やはり俺がシャドーガーデンにいるのは間違っている ver.1.8 (醤油味のぽんず)
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きっと、俺は書き直したかったんだと思う。

えー。
知ってる人はごめんなさい。
あのアルファは俺も我慢できなかったし、文章力も死んでたから書き直した。
アルファはできるだけ原作忠実に行きたいと思います。
設定に大きな変化は無いので読まなくてもダイジョブです。
読んでくれると嬉しいけど。

知らない人は──気にせんといて。
アレは僕の黒歴史だ。


 

 

──カツンコツン

 

 

──カツンコツン

 

 

──カツンコツン

 

 

闇の中、規則的に響く金属音。

 

けたたましい風の中、手すりもない鉄の足場を一人の男が歩き続ける。

 

ここは地面から百メートル以上も離れたビルの階段。

 

落ちれば命は無いはずなのに、男の足に迷いはない。

 

 

──カツンコツン

 

 

──カツンコツン

 

 

──カツンコツン

 

 

今だ工事中のそのビルには窓ガラスがなく、外からの光がダイレクトに男を照らし、その光が眩しいのか手で目を多いながら登り続ける。

 

一息ついても上があり、二息ついても上があり、三息ついても上がある。

 

それでも男は下を向きながら足を止めず、人形のようにただ音を響かせる。

 

あたりには青いビニールシートだけが陽気に羽ばたいていた。

 

 

──カツンコツン

 

──カツンコツン

 

──カツンって。

 

 

 

やってられるかァァァァァ!!!

おかしいだろ!なんでこんな高層ビルの屋上に集合なんだよ!普通に平野とかでいいだろ!

 

しかも工事中だからエレベーターがありません?引きこもりを舐めるな!こちとら外出すら1ヶ月ぶりだぞ。んでもって、風がビュービュー吹いてるし。ここ何階なんだよ。ゆうに30階は超えてるね。常日頃から空気の温度をぶち下げてる俺だから間違いない。

 

あー寒い。超寒い。詩的に表現すると、眼球が風の冷たさを感じて涙するくらい寒い。

 

確か、今回集めたのはシドだったよな、、、。潰す、絶対に潰す。

 

アイツには俺の苦労が分からないんだ。この一人で誰とも話せずただ動き続ける辛さを。なぜなら──

 

 

俺には魔力がないから。

 

 

 

 誰かといても喋らないだろって?うるせえ。人の気配がしないのは本能的に怖いんだよ。人の気配も恐ろしいけど。

 

 しかし、そんなことを言ってても始まらないからまずは屋上につかねば。流石に半分は行っただろう。もうすでに足IS棒なのにまだ半分も行ってなかったらその情報が凶器になる。あと三割くらいだと願っておく。

 

 はぁ、と自然とため息をついた。

こうすると幸せが逃げるとよく言うので、深呼吸をしてその分を取り返す。

 

すぅぅー。

 

 そうすると、少しだけやる気が出てきた。

 視界良好、気分曇天。

 ハチマン──じゃなくて、ヤハタか。

 

「うっし」

 

 と気合を入れ頬を叩く。少しばかり痛みが響き、赤くなりつつある肌を代償に気分だけは先程よりかましになる。

 

 見えるのは灰色に光る段差と時計台を始めとする割と絶景な眼下に広がる夜景。多少の心痛を抱えながらもあと少しで着くと願い、誰もいない虚空の誰かに向かって昔話を始めたい。

 

こんな俺は、きっとあの日から始まったのだと。

 

 

 

 

──朝だ。

 朝昼晩と来ての朝である。皆さんも御存知だろうし、誰とでも馴染みが深いものであろう。かく言う俺も、そんな朝というものには一家言ある身なので結構な割合で憂鬱と感じる。しかし、そんな朝だが、晩昼朝ときて訪れる朝について俺は今、朝朝朝と来ている。

 

 どういうことかって?

 

 3日間三度寝中なう。 

 布団にくるまりぬくぬくと、毎日を消化しているのだ。飯は目の前まで運んできてもらい、トイレはほぼ目の前。着替え洗濯は寝てるときにやってもらえばなんの問題もなし。いや、流石に下着は自分でやるけれども。というわけで、俺は完全なる無敵状態に突入している。

 こんな悠々自適な生活ができているのもひとえに俺を救ってくれたヒキガヤ家ご令嬢、コマチのおかげである。

 

 あんまり過去を振り返るのは好きではないが、俺はかつてそれなりの家の貴族だった。しかし、ある時突然一族が急死。今にして思えば、なにかの伝染病だったんだと思う。けれど、当時の俺のコミュ障度は神がかっていたので、家族からも自主的隔離生活を送っておりとりあえずは難を逃れることに成功。今のところ俺に死ぬ気配はない。全然余裕。今日も今日とてマッカンをガブガブ飲んでる。いつか体壊すかも。

 

 だが、困難はここからだった。一族が急死したのだ。さあ、ヤハタどうする?と、なった時さすがに部屋に引きこもっていられる俺じゃない。その部屋がなくなっちゃうもん。それでも、なんとか人に出会わずにすむ方法はないかと頑張って頑張って頑張って探して、、、諦めて死を覚悟した時──仕方ない、その時の俺のコミュ障度は神がかっていた──一通の手紙が届いた。

 

 実はそれを受け取るのにも壮大かつ盛大なドラマがあるのだが、今回はそれを割愛させていただき、なんとか玄関に匍匐前進でたどり着いて開けてみると、そこにはヒキガヤ家からの、というか神からの手が差し伸べられたのです。

 

 曰く、大変らしいね、手ぇ貸してあげようか^^(多少の意訳が含まれます)

 

 当時、ヒキガヤ家には男の子供が生まれなかったらしく、かねてより親交があったということで俺を養子として引き取ってくれるということ。そんな三流二次創作みたいな適当な設定のことあるのかよ、と心では無信全疑でやり取りをしてみたところ、マジらしい。親交があったのは事実だし、俺も何度かヒキガヤ家に行ったことあるよ?でもさ、まさか俺を引き取りたいだなんて普通思わないじゃん、引き取ると言うか、引きこもりだよ。しかも、結構有名だよ。それでも。俺の前に垂らされた唯一の蜘蛛の糸である。取りたくなくとも取らないという選択肢はない。仕方がなしに、お引越しをすると──そこには天使がいた。

 

 お隣さんが天使なのではなく、義妹が天使なのである。重要なことなのでもう一度。義妹が天使なのである!

 

 仙人もかくやというレベルの俺の俗世からの離れっぷりではあまり外のことを知らなかったのだが、ほう、女の子は生まれていたんだなと初めて知った。もし、コレが普通の浪費と自己主張に腐心する女子なら俺はパーセク距離を離れていた。だが、俺の前に現れたのはコマチという名の天使だった。逆だ。天使がコマチなんだ。傾国の少女である。俺がたとえ天文単位で離れても、人とは違う存在である彼女に通じるはずがない。よって、コミュ障から脱却した。

 

 聞くとところによると、これに最も絶望したのはヒキガヤ家の現当主だっだらしい。もともと、なぜ俺が呼ばれたのかと言うとコマチの代理にするためで、それは現在の男性社会が原因だ。どうしても、女が当主だと見くびられてしまう。なら、紙の上だけでも男にしておけばいい。それも、何も口を挟まないような人が望ましい。ということで、引きこもり界のエースである俺が呼ばれたということだ。なのに、コマチにあった瞬間公正。コミュ障からレベルアップして、ただの陰キャ(レベルマックス)になったことでコマチともよく話すようになってしまい、逆にコマチがあまり当主と話さなくなったため、当主のメンタルはズタボロ。

 

 まあ、というわけで、俺はのんびりしているわけなのです。こうしている方が当主から殺意の目を向けられないし、俺も楽して行きていける。まさにWINWINの関係。掴み取った我が栄光。さらば、不安定な日常たちよ。俺の世界はここにあり!

 

 

 けれど、その楽園は突如として終りをむかえた。

 

 お迎えが参りました。

 

 

 

 

 別に誰かが死んだというわけではない。確かに、俺の周りの奴らはいきなりあの世へと連れ去られていったわけだけれど、第二波が来たわけではないし、もちろん俺が死んだということでもない。そんな疫病神になれるとも思っていない。物理的に、現実的に、形而下的になんの比喩もなく連れ去られているのだ。

 

 文目も分からぬような暗闇。一筋の光すら届かないこの場所は、例え陰キャマスターな俺でも躊躇するし、怖気がする。聞こえるのはカラカラという車輪の音だけ。こういうことはたまにあるのだが、いままでならあるはずの前もった連絡がない。それに、いつもならちゃんと俺の席が用意されていて、それなりの自由があったはずなのに、今回はガッツリと拘束され目隠し、それに体を縄でグルングルンにされた上に折りの中に入れるという徹底した仕様。なんか、いつもと違くなーい?と、ノリノリで言おうにも猿轡によって口まで閉ざされる始末。最近は特に何もしてないのに、なにかアイツラの琴線に触れたかな。だとしてもやりすぎじゃね?

 

 と揺られること八時間。もちろん、時計など持ってきていないので体感時間なのだが、寝ているときの体感時間には王国一の自信があるので多分それくらい。体、いてぇ。足、もげるぅ。ただなんとか、モゾモゾしてたら目隠しが取れたので周りの様子を確認する。──なにもない。というか見えない。

 

 けれど、すでに動いている様子はなく、外からは和気あいあいとした宴会の騒ぎ声が聞こえた。おいおいいいのかよ。そんなことしてても怒られねぇのかよ。それから漂ってくる肉の匂い。ジューシーに焼かれた気持ちほどの肉の匂い俺の折にまで届いてきて、腹の虫を絶叫させる。やることがなさすぎる俺は、あ、ちょっとイヤーンッ。そこはダメぇぇと。と一人脳内で趣味を満喫するくらいしかやることがない。やれやれ、今日も今日も一人で楽しむとしますか。

 

 

深夜二時──

 

あ、ちょっとイヤーンッ!

 

そこはダメぇぇ!!

 

 

、、、これは俺じゃないからな。

 外から聞こえてくる阿鼻叫喚の声。大の大人が泣きわめく悲鳴には命乞いも聞こえるが、そんなことでは彼らの祈りは通じない。ただ手足を残忍に切り裂かれ吹き出るような血の音だけが、俺のさえ切った聴覚を刺激する。剣の打ち合う音すらせず、ただ蹂躙されていく人々。俺を連れて行こうとしていた奴らがやったのか。それなら趣味が悪いな、と思っていたが、どうやらそうではないらしい。

 

「ヒャッハァァァーー!!逃げるやつは盗賊だ!!!」

 

「逃げないやつはよく訓練された盗賊だァァ!!」

 

「ここには弱腰なやつしかいないのか!!!」

 

 というやつだけやけに威勢が良かったからだ。そして、たった数分で周りが静かになり、たった一つの足音がこちらに近づいてきた。

 

「ん?、、、檻かな?奴隷だったらどうしようもないんだけど──?」

 

 少年が掛けられていた布をはぎ、中にいたヤハタの姿を開放する。

 俺と少年の視線が交差した。闇のような漆黒の髪に透明感のある黒い目。まだ幼さを残した顔立ちで、歳は十歳にになるかどうか。つまり、俺と同じくらい。

 

「やっぱり奴隷かなぁ。なら、とりあえず」

 

 そうして、彼は軽々と檻を壊し(???)俺につけられていた猿轡と手かせ足かせをいとも簡単に破壊してみせた。

 俺は久々の開放に体の動きを確かめながら立ち上がり、改めて彼に向き直る。

 

「h,はじめまして。ヤハタって言いまふ」

 

 噛みました。猿轡せいで呂律がグッバイ宣言。

 

「あ、はじめまして。それじゃ僕は帰るから。あんまり人に言わないでねー」

 

 そう言って笑顔で手を振り、帰らせようとするとする彼。ふと周りを見ると、その背景にはつい先程まで息があったのか激しく地面に血を垂らしている死体が文字通り山のようにあった。宴会をするほどの人間の数だ、そのすべてが殺されたのならその数は両手では収まりきらないだろう。

 彼はその幼い年齢でありながら、アレだけの殺人をしてなんでも無いように平然としていて、まるで蚊を殺したときのようにその身に一切の罪悪感を感じていない。人間観察は得意技だ。だからこそ分かる、彼の自然体。全く揺れていないその心。

 

 

きっと、それ故なのだろう。

 

 

俺が彼にこう尋ねてしまったのは。

 

 

「お前の──名前は」

 

「僕の名前?知りたいかい?」

 

 俺はコクリとうなずく。

 すると、突如として彼の纏う空気が変わった。

 暴力的で押さえつけられそうな魔力の渦。それを目の前で見せつけられる。天にまで伸びるその魔力の大きさに俺は絶句した。

 

「聞いたら戻ってこれないかもしれないぞ」

 

「構わん」

 

「それに、もし聞くなら、相応の対価として我の助手になってもらおう」

 

「え、それは流石にちょま──」

「そうか、、、そうか、、、

 

 

 

シャドウ」

 

「シャドウ?」

 

「ああ、それが我の名前。魔人ディアボロスを崇めるディアボロス教団を壊滅を目的とするものだ」

 

 あーね。

 ディアボロス教団の壊滅を目論むシャドウさんねー。いるいるそういう人。ちょくちょくそういう人がいてこっちも困ってるんですよね。こっちの身にもなってほしいと言うか。なってほしくないと言うか。ホントやめてほしいですけど〜。

 

 

 

 

は?

 

 

 

 後日、ヒキガヤ家に戻ってシャドウのことを調査してみた。ちなみに、俺がいなかったことは気づかれていなかった。ショック。

 彼の顔は割れているし、割とここから近い人だったから調査ははかどり、難なく彼のことについて知ることができた。

 

 シド・カゲノー。カゲノー男爵家の長男で才能豊かな姉と比べ、平凡な少年。特に特殊ということはなく、どこにでもいるようなごくごく普通の下級貴族。もし、この彼とシャドウが同一人物なら、彼は実力を隠して力を身につけたということになる。

 

 

──おかしい。彼の言ったことが事実なら俺の耳に届いていないとおかしいのに。

 

 

けれど、そんなことを言っても始まらない。時間も少ない。彼がラストチャンスかもしれないんだ。なら、好機か危機かは分からんが最後の機会だ。

 

そろそろ、死に場所を決めなきゃな。

 

 

 

 

 

 ん、思い出したくないことまで思い出してしまった。

 あともう少しで屋上にたどり着くというところで思考をもとの絶望な状況へと戻す。でも、先程よりかは遥かにマシだ。つきのひかりが階段の端を照らし、確実にこの無限とも思われた足の上下運動に終止符が打たれることを確かに示してくれているのだから。途中からは足が棒を通り過ぎて枯れ枝みたいになったし、半分くらい自動で動いてたけど、それでも辿り着けそうなことには希望を超えて興奮する。

 

 しかし、あれからいろんなことがあったなあ。シドが実は頭おかしいだけだったり、アルファの妹みたいなのに出会ったり、隠れんぼで殆どの子からスルーされたり、女子たちからヒキガヤ菌と言われたり、コマチに反抗期が来たりと。後半関係ないじゃん。確かに、シドがあの時にシャドウと名乗り始めたなら、俺の耳にも届いていないわけだ。

 

 と、やっと最後の一段を上りきる。

 

「はぁ、はぁ、ついた」

 

「あら、アナタ一人でここまで来たの?」

 

 そう問いかけるのは美しい長い金髪を持ったエルフ、アルファ。

 

「すまん、てか、ここに呼んだやつのせいだろ」

 

「おかしいわね。デルタに運んでくるよう頼んだんだけど──」

 

「アルファ様!ヤハタ、見つからなかった!!」

 

 と、壁を駆け上がり飛び出してくるのは乱暴にも毛を月光のもとではためかせる獣人、デルタ。

 

「だから言ったんだ。ワンちゃんじゃ無理だって」

 

 出てきたデルタにそう答えるのは白い毛並みをもつ同じく獣人、ゼータ。

 そういった途端、デルタは明らかに苛立ちを表情に出し二人の間に不穏な空気が流れる。

 

 いつもならこのまま戦闘、という流れになるのだが、今日は静止の声がいつもよりも早く聞こえた。

 

「ほら、ふたりともシャドウが来るわよ。早く位置について」

 

 そうすると、渋々ながらも互いから目を話す二人。

 彼女たちはアルファに逆らわない。アルファの鶴の一声だけが、彼女らを止めることができる。

 

 すると、アルファはこちらを向いてきて。

 

「アナタには申し訳ないわね。今度からは違う人を送るわ」

 

「なぁ、実はこうなると分かってデルタ送った?」

 

「さあ、どうかしらね。ただ、一言付け加えるなら、私はあなたに先週食べられたプリンについて未だに根に持っているわ」

 

「おい、あれは不可抗力だ。名前が書かれていなかったんだから仕方がないだ──」

 

「黙って、シャドウが来るわ」

 

 そういった瞬間、虚空からシャドウが現れる。時空を捻じ曲げるように出現した彼に、一同は気を引き締める。俺も、シャドウの直ぐ側に寄り、道化としてここに立った。

 

「すでに包囲は完了しているわ。奴らに逃げ場はない」

 

「すべて主様のご賢察どおりに」

 

「その遠慮深謀には感嘆の言葉しか浮かびません」

 

「久しぶりの大きな狩り、楽しみなのです!」

 

「容赦はしません」

 

「、、、」

 

「皆、主様の号令を持っています」

 

「ふ、いいだろう」

 

 すべての七陰が声を上げ、皆がシャドウの言葉を待つ。

 夜闇の中で、彼女たちはそれぞれの信念に誓っていた。

 

 一方、男どもは。

 

 足超痛い。by俺。

 

 何がいいのかわからないけど、多分いいんだろう。byシド。

 

「I need more power──我が目指す頂きは唯一つ。行くぞ」

 

そういって、ビルの上から駆け出す面々。その光景は青紫の流星のように輝いて見えたのだろう。これから先の彼らへの願いを乗せて。

 

 

 

ちなみに、誰が見ていたのかはわからないが一つだけ流星ではなく隕石があったらしい。

 

「だから、足が痛ぇんだよ!」

 

 




これからも、ご感想、評価などなどを貰えると嬉しいです。
よろしく。


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第一章 
第一話 やはり、俺のラブコメは間違っている。(嘘)


まずは、やっと帰ってこれました。
マジ疲れた。楽しかったけどね。




 

青春とは、嘘であり悪である。

青春を謳歌せし者たちは常に──以下略!!

 

 

 

「で、これはどういうことなのか聞いてもよろしいですか?」

 

「いや、だから言ってるじゃないっすか。俺が入学早々長期休暇を取ったんでそれに対する宿題として課されたやつですよ。題材は確か、、、」

 

「『これからの学生生活について』ですよね」

 

「それです。これになにか問題でもありましたか?」

 

「いえ、問題しか無いでしょう、、、」

 

上品な珈琲の匂いが漂うこの部屋。

そこかしこにある調度品は我が家ではお目にかかれないような超一流のものばかり。

部屋自体にも嫌味にならない程度に緻密な装飾がなされている。

扉からカーテン、食器と言った細部に至るまでに職人の技が光る。

 

全く税金を何と心経ているのか。

羨まし──ゲフンゲフン。

 

ふん。

本来なら俺のような人間にはなかなか敷居が高いところだし、まったくもって来たいとも思わない。

それなのになぜこんなところにいるのか。

というか、呼び出されたのか。

 

その原因は、例の作文である。

入院中、先生が持ってきた宿題なのだが面倒くさすぎてさっさと終わらせてしまった代物。

 

お前が読むならもう少し丁寧に書いたのに、と思うもののすでに後の祭り。

賽は投げられたとカエサル風に嘆いても前の彼女には通じない。

 

というのも、彼女は──ミドガル王国第一王女アレクシア・ミドガルなのだから。

 

 

彼女について語れと言われたら、まずはじめに出てくるのは彼女の強さだろう。

王国最強と名高いその力は幼少期から評判であった。

世にいう天才肌であり、常に王国の剣として王国中から信頼されている。

 

正義感が強く、なんでも率先して行う事のできる、まあ、端的に言って上層部からは扱いづらい人物だ。

それを本人も自覚しているのか、最近はそのへんを切り分けて、自分は象徴だと理解しているらしい。

詳しいことは知らん。

 

なら、なぜそんなビックネームと知り合いなのか。

ほら、いつぞや語ったであろうカクレンボの話。

最後までいた子、それが彼女だ。

 

それからというもの、たまに話したりしている。

話す内容は様々で、今の情勢からマッカンの勧誘まで幅広い。

なんでも、彼女のような王族だと自分の目で街を確かめることができないため、今何が起きているのか、どんな雰囲気なのかがつかみにくいらしい。

だから、俺がそういうのを見て、感想だったり意見だったりをしている。

 

人選間違えてないか?と思わんでもないが、ここにある高級珈琲を飲むためなら頑張れる。

 

そう、これ。

 

これがなんとも王室専用らしく、俺のような中途半端なものでは一生縁がなかった味。

これを初めて飲んだときはやばかった。

マッカンはもちろん旨いのだが、それとはまた別の旨さがある。

なんというか。コクがね、たまらんのですよ。

 

ずずっとそれを一口飲みながら、アイリスに話をふる。

 

「俺が書けと言われたのは学生生活についてです。テーマに沿っているはずですよ」

 

「確かに、テーマではありますが、、、。普通こういうのは目標とかを書いてくるものでしょうに」

 

そう言いながら、頭がいたいのかこめかみを押さえる。

獅子のような赤い髪が揺れるたびに思うのだが、何があったらそんな毛量になるのだろうか。

シドの父に分けてやれよ、、、。

手入れも大変だろうし、もっと短いほうが色々と楽だろう。

長いほうが好きか、短い方が好きかと聞かれたら俺は長いほうが好きだが、女にとっては割と面倒くさい話なのだろうか。

それとも、それくらいは手間のうちに入らないみたいなもんなのか。

 

どうしたものかと言いたげな彼女だが、別に俺と彼女はそんなに中のいい間柄ではない。

それに付き合いたいと思うような人柄でも地位でもない。

 

重ねていうが、彼女はこの国の第一王女であり、本来ならば雲の上のような人──は言いすぎかもしれないが(こいつの妹は結構ラフに市街地に出る)それでもお偉いさんなのだ。

政権争いとか面倒くさそうなことにつきあわされたくは無い。

こちとら、今の事情だけでも手一杯なのに王女様の色恋になんて付き合う気にはなれないのは仕方がないと言えるだろう。

 

てか、普通に年下のほうが好き。

 

 

なんて、ちょっとばかし失礼なことを考えていると、突然アイリスは何かを思いついたように顔を上げ、手をぽんと叩く。

頭に電球が光った気がする。

そして、我天啓を得たりといった感じで話しかけてきた。

 

ちなみに、こういうときは基本的にあるいことしか無いから良い子のみんなはこうなる前に逃げておくことを推──

 

「あなた、紅の騎士団に入らない?」

 

「嫌です」

 

何か頼まれたら基本NO。

はい、と一度でも言ったらアレヤコレヤと言い訳されて結局想定以上のことをやらされるのが世の常である。

だから、まず最初に断ることが重要。

ソースは父。

 

きっと、昔に何かあったんだろう。

 

「いえ、入りなさい」

 

「遠慮させていただきます」

 

「王女命令です」

 

「ぐ、卑怯な、、、だいたい、紅の騎士団ってなんすか。既存のものにそんな厨二病みたいな騎士団はなかったはずです──」

 

風が吹いた。

グーだ。ノーモーションで繰り出されるグー。

これでもかというくらいに見事な握りこぶしが俺の頬をかすめていった。

 

さすが王国最強というべきか。

その速さにちょっとだけビビった。

チビッたかも。

 

「次はないと思いなさい」

 

「すいませんでした。言い直します。中二──」

 

暴風が吹いた。

あたりの書類は吹き飛び、魔力を込めた握りこぶしが俺の目の前で止まっていた。

赤く輝く魔力は彼女の心情を表しているかのようにギラギラと燃ている。

 

「だれが文字でないとわからないようなボケをしろと言いましたか?私は目の前にいるのですが」

 

「すいません。マジで反省します」

 

怖え。

隣の部屋からもガタガタって音が聞こえたんだが、多分棚とか倒れてるぞ。

余波ありきでもそうはならんでしょう。

人間災害ですか。

 

「心配無用です。私の周りの部屋は基本的に、勝手に倒れないよう壁などに固定されています」

 

災害公認かよ。

災害対策バッチリの日本でも人間災害対策はしてねえぞ。

ならば、きっと棚の中が悲惨な状況になった音だろう。

落ちているよりか何倍もマシだが、それでもお高いものが壊れたのなら、、、まあ、別になんとも思わんか。

ん、ということは俺の飲んでいた珈琲は、、、?

 

「安心してください。あなたの分はしっかりと私が保護していますよ」

 

と、見てみると彼女の手には俺が先ほど飲んでいた珈琲がある。

カップからはのんきに揺れる湯気が見える。

 

「はい。どうぞ」

 

「ん」

 

「では、これと交換で騎士団に入団ということで」

 

「は?!おいおいそれはどう考えてもおかしいだろ。、、、だいたい、その、なんすか。紅の騎士団ってやつは」

 

「新しく新設される予定の騎士団です。ちなみに、私直々の提案です」

 

笑顔が怖い。

だがなるほど。

だからそんなに怒られていらっしゃっていたのね。

そら、自分が作ったものを中二病呼ばわりは起こるでし

 

どうせ髪の色から取ったのだろうが、紅の騎士団──っふ。

まあ、分かりやすいのはいいことですし。

どんな辺境の村でも、紅の騎士団と聞いて彼女が現れたら一発でわかるだろう。

 

「なんですか、そんなにジロジロ私の髪を見て」

 

「いえ、なんでも。まあなんにしろ、俺には無理ですよ。知ってるでしょう。俺は魔力が使えないこと」

 

別にわざわざ隠すようなことではない。

魔力を日常的に使わない人間はいくらでもいる。

なくても基本的に何ら問題ないのだ。

 

ただ、そのせいで王都武神流は卒業まで第七部が確定しているのだが。

剣技自体では劣っていないのだが、実践となるとそうも行かない。

別に剣が得意というわけではないし。

それだけ魔力が無いというのは不利なのだ。

 

だが、この事実はこの場では説得材料だ。

使えない人員では、たとえ王女様といえど簡単には入れられないだろう。

それに、まだ新しくできたばかりの騎士団にアイリス。

どちらも実績がない。

分かっているだろう。

ほら、さっさと諦めるんだ。

 

「確かに、実戦では足手まといかもしれませんね」

 

「ですよね、じゃあ俺はこれで──」

 

「しかし、文官としてならどうですか?」

 

、、、え?

 

「あなたは確か、国語が得意でしたよね」

 

「ちょっと待って下さい」

 

「それに戦闘的なことはない」

 

「だから待って」

 

「ご実家の方からもなにか良い職は無いかと内々に相談を受けることもありまして」

 

「ちょま」

 

「これで良い配属先ができましたね」

 

最高の笑みで語りかけてくるアイリス。

手を合わせ心から笑っているように見えるも、その中身は悪魔としか思えない。

そういった詰め方はむしろアレクシアのほうが得意だろうに。

この乱雑な詰め方。

 

しかし、結局は俺がうんと言わなければ始まらない。

そんな暴君な国ではなかったはず。

これでも王女だ。

きっと民の心を無下にはしない、、、よね?

 

「どうしても、無理ですか?」

 

「嫌ですね。両親がなんと言っていたかは知りませんが、自分の職は自分で見つけます。いくらただの飾りの役だとしても外を見れる数少ない機会でしょうから。」

 

とりあえずそれっぽいことで逃げていく。

自分の職=コマチの食客。

なんでもいい方次第だよね。

 

これで諦めてくれると嬉しいのだが。

正直、これ以上は泥仕合の匂いがする。

 

「そうですか。なら仕方ないですね」

 

といって、彼女は席を外す。

 

ん?

やけに物わかりがいいな。

アイリスも俺をやっと諦めてくれたか。

 

そう思っていると、アイリスは自分の机へと近づく。

そして、取手を引き中からファイリングされた何枚かの紙を取り出した。

 

おいおい、それはなんだよ、と目で疑問を投げかけると──

 

 

「コマチさんへの婚約者候補です。このままだと、彼女はこの中の男性から選んでもらうことになるでしょうけど、あなたはそれでもいいですか?」

 

────。

 

 

 

一瞬の沈黙。

 

それから俺はズカズカと彼女の前に立ち、その紙を奪う。

 

ビリビリビリ。

 

もはや紙くずとなったそれを宙に投げ、彼女に膝まづき頭を下げ、臣下の礼を取った。

 

 

「入団させていただきます」

「なんでラブコメ主人公ルートに入ってるんだよぉぉぉぉ!!」

「こちらこそよろしくお願いします」

 

勝者は最初から決まっていたようなものだった。

白い紙の吹雪の中で、卑怯だと言いたげな顔をするヤハタと勝ち誇った笑みのアイリス。

 

外からの悲鳴を完全にスルーして、これからそんな彼らの間違ったラブコメが始まる。

 

※始まらない。




二期おめ


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第二話 どうやら、俺の知らないところで何かが動いている。

 

理不尽にも主従を結んでしまった後、俺はそのまま寮への帰り道についた。

 

馬車に揺られ、待ちゆく人々の顔を見ているとこの国がどれだけ恵まれているのかがわかる。

道路が整備されているのも、そんな恵みの表れの一つだ。

今俺が揺られているこの馬車だって、その絶え間なる技術によって気持ちが良い程度の揺れに収まっている。

 

もう時間帯としては夜。

俺と同じく帰路につく中には家族連れやカップルなんかもいる。

街頭に照らされる彼ら彼女らは、この街の雰囲気自体を明るくさせていた。

それらを一瞥し、改めて今日も疲れたと肘掛けに体重をかける。

 

王女はあんなんだが、それでも彼女ならばこの国を守れるのだろうと思う。

間違っても王国最強と言われている彼女。

頼むから私的にそれを運用しないでほしい。

マジで被害者が出る。

 

まあ、そのために妹もいる。

アレクシアも、少なくとも外聞はいいからそれなりに国を収められるはずだ。

なんだかんだで仲はよかった思う。

よかった、、、?

 

どうなんだろ。

 

そういえば最近アレクシアの様子をあまり見ない。

かつては結構一緒にいたイメージがあったのだが、いつ頃からだろうか、その背中を追っている光景がなくなった。

あの姉を目指してます!って感じ可愛かったんだけどなぁ。

だが、その手のやつはどこかで絶望するのが落ちと相場が決まっている。

分からんが、似たようなやつをどこかで見た気が、、、う、頭がっ。

 

そうして、俺のあったかもしれない前世に思いを馳せていると馬車の動きが止まる。

 

どうやら寮についたらしい。

 

送ってくれた人に一言言って、早速寮へと向かう。

ミシミシと音のなるちょっとだけ使い古された匂いのする階段を上がり、俺の部屋へと一直線。

さーて、今日の飯は何にしようかと思いながらドアノブを回すと──?

 

この扉は鍵がついている。

学生寮として必要最低限の配慮だろう。

それなら、俺は鍵を締め忘れたか?

いや、たしかに今朝出るときは鍵を締めたはずだ。

あまり見られてはいけないものもあるから、鍵の確認は毎日怠っていないはず。

 

なのに、空いている。

ということは──

 

「ねぇ、聞いてよヤハタ!」

 

バタン!

 

中から突然シドが飛び出してきた。

だから──閉めた。

 

カチャリ。

 

だから──締めた。

 

今日は宿泊まりか。

まあ、たまにはそういうのも悪くないよな。

夕食を考える必要はなくなり、美味いものが食べられるとなって少しだけ上機嫌になる。

 

面倒くさいものから逃げるのは社会人の必須スキルだ。

俺もこれから就職し、立派な社会人となるのだから厄介事からは逃げるべき。

 

彼の鼻歌は、中から聞こえる「いてっっ」という声をかき消した。

 

 

 

「なんで無視したんだよ」

 

次の日、いつもどおり一人で優雅に昼飯を食べていたところシドに呼び出された。

喧騒がたえない食堂。

俺たちのような貴族から王族までいるというのだから、ここはかなり珍しい学校と言えるだろう。

ちらりと何を食べているかと見てみると、1980ゼニーの貧乏貴族ランチ。

まさしく貧乏と言った必要最低限のものをのせたランチ。

けれど、少しと奥を見てみると10品や20品はくだらない超豪華セット。

あんなもの、それこそ王族や上流貴族でしか食べられないのに、それをまざまざと見せつけてくる。

なかなか残酷な学校である。

子供の頃からこういったところで交友関係を広げ、おとなになったときのつながりとする。

悪くはないのだろうけれど、それなら12歳位から始めてもいいんじゃないですかね。

俺たちの青春はどこですればいいんでしょうか。

それとも、青春なんて無いとでもいいたげですかな。

大賛成。

 

しかし、俺が納得したところで前の人物は納得してくれない。

 

「なんでって、どうせ厄介事だろ。聞くだけめんどくさい」

 

「いやいや、というか君は僕に関しての噂とか聞かなかったのか?」

 

「友達がいないのに噂が聞けるかよ」

 

「聞けるさ。なんたって噂は独り歩きが可能だ」

 

「なら、俺の前は逆立ちでもして通ってったんだな。あいにくと顔は見えなかった」

 

「そんな奇特な噂じゃないはずだけど、、、。」

 

頬をかき、あくまで一般人のように振る舞う。

あいも変わらず、モブというのをやっているらしいシド。

モブとは何なのか。

どうしてモブを目指すのかは知らないが、何故かモブというものを目指しているらしい。

馬鹿か?

馬鹿です。

 

出会った頃はこんな馬鹿だとは思わなかったんだけどなぁ。

いつから変わってしまったのか、それとも最初からそうだったのか。

今となっては変わらない。

こいつに付き合うと決めてしまったのだから。

 

「僕、アレクシア王女と付き合うことのなったんだ」

 

と言いながら貧乏ランチの汁物を飲み干した。

 

へぇ、アレクシアがこんなので満足したと。

むしろ、面食いなイメージだったし、それこそ最近の注目株だったゼノンとか言う剣術指南のやつが好きだと思っていたが。

そういう噂もちらほら聞いたし。

ゼノンはイケメンだしコミュ力高いし陽キャだしいいところが一つもないのだが、さすがに目の前でうまそうにじゃがいもを頬張っているやつよりかはマシだと思う。

 

「それ美味しいのか?」

 

「まあまあだね。友達がじゃがいもを作ってるんだけど、そいつのおすすめの食べ方をしてみたら、これがまあ美味いこと」

 

「汁物に入ったじゃがいもに食べ方なんてあるのか?」

 

「あるらしいね」

 

そして、ズズッと一気に飲み干す。

一滴も残さないきれいな食べ方。

良い家庭に生まれたんだなぁ。

、、、それでいてなぜこうなったのか不思議でたまらない。

 

「というか、まじなのか?イマジナリー彼女ならまだ許されるが、実在するやつはやめといたほうがいいんじゃねえの?」

 

「別に嘘じゃない。というか、僕は嘘のほうが嬉しかった」

 

なら、なんで付き合ってるんだよ、と突っ込もうとした時机に陰が落ちた。

こんなメンツになにかようがあるのかと怪訝そうに振り向くと、その陰は現在進行中で渦中の人物だった。

 

「この席、いいかしら?」

 

アレクシア王女の登場。

二つに結んだ髪を揺らしお行儀よくシドの隣に座った。

シドは途端、不愉快な気分を体中から発するもアレクシアはニコニコとそれを完全にスルー。

どこのラブコメ主人公だよ、と心から思うがひとまずは置いておいて、先ず聞かなければならない事がある。

 

「久しぶりだな」

 

「そうね」

 

「お前らって、、、その、なんだ。つ、付き合ったり、、してるのか?」

 

完璧なカミカミメニュウー。

思春期真っ只中の男の子にそんなこと言わせないで。

あーあ。恥ずかしっ!

 

しかも、アレクシアはそれを無視すればいいものを、わざわざくすりと笑って返す。

 

「そうよ。シド・カゲノー君とは正しく清いお付き合いをさせてもらってます」

 

「意外だな。俺は面食いだと思ってたんだが」

 

「そんな薄っぺらい女じゃありません。それに、彼だってそんなに悪い見た目じゃないでしょう。あなたと違って」

 

「一言余計だろ。、、、まあ、シドは確かに平均くらいにはいいかもしれんな」

「おい」

「なら、ゼノンとかいうやつはいいのか?」

「え?だれそれ」

「フッ、、、。あんな奴のどこがいいのよ」

「ゼノンって剣術の先生のあの?」

「わかる。すごくよく分かる」

「おいおーい。無視しないでくれると助かるんですが」

「たしかに彼には、富、名声、力がある。でもそれだけよ」

「、、、」

「この世のすべてじゃないですか」

「モグモグ」

「だから嫌なのよ。というわけで私は次ゼノン先生の授業だからそれじゃ。行くわよ、カゲノー君」

「グェッ!」

 

そういうと、シドの襟を掴んでまるで犬のように彼を連れて行く。

周りの目の気にせずよくやるなぁ。

そう思いながら俺は彼らが見えなくなるまで見守り続けた。

 

ふと、彼らが食べきれなかった分を見てみる。

どちらも育ちがよく、あまり好き嫌いはないはず。

しかし、どちらの皿にも小さくて丸いくせに自己主張の激しい野菜がいた。

全く違う性格のはずなのに、こういうところが似ているのが面白い。

 

案外、お似合いなのかもしれないと思いながら俺も席を立つ。

 

ん?

そいうや、俺もつぎ武神流じゃね?

で、さっきあいつらはちょっと急いで外に出ていった。

なるほどなるほど。

 

あ、これ遅──

 

その数秒後、絶望の鐘が校舎に響き渡った。

 

 

 

我、ここに重役出勤せり。

授業開始から10分後、俺は堂々と青空教室へと入っていった。

 

青い空の下〜♪一筋の光〜が〜つなぐ〜♫

 

たとえ誰か遅れてきても誰も気づかない。

なぜなら、ここ、第八部の指導は特に誰からの指導もないからだ。

だから、ここにいる奴らはみんな好き勝手に棒を振り回している。

 

主張、理由、結論というとてもわかり易い三段論法でお送りいたしました。

 

はあ。

実際、ここにいる奴らはほとんどが剣の稽古とは名ばかりのチャンバラごっこをしている。

俺は入れてもらえないから素振りしてるけどグスン。

 

いてっ。

おい、誰だ今俺を殴ったやつ。

 

けれど、振り返ると走り回っているやつばかりで誰が犯人なのかはわからず仕舞い。

仕方がないと腰をおろし一休みをする。

 

改めて周りを見ても、やはり幼稚だなぁ、位の感想しか浮かばない。

楽しければそれでいいという意見もあるし、俺は何事も楽しまずにやっても仕方が無いと思っているが、これはなにか違う。

努力という行為そのものを楽しめないのに、よく教師はこいつらをほっとけるな。

めんどくさいのは誰でもやりたくないってか。

そりゃそうだ。

 

横を向いてみると、体育館のような大型の施設がある。

名称は知らない。

確か、妙にご立派な名前がついてた気もするが右から入って下から出てった。

 

あそこで今、アレクシアとシドが稽古をしている。

上級クラスだけあってこちらとは全然違い、真面目に剣と向き合っている。

基礎基本を大事にして、何をするのか意識する。

まるで別世界のようだが、そこに紛れ込んだ異物。

 

彼はもともと第九部に所属してたはずだが、なんか王女命令でいきなり飛び級していった。

王女命令ってほんとにあるのかよ、、、怖っ。

もし、アイリスにそれを乱用されるとなると俺の命が危ない。

これからは差し入れとか持ってこうかな。

何が好きなんだろ。

珈琲はすきだろうが、アレより美味しいのはなかなか見つからないし、女子女子しいものでも買っていけばいいだろうか。

今度アレクシアに聞いてみよ。

 

しかし、今頃ラブロマンスを繰り広げているのかと想像してみると、やけにムカつく。

キャキャうふふと乙女の園でダンスして。

俺と一緒に賢者になろうという約束はどこで捨ててきたんだ──

 

と、まあ、他愛もないことを一通り考えてから再び素振りに戻る。

いつもと同じ運動。

何年も続けていれば、何も考えずとも体が動く。

剣術だけ見れば余裕で上に行けるのだが、これほど言っても仕方ないものはない。

きっとずっとここだろうな。

 

けれど、遠目から見えたシドの顔は前とは変わって見えた。

 

 

 

朝が来た。

窓から差し込む細いビームが俺の目を焼き切るがごとく起きろと命じてくる。

いつもなら、それに耐えて二度寝と洒落込むことで俺の一日のスタートとするのだが、今日は勝手が違う。

動かなければ始まらないと、動きたくないと脳内で喚く悪魔を滅多刺しにして、元気悪く一日をはじめる。

 

眠い、眠いと目を半分だけ開いたまま支度をして始発の列車に乗り、地味に遠い学園へと足を運ぶ。

もう春も中旬とはいえ明け方はそれなりに冷え込むらしく、足先はその体温を無防備にばらまいている。

これならもう一枚来てくればよかったと遅きながらも後悔。

 

とはいえ、これより遅れることはできなかったのだから無駄な考えだと切り捨てる。

なぜか。

人と合う約束をしているから。

 

約束は基本バックレる俺だが時と場合、相手によってはちゃんと守る。

これがデルタなら行ってないし、ガンマでも行ってない。

ゼータなら、、、びみょいな。

アルファなら行く。絶対行く。怖いもん。

コマチ?

安心してほしい紳士諸君。コマチに呼ばれる前に隣りにいるのが兄の努めだ。

 

渋々ながらも学校に到着しまだ開いていない校門を飛び越え学園に入る。

 

ふと疑問に思ったのだが、これは果たして不法侵入になるのか?

学園は開いていないが俺はこの高校の生徒だ。

それならば大丈夫な気がするが、ここは上級生たちの寮も構えられていた気がする。

(ギリギリまで眠れるとかズルすぎる)

となると、居住地への侵入として普通に捕まる可能性もあるんだよな。

 

しかしながら、それに関しては今回は問題ない。

豪胆にも大通りを通って学校の裏へと回る。

森を通り抜け、待ち合わせ場所はあまり人に見られない場所。

 

その場所に俺よりも早く来ていたらしい相手を見て、軽く会釈を交わし昔話に花を添えんと声をかけた。

 

「お久しぶりですね──」




俺ガイル、やっぱおもしれぇなあ


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第三話 実は、俺の命は割と危ういのかもしれない。

 

授業中。

眠い、眠い、眠いの三拍子を首を刻々としながら数える。

倒れそうになると意識を取り戻せるものの、すぐにまた手放してしまい再び倒れる姿は、さながら赤べこ。

チクタクとなる時計と美しき二重奏をかなで、ただ時がすぎるのを待つ。

 

かの偉人、ナツキ・スバルは言いました。

『春は眠いことに文句を言い、夏は暑いことに文句を言い、秋は松茸が高いことに文句を言い、冬は寒いことに文句を言う』と。

故に、春の眠たさはは夏の暑さや冬の寒さと同じレベルの必然。

もはや現象とも言える。

すなわち別に何ら眠ることに問題はなく、もし糾弾したいのなら小笠原気団やオホーツク海気団が来ることに真面目にキレているのと同義というわけになる。

実際、今教鞭を取っている奴らに関しても、どうかんがえても学生時代には俺や周りの奴らのように夢の中で踊っていたことだろう。

それだから人に怒るなとは言わんが、軽い注意くらいが妥当と言える。

叩き起こすなんてもってのほかだ。

俺たちの楽園を返せー。

 

けれど面白いことに、夢というのは一期一会なのだ。

たとえ起きてから、すぐさまもう一度寝ても夢のつづきを見れた試しはほとんどない。

二度と巡り合うことのできない一つ一つの大事な宝物。

そんなものだから、我々は寝ているときの『夢』と将来の『夢』に同じ文字を振り当てたのではないだろうか。

 

ただの他愛のない妄想だったが、こんなことを夢で考えていた。

おやすみ。

 

 

おはよう。

一時間目から寝続けるのはいいものだ。

教師や同級生からのアイツまじかよという視線──死線ともいう──をくぐり抜け、いつもどおりの帰宅中。

しかし、いつもと違う点として今日は徒歩で帰っている。

 

大きくあくびをして、外気を取り込み、その匂いや味を感じる。

朝に動き、その疲れで午前中はあまり動かなかったので、午後は動きたくなった。

学校から寮までの距離は数km。

ちょっとした運動には最適であり、いつもとは違う景色を眺める。

 

そこそこ歩くと、八百屋や雑貨店などが立ち並ぶここの市場についていた。

小さな子供が親にコレがほしいアレがほしいとせがむ姿に心温まる。

ほかの子どもたちも騒いでおり、転ぶなよと見守りながら通り抜けていく。

カラフルな三角の布がここにしかない空間を作り出していた。

 

しかし、それは良くも悪くもといった感じであり、一本奥の路地を見てみると、先程とは打って変わって重たい空気が流れている。

都市というのは往々にしてこういうところがある。

というよりも、都市だからこそこういうところができると言ったほうが正しいか。

金があるところに金がない人が一攫千金を狙って集まり、結局失敗して選択肢がなくなる。

家が無い奴らはそうするしかないしそれに関して思うところがないでもないが、別に俺がなにかしたところで何も変わらないと知っているから、見なかったことにしてただ歩き続ける。

 

俺だけじゃない。

家族連れのひとも、お金持ちの人も、はたまたきっと昔彼らと同じだっただろう人でさえ、彼らには手を差し伸べない。

自業自得だと決めつけて無関心なふりをする。

 

きっと、彼らはそれになれきってしまっていて不思議に思わない。

どんなことでも巻き込まれないのがいい。

余計な負担は負いたくない。

 

俺もその一員だし、否定はしない。

ただ、嫌なものを見ちゃったなとちっぽけな正義感がチクチクと己を蝕むだけだ。

それくらいの痛みは痛みと形容するほどでもない。

 

あえて無視をする。

自分にか、それとも他人にか。

 

 

とかまあ、一端に語ったところで俺の歩みは変わることはなく。

ただほっつき歩いていると、あるカフェが目に止まった。

古民家風の静かなカフェ。

 

どことなくセンスを感じる店構えなのだが、この場合についてはカフェに目が止まったと言うよりも、そこにいた女性に目が止まったと言ったほうが正しいだろう。

 

銀髪青目泣きぼくろの美少女エルフ。

そう彼女は自称していたけれど、それは別にわざわざ訂正の余地がないほどには自称にしては出来すぎていた。

 

七陰第二席のベータ。

 

何でもそつなくこなすタイプで、まあ、色々と目に優しい。

 

窓から見える彼女の横顔はアルファとはまた違った可愛さを出してくれる。

その白銀の髪は眩しすぎるほどに彼女を際立たせていた。

 

そんな髪が左右に揺れている。

どうやら、なにか原稿に書いているようでなにをしているのだろうと思ったが、少し考えてから彼女が作家として活動しているのを思い出した。

しかも、かなりの売れっ子として。

 

今では書店に行けばどこでも店頭に彼女の作品が置かれている。

さぞ印税をもらっているんでしょうね。

 

そんな邪推をしたところで俺はこの場を立ち去ろうとする。

別に彼女のことが苦手というわけではないけれど、ほら、なんというか、誰かに見られると気まずいじゃん。

下校中なわけだし。

俺に変な噂とか立つと、シドが迷惑しちゃうから仕方ない。

そう、これはしかたないことなのだと意を決して歩きだすと、急に彼女が顔を上げた。

 

「あ、ヤハタさんもどうですか?」

 

なんの悪意もなく向けられるナイススマイル。

そんな彼女から離れるという選択肢を、俺は持ち合わせていなかった。

 

 

 

 

「お久しぶりですね」

 

「ん。そうかもな」

 

ふーふーってして立ち上る湯気を遠ざけ、奢ってもらったカフェオレに口をつける。

どうやらここのイチオシらしい。

あまり飲むわけではないが、一口飲んだ瞬間自然と体に染み入ってくるような自然な味わいがする。

コレはたしかに人に紹介できる旨さだと感じた。

 

「で、何して──」

 

「伏せてっ!」

 

ガツン!

 

と、いきなり机に思い切り頭をおさえつけられる。

めっちゃ痛い。

 

「おい、いきなり何が」

 

「すいません。しばらく静かにしててください」

 

と、耳元で天使のように囁いてくる。

 

許す。

水瀬い○りボイスには勝てない。

というか逆なんだよ。

水瀬いの○が天使のようじゃなくて、天使が水瀬○のりのようなんだよ。

至福。

やばい。

心が洗われるんじゃぁ〜〜。

 

しかし、語彙を殺していられるのもつかの間、俺の頭をおえていた手はあっけなく逃げていってしまう。

ああ、もう少し肉体コミニュケーションを、、、。

 

「はあ、大丈夫ですか?出版社の方が来ていたのでつい、、、」

 

「まあ、大丈夫かどうかと聞かれたらむしろ絶好──」

 

調、と言いかけたところで先程まで埋まっていた机を見る。

直後見なければよかった、と後悔してしまうもの。

 

恐怖。

 

なぜなら、俺は文字通り──埋まっていたからだ。

 

普通なら皆さん、押さえつけられたと言っても机に顔をぶつけるくらいだろ。

それでも十分に痛いが、別に衝撃を受けるほどじゃない。

バラエティーでもちょくちょく目にする光景ではないだろうか。

 

だがしかし、俺が見た机は正しく陥没していた。

地盤沈下と言ってもいい。

 

どのような言い方にしろ、通常ではありえない深さで木でできた机が凹んでいた。

なんで、それだけ凹んでこの机が壊れないんだよと突っ込みたい。

 

ベータ、恐ろしい子。

 

「あ、店員さーん。お願いします」

 

一方、この状態がまるでよくあることのように落ち着いた様子で片付けを頼む銀髪美少女エルフ、もとい銀髪美少女ゴリ、、、っんふん!

危ない、危うくベータを猛獣扱いするところだった。

そうすれば全世界100億人の水○いのりファンから殺される。

間違いない。

ステイ俺。

 

「ここ、シャドーガーデンの店なんだな」

 

「ええ、そうですよ。正確にはミツゴシ商会の、ですけどね」

 

ほえーん、と再び頷き再びカフェオレを飲み始める。

俺の方からは特に話すことがないので、どうしても相手から話題を振ってもらわないと困ってしまう。

美少女相手はきついて。

 

すると、そんな雰囲気を察してくれたのか、そういえば、と話しかけてくれる。

 

「最近、どうでうか?」

 

「どうと言われてもな」

 

「どんなことでも。シャドウ様のお姿とかシャドウ様のご気分とかシャドウ様の行動とか」

 

「俺のことじゃないのかよ、、、」

 

と、彼女の中の自分のキャパシティーの狭さに悲観すると彼女はクスクスと笑い、

 

「冗談ですよ。、、、ただ──我々はシャドウ様の日常を知る機会が少ないので、そういうことを教えてくれると助かりますね」

 

口はなおもクスクスと笑うものの、目が笑っていない。

どことなく行き過ぎた愛を感じるのは俺だけだろうか。

しかも、メモ帳まで取り出してるし。

 

「別に取り立てて言うようなことはないな。普通に友達作って遊んでんじゃね?クラス違うからあんまり知らないけど」

 

「そうですか」

 

トホホ、問いう感じで無念にもメモ帳をカバンにしまう。

そんなに知りたいなら潜入とかすればいいのに。

 

「それじゃだめなんですよ。私はあくまでシャドウ様の日頃の様子が知りたいんです。学園に入ったら崇高なシャドウ様の計画の邪魔になるかもしれないじゃないですか」

 

崇高な計画、と聞いてなんのことだろうかと頭をひねらせるも例の謎な行動たちのことだと頭の中で解釈する。

そうか、彼女たちはずっと勘違いしてるんだよな。

それが勘違いだと知ったらこの組織終わるから何も言えないけど、うん、まぁ、大変だな。

頑張れアルファ。

この組織はお前が頼りだ。

 

フフン、という自慢げなアルファの顔をありありと想像してしまい、すぐにそんな表情を思い出せてしまう自分に対して少しおかしくて笑ってしまう。

そんな微細な方の揺れを見逃さなかったベータは重ねて俺に聞いてきた。

 

「それくらいですかね」

 

「まあ、そんなもん──」

 

だな。

と言いかけたところで、思いがけずシドについて思い出してしまった。

コレは果たして彼女に伝えるべきなのかどうか。

 

 

──シドがアレクシアと付き合っているという事実についてっ!!

 

確かにシドの日常について、大きく変わったところであり普通に考えれば言うべきことだろう。

これからのシドの生活にも関わるわけだし、むしろ知らせておいたほうが良い部類である。

これがアルファだったりガンマだったりしたら戸惑いなく報告することができる。

けれど目の前にいるのはベータ。

シャドウ様戦記とかいう半分くらい嘘とでまかせで書かれた英雄譚を書いている少女である。

往々にして英雄譚とは誇張されるものであるが、それにしてもひどい。

それほどまでにシャドウを崇拝している彼女にそんな俗っぽい話ができるだろうか。

 

断じて否。

 

殺される。

俺は悪くないのにオーラだけで殺される。

先程の机の末路を知れば、それは火を見るよりも明らかである。

だから、言えない。

 

「なにかあるんですか?それなら言ってくれると嬉しいのですが」

 

けれど、ベータはなおも問い詰める。

隠し事はやめてほしいと静かにも力強く語りかける。

やはり、シドのこととなると気合の入れようが違うようだ。

 

だとするならばやはり言えない。

たとえいつか知ることになろうとも、俺の前で知ることはやめてほしい。

 

コレが単なる時間稼ぎに過ぎないことは分かっている。

必ずアレクシアのことは彼女の耳に入る日が来る。

それに、かなり出回っている噂なのでいつから付き合っていたかなど直ぐにバレてしまうことだ。

時系列的に判断して俺が知っていたのは考えればわかるはずだし、その時俺に一言言うのは絶対と言っていい。

それが一言ならいいのだが。

 

まあ、彼女はそんな短絡的な性格ではないか。

あとはついでに、先程埋められた些細な反撃だ、とでも思って結局口にしないことに決める。

 

「いや、やっぱりなんでもない」

 

「そうですよね。まあ、シャドウ様が完璧な変装をなされている学園生活の最中にで目立つようなことはありませんよね」

 

胸をなでおろした様子で彼女は言う。

と、同時に新しい客が入ってきたのか気持ちのいいコロンコロンと扉につけられた鐘がなった。

結構この店人気なのかな、とか思いながらカフェオレに再び口をつけようとすると、またしてもベータが話しかけてくる。

 

だが、今までと決定的に違う点として──

 

「あの女、誰ですか」

 

と、どす黒い雰囲気を隠す気もなく放っていた。

彼女が指を指す方向を追ってみるとそこには

 

 

アレクシアとシドがいた。

 

あ、俺死んだわ。




語彙力が足りんなぁ。
あと、文のテンポが悪い。
努力します。


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第四話 けれど、俺は解を持たない。

 

「あの女、誰ですか?」

 

なかなかにドスの利いた声で、そう威嚇するように吠えるベータ。

平静を装うつもりかは知らないが、口の引きつりはまったくもって誤魔化せていない。

震える拳は新しく変えてもらったはずの机に斬新なサインを残している。

 

タイミングが悪すぎる。

なんでこんな時に入ってくんだよ。

 

幸せそうに腕なんて組んじゃって。

頼むから分けてくれその余裕を。

いや、俺よりも目の前の猛獣に分けてやってくれ。

じゃないと俺、死んじゃうから!

 

「えー、とアレクシアさんですかね、、、?」

 

目をそらしながらも、視界の端に彼女を捉えながら言う。

さて、どうくるか。

 

「アレクシア──あの王女の?」

 

「そう、そいつ」

 

「そしてそんな彼女が、今、現在進行形でこのカフェに二人で足を運んでいると」

 

「ま、まあ、状況だけ見るとそうならないこともないかなぁ」

 

やばいやばいと苦し紛れにそう答えると、ベータは顎に手を当てて思考にふけた。

 

ひとまずは落ち着いたらしいが、これからどうしよ。

知らぬ存ぜぬを通すか。

それしかないだろうな。

 

アレクシアたちの方を見てみると、楽しげに話しながらどれにしようかと話し合っていた。

 

「これもいいわね」

「そうだねー」

「あ、やっぱりこっちも美味しそうじゃない?」

「そうだねー」

「どう、ポチはどっちが飲みたい?」

「そうだねー」

 

リア充度もめ、爆発しろ。

幾分か会話が成り立っていないようにも聞こえたが、これほど甘ったるい光景を見せられて付き合っていないというほうがおかしい。

それほどまでに、アレクシアのオーラはクソうざい雰囲気を醸し出していた。

まずっ。

 

すると、輝く銀髪をゆらし、何秒かうーんと唸っていたベータが突然、パーッと表情を明るくさせた。

と、同時に彼女の発していた不穏な空気も消失する。

 

「──ふむふむ、なるほど。分かりました」

 

「は?」

 

「シャドウ様があの女と共にいる理由です」

 

「いや、、、そんなの付き合っているから──」

 

「──ッ」

 

眼力だ。

それだけで、猛獣と退治したときのように体が膠着し何も言えなくなる。

力を入れようにもそれを阻む力のほうが大きい。

触れられていないはずなのに、大きな重しが俺にかかっているように。

 

え?

コレ人に使う形容じゃなくね?

シドは一体どんな化け物養成してるの。

実は教師の才能があるのかも。

 

「シャドウ様が付き合っているとか、そんな俗世間的なことをするわけがないんですよ。シャドウ様は精神も高潔なお方。ええ、そうよベータ。あんな安っぽい女と付き合うわけがない。シャドウ様にふさわしいのは銀髪青目泣きぼくろの──」

 

「なら、あれはどうやって説明するんだ」

 

と、今もラブラブな彼らに視線を向ける。

途端、彼女は不安げな顔になるもすぐさまガクつく体勢を立て直して、

 

「それは──そうです!潜入調査ですよ。むしろそれしか考えられませんね。確かに、並の女と付き合っているなら本当に愛、、、仲が良いのかもしれませんが」

 

どうやら彼女の中での妥協点は『仲良くする』らしい。

 

「相手はこのミドガル王国の王女。となれば話は違ってくる。シャドウ様はこの国の中枢に潜り込み情報を集め、ディアボロス教団の秘密を掴むつもりなのでしょう。ああ!なんと斬新なアイディア!こんなのシャドウ様にしかできません。、、、そうよ、だからベータ安心して──」

 

と、目をグルングルンさせながら自分自身に語りかけるベータ。

 

いやしかし、たしかに何考えてるかは分からんがそれはない。

あいつ、なぜかあんまり乗り気じゃなかったし。

 

それにもしそれが考えれるほどの脳みそがあるなら、アレクシア王女に直接行かなくね?

一発で警戒されるじゃん。

 

だが、彼女がそう勝手に解釈してくれるのなら好都合。

俺はチューっと忘れかけていたカフェオレを飲みながらなるがままに彼女の行く末を眺める。

あーあ、なんか机に突っ伏し始めた。

それに加えシクシクと泣くような声も聞こえてくる。

末期症状だ。

 

けれど、俺に向いていたヘイトが消えたことには一安心できる。

よーしよし、そのままいい子だからこっちを向かないでくれ。

 

その間に残っていたカフェオレを飲みきり、帰り支度をしておく。

ちょうどシドラも注文を終えたらしくドアから出ていくところだった。

 

悪いが、このまま俺も出ていくぜ。

あばよベータ。

 

と、ベータに心のなかで敬礼をしようと、先程までベータがいた方を見てみると──そこにベータはいなかった。

 

そして、

 

「ほら、ヤハタさん。早く行きますよ」

 

「え?」

 

「え?じゃないですよ。ほら、早く行きましょう。見えなくなっていしまいますよ」

 

何を言っているのかと言わんばかりのほうけた声で問い返すと、そんなふうに彼女は当たり前化のように返してくる。

そこには少しばかり使命感が宿っているようにも見えた。

 

マジか。追うのか。

追跡調査開始!!

 

 

 

 

「はぁ、はぁ。どうですかね」

 

「いや、別にどうといったことはな──」

 

「あーっ!今、見ました!?あの泥棒猫腕を組みましたよ!!」

 

「ん。そうだな」

 

先に見張っていた俺に追いついてきたベータは来た途端、息を整えるまもなくそう叫んだ。

ここは街なかであり彼女は魔力を大きく制限される。

そのような環境下なら俺のほうが色々と分があるわけなので、彼らを先に発見して彼女とともに観察しているのだが。

 

「こ、今度は間接キスッ!?あ、ちょ、シャドウ様それは──!」

 

隣のやつがうるさい。

アレクシアはともかくシドには気づかれてるだろうなぁ。

さっきからずっとこの調子で実況中継を盛り上げてくれています。

 

「なあ、俺帰ってよくね?」

 

「何を言ってるんですか。あなたのすぐ帰りたがる癖よくないと思いますよ」

 

「ド正論言わないで。何も言えないから」

 

「というか、あなたがいなくなったら誰がシャドウ様たちを見つけられるんですか。私には無理ですよ」

 

俺、関係なくね?

と喉まででかかった言葉を腹に戻す。

わざわざすに巣へ戻ってくれた蛇を叩き起こすような真似はしたくない。

せっかくタゲが俺に向いていないのだから、そのままアレクシアになすりつけたほうが建設的だ。

俺はついていけばいいだけなのだから、簡単なお仕事と思えばいい。

仕事、、、したくない。

 

「あなたの索敵能力と潜伏能力は信じていますからね。お願いしますよ」

 

「はぁ。分かった」

 

仕方がないと割り切り肩をすくめ、また彼らの方を向く。

どうやら市場の方へ入っていくらしい。

ごった返すような雰囲気は彼らの存在を目立たせない。

王女やデートなどという肩書を捨て、純粋に楽しむにはうってつけの場所だ。

 

付かず離れずの距離をとり、俺たちもそのあとをつけていった。

 

 

 

「うーん。コレも美味しいですね」

 

「お、意外といけるな。見た目はアレだが、さすが王都の市場」

 

入ってそうそう手に持つのはなんの肉かわからない串焼き。

カエルの足のようなもので、いかにもゲテモノな匂いがしたのだが、鶏肉のようなさっぱりとした旨さがあった。

コレは先程シドたちが食べっていたもので、ベータはアレクシアが飲んでいたジュースを美味しそうに吸っている。

 

「これだけ賑わっていると、王国中のものが食べられるかもしれませんね」

 

「んんっ、そうだな。国王のお膝元だし王国一といっても過言じゃないだろ」

 

このように俺たちは楽しく王都の散策をしていた。

俺たちも賑やかな市場を形作る一部になったというわけだ。

 

というのも──

 

『またですか!あの女、いけしゃあしゃあとシャドウ様と手を繋ぎ、、、クソガッ』

 

『ベータさーん、口調乱れてるよ』

 

『あ、私としたことが。、、、すいません、少しだけシャドウ様のことを頼みます』

 

『別にいいけど、てか、アイツは全然頼んでないと思うけど』

 

『た・の・み・ま・す・よ』

 

『あ、はい』

 

『私はちょっとストレスを発散してくるので』

 

『壁は壊すなよ』

 

『私をゴリラか何かと勘違いしてるんですか?そんなことしませんよ』

 

『、、、お、おう。そうだよな』

 

『はぁ。返答に間があったのが尺ですが。では』

 

 

 

『ベータも大変だな、シドについて行こうなんて。俺もその一人なんだが。まったく、勘違いでどこまで突き通せるのか。、、、てか、あいつらさっきからほんとうまそうに食ってるな。そんなに美味いのか。、、、買ってみるか。好奇心には勝てんな』

 

『うっ、見れば見るほどゲテモノとしか言えない代物。やっぱ買ったのはミスジャッチだったか。、、、いやいや、分からんぞ。コレでいて絶品かもしれん。けど、オークとかだったら嫌だな。いるかしらんけど。流石に喋るやつを食うのはNG。とある世界にはオークとか働かせてから死んだらそいつらを食うところもあるらしいが、すげぇな。、、、さて、こいつは大きさ的にオークではないはずだが──食うか』

 

『うっ、んぐっ、、、。お、割といけるなコレ。唐揚げの斜め上を言ってる感じ?うまく言葉にはできないけど、うん、まあまあ美味い』

 

『戻りました、、、って何食べてるんですか?』

 

『コレか?コレはさっきアレクシアがシドに買ってた──』

 

『アレクシア──ッ!』

 

『おいおい、ちょっと待て!いいから食ってみろ』

 

『いえ、結構です。あんな安っぽい女の選ぶものなんて──』

 

『シドがうまそうに食ってたぞ』

 

『──食べるに決まってるじゃないですか。早く半分ください』

 

『お前、前から思ってたが変わり身早いな』

 

『臨機応変に対応してるだけです。、、、モグモグ、、、クッ、なかなかやりますね』

 

『だろ。多分塩コショウとかつけたらかなりイケる』

 

『そうですね、私はイータの開発したまよねーずをつけてみたい気分です』

 

『へぇ。またアイツ変なの作ってんのか』

 

『ええ、そうですね。結果は出してくれるんですが、予算と方法に難ありなんですよね。この前だって、私が人体実験されてしまったらしいんですけど、なんかとにかくやばかったらしいです』

 

『どういうことだよ』

 

『それが私も覚えてなくて、イータに聞いたら満足げな顔で「実験、、、失敗、、、」ていってくるし、近くにいたイプシロンは「いい、世の中には知らないほうがいいこともあるのよ」と、やけに優しい声で言ってきたし、、、。本当に散々な目に会いました』

 

『まぁ、アイツらが知らないほうがいいって言うなら知らないほうがいいんだろ。むしろ、「ベータ、あなた裸になって泣きじゃくってたけど、大丈夫?」って言われたほうがきつくね?』

 

『、、、きついですね。一生の不覚です』

 

『むしろ忘れてて良かったな。世の中には忘れられない恥がそこら中に転がってる。俺なんて、地雷原みたいなもんだぞ』

 

『あなたはそうでしょうね。ソ連のようにゴリ押しで通ってみましょうか』

 

『やめて。それくらうのは俺だから』

 

『堅実のベータにお任せあれ』

 

『堅実の意味は脳筋じゃなかった気がするんだけどなぁ』

 

 

回想終了。

って感じで美味しくいただいてる。

あまり来たことがなかったから知らなかったが、ここは安さとうまさがある程度保証されていてとてもいい。

それにみんなが笑っていて本当に楽しげだ。

今度、アイリスに伝えよう。

 

「王城を見つめて、どうかしました?」

 

「知り合いもここにいたらいいのになって」

 

「へぇ、王城に知り合いがいらっしゃるんですか」

 

「ああ、ちょっと破天荒なやつだけど」

 

「それくらいのほうがいいんじゃないですか。ヤハタさん、多分ツッコミの方が得意ですし」

 

「それくらいじゃないから困るんだよなぁ。この前だって、ガッツリ剣を抜かれたもん。寸止めだったけどな」

 

「いいじゃないですか。元気のある女の子」

 

「いやいや、あれは元気というより、、、え?なんで女だって知ってるの?」

 

「だって、その方ってアイリス王女ですよね?」

 

「そうだけど。なにお前ら俺の身辺調査までしてるの?」

 

「もちろん、主様とヤハタさんの交友関係はバッチリ把握済みです」

 

「頼むからやめてくんない?怖いんだけど。俺なんか探っても何も出てこなかったでしょ」

 

「ええ、関係が狭かったのでとても楽だったとゼータから聞いてます」

 

「探っておいてそれはないだろ」

 

「フフッ、ヤハタさんがいけないんですよ。魔力がないから魔力痕が追えないってぼやいてました」

 

「なら諦めろっての」

 

「それが強烈なファンがいたので仕方ないですよ」

 

「は?ファン?そんなのいるの?」

 

「当然です、、、と言いたいところですが、主様のファンは山ほどいるのですが、ヤハタさんにはほとんど、というかゼロに近いくらいしかいません」

 

「それしかいないのに、なんと迷惑な、、、」

 

「だから言ったでしょう──強烈なファンなんですよ」

 

「はっ!珍しいやつもいるんだな」

 

「ええ、私も珍しいと思いますよ」

 

「、、、自分で言っといてなんだけど、本人の前で言うのはなしだろ」

 

「事実を言ったまでよ」

 

「それだけじゃ、アルファの真似か素かわからないんですけど。やるならもっと長くしろ」

 

「あ、そうですね。では──事実を事実としていったまでよ。それのどこが悪いというの。もし悪いというのなら、それは自分のことをちゃんと正面から受け入れられてないということではないのかしら。そんなこともできないなんて万死に値するわ」

 

「確かにきつかったけど、そんなガハラスタイルじゃなかったよな!?」

 

「これからはこんな感じでいこうかと」

 

「こっちが素の方だったのか、、、」

 

と、ここで図ったかのように会話の波が静まる。

周囲が喧騒に飲まれる仲、俺達の作るごくごく小さな区間だけが、残ってしまった島のようにポツリと異なる空気を作っていた。

 

「ここは、賑やかですね」

 

改めて彼女は顔をそんな喧騒へと向ける。

どこか、ここではない遠いところを見ているような気がした。

 

「そうだな」

 

それにつられ、俺も特になにもないはずの街並みを感じる。

ネオン街なんかよりも美しく輝くこの街を。

 

「ディアボロス教団とか私達、シャドーガーデンのこととか何も知らないで生きてるんですよね」

 

「、、、そうだな」

 

「あなたはどちらのほうが正しいと思いますか?知って、戦って、傷つくのと知らずに、平和に、幸せになるのは」

 

「、、、答えになるかは分からんが、無知の知って考え方がある。無知は罪なんだと。だから、知って、戦ってる方が正しいんじゃね」

 

いつもならこれに、知らんけど、と付け加えていただろう。

けれど、そういうのはなんというか、憚られてしまった。

 

でも、これは俺の本心ではないと少なくとも自分だけは痛いほど分かっていた。

これは昔の偉人の言葉を借りただけの借り物の考えで、ただの逃げだ。

何から逃げているのか、自分ですらわからないような逃亡。

 

どちらが正しいかなんて一概に言えることではない。

考えたことが無いわけではなかった。

ただ、そのたびに結論はつかないのだと、結論づけていた。

 

今回もきっと同じ。

 

解も誤解もありえない。

 

コレは数学ではないのだ。

 

人の心は割り切れない。

 

「、、、これは、シャドーガーデンのベータではなく、ただの一人の女の子の独り言として聞いてくれますか」

 

ただ、静かに首肯する。

言葉なんて無粋だろう。

水面のように静寂なこの情調は彼女との間では初めてだった。

 

「きっと、私はどこかで不安なんです。私がやっていることは本当に正しいのかどうか、と。正しいことをしていると、一人では自信が持てない。だから、シャドウ様に頼って、アルファ様に頼って自分が正しいと信じこんでいる。でも、これは私だけじゃなくてガンマやイプシロンやゼータやイータにデルタ。そして、アルファ様でさえシャドウ様に寄りかかっている気がするんです」

 

「でも、コレはすごく危ない考えだとも思うんです。だって、ずっと頼っていたら、いざというときに誰かのせいにしてしまいそうで。自分の判断ができなくなってしまいそうで。昔は、シャドウ様に何も考えずについていけば正しいんだと思っていた。シャドウ様はいつだって絶対に正しいと、ひたむきに努力することができた。けど、今はもう少し深く考えるようになったんです」

 

「決して、シャドウ様が信用できなくなったとかではありません。ただ、私が少しだけ成長したと言うか、周りが見えるようになったと言うか。そんな感じです。昔に、戻れたらな、、、。なんて、言っても仕方ないですし。私達には選択肢が無いようなものなので後悔は少しもしてないですけどね」

 

と、弱々しく笑う横顔。

どよめきながら歩く人影を背景に、その姿はあまりにも覇気がない。

悲壮感ではないし、諦観でもない。

純粋に、弱々しいとしか表現できなかった。

 

どこか既視感のある姿だ。

もう忘れてしまい、いつ、どこでそんなことを思ったのかは思い出せないが、俺もいつか通った道な気がする。

ふと立ち止まり、後ろを見たときの無力感。

今までは走っていたのに、それからは歩くようになった。

だから、なのだろう──

 

「あなたは、どうですか」

 

先程の問いには結論が出せなかったが──

 

「あなたは、まっすぐ立てていますか」

 

これにはすぐに答えられた。

 

「ああ」

 



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第五話 それから、俺は語り合う。

 

「す、すいません。変な雰囲気にしてしまって」

 

今までのムードから一転してヘコヘコと頭を下げるベータ。

やっぱり切り替え早いな、とか思いながら別にいいと返す。

なんだかこっちまで申し訳なくなってきた。

 

「あはは、、、。これからどうしますか?大方のものは食べてしまいましたし、シャドウ様も見失ってしまいましたし」

 

トホホ、と絵に書いたように肩を落とし、体中から残念ですという感じで話しかけてくる。

 

どうと言われれも。

まだまだ日は高く、解散しようと言うには早すぎる。

だからといって、どこかに行く宛もなく、そもそもここすら始めてきたような俺に心当たりなど無い。

 

うーん、と目を空へ向け黙考すること約二秒。

 

ふーむ、と目を地に向け熟考すること約二秒。

 

おーん、と目を胸に向け雑考すること約二秒。

 

 

 

「イプシロン」

 

「ほぇ?」

 

意外な名前だったのか小首をかしげるベータ。

かわいい。

 

「いや、イプシロンに会ってないなと思って」

 

「だから、会いたいと、、、?」

 

「そうだな」

 

なぜだろう、久しぶりに比べたいと思ってしまった。

何がとは言わんが。

でも、あくまで全く関係ないはずなのだが、何故かベータのことは直視できないっすね。

 

「そうですね、、、。いるとしたら、拠点だと思いますけど、任務中ではその限りでは無いですし」

 

「別にいないならそれでいいんだ。ただ、元気にしてるかと思って」

 

イプシロン。

七陰の第五席次で透き通った湖のような髪と瞳をもつエルフで、緻密のイプシロンと呼ばれている。

なにかとベータと仲が悪いが、俺は彼女たちは喧嘩するほど仲がいいタイプだと思う。

この喧嘩するほど中がいい理論は使える場合と使えない場合があるが、彼女たちに至ってはおそらく前者で間違いない。

だって、何かと似てるもん。

ベータは作家でイプシロンは作曲家。

一文字しか違わない。

それにどちらも、うん、フクヨカだよね。

だから、俺がベータを見たときにイプシロンを思い出してしまうのは自然なことであり、他意はない。

 

「なら行きますか。ここからなら、そんなに遠くないですね」

 

「ちなみにどのくらい?」

 

「ここからなら見えますよ。ほら、あちらに」

 

そう言ってベータはある方向に指をさす。

その直線状を辿ってみると、ここよりも小高いところの高級店が立ち並ぶエリアを指していた。

 

「おい、あっちに住宅地なんてないだろ」

 

「ええ、当然でしょう。だって私達──ミツゴシ商会本店に住んでいるんです」

 

──マジすか。

 

 

 

半信半疑でついていってみると、そこには屋敷があった。

あたかも森の中のセリフのようだが、ここは摩天楼の中である。

ビルの森といえば、なるほど、現代建築の中でも自然と同等に語れるかもしれないが、それくらいでは説明がつかないようなところに屋敷はあった。

 

「どこのバカがミツゴシの中に拠点を作ろうと言い出したんだ」

 

「ええっ!?良いアイデアだと思いませんか?まさか、こんなところにシャドーガーデンの秘密があるだなんて思わないじゃないですか」

 

確かに思わないが、、、。

大規模建築の上に屋敷を構えるとか斬新すぎだろ。

わかりやすく言うと、百貨店の上に遊園地をのせたときの驚きとでも言えばいいだろうか。

 

「アイディアは私で実行はイータですね」

 

「お前が、、、ってことは例の陰の叡智からってことか?」

 

「まあ、それもあるんですけど、それよりも神にも等しいシャドウ様の住まいが低いところにあるというのが嫌なのが一番ですかね」

 

その神は今俺よりも低いところに住んるぞ。

 

「ええ、なのでイータとともにシャドウ様の宿を五十階建てにする計画をガンマ、イータとともに勧めているところです」

 

「さすがにミツゴシはやることがちげぇな」

 

「はい、ちなみに名前はシャドウ様のお話からとって『バベルの塔』にしようと思ったんですけど、どうですか」

 

「やめとけ。今すぐそれを中止しろ。なんか分からんけど天災多発地帯になる予感しかしない」

 

「シャドウ様にもそう言われたんですけど、、、。ではまた新しいのを考えるしかないですね」

 

ベータは胸に拳をあげ「次こそは」とやる気を見せるが、大丈夫か。

てか、シドがやめろって言った時点でやめろよ。

 

と、やっとベータが扉に手をかけ、重そうな扉を軽々と開ける。

こんなところ一つ一つでもミツゴシの技術力が使われているようだ。

もしくは、ベータが怪力なだけか。

普通にありえる。

 

中は城と言われても顕色のない豪華さ。

先まで続く廊下の窓は一枚一枚が手入れされており美しく輝いている。

 

そして、真紅のカーペットのしかれた廊下を歩いていると美しいピアノの音が聞こえてきた。

撫でたくなるような、柔らかく滑らかで艶のある深々とした音。

コレほどの音が出せる人間を俺は一人しか知らない。

 

「イプシロン、いるみたいですね」

 

「よくこれだけ音出しても気づかれないな」

 

「そういう技術らしいですよ。これだけは彼女の実力ですから」

 

そう言いつつ彼女のいるであろう部屋へと胸を張って(物理)入っていく。

ということは、彼女の実力でない何かがあるんですかね。

 

「帰りました」

 

「あらベータ、、、ッチ。早かったわね。朝、原稿を上げてくるって言ってなかった?」

 

「ええ、そのつもりだったんですけど、思わぬ人と出会ったので」

 

中の様子を見てみると、茶色を基調としたオサレな空間があった。

バーのようなクラシックな雰囲気で、日常生活にも使われているだろうにその鱗片を全く見せない。

管理が届いてるなぁ。

こういうのはアルファの成果かなと思いながら、俺、場違いじゃね?と今更ながらに気づく。

そうすると、自然に足が一歩止まってしまった。

けれど、ここまで来てしまった以上もう後には引けない。

そう、俺だって一端の貴族、とりあえず笑っときゃなんとかなる。

 

「思わぬ人って、、、ヤハタ、それやめてほしいんだけど」

 

俺がひょっこりと顔を出すと苦虫を噛み潰した表情を取り、彼女が紡いでいた音が途切れる。

それから、黒のスカートを存分に揺らしこちらに近づいてきては、

 

「ちょっと、来るんなら来るって先に言っておいてほしいんだけど。まだ準備できてないわよ」

 

「いや、途中経過まででいい。俺も特に来る予定はなかったんだが、、、会いたくなった」

 

「うわキッモ。まあ、わからなくはないけど」

 

「おいそこ、キモいって言うな。男の子は女子からのキモイにはマジで敏感だからな」

 

「分からなくはないって、フォローしたじゃない、、、」

 

めんどくさいわね、とため息をつくイプシロン。

しかし、コレばっかりは許せない。

この言葉一つで何千人の同志諸君が夜な夜な、朝な朝な枕を濡らしてきたことか。

 

言葉は刃物なんだ。

使い方を間違えばやっかいな凶器になる。

 

滅多刺しにされてきた祖霊のためにも俺は、戦わなければならない──ッ!

 

けれど、そんな俺の宣誓を歯牙にもかけず、ベータの方へと向き直ると、

 

「ちょっとヤハタと話があるから、隣の部屋にいるわね」

 

「それはもちろん構わないけど、ヤハタさんとイプシロンってそんなに仲良かった、、、?どことなく陰と陽的なイメージが逆だから相性が悪いと思ってたんだけど」

 

「俺が陽でイプシロンが陰だな。俺は光栄ある孤立として光り輝いてるし、イプシロンは七陰だし」

 

「いや、あなたが陰で私が陽でしょ。ほら、私ってこう、キラキラしてるじゃない」

 

「ふっ、すっごい馬鹿っぽい発言だな」

 

「なっ、陰だとか陽だと気にしてるやつのほうが馬鹿でしょ!」

 

「だそうですよベータさん」

 

「話をややこしくしないでください、あぁ、いつの間にこんなに仲良く、、、。これは、ちょっと面白くなってきた、、、かも?」

 

「ベータ、ボソボソ言ってないでよ」

 

「あ、ごめんなさい。では、どうぞ。今となりは使われていないはずですよ」

 

「ありがとね。ほら、さっさと行くわよ」

 

はいよ、とやる気なさげに答え彼女についていく。

そして、彼女は迷うことなく左に曲がり割と近くにあったもう一つの部屋へと足を踏み入れ、それに続く。

ここは先程とは一変して結構ラフな雰囲気。

大人の気品があるというよりも、便利に暮らすためのいわば庶民的な気がする。

 

「そりゃそうよ、ここ、私が半分くらい自室として使っている部屋だし。どう?」

 

「どうと言われてもな」

 

わざわざそんなことを聞いてくるので、またぞろこの部屋の風景を見渡す。

まず目に入ってくるのは、大きくこの場を占有するソファー。

ニ○リにありそうな緑のやつ。

隣の部屋なら違和感があっただろうが、この部屋の雰囲気ならそれはなく、むしろ相応とも言える。

 

それから隣には机。

部屋の大きさの割に小ぶりだが、ソファーとの兼ね合いもありバランスが取れている。

この部屋で食事をするわけではないだろうし、必要最低限と言った感じだ。

 

そんなふうにいくつか見ていると、どれも豪華とはかけ離れた、リーズナブルという言葉が似合うような空間だと思い始めた。

ソファーも椅子も机も、先程の部屋とは対象的にこじんまりとしていて、ちょっと安め。

 

「今度この部屋に主様をお招きしようと思ってるのよ。どう、、、その嫌だとか思われない?」

 

そう聞いてこのチョイスに納得した。

それからイプシロンは謎解きを始めるように声に色をのせ、

 

「ほら、主様っていつもあまり高級なものをつけていないでしょ。もちろん、それが世を忍ぶための演技だということも知っているわ。けれど、それにしたって主様の部屋にはものがなさすぎる。ということは──」

 

と、そこまで口にすると急に反転して俺に近づいてきて、、、っておいおいおい!

 

「──主様は高価なものがお気に召さない」

 

互いの吐息さえ聞こえるような超近距離。

耳元で紡がれる妖しい囁きは俺の脳髄を芯から刺激する。

身長が俺のほうが上な分上目遣いも相成って──

 

「と、思うんだけどヤハタはどう思う?」

 

けれどそれはたった一瞬の出来事。

彼女はすぐさま俺のもとから離れ、定位置なのか例のニ○リソファーに体重を預ける。

 

男は辛いぜ。

 

「いいんじゃねえの」

 

先程、割と吟味していたのだがそれをそのまま口に出せるほど俺は素直な人間ではない。

長年染み付いてきてしまった、純粋に人を褒められないという悪癖はいつまでたっても取れそうにない。

難儀なものだと自分では分かっているが、どうせ時間が解決してくれるだろうと勝手に思っている。

解決する兆しは一向に見えないけどな。

むしろ、解決させないほうがいいまである。

 

人は流れに乗って生きている。

考え方や性格なんてまさにそうだ。

年齢とともに経験が増え、価値観が変わっていく。

それをゆっくり待てばいいのであり、わざわざ意識的に帰るなんて不可能。

ソースは俺。

子供の時から何も変わっていない。

ん?あれれ~おかしいぞ〜。

年齢とともに価値観が変わっていくんじゃないのか?

子供の頃から変わらない俺って。

 

いや、忘れよう。

証明に例外を作らせない。

 

と、ひとり俺が矛盾から抜け出すと同時にイプシロンは立ち上がり、棚をあさり始める。

アレ、無いわねとかなんとか言いながら、やっとお目当てのものが見つかったのか茶色の段ボール箱を引っ張ってきて机の上にのせた。

 

ということはコレが──

 

「はい。持ってきて上げたわよ」

 

と、中から取り出したのは一枚の写真。

しかし、ただの写真ではない。

今の俺ひとりでは決して手が届かない至高の品なのだ。

なぜなら、コレこそが──

 

 

「ホント、ヤハタってシスコンよね。だって──シャドウガーデンにコマチちゃんのストーカーを頼むとか普通の兄ならありえなくない?」

 

コマチの日常が詰まっているからである。

 

「ストーカーとは外聞が悪い。見守っていると言え」

 

「犯罪者はみんなそう言うのよ。それに盗撮までしてくれとか、、、。まぁ、コマチちゃんは可愛いし分からなくもないんだけどね」

 

「協力してる時点で同罪と突っ込みたいが、コマチの良さがわかるから許す。コマチはちっちゃい頃から可愛くてな。今ではカワイイ、キュート、器量よしと3Kが売りなんだが昔は『おはし』が売りで──」

 

「い、いきなり目が輝き出したわね。てか、なにそれ聞いてない。教えて」

 

「いいだろう。コマチの『幼い、カワイイ、少女』伝説を語ってやる、、、ッ!」

 

いつぞや、といっても数十分前のことなのだが初めの方にこんなことを言ったことを誤解している人もいるかも知れない。

『そうですね、、、。いるとしたら、拠点だと思いますけど、任務中ではその限りでは無いですし』

『別にいないならそれでいいんだ。ただ、元気にしてるかと思って』

これの元気にしてるかと思って、という部分。

これはコマチが元気にしているかということであり、決してイプシロンのことではない!

コマチになにかあったらすぐに駆けつけなければならない。

 

だからこそ、俺は彼女と会い、そしてコマチの無事を確認したかったのだ。

ついでに、そろそろコマチ成分が不足してきたのもある。

体の半分はコマチからできていると言っても過言ではない。

それが足りないというのは人が水を飲まないのと同じである。

 

というわけで──

 

「でな、あの頃コマチは俺に抱きついてきて『お兄ちゃん、行かないで、、、!』って抱きついてきたんだよ。もうね、あの日のことはマジで忘れられない。今でも夢に見る」

 

「何その可愛い子ッ!ヤバい、今からでも抱きしめに行きたい」

 

「フッ、分かってないな。俺たちは触っちゃいけないんだ。あくまで、尊いものは尊いものとしなければならない。」

 

「盗撮は立派な犯罪よね」

 

「気にしたら負けだ。それにいいか──バレなければ、犯罪は犯罪ではない」

 

「──ッ!!」

 

その瞬間、イプシロンの胸が揺れた。

そのたわわな実に希望が宿ったかのように。

 

「そうよ、、、バレなければ何をしたって咎められないのよ!ありがとね、ヤハタ。おかげで自信がついたわ」

 

「お、おうそうか。なんの自信がついたかは知らんが良かったな」

 

「ええ!続きを語りましょう」

 

こうして、俺たちは外がオレンジ色に染まるまで話し続け、いい友達に慣れたとさ。

めでたしめでたし。

 

 

一方その頃。

 

「となり、うるさいわね。何を話してるんだろう。私も交ざりたいな──って、いけないいけない!原稿が間に合わないのよ!集中、集中っと」

 

予定通りカフェで書ききれなかった作家が、色んなものに邪魔されながら締切と戦っていた。

ちゃんと味わえなかったからにと入れた珈琲の湯気が、邪念すらもかき消してくれると信じながら。

 

 




そろそろ前日譚書き直すかも
優柔不断でほんとごめん
でも、アレは見てられない


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