

「わたしも…行きます。」

 

「美月?」

 

「わたしも…行った方が良いと思うから。」

 

口調は柔らかなものであったが瞳は揺るがず、その意思は確固たるものだった。

それを見た幹比古は淀みなく告げた。

 

「…分かった。でも僕から離れないで。」

 

その光景を見たエリカは不敵な笑みを浮かべ美月を任せ先にCADの保管庫へ向かう。

足音が遠くなったところで幹比古と美月は顔を見合せた。

幹比古は「美月がおいていかれないようにするためだ」と自分に言い聞かせその柔らかな手を握って走り出す。

美月も差し出された幹比古の手を躊躇なく握りしめて走り出した。

 



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存在する価値

なんで魔法科の小説書くと1万文字越えるんでしょうね…?
短く纏めたいのに纏められないという私の文章構成力がないのと地の文が多いのは私の発想力がないからでしょうね。
本当に申し訳ない。




最近リーナは親睦の為にA組のクラスメイトと食事を取ることが多いので視線が突き刺さる。

周囲の視線は話題の金髪美少女に突き刺さり注目されるのは仕方がないとはいえリーナは内心で別のことを考えていた。

 

(ミアに会いに行った方が良いのかしら…?)

 

クラスメイトとの雑談に興じながら借りているマンションの一室の隣人であり、ある意味同僚…というか部下である「ミア」ことミカエラ・ホンゴウが潜入先として働いているマクシミリアン・デバイス社員として第一高校を訪問することになっている。

脱走者追跡任務に掛かりきりのせいでリーナはここ数日顔を会わせていなかった。

…会わせていなかったせいでミアが大変なことになっているとは気がつけなかった。

 

(まさかミアが白覆面の女…吸血鬼(パラサイト)に変質していただなんて…迂闊だったわ。でもいつミアはパラサイトに乗り移られていたの…まさかUSNAで脱走兵騒ぎがあった頃に?)

 

遡ること数日前。

 

八幡に敗北したリーナはその後その場に現着しようとしていた達也達に遭遇しないように真由美が乗っている移動指揮車に搭乗した。

その際に真由美がこちらを見ても対して驚いた様子もないことに逆にリーナが驚いてしまったが八幡はただただ不敵な笑みを浮かべるだけですこし不貞腐れた。

会談をすることになったのだがその際に捕獲され台の上に乗っている覆面を剥がされた白覆面の女の顔を見てリーナは驚愕していた。

 

「ミア…!?ウソ…そんなまさか…!?」

 

指揮所に備え付けられた寝台の上に横たわり目蓋を閉じてはいるがミアの姿があったのだ。

死んでいるように見えたが胸は上下しており呼吸をしていることを確認し生きていることが一目で分かった。

本来であればその反応をすることは作戦上あってはならないことなのだが…。

 

「この女の子の体内に吸血鬼(パラサイト)が宿ってる…暴れないようにすこし眠って貰ったんだが…リーナ今この子をみてミア、と呼んでいたが…”ミカエラ・ホンゴウ”はお前の知り合い…いや仲間か?」

 

「包み隠さず話せ」、そう問われたリーナは答えに窮するが近くにいた真由美が助け船を出した。

 

「ちょっと八くん…あまり問い詰めるようなことをしちゃダメよ。アンジー…いやシールズさんも今目の前の状況に混乱してるみたいだし…。あ、シールズさんそこに座って落ち着いて話をしましょうか?」

 

真由美が指揮車内の椅子を引いて座らせるように促す。

 

「あ、はい…ありがとうございますマユミ。」

 

促されたリーナは素直に椅子に座って深呼吸をして伝えることにした。

 

「ミアは…わたしの部隊…スターズの諜報メンバーの一人なの。」

 

その回答に八幡は質問した。

 

「…お前達はなんのために日本に来たんだ?この事件を引き起こしてるパラサイトの捕獲、または抹殺か?」

 

そう問いかける八幡にリーナは「隠していても仕方がない」と開き直って告げた。

 

「ワタシの任務…それは脱走兵の捕縛、抹殺よ…それにパラサイトが関わっているわ。」

 

もう一つの任務、『灼熱と漆黒のハロウィンを引き起こした術者を探せ』という任務については教えなかった。

…八幡と真由美は知っていたがあえて突っ込むことはしない。

 

「抹殺…。」

 

真由美は信じられない…といったような表情を浮かべていたが八幡は合点が言ったような表情を浮かべていた。

 

「なるほどな…じゃあつまりはこうか。”そっちで発生したパラサイトが憑依して軍を脱走して日本に逃げ込んできたから抹殺指令を受けた”…それで日本に来たわけか。」

 

洞察力の良さにリーナは苦笑を浮かべるしかなかった。

 

「流石ね。八幡は探偵にでもなった方がいいんじゃない?」

 

軽口を叩かなければやっていけなかった。

 

その後八幡からリーナに「どうしてそのような事態が起こったのか」「どうしてパラサイトが魔法師を襲うのか」「どうやってパラサイトが現れたのか?」を問いかけられたがリーナは詳細を伏せて説明をした。

少ない情報量ではあるが理解を示した八幡にリーナはただただ呆れる他なかった。

 

「こちらの情報を教えてあげたのだからワタシの質問に答えてもらうわよ八幡。」

 

逆に今度はリーナが八幡に戦闘時に使用した魔法について《仮装行列》に似た魔法やナイフを通り抜けた魔法について質問をすると。

 

「あれは加重系統の反転術式だ。”ナイフが当たっていないように見えたのは空間に対する重力の歪みでそう見えた”だけだ。それにお前も調べて知ってるんだろうけど俺は元々第八研究所の出身…ってのは知ってるだろうから詳細は省くがそもそも俺は七草の家の人間のように四種八系統の魔法も得意だから組み合わせて使うのは別におかしくないだろ?」

 

「でも、あれは…。」

 

「それ以外に説明のしようがねーんだけど?」

 

リーナは納得が行かなかったが八幡に言われた通りのことを信じる他なかったが腑に落ちなかったがそう言われてしまえばリーナは納得し黙る他なかった。

 

その光景を楽しそうな様子で見つめる真由美の視線が気になったリーナは反論したかったが反論できる言葉がなかったのでその感情を一旦飲み込んだ。

気にすればこの兄弟のペースに巻き込まれる、そう確信したからだ。

 

一先ずの情報交換が終わって共にパラサイトの駆逐、捕獲という合同作戦を締結しようか?という話になったのだがリーナはあくまでも部隊長であり作戦を指示しているのは統合本部のバランス大佐という人物が決定権を握っていることを知らされた八幡は

 

「それなら本格的に作戦提携するのはバランス大佐に直接交渉するしかないか…連絡は取れるか?」

 

「…ノーコメント、と言いたいところだけど実は作戦の進行具合があまり良くなくて…近々視察に来るかもしれないわ…でも」

 

「俺が”ダークマター”の最重要容疑者になってるから軍本部…なおかつ統合参謀本部の大佐に会わせるのは危険、ってことか?」

 

「っ!?…やっぱり知ってたのね。」

 

「七草の情報網を舐めるなよ。…というかお前が学校に来てから”お前怪しいな?”的なムーブ決めて俺に問い詰めてたじゃねーかよ。これでも十師族の一位二位を四葉と競ってるしな。俺の存在をバランス大佐とお前の仲間に知らせるのは危険だな。軍への背信行為に裏切り…軍法会議待ったなしだな。」

 

俺がそう告げるとリーナは黙ってしまったがフォローする。

 

「だけど俺が協力してるのはスターズ総隊長アンジー・シリウス少佐、じゃなくて困ってたクラスメイトのアンジェリーナ・クドウ・シールズに七草の息子がただ協力してた、ってだけだ。」

 

そう告げるとリーナは呆れて表情を変えていた。

 

「…あなたって本当に…そういうのって日本だと”ニマイジタ”って言うんでしょ?」

 

「嘘も方便、ってやつだ。実際に協力を持ちかけたのは俺の方だし。実際にバレても処罰が下るのはお前だけだしな。」

 

「なっ!?ズルいわよ!」

 

リーナは座席から立ち上がり指摘するが八幡は待ったくもってのノーダメージ。実害があるのはスターズだけなので旨味しかないが達也達を騙しているのは少々心苦しいが必要経費だ、と自分に言い聞かせた。

 

八幡は余計なことを告げた。

 

「まぁ俺に負けたしな。リーナは。」

 

「はぁ!?負けてなんかいないわよ!本気じゃなかったんだから!」

 

「それ、負け惜しみって言うんだぞ…?」

 

「う、うるさいわね!」

 

腕を胸の前で組みそっぽを向いて不貞腐れるリーナに対して八幡は苦笑を浮かべ真由美も同じ表情を浮かべていた。

本当にリーナはあの世界最強の魔法師集団の長なのか?と二人は疑問符を頭に浮かべていた。

一先ずは”アンジー・シリウス”ではなくアンジェリーナ・クドウ・シールズ本人に直接協力をする、という形でパラサイトの抹殺、捕獲を手伝うことになったのだが…。

 

「…ねぇ八幡、ミアは…もう助からないの?」

 

台の上で眠ったように目蓋を閉じるミアを視界に収めながら八幡に問いかけるリーナ。

その表情は先程言い合っていたものとは違いかなりの悲壮感を出している。

リーナは本国からの命令で”脱走兵…もといパラサイトの抹殺”という任務を請け負っている。

先に処断したデーモス・セカンドの件は勿論の事ながら統合参謀本部に伝わっているので脱走兵=パラサイト感染者、と言うことになる。

それは”寄生された自軍兵士の殺害”という意味を含んでいることを理解している八幡は回答した。

 

「…方法がない訳じゃない。」

 

「八くん…それは本当?」

 

リーナも当然ながら反応した。

未知の精神寄生体でその対処があるのなら今、この案件に関わっている魔法師ならば訊きたい対応策だからだ。

しかし、八幡の表情は芳しくない。

 

「只、な…完全に葬る、と言われたら正直微妙なんだよ。何せ今まで”その実験をやったことがない”、いや出来た試しがない、と言うべきか。ぶっちゃけるとぶっつけ本番の後悔なし、って言ったところか。(正直…精神生命体相手に俺の《物質構成》が通用するのか分からないからな…)」

 

八幡としても精神生命体…つまりは実体がない生き物…幽霊や霊体に対して無系統魔法・《物質構成(マテリアライザー)》が通用するのかが分からないが今八幡の使える魔法で”パラサイトと分離させられることが可能な魔法”である確率が一番高い。

 

(《アレ》が使えれば一番いいんだけどな…あれは”破壊”という概念が付与された最強の武器だからな…精神的な物を破壊できるからそれでミアさんを《物質構成》で復活させれば分離できる…と思ったんだが無い物ねだりは出来ないしな…向こうの世界に行って勝手に持ち出すわけに行かないし…。)

 

向こうの世界での”愛刀”の存在に惜しみつつ今ある手札でこの事件を乗りきろうとするには《物質構成》が一番確率が高いことを知っている八幡はその方法でパラサイトへのアプローチをかけることにした。

八幡は座席から立ち上がりホルスターから『超特化型(フェンリル改)』を抜いてミアに銃口を向ける。

 

「まぁ俺が実際にこの被験、いやミアさんで試してみる。時間があればちゃんとした起動式を組み立てるんだが…眠りを解除した途端に暴れる可能性があるからな…大丈夫か?リーナ。」

 

そう八幡に言われ決意を決めたリーナ。

 

「彼女がパラサイトに寄生されて『吸血鬼(パラサイト)』になっていることが知れれば処分は免れないわ…お願い八幡。彼女を…ミアを助けて。」

 

リーナに懇願された八幡は手にした『超特化型(フェンリル改)』の引き金を引き”偽装された”魔法式が展開される。

当然ながらリーナや真由美は”偽装されている”ことを分かっていない。

八幡の古式魔法によってリーナの体の輪郭が淡く輝いている。

 

しかし、というかやはり誤算があった。

 

(『物質記録表(マテリアル・タイムレコード)』にミアさんのデータはあるんだが”必ずと言っていいほどパラサイトに精神汚染された”という記録(ログ)が残っている…?つまりミアさんは並行世界でも”必ずパラサイトに侵される、という事実からは逃れられないのか…?)

 

並行世界の人物の情報体を読み込み(ロード)させる《物質構成》だったがどう頑張ってもミアとパラサイトを分断させることは出来なかった。

こんなことは初めてで八幡も一瞬困惑をしてしまったが承った以上はやり遂げると決めた八幡は記録(ログ)を漁って一番ましな状態のミア本人に『乗り移られたパラサイトが不活性で体内に残る』という記録を読み込み(ロード)した。

 

偏光レンズの裏側で光る黄金色の《瞳》はミアの状態を確認して作業が完了したことを確認して光が収まり突き付けていた『超特化型(フェンリル改)』の銃口を外す。

 

しばらくして光が収まると先程まで台に眠るように横になっていたミアが目を醒ました。

しかし、目の前にリーナ以外の人間が目の前にいることで自身の作戦の失敗を悟り苦い顔を浮かべるミアだったがリーナから説明を受けて落ち着きを取り戻していた。

 

「リーナ。」

 

「なに?」

 

「ミアさんを七草の家で預からせてもらってもいいか?」

 

「どう言うこと?」

 

リーナのきつい視線が向くが八幡は言うか言うまいか迷ったが納得してもらうために説明をする。

 

「ミアさんの体のなかに今活動はしていないがパラサイトが宿っている状態になっている。だからこそ今の状態で本隊復帰しようもんなら処断されちまう。気づく奴には体内に”異物”が入ってるのがすぐ分かるぞ?」

 

「…っ!」

 

ミアが体をびくり、と震わすのをみて八幡はほんの少しだが申し訳ない気分になるが自分の目的を優先させることにした。

 

「俺がミアさんに使った不完全な術式が完成すれば対パラサイト用の術式として使用できる…そのためにミアさんの身柄…身体に宿るパラサイトを研究させてもらいたい、って訳だ。」

 

リーナは難色を示していたがミアは「協力します。」と言ってくれたお陰でリーナが逆に折れてくれた為にミアは七草で身柄を預かることになったのだ。

その一方で八幡は考え事をしていた。

 

(ミアさんに活動を停止しているパラサイトが宿っている状態だ…だがリーナの話によれば脱走兵は数名…となればパラサイトも一人?でいいのかは分からないが仮定として複数がいるはず…となれば連中に仲間意識があるのかは知れないがミアさんを狙って活動をする…可能性はあるか…?しかし、なぜ魔法師を攻撃するのか…パラサイトの目的はなんだ…?それを知るためにも…あまりいい気分じゃないがミアさんには”撒き餌”になってもらうか。)

 

この場にいる三名には知られずに八幡は決意していた。

 

◆ ◆ ◆

 

(今は八幡のところにいる筈なんだけど今日は仕事で第一高校に機材を卸しに来ているのよね…本当にミアったら働き者なんだから…。)

 

頭では前日の事を振り返りながら今日訪れる同僚の事を思いつつ話を振られてもいいようにそちらにも意識を割きつつ最後の一皿を空にしたそのときだった。

 

(…これは!?)

 

リーナは反射的に立ち上がろうとしたが腰を少し浮かばせたところで思い留まり同席している生徒は不審には特に思われていなかったことは幸いであったがリーナは愛想笑いを浮かべて異質な波動を感じ取っていた。

他の生徒が感じ取っていないのは魔法、想子の波動ではないのは確実でリーナがここ数日で何度も戦ったことがあったから感知出来ていたがこれは『白覆面の女』ではなく別のモノ…ミカエラ・ホンゴウの気配ではなくその異質な波動は別の”吸血鬼”の存在だった。

時刻を確認すると丁度業者が出入りしている時間帯であり方向は通用門、業者が出入りする方角を察知した。

 

(ミアが危ない!)

 

この時ばかりは八幡を恨んだ。

恐らくはパラサイトに憑依されていることに気がつかれないように日常を送らせるためにマクシミリアン・デバイスの業務をしているのだろうがなにも今日でなくてもいいではないか、とリーナは思った。

 

「すみません。少し用事を思い出してしまったのでお先に失礼しますね。」

 

リーナは同席していたクラスメイトに断りを入れて丁寧に立ち上がり食堂を後にしてその場から駆け出すと端末が震えたが気がつかずに目的地へ向かった。

 

◆ ◆ ◆

 

ー同胞よ。どこにいる…?そこにいるのか?私たちは取り戻す。ー

 

(…なに…?声が聞こえる…!?)

 

マクシミリアン・デバイス所属のトレーラーに乗りながら第一高校に向かっている最中にミアの脳内に言葉を発しない無言の声が響き渡る。

蜂の羽音のようなざわめきは人の耳には聞こえない霊子の波動。

吸血鬼が思念による交わりし合う「声」だった。

ミアからは思念を送っている『吸血鬼』と体内で眠っているパラサイト…言わば不活性状態であるので一方的な受信を受け取っている状態だ。

その声に込められた意思はそれぞれでありミアは傍聴をすることに決めた。

第一高校の通用門に接近すると法陣…《偽装解除法陣》を通り抜けるがミア本人には通常の人間の想子波動のパターンに戻っているために人間と変わらない。

これで察知されて攻撃をされたらどうしようかと思ったが杞憂であったことに安堵していた、が。

 

感覚がリンクしているかのようにトレーラーが塀を越えて通用門を通りすぎた後にミアの体に不快感と痛みが訪れたのだった。

 

(これは…?)

 

ー同胞を探す、そのついでだ。第一高校は世界有数の魔法師を育成する機関だ。きっと我らの貴重なサンプルになってくれる。

 

ーそうですね、しかし。ー

 

ー心配性だな。ー

 

ーそれよりも欠けている我が同胞を探すのが先決だろう。ー

 

ミアは保護されている七草家…八幡の魔法によって偽装されている状態…それも第一高校の警備を突破できるほどの高度な偽装魔法によって知っている人物以外から決して見破れないほどの高度な偽装が施されている。

 

自身が乗っているマクシミリアン・デバイスのトレーラーが到着し外へ出るともう一台のトレーラーが先に到着していた。

 

(どうして…?トレーラーが…この時間帯はマクシミリアンの業者しか訪問予定が無い筈なのに。)

 

第一高校の業者の訪問予定表を入手していたミアは疑問を浮かべるがその疑問は直ぐ様焦りへと変わる。

 

「…!?」

 

先に外に出ていた同じ車両に乗ってきていた会社の同僚が倒れているのだ。

そして先に止まっていた一台の車両から嫌な雰囲気を”体”で感じ取っていた。

 

(これは…”同胞”の気配…。)

 

ーミツケタ。ー

 

ーミツケタ。ー

 

ーミツケタ。ー

 

(…!?)

 

感情の籠っていないたんたんとしたテレパシーで発せられた台詞にミアは思わず背筋が冷えた。

 

ーーーミツケタ。ーーー

 

ハッとなりもう一台の車両の方に目を向けると同じような作業服を来ている女性がこちらを見ていた。

 

「……!」

 

その瞳が妖しく輝き目の前に立ちはだかるミアを見ていた。

 

「ミア!」

 

時を同じくして背後からミアが憧れた聞きなれた少女の声が響き渡っていた。

 

◆ ◆ ◆

 

俺は今日の昼食は姉さんと共に会長室…というか俺が勝手に根城にしている学校の空き教室を学校側に許可をもらって使用して姉さんと俺だけの専用の部屋で今日も俺が用意した弁当をいただきながら雑談、という名の相談をしていた。

俺と姉さんが二人で食堂にいると深雪達やエリカの視線が俺に突き刺さりそして目の前にいる姉さんが機嫌が悪くなり…と針のむしろ状態になってしまうので今日はこっちで話がある、と前もって告げてこちらに逃げてきていた。

 

「まさかリーナさんが本当にスターズの…USNA最強の魔法師、アンジー・シリウスだったとは思わなかったわ。本当に八くんの《瞳》ってすごいのねぇ。」

 

「まぁ…ね。」

 

勿論の事ながらこの教室には盗聴器の類いや監視カメラ等の情報を抜き取る機器は存在しておらず外からの盗聴されないように遮音フィールドと偽装フィールドを展開しているので学内で一番の気密性があると言って良い。

まぁ俺と姉さんがいる時点で干渉できる魔法師がいない、といった方が的確か。

弁当の卵焼きを箸で持ち上げながら口に運ぼうとしたが姉さんからの質問に答える方が先決だった。

 

「うちで保護したミアさん…アレからなにか分かった?」

 

「いや、ミアさんには協力をして貰ってるんだけど…体内にいるパラサイト自体が休眠状態になってるみたいで正確なデータが取れてない。」

 

「え、でも体が侵されてるならその乗っ取られてる人からコミュニケーション…彼らが言葉を発せられることが出来るのかは分からないけどコンタクトは取れないの?」

 

「いや、ミアさん本人はミアさん本人の意思になってるから…どうも休眠状態になって体の奥底で眠ってるらしくてコンタクトを取れなかったんだけど…面白いことが分かった。」

 

「面白いこと?それは?」

 

俺は姉さんに不眠不休で調査した情報を姉さんに伝えた。

これはまだ達也達にも伝えていない情報だ。

 

「連中…つまりはパラサイトだけど精神構造に取り憑く精神寄生体だから脳神経に憑依してるのかと思ったけど奴らは”心臓”に寄生してるみたいなんだ。」

 

「心臓に?どうして…。」

 

「そこは生きてるパラサイトに聞かないとわからんね。そもそもなぜ本当の”吸血鬼”のように傷もないのに体内の血液が抜き取られているのか、どうして魔法師を狙うのか、って言うのはまだ分からないからさ。」

 

俺がそういうと姉さんは少し考え頷いた。

 

「そうね…八くんでもそこまでしか分からないなら生の声…パラサイトを捉えて聞くしかないわね。かなりの高難易度になりそうだけど大丈夫?パラサイトに憑依された人を倒す、よりも生きたまま捕縛するっているのは大変よ?」

 

「分かってるよ。だからこそこの間ミアさんに行った”体内のパラサイトを不活性にする”っていう手段しか取れなかったわけだし。」

 

「所で対パラサイト用の術式の研究は進んでる?」

 

「これが耳の痛い話で…さっきも言ったけど生きてるパラサイトがいれば研究が進みそうなんだけど…まぁ少なく見積もっても三割しか完成してないわけで。」

 

「まぁ…仕方ないわよね…ってもう三割も出来上がってるの?ミアさんが来てからまだ二、三日しか経過してないわよ?」

 

驚いた…という表情と呆れた…という表情が混じりあった不思議な表情だ。

恐らく呆れられているんだろうけど。

 

「元の術式は完成してるから後はどれだけデータを取って完成形へ持っていけるか、だからそこまで難しくはないんだけど…さっきも言ったけどデータがなくてさ。」

 

《物質構成》を元にした魔法の起動式…それを対精神・霊体用術式を作るのは流石の俺でも骨が折れる。

こんなことをしたくはないが何れ姉さん達や達也に火の粉が振り掛かるかもしれない、と考えるとこれは必要経費だと自分に言い聞かせ作業をしていた。

 

「あんまり無茶しちゃだめよ?」

 

姉さんの労いの言葉が心にスーっと効いて癒される…。

これで後一週間は寝ずに作業に没頭できそうだ。とまあ冗談はさておいておいて。

 

「分かってるって。…ありがと。」

 

用意した弁当を食べ終え少し眠ろうと思った俺は机に突っ伏そうとしたが正面にいた姉さんが俺の隣へ移動していた。

 

「八くん眠たいの?」

 

「ちょっと勢いが乗っちゃってさ…丸2日ほどしっかり寝てない。」

 

「おバカ!…全くもう八くんは集中するとそういったところが無頓着になるわね…だめよ?寝ないのは早死の原因なんだから。昔の漫画家の人で寝ないで早死にした人だっているんだから。」

 

「え、あぁ…まぁ…ごめん。」

 

「ほら。」

 

「え?」

 

まぁ死んだところで全知全能の神が如く復活できるんだけど…とここでは説明できない。

言い淀んでいると座っている長座椅子の上で姉さんは自分の膝…というか太股を軽くペチペチと叩いてナニかを催促している。

 

「これは…?」

 

そう聞き返すと姉さんは顔を赤くして告げた。

 

「眠いんでしょ?机に突っ伏してお昼寝するくらいなら…”こっち”の方が眠りやすいでしょ?」

 

「え、いやでも…。」

 

「良いからっ。ほら八くん。」

 

「うおっ!?」

 

無理矢理姉さんに引き倒される形で膝…太股に吸い込まれた俺は頭の後ろに布越しの柔らかさと温もりを感じた。

 

「………」

 

「…あの…姉さん?」

 

「時間になったら起こしてあげるから寝てなさい。」

 

引き倒された、ということは俺の目の前には姉さんの顔が当然あるわけで…今の俺は”膝枕”されている状態だ。

密着しているせいでめちゃくちゃいい匂いがするのと二徹のせいでだんだんと目蓋が重くなっていく。

あ、だめだこれ。

俺は意識を手放して姉さんの太股を枕に眠りに落ちた。

…額に柔らかいものが当たったのは気のせいだろう

 

◆ ◆ ◆

 

布越しに感じていた暖かな温もりをもう少し感じていたかったが最悪の感覚で目を醒ますことに俺は少し不機嫌だったが姉さんの膝から飛び起きる。

それと同時に姉さんが持っている端末に反応を示してた。

俺が特別に調整した、というかリーナに協力をしてもらって対パラサイト用の感応レーダーを作成しリンクしている状態だ。

それに引っ掛かったのだろう端末には《パラサイト》を示す”赤い光点”が一つ程青い光点に接近しようとしている。

 

「八くん起きて!大変よ!」

 

「起きてる。俺の方でも不快な感覚を感じ取ったから…どこから?」

 

「通用門よ。でも今の時間帯…不味いわ。今の時間帯はマクシミリアン・デバイスの社員が機材の搬入をしに来てる。」

 

その話を聞いて俺は数日前にミアさんから教えられていたことを思い出す。

 

「ミアさんそういえば今日搬入手伝いに来るって言ったっけな…。」

 

「ミアさんが偽装解除法陣に引っ掛かった?」

 

「いや、偽装は完璧だ。有るとするならばパラサイトを体に宿したミアさんを狙いに来ているかも。」

 

俺は内心で作戦通りだな、と一人呟く。

ミアさんの中に眠るパラサイトは休眠状態であり死亡、消滅をしているわけではない。

他のパラサイトが同族の存在を知覚していたら?

生物の体を手に入れても連絡がなければ?

危機的状況に陥っていると錯覚してミアさんにコンタクト、接触を取ってくる筈だと仮定して”敢えてミアさんを放って誘き出す為のエサ”として使うことをそれとなく伝えていたがまんまと上手く行ったのでなんかこう…申し訳ない気分になった。

 

「急いだ方がいいかもな。ミアさんが襲われる場面を達也や幹比古見られたら誤魔化すのが面倒くさい…が何とかするわ。」

 

姉さんの膝から起き上がり素早く教室のドアへ駆け寄る。

 

「八くん。実験棟資材搬入口の監視装置とレコーダーオフにしておくわ。」

 

本来であれば学校側の警備システムに侵入しデータ改竄を行うことは犯罪ではあるがそこは”七草”ということで一つ納得して貰うことにして…。

返答を確認する前に俺は教室の扉から駆け出し正面の窓から飛び降り重力制御で通用門へ向かった。

 

◆ ◆ ◆

 

現地に到着し建物の物陰から様子を窺うと人影が見える。

顔見知り、と言うのはミアさんがいた。

そして似たような作業服を来た黒髪の女がミアさん見ている。

そしてその車両の物陰にミアさんと同じく通用門を許可されたマクシミリアンの作業員が気を失っているのか数人ほど倒れている。

 

状況を俯瞰する為に八幡は《賢者の瞳(ワイズマン・サイト)》を発動させると同時にと同じくこの状況を注視している人影があることを気がついた。

 

(達也に深雪…それに幹比古に美月か…。予測していたとは言え到着早くないか?)

 

《瞳》を凝視すると女の回りに恐らく炙り出すために幹比古が呼び出した精霊魔法であろうと察しが付いた。

対象物のステータスを覗き見る《瞳》が有るわけでもないのだから。

 

黒髪の女を視認していると別方向から人の気配がしたのでそちらに目を向けると見知った顔が有った。

 

「リーナ…?ってあいつミアさんに会いに来たのか…」

 

金髪の美少女ことリーナは標的に近づく…と言うわけでなく知り合いであるミアさんに声を掛けようとしているのか駆け足気味で近づいてきていた。

恐らくはミアに会いに来ただけ…と言うのは考えられず俺と同じくパラサイトが発生させている波動を感じ取り駆けつけた、と言った感じなんだろうが…お前少し無防備過ぎないか…?

 

リーナはミアさんを見ている黒髪の女の姿に気が付いていない。

ゆらり、その体をゆっくりと動かし行動を始めた。

流石にリーナも気がついたのか怪訝な表情で見ている。

 

次の瞬間に状況が一変した。

《吸血鬼》が雷撃を発生させ二人目掛け攻撃を始めたのだ。

リーナは声を上げてミアさんを守るため突き飛ばしその場から回避を選択する。

《吸血鬼》は魔法を発動させるためのCADを持っていないのにも関わらず凄まじい展開速度で雷撃を放っていた。

 

(吸血鬼はCADを必要とせずに魔法を発動できるのか…?)

 

隙を見せた二人に次なる攻撃が飛んでこようとした瞬間二人の前に影が躍り出ていた。

 

背後から襲いかかろうとした《吸血鬼》相手に手にした小太刀の先端を突き出す。

その姿にリーナを援護するためにエリカが突撃していた。

流石の《吸血鬼》も意識外からの攻撃も当然ながら避けきれず正面から胸を貫かれていた。

人間であれば致命傷…即死は免れない傷なのだが同時にリーナとミアさんを援護、もしくはパラサイト確保に動いている俺はぎょっとした。一番ギョッとしたのは近くにいるエリカとリーナだろうが。

 

「マジかよ…!」

 

黒髪の《吸血鬼》はエリカに貫かれた胸の穴を一瞬で塞いでしまった。

そんな光景をエリカも見ており険しい顔になって黒髪の《吸血鬼》を蹴り飛ばし距離を取った。

その行動は正解であり《吸血鬼》はその傷が癒えた瞬間に右手が鉤爪のようになって薙ぎ払いエリカの前髪を数本切り裂いた。

其だけにとどまらず《吸血鬼》は凄まじいスピードで再び電撃攻撃を発動させようとしているのを目撃し俺はこのままでは直撃を避けきれないと判断し《次元解放》のポータルを潜りエリカの前に突如として現れた。

 

「「八幡!?」」「八幡さんっ!?」

 

三人の発言が同時で一瞬吹き掛けたがそんなことを構わず潜り抜けると同時に《漆喰丸》を取りだし腕を切り落とすと鮮血が吹き出した。

しかし、発動し掛けている魔法をキャンセルをすることは叶わなかった。

襲いかかる雷撃に対して庇うように障壁を展開する準備をしたが背後からの声でひと安心した。

 

「八幡さん!」

 

背後より深雪の声が聞こえ黒髪の《吸血鬼》は突如として現れた冬将軍によって氷浸けにされ動きを止めた。

背後を振り返りとそこには笑みを浮かべた深雪の姿が。

 

「サンキューな深雪。助かったわ。」

 

「お怪我はございませんか八幡さん。」

 

「大丈夫。リーナもエリカも無事か?」

 

「大丈夫よ。…一寸前髪切られちゃったけド。」

 

「え、ええ。大丈夫。」

 

俺とリーナは視線を合わせて裏口を合わせ頷くとミアさんも感づいたのか此方に裏口を合わせてくれる。

 

「ミアさんも大丈夫でしたか?」

 

「は、はい。大丈夫です…こ、これは一体…?」

 

何が起こったのか分からない無知な作業員を装ってくれているミアさん。

その反応に対して達也が問いかけてきた。

 

「このマクシミリアンの作業員の方と知り合いなのか八幡。」

 

「リーナの近所に住んでる人でこの間所用でリーナの家に行ったときにお邪魔しててな。そのときにCADの話で盛り上がったんだ。ちなみ俺らより年上のお姉さんだぞ。」

 

嘘は言っていないぞ?

 

「そうだったのか…。」

 

達也が納得している反面で隣から凍りつきそうな冷気を発生する冬の勢力とジト目で此方を見る小太刀を持った武士系美少女が此方になにか言いたそうな表情を浮かべるが無視することにした。

そこで話は一旦打ち切られ話題は凍漬けされている《吸血鬼》に移った。

リーナがミアを連れて俺のとなりに移動し聞こえない声で耳打ちしてきて妙にくすぐったい。

 

八幡、うちのオペレーターからの連絡でこの黒髪の《パラサイト》はスターズの隊員じゃないわ。恐らく普通の魔法師に憑依したんだと思う。

 

その事を聞いてとなれば遠慮は必要じゃない、と言うことになるな。

 

「其じゃこの《吸血鬼》はうちで貰っていくけど…異論なしで大丈夫か?」

 

そう問いかけるとエリカは頷いていたが達也と深雪は微妙な顔をしていた。

 

「大丈夫って。調べた後に情報はしっかりと流すさ。其にいくら化け物、と言っても元は魔法師だし…歴とした人間に戻せないか実家で治療させて貰う。」

 

そう言うと達也も深雪も納得していた。

深雪に関しては少なからず”処分”することに忌避感が有ったみたいが予防線を張っておいてよかった。

だが俺たちは少し警戒を怠っていたかもしれない。

俺は達也と深雪とエリカを見て話しており逆に達也も俺とエリカを見て喋っていてリーナもミアさんを心配して互いが互いを見ていたので反応が遅れてしまった。

 

「危ないっ!」

 

物陰から状況を俯瞰してみていた幹比古の声が響きハッとなったが既に時遅し。

深雪によって凍漬けにされていた《吸血鬼》…もとい氷の彫像が発光していた。

其は魔法の発動の兆候でありあり得ないことだった。肉体は動かずにましてや意識がある筈がないのだ。

電光に包まれその氷の彫像は爆散した。

 

「自爆かよっ!」

 

俺の声に反応し達也は深雪を庇うように前に立ちふさがり障壁魔法を発動できないエリカに俺は飛んで前に立ちリーナはミアを下がらせる。

《吸血鬼》はその体を爆散させ粉々になったかと思えば心臓付近に炎が上がり次の瞬間に上空に裂け目が現れそこからこの場にいる者達…つまりは俺たちを対象として雷が降り注ぐ。

本物の雷ではなく魔法的に再現されたもので速度は其ほどではないだろうがかなりの量が降り注ぎ恐らく連続して十発も喰らえば死に至るだろう出力だ。

速度は加速術式を使えば回避できないものではないが中々にきついものが有るだろう。”想子の保有量が少ない魔法師にとっては”だろうか。

 

其々が其々の回避、防御方法をとっており深雪の背後を狙った魔法は達也が打ち消し深雪はエリカを狙った雷球を氷の魔法で消滅させた。

リーナがミアに近づく雷撃をプラズマ魔法で蹴散らし俺は俺で迫る電撃を重力波動で寄せ付けない。

術者はとっくにいないと言うのに魔法が発動しているプロセスを感じとることが出来るのは俺の《瞳》に映る…宿主の体から抜け出し上空に漂う”異物”が発動させているのに気がついた。

 

攻撃を円陣を組んで凌ぐ俺と達也と深雪とリーナ。

 

「八幡どうしてだと思う?」

 

「いきなりどうした?こんなクッソ忙しいタイミングで質問なんてよ。」

 

《瞳》が俺たちに対する攻撃を仕掛けているのを捉え達也はその攻撃を無力化しているのを確認できた。

恐らくは《術式解体》で無力化しているのだろうが器用すぎないか?と思った矢先にパラサイトは霊子の塊なのに視えているのか?という疑問が浮かんだ。

が其を指摘する前にこの状況をどうにかしなくてはならない。

虚空霧散(ボイド・ディスパーション)》や《結合崩壊(ネクサス・コラプス)》をこいつらの前で使うのはご法度だ。

 

「まるで俺たちをここに留めておきたい…様に感じてな。」

 

その意見にはもっともでパラサイトは逃げる気配を見せずに俺たちに攻撃を仕掛けている。

あれだけの雷撃を広範囲に仕掛けていれば想子切れになりそうなものだが相手は存在しない物体でありその辺りの常識は関係ないのかもしれない。

リーナから聞いたことを達也に伝えた。

 

「パラサイトは人間に取り憑いてその性質を変質…つまりは化け物に変容させる。つまりあいつらは自分達を保存するための”容器”を探し回って俺たちに攻撃をしに来てるんだろ。」

 

「つまりは宿主…寄宿先を探してる?」

 

「そう言うこった。」

 

「面倒だな。」

 

心底面倒そうに呟いた達也のその台詞に俺も納得した。

 

「同感だなっ…不味い…エリカが狙われてる…あいつらは状況把握出来るほどの知能も持ってるらしい。」

 

対抗魔法がないことを察知されたのか雷撃はエリカを狙いを変えていた。

其に対してエリカは身軽に雷撃を避けてはいるが其にも限界が来てしまう。

俺は片手で重力波動を維持しつつ空いた片手でCADを操作し詠唱破棄と二重詠唱し強度補正した《フラッシュエッジ》を投擲した。

 

その数は凡そ”二十”。

 

回転する光の刃がエリカに襲いかかる雷撃を切り裂いていく。

直撃コースだった雷撃を切り裂いて危機を抜け出すとエリカの感謝の言葉が飛んできた。

 

「サンキュー八幡!でも助けてほしいかな!」

 

「こっちもこっちで手一杯だ!もう少し走り回ってくれ!」

 

「ひどくない!?」

 

と、軽口を叩いているものの状況はあまり宜しくないのは実情でどうしても状況の打開が必要だった。

俺は考えを巡らせながらマルチタスクしていると視界に二人の生徒がいることに気がついた。

 

幹比古と美月だ。

俺は直ぐ様指示を出す。

 

「幹比古!美月を援護して攻撃を仕掛けてきているパラサイトをあぶり出してくれ!」

 

「分かった!」

 

指示を出すと幹比古が声を張り上げて準備を始める。

そのなかで攻撃を凌ぎながらそんな様子を視ていると美月がなにかを発見したのか上空を指差し幹比古が手から炎を産み出し叩きつけた。

俺の草薙の拳…!と茶化すのはよくないのでやめておくが上空に浮かぶ霊子塊であるパラサイトに直撃し朧だったその形容がハッキリと《瞳》で捉えることが出来た。

 

まるでその姿は化け物、と言って差し支えないものだった。

攻撃を受け身を蠢かせるパラサイトは無差別に雷をばら蒔くがその大きさは先のモノとは比べ物にならない。

雷撃の処理に気をとられていたリーナに降り注ぐ。

 

「っ?!?」

 

先ほどの処理していたものよりも巨大な雷撃、対応しようとしてリーナもプラズマをぶつけるが所持しているCADが普段使いの軍用のエキスパート品でないのか押し負けていた。

 

雷撃がリーナに直撃する、そのときだった。

 

「ミア!?」

 

「くぅっ…!」

 

近くにいたミアさんがリーナの前に立ちふさがり両手で障壁を展開していたからだ。

その光景に俺も思わず驚いた。

 

(ミアさんは魔法力が全く無い訳じゃないがあれだけの障壁を展開できる筈がない…!)

 

俺はミアさんに取り憑いているパラサイトを思い出した。

 

(まさかミアさんに取り憑いたパラサイトによって魔法の演算領域に類似する機能が拡張されてたのか…?)

 

現にリーナが対抗できていなかった雷撃をCAD無しの状態で発動に間に合わせ展開し攻撃を防いでいることが事実でその仮説は正しいのかも知れない。

だが今はその問題は後回しにすることにした。

攻撃を防がれ諦めたのかパラサイトは自身を見破ったであろう今度は美月に狙いを定めたらしくその異形の情報体から伸びた触手を標的へ伸ばしていた。

近くにいる幹比古が対応しようとするが切るだけで本体にはダメージを与えられない。

別の触手が美月の体を捉えようと目掛け伸ばしているのを確認した俺は鬼札を切ることにした。

 

《瞳》が黄金色に輝く。

美月によって正体を明かされた《パラサイト》。

その正体位置の座標を確認し右手に持った《特化型CAD(ガルム)》から発せられた《虚空霧散(ボイド・ディスパーション)》を本体と触手に叩き込んだ。

 

(外したか…!?)

 

狙いは完璧、というわけではなく位置情報のズレがあったようで消し飛ばすことが出来たのは触手と本体の一部分のみに留まった。

そのお陰で攻撃を中断させ美月を守ることには成功したが不利、と判断する知能が残っているのかは正直微妙な所ではあるのだが撤退を選択されてしまい逃げられてしまった。

 

「逃がしたのか…?」

 

達也の言葉に思わず「うぐっ…」となり掛けたがわざと言った、というのは理解できてただ状況把握のためにこぼした独り言、だと俺はそう理解することにした。

 

「ミア!ミアしっかりしてください!」

 

今回の作戦は失敗、と言えるだろう。

対象を取り逃しこっちは負傷者が出てしまっていた。

 

ミアさんは貧血のような状態を引き起こし血色がかなり悪く一先ずはこの状況を打開するために状態を確認しミアさんには命の危険がないことを確認し休ませる為に保健室へと向かうことにした。

唯一得られた報酬は”パラサイトは人間に取り憑くと《サイキック》能力を扱う事が出来る”ということだけだった。

完全な負け戦に俺は無性にマッ缶を煽りたい、と思いリーナもミアが命に別状がないことを確認すると疲れきった表情を浮かべ俺と同じような感想を抱いていたのは確実だろう。

…あとで1本奢ってやろうと決意した。



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気になる間柄

ヤバイ…気がついたら2万文字…。

毒にも薬にもならない駄文、よろしければご覧ください。
それと少し甘々成分多めで少しセクシーです。


翌日…パラサイトを七人で取り囲んだのにも関わらず逃がしてしまった苦戦を強いられた次の日に自分のクラスに登校するとリーナの姿が見えなかった。

 

(軍本部の審問会の最中か…恐らくは一般生徒の前でパラサイトと遭遇、戦闘して取り逃がした事についての審問だろうか。まぁ軍の機密任務を”ダークマター”の術者と思われる第一容疑者の俺と接触時に知られたことが問題なんだろうが…)

 

ここにいないリーナは日本に設置されているUSNAの大使館で審問会が開かれていてどんなことを問い詰められてるのかは分からないが制服の官僚連中はリーナにセクハラじみたコメントをして青筋を立てているイメージを幻視したが頭を振った。

 

ちなみに昨日起きたパラサイト襲撃事件でマクシミリアン・デバイスの社員を誤魔化すために姉さんがひいっ!と悲鳴を上げていたのは記憶に新しい…ほんとごめん。

ミアさんも軍に関連する人物なので昨日負った傷を《物質構成》でこっそり治療しリーナと共に審問会の場へ出向いているのだろうが不明だ。

 

やはりというべきか昼食時にエリカが昨日の取り逃がした件で悔しがっていたがそれとなく慰めると元気になっていたのでこちらのケアは大丈夫だろう。

問題なのは…リーナの方かもしれない。

 

今週、俺愛梨といろは東京案内しないと行けないんだよな…そっちの方が大変か。

 

◆ ◆ ◆

 

八幡の予想通り、というべきかその通りにリーナは学校を”家の都合”と言うことで東京に有るUSNAの大使館に召集され審問会の場に立っている。

リーナは居心地の悪さと不快感が心情を支配しながら目の前にいる制服組の自分よりも一つ、二つ周りも年上の”おじさま”達から”ご質問”を受けており青筋を浮かべたくなるほどだった。

 

「…ではスターズのシリウスともあろうものが対象を取り逃してもう一つの捜査対象であるナナクサハチマン、並びにシバタツヤに《パラサイト》の情報を知られてしまったと?失態だな。」

 

その二人以外にも他のクラスメイト達は高校生相手じゃなくて相手は私に匹敵するかもしれない魔法師でした!と付け加えたくなったが必死に押さえ込んでいた。

 

しかし其を言ったところでこの”おはなし”が今すぐに切り上げられるわけでもないことをリーナは知っていたのでただただ黙って話を聞いており状況としては昨日の件ではなくミアを確保したときの事を言われて(ミアだということはバレていない。)其を起点としてねちねちした審問が続いておりあからさまに作戦の内容ではない。

 

それは確実にリーナの才能に嫉妬している実戦を知らないデスクワークが得意な官僚からの”嫌み”であった。

 

そんな実戦を知らずに後方で安心な所に引きこもっている”おじさま”達に何を言われようとも気にしないようにしようと今日のティータイムでいただくお菓子を脳内で思い浮かべて気をまぎらわそうとしていた。

 

していたのだが…。

 

官僚の一人がセクハラじみた「吸血鬼に接触をしたのなら問題ないという証拠を今ここで見せてみろ」的な発言をして流石のリーナも今日飲もうとしていた限定フレーバーのマッ缶のことなど記憶の彼方に吹っ飛んでしまうほどに目が覚め怒りを隠しきれそうになくなりやってやるわよ!この○○オヤジ共!と危うくFワードが飛び出そうになる寸前だったが思いもしない人物が審問会に乱入したのだった。

 

「其は少佐に対して余りにも失礼であり女性に対するモラルが欠如している発言だと、本官には思われます。」

 

どこの世界、どの時代においてもセクシャルハラスメント、という精神的な苦痛を与える行動は見られる。

それは魔法師の世界においても変わることがなかった。

室内にて発言を人物は明らかに女性のものでその発言をした官僚に対しては表情には現れていないものの不愉快である、と言葉に感情が乗っているのは同じ女性であるリーナが感じ取っていた。

 

その聞き覚えの有る声の方向を向くと一人の女性が立っているのに気がつき口から音がこぼれ落ちた。

 

「バランス大佐?」

 

リーナの「若いのに冷静で思慮深い」という評判をぶち壊さずに済んだのは直属の上司であるヴァージニア・バランス大佐が現れたからだ。

その存在に官僚組は借りてきた猫のように大人しくなっていた。

審問会の場に参上し議会進行役の官僚に声をかけて開口一番に

 

「どうして本官がこの場に最初から呼ばれなかったのかは別の機会にお伺いすることにしまして…。」

 

その発言に官僚達の半分が震えているのを見てリーナは爽快感を覚え隠れているての部分をガッツポーズした。

震える官僚達に一瞥してリーナへ振り向いて告げたのはある種のフォローだった。

 

「今回、シリウス少佐に与えられた任務は彼女の適正に有るものではなくその責任を少佐本人の責任と帰するのは妥当ではない、と本官は考えます。」

 

その言葉に室内がざわついていた。

いくら直属の部下であり同性のバランスが隠しもせずにリーナの味方…擁護するコメントをするのは官僚たちも思いもよらなかったようで驚きの表情を浮かべていた。

それはリーナ本人も同じであったが。

 

が、やはり飴があるなら当然”鞭”も有る。

 

「しかし、我が軍最強の魔法師部隊の隊長であるアンジー・シリウスが一介の高校生に魔法戦闘において遅れを取る、という事実は憂慮する事案です。」

 

その指摘にリーナ本人が一番悔しがり奥歯が砕けてしまうのではないか、と思うほどギリッと噛み締めていた。

 

「シリウス少佐も当然ながら雪辱の機会を望んでいることでしょう。そうだな少佐。」

 

そうバランスに問いかけられ二つ返事で返答した。

 

「無論です!」

 

それは当然であり先日の戦闘で八幡に押さえられてしまったことはリーナにとっても悔しい事実だったからだ。

リーナの言葉にバランスは少し頷いて壇上にいる一同に目をやって告げた。

その内容とは「現地におけるリーナの現行任務の続行」、「支援レベルを最高水準に引き上げ」の二点を官僚たちに突きつけた。

 

そして官僚の一人からの質問にバランスが答えるとより室内はざわついた。

 

「駐在武官の監査を名目として、本官が東京に駐在しようと思います。」

 

その言葉に室内のざわつきは消えずに次の言葉は官僚をよりざわつかせリーナは仮面に隠れ見えなかったがその下では驚く表情を浮かべていた。

 

「また、本部長より既に『ブリオネイク』の使用許可をいただいております。」

 

「大佐殿。それは本当でありますか?」

 

「本当だ。」

 

バランスは”大佐”というお堅い感じでリーナにこたえるのではなく”頼りになるお姉さん”の顔で微笑を浮かべながらリーナへ一言付け加えた。

 

「私が持ってきたからだ。」

 

◆ ◆ ◆

 

「そうか…八幡は現在パラサイトに対する対抗術式の研究中か。」

 

「左様でございます。ただ、生きている個体ではなくUSNAの潜伏諜報兵(モール)の体内に眠る《パラサイト》であるがゆえ研究は思うように進んではおらぬようです。」

 

七草弘一の執務室にて弘一は名倉に報告を受けていた。

 

「しかし…八幡に全てを任せる、とはいったもののまさかUSNA…それもスターズ隊員であるアンジェリーナ・クドウ・シールズと協力関係を持つとは…いやはや流石は八幡、と言ったところだ。それにしても”クドウ”と来たか。」

 

弘一の脳内に嘗ての師の姿が思い浮かんでまさか関係者だと。

そう告げる弘一は嬉しそうに口角を釣り上げる。

その反応に名倉が反応した。

 

「八幡さまの人となりも御座いましょうが実力でUSNAの魔法師部隊の隊員を押さえ込むのは流石ですな。しかし…。」

 

「なんだ名倉。」

 

「正式な入国手続きを踏んでいるとはいえ裏の顔はUSNAの魔法師部隊…それにかなりの腕前を持つそのようなものが八幡さまと関わりを持つのは宜しいので?」

 

名倉が思った通りの言葉を口にだすと執務室の皮張り椅子に座る弘一は満足そうだった。

怪しく笑っているように見えるのは本人のせいもあるがやましいことは一切無い。

 

「今回の件”任せる”と言ってある。…八幡も考えてリスキーなUSNAの魔法師と上手く、こちら側が優先権をもって協力を要求している辺りに…ふふふ、良いじゃないか。流石は私の息子だ。」

 

「…左様で御座いますか。」

 

しかし、良いことばかりではなく名倉が口を開く。

 

「このパラサイト事件に関しましてどうやら四葉家も動いているご様子。」

 

その事に弘一は困ったように眉をひそめた。

 

「どうにも四葉家もパラサイトの情報を何処かから入手したご様子…非常に遺憾ではありますが情報収集は向こうの方が上手のようです。」

 

「諜報第三課を動かしているのにその体たらくか…まぁ仕方があるまい。それで?どうなっている。」

 

「ええ。パラサイトの宿主を…どうやら『抹殺』する準備を整えているご様子。」

 

その話を聞いて弘一は分かりやすくため息をついた。

昨日に八幡から第一高校で遭遇したパラサイト…正確には”宿主”を行動停止にしたのにも関わらず「魔法を発動させ肉体を自爆させて自由になり逃げられた」という報告を受けていたのだ。

 

八幡からは「今現在進行中でパラサイトの非活性術式を作っているから下手に殺さないようにしないと。」と会話をしていた。

 

「…八幡の話では《パラサイト》は精神的な寄生体…つまりは情報体霊子の塊でこちらの攻撃があまり通用しない…それに元の宿主を殺してしまったら次の宿主を突き止めるのは大変ではないか……。真夜殿は一体何を考えているのだ?」

 

当たるように名倉に問いかけるが慣れたもので飄々と受け流す。

名倉の内心では「弘一様への対抗心を燃やしているのでは?」と思ったが口にはしない。

 

「まぁいい。寄生体が逃げ出したことで得られるデータも有るかもしれないから泳がせておこう。対パラサイト対抗術式が完成すれば七草の魔法師の地位…八幡の次期当主への注目度も向上するだろう…多少の損耗も必要経費だろうが無いに越したことはない。”敵対するものには大打撃を、味方には最小の損耗を”だ。こちらにお招きしている客人の護衛を強化しておいてくれ。」

 

”客人”というのは八幡が保護しているミカエラ・ホンゴウの事だった。

今彼女は現在八幡が自費で建築した別館のゲストルームにて寝泊まりをしている。

八幡が協力を依頼をしているのだが立場上彼女がUSNAの諜報工作員のため少々厄介であるのだが…。

 

「…こちらもある程度の情報を筒抜けだろう。先程お前が報告をしてくれた”抹殺リスト”とやらに彼女も入っているかもしれん。彼女は八幡の客人だから丁重にな。それと名倉。お前は八幡と真由美への協力を頼むぞ。」

 

「心得ました。」

 

名倉が弘一に命じられて頷いた。

 

◆ ◆ ◆

 

「マジかよ…。」

 

ミアさんとの協力を受けて対パラサイト対抗術式の開発に勤しんでた次の日。

父さん、姉さんや泉美と香澄と小町と一緒に朝御飯をいただいているときに絶句した。

その衝撃的なニュースは飛び込んできてその映像に俺を除く三人は怪訝な表情で見ている。

端的にいうならばUSNAがマイクロブラックホールを使った実験を安全の確保も行わないで実行したお陰で化け物が世界に解き放たれてしまった、というある種の偏向報道がされていた。

その実行をした理由としては去年の十月末に発生した「灼熱と漆黒のハロウィン」にて使われた秘密兵器に対抗するために行われたその後始末についての責任の非を問われていた。

 

隣に座っている姉さんが俺に話しかけてくる。

 

「ねぇ八くん。これって…何か変じゃない?」

 

「体のいい”魔法師排斥運動”…の扇動に使われてるような感じがするかもね。」

 

「やっぱり…わたしもそんな感じがしたわ。」

 

「分母が非魔法師の方が多いんだからメディアがどっちにつくかは明らかだろうけど…問題はそこじゃない。」

 

「と、いうと?」

 

不思議そうに首を傾げた姉さんに耳打ちした。

 

「米軍の極秘裏…それに魔法師部隊スターズを動かしてるのに関わらず情報封鎖が杜撰すぎてる。”この情報源がどこから入手できて検閲を通らずに一般メディアに放出されたのか”ってことだよ。」

 

「なるほど…そういえばそうよね。」

 

俺の脳裏にリーナの顔が思い浮かび今日朝登校で一緒になったらその件で確認をしてみようと決意した。

 

「…。」

 

俺たちが相談をしているときに父さんがこちらを見て一瞬だが微笑んだ気がしたのは…気のせいだろうか?

 

◆ ◆ ◆

 

登校てから授業が始まって昼食時俺がリーナに話しかけた。

 

「おはようさんリーナ。大丈夫か?」

 

「おはよう八幡…。ええ。しょうしょう面倒な”おじさま”たちとお話をして頭が痛いわ。」

 

座席に座り大袈裟なポーズを取るリーナは相当参っていたらしい。

 

「そりゃあ大変だったな。」

 

心から思ったことをリーナに伝えるとジト目で見られた。何かしたっけ?

どうやら俺が原因らしいが思い当たる節がない。俺何かしました?

 

「はぁ…全く…誰のせいでこんなことになってると…それで一体どうしたの?」

 

ここで…と思ったがクラスの連中が俺たちの会話に聞き耳を立てているのが気になったのでリーナを外へ連れ出し今日のニュースの事を屋上で聞いた。

 

「今日のニュース、リーナは見たか?」

 

「…ええ。見たわ。」

 

その顔は非常に不愉快、と言ったものだが。

 

「あれってどこまでが本当なんだ?」

 

「肝心なところは全部嘘っぱち!表面的な事実は押えてあるから余計に質が悪い…!情報操作の典型よ。」

 

「世論操作、か…まぁそれはどうてもいいとして…どうして機密のはずのマイクロブラックホール生成実験の被害…それも軍人がパラサイトに寄生されて事件を引き起こすなんて情報一体どこから漏れたんだ?軍だってそんな魔法師の反抗運動が起こらないように情報検閲ならびに封鎖をしていた筈だろ。誰が漏らした?内部の人間か?」

 

「あり得ないわ……あるとするならば『七賢人』。」

 

「『七賢人』?なんかの魔法師排斥グループか?」

 

俺がそう問いかけるとリーナは首を横に振った。

 

「違うわ。彼らは自らをThe Seven Sage と名乗る組織があるの。正体も目的もわかっていないわ。」

 

「正体も目的もわからない?USNAで…生まれたんだろって思ったけど七人、って言うくらいならUSNA国外に同じ目的の人間がいるのかも知れないな。」

 

俺が思った疑問を口にするとリーナが驚いた顔を浮かべていた。

 

「…そういわれれば…そうね。その考えは無かったかも。」

 

「ひとまずその連中の存在を明らかにするのはあとにしてだ…連中が漏らしたとしてなんでそんな事を?連中は人間主義者と繋がりでもあるのか?」

 

「100%…とは言い切れないけど…たぶんそれは無いわ。過去の事例からしてみても七賢人はそういった狂信やイデオロギーとは無縁よ。それに彼らは協力もしてくれたこともある。…かなり一方的な協力だったけど。」

 

「つまりは…物語を操作したくて物事を引っ掻き回す愉快犯ってことか…。」

 

「まぁ言い得て妙。ってところね。」

 

まぁ俺の大体聞きたいことは終わった…と思ったが昨日の事を聞いておきたいと思い話しかける。

 

「そういえばリーナ。」

 

「なに?」

 

「昨日は学校休んでたけどUSNAの大使館に呼ばれてたのか?」

 

「…っ!!…貴方私の私生活覗いてるの?」

 

驚いた表情を浮かべた後に俺を見る目がジト目に変わる。

リーナみたいな美少女の私生活…覗きたいか言われれば覗きたくない。

私生活がわからないこそ神秘性があるというもので…と茶化したが知り合いの生活空間に踏み込みたいと思うほど俺はリーナを知らない。

 

「お前が学校に来ないのはUSNA関連の話だろ。たまたまだよ、たまたま。」

 

「…ふーん。どうだか。貴方と話してると全部見透かされてる気分になるのよね。」

 

そういってわざとらしく体を抱くリーナ。

一部が強調されるから青少年的には勘弁してほしい。

 

「気のせいだ。それよりも授業中に疲れてたのは制服連中に作戦の進行度合いが遅いことでこってり絞られてた、と見える…がそれは置いておいて…リーナの直属の上司であるバランス大佐は来日してるのか?まぁ流石に指揮官が現場に来るとは思えないけど…。」

 

「ほんとに貴方ってエスパー?…なんだか怖くなってきたわ。」

 

その肯定の反応に思わず俺は頭を抱えてしまった。

仮にも軍人で軍要人が来日しているのをそんなに素直に暴露しなくても…と俺が逆にリーナとその立場を心配してしまった。

 

「俺が質問する前に声に出すなよ…俺だから良いけどさ。んで?俺の事は伝えたのか?」

 

そう質問すると顔を真っ赤にして怒り出した。

 

「い、言えるわけないでしょっ!?貴方と部隊に黙って協力関係にあってミアがパラサイトに寄生されてる…なんて事言えるわけないじゃないっ。」

 

「まぁそうだよな…。」

 

俺がリーナの立場であったとしても憚られる事案だからだ。

ましてや相手が捜索対象である”ダークマター”の術者の最重要対象…まぁ俺なんだけどな。

なおかつ部隊員が暴れているパラサイトの寄生先となれば銃殺刑待った無しだろう。

 

「まぁそこら辺はおいおい考えるとして一応お前に報告しておくがミアさんの助けもあって術式の組み立ては順調だ。」

 

完成した、と言えないのはサンプルが少なすぎるからだが…。

そう告げるとリーナは明るい顔を浮かべたがすぐさま難しい表情を浮かべている。

 

「そう…でもあのときミアがワタシの前に立って張った障壁…ミアは魔法能力が低すぎてあの威力の雷撃を防ぐことができる障壁を張れない筈…やはり本当にミアは…パラサイトに変質してしまったの。」

 

その言葉に少し引っ掛かった。

 

「パラサイトに寄生された人間がサイキッカーになるのを知ってたみたいな言い方だな。」

 

そういうとリーナは苦い顔を浮かべてこたえてくれた。

その事実を知った理由は非常に心苦しいものだったからだ。

 

「ええ。知ってるわ。…ワタシはもう既に四人の感染者…『吸血鬼』を自分の手で処断しているもの。」

 

「…そうだったな。すまん。」

 

リーナは怒っていたがそれは俺へ対してのものではなくこの事件を引き起こした者へ対する怒りの発露が見て取れた。

 

「…これが誰かによる企てだとするなら…ワタシはその人物を絶対に許さないわ。」

 

そういって俺にくるりと向き直りいつものリーナの表情で俺に告げた。

 

「貴方の対パラサイト対抗術式、早く完成させるためにワタシも協力するから。…だから宜しくね八幡。」

 

「…任せろ。」

 

複雑な想いが込められた笑みを浮かべた表情に俺はただただ、頷くしかできなかった。

 

◆ ◆ ◆

 

ほのかは廊下で大きな声を上げてその付近にいた生徒から注目を受けていた。

 

「えーっ!?」

 

「ほのか…はしたないわよ?」

 

「う、うんごめん深雪…ほ、本当に…?」

 

1-Aの教室前、次の授業が始まる前の休憩時間中に深雪とほのかは教室の外、廊下で雑談に興じていたがその場に別クラスであるスバルもその場に居合わせており近々行われる乙女達のイベントについて相談をしていたのだが…

 

「は、八幡さんにチョコをっ」

 

「違う違う…九校戦で彼と司波くんに一年生全体に彼らにチョコを渡そう、と言う話になったんだ。一緒にどうだい…と言うか君たちは別々に渡すか。」

 

すっとんきょうな声を上げられスバルはメガネのズレを直して驚きを隠せないほのかに説明をしていた。

そして確認するようにスバルは深雪をチラ見すると当然ながら。

 

「ごめんなさい。わたしは個人的に八幡さんにお渡ししようと思っているから」

 

「深雪はそうだよね…ほのかもだよね?」

 

話を振られて頷くほのか。

 

「あ、は、はい!わ、わたしも個人的に八幡さんに渡したいのでっ」

 

そういうとスバルは「だよねー」と納得し深雪はニコニコと微笑んでいるだけだった。

が、内心でほのかは焦っていた。

 

(ど、どうしよう…!?考えてみれば八幡さんにチョコレートを送りたい女の子なんてこの第一高校には多い筈だからそんなこと考えるのは当たり前だよね…だって八幡さんは普段はちょっとだらしないのにいざってときは本当に格好いいんだもん…惚れられて当然だよぅ…!)

 

ほのかは内心で焦っていた。焦る必要は本当はないのだが。

 

(わ、わたしは…八幡さんにあのとき…告白したけど…過去に…あんなことがあったなんて知らなくて…こ、このままだとわたしの存在…忘れ去られちゃう!?)

 

その時、脳内にはほのかの存在しない記憶が流れ込む。

 

たくさんの女子に囲まれて両手では抱えきれないほどのチョコレートを貰って笑みを浮かべる八幡の姿がありその取り囲んでいる女子の中には強敵である深雪に雫、エリカに真由美、そして最近ずっと一緒にいる金髪美少女のリーナの姿があり。

 

…とほのかの頭の中は針ネズミ状態だった。

 

(だ、ダメよほのか今のままじゃ…!)

 

つい最近は噂で八幡達が構内に入ってきた不審者と交戦した、と言う噂があり定かではないが仲間はずれに勝手にされていると思い込んでいたほのか。

 

(ダメ…このままじゃ。何とかして八幡さんの役に立てるように頑張らないと…!)

 

再び脳内に八幡(妄想)の姿が思い浮かんだ。

 

『ありがとうほのか。本当にほのかの想いが伝わったよ。付き合おう。』

 

チョコを渡したタイミングで正面から抱き止められ身長の高い八幡がほのかを見下ろすように視線を下にすると同時に顔が近づいて唇をー。

 

(そ、それはいくらなんでも都合がよすぎだってっ!……はうっ!……よ、よぉし頑張るぞわたし…バレンタインを印象的な日にしなくちゃ…!)

 

そう決意したほのかはバレンタインに向けての準備をするのだった。

 

◆ ◆ ◆

 

司波家では響子が訪れており達也と深雪がUSNAの外交官と日本の外交官が極秘会談をしているのを録音したのをリビングで聞いていた。

 

端末の再生ボタンを停止すると響子が顔を上げた。

 

「今の話を聞いて貰った通りだけど…ウチの外交官連中も随分と頑張っているみたい。流石に『戦略級』の重要性と特殊性はわかっているみたい。」

 

その話から政治の話になり達也は深雪にその事を教え考えさせて話を飲み込ませていた。

話は進み響子が困ったような表情を浮かべていた。

 

「それにしても達也くんとは別のあの魔法の発動者…軍でも未だにその所在は掴めていないわ…まるで幻影(ファントム)ね。」

 

言葉を濁して発言しているのは達也に対する配慮もあっただろうが響子を見て意味ありげな笑みを浮かべている達也と深雪の実母…深夜の存在があったからだ。

 

「響子さんや軍の諜報機関でも調べられないのでは実在しないのでは?」

 

「あのモニターに映った機械式強化外骨格…あれはどこの研究機関、並びに軍でもまだ開発がされていない最新式…いや未知のテクノロジーでつくられているかもしれません、と大尉がね?」

 

上司である真田がそう告げるなら、と達也も自分が発動させた『マテリアル・バースト』が撒き散らす重金属の蒸発の中をその鎧骨格に傷一つついておらずその爆心地で尚且、数百kmは離れている対馬要塞から監視されていることに気がついて手を振る、と言った明らかな挑発行為をしているのはこの近代で発達したとは言えAI…それも幽霊ではないことは確実だろうと達也は結論付けた。

 

「軍としては七草の息子が怪しい、と?」

 

次なる会話に移るために話題を変えると後ろと隣の母親と妹がガタッ、と立ち上がった様子が感じ取れたが後ろは穂波が押え深雪は達也が押えていた。

 

「…軍の諜報機関は仮定を立てて身辺調査をしてはいるみたいだけど…証拠がないからシロ…と言いたいところだけど彼が扱う加重系統の魔法は恐らく”八”の家を差し置いて当代最強の使い手であることは間違いないでしょう。だから七草の彼に疑惑の目が届いているのは…こんなことを言いたくはないけど残当、クロに近いシロと言ったところね。」

 

「……っ。」

 

憤っている深雪を嗜める達也。

 

「深雪。大丈夫だ。」

 

「も、申し訳御座いませんお兄様。」

 

八幡が国防軍がつけたコードネーム”黒衣の執行者(エクスキューショナー)”と疑いを持たれているのは新年に入った際に母親経由…と言うよりも四葉本家の真夜から教えられ尚且抹殺しろ、とそのお役目を仰せつかっているしそもそもに置いて何故か真夜が八幡に対して敵意しか持っていない。

達也はもし仮にその戦略魔法師の正体が八幡であったのなら躊躇う程度には友情を感じている。

そもそもにおいて深雪の思い人に手を掛けるのは嫌だった。

 

「それに彼に疑惑の目を向けているのは国防軍だけじゃなくて彼ら…USNA…直近であんなニュースがあったばかりでしょ?だからあんな事件を引き起こしてしまった…対抗策を見つけ出すために。”完全制御できたブラックホールを利用した戦略魔法”だなんて向こうからしたら驚異でしかないもの。」

 

知ってか知らずか苦笑いを浮かべる響子のコメントも的確なものだった。

 

報告を予ての訪問を終えた響子は玄関で見送りを司波兄弟からされたその時、帰りがけに思い出したかのようにハンドバックからチョコレートを二つ取り出した。

 

「はい、ちょっと早いけど達也くんと深雪さんに。義理チョコと友チョコよ。」

 

そういって手渡された小さな小包を受けとる二人。

 

「あ、ありがとうございます藤林さん。」

 

まさか渡されると思っていなかった深雪は驚いていたがその程度でお礼を忘れるほど仰天はしていない。

 

「義理チョコでしたか。」

 

期待を持たせない、清々しいほどの正直な加減だった。

 

「あら?義理じゃ不満だったかしら?」

 

響子は達也に対してお姉さんの余裕たっぷりの笑みを達也に向けるがその程度…と言うよりも同じ軍の部隊で上官なのだからそんな気がないことがわかっていたがからかいたくなった達也。

 

「そうですね…本命でしたら嬉しかったです。」

 

「へっ?……た、達也くん//その…あ、あまりそういうことは女性に言っちゃダメよっ」

 

真面目な、若干の微笑みを称えた達也の表情に響子は顔を赤くして少し足早に司波家から退散していった。

 

玄関に残された司波兄弟。

 

「八幡を見習ってジョークを言ってみたんだが…ダメだっただろうか?」

 

首をすくめたようなジェスチャーをする達也に深雪は微笑んでいた。

 

「お兄様…それは女性にするものではありませんよ?」

 

「…上手く行かないものだ。」

 

「ふふっ♪お兄様ったら。」

 

◆ ◆ ◆

 

バレンタインが数日前に近づいた週末。

東京某所のショッピングモール。

そのテナント内一つの女子グループがテーブル席を利用していた。

一人は煌びやかな背の中頃まである長さの金髪を持つ少女でその隣にいる明るい栗色のセミロングの少女は妹のようだ。

そしてその対面には紫掛かったボブカットの黒髪の美少女の隣に一緒に座っている少女よりも身長の低い腰まである青み掛かった髪を持つ少女が待ち人を見つけ声を上げていた。

その声に反応し金、紫、明栗色の髪を持つ少女達が反応していた。それにしても全員が美少女である。

 

「ほのか!こっちじゃこっち!ひさしぶりじゃのう!」

 

声を掛けられ駆け寄るほのかだったが座席に座る人物の中に見たことの内少女がいたことに疑問を思ったが隣にいる少女に雰囲気が似ていた。

ほのかは声を掛ける。

 

「みんなも久しぶりっ!元気そうでよかった。」

 

「おおっ、ほのかよ息災であったか?」

 

青髪の美少女…四十九院沓子がほのかにむぎゅり、と抱きつく。

 

「う、うんっ」

 

困惑するほのかに助け船を出したのは十七夜栞だった。

 

「沓子、光井さんが困っているじゃない。」

 

「おおう。すまんの久々の再会に思わず興奮してしまってたわい。」

 

「あはは…。」

 

そういって席に案内されテーブル席はぎゅうぎゅうになった。

ほのかが来たことで座席には注文したティーカップが置かれ紅茶のいい匂いがテーブル席に広がる。

 

沓子がどこで購入したのかわからないお土産品を渡され怪訝な表情を浮かべるほのかだったが受け取らない、と言う選択肢がでないいい子であった。

 

「土産話もたんまりとあるのじゃが…それだけで1日が終わってしまうのう!」

 

「全く…魔法師の海外渡航が厳しく制限されてるのにいったいどこで何をやっていたのか…。」

 

どや顔で自慢する沓子に呆れた表情を浮かべる栞。

 

「それよりも…愛梨の隣にいるその子は…?」

 

「ああ。ごめんなさい光井さん。この子はわたしの妹の一色いろはよ。」

 

やはり、と視界に入ってしまったほのかは金髪の美少女…愛梨におずおずと問いかけると全員が「あっ…」となり明栗色の美少女が自己紹介をしてくれた。

 

「初めまして光井ほのかさん。お姉ちゃんから噂はかねがね。わたしは一色いろはです。先輩がお世話になっています。先輩光井さん達ご迷惑をおかけしてませんか?」

 

”先輩”と言うのがほのかの中で誰なのか結び付かなかった。

 

「へ?先輩…?」

 

「ああ。先輩って言っても結び付かないですよね。」

 

次の言葉にほのかは驚愕した。

 

「わたしは元々総武中学にいた旧姓”比企谷”八幡さんの後輩で一色家の次女です。」

 

「えっ…一色さんが小町さんの言っていた子…?」

 

そういわれていろはは少しはにかんだ後に後悔するような苦笑いを浮かべている。

 

「お米ちゃんから聞いてますよね?あはは…そういうことです。」

 

ほのかは目の前の少女が八幡を追い詰めた人物、と言うことを聞いても心から「悪くない」と理解していたので素直に。

 

「うん。よろしくねいろはちゃん。」

 

素直に微笑んでこちらを見つめるほのかを見たいろはは面食らった表情をしていたが納得したのか微笑を浮かべ直す。

 

「…やっぱり先輩が仲良くなりそうな人でした。ほーんと先輩ってそういう人を見る眼はあるんですよね。」

 

「いろはちゃんからも昔の八幡さんのお話聞きたいから連絡先を交換しない?」

 

それに対していろはは何時ものような愛されキャラを出現させる。

 

「あ、いいですよ?それからわたしもほのか先輩、って呼んでもいいですか?」

 

「もちろんだよいろはちゃん!」

 

いろはの脳内に大好きな優しい同性の先輩の姿を重ねていた。

端末を取り出そうとしてバックに視線を向けるといろはの耳元で愛梨が囁いた。

 

「だから言ったでしょいろは。心配要らないって。」

 

「…うん。お姉ちゃんの言った通りでよかった。」

 

姉妹の会話はほのか達に聞こえず連絡先を無事に交換して会話を始めた。

事の発端として何故三校の彼女がこの場にいるのか、それは愛梨が原因だった。

愛梨が以前に八幡に「東京を案内するよ」と愛梨に告げてその日取りで東京へ向かおうと(そのときにいろはもいたので無理について行く事にした。)その話を聞いた沓子達が「なんかほのかが悩みがあるみたいじゃからお土産を渡すついでに我々も東京へ行くぞ!」と無理矢理ついてきた(栞は巻き込み)のだった。

 

そうして愛梨といろはは八幡との東京デート(この件で八幡は土曜にいろはと愛梨に拘束された)を堪能し日曜日に沓子達の目的を達成しようとほのかに連絡(いろはもほのかにあってみたかった為着いてきた。)をとっていた。

 

「そういえば…北山さんは留学できていたのよね?どうしてかしら?」

 

「うーんよくわかってないんだけど…実はUSNAから交換留学生が来ていて…。」

 

そうほのかが告げるといろは以外の三校生徒が驚いていた。

 

「なるほど。」

 

「そちらが本命じゃのう。して?出来るやつなのか?」

 

「うん。魔法実習だと深雪と互角。」

 

「司波さんと互角ですって?」

 

愛梨は自らを深雪のライバルと自負している側面があるせいか誰よりも驚いていた。

 

「いやーしかしあからさますぎじゃないかのう?自ら怪しいものですーと言っておるものじゃろそれ。」

 

「いや、でも…隠し事が出来なさそうな性格だし…スパイとはそんな感じはしないけど…。」

 

「あるいは隠し事が出来ないからもうそのまま素で出しちゃってる…そんな感じかしらね。」

 

「うーむ…そういうこともありえるかのう。」

 

「?」「?」

 

ほのかといろはは「なんで?」と言う表情を浮かべていた。

愛梨はわかっていないいろはを見つめると困った表情を浮かべ頬を掻いた。

 

「実は…師族会議からの通達で去年の横浜の一件、各国からの多数の工作員が送り込まれている、との注意喚起が来ているのよ。」

 

「じゃあまさかリーナが?」

 

「その子自身は悪い子じゃないんだろうけど…くれぐれも気を付けてね光井さん」

 

本当に身を案じてくれている愛梨の言葉にほのかは素直に感謝を述べた。

 

「うん。心配してくれてありがとうね一色さん!」

 

「っ…///と、同然よ。友達だもの。」

 

(照れたのう)(照れたわね。)(照れたねお姉ちゃん。)

 

(キッ!)

 

「???」

 

「それにしても…深雪と同格だなんて世界は広いわね。」

 

話題を変えた愛梨。

それに乗っかる女子四人。

 

「でも実戦では分からないじゃない。実際に競技場で戦ってみないと。」

 

栞が反論するとほのかが思い出した。

 

「そういえば八幡さんとリーナで魔法実技で競いあってたけどリーナ一度も勝ててなかったな…。」

 

「ほほう…?」

 

「上には上がいたわね…本人はそう言われるのを嫌いそうだけど《英雄》が」

 

「本当に先輩ってば規格外ですね…。」

 

「正直…八幡さまに勝てるヴィジョンが見えないわ…。」

 

「ワシもじゃよ。」

 

八幡に対する総評が「であったら逃げろ」なのは流石に酷いのでは?とほのかは思ったが去年の横浜騒乱の際に一騎当千の活躍をした八幡を思えば当然と言えるだろう。

そのときに八幡の形相を見ていたほのかとしては大層複雑、と言えなくもないが。

 

「ほのかはライバルにまけないようにな?家柄ももちろんじゃが九校戦と横浜の件も含めて八幡殿はファンもおおいじゃろうて。」

 

「うぐっ…!」

 

「へっ」

 

「あっ」

 

「沓子…」

 

「へっ?わ、わし何か地雷をふんだかのう?」

 

胸を押さえて落ち込むほのか。

そう彼女がここに三校生徒+妹を呼び出したのには理由があった。

 

「…実はバレンタインにお世話になった一年女子全員から八幡さんにチョコを渡そう、って企画があるらしくて…」

 

「「「……。」」」

 

三校女子はほのかの話を黙って聞いていた。

 

「このままだとわたしのチョコみんなの影に隠れて埋もれちゃうかなって…それに八幡さんは十師族のお家柄で良いチョコとか食べて舌が肥えてると思うし…」

 

「この間も何かの事件を解決してたようなんだけどわたしは蚊帳の外で…。」

 

ずんずんと暗くなっていくほのか。

 

「わたしが強かったらこんなこと、」

 

「落ち着いて光井さん。」

 

決して大きくはないが鋭い制止の声と肩を掴まれハッとなったほのかは言い掛けた言葉を中断し愛梨の顔を見た。

 

「まずは状況を整理しましょう。」

 

愛梨による的確な診断が始まった。

 

「お世話になっている人が八幡にチョコを渡すのは普通の事」、「そしてそうした時に違うものを渡すのは特別な想いをアピールするならば手作りがいい。」これらの事を指摘されハッとなったほのか。

 

「それにあなたは他多数の人と違って夏に八幡さまに告白をしているのでしょう?だったら問題ないじゃない。それだけで《あなたには特別な感情を抱いています》って。…本当は敵に塩を送るようで困るけどね?それから、『強かったら』ってあなたは言っているけど相当な実力の持ち主よ?」

 

「い、一色さん。そ、そんなことは…」

 

複雑な表情でほのかに指摘する愛梨。

すかさず沓子がフォローに入った。

 

「謙遜はよくないぞほのかよ。現に戦った儂が言うんじゃから心配ご無用じゃ!」

 

「ええ、そうよ。その上で「もっと強くなりたい」と言うのは八幡さんを戦闘面でフォローできる補助魔法を習得したい、ってことなのよね?」

 

「そ、そうなんです!そうなんですよ!」

 

捲し立て愛梨のてを握るほのかの姿は沓子達が見たことのないものだった。

 

「そ、そうね…光井さんは光魔法が得意だからその系統の魔法の分野を伸ばすとして…三校は実践的な魔法習得が可能だけど向き不向きがあるから…そうね先生や先輩、そちらは魔法大学付属なのだから魔法文献は豊富だしそちらを当たってみるのも手じゃないかしら?」

 

「光井さんならきっと八幡さまの役に立てる魔法を習得できると思うわ。功を焦っては仕損じる、という(ことわざ)があるから落ち着いていきましょう?」

 

「う、うん!」

 

「しかし…八幡殿も光系統の魔法を数多く習得していそうじゃから本人に聞いた方が早かったりしてのう。」

 

沓子が余計な一言を言って愛梨と栞にジト目で見られて「たはは…」と乾いた笑いが響いたのは想像に固くなかった。

 

相談が一段落してショッピングモール内をぶらつく少女五人。

ちょうどその件であったチョコレートが置かれている売場にて物色をしていると隣にいた愛梨にほのかが質問をした。

 

「そういえば一色さんは気になる人にチョコは渡さないの?」

 

「わたし?わたしなら既に渡したわ。八幡さまに。」

 

渡した人物の名前を聞いて思わず反応をしてしまったが既に愛梨が八幡に告白をしていたことをしっかりと失念しており目の前にいるのはライバルだったことを思い出した。

 

「えええっ!?ず、ずるい…!」

 

「…ズルも何も私といろはは普段は石川の方にいるのですから早々東京まで足を運べませんしこの2日間を利用して八幡さまとお出掛けを慣行しただけです。」

 

「そ、それってデート…!」

 

「…とは言えませんわね。…この子も着いてきてしまったので。」

 

そうして視線の向こうにはチョコレートを物色するいろはの姿がありほのかは苦笑いを浮かべるしかなかった。

次のコメントにその苦笑いは吹き飛んで驚愕することになったが。

 

「まぁ、いろはも中学生時代の後輩の時から八幡さまに好意を持っていたみたいですし…。」

 

「え、ええっ!?姉妹揃って八幡さんを?」

 

「ええ。奇妙な事ですよね。」

 

愛梨は困ったような笑みを浮かべていた。

 

当日の同じ場所にて同学年のスバルやエイミィ達と遭遇し九校戦で凌ぎを削った一堂三校と一校が介していた。

その日から愛梨に言われた通りに先生や先輩に話を聞いて自分に合った光系統を探すことになるのだが…。

それはまた別のお話。

 

◆ ◆ ◆

 

とある日。七草家の調理場は世話しなく姦しい声が響き渡っていた。

キッチンには”男人禁制!”の張り紙がなされておりそれを見た名倉と弘一は笑みを浮かべていたが八幡は頭の上に「???」を浮かべているしかなかった。

 

その”男人禁制”の裏側で行われていたその正体は…。

 

「あ、泉美そのゴムベラ取って。」

 

「はいどうぞ。あ、香澄ちゃん。そのデコレーションペンを取ってください。」

 

「あ、小町味見して上げるね。~ん、ちょっとビターすぎるかも。お兄ちゃんの好みには合わないかな。」

 

「あ、ちょっと小町ちゃん!わたくしが型に入れて固めておいてチョコを食べないでくださいっ…まぁ味の方は少しミルクチョコを加えるとして…。」

 

「あ、小町ちゃん。お姉ちゃんのチョコも味見して貰える?」

 

「はいはい~いただきます……ぶふぉ!!……ふぐっ!?」

 

「「わっ、汚いっ!」」

 

真由美が作ったチョコレートを味見する小町だったが口に放り込んだ瞬間に顔を青くして吹き出しテーブルに崩れ落ちた。

 

「小町ちゃん!?」

 

「小町!?」

 

何事かと驚く泉美と香澄。

慌てて水道から水をコップに注いで手渡すとそれを受け取った小町は一瞬で飲み干した。

 

「んぐっんぐっ…ぷはっ……お姉ちゃんこれヤバイよ!?なんかめちゃくちゃ濃い化学調味料の味がするっ!」

 

「え?…うそっ!ちゃんとお砂糖をいれた筈よ?」

 

真由美がそんな筈は…と指差す場所には確かに砂糖の入った容器が真由美の前に置いていた…が。

 

「お姉ちゃんこれ○の素だ…。」

 

「お姉さまそこにおいてあるのお砂糖じゃなくて味の○ですわっ!」

 

「な、なんでこれがここにあるのよぉ~!?」

 

そこにあったのは砂糖の容器に似た入れ物に入っていた化学調味料だった。

かなり広目の調理場のテーブルの上にはチョコ、チョコ、チョコ…それに調理器具とラッピングの道具がところせましと乱雑ではなく整理整頓されている辺りは正確がそれぞれに出ているだろう。

泉美はきっちりと、香澄は取りやすいように、小町はつくっている本人しかわからないような置き方でそれぞれどれをつくるのかを試行錯誤しているようだったが真由美に関してはもう作成するのを決めているようでおいてある道具や食材は少ない。

 

が、ここにいる全員は料理が上手、と言うわけではなくやいのやいのと言いながら姦しい黄色い声が飛び交っていた。

なぜそんなことになっているのかと言うと明日は2月14日…明日に控えた「バレンタインデー」だからだ。

八幡がここにいたのなら「そんなのは社会的に国民から企業へ金をおとして経済を回させるお菓子メーカーが国家ぐるになって共謀している」と力説するあろうがここにいる七草の姉妹達は「聞こえません!」と言わんばかりに明日への準備のために自らを道化?と偽っていた。

実際にこの七草の調理場だけでなく第一高校の生徒も(一部例外はあるが)浮わついた空気を醸し出していた。

特にその浮わついた濃度が高いのはこの七草の調理場と言えなくもない。

 

先ほども述べたが全員が料理上手、と言うわけではない。

大好きな兄(弟)のために……と。

 

小町を除く三人は同じ人を好きになっており本来ならばあり得ないのだが彼女達とその兄…八幡とは血が繋がっていないので無問題であった。

 

が、それぞれ八幡に手渡すチョコレートの種類…妹達のは普通のハートの形や小さいのが複数個別れていたりチョコクッキー、と普通の物なのだが…。

 

やたらと真由美のチョコレートだけが苦かった。

 

日付が回りそうになるぐらいまで姉妹四人で仲良く姦しく手作りの愛情を込めたチョコレート作りに勤しんでいた。

 

◆ ◆ ◆

 

「……すみませんミアさん朝までお付き合い頂いて…対パラサイト用の対抗術式の目処が立ちそうです。」

 

「ほ、本当ですか…?本当にスゴいですね八幡さんは。」

 

俺は学校に行く前に離れに立ち寄り新規作成した術式…”対パラサイト対抗術式”の起動式を組み上げエンターキーを叩いて仮組の状態でCADにインストール。

その術式を発動させると《瞳》に映るぼんやりと中に浮いていた霊子の塊を確りととらえることが出来ていた。

その霊子の固まりにCADを向けて発動すると木っ端微塵に砕け散って量子の海へ帰っていった。

 

と、言っても未完成で活性状態の《パラサイト》のデータが必須で正直言うと俺以外の魔法師が”精神体を消滅できる術式”は完成していない。もっとも、パラサイトを《瞳》で捕捉が前提で攻撃を当てても”怯ませること”しか出来ないが。

 

対霊子魔法霊子弾(スピリット・ブリット)

パラサイトがいる空間に直接作用させる効果を持つ想子ではなく霊子を機転とする攻撃方法。

これが俺が開発した魔法だ。

 

この起動式自体が汎用性の無い専用魔法…賢者の瞳(ワイズマン・サイト)…とこれを使えるのは恐らく魔眼を持つ姉さん…《マルチ・スコープ》とリンクさせて使えるぐらいか。

 

もし”向こう”からパラサイトが現れたときに攻撃を当てられるのが少なければ意味がない。

だとすれば俺が開発したこの起動式は欠陥だ。

 

攻撃を当てて消滅させられるのが恐らく《虚空霧散(ボイド・ディスパーション)》とかの他人に見られてはいけない高威力体の魔法しかないから…本当にきつい。

見られていない状態なら問題ないんだけどなぁ…。

それを言うならミアさんのように取り憑いた魔法師の精神領域からの剥離をさせる魔法が見つかっていないのでまだ

まだだ。

 

課題は山積みだと自分に言い聞かせて眠い頭を無理矢理覚醒させて怠い身体を《物質構成》で甦らせて登校することにした。

 

 

今日は2月14日。

今日はなにかと家族の様子がおかしい…と思ったがどうも今日は菓子と国家ぐるみで国民から金を巻き上げる”バレンタイン・デー”と呼ばれる非モテ男子が血涙を流す日の事だったらしい。

 

まぁ…俺にとってはあまり意味のない関係のない日、と言うことだけ伝えておこう。(誰にだよ。)

 

と学校に向かうキャビネットに何時もの事ながら姉さんと一緒に搭乗し何時もの時間に駅に到着しそこから少し歩き正門に到着すると同時にほのかに挨拶された。

随分と畏まった…と言うよりも緊張をしているようでまるでブリキのオモチャのようにぎこちない。

一体どうしたの言うのかと思いきや不意に姉さんが先に行ってしまった。

怪訝に思っているとほのかから話しかけられる。

 

「は、八幡さんっ!」

 

「ん?」

 

俺がほのかの方に身体を向けると

 

「こ、これを…うけとってくだしっ…!」

 

噛んだ。ほのかは思いっきり噛んでしまいその色白な肌をリンゴのように紅潮させて沸騰寸前なヤカンのように今すぐにでも湯気を出してしまいそうな程に。

 

突き出したままで固まったほのかの状態は引かぬ、媚びぬ、省みぬ!状態で女子高生の道に撤退はないのだぁー!状態になっているので受け取らない、という選択肢を俺は取れなかった。

特にほのかに関しては。

受け取った瞬間に奇妙な波動がほのかから発生しているような感じ取れたがひとまず置いておくとして…俺はほのかに伝えなきゃならない言葉を告げた。

 

「…ありがとうなほのか。」

 

受け取った小包装を大事に受け取るとほのかが顔を赤くして俺の顔を見る。

 

「あ、あのはちゅまんさんっ!」

 

あ、うんまた噛んだせいで顔を真っ赤にしてるほのかを見て肩に手を置いて落ち着かせた。

 

「あの、大丈夫、ちゃんとほのかの言葉を聞くから…ゆっくり、な?」

 

「わ、わたし…八幡の事大好きですっ!」

 

「……。」

 

再度の告白。

もう一度その言葉をほのかの口から聞くとは思わなくて思わずフリーズしてしまったが何故か今までとは違うような感情でほのかに返答していた。

これだけは伝えなきゃならないと、良い淀んでいた口がその感情を吐き出す。

 

「…まだ…その感情に対して俺は…えーと……どう言った良いかわかんねぇけど…その…………あり、がとな?」

 

「………っ!!!!!はいっ!」

 

その一言を告げるだけですげー時間が掛かった。

そのせいでほのかがすごく嬉しそうにしていて二つ合わせて危うく俺たちは遅刻し掛けたのだった。

 

ほのかにちゃんとしたお返し返さないとな…。

 

◆ ◆ ◆

 

(今日は…バレンタインなのよね。)

 

今日は体育の授業があり手早く体操着に着替えていた。

リーナは今日がバレンタイン当日の事もありクラスメイトから「シールズさんは誰にチョコレートをあげるの?」と質問責めにされて少々うんざりだった。

 

(一応…あの人に渡す用に市販品のチョコレートを買って持ってきてるけど…ってなんでわたしがチョコを渡すだけでこんなに迷わなきゃならないのよっ!これも日本のアクシュウ(悪習)?って奴ね!)

 

そんなことを思いつつ制服を脱ぐと引き締まった括れに欧米人特有の色白の肌に可愛らしい白と緑のストライプ上下のブラに包まれた豊満なバストとショーツを纏ったハリのあるヒップが露になり更衣室にいる女子生徒の視線が突き刺さっていたが八幡に渡すか渡さまいかで悩んでいたので気にしなかった。

 

そんなことを考えていると隣に深雪が着替えをするために近づいて声を掛けられた事でハッとした。

 

「あら、リーナ。何時もの場所は塞がってたの?」

 

「そうじゃなくて…『誰にチョコをあげるの?』って聞かれるのが少し…煩わしくてね。」

 

「みんな気にしているのよ。リーナは可愛いから。」

 

「じゃあなんでミユキはなんで質問責めに合わないのよ…って。」

 

隣を見たリーナは制服のワンピースを脱いだ場面を見てしまい言おうとした台詞が吹き飛んでしまった。

 

「うーん。そうね。わたしが好意を寄せてる人が既に割れちゃっているからかしらね。…それにしてもリーナ。スタイル良いわね。羨ましい。」

 

「…ミユキ?それはイヤミなのかしら?」

 

リーナの目に飛び込んできた深雪の姿は同性であっても目を奪われていた。

 

身に付けた純真さを現すが如くフリルの付いた少女らしい白を基調とした白のブラジャーに包まれた大きすぎず小さくもない形の良いバスト。

折れてしまいそうなしかし健康的な括れに均等のとれた肢体に形の良い触れれば沈み込んでしまいそうな柔らかなヒップが白のショーツに包み込まれている。

その全体は大人と少女の中間の奇跡のプロポーションを誇っておりナイスバディ。

 

いやそんな言葉も生ぬるいほど”良い身体”と総評できた。

 

「だって腰もお尻も丁度良く引き締まっていてとってもセクシーよ?痩せているんじゃなくてシェイプアップされてるのよねリーナは。」

 

そういってリーナの腰を無邪気にさわる深雪。

イヤらしさがない無垢な触り方はリーナも拒みにくくまた平常心を保つことは難しかった。

もっともその百合が咲いている光景を同じ更衣室にいる女子生徒が顔を真っ赤にしてあわあわ、と見ているのを気がついていない。

 

「ミ、ミユキだって凄く良い身体じゃない…」

 

そういってリーナも深雪の腰に手を触れると顔を赤くしていた。

 

「そ、それを言うならリーナだって女の子らしい体つきで嫉妬しちゃいそうだわ。」

 

そういって互いに腰から手を引いて話すとロッカーに何かが接触する音が響いてそちらに視線を向ける。

 

「はわっ…/////」

 

「「「「「「………////」」」」」」

 

リーナの視線の先にはほのかが顔を真っ赤にして腰を抜かしてロッカーにもたれ掛かっており深雪も辺りを見渡すとロッカールームにいたクラスメイトが顔を真っ赤にして視線が突き刺さっているのに気がついた。

 

「…早く着替えてしまいましょうかリーナ。」

 

「え、ええそうねミユキ。」

 

そのことにリーナは深雪は一致団結し素早く着替え始めた。

チョコを八幡に渡そうか渡すまいかの選択を一瞬忘れていた。

 

◆ ◆ ◆

 

その日は異常だった。

当日の校内巡回の当番は俺と達也であったのだが…。

 

「あ、いたいた!こっちだよスバル!」

 

「こらエイミィ!校内を走らない!」

 

まんまクラス委員のような発言をして明智を止めるのは少し芝居掛かったのが癖な里美が後ろから追いかけてくる。

 

「?」

 

「スバルにエイミィもどうしたんだ?」

 

達也が俺の代わりに疑問を問いかけてくれていたのは達也も同じだったらしく俺が想像してたことを聞いてくれた。

 

「呼び止めてしまってすまないね二人とも。では…受け取ってくれたまえ。」

 

そういって里美が差し出したエコバック×2の中に丁寧に包装された小箱が沢山詰められていた。

 

その行動に達也が突っ込んだ。

 

「…今日は随分と芝居掛かってるな里美。」

 

「何の因果か君たちに手渡す役に選ばれてしまってね。流石に僕も些か素面では恥ずかしいのだよ。」

 

ああ。だから頬が赤く染まってるのか。

しかし、里美は本当にこういうのが似合うな。男でも好きなやつは好きなタイプだろこれ。

えーと何だっけ?王子さま系美少女ってやつか、とまぁどうでも良いので無視することにする。

 

「因に聞いても良いか?一体何の代表なんだ?」

 

「君たちに世話になった一年女子…つまりは九校戦一年女子からの…お礼だよ。」

 

お礼と言われても、仕事だからやっただけでされる筋合いはないんだが…まぁ報酬と言うことで頂いておこう。

余計なことを言うと小町に怒られる。

 

「あ、一同、って言っても七草くんの方にほのかと深雪の分は入ってないからね?達也くんの方にはほのかの入ってるけど。」

 

「そうなのか?」

 

と明智が追記し達也が反応する。恥ずかしがっていないのはそういうのを気にしていない良い意味でおおらか。悪い意味で言えば大雑把なんだろう。

 

「七草くんに対して二人は直接渡したいだろうしね。」

 

「余計なことをしたらまさに”人との恋路を邪魔するやつは馬に蹴られて死んでしまえ”という奴だからね。」

 

「じゃあしっかり渡したからじゃーねー。」

 

そういって二人は足早に校舎の奥に消えていった。

 

「何なんだマジで…。」

 

俺の呟きに達也が呆れたような表情を浮かべていたのは解せねぇ…。

そして極めつけは…。

 

「八幡さん。お仕事お疲れさまです。」

 

「おう、深雪か生徒会の仕事お疲れさま。」

 

生徒会室前を通りすぎようとしたときに丁度室内から出てきた深雪に声を掛けられ立ち止まる。

妙に顔が赤いのは気のせいではない筈だ。

 

「少しお時間頂いても?」

 

「ああ。良いけど。」

 

「はい。ではこれを…お受け取り頂けますか?」

 

そういって深雪が俺に手渡してきたのか取っての付いた小袋でなかには正方形の小さなラッピングされた箱が入っていた。

 

「…あんがと。深雪」

 

「お渡しするタイミングがこの時間になってしまってごめんなさい八幡さん。」

 

「ああ。いや深雪に貰えると思ってなかったから…ビックリした。」

 

「本当でしたらほのかよりも先に手渡す予定だったのですが…まぁ仕方がないです。愛情込めてお作りしました。少しビター目に作ってありますのでチョッと甘めのお飲み物と相性が良いかと思われますので。」

 

にっこりと微笑む深雪に思わず見とれてしまっていた。

本当に深雪の微笑みって引き込まれるんだよな。

 

「…。」

 

「み、深雪さん?」

 

と微笑みを見ていた筈なのにいつの間にか俺の隣に移動していた深雪に驚いた。

深雪さんはミスディレクションでもつかえるの?と疑問符を浮かべていると俺の背筋がゾクっとした。

良い意味で。

 

「もちろん…本命のチョコレート。です♪」

 

甘く囁かれた声に背筋を震わせるしかなかった。もちろん良い意味でだが?

 

「もう少しお話をしたいですがお仕事をお邪魔をするのはわたしの本意ではありませんので。お仕事頑張ってくださいね八幡さん。」

 

「お、おう…。」

 

そういって生徒会室へ戻っていく深雪、って俺の行動パターン読んでたの…?と驚愕していると背後から聞き覚えのある声が響いた。

 

「あっ見つけた!探したのにいないってどう言うことよ!」

 

「エリカか。」

 

「なによー。その顔。あたしに会いたくなかったわけ?」

 

「いや、そういう訳じゃないんだけど…今感情の置き場をどうしようか迷ってるところだったんだ。」

 

「?…ってやっぱりね。」

 

エリカは「なに言ってんだこいつ?」という顔を浮かべていたが俺が両手にぶら下げている袋(エコバック&紙袋多数)を見てあからさまに不機嫌になっていたがため息を吐いたあとに顔を赤くして隠していた利き手を俺へ差し出すとその掌に置かれた綺麗に包装された四角い箱が鎮座していた。

 

「これは?」

 

もう条件反射的にエリカに聞き返すと恥ずかしそうにただただ手を俺へ差し出すだけで喋ってくれない。

が、俺は今両手が塞がっているのでエリカの掌に置かれた箱を取ることが出来ない。

足で取るなんてのはもっての他なので俺はエリカにお願いした。

 

「エリカさん?俺今両手が塞がってるから渡して貰えると嬉しいんだけど?」

 

「……////は、はい!…じゃあねっ!」

 

俺の制服の胸ポケットに綺麗に包装された小箱をねじ混み反対方向に走っていってしまった。

追いかけることも出来ずその場に立ち尽くしていた。

一瞬だったが状況が理解できなかったのでフリーズしていた俺の時間を再起動させ一先ず「ロッカーに預けるか…」と決意し巡回方向からの方が教室に近いのでそのまま進もうとしたときだった。

 

「本命…///だからっ、あたし特製なんだからしっかり味わってよねっ!」

 

「えっ?」

 

「本当にじゃあねっ///」

 

と背後を振り返ると顔を真っ赤にしたエリカにそう告げられ俺は再びフリーズするしかなかった。

そして再び立ち去るエリカ。…今日が命日なのかもしれないな。

 

◆ ◆ ◆

 

「重てぇ…!」

 

「それどっちの意味?”心”の想いそれとも”物理的”に重いの方?」

 

巡回を終えて下校する時刻には夕暮れであり巡回していた筈の達也は先に深雪達と帰ってしまっていた。

薄情な…と思ったが俺はその後に出会う人物達(女子生徒で尚且知り合いの先輩達)からチョコを貰ったりしたので巡回時間を大幅に遅れてしまった。

そのせいで真由美からは「先に帰っているから頑張って?」と何故か応援メールが来ていた。

そして一度ロッカーに預けていた紙袋&エコバック達を教室のロッカーを引っ張り出していると丁度リーナも下校する時間だったので二人で帰路に着くことにした。

 

「沢山貰って良かったわね…お持ちしましょうか八幡?」

 

愉快そうに、少しの皮肉を込めた台詞を八幡に投げ掛けるリーナ。

 

「いや、せっかく貰ったもんを他の女子に持たせるのは不味いし…(てかリーナいなかったら《次元解放》のポータルに突っ込めたのでは…?)」

 

内心で不味った…と思いながらキャビネットを降車する駅へ向かった。

八幡とリーナの向かい先は一緒で次のキャビネットが車で3分、という時間でリーナ以外の他の人に聞こえないように耳打ちした。

 

「リーナ。」

 

「どうしたの?」

 

「今朝方協力もあって対霊子術式…のその試作品が完成した。」

 

「…!?本当?」

 

ここでミアの名前を出さないのは傍聴されている恐れがあるからだ。

試作品、というのを聞いてリーナの表情は驚愕、良い意味でのだと思いたいが反応していた。

 

「ま、と言ってもデータがなくて攻撃して怯ませる、程度なんだけどな。」

 

「いやいや、十分凄いじゃないのまだそれまで時間経ってないわよね…?」

 

「…完全じゃないからな。喜ぶにはまだ早いし…これじゃ戦えない。」

 

「八幡…。」

 

その真剣な横顔にリーナはどきり、としていた。

自分のこの感情…八幡をどう思っているのか。

 

”シリウス”としての任務でこの日本に来たリーナははじめ同世代の少年に敗北した。

取り分け彼は優秀で七草の息子であるが少々ものぐさで取り分け捻ねくれた性格をしている。

それなのに人が困っていると手を差し伸べる…とめちゃくちゃである。

 

そして捜索対象である”ダークマター”の術者の疑いを掛けられているのにもかかわらず自分と交流を持ち協力をしてくれている…どうして、とリーナは考えるとドツボにはまっていった。

 

「?どうした。あまり俺の報告はお気に召さなかった感じか?」

 

そうリーナは八幡に声を掛けられてハッとなって見つめると怪訝な顔を浮かべている。

 

「べ、別になんでもないわっ」

 

リーナは自分が八幡の横顔を見ていたことを悟られないように急いでそっぽを向いた。

 

「…?あ、リーナ。キャビネット来たぞ?」

 

そのタイミングでキャビネットが到着し乗り込む二人だったが当然ながら会話はない。

八幡に至っては先程まで持っていたバッグを下ろして手首を回している。

その光景を見ながらリーナは自分の制服のポケットに手を突っ込んである意味”温めていた”チョコレートの包装箱が手に触れる。

 

(わ、渡すだけよ。こ、これは八幡に少なからず恩があると言うか…そう感謝のチョコなの!)

 

自分のなかで八幡に対するチョコを渡す大義名分を定め渡すか、渡さまいかで迷っているとキャビネットが停車した。

 

「あ、じゃあ俺ここで降りるから。進捗状況知らせっから。じゃあな。」

 

「あ、ま、待って八幡。」

 

八幡が手早く袋を手首や腕に装着してキャビネットから外へ出ようとしたタイミングでリーナは八幡を引き留めた。

怪訝な表情でリーナを見つめる八幡の表情にリーナの心はぐるぐるしていた。

 

「(ちょ、チョコを渡して感謝を述べる…そう述べるだけなんだから!)は、八幡っ」

 

「だからなんだよ。」

 

「は、ハッピーバレンタイン?」

 

「何故に疑問系…?お、おうサンキュー。」

 

リーナから綺麗に包装されたしかもハートの形をした箱を渡され今日1日あり得ないことが起こりまくっていた八幡は失言をしてしまう。

 

「本命?」

 

「そ、そんなわけないじゃない!ば、バッカじゃないの!?はい、じゃあね八幡っ!」

 

「えぇ…?」

 

八幡はリーナにキャビネットを追い出され降車場所で立ち竦んでいた。

 

◆ ◆ ◆

 

「お兄様♪ハッピーバレンタイン。ですわ。」

 

「兄ちゃん!はいこれ。ハッピーバレンタインだよっ!」

 

「おお。泉美と香澄から貰えるだなんてお兄ちゃん冥利に尽きるぜ…お返しちゃんとしたの渡すから楽しみにな。」

 

帰宅してもチョコレートラッシュが続いていた。

自宅の家政婦さん達に始まり今度は泉美と香澄達からのチョコレートを手に取る。

他人からチョコを貰うのは少し疑問を覚えるのに家族から貰うのは素直に嬉しい、と言うのはヤバイと思うがこればっかりは俺の心の問題なので。

 

場所は泉美の部屋に呼ばれて俺は今双子の義妹に挟まれオセロ状態になっており二人は俺とくっついてしまうんじゃないかと思うくらいに密着している。

猫のようにめちゃくちゃすりすりして甘えてくる。少々くすぐったいんだけど…。

 

「んふふ~~~♪」

 

「えへへ~~~♪」

 

なにがそんなに楽しいかは分からないが…上機嫌なのは大変結構な事だと思う。

その後は二人が飽きるまで密着して泉美と香澄の頭を撫で続けていた。

 

妹達とニャンニャン…って書くとキモいな…な事をしていると小町に出会いチョコを貰った。

まぁ比企谷の時もくれるのは小町だけだったのでこれはほぼ毎年の恒例行事、と言えるだろう。

 

その後に部屋に戻ろうとすると俺の部屋の前に姉さんが壁にもたれ掛かって待っていた。

大きめのセーターを着用し一瞬下をはいていないのでは?と錯覚を起こしたがオーバーサイズのセーターを来ていただけでちゃんとデニム生地のホットパンツを着用し随分とラフだった。

 

「姉さん?」

 

「あ、八くん。チョッと時間良い?」

 

「良いけど。」

 

「お部屋に入っても良い?」

 

「良いよ。」

 

姉さんを自室に招き入れる。

部屋は普段から片付けているので人をいれるのは問題ないが普通なら他人を入れるのには抵抗感があるが姉さんは”家族”なので問題ない。

 

姉さんを招き入れるとベッドを指で示したので頷いた。

頷くと姉さんはすたすたと俺が使用してるベッドの上に腰かける。

スプリングが動いて少し跳ねるが姉さんは膝を合わせて近くに合った小さなクッションを抱き抱えていた。

俺は自分のデスクに座ろうとしたが姉さんの無言の行動(ベッドの自分が座っている横部分をポンポン、と叩いて”ここに座って?”)と微笑みながら指し示したので俺は抗うことなく隣に着席した。

 

「はい。八くん?…ハッピーバレンタイン♪お姉ちゃん特製のチョコレートケーキよ。開けてみて。」

 

隣に座った瞬間に姉さん本人の甘い匂いとビターなチョコの匂いが鼻腔を突く。

距離も近いから尚更だ。

一度姉さんを見て確認する。

 

「食べてみても?」

 

「ええ。どうぞ…でもお姉ちゃんバレンタインのチョコなんて初めて作ったから…失敗しても許してね?」

 

差し出されたチョコレートケーキに箱に添えられていた使い捨てのフォークのビニールを破ってケーキにフォークを入れて切り出し口へ運び込んだ。

 

「…どう、かな?」

 

「うん。ビターな味で食べやすい。初めて作ったにしてはめちゃくちゃ旨いよ。」

 

味は普通に上手かった。

姉さんは料理が出来ない筈だけどお菓子は作れたんだな…と思って姉さんの指先をよくよく見てみる。

 

「………。」

 

オーバーサイズのセーターの内側に隠れていて良く見えなかったが指の至るところに絆創膏が貼られていたのを観て微笑ましいものを観る気分になった。

 

「どうしたの?」

 

俺の表情に気がついたのか怪訝な表情を浮かべる姉さんに俺はセーターに隠れた手を取った。

 

「は、八くん?」

 

「いや、ホントにありがと。…ぶっちゃけバレンタインなんてのは中学時代良い思い出なかったからさ…普通に嬉しいわ。…姉さんもこれだけ頑張ってチョコケーキ作ってくれたみたいだし。」

 

そういうと姉さんは顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。

 

「そ、そういうのは気付いてても言わないが男の子でしょ?まったくもう八くんは…。」

 

「ごめん。でもすげー嬉しい。お返しちゃんと返すから楽しみにしてて。」

 

そう告げると姉さんは俺の顔を観ている、が若干瞳が潤んでいる。

 

「お返し…分割で今貰っても良い?」

 

なんか変なこと言い出した。

 

「はい?」

 

「このチョコレートは…お姉ちゃんからの本命チョコだから…その…ね?」

 

とんでもないことをぶっ込んできた。

 

「それに対する答え、がほしいかな…?」

 

「ええと…それはつまり…?」

 

「い、言わなきゃダメ…?」

 

目を瞑り俺へ上向きに顔を向ける素振りを見せる姉さんに俺は困惑するしかない。

第一に俺は付き合っているわけでもないしそういうことをするのは不義理である、と思っているからだ。

 

が、一度決めたことを覆す、とはこの姉を観ていると思うので俺も覚悟を決めて返答する。行動でだ。

 

「……。」

 

「……んっ////」

 

姉さんの柔らかな…頬に軽く触れるように俺の唇が触れた。

ホンの一瞬だった筈なのだが真面目に数時間が経過したような体幹時間だった。

 

「………///」

 

「ね、姉さん?」

 

「頬っぺたかぁ……ふふっ。まぁ仕方がないわよね…。」

 

そういって身体を密着させて俺の肩に頭を乗せてグリグリしたりと甘えてきた素振りを見せた姉さんを振り払うことは出来ず姉さんが満足するまで肩を寄せ合ってバレンタインの余韻を感じることになった。

 

色々なことが在りすぎてマジで命日になりかねないのが本当にひどい。

夢だけど夢じゃなかったですね。



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想いの強さ

それは八幡とリーナがキャビネットに乗るときまでに遡る。

八幡とリーナがキャビネットを待つ駅からその状況を”視ていた”

 

”視ていた”と言ってもその者達はその場に張り込んで視ているわけではなく彼らの遥か上空…人間が生身では到達できない宇宙空間、低衛星軌道のにあるUSNAの監視衛星のカメラから得られた映像を今回のパラサイトならびに戦略魔法の術者捜索のための作戦指揮所で確認していた。

 

ターゲットである何故か大荷物を持った八幡にリーナが隣に立ち二人は特にリーナが様々な表情を浮かべ会話をしているのを確認したバランスは複雑な想いだった。

 

(シリウス少佐は未だ十六歳…本来ならば普通のティーンエイジャーのようにクラスメイトと活発に活動をしている年頃だろうが…彼女は幼くしてスターズの総隊長…『”世界最強の魔法師”でなければならない』、という重圧から人前で笑うのは憚られるからな…これが彼女の本来の姿かもしれない。)

 

『魔法師は兵器である』という理論を推奨するほどバランスは血の通っていない魔法師ではなく知り合いの娘を見る少し感傷的な感覚を味わっていた。

 

キャビネットを来るのを待っていたのだが次の行動を個人的な感情を含めつつ監視していたバランスは目を光らせた。

 

リーナとターゲットが近づいて耳打ちしているような描写があったからだ。

当然ながら低軌道にある監視衛星からは映像だけで音声を拾うことは出来ないので部下に命じて駅周辺の機器をハッキングするように指示を出してその会話を傍聴しようとしたが聞き取ることが出来なかった。

 

(遮音魔法を掛けているのか…?いったいどんな会話をしているのか分からないが少佐の表情を見る限り愉快な会話、ではなさそうではある…それに少佐の動作が少し不安定だな。)

 

街中であるのに関わらず魔法を私的利用しているハズなのだがアラートがなっていないのは東京が七草の監視地域であるからだろうかとバランスは考えていた。

 

それはキャビネット(小型軌道車両)が来るまでの約三分間の間で二人は同じ車両に乗り込んだ。

しばらくすると停車したキャビネットから大荷物を持った八幡だけが降りてキャビネット内に残ったリーナと何かを会話をしているらしく暫くするとリーナを乗せたキャビネットが発進しその降車場所に八幡が立ち尽くしていた。

片手に綺麗に包装された正方形のリボンを付けられた箱を持って。

 

その光景を視てバランスは懸念していた。

 

(まさか…シリウス少佐がターゲットに遅れを取ったのは彼に”特別な感情を抱いている”からか?いや、しかしシリウス少佐ともあろうもの…が、未だ彼女は幼く若い。…”そういうこと”もあり得るのかも知れないな。)

 

バランスはリーナが八幡に対して”特別な感情を抱いているのではないか?”と考えた。

 

「……。」

 

腕を組んで考え込み暫くしてバランスは指示を出した。

 

「シリウス少佐と少し話をしてくる」…と。

 

◆ ◆ ◆

 

「渡しちゃったわね…チョコレート。」

 

リーナはキャビネットから降車し作戦中に使用しているセーフハウス…マンションの敷地内へと踏み入れ先程までのやり取りを思い出していた。

 

『(ちょ、チョコを渡して感謝を述べる…そう述べるだけなんだから!)は、八幡っ』

 

『だからなんだよ。』

 

本当に”なんだよ?”という疑問の顔を浮かべる八幡。

 

『は、ハッピーバレンタイン?』

 

『何故に疑問系…?お、おうサンキュー。』

 

八幡は戸惑いながらもチョコを受け取ってくれて一安心したと思ったら次の言葉でワタシの心がぐちゃぐちゃに掻き回されてしまった。

 

『本命?』

 

そう言われてワタシは顔が熱くなったのを感じた。

反射的に出た言葉が正解だったかは分からないけど言うしかないと。

 

『そ、そんなわけないじゃない!ば、バッカじゃないの!?はい、じゃあね八幡っ!』

 

その返答にリーナはツン・デレのツン部分を全開にしてキャビネットを帰路へと進ませ車内に残っていたリーナは後ろを振り返ると呆然と「えぇ…?」と表情を浮かべる八幡の顔を観て少し内心「してやったり」と言うような感情が芽生えそうになったが手に持っていた恐らく…と言うよりも確実に八幡に渡すバレンタインのチョコレートを思い出してその感情は吹き飛んでなんとも言えない感情に心を支配されていたのだった。

 

(…って違う違う!あれは感謝の品のチョコレートで別に八幡が誰からか貰うだなんて全然気にしてないんだからっ!)

 

そうしてこうして自分が寝泊まりしている部屋の前に立ちホッと一息吐いた。

 

「ふぅ…でも、渡せて良かった。」

 

在る意味でリーナは異性の同級生に渡すのは今回が初めてでありある種の一代決心であったが(八幡がそのとき疲れていたので妄言を吐いただけだが…それはリーナが知る由もない。)その緊張感は吹き飛んでしまったが。

 

気分が軽くなったところで部屋の扉に手を掛けて室内に入り何時ものように同室の人物に自分が帰宅したことを知らせる。

 

「シルヴィ、只今帰りましたー。聞いてください…よ……っ!?」

 

がリビングに入った瞬間にリーナの目に入ったのはこの場にいない筈の人物だったからだ。

 

「お帰りシリウス少佐。」

 

「た、大佐殿っ!?」

 

直属の上司であるヴァージニア・バランス大佐が同室であるシルヴィアがお茶の準備をしている所に遭遇した。

 

 

「ご用がおありでしたが、私の方から出頭致しましたが。」

 

第一高校の制服姿のままでリーナはバランスが座るダイニングテーブルを向かい合っての対面に座った。

同時にシルヴィアが手際よくいれたお茶(日本の緑茶)とお茶請けを手早く二人の前に置いてリーナの背後に休め、のポーズでその話し合いを観ていた。

 

リーナの問い掛けにバランスは単刀直入に切り出した。

 

「シリウス少佐。」

 

「はい。」

 

「今回の作戦…『灼熱と漆黒のハロウィン』の術者の最重要候補対象である七草家ハチマン=サエグサに貴君は過度なシンパシィを寄せているのではないか?と当官は懸念している。」

 

リーナはそう言われ心臓を掴まれたような感覚を覚えた。

が、それは内心的なもので雰囲気と表情には出さずに答えた。

 

「いえ。本官はそのようなことは。」

 

「…そうか。であるならば当官の思い過ごしかも知れないな。」

 

ホッと息を吐きたくなるが必死にこらえたリーナだったが次にバランスからの質問にはついぞ冷や汗が滝のように出ているのではないか、と錯覚した。

 

「少佐には非常に申し訳ないが本作戦に置いてターゲットの監視を行っているのは当然知っているだろうが…当官はもちろん先程、駅での少佐の行動も確認していた。」

 

「……っ。」

 

リーナは作戦中であることを忘れているわけではなかったが”失念”していた。

 

「それに少佐。ターゲットを何を会話していた?それも街中で私的利用の魔法を使ってをだ。」

 

目の前に座るバランスの視線が鋭く威圧感あるものへと変化した。

 

”嘘偽りは許さない”という尋問が始まった。

リーナがバランスへ”報告すべき”内容を告げた。

 

「数日前、潜入先に『吸血鬼』が侵入した、という事は大佐殿もご存じであるかと思いますがその際に当官は『吸血鬼』の身体から離脱したパラサイトに対する攻撃手段を持ち合わせておりませんでした。何せ相手は幽霊(ゴースト)に分類される霊子の塊でしたので。」

 

「続けたまえ。」

 

バランスに前置きを話してリーナは正面にいる人物の顔をみると表情は変わってないが眉が少しぴくり、と動いてリーナに話の続きを促した。

 

「ありがとうございます。…ターゲットも東京近郊で起こった怪死事件を七草家として捜査しており当官も身分を偽り一般生徒として興味を装い接触を続けていたそのタイミングでの襲撃でした。その際にターゲットが”対パラサイトへの対抗術式”の試作品を開発、と本人より本日の帰宅タイミングにて報告を受けておりました。」

 

「それは興味深い話だ。してその術式は?」

 

戯言を…とバランスが言わなかったのは対象が多彩な魔法を開発していたことを情報として入れていたためだ。

 

「はっ。ターゲットも『吸血鬼』への接触と戦闘情報量が少ない為か未完成らしい、とのことでしたので詳細は不明ですが。」

 

報告を受けたバランスは考え込む素振りを見せる。

その間にリーナは冷や汗が止まらなかった。

本来であれば作戦行動中の事象を全て報告する義務があったが真っ黒すぎて報告など出来ない。

同室であるシルヴィアには黙って個人的に八幡と協力関係にあり此方が実行している作戦内容を知られており尚且同じ部隊員であるミカエラ・ホンゴウがパラサイトに変質してしまっている、ととても報告なぞ出来る筈がないのだ。

 

「そうか…。」

 

その一言に表情に出さないようにホッとしたリーナであったが未だ話は終わらない。

 

「貴官の特殊な事情も私は理解しているつもりだ。本来ならばこの国の学生のようにスクールライフを満喫している年頃であるがその立場と我が国魔法師への事情がそれを許さないことも、な。」

 

その言葉は他の制服連中とはことなりリーナ本人を気遣ってくれているようにも聞こえ肩の力を抜くことが出来た。

 

「続けての質問で悪いが貴官がターゲットとの別れの際に手渡していた物…あれは何だったのだ?」

 

リーナは「そう来たか…」と心の中で頭を抱えたが言い淀むと在らぬ誤解を受けることは必定だとキッパリと答える。

 

「あれに関しては本日が二月十四日…所謂”バレンタインデー”と呼ばれる日本で独自の進化を遂げた文化に倣って対象へ”義理チョコ”を手渡しただけです。その方が潜入捜査に置いてクラスメイトとの空気に溶け込める、と判断したからであります。」

 

そう告げるとバランスはそれが素であろう柔らかな表情でスッと微笑んだ。

リーナはその表情の裏に含んでいることもあることを理解していた。

 

「そうか…まぁいい。今の質問は忘れてくれ少佐。」

 

「はっ。」

 

その言葉に敬礼をしたリーナ。

バランスから自分が八幡に対して”好意を抱いていて”作戦実行に支障が出ているのではないか、と疑いの目を向けられていた事に今更になって気がついた。

 

それをバランスがどう取ったのかは本人のみが知ることではあるが。

その後に告げられた言葉に背筋を正さずにはいられなかった。

 

「さて、シリウス少佐。本題に入ろう。」

 

バランスの口調が変化し雰囲気が変わりその中に背筋が凍る威圧感をリーナは感じとり”アンジェリーナ”ではなく”スターズ総隊長アンジー・シリウス”として傾聴した。

 

「現時点をもって脱走者追跡・処断の任務は一時棚上げとして当初任務復帰を命じる。」

 

先程までの知り合いの子供を心配する親戚の叔母のような雰囲気はなくなり軍人然としたヴァージニア・バランスがそこに居りその内容にリーナは軍人としてその任務を全うしなくてはならなかった。

 

軍人として定められた者に対して”銃口を突き付けねばならない”。

 

「これより『余剰次元・質量加速変換魔法』の術者もしくは使用者の確保を最優先とし確保が不可能な場合は術者の無力化もやむを得ない」

 

無力化…即ちは”抹殺”である。

 

バランスの口よりターゲットの名前が告げられる。

その名を聞いて必死に自身の表情の変化を悟られるように口を固く結ぶと歯が軋みそうになった。

其は今、リーナが意図せずにその存在を意識している異性の名前だった。『灼熱と漆黒のハロウィン』を引き起こした”漆黒”の術者、の疑いか掛けられている自身にとっての同等の魔法師。

覚悟はしていた筈だった。

 

その反応は無意識に。

 

「ハチマン=サエグサをターゲットと仮定し第一波として明日の夜スターダストを使いターゲットに攻撃を仕掛ける。少佐、貴官は”ブリオネイク”を装備し自己の判断により都度介入せよ。」

 

「…了解(イエス・マム)

 

リーナの今の心情を誰も窺い知ることは出来ない。

 

◆ ◆ ◆

 

二月十四日のその日から少し遡る。

少年少女が浮かれていたその日に”魔物”は誕生していた。

そのものは”器”である肉体を失い知覚されない霊子の塊と化して第一高校の上空を漂う。

その理由としては宿主が破壊され霊子の状態である自身を少年の攻撃によってダメージを受けたからであった。

致命傷は避けたとはいえどもその損傷は決して小さいものではなく情報体として生きている”彼、彼女ら”は瀕死の危機に陥っていた。

 

”休める身体を探さなくては!”

 

人間のような生存本能を全開させて落ち着ける場所を、器を探し出す。

 

”何処だ、何処だ、何処だ。”

 

”何処に在る?”

 

誰にも聞こえない意思を発しながら消えそうになる”意識”を拡張する。

 

”ミツケタ”

”ミツケタ”

”ミツケタ”

 

いつものように人間に寄生する時のよう心臓部に入り込み身体のコントロールを奪い込んで”それ”に入り込み朧気な触覚を覚醒させようとするが出来ない。

 

”視覚が”、”味覚が”、”聴覚が”、”臭覚が”、”触覚が”、感じられないから。

まるで暗闇の中に放り込まれ意識が覚醒しているの関わらず”なにも感じとることが出来ない”のだ。

 

”器”に入り込んだモノは只の意識思念の塊で関知されないモノだ。

 

人間のように寿命もなければ発狂することもなければ出来ない。

ただただ、その器の中で”存在し続ける”モノになっていた。

 

しかし其は一つの、いやたった一人の人物に対するの想念によって覚醒する。

それらは純粋水晶の髪飾りを媒介とし発せられた”想い”を受信したのだった。

特に強い”髪飾り”から発せられた想いが自身が何のために生まれたのかを自覚させ”それ”のパーソナリティを確立させる。

 

閉ざされていた身体の感覚が全て復活する。

視界が開け、口の中に空気の味が、空調の音が、ガレージの匂いが、座っているパイプ椅子の固さを感じる。

 

しかし人間のようでありながら人間ではないその身体の作りだが”それ”は疑問に思うことはなかった。

この身体は想子に満ち溢れて問題ないと。

 

内側に向かって送信される想子信号を身体が感じとり自分自身で読み取る。

それにより身体の使い方を習得し身体を動かす。

 

脚を、手を、身体を捻ったりして動作を確認している”それ”は心より打ち震えた。

耳飾りより発せられた強い想いを。

 

『あぁ、これでようやく自分を使って貰うことが出来る』、と。

 

手が入れられ自然に笑うことが出来るようになったその顔に喜色が浮かんでいる。

 

”それ”今いる場所から機材を使っては探し始めた。

自らを捧げたい、使ってほしいという願望を叶えてくれる人物の存在を。

 

◆ ◆ ◆

 

バレンタインの次の日、第一高校には浮わついた…というよりも別の奇妙な困惑が漂っていた。

浮わついたり困惑するとか忙しいな、と思いながらそれは大半の生徒には関係なく俺たちには関わりの在る事象だった為無視することは出来ずに俺はリーナと共に事の真相を知るために在る場所へ向かった。

 

「すごい騒ぎね…。」

 

「野次馬多すぎだろ…って服部先輩達が押さえてくれてるな…リーナ?」

 

「な、何でもないわ。」

 

「?まぁさっさと行こう。」

 

時刻は昼休み、今日はリーナと一緒に食事を取ろうと思っていたが邪魔されたので俺の気分は悪かったが仕方があるまいと俺に言い聞かせた。

しかし、今日のリーナは時たま俺によそよそしいと言うか元気がないのは一体どうしたのだろうか?

それは兎も角として呼び出された理由…何故ならば俺達は”当事者”だったからだ。

その場所はロボ研のガレージ…というかここで問題起こりすぎじゃね?

そんなことを思いつつその建物内に入り込むと既に”関係者”とまぁ…”部外者”がその場にいた。

 

「八幡。」

 

その”関係者”の一人から声を掛けられ軽く手をあげて集まっている輪まで近づくと自然とその輪の頂点に俺と姉さんが迎え入れられた。

 

「お前も呼び出されたのか?あ、先輩達もお疲れさまです。」

 

先に到着していた五十里先輩…の隣にセットでいる千代田先輩がいるのは当然として中条先輩は恐らく生徒会長としてこの騒ぎを確認するためだと思うが。

 

「んで?何で揃いも揃ってここにこんなに顔見知りがいるんだ?」

 

「これが原因だ。」

 

そういって達也が指差したのはパイプ椅子に行儀よく背筋を伸ばし瞳を閉じて待機状態である3H…即ちメイドロボットの”ピクシー”だった。

 

「こいつがどうしたんだ?」

 

「この3Hが笑みを浮かべながら魔法を行使した、という通報があってな。」

 

「なるほどな。確かにここに在るピクシーは俺が結構暇潰しに改造したりして笑みを浮かべるようになってるぞ?…って何だ達也その”なんてことをしてくれたんだ”って顔は。」

 

「だからやたらと市販のピクシーより…お前そんなことしてたのか」

 

そう俺に告げる達也の表情は普段通り分かりづらいが呆れられているのがみて取れた。

同時に全員が姉さん含め呆れた表情を浮かべている。

 

「技術屋としちゃ試したくなるだろ。…とまぁお前の懸念してるのは外れだ。俺はこいつに魔法が使えるように細工もした事もなければ兆候も一度もない。」

 

そう俺が告げると後ろにいたほのかや美月がゾッとしたのかぷるぷる、と震えるような感覚を感じ取ったがまぁ置いておくとして五十里先輩をみると状況の説明をしてくれた。

 

「P94の体内から高濃度の想子が観測されたんだ。ボディを中心とした人間で言うところの心臓部分から外部に放出されたようなんだ。」

 

「心臓部分?そこは3Hが動くための電子頭脳と燃料の格納容器が収まってる筈ですよね?」

 

「しかも電子頭脳…全く出来すぎだよ。」

 

肩を竦めた五十里先輩。

達也は俺に疑い…とは言いすぎかもしれないが「お前やったな?」という軽めの眼差しだ。

 

「もう一度聞くが…お前が改造したんじゃないよな?お前が持ってる変形するCADのように。」

 

「変形…ああ《グレイプニル》の事ね。」

 

恐らく達也は俺の自立稼働変形自動二輪型CAD(グレイプニル)の事を言っているんだろうがあれはここに在るピクシーとは比べ物なら無い程のオーバーテクノロジーが搭載されてる在る意味での聖遺物(レリック)と言っても過言じゃない。

あれの中核部分の鉱石は此処では絶対に入手できる品物ではないからだ。

 

あんなもんをポンポン作れるなら教えてほしいもんだが。

そもそもにおいて魔法を行使するならばCADのように感応石が必要な筈でそれがピクシーには搭載されていない…筈だ。

 

「もう一回言うが俺じゃない。完璧に作るのが俺の性格だって知ってるだろ?」

 

まぁ、このピクシーにはちょっと前に自己学習のAIを組み込んだりして遊んでいたのだが流石にそれは不味い、と思って外しているし?笑顔を浮かべる…と言っても人間のような笑みを浮かべることが可能なのかの実験のために人間表情筋の神経パターンをに似せた回路を取り付け肌部分も軟質樹脂では味気ないと思ったので人間の肌質に近く培養した人工皮膚(スキン)を搭載してみたんだが少しぎこちない動きだったので元に戻していた。

 

そしてあの時もピクシーへの指示を音声ではあったが声帯部分に《次元解放》を発動し別次元を経由して音声を聞こえるようにしてそれにピクシーに反応しているだけだった。

つまりは『対象はピクシーのみに聞こえ、反応できるようにして達也達には聞こえない音へ《次元解放》を通して変換している』と言った方が正しいか…。

あとスピーカ部分に当たる部分を超高性能の人間が発するときの音波と同じ周波数帯のマイクを搭載しているのでめちゃくちゃ綺麗に喋るようになってる。

あれ?これ俺がピクシーを人間に近づけようとしたからマジの付喪神なのでは?と恐怖を覚えたがそれはさて置いておいて。

 

人間らしくおとぼけた回答をしていたのは前述の自己学習AIに言葉を覚えさせていてそれに対して反応を見せていた…と言うだけだ。

まぁここにいる人たちは知る由もないけどな。

 

俺のコメントに今までの行動で全員が納得してくれたようで疑いの目は無くなったがますます疑問が深まるばかりであったのは想像に固くないだろう。

一方で俺は脳内にて在る考えを巡らせていた。

 

人間という生の”器”ではない機械の身体乗り移った”奴”ではないか、と。

 

パイプ椅子に姿勢をただし目蓋を閉じてまるで寝ているかのような表情を浮かべているピクシーをみながら五十里先輩はこう言った。

 

「それと霊子の反応も観測されたみたいでね…これに関しては内側か外側かは分からない、と言うことだけれども。」

 

そういうと達也が仕方がないですね、と。

 

「霊子の観測機器の性能は想子の観測機器に比べると据え置きの性能ですからね。」

 

二人の会話を聞いて俺は脳内で物事を組み立てていく。

ふと、肩を叩かれた。

 

「ねぇ…八幡。」

 

「…ああ。わりぃ、考え事をしててさ。」

 

「…まさか、だとは思うけど…?」

 

「その可能性しか無いかもな…。」

 

声を掛けてきたリーナも同じ考えだったようで困惑していた。

 

一先ず俺たちが呼ばれたのはこのピクシーの内部に在る電子頭脳の内部をチェックしてほしいとの事だったらしい。

このメンバーの中でも俺たちが呼ばれたのは訳があった。

俺たちのところに近づいてひそり、と呟いた。

 

「九校戦で仕掛けられた例の…『電子金蚕』のようなものが仕掛けられていないか調べてほしいんだ。君たちにしか出来ないからね」

 

「なるほど。」

 

「まぁ…言われればっすけど。…そういや何が起きてこんなに騒いでるんだっけ?」

 

隣にいる達也に問いかけると。

 

「俺も校内に流れている噂話しか知らないな…聞かされずにここに来たからな。」

 

「おいおい…。」

 

そのやり取りの後に五十里先輩をみると丁寧に説明をしてくれた。

 

 

 

事の発端は本日の午前七時。

まだ小鳥が囀ずっている時間帯にそれは起きた。

ピクシーがサスペンドモードを解除し自己診断プログラムを走らせていた。

それは毎日行われるもので行動事態は遠隔操作で行われており何一つ異常なく自己診断プログラムを走らせていたのを監視カメラがロボ研のガレージに問題がないかを確認をするために設置されていたが兼ねて備品であるピクシーを監視するために置かれていたがそのカメラが衝撃の光景を捉えていたという。

 

自己診断プログラムの作業が完了したピクシーは本来であればパイプ椅子に戻りサスペンドモードに移行する筈だった。

 

が、しかしそのピクシーが自己診断プログラムに使用した端末にアクセス、交信し校内のサーバーで検索を始めたのだ。

ピクシーが検索を掛けたのは第一高校の生徒名簿。

遠隔管制はピクシーが悪性なコンピューターウイルスに感染したと判断し強制停止コマンドを送信するのだがそれを受け付けず尚且無視し続けた、と言うのだ。

 

その後もサーバーに対するアクセスは止まらずサーバー側が強制切断したことによりピクシーの異常な行動は幕を閉じた。

 

…異常稼働を続けていたピクシー。

”彼女”はその間にずっと人間の少女のように微笑みを浮かべていた………。

 

 

 

と、まぁこれがこの騒動の内容らしい。

…うん。普通にホラーだわ。なにこの怪談話…今冬だよな?本怖?本怖なの?

怖い話は夏の時にしてほしいもんだが…。

 

周りを見渡すと中条先輩が青い顔してぶるる、と震えていたりほのかは顔を青くしているし俺の隣にいる達也も表情にこそ出てはいないが「不気味だな…」と言わんばかりである。

 

まぁ俺の場合は機械の身体を持って人間と同じくその学園で制服を着て生活してる奴をみたことがあるので「そういうのもあるかもしれない」という考え…って毒されてるなこれ。

確かにそんなものを見せられれば不気味、と思うのは当然だろう。

俺も電気的に動力をカットされているのに表情が動いていた、という点で気になっていた。

 

その話を聞いた上でロボ研内部に在るピクシーを整備するためのメンテナンスベッドへ移動させるために俺は前に立ち音声コマンドを入力…する前に《瞳》でピクシーの状態を確認する。

 

《瞳》が読み取った情報を確認すると目の前のピクシーには”憑依?”状態になっていた。

…俺が霊子に対する性能が良くない為か情報として確証を得るのが弱すぎたため活性化…つまりはピクシーを動かせばその中に眠っている原因が分かるのでは?と思った俺は音声コマンドを改めて入力する。

 

「ピクシー。サスペンドモードを解除。」

 

そう命令すると椅子に座ったピクシーは自分の呼称を登録しているために呼ばれたので立ち上がり深々と俺たちに一礼をした。

 

「ご用でございますか。」

 

ピクシーの口から発声された定型文の文言は俺が改良したためか肉声を発しているかのような滑らかな発声を出来るようになっているのは俺のせいだが表情がロボではなく人間に近づきすぎてるような感じがあった。

 

「メンテナンスベッドへ移動して仰向けになってメンテナンスモードへ移行しろ。」

 

ピクシーは俺の命令に定型文を告げ俺を見つめる。

俺も管理者の一人として勝手に登録をしているので網膜パターンが登録されているので俺の光彩を確認するために俺の顔を覗き見るのは当然なのだが…。

やたらと俺を見つめる時間が長い。

網膜パターンの確認はすぐさま終わる筈だった。

俺を見つめるピクシーの瞳に相当しセンサー各種を埋め込んでいる黄色レンズの色が紫色へ変化したがその事に気がついたのは俺だけで他は気がついていない。

 

しかし、次にピクシーが発した言葉は登録した、された言葉の中にはないそれは妙に静かになっているガレージにやけにその一言は響いた。

 

『ミ・ツ・ケ・タ。』

 

「…っ!?」

 

「「「「「「「!?!?!?!?!?!?!」」」」」」」」

 

その言葉に息を飲むものや短い悲鳴を挙げそうになるもの反応が響き渡るその前に俺は目の前のピクシーが俺へ抱きついてきた。そう俺は…。

 

”ピクシー”にハグをされてしまっていた。

 

俺が咄嗟に回避を選択できなかったのは俺の斜め後ろにリーナと深雪、ほのかがいたからであり俺が回避を選択してしまうとこの内の誰かがピクシーと衝突してしまう恐れがあったからだ。

かなりの咄嗟の抱きつきだったのでいくら鍛えているリーナと言えども押し倒されていた可能性が高かったからで等身大の美少女ロボットに抱きつかれたかったとかそういう考えではない、と言うことだけここに追記しておく。

 

一先ずこの止まった時間をどうにかしようとピクシーに音声コマンドを入力しようとした矢先、だった。

 

「へぇ…八くんはお人形さんとこう言うことがしたかったのね?」

 

「…っ!?」

 

背後に迫る威圧感、それは”殺気”だった。

ピクシーを抱きつけたまま背後を振り返るとこの場にいない人物…それは俺がよく知る…この場にいる全員が知っている人物であった。

 

ロボ研の入り口からこの騒ぎを聞き付けた姉さんが入ってくるや否やその場面に遭遇し普段の小悪魔的な表情から一変し能面のように笑みを張り付けたまま額には青筋と漫画なら《怒り》のマークが浮かび上がっているのを想像に難しくない。

俺は思った。

 

『これはヤバイ』、と俺の本能が警鐘を鳴らした。

 

「ね、姉さん?落ち着いて聞いてくれる?いや、聞いていただきたいので御座いますけれど?」

 

「なぁ~~~~~にぃ八く~ん?言いたいことがあるならさっさと言ってちょうだい?なお嘘ついたらお姉ちゃん八くんに”ドライ・ミーティア”打ち込んじゃうからね?」

 

あ、やべぇ…普段使いしてるCAD取り出して此方にちらつかせてるからマジだわあれ。

怒りすぎて言動が少し怪しくなっておりその雰囲気に中条先輩や後ろにいる深雪達ですら目を丸くしているのが視界に入った。

前日に姉さんとニャンニャン(イヤらしい意味ではなく健全に姉弟の関係の枠で肩を寄せ合って互いの体温を確かめてただけで健全なバレンタインを過ごしていた)していたのもあってか今のこの状況を乗り越えないとこのままでは家庭内の崩壊(ガチ)を意味するの客観的に冷静に簡潔に姉さんの怒りを押さえるために説明した。

 

「俺の方から抱きついたんじゃなくて抱きつかれたですけどねぇ…?」

 

「でも八くんの身体能力なら避けられないワケ無いわよね?」

 

「俺が避けたらその後ろにいる三人の女子高生のうち誰かがピクシーにぶつかって怪我をしてたんだよ…。」

 

「そうだったの…リーナさん達それは本当?」

 

そういって姉さんは俺の後ろにいたリーナ、ほのか、深雪に事実確認…声を掛けた。

 

「いえ、ワタシは八幡の斜め後ろにいたので大丈夫でした。」

 

「わたしも八幡さんからは離れた場所におりましたのでピクシーが飛びかかって避けたとしても距離が足りませんでしたので…大丈夫です。」

 

「わ、わたしも距離があったので八幡さんが避けても大丈夫、でしたっ。」

 

まさかの裏切り、だと…!?oh…ジーザス…神よ。この世に神は居なかったらしい。

身体を張って守ったと言うのにこの仕打ち…俺はリーナ達に裏切られたようだった。

俺がピクシーに抱きつかれた意趣返し、と言うことなのだろうが。

このまま俺はピクシー諸とも姉さんの魔法に貫かれるのか…と思った矢先に以外な人物が反応した。

 

怒りながら。

 

「な、なんてことを言うんですか深雪さんほのかさん会長もリーナさんもっ!!八幡さんは皆さんが怪我をしないように動かないでピクシーを受け止めたんですよっ!…それなのにそんな言い方…それじゃ八幡さんの昔貶めた人たちと同じじゃないですかっ。」

 

それは意外や意外にそんな反応を見せたのはまさかの美月。

で怒りと悲しみで肩をぷるぷると震わせておりあまりの剣幕に隣にいた幹比古が今にも目蓋から涙を流しそうな勢いの美月を嗜めていた。

まさかの夏休みの際に知られていた”思い出話”を思い出したとは思わなかった。

 

そしてさらに素早く追撃が入った。

 

「深雪、今のは八幡に対して失礼だぞ。謝りなさい。」

 

その声は平坦であったが”怒気”が含まれていた。

達也が深雪に対して嗜めではなく”怒り”で叱るという珍しい光景が展開されていた。

美月と達也の言葉にハッとし罪悪感で泣きそうな三名とばつの悪そうな表情を浮かべ頬を掻いているリーナはそれぞれのタイミングで俺に対して謝罪しようとした。

 

が。

 

「ちょ、ちょっと待て達也。…まぁ抱きついてきたピクシーを俺が吹き飛ばせば良かっただけだし…急に飛び付いていたのを対処出来なかった俺が悪いんだわ。」

 

「だがな八幡それは…。」

 

「俺が気にしてないって言ってんだから気にするな。ほら深雪達も気にするなって。リーナもだけど。」

 

三人と俺がピクシーに抱きつかれた絵面が面白くなかったから一緒になってそういった反応をしてしまったんだろう。

俺は気にしていないけど深雪達は自分の浅はかさと俺の境遇を思い出してダブルパンチでストレス値マッハの状態になっている。

 

リーナは当然ながら俺の過去を知らないのでなんで俺を裏切ったのかは分からないが。

まぁあれだ、その場のノリでって奴だ。良く慣れてるから問題ない。

当事者である俺は別段なんとも思っていなかったので俺が殴られるだけですむなら良いか、と考えていたのだが謝罪されてしまい場の空気がヤバく俺の過去を知らない生徒からしてみれば頭に「?」を浮かべ困惑するしかないわけで…。

 

昔の俺なら美月に「余計なことを喋んなよ…」と悪態を吐くであろうが今さらその程度の事を気にするわけがないのでそれよりも俺はこの空気を変える必要があった。

 

「んん゛っ!!」

 

俺がわざと大きく咳払いをすると該当の生徒がびくり、と震えた。

彼女達は俺が怒っている反応に見えたのかもしれないが一先ずいたって平坦に通常通りに告げる。

 

「きにしてねーから本当に…だから本当にやめてくれ。」

 

このままでは埒が明かないので無理矢理にでも話を進めることにした。

リーナ以外がもう一度謝罪しようしたがそれを手で制して止めさせるとなんとも言えない空間がまた形成されたが一旦無視する。

 

「ピクシー離れてくれ。」

 

「…畏まりました。」

 

俺に抱きついたピクシーの腕がぴくり、と震え離れるがその表情は少し拗ねているように見えた。

その際に発した言葉も人間で言う”間”があり離れた後に俺を見つめる両目…センサーが搭載されたガラス部分の筈なのに人間の《瞳》に直視されて熱を帯びているように見えた。

全てが錯覚…の筈なのだが一人の人間のように見えて調子が狂いそうだ。

 

「モード変更解除。その寝台に腰かけるように座ってくれ。」

 

「畏まりました。」

 

ピクシーは俺の命令を受諾すると寝台に腰かけるように座り普通は正面を見る筈なのにその視線は俺へ向いている。

…普通にホラーだぞこれ?

 

座らせたピクシーを《賢者の瞳(ワイズマン・サイト)》で覗き見ると先程よりも少しだが鮮明に見ることが出来た。

そして表示される【状態異常】は【憑依汚染】のバッドステータスが。

 

俺と一緒にピクシーを見る筈だった達也は深雪達の側に今はついているので俺が調査するしかない。

俺が『気にしないでくれ』と心のそこから言ったことで姉さん達も気を持ち直したようで良かったそれは一先ず置いて置くことにして。

 

それでは確定した情報ではないため迂闊に発言は出来ないしそもそも『瞳』で得た情報をここで知らせるのは良くな

い。

俺の能力がバレてしまう。

その為に俺は後ろに声を掛ける事にした。特殊な《瞳》を持つ同級生に。

 

「美月?」

 

「は、はいっ?」

 

深雪達を叱りつけた美月は若干の自己嫌悪感に陥っている状態だったので俺が話しかけると思っておらず完全に気が抜けていた状態だったので声が裏返っていた。

 

「…悪いんだけどピクシーの中に巣くってるのが何なのか覗いてくれないか?それと幹比古は美月が瞳にダメージが入らないように守っていてくれ。」

 

「ピクシーに”ナニか”が憑いている…と考えているのかい?」

 

「本職のお前さんなら分かるだろうが…確実になにかいるんだろうが…残念ながら俺には分からんからな。美月。幹比古力貸してくれ。」

 

「分かりました。」

 

「任せてくれ。」

 

了承した幹比古は呪符を取り出し念を込めると特殊な結界が張られて美月もメガネを外しピクシーの胸部分を凝視する。

美月が口を開くよりも早くピクシーの表情が変化し微笑んだ。

 

「います…パラサイトです。」

 

その言葉を聞いた瞬間に何処かの誰かが息を飲んで俺と達也は素早くホルスターからCADを取り出し魔法発動の準備をして突き付ける。

 

「ですけど…。」

 

美月が言葉を続けたことで俺たちの警戒は一瞬途切れた。

 

「このパターンは…。」

 

そう美月が告げてうーん、と唸るような声を上げて後ろを振り向くとその視線の先にはほのかがいた。

 

「へっ?」

 

「ほのかさんに似ているような…?」

 

「ええっ!?」

 

予想外の答えが返ってきて俺も困惑した。

 

「どういうこった?」

 

「パラサイトの意識はほのかさんの思念波の影響にあるみたいです。」

 

そう美月が告げるとここにいる全員の視線がほのかに集中し大慌てで否定した。

 

「わ、わたしはそんなことしてません!」

 

「いやいや…誰もそんなこと思ってないから大丈夫だって。…しかしなんでそんなことになったんだ?幹比古は何か分かるか?」

 

「…光井さんが何か強く願った事でパラサイトがその想念を写し取った…のかも知れないね。それかピクシーの中に宿るパラサイトが光井さんの強い想念が焼き付いたか…前後かの違いだけだけど…光井さんは何か心当たりあるかい?」

 

そう問いかける幹比古だったが答えを期待しているわけではなくその場の雰囲気で確認をしているだけだと理解したがほのかは、と言うか当事者はそう言われたらびくつくだろう。

 

「そ、そんなこと言われても…ほ、本当なんですよ八幡さん!」

 

訴えるように俺に投げ掛けるほのかを見て流石に可哀想になってきたのでフォローする。

 

「いや大丈夫だから落ち着けほのか。パラサイトがほのかの思念波の影響にあるのはたまたまだから。な?だろ美月。」

 

「は、はい。意図的ではなく残留思念です。」

 

そう美月から告げられてほっとするヤカンのように沸々と顔が赤くなり次の瞬間には顔を覆っているほのかの姿が俺の視界に入った。

どうやら心当たりがあるようだったがひどく恥ずかしそうにしている女の子を問い詰めてまで聞くことじゃないだろうと俺は思った。

…と言うよりも聞いてはいけない、と俺の本能が告げていた。

 

別のアプローチで調べてみるか、と持った矢先。

 

「私は彼女の強い思念…彼に対する強い想念によって覚醒しました」

 

唐突に、この場にいる生徒の声ではない者の声が室内に響き渡った。

 

メンテナンスベッドに腰かけ俺を嬉しそうな表情で見つめたままで俺が改造したときよりも人間らしい自然な口の開き方で人間の声帯に近い音質で滑らかに喋りだした。

 

「「「「「!?」」」」」」

 

全員が驚愕するが俺はそう言うものだと思いながら質問を”ピクシー”だったものに質問をしてみた。

結果として《パラサイト》…やはり”彼ら”で良いのだろうか分からないが寄生するのは【自己保存】の為に行動している、と言うことが分かりあのときの戦いの際に器であった人間が爆破され寄生する身体を失って彷徨っていた際に偶々想子反応があったこの”3H…つまりはピクシー”に乗り移ったらしいのだが覚醒…人間のように手足や視覚や聴覚が使えなかった…と知らされた。乗り移ることは出来ても人間のように本能が無いものは動かすことも儘ならない状態だったので動物で言うところの『休眠状態』であったらしいが…。

 

そして、なかでも強烈だったのが『何故、その機械の体で満足に動け無い筈なのにどう覚醒して動かすことが出来たんだ?』という理由が…正直その俺は聞いてはいけない、と思ったほどだった。

 

「我々は強い想念によって引き寄せられ人の強い想念…【自我】を形成します。私は個体名【光井ほのか】の想念を獲得する事によって休眠状態から覚醒しました。」

 

後ろでほのかが声をあげようとした呻き声が俺に届いたので後ろを振り向くと顔を真っ赤にして口元を深雪とエリカに押さえられて「ムー!ム~っ!」と声をあげていた。

俺にはどうすることも出来なかったので質問を続けるしかない。

 

「想念ってお前達は言ってるけど実際は何なんだ?」

 

「貴殿方の言葉で言うのなら【祈り】という言葉が妥当でしょうか?」

 

これは本格的に耳を塞いでいた方がいいか…?と思ったがもう後の祭りで完全にほのか号泣案件になってしまった。

ピクシーは自分が目覚めた理由をある意味で産み主であるほのかにも聞かせるという何とも親孝行?(んなワケあるか。)な情熱的に語り始めた。

 

「貴方のものになりたい。」

 

俺の背後で呻き声がさらに激しくなった。

 

「貴方に仕えたい。」

 

今度はバタバタと騒ぎ始める音が聞こえる。

 

「貴方のものになりたい、貴方へ全てを捧げたい。自分が持つ希少性な意味を持つ大事なそうそれはバー、」

 

押さえられている方も力強いのか手で押さえられているのに関わらず悲鳴に似た絶叫が手から漏れでており押さえている方も息切れしている。

それに止めを指したのがけろっとした顔でとんでもない…男が聞いてはいけない禁句(タブー)を発言しようとしたので流石の俺もそれ以上の発言をさせないように黙らせた、というかお前は機械だから有るわけねぇーだろ!?

 

「ちょ、ちょ待て!落ち着け!ピクシーステイ!!!」

 

「はい。」

 

思わず犬のように《待て!》と指示を出してしまうが俺に従順、というのは本当らしくスンとなって俺の言う事を聞いてくれた。

 

「分かった。分かったからお前を目覚めさせた想念の話は無しだ。いいな?お前が参考にした人物が羞恥で大変なことになるから二度と言うな?おk?」

 

「はい。」

 

素直に頷くピクシーにホッとしたが後ろでドサり、と崩れ落ちる音が聞こえ振り返ると顔を真っ赤にした深雪、エリカ、そして今回の被害者であるほのかが女の子座りをしてついに限界を迎えていた。

まぁ…そうだよな…。

俺は掛ける言葉を持ち合わせていなかったので再びピクシーへ向かい合った。

 

「今の私を構成する核は【貴方のものになりたい】という欲求だけです。故に私は貴方へ従属いたします。」

 

と、そう言われた俺は間抜けにも。

 

「あ、ああ。そう、なのね…。」

 

間の抜けた返答しか出来なかった。

考えても見て欲しい。

今回の事件を引き起こしている《パラサイト》が知り合いの女の子の想念によって光落ちして俺に従順なメイド姿になっている…とここまで書くとただの怪文章にしかならないのだがこれが現実であり事実なのだ。

そう考えると頭痛くなってきたなこれ…本当にどうしような。

 

しかし、そんな奇妙な出来事に遭遇したことで一つだけ収穫できた情報があった。

『《パラサイト》という存在は本来漂うだけの存在で有り宿主が【望む】事で彼らは確立してしまう』と言うことだった。

 

つまりはこの事件は…。

いや、結論を急ぐのは止めておこうと俺は思いピクシーに確認を促した。

 

「ピクシー?お前は”俺に従う”ってことで良いんだよな?」

 

「はい。それが私の【望み】ですから。」

 

こちらを真っ直ぐに見つめるアメジスト色の瞳は確かにほのかにそっくりだった。

俺は今後このような騒動が起こらぬよう決意し命じた。

 

「そうか…それなら俺の命令にしたがってくれ。俺が命令しない限りサイキックの使用は禁止、表情を変えてるのは念動の一種なんだろ?それも禁止だ。」

 

「いえ。この表情筋の動きはこの体に備え付けられている機能ですので禁止する必要はないかと。」

 

俺に従属するってのはどこ行ったんでしょうね?このピクシーは…反抗期の娘かって位拒否って来るんですけど?

 

「ダメだ。他の生徒が混乱するから。」

 

「…ご命令のままに。」

 

俺の言葉に反応するかのように取り憑かれていないロボ研に置いてある3Hであるかを証明するかのように声を発するピクシーだったが俺が声帯を改造したせいでロボットには聞こえない。

それどころか本来鉄面皮である筈のピクシーの顔が少し不満げに見えているのは俺のせいでない、と思いたい。

 



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揺らぐ一番星

八幡とリーナの戦闘回…ですが少し一方的…?



「まさかピクシーに《パラサイト》が乗り移るとはまさに付喪神…いやピクシー(妖精)だから出来すぎだろ。」

 

ロボ研でのガレージにて騒動…特にほのかが一番のダメージを受けていたので放課後一人で返すには心配なくらいに放心していたので皆に送る旨を伝えキャビネットに乗って家の前まで送り届けた…。

 

が、までは良かったんだが自分がどうやって家の前まで戻ってきたのか分からないくらい放心して漸く持ち直したと思ったら件の俺が目の前にいたことでマンションの前で泣き出しそうになったので必死に慰めていた。

その光景を近所のおばさま達が此方を見てヒソヒソと話しているので不味い、とおもいその場から立ち去ろうとしたがほのかから腕を取られ逃げられない状況になったのだ。

 

『わ、私が落ち着くまで…一緒にいてくださいっ。お願いしますっ』

 

そう言われ俺は諦めてマンションに連れ込まれほのかの使用しているベッドに腰を下す事になり隣にほのかが密着した状態でずっとそうしていた。

隣でずっとそわそわしてたのはロボ研での出来事を思い出し恥ずかしさで泣きそうになっていただろう。

ピクシーがそう言うことを言ったのはほのかが本来持つ【従属願望】…《エレメント》特有の遺伝子レベルでの願望がそうさせているのだろう。

………前日に告白されてるしつまりはそう言うこと、何だよな?…うーむ困った。

本来は直ぐ様答えを出すべき事案だろうが俺にはその回答をする用意がないし今は、する気がない。

俺の精神的に稚拙な部分がほのかを困らせてしまっているが…。

 

暫くして落ち着きを見せたが流石にショッキングな事があったばかりなので…と俺はほのかに夕食を振る舞って一緒に食事を取って雑談をしていた。

 

『八幡さん…すみませんでした。ロボ研で言ったあの台詞…わたし、八幡さんにピクシーが抱きついたのを見て面白くない、って思っちゃってあの台詞を…本当にごめんなさい。』

 

雑談の最中にほのかが謝罪した。

 

俺は場の雰囲気を和ませようと脳内に有る選択肢を告げた。

 

『大丈夫だ。気にしてないから。…でもほのかみたいな美少女にそんなに想われてるって…これってまだバレンタインのプレゼント続いてたりする?』

 

まさに冗談は顔だけにしておけ、という冗談を言ってみる。

 

『……///』

 

顔を赤くして俯かせてしまった。

ゲームのようにロードが出来るのなら選択肢を選び直したい、そんな気分だった。

ちなみにロボ研のガレージにあったピクシーは名倉さんにお願いして買い取ってもらい別のピクシーが触れられないように見張りを付けている。

ほのかの思念によって覚醒をしたのならば彼女の義理堅さも受け継いでいるはずなので心配は要らない、とは思うが部外者が触れない、とも限らないので一応の保険にはしてある。

 

とまぁそんなこんなで俺はほのかのマンションから出て物陰に隠れポータルから《グレイプニル》を取り出し今バイクに跨がり首都高を風を切って走っている。

今日は少し遅くなってしまったが通常通りバイクツーリングをしていた。

 

 

「ん…?」

 

不意に背後から迫る黒塗りのワゴンから奇妙な雰囲気を感じ取った。

それだけではなく前方にいる同じ型式のワゴンもこちらに接近してきていた。

 

「こいつらは…?」

 

バイクのミラーと周囲を見渡すと対向車線以外今俺が走っている通行車線には後ろと前方には不自然なほど車の通行量がなく前と後ろに黒塗りのワゴンがあるだけだった。

 

その事に気がついた次の瞬間。

 

ワゴンのトランクが開かれサプレッサーとサイレンサーの複合オプションを装着したサブマシンガンにCADを組み込んでいる武装デバイス。

そんな複雑な一体型を開発し使用するのはUSNA兵士しかいない。

フェイスガードを付けて全身黒尽くめの男達が身元が割れないように俺へ向けて弾丸を放ってきた。

 

◆ ◆ ◆

 

八幡が首都高を走行しているのを低軌道の監視衛星で作戦指揮所で確認していたバランスは部下から報告を受けていた。

 

「ターゲットはクラスメイトのマンションから出てきて七草邸宅へ帰宅する模様予定時刻より少し遅いですが普段のように首都高付近をバイクツーリングしているようです。」

 

「よし、そのまま計画通りに追跡し襲撃準備を整えよ。」

 

「イエス・マム!」

 

部下のよく通る声で返答されバランスは自分でも思っていないが満足感を得ていた。

 

「懸念通りであればターゲットは大規模破壊を目的とした戦略級魔法の使い手だが自滅覚悟でなければその使用はないだろう。そして今は民間人が乗った車両が数多くその場所での魔法の使用はないと断言できる。スターダストが牽制の目的で襲撃しその場で拉致を試み反撃を受けた場合は付近一般道へ戻るルートへ下ろし少佐の方へ誘導を掛ける。後は頼んだぞ少佐。」

 

通信機越しに中継移動車にて待機しているシリウスは平坦な声で返答する。

 

「イエス・マム」

 

リーナのその視線は中継車両の座席に置かれた長方形のボックス内部へと視線が注がれていた。

 

『うむ。《ブリオネイク》の調子はどうか。』

 

リーナは淀み無く答える。

 

「点検を行いましたが異常有りませんでした。問題なく作戦に入れます。」

 

その蒼窮のように透き通る筈の蒼の瞳には陰るように雲が掛かる。

リーナの眼前には超兵器《ブリオネイク》が長方形の箱に納められていた。

 

《ブリオネイク》はUSNAが開発したアンジー・シリウス少佐専用の超兵器。

その兵器はリーナの為に作られたものだがそれは統合参謀本部の承認を得られなければリーナの意思では使用できないものでありそれは手持ちの武装でありながら大型戦闘艦の主砲に匹敵するレベルの破壊力を持っているからだ。

そのようなものを易々と個人が携行をするわけには行かないのである。

 

それを見つめながらリーナは作戦開始まで思案していた。

 

(これで…八幡を。)

 

リーナの脳裏にロボ研での出来事が思い浮かぶ。

ホームヘルパーのロボに抱きつかれたときに自分でも分からなかったが得も言われぬ感情に支配され八幡を売るような言動をしてしまったが何故かそうしなければならなかった、と脳内に自分が口に出そうとしてた感情の一節を溢しそうになったが必死に振り払う。

自分は八幡に対してそんな感情は抱いていない!と。

 

そんな雑念を振り払うようにリーナは先日八幡に敗北をした日を思い出し心の中に燻る想いを再点火させる。

 

(八幡、その実力は私が見てきた魔法師中でも上澄み中の上澄み…だけど未だ本気の実力を晒していないように思える…。)

 

実際に戦闘を行ったリーナは八幡の実力を感じ取っていた。

自身が展開していた筈の《仮装行列》をいつの間にか解除させられ《分子ディバイダー》が発動しているコンバットナイフを叩き折りあまつさえコールした《ダンシングブレイズ》か体を通り抜けてしまう、と挙げればキリがないほどにその実力は闇の中で結局何がどうされたのかは分かっていない。

それがこの魔法師の世界で観測されていない新魔法《次元解放(ディメンジョンオーバー)》と《結合崩壊(ネクサス・コラプス)》であると見抜けるものは誰一人としていない。

例え歴戦の軍人魔法師だったしてもだ。

 

そんな実力未知数(アンノウン)に対して一瞬の躊躇が見られたがリーナはそれは自分の矜持と与えられた立場の重さによって自身を説き伏せた

 

(いえ、やれるわ。私はスターズ総隊長、USNA魔法師最強のアンジー・シリウスなのだから。)

 

”対等”と認めた少年に対する想いを心の奥底へ押し潰し”敵”としてその存在を自覚し本国より与えられた任務を遂行する最強の魔法師アンジー・シリウスへと変身し《ブリオネイク》を手にした。

 

◆ ◆ ◆

 

「こんな街中でぶっぱなすのかよっ!」

 

正面から接近する高初速弾が殺到した為と即座に魔法による重力障壁を展開し俺は着弾する筈だった弾丸は首都高の地面へ叩き落とされめり込む。

その瞬間に俺の耳にパチリ、という弾ける音が響いた。

恐らくは殺すための弾丸ではなく俺を生け捕りにするためテーザーガンのような起動式だったのだろうと。

俺はリーナの上司…バランス大佐が俺に対して戦略級魔法の術者として完璧に狙いを定めてきたのか今回俺を襲ってきたのだろう。

…リーナが俺と協力をしていることを伝えているとは思えないし今回は本部主導の作戦なんだろうがこんな街中で尚且つ所属を示すような装備を使ってくるのは正直言って異常だった。

 

しかし、捕まってやるわけにはいかないし夜間とはいえ民間人がいる首都高で跳弾の恐れは無いだろうが流れ弾で巻き込んでしまう可能性が有ったために俺はすぐ近くの高速の一般道へ降車する流入口へバイクを飛ばした。

 

が、そこにも罠が仕掛けられていたらしく高速を降りてすぐに先程の車両と同じタイプが俺の前方へ立ちはだかる。

 

「ちっ!」

 

このままでは激突するので俺はその道中近くにあったちょうど故障したキャビネットを乗せる二階立ての貨物車を見つけた。

運がいいことにそのキャリアーの背面ゲートが空いていたのでそこに勢いよく乗り上げる。

その結果俺はバイクと共に飛び上がり体を横に倒してハンドルを持ち上げる。

バイクを横に倒し俺は横に吹っ飛び進路を妨害していた黒塗りのワゴン車を飛び越えた。

その際にホルスターから超特化型CAD(フェンリル改)を取り出し着地と同時に魔法を発動した。

 

俺を取り囲むように設置されていた黒塗りのワゴンから出来てきた数名の男達は俺へ自動小銃を向けていたが《瞳》によって捉えた《ニブルヘイム》の術式によって凍りつき使い物にならなくなっていた。

驚きの表情を浮かべている襲撃者だったが武器が使用できないことを悟って体術とコンバットナイフを手にもって俺へ攻撃を仕掛けてくる。

 

バスッ!キュキュキュキュッ!

 

着地と同時にバイクのタイヤが勢いよく地面に接触しと大きな音を立てサスペンションが大きく躍動したがそんなことを気にせず俺は飛び降り着地と同時に前転。

音声コマンドにて”変身”した《グレイプニル》のセンサー部分が緑色に輝いて人形になり俺を襲おうとした死角の襲撃者へ単一魔法《エアブリット》を発動し大きく吹き飛ばす。

 

「「「ッ!?」」」

 

バイクが変形したことなのか俺が対処できていることに驚いているのかは知らないがチャンスだった。

素早く【乱戦乱舞・朱雀乃型】を発動し怯みを見せていた襲撃者の鳩尾へ掌底を叩き込むとしたのだが。

 

(固った!?)

 

《朱雀》の拳が弾き返された。

《瞳》で見たのではなく手に伝わる固い感触がそう感じ取ったのだ。

呆けようと時間はなくその場からバク転すると俺がいた場所にナックルダスターを装着した襲撃者が俺を襲いにきていた。

状況を把握するために襲撃者を《瞳》で確認するとそれは悲惨なものだったからだ。

 

(こいつら…体を強化されてる…いわゆる強化人間ってやつか…?)

 

《瞳》を通してみる数々の【身体強化】とそれを上回る【状態異常(バッドステータス)】数々が飛び込む。

それはこの今対峙しているものだけでなく全員がその状態だった。

 

生きているのが不思議なくらいに身体がボロボロになっている筈なのに俺へ向かってくるのはもう後が無いことを悟っているから命令されているからかは分からんが恐らくは前者だろう。

 

そんな状態の襲撃者の俺は情が沸き上がった訳じゃないが早々にご退場願うことにした。

しかし俺を襲撃を命じた人物がこちらを監視しているのは明らかなので《虚空霧散(ボイド・ディスパージョン)》や《結合崩壊(ネクサス・コラプス)》は当然ながら使用は出来ないが問題なかった。

 

襲撃者も当然対応しこちらに攻撃を仕掛けるが向けられた拳をいなし後ろから向かって来る襲撃者にぶち当てる。

直ぐ様使用する型を決定、切り替え想子を纏った俺の腕と手の握り方を変えた拳が捉え情報強化した体をぶち抜き臓物を撒き散らし吹き飛ばす。

 

防御無視【一対破戒・白虎乃型】が体を覆っていた強化されていたエイドススキンごと食い破る。

その光景に動揺を見せていた仲間達、その隙を俺は見逃さなかった。

 

【乱戦・破戒】を組み合わせた【四獣拳】を振るい俺を取り囲んでいた黒尽くめの襲撃者数十名を血の海に沈める…が殺してはいない。

 

これ後で処理するの面倒だなまぁ佐織と防諜3課の人達に任せるとして

 

『こちらは処理が終わったぞ八幡。』

 

後ろで俺の背中を守っていた《グレイプニル》が最後の一人を打ち倒して振り返る。

 

 

しかし、同時に煌めく光条が襲いかかった。

 

『……っ!?』

 

それに対応するため《グレイプニル》が俺の前にたち塞がる。

光条が装甲に激突し不快な悲鳴が響き渡り光を撒き散らす。

光が晴れた頃には当たった部分が熱を帯び赤色していた。

 

『外部より高エネルギーの攻撃を関知、機能保全のため一時的に停止します。』

 

俺はその直前に咄嗟にしゃがんで顔の前に腕をクロスする。

《グレイプニル》は俺が指示する前に俺の前に立っており障壁を展開していたが膝を付いている。

恐らくは高エネルギーのプラズマビームを処理しきれなかったらしい。

其程までに強力な攻撃だったようだ。

 

攻撃を仕掛けてきたであろう術者がいる方向を見つめる。

不自然なまでに人がいない高速流入口へ続く一般車両道の中央部分に該当によって照らされその姿が露になる。

 

深紅の髪に金色の眼。

 

手には杖のようなモノを俺に向けている。

その先端がバチり、と放電をしているのが見て取れるのであれが先程のプラズマビームの発生源の正体なんだろう。

その場にいるのは最強の魔法師”アンジー・シリウス”。

 

その人物が俺を視ていた。

 

◆ ◆ ◆

 

目の前に立つ人物普段学校でみるリーナとは違っていた。

赤い髪に金色の瞳に顔を覆うような仮面がなくとも今目の前にいるのが【アンジェリーナ・クドウ・シールズ】とは到底見分けることとは不可能だろうが俺は一度《瞳》で見抜いているので脳内に表示される情報は【アンジー・シリウス】で無くクラスメイトの【リーナ】だ。

 

(さっきの魔法…あれが噂に名高い【ヘヴィ・メタル・バースト】って奴か。)

 

USNA最強の魔法師アンジー・シリウスが用いる戦略級魔法で重金属を高エネルギープラズマに変換し気体を経てプラズマ化する際の上昇圧力と陽イオンの斥力を使用し照射地点が爆心地になりそこから広範囲にばら蒔く魔法…というのは情報として聞いていたが今先程《グレイプニル》にぶち当たった時は俺が使用している《結合崩壊(ネクサス・コラプス)》と同じ収束ビームになっていた。

 

(なる程…そのギミックはリーナが今持っているその光の”杖”ってわけな。流石はUSNA…良いセンスだ。)

 

某蛇のようなコメントをしてみたが作り的には俺の【超特化型(フェンリル)】とはことなる補助機構が付いているんだろう。

俺の場合は純粋に加重系統で制御して臨界させてからも維持してるからな。

小一時間ほどその道具について話をしてみたいと思うがあいにく俺と話すことはないんだろうが。

 

素直に称賛をしたかったところだが俺とリーナの距離は百メートルもない。

隙を見せればあの杖らしい術式補助装置から放たれるプラズマビームは容赦なく俺を貫くだろう。

次元解放(ディメンジョン・オーバー)》を用いれば回避は簡単だが…向こうの方が展開が早いかもしれないので博打は出来なかった。

 

俺はリーナを暗がりの中で見つめると俺から視線を外し踵を返して走り出した。

その際に俺を一別しその表情に笑みが浮かんでいる。

 

(にゃろう…完璧に誘ってやがんな…?)

 

これは罠だと、小学生でも分かる警告が俺へ届く。

このままバイクに乗って帰宅しても良いんだか…そうするとUSNAからは「腰抜け」だの「シリウスは七草に勝った」と有りもしない(スレット)が立てられそうになるのは俺含め父親や姉さんに迷惑を被るのは真っ平ごめんだった。

其にここで帰宅したとしてもUSNAの精鋭が俺を待ち受けているのが目に見えているので誘いに乗るしかなかった。

 

「……ふっ」

 

俺が覚悟を決めたのを見抜いたのか再び笑みを浮かべ踵を返した足で駆け出していった。

その後ろ姿を追いかけながら思考リンクしている《グレイプニル》をスタン状態から復帰させバイクへ変形させたのを確認して俺は速力を上げた。

 

◆ ◆ ◆

 

リーナを追いかけると都内の公園、ではなく防災区画として更地にされ遊具も置いていない場所へと足を踏み入れる。

踏み入れた瞬間に空間の光が弱くなる。

この防災区画全体に監視衛星や低軌道プラットフォームのカメラを欺瞞する光学系統魔法と認識阻害魔法が掛けられている。

周囲を探るが人の存在はリーナ只一人。

完全に一騎討ちの状態と言う訳だ。

 

追いかけっこは終わりだと”シリウス”は踵を返して此方に振り返る。

しかし其だけでなく俺の目の前で金髪の髪を晒す…あろうことか《仮装行列(パレード)》解除していた。

俺が怪訝な顔を浮かべているとリーナが呆れた表情で声を掛ける。

 

「呆れた…まさかまんまと付いてくるとは思わなかったわ。」

 

「彼処で帰っても良かったんだがそうするとお前後で難癖付けてくるだろ?面倒だから誘いに乗っただけだっつーの…有ること無いこと言うつもりだろおめー。いや、お前のところの所属が、かな?」

 

 

小馬鹿にした回答をぶつけるとリーナの表情が変わった。

恐らく、というよりも明らかにバカにされている、と感じ取ったのだろう。

 

「…でも、今回ばかりは自惚れすぎよ。」

 

俺へ向けて先程の”杖”の先端を此方に向けている。

 

「八幡。投降してちょうだい。《分子ディバイダー》纏ったコンバットナイフをCADから出た赤刃で叩き折ったり攻撃を通り抜けた手品を持っていて貴方は確かに私が知るなかで最強の魔法師だと思うわ。…でもこの【ブリオネイク】を無力化することは出来ないわ。」

 

(【ブリオネイク】?…ケルト神話の明光神が持ってるって言い伝えの光の槍…【ブリューナク】のUSNA読みか?)

 

不意に自分が持っているCADには北欧神話の神や兵器の名前を付けていることを思い出して頭が痛くなった。

まぁ俺も只神話の兵器や神から名前を取っているわけではないんだよなぁ…名前には意味があって其を宿す魂のようなものだからな…其こそ今回のピクシーが良い例なんだけど…とまぁその前に聞いておく必要があった。

 

「ひとつ聞かせてくんない?」

 

「…何よ。」

 

武器を構えたまま此方の動きを観察しているのは流石USNAのトップエースだと感心したがソレは後で良いとして。

 

「今回俺を襲撃を仕掛けたのはUSNAのアンジー・シリウスとして?其とも軍本部からの命令か?」

 

そう俺が問いかけるとリーナは一瞬躊躇いを見せて返答した。

 

「…っ、私は今自分の意思で貴方と対峙している。」

 

嘘だ。

自分の意思でここに来ているのならその綺麗な蒼窮の瞳が曇る筈がない。

視線が定まらず自信の無く俺を視ているのは”自らの意思では無い”と告げているようなものだった。

 

そう問いかけた後にリーナは告げた。

 

「投降する気はないと…そういう回答で良いのね八幡。」

 

俺はただメガネ越しにじっとリーナを見つめていた。

 

「後悔しないでよ…っ!」

 

リーナの握るブリオネイクの先端、その矛先に魔法式が瞬時に構成され俺も《二重詠唱》と《詠唱破棄》による《重力爆散》で対抗しようとしたが向こうの速度の方が早かった。

 

収束した光条が俺の体へ到達する。

 

この距離では《術式解体》は意味を成さず《解体反応装甲(グラム・リアクション・アーマー)》もタイミングが悪すぎる。

 

だがしかし。

この場には今この場の戦闘を覗き視れるのは今、この場で俺と対峙している”リーナ”しかいないのならば…

この手を使う他無かった。

 

俺の腕を炭化させ吹き飛ばす筈だった光条は”俺の体を通り抜け”後ろに有る生け垣を貫き燃やし尽くす前に霧散した。

 

「あのときとまた一緒…!?」

 

その動揺を視た俺はホルスターから【超特化型CAD(フェンリル)】を取り出すと同時に魔法をリーナに向けて発動した。

 

同時にリーナの空間が揺らぐ。

 

気がついたときには俺の背後に立っていた。

その事に気がついて身を捩って回避を行うが一歩遅かった。

 

(くっ…《仮装行列(パレード)》も展開してきやがったか…!)

 

その直後に俺の背中を肩口から刃物のような鋭い武装が切り裂き芝生が敷き詰められた防災公園の地面を大量の血液で濡らした。

くそ…滅茶苦茶痛い。

リーナが使ってた《ダンシング・ブレイズ》って奴の武装一体型CADかもしれない。

 

一先ずこれでは不味い、と俺は飛び込むように前方の生け垣にハリウッドダイブして転がり後方バク転してリーナがいる前方を向くと隠れていた生け垣が灌木だけを残して燃えきった。

目の前にはリーナが居り先程手に持っていた杖の先端が槍先のように鋭く煌めいている。

恐らくは、と言うか先程背中を切られたのはこのプラズマの刃だったのだろうと理解した。

ちなみに生け垣と俺の距離は数センチだったのでもう少し近ければ槍先の刃にであって胴体が泣き別れになっていたかもしれないと思うとゾッとした。

 

俺は肩を押さえながらリーナを見つめる。

 

「くっそ…滅茶苦茶痛ぇじゃねーかよ…これがクラスメイトにする仕打ちかリーナ?」

 

「良くもそんな軽口が叩けるわね?今私に自分の生殺与奪の権利を委ねられているって言うのに随分とお気楽ね。さっきも私の攻撃を回避したときは驚いたけどもう手品の種は割れているわ…改めて言うわ八幡。投降しなさい。」

 

手品…手品と言われればそうかもしれないな。

攻撃を通り抜けた《次元解放》も決して無敵ではない。

俺がいくら多種多様な魔法を組み合わせて使用できると言ってもこの魔法式のコードは複雑に”過ぎる”。

パソコンのOS用語で言うのならばラザニアコードの下にスパゲッティコードが入り込んでいるような状態でその状態では高威力の魔法は使えない。

《次元解放》を展開した状態で《虚空霧散》等の高威力の魔法式を起こすのなら《グレイプニル》の力が必要だが今はリーナの攻撃で装着はままならない。

俺の弱点を付いたことを誉めてやりたいくらいだったが煽らねばならなかった。

 

「は?散々痛め付けておいて今さら投降だぁ?寝ぼけたこと言ってんじゃねーよ。リーナ。」

 

挑発混じりの俺の罵倒によってリーナは【ブリオネイク】を握る手に力が入っているのが視て取れた。

 

「お前は”軍人”なんだろ?だったら命じられるがままにその武器でその力で…俺を殺して見せろよ。自分の手で脱走兵を処断したときみたいにな。」

 

嘲笑うようにリーナに俺は酷く冷たい笑みを浮かべた。

 

「八幡っ!!!」

 

次の瞬間には光条が通りすぎて俺の左半身が炭化し吹き飛んでいた。

立つことすらままならず地面へ落下して頭部は片目を失い陥没し焼け焦げた臓物が血液と共に地面へ吐き散らばると同時に吐血する。

しかし、俺の言葉は止まらず起こせる筈の無い頭がリーナを向いて黄金色の《瞳》で視る。

その瞬間にリーナが「ひっ…!?」と短い悲鳴を上げていたのがしっかりと聞こえた。

 

「お前は、俺を、捕まエて、どう、シた、インダ?」

 

リーナからしてみれば既に致命傷の筈の少年が問いかけてきているのはホラーでしかない。

 

「あ、ああ…。」

 

「ジン、体、実ッケン?先程の”アイツ”らのよう、に無理ナ、強化をして明日もイキレ、ない程の兵器に仕立て上げる、ノカ?」

 

俺が先程戦闘した強化兵士のことを思い出し血の気が引いているのが良く分かる。

 

「ソレ、どモ、大ア、連ゴウのようにオ、レの脳ズ、を増フク、機にして《ソーサリーブースター》でもツク、ル気カ?」

 

「な、何なのよ…!!」

 

片目が無くなり頭蓋が丸見えになって残っている片方の感情の乗っていない黄金色の《瞳》がリーナを射貫く。

 

「オ、レは…オマエ、タチノ、」

 

と言い掛け体を這いずってリーナの足首を生きている左手で掴むとビクり、と震えていたのが感じ取れた。

身体機能を失っているのにか変わらず俺が喋り思考しているのが異常だとリーナの表情はまさに泣き出し発狂寸前だった。

 

 

なんてな。うん、これ以上は本当に泣き出しそうだからそろそろ種明かし、と行くかな。

流石に脅かしすぎたかもしれんし。

 

「ああああああっ!??!!」

 

案の定、恐怖と錯乱でリーナは俺えへトドメを刺すために頭蓋に向けて【ブリオネイク】を構え直しすぐさま起動式が展開され先端から光が放たれ吹き飛んだ…。

 

のは”リーナ”の方だった。

 

「なに…!?一体、これはなんなのよっ!?!?!?」

 

リーナは正に混乱の極み、といった感じだが仕方がない。

俺は【ブリオネイク】の攻撃を受ける瞬間にリーナに対して無系統魔法の精神干渉系魔法《記憶読込(リローデット・メモリ)》をそう…初動の攻撃を避けた時点で発動させていたんだなこれが…。

発動によってリーナは”俺が居ると錯覚した場所を攻撃し瀕死の状態にもかかわらず半死体の俺がリーナに問いかけている”と言う記憶を埋め込んでいたのだ。

 

実際には俺は無事でリーナに勘違いしてもらうために近くで視ていたのだが結構な錯乱状態になりそうだったので止めに入った、と言う具合だ。

少しやり過ぎたかもしれないが…良し!(現場猫)

 

攻撃を仕掛けてきたリーナの【ブリオネイク】目掛け《超特化型(フェンリル改)》から《重力弾(グラビティ・バレット)》を発射し、リーナの手からピンポイントで杖を吹き飛ばす。

【状態異常】で【混乱】が出ているので単一魔法でも今のリーナに対してでも十分な成果を上げる。

 

「あっ」

 

体勢を崩したのを俺は見逃さ無い。

再び俺はCADを起動させリーナに対して《記憶読込(リローデット・メモリ)》を発動させた。

 

「……!?……。」

 

リーナの脳内には”俺から攻撃を受けて先程の俺のような状態にさせられた”存在しない記憶が広がり次の瞬間には地面に崩れ落ち声を上げるよりも先に自己防衛の為に意識を失っていた。

もし仮にこの戦闘が視られていたとしても俺がUSNA側で調査している”ダークマター”と言う証拠はなく”精神干渉系統”の使い手だと言う誤解をしてくれる筈だ。

 

横たわり魘されるリーナに対して俺はぼそり、と呟いた。

 

「お前さんは軍人として俺を撃とうとしたんだろうが…敵の言葉に耳を傾けるなんざお人好しすぎる。」

 

どうしてリーナが躊躇ったのかは分からない。

今も《瞳で》リーナの状態を覗いたときに俺への好感度がかなり高かった。

あり得ない話ではあると思うが俺を友情判定をしていたとしたならばかなりのお笑い話…だが問いただすのも躊躇われた、と言うか何故か聞きたくなかった。

 

視線を外して端末を取り出して連絡を入れる。

 

「あ。」

 

しかし、通信障害が出ていたのを忘れてた俺は舌打ちをして外に出ようと思ったがリーナがやられたことにより前線基地的な車両が待機していることを想定しジャミングか掛けられたこの場所で通信を行うことにした。

 

「…やっぱり来るよな。」

 

向こうから人の気配がしたのを確認し見やるとリーナを回収しに来た隊員が此方に向けて武装一体型のCADを構え発砲をしようとしたのを確認し申し訳ねぇと思いつつ倒れ込んでいるリーナを後ろから羽交い締めにしてショートバレルのCADを突きつける。

 

「「「「…!」」」」

 

その怯んだ隙を付いて変形をしていた《グレイプニル》が銃を向けていた隊員を無力化し地面へ沈めていった。

咄嗟に反応した隊員もいたが俺の魔法によって意識を刈り取られ地面へ崩れ落ちていた。

 

「これで一応終わりか…?」

 

数分も掛からず制圧し羽交い締めしていたリーナを丁寧に地面に寝かし周囲に人がいないことを確認して一旦防災区画の外へ出た。

案の定、防災区画の外には人の気配は無かった。

 

通信を繋ぐ。

 

「《グレイプニル》、佐織達に繋げ。」

 

『承知。』

 

直接諸々の”後始末”を部下へ命令するために連絡をした。

まぁアイツらに任せれば処理はしてくれるだろうし問題はこっちかな…。

通信を切って俺は再びリーナに近づいて再び精神干渉系の魔法を再び使用し先程植え付けた記憶を消し去る。

魘されていたリーナの表情は穏やかな顔へ変わったのみて余程の悪夢がキツかったらしい…まぁ無理もないとそのまま俵担ぎしてその場を後にした。

 

俺に完全に敵対する意思があるならこんな程度じゃ済まなかっただろう、と思う。

まぁ正直腕の1本や2本は無くなっていただろうが…リーナが俺に対しての”悪意”が感じ取れなかったからだ。

正直俺はこいつとマッ缶仲間でいたいしからかうと楽しいからな。

 

…だからこそこいつに”軍人”は似合わないし尚且つ”処刑人”なんて立場は相応しくない、と思っている。

 

後の処理は部下に任せてちょっと上の人に”お話”をしに行こうか?

 

◆ ◆ ◆

 

リーナが目を覚ましたのは都会の喧騒…ではなく何処かから漏れ出る光が顔に当たり眩しく起床した。

借りているマンションの天井でもなく…見知らぬ天井だった。

 

時計は無く、時間は分からない。ただ、朝と言うことだけが分かる状態だ。

快適な空調に思わず二度寝を決めたくなったが朝になっているのに気がつき掛けられていた柔らかな羽毛100%の毛布を剥がし上半身を起こして目蓋を擦り中途半端な覚醒状態で左右を見渡した。

 

そこは清潔でホテルのような内装の一室だった。

 

「ここは…?」

 

しかし、そこでリーナは可笑しい、と一気に脳が覚醒した。

何故ワタシはこのホテルのような一室にいるのか、と。

 

跳び跳ねるように毛布を捲り起き上がる。

先程まで自分がいたのは深夜の防災区画にいた筈なのにどうして、と疑問は強まりベッドから抜け出すと違和感に気がついた。

 

「傷が…無い?…でもどうして傷を負ったんだっけ…?」

 

八幡と戦闘をしてたのは分かる。

だが、”どうやって八幡に敗北したのか”を覚えていない。

”痛烈な痛みを受けて八幡に敗北した”という詳細がスッぽぬけた記憶だけがリーナの記憶に刻み込まれていた。

 

「【ブリオネイク】を吹き飛ばされて…そこから…どうなったんだっけ…?って【ブリオネイク】はっ!?」

 

その事を思い出し青い顔になるリーナだったが見覚えのある長方形の重厚なアタッシュケースをテーブルの上に見つけ中身を確認すると安堵した。

 

「よかった…うん、壊されてない。」

 

無事の【ブリオネイク】を確認して手にとって起動式を展開すると問題なく使用できていた。

その事に安堵し今度は別の事に気がつき赤面した。

 

「戦闘服じゃない…?…って何よこの格好はっ!……ま、まさか…って流石に八幡はこんなことしないわよね…?」

 

リーナがちょうどあった姿鏡に移ると自身が着た…ではなく恐らく着せられた透け透けの大事な所のガードは据え置きなベビードール着替えていた事に気がついて顔を真っ赤にして今度は真っ青になり最悪の事態を想定したが自分が想像している人物がそんなことをする筈がない、と無意識に想っていた事に場違いな想像に首をブンブン、と横に振った。

着れるものが無いかと室内を捜索するとクローゼット中に一着の上着があったことを確認し其を手に取るがそのデザインを見た瞬間に怒った。

 

「なんで男子の制服の上着がここにあるのよっ…って八幡のじゃないっ!」

 

リーナが手にしているのは第一高校の制服の上着でポケットには学生証が入っており”七草八幡”の名前が。

つまりはこれは八幡の制服、と言うことになる。

 

「………そ、そうよこれは仕方なく、仕方なくなんだからっ」

 

誰に言い訳するわけでもなく独り言を大きな声で自分に言い聞かせるようにリーナは八幡の制服の上着に袖を通した。

 

「……///」

 

元よりサイズが男子用のものなのでリーナが羽織るには少々ブカブカで袖が余ってた。

自分が八幡の上着を着ていることに得も言われない羞恥心が襲い顔をブカブカの裾で覆った。

 

「(これが…八幡の…)すんすん…………ぅ~………ってじゃなくて!ここから脱出する手段を探さないと。」

 

リーナは何が、とは言わないが若干トリップし掛けていた自分を叱り付けて動き出す。

探す道中で体に触れてみても体の各所に付けていたCADが無いことを確認して落胆したが捕らわれてる?状態なのだから反撃を許す装備を置いておく筈が無いし動き回れないようにこんな格好をさせたのか、とリーナは八幡に対して怒りを露にした。

 

「…顔を見せたら蹴り上げてやるんだから!」

 

ひとまずドアが空くかどうか確認をするが当然ながら鍵が掛けられており浴室も窓があるものの人が通るには小さすぎたため脱出路としては使えない。

手にしている【ブリオネイク】を使うのを躊躇ったのは彼女の良心故か。

 

其に気がつかぬまま溜め息を吐いてリーナは唯一の可能性が残された窓へ近づく。

 

外を見ると周囲をベッドの近くにある窓の外を覗き見ると景色は何処かの豪邸のようで離れも見える。

試しに窓ガラスを割るために近くあった手にしている【ブリオネイク】で殴り付けてみる。

 

「えっ?」

 

パリン、と割れるのではなくポヨン、と弾き返されててしまう物理法則を無視していた。

交互に窓と手に持った置物を見比べ指で叩くが”コンコン”と固い音がしている。

 

「なんなのよっ!」

 

唖然としキレて手に持ったCADで今度はプラズマを放出するがを窓ガラスには一切傷が付かずに部屋の中もプラズマの嵐でめちゃくちゃになる筈なのにならなかった。

其は数度行っても同じ結果だった。

 

「はぁ…はぁ…なんなのよもうっ…」

 

肩で息して疲労したリーナはベッドに腰掛ける。

 

「どうしよう…。」

 

どう脱出しようかと思考を張り巡らせるが途方に暮れてしまい「うわぁ~!」と声を上げるリーナ。

そこには”アンジー・シリウス”としての威厳もへったくれもないただの”リーナ”がいた。

ベッドに背中から倒れ込むリーナは考えるのを一旦放棄しそうになったがハッとした。

 

「まさか…これは八幡の魔法…?」

 

自分がどうして負けたのかという結果を覚えていないのに”負けた”と納得をしているのか。

身体全体を貫いたあの痛みはどうやって受けたのかを覚えていない。

自分がどうして【ブリオネイク】でも壊せない部屋に閉じ込められているのか。

 

(まさか…精神攻撃…系統外魔法…?)

 

リーナは思わず自分の肩を抱いていた。

自分だけでなく今回の作戦に参加している隊員全員が勘違いをしているのでは、と。

そうであれば説明が行く点が多々見られた。

 

(攻撃をすり抜けたり《分子ディバイダー》を発生させているコンバットナイフ毎叩き折るように見せワタシの《仮装行列》を見抜いたのも高い精神干渉系統に高い適正を持っているから?)

 

そうであれば説明が行くとリーナは持論を展開する。

 

(ワタシに敗北の記憶を埋め込んだり今この部屋に閉じ込められているのも全て幻覚………っ!?)

 

そう考えていると目の前に自分しかいない筈のこの部屋に人の気配を感じ取ったリーナは面を上げると件の人物がた立っていることに気がつき短い悲鳴を上げそうになる。

 

「八幡…?っ、これは貴方の幻術なの?早く解いて頂戴!さもないと撃つわよ!」

 

立ち上がりベッドに立て掛けていたCADを持ち上げ術式を発動待機状態にして八幡に向けるが知らぬ存ぜぬ、と言わんばかりに接近してくる。

 

「…っ!」

 

警告はしたわよ、と言わんばかりにプラズマをぶっぱなすが陽炎のように通り抜ける。

 

「(やっぱり精神干渉系統…!この空間もね…!)…っていない!?…ひゃあああっ!?」

 

五感を支配する精神干渉系統など聞いたことがない!と声に出して言いたいリーナだったが其どころではなかった。

 

「ちょ、ちょっと八幡!?な、何をするのよ…!?」

 

いつの間にか隣に立っていた八幡にベッドに押し倒され手にしていたCADを手から外され覆い被さるように手を押さえ込まれて足も動かせず組伏せられている。

 

はじめて八幡に正体が知られたときのように。

 

「…っ…っ……っ!!」

 

抵抗しようにも振りほどけずに成すがままになっている。

リーナは自分に乱暴を働きかけようとしている八幡の顔を敵対心を露にしてを見る。

 

「えっ…」

 

「……。」

 

しかし、自分に覆い被さる八幡の表情は普段見ないような気の抜けた表情ではなくキリッと真面目な気を失う前に見た凛々しい表情だった。

 

「ちょ、ちょっと…………////」

 

リーナは自分の顔が赤くなるのを感じた。

 

「(ち、違うわよ!ただ顔が近くて恥ずかしいだけで…)ひっ…!?」

 

さらに近づく八幡の顔に思わず腕で遮りたいリーナだったが自分の腕が八幡に押さえ込まれていたことを気がつき顔を逸らすがちらちらと視線は八幡を見ていた。

こんな無理矢理な事をされているのにリーナは振りほどくことをしなかったのは無意識か。

 

「(こ、こうしてみると八幡ってやっぱり顔は整ってるのよね…?……って何を考えてるのよワタシはっ!今危機的状況なのに打開策がないっ…!)ちょ、ちょっと八幡っ!?」

 

時間がないぞ、と言わんばかりに刻一刻に八幡の顔が近づきリーナにその息づかいを感じさせていた。

年頃の同年代…其も異性がこんなことをしているのなら蹴り上げそうなものだがリーナは出来ない。

いや、”したくなかった”と言うべきか、そう自覚してハッとした。

 

「(こ、これじゃあ…ワタシが…そ、その…八幡の事をその…い、しっ…してるみたいじゃないっ!)あ、ちょ、ちょっと八幡!?こ、こういうのはそ、そのっ、清いお付き合い、をしてからじゃなくって!?そもそも、ワタシと貴方は…その…まだ、お、オトモダチ…な訳だし?…ってちょ、ちょっと!?」

 

口調が若干変になって目がぐるぐるしているのは余裕がない現れか。

しどろもどろになって顔色がリンゴのように真っ赤になって意識を失わない自分を誉めてやりたかった。

 

「ちょ、っと…そんな、ダメ、なんだから…ダメよ…」

 

 

しかし、時間は残酷で八幡に対する有効打を取れなかったことで『時間切れ』と言わんばかりにリーナに顔を近づける。

否定するような言葉を放つが次第に弱々しくなって受け入れるようにリーナは咄嗟に目蓋を閉じた次の瞬間に唇の先端へ触れたーーー。

 

 

その時だった。

 

 

「おい、いつまで寝てんだお前…」

 

その直前に不意に声が掛けられ目の前が真っ暗になったリーナ。

 

「へぇっ?」

 

間の抜けた声を出すと同時に視界が開けると見覚えのある

周囲を見渡すと気を失う前に対峙していた黒の上下のライダースを着ている八幡が椅子に腰掛け此方を見ている。

辺りをよく見るとそこは自分が作戦時に使用していた移動中継車として使用していたキャンピングカーの内部だった。

 

 

そしてハッとなって自分の姿を確認すると戦闘服のままだったことに安堵した。

 

「(夢…やっぱり夢………?)……………っ~~~~~~~~~~!!!?」

 

今はこの隣で座っている男に告げねばならないことがあった。

 

が、次の瞬間に”夢”の内容を思い出して某3倍早い○い彗星の搭乗機並みに顔を真っ赤にしたリーナが悲鳴を上げた。

 

「な、なんて夢を見せるのよ八幡!!?」

 

「はい?」

 

何故怒られているのかさっぱりな八幡を潤んだ瞳で睨むリーナ。

…その夢は自分自身の無意識から望んだ夢だったのか八幡の幻術だったのかは分からない。

 

その日七草の養子と金髪美少女留学生は丸1日学校を休んで次の日一緒に登校したことで彼を慕う女性陣から凄い目で見られたとかなんとか。

 



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何の為に戦う

俺がリーナを撃退して回収しに来た部隊員を全て始末した後に使用していた中継車両に寝かせて起きるのを待っていたら端末が震える。

 

「俺だ。」

 

「任務は完了した。」

 

ハスキーな低い声の持ち主で部下の一人である佐織からだった。

 

「で、結果は?」

 

「アンジー・シリウスに指示を出していた高級駐在武官であるヴァージニア・バランスを発見。日本の貸ビルにペーパーカンパニーとして間借りしていた一室を極秘作戦指令所にしていたようだったので、そこに私たちで襲撃を仕掛けて部隊員を無力化して、バランス大佐も無力化してお眠りいただいた。其に会わせて敦子(アツコ)が”たまたま”近くにいたUSNAの軍艦に運び込んで掌握、光咲(ミサキ)が機関部を破壊して漂流させた。今ごろニュースで漂流していた軍艦が国防軍に救助されてることだろう。陽葵(ヒヨリ)は防諜第三課と協力して録画データから始まる不都合そうなものは消去、または物理的に破壊した。勿論お前が打ち倒していた兵士も回収して治療が完了、一緒に軍艦に放り込んでおいた。」

 

「随分と派手にやったな。」

 

その内容に苦笑していると。

 

『ん…お仕事頑張った。』

 

『お給金弾んで。』

 

『ふへへ…頑張りましたのでお願いしますね社長。』

 

「お前らな…ああ。任せろ高級スイーツに賃金を期待していろ。」

 

『…やった。』『うん』『えへへ…これで限定版の書籍が買えますぅ~。』

 

それぞれが報酬に喜んでいる。

佐織達は四人の部隊のリーダーとして活動してもらっている。

 

菜々崎佐織(サオリ)はリーダー格で俺と同じく全ての魔法に適正があり格闘も強いが少々世間知らずなお嬢様な所があるクールビュティー系美少女…がふざけたことを大真面目にやるのでギャグなのか判断がつかないときがあるのでヤバイ。

秤火敦子(アツコ)はサブリーダーの女の子で佐織と違いSB魔法師…しかし其を補って余りある精神干渉系統の使い手で軍艦一隻程度ならば簡単に掌握できてしまうほどの使い手だ。恥ずかしがり屋なのか普段は目元以下を覆うマスクのような準フルフェイスを被っているので表情を見せるのは稀であり可愛いよりの美人さんだ。

菜々崎光咲(ミサキ)は口数が少なく無愛想な印象を与えるがサボタージュは天下一の才能でこいつ一人いれば軍事施設を破壊して回れるほど。しかし暗いところが苦手なのでビビり…で名字から分かるように佐織とは姉妹でダウナー系美少女だ。

永井陽葵(ヒヨリ)は基本自尊心が低く自虐的な言葉を発するが厚かましいところがありこの部隊のマスコット的な立ち位置ではあるが情報技術に置いては他の追随を許さないほど。

ネガティブ?系厚かましい美少女である。

 

と、まぁ俺が所持する戦力である部隊が仕事をしてくれていた。

ぶっちゃけるとこの四人強すぎる。

 

「ヴァージニア・バランスには接触するのか?であれば此方からコンタクトを取るようにするが。」

 

「いや、バランス大佐が住んでいる場所を教えてくれ。こいつを連れて訪問するから。…そうだな今から一、二時間後に手土産持っていくわ。」

 

 

こいつ、といって隣を見るとまだその人物が寝息を立てている。

本当にこいつは俺を襲撃した人物なのだろうか?と疑いたくなったが佐織には窺い知れない事だが。

 

「そうか…護衛として待機している。アポイントメントは取っておく。」

 

「頼むぞ。」

 

そういって通信を切ると近くの寝台で寝ていた人物ががばり、と起き上がって暫くして罵倒された。

 

何でだよ。

 

◆ ◆ ◆

 

「悪いがお仲間は此方で拘束して送り返した。誰も殺しちゃいない。」

 

「……どうして?」

 

「あ?」

 

「どうしてあのときワタシを…殺さなかったの?」

 

率直な疑問を口にするリーナに俺はどう回答しようか迷ったが率直な意見を述べた。

 

「大事なマッ缶仲間を失うのは人類の損失だしな。」

 

「なによそれ…ふざけないで。」

 

「ふざけちゃいない。…多少はお前に対して親しみは持ってるからな…ほれ。」

 

「わわっ!…危ないわねっ」

 

怒りを見せていたがその反応に俺は一先ずリーナに放り投げた。

危なげに手に取るリーナだったが落とすことは無く手には黄色と黒のストライプ缶が収まっていた。

 

「時間ならある。少し話さないか?」

 

なにか言いたそうだったが無視することにした。

俺はリーナの対面にある座席に座りリーナは寝台に腰掛け手にしたストライプの缶のプルトップを空けて中身の飲料を喉へ押し込む。

甘さが脳内に響き渡っているの感じとりぼんやりしていた意識を覚醒させる。

ちびちび、と口を付けるリーナを見ながら俺から問いかけることにした。

 

「これで俺が”ダークマター”の術者の疑いは晴れたか?」

 

「…ノーコメントで。」

 

顔をプイッと背けたところを見るに俺が”精神干渉系統に高い適正を持つ”幻術使い(イリュージョンマスター)だと勘違いをしてくれていたらしいが…。

 

「……////」

 

「?」

 

何故かリーナが此方を見るときに顔を赤くしていたのが気になったんだが…恐らくは俺に負けて悔しいからだろうが深く追求すると此方が余計なダメージを負いかねないので触れないことにした。

話題を変えるために俺はリーナに質問をする。聞いてみたかったことだ

 

「何でリーナは軍になんて入ったんだ?」

 

「……。」

 

そう問いかけると黙ってしまった。

うん、この話題はリーナに振るには少し好感度が足りなかったようだ、と別の事を聞こうとしたらポツリ、と雨音のような音量でしとしと、と語りだした

 

「ワタシ、産みの親と仲が良くなくてね…其を見かねた父親のお母さん……つまりは祖母、クドウの家に引き取られてそこから流れで、って感じかしら。」

 

「そうだったのか。何処も親と折り合いが悪いのは一緒か。」

 

ぼそり、と呟くとリーナが食いついてきた。

 

「そういう貴方はどうして七草家にいるの?軍で調べても貴方の経歴…過去のデータがないもの。」

 

「気になるのか?」

 

意地悪に問いかけるとリーナは可愛らしくムスっとしていた。

 

「余り愉快な話じゃない。」

 

「…構わないわ。」

 

そう言われてしまえば断る義理もないし抵抗感もないので素直に告げることにした。

 

「…俺に妹がいるのは知ってるよな。」

 

「ええ。」

 

「俺も妹を守るために生家から逃げ出したんだ。いや、絶縁って言った方がいいか。親は妹に暴力を振るって其を見かねた俺は両親に精神干渉系魔法使って妹に関心を持たせて俺には無関心…所謂ネグレクト状態にしたのさ。」

 

リーナは絶句していた。

 

「…どうして。」

 

「まだ俺の精神干渉系統の魔法が未熟だっただけだ。そこからは妹以外からは無関心で何処からか聞き付けた俺の家が数字落ちした家を聞き付けた師補十八家の坊っちゃんに絡まれて虐めの日々…日本ではいじめは犯罪じゃないから刑罰が下ることとは無いし学校の先公は見ない振りと来たもんだ。…俺は小学校の低学年から中三の終わりまで我慢していたが…自分でももう存外に限界だったらしくてな両親に啖呵を切って家から飛び出してきたわけだ。」

 

俺の話を聞いてリーナは絶句していた。

 

「精神干渉系統を排除しても妹への暴力は止まらないのは分かりきっていたからな…逃げる必要があったんだ俺の元の名字の家には。」

 

「その日から七草の名前に?」

 

「ああ。たまたまだったけどな。俺は妹を親戚に預けて世捨て人にでもなろうとしたんだが…そうはさせてくれなかったらしい。ちょっとした事件があって七草の双子を助けたら…ってまさに運命の悪戯って訳だ。」

 

リーナから見れば自虐的な笑みを浮かべていたに違いない。

 

「まぁ、俺の話はまぁ良いとしてリーナ。」

 

「…なに?」

 

ピシャリ、と言いきった。

 

「お前は軍人、向いてねぇよ。」

 

「!?ど、どうして…どうしてそんなこと言うのよっ!」

 

腰掛けていた寝台から立ち上がり手に持った缶から中身が溢れそうになっていたが。

暴れだしそうなリーナに俺は釘を刺した。

 

「じゃあ聞くぞ?お前は何のために戦ってるんだ?国か?仲間か?信念か?」

 

「…!?」

 

俺に問いかけられ言葉に詰まるリーナだったが振り絞って声に出す。

 

「命令よ。だから仲間を手に掛けて…貴方を”敵”として倒すために…!」

 

「なら何故俺に銃口を突きつけた時に一発で俺を殺さなかった?お前の魔法力なら殺せただろ。」

 

「其はっ…!?」

 

「俺がお前の友人、だったからか?」

 

「……っ!」

 

「俺を撃つときに見る視線がフラフラしていて定まらず自信が感じられなく迷っている…そんな感じだったぞ?そもそも”敵意”は感じられたが俺に対して害を与えよう、とは感じ取れなかった。」

 

「そ、れは…。」

 

「お前はもう軍を抜けた方がいい。お前は戦っちゃいけないんだ。優しすぎるんだよ。」

 

諭すように告げると猛反発された。

目蓋に涙を溜めながら。

 

「どうしてそんなことをいうのっ!?ワタシは…ワタシは…アンジー・シリウスでUSNAの魔法師でいなきゃ行けない…そうと望まれたからっ」

 

その言葉に思わず俺は苛立ちを覚えた。

冷たく突き放す。

 

「自分の存在意義を他人に決められるなんて真っ平御免だね俺は。」

 

「…っ、そ、それ、は…。」

 

恐らく小町に怒った以来の怒気を発しただろうその迫力と言葉にリーナは心に少なからず思っていたことを指摘されて言い淀んでいるように見えた。

他人に指図され動かされるのは真っ平御免で俺が最も嫌う生き方だ。

 

リーナは黙り込んでしまい立ち上がった寝台の縁に腰掛けているが力無く座っている状態だ。

 

 

「リーナ。」

 

「……。」

 

「『俺たち魔法師は戦争や政治闘争の為の道具じゃない。確かに兵器として産み出されてきたが心まで機械になった訳じゃない。信念を持って、自分で考え必死に生きて涙を、血を流して好きな奴を好きになって恋をして老いてしわしわの顔で笑顔で死んでいく人間なんだ』…まぁ他人からの受け売りだけどな。」

 

「っ!?……なによ…っ…それ。でも…いい言葉…誰の言葉?」

 

顔を浮かべ辛そうな表情をしているが先程よりましになっているのは俺の気のせいか。

 

「…俺の婆ちゃん。まだ生きてるけど。」

 

婆ちゃんの言葉だ。

魔法師は兵器であっても機械であってはならない。血の通った心を持った生きた人間なのだと。

そう教えられて俺は魔法師として生きている。

 

「すごいお婆様ね…。」

 

リーナは感心していた。

 

「其には同感だ。」

 

俺が婆ちゃんの事を話すと食いついてきた。

どうやらリーナはお婆ちゃんっ子だったらしい。

 

「ねぇ、そのお婆様の写真は持ってる?見せてくれないかしら。」

 

先程よりも声色に喜色が浮かんでいるので多少は俺が言ったことが効いたらしい。

 

「ちょっと待っててくれ…確かここに…あったぞ。」

 

「ありがとう………えっ?」

 

一先ず小町以外の肉親といってもいい人物の写真だけは大切に持っていたので胸ポケットから取り出し渡すと驚いていた。

まぁ…そういう反応するよな…?

 

「えっ…?ええ?…これ本当に八幡のお婆様?お姉さんとかじゃなくて?」

 

「正真正銘、うちの婆ちゃんだよ。今年で…60越えてたかな。」

 

手渡した写真には俺と小町小学生の低学年くらいだっただろうかの時に取った写真に写っている婆ちゃんの姿は他人から見れば”若すぎたのだ”

其を見たリーナの手は写真を持って震えている。

 

「アンチエイジング…ってレベルじゃないわよ…。」

 

凡そ大体低学年のころだから…8,9年前だから50代の時に撮ったものだが確かに若すぎた。

眠そうな顔の俺と笑っている小町にはにかんだ表情の婆ちゃん(外見年齢二十代前半)の姿が写っていたのだから。

タイムベントでも食らったのかうちの婆ちゃんは。

 

「このお婆様何者…?UMAかなにかなの?それとも日本風に言うなら妖怪?」

 

「お前人のばあ様になんてこと…違う。俺の魔法と体術の師匠。」

 

「なるほど…。」

 

おい、何でそこで納得しやがった。このお婆ちゃんありにしてこの孫、ってか?やかましいわ。

と思っているとリーナが写真を見て首を傾げた。

 

「なにか…誰かに似てるのよねうちの学校に…誰かしら?…ああもう!なんかモヤモヤするわっ。」

 

「誰って…誰だよ?」

 

何だその小○構文は。

 

「其が分からないからモヤモヤしてるんじゃない!…八幡は分からない?」

 

「いや、わかんねーよ…。」

 

リーナが誰かに似ている、と騒いでいたが俺にはてんでピンと来ていなかった。

ただまぁモフリ、とした豊かなで艶やかな黒髪を動きやすいように後ろで結ってポニーテールにして快活そうな二十代前半にしか見えない美魔女?…の俺の婆ちゃんとしか認識できなかったんだが…似てる奴いたか?

黒髪…黒髪?

 

そんなこんなで暫く話しているとリーナは真面目な表情を浮かべる。

 

「ワタシは…軍をまだ辞めることは出来ないし辞める気もないわ。」

 

リーナは俺へ向き直りきっぱりと言いきった。

その場を乗りきるだけに発した言葉ではなく心から発した言葉だ。

 

「…そうかい。お前がそう言うんならそうなんだろうが…ただまぁ、リーナ。これだけは言っとく。」

 

いたって真面目に表情も姿勢を正して告げた。

 

「なによ?」

 

「お前がもしも軍を抜けるって言うなら手を貸す。」

 

俺がそう告げるとリーナはビックリしたような表情を浮かべていた。

 

「…どうしてそこまでしてくれるの?も、もしかしてワタシのこと…///」

 

リーナは顔を真っ赤にしてもじもじしているのかは何故なのか分からないが…。

まぁ確かに急に「軍を抜ける手助けをしてやる」というのは突拍子も無い話だしな。

行かん行かん物事は順序を追って話さないと行けないしな。

 

「どうしてそこまでしてくれる…って、」

 

俺は素直に告げた。

これは他に替えがなく中々見つけられない理由を。

 

「リーナ。其はお前が俺の掛け替えの無い存在(マッ缶を愛飲する仲間)だからだ。」

 

「…?…~~~~~~~っ!!!??……あ、ええ…??ええ?」

 

そう告げると瞬間湯沸し器のように顔を真っ赤にして狼狽える。

 

「大丈夫か?」

 

「は、はひゅっ!?だ、大丈夫よっ!?」

 

自分の肩を抱いて忙しなく地面見たり俺から顔をそらしている。

何をしてるんだこいつは…?

 

「い、今のその言葉…ってどういう意味?」

 

「どういう意味…ってその言葉のままだが?掛け替えの無い存在(マッ缶を愛飲をする珍しい仲間の意味)だよ。リーナは。」

 

「…/////そ、そこまで言うのなら…考えてあげなくもないわよっ!」

 

何故に上から目線?…と思ったがなにか勘違いされているような気がしないでもないが訂正しようにももう遅い気がしたが気にしないことにした。

会話を切り上げて今度は俺が真面目な顔をする。

 

「一応昨日の戦闘で俺がお前を倒しちまって本部も俺の部下が制圧しちまったからな。」

 

「…本当に貴方は一体何者なのよ。」

 

「普通の魔法師だが?家は七草だけど。」

 

「はぁ…もういいわ。其で今ワタシは貴方の囚われてるって訳ね」

 

「ああ。今お前の身柄は俺が確保させてもらってる。こいつもな。」

 

そう言って手に持ったモノを見せるとリーナの顔に動揺が走った。

 

「【ブリオネイク】…!?」

 

「悪いがこいつは人質…?だ。」

 

「…何が目的なの?」

 

「其はバランス大佐と話したときに言うわ。さて…そろそろ行くぞ。」

 

「行くって…何処に?」

 

「バランス大佐の元へ。」

 

「へぇっ!?」

 

◆ ◆ ◆

 

バランス大佐はUSNAより貸し出されている長期滞在用の家具付きマンション(所謂ウィークリーマンション)でグッタリしていた。

その理由としては七草八幡とアンジー・シリウスとの戦闘はシリウスの敗北に終わり急ぎ回収を進めようとしていた臨時本部は謎の少女四名に制圧されて拉致、確保に向かっていた部隊員も同じく”偶々”日本海近海を航行していた軍艦へ放り込まれシージャックされてなおかつ動力部を破壊され日本の国防軍に保護される失態を晒しバランス大佐の経歴と矜持に大きなキズを付けた。

が、日本に駐在しているUSNA大使館の官僚からはお咎め無しだった。

今回の醜態を晒したのはバランス大佐だけでなく臨時作戦本部の護衛を務めていた特殊部隊とシージャックされた海軍も多大なダメージを受けていた。

 

しかし其よりも大きな問題が起こっておりUSNA最強の魔法師であるアンジー・シリウスがターゲットである七草八幡に二度の敗北を晒してしまったことが大きな問題であった。

そしてシリウスは対峙していた七草八幡から拉致されそして最重要機密である【ブリオネイク】を奪取されてしまっていた。

もう長いこと連絡が取れていない。

恐らくは七草家に囚われているのかもしれないがその足取りは追えておらず無理に襲撃を仕掛けるのは国際問題に発展しかねない事態だった。

 

シリウスが身柄を確保されてしまうなどと失態以外の何者でもなく参謀本部からの叱責以上の事は免れないだろうな、とバランスは疲れきった表情に乾いた笑いを浮かべていた。

其はリーナのお付き人であるシルヴィア准尉も思わず「大丈夫ですか?」と声を掛けて「ああ。」と短く返すしか出来ないほど疲弊していたのは明らかだった。

再びソファーへ沈み込むバランスの体は今の精神状態を表しているようだった。

ふと、マンションのインターホンが鳴っていることに気がついたシルヴィアが対応をしていた。

その彼女が息を飲む音も聞こえていた。

 

「失礼しますっ。」

 

「入れ。」

 

ソファーの上で姿勢を正していつもの威厳ある声色で入室の許可をするバランス。

入室を乞うシルヴィアは居間の扉を丁寧に開け閉め敬礼した。

その声は動揺の色に染まっていた。

 

「何事だ。」

 

「アンジー・シリウス少佐が…戻られました。」

 

「何だと…!?ここに来ているのか?」

 

「はい。インターホン越しでしたが確かにシリウス少佐のお姿を…。」

 

戻ったことに対してよく戻ってきた、と思いがあったがすぐさま別の事が脳裏をよぎる。

そもそもにおいて今滞在しているこの場所を秘密にされている。それはシリウス少佐も例外ではない。

つまりは外部の人間がこの場所を探しだして訪問しに来ている、ということを理解した。

 

「通せ。」

 

「はっ」

 

どう説明しようか迷っている下士官を見たバランスは見かねて指示を出し招き入れることしてシルヴィアは居間へ通すように命じると敬礼し付近のドアを開けた。

 

「入ります。」

 

そう言って入室してきた人物に視線を向けるとアンジー・シリウス少佐本人であることが分かる。

その服装は作戦当時のままだ。

 

「少佐…無事で何よりだ。今まで何処に?」

 

「はっ!恥ずかしながら先日の作戦の際にターゲットに敗北し捕えられておりました。それと…バランス大佐に客人をお連れいたしました。」

 

そこには柔和な笑みを浮かべる長身で強靭な体躯を備える金髪碧眼の少年が上下黒のジャケットとスラックス姿でバランスを見つめている。その眼は笑っていないように見えてバランスは無気味に思えた。

その少年の背後にいる少女らしき人物は姿は近辺の高校の制服を着用していたが目元から下は全て覆われた特殊な近代的な機械的なマスクを着けている。

その少女は少年の背後に立っているので護衛なのだろう。

一人の人物だけを指して問いただした。

 

「シリウス少佐…その少年は何者だ?」

 

リーナと呼ばずに階級と官性名で呼ぶのはもう手遅れだと判断したからだ。

 

「はっ!彼の名前は…。」

 

リーナが紹介をしようとしたタイミングでその背後から前で出て自己紹介をするために少年が口を開く。

 

「ご紹介に賜り光栄の極み…お初にお目にかかりますヴァージニア・バランス大佐。私は…。」

 

「なっ…!?」

 

「ええっ!?」

 

そう言って指を鳴らすと少年の輪郭が歪む。

 

「私は七草家、七草八幡です。」

 

歪みが消え去った瞬間に金髪は黒髪に柔和なきごちない笑みではなくよそ行きの顔つきへと変化した。

突如現れた八幡に驚くバランスだったが平常を保ち声を掛ける。

 

「USNA軍統合参謀本部大佐、ヴァージニア・バランス大佐です。…失礼だが用件を一つ訪ねたいのですが。」

 

「何でしょうか?」

 

「君は…本当にあの七草八幡か?」

 

「ええ。貴女方が昨日私を”ダークマター”と仮呼称しアンジーシリウスをけしかけ拉致または誘拐を企てようとしてたそのターゲットである七草家の《七草八幡》で相違無いです。」

 

そう問われていた八幡は苦笑しながら肩を竦める。

そのリアクションにシルヴィアは絶句しリーナは頭を押さえバランスはいたって真面目な表情を浮かべる。

秘密裏のセーフハウスにリーナがあまつさえターゲットの人物を連れてきたこと思考することを一瞬放棄しそうになったが直ぐ様驚愕しているシルヴィアに指示を出した。

 

「准尉。Mr.ハチマンにお茶のご用意を。それに私と少佐の分を。」

 

「…は、はいっ畏まりましたっ。」

 

バランスはここは来訪した八幡を客人として迎え入れる事にした。

 

「あ、つまらないものですが…。」

 

キッチンへ向かおうとしたタイミングで何処かから取り出した高級そうな包装がされた小さな小箱を手渡されたシルヴィアは。

 

「あ、はい。ご丁寧にどうもありがとうございます。こちらは?」

 

「東京名物マッ缶ラングドシャです。」

 

「い、頂きますね…?(本当にマッ缶が好きなのね彼は…リーナにからは聞いていたけども…。)」

 

手渡した後にソファーまで戻った八幡にバランスは対面のソファーへ座るように促し八幡は「失礼します」と一言告げて着席し”休め”のポーズをしていたがバランスに促され隣へ着席した。

シルヴィアは八幡に日本茶とバランスとリーナへは紅茶を置いてそのままリーナの背後に立ち八幡の背後には佐織が立ち待機している。

 

八幡から口を開いた。

 

「私がここに訪れたのはこちらと少佐をお返しするためです。」

 

八幡がリーナに視線を向けた後に後ろにいる佐織に合図を出すと頷いて大きなアタッシュケースを手渡した。

 

「【ブリオネイク】…。」

 

バランスが呟くとテーブルの上に置かれたアタッシュケースのなかに入っていたのはアンジー・シリウス専用の装備の姿があった。

 

「ああ。ご安心を。リーナも【ブリオネイク】も手を触れていませんので。」

 

バランスは双方を確認し頷いた。

 

「確かに我が軍の兵士であるアンジー・シリウス少佐とこちらの装備はお預かりした。…だがそれだけのためにここにいらっしゃったわけではないですね?」

 

「ええ。もちろんです。私はバランス大佐にお願いがあってお邪魔させていただいているので。」

 

互いにシルヴィアが淹れたまだ温かいお茶を一口つけた。

八幡が一息吐いてその内容を説明し始めた。

 

「今現在この東京にて発生している《吸血鬼事件》に関しての事件解明のためにそちらのアンジェリーナ・クドウ・シールズさんの人員貸し出しを願いたいのです。」

 

「それは…どう言った意味で?」

 

「言葉の通りの意味ですよ。彼女は優秀ですから。私の部下にしたいくらいには。」

 

「…。」

 

リーナはその言葉に顔を俯かせていた。

そのアクションにバランスは反応し鋭い視線が八幡に届くが何処吹く風で軽く受け流し続く言葉を説明する。

 

「そちらでは《デーモン》でしたか?まぁこちらでは《パラサイト》と呼称して精神憑依体に乗っ取られた《吸血鬼》が暴れて相当な被害が出ているんですよ。その犠牲者に当家の関係者の魔法師もおりましてね…しかし、その《パラサイト》に対抗するために術式を開発しているのですが…如何せん直ぐに逃げられてしまうのでなかなかサンプルが手に入らないんですよ。…それにそちらも様々な”問題”を抱えているようですし?」

 

そう告げるとバランスの眉間にシワが寄ったのを八幡は見逃さなかった。

 

「貴方は本当に高校生なのですか?サエグサ家にいるとは言えその行動力と思考…ニホンの高校生、というのは恐ろしい。そして我が軍のエースであるシリウス少佐が一度貴方に遅れを取り二度目は敗北した…というのも頷ける気がします。それにシリウス少佐も貴方にライバル意識と同時に信頼を得ている様子…正直このままではサエグサ…いや貴方に引き抜かれてしまいそうだと懸念しています。」

 

「俺は何処にでもいる普通の魔法科高校に通う一般的な男子高校生ですよ。家柄は少し特別ですけどね?リーナとはクラスメイトで気の置けない友人…多少男として彼女に特別な想い(マッ缶仲間の意識)を持っているだけです。そもそもリーナの正体を知ったのは昨日でした。それにリーナは…魅力的ですので。」

 

八幡は「よくもまぁこんな歯の浮くような台詞がすらすらと出てくるもんだ…」と自分に呆れていたが真面目モードに入っていたので仕方がなかった。

 

そして言葉足らずの解説にリーナとシルヴィアも含めバランスは思わず戸惑いを見せたが直ぐ様立ち直り確認した。

 

「そ、そうですか…。では貴方はシリウス少佐を懐柔する意思はなくただただ《吸血鬼事件》解決のための手助けをして欲しい、そう言う認識でいいですね?」

 

「ええ。関東は七草の管轄…正直にもうしますと余所者に荒らされたくない、と当主が懸念しておりますので息子の私が動いて手を借りる分には問題ありませんので。改めて言いますが私はあくまでもアンジェリーナ・クドウ・シールズさんに協力を求めています。USNAの魔法師”アンジー・シリウス”なる人物は私は存じ上げません。ええ。あくまでも第一高校1-Aの交換留学生のクラスメイトのリーナにお願いをしているだけです。」

 

「八幡…。」

 

きっぱりと言いきった八幡にリーナは視線を向ける。

 

「分かりました…その件については前向きに熟考させていただきたい。しかし、シリウス少佐が…貴方の前で言うことではないが二度の敗退を結果で示し”シリウス”の名に泥を塗った…それに【ブリオネイク】を奪われるという失態。それに関しての厳罰があると思ってください。」

 

わざわざ目の前でその事を告げたのは”補填”をして欲しいと言うことなのだろうか?と八幡は深読みしてしまった。

 

「バランス大佐。その事なんですが…。」

 

「何でしょうか?」

 

「その処罰少し待ってくださいませんか?」

 

八幡は考え抜いた上で双方ともに納得できる”解決案”を提示した。

 

「私と…取引をしませんか?双方が利益を得る取引を。」

 

そう問いかけるとバランスは再び八幡へ向き直る。

 

「それはどう言ったことですか?」

 

「恐らくはこの事件貴国で行った実験で《パラサイト》の呼び水が出来上がってしまった…今後もこの東京のような事件…脱走兵が発生しないとも限りません。そこで私はリーナだけじゃなくてバランス大佐…貴女との関係、協力関係を作っておきたいんですよ。」

 

一度八幡はバランスを見て反応を確認する。

告げた言葉に思うところがあったのか食いつき催促をしてきた。

 

「続けてください。それでその内容というのは?」

 

「ありがとうございます。先ほども申し上げましたが私も対抗術式の開発を行っている、との話をしていたと思いますが如何せんサンプルが手に入らない…そこで協力をすることで何度も《パラサイト》…《吸血鬼》と遭遇する可能性が大きく有ります。そうすれば今は基礎まで完成している対抗術式を完成させることが出来る…それに私とリーナが接触し敗退したのは東京を拠点に活動する”七草家”が知りうる情報を入手するためだった、ということにすれば貴女もリーナも責任も問われることはないと思います。」

 

「なるほど…。」

 

「それに個人的に私がバランス大佐とリーナに対してパイプを作っておきたい…バランス大佐も日本に置ける協力者で”七草家”とのパイプが作れる。どうでしょう?」

 

「八幡それは…!」

 

立ち上がろうとしていたリーナを視線で黙らせて追撃を仕掛ける。

 

「何でしたらこの対抗術式のデータをバランス大佐名義でお渡ししても良いです。どうですか?得しかない”取引”だと思いますが?」

 

バランスは思案する。

現状現場での動きはほぼ封殺されてしまっていると言って良い。

昨日の軍艦占拠に仮指令基地は押さえられ日本政府からUSNAへ圧力が掛かってしまっている状況で第一優先である「灼熱と漆黒のハロウィン」の容疑者を断定できていない状況で尻尾を巻いて逃げることは出来なかった。

それに八幡が言うとおり《パラサイト》の脅威が完全に取り除かれる、と言うのが約束されたわけではないのでその申し出は非常に魅力的…そもそもに置いて《ダークマター》の容疑者である人物がリーナを庇い立てるような言動をしていることに脳がフリーズしそうになるが先の言葉を聞いて容疑者がリーナに特別な好意を抱いているのだと判断しならば利用させてもらおうと佐官としての本能が騒いだ。

 

…八幡がリーナに特別な好意を抱いている、というのは別ベクトルで間違っているのだが訂正できる者はいない。

 

そして本国に自分のメンツと首、部下の進退が掛かっていること日本の十師族”七草家”とその”息子”とパイプが個人的に持てる、と思えばこの八幡が提示した取引は甘い蜜のように魅惑的であった。

 

八幡は妹や姉を守るためや親友を守りたいためにこのような提案を出していた。

リーナとマッ缶仲間を続けたいのも多少は存在する。

そう”自分自身”の為に活動している、と言っても過言ではない。

 

そう判断したバランスは返答を出した。

 

「分かりました。その取引を飲ませていただきます。しかし。」

 

「ああ。リーナの正体ですが?大丈夫です。言いふらしたりも彼女が不利になるようなことはさせません。誓約書でも書きましょうか?」

 

「あ、いえ大丈夫です。これほどの条件を持ち出す貴方にそれは失礼だ。」

 

「いえ。こちらこそ学生の身分で差し出がましい交渉をお許しを。」

 

「有意義な交渉でした。Mr.ハチマン。」

 

「…こちらこそ。」

 

「ふふっ…。」

 

こうしてハチマンはリーナの上司であるバランスに協力を取り付けた。

両者互いにソファーから立ち上がりバランスから握手を差し出す。

一瞬戸惑ってしまった八幡だったが迷うこと無くバランスの手を取って握手に応じた。

言動は大人のようなのに子供らしいその反応にバランスは自然に笑みを溢し「お姉さん」といったような雰囲気を醸し出していた。

 

「少佐。Mr.ハチマンと護衛の方を玄関までお送りして差し上げなさい。」

 

「はっ!」

 

暫くして八幡と護衛の少女とリーナが居間から立ち去った後にバランスは今までに無い疲労を感じソファーに腰を深く沈めた。

 

「お疲れさまです大佐。」

 

「ああ。すまないなシルヴィア准尉…君は七草の息子を見てどう思った。」

 

「とても高校生には思えない手腕でした…流石は謀略に長け”万能”の二つ名を欲しいままにする魔法師の一家の少年…と言ったところでしたが…まさかリーナ…いやシリウス少佐に”特別な感情を抱いている”と小官と大佐の前で言うとは思いませんでした。」

 

「シリウス少佐で彼を籠絡してUSNA側に取り込むことが出来れば…いや彼女にはまだ早いか…?」

 

思案し八幡を取り込もうと思ったがリーナにはまだ早いとバランスは親のような気持ちになっていた。

その様子を見てシルヴィアは苦笑していた。

 

◆ ◆ ◆

 

「ねぇ八幡?」

 

「あ?」

 

俺はバランス大佐のマンションから出て入り口付近でリーナに声を掛けられていた。

ちなみに佐織はさっさと帰ってしまった…ってあいつ俺の護衛の筈だよな?

 

「どうしてあんなことを…?」

 

「ああ。あれね…まぁ…”俺の精神衛生上”に必須だったってだけだ。」

 

「なによそれ。」

 

呆れたような表情を浮かべていたが少し嬉しそうなのが気になったが掘り返すことはしない。

地雷臭がしたからだ。

 

「良いんだよ。俺の理念みたいなもんだかから。んじゃそろそろ帰るわ…お前もシャワー浴びたいだろうし。たぶん匂うぞ俺たち?」

 

「ちょっ!?レディに向かってなんてこと言うのよ!デリカシーがないわね八幡。」

 

「俺に女心を分かれ、って言うのが難易度EXTREMEだからな?無理だぞ?」

 

「……。」

 

俺は踵を返してマンションのエントランスから歩き出すと再び引き留められた。

声ではなく物理で。

 

「あ、おいあぶねぇな…リーナ?」

 

「…ありがとう。」

 

「へっ?」

 

俺の背中に突撃してきたリーナの顔を見ることは出来ない。

ただ…まぁその声色涙声で妙に嬉しそうな感じだったのは俺の気のせいではないと思いたい。

 



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冬にやる肝試しも乙だよな

リーナとバランス大佐との交渉を終えて自宅へ戻ると玄関で姉さんがニコニコで待ち構えていた。

そのあまりの迫力に玄関のホールに足を踏み入れた瞬間に後ろに踵が敷居を跨いでいたが俺の腕を絡めとり密着して耳元で囁かれた。

 

「八くん?いったい何処に行っていたのかな?」

 

「いやリーナを自宅に送り返して来ただけなんだが?」

 

そもそも移動指揮車で俺のことモニターしてましたよね、と突っ込みたかったが姉さん的にはそれは問題ではないらしい。

 

「ええ。見てたわよ?マンションから出てきた時にリーナさんに背中から抱きつかれてたわね。」

 

ギクッ。

 

「いやぁ…あれはリーナが感極まって…なんでそうなったんだっけ?」

 

「はぁ…八くんいい加減にしないと刺されるわよ?」

 

いつの間にか俺は姉さんに連れられて自室へと来てきた。

ドアを開けて入室し姉さんと一緒にベッドに腰かけた。

 

「それで…どうなったの?」

 

どうなったの?と言うのはバランス大佐との会談の事だろう。

 

「ああ。上手く行ったよ。バランス大佐と話してリーナを貸し出してもらうことになった。それにバランス大佐本人ともコネが作れた。」

 

「八くんがどんどんとお父さんみたいな謀略キャラになっていく…。」

 

「いやいや父さんみたいにいつどんなタイミングで起爆出来る策の用意は流石の俺でも…父さんレベルまでは無理だって…。」

 

そこまで話し交渉した内容を姉さんに伝えた。

が、姉さんはリーナを貸し出すときのくだりを話すと途端に不機嫌になったのはなんで?

 

「八くん?」

 

「いやいや普通にマッ缶を愛飲する仲間が居なくなるのは寂しい、ってだけだって」

 

「え?」

 

「あ?」

 

一瞬時が止まった気がした。

姉さんがぽそり、と呟く。

 

「…八くん?」

 

「ん?」

 

「シールズさんに刺されてもお姉ちゃんは助けてあげないからね?」

 

唐突な放棄に俺は「なんで…?」となるしかなかった。

 

◆ ◆ ◆

 

そして次の日。

俺は名倉さんに頼んで裏交渉したピクシーを連れ出そうと考えたのだが…。

 

「メイド服姿のまま構内を連れ回すのはなあ…。」

 

遊ぶためではなく《パラサイト》関連のことを訊問するために空き教室を使って行おうと思ったのだがそのままでは俺がお人形あそびをしている変態になってしまうためこのまま連れ出すのは却下だ。

 

「だからってワタシのスペアの制服を使うこと無いじゃない…!」

 

「仕方ねぇだろ。」

 

「最初は『リーナの制服貸してくれ』って聞いたときは思わず憲兵を呼びそうになったわ。」

 

「だから『余ってるスペアの制服貸してくれ』って言っただろうが…。」

 

と言うわけで俺はリーナに未使用の女子制服を借り受け着替えさせた。

俺が改造しているせいか身体の骨格は普通の女子生徒と変わらずリーナの制服を着用させても問題なく着れており一般生徒が通り掛かっても女子高生にしか見えないのは俺が手を加えすぎているせいだろう。

着替えさせるときにリーナにも手伝って貰ったがなんとも言えない顔で俺を見ていた。

余談だが改造しすぎたせいで遠目から見ると”少女の体にしか見えなくなっていた”ピクシーの体を見ながら着替えをさせてもそんな気は1ミリも思わなかった、と言うことをここに記しておこうと思う。

リーナからはすごい目で見られたけどな!

 

そんなこんなでピクシーとリーナを連れて空き教室に入り鍵を閉めて遮音フィールドを形成し訊問を開始した。

どうして人間に取り憑くのか、お前達は何が出来るのか?という確認のためだ。

ピクシーを窓際に立たせて俺とリーナが距離を置いて見つめるように立っている。

 

「それじゃあピクシー質問に答えてくれ。」

 

『畏まりました。』

 

「それじゃあ先ずは…。」

 

ピクシーへ質問をすると答えてくれた。

犠牲者には傷がないのに血が抜かれているその理由を。

ここで説明すると長くなるのでかい摘まんで説明すると《パラサイト》は自身の一部を切り離し人間に植え付けその際に肉体の変容を促すために変換される…これが外傷の無い猟奇事件の原因だった。

 

『肉体の浸透が完了すればその情報体の幽体も把握することが出来ます。』

 

「実体と情報体への相互作用…なるほど魔法と一緒だな。ピクシー続けてくれ。」

 

『はい。幽体は情報体への通路であります。幽体を経て適合する肉体の精神体へアクセスをして一体化出切れば増殖は完了します…がその成功例はありません。』

 

「なんでそう言いきれる?」

 

『不明です。…私もその理由を知りたいのです。何故か光井ほのかの想い(その想い)だけが失われずに、ここに残っている。』

 

そう言ってピクシーは燃料容器…心臓部分を指差す。

 

「そうか…この国にあと何体のパラサイト…同類がいるか分かるか?」

 

『このボディに宿るのも含めて八体のパラサイトが確認できます。』

 

リーナが口を挟む。

 

「その個体との交信は可能なの?」

 

『はい。』

 

「交信が可能な範囲は?」

 

『国境の内側であれば交信可能です。』

 

(いや、広すぎんだろ。)(いや、広すぎでしょ…?)

 

「そ、そう…他のパラサイトの居場所は分かる?」

 

そうリーナが問いかけると滑らかに首を横に振って否定した。

 

『いえ、このボディにはいってからは通信が途絶しています。』

 

今度は俺が質問した。

 

「そう言えばお前達の中に指揮官らしいものはいるのか?」

 

『我々に指揮命令権はありません。』

 

指揮命令権が無い…?つまりは個人で活動しているということだろうか…?

 

「どうやって組織的なものを維持…集団で人間を襲っていたんだ?」

 

『我々は個別の思考能力を持ちながら個人の意識を共有しています。生命体を宿主にしたことでもっとも根元的な欲求…生存と自己複製が共有する意識の中で統合され我々の行動を決定づけていましたそれがマスターには組織的な行動に感じられたのだと思います。』

 

その事を聞いて俺は少し疑問に思った。

仲間が人間に寄生しているのであれば今のピクシーは人間ではなくロボット…それでは”異物”として処理させれてしまうのではないかと。

 

「ピクシー。」

 

『はい。』

 

「それだとお前がロボットに憑依した”異物”だと仲間から排除されるんじゃないか?」

 

そう問いかけると変わらぬ表情で答えてくれた。

 

『我々に”排除”という欲求はありません。ただ…。』

 

「ただ?」

 

『私が彼らの目的を妨げる障害物、と判断された場合優先的に攻撃を仕掛けてくる可能性は大いにあります。』

 

「そうか…さっきはこの入れ物に入ったことで仲間の存在を関知できない、といってたけど完全に関知できないのか?」

 

『相手の活性が高まっている状態ならば恐らく感知可能です。逆に言えば現在の私はある程度まで接近されれば感知される状態に有ります。』

 

「なるほどな…。」「なるほど…。」

 

俺とリーナは二人してピクシーの返答を聞いて頷いた。

 

「よし、ピクシー。ガレージに戻って制服からメイド服に着替えてくれ。また後で指示を出すからスリープ状態で待機していてくれるか?」

 

『畏まりました。ご命令をお待ちしております。』

 

そろそろ昼時間も間近になってきたのでピクシーに指示を出して一人でガレージに戻るように指示を出す。

身体の柔軟さは人間と同じなので一人で着替え出来る筈だし通り掛かった生徒も分からないだろうしな。

 

そうやって指示して空き教室から二人で退出した。

 

「ねぇ八幡?」

 

「ん?」

 

「ピクシーが言うには彼らは生命体として歩調を合わせているのよね?」

 

「ああ。」

 

「それだとピクシーがその欲求から外れてしまった”同族外”になってしまったのよね?」

 

「そうだな…それだと奴らはきっとピクシーの存在を感知して機械、という入れ物に入ってしまった彼女を取り戻しに来るだろうな。」

 

「と、言うと?」

 

「ピクシーには悪いが…連中を生け捕りさせて貰う”撒き餌”になって貰うとしよう。」

 

「…悪い顔してるわよ八幡。」

 

「…企み顔と言ってくれよ。」

 

俺とリーナは連れだって売店へ向かう。このままでは昼食無しで残りの二限を乗り越えなくてはならないからな。

 

◆ ◆ ◆

 

「夜間入校許可証ですか?」

 

「はい。直近で3HPー94(ピクシー)が異常な行動を続けているので監視しようかと思いまして。俺とリーナの分をお願いします。」

 

放課後俺はリーナを生徒会室に送り届けるついでに中条先輩に夜間入校許可証を取りに来ていた。

 

「え、シールズさんもですか?」

 

中条先輩の疑問ももっともだがリーナは上手く誤魔化してくれた。

 

「ええ。ワタシも臨時とはいえ生徒会役員の一人です。取り憑いているのが魔の者ですから八幡一人では危険だと思いますので。」

 

中条先輩は後輩が率先して問題解決に動くという自主性に感動していた。

本当に申し訳ない…。

 

「分かりました!それではー。」

 

とその承認に待ったを掛けた人物がいた。

 

「わたしも同行いたしますのでわたしの分も承認お願い致します。」

 

スッと俺のとなりに深雪さまがエントリー…そして連続のエントリーが発生した。

 

「は、はいっ!私もいきますっ!」

 

「は?あ、いや俺とリーナだけで…。」

 

「パラサイトが宿ったロボットを見張るだなんて危険です!…そ、それに夜中にお、女の子と一緒だなんて…」

 

「いや、それを言ったらほのかも深雪もなんだけど?」

 

「と、ともかくです!それを言ったらリーナもじゃないですかっ(うぅ…あの子(ピクシー)が何を言うか分からないじゃない!…それに夜中にリーナと一緒だなんて…最近妙に仲が良いし…そ、その”間違い”が起こっちゃうかも知れないじゃないっ…!)」

 

なんか顔が赤いんだけど…どうしたんだろうか。

 

「ほのかの言うとおりです。」

 

深雪の目のハイライトが消えた。

 

「八幡さんといえども相手は魔の者」

 

にっこりと笑うがその笑みは全てを凍りつかせる冷徹な微笑。

 

「万が一に備えてリーナだけでは不安ですのでわたしたちもサポート致します。」

 

その微笑を浮かべながら俺へずいっと近づく深雪の微笑は俺の背筋を凍らせるのに十分すぎるほどの威圧感だった。

 

「良いですよね?会長。リ ー ナ に 八 幡 さ ん ?」

 

そう問い詰められてブルブルと震えて縮こまる中条先輩。

 

「ハ、ハイワタシモソレガイイトオモイマス…!」

 

「お、おう…。」

 

「え、ええそうね…。」

 

「お兄様も一緒に参りますので心配はご無用です。」

 

俺とリーナは顔を見合わせて深雪の気迫に気圧されていた。

あんまりリーナの戦闘を見られたくないんだが…下手に断るのは逆に疑われる可能性が合ったのでその要求を受け入れるしかなかった。

 

◆ ◆ ◆

 

午後七時。

校内は夜の帳が落ちており明かりもかなり少なく見るものによっては不気味に思えるだろう。

本来であれば当直の先生だったり学校の警備員、そして学内システムのエンジニアこれに含めて生徒会が認めた生徒だけが立ち入りを許されるのだった。

そもそもにおいてなんでこんな面倒な事を採用した、というと姉さんが発案したことらしい。

これには七草の家の思惑があるようだが正直利用する側はどうでも良いだろうし第一高校が魔法師を育成する教育機関なので過剰なまでの警備は必要だろうというのが一般から見た認識だった。

 

一旦俺は家に戻り夜間徘徊用の上下黒尽くめのライダーススーツにマグポーチにCADを突っ込んで手には荷物を突っ込んだボストンバックを持っている。

隣にはリーナと達也、その後ろに深雪とほのかが立っている。

夜間に活動するので本当なら二人が好ましかったが過ぎたことは仕方ないと通用口の守衛に中条先輩から貰った夜間入校許可証の認証コードを打ち込むと其々のIDカードを受けとる。

四枚目を深雪、五枚目をほのかに渡すと嬉しそうな顔を浮かべていたので言い掛けた言葉が心の中で霧散してしまうほど嬉しそうな笑みだったのだ。

達也に視線を向けると「許してやってくれ」と言わんばかりの回答だったので俺は振り向いて溜め息をついた。

 

一応夜間の学校に来てはいるがルールで”学校に来る場合は休日であっても制服を着用しろ”と定められているが夜間はその限りではない。

高校生で子供であるのだから制服を着て深夜徘徊するな、と暗黙のルールでありそれに則って俺を始めリーナは黒のジャケットにスキニーパンツにブーツ、色素の薄いサングラスにベレー帽を身に付け…とちょっとセクシーでかっこいいの止めろお前。

 

「似合う?」

 

「似合うけど遊びに行く訳じゃないんだが?」

 

達也と深雪も其々黒のブルゾンにカーゴパンツ、ハーフコートにストレッチパンツにブーツ…まるで俺たちは某探偵漫画の犯人役のように怪しかった…が。

 

「ホノカ?貴女お家に帰らなかったの?」

 

リーナがほのかの格好を見て俺が…いや俺たちが思っていることを代弁してくれた。

ほのかの格好は白のトレンチコートにその下は第一高校の指定制服…夕方と同じ格好だった。

 

「えっ?う、うん。一度家に戻ったけど…も、もしかして制服のままじゃ不味かったんですか?」

 

そう言って不安そうに俺を見つめるほのか。

俺は頷いた。

 

「ああ。ちょっとな…これから行うことに少し…いやかなり都合が悪いかも。」

 

「ねぇ八幡。」

 

「あん?」

 

「ホノカのお家…ってここから近いのかしら?ピクシーを拾った後に時間はまだあるし着替えに戻ったら良いんじゃない?」

 

リーナの言うことも確かでまだ時間はあるしここでピクシーを連れていった方がここに再び寄らなくても済む。

駅も近いので一石二鳥かもな。

それに深雪と達也が頷いて賛同した。

 

「まぁ邪魔するには遅い時間だし…ほのかが着替える間俺たちは待っていれば良いか…それでほのかも大丈夫か?」

 

「は、はいっお時間が頂戴できるなら是非上がっていってくださいっ」

 

「え?あ、でもそれだと悪いだろ?」

 

「是非っ!」

 

「お、おう…?」

 

ズイっと顔を近づけて嬉々とした表情で俺を見つめるほのかをジト目で見つめるリーナと深雪の視線が痛かった。

あと達也が呆れた表情をしていたのがちょっとムカついた。

そんなやり取りを終えてピクシーがいるロボ研のガレージに到着して内部でロックを掛けているピクシーに指示を出した。

 

音声…ではあるが無声で《次元解放(ディメンジョンオーバー)》のゲートを通してのある種の知覚されない暗号通信を直接送ってピクシーを呼び出す。

 

(ピクシー。開けてくれ。)

 

(畏まりました。)

 

返事があって直ぐ様セキュリティーにより制御された扉は直ぐ様開かれてピクシーがメイドの挨拶をして出迎えてくれた。

端から見ると俺が改造しすぎたせいで本当に端正な顔立ちの人間にしか見えないな…。

顔をあげると嬉しそうな表情を浮かべているから尚更だった。

 

「ピクシー。これから出掛けるからこれに着替えてくれないか?」

 

俺はボストンバックをピクシーに差し出すと丁寧に両手で受けとり地面にバックを下ろしジッパーを開く。

流石に夜中にメイド服姿で連れ回すのも制服姿で連れ回すのも当然ながらNGなので俺たちが校内に入り込んでいるルールに則って着替えさせることを思い付いた。

俺が女性モノの衣類を用意するのは差程難しくない。

家人にはメイドや妹達もいるので手にすることは簡単だ……それの用途を説明するのは精神がごりごり削られたが。

ボストンバックから取り出したのは緑色のコートにベージュのタートルネック、それにチェック柄のスカートに黒タイツにブーツ…東京の夜の街にいても不思議でないコーディネイトを用意した。

こくり、と頷いてピクシーはバルンスリーブのメイド服のワンピースを脱ぎ始めた。

 

うん、めちゃくちゃ滑らかに動くな…駆動系のモーターの反応速度を変更したお陰だな。

それに腕の可動域も内部骨格を分割方式にして人体に近い形にしてるから腕をあげたときにぎこちなくなってないな。それに下半身も機械部分が露出しないように人工皮膚(スキン)を被せてあるので女体に近い形だ。

まぁ博士に比べたら俺の造形レベルなんて小学生みたいなもんだ。

 

 

と、思っていたら突然俺の視界が真っ黒になった。停電でも起こったのか?と思ったが違ったらしい。

 

 

「は、八幡さんっ!?何を平然と見られているんですっ!?」

 

どうやらいつのまにか背後に回り込んでいた深雪に「だーれだっ?」状態されていたらしい。

 

「…は?平然と…ってピクシーはロボットだろ?」

 

「ロボットでも女の子ですよっ!?」

 

「いやピクシーは普通のロボットだろう…と思ったが確かに市販のピクシーとは…ってかなり手が入ってるな八幡…これは流石の俺も…不安になるぞ?」

 

「お、お兄様もじろじろと見ないでくださいっ」

 

達也の言うようにピクシーはロボットだ。

悪いが俺はお人形で性的な興奮を覚えるほど変態じゃないしピクシーを改造したのだって技術屋的な側面と…あれだプラモデルを作るときにすげーギミックを入れたくなる、そんな感じのあれだ。

俺がもしそう言うのを作るんなら…いや、この話しは止めておこう…あり得ないことだからな。

 

「と、ともかくですっ八幡さんと達也さんは後ろを向いていてくださいっ!」

 

「そうです!リーナもガードしてください。」

 

「はぁ…分かったわ。二人ともスケベね。」

 

「おいふざけんなリーナぁ!」

 

「その言われ無き風評被害、断固辞退させて貰おう。」

 

俺と達也は二人して後ろを振り向かせられて待つこと数分。

 

「はい、もう大丈夫よ二人とも。」

 

リーナの呼び掛けで振り返るとそこには冬のコーデに身を包んだどっからどう見ても人間にしか見えないピクシーの姿が。

しかし、それだけでは偽装は出来ないので俺はボストンバックのそばに近づいて中に入っていた最後の装備品を取り出しピクシーに装着する。

 

「これでよし、と…。良いぞ。」

 

『ありがとうございます。マスター。』

 

耳部分がセンサーになっているので隠す必要があった。

なので白のポンポンがついたイヤーマフを装備させた。

こうすれば完全に職質を受けても問題なさそうだ。

 

「よし。ピクシーついてきてくれ」

 

そうして俺たちはピクシーを連れてほのかのマンションへ向かうことになった。

 

◆ ◆ ◆

 

「そう言えばだけど八幡。これから何処へ向かうの?」

 

ほのかの着替えをするためにマンションに立ち寄ってお茶を頂きそこから出て大型のキャビネットに六人?が乗ったタイミングでリーナから声を掛けられた。

ああ、そう言えば言ってなかったか。

 

「青山だよ青山霊園。」

 

「どうしてそこなんだ?」

 

達也が何故?とその通りのままの意味で問いかけて来ると深雪が感づいたようだ。

 

「季節外れの肝試し…?…なるほど、お化けはそう言うところに出る、と言うことですね?」

 

「お、流石深雪だな。察しが良いな。」

 

深雪の推論を肯定するとその表情は嬉しそうに微笑を浮かべていた。

 

搭乗していたキャビネットが青山の駅に到着し降車して地上に降りるエレベーターに乗り込むとほのかが声を掛けてきた。

 

「あれ?でも八幡さんその時間でしたら閉園してるんじゃ…。」

 

「中には入れない。だが今から起こす行動は流石に日中じゃ俺たちがお縄になる可能性が高いからな。いくら俺が七草の息子だからって往来で魔法を使うのはな…それにもし遭遇した場合は周りに被害が出る場合がある。それにピクシーを連れていくんだから人の目が無い方がいい。」

 

ピクシーに質問した際に自己増殖を失ってしまっている。

これは他のパラサイトからすれば仲間を次々と殺され数が少なくなっているのだから同胞を助け出すためにこのピクシーの体を破壊してその中身を取り返そうと行動するだろう。

なんでそう思うのかは簡単だ。

 

”彼らが人間、という感情で動く生き物に憑依している”為だ。

 

「まぁ仮に誰かに見咎められたとしてもほのかの魔法でなんとかしてくれるだろ?」

 

「任せてくださいっ!(八幡さんのために覚えた魔法を使用することが出来るわっ。)」

 

自信満々にその大きなものを服越しに揺らしながら胸を張るほのか。

まぁ霊園までのルートは防諜第三課の人達が監視してくれているから警官は出てこない筈だ。

それに魔法を使った場合市街の魔法使用ログに残ってしまうため控えてほしいんだけど。

 

エレベーターを降りると青山駅周辺はひっそりと静まり返っていた。

ほのかが一歩踏み出そうとした瞬間に手をつかむ。

 

「は、八幡さんっ?」

 

「待ってくれ。…駅周辺に警官がいる。」

 

「八幡のところの人間じゃないのか?」

 

達也が質問するが俺は首を振る。

 

「いや、この地点に人員を配備しないようお願いしてた筈なんだが…当地巡回の警官か…?」

 

視線を凝らすと制服警官が魔法感知用のセンサーを持っているのが見てとれた。

こっちに近づいてくるのが見えたので俺がやり過ごそうと考えているとやっぱりというか懸念してたことが起こった。

 

「任せてください八幡さん。」

 

「あ、ちょっとほのか?」

 

俺が制止するのも虚しくほのかはブレスレット型CADを起動させて警官達にかざす。

魔法の起動式が展開されアラームが鳴り終わる前に警官達の意識は暗い泥の中へ沈んでいき崩れ落ちた。

それを見て俺は驚いた。

 

(今のは…精神干渉系統の【邪眼(イビルアイ)】…?)

 

それを見て俺は去年の4月に見たブランシュ首領の魔法を思い出した。

 

(発動スピードが比べ物にならない程早いな…流石ほのかは光のエレメンツ…ってそうじゃねぇ!)

 

俺はほのかの肩を抱いて駆け出した。

 

「は、八幡さん?」

 

「流石だって言いたいところだけど市街で魔法を使うのは不味いっ!ここからさっさとトンズラこくぞ!こいつらの仲間が来ないうちに。」

 

「え、ええっ!?な、なんでですかぁ?」

 

俺は内心で舌打ちをしたが善意でやってくれた少女に苦笑いして「ありがとう」という術しか持っていなかった。

 

◆ ◆ ◆

 

「やれやれ…困ったお嬢さんだわ。市街地監視システムのログに残ったら実刑を免れないのに…。」

 

その場面を見ながら一人の女性が溜め息を吐きながらモニターを弄るのは達也の職場の上司に当たる藤林響子だった。

 

「ほっほっほ。見事な腕前じゃないかね。彼女は確か…《光井ほのか》…だったかね?」

 

複数あるモニターの光源だけで室内を照らし光の届かぬ場所から笑い声と純粋に魔法師の実力を評価する声と共に現れたその発言に藤林は溜め息をもう一度吐きそうになった。

 

「そうですわ。お祖父様。彼女は第一高校所属《光井ほのか》さんです。」

 

藤林の答えに、お祖父様…九島烈は「ふむふむ」と頷いていた。

 

「あの系統を得意として『光井』の名字…彼女は光のエレメンツの系統かね?」

 

「さぁ、そこまでは。調べておきましょうか?」

 

「いやそこまではしなくてもいいよ。」

 

孫娘に問われ人のいい笑みを浮かべながら否定した。

 

「ほっほっほ…それにしても彼は人を惹き付ける特異な才能が在るようだ。彼の周りには優秀で面白い人員が数多い…流石は弘一が次期当主に推薦するだけはある。」

 

画面を見つめる烈の視線はまるで自分の孫を見るような優しい表情だった。

 

「それになんの因果か弟の孫まで彼の周りにいるのは不思議なことだ。彼を九島の勢力に加えるためにリーナを帰化でもさせて婚約者として…。」

 

「お祖父様?」

 

「おお。すまんな。八幡くんが遊びに来てくれぬかのう…それに光宣も彼に会いたがっておったし。」

 

「光宣くんは七草くんのファンでしたものね。」

 

響子は自分の親族を思い出して苦笑していた。

それに何故藤林がこのような証拠隠滅に手を貸しているのかと言えば達也から協力要請があったのと、他に任せるには彼女の仕事人としての魂が燃えていた、ということに他ならない。

そもそも東京が七草の管理地であるならば八幡自体が不用意に魔法を使わない筈だからだ。

それも全てご破算になってしまったがこれも若気の至り、ということで。

 

「類が友を呼ぶのか…この時代に弘一の息子と深夜君の息子が揃うとは…彼らは平穏とは程遠い星の元に生まれたのかもしれないな。」

 

「そうかもしれませんわね。」

 

「ふうむ…それに先程の警官この周辺地域を巡回は弘一の指示で配置されておらん筈だったが…成る程四葉の仕業か。」

 

「四葉が…ですか?」

 

響子が烈へ問いかけると頷いた。

 

「やれやれ…真夜の癇癪も困ったものだな。弘一との確執があるとは言えこのような行動を…下手をするとこの後八幡くん達の邪魔をするかもしれんな。響子。手伝ってやってあげなさい。」

 

「それは…よいのですか?」

 

「構わないよ。大方スポンサーからの仕事と弘一の息子である八幡くんの存在が疎ましいと思ってこのようなことを仕掛けてきておるのだろう。」

 

「分かりました。」

 

響子は先程烈が告げた”類が友を呼ぶ”その中に祖父も含まれているのでは?と言いたくなったがそこまで考え無しではないし元々達也をサポートするためだったので仕事に専念することにした。

 

◆ ◆ ◆

 

 

案の定、というか当たり前だが青山霊園の扉は閉まっていた。

俺たちは霊園を囲う高い塀の周りを六名(多すぎる)で散歩と洒落混んでいた。

 

「それにしても意外だった。」

 

背後で達也とリーナ達が会話をしていた。

 

「意外?何がよタツヤ。」

 

「こんな肝試しに参加することにだ。」

 

「ワタシの知り合いが《吸血鬼》に襲われたのよ。八幡に付いていくのは当然の事だと思うけど?」

 

「本当にそれだけか?」

 

鋭い眼差しがリーナを射貫く。後ろにいる深雪は通常の視線をリーナに向けているがそれは少し険しいものだということが分かった。

 

「何が言いたいの?」

 

達也とリーナがにらみ合いをしているタイミングで少し間を空けて援護した。

 

「俺が頼んだんだ。交換留学で日本に来ての思い出作り、って訳だ。リーナは優秀だから遊ばせておく戦力にするのは勿体無いしな。」

 

俺がそう告げると達也も深雪も一応の納得を見せてくれた。ほのかはあわあわしピクシーはそのやり取りを見守っているだけだ。

 

ナイスタイミングで敵襲を告げた。

 

『マスター。「パラサイト」が三体接近中です。』

 

ピクシーのテレパシーによって俺たちは足を止めて言い合いを止めた。

テレパシーを使うように指示を出したのはパラサイトを呼び寄せるためだ。

テレパシーで伝わるのは俺だけではなく達也や深雪達にも伝わり怯えは見えないけれども動揺は見えない。

リーナに至っては俺と同じく臨戦態勢になっている。

 

俺はレッグホルスターから愛機である漆黒色の拳銃超特化型CAD【フェンリル改】を引き抜き暗闇に突き付けリーナも俺が調整し渡した端末型のCADを手に持つ。

 

達也達は背後を守るように同じく銀色の拳銃特化型を自然に構えて深雪とほのかも其々の得意なCADを準備する。

俺は念のためにリーナに対して”保険”を掛けておいた。

 

その準備が終わると街頭の灯りが無いところからぬるり、と三名が現れた。

その三名は国籍も違えば人種も種族も違う者達。

ただ、それらは一般人とは違い異様な雰囲気を漂わせている。

これが”妖気”というものだろうか、と考え深く感じとっていると俺と近づいてくる人物達の距離は10Mも在るかどうかで立ち止まる。

 

「…っ。」

 

俺のとなりにいたリーナがその姿を見て息を飲んだ。

このタイミングで現れる、とは流石の俺も思っていなかったが”保険”を掛けておいて正解だった。

 

妙な緊張感がこの距離の空気を変えてほのかが息を飲むのも聞こえるほどに静寂した冬の夜に響くがその均衡を壊したのは意外な人物だった。

 

「七草八幡。話がしたい。」

 

意外にも口火を切ったのは三名のうち一歩前に出たガタイの良い男だった。

 

「俺はあんたの事を何て呼べば良い?」

 

「マルテ。」

 

「分かったMr.マルテそれで?俺たちのに何のようだ?」

 

「七草八幡。我々はこれ以上君たちに敵対する意図はない。」

 

敵対する意図…ね。相手は憑依された人間でおおよその人格を利用して話しているのだろうが元有った人格は消滅し《パラサイト》はそれをサルベージし再構築、再利用しているだけに過ぎないのかもな。

魑魅魍魎に丁寧な言葉は必要ないだろう。

 

「あ?抽象的すぎて何を言いたいのか分からんのだが?我々、ってのは誰の事で君達とは誰の事?そもそも敵対ってのは何を指してんだ?其処んところ小学生でも分かるように説明してくれるか?Mr.?」

 

マルテ、と名乗った男は苛立ちを見せているがこれで良い。

紳士ぶった仮面を剥ぎ取ってやる必要がある。

 

「我々、デーモンは君達日本の魔法師に今後敵対行動をするつもりはない。」

 

(”日本の魔法師”…ね。じゃあ他以外は狙うってことか…。)

 

「それで?用件、ってのはそれだけじゃないんだろ?」

 

マルテは俺の背後にいるピクシーを指差してこう告げた。

 

「君達に敵対しないことを約束する代わりに、そのロボットを我々に引き渡して貰いたい。」

 

俺がちらり、と振り返りピクシーを見ると不安そうな表情を浮かべ体をピクリ、と震わせていた。ピクシーは体はロボットだが中に入り込んでいるのは精神生命体…体も人間のように機敏に動くように調整しているから生理的嫌悪感が表すことが出来る。

ピクシーはマルテの発言を聞いてそう表現していた。

 

俺は俺でマルテその発言を聞いて失笑した。

 

「おいおい。お前達がこうして欲しい、って提案してるのに俺たちに要求するのか?そもそも何のために引き渡しを要求して何のためにピクシーを手にするのか…それが分からなければ要求に答えようが無い。」

 

「説明など必要ないと思うが?君達がそのロボットを庇い立てする必要な理由もない筈だ。」

 

「理由の有無はピクシーの所有者である俺が決める。てめーが勝手に決めるんじゃねーよ。」

 

俺がそう答えるとマルテは顔をしかめた。

渋々と不快そうに俺へその理由を告げる。

 

「…そのロボットの中に囚われた同胞を解き放つためだ。」

 

その答えを聞いて俺はわざとらしく首を傾げた。

 

「ロボットが宿主じゃいかんのか?」

 

マルテ…おっさんの表情がさらに険しくなっていくそろそろだな。

 

「君達がどう思っているかは知らないが我々は生物だ。そして相互の繋がりは君達よりもずっと強い。生命でありながら生命でない器に囚われている同胞を、我々が取り戻したいと考えるのは君達には理解できないかな?」

 

理解した振りをした。

このおっさんが言っていたことが

 

「いいや?理解はしてるさ。しかしどうやって取り戻すんだ?」

 

「機体を破壊する。現在の宿主を失えば我々は新たなる宿主に乗り移ることが出来る。」

 

「…だ、そうだ。ピクシー。お前は”俺から離れることを”望むか?」

 

『嫌ですマスター!』

 

明確な否定。

それは俺の方針を決める上で大事なことだった。

もしピクシーが連中の元に戻る、ということならばこの仲間諸とも”始末”をするつもりだったが彼女…?に明確な意思があるのならば俺はそれを尊重しよう…俺はこいつのご主人様(マスター)らしいので。

 

『私は私です。私の望みはマスターの物であること…それが私であり…私を成す中核が他より得られたものだとしても…それを失って自分が自分でなくなるのは嫌です!』

 

そう言ってピクシーはほのかを見ながらそう断言した。

それはテレパシーではなくピクシー本体の声帯マイクから発せられた言葉…決意でありその発言は俺以外のリーナや達也深雪、そしてほのかが聞き届けキュっと口を強く結んだ。

 

「この子のご主人様として頑張らないとね八幡?」

 

リーナがフッ、と微笑んで。

 

「大変だな八幡。」

 

達也も微笑んで。

 

「だそうですよ八幡さん?」

 

深雪の唇に笑みが浮かんだ。

 

おっさんを見ると失望した、と怒りが滲んでいるように見えたがそちらだけが質問をするのは不平等だ、とこちらから今度は質問させて貰う。

 

「こっちの答えはもう既に出ていると思うが…一点聞いても良いか?」

 

「七草八幡…思ったよりも愚かな男のようだ…良いだろう訊きたいことを言ってみろ。」

 

化けの皮が剥がれてきたことに失笑しつつ先程このおっさんが言ったことに突っ込んだ。

 

「何故お前はさっき”魔法師に対して敵対行動をとるつもりはない”って言った?どうして”人間に対して”じゃなくて”魔法師に対して”と言った?」

 

「…回らなくても良い猿知恵ばかり動くな小僧。」

 

「悪いが俺は七草の息子なんでね…悪知恵が回るのはお家柄なのよ。」

 

そう言うと達也達から小さな笑い声が漏れ出ておっさんはさらに苛立ちを高めていた。

だが、其処が問題でない。

 

「それによ…お前達が魔法師に手を出さない、って言っててもよぉ…お前達は既に七草の関係者に手を出してるし俺たちの共通の友人を怪我させてんのよ…それにお前達は招かれざる異邦人でその手を出したことに関して詫びの一言もなく俺の庭で好き勝手に動き回っていやがる…正直言ってお前達はそこいらのウジ虫に劣る行為をする連中に『手を出さないから信じて欲しい』だぁ?それに俺の所有物であるピクシーを差し出せ、ってのは厚顔無恥にも程が有るんだよマヌケが。もっと日本語を勉強してから交渉するんだな。」

 

俺の心に微かな怒りの憤怒の炎がパチリ、と跳ねてそう言って俺は漆黒のCADをおっさん達に突き付ける。

 

「貴様…っ!」

 

「ああ。それとさっきの返答を訊きたいんだってな?良いぜ答えてやるよ。」

 

メガネをクイッと片手で持ち直し悪役もとやかくという表情で告げた。

 

「武器を捨てておとなしくしろ。そうすりゃ痛い目を見なくて済むぞ?今なら楽しい研究所での幸せな実験動物として対パラサイト用の術式開発のための栄誉を得ることが出来るぞ?」

 

「この…人間の犬がっ…!」

 

おっさんがこちらに殺意と敵意をむき出しにしたことで後ろにいた《吸血鬼》達も服の袖からナイフを取り出していたが何やらロープが繋がっているギミック付きだ。

 

「悪ぃけど…俺は魔法師なんでね。」

 

おっさんが起動式の兆候もなく想子のざわめき…事象改変による魔法発動が観測された。

だが、俺はそれよりも早く魔法を発動させる”異能”を持っていることはこいつらが知る由もない。

【詠唱破棄】並びに【二重詠唱】は知覚スピードを越えて魔法の速度発動回数を増やし迫り来る魔法を全て打ち落とす。

《フェンリル改》から発射させた赤熱のビームが敵対者の四肢を容赦無く奪い去って羽を奪われた羽虫のように地面にひっくり返る。

動けないおっさんの体内に眠るパラサイトを無力化するために魔法を選択し狙いを定める。

狙うは”心臓”パラサイトが救う悪魔の居住区に狙いを定め起動式を構築する。

 

対パラサイト用対抗術式霊子弾(スピリット・バレット)が心臓に吸い込まれるように青白い光弾が吸い込まれていく。

 

「……っ!?」

 

心臓に直撃しおっさんは白目を向き心臓を強く押さえ込もうとするがその手が既に無く地面をのたうち回っている。

 

「…っ!……っっ!?…。」

 

のたうち回る事数秒後、〆られた魚のように大きく跳ね返り地面に沈んだ。

 

「八幡っ!」

 

リーナの声を聞いて振り向くとナイフを持った男が俺を刺そうと跳躍魔法を使って俺へ飛びかかろうとしていたがリーナが加重系統の魔法を使って吹き飛ばし達也が手に持った銀色の特化型で発生させた魔法で四肢の腱を撃ち抜き身動きをとれなくさせていた。

達也も達也で対パラサイト用の対抗術式を持ってたようで俺が教えた通り心臓部分を狙い遠当てのようなものを当てると男は海老のように大きく跳ね上がり地面に崩れそうになっていたが反抗の意思を見せたため深雪の魔法によって氷付けにさせられていた。

 

もちろん全ての行動を把握しているので今ほのか達がどんな状況に晒されているのかも分かっている。

残る一人の女吸血鬼がナイフを振り回し盾となっているピクシーが攻撃を受けていた。

次の瞬間に俺は思わず目を見開いた。

 

その予兆は俺でも把握できた。

ほのかが目を閉じてギュッと手を握りしめた瞬間に俺がプレゼントした水晶の髪飾り想子波の高まりを感じ取った。

其処を起点としてピクシーに《魔力的な繋がり(パス)》が《瞳》で見てとれた。

その想いが最高潮に達し満ちたときにほのかの前にいたピクシーから強力なサイキックが発生した。

発せられた念動力は迫り来ていた女吸血鬼を吹き飛ばし領域干渉をしていた筈の深雪の干渉力場を揺らがせるほどだった。

それはまさに俺が開発し所持している【自立稼働自動二輪可変CAD(グレイプニル)】と同じく魔法を使って見せたのだ。

 

「マジかよ…ピクシーがサイキックを…?」

 

俺はその光景に驚愕せざる得なかった。

 

◆ ◆ ◆

 

「少々やりすぎたかもしれん…な。」

 

辺りを見渡すと昼間では見られない光景が広がっていた。

路上には成人男性と女性が転がり内一人は四肢をもがれ芋虫のような状態になっている。

 

「本当にやりすぎよ…全く。…八幡ちょっと良い?」

 

スッとリーナが俺が元へ近づいてきた。

 

「しかたねぇだろ?相手がヤル気満々なら心を折ってやる必要があるんだし。…ん?なんだ。」

 

そう言うとリーナは呆れながらも俺に耳元で囁いた。大っぴらに聞かれるの不味いらしい。

 

「あなたと対峙した魔法師…彼はUSNA軍の人間…脱走兵なの。」

 

「だからお前さっき驚いていたのか…。」

 

さっき隣で息を飲んでいたのはそれが理由か。

となればこいつの身柄はUSNA…バランス大佐のところに任せた方が良いか。

 

「分かった。うちの佐織達を使ってそっちに運ぶようにするわ…でも良いのか?」

 

「…仕事、だもの…大丈夫。」

 

大丈夫、とはいっているものの《瞳》で見なくとも分かるくらいに落ち込んでいるのが分かる。

だが彼女も”軍人”で割りきってはいるだろうが…こうやっぱりお前は優しすぎる。

とそんなことを思っていると前方から聞き覚えの有る声と人影三人分が近づいてきているのが分かり視線を向けるとやはりエリカ達が其々獲物をもって現れた。

ここはあたし達に任せて、と言うが流石に人任せにするとは…と思ったが達也から非常に言いづらそうなコメントが飛んできた。

 

「いや、お前は早くほのか達を連れて帰った方がいい。」

 

「あ?何でだよ」

 

「よく見ろ…ではなく察してくれ。」

 

達也が指差した視線の先にはスカートが所々裂けているピクシーとハーフコート及びレギンスが破れ何故か上胸部分が大きくカットされレギンスも破れ霊園の柵にもたれ掛かるように気絶しているほのかとそれを介抱するピクシーの姿があった。

 

「……了解。車呼んで帰宅する。良いよなリーナ。」

 

「その方がいいわよ。あ、任せてこいつらの後処理はわたしたちがやるから。あとな~んかハブられてる気がするし?」

 

チャーミングな笑みを浮かべているが最近構っていないからか不満げなエリカ。

 

「はぶってねぇって…あとでうちの佐織達が来るからあのだるまにした男は七草で回収するから頼む」

 

「分かったわ…にしても容赦ないわね~八幡。」

 

視線の先には達磨にされた男が転がっている。

 

「必要な犠牲だったんだ。許せ。」

 

達也達に視線を合わせると全員頷いたのでこの場を任せ俺とリーナ、ほのかとピクシーは帰宅することにした。

 

◆ ◆ ◆

 

俺は名倉さんに連絡をして帰宅する四名が乗れる乗用車…なんか黒光りするリムジンが迎えに来てそれに乗って帰宅する。

後部座席に向かい合って夜の東京の町を駆けていく。

 

「なんか飲むか?」

 

リムジンに搭載されている小型の冷蔵庫を開くとミネラルウォーターやマッ缶が入っているのは名倉さん流石ですとなった。

 

「ワタシにはマッ缶を頂戴?」

 

「おう。」

 

「わ、わたしは大丈夫です。」

 

ほのかが必要ない、とのことなので冷蔵庫から俺とリーナの分のマッ缶を取り出してプルトップを開けて口をつける。

強烈な甘味が脳に染み渡る。

 

「……あぁ~…」「……んん~…」

 

俺とリーナは同タイミングで歓喜のため息をついた。有る意味一仕事終えたからな。

と、まぁ目的地に着くまでは未だ時間が有るのでほのか達に労いの言葉を掛ける事にした。

 

「ほのかにピクシー。今日はお疲れ様。」

 

ほのかはともかくとしてピクシーも今回頑張っていたからな。

その意味合いを込めての労いの言葉を掛けるとほのかはすごく嬉しそうにピクシーはにっこりと嬉しそうに微笑んでいる。

どうしてピクシーが魔法を使えるようになったのかは不明だが【グレイプニル】と同じく魔法が使えるようになっている、と言うことは非常に”注目をされやすくなる”と言うことだ。

 

このことは一先ず俺たちだけの秘密にしておこうと思ったのとこれだけは一つだけ言える。

 

「ピクシー。さっさと買い取っておいてよかったわ…。」

 

既にピクシーは七草所有のメイドロボになっているので今日から七草本邸に置くことが決まっている。

何やらこのピクシーを買い取ろうとどこかが動いていたらしいが名倉さんが対処してくれたみたいだ。

つまりは先ほどの戦闘を見られていたかもしれない。

そんなことをするのは…と正直どこもその可能性があるので頭が痛くなった。

一先ず対抗術式を完成させるためのサンプルが手に入ったことを喜ぶとしよう。



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次元転移(ディメンジョン・シフト)

深夜、といっても言い時間帯に男は一人宿泊先のホテルに備え付けられていた鏡台と兼用の机の上に荷物を置いて椅子を引いて一仕事終えた体を休ませていた。

一息吐くとその客室に備え付けられていた電話が着信を告げる。

男はここに来ることを”表向き”の仕事をする相手に伝えていないし連絡をするならば仕事用の通信端末に連絡をすればよいのにと思ったがフロント経由で”裏の仕事”の話が自分に届けられるはずもない、が出ないという選択肢は男にとって躊躇われた。

 

「はい。もしもし。」

 

名のならずに着信を取る。

 

「貢さん。今お時間よろしいですか?」

 

その声を聞いた途端に四葉家分家黒羽貢の背筋は顔が見えていなくとも本能的に背筋を正しピンとした。

 

「真夜さんですか?ええ構いませんとも。」

 

彼は情報収集を司る四葉の分家…黒羽の現当主であるからこそ四葉家当主である真夜の恐ろしさをよく知っていた。

 

「貢さん…その芝居掛かった言い回しなんとかなりませんの?」

 

「おお、麗しの従姉殿。芝居掛かったとは心外ですな。私は常に大真面目ですぞ?」

 

これに関しては本心だったが電話越しの真夜は疲れたような溜め息を吐いた。

夜の女王、と恐れられているがそれは身内以外にたいしての物であり貢や親族にたいしては突っ込みをいれる、といった一般人のような感性を持っている。

しかもこのやり取りは今に始まった話でなく電話が掛かるといつもこんな感じになるので平常運行、ということで貢は完全に自分のペースを取り戻していた。

 

「さて、本題に入りましょうか貢さん。お疲れかと思いますが一仕事していただきたいのです。」

 

真面目な冷たい声色が貢の耳に入ってくる。

貢は先程までパラサイトの宿主特定、並びに暗殺をしていたが見つかっていない物が数体あった。

その見付かっていない数体というのは先程貢の子供達が奪取に失敗した《吸血鬼》に関してだった。

それも貢の子供達が関わっている任務だった。

 

「この度の失態…申し訳ございませぬ真夜殿。」

 

口調を正しそう告げると真夜の声色は笑っているように聞こえた。

 

「気にしないでくださいな貢さん。その場に達也さんと深雪さんがいらっしゃったのですからあの二人が動揺するのも無理はありませんわ。そもそも達也さんが本気を出してしまえば深雪さんへの被害が出ますし仕方がない、といっても差し支えないでしょう?それにあの場には七草の分家もいたようです。」

 

その声色は「仕方がないですし?」といった穏やかな感情を含んだ慰めの言葉だった。

 

「それは…まぁしかしですな、」

 

「奪うのには失敗しましたが”保管”されている場所は突き止めましたので”処理”をお願いしたいのです。…忌々しいことに七草の養子が活躍しているのが気にくわないですが…横からかっさらってしまえば良いのです。」

 

真夜の声はあっさりしていた。

まるで『月曜日にはごみを出しておいてくださいね』と言わんばかりの声色。

その内容は日常的に聞くものではなく”殺害”を意味している言葉ということに貢以外の人間が聞いたら不気味に思えてしまうだろうがこれが四葉の日常なのだ。

 

「畏まりました。」

 

頷き仕事を承諾したことを伝えると真夜が追加のオーダーを示した。

それはあまりにも過重労働であった。

 

暗殺に関しては了承したが七草、という単語が出来たことに貢は「いつものか…」と内心で若干の呆れを見せていた。

真夜は七草を嫌い特にその養子に対して異常なほどの嫌悪感を抱いている。

その理由を聞かせてもらおうとは微塵も思わなかった。

パンドラの箱…虎の尾を踏むに近しい行為だと本能的に悟ったからだ。

承った任務を心の中で復唱し貢は告げた。

 

「仰せのままに。」

 

そう告げて貢は命じられた任務を果たすために部下を動かした。

しかし、それよりも先に保管されていた《吸血鬼》達は何者かによって抹殺され体は灰になっていた。

 

◆ ◆ ◆

 

翌日。

 

俺は屋上にてマッ缶を煽りつつ昨晩の”後始末”を任せていた佐織からの報告に「不味かったか」と早朝から陰鬱な気分にさせられていた。

 

事態が事態だったとは言え俺が責任をもって対処すべきだったと思う。

しかし、その件に関しては佐織達が悪いわけではく相手が悪かったのだ。

不幸中の幸い、といえるだろう。

 

『突如として現れた魔法師部隊によって七草で運び込む検体を奪いに襲撃された』という報告だ。

 

結果としては奪われずに防諜第三課が所有する保冷庫に低温冷凍並びに睡眠薬で眠らせている。

 

「まぁ、奪われなかったのは佐織達もいたしな。」

 

俺は溜め息を吐いて黒と黄色のスチール缶に残った糖質たっぷりの乳飲料を流し込み握りつぶし【虚無】で塵に返した。

屋上の吹きさらしで風を凌ぐ場所もないこの場所に長居をしたい訳じゃなかった。

俺は人を待っていたのだから。

飲み終わったタイミングで校舎から屋上へ続く扉が開いた音が俺の元へ届いたのでそちらへ視線を向けると達也達E組の連中が非常に言いづらそうな顔を浮かべこちらに近づいてきているのに気がついた。

 

「なんか話があんだろ?早くしてくれねぇか?」

 

俺も無意識だったが若干苛立っている語気で話してしまっていてエリカ達が申し訳なさそうな表情を浮かべているのを見てハッとした。

 

「すまん。」

 

「八幡、その、ね…スッゴく言いづらいんだけど…。」

 

メンバーで誰が言うのか押し付け有っていたが最終的にエリカが説明することになった。が歯切れの悪い回答に痺れを切らした俺は誘導した。

 

「確保してたパラサイトが強奪され掛けただろ?」

 

その事を告げると達也を除く全員が驚いていることに気がついた。

 

「なんで知って…ってもしかして佐織ちゃんから?」

 

「ああ。なんでも魔法師の集団が突然現れて、とかな。」

 

そう告げるとエリカと幹比古は俺のさらに機嫌の悪く鋭い眼光を見てしまっていたのか”怒られる!”とでも思ったのだろう顔を強張らせていた。

それよりもその情報が外に漏れていた、ということが問題だった。

 

「いや、これに関しては怒ってねえよ…俺の部下と国防軍の一部隊に協力してもらったり動かしたってのにこの様だからな…相手の方が一枚上手だったか。どんなやつだったんだ?」

 

俺は其処が気になった。

幹比古達は俺の知り合いの魔法師で言えば遠距離戦はともかく近接に至っては第一線で活躍している魔法師に引けを取らない実力だしそもそも俺と同格、それ以上だと思っている深雪と達也がいたのに奪われていた、ということが気になった。

 

幹比古が口を開く。

 

「かなり手強かったんだ…特に二人の女の子が。」

 

「女の子?」

 

そうと聞き返すとレオが肩を透かして説明した。

 

「ああ。何つー服装…ゴシックロリータって言うのか?黒髪のお嬢様ーって感じの縦ロールの子が瞬間移動してその隣にいるいた筈の同じ背格好の女に攻撃を食らった瞬間にたっていられなくてよ。」

 

「レオが攻撃を喰らってか?かなりの馬鹿力だな。」

 

「いやそれがそうでもないのよね。こいつ(レオ)が吹き飛ばされた、って訳じゃなくその場で苦しそうに踞ったの。」

 

「ありゃ俺じゃなきゃ気絶してたね。」

 

「それに連中見たこともない装備をしてたのよね。斬ったらアーマー表層が爆発して無力化されちゃうんだもん…リーチの有る長物持っていけばよかったかしら…。」

 

「………。」

 

レオを吹き飛ばしたほどの威力はないがフィジカルに自信の有るレオを戦闘不能にした魔法の使い手…系統魔法じゃなくて無系統魔法…精神干渉系統か?

それにエリカの剣術を弾き返す装備…一体なんだろうか。

一先ず襲ってきた魔法師の事は一旦置いておいて達也に質問してみた。そうしなければ、と思ったからだ。

 

「達也は相手がどんな奴だったか見ていたか?」

 

「…ああ。俺は俺で黒尽くめの魔法師の集団から検体を守るのに深雪と一緒に戦っていたからな。」

 

一瞬間があったような感じがしたがそれを問い詰めるには証拠が不十分すぎるが…俺の中でなにかが引っ掛かっていたが今はその回答は見つからない。

 

「そうだったのか…まぁ悪かったな皆。後始末をさせるようなことをしてさ。」

 

「え、怒って…無いの?」

 

エリカが恐る恐る聞き返す。

俺はその行動に首を振って否定を示した。

 

「誉めはすれど責めることなんかするかよ。お前らが五体満足で戻ってきたことが一番大事だしな。それに逃げられたとしても直ぐに見つけられる。(まぁ…俺がUSNAと協力してるってのは秘密にしとかなきゃだがな。)」

 

俺が知らないところである種エリカ達と敵対している?部隊と手を組んでいる事が知れればグーパンだけじゃ済まなさそうだがバレなきゃ犯罪じゃない。

 

そう告げるとエリカ達の表情がいつものように戻ってきたのを確認し暖房で暖まっている教室へ戻ることにした。

その際に達也の表情が普段より申し訳なさそうにしていたのは気のせいだったのだろうか。

 

その日は通常通りの授業を行って昼食を取りながらとりとめの無い会話をしてその日は終わった。

自宅に戻り対抗術式作成のために机に向き合っていた。

そんなところに姉さんがお邪魔し雑談をしながら作業をしていると俺は佐織からの情報に目を疑った。

 

『防諜第三課のスパイ収容施設が襲撃されて捕獲していたパラサイトが三体が死亡。』

 

その一文だけならば俺は怒りを抑えられていたかもしれないが次の添付ファイルを見て俺は自室のロッカーを大きく凹ませるほどだった。

 

その画像添付ファイルにはリーナがシリウスとなって暴れだしているマルテを部隊員が拘束魔法を使用し身動きを取れないところを武装一体型で拳銃にて心臓を撃ち抜いた後にその体が発火していた。

その動画に姉さんは絶句し俺は怒りに満ち溢れていた。

 

「何てことを…!」

 

「くそっ…!」

 

その映像を見て俺はリーナになんてことをさせんだよ…!と久々に頭に血が登った。

送られた情報を確認していたところ突如として大型モニターが暗くなり暗転したかと思えばそこには金髪碧眼…北米人種ではあるが幼く見え俺と近い年頃の少年が映っていた。

突然の事に姉さんは驚いて声を抑えていたが視線で促すと口元に運んだ手を着席している俺の肩へ置いた。

俺は俺で画面に映る軽薄そうな笑みを浮かべる少年を見据える。

 

『ハロー。聞こえているかな?聞こえている前提で話させてもらうけど。』

 

そもそも俺の部屋の通信機器はシステムと切り離されているしこちらを伺い知る術はない。

案の定こちらの返答を待たずに(知る術もないので返答も声も聞こえない為)話を進めていた

 

『まずは自己紹介といこう。僕はレイモンド・セイジ・クラーク「七賢人」の一人だよ。』

 

こいつがリーナが言っていた「七賢人」とやらの一人なのだろうか、と画面に映る陽キャに険しい視線を投げる。

 

そもそもに置いてこいつが俺のワークステーションに割り込んできていることに不快感を覚えた。

 

『君はティア…じゃなかった雫から話を聞いてるよ。宜しくねハチマン。』

 

雫の名前が出たことでこいつが雫にアメリカのパラサイト事件のことを教えてくれた人物らしい。

この陽キャが「七賢人」であるならば詳細な情報提供者であることも頷けるがそんな人物が俺に何のようなのだろうか。

あと凄い馴れ馴れしい、こいつは葉山のような男だと俺の感性がそう告げて仲良くはなれなさそうだ、とそして雫に馴れ馴れしいのがなんかムカついた。

 

『単刀直入に言うよ…うん良い言葉だね。』

 

英語ではなく流暢な日本語で喋っている。

次の言葉でもし会うことが会ったらその端正な顔を吹っ飛ばしてやろうか?と青筋を立てた。

 

『アンジー・シリウスにパラサイトの居場所を教えたのはこの僕だ。』

 

お前の仕業か…。

 

『なぜかこの情報を教える前に”ここ”の場所を知っていたみたいだけど』

 

リーナに防諜第三課の情報は知らせていたが保管していた場所は教えていない。

それは目の前の男だった。

 

その後にレイモンドから”特ダネ”をお近づきの印として目の前の男に嫌悪感を覚えるのが吹き飛んでしまうほどの”特ダネ”であった。

 

『現在ステイツで猛威を振るい日本にも飛び火仕掛けている魔法師排斥運動は七賢人の一人であるジード・セイジ・ヘイグによるものだ。』

 

本当に唐突だったため俺と姉さんは虚を突かれてしまった。

 

『ジード・ヘイグ。またの名を顧傑。国際テロ組織『ブランシュ』総帥。君が捕縛し壊滅させたブランシュ日本支部の司一の親分だよ。』

 

矢継ぎ早に驚くべき情報が振り込まれる。

 

『国際シンジゲート「ノー・ヘッド・ドラゴン」の前首領であるリチャード=孫の兄貴分でもある。』

 

どちらも間接的ではあるが俺がぶっ潰した組織だ。

 

『あ、因にだけど僕と彼は共謀関係にある訳じゃないからね?七賢人というのはフリズスキャルブのアクセス権を手に入れた七人のオペレーターの事だからね。』

 

そんなこと別に聞いちゃおらんのだが…。

それにしてもフリズスキャルブか…なんでも世界中の情報網を全て支配する最強の傍受システム、という眉唾な話だが今この状況を見るとあながち間違いではないのかもしれない。

 

レイモンドがフリズスキャルブや「エシュロンⅢ」の追加拡張パッケージの話をされたがそれよりも次の話が気になった。

 

『ブランシュ日本支部の壊滅とノー・ヘッド・ドラゴンの日本拠点喪失によってヘイグは日本での活動拠点を失っていた…それにかこつけてステイツでのパラサイトを日本へ渡るように仕向けたのもヘイグだ。彼は日本での工作拠点を作ること、そして君を殺すためだ。』

 

俺を殺すときたか。

まぁ自分の庭を勝手に荒らした上に豪邸を燃やしたんだから恨まれるのは当然か。

 

「八くん…?」

 

「大丈夫だよ。」

 

不安そうにしていた姉さんの肩に置いた手に俺の手を重ねて安心させる。

姉さんを一瞥した後に画面を再び見つめると図ったかのように会話を進める。

 

『彼の目的は魔法師を社会的に抹殺すること。そうなれば魔法師の育成に後進的ではあるが軍事的には他国より進んでいる大亜連合は一夜にして軍事バランスの逆転を遂げることになる。魔法師のいない世界で覇権を取りたいヘイグ、それにその背後にいる者達の目的だと、僕は分析している。』

 

それを聞いて俺は失笑した。

魔法は既にこの世界の根幹に関わる”技術”と化しているのでそれを抹殺、排除することは人類終焉の可能性すらあり得る。

 

『それは僕の望むところじゃない。ロマンチストと笑ってくれても良いけど魔法は人類の革新に繋がっている、そう僕は思っているんだ。』

 

「人類の革新ね…まるで旧人類と新人類を見つめる調停者(コーディネーター)のような物言いだな。」

 

間違いない。

俺とこいつは絶対に感性が合わない。

 

『ちょっとばかり長話になってしまったね。要するに今回のパラサイト駆逐に一手手助けしようって訳なんだ。』

 

レイモンドは一旦言葉を切った。

勿体ぶったわけではなく緊張している、というのは画面越しに分かった。

 

『明日の夜。第一高校裏手の野外演習場に全活動中のパラサイトを誘導するから君の仲間と共に殲滅をしてもらいたい。これに関してはタツヤ=シバ、USNAスターズ総隊長アンジー・シリウスにも伝えているよ。』

 

その事を聞いて「余計なことを…」とぼそり呟いた。

 

『協力するも競合するも君達の自由だ。』

 

そう最後に告げて画面が真っ黒になった。

となりで姉さんがふーっ、と大きく息を吐き出していたのを聞いて俺も息を肩の力を抜いて息を吐き出した。

 

「今度が最終決戦…って訳だな。」

 

◆ ◆ ◆

 

「リーナ。」

 

数日振りにあった協力関係に有る美少女留学生の美貌は見る影もないほど窶れていた…いや華やかさがない、と言った方が良い。

 

「八幡…」

 

しおらしいリーナも儚げで美しい雰囲気を醸し出していて新鮮だな、と思い見とれていたのはここだけの話だが彼女がこのような状態になっているのも俺は知っている。

名前を呼ばれて俺はリーナに近づいてそのサファイアブルーの美しい瞳に視線を合わせる。

今にも崩れそうな脆さがあった。

 

「サオリから聞いたわよね?」

 

「ああ。」

 

「匿名で軍への通報があったのよ。『某所へ脱走兵が潜んでいる』ってね。」

 

つまりは命じられて脱走兵を処断させられた、ということだ。

 

「分からないわ…軍の秘匿回線に割り込んで告げ口するなんて。また…一人…。ワタシ…。」

 

「…ほれ。」

 

俺はなにも言えずにリーナの揺れる青い瞳を見ながらいつも通りの俺たちの栄養源ドリンクの缶を投げるしか出来なかった。

リーナがこれ以上人殺しをしなくともすむように最善を尽くそうとしたが一手足りなかった。

危なげなく受け取って先程のしみったれた表情はなくなって呆れるような笑みを浮かべていた。

 

「本当に…ワンパターンなんだから。」

 

「これしか知らねぇし。」

 

少し元気が戻ったのか真面目な顔になった。

 

「…軍の回線に告げ口をしてきた謎の人物から今日の午後、『第一高校裏手の野外演習場に全活動中のパラサイトを誘導するから君の仲間と共に殲滅をしてもらいたい』って貴方のところへも来たわよね?」

 

「ああ。丁寧に地図と日時も添付してきてな。…リーナ」

 

「なに?」

 

「恐らく今回が最後日本でのパラサイト駆逐任務になると思う。俺も出来るだけお前が脱走兵を手に掛けないように心掛けるが無理な場合は諦めてくれ。」

 

「ずいぶんと優しいじゃない…悪いものでも食べた?」

 

不思議そうに疑うような表情を俺へ浮かべた。

俺はくるりと踵を返してその場を立ち去る。

 

泣きそうな女子を放っておく程男子やめちゃいない」

 

「え……へっ???ちょ、ちょっと…!」

 

後ろで息を飲むような音が聞こえたが俺はその場から立ち去った。

これ以上は俺の精神衛生上非常に宜しくない。

 

◆ ◆ ◆

 

レイモンド・クラークによってもたらさせた「パラサイトを今夜第一高校裏手、野外演習場に誘き出す。」という情報を信じたわけじゃなかったが信じる情報がこれ以外、有益な情報がこれしかなかったからである。

それにその情報を信じたのは俺だけではなく達也と深雪率いるいつものメンバーに俺はほのか、ピクシー、リーナを引き連れて校舎裏へ集合していた。

全員は俺が正規の手続きを踏んで夜の学校へ入校し野外演習場へと足を踏み入れた。

 

広い人工の密林を俺達は達也と共に疾走していた。

ほのか、美月は二人をナビゲーターとして配置しその護衛に幹比古を配置している。

 

『八幡さん達止まってください。』

 

片耳に嵌めたフリーハンドの通信機から美月の声が聞こえる。

リンクしている端末に美月の声が全員に届いているはずだ。

 

『現在進行方向の右手三十度の方向にパラサイトのオーラ光が見えます。』

 

『私も確認しました!男性二人に女性二人の四人組です!』

 

美月が捉えたオーラ光をほのかの魔法を使って映像をカメラに取り込み、光学魔法の要領によって得られた映像は真昼間に取られた写真と同じように鮮明な姿をカメラのレンズに送り俺たちの端末に届けてくれる。

この技を使えるのはこの二人がいてくれるからこそだろうと感心するしかなかった。

俺と達也はアイコンタクトをして頷き夜の森を駆ける。

俺にはリーナとピクシーが随伴し達也のところには深雪、エリカ、レオが随伴した。

 

◆ ◆ ◆

 

スターズの総隊長として任務を果たす。

その為に日本に来て様々な出来事…それはステイツに居ては味わうことの出来ない挫折と経験値を得ることになるとは思わなかった。

日本に来るまでリーナは挫折を知らなかったわけではない。

年少士官向けの教育プログラムでは勉学はいまいち、生身の格闘訓練ではどうやっても化け物じみた身体能力を持った少女兵がいたし機械操作は苦手だった。

 

しかし、魔法で負けたことが無かった。

USNA最強の魔法師部隊の総隊長アンジー・シリウス。

世界で最強の魔法師であり皆が私の事を褒め称え自分でも魔法技能において絶対の自信を持っていた。

しかし、ここ日本においてリーナは、七草の養子に敗北した。

学校の授業ではあったもものの二度挑んで敗北した。

一戦目は数で囲い圧倒的な数の差があったのに関わらず特殊な拳法によって組み伏された。

二度目の戦闘は完敗だった。

直接的な戦闘ではなく精神干渉系統の魔法を用いられ”負けた”というヴィジョンを見せられれ拘束、あまつさえ専用装備である【ブリオネイク】を奪われあまつさえそれを自身の上官であるバランス大佐の交渉材料に使われてしまった。

本来であれば殺されていても可笑しくない状態だったのに関わらず紳士な対応をしてくれた。

リーナは初めてだった。

自分を襲った相手を辱しめることもなくあまつさえ私を庇い立てる様なことをバランス大佐と相談し始めたのだから。

敗北は勿論だったけどそれ以前に八幡に言われたことに対して存在意義を揺らがせその地位を崩すには十分すぎる猛毒だった。

 

『お前。軍人向いてねーよ。優しすぎるんだお前は。』

 

その場限りの上っ面の言葉ではなく本心からの言葉。

その言葉がリーナの言葉にスーっと効いていく。

あの日の敗北を八幡が外部に漏らすことはないだろうと、妙な安心感があった。

そして情報部から知らされていない本人から知らされた情報を知ったリーナは絶句し他人に感心を持たない素振りを見せているのに妙なところで気に掛ける好敵手…本人は気がついていないがそれ以上の感情を向けている疾走する八幡の背中を見つめながらそう思った。

 

◆ ◆ ◆

 

「早速かよっ!?」

 

パラサイト達がいると誘導された場所には情報通りにパラサイトの集団がいた。

それは向こうも同じでこちらを視認すると攻撃を仕掛けてくる。

相手は起動式を必要とせず念じるだけで攻撃を行うことが出来るパラサイトに対して多少の劣勢…防戦一方となっていた。

 

特に達也達のグループは面倒な敵と接敵していた。

その能力は疑似瞬間移動。

俺の【次元解放(ディメンジョン・オーバー)】と比べれば随分と遅い移動だが俺以外には突如として死角から現れて攻撃を受ける、という大変に対処が面倒くさい攻撃だった。

助太刀しようとしたが達也が銀色の拳銃型…特化型の銃口を煌めかせると術式が霧散した。

その隙を突いてエリカが打刀ほどの大きさの武装デバイスで動きの止まった吸血鬼の胴を薙いだ。

パラサイトは抵抗を見せてエリカに念動力をぶつけようとしたが達也の魔法によって四肢を撃ち抜かれ地面に伏せる。

その亡骸に対して達也は右手を突きだし心臓部分に想子の塊が到達し身悶える吸血鬼を身やると耳に付けたフリーハンドの通信機で幹比古に指示を出した。

次の瞬間にその亡骸目掛け稲妻が降り注ぎ皮膚と衣服を燃やし尽くし肌に残された焼け跡は規則性のある幾何学模様が浮かんでいた。

 

「これが封印か…うおっ!?」

 

「八幡。ごめん!一人抜けられた!」

 

達也達と対峙していたパラサイトの一人が俺にターゲットを定めて俺は襲いかかる。

パラサイトからの落雷を【解体反応装甲(グラムリアクションアーマー)】で吹き飛ばすと同時に自己加速術式を発動し腰に(今回は帯刀した状態)差した《漆喰丸》を抜刀し四肢を穿つ。

人の技を借りるのは正直申し訳ないと感じたが今回は非常事態だと心の中で謝罪し同じチームだった男の技を借りる。

 

「五臓を裂きて、四肢を断つ!…なんつってな。《九牙太刀》!」

 

再び迫る稲妻を裂いて一刀がパラサイトの四肢を穿ち吹き飛ばし達磨にする。

 

吹き飛ばされたパラサイトを加重系統で地面に縫い付けた後に俺も幹比古に連絡すると先程の稲妻が降り注ぎパラサイトを封印状態にする。

 

「一丁上がり…って本当にエグいわねその剣術…ってさっきの何よ!一度に4ヵ所攻撃する技なんて聞いたことないわ!」

 

エリカが興奮気味に俺に問い詰める。

いや、実際には俺の技じゃないしオリジナルはもっとエグいからな?

そう説明すると「今度聞かせてもらうからね!」と興味津々だった。

 

「ごめん八幡そっちに行った!」

 

俺とエリカが話していると視界の端で雷光がスパークした。

どうやらリーナが殺さないように手加減してパラサイトを倒していたらしいが残っていた仲間に回収されてその場を撤退したらしい。

 

「仕方がない。それにしても随分と集団的に行動を行うようになってきたな。ちっ…面倒くさい。」

 

パラサイトの動きを見てみると最初の頃は統率が取れていないように思えたが今はかなり洗練された集団と化しているのがみて取れた。

さっきの負傷したパラサイトを回収し追撃を受けないように攻撃しながら撤退するのは軍隊じみていた動きをしていたと。

それには達也も同意のようで頷いている。

 

「ほのか。連中の行き先はわかるか?」

 

『はい、そこから北西に向かったところに…あ、他のパラサイトも向かっているみたいです。』

 

「わかった、ありがとうなほのか。」

 

『…っはい!』

 

非常に嬉しそうな声色が通信機越しに伝わりエリカと深雪が俺にジト目と冷たい微笑を向けてくる。

いや普通に褒めただけじゃん…と思ったがその中にリーナのジト目も含まれていた、なんでやねん。

 

「達也行くぞ。乱戦になったら少々面倒だ。」

 

「それには同意だ、合流される前に撃破しよう。」

 

「別れて挟み撃ちにした方がいいかもな。リーナとピクシーを連れて向こうから回る。」

 

「俺は深雪達と共に向こうから回る。」

 

俺たちは頷いて集団となって夜の森を駆けていく。

加速術式を使わなくとも身体技能を用いれば荒れて整地されていない屋外演習場も苦ではない。

が、この場に俺たちとパラサイト以外の”招かれざる客人”が姿を現す。

 

「なんだこいつら…国防軍の連中か?」

 

「敵意は…ないみたいね。でも素直に通してくれそうにないわ。」

 

達也達と別れて夜の森を暫く駆けると茂みの向こうからこちらに対する戦意が襲いかかる。

それらを確認し足を止めると古木の影から、茂みの中から数十人のコンバットナイフと野戦服を着用した男達が次々と姿を現した。

 

俺とリーナはピクシーを囲うように背中合わせで守るように構えると野戦服の男達にいつのまにか囲まれてしまっていた。

これはかなりの時間ロス、だと内心苛立つ。

 

「どうする?」

 

「どうする…って勿論。」

 

俺はお馴染みの”型”を構える。

 

「ぶっ潰して進むだけだ。こいつらが何者なのか聞く必要があるしな。」

 

拳を握りしめた瞬間開戦の狼煙となったのか先鋒の男がコンバットナイフを構えて突っ込んできた。

 

(遅い…!)

 

突き出されるナイフを無造作に右手で払い受け流す。

兵士はこんなにも軽々しく刺突を受け流されるとは思わず顔に驚愕が浮かんでいた。

それは学生にこうも容易く受け流されると思ってもみなかったからだろうかわからないが実戦でそんな隙を一瞬でも見せた場合それは死に繋がるということを理解していない訳ではないだろうが…遅すぎた。

驚愕する兵士の顔目掛け膝が入り吹き飛ばされる。

その兵士を起点として俺は”跳躍”を開始する。

吹き飛ばされた兵士を見て驚いていたようだったが”次も自分がこうなる”と理解したのかナイフを持って四方から襲いかかるのが見て取れた。

気配を探り後ろを探るとリーナはリーナで魔法を用いて敵兵士とやりあっているのが感じ取れたので問題ないだろうと判断し”四方から襲いかかる敵”に対して迎撃を進めた。

そもそもに置いてこの兵士達が俺に対し”複数人で襲いかかる”ということが一番致命的だということを理解していない。

…いや知る筈もないな。

 

「…っ!」

 

敵兵士の一人が息を飲む音が聞こえた。

 

跳躍し着地の隙を突こうとした斜め右の兵士が俺の胴体目掛けナイフを突き込むがそのナイフを握った手の甲を足場にして後ろに回り込み延髄蹴りを喰らわせて無力化して吹っ飛んだその体を足場にしてすぐさまその反対方向にいる兵士の顎を膝で砕き地面へ叩きつけバウンドした。

その場を狙った残る二人の兵士は挟み撃ちの要領で俺へナイフを突き刺すが地面へ叩き伏せバウンドしている兵士を踏みつけ足場にして跳躍するとそれを目で追う二人の兵士。

その隙を俺は見逃さずにその場で宙返りをして後方へ着地し【縮地】を用いて衝突した兵士二名諸とも強化された掌底を背中から叩き込むと喀血するようなくぐもった音を発しながら吹き飛ばされた。

 

「まだやるか?俺、これでも呂剛虎この手でぶっ殺したことあんだけど?」

 

掌底を食らわせた後に面をゆらり、と威圧感を出して視線を野戦服の男達に向けると俺に対して畏怖するような雰囲気を感じ取る。

しかし相手もプロの兵士であるのでこの程度では退いてくれないんだろう。

残る兵士数名が再び襲いかかる。

 

「……。」

 

飛び掛かって来た兵士達を迎え撃つために構えるとそれらの兵士は衝撃と閃光によって吹き飛ばされる。

 

「八幡大丈夫?」

 

その攻撃はリーナの魔法だった。

 

「ああ。そっちはもう終わったのか。」

 

辺りには兵士の死屍累々(死んじゃいない。)が横たわってた。

取り囲んでいた驚異がなくなったことで本来の目的を達成することができそうだ。

 

「リーナ。」

 

「なに?」

 

「日本へ逃げ込んだ脱走兵は後何人だ?」

 

「把握している限りだと後二人よ、誘い込みでこの場所に来ている筈。」

 

「分かった。ピクシー。」

 

『はい。』

 

ピクシーに声を掛けると頷いた。

 

「お前はリーナの援護のためにサイキックの使用を許可する。」

 

『畏まりました。』

 

そうして俺達は集合地点へ向けて駆け出した。

 

◆ ◆ ◆

 

俺が達也の元、即ち集合地点へ到達したときには乱戦、といっても差し支えなかった。

稲妻に突風、氷結に火炎…四属性の魔法が飛び交っていた。

そして地面には先程俺たちが倒した野戦服を着た兵士が事切れていたり重症を負ったりと十名の兵士は全滅していた。

達也に深雪、各々がパラサイト達と戦闘を行っている。

遠くでエリカとレオが先程俺たちが戦っていた野戦服の兵士と戦闘を繰り広げているのが遠くで聞こえる。

どうやら達也達と分断させられたらしい。

 

達也と深雪が相対するパラサイトのその数は”八”。

既に片付けた頭数を入れたとしても先程よりも増えている。

たった”八”人ならば達也達の敵ではない、そう”普通の敵ならば”という枕詞がつくが。

 

単純に殺傷するならばこのメンバーならそう時間は掛からないし容易いだろうが今回はそうは行かない。

殺さずに無力化することと抵抗してきてきているパラサイトが補助道具無しに人間の知覚以上の魔法を展開し攻撃してきているからだ。

 

現にエリカとレオがパラサイトの猛攻に晒されて防戦一方になっておりその援護に達也と深雪が駆り出されていた。その光景を見た俺は《瞳》を黄金色に輝かせ領域干渉を達也達の戦闘空間にのみ絞って発動する。

重く沈み込むような加重系統の領域が発動している超能力へ悉く干渉した。

 

それに続けと達也と俺が魔法と剣術を発動する。

四体のパラサイトは達也の魔法によって貫かれ自爆し、残る四体は俺の雷撃と銀閃によって絶命した。

 

「やべっ!」

 

時は既に遅し。

封印する筈だった憑依された肉体を文字通り殺害してしまったので器より寄生体が溢れ落ちる。

溢れだしたパラサイトは集まり結合し一つの生物となろうとしていた。

 

「なんじゃありゃ…!?」

 

その姿は一つの胴体に九つある蛇を模した頭部を持つ巨大な合成獣。

いやこの日本に生まれたものならば必ず触れるであろう日本神話に登場する有名な大蛇…八又大蛇、に首を一本追加した化け物が俺たちの前へ現れる。

 

俺とリーナ、達也と深雪に襲いかかるが俺たちではなくピクシーに狙いを定め鎌首をもたげ次々と食らいつくそうとしていた。

障壁を展開することを許可していたのは不幸中の幸いか。

 

「八幡、ナニあれ!?」

 

「八幡はあれが見えるのか?」

 

「八幡さんあれは…?」

 

俺の元へリーナと達也、深雪が近づく。

達也の言い方ではなにかが見えているように聞こえる。

 

「ああ。恐らく達也と同じものが見えてると思う…蛇だろ?」

 

「ああ。ピクシーに襲いかかっているのは彼女のなかに眠るピクシーを奪い取るためか?」

 

「その通り…本来なら肉体を封印してこんな化け物がでないようにしてたんだが…作戦が狂った。」

 

「作戦通りに行くことなんか殆どない。柔軟に対応するしかない。」

 

軍属のお前がそう言うと説得力があるな…と思っているとリーナと深雪がパラサイトの化け物に対して魔法を発動し雷撃や加重系統、放出系統魔法を使って攻撃を仕掛けるが決定打を与えられない。

当然だ。

俺たちが使用している魔法は物理的に事象改変をしているので精神的な事象に触れられる魔法は持っていない。

しかし、精神干渉系統魔法…『ルナ・ストライク』ならば或いは…だがそんなものリーナは持っていない…深雪分からないがこの場面で使っていないところを見ると出し惜しみ…していると言うわけでないだろう。

攻撃を続けるリーナと深雪に対して”ソレ”は牙を向いた。

 

「リーナ!」

 

「深雪!」

 

二人を狙うように撒き散らされる魔法の大嵐。

俺と達也は対抗魔法を使用して霧散させる、が如何せん数があまりにも多すぎる。

現に俺と達也だけでは捌ききれずに背後に回ったリーナと深雪も援護に回る羽目になっている。

俺はかなり余裕があるが《瞳》で対象各員のステータスを確認すると深雪や達也、リーナに至っては保有想子量がかなり低下している。

この九頭竜の猛攻がいつまで続くか分からない状況でこれでは精神的にも参ってしまう。

この状況を打開する方法…精神体に直接ダメージを負わせる魔法を使うことだ。

 

(正直…このメンツがいる場所で手の内を明かすのはあんまりやりたくないが…というか正直ぶっつけ本番…)

 

「皆!この状況を俺が打開するから十秒でいい、時間を稼いでくれ。」

 

「八幡?」

 

「策があるんですか?」

 

「八幡!?」

 

達也が迫り来る攻撃を深雪と共に捌きながら驚いたような表情で問いかける。

 

「ああ。だがぶっつけ本番の一発勝負…失敗したら死ぬ。」

 

「なっ!?」「えっ!?」

 

達也と深雪は絶句していたがリーナだけは違っていた。

 

「ワタシは八幡を信じて持たせてあげる…だから必ず成功させて!」

 

そうリーナが告げると達也と深雪もそっと微笑んで時間稼ぎの準備をする。

九頭竜の攻撃が熾烈になる最中俺は状況の打開策の為に【賢者の瞳(ワイズマンサイト)】のもう一つの能力である【未来予知】を発動させる。

打開策が見つからないのなら無数ある選択肢から選び取れば良い。

 

(…視えたっ!!)

 

その未来の選択肢のなかに俺が持つ手札で用いる魔法でパラサイトの化け物を撃退する未来視が現れる。

 

その情報から得られた情報を元に俺は素早く腕部に取り付けたウェアラブルコンピューターと投影式のスクリーンに起動式起こし再構築し葬り去るだけの威力の魔法と組み合わせていく。

凄まじいスピードでキーボードを叩き込むので壊れてしまうのでは?と思ったほどだがそんなことはどうでもいい。

準備が完了し俺は手に持った超特化型CADを起動させ魔法式を展開させる持ちこたえてくれている達也達に声を掛けた。ジャスト十秒、完璧だ。

 

「準備完了…!、いいぞ皆!」

 

その言葉を合図に俺から全員が離れる。

その瞬間に魔法が発動した。

 

次元解放(ディメンジョンオーバー)】が次元の壁を越えられる移動魔法ならば”自分とは異なる場所、異次元にいるパラサイトに対しての”攻撃魔法に転換(オーバーライド)させれば良い、と判断した。

 

その未来視の空想が現実となり俺が再構成し直した対次元干渉魔法【次元転移(ディメンジョンシフト)】は魔法として成立しそして完成した起動式を別の魔法式に組み合わせられるのは世界でも俺しかない。

複雑すぎるその魔法と加重複合系統魔法【結合崩壊(ネクサス・コラプス)】の重粒子ビームと組み合わせる。

 

俺の視線の先には怪しげな光を放つ異世界の魔物。

領域干渉が聞いているため魔法は俺には届かない。

その体を、存在を構成する情報体で構成された魔獣を滅ぼさんとする必殺の一撃が心臓部分に吸い込まれる。

 

系統外・対次元干渉魔法【次元崩壊(ディメンジョン・コラプス・ライザー)】。

 

発動すればその空間ごとを螺を回すように抉り切り取られ原子崩壊させ無に還す技を情報生命体を滅ぼす一撃と成す。

 

その一撃が胴体へ吸い込まれると異次元からの来訪者を絶叫のようなものを上げながら虚空へと還した。

 

「きっつ…。」

 

そう呟くと目の前の物の怪は消え去り崩壊と共に撒き散らされた大量のサイオンその場に広がり少し都心では少し時期外れ”雪”が舞っていた。




補足…封印したパラサイトを持っていったのは原作通り四葉と九島です。
まぁ烈のおじいちゃんは悪用はしないでしょう。

パラサイトの四肢を抉った技は八幡が別世界に飛ばされたときに見て見よう見まねで再現した技なので威力は抑え目です。

あともう一話で来訪者編が終了すると思いますのでよろしくお願いします。


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終わりよければ全て良し

これにて来訪者、一年生編終了になります。



「疲れた…。」

 

俺は空を見上げる。

霧散した想子の粒子が宙に舞っているのは想子情報体を操ることが出来るものなら視ることが出来る筈だ。

達也に深雪…そしてリーナも最高、といっても過言ではない魔法師なのでこの光景を共有している事だろう。

 

ドサリ、と何かが地面に着地した音が聞こえた、それはリーナが地面にぺたり、と座り込んだ音だった。

 

「八幡…今の魔法は…それにパラサイトにダメージを与えられる…でも今さっきのは、ううん…絶対に今のは”ルーナマジック”じゃない。一体…今のは何だったの?」

 

先程の魔法を視て困惑しているリーナ、がそれは恐怖ではなく単純な好奇心による問いかけだった。

 

「八幡今の魔法は…複数の魔法…それになんだ今のは。魔法をその場で作成するなんて聞いたことがない。」

 

達也は俺の先程の行動を視て若干攻撃的な口調になっているのは本来ならば有り得ない筈の行動であったからだろう。

 

「お兄様…。」

 

それを嗜めるように兄の肩を優しく掴む深雪。

その深雪も俺の魔法について興味を示していた。

が、しかしそれは明かせない俺の秘密であり知られてしまった場合余計な被害を被らせることになる。

 

「悪いが明かせない。お前も俺に”明かせない秘密”があるだろう?」

 

振り向かずに達也に目掛けその言葉を掛ける。

俺はこの二人の秘密は知らないが何かを”隠している”ということだけは分かるのでカマを掛けたら見事に掛かってくれたようで息をのむ声が聞こえた。

これで不用意に俺の魔法について深読みしてくることはないだろう。

 

俺はすたすた、とリーナに歩みより手を差し伸べた後に振り返り言葉を掛ける。

 

「んじゃまぁ…パラサイトは倒したし帰ろうぜ。」

 

そうして俺はリーナの手を引き上げ立ち上げる。

夜の寒い風が戦闘で火照った体を冷ますには丁度良い夜風が吹いていた。

 

◆ ◆ ◆

 

八幡に手を引かれながら舗装されていない屋外演習場を歩くリーナはその握られた手を離すことが出来ないのとその後ろ姿から自然と目を離せなかった。

今夜の結果として脱走兵の処断は全部目の前の少年が行ってしまった、大きく言うならば今回の脱走事件も全て八幡が解決をしてしまった。

 

本来であれば無闇な殺生を好まない八幡だったが相手が人間…変異した”敵”だったからかはリーナは知る由もないが彼が自分を”気遣ってくれた”のだと曲解して理解した。

 

どうしてワタシを気に掛けてくれるの?

どうしてワタシを心配してくれるの?

どうしてワタシとの約束を守ってくれたの?

 

どうして…ワタシはこの少年の事をこんなにも気にしてしまっているの?

 

疑問は尽きなかったがその言葉を頭の片隅からサルベージして理解しかけた。

 

(そんな…筈…あるわけ…。)

 

彼女はその言葉の本質を八幡が乙女心が分かっていった発言でないことをよくよく理解していなかったが多感なこの時期に掛けられた告白紛いの言葉とその行動に堕ちない少女がいる筈もなく。

あの夜の広場で掛けられた言葉にリーナは首を傾げる。

 

なぜ同胞を処分する自分の姿が痛々しく見えたから同情の言葉を掛けた?

いや、違う。短い期間しか八幡の事を知らないがそんな安い同情で声を掛けるような男ではない、と。

現に彼はパラサイトに侵された脱走兵を自分の代わりに処断してくれた。

そんなことをしたところで自分の得になる筈もないのに。

 

何故、という疑問符が彼女の頭の中を埋め尽くす。

 

(あっ…そっか…ワタシは…。)

 

シリウスとしての誇り。

最強の魔法師としての肩書きを守るための戦い。

妖魔の侵された仲間の名誉を守るためその命を奪う。

 

しかし、それを全て彼が乗り越え壊すわけではなく容認しシリウスとしてではなくその一部として”アンジェリーナ・クドウ・シールズ”本人として自分を視ていることに。

確かに自分をリーナ、として視てくれている人はいる、がそれは自分より年上の人間であり”同年代”は今までいなかった。

 

(ワタシは…アンジー・シリウス以外の生き方をしてもいいんだ…。)

 

同格の実力を持つ魔法師として目の前に現れ脆い心の弱さを持つ自分の存在を容認し多少いい加減なところが心地よい、とリーナは感じその八幡に対しての心の向け方を理解してしまった。

 

(ワタシ…八幡の事…好き…なのかも。)

 

そう自覚してしまったリーナはただただ、八幡の後ろ姿を見つめるしか出来なかった。

 

 

「すまん八幡、持っていかれた。」

 

「はぁ…?ってマジかよ。」

 

俺たちが大蛇…九頭竜を討伐しパラサイトを最初二体封印したところに戻ると確かにその場にいたパラサイト二体は誰かに持ち去られていた。

結果としてその日俺はタダ働きをする羽目になってしまった。

今回パラサイトに使用した術式は俺だけが使える専用の魔法の為”誰にでも対抗できる術式”ではない。

その術式を開発するための”材料”を持ち逃げされてしまったのだから頭の痛い話だった。

 

佐織達も野戦服を着ていた男達に襲撃されその場を離れなくてはならなくなりパラサイトから目を離してしまった、ということらしい。

ほのかや美月、それに幹比古も決して気を抜いていた、と言うわけでは無いということが分かるのでこのモヤモヤした感情をどうしたらいいのか、と考えていたが佐織達はともかくとして通信機越しに気落ちした声と自己嫌悪した声、口惜しさに歯がゆそうにしている声…それぞれほのか、美月、幹比古が反応を見せているのを感じ取った俺は苦笑しながら返答した。

 

「まぁ三人とも気にするな。一先ずパラサイト事件が終幕した、ってことでいいじゃないか。こっちの損耗はゼロ。作戦内容で見たら大成功も良いところだぜ?」

 

そう告げると通信機越しで心なしか感激されているような気もしたが…俺はそのまま誤解されたままにすることにした。

 

「いや、奪われることを想定していなかった俺に落ち度があるからほのか達が気にする必要はねぇよ。まぁ手の内にパラサイトがない訳じゃないしな…」

 

『何か言いましたか八幡さん?』

 

「ああ。いや何でもない。この作戦をどっかから視て掠め取ろうとしてた奴が上手だったってことだ。」

 

俺が今回パラサイトを滅ぼすために動いたのは今後家族に危害が加えられる可能性を考慮しての殲滅、並びに対抗術式の開発為だった。

それを考えると他の者に持ち逃げされるのは後々の障害になる可能性はゼロではないが…。

それは今考えても仕方がないと空を見上げる。

その瞬間に突風が吹き上がり枯れ葉が舞い上がった。

その舞い上がった枯れ葉が落ちるときに目の前に枯れ葉以外のものが落ちてきたのを確認し素早く手に取ると鴉の羽が手に収まれていた。

それを一瞥して直ぐ様握った手を広げると風に乗って飛んでいった。

 

(鴉が横取りでもしていった…なんてな。)

 

横取りした犯人は分からないがそれを悪用しないでくれよ?とただただ願うだけだった。

 

◆ ◆ ◆

 

西暦2096年、3月15日。

国立魔法大学附属第一高校では本日、人の泣き声や悲しみの雰囲気が広がっていた。

それは決して不幸が起こったと言うことではない。

耳をすませば笑い声や嬉しそうな喜色を含んだ喜びの感情も感じとることが出来た。

今日は卒業式、姉さんや渡辺先輩に十文字先輩三年生達が卒業する記念するべき日だった。

 

まぁ俺の場合小学校や中学の卒業式に出たことがないんでなんで泣いてしまうのか良く分からないが。(小学校は婆ちゃんとの修行のため不参加。中学に至っては俺が千葉の総武中からいなくなって七草の家に拾われ東京の中学に入った事はあったが新魔法の開発のため卒業式当日家に籠っていた、というか忘れていた。)その件で姉さんとかに泣かれたけど…まぁこれはどうでも良いとして今日は…記念日だ。

 

俺はカフェテリアの一角で俺が愛飲している黒と黄色のストライプ缶を手に寛いでいた。

式自体はとっくに終了し今は二次会が体育館でパーティが開かれている事だろう。

俺は誘われはしたが断らせてもらった。

直近で忙しいことが多すぎたからな…何故か俺と姉さんが泉美、香澄、小町のいる魔法第一中学校の卒業式に父兄席に座ることになりその際に中学生のキラキラした視線がめちゃくちゃ痛かった…殆どが姉さんを憧れの目で視ていたんだろうが妹達と同年代の中学生女子がやたらと俺に話しかけてくるのは辞めてほしかったわ…泉美と香澄が凄い威圧感を出していて非常に困惑したしな…。

 

それだけじゃなくてバランス大佐との”約束”を取り付けるのが大変だった。

生きたパラサイトを捕獲する、という任務は失敗したので此方に残されたある意味で残された生きたパラサイト…ミアさんを此方に残してもらうやり取りをしていたのだ。

 

交渉の条件として試作品の《霊子弾》の試作データを渡すことでミアさんを《アハト・ロータス・ワークス》への技術出向社員として貸し出してもらうことに成功、当然本人も了承をしてくれているのでこれで対パラサイト用の一般対抗術式の研究がようやく出来るようになった。

数日間それの詰めで忙しかったで姉さん達の卒業をお祝いした後俺はこのカフェテリアの片隅で春の心地よさを味わいながら一息吐いていたのだった。

 

因に姉さんはもちろん魔法大学に無事入学。

俺が《吸血鬼事件》の解決を早めたのは姉さんの受験並びに泉美、香澄、小町の第一高校入学試験の事もあったからであった。

余計なことに気を取られて不合格になった、何て事になったら俺はパラサイトどもを八つ裂きにしていたに違いないが結果としてプラスに働いたのが良かった。

 

ああ、そう言えば結果吸血鬼事件は俺の手柄で解決した、ということになりこの間の七草分家会議では俺をよいしょするような発言を受けて正直…めちゃくちゃいたたまれなかった。

解決をしたのは俺ではなくリーナ含め他方向からの協力があってのものであり決して俺一人の実力ではない。と反論をかましたかったがそれは届かぬ思いだった。

察した姉さんに宥められたのが唯一の救いかもしれないがな…。

 

◆ ◆ ◆

 

「八くん寝てるの?」

 

いつの間にか春の陽気に当てられて寝ていたらしい。

姉さんの声で起こされて突っ伏していた顔を上げると姉さんをはじめとして十文字先輩に渡辺先輩…それに達也と深雪が俺を呆れたように微笑んだ表情で視ていた。

 

「ああ。最近ちょっと”仕事”で寝れてなくてさ…今起きたよ。それにしても十文字先輩も渡辺先輩も揃ってどうされたんすか?先輩達が二次会のお誘いがないのは有り得ない話だとおもうんすけど…。」

 

俺は首を傾げてなんで俺のところに集まっているのかを聞くと十文字先輩が答えてくれた。

 

「いや、お前には世話になったからな、七草に会って挨拶をしておこうと思ってな。」

 

まるで会社の役員が一般社員に退職の際に一言告げに来た時みたいだな、と一瞬思ったが直ぐ様反応した。

 

「いえ。此方こそ。先輩には俺が入学したときから世話になりっぱなしだと思うので…それに俺からご挨拶に伺うつもりでした。」

 

「そうだったのか?パーティの最中こんなところに引っ込んでる八幡くんの事だから私たちの事なんか知らん顔して帰ってしまったかと思ったが…まぁ真由美がいるからそれはないな。」

 

「そりゃそうでしょ。俺が姉さんがいるのに勝手に帰るわけ無いですし…それに卒業生を対象にしたパーティーに俺が参加するわけ無いでしょう?それに未だに差別してるようなパーティーに参加したくないですし?」

 

俺がそう言うと十文字先輩以外が苦笑いを浮かべていた。

姉さんの改革が成功はしたが未だにその確執は残っている。

それは来年度の生徒会、俺たちの仕事だろうな。

 

「何でよ!」

 

と俺が先輩達を会話をしていると聞きなれた声が飛び込み会話を中断させた。

卒業生を掻き分け金色のツインテールを振り乱す美少女がエントリーした。

 

「どうして正規の生徒会役員じゃないワタシがパーティの手伝いをさせられて風紀委員の八幡がそこでサボってるのが許されるのよ!?」

 

俺に食って掛かるのはちゃっかり生徒会役員のお手伝いの頭数に数えられ手伝わされていたリーナだった。

 

「あ?そりゃお前風紀委員は生徒会役員じゃないんだから関係ねぇだろ?それにリーナは臨時とは言え生徒会役員なんだから働くのは当然だろう?」

 

「うぅ…っ!納得できないわ…!」

 

正論をぶつけると後ろに先輩達がいるというのにいつものようにプリプリと怒っていた。

 

「ちょっとリーナ?あなたそうは言うけれどもあんなにノリノリだったじゃない。」

 

「ちょ、ちょっとミユキ!」

 

慌てて深雪の口を塞ごうとしたが達也が阻止し先輩達が羽交い締めしていた。

ここで何があったのかを聞かない、という選択肢は俺のなかになかった、興味が優先された。

 

「深雪、ノリノリってのはなんぞ?」

 

「八幡も聞かないでよ!」

 

「臨時の役員であったリーナにお手伝いをして貰ったのですが…流石に手間の掛かる作業は気の毒だと思ったので当日の余興をやって貰おうと思ったのですが…。」

 

「ミユキ!」

 

余興…前説か何かか?

 

「余興…というのは自分でなにかをするのではなく在校生や卒業生から希望者を募るだけで良かったのですが…。」

 

「ミユキ言っちゃダメ!」

 

「リーナはどうやら勘違いしていたようで。」

 

素晴らしい微笑を浮かべリーナの黒歴史を暴露しようとしていた。

やっぱ深雪Sだよ…もうどこぞの雪乃さんだよそれ…。

 

「ミユキ!本当にダメ!八幡には言っちゃダメ!!」

 

リーナは必死に深雪の言葉を遮ろうとしたが残念!それは回り込まれてしまった、といわんばかりに目の前には達也が立ちふさがり後ろでは姉さん達が羽交い締めをしてリーナは身動きが取れない。

なにこのコンビネーション。

 

「へぇ…それで?なんでこいつはこんなに必死になってとめようとしてんの?」

 

「自分でバンドを率いてステージに上がって歌ったんですよ。衣装も用意してその場で十曲も歌って凄い盛り上がりでしたね。」

 

「うんうん。確かに中々に見事なステージだった。プロ顔負けの歌唱力とパフォーマンスだった。」

 

深雪の説明に渡辺先輩が何度もうんうん、と頷いていた、よっぽど凄かったんだな。

 

「本当、シールズさんって歌が上手いのね。とっても素敵な声だったわ。」

 

姉さんはお世辞ではない本当に褒めている口調でリーナの歌唱を褒めてた、マジでよっぽどだなそれ。聞きに行けば良かったわ。

 

「うっ…ううっ……////」

 

そう褒められて真っ赤な顔で俯くリーナ。

それは怒っているわけではなく褒められて本当に恥ずかしがっている様子だった。

うん、やっぱり美少女が恥ずかしがる絵面は良いな…なんか変態みたいだな俺。

 

つーかそれを言ったら姉さんも渡辺先輩も歌うまそう…というか上手い。

何故かは分からんがエンディングで姉さん達の声に似たキャラクターが主人公の後ろを追従して走りながらエンディングを全員で歌ってソロパートのCDがあるアニメを思い出した。なんか止まらなく身体中にエナジーが溢れてそうだけど…まぁいいや。

 

俺は恥ずかしがるリーナを視て心から嬉しくなった。

 

「リーナが日本で楽しい思い出を作ってくれて良かったよ。」

 

そう気持ち悪くない笑みを向けた筈だったがリーナは俺の顔を見て赤かった顔色が再び真っ赤になりそっぽを向かれた。

む、他人へ浮かべる笑みは難しいな。

 

「っ!?…し、知らないわよっ」

 

プイッとそっぽを向いたリーナの反応に俺とリーナを除く全員から人数分の笑い声が上がった。

十文字先輩も可笑しかったのか笑っていた。

 

そうしてこの日以来リーナは学校に来なくなった。

 

◆ ◆ ◆

 

西暦2096年、3月26日。

俺達は東京湾上国際空港に来ていた、結局リーナとは最後まで会うこと無く新学期を迎えそうになりそうだ。

さてと、今日は交換留学でステイツに向かっていた雫が帰ってくる日だ。

当然俺一人の出迎えではなく俺の左右には深雪とほのか、エリカに美月、達也に幹比古、レオ…まぁいつもの面々が終結し雫の帰りを今か今かと待っていた、正確にはほのかが、だけどな。

 

「雫そろそろ出てくる頃じゃない?」

 

隣にいた深雪がほのかに声を掛ける。

 

「うん、そうかも。」

 

「…あれじゃないか?」

 

その会話に混ざるように俺も入ろうとしたその同タイミングで空港の搭乗口ゲートから見慣れた体躯と顔立ちが目に入り指で指し示すと全員がそちらの方を向いた。

ほのかはいの一番に立ち上がり搭乗口ゲートへと歩き出す。

手押しの荷物カートを押しながらその姿を確認したほのかが嬉しそうな表情を浮かべている。

雫は此方に気がついていないようだったがほのかが抱きついた。

 

「お帰り、雫」

 

感極まって目が潤み思わず雫に抱きつくほのかだったが優しく背中を叩いて宥めていた。

 

「ただいま、ほのか。」

 

その光景を見て俺達は雫の元へと歩みよった。

 

「お帰り雫。無事の帰国何よりだよ。」

 

「うん。」

 

いつもと変わらぬ安心する短い受け答えだったが逆にそれが安心した。

 

「雫、なんだが雰囲気変わったわね。」

 

「そうだね。随分と大人っぽくなった。」

 

深雪とエリカの言う通り雫が纏う雰囲気が変化し大人っぽくなっており、それもその雰囲気に見惚れていたかもしれない大人の色香を漂わせていたに違いない。

 

「向こうでイケナイ体験でもしてきちゃった?」

 

「エリカちゃん!?」

 

ニンマリ、と冗談で言ったエリカの発言に美月は反応しあたふたしていたが当の本人は一瞬考えたあとで小悪魔じみた反応を見せた。

 

「うーん。ナイショ。」

 

「「「「「え?」」」」」

 

余裕たっぷりにそう対応し首を傾げて見せる雫は魅力的だった、と同時に俺の脳内ではあの生け好かない金髪の少年を思い出し少し腹が立った。

何でかは知らないけど。

 

「八幡。」

 

「ん?」

 

ほのかがようやく抱擁を解いて離れると、雫は俺と達也の前に歩みよった。

 

「お話ししたいことがある。レイからもたくさん伝言を預かっている。聞いてくれる?」

 

「ああ。是非聞かせてくれ。」

 

思い出話やレイモンドから聞かされた情報だろう、と理解した。

 

◆ ◆ ◆

 

雫の迎えが空港のロータリーに停車し荷物やお土産をトランクに詰んでいる。

大きさはリムジンなので今ここにいる全員が乗り込めるサイズだ。

雫達は数ヵ月の空白間を埋めるかの如く会話に華を咲かせていた。

 

そんな中だ、空港のロビーへ入っていく見覚えの煌びやかな金髪が目に入った。

八幡は直ぐ様このメンバー達に断りを入れる。

 

「悪い、ちょっとお花詰みに行ってくる。」

 

「あ、ちょっと八幡?」

 

「すぐ戻る。先に帰っててもいいぞ?」

 

リムジンが先に出てしまっても【グレイプニル】があるので問題はない。

断りをいれて金髪の後を追いかけた。

 

空港のロビーは人で溢れ返っており雑踏の中を歩くようだった。

 

「リーナ。」

 

八幡が声を掛けるとその少女は振り返り驚いていた。

まさか声を掛けられるとは思っていなかったようだが彼女は逃げる、といった素振りを見せること無く此方に躊躇いがちに顔を赤くして近づいてきた。

 

「あ、八幡。見送りに来てくれたの?」

 

押しているカートには持ってきた荷物以外にも日本でのお土産が大量に乗っている。

ある意味卒業式以来学校に顔を出さなかったのは日本を楽しんでいたからだろうか?と八幡は思った。

 

「いや、たまたまだ。こっちに交換留学で向こうに行ってた友達が今日帰ってきてな…俺達はその出迎え。リーナと会えたのはタイミングが良かった。」

 

「あら?今日発つ、って言ってなかったかしら?」

 

「言ってないし聞いてない。」

 

リーナの戯れ言を八幡は一刀両断してそのサファイアブルーの瞳を黒目が見つめる。

 

「まぁ冗談はともかくとして色々と世話になったわね。」

 

「お世話した、の間違いだろリーナ。」

 

「め、迷惑を被ったのはこっちの方よ八幡!…全く、最後まで容赦の無い人ね貴方。」

 

「今さら気を使う必要もないだろ。それに、今回が最後じゃない。」

 

八幡の言葉にリーナは方を竦める。

 

「どうかしらね。ワタシがそう簡単に本国を離れられる、とは思えないけど。」

 

「言ったろ。辞めたきゃ俺を頼ってくれ。これでも七草の息子だからな。それなりにコネはある。」

 

「そんなこと、言ってたわね。」

 

その声色には諦念が混じっていたが八幡がそれを書き消す言葉を告げた。

 

「だからこそ、俺はお前に”サヨナラ”は言わない。」

 

「えっ…。ちょ、ちょっと待って八幡。そ、それってこ、告白みたい…。」

 

「お前が本当にやりたいことを見つけてこっちに戻ってくるなら全力でサポートしてやる。」

 

その最後の一言がリーナの八幡に対する想いが確定した。…その言葉の意味をリーナが正しく理解していれば、の話だが。

 

あの夜告げたことを八幡は再びリーナに告げた。

 

「お前は俺にとって掛けがえの無い(唯一無二のマッ缶を愛飲する仲間)存在だからな。」

 

リーナは目を丸くした。

今度はその色白の肌を紅潮させていたがそれは次に彼女の髪色と瞳の色に相応しい金髪美少女の朗らかな笑みが八幡の視界に入る。

 

それは直ぐ様いつものリーナの表情に戻った。

 

「本当に貴方はそう言うことを言って…でもそれって貴方が心から言っていることだから質が悪いわ。」

 

「俺はいつだって本気なんだが?それにほれ、持っていけ。」

 

「わとっと…いつもね。」

 

「ああ。それじゃあなリーナ、元気で。」

 

八幡はリーナにポケットに入れていた何時もの缶を手渡し受けとると嬉しそうにしている。

そう告げて踵を返す八幡にリーナは。

 

(こ、これ言うなら今しかないし…さっき八幡に言ったとおり日本に渡航出来るのはこれが最後かもしれない…やるなら…今しかないっ!)

 

一世一代、乙女の覚悟を決めた。

 

「あ、ちょっと待って八幡。」

 

受けとり押しているカートをその場に放置してリーナは八幡の手を取る。

 

「なんだ?そろそろ行かないと不味いっー、んっ…?」

 

声を掛けられ振り向くと八幡の口先に柔らかい感触が伝わり一瞬脳がフリーズしたが次の言葉で更に追い討ちを掛けられた。

 

「ワタシは八幡の事…好きよっ。返事はまた逢えたときに聞くから…ワタシもサヨナラっては言わない…じゃあねっ!」

 

一瞬だった。

リーナは顔を真っ赤にして置いていたカートを引ったくるようにステイツ行きの搭乗ゲートへ消えていった。

 

「…へ?あ、えっ…?」

 

呆然とする八幡の元へ異様な威圧感が襲いかかる。

ハッとなり振り向くとそこには八幡を慕うラバーズの姿が。

深雪は氷の微笑を浮かべ、エリカは今にも抜刀しそうな勢いで、雫は今にも【レーヴァテイン】をぶっぱなすやいなか、ほのかは今にも泣き出しそうな勢いで。

 

「八幡さん」「八幡っ」「…八幡」「八幡さん…?」

 

「あ、いやこれは…リーナが…っていない…!」

 

弁明しようとしたがその当の本人がいないことに八幡は恨んだ。

 

「八幡さんっ」「八幡っ!」「八幡?」「八幡さん…!?」

 

「は、話を聞いてくれません!ちょっ!?」

 

そうしてその場から脱兎のごとく逃げ出す八幡だったが美少女四人に追いかけられていた。

まるで草食動物が肉食獣に追いかけられる構図でそれを見ていた八幡達の仲間は苦笑したり笑ったりしていた。

 



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断章:『星を呼ぶ少女』
chapter1:助けてと叫ぶ声が


アンケート投票ありがとうございます。
二学年に移る前に劇場版【星を呼ぶ少女】を挿入したいと思います。
八幡がどう活躍するか…。


魔法。

 

それが現実の技術となって既に一世紀。

魔法の才能に秀でたものはその国の兵器でありその国の力となった。

中でも一撃で大都市を破壊し一国の軍を退ける魔法の使い手は《戦略級魔法師》と呼ばれて世界情勢を左右する軍事力の象徴となっておりその者達は十三使徒(ナンバーズ)、と呼ばれ各国によって制御されていた。

 

日本には非公認の戦略級魔法師が”二名”存在していた。

片方が国防軍特殊部隊の特尉として…残るもう一人。

 

存在自体を確認はされていたが”存在その者が正体不明”で敵か味方か分からないコードネーム【黒衣の執行者(エクスキューショナー)】。

 

その存在を知るものはただ一人。

七草に拾われ養子になった七草八幡、本人だけだ。

 

2096年、3月26日。

小笠原諸島南楯島から東に160km沖合いに国防海軍所属対空ミサイル艦”だいこく”が海原の真ん中で停泊していた。

その艦内の一室…公立高校の体育館より少し大きい空間に特殊な機材とワークステーションが複数台設置され白衣を着用した科学者達が機材を立ち上げていく。

 

『ラグランジュ2との宇宙望遠鏡ヘイルダムとのデータリンク完了』

 

『標準の確認照準固定しました。』

 

『起動式最終確認フォーマット全て正常。』

 

『変数、照合完了。』

 

『定数、照合完了。』

 

『サイオンアクティビティ基準値以上。』

 

各セクションが機材を立ち上げ状況を読み上げていく、クリーンであった。

その読み上げ報告を聞いた研究員らしき四十代頃の女性が次のフェイズへ移行するための合図を告げた。

 

「各バイタル指数いずれも許容範囲内。」

 

その報告を受けた白髪頭の初老の男性が指示を下す。

 

「『わたつみ』シリーズ、サイオンウェーブ同調開始。」

 

男性が指示を出すと空間に設置された特殊な機材が起動する。

それらは下部が展開し十二個ある大昔のロボットアニメに出てくるようなコックピットの様な装置が設置されておりその部分に病院服のようなものを着させられた”幼い少女”が乗せられている。

指示があるとそれらは特殊な大型機材に吸い込まれていく。

 

『サイオンウェーブ同調開始、3、4、5必要レベルに到着。』

 

『サイオン自動吸入、起動出入力用サイオン確保』

 

各セクションがサイオンがこの機材が必要一定数の出力を確保したことを確認できたことを報告する。

 

「起動式出力開始。」

 

男性がそう告げると特殊な機材は起動を始め起動式が展開される。

幾何学模様と膨大なアルファベットの文字羅列がその機材を中心として広がりを見せながら収束を見せる。

 

『起動式読み込み順調に開始………間もなく起動式読み込み間で残り90%」

 

その報告を聞いた男性は指示を出す。

 

「最終セイフティー解除、【ミーティアライト・フォール】起動。」

 

「最終セイフティー解除、起動式読み取り完了。」

 

『【ミーティアライト・フォール】発動します。』

 

その言葉と共に起動式の封が切られその魔法は収束を完了し”だいこく”から光の柱として放たれた。

 

 

同時刻

大亜連合の工作艦破壊任務を受けていた特殊なアーマーに身を包んだ男性が作戦を完了させて浮上した甲板の上でフルフェイスのバイザーを解除しながらその光景を見上げていた。

浮上した戦艦、いや潜水艦はUSNA所属の原子力潜水艦である【ニューメキシコ】。それは国防海軍の対空ミサイル艦から放たれた魔法式を関知してタイミング良く浮上した。

 

「あれが…大戦時代の遺物。」

 

◆ ◆ ◆

 

少女は飛行する機内の中で一人熱に浮かされていた。

 

(しちゃったわ…ワタシ…八幡にその…ファーストキス…~~~~~~~~っ!?)

 

夢にでも出そうな程覚えているその言葉はリーナにとって一生忘れることは出来ないだろう。

 

『今さら気を使う必要もないだろ。それに、今回が最後じゃない。』

 

『言ったろ。辞めたきゃ俺を頼ってくれ。これでも七草の息子だからな。それなりにコネはある。』

 

諦念が混じっていた言葉を八幡がそれを書き消す言葉を告げた。

 

『だからこそ、俺はお前に”サヨナラ”は言わない。』

 

『お前が本当にやりたいことを見つけてこっちに戻ってくるなら全力でサポートしてやる。』

 

『お前は俺にとって掛けがえの無い(唯一無二のマッ缶を愛飲する仲間)存在だからな。』

 

その言葉がリーナの脳内でリフレインし柔らかな唇をなぞるように触れる。

 

(また…逢えるわよね…ううん、絶対に会いに行くんだから。)

 

日本で逢った好敵手と初恋の少年に想いを馳せていると航空機が空港に到着したことを告げて妄想していたものが霧散した。

 

「シルヴィ!」

 

日本から発った飛行機は北アメリカ合衆国アルバカーキ空港。

リーナは乗ってきた飛行機から搭乗口ゲートから日本で買ったお土産を乗せたカートとともに降りるとロビーにて先に帰国していたシルヴィアがロビーにて待っていた。

その表情は困惑を浮かべていたが。

 

「お帰りなさい総隊長殿。」

 

リーナの姿を視認し困惑を浮かべていたが直ぐ様シルヴィア”准尉”としてリーナに敬礼した。

こんな往来でましてや任務中でもないのにそうされてしまったことにリーナはあわてふためく。

 

「い、今は任務中でないですからリーナでいいですよ。ほらお土産をたくさん買ってきたんですよほら!」

 

そう言ってリーナはお土産袋から購入したお土産を取り出す。

パッと開いて裏地は赤い唐草模様で表には日の丸に『あっぱれ』と書いてあった。

 

「はい、これ!」

 

「あ、いえ実は…。」

 

「?」

 

いい淀むようなシルヴィアのコメントに首を傾げるリーナだったが差し出された物に対して更にその疑問符が大きくなった。

 

「参謀本部の命令です、総隊長。」

 

差し出されたのはホノルル行きの航空便チケット。

 

「ホノルルへ向かってください総隊長。」

 

「………って、えええっ!?!?私今戻ってきたばかりですよっ!?」

 

一瞬の沈黙の後に空港のロビーで思わず大声をあげてしまったリーナはハッとなり口を抑えた。

付近にいた利用客は何事か?と視線が集中したが直ぐ様自分の行動に移り興味の対象から外れている。

 

「い、いったい何の任務なんですか!?」

 

「さぁ?詳しくは向こうの指令室で通達を受けてください。」

 

リーナにホノルル行きの航空券を手渡して後ろ向きへと肩をつかんで回らせシルヴィアは荷物のカートを手に取る。

 

「せ、せめて休ませてください!」

 

「大丈夫です。向こうについたら少しは休める筈ですから。」

 

「そ、そんなこと言ったって分からないじゃないですか!」

 

手にもった扇子がひゅんひゅん、と振り回すリーナだったがそれはシルヴィアに没収されてしまった。

 

「え?」

 

「すみませんリーナ。」

 

笑みを浮かべるシルヴィアを見てリーナは悟った。

 

「え、あ、ちょ、ちょっと!?」

 

そしていつのまにか現れたUSNAの軍人がリーナを再び搭乗口へ凄まじい勢いで連れていく。

 

「シルヴィ!?」

 

「すみませんリーナ。あ、お土産ありがとうございます!」

 

遠くなるシルヴィアを見ながらリーナは目尻に涙を浮かべた。

 

「~~~~~~っ!」

 

搭乗させられた機内でリーナの悲痛?な叫びが木霊した。

 

「シルヴィの薄情者ーーーーーー!!!」

 

◆ ◆ ◆

 

魔法第一高校は今春休みを向かえてそろそろ終盤…。

俺は雫の好意によって小笠原諸島聟島列島 媒島にある北山家の別荘にお邪魔させてもらっていた。

まぁその前にリーナの件で女子四人から俺が悪いわけではない筈なのだがこってりと絞られ環境的に真夏で海を楽しむ筈だったがダウンし俺は冷房の効いた客室で惰眠を貪っていた。

 

「Zzz…。」

 

「八幡起きて。」

 

ゆさゆさ、と俺の体を揺らすリアクションが起こされ直前まで『アハト・ロータス・ワークス』で開発している新製品のアイディアが降りてきたことも相まって夢中になっていたら朝…惰眠を貪りながら柔らかなベッドにその身を任せていたかったが許されないらしい。

 

そのリアクションと声色は雫であることが分かっていた。

 

「んあ…?雫か。」

 

「おはよう。もう朝だよ?」

 

むくり、ベッドから起き上がると目の前には当然雫がいたがその服装が寝起きには刺激が強かった。

 

「何で水着?」

 

「なんで…って別荘に来て海があるんだから着替えるでしょ?」

 

俺の目の前にいる雫が着用しているのはこの間の夏の物と少しデザインが違う水着にパーカーは羽織っていない。

なんと言う破壊力…少しは俺の前で羞恥心というものを持って欲しい。

あ、なるほど俺男として見られていないのかもしれない。

 

「似合う?」

 

その場で一回転して水着の品評を確認しに来た。

 

「まぁ…そりゃな。似合ってる、としか言いようが無いんだが。」

 

雫が着用しているのはラベンダー色のシンプルなデザインのタンクトップ・ビキニ…通称タンキニと呼ばれるものでありそこまでいいのだがついつい俺は雫の水着姿…下半身を覆うパンツ部分は鼠径部が丸見えになりそうな程際どい物で正直目のやり場に困ってしまう程、だが雫の魅力はお尻にあると俺はそう思う。

あとその背中に当たる部分に菱形で穴が空いているのは何故なんだろうか…八幡は考えた、が分からん。

 

それに昨年よりも大人びた雫が着用するとなんとも淫靡な魅力を醸し出していた。

やはり雫が一番エロいのでは?

 

「ふふっ、そっか。ありがとう八幡。」

 

そう言って雫は俺が未だ使用しているベッドに腰かけて俺に近づいてきた。

 

「なんで座ったの…俺を起こしに来たのってこの空調の効いた部屋から外へ環境に連れ出すためじゃないのか?」

 

「それもあったけど…ううん、やっぱり変更する。」

 

そう言って雫は俺へ近づいた。

その距離はもう手を伸ばせば抱き締められる距離にまで接近している。

 

「お、おい雫…。」

 

「この三ヶ月間八幡に逢えなくてずっと不満だった。」

 

それは話し相手がいなかった、という意味なんだろうか?

 

「いや、だって交換留学だから仕方ないだろそれ?」

 

「私が寂しい、って思っているときにほのか達が一杯八幡成分を吸ってるのに…それに私の代わりに日本に来た美少女を惚れさせてたよね八幡?」

 

「またかよ…だからあれは事故だって。俺とリーナとは別にそんなんじゃない。好敵手みたいなもんだって。」

 

そうこの雫の別荘宅に来るまで先日のリーナとの件でずっと擦られ続けていたのだ。

雫は飛行に乗ったときもここにいる時も俺の隣をずっとスタンバって今現在に至る、というわけだ。

 

「このまま八幡と二人で空調の効いた部屋でイチャイチャするのもいいかも。あの時みたいに。」

 

そう言って俺に顔を近づける雫。

 

あの時…恐らくは去年俺の誕生日を雫家で祝ってくれたときだろう。

その事を思い出したのか雫の顔色が少し紅く上気してる。

いや恥ずかしがるぐらいなら思い出さないでくれよ。

俺は呆れ気味に雫を離す。

 

「あのなぁ…年頃の女の子が勘違いされるようなことを言うんじゃありません。間違いで俺が手を出したらお前の両親に殺されるわ。」

 

そう告げて優しく雫を離すと不満げな表情を浮かべて離れようとしない。

所々柔らかいところが当たって俺の理性のメンタル強度が今鋼になってる。

 

「む…なかなか強情…好きな人じゃなきゃこんなことしない…って前にも言った気がする。」

 

「ああ。聞いたことある台詞だなそれ…って頼むから離れてくれよ雫…!」

 

「つまるところ私以外の女の子がハチマンニウムを一杯摂取しているのに私は摂取出来てないから摂取させてほしい。これは私の権利で義務。」

 

なんだよハチマンニウムて…新手の健康被害が出そうな有害物質かな?

 

「ハチマンニウムは八幡からしか検出されない特殊な成分。摂取すると幸福感現れて肌が艶々になる。だけど…過剰な抱擁は中毒症状が出やすい。」

 

「例えば?」

 

「ずっとくっついて離れたくなくなる。」

 

「捨ててしまえそんな成分!!…っておい!」

 

そう言って雫が俺に抱きつく。

ちょ、ヤバイって…!水着ではあるが殆ど下着と変わらない防御力とどこがとは言わないが”成長している感じがする部分”が当てられて俺の精神値がごりごりと削られてく…っこのままだとSAN値ピンチ!になってしまう…!

 

「あ、雫!」

 

と、俺と雫で攻防を繰り広げていると部屋のドアが開かれた。

 

「帰ってこないな~って思ったら雫!それに八幡さんも離れてくださいっ!」

 

「むぅ…邪魔が入った。」

 

「助かったぜほのか…。」

 

「へぇっ?…って雫早く八幡さんから離れて!」

 

部屋に飛び込んできたのはほのかで彼女も当然だが水着を着用していた。

オレンジ色のフリルがあしらわれたセパレートタイプの水着で下着はスカートの様になっていた。

その姿を見て去年の夏…ほのかの”あれ”を思い出してしまったが気を紛れさせるために褒めることにした。

 

「ナイスタイミングだぜほのか…それとその水着似合ってるな。」

 

「えへへ…ありがとうございます八幡さん。…雫、抜け駆けしないって約束したでしょ?」

 

「不用意に寝ている八幡が悪い。私は悪くない。だから私は謝らない。」

 

プラズマチョチョウ!…ではなくて酷くねぇか雫さんよ。

 

「全く…それよりも八幡さんも着替えて海に行きましょう?せっかくの海なんですから。」

 

「うん。ほのかの言う通り。」

 

「わーったよ…着替えるから外に出てくれ。」

 

こうして半強制的に水着着替えさせられてビーチに出ることになった。

 

ビーチに出ると既にレオ達がスイカ割りに勤しんでいた。

どうやら美月がスイカ割りのプレイヤーとなってエリカ達の指示を受けていたが美月はエリカの指示を聞いて見当違いの場所を叩いていた。

 

「全然違う場所じゃねーかよエリカ、ちゃんと誘導してやれよ。」

 

俺の声にその場にいた四名がこちらを振り向いた。

 

「あ、おっそ~い。待ちくたびれて先にスイカ割りをしちゃってたわよ?」

 

「ちょっと野暮用でな。」

 

俺の目の前で腰に手を当ててポーズを決めるエリカ。

ピンクを基調としたカラーリングのビキニを着用しており出るところは出てて締まるところはキュッと締まっている体つきが美しいエリカにはピッタリのデザインの水着を着用していた。

下着部分の横がビキニなのでヒモになるのは分かるんだがその下にもう一段角度のえぐい黒い布があるのが気になった。

その黒い布は今着用しているピンクの布地よりも鼠径部のラインが際どい…ピンクの水着失くなったらそれほぼ覚悟ガンギマリ礼装じゃないか…それは言ったい何のためにあるんですか…?

 

「あ、八幡さんが来たんですか?お待ちしてました。」

 

タオルを当てられて前が見ない美月だったが声の方向…俺がいる方向を確認し体を向けている。

 

美月はエメラルドグリーンを基調としたシンプルなデザインのセパレートを着用しており、ビキニほどではないにしろ胸元の深いカットが双方の果実の主張を強調して、いつものおとなしさからは想像できないほどの艶かしさを醸し出している。

やっぱりこの中だと一番の巨峰の持ち主かもしれない。

しかし、そんな邪な目で見るのは近くにいる幹比古に悪いし直ぐ様視線を外し二人の水着を褒めることにした。

そうしないと今ここにはいないがイマジナリー小町に怒られそうだからである。

 

「ちょっとな…それよりもエリカと美月の水着とっても似合ってんぞ。」

 

「えへっ…ありがとっ。」

 

そう告げると二人は少しほほを赤らめてような顔色を浮かべていた。

 

スイカ割りを行っていたが結局エリカが美月からバットを借り受け魔法できれいに等分してしまった。

レオからは。

 

「いやいや…お前がやっちまったら意味ねーじゃねーかよ…。」

 

「スイカを砂浜に撒き散らすよりかはマシだろうな…いつ見ても見事な剣術だな。」

 

「へへっ~そうでしょ?」

 

得意気にするエリカの笑みに全員が釣られて笑った。

 

「遅かったな八幡。寝ていたのか?」

 

「ああ。ちょっとした新アイディアが降りてきてな…纏めるのに夢中になってたら朝になってた。」

 

「もう、無理はダメです八幡さん?」

 

俺たちは砂浜から上がって別荘のテラスに設置された椅子に腰かけると達也と深雪が先にいた。

 

「ごめんごめん…アイディアは熱いうちに打てって言葉があるくらいだし。」

 

「それを言うなら”鉄は熱いうちに打て”だろう?」

 

「まぁ、そうとも言う。」

 

達也とそんな会話を交わしていると雫家の家政婦である黒沢さんが俺の前にグラスに入った南国のトロピカルティーを置いてくれた。

それを遠慮無く一口を付けて飲み干す、様々な果物の甘味が広がり昨日の徹夜の疲労が吹き飛びそうだった。

 

「ふぅ…。」

 

「……(そわそわ)」

 

チラリ、深雪に一瞥くれるとそわそわしている。

当然ながら深雪も様式に則って水着を着用している。

青を基調としたレースタイプの上はタンクトップに近く下着はスカート仕様の水着でビキニほどではないが攻めすぎでない深雪と言う少女と女性の中間にある艶かしさが言い意味で霧散し可愛らしさを印象付けるデザインの水着を着用し有無を言わせない程よく似合っていた。

ここでもまた俺のなかに存在するイマジナリー小町が『早く褒めないとダメだよお兄ちゃん!』とダメ出しされた気がしたので深雪に声を描ける。

 

「深雪の水着似合ってるな。」

 

「あ、ありがとうございます八幡さんっ。」

 

ともかく無事に女性陣の水着を褒めることに成功した俺は一息吐くために再びトロピカルティーに手を付けようとしたその時だった。

 

「この音は…?」

 

別荘近くに響き渡る航空機のエンジンの音。

それは全員が気がついて達也が告げた。

 

「珍しいな…国防軍の飛行挺だ。」

 

視線の先には彩度の低い軍用機に”日の丸”が描かれた日本国防軍所属の飛行挺がこの別荘に近づいてきた。

その理由は深雪と俺以外は分かっていないだろう。

 

「仕事か達也?」

 

「ああ。だろうな。深雪達を頼む。」

 

「おう。頑張ってこいよ。」

 

そう親友に告げると深雪とともに別荘の割り当てられいる部屋へと戻っていった。

 

◆ ◆ ◆

 

翌日の3月29日、小笠原諸島父島ホテル。

ここには卒業旅行で訪れていた真由美と摩利が宿泊していた。

 

「…ん。」

 

ピピピピ、と通信端末のアラームが鳴り響きその持ち主である真由美がその音で起床しベットから這い上がるように手にとって確認する。

 

「ん…何かしら。」

 

いまだ覚醒しきっていない真由美だったが端末の届いた情報を確認するとその眠気は吹き飛んだ。

 

「暗号メール…っ!?」

 

直ぐ様ベッドから這い出して室内に設置されていた自動コーヒーマシンを起動させ濃いめのコーヒーを受けとり口を付ける。

少し強めの苦味が真由美の眠気を吹き飛ばす。

持ち込んできたタブレットを起動させ端末を接続しパスワードを入れて送られた暗号メールを解除し開封し確認すると眠気は完全に吹き飛んだ。

 

「摩利起きて!」

 

「ううん…。」

 

中々起きようにない同室の摩利を起こすためにホテルのカーテンを引き起こす。

窓から入る窓の光に強制的に起床させられた。

 

「ちょっと早すぎないか…?」

 

「もう朝よ?」

 

そう言って真由美はさっき入れたばかりのコーヒーを手渡す。

それに口を付ける摩利。

 

「にがっ…。」

 

「これを見て。」

 

そう言って真由美はタブレットを摩利へ向ける。

その寝ぼけていた摩利の意識はその内容に覚醒せざる得なかった。

 

「これは…!」

 

そう告げた摩利の言葉に頷く真由美。

 

「八幡くんにも伝えておいた方がいいんじゃないのか?」

 

「そうね…たしか八くんも小笠原諸島聟島辺りにある北山さんの別荘にいるって言ってたわね…。」

 

「都合が良いかもしれないな。準備を終えたらすぐに行こう。」

 

「ええ。」

 

◆ ◆ ◆

 

3月29日、小笠原諸島父島南楯島。

ここは観光客向けのレジャー施設と国防海軍の基地が隣接する少し風変わりな島だ。

俺たちは北山家所有のティルトローター機に乗り込み訪れていた。

その観光施設は千葉県にある某夢の国のような景観が広がっている。

そこ行く観光客は誰も彼もが楽しそうな表情を浮かべていた。

 

この時代では魔法師は自由に海外旅行をすることは許されていないためこのように日本国内にこのような観光施設を作りなんちゃって南国気分を味合わせよう、と日本政府が苦肉の策としてだろうが…。

とりあえず俺たちはこの南の島を味わうことにした。

女子達は買い物を堪能し男連中は女子の荷物持ちとして随伴する。

まぁ女子の買い物の長いこと長いこと…仕方がないと言えば仕方がないのだが幹比古に至ってはちょっとバテていた。

もうちょっと体を鍛えような…。

 

「ふぅ…歩いた歩いた…。」

 

買い物が一段落し施設すぐ側の広場にある植木の花壇に腰を掛けるエリカ。

俺たちもそれに続いて一休みする。

 

「こんなに荷物持ちさせやがって…自分で持てる量を買えよな全く…。」

 

「ほしいものがあったんだから仕方ないでしょ?」

 

そう言うエリカは楽しそうにしている。

それは他の女子にも言えることで楽しそうにしている。

 

「ふーん…あっちが海軍基地の本丸か…。」

 

それにレオが反応した。

 

「基地とモールが陸続き…ってか人工地盤続きって訳じゃねーんだな。」

 

「こっちも一応軍の施設とはいえ軍の基地の余剰生産力を使った民間向けの施設と本当の意味の基地とじゃ一緒には出来ないよ。」

 

幹比古のいうことには一理ある。

 

「まぁ確かに日本は島国だし海上拠点は必要だろうな…お隣や海の向こう側から攻め入られない、ということは絶対にないからな。だったらそう言った場所を作ることも加味しながら防衛拠点は利にかなってる。」

 

俺がそう言うとレオをと幹比古は苦笑していた。

む、この場で言うことじゃ無かったかもしれない。

 

「吉田くん~、レオくん~、八幡さん~。そろそろお昼にしませんか?」

 

遠くから美月の呼ぶ声が聞こえたので振り返ると女子組は広場入り口に集合していた。

その呼び掛けにレオが立ち上がり腹を撫でる。

時刻的にはちょうど昼食を取るのにちょうど良い時間だった。

 

「おお。ようやくか…待ちくたびれたぜ。」

 

それに続けと幹比古が立ち上がり俺もそれに続こうとしたが不意にポケットの端末が震える。

 

「なんだ…?」

 

端末を開くとそこには姉さんのメール…暗号通信だった。

 

「なんで暗号通信…?」

 

俺は怪訝に思いパスワードを入れて解除し中身を確認すると俺の眉をひそませるには十分な内容だった。

 

「八幡さん、どうされたのですか?」

 

続いてこない俺を見て深雪がわざわざ駆け寄ってきていたのに気がつかず思わずどもってしまうがこれを知られるわけには行かなかった。

 

「ああいや…、すまん先にみんなで昼食を取っててくれ。少し用事を思い出したんだ。」

 

「え、八幡さん?」

 

「少し時間がかかるから発着場で合流しよう。じゃっ。」

 

「あっ…。」

 

俺はかなり強引に深雪達の集まりから俺は素早く離れ人混みと軍施設に向けて《瞳》の力を発動させて駆け出した。

周囲を探るように見渡す。

目的の人物は直ぐ様見つかった。

俺は建物の影に隠れ施設内の魔法使用感知装置を欺く為【偽装工作】を展開しその対象人物に接近するため《次元解放》を使用し跳躍した。

 

◆ ◆ ◆ 

 

少女は”逃げろ”といわれて施設を飛び出した。

息を切らせて着の身着のままその施設から飛び出す。

施設内が慌ただしくなって銃を持った大人が少女を追いかける。

 

追いかけられたことで本能的に逃げることを選択した。

だけれども体力の無い少女は直ぐ様銃を持った大人に捕まりそうになる。

 

「……っ!」

 

足音がもうすぐ側までやってきているのが聞こえる。

銃の動作音が耳には入り動いている足がすくみ動けなくなりそうだったけれども必死で動かした。

伸ばす手が少女を掴もうとしたのを理解した。

もう、ダメだ。そう少女が思ったその瞬間その気配は霧散してしていた。

思わず足を止めて後ろを振り返るとそこには地面に倒れ込む軍服を来た大人達、そして立ちはだかるように一人の少年が居たのだ。

 

「…。」

 

くるり、とその場で回って顔を見せてくれた。

目付きは怖いけれどその見つめる眼差しはとても暖かく優しい視線が少女に突き刺さる。

思わず少女は少年に問いかける。

 

「…わたしを…助けてくれる…ですか?」

 

そう少女が問いかけると頷き手を伸ばす。

 

「ああ、お前さんがそう望むのなら。」

 

少女は手を伸ばし少年が手を取る。

抱き寄せられその瞬間少女の視界が海軍基地の倉庫から切り替わり自家用機の座席に座っていたのだった。

 

「…???ここは…?」

 

「大丈夫だ。」

 

少女はその少年の言うことを素直に聞き入れてしまうほど安堵していた。

 

◆ ◆ ◆

 

「八幡遅いわね…何をしてんのかしら。」

 

レジャー施設内に併設されているフードコートで食事をしているエリカ達。

食事を先に取るように、と指示を受けたが少し待っていたが何時まで待っても来ないため仕方なく先に食事を取っていた。

各々好き好きに店の料理を注文し舌鼓を打っていた。

其々が食事を食べ終えて食後の飲み物を飲みながら雑談を交わす。

 

「美月も達也くんも来年度からは新学科…それに幹比古は転科かぁ…。」

 

その雑談の内容は4月から二年生になる其々の学科の変更だった。

 

「ミキは一科生かあ」

 

それに反応した幹比古。

 

「ねえミキ?晴れて『ブルーム』になった感想はどう?」

 

「やめてくれよエリカ。別にブルームとかウィードとかおもってないから…ってどうしたのレオ?」

 

会話に参加していないレオの挙動をみた幹比古が問いかける。

 

「なんか…外が殺気立ってないか?」

 

レオの台詞にエリカと幹比古が反応し外を見る。

そこには”MP”と書かれた腕章をつけた憲兵が施設内を巡回監視していた。

 

「基地で脱走兵でも出たんだろうか…?」

 

「にしてはちょっとヤバイ雰囲気ね…雫、早く別荘に戻った方が良いかも。」

 

幹比古に反応したエリカが答える不味いと感じ取ったエリカが雫に提案すると頷いた。

それに呼応するように全員が素早く座席から立ち上がり店を後にした。

 

空港に到着した雫達。

異変に気がついた雫が声を上げた。

 

「あれ?タラップが開いている…?」

 

出掛ける前に閉めた筈なのに可笑しい、と思った雫は機内に乗り込むとそこには見知った顔が既に搭乗していた。

 

「八幡戻っていたんだ。」

 

そこにはリクライニングの座席を倒して寛いでいる八幡の姿が。

 

「ああ。連絡を入れるの遅れて悪かったな。今さっき用事が終わって戻ってきたところだったんだ?少し疲れてな…先に休ませ貰ったんだ。それにしても随分と早いご帰宅だな。何かあったのか?」

 

「ちょっとね…施設の方で憲兵達が脱走兵を探しているみたいで。」

 

「物騒だな。ならさっさと別荘に引き上げた方が正しいな。」

 

「うん。わたしもそう思う。…所でその女の子は一体…どなた?」

 

全員の視線がその者に突き刺さる。

 

「……っ!」

 

その者は八幡の腕に抱きつき体を隠すように八幡の後ろに移動した。

 

「ああ。実家からの仕事でな…”この子を迎えに行け”って言われてな…だからさっきみんなから離れたんだ。大丈夫だ。みんなお前さんの味方だよ。」

 

「…うん。」

 

優しげに語り掛ける八幡の姿に全員が見入っていた。

 

そのやり取りを行っている最中に自家用機に最後に搭乗したのはレオでタラップと入り口を閉じるボタンを操作する。

次の瞬間に軍用のジープがエンジンを唸りを上げて近づいてきてるのが分かった。

そのジープは直ぐ様北山家所有の自家用機の隣に停車し威圧的な声を上げた。

 

「機内を改める!そこの自家用機タラップを降ろせ!」

 

横暴とも言えるその言い方にエリカが反応していた。

 

「あいつら…。」

 

「あ、エリカ…?」

 

そう言って立ち上がりタラップ昇降口に歩き出す。

八幡はその光景を見て立ち上がり後を追う。

 

「おわっ。」

 

レオを押し退けタラップの操作をして扉を開くエリカ。

押し退けられたレオに八幡は声を掛けた。

 

「ちょっとレオは後ろに下がってくれ。」

 

「ん?何でだ?」

 

「あのトラブル娘が余計なことを言う前に止める必要があるからな俺には。」

 

そうレオを会話する八幡を尻目にエリカは憲兵と会話をしていた。

 

「何のよう?」

 

タラップが解放されそこに立っていた人物を認識した憲兵は驚愕の顔色を浮かべる。

 

「げっ!エリカお嬢さん…!?」

 

「あんた達この飛行機に何の用?機内を改める、って言ってたけど」

 

そう問い詰められた憲兵は良い淀んでいた。

 

「いや、その…基地内の病院から特殊な患者が脱走したらしくてですね…。」

 

(特殊な患者ね…よくもまぁそんなことが言えたもんだ。)

 

その話を聞いて八幡は思うところがあったが口を出さなかった。

 

「らしい?」

 

その曖昧な返答にエリカは切れた。

 

「あ、はいそう我々は聞かされています。」

 

対峙している海兵は冷や汗を浮かべている、見ていると可哀想だなと八幡は思い苦笑した。

 

「この飛行機には乗ってないわよ。」

 

エリカはきっぱりと言い切った。

 

「いや、しかしですねお嬢さん一応探させていただかないと…自分も仕事ですので…。」

 

エリカは威圧感たっぷりに腕を組んで上からの場所できっぱりと告げた。

 

ここには居ないって言ったでしょ?それとも…あたしの言葉が信じられない?

 

完全に二人の海兵はエリカの放つ威圧感に完全に呑まれていた。

それを見かねた俺はエリカを退けた。

 

「すみませんね憲兵さん達。どうぞなかを改めて貰って構いません。」

 

「ちょっと八幡…!さっきの子…。」

 

小声で詰め寄られエリカに睨まれた八幡だったが不敵な笑みを浮かべていた。

 

「大丈夫、任せろ。」

 

「そ、それでは失礼する…!」

 

八幡が許可が出た海兵達の顔色は戻った。

二名の憲兵は北山家の自家用機の中に入り込み座席にお手洗いに貨物室を検分していた捜索するとこ数十分、結果として探していた人物は見つからなかった。

 

「きょ、協力感謝する。」

 

「ええ。ご苦労様でした。」

 

八幡はタラップから降りる憲兵を見送ると操作しタラップを閉じて室内に戻る。

同時に自家用機が飛行場が飛び立つ。

 

「なんだよエリカ…そんな不貞腐れた顔して。」

 

室内に戻るとエリカが不貞腐れて窓際に頬杖を付いていた。

 

「べつに?なんでもないわよ。」

 

「あのな…あの人たちだって仕事でやってるんだから顔を立ててやらんと…知り合いなんだろ?」

 

「だからって…さっきの子がいたのに…ってどうしてあの子が見つからなかったの?」

 

エリカがなにかを言おうとしていたが頭に疑問符を浮かべていた。

 

「確かに…どうして?」

 

雫が頭を傾げているのを見た八幡は思い出したかの様に左腕を持ち上げフィンガースナップを行う。

パチン、した音が響くと魔法が解除される。

 

「うそ…!?」

 

空間が割れるように八幡の右腕にくっついたままの目が隠れた少女が現れた。

その光景と自分達が今までその少女の事を知っていた筈なのに”認識していなかった”事に驚いた。

 

「中に入れたところで見つけられなきゃ意味がないからな。だったら下手に断って押し入られるよりこちらの方が建設的だろ?」

 

手をヒラヒラさせた八幡。

精神干渉系統で認識を逸らし『偽装工作』で少女を海兵から見ればスーツを着た男性にしか見えなかったのだ。

 

「一先ず別荘に戻って話を聞くとしよう…話してくれるか?」

 

そう八幡が問い掛けると少女は頷いた。

 

「悪いが雫。事後承諾で悪いんだけどこの子を別荘に連れていく許可をくれ。」

 

「うん、分かった。」

 

「とりあえず別荘に着くまで時間があるとりあえず座ろう。」

 

「はい。」

 

飛行場から飛び立った自家用機は一路別荘へと飛び立ったのだった。

 



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chapter2:【わたつみシリーズ(九亜という少女達)

時刻を少し遡る。

同じ日時、南盾島空港

 

「お帰りなさいませお嬢様、摩利様。」

 

「ただいま竹内さん。『お客様』は来なかった?」

 

七草家の家人である竹内は首を振った。

 

「いえ、お嬢様。仰っていた『お客様』はいらっしゃいませんでした。」

 

その返答に真由美に焦るような素振りを見せる。

 

「そう…。」

 

「その代わり海軍基地の兵士の二人が押しかけてきました。病院から抜け出した患者を捜索するという名目の元で機内を検分すると仰っていましたので一通り機内を案内した所納得されて帰られました。」

 

その回答に摩利が反応し真由美が答えた。

 

「しかし、その『九亜』という少女は何処へいってしまったんだ?もう捕まってしまったのではないだろうな…。」

 

「それはないと思うわ…いまだに憲兵達がターミナルビをうろうろしていたと思うから未だ捕まっていないと思うけど…。」

 

「お嬢様それにつきましては心当たりがございます。先ほどまで当機と同じ機体が駐機しておりターミナルビルよりでした。その『お客様』が間違えて乗り込んでしまった可能性がございます。」

 

竹内からそう告げられハッとした真由美は素早く指示を出す。

 

「竹内さんそれが何処の飛行機なのか調べてちょうだい!出来るだけ急いで!」

 

「かしこまりました。」

 

真由美の頭からは捜索を手伝ってもらっている弟のことが離れしまっていた、がそれを指摘できる摩利も頭からすっぽりと抜け落ちていた。

 

◆ ◆ ◆

 

「さ、着いたぞ。」

 

「(こくり)」

 

北山家の自家用機に揺られるほど数刻…。

南盾基地から追手を差し向けられることはなく無事平穏なフライトを完遂し別荘へ到着できた。

隣に入る女の子に声を掛けるとこくりと頷いて一緒に立ち上がる。

それとなんでか分からないが離れようとしない。

 

「お兄様。」

 

自家用機から降車すると軍の任務で離れていた達也が此方に向かってきているのが見て取れた。

その姿を見て深雪が駆け寄る。

 

「深雪か、随分と早い帰りだったが…ん?八幡その子は…。」

 

「よっ、達也。随分と早い帰りだな。無事に終わったのか?」

 

「ああ。つい一時間前にな。それより八幡達も予定より早いような…。」

 

「ちょっと向こうで騒ぎがあってな…巻き込まれる前に帰ってきた、ってわけだ。ああ、この子か?七草家のお客人だ。」

 

「「??」」

 

深雪と達也は首を傾げエリカ達も不思議そうな顔を浮かべている。

今説明してやるから待ってろ。

 

別荘の今に集合した俺たちはテーブルを囲んで車座に座る。

助け出した女の子を女子グループのところに座らせようとしたのだが…。

 

「………。」

 

「参ったな…」

 

「このまま八幡のとなりにいた方が良いんじゃない?その子も落ち着いているみたいだし。」

 

エリカがそう言うと全員が納得していた。

俺が視線を向けると女の子も俺を前髪に隠れたきれいな青色の瞳が俺を見て頷いた。

無理に離すのも憚られたのでそのままにすることにした。

結果として俺の左右にエリカとほのかが座りそこから時計回りに…といった感じだ。

 

「なにか…食べるか?」

 

「……(こくり)」

 

女の子は頷いた。

そこから家政婦さんにお願いしテーブル一杯にお菓子とジュースが用意された。

 

「~~~~!」

 

女の子は香ばしくも甘い匂いが鼻腔をつき女の子は前髪に隠れてよく表情が見えないが喜んでいることがよく見える。

エリカが手渡したジュースの入ったコップを受けとり余程美味しかったのだろう、それを勢いよく飲み干した。

俺以外に懐いているのはエリカだった。

 

「あなたの名前は?年は幾つ?」

 

そうエリカが問い掛けると少したどたどしくだが答えてくれた。

 

「…九亜(ここあ)です…年齢は…十四歳です。」

 

「十四歳…!?」

 

驚いた声を上げたのはほのかだった。

 

「もっと幼い子だと思っていました…。」

 

俺たちを代表として美月が答えてくれた。

確かに九亜はその年齢の割りには”幼すぎる”のだ、同年代と比べても発育が小学生、といっても差し支えない程だ。それにこの発達した近代で栄養失調などというのはこの日本ではあり得ない事だからだ。

 

「九亜は海軍基地から逃げてきたって話だったけどあってる。」

 

「基地…の…魔法研究所…からです。」

 

「基地の魔法研究所、ってことだったけど九亜ちゃんは魔法師なの?」

 

九亜はほのかの言う言葉に首を傾げていた。

 

「…魔法師?」

 

「魔法師、ってのは魔法を使える人間の事だ。九亜は魔法師じゃないのか?」

 

「わたし”達”は『わたつみシリーズ』と呼ばれていた…です。」

 

大半の人物が頭に疑問符を浮かべていたが達也と深雪、レオは心当たりがあるようで険しい顔を浮かべている。

 

「『綿摘未』シリーズ…調整体、か。」

 

俺の一言に全員の視線が九亜に突き刺さる。

突き刺さる視線に驚いた九亜は俺の腕にしがみつき隠れる。

俺は落ち着かせるために頭を撫でた、やけにごわついた髪質は下手をすると生まれてこの方人間らしい扱いを受けていないのかもしれない。

 

「それで…九亜は研究所でどんなことをしていたか教えてくれるか?」

 

「時々大きな機械の中に入ってた…です。」

 

「大きな機械?」

 

俺が疑問を浮かべると達也が補足してくれた。

 

「大型CADを使う場合魔法師はただ出力された起動式に沿って魔法式を組み立てるだけ、というケースも難しくない。九亜も自分が何をやらされているか分からないで協力をさせられていたんだろう。」

 

「それじゃあまるで使い潰しの効くパーツみたいじゃないか…!」

 

幹比古がその事に対して怒りを表すのは当然だろう。

まるで消耗品…言い表すならば生体CPUが妥当か。

 

「九亜はどうして研究所を抜け出したの?」

 

「盛永さん…女の人のお医者さんに逃げなさい、と言われたです。」

 

「その人がなぜ逃げろ、って言ったのか分かる?」

 

「『九亜逃げなさい。このまま実験を続けると貴方のように自我が消えた人形のようになってしまう。その前に逃げなさい』…です。」

 

「自我が…消える?」

 

「八幡、そんなことがあり得るの?」

 

「そうだな…。大戦中の技術を復活させたんだろうよ。大規模な…一人では処理しきれない魔法式を起動させるために魔法師を複数人意識下での同調リンク…させた…とそんなところだろうな。しかし(海軍の秘密研究所…奴さんは”戦略級魔法”でも構築でもしようとしてたのかねぇ)…。」

 

「?どうした八幡。」

 

「いや、なんでもない…ただの気のせいだ。さて…。」

 

「無茶苦茶だ…そんなことをして術者の精神が無事でいられる筈がない…。」

 

幹比古の懸念も多いにそうだ、そんなことをして健常な魔法師が耐えられる筈がない。

俺は九亜を見ると見上げてくる。

前髪に隠れた瞳が此方を見つめていた。

 

「助けてほしい…です。」

 

「大丈夫、必ず助け出す。それは九亜お前だけじゃなく”お前の姉妹達も救う”ってことで良いか?」

 

「八幡それは…!」

 

驚愕する達也に肯定した。

 

「ああ。海軍の秘密研究所…そこから実験体を連れ出す、となったら海軍と事を構えることになるのは避けられないだろうな。」

 

「なら…。」

 

「だが、これが俺が七草の家から命じられた仕事だしそもそも、魔法師を使い捨ての道具…機械の部品のように扱うことが俺は気にくわない。」

 

そもそもが俺の矜持に反することだ。

俺の中の心がバチり、と燃え跳ねた。

 

「お前達は関わらなくて良い。これは七草の仕事だしな。」

 

きっぱりと関わることを否定した。

ある意味これは逆賊行為だといっても差し支えないだろう。

ほのか達はある種の一般家系なので巻き込んでしまった場合リカバリーが効かない可能性がある。

俺は十師族の家の者だしな、いくらでもごまかしは効く。…それに俺には”あれ”が有るしな。

 

少しの沈黙の後にほのかから第一声が俺へ届く。

 

「そ、それでも…なんとかしてあげたいです!」

 

怖いのだろう、だがその場の勢いで言ったのではないとほのかの気迫が感じられた。

 

「ほのかが…それより八幡がやるって言うのにやらない選択肢はないよ?」

 

何時ものように表情の起伏が薄いがやる気に満ち溢れている雫。

 

「覚悟を問われちゃ逆に引き下がれないでしょ?」

 

エリカは不敵な笑みを浮かべながら九亜の頭を撫でている。

 

「俺も手を貸すのに一票だ。」

 

レオも何時も通り、怖いもの知らずといった感じだ。

 

「僕も構わないけれど…柴田さんや北山さんや光井さんが危ない目に遭うのは賛成できないよ。」

 

幹比古は参戦を表明したが女子が危険な目に遭うのはダメだと言う。

誰か一人忘れてねぇか?

 

「あら、わたしは構わないですか?」

 

早速深雪の突っ込みが入った。

 

「ええっ!?あ、いやその…。」

 

「いや下手したらこの中で一番強いの深雪じゃねーの?」

 

な・に・か・い・い・い・ま・し・た???

 

全てを凍らせてしまいそうな程の残酷なまでに美しい微笑を浮かべてドン!、という圧が俺へ襲いかかるが目逸らしして受け答えた。

 

「な、なんでもないですーヨ、深雪さん?」

 

その瞬間に室内に笑い声が響いた、先ほどまで暗い雰囲気だったがいい空気の入れ換えになっただろう。

 

「吉田くん。わたしは大丈夫ですから九亜ちゃんの力になって上げてください。」

 

「うん、分かったよ。」

 

「お兄様。わたくし達も九亜ちゃんの力になってあげたい、と思うのですが…。」

 

深雪が達也に問い掛けると即答した。

 

「ああ。俺もその行為を見逃すわけにはいかない。八幡。手助けさせて貰うぞ。」

 

その回答を聞いて俺は鼻で笑ってしまった。

 

「揃いも揃って命知らずだな…まぁ良いか。それじゃあ九亜救出作戦開始すんぞ。」

 

「「「「おー!!」」」」

 

こうして俺は知り合い、友人を巻き込んだ【九亜救出作戦】を決行することにした。

 

◆ ◆ ◆

 

その日の夕方。

九亜達は露天風呂…なのだが少々ローマ風のデザインの浴場(海が一望できるオーシャンビューな露天風呂)で女子一同は湯浴みをしていた。

当然ながら外界から盗撮されないように認識阻害の魔法が掛けられているので全裸で浴場の縁にたっても問題ないがそんなことをするものはいない筈だ。

 

浴場にはティーンエイジャの黄色い華やかな声が木霊する。

特に黄色い声が集中していたのがシャワーブースで九亜はお姉さん達におもちゃにされていた。

 

「九亜ちゃんどう?」

 

九亜はほのかに髪を洗われており泡まみれになっていた。

と、そこにエリカがエントリーし追加のシャンプーを投下し白いアフロが出来上がっていた。

 

「あ~ちょっとエリカったら…。」

 

「あはははっ。」

 

「泡まみれになっちゃったじゃないの。」

 

「この方がたくさん泡立つでしょう?ほら泡泡~、どう?気持ちいいでしょ?」

 

「ちょっと泡立ちさせすぎだって!」

 

やいのやいの良いながら九亜は洗われ成すがままになっていた。

その光景を身を清めながら見守る深雪、そしてその会話を先に体を洗って入浴し聞いている美月、雫がいた。

 

「ふふふ。楽しそう。」

 

その会話を聞いて湯に沈んでいた左腕をあげて口元に持っていく素振りを見せる美月、その動作に”あれ”が揺れてその瞬間雫に電流走る。

 

「…っ!………。(やっぱり八幡って大きい方が好きなのかな…八幡の周りにいる子って全員大きい子が多いし…。)」

 

ぺたぺた、と自分の”アレ”を触る雫、どうあがいてもほのかや美月のような”アレ”にはならないことに愕然としたが八幡が自分がくっつくと顔を赤くしていたことを思い出した。

 

(さすがにほのかレベルは無理だけどエリカぐらいなら…。好きな人に揉まれたら大きくなる、ってのは本当なのかな…?)

 

そう思い雫は自分の胸囲を湯のなかで弄り始めた。

 

「じゃあ九亜ちゃんそろそろ泡を洗い流すから前屈みになって?」

 

洗髪が完了し泡を洗い流すタイミングになり九亜に声を掛けるほのか。

しかし彼女は不思議そうな表情を浮かべている。

 

「ほのか、この泡はなんです?」

 

「?シャンプーよ。九亜ちゃんはシャンプー知らない?」

 

「知らない、です。お湯の水槽も、始めてみました。」

 

「お湯の水槽?」

 

九亜の言う言葉にほのかは引っ掛かりを覚えていた。

 

「九亜ちゃんは…お風呂に入ったことないの?」

 

泡を洗い流され水気を吸った前髪をごしごし、と掻き分け視界を確保する。

肯定を告げる返事をした。その答えはこの浴場にいるもの全員を驚かせる、愕然とさせた。

 

「はい、です。何時もは消毒槽に浸かっていたので。」

 

「……。」「……。」

 

「?」

 

その答えを聞いてほのかは九亜の後ろに回り込み前髪を掻き上げた。

鏡台には幼い顔立ちの少女が映っていた。

 

「じゃあ今まで入らなかった分お風呂を楽しまなくっちゃだね。お風呂はね?女の子にとってはただ体を洗うだけじゃなくてキレイになって大切な人とかに自分を見せる準備する大切な場所なんだよ?」

 

「キレイになって大切な人に見せる準備する大切な場所…?」

 

「うん。今日から九亜ちゃんを徹底的に磨き上げて上げるからね。」

 

「…///」

 

九亜は少し気恥ずかしくなり頬を赤く染めた。

彼女の脳内にほのかから言われた『大切な人に見せる』という言葉に自分の手を取ってくれた少年のことを思い出して妙に恥ずかしくなり視線を地面へ向けた。

 

◆ ◆ ◆

 

時は同じく西太平洋海上USNA原子力潜水艦【ニューメキシコ】甲板

一機のステルスV-TOLがニューメキシコの滑走路へ着陸した。

 

キャノピーが開かれ一人のスラストスーツを着用した兵士が現れそれを出迎えるのは屈強な肉体持った三十代男性とこのニューメキシコの艦長らしき人物が出迎えた。

 

同潜水艦作戦所。

その室内に制服姿のUSNA兵士が集められた。

その三人の兵士の前に先ほどV-TOLから降りたスラストスーツを着た人物がメットを取った。

腰以上まである煌びやかな金髪を揺らしているリーナ、いやここではアンジー・シリウスが姿を現した。

姿を現し彼女よりも年上の兵士が敬礼を行った。

 

「参謀本部の指令を伝えます。」

 

兵士達の顔にそれぞれの感情が走った。

 

「日本軍の南盾島にある海軍基地施設内部にある魔法研究所…その研究データ、実験機器全てを含めて”完全破壊せよ”との命令です。」

 

ブラウンの髪色の男性が質問する。

 

「参謀本部はステイツにとって驚異となる魔法が開発されている、と判断を下したわけですね?」

 

「”世界”にとって、です。」

 

リーナは強い言葉で訂正した。

 

「当該当研究所で開発されている魔法は地球周囲にある隕石群を引き寄せ落下させる戦略級魔法。その質量にもよりますが軍隊、いや一国を滅ぼしかねない極めて危険な可能性がある魔法です。」

 

赤い髪の兵士がリーナに質問をした。

 

「総隊長殿。研究資料を完全に破壊せよ、との通達でしたがそれは研究員の脳の中、も破壊対象に含まれている、ってことで良いんですかね?」

 

自分のこめかみをとんとん、と突っつくその仕草にリーナは眉をひそめる。

 

「…命令は研究資料の完全破壊です。それ以上のことは聞いてません。」

 

リーナがそう告げる狂ったように喜んだ。

 

「ヒャハッ!ということは判断は現場に任されるってことで良いんですかねぇ!?」

 

その反応に釘刺した。

 

「ラルフ、現場の判断は上官であるわたしか、総隊長殿が判断を下す。」

 

そう言われて興が覚めたのか大人しくなったラルフ。

 

「分かっておりますよ隊長。勝手な真似は致しませんので。」

 

「…よろしい。では作戦を詰めましょう。」

 

潜水艦内部の液晶画面に作戦概要が提示される。

 

「作戦開始は現時点から27時間後水陸両用強襲挺を用いて私とハーディーで強襲を掛けます。具体的には南盾島東岸の防衛陣地を私の魔法で破壊。ハーディーはその援護、その隙にベンとラルフは島の北東でスラストスーツで上陸し研究所内部に突入、資料と機器を破壊した上で研究所を破壊してください。」

 

画面から目を離して正面を向き直るリーナ。

 

「ただし、作戦遂行が困難になった場合直ぐ様撤退して貰っても構いません。第二段階として私が【ヘヴィ・メタル・バースト】で基地を吹き飛ばします」

 

その作戦にハーディーと呼ばれた黒髪の男性が驚愕する。

 

「戦略級魔法の使用許可が下りたのですか!?」

 

「ええ。参謀本部は其程までに今回判明した脅威を重大なものと見ていると言うことです。」

 

「ステイツは世界の脅威になる戦略級魔法が新たに産み出されるのを許容しない、それを日本の軍人も理解すべきなのだ。」

 

「そう言うことです。」

 

ベンの回答にリーナは満足したように頷いた。

 

「幸い南盾島は全島軍事施設ですが日没後は民間人は退去する、という報告を受けています。犠牲は最小限に抑えられる筈です。」

 

液晶を見ながらリーナは『任務とはいえ必要な犠牲』と割りきったリーナは液晶を見てからくるり、と首を三名の隊員へ向ける。

 

「それでは各員、作戦に備えてください。」

 

狭い潜水艦内部ではあったが陸軍方式の敬礼で任務を承諾した。

 

◆ ◆ ◆

 

当日その日の夜。

 

女性陣が湯浴みを終えて時刻は十九時。

そろそろ夕食頃だと降りてきた男性陣が配膳の準備をしている…が雫達の他に足りないのが数名…

 

「あれ、エリカ達は?」

 

「大事なことを頼んでいるの。」

 

「大事なことぉ…?」

 

俺が怪訝な顔を見せると雫が笑みを見せる。

 

「ふふ、じつは…」

 

「あ…!」

 

その事を答えようとしたが美月が俺たちの後ろに視線を向け何かに気がつき声を上げた。

声につられて俺を含めた男性陣が振り返るとそこにはー。

 

「「「おおっ」」」

 

「おお…。」

 

思わず現れた人物に俺は「見違えたな…」という第一感想を浮かべた。

 

「………///」

 

足元は赤いソフトシューズに膝上下まであるドレスのような純白のナイトローブを身に纏い湯浴み前までは前髪が隠れていたが今は眉と同じ位まで切り揃えられ背中に広がる黒髪は生き返ったように艶やかになっている。

チープな言葉で表すならば「お人形さんみたい」というのが妥当だろうか?

見た目は小学生中学年ではあるが実年齢は中学生であるのでその見た目と実年齢に脳が誤認しそうであったが良くも悪くも”似合っていた”九亜が姿を現した。

 

「とっても素敵よ九亜ちゃん。」

 

その姿を見た美月はきゃ~!と言わんばかりに喜色を見せている。

 

「…っ~!……////」

 

俺と目があって大慌てで俺から目を逸らした九亜は近くにいたほのかに助けを求めていたが…何か不味いことでもした、ジロジロ見すぎたか?と思ったら九亜が俺に近づいてきた。

このままでは俺が見下ろす形になってしまうので少し背を屈める。

 

「どうした?」

 

「その…ほのかが言ってました。お風呂はただ体を洗うだけじゃなくてキレイになって大切な人とかに自分を見せる準備する大切な場所なんだよ?って…どう、ですか?」

 

その言葉にエリカ達がニヤニヤしていた。

 

「ほほう~?八幡ってば罪な男ね~。九亜にも好かれちゃうなんて。」

 

「姿見だけ見ると親子のように見えるな。」

 

達也が余計なことを言ったので深雪とほのかがジト目で俺を見ていた。俺が悪いのかこれ?てか親子って…せめて兄妹って言ってくれる?

 

「………。」

 

九亜は俺をじっと見つめ…途中で視線をはずして頬を紅くしながら待っていた。

…仕方ない、問いかけを無視するわけには行かずに対応することにしよう。

 

「すごく良く似合ってるぞ九亜。お姫様みたいだ。」

 

「……////」

 

そう告げると恥ずかしそうにしながら俺の服の袖を掴んできた。

取り敢えずは九亜が満足の行く返答だったらしくて一安心し妹達にやる何時もの癖で頭を撫でていた。

 

「……♪」

 

「八幡って…もしかしてロリコン?」

 

エリカの一言に全員が苦笑していた。

まぁ全員が全員冗談だと分かっていたんだろうが…ほのかが面白いくらい狼狽していたので訂正させた貰った。

 

「バカ言え。俺が九亜に向けてるのは親愛の情だっつーの…あと面白がってほのかをからかうなよエリカ…。」

 

「あははー。ごめんごめん。」

 

「…ったくよぉ…。」

 

「……♪」

 

そう言いながら俺は九亜の頭を撫でると嬉しそうにして俺との距離が近い。

随分と懐かれたもんだな、と思ったが今のところ不都合はないからこのままで良いか。

次の瞬間。

 

ぎゅ~~~。

 

「……///」

 

腹の虫が可愛らしく鳴り響いた、と思ったら俺の手の位置が下がった。

どうもこの可愛らしい腹の音は九亜が発生源だったらしい。

 

「服のサイズもピッタリで良かった、じゃあ夕食にしようか。」

 

「だね。」

 

雫の問いかけに九亜が頷くがキョロキョロと辺りを見渡す。

 

「どうしたの?」

 

「七草真由美さんはどこに…いるです?」

 

「「「え?」」」「ん?」

 

女性陣三名と俺の声が重なった。

エリカが俺を見て問い掛ける。

 

「七草真由美…ってあの七草先輩?」

 

その問いに俺は頷いて九亜に再び視線を向ける。

 

「九亜。ここには真由美…姉さんはいないけど弟の俺がいるから大丈夫。」

 

俺が姉さんの義弟ということを伝えると安心していた。

 

「八幡さんは…七草真由美さんの…弟ですか?」

 

「ああ、そうだよ。」

 

「そうだったですか…盛永さんが『七草真由美さんに助けて貰いなさい』と言ってた、です。あの飛行機は真由美さんの飛行機では…なかった…です?」

 

そう不思議そうに問い掛ける九亜にレオが「そう言えば…」と思い出したかのように呟いた。

 

「そう言えば空港の滑走路の近く…100メートルすぐ近くに同型のティルトローター機が止まってたな。」

 

それを聞いて俺も思い出した。

 

「そういや実家のティルトローター機あったな…ってやばっ!姉さんに保護したこと伝えてねぇ…。」

 

「ちょっと!そう言うことは早く言いなさいよ!」

 

「八幡はともかく無茶言うな!」

 

「俺は九亜助け出したことで完璧に忘れてたわ…。」

 

エリカに無慈悲?にしかられたレオが反発してたが俺の場合は完全にやらかしだ。

 

美月が確認のため問い掛ける。

 

「つまりはレオくんや八幡さんが見た自家用機が七草先輩のお家のものだった、ってことですか?」

 

「たぶんそうなんだろうね。でもどうして南盾島に?」

 

「卒業旅行で出掛ける、とは聞いてたからな。」

 

そう答えると全員が納得してた

 

「八幡さん。先輩も行き違いになって心配されている、と思いますのでご連絡をした方が宜しいと思いますので食事の後にでも。どうでしょう?」

 

「そうだな…深雪の言うとおりこっちで保護したことを伝えないとな…。」

 

端末を確認してもさっきの捜索協力と「見つかった?」とのメールが合わせて二件しか来ていないので姉さんも気がきでないのか来ていない。

…後で怒られそうだがその時の俺に任せることにしよう。

 

「皆様。」

 

その考えに耽っているとキッチンへ続く食堂の入り口から黒沢女史の声聞こえて振り返ると良い匂いが漂う。

その手にキッチンミトンを装着し海鮮類が炊き込まれたパエリアが入った鉄鍋を持っていた。

 

「おー!旨そう!」

 

レオの第一声に全員が同意し雰囲気は夕食モードへ移行した。

ぞろぞろ、とそれぞれ食堂の座席に着席する深雪達に続くように俺は九亜の手を取って座った。

九亜に取り分けてやったり口を拭うなどしていたらエリカにまたからかわれた。ほんとに止めろお前…。

そんなこんなで和気藹々として全員で黒沢女史手作りの料理に舌鼓をうった。

その後達也に「明日早朝に国防軍基地に行って準備をしてくる」と言われた。

…軍の装備を私用に使うのは良いのだろうか?

 

◆ ◆ ◆

 

夜の静謐さに打ち寄せる小波の音が耳に入る。

一人で考え事をするにはもってこいのロケーションだった。

 

「八幡さん。」

 

屋外デッキで長椅子にもたれ込んでいると声を掛けられた。

その声の方向を向くと深雪が立っていた。

 

「ああ、深雪か…どうした?」

 

「少しお邪魔して宜しいでしょうか?」

 

「どうぞ?」

 

「失礼します。」

 

深雪は俺のとなりに着席した。

俺と深雪は喋らない、いや話しかけるタイミングを見計らっているといった方が言いかもしれないが潮騒が中和してくれているのが幸いか。

辛い沈黙ではなかったが破って口を開いたのは深雪からだった。

 

「八幡さんはどうして九亜ちゃんを助けようと思ったのですか?下手すれば十師族である七草が睨まれる可能性がありますのに…九亜ちゃんに特別な感情でも抱かれたのですか?」

 

少し深雪が不満げにしているように見えたが気のせいだろうが…誤解は解いておかないとな。

 

「特別な感情、って九亜は保護対象なだけで特にはないんだが。」

 

「ですけれど…。」

 

俺の回答に納得が行かないらしい、どう説明したら良いもんか。

 

「…九亜が昔の小町に少しだけ似てる、って言うのも確かにあるかもしれない。」

 

ぼそり、呟くと深雪がハッとしていた。

 

「っ…ごめんなさい八幡さん。わたし、配慮が足りていませんでした。」

 

「いや、気にすんな。それに今回の九亜達魔法師を使った実験、って言うのが俺は気にくわない。俺が教えられたポリシーに反する。」

 

これだけは譲れない、魔法師としての俺の矜持。

 

「ポリシー、ですか?」

 

「ああ。」

 

リーナにも語った俺の言葉ではないが俺の根幹に根付いた言葉を深雪に告げた。

 

「『私(俺)たち魔法師は戦争や政治闘争の為の道具じゃない。確かに兵器として産み出されてきたが心まで機械になった訳じゃない。信念を持って、自分で考え必死に生きて涙を、血を流して好きな奴を好きになって恋をして老いてしわしわの顔で笑顔で死んでいく人間なんだ』」

 

「そう、ですか…。」

 

「どうした…?」

 

「あ、いえなんでもありません。…すごくいい言葉ですね。」

 

「うちの婆ちゃんからの受け売りだけどな。…それだけに今回の実験は魔法師にとっては無視できないある種の人権侵害だしそんなことに九亜達を利用する奴らを俺は許さない。」

 

「八幡さん。」

 

そう告げると深雪が俺の手にそっと手を重ねる。

 

「大丈夫だ。別に荒ぶって殺気を飛ばしたりしてない。」

 

「そう言うわけではありません。八幡さんはお優しいですから。」

 

「優しい?俺は他人のために怒ってるんじゃない。俺のーー、」

 

「『為で精神衛生上宜しくないから』、ですよね?」

 

俺が普段からいっている台詞を深雪に取られなんとも×の悪い表情を浮かべていると深雪がにこり、とこっちを見て微笑んでいた。こっちの感情は筒抜け、ってことか。

妙に恥ずかしくなってしまったので話題を変える。

 

「それに今回の九亜達を使用した非人道的な実験に関してはうちの父親を通して十師族に伝えてあるんだわ。」

 

「八幡さんのお父様が…?」

 

九亜が研究所、保護し経緯を確認した後、詰まりは深雪たちが湯浴みをしているときに報告をしていた。

 

「俺の報告に思わず父さんも青筋たてて引きついてた。よっぽどだなありゃ。その事実確認の為に十文字先輩が南盾島への訪問に来るらしい、ってことなんだが春休み…いくら十師族の十文字家代理、とはいえ休みのところに来て貰うのはなんか申し訳なさ過ぎる。」

 

「十文字先輩も承知だと思いますよ?それを言うならば今回七草先輩も九亜ちゃんの捜索に加わっておりますし…。」

 

「まぁ…そうなんだけどさ。」

 

「それを言うなら八幡さんが一番九亜ちゃん達を救出に尽力されているではないですか。」

 

深雪の説得に熱が籠っていた。

 

「いや、それを言うなら俺だけじゃなくて全員じゃね?」

 

「ともかくですね!八幡さんは凄いんです!」

 

ズイッと俺に顔を近づける深雪。

月明かりに照らされ深雪の本来の白い肌がより白く見えた。

てか、近い…!

 

「あの、深雪さん?ちょっと離れてくれると助かるんですがね…?」

 

「へっ…!?あ、ごめんなさい……。」

 

「あの、深雪さん…?」

 

俺に指摘されてようやく気がついたのか離れようとした素振りを見せるが俺を見つめている。

次の瞬間には頬を膨らませるように”あの事について”突っつかれた。

 

「私、未だに空港でリーナにその…”キス”と告白をされていたことについて納得してませんからね?」

 

「…だからあれは事故だって言っただろ。そもそもリーナが俺のことを…。」

 

「”好きになる筈がない”は無しでお願いします。」

 

にっこりと言おうとした言葉を先回りで潰された、なんなの深雪さんやエスパーなの?

 

「えぇ…?」

 

「分かりやすすぎるんです。そもそも八幡さんは既に私を含めてどれ程の女の子から好意を向けられていると思っているんですか?八幡さんの優しさとその存在に心惹かれない女の子はいないんですよ?深い関わりを持つものは尚更です。そもそもリーナが来てからあの三ヶ月間ずっと彼女の面倒を見ていましたよね?何故です?」

 

「それは……悪いが言えない。」

 

俺がリーナと一緒にいた理由がUSNAの総隊長で『吸血鬼事件』を追ってた、とは言えないのできっぱりと告げる。

俺の断言に困ったような笑みを浮かべる深雪。

 

「八幡さんもお家のご事情がある、ということは存じておりますが…」

 

「あ、おい深雪…そんなにくっついたら。てか、離れ、」

 

言葉を区切った、と思ったら深雪が俺に密着し腕に抱きつくように身を寄せた。

柔らかい部分が体に当たって深雪自身の体臭と洗剤の良い香りが鼻腔を擽る。

 

「ダメです、離しません。」

 

「判断が早い…!?」

 

「このままでいさせていただきましたら…私の溜飲も少しは下がると思いますので。」

 

つまりは”リーナの件は一旦不問にしてやるからこのままでいさせろ”と暗に言っているのだ。

 

「わーったよ…でもそろそろ夜風が寒くなって体が冷えるから…少しの間だけにしてくれよ。」

 

保温魔法を使えばそれまでだが咄嗟にそんな言葉が出るのは俺自身深雪から抱きつかれたことに惜しい、と思っているからだろうか…?

 

「はい♪ほのか達に見つかると面倒なことになりそうですので私だけで楽しませて貰います。」

 

結局俺は、というか俺達は帰ってこないので探しに来たエリカに見つかり怒られた。

何故か俺だけだったのは解せぬ…!

 

◆ ◆ ◆

 

翌日3月30日。

 

「良かった、八くんが見つけてくれてたのね…でも見つけたのならすぐに教えてくれても良いんじゃない?」

 

「色々あったんだよ姉さん。九亜に研究所の事について聞いたりするために落ち着かせたりしてたから。」

 

「ともかくその女の子が見つかって良かったな真由美。八幡くんもご苦労だったな。」

 

「いえ、それより春休みだったのに先輩も七草家の案件に巻き込んですみません。」

 

「気にするな、慣れているからな。」

 

七草の自家用機が俺からの連絡を受けてヘリポートへ着陸したのを自室から確認して向かうと姉さんと渡辺先輩がタラップから降りてきたのを確認して近づいた。

姉さんからは報告が遅れたことについてお小言をいただいたが渡辺先輩のフォローが俺を擁護するものだったので姉さんもバツが悪そうにしていた。

 

「八幡さんっ」

 

姉さんを連れて別荘のリビングへ案内すると全員が集合しており九亜が俺を見て駆け寄って俺の手をつかむ。

遅れて姉さん達が入室し視線を合わせるように少ししゃがみこむと九亜は一度俺の方を見たので視線で「大丈夫」と伝えると理解してくれたのか落ち着いて姉さんの方を見た。

 

「貴女が綿摘未九亜ちゃん?」

 

そう問いかけられて九亜は自己紹介をしていた。

 

「『わたつみ』シリーズ製造ナンバー22、個体名『九亜』です。貴女が七草真由美さんですか?」

 

「ええ、そうよ。昨日は助けに行けなくて御免なさい。」

 

そう謝罪する姉さんに九亜は首を振った。

 

「ううん、大丈夫、です。昨日は八幡さんが助けてくれましたので。」

 

肯定されたことに姉さんは安堵の表情を浮かべていた。

その後美月からどういった関係なのかを問われて姉さんが答えていたが助けを求めた彼女達の主治医である盛永、という女性がどうも父さんの知り合いらしく海軍の秘密魔法実験に従事していたのだが彼女達の余りの扱いの酷さに堪えかねて保護を求めてきた、と言うことらしい。

 

「じゃあお姉ちゃんと一緒に東京に帰りましょうか?」

 

「あの、その…。」

 

「?どうしたの。」

 

良い淀み俺を見る九亜。

事情を俺から説明することにした。

 

「あー…、姉さんその事で少し相談が有るんだけど。」

 

「すごく嫌な予感しか無いんだけど…?」

 

「九亜だけじゃなくてここにいる俺以外の全員を自家用機に乗せて東京に連れ帰ってくれない?」

 

「「「「「「「!?!?!?!?」」」」」」」

 

俺が一人でいた時に考えていた想いを告げると全員が驚愕していた。

 

「ちょっと八幡…!」

 

俺は有無を言わさずに矢継ぎ早に雫にお願いをした。

 

「それから雫、お前の家の自家用機を少しの間貸してくれないか?」

 

「どうするつもりなの?」

 

「九亜と同じ境遇の子達八名、並びに盛永女史の救出に使わせてもらいたいんだ。盛永女史は恐らく今回九亜を逃がしたことがばれて監禁されているだろうからな。」

 

「八くん、まさか一人で助け出すつもりなの!?」

 

姉さんが驚くようなリアクションをとっている。

もとより俺一人で海軍の秘密基地を制圧するつもりだったので複数人は目立ちすぎる。

それにいざとなれば九亜達を飛行機に乗せるまでの護衛と運転は《グレイプニル》に任せて脱出をさせるつもりだったからな。

 

「ああ。それに今回父さんからの”承諾”も貰ってるし。」

 

「…ふぅ。わかったわ八くん。」

 

「真由美!」

 

渡辺先輩がなにか言いたそうだったが姉さんが制止する。

 

「私たちのお仕事は九亜ちゃんを東京へ送り届けることなのよ。それ以上は私たちが出る幕じゃない。それに父…七草弘一が八幡に”仕事”を依頼した、ということはそういうことなのよ。」

 

「あたしじゃ足手まとい、ということか?」

 

語気が強くなるが姉さんが首を振って否定する。

 

「違うわ摩利。八くんが果たすべき”相手”が違う、ということなのよ。」

 

そういって俺を見る姉さんに頷く。

そのリアクションを見た渡辺先輩は説得は不可能だな、といった感じでため息を吐いた。

 

「…わかった、八幡くん十分に気を付けてくれ。」

 

「研究所にいる一般兵士に負けると思ってます?」

 

茶化すように言うと渡辺先輩は

 

「呂剛虎に勝った君が言うと説得力満点だな…ってそう言うことじゃない。」

 

「分かってます。先輩達もお気を付けて。九亜、姉さん達の言うことを聞くんだぞ?」

 

「はい、分かりました八幡さん。」

 

膝を着いて九亜の頭を撫でるとこくり、と頷いた。

 

これで取り敢えず大丈夫か、と思ったところに遮る声があった。

 

「あたしは足手まといになんかならないわよ?それに九亜達を助け出すなら人手がいるでしょ?」

 

「確かに人手がいるよな、俺も残らせて貰うぜ。」

 

「お前らなら絶対にそう言うと思ったよ…。」

 

「「当然」」

 

にやにや、と笑みを浮かべているレオとエリカ。

 

「悪いが俺も協力させて貰うぞ八幡。仮にも相手は軍事拠点の一つなんだお前一人では荷が重いだろうしな。」

 

「それなら私も協力させていただきます八幡さん、雫の家の自家用機にてお留守番する者が必要だと思いますので。」

 

司波兄妹が名乗りをあげた。

 

「僕も残るよ。」

 

幹比古も名乗りをあげ基本的に戦闘が出来る人物がこの場に残ったことになる。

 

「それなら、深雪と幹比古で機内の留守番を任せたい。」

 

「畏まりました♪」

 

「任せてくれ。」

 

拳と拳がぶつかり合う音がレオから聞こえる。

 

「よっしゃ!とんだ春休みになりそうだ。」

 

「全くだわ。」

 

そうはいうもののエリカは非常に楽しそうである、このおてんば娘め…。

俺はそれらの光景を見てため息を吐く。

 

「達也はともかくとして…暴れないでくれよお前達…。」

 

こうして俺と姉さん達は分かれて『九亜救出作戦』が開始された。

 



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chapter3:南盾島強襲

同日3月30日。

媒島 北山家別荘桟橋。

 

姉さん達が乗ってきた七草家の自家用機に雫、ほのか、美月、渡辺先輩、九亜、姉さん達を乗せて別荘から飛び立ったのを確認し俺達はクルーザーが停泊している桟橋に向かってた。

 

「エリカそれは何?」

 

エリカの肩には打刀程度の大きさの竹刀袋が掛けられてた。

 

「ああこれ?大蛇丸のダウンサイジングバージョンの『ミズチ丸』。雫に頼んでこっそり持ち込んでおいたんだ。」

 

「相変わらずねエリカ。」

 

「用意がいいって言ってよ深雪。」

 

そういって飛び乗るようにクルーザーに乗り込むエリカ。

レオもレオで『レグルスパーク』とアミュレット一式を持ち込んできたことに呆れを隠しきれていない俺を見て達也が「まぁまぁ…」という表情を浮かべていたのが印象的だったが。

桟橋で見送りに来ている深雪と幹比古に言葉を掛けた。

 

「それじゃ留守番を頼む。」

 

「はい、八幡さんもお兄様もエリカ達もお気を付けて。」

 

深雪達の見送りを貰い俺はクルーザーを操作して南盾島へと向かうのだった。

 

◆ ◆ ◆

 

時を同じくして大平洋上空。

 

七草家所有自家用機内は和気藹々とした会話が繰り広げられていたが真由美が機の外を見て異変に気がついた。

 

「どうした真由美?」

 

摩利が声を掛けて真由美は立ち上が動揺が広がらないように小声で話す。

 

「うちの自家用機に近づく機影があるの、操縦席に行くからよろしくね。」

 

「…っ、わかった。」

 

摩利の席から離れて操縦席へ向かう真由美。

入室と同時に運転を任せている竹内から声を掛けられた。

 

「お嬢様。」

 

同時に接近していると思われる機影から通信が入った。

 

『JA85942 当機の指示に従い南盾島空港へ着陸せよ。』

 

自家用機を日の丸を付け南盾島基地より発進した国防軍の正式採用戦闘が3機が取り囲むように随伴し着陸するために戻れ、と指示を出していた。

 

「お嬢様どういたしましょう。」

 

竹内は淡々と驚く素振りも見せずに真由美に問いかけるが…。

 

「無視してください。」

 

そうにっこりと笑みを浮かべて指示を出した。

返答せず飛行を続ける七草家の自家用機に再度の指示が入る。

 

『JA85942 こちらの指示に従え!』

 

語気を荒げて命令をしてくる戦闘機のパイロットに真由美がうんざりしながら返答することにした。

竹内よりヘッドセットを預かり装着し返答する。

 

「仕方がないわねぇ。…こちらJA85942 誠に申し訳御座いませんがご指示には従いかねます。ここから南盾島に戻ったのでは燃料が足りませんので。」

 

『ふざけるな!!』

 

「~~っ。」

 

戦闘機のパイロットからの怒号に思わずヘッドセットを装着していた真由美は耳を押さえた。

戦闘機が自家用機の頭上を押さえるように移動し後ろへ回り込んだ。

 

『羽田に向かうより南盾島へ向かう方が近いだろう!』

 

戦闘機のパイロットも言うことは最もではあるが今南盾島に戻れば着陸した瞬間に突入され九亜は奪われ乗客の安全も危険にさらされることは真由美も理解していたので其らしいことを告げて誤魔化そうとしたのだが…。

 

「生憎と追加の燃料代を用意しておりませんので東京に帰れなくなってしまいます。」

 

おしとやかにあくまで下手に出ていたが向こうも我慢の限界なのか最後通達をしてきた。

 

『JA85942 改めて勧告する、当機の指示に従え。』

 

「ですから燃料が足りないと、」

 

真由美が燃料が足りない、と告げると後ろへ回り込んだ戦闘機がエアブロック上部に搭載された30㎜機関砲のセーフティを解除し前方にいる真由美達の機体へ威嚇射撃を開始し機体をスレスレに通り過ぎた。

通り過ぎた弾丸を真由美はそれを強化ガラスによって覆われている天井から見ていた。

威嚇が通用した、そう思った戦闘機のパイロットは先程までの苛立ちが消え去りこちらに優位になったと淡々と命令していた。

 

『JA85942 これは警告で次は命中させる。我々は本気だ。』

 

「はぁ…。それは困りましたね。」

 

真由美は溜め息を吐いて目蓋を閉じて彼女の特有のスキルである『マルチスコープ』は発動させる。

自家用機を中心として取り囲んでいる戦闘機の場所を空間把握する。

続いて左手首に着けたブレスレット型のCADを操作した。

 

コンマの狂いもなく戦闘機の真下、起動式が起こり『魔弾の射手』が発動した。

発動した魔法が海水を利用し巨大な氷柱が戦闘機へ襲いかかる。

貫通させる威力はないが戦闘機を大きく揺らし動揺させるには持ってこいであった。

 

『うわああっ!!』

 

真由美はヘッドセット越しに攻撃を受けた戦闘機のパイロットの悲鳴が聞こえて囲んでいた隊列が崩れるのを確認した。

 

逆に今度は真由美がこの状況でのアドバンテージを獲得し無慈悲に告げた。

 

「今のは威嚇です。次は貫通させます。」

 

『…っ!』

 

戦闘機パイロットの息を飲む声が聞こえた真由美は駄目押しをした。

 

私は本気ですよ?

 

後方いる戦闘機に向けて視線を向けながらそう言い放つと出撃した3機の戦闘機は機動を変えて南盾島基地へ帰還するのだった。

 

◆ ◆ ◆

 

南盾島民間用停泊所。

停泊したクルーザーをあとに”野暮用”を終わらせて戻ってくるとエリカ達が寛いでいた。

 

「さてと…エリカにレオ。二人はこれに着替えてくれ。」

 

大きめのバックパックをクルーザーの床においた。

おもむろにチャックを開いて中身を取り出し確認するとエリカが若干引いていた。

 

「ねぇ八幡…これってどこで手に入れたのかな…?」

 

そう問いかけるエリカに俺はこう答えた。

 

「さっき出掛けたのは南盾島の憲兵詰め所を襲、」

 

「いや、いい。てか言わないで…。」

 

俺がその答えを告げようと思ったが遮られてしまったの告げずに話題を変える。

まぁ、実際さっき憲兵詰め所に忍び込んで制服を奪ってきただけなんだがな。

そんなことを思っているとレオとエリカがそれぞれの個室に入り着替えをしているところに今度は達也に手渡すアイテムを背中に着けた『ナノトランサー』から取り出そうとしたが自前で持ってきていた。

仕方がないので俺が装着することにする。

え、《グレイプニル》じゃないのかって?救出の案件にあれを使うのは過剰戦力過ぎる。

 

「達也には魔法研究所に入って俺の援護をしてくれ。」

 

ナノトランサーから取り出したのは縦長の結構大きめのスーツケース。

中身をそれを見た達也は俺へ問いかける。

 

「…一般のナノトランサーでもここまで大きなものは入れられないはずだぞ?それにブラックボックス化したシステムが搭載されている筈だから兵器の類いは格納できない…まさか八幡ロックを解除したのか?」

 

「そこはまぁ平和的な利用、ってことで。」

 

「…それでこれは?」

 

呆れた表情だったがスーツケースの中身が気になるようで教えてやった。

達也が使用していたムーバル・スーツの様に全身を覆う戦闘服が格納されており違う点と言えば頭部が双貌が空洞で骸骨のようなものではなく単眼のモノアイが特徴的だ。

 

「お前が横浜騒乱で使ってたムーバル・スーツ、ではなく俺が試しに開発した強化外骨格スーツの試作品だ。」

 

「なる程な。」

 

俺が用意したスーツケースの上部に付いているボタンを押すと変形し簡易的なメンテハンガーへ変形し固定される。

達也は上着と下を脱いで下着姿になると体を預けるようにするとスーツが自動的に解放され達也の体へ装着をされていく、あ。某クソ映画のようにメットが外れなくなる、ということはないので安心してほしい。

そのような機能を付けないことに、本当に申し訳ない…。

 

装着が完了し手首や首元を確認する。

 

「着心地はどうなんだ?」

 

「まぁまぁかな。それにこのスーツには外付けの試作品の想子バッテリーを装着と飛行デバイスを装着してるからこっから本島の手前まで本人の想子保有と合わせれば余裕で戻れるくらいの能力がある。」

 

「すごいな。」

 

「それに本人の新陳代謝向上と回復治癒魔法の能力向上と術式が体全体に刻印されてるから少しの傷なら回復できるようにしてる。」

 

「…これ軍に納入しないか八幡?」

 

「未だ試作品だ、完成形じゃない。」

 

「そうか…。」

 

達也が非常に残念?そうな表情を浮かべているように思えた(マスク越しなので当然わからないが)。

そしてちょうどいいタイミングで先に着替えが終わってレオが個室から出てきて数分後にエリカが出てきた。

達也と俺の姿に驚いていたが用意したもの、と告げると納得していた。

 

「なるほどね…ねぇ八幡?」

 

「あん?」

 

「どうして憲兵の格好なのに私のこれ、この格好なのかなぁ?」

 

「この格好…って良く似合ってるじゃないか?不満か?」

 

そう告げるとちょっぴり嬉しそうにしているエリカだったが直ぐ様質問に切り替わる。

 

「じゃなくって!…どうしてあたしはこの格好なのよ。」

 

そういって腰に手を当てて自分の着替えた姿を見せてくるエリカ、別段おかしな事はないと思うのだが…。

防護ヘルメットにオリーブドライの軍服に『MP』と掛かれた腕章、下に身に付けているのは女性用のハーフカーゴパンツにオーバーニーソックスにブーツ、特段おかしな事は無い筈だが?

 

「女性用の制服がそれなんだろ?知らんけど。」

 

ひとまずはエリカの服を置いておいて。

エリカ、レオ、達也の端末に研究が行われている場所の地図を送信し俺と達也で先に潜入して九亜達と盛永女史を施設より脱出させて保護を頼んだ。

 

俺と達也は研究施設へ潜入をするために飛行魔法で向かった。

 

◆ ◆ ◆

 

同時刻、南盾島近海。

USNA所属原子力潜水艦『ニューメキシコ』

 

潜水艦前部ハッチが解放され準備の整った水陸強襲揚陸挺が発進する。

その内部に搭乗しているシリウスが潜水艦を臨時司令部として確認するために通信をする。

 

「司令部、島周辺に民間人は残っていませんね?」

 

『こちら司令部、島内への民間人の姿は確認できず。』

 

その返答を確認しシリウスは作戦開始の合図を告げた。

 

「予定どおりですね…それでは作戦開始!」

 

『Yes,MA'AM!!』

 

シリウスの号令と共に勇いい返礼が返ってくる。

別動隊として動くカノープスとラルフがスラスト・スーツを着用し搭載された飛行魔法で飛翔する。

水陸強襲揚陸挺を吐き出したニューメキシコは潜水を開始した。

所定の位置に付いたシリウスは揚陸挺のハッチを解放して専用CADを東部基地へ銃口を向けた。

 

同時刻、南盾島海軍基地。

発令所では警報が鳴り響いていた。

国籍不明潜水艦が領海侵犯をしていたからだ。

 

「…貴艦は我が国の領海を侵犯している。直ちに浮上し艦名と国籍を明らかにせよ!」

 

オペレーターとして下士官が問いかけるが向こうの潜水艦は問いかけに応じる気が無いようであった。

 

「繰り返す!国籍不明艦直ちに浮上せよ!」

 

オペレーターは再度に渡っての問いかけに応答する気がない不明艦から視線をはずして指令へ体を向ける。

 

「駄目です司令!通信に応じません!」

 

その事を聞いた南盾島海軍基地司令は指示を出す。

 

「防衛陣地対潜ミサイル起動。」

 

「撃沈するのでありますか?」

 

「まずは威嚇からだ。管制官、至近弾照準合わせ!」

 

基地司令の号令共に発令所が世話しなく動き始める。

命令と共に管制官達が基地に配備された対潜ミサイルランチャーの設備を立ち上げ照準を定めた。

 

同時敵基地の装備群がアクティブになった、という情報が揚陸挺に搭乗しサポートするハーディーが確認しハッチから顔を出すシリウスにデータ転送を行う。

 

「ロケットランチャーの起動を確認、衛星映像を転送します。」

 

シリウスの装備しているスラスト・スーツのHMDに映像が投影され手に持った専用CADのロックオンシステムと連動した。

 

「映像を確認、敵中央ロケットランチャーを照準。」

 

HMDのターゲットサイトが照準を捉え合わせたことを確認できターゲティング完了の効果音が鳴り響きシリウスは読み上げを完了する。

次の瞬間にシリウスは専用CADの引き金を引いて起動式を起こし魔法を発動させた。

 

「【ヘビィ・メタル・バースト】発動。」

 

ロックオンされたミサイルランチャーを起点としUSNA最強の魔法師アンジー・シリウスが用いる戦略級魔法で重金属を高エネルギープラズマに変換し気体を経てプラズマ化する際の上昇圧力と陽イオンの斥力を使用し照射地点が爆心地になりそこから広範囲にばら蒔く魔法…【ブリオネイク】を使用していたときとは打って変わりプラズマが広がっていく。

 

何千度にも熱せられた金属が海へ流れ落ちると巨大な水蒸気が巻き上がったのをシリウスはヘッドギア越しに見ていた。

それを上空で見つめる二人の兵士、一人はこの場所に似つかわしくない高笑いを上げていた。

 

「ウヒャヒャヒャハッ!!総隊長これまた派手にやったもんだ!」

 

眼科には無惨に爆惨した基地の防衛施設が全滅し煙を上げて炎を吹き出し雲が出来て青白い雷…プラズマを放出している。

 

「ウヒャヒャヒャ!」

 

「ラルフ、その高笑いをやめろ。」

 

「ですが隊長どうします?このままじゃ俺達も突入できませんぜ?」

 

眼下に広がる惨状を見てカノープスもそれには同意した。

 

「確かにな。」

 

◆ ◆ ◆

 

達也と分かれ別方向からの潜入を試みようと思った矢先に島全体が揺れに包まれた。

地震か…と思ったがどうやら違うようでその方向に目を向けると南盾島海軍基地がある方向…東部の基地防衛がある場所に雲が立ち上がりその中で青白い光が稲光の如く鳴り響いているのが見てとれた。

俺はその魔法について知っていた。

 

「今のはリーナの【ヘヴィ・メタル・バースト】…どうしてリーナ達USNAの魔法師部隊スターズがここに来てんだよ…!?」

 

俺は背中に装備した打刀『漆喰丸』を抜いてその光景を見ながらこれを好機、と捉えた。

 

「シリウスが軍を引っ掻き回してくれているから潜入はしやすくなってるが…未だ民間人がこの島に残ってることを知らないのか…?」

 

余計なことを考えさせずに自軍に利益をもたらすのは何処の軍も一緒だろうがその事を後に知ったリーナは恐らく、壊れてしまうだろう。

 

「ちっ…どうにか後でリーナを止めないと。恐らく目的は研究施設の破壊、関係者の殺害か。」

 

俺はその騒乱に乗じて基地施設の守衛室を確認し突入、憲兵達を無力化しゲート解放用のカードキーを奪って基地内部へ侵入することにした。

 

基地内部を疾走する。

先程の騒動で兵士達が突撃銃と耐弾アーマーを着用しそれぞれのセクションを守護していたが途中途中で兵士達が廊下に崩れ落ち至るところから出血し崩れ落ちているのが見てとれたが恐らくは達也の仕業だろうと。

 

俺は独房エリアへ向かうと兵士が数名いる場所を通りがかって瞬時に俺の存在に気がついて銃を向け飛翔する特殊成型のハイパワーライフル弾がこちらに向かうが俺には通用しない。

 

「「ぐぁぁああああっ!?」」

 

向かってくるライフル弾を全て切り落とし武装と手足の健を断ち無力化する。

兵士達が守っていた重厚な扉を『漆喰丸』で両断すると薄暗い室内には妙齢の女性が監禁されているのを確認できた。

《瞳》を使い確認する、間違いなく彼女が九亜を逃がした盛永女史だった。

 

「っ!あ、あなたは…。」

 

怯える盛永女史に説明をする、時間が惜しかった。それに正体を知られるわけには行かない。

 

「九亜に頼まれて助けに来た。脱出する、『わたつみ』シリーズの娘達は今どこにいる。」

 

「っ!九亜を知っているの?彼女は無事なの!?それより貴方は?」

 

「無事ですよ。彼女は七草真由美に保護されて今は東京に着いている筈です。俺は彼女の使いだ。」

 

七草の弟、とばらすには少しリスキーだったので半分本当と嘘を混ぜて話させて貰う。

 

「それよりも貴女がここにいる、ということは九亜を逃がしたことを知られてしまったからか?」

 

盛永さんは首を横に振って否定した。

 

「いいえ。でも実験体に逃げられた、ということで処分されるには十分な結果です。」

 

「私は七草真由美と九亜から貴女と残る『わたつみ』シリーズ救出を依頼されています。」

 

「あの子達を助けてくれるんですか!?」

 

俺は頷くと盛永女史は俺へすがり付くように懇願してきた。

 

「お願いします!私たちの事はどうなってもいい…!あの子達を…助けてください!」

 

俺は盛永さんがなぜこんなに懇願した理由を聞きたくなった。

 

「どうしてそんなにあの子達を心配しているのにそんな馬鹿げた実験を強行したんですか?精神の強制リンクなんて絶対にろくでもない結果を産み出すだけしょう?」

 

沈痛な面持ちで自分の白衣の裾を力強く握りしめる盛永女史は後悔するように呟いた。

 

「ええ。その通りです。私たちは思い上がっていたの…昨年十月、大亜連合艦隊を殲滅して見せた陸軍が所有する戦略級魔法、それに世界で初めて観測されたブラックホールを完全制御し軍司令部を消滅させた謎の戦略級魔法…『灼熱と漆黒のハロウィン』をもたらした魔法と同等の威力を持つ戦略級魔法の開発を海軍は求めていたの」

 

その答えを聞いて俺の考えはビンゴ、だったということを知り呆れた。

 

「ですがそれは私たちの罪…あの子達は犠牲者であり謂れを被る必要がない子達なんです!あの子達のためなら私はどうなってもいい…!ですから…!」

 

「…残りの八人を救出しに行きましょう。場所を教えてください。」

 

「っ!案内しますこちらへ!」

 

俺は盛永さんへ連れられ九亜達がいる場所へ向かった。

その場所へ向かう道中に兵士と戦闘があったが適当にあしらって目的地へ進む、その際にこの基地でどんな魔法が開発されていたのかを確認する必要があった。

 

「ここで開発をされていた魔法というのは?」

 

「私たちは【ミーティアライト・フォール】、隕石爆弾と呼んでいました。地球近傍に来た小惑星の軌道を操作して地球に落下させる魔法です。」

 

「隕石爆弾…。」

 

なかなかにクレイジーな魔法だな、と思った。

 

「エレベーターを使わない方がいいですね…。」

 

階段を駆け上がっていたが結構な段数があったため盛永さんが肩で息をしていた。

 

「そして今彼女達は実験中なんです…。」

 

「その実験というのは?」

 

「今行われているのは軌道離脱実験…隕石落下の起動式を反転させて現在、将来的に障害となる人工衛星を衛星軌道から外して宇宙の彼方へ吹き飛ばす実験です。」

 

しかし俺はその目的に合点が行かなかった。

 

「普通人工衛星ってのは大気圏突入の際に燃え尽きるように設計されてる筈ですよ。そうじゃなきゃ地球の周りはごみだらけのスペースデブリの星だ。そんな人工衛星をわざわざ衛星軌道上から退去させるさせるなんていったい貴女達は何を実験台にしようとしていたんですか?」

 

階段を上り研究所がある場所へ踏み入れるとそこは混沌としていた

研究員達は悲鳴を上げてコンソールはエラーと警告音が鳴り響く地獄と化し「俺は悪くない」「私は悪くない」「再設定が出来ない」と言ったマイナス要素しか聞こえてこない。

 

急ぎメインコンソールへ近づきその原因を知り俺は驚く他無かった。

 

「今回の標的は…USNAの廃棄戦略軍事衛星、『セブンス・プレイク』…」

 

コンソールを確認しそのやばさが伝わる。

大戦中に建造され終結ともに廃棄された軍事衛星でありその機体内部に劣化ウラン弾を六十トンを抱え外装部には対地ミサイルが三十発搭載されたままであり魔法式の軌道変更だけで発射される可能性すらあり世界大戦の口火を開くには十分すぎる火力を持っていた。

 

混乱の最中俺の肩を叩く奴がいた、振り返るとムーバル・スーツを纏う達也の姿が。

 

「情報を見たな?」

 

「ああ。とんでもないことをしてくれやがってって感じだが…。」

 

既に起動式が発動し魔法が行使されていた。『セブンス・プレイグ』が落ちてくるまであと二十四時間しかない。

 

「これはいったい何事ですか!?」

 

「…盛永くんか。」

 

「所長!まさか実験に失敗したんじゃないでしょうね!?」

 

「間も無く、『セブンス・プレイグ』は落ちてくる。」

 

メガネを掛けた白髪頭の初老の男性が力無くそう答えた。

 

「っ!!だから言ったじゃありませんか!!本来十二人で行う筈の実験を八名で行うことが無理だったと!」

 

「実験の準備に瑕疵はなかった…、実験は完璧だった今回のデータは次回実験に大きく役立つだろう。」

 

「っ!?ふざけないで!次なんてありません!いい加減にしてください!」

 

盛永さんにそういわれた博士は力無くメインコンソールのキーボードを叩く。

 

「…予期せぬ結果になったのは想定外の爆発…防衛陣地に大規模な魔法攻撃の影響で起動式が狂ったんだ、無法な侵略者のせいだ。」

 

「そんなことで魔法式が狂う筈がないでしょう!?」

 

「…私は悪くない…私は……ぶほっ!?」

 

「えっ?」

 

俺は気付けば博士を殴り飛ばして近くにあったコンソールへ激突させる。

 

「たった一人の魔法式に精神リンクした魔法式が狂わされるわけあるかこのハゲ。」

 

「うぐっ…な、なんだね一体…!?」

 

胸ぐらを掴み博士を持ち上げる。

 

「そもそもにおいて実験が完璧なんてのがあり得ない。研究員はその事をリスクマネジメントしながら魔法開発するもんなんだ『俺は悪くない』『相手が悪い』?そんなことを言っていいのは小学生の夏休みの宿題までだってわかんねぇのか?お前が言う魔法式が完璧なら他者から妨害される筈ないだろ…それに手前が作ってたのは大量の命を奪う戦略級魔法だ!貴様のその『私の魔法は完璧』っていう思い込みで世界大戦の撃鉄を起こすか貴様…っ!」

 

「……っ!?」

 

俺の言葉が止めになったのか黙ってしまい投げ飛ばす。

そのまま気絶してしまった。

俺は達也にコンソールからデータを引き出すようにアイコンタクトして下の階を見下ろすためのガラスを魔法で消し去った。

俺はこの場にいる研究員に警告するために上空へ《グラビティバレット》を発動し機材を破壊し地面へ激突させる。

「見世物ではない」、その意味を感じ取ったのか一斉に研究員が逃げ出す。

盛永さんは下のフロアにいる九亜達を救う手伝いのために外へ出たのを確認し俺は達也とアイコンタクトを交わして崩した窓から飛び降り着地した。

着地し巨大CADの制御装置を操作して中に格納されている九亜達の同族を助け出す。

騒ぎを聞き付けた兵士を早撃ちの要領で《グラビティ・バレット》を叩き込み無力化する。

 

「四亜、四亜!」

 

一人男性職員が排出した機器の座席にぐったりして意識が消えている少女に四亜、呼び掛けている。

《瞳》で視認すると完全に意識が融合してしまって廃人と、言っても差し支えないレベルだった。

 

「退いてくれ。」

 

男性職員をどかして《物質構成》で意識が融合する前の状態に戻すと目を開けた。

 

「誰…?」

 

警戒心を露にして俺を見つめる九亜にそっくりな少女、こちらの少女の方が年相応の情緒をしているようだ。

 

「九亜に頼まれて助けに来た。」

 

「九亜が…?」

 

「ああ。君たちを助け出してほしいってな。」

 

四亜は疑いの視線で俺を見る。

 

「…出来るの?」

 

「ああ。俺なら出来る。」

 

四亜は確かな足取りで抱きついて上目使いで俺を見た。

 

「なら、お願い…助けて!」

 

俺は達也に強化外骨格に搭載されている通信機器を使用し声を使わずに連絡する。

 

『達也。』

 

『この声は…八幡か。』

 

『ああ。俺はこれから九亜達の仲間を連れて脱出する。お前はそっちで『セブンス・プレイグ』の落下予測の計測データとこの基地で行われていた研究データの破壊を頼む。』

 

『予測データ、って八幡あれをどうするつもりだ?』

 

『壊すしかないだろ。』

 

俺の回答に絶句していたが世界大戦を引き起こすよりましだろう。

 

『分かった。こっちの方は任せておけ。そっちは九亜達の脱出を。』

 

『ああ。俺も手伝いにすぐ戻る。後急げよ?この基地にUSNAが来てる。』

 

『…!?どうしてUSNAが?』

 

『大方この研究所で行われていた魔法がUSNAにとって害有るもの、って判断されたからだろ。頼むぞ。』

 

通信を切って声を掛ける。

 

「脱出だ。ここにもういる必要はない。」

 

こうして俺は『わたつみ』達と盛永さん、そして男性職員を連れて地上階へ向けて走り出した。

 

◆ ◆ ◆

 

「大丈夫?!」

 

「無事だったか!」

 

「エリカ、レオ。ちょうど良いところに来てくれた。」

 

研究所地上階へ出ると変装していたエリカとレオが姿を見せる。

二人とも怪我をした様子もなかったので安心した。

 

「合流できてよかったよ。一先ずこの子達と盛永女史達を安全な場所まで避難させよう。」

 

「わかった。」

 

「わかったぜ。」

 

レオとエリカが後ろを守り俺が先頭に立って警戒しつつ前進する。

研究所入り口、車両搬入口の坂を上るとその先から銃声と爆発音が聞こえる。

恐らくは守備隊と潜入したUSNAが戦闘を繰り広げているのだろうと《瞳》を使い人数把握を行う。

…守備隊は二十名…攻めてきているのは二人、たった二人か?

しかし、その二人はかなりの手練れらしくナイフと日本刀を持っているのは随分な日本人かぶれなメリケンだな。

 

「どうしたの?」

 

「上がったところで戦闘をしてる。」

 

「一体誰とだよ?侵入したのは俺達だけだろ?」

 

「外国からの”おともだち”のようだぜ。見てくる、エリカとレオはここで待機を。」

 

「あ、ちょっと!」

 

エリカの声を無視して搬入口付近が崩れて物陰になっていたのでそこから様子を伺うとまさに文字通り”一方的であった”。

 

弾丸を掻い潜り懐に入り込みナイフで致命傷になる部分を刺す、または切り裂いて刀を持った男は遮蔽物にしていた横転している車両を兵士事真っ二つにし生き残った兵士はナイフを持った男に殺されていた。

次第に銃声の数と悲鳴は少なくなり聞こえるのは炎が爆ぜる音と遠くに聞こえる警報音だけだ。

その光景を物陰から見ていると背後から駆け出す音と制止する声が。

 

「ダメよ!戻りなさい!」

 

四亜がレオ達の制止を振り切り出てきてしまったのだ。

ナイフを持った男が守備隊最後の男を背後から羽交い締めしてナイフで頸動脈を切り裂き鮮血が四亜の目の前で赤い花弁が咲き誇る。

咄嗟に盛永さんが目の前を覆い姿を隠そうとしたが一歩遅かったようでその声に反応しナイフを持った男がこちらを見る。

 

「ヒャハハ…ん?新手かMPになんだかおもしれぇ格好をしてるのがいるじゃねーか!」

 

「ムーバル・スーツじゃねぇ…手前ら一体何者だ!」

 

レオが前方にいる二名に問いかけるが刀を持った兵士の視線が動いたのがわかった。

その視線は俺達の後ろ…四亜達であることが理解できた。

 

「ラルフ、彼らの後ろにいる少女達が『ミーティアライト・フォール』のオペレーターだ。」

 

「へぇ…。」

 

ナイフを持った少し挙動のおかしい男が獲物を見つけた、といわんばかりに手元のナイフを弄り始める。

まるで曲芸のようだ。

 

「…ってことは…こいつら皆殺しにしても良いんですね?

 

「……やむを得まい。」

 

次の瞬間不快な笑い声が俺達の耳へ届いた。

 

ヒャハハハハハ!!グゥレイトォォォォ!!!

 

その瞬間エリカがメット脱いでレオが構える俺も背中の刀の拵に手を掛ける。

 

「盛永女史は下がっていろ。巻き込まれる。」

 

不安そうな表情を浮かべる四亜達。

 

「安心しろ。俺は言葉を違えたりしない。」

 

四亜から視線をそらし何時でも抜刀できる状態にして二人の兵士へ視線を向ける。

 

「ヒャハハハハ!まぁ早々慌てんなよ?まぁ…こっちもあんまりゆっくりしてられないんでな?」

 

ナイフを逆手に持ち異様なナイフスタイルを見せていた男が殺気を向ける。

レオがそちらに向かいエリカは日本刀を持った兵士に対峙しそれぞれが武器、魔法式を発動させると先端が切って落とされた。

 

◆ ◆ ◆

 

戦況は芳しくなかった。

レオは『レグルスパーク』を用いてナイフ使いと戦闘を繰り広げるが”人殺し”の経験の差から押されていた。

同時にエリカもカノープスと打ち合いをしていたが途中途中で攻撃を中断し普段通りの打ち込みが出来ていない。

状況を観察しながらエリカと対峙している兵士の魔法は見覚えがあった。

 

(分子ディバイダー…!これじゃあエリカと相性が悪いな…だから何時もみたいに打ち込みが出来ていないのか…。)

 

レオもレオでどうやらフェイントを織り混ぜ戦闘を得意とするタイプのようで翻弄されっぱなしだった。

状況が動いたのはレオがラルフに一撃を喰らった瞬間だった。

 

「ぐほっ…!?」

 

レオの使用していた硬化系魔法「ジークフリード」かなりのエネルギーを消耗させるため持続がさせにくく長期にしようするには不向きでありトリッキーな相手にはなおさらであった。

現に腕に着けていた武装一体型の『レグルスパーク』が切り裂かれていたのだ。

魔法が切れたことを理解したラルフは加速術式を用いて突進してきた。

 

「貰ったぁ!!」

 

ナイフがレオへ到達する、その前に俺が重力障壁を展開しようと思ったがレオの付近で二人以外の魔法が発動していることを知覚した八幡はすぐ様中断すると突進していたラルフは吹っ飛ばされ見えない壁に押し潰されカエルのようになっていた。

思わずレオも釣られるように彼方に吹っ飛んだラルフを見ながらポカンとしていたが次の瞬間に地面が割れる勢いで着地する何者かがいた。

 

煙が晴れて現れたのは巌のような漢。

そんな姿に思わずエリカも打ち合いを中断してレオと一緒の驚く反応を見せた。

 

「「十文字先輩!?」」

 

八幡は脳裏に何処でも追跡してくる某作品の黒コートのBOWを思い出していた。

 

(いや、登場の仕方よ…先輩どっかのBOWかなんすか…?)

 

八幡達の頼れる先輩である十師族・十文字家当主代理である十文字克人が現れたのだった。

 



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Final chapter:星を呼ぶ少女

「カツト・ジュウモンジだと!?」

 

十文字先輩が登場したことで戦場のパワーバランスが崩れた、そういっても過言ではなかった。

明らかに敵兵士が動揺しているのが見てとれた。

 

一旦お開きになった場所で十文字先輩が辺りを見渡し問いかける。

 

「西城に千葉。お前達こんなところで何をやっている。それにその格好はなんだ?それにあの少女達を守っている人物は?」

 

「えっ、あっこれはその…!」

 

問い掛けられたせいでエリカは獲物を後ろに隠してしまった。

その隙を兵士が見逃すわけがなく突っ込んできた。

 

「くっ…!?」

 

エリカも咄嗟に武器を構え直すが時既に遅し兵士が武装一体型の刀に『分子ディバイダー』を纏わせていた。

髪紐が刀の切っ先に触れて纏めていた髪はセミロングの長さに広がり明るい色の髪が数本舞い散る。

咄嗟にエリカが《ミズチ丸》で受けようとしたが刀の腹部分で折れてしまった。

 

「くっ!?」

 

体勢を崩され頭を守るように折れた《ミズチ丸》でガードするエリカだったが対峙していた兵士は行き先を変えて十文字先輩へと向かった。

 

「!?」

 

驚いた十文字先輩だったが流石と言うべきが直ぐ様『ファランクス』で迎撃していた。

俺はその隙を突いて準備を進める。

 

(リーナの場所は…)

 

この場で起こっている戦闘を把握しながら《賢者の瞳(ワイズマン・サイト)》を使うのは結構な難易度だがそうもいっていられない、なぜならUSNAがここに来ているということはこの研究施設の”破壊”が目的だろうからだ。

 

(『グレイプニル』USNAのリーナの通信端末、恐らく今十文字先輩と戦っている連中と同じスーツを来ている筈だからソコにアクセスして通信できるようにしろ。)

 

(了解した。しばし待たれよ…確認できたぞ、繋ぐ。)

 

ポータル内部に格納している『グレイプニル』はそのままでも活動できる。

俺はグレイプニルに命じてリーナの居場所と通信を繋げるように命じた。

二秒後、直ぐ様位置データとリーナが着用している同じようなスラストスーツのIDを確認し通信回線に割り込んだ。

回線の使用後が残らぬように『次元解放』経由で通信を開始した。

 

(リーナ。聞こえるか?声に出さずに脳内で思ったことを思ってくれれば会話できる。痕跡を残したくないんでな。)

 

(え、え?は、八幡!?ど、どうして声が聞こえるの?)

 

驚く声が聞こえる、といっても音声を『次元解放』を通じて脳内に直接語り掛けているので実際には声が聞こえていないし

 

(ソコは俺の魔法ってことで…って喋りたいが時間がないから手短に伝える。今すぐに南盾島への攻撃をやめてくれ。未だ島には民間人が残ってる。)

 

(そんな馬鹿な…!?司令部からは夜間は民間人が退去すると…!)

 

(信じられないならお前の装備に今現在のリアルタイムでの島内の監視カメラの映像を送るから見ろ)

 

(……っ!?…司令部はなんてことを…!?)

 

俺が映像を送信すると絶句していた。

恐らくは夜間は退去する、という思い込みでリーナに「人影なし」と報告をしたのだろう。

俺なら速攻でクビにするが今はそれどころではない。

 

(自国の利益が最優先なんだろ?それをリーナに責めるのはお門違いだから俺は何もいわないが…それよりリーナ、お前達の目的は”海軍の魔法研究所で産み出されようとしてた戦略級魔法の研究データ及び機材の破壊”が目的なんだろ?)

 

(…どうしてそれを知ってるの?)

 

(俺もその研究施設の破壊とデータの抹消が目的で来てるんだよ。)

 

(…?どうして日本の魔法研究を貴方が邪魔を?)

 

一応リーナには告げても大丈夫、という謎の自信があった。

 

(魔法師、それも調整体が捨て石のように毎回の実験で廃人になってる。俺は生き残ってる実験体の女の子九名を助け出したい。)

 

(…!?なんてことなの。)

 

リーナを利用するようで心苦しいがもう一押しだった。

 

(ああ。だから今達也が魔法の研究データを全削除して施設を破壊しようとしてる、利害は一致してる筈それに俺とお前は同盟している筈だ。ここは俺の言うことを聞いてくれないか?)

 

(だけれども…っ少し待って通信が入ったから一度切るわよ。)

 

リーナが通信を切った理由が直ぐ様判明した。

十文字先輩と激戦を繰り広げていた兵士の《分子ディバイダー》とランダム生成された正方形のが当面に射出されて凄まじい速度で切り裂いていくのは見事な剣術だと感心してしまった。

が、先ほど十文字先輩の攻撃によって吹き飛ばされカエルのようになっていた兵士が突如として立ち上がり戦闘を見ていたレオに襲いかかるが割って入ったエリカが発動した剣技によって地に伏した。

直ぐ様振動系統魔法を使い地面を巻き上げ目眩ましを始め襲いかかる地面から巻き上げられた路材と砂煙から咄嗟に十文字先輩はエリカ達を【ファランクス】で守りその衝撃から俺は四亜達を《重力防壁》で衝撃から遮った。

直後にリーナからの通信が入る。

 

(…此方の作戦は失敗したわ。セカンドフェーズで施設破壊まで照準までの猶予は5分よ。急いで。)

 

無茶を言うな、と叫びたがったがリーナに言っても仕方がないと切り替える。

どうやら先ほどの兵士達は直接乗り込み【ミーティアライト・フォール】のオペレーター…つまりは四亜達の抹殺を図ろうとしたが俺達の参戦により阻まれた、そんな感じだろう。

 

(了解、って待てリーナ。)

 

(何よ?)

 

(また声が聞けて嬉しいよ。)

 

素直に思ったので伝えると、

 

(…っ!?ば、バカじゃないの?さっさと逃げないとワタシが【ヘヴィ・メタル・バースト】で撃っちゃうんだからね!?)

 

怒ったら戦略級魔法をぶっぱなしてくる幼馴染みとか嫌なんですが?

 

(嫌なツンデレだなおい。)

 

(誰がツンデレよ!…早く目的達成して立ち去りなさいよ?)

 

通信アウトして状況を再度確認する【ヘヴィ・メタル・バースト】が発射されるまで今からカウントが進んでいるとして600カウント程度か。

十文字先輩が此方を警戒して見ているのでバイザーを解除する。

表情には出ていないが雰囲気で驚いているように感じた。

 

「八幡、お前だったのか。」

 

「ええ。顔が割れるわけには行かなかったので…それよりもエリカ達の援護ありがとうございます。それよりも俺達も避難しましょう、先程の兵士と対峙してわかっていると思いますけどUSNAのスターズがこの基地に来ています。」

 

「一体何故だ?」

 

「恐らく海軍で行われていた秘密研究の魔法開発が知られて今回の事件が発生してるんだと思いますが…ファーストフェーズの先ほどの兵士が撤退させられたのでセカンドフェーズで基地ごと消滅させるつもりでしょう。俺達はこの研究所で捕らわれていたこの子達を避難させます。十文字先輩、避難を。」

 

「その方が良さそうだが未だこの基地には多くの兵士が残っているだろうしそちらの脱出の手伝いを行う。」

 

十文字先輩は素直に避難する人ではないと思っていたがこれ以上の問答は不要だと一礼してエリカ達と共に一般港に向けて走り出しながら達也へ連絡を入れると《セブンス・プレイグ》の起動データを入手し研究データの消去も完了し脱出したが警備員、研究員が未だ施設内部にいる、と報告を受けたが俺達は急ぎ埠頭へ向かった。

 

その埠頭に向かう最中に俺は立ち止まる。

研究に関わっていない警備兵や研究員も数多く見殺しにするわけに行かなかった。

あくまでも俺の仕事は”九亜達の救出、データの破壊”であって人殺しではない。

 

「どうしたのよ八幡立ち止まって。USNAの攻撃が来るから早く逃げないと。」

 

「少し野暮用を思い出した。みんなはクルーザーに逃げ込んでくれ。ルートは大丈夫だな?」

 

「お兄さん、私たちを見捨てるつもりなの?」

 

四亜が俺に近づいて上目使いで問いかける。

俺は首を横に振る。

 

「そうじゃない。お前達を安全に逃がすためにやっておくことがあるんだ。わかってくれるよな?それに安全な場所までもう少しだ。」

 

「…わかった。」

 

四亜は納得して俺から離れてくれたのを確認しエリカとレオを見やると頷いた。

俺も頷き逆方向へ走り出す。

 

エリカ達が遠くに見えるまでの距離になった所で《次元解放》を発動させると同時にデバイスに音声入力する。

 

「《タイプエンド・グレイプニル》…!」

 

《次元解放》のゲートを潜ると同時に《グレイプニル》がポータル内部から呼び出され俺の体に装着され純白が漆黒に装甲が染まっていく。

様々な機能を付与した外套《アクティブクローク》が装着され一見はボロ布だが高いステルス性を持つ。

ゲートを潜り抜け重力制御で飛翔し高度まで飛翔し研究所内部を《賢者の瞳》で確認する。

 

(逃げ遅れたのは数十名…此なら扉に設定した《次元解放》で研究所外へ出られるようにすれば…)

 

俺は魔法で意図的に研究所内の壁を埋めたり破壊したりして一方通行にしてゲートへ導く。

十文字先輩は向こうにいるので問題ないだろう。

俺の作戦は成功し研究所内にいる人員はゲートを通って全て基地外へ叩き出す。

が、まだ数名残っている。

 

急げよ…!と思いながら《グレイプニル》のレッグホルスターから《フェンリル改》を取り出そうとした瞬間にHMDの魔法関知センサーに反応があった。

 

【ヘヴィ・メタル・バースト】の発動兆候が見て取れた。

HMDに表示していたカウントは既に”ゼロ”俺がリーナに約束した時間を経過してた。

 

「不味い…!」

 

俺はエリカ達の方向を見るとまだ港に到着していない。

このままではリーナの魔法に巻き込まれてしまうので仕方がなく俺は発動している【ヘヴィ・メタル・バースト】に干渉をさせた。

 

「『次元虚空霧散(ディメンジョン・ボイド・ディスパージョン)』…起動!」

 

《瞳》の力と追加起動式である《次元転移》を使用し《虚空霧散》は物理的に”対象を虚無に返す”魔法式だが付与された事により”魔法式自体を直接消し去る”能力を追加する。

 

魔法を書き起こす起動式を破綻させるのは簡単で起動式の一部を破壊すれば強制破綻する。

発動し掛けていたリーナの魔法は起動式が定義破綻して強制終了して接射地点から煙を吹き出す。

研究所から最後の研究員と警備兵が脱出したことを確認し俺は研究所を《虚空霧散》で消し去り更地にしたことを確認し飛び立った。

飛び立つ前にムーバルスーツを着用し此方を見ている達也を確認したが反応を見せずに無視することにした。

俺の今の姿は国防軍も追っているらしいが…見破ることは出来ないだろう。

 

飛び立ち達也と合流をするために移動した。

残るはセブンス・プレイグだけだが…これまた一筋縄では行かなさそうな予感がした。

 

◆ ◆ ◆

 

八幡からの突如としての通信に驚いたが狼狽えることは少なかったと自分を誉めてやりたいリーナだったが今は作戦遂行を第一とした、が本部より告げられた情報に「怠慢を…」と怒鳴り散らしたかったがグッと押さえた。

 

『申し訳在りません総隊長、失敗いたしました。』

 

「ベン!?まさか貴方が…いえ、了解しました。フェイズ・ツーへ移行します。(まさかベンが失敗するなんて…まさか八幡が…?)」

 

通信、というか直接頭に語り掛けられているように感じたリーナは八幡がこの基地、いや南盾島にいるのではと考えたがその本人から答えが告げられた。

八幡もこの基地の研究データと施設の破壊を目的にこの島に訪れていることがわかり不本意ながらリーナは少し心が踊っていた。

非戦闘員を逃がすために待ってほしい、と告げられ十分間は待つ、と告げると感謝され「また声が聞けて嬉しい」と言われてリーナは照れた。

 

八幡とリーナが協力していることはUSNAでもリーナ本人とバランス大佐しか知らない情報であるために形として任務遂行を演じなくてはならなかった。

八幡から通信?を切って部下へ指示を出す。

 

「ミルファク、衛星照準システムは回復しましたが?」

 

「まだ不十分です。」

 

その回答にシリウスとして眉を潜めたが彼が悪いわけでないと理解をしていたので素早く行動へ移る。

 

「では、空に上がって直接照準します。」

 

シリウスは水陸強襲揚陸挺のハッチを開けて飛翔した。

飛翔し研究所を見下ろせる高さ迄移動したシリウスは研究所付近に在る装甲車両に狙いを定めた。

八幡が指定した時間は通過していた。

 

「テイク・ア・サイト」

 

HMDにターゲットカーソルが装甲車両をロックオンを始める。

 

「起動式展開。」

 

専用CADが唸りを上げて起動式を展開していく。

カーソルが重なって”赤色”からクリアを示す”緑色”へ変化した。

島にいる民間人を巻き込まないように加減を調整し軍事施設のみに絞った威力と拡散範囲を指定する。

 

「【ヘヴィ・メタル・バースト】、発動。」

 

指定した装甲車両を中心としてプラズマが発生し臨界間近、と言うタイミングで暴発したように白い煙が吹き上がってしまった。

 

「えっ?」

 

その光景に思わずシリウスは声を上げてキョトンとして慌てた。

HMDにはエラー音声が鳴り響く。

 

「【ヘヴィ・メタル・バースト】が定義破綻で強制終了?!プラズマが消失…!?ど、どう言うことなの?ターゲットは…ってこれは……!?」

 

ターゲットにしていた研究所へ目を向けると驚きの光景が広がっていた。

研究所が虫食い穴のように食い潰され消えて倒壊、消滅していくのだから。

その光景をリーナは見つめるしかなかった。

 

「こ、これって任務完了でいいのよね…?」

 

研究所が全て倒壊したことを確認し納得が行かないとなりながらリーナは踵を返して揚陸挺へ戻ることにした。

 

 

一方でその光景を南盾島の登頂部で見ていたムーバルスーツを着用し『セブンス・プレイグ』を撃墜しようとした達也の姿があった。

予測落下地点の起動データを入手していたがリーナが先に発動していた魔法によって観測に狂いが出ていたので撃墜が不可能になっていた。

それに達也は知る由もないが。

それに侵入して島を攻撃している人物がまさかのアンジー・シリウスであることに驚きその場にいる八幡達と研究所所員の避難が完了していない事を知っていたので素早くその魔法式を分解使用したが次の光景に驚くしかなかった。

 

「起動式が霧散して強制破綻しただと…っ?!あれは…ブラックホール?!…どうして奴が、『黒衣の執行者(エクスキューショナー)』が何故ここにいる…!?」

 

発動された魔法を確認し達也は《精霊の目》で確認をすると此方よりも更に高高度で魔法を行使している『黒衣の執行者』の姿が。

彼が放った魔法が達也の持つ《術式霧散》のように起動式のピンポイント狙って破壊されていることに驚愕せざるをえなかった。

 

「なんだ…奴の情報体が読めない…情報が次々と書き換えられているのか…」

 

達也はその目で情報を探ろうとしたが逆にランダム、余計な情報が送られてきて脳が悲鳴を上げそうになっていた。

存在そのものが”読み込めない”状態だった。

達也の存在に気がついたのか一瞥したのちに直ぐ様飛び立ってしまった『黒衣の執行者』に達也は思うところがあった。

 

「まさか海軍の秘密研究所で開発されていたことを知って破壊しに来ていたのか…?」

 

研究所跡地になった場所を見てみると確りと非戦闘員が脱出できていたことを確認した達也は内心で。

 

(まるでダークヒーローのようだな)

 

と独白し迫ってくる『セブンス・プレイグ』対応のため八幡に合流することを急いだ。

 

◆ ◆ ◆

 

同時刻南盾島近海USNA原子力潜水艦『ニューメキシコ』発令所。

下士官が現状を報告した。

 

「偵察衛星への通信回復しました。」

 

「状況を報告せよ。映像をモニターに出せ。」

 

下士官各員が機材を操作し発令所前面の大型モニターに南盾島の現状を投影する。

投影した映像には研究所消滅と非戦闘員の姿が写し出される。

作戦は成功した。

 

が、その余韻を破壊するように下士官の悲鳴じみた報告が艦長の耳に入る。

 

「艦長!艦隊司令部より入電。『軍事衛星【セブンス・プレイグ】が落下軌道に入ったことが確認』された…!?」

 

「続きはどうした!?」

 

「は、はい!落下予測地点北緯二十七度プラスマイナス五度東経百四十二度プラスマイナス五度……っ、と当海域ですっ!?」

 

発令所に動揺が走るが艦長が一喝する。

 

「浮き足立つな!それで司令部からの指示は!?」

 

「西太平洋に展開中の部隊は四十八時間以内にハワイ基地へ帰投せよ、とのことです!」

 

「ちっ…無理を言ってくれる…!強襲挺に帰還命令を出せ!収容次第機関最大で当海域を離脱する!」

 

「「「AYE,SIR!!!」」」

 

艦長は素早く指示を出した。

 

「艦長。」

 

「何かね?」

 

先程帰還したばかりのベンジャミン・カノープス少佐が艦長に声を掛ける。

 

「対空攻撃ミサイルの使用許可を願います。」

 

◆ ◆ ◆

 

雫の別荘から飛び立ったティルトローター機は八幡より九亜達を救出した、という報告を受ける前に南盾島が襲撃を受けた、という情報を傍受し向かっていた。

ティルトローターの自家用機の機内から南盾島の惨状を深雪が確認していた。

 

「もっと近づけませんか?」

 

機内から見下ろす南盾島、特に防衛施設があったとされる場所はグツグツと煮えたぎったマグマのように燃え盛り黒煙を炊き上げている。

 

「無茶を言わないでください!まだ燃えているんですよ!?」

 

北山家の操縦士がそういうのは至極当然だった。

今近づけば例え外装強化された機体でも吹き上がる熱で機体がダメージを受ける可能性があった。

深雪はどう島に近づこうかと考えた時に操縦席に在るディスプレイに気になる点を見つけた。

ディスプレイを操作する深雪に気がついた幹比古が声を掛ける。

 

(此は…?)

 

「どうしたの?」

 

操作したディスプレイには潜水艦が投影されている。

深雪が次行う行動の指針が決まった。

 

「ここで止まってください。」

 

「え、あ、ちょっと!?」

 

答えを聞く前に深雪は操縦室を出て外へ向かうタラップの解除パネルを操作する。

瞬間、深雪の柔肌を刺すような熱風と灼熱の熱さが身を焦がす。

背後で操縦士が吹き込む熱風に驚き幹比古も思わず腕で顔を覆ってしまう。

突き刺さる熱風を感じ取った深雪は涼しい顔でCADを操作して外気をシャットアウトするために冷気を纏い続いて燃え滾る灼熱地獄に手を翳す。

 

次の瞬間に燃え滾る灼熱地獄は一瞬に鎮火され広がる溶岩が地面と化した。

 

「では、お先に。」

 

「えっ!?」

 

深雪は後ろにいる幹比古に一言声を掛けてタラップから飛び降りる。

重力に従い地面へ落下する深雪はCADを操作し風に逆らいワンピースは広がらずふわり、と舞い上がるだけであられもない姿を晒すことはなかった。

自由に落下している深雪に見とれていた幹比古は慌てて追いかける。

 

「伊達さん!ハッチを閉めておいてください!」

 

そう告げて幹比古もタラップから飛び降り呪符を取り出し無事落下し着陸した。

 

「?」

 

先に着陸していた海の方…すなわち先程ディスプレイに映っていた潜水艦の方向を見ていた。

 

(お兄様のように上手くは出来ないけれども…。)

 

潜水艦の座標を確認しその箇所に対して魔法を行使した。

 

(動きを封じるのにはこれで十分な筈…。)

 

その空間を凍てつかせるための氷の波動が放たれる。

 

「凍てつきなさい。」

 

深雪が魔法の行使を行った次の瞬間に潜水艦を中心として氷の群青、流氷が取り囲む。

それは辺りを凍らせるだけでなく潜水艦の外装部分を凍りつかせる。

 

同時刻。

深雪が『ニューメキシコ』を凍らせた瞬間、艦内が大きく揺れる。

 

「何事だ。」

 

下士官が報告した。

 

「こ、氷です!本艦は氷山、いえ流氷…氷原に閉じ込められました!」

 

有り得ない事だった。

赤道に近いこの場所で此程までに巨大な流氷群…氷原に閉じ込められるのは”魔法”以外の何者でもない。

その光景は撤収に向かっていた揚陸挺も目撃していた。

 

(この氷…って東岸陣地にいるのはミユキとミキ?!どうしてここにいるの?)

 

「こ、これは…総隊長殿!?」

 

意識を”リーナ”から”シリウス”に切り替える。

 

「ハーディ、私はニューメキシコの救援に向かいます。貴方はこれを引き起こした南盾島東岸の防衛陣地跡地の魔法師を牽制してください。」

 

揚陸挺の上部ハッチを解放し乗り出す。

今から使う魔法を使用するために《仮装行列》を解除する。

 

次の瞬間には”シリウス”から”リーナ”へ姿形が身長も感じ取れる想子が変化する。

ハッチに足を掛けて飛び込むように降りるとスラストスーツに搭載された飛行デバイスが動作し氷原に閉じ込められた潜水艦へ凄まじいスピードで飛翔、いや滑空する。

暫く滑空し潜水艦が見えたことで上昇し浮上している甲板へ着陸を決めた、が。

 

「え…?」

 

甲板に着陸した瞬間に凍らせられた接地面はまるで真冬の路面のようにツルツルでバタバタとあわてふためく。

 

「うわっ!!わわわっ……」

 

パタパタ、バタバタと手や足を振りながら体勢とバランスを見事に取り着地に成功する。

リーナはキョロキョロと辺りを見渡した後恥ずかしそうに咳払いし口調は”シリウス”として【ニューメキシコ】へ連絡する

 

「…コホンっ。ニューメキシコ聞こえますか?此方シリウス少佐。」

 

通信を行うとカノープスが反応した。

 

『総隊長殿。此方カノープス。』

 

「ここから氷を溶かします。動けるようになったらすぐ潜航してください。」

 

リーナは指示を出しスラストスーツに装備されたCADを操作して上を向いた。

氷に閉ざされた鉄の海城を解放する空間を、いや”世界”を沸騰させる魔法力が解放される。

 

「『ムスペルスヘイム』!!」

 

気体分子をプラズマに分解し、更に陽イオンと電子を強制的に分離することで強制的なエネルギーの電磁場を産み出す領域魔法。

魔法式の発動地点を《ニューメキシコ》を起点に氷原に対して稲妻が降り注ぐ。

膨大な熱エネルギーが徐々に閉ざされた氷を溶かしていく。

無事に氷を溶かしきり潜航を開始する《ニューメキシコ》に揚陸挺に乗っていたハーディが到着する。

リーナが揚陸挺の方向へ視線を向けると氷に閉ざされていたのを確認し部下を咎める気は起こらなかった。

甲板へ着地したことを確認し魔法を使って揚陸挺を爆破したのを確認し《ニューメキシコ》は潜航を開始しリーナ達は現海域を離脱を果たしたのだった。

 

◆ ◆ ◆

 

俺は四亜とエリカ達を自家用機に乗せて撤退させた後【偽装アーマー(グレイプニル)】を解除したのちに達也達と合流した所寝耳に水な情報が入った。

 

「落下予測地点に《セブンス・プレイグ》が出てこなかっただと…?」

 

「ああ。東岸の防衛陣地で発動されたプラズマ攻撃のせいで光学観測と予測落下データが一致しなかったんだ。」

 

「(ちっ…リーナめ余計なことをしてくれちゃってまぁ…いいか。)それでどうする?落下までもう時間がないだろ。」

 

俺は内心で悪態をつきながら達也に質問をする。

この作戦前にわざわざ達也が基地にたちよったのも今着ているムーバル・スーツ以外に”策”が在ると思ったからだ。

 

「わざわざ聞く、ってことは俺に策があるって思ってるんだろ?」

 

「当然。で?」

 

改めて聞き直すと達也は答えてくれた。

 

「ああ。俺には『セブンス・プレイグ』を完全に無力化する手段がある。」

 

「流石だな。」

 

「だが八幡。お前の力が必要になる。」

 

「俺の?」

 

そう問い掛け頷く達也。

 

「俺を高度140キロまで運んでくれ。十分以内に。」

 

「140キロ?そこまで行ったらもう成層圏突破してるぞ?浮遊物質の影響を避けるためなら成層圏で十分じゃないのか?」

 

そう告げると達也は肩を竦めた。

 

「今から使おうとした魔法は何度も打てるものじゃない。俺の魔法力だと一発勝負になるからな…確実を期したい。」

 

「なるほどな…だったら任せろ。完成制御の負荷軽減も含めて快適な空の旅をお届けしてやる。勿論帰りのお迎えも用意もな。」

 

「頼むぞ。」

 

「ああ。」

 

クレーターのようになった岩盤に移動し真ん中に達也が立ち俺は襲撃の可能性を告げて警戒するため、と理由をつけて皆から離れて起動式を展開準備を進める。

俺は《超特化型CAD(フェンリル改)》を取り出し魔法式を封入したリボルバーストレージを変更し別の物に換装し装填する。

旧世代のリボルバー式拳銃のように弾装を腕に当てて回転させた。

上空に構え引き金を引いて魔法式を展開する。

達也の上空で起動式の柱が聳え立つ、達也を成層圏の向こう側へと送り出す準備が完了しカウントダウンが始まる。

 

「5」

 

達也を魔法式が包み込み。

 

「4」

 

幹比古が緊張した面持ちで俺と達也を見つめ、

 

「3」

 

深雪は真剣な眼差しで達也を見つめ、

 

「2」

 

達也は成層圏の向こうを見つめるように上を見上げる。

 

「1」

 

俺はCADのトリガーを引き絞る。

 

「発進っ!!」

 

次の瞬間に達也は超電磁砲(レールガン)の如く上空へと射出されていった。

達也を送り出した後に深雪に視線を向ける。

 

その瞬間に《賢者の瞳(ワイズマン・サイト)》を通じて脳内に未来視が叩き込まれた。

達也が『セブンス・プレイグ』を撃墜する前にUSNAの潜水艦から射出された対空ミサイルが飛翔し衛星に着弾、その衝撃で格納されていた半分の数量、対地ミサイルが起動し降り注ぐ光景が。

 

(くそっ…!!USNAめ余計なことを!)

 

同時に水しぶきを上げる音が此方に響く。

そちらの方向へ視線を向けると飛翔体が上へ向かっていくのが見えた。

間違いなくあれが衛星を破壊するために潜水艦より飛翔した対空ミサイルだろう。

 

「…っお兄様!」

 

深雪が悲鳴をあげるのが聞こえた。

俺が取るべき行動はひとつで皆と距離を取ったのは正解だったと素早く《次元解放》のポータルを潜り《グレイプニル》を装着し達也から離れた地点に転移する。

 

広がる光景は軍事衛星へ対空ミサイルがぶつかりその衝撃でそれらに搭載されていた地対ミサイルが達也へ降り注ごうとしていた。

 

HMDにターゲットサイトが現れ達也との距離を確認する。

達也に反重力防壁を展開し俺はミサイル群に対してロックオンを完了し《超特化型》から必殺の魔法が放たれる。

 

「『結合崩壊(ネクサス・コラプス)』発動。」

 

ロックオンされたミサイル群をターゲットサイトに収めて引き金を引く。

重粒子ビームの大きな奔流が飲み込んでいき爆発し空間を螺切るように歪み収束していく。

ミサイルの爆発は消え去り宇宙空間には静寂が広がった。

俺は達也が振り返る前にポータルを潜って地上へと帰還した。

知られる前に戻らないとな。

 

◆ ◆ ◆

 

射出された達也は八幡の仕事振りに感嘆した。

 

「流石は八幡、狙いは正確だ。」

 

手にしたシルバーホーン・トライデンドにβストレージを装填し前方数十キロにまで接近した『セブンス・プレイグ』に狙いを定める。

 

廃棄軍事衛星に積まれた劣化ウラン弾を無力化するためのベータ起動式を展開させる。

それぞれの三つの起動式を次々と掛け合わせていき一つの術式にしていく。

 

「ベータ・トライデント起動。」

 

魔法が発動しベータトライデントを潜り無力化されていく廃棄衛星、しかし。

 

「なんだと…!?」

 

魔法式を潜り抜ける前に落下の衝撃で外れた対地ミサイル「へイル・オブ・ファイア」のミサイルユニットが廃棄衛星本体から外れて起動式を潜らなかった。

タイミング悪くそのミサイルユニットに地球から飛翔したミサイルが激突、その衝撃で本体側についていた半分の弾頭十五発が起動してしまった。

達也は発射されてしまったミサイルを迎撃しようとしたが残想子が無いことを理解した。

 

「くっ…!?」

 

迫るミサイルに万事休す、このままでは世界大戦の口火を切ることなる…と思われたがその想像は”よい意味”で裏切られた。

 

次の瞬間に達也に降り注ごうとしたミサイル群は数キロ先で灼熱の赤黒い高エネルギービームによって全てが薙ぎ払われた。

 

(これは…!?)

 

高エネルギービームに薙ぎ払われたミサイル群の爆発は達也にまで届いていたが自分を覆う防壁が展開されていることに気がついた。

断続する爆発に防壁越しに衝撃が伝わっている。

防壁がなければ達也は《再成》を使用しなければならなかった。

衝撃を耐えきると宙域は静寂に包まれた。

 

(一体…誰が先の魔法を…?)

 

自分を結果として救った魔法を使った人物を考察しながら八幡の魔法で地上へと帰還する。

地表では廃棄人工衛星が魔法式で消滅した結果オーロラが発生し南盾島にいる民間人、潜水艦でその光景を見て驚くリーナ、助け出された四亜とエリカ達が驚いた表情で自家用機の中から見て、そして笑顔で出迎える深雪に強化外骨格のフェイスガードを外し見上げる八幡。

 

こうして九亜達救出作戦と世界大戦勃発の阻止を完了した。

 

◆ ◆ ◆

 

その後の顛末を少しだけ語ろうと思う。

 

南盾島の魔法研究所で行われた未成年の魔法師に対する奴隷的な扱いに対する物的な証拠が十文字先輩が魔法協会を通じて十師族に通達され結果として海軍が開発していた【ミーティアライト・フォール】の実験は事実上の抹消、開発に携わっていた研究者達は閑職等に追いやられて責任者は今回の責任を被り刑務所へ送られた。

もう二度とあのような魔法実験は起こらないだろうな。

 

そしてその魔法実験に大きく関わっていた九亜…『綿詰未』シリーズ達はというと…。

早い話が彼女達は北山家に引き取られた。

全員が全員、普通の女の子らしい年頃の雰囲気と見た目になりその表情は明るいものだった。

九亜はエリカとレオ達に可愛がられ四亜は雫とほのかたちに可愛がられていた。

 

俺はその光景を離れた場所でてぇてぇ…と言った感情で見守っていると四亜が俺に気がついて手を振る。

その四亜の素振りに気がついて俺を見る九亜は俯きながら俺へ近づいてきた。

 

「どうした?」

 

「…その。」

 

「?」

 

何やら言いづらそうでその言葉を催促はしないで俺はただ待っていた。

九亜は言う決心がついたのか顔をあげて俺に伝えたい言葉を教えてくれた。

 

その感謝の言葉だけだったらまだよかった。

最近の子供はおませさんなんだなー、と他人事のような感想を思ったのは言葉を告げた後九亜が取ったリアクションが問題だった。

 

頬に柔らかい感触と鼻腔に衣類の柔軟剤と九亜本人の匂いが届いた。

離れた瞬間に九亜の笑みが俺の目前に広がる。

この可愛らしい笑みが九亜本来の物なのだろう。

 

「約束守ってくれてありがとう、八幡さん。」

 

「えっ?」

 

「八幡さん?」「八幡っ?」「八幡?」「八幡さん!?」

 

「いや、これはあれだよ親愛の情的なあれだって!」

 

「八幡さん!」「八幡っ!」「八幡!」「八幡さんっ!」

 

「最近こんなんばっかじゃねーかよ!?」

 

彼女本来の持つ優しい笑みを浮かべ感謝を述べられたのだが…その後に俺が深雪達にどう追い回されたのか皆さんの想像にお任せしよう。



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二学年『ダブルセブン【ファイブ・セブン(七草の四兄妹と七宝の長男)】編』
七草(さえぐさ)という名


【ダブルセブン編】開始…!
と言っても触り程度になりますがよろしくお願いします。




私達はお兄様に命を救われました。

 

当時千葉に存在していた『総武中学校』の方が魔法進学校として名を馳せていてその進学校に進学していていてそこで悪名が広まっていた当時のお兄様の噂を小耳に挟んで不思議な人もいるものですね?と思って他人事のように関わることもないでしょうと思いましたから。

 

しかし、その噂をただただ鵜呑みにする気も在りませんでした。

魔法師は冷静を心掛けなさい、お姉様からよく言われていましたから。

 

当時、生徒会長にさせられた、いや自ら生徒会長に立候補したいろはちゃんからその事情を聞いてなんと不器用な方なのだろうと飽きれ半分尊敬半分でした。

 

一度その先輩と会って話してみたい、そんなことを思ったけれどもいろはちゃんに止められたりしてその少年と私と香澄ちゃんは会うこと無く二学年の冬を向かえていました。

 

だけどそれは運命の悪戯だったのか。

 

その日は丁度お迎えの車が故障した、と言うことで自宅に帰るために駅に二人で向かっていました。

学校から駅までは数キロもない距離でしたので歩いて向かうことにしたのですが突然黒塗りの車が目の前に現れ進路を遮ったと思ったら車の中へ連れ込まれました。

勿論私と香澄ちゃんは抵抗しようと魔法を発動させましたがすごく気分が悪く頭痛がした理由は思い当たりました。

私たちを拐った男の一人がキャストジャマーを発動させていたからです。

 

私と香澄ちゃんはその隙をつかれて首筋にチクり、とした痛みを感じて気を失って目が覚めた時に制服を破かれ下卑な殿方に純潔を散らされそうになりましたが…あら?…私たちどうされたんでしたっけ?あのとき男性達にとてつもないことをさせられそうになった、とだけ覚えているのですが…まぁ、お兄様が疾風の如く現れ腕を捻り軽々と持ち上げ投げ飛ばすその光景に安堵して気絶してしまいました。

此方を見る特徴的な瞳、その後にお兄様から告げられた言葉に私たちは涙するしかなかったんです。

どうしてそんな酷いことが出来るのか、何故他人のために動いたお兄様がこんな酷い扱いを受けなくてはならないのか悔しかったのです。

 

それから私たちを救ったことでお父様より七草の家に招待され小町ちゃんと一緒とお話をしてお戻りになると私たちとお兄様は兄妹なることを知らされました。

 

もとよりお兄様は進学校であった総武中学で入学より一位を保持し続けていて身体能力だけでなく魔法力も一流でお姉様を越える程でそれだけでなくCADに対しての造詣も素晴らしかったのです!

それに《術式解体》を使えるとは…。

 

その日から私と香澄ちゃんの魔法の師匠はお兄様となったのです。

出会いも劇的なものでしたが何より私と香澄ちゃん、お姉様に投げ掛けるその優しいお気持ちと眼差しで次第に惹かれていきました。

 

そしてお兄様が無事にご入学されその年の夏休み、ご友人の別荘へ私どもと共に招待されたその際に小町ちゃんからお兄様が虐げられた理由と事実に怒りと悲しみが沸き上がりお兄様へ対する感情は完全に”恋慕”的なものに変わったと香澄ちゃんと共にそう確信しました。

 

それはお兄様を慕う同学年のクラスメイト方々も同じだったようです。

 

夏休みを境にそれは一変したと言っても良いかもしれないですね。

お兄様は天性の人誑しで唐変木…(人の好意を受け入れられないという理由もある)それなのに女性を勘違いさせる言動と行動をさせるので好意を寄せる女性の中にお姉様も追加されていたのは流石に驚きましたが…。

それにこの間の期間中にUSNAから交換留学された女子生徒にもまた好意を抱かれて…このままではお兄様を狙うライバルが増えすぎて収拾が…。

 

只でさえお兄様の周りには魅力的な女性が多いですのに…私と香澄ちゃんもアピールをしているのに扱いは”妹扱い”なのは解せませんわ!

お姉様にはあんなにもどぎまぎしていると言うのに!

やはりお兄様は豊満な方がお好きなのでしょうか…?

 

でも雫さんにも同じような表情をしていたのを見たことがありますので私たちが”妹”だから…?

もういっそのこと私と香澄ちゃんでお兄様に攻め入るしかないのでしょうか…?

 

ですが今日からはお家だけでなくお兄様と一緒に学園生活が送れることを泉美と香澄ちゃんは嬉しく思います。

 

◆ ◆ ◆

 

俺達は無事に魔法大学附属魔法第一高校の二学年に進級した。

同時に一学年空くと言うことは新入学生が入学を決めた、と言うことだ。

その中には当然妹達もその中に含まれるわけで…。

 

と、それはともかくとして三月に姉さんが卒業して大学というテニスサークルというアレな…とそんなことになったら俺がチャラ男を殺しに行くとして。

話が逸れてしまったが入学式は2日後に控え在校生が進級並びに始業式が始まる。

当然ながらレクリエーションではなく初日から授業だ。(絶望)

そんな足取りが重くなるような出来事が発生する”学校”とやらに一年の頃からお馴染みにの光景となっている達也のクラスのメンバーと俺のクラスのメンバーが一塊になって聞いた噂によるとこの一団は名物になっているらしいがまぁそれはさて置いておいて俺は今向かっているのだが…。

 

「…なぁ帰って良いか?」

 

「…新学期早々なんだ八幡。」

 

「いやだってよ…始業式が始まって直ぐに授業とか…正直詰め込み教育過ぎんだろ?昭和かよ。」

 

「昭和…旧暦の年号だな。魔法科のカリキュラムは無理のないように組まれているはずだが?」

 

隣にいる達也に俺は愚痴混じりに告げると呆れられ同時に深雪からも同じ反応が帰ってきた。

そう言うことじゃないのよ達也くん?

ほら学校って青春の時間を無駄にモラトリアムに過ごす所じゃん?

あ、ダメ…魔法師にそんな時間はない。さいですか…。

 

「ダメですよ八幡さん?今日から二年生、それに先輩として2日後に控えた入学式で入ってくる新入生のお手本にならなくては。それに八幡さんは”七草”の魔法師なんですよ?」

 

「くっ…!こんなところで七草の名前が足を引っ張るとは…なぁ達也今からでも俺の名字”司波”にならん?…なんてな、って…。」

 

司波八幡、かそうなれば俺は”七草”の柵がなくなる…って思ったがなんか語呂悪くね?とそんなことを思っていると隣にいる深雪がその白い肌を紅潮させて頭から湯気が出そうな位で隣にいる達也は頭を押さえて天を仰いでいる。

どうしたよ達也、花粉症か?

 

「そ、そんな八幡さん…と、突然同じ名字にな、なりたいだなんて…その八幡さんは司波家にお婿さんに入りたいとい、いうことですかっ…いやでもわたしが七草家に嫁ぐというのも…。」

 

ゴニョゴニョ、となんかヤバイことを呟きながら俺に顔を近づける深雪やはりというべきかほんとに整った顔してるな…と思ったが流石に近すぎるっ!

 

「あ、いや冗談だからな…って!?」

 

勿論冗談で言ったつもりだったが俺を取り囲む女子達の目がやばかった。

 

「は、八幡さん!?お婿さんなら”光井”はどうですか?あ、勿論”七草”でもわたしは…。」

 

モジモジして顔を赤くして俺を見つめるほのかに。

 

「ん。お婿に来るなら”北山”が良いと思う。それにお婿に来れば仕事しなくても養ってあげるよ?それにわたし専属の魔工師になって?…私が”七草”に嫁いでも良いけど?」

 

何時ものように起伏が薄い表情を浮かべ…とちょっと頬がほんのり紅潮している。

てか働かずして食う飯ってうまいよな?

 

「道場破りして”千葉”に婿に来る?あ、でもそうすると八幡の流派的に”刀藤”になるわね…あ、あたしは…”七草”に嫁いであげても良いけど?」

 

はじめはカラリとしたざっくばらんな言い方だったが嫁ぐの辺りでじっとりと湿度を漂わせてきたエリカ…お前はそんなキャラだったか?妙に瞳に宿る湿度がじっとりしてる…しっとりエリカ、アリだな!(現実逃避)

 

これ以上の会話は不味い、という俺の警鐘を鳴らしていた。

一先ずの学校の昇降口に向かうまで俺は取り囲まれる女の子達に脇腹を摘ままれその光景を野郎達から生暖かい目、達也からはさっきの俺の発言に呆れたような表情を浮かべていた。

 

◆ ◆ ◆

 

さて、今年度より達也の活躍により第一高校には今年度より新設された学科、”魔法工学科”が追加されたことになりなった。

てか一学生の活躍で新学科追加されるとかすげぇ事やってるよ…流石お兄様だな。

と、まぁ達也を茶化すと怒られそうなので止めておくとして俺と深雪、雫、ほのかは今日から配属されることになる2-Aの教室には入りこれはまたお馴染みの顔ぶれが揃っておりいないのはリーナがいないことぐらいだろうか?

始業式を終えてそこから通常の授業を開始し昼休みに入り俺は何故か生徒会室に呼ばれていた。

 

その場には千代田風紀委員長がおり告げられたことに多少驚いた。

 

「と言うわけで司波くんには生徒会役員として副会長に就任をして貰うので八幡くんには風紀副委員長として就任して貰うのでよろしくね!」

 

「その話マジだったんですね千代田先輩…。」

 

どうも達也と俺を生徒会か風紀委員の副会長並びに副委員長に就任させるかを本人達の意向を無視して両組織トップ同士の会談があって移籍が決定していたらしい。

俺の場合は元より渡辺前委員長から「君が花音を支えてくれたらなぁ~(チラチラ)」と言われていたのでそんな気がしていたがまさか俺が副委員長になるとは思いもしなかったがまぁなったものは仕方がないか。

深雪に至っては達也が生徒会に入り実力を認められたことに喜んでいるのは良いことだろう。

 

今年度、無事に生徒会並びに風紀委員会の新体制は無事に出向することが出来た。

達也というある意味での特記戦力(言い過ぎではない)が抜けてしまったのでそこは千代田先輩に相談し補充要員の相談をさせて貰った。

 

「皆さんも知っていると思うけれども自己紹介をさせてね?達也くんが抜けた穴埋め、補充要員として八幡くんの提案もあって入員して貰うことになった2-Aの部活連推薦枠の北山雫さんと生徒会推薦枠の吉田幹比古くんが加入して貰うことになりました。二人とも改めて自己紹介を。」

 

そう千代田先輩から催促され俺の隣に座る二人が立ち上がり挨拶をした。

 

「本日より部活連推薦枠で風紀委員会に所属することとなりました2-A北山雫。よろしくお願いします。」

 

「生徒会推薦枠で同じく風紀委員会に所属することになりました2-Bの吉田幹比古です。よろしくお願いします。」

 

新年度の今日、顔合わせ的な意味合いも兼ねて生徒会室には中条先輩、五十里先輩にくっつく千代田先輩、達也に深雪、俺の隣に陣取るほのかと雫の顔ぶれが昼食会が開催されていた。

てかあれだな?この二人(雫と幹比古)が入るから俺要らなくね?

 

「ダメですよ?しっかりお勤めを果たしてくださいね。」

 

と笑みを浮かべ此方に釘を刺してくる深雪さん。

なんで俺の思っていること分かるの…?エスパー?てか俺の事好きすぎじゃない?…っていうと本当に気持ち悪くなるから止めておくことにして一先ずは生徒会室で昼食を取ることにする。

というか目前で五十里先輩と千代田先輩が俺たちが前に居るというのに人の目を憚らずイチャイチャしてやがるのが風紀委員長としてどうなんですかねぇ…風紀が乱れていませんか?エッチなのはダメ!○刑!と遠い目で見ているとほのかと雫が俺の両サイドをパーソナルスペースガン無視で距離を詰め詰めのパンパンにしてくる。

 

「お前も大概だと思うぞ八幡…。」

 

「はぁ?」

 

理由もなく達也が俺をサゲて来たので解せぬ。

そんないたたまれない空間も昼食時間が半分を過ぎてくると前半で新設科の話題から近々に控える入学式の話に話題は映った。

希望をもって学校に入学するとかマジで止めておいた方が良いからな?

俺は友達一人も中学時代に出来なくて毎日をほぼブルーなアーカイブとは無縁な色彩の欠いた時代だったからな…懐かしい。

俺が自分の能力で感情制御してなかったら危なかったな、皆殺しにしてたかもしれん。

とまぁ物騒なことは置いておくとして…。

 

「今日も放課後に入学式のリハーサルですか?」

 

入学式の準備に関わらない幹比古が生徒会の役員の誰もが答えられるような口調で質問すると中条先輩ではなく副会長である深雪が答えた。

 

「リハーサル…というよりも打ち合わせ、ですね。答辞のリハーサルは春休みと式直前の二回だけですので実際に読み上げ作業をする、というわけではないんですよ。」

 

「去年も?」

 

「ええ。そうよ。」

 

雫の質問に深雪が頷いた。

一年前、昨年全校生徒のまで一年生の際に実際に答辞を読み上げた深雪、全校生徒の前で答辞を読み上げるとか…俺なら絶対にやりたくない。

 

「あたし達の時はひど、苦労してたからリハーサルを多めにするのかと思っていた。」

 

「どうせわたしの時は酷かったですよ…。」

 

千代田先輩が失言を訂正、する前に中条先輩が気づいてしまい不貞腐れた顔をしていた。

どうも中条先輩は一昨年の新入生代表として答辞を読み上げたようだが…まぁ想像に固くないカミッカミのグダグダだったんだろうな…と思ったが仕方がないだろう。

深雪が堂々としすぎているだけだ。

 

許嫁の失言を五十里先輩が素早くフォローする。

 

「ま、まぁ中条さんも緊張していたんだし詰まるのは別におかしな事じゃないよ。」

 

「逆に緊張しなかった深雪がおかしいだけですよ中条先輩。」

 

達也は深雪にその発言が飛び火しないように予防線を張っていた。

 

「まぁ、お兄様ったら。私も当日は緊張していたのですよ?それに…。」

 

深雪の視線が俺へ向けられた瞬間にイヤな感じがした。

 

「本来であれば手をお抜きにならなかったら八幡さんが昨年の新入生総代としてあの講堂で答辞を読んでいるはずでしたのに?」

 

「…手を抜いたんじゃない。あのときは体調がチョーっとばかし悪かったんだよ…てか、それを今持ち出しますか深雪さん?」

 

やっぱりというべきか入学する際に姉さんからいわれた「入学試験一位の子は総代として講堂で答辞を読む」と言うことを聞かされていたので手を抜いた、というか抜かざる得なかった…全校生徒の前で噛んだらそれこそ黒歴史だ。

俺がそう告げると深雪は口に手を当ててクスクス、と笑っている。

その光景に釣られるように全員が笑い出したのを見て俺は溜め息を吐かざるを得なかった。

達也は話題を変更するためにわざとらしく咳払いをした。

 

「実は俺も深雪も新入生総代に会ったことがないんだ。中条先輩その新入生総代は本日顔合わせで当校に来る、ということでしたが。」

 

達也にいわれ中条先輩は頷いた。

 

「はい。今日は入学式の打ち合わせのために来てくれることになっていまして…そろそろだと思いますが。」

 

「どんな子なんですか?」

 

五十里先輩が質問した。

その意味合い的にどちらの性別?というのも含まれていてその質問には全員が興味を意識に割いていたように思える。

 

「今年度は男の子の新入生総代です。」

 

中条先輩がそう告げると同タイミングで生徒会室の扉がノックされた。

 

「あ、はいどうぞ!」

 

中条先輩が生徒会室の電子施錠を解除すると扉が開かれる。

扉が開き入室してきた少年の雰囲気は隠しているように見えたが俺からしてみれは”自分以外は敵だ!”と尖ったような雰囲気を漏れだした少年がそこにはいた。

 

◆ ◆ ◆

 

「紹介します。今年度の新入生総代を務めてくれる七宝琢磨くんです。」

 

入室した七宝は俺たちの存在を確認して一礼する。

 

「副生徒会長の司波達也です。よろしく七宝くん。」

 

「”七宝”琢磨です。よろしくお願いします。」

 

妙に”七宝”の姓を強調して自己紹介し達也の制服のエンブレムをじっと見ていた。

固まった七宝に声を掛ける中条先輩に「見慣れないエンブレム」だったのでと答え先輩は納得していたが深雪はその反応にいたって冷静を装おっていたが俺には分かった。

 

”怒っている”と。

氷の女王が君臨し入学したばかり(正確には明後日だが)の生徒に深雪のプレッシャーが七宝に襲いかかり先ほどまで自信満々に強気な態度を取っていたのが早速崩れていた。

 

「同じく、副会長の司波深雪です。」

 

その冷たい雰囲気に違わず告げた自己紹介はその一文であり興味を示そうともしないのは俺からしてみれば丸分かりだったがここで敢えて指摘してやる必要もないだろう。

その反応に七宝の声が小さくなり、震えていた。

それは恐れ、ではなく怒りから来るものだと俺は理解していた。

深雪は上級生として誉められた態度ではないし七宝も上級生に対して誉められた態度ではないのは誰から見ても分かることでそれを見た中条先輩がおろおろしてた。

ここに姉さんや市原先輩がいたら直ぐに場面転回してくれたんだろうな…と卒業してしまった先輩と姉さんを偉大に思い俺はやらなくてもいい気遣いを発動させざるを得なくわざと大きな咳払いをかました。

 

「んんっ!…”双方ともにやる気が満ち溢れるのはいいけどな?”それより…中条先輩。新入生を立たせるのも忍びないですし着席してもらったらどうです?彼も予定が詰まっていることでしょうから手早く済ませません?ピクシー。七宝くんにお茶を用意して差し上げろ。」

 

俺が遠回しに深雪に対して「大人げないぞ?」と指摘すると納得はしていないようだったが自分の反応がそう言うものだった、と理解し不機嫌さを納めて一方で七宝には「先輩には敬意を払えよ?」と目配せすると悔しそうに俺を見ていた。

やる気があるのは良いが噛みつく相手を選べよ?凍らされるからな?

 

「了解しました。」

 

俺は空気を変えるために生徒会室に連れてきていたピクシーに指示を出してお茶を用意して貰い俺は立ち上がり空いている座席を引いて着席を促した。

なんで俺がこんなことしてるんですかねぇ…?

 

「ほら、立ったままだと大変だろ?座れよ。」

 

「…ありがとうございます。」

 

渋々、と言った所だが座ってくれたと同時に七宝の前にピクシーが淹れてくれたお茶が差し出され席についたのは立ち上がった深雪も同じだった。

それぞれに自己紹介を行い俺の番になった。

 

「副風紀委員長の七草八幡だ。よろしくしてもしなくてもいい。」

 

「……っ!…よろしくお願いします”七草”先輩。」

 

これだけを告げると先ほど達也に見せていた視線よりも七宝は俺を見る目がより力強いものになっていたのが印象的だった。

恨むように、敵対心を見せるように。

また、”七草”の部分を強調して言われ俺って恨まれるほど全方位に敵を作ったりしてないんだけどなぁ…?と思いつつ壊滅的な空気になっていた生徒会室はほのかの頑張りもあって魔法が飛び交うような事態に発展しなかった。

ありがとうなほのか。…今お前が居てくれてよかったと本当に思うぜ…。

 

波乱に満ちた顔合わせは無事?に終了した。

 

◆ ◆ ◆

 

魔法大学附属第一魔法高校の入学式当日。

俺は風紀委員会の仕事で妹達よりも少し早く学校に来ていた。

…正直雫と幹比古がいるんだから俺働く必要ないよな?そうだよ、と思いたかったが姉さんや深雪にお小言を言われる可能性が会ったので風紀員会詰め所へ入学式二時間前に出頭?していた。

準備室には既に千代田先輩と幹比古と雫が集合していた。

 

「うぃーっす…おはようございます先輩。はやいっすね?五十里先輩と一緒に来たんすか?」

 

そう問いかけると千代田先輩は「当然」と言わんばかりであり雫と幹比古ははじめての風紀委員会としての仕事で緊張をしていたとのことで早くに目が覚めてこの時間に登校してしまったらしい。

しばらく喋り入学式の一連の流れを自分で確認しているとその後風紀委員会詰め所に先輩達が入り千代田先輩から内容の業務連絡を告げられた後にそれぞれの配置場所へ向かう。

今回俺が管轄するのは正面入口並びに来賓ゲートの守備に当たることになった。

千代田先輩は渡辺先輩から受け継いだ”お馴染みの号令”を掛けると全員が、まぁ雫と幹比古が出来ていないのは知らされていないのが当然なので出来ていなかったが。

それを皮切りに俺たちは動きだし自分の仕事に取りかかることにした、本当は働きたくないが。

 

正門に到着し新入生を誘導したりしていたがほぼほぼが魔法高校に夢踊らせ入学してきてるんだろうなーと思うほどに嬉々とした初々しい表情を浮かべている。

その中にはエンブレムを着けたものや着けていないものもいるのは仕方がないことだろう。

そして今年度の入学生として香澄、泉美、小町がいると言うことだ。

 

二人はともかくとして…小町は俺が勉強を教えていなかったらやばかったかもしれないな…。

小町は地頭が悪い訳じゃなく頭は良いんだが…魔法を感覚的に使うので理論が壊滅であり中学までならそのままでよかったんだがそうも言っていられない。

入試の一ヶ月前に小町を缶詰にして勉強を叩き込んだら「もう無理…」、「許して許して…」と譫言のように言っていたがすまんな小町、これもお前を思っての事なんだ。

そうして無事に小町も入学を決めて一科生として今年から魔法高校の生徒となる。

 

正直中学の頃は俺と小町が家族であることを俺が意図的に隠してたし普通の学生生活じゃなかったからな…それを思

うと今年からちゃんと俺と小町が”兄妹”です、と名乗れるようになるのが普通に嬉しかったりするのかもしれない。

 

「あら八くん嬉しそうね?」

 

そんな当たり前のことが出来るようになるのが嬉しかったのか俺の表情が緩んでいたのか聞きなれた声が聞こえて視線をそちらに向ける。

 

「あれ姉さんなんでここにいんの?先月卒業したばかりじゃ…。」

 

「そうそう戻って…って違うわよお父さんの代わりに泉美ちゃん達の付き添いよ。」

 

「そういやそんなことを前の晩に聞いたような…?」

 

俺がそんなことを呟くと「まったく」…と呆れられてしまったが仕方がなくない?

前日まで泉美、香澄、小町に渡す特製CADの調整を行っていたのだから。

そんな誰に聞かせるわけでもない言い訳を頭の中で考えていると俺の腕章を見て姉さんは驚いていた。

 

「あ、八くんはやっぱり風紀委員会に入ったのね?」

 

「やっぱり…って渡辺先輩が余計なことを言わなきゃ辞めるつもりだったんだが?」

 

「またまたそんなこと言っちゃって…八くんが他人から頼られたら無下にしない、って千代田さんも分かっていたから風紀委員会…副会長に任命したんでしょう?わたしの弟が学校の風紀を守るNo.2!だなんてかっこいいとお姉ちゃんは思うわよ?」

 

「給料も発生しないやりがいだけしかないこの仕事に何を見いだせと言うのか。」

 

「またそんなこと言って…もう仕方のない子ね。」

 

煽てられてもやる気がでないのだから愚痴の一つは許してほしいものだがまぁ、姉さんがそういうのならやるのも吝かではない。(迫真)

 

それはともかくとして今日の姉さんは一味違うような気がした。

毎日家で会っているとは言え今年からは同じ学校ではなく魔法大学に進学している。

ある意味で別の場所に活動拠点を移すことになるからだ。

当然ながら着るものも制服では無くなり私服になるが今日着ているのはレディーススーツを身に纏う姉さんはかなり大人びているように感じた。

 

衣服もそうだが身に付ける装飾品に薄く施した化粧は何処と無く大人なお姉さん、と言う雰囲気を漂わせるのに一躍買っていたが高校生から大学生になった事も相まって家で見るよりそう、思えてしまって見とれていた。

顔立ちが幼いところもあるので美しいと可愛らしいが同居していた。

 

「どうしたの?」

 

黙ってしまった俺に怪訝な表情を浮かべていた姉さんによくも考えもせずに出た言葉を告げてしまっていた。

 

「ああ、いや。姉さんは大人っぽくなったのに可愛らしいなぁ、って。」

 

「っ!…は、八くん?そう言うのは…その…正面切って言われるのは恥ずかしいと言うか…

 

ゴニョゴニョと何かを言ったようだったがまったく聞こえなかった。

 

「?なにか言った?」

 

「な、なんでもないわよ?そ、それよりもこの服装でどうかしら?朝八くんは居なかったから…。」

 

桜色のレディーススーツを見せてくる姉さん。

もちろん告げるべきことはこの事しかない。

 

「うん、似合ってると思う。一瞬父兄の誰かかと思ったけど。」

 

「それって遠回しに私のことを香澄ちゃん達の”叔母さん”ってことかなぁ?」

 

ずいっと顔を近づけ不満げな顔を見せてくる姉さんは頬を少し膨らませ俺に近づいて腰に両手をついて至近距離から睨め上げるようみていたが非常にこの体勢は不味い、と思ったので声を掛けた。

 

「あの…姉さん?」

 

「なぁーに八くん?言いたいことがあるなら今言っておいた方が良いわよ?」

 

姉さんは今俺にしていることが分かっていないようなので指摘させて貰った。

と言うか通りすぎる新入生がこっちを完全にカップルの痴話喧嘩しているようにみているのが不味かった。

いや、俺と姉さんは姉弟だからね?

 

「離れてくれない?この光景だと第三者からみた場合姉さんが俺にキスをしようとしてる光景になるんだけど?」

 

「え…?…~~~~~~///!?キャッ!?」

 

俺が指摘をするとようやく気がついたのか離れる素振りを見せた姉さんだったが状況を理解してその場から離れようと動くと履いている靴がローファーではなく少しかかとの高いヒールを履いていたので体勢を崩してしまった。

体勢の崩れた姉さんを受け止めるために肩と腰に触れて抱き寄せるように転倒を防止させた。

 

「大丈夫?」

 

「え、ええ…ありがとう八くん。」

 

姉さんは背が同年代の女性より低いのもあって俺の腕のなかにすっぽりと収まってしまっていた。

 

「……///」

 

俺を見る姉さんの頬が少し紅潮している。

どこか怪我でもしたのだろうかと心配になって声を掛けようとしたところに近づく”三名の気配”を理解した。

振り返るとそこには三人の妹達が立っていた。

 

「お兄様?このような衆人の中でお姉様と逢瀬ですか?」

 

ニコニコとしているが少し怒っているように見える泉美。

 

「おにぃ~?お姉ちゃんとなんでいちゃついてるのかなぁ?」

 

腰に手を当てて此方を睨め上げるように可愛らしい快活な顔をプリプリと怒らせている香澄。

 

「お兄ちゃん、お姉ちゃんと仲良くなるのは良いけど時と場所を考えてよね~。」

 

呆れたように此方を見る小町がそこにいた。

それをみた姉さんは大慌てで俺から離れて弁明した。

 

「ち、違うわよ香澄ちゃん泉美ちゃん!これは八くんが私がビックリして倒れないように支えてくれただけだからね?」

 

その弁明を受けて双子の姉妹は「えぇ?ほんとに?」と疑っていたが流石に俺たちがこの往来の真ん中で言い争っているのは不味い。

現に新入生が此方を怪訝や興味本意で此方をみているのが視線で理解したので妹二人の後ろに移動し頭に拳を軽く落とす。

ポカッ、と軽い音が響いた。

 

「あいたっ」

 

「痛いですお兄様っ」

 

叩かれた頭頂部を押さえて踞り此方を見上げ抗議した。

 

「お前らな…姉さんが転けそうになってたのに支えただけだって言ったろ?それに入学式早々に問題を起こさないでくれ…。」

 

「ほほう?お兄ちゃんが言う側になるとはねぇ~?」

 

「ううっ…申し訳ございませんでしたお兄様…」

 

「はい、ごめんなさい。おにぃ…」

 

茶化すんじゃありません小町ちゃん…と俺は内心で思いながら今年度から俺の後輩になる妹達が問題を起こさないかどうか心配になった。

此方を見ていた新入生に威圧感を飛ばして講堂へ向かうように促した。

 

「さぁ、講堂はもう空いているから向かってくれ俺はもう少し仕事があるから少ししたら向かう。二人ともおとなしくしてるんだぞ?姉さんも三人の付き添いをよろしく。…ああそうだそれに二人の制服姿、とっても似合ってる」

 

「はいっ、ありがとうございますっ」

 

「えへへっ。うん、ありがとうおにぃ!」

 

そう告げると嬉しそうな表情を浮かべて姉さんと共に講堂内へ向かっていった。

そんな後ろ姿を見ながら俺は小町に声を掛けた。

 

「てか小町は三人についていかなくて良いのか?」

 

「いや、直ぐに行くよ。ただちょーっとお兄ちゃんに言っておきたいことがあってさ。」

 

「?」

 

小町が講堂へ向かう道すがらに此方に振り返り告げた。

 

「今日から改めて兄妹として同じ学校でもよろしくねお兄ちゃん?」

 

その満面の笑みは俺の二学年の新たなスタートを告げる言葉になった。

 

「…ああ。こっちこそよろしくな小町。」



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人間関係って複雑だよな

講堂の入り口で真由美と分かれた香澄と泉美、それに合流した小町はちょうど空いている席を三つを確保して着席した。

並び順は後ろから見て左から小町香澄泉美の順番だった。

全員が着席したのを確認して香澄がヒソヒソ声で二人の妹達(年齢は一緒)に声を掛けた。

 

「ねぇ泉美、小町?」

 

「なんですか香澄ちゃん。」

 

「どうしたの香澄。」

 

まだ式が開始されるまで時間があるため周りも大きな声で近隣の今日知り合った新入生と会話をしているのでヒソヒソと話す必要がないのだが声を潜めて話しかけてきた意図を理解し三人で顔を近づけるように会話する。

 

「さっきの広場でおにぃとお姉ちゃんが密着してたでしょ?」

 

「はい、とーってもくっついてました。」

 

「それがどうしたのさ。別にお兄ちゃんがお姉ちゃんを転けるのから助けただけでしょ…まぁお姉ちゃんの顔あかくなってたねぇ~」

 

小町が意地の悪い顔を浮かべると双子は「やっぱり…!」と言った表情を浮かべている。

 

「お姉ちゃんもバレンタインの時にお兄ちゃんに渡してたチョコ”本命”だったらしいから…もうそう言うことでしょ?」

 

「お姉様もやはりお兄様を…。」

 

「お姉ちゃんもかぁ…。」

 

やっぱり…という表情を浮かべていたが小町は嬉しそうな表情を浮かべていることに二人は質問した。

 

「どうして小町は嬉しそうなの?」

 

「小町ちゃんは嬉しそうなんですか?」

 

満面な笑みでその返答を告げる小町。

 

「だってさ?お兄ちゃんを幸せにしてくれる人が増えるんだよ?良いことじゃない。妹として鼻が高いよ…しかも誰もかも気立ての良い美少女と来たら喜ぶしかないでしょ?」

 

その発言の中には真由美達ももちろん入っているので双子はなんとも言えない気分になった。

 

「まぁ、そう言ってくれるのはありがたいんだけどさぁ…。」

 

「でもお兄様とそう言う関係になるのは一人と言うか…。」

 

「十師族の一人息子なら奥さんの一人や二人平気でしょ?あ、でもそれで泉美と香澄、お姉ちゃんが…家族同士で喧嘩するのは小町みたくないなぁ…。」

 

少し顔に影を落とす(ふり)小町のその発言に双子は慌てた。

 

「だ、大丈夫だよ小町、仲違いなんてしないって!」

 

「そ、そうですよ小町ちゃん、お兄様を巡って仲違いはしませんからね?」

 

「そう?ならよかった。」

 

満面の笑みを浮かべる小町に二人は勝てなかった。

 

◆ ◆ ◆

 

入学式はつつがなく終了し去年のように問題が起こったわけではなく平和だった。

俺も小町達と一緒に帰宅しようとしたが風紀委員会の仕事が残っておりそれを片付けた後に帰宅しようとしたが達也達生徒会メンバーと…まぁ何時もの面々が昇降口に集合しこれまた何時もの喫茶店である意味での『お疲れ様会』が開かれていた。

 

店内に入って座席に着席し商品を頼んだ辺りで達也から隣にいた少女の自己紹介を受けた。

 

「八幡紹介する。桜井水波だ。水波自己紹介を。」

 

紹介を受けた水波がわざわざ立ち上がりペコリ、とお辞儀をして見せた。

 

「初めまして七草八幡様。ご紹介預かりました桜井水波と申します、よろしくお願いします。」

 

お辞儀をした顔をよくよく見てみるとその表情は見知った顔だった。

それに名字が桜井…?俺の脳内で一度達也の家にお邪魔させて貰ったときに深夜さんのお付きをしていた女性を思い出した。

 

「桜井…?穂波さんの娘さんか?」

 

そう問いかけると達也は頷いた。

頷いた、と言っても『娘』ということを肯定の意味でなく『関係者』という意味でだった。

 

「ああ。水波は穂波さんの姪…俺たちは従姉妹なんだ。」

 

「そうだったのか…よろしく桜井さん。うちの妹達も同学年だからよろしくして貰えると嬉しいんだが…。」

 

「名字ではなく名前でお呼びください八幡様。叔母を救ってくださってありがとうございました。このご恩はこの桜井水波忘れません。」

 

神妙な顔でそんなことを言うもんだから他の連中が食い付いてしまった。

沖縄のあの話は正直大っぴらにしたくない。

荒れていたあの時の俺の話を聞かれたくない、ってものあるがいつまでの少女に頭を下げさせるのはいかがなものかと。

 

「あーいや気にしないでくれ。それに恩義を感じてるってんなら同じ学年のうちの妹達と仲良くしてくれると助かるよ。」

 

「畏まりました。」

 

「それに俺には敬語は要らないからな?」

 

そう言うと虚をつかれたような表情を浮かべ達也と深雪をみる水波だったが二人の表情をみて戸惑いながらも普通の呼び方にしてくれた。

 

「畏まりました七草先輩。よろしくお願いいたします。」

 

言葉が固いのはそう言う風に教育を受けてきているからだろうと直感的に理解し訂正する気にはならなかった。

ちょうど注文した商品が座席に到着しドーナツとコーヒーを片手に雑談を楽しんでいる。

 

コーヒーがそれぞれにカップの半分になった辺りで雫が話しかけていた。

 

「そう言えば小町ちゃん達も第一高校に入学したんだね。」

 

「ああ。全員無事に合格してくれてよかったよ。まぁあの三人なら合格して当たり前だからなぁ…。」

 

「まぁそうだよね。」

 

と雫は微笑みを向けて頷いた。

 

「そう言えば首席くんの勧誘はどうなったの?」

 

雫がそう訪ねたのは俺との会話の転換点として話題に出して話を他の人に振って広げようとして野次馬根性や好奇心に引っ張られて、いやそれもあったと思うが意図的なものでは無かったがその話題を振った瞬間にほのかが1拍空いて黙った後に告げた。

 

「…ダメだった。」

 

雫はほのかのその反応を見て「聞かなきゃよかった」と自己嫌悪に陥っていたがそこは空気が読める幹比古がエントリーして空気清浄機の如く、その一言で空気を変えた。

 

「え?七宝君は生徒会入りを断ったのかい?」

 

「本人は部活を頑張りたいから、と言ったらしいからな。他にやりたいことがあるのなら無理強いはできないだろう。」

 

達也の一言はほのかに対して「気にするな」と言い聞かせているように聞こえた。

それに乗っかるようにフォローする。

 

「まぁ無理強いは出来ないだろうしな。気にやむことじゃないだろ。」

 

ほのかの表情はどんより雨雲模様から薄曇りへ変化した。

 

「それよりも生徒会に誰を勧誘するかを考えた方が建設的ですよね?」

 

深雪のその発言に俺を含めた全員の意識は七宝から離れて「誰を生徒会に辞退した生徒の代わりに所属させるか」への意識に切り替わった為七宝の事は外れていた。

 

「そうだな。今年度誰も生徒会に入らないというのは後々の事を考えると不味いからな…。」

 

達也が真面目な表情で呟くと深雪がなにかを思い付いたように手を叩いて提案した。

 

「そうですお兄様。水波ちゃんを生徒会役員にするというのは。」

 

「えっ!?」

 

深雪の発言に驚く水波に達也は助け船を出した。

 

「おいおい深雪、流石にそれは水波がかわいそうだぞ?それに主席を生徒会に勧誘するのが定例なら成績順に勧誘するのが良いだろう?」

 

「次席は誰だっけ?」

 

雫が生徒会書記として成績を把握しているほのかに質問をしている時に俺はコーヒーを啜っていた。

ほのかの告げた成績に思わず咳き込みそうになった。

 

「えーっと…あ。…七草泉美さん…それに三位は七草香澄さん…それに四位は七草小町ちゃんだね。」

 

「ぶふぉっ!?けほっ!けほっ…!?」

 

「うわっ汚いわね八幡っ!」

 

思わず対面に座っていたエリカに思わず口に含んでいたコーヒーをぶっかかりそうになったが寸でのところで踏み留まった。

 

「だ、大丈夫ですか八幡さん?」

 

は、え?うちの妹達上位独占なの?それに小町ちゃんも入ってる…?そっか俺の詰め込み教育が功をそうしたのかぁ

咳き込む俺の背を擦る深雪に介護させつつほのかが表示していた端末を確認するとうちの妹達の顔が並んでいた。

 

「この四人は本当に僅差でほぼ差がなかったと言っても良かったんですよ。それも四位を大きく離す程の成績差でしたね。八幡さんは三人の成績をご存じ無かったのですか?」

 

ほのかと同じく生徒会に所属している深雪が問いかけてくる。

 

「けほっ、けほっ……あー…まぁあの二人なら成績上位だろうなと思ったから特段聞くことも無いだろうと思って聞かなかったんだが…。」

 

「ならどうして咳き込んだの?」

 

雫が不思議そうに此方に顔を覗いてくる。

正直ここに小町がいて聞かれたら脛に『乱戦乱舞・朱雀【烈旋脚】』が飛んで来て俺の足の感覚が無くなりそうになるだろうが仕方がないだろう。

 

何故ならば…。

 

「小町は魔法理論が大の苦手でさぁ…ずっと直感的に魔法を使うもんだから壊滅的なのよ。平たくいうとちょっとおバカというか…俺が春休み中ずっと家庭教師してたから…さ。」

 

「そこまでなのか?でもお前の昔話を聞く限り小町さんはそっちの方面でも」

 

「精神干渉でそっちも誤魔化してたんだよなぁ…まぁ小町自身頑張ってたのもあるけど流石に俺と比べちゃうとな。」

 

「そうか、大変だな…。」

 

俺が力無く答えると達也もそれ以上追求するのをやめていた。

小町は地頭が悪いわけでもなく物覚えが悪い訳じゃない。

”論理的に説明が苦手で直感的に魔法を使ってしまう”という癖があるのだ。

 

が、成績で他の生徒に当てはめると理論も十分優秀な成績を中学から叩き出しているので問題はないのだがどうしても香澄、泉美に比べるとやっぱり劣ってしまうので並ぶとは思わなかったのだ。

 

「じゃあ八幡の妹さん達誰かが生徒会に所属して役員になっても可笑しくはない、ってことになるね。」

 

幹比古がそう言うと深雪はそれほど表情に出ていなかったがほのかが困ったような表情を浮かべている。

ほのかが懸念しているのも何となく分かってしまうのが俺的にもなんともむず痒い。

 

妹達(香澄と泉)がほのかと深雪を敵視しているからだ。

 

「あー…二人ともなんかすまん。順当に行くと生徒会には泉美が風紀委員会には香澄が行くと思うが…。」

 

そう俺が告げると二人とも嫌そうな表情を浮かべていたが雫は嬉しそうだ。

しかしなんで敵対心を向けているんだろうな…特にほのかと深雪に対してだけ向けてるのはつまり…”アレ”の有無なのだろうか?と考えていると雫がジト目で俺の目を見て脇腹をつねりほのかが頬を膨らませ俺の脇腹をつまみ深雪が干渉領域で俺のコーヒーカップを凍らせてエリカは目線で「変態…」と若干蔑んだ目で見られた。解せぬ。

 

余計なことを考えすぎたせいだな。うん。

 

気を取り直してほのかと深雪は非常に言いづらそうだ。

 

「小町さんが一緒に来ていただけるのでしたらほのかも私も…その非常に有り難いのですが…。」

 

「わ、私も出来れば泉美ちゃん達と仲良くしたいんですが…。」

 

「此方で説得してみるよ…(姉さんにも頼んでみるか。)ごめんな気難しい妹達で。」

 

それだけ告げて残ったコーヒーとドーナツを胃袋に納め少し雑談をしたのちに行きつけの店を後に解散した。

 

◆ ◆ ◆

 

同日、七草家の香澄自室。

 

「ねぇ香澄ちゃん、泉美ちゃん、小町ちゃん。」

 

「どうしたのお姉ちゃん?」

 

入学式が終了し自宅へ戻った三姉妹は香澄の部屋に集合し今後の学校生活における相談をしていた。

投げ掛けられた声掛けに小町が纏めて返答した。

それぞれが普段の部屋着に着替え真由美を正面に三人が並んだ状態だ。

 

「三人はどの部活動に参加する予定なの?」

 

そう問いかけられて小町が最初に答えた。

 

「私は特に部活とかには入る予定がないけど…なんで?」

 

「八くんから聞いたんだけど主席の子が生徒会入りを断ったと聞いたから声を掛けられるのは恐らく…というよりも成績順から見ると香澄ちゃん達だろうと思ってね…三人はどう?生徒会。」

 

真由美が香澄の部屋に来たのは八幡から相談を受けての事だった。

現に彼女は魔法科の卒業生であるし後輩と学校運営に支障をきたすのは良しとしないし尚且つ妹達が八幡を慕う深雪達を敵視(一方的に)しているのは思うところが有ったためにこのようなことを聞いていた。

 

「僕は生徒会って柄じゃないし…そもそも…。」

 

「私は入るなら生徒会でしょうか?ですけれど…。」

 

言い淀む香澄と泉美に真由美が苦笑しながら一拍置いて指摘した。

 

「…深雪さんとほのかさんがいるから生徒会にいるから入りづらい、ってことね?」

 

そう告げると香澄と泉美がバツが悪そうにしている。

思っていることを言い当てられた、と言わんばかりの表情だ。

 

「まぁお姉ちゃんも分からなくは無いけれども…。」

 

「そこ同意しちゃうんだお姉ちゃん…?」

 

しかし、この姉自分の弟に他の女子生徒が近づくのを良しとしないところが有るため説得しようにも同調してしまい小町に突っ込まれる始末である。

小町を一瞥し咳払いをする真由美は意味合い的に「小町ちゃん?話がこじれるからちょーっと静かにしててね?」というものだったが当の小町は「はーい」と返事するだけだった。

 

「それに八くんが深雪さん達と香澄ちゃん達が喧嘩とか険悪な雰囲気になってたら表情には出さないと思うけど悲しむと思うわよ?それに八くんは『誰が好き』とは言っていないしね?」

 

「「うっ…!」」

 

そう指摘されて言葉に詰まる双子。

それを見ていた小町は内心で

 

(いや恐らくお兄ちゃんの事だから呆れてるだけだと思うけどなぁ…)

 

面白いことになりそうなので黙っていた。

 

少し思案して双子の共通意見を述べた。

 

それを聞いた香澄と泉美が姉に質問をした。

タイミング的に丁度良い、と思ったからだ。

 

「お姉ちゃんはその…おにぃの事…どっちとして好きなの?弟?それとも異性?」

 

「お姉様はどちらの感情でお兄様と何時もくっついているのでしょうか?」

 

「え…?」

 

「おおう…まさかのカウンターに二の句が告げないお姉ちゃん…いやー鋭いところ突いたねー二人とも」

 

「小町!?」「「小町ちゃん!?」」

 

七草三姉妹が一斉に小町の方を向くが楽しそうにしているので言うに言えずに黙り込むしかなかった。

暫くの沈黙の後に真由美が口を開いた。

 

「…そうね私は八幡の事を”弟”としてではなく一人の”男性”として見ているわ…それに好意も…ね?」

 

いつぞやに告げた『お姉ちゃんは泉美ちゃん達の恋の応援しちゃうわ。八くん程の格好いい男の子はいないもの。家族だけれども血は繋がっていないからいけるわよ~?』

と言ったことを思い出し妹達の恋を応援しようとそう思っていたのでこの横恋慕的な報告は真由美にとっても非常に申し訳ない気持ちと好きになってしまったものは仕方がないでしょう!?と言った感じで妹達から苦言が飛んでくるかもしれない、と思ったが香澄と泉美は違った。

顔を見合わせて笑みを浮かべている。

 

「お姉ちゃんのお兄ちゃんの人誑しにやられたわけだね…。」

 

「やはり私たち姉妹は同じような男性趣味になるわけですね?」

 

「えーと…。」

 

困惑する真由美に双子は満面の笑みで答えた。

 

「さっきも言ったけどもうこうなったらお兄ちゃんに三人とも娶って貰おうよ。」

 

「そうですね香澄ちゃん、それが一番の平和的な解決法方かと…」

 

「ちょ、ちょっと待ちなさい二人ともっ!」

 

「どうしたのお姉ちゃん?そんなに慌てて。」

 

「どうしたんですのお姉様?」

 

合法的な考えに持っていこうとしていた双子だが今の日本で一夫多妻制が通るはずもない、非合法な考え方に真由美は「待った!」を掛けそれに乗っかるように小町が告げる。

 

「小町はお兄ちゃんを巡って身内同士で骨肉の争いになるのは見たくないからね?それにお父さんなら三人がお兄ちゃんのお嫁さんになるなら認めてくれそうだけどね?それに魔法師なんだから優秀な遺伝子がいくら有っても困らないでしょう?」

 

そう言うと七草の三姉妹は「そんな馬鹿な…」と考えが一致したが八幡に入れ込んで信頼している父親を思い出して

 

「「「あり得るかも…」」」

 

息ぴったりに呟いた。

 

それを聞いた小町が釘を刺すわけではないが有る意味自分の決意表明のようなことをボソり、告げた。

 

「まぁ…お兄ちゃんを悲しませないようにしてくれると小町は嬉しいかな?」

 

小町の目が青縁メガネ越しにの瞳が一瞬だけ金色に輝いていた。

それは偏光レンズのメガネのせいで外からの変化は分からないが表情を視た三姉妹。

 

(((絶対に小町だけは怒らせないようにしないと…)))

 

と決意したとかしないとか。

結果として香澄、泉美、小町は風紀委員会と生徒会に所属することを決めて深雪達とは兄のトラウマを解消するために普通に協力していこうと決めていた。

 

◆ ◆ ◆

 

姉さんに泉美達三人が深雪達と仲良くなってくれるように説得して貰うこと翌日。

俺は生徒会室に来ていた。

いや、俺風紀委員会であって生徒会のメンツと関わり無いはずだよなと思ったが同じクラスの深雪とほのかに頼まれていたからだ。

そしてこの間言っていた次席を生徒会に入れる…ということでこの昼食時の生徒会には香澄、泉美そして何故か小町がこの場に来ていた。

 

対面に三人が座り反対側に中条先輩率いる生徒会と千代田先輩と五十里先輩、ついでに俺の風紀委員会メンバーが集結してこの光景に思わず苦笑してしまいそうになった。

 

(そういや去年は姉さんに連れてこられてこの生徒会に来たんだが…その時は達也の風紀委員会入りのために色々有ったが…今度は達也達が勧誘する側になるとは…”因果は巡る”とはまさにこの事なのか。)

 

そして俺は過去の出来事から学校運営に対して良い思い出がないのでほっぽってやろう、と思ったがそうも行かずに二年目も風紀委員会…それに副委員長として活動していた。

そんな光景を見ながら深雪達が泉美達に話しかけているの見ていた。

 

「それでは私たちのどちらかを生徒会役員として取り立てて下さる、ということですか?」

 

同じ背格好で顔は違うが雰囲気が似てきた三人の少女が深雪が告げた言葉を反芻させるように代表して泉美が問い掛ける。

小町を除く二人…香澄と泉美は深雪とほのかを視界に入れた瞬間に普段ならば親の仇か、という程威嚇をするようなことをしていたのだがそれは鳴りを潜めて大人しくしておりその光景を見た当の二人は驚いていた。

達也もそれを知っていたのでまるで狐につままれたような反応を見せていた。

 

いや、俺も正直ビックリしてるんだが…姉さんなに言ったんだ?

 

「この若輩の身で生徒会に入る上で少しお願いがあるのですが…。」

 

泉美が生徒会に入る事を承認した上での条件を提示してきた。

 

「なんでしょうか?」

 

中条先輩が首を傾げていると深雪とほのかが構えていた。

いやいや…「生徒会に入るのは良いですけれどあの先輩二人やめさせるなら良いですよ?」何て事は言わんからな?え、言わないよね…?

 

えも言われぬ緊張感が生徒会室に広がったところで泉美が口を開く。

 

「一緒に妹である小町も所属をさせていただきたいのです。」

 

そう告げられて俺を除く全員が小町の方を向くと少し居心地が悪そうに頬を掻いて苦笑いをしていた。

 

「七草小町さんも一緒にですか?そ、そうですね…。」

 

新入生で二人同時に採用というのが前例が無いため中条先輩にそれを問うのは中々に酷だろう。

何せ前例がないからな。

戸惑ってどもっている中条先輩とそれを問う泉美達に助け船を出すことにした。

 

「中条先輩?」

 

「は、はいなんですか八幡くん。」

 

「小町は元々中学校で生徒会での組織運営をやっていた経験がありますし成績では泉美達に次ぐものですので…どうですか?」

 

問い掛けると諦めたようにほっとしたように溜め息を吐いて此方を見る。

 

「……そうですね、きっと七草前生徒会長ならこういうでしょう。『何事も前例は覆すために有るのよ』と。」

 

そう中条先輩が告げると身構えていた全員の肩の力が抜けたように見える。

特に顕著だったのがほのか達であったが一番は俺だったかもしれない。

友達と妹がバチバチにギスッてるのは正直みたくはないからな…。

 

「それではお二人とも生徒会に入っていただける、ということでよろしいでしょうか?」

 

中条先輩が小町と泉美に問い掛けると前者は「仕方ないなぁ…いいよ?」後者は「よろしくお願いします」とそれぞれの反応を見せてお辞儀した。

 

「七草香澄さんは生徒会にはどうですか?」

 

ほのかが残された香澄に声を掛けるが首をふった。

 

「光井先輩、私は申し訳有りませんが生徒会に所属する気は有りません。」

 

泉美は割りきっているような感じだったが香澄はまだほのか達に敵視しているような感じを放っており泉美がなにか言いたそうにしていたが小町に宥められていた。

 

再び空気が変わったのを感じ取ったのか変えようとしたのがまさかの千代田先輩だった。

 

「生徒会に所属する意思がないのなら風紀委員会に所属しない?貴女の実力ならお兄さんに負けずとも劣らない結果を出してくれるだろうと思うから…どう?」

 

「おにぃ…いや兄と…ですか?」

 

「ええ。どう?」

 

そう千代田先輩に言われて考える香澄の顔は少し嬉しそうだったのは気のせいだろうか?

少し考える素振りを見せてから答えた。

 

「分かりました。やらせていただきます。」

 

香澄、泉美、小町の三姉妹はそれぞれに風紀委員会と生徒会に所属することになった。

…よくよく考えたらそれって大丈夫なんだろうか?

そんな兄の心配など気にしない、と言わんばかりに目の前の三姉妹はハイタッチをしており微笑ましい光景が広がっていたが兄としては妹達と知り合いが仲良くやってくれることを祈るしかなかった。

 

◆ ◆ ◆

 

再び…というか一年前にも行ったが入学式から数日経過しお馴染みの熾烈な各クラブの新入部員獲得の戦いが始まる。《新入生勧誘週間》が始まろうとしていた。

 

新人を獲得するために戦わなければ予算が増えない(生き残れない)

天丼だな。

 

ここかぁ…騒ぎの場所は…?違反者ぁ…鬼ごっこが好きなのか?

俺が王○サバイブになって違反者にファイナルベント叩き込めば平和になるのでは?と考えながら構内を巡回していると俺の姿が現れると新入生を取り合っている部活同士が譲り合いを始めるものだから今までに見たことの無い光景に思わず俺は宇宙猫になるしかなかったが余計な揉め事を起こしてくれないのならそれで良いに越したことはないからな。

 

一通りの巡回を終えて部活連本部に顔を出した。

千代田先輩の命令で問題が起きた際の実力行使込みで制圧する人員の一人として待機を命じられたのだ。

だったら俺巡回しなくても良いんじゃない?と思ったが千代田先輩曰く。

 

「八幡くんが巡回すると面白いぐらいにいざこざが起ころうとしていた部活同士が新入生を譲り合うんだもの?だったら一度全部を巡回して貰ってその付近に風紀委員の子を配置しておけば問題が起こらないじゃない?仕事は減るし一石二鳥ね!」

 

いや、俺の負担が増えるからやめてほしいんですけど…?

 

実際に問題は目に見えて減っているらしくて一緒に随伴していた風紀委員会に入った香澄は

 

「なんだか拍子抜けだよおにぃ…もっと魔法が飛び交っているのかと思ったけど…平和だね。」

 

そんな魔法が飛び交うような無法地帯だと思われていたのだろうかうちの学校は…?

一応香澄と分かれる際に「率先して問題ごとを起こさないようにしてくれよ?」と釘を刺して置いたがそこまで短絡的ではないし魔法師としての心得は育っている、筈だ。

 

「えへへ…頑張ってきますっ」

 

一人で巡回する前に何時ものように香澄の頭を撫でてやると気持ち良さそうに部活勧誘をしている部活棟の方へ駆け出していった。

 

「うぃーっす…お疲れさまっす。」

 

部活連本部に顔を出すと待機人員として生徒会からは達也と深雪が在中していた、うんこの二人がいれば大丈夫なのでは?と思ったほどだ。

恐らく深雪の魔法力は俺よりも上かもしれないし達也に至っては実践に裏付けされた戦闘力があるのでこの二人で十分だろうと疑いようもない”事実”だった。

そしてその部活連本部に座っているのは十文字先輩からその後を任せられた服部先輩とその部活連の治安部隊である執行部の面々が控えていた。

 

…うん、やっぱり俺要らなくない?過剰戦力すぎやしませんかね?

 

「ん、来たか七草。そこに掛けてくれ。」

 

服部先輩から促され俺は「失礼します」と入室の許可を経て生徒会側のメンバー…つまりは達也達、深雪のとなりに必然的に座ることになる。

 

「お疲れさまです八幡さん。」

 

「おう。深雪と達也もお疲れさん。」

 

「お前が外回りをしてくれたお陰で問題を起こす部活動がなくて此方としては大助かりだからな…」

 

俺が「このやろっ…!」と思っている深雪は此方を尊敬の眼差しで見てくるので言うに言えない状態だったが対面には見知った顔の先輩が声を掛ける。

 

「いやしかし七草が外回りの巡回をしてくれたお陰で初めてじゃないか?こんなに平和な勧誘週間は見たこと無いぜ?」

 

桐原先輩が腕を頭を後ろにして椅子にもたれ掛かりながらそう答えると服部先輩が反応していた。

 

「確かに…七草が巡回しているお陰でこっちに連絡が入ってこないから閑古鳥が鳴いているが本来がこれが正しい勧誘週間だろう。」

 

いや、俺の仕事量増えるからやめてくれませんかねそれ?

 

「流石に七草が出張れば生徒達は大人しくなるよな?それにしても去年は問題を起こしていた俺がまさか今年は取り締まる側になるなんてよ。」

 

「俺は暴力装置じゃないんですけど…てかそれ自分で言っちゃうんすか先輩?」

 

「取り締まった俺が言うのもなんですが…自分で仰いますか先輩。」

 

「桐原…あまり余計なことを言わないでくれ。変な勘違いをする奴が出てきたら困るんだが」

 

服部先輩はこめかみを押さえて深刻そうに深い溜め息を吐いていたが桐原先輩は我関せず、といった感じに先輩の反応を無視していた。

 

「無視かよ……ん?」

 

そのやり取りの最中1本の電話が和やかな雰囲気をぶち壊す。

問題発生の通報のベルが鳴り響いた、と同時に俺の通信端末に応援の要請が入る。

 

「…了解した。司波、司波さん。」

 

服部先輩が立ち上がり達也達に出動命令が下され俺は俺で別場所にて発生した魔法の打ち合いを止めるために現場に急行した。

まぁ、そう簡単に平和な部活勧誘週間が有るわけないだよなぁ…。

 

俺は体育館で発生した魔法競技クラブの鎮圧と達也と深雪達は部活棟の有るロボ研のガレージへ向かっていった。

…ん?部活棟で問題発生?そっちには香澄がいた筈なんだが手が回らなかったのだろうか?

結局俺がその場に到着し殺気を出して威圧すると借りてきた猫のようになった部員達、それに対して釘を刺して戻ってくると先に戻っていた深雪と達也に事の事情を聞いて俺は頭を抱えざるえなかった。

事の事情は、

 

『執行部見習いの七宝琢磨と風紀委員会見習い七草香澄が仲裁そっちのけで魔法を使用しかけていた』ということだった。

 

◆ ◆ ◆

 

「…ってことでスッゴク感じ悪かったんだよ。」

 

「はぁ…香澄ちゃんよく我慢しましたね。」

 

「よく我慢したね香澄。エライエライ。」

 

「ちょっと何すんのさ小町…ん…うんあと後の事を考えるとこっちから手を出さなくてよかったなーと思ったけど本心的にはブッ飛ばしてやりたかったよっ」

 

香澄は小町に頭を撫でられながら満更でもないように同日、八幡より先に帰宅していた香澄達は香澄の自室に集合し今日のあらましを報告していた。

ロボ研とバイク部が同学年の男子生徒を取り合う、という何時もの勧誘光景だったのだが仲裁に入るために部活連と風紀委員会、生徒会と三竦みが集まり一触即発を見せていた。

香澄は状況解決のために動いていたが琢磨が絡んできた…と香澄は語るが実際は売り言葉に買い言葉で深雪の領域干渉によって魔法が不発とかして危うくルールそっちのけで問題を起こしそうになっていた、ということだが関係者一人からの発言なのでそれを、それも肉親に告げるにはその第一声を信じる他無かった。

 

自室に置いてあるクッションを強く抱き締めながら不満げに漏らすその姿を八幡が見たらただただ「かわいい」と言って頭を撫でるだろうが今の八幡の心理状態をこの三人は知らない。

 

「それにしても…お話を聞いた限りですと七宝君は非友好的な態度過ぎますね…。」

 

「あれは非友好的ってもんじゃないよ、”喧嘩腰”って言うの。」

 

「どうどう…それで香澄に見せた七宝君の態度は部活連執行部員が風紀委員会に対しての対抗意識で…って言うのじゃないの?」

 

宥めて小町が問い掛けると香澄はクッションを抱きながら頭を振った。

 

「違うよ!あいつが言ったのが『七草…(七宝)に喧嘩を売っているのか?』って七宝が七草(うち)に喧嘩を売ってきたんだって!」

 

「七宝…はともかくとして彼自身が香澄ちゃん(七草)に喧嘩を売ってきたように思えますね。」

 

泉美は話を聞きながらそれを癇癪から来る感情論ではなく”私的な私怨”ではないか?と指摘すると香澄が二度ほど瞬きをしていた。

 

「七宝琢磨としてじゃなくてあいつ個人の私怨ってこと?」

 

「私怨というには言い過ぎな気もしますが…どうですか小町ちゃん?」

 

話を振られた小町は考える素振りを見せながら返答した。

 

「うーん…小町はそんなに詳しい訳じゃないからうちって十師族じゃない?七宝君の家名って師補十八家、つまりは十師族になれる二十八家だからこそ同じ”七”の家名だからこそ対抗意識を燃やしてるんじゃないかなーって思うんだけど。」

 

「「なるほど…」」

 

小町の的確な指摘に泉美が自分へ問い掛けるように呟いた。

 

「今の七宝家のご当主様が温厚な方…というのは噂程度でしか聞いたことがありませんがその方が当家(七草家)に挑んでくるとは到底…。」

 

「それだったらお兄ちゃんとお姉ちゃんに聞いてみたら?」

 

小町の提案により三姉妹は兄のいる部屋へ向かった。

 

時間は少し遡って学校から自室に戻りそこから《アハト・ロータス・ワークス》の主任研究室へ《次元解放》のポータルを繋げ新CADの作成に一区切りつけて戻ってきたタイミングで部屋のドアが叩かれる音と声がした。

 

「はい?」

 

『八くん今良い?』

 

その声の主は真由美だった。

 

「いいよ。」

 

ちょうど制服の上着をハンガーに掛けたタイミングだったので声を掛けると私服に着替えていた真由美が入室してくる。

八幡はベッドに腰掛け真由美も当然のように八幡のベッドに腰を掛けるが指摘しないのはこれが普通になっているからだ。

 

「どうしたの?」

 

「先ほどお父さんのお客様で珍しい方が来ていてね。」

 

「珍しい客?誰のこと?」

 

「小和村真紀、という女優の方がいらっしゃったのだけれど…八くんは知ってる?」

 

真由美が手に持った端末を見せると恐らくは宣材写真だろう年若い女性が写っていた。

名前と顔を見ても八幡はピンと来なかった。

 

「小和村真紀?…知らないな。そもそも俺そう言うのに興味がわかないっつーか…。」

 

八幡は興味なさそうに「誰だよ…」という表情を浮かべていたが予定調和だった。

 

弟がそう言うのに興味がないことを知っていたがついつい聞きたくなって聞いてみたが案の定の返答にちょっとだけ真由美は内心で意外さを求めていたがすぐさま霧散した。

だが、八幡の疑問に真由美が心の中で燻っていた不信感と一致してちょっとした爽快感を与えていた。

 

「でもなんで女優がうち(七草家)に訪れたんだ?政治家や実業家、軍人ならまだ知らずそこらの芸能人がましてや地位の有る父さんにわざわざ家に訪れて密会もどきをするのはあり得ないだろ?そこまで詳しくないけど芸能界のいざこざを解決、起こそうとするのは”十師族”の力を使うのは逆にリスキー過ぎないか?」

 

勘の良すぎる弟に真由美は若干苦笑いを浮かべながら同じことを思っていたと頷いた。

 

「また父さんがなにか企んでいる、って思ってるんだろ姉さんは。」

 

「ええ。そうね。でも…どう思う?」

 

「まぁ父さんなら上手いこと相手を利用してこっちの利を得ようとするだろうし…ってことは俺もその企てに参加させられる訳ね…しかし…なんで女優がうちに何の用なんだか…?」

 

父親の企み事に八幡は頭を抱えて遠い目をしていたが真由美の手が八幡の膝に置いた手に重ねる。

渡された端末を見ながらそんなことを呟くと心なしか隣に座る真由美の距離が近くなった気がした。

 

「ね、姉さん…ど、どうした?」

 

「……(なんだか香澄ちゃん達に言ったけれども私も八くんのことが好きだけど…学校を卒業してしまって四六時中いられる訳じゃないし…深雪さん達にアトバンテージをとれる”自宅”にいる間に八くんと両想いにならないと!ちょっと香澄ちゃん達には悪いけどちょっとだけ抜け駆けして…。)ねぇ八くん?」

 

「うおっ!?」

 

真由美は無意識だっただろうが八幡が端末に写る女優に意識が向いていたので会話の最中自分を見ていないことに少しご立腹になり頬を膨らませながら八幡に対して顔を近づける。

 

「お姉ちゃんと話しているときに他の女性の写真見ながら会話するのはどうかと思うな?」

 

「いや手渡したの姉さんじゃないか…って本当に近いんだけど!?」

 

「へっ…?あっ、ごめん八くん…きゃっ!?」

 

「姉さんっ」

 

近づく真由美に対して八幡が体を反るようにしていたのは距離を取るためだった。

このままでは何かの間違いで唇が触れてしまいそうな距離にまで接近していたことに真由美自体が気づいていなく八幡の指摘によってようやく気がついた。

互いに見つめ合い顔を紅潮させて時が止まっていたがそれを崩す様にドアがノックされた。

真由美が無音の中で響いたドアのノック音で驚き体勢を崩してしまう真由美を受け止めざる得なかった。

 

「……。」

 

「……。」

 

「八くん…」

 

「姉さん…」

 

互いに心臓の鼓動と息づかいを感じとり視線を離すことが出来ずに見つめ合う二人。

見つめ合い次第にその距離は互いを求めるよう縮まって…いくことはなかった。

 

「お兄様入ります……ってお姉様い、一体何をされていらっしゃるのですかっ!?」

 

「おにぃもお姉ちゃんも何やってんの!?」

 

「泉美ちゃんに香澄ちゃん、小町ちゃん!?」

 

「てかお前ら俺が良いよって言ってないのに勝手に入ってくるなよ?」

 

ドアのロックをそもそもにおいてしていない為ノックして直ぐ様に開ける妹も妹達なのだが…今はそれどころでなく双子は姉が兄を押し倒そうとしているしか見えない場面を見て混乱していた。

 

ギャーギャー、ワーワー言い合うその場面を収拾するのに少々時間がかかったがその光景を小町がずっとニコニコしてみていたのは当事者からは分からなかった。

 

◆ ◆ ◆

 

危うく姉さんとToLoveるになるところだったがそんなことをしたら俺が姉さん含む多数から呪詛を投げ掛けられるに決まっているのでひと安心した。

大騒ぎしていた香澄と泉美は小町が宥めたので落ち着いている。

 

「んで?どうして俺の部屋に来たんだ?」

 

今現在俺と姉さんが横並びで座り対面には俺から見て右から香澄、泉美、小町が座っている。

 

「お姉ちゃん達って七宝家のご当主様ってどんな人だが知ってる?」

 

香澄の質問に姉さんは「どうしてそんなことを…?」と思っただろうが思い当たる節に気がついて目が据わっているのに気がついたがそれを告げる前に俺は”生徒会にいる知り合いから聞かされた”事に対して香澄の目を見ながら告げた。

 

「香澄?お前七宝と問題起こしそうになったろ?」

 

「うぐっ!?ど、どうしてそれをお兄ちゃんが知って…はっ!?」

 

「香澄ちゃん…貴女七宝君といざこざを起こしたのね?」

 

「そ、それは…その…。」

 

「貴女ね…。」

 

俺の誘導で完全に自爆した香澄に姉さんの据わった視線が突き刺さり○いかわのように震えている。

これは完全に俺が窘める前に姉さんからの雷が落ちるな…と思いフォローに入ろうと思ったが泉美が割って入った。

 

「お待ちくださいお姉様、確かに香澄ちゃんは七宝君と私闘になり掛けましたが事の発端は香澄ちゃんではなく七宝君に大きな責があると申します。」

 

姉さんは据わった目で香澄と泉美を疑うような目で見る。

その気迫は香澄をびくつかせるには十分すぎるほどの気迫があった。

 

「(…流石にそれは本当だからフォローしてやるか。)姉さん、確かに香澄は風紀委員会として問題解決のために動いただけで先に難癖をつけてきたのは七宝の方からだったそうだ、ってのを達也から聞いたから間違いない。」

 

泉美と俺の言葉を聞いて姉さんは疑うような顔を解除した。

 

「分かった。二人の言葉を信じましょう。」

 

その言葉を聞いて香澄がホッとした表情を浮かべて泉美を見た後に俺の方を向いて「おにぃありがとう!」と言う表情を浮かべていたが事の発端を引き起こしたのは俺なので何と言う吊り橋効果だ、と内心で俺は自嘲した。

 

香澄が七宝家にたいして何か聞きたそうだったが俺はよくよく知らないので姉さんに視線を向けると俺の意図を理解してくれたのか頷いた後に三姉妹の方を向いて語りだした。

 

「それで七宝家当主について聞きたいんだったわね…そうね私も直接存じ上げているわけではないけど”堅実で周到な方”といった方が良いかしら?」

 

「堅実で周到な方、ですか?」

 

妹達が鸚鵡返しで姉さんの言葉を返す。

その印象に俺も入学式前に見た七宝琢磨の印象とは大分異なっていた。

 

「そう、堅実で周到、一目見ただけでは分からない。幾重にも策を巡らせてリスクを最小に押さえて確実に利益を取る、そんなタイプの方だったと思うけど。」

 

「でもそれって…。」

 

「ええ。やっぱり七宝君が香澄ちゃんに見せた印象とは正反対、対照的なスタイルですね。」

 

「七宝家がなにか企んでいる、って訳じゃなさそうだけどね?」

 

妹達がなにかを言い合っているが恐らく七宝家が七草家に対して何かの工作手段を講じていた、と思っていんだろう。

 

「ですが、なにかを企てるといっても高校生では出来ることに制限があります。それこそ魔法力が高くてもそれが師補十八家、二十八家であったとしても高が知れていること分かっている筈です。」

 

「アイツには七宝家以外に後ろ盾があるのかな?」

 

「…流石にそれは飛躍しすぎじゃない?」

 

妹達の会話に姉さんも思わず口を挟まずにはいられなかったが俺は考え事をしていた。

 

(七宝家…七宝琢磨が七草を敵視しているのは何となく分かる…だが…。)

 

俺は七宝が俺たち七草家を敵視しているのは高校生と言う子供から大人に掛けての丁度良い中間位置に立って魔法師としての能力、年齢問わずに見られ俺は凄い敵無しの万能である、と勘違いし始める時期に差し掛かって”そういう心持ち”になると言うのは誰もが通る道だろうと考え若干胃が痛くなったがそれはどうでも良いとして…。

 

(父さんがうちに女優を招待して密談しているのが気になる…このタイミングで、だ。)

 

「八くん、難しい顔をしてどうしたの?」

 

「おにぃ?どうしたの?」

 

「お兄様?」

 

「お兄ちゃん?」

 

「…ああいや。流石にそれは考えすぎだろ、って思ってな。」

 

考えていると声を掛けられその思考を中断し合わせるために姉さんの言葉を此方も真似するように告げる。

 

「あはっ、そうだね。」

 

「確かに考えすぎですね。」

 

「そうそう、考えすぎだよ二人とも。」

 

香澄、泉美、小町の三人は考えすぎか、とそう言って笑い合っている。

 

(少し佐織達を使って探りを入れてみるか…”七宝”と小和村真紀という女優…何らかの繋がりがあるかもな…もしそれで姉さんや妹達に危害が加わるようなら…。)

 

俺は裏で起こっていることを確認するために”猟犬”を放つことに決めた。

敵意や害悪を向けるのなら容赦はしない、そう心に誓って。

 



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