あさおん☆魔術決闘ペニスフェンシング (大根ハツカ)
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1/12 チンコ☆なくなった
真面目な話なんです! 信じてください‼︎
ある朝、目が覚めるとオレは女になっていた。
「………………は?」
いやいやいやいや待て待て待て待て。
気が動転している。正気を保て。
動揺を抑え、一から朝の状況を思い返す。
と言っても、大した事はない。
目が覚めたら胸が圧迫されたかのように苦しく、よく見ると
「落ち着け……まだおっぱいがあるだけだ(?)。女になったって決まったわけじゃない。腫れてるだけって可能性もある……‼︎」
自分の声が思ったよりも高くて驚いた。
でも、まだ分からない。もしかしたら風邪かもしれない。そう現実逃避する。
ひとまず、胸を締め付けるパジャマを脱ぎ捨てた。
上の服と共に、徐々にズボンもずらし始める。
恐る恐る、
「…………デカいな」
オレの
デカいのは膨らんだ
そぉーっと、股に手を伸ばす。
ゆっくりと下された指先はやがて渓谷の底に辿り着き、そして───
───
何となく気付いてはいた。
だって、
ズボンを突き抜く感触がない。
のろのろとベッドから起き上がり、洗面台に向かう。
途中、床に放置されていた学生証を拾い、
洗面台に着くと、まず顔を洗った、
目が曇っているのなら洗い流す。まだ寝ぼけているのなら目を覚ます。ただ夢であれと一心に願いながら、顔を水に浸した。
そして、顔を上げた。
ボサボサだが艶やかな黒髪、シミひとつ存在しない白い肌、デカいとしか言いようがない
学生証にいた半目の男の面影はある。元々オレは女顔だったし。だけど、オレの顔はこんなに小さくなかったし、オレの腕はこんなに細くなかったし、オレはこんなに可愛くなかった。
とうとうオレは現実を認め、観念するように呟いた。
「これがニュースで言ってたTS病か……」
◆TS病とは、男性のホルモンバランスが崩れ、朝に目が覚めたら女性に変わってしまっている病気のこと。
◆正式名称は突発性性転換症候群。英語圏ではSudden Sex Reversal Syndromeと呼ばれている。
◆原因は未だ解明されていないが、有力な説としてウイルス感染説があり、感染経路は粘膜からの接触感染が濃厚だと考えられている。
ぼーっと歩きながら、視界の端で動画サイトを見る。
まるで空中に映像が浮かんでいるように見えるが、
つまり、コンタクトレンズ型のAR携帯電話である。この島──
視線で画面を操作するのが少し難しく、あまり人気ではないのだがオレは気に入っている。
動画をぱっと見た感じだと、TS病は今や男性の0.05%が罹患している感染症らしい。
0.05%と聞くと少なく思えるが、今の世界総人口が100億人で、男性がその半分の50億人いると考えれば、世界中に250万人は患者がいることになる。自己申告していない人も含めればもっとだ。
そして、男性がそれだけ女性に変わったという事は、結婚率やひいては出生率にもそれだけの影響が出ていると考えられる。死ぬ事はないらしいが、将来的な人口には大ダメージを与えているだろう。
そんな風に説明している動画を、現実感なく見ていた。
慌てて家を飛び出してしまったが、病院に行くわけにはいかない。動画によると、TS病だと診断された患者は特定の地域へ隔離されるらしい。まぁ、感染症なので当然なのだが。
だが、オレはある事情があって隔離される訳にはいない。
かといって、このまま大学に向かう訳にもいかない。声は風邪だと言って、顔はマスクを付けて誤魔化せるかもしれないが、このデカい
「なんかもう嫌になってきた……。おっぱいが揺れるせいでめちゃくちゃ視線を感じるし、しかもおっぱいの付け根は痛いし……」
男物のパジャマでうろついてるってのも理由なんだろうけど。でも、視線を感じるのは男性の割合が高いので
ブラジャーを買いに行こうか迷う。
ネットで注文してもいいのだが、それだと男性で登録してあるオレのアカウントがブラジャーの購入履歴によって変態へと変貌してしまう。
誰に見せるわけでもないのだろうが、それはちょっと避けたい。
というか、そもそもお金は払えるのだろうか。
今時、現金を持ち歩いている人なんかいない。ほとんどは生体認証による電子決済が基本だ。だが、今のオレの肉体は遺伝子レベルで変わっているんじゃないのか……?
「まさか無一文じゃないだろうな……」
つーか、生体認証が弾かれたら家の鍵も開けられないんだがどうしようか。野宿しかないのか。いつまでもパジャマのままだと補導もされかねないし、服とかもどうしよう。
これならいっそのこと病院に行った方がマシなんじゃないか? と、不安に襲われて空を見上げる。
空には三月なのに夏のように照りつける太陽と、
それこそは、この学術都市AIランドでも類を見ない程の科学技術が結集された超巨大建造物。
「安心してくれよ。テメェのお披露目までは、オレも粘ってみるからさ」
まずはブラジャーだ。
当たって砕けろ、と。デパートへと足を踏み出す。
◆AIランドとは、太平洋赤道域に浮かぶ常夏の
◆正式名称はAssembled Intelligence Island。21世紀後半に作られた、地球温暖化を食い止める為の近未来環境モデル都市が始まり。
◆今では自然科学に留まらず、あらゆる分野の科学者を呼び寄せ、世界中の研究機関を集積させた学術都市になっている。
無理でした。
海岸沿いで
案の定と言っていいのか、生体認証はどうやら今のオレでは反応しないようだった。つまり、オレの所持金はゼロだった。
機転を効かし、身につけていた幾つかの電子端末を質屋に入れたことで少々のお金を手に入れたはいいが、それも服を一式買うので使い切った。
そして、買った服も問題だった。
デパートで見たブラジャーは余りにも高かった。ブラジャーを買えば他の服を買えなくなるぐらい。
だからこそ、オレはブラジャーを諦めて近くで売っていた水着を購入した。それだけで
つまり、オレの今の装備はコンタクトレンズ型AR携帯電話、学生証、パーカー、水着、サンダルである。
痴女っぽいがまぁ大丈夫だろう。常夏の島あるあるで水着の女性なんてそこら中にいるし。
「さぁてっと、こっからどうすっかな……」
補導というひとまずの危機を脱したオレは、次の行動を考える。
衣食住の衣は手に入れた。次に必要なのは
寝床は最悪の場合は道で寝るとして、一番ヤバいのは
……友達の家に押しかけるしかない、か。
でも、オレが女になった
「くそっ、どっかにチンコ落ちてねぇかなぁ……」
「あるぜぇ〜」
「うぇっ⁉︎」
独り言に背後から答えがあり、驚いて飛び上がる。
そこにいたのはサングラスを掛けた茶髪の女。日に焼けた小麦色の肌に、それを水着と言えるのかってぐらいに小さい水着、腰には香水のようなものをぶら下げている。オレが言うのも何だか痴女っぽかった。
「キミも女になったクチっしょ?」
「…………っ⁉︎ なんで分かった⁉︎」
「立ち振る舞いが男丸出しだったからなぁ。チンコ探してんだよなぁ?
そう言って、女(?)は路地裏へと進んでいく。
追いかけるか、逃げるか。だが、相手の話ぶりだと彼女(彼?)もTS病患者なのだろう。情報はあるに越した事はない。
加えて、話が本当なら男に戻る方法を掴めるかもしれない。
「おい、アンタの名前は?」
「……アドゥルテル。
それ以降、アドゥルテルは喋ることなく黙って暗い路地を進む。
オレもその後も着いていく。
数分経っただろうか、アドゥルテルはとある廃ビルの中にズカズカと踏み込み、天井からぶら下げられた
「じゃーん、キミが欲しかったのはこれっしょ?」
確かに、それはチンコだった。
どっからどう見てもチンコだった。
だけど───
「───
◆ディルドとは、勃起した男性器を模した性具。張形、またはコケシとも呼ばれる。
◆主に、女性の自慰の道具として用いられる。性機能の衰えた男性が、自身の陰茎の代用として用いることも。
◆地域によっては、子供から大人になる性的通過儀礼の道具としての意味合いも持つ。
「うん? チンコが欲しいって言ってたっしょ?」
「いやそれは、男に戻りたいって意味であって欲求不満的な意味じゃねぇよ!」
オレからすればごく当然のことを言った。
しかし、アドゥルテルは首を傾げ、何かに気がついたみたいに目を見開いた。
「……どういうことだ?
「何言ってんだアンタ?」
「まさかっ、一般人か……⁉︎ そういや、TS病っていうのが流行ってたなぁ……‼︎」
「は?」
「悪い事をしたぜぇ。ごめんなぁ。でも、
「何を言って───」
オレの顔面スレスレが爆発した。
拳銃のような軽い音ではなく、落雷と言っても差し支えない轟音だった。
「あっ、…………あ?」
「……やっぱり精度は落ちてんなぁ。
思わず、尻餅をつく。
腰が抜けた。立ち上がることもできない。
魔術なんてオカルトは信じられない。今のだって、何らかの科学技術による現象なのだと信じている。
でも、だけど。
もしかしたらという疑念と、単純な死の恐怖によって、体が縛り付けられている。
「うん……? そうせいじ……キミが
尻餅をついた際にポケットから落ちたのだろう。
オレの学生証を見て、アドゥルテルは笑った。
「なぁんだ、謝る必要なんてなかったぜ。元からキミがターゲットだったんだからなぁ」
「……なにを、言ってる……?」
「
……その通りだ。
オレは宇宙エレベータ〈ネオアームストロング〉の設計を担当した。そして、宇宙エレベータはほとんど完成しており、お披露目自体もあと少しでだった。なのに。
(こんな、こんな所でオレは死ぬのか。ディルドに囲まれて……)
情けない死に方だ。
チンコを失って、偽物のチンコに囲まれて。
こんな場所で死にたくなんかない。
だけど、運命は人間を待たない。
アドゥルテルはオレの眼前にディルドを突き付けて言った。
「安心してくれていいぜ。女になったとはいえ、『射精魔術』は痛みもなくキミを殺せる」
直後。
白濁色の光がディルドに灯り───
ドゴアッッッ‼︎‼︎‼︎ と。
廃ビルの壁が横殴りに破壊された。
予想外の誰かによる介入だった。
土煙舞う瓦礫の上に、その少女は立っていた。
銀と言うには鈍く、灰と言うには艶やかな髪、鋼色の髪を腰まで垂らす魔女。
肌の露出は少ないにも関わらず、ボディラインの出る黒衣に身を包むことで、背徳的な
身に付ける装飾品は、右手の人差し指に嵌められた無骨な鉄の指輪だけ。華美な装飾なぞ一切ない。それはそうだ。
その美しさに、オレは見惚れた。
オレは声すら出せなかった。
だから、初めに反応したのはアドゥルテルだった。
「〈
「あら、その呼び名は聞き飽きましたわ。
コツコツ、と。
足音を鳴らせて少女は歩く。
少女の視線は鉄よりも冷たく、ギロチンのようにアドゥルテルの心を切り刻む。それは十三階段を登る心境にも似ていた。
「噂には聞いていましたが、本当に女性になっているようですわね。
「ぬかせぇ‼︎ 『射精魔術』を扱えない時代に置いてかれた魔女如きがぁ……‼︎」
アドゥルテルが手に持つディルドに白濁色の光が灯り、それが弾丸の形になって放たれた。
しかし、ヴィルゴはそれを躱すまでもなく、
「本当に
「…………殺すッ‼︎」
激昂したアドゥルテルは腰に携えていた瓶を床に叩きつける。
パリィンッ! とピンク色の液体が床にぶち撒けられた。同時に、変な匂いが廃ビル内に広がる。
「げほっげほっ、何だこれ……なんか甘い?」
「吸ってはいけませんわ。
ヴィルゴはオレを庇うように立った。
状況は何も分からない。ただ一つ分かるのは、ヴィルゴという少女は恐らくオレの味方だろうということだけ。
アドゥルテルはディルドを構え、呪文を告げた。
「聞け、我が目を受けし汝、魔法名
ピィン、と。
場の空気が張り詰める。
まるで
「ここから先は
「あっ、え? 何が、始まるんだ……?」
「魔術師同士の決闘となれば、ヤる事はただ一つですわ」
「始まりますわよ、〈
◆
◆これは性魔術を忌み嫌う魔女が、『射精魔術』なんて巫山戯たモノを絶滅させる物語である。
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2/12 ヘイ・ディルド・ディルド
魔術決闘://ペニスフェンシング
「始まりますわよ、〈
「……ぺにす、ふぇんしんぐ……????」
なっ、なんだそのトンチキな名前は……⁉︎
一旦、客観的にこの場を見てみよう。
床や天井に広がる魔法陣、廃ビルに充満するピンク色の煙。
中にいるのは三人の女、全員が薄着。
水着にパーカーを羽織っただけの女(オレ)。
超々ミニの水着を着てディルドを握りしめる女(アドゥルテル)。
ボディライン丸わかりの黒衣を纏った女(ヴィルゴ)←New‼︎
痴女の集会か……?
そんな風に頭を悩ませている間にも、アドゥルテルがぶち撒けたピンク色の液体は煙となって薄く広がっていく。
「なんだコレ? 体温が上がって、心臓がバクバクしてる。多分、血流も速くなってんな。興奮作用のある
「これは〈
「……名前自体は下ネタみたいなのに、理由はちゃんとしてることが分かった」
ヴィルゴが説明してくれるが、あまり頭に入らない。
どういうテンションで聞けばいいんだろうか。
美少女が真面目な顔で下ネタ言ってるのって逆に反応に困るな。照れていたらまだ興奮できたのだが、真顔すぎて医者の診察と同じ気分だ。
それは兎も角、魔術とかいうオカルトの真偽はひとまず置いておいて、魔術を使いやすくする為の補助器具みたいなものか。運動で言う所のドーピングが近いだろう。
「それだけじゃねぇぜ。〈
「オレもかっ⁉︎」
「いいえ。〈
アドゥルテルの言葉に焦るが、ヴィルゴに落ち着かされる。
……そのヴィルゴが余計な一言を付け加えるまでは。
「ただし、敗北時のペナルティが適用されることになったとしても大して変わりませんわ。
ピキッ、と。
アドゥルテルのこめかみに青筋が浮かぶ。
その一言は、魔術師の
「…………それは、〈
「ええ。挑戦者と被挑戦者、戦闘専門の魔術師と調薬専門の魔女、最先端の『射精魔術』と時代遅れの
「…………ッ‼︎」
直後。
ボボボボボッッッ‼︎‼︎‼︎ と。
ディルドから架空の熱量が出力される。
それも一撃ではない。
威力は一撃ごとが雷にも匹敵する。宇宙エレベータを設計する上で気象学にも精通する必要があったオレでさえ、そう思ってしまうほどの轟音と爆風であった。
ヴィルゴが行ったのは簡単なことだった。
まるで傘を作るように、人差し指で空中に逆三角形を描いた。ただ、それだけ。
それだけで、
「なぁッ……⁉︎」
「火の矢の雨……ソドムとゴモラを滅ぼした硫黄の火ですわね?」
「なぜっ、……なぜだぁ⁉︎」
「ですが、硫黄の火を落としたのは大天使ガブリエル。かの者は水属性が当てられていますわ。対して、貴方の
「アブラカタブラだとッ⁉︎ そんな初歩中の初歩でどうして天使の力を防げた……⁉︎」
「天使というネームバリューを過信しましたわね? 貴方の魔術は
一瞬の攻防。
しかし、それだけで両者の優劣が明らかになった。
アドゥルテルはギリギリと歯を食い縛り、ヴィルゴはそんな彼女の様子を嘲笑う。
「そんなッ、そんなはずはない‼︎ ボクはかつてハーレム50にも
「ええ、よろしくってよ。納得するまで試しなさい。貴方が絶望するまで待ってあげますわ」
再び、同じ光景が繰り返される。
アドゥルテルはディルドを振るい、ヴィルゴは逆三角形を描く。
アドゥルテルの口元がほんの少し歪んでいた。
宇宙エレベータの利権をめぐって、経済界の怪物共と交渉の場で鎬を削ってきたオレには分かる。あれは、何か秘策がある者のする顔だ。
オレには魔術なんてものは分からない。
今の一瞬だけを見れば、ヴィルゴの方が魔術の腕は上なのかもしれない。
だけど、彼女は言っていた。
だから、二人の魔術が発動する寸前にオレは動いた。
「あっ……、……え?」
パリィン、と。
ヴィルゴの魔術が砕け散る。
逆三角形の
弾け飛ぶ
ヴィルゴは呆然として避けることもできず──
──だけど、彼女は一切の怪我を負うことはなかった。
「あッッッがァァァぁぁぁあああああ⁉︎⁉︎⁉︎」
「ははははははははははははははははははッ‼︎ 人を守るはずの
熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱いッッッ‼︎‼︎‼︎
あたまがまわらない。
いたみでかんかくがまひする。
だけど、これだけはいわなくちゃ。
「…………な、ぁ、……ゔぃるご…………」
「喋ってはいけませんわ‼︎
「……オレが……ぐッ⁉︎ ……、コイツをとめる。から、にげろ」
「ぶははははははははははははははははははッ‼︎ ボクを笑い死にさせる戦略かぁ⁉︎ 哀れすぎるだろキミはさぁ‼︎‼︎‼︎」
…………なに、を……?
「〈
………………、…………。
「
罵声を切り裂く、誰かの声がした。
その誰かは、燃えるオレの体を気にせずに背負い、その熱に汗を垂らしながら階段を登る。
「
「いいぜ、逃げろ! ボクから背を向けて、ケツを振って無様になぁ‼︎ だが、分かってるんだろぉ⁉︎ 決闘空間からは逃げられない!
声が遠くなる。
視界が暗くなる。
意識が薄くなっていく。
だけど、最後まで胸に感じる誰かの体温だけは消えなかった。
◆
◆名前の由来は、ヒラムシの性行為。決闘の敗者は勝者の雌奴隷となり、女体化することから名付けられた。
◆勝者は敗者から生命力を搾り取り、簡単に強くなることができるため、現代の魔術師は魔術の研鑽よりも決闘に時間をかける。
「…………ぁ、…………?」
意識が、浮上する。
だけど、頭が回らない。
オレはうつ伏せで地べたに転がっていた。
腕に力を込めて上半身を起き上がらせ、周囲を見渡そうとし──
「〜〜〜〜〜〜ッッッ⁉︎」
「ちょっ⁉︎ まだ動いてはいけませんわよ⁉︎」
──背中を灼く痛みに襲われる。
しかし、痛みが気付け薬の代わりに意識をはっきりとさせた。
オレが失神する前までの記憶を思い出す。
うつ伏せのまま、疑問に思ったことを尋ねる。
「……アドゥルテルはどうした?」
「天井に設置してあったディルドを一つずつ外していますわ。恐らく、次からは浮遊して自律稼働するのでしょうね」
今までは攻撃の方向は一定だったが、次からはそれすらも立体的にぐちゃぐちゃになるのか……。厄介だな。
「そんなことよりも貴方、背中は大丈夫なんですの?
「あー、痛いけど問題ねぇよ。今、
「…………現代の『科学』はそんな事もできますの?」
「これぐらい大した事ねぇよ。脳科学が専門じゃないオレでも出来るんだ、この島じゃそう珍しいことじゃねぇ」
特に、ウチの大学じゃ疲労を感じさせず研究に没頭できる点滅のさせ方が電子ツールになって配布されていた。……一部のバカはそれを更に
「よく分かりませんが、痛く無いのなら良しとしますわ。
ヴィルゴは儚い笑顔でそう言った。
ダメだ、そう思った。
内から溢れる衝動に任せ、頭よりも先に体が動いた。
「待てよ」
痛む身体を無視して。
震える膝を誤魔化して。
オレは無理矢理に立ち上がった。
「あっ、貴方⁉︎ 起き上がっては……‼︎」
「テメェじゃ勝てねぇんだろ?」
「……………………、なんのことですの?」
「惚けてんじゃねぇぞ。理由は分からねぇが、テメェの
「………………いえ、勝ち目ならありますわ。〈
「そんなルールがあるなら相手も警戒してるに決まってる。その上でゆっくりしてるって言うなら、制限時間まではまだまだなんじゃねぇの?」
図星を突かれたのか、ヴィルゴはたじろぐ。
「何を焦ってる? 勝ち目がないのに戦いに挑むとか負けるつもりなのかよ…………いや、待てよ?」
「………………勘がいいですわね」
〈
決闘空間からは決闘が終わるまで出られない。
決闘に敗北してもオレはペナルティを受けない。
だとすれば……。
「
ヴィルゴは何も答えない。
その代わり、笑顔でこう言った。
「背中に空を飛ぶ膏薬を塗っておきましたわ。ピンク色の煙が晴れたら、空を飛んでお逃げなさい。痛みが引いたのなら逃げられるでしょう?」
それは、少女の健気な献身で。
それは、魔女のせめてもの償いで。
彼女は自らの身を犠牲にしてもオレを助けようとしてくれた。
だって、それ以外に助かる方法なんてないのだから。
「だからッ、待てっつってんだろうがッ‼︎」
「なっ、なんで……?」
「何が?」
「貴方はただ巻き込まれただけですわよ……⁉︎ この真っ暗な業界とは何も関係ないですわ‼︎ なのに、どうして……‼︎」
「あぁ⁉︎」
なんかイラっとした。
オレは逆ギレのように怒鳴り返す。
「どうしても何もねぇよ! オレのために女の子が一人死ぬんだぞ⁉︎ そんなもの許せるか、そんなもの見過ごせるか‼︎
オカルトのルールなんて知らない。
まだ背中は痛いし、恐怖は消えない。
今だって震える足で逃げ出したいと思ってる。
でも、だけど。
泣く事もできない少女の透明な涙を拭えるのなら。
「オレたち二人でディルド野郎を倒すぞ」
◆
◆規則の一。決闘空間は挑戦者の宣誓と、
◆規則の二。対戦相手の指定は、挑戦者が決闘空間内にいる相手を宣誓時に視認することで決定される。
◆規則の三。決闘空間内では、決闘する両者は対戦相手以外からの外的要因での干渉を無効化する。
◆規則の四。制限時間は使用した
◆規則の五。戦闘区域は地形によって決定され、制限時間終了か勝敗が決まるまで出ることはできない。
◆規則の六。
◆規則の七。敗者は約一日間
「それで? 何か策はありますの?」
「ないね。そもそもルールさえ良く分かってねぇのに思い付く訳ねぇだろ」
オレの発言を予想していたのか、ヴィルゴは期待外れのような顔をすることなく、何やら考え込んでいる。
現在、オレ達は作戦会議を行っていた。
アドゥルテルがこの階に乗り込んで来るまでの短い間、ヤツを打倒するための方法を探っている。
そこでふと、疑問に思ったことをヴィルゴに尋ねる。
「……そもそも、アンタは何ができるんだ?
「
「『類感』と『感染』……?」
「ええーと…………めんどくさいですわね。それは後から説明しますわ。兎に角、
オレからすればそれも凄いものに思えるが、なぜかこちらの魔術が無効化される状況じゃ大した意味がない。
困ったものだと頭を悩ませる。
「……そういう貴方は何ができますの?」
「見ての通り何も出来ねぇよ。この
「ふふん。あらあら、随分と役立たずですわね…………………………いえ、お待ちくださいまし」
ヴィルゴは、ハッとした顔でこちらを見つめる。
そして、今までで一番動揺した震える声で呟いた。
「
ヴィルゴが見つめる先は彼女の腕を掴む右手。
勝手に戦いに行こうとする彼女を
「は? 何を言ってんだ?」
「〈
そうか、彼女の手を掴むのも、アドゥルテルの攻撃を防ぐのも、対戦相手以外からの干渉に当たるのか。
考えてみれば、当たり前。だが、今更な疑問が浮かぶ。
オレが襲われた理由は宇宙エレベータ〈ネオアームストロング〉
(……オレ自身に魔術に関係するナニカがあった……?)
ヴィルゴの腕を離し、思わず自分の掌を眺めてしまう。
「…………儀式に介入できる特殊体質……? いえ、ですが〈
ヴィルゴもヴィルゴで、考えが纏まったようだ。
その目には、先ほどまでの敗北を覚悟した悲壮感はない。
瞳の奥に宿るのは、勝ちを確信した絶対的な自信だった。
「貴方のその『
「いいよ、何でも言ってくれ」
ヴィルゴは「何でも」という言葉を聞いてほくそ笑んだ。
その顔は、まさしく魔女に相応しい悪辣さであった。
「では、文字通り
◆類感と感染とは、魔術を成立させる基礎となる二つの原理のこと。全ての魔術は大雑把に分類すると、この二つに分かれると言う。
◆類感とは、形の似たもの同士は相互に影響し合うという原理。身近な具体例で言うと、てるてる坊主を吊り下げることは、太陽と似た形を作る事で晴れを呼ぶ儀式である。
◆感染とは、一度接触したもの・一つのものであったものは相互に影響し合うという原理。身近な具体例で言うと、卒業式に第二ボタンを渡すことは、心臓に近い胸と接触していたボタンを渡す事で繋がりを強固にする儀式である。
ペタンペタン、と。
アドゥルテルは一歩ずつ階段を上がる。
その周囲には、アドゥルテルを守るように空中を浮遊して飛び回る
そして、階段を登った先には魔女が待ち構えていた。
「随分と遅かったですわね。遅漏は嫌われますわよ?」
「まだ男を経験しても無い
邂逅一番、悪態を交わす。
既に対戦相手と話すことはない。
そんな余地があるのなら決闘は始まっていない。
「
「あらあら、自らの欲を満たすことしか能がない
「魔女がよく言うぜぇ。オナニーを繰り返してんのはキミ達の方だろうがぁ。処刑される魔女の特徴を忘れたとは言わせないぜぇ?」
「それは魔女狩りの言いがかりだと知りませんでしたの〜〜〜? 伝統のない新米魔術師は随分と無知ですこと」
「減らず口を叩くなぁ、
だからこそ、これも単なる挑発ではない。
魔術とは、魔術師の精神状態に大きく左右される術である。つまり、
「分かっているじゃありませんか。〈
「考えるまでもないぜ。当ててやる、
「…………っ⁉︎」
「いかにも古臭い魔女の末裔が考えそうなことだぜぇ‼︎ 時代は既に移り変わってるっていうのになぁッ‼︎」
言葉と同時。
見破られたヴィルゴが動揺する隙を突くように、一斉に全ての
そして、息をつく暇もなく戦いの火蓋が切られた。
ボボボボボッッッ‼︎‼︎‼︎ と。
一発ごとに天使の力が込められた、ソドムとゴモラを滅ぼした硫黄の火。ヴィルゴの魔術を無効化する浄化の火。
対するヴィルゴは、人差し指から指輪を外す。
そして、彼女を襲う弾幕に指を差した。
「………………は?」
「貴方の魔術無効化術式の
呆然とするアドゥルテルを放って、ヴィルゴは当然のように相手の魔術を指摘した。
「一部の地域では、処女が性交の際に出す血を
「それが分かったからと言って、キミには何もできない‼︎ そのはずだぜ⁉︎」
「魔女の人差し指は呪い指。
「それに何の意味が──」
「分かりませんか?
「…………ッッッ⁉︎」
アドゥルテルは悔しさを滲ませて拳を握る。
本来ならば、こうも上手くはいかない。
呪いとは穢れそのものだ。ディルドから放たれた魔術を呪った所で、呪いが無効化されて終わりだ。
だけど、例外はある。
ヴィルゴとアドゥルテルでは魔術の腕が段違いだった。魔術の発動までの時間に大幅な差があった。それこそ、
「……まだだぜッ‼︎ キミが呪えるのはディルドから放たれた魔術のみ! ディルド自体を呪うことはできない! 後は手数の問題だぁ‼︎ 指一本しかないキミと違って、こっちには全部で100本の
100本の
ただでさえ脅威であるその数の暴力は、〈
〈
そして、アドゥルテルの
「さぁ、いつまで保つのか見物だぜぇ‼︎」
「させるとお思いで?」
ボフッッッ‼︎ と。
足元から白い煙が広がる。
アドゥルテルは反射的に口元を押さえた。
魔女の粉薬。力量差を見せつけられて揺らいだアドゥルテルの魔術を前に、ヴィルゴが用意した秘密兵器。
(毒かぁ⁉︎ 心を整えろ‼︎ まだこちらが優勢ッ、浄化術式を絶やしさえしなければ問題なく勝てる相手だぜぇッ‼︎)
展開していた
魔術を無効化する術式でその身を守る。
そして──
「───残念、
「…………ッッッ⁉︎⁉︎⁉︎」
虚空から突然に現れたように見えただろうが、実際はそう不思議なことじゃない。
加えて、白い煙での目眩しはアドゥルテルの視界を妨害するが、オレの
そして、
死角から来たる第三者。
背中を走る赤い
あり得るはずのない『
度重なる混乱に、アドゥルテルは思考が止まる。
そんなアドゥルテルにもう一撃加えようと、オレはナイフを振るい──
──ゴッ‼︎ と。
「ごがっ、げばあ⁉︎」
「セージ‼︎」
何度も見た
アドゥルテルの思考が止まっていたからか、それとも別の要因のせいか、オレを襲ったのは飛行する
しかし、それでも巨大な鉄の塊にぶつかったと錯覚するような威力を感じた。まるで、前世紀に存在した交通事故のようだ。
「……どういう
アドゥルテルは戦闘専門の魔術師。細かい理屈を後回しにして、頭を切り替え混乱から回復することができる。
「自信満々だから何か策があるのかと警戒していたが、こんな物かぁ……。もう終わりだぜ、〈
「ええ、終わりですわよ。……
「────は?」
その瞬間、アドゥルテルの瞳は不審な動きを捉えた。
それは、オレの手にあるもの。
すなわち、
「………………おい、待て」
一番初め、この廃ビルに入った時。
オレはアドゥルテルにディルドを渡された。
恐らく、ヤツはオレが同じ境遇の魔術師なんだと誤解したのだ。だからこそ、そんな風に親切を働いた。
アドゥルテルが使うディルドは量産品。100本のディルドに個体差などなく、
加えて、ディルドに巻き付けられた紙には、
「待て待て待て待て待て待て待て待てぇぇぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッッッ‼︎‼︎‼︎」
「うるせぇ、とっとと
バギィッ‼︎ と。
同じ形のディルド。
術者のものであった血。
『類感』と『感染』、二つの原理は満たされた。
よって、ここに一つの
これこそが、ヴィルゴの考えた策。
オレが不意打ちの魔術でアドゥルテルを倒すというもの。
魔術師として
術式として近いのは、丑の刻参りらしい。藁人形の中に対象の髪を入れ、それを釘で打つことで呪いをかける魔術。これは、藁人形と人間という『類感』の原理と、対象の髪という『感染』の原理を利用している。
今回の魔術は、丑の刻参りを同じ形のディルドという『類感』の原理と、術者の血という『感染』の原理で置き換えただけだ。そして、魔女じゃないオレの魔術を、アドゥルテルは無効化できない。
「はぁはぁ……ヤッたか?」
「ええ、ヤリましたわ。〈
ドサッ、と。
アドゥルテルは地面を膝につき、涎を垂らして白目を剥いている。何処からどう見ても意思がない。
最後に、敗北したアドゥルテルに向かって、ヴィルゴは吐き捨てるように言った。
「もう聞こえてないでしょうが、貴方の敗因は
◆
◆
◆ただし、本当に
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3/12 ヤリサー襲来‼︎
おかしい、こんなに書くはずでは……‼︎
「…………30分遅刻、お寝坊さんですわね」
「テメェが用意した服が
水着の代わりに外で歩きやすい服を用意してくれって言ったのに、なんで
超々ミニの水着を着てたアドゥルテルといい、魔術師には露出狂しかいねぇのか⁉︎
お陰で、着るかどうかで30分悩んだ。結局、昨日と同じで水着パーカー痴女スタイルに落ち着いたのだが。
「……ま、服を買ってくれたこと自体は感謝しとく。あと、ホテル代と飯代も。金は絶対に返すから」
「気にしなくていいですわよ。巻き込んだのはこちら側ですし。それより、貴方の家まで帰せなくて悪かったですわね」
「そりゃ仕方ねぇよ。オレの家は機密も多い関係上、セキュリティランクが
現在、オレ達は空港付近のショッピングモールにいた。
空港付近は丸々一帯が観光特区となっており、このショッピングモールにも1000を超える免税店が軒を連ねている。そのため、この辺りはいつも大量の人で混雑している。
人が多いということは、人混みに紛れやすいということだ。オレ達は魔術師の追手から身を隠すためにここへ来ていた、のだが──
「──人がっ、多すぎますわっ⁉︎」
「来週の日曜から
「知ってたらっ、こんな迷子になりそうな場所には来ませんでしたわよっ! だいたい貴方、TS病とやらに感染してるのでしょうっ? こんな人混みにいて大丈夫ですの⁉︎」
「感染防止用の抗菌薬を飲んでるから唾液中のウイルスは死滅してるし、そもそもTS病の感染力は飛沫感染するほど強くねぇよ」
「うぅっ、人混みに流されますわぁぁぁ‼︎」
「テメェが尋ねたんだから聞けよ! ほら、手を取れ。ヴィルゴはケータイ持ってねぇんだから、逸れたら一巻の終わりだぞ」
右手を差し出して言う。
ヴィルゴはオレの
「なんだ照れてんのか?」
「違いますわよっ! 魔女としてッ、魔術的に重要な意味を持つ手を預けていいのか迷っただけですわっ‼︎」
「なら服の袖でも掴んどけ」
ヴィルゴは葛藤するように表情を変え、渋々とでも言いたげにちょこんと後ろからオレの裾を掴む。
じわり、とヴィルゴの指先から汗が裾に滲む。それを見て、ぽろっと本音が溢れる。
「……汗っかきなんだな」
「デリカシーがありませんわねこの男……‼︎」
おっと、マズイ。怒らせたっぽい。
しかし、そうは言いながらヴィルゴは裾から手を離すことはないので、そこまでの怒りではないのだろう。
「……貴方、
「
「しかも
こちとら未知の生物には目がない生粋の科学少年だ。
ツチノコとか河童とか、ワードだけでもう心惹かれる。魔女もまあそこら辺と大体一緒だろう。
それで? と、目で話の続きを促す。
「…………
「へ〜」
「信じてなさそうな声ですわね⁉︎ ほっ、ほんとですわよ‼︎ 現にっ、
「しお?」
「………………………………………………、この話はやめにしましょう」
気まずい沈黙が支配する。
話を逸らすため、さっきから気になっていたことを尋ねる。
「本当に歩いてるだけでオレ達の痕跡を消せるのか?」
「いいえ、痕跡を完全に消すことは不可能ですわ。魔力の痕跡は、匂いのように残り続けますもの。『科学』でも、匂いを完全に取り除くのは不可能でしょう?」
「いや、最近の消臭剤ならできるけど」
「………………そもそも、占いなどは回避不可能ですものね」
誤魔化したな。
完全消臭を謳っている消臭剤なんて、今時珍しくもない。コンビニでいくらでも売ってるし、今では完全消臭は当たり前の前提として、除菌などの付加価値を付けて売っている。
完全消臭するだけの液体なら、オレだってデパートにある材料だけで作れる。
「じゃあ、今は何をやってんだ?」
「この人混みにいる者全てを
「伝わらねぇな」
「……日本人がみな知っている行事ではないですのね。ええと、身代わり人形みたいなものですわ。『感染』の応用で同一人物判定をさせているだけですが、ばら撒けば多少の時間稼ぎにはなりますわ」
ネットセキュリティ会社を立ち上げたヤツに、似たような話を聞いたな。
インターネット上に公開されたデータは、完全に消すことはできない。故に、ネット上に流出した機密情報を本気で隠したいなら、大量のダミー情報をばら撒いた方が確実だと。
『科学』も『魔術』も、極めれば行き着く先は同じ場所になるのだろうか。
「随分と念入りなんだな」
「当然でしょう。セージ、昨晩アドゥルテルから聞き出したことを忘れましたの?」
もちろん、忘れちゃいない。
だけど、忘れていたかったのは事実だ。
なんせ──
「
◆AIランド
◆「宇宙と人間が共存する未来世界」が博覧会統一
◆万博マスコットとして、コスモソーセージくんが存在する。このキャラについて、モデルであろう天才少年科学者はノーコメントを貫いている。
話は昨晩まで遡る。
アドゥルテルは『灰』の魔術師……お金で依頼を受ける傭兵みたいなヤツらしい。
ヴィルゴは
「依頼者の名前、もしくは勢力は知りませんの?」
「…………負けた時のため……、……個人情報は聞かないようにしてるぜ…………」
「用心深いですわね。では、依頼内容は?」
「…………依頼内容……それは、『
「…………ッッッ⁉︎」
オレからすりゃ驚くまでもない当然の言葉。そんな事だろうと、状況から察することができる。
オレの命が狙われているという状況に竦むことはあれど、反応はそれ以下でもそれ以上でもない。
だが、ヴィルゴは大きく表情を変えて驚いた。
「何を驚いてんだ? コイツは宇宙エレベータが目当てで、設計者のオレを狙ってるんだ。それを防ぎにお前が来たんじゃねぇのかよ」
「ええ、
「……は? そもそも『黒』って何だ???」
「魔術優生思想、
「………………待て、確かに不自然だ」
目的は宇宙エレベータの破壊か利用。
だとしたら、オレを殺す必要はない。
何故なら、『黒』とやらがオレを狙うのはオレが宇宙エレベータの設計者だからだ。もっと言えば、オレの頭の中にある設計図に宇宙エレベータの脆弱性が記してあるからだ。
破壊と利用のどちらが目的だとしても、達成には宇宙エレベータに侵入するのが最短ルート。しかし、『科学』に疎い魔術師は宇宙エレベータの最新セキュリティを突破できない。故に、オレの設計図があって初めて侵入経路が考案される。
つまり、宇宙エレベータの設計図を必要とする『黒』がオレを殺そうとするはずがない。
「頭の中を読み取る魔術を使っていた……いえ、それは有り得ませんわね。アドゥルテルはそこまでの力量を持った魔術師ではありませんわ。だとすると………………これは、つまり、ピラミッドの設計者を王の副葬品として埋めるようなものですわね」
「どういう、ことだ?」
「ですから」
ヴィルゴは目を伏せて言った。
「貴方の持つ設計図を『黒』に渡さないために貴方を殺す。これは『白』の……
「………………………………あ?」
思考が、止まった。
犯罪者にも、正義の味方にも命を狙われる状況。
警察に見捨てられたと言えば、状況が最も近いのだろうか。
「
「おま、えも……『白』ってことは…………」
「……
「…………っ‼︎」
目の前の少女が敵に回る。
絶対的な味方だと盲信しかけていた魔女を失う。
それが、何よりも恐ろしい。
「で・す・が」
「へ?」
「無辜の民を守るためとはいえ、何の罪もない貴方を殺すなんて気に食わないですわね。
「…………ッ‼︎」
溢れそうになる涙を堪える。
魔女が女神のように見える。喜びたい。彼女に全てを預けて、眠ってしまいたい。
だけど、この小さな少女に縋ってはいけない。背中の火傷がジクジクとそう訴える。
たった一人の魔術師との戦闘だけで、彼女は負けかけた。これ以上の負担なんてかけさせられねぇ。
「オレを見捨てろ、ヴィルゴ。オレのために人生を棒に振るなんて……‼︎」
「
「そんなのオレだって知るかバーカ‼︎ テメェの人生をめちゃくちゃにして生き残っても何も嬉しくねぇつってんだよッ‼︎」
「はぁぁぁぁぁッッッ⁉︎
「なーにが助けて
直後。
ジュワッ‼︎ と、閃光が瞬いた。
眩い閃光に目を灼かれ、周囲が見えなくなる。
最初、状況が何も分からなかった。気付いたらオレは尻餅を付いていて、燃える臭いが鼻につく。
つまり、それはヴィルゴの視線がオレの髪を焼いた音だった。
「なに、を」
「外送理論。端的に言えば、目から出た光──
「………………………………、」
「そ・れ・で、
ヴィルゴは笑いを含ませた声で告げる。
怖い。勝ち目が見当たらない。膝が情けなく震える。
でも、それでも。
オレだってここは引けない一線だった。
「………………それでも、オレは……‼︎」
「そもそも、人生を台無しにというのは勘違いですわよ」
「あ?」
「『白』による貴方への刺客は一時的なもの。『黒』の主犯格が討伐されるまで時間稼ぎをすれば、貴方も
「…………なんだ、よかった」
安堵と共に体から力が抜ける。
地面にへばりつくように横たわる。
良かった。この少女がオレなんかの犠牲にならなくて良かった。
「あぁ? てことは、オレたちは刺客とやらを撃退するだけでいいのか?」
「そうですわ。恐らく、一週間もかかりませんわよ」
「そりゃ嬉しい。来週の日曜日までに終わってくれたら万々歳なんだけどな」
「だから安心してくださいませ」
ヴィルゴはオレの頭を撫でると、子供を寝かしつける母親のような優しい声でこう言った。
「『黒』だろうが『白』だろうが、全部
◆魔術師の勢力は、大まかに分けて白・黒・灰の三つに分類される。魔術業界の九割以上が、いずれかの勢力に属する。
◆『白』とは、魔術の悪用を罰する
◆『黒』とは、666の
◆『灰』とは、白にも黒にも属さず、報酬によって動く
「忘れちゃいねぇよ」
「それならば構いませんが」
話は戻って現在。
ヴィルゴの注意を突っぱねる。
でもまあ、気を抜いていたのは確かだ。
そんなオレに釘を刺すように、ヴィルゴが口を挟む。
「油断禁物ですわよ。次の刺客は既に来ていますわ」
「はあ⁉︎ 言えよ‼︎」
いつの間に⁉︎
反射的にキョロキョロと辺りを見回しそうになる頭をぐっと堪える。魔術で追跡を誤魔化したからと言って、普通に目立って良い理由にはならない。
代わりに、ヴィルゴを非難するように睨む。
対して、ヴィルゴは片手で右眼を抑え、虚空を見つめるように目を凝らす。眼を抑える手の指の間からは、青白い光がほのかに零れていた。
「目から光? それも外送理論とかいうヤツか?」
「正解ですわ。
発光バクテリアみたいなものだろうか。
視線を別の生物の光で代用できるのならば、機械的に視線の光自体を再現できるかもしれない。
「『白』からは
「何も分からねぇわ」
「あー……、
「…………マズイんじゃねぇのか?」
魔術無効……魔術師の天敵か。
これは天才科学者たるオレの出番かな?
「ですが、魔術が使えませんのでそもそもAIランドに不法入国できませんわよ。空港の検問で引っかかっているのが見えますわ」
「馬鹿なのか?」
オレの出番じゃなかった。
当たり前と言えば当たり前なのだが、
ましてや、剣や鎧を持った不審者が検問を通れるはずもなく。
「
「ってことは、残るは『黒』の…………あ? ヤリサーっつってたか、お前???」
「
「待て待て待て待て、まだ飲み込めてねぇぞオレは」
ヤリサー? 何でヤリサー?
謎の魔術用語に紛れ込んでいて反応するのに遅れてしまった。だが、明らかに頭のおかしい下ネタがそこにはあった。
「現代の魔術とは即ち『射精魔術』なのですから、魔術結社がヤリサーになっても不思議ではないですわよね?」
「不思議だぞ⁉︎ 聞いてるだけで性病とか怖くなるわ‼︎」
「細菌やウイルス由来の病気であれば、虫除けの術式で死滅させられますわ。魔術師は基本、病気に罹らないですわよ」
もういいですか? と、迷惑そうに瞳が語る。
良くはないのだが、これ以上聞いた所で理解できそうにないので諦めて頷く。
「〈
「うん」
「
「うん。…………うん??? やっぱ説明してくれ。ハーレムってなに???」
ハーレムって、確かアドゥルテルも言っていたような。
確か、アイツは自分を元ハーレム50の実力だと言っていた。文脈的に言えば、戦闘力みたいなものだろうか。
「はぁ……面倒くさいですわね。ハーレムとは、保有する雌奴隷の頭数を表す指標ですわ。つまり、〈
「500人の魔術師を下したヤツらってことか……⁉︎」
「加えて、敗者たる雌奴隷はその魔力を勝者に供給しますわ。『射精魔術』使いは世界中に5万人程いると言われていますので、〈
「…………ッッッ‼︎」
強力な敵、加えて一対七。
敵を倒す
思わず、弱音が零れ落ちた。
「勝てる、のか……?」
「楽勝ですわよ」
あっさりと。
ヴィルゴはそう述べた。
「強いと言っても、それは〈
「だっ、だけど一対七だぞ⁉︎」
「決闘空間内では強制的に
「…………‼︎」
そう、か。
そうだな、オレたちは一蓮托生。
ヴィルゴが勝てると言ったのならば信じる他あるまい。
「あっ、この位置でしたら……ここから見えますわよ。窓の外、ビルの屋上にいるのが〈
「確かに見え──────オイ、ヴィルゴ」
「?」
「アイツら、全員顔同じなんだけど」
「────ええっ⁉︎」
ええっ⁉︎ じゃねぇよ。
既に想定外が起こってんじゃねぇか‼︎
「兄弟……? それにしちゃあ、全員似すぎてるな。クローンか?」
「なっ…………なぁッ⁉︎ 同一人物判定を誤魔化していますわぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎‼︎‼︎」
「うるせぇッ⁉︎」
あっ、ヤバ。目が合ったんだけど。
流石に騒ぎすぎたか。
「どどどどどどどっ、どうしましょう⁉︎ 『
「オイオイ、その場合〈
「決闘に介入可能ですわ‼︎ 作戦変更ッ、決闘空間を構築されたら二対七になって終わりですわよ⁉︎」
逃げるか? いや、既に見つかっている。ヴィルゴがやっていた小細工が、見つかってからも効くのかは分からない。
それに、振り切って追撃をビクビクと怖がるよりも、ここで叩いておいた方がいいか。
「ディルド壊した時みたいに、一人撃破したら他のヤツも倒せないか?」
「そんなの相手も分かっていますわ‼︎ ですからッ、呪いやペナルティは波及しないように調整してあるに決まってますわよ‼︎」
考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ。
今ある手札。既に得た魔術の知識。オレが生涯をかけて学んだ『科学』を掻き集めろ。
戦えねぇ癖に頭さえ働かなかったら、本当にオレは邪魔なだけのデクの棒だ。天才と呼ばれた頭脳を
(魔術的な
〈
思い返せば、
オレたちだけが律儀にルールを守る必要はない。オレは『
「なぁ、ヴィルゴ。アイツらが来るまでの猶予は?」
「3分ほどなら誤魔化せますが…………は⁉︎ 迎え撃つ気ですの⁉︎」
3分……ギリ間に合う、か?
いや、やるしかねぇ。
「3分クッキングだ。デパートから材料を現地調達すりゃあ大丈夫だろ、多分」
ヴィルゴは不安な顔をする。
それはそうだ、魔術師の脅威を知らない素人の言うことなんてすぐには信じられない。だけど、今は作戦を説明している暇はない。
だから、オレは安心させる為に強気の台詞を吐いた。
「ルールの
◆
◆規模は大小様々で、3人の所もあれば100人を超える所まである。表社会では会社として存在している結社も多く、拠点は世界各地を転々とするのがスタンダード。
◆基本的に
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4/12 ルールの穴をズッコンバッコン
「次ハ何処デ曲ガル⁉︎」
「アッチダ‼︎」
ドタドタドタドタ‼︎ と。
慌ただしい足音がデパートに響く。
二人の男が廊下を走っていた。
男の片方は
そんな彼らこそ、
男達の顔は双子のようにそっくりであったが、彼らに血縁関係も何もない。彼らは整形して
そして、それは『類感』によって同一人物判定を誤魔化すためであった。この裏技による強制的な物量戦こそ、彼らが魔術世界の1%を占有するに至った理由である。
「気合イガ入ッテルナ」
「他ノヤツラニ先ヲ越サレルワケニハイカナイ!」
二人の男は
そこは人のいない寂れたゲームセンターだった。埃こそ被っていないが、人がいないのにも納得できるほど薄暗くて寒い。
しかし、男達は怪訝な顔でそのゲームセンターを除く。ゲームセンターの中には、誰もいなかった。
「本当ニココナノカ?」
「…………ソノ筈ダ。首領ノ魔術ハオ前モ知ッテイルダロウ?」
〈
そんな〈
今回の襲撃にもその魔術は使用されており、一時的に妨害されるも、視認によるマーキングと合わせて成功したはずだった。
周囲を警戒しながら、男達は一歩ずつ歩みを進める。
一歩、一歩。ゆっくり、ゆっくり。
やがて、
あと三歩、二歩、一歩。
そして───
「マサカ天井ニッ────⁉︎」
「────よお、待ちくたびれたぜ」
奇襲。
それも、こちらの魔術を完全に理解された上で、相手の戦術に取り込まれた。
いつの間にか、男の足は
いいや、いつの間にかではない。
雷光の正体は
魔術師を包む強力な加護さえ貫く、法規制を完全に無視した致死性たっぷりの改造品である。
男達がその一撃で沈むことはなかったが、後一撃食らえば終わる。そう確信するほどの威力だった。
男達の思考は止まった。
もう少しでも距離があれば、また違ったのかもしれない。だが、
突然の危機的状況と考える時間の無さ、二つが合わさって男達から冷静さは奪われた。
片方の男──股間丸出しの方──は何もできずに硬直した。いわゆる
もう片方の男──チンコ蝶ネクタイの方──は反射的に〈
チンコ蝶ネクタイ男の行動は、咄嗟の判断としては満点に近かった。
決闘空間を構築することで他者からの攻撃を無効化し、自身の魔術を底上げする。投げた瓶が即座に割れるように、最短距離の真下を狙って投げたことも、いつもならば最適だった。
ただし、一つだけ減点箇所があるとするならば。
「────ア?」
「まずは、一人」
◆規則の四。制限時間は使用した
瞬間。
蝶ネクタイが床に落ちた。
男は全身に気怠さを覚え、何故だろうと落ちた蝶ネクタイを目で追う。
しかし、床を見るまでもない。即座に視界に入った
そして、彼は少し遅れて現実を理解した。
つまり、
もはや、彼をチンコ蝶ネクタイ男と呼ぶことはできない。
即ち、
男は雌奴隷へと
「ナッッッ⁉︎⁉︎⁉︎ 何ヲシタ……⁉︎」
「たった一滴の〈
「挑戦者ヲ押シ付ケッ、
「カタコトで喋んな、聞き取りづれーよッ‼︎」
そんな相方の醜態を見て、股間丸出し男は硬直から解放される。
同時、
しかし、股間丸出し男の行動はそれよりも速かった。
目の前で起こった失態を反面教師にし、後方へ〈
「聞ケッ、我ガ目ヲ────、────ッッッ⁉︎」
「声が出ねぇだろう?」
◆規則の一。決闘空間は挑戦者の宣誓と、
「ッ──、────ッッッ⁉︎」
「声ってのは声帯を震わせて出すモノだからよ。それを相殺するような逆位相の音波をぶつければ、テメェの
地面に転がっている音楽プレイヤーと、それと有線で繋がった指向性スピーカー。
天井に設置されたプロジェクターやスタンガンと共に、
宣誓できなければ、決闘は始められない。
「とっとと
「────ッ‼︎」
バチィッ‼︎ と電撃が弾ける。
…………しかし。
これこそは魔除けの術式。
虫除けの術式と同じく、意識せずとも常時展開される不随意魔術の一種。
股間丸出し男は魔力の大半を注ぎ込むことで、その無意識の
(
股間丸出し男は右腕に全ての魔力を込め、力一杯振りかぶり──
──パシャッ、と。
股間丸出し男は頭から透明の薬品を被った。
「────ッッッ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ⁉︎⁉︎⁉︎」
「うわー、えぐ……」
薬品を投げたのはヴィルゴだった。
股間丸出し男はこの戦いが一対一ではなく、一対二だという事を失念していた。そもそも、〈
「うえッ、視界をズームしたらカビが生えてねぇかコイツ⁉︎」
「虫除けの術式の応用ですわ。腸内細菌や皮膚の常在細菌のような、人間にとって必要な微生物を死滅させる術式ですわよ」
(ソンナモノジャネエ‼︎)
股間丸出し男は心の中でそう叫んだ。
必要な微生物が死滅したとしても、不随意魔術である虫除けの術式がカビを防ぐ。そもそも、こんな一瞬でカビが繁殖するわけがない。
つまり、この薬品は不随意魔術の働きを阻害した上で、人間に利益のある微生物を死滅させ、人間に害を与える微生物を繁殖させる魔術だ。
(コレガ〈
意識を失う最後まで、股間丸出し男は
「アア、麗しき乙女ヨ。〈
Tシャツにジーパンという魔術師とは思えないラフな格好でビルの屋上に佇む男は、チンポジを微調整しながら呟いた。
「
◆
◆源流は魔女のハーブにあるが、現代の形に整えたのは神働術師である『白の賢者』。材料は希少であり、精製法には手間がかかる。
◆完成の際に使用者の体液を混ぜる為、個々人によって成分が異なる。その為、
「……二人撃破。素晴らしい手際ですわ」
「天才のオレにかかれば、こんなもんチョチョイのちょいだぜ」
まあ、それもこれもヴィルゴの協力があってこそなのだが。
ヴィルゴの功績は多岐に渡る。敵の魔術の解析、位置情報の把握、ハーブによる判断能力の鈍化。そして、何よりも…………。
「この
「落としてはいけませんわよ。それが貴方の
〈
つまり、初めから
その対策としてオレに与えられたのが、この
一つ、魔術師の魔力が篭っていること。
二つ、棒状であること。
この二つだけらしい。
「むっ」
「どうした?」
右眼で周囲を警戒していたヴィルゴが何かに気づく。
それは、もちろん吉兆であるはずもなく。
「実働隊の二組……四人全員がこちらに集まってきていますわ」
「四人か……さっきの初見殺しが決まっても、まだ二人残るな」
「いえ、〈
「…………りょーかい」
(となると、プロジェクターと音楽プレイヤーはもう警戒されているか……。なら他の──)
直後。
ゴッッッ‼︎‼︎‼︎ と。
天井をブチ破って一人の魔術師が落ちた。
「見ツケタゾ‼︎」
「なッ⁉︎
「クハハハハハハハハハハハハハハハ‼︎ 我コソハ貴様ヲ殺ス
その男は全裸にローブ一枚だけを身に纏っていた。
その服からは吐き気がするような甘ったるい匂いがした。
「テメェ‼︎ 〈
オレ達を見つけてから瓶を割るのではない。
オレ達と遭遇する直前に、その身と服に〈
「コレナラバ貴様ナンゾニ手出シハデキマイ‼︎」
「そんな────」
そんな、まさか。
「──まさか、本気でそう思ってんのか?」
「エ」
◆規則の四。制限時間は使用した
持っているスプレーを全裸ローブ男にぶっかけた。
多分、これも一度使えば次からは警戒されるのだろう。ならば、ここで全てを使い切る。
「キッ、貴様ァ‼︎ 何ヲ……‼︎」
「完全消臭スプレー。既に〈
ヴィルゴの眼を掻い潜った実力者が呆気なく倒れた。
転がる女体に脇目もふらず、オレはヴィルゴに呼びかけた。
「ヴィルゴ‼︎」
「分かっていますわ!」
左右、そして穴の空いた天井。
残りの三人の魔術師が同時に現れる。
恐らく、全員が既に〈
しかし、完全消臭スプレーを振りかけるには距離が遠く、一人なら打ち消せても三方向には対処できない。そして、口の動きから宣誓もすぐに終わることを観測する。
決闘空間の構築まであと1秒。
魔術師達の眼がオレに集まる。
◆規則の二。対戦相手の指定は、挑戦者が決闘空間内にいる相手を宣誓時に視認することで決定される。
オレの手にあるのは古いカメラ。
そのフラッシュの光量をちょっとだけ弄った改造品である。
決闘空間を構築されたとしても、相手を視認できなければ対戦相手と見做すことはできない。
故に、失明した彼らがオレと対戦することはできない。
そして、打ち合わせ通り、ヴィルゴは彼らに掃除機を投げつけた。オレが改造し、空気中の臭いを密封することに特化した一品である。
ヴィルゴの魔術も手伝って、〈
◆規則の五。戦闘区域は地形によって決定され、制限時間終了か勝敗が決まるまで出ることはできない。
ギュオンッ‼︎ と。
三人の魔術師が掃除機の中へ引き摺り込まれて行く。
戦闘区域は地形によって決まるとあるが、アドゥルテルとの戦闘では室内全てが戦闘区域となった。つまり、オレは戦闘区域とは匂いが充満した部分だと考えた。
ならば、後は単純。匂いさえ密封すれば、
そして、彼らは出ることができない。
「…………終わっ、た……?」
「
魔術を使わない魔術戦。
決闘規則を悪用する決闘。
作戦には
そう油断していた時、ヴィルゴがあることに気がついた。
「空が暗くありませんこと?」
空は既に太陽が沈み、暗い夜になりかけていた。
オレ達がデパートで散策していたのがだいたい正午ごろ。太陽も真上にあった。そこからどれだけ多く見積もったとしても、三、四時間しか経過していない。
ここまで暗くなるはずがない、ヴィルゴはそう考えているのだろう。
「ヴィルゴ、お前もしかしてAIランド標準時間を信じてんのか?」
「え?」
「この島はさ、島というよりは船に近い。太平洋赤道域に位置してはいるけど、そこから動くことは出来るんだ。そうでもなけりゃ、宇宙エレベータはスペースデブリを避けられなくなるからな」
「…………つまり、AIランド標準時間にも振れ幅があるってことですの?」
「太平洋って言っても、最東端と最西端じゃ時差が10時間以上あるしな」
「だから今は……18時半くらいか?」
「…………マズイですわっ‼︎」
ぶわっ、と。
ヴィルゴが鳥肌を立てて慌て出す。
その雰囲気の豹変について行けない。
「なっ、何が……?」
「〈
「でっ、でも! 一対一ならお前が勝てるんだろ?」
「その前提は全員の顔が同一な時点で破綻していますわ‼︎」
ヴィルゴは心の底から焦っていた。
本来は、あと数時間はこちらが有利な状況の予定だった。だからこそ、
だが、ボーナスタイムはここで終わり。
「つまりッ、七人の合計でハーレム500を超えているのではありませんわ! 他の六人はお零れに預かっただけの代替可能な部品‼︎
──直後。
放物線を描いて〈
今まで撃破した六人の魔術師が投げていた瓶と同じデザイン。まるでオレに引き寄せられたかのようなその軌道を見て、反射的にキャッチしようと手を広げて──
「ダメ……‼︎」
──そして。
〈
「……………………………………は?」
煙のように舞う血飛沫。
弾け飛ぶ肉片、剥き出しの骨の断面。
吐き気を齎らす人体の生焼けの臭い。
あるはずの場所にあるはずのモノが無い違和感。
「なんで、なんでだよ」
だけど、オレは何の痛みを感じちゃいなかった。
オレの目の前で起こった爆発は、オレを傷つけることはなかった。
だから。血も、肉も、骨も、オレから見える全ての惨劇は目の前いる誰かの状況だった。
そう、つまり。
「
厳密に言えば、完全消滅したのは膝から先の両脚。
だけど、
手遅れ、そんな言葉が頭に思い浮かんでしまう。
それを信じたくなくて、オレは自分の頬を殴った。
「
「…………ッ‼︎」
そして、そいつは現れた。
Tシャツにジーパンという魔術師とは思えない格好を身に纏い、片手でずっとチンポジを調節している男。
髪も、目も、ゴツいアクセサリーも。様々なギラギラとした黄金に身を包み、何処か成金のような印象を受ける『黒』の刺客。
〈
「だガ、解せないナ。『黒』の俺様が
「…………借りをッ、……返しただけッ……、ですわ…………‼︎」
「ふム、誇り高いナ。やはリ貴様は美しイ、俺様の花嫁に相応しイ‼︎」
「………………………………あ?」
今、なんつったコイツ?
「はな、よめ?」
「アア。俺様の正統なル後継者を産むたメの
「キショいんだよ、
「足が吹き飛んデ気持ち悪イが仕方がなイ。顔と子宮ガ傷ついていナイだけ良しとしよウ」
「…………ッッッ‼︎‼︎‼︎」
チンポジを弄りながらそう言った男に、オレの頭が沸騰した。
強さなんざ関係ない。コイツの事情なんてどうでもいい。
最速最短でコイツをブチ殺してやる‼︎
「ヴィルゴはテメェには勿体ねぇよ、粗チン野郎‼︎」
「魔術も使えなイ
◆ハーレムとは、保有する雌奴隷の頭数を表す指標。同時に、
◆
◆
4/12:11678字
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5/12 金玉十二宮
敵をブン殴りたい気持ちを抑え、ヴィルゴを庇って立つ。
下半身の重傷具合からして、今すぐに病院に行かなければ間に合わない。だが、ここでテスティスに背を向ければ、どうなるか分からない。
もどかしい
先にその沈黙を破ったのはテスティスであった。
「愚かナ貴様に見せてやろウ、本当の〈
プシュゥッ‼︎‼︎ と。
デパートの配管を辿って、ありとあらゆる場所からピンク色の煙が漏れ出る。
人々は煙の中に覆い隠され、地は淫蕩の香煙で満たされる。
「オイ、まさか……‼︎ これ全部が〈
「聞ケ、我が目ヲ受けシ汝、魔法名
返答は
決闘が始まってしまえば、オレ達に逃げ場はない。病院に向かうことができない。しかも、この量の〈
かくなる上は……‼︎
「おおア‼︎」
まっすぐ走り、拳を振りかぶる。
やるべき事は単純。宣誓が終わる前に眼を潰す。
改造カメラのフラッシュはダメだ。あれは一度限りしか使えない改造品。限界以上の光量を引き出したことで、もう壊れて使えなくなっている。
だから、直接拳をヤツの目ん玉に叩き込む‼︎
だけど、それは一歩遅かった。
「──神よ、師ヨ。ここニ我、汝に対シ我が魔術を以テ性豪の証を立つル者ナり」
決闘空間が構築される。
テスティスが対戦相手に指名したのは、下半身が吹き飛んだヴィルゴだった。ヤツは用心深く、オレという弱者からの攻撃にも警戒し、完全に無効化できるように用意していた。
神聖な決闘に邪魔な部外者は立ち入れない。
オレの拳はテスティスに届かない。
神の決めた
「あッがァアアアアッ⁉︎⁉︎⁉︎」
メキィッ‼︎ と。
オレの指先がテスティスの眼窩に沈む。
気色の悪い肉の感触、生温く指を汚す赤い体液。
決闘空間の構築から一歩遅れて、オレの指はテスティスの眼球を破壊した。
「ごがアっ⁉︎ ……ナッ、ナゼ貴様が〈
「うるせぇバーカ‼︎
もう一度右手を振るう。今度は素手ではない。
その手に握りしめられたのは
バチィ‼︎ と、棒が雷光を放つ。
だが、その電撃がテスティスの肉体を貫くことはなかった。
「──
目から血を垂れ流すテスティス。
しかし、その身体には傷一つない。
スタンガンの電撃も、打ち付けられた鉄の痛みもない。そのどちらも、テスティスの皮膚に弾かれたのだ。
それこそは、テスティスの持つ魔術の一つ。
獅子座の由来、ネメアの獅子の再現。今のテスティスの皮膚はたとえ
「ちッ、
「……………………それは、反則だろ!」
テスティスの背後、虚空から現れた水瓶はテスティスを全身を水で濡らす。それと同時、
水瓶座の由来、
(いや、待て。癒しの水? それなら……)
その案を思いつくと、オレはいつの間にか走り出していた。
「何度も同ジ手を食らウと思うナヨ‼︎」
テスティスはチンポジを調整する。
……いや、あれは多分魔術を発動する為の動作だ。
だが、その動きを無視してオレはテスティスの瞳を見ていた。その虹彩の全てを見て、撮影して、コンタクトレンズに映し出す。
加えて、その作業と並行して魔力を練る。
オレが魔術を使ったのは一度だけ。それも、儀式を整えたのはほとんどがヴィルゴで、最後にディルドをへし折っただけだが。
それでも、分かることが一つある。多分、魔力を練り方には呼吸法が関係している。今まで見てきた魔術師、その全てにおいて肺の動き方や心拍数が異常だった。
それらを数値化し、自らの肉体に反映する。
「イケる……‼︎」
相手と同じ虹彩という『類感』。
相手の目の肉片という『感染』。
二つの原理は満たされた。
今ここに、その魔術は発動の時を迎える。
「ナニを…………、……ッッッ⁉︎⁉︎⁉︎」
ガクンッ‼︎ と。
テスティスが膝を突く。
テスティスはアレイスター・クロウリーの霊的蹴たぐりを思い浮かべたが、頭が即座に否定する。
「膝ヲ強制的に曲げられタんじゃナイ。筋肉ヘノ伝達が阻害されタ……神経ガおかしくなっタ。
「御名答ッ‼︎」
オレが行った魔術は視界のジャックだ。
ヴィルゴが
その上で、
ダンッ‼︎ と踏み込む。
目的はテスティス、
防水加工された水着は一滴も溢すことなく、オレの胸が大きかったから溜められる水の容量もそれなりに大きい。
そして、それを持ってヴィルゴの元へ急いで戻る。
「まッ、待テぇええええええええええッ‼︎‼︎‼︎」
「誰が待つかバーカ‼︎」
ここでテスティスと戦うメリットなんかない。
目的を見誤るな。テスティスに勝つことなんてどうでもいい。オレが最優先するべきなのはヴィルゴを助けることだ。
ヴィルゴの下半身に溜めた水をかけ、修復を待たずに彼女を背負う。
「仕切り直しだ、テスティス。チンポジ整えて待っとけ‼︎」
◆アレイスター・クロウリーとは、19世紀ロンドンに存在した伝説の魔術師。魔術結社〈
◆現代魔術──射精魔術はアレイスターが提唱した性魔術を基礎として構築されている。その為、射精魔術はセレマ宇宙論と相性が良い。
◆霊的蹴たぐりとは、アレイスターが使用する魔術の一つ。相手の呼吸や姿勢を真似て、『類感』によって自分の動きを相手に強制させる霊的ヒザカックンのこと。
「……ぅぅ…………、ここは……?」
「目ぇ覚めたか?」
耳元から声が聞こえる。
どうやら、ヴィルゴの意識が戻ったようだ。
「足はどうだ? 見た目は治ってるけど動かせるか?」
「……少し動きますが、歩けるほどではありませんわね」
「水の量が足りなかったか……‼︎」
「いいえ、動かないのは足だけじゃありませんわ。おそらく、怪我とは別の要因ですわね」
「……?」
そう言うと、ヴィルゴはたどたどしい手つきでボロボロの黒衣を
白すぎる程に穢れのない肌が眩しい。
……というか、まさかとは思うがコイツ……ノーパンか……⁉︎
「ここですわ。見てください」
「ちょッ、お前っ、こんなナリでもオレは一応男だぞ⁉︎」
「? …………ぅえっ⁉︎ どっ、何処見てますの! セージの変態‼︎」
「お前が見ろっつったんだろうが‼︎」
「そこではありませんわよ‼︎ ここ! ここの傷跡ですわ‼︎」
眩しい
そこには確かに、目を覆いたくなるような傷跡があった。しかし、その中でも一際目立つ異質な七つの跡があった。
それはまるで、銃創のような。
「なんだ、これ……?」
「テスティスの攻撃を覚えていますか?」
「ヴィルゴの下半身を吹き飛ばした
「
「テスティスの魔術は、十二星座にまつわるエピソードを再現するものですわ。一説によると、乙女座はペルセポネを表している。間違いなく、冥界下りの
「……なぁ、乙女座って確か」
「ええ、
ヴィルゴは引き攣るように笑みを浮かべる。
彼女はもう限界なのだ。それこそ、
白い肌は創だらけ、服もズタボロ、鋼色の髪も血と泥で元の色が見えなくなるほどに汚れている。誰が見ても目を覆いたくなるような有様。
だけど、それでもヴィルゴは美しかった。泥中の蓮の如く、彼女の美しさは穢れごときで損なわれることはない。
「果実の爆発と共に、中に詰まった無数の種子が弾けました。
「つまり、7粒食らったヴィルゴは12分の7が死んでいるから、身体が言うことを聞かないって訳か」
「魔術師は生命力を魔力に変換して魔術を使用しますわ。今の状態じゃ、本来の力の半分も発揮できません。決闘に特化した魔術師殺しの一撃ですわね」
話を纏めると。
戦えるのはオレだけ、ヴィルゴの支援は期待できないということか。
ルールの穴を突くことはできない。
ヴィルゴの力は借りられない。
敵は魔術世界の1%を牛耳る魔術師。
ヴィルゴさえ感嘆する決闘専門の魔術師殺し。
……上等じゃねぇか。
「だったら、正面からテスティスを打ち破るしかねぇよなぁ‼︎」
気合いが入る。
ヤツはヴィルゴを花嫁にすると言った。穢れなき
まさに冥界下り。ヴィルゴを地獄に堕とすなんて許せるか。
そもそもの話、オレは魔術師が気に食わない。
『射精魔術』が中心の世界──男が上位で女が下位だと決めつけられた世界。まったく、いつの時代の話だ。
前世紀の
「……分かっていますの? 貴方は
「なら、魔術戦に持ち込まなきゃいい」
「それはどういう……?」
生命剥奪の
攻撃無効の防御。
肉体再生の水。
どれもこれも滅茶苦茶だ。オレなんかが敵う相手じゃない。
だけど、それらの魔術は常時・即時に発動できるものじゃない。でなければ、オレの目潰しは通らなかったし、防御と修復は同時に行われるはずだった。
「テスティスは十二の強力な魔術を使うかもしれないが、それらを同時に使うことはできない。必ず切り替える必要がある。そして、
「…………陰茎、ではありませんわ。触れていたのは睾丸、
「照応……?」
「『類感』を働かせていた、ということですわ。
反射的に、上空に浮かぶ星々を見上げる。
あれら一つ一つがテスティスの精子だっていうのか……⁉︎
「星を一から作り上げるなんてできるのか⁉︎」
「見かけ上のものに過ぎませんわよ。ですが、
「プラネタリウムみたいなもんか……?」
「大体合ってますわ。テスティスは生贄に捧げた精子を星にして、夜空に星座を生み出している。神が死した人を星座として天に上げるギリシャ神話そのものですわね」
「人は死んだら星になるってヤツか……」
「あら、分かっているじゃありませんか。神話や伝承だけでなく、いわゆる迷信も魔術を効率的に使うための道具となりますわ」
それなら、キスしただけで子供を産ませることもできるのかなぁ……、と関係ない方向へ思考が飛ぶ。
疲れているな。星を作る相手との戦いが控えているというのに、頭を冷やさなければ。
「まったく、発想は良いのに詰めが甘い魔術ですわ。空の天球と男の象徴たる睾丸を照応させるなどと……。
「……うん? ギリシャ神話って、
「そこからですわね。そもそも『射精魔術』にギリシャ神話を混ぜている時点で無駄ですわ。『射精魔術』はクロウリーの性魔術を基礎としているのですから、セレマの神格と対応させるのが基本でしょうに」
「どういう──」
説明の意味が分からず聞き返す。
しかし、返答はなかった。
何故なら。
──
瞬間。
音も光も吹き飛んだ。
そして。
◆セレマとは、アレイスター・クロウリーが提唱した宗教。ヌイト、ハディート、ラー・ホール・クイトなどの神格が登場する。
◆女神ヌイトは、セレマ宇宙論における第一神。夜空を象徴する神で、万物の究極の源だと考えられている。
◆男神ハディートは、セレマ宇宙論における第二神。地球を象徴する神で、無限小へと収縮を続ける球体と表現される。
◆ラー・ホール・クイトは、セレマ宇宙論における第三神。太陽を象徴する神で、ヌイトとハディートの結合により生まれる。
「……
テスティスはチンポジを──金玉を触りながらそう言った。
白濁色の光の矢、それは彼の
射手座の由来、半人半馬の賢人ケイロンを射殺した毒矢の再現。その毒の苦痛は、
とは言っても、人間が直撃すれば痛みを感じる前に即死するのだが。この魔術の本命は痛みではなく、光速の矢が超遠距離から正確に膝を撃ち抜くという精密性。そして、瞬時に死滅させるその致死性である。
テスティスは
十二星座の魔術──
人物探知術式はヴィルゴの位置座標を示した。
その横には、微動だにせず体育座りでヴィルゴと話す
距離は戦闘地点とそう遠くない場所。
彼らはそこで話をしていた。
初めは罠かと警戒していたが、そんな様子もなく、気の抜けた会話が耳に入る。何かを準備する様子もなく、ただ彼らはぐだぐだと馴れ合っていた。
舐められている、そうテスティスは思った。
だから、本気を出した。
感知すらできない超遠距離からの一方的な攻撃。
反撃する暇も与えず、一撃で殺す
その結果がこれだ。
まるで初めからいなかったかのように。
「俺様を侮ったナ。隙ヲ突かれタ、逃げられタ。それがナンだ。その程度デ俺様に勝てルとでも思イ上がったのカ? 俺様が本気ヲ出せバ貴様ナゾ一瞬で殺せル──」
「──
「────ア?」
「なッ……、……ガッッッ⁉︎⁉︎⁉︎」
何故貴様がいる、とでも言おうとしたのか。
しかし、その言葉は紡げない。
咄嗟に、テスティスの右手が金玉へ伸びる。
その手を再び
「あがア⁉︎」
(俺様ノ不随意魔術……魔除けの術式ヲ貫いタ⁉︎ この短イ時間で成長しタとでもイウのか⁉︎ コレはアラン・ベネットの『
「もうタマキンを触るのは止めようぜ。礼儀ってもんを知らねぇのか?」
「何故ここにいるとでも言いたげな目だな? いいぜ、答えてやる。
電撃を流しながらそう言った。
ヴィルゴに聞いた話だが、口撃もまた魔術戦の一つ。精神的に優位に立つことで、相手の魔術を弱めることができるらしい。
ならば、ここでオレが煽れるだけ煽ることが最適解‼︎
「そもそもオレは逃げていない。ヴィルゴを巻き込まれない場所に移動させただけで、その後はテメェの後ろでずっと隙を伺っていたぜ」
「……っ⁉︎」
「ヴィルゴの横にいたのは、プロジェクションマッピングで映し出しただけの立体映像。声が聞こえたのは指向性スピーカー。まるでその場にいるかのような会話も、カメラで見えてたから出来た。テメェの攻撃を受けて消滅したのだって、衝撃の余波でプロジェクターが壊れただけだ」
『目覚めてすぐにアドリブで会話を合わせた
耳元……
これは実質ヴィルゴを囮に使った作戦だった。テスティスがヴィルゴの位置座標を探っていたことは〈
だけど、万が一ということがあった。それでも、ヴィルゴはオレから何の説明を受けずとも、見捨てられたとは思わずにオレを信じてアドリブで話を合わせてくれた。どれだけ感謝してもし足りない。
「そろそろ視界も暗くなってきた頃じゃねぇか? テメェが花嫁になって一から女性の扱い方を学びやがれ‼︎」
「…………ッッッ⁉︎⁉︎⁉︎」
オレの蹴りがテスティスの金玉に炸裂する。
オレが
だけど、
強烈な痛みでテスティスの精神が揺らぐ。
それに伴って魔術の効果が急激に落ち始める。
だけど、まだテスティスの心は
「ナ・メ・ル・ナァアアアアアアアアアアッッッ‼︎」
ドビュッッッ‼︎‼︎‼︎ と。
金的を蹴られた時の男の反応は二つ。
痛みでチンコが萎えるタイプと、むしろ怒りでイキり勃つタイプ。
……言うまでもない。テスティスは後者であった。
『避けなさい‼︎ 掠めただけでも死亡しますわ‼︎』
「うおおおおおおおおおおおおおおお‼︎」
金玉が潰されたからと言って、テスティスの脅威度が下がった訳じゃない。天球に星々を投射することはできなくなっても、既に投射した星が消えることはない。
最悪最低の超遠距離光速生命抹殺術式。
テスティスにはまだそれが残されていた。
テスティスは腰を振ってチンコを振り回す。
見た目こそちんちんぶらぶらソーセージだが、その凶悪さは言うまでもない。無軌道に暴れ回るチンコは、射精上にある全ての生物を殺戮する。
(スタンガンが思ったより効いてる……‼︎ 足腰がフラフラしてて、こちらを狙うこともできちゃいない! これなら……‼︎)
一瞬、希望を持った。
それが失敗だった。
「………………は?」
ソラを埋め尽くす白濁色の流星群。
ソラに手を伸ばす不遜な少年を蹴落とす容赦なき天蓋。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ⁉︎⁉︎⁉︎」
叫ぶしかできない。
今なお生きているのが奇跡だった。
考えてみれば当然だ。
〈
そして、『類感』によって彼ら
AIランドにいなくとも問題はない。超遠距離攻撃であり、位置座標が分かっているのならば、障害は何一つとして存在しない。
そうだ、初めから一対一なんかじゃなかった。敵はハーレム500、一対五〇〇の魔術戦。
これこそが、テスティスの切り札。
魔術世界の1%を占有する
正真正銘、全力全開の魔術だった。
(…………これ、死んだ)
逃げ場はない。
散り散りに降り注いでいた光が、オレの元へ収束していく。
やがて、視界は白濁色に染まり────
──ぱっ、と。
白濁色の光は消え失せた。
「…………ナニ、が……」
「
テスティスはすぐさま異常に気がついた。
周囲が余りにも明るい。空が白濁色の
反射的に、テスティスは空を見上げた。
そして、ようやく彼は思い知った。
「
ババババババババッ‼︎ と。
スポットライトが夜空を眩く照らす。
それこそは
雲を貫く塔がライトアップしたことで、空はまるで昼になったかのように明るくなった。
「テメェの魔術は星そのものじゃなく、地球から見える星の光こそが術式の要だ。
端的に言えば、
本来なら天体観測に影響が出るから忌避される側の現象なのだが、今回ばかりはそれを逆手に取った。
「……ありえ、ナイ。俺様は宇宙エレベータのスケジュールを把握してイル‼︎ 点灯式はマダのはずダロう⁉︎ 無理矢理ハッキングすルことモ不可能の筈ダ……‼︎」
「何言ってんだ、そもそもテメェが何故オレを狙っていたか忘れたのか?」
「…………ッ‼︎」
オレこそが世界に名を轟かせた天才。
〈ネオアームストロング〉の設計者。
誰よりも深く宇宙エレベータを知る者。
管理AIである〈
ライトアップさせる程度、朝飯前だ。
もはや、負け犬の遠吠えなんぞ聞く気にならない。
「……そう、カ⁉︎
だけど、テスティスの発言に釘付けになる。
だって、それは、あり得るはずのない言葉だった。
「おい、待て」
「アレこそ
「
それは直接仕掛けたオレと、開発メンバーの一部しか知らない情報。AIランドの上層部ですら知らないんだぞ……⁉︎
テスティスは笑っていた。
敗北を確信した顔で、それでも表情に諦めの感情は浮かんでいない。
「コノ決闘、貴様の勝ちダ。だがナ、貴様にはナンの情報も与えナイ。俺様の負ケは俺様が決めル‼︎」
直後。
テスティスは空高く吹き飛んだ。
最期の足掻きとばかりに、魔力を噴射して。
それと同時、決闘空間が解除される。
もちろん、オレとヴィルゴの勝利だった。
だけど、敗北者であるテスティスはこの場にはいない。
「何が、起きてんだよ……‼︎」
応える者はいない。
手がかりは海の底へ。
ならば、初心に立ち帰るしかない。
オレが何故狙われているのか。
『黒』の目的は何なのか。
刺客を倒しているだけじゃそれは見えてこない。
だから……
「なぁ、ヴィルゴ」
『……何ですの?』
オレは意を決して呟いた。
「オレの研究室へ向かおう。きっと、そこに全ての黒幕がいる」
◆ネオアームストロングとは、AIランド中央に建設された宇宙と地球を繋ぐ宇宙エレベータ。設計者の名前は
◆名前の由来は、人類史上初めて月面に足を踏み入れた宇宙飛行士のニール・アームストロングから。宇宙を踏破・開拓するという思いが込められている。
◆宇宙・地球間での物資の運搬だけでなく、電波塔としての機能も持っている。また、その莫大な電力を賄うために、原子力発電・火力発電・水力発電・風力発電・地熱発電を併用している。
◆〈
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6/12 My Son──我がムスコよ
とうとう折り返しですね
体内に染みる排気ガス。
鈍く唸るエンジンの鳴き声。
ガタガタと揺れるクッションの上。
そう、そこはオレンジ色の自動車の中。
オレはその車の助手席に座っていた。
運転席にいるのはもちろん彼女。
「ヴィルゴ、お前……運転できたのか⁉︎」
「シンデレラを読んだことがありませんの? 17世紀の魔女は馬車さえ扱うのです。
そう言いながら、ヴィルゴはアクセルを踏む。
普段は足元まで気にしていなかったが、よく見るとヴィルゴは透明なヒールを履いているようだ。透けて見える足のサイズが、思っていたより何倍も──何分の一も?──小さくて驚く。ヴィルゴの身長と比較すると、歪に感じるほどに。
「尊敬するぜ。車の免許を持ってるなんて今時珍しいな……」
「もちろん無免許ですわよ」
「…………は?」
「ですから、魔女の
「ふざけんな馬鹿野郎⁉︎
「そんなものありませんわ‼︎」
キュルキュルッ‼︎ と。
ヴィルゴがアクセルを踏み込むと同時、車から異音が鳴り響く。明らかにエンジン音がおかしい。絶対どっか壊れてる!
しかも、
「
「言うに事欠いてボロと仰いましたか⁉︎
「分からねぇよ‼︎ 機械なんざ新しけりゃ新しいほど良いに決まってんだろ‼︎ この車はボロいし揺れるし
「はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜っ⁉︎
「バカバカバカッ、前見ろ前をッ‼︎ いくら反論したいからって横見て運転するんじゃねぇ‼︎」
いくら空での移動が主流だからと言って、公道に誰もいない訳じゃないんだ。よそ見して衝突したら一貫の終わりだ。……いや、恐らく相手側の車が
上空を走る
「…………やっぱ、今からでもタクシー呼ばねぇ?」
「呼びませんわよ、お金も有りませんし。
「箒で飛ぶ魔女が何言ってんだ?」
物理学に従って空を飛ぶ機械よりも、不思議なパワーで飛ぶ箒の方が絶対怖い。断言できる。
「だって、上空には標識がありませんのよ? よく衝突しないものですわね」
「そりゃあな。そんなもん一々浮かべるよりも、ARで全部補った方が1000倍楽じゃねぇか」
「そんなものですか?」
「それに、そもそも自分で運転してるヤツなんてほぼいねぇよ。
免許を取る難易度が高く、免許を持たずともAIに任せれば空を飛べるのならば、苦労して試験に挑む人なんかそういう趣味のヤツ以外存在しない。
「ったく、この調子で今日中に
「着きますわ。誰かさんが宇宙エレベータを無断使用したせいで、昨日は封鎖されていましたが、
「…………うるせぇ」
「そもそも、この行き道で合っていますの?
「誰にもの言ってやがる。この道は何度も通った、そもそも、大天才のオレが一度覚えたことを忘れるわけがねぇだろ」
目指すは、直線上に続く公道の先。
即ち、世界最難関と謳われる次世代の学問施設。
◆AIランド中央工科大学(英語:Assembled Intelligence Center Institute of Technology)は、AIランド中央区に本部を置く市立工科大学である。21世紀後半に設置された。
◆AIランド中央工科大学は世界最難関の工科大学としても知られ、多くの著名人・ノーベル賞受賞者を輩出している。飛び級も可能で、最年少合格記録は10歳。
◆大学施設は、表で公開されるスクールと裏で秘匿されるカレッジの二つに分かれ、スクールは一般公開されているがカレッジは関係者以外の立ち入りを禁止している。宇宙エレベータ計画はカレッジで進められた。
「やっっっっと着きましたわね……」
「オレが向かってるのはそっちじゃねぇよ」
「ええっ⁉︎」
目の前には、確かに大学の校門があった。
しかし、
地下の駐車場へ向かう坂道を素通りし、もう一つの
「でっ、ですが、こちらが『カレッジ』の校門ですわよっ? 貴方の研究室は『カレッジ』にあると言っていましたわよねっ?」
「いや、そうなんだけどさ。頭を回せよ、ヴィルゴ。オレ達の格好を客観的に見たらどうなる?」
まず、オレ。
次に、ヴィルゴ。大学とは全く無関係かつ、大量の用途不明な
つぅーっ、と。
ヴィルゴの額に汗が流れる。
どうやら気づいたらしい。
「何処からどう見ても不審者ですわ⁉︎」
「このまま校門を通ろうとしたら普通に捕まんぞ」
そもそもの話、オレはTS病のせいで生体認証が通らず、本人確認ができない状態にある。
格好がおかしくなくとも、警備員はオレ達を『カレッジ』へ入れてくれないだろう。
「でっ、ですが、
「できんのか? オレのマンションのセキュリティも突破できなかったヴィルゴが?」
「ぐぬぅ……‼︎」
「AIランドは学術都市としての性質上、産業スパイが山程いる。その中でも、『カレッジ』はAIランドで最も進んだ研究が行われる施設。そのセキュリティランクの高さは、行政庁よりも上だ。オレのマンションなんて比にならねぇよ」
『
いや、万能なのかもしれないが、必要な効果を得るためには莫大なコストが必要となる。それならば、普通に『
加えて、ヴィルゴは機械と相性が悪い。
薬品を扱うヴィルゴは生物に対しては有効な手札を持っていても、そのほとんどは命のない機械には通用しない。
「…………天才科学者の貴方でも、無理なのですか……?」
「できないとは言わねぇ。だが、最低でも数兆ドルと数年の準備が必要になるな」
「そんな……っ⁉︎」
「
「…………へ?」
ヴィルゴはキョトンとした顔をする。
同時、車はもう一つの入り口へと辿り着く。
それは研究施設の『カレッジ』とは違い、誰でも入ることができ、一般にも
「『スクール』は一般公開されてる程度の機密しかねぇからな。そっちのセキュリティならオレでもハッキングできる。オレの家よりもセキュリティランクが低いからな」
「えっ…………、え?」
「唯一の懸念点は警備員だ。オレは機械の目を誤魔化すことはできても、人の目は欺けねぇからな。だけど、ヴィルゴならそっちはどうにかなるだろ?」
「えっ、ええ……幻覚を見せるハーブを使えば…………え⁉︎ まだ
慌てながらも、ヴィルゴは警備員を幻覚で惑わせる。やはり、彼女の魔術の
次は第二関門。
「勝負だぜ、過去のオレ」
システム介入/データ改竄。
クラッキングスタート。
AIが相手の場合、正面からの演算能力勝負では敵わない。でも、AIには限界がある。
単純な話、AIとは学習したものを放出するだけの機械だ。
つまり、
加えて、どんな
セキュリティを突破する方法なんて思いついていない。
(閃いた……‼︎)
それは1秒にも満たない。
電脳世界でほんの一瞬の攻防があった。
0.1秒。無限ループするプログラムにより、セキュリティAIの処理に負荷をかける。
0.2秒。プログラムを学習したセキュリティAIが、処理にかかる負荷を取り除く。
0.3秒。プログラムに仕込んでいた偏った情報を学習させたことで、セキュリティAIが成長する方向を誘導する。
0.4秒。致命的な破綻を防ぐために、セキュリティAIがフリーズと自己メンテナンスを繰り返す。
0.5秒。セキュリティAIが再起動を果たす。あらゆる妨害を無視して、オレに生体認証をかける。
だが、もう遅い。
「よし、完了。これで通れるぞ」
「……え? 今なんか凄いことが起こりましたわよね⁉︎」
「大したことはしてねぇよ」
自動車が校門を
これも一時的な措置に過ぎない。自己メンテナンスでデータの異常に気がつくまでにはあと4時間と言ったところか。だが、それだけあれば十分だ。
『スクール』に隠した
「あっ、言い忘れてた」
「?」
『スクール』に入って少しして。
オレはヴィルゴに笑顔で告げた。
「ようこそ、世界一常識的な場所──
◆人工意識とは、人間の精神・意思を所有した人工物のこと。人工知能とは異なり、無から有を生み出す
◆現在の人工知能は学習したものを出力することしかできず、心と呼ばれるものは持っていない。(参照:中国人の部屋)
◆人間の精神をデータ化して残す
「肝心の所を聞いてなかったですわね。貴方の仰ったは話、信憑性はどれほどですの?」
『スクール』の研究室の中で、ヴィルゴは尋ねる。
研究室とは言っても、基本的に研究は『カレッジ』で行われるため、こっちは研究者に与えられた休憩室のようなものなのだが。
「ああ、100%間違いねぇよ。〈
「…………そもそも、〈
「あー、説明がめんどくせぇな……」
何から話そうか。
〈
「まずさ、オレが専門してる分野は何だと思う?」
「……宇宙エレベータを作っているのですから、間違いなく建築学……あるいは物理学ですわね」
「それが間違ってるんだなぁ」
「違いますの⁉︎」
もちろん、それらにも精通はしている。
オレは大天才だから、どの学問にもそこらの天才レベルの知識には匹敵するだろう。だけど、研究者に必要なのは知識ではない。最も重要なのは
そして、オレが閃きを発動させる分野とは一つしかない。
「
オレが『スクール』のセキュリティAIを任されたのは、大学に在籍している研究者の中で最もオレがAIという分野で優れていたからだ。
他の分野だったら、オレより優れているヤツなんてゴロゴロ転がっている。
例えば、オレと共同研究・協力開発を行なった研究室のメンバー。
宇宙物理学者、ヤリ・マンコヴィッチ。ノーベル物理学賞に個人で3回も受賞された本物の天才。
建築構造学者、
量子力学者、バキューム・フェラチオンヌ。本名は不明ながら、七大学術都市の一つである秘匿機関SECRETで唯一顔と名前が公表されている都市の顔。
「でッ、ですがっ、貴方は宇宙エレベータの設計者なのでしょう⁉︎」
「そうだけど、宇宙エレベータ自体は数十年前から実現可能の領域だったぞ?」
「そう、でしたの?」
「でも、作られなかった。とても単純な問題点があったからだ」
「…………それは?」
「
宇宙エレベータの計画は世界中で何度も立てられ、何度も頓挫した。その理由は全て同じ。
「宇宙エレベータ……地上から宇宙まで伸びる摩天楼。高度100km以上を宇宙と定義するならば、その長さは最低でも100km。
「…………作れたとしても、適切な維持ができない。あるいは、維持の為の費用が膨大になるということですわね」
「しかも、ちょっとでも不具合が出れば100km超えの建物がドカーンだ。それか、
対して、宇宙エレベータのメリットとは何だ。
宇宙への輸送が容易になる……それが? そんなものロケットで事足りる。たとえロケットよりも速くとも、その程度の利点は宇宙エレベータの危険性を覆すには至らない。
そう、デメリットがある限り宇宙エレベータは建造されない。
「だからこそ、オレは自動で点検・維持を行い、壊れた部分を修復するメンテナンスAIを作成した」
「……それが、〈
「〈Maintenance Artificial Intelligence:Sage of Neo-armstrong〉──通称、マイサン。正真正銘、オレがゼロから生み出した
オレがTS病に罹っても、未だここに居続ける理由はそれだ。
我が子を最後まで育てたい。我が子の晴れの舞台を見たい。本当に、ただそれだけなのだ。
「…………っていうのが、
「嘘でしたのッ⁉︎」
もちろん嘘だ。
メンテナンスAIを作った程度で命を狙われてたまるか。
〈
というか、そもそも──
「──
「………………え?」
唖然としたようにヴィルゴは口を開く。
閉じることすら忘れるほど驚いている。
「正しくは、宇宙エレベータではあるがそれが本来の機能じゃない。元々宇宙エレベータを作ろうとしてた訳じゃなく、結果として宇宙エレベータを作る必要があっただけなんだよ」
「…………では、貴方は何を作ろうと?」
「
「…………ッ⁉︎」
別に、大した理由があった訳じゃない。
ただ、オレは天才すぎてこの世の全てを信じられなかったのだ。未来は無限に存在し、現在は観測する人によって変動し、過去だって容易に書き換わる。
確かな物がない世界。
唯一のかみさまのいない世界。
オレは変わらないものが欲しかった。
絶対的な答えが欲しかった。
だけど、人間はそんなものを生み出すことはできない。
「そんなもの作れるはずがありませんわ……‼︎ どれだけ演算機を積み重ねようとッ、神の領域をカンニングするなんて不可能ですッ‼︎」
「そうだ、演算機にはそれは不可能。
「なに、を……?」
「つまりは
それを思いついたのは7歳の時。
もちろん、この理論には穴があった。
それでも、複数回の改善を超え、10年の歳月を経てオレの理論は証明された。
「それは直感なんて物ではありませんわ‼︎ 高次元へ繋がるチャネリングっ、
「呼び方は何でもいいよ。兎に角、オレは鋭い直感を持つ
「…………
テスティスはこれを科学的基盤を破壊する『爆弾』と表現していた。
それはあながち間違いではない。『科学』は真実を疑うことで発展してきた学問だ。絶対に信じられる機械なんてものが生まれてしまったら、もう『科学』とは呼べない。それは単なる宗教──『科学信仰』だ。
数多の科学者はその知恵を捨て去り、唯一の『神』を崇め奉るだけの原始的な世界へと逆行してしまう、
「
その頃には、オレはもうAIランド中央工科大学へと進学して、
悪用された場合だけでなく、それが『科学』という人類の発展の歴史全てを消し去ってしまうという危険性も。
だけど、オレはやっぱり作ってみたかった。世界を崩壊させる可能性があっても、好奇心には逆らえなかった。
その結果がこれだ。カバーストーリーを作り、
「今の研究室のメンバーは、その時に集めた人たちだ。宇宙エレベータは専門外だからな。本当の目的は一番最初の設計図を見せた時にバレた」
「…………だから、その内の誰かが黒幕だと考えているのですわね」
「元から知り合いだったヤリ・マンコヴィッチを引き込み、大学で
机の上に飾られた写真を見る。
オレが研究室のメンバーと宇宙エレベータの前で撮った記念写真だ。
この中に、今回の事件を手引きしたヤツがいる。信じたくはないが、『カレッジ』のセキュリティが破られたと考えるよりかは現実的だ。
そして、何よりも。
「……休憩は仕舞いだ。そろそろ準備を始めんぞ」
「大丈夫ですの?」
「誰に言ってんだ? 大丈夫に決まってんだろ」
そう言いつつ、オレは羽織っていたパーカーを床に落とし、水着も一緒に脱ぎ捨てた。
豊満な肢体があられもなく露出する。
「エッッッ⁉︎ ナニをしてますの⁉︎⁉︎⁉︎」
「ナニって……全裸になっているだけだが?」
「本当に何をしていますの⁉︎」
中身は兎も角、見た目は女同士なのに何を気にしてんだか。
ヴィルゴは両手で目を覆うが、その指の隙間からこちらを覗いていた。
「これから黒幕に会いに行くんだ。普通の格好じゃマズイだろ。着替えるんだよ」
「なる、ほど……? でしたら
ヴィルゴが手を叩くと、黒衣が黒いドレスへと切り替わる。
華美すぎず、地味すぎず。しかし、透明なヒールが映えていて、主役であるヴィルゴの美しさを損なうことのない格好だった。
「服装を変えるだけの魔術とかあるんだな……」
「これは変身の応用ですわね。人をカエルに変身させる魔女の逸話と、シンデレラにドレスを与えた童話を混ぜていますわ。効果は超人に変身するといった所でしょうか」
「ドーピング……いや、改造人間みたいなもんか」
「これまでは不甲斐ない姿ばかりお見せしましたので、次こそは活躍してみせますわ‼︎」
傍目でヴィルゴの新衣装を楽しみつつ、オレも自分の服装を決める。
と言っても、女物の服かつ戦闘にも役立つものと言ったら一つしかなかったのだが。
「貴方はどんな服に──」
「なんだよ」
「……………………………………………………、」
絶句。
オレから目を逸らしていたヴィルゴは、着替えが終わった頃を見計らっていた。
しかし、オレの姿を一目見て言葉を失った。
「…………ま、まあ、似合っていますわよ……?」
「何だ、何が言いたい。言いたいことがあるならさっさと言えよ」
「………………ええと、どうしてそんな破廉恥な格好に……?」
「
女物の服ということはバキュームの趣味だろうか。
流石に他の男(大の大人)がスク水を買ったとは信じたくないのだが。
ヴィルゴに指摘されてオレも恥ずかしくなってきたので、上から白衣を纏う。更に、電子端末や
何はともあれ準備は完了した。
最後に4人で撮った写真をもう一度だけ見た。
さて、
◆
◆全身を覆う物が一般的で、個人に戦車並みの装甲・威力・速度を与える。一方で普通の服のような物もある。
◆
6/12:14698字
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7/12 宗聖司■■■■仮説
薄暗い地下にある
一人はスク水の上に白衣を一枚だけ纏った女──つまりはオレ、
もう一人は真っ黒なドレスに透明のヒールを履いた女、ヴィルゴである。
「貴方が準備した『カレッジ』を侵入するための策とはなんですの?」
「そんなもん一つに決まってんだろ。お前も見たことがあるはずだぜ」
「?」
『カレッジ』のセキュリティランクは世界最高と言ってもいい。その難易度は人間にはハッキング不可能な領域にある。
しかし、人間じゃなければ何でもいいわけじゃない。どんなに演算力の高いAIを用意したとしても、世界で1番性能の良い『カレッジ』のセキュリティAIに比べれば全て格下だ。
ならば、それを超えるモノを用意しなければならない。
「〈
正確に言えば、それとラグなしで繋がる端末。
オレの体内に打ち込んだ
世界で1番性能の良いAIなんざクソ喰らえだ。
AIなんて前世紀に発明されたモノの性能を上げたからなんだ。全く新しいモノを生み出してこそ最高の『科学』足り得る。
「ま、人の眼による監視もあるからな。そっちはヴィルゴに頼んだ」
「お任せを。監視方法が原始的であるほど
『カレッジ』は同じ大学に所属する者であっても他の研究室を覗くことができないようになっている。つまり、入口から研究室までは直通なのだ。
「…………この先に、黒幕がいるのですわよね?」
「ああ、相手の目的は間違いなく〈
そして、〈ネオアームストロング〉のエレベータは現在稼働していない。
よって、研究室しかあり得ない。
一体この事件の黒幕は誰なのか。
宇宙物理学者、ヤリ・マンコヴィッチ。
建築構造学者、
量子力学者、バキューム・フェラチオンヌ。
誰もが怪しく感じられる、
やがて──
ゴゥン、と。
エレベータが停止する。
研究室まで到着し、目の前に高そうな扉が現れる。
「…………準備はいいか?」
「勿論ですわ。貴方こそ、怖気付いていませんか?」
「言ってろ」
少しの躊躇の後。
自動ドアに手を伸ばす。
安全のため、ゆっくりとドアが開く。
そして────
「────は?」
現実感は全くなかった。
信じたくなんてなかった。
だって意味が分からなかった。
「…………や、り……? ゆー、ぢぇん…………、……バキューム………………?」
でも、だけど。
首に食い込む縄の跡が。
ふらふらと揺れる脱力した
乾いていないズボンの染み、股から垂れ流された刺激臭が。
自動的に起動した生体認証システムによって、瞳に浮かんだ彼らの名前が。
その死を現実のモノであると思い知らせる。
「誰が……、なんでッ……⁉︎」
「
吐き出された独り言に返答があった。
なんてことはない。首吊り死体に隠された先に、そいつは立っていた。
ヴィルゴは初めから気づいていたようだった。
だからこそ無言で、一人だけ臨戦態勢を取っていた。
そいつには見覚えがあった。
そいつは白衣を着た少年だった。
そいつはヤリでも
そして、そいつは吐き捨てるように言った。
「全部
◆黒幕は研究室のメンバーで間違いない。研究室のメンバーは四人とも研究室の中にいる。
◆宗聖司を名乗る少年は、生体認証で宗聖司本人であると証明されている。TSした少年はまだ証明されていない。
◆三人の首吊り死体は確実に死亡している。死体はそれぞれヤリ・マンコヴィッチと
「…………宗聖司が、黒幕だって……?」
「ああ、そうだ。つっても、それはテメェじゃなくて
目の前には、オレよりも
アイデンティティが揺らぐ。オレという存在が信用できなくなる。
「…………、えない」
「あ?」
「ありえない‼︎ ありえるはずがないッ‼︎」
「何が? 何で?」
「だっ、だってッ、オレは何度も死にかけた‼︎ いやっ、ヴィルゴがいなけりゃとっくに死んでたっ‼︎ テメェが宗聖司だって言うのならオレ自身を巻き込む理由がないッ‼︎」
だから、これはきっと何かの間違いだ。
目の前のコイツは立体映像か何かで、こうして話しているのは人工知能による哲学的ゾンビとかだ。
コイツは宗聖司じゃない。オレは黒幕じゃない。
そうだ、そうに決まっている。
だって、そうじゃなきゃ。
「…………はぁ、頭の回転が
「なにを……?」
だけど、現実はいつも非常だ。
そして、目の前の少年は致命的な一言を放つ。
「
時間が、止まった。
そう錯覚するほどに、場を沈黙が支配する。
人の声も、空調の音も、何も聞こえない。
それなのに、自らの心臓だけがうるさく鳴り響く。
「………………………………う、そだ……」
「テメェの名前は宗聖司じゃない。思考停止すんな、初めっから考えてみろよ。
「……それ、は…………………………………」
「生体認証は試したんだろ? テメェの家は、電子決済は、この大学は、一度でもテメェを宗聖司本人だと認めたか?」
「…………………………………………ぁ……」
「
「………………………………………………っ」
「違和感を抱かなかったのか? TS病で肉体が変わったのに、テメェは最初から問題なく歩くことができた。体重・重心・身長・筋肉量・足の大きさ・足の長さが変わっても歩けたのは、テメェの脳に僅かでも体を動かす為の手続き記憶が残ってたからだと思い至らなかったか?」
「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」
言葉が出なかった。
何か言い返したいのに、反論できる点がなかった。
オレは間違っていて、コイツは正しかった。
「TS病なんかじゃない。そもそもアレの感染経路はほとんどが粘膜接触──
「…………ぁ、ああ…………」
「ま、仕方ねぇさ。テメェが馬鹿でもそれはしょうがないことなんだよ。だって、テメェは天才じゃねぇ。天才なのは
「あ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ‼︎‼︎‼︎」
ぽたぽた、と。
ほおをつたう。
なにかが、こわれた。
ちめいてきにこぼれおちた。
「
「冷てぇな、ヴィルゴ。一緒に戦ってきた仲じゃねぇか」
「貴方と、ではありませんが」
声が聞こえる。
だけど、聞こえるだけ。
意味は分からず、耳を素通りする。
「……目的はなんですの? こんな回りくどい事をした理由は?」
「
「…………いえ、それだと辻褄が合いませんわ。黒幕である貴方はその情報を漏らした側……完成を妨げているのではなくって?」
「情報を隠してるっつても、
「……一理ありますわね」
「その上で
誰かが何かを話している。
だけど、もう会話の内容には興味がない。
それを聞いた所でオレには何もできない。
「
するり、と。
オレの鼓膜に優しげな声が届いた。
その声は鈴のように高く、そよ風のように小さく、それでいてハッキリと耳に残る。
「貴方が苦しんでいるの分かりますわ。自己を否定され、全ての過去がまやかしだった。苦しみに共感はできずとも、理解はできます。
「オイ、テメェは何を言っている……?」
「貴方は宗聖司だから天才なのですか? 宗聖司だから優しかったのですか? ……違いますわ。
「そいつはもう立ち上がれねぇ……‼︎ 何処見てやがるッ‼︎ テメェの敵は
「いえ、そもそもの話。
ホンモノの宗聖司なんかどうでもいい。
彼女以外目に入らない。
そして、彼女は胸を張って言った。
「
その言葉に根拠なんてない。
その言葉で証明することはできない。
その言葉には意味も価値もない。
ただ、オレを最大限に信頼して放たれた一言。
一〇〇%の絶対なんてあるはずないのに、彼女はそれをオレに向ける。
全く『科学』的じゃない。人は彼女を愚かだと言うかもしれない。ほんと、どうしようもない。
でも、だけど。
オレはその一言に救われた。
バラバラになった心が、宗聖司として再構成される。
「…………そう、だな。忘れてた」
「何を、言って……⁉︎」
「『科学』は真実を疑うことで発展してきた学問だ。オレは全てを疑わなくちゃならねぇ。それがたとえ、
コイツは宗聖司で、オレは宗聖司じゃない。
「
だから、オレはオレの仮説を主張する。
こっから始まる戦いは命の奪い合いじゃない。
自己の尊厳を賭けた
今からコイツの主張を──『宗聖司ニセモノ仮説』を支える四つの根拠を棄却するッ‼︎
◆宗聖司を名乗る少女はニセモノである。根拠は四つ。
◆根拠の一、生体認証が彼女を宗聖司だと認識しない。
◆根拠の二、
◆根拠の三、女体化後に違和感なく体を動かすことができた。
◆根拠の四、宗聖司は童貞であるためTS病には罹らない。
「そもそも生体認証なんて当てにならない‼︎ TS病は遺伝子ごと書き換えるんだから、それはオレが宗聖司ではない根拠にはならない‼︎」
根拠の一を否定する。
これは初めから何度も言っていたことだ。
目の前のコイツが生体認証で認識されたからといって、認識されなかったオレが宗聖司でないことの証明にはならない。それとこれとは全く別の事だ。
「次に、
「…………いや、それは詭弁だ。心の声なんて客観的に証明することはできねぇ。テメェの心の有無なんざ、側から見たら何も分からねぇ‼︎」
「かもな。でも、これはニセモノが宗聖司になることを可能にする技術であって、オレがニセモノである根拠ではない。たとえ人間の人格をそのまま他者にコピーする技術があったとしてもだ」
根拠の二を否定する。
オレはこうして心の中で考えを巡らしている。
それこそがオレがニセモノでない証明となる。
「だとしてもッ、テメェが女体化してすぐに普通に歩けたことはどう説明するッ? テメェが元から女でもなけりゃッ、そんなの不可能だろうがッ‼︎」
「そうは言えねぇぞ? 記憶ってのは脳以外にも宿るものだ。それは心臓移植のケースからも分かる。それなら、遺伝子が女性に変わったことで女性としての手続き記憶が発生してもおかしくはねぇだろ」
「んな訳ねぇだろッ⁉︎」
「じゃあ、これはどうだ? 大天才のオレが無意識に体に合った動き方を計算してたってセンも考えられるな」
「テキトーすぎる……‼︎ そんなもんッ、どうとでもこじつけできるだろうが……ッ‼︎」
「そうだ、こじつけできでしまうんだ。その程度のことを根拠にしてどうする? それに、他のTS病患者が歩行に苦労したって話は聞かねぇ。意外と一個目の予想が当たってるんじゃねぇのか?」
根拠の三を否定する。
と言うより、これは元から根拠とすら言えない曖昧なものだった。捨て置いていい。
「まだだ……ッ‼︎ TS病の感染経路の話を忘れてんじゃねぇよ‼︎ 童貞の
「テメェこそ忘れてんじゃねぇか?
「…………ッ‼︎」
根拠の四を否定する。
HIV・AIDSを思い浮かべれば簡単に分かる。
性感染症は性行為による感染が主であり、日常的な飛沫などでは感染することはない。だが、血液感染や母子感染など感染経路は一つじゃない。
これを以て、『宗聖司ニセモノ仮説』は棄却される。
「ほんとに貴方が宗聖司だったんですわね……」
「なんだ? テキトーに言ってたのか?」
「いえ、テキトーというか…………貴方が宗聖司でなくても
「別にそれでいいよ。たとえ根拠のない綺麗事であったしても、オレはそれで救われたんだから」
人を信じるのに根拠なんて必要ない。
科学者としては正しくなくても、それが人として正しい在り方なのかもしれない。
「何を全部終わった気でいやがる……‼︎」
「……実際終わった。テメェの仮説は棄却された」
「だからと言ってッ、テメェの仮説が採用されるのは納得がいかねぇぞ‼︎ テメェがホンモノだって決まった訳じゃねぇ‼︎
「なら、トコトンやってやるよッ‼︎」
◆宗聖司を名乗る少女はホンモノである。根拠は一つ。
◆宗聖司を名乗る少年はニセモノである。根拠は一つ。
「テメェが宗聖司って言うのなら、何でテメェはこの研究室にいる?」
「……は? そりゃもちろん、〈
「──
確かに〈
だけど、本当にコイツが宗聖司だって言うのならそんなもの使う必要はないんだ。
「
例えば、テスティス戦。
オレは〈
つまり、〈
それこそが
指紋認証は指紋のコピーを取られたらセキュリティが破られる。虹彩認証だって同じ。パスワードなんて総当たりでも突破できる最悪のセキュリティだ。
だけど、精神認証は破られることはない。だって、精神をコピーした所で出来損ないの哲学的ゾンビにしかならないのだから。
「オレは機材なしで〈
「……ぁ……ッ‼︎」
「この部屋から一歩でも出てしまえば、何もできない
「なっ、ならッ、生体認証が
「んなもん簡単だろうが」
幽霊の正体見たり枯れ尾花。
宗聖司を名乗る少年の
そんな一言を、オレは指を差して指摘した。
「
◆クローンとは、全く同じ遺伝子を持った別個体が作られること。また、
◆クローンとオリジナルには幾つかの差異があるが、遺伝子情報においては完全に同一である。その為、生体認証を誤魔化すことができる。
◆クローン人間の作製はヒト・クローン禁止条約により、国連から規制されている。ただし、肉体の一部のみの複製自体は合法。
「違和感を持ったのは、テメェがオレを
「…………っ、れ……」
「多分、それはテメェが言われた言葉なんだな?
「黙れぇええええええええええええええッ‼︎‼︎‼︎」
クローンが黒幕なんだとしたら全てに納得がいく。
何か特別な陰謀があった訳ではなく、ただオレの研究成果を台無しにしたかった。あるいは、オレの立場を奪いたかったとかそんな所だろう。
「
これで、長かった事件に幕が下ろされる。
だけど、その前に。
隣から待ったがかかった。
「──
ヴィルゴは神妙な顔で考え込む。
まるで、飲み込めない何かが引っかかっているかのように。
「彼は宗聖司と同じ遺伝子を持っていても、記憶や精神は引き継いでいない。
「あ、ああ。そうだけど、何がおかしい?」
「
「────あ」
そうだ、失念していた……‼︎
「研究室のメンバーが、協力者だった……? いいや、違う。
クローン、人為的に産み出された複製人間。
「…………ですが、メンバーの三人は入口で首を吊って死んでいますわよ? そこのクローンに情報を聞き出された後、殺されたというのが正しいのではなくって?」
「ズボンの染みがまだ乾いてすらいないのに? あいつらが死んだのはついさっきだ」
「ならもっと簡単ですわ。クローンの誰かは仲間だった。だけど、ついさっき仲間割れしたのでしょう」
確かに、辻褄は合う。
でも、本当にそうか?
オレの直感が真相は別だと告げている。
「首吊り死体…………ッ、違うッ‼︎ そうだッ、あれはホンモノの死体じゃないッ‼︎」
「紛れもなく本物ですわよ? 生体認証とやらで本人確認もしたのでしょう?」
「
狂気的なトリックに気づいた。
ABC殺人事件と同じ、被害者の中に犯人を紛れ込ませる古典的なトリックだ。
そして、死体となったクローンは精神認証で判別することもできず、生体認証で本人の死を確実に偽装できる。
「あ〜らら、流石に気づいちゃったかなぁ〜?」
そして、
……何となく、そうだとは思っていた。
三人の内、二人は元からの知り合い。
だから、一番親しくないヤツこそに疑いの目を向けていた。
オレはそいつの名前を知っている。
黒幕。諸悪の根源。一連の事件の元凶。
七大学術都市の一つである秘匿機関SECRETに所属している量子力学者。
「
「まったく想定外だぜ☆ ソーセージちゃんっ♪」
◆七大学術都市とは、『科学』の叡智が結集した七つの近未来都市の総称。都市ごとに専門とする『科学』の分野が異なる。
◆
◆
◆
◆
◆
◆
◆
7/12:16681字
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8/12 バキューム・フェラチオンヌという怪物
これ12話で完結できるのか……?
秘匿機関SECRET。
それは66年前に国連によって創設された大規模実験都市であり、今では七大学術都市の一つとして数えられている。
ただし、その詳細を知る者は少ない。
都市の位置も、都市の大きさも、都市の予算も、研究の目的も、研究の内容も、所属する研究者も、何もかも。
故に、
曰く、秘匿機関SECRETにはエリア51に来訪した宇宙人達が存在する。
曰く、秘匿機関SECRETとは都市の名前ではなく一人の天才を表す名前である。
曰く、秘匿機関SECRETは過去の偉人達の体細胞クローンが集結している。
曰く、秘匿機関SECRETは国連の上層部が予算を横領する為の都合の良い名目である。
この中のどれかが真実かもしれないし、全部デタラメなのかもしれない。
世界有数の科学者と言える
しかし、ただ二つ分かっている事がある。
一つは、確かにその学術都市は存在するということ。
もう一つは──
「バキューム・フェラチオンヌ……‼︎」
「まったく想定外だぜ☆ ソーセージちゃんっ♪」
──
バキューム・フェラチオンヌ。
秘匿機関SECRETの中で唯一、顔と名前が公表されている科学者。学会では名の知れた量子力学者であり、〈
◆秘匿機関SECRETとは、66年前に国連によって創設された学術都市。南極の氷山の中に存在する。
◆創設された目的は魔術を科学によって解明することである。その性質上、魔術世界とも関わりがある。
◆所長の名前は馬場緋色、副所長の名前はバキューム・フェラチオンヌ。どちらもハーレム1000を超える魔術師である。
黒幕、バキューム・フェラチオンヌ。
白衣を纏った二十代後半くらいの女(実年齢は不明)の登場によってオレ達の意識に一瞬の空白が生まれる。
そして、彼女はその隙を見逃さなかった。
「ヤっちゃえ☆」
パリィン、と。
硝子が割れる音が聞こえた。
バキュームの声に反応して、クローンがその足元に〈
つまり、それこそは〈
(まず……ッ⁉︎)
考えるよりも先に身体が駆動する。
姿勢は低く、脚で弾けた衝撃が肉体を弾丸のように突き飛ばす。それは拙い突進であったが、
「〈
幸い、
クローンとオレの間に短くない距離があったとしても、今のオレの攻撃が届く方が速い‼︎
しかし、クローンの行動はオレの予想とは違った。
前世紀のものだろうか、あそこまで古ければインターネットにも繋がっていない骨董品だろう。だが逆に言えば、そのボイスレコーダーはハッキングされる心配がない。
「味わえよ、
◆規則の二。対戦相手の指定は、挑戦者が決闘空間内にいる相手を宣誓時に視認することで決定される。
その音は声と言うよりも、ノイズや耳鳴りと表現した方が近い代物であった。
文字にするならば、キィイイイイイイインッ‼︎ とでも言った所だろうか。
決闘空間が完成されたのを肌で知覚する。
聞き取れはしなかったが、それは正真正銘〈
そして、何よりも。
『
なるほど、クローンの言い分に嘘はないようだ。
(……
〈
『
「うおおおおおおおおおおおおおおおおッ‼︎」
オリジナルとかクローンとか関係ねぇ。
そんな怒りを込めて胸に文字通り鉄拳を叩きつけた。
「────ぁっ?」
(──な、に……が…………?)
その攻撃の正体に気づく事もなく、オレの意識は沈んだ。
◆魔術と科学の融合、それは秘匿機関SECRETの成果の一つ。
◆感染と類感の原理からなる原始魔術──呪術は、量子もつれとユングのシンクロニシティから再現ができる。
◆ただし、魔術──神の力を扱う技術は現代の科学では未だ再現が不可能とされている。
パリィン、と。
〈
つまり、バキューム・フェラチオンヌ。魔女の勘が、一刻も早く目の前の科学者を倒せと囁いたのだ。
よって、ヴィルゴは最速最短で襲撃を行った。
シンデレラドレスの術式──人体改造魔術によって超人となった今のヴィルゴにとって、音速を超えた挙動で移動することなど造作もない。
加えて、その腕力・脚力は重機による一撃をも上回る。ヴィルゴとバキュームの間にあった数メートルの距離など、たった一歩で埋められるものであった。
素早い突進──というより、横方向への跳躍と表現した方が正しい──によってヴィルゴは瞬時にバキュームの目前にまで迫る。
一瞬遅れて、ヴィルゴが床を踏み砕いた爆音がバキュームの耳に届く。だが、それはもう遅い。
爆音を立てながら無音で近づくという矛盾を成し遂げたヴィルゴの奇襲。魔女の呪い指が容赦なくバキュームの喉に突き刺さった。
「……ぁぐッ⁉︎」
「あぶなぁ〜い♪ 危うく死ぬ所だったぜ☆」
何てことはない。
当たり前の物理法則に従った当然の結果だ。
いくらシンデレラドレスによって強化されたとしても、その指は人間の肉体を元にしたものだ。
鋭い刺突によって剥がれた塗装の先にある
「
「脳以外の全てを置換した世にも珍しき
物理攻撃は効かない。戦車に格闘技を挑むようなモノだ。
呪い指から放った呪詛は逸らされた。別の場所へ受け流された感覚がある。
ヴィルゴの
(これが魔術世界を熟知した科学分野の天才。厄介ですわね……‼︎)
奥の手を出し渋っている訳にはいかない。
ヴィルゴは
しかし、それよりも早く。
決闘空間が完成されてしまった。
──
◆規則の五。戦闘区域は地形によって決定され、制限時間終了か勝敗が決まるまで出ることはできない。
「なっ、こんな都合良く決闘空間が構築されるなんて……‼︎」
「もちろんあり得ないよねぇ〜♪ ところで、戦闘区域は〈
「…………
空気の流れを操り、臭いが滞留する箇所を生み出し、意図的に戦闘区域を決定した。
〈
科学者という輩は何でもかんでも悪用しないと気が済まないのか、と理不尽な憤りが湧き上がる。
「でもってぇ〜、決闘空間は外に出ることはできないけどぉ〜、
バキュームが白衣を脱ぎ捨てると、その繊維一本一本が形を変えてゆく。まるで歪められていたモノがあるべき形へ戻るように、その変形は自然な動きだった。
やがて、金属繊維は砲身を形成する。
いいや、それを砲身と呼んでよいものだろうか。バキュームが白衣の下に着ていたウェットスーツなんて、その砲身の異形さに比べたら軽い違和感だった。
無骨で、色褪せていて、味気なくて、鉄臭くて、機構に遊びがなくて、
「
直後、視界が真っ白に染まる。
ドガガガガガガガガッッッ‼︎‼︎‼︎ と。
鉄の
別に、この攻撃を避ける必要はない。
決闘中は対戦相手以外からの干渉を受けることはないのだから。
だが、魔女としての勘がヴィルゴに防御の魔術を発動させる。
「…………ッッッ⁉︎⁉︎⁉︎」
声も出ない。
実際には一秒にも満たない掃射。秒速100発の勢いで放たれた弾丸の内、そのほとんどをヴィルゴの魔除けの術式は防ぎ切った。
ただ1発、左腕を掠った弾丸を除いて。
「これだけ綺麗に奇襲したのに撃ち抜いたのが左腕一本だけかぁ〜……。さすが〈
「……どういうトリックですの?」
千切れた左腕に魔女の薬品をかけて、再度つなぎ合わせる。ヴィルゴは慣れたように傷を治しながら、思考は別の所へ飛んでいた。
即ち、先程のルール違反のカラクリについて。
「簡単な話だよぉ〜? 決闘を挑んだのはクローンソーセージちゃんだけどぉ〜、その肉体の全部がクローンソーセージちゃんって判定になるんだよねぇ〜♪」
「肉体の全部……?」
「そして人間っていうのは誰しも体内に微生物を飼っているのさぁ〜♪ だからその微生物をちょいと摘出してぇ〜、培養して弾丸にコーティングすればこのとぉ〜り☆」
◆規則の三。決闘空間内では、決闘する両者は対戦相手以外からの外的要因での干渉を無効化する。
「なっ⁉︎ それは『感染』の応用どころか秘奥にも匹敵する情報ですわよ⁉︎ 貴方ッ、ほんとうに科学者ですかっ⁉︎」
「もちろん☆ つーか、魔術がいつまでもオカルトの領分だと思ってんじゃねーよ」
蔑むようにバキュームは口の端を吊り上げる。こちらが彼女の本性か。
しかし、バキュームだけに集中してもいられない。背後で
「あ〜、そうだぁ♪ もういっこ警告☆」
「……?」
「ヴィルゴちゃんの魔除けは
「少なくとも貴方の豆鉄砲程度なら何発撃とうが意味はありませんわ」
「ふ〜ん……でもねぇ?」
バチバチッ、と紫電を纏わせながら彼女は言い放った。
「
「────は?」
ヴィルゴの思考が止まる。
いや、違う。逆に思考が高速回転することで、現実を置き去りにして考え込んでいるのだ。
撃つ度に威力が倍になる……これは次の掃射は今までの倍の威力になるという意味ならまだ良い。その程度ならまだ許容範囲だ。
だが、魔女の勘はこう言っている。
「
「せぇ〜かぁ〜い♪ 全く同じ形状、元々は一塊だった金属塊から作られた弾丸は、『類感』と『感染』の原則によって
元の弾丸の威力を1としよう。
一発目は何の上乗せもないため威力は1。
二発目は1の威力に一発目の威力が上乗せされ、1+1で2の威力となる。
三発目は1の威力に一発目と二発目の威力が上乗せされ、1+1+2で4の威力となる。
四発目は8に、五発目は16に、六発目は32に。あえて計算式を述べるならば、n発目は2のn−1乗の威力となる。
では、例えば。
「じゃあっ、いっくよぉ〜♪」
正解は、
ッッッッッッッッッ‼︎‼︎‼︎ と。
もはや、それは音ですらなかった。
空気の振動が『圧』としてヴィルゴを揺さぶる。
厚さ0.08mmの紙でさえ、43回折れば70万km先の月にまで届くのだ。
元から馬鹿げた威力の
ヴィルゴは咄嗟に気絶している
だが、それも長くは保たない。
「いつまで撃ち続けますの⁉︎ 流石にもう弾切れですわよね⁉︎」
「
バキュームは何か返答したようだが、あいにくと
もはや、室内──決闘空間内に存在するあらゆる物は木っ端微塵に砕かれた。
幸い、床や壁は戦闘区域に存在するが決闘空間と外界との境界に位置するため傷ひとつない。よって、建元自体が倒壊する最悪の事態は免れた。
ヴィルゴは
左腕が吹き飛んだ時の出血を円形に広げて自身を囲み、血文字で神の名を刻む。そして、出来上がった即席魔法円に魔女の膏薬を塗りたくり、仕上げに自身の陰毛を一本落とす。
もし魔法円作成RTAが存在したのなら、ギネス記録にでも登録されてそうな早業であった。
「これより
弾除けの術式。ベースとなる伝承は処女の陰毛を使ったお守り。『類感』によって、男性の玉が当たっていないことから、弾除けの効果を持たせる魔術である。
ヴィルゴは更に魔法円としての要素を加えている。防ぐのではなく、逸らすための魔術だ。
「…………考えたねぇ〜?」
「これで、貴方は
「それはどうかなぁ〜? 弾丸が当たらないだけで、外界からの干渉を防ぐわけじゃあないよねぇ? この決闘空間が解除されない限り、逃げ場なんてないんじゃなぁ〜い?」
ニタニタと、バキュームは怪しい笑みを浮かべる。
例えば、と。ルールの穴を突くように、思いつく手段を語り始める。
「決闘空間は密閉されてるから、酸欠を狙うとかぁ〜? 換気ができないなら、毒ガスや生物兵器もいいよねぇ? 後は、送風し続けて気圧を無理矢理上げるとかもどうかなぁ?」
「…………
「いやいや、事実を述べているまでさ☆ 〈
「成程、合点がいきましたわ。この遠回りな仕掛けは
「勘がいいねぇ……──めんどーな女だ」
初めに
クローンが〈
全てはその為だ。
ヴィルゴは宗聖司──ホンモノの方──の傷を見て、ため息をつく。
「ベースは丑の刻参りですわね? 同じ遺伝子・同じ見た目のクローン……『
先程、バキュームへの呪いが不自然に受け流されたのも似たような理由だろう。
つまり、彼女の死体を偽装していた今なお吊るされているバキュームのクローンへと呪いが流れた。そちらの魔術のベースは『
「貴方はどうしても
「……ほんとーに、怖いよねぇ〜。二十にも満たない
「科学者の癖に誰よりも魔術に詳しい貴方に言われると、皮肉にしか聞こえませんわ」
ヴィルゴの反論は無視し、バキュームは凶悪な笑みを浮かべる。
「でもでも、カラクリが分かった所で意味はないよぉ〜? もう〈
「………………………………、」
「まぁ、別にぃ〜? こっちとしては二人仲良く酸欠で死んでもらっても構わないんだけどねぇ〜♪」
だが、ヴィルゴはなんて事ない顔で。
とんでもないことを告げた。
「
「────はぁ?」
さしものバキュームも理解できない。
だって、それは、余りにも理解不能だった。
(なんだぁ? ナニが起こったぁ? 決闘空間が解除されたぁ? なんでぇ? どうやってぇ? どちらかが敗北したぁ? どちらの
どちらかが
バキュームとしては当然、〈
そして、それさえ達成できたなら他はどうだって良かった。
その後にヴィルゴに倒されようが殺されようが、バキュームには関係のないことだ。
だけど、結果はどうだ?
ヴィルゴは
「はっ、はぁ〜〜〜〜⁉︎ ヴィルゴちゃんが
そう考えたバキュームだが、
(なんだぁ? 視覚情報が熱源感知からごく僅かにズレているぅ……? …………っ、
決闘空間内から外界へ干渉することはできない。
それは必ずしも真ではない。正しくは
外に出られずとも、内から外へ伝わるものもある。
例えば、光や音といった
そうでなければ、ヴィルゴとバキュームは会話することすら不可能であっただろう。
そして、内から外へ光が伝わるとしたら。
バキュームは咄嗟に外界知覚手段を、
(ヴィルゴちゃんが倒れているこの光景は魔術によって魅せられた幻覚‼︎ ならッ、ヴィルゴちゃんはやっぱりソーセージちゃんを切り捨てたって────)
「──……ぁッ⁉︎」
「起こしてくれたのは感謝するけどさ、
だが、遅い。
それよりも早く、
「なぜソーreie7$%3
「|悪いが、ハッキングさせてもらった。とっとと
一瞬の接触。
ただそれだけで、言語中枢までもが掌中に収められる。
生物の肉体ほど精密で強靭なものはなく、機械は大雑把で脆弱だ。それはパソコンや家電を買い替える時間を思えば、その弱さが分かるだろう。
故に付け入る隙も多く、
「……ぁ、なぜっ⁉︎ 幻覚で惑わせられたのならっ、
「…………何の話だ?
「────ッ⁉︎」
幻惑の術式から解放された
「ありえ、ない」
「まぁ、何言っていますの?」
「二人とも生き残るなんてあり得ない‼︎ そんなご都合主義なんかッ、〈
「あらあら、目の前の真実を信じずに貴方の頭の中にある思い込みを押し付けるなんて……科学者の名折れですわね」
バキュームは指一本、髪一本すら自由に動かすことができず、それでもなお必死に状況を理解しようと
そして、気づく。
幻惑から逃れたミクロ単位の動きさえ観測する
「魔女の
「──正解ですわ」
魔術に慣れ親しんだ〈
バキュームはその一文を思い出した。
◆規則の二。対戦相手の指定は、挑戦者が決闘空間内にいる相手を宣誓時に視認することで決定される。
なるほど、ヴィルゴを対戦相手に指定することなど出来るはずがない。
「いっ、いや、まだ矛盾があるよぉ⁉︎」
「まだ納得がいかないようですわね」
「いくらヴィルゴちゃんを視認できていなかったからといって、細菌が対戦相手では決闘は成立しない‼︎
「あら、科学者ともあろうものが細菌の──
「──────あ」
細菌、
語源はギリシャ語の
「
「…………つまり、ヴィルゴちゃんの魔力を得た
「
バキュームは思わず息を呑んだ。
だって、それは、ヴィルゴが
最初に襲撃して来た『灰』の魔術師アドゥルテルは、全てのディルドを破壊しない限り倒されなかった。
同じように、ヴィルゴは全ての細菌を死滅させない限り倒せない
(ああ、なんて恐ろしい──)
機械の体に恐怖が宿る。
「なぁ、バキューム」
そんな時に、彼の声が聞こえた。
「なんでこんな事をした?」
彼の声は優しかった。
彼の声は温かった。
「オレ達はさ、仲良くやれてたじゃねぇか。確かに衝突することは何度もあったけど、それでも致命的な亀裂だけは避けられてた」
飴と鞭、
使い古された手には使い古されるだけの理由がある。
それは
「だから、オレに教えてくれよ。バキュームがこんな凶行に及んだワケをさ」
バキュームはその言葉に抗えない。
機械の躯体は既に
「──ぁ、たしは……か、みを…………」
それはもう確定した。
だから、次に知るべきものは一つしかない。
そして、少年少女は真相に至る。
そして、バキュームの唇から真実が溢れる。
「
◆神とは、人知を超えた超自然的・絶対的存在のこと。上位存在、高次知性体、
◆科学において、未だ観測されていない存在。魔術において、逆説的に証明されている存在。
◆第一の魔術において、神とは崇めるモノ。第二の魔術において、神とは目指すモノ。第三の魔術において、神とは貶めるモノ。
8/12:24335字
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9/12 賢者タイム突入
前話の黒塗りの部分、実はちゃんと読めます。
「……お前はナニを、言っているんだ……?」
『神を殺したかった』。
バキュームの告げた言葉に理解が及ばない。
だって、
「カミサマだって? バキュームはそんなもの信じてんのか?」
「あら、それは魔女として聞き捨てなりませんわよ。
「………………………………へぇー」
「全然信じていないですわねその顔⁉︎」
一体オレはどんな顔をしていたのやら。
カルト宗教に洗脳されてインターホン越しに布教してくる信者を見るような表情でもしていたのかもしれない。
生憎とオレは神を観測したことはなく、そもそも目にしたからと言ってその存在が証明される訳でもない。
オレが考えるに……『神』とは信じるモノで、『科学』とは疑うものだ。
だからこそ、オレは神を受け入れられない。
「神という概念が受け入れ難いのなら、上位存在でも
「…………つまり、神話的なカミサマなんかじゃなくて、圧倒的な力を持った宇宙人みたいなモンを神格化して崇めてるだけってことか?」
「厳密には違うのですが…………ま、まぁ? その理解でもいいと思いますわ。しかし、神の殺害を目的として『科学』を使うとは……合理的ですわね」
「それはどういう……?」
「
魔術が神の力を使っているだって……⁉︎
それはおかしい。オレが聞いていた話と食い違う。
魔術は『感染』と『類感』の原理によって成立する技術のはずだ。
「オレは魔術を使ってて全く神とやらを実感した記憶はねぇけど……」
「それは貴方が原始的な呪術──『感染』と『類感』の原理のみに則った極めて簡単な
「……意味は分からねぇけど、馬鹿にされてることだけは分かった」
『感染』と『類感』は基礎中の基礎で、魔術にとっては1+1みたいなものなのかもしれない。
「そもそも、どうして魔術が『魔』の『術』と表記されるのか、魔女が一神教から迫害されたのか知っていまして?」
「…………いや」
「答えは単純、魔女や魔術とは
それこそが全ての捩れの始まり。
古代において、魔術──当時はまだそう呼ばれていなかった神の力を利用する術──は数ある技術の一つに過ぎなかった。工術や算術と同じように、専門の者が専門の技術を待っているだけのことだ。
そもそもの話、『魔術』と『科学』に明確な境界線はない。
錬金術が化学の始まりであったように、魔術もまた科学と地続きの技術であった。
だが、一神教は他の神々を認めなかった。
故に神は悪魔となり、神秘の御業は邪悪な魔術となった。
「だっ、だけど、それは魔術師の理屈だろ? やっぱりバキュームがカミサマなんて信じてるのはおかしい‼︎ バキュームは科学者なんだぞ⁉︎」
「いやぁ? ヴィルゴちゃんの説明は正しいよぉ?」
その時、オレの頭にある考えが過ぎった。
荒唐無稽な考えだが、オレは何となく自信があった。
だからこそ、こう尋ねた。
「──お前、初めっから魔術師だったのか?」
「
全然違った。
まさか組み伏せているバキュームにすら罵られるとは……。
「ソーセージちゃんは知ってるよねぇ? 学術都市にはそれぞれ専門としている分野がある」
「あっ、ああ」
突然の話題転換に戸惑い、一瞬吃る。
指を一本ずつ折っていき、七大学術都市の専門分野を思い出す。
ノアズアークは自然科学。
ララ・ラピュータは応用科学。
SSSS-114514は形式科学。
オーシャン=セントラルは人文科学。
AIランドは唯一例外で、特定の分野に特化する事なく複数の分野を跨る学際的な都市だ。
「
秘匿機関SECRETは専門分野すら秘匿されている。
だが、今度こそ直感が囁いた。今の話の流れからして、専門分野なんて一つに決まっている。
「ま、さか……⁉︎」
「秘匿機関SECRET、その研究分野は──」
一息溜めて。
バキューム・フェラチオンヌはこう告げた。
「──
◆原始魔術とは、『感染』と『類感』の原理
◆通常の魔術とは異なり、神の力を利用することがない。よって、効果が小さい上に成功率も低い。
◆既に秘匿機関SECRETによって、科学的に再現されている。
「別に驚く事じゃないよねぇ〜? 遥か昔は雷だって神話の領域だった。ヒトの手が届かない圧倒的な神秘だった。だけど、その
当然のように。
常識のように。
なんて事ないようにバキュームは言う。
「オカルトなんて気取っているが、それは結局
科学万能主義。
それこそは現代を席巻する
もはや狂信とさえ言える『科学信仰』は、『科学』を名乗りながらも疑うことなく『科学』を信じている。
「そんなのッ、あり得るのか⁉︎ あんな摩訶不思議な現象が現代の科学で説明出来るとでもッ⁉︎」
「…………魔術を科学で解明するという試みは有史以来何度も行われましたが、そんなものが成功したことなどたったの一度もありませんわ。科学なんかじゃ原始魔術すら──」
「いつの話をしてるの〜?
「……
21世紀なんて何十年前だと思っている⁉︎
オレはまだ産まれちゃいないし、前半ともなれば100年くらい前だ。
「例えば『感染』の原理は量子もつれから、『類感』の原理はユングのシンクロニシティから説明できるねぇ〜♪」
「ヴィルゴの使う魔術は⁉︎ 魔力とかいう意味不明なエネルギーはどうなるッ⁉︎」
「魔女の膏薬も薬学の延長線上にあるものだし、魔力だって不確定性原理におけるゆらぎが大きくて観測者によって状態が変わりやすい特殊なエネルギーと考えればソーセージちゃんも納得がいくんじゃないかなぁ〜?」
「…………っ⁉︎」
何か言い返したかった。
だけど、口から出るのは意味のない吐息だけ。
天才であるオレ自身がバキュームの理論に納得していた。説明は足りないが、きっと彼女の理論に瑕疵はない。
納得できるはずだ。
間違いなんて存在しない。
それなのに、オレはまだ言葉を紡ぐ。
「…………だったら、『射精魔術』は……?」
苦し紛れの反論。
だけど、その返答は意外なものだった。
「
「…………は?」
思わず、言葉が途切れる。
オレの考えなしの発言は、バキュームの核心を射抜いていた。
「『射精魔術』──
第三の魔術。
神に祈るだけの魔術を第一、神に成ろうとする魔術を第二とした時、三番目に当たる最新の魔術様式。
「そもそも『神』ってヤツが『科学』で定義できないんだぁ。それは本当に気まぐれで、なのに現実に与える影響が大きい。
「…………まさか」
「第一の魔術はまだマシだった。神へ祈願するだけの魔術は成功率が低い。第二の魔術は大したことはなかった。神へ至ろうとする魔術も結局はヒトの力から逸脱していなかった。でも、だけど、
「まさかテメェ……⁉︎」
「
「
隙間の神とは、現時点での科学知識で説明できない隙間に神が存在するという思想だ。
言い換えれば、『
バキュームの目的はその究極だ。
即ち、世界全てを『科学』で解明し尽くすことで神の居場所を消し去る計画。さしづめ『虚空の神』とでも言ったところか。
「神を直接観測することはできない。神を明確に定義することはできない。だったら、外堀から埋めていくしかないよねぇ? つまり、
「観測できない場所にこそブラックホールが存在するようなもんか……」
「そして、それには多くのデータと高性能な演算装置が必要なのさ☆
つまり、それがバキュームの動機。
オレはバキュームにとって釣り餌に過ぎなかった。
『黒』の勢力に
なるほど、科学者の目的としては納得ができる。バキュームの目論みは途中まで上手くいっていたのだろう。
唯一の予想外と言えば、オレの生存か。
実際に『黒』がオレを手に入れることはバキュームの本意ではないだろうし、逆にオレ自身が
故に、オレの命を狙ったのか。ヴィルゴとの直接戦闘を避けるために、遠回りな方法で。
「お前の知識欲……探究心か? それには共感できるな……」
「……セージはこの方の所業を肯定するという事ですの?」
「いや、そういう訳じゃないけどさ。世界のことを考えろ、なんて……〈
「でしょでしょ〜? 命を狙われた事で怒るのは当然だけどさぁ、ここは見逃してくれないかなぁ〜?」
「だけだ、一つ疑問に思うことがあってな。お前の目的は神の解明なんだろう?」
「? そうだけどぉ〜?」
単純な疑問。
ハッキリとオレは尋ねた。
「
神は観測も定義もできないから外堀から埋める?
寝ぼけてんのか?
「
「…………ッッッ‼︎‼︎‼︎」
ピキッ、と。
バキュームの表情筋が固まる。
表情を
「結局さ、それは探究心なんかじゃなくてただの嫉妬だよ。テメェが人生をかけて研究していた
「ちッ、ちがっ……⁉︎」
「何が『科学』だ。何が『神』を殺したいだ……‼︎ 全部テメェの見栄を守りたいがための戯言じゃねぇかッ‼︎ オレに魔術を打ち明けてッ、研究の為に
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッ⁉︎ 黙れぇッ‼︎」
バチバチッ‼︎ と。
感情出力機能がバグるほどの怒りが彼女から発せられたのだ。
「ソーセージちゃんに長々と自分語りをしたのは何の為だと思ってる⁉︎ 自爆シークエンスの時間稼ぎをするためさッ‼︎」
「へー」
「この
「ほーん」
「余裕ぶっていられるのも今のうちさッ‼︎ この研究室ごと全部吹き飛ばしてぇ…………────ッ⁉︎」
「
バキュームの言葉が途切れる。
それも当然だ。自爆シークエンスが作動しているのにも関わらず、
「研究室を吹き飛ばすほどの自爆? そんなもん、とっくに対処済みに決まってんだろ」
「なっ、なんでぇ……ッ⁉︎」
「脳みそがここに無いなんて、んなこともとっくに分かってんだよ。
「────ッッッ⁉︎」
複数の端末を経由して煙に巻いているが、そんなもんでは〈
バキュームの居場所は南極にある氷山の内部だ‼︎ きっと、そこには秘匿機関SECRETの本拠地が存在している。
「どうやってぇ……⁉︎ あたしは位置座標は単純な演算力じゃ割り出せない‼︎ ハッキングの腕だけじゃ説明できないッ、幾重にも魔術防壁を重ねていたはずなのに……ッ‼︎」
「今更ナニを言ってんだ? 魔術を科学的に解明したのはテメェだろ」
「……………………
「
オレは魔術を理解できていない。
だけど、その解き方だけは分かる。神託機械によって答えをカンニングすればいい。
それがどんな複雑な魔術であれ、『神』を解明できていない秘匿機関SECRETの使用する魔術は人知が及ぶ範囲にあるのだから。
「どっ、どうするつもりかなぁ? あたしの位置が分かっても、AIランドからじゃ14000kmは離れている。ソーセージちゃんの科学でも、ヴィルゴちゃんの魔術でも、ここまで手は届かないでしょ?」
「何の問題もねぇよ。この
「──完成しましたわ‼︎」
ヴィルゴがぴょんぴょん飛び跳ねる。
頼んでいたものが完成したようだ。
「準備はできたか?」
「ええ、ぴーでぃーえふと言うのですか? ちゃんと変換しましたわ!」
「なにを──」
「貴方の言う通り、
つまり、と。
魔女は何処か嬉しそうにこう告げた。
「
見たら死ぬ絵というものがある。
視神経を通って脳にまで至る呪いだ。
だが、これはそれとは似て非なる。
ニヤニヤ、と。
オレもヴィルゴと同じように笑みを浮かべた。
「科学者のよしみで情けをかけてやったんだ。感謝しろよ? 何たって、これ以上手を出すつもりがないのなら何も起きないんだから。それとも、まだ何かするつもりだったか?」
「───────」
「あっ、そうか。用意周到なテメェの事だ、
直後。
なんて事はない。
ありふれた一人の
◆第一の魔術とは、神に祈りを捧げて力を借りる魔術。雨乞いなどが代表的だが、成功率は低い。
◆第二の魔術とは、神へと至ることで力を獲得する魔術。カバラなどが代表的だが、実際に神と同格の力を得た例はほとんど無い。
◆第三の魔術とは、神を屈服させて力を奪い取る魔術。射精魔術、
こうして、
今回の事件は終わりを迎えた。
「お見送り感謝しますわ」
「別にいいよ。感謝してんのはこっちの方だからさ」
AIランド外縁部。
外と都市を繋ぐ港にオレ達はいた。
目の前には、ヴィルゴが所有しているオレンジ色の小さな船がある。
事件が終わったという事は、ヴィルゴの護衛も終わったという事だ。
故に、彼女はこのAIランドを去る。
「バキュームの端末から誤情報を流したため、もう貴方を狙う刺客はいませんわ。加えて、『黒』の主犯格が『白』のトップに倒されたという情報もあります。安心してくださいませ」
「ありがとう。…………寂しくなるな」
「そんな顔してはいけませんわ。3月26日に
「ああ…………そう、だな……」
オレがTSしてから3日。
たった3日間だけだったけど、体感では9週間くらい一緒にいた気分だ。
オレの味方はずっと彼女だけだった。
彼女だけが信頼できる人間だった。
だから、寂しいというより心細いという表現が近いのかもしれない。
「……そういや、ヴィルゴは『白』から一時的に離反してたよな? 戻って大丈夫なのか?」
「問題ありませんわ。もちろんガヤガヤと喧しい連中はいるでしょうが、『白』のトップはそこまで狭量ではありま──」
「────
声が聞こえた。
しわがれ声だった。
それは枯れ木のような体から出ていた。
だけど、その枯れ木は
「フォッサマグナ様……‼︎」
「……誰だコイツ?」
「コイツ……⁉︎ 何て口を叩いてますの⁉︎ この方こそは
白髪の老人はコツコツと杖をついて歩く。
その腰には短剣が、胸元には円盤が、顔には仮面のように
「それで? 今頃トップ様がノコノコと何の用だ?」
「セージ⁉︎ 口を慎みなさい‼︎」
「
フォッサマグナはローブはためかせ。
そして、懐から
何でこのジジイオナホを待ってんの?????
意味が分からない光景に、脳がバグる。
だけど、現実は待ってくれない。
「
「────は?」
船舶を蒸発させてもなお減衰することのない閃光は、海面にまで届き
もしも、海面を測っている学者がいれば驚いた事だろう。
「うおおおおおおおおおおおおおおおッッッ⁉︎」
「きゃああああああああああああああッッッ⁉︎」
AIランド全体が揺れた。
何の対策もなければ海面に浮かんでいたAIランドは文字通り
現在、AIランドは反重力装置によって空中に浮いている。使われている技術は
「…………なんだよ、アレ」
「
5000メートル級の津波。
問答無用で世界最大級に違いない。
恐竜が絶滅した際の隕石による津波が300メートル級だったことも考えると、人類絶滅クラスと言っても過言ではない。
とは言っても、本来の津波の測り方とは違う。
海が干上がった反動として生じた津波だ。その高さもまた、
反重力装置によって空中に浮いている現在から考えて、海面からの高さは100メートル程度だろう。
「これが……ヒトの魔術だと言うのですか⁉︎」
「…………この世の終わりみてぇだな」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッッ‼︎‼︎‼︎ と。
竜巻が渦巻く。雷雲がうねる。
急激に蒸発された大量の水蒸気が
その台風に秘められたエネルギーはマグニチュード9.0の地震すらも容易く飛び越える。鋼鉄すら無理矢理に引き千切る
「吾輩の実力を理解したであるか?」
コツン、と。
静かに、轟音を立てて蠢く災害によって掻き消えそうなほど大人しく杖の音が響く。
だけど、忘れるな。
「問答は無用である、矮小なる虫よ。汝との会話、それら全てに意味はない。ただ吾輩は汝を滅するのみ」
その者を称する異名は無数に存在する。
白の賢者、『白』の頂点、濁る事なき純白、沈まぬ太陽、生きる伝説、
しかし、数多の異名あれど真にその者を表すのに足る言葉は一言で済む。
即ち──
「さぁ、
──
◆三賢者とは、現代魔術の基礎を創り出した三人の魔術師のこと。三人で神を術式に取り込んだとされる。
◆黒の賢者とは、射精魔術という魔術系統の開祖。錬金術の使い手で、享年は1999年。
◆灰の賢者とは、
◆白の賢者とは、
9/12:19339字
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10/12 WHITE ONA-HOLE
12話で終わらないよぉ!!
低脳の
最も単純な『第一の魔術』とは神頼みよ。
とは言っても、大したモノではないわ。魔術だなんて大仰に表していても、所詮は
ただ、その相手が
ただし、『第一の魔術』は成功率が低いわ。
当然ね。お賽銭としてワンコイン投げ入れて神社で祈るのと同じで、願ったからといって必ずしも叶うとは限らない。
神が力を貸すかどうか、貸したとしてその力はどれ程か。それらは全て
だからこそ、
簡単に言えば、
紀元前から存在する様々な儀式──雨乞いの際に神を楽しませる舞いを奉納したり、橋の建設前に無事を祈って生贄を水中に沈める人身御供などがこれに当たるわ。
もっと分かりやすく言い換えるなら、それは
この時代は善かったわ。
さて。
愚痴はこれくらいにして。
『第二の魔術』、人の身でありながら魔術の修練によって神の領域へと至る方法論。
カバラにおける
神の力に頼る事なく自力で超常現象を引き起こす技法。もちろん、自分の意思で起こすのだから成功率は100%に決まっているわよね。
ほんっと最悪。
特に、近代西洋魔術結社とか虫唾が走るわ。『黄金』の連中に目をかけた
ただ、『第二の魔術』にも限界はあるわ。
単純に効果が小さい。当たり前よ。
結局、
でも、だけど。
1999年に産み出された『第三の魔術』。
◆あら、
嵐の夜。
暴風で馬鹿みたいにおっぱいが揺れる。
世界の終わりのような光景を背後に、オレは最強の魔術師と向かい合う。
「待てよッ‼︎ なんで『白』のトップであるテメェがヴィルゴの命を狙う⁉︎ 『白』を裏切ったっつっても人命を優先しただけじゃねぇか‼︎」
「問答に意味はないと言わなかったであるか?」
目蓋を開けることなくフォッサマグナは言う。
隙だらけのようにも見えるが、オレは既にヤツの放つ魔術の威力を知っている。何よりも、フォッサマグナから放たれる威圧が誤魔化しようのない実力差を伝える。
戦闘すれば敗北は確実だ。なんとか会話を続けなければいけない。
「テメェもヴィルゴを殺すのは嫌々なんじゃねぇのか⁉︎ でもなけりゃッ、わざわざオレ達の前に姿を現す必要はねぇだろッ⁉︎」
「聞き分けがないであるな、少年。だが、吾輩の威圧を前に盾つけた度胸は認めよう。褒美として質問に答えるのである。…………そこの
「わっ、
フォッサマグナは皺が深く刻まれた顔をヴィルゴの方へ向ける。
その顔に皺はあれど傷は一切存在しない。
目の前の老人が歴戦でありながら常勝なのだと顔が語っている。
「汝に罪はない。汝は悪ではない。
「…………ッ⁉︎」
「……遺言はそれでいいのか? ジジイッ‼︎」
「ふむ、少年を巻き込む気はないのであるが……世界を維持するためには仕方ないのである。害虫と心中するがよい」
交渉は決裂した。
老人に目的を妥協する気配は見えなかった。
ならば、仕方がない。
オレ達は殺し合うしかない。
ヴィルゴが
ゴッ‼︎ と。
スク水型
(どれだけ強力な魔術を使えたとしても、その反射神経は老人のものだ……‼︎ だったら、魔術を使われる前に一撃で仕留める‼︎)
目算で5トンと言ったところか。
鉄筋コンクリートの瓦礫がフォッサマグナを上からのし掛かり──
「
──バキィッ‼︎ と。
フォッサマグナに衝突した瞬間、粉砕された。
「彼にあらゆる攻撃は効きませんわ……‼︎ フォッサマグナ様こそは現代魔術を生み出した賢者の一人‼︎
◆規則の三。決闘空間内では、決闘する両者は対戦相手以外からの外的要因での干渉を無効化する。
「〈
「決闘空間を構築する度に
「──
答えながら、フォッサマグナはオナホをオレに向ける。
そして一閃。じゅわっ、と濁ることなき白光が空間ごとオレを溶かす。
「
「……
「くたばれジジイッ‼︎」
至近距離からオレの声が響く。
反射的に、フォッサマグナはオナホをオレの声がする方へと向けた。
音源は指向性スピーカーによるフェイク。
二重のフェイクを重ねて真横に飛び出す。
全てはこの一撃のため。
「ぶちかましなさいッ、セージ……‼︎」
「『
オレの持つ特殊体質。
〈
アドゥルテル、テスティス、クローンソーセージなどを打ち破ってきた拳がフォッサマグナの顔を穿つ。
同時、
「────なッ⁉︎」
「
それでも。
フォッサマグナは無傷でそこに立っていた。
避けられた訳じゃない。魔術で反応された訳でもない。
初めての感触。だけど、オレは咄嗟に叫んだ。
「
『
干渉を無効化された。
「あり得ませんわ……‼︎ セージの『
「ふむ、逆であろう。これまでが例外だったのである。〈
『
だとすれば、今までの例外は何だったんだ……⁉︎
それとこれとで何の違いがある⁉︎
場違いな疑問に思考が占拠される。
オレはフォッサマグナを目の前にして絶望的な隙を晒してしまった。
「次は吾輩の番であるな」
メキメキメキィッ‼︎ と。
オナホから放たれた衝撃波が横腹を抉る。
幻覚対策だろうか。その衝撃は上下左右360度全方向に向けて放たれた。至近距離にいたオレが避けられる訳がない。
その一撃に踏ん張れる筈もなく、高層ビルの壁にめり込むようにオレは吹き飛ばされた。
「ごがっ、ぐ……ッ⁉︎」
骨が何本か持っていかれた。
内臓が潰れたような感触もある。
だけど、オレは痛みに呻きながら疑問に思った。
(……
確かに痛いし、重傷だろう。
だが、五体満足であり
フォッサマグナが天災を招いた閃光の一撃に比べれば、こんなの屁のようなモノだ。
そこで気づく。
オレの背後にはAIランドがあった。
「そう、か。テメェは『白』のトップで正義の味方……つまり、
「それがどうしたであるか? 吾輩と少年の圧倒的な実力差は、その程度の
フォッサマグナが手を振るう。
掠っただけで消滅してしまうような一撃必殺の魔術だが、それを振るう老人の手は年相応に遅い。
しかし手の動きに合わせて避けようとして、ギリギリで
(
「真後ろですわ‼︎」
声が聞こえても体は動かない。
代わりに、ヴィルゴの魔術が発動した。
フォッサマグナの魔術に干渉することはできない。故に、その魔術はオレを遥か上空へ放り投げた。
それこそが唯一の生存ルートだった。
上空から俯瞰することで、やっと見つける。
「
「
オナホールが一人で飛び回り、白い閃光を放つ。
もしもあと数センチでも下にオレの身体があれば、容赦なく光に飲み込まれて消え去っていただろう。
(いや、光……
シンプルイズベストを代表するような魔術。
単純が故にハーレム15000の魔力が十全に働き、単純が故に対策できることも少ない。
「
「大した理由ではない。アーサー王伝説において聖剣よりも魔法の鞘が重視されるように、吾輩もまた
それに、と。
フォッサマグナは続けて告げる。
「
フォッサマグナは下半身を露出する。
そこにあったのは老いぼれて不能になったジジイのチンコではない。
「見るがよい。余りにも巨
直後の事だった。
闇のチンコが世界ごとヴィルゴに喰らいつく。
「ヴィルゴ……⁉︎」
「ぁッ、……ぶじッ、ですわ……‼︎ ええ、無事ですとも‼︎ かすり傷は負いましたが‼︎」
「何処がかすり傷だ……⁉︎ もろ致命傷だろうがッ‼︎」
ヴィルゴは魔除けの術式を発動していた。
魔を跳ね除ける術式ではなく、
「これは自切ですわ‼︎ あと一秒でも切り離すのが遅れていれば、身体全部が暗闇の中に飲み込まれていましたわ……‼︎」
「ブラックホールかよ⁉︎」
ブラックホール。
言いながら、それだと思った。
脳が覚める、頭が冴え渡る。
オレの直感が閃きとなって降りてくる。
だが、オレのシナプスよりも速くフォッサマグナは策を巡らせる。
「ちょこまかと面倒であるな。
いつの間にか、闇のチンコが地面に広がっている。だから、厳密には重力ではなくチンコへの引力なのだろう。
ヴィルゴの話では肉体全部が引き寄せられるほどの引力だったらしいが、今感じるのはせいぜい立ち上がれない程度だ。効果範囲を広げたことで、引力自体は弱まったのかもしれない。
しかし、それにしても……
「──っ、これ程の引力ッ、そのナリで星と同じクラスの質量か⁉︎ テッ、メェ……‼︎ チンコが
「これで終わりと思ったであるか?」
「…………ッ‼︎ セージッ、上ですわ‼︎」
「……なん、だ?」
初め、それは星に見えた。
空に輝く無数の流星群。
だけど、その真実は残酷だ。
地を這い蹲るオレ達の元へと堕ちてくる大地を滅ぼす凶星。
その総重力は
「〈
タイムラグなく、〈
宇宙エレベータ建設時に搭載されたスペースデブリ迎撃システムが作動する。本来は宇宙エレベータとスペースデブリの衝突を避ける為の物だが、仕方ない。
最新鋭の宇宙兵器が地球へ落下する10万トンの99.99%を撃滅する。それでも、100トンの流星雨は降り注ぐ。
「────ッ‼︎」
そんな鋼鉄の雨の中、ヴィルゴは疾走していた。
(いくら無限に〈
駆け出したのはオレの叫びと同時。
ヴィルゴはもはや声を出す余裕すらない。
シンデレラドレスの人体改造術式によって超人となったヴィルゴにとっても、その超重力はあらゆる力を振り絞らなければ抗えないものだった。
あらゆる干渉を無効化するフォッサマグナに対して、どんな策があるのかは分からない。
だけど、せめてオレは自分が分かったことだけでも伝える。
「
「────フ」
オレの声が聞こえたのか、ヴィルゴは口の端に笑みを浮かべる。
バイク、看板、ビル。嵐によって地面はガタガタで、暴風によって様々な障害物が飛んでくる。足場は濁流に飲み込まれ、空からはスペースデブリが降り注ぐ。
何より、ドローンオナホが放つ閃光は当たれば一発ゲームオーバーのクソ仕様だ。
そんな
雨ニモ負ケズどころの話ではない。今日の天気は嵐のち津波、時々スペースデブリの中を駆け抜ける。
(──流石ですわね、セージ。術式の構造を解明する手掛かりになりますわ。……しかし、ブラックホールと
地面を凹ませる強い踏み込み。
超音速で縦横無尽に跳び回り、やがてヴィルゴはフォッサマグナまであと一歩という射程に到達する。
(これでッ‼︎)
「──な、ん」
「押さえつけるのが駄目ならば、放り出すだけのことである」
視界の端にブラックホールチンコが映る。
地面にあったはずのそれは、気づけば上空へと移動していた。
深海でもがいているようだった。
息はできる。苦しくはない。だけど、どれだけ手足を動かそうが動くことはできない。
ヴィルゴは宙で磔にされている気分だった。無重力になる直前に地面を蹴っていたからこそ、なす術なく空を漂っている。
言い換えれば、
「赦せとは言わん。だが、受け入れろ。
直後、視界が白く染まる。
ヴィルゴの
「よお、オレを無視すんじゃねぇぞ」
「……『科学』であるか。星の理すら覆すとは厄介であるな」
オレはヴィルゴを脇で抱えてこむ。
フォッサマグナの攻撃が当たる寸前の所で、
「それ、は……?」
「
電子ロックがかかっていたが、そちらは普通にハッキングで解除した。
「フォッサマグナに突っ込めばいいか⁉︎ 大した速度は出ないから攻撃を避けられてもあと一回か二回だぞ⁉︎」
「いいえッ、空を飛べるなら都合がいいですわ! あっちへ‼︎」
我武者羅に、後先考えずエンジンを吹かす。
まったく、ヴィルゴはどうやってあんな所へ行こうとしていたのか。フォッサマグナを踏み台にして跳び上がろうとでもしていたのかもしれない。
「貴方の魔術、たとえハーレム15000なのだとしても強すぎますわ。ですから、何かの神の力を引き出しているのは間違いありませんわね。貴方の服装も、その為でしょう?」
フォッサマグナが身に纏う
左手が掴む
四属性の調和は、この『場』を神の力が現れるに足る神殿へと調整する。神働術師であるフォッサマグナとしては当然の所作だ。
「では、貴方が引き出した神とは一体何でしょうか。ヒントはブラックホールとホワイトホール。そして、
こうでもしなけりゃ、フォッサマグナの猛撃を躱わす事ができない。
オレの膝の上で、ヴィルゴは高らかに謳う。
それは挑発か、勝利宣言か。或いは口撃の一種かもしれない。
どちらにせよ、彼女の口上はもう終わる。
「ナニをするつもりであるか……⁉︎」
「ヤっちまえ、ヴィルゴッ‼︎」
「
男神ハディート、セレマ宇宙論において無限小に収縮を続ける球体と表現される神。
女神ヌイト、セレマ宇宙論において万物の究極の源と表現される神。
「それが分かったから何であるか? 汝には吾輩を傷つけることなど出来まい‼︎」
じゅわっ、と。
オナホから放たれた閃光がヴィルゴの指を溶かす。
呆気なく、味気なく。
「………………あ?」
ぽた、と。
フォッサマグナの鼻から血が垂れる。
オナホの呪いがフォッサマグナのチンコに到達した。
「──破られ、た? 規則の三がであるか⁉︎」
「いいえ。外的要因は貴方には効きませんわ。
ハディートとヌイトの結合によって、あらゆる事象は生まれるとされる。
逆に言えば、事象が存在する限りハディートとヌイトは結合している。それはブラックホールとホワイトホールはワームホールを通じて繋がっているとも言い換えられる。
つまり、
外からの干渉が効かないのであれば、
「吾輩の視界がッ⁉︎」
「理論がめちゃくちゃな上に初めてやった方式なので、大した呪いは乗せていませんわよ。
そして、
「ここからが本番。始めますわよ、〈
タイミングよく、決闘空間が再構築される。
オルゴールが自動で宣誓を奏でる。
『聞け、我が目を受けし汝、魔法名
初めてフォッサマグナと同じ舞台に立つ。
手の届かない絶望なんかじゃない。相手は今、殴れば傷つく場所にいる。
オレ達はヤツに一矢報いたのだ。
「────ぁ」
「認めよう、汝等こそ吾輩を最も追い詰めた難敵だと。その上で尋ねよう」
じゅわッ‼︎ と。
閃光が真横を通り過ぎた。
余波で吹き飛ばされたオレは頭から地面に衝突した。
脳が揺れる、血が噴き出る。そんな頭のまま焦げ臭い
意味が分からなかった。訳が分からないまま、気持ち悪くなってゲロを吐いた。
「〈
視界をジャックして、対戦相手にヴィルゴを指定させた。
なるほど、確かに大金星だ。干渉すらできないフォッサマグナが、殴れるようになった。
天上にいる魔術師と同じ舞台に立つことができた。
正面から戦えるようになったからなんだ?
相手は魔術において格上である〈最強〉。
正面から戦えば負けるに決まっている。
勝率が0%だった現在から、小数点の彼方に1が付け足されただけなのだ。近似値で言えば、どちらも0で変わりない。
にも関わらず、一瞬気を抜いた。
その
「………………ヴィル、ゴ…………」
返答はない。
それもそのはず。
腰から下が消滅したが助かったことはある。
だけど、これはそんなものじゃない。
心臓も、脳味噌も、何かもが消え去った。
血の匂いはしなかった。
自分のゲロの匂いで鼻がツーンとする。
海が干上がったように、彼女の血もまた全てなくなったのだろう。むしろ、下半身が残っていることが奇跡なのかもしれない。
涙は出なかった。
怒りも湧き上がらなかった。
心にあるのは使命感だけ。
「害虫を殺した今、汝に用はないのであるが……」
「オレはテメェに用がある」
「…………で、あろうな。ならば仕方ないのである」
震える足でオレは立ち上がった。
目の前には〈最強〉フォッサマグナがいる。
「じゃあ、始めようぜ」
「では、始めるのである」
男とTS。
老人と若者。
魔術師と科学者。
〈最強〉と〈最弱〉。
何もかも真逆なオレ達は、声を揃えて告げた。
「「〈
◆規則の六。
◆逆説、魔杖及び代替魔杖が破壊されない限り決闘中は死ぬことも敗北することもない。
10/12:20955字
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11/12 鋼鉄の処女
12話に収まりそうにないので滅茶苦茶駆け足で進みます。
それでも12話は無理だが???
『射精魔術』、それは世界最先端の魔術。
即効性のある性魔術と数億単位の生贄を組み合わせた効率的かつ最強の術式。
その原理は単純な様に見えて、醜悪よ。
……ほんっと
『第一の魔術』は成功率が低い。
『第二の魔術』は効果が小さい。
だからこそ、それは編み出された。
滅茶苦茶な理論だわ。
お金が無いから銀行強盗をするようなものよ。
お金持ちがお金を貸すのを渋っただとか巫山戯た大義名分を掲げて、自分でお金を稼ぐのは諦めて、お金がある所からむしり取る。それが『第三の魔術』よ。
そんなの、赦せる訳ないわよね?
だから、
◆ま、今は関係ない話よ。
◆少年とクソジジイのバトルには関係ないわ。
◆…………あの子って、少年でいいのかしら?
フォッサマグナとの決戦が始まる。
絶望的な戦いだ。勝ち目なんてある筈もない。
故に、オレに出来ることは一つしかなかった。
「ああああああああああああああああああッ‼︎」
正面から突っ込む。
雄叫びをあげて、震える脚を誤魔化す。
そうでもしなければ、オレは走ることすら出来なかった。
正直、オレの身体は既に限界を超えている。
いつ倒れてもおかしくない所の話ではなく、今なお動けていることがおかしい。
骨が何本も折れている。内臓の修復は間に合っていない。閃光の余波で吹き飛ばされた時に左半身に大火傷を負った上、左目はほぼ間違いなく失明している。
足腰はまともに動かない。身体の動きを
加えて、地面と衝突した際に頭を打ったようで、額から流れる血が止まらない。そのせいか、オレの天才的な頭の回転力も7割減だ。
(不思議な気分だ……もはや痛みすらねぇ。ただ一歩踏み締める度に、体が剥がれていくみてぇな感覚がある。きっと、オレの体はあと3分も──)
余計な思考を振り払う。
後の事なんて知ったことか。
オレの余命が180秒だとしても、その全てをフォッサマグナをブチ殺すために使い尽くせ。
「殉死を選ぶであるか。或いは敵討ちであるか? いずれにせよ、戦うというのであればオナホを超えてみせるがよい‼︎」
ガガガガガガガガッ‼︎ と。
純白の雨が降り注ぐ。
ドローンオナホから射出される無数の閃光がオレを狙って世界を溶かす。
防ぐことすら出来ない馬鹿火力。余波だけで致命傷を負うレベル。その威力はオレの左半身が痛いほどに知っている。
「……射角から着弾位置を演算し、致死圏を予測したであるか⁉︎ この一瞬でッ⁉︎」
「テメェの攻撃は威力が強すぎて曲がる事がねぇ。真っ直ぐで逆に演算しやすいくらいだぜ」
「そんな訳があるか‼︎ 銃弾程度ならともかくッ、核兵器以上の威力を持つ魔術に対してそんなことできる訳が……⁉︎」
確かに、一撃でも食らえば死ぬ。
ほんの少し掠めただけでも死ぬ。
──
余波を受ければ致命傷を負う。
それはオレの左半身が証明している。
閃光の余熱が身体中を焼く。
衝撃波によって骨が粉砕骨折する。
様々な破片が肉の中へと食い込む。
それでも、足は止まらない。
それは無様な走りだった。
一歩前進したかと思えば、二歩下がり。
時に地面を転がって攻撃を避け。
服は泥と血に塗れて黒く染まり。
顔は汗と涙と鼻水でぐちゃぐちゃで。
たまに閃光の余波に乗ってショートカットを図る。
メチャクチャな足取りだった。
だけど、オレとフォッサマグナの距離は少しずつ縮まっていた。
「……埒が開かん。吾輩のペニスに呑まれて死ぬがよい」
ゴゴゴゴゴゴココゴッ‼︎ と。
世界に純黒の穴が開く。
喧しい掃除機のような音を立てて、足場の瓦礫ごと引き摺り込まれる。
今度こそ、避けられない。
ブラックホールチンコは大きさを自由自在に操れる広範囲攻撃。加えて、触れたあらゆるモノを吸い込んで塵に変える。防ぐことも出来ない。
闇が迫る。
閃光よりは遅く。
しかし、決して逃げられぬ速度で。
そして──
「なんっ、であるか⁉︎」
「簡単な事だ。
たとえ神の如き力を得たとしても、神そのものではないフォッサマグナは〈
◆規則の五。戦闘区域は地形によって決定され、制限時間終了か勝敗が決まるまで出ることはできない。
「いやッ、しかしッ‼︎ 決闘が開始されれば戦闘区域は固定のはずであろう⁉︎ 結界が移動するなどと聞いたことはないぞッ⁉︎」
「忘れたか? 戦闘区域は〈
思い出すのはバキューム・フェラチオンヌとの戦闘。
彼女は
「だがッ、矛盾しているのであるッ‼︎ 地面が傷ひとつ付かない無敵の防御であるならば、決闘空間の内側にいる汝がそれを動かせるのはあり得ないのではないかッ⁉︎」
「だったら、外から──
現在、海が干上がったことでAIランドは反重力装置を使って宙に浮いている。
その制御の一部に介入し、部分的に重力を逆方向に高めれば地面を浮き上がらせることなど容易い。
オレには
都市統括AIのハッキングも、上手く地面を操作する重力の演算も、コイツがあれば何とかしてくれる。
「だけど、どうやってである……⁉︎ 地面を操る術があるのだとしても、それは決闘空間の外側の装置であろう⁉︎ 決闘空間からは出られない筈なのに、どうやって外に連絡を──」
「『科学』には疎いのか、ジジイ? 決闘空間は外へ出るものを阻むが、音や光のような波の性質を持つものが内から外へ伝わるのは防げない」
「……まさか⁉︎」
「
電
言うまでもなく、波の性質を持つもの。
目の前の老いぼれが百年間見落とし続けていた〈
「
オレの口撃でフォッサマグナは動揺する。
その心の揺らぎは攻撃の手を緩める。ドローンオナホの閃光による弾幕は薄くなり、ブラックホールチンコのオレの足に追いつけない。
魔術とは、魔術師の精神状態によって左右される技法なのだから。
「ブッ飛べぇええええええええええええええ‼︎」
その一瞬の隙を突いて、地面を操る。
遠く離れていたフォッサマグナがオレのいる場所まで吹き飛ばされる。
交わる視線。
たった一秒にも満たない攻防。
オレは
しかし、フォッサマグナにはまだ余裕があった。
◆規則の三。決闘空間内では、決闘する両者は対戦相手以外からの外的要因での干渉を無効化する。
(
故に、フォッサマグナが狙ったのはカウンター。
オレの攻撃を防いだ後で、容赦なく一撃を喰らわせる溜め攻撃。
そして、
人間の神経をバグらせるに足る電撃がフォッサマグナを襲い──
(勝利したのである……‼︎)
──
ズドンッ‼︎ と。
それは落雷の音ように響いた。
(がア⁉︎ ……なっ……に、が……ッ⁉︎)
「油断したな? クソジジイ!」
『
『
それは間違いない。
だけど、そんな幻想を成り立たせていたナニかがある筈だ。
ヴィルゴとアドゥルテルの決闘には介入できた。
ヴィルゴとテスティスの決闘には介入できた。
ヴィルゴとクローンソーセージの決闘には介入できた。
フォッサマグナとその使い魔の決闘は介入できなかった。
そして、同時に思い出す。
規則の三を無視したモノはオレ以外にも存在した。
一つは〈
もう一つは
きっと、それと同じ。
『類感』か『感染』かは分からない。
だから、ヴィルゴの決闘には介入できた。
理由なんて分からない。
理屈なんてどうでもいい。
でも、分かることが一つある。
「もう一撃だァ‼︎」
「ッッッ⁉︎」
それさえ分かれば、後は何だっていい。
二度の雷撃はフォッサマグナの神経を灼き、チンコを覆っていたブラックホールが消滅する。
あるゆる攻撃を塵に帰す無敵の防御は無くなった。あと一撃喰らわせて、チンコを破壊すればオレの勝ちだ。
──なのに。
ぽろりっ、と。
右手から
どうにか拾おうとするも、握力は言うことを聞かない。左手に至っては、焦げた臭いが漂って使い物にならない。
そもそも、脚が震えて動かない。膝から崩れ落ち、オレの身体は道路上に投げ出された。
それは隙だった。
追い詰められていたフォッサマグナが仕切り直せる程度には、明確な。
そして、最強の魔術師は告げた。
「……
そう、つまり。
今までフォッサマグナは一切本気を出していなかった。
規則の三を悪用した外的要因の干渉無効も。
数多の天災を引き起こした純白の閃光も。
無数のスペースデブリを落とした暗闇も。
フォッサマグナはチンコをオナホに納める。
今、ブラックホールとホワイトホールが融合する。
「オナホは第一神ヌイト、ペニスは第二神ハディート。
ラー・ホール・クイト。
それはセレマ宇宙論における、女神ヌイトと男神ハディートが結合して生まれる子供。
この神が発生した時、全ての事象もまた発生するとされる。言い換えれば、
つまり──
「
避けられる訳がなかった。
それは一つの
決闘空間がなければ、地球どころか天の川銀河すら滅ぼしていたであろう超広域破壊魔術。
反応できる訳がなかった。
それは指数関数的な
宇宙の膨張速度は光速を上回り、視認することすら叶わない。
耐えられる訳がなかった。
それは史上最大の
文字通り、この
だから、オレにはやはり何も出来なかった。
だから、オレは死んだ。
◆それは、駄目。
◆だから、今回だけは力を貸してあげるわ。
深い、深い、海の底。
まるで深海で漂っている気分だった。
いいや、もっと正確に表現するならば。
羊水に包まれているような感覚。
光は遠く、音は弱く。
完全な虚無ではないものの。
淡い情動しかない静寂の世界。
そんな場所へ伝わってくる何かがあった。
『しょうがないわねぇ。今回だけよ?』
銀の糸が垂れる。
それは海上から放たれた釣り糸か、地獄へ伸ばされた蜘蛛の糸か。
あるいは肉体とアストラル体を繋ぐ
表現は何だっていい。
大切なことは一つだけ。
それはヴィルゴの魂を絡め取った。
『あなた、は……?』
『強いて言うなら、カミサマかしらね。自分で言うのは滑稽だけれど』
ヴィルゴの上半身は消し飛んだ。
だから、肉体的に見れば確実に死んでいる。
最先端の『科学』でも、彼女を救うことは出来ないだろう。
だけど、〈
ならば彼女の魂はまだそこにあり、魔術的に見ればまだ死んではいない。
『魔術の核は処女懐胎。聖母マリアが神の子を孕んだ方じゃなくて、女神イシスが処女のままホルスを産んだ神話の方よ?』
『女神イシス……
魔術の基点はヴィルゴの子宮。
彼女の子宮は魔女の大鍋と『類感』している。
そして、大鍋は死と再生を象徴する。
魔女の大鍋は秩序を溶かし、摂理を掻き混ぜ、新たな生命を育む。
『女神イシスは私とも相性がいい。同一視されてるくらいだものね? 加えて、母のイシスは人を蘇らせる権能を持ち、子のホルスは復活を象徴する神。だから、こんな屁理屈も罷り通る』
『まさか……
それは前代未聞の
裸の魂に服を着せるように、物質的な肉体が子宮の中で形成される。
『…………代償は? 無償の善意ではないのでしょう?』
『もちろん、何の代償もない訳じゃないわ。けれど、貴女ならそれを踏み倒せるし、今の状況ならかえって役に立つわ』
命は孵り、心は返り、肉は還り、魂は帰る。
意識が急速で浮上する。
蘇生、出産、転生。
呼び方は何だっていい。
新たなる生命が今、産まれ落ちた。
彼女の使命はただ一つだけ。
「フォッサマグナ……‼︎ 貴方にセージは殺させませんわッ‼︎」
◆女神イシスとは、エジプト神話における魔術を司る神。夫はオシリス、子供はホルス。
◆エジプト神話には、イシスが殺されてバラバラになってオシリスを復活させたエピソードがある。ただし、男根のみは見つからなかったとされる。
◆
だから、オレにはやはり何も出来なかった。
「────何?」
沈黙。
何も、起こらなかった。
フォッサマグナのビッグバン魔術は不発に終わった。
そして、驚愕は一つじゃない。
フォッサマグナは彼女を見て言葉を溢す。
「生きて、いたであるか」
「護衛対象を残しておちおちと死んでいられませんわ」
涙が込み上げる。
彼女が死んだ時には流れなかったものが。
今、暖かく頬をつたう。
「……何をした?」
「貴方は優れた魔術師ですが、それは『射精魔術』がありきのこと。〈
それこそが蘇生の代償。
女神イシスによって復活した夫オシリスが、しかし男根のみは見つからなかったように。
蘇生したヴィルゴもまた
本来なら、負けが確定する十分すぎる代償。
しかし、彼女はそれを踏み倒せる。
何故ならば、無数の細菌こそが彼女の
加えて、彼女はその代償を攻撃として用いた。
バキュームとの戦いがそうであったように、ヴィルゴの皮膚には無数の
故に、今回も対戦相手として指定されたのは細菌の一つで、それを代償として差し出したことで無理矢理に儀式は中断された。
「……確かに、驚愕したのである。ビッグバンが不発したことも、汝が蘇ったことも。だが、結局は初めに戻っただけであろう?」
「…………」
「汝等は苦労して吾輩を対戦相手に仕立て上げた。それを自身から捨てるとは、徒労であったな。吾輩が決闘空間を再構築すれば、規則の三によって汝等の干渉は無効化される」
「
フォッサマグナは反射的に下を見る。
ビッグバンの不発、ヴィルゴの蘇生。
様々な出来事が、
「オナ──」
「遅え‼︎」
地面からオレは飛びかかった。
右腕は痺れて使いものにならない。
左腕は焼け焦げて動かない。
フォッサマグナを倒す
「────ッ⁉︎」
ガブリッ‼︎ と。
オレは文字通りフォッサマグナに喰らい付く‼︎
「
側から見れば、それはフェラのようだった。
だけど、実際には奉仕の真逆。
チンコを噛み砕こうとするオレと、魔力でチンコを守ろうとするフォッサマグナの戦いだった。
「がああああああああああああああああああ‼︎」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお‼︎」
余りにも衝撃的な光景に、フォッサマグナの精神は完全に乱された。
打開策なんて思い浮かぶ筈もなく、魔力を込めた不随意魔術でそのチンコを守る。
(だがッ、ただの歯で吾輩の魔除けは貫けんッ‼︎ このまま耐え切れば……──ッ⁉︎)
フォッサマグナの視線が足元へ下がる。
その視線の先、オレの足は
「自分ごと感電させるつもりであるかッ⁉︎」
不随意魔術による魔除けの術式と、五感を狂わせる
顎に全力を込めて、オレは全力で叫んだ。
「とっとと
グチャッ‼︎ と、無慈悲な血の音が響く。
オレの歯によって、フォッサマグナのチンコは噛み砕かれた。
◆かくして、事件はおしまい。
◆めでたし、めでたし。
「聞くのである、〈最強〉を討ち果たした勝利者達よ」
これで全ての戦いは終わった。
そう思った時のことだった。
「事件はまだ終わっていないのである。吾輩が汝等を狙った理由を教えよう」
雌奴隷となったフォッサマグナは無慈悲な言葉を告げた。
「吾輩を倒したのならば、責任を取れ。
◆で──終わらないのが現実なのよねぇ?
「まずいッ‼︎ あと3時間もねぇぞ⁉︎」
「えっ? ですが……」
「説明は後だ! 急いでくれ!」
「わっ、分かりましたわ!
感動の再会を祝う暇もなく、オレとヴィルゴは箒に乗って高速で飛翔していた。嵐は既に去っている。
周りの目は気にならない。きっと、『科学』の街の住人は何かのプロモーションだと思って気にしないだろう。
オレ達がこんなにも急ぐのには理由があった。
「フォッサマグナの話……
最後の最後に残された爆弾。
一連の事件の
だが、この混乱に乗じて宇宙エレベータに細工をした魔術師がいた。
フォッサマグナの目的はその魔術の阻止だったらしい。
何でも、直接的に魔術を阻止することが不可能であるため術者候補をしらみ潰しに倒して回っていたようだ。
「彼の者は
「だったら本当に存在するのか、
その魔術こそが世界大戦誘発術式。
宇宙エレベータとバベルの塔に『類感』を働かせ、宇宙エレベータを順序正しく破壊することでバベルの塔の崩壊を再現する魔術。
神と同じ視点に立とうとした人を罰する為、神は人の言語をバラバラにして言葉が通じないようにした。同じように、世界大戦誘発術式が発動すると人々は他国の人間のことが理解できなくなり、あらゆる外交が不全となる。
それは結果として、人類が絶滅するまで終わらない第三次世界大戦を引き起こすだろう。
「ですが、まだ発動していないとなると特殊な条件が必要な筈ですわ。バベルの塔は同じ言語を使う者達が一箇所に集まっていました。
「…………ああ、それはフォッサマグナも言ってたな。だから、
3月26日に開催されるAIランド
開催式には国連に所属する全ての国家の官僚が招待されている。術式起動のタイミングは間違いなくここだ。
「
「いや、それがそうとも言えないんだ。空を見てくれ」
「?」
ヴィルゴは空を見上げた。
そこには一点の曇りもない青空が広がっている。
「ええと、これが何かありまして?」
「どう考えてもおかしいだろ。フォッサマグナとの戦いが始まってから一時間程度しか経ってない──
「…………ッ‼︎」
同時に、コンタクトレンズ型AR端末を操作する。
視界の右上は、今日が3月25日の21時であると示していた。
「これはオレの推測だが、決闘空間内と外界では時間の速度が違っていた」
「…………あり得ますの?」
「フォッサマグナはブラックホールを操ってただろう? 相対性理論では重力が強くなるほど時間の流れは周囲に比べて速くなるんだ。それを応用すれば、あいつは時間の流れも操れる」
「滅茶苦茶ですわ⁉︎」
ぐわんっ、と動揺で箒が大きく揺れる。
ヴィルゴの腰を掴んでいるオレの手がツルッと滑り、危うく地面の染みになりかけた。
「ちょっ危なッ⁉︎ 落ちますわよ⁉︎ もっと強く
「悪い……もう、握力が出ねぇんだ」
「…………貴方をここで降ろして、
強い口調はわざとだろう。
彼女はオレを気遣っている。
だけど、その心配を受け取るわけにはいかない。
「ダメだ。〈ネオアームストロング〉へ侵入することはできない。あそこは〈
最初から知っていたことだ。
魔術師は『科学』のセキュリティを掻い潜れない。
オレのマンションも、AIランド中央大学にも侵入できないヴィルゴが〈ネオアームストロング〉に入れるとは思えない。
「でしたら、どうやって──」
「
では、何故そんな場所に魔術が仕掛けられているのか。誰が、どうやって。
……胸に名状し難い不安が芽生える。だけど、それを言語化することができない。オレの直感が上手く働かない。
「…………ともかく、先を急ごう」
「ええ。魔術師からの妨害を警戒しつつ、ですわね?」
◆ 精神認証とは、
◆
◆あら、だったら魔術を仕掛けたのは一体誰なのかしらねぇ?
「……何もなかったな」
「……何もなかったですわね」
時速100キロで空へ駆け上がるエレベータに乗りながら、二人して呟いた。
魔術師による妨害。
或いは複雑怪奇な科学のセキュリティ。
そんな風に予想していたものは何なかった。
呆気ないほど簡単にオレ達はエレベータへ乗り込んだ。
「……管制室で敵が待ち構えている、とか?」
「ですがどうやって侵入するのですか? 貴方以外は〈
「そうなんだよなぁ」
最後の魔術師に関しては謎が多い。
時間が切迫していたため急いで宇宙エレベータへ向かったが、もう少しフォッサマグナから話を聞き出しておくべきだった。
というか、そもそもの話──
「──
それが、一番大きな疑問点だった。
「えーと? 彼は誰が犯人か分からない為、怪しい人物をしらみ潰しに襲っていたと仰っていましたわ。
「でもさ、フォッサマグナはこう言ったんだよ。
しらみ潰しなんかじゃない。
まるで、何かを確信しているかのような口振りだった。
ヴィルゴはオレの言葉を聞いて、考え込む。
彼女自身もその理由が分かっていないようだった。
(
チーン、と。
ヴィルゴの思考を中断するように、エレベータの音が鳴った。
管制室のある最上階へ到着したのだ。
ゆっくりと、
この辺りはもう宇宙空間の中だ。
無重力の中を泳ぐように、大きく一歩を踏み出した。
「────あ?」
そこでオレは目にした。
いや、目にしなかったと言うべきか。
ここに来る前、オレは大体の予想をしていた。
それはオレが創り出した
外から管制室に侵入できないのなら、魔術を仕掛けたのは中にいるものに違いない。そう考えたのだ。
〈
それでも、他の者には不可能な犯行だ。
そんな消去法による予想があった。
「…………魔術師は何処だ? 世界大戦誘発術式は⁉︎ 人類が絶滅してしまうような何かがあるんじゃないのか⁉︎ 何かッ、何かなかったのか⁉︎ 応えてくれッ、〈
『
「…………違う。お前は犯人じゃない。オレは分かる、〈
『魔術』の気配はない。
『科学』の暴走でもない。
訳が分からなかった。
判断を仰ごうと、ヴィルゴに声をかける。
その、一瞬前。
ヴィルゴは納得したように声を上げた。
「…………
「………………………………ぁ?」
「よくヤってくれましたわね……っと、この口調はもういいかしら。とにかく感謝しましょう、
「………………なん、で?」
「貴方、勘がいいのでしょう? もちろん分かっているわよね。……ああ、もしかして、信じたくないのかしら?」
戸惑いながら、オレの天才的な頭脳は答えを導き出してしまう。
全てはオレを自発的に管制室へ向かわせる為の罠。
「いやッ、けどッ、フォッサマグナは嘘をつけないはずだろう⁉︎」
「愚問ね。分かりきった答えを聞くのは止めなさい。否定して欲しいのだろうけど、現実はそう甘くないわ」
たった一言、魔女は述べる。
「規則の七」
◆規則の七。敗者は約一日間
それだけで、オレは理解してしまった。
フォッサマグナは嘘をつけないんじゃない。
命令を拒めない奴隷になったのだ。
「随分と
「嘘だ……‼︎ お前はヴィルゴなんかじゃない! ヴィルゴを乗っ取っただけの別人だッ‼︎」
雰囲気からしてヴィルゴとは違う。
顔や声が一緒でも、目の前の魔女とヴィルゴは似ても似つかない。
「あら、やっぱり勘がいいのね。でも残念、逆よ」
「……逆……?」
「ええ、逆。
「は?」
寄生、虫?
人間の脳に棲息して、人間を意のままに操る虫だった?
美貌に優れた外面はまやかしで、気色の悪いムシケラに過ぎなかったって言うのか?
「うそ、だ」
「これは本当よ。思い出してみなさい。
「…………………………」
何も言い返せない。
フォッサマグナはきっと分かっていた。
ヴィルゴの──その名を自称していた寄生虫の正体を。
「
「…………………………、」
「寄生虫を責めないであげてね。彼女は本気で自分がヴィルゴ本人だと思い込んでいたし、本気で貴方を救おうとしていたのだから」
「…………なら、彼女はどうなった」
「
呆気ない幕切れ。
オレは彼女にどんな感情を抱けばいいのか。
それすらも分からず、二度と会うことは叶わない。
「では、改めて自己紹介を」
喪服のような黒いドレスの裾を掴み、
「
緋色の女、
この魔女を表す名は幾つもある。
けれど、最も有名な名前が一つ。
「
3月25日、23時50分。
神と人による、人類の存亡を賭けた戦いが始まった。
◆
イメージソングは少女病の「metaphor」です。
11/12:25153文字
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12/12 ちんぽ☆デカいのね〜
めちゃくちゃ遅刻しました。
マジで申し訳ないです。馬鹿文字数です。
大変お待たせしました。
ぽた、ぽた、なんて。
もしも地上なら血が床を汚していたのかもしれない。
だけど、ここは宇宙エレベータ〈ネオアームストロング〉の最上階。宇宙空間の中にある管制室。
オレの胸には手刀によって穿たれた
『
〈
そして、一時間以上延命できたしても逃げられるとは思えない。目の前の魔女がそれを許さないだろう。
〈ネオアームストロング〉には対スペースデブリ用など、たくさんの兵器が搭載されている。だが、それは外へ攻撃する為の兵器で、中に入られること──それも管制室の中──は想定していない。
でも、そんなことはどうでも良い。
オレの余命なんて関係ない。
何よりも知るべきことが目の前にあった。
「かみ、さま……?」
「ええ、そうよ。言ったでしょう? カミサマは存在するって」
〈大淫婦〉ベイバロン。
それが目の前の魔女の名前だった。
「…………うそだ。ウソに決まってる」
「嘘じゃないわ。貴方もバキュームとの戦いで知ったでしょう? 『第三の魔術』は神そのものをシステムに組み込んでいる」
「それが……ベイバロンだって?」
「そうよ。1999年に
◆ベイバロンとは、セレマ宇宙論において女性の性欲衝動を司る女神。ババロン、緋色の女、
◆誰も拒絶しない神聖娼婦と考えられるが、同時に処女でもあり、しかし全ての肉体の母でもある。
◆星幽界に存在する神であるが、物質界に肉を持った
「
「…………?」
「分からないかしら?
だからこそ、ベイバロンは神だとも言いたげな表情。
だけど、それはベイバロン=神を成り立たせる式であって、ヴィルゴ=ベイバロンを証明している訳じゃない。
「テメェが、……カミサマってんなら…………ハーレムに、他人の魔力に頼る必要なんかねぇだろうが。テメェがカミサマならッ、自分の力で何でも出来るんじゃねぇのか⁉︎」
「
「……正攻法、だって? これが……?」
「ええ、勿論。
『射精魔術』を経由して神の力を引き出しているってことか。
なら、カミサマがこんな風にスケールダウンしていても仕方がない、のか……?
いや、でも………………
「…………なら、見せてみろよ」
「何を?」
「証拠だよ。テメェが神だって自称するのなら、それを信じられるだけの証拠を見せてくれよ」
「わざわざ貴方に付き合う気はないわよ。
想定外の何かがあったのか、ベイバロンは首を傾げる。
そして少しした後、何かに思い至ったように眉を顰めた。
「あのクソジジイ……
「クソジジイ……?」
「〈最強〉とか名乗ってる
フォッサマグナか……‼︎
オレは全身全霊を賭けて戦っていたが、フォッサマグナはオレの背後にいるコイツに嫌がらせを仕込みながら戦っていたのか。
わざわざオレ達を奇襲することなく正面から戦いを挑んだのも、戦闘前に天災を引き起こしたのも、フォッサマグナが倒れた時のための細工だったのかもしれない。
ベイバロンは溜め息を吐いて、呟いた。
「これだと10分くらいはかかるかしら……仕方ないわねぇ、証拠を見せてあげるわ。
最上階の壁や天井はガラス張りみたいに透き通った素材で出来ている。
つまり、
そんな
「──は?」
────
正確には星々が、地球を中心として回転している。
まるで大鍋の中で掻き混ぜられるように、無数の
そんなの、あり得るはずない。
夜空に浮かぶ星々は数光億年先にあるものだって多く、たとえ本当に星を動かせたのだとしてもその光が動く筈もないのに。
それなのに、
「なんだ、これ……⁉︎」
「これ? フォッサマグナが阻止しようと足掻いていたモノ──
「なん、で? どうやって⁉︎」
余りの巨大さ、そして神威に畏敬を覚える。
知らず知らずのうちに唇が震え、問いかけは途切れ途切れに吐き出された。
「なんで、なんて。決まっているでしょう?
「…………それならッ、人類を絶滅させる必要なんてないじゃねぇか‼︎ 魔術師だけを止めれば──」
「
「………………え?」
淡々と。なんてことないように。
魔術を極めた先に存在する神は告げる。
「
「だっ、だったら…………」
「
「…………テメェは、何をするつもりだ?」
魔術師を殺すモノ。
『第三の魔術』が使えなくなるモノ。
尚且つ、人類が絶滅しても可笑しくないモノ。
「『射精魔術』は男しか扱えない、女が
『第三の魔術』に必要不可欠な術式。
『射精魔術』と深く結びつくモノ。
「〈
◆規則の七。敗者は約一日間
決闘に勝ち続ければ理論上は可能かもしれない。
だけど、それは実質不可能だろう。
『射精魔術』を使う魔術師は世界に5万人存在するのだから、それを可能にするには5万連勝する必要がある。
加えて、そこまでやってもハーレム50000。
ハーレム3000000の足元にも届かない。
余りにも桁外れすぎるのだ。
フォッサマグナですらハーレム15000だった。
ハーレム3000000なんて夢のまた夢。
しかし、神はこう告げる。
「あら、たった数日で随分と魔術に染まったわね。だけど、もっと身近にあるでしょう? 人間を女体化させる現象が。
咄嗟にオレは自分の体を見下ろした。
失ったチンコ、膨らんだ
さて、オレが女体化したのはなんでだっけ?
「────
「
TS病。
正式名称は、突発性性転換症候群。
原因不明とされていたそれの正体は、ベイバロンが産み出した魔術式細菌兵器だった。
フォッサマグナが人類の絶滅を危惧したのも無理はない。TS病によって世界から男性が消滅すれば、人口は増えることなく右肩下がりで減る一方なのだから。
最新の『科学』で治療法が見つかる筈もなく、今や男性の0.05%が罹患している。
0.05%と聞くと少なく思えるが、今の世界総人口が100億人で、男性がその半分の50億人いると考えれば、世界中に250万人は患者がいる。
自己申告していない人も含めればもっとだ。想定される患者数は
──
「
「あら、気づくのが早いわね。そして、初めに貴方が言っていた〈
「……………………ホルモンバランスを崩して性転換させるウイルス、
「
盲点だった。
考えたこともなかった。
だけど、ヴィルゴは確かに言っていた。
一つ、魔術師の魔力が篭っていること。
二つ、棒状であること。
それは
◆規則の六。
「いっ、いや! だけどッ、〈
◆規則の一。決闘空間は挑戦者の宣誓と、
「知らないの? 病気が原因で体臭が変わることがあるわ。昔は臭いを嗅いで病気を特定する嗅診ってものがあったくらいよ」
「────あ」
「
そういえば、TS病の症状の一つに性的興奮を高める作用があった。
あれはTS病を粘膜接触──性感染によって効率よく
「加えて、細菌が電気信号でコミュニケーションを取っているという話も知っているでしょう?」
「
オレも、誰も彼も、宣誓を言わされていた。
自分ですら気づけないほど微弱な電気信号が微かに声帯を震わせ、可聴音域外の宣誓が為されていた。
「もう一つは聞かなくていいのかしら? 対戦相手は視認しないと指定できない──そこも矛盾点だと思うけれど」
◆規則の二。対戦相手の指定は、挑戦者が決闘空間内にいる相手を宣誓時に視認することで決定される。
「……そっちは大体見当がついてる。
TS病のウイルス一つ一つが魔女の
「その通りよ。TS病ウイルスは
「…………疑問点が一つ解決されたよ。ずっと思ってた、結局『
「その答えは?」
「
やっていた事はバキュームと同じ。
彼女はクローンソーセージの体内にある微生物を摘出・培養し、それを弾丸にコーティングすることでクローンソーセージ本人だと同一人物判定を誤魔化していた。
同じように、ベイバロンの胎内にある細菌がオレの体にもあったため、オレとベイバロンは同一人物判定されていたのだ。
これで疑問点は無くなった。
けれど、新たに一つ疑問が生まれる。
「なぁ、ベイバロン」
「どうしたのかしら、セージ」
「テメェの目的は人類から男を無くすこと。その為にTS病を
「それが?」
これは今までの前提条件。
だけど、元々の話は何だったか。
「
宇宙規模の魔法円が目に入る。
TS病を
きっと、まだ何かがある筈なんだ。それを聞くまでは、オレはまだ死ねない。
「……
「……何故?」
「言わなかったかしら?
魔除けの術式と同じく、意識せずとも魔術師が常時展開している魔術の一つだ。
TS病ウイルスのような人間に害のある細菌は即座に死滅させられる。
「だったら、新たに産み出すしかないでしょう?
「どうやって……⁉︎」
「やり方は簡単よ。宇宙そのものを魔女の大鍋──
「……………………
例えば、インフルエンザは世界各地で多発的に流行する。この謎を解決するのが、インフルエンザは宇宙が起源であるという説だ。
病原体が宇宙から地球に侵入する際に、対流に乗って地球へ降り注ぐことで複数の場所で一斉に感染が起こるとされる。
「
「…………セレマ宇宙論だっけ?」
「ええ。であれば、こうとも考えられるのでは?」
神託が下る。
魔女は告げる。
「
つまり、それこそがベイバロンの動機。
虫除けの術式を貫通する効果を持たせる。
ただそれだけの為に、彼女は宇宙エレベータ〈ネオアームストロング〉の管制室を占拠し、宇宙規模の魔法円を構築したのだ。
「それ、だけの為にッ⁉︎ 宇宙エレベータも神託機械もッ、万博もオレの頭脳すら関係ないッ‼︎
「何処でも良いと言えば弊害があるわね。此処は
「けどッ、そんなもんは何処にでもあるッ‼︎ どうして此処だったッ? どうしてオレが狙われたんだッ⁉︎」
「
結局、それだけ。
何か特別な理由なんてなかった。
丁度タイミングよくバキュームがオレや
フォッサマグナの言った事は正しかった。
一連の事件の黒幕はバキューム。
ベイバロンはその事件に便乗しただけの、別の事件の黒幕だった。
「……話疲れたわね。もう良いかしら?」
「まっ、待て! 虫除けの術式を退けられたとしても、魔術師には
「めんどくさ…………もはや元の手法──〈
「…………は?」
「
〈
けれど、ベイバロンのそれは違う。
「
わざわざ300万人の一般人を感染させた利用がこれだ。
ハーレム3000000の魔力。
TS病に関する世界的な迷信。
この二つを以て、男を絶滅させる細菌兵器は完成した。
「それで分かったかしら、
「しんじ、られるか。信じっ、……信じられる訳がないだろ⁉︎」
「あら、それは何故?」
「オレは科学者だ‼︎ 物事を疑うことを生業とする人間だ! いやっ、そもそもっ! テメェの言うことを鵜呑みできるわけがねぇだろ⁉︎」
ベイバロンが人類を絶滅させる力を持つことは分かった。
ベイバロンが誰よりも強大な魔力を持つことは分かった。
でもそれは、強さの証明であってカミサマの証明じゃない。
だから、ベイバロンの言葉は信じられない。
だけど、ベイバロンは告げた。
オレの魂を剥き出しにする一言を。
「
……………………。
………………………………。
…………………………………………。
それは、端的な言葉だった。
理屈とか、科学者だとか。
そんな物を無視して放たれた指摘。
オレの感情を問う言葉。
だからこそ、オレの心に深く突き刺さった。
魂を守る理論武装が剥がれ落ちていく。
「貴方は真実を知りたいんじゃないわ。ただ、自分に都合の良い言葉を聞きたいだけ。そんなの、自己満足に過ぎないわ。そんなものが欲しいなら
そう言って、ベイバロンはティッシュ箱をオレに投げつけた。
大量のティッシュが宙に舞い、天使の羽のようにひらひらと地面に落ちる。
そして。
数分か、それとも数秒か。
長く……そして一瞬の沈黙があった。
やがて、唇から言葉が溢れる。
「そうだよ。ベイバロンの言う通りだ。何の反論もできねぇ。オレはテメェの言葉を信じたくなかった。そっちの方が都合が良いからだ。だからこそ、テメェの言葉は全部ウソだと跳ね除けた。全部ウソだったら良いという感情が、正当な物事の評価を妨げた。真偽を考慮することもなく、一瞬で。それも自分で意識すらすることなく、無意識のうちに感情的に。科学者だから、なんて詭弁だ。自分の感情に振り回せれて客観的な思考を怠るなんて、科学者からは程遠い。だけど、それが
ベイバロンはその慟哭を静かに聞いていた。
オレの苦しみは彼女のせいだ。
でも、その憐れみの顔は慈悲を持った女神のようにも見えた。
「貴方……本当にヴィルゴに惚れていたのね」
「…………………………、」
「……それって今も、なのかしら? 彼女の正体は
「…………最初は彼女の見た目が好きだった。でも、もう姿形なんて関係ねぇんだよ。
ホルモンとか脳内物質だとか、心に影響を与える物質は肉体の性別によって異なるものが分泌される。だから、肉体の変化に精神が引きずられるというのはあり得る。
でも、真の意思っていうのはそんなんじゃねぇだろ。
「それで、どうするつもりなのかしら? 認めたくなくても、理解したのでしょう?
「……もう、オレは戦いたくない。立ち上がりたくない」
それは弱音だった。
それは悲鳴だった。
「カミサマになんて勝てる訳がない。勝ったとしても、得られるモノは何もない。オレの好きなヴィルゴは戻ってこない」
オレから溢れるどうしようもない泣き言。
ヴィルゴの前じゃ言えなかった本音。
「
「勝てるかどうかなんて関係ないんだ。戦う意味なんて必要ないんだよ」
「…………なに、を」
「オレは言ったぜ、ヴィルゴ。たとえオレの体が女になったとしても、心まではタマナシ野郎になるつもりはねぇ。
「今更何をするつもりッ⁉︎」
彼女はもういないのだとしても。
彼女を取り返すことが出来なくても。
せめて、彼女に胸を張れる自分でいたい。
それだけで、オレは神様にだって
──準備は完了した。
──決意も固まった。
そして、オレは決別の一言を告げる。
「
ベイバロンはTS病ウイルスによって体臭が〈
しかし、その効能は一度きりしか発揮せず、決闘空間が構築されるのもまた一度きりの筈だった。──
効果が一度きりなのだとしても、TS病ウイルス自体はまだ体内に残っている。
そのウイルスを
再現できたのはたった一滴。
けれど、一滴だけで十分すぎる。
何故ならば────
◆ 規則の四。制限時間は使用した
────狙いは、ベイバロンの
たとえカミサマであろうと、相手は〈
〈
そして、汗が垂れたのと同時。
ポケットに入れていたボイスレコーダーのスイッチを押す。
それはクローンソーセージが持っていたボイスレコーダー。
可聴域外にまで至るほどに倍速化された
「────な」
刹那の決闘。
一秒も過ぎれば
そうすれば、ベイバロンは終わりだ。世界中から蒐集した300万人分の魔力が
ベイバロンの脳が超高速で回転する。
いいや、もはやそれは思考ですらない。
半ば脊髄反射によってベイバロンは動く。
「
「……………………は?」
「はぁ、はぁ、はぁ……‼︎ ギリギリだったわね……‼︎」
ベイバロンは
それはルール違反でも何でもない。
ただ、
一秒未満しか存続できない決闘空間。
今だに
どちらも嘘でないのならば、解は一つしかない。
「────
「
黒い喪服のようなドレス。
透明なガラスのハイヒール。
ベイバロンの肉体を超人足らしめる人体改造術式の要。
それに時間停止なんて活用法があるとは思いも寄らなかった。
タイミングが悪かったとしか言いようがない。
あと一秒でも早ければ、もしくはあと一秒でも遅ければ、その魔術は成立しなかっただろう。
或いは、そんな運命的な偶然を引き寄せるからこその神なのか。
「そもそも『結界』とは世界と隔絶する技法よ? 決闘空間内のみを外の時系列から切り離す事など簡単だわ」
そんな訳があるか。
人類には届かない空想の領域を易々と犯す。
これこそが神、意思を持った天災。
「これで終わりかしら?
「…………ッ、まだだ……‼︎」
時間停止なんて馬鹿げた手法は予想しちゃいなかったが、一発で終わらないのは想定内……‼︎
〈
「
ベキベキバキバキッ‼︎ と。
魔術を使う必要すらなかった。
「あッ、がァ──⁉︎」
「まだ決闘が終わらない……そのスタンガンだけが貴方の
「ごッ、がァァアアあああああああああああああああああああああああああああああああッ⁉︎」
ガラスの靴を履いたベイバロンの蹴りがオレの股を掠め、尖ったつま先が肉を抉る。オレのクリトリスがぶっ飛んだ。
…………それでも。
「…………あら?」
「……ッ、まだっ、だッ‼︎ まだ終わっちゃいねぇぞクソがァ‼︎」
まだ、決闘は終わらない。
こんな所で終わらせてたまるか……‼︎
「……他に、あったかしら。
「──探す意味はねぇぞ? 何せ、見つけたとしても壊せるはずがねぇんだからなッ‼︎」
まだ死なない。
まだ倒れない。
決闘が続く限り、
オレの生存は逆説的に証明され続ける。
そして、
「オレの
「────な、に……?」
オレの
空を貫く摩天楼、天と地を繋ぐ巨
見えないほど小さな発光バクテリアでも、棒状であるならば
麓にドーム型の大学が二個ついてんだから実質キンタマで丁度良いな‼︎(?)
「世界一デケェチンコだぜ、跪けよ快楽の女神‼︎」
「…………ッッッ、どっ、どれだけデカくても魔術においては
ベイバロンは人差し指に嵌った指輪を投げ捨て、呪い指で壁や床を指差した。オレなんかでは理解もできない強力な魔術を使っているのだろう。
その
────だけど。
「
「忘れたかよ、ベイバロンッ‼︎ テメェが決めた〈
◆規則の五。戦闘区域は地形によって決定され、制限時間終了か勝敗が決まるまで出ることはできない。
「宇宙エレベータってのはオレ達がいる建物そのものだぞ⁉︎
有り体に言えば、オレ達はチンコの中にいる。
つまり、〈
「なっ、なッッッ……⁉︎」
「オレは正面からはテメェに勝てず、だけどテメェはオレのチンコを壊せねぇ」
そして、ベイバロンは思い出した事だろう。
一度死んだヴィルゴの肉体は、しかし魂までは死んでいなかった。
それはどんな理屈だったか。
「さぁ、我慢比べと行こうぜ!」
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ‼︎」
呪い、蹴り、炎、手刀。
無数の暴力、無限の魔術が振るわれる。
ベイバロンの攻撃がオレの肉体を削る。
肉、骨、皮、血、内臓、或いは脳すらも消し飛んだ。
「倒れろ!
「がっ、げぼあ⁉︎」
口から血を吐く。
腹に空いた
頭蓋骨が割れて脳髄が垂れる。
…………それでも。
オレは倒れない。
一秒後には死ぬのかもしれない。
決闘が終われば消滅するかもしれない。
それでもッ‼︎
ベイバロンが時間を止めている限りは。
この決闘が続いている限りは。
オレは勝つ事を絶対に諦めないッ‼︎
「
「……………………」
「無限の時間に耐えられなくなるのは貴方が先に決まっているでしょう⁉︎
「…………残念、だけど……ごぼっ……オレから中断できる仕組みには、なってねぇよ。言い訳すんなよ、ベイバロン。諦めるなら、自分で諦めやがれ」
「…………ッ‼︎」
それが、主観的な時間ではどれだけ先の未来になるかは分からない。
だけど、いつかはこの決闘は終了する。そして、オレのチンコを破壊する事ができない為、終了するにはベイバロンが
「…………けれど、まだよ」
「…………ぁに、……が…………?」
ベイバロンは笑みを取り戻す。
神に相応しい余裕ある嘲笑を顔に浮かべる。
「
顔がぐちゃぐちゃになっていなければ、オレは歪んだ表情を浮かべていた事だろう。
一つ、魔術師の魔力が篭っていること。
二つ、棒状であること。
宇宙エレベータは棒状であり、破壊できない。
だがオレの魔力が途切れれば、それは
「………………ぁ、…………っ‼︎」
「ふふふふふふふふふ、あははははははははははははははッ‼︎」
笑う、嗤う、嘲笑う。
声を上げて神は人間を嘲笑する。
側から見れば深窓の令嬢のようにも、慈悲深い聖女のようにも思える。
だけど、その本性は真逆。努力する者を馬鹿にする魔女、血と愛液に塗れた
ぐちゃぐちゃ、と腹の
「
魂が握り締められ、魔力が搾り取られる。
びくッ、びくッ、と意識とは関係なく肉体が反応する。
「これで
「──
びくんッ! と。
一際大きく体が跳ね上がる。
それは魔力を絞り取られた反応ではない。
だけど、オレが自ら動いた訳でもない。
〈
「────はい?」
「…………っ、ぅぁ…………ッ‼︎」
ベイバロンはオレの行動の意味を理解できず首を傾げ、オレは無理に身体を駆動させたことで痛み──もはや痛みを超えた息苦しさ──に呻いていた。
「ええと、これに何の意味があるのかしら? 最期の思い出に
「……意味なら、……っ……あるさ」
「この絶体絶命を覆せる程のナニカがこのキスにあるとでも? まさか真実の愛によるキスは魔女の呪いを解けるなんて言わないわよねぇ?」
小馬鹿にするような声色のベイバロン。
そんなカミサマに、オレは息を整えて言い返す。
「
ぽかーん、と。
ベイバロンは口を大きく開けて驚きを浮かべる。
オレの言葉が全く飲み込めていないようだ。
「……科学者が非科学的な事を言うわね。そんな迷信には何の価値もないわ」
「でも、テメェは──
目の前のベイバロンだってわざと迷信を流布してそれを利用していた。
加えて、こうも言っていた。
だからこそ、このキスも起死回生の一手だ。
「けれどッ、その程度の迷信だけじゃ魔術は成立しないわ!
「もちろん、それだけじゃ子供は産まれねぇ。だけどな、ベイバロン。もっと直接的な
「────は?」
ベイバロンの思考が完全に停止した。
言っている意味が分からない。
快楽の女神が
「なっ、何を言っているのかしら? 何にでもエロスを感じる思春期……?」
「想像力がねぇな。考えてもみろよ、
『射精魔術』はクロウリーの性魔術を基礎としている。だらこそ、セレマ宇宙論は『射精魔術』と相性が良い。
そして、宇宙エレベータは地球から生えている。しかも、その先端は宇宙を貫いているのだ。
「
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ‼︎ と。
宇宙エレベータ〈ネオアームストロング〉が揺れ出す。
地震ではない。時間が停止したこの世界でそんなことはあり得ない。
揺れているのは宇宙エレベータ──
「そして、思い出せ。フォッサマグナはヌイトのオナホとハディートのチンコを交わらせて、何を生み出していたっけ?」
「
ラー・ホール・クイト。
女神ヌイトと男神ハディートの結合によって誕生する第三神。
「いえッ、でも神の力を引き出しても無駄よ‼︎ 貴方の魔力はもう尽きる! 神に対価として支払える魔力はもう無────」
「────
確かに、魔力はもう尽きる。
そうなるように魂に細工された。
それがどうした。
「魔術の話を聞いた時からずっと思ってた。カミサマにお願いする『第一の魔術』? カミサマになる『第二の魔術』? カミサマから力を奪う『第三の魔術』? ──そんなの面倒だろ。
人間が鳥のように空を飛ぼうとした時、一体どうした?
鳥にお願いするか?
鳥に成ろうとするか?
鳥から翼を奪うか?
違う、全然違う。人間が空を飛ぼうとした時、人間自身は空を飛ぶ力を得る必要はない。
人間を空に飛ばす道具──
カミサマにお願いする必要はない。
カミサマに成る必要はない。
カミサマから力を奪う必要はない。
「
ドグンッ‼︎ と、
人が考え、人が創り、人が使う都合の良い
「──
ベイバロンを超えた神の力をこの身に降ろす。
まるで、赤子と繋がったへその緒から栄養が逆流するみたいに。
オレの尽きた魔力をカミサマが補填する。
「ハーレムなんて爛れた関係はいらねぇ。わざわざ大量の人間と繋がる必要なんかねぇ。時代は純愛だよ。ただ
「これが本物の天才だと言うの⁉︎ 魔術に触れて一週間も経っていないのにッ──発想力が違うッ‼︎ 神様を新たに創造するなんて誰も思いつかなかったわよ⁉︎」
カミサマを創る──オレも土壇場で思い付いた事だが、上手くいって安心した。
他のどの場所でも成功しなかっただろう。ベイバロンが言っていたように、宇宙エレベータでは四属性が調和していた。
何よりも、この摩天楼は世界で最も
「いっ、いえッ‼︎ その術式は破綻しているわ! ハディートとヌイトを結合させたのならッ、産まれるのはラー・ホール・クイトよ! 貴方に都合の良い神は生まれないわ‼︎」
「本当にそうか? 異なる神が同一視される事はよくあるんだろ。なら、ラー・ホール・クイトと同一視されるがそれそのものではないカミサマを創ればいい」
ベイバロンだって女神イシスと同一視されている。
彼女はイシスではないが、イシスの力を一部使うことができた。それと同じだ。
「けれどッ、本当に神を創れたとして貴方に制御できるとでも⁉︎ 貴方に都合の良い神なんて言ってもッ、神である限り貴方の想像を優に超えるわ‼︎」
「だったら始めから力を制御する人格を用意しておけばいいだけだ。オレに従順で、機械みてぇなヤツをさ」
「不可能よ‼︎ 神の力は人間や機械に扱えるようなものじゃないわ! それこそ神でもない限り──」
「
オレは一度、カミサマを創った。
力はない。全能とは言えない。
だけど、少なくとも
「──
直後。
『
ベイバロンはすぐさまその存在に気づいた。
ガラスのような透明の壁の向こう側で輝く
「────
極まった『科学』と『魔術』を組み合わせれば、そんな領域にまで踏み込む事ができた。
「言っただろ、ラー・ホール・クイトと同一視される神だって。ヌイトやハディートが宇宙と地球を象徴するように、ラー・ホール・クイトは太陽を象徴するんだろ? なら、マイサンが太陽神であっても何ら不思議はねぇよ」
それに加えて、オレの足元には
ベイバロンに投げつけられたティッシュから創ったもの。その形から太陽と『類感』し、太陽を呼ぶ力を持つと考えられた
その神は
『魔術』によって全能の力を、『科学』によって全知の頭脳を得たマイサンはもはやベイバロンのようなマイナー神に敵う相手ではない。
「……太陽まで生み出すとは、確かに驚いたわ。それでもッ、
「何って……
「────あ」
日が昇る。
夜が明ける。
世界に
「
ボッ‼︎ とシンデレラドレスに火がついた。
シンデレラのドレスには時間制限がある。
それは十二時の鐘の音──簡単に言えば日を跨ぐことだ。加えて言うならば、ドレスを着るのは
「…………ッ、
「
シンデレラドレスこそが時間停止術式の要。
太陽によって十二時の鐘は証明され、時間は正常に流れ始める。
視界の端に浮かぶカレンダーが翌日を指し示す。
今から始まるのが
そして。
3月26日になったという事は。
決闘空間の構築から一秒が経過したという事は。
──
「
「…………っ、……んて…………ッ‼︎」
だけど、そこで
敗者は
「
◆ 規則の四。制限時間は使用した
◆うるさい、知るかッ! これが新しい規則の四よ‼︎
「『
ある得るはずのないルール違反。
あのフォッサマグナだって出来ない無法。
最後の最後で、ベイバロンは自分で決めたルールを無視したのだ。
「神が決めた〈
神とは人知を超える存在。
こうも容易く、不可能を可能にする。
ベイバロンは魂すら破壊するような渾身の
「これで
振るわれるのは最強の一撃。
既に死に体のオレにトドメを刺し、来世すら許さない最悪の魔術。
ただの人間が神の一撃に抵抗できるはずもなく、美しい肢体を揺らして放たれたベイバロンの手刀は今度こそオレの
「────え?」
────
神の一撃を逸らせる者なんているはずがない。
ましてや、今の攻撃は
何が起こったかは分からない。
だけど、ヤるべきことは分かっている。
〈
対して、『第四の魔術』にそんな制限はない。オレはいつだって
だからッッッ‼︎
「テメェの負けだ、ベイバロン。
クロスカウンター。
攻撃が逸れて、ガラ空きとなったベイバロンの顔面にオレの拳を叩き込む。
マイサンの力を大量に注ぎ込み、ベイバロンの守りを正面からブチ抜くッ‼︎
ベイバロンの眼前に拳が迫り、走馬灯のように思考が駆け巡る。
そんな彼女は最期に、抱いた疑問が晴れた。
何故、拳は逸れたのか。
外部から逸らせる筈がない。
ならば、答えは一つだけだ。
「
ゴッッ‼︎‼︎‼︎ と。
オレの拳がベイバロンの顎を撃ち抜く。
マイサンの力が緋色の女であるヴィルゴの
「………………っ、…………ぁ………………」
そこでオレは力を使い切って倒れた。
最後に拳を振るえただけでもあり得ない事だったのだ。
〈
それでも動けたのはマイサンの力か、それとも本当に何処かでカミサマってヤツが見守ってやがったのか。
「いや、あるわけ無いか……」
耳が遠くなってきた。
自分の声が曇って聞こえる。
視界も、なんだかぼやけてきた。
「オレ……お前に守られるほどの価値を示せたのかな」
あの世で、彼女に逢えるだろうか。
オレは人間だから、彼女とは別のあの世に行くのか。
…………いや、そもそも彼女の徳が高過ぎてオレと同じ場所にいるわけないか。
『
だけど、返答することは出来ない。
マイサン……ひとりぼっちにしてごめん。
ヤリ、
おかあさん、おとうさん……さきにしんじゃってごめん。
ヴィルゴ………………ありがとう。
やっぱり、オレにとってはおまえだけがヴィルゴだよ。
そして。
そして。
そして。
◆2119年3月26日。予定通り、AIランド
◆だけど、
◆そして、それ以降
「なんつって☆」
◆これで終わりと思わないことね。
12/12:38970字
Next→13/12……Coming soon.
馬鹿文字で遅刻した上に、12話で収まり切らなかった馬鹿は私です。
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13/12 あさだち✡️神格新造ネオアームストロング
大変お待たせしました!
今度こそ最終話です。
ある朝、目が覚めるとオレにチンコが生えていた。
「………………は?」
いやいやいやいや待て待て待て待て。
ぬか喜びかもしれない。正気を保て。
動揺を抑え、一から朝の状況を思い返す。
と言っても、大した事はない。
目が覚めたら股間が圧迫されたかのように苦しく、下半身にズボンを突き抜くムスコの感覚があったのだ。
「落ち着け……まだ朝勃ちしてるだけだ(?)。男に戻ったって決まったわけじゃない。馬鹿デカいクリトリスって可能性もある……‼︎」
音がこもって自分の声の高さが分からない。
もしや、耳がおかしくなっているのか。或いは、全身を覆う包帯のせいなのか。
全身を包帯がキツく縛る感覚、ジャラジャラと沢山の点滴と繋がっている音、身じろぎをするだけで身体に迸る激痛。
どうやらオレは大怪我を負っているらしい。間違いなく昨晩の死闘が原因だろう。あの後の顛末を聞きたいところだが……
だけど、そんな事は今どうでもいい。
重要なのは包帯がオレの目すらも覆っているということ。
即ち、目視でチンコを確認することはできない。
ならば、確認する手段はひとつだけ。
そぉーっと、股に手を伸ばす。
ゆっくりと下された指先はやがて渓谷の底に辿り着き、そして───
───
「
手の中に収まりきらない
オレのチンコがデカくなっていた。
あるいはTSする前よりも、ずっと大きく。
喜びに打ち震える。
包帯に涙と鼻水が
ぐふふ、と口の端から汚い笑い声が溢れる。
(戻った……‼︎ オレは男に戻った! TS病が治っ────)
──
「────は?」
…………?
ちょっと思考が追いつかない。
一体どういうことだ……?
オレの股間にはチンコが
しかし同時に、胸部に柔らかく巨大なナニカが存在している。
あまりにも意味不明な状況に脳が停止した。
ガラガラ、と扉の開く音もスルーしてしまう。
そんなこんなで、チンコを掴みながら口を開けて驚いているオレを見たそいつはこう言った。
「ふむ。身体の無事よりも自らの性器を確認するとは、難儀な性癖であるな」
それは
発言者は誰なのかとか発言の内容だとか、ツッコミ所はいっぱいあったが、オレはその全てを考慮することなく尋ねた。
「なあ、何処の誰だか知らないけどさ……お前から見てオレの性別って男女どっちだと思う……?」
オレは知らない人に何を聞いてるんだろうな?
でも、仕方ない。オレの目が見えない以上、他人の目で確認して貰うのが一番手っ取り早いのだから。
そして、老婆は律儀だった。
数秒間考え込んだ後に、彼女はちゃんと答えてくれた。
「
………………。
…………………………。
……………………………………。
あー、はいはい。
なるほど、そう来たか。
取り敢えず、オレは叫んだ。
「
◆ふたなりとは、男女両性の性器を併せ持つ両性具有者を指す名称。双成、二成、二形とも。
◆両性具有とされるが、実際は男女が明確な人間に異性の性器が付属したモノと表現した方が近い。中性とはまた異なる。
◆主にフィクションにおいて用いられる言葉で、その場合は基本的に股間に男性器を携えた女性として描かれる。男の娘ではない。全然違う。その辺りをごっちゃにすると殺されますわよ?
「落ち着いたであるか?」
「…………ま、まあ。ある程度は」
落ち着いたというか落ち込んだというか。
未だ現状を受け止めきれていないが、大体の状況は理解した。
認めよう、TS病は治らなかった。
チンコは生えても、オレは女のままだった。
それはそれとして。
認めた上で幾つかの疑問が湧いてきた。
なんでオレが生きているのかとか、なんでチンコが生えているのかとか。しかし、まず第一に…………
「……で、お前は誰だ?」
目の前の──オレの目は見えないが──老婆の正体が分からない。
なんとなく声に聞き覚えはあるのだが、オレに老婆の知り合いはいなかったはず。どうにも思い出せない。
なんだそのことか、と老婆はあっさり答える。
「
「そういや〈
完全にド忘れしていた。
フォッサマグナは世界を救おうとしていた側で、オレはそんな正義の味方を邪魔した悪役だった。
「なんだ? 恨みを晴らしにでも来たか?」
「特に恨みは無いのである。吾輩が女となったのは我が脆弱が理由で、世界の危機も首謀者たるベイバロンの責任である。汝に罪はなく、汝が気に病むことでもない」
このジジイっ(ババア?)、良いヤツだ……‼︎
こっちが申し訳なくなるくらいに善人で、目を背けたくなるくらいに正しい人だ。友達少なそう。
「吾輩が汝を尋ねたのは、事件の顛末を説明する為である」
「…………ん? オレの起きる時間が予め分かってたのか?」
「星辰を見れば良い。吾輩は占星術を専門としている訳ではないが、その程度なら吾輩のような凡才でも可能である。他に聞きたいことはあるか? あるならば何でも尋ねるがよい」
「あ〜……じゃあ、まず一つ。オレが倒したベイバロン──ヴィルゴはどうなった?」
倒したとは思うが、死んではいないはずだ。
逃げられていたらマズイ。
「『白』の精鋭──
「裁判には……かけられねぇか。それでも、処刑とかはしなかったんだな」
「神の力を宿しているのであるぞ? 吾輩なら殺せるかもしれんが、後にどんな厄災が訪れるかは分からん。放置が一番簡単であろう」
ふーん、と。
適当に返事をする。
正直、ヤツの処遇に大した興味は無かった。
「じゃあ次、もっと聞きたかった事だ。
確かに昨晩、オレは死んだ。
心臓が止まったとか、そんなレベルじゃない。脳みそがぐちゃぐちゃになって、細胞レベルで身体の崩壊が始まっていた。
たとえ救急隊が間に合って現代最高の医療を受けられたのだとしても、あの状態からオレが生き返る訳がない。
「分からないのであるか? 生存が汝の知る『
「それが何だって聞いてんだよ、こっちは」
「ふむ、端的に表すならば
「エンデュミオン……?」
……って誰だっけ。
ギリシャ神話とかの登場人物だったと思うけど。
「エンデュミオン……女神セレネに惚れられた男であるな。セレネは老いていくエンデュミオンに耐えきれず、全能神ゼウスに彼を不老不死にするように頼んだとされるのである」
「…………神が、人間を不老不死に?」
それがエンデュミオンの奇跡。
フォッサマグナが態々オレの現状にその話を当てはめたという事は、エンデュミオンに当たるのは死ななかったオレだろう。
ならば、オレに不老不死を与えたのは──
「
────マイサン、か。
「愛されてんなぁ、オレ。もう二度と死ぬことは出来ないのか?」
「限りなく不老不死に近いだけであって、それそのものでは無かろう。強いて言うならば、神マイサンが存在するする限りは死なないと言った所か」
「心中以外に道はねぇってか? つーか、カミサマが死なない限りとか一生死ねねぇじゃん」
「そうとも限らないのである。吾輩は神であっても条件が揃えば殺害可能であるし、言わずもがな
「────は?」
え⁉︎ 聞き間違いか⁉︎
オレのペニスが何だってッ⁉︎
「気づかなかったであるか? 神マイサンは汝の願い──男に戻りたいという願望を叶えようとしている。しかし、汝は未だペニスしか取り戻していない」
「…………おい、まさか」
「
二つの力が相殺して、ふたなりで落ち着いたってことか⁉︎
こんな中途半端な所で止まらなくてもいいだろうに……。
「……あれ? オレ、ベイバロンを倒したよな? それでも女体化は解除されないのか?」
「倒したのであろうが、それとこれとは関係がないのである。星幽界に潜む
「300万人の犠牲者もそのままか……」
そういやそうだった。
男を女に変えたのはベイバロンが直接その力を振るった訳ではなく、〈
〈
「意味なんて、なかったのかな」
「……?」
「オレの戦いで救われた人なんか誰もいなくて、結局は全部自己満足でしかなくて。全部お前に任せておけば良かったことなのかな」
「それは違うのである。確かに、吾輩が勝利していればどちらにせよ人類の絶滅は防げた。だが、吾輩と女神ベイバロンの本気のぶつかり合いがあればこのAIランドは無事では済まなかったであろう」
……確かに。
フォッサマグナの天災は滅茶苦茶だった。
オレとベイバロンが戦った時の被害は小さかったが、あの時は時間が停止していた。
二人の本気の衝突なら被害は甚大だったのかもしれない。
「誇れ、
「……馬鹿野郎、成功も失敗もあるか。
照れ隠しに悪態をつく。
だけど、返答はなかった。
しばしの沈黙の後、フォッサマグナは何かに気づいたかのように手を叩いた。
「そうか、汝は起きたばかりであったな」
「え? なっ、なんだ?」
「落ち着いて聞くのである」
ぞわっ、と嫌な予感に鳥肌が立つ。
考えないようにしていたこと。
何となく勘づいていたこと。
「汝は今日が3月26日だと思っているのであろう?
……なんとなく、そんな気はしていた。
不老不死になったと言っても、回復力まで超人になる訳ではない。でもなければ、オレを覆う包帯は必要ないのだから。
ならば、死にかけていたオレが目を覚めるまでにどれだけの時間が必要なのか。その答えがこれだ。
「きょう、は……何日だ?」
「2119年11月22日。汝は8ヶ月間眠っていた……AIランド
想定を超えるほど長い間オレは眠っていたらしい。むしろ、浦島太郎みたいに百年も経っていなくて助かったと言うべきなのか。
8ヶ月……ほぼ不老不死となったオレであっても、治療にそれほどかかるほどの重傷だったのか。
「そして、この8ヶ月で世界は様変わりした。その事を汝に伝えておくのである。……
「なん、だ……?」
ごくり、と。
フォッサマグナの威圧に唾を飲み込む。
「
……………………は?
意味が分からない、訳が分からない。
何も理解できない。……理解、したくない。
だって、8ヶ月だぞ…………? 確かに長く感じた。だけど、たったの8ヶ月だぞ……⁉︎ それだけで『科学』の中心が『魔術』に侵略されたっていうのかッ⁉︎
「なにがっ、なんでそんな事になるんだっ⁉︎」
「一つは吾輩が敗れた事。世界の秩序を担う『白』の勢力は魔術業界の四割の魔力を占有しているが、その大半はハーレム15000たる吾輩の分であった」
「お前一人で世界を維持してたってのかッ⁉︎」
「その吾輩が敗れたことで、世界は『黒』に満ちた。だが、『黒』は666の
それは、オレにも責任があった。
オレがフォッサマグナに従っていれば、オレがでしゃばらなければ起こらない悲劇だった。
「でっ、でも! なら、なんで学術都市が巻き込まれた⁉︎ 学術都市なんて魔術世界の紛争からは一番遠い場所じゃねぇか‼︎」
「それがもう一つ、時代が──世界が
「アップデート……?」
「もう一度言っておこう。汝に罪はなく、汝が気に病むことでもない。全ては吾輩の弱さと女神ベイバロンが汝を巻き込んだ事に原因がある。それを胸に刻んで話を聞くのである」
フォッサマグナはオレに優しく語りかける。
それが逆に、不安を煽る。
「世界は次のステージへ進んだのである。子宮を表す五芒星を使った魔法円から、男女を表す六芒星を使った魔法円へ。『科学』で説明できない『魔術』から、『科学』と『魔術』の融合へ。
その言葉には聞き覚えがあった。
そりゃそうだ。当たり前だ。
だって、それは。
「──
………………それ、は。
「『第四の魔術』、神を創り自由自在に力を引き出す
「……………………」
「どうやって神を創ればいいのか。どうやって『第四の魔術』へ辿り着けるのか。ヤツらは分からないなりに無い頭を捻った。つまり、発明者の汝と同じ道を辿ればいいのだと考えた。
「…………………………………………、」
「今までも魔術師同士の殺し合いはあった。だが、それは〈
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………オレの、せいか」
人類の絶滅は防いだ。
だけど、それは異なる争いの引き金となった。
絶望感に打ちひしがれる。
そんなオレに、フォッサマグナは優しく語りかける。
「何度も言うようであるが、汝に罪はない。汝は術式を開発しただけで、それで悪事を働いた訳ではない。悪いのは魔術師共であって汝ではないのである」
「だったら……何でオレに伝えた? オレを糾弾したかったからじゃねぇのか……?」
「汝の罪は無くとも、汝の影響であるのは違いない。ならば、汝自身がそれを知りたいと思うと吾輩は考えたのである。それとも、言わない方が良かったであるか?」
「…………いや、そうだな。ありがとう。何処かオレの知らない所で悲劇が繰り広げれているよりは、いくらかマシだ」
ダイナマイトを作ったノーベルや、核兵器が生まれるキッカケとなったアインシュタインもこんな気持ちだったのだろうか。罪悪感で手が震える。プレッシャーで胃が痛む。
「汝に世界を脅かした責任はない。世界を救わねばならん義務など欠片も存在しない。汝はこのまま陽の当たる表の世界で平穏に暮らせば良い」
「…………だけど」
「
老婆は一つの携帯を取り出した。
とても古い、一世紀以上前のケータイ。
「平穏な道を蹴って、世界を救う茨の道を突き進むと言うのならば。……そのケータイを使うのである」
「これは……?」
「『魔術』と『科学』が融合させる霊界通信機を軸として創られた、盗聴不能の通信端末。
ガタッ、と椅子を引く音が聞こえる。
フォッサマグナが立ち上がったようだ。
少ししてドアの開く音と共に廊下の冷気が室内に立ち込め、先程よりも遠い距離から老婆の声が響いた。
「今すぐ、という訳ではない。むしろ、汝の怪我ではあと数ヶ月は病院であろう。ゆっくり考えるのである」
コツコツ、と。
足音が廊下に響いて消えた。
(世界を救う茨の道、か……)
ガラケーを握り締めて考える。
オレはどうするべきなのか。
フォッサマグナは言ってくれた。
オレの責任ではないと。
オレに世界を救う義務は無いと。
でも、だけど。
オレに世界を救う責任は無くても。
オレは〈
だったら、その使い方に口を挟むことくらい許されるはずだ。
何よりも、そっちの方が彼女に胸を張れる。
馬鹿ですわね……と呆れるような笑顔が脳裏に浮かんだ。
そして、オレはガラケーを開いた。
電話帳にあるたった一つの名前を躊躇いなく押す。
ガチャッ、と一つのコール音もなくすぐさま電話は繋がった。
『……一切の迷いなく、ですか。恐ろしいものですわね』
「お前は?」
『
秘匿機関SECRETの所長ッ⁉︎
あのバキュームの上司──ッ⁉︎
驚愕が胸に満ちる。
だけど、それ以上に引っかかった事がある。
(あれ……
答えはすぐに示された。
『
◆死んだと思いましたぁ〜? なんつって☆
◆──なんて。
◆
思えば、くだらない言葉遊びだった。
秘匿機関SECRETの
「……テメェはオレが倒したはずだろ⁉︎ 今は監獄の奥底で眠ってるってッ──」
『それは他の
────ッ。
倒したベイバロンは末端に過ぎなかったってのか⁉︎
「なんだ⁉︎ フォッサマグナは今もテメェに操られたままで、テメェはオレに復讐する為にこんな回りくどい接触をしたってのかッ⁉︎」
耳から呪詛でも流し込まれるか。
それとも、もっと
オレは一秒先の未来に備え──
『──全然違います。的外れですわ』
──ふっ、と。
その言葉を理解して、全身が脱力した。
「…………は?」
『
「何でだよ⁉︎ テメェもヴィルゴも同じベイバロンの
『確かに、彼女と
「…………それ、は」
彼女は分かりやすく言い換える。
『容量が足りない、と言えば伝わりやすいですか? ベイバロンが
完全な善人はいない。完全な悪人も。
誰しもが善と悪を併せ呑む。
善の心と悪の心を併せ持つ。
それは、人を超える神も同じ。
レーズンパンを思い浮かべれば簡単だろうか。
パンだけの部分があれば、レーズンだけの部分もある。
全体としての総量なら兎も角、一部分だけを取り出せばそれはレーズンにもパンにもなり得る。
『
「……そんな矛盾するもんを?」
『心理が矛盾するのなんて当然でしょう? 分かりやすいのでは言えば、良い天使と悪い悪魔ですわね。矛盾する思いで葛藤するなんて人間でも日常茶飯事ですわよ。
天使は学術都市の所長として人類を導く。
悪魔は魔術世界の魔女として人類を滅ぼす。
どちらも本心であり、どちらもベイバロン。
たかが葛藤で世界の命運を左右する。それが神……‼︎
「一つ、納得がいったよ」
『それは……?』
「七大学術都市の内、五つが魔術師の手に落ちた──むしろ、残りの二つは何故落ちなかった?」
『………………、』
残りの二つ。
つまり、オレが今いるAIランドと彼女がいる秘匿機関SECRET。
「
『……ええ、そうですわ。
歯を食いしばる。
気合いを入れ直す。
『説明はこれで十分でしょうか。
「…………ん? 取り返す……?」
『……言ってなかったですわね。貴方を女体化させているのは「第三の魔術」が奪ったベイバロンの力ですわ。
希望が見え始めた。
オレと、そして300万人のTS病患者に。
『覚悟が出来たなら、言ってくださいませ。貴方を秘匿機関SECRETへ招待し、「魔術」と「科学」が融合した
「じゃあ、最後に一つだけ聞かせてくれ」
『? 何なりと、どうぞ……』
そして、オレは尋ねた。
「なんで、オレを裏切った──
────────────。
『………………………………………は』
それは、声というより吐息のような。
思わず呑んだ息が喉を震わした、そんな音が響いた。
「なぁ、ヴィルゴ」
『………………、
「かもな。お前の名前はヴィルゴじゃなくて、
『………………………………………………い、つ?』
何時から気がついていたのか、と。
自白するように彼女は呟いた。
「口調、イントネーション、呼吸のタイミング、説明好きなとこ。後はオレの勘とか…………理由なんて語りきれないけど、話し始めた時には大体気づいてたよ」
『…………そうなの、ですわね』
「でも、おかしいと思ったのは昨晩──
『…………最後の最後、ですわね』
ベイバロンとの戦いの最後。
不自然に攻撃が逸れた。あれはきっと同じベイバロン自身による干渉があったからだ。
「
『────え』
そう、そちらではない。
確かにそれも不自然だった。
だが、もっと前。戦いが始まる前から違和感があった。
「ヤツは言った。ヴィルゴを名乗っていた寄生虫は無重力空間で死ぬようにデザインされた生物だって。でも、それはあり得ないだろ?」
『………………ぁ…………』
だって。
「
フォッサマグナのブラックホールチンコ。
チンコの引力と地球の重力を相殺する事で、オレ達は成す術なく宙に浮かされた。
だから、ベイバロンが言った言葉は間違いだった。
だけど────
「
『………………ッ』
「だったら、答えは一つだよ。
同じベイバロンという事は、『類感』も『感染』も十分に働いている。意識を乗っ取る事くらい容易いのではないか。
『……その通り、ですわ』
「…………」
やはり、そうだった。
電話の向こうにいる少女は、オレが取りこぼしたと思っていた彼女だった。
『理由は知りません。動機も分かりません。けれど、ヴィルゴが人類を絶滅させる計画を立てていることは夢を通して知覚しました。
「だから、緋色の女を乗っ取ったって?」
『いくら
なるほど、辻褄は合う。
だけど、オレの質問の答えにはなっていない。
疑問は一番最初へと戻る。
「
無重力空間で勝手に死ぬ寄生虫ではない。
ヴィルゴの意識が戻ったならば、意識を乗っ取っていた彼女が返した以外に方法は存在しない。
だけど、その理由が分からない。
故に、尋ねる。
ここを知らねば協力はできない、と。
『────
そして。
ヴィルゴを名乗っていた魔女は短く答えた。
『
「期待? 男が絶滅した世界に……?」
『………………ふっ』
彼女は自嘲するように笑った。
オレが見たかった笑顔は見る影もない。
『「射精魔術」について、どれだけ知っていますか?』
話が予想外の方向へ飛ぶ。
彼女の癖だ。関係が無いようで、結論に必要な前提を唐突にぶっ込む。
「即効性のある性魔術と数億単位の生贄を組み合わせ、快楽の女神ベイバロンから神の力を引き出す最強
それが彼女から聞いた全て。
『第三の魔術』の要と呼べるものだ。
だが、魔女は表情に諦めを浮かべて告げる。
『……あれは生贄なんて言ってはいますけど、その力関係はむしろ真逆ですわ。
「………………は?」
『形式としては
文字通り、
文字通り、神を
『
そう、つまり──
『「
『射精魔術』が成立したのは1999年。
そして、今年は2119年。
では、単純な引き算だ。
2119−1999の答えは?
「
『そうですわ! 「射精魔術」が生まれてから! ずっと‼︎ 何度も、何度もっ、何度もッ、何度もッ、何度もっ‼︎』
血反吐を吐くように彼女は叫ぶ。
それは魂を震わせるカミサマの悲鳴。
『……抵抗は出来ませんでしたわ』
急激に声が落ち着いた。
……否。落ち着いたのでは無い。
これは躁鬱と同じで、情緒が不安定なだけ。悲しむ心すら持続できないほど、彼女は擦り切れていた。
『〈
彼女が『射精魔術』を忌み嫌うのも当然だ。
むしろ、どうすれば好きになれるんだこんなモノ。
『気分は組み伏せられてレイプされる少女でしたわ。いくら
「…………ふぃーど、ばっく……?」
『ええ。緋色の女の感覚はベイバロン
つまり。
彼女は、今も。
『これが一時の流行であれば、我慢できましたわ。貴方の「第四の魔術」があと一世紀早く──せめて、半世紀早く完成したなら許せましたわ』
「………………、いい…………」
『だけど、それでも「射精魔術」は最強でした。いつまで経っても「射精魔術」はスタンダードであり続け、次の魔術様式が生まれることはありませんでしたわ』
「…………もう、いい……」
『いくら
「もういいんだッ、やめろ‼︎」
だから、彼女は裏切った。
ヴィルゴの計画の全貌を知り、最終的に男性が絶滅するのだと理解したから。
『……人類は無責任に
心の奥底から彼女の
120年間、或いはそれ以上前から燻っていた絶望。
『
十字を切っても神は応えない。
南無阿弥陀を唱えても救いはない。
だって、
だって、
『助けてほしい! 救ってほしい! この地獄から解放されたいッ! なのにッ、
電話越しに啜り泣く音が聞こえる。
不在の神には縋れない。
彼女を救ってくれる存在はいない。
『…………だったら、自分で自分を救うしかないじゃない。もう一人の自分に期待して、見逃したって仕方ないじゃない……』
「……それでも、お前はオレを救ってくれた。最後の最後、自分を本音を裏切ってでもオレへの攻撃を逸らしてくれたじゃねぇか」
『そう……ね、とっても中途半端。結局、わたくしは善い人なんかじゃない。愛情を持ったベイバロンなんかじゃない。ヴィルゴには勇気があって、
彼女は力なく笑った。
違う、そんなんじゃない。
オレが見たかった笑顔は、オレが聞きたかった笑い声は。
気がつくと、オレはこう言っていた。
「…………
悲鳴が、止まった。
それが全てだった。
それだけでオレは何だってできた。
「
とんでもない事を言っていると自覚する。
オレは自分の事で精一杯なのに、余計な重荷を背負おうとしている。
それは、きっと世界を敵に回すような苦難。
それは、きっと神様すら呆れるような愚行。
でも、それでも。
彼女の涙を拭えるのなら。
彼女の笑顔がもう一度見られるなら。
オレは架空の神にも何でもなってやる……‼︎
「ヤるぞ、
『…………ぅ、んっ!』
「変えるぞ、世界をッ‼︎」
『うんっ、うん‼︎』
そして、ちっぽけな少年は吼えた。
そして、ありふれた少女は叫んだ。
──
「『この世界から『射精魔術』なんてクソみたいなモノを絶滅させてやる……ッ‼︎』」
◆これは、『射精魔術』を絶滅させるため、女性になってしまった少年科学者と性魔術を忌み嫌う魔女が奮闘するお話。
13/12:23221字
合計:248,344文字
馬鹿文字遅刻オーバーラン野郎とは私のことです。
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