【完結】悪役令嬢に好かれたばかりに自分の恋愛がハードモードになった取り巻きのお話 (丸焼きどらごん)
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一話 とある転生者のprologue~すでに色々音を上げたい

「あなたに相応しい男であるとわたくしが認めない限り、交際など認めませんわ!!」

 

 どうしてこんなことになったんでしょうねぇと、他人事の様に考えながら私は天を仰いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 同じ金持ちでも貴族の家に生まれるより、成り上がり商人の家に生まれる方が気楽に生きられたんじゃないかなぁ。というのは、五歳の時に思い出した前世の記憶を踏まえての考えである。

 

 この私、ファレリア・ガランドールは前世の記憶を持っている。

 そうは言ってもある程度物心ついてから思い出したからか、あくまで前世の私は別人。前の人生が恋しいなとかそういった感情はない。

 ただ私の前世は今生きている世界とはずいぶん文化や常識が違う場所だったらしく、面白くて受け入れた。

 

 魔法はないけど化学があって、こっちの下手な金持ちより庶民の方がいい暮らししてそうな世界。

 そこには個人のキャパシティーから溢れて、たった一回の一生では到底消費できないほどの娯楽の数々。中でも創作物の数が素晴らしかった。

 世界全部がそう、というわけではなかったのだろうけど。

 一冊の娯楽小説を手に入れるにも苦労していた私にとって、そこは正に楽園だった。

 

 

 

 

 

 記憶……とは例えてみたけれど、私のそれはひどく具体的。頭の中にあって他の人には見えないというのは共通であるものの、鮮明さが違うのだ。

 目を瞑って少し集中すれば、私の意識は無数の本が納められた空間へと導かれる。

 その本を手に取りひとたび開けば、前世の私が経験したらしき事象が映像、音、香りを伴って目の前に現れる。前世の世界観で言うところ、4D……だったかしら? そんな感じ。

 

 思い出したばかりの頃はそれが面白くて、半日……下手したら三日もその中にもぐっていた。

 家族や使用人はあまりに私の意識が戻らないから大騒ぎで、幼いころの私のキャラ付けはすっかり「病弱お嬢様」。実際は風邪一つ引いたことが無い健康優良児なんですけどね。

 前世がそこそこいい年齢まで生きてたらしくて、記憶を見る時に加齢による不調まで疑似体験してしまったからね。今からめちゃくちゃ健康に気を遣っている。私、とても偉い。

 

 でもってそんな幼少期を過ごしつつ、すくすく育っていったファレリアちゃんなのだけど。

 だけど私は運がいいのか悪いのか……。いえ、間違いなく良い方と捉えなければバチがあたるのだけど。貴族の家に生まれてしまったものだから。それなりに義務という奴もあるわけよ。

 

 貴族の子女となれば、結婚もその一つ。

 

 そして。

 

 

 

「め、めんどくせー……」

 

 

 

 初めてその考えに至った時の第一声がこれである。

 

 

 だって責任とか人付き合いとかそういうの嫌じゃんよ……。

 病弱系お嬢様で通してきたから、幼少期は全部そういうのスルーして生きてこられたんだよ……。

 でもさすがに健康すぎて病弱系で押し通すのも難しくなってきてさ……。

 血色いいわ肌艶いいわ足腰しっかりしてるわで、どう考えても無理だったんだよね……。

 はぁ……。

 

 

 だから両親が「そろそろあの子にも婚約者を」とか話しているのを聞いた時、私はどうやってそれを回避するか考えて考えて考え抜いた。

 まだ見ぬ無垢なショタ婚約者を私色で染めてやるぜ☆ とかも一瞬考えたけど、あれだ。犯罪者臭すごくて無理だった。嫌というより無理。

 前世と私は他人だが、もろもろの記憶が無駄に精神年齢だけ跳ね上げてくれやがったのだ。

 責任とか人付き合いとかはさ。いい暮らしさせてもらってるんだし、そのうち諦める。

 でも往生際が悪い私はせめてもうちょっと! 具体的に言うと二十歳過ぎるくらいまで待ってくれ! と足掻いたわけ。そこが最低ラインだ。

 自分よりもっと年上の婚約者なら……。とも考えたけど、そうなると幼い方の自我が「おっさんは嫌だ! 先に死なれるの嫌だ!」と暴れ出して拒否反応。

 先に死なれるのが嫌、という考えにやっぱり前世の影響で心が変な加齢の仕方してんなぁとうんざりするが、とにかく嫌、という事に変わりない。

 

 

 そうして考えて考えて。やっとたどり着いた、たった一つの冴えた考えがあったというわけよ。

 

 

 他にもまあ無くはなかった気もするけど、精神年齢上がろうが子供は子供なのだなと。あとあと思い返してしみじみと思ったものである。ひとつ考え付いたらもうそれしかない! と思い込んじゃって。はは……。

 気づいたときはもう、後戻り出来なくなっていた。

 

 

 

 私が思いついた結婚もとい婚約を先送りにする方法。

 それは自分よりいい家のご令嬢と仲良くなって、そのお嬢様に行き遅れてもらう事! だった。

 

 

 

 何言ってんだこいつ。そう前世の私の意識が言っていたような気がする。

 成長した私も幼い自分に対して同じことを思ったので、多分前世と似た性格に育っているなぁこれ。

 どうしてそんな考えに至ったのかといえば前世の中にある記憶が原因なので、まあ前世の私は連帯責任だよ。

 

 幼い私が記憶の4D図書館で得た数々の物語。それをもとに組み立てた計画が、これだ。

 

 

 

 ひとーつ! いかにも性格悪そうなお嬢様(家柄が上)と仲良くなって取り巻きになる!

 

 ふたーつ! お嬢様、性格が悪いので行き遅れる!

 

 みーっつ! 取り巻きで格下の家柄である私が先に結婚や婚約などとんでもない! とかなんとか言って縁談を回避!

 

 

 以上。『義務とか結婚とか子供とかめんどくせぇ! 独身貴族お嬢様を出来るだけ長くぬくぬく続けるための方法』虎の巻(作:十歳の私)である。

 

 完璧だわ。そう幼い頃の私は思っていた。頭メリーゴーランドかな?

 おそらく精神年齢だけ先行してしまったがために、私は自分の頭の悪さに気付いていなかった。マジでやり直したい気持ちでいっぱいです。

 

 しかし「全てが終わって」から嘆こうと、過去は変えられない。

 ただ反省は出来るので、渋々ながら私は追憶を続けた。

 

 記憶の図書館、現行記憶も映像音声付きで保存してくれるからな。便利だ。逃れられない黒歴史と己の愚かさを目の当たりにする禁書になるけど。

 

 

 

 

 

 さて、私が立てた阿呆みたいな計画だが、その考えに至った元となる物語のジャンルは「悪役令嬢」というものだ。

 悪役令嬢。こう、物語の主人公に意地悪する嫌な奴である。

 しかしどういう進化を遂げたのか、それはいちキャラクターの役職、個性を超えて物語として一大ジャンルとなっていた。

 多分これは映画ジャ○アン化現象と似た現象が起きたからだろうと推察している。プラス、成り上がりものに似通ったカタルシスかな?

 この悪役令嬢というジャンル、悪役と銘打ってはいるがざっくり言うと「いかにも悪役だった令嬢に別人格が入る、もしくは誤解が解けていい人になる」やつだからね。あまりに流行ってパターンが枝分かれしたため、一概にそう、とは言えないのだけど。

 普段素行が悪い奴が良い事をするとすごく良く見えるし、最悪の状況から周囲が反省して状況が良くなる……という。まあ嫌いな奴おらんやろ、という要素の良いとこ取りをしたジャンルだと思っている。

 

 

 考えがそれた。本題はそこじゃない。

 

 

 要は前世の私もそういったお話が好きだったのだ。

 そして良い人的人格をゲットしない状態の悪役令嬢。区別をつけるために"そのまま悪役令嬢"と呼称するが、そのまま悪役令嬢は私が隠れ蓑とするには最適の素材だと思った。

 

 悪役令嬢には取り巻きがつきもの。私はその取り巻きになって、ギリギリまで甘い汁を吸う生活。

 完璧だ。そう思っていた時期もありましたね。

 

 

 そんな頭テーマパークな幼い私がターゲットに選んだ、そのまま悪役令嬢の素質が素晴らしかったお方なんだけど。

 

>>>>

 

(……素質も何もねぇですわぁぁぁぁぁぁッ! ごりっごりに将来を約束された悪役令嬢いよったわ!!)

 

<<<<

 

 これ、当時の私のテンション。めっちゃアガった。

 リプレイすると死にたくなる黒歴史ですね。はい。

 

 そのまま悪役令嬢の名前はアルメラルダ・ミシア・エレクトリア様。

 

 相変わらずこの国の貴族の名前は私の記憶力に喧嘩売ってんのか? こちとら前世の記憶も図書館4D形式でゆとり転生者やっとんのだぞ。

 ……なんて内心思いつつ、社交場でご挨拶した彼女なのだけど。

 

 

>>>>

 

 知ってる。

 この間見た物語の中に居た。

 この子、居た!!

 

 悪役令嬢もの読み漁ってた前世の私、マジナイス!

 自分が物語の世界の人間なんて! とかいう感傷には浸らないわ。だって私の人生について詳しく書かれてるわけじゃないし、気楽なものよ。

 いい攻略本見つけた! ラッキー! ってなものね! ほーっほっほ!

 

 

 なんてこったい。私は前世の世界で物語だった世界に転生したらしい。

 イェイ!

 

<<<<

 

 そう気づいたわけですね、当時の私。

 おい弄り殺すぞなんだそのテンション。胃もたれするだろうがよ。よくそれで「精神年齢高い」みたいに思えたな。

 

 

 アルメラルダ様は公爵家の令嬢。ごりごりのハイクラスお貴族様だ。

 

 私が知る彼女の出てくる物語の媒体はゲームである。といっても、それは世間で散々悪役令嬢ものが流行った後に作られた悪役令嬢ものの二次創作とも言える同人ゲームだ。

 コンセプトは「実際はあんまり存在しないテンプレそのまま悪役令嬢を組み込んだ乙女ゲー作ろうぜ!」だったか。プレイしてた前世の私も私だけど、よく作ったな。

 同人ゲームとはいえ無駄にクオリティが高くてエンディングもちゃんとマルチ。その中で悪役令嬢がうける最も重い罪が殺人未遂の末の処刑だった。

 そこ以外は結構ふわふわした魔法学園恋愛シミュレーションだったろうがと思ったけど、制作陣はむしろ悪役令嬢の断罪パターンに気合を入れていたから頭おかしい。プレイしてた前世人格も同類? ハイ。

 

 そんな将来を約束されたそのまま悪役令嬢、アルメラルダ様。

 他に出会った貴族のお嬢様は性格が悪くても私の家より格式が低かったり、アルメラルダ様以外の上級貴族のご息女は普通にノブレスオブリージュを備えた淑女だったので分かり易く現れた選択肢に私は飛びついた。浅はか。

 

 

 しかしそれが、計画開始までぬくぬくしてきた私の人生破綻の始まりだったのだ。

 

 

 原作(笑)知識があるからアルメラルダ様を適度に精神年齢上(笑)の私が導いてあげて、いい人悪役令嬢とまではいかなくても適度に嫌われて行き遅れるそのまま悪役令嬢になってもらう。

 そんな烏滸がましい考えでアルメラルダ様に近づいた私は、取り入ろうとした一時間後にアルメラルダ様のおみ足に踏まれることになっていた。

 もしこの話を誰かにすることがあったら誤解を招かないため言っておきたいが、私にそういった趣味があって踏んでもらっていたわけではない。ガチにボコられて踏まれた。

 

 

 アルメラルダ様、思ってたより全然蛮族だった。

 

 

 悪役令嬢と蛮族は……別ジャンルだろうが!!

 踏まれた日の夜にそう言って床ダンしたのも、また幼い頃の思い出である。

 

 

 

 なんでそんな事になったのかと言えば、下手に出すぎてへりくだりすぎて舐められて、虐めのターゲットにされたんですよね。

 公爵って王族の次に偉いお貴族様なんですけどね。普通に暴行してくると思わねぇんだわ。おい制作陣、悪役令嬢舐めてるのか。

 

 

 そこからが長かった。

 

 

 取り巻きというより下僕的な立ち位置でスタートを切ってしまったので、事あるごとに過激又は陰湿な虐めを受けた。

 しかもあんな蛮族なのに立ち回りだけは一級品で、誰にもそれを気づいてもらえなかったから虐めで出来た傷は全て私の自業自得。病弱お嬢様の次は、うっかりお転婆ドジっこお嬢様の称号を手に入れてしまったわ。

 

 けど後悔した時にはすでに後戻りできる時期は過ぎていたから、もうやってやるしかないと奮起した私。

 私、超がんばった。「え、これ普通に婚約してたほうが楽なルートだったねぇ!?」と何度も思ったけど、頑張った。

 

 地道に交流を重ねて!

 後を追いかけて! 

 踏みつけられようがぶっ飛ばされようが罵倒の嵐を受けようが!!

 笑顔でしがみついていき!!

 

 

 その果てに取り巻きになったのは、実に七年の月日を費やした後だった。

 

 

 ……取り巻きってそんな過酷な試練乗り越えて手に入れる様な地位だっけ……?

 私の思春期七年の対価としてつりあってないんだが……?

 

 まあその辺は考えるとドツボなので、永遠に記憶の図書館に残り続けるものの心のダストボックスにシュートした。

 自分を騙して生きていく術は前世の私に学んでたからね。どんな世界でもせちがれぇですわ。

 

 

 しかしやっと心に余裕を持てた時には十七歳。

 十五歳から入学できる貴族専門の魔法学校に通って二年の月日が過ぎた頃。

 

 ……めちゃくちゃ原作が始まる年でしたね。まあ今年なんですけど。ナウなんですけど。

 

 アルメラルダ様を適度なそのまま悪役令嬢にするぞ! と息巻いていた私は「やっべー」と膝をついた。取り巻きになることに必死でなんっもしてなかった。

 でも、しかたがないのだ。自分の事に精一杯すぎたんだから。

 

 だってアルメラルダ様、途中から私虐めがガチすぎて。

 

 ほぼ毎日アルメラルダ様の元に虐められるために通っていたし(これは自主的にでなく毎朝公爵家の馬車で迎えに来られてた)、なんならアルメラルダ様のご邸宅に私専用の部屋がある。冷静に考えて怖い。

 どんなに虐げられても(取り入るために)くっついていったのは私だけどさ……。

 おかげで両親が私に婚約者を見繕う暇も無くて、まあ下僕時点で目的は半ば達成されたようなものだったんだけど。

 取り巻きになれた今は、あとはアルメラルダ様が適度に行き遅れてから結婚してくれたらいい。それまでアルメラルダ様を隠れ蓑にして独身貴族をぬくぬく甘い汁すすって満喫してある程度したら私も結婚、と。

 

 

 そうなってやっと、私の七年は報われる。

 

 

(でも原作はもう始まってしまう。このままだとルート次第でアルメラルダ様はガチ悪役令嬢として処刑される可能性があるものね。これはもう、リアタイでイベント潰していくしかない)

 

 計画が狂いっぱなしのまま突入した原作時間軸。

 私はそれなりに悲壮感を抱えていたんだけど……。

 

 第一イベント潰しのため立ち回ろうと珍しく取り巻きパーティから離脱し単独行動をしていた私。その前に悪鬼のような顔で現れたアルメラルダ様。そのまま魔法学校の寮アルメラルダ様自室へ連行される私。

 

 そこで発された言葉がこれである。

 

 

 

 

 

「あなたに相応しい男であるとわたくしが認めない限り、交際など認めませんわ!! 誰ですの、さっきの男は!!」

「この国の第二王子ですけど!? アルメラルダ様、記憶力大丈夫ですか!?」

 

 思わず問いかければ頭をひっ叩かれた。痛いけどこれはまだアルメラルダ様レベル1だ。レベル5とかだと拳が顔面に飛んでくる。

 

「そんなことくらい分かっています。ただ貴女との関係を聞いている、ということくらい理解できませんこと?」

「はぁ……」

「気の抜けた返事をするのではないわ」

「はい!」

 

 躾けられた体が即座に反応する様子にアルメラルダ様が満足そうに頷くと、優雅に脚を組んだお姿で再度問いかけてきた。

 

 

 

「……で? 貴女と彼の関係は?」

 

 

 

 どうしよう。

 もしかすると原作どうのこうのよりも、これ自分の人生攻略に重大なミスを犯してないか? 私。

 

 そう気づくもどう考えても何もかもが遅い事だけは理解したので。

 私はそっと、現実逃避に漫画を読むため記憶の図書館に引きこもった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




地獄の企画に参加しています(タグ)。既存連載も書きます。
うおああああああ!なんとかなれ~!!!!!!


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二話 悪役令嬢beginning~もうどうしようもなくズレてる

ほぼ悪役令嬢視点。友情物語です。


 

 ファレリア・ガランドールがどういった少女であるか。

 それを問われた者はまず「人形のようだ」と称するだろう。

 陽の光を受けて輝く雪原のようなプラチナブロンドに柘榴石のごとき瞳。整った(おもて)に浮かぶ表情は乏しく、動かなければそれは一流の職人が手掛けた芸術品のようだ。

 黄金の巻き毛に緑柱石に似た瞳を持つアルメラルダと対極のようなその容姿。二人並ぶとよく目立ち、最初はアルメラルダ自身も見惚れたものだ。

 

 

 しかし見惚れた後。

 その感情はすぐ嫌悪へと変わる。

 

 

 自分と同じく幼いはずのファレリアは、それまで病弱で一度も社交界へ出たことが無いという噂だったにも関わらず……実に堂々としていた。

 大人相手にはまだ委縮してしまっていたアルメラルダなどよりよほど洗練されたその佇まいに、抱いたのは焦燥。次いで感じたのは不快さだった。

 そのすました顔が気に入らない、と。

 

 何より不快だったのはその少女が自分と対峙した時だ。彼女はアルメラルダにひどく丁寧に、そしてへりくだって挨拶をした。

 普通ならば気にならないどころか、当然の態度だと受け入れるだろう。公爵家の娘たる自分は敬われて当然の存在なのだから。

 

 だが一瞬「憧れ」さえ抱きかけた相手からのそれは、まだ未熟な己を見下されているようで。

 大人が小さな子供をよしよしとするような鷹揚さ……同い年の少女から感じたその雰囲気は、アルメラルダにとって侮辱でしかない。彼女はそういった「自分を侮る」気配にひときわ敏感だった。

 これまでに感じたことが無い燃え盛るような熱を、体の奥底で感じたのをよく覚えている。そしてアルメラルダはそれを制御できるような少女ではなかった。

 幸い不快さの原因もはけ口も、目の前に。

 

 

「人間のように二本の脚で立って歩くのは、あなたには相応しくないわね。こちらの方が似合っていてよ」

 

 

 お前ごときは人に満たない畜生だとでも言わんばかりに、磨き抜かれた靴で踏みつけたのは白く華奢な背中。

 アルメラルダは人気のない場所へファレリアを連れ出すと、酷く理不尽に彼女ををいたぶった。

 

 扇で頬を打ちつけた初撃。

 そこでそのすました顔を崩し泣き崩れでもすれば、すぐに気は晴れたかもしれない。

 

 

 

 ……だがファレリアは、あろうことか笑ったのだ。

 

 

 

「ふ……。申し訳ございません。何か気に障ることをしてしまったでしょうか」

 

 微笑。

 淡々と述べられた謝罪と問いかけに、己など歯牙にもかけられていないと感じた。……気づけばアルメラルダは初めて己の拳で人を殴っていた。

 

 これまで愚鈍な使用人や身の程を知らない友人を名乗る有象無象を扇で打ち叩いたことは数あれど、己の体を痛めてまで誰かを攻撃したい、痛めつけたいと思ったのは初めてのこと。

 それはアルメラルダに妙な愉悦と快感をもたらしたが、ファレリアはどんなに痛めつけても笑顔だった。

 背中を踏みつけて罵っても笑顔。極めつけにはその日の最後に「私、アルメラルダ様とお友達になりたいと思っています」などと申し出てくる。

 

 さしものアルメラルダも不気味に感じたものだが、ここで引いたら己が負けたみたいではないか。

 

「ええ。わたくしも、貴女とはもっと仲良くなりたいわ」

 

 我ながら完璧な笑顔でもって、そう受け入れた。

 望むならばくれてやろう。このアルメラルダ・ミシア・エレクトリアの寵愛を。

 

 このすまし顔、もしくは腹の読めない笑顔の鉄面皮を崩すのはさぞ楽しかろうと。アルメラルダは嗤った。

 

 

 

 しかしアルメラルダの目論見は外れ続ける。

 

 どんなに痛めつけようが罵詈雑言を浴びせかけようが、ファレリアはいつも笑顔なのだ。普段はごく無表情の癖にアルメラルダと対する時は微笑をたたえており、その余裕が気に食わなかった。

 気味悪がって関わらなければその関係も終わっていただろう。

 だが負けず嫌いのアルメラルダは意地でも泣かせてやろうと躍起になり、酷く真剣にファレリアを泣かせる方法を考え続けた。

 

 

 

 だがある日。

 ……思いがけないところから転機は訪れた。

 

 

 

「もっと! もっと強く打ち付けぬか!! お前の私への愛はそんなものか!?」

「も、申し訳ございません! こ、この低俗な豚野郎がァ!!」

「そうだ! いいぞ! もっと。もっとだ!! もっと激しく!! ァァンッ! 私は低俗で卑しい豚です愛しい人!!」

 

(お、おとうさま? おかあさま……!?)

 

 衝撃だった。

 

 ある日の夜、急に心細くなって夜中に両親の部屋を訪れたアルメラルダ。

 普段は多忙な両親を慮って、あるいはこんな甘えた姿を見せては失望されると委縮して絶対にしない行為だ。しかしこの日だけ、どうしても父と母に甘えたかった。

 だがそこで見たものは……。

 

 

 四つん這いになって剥き出しの尻を突き上げた公爵たる父が、母が振りかぶる馬用の鞭で叩かれ罵倒されている光景だった。

 

 

 あまりの光景に身動きが取れなくなったアルメラルダはその後一部始終を目にした後、ふらふらとした足取りで自室へ戻った。

 

 

 ちなみに彼女が知り得ようはずもないことなのだが、"ある世界線"においてもこれを目にしたことがアルメラルダの転機となっていた。

 もともと公爵令嬢として高飛車かつ傲慢に振舞っていたアルメラルダの態度も、実のところ「公爵家の娘として舐められないため」のもの。発揮する方向性が歪んでいただけで、責任感の強い少女なのだ。

 それが尊敬していた両親の性癖を目の当たりにし「公爵家はこのままでは駄目になる。自分がどうにかしなければ」といった重責を背負い込んだ。

 結果、歪んでいた責任感がさらに捻じれ曲がり「悪役令嬢」アルメラルダの土台となったのである。

 

 そのあまりな悪役令嬢ビギニングに"ある世界線"の一部から同情が集まり、コアな人気を集める要因となったのだが……。それも彼女は一生知る得ることの無い事実。

 もし知ったとしても「ほっとけ!!」しか言うことは出来ないだろうが。

 

 

 

 だがトラウマになりかねない光景を、彼女は彼女なりに咀嚼した。

 それはいくら自分が痛めつけても笑顔を浮かべる不気味な少女と出会っていたから。

 

 そして。

 

 

(この世には痛みを愛と感じる方も居る……ということ!?)

 

 

 考えの到達。

 

 幼い身で脳みそが焼ききれそうなほど思考を重ねたアルメラルダは、未知の存在(ファレリア)を理解しようとする心と両親への敬愛が混ざり合い…………結果。見た全てを、最大限好意的に受け取った。

 もちろんそれが世間一般的な感覚ではないことくらい幼いアルメラルダにも理解できた。だが「そういう人種も居る」という啓蒙を得たのだ。一生得なくていい啓蒙だったかもしれない。

 

(……では、あの子も)

 

 アルメラルダはもう一人のそういった(へき)を持つ者を思い浮かべる。……ファレリア・ガランドールである。

 もちろんそれはアルメラルダの誤解なのだが、彼女は両親の衝撃的な場面を受け止めるため。そして不可解なファレリアの態度に記号をつけるために、事実を無理やり己の中で合致させた。

 

 さらに思考は続く。

 

(まさかあの子にとって、わたくしに痛めつけられる事は……愛!?)

 

 それはまさに天啓。

 理解(わか)ってしまった。

 

 愛されている。そう思ったからこその、あの笑顔だったのだ!

 

 自分とファレリアは女同士であるし、ファレリアの「友達になりたい」発言から考えると両親のそれとは違うだろう。名前を付けるならば「友情」「友愛」だろうか。

 思い浮かべた単語にアルメラルダは目を見開く。

 

(友情……!?)

 

 雷に打ちぬかれたようにその日何度目かの衝撃が走った。

 

 伏魔殿たる貴族社会。その中で本当の意味での友など出来るはずがないと思っていた。

 物心ついたころから公爵令嬢たる自分に取り入ろうとする者ばかりを見てきたアルメラルダにとって、友人、友情など絵空事。

 だがどんなに嫌われようが、ひたむきなまでにそれを愛だと信じて慕ってくる者が居たとしたら。

 

 

 それは、なんて。

 

(愛しいの)

 

 

 ――――慈しみ。

 

 この時、アルメラルダに初めて芽生えた感情である。

 

 

 他者へ向ける暴力は全て相手に己の立場をわきまえさせるため、もしくは自分を守るための攻撃だと思っていた。

 だがファレリアにとってアルメラルダから向けられる暴力は愛。単純に友人と遊ぶ行為でしかなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もちろんすべて勘違いである。

 

 クズ(ファレリア)は思いっきりアルメラルダを利用するつもりで、さっさと虐め対象から取り巻きに昇格しようと笑顔を浮かべていただけなのだから。

 

 ちなみに普段表情が乏しいのは、単純に記憶の図書館への引きこもり期間が長すぎて対人用の表情筋が死んでいるだけである。ゆえにファレリア(クズ)は意図しないかぎり、表情を変える事すら面倒くさがった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分に向けられている感情が「友情」であると認識してみれば、ファレリアの笑顔は不気味なものではなくなった。むしろじゃれついてくる子犬のようで微笑ましい。

 アルメラルダもその友情に応えるために精一杯虐め(かわいがっ)た。

 

 そのうち毎日会えないことに不満を抱くようになったアルメラルダは、ファレリアの家……ガランドール伯爵家に迎えの馬車を向かわせるようになる。「親しい友人であるファレリアを招き、共に時間を過ごし勉学に励みたい」というアルメラルダの申し出に、伯爵家は二つ返事で頷いた。

 これには別の思惑もある。

 ファレリアの性癖、もしくは趣味と呼ばれるもの。それは本人にとっても、ファレリアを可愛がるアルメラルダにとってもバレたら外聞が悪いものだ。しかし自分のテリトリー内であればいくらでも隠せるし誤魔化せる。

 

 アルメラルダの立ち回りは完璧だった。

 公爵家から帰ってくるたびに生傷を作っているファレリアを見ても伯爵家の者は「あんなに病弱だったファレリアがこんなに元気に遊びまわるようになるだなんて……! それも友達と! 一日微動だにしないで目を瞑っていたと思ったら突然笑い出したり急に思い立ったように見たこともないヨガとかいう動きをしていたファレリアが、友達と……!」と感動するばかり。

 

 アルメラルダは鼻高々だった。

 途中ファレリアの妙な生態を聞いた気もしたが、高々だった。

 ……一緒に遊んでいる時もよくあるとは、口が裂けても言えなかったが。

 

 ぼけっと虚空を見つめているのを放置しておくと、そのまま半日くらいは動かないし時々にやっと笑っていたりする。

 そのことについてファレリアを問い詰めたこともあったが、だいたい上手いようにはぐらかされ今でも明確な答えは得ていない。明らかに寝不足で集中力が欠如していそうなときに不意をついてみたりもしたが「いや。ワンピースが面白すぎてつい一気に……空島くっそおもろ……」などという訳の分からない答えしか返ってこなかった。

 ひとつなぎの服(ワンピース)……衣服に対して面白いと感じるファレリアの感覚が、まずアルメラルダには理解できない。

 

 ちなみにファレリアが「健康に良いので」と言っては始めるヨガなる動きはアルメラルダも真似してみたが、意外と心地よくて勉強の合間によくやっている。人に見せたことは無いが、猿王のポーズなるものがお気に入りだ。

 

 

 

 

 とにもかくにも、そうしてファレリアと交流を深めていったアルメラルダである。

 

 

 

 

 今でも気に入らないものは徹底的に思い知らせてやろうと思っている。舐められたら終わりの世界なのだ。

 

(だけど、ファレリアに見せるわたくしだけは違う)

 

 愛を持って暴力を振るう時。虐げられているファレリアやアルメラルダ本人は知りようもないが、その時この公爵令嬢はひどく優しい笑顔を浮かべている。

 

 それは誰にも見せたことが無い、ファレリアのためだけの笑顔だった。

 

 

 

 

 そうして友人と過ごす幸せに満たされていたアルメラルダだったが、ある日はたと気づく。

 

(十五歳になればわたくしは魔法学園へ入学する。でもファレリアは……?)

 

 魔法学園は貴族なら誰でも入学できる、というわけではない。魔法を学ぶ場所なのだから、当然最低限魔法を使う才能が必要である。

 しかし正直言って、ファレリアは入学の水準に達していなかった。つまりこの楽しいひと時もあと数年。

 

(い、嫌ですわ……!)

 

 真っ先に覚えた感情は拒否。

 アルメラルダにとって、もうファレリアがそばに居ない生活は考えられなかった。

 

 

 

 アルメラルダにはある特別な素質がある。故に公爵令嬢にも関わらずこれまで婚約者が居なかった。魔法学園へ入学した後、そこで相応しいものを選定するのだ。

 そのこと自体に不満も無ければ、これまでより優れた相手を見つけるために己の研鑽も続けてきた。だが入学が近づくにつれて、アルメラルダは強い焦燥感を覚える事となる。

 

 これまでアルメラルダが隠れ蓑となり婚約者のいなかったファレリアだが、遠く離れればすぐに相手が決まるだろう。今は伯爵家が自分に遠慮しているに過ぎない。

 魔法学園の在学期間……五年も遠く離れた友人のために、大事な娘を行き遅れにさせる義理も無いはずだ。

 つまりファレリアが魔法学園に入学できなければ、そこでアルメラルダとファレリアが今の様に共に過ごせる時間は終わりを迎えてしまう。

 

 加えて痛みを"愛"と感じるファレリア。そんなファレリアにもし、変な婚約者が出来てしまったら?

 ふと以前見た両親の痴態にファレリアと見知らぬ誰かが重なる。

 

 

 ドンッ!!

 

 

 気づけばアルメラルダは、自室の机を拳で中央から割っていた。

 

(ファレリアをぶちのめしていいのは、わたくしだけよ!!)

 

 激しく燃えたのは嫉妬心。だがアルメラルダが得た感情はそれだけではない。

 

(あの子、顔以外に取り柄が無いもの! すました顔してると思っていたらぼーっとしていただけだし、注意力も散漫で、結構抜けてて! いいように流されて婚約者を決められてしまうわ! あああああ、もう! どうにかしなきゃ。どうにかしなきゃ!!)

 

 もともと責任感の強い彼女は、ここ数年で知りえたファレリアの実態によって強い庇護欲を抱くようになっていた。その姿は子を守る親鳥のようだったと、長年アルメラルダに仕えてきたメイドが後に語る。

 

 

 

 これからもファレリアと一緒に居たい!

 ファレリアに変な婚約者が出来る、もしくは変でなくてもファレリアの歪んだ愛の受け取り方を満たすような者では嫌だ!

 自分がどうにかしなければ。自分が……!

 

 駆け巡る思いに、アルメラルダは決意した。

 

「どうにかこうにかファレリアも魔法学園に入学させわたくしの側に置き、その上でわたくし自らファレリアに相応しい殿方を選ぶしかないようですわね……! 変な趣味の無い……!」

 

 自分に相応しい婚約者とファレリアに相応しい婚約者。その二つを探さなければ。

 更に相手を見つけたとあらばその者を確保し確実にファレリアと婚約させるため、かつ結婚後も自分の手が常に届くようにするために公爵令嬢以上の地位を手に入れる必要もある。

 幸いそのための"資質"はすでに己の中に存在した。

 条件さえ満たせば人の婚約に口を出すことなど造作もないし、人妻になろうが自分の元へ呼び出すなど容易いもの。……たとえファレリアの相手に選んだものが、王族相手であっても。

 

 それを可能にする地位の素質。

 アルメラルダはこの日、確実にそれをものにすると心に誓った。

 

 

 

 幸い気づいたときは入学までに猶予期間があった。

 まずその一年でファレリアの魔法の才能を入学水準まで鍛えて鍛えて鍛えまくる。どんなに辛い訓練でも耐えてもらうつもりだが、それに関しては心配ないだろう。なにしろファレリアにとってアルメラルダから与えられる苦痛は全て愛なのだから。喜んで受け入れるはずだ。

 加えてまともな婚約者を得たとしてもファレリアが暴力を"愛"と勘違いしたままでは危ういため、入学後は徐々に遊び(いじめ)を控えていきファレリアの嗜好を矯正していく。

 これは今までの関わり合い方を否定するため非常に寂しいが、今後も共にいるためには必要なことだ。二年ほどあれば出来るだろうか。

 

「やることが多いですわ……。まったく、手のかかる子」

 

 憤慨したように息を吐いた後。

 ……アルメラルダが浮かべたのは、非常に柔らかい笑みだった。

 

 

 

 その後アルメラルダの努力もあって無事入学水準まで魔法力を鍛えられたファレリアは共に入学。

 アルメラルダは"資質"を磨き確固たる地位を得るべく邁進しつつ、自分とファレリアに相応しい男子生徒の目星をつけ始めるのだが……。

 

 

 

 

 

「あの小娘、邪魔ですわね。身の程という物を知らないのかしら」

 

 パンっと扇を手に打ち付けて、アルメラルダは二階の廊下から中庭を見下ろす。そこにはついこの間入学してきたばかりの少女が、この国の第二王子と笑いあっていた。

 王子が護衛の騎士を連れているとはいえ、ほぼ二人きりといっていい状態。身の程知らずという言葉がこれほど似合うものもない。

 

 その少女は今この学園で一番の注目を集めているといって良い存在だった。

 何故ならこれまでアルメラルダしか持っていないかと思われた「星啓(せいけい)の魔女」の資質を持ち、庶民でありながらその資質を育てるためにこの学園へと招かれた者なのだから。

 それだけでも目障りだというのに、こともあろうかアルメラルダが二年の月日をかけて選出していた十二人の「結婚相手候補者」と次々に仲良くなっている。

 アルメラルダが目を付けた相手は偶然にも「星啓(せいけい)の魔女」の補佐官候補でもあるため、二重の意味で鬱陶しい。

 

 これは動く必要がありそうだと。……アルメラルダは悪辣な笑みを浮かべ、その少女を見下ろした。

 

 

 

 

「は?」

 

 だがそんな今大注目の少女などよりよほど気になる者が、アルメラルダの目に映った。

 

 第二王子と少女が別れた後、その場にのこのこやってきた見覚えのありすぎる姿。遠目にもそのプラチナブロンドは希少性もあってかよく目立つ。

 さすがに四六時中共に過ごしているわけではないため、ファレリアが単独行動をしてもなんらおかしくない。だが自ら男に近づいていくことなど、これまでに一度も無かった。

 

「あ、アルメラルダ様?」

「お黙り」

 

 べたっ! と窓に張り付き中庭を血走った目で見るアルメラルダに取り巻きその二(その一はファレリア)が困惑の声を出すが、ぴしゃりと叱責され押し黙った。

 

(……は? え、なん。なんですの? いつもいつもわたくしの後をカルガモのようについて歩いていたファレリアがわたくしを放っておいて男の元に? わたくしに一言も無く? 確かに相手はわたくしが目星をつけていたうちの一人だけど、そのことはまだあの子に話していないわ。そうよ。まだ見極めは終わっていないのだもの。なのになぜ勝手に近づいて? は?)

 

 バキッと手に持っていた扇がへし折れた。

 

「顔を……赤らめた……!?」

 

 遠目でもわかる。第二王子を前にあのぼーっとしているすまし顔のお人形さんは、赤面したのだ。これまでにアルメラルダが見たこともない表情で!!

 

 すぐさまアルメラルダは駆けた。それでも高貴さ優美さを失わない矜持は流石であり、凄まじく洗練された走り。校内を駆け抜けた公爵令嬢を見た他の生徒は「神獣が紛れ込んだのかと思いました」などと証言したとか。閑話休題。

 

 そして中庭からファレリアを自室へ引っ張っていったアルメラルダは、彼女を問い詰めた。

 

 

 

「あなたに相応しい男であるとわたくしが認めない限り、交際など認めませんわ!! 誰ですの、さっきの男は!!」

「この国の第二王子ですけど!? アルメラルダ様、記憶力大丈夫ですか!?」

 

 人形のような見た目に反して意外と砕けた口調、かつ失礼な物言いをする少女。七年の付き合いでその無礼にも慣れたが、衝動を発散するためにここ最近控えていた暴力を振るった。

 叩かれた頭を抱えて眉尻を下げるファレリアに「よしよし、暴力に対して正しい反応をするようになってきましたわね……」と、満足感とちょっとした寂寥感を覚えるアルメラルダだったが、今はそれどころではない。

 

「そんなことくらい分かっています。ただ貴女との関係を聞いている、ということくらい理解できませんこと?」

「はぁ……」

「気の抜けた返事をするのではないわ」

「はい!」

「……で? 貴女と彼の関係は?」

 

 アルメラルダの問いかけにファレリアは視線を彷徨わせた後、目を瞑り……数十秒。その間をもどかしく待っていると、ファレリアはゆっくりと目を開けて手をもじもじ絡めながら明後日の方向を見た。

 

「か、関係もなにもありません。だって相手は第二王子様ですよ? ただ、その。み、道を聞いていただけですわぁ~。ほほほ」

 

 二年も過ごした学園の中で???

 アルメラルダはそう考えたが、ファレリアが自分に嘘をついたことが衝撃的過ぎて言葉を失っていた。

 

 相手は第二王子。ファレリアの相手として申し分ないし、実際アルメラルダも目をつけていた。だがそれでもファレリアが自主的に相手を選んだことが信じられない。せめて、まず行動を起こす前に自分に話すべきではないか!?

 

 アルメラルダはこめかみをもみほぐしながら息を整える。

 落ち着け。焦ることは無い。もしファレリアに好きな相手が出来て、それがアルメラルダも認める者ならそれは素晴らしいことだ。落ち着け。

 

(……そうなると、いよいよあの小娘が邪魔ですわね)

 

 脳裏をよぎるのは己の栄華の道(ロード)を邪魔しうる庶民の小娘。身の程知らずにも王族にすら話しかける卑しい豚。

 

 

(このわたくしが直々に排除してやりますわ……!)

 

 

 この世界においての悪役令嬢ビギニング。

 それは今この瞬間。……確定的なものとして、成った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

+++++

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 某所。

 夜陰に紛れるようにして、ふたつ分の人影が蠢く。

 密会である。

 

「魔法学園プリティーサバイバル。この作品は食うに困って山に食材を探しに行った君のお姉さんが魔物に襲われ、撃退時に「星啓の魔女」たる資質を発揮したところから始まる。……星啓の魔女。この国を守る、とても大事な役割だ。それこそ王族と同等の地位と言っても差し支えない」

「そして貴族しか入学できない魔法学園に招かれ、もう一人の星啓候補のアルメラルダと競いながら補佐官候補でもある攻略対象との絆を深めていく恋愛物語……だったね。もう耳にタコが出来るくらい聞いたよ。覚えた」

「それは重畳」

「最悪のルートを進むと国ごと亡ぶんだろう? 姉さんの幸せを守るためでもあるけど、嫌でも覚える」

「ふっ、違いない。まあそれはすでに回避できたようなものだが。君がこの役を受けてくれたからな」

「でもって、あとは僕が上手く立ち回って"大団円エンド"とかいうやつに進めばいいんだろう? あんたには恩があるからね。上手くやるさ」

「ああ! 頼む。そうすれば……」

 

 

 男は固く握りこぶしを作り、高々と振り上げた。

 

 

 

「アルメラルダたんは不幸にならないし、死なない!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 様々な思惑が交差する魔法学園での生活。そんな中。

 

(なんか変な勘違いしてるみたいだなアルメラルダ様。動揺して真昼間から記憶の図書館に引きこもりかけてしまった。一瞬でもどったし、セーフセーフ。いや、まぁね? 自分でもわかるくらい顔赤くなってたのは自覚してるけど……。でも私の好きなの、王子でなく後ろに居た騎士様なんだよなぁ。どちゃくそ好み過ぎてうっかりときめいてしまった。いや、そんなことは今どうでもいいわね。それよりアルメラルダ様、私が王子に恋したと勘違いしたにしては変なスイッチ入ってなかった? うーん……?)

 

 腕を組みながら唸る原作知識持ち取り巻き転生者は、あらゆる意味で周回遅れをしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




悪役令嬢に介護される系取り巻き主人公。
主人公は魔法学園に入れたことを当然の様に勘違いしていますが、令嬢ブードキャンプ(本人全部虐めだと思ってる)がなかったらそもそも入学できていません

▼おまけ(作者絵なので苦手な人はご注意)
ファレリアイメージ

【挿絵表示】

アルメラルダイメージ

【挿絵表示】


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三話 同類encount~なんだかんだ恋はトラップだと思う

 マリーデル・アリスティ。

 それは現在、魔法学園で最も注目を集めている者の名である。

 

 何しろ平民から初めて出た"星啓の魔女"候補。

 星啓の魔女とはこの国の平和を保つためひどく重要な役割であり、そのことは子供でも知っている。

 数十年に一度代替わりをするのだが、その資質は極めて貴重だ。代替わりする世代にその素質を持つ者は一人か、多くて二人。

 現在は"多い"方の二人の素質保有者が魔法学園に在籍している。

 

 その一人がマリーデルであり、もう一人は我らがアルメラルダ様。

 魔法学園ではこれから数年。その資質が見極められ、次世代の星啓の魔女が決まるのだ。

 

 しかし私にとってマリーデルの存在は別の意味でも大きい。

 それは彼女が「原作主人公」だからだ。

 

 

 先の説明はまんまゲームの主目的。

 

 魔法学園で学びながらライバルと競い、魔女の補佐官となる男性と絆を紡いで恋愛しよう! というのが私の知る物語の概要である。

 

 

 

 

 ぴょこぴょこ跳ねて飛び出している亜麻色の癖毛を、二本に分けて大きな三つ編みにしている青い目の少女。

 ゲーム作中では最初その姿は野暮ったいと称されるのだが、プレイヤーから見たら最初から美少女だ。

 

 ステータスをあげる事でどんどん綺麗になったり、他のキャラクターがその魅力に気づいたりするのが仕様なんだけど……。

 どう見たってそのままで可愛いし、なんならステータス上げる前のちょっと野暮ったい方が味あって良いまである。

 まあこの辺もまた仕様よね。

 プレイヤーとしては「ま、その子の可愛さを俺は最初から分かってたけどね」と作中の攻略キャラクターの誰よりも先んじて理解し後方腕組み彼氏面が出来るので良い。

 

 

 

 

 

 そして件の原作主人公マリーデルなのだが、現在泥水にまみれながら地面に膝をついていた。

 

 

 

 

 ボリュームのあるふわふわの三つ編みも濡れてしぼみ、ぽたぽたと土色の水を滴らせている。

 その前にはこれでもかと悪辣な笑みを浮かべてマリーデルを見下ろすアルメラルダ様。

 

 虐めの現場ですね分かります。

 

 しかしアルメラルダ様をそこそこ悪役令嬢までに留めるため、ある程度その悪行を防ごうとしていた私ことファレリア・ガランドール。

 申し訳ないが今余裕が無い。現状を把握するまでが精いっぱいだ。

 

「あら、失礼? 魔法の練習をしていたのだけれど、そんなところにいらっしゃるだなんて思わなかったわ。地を這って餌でも探していたのかしら」

 

 嘘つけ。わざわざ彼女を呼び出して滝のような勢いで泥水ぶっかけたくせに。

 どこの大瀑布? って音がしたし、なんなら余波で周りの樹の幹がへし折れて押し倒されているからな。あんなの押しつぶされて膝もつく。

 ……むしろあの勢いをその程度で耐えたマリーデルちゃん、すごいわね? 私だったら地面にめり込む自信がある。

 どうしよう。そう考えると膝をついてるだけの姿が、バトル漫画で敵の猛攻を耐えきった後のように見えて悲壮感を感じない。超カッケーですわ……。

 

 疑問として、原作でここまで強力な魔法で虐めてたか? というものが残るんだけども。

 アルメラルダ様やっぱり蛮族だよ。

 

「ああでも、豚は泥で体を洗うのでしょう? せっかくですし、そのまま体を清めてはいかがかしら。そうすれば少しはこの学園に相応しくない汚臭も消せるのでなくて」

 

 つらつら隠しもしない嫌味を述べるアルメラルダ様を困惑したように見上げるマリーデル。

 ゲームだとこの場面では現時点で一番好感度の高い攻略対象が助けに来るはずだが……。

 

 

 その前に彼女は、私を見てからアルメラルダ様に問いかけた。

 

 

「あの……。ところで、そちらの方は大丈夫ですか?」

 

(よく言ってくれた!! 自分が大変な時に、よく言ってくれた!! 流石原作主人公だ!! 圧倒的光属性!!)

 

 口を開けないながらも感動する私を尻目に、アルメラルダ様は憤慨したように腰に手をあてて胸を張った。

 

「まあ! 他人の事を気にかける余裕があるだなんて、図太さだけは一級品のご様子ね。雑草のようだわ。褒めて差し上げてよ」

「いや、気になるでしょ!! その人溺れてない!?」

 

 はい。

 

「フンッ、これだから庶民は。この高貴かつ高度な魔法訓練が理解できないだなんて。その前に字も読めないのかしら? ここに書いてあるでしょう。「只今魔法訓練中」ですと」

「訓練!? 拷問の間違いでなく!?」

(この子気持ちいい~。言いたいこと全部言ってくれる~)

 

 感動してしまう。

 彼女よりずっと付き合いの長い他の取り巻き連中は見ないふりしてるのに。

 

 大人しそうな外見と裏腹に元気よく驚愕の声をあげるマリーデルちゃんであったが、それもそのはず。

 現在アルメラルダ様の真横に居る私なのだが、何故だか虐め対象以上に虐められている状態にある。我ながら自分で言っててちょっとよくわからない。

 

 アルメラルダ様曰く訓練らしいのだけど、無茶言わないでほしい。

 マリーデルちゃんが言うように溺れる寸前なんだよなぁ! 陸地で!!

 

「ごばごばごばごばごばっ」

 

 私が今どんな状態かって、顔周りを金魚鉢程度の水球で覆われていたりする。

 更にはアルメラルダ様お手製の「只今魔法訓練中」のプラカード的な物を首からぶら下げていますね。

 

 訓練中、じゃないんですよ。とんださらし者だよ。

 

 これが朝からずっと続いており、授業中も移動中も常にこの状態。もし他人事であれば「イカレてんのか?」って目で見る。

 ただ悲しいかな。この程度はアルメラルダ様との七年の付き合いの中では普通の方。

 慣れるわけ無いし普通に苦しいんですけどねぇ!! ほほほ!!

 

 

 他の取り巻き連中はマリーデルを虐めるアルメラルダ様と一緒にクスクス笑っていたんだけど、明らかに私から目をそらして冷や汗を浮かべている。

 現実から目を背けるの、やめない? もう意気揚々と虐めに集中できてるのアルメラルダ様だけだよ。

 

「ほらぁ! ほらぁぁぁあッ! やっぱり溺れてる! 死んじゃいますよ!? 早くその魔法を解除してあげてください!」

「はぁ……。これだから低俗な仔豚さんは困りますわ。これがいかに洗練された魔法の上に成り立つ訓練か……」

「高度なのは分かりますけども! こんな綺麗な水球を乱れさせもせず保つなんて見たことありません!」

 

 そこは褒めるんだ!?

 

「……! ふん。貴女のような方に褒められても嬉しくありませんわ」

 

 嘘。ちょっと嬉しがったでしょアルメラルダ様。

 あなた基本的に褒められるの大好きなんだから。

 

「……ともかく! これは魔力を高めるための訓練なのです。いいこと? この水球は本物の水ではなく、わたくしが召喚した水の魔力で出来ています。この中で空気を取り込むにはその魔力を分解し、外部への空気路を構築しなければならないわ。そのためには繊細な魔力操作が必要であり、加えて常に空気路構築用の魔力を放出し続ける必要もある」

「な……っ」

 

 ……。あ、あの。マリーデルちゃん?

 なんでそんな感銘をうけた! みたいな顔してるのかしら?

 

「……つまり日常の中で、常に極限の状態を作り出している……!?」

「あら。少しは理解できたようね?」

 

 アルメラルダ様も理解できたようね、じゃないんですよ。受けてる私が納得できてないよ。

 いや説明はされたけどね? 理解と納得は常にセットではないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 何故私がこんなことになったのか。

 時間は少し遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

「よくて? 貴女に相応しい相手はわたくしが選びます」

「え……。……え!?」

 

 私が第二王子に恋をしていると勘違いしたらしいアルメラルダ様だったが、それにしては奇妙なことを言い出したので私はただただ困惑する。

 私ごときが王子に気を向けるとは烏滸がましいとか、わきまえろとか、そういう話でなく?

 

 ……もう一度、記憶の図書館引きこもっていいかしら。頑張れば目を開けたまま二画面表示で行ける。日常系アニメ見て癒されたい。

 しかし私が二画面を用意する前にアルメラルダ様のお叱りが飛んできた。

 

「ですが! ファレリア。貴方にも努力をしていただきますわよ。なんですの!? 二年、いえ七年もわたくしの側で学んでおきながらあの成績は!!」

「ちゅ、中間くらいですよ。そんなに悪く無くないですか?」

「何故! 上位を! 目指さないのかと! 聞いているのです!! 貴女がそれではわたくしの格まで落ちてしまうというものですわ!」

 

 その場にいた他の取り巻き達がさっと目をそらした。

 ……お、おう。だいたいみんな私と同じくらいの成績だもんな。何で私だけ言われるんですか

 ふ、不公平。

 

「ともかく! 素晴らしい結婚相手を選んでさしあげるのだから、貴女もその相手に相応しい淑女たるべく努力なさい。……今まで甘やかしすぎましたわね」

 

 甘やかされた事なんて一度もないが!?

 

(こ、このままでは何か駄目な気がする……)

 

 ひしひしと嫌な予感がした私は笑みを浮かべ、アルメラルダ様を刺激しないように言葉を選ぶ。

 どうにか誤魔化してこの場をやり過ごさなければ。

 

「あの、アルメラルダ様? 私の努力が足りなかったことは認めますし、恥ずかしく思います。ですからこれからは心を入れ替えて……」

「安心なさい。わたくしが責任を持ってあなたを導き鍛えます」

 

 そんなお気遣いはいりませんけど!?

 努力すればいいんでしょ、努力すれば。だけどアルメラルダ様に口を出されたらセットで手と足までお出しされてくることは必至じゃないですか。

 私は口元を引きつらせる。

 

「そんな。アルメラルダ様のお手を煩わせるわけには……」

「まあ、遠慮しなくていいのよファレリア。わたくしと貴女の仲でしょう? ふふっ。何も心配することは無いわ。入学前のお遊びと同じよ」

 

 女神のような笑顔で悪魔のような死刑宣告されたんだが?

 

 入学前のお遊びって、あれでしょ。

 魔法学園入学前の一年くらいありえないほど痛めつけられたやつでしょ……?

 入学してからアルメラルダ様の過激な虐めもだんだんとなりを潜めて、二年経ってようやく落ち着いたと思ってたのに……!

 

 ごめん、マリーデルちゃん。

 

 私にアルメラルダ様をそこそこ悪役令嬢に留めておく力は無いかもしれねぇ。

 まず自分の身を守らないといけなくなったからよ……。

 すまねぇですわ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで、アルメラルダ様の訓練という名の私虐めがリスタートした数日前。

 ものの見事に余裕が無くなって現在に至るというわけだ。

 

 実際入学前も今も「訓練」と称するだけあって、アルメラルダ様のおかげでグングン魔法力は高まっている。

 でも私としては卒業できる程度の力があればいいので、もうこの辺で勘弁してほしい。

 

 そもそも「淑女たれ」と始めた特訓にしてはおかしいだろ。

 淑女どころか常に水死体寸前の人にお見せ出来ない顔を晒しながら校内闊歩してるんですが???

 アルメラルダ様は私をどんな方向性に向かわせたいのかしら。

 

 幸か不幸か私はどうも表情筋が死んでいるらしく、アルメラルダ様に取り入るための笑み以外では表情が乏しい。結果あまり無様な顔とはなっていないようなのだけど……。

 それはそれで無表情で溺れてる女、怖くないか。私だったらドン引く。

 

 だけど公爵令嬢かつ星啓の魔女候補としてのアルメラルダ様の威光は学園内で凄まじく、なかなか疑問を呈し口出しできる者はいない。

 教師たちすら「うわ」って顔しながらも訓練と断言されていることもあり黙って見ているのだ。

 

 

 

 その中で「それはおかしい」と声をあげてくれたのは、マリーデルちゃんが初めてである。

 

 

 

「ごばごばごば」

「……ッ。ああ、もう!」

 

 気にかけてもらえたことに感動しながらも、もうこれアルメラルダ様の近くに居る限りしょうがねぇよと諦念に染まっていた私。

 しかし目の前の彼女は違ったようだ。

 

「ていっ!」

「きゃぁ!?」

「アルメラルダ様!?」

 

 可愛らしい掛け声とアルメラルダ様の悲鳴、他取り巻きがアルメラルダ様を呼ぶ声。

 それを耳にする中、数時間ぶりに水のフィルターが解除された。

 

「ぷはっ」

「こっち!」

「えっ」

 

 ぐいっと腕を引かれたと思ったら、私はマリーデルちゃんに腕を引かれて駆けだしていた。

 ちらと後ろを見れば尻もちをついて目を白黒させているアルメラルダ様。

 

 ……この子、アルメラルダ様をどついて魔法を解除させた!?

 

「他者の魔法への干渉……強制解除!?」

 

 驚愕に染まるアルメラルダ様の声を耳が拾うも、それもすぐに聞こえなくなる。

 ぐいぐい思いのほか強い力で引っ張られて、なすがままに走る。

 その足が止まったのは学園裏の庭園にたどり着いてからだった。

 

「…………っ、…………!」

 

 急な運動でバクバクうるさい心臓と荒い呼吸。

 将来の健康を保つために運動はしているが、体幹を鍛え柔軟性を保つための室内運動……ヨガがほとんどの私には、そこまで持久力が無い。

 この急激ダッシュはなかなかにきつかった。

 

「あの……大丈夫?」

 

 膝に手をつきぜーはーしている私に差し出されたのは、素朴な刺繍が施されたハンカチ。

 

「え……と。ありがと……う?」

「ふふっ。どういたしまして……です」

 

 困惑しながらもお礼を言えば、陳腐な表現ではあるが太陽のような笑みが返ってきた。

 え、なにこの子優しい。後光が見える。太陽というか日光菩薩かなにか???

 

 じ~んと感動していると、マリーデルちゃんは「あっ」と気づいたようにハンカチを見下ろした。

 

「……ごめんなさい。私もびしょ濡れでした」

「……そういえば、そうだったわね」

 

 むしろ顔周りだけ濡れている私より彼女の方が大惨事だ。

 当然、差し出されたハンカチも濡れている。

 

「ふふっ」

 

 自分の事を忘れるくらい私を気にかけてくれるだなんて。

 その優しさとおっちょこちょいさに思わず笑いをこぼすと、彼女は「笑った……」と呟いた後に噴き出した。

 

「あははっ。私ったら、馬鹿ですねぇ。すっかり自分のこと、忘れていました」

 

 そんなマリーデルちゃんを眩し気に見つめた後、私はすっと腕をあげる。

 

「…………」

 

 無言で宙に魔法文字を描いた。

 効果は「清流」と「温風」。

 

「ひゃわっ!?」

 

 魔法文字から顕現した魔法の力でマリーデルちゃんは瞬く間に水で洗われ、暖かい風によって服ごと乾かされた。

 

「す、すごい」

「そうでもないわ」

 

 謙遜しつつ密かに胸中で胸を張る。

 

 ふふん。この魔法なら得意なのよ。

 なにしろお風呂面倒くさい時でも一瞬で体を綺麗にしてくれる素晴らしい魔法だから、使用頻度が高いの!

 得意中の得意よ。

 

「……改めて、ありがとう。気にかけてくれて嬉しかったわ」

「あんなの周りが黙ってる方がおかしいんですよ……。私こそ、綺麗にしてくれてありがとうございます」

「構わないわ」

 

 お互いにお礼を言いあうと、一拍の後。

 どちらからともなく再度笑いあった。

 

 といっても私がアルメラルダ様にこびへつらう時以外の笑顔というのはとても微弱なもので、弾けるようなマリーデルちゃんの笑顔には叶わないが。

 ふ、フレッシュ~! フレッシュスマイル~!

 

「私はファレリア・ガランドール。あなたは?」

 

 ともかく、原作主人公に渡りが出来たことはいいことだ。多分。

 そう考え名乗れば、彼女も慌てたように頭を下げた。

 

「マリーデル・アリスティです! あの、ファレリア先輩」

 

 おっといきなり名前呼びか~? いいぞー。可愛いから許す。先輩呼び、良い。

 

「なにかしら、マリーデルさん」

「えっと……。普段からあんなことされているんですか?」

「ええ……まあ。だいたい」

「怒っていいと思います。それか、距離を置くとか」

 

 語調は静かだが、なにやら私本人より憤慨しているようなマリーデルちゃん。

 おお、さすが主人公だ……優しい……。

 

 それにしても怒る、離れるか。

 なんというか当たり前に抱くだろう感情をいざ並べられると少し困る。

 色々と手遅れで距離をとれるような時期はとっくに過ぎている、というのはあるのだけれど。

 

 ……そういや私、なんで怒ってないのかしら。

 

 いや、怒ってはいる。怒ってはいるんだけど、それはひどく一過性のもので。「勘弁しろよなー!」とは思っても、後々引きずったり憎しみに変化することがないのだ。

 多分「は? 私は精神的に大人だし? 子供のいじめに顔真っ赤にするなんて恥ずかしい事しませぇ~ん」というプライドなどもあるのだろう。

 そういった「なんちゃって大人」な自分は昔から私の中に居る。

 

 けど、本当にそれだけだろうか。

 これまであんな扱いを受けてもアルメラルダ様から離れないのは、本当に主目的である取り巻きになるためや、諦めやプライドだけ?

 

 ……うーん。今までまずその疑問を抱く暇が無かったからなぁ。考えることがまず初めてだ。

 

 私が黙ってしまうと、マリーデルちゃんが何か言葉を続けようと口を開いた。

 

 

 その時だ。

 

 

「フォート。もうマリーデルの模倣演技(エミュレート)はしなくていい。その人には話す」

 

 男性の声がしたかと思うと、庭園の空気が変わった。

 

「……隔離結界?」

「人に聞かれては困るのでね」

 

 落ち着いた男性の声色。

 隔離結界は可視できる通常の結界とは違い、存在そのものを簡易異界へ隔離して周囲から存在を隠す高等魔法だ。使える者はまず間違いなく私より格上である。

 そんな相手に中で何をされても分からないような空間に閉じ込められた。

 私はぞわっと肌が粟立つのを感じながら……声の主を見る。

 

 

 

 けれど相手を見た途端、警戒心より高揚が勝った。

 

 

 

「あなたは」

「アラタ、出てきていいのか?」

「え、お知り合い?」

 

 なんと声の主へマリーデルちゃんが話しかけた。

 どこか砕けた口調と呼び捨てられる"彼"の物らしき名前に、知り合い同士であることが伺い知れる。

 私は疑問符を浮かべながら、彼らの顔を交互に見た。

 

「……お初にお目にかかる。ファレリア嬢。いえ、この間顔だけは合わせましたね。覚えておいででは無いでしょうが」

「覚えてます!!」

 

 食い気味に返せば相手が驚いたように目を見開く。しまった、つい。

 

 私たちの前に現れたのは、第二王子の護衛をしている騎士様だった。

 この人生において最も好みの男だったので、覚えてませーんなんてことはありえない。記憶の図書館を参照するまでもなく脳と眼球に焼き付けてある。

 

 美形……というカテゴリからはややはずれるだろう。整ってはいると思うが。強いて言うなら整っているが地味という言葉が当てはまる。

 目鼻立ちのハッキリクッキリした西洋系の顔に囲まれてきた中で、どこか薄味な顔。何処となくアジアの流れを汲むその顔立ちは見ていてとても安心するのだ。

 

 そして最も注目すべきは……その体!!

 

 ジョ○ョか〜? というくらいカッチリした服の上からでも分かる、ハイパーセクシーな筋肉が織り成す体全体の輪郭美! 美しいわ。スタイル良すぎて赤面もするってものよ。

 男性が巨乳を見た時ってこんな気持ちになるのかしら。……いや同性でも巨乳にはときめくが。アルメラルダ様、板の私と違って発育がとても良いのでいつもめっちゃ見てしまう。

 ともかく、こう。ズボンに現金ねじ込みてぇ〜! となるわね。現金持たせてもらったことないけど。

 

 

 私がくだらない思考に時間を割いている間に、騎士様はまったく体幹にブレの無い礼をした。

 その長身を折り曲げられると一気に距離が近づいた錯覚を覚えて迫力あるも、後ずさっては失礼かとその場で彼の言葉を待つ。

 

 そして告げられた話の中身は、予想だにしないものだった。

 

 

 

「二年。あなたの事を観察させて頂いた。そして今マリーデルと話しているあなたを見て"悪意なし"と判断させてもらったよ。ファレリア・ガランドール嬢」

「え」

 

 騎士様の目は切れ長、三白眼ということもあって非常に鋭く私を射抜く。

 しかしその眼光にすくむ前に驚きが勝った。

 二年? 魔法学園に入学してからずっと見られていた?

 え、なにそれ(こっわ)……。いくら私が美少女で相手がどタイプの男でも初対面でそれは引く。

 だって「観察」って言ったものこの人。色恋含んだ可愛いもんなら「そっか~。二年も影から見ちゃうほど私に惚れてるのか~。しょうがにゃいにゃあ」ってなるけど、その言い方は気分が良くない。観察とかなめてんのかってなる。私は趣味に「人間観察」とか答える奴が一番嫌いなんだよ。

 

 しかし私のドン引きに気付いているのかいないのか、騎士様は言葉を続けた。

 

「先日。第二王子に接触したのは、アルメラルダがマリーデルを疎ましく思わないように出会いを邪魔しようとしたのだろう。……まさか思いっきりタイミングを外してマリーデルと王子が出会った後でノコノコやってくるとは思わなかったが。……いや本当、全然間に合ってなくてビックリした」

「え……」

 

 覚える違和感。

 その違和感は次の瞬間、確信へと変わった。

 

 

 

 

「ファレリア・ガランドール。あなたはこの世界を"ゲーム"として知る転生者だな?」

 

 

 

 

 

 息が止まった。

 そのまま一拍、二拍、三拍と心臓の鼓動を数えるようにして空白時間を過ごす。

 そして。

 

 

 

「あーーーーーー! はい。はいはいはいはいはい! かんっっっっぺきに理解した! うわっ、恥ずかしい! 無意識下で自分一人がそうなんだと思ってた! でも、そっか。なるほどなー!」

 

 ギリギリまで膨らませた風船が弾けたように言葉が飛び出し、凄まじい勢いで襲ってくる羞恥心をやり過ごすべく騎士様の手をとりシェイクハンドした。

 手を握られた側の騎士様は面食らった顔をしており、刃物を思わせる鋭い風貌でそんな顔をされると一気に可愛く見えてくる。ひゅ~、ギャップマジック。

 

 それにしても顔が熱い。

 これは好みの男を前にした照れなどではなく、己の無知と視野の狭さを由来とする恥ずかしさによるものだ

 

(あ〜〜! はずかしっ!)

 

 なぜ私は「転生してその記憶を持っているのは自分だけ」などと思い込んでいたのか。

 自分という例がある以上、他に同じようなことになってる人が居てもおかしくないのに。

 その考えに至るべきだった。

 

 一通り恥ずかしがったあと、なんとも言えない空気が夕闇の迫ってきた空間を満たす。空ではカラスが鳴いていた。

 ……隔離結界内でも時間は普通に経過するんだな。知見を得た。

 

 

 

「……ところで、そうなると貴女も?」

 

 気まずさを誤魔化すように咳払いしたあと、私が目を向けたのは原作主人公ことマリーデルちゃん。

 騎士様は彼女が居ることを承知の上で「転生者」という単語を出した。

 加えて彼らがもともと知り合いなこともあり、十二分にその可能性はある。

 そうすればアルメラルダ様をどつくなどという、原作よりアグレッシブな彼女にも説明がつく。

 

 しかし。

 

 

「いや、僕は違うよ。君たちの言うところの"現地キャラクター"だね」

 

 

 現地キャラクター。

 その単語を皮肉げに歪んだ口元から吐き出した彼女の声に、私の思考は宇宙に放り出された。

 

 ……だってその声は先程までの可憐な少女のものではなく。

 

「アラタ。いいんだよね?」

「ああ。カマをかけてみたが、流石に今の反応で確定した」

「そう」

 

 マリーデルちゃんは騎士様に何やら確認をとると、その蒼穹のごとき瞳で私を見た。

 

 

「ごめんね。さっきは嘘の自己紹介をした。改めて名乗ろうか」

 

 そう言って浮かべられた笑みは先ほどまでの太陽のような笑顔ではなく、月下美人とでも言おうか。そんな妖艶さと計り知れなさ、儚さを含んだもの。

 印象がガラッと変わった。

 

「……僕はフォート・アリスティ。原作主人公ことマリーデル・アリスティの弟で……その男に雇われて"イベント管理"を行っている者さ。よろしくね?」

 

 バリトンとまではいかなくとも、ソプラノやアルトではありえないテノールの声色。

 

 

 

 その声は確かに、少年のものだった。

 

 

 

 

「あ……」

「ファレリア!!」

「!」

 

 思考の処理が追い付かず混乱していると、聞きなれた声が耳を打った。同時にパリンッとガラスが壊れるような音。

 

「! 隔離結界を壊すか。さすがだな……!」

 

 騎士様はそう言うと、私に「また後日。詳しいことを話すので、使い魔を送る」と言い残して凄まじい跳躍でもってその場から退避した。忍者かな?

 更にはマリーデルちゃんの姿もすでになく、私はアルメラルダ様に腕をとられるまで狐につままれた気持ちでぼーっとしていた。

 

「ファレリア! なにがあったのです? 隔離結界なんて……! あの小娘ですか? なにか変なことはされていない!?」

「いえ、大丈夫です。アルメラルダ様以上の変な事してくる人間とか早々に居ないんで」

「心配してあげたというのに貴女は!」

「ぁ痛っ!」

 

 つい口が緩んだらすぐに鉄拳制裁が襲ってきた。

 仮にも心配したって言うなら手加減してくださいよぉッ!

 

 

 ともかく原作主人公との初エンカウントは、予想外の展開で幕を閉じた。

 

 ……これ、もう原作崩壊してない?

 

 

 

 

 

 

++++++++++

 

 

 

 

 

 

 先日は隔離結界に気付いたアルメラルダ様が来たのでお開きとなったが、騎士様の言っていた通りに後日。使い魔が手紙を持って私の元に現れた。

 

 

『空中庭園で』

 

 

 そんなシンプルな一言が書かれた手紙を持ち、私は早朝の寮から抜け出し待ち合わせ場所へと向かう。

 警戒しないわけではないが好奇心が大きいし、なにより隔離結界など使える相手から逃げることは不可能だろうという判断の元の行動である。

 だったら真正面から行った方がましだわ。

 

 早朝の今ならほとんど人が出歩いていないし、規則的にも咎められない時間帯。

 人目を避けての移動は容易かった。

 

 空中庭園は通常の庭園とは違い、その名の通り魔法で空に浮いた庭園である。

 地上から続く螺旋階段でのみ繋がっており、見通しが非常に良い。

 人が来ればすぐにわかるので、結界を張らずして行う密会にはぴったりだろう。

 

 問題があるとすれば階段がクソ長くて急なため、上につくころには息が上がっていることだ。

 景観は最高なのに到着するまでが過酷なので「心臓破りの残念デートスポット」として有名である。

 

 

 

 

「やぁ」

「おはようございます」

 

 階段を上り切り息を整えていると、まず気さくな挨拶で迎えてくれたのはマリーデルちゃん。いや、弟くんらしいのだが。

 なんて名前だったかな……。

 もうマリーデルちゃんで脳が覚えてしまったのでなかなか思い出せない。

 

「……この間も思ったけど、驚かないんだ。一応聞くけど僕の性別、理解してる?」

「はい。とっても驚いています」

「真顔で言われても」

「お似合いですよ」

「それ、言われて喜ぶと思ってる?」

 

 私のリアクションが薄かったからか、どこか居心地が悪そうなマリーデル弟。

 いや驚いてるって。マジでマジで。ただ顔に出にくいだけだって。

 そう言おうかと思ったけど、その前に本命が来た。

 

「よかった、来てくれたか」

「来ないわけにもいかないでしょう。私、すごく気になっていました」

 

 私の言葉を受けた騎士様は「それはそうだ」と言って笑った。

 思ったより親しみを感じてくれているような雰囲気に、つい顔が赤くなってしまう。

 ……マリーデル弟から何やら視線を感じるが、何も言わないでくれると助かる。照れちゃうでしょ。

 

「それで。あなたの……いえ、あなたたちの事。教えてもらえるのですよね」

「ああ。確信が持てたからには、むしろ知っておいてもらわないと困る」

「それは"イベント管理"がしにくくなるから、でしょうか」

「話が早い。そういうことだ」

 

 先日耳にしたワードを使って問いかければ騎士様が頷く。

 そして「あ」と声をあげてからばつが悪そうに頭をかいた。

 

「…………。申し訳ない。まず名前を教えていなかったな。アラタ・クランケリッツ。ファレリア嬢、あなたと同じこの世界をゲームとして知る転生者だ」

 

 あ、私が転生者なことはもう確定済みね。この間の受け応えで肯定してしまったのは自分だけども。

 カマかけたとか言っていたし、私が肯定するまで確証は無かったんだろうな。うっかりうっかり。

 

 それにしてもクランケリッツか。確か国境近くの辺境伯の名前では?

 何番目の子かは知らないけど、実家は結構太いぞこの人。

 

「これはご丁寧に。アラタ様、ですね。……なんだか懐かしい響きを含んだお名前です」

「ははっ。日本人っぽいだろ? 苗字との違和感がすごいけど、気に入ってるよ。母が東洋の国出身なんだ」

「ほほう。異世界あるある、西洋系の世界観に出てくる唐突な日本っぽい東洋の国でございますね……! わかるわかる。刀とか出したいですもんね。東洋の国、実在したのか……!」

「あなた思ったよりノリいいな!? ……失礼」

 

 いかにも初めて知りました! のノリで対応してみればいいツッコミが返ってきた。

 あなたこそノリがいいですよ。

 

「ああ、あと。俺に様はつけなくていい。もっと気さくに呼んでくれ」

「ではアラタさんと。私の事もファレリア、とお呼びくださいませ。嬢呼びってこの世界の人からだといいんですけど、同郷者と分かってからそう呼ばれるとちょっとぞわぞわしちゃうので」

「そうなの!?」

 

 おっと。

 ピシッとしているように見えて、やっぱりノリいいな? この人。

 

「盛り上がってるところ悪いけど、話せる時間もそう長くないでしょ? 本題へ行ったら」

「あ、すみません」

「あ、はい」

 

 マリーデル弟に冷静なつっこみを頂いてしまった。

 

 ……にしてもこの子、初見の印象とは本当に違うな。

 それ含めて気になってるから、君の事もよく教えてくれよな。特にスカート履いてることについて。

 超似合ってるのだけど、ぱっと見骨格が女の子にしか見えないのよ。その辺すごく気になる。

 

 

 

 

 ともかく清聴の姿勢を見せると、騎士様……アラタさんは自分が何者であるか。何を目的としているかを語り始めた。

 

 アラタさんの話を要約するとこうだ。

 生まれた時から(おいおい大変だな)前世の記憶を有していた彼は、成長の途中でここが前世で好きだったゲームの世界であることに気が付いた。

 そして彼が考えたのは、"一番やばい"と思われるルートを回避しつつゲーム作中に登場する悪役令嬢、アルメラルダを助けたいというもの。推しキャラだったらしい。

 そこでちょっとだけ口を挟む。

 

「えっと。男性でも乙女ゲー、するんですね? それとも前世は女性の方ですか」

「いや、男だよ。だって乙女ゲーの主人公ってギャルゲーとはまた違った趣でめちゃくちゃ可愛くないか? その子視点でプレイするの楽しい」

「わかる」

 

 私としたことが、つい偏見を含んだ勘繰りをしてしまった。

 そうよね。前世の私だってギャルゲーやってたし、なんならエロゲもやっていたし。その逆があってもおかしくない。それぞれメインターゲットが違う分、別の魅力があっていいわよね。わかるわかる。

 

 なんだかさっきから急激に親近感湧いてくるなこの人。

 

 

 ……少し話がずれてしまい、またもやマリーデル弟から冷ややかな視線で見られてしまったので本題に戻ってもらう。

 

 

 一番ヤベールートを回避しつつ(なんかあったっけ)悪役令嬢、アルメラルダ様が不幸な末路を辿らないよう、アラタさんは早々に行動を開始したらしい。

 

 まず行ったのは自分が原作へ介入できるポジションを手に入れる事。

 一応実家の家柄は良く貴族であるものの、五男という微妙な立場だったので王都へ出て騎士となり実力を磨いた。それで現在は第二王子の護衛を務めているのだからすごい。

 

 そして次に行ったのは身を立てる過程で貯めた金銭を使い、原作主人公マリーデルに国外へ転居してもらう事。

 思わず「原作主人公を先んじて追放とか斬新っすね」と言ってしまったのだが、彼としてはこれが最低限達成しなければいけなかったことなんだとか。

 

「もちろん、本人も納得済みだ。もともと彼女は食うに困らなければ魔法学園に通う事は無かったし、支援する理由をでっちあげていい仕事先を紹介してあげればそちらへ行くさ。星啓の魔女という栄誉と攻略対象との恋からの玉の輿は無くなってしまったが、マリーデルの気質的にも自分の力で働いて生計を立てていく方が合ってると思うしね。きっと成功するよ」

 

 つまり本物マリーデルは「いい仕事あるアルヨ。引っ越しの費用も負担するアルヨ」とそそのかされたわけですね。

 実際に現在は国外で幸せな日々を送っているとのこと。

 これを聞いている時、彼女の弟だという偽物マリーデルはすごく優しい顔をしてた。

 

 

 

 ……そして何故、マリーデルちゃん本人を原作から排除しなければならなかったか。

 

 

 

 ゲームの世界だと知って好きなキャラが居るにしても、自分の人生懸けてまで動くとか聖人かな? と思ったのだけど。ここで「最悪のルート辿っちゃうと国ごと亡ぶから動かないわけにもいかなかった」と言われて目を丸くした。

 

「え、悪役令嬢虐特化その他ほのぼの学園恋愛ゲームで何言ってるんですか?」

「……もしかして、全ルートクリアしてない口?」

「…………」

「にわか勢だったか……」

「せめてライト勢と言ってくださいません?」

 

 

 私の前世にとってこの世界を舞台にした作品は、たまたま手を出した同人ゲームのひとつにすぎない。

 好きなキャラだけざーっとクリアして、その他に関してはプレイ動画まとめとかで補完してたのよ。

 アルメラルダ様の色々だって、だいたいは「アルメラルダ末路」ってまとめ動画で見ていた。

 

 それでもざっくり要点は掴んでいたから、今さらながら「まあ何とかなるやろ」とアルメラルダ様をそこそこ悪役令嬢に留めようと動く予定だったんだけど……。

 

 

 ……などと考えつつ、思ったより不穏な流れになってきたな? と続きを待つ。

 

 私などよりよほど詳しく作品を知り、何かやべーことを回避しようと真剣に動いている大先輩のお言葉だ。

 

「先ほど貴女が言ったように、魔法学園プリティーサバイバルは悪役令嬢の末路の多さに特化したゲームだ。制作陣、悪役令嬢に対する熱の入れようがそれぞれ違っていたらしいからな。いかに主人公(マリーデル)の心に傷と楔を残して綺麗に死なせるか派、苦痛にまみれた悪役令嬢のスチルを担当絵師に描いてもらうためどうやってむごたらしく殺すか派、いっそ面白おかしく破滅させようぜ派、やめてよかわいそうでしょ派……などなど」

「何のうらみがあってそんなことを、というより捻じれ曲がった性癖を感じてブルっちゃいますわね」

「ね。俺はやめてよかわいそうでしょ派のプレイヤー」

「それを聞いて安心しました」

 

 もしこれで殺す派だったら私がこのどタイプの男に対し「貴様を殺す!」しなければいけない所だった。

 アルメラルダ様、蛮族だし結局悪役令嬢になってしまったけど、殺されなきゃいけないほどの子ではないよ。

 

「俺が回避したかったのは全ルートクリア後に現れる裏ルート。【冥府降誕】」

「おっと作品のジャンル間違えたかな? って単語出てきましたね」

「ね。……お察しの通りこれだけ明らかに毛色が違うルートなんだが、作品の根幹に関わる設定なんだよこれが」

「ふむふむ」

「マリーデルとアルメラルダが目指す星啓の魔女。この役割の始まりは国の地下に眠る冥界門の封印をすることなんだ」

「冥界門」

「冥界門。名前の通り死者の国へつながる門で、これが開くと国民全員が生贄になって現世に冥王が降臨します。でもってゲームの趣旨が主人公と攻略対象達で組むパーティによる冥王討伐へと変わります」

「待て待て待て」

 

 そんなツッコミどころ満載な設定、なんでまとめ動画にないんだよ。

 

「初見反応新鮮だな。……とまあ、まず万が一にも現実では起きてほしくない話の流れがあるわけだ。毛色が違いすぎるからか、プレイ動画でもよく別枠でまとめられていた。ここまではいいか?」

「突っ込みたくはありますが、まあ、はい」

「……気持ちは分かるが、クオリティ高くても同人ゲームだからな。開発者たちの好きなものがぶち込まれてる。利益度外視だから、まあこういうこともあるんだよ」

「なるほど……なるほど?」

 

 渋々頷くと、アラタさんは「だけど安心してほしい」と前置く。

 

「このルートの絶対条件は星啓の魔女候補である「主人公」と「悪役令嬢」がそろっている事。魔女となれる本物の主人公がこの場に居ない以上、そのルートが解放されることはなくなった」

「お、お疲れ様です」

「あ、ありがとう。……理解してもらった上で労われるの、ちょっとクルものがあるな……」

 

 どうしよう。この人、ちょっと涙目なんだが。

 彼が話す事が本当ならば、ここまで眠れない夜もあっただろう。

 同じ転生者の私は漫画やアニメ見てだらだらしつつアルメラルダ様に虐められていただけなのに。

 非常に申し訳ない気持ちになる。なるだけなんだけども。

 

「……ごほん。えー……、でだ」

「僕がこんな格好でここに居る理由、説明した方がいいんじゃない?」

「そう、それ」

 

 魔法学園制服のスカートをぴらぴらさせているマリーデル弟の言葉にアラタさんが頷く。

 

 

 

 

 ……なんだろうか。同じ転生者同士だからか、段々と彼の態度が砕けているため最早「アラタくん」という感じでもある。

 

 めちゃくちゃ好みの外見に、同じ境遇、似通った価値観、親しみ易い性格。

 

 ……"良い"な。

 

 

 

 ひそかに頷いている私をよそに、説明は続く。

 

 ともかく最悪のルートは回避したけど、それでも何がきっかけでルート解放がされるかわからない。

 そのためマリーデルちゃん本人が居ない状態でも「原作」という流れを見失わないため。かつ、出来た余裕で前世の推しであったアルメラルダ様が不幸にならないために原作でのイベント管理を行い、もっとも平和で誰も不幸にならない「大団円」エンディングを迎えるために動いているのがアラタさんの現状のようだ。

 

 ちなみに大団円エンドは十二人もいる攻略対象の好感度を平等に上げないといけないため、結構難しいし面倒くさい。私はプレイしなかった。

 

 

 

 そしてこの策で不可欠なのが「原作主人公の身代わり」。

 

 

 

「最初こんな話をされた時は馬鹿にしてるのかと思った」

「マリーデルに隠したまま信じてもらうのには苦労した。彼女にはフォートこそがその才能を見込まれて魔法学園に入学したと伝えてある」

「アラタには支援をしてもらえたし……その対価とすれば、まあ安かったさ。僕は姉さんが危険な目に遭わず幸せになってくれるなら、なんでもする。たった二人の姉弟だ」

 

 ……そういえばゲームでも星啓の魔女の資質を見込まれたとはいえ、いきなり見知らぬ環境にぶち込まれることをマリーデルちゃんが了承したのは弟がいたからだったか。名前しか出てこなかったけど……彼の容姿をみるに、弟は弟でも双子かな?

 自分だけでなく彼を養うお金が出るから、彼女は魔法学園へ通う事を決意した。

 

 そんな麗しい姉弟愛。何も知らない姉に代わって、弟が困難と危険を引き受けるのも納得できる。

 荒唐無稽な転生者だとか、原作だとかいう与太話を信じてまで。

 

 

 

 

 彼は姉のためにスカートをはくことを決意したのだ。

 

 

 

 

「……それにしても姉弟とはいえ、よくお姉さんと同じように動けますね? 見た目もそうですが本来の性格はかなり違うご様子なのに」

「それは……」

「彼は姉であるマリーデルと同等の才能を持ち、ある"特異魔法"の使い手でもあるんだよ。外見の方は顔の基本パーツは似ていたから、その他は魔法アイテムで整えてある」

「才能とか、僕は全然そんなこと知らなかったけどね。いきなり家に押しかけて来たこの人に大分しごかれた」

 

 特異魔法とは魔法の中でも特殊で貴重なものだ。魔法の練度や血筋などに関係なく、あくまで"個人"に"偶然"宿る素質がなければ使えない。

 特別な効果を発揮するものがほとんどであり、習得も難しい。資質があったとしても一生芽吹かないなんてこともザラだとか。

 

 聞けばマリーデル弟の特異魔法は模倣演技(エミュレート)

 一定の条件を満たした上で相手の魔力や体の一部を取り込むことで、その相手の人格から成る思考や行動を限りなく本人に近づけて再現できる魔法らしい。

 

「よくそんな才能見つけましたね……」

「……そうか。ゲームの全クリしていないなら、コミカライズも読んでない口か?」

「コミカライズあったんですか!?」

「あるある。製作者の一人が手がけたスピンオフで、ゲームでは存在しかほのめかされていなかった主人公の双子の弟……つまり、このフォートが主人公の話。俺はそれで彼の能力を知った」

「……ちなみに販売は?」

「えーと……。夏コミで百部ほど発売されてたかな」

「ちょっと履修厳しくないですかそれ」

 

 思った以上に入手困難なスピンオフ!! 購入特典ですらねぇッ!! 完全にその製作者が自分の趣味で出したやつじゃん! というか仮にも販売元が製作者ならもっと販売部数増やせ!! 存在すら今知ったわ!!

 

 

 

 それにしても、この人は本当にガチめのファンらしいわね。そんなものすら入手して、かつ生まれ変わってからも覚えていて原作改変に活かすとは。

 私と同じように記憶の図書館保持者であるかもしれないが、もしそうでなければ執念だ。

 

 

 

 私は聞き終えた話をゆっくり自身の中で咀嚼し……視線をあげた。

 

「……なかなかキャパ厳しい話ではありますけど、丁寧な説明をありがとうございました。ところで私に声をかけてきたのは、そのイベント管理の邪魔をしないでねということでよろしいんでしょうか」

「ああ。……今のところ俺が知るゲームと最も違うところは、君の存在だからな。出来るだけイレギュラー要素は先んじて対処しておきたい」

「他に転生者っていないんですか」

「俺は貴女が初めてだ。こういった事は普通自分から言わないだろうし、確信はないのだが」

「それもそうですねぇ。ですがそれを言うなら、私も自分が転生者だなんて口に出したことありませんよ」

「それは原作が始まってから主要キャラの周りで明らかに変な動きしてる奴が居たら声をかけようとは思ってたから」

「ああ~。なるほど。でも私、そこまで変な動きしてましたっけ?」

「あなたは行動以前に存在そのものが目立つ。少なくともモブの取り巻きではないだろう」

「目立ちますか私」

「プラチナブロンド赤目が目立たないとでも?」

「あー。加えて美少女」

「自分で言っちゃったよ。事実だけど」

「わぁい、事実判定ありがとうございます。褒められちゃった」

「やっぱり表情乏しい割にノリいいね!?」

「長所です」

 

 もう完全に最初の緊張は取れていた。

 アラタさんちょいちょい話し方を固く調整しようとしているのがわかるんだけど、こっちのボケにはすぐ返してくれるし砕けた口調になってくれる。この人すごく話しやすい。

 

「……予想はしていたが、フォートを知らないようなら当然ファレリアのことも知らないか」

「あの、小声でボソッと意味深な事言うのやめてくださいません? 目の前に居るので聞こえますからね?」

 

 この人いいなぁ~と見ていたら、唐突に聞こえるか聞こえないかくらいの声で何やら言っていたので突っ込んでみた。今のニュアンスで呼ばれた名前は今ここに居る私を指したものではないだろう。明らかに。

 もしかしてこれもカマかけだろうか? 雑だな!

 

 私の問いかけにアラタさんはしばし考えた様子のあと、私を見る。

 

「伽藍洞のお人形。微笑の美少女」

「?」

「原作世界での貴女の異名だ」

「え、怖。なんです、それ」

 

 そもそも私は原作世界に登場なんてしてな……はっ!!

 

「またもやスピンオフか……!」

「冬コミで百五十部」

「だから少ねーのですよ!!」

 

 叫ぶ私の反応をじっと観察した後、アラタさんはふっと笑って首を振った。

 

「でもそこは大丈夫そうだから、気にしなくていい」

「いえ気になります。後でいいので、詳しく教えてくださいね」

 

 私は自分が原作キャラであることなどまったく自覚していなかったが、マリーデル弟のようにマイナーながら何かしらの役で登場したらしい。

 気にしなくていい、というのなら特に重要な役ではないのだろうし、説明はあとでいいけれど聞きたくないわけがないんだよな。

 私の記憶の図書館は前世の私が見聞きした情報しか収まっていないのだから。

 

 

 

 じっと半眼で見つめる私を前にアラタさんは「いずれ」とひとつ頷いてから本筋へと戻る。

 

「……その見た目でアルメラルダの近くに居たから、さっき言った通り二年間観察はしていた。声をかけようと考えた決定打は、フォートとのやり取りで原作主人公(マリーデル)に悪意を感じなかったから。ほぼ四六時中アルメラルダと行動しているあなたに声をかけるタイミングも、そうなかったしね」

「ふむふむ」

 

 ところでこの人二年も観察していた割にはアルメラルダ様から私へのいじめに関してコメントないのか? 学園に入ってからアルメラルダ様の蛮族っぷりが鳴りを潜めていたとはいえ。

 ……マリーデル弟が何か言いたそうにアラタさんを見ている感じ、件の場面はこの人見ていないっぽいな。

 

 私も少々ものいいたくアラタさんを見たが、彼の中ではすでに話題への区切りはついたようだ。

 ……黒髪の下から覗く真剣な瞳が、私を見据える。

 

「ここまで色々話したが、貴女にお願いしたいことはひとつだ。"何もしないでほしい"」

「……あなたがアルメラルダ様が不幸にならないルートを整えてくれるというのなら、お受けしない理由はありませんね」

「そう言ってくれると助かる。フォートがイベントをひとつ潰してまで貴女に干渉したのには驚いたが、おかげでひとつ懸念が消えた」

「……あんなの見たらね」

 

 

 

 先日のアルメラルダ様による魔法訓練の光景を思い出したのか、マリーデル弟が乾いた笑みを浮かべる。

 ……。そういえばここまで話を聞いていて、尋ねたいことが出来たんだった。

 

 

 

「そういえばマリーデル弟さん。私を助けてくれたのもマリーデル(お姉さん)の性格を模倣した結果ですか?」

「フォートだよ。……基本的に姉の行動や思考パターンを真似しても、行動の意志は僕にある」

 

 つまり助けてくれたのは彼の意志だと。

 

 

 私は思わずふふっと笑みをこぼすと……アラタさんに申し出た。

 

 

「お望み通り、原作に関わりそうなイベントには干渉いたしません。ですがひとつ、お願いをきいて頂いても?」

「俺に出来る事なら」

「でしたら了承してください。……私がフォートくんのお手伝いをすることを」

「!?」

「それは……」

「大団円エンド、目指すにはかなりスケジューリングがタイトでしょう? もし出来ることがあればですが、手を貸しますよ」

「……どうして?」

「ハンカチのお礼でしょうか」

 

 このまま彼らが動いてくれるなら、私は見守るだけでいいのだろう。

 

 私の当初の目的である「そこそこ悪役令嬢となったアルメラルダ様が評判の悪さに行き遅れてくれたら、取り巻きの私もそれに便乗して実家でぬくぬく独身貴族できる期間が増えるぜ!」作戦も……実は先ほど必要なくなったところだ。

 

 原作を私などよりよほど理解している転生者が居るのだから、本当に余計なことをする必要はない。

 

 

 

 

 だけど私を気にかけてくれた優しい少年を、手伝いたくなってしまったのだ。

 

 どうせそこまで私に割り振られる仕事など無いだろうし、気休め程度ではあるのだけれど。

 

 

 

 

 さて。あとは……。

 

「あ、それとアラタさん」

「ん、何だ?」

「全部終わったら私と結婚を前提にお付き合いしていただけませんか? そういうのしばらくいいかなって思ってたんですけど、正直どタイプです。婿に来てください」

「!?」

「!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

++++++++++

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなファレリア達三人のやりとりを、遠くから見ている者が居た。

 

 

「なん、なん……ッ。どういう……こと!? あの無表情がわたくし以外の者と楽しそうにしている!? 笑っている!? しかも片方は目障りなあの小娘ではないの! それに男……あの男は何者!? ファレリアあなた、なにを顔を赤くしているの!? この間は第二王子様相手に照れていたし、何。思春期が遅れてやってきたの!? ああもう、何故声が聞こえないの! 風の魔法の練度をあげておくべきでしたわ!!」

 

 

 

 悪役令嬢ことアルメラルダ・ミシア・エレクトリア。

 実は彼女、ファレリアが寮を出た時から後をつけていたのだ。外出に気が付いたのはまったくの偶然であるが。

 

 

 場所が場所だけに近づけばバレてしまうと、遠くから望遠鏡でファレリアの密会相手を見極めようとしていたのだが……こんな事なら近くへ行けばよかったと歯ぎしりした。手に持つ扇はとっくに真っ二つになっている。

 

 ともかくファレリアが密かに会っていた相手を目に焼き付ける。

 

「と、ともかく! 早々に交際など認めませんわよファレリア……! まったく、あれはどこの馬の骨なの……!」

 

 

 

 

 ちょっとした運命に浮かれているぽんこつ転生者の恋愛は、順調にハードモードの道を歩んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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四話 取り巻きを取り巻く勘違いのet cetera~嘘だろと叫びたい転生者~

取り巻きーズともう一人の転生者視点なお話。


 

 

■□ とある取り巻き令嬢たちの場合 □■

 

 

 

「ああっ、今日も朝からアルメラルダ様とファレリア様をお側近くで見ていられる。なんて幸せなの!」

「ですわですわ、本当ですわ~。お父様達のご命令など無くとも、この場所は絶対手放してなるものかですわ~!」

「ファレリア様、今日も流石ですね……。アルメラルダ様の厳しい訓練にも、顔色一つ変えていません」

 

 とある昼上がり。

 優雅に歩く高貴な令嬢二人の後を追いつつ、絶妙な小声できゃーきゃー言い合うという器用な事をしている三人の少女がいた。

 彼女たちはアルメラルダ・ミシア・エレクトリアの取り巻き二、三、四である。

 

 そして取り巻きその一であるファレリア・ガランドールであるが、本日も「只今魔法訓練中」の札をぶら下げながら過酷な修行を課せられていた。

 ここ最近突如として行われ始めたそれも、今やすっかり日常風景の一部である。

 

 見れば彼女の足元には燃え盛る魔法の炎がまとわりついている。それが彼女の白い足を焼くことは無いが……歩く先々の地面を熱しており(もちろんアルメラルダの高度な魔法が用いられているので、ファレリア以外に影響はない)常に火渡りを強いられている状態だ。

 だが人形のような美貌を誇る少女は今日も見事な無表情。ときおり浮かべる微笑にはある種の"凄味"がある。

 更には「アルメラルダ様って拷問官の才能有りますよね。何処からネタ仕入れてくるんですか?」と軽口まで発する余裕。

 その姿に三人は「流石ですファレリア様」の心を隠せない。

 

 先日魔法の訓練だと言って、ファレリアを水責めにしていたアルメラルダにぎょっとしたのが最早懐かしい。

 

「ああ、本当に……。最初、ファレリア様に嫉妬していた自分が恥ずかしい。そんな考えを抱く事すら烏滸がましいというのに」

「ええ、ええ。やはりあの方の隣に並び立つに相応しいのはファレリア様以外おりませんわ」

「聞けば入学前もあのような"お遊び"を行われていたとか。アルメラルダ様も彼女ならば耐えられる、という確信と信頼あっての事なのでしょうね」

 

 魔法学園入学以来、将来"星啓(せいけい)の魔女"となるであろうアルメラルダに取り入るため。そして単純にそのカリスマともいうべき魅力に惹かれて集まった三人。

 しかしその時すでに彼女の横にはファレリア・ガランドールがいた。

 

 アルメラルダから常に厳しく当たられ顎で使われるファレリアを見て、当初は「ああ下僕なのだな」と感想を抱いた。が、共に過ごすうちにそれは"信頼"なのだと思い知る。

 ファレリアもまたアルメラルダに対しなかなか失礼な態度を繰り返していたが、それが許されるほどの絆が二人の間にはあったのだ。

 

 ファレリアの何を考えているか分からない無表情に加えて、常にアルメラルダに構われている状態。それゆえに臆し、二年も共に過ごしているのに話したことは驚くほど少ない。

 だが取り巻き令嬢三人の中では、ファレリアのタフさにアルメラルダに対するものと同質の感情が育っていた。

 

 

 すなわち「憧憬」である。

 

 

「大きな声では言えませんけど、アルメラルダ様。急にファレリア様を鍛え始めたのは、あの方を史上初の女性補佐官として迎えるためだと思うのよ」

「まあ! ありえますわ! ありえますわ! あの庶民の小娘が星啓の魔女になるなど万が一にもありえませんし。アルメラルダ様はすでにご自分が星啓の魔女となった未来を見据えて行動なさっているのですわね~!」

「なるほど。しかしそれも納得です。あの方の横に並び立つ補佐官は、たとえどんな優れた男性が居たとしてもファレリア様以外考えられない。我々も動じず、あの方々の訓練を見守りましょう。むしろお手伝いをするべきです」

「確かに」

「確かに」

 

 この会話をファレリアが聞いていたら「おいやめろ」とストップをかけるだろうが悲しきかな。

 

 二人の交流を邪魔してはならぬと気遣った三人は常に小声で話しているため、その耳に不穏な会話が入ることは無かったとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■□ アラタ・クランケリッツの場合 □■

 

 

 

 

――――ずっと気が狂いそうだった。

 

 

 

 

「相変わらず難しい顔をしているな。こちらで茶でも共にどうだ? それとも酒の方がいいかな」

「殿下。職務中です」

「硬いな。付き合いも長いのだし、もう少し砕けてくれて良いのだぞ? アラタ。私は君を信頼している。そんな相手からつれなくされるのは寂しいものだよ」

「……勿体なきお言葉。ですが職務中ですので」

「……はぁ。まあ、それも君の良いところだものな。せいぜいじっくり口説かせてもらうさ」

「そういったことは女性相手になさってください」

「冗談も理解してくれると嬉しいのだがね」

「善処します」

「期待してるよ」

 

 そう茶目っ気を含ませて笑った赤髪の青年は、この国の第二王子。

 アラタ・クランケリッツが護衛をする相手だった。

 

(ああ、嫌だな)

 

 彼を見る時にどうしても「第二王子」というフィルターがかかってしまう事がひどく煩わしかった。

 身分ではない。"キャラクター"というフィルターだ。

 同じ世界に生きて、同じ空気を吸って、同じ大地に立っている相手を、そんな目でしか見られない現状が気持ち悪い。

 相手の事を尊敬し、好意的に思っているだけにその感覚は常にアラタを悩ませていた。

 

 

 

 生まれた時から持っていた"原作知識"を含めた前世の記憶と自我。それが本当に自分の記憶であるかも分からず、ただただ困惑した。

 ここがその知識の中にある物語の世界だという可能性に気が付いたのは七歳の頃。

 物語の中でも最悪の道を歩んだ時、自分や家族がどうなるかを考えてゾッとした。

 

 最悪の道……"冥府降誕"を迎えてしまえば、主人公たち以外問答無用でこの国の人間は全て死ぬのだ。

 

 何を馬鹿なと一笑にふす胆力は自分には無かった。

 その可能性に気付いてからは眠れない夜が続き……衰弱死一歩手前になってようやく決意したのだ。

 

 この世界を物語の舞台だと受け入れて、自分がこの国を救うのだと。

 

 そのため縋るような気持ちで「前世で好きだったキャラクターを救うヒーロー」に自分を見立て、デザインした。本来の臆病な性格に蓋をして。

 対象が大きすぎて逆に曖昧になってしまっている本懐の他に、具体的な"誰かのため"という目的意識を持つことで、恐怖を乗り越えようとしたのだ。

 もちろん、その誰か……アルメラルダを救いたいと思う気持ちにも、偽りはないのだが。

 

 

 

 己を鍛え、薄れゆく記憶の中から知りうる限りの原作知識を抽出して書き記した。

 

 妾の子かつ五男という立場では何もできまいと、家を出て騎士となり第二王子の護衛という地位を手に入れた。

 

 苦境の中に居る主人公たちを見つけだし、姉には国外での平穏を。弟には同士となることを求めた。

 

 

 

 そしてようやく整った舞台。

 最悪の道はひとまず回避できたと見ていいが、原作時間軸が終わるまでは油断できない。

 冥府降誕を完全回避するためにも。自分をヒーローに見立てるため勝手に縋った少女を救うためにも。

 全てが丸く収まるエンディングを迎えるまでが、彼の戦場だ。

 

 そうして丹念に丁寧に作り上げてきた「ガワ」。

 

 

 

 

 

 だが先日。

 それは一瞬にして剥がされた。

 

 

 

 

 

『あーーーーーー! はい。はいはいはいはいはい! かんっっっっぺきに理解した! うわっ、恥ずかしい! 無意識下で自分一人がそうなんだと思ってた! でも、そっか。なるほどなー!』

 

 そう一気にまくし立てた少女を見た時、アラタは思った。

 

 

 

――――仲間がいた。

 

 

 

 そう感じた途端あらかじめ引いておいた一線、心の壁がいともたやすく瓦解した。

 

 転生者という正体を知られ、アラタもまた自分と同類だと分かるや否や。ファレリア・ガランドールの「ガワ」をかぶった少女の警戒心は目に見えて溶け消えて、友好的に握手をしてきたのだ。

 この時点でアラタもまたファレリアに対しての警戒心が無に帰した。

 

 自分の記憶をずっと疑っていた。

 信じようとしながらも自分の頭がおかしいのではという考えが常にあり、気が狂う寸前と理性の間を行き来した。

 だけど一瞬で受け入れられた。裏付けられた。この記憶や前世の世界は偽りでないのだと。

 それがどんなに嬉しかったか。

 

 

 

 後日。

 日を改めて彼女に事情を説明した上で「何もしない」協力を求めようと考えていたアラタだったが、心は非常に浮足立っていた。

 

 彼女の存在そのものが前世の肯定。それも自分と同じくゲームを知っている人物。

 嬉しい。嬉しい。嬉しい。

 この世界においての異物は自分だけでないという事実はアラタを勇気づけた。

 護衛対象の第二王子にすら「最近ずいぶん機嫌がいいんだな」とからかわれるほどに、それは表に出ていたようである。

 

 

 

 しかし。

 

 

 

 空中庭園の密会にて。

 "堅物真面目"な騎士の皮などすでに機能しないままに一通りぺらぺら喋った後、心を満たしていた温かい気持ちに……一気に冷や水を浴びせられる事となる。

 

 

『全部終わったら私と結婚を前提にお付き合いしていただけませんか?』

 

 

 言われたことを理解するまで数十秒を有した。

 

 

 自分に告白? 何のために? どういった思惑で?

 

 

 アラタは自分に自信がない。更に言うとリアルの女に対して恋愛面での信頼はゼロを振り切ってマイナス。それは前世から引きずっている、うとましい感性の一つだ。

 更に冷静な分析でも、アラタは自分が女性から好意を集める顔でも雰囲気でも無いことを自覚している。

 地位や磨き抜かれた肉体があるため時折熱い視線を向けられることが無いわけではないが、直に接するとアラタの作った「ガワ」による雰囲気と肉体の威圧感で委縮させてしまうのだ。

 顔とてこのあたりでは珍しい種類なだけで、美形とは程遠い。ゲームならばチュートリアルに出てくるモブがせいぜいだろう。

 

 その自分に、会って間もないうちに愛の告白?

 いくら同類とはいえ、そんなことありえるのだろうか。

 確かに彼女は自分を見る時赤面していたが……動かない表情の中それは異様で、とってつけたようにも見える。

 

 

 

 

 ……裏が無いわけがない。

 

 

 こうして安堵は疑心へと反転した。

 

 

 

 

 

 もしや前世を想起させる単語と会話のノリで話していたのは、自分を油断させるためだったのだろうか。

 自分は何処まで話した? 余計なことは言っていなかったか?

 

 考え始めれば止まらず、アラタは思考の渦に飲み込まれた。

 

 最初は話を他の誰かに聞かれないため以上に、精神的にマウントを取りこちらのペースに乗せようと隔離結界を使用した。「悪意無しと判断した」などと言っていたが、あの時点でアラタはファレリアを信用などしていなかったのである。

 だがそんな中、彼女は予想を超えてフレンドリーに接してきた。そのことに対しアラタは内心でかなり動揺したし呆けてしまい、思えばあそこから彼女の術中にはまっていたのかもしれない。

 カマをかけたなんて言っておいて、逆に罠に嵌められたのは自分であったのだ。

 

(そうだ。協力を申し出たのだって、きっと何か思惑があるんだ……!)

 

 何もしないでほしい、というアラタのオーダーに快諾したファレリア。

 だがあの女はその直後で「フォートを手伝う」という断りにくい名目でもって、原作へ関わることの出来るポジションを手に入れた。

 

 どこまでが計算でどこまでが素なのか。疑い始めると一気に分からなくなった。

 話していると感情表現は豊かに思えるのに、表情がほぼほぼ動かないのも内心を測り切れない原因である。

 

 

 

(微笑の美少女。伽藍洞のお人形……)

 

 原作での"ファレリア"の異名を反芻する。

 

 製作者の一人が趣味で手掛けたスピンオフ。

 それはゲーム本編クリア後の時間軸で描かれる、主人公マリーデルと特定のキャラクターが結ばれた世界線の物語だ。

 製作者としては「ラブラブになった二人を困難に立ち向かわせてそのラブラブっぷりがより強固になったやつを見たい!」の一心で作ったであろうその話。

 そこに出てくる"第二の悪役令嬢"とも言える存在がファレリア・ガランドールである。

 

 

 魔法学園にファレリアが入学してきた時は驚いた。

 なにしろアルメラルダと違い、ファレリアは魔法の才能がまるで無いという設定だったからである。だからこそ本編後……魔法学園を卒業した後のストーリーに出てくるのだ。

 更にはアラタが助けたいと思っている悪役令嬢アルメラルダと親しい様子で、そんなイレギュラーをアラタは慎重に調べる事にした。

 

 なんでも二人は十歳の頃からの幼馴染で、その仲は非常に良いものだと一部では評判だとか。驚くべきことにファレリアはほぼ毎日、エレクトリア公爵家に通うなどしていたらしい。入学してからも常に一緒だ。

 魔法に関しても使えないなどということはなく、むしろ中級……出来が良い方。

 その他にも気になることはあったが、アラタはまず彼女が自分の知る「ファレリア」とかけ離れていることを受け入れた。

 

 出来る事なら原作前にアルメラルダの事も調べるべきであったし、それが可能ならばファレリアのこともすぐに気が付いただろう。

 だがアラタとしては事情が事情だけに自分一人で動く他なく、手が足りなかった。

 アラタの立場では公爵令嬢であるアルメラルダの事を調べる事が単純に難しかった、というのもある。

 

 我ながらなかなかの失態だと歯噛みしつつ、アラタは王子の護衛として学園に潜り込めたことを機に……今までの遅れを取り戻すように情報、噂を集めた。

 学園は噂の宝庫だ。

 一度入ってさえしまえば情報はいくらでも集められる。

 

 

 そして。

 

 

「アルメラルダ様は幼い頃かなりの癇癪持ちとして有名だったのですが、ファレリア様に出会ってからはピタリと収まったとききますわ。気の合う友と遊べたことで、色々発散できたのでしょうね」

「気位が高く傲慢だと思われることも多いが、あの方は常に努力なさっている。実力のある者が矜持ある振る舞いをするのは当然の事」

「アルメラルダ様は星啓の魔女候補かつ、エレクトリア公爵家のご令嬢だけあって素晴らしいお方だよ。ご自身の研鑽も常に怠らない上に、身近な者の世話までする責任感の強い女性だね。ファレリア嬢はアルメラルダ様に目をかけてもらって恵まれているな。羨ましい限りだ」

「やはり競い合うライバルだからでしょうか。あの庶民、マリーデルに対してはいつもと違った顔をお見せになるわ。ですが星啓の魔女は国の要。その重要な役割に、万が一でもあのような小娘を据えるわけにはいきませんもの。アルメラルダ様の対応が厳しくなるのも納得です」

 

 などなど。

 

 アルメラルダに関しては"高慢だが実力のある努力家で面倒見もいい"といった評価が大半だ。もちろん悪い噂がないわけではないが。

 

 悪役令嬢といっても彼女には「星啓の魔女」になるという目標があり、彼女もまたそれにふさわしい振る舞いを心掛けている。星啓の魔女に寄り添う補佐官となるべき男性と縁を結ぶ必要もあるため、わざわざ悪評をたてる行為をするはずがない。

 

 ゲーム的にも悪役令嬢というカテゴリを当てはめられる前に、彼女に備わっている肩書は「主人公の恋敵」。

 

 悪評ばかりのライバルを退けて手に入れた恋など茶番も良いところだ。恋敵(ライバル)には愛する相手をとられてしまうかもと主人公に思わせる……つまり攻略対象が彼女にふらつくような魅力が求められる。

 

 そしてだからこそ、対外的な評判が良いからこそ。

 主人公(マリーデル)だけに向けられる憎悪や嫌悪が際立つのだが。

 

 

 

 ……対してファレリアについての噂は。

 

 

 

「よくアルメラルダ様にきつく当たられているファレリア様だけど、実はアルメラルダ様の手綱を握るためにあえてそれを受け入れて裏から操っている、だなんて噂を聞いたわ。あ、大きな声じゃ言えないんだけど。私が言ったって内緒ね」

「ファレリア様は目立って優秀というわけではないけれど、あの容姿でしょう? とっても神秘的! 真の実力を隠していると言われても納得しちゃいますわ~」

「彼女の赤目、生まれつきでなく段々変色したものらしいんだ。つまり"変赤眼(へんせきがん)"だね。けどアルメラルダ様がそばに置いているんだ。不幸を呼ぶなんて噂、嘘、嘘。むしろ白金の髪に映えてとてもお美しい。ああ……アルメラルダ様と並ぶとまるで女神が戯れる絵画のようだよ」

「信頼、なのでしょうね。時々行き過ぎた制裁というか、アルメラルダ様がファレリア様に手を挙げている場面を目にします。ですがファレリア様はその後でもいつも微笑みを浮かべてらっしゃるし、アルメラルダ様の側から離れたことは一度もございません。ご自分のためにあえてアルメラルダ様が厳しい態度をとっているのだと理解しているのだわ。なんて麗しい友情でしょう」

 

 などなど。

 

 概ねがその無表情と神秘的な見た目ゆえに「隠れた実力者」として認識しているようだ。

 アルメラルダとの関係も"対等な友"として見ている者が多い。

 

 厳しく当たられているという件に関しても、「仲が良い証拠」だと受け取られているようで。アルメラルダの評判が原作よりやや良いように思えるのは、彼女の苛烈な性格を受け止める緩衝材(ファレリア)が居るからかもしれないとさえ思えた。

 

 

 

 

 アラタはそんなファレリアを見て思った。

 もしや彼女も自分と同じ転生者なのでは?

 

 そう考えれば納得がいく。

 魔法の才能がなくとも前世の記憶があるならば死ぬ気で魔法を覚えるだろうし(アラタは使いたくてしかたがなくて五歳で覚えた)、早い段階でアルメラルダに接触すれば彼女は悪役令嬢にならないかもしれない。

 そう考えて行動した転生者の結果があのファレリア・ガランドールであるならば、いかに心強いか。

 

 アルメラルダが原作通り悪役令嬢になっていたため首を傾げるところもあったが、ファレリアに接触しない理由にはなりえなかった。

 もともと原作開始前後で自分が知る知識と大きく異なる存在が居れば、声をかけようとも思っていたのだし。

 

 ……問題は、接触するタイミングが無かった事だ。

 

 ファレリアは学園移動中はほぼアルメラルダの横に居る。

 黄金と白金の少女の組み合わせは大変華やかで、常に人目を集めていたのも接触しにくい原因だった。

 

 そんな中、自分が仕込んだ原作崩壊かつ原作順守の切り札。マリーデルの弟、フォートが入学する原作開始期を迎える。

 マリーデルが星啓の魔女としての資質を発揮し見出されるためのイベントは、マリーデル本人の資質を一時的にだけ完全模倣(パーフェクトエミュレーション)したフォートによって再現した。

 男であるフォートが本当にそれを出来るのかが一番の懸念であったが、幸いなことにそれはクリア。無事入学。

 

 その後ファレリアがどう接してくるのかと思っていたが……。アラタも予想外なことに、どういった経緯なのかマリーデルに扮したフォートが彼女をアルメラルダから引き離した。

 その時アラタは好感度管理のため虐めイベントに来る攻略候補は誰か確認しようと別の場所で待機していたのだが、その目の前を走り去って行くマリーデル(フォート)とファレリアに目を丸くしたものだ。

 

 

 だがそれは絶好の機会。

 以前にも一度接する場面はあったのだが、その時は王子が居た。そのため話すことなど不可能。

 こんな場面はもうなかなか無いだろうと、すぐさま隔離結界を用い……多少の情報ジャブをいれたあと。改めて話し合いの場を設けて、お互いの認識をすり合わせる事と相成ったのだ。

 

 だが彼女の愛の告白でアラタは一気に不信感を募らせることとなった。

 それはファレリアという転生者に親近感を覚えはじめていただけに、根深いものとなる。

 

 

 

 

――――そんなアラタの前で。

 

 現在少女もどきと少女()が戯れていた。

 というより、ファレリアが一方的にフォートで遊んでいると言ったほうが正しい。

 

「ほら~。長い髪の毛なのに雑に編んでるから傷んでる。まず丁寧に櫛で梳いて、ちゃんとオイルも塗りましょうね~。ゲームと違ってステータスが上がれば勝手に綺麗になるなんてことないんですから」

「しょうがないだろ。この髪は急遽アイテムで後付けしたものなんだから。慣れてないんだよ」

「お姉さんの髪の毛を結ってあげたエピソードとかないんですか?」

「無い。姉さんは基本的に自分の事はなんでもやっちゃうから……」

「へぇ、なるほどね~。あ、この後はマナーの練習ですよ。まったくもう、アラタさんったら。魔法訓練の他もちゃんと見てあげないと駄目じゃないですか」

「……いや、下手に教えるとイベントがおきないだろ? 不慣れな貴族社会のルールに戸惑っているマリーデルだからこそ……」

「わかってますけど。それは模倣演技(エミュレート)で再現すればいいだけでしょう? 中の人であるフォートくんはある程度知っていて良いというか知るべきです。どうせ必要になるんですから、その時本当に一から覚えていては大団円エンドのために動く時間が減ってしまいます」

 

 ぷりぷりと怒っているように見えるが、その表情はほぼ動いていない。雰囲気と幻視する擬音だけぷりぷりいっている。

 

 マリーデル(フォート)が大団円エンドへ向かうための手伝いを申し出たファレリアだったが、今のところアラタがどうしても手が回らなかった"女子として"のあれこれをフォートにレクチャーするのが主な協力内容となっている。

 使い魔で待ち合わせ場所を決めて、定期的に会っているこの現状。

 幸いなことにまだ誰にもバレていないが、ファレリアに不信感を抱いているアラタとしては胃が痛い。

 下手に断って動向を見失うのも避けたいため、こうして受け入れるしかない現状が歯がゆかった。

 

 

 

 ちなみにファレリアの告白だが、アラタはその場でキッパリ断っている。

 だが。

 

『突然ですものね。驚かせてすみません。ふふっ、でもこれから会う事は多くなるわけですし? そのうち好きになってくれると嬉しいです! 私もガンガンアタックしちゃうので。まずはお友達からよろしくお願いしますって感じですね』

 

 しぶとい(タフ)

 その一言に尽きた。

 断られたその場でそれを言える心臓、毛でも生えているのか?

 アラタがその立場だったら打ちひしがれ、三日三晩は涙で枕を濡らす自信がある。

 そのしぶとさもまたアラタがファレリアの告白を信じられない一つの要因だ。嘘くさい。

 

 

 

 しかし有言実行とでも言おうか。

 

 ファレリアはアラタと会うたびに「素晴らしい筋肉ですね。日々の研鑽とあなたの真面目な性格が垣間見えるようです」とか「今日も鋭い瞳と眉毛が凛々しいですわ。かっこいい!」とか「そのお召し物はご自分で選んだのですか? 小物も含めてバランス最高すぎる……。センスがいいんですね!」とか「人知れず国の存亡の危機に立ち向かうそのお覚悟、男気ですわ~!」とか「アルメラルダ様にはちょっと妬いちゃいますけど、不幸になるかもしれない少女の幸せのために動ける男性。それってヒーローなのでは? 惚れ惚れしちゃいますねぇ」とか。

 

 ガンガンアタックしますという宣言通り、ファレリアはその場で思いつく限りの褒め言葉をアラタに浴びせてくる。顔がいいだけに気を抜けばうっかり惚れてしまいそうだ。

 

 己を懐柔する罠と分かっていても、アラタとて人間。褒められることは大好きである。

 しかも転生者の仲間に飢えていて、これまでの努力を事情の分かっている者に認められたとあらば嬉しくないはずがない。

 

 だがファレリアが自分の事を好きという最大のノイズによって、素直に好意を受け入れることが出来ないでいた。

 

 いったい何を企てているのか。

 それが分からない今、余計な心労を抱え込んでいるのがアラタ・クランケリッツの現状である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無論!!

 

 全てアラタの勘違いである!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 阿呆(ファレリア)は一切謀略など考えていない。望むのは自身の平穏のみ。

 アラタに対しての告白に関しても一般的乙女としての打算こそ多少あれど、基本的には純粋な好意によって発生したものだ。

 

 

(ファレリア・ガランドール! お前はいったい何を考えている……!)

 

 

 何も考えていないのである!

 

 しかし残念なことに、アラタにそれを教えてくれる人間は誰も居なかった。

 

 

 

 

 

 

 更には数日後。

 

 

 

 

 

 

 トントントントントントントントントントントントントントントントントントントントン。

 

「…………」

 

 前方から感じる"圧"と絶え間なく聞こえてくる指で机を叩く音に、アラタは顔を引きつらせた。

 このまま気づかないふりを続けるのは流石に無理があるかと、アラタはため息をつきたいところを我慢して本から視線を上げた。

 

 

「…………」

 

 推しが見ている。

 

「……チッ」

 

 推しに舌打ちされた。

 

(ど、どうしろと)

 

 

 ここは魔法学園の図書館。昼下がりの現在は陽光が差し込み、非常に穏やかな空間を演出している。

 だというのに何故自分は向かい合いの席から、人生を懸けてまで助けようとしている少女にチンピラのような表情でメンチを切られているのだろうか。

 今なら扇より釘バットあたりを持たせた方が似合いそうだ。

 

「…………」

 

 発せる言葉はなく、なおも沈黙は続く。

 

 片や強面でガタイの良いとっつきにくそうな騎士の男。片や色んな意味で有名な麗しの公爵令嬢。

 公爵令嬢の方からなかなかにタチの悪い感じで絡んでいるのは誰の目にも明らかだったが、アラタもアラタで生まれつき目つきが悪いので睨み返しているように見える。

 運悪くその場に居合わせた生徒教師その他は、まるでドラゴンが暴れ出す直前のような緊迫感でそれを見守っていた。

 

 

 

「あの……」

 

 周りがざわついた。「話した!」と。

 動くに動けず見守りはじめ、実に十分ほど経過しての事だった。

 

 しかしアラタはいざ口を開いてみたものの、後に続く言葉は思いつかない。それをじれったそうに周囲が眺める。

 対するアルメラルダはといえば、いよいよチンピラどころか人を二、三人は殺していそうな顔になった。

 

「ハッキリしない男ですわね。ファレリアはあなたの何処がいいというのかしら」

(ファレリアぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!)

 

 心の中で自分をスケープゴートにしやがったであろう女の名を絶叫した。

 

 アラタは様々なことを考慮して、ファレリアに「くれぐれも自分に告白。ましてや振られたなどとアルメラルダには言わないように」と釘を刺していた。だというのにこれだ。自分にどうしろというのか。

 内心びっしり冷や汗をかきながらこの場に居ないファレリアに対し怨みを募らせるアラタだったが、ファレリアとしてもこれはしかたのないことだったのだ。

 

 

 

 

 つい数時間前。

 

 ここ最近よく姿を消すようになったファレリアに対し、ついに我慢できなくなったアルメラルダ。その彼女に「いったい何処に。誰の元へ行っているのか」と問い詰められたファレリアは、マリーデル(フォート)のサポートを行っているなどと知られては事だと、咄嗟に自分が恋する男を生贄に選んだ。

 

 恋の意味分かってる? とは、のちのち話を聞いたフォートからの冷静なツッコミである。

 ファレリアはそれに対し「あなたはアイアンクローしながら人間一人を片腕で持ち上げる蛮族の怖さを知らないからそんな事言えるのだわ。自重(じじゅう)で首が千切れるかと思いました」と真剣に返した。

 

 愛する男より自身の保身、それこそがファレリアという女なのだ。

 

 

 ともかくファレリアはアルメラルダに対し「好きになった男性が居るので、その人の元に通っていた」と吐いたわけだ。それも名指しで。

 そうなればどこのどいつだとアルメラルダが品定めに来るのは彼女にとっての必然。アラタにとっての不幸。

 結果、この地獄のような空気に満たされた場が出来上がってしまったわけだ。

 

 

「あなた、前にもファレリアに会っていたわよね。あの小娘も一緒に」

「……ッ」

 

 むせそうになった。

 

 アラタはあくまで裏方を自負しているため、極力マリーデルやファレリアに接する場面を見られないよう動いていた。会う時だって場所の選定には細心の注意を払っている。

 だというのに三人そろっているところを見られていた!? いつ、何処で。

 

 

 一見不動の山のごとく構えているアラタが内心動揺しまくっていると、アルメラルダはアラタの頭の先からつま先の先までつぶさに観察した。

 もし視線で人を射殺せるならば、今頃アラタはハリネズミとなっている。

 

 そもそもファレリアは自分の事をどう説明したのだろうか。

 

「ふぅん……」

(どんな感想のふぅん!? あ、アルメラルダたん……!)

 

 思わず心の中で前世での呼称を持ち出し平静を保とうとするが、とてもそんな風には呼べない雰囲気だ。

 

 アルメラルダは好きだ。推しである。

 だがアラタは自分が推しの近くに居ることを解釈違いと考えるオタクだった。

 ゲームなども主人公へ自己投影するよりも、その世界のキャラクターのみで完結している形こそ好ましく思うタイプ。自分という異物など不要。

 ゆえにこの状態を嬉しいかと聞かれたら素直に首を縦にふれなかった。向けられている感情がどう見ても好意的でないのもあるが、推しと言葉を交わしている自分がまず解釈違いで肉体が爆発四散しそうだ。

 

 

 誰でもいい。助けてくれ。

 

 

 そう考えるも現実とは非情である。

 

「アラタ・クランケリッツ」

(名前も知られてる!?)

 

 突然名前を呼ばれ跳ねそうになる肩を必死に抑えながら、アラタは深呼吸の後……やっとの思いで返事を絞り出した。

 

「……なんでしょうか」

「返事が遅いわ愚か者」

「失礼いたしました」

 

 めっちゃ強く当たってくるじゃん!? と、アラタは心で涙した。なぜ助けようと思っている相手からこんなにキツく当たられなければならないのか。

 だがそんな罵倒などこれから言われることに比べれば、実に可愛いものだった。

 

 ガタっと音を立てて席から立ち上がったアルメラルダは、手に持つ扇でビシッとアラタを指す。

 

 

 

「わたくし、アルメラルダ・ミシア・エレクトリアは貴方に決闘を申し込みます!」

「なんて?」

 

 

 思わず素で答えてしまったアラタは、いよいよもって自分の事をアルメラルダに教えたファレリアを恨むのだった。

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、当のファレリア。

 

「あ~。茶がうめぇですわ~」

「それは良かった。クッキーの出来は?」

「さいっこうですね! これなら料理イベントでも問題ないでしょう。きっと攻略対象の殿方も喜ぶはずです!」

「……必要な事ではあるんだけど、複雑」

 

 本命からの好感度が加速度的に下落している事など知らぬまま、フォートから提供された茶と菓子に舌鼓をうち呑気に過ごしているのだった。

 

 

 

 




これ悪役令嬢ものと言って大丈夫かなと思いつつ、初の悪役令嬢もの(+初複数転生)なので手探りしつつ。
感想など貰えると生きる糧になります!もしよろしければ。


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五話 思いがけないduel~こんなフラグが立つなんて

今回は本編+おまけ小話三話が収まっております。


 

―――― 決闘。

 

 魔法学園においての決闘は、魔法力をいかに使いこなせるかを一対一の"戦闘"という形で競う事を示す。

 既定の手順にのっとって本人、又は代理人が学園長へ決闘に関する事項を申し込み、受理されることで学園側が「場所」「日時」「立会人」を設定。学園全体に告知がされ、誰でも観戦が可能である。

 

 

※魔法学園生徒手帳より抜粋。

 

 

 

 

 

+++++

 

 

 

 

 

 

「ふ~んふふふ~ん」

 

 人気の無い旧校舎の廊下を、鼻歌を歌いつつスキップで進む。

 今日の茶菓子はなんだろうな。フォートくん、攻略対象に手作りお菓子をあげるイベントの特訓でここ最近色々作ってくれるんだよね。

 お菓子自体は料理上手なマリーデル(お姉さん)を彼の模倣演技(エミュレーション)で真似ればよいのだが、彼けっこうこだわり強くて自分だけでも作れるようにと張り切ってるんだよな。

 味見役の私は得するばかりだ。

 

『野郎に食わせるための練習ってことだけ気に食わない。可愛い女の子に食べてもらった方がやる気も出るよ。ファレリア喜んで食べてくれるから、日ごろのお礼にもなるしね』

 

 な~んて事まで言ってくれる。

 いやぁ、良い子。フォートくん、超良い子! こっちも色々と教え甲斐があるってものよ。

 最近アルメラルダ様が私虐めに再燃して(本人曰く魔法の訓練)心も体も休まらないから、この密会時間が癒しなのよね。

 手伝おうかなと思っていたイベントのスケジュール管理はアラタさんが隙無く組んでるし、フォートくんはそれを完璧にこなす。

 いや優秀。協力するよとは言ったけど、そっち方面で私なーんもやることなくてとっても気楽だわ。

 

 

 

 アラタさんという現在バリバリアタック中の好きな人には会えるし。

 フォートくんにマリーデルちゃんのエミュレートだけでは補いきれない女子としての所作とか手入れとか対応の仕方とか、マナーもろもろ教えるのは私が楽しいし。

 両親にも見せたことが無い、前世を含めた私の性格口調もろもろいっさい隠さなくていいし。

 

 この密会、正直毎回とても楽しみにしているのだ。

 

 

 

 昨日アルメラルダ様に「最近姿を消す時は何処に行っているのか」と問い詰められた時は肝が冷えたけど、アラタさんの名を出すことで事なきを得た。「好きな人が出来たので会いに行ってます!」とね。マリーデル(フォート)の事を話さなかっただけで、嘘ではない。

 アラタさんには自分に告白したことやフラれた(く……ッ!)事をアルメラルダ様に話さないよう釘を刺されていたけど、まあ問題ないでしょうと。

 第二王子の護衛だし、年上だし。接点も無いから、わざわざアルメラルダ様が接触することは無いはず。

 加えて私の片思いで遠くから見ているだけとも言っておいたから、初恋などに熱を上げているのかと私がアルメラルダ様に呆れられる程度ですむと思っていたのだ。

 

 

 

 

 …………思っていたんだよなぁ。

 

 

 

 

 一瞬スンッと我に返って鼻歌が途切れる。

 

 けど過ぎてしまったものは仕方がないと割り切り、今日も今日とてフォートくんに女子とはなんたるか! マナーとはなんたるか! などを教えるために密会場所へ向かった。

 そして指定された旧校舎の一室にたどり着いたのだが……。

 

「…………」

 

 なんか部屋の真ん中にどす黒いオーラを放つ物体が蹲っている。

 よくよく観察したらアラタさんだった。どうした。

 

「なんで俺が決闘なんだよなんで戦うことになってんだよこれはストーリー上重要なマリーデルとのイベントなわけであっていやっていうかまず俺は生徒じゃないのになんでなんでなんで……ああああああああああ!」

 

 ブツブツ言っているアラタさんから目を逸らし、私は腕を組んでため息ついてるフォートくんをつついた。

 

「これ、なに? どうしましょう」

「ほっとけば? 大人なんだし、自分で何とかするでしょ」

「子供はこんな時ばかり大人だからって理屈を持ち出す! 大人だって大人扱いされたくない時はあるんだよ!!」

「わかる~」

「うわ、駄々こね始めた。じゃあ子供って言って欲しい? きつ。アラタ二十七歳だろ。幼児帰りは見苦しいぞ」

「なんでお前は俺に対してそんな当たりがキツいんだ? ここまで一緒にやってきた仲だろ? あとファレリア。貴女は「わかる~」じゃないんだよ。どうしてくれるんだ。ここまで原作通り進んできたのに!!」

「え、なんのことです?」

 

 すっとぼけてみたが、アラタさんが何を言わんとしているのかは予想がつく。

 今日は学園中がその話題で持ち切りだったからね……。

 

 どうも昨日、アルメラルダ様がこのアラタ・クランケリッツ氏に決闘を申し込んだらしいのだ。

 今関係ない事だが、私はすっかり前世の記憶に汚染されているので決闘という意味の文字には無条件でデュエルとルビをつけてしまう。まったく関係ない事なのだが。

 

 

 

 それにしても決闘か。

 流石にこれは私でも覚えているというか、ストーリー上避けては通れないイベントだ。

 

 星啓(せいけい)の魔女候補が二人以上いる場合、定期的にその実力を測るために直接対決が行われる。

 その一つが決闘……戦闘を通して魔法操作技術を競う方法なのだ。

 なんで戦闘? これ恋愛シミュレーションゲームだよな? とか前世の私も思っていたようだが、冥府降誕とかいうジャンル違いの裏ルートを知った今それの前振りだったのだなと気づく。人生一巡後に気付くの何なんだよ。

 

 そしてこの決闘だけど、ゲームだとターン性の相性バトルとコマンド格闘バトル。二つのミニゲームから選べる仕様となっている。

 制作陣、裏シナリオどうこうの前にゲーム本来の趣旨とは完全に別のところで遊んでるだろ。いや、楽しかったのですけどね。

 今思えばあの辺からすでに製作者の悪ふざけという形で「これ別のゲームじゃない?」感はあったわけだ。

 

 ちなみに避けて通れこそしないが、主人公がこの決闘全てに勝つことはシナリオ上絶対条件ではない。

 ただ勝つと攻略対象全ての好感度と、自身のステータスが一定数上昇するので、軽視も出来ないイベントではある。

 

 

 

 しかし決闘はなにも星啓の魔女候補にのみ適応される物ではない。

 申し込む過程や勝負後に発生した家同士や人間関係のあれやこれやを気にしなければという前提条件はあるものの、学園内であれば誰が誰に申し込んでもいいものだ。生徒手帳にもそう書いてある。

 だからアラタさんが気にしているであろう「マリーデル用のイベントを自分が奪ってしまった」みたいな心配はしなくてもいいわけだ。

 二人の対決は別枠で行われるんだろうし、気にしなくていいと思うんだけどなぁ。

 

「気にするに決まってるだろ!!」

「あら?」

 

 う~んと唸りながら考え込んでいたら、アラタさんがすごい顔でこちらを見ていた。

 ん?

 

「ファレリア。口に出てた」

「マジですか。おっといけない」

「君のそういうとこ、素なのか煽りなのかっていつも気になってる」

「素ですねぇ。天然お茶目なファレリアちゃんなので」

「馬鹿って言葉を可愛く装飾するの上手いよね」

「フォートくん、最近私にも遠慮なくないですか? というか気にすることでも無いんですけど、フォートくんさ。君、初対面時の「ファレリア先輩」とか敬語とかどこ行ってしまったのです? 今完全にため口と呼び捨てだよね? いや、私は大人だし気にしないですけどね? ええ。気にしてませんし、あの時はマリーデルちゃんのエミュレート中だったわけで、今の君が素で接してくれてるのも分かるから嬉しいんですよ? でも今あまりにも自然に馬鹿って言いませんでしたか。こう、もうちょっとこうさ。年上は敬ってもいいと思うんですよね。ほら、ファレリア先輩って言ってごらん? ねえ」

「ものすごく気にしてるし早口じゃないですかファレリア先輩。気にしてないけどって今三回言いましたよ。三回。こういうの先輩たちの前世の言葉で草生えるって言うんでしたっけ? 草」

「とってつけたような敬語が皮肉味増してて効果抜群だよおい。私のヒットポイントだいぶ削られたよ。あとアラタさん、あなた何を変な言葉まで教えてるんですか」

「フォート、頭いいんだよ……。うっかり話すと全部覚えられるからな。ファレリア、貴女も現在進行形で余計な語彙を与えてる。気づけ」

 

 青い顔でげんなりしているアラタさん。

 

 そ、そうか。

 フォートくん、さすが姉の完コピして学園生活送っている男なだけある。話す時は気をつけよう。どうやら私、さっきは考えていた事まるっと喋っていたらしいしな。

 同じ転生者がそばに居るからか、フォートくんが絶妙に突っ込んでくれて気持ちいいからか。二人の前だとわりとよくある。

 

 私が一人反省会を行っていると、目の前から圧。アラタさんだ。

 やだ、そんなに熱く見つめられたらファレリアってばドキドキしちゃ~う。

 ……なんてふざけられる雰囲気ではないな。完全にお怒りだ。

 

「ともかくだ! 今回の件!! 本当にどうしてくれるんだ!? まず俺はストーリー上、アルメラルダたんに直接関わるつもりは無かったんだ!」

「アルメラルダたん?」

「ごめん忘れて」

 

 顔を両手で覆ってしゃがみ込んでしまった。どうやら黒歴史の一端を垣間見てしまったようだな……。

 でもそんなものが飛び出るくらい切羽詰まっている、ということかしら。かわいそう。

 

 でも、そうか。考えてみれば当たり前である。

 まずゲームシナリオ云々抜きにしてもアルメラルダ様のような高位の貴族から決闘を挑まれた場合、断ればそれ自体が侮辱となり断った者の立場が悪くなる。しかしいざ戦うとなれば、それがいくら手加減したものであっても「戦闘の意志を相手に向けた」ことがすでに罪だと揶揄されるのだ。

 普通に考えただけでも、たいへんにめんどくせぇ事態なわけだ。同情する。

 彼自身が言っているように、直接関わるつもりが無かったのなら、余計に歓迎できない事態だろう。同情する。大事な事なので二回考えておいた。

 

 

 

 

 ……それにしても、何故アルメラルダ様は決闘を?

 

 今後マリーデルとの初決闘も控えているわけだから、その前に己の手札を公衆の面前で晒すのは悪手のはず。

 それを推してまでアラタさんに決闘を挑む意味ってなんだろう。

 

 

 そう疑問に感じつつも、この時の私はそれを他人事のように考えていた。

 

 だがその数時間後。

 そんな楽観は他ならぬアルメラルダ様によって、ちゃぶ台返しされる破目となる。

 

 

 

 

 

 

 

+++++

 

 

 

 

 

 

 

「ファレリア。貴女にも決闘をしてもらいます」

「はい?」

「語尾をあげるのではないわ。はい! と答えなさい」

「そんなすぐ承諾できる内容じゃ無いんですけど!?」

 

 アラタさんにふぁいと~なんてエールを送りつつアルメラルダ様の元へ戻ったら、開口一番に訳わからないことを言われた。は?

 決闘するのはアルメラルダ様とアラタさんですよね。私関係なくないですか。

 

「相手はマリーデル・アリスティ。わたくしが代理人として申し込み、つい先ほど学園長に受理されました。今頃告知もされているでしょう」

「何してくれてんですか!?」

 

 おいおいおいおいおい。どういうことですか。

 

 アルメラルダ様相手じゃらちが明かないと説明を求めるべく他の取り巻き連中を見たが、こちらはこちらで「自ら面倒な申し込みの作業を代行するだなんて、なんとお心の広い!」だの「お互いがお互いのために戦う。なんて美しい友情かしら」だの「私達も決闘の根回しを手伝ったかいがありましたね。感無量です」だの。

 

 こちらの混乱を加速させることしか言ってなかったので、頭痛を覚えながらもアルメラルダ様に向き直った。

 

「あ、あの。説明を……」

「まったく、相変わらず貴女は愚鈍なのだから」

 

 アルメラルダ様はアンニュイにため息をつく。いや、そんな「やれやれ」みたいにされても。やれやれはこっちの感情ですよ。

 

「ファレリア。わたくしがある殿方相手に決闘を申し込んだことくらいは知っているわね?」

「存じております。もう学校中の話題ですから」

「結構。その殿方の名は?」

「あ、アラタ・クランケリッツ氏です」

「そう。最近貴女が熱心に通っている、アラタ・クランケリッツ。第二王子の護衛を務める優秀な魔法騎士ですわね。貴女がわたくしを差し置いて優先し会いに行くほどですから、とても素晴らしい方なのでしょう。ええ。わたくしを置いていくほどですものねぇ。ほほほ」

 

 すっげーチクチクと言葉に棘があるんですが。

 

「はい……」

「その彼。貴女が選んだ殿方を、わたくしが見極めてさしあげましてよ」

 

 むふーっと胸を張り渾身のドヤ顔と共に放たれたその言葉。

 私は"先ほど"フォートくんに言われた言葉が超特急で脳内を周回山手線するのを感じつつ、とりあえずいったんそれを横に置いて深呼吸した。

 ともかく考え直させるためにも、こちらが冷静さを欠いてはいけない。

 私は自分の決闘をうやむやにするためにも、まずアラタさんとアルメラルダ様の決闘をどうにかした方が良さそうだと口を開いた。

 

「あの、アルメラルダ様? ならば何故その方法が決闘なのです? 相手は学生でなく本職の魔法騎士ですよ。戦いのプロです。しかも大事な御身であるあなた様に万が一にも傷など負わせられるはず無いのですし、当然手加減して、かつ負けてくれるはず。真の実力を見極めるなど出来ないと思いますが。というか選んだと言っても以前話した通り私の片思いであって、アラタ様にとっては迷惑以外の何ものでも……」

「甘いですわね。肝心なのは勝敗でなく、勝負の中に見える人間性です」

 

 言い募ろうとした私の言葉をさえぎってアルメラルダ様がドヤ顔継続でのたまう。

 さ、最後まで言わせて!?

 

「人間性ですか」

「ええ。追い詰められた中でこそ、人は真の姿を見せるものよ」

(追い詰める気なんだ……!)

 

 まずい。目がマジだ。

 

「そして貴女の決闘についてだけれど。いいこと? わたくしは貴女のためにあの小娘との決闘の前に、手札を晒して戦うのです。ならばファレリア。貴女もわたくしのために、アリスティの手の内を引き出して暴くのが当然というものではないかしら」

 

 そして私の決闘に繋がったぁ!!

 

「いやいやいや、待ってください!? 相手、アルメラルダ様と同じ星啓の魔女候補ですし一学年の首席ですが!? そもそも私のためって、頼んでな……」

「後輩相手に怖気ずくとは! 情けないとは思わないの!?」

「ピッ」

 

 訴えがアルメラルダ様の吠えるでキャンセルされた。怯む。

 

「それに、これは貴女がわたくしの特訓でどれだけ成長したかを見極めるいい機会でもあるのです。存分に戦ってらっしゃい」

「え……あ……。いや、やっぱり無理ですよ!? 話を聞いてください。私、戦いなどはからっきしで……」

「やりなさい」

「でも」

「おやりなさい」

「あの」

「や・り・な・さ・い」

 

 はい、を選ぶまで同じ言葉を繰り返すNPCキャラか何かかな? 

 しかしこれはそんな生易しいものなんかじゃない。

 

 圧。

 

 これは暗に、受けなければ今後の訓練がもっと厳しいものになることが示唆されている。

 せっかく天才フォートくんに女子講座のお礼にって魔法教えてもらってここ最近挽回してたのに、めちゃくちゃ唾吐く形で返さなきゃいけないとか地獄か?

 しかしアルメラルダ様の眼力を前に私が選べる選択肢など一つしかない。

 

「……やります」

「よろしい」

 

 しょぼしょぼとしおれた私が不承不承ながら頷くと、正反対にアルメラルダ様は輝かんばかりの満面の笑みを浮かべた。

 

 

 

 ああああ、もう! どうしてこんなことに!

 こんな形で私にまで飛び火してくるとか! というか飛び火じゃなくて火元ってもしかしなくても私だな!?

 フォートくんが言った事、マジだったわ!! 納得はしてたけど、今改めて思い知った!!

 

 

 

 

 私は崩れ落ちそうになる体を持ちこたえさせつつ……フォートくんとの会話を思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遡ること、アラタさんが嘆きの置物と化していた数時間前。

 

 

「アルメラルダがなんでアラタに決闘を申し込んだか? ……。君のためだろ。どう考えても」

「私の?」

 

 アルメラルダ様が何故決闘などと言い始めたのか。試しに観察眼に優れたフォートくんに聞いてみた。

 彼、実はマリーデルとしての活動の他に模倣演技(エミュレート)を活用し別人に化けた上で、学園内で情報収集なども行っている。ゆえに観察眼が非常に優れているのだ。

 その彼からの意見なので、そんなバナナと言うわけにもいかず耳を傾ける。

 

「ファレリア、アラタの事が好きだって言ったんだろ。加えてアルメラルダは以前自分が認めた者でなければ交際は認めないと発言していた。簡単じゃないか。僕でなくたって分かる」

「えと……んん? アラタさんが私に相応しい相手か、見極めようとしているってこと?」

「そう。それ」

「いや、でもさ。それにしては取るリスクが大きいっていうか」

 

 というか私、今さらだけど世間話のノリで結構フォートくんに色々話してるな。

 

 けしてぼっちというわけではないが……けして! ぼっちというわけではないが! アルメラルダ様を取り巻いてると普通に話す友達出来にくいのよね。

 他の取り巻き連中は何故だか私の事を遠巻きにして自分たちだけできゃっきゃしてるし。おい混ぜろよ私もよ。同じ取り巻き仲間だろうが。

 ……そんな感じだから、ついフォートくんには色々話してしまうのだ。アラタさんとも話すけど、その時は自分のアピールに会話の比率割いてるからな。

 多分この学園内で一番素の私を知っているのは彼ではなかろうか。

 

「……ファレリア。少し言わせてもらうけど」

「あ、はい」

 

 密かに世間話の一つにも乗ってくれない取り巻きーズに恨み言を考えていると、なにやらフォートくんが呆れたような顔で私を見ている。

 え、なんスか。自分、なんかしちゃいましたか。

 

「まず君さ。アルメラルダに愛されてる自覚ってあるの?」

「はい~?」

 

 語尾の音程が疑問含みすぎて九十度直角くらいの勢いで上がった。

 なになになに。フォートくんから何やらすごい単語飛び出してきたんだけど。愛?

 え、君。出会いの頃から始まって、日ごろ様々な虐待を受けてる私を前になにを言っているのかしら? ん?

 あまりにも荒唐無稽な話に噴き出してしまった。

 

「まっさか~~~~」

 

 けどフォートくんは「マジで?」みたいな顔で見てくる。

 

「…………。方法はどうかと思うけど、あれだけ分かり易いのも珍しいだろうに。何度か見てればわかるよ」

「え……」

 

 至極真面目な顔でそう続けられてしまい、どうやらフォートくんが本気で言っているらしいことに気付く。

 ちなみにアラタさんはまた蹲って「どうしようどうしよう」とブツブツ頭を抱えている。放っておこう。

 

 フォートくんは少し唸ってから、なにかを整理するようにこめかみをトントン指で叩いてから話し始める。

 

「あまり認めたくないんだけど、多分……彼女が君に対して行う蛮行は好意から来ているものだよ」

「好意って。だからそんなまさか」

「その、まさか。だって同じ暴力でも僕に仕掛けてくる時の顔と明らかに違うもの。ファレリアに接する時のアルメラルダ……あれは仔犬でも可愛がってる表情だね」

「い、いやいやいや……?」

「他の例をあげるなら……。子供って好きな子をわざといじめたりするだろ? そういう類でもあるのかなって。というかさ。あれだけされてファレリア自身がアルメラルダを憎んでいないのが良い証拠だ。それが出来るのは敵意を向けられていないから。……ファレリア、敵意や悪意を甘んじて受け入れて相手を許せる聖人じゃないだろ」

「あ、はい」

 

 少し思うところはあるものの、悔しいが納得してしまった。

 というか私、そんなところまでこの子に読み取られてるの!?

 

 

 フォートくんの言う通り、私は本来あからさまな敵意を向けられて大人しくしているような人間ではない。

 随分前になるが、私の"眼"に変な言いがかりつけてきた予言師を名乗る妙な奴がいた。そのせいで危うくネグレクトか一家離散するかって事態になったので、その時はめちゃくちゃ攻撃したわよ口で。……あれ、このことも話したんだっけ?

 結構ぺらぺら喋ってるから何話したかとか忘れちゃってるな……。

 

 

 しかし、そうか。これまで客観的に見た私たちに対する感想を、こういった形で伝えてくれる相手は居なかったから目から鱗ね。

 確かに私がいささか過ぎたアルメラルダ様からの虐めを、「諦め」や「打算」だけで受け入れていた状態は変だった。

 相手がいくら子供でも、私だって子供。中身(前世の記憶)を加味したって、途中で爆発しないわけがない。

 なのに私は七年の青春を取り巻きになるために使い、現在こうしてアルメラルダ様の側にいるわけで。

 

 

 

 

「……ははぁ~。なるほどなぁ……」

 

 そうか。

 "好き"を向けられていたから、私も我慢できていたのか。

 というか私もアルメラルダ様の事を好きなのだろうな。

 当然、恋愛という意味ではないが。

 

 人間って基本的に自分の事好きな人間が好きだからなぁ……。

 

 

 

 

 顎をさすりながらうんうんとまぬけな顔で頷いている私に、フォートくんが苦笑する。

 

「納得してくれたなら、それがアルメラルダが何故アラタに決闘を申し込んだのかという事に対する回答だ。大好きな友達の好きな相手が変な男であってほしくない。つまり、そういうことだろ?」

「ええ? アルメラルダ様、私の事好きすぎじゃない?」

「だから、そうなんだろ。その方法がとんでもなく不器用だけど。……姉さん相手に僕に対するのと同じ仕打ちをしてたかと思うと好きになれないけど、そういうところを見てる分には面白い人だよね、彼女」

 

 アルメラルダ様、フォートくんから「おもしれー女」認識を向けられているじゃん。

 

 けど、え。そうなの? つまりそういう嗜好? 愛情を痛みでしか表現できないってこと?

 いやどこで歪んで身に着けたのよその性癖。

 

 

 

 多少の疑問は残ったものの、私は七年目にしてようやくアルメラルダ様からの友愛に気付き、それが自分の中にあることも知った。

 

 だからアルメラルダ様がアラタさんへ決闘を申し込んだ理由には納得していたのよ。

 けどまさか私まで決闘することになるとは、流石に予想外だったわ。

 

 

 

 とりあえず私はいかに「精一杯頑張って負けました」感を演出するか、フォートくんに相談するためのプランを考え始めた。

 

 ……やだなぁ。早く終わるといいな、この珍妙なイベント。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【つづく】>>

 

 

以下、おまけ

 

 

 

■□ 本編とはあまり関係のないこぼれ話 □■

 

 

【なぜなにどうして。女の子への変身どうやるの?】

 

 

「そういえばフォートくんてさ。体型は魔法アイテムで整えてるって聞いたけど、ちんちんどうなってるの?」

 

 フォートくんがむせた。

 

「……ッ! ……! 君さぁ! なんでそう直接的なの? というか、聞く? 恥じらいとかないのかよ」

「いや、実はずーっと気になってて……。だってこの間の着替えイベント、どう見たって股間が」

「年頃の女の子が股間とかちんちんとか言うんじゃありません!! 僕、姉さんがそんなこと言ってたら泣くよ!? ファレリア、僕に女の子の作法を説く前に自分がどうにかした方がいいぞ」

 

 フォートくん、まだ女子に夢見てるようだな。この世界ではどうか知らないが、女の方がえぐい下ネタ言ってたりするぞ。今の発言に関しては男子小学生寄りだけど。

 

 ともかく、私は気になっていたのだ。

 ついこの間。着替え中に攻略相手が入ってきてしまう、それって乙女ゲーとかいうよりラッキースケベの文脈では? という不可避イベントがあった。

 その時の対策として私が一度フォートくんの下着姿を検めていたのだが……。

 

 どう見ても女子。

 柔らかくなだらかなラインにくびれた腰、控えめながらはっきり形を主張する胸元、きゅっとあがったこぶりな桃尻。

 更にはそれらに反し……ふくらみが一切見えない、股間!

 

 どうなってんだよ気になるだろ。

 

「ごめんごめん。で? 実際は?」

「反省してないだろ君。グイグイくるの、何」

「き~に~な~る~の~。お・し・え・て」

「~~~~!」

 

 フーっと耳元に息を吹きかけてみると、フォートくんが飛びのいた。お、良い反応。

 

「ファレリアさ。アルメラルダ様はいつも人の話を聞かないし強引だって言うけど、たいがい君も影響受けてるよ!」

「お。そんなこと言うのはこの口ですかぁ~?」

「!!!! やめ、馬鹿、おい!! アラタぁッ! たすけっ、!!!! あはははははははははははははッ! やめっ、ファレリア!!!! この馬鹿!!」

「アラタさんはまだ今日来ませんよ~。第二王子の狩りにつきそって遠征中だとか」

 

 反抗的だなこの野郎とばかりにくすぐり攻撃を仕掛けてみると、面白いくらいに笑ってくれる。

 フォートくん、口は悪いけど紳士だからな。馬鹿とか言いつつ絶対手は出してこないのよ。ほほほ!

 

 ……とはいえ少しやりすぎたか。

 

 涙目になってきたフォートくんを見て脇下に突っ込んでいた手を引くと、顔を真っ赤にしてぜーはー荒く息をついている彼が睨んできた。

 ひゅ~っ、美少女少年。ちょっと新たな扉を開いてしまいそうだわ。……いけない、いけない。

 

「ごめんね。やりすぎたわ」

「本当だよ。まったく……」

 

 調子に乗りすぎた。

 だからこれはさすがに教えてもらえないかなと諦めたのだけど……。肩を落とす私の耳に、なにやらボソッとした声が聞こえた。

 

「これは僕の尊厳のために言うだけなんだけど。……小さくしてるだけで、無くなってないから」

「え?」

「無くなって!! ないから!!」

 

 悲鳴のように耳をつんざいたその主張に、さすがに申し訳なくなった私なのだけど……その前に口から飛び出ていたのは、追加の謝罪などではなく。

 

「それって生殖機能に影響とかない!? 副作用とか大丈夫!?」

「ああああ~! もうっ! これ以上聞くなよ馬鹿ファレリアー!」

「や、でもさ! そこはちゃんと確認しておかないと安心できないんだけど!?」

「うるさいうるさいうるさ~い!」

 

 

 その後。

 アラタさんが帰ってきて魔法アイテムに副作用が無いことを確認するまで、このやり取りは続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【推しへの課金】

 

 

「ねえねえ、アラタさん。前から聞きたかったのですけど、マリーデルちゃんの引っ越しや国外での住居にそこでの仕事の根回しとか、フォートくんの見た目を整える魔法のアイテムとか。その他もろもろで、結構な金額を使われたのでは?」

「ああ……。まあ、そこそこ」

「そこそこ、なんてものではないと思うよ。普通に暮らしてたら一生かけても払いきれない金額というのもあるから、僕はこんな格好でここに通ってる」

「ですよねぇ……」

「フォート、だからそこは気にしなくていい。こっちは手伝ってもらっている身だ」

「そうは言ってもね」

 

 ある時ふと気になったので聞いてみれば、歯切れの悪いアラタさんやフォートくんの言葉から推測するに、アラタさんが大団円エンドを目指す下準備のため、かなりの自腹を切った事が窺えた。

 国の滅亡がかかっているとあらば安いものかもしれないけど、それを個人で負担しているとなると恐ろしい。

 

 マリーデルちゃん関連だけなら、アラタさんの稼ぎ(推測)であれば懐は痛まないだろう。むしろ他国への就職などという根回しの方が大変だったと思われる。

 けどフォートくんに使われている魔法アイテムの性能を考えると、特殊アイテム入手の伝手を維持するための金額込みで継続的に購入する額は恐ろしいものになるのでは? というのが私の見立てだ。

 私も何か支援出来ればいいのだけど、個人で動かせる現金とかほぼ無いからなぁ……。

 せいぜい自分の持ち物を売るのがいい所だけど、それだと足がつきそうだ。

 何のために売ったのか問い詰められた時に「友人のチンと玉を小さくするための薬費用に使いました」なんて口が裂けても言えないのよ。

 

 けど私がうんうん唸っていたからか、アラタさんは少し考えてから「良い表現を思いついた」とばかりに顔を明るくした。

 

 そして。

 

「ファレリア。俺はアルメラルダ推しだが、もちろん主人公であるマリーデルも大好きだ。……キャラクターとして」

 

 フォートくんからの視線が強くなったからか、最後をとってつけたように付け加えたアラタさん。

 彼はまっすぐな目で言った。

 

 

 

 

 

「推しに課金する時、理由なんているか?」

 

 

 

 

「納得できるんですけど曇りなき眼で闇深いアンサー出すのやめろ」

「これ以上に通じる例とか無いだろ!?」

 

 心外! とばかりに驚かれるけど、いやいやいや。

 

「すみません。前世あなたがどれだけ推しに課金してたか聞くの怖いんですけど」

「いっせ……」

「あーあーあー! 聞こえない!!」

 

 ヤバい数字出てきそうだったから聞くのをやめた。

 世の中にはそういう人も居ると知ってはいるが身近で居ると怖い!!

 

 そういえばこの人、同人ゲームの激レアスピンオフまで網羅している人だった。

 私なんかとは原作への熱の入れようが違う。しかも現在の活動は娯楽目的などではなく国の存亡とリアル推しの命、幸せがかかっているのだ。歯止めなどきくものか。

 

 

「この話は聞かなかったことにします」

 

 

 世の中、聞かない方が心穏やかに過ごせるものはたくさんあるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【薔薇の髪飾り】

※魔法学園入学一年目くらいの時期。

 

 

 

 

「ファレリア様。僭越ながらお聞きしたいことが……」

「あら、なにかしら」

 

 め、珍しい! 取り巻きーズ達がひっじょーに珍しく私に話しかけてきた!

 普段は同じ取り巻きなのにわたしの事をハブって自分たちだけで楽しそうにしているくせに!

 

 浮かれているのを知られると「こいつマジで友達いないんだな」と思われそうなので、平静を装って聞き返す。

 どうした。聞きたいことがあるなら何でも言ってごらん。ファレリアお姉さんが答えてあげよう子猫ちゃん達。

 

「ファレリア様の……その。胸元にいつもつけてらっしゃる薔薇のアクセサリーって、アルメラルダ様の髪飾りと同じものですわよね?」

「とってもとっても素晴らしいお品ですわ~!」

「是非、どちらで手に入れたものかお聞きしたく……」

 

 三人娘が興味津々! とばかりに見てくるのは、いつも身に着けている大輪の薔薇を象ったアクセサリー。彼女たちが言う通り、アルメラルダ様が身に着けている髪飾りもこれも、つける場所が違うだけで同じものだ。

 この飾り、花びら一枚一枚の造りが精巧でまるで瑞々しい生花のよう。幼い頃の私が目を輝かせたように、彼女たちが興味をもつのも分かる。

 

 けど入手場所となるとなぁ……困った。

 

「私は誕生日プレゼントの一つとして頂いたのですけど、もうどなたが下さったものなのか覚えていないの」

「まあ……そうなのですか」

「とてもとても、残念ですぅ……。わたくしたちも、ファレリア様、アルメラルダ様とおそろいの物を身につけたかったですわぁ……」

 

 あらやだ、可愛い事言ってくれるじゃない。

 

「では偶然アルメラルダ様も同じものを持っていた、ということですか?」

「ん? ああ、いえ。えーと、なんといえばいいのかしら。私が頂いた誕生日プレゼントの薔薇は、アルメラルダ様が身に着けているものなの。……そうだ! 入手場所を知りたいのならば、私よりアルメラルダ様に聞いた方がよろしいわ」

「へ?」

「んん?」

「え?」

 

 思い至ってパンっと手を叩いたが、取り巻き三人娘は要領を得ないという顔をしている。

 まあ、そうよな。

 

「……その、ね。私もこの薔薇のアクセサリーがお気に入りで、貰ってから毎日身に着けていたのよ。そしたらある日、アルメラルダ様がこれを欲しいとおっしゃったわ。エレクトリア公爵家の家紋に薔薇が入っているから、きっとお気に召したのね。そしてアルメラルダ様がお望みならばと私はそれを差し出したのだけど……後日。アルメラルダ様がまったく同じものを見つけだして、私にくださったのよ」

「!!」

「まあ、まあ!」

「ほう……!」

 

 え、何。なんかえらく食いつきが良いな。全員身を乗り出している。

 

「……以来、これを身に着けていないとアルメラルダ様が不機嫌になるのよね」

 

 きっと下僕の証とか犬につける首輪とかと同じ感覚なんだろうなと思いつつ、それだけで不機嫌になられても困るので一応毎日身に着けている。

 

「ええと……。だから同じものが欲しいなら、アルメラルダ様に聞いてほしいのよ。きっとどこで買ったか知っているはずだから」

 

 そう提案するが、何故か全員がすごい勢いで首を横に振った。

 

「いえ!」

「そんな!」

「その薔薇はお二人の絆そのもの!」

「わたくしたちが!」

「身に着けるなど!」

「おこがましい!」

 

 なになになに。怖い怖い怖い。

 三人で一つの会話を繋いでるんだけど!? 仲良しにもほどがあるだろ! 見せつけてんのか!

 

 「ま、まあ入り用でないのなら、よかった? です」

 

 勢いに押されてそのまま会話を終わらせてしまったが、いったい何だったのか。

 

 その後私は三人がおそろいのマリーゴールドの髪飾りを身に着けているのを見て、またもやハブられたことに歯ぎしりをすることとなる。

 

 

 

 

 

+++++

 

 

 

 

 

「~~♪」

「お嬢様。本日もお美しゅうございます。髪飾りもよくお似合いですよ」

「ふふっ、当然でしょう」

 

 朝。

 身支度を整える時、アルメラルダは髪の毛をとても楽しそうに、嬉しそうに編む。正確には編んだ髪の根元に薔薇の髪飾りをつける時が最高にご機嫌だ。こればかりは使用人に任せず、必ず自分でやる。

 それを褒めるのも、長年仕えているメイドの仕事の一つだ。

 

 

『アルメラルダ様の黄金の髪に薔薇色はとてもよく映えますね。よくお似合いになると思います。どうぞ、おもちください』

 

 

 幼い頃。ファレリアが大事そうに身に着けていた薔薇の飾り。

 それが自分以上に大切にされているようで気に食わなかったアルメラルダは、理不尽にそれを自分によこせと強請った。

 しかしファレリアは大事にしていたはずのそれを、あっさりアルメラルダに譲った。しかも「似合う」と微笑んで。

 それ以来アルメラルダはずっとその飾りで自分の髪を彩っている。

 

 その後、せっかく同じものを見つけだしてプレゼントしたのに自分の様に髪に飾らないファレリアに最初はむっとしたが、その飾りをつけた位置が左胸元……心臓の真上であることに気が付いて、とりあえず満足をした。

 それほど自分からの贈り物が大事だということだなと。

 

 

 

「黄金に似合うのは赤色。当然よね」

 

 アルメラルダは幼馴染の少女の目の色を思い出しつつ、嬉しそうにほほ笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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六話 戦いのduet~身の程知らずの想いを抱き

バレンタイン前なのでラブコメ回です。
今回も本編+最後にちょっとしたおまけ小話がふたつあります。


 ファレリア・ガランドールは珍妙な生物である。

 それが彼、フォート・アリスティの評価だった。

 

 姉の代わりに女装して魔法学園へ通えなどと言った男と似た境遇の、この世界を仮想遊戯として知る女の子。

 ……その中身を考えると、果たして女の子と言って良いのか迷うところであるのだが。

 

 

 そしてその珍妙な少女は、現在フォートを相手にめちゃくちゃゴマをすっていた。

 

 

「へへ……。フォートさん。こんなことになってしまい、魔法について色々ご教授して頂いている身としてはたいへん心苦しく、申し訳なく思っております。ですがご安心をば。このファレリア・ガランドール、フォートさんのお手を煩わせること無く負けるつもりでおりますゆえ! ……ただ、私も善戦した! というアルメラルダ様に胸を張れるような結果は残さねばなりません。ので! そこだけちょこ~っとお手伝いをしてもらいたいな~……なんて。もちろん! こんなことは大、大、大、天才のフォートさんにとっては朝飯前だとは思うのですが~」

 

 すりすりすり。

 手の摩擦で発火現象を起こせるのでは? というゴマの擦りっぷりだ。ちなみにフォートはゴマをするという言い回しをアラタから覚えた。

 

 さすがは七年間もアルメラルダに取り入り続けただけはあるな、と感心しつつ……フォートは笑みを浮かべて答えた。

 

 

「やだ。全力で()ろう」

「さすがフォートさん! 話が分か……なんて?」

 

 

 ぱぁっと明るい雰囲気を放った後に、濡れた犬のようになる瞬間がたまらない。ぺしょっとしている。

 そんな我ながら性格悪いなという感想を抱きつつ、フォートは続けた。

 

「君の茶番に付き合う気はない、という意味を込めて言ったつもりだけど? 下手な小細工なんかせず正面から決闘する。それでいいだろ」

「いや。……いやいやいやいやいや!? 何言っちゃってくれてるんですか!? そんな殺生な事を言わないでくださいよぉッ!! ね? ね? お願いしますってば~!」

 

 そう言いつつ涙目(なお無表情である)猫なで声ですり寄ってくるファレリア。その距離は非常に近い。

 この生物、薄々感づいていたがフォートの事を男だと分かっているくせに男と認識していないのだ。矛盾。

 接する距離が恋人もしくは極端に仲の良い女友達のそれである。フォートとしてはそれが少し気に食わない。

 

「とにかく、戦うなら小細工は無しだから」

「そこをなんとか!」

 

 いくら断られようともしつこく食い下がるファレリアだったが、なにもフォートとて意地悪だけで申し出を断っているわけではない。

 下手に裏を合わせれば二人が知り合いである、と周囲にばれかねないのだ。

 それは互いに本意とするところではない。

 

 いくらファレリアの天然ポーカーフェイスがあろうとも、その動きや行動にはこれでもかと感情全てが出ている。見る者が見ればファレリアの考えている事などすぐにわかるだろう。

 自分に出来ることが他人に出来ないと考えるほど、フォートは楽観的ではなかった。

 本当に分かってないなら周囲の目が節穴過ぎではないか? とすら思うのだが、同郷者(?)のアラタですらなにやらファレリアを警戒しているようなので見極めが難しいところだ。

 

 

 

 とにかく互いの交流がバレないためにも、下手な口裏合わせは無しだ。

 

 それに今回の決闘はフォートにとっていい機会だった。

 これまでいずれ対決するであろうアルメラルダの様子を遠くから見てきたが……正直、別格だ。

 自分も簡単に負けるつもりは無いし常に研鑽を怠っているつもりは無いが、楽に勝てるかと言ったらそうではない。むしろ幼いころから魔法に触れ、学園生活で二年も先を行く彼女に勝つことは至難だろう。

 だから実戦形式で魔法が使えるこの機会……逃すには惜しい。

 自分の手の内をいくらか明かすことにはなるが、それはアルメラルダも同じ。

 ならば損益を考えるに、この決闘の機会はとんとん、もしくはおつりがくるお得案件だ。

 

 

(それに……)

 

 

 ちら、と。こちらに縋る無表情令嬢を見る。

 

「自信ないとか言いつつ、ファレリアって普通に強いじゃん。手加減してたら僕が負けるだろ」

「え!? ……いやぁ。そんなことありませんよ」

(とか言いつつ嬉しそうだな……)

 

 知り合ってからというものファレリアによる女子仕草およびマナー講座その他を受けているフォートだが、たまにファレリアに泣きつかれ魔法の手ほどきをしている。

 なおファレリアだが、後輩に教わることに対しての抵抗は一切無いようだ。プライドより実を取る女である。

 それを通してファレリアの魔法の実力を見る限り……彼女本人が思っているほど、その実力は低くない。

 

 そも、あの拷問まがいの過酷なアルメラルダ式魔法訓練を受けておきながら弱いはずがないのだ。

 けして真似しようとは思わないが、受ける本人が耐えられれば……という前提条件はあるもののアルメラルダの施す魔法訓練はどれもが非常に効率的、効果的だ。真似しようとは思わないが。

 

 

「君はもっと自信もっていいよ」

「なんですか、なんですか。急に褒めたりして。そんなことで手加減してもらうのを諦めたりしませんからね!」

「情けない事を堂々と言うなよ。というかさ、君って本来ならもっと実力を発揮できるんじゃない? なのに舐めてかかって中級の範囲に居るからアルメラルダにも色々言われるんだよ。僕の手ほどきを受けるより、もっと授業のほうを真剣に取り組んだらどう。正直君が躓くところ、凡ミスがほとんどだよ。一年の僕でもわかるんだから」

「正論パンチやめて泣く」

 

 ファレリアがガクッと膝をついた。

 

 ……本当になんでこんなまぬけな様子を見ておいて、裏があるとか変に勘繰られるんだろう。

 呪いでもかかっているのかな?

 

 そこまで考えて、フォートはつい先日のことを思い出した。

 

 

 

 

 

 

+++++

 

 

 

 

 

 

 これからつきあっていくにあたって、アラタから"原作"ファレリアの事も聞いていた。

 

 

 ファレリア・ガランドール。

 自分と同じように"本編"には出てこない、製作者の一人が描いた番外編のキャラクター。

 

 

 彼女の特徴である赤い瞳だが、これは生まれついてのものではない。

 彼女の両親の瞳は二人とも青色だ。ファレリアもまた生まれたときは両親から受け継いだ色を宿していたようだが、それが徐々に……濁るようにして赤く染まっていったのだという。

 特異な性質を持つその瞳は、『変赤眼(へんせきがん)』と呼ばれるものだ。非常に珍しく、原因も不明とされている。

 フォート自身も魔法学園の書庫で調べてみたが、迷信じみた話しか見つからなかった。

 そしてその話だが……古来より不吉とされ、あまり良くないものとして扱われているようだ。

 

 

 とはいえ、ファレリアはガランドール伯爵家の一人娘。

 

 

 病弱なこともあり(これは原作ファレリアのことである。現実ファレリアを見ている限り「は?」という感想だ)大事に育てられてきた少女だったが、ある日。予言師を名乗る者の策謀でその人生は一変する。

 

 

――――その娘は不幸を呼ぶ。

 

 

 予言師はそれを言葉巧みに伯爵家夫妻に信じ込ませ、ファレリア自身にも暗示のごとく刷り込ませた。

 その後立て続けに不幸な事故が続いたこともあり、やはり自分たちの娘は不吉なものだったのだと……ファレリアの両親は幼い彼女を隔離して閉じ込めた。

 次第にファレリアからは感情がそぎ落とされていき、まるで人形のようになってしまう。

 時折浮かべる微笑は、また両親に愛してもらいたいというわずかばかりの希望だった。

 

 心がぽっかりなくなった、伽藍洞のお人形。

 それが原作におけるファレリアだ。

 

 彼女のもたらす不幸を封印するというていで伯爵家に入り込んだ予言師。彼の正体は次代の星啓の魔女誕生に合わせて、それに対抗しうる存在を生み出そうとしていた敵国の間者だった。

 ファレリアが目をつけられた原因は、呪いの触媒として最適とされる変赤眼(へんせきがん)

 

 心を無くしたまま成長したファレリアは、そこに「憧憬」という形で星啓の魔女となったマリーデル・アリスティへの強い感情を植え付けられる。

 更にはそれが反転。

 ……ファレリアは「呪いの魔女」として再誕し、マリーデルの前に立ちふさがった。

 

 その後。戦いの末に「あなたと、なかよくなってみたかった」と言い残し……マリーデルの腕の中で消えるのだ。

 短編であるためか細かいところは描写がないらしいのだが、ここまでが"原作ファレリア"の辿った人生。

 

 

 

 だが現実ファレリアは今こうしてピンピンとしている。不幸の影など見えもしない。

 

 

 

 試しにフォートは『予言師』についてをファレリアに聞いてみた。

 彼女は普段まともに話せる友人が少ないからか(本人にこれを言うと「は? ぼっちじゃないが?」と嫌がるし否定する)、フォートとの密会中は聞かないことまでぺらぺら楽しそうに話す。

 ので、こちらから話題をふって聞き出すことは簡単だった。むしろ世間話のノリで話されてフォートが驚いたくらいである。

 

 そして、その内容だが。

 

 

 

「予言師? ……あ~。いました、いました。クソボケとんちきいんちき予言師」

「とりあえずファレリアがそいつのことをすごく嫌いな相手と記憶してることは分かった」

「嫌いに決まってるじゃないですか! 危うく一家離散もしくはネグレクトの危機だったんですよ!?」

 

 これまで話す機会が無かったからか、ファレリアは「ふふん」と胸を張って意気揚々と話し始めた。

 

「実はこれ、ちょっとした自慢なんですよね。いいですよ、このファレリアちゃんの武勇伝を聞かせて差し上げましょう!」

「武勇伝……。戦ったの?」

「ええ! 口で!」

 

 渾身のドヤ顔を披露するファレリア。

 ちなみに本人気づいていないが、このドヤ顔はアルメラルダと雰囲気がそっくりである。

 

 

 

「私の眼、赤いでしょう? これって変赤眼(へんせきがん)という特殊なものなんですって。生まれたときは青い目だったのが、だんだんこの色に変わっていったそうです」

「それは僕も知ってる。不幸を呼ぶって言われてるんだっけ?」

「本人の前で堂々と言うなぁおい。いや、好きですけどねそういうところ」

 

 さらっと好きなどと言われて一瞬固まるが、黙って続きをうながす。

 

「私としては生まれた時から赤眼でなくてよかった~! って気持ちの方が大きいのですけどね。だってそしたらお母さまの不貞が疑われるかもじゃないですか! そしたら誕生早々で仲良し家族生活が詰んでいました。おお、こわ。ああ……それでですね。まあうちの両親はいい人ですし私も一人娘なんで、目の色変わってきても変わらず接してくれたわけですよ。使用人の中には気味悪がる人も居ましたけど……ふふふ。そこは私、顔がいいので! ちょっと甘えた表情ですりよればいちころでしたね。いや~。顔がいいって明確なアドですよ。アド! ほほほ!」

「ファレリア。それてる、それてる」

「おっといけねぇ」

 

 放っておくとすぐに横道にそれ始めるので、仕方がなく合いの手を入れる。

 本人が言うように本当に顔だけはいいのだが、こういう所があるのでフォートとしても段々扱いが雑になるのだ。

 気を遣うだけ無駄と思えてくる。

 

「で? 予言師は」

「そうそう。え~と……七歳の時、だったかな? 私の眼にイチャモンつけやがる自称予言師が現れました。まあ~口が上手い事! 思い出したら腹立ってきたな。……最初は否定していた両親も言葉巧みに誘導されて、不幸を呼ぶうんぬんを信じかけちゃって。私自身は怪しい予言者なんて誰が信じるかバーカ! って思ってたんですけど……あいつ、お前は言葉の魔術師名乗った方がいいよってペテンっぷりでして。不穏な空気が漂い始めたんですね」

「うん」

「しかーし! このクソのせいで今の生活を失うとかありえない! そう思った私は頑張りました。えーと……そうそう。まず「プラチナブロンド赤目は呪いがあってもおつりがくるレベルのステータスだろうが!!」っていうのをお嬢様言葉に包み込んで正面からかましてやりましたよ」

「それ、本当に包めた?」

「包みました。面食らってましたねぇ、あいつ。とりあえずそれはジャブでして、その後は「怪しいお前なんか誰も信じない」って予言者の怪しさを隅から隅まで並べ立てて相手への不信感を煽りに煽り、「家族の絆を舐めるな」って感じに両親と使用人を持ち上げつつ良心の呵責を煽りに煽る話術を展開したわけですよ」

「やっぱり煽るの上手いじゃないか君」

「褒められている気がしねぇですわ! やっぱりってなんですか! ……ごほん。そして、とどめに! ふふふふふ。私ですね~。実は前世で趣味ながら小説を嗜んでいまして。あ、読むのも好きですけどこれは書く方ですよ。つまり作り話とか得意なんです」

 

 口元がもにょもにょとニヤついている所を見るに、よっぽど話したいらしい。

 こういった微妙な変化も、すでに読み取る事は容易だ。

 

「……それで?」

「聞いてください!」

 

 我が意を得たり! とばかりにファレリアが身を乗り出してくる。近い。

 

「何をしたって、その予言者より確実に格上そうな謎の魔法使いをでっちあげたんですよ! でもって、私の話術でもってねじ伏せてやったんですよね~! めちゃくちゃ気持ちよかったです! ええ! すごすご帰っていきましたよ! あれはお笑いでしたね~。まんまと私の作り話を信じ切って!」

 

 腰に手を当てて高笑いするファレリアからは伯爵令嬢らしさなどまるで感じ取れない。

 これがそんな言葉巧みに相手を信じ込ませることが出来るとは思えず、フォートは疑いの目でファレリアを見た。

 

「……信じてませんね? 本当ですってば。ある日、森の中で輝く光の湖を見つけてその畔で出会った伝説の魔法使いに『お前の眼は不幸を呼ぶこともあるだろう。しかしそれは栄光ある未来へ向かうための試練。惑わす者に屈してはならない』とか言われたって話を……」

「胡散臭ッ!!」

「これはダイジェストなんです! 本編はもっと壮大に話しました! あとでたっぷり聞かせてあげますよ!」

「いや、それはいい。で? 本編は良いから本筋戻して」

「こ、このわがままちゃんがぁ……ッ! ……まあいいでしょう。……ああ、そうそう。この話ってまったくの嘘でも無いんですよ。元ネタありです。嘘を信じさせるにはほんの少しの真実を混ぜるのが定石でしょう? だから適当に知る人ぞ知ってそうなすごい逸話を引っ張り出して、それに関連付けて創作したってわけです。ここが玄人ポイントですよ~。頭良くて知識ある奴ほど引っかかるから気持ちいいったら。ほほほ」

「本筋」

「はい」

 

 しょぼんと肩を落とすファレリアを見て「これは一応あとでその話も聞いてやらなきゃかな」と考えるあたり、実はフォートもファレリアにそこそこ甘い。

 

 

 

「ん? でも話す事もう無いですね。そんなことがあって、怪しい奴を追っ払ったよという所でこの話は終わりですから」

「そっか。……それにしても、なんだったんだろうね? そいつ」

「さぁ。でも世の中変な輩はたくさんいますからね。出会ったらその場その場で対処してぶちのめす防衛力だけ意識して生きてりゃいいんですよ」

 

 非常に雑な答えが返ってきた。

それに、それは防御力ではなく攻撃力ではないのだろうか。

 

「ファレリアに防衛力あるように思えないんだけど……」

「は~? たった今見事に防衛したエピソードお聞かせしたばかりですが~?」

「運が良かった、というのも自覚しておいた方がいい」

 

 本気で心配になってきたので真剣に返せば、ファレリアは「ちっちっち」と指を左右に振る。

 

「フォートくん。これは人生の先輩からのアドバイスですけど、仕事でも勉強でも人生でも常に百を目指すのはあまりよろしくありません。七十から八十くらいを常に維持する事の方が大事なんですよ。あの時の私も常日頃から想像力を鍛えていたから対処できたわけですが、「もしも」を考えすぎるとドツボでしかないですからね。高パフォーマンスを意識しつつ、考えてもしょうがないところは心から締め出しておいていいんです。疲れちゃいますから」

「微妙に納得できる部分もあるのがなんか嫌だな。でもファレリアは良くて四十から六十じゃない。少なくとも誰か不足分を補ってくれる相手が必要だと思う」

 

 

――――たとえば僕とか。

 

 

「……見てて危なっかしい」

 

 一瞬心にちらついた考えに疑問符を浮かべつつ、何でもないように続ける。

 ファレリアは不満げに頬を膨らませたが、そこで話は終わった。

 

 

 

 

+++++

 

 

 

 

 

(あの時、そういえば具体的に呪いらしい事はあったのか聞くのを忘れてたな)

 

 呪いと思い浮かべて思い出した原作ファレリアの話。

 それを聞く限り「呪いの魔女」に見いだされるほどの特異性があの眼にはあるはずなのだが、その内容自体は元の話にもファレリアの話にも出てきていない。

 

 そのことに妙にひっかかるものを感じながら、フォートはなおもゴマをすり続けているファレリアにぴしゃりと言い放った。

 

 

 

「何度も言うけど手加減とかしないから。……お互い健闘しましょうね! ファレリア先輩」

「ぐっ」

 

 駄目押しに(マリーデル)の笑顔で言うと、ファレリアは「……がんばります」とようやく引き下がった。

 

 

 

 さて、そうとなれば決闘の準備をしなければ。

 

 

 フォートはそう思考に区切りをつけ、間近に迫った決闘へ向けて意識を切り替えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

+++++

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 快晴の下。

 魔法学園の生徒たちがにわかにざわつきながら、ある場所へと集まっていく。

 

 本日正午、学園中央魔法実践場にて二つの決闘が行われるのだ。彼らはそれを見に行こうとしている。

 観覧は自由参加であり授業でも何でもないのだが、その決闘の内容が生徒たちを惹きつけていた。

 

 

 

 

 二つの決闘。

 

 ひとつは星啓の魔女候補にして由緒正しきエレクトリア公爵家の令嬢アルメラルダ・ミシア・エレクトリアと、第二王子の護衛も務める第二級魔法騎士アラタ・クランケリッツの勝負。

 ただでさえ行われることの少ない決闘であるが、その中でも生徒が生徒でない者に決闘を挑むという異色のカードである。

 

 もうひとつの決闘に挑むのは、こちらもアルメラルダに同じく星啓の魔女候補であるマリーデル・アリスティ。庶民の出ながらその才能を遺憾なく発揮し、学園内でも注目を集める少女だ。

 対するはアルメラルダと共に語られることの多いガランドール伯爵家の娘、ファレリア・ガランドール。

 

 これらの決闘が本日、同時刻に開催される。

 実践場を囲む観覧席はすでに学園中の生徒が集まっているのではないか、という様相を見せていた。

 

 

 

 

 観衆の中にはひときわ目立つ人物が何人か。

 

 ……それはアルメラルダが"婚約者"もしくは"星啓の魔女の補佐官"にと目をつけている者達であり、フォート達にとっての"攻略対象"である少年もしくは青年だ。

 彼らも決闘を行う人物たちへの興味をもとに、観客席へと陣取っていた。

 それぞれが非常に目立つ容姿をしているため、人に埋もれることなく存在感を発揮している。

 

 そのうちの一人。

 アラタの護衛対象である赤髪の第二王子は、アルメラルダとアラタ二人に激励の言葉を贈っていた。

 自分の護衛が居ることに加えてフォートの見立てでは第二王子の好感度は今のところアルメラルダに寄っているため、そちらへ行くのは当然。

 フォートは冷静に判断しつつ、様子をこっそりと窺った。

 

 

「アラタ、安心しろ。お前の首は私が両方守ってやる。だから存分に戦うと良い! アルメラルダもそれがお望みのようだしな」

「まあ殿下。わたくしが負けたからと首を跳ね飛ばすような狭量な事をすると思いまして? それも殿下の護衛に対して」

「ははっ。そんなことは思っていないが。せっかくの決闘だ。どんな因縁かは聞かぬが私は貴女の本気も、アラタの本気も見たい! ならば余計な懸念は先に取り除いておいた方が良いだろう」

「まあ! さすが殿下でございます。お心遣いに感謝いたしますわ」

「………………」

 

 上司にまで逃げ道を塞がれて、いよいよもってアラタの顔が青い。一方アルメラルダの方はやる気満々だ。

 ここまで整えられて手加減し負けようものなら、それこそ非難ごうごうだろう。このやり取りすら観衆の目にするところなのだから。

 

 それを「いい見世物にされているな」と冷めた目で眺めているフォートだったが、肩を軽く叩かれ振り返る。

 

「やあ! 調子はどう? 今日はがんばってね!」

「わぁっ! 見に来てくれたんですか!?」

「もっちろん! 僕、マリーデルのことはりきって応援しちゃうからね~」

 

 即マリーデルに切り替えて応対したのは、幼げな顔立ちをした青髪の少年。攻略対象の一人である。

 一応これで先輩の二年生なのだが、まったくそう見えない。フォートは内心で彼の事を「年上童顔」とそのままの呼称で記号づけていた。

 

 

 そう、記号だ。

 

 

 フォートは攻略対象である彼らに必要以上の感情を抱かないように努めている。ゆえに接する時以外の呼称も記号で統一していた。

 どうせ彼らが見ているのは姉を真似た張りぼての自分であるし、いずれ切れる縁だ。

 

 『第一王子』『第二王子』『クラスの担当教諭』『不良もどき』『優等生』『双子その一』『双子その二』『ナルシスト』『色気男』『不思議くん』『不審者特別教諭』『年上童顔』。

 この十二人もいる攻略対象の"好感度"などという、不確かで曖昧なものを平等に上げていかなければならない。

 いくらフォートが観察眼に優れているからといってなかなかに過酷な作業だ。

 

(実際の所、どう思われてるかなんて本人にしかわからないしな)

 

 ほころびなど見せる気はないが、担当教諭や特別教諭、上級生などにはいつフォートのまやかしがバレるか気が気ではない。

 それらの視線がすべて集まる決闘という催し。……緊張もするが、いずれアルメラルダとも決闘することになる。

 だからこそこういった面でも今回の決闘、予行演習にはもってこいなのだ。

 

 フォートは密かに緊張の唾を飲み込みながら、かわるがわる激励の声をかけにくる攻略対象達に精一杯のマリーデルとしての笑顔を返した。

 

 

 

 

 

 そんな決闘前のあれこれが終わり、訓練場の中央に進む。

 

 待っていたのは先に準備を整えていたファレリアで、無表情ながらすでに「めんどくせー!」というげんなりオーラを発している。

 それを見てこれから戦う相手本人だというのに、フォートは肩から力が抜けた気がした。

 

 ……ファレリアは以前、なかなか話せない自分の出自を知るフォート相手だからつい色々話してしまうと言っていた。

 だがそれはフォートも同じこと。この学園で自分の正体を知っているのは、アラタとファレリアだけなのだ。

 その相手の前では彼もまた知らず力を抜いてしまう。

 

 

 

 ファレリアはフォートが来たのを見るや、ぼそぼそと声を出した。

 

「なんかめちゃくちゃ纏められましたね……。同時刻開催で、場所も隣り合っているとか」

 

 彼女の言う通り、本日の決闘は隣り合ったフィールドで同時に開催される。知らされた時は驚いたものだ。

 

「ある意味での配慮だろうね。互いの手の内をじっくり見られないようにしているんだろう。決闘の最中に横をまじまじ観察してる暇とかないはずだし」

 

 観覧席のざわつきで聞こえないだろうと高をくくりぼやくファレリアに、フォートもうっかりいつもの調子で答える。が、さすがにまずいかと我に返って取り繕う。

 

 

「ファレリア先輩っ! 今日はよろしくお願いしますね!」

「うおっ、まぶし」

 

 

 気だるげな様子から一変。

 明るい笑顔で元気な挨拶をしたフォートに、ファレリアもまたひとつ咳払いをして同じく取り繕った。

 

「ええ、よろしくお願いしますね。マリーデルさん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 決闘の時刻は近づく。

 

 二組による決闘だが、様式はそれぞれ異なっていた。

 おそらくこれもアルメラルダとマリーデル。二人の星啓の魔女候補が対決する時に、相手の手の内を知りすぎていないように……という配慮の一つだろう。

 もっと別に配慮すべきところはある気もするが。

 

 

 

 アルメラルダとアラタの決闘はシンプルに魔法を駆使した戦闘。

 マリーデル(フォート)とファレリアの決闘は術者自身は戦わず、自分の魔力で作り出した化身に魔法を付与して戦うものである。

 

 前者は魔法だけでなく術者自身の身体能力も問われるが、そこが足りないならば魔法で補助効果を得ることも可能。反射神経他、総合的な戦闘能力が求められる前衛~中衛向きの様式。

 後者は俯瞰的に戦況を見ることが出来る分、その場に適した魔法付与を選択する決断力と知識が求められる中衛~後衛向きの様式だ。

 

 ファレリアとアラタいわく「スト○ートファイターと、ポ○モンと遊○王を合体させた奴」らしいが、フォートにはわからない例えだ。

 

 

 

 

 ……時々だが、互いに共有できる知識がある二人を羨ましく感じる。

 

 転生者などという特殊な立場相手ではどうしようもない事だし、我ながら仲間外れを嫌がる子供のようだなと思う。だからその分、二人がこぼした異世界の言葉を早く覚えてしまうのかもしれないなとも。

 

 

(今はそんなこと考えてる場合じゃないか。集中しないと)

 

 フォートは首を振り、雑念を頭から追い出した。

 

 

 

 

 ちなみにこの決闘だが、両方とも対戦者が直接ダメージを受けることは無い。

 実践場の周りでサポートを行っている教員たちが「対戦者の体を覆う結界」と「ダメージの視覚化」の魔法を使っているからだ。

 

 「結界」は対決者が受けるはずだったダメージ全てを防ぎ、「視覚化」で受けたそれを数値として叩き出す。そのダメージ数値で、あらかじめ決められている相手の数値を削り切った方が勝ちとなるのだ。

 数値は特殊な魔法のかかった水槽の水で表され、先に干上がった方が負け。

 

 このシステムはファレリアもアラタも今回初めて知ったらしい。「現実になるとHPゲージの判定こうなるんだ。へー」という感想をこぼしていた。

 それくらいにこの"決闘"が行われることは少ないし、準備のために結構な時間と人員を裂くので受理されること自体もまた、珍しいとのこと。

 同時開催など学園始まって以来だと、フォートは先ほど自クラス担当教員から聞いた。

 

 

 

 

 

 そんなことを考えているうちに、いよいよ決闘時刻となった。

 開始を告げる合図として、魔法の花火が空を彩る。

 

 四人の中、誰よりも先に動いたのはアルメラルダだ。

 しかしその行動は相手への攻撃でなく……。

 

(フィアリ)! (アクトロ)! (シフラ)! (グラド)!」

 

 極限まで圧縮された魔法言語を用いた詠唱と共にドンッ、ドンッ、ドンッ、ドンッ! と四つの光がアルメラルダに宿る。魔法を自身へと向け用いたのだ。

 

「四属性同時に!? しかもあんなに短縮した詠唱で!」

「これでアルメラルダ様の攻撃力、防御力、すばやさ、魔法詠唱速度! その他もろもろ全ての能力が向上いたしましたわ~!」

「ですわですわ! すごいですわ~!」

「流石です、アルメラルダ様」

「あ、相手は魔法騎士だからな。素の身体能力がまず違う。最初に自らの能力を上げるのは確かに有効だが……まさか、初手でここまで……」

「異なる属性を同時に宿し融和させるとは、光と闇の魔法力も高いと見える。さすがとしか言いようがないな……」

 

 ざわつくギャラリーが口々にアルメラルダを褒めたたえる。が、相手である魔法騎士……アラタは一切動じていなかった。

 試合前の青い顔など今は無く、泰然と相手を観察している。

 

 アラタは深く呼吸し、その鍛え抜かれた筋肉をしなやかに動かす。それが彼の初動。

 腰に佩いた風変わりな剣の柄に手を添え、そのままぴたりと動きを止める。

 そこにわずかばかりの揺らぎやほころびも無く、素人目にも「隙の無さ」が窺えた。

 

 

 まさに「動」と「静」の対比。

 

 

 直接ぶつかる前から周囲の期待を高める第一手となった。

 

 

 

 

 

 

 

 その真横のフィールドでは隣の様子に気をとられつつ、フォートとファレリアもまた決闘の準備を進めていた。

 

 こちらはまず戦うための化身を魔力で生み出さねばならない。

 化身生成の魔法は特殊である。そのために貸し出された補助器具たる杖を構え、互いに魔力を流した。

 するとそこから魔力の奔流が迸り、光の運河のごときそれは渦巻くようにして二人の前にそれぞれ収束。

 

 現れたのは紫色の光で構築された犬と、オレンジの光で構築された猫。

 犬がファレリアの化身で、猫がマリーデル(フォート)の化身である。

 

「お隣、すごいですね! 私も真似しちゃおうかな」

 

 そう軽やかに笑ったマリーデル(フォート)は手に四枚のカードを取り出した。

 

 

 

 こちらの決闘だが、なんと事前の準備が可能となっている。

 

 準備の内容は化身へと付与する魔法を、あらかじめ十二枚を上限としたカードに込めておけるというもの。

 しかしまず物に魔法を付与すること自体が難しい。そのためカードの用意は事前試合と言っても良いだろう。

 これは他者に付与を頼んでも良いので、コネクション力も試される。

 

 ちなみにフォートだが全て自作した。

 好感度が高い攻略対象がカードをくれたしゲームではそれこそがこの決闘における攻略法なのだが、自分で付与した物の方が強いからと彼はしれっとカード構成を行った。無慈悲である。

 

 

「初手で四枚も使うのか!?」

「アルメラルダ様に合わせたのかしら……。今相対しているのはファレリア様だというのに、挑戦的ね」

「短期決戦を仕掛けるつもりか……! なかなか大胆だ」

 

 マリーデル(フォート)の動きに再びギャラリーがざわつく。

 というのもこの形式。詠唱破棄、もしくは短縮の技術が無くとも速攻で魔法効果を得られるのだが、それゆえに付与可能な魔法は決闘中……カードのみに限られる。

 つまり手札が尽きたら化身の能力のみでの戦闘となり、かなりのハンデを負うのだ。

 

 しかしフォートはためらわない。

 

 強力な一点特化の貫通力。圧縮された四枚重ねの風の魔力を化身たる猫に纏わせる。

 そのまま下した命令は「突進」。

 渦巻く暴風を纏った猫が、ファレリアめがけて真っすぐ突き進んだ。

 

(さあファレリア。どう出る!?)

 

 対するファレリアは……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(トラップ)発動」

 

「何!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 思わず素の声が出た。

 

 そんなフォートの目の前で、高火力の攻撃を乗せたばかりの化身から魔力が霧散した。

 

「『相手が二つ以上の魔法効果を化身に積んだ場合に限り、その効果を無効にする』罠を、私は化身を出した直後に発動させていたのです!」

 

 高らかなる宣言。

 

「いつのまに……!」

「化身を出す時の光って、とってもきれいですよね」

「なるほどね。あれに紛れさせてカードを飛ばしていたわけだ? ルール上、化身を出した後であればどのタイミングで付与の魔法を使ってもいい事になっているからね」

 

 つまりフォートの必殺速攻は、たった一枚のカードに防がれたのだ。

 だが効果を発揮するための「条件付与」をした上でのそれは、ある意味博打。フォートが普通に攻撃を仕掛けていれば無駄札を打っていたのはファレリアの方である。

 だがそうはならなかった。

 

 ……読まれたのだ。手の内を。

 

「なんだ、やるじゃん。あんなにビビってたのに」

「あの……素、素!」

「すごいですね、ファレリア先輩!」

 

 完全に地で話してしまっていた事を全力の笑顔で誤魔化しつつ、フォートはファレリアを見た。

 相変わらずの無表情に近い顔であったが、フォートがファレリアの表情を読み取るのは容易。「してやったり」という感情が伝わってくる。

 

 どうやらこの女、フォートが八百長に協力してくれないため自力でいい所を見せるしかないと開き直ったようだ。

 しかしその様子からはそれなりに楽しんでいる雰囲気もにじみ出ており、フォートの口角も自然とあがる。

 

 

 現在、フォートの残り手札は八枚。

 ファレリアの残り手札は十一枚。

 

 

 ――――戦いは、まだ始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして準備を整えつつもしばし睨み合っていた、その隣。

 明らかに待ち構えているアラタを前に、しかしアルメラルダはためらいも無く突っ込んだ。

 

「食らいなさいませ!」

 

 手に持った扇に炎と風を宿しそれを振りかぶりながら接近する。

 彼女の足元はといえば、水の流れと地面の流動によって動きを補助するフィールドへと変貌していた。

 その高速移動から繰り出されるのは"炎"と"風"による面の攻撃……炎の津波とでもいうべきそれが、腕を振り切ったアルメラルダの扇から放たれアラタを襲った。

 

 

 

 しかしアラタはその場から動く事すらせず、すーっと息を吐き出したかと思うと……"炎を切った"。

 

 

 

「!?」

 

 その斬撃はアルメラルダの攻撃を無効にしただけに留まらない。

 気づいたアルメラルダはすぐさま地面を隆起させ、その勢いに乗り後ろへと飛び退いた。

 一瞬後。真横を鋭利な光の刃が通り過ぎ、空の彼方へと消えていく。

 

「月光刃ですって……!」

 

 アラタを見れば構えていた剣を振り切った体勢。彼は残りの炎を片手で蹴散らし、今度は剣を水平に構えた。

 

 

 追撃。

 

 

 それを直感で察したアルメラルダはすぐさま風魔法を上方へ向け、飛び上がっていた体を地面へと着地させた。

 宙という身動きがとりにくい場所でそれを迎え撃つのは悪手だと感じたからだ。

 

 更にわずかに削られた自らの体力数値を確認しつつ、目の前に金剛石を模した防壁を生み出す。

 すると直後。壁に何かがぶつかり、砕けた。

 防壁を用意するのが一瞬遅ければ、それを受けていたのはアルメラルダであったのだろう。

 

 アルメラルダの背筋を謎の感覚が這い上がる。

 ……それは決して恐怖からくる悪寒などではなく。

 

「流石は本職の魔法騎士! 褒めて差し上げましてよ!」

 

 浮かべた表情は絢爛豪華で獰猛な笑み。

 

「光栄です。あなた様もあの一瞬で非常に優れた判断をされた。驚きましたよ」

「淡々と言われても嬉しくないですわね。ふふっ、楽しみにしていなさい。このわたくしが、もっと大きな声を出させてあげる!」

 

 ぎらぎら輝く視線に居抜かれアラタは一瞬動きを止めたが、すぐさま体勢を変えた。その様子からは攻撃の意図を読み取ったが、雰囲気や表情の中に嗜虐性は見られない。

 ただ淡々と、自分が今しなければならないことを遂行している。

 

(ふむ……。つまらない男ですけど、まあまあですわね)

 

 高揚した気分を味わいつつもアルメラルダは彼の様子を冷静に分析していた。

 

(でも、勝負はこれからですわ! しっかりとその本性……見極めさせていただきましょう!)

 

 ファレリアが愛した男がいか程のものか。

 それを確かめるためだけにこの決闘でもって挑んだ少女。彼女は厳しい査定の眼力をもって、魔法騎士に攻撃を仕掛け続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして時刻は経過し。

 二組の決闘がどうなったかといえば……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「か……勝った~~~~!!」

 

 突き上げた拳。その指の隙間に勝利の切り札となったカードを高々と掲げ、ファレリアは堂々の勝利宣言をした。

 

「あ、あげるんじゃなかった」

 

 歓喜するファレリアに対して頭をかかえるフォートだったが、それもそのはず。

 勝敗を分けたのは、ファレリアに泣きつかれフォートが魔法付与したカードだったのだ。

 

 ファレリアの周りを化身たる犬が主人と同じように喜び、飛び跳ねている。化身に意志は宿らないため、ファレリアの意識と連動しているのだろう。

 彼女の実力を見たいとは思ったが、負ける気などさらさらなかったフォートとしては予想外もいい所である。

 

「やったー!」

「…………」

 

 しかし周囲がざわつくほどに全身で喜びを表しているファレリアを見ていたら、自然と口元に浮かんでいたのは笑みだった。

 

 

 

(ああ……良いな)

 

 

 

 何に対してそう思ったのか。それを自分でも捉えることが出来ないままに、フォートはファレリアの笑顔を目で追っていた。

 馬鹿だし考え無しだしプライドも無いが、ここまで素直な人間も珍しいだろう。

 初対面時。自分が濡れていることも忘れてファレリアにハンカチを手渡した自分。その時初めて見たファレリアの笑顔が今に重なる。

 

 

 

 ほんのりと、胸の奥が熱を帯びた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 更に、もう一方の決闘はというと。

 

 

「フン……。仕方がありませんわね。あなたとファレリアの交際を認めて差し上げてよ」

「待ってください!?」

 

 水槽の水が干上がり、敗北を告げるそれを見て悔しそうにしながらも……どこか清々しい様子でアルメラルダは告げる。敗者は彼女だった。

 だが勝者であるアラタとしては焦るばかりだ。自分はファレリアとの交際など望んでいない。

 しかも推したる相手から外堀を埋められるなど、そんな不幸があって良いのだろうか。いや、いいはずがない。

 

 

 

 焦った彼は次の瞬間……思わず口走った。

 

 

 

 

「その! 俺が好きなのはあなたであって……あ」

「!? な、なにを言って」

「いや、違います! 恋愛的な意味ではなく!」

 

 驚愕し目を見開く推し。

 大きな声が出てしまったばかりに観衆の声に埋もれることなく響いた声だったが、その後に発した弁明の声は最初の発言を聞いて一気に大きくなったざわつきに飲み込まれた。

 

(ど、ど、ど、どどどどどどどどうしてこんなことにぃぃ!!)

 

 慌てても後の祭り。

 その場で何もできず固まったアラタは、あたふたとこちらに背を向けて去って行くアルメラルダを止めることが出来なかった。

 

 

 

 

 ともかくこうして慌ただしくも、異例の二組同時決闘は幕を下ろしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それ全てを見ていた者の中で。

 

「ずいぶん原作をかき回してくれているな」

 

 歓声に紛れたその声を拾うものは、誰も居なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

+++++

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 決闘後。

 その健闘からか、もしくは無表情がデフォルトだと思われているファレリア・ガランドールから無邪気に喜ぶ姿を引き出した功績からか。

 負けたにもかかわらず妙に周囲から褒められたフォートは、それに(マリーデル)の笑顔で返しながらようやく自室へと戻ってきた。

 

「つか……れたぁ……!」

 

 そうつぶやいた顔は少女を演じる彼とも斜に構えた普段の彼とも違い、純粋に年頃の少年のものだった。

 フォートはしっかり部屋の鍵をかけると、ベッドに背中から倒れ込む。

 どっと押し寄せてきた疲労感は、主に周囲への対応によるものだ。決闘に関しては体の疲労はともかく、心は充実している。

 良い経験になったし、単純にファレリアとの決闘は楽しかった。

 

 それに……。

 

 

『やったー!』

 

「……ふふ」

 

 負けたものの、馬鹿みたいに喜んでいたファレリアを思い出すと笑ってしまう。

 戦いの余熱なのか、ぽかぽか温かい感覚も心地よかった。

 

 

 

「あ……。……まあ、いいか。今日はもう、外出ないし……」

 

 ぴりぴりと体を走る電流のような痛みにうっすら目を開くも、今はただただ体を休めたくて放置する。多少服がきつくなるも、破れるほどではないし良いだろう。

 ……鏡で今の自分を直視すればそれなりに嫌な気持ちになるが、それは見なければよいだけのことだ。

 

 

 しかしフォートが完全に気を抜いていた時だ。それは来た。

 

 

「じゃじゃじゃじゃーーーーん! ファレリアちゃんのー! 突撃いきなりお部屋訪問ー!」

「!?」

 

 鍵をかけたはずの扉が勢いよく開いたかと思うと、何かが入ってきてすぐに扉を閉めた。その間、約五秒。

 そしてフォートが誰何する前に高らかな名乗り。気を抜いていた彼はベッドに倒れたまま、目を白黒させるしか出来なかった。

 

「ビックリしました? 驚きました? そうでしょう、そうでしょう! 鍵は預かってましたけど、訪問は初めてでしたものね!」

 

 異様にテンションの高いファレリアはしっかり部屋へ防音の魔法を施すと、ずいっと近づいてきてフォートの隣に腰かけた。ベッドが軋む。

 

「え……何……ほんと何!?」

「ふふふ。君が純粋に驚いている顔、新鮮ですね。いやぁ~。勝者として、健闘した好敵手をたたえに来たっていうか~。ほら、あれですよ。褒めてくれていいんですよ!?」

「秒も目的を隠せないの? せめて建前を先に実行したらどうなんだよ。好敵手を称えに来たってやつをさ」

 

 どうも勝ったから褒めろ! そういうことらしい。敗者に対する要求ではないが。

 

(犬……)

 

 ファレリアの化身が犬の姿をしていたこともあって、今のファレリアは遠くに飛ばした枝をとってきて尻尾をブンブン振っている犬のようだ。褒めろ褒めろと全身で訴えている。

 

「……せっかく来てくれたところ悪いけど、さすがに疲れた。帰ってくれる?」

 

 ともかく今はまずいと、心底うんざりとした声を出して冷たくあしらう。

 するとファレリアは目に見えて落ち込んだ。

 

「そ、そうですか。すみません、そうですよね。ごめんなさい。ちょっと、こういうの初めてで……はしゃいでしまって。申し訳ありませんでした」

(三回も言葉を変えて謝るの、なに! これじゃ僕が悪者みたいじゃないか!)

 

 しょぼくれて肩を落としたファレリアはすごすごとベッドから立ち上がったが、思わずフォートは上体を起こしてその手首を掴む。

 

「……すごかったよ。正直、驚いた。特に最初の罠」

「でしょう!?」

 

 しおれた花のようだった雰囲気が一気にぱああぁっと開花する。

 ファレリアはすぐに座り直すと、フォートの背中をバンバン叩いた。なれなれしい。その強さに思わずむせ返るフォートである。

 

「渾身の一手でしたね! 完全にあれで流れをつかみ取りました! 決闘の風は私に吹いていましたよ! ふっふっふ。一度言ってみたかったんですよ、罠発動! まさかこんな所で夢が叶うなんて、人生ってわからないものですね~! ま、二回目なんですけど! ……ん?」

 

 でへでへと怪しい笑い声をあげていたファレリアだったが、ふと違和感に気付く。

 そしてそのままいつもの距離感でフォートの体をぺたぺたと触った。

 

「ちょ、やめ……っ」

「フォートくん、体固くありません?」

 

 姿勢や所作の指導、女性としての服の着こなしをレクチャーする時、ファレリアはよくフォートの体を触る。

 きめが細かくすべらかな肌に、柔らかい肉の感触。女性と遜色ないそれに「魔法アイテムすげぇな」と感心していた彼女であるが、どうも今日は様子が違った。

 肌のすべらかさは変わらないが、肉は張りがありつつ少し硬い筋肉質。骨格もよくよく見れば少しがっちりしていて、肩幅もやや広く首も少々太い。女生徒用の制服が少しきつそうだ。

 

「……もしかして、魔法アイテムの効き目きれてます?」

「……そうだよ」

 

 かっと頬が赤くなる。

 いつもの姉の姿としてならともかく、今はフォートの元の姿が女性の服を着ている状態。

 それを見られ、認識されたのがどうしようもなく恥ずかしかった。

 

「へぇ~。本当だ。顔もいつもとちょっと違う! へぇ~。はぁ~。ふ~ん。もとのフォートくんって、そんな感じなんですね。ちゃんと男の子の顔だ!」

「あのね……」

 

 黙ってほしくて口を開くが、言葉は上手く出てこない。それがもどかしかった。

 

(こっちはそっちと違って思春期なんだよ馬鹿……ッ)

 

 結局内心で悪態をつくしか出来なかったフォートは、黙らせることは諦めてその話題から逃げる別の話題を探す。

 そして。

 

 

「そういえばさ。ファレリアはアラタの何処を好きになったの? よく褒めてるけど、対応とか雑だよね」

 

 

 出てきたのは、何故かそんな話題。

 だが効果はてきめんだった。

 

 

「え、なになに。恋バナですか~? ふっふっふ。フォートくんもお年頃ですね! 気になっちゃうんですか? 教えてあげてもいいような、ちょっと恥ずかしいような~」

「あ、面倒くさいからやっぱいい。遠慮する」

「ごめんなさい調子に乗りました聞いてくれると嬉しいです! 友達と恋バナするの初めてなの!! させて!!!!」

 

 梯子を外されそうになるや否や、ファレリアは必死に食いついてきた。

 どうやら察するに、友達と恋バナ……恋愛話をするのは彼女の中で憧れのシチュエーションの一つだったらしい。

 

(友達……)

 

 その言葉にひっかかりを覚え首を傾げる。

 この奇妙な関係にそんな普通の言葉を当てはめていいのかという疑問が原因かと思ったが、それも少し違う気がした。

 

(……まあ、いいか)

 

 ともかく今は、自分の姿から意識をそらさせるのが先決だ。そのためならいくらでも聞いてやろうではないか。

 

「それで?」

 

 促すとファレリアは赤い目を輝かせた。

 

「どこを好きになったか、でしたね。う~ん。まずは、顔?」

「……。アラタには悪いけど、一目惚れされるような顔だっけ」

「前世の私、ゲームとかでも攻略できないモブが一番好きになるタイプだったっぽいのですよね。それが私にも引き継がれてるらしくて。ああいう顔が一番好みです!」

「……ふぅん」

 

 ああいうのがいいのか。

 フォートは無意識に鏡を見る。自分は姉に似ており、男にしては細身だがそれなりに整った顔をしていると思う。

 だがアラタと比べると、その系統は明らかに違った。

 

「まあ、恋のきっかけなんて結構単純なものですよ。特別な何かが無くたって、「ああ良いな」となってしまったらもう負けというか? 恋は落ちるものだと言いますからね。足を踏み外したら、あとは転げ落ちるだけです」

「……怖いね」

「おほ~! もしかして、フォートくんは初恋まだですか? 気になる子はいないんです? お姉さんが聞いてあげますよ! どのクラスの子です? 先輩? 同級生?」

「あのさ。そんな暇ないし、第一僕は庶民。全部終わったらここから去るんだ。そんな相手作れるわけないだろ。こんな格好だし」

 

 自分で言いながら、胸のあたりがズクリと痛む。

 

「……?」

「えっと……まあ、そうでしたね。君にとってここに居ることは、本来不本意な事。軽率なことを言いました」

「あ、別に。気にしてはいない」

「そうですか? では続きを!」

(こいつ……)

 

 切り替えの早さが好ましくも憎らしい。

 

「あ~……。でも、恋か。さっきの例をもとに考えると、私のはちょっと違うのかしら。私は「愛せる人」を求めているから」

「愛と恋。それって違うもの?」

「ええ。似ているけど、違うものです。共存することはあっても、同一の感情ではないわ」

 

 断言するそこには妙な説得力。

 いつもまったく年上に見えないファレリアだったが、確かにそこにあったのはフォートより長い年月を生きた女性の顔だった。

 

「私はね。安心して一緒に過ごせる関係が欲しい。恋だけでは疲れてしまうもの」

 

 疲れてしまうほどの恋を、以前したことでもあるのだろうか。

 それがフォートの考えが及ばない"前世"という遠い異世界のことであったとしても。少しその話も聞いてみたい気がした。

 

「でもどうしたって、本当の意味で心を許せる相手に出会うのは無理だと思っていたし諦めていたのですよね。だから私、アルメラルダ様に近づいたの。アルメラルダ様悪役令嬢で性格悪いから適度に嫌われるように留めてもらって、行き遅れたら私も便乗しようって。どうせこの先誰かと結婚して、価値観の違う相手と我慢して生きていかなきゃいけないなら。……せめて実家でぬくぬく過ごせる期間を増やしたかったですからね」

「今、さらっととんでもないこと言った?」

「お~っとっと。これ、オフレコね」

「オフレコってなに」

 

 思わぬところでファレリアがアルメラルダに近づいた理由が転がり出てきたことに驚愕しつつ、フォートは黙る。いちいち突っ込んでいたら話が進まない。

 さっさと全部話させて満足したら帰ってもらおう。

 

「……まあ、そんなガバガバ計画、私だけでは早期から破綻していましたけどね。今のところ婚約者とか決められていないし、半分は達成できたと言ってもいいのかな? でも見ての通り、実家でぬくぬくどころか魔法学校で過酷な日々ですよ。まいっちゃうわよね」

 

 そう言いつつ、ファレリアの様子はどこか楽しげだった。きっとこの生活も悪くないと思っているのだろう。

 本人にそれを言えば「拷問まがいの事されてるこの現状を!?」と全力で否定されるのは想像に難くないが。

 

「でも! 出会っちゃったのよね~!」

 

 華やぐ雰囲気に思わず後ずさった。

 

「アラタさん、結婚相手としてかなりパーフェクトなのよ! いいな~と感じたきっかけは見た目なんだけど、ノリ良いし価値観近いし、私の特殊な事情も知ってるし同じ境遇だし、一緒に居て楽! 楽しい! すっごくしっかりしてそうな半面で、意外とメンタル弱いのも可愛いわ。更には背景! バックグラウンド!! ご実家が伯爵家ですもの! お父様お母様も納得するお家柄だし、その上で五男坊! 私は一人娘だからどこかに嫁ぐ必要は無くてどうあっても婿を迎え入れなきゃいけない立場なんだけど、アラタさんのポジションってなにもかもが都合良いの!」

「…………」

 

 意気揚々と語っているファレリアだったが、対してフォートは石でも飲み込んだような胸のつっかえを覚えた。

 いつもならば「思った以上に打算まみれじゃん!」などと突っ込んだはずだが……今はそれが出てこない。

 

 

 

 

 

 婿に相応しい身分。

 それはどうあってもフォートが手に入れられないもの。

 

 

 

 

 

(あれ?)

 

 何故自分は今、必要もないそれを手に入れられないものとして嘆いたのだろう。

 

(嫌だ。気づきたくない)

 

 そう考えながらも思考は止まらない。

 

 

 ファレリアとアラタ。この二人に関しては、アラタが受け入れたらおそらくその関係は確立する。

 先ほどの試合でアラタが間抜けなことを口走っていたが、それは誤解が解ければいいだけのこと。

 今回の決闘で、アラタはアルメラルダにも認められた。

 

 

 しかし自分はいくら望んでもその可能性はない。

 

(その可能性ってなんだよ)

 

 頭を掻きむしりたくなる。

 

 

 

 

 

 あんな馬鹿に、あんな阿保に。あんな間抜けに!!!!

 

 

 

 

――――恋は落ちるものだと言いますからね。足を踏み外したら、あとは転げ落ちるだけです。

 

 

 

 

 リフレインするその声に、苛立ちに似た感情が体を満たす。

 

 きっと誰よりもあの少女のことを分かっているのは自分だ。

 過ごした時間はアルメラルダに遠く及ばず、異世界の知識でアラタに劣ろうとも。

 特異な魂から成る生い立ちも、本質も、好きなものも嫌いなものも目的も知っている。

 一番本当の彼女と話してきたのは自分だ。それがまだ一年に満たない関係であったとしても。

 

 

 

 …………なのに!

 

 

 

 届かない。

 

 身分も心も、なにもかもが。

 

 

 

 

 ……だからきっと、これは忘れた方がいいものだ。

 

 

 

「……ファレリアはさ」

「はい?」

「なんで、僕たちを手伝おうと思ったの。ハンカチのお礼とか言ってさ。わざわざ、こんな面倒なこと」

「……ええと?」

 

 突然切り替わった話題に困惑する様子。

 

「やっぱり、アラタのため? 近くに居て、役に立って。好きになってもらうため?」

「ああ、そういう」

 

 フォートの言葉に納得がいったのか理解の色を示すが、ファレリアは首を横に振った。

 

「それに関してだけでいえば、フォートくんのためですかね。もちろんアラタさんに会える! て気持ちが無かったわけではないけれど。きっかけは君ですよ」

「僕?」

「ええ。だって、すごいことですよ。いくら国の危機も関わってるとか壮大な話を聞いたからって。いえ、だからこそってのもあるんでしょうが。それでも。お姉さんの代わりにスカートはいて、学校通って、面倒な人間関係築いて。それを十五歳の君がやっている。しかも君はだ~れも「おかしい!」って言わずに放置してた私への仕打ちに怒ってくれた、とっても優しい子」

 

 照れ隠しのように、額を小突かれた。

 

 

 

「そんな子、手伝いたくなっちゃうじゃないですか」

 

 

 

(ああ)

 

 駄目だ。

 転げ落ちる。

 

 

 

「ま、まあ。大した役には立てていませんけど」

「……別に、そんな期待してないよ」

「本当の事だとしても直に言われるとちょっと傷付きますよ!?」

 

 乗り出すようにして不満を申し立ててくるファレリアを押し返すと、フォートはうつむいたまま彼女を立たせ扉へと追いやる。

 

「もう恋バナとやらも満足した? 本当に疲れたから、そろそろ帰ってよ。あと緊急用に渡してはあるけど、部屋の鍵は軽率に使わないで。見られたらどうするのさ」

「そ、それは反省しています。はい」

「じゃあね。また」

「あぴゃっ!?」

 

 最後は突き飛ばすように部屋の外に追い出して(もちろん人が居ないことは確認した)、扉を閉める。

 そのまま扉に背中を預け……ずるずると座り込んだ。

 

 

 

「馬鹿。馬鹿。馬鹿。ファレリアも、僕も馬鹿。なんだって、こんな……!」

 

 

 

 本来ここに自分は居ない。

 いくら魔法の才能があれど、姉のように「星啓の魔女」などという特別な資質があるわけではない。

 だからこの気持ちには一生気づかないふりをするべきだった。

 なのに。

 

「なんで……僕は……」

 

 恨み言のように呟いてから、その気持ちに重石をつけて心の奥底へと沈めていく。

 いくら望もうと、それが手に入ることはないのだから。

 

 

 

 

 

 少年が初めて自覚した身を焦がす感情は、彼にとってあまりに残酷だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つづく>>

以下、おまけ

 

 

■□ 本編とはあまり関係のないこぼれ話 □■

 

 

 

【十二人って多くない?】

 

 

 ある日、フォートくんが力尽きていた。

 

「大丈夫?」

「じゃない」

 

 べたっと床にうつぶせに倒れ伏したフォートくんをつついてみると、ばっと起き上がって私に詰め寄ってきた。

 

「ねえ!! 十二人って多くない!? 多いよね!! しかもあいつらすぐにネガるし!! いい奴らではあるんだけど重いんだよいい加減!!」

 

 ネガるときたか。順調に我々の前世の言葉を使いこなしていますねとアラタさんを見れば目をそらされた。おいおい照れ屋さんですね。

 

 それにしても、どうしようか。これ。

 

「あー。その時期きちゃったか。ね。重いよね。でも乙女ゲーってそういうもんだから……」

「わかるよ? 色々大変な事情をそれぞれが抱えているのは。でも正直姉さんの代わりに女として学園に通って面倒くせぇ野郎どものケアしてる僕が一番大変じゃない!? ねえ!」

「そ、そうですね」

 

 面倒くせぇって言っちゃったよ。

 

 乙女ゲームの攻略キャラだけに限られないと思うんだけど、人ってそれぞれ色々な問題や闇を抱えている。そういったものに関わるのはひどく大変で、しかも相手は十二人。ストレスを溜めるなという方が無理だろう。

 でも問題込みで向き合わないと、イベントは進まず表面的な付き合いしか出来なくなるのだ。

 よって回避は不可能。

 

「……よ、よしよし」

「具体的な解決策の無い慰めなんていらない」

 

 頭を撫でてみたがパンっと叩き落された。失礼しましたごめんなさい。調子こきました。

 

 ……気まずい。話題をそらすか。

 

「そういえばアラタさん。攻略対象十二人って、恋愛シミュレーションの中でも多い方ですよね?」

「ん……ああ」

「元ネタが干支ってマジですか?」

「それはマジ」

 

 乗り気じゃなさそうだったけど話題が分かると食いついてきた。

 

「本当なんだ。いや、ファンタジーの世界観とミスマッチすぎて半信半疑だったんですよね」

「わかる。星啓の魔女ってキーワードがあるなら素直に十二星座にしとけよって話だよな」

「それか和製ファンタジーにするとか」

「それな」

「僕のストレスが一切解消されないまま前世トークで盛り上がるのやめてくれない?」

「「すみません」」

 

 

 その後、とりあえず中間お疲れ様会でもしようかということに。

 欲しいものは無いかと聞いたら「肉」と言われたので、アラタさんの隔離結界の中で焼き肉をしてフォートくんをねぎらったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【寄り添うは黄金の白金】

 

 

「お、めずらしい」

 

 アルメラルダ様に呼ばれて自室を訪ねると、ソファーにもたれかかるようにしてアルメラルダ様が眠っていた。

 帰ってもいいかなぁと思ったものの、メイドさんに目で訴えられてしぶしぶ起きるのを待つことになった。お出しされたお茶とお菓子が美味しい。

 

(疲れてるっぽいな……)

 

 ふとアルメラルダ様の顔を覗き込めば、化粧で隠しているがうっすらと目の下に隈が見える。

 体調管理も出来てこその貴族! と豪語しているアルメラルダ様にしては珍しい。なにか眠れなくなるような心配事でもあるのだろうか。

 

「……ふぁれりあ」

「ぅお」

 

 寝言で呼ばれた。え、何。私アルメラルダ様の夢の中でもしばかれてるの?

 けどアルメラルダ様の寝顔はどこか幼げで、まるで迷子になった子供のようだ。うんうんと唸ってもいる。

 

 なんとなくその手を握れば椅子にもたれていた体が横にずり落ちてきて、私の肩を通過してトスンっと膝に頭が乗る。

 ばらっと、アルメラルダ様の豪奢な髪が黄金のひざ掛けのように広がった。

 

「……」

 

 ゆっくり、安心させるように。その艶やかな黄金の髪を整え撫でて、一定のリズムで肩のあたりをぽんっぽんっと叩く。

 気づけばうめくような声はなりを潜め、穏やかな寝息が桜色の唇から規則正しく漏れていた。

 

 

「いつもこれくらい大人しければな~って思うけど……それはそれで、アルメラルダ様じゃないか」

 

 嘆息し、目を細める。

 

 

 いつの間にか私まで眠ってしまっていたようで、起こされた時は夜だった。

 アルメラルダ様に何故起こさなかったのかと叱責されてしまったが、その顔から疲労の色は取れていたので……まあ、良しとしましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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七話  昼下がりのbetray~上手く行かない恋模様

 

 うららかな陽光がステンドグラスを通して差し込む教会の通路。

 私は今日の密会場所へ向かうべく、そこを通過しながら祭壇に祭られた女神像を見上げた。

 数多の星を従えて柔らかく笑む彼女は、今日も変わらずそこに在る。

 

 なんとなく会釈してその前を通ると、ふと立ち止まって下を見た。

 

「この国の下に、ねぇ」

 

 こんこんっと、靴のつま先で堅い大理石の床を叩く。

 

 この国のどこに冥界門などという物騒な門があるのか。

 具体的には知らないが、得体の知れない脅威がすぐ身近に存在するというのは気持ち悪いものだ。

 

 どうかどうか。お願いしますぜ女神様。

 少なくとも私が長生きして幸せなまま寿命で死ぬまでは、この国の安寧が続きますように。

 そしてそのためにも、まず無事に今代の星啓の魔女が決まりますように。

 

 

 

(ま、アルメラルダ様優秀だしな。よほど変な事でも無ければ安泰でしょ)

 

 

 

 星啓(せいけい)の魔女。

 

 それは豊穣を司る星の女神ホルティアと契約し、国に豊かさと安寧をもたらす存在である。

 補佐官と呼ばれる星啓の魔女を支え、守護を担う男性と共に非常に重要な役割だ。その地位は王族に並ぶほど。

 むしろ血ではなく資質で継承されていくその希少性から、唯一無二の価値があると言っても良い。

 

 加えてアラタさんに聞いた話によれば、その発祥はこの国の地下にある冥界門とやらを封印する役目からだという。

 ……というより、今もそちらがメインの役割なんだろうな。

 多分本来は国の上層部とか、役割を継承する者にしか伝えられていない事実なのだと思う。そんな危険なものが自分たちの足元にあるなんて分かったら国中パニックだ。

 豊かさと安寧は副産物、もしくは本当の役目を隠すカモフラージュだろうか。

 

 

 今代、星啓の魔女になるべく選ばれた二人の少女。

 しかしそのうちの一人……マリーデル・アリスティは少女でなく少年。偽物であるため、星啓の魔女となるのは必然的にアルメラルダ様だ。

 本人は知らないが、すでに出来レースの様相である。

 

 他に資質を持つ者も居ないので、万が一アルメラルダ様が攻略対象の怒りを買って処刑ルートに進んでしまっても最悪は免れることが可能だろう。

 そんなルートに進ませる気は無いし、すでにそれをけしてさせまいとして早くから動いている心強い味方も居る。

 彼の原作前からの働きにより、アルメラルダ様の命は大団円エンドへ行かなくとも保証されたようなものだ。

 アラタさん様様である。

 自分に余裕が無かったからとはいえ、その場その場のケースバイケース、柔軟な発想で臨機応変にギリギリ現場対応しようと考えていた私などとはわけが違う。

 

 

 

 

 

 そしてその『アルメラルダ様を救おうの会、会長(私命名)』であるアラタ・クランケリッツ氏なのだが……。

 

 

 

 

「…………」

「アラタさん。アラタさーん。そろそろ木からもどってくださーい」

 

 そう呼んでつついてみるが、反応は無い。

 現在のアラタさんは木立の中、完全に自分を一本の木……自然の一部と思い込み、世界へと一体化している。

 追い詰められていたようだったから、リラックスできたらいいなとヨガの「木のポーズ」を教えたのだが……かれこれ一時間ほどこのままだ。

 動かねぇ。さすがの体幹だよ。

 

「もう。フォートくん、私はそろそろ行くので、アラタさんのことよろしくお願いしますね」

「…………」

「フォートくん?」

「! あ、うん。……わかった」

(ここまでぼーっとしてるの珍しいな……)

 

 フォートくんも決闘の後くらいから少々様子がおかしい。

 今も心ここにあらずといった様子で、どうしたものかと腕を組む。

 

 

 

 

 先日、多くの生徒の前でアルメラルダ様に愛の告白をしてしまったアラタさん。

 すぐ誤解を解こうと思ったらしいのだけど、アルメラルダ様が避けまくっているので現状会うに会えず、その間に噂だけが独り歩きしてしまった。

 ほぼ全校生徒が見ていたし、年頃だからね。あんなのピラニアの池に肉放り込んだようなものよ。まあ食いつく事、食いつく事。

 今や私とアルメラルダ様、アラタさんの三角関係が学園のトレンドにあがっている。

   

 私→アラタさん→アルメラルダ様→私なので綺麗に三角関係で合ってるっちゃ合ってるんだけど。

 でもアルメラルダ様が私に向ける感情は当然友愛であるし、アラタさんがアルメラルダ様にむけている気持ちはキャラ愛。

 この中でまっとうに恋愛的な意味で矢印向けてるのは私だけだよ。

 

 

 

 

 

 そして様子がおかしいのはもう一人。

 

 密会会場からアルメラルダ様の所へ戻ると、彼女は部屋の中央をぐるぐる熊のように周っていた。他の取り巻きは現在席を外している様子。

 変わらない自分がおかしいのか? と首を傾げつつ、アルメラルダ様に声をかけてみる。

 

「アルメラルダ様」

「! ファレリア。もどっていたの。……その。今日も、クランケリッツの所へ?」

「はい」

 

 頷いて肯定すればアルメラルダ様はうろうろと視線を彷徨わせる。

 

「……まったく。いくらわたくしが魅力的だからといって、公衆の面前であんなことを言うだなんて。とんだ無作法者ですわ。ええ。そんな相手、なんっとも思っていませんわよ。………………………………まあ? ファレリアが付き合う相手としては、丁度良いのでなくて? 無作法者同士、お似合いだわ」

 

 つんっとすまして言っているけど、挙動不審のため締まらない。

 要するにアルメラルダ様は「告白されたけど自分はアラタの事をなんとも思っていないし、貴女の恋を応援している」と言いたいのだろう。

 アルメラルダ様の暴力が愛情表現だと分かってからこの辺も理解できるようになってきた。

 

 

 ちなみにこのセリフ、内容は微妙に変わっているが決闘後からすでに五回目である。

 

 

「お心遣いありがとうございます」

「べ、別に貴女のことを気遣ってなんかいないのですからね!」

(お手本のようなツンデレありがとうございます!)

 

 いかん、ニヤニヤしてしまう。可愛い。

 相変わらずの暴力は勘弁してもらいたいが、彼女の本心が分かった事で最近どうもアルメラルダ様の一挙手一投足が可愛くてしゃーないんだよな。

 

 私としてはアラタさんのアルメラルダ様への気持ちがどんなものか分かっているため、本当に気にしていない。

 それにもとよりフラれている身だ。これからも好きになってもらえるよう、やることも変わらないし……。

 うん、特に気にならないな! やっぱり。

 

 私の事が大好きらしいアルメラルダ様は、私が好きな相手から告白されたことで大変に気まずい思いを味わっているようなのだが。

 

(あ、でも気になることが無いわけではないか)

 

 アルメラルダ様、告白に返事をしていないのよね。

 私に対して気まずいと思うなら、まずアラタさんの告白を断ればいいだけなのに。

 告白された時もあたふたしてその場を去ってしまったし、今もずっとアラタさんを避けている。

 

(お? もしかして……照れてる?)

 

 もにょっと口の端が緩んだ。

 

 え、なになになに? アルメラルダ様、照れてるの!?

 そうよね。これまで好意を向けられるにしても、あんな真正面ドストレートなこと無かっただろうし! 貴族ってその辺やたらと遠回しにするからな。

 

 え~、なにそれ。か~わ~い~い~! きゃーっ!

 

「……ファレリア。貴女、その気持ち悪い笑いはなに?」

「え?」

 

 どうやら内心が表情に漏れていたらしい。

 アルメラルダ様の前では昔から媚売り笑顔で表情筋ゆるっゆるなので、そういうのはすぐばれる。

 

「いえ。なんだか初々しいなって」

 

 扇で脳天かち割られた。

 

「ぁだっ!?」

「貴女は好きな相手が他の女に告白してなんとも思っていませんの!? 人をおちょくる暇があったら、相手の心を射止められるよう自分を磨いてはどう! さあ今日の特訓ですわよ! 準備はよろしくて!?」

「よろしくないです!」

「お黙り」

 

 や、藪蛇ったぁぁぁぁぁ!!

 

 

 

 その後数時間。いつもの特訓が三日分凝縮されたような地獄を味わう事になった。

 

 

 

 

 

 

 

+++++++

 

 

 

 

 

 

「まいった……。ひぃ……もう魔力すっからかん……体痛い……いや筋肉痛来るの早っ……。若ぇなこの体……嬉しいけど嬉しくない……」

 

 とっぷり日も暮れて、日付変更の時刻も迫ってきた頃。

 ようやくアルメラルダ様の特訓から解放された私は、体に鞭打ちながら寮の自室へと向かっていた。

 

 ちなみにアルメラルダ様はまだやることがあるらしく、生徒会室にこもっている。

 ……アルメラルダ様、副会長だからなー。本来私に構っている暇なんてないだろうに。

 

 

 暇が無いと言えば、アルメラルダ様そういや最近あまり悪役令嬢してないな? 

 どうも多忙を極めているようで、この間も珍しく目の下にくまを作った状態で居眠りしていた。

 

 ……もしかして、私の虐た……もとい訓練に力を入れすぎていて、マリーデルに関わっている暇が無い?

 

 私の魔法訓練、まずアルメラルダ様自身が訓練のための魔法をずーっと使っている状態なのよね。

 だから当然疲れるし、自分の勉強だってあるし、社交界でのあれこれや学校での役割だって多いし。公爵令嬢は大変なのだ。

 

 人に命令して虐めるという手もあるが、そういうことアルメラルダ様やらないんだよな。取り巻きの使いどころってこういう時だろうに。

 原作でもそうだったのだけど、アルメラルダ様ってマリーデルいじめをけして他人任せにしないで全て自分の手で行う(これを指して「めっちゃ愛じゃん」と感じる層も居たので、実は同人誌だとアルメラルダ×マリーデルってそこそこあった)。

 だから暇が無くなれば当然、いじめの頻度も下がるわけだ。

 

(つまり疲労困憊なアルメラルダ様には悪いけど、もしや私って存在するだけでアルメラルダ様を本物悪役令嬢からそこそこ悪役令嬢ルートに導いてる? 自由時間を奪う形で?)

 

 気づいてしまったな……!

 

 マジかー! もしそれが本当なら、私もなかなかの物じゃない。

 何もしてないというか、強いてあげるならアルメラルダ様の訓練に耐えてるってくらいしかやってる事ないけど!

 

「♪」

 

 ちょっとでも自分の存在が良い影響をもたらしているんじゃないかな~といい気分になった私は、軽くなった足取りで廊下を進んだ。

 この時間は出歩いている者は少なく、私の足音だけがカツンカツンと響いている。

 ……スキップしてもバレないかな?

 

 

 

 

「ファレリア・ガランドール」

「はい?」

 

 人も居ないしスキップして鼻歌でも歌っちゃおうかな~、なんて思っていた時だ。背後から声をかけられて飛び跳ねそうになった。

 実際は我慢してそ知らぬふりで楚々と振り返ったのだけど。

 伯爵家の娘として受けてる淑女教育は伊達じゃないのですわ。

 

 

 

 そして振り返った先に居た人物だが、見て驚いた。

 クソみそに珍しい人に声をかけられたんだが。

 

 

 

 そこに居たのは「研究塔の特別教諭」。

 

 白衣を纏い、緑がかったもさもさの癖毛を無造作にポニーテールにしている目隠れ男。

 一見ただの怪しい男でしかないが、その髪の毛の下に隠れている顔はやたらと美しい、はず。実際に見たことは無い。……彼も攻略対象の一人だ。

 

 癖が強い上に二週目以降しか攻略できない半シークレットキャラ。ハマる人はどっぷりがっつりハマる奴だが、前世の私は好みでなかったので未攻略である。

 敵国のスパイとかいうヤバめの背景とヤンデレエンドという事だけ知っているから、絶対に関わりたくない相手なんだけどな……!?

 

 アラタさんに追加情報を貰ったところ、個別エンドに進まない場合は在学中放置しても大丈夫とのこと。

 星啓の魔女が決まった後、数年放置すると面倒くさいことになるので大団円エンドを迎えたら速攻で自分が処理するとはアラタさんは言っていた。

 アラタさん、特別教諭のこと話す時に屠殺場の豚を見る目をしていたんだよな。ひょえ。

 

(なんでそんな奴が……しかも名指しだし)

 

 無視するわけにもいかないのでちゃんと体の向きを変えて対峙したが、周りに誰も居ないのでとても気まずい。

 

「先生、何か御用でしょうか」

 

 尋ねれば特別教諭は少し驚いたような雰囲気。

 

「……先生、か。俺の事を覚えていなかった、のか?」

「今先生とお呼びしましたが。覚えてますよ。授業うけましたので」

「……。そうか……」

 

 痴呆か? この数秒間ですでに会話が成立しないんですけど。

 二年も在学しているわけだし、何回かこの人の授業も受けたことがある。怪しい魔法薬やら魔導機械やらの。

 ところどころ不穏であったものの、授業としては分かり易かったんだけどな。日常会話が下手くそなのかしら。

 

 このまま会話しても疲れそうだし、用事があるならさっさと終わらせてくれないかな~というオーラを出しながらじっと見つめ返す。すると特別教諭は数瞬迷った後……奇妙なことを口にした。

 

 

 

 

「不吉な影が付きまとっている。気を付けた方がよいだろう」

 

 

 

 

 数瞬、脳が疑問符で埋まる。

 

「それは、どうも? ご忠告ありがとうございます」

 

 淡々と返す。

 変に話題を長引かせても嫌だなと、納得できないながらそこで話をぶつ切りにしようとした。だが。

 

「その眼は、"誤認"と"不和"を招く。今は星啓の魔女候補近くに居るため、抑えられているようだがな。いくら白亜の魔法使いに導かれた貴様とて、自力で不幸を遠ざけるにも限度があるだろう」

「??? あの……なにをおっしゃりたいのですか」

 

 なおも続けられた上に、最近めっきり言われなくなっていた眼のことを指して言われムッとする。どうにも話して数十秒足らずだというのに奇妙なもやもやが蓄積されていくな。不気味だ。

 しかしダウナー俺様不思議ちゃんキャラのそいつは私の問いかけには答えず、じーっとこちらを見ている。

 髪の毛に隠れてはいるが、その視線は強く感じた。

 

「……確かに、白金に赤は美しい」

「はい? え、なんです突然。気持ちわるいんですけど」

「……ッ! 相変わらず口が達者なようだ」

 

 脈絡なく納得されて言われた褒め言葉? が気持ち悪くて反射的に返してしまった。

 特訓で疲労困憊ということも手伝って、アルメラルダ様やフォートくんたちの前もないのに気が緩んでいたらしい。素直に気持ち悪かったんだけど、流石にまずいか。

 あ、今のちょっとショック受けたっぽいな。……というよりも、相変わらずって言った? この人。

 

 

(あれ)

 

 

 急に頭のどこかに引っかかりを覚えた。

 授業の時はなんとも思っていなかったけど、この人の声ってどこか聞き覚えあるような……。

 つい最近人に話した何かを思い出しついでに、記憶の図書館で過去の記録を漁った時に聞いた……ような……。

 

 

 カチリとパズルのピースがはまるように、突然思い出す。

 

 

 

 

 

「……あー!? あの時のとんちき予言師!!」

 

 こいつ、十年前に私の眼にイチャモンつけて一家離散の危機に追い込みやがったくそ野郎だ!!

 

 

 

 

 分かったものの、叫んだ途端口を塞がれた。

 

「言うな! 俺は改心したのだ! あの頃の事は言うな! ええい、親切心など出すのではなかった。……来い!」

「もがー!?」

 

 その後なにをされたって、口を塞がれたまま身動き取れないようにホールドされて誰も居ない空き教室に連れ込まれた。じ、事案!!

 ヤンデレエンドのヤバい奴、それもまさかの嫌な知り合いだったがために全力で身をよじって暴れたがビクともしない。ぱっと見ひょろいくせになかなか強ぇじゃねーか!!

 

「落ち着きたまえ」

「もがが!?(無理ですけど!?)」

 

 もうここが校内だとか相手が教諭とか無視して魔法ぶっぱしていいかしら。正当防衛よね。

 そう思ったのだが……特別教諭は思いのほか理性的な声で諭すように私に語り掛けた。

 

 

「俺は忠告しに来たのだよ。心を改めるきっかけをくれた礼にな」

 

 

 顔を覆っていた髪をかきあげて、まっすぐにこちらを見てくる瞳は橄欖石のような黄色がかった緑色。

 そこに含まれる真剣な様子に、ついひるんでしまう。

 私の体から抵抗の色が少なくなったからか、特別教諭は嘆息しながらホールドを緩めた。

 緩めついでに離してくれませんかね……近いんですけど。

 

「まず。俺が予言師を名乗っていたことを誰にも言わないで欲しい。これでも憧れに近づくためにと、真面目に再就職して働いているんだ」

「はあ……」

 

 真面目に再就職ときたか。いや、お前スパイだろ。

 しかも過去に嫌な目に合わせてくれたインチキ予言師だと思い出したから、今のところ私からお前に向ける好感度マイナスなんだが~?

 お願いされても絶対応えたくねぇ~っとなる。

 

 しかしどう答えていいのやらと考えあぐねている私を前に、特別教諭は勝手に話し始めた。自由人め。

 

「以前の非礼は詫びよう。だが今の俺はあの時とは違う。……子供の頃に憧れた、伝説の魔法使いの存在を知った今。彼が居るらしいこの国で、少しでもあの存在に近づこうと努力している。教師をしているのもその一環だ」

「そ、そうですか」

 

 なんか自分語りはじまったな。

 というか、白亜とか伝説の魔法使いって私が話したトンチキ話の? マジで信じていたんですか、あれ。

 その話がどう彼の中で繋がってどう改心とかいう話になったのかは知らないけど、どうもこの人はそれをもとに私に感謝し、今のような行動をしているようだ。

 それだけはかろうじて理解した。

 

「……予言とまではいかないが、俺は魔力の流れで"予測"を立てることは出来る。ここ最近、貴様を中心に危うい気配が漂っているのだ」

「それが私の眼と何か関係が?」

 

 しょうがないので話題に乗ってやることにする。でないといつまでも解放してくれなさそうだ。

 

「ああ。……以前、俺はその眼が不幸を呼ぶと言った。それは半分だけ嘘だ」

「半分?」

「半分だ。貴様は否定したし、実際に自力でそれを退けていた。……あのあとしばらく監視していたが、感心したぞ。あの骨を溶かしたようにぐねぐねした奇妙な動きが魔力の循環を良くし、呪いごと流していたようだな。白亜に導かれるだけのことはある」

 

 そんな恐ろしい動きしたことねぇんですが!? しかも妙な過大評価もらっとる!

 ……あ、いや。あれか。もしかしてヨガの事?

 それと呪いって何。

 

「だがその眼に呪いが宿ることは事実。利用しようとはしたが、不幸を呼ぶと言った俺の言葉も全てが嘘ではない」

「え!?」

「病気のようなものだ。ある日突然罹患(りかん)する。しかし貴様は自力での対処に加え、今は星啓の魔女候補どものすぐそばに居る。奴らに大抵の呪いは通じないからな……それこそ私が企てていた呪いの魔女くらい持ってこなければ。貴様の眼が呼ぶものも、害のない程度に中和してくれているようだ」

「ちょっと今聞き捨てならないものが聞こえた気が。呪いの魔女て」

「忘れろ。もう頓挫したことだ」

 

 無茶言わないでくださいよめちゃくちゃ気になる。

 …………これ、もしかしてなんだかんだアラタさんに聞きそびれてる原作ファレリアのスピンオフエピソードなのでは? もしそうなら思ったより不穏なのですが。

 裏ルートといい、ゲームの製作者は不穏を仕込まないと死んでしまう病かなにかなのかしら。もっとふわふわキラキラ学園生活送らせろよ。

 

「……ともかくだ。この良くない流れが貴様の眼を根本の原因とするものかは知らないが、そういった理由で可能性は高い。近々良くないことが起きるだろう。忠告はしたぞ。あとは何があろうと俺は関与しない」

「突然情報の押し売りしておいてあとは関係ないだなんて、ずいぶん勝手なことをおっしゃいますね」

 

 イライラしてつい語気が強くなる。

 

「…………感謝もしているが、それ以前に貴様自身は気に食わん」

「!?」

 

 話は通じないし一方的だけど、ヤンデレエンドのヤベー癖強キャラという印象よりは理性的に見えていたから油断した。

 頬を押しつぶされるように片手で顔を掴まれて上向かされる。

 

「……片目くらい、えぐってやろうか」

「!!!!」

 

 気持ち悪く吊り上がった口から伸びた長い舌が……私の眼球を舐めた。ぎしりと掴まれた顔の骨が軋む。

 ぞぞっと言いようのない悪寒が背中を這い上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「何してるんですか!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「!! フォ……マリーデル!?」

 

 ドンっと横から特別教諭を突き飛ばしたのは、マリーデルことフォートくんだった。

 咄嗟の事だったのにギリギリ名前を取り繕えた自分偉い。

 

 特別教諭は一瞬顔をしかめたが、突き飛ばした相手が誰か分かると気まずそうに顔をそらした。

 

「……ふん。なまいきだったから、仕置きをしていただけだ」

「何がお仕置きですか!! 女の子の眼を舐めるなんて変態ですよ先生!! 見損ないました!!」

「い、いや、待てマリーデル・アリスティ。その前に俺はだな……!」

「聞くお話なんてありません。行きましょ、ファレリア先輩」

 

 言うなりフォートくんは私の手を取り、空き教室から出るとずかずか荒い足取りで廊下を歩く。

 その背中は魔法アイテムで女子のように華奢なものであるはずなのに、妙に頼もしく思えた。

 

 後ろを見れば残された特別教諭が焦ったように腕を伸ばしている。

 それを見るに、あの癖の強い男相手にもフォートくんはちゃんと好感度を稼いでいたようである。偉すぎかな?

 

 だけど今ので計画狂わない? 大丈夫?

 そう聞こうと思ったのだけど、意識しても口から上手く声が出てこない。

 

「…………」

 

 そのまま無言のフォートくんに手を引かれ、気づけば自室前だった。

 とりあえず中に入った方がいいかな? と、部屋の鍵を取り出すも落としてしまう。見れば私の手は小刻みに震えていた。

 

(お、おう。思ったより乙女だったんだな私……)

 

 さっきのこと、怖かったらしい。

 いやまあ眼球舐められるとかなかなか体験しねぇですわよ普通に怖いわ。

 

 それをようやく自覚していると、うまく鍵を持てない私の代わりにフォートくんが部屋の鍵を拾って開けてくれた。

 そして一緒に中へ入ると、ソファに座らされる。

 

「…………」

「…………」

 

 しばらく無言の時間が続く。

 

「……なにされてたの、あのドブクソ野郎に」

「ドブクソ野郎」

 

 結構強い語彙出て来たな!? と思い、つい繰り返した。

 

「……ふふっ。ドブクソ野郎」

 

 面白くてついもう一度繰り返すと、フォートくんはどこか安心したように眉尻をさげた。

 

「それで?」

 

 私が大丈夫だと判断したのか、もう少し踏み込んで聞いて来た。

 自分としてもこの未消化の話を自分の中だけにとどめておきたくなかったので、先ほど言われた事を全てフォートくんに話す。

 あの特別教諭が以前話した(と思う)トンチキ予言師だったという事も含めて、だ。

 

 私の話を聞き終えたフォートくんは、難しい顔で考え込む。

 

「……これ、アラタにも話した方がいいね。あいつ自身は信用できないけど、知識的には大きいものを持っているのは事実だし能力もある。だから、まったくの与太話としては済ませられない。…………予言師どうのこうのっていう自分が危うくなる情報を晒したってことは、改心はまさか本当に……? 聞いていた人物像との食い違いはそこからか……?」

「えっと……」

「ああ、最後のは気にしないで。といっても気になるだろうから、あとでまた話すよ。僕もいったんまとめたい」

「フォートくんがそう言うなら」

 

 私がコクリと頷くと、フォートくんは急にそわそわしだした。

 今は以前の調子だったのに、また最近の変なフォートくんに戻ってしまっている。

 へいへい若人、どうしたよ。

 

「お茶でも飲みます?」

 

 落ち着かないなら口に入れるものがあった方がいいかなと提案すれば、首を横にふられた。

 

「いや。それより、大丈夫そうだし僕は部屋にもどるよ。夜遅いしね。……ファレリアの部屋には使用人って居ないの?」

「常に詰めているような使用人を連れ込めるのはアルメラルダ様レベルでないと。基本、寮の部屋は私一人ですね。身支度の時などは来てくれますが」

「そっか」

 

 フォートくんはひとつ頷くと……少し迷ってから、私の手をとった。そして自分の両手のひらで上下からはさむ。

 人の体温が伝わってきて心地よい。

 

「……姉さんが、僕が落ち着かない時よくこうしてくれたから。だから……その。……よく眠れるように、おまじない」

 

 少し照れたようなはにかみ笑顔。

 それと直視してしまった私は「(とうと)ッ……!」と眩暈がした。

 

 アルメラルダ様といい最近様子は変だけど……可愛いの過剰供給してくるの、何?

 眼福ですありがとうございます。

 

 その後しばらくなんでもない雑談をして、数十分。

 

 

「じゃあ、また明日」

「はい。また明日」

 

 

 そう最後に別れの言葉を告げて、フォートくんは帰っていった。

 いやぁ……良いもの見たわ。しかもなんかお守りにって、素敵なものくれたし。

 

 私はたった今受け取ったそれを見て顔がにやけるのを感じる。

 気休めだとは言っていたけど、これをくれた気持ちがまず嬉しい。

 

 私は嫌なことをいったん忘れることにして、その日は気持ちよくベッドに入った。

 

 

 

 

 

 

 

 だけどあの特別教諭が言う不幸とやらは、思ったより早くやってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

++++++

 

 

 

 

 

 

 

 私が特別教諭に奇妙なことを言われたその翌日。

 今日の特訓が終わった後にアルメラルダ様の自室でお茶をしている時だ。

 

 アルメラルダ様は途中からそわそわした様子で時間を確認していたのだが、ついには紅茶のカップを置いて立ち上がる。

 どうしたのかと話を聞けば……。

 

 

「呼び出された?」

「ええ」

 

 頷くアルメラルダ様。その様子を見るに、これからその呼び出した人の所へ行くらしい。

 

 珍しいな。普段なら「このわたくしにわざわざ足を運べというの? なんて不敬なのかしら。自分から会いに来るのが最低限の礼儀というものよ」とか言って絶対行かないはずなのに。

 

「相手はどなたなのです?」

 

 なにやら私も他の取り巻きも連れていかない雰囲気だったので、純粋に好奇心で聞いてみた。

 するとアルメラルダ様は視線をうろうろさ迷わせる。最近よく見る表情だ。

 

「……もしかして、アラタさんですか?」

「!」

 

 アルメラルダ様の肩が面白いくらいに跳ねた。

 反対に私はほっと胸を撫でおろす。

 

 そうか。ようやく会う気になってくれたかアルメラルダ様……! よかったね、アラタさん。

 

 これまでも誤解を解くために会いたい旨を第二王子を通して(王子をも使うあたり切羽詰まり具合がよく分かる)伝えていたのだけれど、アルメラルダ様ずっと誤魔化しては避け続けていたものね。

 でもこれで一回会ってさえしまえば、アルメラルダ様の誤解も解けてアラタさんも一安心できるだろう。

 

「……いっしょに、来る?」

「いえ、結構です。そこまで野暮ではないので」

 

 不安そうな顔で聞かれた(珍しい!!)けど私は首を横に振る。

 アルメラルダ様はそれにほっとしたような、でも少し不満なような器用な二面相してみせた。

 だけど私はそんな彼女をひらひらと手を振って見送る。

 

 待ち合わせ場所は人目を避けた庭園横の森らしい。多分、先日アラタさんが木になっていた場所だな。

 

 

 

 

 

 そうして一人残された私。他の取り巻きーズも居ないし、さてどうしようかなと考える。

 とりあえずアルメラルダ様の部屋から出るかと……扉の方へ向き直ろうとした時だ。

 

「ぎゃっ!?」

 

 至近距離に立派な胸板の圧。その存在感のわりにまったく気づかなかったので、驚いて変な声をあげてしまった。

 後ろに立っていたのは、今ここに居ないはずの人。

 

「え、アラタさん!? ど、どうしたんですか。アルメラルダ様、もう待ち合わせ場所に行きましたよ? ……というか、どうやって部屋に?」

 

 アラタさんの性格を考えても女性の部屋へ勝手に入るなんて考えられないし、第一アルメラルダ様の部屋は公爵令嬢だけあって常に使用人が居る。

 この奥に位置する寝室へ来るまでに、誰かに止められるはずだけど……。

 主の最もプライベートな部屋に男を入れるはずがない。

 

 しかしアラタさんは黙ったまま何も答えなかった。奇妙な沈黙が私たちの間に落ちる。

 

 

 

「……?」

 

 

 

 わずかな違和感。それは音だ。周囲の生活音が薄い膜一枚隔てたように遠ざかっている。

 それはすでに慣れ親しんだ感覚で、ここが隔離結界の中となっている事が知れた。

 

「アラタ、さん?」

「…………」

 

 ……やはり様子が変だ。

 

 ここ最近ずっと変だったと言えばそれまでだけど、今日のはそれとも違う。

 行動が行動だし、何か緊急事態でもあったのだろうか。

 それを問うために口を開きかけた私だったのだが……。

 

 

 

 

 

 

 ドッ

 

「ぇうっ」

 

 

 

 

 

 

 

 鈍い音が耳穴に入り込む。何の音だろうか。

 体がわずかに浮いた。腹に受けた衝撃は何だろうか。

 

「…………?」

 

 なにが起こったのか理解が追い付く前に、自分の体を見下ろした。

 大ぶりのナイフ。それが私の腹から生えている。

 足元には見る見る間に血だまりが出来ていき、その光景はとても非現実的に見えて……。

 

 がくん。

 

 膝が崩れ、血だまりに体が沈んだ。

 

「ハッ……はっ……! …………!?」

 

 訳が分からないまま息を荒くして床に這いつくばったまま上を見上げると、冷たく鋭利な視線とぶつかった。

 

 

 

 

 

 

「お前はいらない」

 

 

 

 

 

 

 平坦で感情のこもらない声が断罪するかのごとく告げる。

 

 それを聞いたのを最後に……私の意識は途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………って言う感じの、死んだふりをしていただけなんですけどねぇぇぇぇぇぇぇッッ!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 我ながら崩れ落ちるところとか、完璧な演技だったと思う!

 

(ビックリしたビックリしたなにこれなにこれなにこれびっくりしたなにこれビックリしたビックリしたなにこれなにこれなにこれびっくりしたなにこれ)

 

 ドッドッドと心臓が激しく脈打っているのを感じる。背中には冷や汗がびっしりと張り付いていた。

 けど今。……私が生きている事がバレたら、今度こそ本当に()られかねない。

 そのため私はアラタさんの気配がこの部屋から去るまで、人生において最も真剣な「死んだふり」を続けなければならなかった。

 

 

 ピシャリ

(!)

 

 

 私の血もとい水の魔術で構成されたフェイクの血だまりを踏んで遠ざかっていく足音が聞こえる。

 

(へ、ヘイヘイヘーイ。杜撰(ずさん)ですね。わざわざ証拠を残していってよいのですか~?)

 

 そんな風に内心で茶化してみるが、そうでもないとやっていられなかった。平静を保てない。

 

 

 

 私は未だに何が起きたのか、何を誰にされたのか。

 目にしながらも、正しく理解できていないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 それからしばらく。

 

 

 

 

 

『これ。……決闘の時に魔法を付与したカードをあげただろ? それの応用で作ってみた。化身と杖っていう触媒が無くても、自動的に効果を発揮するはず。気休めにしかならないかもだけど、渡しておくよ』

 

 昨日のフォートくんの言葉を思い出す。

 

 

 アラタさんが去った後、私はゆっくり身を起こした。腹部に打撲の痛みこそあるが、傷を負っている気配はない。

 首元からぶらさがっている細いチェーンが、ちゃりっと音を立てる。その先に絵札に似た長方形の薄い板がペンダントトップとしてついていて、そこにはめ込まれた魔法石は無残に砕け散っていた。

 ……役割を終えたのだ。

 

 これは昨日フォートくんがくれたお守り。それが私の命を助けてくれた。

 私を凶刃から守り、害してきた相手を欺くための幻と実体のあるフェイクを作り出す効果。それがこのお守りの発揮した力だったようだ。端的に言えば「持ち主をあらゆる害意から守る」だろうか。

 

 作った本人は気休めだと言っていたけど、これガッチガチに魔法式で構成された高度な魔法護符(タリスマン)じゃん……!

 

 決闘の時もデッキ構成に使ったカードは全て自作だと聞いて、この子の才能性能どうなってるんだと思ってはいたけれど……。まさかこんなものまで作れるとは。

 これもう売り物レベルだし飯食っていける。

 

 

 …………これが無ければ私は今、間違いなくここで死んでいた。

 

 

 

 

 そこから更に数分。隔離結界の解除も確認してから、震える体を搔き抱きながら身を起こした。

 体は無傷だが刺された時、刃で肉を押される生々しい感触が未だに残っている。思わずえずきそうになるが、なんとか唾を飲み込み堪えた。

 

 ……今は震えて身動き取れなくなってる場合じゃない!

 

「アルメラルダ様……!」

 

 アラタさんの様子は明らかにおかしかった。

 

 つーかおかしいどころかこっちは殺されてんだよ一回よぉッ!! 未遂だとしても!

 好きな人かつ同郷者からのとんだ裏切りにこっちの心はズタボロだよ!!

 

 でも過ぎたことだ。自分の気持ちに構ってばかりで、なにか別のものが取り返しつかなくなる。今はその予感の方が怖い。

 

 脳裏をよぎるのは、様子がおかしすぎるアラタさんに呼び出されて待ち合わせ場所へ向かったアルメラルダ様。

 

 

 

 私はもつれて転びそうになる足を叱咤しながら、その待ち合わせ場所へと走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「つまり、あの告白は誤解であったと?」

「そ、そうです。アル……エレクトリア様には恥をかかせるようで大変心苦しいのですが……。人として尊敬している、という敬愛の意でした。けして自分のような者が貴女様のように高貴な方に恋慕するなどという、烏滸がましい感情を抱いたわけではないのです。ただあの時は焦ってしまい咄嗟に……。本当に申し訳ございませんでした」

「そ、そう! ま、まったく。迂闊で間抜けな人なのね、あなた」

「返す言葉もございません……」

 

「…………!」

 

 間に合った。

 そう思いつつ、木立の間に居る二人の様子を窺えばアラタさんの様子はいつもとかわらない。

 遠目なのではっきりとは分からないけど、私の返り血(偽)もその体には付着していないように見えた。

 でもそれは偽血が霧散しただけかもしれないしな……。現に私の体を濡らしていたそれも、さっき魔力に還元されて空気に溶け消えてしまったし。

 

(でも……普通だ。やっぱりさっきのは、偽物……?)

 

 未だに刺された事実を飲み込めないため、自分にとってまだ都合の良い想像をする。

 刺されたことそのものも恐ろしいが、それが知り合い……それも好きな人にだなんて悪夢、無い方がいいに決まっているのだから。

 

 話を聞いている限り上手い事アルメラルダ様の誤解も解けたようだ。

 

 

 だが。

 

 

 私が一歩近づいて、枯れ枝を踏んで音を出してしまうなんてベタオブベタなベタオブザイヤーな事をやってしまった時だ。

 

 グルんっと人形の首をまわすようにこちらを向いたアラタさんは、私を見た途端……眼がどろりと濁った。

 

 

 

 ―――――強烈な違和感。

 

 

 

「あなたは誰!!」

 

 気づけば叩きつける様な声で誰何していた。

 その途端アラタさんは腰の刀を引き抜く。

 

「!」

「ファレリア!?」

 

 とっさに腕を広げてアルメラルダ様の前に躍り出たが、その刀がこちらへ向けられることは無かった。

 刃が添えられたのは……アラタさん自身の首!!

 

「ばっ!!」

 

 馬鹿。そう言い切る前に、体は動く。

 

 躊躇いは無かった。というか躊躇ってる暇なんて無かった。

 私は大股で前に踏み込んで一気にアラタさんとの距離を詰めると、刀身を掴んで前へ引き、アラタさんの首から離す。

 今度はもう守ってくれるお守りはない。偽物でも幻でもない自分の血がぱっと飛び散った。

 

 痛い痛い痛い!! でも、今はそんなの気にしてる場合じゃない!!

 

 相手が偽物かどうかなんてまだわからないけど、もし本人への憑依系のケースなら死なれては困るのだ。

 

「ッ! 正気に戻ってください!!」

 

 言いながら人生で初めて他人の顔に平手をおみまいした。やられる側なら幾度となくあったが、自分が人を素手で攻撃するのは初めてだ。

 だけどそんな初使用のひょろい平手はなんなく掴まれ……今度こそ、その害意は私に向く。

 

「い゛ッ!!」

 

 掴んでいた刀を引き抜かれ、手のひらに深い裂傷が刻まれる。あまりの痛さに眩暈がした。

 そして刀が振りかぶられ……閃く銀色の刀身を前にした私は、今度こそダメかと覚悟する。

 

 だけど私はどうやら、勝利の女神さまに守られていたらしい。

 

 

 

 

 ゴッ!!

 

 

 

 

 かなり痛そうな音がした後、ドサっと地面に倒れるアラタさん。

 私はそれを呆然としながら眺めた後、真横から伸びている白魚のような優美な腕の先を辿った。

 

「……フンッ! このわたくしがファレリア以外に直接拳で手を出したのは、貴方が初めてでしてよ。光栄に思うのね」

 

 腰にひねりをくわえた熟練のポーズで拳を突き出していたアルメラルダ様は、パンパンッと手を掃ってから私を見た。

 

「それで? これはどういうことかしら。ファレリア」

 

 

 

 私もよくわかんねっす。うす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




折り返し地点も過ぎ完結まで残り5話となりました。
頑張りますので応援してもらえると生きる糧になります!


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八話 そして交わるquartet~必定のごとく鼓動は響く

 薄暗がりの中。男が一人、狂ったようにぶつぶつと独り言をつぶやいていた。

 

「ちがうちがうちがう」

「アルメラルダはこうじゃない」

「何を仲良くなっているんだ」

「今まで原作通りだったじゃないか」

「どこで狂った?」

「やはりあの女か。ファレリア・ガランドール」

「それにアラタ・クランケリッツもだ。モブのような顔に騙されたがお前のような男も原作にはいなかった」

「存在しなかったんだ、あの二人は」

「やはりお前たちが居るからだ。だから原作のように進まない」

「お前たちが居なくなればきっとマリーデルもアルメラルダも元の関係に戻る」

「マリーデルが愛する男は誰だ? 助けてやらないと」

「マリーデルの愛した男でアルメラルダの今後も決まる」

「だが今のままでは下手すれば大団円エンドだ。どうしてそんな手間ばかりかかる道に歩を進めているんだ」

「一人を愛せ。ただ一人を。そうすればアルメラルダもその男を愛す」

「堕ちろ堕ちろ堕ちろ。それが見たい。それが見られないなら意味がない」

 

 息と共に吐き出されていく言葉の濁流。それを聞くものはここにはいない。

 ただただ男の声だけが暗い部屋に響いていく。

 

 

 

「ああ、見たいみたい見たい!!」

 

 

 

 ひと呼吸。

 男はその後、恍惚に満ちた表情で叫ぶように言い放った。

 

 

 

 

「堕ちるために生まれた悪役令嬢、アルメラルダを!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

+++++

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これはどういうことか。

 

 アルメラルダ様に問われたものの、私自身がまず一連の出来事を理解できていないため困ってしまう。

 どう答えたものか……。

 そんな風に悩んでいた時だ。

 

「ファレリア!!」

「ふぉ……マリーデルさん?」

 

 焦ったように私の名を呼んだのは、汗だくで息を荒くしているマリーデル・アリスティ……もといフォートくん。その様子からここまで走ってきたことが窺えた。

 いったいなぜここに。それと現状を知らないはずの彼がどうしてこうも焦っているのだろうか。

 

「アリスティ?」

 

 アルメラルダ様も突然現れた憎らしい競争相手を前に不思議そうにしている。その表情からはいつもの険が取れており、どこか幼い。

 ……そんな顔になるくらい、彼女もまた現状についていけていないのだ。

 

 それもそのはず。

 

 告白してきた相手が自殺しようとしたり、それを突然飛び出してきた私が阻止したり、かと思えばその相手が襲い掛かってきたり。追加でその現場へ普段忌まわしく思っている小娘が現れた、と。

 じょ、情報量過多。

 どこから理解の糸口を掴めばいいのか、流石のアルメラルダ様でも至難の業なのだろう。

 私だってこうして思考することで現在進行形で状況把握しているところだよ。

 

 とりあえず現状間違いないのは、アルメラルダ様の中でアラタさんの株が地を這うどころか地下に到達している事だけ。早々に誤解を解いてあげたいところなんだけど、今の理解度では難しい。

 どうしたものかな。フォートくん側の事情も気になるし。

 

 

 …………などを考えていると、いつの間にか近くに来ていたフォートくんが私の手首を掴んだ。

 

「……ッ! やっぱり、護符が砕けてる。なにがあったの。その手は!?」

「あ」

 

 言われてから私はようやく自分が怪我をしていたことを思い出す。

 ばっくり割れた手のひらの裂傷からは、未だに鮮血がしたたっていた。

 

 アルメラルダ様もフォートくんの言葉に呆けていた顔から一変。

 ぎっと目尻をつりあげると、彼を肩で突き飛ばして私の手を取った。

 

「おバカ! 止血なさい!」

「え、ああ……はい。……あれ……うわ……うわ!? うわあああああ痛い痛い痛い! 意識したら急に痛くなってきた!」

「当たり前でしょう! あああ、もうこんなに血が……!」

 

 私もアルメラルダ様もいいとこのお嬢様なので、ここまでの出血を見たことが無い。怪我する時も主に打撲だったしね……。

 アルメラルダ様は一瞬眩暈を覚えたようにふらついたが、すぐに持ち直して私の手に治癒の魔法力を流してくれた。

 ……あったけぇですわ……

 

 けどそれは横から伸びてきた手に阻止される。

 

「馬鹿はあんたもだ! そのまま治癒してどうする。まず水で洗い流してからだろ。変に治すと跡が残る!」

「ばっ!?」

(うおおおぉぉ!? フォートくん、口調! 口調!!)

 

 完全にマリーデルちゃんでなくフォートくんとしての口調だったので私が焦ってしまったが、アルメラルダ様はこれまで生きてきた中で人に言う事はあっても言われることなどなかった「馬鹿」という呼称に目を白黒させている。

 マリーデルちゃんしてる時のフォートくんは優しいからな……。こんな暴言、絶対に吐くまい。

 

 そしてそのフォートくんであるが、柔らかく発生させた水の魔術で私の血を洗い流し、取り出したハンカチを裂いて傷に巻いてくれた。

 その所作はどこか手慣れている。

 

「……一応、応急処置はこれでいい、はず」

「あ、ありがとうございます」

「……! おどきなさい。応急処置とやらが終わったのなら、あとはわたくしの番です! 貴女、治癒の魔法成績はあまりよろしくなかったでしょう」

(アルメラルダ様フォートくんの成績とか把握してんの!?)

 

 思ったよりライバル研究してたんだなとビビっていると、アルメラルダ様が再度フォートくんを押しのける。

 二回も突き飛ばされた事にムッとしたのか顔をしかめたフォートくんだったが、そこでようやくこちら以外……周囲を見回し、ぶっ倒れているアラタさんを発見した。

 

「ファレリア、説明をしてもらっていい? どうして僕が渡した護符が砕けるほどの攻撃を受けたのかを」

「それは……」

 

 フォートくんとしても訳わからないだろうな。

 けど彼がここに焦って来た理由だけは、なんとなく想像がついた。

 護符か。

 

「……アリスティ。貴女、本当はそんな話し方をする人だったの?」

「!!」

 

 私が答えようとしていると、その前にアルメラルダ様の疑問の声が挟まった。

 

 苛立たし気に頭を掻いたフォートくんの所作は荒々しく、口調も少年そのもの。

 アルメラルダ様が疑問を抱くのは当然だろう。さっきまでは馬鹿って言われた事の方が衝撃的だったみたいだけど。

 

「しかもファレリアの事を呼び捨てとはどういうことかしら!? 決闘の時もファレリア先輩などと呼んで図々しいと思っていたけれど、呼び捨てですって!? 気安いにもほどがありましてよ! この庶民!」

(あ、そっち突っ込むんだ!?)

 

 余談だが、この世界。めちゃくちゃ西洋風のわりに公共言語は日本語である。そのためくんちゃん様呼び捨てなどなど、相手に対する呼び方のバリエーション豊かだ。

 

 動揺するフォートくんを前に、アルメラルダ様はビシッと開いている方の手で彼を指さす。

 しかしフォートくん……しばし何か考えた後、なにやら開き直った。

 

「……気安い? ええ、そうですね。でもそれは仲がいいからですけど?」

 

 言うと彼はにっこり笑いかけてくる。

 

「ねっ、ファレリア。決闘の後から友情が芽生えたんですよね~! 私たち!」

(そ、そう来るかー!)

 

 ぱぁぁっと花開くような笑顔。

 しかしそれはマリーデルちゃんの模倣演技(エミュレーション)をしている時のような向日葵のような朗らかで明るいものではなく、もうちょっと圧が強いっていうか……。

 演技をしているようでしていない、フォートくん自身の表情だった。

 

 私は顔が引きつるのを感じつつ、こうまで言われて否定するわけにもいかず頷いた。

 もう隠すの無理だろこれ。

 

「えーと、はい。ソウデスネ」

「ねっ!」

「そうですね! もう戦いを終えた私たちは親友ですよ!」

 

 笑顔にもかかわらず高圧的な念押しに思わず勢いよく肯定すれば、次に不穏な雰囲気を発し始めたのはアルメラルダ様だ。なになになに!

 

「へぇ……親友」

「はい。ところでアルメラルダ先輩、魔力が乱れてますよ。補助しましょうか?」

「なっ」

 

 じとりとした目で私を見たアルメラルダ様だったが、治癒のために上下から私の手を包んでいた自身の手を更に上下から挟まれてぎょっとする。フォートくんだ。

 そこから流されたのは、彼女が使う治癒魔法を安定させるための補助魔法。

 

「余計なことを……!」

「我慢してください。ファレリアの傷の処置が終わるまで」

「くっ」

 

 ……なにやら奇妙な構図となってしまった。二人の星啓の魔女候補から手を挟まれ治療されている私、何。

 いやめちゃくちゃ痛かったので助かるんですけど……。

 

 しかし痛みが和らいでくると、ようやく考える余裕が出てきたので私は地面に転がるアラタさんを見る。

 

「あれ、一応拘束しておいた方がいいですかね。事情はよく分からないのですけど、多分アラタさん操られていたと思うのですよ」

「……そういうことか」

 

 フォートくんはアラタさんの横に落ちている血に濡れた刀を見ると、器用に風の魔法を指ではじき飛ばし刀を遠ざけた。

 次いでアルメラルダ様が片腕を振るい魔法詠唱をすると、近くの木々から蔦が幾本も伸びてくる。

 それらがアラタさんの体を拘束し、吊り上げた。ミノムシのような有様はちょっとおもしろい。

 

(さっすが優秀……)

 

 この二人なかなかいいコンビなのでは? とか思ってしまう。

 本人たちに言ったら怒られてしまいそうだけど。

 

 

 ……にしても。この後はどうしましょうね。

 

 

 私の見立てではアラタさん操られていた説が濃厚だが、その理由が不明のためまず誰にどう報告したものか。

 下手をすればアラタさん自身が学園生徒に刃を向けた罪に問われかねない。

 

「操作の呪法がかかったままであれば、まず解呪しなければなりませんが。誰に相談しましょう」

「ファレリア。あなたはさっきの行動が、クランケリッツ自身のものではないという確信があるの?」

「それは、はい。アラタさんって結構愉快な人なので。少なくともこんな凶行に走る人ではないですよ」

「……思ったより、仲が良いのね」

 

 「仲が良い」と言われたことに少々照れてしまう。

 するとアルメラルダ様は何かに気付いたように、こちらを見ていたフォートくんを眺めた。

 ん? フォートくん、心なしかさっきより不満そうな顔をしている……? ほっぽっとかれて拗ねたのだろうか。

 

「……なにか?」

「いいえ。ところで、さっきのが貴女の地かしら? 誤魔化せた、とでも思っている? しっかり覚えていましてよ」

「!!」

 

 瞬間、焦りを見せるフォートくん。いや、もうだいぶ今さらだね!?

 それを見たアルメラルダ様はにまっと顔を緩めた。

 

「まあ。まあまあまあ。はつらつ元気で愛らしさが売りのマリーデル・アリスティが、あんな男の子のような言葉使いをするだなんてねぇ! 正体見たり、という奴ですわね~! ほーっほほほ!」

(はつらつ元気って思ってたんだ)

(愛らしいって思ってたんだ)

 

 意気揚々と揚げ足取りをしているつもりらしいアルメラルダ様だったが、それを聞いていた私たちは微妙な顔だ。

 マリーデルに抱いていたイメージそのものはだいぶ好意的じゃんアルメラルダ様。……本人気づいていないっぽいけど。

 そうか。アルメラルダ様の中でフォートくん扮するマリーデルちゃんの評価ってそんな感じなんだ。

 ハツラツ元気。

 なるほどなぁ。

 

 

 

 

 とまあ、そんなふうに。

 微妙に脱線しながらも、アラタさんをどうするか、という事に私たちが頭を悩ませていた時だ。

 

 

 

 

「そいつはもう大丈夫だろう。呪いの力は霧散している。……候補段階とはいえ、流石は星啓の魔女だな。まさか拳を叩き込むとは思っていなかったが」

「!?」

 

 そう言ってガサガサと茂みをわって現れたのは、目隠れもさもさポニテ男。……昨日いろいろかましてくれやがった研究塔の特別教諭だった。

 昨日の事を想い出しぞわっと肌が泡立つ。それを察したのか、さりげなくフォートくんが前に出てくれたのが頼もしかった。

 ……こういう所、フォートくんってめちゃくちゃ男の子よね。

 

 予想外の人物が現れた事。そしてその発言内容に、私たち三人がそれぞれ困惑する。

 

(……って、ちょっと待て。拳を叩き込むとか言ってたって事は、こいつ結構前から見てやがったな!?)

 

 しかし私たちの困惑など知った事かとばかりに、特別教諭はフォートくんの後ろに隠れる私へと視線を向けた。

 

「思っていたより早く災いを被ったようだな。一体誰の不興を買ったのだね? ガランドール」

「清く正しく生きてきましたけど!?」

 

 反射的に返すが、特別教諭は答えなど求めていなかった様子だ。

 彼は木につるされたアラタさんを見て顎をさする。

 

「……まあいい。さて、その男は俺があずかろう。正気に戻っているか、確証も無いままでは不安だろう? 見張っておいてやるとも」

 

 本来ならありがたい申し出である。だが相手は学園の教諭とはいえ、あまり信用できない相手。

 どうするべきか私が悩んでいると……次に声をあげたのはアルメラルダ様だった。

 

「……任せておけませんわね」

「ほう? どうしてだね、アルメラルダ・ミシア・エレクトリア」

「貴方の人間性を知っているからですわ。訳知り顔なのも胡散臭い。それに言葉からしてすいぶん前から見ていたご様子ね。……生徒の危機を放っておいて野次馬するような人間、信用できるとでも?」

 

 あ、アルメラルダ様も気づいていたか。

 というかこいつアルメラルダ様にも胡散臭い思われてんじゃねーですか。

 誰から見ても胡散臭いのだけど、一応アルメラルダ様も補佐官候補に絞っている相手のはず。その相手に取り繕うこともなくそういった評価を下すのだから相当だ。

 

「これは……手厳しい。一応、俺も補佐官候補なのだろう。もう少し媚を売ってくれても良いと思うのだが」

 

 自分で言っちゃったよ。

 しかしアルメラルダ様はその発言をぴしりと叩き落す。

 

「それとこれとは話が別ですわ。さて。……クランケリッツを連れて行くというのなら、わたくしも共に参ります。よろしいですわね?」

「アルメラルダ様!?」

 

 驚く私を前に、アルメラルダ様は笑みを浮かべた。

 

「貴女の好きな人ですものね。このわたくしが責任を持って見ていましょう。……刃物を振りかざす相手を前に飛び出て、わたくしを守ろうとしたご褒美とでも思っておきなさい」

 

 その発言に思わずじ~んとしてしまった。あ、アルメラルダ様が私のために動こうとしてくれてる……!?

 けど申し出はありがたいものの、変態とアルメラルダ様を二人きりにするのは憚られる。

 

「なら私も」

「貴女はしっかりと治療を受けてらっしゃい。一応処置はしましたけど、万全ではないわ。……ああ、そうそう。保健室ではなくわたくしの部屋に行くのよ。わたくしのメイドが治療魔法に長けているのは、貴女も良く世話になったのだし覚えているでしょう」

 

 そこで言葉を区切ると、アルメラルダ様は意味深な目をフォートくんにむけた。

 

「……アリスティ。ファレリアの付き添いを頼めるかしら?」

「……私でいいんですか?」

「貴女以外に居ないのだから、しょうがないでしょう」

 

 まさかアルメラルダ様に私を託されるとは思っていなかったのか、フォートくんはポカンと口をあける。私も驚いた。

 その反応に溜飲が下がったとばかりにアルメラルダ様は笑みを深くする。

 ……こちらの笑みは私に向けた柔らかいものではなく、だいぶ悪辣だ。悪役令嬢スマイルとでも呼ぼうか。

 

「仲良しを自称するならしっかりと送り届けなさい。ああ、ファレリア。そのことも後で聞かせてもらいますわよ」

「ふぁ、はい」

 

 最後にじろりと睨まれて肩をすくませた私である。ど、どう説明したらいいんだろう?

 ……まあ、後の事は後の私に任せよう。

 

 

 

 

 そうして研究塔に向かう二人と一人(気絶中)を見送ると「そうだ」と思い出してフォートくんに向き直った。

 

「ごめんなさい。せっかくもらったお守り、さっそく壊れちゃいました」

「それは別にいいよ、君が無事なら。……でもぼ、私も未熟ですね。手を切られたくらいで壊れる護符だったなんて。しかも怪我、防げていないし」

 

 しょんぼりと肩を落とすフォートくん。

 先ほどからうまく"マリーデル"を取り繕えない様子の彼は、私の首元に目を向けた。

 

 ペンダントトップの飾りについていた宝石は砕け散り、今そこには何の力も宿っていない。

 聞けばそれは効力を発揮した時、製作者であるフォートくん自身に護符の発動を伝えるのだとか。それで彼は私に何かあったのかと、学園中を走り回って探してくれていたらしい。

 

 だけど、なにか誤解を与えているようだ。

 この魔法護符は不発に終わってなんかいない。確かに私の命を救ってくれたのだから。

 

「いえいえ、そんな! ちゃんとこれには守ってもらいましたよ! えーと……これが壊れたのはですね。さっき殺されかけた時でして……」

 

 

 

 

 

 

 

「「は?」」

 

 

 

 

 

 

 

 私がそう述べると、目の前の少女少年と、Uターンしてずかずか令嬢らしくない足取りで戻ってきた公爵令嬢が異口同音に柄の悪い声を発する。

 アルメラルダ様、今の距離で聞こえたんですか!? 結構遠くにいたと思うんですけど!

 

「ちょっと待って殺されかけた? それ初耳だけど? 詳しく話して?」

「わたくしもでしてよ。聞いていないわ。すぐに話しなさい」

 

 至近距離からそれぞれ系統は違うとはいえ麗しい美少女顔に詰め寄られ、私は「おおう」と圧に押されながらまたもや藪蛇ったかと察しつつ、抗うすべもなく問いにぺろっと答えた。

 

「あ……と。いや、そのですね。さっきここへ来る前に、アルメラルダ様の部屋でアラタさんに刺されたんですよ」

「あの男やはり息の根止めてきますわ」

「待って待って待って!? 未遂ですし、操られてたっぽいと言ったじゃないですか!?」

「事実こそ全てよ」

「ちょ、だから待っ、おぁぁあああああ! 力つよっ! マリーデルちゃんも止めるの手伝って下さ……おおおおおお!?」

 

 話した途端、扇に"必殺"に相応しい魔法力を宿してアラタさんのもとに向かおうとしたアルメラルダ様。それを羽交い絞めにして必死になって止める。

 しかしその力は強く、ここはフォートくんに助けてもらおうと協力を呼び掛けたのだが……。

 

「や、やめんかマリーデル! こいつは俺が連れて行くと……」

「胴体だけで我慢してくれませんか?」

「首だけ持って行く気か!?」

 

 こちらはこちらで特別教諭からアラタさんを回収しようとしていた。

 それも会話内容がなかなかに不穏である。

 

 

 なんとか私が弁舌を駆使して二人を止めたのは、それから十分後のことだった。

 

 

 あの変態特別教諭まで慌てさせるとは……と生唾を飲み込みつつ、私はさっきの続きを話す。

 

「それで、ですね。マリーデルちゃんがくれたお守りのおかげで事なきを得たんですけど、アルメラルダ様がアラタさんと待ち合わせをしていたでしょう? これは大変だと思って、刺された後に慌てて走ってきたというわけですよ。つまり走れるくらいに元気! 問題ありません!」

 

 アルメラルダ様の視線がそこで初めて私の首飾りに向く。

 今まで服の下に隠していたので、アルメラルダ様が目にするのは初めてだ。

 

「アリスティが作ったお守り?」

 

 視線と共に問われ、フォートくんが頷く。

 

「決闘の後に、友情を記念して差し上げました」

「……私、この魔法護符が無ければ確実に殺されていました」

 

 今さらになって体が少し震える。

 昨日といい、散々だ。それが特別教諭が言うようにこの眼が呼び込んだものだというならとんだ邪眼だよ。

 取り換えの効かないものだし、本当にこれが原因とは信じ切ってないけれど。

 

「……ともかく、その時からすでにアラタさんの様子は変でした。これ以上は情報らしい情報は無いのですけど……やっぱり呪われてたって事でいいんですよね? 先生」

 

 途中、ついでなので特別教諭にぶん投げた。頼みますよ。一応先生なのですから、あなた

 

「……ああ。精神操作を受けていたことは間違いないな。……詳しくは俺の研究室で調べよう。二級魔法騎士ほどの魔法耐性を持つ奴を操る呪いの構造、興味がある」

「貴方にお任せすること自体はすごく不安なので、後で他の先生にも行って見てもらいますね」

「水を向けておいてその言い草かガランドール」

 

 不満そうにする特別教諭を無視すると、私はフォートくんに頭を下げた。

 

「本当に、命を救われました。ありがとうございます」

「いいえ、ファレリアが無事なら私はそれで。……けど話を聞いて納得です。何年も両親が祈りを込めてくれた星石を使った自信作だったから、壊れた様子を感じて本当に驚きました」

「ちょっと待ってくださいフォ、マリーデルちゃんこれに使ってた石ってもしかして形見とかだったりします!?」

「そんな事どうでもいいじゃないですかファレリア」

「どうでも良く無いんですが!? だって、粉々……!」

 

 

「命の方が大事だろ。君の」

 

 

 マリーデルの口調かと思ったら突然地の言葉使いで言われて、心底彼がそう思っている事が伝わってきた。

 心臓が跳ねる。

 

 この子、どこまでいい子なんだ……!?

 

「……ふん、マリーデル・アリスティ。少しは見直してあげましてよ。……それにしても、形見。貴女、ご両親を亡くしていたのね」

 

 安定しないフォートくんの言葉使いに困惑しつつも、アルメラルダ様は初めて知った「マリーデル」の背景に少々認識を改めた様子。

 そのことにちょっぴり良い兆しを感じつつ。私は今度こそ研究塔に向かうアルメラルダ様と特別教諭を見送り、フォートくんと一緒に怪我の処置のためアルメラルダ様の自室へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

+++++

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルメラルダの部屋へ向かう途中、フォートはずっとファレリアの手を握っていた。

 その姿に注目が集まるが、フォートは気にせず歩く。手を引かれているファレリアは嫌ではないが周囲の視線が少し困る、といった様子だ。

 そしてアルメラルダの部屋がある、比較的高位貴族の令嬢たちが住まう寮棟へ来た時。

 

 周囲の人影が途切れると、フォートは呟くように言った。

 

「アラタのような強い……それこそ第二級魔法騎士相手に、精神を操ったり乗っ取ったりする呪法をかけるのは至難の業だ。……それこそ元から抱いていた感情を利用でもしない限り、ね。本で読んだ」

「え、えらい。勤勉ですね。私、授業範囲以外全然勉強していませんよ」

「君はもっと勉強しなよ。環境に恵まれてるんだから」

「ごもっともです」

 

 しおっと肩を落とすファレリアだったが、「それにしても」と首を傾げる。

 

「今回の件。本当に誰の仕業なんでしょう。こんなイベント無かったはずだしなぁ……」

 

 唸るファレリアにフォートは己が言葉に含ませた内容が伝わっていないことを察し……これ以上は良くないと考えながらも続けた。

 

「ねえ、ファレリア。これは、忠告のために言っておくよ」

「あ、はいはい。なんでしょう?」

「……元からアラタが抱いていた、操られてしまうことに使われた感情。それはなんだと思う?」

「えー……と。ストレス?」

「合ってるけど、それだけならアラタはきっと跳ねのけられたよ。これはもっと部分的な……個人への感情が起因していると僕は予想する」

「個人」

 

 ファレリアが不安そうな顔で見てくるので、一瞬躊躇する。

 だがこれは必要な事だと己に言い聞かせ、フォートは"それ"を口にした。

 

「何故かは知らないけど、アラタはずっとファレリアに不信感を抱いていたよ。それを利用されたのなら、今回狙われたのはやっぱり君だ」

「え……」

 

 数秒の沈黙。

 

「そ、そうですか。狙われちゃいましたか、私。一体誰でしょうねぇ。私の可愛さに嫉妬しちゃった人とか? いや~、でもアラタさんほどの慎重な方なら、やっぱり原作に居ない私の事なんて信用しなくて当たり前ですよね~。そっか、そっか。まあ納得です」

 

 口調がやや早い。自分を納得させるように言葉を紡いでいる。

 そんなファレリアの様子に、フォートは罪悪感と共に……心の奥底で、わずかに歓喜する自分に気付いた。

 

 話したことは事実だ。しかし明確に嫉妬の感情が入り混じっている。

 これでファレリアからのアラタへの感情が、少しでも薄れればいいと。離れればいいと。

 

 ……その自覚をもつフォートは、自分の感情すら俯瞰的に見る癖がついているのは嫌なものだなと眉をしかめた。

 

(ああ、嫌だな。本当に、嫌だ)

 

 傷つくと分かっていた。

 しかしそのことで少しでもアラタに嫌な気持ちを抱いてくれたらいい。

 そんな風に思ってしまう自分の心が醜い。

 

(こんな気持ち知らないままでいたかった)

 

 淀むように心の奥底に溜まっていく熱を帯びた泥。フォートは抱く気持ちをそう認識していた。

 けして表に出してはならない。しかしそう思えば思うほど、加速度的にその泥はフォートの心を占領していく。

 ……「好ましい」程度に収まるよう調節はしているが、攻略対象達の好感度を上げていく過程でもしそういった気持ちがもし自分へ向けられていたら。それを考えるとゾッとする程度には、この気持ちは醜悪だ。

 

 

『いつか素敵な人と恋をして、かわいいお嫁さんになるの』

 

 

 幼い頃、姉が無邪気に夢を抱いていた砂糖菓子のような気持ち。それが恋だと思っていた。

 だが実際はこんなにも……。

 

 

 

 フォートが忸怩(じくじ)たる思いを抱いていると、くんっと腕が後ろに引っ張られる。否、手を引いているファレリアが足を止めたのだ。

 

「ファレリア?」

「ご、ごめんなさい。そのですね。さっきまでアドレナリン大放出って感じであんまり気にしてなかったんですけど……」

 

 ちらと視線を向ける先は、アルメラルダの部屋がある方向。

 その体は震えていた。

 

「刺された場所に行くのは、流石に記憶が刺激されるというか。ちょっと待ってもらえます? すぐに整えるので」

「……!」

 

 そうだ。ファレリアはつい先ほど殺されかけたと……そう言っていたではないか。

 

(なのに、僕は自分の都合ばかりで。しかもファレリアの気持ちを刺激するようなことを言った)

 

 自分が本当に嫌になる。

 

 

 それと同時に、急に一つの考えが鮮明になった。

 

 

(もしかしたら、ファレリアは今。……僕の前に居なかったのかもしれない)

 

 昨日のことを受けて、たまたま自分が護符を渡していた。それが無ければ今頃ファレリアはアルメラルダの部屋で冷たくなっていたのだ。

 じわじわと目の前の相手を失うかもしれなかった現実を受け止めて、フォートは体の中が冷え切っていくのを感じた。

 

「フォートくん? どうしました?」

 

 相手はといえば震えているくせに呑気に聞いてきて、こちらの気など知りもしない。

 だけど動いている、生きている。

 

 

 

 ……本当に?

 

 

 足りない。

 繋いでいたファレリアの手に深く指を絡ませる。

 それでも足りない。

 

 

 

 たまらなくなって、フォートはファレリアを腕ごと引き寄せ抱きすくめた。

 

「!?」

 

 驚く気配を感じるが、気にせず抱きしめる。

 あたたかい。血のかよっている生者の温度だ。

 それを確かめるように柔らかい体に腕を回していると、いつもほんのりと香っていたファレリアの香水がより強く鼻先をくすぐる。

 

「フォートくん? おーい。どうした、フォートくーん?」

 

 首元に顔を埋めていると真横から戸惑った声がする。

 早鐘のように響く心臓の音は失うかもしれなかった恐怖からか、それともこの相手へ向ける恋慕によるものか。

 判別できず、ただただ自分で困惑する。

 まるで迷子にでもなったような気持ちで顔を上げると……至近距離で赤い瞳とかち合った。

 

「その、どうしました? えへへ。もしかして、心配してくれたんです? 大丈夫でしたよ。フォートくんがくれためちゃつよお守りがあったので」

「……でも、一歩間違えてたら、死んでた」

「それはすでに"もしも"の話です。私はちゃんと、ここにいますよ。それを確かめたかったんですよね?」

 

 抱きしめたことをそう解釈したらしいファレリア。間違ってはいないが、フォートは心に引っかかりを覚える。

 

 ……ともかく相手が"そう"思ってくれている間に離さなければ。でなければ何かが変わってしまう。

 フォートはずっとこの体温を感じていたいと感じながらも、ファレリアの体を解放しようとする。

 しかし、それは少し遅かったらしく。

 

「あの……ところで。さすがにちょっと照れてしまうので、そろそろ離してもらえると助かるなぁ、なんて」

(あ)

 

 

――――まずい。

 

 

 がらがらと崩れる理性を自覚した。

 

 いつもの無表情の癖に、やはり感情自体は豊かで。うつむきこちらを見ないファレリアの頬は、ほんのり赤かった。

 

 誰だって異性にこの距離で居られたら照れくさくなるだろうとか、きっと自分と同じ気持ちで赤くなっているわけではないだとか。

 いくらでもそんな考えが脳内を駆けていくのに、どれ一つとして掴むことは出来ない。

 するする通過していって、残った空白に収まったのは剥き出しの欲のみ。

 

「…………」

 

 耳元で心臓の音がする。

 互いの呼吸音がやけに大きく聞こえた。

 それもそのはずだ。珊瑚色の唇がすぐ目の前にある。

 もっと近づく。

 互いの呼吸がぶつかる。

 

 

 

 

 

 そして。

 

 

 

 

 

「ん゛ッん゛ー!」

「わっ!?」

 

 唸るような咳払いが聞こえたと思ったらぐいっと首根っこを掴まれて、そのままバランスを崩したフォートは尻もちをついた。

 

()っ」

「あら失礼?」

「アルメラルダ様!?」

 

 フォートをファレリアから引き離したのは、研究塔へとむかったはずのアルメラルダだった。

 彼女は尻もちをついているフォートを見下ろす。その視線は氷のように冷え切っていた。

 

「……さて、アリスティ。貴女も一応星啓の魔女候補なのですから、一緒についてらっしゃい。わたくしがわざわざ呼びに出向いてやったのよ。もちろん来るわよね?」

「え……と。どういう」

「反応が鈍い!」

 

 容赦ない叱責が雷のように落ちてきて、フォートは思考が定まらないまましどろもどろに「行きます」と頷いた。

 

「それで良いのよ。……なんでも先生によればわたくし達星啓の魔女候補には、呪いを消す力がそなわっているとか。念に念を入れたクランケリッツの最終的な呪法除去の処置のため、二人そろっていた方が良いそうよ。……ファレリアは怪我の処置をしたあとは部屋に戻っていなさい。ここまでくれば、もう一人で行けるでしょう。ああ、必ず誰か護衛をつけるのよ。わたくしのメイドに言えば手配してくれるわ」

「あ、はい。……はい?」

「貴女もなの!? 呆けた顔をしていないで、さっさとお行きなさい!」

「はいぃぃぃッ!」

 

 アルメラルダの声を受けて、石のように固まっていたファレリアは飛び上がってすでに扉の見えているアルメラルダの部屋に向かって駆けだした。

 それを見送ると、アルメラルダは尻もちをついたままのマリーデル(フォート)を見る。

 ……夕日に照らされたように赤いその顔を。

 

 

 

 

(今、なにしようとしてた……!?)

 

 

 

 

 フォートは口元を押さえて今の自分の行動を自問自答しては堂々巡りの考えを繰り返していた。ドクドクと心臓がうるさくなる。さっきからずっと鳴りっぱなしだ。

 

 その脳天をバスンッ、と扇で叩かれてようやく我に返るが、叩かれたことに怒る余裕もない様子。

 

「今のは、その!」

 

 口から飛び出たのは言い訳のための助走。

 しかしアルメラルダはそれをばっさり切り捨てた。

 

 

 

「貴女にファレリアは渡しませんわよ」

 

 

 

 ひゅっと息をのむ。

 フォートのハトが豆鉄砲でもくらったような顔を見たアルメラルダは、開いた扇で口元を隠しながら目を細めた。

 

「ふふっ。そんな顔を見て分からないほど、わたくし鈍くなくってよ。……まあ、貴方がそういった趣味の方とは知りませんでしたけど」

「ちがっ。違います! どうしてぼ……私が、あんな」

「あんな!? うちのファレリアに何かご不満でも!? 確かに顔しか取り柄の無い子だけども、貴女ごときにそんな風に言われるような子に育てた覚えはありませんわ!」

「そうじゃなくて! っていうか育てたって何、親か!? ああもう!!」

 

 どう答えればよいのか。混乱した頭では到底その解をはじき出せそうにない。

 するとアルメラルダは軽く息をついてフォートの後ろ襟をひっぱる。

 

「ちょ、猫じゃないんだから! 首元掴むのやめてよ!」

「あなたの化身は猫だったじゃない」

「そうだけど!」

「……どうやら大きな猫もかぶっていたようだし?」

「…………!」

 

 フォートはそこで散々アルメラルダの前で素を晒してしまった事に気づき、余計に思考のドツボにはまる。だがそれに対してアルメラルダは上機嫌だ。

 

「今日はあなたの弱みをたくさん握ってしまったようね。ほほほ! さっ、モタモタしていないで行くわよマリーデル・アリスティ」

 

 アラタが正気に戻ったらなんと説明しよう。

 

 

(だけど、ああ。そうか。これってもう、隠しておけるほど小さなものじゃない……のか。だったら僕は……)

 

 

 フォートは忙しない自分の内面に頭痛を覚えつつも、どこかすっきりとした気持ちも抱いていた。

 相変わらずドロドロとした醜い気持ちであることには変わりないが、それも受け取り方次第かもしれない。

 生涯においてそんな強い気持ちを向ける相手に巡り合えたことは、きっと幸運だ。

 

 

 たとえそれが、叶わぬ想いであろうとも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

+++++

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後。

 

 ファレリアを前に地面に額を擦りつけて土下座の体勢をとるアラタの姿があった。

 

 

「本当に、すまなかった……!」

「あ、いえいえ~」

「そんな軽く流していい事ではないが!?」

「それもそうなんですけど、こっちはこっちでそれどころじゃなかったというか。人はすでに終わった過去より目の前の事に気をとられるというか……いや本当どうしよう……」

 

 もにょもにょと言いよどむファレリアの頬はほんのり赤く、挙動不審だ。

 ついさっき目を覚ましたばかりのアラタはその様子に首を傾げる。

 よく自分に対して顔を赤くすることはあったが、今のそれはアラタに向けられているものではない気がするのだ。

 

 

 彼は自分を排除した上での恋愛沙汰の匂いには敏感だった。

 

 

 伊達に前世からカプ厨をやっていない。

 この世界の原作ゲームをプレイしたのだって、主人公であるマリーデルと攻略対象の全カップリングを見るためである。

 

「と、ともかく! こうしてアラタさん自身に私を傷つける意図は無かったと確認も出来た事ですし、一回リセットしましょうリセット。ね?」

 

 何かを誤魔化すように話題をぶちぎったファレリアは、そう言って和解を示すようにアラタの手を取る。しかし。

 

「ひっ」

 

 ファレリアの手を振り払い、アラタは転げるように後ろへ後ずさった。

 

「……えっと……」

「アラタ……さん。もしかして、操られていた間の記憶は残っています?」

「……ああ」

 

 アラタに問うたのはフォートだ。

 

 ちなみに現在。ここ研究塔の一室に設けられた寝室に集まっている人間は、部屋の主である特別教諭の他"五人"。

 ファレリア、マリーデル(フォート)、アルメラルダ。

 加えてアラタの護衛対象である第二王子とその兄の第一王子だった。

 

 例の一件があった後、特別教諭がアラタから呪法の気配が完全に消えたことを確認しアラタの関係者である王子に連絡したのだ。

 

 

 

「また君を傷つけるのではないかと怖いのだろう」

 

 アラタの様子をそう称したのは第二王子。いたましそうに自分の護衛の様子を窺っている。

 

「気にしなくていい、といってもこればかりは本人の気持ちが追い付かないと無理ですものね」

 

 ファレリアはそう納得すると、大人しく引き下がり……アルメラルダの横にそそそっと移動する。

 ちなみにだが、アルメラルダを挟んでマリーデル(フォート)の反対側だ。

 

「……はぁ。また一発くらいおみまいしてやろうかと思いましたけど……」

 

 そうため息をつきながら言ったのはアルメラルダ。

 彼女から殴られたこともしっかり覚えているアラタは、断罪されるのを待つように首をうなだれさせた。

 だがアルメラルダがその拳を彼にふるう事は無かった

 

「貴方も被害者のようですからね。とりあえず、互いの認識はすりあわせたのだし一応の手打ちとなさい」

「え……」

「大の男がびくびくと見苦しい。貴方は仮にもわたくしに勝った男なのだから、もっと堂々としていなければならないわ」

「けど、俺は……」

 

 なおも言い募ろうとするアラタを、アルメラルダはびしっと扇で指す。

 

「今はファレリアと貴方を害そうとした相手を見つけだし、処するのが先決でなくて? ビクついている暇などなくってよ!」

「はい!」

 

 気迫のこもった喝にアラタの背筋が伸びる。

 その様子に可笑しそうに笑ったのは、それまで沈黙を保っていた第一王子だ。

 

「流石だね、アルメラルダ。私は君のそういう所を好ましく思う」

「まあ、殿下。もったいなきお言葉ですわ」

 

 先ほどまでアルメラルダ節を振るっていた彼女も、流石に第一王子の前ともなると多少しおらしい様子を見せるようだ。口元を扇で隠し楚々と笑う。

 

「アラタも彼女の言う通り、反省はそこまでにするとよい。私が許そう」

「はっ」

 

 鷹揚に述べた第一王子を前に、やっと多少覇気を取り戻したアラタが臣下の礼をとって跪いた。

 更に第一王子は続ける。

 

「ふむ……。しかし、今のところ下手人の手がかりは無しか。呪法が使われていたことだけは確かなのだな?」

「ああ。この俺が確認したのだから間違いない」

 

 王子相手にも不敬な口調を崩さないのは特別教諭。

 しかし第一王子は気にした様子も見せず、ひとつ頷いた。

 

 

 

 

「ではひとつ提案したいのだが、こういうのはどうだろうか。犯人が捕まるまで、アラタを"君たち"の護衛につけるというのは」

 

 

 

 

「え」

「え」

「え」

 

 異口同音に困惑の声を発したのはファレリア、アラタ、アルメラルダ。

 

 マリーデル(フォート)は静かに見守っている。

 一応現場に居合わせ、アルメラルダと共にアラタにかけられた呪法を除いた(と思われている。実際マリーデルでないフォートにその力は無い)実績があるため呼ばれたが、現在自分は話の中核に関わる位置に居ないことを自覚しているのだ。

 

「アラタが再度操られる可能性も危惧するなら、それを防ぐ環境を整えねばなるまい。呪法は一度かかると、同じものに対する耐性が低下するからな。そして呪いの類は星啓の魔女候補であるアルメラルダとマリーデルには効かず、同時に君たちは呪いを解く力も備えている」

 

 第一王子はアルメラルダ、ファレリア、マリーデルの顔を順番に見る。

 

「君たち自身としても、もし他に操られたものが出てきた場合に強い護衛が近くに居れば心強いだろう。……一見狙われたのはファレリア嬢だけに思えるが、犯人の目的が分からない以上アルメラルダも狙われていないとは限らない。良い提案だと思うが。なあ」

 

 第一王子が同意を求めたのは第二王子。普段アラタが仕える本来の護衛対象だ。

 

「…………。そうですね。アラタも今回の件を気にしているようだし、襲われかけた二人が気にしないのであれば。本人の贖罪を兼ねて、兄上の提案を受け入れてほしい」

「その間、弟の護衛は私が手配しよう。まあもともと、アラタを弟の護衛に取り立てたのも私なのだが。それもあって本日この場に出席させていただいた」

「そういうことでしたら」

 

 王子二人による提案をつっぱねるわけにもいかないと、戸惑いながらもそれを隠したアルメラルダが頷いた。

 

「いざという時は、またわたくしがクランケリッツに拳を振るえば良いのでしょうか」

「ふふっ、頼もしいな。しかし護衛の距離を保つならその必要もないだろう。きっと呪法を向けられても星啓の魔女候補の近くに居れば中和されて効力を発揮しない」

「……そういえば星啓の魔女に呪いが効かない、というのは今回初めて知ったのですけれど」

「そこは、すまないね。星啓の魔女が正式に決まった後、本人にしか言えないことが色々とあるのだよ」

 

 そう言われてしまえばアルメラルダとしても引き下がるしかない。

 「だったらなんでこいつは知っているんだ」と、候補者の自分が知らないことを特別教諭が知っていた事には不満を覚えているようだが。

 

「では改めて問うが、提案は受け入れてもらえるだろうか?」

「もちろんですわ。せっかくの殿下のご厚意ですもの」

「ファレリア嬢もかまわないか」

「はい。アルメラルダ様が良いのであれば」

「では、決まりだな」

 

 艶やかな赤い長髪をかきあげると、第一王子は雅やかな笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 そんな中。

 

(え、え、え。何。護衛? ……俺が、アルメラルダたんの!? 待っ、俺自身が原作の間近くに居座るのは……! え!?)

 

 

 さっそく心が死にそうになっているアラタ・クランケリッツに気付いたのは、フォートのみであったとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数日後のことだ。

 少し前に学園中を"決闘"という催しで賑わせたばかりの四人が、再び注目を集める事となる。

 とはいえ、今度は決闘などという特別なことをしているわけではない。単に一緒に歩いているだけだ。

 

 だが、その"だけ"こそが異様なのである。

 

「ところで、何故貴女まで一緒に行動しているのかしら? マリーデル・アリスティ。わたくしは貴女がそばに居ることを許した覚えは無いのだけど」

「アルメラルダ先輩でなく、ファレリアと一緒に居るだけですよ~。友人ですから! あんな事を聞いて放っておくほど薄情ではありません。心配なんです、私も」

「わたくしだけで事足りるわ。わざわざ護衛として貸し出されたクランケリッツも居るのだし、貴女がここに居る必要があって? 過剰な自信が透けて見えるようね。あさましい」

「でもアラタさんのように呪法を受けた人が複数人で一斉に襲い掛かってきたらどうします? アルメラルダ先輩、一人でそれ全部どうにかできます? 万が一アラタさんがまた呪法を受けて使い物にならなくなったら?」

「ぐ……っ」

「そういうわけで、星啓の魔女候補が二人いた方が安全安心というやつですよ」

「ちっ、無駄に口が達者ね貴女」

 

 

 マリーデルとアルメラルダの応酬の途中で被弾した者が居るが、二人はそれに構わず続けている。

 

 

 

 なお、このやり取りは真ん中にファレリアを挟んだ状態で行われていた。

 

 

 

(ステレオにうるさい……)

 

 しかも二人とも左右からファレリアの腕を掴んで引き寄せているため非常に歩きにくい。この中ではファレリアが一番背が低いため特にだ。

 

「あ、あはは。これってモテ期っていう奴なんですかね? わぁ~。両手に花~。本命は後ろの人なんですけどねー」

「俺は空気だ俺は空気だ俺は空気だ推しの近くに肉体を伴って存在する事など烏滸がましい許されない俺は空気俺は空気」

「貴女の本命の人は空気になりたがっているみたいよ」

「アラタさんしっかりして! 自己を保って! キャラ崩壊してますよ!」

 

 空気を和らげようと試みるもあえなく失敗したファレリアである。

 

 

 

 

 

 

 こうして、奇妙な四人組が出来上がったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

+++++

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある日の放課後。

 現状整理のためにやっとフォートと二人になるタイミングを掴んだアラタは、憔悴した様子ながら呪法を受けた直後よりは元気になっている様子だった。

 その心は現在進行形で「推しの近くに自分が存在する」「原作崩壊」によってダメージを蓄積しているのだが。

 

 フォートはそれを確認すると、この機会を除けば他にタイミングは無いだろうなと……ここ数日、ずっと考え続けていた事を形にしようと決めた。

 

 

「アラタ。僕、開き直ったから」

「な、何を?」

 

 藪から棒に。そう称するに相応しいフォートの突然の言葉にアラタが身構える。

 フォートは構わず続けた。

 

「全部諦めようとしてたことを諦めて、開き直った。」

 

 何かしらの覚悟を決めた声。それだけはかろうじて理解したアラタだが、それ以外はまったくわからない。

 

「だから何をだ。俺は現状をどうにかしようと話し合いをしようとだな……」

「それもそうだけど、その前に僕なりの宣戦布告だよ」

「不穏な単語出すのやめろよ!?」

 

 

 いよいよ何事だとアラタは戦々恐々と続きを待つが……待っていたのは、思いがけない内容だった。

 

 

「……今回の事で、思い知った。隠しておくにはちょっと気持ちが大きくなりすぎたんだ。こんなのもう、開き直るしかないだろ」

 

 苦々しいようでどこか満足そうでもある、感情の入り混じった表情。そこからは未だ真意が見えない。

 アラタはフォートの言葉を待った。

 

「無理だって分かってる。僕が身の程をわきまえないといけないってことも。でも、それでも止められなくなった。……だって、方法はどうあれあんな素直に愛情を表現するアルメラルダが居るんだもの。見てたら羨ましくなったよ」

「うん……うん?」

「だからせめて僕の事をめいっぱい、心に刻みつけてやりたい。ずっと覚えていてほしい。僕がここからいなくなった後でも」

「あ、ああ。そうか。うんうん、はい」

 

 段々と輪郭を露わにしてきた話の内容に、アラタはざわっと心が泡立つのを感じる。

 しかしそれは不快なものではなく、むしろ期待。

 

 

 

 

 そして。

 

 

 

 

 

「アラタ。もし今さら君がファレリアを好きになったとしても、そう簡単に上手く行くとは思わないでよね。君が彼女の想いに応える前に、僕の方がたくさん彼女の心を占めてやるから」

 

 そう言って、フォートは艶やかに笑った。

 

 

 

 

 その後、本題である状況整理とファレリアを交えての密会予定を組み解散したのだが。

 アラタは先に密会場所から去っていくフォートを見送った後。周囲に人が居ないことを確認すると、身もだえるようにして叫ぶ。

 

 

 

「せ、青春ーーーー!! 祭りだぁぁぁぁッ!! 久々に推しカプ来たかもしれん!!」

 

 

 

 カプ厨にとってフォートの宣戦布告は、美味しい美味しいご褒美ごはんでしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてアラタが叫ぶ一方で。フォートが宣戦布告をする様子までを見ていた者が居た。

 宣戦布告後の会話を聞かれなかった事だけが幸いであっただろう。

 

 その者は足早にアラタとフォートの密会場所から離れると、密やかに笑った。

 

 

(……フン。二人でこそこそなにをしているかと思えば。宣戦布告、とはね。マリーデル・アリスティ、そこまで本気でファレリアの事を。気に食わない小娘であることに変わりはないけれど、その心意気やよし。………………まあ? ぜっっっっっったいに認めませんけどね! ええ!)

 

 

 

 

「……ほんの少しだけ、あなたを好きになれそうですわ。ふふふふふふふ。性別を超えてまでファレリアを好きになるだなんて、なかなか見る目があるじゃありませんの。まあ? わたくしが色々手塩にかけて育てているわけですから? ファレリアが魅力的なのは当然なのだけど。ほほほほほ!」

 

 

 

 

 

 

 こうしてファレリア本人があずかり知らぬまま、恋する相手に別の相手とのカップリングを推されたりなどなど。

 不穏な影をはらみつつ、彼女の恋路はよりハードモードの道を突き進んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




おまけ↓




フォート・アリスティ(魔法うんぬんかんぬんで骨格レベルで女性体型に近づけている時の姿)

【挿絵表示】

マリーデル本人だともっと表情が明るく快活です。

もし間に合ったらミニキャラでない主要キャラ立ち絵も全部描きたいところです。(し、締切


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九話 初恋twilight~一年過ぎ去るのはクソ早い

今さらなのですが、2、3話分の量を一話に詰め込んでいることが多々あるので「長いなぁ」と思ったら+++++で区切ってある部分までで一話、と読むと多少読みやすいかもしれません。


 護衛という名のもとに公の場でもアラタさんと一緒に過ごすようになって、一年が経過した。

 

 

 

 

 ……一年!?

 

 

 

 

(なんとはなしに考えてたけど一年はっや!? え、本当に!?)

 

 気づいた瞬間、爆速で恐怖が体内を駆け抜けていった。

 年取るごとに一年過ぎるの早くなっていくのは事実だし前世の私が恐怖していたものの一つではあるのだけど、…………私、まだ学生! ぴっちぴちの十八歳!!

 

 学生の時って、もっと、こうさぁ! 時間を濃く長く感じるもんだろうがよ!? 

 

 いや、確かに濃くはあったのだ。

 濃かったんだけど、濃度高すぎて時間間隔まで圧縮されたっていうか……。

 

 ……いやぁ、本当に色々あった……。

 

 

 

 

 

 

 

 アラタさんが護衛についてから直近のイベントは、一番最初の突発的決闘と違った星啓の魔女を決めるための正式な定期決闘。

 

 第一回マリーデル(フォート)VSアルメラルダ様は、フォートくんの勝ちで終わった。その後のアルメラルダ様の荒れっぷりといったらなかったわね……。

 

 でも決闘の方法は二種類。一回目は私とフォートくんが決闘した時のような、化身を戦わせる方法だった。

 決闘方法は毎回選べるゲームとは違い、ランダムに決められた第一回以降は前回とは別の決闘方法となる。まあせっかく二種類の方法があるのなら、どちらか一方だけでは見ないわよね。

 ので、二回目は魔力を用いた直接戦闘となり、そちらはアルメラルダ様が勝利。

 年に二回の定期決闘。現在の所、勝敗は半々である。

 

 どうもフォートくんは後衛軍師タイプというか、自分が直に戦闘を行うより他の対象に指示を出すのが得意のようだ。対してアルメラルダ様は自分で戦うのが得意。前衛戦士タイプ。

 逆じゃない? と思わなくも無いが、それぞれ得意分野が決定的に異なる模様だ。

 

 二人とも相手に負けた後、それぞれ次の対策を念入りに考えているようなので"勤勉"という点では共通するのだが。偉い。

 

 

 

 

 

 

 ここ一年で変わった事といえば、攻略対象者たちと微妙に接点が出来てしまったことも含まれる。

 

 

 アラタさんが私たちの護衛についたあと。便乗して行動を共にすることにしたらしいフォートくんだが、もともと彼のスケジュールはイベント管理のために超タイト。

 マリーデル(主人公)として行動する彼のそばに居ると、攻略対象者とのイベントに出くわすことも多々あったし、むしろ時間短縮のために私たちがいようとお構いなしにフォートくんがイベントを進行していたように思う。

 

 そこまでして一緒に居る必要ある!? と思ったけど、これについては……うん。

 フォートくんなりに一度殺されかけた私を心配してくれているのも分かるので、強くは言えないんだよな……。

 

 一緒に行動する事については、原作を極力変えたくないアラタさんも一度苦言をこぼしていた。

 が、フォートくんの「目標を達成できるなら方法はある程度現場に任せる。臨機応変に対応してくれ。……そう最初に言ったのはアラタだよね。それに変えたくないも何もアラタが一緒に行動している時点で……ねぇ?」という台詞に撃沈していた。

 

 フォートくん、近くで見ていて思ったが好感度管理マジでほぼほぼ完璧だからな……。

 ライバルであるアルメラルダ様が近くに居ても、問題なく稼ぐべき好感度は得ていたように思う。

 

 

 

 

 

 でもって。

 そんな距離に居ればおのずと攻略対象者達と、ちょっとした顔見知りにもなるわけで。

 

 

「ハロハロハロ~。ファレちゃんげんき~?」

「ワーォ、今日も見事に無表情! たまには僕らにも笑顔を見せてほしいな~」

「あ、その一とその二」

「双子まで省略するのやめない? せめて双子その一、って言ってよ! 相変わらず容赦ないネ」

「まあ思ってたより愉快な人で、ボクらは楽しいけどサ」

 

 中でもちょいちょい私個人にまで絡んでくるのは、距離感とコミュ力がバグっている双子だ。

 ちなみに三年生。一年経過して今年は四年生か。同級生ですね。

 よく似た顔で二人とも紫髪だが、赤っぽい紫と青っぽい紫なので特に見分けがつかないとかは無い。

 

 こいつらとは学園祭で縁が出来た。

 でもこの二人、個性的なのを気取りたい基本常識人寄りの人種なので、ウザ絡みを許容できれば比較的付き合いやすい。

 情報通だから色々教えてくれるしね。

 

 

 秋に行われる学園祭。

 これは保護者や学園関係者に魔法を用いた発表を見せ、生徒たちの現在の実力を示す場として設けられている。

 準備から始まり、ゲームでは攻略キャラの好感度を上げたりスチルをとるための重要イベントの一つだ。

 重要イベントのくせして制作陣のおふざけがここでもよく発揮されており、その内容は貴族学校のわりに庶民臭かったりするし何より濃い。

 いや、ちゃんとそれぞれ由来はあるんだけどね?

 

 体育祭のような面も含まれており、借り物競争で「今宵のパーティーでダンスに誘いたい相手」を引いた双子は双子その一がアルメラルダ様を。双子その二がマリーデル(フォート)を選択。

 それぞれ彼女らの手を取ってゴールへ向かおうとしたのだが……。その時、「親友」という借り物カードを引いていたアルメラルダ様とフォートくんが(お題カードかぶりすぎなんだよ!!)私を左右から取り合っていたので、何故か右から順に双子その一、アルメラルダ様、私、フォートくん、双子その二で手を繋ぎ大きく広がって五人でゴールする事と相成った。なんで???

 

 親友、というカードでアルメラルダ様とフォートくんの二人が私を選んでくれたのは嬉しいのだけど。

 最終的に目立つ人間ども四人に囲まれ、センターでのゴールとなった私はクッソ恥ずかしい思いをしたんだよな。

 しかも一見「みんなでゴール!」っていう感動的な場面なのに、捕まってた私はお題達成できてなかったのですが。私も参加者だったよ。

 

 

 

 

 

 

「おっ、リア先輩じゃん。今日もちっけぇな。飯食ってるか?」

「ガランドール先輩、この無礼者は無視して構いません」

「んだとテメェ!」

「馴れ馴れしいのだよ貴様は」

 

 食堂で食事をしている時に声をかけてきたのは、フォートくんと同級生のオレンジ髪不良もどきと水色髪眼鏡の優等生。この二人は比較的優しめ難易度なので、ゲームでも攻略したことがある。

 一見犬猿の仲っぽいが、だいたいいつも行動を共にしている仲良しさんだ。

 そういえば乙女ゲーなのに同人誌でよく薔薇薔薇されてたなこの子達……。

 

 学年合同プチ修学旅行みたいなので学園外に出かけた時、後輩と先輩でグループを組むのだけど。そこでこの二人とアルメラルダ様、私、取り巻きーズの組み合わせになったのよね。

 まあ、あれ。それぞれ態度は違えど先輩を立ててくれる良い子たちよ。

 

 

 

 

 

「ファレリアさん。先日の試験は頑張りましたね。ここ一年の成長には目を見張るものがあります」

「ありがたいお言葉です、先生」

 

 定期試験でそう褒めてくれたのは、柔和な笑顔と灰色の髪が特徴のフォートくんのクラスの担当教諭だ。

 彼はクラスの受け持ちの他、歴史や魔法実技も一部担当しているので入学以来お世話になっている。特別教諭とは違って癒し系だ。特別教諭とは違って。……でも妙に仲は良いんだよな、あの変人と。

 生徒一人一人を見ていてちゃんと褒めてくれるめっちゃ良い先生。

 ちなみに私が褒められている時はいつもアルメラルダ様が横でドヤ顔している。

 そ、そうですね。アルメラルダ様が私のケツ引っ叩いて勉強とかさせてくださってるおかげですものね。ハイ。

 

 

 

 

 

「…………マリーデルは、げんき?」

「ご本人に聞いてくださいませ」

「いつも、いっしょに居るから」

 

 前振り無しに好きな子情報を求めてきたのは一つ下の後輩、フォートくんにとっては一学年上の先輩であるピンク髪の不思議くん。

 しょぼんと肩を落としている所は可愛いが、もう少しコミュニケーション頑張ってほしい。実際に接してみると大分不安になるぞこの子。

 年末パーティで会った時はマリーデル(フォート)くんを探してフラフラしていたので、仕方がなく目的の人物のもとまで導いた。

 そしたら以来よくマリーデル(フォート)くんの事を聞かれるようになってしまったのよね……。最近よく一緒に居るのは事実なのだけど。

 

 

「おいおい、あんま嬢ちゃんに迷惑かけんなよ」

「……かけて、ない。いじわるされた」

「言いがかりです」

「ほら、困ってる」

「むぅ……」

 

 

 けど不思議くん相手に困っていると、こうして保護者が引き取りに来てくれるのでありがたい。

 

 

 ど派手な金髪に、本当に学生か? と言いたくなる大人フェロモンむんむんなこの色男。攻略キャラだと前世の私一番の推し。

 顔も性格もアラタさんとは正反対なんだけど、単純にキャラクターとして見る分にはこういう自信満々包容力タイプが好きなんだよね。恋愛対象というよりキャラクターとして好き。

 ちなみに五年制であるこの学校において彼は四年生。先輩だ。今年で最終学年となる。

 ゲームだと彼は途中で卒業してしまうから、一年で好感度を上げる必要のある難易度高めのキャラ。

 

「生徒会長、ありがとうございます」

「いいって。ああ、そうそう。アルメラルダ、今日は会議があるからな」

「ええ、もちろん承知しておりますわ」

 

 気を遣わせない態度でお礼を流すと、シームレスにアルメラルダ様へ連絡事項を告げる色気先輩もとい生徒会長。ちなみに不思議くんも生徒会役員だ。

 

 

 

 

 

「やあやあやあ! 奇遇だね。ところでそろそろ演劇部に興味は湧かないかい? 君たちなら僕ほどではないがスターとして輝けること間違いなしさ!」

「あ、結構です。でもあなたは今日もギンギラに輝いていますね。ひゅーひゅー、さすがすたぁですわ~」

「ああっ! おざなりな賞賛にも喜んでしまう自分が憎い! けどそんなところも僕のチャームポインッ! 自分の魅力が恐ろしいよ!」

 

 劇場の近くを通りかかると毎回おもしろポーズを決めて登場するこの茶髪ナルシストとは、音楽祭で知り合った。ちなみにこれまでに接点は無かったが同級生。

 音楽祭での催しの一つに歌劇があったのだが、ハプニングで不本意ながら私、アルメラルダ様、フォートくん、アラタさんが劇に出ることになった時。場を取り仕切っていたのが彼だ。

 

 演劇部の部長であり、楽器も歌も演技も監修も高クオリティでこなせる多彩な男だ。

 挙動は攻略対象の中でも段違いに面白いが、一番泣けるエンディングがこの人なんだよな。

 

 

 

 

 

「やっ、ファレリアちゃん。ねえねえ。このあいだマリーデルにお菓子をもらったんだぁ~。すっごくすっごく、美味しくてね! 僕感動しちゃった~。僕のためにいっしょうけんめい作ってくれたんだってぇ~! かわいいよねっ!」

「ええ、とても美味しかったですよね」

「……君も食べたの?」

「一緒に作りました」

「…………。ふ~ん」

(含み多いな)

 

 きゃぴっとしたノリで話しかけてきた一見中学生……ギリ小学生にも見えなくはない青髪の童顔は二年生。

 ナルシストと同じく音楽祭をきっかけに接点が出来たのだけど、もう分かり易いくらいに腹黒だし独占欲強いしでマリーデル(好きな子)と仲が良い私にめちゃくちゃ突っかかってくる。正直うざい。

 自分の幼い容姿を存分に活用して周囲の庇護欲を煽ってくるあざと師。作中屈指のひねくれ枠だ。

 調整していても勝手に好感度が上がっていくらしく、フォートくんがよく頭を悩ませている。

 

 というか私は先輩だぞ。なにちゃん付けで呼んでんだよこのガキが。可愛いから許すが。

 ……可愛いっていうのは、ある種の暴力よね。

 

 

 

 

 

「やっ。アラタは元気にしているようだな。安心した」

「さすがに慣れたようだしね。まあ弟の護衛をクビにしたわけでも無いのだ。今しばらく……例の犯人が見つかるまで、彼女らを守ることに専念してほしい」

「はい。誠心誠意、守護の任を務めさせていただきます」

 

 第二王子と第一王子はちょくちょくアラタさんの様子を見に来るし、例の犯人探しに積極的に協力してくれているので一番会う機会は多いかもしれない。

 第二王子は快活かつ気さくな人で、第一王子は高貴で雅やかな雰囲気を纏いつつも朗らか。二人とも王族のわりに親しみやすいお人柄である。

 

 

 

 

 

「おや、ファレリア・ガランドールではないか。今日は……」

「…………」

「おい無視をするな!」

 

 特別教諭は置いておくとして。

 

 

 

 

 

 などなど。

 

 アルメラルダ様と行動しているのでそれぞれ顔見知りではあったのだけど、今ではその「顔見知り」が「知り合い」程度にはなった。

 まあ、なんというか。中々に賑やかな日々となっている。

 

 

 

 

 他に一年で大きく変わったことは、もう二つほど。

 

 フォートくんがアルメラルダ様に生徒会へと引きずり込まれたこともその一つだ。

 

 

 

 

「私を……推薦?」

「ええ。光栄に思うのね、マリーデル・アリスティ。貴女を生徒会役員に推薦します」

「そんな。とても私には務まりません」

 

 ただでさえ忙しいのに勘弁しろよ! フォートくんのそんな気持ちが透けて見えたような気がする。

 そうだよな。大団円のため立ち回ろうと、特定の部活に入らず駈けずりまわってるもんなフォートくん。

 

 だけどアルメラルダ様はお構いなしだ。

 

「いつもくっついてこられるだけでは迷惑なのよ。少しは役に立ってみせるなら、多少目を瞑ってさしあげてもかまいませんことよ? …………まあ? 出来ないというのなら、それも仕方ありませんわね。所詮、そこまでの小娘だったというだけですもの」

「…………」

 

 あ、と思った時は遅かった。

 

「別に出来ないとは言ってない」

(あああああ~!)

 

 心の中で頭を抱えた。

 フォートくんは基本に合理的、理性的な子なんだけど……。アルメラルダ様には素がバレてからどうも本気で対抗心を抱いているらしく、アルメラルダ様もそれを承知している。

 決闘や試験でも本気でバチバチやりあっているから、こうした煽りには敏感なのだ。

 

 そんなことがあり、フォートくんは現在生徒会の仕事も並行しながらイベント管理を行っている。

 時々死にそうな顔をしていて心配だが、逆に今まで多忙だったアルメラルダ様はフォートくんにいくつか仕事を押し付けて余裕が出来たようだ。

 その余裕で"あること"に取り組んでおり、楽しいらしく日々つやつやしている。

 

 

 

 

 

 そのアルメラルダ様が取り組んでいる事が、大きな出来事のもうひとつ。

 

 ……アルメラルダ様による、アラタさんへの婿教育だ。

 

 

 

 

 

 

「ふんっ。マリーデル・アリスティ、そこそこ使える人材のようですわね。おかげで時間が出来たわ」

 

 フォートくんを口車に乗せちゃっかり生徒会に引きずり込んだアルメラルダ様は、にんまりと悪役令嬢スマイル。

 

 時間が出来た……それはつまり、最近なりを潜めていた私への魔法特訓がまた始まるのか!? と、身構えていたのだが。

 アルメラルダ様からは思いがけない発言が飛び出てきた。

 

「これでようやく! …………アラタ・クランケリッツの婿教育が出来ますわねぇ~! ほーっほほほほほほほ!」

「む、婿教育!?」

 

 驚く私にアルメラルダ様は輝かんばかりのドヤ顔だ。

 これ本人の中ではきっとすでに決定事項だし、めちゃくちゃ良い思い付きをした! って思ってんだろうなぁ! 

 

「ええ。ファレリアは……クランケリッツが好きなのでしょう? ならば他に相手をあてがうのも野暮というもの」

「そ、それは私の気持ちをくんでくださり、大変ありがたく光栄ですハイ……」

 

 アルメラルダ様、私に相応しい相手を見極めるって息巻いてたもんな。

 例の事件があった後でもアラタさんをその候補から外さないのは、それだけ彼がアルメラルダ様のお眼鏡にかなっているということだ。

 

「伯爵家五男坊で本人自身が技量のある魔法騎士。……一応聞くけど、当然、結婚するならば婿よね? 貴女、ご兄弟は居ないのだし」

「そのつもりです!」

「そうよね! ええ、ええ。悪くない選択ですわ! ……嫁に行かれるよりは」

 

 最後ちょっと聞き取れなかったけど、アルメラルダ様には私の打算的な部分も見抜かれているようだ。

 

「でも、まだ。まだまだまだまだまだ! 足りませんわ! ファレリアの婿として認めるには、圧倒的に足りていませんわ!! 全てが!! まず相手が何者であれ、操られるなど軟弱にもほどがある! それでファレリアを守ってこの先の人生を歩めるとでも!? 馬鹿をおっしゃい!!」

「あ、アルメラルダ様!? なにを……」

「つまりこのわたくし直々に、再教育してさしあげるということよ!」

「お待ちください!? まず私はですね、一回フラれて……あっ」

 

 まずい。余計なこと言った。

 

「…………それは初耳ですわね」

 

 アルメラルダ様の声が低い。

 けど次の瞬間、慈母のごとき柔らかい声色が発せられた。

 

「安心なさい? クランケリッツ程度の相手、いずれ星啓の魔女となる私の手にかかれば結婚一つ整えるなど容易い事ですもの」

(む、無理やり結婚させる気だ!? 本人の意志! 人権! 大事に! あと、それで結婚できても私が気まずいんですけど!?)

 

 

 

 あ、アラタさぁぁぁぁぁぁん! 逃げて! 逃げて―!

 いや逃げられんわ毎日一緒に居るわ今も部屋の外で待機してるわ!!

 

 

 私はそっと合掌をした。

 最終的に結婚する、しないの段階になったら本人の自由意思で選べるように尽力するしそれまでに好きになってもらえるよう頑張りますので、アルメラルダ様の特訓はどうか耐えてください。

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで、ここ一年は実に濃かった。

 そりゃ過ぎ去るのも早いわ。

 

 

 

 

 

 

 

(……あれ、そういえば最近記憶の図書館に入っていないな)

 

 まったく入っていないというわけではないけど、寝る前に一時間とか。以前に比べて格段にその時間は減った。

 多分日常が賑やかすぎて、入ってる暇が無いんだと思う。

 

 けどなんとなく悪い気はしない。

 

 毎日疲れるけど、私はそれなりに今を楽しんでいるようだ。

 

 

 

 未だ不穏な事は解決していないし、先送りにして目をそらしている案件もあるのだけどね。

 

 ……はぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

+++++

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある日の夜。

 久しぶりの密会の時間である。

 

 普段アルメラルダ様も一緒に行動している分、以前より密会する機会は減ってしまった。今では人が寝静まった深夜に寮を抜け出して会うのが定番となっている。

 一年前の犯人が未だ不明のため一見危険な行動だが、アラタさんが隔離結界さえ張ってしまえば問題は無い。

 アルメラルダ様のように隔離結界に気付き破壊できる者の数も限られているし、破壊されたらその瞬間に逃げる算段もついている。

 ……それに多少の危険を冒しても情報交換の場は必要だ。

 

 特に今日の会合は…………一年越しに例の犯人を特定するためのものなのだから。

 

 

 

 

 

「ここ一年、直接危険な事はなかったけど……不可解なことは多かったね」

 

 月が明るく照らす中、テーブルに用意された眠気覚ましのお茶に月光を浮かべる。

 それを飲むアラタさんとフォートくんは両名共に疲れ果てた顔をしており、日ごろの激務を思わせる。実際近くで見ているしね。

 

 この密会、以前「アラタさんが私に不信感を抱いている」とフォートくんに聞いてから本当に今後も来ていいものかと悩んだこともある。

 けどそのアラタさん自身から来てほしいと直接誘われたので、こうして今も参加していた。

 

 

 ……別の意味で少し参加しにくい理由も、あるにはあるのだが。

 

 

 アラタさんは「不可解」と言ったフォートくんに神妙な顔で頷いた。

 

「……発生させる予定が無かったイベントだな」

「そう。まあ、そこは僕が上手く男とファレリアの立ち位置を入れ替えたりしてイベントを終わらせたから、全体的な計画進行には問題ないんだけど……」

「今でも思うんですけど私に入れ替える必要ありました?」

「あるよ。だってそのポジションが空いてたら誰かが収まりにくるだろ。だったら事情を知っている相手をその場に据えるしかないし、となればファレリアしかいないじゃないか」

「アラタさんは」

「俺が他の奴らから余計な勘繰りとやっかみを買うだろうが」

「私は!?」

「ファレリアは女の子だからノーカン。女の子同士の友情にとやかく言うのは童顔だけだろ」

「それは、まあ……」

 

 攻略対象の事を話す時、万が一誰かに聞かれても問題ないようにフォートくんが攻略対象者に使用している記号をほぼほぼそのまま利用しているのだ。

 それがめちゃくちゃ楽なので、うっかりすると普段でも出る。特に双子相手。

 

 

 それにしても、イベントなぁ……。

 

 

 フォートくんは普段から好感度管理が完璧なので、季節イベントなどで大幅な好感度アップを狙う必要が無いのだ。そのため極端に好感度が足りていなさそうな場合を除き、イベントは見送る……というのが方針だったのだが。

 

 

 

 

 

 

 それがまあ、起こること起こること。

 

 

 

 

 

 

 例えば、学園祭では後夜祭のダンス。

 

 ダンス自体は複数の相手と入れ替わりつつ踊るものなんだけど、一曲だけ特別な曲があり……それを特定の相手と踊って、打ちあがった花火を一緒に見ると恋が叶うみたいなジンクスがあるわけよ。

 このへんとか制作陣の誰かの高校時代の思い出とか入っとらんか? と個人的に思ってる。

 ちょいちょいファンタジー学園物の皮をかぶった現代学園物っぽいエピソード挟まってくるんだよな。

 

 当然フォートくんはその曲を踊らず、その間は姿を消してやり過ごすはずだったのだが……。

 どういうわけか攻略対象が隠れていたフォートくんを見つけ、ダンスの場に連れ出してしまった。

 しかしフォートくんは特別な曲が始まる前に、アラタさんを誘おうとうろうろしていた私を確保。華麗に相手を入れ替えた手腕は見事だった。

 でもって一緒に踊ったし花火も見た。

 ……何故か一応教えておいた女性パートでなく男性パートを完璧に踊られてしまって、ポカンとしているうちに終わってたんだよな。

 なかなか周囲の視線が痛かったですよ。特にダンス相手を成り代わられた攻略対象くんの。

 

 

 

 

 

 例えばプチ修学旅行。

 

 海岸沿いの洞窟に攻略対象と閉じ込められて、一緒に洞窟内部の神秘的な光景を見てから脱出し絆を深める! というイベント。

 当然スルーのはずだったが、気づけば攻略対象の一人と洞窟の中だったフォートくん。

 状況を把握した後、五秒で壁を破壊して脱出したらしい。

 

 別グループで行動していたので後で聞いたのだが、自然破壊にあまりにも躊躇が無いし破壊力こわ……となった。フォートくん、どんどん強くなってないか。

 ちなみに洞窟内の魔法苔による神秘的な光景は生き残っていたらしく、夜に私所属のグループとフォートくん所属のグループで見に行けたのは良い思い出。綺麗だった。

 

 

 

 

 例えば音楽祭。

 

 ハプニングで主人公と攻略対象の一人が劇の主役と相手役に抜擢されるというイベントだったが、あらかじめ人員が減る事態を防ぐことで回避は出来たように思われた。

 けど原作とは違った理由で彼らは参加できなくなり、劇の手伝いで台本を覚えていた(手伝いは不可避イベントだった)マリーデルに白羽の矢が立ったと。

 もう一人の主要人物が決まる前に「やむなし!」とアラタさんを突き出したら、何故か芋づる式に私とアルメラルダ様まで引きずり出された。

 必要だった人員二人だけだろ!? と訴えたけど、劇の監修を務めていたナルシストに「こっちの方が面白い! フォローはするからアドリブで頼むよ!」とか無茶苦茶なことを言われた。

 死ぬ気でやったし羞恥と緊張で死ぬかと思った。

 

 

 

 

 

 例えば女神を奉じる年末パーティー。

 

 そのパーティーではその時期に起きる魔法光によるオーロラと、流星群が同時に見られる現象がひとつの目玉となっている。

 パーティーではその年で最も優秀な成績を収めた生徒が発表された後……。東にある女神神殿の塔にその時点で最も好感度が高い攻略対象者に呼び出され、天体ショーを共に見るイベントがある。

 プレイ最終年だとそこで攻略完了した相手から告白される仕様だ。

 

 これも早々に寮に戻ってイベントをスルーしようとしたフォートくんなのだが、複数の人物に別々の用事を頼まれ……動いている内に、女神神殿の塔へ。

 それまでの出来事から最初からマークをつけていた私、アラタさん。事情を知らないながらもついてきたアルメラルダ様は、フォートくんが攻略対象と二人きりになる前に乱入して全員で仲良く天体ショーを見る事と相成った。

 青春の思い出ですね、ええ。

 

 

 

 

 

 大きなところでその辺か。

 その他にもちょくちょくイベントはあったのだが、どれも危ういところで回避している。

 

 いや、別に多少イベントが起こったところで調整はきくんだろうけど……。

 問題は「回避しようとしていたイベントが強制的に起こった」ことなのだ。

 

 

 

 これらの事をふまえ、私たちはひとつの推測をはじき出した。

 

 

 すなわち。

 

 

 

 

 

 

「……やっぱりもう一人いる感じですかね。"転生者"」

「その可能性は高いだろうな」

 

 イベントを理解して仕込まなければ、これらをすべて強制的に発動させることは不可能だろう。

 ちなみにあてがわれた(言い方嫌だな)攻略対象達は容疑者から外している。何故ならイベントごとに相手が違ったからだ。

 これも推測なのだが、もしかして犯人はマリーデル(主人公)が誰を好きなのか探っているのでは? 特定の相手が見つからないから、とりあえず色々試している……みたいな。

 

 それを話すとアラタさんは視線を伏せて考え込む。

 

「……整理しよう。まず原作にはなかった大きな出来事。学園内で王子の護衛が操られ生徒を害そうとした。これが一年前」

 

 自分たちの事であるが、客観的に見るため記号を当てはめて話しているのだろう。

 私はそれをメモにとりながら頷く。

 

「その後は特に妙な出来事は無く、順調に進められていた。ただし起こす予定の無かった好感度を大幅に上げるイベントが立て続けに起きている」

 

 フォートくんが頷く。

 この不可解な出来事の一番の渦中にいるため、その不気味さは一番感じているところだろう。

 

「さらにもう一つ。……イベントに"あてがわれた"攻略対象者。それを一覧にしてみたんだが、ある共通点が見つかった」

 

 新たな情報の提示に、私とフォートくんは身を乗り出してアラタさんが出した紙に書かれた人物名を眺めた。

 その数はおよそ六名。

 

 

 

 優等生。

 不思議くん。

 色男。

 童顔。

 第一王子。

 特別教諭。

 

 

 

 フォートくんは眉根を寄せていたが、私はそれを見てピンときた。

 脳裏に浮かぶのは、あるまとめ動画。

 

 

 

 

「…………悪役令嬢死亡エンド」

「ご明察、だ」

 

 私の発言にフォートくんは目を見開き、アラタさんは苦々しい顔で頷いた。

 

 

 

「一連の出来事をまとめて考えるのは危険かもしれないが、もし全てが繋がっていて俺たちの推測が正しい場合。……厄介だぞ。俺達の目的と真っ向からぶつかりあう」

「仮に犯人が転生者だとすると、アルメラルダ様の不幸を望む者であると……」

「ああ。それも追放エンドなんて生易しいやつでなく、飛び切りのバッドエンドをご所望のようだ。そして傍から見た場合、それを目的とする者から見た現状はどうだ?」

「アルメラルダ様、性格はあれなままだけど原作通りの悪役令嬢かと言われると……。う~ん。フォートくんから見て、アルメラルダ様ってどう?」

「だいぶ愉快で面白い人だと思うよ」

「だよね」

「他人事のように言うな。多分ファレリア、あなたの影響だぞ」

「……マ?」

「他に考えられないだろ。……で、だ。そうなるとバッドエンドを見たい犯人からすれば、原作との違いにまず混乱するはず。そして次にとる行動は?」

「……原作との差異を探して、排除する」

 

 

 繋がってしまった……。

 

 

「そう。そして原作と一番違う、目立つキャラクター。当然それは決闘なんてやらかした俺と貴女だよ、ファレリア」

「ああ~……」

 

 はい、理解。納得。

 まだ確定ではないけれど、これまで生きてきて殺されるほどの怨みを買った事は無いし、ガランドール伯爵家もまっとうな家だ。

 私やアラタさんという例があるのだし、もう一人や二人や三人くらい転生者が居てもおかしくない。

 流れを見るに、そっちの線が濃厚とみて良いだろう。

 

「ファレリアを俺に殺させて、その後俺のことも自殺させる。これで綺麗さっぱりだ」

「でもそうなると、僕が本来の主人公である姉さんの弟……とまでは、バレていないわけか」

「原作との違いもフォートの場合はアルメラルダた……様のように周りに居る異物からの影響、と思われているんだろうな」

「一番怪しいなって思ってるのは特別教諭だったんですけど……。スパイだし、とんちきいんちき予言者だし、襲われたところにタイミングよく現れたし。……でも、違いますよねぇ……」

 

 特別教諭についてはアラタさんから「原作ファレリア」の話と合わせて事件の後に聞いた。

 

 あいつ、幼い私が頑張らなかったらとんでもねぇ厄ネタだったんだよな! 原作後に放置すると厄介というのは、スパイだからというだけではなかったのかと納得した。スパイはスパイでも数年がかりで星啓の魔女を貶めようとしてくるとんでもない国賊だったよ。

 なんでこいつ攻略対象に入ってんの? いや、原作ファレリアの話は制作陣の一人が出した同人誌だし、多分メタ的に考えるとこいつのスパイ設定使ったろ! って後付けしたんだろうけど……。

 

 

 

 けど怪しいだけに真っ先にアラタさんが調査を入れた所……驚くことに真っ白。驚きの白さ。

 

 

 

 しかもヤバめの背景だったスパイでもなく、マジに元居た国を裏切ってこの国に再就職かましていたらしいですわね。

 これを証言してくれた相手が第一王子だというのだから、もう信じるしかない。信用度が段違いすぎる。

 その特別教諭を拾ったのも第一王子。……グルという可能性を考えるにしても、国の次期国王が悪役令嬢のバッドエンド見たいがために暗躍しているとか考えたくないし……割に合わないだろうし……うん。

 まあ、とりあえず白とみていいかなぁこの辺は……。

 

「俺がアルメラルダ様と待ち合わせていたあの場に居合わせたのは、完全な野次馬だろうな。ファレリアに不吉な予兆があると知って周りを見張っていたんだろう。……野次馬と称したことからお分かりだろうが、好意や心配からではなく興味本位でな。あいつ、そういう奴だよ。部屋の中までは見れないだろうから、ファレリアが刺されたときは何もできなかったんだろうが」

「あ、あの野郎……」

「……ともかく、今は相手の目的が朧げに分かった段階だ。単独犯なのか複数犯なのかもわからない」

「少なくとも人を動かせる立場にはありますよね。でないとフォートくんをイベントに追い込めないですから」

「イベントのため動いた者の中で洗えそうな人間だけ洗ってみたが、指示が巧妙に中継されているようで大本にはたどり着けなかった。……力不足で、悪い」

「いや、アラタさんはすごくよくやってくれてますって! ただでさえ護衛やアルメラルダ様の特訓で忙しいのに!」

 

 今日だって遅くまでアルメラルダ様の婿教育とやらでしごかれていたのだ。

 

 ……アルメラルダ様、アラタさんが頑丈だからって私相手には出来なかったらしい特訓も嬉々として行ってるんだよな……。こんな所でまだ自分への訓練が手加減されたものだったと知るとは。

 

 そのおかげというかなんというか、私への特訓やマリーデル(フォート)くんへの虐めがなりを潜めているのは幸いか。

 でもこれって……。

 

「すけーぷごーと……的な……」

「気づいちゃった。みたいな顔で言わないでくれないか!? だいたいの意味を察するから!」

「あ、すみません。また口に出てましたか」

 

 てへぺろっと誤魔化しつつ、「でも」と考える。

 

 

 

 ……一年行動を共にするようになって、わざわざ出向かなくてもマリーデルちゃんことフォートくんが近くに居る現状。だというのにアルメラルダ様、以前のような虐めはしなくなったのよね。

 間近に第二王子の護衛を務めていたアラタさんの眼がある上に、周囲の注目も以前より集まるようになったからやりにくいと言えばそうなのだろうけど。

 

 

『マリーデル・アリスティ! 次こそは負けませんわよ!』

『まったく、庶民だけあってもの知らずねこの小娘は! 見ていてイライラしますわ。競っている私の格まで下がるじゃありませんの!』

 

 

「…………」

 

 ここ最近の言動やら、仕事を押し付けるためだとしても、自分の推薦で生徒会へ入らせたこと……などなど。

 思い出すと「おやぁ?」となる。

 

 

 

(なんだ。もうアルメラルダ様、マリーデルちゃんを下に見てないじゃないですか)

 

 

 

 いやぁ、まあ気づいてはいたのだけどね? 改めて考えて、納得というか。

 そもそも嫌悪している相手を、文句を言うとはいえ行動を共にすることを許すはずもない。ましてや自分の仕事を任せるなんてないない。

 今ではもう、アルメラルダ様にとって気に食わない小娘は気に食わないまでも正しく競い合う好敵手(ライバル)なのだ。

 

 まあ直接的な虐めがなくなったとはいえ、仕事攻めという地獄を味わっているようだから負担的にはどっこいどっこいかもしれないけれど……。

 

 

 苦笑しつつ、そっとフォートくんの顔を窺う。

 

 う~ん……疲れてるなぁ。

 疲労がにじみ出ているのか、綺麗な二重がいつもより深く見える。隈を作っていないだけ流石と言おうか。

 長い睫毛が扇のように広がって、青い瞳に影を落としている横顔が麗しい。亜麻色の髪を月光が照らし、月の女神もかくや、といった様子だ。

 明かりに使用している魔法光も、なにもかも。彼の幻想的な美しさを際立たせる舞台装置に見える。

 

 本当に綺麗な顔してるわこの子……。

 

 

「ん? どうしたの」

「!! いえいえ、なんでも」

 

 

 き、気づかれた。

 こっそり見ていたつもりが視線がぶつかって焦る。

 ……しかも問いかけてくる声と目がすごく柔らかいのでドギマギしてしまうな。

 いかんいかん。落ち着こう。

 

 

 などと思っていると。

 

 

「………………。あ! そうだ。少し小腹が減らないか? 俺、ちょっとクッキーとってくる」

「は? アラタさん?」

 

 しばしの沈黙のあと、アラタさんがこれでもかというくらいとってつけた態度で席を立った。

 

「隔離結界も張ってあるし、まだ時間あるだろ? 今日はもう少しゆっくりしよう。じゃ、とってくるから寛いでてくれな!」

「おいちょっと待てこら」

 

 荒い口調が飛び出るくらいには焦る。

 

 

 おいおいおいおいおい! 二人きりにするな!!

 ここ一年、フォートくんへの対応にも困ってるんだから!!

 

 

 しかし持ち前の身体能力で風のようにどこかへ走り去ったアラタさんを止める術は私になく。

 ……久しぶりに、この密会という場でフォートくんと二人きりになってしまった。

 

 いや、隔離結界が維持されてるからね? ある程度の範囲内にはアラタさんいるんだけどね?

 でも実質二人っきりだよ、これ。

 

「………………」

 

 先ほどまで滑らかに動いていた口は石のように固まっている。

 何かしゃべろうにも、口から出る前に喉の奥へとひっこんでしまうのだ。

 複数人いる時は気にならないんだけどな……!

 

 

 

 

 

 

 

 ……これがもうひとつ。

 私が一年前から先送りにして目をそらして、頭を悩ませていることである。

 

 

 

 

 

 

 

「ん~……ちょっと、疲れちゃったな」

 

 口を開かない私の代わりに、フォートくんがそう言って大きく伸びをする。

 

「だ、大丈夫です? 最近は生徒会の仕事を押し付けられて忙しそうですもんね……」

「どうってことないよ。野郎どものメンタルケアの方が大変」

「お、お疲れ様っス」

「なに、その口調」

 

 朗らかに笑うフォートくんからは私のような緊張は見て取れない。自分だけ緊張しているのが馬鹿みたいに思えてしまうが……それもしかたがない。

 

 

 

 

 一年前……殺されかけた後。

 フォートくんに抱きしめられて、その後で、その。

 お、おそらく。キス……されかけた、時。

 

 さっすがに、気づいた!! あれで気づかなかったらアホよ!!

 

 

 

 

 最初は年頃の少年を陥落してしまった事実に「うわぁ、やっちゃったな~。まあ私可愛いからな~。そっかそっか、お姉さんのこと好きになっちゃったか~」と気恥ずかしく照れながらも余裕ぶっこいていた。

 気持ちは嬉しかったけど、私が好きなのアラタさんである。それに直接言われてないのに振るのも自惚れが過ぎるし、これからも一緒に行動する上で気まずくなっても困るから……まあこのままの距離感を保っておこうと。ずるい事を考えていたわけですよ。

 

 

 予想外だったのは、フォートくんが思った以上に恋愛ごとについて思い切りが良くて……さらにはあざとかったこと。

 あざとい。そう言うしかない。

 だって……。

 

「ね。ちょっと、肩かして」

「びょわっ!?」

「変な声~」

 

 クスクス笑う声は軽やかで、とても楽しそうだ。

 反対に私はぽすんっと肩に頭を乗せられて変な声が出る。

 

「あの、フォートくん。それは、ちょっと……」

「ん?」

 

 くっ!! 顔がいい……!

 横に目を向ければ、やや下にある美少女顔からの上目遣い。

 マリーデルちゃんをエミュった無邪気であどけない顔で見上げられたら、こちらに出来ることは何もなくなるんだよなぁ!

 

 ……こうして事あるごとにスキンシップしてくるし、その際自分の見た目を利用することに躊躇が無いのだ、この子は。

 

 公の場でもアルメラルダ様のいる前で腕を組んできたりするものだから、対抗したアルメラルダ様がその逆から腕を組んできてよく両手に花状態になる。

 たいへん役得なのだが、心臓に悪い。

 

 回避予定のイベントで私を引っ張り込むもんだから、驚くほどロマンチックな経験も共に経験している。

 これについても必要だったことに加え、確信的なものでもあるのでは……と勘ぐってしまう。

 少なくとも全部が全部、代わりの相手を入れなければならなかったイベントでもないはずだ。

 

(でも、一線は超えてこないんだよなぁ……)

 

 いやいやいや。超えてこられても困るんだけど。何考えてんだ。

 

 そう。こうしてあざとく可愛く絡んでくるわりに、私が本当に困ってしまうような度の過ぎたスキンシップまではしてこないし、決定的な言葉も言わない。

 態度ではこれでもか! と好意を示してくるのに、だ。

 

 ……だからこうして二人きりにされると、たいへん困ってしまう。

 

 

(アラタさんもアラタさんよ! 人の好意を知ってるくせに場を整えるな場を!!)

 

 内心「あとはお若いお二人で」とばかりに去って行ったアラタに怒りすら覚えつつ、あることを思い出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それはつい最近の事。

 

 

「一年前、わたくし達見てしまったのよ! アルメラルダ様の部屋近くで、あの小娘がファレリア様にく、く、く、口づけしようとしている場面を!」

「!? く、くちづけ!? キス!?」

「ええ、ええ! 驚きましたわ! 驚きましたわ!」

「あまりに真剣だったので声をかけそびれてしまいましたが……。そこにアルメラルダ様が現れまして。それが無ければ、あれはいってましたね。ちゅっと」

 

 ある日、アルメラルダ様の部屋の外で賑やかな声が聞こえるなと思って部屋から顔をのぞかせた時。

 部屋の前で護衛を務めていたアラタさんと取り巻きーズがなにやらキャピキャピ会話していた。

 

 取り巻きーズ、奇妙な四人組が出来てからはそれに遠慮するようにやや遠巻きに取り巻いて(なんだこの言い回し)いたので、アラタさんと会話しているのを見るのは初めてだ。

 

 というか。

 

(おいおいおいおいおいおいおいおい。取り巻きーズ、何を想い人にとんでもねーことリークしてるんですかァ!? というか、見られていた!?)

 

 そりゃあね? 廊下だったからね? 人気が少なかったからとはいえ誰も通らないという保証も無し。現にこうして見られていた事実が発覚したわけで???

 

 でも何故それを臨時護衛の男に! 言う!!

 

「な、なるほど。……他には? ファレリア様とマリーデル様に関する情報というか。ああ、これは護衛のためなんだが」

 

 アラタさんも「なるほど」じゃねーんですよ。

 護衛のためとか嘘乙。眼が完全にキラキラしてる。

 

 陰から様子を窺う私をよそに、その話題でそこそこ盛り上がりを見せている取り巻きーズとアラタさん。え、何。アラタさんそのガタイでノリが女学生か???

 そりゃ人の恋バナが楽しいのは分かる。でもその片方は貴方が好きで貴方にずっとアタックしている私なんですけど!

 

 

 

 

 

 ……とまあ、そんなことがありつつ。

 

 

 

 

 

「全部終わったらどうにか俺の養子にして婿に出すとかは……」

 

 不穏な独り言をこぼしていたり。

 

(や、やばい。アラタさん、確実に私とフォートくんを「カプ」として推してる……!)

 

 これも察した。知りたくなかったけど察してしまった。

 こうなると余計にアラタさんを婿にする計画というか、好きになってもらったうえで婿にする計画が遠のくというか……!

 フォートくんはフォートくんで決定的なことを言ってこないから動くに動けずで、もうこの辺どうすればいいんだ!? というのが一年の所感である。

 

 

 

 などなどと、楽しい反面頭痛の多かった一年間。

 これだけ濃ければあっという間に過ぎてもしょうがないか。

 

 

 

 

 

 でもそれぞれ感情が忙しい私たちは、もう少し考えるべきだった。

 

 "一年"。

 

 その期間を暗躍しても、どうあっても原作通りにならない。

 それをふまえた犯人が、次にどんな行動を起こすかを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

+++++

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ファレリア。わたくしは本日生徒会室に詰めていますので、クランケリッツは貴女の護衛につけなさい」

 

 密会から数日。

 アルメラルダ様がそう言って生徒会室にこもった日は、珍しく私とアラタさんで行動する日になった。

 どうやら生徒会、色々締め切りがヤバいらしい。フォートくんも別室で缶詰である。

 休日だっていうのにかわいそうに……。

 

 ……まあ生徒会室の周辺は学園内でも守りは強固だ。

 生徒会長の色男や、他生徒会メンバーには第二王子や不思議くんもいるし……なにか変なことは起きないだろう。あの人ら強いしな。

 

 むしろ先日の推測からすると、未だ姿を見せない謎の転生者(仮)が狙うのは私とアラタさんのはず。

 

 特別教諭が言うには星啓の魔女(候補)が一度祓った呪いへの耐性は高くなるとの検証結果が出たので(こいつ、今後のため! とか言い張って一年かけてアラタさんに別の呪いをかけては解かせてかけては解かせてと実験しやがった)、以前のように容易く操られることは無いはず……とのこと。

 

 それもあって、こうして呪いを確実に除去できるアルメラルダ様から離れて行動も出来る事には出来るのだが。

 狙われてる邪魔者二人がセットで歩いてるのは、流石にカモがネギしょってる案件。

 出来るだけ人通りの多い所を通ったり、取り巻きーズにくっついてやりすごした。

 

 

 

 ここ最近はあまり相手の動きが無いだけに、逆に不気味なのよね。

 

 

 

(あ、でもこれって! 好きな人と二人きりで過ごせる絶好の機会……では!?)

 

 間抜けなことにそれに思い至ったのは夕方になってから。あたりさわりなく一日を過ごしてしまった。

 

「あ、あの! アラタさん。ちょっと食堂でお茶していきませんか!」

 

 この学園の食堂はいつでも解放されており、料理人も給仕も常時在中。今日は休日のため生徒たちの利用者は少ないはずだから、人気がありつつ好奇の目を気にしなくてよい穴場とも言える。

 

 せめて楽しくおしゃべりして終わるくらい、許されてもいいのでは!? 修羅場ってるアルメラルダ様とフォートくんには申し訳ないけれど!

 

 アラタさんは少し考えた後……頷いた。

 やった。密会以外だと護衛初期以降は堅物真面目護衛キャラを崩さなくて、ほとんどしゃべってくれないからなアラタさん。

 なかなかにレアな機会である。

 

 

 

 そして食堂の中でも比較的人に会話を聞かれない場所に陣取った私たちなのだが……。

 

 

 

「アルメラルダ様は誰が好きだと思う?」

「それなー!」

 

 好きな人との会話の第一話題が他人の恋バナなの、自分でもどうかと思う。けど気になる。

 アルメラルダ様の前じゃもちろん話せないし、密会の時はフォートくんもいるからな。なかなかに話しにくい話題なのだ!

 

「あ、先に言っておくがこれは好奇心だけで聞いているわけでなくてだな。犯人の動向を知るうえで重要な……」

「建前も本心も理解してるので隠さなくて結構ですよ」

「建前ではないが!?」

「真実だろうけどまったくの建前でもないでしょう! 知ってるんですからね私とフォートくんのこと取り巻きーズに聞いてたの!」

「貴女あの三人のことそんな風に呼んでるのか? だから友達出来ないんだよ」

「公に呼んでるわけではないですし「だから」ってなんですかだからって! 友達くらい居ますが~?」

「え……?」

「心底不思議そうな顔をしないでください」

 

 ちなみにこのやり取り、器用に小声で行っている。

 見た目も真面目堅物護衛騎士と無表情伯爵令嬢なので、まさか周りもこんな会話をしているとは思うまい。

 

「というかですねぇ~。ずっと好き好き言い続けている私に対して、もっとこう……なにか無いんですか? 湧き上がってくるものというか。ドキドキとかしないんですか?」

「いやぁ……。正直最初は少しぐらついたこともあったんだけど、それより不信感が勝ってたし……」

「あー! それ、聞こうと思ってました! なんですか? 私に抱いていた不信感って。この際だから教えてください」

「俺に告白してくる女がいるとかおかしい」

「もっと自分に自信を持て!! かっこいいですよアラタさんは!」

「ええ~?」

「本当に~? みたいな顔しないでくださいよ。この一年好きなところをあげて褒め続けた私の努力、なんだったんですか」

 

 ……いざ話し始めれば、やっぱり私とアラタさんの相性悪くないよなぁと感じる。

 フォートくんの時と違ってどんどん会話が湧き出てくるのよ。内容はともかくとして。

 

 アラタさんも随分気さくに話してくれるようになった。最初からノリが良い人とは思ってたけど、やっぱり決定的だったのは一年前かな。

 最初は私を刺してしまった罪悪感によって不信感がふきとんでいたっぽいが、その後……大団円を共に目指す、といった目的以外に犯人探しまで加わって同志としての面が強くなった。

 雨降って地固まる、というやつかしら。危うく振りかけたのは血の雨だけれど。

 

 しかし仲こそ深まったものの、正直……色気らしいものがあるかと言われると、まったく。残念なことに。

 

「んー、でもさ。ここ最近だと、見守る気持ちの方が強くなっちまって。不信感とかでなく、恋愛対象としては見られないというか……」

「ガチめの振る理由やめろ。え、え、なんです。妹的な?」

「……推しカプに、なってしまったので……」

「おいおいおいおいおいおいおいおい」

 

 引っ叩いていいかな?

 もうこれ、言っちゃっていいだろうか。

 

「でもアラタさん、私との結婚はほぼ舗装されたようなものなので好きになっちゃった方がお得ですよ?」

「なにそれ怖い! どういうことだ?」

「あ、聞いてません? ここ一年のアルメラルダ様のしごきが婿教育だって……」

 

 アラタさんがテーブルに頭を打ち付けるように突っ伏した。うおっ、馬鹿。周囲の視線が集まるでしょうが!

 

「……聞いてない。護衛としてまだ頼りないから鍛えるって……」

「それも事実ですけど。……まあそういうわけで、もう一度言います。好きになっちゃった方がお得ですよ、と」

「推しカプの片方と俺が!? それは……NTRなのでは!?」

「寝てから言えや! ……こほん。NTRの解釈についてはまた今度話しましょうか」

「や、でも。無理無理無理。今でさえ推しキャラの近くに自分が居ることが解釈違い過ぎて爆散しそうなのにこれ以上とか無理。塵も残さず滅散しちまう」

「めんどくせぇ男ですね!」

「というかあれだけ分かり易く好意を寄せられてファレリアはフォートに対して何も思わないのか!? 自分が好きだって分かってる相手の前で別の男にって鬼畜にもほどがあるだろ!!」

「言うなぁ!! 思うから困って……あ」

 

 あれ、今私。勢いで余計な事口走らなかった?

 

「……ほう~? 思うから困って……ねぇ」

「ぐ……」

 

 堅物面を崩してにやにやし始めたアラタさんに、私は言葉を詰まらせる。

 更に追い打ちも来た。

 

「……こういうノリで俺と話してる時点で、俺はファレリアにとっての恋愛対象ではないだろ。結婚相手として都合がいいのは、わかるけどさ」

「……でもちゃんと、一目惚れでした」

 

 

 

 何気なく始めた会話。

 ぽんぽん進んで、その終着駅は思いがけないところへたどり着く。

 

 

(ああ……。終わっちゃう、なあ)

 

 

 

 納得が心に落とされようとしている。

 

「……本当に俺に惚れてくれたのなら、ありがとう。でも今は違うんじゃないか?」

「……優しい声でそれを言うのは、反則です」

「ごめん。こういう経験なくて。俺も何て言っていいかわからない」

 

 

 窓の外から西日が差しこむ。

 斜陽の空を見て、私は自分の今世での初恋が終わろうとしていることを理解した。

 

 

「しっかり目の失恋をした……」

「ごめんて。でも次の恋を、俺は応援するからさ」

「それ死体蹴りって言うんですよ」

 

 というかですねぇ……。応援されたところで、どうすれば。

 

 

 

 

 しかたがない。話題を変えるか。

 

 

 

 

「えーと。最初はなんでしたっけ? アルメラルダ様の好きな人について、でしたよね」

「ああ」

 

 脱線しまくった末に失恋するというアクロバティックかましてしまったが、最初の話題はそこだった。

 アラタさんも乗ってくれたし、もうこのまま話題を戻させてもらおう。

 

「近くで見ている限り、誰かに恋してるって感じは無いんですよねぇ……。だからマリーデルに対しての感情も、対抗心はあっても恋愛面での嫉妬心は無いんですよ」

「そうなると犯人が望むであろう"悪役令嬢アルメラルダ"の破滅はどうあっても無理だな。俺としては大歓迎だが」

「あ、そうそう。一番恋とかそれっぽかった挙動って、アラタさんが誤告白した時でしたよ。アルメラルダ様すっごく落ち着かなかったし、ずっとアラタさんから逃げてたし」

 

 アラタさんがコーヒーを吹き出した。おいヤメロ目立つ。

 

「ふん!」

 

 気合と共に魔法を発動させて吹き出たコーヒーをアラタさんの口に戻す。

 ふっ、私の魔法もなかなかのものになったわね……。

 

「ごふっ。げはっ、がはっ!!」

 

 むせてから荒く息を繰り返すアラタさんに恨みがましく見られたけど、先ほどのお返しである。ちょっとくらい大目に見てほしい。……言った事に嘘は無いし。

 

「……ま、原作だのゲームだのキャラクターだの。そんなの私たちが勝手に言ってるだけで、人間ですからね。誰を好きになるのも自由。必ず攻略対象を好きになるわけでも無し。これに関しては犯人にとっても私たちにとっても未知数の領域です。与太話で済ませておきましょう。……というか、誰も聞いてないにしても話しすぎましたね。ここまでにしますか」

 

 そう言って締めると、何やらアラタさんが虚をつかれたような顔をしている。

 

「なにか?」

「いや。当たり前のことを当たり前に言われると、自分ではいくら考えても納得できなかったこともすんなり受け入れられるんだなと……そういうことを、今納得している」

「?」

「いや、これは俺の事情だから気にしなくていいよ」

「そうですか」

 

 聞かれたくなさそうだし、日も陰ってきた。

 生徒会室に寄って缶詰しているアルメラルダ様とフォートくんを夕食に連れ出すか……。

 

 

 

 

 そう思って話を畳み、生徒会室へ向かった私達だったのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「汚らわしい!」

「ッ!」

 

 

 

 心底相手を嫌悪しているような声に、鋭く響く打撃音。

 

「!?」

「今のは」

 

 嫌な予感を胸に抱きつつ生徒会室へと駆け込む私たち。

 その前では頬から血を流し座り込んでいるフォートくんと、それを手にもった扇で成したであろうアルメラルダ様の、その姿。

 周りには色男も不思議くんも第二王子も居たが、みんな一様に困惑しており動けなかった様子が見て取れる。

 

 

「あ、アルメラルダ様……?」

 

 

 どくどく心臓が鳴るままに声をかけると、アルメラルダ様がこちらを向いた。

 

 

 

 

「なん……」

 

 なんで。

 

 感じるデジャヴ。

 

 

 

 

 ……呪いを打ち払えるはずの星啓の魔女候補。

 

 そのアルメラルダ様の美しいエメラルド色の瞳は、以前操られたアラタさんのように……ドロリと濁っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




おまけ↓

ファレリアイメージ図

【挿絵表示】



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十話 思惑crosswars~とりあえずヨガは体に良いらしい

 顔が映るくらいに磨かれた艶やかなこげ茶色の執務机。その上に積まれた書類の山を眺めながら、アルメラルダは深くため息をついていた。

 しかし、ため息は書類の山に対するものではない。この程度アルメラルダにかかれば瞬く間に片付くだろう。

 今考えていたのは……先ほど送り出した少女の背中である。

 

(少しはうまくやれているかしら、あの子)

 

 華奢な背中に付き従った大きく逞しい体躯を持つ青年は、ファレリアの想い人。

 生徒会が繁忙期で忙しいのは事実だったが、本日ファレリアとアラタを二人で送り出したのはアルメラルダなりの気遣いだった。

 

 

 

 

 ここ一年はあっという間に過ぎてしまったが、その中でファレリアとアラタが二人きりで過ごせた時間はほぼ無かった。

 それはアラタの護衛対象にアルメラルダ自身も入っていたことに加え、逆にアラタが再び呪いに付け込まれることを防ぐためでもある。

 後者に関しては先日、一年かけて不敬にもアルメラルダをこき使い検証を重ねた特別教諭が「星啓の魔女候補が祓った呪法に対して、対象者は耐性を獲得する」という検証結果を出したため解消している。

 ……通常は以前第一王子が述べていたように呪法にかかると同一のものに対する耐性が低下するため、本当に特異な力の資質を自分が備えている事を強く自覚した。

 

 だがそれ以降も護衛という任があるため、一年前の犯人が見つかっていない現状ではなかなか二人の逢引の場を整えられなかったのだ。

 ゆえに本日。アルメラルダはファレリアとアラタが二人で過ごせるように、わざわざセッティングしたというわけである。

 

 

 

 

 アルメラルダが共に行動できない理由として丁度生徒会の仕事があったし、この場所に居るならば護衛を置く必要もない。加えていつもくっついてくるお邪魔虫(マリーデル)も同じく動けないため都合が良かった。

 現在他生徒会役員はそれぞれ個別に用意された執務室(アルメラルダは知らないが、アラタとファレリアは「缶詰部屋だ……」と称していた)に籠っている。

 

 そのことでお邪魔虫こと小娘の苦しむ姿が見られないことを残念に思いつつ……。今のらしくない自分の顔を見られないことに安堵した。

 送り出したまでは良いものの、その後が落ち着かなくて仕方が無いのだ。

 

 自分はアルメラルダ・ミシア・エレクトリア。公爵令嬢、更には星啓の魔女となる女である。

 常に自信を持ち高貴に振舞わなくてはならない。

 このように不安を感じている顔など、誰にも見せてはならないのだ。

 

(不安? このわたくしが?)

 

 自身に言い聞かせる中ではっと気づき歯噛みする。

 二人の仲が上手く行くように。そう考え自分で送り出したくせに、去り行く背中に思わず手を伸ばしそうになった先ほどの自分が情けない。

 

 

 

 

 しかし、この落ち着かない気持ちを解消するために自分の感情の動きを把握しようと突き詰めていくと……どうにも情けない考えにしか突き当らない。

 

(行かないでほしい)

 

 素直に感じたその気持ちに、頭を抱えたくなる。少なくとも今日に限っては、背中を押し送り出したのは自分だろうに。

 ……自分がファレリアに対してあまりにも過保護であることは自覚していたが、同時にあの少女が自分の側から離れていくことが耐えられないのだ。

 これに当てはまる言葉を探すならば、それは「依存」である。

 縋られる立場ならともかく、自分側がそんな感情を抱くなどと……情けないと言わずしてなんと言おうか。

 

 

 

 

(それでもクランケリッツは……まだいい。ファレリアが自分で見つけた相手だもの。それにあの二人、少し似ているし。くっついたらくっついたで、そうね。大きな犬を二匹まとめて飼うようなものだわ)

 

 この落ち着かない気持ちを払しょくしようと、納得いく落としどころを見つけ自分を納得させる。

 そうだ。あの二人は犬っぽい。それがじゃれていると考えれば、可愛いものではないか。

 

 しかし。

 

 バキッと握っていた扇がへし折れる。今月に入って通算十二代目の扇、ご臨終の瞬間であった。

 ここ一年でアルメラルダがへし折った扇は数知れず、ひそかに物の祟りを恐れたファレリアが供養塔を作っているほどである。

 

 ……そう。ファレリアとアラタを送り出したことは、別に良いのだ。寛大な自分の施しに満足感すら覚える。

 ただそこに「行かないでほしい」という感情を発生させた根本の理由は別にあった。

 

 

 

 

 ここ一年……ファレリアの友好範囲は急激に広がった。

 そのことがアルメラルダの心に焦りを生んでおり、ささいなことで波立つのである。

 

 怠惰で無表情で無神経で無頓着でやる気が無くてぼーっとしていて顔しか取り柄が無くて、自分がそばに居てやらないと駄目だとずっと思っていたのに……アルメラルダが思っていたほど、ファレリアは交流下手ではなかったようだ。

 無表情の壁を越えて一度つながりが出来てしまえば、その無神経さが功を成して誰とでも話せるのがファレリアなのである。

 

 そしてその最初の壁を越えさせ、つながりを作ったのは……マリーデル・アリスティとの交流が元であった。

 

 

 

 

 魔法学園に入学してから二年。

 アルメラルダを取り巻く令嬢達くらいしか友好関係の無かったファレリアが、自分が目の敵にしていた少女と仲良くなったことがまず信じられなかった。

 しかもきっかけは、アルメラルダが仕立て上げた決闘だというではないか。

 

 アルメラルダがそのことを知ったのは、あろうことか危うくファレリアが死ぬところだった一年前の事件。

 

 高位の魔法騎士すら操る強力な呪法。それが用いられたことで、ファレリアは彼女が愛する者の手によって殺されかけたのだ。

 今思い出すだけでもはらわたが煮えたぎるし、同時に氷を飲み込んだように心が冷える。

 

 いったい何の目的で。

 

 一年、アルメラルダも自分の持ちうる人脈を駆使しして犯人の正体や行方を捜した。

 だが公爵令嬢たる自分や更に地位が上である第一王子と第二王子が調査を手伝ってくれているにも関わらず、手がかりすら見つからない。異常な事だ。

 事件以降呪法を用いた襲撃は無かったが、解消されない不安が今でも付きまとっている。

 

 

 

 

 ともかくその事件がきっかけで、アルメラルダはファレリアとマリーデルの間に交流があることを知った。

 同時にその少女……マリーデルが、同性であるはずのファレリアに恋慕の情を抱いていることも。

 

 アルメラルダは両親の特異な性癖を知ってから、成長するにつれて見分を広げようと隠れてあらゆる恋愛書籍を読み漁っていた。

 その幅は多岐にわたり、同性愛の知識も完備している。自身とファレリアの間にある情とは違うが、そういったものが世の中にはある、と理解していた。

 故に分かり易すぎるマリーデルの反応に、すぐ気付いたのである。

 

 両親の形見すら彼女を守るために使った心意気には感心すらしたし、ファレリアの命を救った事に感謝もした。

 ……しかし、だからといってその恋心を、ファレリアとの仲を許すはずもない。

 当然だ。

 ファレリアが好きな相手として公言しているアラタに直接宣戦布告する度胸は認めてやってもいいが、それとこれとは話が別というもの。

 マリーデルが気に食わない小娘であることに、変わりは無い。

 

 

 

 

 だがそんなアルメラルダの想いとは裏腹に、マリーデルはどんどんファレリアとの仲を深めていった。

 

 

 

 学園祭での借り物競争。

 自分が「親友」と書かれた紙をもってすぐに行ってやったのに、何故同じ借り物を引き当てファレリアの元に来たマリーデルとの間で迷うのだ。すぐに自分の手を取るべきだろう。

 

 後夜祭でのダンス。

 妙な男に誘われる前に自分がファレリアと踊ってやろうとせっかく男性パートを完璧に覚えて来たのに、ファレリアが踊った相手はマリーデルだった。

 

 旅行先で一緒に見ようと思っていた神秘的な光景。

 何故かマリーデルがその場所近くを破壊した挙句に、想定より大人数でその光景を見ることになった。

 

 音楽祭での劇。

 突発的に選ばれたにも関わらず我ながら完璧にこなしたが、土付き大根のごとく野暮ったい演技のファレリアをフォローしたのは自分でなくマリーデルだった。

 

 年末パーティーでの天体観測。

 入学する前から毎年二人でその光景を見ていたのに、アラタはともかくマリーデルまで一緒に見ることになったのはなぜだろうか。

 

 

 

(マリーデル。マリーデル。マリーデル・アリスティ!! あああああ、もうっ! あの雌豚ぁ~!!)

 

 ここ一年で確実にファレリアの心の一部を占めたであろう少女の事を考えると、気づけばお気に入りの扇たちは手の中でへし折られている。

 

 ……だが。

 最も気に食わないところは、うとましいと感じるのにアルメラルダがその存在を許容していることだ。以前との明確な違いはそこにある。

 そうでなければ仕事を押し付けるためとはいえ、自分のテリトリーたる生徒会に推薦などしない。

 

 本性がバレてからは口調こそ取り繕っているものの、歯に衣着せぬ物言いで自分に言い返してくる少女。彼女とのやり取りを楽しんでいる自分が居たのも事実。

 あの気に食わない女は、ファレリアだけでなくアルメラルダの心にまで無遠慮に土足で乗り込んできたのだ。なんて図々しい。

 

 …………これが最初の頃のように侮蔑し見下すだけで済む相手だったら、どんなに楽か。

 

 

 

 

 アルメラルダは感じていた。

 この一年を契機に、ファレリア……そして自分にも変化が起きている事を。

 

 その原因はいずれも人間。

 

 マリーデル・アリスティ。

 アラタ・クランケリッツ。

 

 主にこの二人が中心となり、自分たちに変化をもたらしている。

 

 

 

 

 人間とは変化していくものだ。変わらない者などいない。

 変化とは進化。先へ進む事象。そう捕らえているアルメラルダにとって、受け入れるべきことでもある。

 ただどうしたって付きまとう感情があるのだ。

 

 ……それは。

 

 

 

 

「……さみしいわ」

 

 ぽつりとこぼす。

 

 それが「行かないでほしい」と手を伸ばしかけた気持ちの根源。

 

 さみしい。さみしい。

 もうあの子の中の一番が、自分でないことが。

 

 

 

 

 

 昔からアルメラルダがどんなにどついてもきつく当たっても、笑顔でくっついてきたファレリア。その彼女が唯一アルメラルダに向けていた笑顔も、すでに自分だけのものではない。これも変化の一つだ。

 あいかわらず表情筋はあまり仕事をしていないが、それでもこの一年で多くの人間と笑う様子を見てきた。

 それがアルメラルダをかき乱す。

 

 けして表に出すなど無様な真似はすまいとしているが、ファレリアを取り巻いていく自分以外との様々なつながりが……彼女を自分から引き離すようで、辛い。さみしい。

 

 痛みを愛と認識する性癖が薄れたことは喜ばしいが、それならばどうやって自分はファレリアの心をつなぎ留めればよいのだろう。

 そうあるように二年かけて矯正させてきたのはアルメラルダ自身だというのに、矛盾が多くて自分で呆れる。

 だがどれもがアルメラルダの本心。それが矛盾だらけの不細工で不格好なものであったとしても。

 

 ファレリア・ガランドール。

 幼馴染のその少女は、魔法学園入学前も、その後も。ずっと自分の隣にいた。

 これからもずっとそうだと思っていたし、そうあるためにアルメラルダも動いてきた。

 

 だけどファレリアの心自体が自分から離れてしまったら。

 …………彼女は隣に、居てくれるだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、ダメだわ。わたくしらしくない!」

 

 悶々とした感情を抱え込みつつ、どうにか抜け出そうと頭を左右に振った。

 

(なにか、別のことを考えなければ)

 

 そして浮かんだのは。

 

「……恋って、どんなものかしら」

 

 ふと思い出した顔は、誤りとはいえ自分へ「好きだ」と告げたアラタ・クランケリッツ。

 アルメラルダは慌てて首を横に振ってその考えを振り払った。馬鹿馬鹿しい。

 

 この学園に入る際、自分やファレリアに相応しい婚約者を探そうと考え候補も絞ったしそれぞれ交流も続けている。だが恋、と言われるといまいち想像はつかないのだ。

 読み漁った恋愛小説のおかげでマリーデルがファレリアに向ける感情が「そう」だと気づく程度の知識はあるが……好ましく思う男性こそ多いが、いざそれが恋なのか、と問われれば判断に困る。

 

 恋という感情。身近で最も分かり易い例は、アラタに恋するファレリア以上にファレリアに恋するマリーデルだろう。

 ……そのマリーデルのように、思わず取り繕っていた仮面を投げ捨てるくらいの激情を、自分は抱いたことがあるだろうか。

 

 

「ああああああ! もうっ! 結局答えの出ない考えがぐるぐる回ってますわ~!」

 

 気づけばファレリアを送り出してから一時間以上考えに耽っていたらしい。とんだ無駄な時間を過ごしてしまった。

 最近は一人になると考えるのはそんなことばかりだ。

 誰にも話せず抱えた気持ちは日ごとに大きくなり、アルメラルダを悩ませている。

 

「もう! まったく、まったくまったくまったく! わたくしもまだまだですわね! そんなことを考えていないで、仕事を終わらせてしまわねば」

 

 ダンっと執務机を叩く。

 思わず叩き割ってしまわないことに自分の成長を感じたが、すぐ近くに落ちているへし折れた扇を見て無言でそれに手を合わせ頭を下げた。意味はよくわからないが、以前ファレリアがしていた真似である。

 

 アルメラルダはへし折れた扇を気まずそうに引き出しにしまうと、ふうと息を吐く。

 

 

 夕方にはきっとファレリアはアルメラルダを夕食へ誘いにくるはずだ。それまでに終わらせて、一日どう過ごしたのかたっぷりと聞いてやろう。

 せっかく自分が気遣ってやったのに、これで何も成果はありませんでしたなどと言われたら説教も必要だ。

 

 

 そのことを考えると自然と口元には笑みが浮かび、不安も薄れる。

 不安の元も安心の元も同じ人間なのだから、まったく手に負えない。

 

 

 

 

 

 そしてアルメラルダが仕事を再開しようとした時だ。

 

 部屋に扉をノックする音が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

+++++

 

 

 

 

 

 

 

 記憶がいつから蘇ったのか、はっきりと覚えてはいない。

 心にへばりつくのは飢餓にも似た乾きと、それを埋めるものを求めてやまない欲の形は波か、それとも炎か。

 

――――これは来世なんかじゃない。前世からの延長線上にある、特別に与えられたボーナスステージだ。

 

 そう感じた。

 だからこそ欲に従う事にためらいはなく、いつか来るその日を楽しみに過ごしてきたのだ。

 

 

 

 

 最初は「ああ、原作通りだ」と感動した。

 見慣れないキャラクターも多くいたが、それは当然だ。ゲーム画面の枠外まで描かれているのだから。

 

 まず二年、待った。

 アルメラルダの側に見た目だけはやたらと目立つ取り巻きが居ることは気になったが、それにも目を瞑った。

 

 そしていよいよ原作の始まる年となり、マリーデルが入学してくる。その存在に安堵した。

 ああ、やはりここはゲームの世界だ、と。

 

 当初は順調に予想通りの動きをしていたアルメラルダを、内心歓喜のままに見守る。

 見たい展開のためには主人公(マリーデル)が初期のチュートリアルを終え、各キャラの好感度を上げていく段階になってから導いてやればいい。

 

 

 ……悪役令嬢アルメラルダが愛らしく美しく奈落へ堕ちてゆく、六つのルートの内のひとつへ進めば満足だった。

 

 

 確率は二分の一。

 もしマリーデルがアルメラルダ追放エンドの攻略対象を好きになりかけたら、そこではじめて介入すればいい。それまでは見守る。

 原作通りに進む様を見たいのだから、出来るだけ自分も介入しない方が望ましい。

 

 

 

 

 

 何かがおかしくなっている事に気付いたのは、アルメラルダが原作に無い「決闘」を学園に申請してからだ。

 

 

 

 

 

 始めは「そんなこともあるだろう」と面白がって許容し、後押しさえした。

 ……だが決闘の結果を見て、考えを改める。

 

 

―――― アルメラルダとマリーデルが、負けた!?

 

 

 ゲームには姿かたちも無かったはずの脇役(モブ)二人が、あろうことか主人公とそのライバルに勝ってしまった。

 ……それも片方はアルメラルダに告白をするなどという、許されざる所業と共に。

 

『ずいぶん原作をかき回してくれているな』

 

 そう自分の口から出た時は滑稽で笑ってしまった。決闘の直前までは許容し、後押しして、楽しんですらいたというのに。

 

 だが原作を乱すならばそれが何者であれ許さない。

 これでは自分が待ち続けた光景は見られないかもしれない。そんなこと、あってはならないのだ。

 それを見るためだけに生きてきたと言っても過言ではない。原作を外れることは自分を否定されることと同義。

 

 本当の自分がどんな性格だったかもすでに記憶が遠い中、原作を書き換えないため忠実に「演じてきた」のに。

 

 

 

 

 望む六つのルートの他、最終手段として"七つ目"も視野に入れつつ、まず取り掛かったのは邪魔者の排除。

 だがそれは失敗し、その後は妙に手を出しにくくされた。一度目の失敗以降も画策こそしたが、実行には移せなかった。

 その間にどんどんと原作は狂っていく。

 例の四人が行動を共にするようになったのだ。

 

 邪魔者の排除がままならない。ならばと、次いで取り掛かったのは主人公(マリーデル)の周りを動かし原作へ当てはめる事。

 しかしこれも失敗する。ことごとく邪魔となったのは、アルメラルダの周りをちょろちょろしていたファレリア・ガランドール。

 排除できなかったことが心底悔やまれた。

 

 

 

 それが一年。

 プレイ期間の内、一年は非常に大きい。

 それが過ぎてしまった。

 

(極力したくなかったが……)

 

 

 最終手段として選んだのは……。

 歪められた悪役令嬢アルメラルダを、無理にでも本来の姿へ戻す事。

 幸いなことにその手段を、彼は持ち得ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 副会長の執務室。その一角をノックすれば、部屋の主が答えた。顔を出せば何も疑いなど持っていないであろう笑顔で迎えてくれる。

 当然だ。そうあるようにこれまで振舞ってきた。

 

「少しいいかな」

「まあ、どうなさいました? 資料の作成でしたらもう少しで……」

「そうじゃないんだ。少し、君についてきてほしい場所があってね」

「……? はい」

 

 きょとんとした顔で、しかし断るでもなく頷く。

 ずいぶんと可愛げのある表情だと苦々しく思った。この少女はもっと高貴で傲慢で愚かな存在でなければならないというのに。

 

 それでこそ……堕ちた時が愛らしく、美しいのだ。

 

 自分はそれを見るためだけに生きている。

 

 

 

 

 アルメラルダを伴い見慣れた部屋を進む。たどり着いた先は……生徒会の中央会議室。今は誰も居ない。

 その中央に坐する暖炉の仕掛けを動かし地下への階段を露わにすると、さすがに驚いたようでアルメラルダが息をのんだ。

 この場所は隠しルートを解放しない限りゲーム内でも明かされることは無い。

 

「これは……」

「女神神殿の地下に直接つながっている。この先にあるものは、星啓の魔女候補である貴女には是非見てもらいたいものなんだ。マリーデルでなく、アルメラルダ。貴女に」

 

 マリーデルでなく。

 その言葉に乗せられたのか、アルメラルダは差し出した自分の手をとり引かれるままについてくる。

 

 その途中。

 

「甘い香り……?」

「いい匂いだろう?」

 

 湿った地下通路の奥から漂ってくるのは熟れた果物のような芳香。

 次第に強くなるその香りにアルメラルダが口元を押さえてむせたが、足を止めることなく先へ進む。

 アルメラルダはその強引さに何かを感じたのか、一瞬手を振りほどこうとした。が、その手を強く握って引き寄せるようにして歩く。

 

 そこでようやくこちらに対して警戒とわずかな恐怖を覗かせたアルメラルダだったが、それは少し遅かった。

 

 

「ここは王城からも繋がっていてね。私は五歳の頃にはじめて足を踏み入れた」

「そうなのですか。王城にもつながっているとなると……特別な場所、なのですね」

 

 それを聞いて気分を良くする。

 そうだ。ここは特別な場所だ。更に言うなれば危険な場所。

 だが自分はその脅威を逆に利用してやっている。それを思うと、ひどく気分が良い。

 自分だけの特権だ。

 

 脅威を脅威として知りながら利用できる。それは自分が別の世界の記憶を持つ、特別な人間だからだ。

 

 そう考えると、どうも愉快で顔が奇妙な笑顔に歪む。駄目だ駄目だ。「このキャラクター」はそんな笑い方をしない。

 

「……今日の貴方は少しおかしいです」

 

 ほら、怪しまれてしまった。

 

(まあ、どうせこのことは忘れてしまうのだし、構わないか)

 

 うっそりと笑むと、そのまま会話とも言えない一方的な言葉の羅列をアルメラルダへと向けた。

 

「……そうそう。決闘の時は貴女の主張を尊重し協力した。面白いと思ったし、それも悪役令嬢として格を上げるイベントになると、そう思ったから。……だが結果はどうだろうか。貴女とマリーデル、二人ともが負けてしまった。ありえない。星啓の魔女となるべく選ばれた二人がモブにやられる? あの時分かった。原作を邪魔しているのは、あの二人だったんだとね。排除できなかった事が本当に悔しいよ。手の届く場所に居た彼も、離されて手が出せなくなってしまったし」

 

 アルメラルダの困惑と警戒が決定的な物に変化した。

 

「あ、悪役令嬢? イベント? 原作? ……なにをおっしゃっていますの?」

「貴女の本来あるべき姿の話」

「……あの二人とは」

「貴女に必要ない者達のこと」

 

 

 足を止める。

 

 光の無い闇の凝った通路の先で、何かが動いた。

 

 

 

「……っ」

 

 息をのむアルメラルダの背後に回り、両肩へ手を添えて前へ進ませる。抵抗の意志を感じ取ったが、構わず押した。

 

「本来の貴女はもっと魅力的だ。堕ちるためにデザインされた女性。貴女自身、今の仲良しこよしを許容しているわけではないだろう? 自分を偽るな。解放していい。私はその手伝いをしてあげようと思っているんだ」

「あ……なに、やめ……!」

 

 肩に置いていた手を前へと回し抱きすくめる。アルメラルダの体が硬直した。

 それをいいことに腹のあたりから胸の中央までを人差し指でなぞり……一点で止める。

 

「"ここ"に眠るものを呼び覚ませ。貴女にはここへ足を踏み入れる権利がある」

 

 慈しむようにもう片方の手で顎を撫で、そのまま顔を前方……門に向けて固定させる。

 

 

 そう。そこにあるのは門だ。

 精緻な彫刻が施された一見芸術品のようなそれ。しかし少し観察すればそれが異様なものであると理解できるだろう。

 

 

 ぎょろり

 

 

「ひっ」

 

 門に目玉が浮いた。

 見つめられた彼女はもう動けない。

 

「さあ彼女の心を引きずり出せ。眠れる悪役令嬢の因子を呼び覚ませ!」

 

 無遠慮に全てが暴かれる。不安も嫉妬も憎悪も。彼女が己の矜持でもって蓋をして、心の奥へとしまっておいたもの。

 それらが引きずり出され、更には……。

 

「やめ、やめて!! いや、いや!! 捻じ曲げられる。塗りつぶされる!! わたくしがわたくしでなくなっていく!!」

「ちがう。それが本来の貴女だ。言っただろう?」

 

 今のアルメラルダの感情を苗床にしながらも、まったく別のそれが体の内側に根を張り蔓延る。丁寧に丹念に作り変えられていく。それが手に取る様に分かった。

 

 かつて"自分"もそうだったからだ。

 

(ん?)

 

 一瞬疑問がよぎるが、すぐに流れた。

 

 怖いだろう。恐ろしいだろう。しかし受け入れれば全て解放される。その先には快楽しかない。

 

「ふぁれ……りあ……!」

「そんなものは貴女に必要ない。マリーデルへの憎悪。それだけが貴女を輝かせる」

 

 

 

 恍惚に細められた眼差しは、髪色と同じ……真紅だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

+++++

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ファレリアと共に入った生徒会室。そこで見た光景に目を限界まで見開く。

 

「馬鹿な……! この呪いは……!」

 

 アラタは信じられないものを見る目でアルメラルダを見た。

 ……濁った眼をしている、その少女の瞳を。

 その根源となるものをアラタは知っている。画面越しに繰り返し見てきた光景だ。

 

 

 

『なんでこの子は幸せになれないのかな』

 

 

 

 リフレインするのは前世の自分の言葉。

 

「何故わたくしはこれまで、このような汚らわしい小娘が皆様に近づくことを自ら許容していたのかしら」

 

 そう言って媚びてすり寄るような笑顔を、この場に居る攻略対象達へ向けるアルメラルダ。その違和感にはこの場に居る誰もが気が付いているだろう。

 しかし困惑に加えて……彼らはまるで催眠にかかったように硬直している。部屋に充満するのは熟れた果物が腐ったような、甘い香り。

 

(ダメだ、これは。反則だ!)

 

 この香りに侵されれば、「目の前のアルメラルダ」をはじめからそうだったと思い込む。それをアラタは知っていた。

 だが。

 

(ありえない!! 本物のマリーデルは、ここにいないのに! キーイベントも起こってはいない!!)

 

 アラタが真っ先に叩き潰したはずの、起こりうるはずのないルート。これはそこでしか起きえない事象だ。

 

 

 

 

 

 

 そのルートの名は……"冥府降誕"。

 

 

 

 

 

 

 全キャラクターを攻略した後の周回で、一定の条件下の元に現れるイベント「女神への祈り」。

 その条件の中には二週目以降で視認が可能となる、アルメラルダ自身の好感度を一定数上げる必要がある。

 

 イベントの内容はこうだ。

 

 現国王に呪いがかけられ、それを二人の星啓の魔女候補が解こうとする。

 しかし協力するべき場面でアルメラルダはマリーデルに負けまいとして焦り、持つべき力を発揮できなかった。

 そんなアルメラルダの心に流れ込むのは国王を呪っていた「何か」の意志。それまで育んできたマリーデルとの絆は星啓の魔女の力ごと反転し、彼女は依り代とされた。

 このあたりの設定はゲーム後の時間軸として描かれる「ファレリア・ガランドール」の番外編でも似たものが流用されている。

 

 反転した星啓の魔女候補の力。

 それは正しく星啓の魔女としての力を備えていたマリーデルと反発することで……冥府を封じていた門を開く鍵となってしまうのだ。

 

 

 

 

 今のアルメラルダの様子はゲームで呪いの意志が流れ込んだ時と同じ。

 

 このイベントの恐ろしい所はアルメラルダ本人にとどまらず、呪いに対し耐性を持つ星啓の魔女候補、マリーデル以外の認識さえ一時的に塗り替えてしまう事だ。

 それはいかに星啓の魔女候補に呪いを打ち払う力があろうと、排除は適わぬ"強制イベント"。

 

 憎悪や嫉妬の心を呪いの意志によって過剰に煽られ歪められたアルメラルダ。

 それが彼女本来の姿だと周りも認識し、その振る舞いに対して数多の叱責、罵倒、軽蔑が向けられる。

 

 一応それまで行ってきたマリーデルへの虐めなどが暴かれる形でもあるため自業自得でもあるのだが、だとしても。

 ……それは理不尽という名の暴力だった。

 

 この毛色の違うイベントを起こすために、制作陣が無理くり組み込んだようにしか思えない。

 認識可能になった二週目以降のアルメラルダの好感度数値も、唯一彼女が無事に終わる大団円エンドには関係ない。このイベントを起こすためのトリガーでしかないのが質が悪いことこの上なかった。

 

 原作マリーデルがいくらやめてほしいと訴えても止まらない罵倒の嵐に、わずかに残っていたアルメラルダの本当の心も完全に折れ、塗りつぶされる。

 そこだけしっかりアルメラルダ側のモノローグも描かれるのだから、このゲームの一部製作者たちの「悪役令嬢虐」性癖は徹底していた。

 

 

 

 

 どうして自分ではなくマリーデルばかり。

 ……そんな絶望と共に、血の涙を流しながらアルメラルダは呪いの具現、冥王と一体化しラスボスとなる。

 

 

 

 

 周囲が正気に戻った時にはもう遅い。

 

 マリーデルがかろうじて守った攻略対象者以外のすべての国民は冥府降誕の生贄とされ、国は冥府、死者の国へ様変わりする。

 アルメラルダを倒すまでゲームは終われない、トラップのような裏ルート。

 

 ……無事クリアできたとしても、そこにアルメラルダ救済はいっさい用意されていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 だが、まず前提条件が違う。

 

 

 

 

 

 

 

 国王は呪われていないし、そもそもそれとて「本物のマリーデル」が居なければ、まず発生すらしないイベント。

 星啓の魔女候補が"二人"そろうことで、現役の星啓の魔女の力が代替わりに備えてわずかほころぶ。今持ちうる女神との契約の力を"二人"へ分散させ、与えるからだ。

 その隙間につけこんだ冥府が行動を起こす。

 候補者がアルメラルダ一人しかこの場に居ない今、封印は未だ強固であるはずだ。

 

 

 ……誰かが冥府を封じている、女神神殿地下の封印の門そのものに干渉でもしない限り。

 

 

(でも、下手すれば国が亡ぶルートだぞ!? いくらなんでも、こんな……! ありえない! マリーデルが偽物だと知らないなら、なおさら!!)

 

 これを起こしうるものが誰か想像した時、最も可能性があるのは「設定」を知る転生者。

 だがもし犯人が転生者だとするならば。……冥界門の事を知っているなら、まず間違いなく回避のために動くはずだ。動かないまでも、触れないはず。

 現にアラタは何年も前から準備し替え玉まで用意した上で、原作前に最悪のルートは回避している。したはずだった。

 だというのに目の前で再現されているのは悪夢の序章である。

 

 そこまでして悪役令嬢のむごたらしい死が見たいのか?

 とても正気とは思えない。

 

 

 

 

 

 

 そして純粋に腹立たしい。

 

(ふざけるな!)

 

 そう心が叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「見損なったよ、アルメラルダ」

「マリーデルに、ひどいこと、しないで」

(まずい。精神汚染が始まっている……!)

 

 脳内を目まぐるしく数多の考えが通り抜けていったが、その間も現実は進む。

 マリーデルを罵倒し続けるアルメラルダの様子は「悪役令嬢」としてはあまりにも雑だが、このルートにそれは関係ない。どんなに不自然であろうとも周囲が「そう」と受け入れる。

 

 

(しかも……!)

 

 

「……へぇ」

 

 打ち据えられた頬を押さえながらアルメラルダを見たマリーデル……否、フォートの眼は冷え切っていた。

 この少年は幼少期から姉を守るために常に冷静であろうとし、必要ならば何かを排除することをためらわず生きてきた。怪しい取引を持ち掛けたアラタも最初はこの眼で見られたものだ。

 

 本物の星啓の魔女候補ではない彼も現在は呪いの対象となる。

 そして目の前に居るのは、姉に扮する自分を傷つけた敵だ。

 

 アラタは察する。

 今この場に本物のアルメラルダを知る、彼女の味方が居なくなることを。

 

 そして……唯一今正常に動けるのは、一度精神を侵され星啓の魔女となるべき乙女の一撃で正気に戻された自分だけだという事も。

 

 今ならわかる。

 一年前自分に向けられた呪法も、質の悪い冥界由来のものであったことが。あの時からすでに敵対者たる転生者は禁断の力を用いていた。

 

(しかも俺に気付かれないままに、そんな力を俺に用いることが出来る人間は……!)

 

 嫌なことに気が付く。それは心のどこかで予想しながらも、信じたくなくて見ないふりをしていたもの。

 だがそれはいったん無視した。今はそれ以上に大事なものがある。

 

 

 

 

 アラタは気づけば部屋の内部に足を踏み入れており、アルメラルダの腕を強くつかんでいた。

 

 以前は自分が呪いから救われた。

 

(なら、今度は俺が!)

 

 

 

 

 

「アルメラルダ様!」

「! なんですの、貴方は! この無礼者!」

「無礼は承知の上だ! あとで謝る! ……だけど、その前に聞いてほしい。今の貴方は正気を失っている」

「はぁ?」

 

 自分が呪いの影響を受けないまでは良い。しかしそれだけではなんの解決も出来ない。

 呪いを祓えるのは星啓の魔女候補だけ。だがその彼女は星啓の魔女候補でも抗えないほどの呪いの力を身に受け書き換えられてしまっている。

 それほど強力な呪いを退けられる者は、この場に居ない。本物の主人公はアラタが国外へ逃がしてしまった。

 

 動いたはいいものの結局は言葉で訴えかけるしかなく、アラタは己の無力さに歯噛みした。

 何年も耐えて準備して今も考えを巡らせて行動して、それでもたったひとつの禁じ手にひっくりかえされる盤面はなんて脆いのだろうか。

 本物の主人公が居ないため鍵となるもう一つの星啓の魔女の力が無い今、一番の最悪である冥府降誕だけ起きえない。だとしても……アラタにとって現状は最悪に近い。

 

 自分の時と、そしてゲームと同じなら。

 今の状況を目にしている、本物のアルメラルダの心が存在する。このことを見ている、覚えている。

 だとするならば。

 

 

 

(このままでは、アルメラルダの心が壊れてしまう!)

 

 

 

 最初は国が亡びる可能性に動かざるを得なかった。

 しかし実際に見て、一年近くで過ごして。その上でこのアルメラルダという少女が粗雑な呪いに侵されていることが許せない。

 彼女を救うヒーローに自分を見立てて奮起するため、勝手に縋った前世の推し。だけど、今は。

 

 

「……この一年、ずっと近くで貴方を見てきた! その前も! 二年、遠くから見ていた! アルメラルダという人間を!」

 

 少しでも届けと言葉を紡ぐ。

 

 そして、つい先ほどした会話を思い出した。

 

『……ま、原作だのゲームだのキャラクターだの。そんなの私たちが勝手に言ってるだけで、人間ですからね』

 

 そうだ。

 ずっと親しい人間までもを「キャラクター」として見るのが嫌だった。

 そんな自分が嫌だった。

 けど一年、一番助けたいと思い一番好きだった「キャラクター」の彼女を見てきて育った感情。

 そこにフィルターはかかっているだろうか。

 

 

 思ったより強情で。

 思ったより強引で。

 かと思えば素直で。

 人を振り回しながらも繊細で。

 

 婿修行なんてファレリアに聞かされた時は唖然としたが、自分に特訓を仕掛けてくるアルメラルダの表情は活き活きとしていた。

 それ以上に活き活きとしていたのはファレリアに構っていたり、マリーデル……フォートと言い合いをしている時だったが。

 

 そんな彼女を見るのが好きだった。幸せだった。

 きっとこの子には自分が知る不幸せな未来なんて来ないと思ったから。

 

 安心していた。

 

 だが、それが目の前で覆されようとしている。

 

 

「貴女は呪いなんかに負けたりするような人じゃないだろ!」

「呪い? なにを……」

 

 今この場でそれを知っているのは自分だけだ。彼女を引き戻せるのも、きっと。

 

 

 ずっとずっと望んでいた。前世から。

 だけど今はプレイヤーやファンとしてだけでなく、彼女を見てきた一人の人間として心から願う。

 

 

「俺は貴女に……笑っていてほしいだけなのに……!」

 

 

 

 

 

 

 

 無力なままに、祈る様にアルメラルダを両手を掴んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「ぴゃっ!?」

「……ぴゃ?」

 

 するとアルメラルダの様子が変わった。掴まれた両手を見て限界まで目を見開いている。

 

「アルメラルダ様、ダンス以外で異性にそんな至近距離で手を掴まれた事ないですからね! 耐性ないんですよ可愛いですね!」

「! ファレリア! 貴女は大丈夫なのか!?」

 

 後ろから聞こえた声に振り返る。先ほどから言葉を発しないファレリアもまた呪いに吞まれたのかと思っていたが、どうやら違うらしい。

 だが……。

 

 

 

「何故木のポーズを!?」

 

 ファレリアは何故か、以前教えてもらったヨガの「木のポーズ」をしていた。

 

 

 

「気持ちは分かりますがこれめっちゃ呪いに効くんですよ!! 特別教諭のアホが言ってたのを思い出しまして! アラタさんが呪いどうこう呟いていたので、咄嗟に!」

「マジで!?」

 

 そういえば一年ほど前、アラタが何者かに操られた前日……特別教諭が警告と共にファレリアに「ヨガの動きが魔力の流れを良くし呪いごと流している」といった旨の発言をしていたと後から聞いた。

 だが。

 

「それってそんなに効くもん!? これ冥府由来の呪法だぞ!?」

「冥府由来!? おいおいタチ悪いなマジですか! なんかヤバそうだなと思ったら! ……でも効いてるんですから効くんでしょうよ!! こう、呪いが強いからかめちゃくちゃ感じるんですけどね! 呪法を雷とするならポーズをとっている今の私はアース!! なんかいい具合に……呪いが体内から排出されて、地面に流してくれています! デトックス感やばいですね! 余裕もないですが! というかですね、そういうわけですから、なんか平気そうなアラタさんはアルメラルダ様が怯んでいる間にアルメラルダ様に何かヨガのポーズさせてください!」

「え、え、え。おう!」

 

 一瞬前までの自分の迫真の祈りは何だったのかと思いつつ、示された解決法に半信半疑で体を動かす。

 

「ちなみにアルメラルダ様が得意なポーズは猿王のポーズです!」

「なんて!?」

「ああああ教えてませんでしたっけ! じゃあ指示出すのでその通りにしてください!」

 

 呪いを流すためにポーズを崩せないらしいファレリア。アラタは困惑しながらも頷いて、アルメラルダの体に手を添えた。……事案な気がして仕方が無いが、緊急事態である。致し方ない。

 

「ななななななな、なにをしますの!!」

 

 動揺する時だけは普段の彼女と変わらないようだ。

 しかし抵抗する人間にポーズをとらせるのは、かなり難しいのでは?

 

 そう思ったアラタに飛んできたファレリアによる第一の指示はというと……。

 

「まず足を前後に開脚させつつ床に座らせてください! ぺたんっと! ぐにゃっと!!」

「難易度ぉッ!!」

 

 叫んだ。

 難しい以上にそれをさせる自分の絵面が何よりまずい。

 

「アラタ、なにを……」

 

 アラタが介入してきてからは、その勢いにどうしたものかと再び硬直していた周囲の人間の中。

 ……アラタの本来の護衛対象である第二王子が動き、アラタの体に触れようとした。

 

 その時だ。

 

 

 

 

 バンッ!!

 

 

 

 

「なにやら面白い事になっているようだなぁ!」

「ここでお前が入ってくんの!?」

 

 思わず令嬢口調を投げ捨てたファレリアが突っ込んだのは、勢いよく別の扉から入ってきた特別教諭。更にはその後ろにもう一人。

 

「……やはり、お前だったか」

 

 静かな口調でそう告げたのは真紅の長髪をなびかせた第一王子。

 その内容も気になるのだが、まずアラタは叫ばせてほしかった。

 

 

 

 

「二人とも木のポーズしてる!?」

 

 

 

 

 そう。特別教諭も、次期国王たる第一王子も……それは見事な体幹でもって、木のポーズをしていた。

 

 ちなみにこの木のポーズだが、軸となる足の太もも内側にもう片方の足の裏側を添えるように曲げ、体の前で合わせた両手のひらを持ち上げ腕を頭上に伸ばすことで成立する。

 ゆえにそのまま動くには片足でぴょんぴょん飛び跳ねるしかなく、二人はその状態で部屋の中に突入してきたのだ。

 今のアルメラルダに敵意の感情を向けているフォートやその他生徒会役員の攻略対象も、その奇怪な動きに呆然とする他ない。

 呪いに侵された精神すら置き去りにさせる光景だ。

 

「ふっ! ファレリア・ガランドールの奇妙な動きが呪法を受け流すことは知っていたからな! こんな便利なもの、研究し取り入れないはずもないのだよ! このように呪法の香りがプンプンするところに無防備なまま入ってくるほど馬鹿でもない! 俺は天才なのでな!! 他の者はまんまと術中にはまっているようだが! ……マリーデル・アリスティまでも、というのはいささか疑問だが」

「まさか呪いに対してこんな対処法があったとはな。いずれ体系化して国に広めよう」

 

 大真面目なところ悪いが二人とも同じポーズをしていることもあってコントのようにしか見えない。

 そしてその姿にぽかんとしているのは、現在最も呪いの渦中にあるアルメラルダも同様だった。

 

「…………」

「! 今だ! 失礼!」

「きゃあ!?」

 

 ええいままよ!

 そんな勢いと共にアルメラルダの太ももにスカート越しに手をかけ、前後に開かせながら床へ体を落とさせる。得意なポーズというだけあって脚は見事な柔軟性でもって開き、新体操選手のようにしなやかに体は地面に着地した。

 

「ナイスです! そのまま両手を合わせて腕の上に! 顔が指の先を見つめるように上半身と顔を動かして固定してください!」

「ああああああああああ絵面ァッ!!」

 

 叫びながらも指示通りのポーズにするため、アルメラルダの後ろから腕を回して両手を体の前で合わさせる。更にはそれを片手で持ち上げ、空いた手でアルメラルダの顎に手をかけ上向かせた。

 

 

 事情を知らない者が見れば、色々とアウトな絵面である。

 アラタもそれを分かっているからこそ悲壮な表情でそれを行っていた。

 

 

「よし、いいぞアラタ・クランケリッツ! そのままポーズを維持させろ! 効果はそうすぐに出まい!」

「本当にこれでどうにかなるんだよな!?」

「私もわからないですけど今はそうするしかないじゃないですか! 他に呪いをどうにかする手段、アラタさん知ってます!? 知りませんよね!」

「そうだけど!」

 

 

 室内は混乱もいい所だ。

 ……しかしその中でゆっくりと後退する者が居た。

 

 アラタ達が入った場所は生徒会中央会議室。その真ん中には大きな暖炉が置かれている。

 

「…………」

 

 じりじりと動くその影にいち早く動いたのは、その存在をずっとマークしていた……第一王子だ。

 

 

「何処へ行く?」

「!」

 

 

 動きを止めたのは第一王子と同じく真紅の瞳と髪を持つ…………第二王子。

 現在その顔は快活で気さくな人柄を現したものではなく、苦々しく歪められていた。

 

「やはりお前だったのか。私は先ほどそう言った。その意味は分かっているだろう?」

「……なにをおっしゃっているのですか、兄上」

「とぼけるのが下手だな」

 

 そう言うと木のポーズを保ったまま第一王子は言葉を紡ぐ。

 

 

 

「いつの頃からか、お前は時々次期国王にしか知らされていないはずの通路を通り、禁則地へ出入りするようになった。……緊急用としてこの学園にもその入り口はある。今お前が背にしている暖炉だ」

「そんな大事な事、この場で言ってしまってよいのか?」

「構わんさ。この場に居るのは私が信を置く者たちなのでな。今はようやく出してくれた尻尾を踏みつける方が大事だ」

「そうか」

 

 面白そうに笑う特別教諭(木のポーズ)を尻目に、第一王子は続けた。

 

「そのことを問うた私にお前は「国に潜む脅威を自分も目にしておきたかった」と言った。普段の様子を見るに別段変わったところは無かったゆえに、どこで知ったのか疑問にこそ思ったが納得はした。……だが私には次期国王として、禁則地に関しては責任がある。監視を兼ねてお前の息のかからないものを護衛に据えた。それがアラタだ」

「!? 殿下、そんな事は一言も……」

「妙に怪しまれて解雇の理由をでっちあげられても困る。抑止になれば十分と、何も知らない君に頼んだ。……仲良く過ごしていたようだし、安心していたんだがな」

 

 まさか自分の雇用理由をこんな所で知るとは思わず、アラタは困惑の様相を見せる。

 ……己を鍛え王子の護衛に志願したまでは自分の意志。だが実際に雇用された理由に、そんなものがあったとは思いもよらない。

 

「だが実際はこうして禁則地、冥府の門から汚染を受けていたわけだ。信じたくは無かったが。……証拠もないままになにをどう問い詰めて良いものかと、悩んでな。現在の星啓の魔女に相談もして、ずいぶん遠回りをしてしまった」

「冥府の門? 汚染? さっきから殿下、何の話をしているんですか」

 

 自分のペースで話を続ける第一王子に、生徒会長がついに我慢できなくなったとばかりに問いかける。第一王子はそれを一瞥すると、ゆるく首を横に振った。

 

「説明はするが、今は黙って私たちと同じ格好をとると良い」

「先に説明してほしいんですが!?」

 

 訳が分からない上に妙なポーズをとれと促された生徒会長、そして横で周囲の人間をきょろきょろ見回していた不思議くんとファレリア達に称されている少年は困惑するが……唯一、促されるままにポーズをとった者が居た。

 

「…………今の変な感覚、お前のせいか」

 

 低い声と普段の愛らしいさまが鳴りを潜めた鋭い目線で第二王子を睨むのは、マリーデルことフォート。

 

「…………やはり妙だな。マリーデル、何故お前まで呪いの余波を受けている。星啓の魔女候補のお前が。俺の研究に協力しなかった理由はそこか?」

「さあ」

 

 疑問を呈した特別教諭を面倒そうに切り捨てると、未だ言葉を発しない第二王子に視線を向ける。それにつられるようにして、全員の視線が彼に集まった。

 

 

「一年前の事件も、首謀者はお前だな? アラタほどの強者に悟られないままに呪いを施せたのも、護衛対象のお前だったからこそ。現行で呪法を用いたことで決定打だ。……これについては間違いないな?」

「ああ。それを俺が感じ取ったからこそ、ここに来たのだろう。今も継続して使用されているから現行犯だ。よかったな? ……まあ、相手も誰が来ようとなりふり構わない呪法で記憶をいじれると高をくくっていたからこそ、だろうが。一年前とはこの呪いの強さ、わけが違うぞ。このポーズを研究していなければ手を出せなかった」

「そのことでは本当に助かった。……あいつにはお前の研究を悟らせないよう、隠していたかいもあったしな。アラタに呪いの耐性が出来ていたことも知るまい」

 

 特別教諭に確認した後、第一王子は続けた。

 

「……なあ、弟よ。禁則地に封じられた悪しき者から洗脳を受けているのだろう? どうにか助ける。だから大人しく投降してくれ」

 

 その言葉には祈るような、懇願するような響きが含まれており、彼が弟を心から心配し、愛している事が窺えた。

 

 だが。

 

 

 

「それは都合の良い幻想というものですよ、兄上」

 

 

 

 ようやく口を開いた第二王子の口元は、ひどく歪んだ笑みを浮かべていた。

 

「これは全て私の欲です。私の意志です」

「馬鹿な! ならば……なあ、教えてくれ。お前は彼女達を貶めて何がしたい? もし国王の座が欲しいなら私を狙えばいい。だが彼女たちは星啓の魔女候補。国の要だ。それを害そうというのならそれは封じられた悪しき者の意志でなければなんだ! アラタを死なせようとしたのも何故だ? 私からの監視だと気づいたからか? ファレリアに至っても殺そうとする理由がわからない。私が今まで動けなかった一番の理由はそれだよ。動機が無い。こうして決定的に誰かを害そうとする場面まで動けなかった!!」

 

 余裕を保っていた第一王子の口調がまくし立てるように早くなる。

 それを一笑にふすと、第二王子は滔々と語りだす。

 

「誰も理解できないさ。この世界の人間には。それでもいいなら教えてやろうとも」

「聞かせろ!」

 

 叫ぶように言い放った第一王子に応えるように第二王子は語る。

 

 

 

「アルメラルダは"堕ちる"ためにデザインされた子なんだよ!! ひよった大団円ルートになんて行かせるものか! 彼女は堕ちて堕ちて堕ちて、絶望と憎悪に濡れて死ぬのが可愛いんだ!!」

 

 恍惚の表情でもって放たれたその言葉に、流石に第一王子も訳が分からず硬直する。

 ……本当に意味が分からなかった。

 

 

 

 しかしそこで……それまで黙っていた者が口を開いた。

 

 

 

 

「ふぅん」

 

 一言。だがその響きは何処までも重々しい。

 

 彼女は木のポーズを比較的動きやすい、踵を上げ腕を伸ばす"ヤシの木のポーズ"へと変える。そのままぐっと体に力を入れ跳ね……前進した。その動きはさながらキョンシーだ、とアラタは思った。

 更に腰を曲げ前傾の体勢となり……風の魔術を後ろに放つ形でブーストとする。

 

 そして。

 

 

 

 

「ふざけんじゃないですよ、バーカ!!!!!!!!」

「がっ!?」

 

 

 

 アルメラルダが取り巻き、ファレリア・ガランドール。

 

 彼女は強烈な頭突きを第二王子の額に食らわせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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十一話 星降り注ぐSinfonia~射貫かれるように墓穴を掘った

 頭にくる、という経験は実はそれほど多くない。

 前世の自分を含めてだ。

 

 これは寛容だとか優しいだとかいうプラスの人間性によるものではなく、その逆。

 私は面倒くさい事が嫌いなのだ。怠惰極まりないマイナス方面の人間性こそ、私の本質である。

 でなければ結婚だの婚約だのが面倒くさくて、実家で長くぬくぬく過ごすために悪役令嬢の取り巻きになろう! などという発想は生えてこない。

 

 予言師の時のように抵抗しなければ決定的に自分が害される場面でもない限り、「怒る」という無駄に体力を使い、波風立ててその後で余計に面倒くさくなる行為もしないのだ。

 

 だから黒幕と発覚した第二王子がいくら気持ち悪い発言をしたからといって、彼が持つ危険で未知数な力を思えば「下手に刺激したら危ない。周りに優れた人間も多いのだから、判断は彼らに任せてここは様子を見るべき」とわきまえるはずだった。

 

 しかしふたを開けてみれば、私は"行動を終えた後"でそれを考えているわけで……。

 一言でいえば「ヤチマッタナー」という気分を味わっていた。

 

 

 

「ふざけんじゃないですよ、バーカ!!!!!!!!」

 

 

 

 話しを聞いた後、気づけばそんな風に叫んでいて……額には鈍痛。

 

 どうやら私は「カッとなって手が出る」という行動に出たらしい。

 実際に出たのは頭でしたけどね。

 

 

 まあ、これもひとつの正解だ。そう後付けで納得する。

 流し込まれた情報量に理性面は混乱したままだけど、そういう時はシンプルに体と直感の動くままに行動するのもひとつの解決策。……だと思いたい。

 直感といったって、それはこれまで自分の体に蓄積されてきた"経験"が引き起こすものであるからだ。……多分。

 ぐるぐる考えた後でも結局同じところに行きつく、ということも多い。……はず。

 

 その結果が頭突きであることは、自分でもどうかと思うのだけど。

 

(これ、自分の経験じゃなくて確実にこれまで見てきたアニメやら漫画の影響だよ!! 頭突きとか前世含めて初めてやったわ……!)

 

 これではアルメラルダ様ばかりを蛮族と言えないなと思いつつ、私は脳の揺れに目を回した。

 

 

 

 

「ファレリア!」

 

 後ろに倒れそうになっていると、フォートくんに抱き留められた。

 ヨガのポーズを崩してしまって、呪いの影響は大丈夫だろうか。

 

 それにしてもなんだヨガ。どうなってるんだヨガ。健康のために幼いころから続けていたけど、ポーズ一つで呪いを断ち切るとかどうなってるんだヨガ。歴史の長さは伊達じゃないってかヨガ。

 記憶の図書館とかいう知識蓄積チートの中で最も役に立ったのがヨガとか、あらゆる意味で予想外だよ。

 

(……あ、でも。呪い、途切れたっぽい?)

 

 ヨガについて考えを巡らせていると、気づけば先ほどまで体内に流れていた呪法の嫌な気配はぶつりと途切れている。

 頭をぐらぐらさせている目の前の第二王子を見る限り、どうも相手の脳みそも揺らすことに成功したようだ。そのことで力の行使が難しくなったというところか。

 咄嗟の頭突きは思いのほか功を奏したらしい。

 

 おいおい、なんだよやるな私。

 

 

 

「! アラタ!」

「……! おう!」

 

 

 

 するとフォートくんもそれに気づいたのか、アラタさんの名を呼びアイコンタクトを送った。アラタさんもその意味を理解したのか、頷く。

 こういう所にこれまで「十二人の攻略候補」達の好感度を平等に上げていくというクソハードミッションを行ってきた者同士の絆というか連携を感じる。以心伝心ってやつですね。

 ……ちょっとだけ、羨ましい。

 

 などと感心していると、それまでざわついていた音が遠くなる。――――アラタさんの隔離結界だ。

 

 

「……ッ、しまっ」

「……これで、冥界門から送られていた呪力も途切れるでしょう」

 

 そう言って犯人……もとい第二王子を見つめたアラタさん。

 

 相手の正体を知ってもなお敬語を崩さない所に、これまで積み上げてきていた"はず"の関係性を感じた。

 どうやらそれも、今の憎々し気な第二王子からの視線を見るに……一方からは取り繕われたもの、だったらしいが。

 それでもなお、アラタさんの瞳は困惑で揺れている。

 

 

 

 ちなみに現在だが、アラタさんが使用している隔離結界の「魔法階級深度」は五ほど、と思われる。

 これは現在確認されている限り、隔離結界の中でも最高難度と言われているランクだ。

 

 あまり魔法の成績がよろしくない私でもそれがわかるのは、その特徴。

 ……周囲から私、アラタさん、フォートくん、第二王子以外の人間が消えている。場所は変わらず生徒会の中央会議室であるにもかかわらず、だ。

 高位の隔離結界はその場に複数人いようとも、術者が選択した人間のみを連れて簡易異界へ連れ込むことが出来る。

 発動展開の難度に加え相応のリスクも存在するが、第二王子へ注がれている冥界由来の呪力の流れを断ち切る、その場に居ながらアルメラルダ様や他の人間から相手を引き離す……といった目的として使用するには最適だろう。

 

 そしてアラタさんがここまで使える、というのは今初めて知った。「切り札は最後まで取っておく」というやつだろうか。

 

 

 

 

 ……それにしても、頭というか額が痛い。

 

「いたたたた……」

「馬鹿。無茶するから」

「うす……」

 

 頭突きをかました額を押さえながら涙目になっていると、フォートくんが癒しの魔力を額へとあててくれる。

 一年前はアルメラルダ様に駄目出しされていたそれも、今ではずいぶんと上手くなった。……温かくて気持ちいい。

 これ、ホットアイマスク的に目元へやってもらえたら気持ちいいのではないだろうか。

 まだそんな場合ではないというのに、うっかり力を抜いて身を委ねてしまいそうだ。安心する。

 フォートくん、めっちゃいい匂いするしな……。体も魔法アイテムで擬態している今、柔らかくてふわふわしてる。

 

 

 

 そんな風に美少女少年にデレてリラックスしている場合でも無いんですが。

 

 

 

「……お前たちは、なんだ」

 

 眼前の第二王子から絞り出すような声で問われる。

 

 気さくで朗らか、寛容で社交的。……そんな普段の彼とはかけ離れた歪んだ表情を見せている第二王子。

 私とアラタさん以外の、三人目の魂の同胞だ。あまりそうは考えたくないけれど。

 ……考え方が違いすぎる。

 

 固有の能力を用いて「マリーデル」像を作ってきたフォートくんや、「真面目で堅物」な魔法騎士を装っていたアラタさんのように……彼もまた「第二王子というキャラクター」を作り、演じて来たのだろうか。

 先ほど聞いた動機が真実だとするならば、その欲求はすさまじい。そして根深い。

 

 要はこいつ「悪役令嬢の虐げられて死ぬ様がめちゃくちゃ可愛くて好きで見たいから国滅ぶような力にも手を染めました!」……ってことですからね!

 

 頭沸いてんのか。頭突きのひとつもしたくなるわ。

 

 

 

 けど私が最も頭に来たのは、国が亡ぶうんぬんよりも……。

 アルメラルダ様を「悪役令嬢」という型に押し込めて物事を考え、それを彼女に押し付けようとしたことだ。

 

 正直すっごく腹が立った。

 私自身がまず「悪役令嬢アルメラルダをそこそこ悪役令嬢に抑えて行き遅れてもらいたい」などという身勝手な欲求を押し付けて近づいたくせに、勝手だなって思う。棚上げもいい所よ。

 

 それでも相手の言いざまが気に食わなくて咄嗟に暴力へ及んでしまったことを考えると……。

 どうやら私は、思った以上にアルメラルダ様にご執心らしい。

 

 愛情表現だったからといってあれだけの暴力を受けてそれはマゾか? って我ながら思うけど、今ではもうアルメラルダ様の取り巻きやってない自分が想像できないのよね。

 

 

 

 アルメラルダ様は蛮族で、高飛車で、身勝手で、人の意見を聞かないし強引だ。悪役令嬢に相応しい素養が盛り盛りである。

 でもその反面、強かで、向上心があって、努力家で、意志が強くて、面倒見が良くて過保護な。

 

 

 

 ……私の大事な友達で、幼馴染だ。

 

 

 

 今さらそれを反則級の呪い(チート)なんかで塗りつぶされてたまるものですか。

 この先の事はまったく考えていないけど、それだけは強く抱いた私の偽りのない気持ちである。

 

 棚上げ上等。大事なのは今ですよ、今。なう!

 

 怠惰クズだってねぇ、たまには仕事をするんですよ!

 

 

 

 

(……それにしても、どうしましょうね。このガチクズ)

 

 悩む。第一王子が色々気づいてくれてたみたいだけど、流石に彼も転生者うんぬんは管轄外だろう。

 つまりこの場に居る私たちだけでどうにかするしかない。……ないんだよな?

 うわぁ、面倒くさい。

 

(……やばい。やるときはやるぜ! って考えた直後に面倒くさいと考えてしまった)

 

 私の怠惰、これもう一生治らない病のレベルだろ。変赤眼よりもよほど厄介だよ。誰かはよ処方薬開発してくれ。

 

 

 

 

 そういえばこの彼は、そもそも私達みたいに「他の転生者」の可能性を考えていなかったのだろうか。

 これは私もアラタさんに出会うまで可能性が頭からすっぽぬけていたため、人の事を言えないんだけども。

 

 けど、分からないなら教えてあげよう。この人にとって、まずそれこそがスタートラインだ。

 はいはい。仕事しますよ仕事。一応同郷者ですしね。

 

「薄々、わかってらっしゃるのでは?」

 

 探る様に問いかけた。

 すると第二王子は憎々し気にこちらを見てから……ぽつりとつぶやく。

 

「……転生者」

 

 こくりと頷いた。

 

「私以外にも、いたわけか」

 

 返される言葉は淡々としていて、それが逆に不気味だ。

 

「誰が?」

「私と……それに、アラタさんです」

「なるほど、な。モブのくせに影響力が大きいわけだよ」

「おい誰がモブだ泣かすぞ」

 

 慎重に行こうと思っていたのに的確にイライラポイントを撃ち抜かれたせいで口が悪くなる。

 誰がモブだ! いや、取り巻きとかいうモブポジションに収まろうとしていたのは私ですけれども。

 自分で言うのと他人に言われるのとでは違うんですよ。

 

「……殿下。貴方も冥府降誕ルートを知っているなら、分かっているでしょう。冥界門の力は人が隠している欲や憎悪を苗床にして、必要以上に増幅させ別人へと塗り替える。まして自らそれに触れて力を得ようとすればどうなるか……」

「いいんだよ」

 

 整えられた育ちのよさそうな(実際に良い)爪に視線を落とし、それをいじりながら何でも無い事のように第二王子は言う。

 

「食欲、睡眠欲、性欲。私の場合そこにもうひとつ欲が加わっただけだ。別人? もう今の私が、私自身だよ」

「三大欲求と同等!? 悪役令嬢へのこだわりが強すぎるでしょ。何考えて生きて来たんですか」

 

 あんまりな内容に突っ込めば、そこでようやく第二王子が感情を波立たせた。

 

 

 

 

 

 それも、津波の様に。

 

 

 

 

 

「ああ、うるっせぇなぁッ!! こちとら生まれて十九年も原作を楽しみに生きて来たんだよ!! 何考えて生きて来たって? それだけだよ!! 自分が攻略対象だと気づいたときは一瞬喜んださ。だけど私がマリーデルに攻略された場合、アルメラルダはつまんねぇ追放エンド! そうじゃない、見たいのはそれじゃない! アルメラルダには壮絶な最期こそふさわしい! 私にはそこへ導く使命がある!! それを否定されるのは人生の否定だ!! それを邪魔しやがって邪魔しやがって邪魔しやがって!! さぞ気持ち良かっただろうなぁ! 堂々と原作に介入するのは!! 俺は直前まで抑えて抑えて見守っていたっていうのに!! 原作崩壊は解釈違いなんだよ!!」

 

 こ、こいつ。ついには逆切れしやがった。

 黒幕のわりに三下臭い! でもだからこそ……厄介!

 

「決定的に分かり合えないのが伝わってきてめちゃくちゃ嫌ですねお前!」

「言ってろ! お前らこそ人の楽しみを散々かき回しやがって!」

「知るかよバァァァァァカッ!!」

 

 けんけん言い返してきたから、ついこちらも同じノリで言い返してしまう。

 一度ブチ切れたからか、私の沸点もなかなかに低くなっている。

 

 

 

 

 

 そんな中、酷く平坦な声を発した者が居た。

 ……フォートくんだ。

 

 

 

 

 

「原作原作原作ってさぁ……うるさいんだよね」

「! マリーデル」

 

 そこではっとなったようにフォートくんを見る第二王子。

 最初は「しまった!」みたいな顔してたけど、次いで相好を崩して猫なで声を出す。

 

「なあ、貴女は転生者ではないんだろう? 待っていてくれ。軌道修正をする。ああ、心配ない。貴女には星啓の魔女として輝かしい未来が待っている。貴女は優しいからな。アルメラルダの事で心を痛めるだろう。だが私はそんな貴女の顔も見たい。余計な記憶だけは私が消そう。そこの奴らに何を吹き込まれたのか知らないがそれも全部消す。大丈夫だ。私が導く。私は貴女の事も好きなんだ。愛している。見守りたい」

 

 つらつら述べられる言葉はどこまでも薄っぺらい。

 そしてフォートくんを原作主人公(マリーデル)と信じて疑わない様子の第二王子。しかも余計なことを聞かれたからと、この期に及んでマリーデルにまで手を出す気らしい。

 都合のいい所だけ原作厨かよってんですよ。結局自分にとって都合が良ければなんでもいいってわけですか。

 

 ……ベクトルが違うだけで私たちもそうだろう、と言われたらぐうの音も出ないのですけど。

 さんざんイベント管理だなんだって言ってきましたからね……。

 

 

 だけど私とアラタさんが口を開くまでもなく、フォートくんが淡々と言葉を続ける。

 

 

「吹き込まれた? まあ事情は聞いたし、知ってる」

「やはり……!」

 

 フォートくんの言葉にギリっと歯を噛みしめる第二王子だったが、フォートくんはそれを鼻で笑った。

 

「はんっ。でも最初から全部聞かされた方が、まだマシ」

 

 抱き留められたままの体勢のためフォートくんを下から見上げているわけだが、その顔に揺らぎはいっさい見受けられない。

 初見時第二王子の変貌っぷりに豆鉄砲くらっていた鳩一(私)と鳩二(アラタさん)とはずいぶんな違いである。

 

(……最初からしっかりした子だとは思っていたけど、逞しくなったなぁ……)

 

 

 

「最初は何を馬鹿なことをと思った。それでも与えられたものに対する恩を返すために受け入れて、演じ続けた。僕は姉さんさえ幸せになってくれたら、それで良かったからね」

「……姉さん?」

 

 フォートくんの言葉にそこでようやく彼のマリーデルとはかけ離れた雰囲気に気付いたのか、第二王子はフォートくんを困惑した目で見る。遅いよ。

 

「でもさ。自分が生きている世界を作りものだって言われたら、どう思う? この先の未来を確定されたものとして聞かされて、どう感じる? 自分がこれまで生きてきた人生を見ず知らずの人間が知ったように語るのは、どんな気分になるのかを……知ってるか? 始めは気持ち悪くてしょうがなかった」

 

 そこで私とアラタさんは「ぐぅっ」と胸を押さえた。

 

 そ、そりゃそうですよね。

 感覚がマヒしていたけど受け入れて協力してくれているフォートくんこそが寛大だったのであって、そこにわずかばかりも「気持ち悪い」と感じる心が無いはずなかった。はい。

 すっかり同志として動いていたから、考えが及ばなかったです。はい。

 いや……気づかないふりをしていたのかもしれない。私もアラタさんも、この少年に甘えていたのだ。

 

 

 ……悪いことしたな。

 

 

「けど」

 

 そこでフォートくんが言葉を区切る。

 

「誰かのために動いていた人だから、気持ち悪さを「力になりたい」って気持ちが上回ったんだ。利害は関係なくね。アラタは国と家族とアルメラルダのため。ファレリアは途中からだけど、アラタとアルメラルダと……自惚れでなければ、僕のため。「手伝いたくなった」って、言ってくれた」

 

 ちらと視線を向けられて、わずかに心臓が跳ねた。

 

「二人とも原作だなんだかんだ言いつつ、ちゃんとこの世界に立って、生きてる。だけどお前は違う。自分の人生を棒に振る可能性すらあるのに欲に忠実になれるっていうのには、ある意味感心するけど。……でもそれって、お前が自分の命もこの世界も軽く見ているからじゃないの」

「あ、待っ、マリーデル! 俺は……いや、私は……!」

 

 動揺する第二王子を意に介さず、フォートくんは言い放った。

 

 

 

 

「僕はお前を軽蔑する」

「……!」

 

 

 

 

 ド直球に叩き込まれたその言葉は、第二王子に膝をつかせた。

 その後でフォートくんはバツが悪そうな顔をして頬をかくと、私達へ視線を向ける。

 

「……これと二人が同じだとは、僕思ってないから。分かってるとは思うけど、一応」

 

 私とアラタさんは、第二王子とは違った意味で膝から崩れ落ちた。

 え、何? 何この生物。後光背負ってない? こんな尊ぶべき生物存在するの?

 私よりもフォートくんを原作改変に巻き込んで面倒な仕事を与え続けていたアラタさんの方が心に来るでしょ、これ。

 

「フォート……!」

「フォートくん……!」

 

 罪悪感を洗い流してくれるような、清廉な水を思わせるフォートくんの青い瞳に見惚れた。

 

 

 

 睨まれているわけではないのに、まるで射抜かれるがごとく鮮烈に。

 

 

 

 ……それにしても、本当に優しい子だ。そして強い。

 自分の眼で見て感じて来た価値観で物事を判断するからこそ、揺るがないのだろう。

 怠惰で流されがちな私にとってそれはひどく眩しく感じたし……かっこいいと思った。

 

 こんなの、もうさぁ。

 

 

 

(惚れるでしょ……)

 

 

 

「あ」

 

 声が零れる。……自分で墓穴を掘った事を、瞬時に悟ってしまった。

 ……夕方。アラタさんと話して失恋するまで、ここ一年気づかないふりをしてきたその感情を自覚した。

 

(あ……わあああああああああ!?)

 

 今!? ちょっとやめてよ! 時と場合を考えろ!!

 そう思ったものの、きっかけなんておそらくそこら中に転がっていた。今はたまたまその一つを踏んだだけ。

 

 

 

 

 以前私は"それ"は転げ落ちるものだと、フォートくんに言った。

 しかしどうやら、その転げ落ちる場所をせっせと掘っていたのは自分自身らしい。

 話して、知って。

 理性という感情を掘削したその墓穴の名前を、私はもう知っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうやら私は、この少年に恋をしてしまったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そぉいっ!!」

「ファレリア!?」

「どうした急に!?」

 

 パァンッと頬を両手で挟むように叩いた私に、フォートくんとアラタさんが驚く。

 だけど、どうか今はそっとしておいてほしい。

 頼む……頼む……。顔が赤くなるの必死に抑えてるから……!

 

(今はマジでそんな事を考えてる場合ではないんですよ!! 自重しろ!!)

 

 私がブンブンと頭をふって正気を保とうとしていると……崩れ落ちていた第二王子から反応があった。

 

 

「軽蔑……か。ふはっ」

 

 わ、笑った。

 きつい言葉食らいすぎて頭おかしくなったか? いえ、こいつは最初から頭おかしいですけれども。

 

「それも仕方がない。でも貴方は私の知る通りにイベントを起こして攻略対象達と絆を深めていた。私含めてな。私が知る台詞で、行動で。なにを言ったって、知ったって、貴女は観測される側の存在でしかない! さぁ、観測者(プレイヤー)の思うままに動き続けろ! これからも!!」

 

 言うなり第二王子はフォートくんに掴みかかろうとするが、フォートくんは私ごとそれを避けて後退する。

 

「ファレリア、ちょっと待ってて」

「あ、……うん」

 

 支えられていた体を離されて、後ろにかばうようにフォートくんが前に立つ。

 その背中は魔法アイテムによって未だ華奢なマリーデルの体格のままだというのに、妙に大きく見えた。

 

(ぐぁぁぁぁ! 待って待って待って。男子三日合わざればどころじゃない。この数時間で見え方が全然違っちゃってるの、何!!)

 

 油断するとすぐに余計な考えが顔を出す。

 それを振り払おうと私が間抜けにあわあわしていると、反して冷静なフォートくんが第二王子を見据えた。

 

「今度は僕自身にも何かする気? でも、残念。僕を操った所で君が望む"原作"になることは無いよ」

 

 長く大きな三つ編みに手をかけるフォートくん。その手には刃の様になった魔力が渦巻いていて……。

 

(……ん?)

 

 首を傾げた時は、もう遅かった。

 

 

 

 

 

 

「僕はマリーデルの弟! 男だからね!」

 

(言ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?)

 

 

 

 

 

 

 ざくっと三つ編みが大胆に切り落とされて、亜麻色の髪が宙を舞う。

 肩口のあたりまで短くなった髪の毛をくしゃっとかきあげて、フォートくんは獰猛に笑った。

 

「冥府の力? ちょうどいい。星啓の魔女の力なんて無くたって構うもんか。今この場でお前ごとぶっとばしてやる。それで綺麗さっぱりだ!」

 

 それを見ていたアラタさんがぽつりとつぶやく。

 

「溜まっていた鬱憤ごと、爆発しちゃったみたいだな……。わぁ、思春期……」

 

 その途方に暮れた声を耳にしつつ、私は「どうしようか、これ」とアラタさんと顔を見合わせるのだった。

 

 

 

 

 冷静に見えたけど、その実一番頭に来ていたのはどうやらフォートくんだったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

+++++

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ!! マリーデルが……居ない!? 弟!? 馬鹿な、そんな……!」

 

 ざっくり髪を切り落して偽物です発言をしたフォートくんに、混乱したように赤い頭を掻きむしる第二王子。その彼に声をかけたのはアラタさんだ。

 

「殿下。俺は国の危機を危惧して、原作前から原作における最悪のルートが成立しないように動いていたんですよ。けどイレギュラーでなにが起こるか分からない。そこでイベント管理をするために、彼に協力してもらっていたんです」

「お前のせいか……!」

 

 充血した目でアラタさんを睨む第二王子。そこからは普段の人格がいっさい垣間見えない。

 それはさっきからずっとそうだといえばそうなのだけど……ちょっと嫌な予感してきたな。

 なんというか、激昂するどころか正気を失いかけていません!? 口から泡吹き始めてない!? 人って口から泡吐く事本当にあるんだ!?

 

 そう感じた私の感覚は正しかったらしく、何かが軋むような音がした後……ガラスが砕けるのに似た音が空間を満たした。

 

「まずい!」

「アラタさん、これは!? もしかして結界壊れました!?」

「いや、まだかろうじて保てている。けど砕けるのも時間の問題かもしれない。……殿下に供給されていた"外"からの呪力は断ち切ったが、"内側"から力が膨らんでいる。……もう、あの方の体内に冥府へ通じる門が出来てしまっているんだ!」

 

 なんて!?

 

「門って……さっき第一王子が禁則地だ何だって言ってたそれですよね!? 場所がちゃんとあるんじゃないんですか!? 体内に門ってどういうことです!」

「力に汚染されすぎたんだよ! 禁則地、冥界門に通い続けたことで……殿下は門自体の依り代になってしまった! あれはいわば"第二の冥界門"だ!」

「ちょっ、封印ってそんなガバガバなんです!? 現役の星啓の魔女様は何をやってるんですか!」

「二つ目の門が出来るとか星啓の魔女様も予想外だよ! ……それでも封印された本体ともいうべき門がある限り、冥府そのものの降誕は無い。国民が生贄にされることもない。……けど!」

「けど!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

『ようやくだ。ようやく、解き放たれる』

 

 這うような、粘つくような、金属をひっかくような。

 声の形をかろうじて保っている、耳障りな音が第二王子の口から零れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「門の向こうで虎視眈々と復活を狙っていた冥王は別だ! 来るぞ!」

「は!? 冥王!? いや、来るって言われても……!」

 

 急展開に次ぐ急展開に思考が追い付かない。

 変なパワーを手に入れちゃった第二王子だけどうにかすればええんやろ~? って思ってたのに、いきなり冥王て!

 冥府降誕ルートはもう無いって聞いてたから、冥王うんぬんは殆どお話を伺ってないんですけど!?

 

「こいつを外に出すわけにいかない。俺が死ぬ気で結界内に抑えるから……フォートと力を合わせてどうにかしてくれ!」

「マジで言ってます!? それ!!」

 

 な、なななななななななんか第二王子の体が変形してきてるんですけど!! 筋肉が盛り上がって服が裂けているんですけど!! 肌の色も変わってきてるんですけど!?

 

 あんぐり口を開けている間も第二王子の体は変質していき、その姿は生徒会室の天井も破壊し……三日月の浮かぶ夜空を背景に、高々と聳えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 下半身は固そうな鱗と粘液に覆われた爬虫類のような皮膚で、月の光にてらてらと光っている。

 

 牛や馬のような足が節足動物の様に無茶苦茶な数生えており、よく見ると猿に似た腕も混じっていた。

 

 尾にあたる部分には九尾の狐や八岐大蛇を彷彿とさせる様相で、ずらっと蛇の体が複数……それぞれ意志を持ったように蠢いている。

 

 上半身は虎に似た模様が張り付く皮膚に、背中には巨大な鳥の羽。

 

 頭部に生えた羊の角は悪魔を彷彿とさせた。その下に生える兎の耳だけ妙に可愛くて冗談みたいだ。

 

 口は耳元まで裂けており、その中には鋭くとがった犬歯と、ネズミのようなげっ歯類の前歯が混在している有様。

 

 筋肉が盛り上がる腕は玉をもつ龍のように、鋭い爪を備えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………………………」

 

 しばし言葉を失った後。

 

「乙女ゲーの皮被せてなんてもん作ってやがる制作陣!! 金のあるオタクどもはこれだから! 好き勝手作りすぎでしょう馬鹿どもが! がっちがちのクリーチャーを隠しボスにしてるんじゃないですよ!! 鵺もびっくりのキメラだわ!!」

「初見時俺もそれ言った!!」

 

 こんなモノお出しされて「流石に想定していた空気感と違うんだよな!!」って気分になってしまったし再びブチ切れてしまったが、これをどうにかしろって無理では?

 学園の校舎と同じくらいデカいんですけど!! デカさは強さだよバーカ!! 怪獣映画の見過ぎなんだよ制作陣のバーカ!! どうして前世の私はこんな突っ込み要素モリモリのゲームをプレイしておいてこいつが出てくる馬鹿ルートを見てなかったんですか!! もう裏ルートじゃねぇよ! 馬鹿ルートだよこんなん!!

 

 心の中で今後会う事は叶わないであろう制作陣(この世界の神)に毒を吐くも、体は硬直している。

 いや、だって普通に怖い!! ゴジラとかティラノサウルスを前に動けるかって言われたら私は無理です!! 映画とかで逃げるって行動をとれてた人たちはもうそれだけで生存本能MVP!!

 

 そうして内心だけはやかましく叫び散らかしながらぷるぷる震えている私だったが……。

 真横から宵闇を引き裂くような閃光が走り、門となった第二王子をそのまま自身の依り代としたらしい冥王にぶち当たる。

 

「とりあえず、あれをどうにかすればいいんだろ! 呪いだの操るだのされるより、よっぽどシンプルでいい! ファレリアは下がってて。ここは僕がやる!」

「君の度胸どうなってるんですか!?」

 

 先ほど啖呵を切った時と変わらない様子のフォートくんが、すでに相手を倒すべき敵として見据えて攻撃をしていた。

 おいおいおいおいおい。勇者か?

 

 

 

 

 ……でも。

 

 

 

 

 私は震える手をギュッと握りしめた。

 

 これを相手するのは無理! と言いたかったところだけど、こんなフォートくんを見ては引き下がれない。

 アラタさんがクソ雑魚の私に無理を承知で頼むくらいには、まずい状態なんだろうし……。

 

「本当に悪いが……頼む! 今ならまだ俺の隔離結界内だ。ここならまだ門本体から力を得られていない分、奴の力は弱い!」

「あれで!?」

「あれで! 見た目はデカいが中身はスカスカの張りぼてだ! 依り代が小さいからな! 魔力の外装にすぎん! ……だがこの隔離結界から出たら、話は別。門本体の封印も破られかねないし、そうなれば冥府降誕は避けられない。星啓の魔女も内と外の両方から封印を食い破られたら、おそらくどうしようもないぞ……! もうこれは原作主人公がいなくたって関係ない。クソッ! 最悪だ! それに、単純に奴自身も手を付けられない強さになる! 俺はゲームで五回全滅した!!」

「乙女ゲーで全滅って単語出てくるのがまずおかしいんですけど脅威度はわかりました!!」

 

 

 

 

 よし来た落ち着け。びーくーる。

 まず現状を整理しよう。

 

 

 エネミー。第二王子を依り代にして冥界から単身降臨した盛り盛りキメラな冥王(まずこいつがなんなんだよ)。

 

 フィールド。アラタさんの隔離結界。ここの維持でアラタさん(現状最高戦力)は手いっぱいらしい。

 

 戦力。攻撃魔法がほぼ使えない私と優秀だけど後衛軍師タイプのフォートくん。

 

 

 …………。

 詰みかな?

 

 

 

 

 

 待て! 諦めるな私!!

 

(こ、こんな馬鹿げた奴のせいで死んでたまるかってんですよ!!)

 

 ええと……! どうする。マジでどうする!!

 

「こ、こうなったら!」

 

 こんな時の必勝法は「自分より頭のいい奴に聞く!」ですよ!

 他力本願万歳!!

 

「フォートくん、私も戦います! 勝算はありますか!? 指示をください!」

「だからファレリアは下がって……」

 

 ええい、うるさい! 私はやけっぱちですけど腹はもう括ってるんですよ! 君が戦うと決めたその時から!

 だって。

 

 

 

 

 

 

「惚れた男を一人で戦わせられますか!!」

「え」

 

 

 

 

 

 

 …………。

 ………………。

 …………………………。

 

 あれ。

 私また盛大に口を滑らせなかったか?

 

 …………………………。

 ………………。

 …………。

 

 

 

 

 

 

(ま、まあいいか。死ぬ気はないけどもしもの時の保険ですよ保険。何も伝えないで死ぬよりは幾分かスッキリする! いや死なんが)

 

 そう切り替えると、私はフォートくんの肩を掴んで前後に揺さぶる。

 

「フォートくん、だから! 指示! ちょうだいっ!」

 

 先ほどまで凛々しく引き締められていた顔がぽかんとゆるみ、虚をつかれたようにフォートくんは固まっている。

 これは逆にまずったか!? と一瞬焦った直後。

 

「!?」

 

 先ほどのお返しとばかりに、獄炎を圧縮したかのような火球が冥王から放たれた。

 どうやらこちらのターンはとうに終了していたらしい。

 

「!」

 

 気づいたフォートくんがすぐに防御のため魔法を使おうとする。

 

 しかし……その前に。

 聞きなれた声が天空から響いた。

 

 

 

 

 

 

「何をしていますのマリーデル! まったく、愚鈍な子ね! ファレリアといい勝負ですわ!」

 

 

 

 

 

 声と同時に滝のように空から雪崩落ちてきたのは、冥王の獄炎をも飲み込む火の演舞。

 火力が高すぎるのか、その色は青空に似た群青。一瞬、夜の世界が昼間に変わったのかと錯覚した。

 

「!? アラタさん、空からアルメラルダ様が!」

「は!? でも結界は保って……」

 

 咄嗟にネタを引用するあたり私もまだまだ余裕あるなと思いつつ、見たままなのだからしょうがない。

 ……そう。夜空を割って現れたのはアルメラルダ様。しかも人影はそれのみに留まらず、複数人がそれぞれ極大級の魔法を伴って空間に入ってきた。

 それを受けた冥王の体が傾ぐ。

 

 

「どうして……!」

「ふんっ。このわたくしにかかれば、隔離結界への侵入など容易い事ですわ。以前ファレリアが連れ込まれた後、必死に勉きょ……ごほんっ。いざという時に備えておくのは公爵令嬢のたしなみでしてよ! 座標は少々ずれてしまいましたが!」

(誤魔化した!?)

 

 スカートの中身を見せないままに風の魔法を操り巧みに着地したアルメラルダ様は、そう言ってバサッと扇を広げた。

 腰に手を当てた実に堂々たる佇まいである。

 

「そうそう。理解に苦しむ内容も多かったですが、話は結界の外から聞いていましたわ」

「え!?」

 

 会話が全部聞かれていたことに私とアラタさんから血の気が引くも、さして気にしたふうでもないアルメラルダ様が冥王を睨みつけた。

 

「ともかく、この結界内であの化け物を倒せばよいのでしょう。アラタ! 貴方はそのまま結界の維持をなさい! 先生はその補助を!」

「ああ、任されたよ!」

「俺もこっち手伝う!」

「僕も」

 

 アルメラルダ様の指示を受けて動いたのは空間へ共に入ってきたうちの三人……フォートくんのクラスの担当教諭に、不良もどきと優等生くんだ。

 見ればアルメラルダ様が引き連れてきたのは全員星啓の魔女の補佐官候補。つまり、攻略対象者たちである。

 結界を張る前生徒会室に居なかった人たちまでが勢ぞろいだ。

 

「あんな姿になってしまったのか……! こうなっては致し方ない。……弟の事は、無視していい。私が許可を出す」

 

 そう苦し気に述べたのは第一王子だ。

 ……ってことは、みんなあの化け物が元第二王子だという事もわかってるってことか。

 

「ファレリア・ガランドール。"てんせいしゃ"だなんだとかいう面白い話、あとで詳しく聞かせたまえよ」

 

 そう言った特別教諭もまた、冥王へ向けて魔法攻撃を放つ。

 ……実際に戦いで魔法を使う所を見る機会なんてほとんどなかったけど、やはりこの人たち優秀なんだな。先ほどまで絶望的だった戦況が一気にひっくり返った気さえする。

 

 ……これ、私もういらんな!

 

 ほっとしたような、覚悟を決めていたのに肩透かしをくらったような。

 そんな風にぽかーんと状況を見守っていると、アルメラルダ様に引っ叩かれた。

 

「ぁだっ!?」

「なにをボケっとしているの! 貴女も何かなさい! わたくしが今まで施してきた特訓が役に立つ時でしてよ!?」

「そ、そうは言いましてもね。何をどうすればいいのか……それに私、もういらなくないです?」

「マリーデルのためには動けてもわたくしのためには動けないとでも!?」

「そ、そういうわけでは!」

「じゃあどういうわけですの! ~~~~!」

 

 途端にへそを曲げた子供のように頬を膨らませたアルメラルダ様に、私は現状を忘れて噴き出した。

 

「何を笑っているのよ!」

「だって、アルメラルダ様が変な顔するから」

「…………」

 

 そこでようやく自分がどんな顔をしているのか気になったのか、頬に手を添えるアルメラルダ様がやたらと可愛い。

 ……なんか、ようやく安心してきたというか心が落ち着いてきましたね。

 

「……でしたら、何か指示を貰えますか? 私では何をしていいのか、わからなくて。さっきもそれを聞こうとしていたんです」

「……わたくしと、マリーデルの補助をなさい」

「了解です!」

 

 元気に返事をして敬礼すると、私はそっとアルメラルダ様の耳元に口を寄せた。

 

 

 

「役立たずな私ですけどね。……ここに居る理由は、アルメラルダ様のためですよ」

「!」

 

 

 

 それ以上は言わずにぱっと顔を離す。

 

 こんな所に居る理由は、まず最初にアルメラルダ様をいいようにしようとする相手に怒ったからだ。

 やきもち焼いてくれるのは可愛いけど、そこのところはちゃんと知っておいてもらいたいものよね。

 

 ふふんと少ししてやったりな顔をしていたら、アルメラルダ様は眉間に皺を寄せながらもフォートくんを見た。

 

「マリーデル」

「ん、何」

 

 フォートくんはいつの間にか攻撃に参加していたけど、アルメラルダ様に声をかけられてこちらへ意識を向けた。

 

「あれは、要は呪いの塊のようなものなのでしょう。ならば星啓の魔女候補たるわたくし達二人で、その呪いを打ち砕きますわよ!」

「それは」

 

 アルメラルダ様の言葉にフォートくんは言葉を詰まらせる。そして気まずそうに眼をそらした。

 

「どこからかは知らないけど、話を聞いてたんだろ? 僕には無理だ。……僕は星啓の魔女候補じゃない。呪いを砕く力も無いよ」

「だからなんです」

「はぁ?」

 

 ばさっと切り落とされて不可解そうな顔をアルメラルダ様に向けたフォートくんだったが、その頬を勢いよく張り手が襲った。

 

「った!! ……何するんだよ!」

「情けない事を言うからですわ!」

「…………!」

 

 アルメラルダ様は私の手を引くと、ずいっと前に出てフォートくんの横に並び冥王を見上げる。

 今は補佐官候補達が善戦しているようだが、徐々に相手からの反撃を受けて苦しそうだ。

 最初は「これもう勝ったな」と思ったけど、そうでもない様子に……なにか決定的な一撃が必要であることが窺えた。

 それこそ、アルメラルダ様が言ったように星啓の魔女候補二人が力を合わせるような。

 

「事情はあとでたっっっっぷり聞かせてもらうとして。……ここ一年、貴方はわたくしと対等に渡り合ってきたのです。わたくしはその力を認めて先ほどの申し出をいたしましたのよ。出来るか出来ないかは置いていて、まず返事すべきは「はい」の一言ではなくて!」

「……無茶苦茶だ」

 

 フォートくんは呆れたように赤く腫れた頬を押さえてアルメラルダ様を見るが、彼女は悪びれることなく胸を張っている。

 私は「アルメラルダ様マジアルメラルダ様だな」と笑ってしまい……ふと、思いついた。

 

 切迫した場で一番必要なのは、こうしてリラックスすることなのかもしれない。

 頭に余白が生まれれば、それまで思い至らなかった考えがパズルのように当てはまったりする。

 

「あの」

 

 くいっとフォートくんの服を引っ張って意識をこちらへ向ける。

 

「……フォートくん、入学する時だけ「星啓の魔女の資質」ごと完全模倣(パーフェクトエミュレーション)したって言ってませんでした? それを使えば、アルメラルダ様を模倣して力を一時的に発揮できたりしません?」

「あ……」

模倣演技(エミュレーション)に必要な条件がそろっていれば、ですけど」

「ふぉーと? えみゅ……?」

 

 首を傾げるアルメラルダ様が可愛かったので頭を撫でながら問いかけてみると、フォートくんはしばし考えてから頷いた。

 

「できる……かも」

「なら!」

「でも、失敗もするかも」

「よくわかりませんが、可能性があるならおやりなさい!」

 

 自信なさげに眉尻を下げたフォートくんをアルメラルダ様の叱責が襲う。すると眉がきゅっと上がった。

 

「……わかったよ! なら、アルメラルダ。少し魔力をもらうよ」

「よ、呼び捨て!? なんてずうずうし……」

「そういうの後にして」

 

 有無を言わさずフォートくんはアルメラルダ様の肩に手をかけ瞑想するように目を瞑った。

 すると手がぼんやりと光り、緑色の光がアルメラルダ様からフォートくんに移っていく。……魔法力の光だ。

 

 そして、数秒。

 

「……出来たっぽい」

「そんなあっさり!?」

 

 つい突っ込むと、フォートくんは面白くなさそうに鼻を鳴らしてアルメラルダ様を見た。

 

「僕、君のことそんなに嫌いじゃないよ」

「何を急に……」

 

 フォートくんはため息をつき、白状する。

 

「……模倣演技(エミュレーション)。ましてや完全模倣(パーフェクトエミュレーション)なんて、よっぽど僕自身からの好感度が高い相手でなくちゃ出来ないんだよ。だから、そういうこと。君はいいライバルだ。色んな意味で」

 

 意味深に私とアルメラルダ様を交互に見たフォートくんは、アルメラルダ様が口を開く前にニヤリと笑った。

 

 

 

「さて、準備は整ったよ? やるんだろ。一緒に」

「なにを偉そうに。言い出したのはわたくしでしてよ」

「はいはい、そうだね。じゃあファレリアは僕たちの補助をお願い」

「あ、はい」

「それもわたくしが先に言った事ですわ!」

「はーいはい。そうですね」

 

 

 ケラケラ笑ったフォートくんの顔にはすでにマリーデルちゃんの面影はなく。

 ……それは彼だけの笑顔だった。

 

 次いでそれは、アルメラルダ様によく似たものへと移り変わる。

 模倣演技(エミュレーション)が始まったのだ。

 

 

 二人は数秒見つめ合うと頷いて、同時に冥王へ向き直った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「「さあ、覚悟はよろしくて?」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 その数分後。

 

 流星のごとく降り注ぐ破邪の力を受けた冥王の断末魔が、隔離結界の中に響き渡るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

+++++

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……どうしよう)

 

 私はびっくりするくらい慌ただしかった数時間前を思い起こしつつ、一人で頭を抱えていた。

 現在ここは魔法学園の寮、自室。

 

 もろもろの事後処理や事情説明で本来私も忙しいはずなのだが、全てが終わった後に「貴女は休んでいなさい。話はアラタとマリー……フォートから聞きます」とアルメラルダ様に無理矢理部屋へ放り込まれたのだ。

 

 それに関しては事情説明が大変であろう二人に申し訳なくなりつつ、疲れていたのでありがたくはあるのだが。

 

 

 

『あとで、来て』

 

 

 

 部屋に連れていかれる直前に、そんな言葉と共にこっそりフォートくんへ部屋の合鍵を渡してしまったのだ。

 

(だって、多分いろいろバレちゃったし? そしたらフォートくん、会う間もなく学園から居なくなっちゃうかも……しれないし……)

 

 しおしおと肩が沈んで首が項垂れる。

 

 ……もしそうだからといって、私は彼に何を言いたいのだろう。

 

 

 

 勢いで告白? なんかしてしまったけど、私が勘違いしていただけでフォートくんから向けられていた好意は勘違いだったかもしれないし。だってはっきり言葉にされてない。

 

 もし両思いだったとしても、多分フォートくんは魔法学園から去ることになる。彼は星啓の魔女候補でも貴族でもないんだから。

 

 今回の功績を思えば処罰されることはないだろうけど……。

 それでも確実にやってくるだろう別れ。

 

 

 

「あああああ、もう!」

 

 ベッドに飛び込みごろごろ転げまわる。馬鹿みたいだ。

 

 

 

 フォートくんは来るだろうか。

 来れなかったらどうしよう。

 でも来たら来たでなにを言う?

 私はどうしたいんだ? フォートくんと、どうなりたい?

 そもそもあの騒動の後に色恋沙汰で頭を悩ませている私は馬鹿か?

 

 

 

 そんな事を考えていたら一睡もできないまま朝方だ。目がしょぼしょぼしている。

 

 

「はぁ……。…………寝るか。朝だけど」

 

 

 重々しいため息をはきつつもぞもぞベッドにもぐりこんだ。今日くらい授業休んでも許されるでしょ。

 そもそも学園自体、授業してる場合じゃないだろうし。

 

 

「はいはい終了終了。寝不足で考えることにろくなことはないんでぇ~す。おやすみ世界」

 

 そう言って目を瞑った時だ。

 

 

 

 

 

 

 

「ファレリア」

 

 

 

 部屋の外から聞きなれた声と、ノック音が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




おまけ


【挿絵表示】

アラタイメージ図

次回最終回。
よければ感想など頂けると嬉しいです。


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第十二話 人生はいつだってhardmode~井の中の蛙、大海を知り空をも目指す

最終話です。


 特別教諭の件の後で一度訪れてはいるものの、こうして尋ねるのは初めてである部屋の前。

 

 フォートが扉を叩くと、中から小さな返事が返ってきた。いつもと違ってずいぶんとしおらしい。

 その後……実に数分を有してから、ようやく鍵の開く音がし扉のノブが回される。

 

 鍵を預かってはいたが、フォートとしては本人の手で開けてもらいたくて待っていたのだ。

 そうでなくては……本当に招いてくれたのかと、自信が無かった。我ながら情けない。

 けど鍵が開くまでの数分間、不安で仕方なかった。

 

 そしてドアノブが回された後。……いつもならば意外と豪快に扉を開くファレリアが、恐る恐るといった風にわずかな隙間を徐々に、徐々に広げて顔を出す。

 扉の向こう側から覗く赤い瞳は、フォート以上に挙動不審な様子でこちらを見ていた。

 常ならば彼女のことは犬のようだと例えるのだが、今はその赤い瞳も相まってまるで警戒心の強い兎である。

 

(いや。警戒……じゃないか)

 

 正しくは"緊張"といったところ。

 それはフォートも同じだが、あからさまにそわそわと落ち着かない様子のファレリアを見ていると幾分か自分の方は落ち着いてくる。

 

 

 緊張。戸惑い。

 

 

 それらを感じさせるファレリアはチラチラとこちらを窺う癖に口を開いては閉じを繰り返し、一向になにも話さない。

 

(……正直、戸惑ってるのはこっちなんだけど)

 

 フォートはどうしたものかとため息をつく。

 するとファレリアがそれに反応し、ビクッと体を震わせた。

 

「……………………」

 

 そんな調子のファレリアを前に、フォートは目を細めると……外側のドアノブを思い切り引っ張った。

 

「をきゃっ!?」

(変な声)

 

 内側のドアノブを掴んだままだったファレリアは、それに引かれ前につんのめる。

 危うく倒れる、というところでフォートがその華奢な体を抱き留め、そのまま部屋の中へ踏み込むと後ろ手に部屋の扉を閉めて鍵をかけた。

 

 ……以前ファレリアがいきなりフォートの自室に押しかけて来た時の事を思い出す。

 

(あの時は振り回されっぱなしだったな。まったく。人の気も知らないで……)

 

 しかし今はそれが逆なのだから、少々愉快だ。

 腕の中でガチガチに体を固くしているファレリアを見れば、俯いており表情は見えないものの……耳まで赤い。

 

 けしてフォートに余裕があるわけでもないのだが。

 

 

 

 

 

 

『惚れた男を一人で戦わせられますか!!』

 

 

 

 

 

 

 この女。とんでもない事をとんでもない場面で言ってくれたものだと、少々恨みがましくそのつむじを眺める。

 そして再度ため息をつき……背中を丸めて、ファレリアの肩口に顔を埋めるようにしてからその体を抱きしめた。

 

「ふぉっ、ふょーとくっ」

「名前くらいちゃんと呼んで。…………あー! もう! つかれた~~!! つーかーれーたぁぁぁっ!!!!」

「え……」

 

 駄々っ子のごとく「疲れた疲れた」と声を上げ、甘えるように額を擦りつけながら、ぎゅうぎゅうとファレリアを抱きしめる。

 

「色々聞かれたし根掘り葉掘りされて、疲れた。ほとんどアラタが対応してくれたけど。でも疲れた。すっごく疲れた」

「お、お疲れ様です」

 

 ストレートに疲れたと連発するフォートを前に、緊張より戸惑いと気遣いが勝ったのか。ファレリアもまたフォートの体に腕を回し、落ち着かせるようにぽんぽんっ、と背中を叩く。

 

 それを心地よく感じながら、フォートは数時間前……日付としては昨日の事を思い出していた。

 

 

 

 

 昨晩。

 

 呪いの余波で認識と心を歪められるなどという屈辱に加えて、これまで溜めて来た鬱憤が一気に爆発しフォートは心の底からキレていた。

 そんなフォートの頭を一気にフリーズさせたのが、ファレリアの一言。

 

 喜べばいいのか、疑えばいいのか。

 

 この馬鹿の事なので「心意気に惚れましたぜ、フォートの兄貴!」といったニュアンスであることも十分にあり得る。

 こんな想像が出来るくらいには、一年という付き合いの中でファレリアがどういう思考パターンをしているのか大体理解できてしまった。

 だがこの女は肝心なところで読ませてくれない厄介な相手でもある。

 

(……本当に、わからない)

 

 隔離結界内にアルメラルダが入って来たこともあり、フリーズ後にその考えをいったん保留としたフォート。

 が……いざ全てが終わってみたところで。

 さぁこいつらになんて事情を説明したものかと考えていた中、アルメラルダに自室へ戻れと指示を出されていたファレリアがすれ違いざまに「あとで、来て」などと言いながら自室の鍵を渡してきたのだ。

 

 

 ……もうこれは、あの言葉を信じて良いのでは? 「惚れた」はそのままの意味で受け取ってしまって、良いのではないか?

 期待が高まる。

 もしこれで違っていたならば、あの女は心の処刑人もいいところだ。

 

 

 しかしそうなると、別の悩みも出てくる。

 

 

 フォートはただ少しでもファレリアの心に自分という存在を刻みつけられたら、それだけでよかった。

 この先の未来でファレリアが自分以外の誰かと結ばれた時、それがアラタでも知らない誰かでも……わずかにでも自分の顔がよぎって、お邪魔虫になれたらいい。

 そんなちっぽけなプライドと、特大の意地の悪さを含んだ気持ち。

 

 ところが幸運にも気持ちは通じ、それを相手も受け止めてくれた。こんなに嬉しい事はない。

 

(でも)

 

 …………フォートは、その恋を叶える手段は持ち合わせていなかった。

 

 どんなに魔法の力を磨こうと、勉強しようと。この身はどうあっても身分の一つも持たない、力ない存在で。

 貴族令嬢のファレリアと築ける未来は……想像出来ない。

 

 それに。

 

(……きっと、この後すぐ。僕は魔法学園(ここ)に居られなくなる)

 

 

 残された時間すら、最早少なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ファレリアが部屋に戻された後、フォートとアラタは今回の事で知っている事を全て話せとアルメラルダに問い詰められた。

 

 これが単純に乱心した第二王子を止めただとか、そんな話しならばまだ問われる内容も異なっていたのだろうが……。

 隔離結界内にて行われた転生者同士、そしてそれを知る者の会話を聞かれていたとあらば話は違う。

 アルメラルダは隔離結界に侵入するべく魔力を行使した過程で内側の声を拾ったらしく、本当に会話全部を聞かれていた、というわけではないようだが。……フォートが男であることなど肝心な事は全て聞かれていたがために、そんなものは何の気休めにもならない。

 

 第一王子などにしても、国家レベルの機密。秘中の秘である冥界門や冥王、その封印や星啓の魔女本来の役目などをアラタが知っていたことで戸惑いを見せていた。

 

 そのため問われれば黙秘できるはずもない。下手をすれば沈黙すらも罪に問われる。

 

 

 

 

 どう話すべきか。

 

 それについてはフォートが悩むまでもなく、アラタが「自分が話す」と引き受けてくれた。「フォートは自分の要求に応え、協力してくれたにすぎない。もし処罰があるなら全て自分が受ける」とも。

 

 庶民が性別を偽り貴族の魔法学園に通っていた。

 それだけでも問題だが、肝心の部分は国の要ともいうべき「星啓の魔女」……その候補者を騙っていたこと。

 候補者同士が競い合い、その特別な役割に相応しい者を決める。その神聖な行いを穢したとあらば極刑ものだ。

 

 しかし此度においては冥王撃退などという星啓の魔女の役割の根幹を担う要素が絡み、それに貢献したがゆえに……一概に「罪」として扱われるのかは不明。

 それも事情を聴いた相手の裁量次第だろうが、まったくの無罪というわけにもいかないだろう。

 

 フォートは何か罰があるなら自分も、と手を上げようとしたが、それはアラタに制された。

 

「これはお前を巻き込んだ、俺なりのけじめだから。たまには大人らしいことさせてくれ。散々苦労させて、どの口がって思われるかもしれないが」

 

 そう言われてこれ以上フォートが粘っては、アラタの覚悟と矜持を傷つける。

 

 ……この青年は、強く見せかけた外装の中身はひどく繊細なのだ。現状には胃を痛めていることだろう。だがその彼が「任せてほしい」と言っているならば、フォートは彼の"友人"として受け入れる他ない。

 歯がゆく思いながらも、フォートはアラタに任せることにした。

 

 

 

 

 

 アラタは自分が知りうる限りの情報を、順を追ってつまびらかに述べた。

 

 

 転生者。前世の記憶。仮想遊戯。別の世界。

 

 

 記憶を有したまま生まれたがゆえに、物語が始まる前に最悪の未来を阻止すべく動いていたこと。

 その過程でマリーデルの弟であるフォートに協力を求めたこと。

 第二王子は自分と同じ転生者だったが、その目的は自分とは真逆であったこと。

 …………彼が求めていたのは、アルメラルダの無残な破滅だったこと。

 

 

 アラタは「悪役令嬢」アルメラルダに関しては話したくなさそうだったが、第二王子の目的と彼の発言を説明するにあたって避けては通れなかった内容。

 アルメラルダはそれらの話を、顔色を変えることなく静かに聞いていた。

 ただ「ファレリアは自分と同じで前世の記憶を持っていたが、物語を(冥府降誕ルートに関しては)何も知らず途中から事情を知って協力してくれた」と述べた時は「まったく……何故その時に、わたくしに話さないのかしらあの子は……」とぶちぶちこぼしていたが。

 

 

 

 ともあれ、それを聞いた者の反応は三者三様だった。

 

 馬鹿にしているのかと頭から否定する者に、「上位観測世界からの魂の堕落ということか! 興味深い!!」などと勝手に納得し興奮する者、まあそういうこともあるのかと柔軟に受け入れる者、真面目に考えすぎて頭痛に喘ぐ者、物語だ何だという部分はどうでもよく「マリーデルが、男……男……僕のマリーデルが男……」と失恋に打ちひしがれる者……などなど。

 

 アラタとしてはどれも想定の範囲内であったらしく、いざ話し始めれば対応は落ち着いていた。

 そして彼らの反応を示したうえで。

 

「もしあなた方にこれらの話を原作前に話したとして。……信じてくれましたか?」

 

 直前に「何故そんな重要なことを一人で抱え込み我々に話さなかったのか」と問うた第一王子へのアンサーである。

 

「……まあ、難しいだろうな」

「変に疑われて、最悪投獄でもされたら身動きが一切取れなくなります。自分がまず介入できる地位を手に入れる事などで手いっぱいだったこともありますが……なんの証拠も信頼、信用もない状態で話す場合、リスクの方が大きかった」

「……理解しよう」

 

 第一王子の声は重い。

 

 それもそのはず。

 将来は自分の右腕となってくれるだろうと信頼していた弟が「アラタの話を信じる証拠」となってしまったのだから。

 

 

 

 

 ちなみに今回の黒幕。弟である第二王子だが……実はまだ生きている。

 

 それはアルメラルダとフォートによる破邪もとい解呪の力によって「依り代の解放」が行われ、冥王を"向こう側"へ「強制送還」させたからだ。

 消滅させられたわけではないものの依り代を通して大きくダメージを与えたゆえに、今後百年は封印が綻ぶことはないはず、とのこと。

 これは人柄は信用できないが魔法の腕と知識だけは確かな特別教諭の見立てである。

 

 それを聞いたとき、アラタの逞しく大きな体から力が抜けた。

 ……本当にこれまで、気を張って生きてきたのだろう。

 

 その事実を確認できたからこそ、すでに隠す事にも意味は無いと割り切って話すことも出来たのだが。

 

 

 

 ともかく第二王子は、虫の息ではあったが冥王の巨体が消失した後に倒れ伏していた。

 

 しかし生きてこそいたものの、大きな変化が一つ。

 

 意識を取り戻した第二王子を問い詰めたところ、その精神は冥界門から影響を受ける前……彼が五歳だった時に戻っていたのだ。とはいえ本当の「五歳」ではなく、"前世の記憶を持つ"五歳児だが。

 

 事情を話したところ彼は顔を青くしながらも、驚くほど素直に自分の事を話してくれた。

 

 彼は歪んだ欲求こそ持っていたが、最初はそれに呑まれること無くアラタのように国の危機を避けるため。……最悪のルートの諸悪の根源、冥界門自体をどうにかしようとしたらしい。

 この辺は地方貴族の五男として生まれたアラタと違って、直接冥界門を見に行けた「王子」という立場の差だろう。

 まんまと精神汚染され欲求が肥大化した第二の人格へと至り、今日日まで来てしまったようだが。

 

『弟は助かった。だが……昨日までの弟は、いなくなってしまったのだな』

 

 そう口にした第一王子の言葉が印象に残っている。

 たとえ演じていたものだとしても、これまで彼と思い出を積み重ねてきたのは紛れもなく「あの」第二王子だったのだ。

 

 精神のリセットは、一種の死に他ならない。

 

 

(これは僕が口を出せる事でもないけれど)

 

 

 フォートにしてみればあの第二王子は報いを受けただけ。同情する余地はないし、それは第一王子に対しても同じスタンスである。下手な慰めの言葉など要らないだろう。

 少なくともマリーデルを演じていない、今のフォートからは。

 

(……僕は姉さんみたいに、優しくなれない)

 

 こんな時ばかりは大好きな姉の優しさが、少しばかり妬ましかった。

 

 

 

 

 

 その後フォートも色々聞かれたが、あとはアラタから話を聞くからと部屋に戻るよう促された。

 これについては全くの予想外である。まさかいつもの自室に戻ってよいなどと言われるとは。

 ……第一王子は全ての情報を加味した上で「功績を考えれば重い処罰にはならないし、私がさせない」と確約してくれた。それでも身柄を押さえられるくらいはすると思っていたのに。

 

 

「わたくし達は、もう少し話さねばならないことがありますわね」

 

 

 そう述べたのは話し合いの最中……一度もフォートを見なかったアルメラルダ。

 

 自分を除いたその場で今後についての対応が決まるのだろうなと想像は付いた。

 しかしそれを気にするよりも、この機会は最後のチャンスかもしれないとフォートは大人しく部屋に帰る……ふりをして、ファレリアの自室に向かい今に至る、というわけである。

 

 

 

 

 

 

 そんな風にファレリアが部屋に戻った後の事をつらつら述べていくフォートに対し、彼女は「大変でしたねぇ」と幼子にするように背中を優しくなでる。

 フォートによる怒涛の愚痴や情報の開示によって、先ほどまでの緊張はほぐれているようだ。

 

「ねえ、ファレリア」

「はい?」

 

 小首をかしげる警戒心ゼロのまぬけに、口の端が持ち上がる。

 反して眉尻は下がってしまったが……それを見られる前に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「好きだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 以前焦がれた、その唇との距離をゼロにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

+++++

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空のような青い瞳が近づいてきたと思ったら、唇が柔らかな何かに塞がれた。

 それが何か理解するために数秒を要した私は、我ながら間抜けだったと思う。

 

 けど勘弁してほしい。

 彼がその行動に出る前に紡いだ言葉で、私はすでにいっぱいいっぱいだったのだから。

 

 

 

 

 

『好きだよ』

 

 

 

 

 

 たった一言。

 たったの、一言だ。

 

 四文字だけの言葉の並び。

 

 

 

 それを耳にしただけで、体も思考も全てが一気に熱暴走したかのようにカッと熱くなった。

 

 しかも今はその相手との距離がなくなっている。

 互いの吐息が静かに混ざり合い、毒の様に体に溶けていく。

 

 胸と腹の内部から溶岩でも流れ出ているかのように熱が灯り、形を成そうとする思考全て霧散させていく。

 

 

 

 

 たかがキス。そう思えたらどんなに楽か。

 

 口と口がくっつくだけ。人によってはそれだけの行為にすぎないのに、今はそれが体を全て溶解させていくかのように熱く、浮ついた感覚をもたらしている。

 縋るように背中に回していた手に力を入れれば、その手が取られて優美な指先と絡む。

 未だに少女のような体格を保っている彼の指はほっそりとしていて皮膚も滑らかだが、わずかに皮が厚い気がする。すりっと親指の腹を撫でられて、体が淡く痺れた。

 

(なにこれなにこれなにこれ)

 

 前世の記憶がある分、そこそこ経験があるものだと思い込んでいた。

 しかしいざ蓋を開けてみれば余裕など何処にもない。

 それは結局は前世を別人と判じている私が未経験の子供だったからか、相手がフォートくんであるからか、それとも両方か。……私には判別がつかなかった。

 

 ただただ今は波に流されるように、何もかもが定まらない。

 

 

 

 

 ……しかし少しすると、熱いばかりだった体が満たされ、穏やかな気持ちに揺蕩っていることに気が付く。

 灼熱を抜けてぬるま湯につかり切っているような心地よさだ。思わず吐息が唇同士の隙間から零れた。

 その後すぐにわずかばかり出来ていた隙間も、埋められてしまったけれど。

 

 

 

 

 ………………。

 

 ……………………。

 

 …………………………。

 

 

 ………………。

 

 ……………………。

 

 …………………………。

 

 

 ………………。

 

 ……………………。

 

 …………………………。

 

 

 

 

 

(な、長いな……)

 

 

 変わらず鼓動はうるさいし体と心は多幸感に満たされているけれど、そこそこ時間が長くなってくると別の意味で落ち着かない。

 自然と瞑っていた目をわずかに開けると、長い睫毛の下から薄っすら覗く空色とぶつかった。

 収まりかけていた熱が再度体内を駆けめぐる。

 

「ふぉー、ぅむ」

 

 無理やり唇を離して名前を呼ぼうとするも、すぐに口をおしつけられて阻止された。抱きしめる力も強くなる。

 その様子に湧き上がってきた気持ちは困った半分。……愛しさ半分。

 

「…………」

 

 引いて駄目なら押してみろ。

 逆だっけ? と思いながらも、私は年上の矜持を取り戻すべく自由だった片方の手をフォートくんの頬に添えた。

 そして顔を傾け、口づけをより深くする。

 

「…………!?」

 

 舌先でフォートくんの唇表面を撫でると、流石に驚いたのかフォートくんの肩が跳ねる。

 私はその機会を逃さず顔を離すと、そのままフォートくんの胸に顔を寄せた。

 

「……さっきの。もう一度、聞かせてください」

 

 ねだるように言葉を紡いで見上げれば、真っ赤になったフォートくんの顔。耳をつけたフォートくんの心臓からは私に負けないほど早くなった鼓動が聞こえてくる。

 

(なんだ。私だけじゃなかったんだ)

 

 

 

 

――――ああ、愛しいな。

 

 

 

 

 ごくごく自然に思う。想う。

 

 

 

 

 愛おしい。それは私が求めていた感情だ。

 恋だけでは疲れてしまう。だから愛せる人が欲しかった。

 

 心をかき乱されるような「恋」とは別に、慈しみたいと感じる「愛」を抱きたい。

 

 もっと見てほしい。もっと、ずっと見守りたい。

 もっと心が欲しい。もっと、たくさんの心をあげたい。

 もっと、もっと、もっと。

 

 相手を求めながら自分からも何かを与えたいと感じるこの気持ちは、きっと愛と恋の共存だ。

 

 

 だから。

 

 

 彼は顔をそらして口元を片手で覆ったが……数瞬後。観念したようにこちらを向いて、視線が絡む。

 

 

「好きだよ、ファレリア」

 

 

 気恥ずかしい。こそばゆい。

 でも貰ったのなら、与えたい。

 

 

 

 

「私もフォートくんが好きですよ。……愛しています」

 

 

 

 

 そう告げると包み込むように両手をフォートくんの頬に添えて。

 …………今度は私から艶やかで柔らかい少女のような桜色のそれに、口付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………。

 

 ……………………。

 

 …………………………。

 

 

(だああああああああああああああああああああああああ!!!!!!)

 

 

 そして、その少しあと。私はフォートくんの細い腰にしがみつき、これまでにないほどの羞恥心に内心悶え転げて大絶叫していた。

 

 

(ぐああああああああああ!!!! 恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい!! 羞恥!! 言っちゃった言っちゃった言っちゃった!! 好きって、愛してるって!! なにこれアラタさんに言った時と全然違う!! ごめんアラタさん私めちゃくちゃ失礼だった!! あれ本当に本気の告白じゃなかったんですね私!! あんなもんかと思ってました!! こう、好意を持てる相手に好きって言って、あとは付き合ったら色々育んでいけるよね的な!! というか今さら自分がこんな青春ど真ん中ストレートロマンティックズムな感じに告白されて告白し返すとか思わねぇんですよ!! ひぃぃぃぃッ!! 恥ずかしい!!)

 

 

 我ながら台無しである。

 

 

 未だにふわふわしているものの、告白して満足したのか脳が急速にクリアになっていったのだ。

 

 そこで襲い掛かってきたもの。その名は「羞恥」。

 羞恥心とは人間生きていく上で失ってはいけないものだと思っているが、それが私を殺しにかかっていた。

 

 現在私の心は満たされながら大波小波で荒れ狂うという矛盾に侵されている。

 

 

 

 

(これからどうすればいい!? 何話せばいい!? というかこっぱずかしくて顔が見れない!!)

 

 そんな気持ちを抱くがゆえに抱き着くしか出来ず、木にしがみつくコアラ状態となっている私である。

 フォートくんも相変わらず私の背中に腕を回して抱きしめてきているものだから、しがみついている腕を離して距離をとることもできない。

 

 え、これどうする? 両思いになった恋人ってこの後なにするもの?

 へい、前世。教えてくれ。なに? 人と場合による? 都合がいい曖昧な返事に逃げてんじゃないですよ役に立たない奴ですねこのsiri以下が! いやsiriがそんな事に答えてくれるかどうかなんて知らんけど!!

 

(うあー。うあー。どどどど、どうしよ……)

 

「……ありがとう」

 

 私が頭を悩ませ続けていると、フォートくんから先に反応があった。

 けどその声は言葉の内容に反して沈んだもので、気のせいでなければどこか諦念を含んでいるように聞こえた。

 

 それに私が答える前に、フォートくんは続ける。

 

「ファレリア馬鹿だしまぬけだし鈍感だしもろもろの配慮がすっぽぬけてるし、ずっと気づかれないものだと思ってた。思わせぶりな反応見せても、絶対こっちの期待を裏切る奴だって」

「おい」

 

 それがたった今両思いになった恋人に言う言葉か? ……というか、恋人でいいんですよね!?

 けれど見上げた顔はどこか泣きそうに見えて、出かけたツッコミは喉の奥へとひっこんだ。

 

「……少しでも僕の事を覚えていてくれたらいいって、思ってた。君の心の一部だけでも占領出来たら、それでいいって」

「今フォートくんのことしか考えられてませんけど……」

「そういうことさらっと言うよね」

 

 少し恨めし気な目で見られて額を小突かれる。

 

「でもさ。もしかしたら、お互いこんな気持ちを知らなかった方が幸せだったかもね」

「……どうしてですか?」

「だって僕、ここにはもう居られないもの」

 

 短くなったフォートくんの髪が、彼がうつむいたことでさらりと首に流れた。

 

 

 

 フォートくんの言葉に私もようやく考えが至る。というか、さっきまで自分でも考えていたことだ。

 

 聞いた話の流れとしてはフォートくんもアラタさんも処罰までは受けること無いにしても、それでもマリーデルちゃんを装っていたフォートくんが彼女のふりをしてこのまま学園に居続けることは不可能。

 だって主要人物たち全てに、フォートくんが男だとバレてしまったのだから。

 

「お、男として再入学とか……」

 

 無理と分かりつつ、縋るように述べればふるふると首を横にふられる。

 

「性別以前に、僕は貴族じゃない。下町の貧乏な、なにも持ってない……ただのガキだよ」

 

 自虐的な言い草にフォートくんのいいところ、すごいところをたくさん知っている私としてはムッとなる。けど彼が言わんとしている事を察せないほど、馬鹿でもない。

 

 一人浮かれていた自分が馬鹿みたいで、唇を噛んだ。

 

「一緒に来てほしい、とも言えない。だってファレリアみたいな温室育ちで危なっかしい子、外へ連れ出せないよ。安全な場所で囲われていた方が、お似合い」

「ちょっと、言い方」

「事実でしょ?」

「ぐ……」

「実家でぬくぬくしてる期間を増やしたくてアルメラルダに近づくような考えの奴が、今さら貴族として世話を焼かれる以外の生活……できる?」

「うぐぅ……!」

「……それに、ファレリアは家族が好きでしょ。それを捨ててほしいなんて、僕には言えない」

「…………」

 

 思わず黙る。

 家族……両親の事を持ち出して、万が一にでも私が感情に流された選択をしないように道を塞ぐフォートくんはどこまでも優しい。

 

 

 私の前世が何歳まで生きて、どうやって死んだか。実は覚えていない。記憶の図書館にも記録は残っていなかった。

 だけど確実に生みの親より先に逝ってしまったことは事実で、前世を別人と割り切ってもそれが私の心に影響をもたらさないはずもなく。

 ……少なくとも今の両親を悲しませること無く生きようって、そう思っていた。

 

 だから「人付き合い面倒くさい」だの「実家で長くぬくぬく過ごしたい」だの自分の都合が最優先ではあったものの、家のために、両親のために。……時期は遅らせても、いつか両親が納得できる相手と結婚することを考えていたわけで。

 

 

 

 

 

 

 

 ……だからこそ、駆け落ちのような選択は取れない。

 

 

 

 

 

 

(やっぱりフォートくん、人をよく見てる)

 

 この一年の付き合いの中でそんなところまで見抜かれていたのか、と驚く。

 でもそうなると私に言えることは殆どなくなってしまうな……。だってこれ、最大限私の事を考えて言ってくれていることなのだもの。

 

 私が押し黙ると、フォートくんは「僕も姉さんが、家族が大好きだから」と言って笑う。だから気にするな、という事らしいけど……これは、ちょっとな。

 

 

 

 うん。

 

 黙ったままでは、情けない。

 

 

 

「……君くらいの年齢なら、もっとわがままになっていいんですよ」

 

 気づけばそんな事を言っていた。

 言ってからこちらを気遣って我慢してくれている相手に、ずいぶんと無責任な言葉を投げてしまったと後悔の念が襲ってくる。そのわがままを受け止めきれる度量もないくせに、何を。

 

 けどフォートくんは嬉しそうに笑った。

 

「いいの? ……じゃあ、ほんの少し。僕のわがまま聞いてくれる?」

「私に出来る事なら、いくらでも」

 

 ずるいな、私。

 フォートくんが絶対私が困るようなことを求めないって確信した上で言ってる。

 

 

 

 

 

 ……嫌だな。

 ずるいままでも、後悔したままでも終われない。終わりたくない。

 

 度量が無いなら、これから作ればいい。この我慢しっぱなしの少年を受け止めきれるくらい、大きな器を。

 まだその方法は分からないけれど、ここで私まで諦めてどうする。

 

 

 一瞬、心の奥底を舐めるような灼熱の息吹、胎動を感じた。

 

 

 

 

 

 

(でも今は、今の私に出来ることを)

 

 そっと両手のひらでフォートくんの頬を包み込むようにして視線を合わせた。

 

 

「いいよ。言って、わがまま」

「……なら、遠慮なく」

 

 

 フォートくんは笑う。だけどそれは泣く直前のような、泣き笑いで。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ずっと一緒にはいられない。……だからファレリアとの思い出だけ、もっとちょうだい。君の心がもっと欲しい。この先の未来も僕の事を思い出して、ずっとずっと考えていてほしい。他の誰かを好きになったとしても」

 

 

 

――――共にいられないなら、心だけでも縛らせて。

 

 それはなんて傲慢で謙虚で、最高の口説き文句なのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 頷くとさらに深く抱きしめられる。

 そして再び青い瞳が近づい来るのを見て、私は目をつむ……

 

 

 

 

「そ、そこまでになさーい!! もういい。もういいから……! あ、あああああ、あなた達。なにをしてらっしゃるのかしら!?」

「!?」

「!?」

 

 

 

 にゅっとフォートくんの背後から顔を出した見慣れた顔と声に、私とフォートくんはこれでもかというくらい驚いた。

 あれ、デジャヴ。前にもこんなこと……あったな!?

 

「あ、あ、あ、……アルメラルダ様ぁ!?」

 

 驚く私たちをよそに、呪われたり冥王と戦ったりしたあと寝てないだろうにシャキシャキしている髪一つ乱れの無いアルメラルダ様。体力精神力化け物かな?

 

 それにしても唐突な登場だったけど、今の見られてた!? ……何処から!? なんかアルメラルダ様、顔が真っ赤なんですけど!!

 

 ……気まずい!

 

 しかもよくよく見たら部屋の入り口にアラタさんも居る!! あなたも見てたんですか!?

 

 

 

 

「まったく……わたくし達が話し合っている間に何をしているかと思えば! マリーデル……いえ、フォート・アリスティ! わたくしは貴方に自室へ戻るようにと言ったはずですわよ!」

 

 アルメラルダ様の言葉にフォートくんは苦いものを飲み込んだような顔をしてから……珍しく何も返さず、口を引き結んだ。

 ちなみにこういった反応はアルメラルダ様が一番嫌うものである。

 

「何か言いたいことがあるのならハッキリおっしゃい!!」

 

 案の定というか、雷のような叱責。フォートくんはぎゅっと目を瞑って身をすくませる。

 私とアラタさんは「うんうん、それビビるよね。わかるわかる」とばかりに後方理解者面していたのだが……。

 

「ところでファレリア」

「はいっ!!」

 

 次いでアルメラルダ様のターゲットが私に移ったので、余裕をかましていられなくなった。

 

 あの雷をくらうのはごめんだと、すっかり調教された体は背筋を伸ばしてはきはきとした返事を返す。

 アルメラルダ様はいったんそれに満足したように頷くと……不気味なほど優しい声で私に問いかけて来た。

 

「貴女、アラタが好きだったのではなかったのかしら?」

「あれ、名前……」

「今はそんな事どうでもよろしくてよ!!」

「はいぃッ!! すみませんッ!!」

 

 アルメラルダ様がアラタさんを名前呼びしている事実が新鮮過ぎて、つい突っ込んでしまったが瞬時に封殺された。

 

 ……というか。こ、この流れは……!

 

「……で?」

「それは、その……ですね!」

 

 流石に歯切れが悪くなる。

 もう一度怒鳴られる前になんとか答えたい……けども!

 

 アラタさんはアラタさんで何やらにこにこしているし。

 おいコラその生暖かい目で見守るのやめろ。どんどん言いにくくなるだろうが。

 

「…………」

「えーと……」

 

 心の中では元気に喚いているものの、口から思うように言葉が吐き出せない。

 背中を冷や汗が滝のごとく流れていくのを感じつつ……アルメラルダ様がスウッと息を吸ったのを確認した私は「まずい!」と意を決した。

 

 

「あの! 実は!!」

「あーもうじれったい!! さっさと言えよ! でなきゃ僕の諦めがつかないだろ!!」

「……は?」

 

 

 いざ話そうとした瞬間、乱暴に部屋へと踏み入ってきたのは……青髪腹黒童顔!?

 

「阿保め。今まさに言うところだったろうが」

「そーだそーダ」

「間がわるぅ~イ」

 

 腹黒童顔に続いて入ってきたのは緑髪もさ髪ポニテの特別教諭に、紫髪の双子たち。

 

「……! あ、あいつがのろまだから悪いんだ!」

「女の子にそんな暴言を向けるものではありませんよ」

 

 言葉を詰まらせてから喚く腹黒童顔を諫めた灰色髪は、フォートくんクラスの担当教諭。

 おいおいおい。待て待て待て!! どんどん入ってくるんですけど、これは何事。

 

「貴方達! 外で待っていなさいと言ったでしょう!」

 

 アルメラルダ様が焦ったように怒鳴るが、そんな彼女に声をかけたのは生徒会長の金髪色男だ。

 

「……でもなぁ。そいつが入った時点で今さらというか」

「ぐ……」

「そんなだから年上に見られないんスよ。外見関係なく」

「中身がおこちゃまですからね」

「……もうちょっと、隠れてみてたかった」

 

 オレンジ髪不良もどき、水色髪優等生、ピンク髪不思議くん。などなど、次々と周りから責められる青髪腹黒童顔だったが……。

 

 そろそろ私が限界である。

 ついには我慢できなくなって、叫ぶように問いかけた。

 

 

 

「皆さん、いつからおいでに!?」

 

 

 

 騒がしい中でなかなか頑張って声を張った私に、しん……と静まり返った後。全員から気まずそうに視線をそらされた。

 おい待て気まずそうにするな嫌な予感が増すだろうが!!

 

「……まだ話し合いがあるんじゃなかったの」

 

 やっと再起動したフォートくんの問いに答えたのは第一王子だった。

 

「いや……その、だな。我々だけで話し合っても取り合いに収集がつかなかったものだから。もう本人に聞いてはどうかと」

「取り合い? 聞く?」

「ああ。ところがフォートの部屋を訪ねてもそこは無人。アラタにここではないかと言われて来てみたのだが……」

 

 取り合い、とは何のことか。

 

 それについての解答を得られないまま、第一王子はちらちらと私とフォートくんを交互に見る。

 彼の表情はさっきからにこにこしているアラタさんの生暖かいそれに似ていた。

 

「その、なんだ。とりあえず私たちの事は気にせず続けてくれ」

「この状況で!?」

 

 思わず王子相手に敬語を放り捨てた。

 だ、だって。続けてくれって、アルメラルダ様の問いに対する答えを言えって……そういうこと!? この場で!?

 おい待てふざけるなこのそこそこ広い部屋がパンパンになりそうな人口密度だぞ今。

 

 …………あれ? もしかして今、ひーふーみぃ……私を入れて十五人もの人間がこの場に出そろってる!?

 何の祭りだよ!!

 

「……まあ、いいですわ」

「良くないのですが!?」

「わたくしが良いと言ったら良いのよ! さあ、話しが進まないわ。さっさとわたくしの問いに答えなさいファレリア!」

「お、横暴……」

「……へぇ?」

「すみませんなんでもないですアルメラルダ様のおおせのままに」

 

 ……も、もうこうなったらやけっぱちですよ。

 私は顔に熱が集まるのを感じつつ、「アラタさん、あんたまったくの他人事じゃねぇですからね、覚悟しろよ」と睨みつけてから……総勢十四人の前で思いっきり叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「アラタさんには振られました!! 二度目です!!」

「ちょっ!?」

 

 制止の声が入るがもう遅い。へっへーんだ! もう言っちゃったですもんねー!

 アルメラルダ様に(本人知らなかったとはいえ)散々私の婿として教育されていたんです。一度ならず二度までも私を振ったとあらばアラタさんもアルメラルダ様に対して気まずいでしょう! そうでしょう! せいぜい青ざめるがいいのですよ!!

 

 ざまぁと見つつ、勢いのままに続けた。

 

 

 

「でも昨日、フォートくんのことが好きだと気づきました! ちなみに両思いです!!」

「ファレリア!?」

 

 

 フォートくんの方はといえば単純に恥ずかしかったのか、顔を真っ赤に染めて私の名を呼んだ。

 わぁ。アラタさんとフォートくん、顔がそれぞれ青と赤。リトマス紙かな? あっはっは。

 笑ってる場合じゃないが。

 

 私はこの公開告白じみた羞恥プレイに二人を巻き込めたことに若干の満足を覚えてほくそえみつつ、しっかり自分もダメージを負った。

 

 ああああああああああああ!! はっずかしい!!

 

 けど羞恥にのたうち回っている場合ではない。おそらく特大の落雷が待っている。

 

 

「ファレリア」

「はい」

 

 

 待って。静かな声が逆に怖い。

 

(で、でも。これは逆に穏やかに終わってくれるパターン……では!?)

 

 アルメラルダ様も昨日から怒涛の展開かつ休んでいないだろうから本当は疲れているはず! きっともうへとへとなんだ!

 

 そんな淡い期待を抱きつつ上目遣いにアルメラルダ様を窺った私だが……。

 

 

 

 

 

「この!! わたくしが!! わざわざ!! 婿教育までしてやったと!! いうのに!! 今さら他の男に!! 乗り換えるとは!! どういう!! ことですの!!!!」

「ヒィィィィィィィッ!! ごめんなさいーーーー!!」

 

 

 

 

 しっかり一言一言区切って怒鳴られたぁぁぁぁッ! これまでに経験した中での最大音量!!

 

「アラタ!! あなたもですわよ!!」

「ひっ! は、はい!?」

「一度ならず二度までも……わたくしのファレリアを振るとはどういうことかしら!?」

「も、ももももももももも申し訳ございませッ、いやでも俺はフォートとファレリアの仲を応援したくてですねけしてファレリアが魅力的ではないということでなく推し活の問題というか推しカプを応援したいというかこれは友人としてでもあるのですがともかく本人も自分の気持ちに気付いて無かったみたいだしなら後押ししてやらないとっていうなんていうか振ったは振ったんですが非常に前向きな振り方であって俺なりの気遣いでしてってあれ今わたくしのって言いました? その辺はもう少し詳しく」

 

 あ、アラタさん! ビビりすぎて余計な中身まで出ちゃってますよ! しまってしまって!!

 

「両思い……両思い……僕のマリーデルがあんな無表情女と両思い……」

 

 こっちはこっちで腹黒童顔が何か言ってるし! ああもう収集つかねぇですねどうするんですかこれ!!

 

 

 

 混乱を極める室内。その中で一人、楚々とフォートくんへ近づく者がいた。

 

 

 

「ところでフォートくん。きみ、うちの子になりませんか?」

「!?」

 

 それが聞こえた途端、再び室内が鎮まりかえり……爆発するようにうるさくなった。

 

「ああーーーー!! 先生、ずるいっスよ!! どさくさに紛れて!!」

「フォートくん、先生の元も良いだろうがもっと選択肢はあると思うのだよ! そう、例えばこの僕! 是非わが家へ養子に来てくれたまえ! 歓迎しよう!」

「だめ。フォートは……ぼくの弟に、なるべき」

「待て待て待て。子だの養子だのは面倒だろう? 重いだろう? 俺が適度に距離を保った上で後見人となってやろうではないか。その方がお前も気が楽なはず」

「貴方にはとても任せられませんね。ここは僕が……」

「ダーメ!! フォートはうちの子になるんだヨ!」

「そうそう。ね、フォート。僕らと兄弟になろうよ! 絶対楽しいって!」

 

 

 う、うるさ……っ!!

 

 個性の塊どもが無駄にいい声でギャンギャン言い合ってるの普通に煩い。ついでに髪の毛がカラフルなものだから目に痛い! 

 この部屋の情報量さっきから多いんですよ。もうちょっと減らしてほしい。

 

 

 

 ……それにしても、これってどういうことなの。

 さっきから養子だの兄弟だの後見人だの。

 

 

 

 

「あの。今の話って……」

 

 渦中の人物でありながら喧騒にのまれて置いていかれているフォートくん。

 呆然とする彼を前に、アルメラルダ様が大きく咳払いをした。するとざわついていた室内が三度目の静寂を取り戻す。

 ……これもいつ破れるかわからないですが。

 

「マリーデル。いいえ、フォート・アリスティ」

 

 アルメラルダ様はフォートくんをエメラルド色の瞳で見つめると、すいっと片手を持ち上げてこの場に居ない第二王子を除く十一人の攻略対象……もとい、星啓の魔女の補佐官候補である男性たちを示した。

 

 

「彼らは貴方の後見人を申し出ていますわ。形はそれぞれだけれどね」

「なん……っ」

 

 その内容にフォートくんの動揺は大きくなる。ちなみに私も絶賛置いていかれ中だ。さっぱりわけが分からん。

 

「なんで、そんな。僕なんかの後見人になったところで、いい事なんて……ひとつも……」

「それがあるんだよネ~!」

「ね! だよね、アルメラルダ」

「肝心な事を言わなきゃだめだよォ」

「そうそう」

 

 双子の軽快なやり取りに促され、アルメラルダ様は深く溜息をつき……渋々といったふうに、驚くべきことを口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フォート・アリスティ。貴方をわたくしの……次代星啓の魔女たるアルメラルダ・ミシア・エレクトリアの補佐官として任命します。これは決定事項でしてよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

「…………」

 

 そのあまりに予想外の内容に、私もフォートくんも面食らったまま硬直した。

 い、今。アルメラルダ様……何て言った!?

 

 星啓の魔女とその補佐官。

 それはゲームにおいては攻略キャラと関係性を築いていくための単なる前提条件にすぎないが、実際その役割はひどく重要だ。

 補佐官を伴侶とする必要はないが、ある意味一生を預ける星啓の魔女の仕事仲間である。

 

 その役目を今、アルメラルダ様はフォートくんに命じたのだ。

 

 

「アルメラルダの力はすでに他の誰と競うまでもなく、星啓の魔女として仕上がっている。……その精神もまた、輝かしく力強いものだ。それはあの場に居た全ての者が認めるところだろう。未熟なところも多いが、それ以上に冥王と対峙しても微塵も臆することなく立ち向かったその姿はこの国の先を預けるに足るものだった。だからフォート。これから君の姉を国外から呼び戻し、アルメラルダと競わせるつもりはない。……これについて、君はどう思う?」

「それは……。正直、ほっとしています。姉は元々強かですし、アラタが整えてくれた環境なら自分の力で幸せになれるでしょう。星啓の魔女になれる可能性は栄誉なのかもしれませんが、それが姉に必要だとは思えません」

「そうか。ならばそれについての話は終わりにしよう。……いずれ本物のマリーデルに会ってみたくはあるがな」

「……!」

 

 第一王子の言葉に息をのむフォートくん。それを見た第一王子が「悪い悪い」と眉尻を下げて謝罪した。

 

「まあ、そう深刻に受け取らないでくれ。……本当に君は、姉の事が好きなんだな。ともかくだ。そういうわけで、アルメラルダが星啓の魔女となることは確定。……そして。そのアルメラルダに相応しい補佐官は、彼女とこれまで対等に渡り合ってきた君以上に相応しい者はいないだろう。これは我々満場一致の意見だ」

「だけど、僕は」

 

 はいそうですか、と納得できる規模の話ではない。フォートくんが戸惑うのは無理もないし、私も話についていけていない。

 というかこんな話が出るあたり、皆様はもう私たちの前世の記憶だのゲームだのフォートくんが男だのって理由は受け止めたってこと?

 順応力高いな!

 

 しかし置いてけぼりの私たちの事など気にせずに、第一王子はつらつらと述べる。

 

「そもそもだ。優秀さに加えて、いざとなれば君は特異魔法で一時的にでも星啓の魔女と同じ力を発揮できるのだろう? そんな者をみすみす逃しては歴代一の愚かな王だと笑われてしまう。……フォート。君は、次期国王と次期星啓の魔女二人からのスカウトを断るというのか?」

 

 それは実質脅しなのでは。そう思うも、第一王子の言い方はどこか茶目っ気を含んでいる。

 アルメラルダ様は言うだけ言って満足したのか「ふふん」と得意げに胸を張ってフォートくんの様子を見守っていたが……。

 

「アルメラルダさん、最初は自分の弟にするって言っていたんですよ~」

「先生!? それは、ちょっと口を滑らせただけで……!」

 

 灰色髪教諭の言葉に途端に慌てだしたアルメラルダ様。

 ……弟!?

 確かにどんなに優れていようとフォートくんには後ろ盾が必要となってくるだろうけど、まさか身内にまで受け入れるつもりなんて……!

 

「だって、そうなればファレリアとその子が結婚したら、わたくしとファレリアは姉妹に……」

 

 ……?

 なにか今、ものすごく小さな声でアルメラルダ様が何かを言っていたような。

 

 

「ああ。だがさすがにそれはエレクトリア公爵家に力が偏り過ぎるからな。他に後見人となる意思のある者はいるか、と問うたらほぼ全員が手を上げた、というわけだ」

 

 焦った様子を見せるアルメラルダ様を気にせず第一王子がそんな捕捉をする。

 するとオレンジ髪の不良もどきが口を開いた。

 

「……言っておくけど、俺はパワーバランスだとかどうのこうのって理由で手を上げたわけじゃねぇからな。ただそいつの才能が埋もれるのがもったいないと思っただけだ。一年でこれなら、この先もっと伸びるだろ。身分が無いだけで去らなきゃいけねぇのは馬鹿みてぇだ」

 

 次にぼそっと話したのはピンク髪の不思議くん。

 

「ボクは……マリーデルになにか、してあげたくて。これまでたくさん、助けてもらったから。……きみはファレリアが好きなんでしょ? だったら、後ろ盾はひつよう」

「ぼんやりしてるかと思ったら、急にまともなこと言うよなぁお前。ま、俺も似たような口だ。特に両思いだなんて聞いちゃな。本気の恋を前に身分だなんだは野暮だしわずらわしいだろうが、その子と結ばれたいっていうなら必要な事だよ。誰でもいいから、甘えとけ。こっちにも利益がある話だし気にすることもない」

 

 ニヤニヤ笑みを浮かべる生徒会長。

 それらを皮切りに次々とフォートくんの後見人となりたい理由を述べていく補佐官候補達。

 

 ……それは一見第一王子が言っていた「取り合い」に見える。

 でもそのどれもに、「フォートの力になりたい」という気持ちが存在した。

 

 

 

 

 私もその気持ち、わかるな。

 そう考えて思い出すのはマリーデルちゃんを演じつつ、私への仕打ちが許せなくて助けてくれたフォートくんとの最初の出会い。

 私もあれがきっかけで、彼らを……彼のことを手伝いたい、力になりたいと思ったのだ。

 

 

 

 

 どんなにフォートくんが「マリーデル」を演じて、アラタさんに聞いた詳細をもとに「イベント管理」を行ったとしても相手は生身の人間。

 心労でいつもへとへとになるくらい、彼なりに補佐官候補達と真剣に向き合ってきたのだと思う。本人は斜に構えてそんなこと無いような、一線引いたようなふりをしていたけれど。

 以前補佐官候補達を「いい奴ら」って称していた時点で、一線なんて引けていない。

 

 

 

 フォートくんがこれまで築き上げてきた努力と彼の人柄が、今の状態を引き寄せた。

 

 

 

 私がこう考えるのもちょっと変だけれど、なんだか誇らしい気持ちである。

 ただし善意と好意が多い中でも特別教諭は除く。あいつは絶対に自分の興味本位。

 

 

 

 

 

「今まで騙してたのに、なんで、そんな」

 

 本人としては未だ理解できず戸惑っていたようだけど、アラタさんといい本当に自己評価低いな。もっと自信もっていいのに。

 

「さっきから「なんで」ばっかりだね。そんなの、みんな君の事が好きだからに決まってるだろ? 僕は失恋したけど。……いや、もういっそ男でも……」

「おいおい、おやめよ。先ほど素晴らしい愛の劇場を見たばかりじゃあないか!」

「ちぃッ!!」

 

 腹黒童顔が何やら本質を突いたっぽい発言をしたと思ったらすかさず不穏な事を言い出した。すぐに演劇部のナルシストに突っ込まれて呻いていたけど。

 

 ところでマジで皆様何処から見てたんですか……!? 場合によっては爆発四散しますけど……!?

 

 

 

「でも! そんな、都合のいい……! いたっ」

 

 戸惑うフォートくんの頭をぴしゃりとアルメラルダ様の扇が打った。

 

「あら。元の生活に戻っていた方がマシだったと思えるくらい、働いてもらうつもりなのだけれど。いつまで都合が良い、だなんて言って居られるのか見ものだわ」

「……それ、もう確定事項として言ってない?」

「だから、そう言ったばかりよ。これまで騙して申し訳ないだのと思うなら、その一生を馬車馬のように捧げるのね!」

 

 さっきからこんな場所で話していい内容では無くない? ということを考えつつ聞いていたものの、ふと思い至る。

 

 

「あの。……もしかして、フォートくんは学園を去らなくてもよくなった……と?」

 

 

 これまでの話を総合すれば簡単に出てくるはずの答えに、今さらながらたどり着いた。

 それを聞いたフォートくんもまた、ようやくはっとした顔になる。

 

 顔を見合わせて間抜け面を晒す私たちを、アルメラルダ様が間に入ってぐいぐいと引きはなした。

 

「当然でしょう! わたくしの補佐官となるのですから、これまで以上に多くを学んでもらわねば。明日からの魔法訓練には貴方もアラタと一緒に参加でしてよ!」

「俺への訓練も継続なんですか!?」

 

 青くなって硬直したままだったアラタさんが再起動して叫んだ。

 

「? 当たり前でしょう。というか貴方、第二王子があのような状態では職にあぶれてしまうのではなくて。だからこれからも、わたくしの護衛をなさい」

 

 思いがけず自分の今後まで決まってしまい目を白黒させているアラタさん。私とフォートくんも人の事は言えないんですけどね。

 

「……ともかく、明日から覚悟する事ね! フォート・アリスティ!!」

 

 これでもかと悪辣な顔をしておきながら、彼女の紡ぐ言葉はどこまでも「未来」を思い描いている。

 そしてその中には当然のようにフォート君が居て……。

 

 

 

 諦めたくないと思った。

 だけどこれまで怠惰に生きてきて、いざ望むことが出来てもそれを叶える手段を持ち合わせていなかった私。

 その私の前に未来(さき)を示してくれたアルメラルダ様。

 

 その姿に憧憬と……愛しさを覚える。

 

 

 

 

「今のままでは、ファレリアを任せられませんわ!」

 

 心に鮮烈で穏やかな春風が舞い込んだような気がした。

 

 

 

 

「アルメラルダ、それって……」

「きいぃ! だから呼び捨てにするのではないですわ! 昨日から無礼でしてよ貴方! ……それに、勘違いしないことね! わたくしが認めるまで、交際など認めませんからね! ああもう、先走ってはしたないったらないですわ! あんな、その……もう!」

 

 アルメラルダ様、今なにを思い出して赤面しているか後で詳しく教えてもらっても!? 本当に何処から見ていました!? ねぇ!!

 

 ……これはいったん置いておこう。

 

 

 つまり今のアルメラルダ様の発言。裏を返せば認められさえすれば、私とフォートくんがこれからも一緒に過ごしていくことを認めてくれるということ。許してくれるということ。

 

 

 

 

 

 

 

 

『あなたに相応しい男であるとわたくしが認めない限り、交際など認めませんわ!!』

 

 

 

 

 

 そう言われて「これどうすっかな」と天を仰いだ日が遠い昔に思える。たった一年前の出来事だ。

 しかし昔と今ではそれを言われて抱いた気持ちは、まったく別物で。

 

 

 

 

 私は我慢しきれなくなって、アルメラルダ様とフォートくんの二人に抱き着いた。

 

「わぷっ、ファレリア!?」

「わっ! ファレリア……!?」

 

 そんな私を見てアルメラルダ様とフォートくんは顔を見合わせ……まるで犬でも撫でるみたいに私の頭をくしゃくしゃにする。

 

「まったく、仕方のない子ね」

「僕が感動するタイミング、なくなっちゃうだろ」

「へへ……」

 

 呆れられながらも二人の言葉が心地よくて、笑ってしまった。

 

 その後しばらく二人に撫でられて(頭は鳥の巣みたいになった)満足して離れると、アルメラルダ様はその気高い美貌と煌めくような瞳を私に向けて告げた。

 

 

 

 

「もちろん、ファレリア! 貴女も更に研鑽し自分を磨きますのよ!」

 

 この少しの間に彼女が何を見て、何を考えてこの結論に至ったのか。まだその全てを私は聞いていない。

 だけど力強く私へそう命令したあと、少し拗ねたように視線を伏せ口を尖らせたアルメラルダ様。その様子がたまらなく愛しい。

 

「……言っておきますけどね。それはフォートのためでなく……わたくしの隣に相応しいように、ですわよ」

 

 ああ、まったく。この方は、なんて。

 

 少し遠慮がちに差し出された手に自分の手を重ねる。

 

 

 

 

 きっとこれからゲームなんて目じゃないほどの、慌ただしく未知の人生が待っているんだろう。

 "井の中の蛙大海を知る"。そんな諺が私の前世に存在したが、今まさにそんな気分。これからも想定外のことばかりではなかろうか。

 井戸の中から見上げることが出来たはずの空の蒼さだって、ついさっきまで知らなかったんだから。

 

 彼と彼女。二人の隣に居続けるのは、おそらくとっても大変だ。

 

 だけど私の幸せを願ってくれて、私もまた幸せになってほしいと願う相手がすぐそばに居るのなら。それがどんなハードモードであったとしても、次に訪れる最後は笑って迎えられるのではないかしら。

 

 

 

 

 ぬくぬく狭い世界に引きこもるのは潮時。

 私はエメラルドグリーンの大海を知り、青い空を見上げてしまった。

 

 今はちっぽけなカエルでも、せいぜい広大な海に溺れながら何処までも続く空に手を伸ばそうじゃないか。

 

 

 

 ……だから。

 

 

 

 薔薇が咲き誇るような笑顔を前に、私もまた……心からの笑顔を浮かべた。

 

 

 

 

 

「ええ。おおせのままに、アルメラルダ様。私は一生、あなたのそばにおりますわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【悪役令嬢に好かれたばかりに自分の恋愛がハードモードになった取り巻きのお話】

第十二話 人生はいつだってhardmode~井の中の蛙、大海を知り空をも目指す

 

【完】  

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 




ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました!

以下、おまけ

アルメラルダイメージ図

【挿絵表示】


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こぼれ話まとめ

一個あたり1000~2000文字くらいの連載期間に入りきらなかったこぼれ話のまとめです。
登場キャラや時系列などは冒頭のお品書きにてご確認ください。


小話お品書き

 

◆【白亜の魔法使い】(特別教諭視点)※時系列:七話付近

◆【学園祭の裏側で】(双子視点)※時系列:九話ダイジェストの本編裏側こぼれ話①

◆【ダンスフロアの裏側で】(アラタ視点)※時系列:九話ダイジェストの本編裏側こぼれ話②

◆【小旅行の裏側で】(不良もどきと優等生視点)※時系列:九話ダイジェストの本編裏側こぼれ話③

◆【職員室の裏側で】(教師コンビ視点)※時系列:九話ダイジェストの本編裏側こぼれ話④

◆【生徒会の裏側で】(生徒会長視点)※時系列:九話ダイジェストの本編裏側こぼれ話⑤

◆【演者たちの裏側で】(青髪童顔、演劇部ナルシスト視点)※時系列:九話ダイジェストの本編裏側こぼれ話⑥

◆【茶会場の裏側で】(第一王子、第二王子視点)※時系列:九話ダイジェストの本編裏側こぼれ話⑦

◆【ハッピーエンドのそのあとで①】(フォートとアルメラルダ)※時系列:本編後のおまけ話

◆【ハッピーエンドのそのあとで②】(ファレリアとアラタ)※時系列:本編後のおまけ話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【白亜の魔法使い】(特別教諭視点)※時系列:七話付近

 

 

 

 研究塔の特別教諭。

 そう呼ばれている男はかつて、現在所属している国の敵国から呪術工作員として送り込まれた間者だった。

 

 目的はこの国の守りと豊かさを盤石のものとしている星啓の魔女を倒す事。

 そのためにまず行ったのは強力な呪いの依り代を見つけ、調整を加えながら育てる事だったが……。

 

 

 

 

 思いがけず、それは彼の人生において大きな分岐点となる。

 

 

 

 

 白亜の魔法使い。そう呼ばれる存在が居る。

 

 彼なのか彼女なのかも分からない。ただ奇跡の様にその功績だけが、ほとんどそれが()の魔法使いのものであると知られること無く世界のあらゆる場所に散らばっている。

 気づいた者達だけがその存在を信仰するがごとく崇め、呼び名をつけた。

 

 男が魔法使いを目指した最初のきっかけは、白亜の魔法使いの軌跡を全て辿り……いつか会ってみたいという純粋なものだった。

 しかし男の祖国では単純な好奇心や憧れだけでは魔法を学べない。学べばその末に必ず"義務"がついてまわる。

 

 魔法を学んだものはもれなく国のため軍人となるのだ。

 学習機関や知識者は全て国が握っており、無断で魔法を教えようものなら強く罰せられ閉じ込められる。

 そういう国だ。

 

 しかし溢れる好奇心と憧れを押さえきれなかった男は迷いなくその世界に足を踏み入れた。

 魔法と共に"それ以外"も学び、純粋だったがゆえに新しい色に容易く染まってしまった彼は実力を見込まれ、重要任務の工作員として重宝されるようになった。敵国への単騎潜入はその集大成といって良いだろう。

 

 ……その国で幼いころに憧れた「白亜の魔法使い」に導かれたという少女に出会う事となるとは、まったくの予想外だったのだが。

 

 

 

 うまく敵国にもぐりこんだ後は、我ながら出来すぎなほどにスムーズに依り代となる子供を見つけた。更には言葉の巧みさに加えて微量の薬や幻惑魔法で彼女の両親に取り入ることに成功した時点で、作戦は半ば成功したようなもの。

 あとは肝心の子供。不気味な赤い目をした呪いの依り代としては極上の素材を言いくるめ、数年かけて完璧な器へと育て上げるだけである。

 

 古来より不吉なものとして扱われている変赤眼(へんせきがん)。それを持ちながらも普通の子供の様に育っていた子供に対し、最初は周囲の愛情だけがその要因だと考えていた。

 だからこそ、それを奪えば容易く崩れて己の手の内に落ちてくるだろうと甘く見ていたのだ。

 

 しかし子供は男が彼女の両親や使用人が彼女を排斥するような目で見るように仕向けても、いっさいくじけず……あろうことか単身で男に食って掛かってきたのである。

 普段を見ている限りぼ~っとしている頭の弱い子供に思えていたが、男に向ける敵意と豊富な罵倒の語彙力は実に苛烈。

 

 加えて、この眼は恐れるような物ではないと篭絡したはずの両親や使用人に向かって演説を始めて見せたのだ。

 だがその内容には男すらも強く興味を引かれた。

 

 

(それがあの魔法使いの功績だと、何故お前のような子供が知っている!?)

 

 

 容易く手玉にとれると思っていた呪いの依り代とするべく選んだ幼い少女。

 しかし彼女はその特異な目について、白亜の魔法使いに導かれたというではないか。

 それをもってして、この自分に反論している。己の呪われた目をものともしないで食いついてきている。

 

 滔々と白亜の魔法使いとの出会いに加えてその功績をまるで見て来たかのように語る少女を前に、男はかつて抱いた好奇心と憧れが心に蘇ってくるのを感じた。

 

 話がでっち上げの作り話である可能性も考えたが……。

 この幼子にそれだけの話をする胆力があるという事実こそが、彼女の話が真実である証明ではないのか。

 

 

 

 いくつか問答を繰り返した後、男は彼女の話を真実だと結論付けた。

 

 

 

 伯爵夫妻すら惑わした男の言葉を最後まで一切受け付けず、強く言い返してきた少女の姿。

 それもまた白亜の魔法使いが残した功績のひとつなのだと考えれば、納得だった。

 

 

(白亜の魔法使いは、この国に居る!)

 

 

 そう確信してからの行動は早かった。

 

 まずお国柄とはいえ純粋な魔導の探求から外れ、幼子を犠牲にしようとしていた自身を恥じて担った任務を全て投げ出した。どうせ家族も友人もいないし、築いた地位にも興味はない。生まれた国だからと惰性で住み着いていただけで、祖国を裏切ったところで失うものは何もないのである。

 

 

 男は意気揚々と祖国の重要機密もろもろを手土産に、潜入していた国の王族に取り入った。

 

 

 普通なら土産があろうと無罪とはいかなかっただろう。だが男自身の狡猾さと、取引を受けた王族の寛容性をもって……実力を買われ、研究塔の特別教諭として魔法学園で教鞭をとることと相成ったのが現在だ。

 もともと今代の星啓の魔女候補を観察するために潜入しようと考えてはいたが、まさか本当の意味で教師となるとは夢にも思わなかった男である。

 だがこれ幸いとばかりに、歪んだ自覚のある性格を直しつつ少女を道具にしようとした贖罪も兼ねて授業は真面目に行った。

 

 

 その数年後に件の少女が入学してきた時はさすがに驚いたが。

 

 

 少女は見事としか言いようがないほどに、自身の眼に宿る呪いの病を克服していた。

 それは少女が行っていた奇妙な動きに加え、星啓の魔女の資質を持つ友人が居たからだろう。

 魔力を風に混じる遠方の香りのように察する事が出来る男にとって、その察知は容易だった。

 

(偶然か。それとも必然か)

 

 授業で教えることもあったが、あの無表情だ。対面してみたものの、こちらの正体に気づいているのかいないかもわからない。

 ともかく二人きりで対面するような場面は避け、必要以上に接して自分の正体を察せられても面倒だと距離を保って過ごした。

 

 

 

 

 

 そんな日々が続く中。

 ある時、少女の周りに不穏な魔力の気配が渦巻いていることに気がつく。それは無視できないほどの歪んだ悪意に濡れていた。

 

 迷った末にこれもある意味過去の清算だと、男は少女に警告することを決めた。

 

 話しの途中で男の正体に気付いたことに関しては、背後に控えているスポンサーが強い事もあって(何しろ王族だ)心底狼狽したわけではなかった。騒がれても面倒なため念入りに口止めはしておいたが。

 

 だがせっかく忠告してやったというのに、その表情はこちらを心底疑っている顔で憎らしい。さっさと話が終わらないかな、という空気感もにじみ出ていた。

 男は「マリーデルとは大違いだな」と最近よく会いに来る少女と比較して舌打ちしたい気持ちになりつつ、我ながら丁寧に説明してやったなと自画自賛する。

 あまりに小憎たらしかったので軽く脅してやったらさすがに顔を青くしており、それに関しては非常に愉快だった。

 

 

 …………その場面をマリーデルに見られ、あげく幻滅されるというのは予想外だったが。

 

 

「くそっ、本当に親切心など出すのではなかったか……! らしくないことをすると裏目に出る!」

 

 昨日の事についてどう釈明しよう。そう必死で言い訳を考える程度には、星啓の魔女候補の一人であるマリーデル・アリスティは好ましい。

 頭の回転が速く会話していてストレスを感じないし、自分の研究に深い興味を示している点が特に良い。更には自分ですら思いつかなかったアイデアでさえ提供してくる時があるのだ。

 その相手の好感度が憎たらしい小娘のせいで地に落ちた。まったく忌々しい。

 

 ちなみにだが、男には自業自得といったような考えは持ち合わせていない。

 

 

「ファレリア・ガランドール、この貸しは高く取り立てさせてもらうぞ。なに、心配ない。貴様はただ俺に観察されていればいいだけなのだから。くくくくく」

 

 

 怪しい笑い声を立てながらぶつぶつ呟いている特別教諭を通りがかりの生徒たちが綺麗に避けていく。この手の人間には関わらない事こそ一番であると理解しているのだ。

 研究塔には非常に優秀な人材しか集められていないためその主である男とは本来ならコネクションを作りたいところだが、それでも避ける程度には男は変わり者扱いされている。

 

 

「しかし、そうだな。観察している間に、あの小娘に白亜の魔法使いが会いに来たりしないだろうか。ああ、会いたいなぁ……」

 

 

 そんな怪しげな男にも一応純粋な部分は残されているのだが、そもそも件の話がまったくの嘘っぱちでよくできた作り話であると知るのは……実に三十年の後である。

 

 三十年後、男は無事に白亜の魔法使いに会う事は叶うのだが。

 少女について話したところ「え、なにそれ知らん。こわ……」と述べられてしまい、「ファレリア・ガランドール貴様ぁぁぁぁぁぁ!!」と大絶叫する事となるのは、また別のお話。

 

 

 

 

 

 

 

+++++

 

 

 

 

 

 

 

【学園祭の裏側で】(双子視点)※時系列:九話ダイジェストの本編裏側こぼれ話①

 

 

 

 笑顔とは最も高級で、最も安価な装飾品である。

 

 それがあるか無いかだけで円滑な交流が出来るか、という点において大きな差を生む。

 人と人を結ぶ手段の一つであり、入り口。

 

 だからこそ。

 

「ファレリア・ガランドールと申します」

 

 名乗られた時のまったくの無表情に、彼らはその令嬢を「関わる必要のないもの」としてカテゴライズした。

 もちろんそんなことはおくびにも出さず、張り付けた笑顔(装飾品)で綺麗に隠して見せたのだが。

 

「あの子、ダメだネ」

「ねー。マリーデルはなんであの子を気に掛けるのかナ」

「アルメラルダもね。いつもそばに置いているけど」

 

 そうやって嘲笑う笑顔は同じ顔。

 彼らは双子だった。

 

 

 

 星啓の魔女という、この国において非常に重要な役割を持つ存在。それが自分たちが魔法学園に在籍している間に二人も現れるとは思わず、彼らの興味を引いた。

 自分たちが二人とも星啓の魔女の補佐官候補と目されていることも要因のひとつである。

 

 一方はマリーデル・アリスティに。

 一方はアルメラルダ・ミシア・エレクトリアに。

 

 それぞれ別の人間に興味を持ったのは当然で、彼らは見た目こそ似ているが趣味はほぼ真逆だったのだ。

 

 だが見た目だけで惑わされる人間の、なんと多い事か。

 よくよく観察すればわかるだろうに、顔がそっくりだからと無意識下で同一に扱ってくる。兄が好きなものなら弟も好きで、弟が好きなものなら兄も好きだろうと。

 

 しかし彼らはそれについて煩わしいとは思わなかった。

 観察力に乏しい人間が勝手にふるいにかけられるのだから、わざわざ「二人で一人」と思わせる演出を自らしているくらいだ。それを見抜いた者だけが自分たちと関わる資格を得る。

 家柄が良く人当たりも見目も良いとなれば寄ってくる人間は多いが、それ全てを相手にしているほど暇ではないのだ。

 

 

 

 合理的かつ傲慢。

 それが彼らだった。

 

 

 

 そんな双子にとって、星啓の魔女候補である二名は群を抜いて高評価。

 

 マリーデルは穏やかで明るく素直な心根ながら、聡明で芯が通っている。

 アルメラルダは矜持が高くも勤勉で、家柄だけに頼らないその強さは魅力的だ。

 

 違った魅力を持つ二人の少女だが、なにより彼女らは双子を一度も間違えて呼んだことはない。接する時も混同することはなく、個々として扱ってくる。

 

 だからこそ彼らは自分たちが関わる価値のある相手として、星啓の魔女候補に好意的なアプローチを開始したのだが……彼女たちの間には、何やら無表情でふてぶてしく鎮座している小娘が一人居座っていた。

 

 前々からアルメラルダの取り巻きをしていたが、最近になってマリーデルまでもが気にかけ始めた少女の名はファレリア・ガランドール。

 

 ここ最近など彼女らは常に行動を共にしているものだから、その中でお互いに名乗り合ったりなどしたのだが…………ファレリアの無表情っぷりは噂の通り。挨拶の時にピクリとも笑わない。

 いや、かすかに笑いはした。……かもしれない。

 だがその笑みは体温に触れてすぐに溶け消えてしまう雪の結晶のごとくかすかなもので、双子としては不合格だ。

 何故か妙に一部から評価を得ているようだが、双子から見たらそれは過大評価というもので。

 

 だからこそマリーデルやアルメラルダに話しかける時も、最初の挨拶以来は居ないもの同然に扱っていたのだが……。

 

 

 

 

「ファレリアはわたくしと行くのです!」

「いいえ、私とです! 先に私が声をかけましたもん!」

「声をかけた? 馬鹿をおっしゃい。ファレリアにおける全ての事はわたくしが先約済みですわ」

「ずるい! そんなのずるです!」

「ず、ずる!?」

「そうですよ! ……で? ファレリア。どっちと行く」

「おいおいモテモテですね私」

「「ふざけていないで選べ」」

「ここで声揃えられること、ある?」

 

 目の前ではたった今自分たちが「今宵のパーティーでダンスに誘いたい相手」として手を取った少女らが、白金の髪を持つ女生徒を挟んで睨み合っていた。

 

 現在行われているのは学園祭の中の催しで、くじ引きしたカードに書いてある目当ての物、もしくは者を手にゴールするというシンプルな競技である。

 

 仲良く同一の内容を引き当てた双子は、しかしそれぞれ相手が違うため落ち着いて目当ての人物を誘いに赴いた。

 だがその先では「親友」と書かれたカードをそれぞれ皺になるほど握りしめながら、マリーデルとアルメラルダがファレリアの腕を左右からつかみ両者譲らない構えとなっていた。

 

 声をかければ「一緒に行くのは構わないがこの子を連れてから」という内容が異口同音に。

 有無を言わせぬ迫力に「はい」と頷いたまではよいが、単純に身体能力面でリードを稼いでいたはずがお題カードがある故の「待て」に、他参加者たちとの差はとうになくなっていた。

 

 

 このままではらちがあかないと、双子兄が提案をする。

 

 

「ねえ、そしたら彼女を真ん中にして左右から手を繋いでさ。ゴールすれば、よくない?」

「は?」

「は?」

「スミマセン」

 

 思わず謝って引き下がろうとした兄を弟が肘で小突く。だが「無理。あの目で凄まれたら心折れる。アルメラルダだけならともかくマリーデルにまで睨まれた」としょぼくれる兄。

 実は双子兄、弟よりメンタルが弱い。

 

 しかたがないので強かな双子弟が説得し、なんとか二人に提案を受け入れてもらい……五人そろってのゴールという、奇妙な結果となった。

 ちなみにこの結果は前代未聞らしい。

 

 

 

 

 そしてゴールの際、間に挟まれていたファレリアだったのだが。

 

 

 

 

「仲良くゴール! みたいに周りが盛り上がってますけど私だけなんの成果も得られていないんですよ!! 私の意見も聞けってんです! みんなちょっと身長が私より高いからって人を引きずるみたいにぃッ!!」

 

 その無表情っぷりからは思いもよらぬ声の張りと力強さで、お題の書かれたカードを地面にたたきつけていた。

 見ればその内容は「好きな人」となかなかチャレンジャーな内容だったが、この様子を見るにその相手の下へ行く気満々であったらしい。

 

「あら、意外ね。あなた競技にそこまで熱心だったの?」

「そういうわけではありませんけど、あんな風にゴールしておきながら一人だけ敗者なの恥ずかしすぎません?」

「まあまあ。ファレリアはだいたいいつも恥ずかしい事になってるから、今さらだよ」

「フォ、マリーデルちゃんなんで今そんな追い打ちかけたんですか? ねえ。そりゃアルメラルダ様が拷問まがいの訓練仕掛けてくるからいつも見た目が恥ずかしい事になっているのは否定はできませんけどそれは私のせいではないんですよ!」

「まあ! 人の好意をあなたという子は……!」

「ぅぎゃああああ。また藪蛇った」

 

 双子をそっちのけに目の前で行われる賑やかなやり取り。

 いつも接しに行く時はだいたいマリーデルとアルメラルダが賑やかな中で一人黙っている事が多いように感じていたが、発する言葉は二人に負けないほど存在感がある。

 

 そして。

 

「ああ、もう。いいですいいです。所詮私はそんなポジですよ。……まったく、仕方のない人たちですねぇ~」

 

((あ、笑った))

 

 眉尻を下げた「やれやれ」感のあるものだったが、確かに笑った。

 

 そういえば一年前に行われた決闘でも、マリーデルに勝った彼女は全身で喜びを表していたなと今さらながら思い出す。

 

 

 

「ねえ。これは推測なんだけど、僕らもしかして結構面白い人を見落としていた?」

「かもねぇ。でもそれは不愛想な彼女が悪いヨ」

「これは責任をとってもっと面白いところを見せてもらわなきゃかなァ」

「うんうん。ちょっとあの無表情、僕らでも崩してみたいよねェ」

 

 

 

 勝手に無視して勝手に興味を持って。

 

 ファレリアが知れば随分身勝手に感じる思考パターンを経て、彼らのその後は積極的に彼女にも関わるようになっていった。もちろんそこにはファレリア個人への興味よりも「気になる女の子と仲が良い」友人と仲良くなって損はない、という打算も含まれているのだが。

 

 そしていざ関わってみると、自分達への扱いがだいぶ雑だった。というより、構いすぎて雑になられたといった方が正しい。

 

 呼び方など最初は名前に様付けで丁寧に呼んでいたものが、今や「双子その一」と「双子その二」である。これだけでも酷いが、もっとひどいと「その一」「その二」まで略される。

 そんな扱いだというのに、何気にこの女も双子を間違えることなく認識している。よくチラチラ髪色を見ているので微妙に違う色で認識しているかと思ったので、試しに髪を染めて色を入れ替えてみてもその時にはすでに感覚で覚えていたのか一発で言い当てられた。

 

 

 

 

 今日も今日とて。

 

 

 

 

「ハロハロハロ~。ファレちゃんげんき~?」

「ワーォ、今日も見事に無表情! たまには僕らにも笑顔を見せてほしいな~」

「あ、その一とその二」

「双子、まで省略するのやめない? せめて双子その一、って言ってよ! 相変わらず容赦ないネ」

「まあ思ってたより愉快な人で、ボクらは楽しいけどサ」

 

 略されるお返しとばかりに馴れ馴れしい呼び方をしてみるも、特に気にする風でもなく返されるので最近は「その一」と「その二」もあだ名の一種と思えてきている。

 

 

 

 

 

 自分たちが抱えていた問題に光を示してくれた優しいマリーデルや、ある種の憧憬さえ覚える力強いアルメラルダ。

 

 そんな二人に向ける感情とは違うものの……気安く話せるという点では、なかなかに貴重な人材だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これは学園祭からはじまった、一つの関係における裏側のお話。

 

 

 

 

 

 

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【ダンスフロアの裏側で】(アラタ視点)※時系列:九話ダイジェストの本編裏側こぼれ話②

 

 

 

 

 

 秋。学園祭が近づいてきたことで学園の中がにわかに浮足立ってきた頃。

 

 攻略対象達との好感度管理においては、学園祭という大きな行事はイベント管理の中でも重要だ。

 そのため今日も今日とて打ち合わせをするために、隔離結界を使い密会場所を設けたアラタだったのだが……。

 

 

「アラタ……あのさ。ちょっとお願いが……その。あるん、だけど」

「お願い? 珍しいな。お前がそんな事を言うなんて。いいぞ! なんでも言ってみろ」

 

 この少年……フォート・アリスティには、マリーデル(主人公)を演じながら貴族の学園に通い、その上で一癖も二癖もある攻略対象達相手に平等に好感度を上げる。そんな無茶を頼んでいるのだ。

 もし何か望むことがあるのなら、報酬としてではなく純粋な労いという意味でアラタはそれを叶えてやりたいと思っている。普段は何も望まず、こちらの要望に応えてくれる勤勉な彼だからこそ、なおさらだ。

 

 我慢強い上に何気にプライドも高く滅多に頼ってこないフォート。

 さてどんなお願いだ!? と、アラタは内心上がったテンションを隠しながらその内容を待つ。

 ちなみに今日、ファレリアは密会場所にいない。もしかすると彼女の前では頼みづらい男としてのなにか、がお願いだろうか。

 

「え……と」

「ん?」

 

 珍しく歯切れが悪い。そんなに言いにくいお願いなのかと首をかしげる。

 

(任せろ! お兄さんはなんでも聞いてやるぞ!)

 

 お願いされる側の方が期待のこもった眼差しを送っている事にアラタは気づいていない。フォートはそれに対しお願いの内容が内容でもあるため、妙なむずがゆさを感じるも……こちらが言い出したことなのだからと、ようやく口を開いた。

 

 

 

「……ダンスを教えてほしい。男性パートの」

「!!!!!!」

 

 

 

 

 

 その瞬間、アラタの脳裏を電撃が走る。

 

 "時期""イベント""年末パーティ"……それらが一瞬で繋がり、ひとつの"解"を導き出した。

 

 

 

 

 

「ああ! もちろんいいとも!」

 

 食い気味の勢いで快諾したアラタだったが、自分で頼んできたくせにフォートは訝し気に目を細める。

 

「なんで、とか。聞かないの?」

(分からんはずがないだろう!!)

 

 ぐっと拳を握る。

 

 今現在……自分は推しカプの背中を押せる立場に居るのだ!

 そうアラタは理解していた。

 

 なんでも何もない。フォートが男性パートのダンスを覚えて誘いたい相手など、一人しかいないではないか。そのタイミングがあるかどうかは別として。

 そもそもアラタに宣戦布告して、自分が例の少女を好いているのだとカミングアウトしてきたのはフォート自身である。

 

(落ち着け……! ここで浮ついた気持ちをこぼせばフォートが頼みにくくなる!)

 

 猛るカプ厨の気持ちを押さえながら、アラタは落ち着いた声色を意識して答えた。

 

「……誰を誘いたいのか見当はついている。俺はな、これでもお前を応援しているんだ」

「……そう。……叶わないのに?」

「! それは……」

 

 自嘲気味にこぼされた一言に言葉を失っていると、フォートは緩く首を横に振った。

 

「……お願いしておいて、こんな事を言ってごめん。今のは忘れて」

「……わかった」

「じゃあ、頼むよ」

「まかせろ!」

 

 

 久しぶりに……それこそ前世ぶりに出来た推しカプ。

 これまで気を張ってきた分、それを応援する気持ちはアラタ自身のモチベーションに繋がっていた。

 

 しかしどうしたってこの世界は階級社会だ。

 アラタが応援する彼らの間には身分差、というものが立ちふさがる。

 

 

 

 それでも応援したい気持ちは本物で。

 

 

 

 だから今は……せめてこの年頃の少年が、好きな女の子をダンスに誘うための手助けをしよう。

 もちろんこの先の事もフォートが頑張ってくれている分、自分がどうにか出来ないか考えるつもりだが。

 

 

 

 

 

 

 張り切り、決意をするアラタだったが……。

 その少年が好きな女の子はアラタを好きなのだという事実は、すっかり頭からすっぽ抜けているのだった。

 

 まず向けられている好意を疑い、毎日の褒めと告白に慣れたから、というのを加味しても……なかなかに残酷な男である。

 

 

 

 

「よし! じゃあまずは俺が手本を見せるからな!」

 

 

 

 

 

 

 

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【小旅行の裏側で】(不良もどきと優等生視点)※時系列:九話ダイジェストの本編裏側こぼれ話③

 

 

 

 

 思っていたより豪快な人。

 それが旅行という普段とは違った環境下で得た、マリーデル・アリスティに対する感想だった。

 

 

 

「いやぁ……見事に自然破壊しましたね……」

「ごめんなさい……」

 

 

 現在ここは海岸沿いの洞窟近く。

 その洞窟の入り口は巨大な岩盤で塞がっており、代わりとばかりに近くで大きく口を開けている真新しい大穴と破壊痕。

 この大穴は白金の髪と赤い目を持つ少女の前で肩を落としている、亜麻色の髪の少女……マリーデル・アリスティが行ったものである。

 

 どうしてこうなったかといえば、彼女と二人の男子生徒が洞窟に閉じ込められたから。正確には最初はマリーデルと一人の男子生徒だったのだが、気づいて助けに向かったもう一人が加わって二人になった。

 しかし男子生徒側には脱出の手段はなく、どうしようか悩んでいた時。……手を挙げたのは星啓の魔女候補としてめきめきと実力を伸ばしているマリーデル・アリスティ。

 マリーデルは脱出するために魔法を使い、洞窟の壁を掘削……破壊し、出口を作ったのだ。

 

 すでにそのことに関しては処理や報告が終わっていたのだが。

 せっかくだから洞窟の神秘的な光景を見に行かないか、とマリーデルがファレリアを誘いに来たため、所属するグループごと夜の鑑賞会と相成っているのが今である。

 そしていざ来てみれば、洞窟の中より先に破壊痕のすさまじさに目を奪われてしまっていた。

 

 

「でもマリーデルがどうにかしてくれなきゃ、俺達どうなってたか分からないんで。勘弁してやってください」

 

 そう彼女を擁護するのはマリーデルと同級生の少年で、不良じみた雰囲気に反して対する相手……上級生であるファレリアに接する態度は丁寧だ。

 

「別に責めてませんって。こうして本来は中に入らないと見られない魔法苔の光景を見させてもらっているわけですし」

「わたくしはそうはいきませんわよ。マリーデル・アリスティ。あとでたっっっっっっぷり、反省文を書いていただきますわ」

「はい……」

 

 軽く許容してみせたファレリアと違い、もう一人の上級生……アルメラルダの対応は厳しい。もう三人の上級生はそれを遠巻きに見つつ、目の前の光景にきゃいきゃいと素直にはしゃいでいた。

 それを優等生然とした雰囲気の少年が苦笑して眺めながらも、彼もまた素直な感動を覚えていた。

 

「ですが、本当に……こんなことでも無ければ、見られなかった光景ですね」

 

 

 

 

 夜の海。

 空には極々細い三日月が浮かび、普段控えめな他の星々たちが月光の代わりとばかりにさんざめき存在を主張している。

 更には今宵、そんな空の夜会場を新たな客が彩っていた。

 

 ふわり、ふわりと緩やかに舞い上がる金色に発光する綿毛のようなもの。

 それが無数に視界を埋め尽くしている。

 

 

 

「魔法苔の空渡り。初めて見ました」

「繁殖時期と重なったみてぇだな。結果的に言えば、俺達と同じく閉じ込められてた魔法苔をマリーデルが解き放ってやったわけだ」

 

 こいつ、粗暴な割に魔法生物学好きだよな……という視線を不良もどきに向けつつ、優等生が頷く。

 普段はぶつかることが多いが、実のところ結構この男とは趣味がかぶっているのだ。

 

 

 魔法苔、と呼ばれているものがある。しかし実際のところそれは植物ではなく魔法生物だ。

 空気中の魔力を取り込み発光する極々微小な生物が暗い洞窟などに住み着き、それが輝く光景は非常に美しい。

 しかし危険から身を守るため、彼らが住み着く洞窟は難所だ。普通は見ることが困難なのだが……現在はマリーデルが開けた大穴から、その神秘的な光景を望むことが出来ている。

 更に言うなれば魔法苔の一部は宙を浮遊し、空へと舞い上がっていた。

 空に浮かぶ星たちと相まって、まるで地上から生まれた星が天へと昇っているような光景である。

 これは彼らが繁殖行動に移る時のもので、一生の内で唯一魔法苔がその身を動かす瞬間だ。

 

「みんな移動してしまうんですか?」

「いえ、そんなことはありませんよ。……洞窟に残っている魔法苔は親ですね。もう移動を終えて、子を残した彼らはここを終の棲家とする」

「飛んでいった奴らはまだ子孫を残していない子供たちだな……です」

「へぇ~。二人とも詳しいんですね」

 

 素直に感心しているのは素晴らしい美貌ながら、ほとんど表情が動かない人形のような伯爵令嬢。

 しかし今回行動を共にしてみて、思っていた以上に軽い性格なのだなと感じている二人である。

 

 

 現在魔法学園に在籍する生徒の内、一部が知見を広めるための学校主催の旅行に参加している。

 その旅行の最中、組まれた上級生グループと下級生グループ。

 色んな意味で目立つアルメラルダ・ミシア・エレクトリアがその中に居ると知った時は少々身構えたが、いざ旅行が始まってみれば次第に緊張はほぐれていった。

 ……というのも、珍しいものを見つけるとすぐにふらふら吸い寄せられるように歩いていくファレリア・ガランドール嬢を保護者のように窘めては連れ返す姿を見ていたからかもしれない。

 ファレリアと同じくいつもアルメラルダの取り巻きをしている三人が「いつものこと」といった具合に見ていたので、普段からこうなのだろう。

 

 保護者じみた公爵令嬢に、好奇心旺盛な子供のような伯爵令嬢。

 遠くから見る分にはその鉄壁の表情に近寄りがたく感じていたが、共に行動する中で緊張はほぐれていた。

 

 今回の旅行ではひそかに気にかけている相手……マリーデル・アリスティとの仲を深められたらと考えていたものの、思いがけぬ人物たちの新たな内面までも知ることが出来た。

 

 

 

 旅行っていいものだな。

 

 そんな月並みの感想を抱きながら、彼らはこの神秘的な光景を楽しむのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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【職員室の裏側で】(教師コンビ視点)※時系列:九話ダイジェストの本編裏側こぼれ話④

 

 

 

「おや。彼女、今日もとても頑張っているようですね~」

 

 職員室の中からふと見えた光景に、灰色の髪をした青年がのほほんと呟く。若い見た目のため学生にも見えなくはないが、これでも教師だ。

 それを聞いて他の教員たちが何かを言いたそうに口を開きかけるが、大半が考えあぐねて口をつぐむ。

 

 ……その中で遠慮なく口を開いた男が居た。

 

「ああ、ガランドールかね? 相変わらず公爵令嬢の訓練は厳しいようだな」

 

 緑色の鬱陶しいほどに長い髪を雑にくくった男が、資料の束をどさっと机に置きながら述べる。

 特別教諭という普通の教員とは異なった立場を持つこの男は普段自分のテリトリーである研究塔にこもりっぱなしだが、今日はこれを届けるためか珍しくこちらへ出向いたようだ。

 

 その視線は青年教諭と同じく窓の外……竜巻のような風魔法の中に居ながら、無表情で粛々とアルメラルダ・ミシア・エレクトリアに付き従う少女、ファレリア・ガランドールの姿。

 美しい白金の髪が鳥の巣を通り越して夏の空に鎮座する積乱雲のような有様となっていたり、胸元に下げられた「只今魔法訓練中」の板が暴風に煽られて今にも壊れそうであるが……その表情は微動だにしない。鉄壁である。

 

「耐えている彼女もすごいですが、アルメラルダさんも相変わらず素晴らしい魔法を使うなぁと感心してしまいます。周囲に一切影響を出さず、ファレリアさん個人にのみ法式が適応されている。非常に繊細な魔法ですね」

「…………。俺が言うのもなんだが、あの状態に関して言う事はないのか?」

「? 熱心な訓練だなぁと……」

「…………。お前のそう言うところ、俺は結構好ましく思っているぞ」

「おや、それは嬉しいですねぇ」

 

 のほほん。のほほん。そんな擬音を飛ばしていそうなこの若き教員は、生徒の事をよく見ているくせに変なところで鈍感である。

 大物なのか繕っているのか、なかなかに判断の難しいところだと特別教諭は心の中で唸った。

 

「あ、マリーデルさん」

 

 青年の声に視線を戻せば、アルメラルダをどついて魔法を解除させているマリーデルの姿。その後なにやらファレリア・ガランドールを挟んでアルメラルダときゃんきゃん言い争っているようだが、自クラス生徒の姿に青年はほにゃりと表情を緩める。

 

「優しいですよねぇ、マリーデルさん。訓練と言っても、友人のことが心配だったのでしょう。ふふっ、そういう僕もこの間ですね。彼女に心配してもらって、手伝ってもらったりしましてね。相手が誰であっても、年齢や立場に関係なく人自身を見て気遣い、行動できる子です。素敵ですね」

「一人の生徒をそんなに持ち上げてよいものか?」

「あははっ。もう、いじわる言わないでください。もちろん僕は僕の生徒がみんな大好きですよ? でもどうやら僕も星啓の魔女の補佐官候補らしいので。だから先生、という立場を抜きにして……少しくらい個人の感想をこぼしたって許されますよ。ちょっと贔屓気味でもね」

「ひとつ聞くが、それは俺への牽制も兼ねているのかね?」

「? それはちょっと分からないのですけど……牽制、とは?」

「いや、いい。気にするな」

 

 なかなか食えない男だな、と考えつつ。

 

 

 

 青年教諭と特別教諭は、現在学園の注目を最も集める女生徒三人の姦しいさまを呑気に眺めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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【生徒会の裏側で】(生徒会長視点)※時系列:九話ダイジェストの本編裏側こぼれ話⑤

 

 

 

「マリーデルって、なにが好き?」

「なに、とは具体的にはなんですか」

「んー……料理の付け合わせ、とか?」

「そこは単純に好きな料理とかでいいのでは? 何故付け合わせに絞ったんですか」

「質問、してるのはこっち……さっきから、きかれてばっかり……」

「あなた様が微妙で曖昧な質問ばかりするからですよ。というかそもそもですね? 私に聞かないで本人に聞けばよいのです」

「ちょっと……はずかしい、から」

「いきなり可愛いのやめてくれます?」

 

「あらら……」

 

 探していた人物が最近よく懐いている少女にダルがらみしているのを見つけると、青年はため息をつきながらそれを引き剥がした。

 

「おいおい、またか? ったく」

「助かります、会長」

「いつもごめんなぁ」

 

 無表情ながらほっとしたような雰囲気。反して回収したピンク髪は不満そうだ。

 頼むから後輩に迷惑をかけないでほしい。

 

「別に、迷惑かけてるわけじゃない……」

「かけてるだろ。助かるって言ってただろ」

「ファレリア……心、せまい……」

「自然に人のせいにしてきますよね、この人」

 

 生徒会長を務める青年は、同じ生徒会役員であるピンク髪がこの無表情の令嬢にそこそこ懐いているのは察している。令嬢側も迷惑そうにしながらもなかなかに甘いのは、律儀に質問に答えていることからうかがい知れていた。

 

 このピンク髪が現在最も懐いているのは庶民の出でありながらその特異な資質と元来の勤勉さで注目を集めるマリーデル・アリスティだが、直接彼女と接するのが恥ずかしいのかよく間にこの少女を挟もうとする。

 少女……ファレリアはもともとアルメラルダの取り巻きだが、最近はよくマリーデルとも行動を共にしているのだ。

 

「あら、会長ではありませんの」

「やっ、アルメラルダ」

 

 すぐ真横の資料室から出て来た同じ生徒会役員でもある少女に、青年は片手をあげて挨拶する。

 珍しくファレリアが一人で居ると思ったら、資料室に入っていたアルメラルダを待っていただけらしい。

 

「頼んでいた仕事に関しての資料か? 悪いな。運ぶの手伝う」

「ふふっ。それでは頼まれた意味がないではありませんの。会長には別の仕事がおありでしょう? どうぞ、お気になさらず」

「そうか……助かる」

 

 一部からはそのきつい性格から恐れられ、嫌われることもあるこの公爵令嬢。しかしその実、性格はひどく真面目だ。生徒会という同一の組織で仕事をした者は皆、それを理解しているだろう。

 最近アルメラルダの推薦で入ったマリーデル・アリスティも同じくだ。

 

 

 アルメラルダとマリーデル。

 

 

 どちらが次代の星啓の魔女として選ばれるのかはまだ分からないが、彼女らの人となりと実力を知る青年としてはどちらが選ばれてもこの国は安泰だろうと考えている。

 

 

(俺はちょっとばかし、マリーデルよりアルメラルダを推しているがな)

 

 

 

 そうクスリと笑い、青年はピンク髪の同僚を引きずって生徒会室へと戻るのだった。

 

 

「改めて見ると会長って色男奔放キャラがあのピンク髪に完全に封殺されてますね……面倒見の良さしか無いというか、保護者。お母さんかな?」

「? なにを言っていますのファレリア」

「いえ、なんでもないッス」

 

 

 戻る途中、不本意な噂話でくしゃみをしたのはご愛嬌。

 

 

 

 

 

 

 

 

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【演者たちの裏側で】(青髪童顔、演劇部ナルシスト視点)※時系列:九話ダイジェストの本編裏側こぼれ話⑥

 

 

 

 

 

 愛してほしかった。見てほしかった。

 だから人から愛を向けられるよう演じ続けて、いつかそれは本当になった。

 そうしたら自分の事も大好きになって、もっと愛されるようになった。

 

 

 

 その時彼は自分を愛すれば人から愛され、人を愛すれば自分も愛せるのだと知ったのだ。

 

 愛の永久機関。

 それを胸に抱く彼は今日も他者に愛を振りまく。

 自分を愛するために。他人を愛するために。

 

 

 

 それはちっぽけな人間のほんのわずかな歴史に刻まれた、確固たる信念。

 

 

 

 

 

 

「なんだってマリーデルは、あんな女ばかりを気にかけて……。もっと僕との時間を大切にしてほしいんだよねまったく……」

「…………」

 

 誰も居ないと思っているのか、普段は甘い仮面の下に隠された本音を親指の爪を噛みながらぶちぶちと呟いている少年。

 それを眺めながら「おやおや、髪だけでなく君は中身も青いなぁ」と艶やかな茶髪を指に絡めつつ笑った彼に、少年はビクッと跳ね上がった。

 

「え、あ、先輩!?」

「そんなに驚かなくても。ここは僕の領域、劇場だよ? それより爪を噛むのはやめたまえ。せっかく綺麗に整えているのに」

 

 素直な驚きっぷりにくすくす笑えばバツの悪そうな顔をされる。

 誰も居ないだろうと普段使われない劇場裏の小道具置き場で愚痴を吐き出していた少年だが、演劇部の部長であるこの先輩が居るのは本人が言う通りまったくおかしい事ではない。

 

「で? なにか悩みかな。それならこの僕に相談するといい! スターたる僕が……そう、この僕が! 君の導き手となってあげようじゃあないか!」

「結構です」

「ううんっ、冷たいねぇ! クールで青いのは髪色とお尻だけにしておきたまえ」

「誰のケツが青いってんですか!」

「おっと、ケツとはお上品じゃないな。貴族たるもの常に高貴でなければ」

「く……っ」

 

 とはいえこの少年は見目に反して育ちはなかなか野性味あふれるものだったことは知っている。

 彼の父はこの国の将軍なのだが、よく幼いころから演習について回っていたのだとか。そこで培われた強かさは肉体的にも性格的にもかなりのもので、幼げで愛らしい顔立ちに騙され痛い目を見た者も多い。

 

 

 しかしそんな彼も年頃らしく、現在春真っ盛りらしい。

 

 

「マリーデルくんに構ってもらえず寂しいのは分かるが、ファレリアくんは悪くない。無垢でいとけない少女への嫉妬はよろしくないなぁ。よろしくないとも」

「まだ何も言ってないんですけど!」

「言わずともわかるさ! それで? 君は彼女のどんなところに嫉妬する。話せば気が楽になるかもしれないよ」

「~~~~。別に、僕は……」

「ふむ。では僕が当ててさしあげよう! そうだなぁ……。もしかして、先日君がマリーデルくんにもらって喜んでいた焼き菓子のこととか?」

「なんっ」

「ファレリアくんにマリーデルくんと共に作ったと聞いたからね。ちなみに僕ももらったよ」

 

 余談であるが、この場合の「もらった」は、たまたま焼き菓子を手に劇場近くを歩いていたファレリアに「とても美味しそうだね!」と笑顔の圧でせびったことを指す。本人にその自覚は無いが。

 

「あー! もう、そうですよ! 女性同士の友情に口を出すのがみみっちいことだとは分かってますけど! ここ一年、マリーデルはあの無表情女につきっきりじゃないですか! なんだってあんな女! 僕と居た方が絶対楽しいのに!」

 

 いっそ清々しいほどにまっすぐな「愛してほしい」を叫ぶ少年を見て懐かしさに目を細める。

 幼い頃、自分にもこんな時があったな、と。

 

「なら君からもっとたくさんの愛をマリーデルくんに伝える事だね」

「やれるものならやってるよ! だけどいつもいつもファレリア・ガランドールの近くにべったりで……ああ、もう!」

「ははっ、難儀だねぇ! では伝える愛をもっと広げよう。マリーデルくんだけでなく、ファレリアくんにも愛を持つのさ。もちろんマリーデルくんへ向ける恋心とは別の、友愛……というね。それが出来れば君は男としてもっと立派になれるだろう! 度量の広さは魅力だからね!」

「ええ……? ッ、というか、こここここ恋心って」

「そこは今さら隠すところではないだろう?」

「ぐ……っ」

 

 腹の底が黒い割にまだまだ経験が浅いんだよなぁと微笑ましく眺めながら、ぴっと指を立ててみせる。

 

「これは僕の持論でね。自分を愛し他者を愛すれば愛は必ず返ってくる!」

「そんな綺麗ごと……」

「体現者である僕を目の前に、それを言うのかい?」

 

 胸を張って学園内で向けられる羨望の一角を成すその姿を主張して見せれば、青髪の少年はぐっと言葉に詰まる。

 よくナルシストと称される演劇部の部長だが、そんな蔑称ともとれる言葉の内にも……口にする者からの友愛が込められているのだ。それを少年も良く知っている。

 ……勢いに呑まれたからとはいえ、こんな話をしてしまう程度の信頼は置いている相手なのだから。

 

 それを確認し少し誇らし気にした後、自称スターはくるりと回って髪をかきあげる。

 

「……まっ、恋敵にアドバイスするのはこの辺にしておこうかな? 僕とて望む愛を手に入れるため地道に友好を深めているところだからね」

「……は?」

「あれだけ魅力的な少女を好いているのが君だけだとでも? ふふっ。マリーデルくんの愛を手に入れるためなら、僕は恋敵たちにも愛を送るのさ。……ああ、でも。アルメラルダくんの新たな魅力も知ってしまったしねぇ。う~ん、愛を送りたい魅力的な女性が多すぎるよ」

「そんなフラフラした気持ちならマリーデルにはちょっかいかけないでくれません!?」

「蝶とは芳しい花々に惹かれてしまうものさ。あははっ」

 

 パチっとウインクをきめながら、噛みついてくる子犬をいなす。

 

 

 

 

 

 これはとある日の、劇場裏の騒がしい一幕。

 

 

 

 

 

 

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【茶会場の裏側で】(第一王子、第二王子視点)※時系列:九話ダイジェストの本編裏側こぼれ話⑦

 

 

 

『今日からこの男がお前の護衛を務める魔法騎士だ』

『アラタ・クランケリッツと申します』

 

 そう紹介された青年が自身の前で跪いて数年。

 現在護衛の任務を務めているのは別の人間である。

 

 

 

「アラタはうまくやっているようだな。……ふふっ、始めのうちは心配だったが」

「ははっ、そうですね」

 

 赤髪が特徴的なこの国の王子達。彼らが笑い合い眺める視線の先には大小四人の人影がこちらに気付かぬまま歩いている。

 それもそのはず。まず距離が遠いのだ。

 ここは学園の二階テラスに設けられた茶会場であり、現在は王族兄弟の貸し切りとなっていた。

 

「融通の利かない堅物のアラタが女生徒とやっていけるのかと案じましたが……」

「なんだかんだ優秀だな、彼は。適度に気配を消して馴染みつつ護衛の眼を光らせている」

「あの距離でそれが出来るのは逆に凄いけれどね」

 

 四人の中でもっとも背が高くガタイが違う男は生徒ではない。女生徒の護衛を務める魔法騎士である。

 王都から遠く離れた国境近くの辺境伯の五男であり、身を立てるために単身王都へとやってきた彼は数年で多くの功績をあげ第一王子の目に留まるまでとなった。

 …………そんな優秀な人物であるが、一年前何者かに操られ事件の渦中となった男でもある。

 現在はその贖罪をするため、本来の護衛対象から離れ二人の少女の護衛を命じられていた。

 

 そんなわけで少女らと行動を共にしているのだが……。

 

「距離……うむ。確かに、近いな」

 

 遠目にも分かる。本来護衛対象の斜め後ろで距離を取り警戒をするはずなのだが、見たところ四人はほぼ横並びだ。

 

「正確に言うとファレリア嬢、かな」

 

 第二王子が述べた通り、真ん中にいる一番小さな人間……遠目でも日に照らされた白金の髪の毛はよく目立ち、それが誰だかよくわかる。

 ファレリア・ガランドール伯爵令嬢。その彼女が距離を取り後ろに下がろうとするアラタを捕まえては前に戻すため、アラタは望む距離感を保てない様子だ。

 

「なんというか……彼女は思っていたより図太……豪胆なのだな。操られていたとはいえ自分を殺そうとした相手に、ああも近づくことができるとは」

 

 感心したように述べるのは第一王子。

 

 ……アラタに護衛を命じた時、正直初めは護衛対象に断られるものだと思っていた。

 アルメラルダはともかく、マリーデルが渡した魔法護符が無ければ死んでいたはずのファレリアが怯えて断ると予想していたのだ。

 

 だがファレリアは襲われた事実をあっさり許したうえで、その人間がすぐそばに……それも毎日居ることを受け入れた。

 さらには自ら積極的に近づいていく有様である。

 

 

「…………。ふむ、そうですね。彼女はアラタの事が以前から好きだったらしいので、だからでは?」

「そういえば例の決闘はアルメラルダが彼女にアラタが相応しいか試すために仕掛けたのだったか」

 

 決闘。それも事件と同じく一年前のこと。

 アルメラルダが生徒以外の人間に決闘を挑み、更にはファレリアとマリーデルの決闘まで組んで前代未聞の同時開催決闘となったのである。

 

「しかし好意を寄せていた相手ならばなおさらだろう。頭で理解しても心が深い傷を負い、拒絶反応を見せるのが普通に思えるが。深層の令嬢である彼女ならなおさらな」

 

 深層の令嬢。

 もし彼女をよく知る者が聞けば「合っている。合っているんだけど違う……!」という評価を出したかもしれない。

 

「ああ……。過剰に反応していたのはアラタの方でしたね」

「しばらくファレリア嬢に触れられると、腰を抜かしたり怯えて後ずさったりしていたからな。今では慣れたようだが……いや、慣れさせられたと言うべきか。豪胆で……なかなか食えないご令嬢だ」

 

 目を細めて思案する様子の第一王子に、第二王子は朗らかに笑いかける。

 

「ともかく、私たちは引き続き犯人を捜しましょう! 今の護衛に不満があるわけではないのですが、やはりアラタがそばに居ないとものたりない。解決をして、早く戻ってきてもらいたいものです」

「……そうだな。彼女達にも早く心からの平穏を与えてやろう」

 

 

 

 頷きあうと二人の王子は優雅に紅茶を嗜んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ハッピーエンドのそのあとで①】(フォートとアルメラルダ)※時系列:本編後のおまけ話

 

 

 

 

 

 それは魔法学園での大きな騒動から数日後の事。

 可憐な声による非常にやりきれなさのこもった悲鳴とも怒声ともとれる声が、学園女子寮の一角にて響き渡っていた。

 

「なんっっっっっっで!! 僕は! 未だに! この姿のままで! 学園に通わなくちゃいけないんだよ!!」

 

 そう言ってすでに穿き慣れたはずのスカートの裾を不服そうに広げながら騒ぎ立てるのは、マリーデル・アリスティ……ではなく、名前と性別を偽って魔法学園に通っていた少年、フォート・アリスティ。

 そんな彼に相対するのは優雅に椅子に腰かけ、扇で口元を隠しながら愉快そうな笑みを浮かべる公爵令嬢アルメラルダ・ミシア・アレクトリアである。

 

「当然でしょう? 星啓の魔女候補が男だったなどと、これ以上知られるわけにいきませんもの。貴方にはこのまま"マリーデル"として卒業まで過ごしてもらいます。当然、わたくしとの定期的な競い合いも継続でしてよ。そして晴れて卒業した後……良い感じに取り計らって"才気あふれるマリーデルの弟"として補佐官となるべく再入学なりなんなりしていただきますわ」

「肝心なところふわっとしてない? 大丈夫?」

「失礼ですわね! 貴方が思っているよりも今回の出来事が及ぼす影響は複雑なの。故に色々と調整が必要ですのよ! 現段階で詰めていくことは多くありますわ。取り急ぎ必要だった貴方の今後の振る舞いについてを先んじて決めて差し上げたことに感謝をするのね!」

「感謝……。いや、まあ、するけどさ……うん……」

「その割に歯切れが悪いわね? ……いいこと? 此度の事情を知る人間は殿下を始め地位ある方々ですわ。現星啓の魔女様や国王様もご存知です。いくらでも捏造や偽装ができますわよ。だから安心してそのまま女装していなさいな」

「言葉の選び方」

「フンッ。物わかりの悪いお馬鹿さんにも分かる言い回しをしてあげている事にも気づかないなんて、憐れね。この調子ではファレリアの婿に相応しくなれるまでに何年かかることかしらァ?」

「…………。ねえ、もしかして僕とファレリアが結婚するまでの期間を長くするために再入学させたりしようとしてない?」

 

 フォートの言葉に一瞬アルメラルダの動きが止まる。

 

「…………妙な言いがかりはよしていただきたいですわね!」

「じゃあ今の間はなんだよ」

「貴方の失礼な口調に対する怒りを鎮めるために深呼吸していただけですわ」

「ふぅん?」

 

 ジト目でアルメラルダを見つめるフォートだったが、これ以上追及してもこの意地っ張りなお嬢様は認めないだろうなと嘆息して諦める。

 

 

 これは数年後、星啓の魔女と異例の庶民出補佐官のやり取りとして多く見られる光景だとかなんだとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ハッピーエンドのそのあとで②】(ファレリアとアラタ)※時系列:本編後のおまけ話

 

 

 

 

「は?」

 

 その眼光は飢えに飢えて水分まで失い、体が干物と化した猛獣が得物を前にした時のそれを思わせた。

 

「え、なに、は? もう一回言って?」

「え、え~と。ですからね? アラタさんは転生特典って、なにかあったのかな~って」

「違う俺が聞きたいのはそれじゃなくて……!」

「……『ちなみに私は前世の記憶を4D形式で閲覧できるってものなんですけど』」

 

 先ほど口にしたセリフをそのまま繰り返せば、アラタさんが膝から崩れ落ちた。

 

「アラタさん!?」

 

 崩れてそのまま潰れたカエルの様に床へ倒れ伏したアラタさんに慌てて駆け寄る。

 

 事の発端は何気ない世間話。

 お互い同じ世界からの転生者という事で話題には事欠かず、気兼ねもしないので全てが終わってからもよくこうして話す機会は多いのだ。アラタさんが正式にアルメラルダ様の護衛になったというのもあるしね。休憩中にちょこっとお邪魔すればすぐに話せる便利な距離である。

 でもってその中で「アラタさんの転生特典もやっぱり記憶系です? じゃなきゃイベントもろもろあんなに詳しく覚えてませんよねー」とかなんとか、そういう話題になったのよ。そういえば転生話につきものの特典について話したことなかったなぁって、ほんの軽い気持ちで。

 

 そしたらこの有様である。この様子を見れば彼の特典は「無い」もしくは「別の物」だったことを察するのは容易なわけで……。

 

 私の前世がライト勢なばかりにこの世界においての重要なイベントが全部記録されていないためスッカスカの攻略本だったのだけど、もしそれがアラタさんに与えられた能力であるならばどれだけ有効活用されていただろうか。

 そう考えるとアラタさんのこの魂が抜けたような様子にも納得ができる。

 

 あの、なんかすみません……豚に真珠みたいなやつに有用な転生特典与えられてて……。

 

 潰れたアラタさんを前にどう声をかけたものかと考えあぐねる。

 しかしその心配は数秒後、別のものに置き換わった。

 

「…………たのむ」

「え?」

 

 絞り出すような声だった。

 確認するため床につっぷしたアラタさんの側に耳を寄せると、次の瞬間バネ仕掛けの人形のように飛び起きたアラタさんに両手を握られていた。

 

「頼む!! お願いだ!! あの世界の小説とか漫画とかそこから書き写して俺に読ませてくれ金なら払う!!」

「断る」

「なんで!?」

 

 お願いされた瞬間、反射的に断っていた。だって……。

 

「著作権とか……」

「それ関係ある!? 異世界転生しておいて今さら関係ある!?」

「でも心情的に作者様に申し訳ないしこの世界においてあの名作達を初降臨させる手段がクソみたいな自分の手でってヤダくないですか!?」

「急な自虐! いや、言わんとしていることは分かる気もするけど……!」

「でしょ? わかるでしょ? あと小説なら文字だからギリいけるとしても漫画。……だめでしょ! 模写しきれる自信もないしあの神作画達をど素人のウンコみたいな絵で世に送り出しちゃ!!」

「めっちゃ分かるけど俺はもう一度あの作品たちを目に出来るなら悪魔に魂を売ったっていいんだが!?」

「この間まで冥王相手に奮闘してた奴の発言じゃねぇですね! まあ分かりますけど!!」

「分かるなら!! 頼むよ!! 読ませてくれよ!! 後生だから!! なんだったら俺が作画を勉強して清書するから!!」

「だーめーでーす!! 私が納得できません~!」

「ずるいずるいずるい! 自分だけ楽しんで! なあほんっと頼むってば!! 個人で! 個人で楽しむだけだから!! それで救われる命があるんです!!」

 

 

 その後、お互いが納得できるところまで話を詰めるのに三日かかりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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