《死霊術師》の世界へようこそ (バベッジ)
しおりを挟む

《全日本ギガント・スモー協会》によろしく

一クール小説杯、投稿作品です。寝落ち+古戦場(延期)+単純な時間間隔の不足で11時間も遅刻したので、今泣きながら書いています。そもそも昨日の11時時点でハーメルンのアカウントなかった。殺してクレメンス。あるいはコメント欄で煽ってくれ。


 栞凪凪砂(かんなぎ・なぎさ)。高校2年生でバスケ部、そして《陰陽少女隊:言祝ぎ千鳥》の元『紫炎の巫女』。元なのは、先週の変身中に術核と心臓ぶっ壊されて死んだから。なので今は火葬されてちっちぇ壺に詰められて土の下のはず……だったのだが。

 

 

 

『汝竹酔日の雷霆、紙銭の元に下りパンタグラフを番えヨヨヨヨ』

 

『な、何言ってるんですかぁ……』

 

『耳を貸さない! 若干だけど精神汚染の呪式乗ってるわよ……ッ!』

 

 

 

 なぜか栞凪凪砂――私は、気づいたら五体満足の状態で、死ぬ直前に着ていた制服で、どこかの廃ビル4階にいて。窓ガラスの外、眼下で元同僚たちが戦闘を繰り広げているのに気づき、必死に眺めつつくぐもった声に耳を澄ませていた。

 

 

 

「……だー、クソ。なんでこんなのに苦戦してんだよみんな……」

 

 

 

 戦っているのは、この階層でようやく顔を正面から見られるほどに巨大な、幾何学的な紋様で構成された赫の人型。四十七柱の怨霊魔女の「ゐ」、院守のカルカタ。

 

 その4対の腕から繰り出される血色の斬撃を掻い潜り、あるいは跳ね返しながら抗戦するのは4人の少女たち。改造和装のように見える服は、よく見ると随所に呪符の仕込まれた戦闘礼装だ。彼女たちこそが《陰陽少女隊:言祝ぎ千鳥》、怨霊魔女を討滅するため陰陽術の力を与えられた少女たちである。

 

 

 

『味蕾の彼方、金剛色のアイスピックは猶も来たらズズズズズ』

 

『うおおおっ!? 斬撃の数が増えたで御座るよ!!』

 

『――ッ、ここは私が!』

 

 

 

 一見すると善戦しているように見える……が、やはり『紫炎の巫女』が死んだのが尾を引いている。致命傷を恐れて攻め手が足りておらず、逆に軽い攻撃をかなり食らってしまっている。私が悪いのは重々承知だが、それでももどかしいものはもどかしい。

 

 

 

「……ッたく、太郎丸もミカも、奏もみなせも……!」

 

 

 

 自分も戦闘に参加するために窓を蹴破って飛びだそうとするが、

 

 

 

「【循環蘇生:ガラス窓4-s22】」

 

「うわっ気持ち悪っ」

 

 

 

 普段なら雑に込められる呪力がさっぱり入らず、それでも気合で蹴り割ったガラスは知らん女の声と共に一瞬で再生した。声のした方を振り返るとそこにいたのは、青みがかった黒髪の少女。服装はローブを羽織ったゴスロリ寄り、たぶん同じ日本人だけど、私が昔やってミリも似合わなかったツインテがバチバチに似合っているので美少女寄り。だけどそれよりも気になったのは、

 

 

 

「あー、もう。貴女もレディなんだしスカートでハイキックなんて……や、そもそも窓を割らないの」

 

「……」

 

 

 

 能力の強さだ。呪力の封殺と無機物の再生は陰陽災害……陰陽少女に力を与える側でないと基本的には不可能。ついでに我々が戦闘のこんなに近くにいるのに人払いの符術の効果を受けていない……つまり彼女は陰陽少女より高位。そういう連中の一人、あるいは高位の怨霊魔女ということになる。それでもって陰陽災害は意思疎通を取らないので、後者に絞られる……はずだ。

 

 

 

「……頭文字は? やっぱ『と』くらい?」

 

「は? 何言って……あー、そっちのテクスチャ上の話か」

 

「あ?」

 

「《陰陽少女》だっけ? そういういざこざ引き起こしてる連中じゃないから、そこは安心していいわ」

 

「……じゃあ、どういう連中だってんだよ。もっと高位で全ての黒幕……閲覧禁止木簡の……?」

 

「まあそういう反応よねー。一個のテクスチャに縛られてちゃ、解釈の幅狭くなるわよ」

 

 

 

 煙に巻くようなセリフがうっとおしい。だいたいテクスチャってなんだ、単語テストでやった気もするがそんなのは忘れたし難しい単語を使うな――そういうことが頭に浮かび、口に出そうとして、

 

 

 

『『ハッケ・ヨ――――――イ!!!!!!!!!!!!!!!!!!』』

 

 

 

 煽ってきた彼女の後ろの窓の外で、さっきまで見ていた院守のカルカタより()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のが見えて。

 

 あー、そう言えば意味に「質感」ってあったな。確かに陰陽ウンタラとは質感違う連中だな、と、ビックリする脳のぼんやりした部分で考えていた。

 

 

 

「……あれは?」

 

「《全日本ギガント・スモー協会》。あんな巨大武装の連中は結構珍しいのよね」

 

「は、はあ……ってなんで?! みんなの人除けは起動してる……いや、それにしたって何でアレに気づかず……!?」

 

 

 

 そう。全てがおかしい。

 

 常識的にあんなデカさの力士はいない。陰陽道の論理で動かすしかない気もするが、あんなことやってる連中は知らないし呪力挙動の気配もない。向こうの何とか相撲協会はともかく、術の力で異常存在に気づくのに長けた陰陽少女が、目と鼻の先で起こっている別の戦闘に気づけないのがおかしい。両方に至近距離で接してるのに、このオンボロビルにほとんど衝撃が伝わってこないのがおかしい。そもそも何をやってるのかわからない。

 

 

 

「気づいてない……や、気づかずに済んでたのは私たちのおかげなのよ」

 

 

 

 私の前に立っていた彼女は、混乱しているさまを見て面白くなったのか、いい笑顔を浮かべながら私に語りかけた。

 

 

 

「テクスチャ同士の干渉事故を防ぐため、日夜暗躍する秘密の集団」

 

「――《死霊術師》の世界へようこそ、お嬢さん?」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 現代日本は、バトル大国だ。

 

 「魔法使い」「呪術師」「陰陽少女」「異能者」「暗殺者」「魔術師」「機械化兵」「拳闘士」「スモー・バトラー」「悪魔祓い」「謳い手」――まだまだ沢山の勢力が総本山、あるいは大支部、大旅団をこのクソ狭い国土に構えている。君の愛読しているバトルマンガで戦闘員を束ねる組織が出てきたとき、それと似たような組織は絶対に日本に居を構えてるし、作者の7割は実体験か取材をもとにそれらを描いている。

 

 そしてそのそれぞれの勢力が、それぞれの因縁の相手を滅するため、日夜剣を握り/術式を謳い/拳を掲げ/能力を振るい/銃を構え、血で血を洗う闘いを全国各地で繰り広げている。

 

 これを聞いた庶兄はこう思ったことだろう……「それが本当ならどうして我々は、その結果の断片ですら見たことがないし、巻き込まれた知り合いすら持たないのだろうか?」

 

 答えは単純。規模と実力で彼らに並び立ち、あるいは凌駕しながら、争乱の一切を起こさず、ただ情報操作に奔走し続ける職能者――『死霊術師』。その集団が日本には存在するのだ。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「そういうことなんだけど、今の段階で何か質問とか言っておきたいことある?」

 

「『お嬢さん』とかさっき抜かしてたけど私の方が年上だよな? どう見ても20cmは私のが背ぇ高いし、靴のサイズ一回り違うし」

 

「失礼な! 私は3か月も前から結婚できるようになったのよ、分かったら目上には敬語!」

 

「……16なら年下じゃねえか!! 私17だぞ!!」

 

「ハアーッ!? じゃあなんで17歳のレディがそんなボッサボサの髪型なのよ、化粧もゼロだし!」

 

「別に良いだろ無頓着でも……!! あんたの方がガキ臭い体のくせに色々やりすギュッ!?!?」

 

「……うるさい……!! 私の方が、有利なんだから、年下でも、敬語……!! いい!?」

 

「ウ……うっす」

 

 

 

 私は今、《死霊術師》を名乗る彼女にさっきの廃ビルから連れ出され、住宅街(当然だが、さっき見たみたいな戦闘が徒歩圏内で起こっているとは微塵も感じられない)を歩きながら彼女についての説明を受けていた。両者の戦闘はまだもう少し続きそうだったのでせめて決着を見届けたかったが、それには失敗した。「じゃあせめて逃げて乱入しよう」としたら、彼女が指を動かした瞬間に急激に首が絞まって嫌だったので大人しく付いて行ってる。家々の間から見える夕日が嫌に眩しい。

 

 

 

「全く、よくそんな速攻でこっちの外見弄りに入れるわね……今までの常識をぶち壊す真実じゃないの、これ?」

 

「いやまあ、元々がふっつうのJKなんで、陰陽少女やることになった時も似たような感じだったんで。若干耐性はあ……ります」

 

「陰陽師みたいなめちゃくちゃ血筋大事な連中でも魔法少女フォーマットに沿ってるのね……とにかく、我々の手でテクスチャとテクスチャがぶつかり合わないように専用の結界貼ったり、それぞれにやってる人払いにプラスして更に人を追い出したりしてるの」

 

「……あの。質問権いいすか」

 

「さっき使ったでしょ……というのは置いといて。何?」

 

「なんで《死霊術師》なんですか? 死体使って……な……」

 

 

 

 そこまでふと浮かんだ疑問を口にしたところで、気づいた。

 

 

 

「……あー。そういや私死んでんですよね」

 

「気づいてるなとは思ってたけど、そこまで冷静に向き合ってるとはね。やっぱ魔法少女とか陰陽師とかやってると記憶も強くなるのかしら……ほら、あれ見なさい」

 

 

 

 彼女が立ち止まったのは何の変哲もない路地。だが一つだけ、そして一つで全部異常にしている要素として。スーツのオッサンの死体が道の真ん中に転がっていた。

 

 

 

「……ご存知ないかもしれねっすけど、高校生って死体見たら普通ビビるもんなんすよ」

 

「どこぞの戦闘集団に入ってんなら死体くらい気にしないでしょ」

 

「デリカシー無っ……何これ、何死?」

 

「衝突死」

 

 

 

 周囲を見渡してみると、さっきのビルと同じ色の破片が隣の家のドア近くに転がっていた。一つだけある綺麗な断面が赫色に染まっている。

 

 

 

「『院守のカルカタ』の攻撃、こういう色の斬撃でしたね。ってことはそれの余波?」

 

「察しいいわね、探偵なれたんじゃない? ちょっと訓練すれば推理バトルもやれそうね」

 

「知ってるタイプの探偵じゃねえ……んまあ、陰陽少女の人払いって別に物理壁作ったりしてるわけじゃないんで。こういう事故もあるかなと思っただけです」

 

「そ。人払いが瓦礫にも乗っちゃうパターンあるから、結構気づかれにくいんだけどね」

 

 

 

 確かに人の気配は巫術使った時くらいない。呪力が封じられているから分からないが、口ぶりからしてそこの破片が元凶なのだろう。

 

 ぼんやりそういうことを考えていると、死霊術師の彼女はポシェットから出した鉄の棒を組み上げ始める。完成するのは一本の細工の凝った杖だ。

 

 

 

「どの勢力も基本は一般人巻き込まないようにしてんだけど……実のところ、取りこぼしはかなりあるのよ」

 

「他もやっぱ事故……ではないっすよね。我々で例えるなら『一つの怨霊魔女と殴り合ってる裏で、すごい遠くで別の怨霊魔女が殺しまくったら止められない』みたいなパターンもあるでしょうし」

 

「後はホントに市民の犠牲気にしてないパターンとか、結界系の技術が甘いパターンとかね」

 

「……あー、分かってきました。《死霊術師》は『バトルの余波での多すぎる犠牲を解決するため、事故死した人々を蘇らせてた連中』。その業務が派生して、そもそもバトルで巻き込み事故しないような工作を始めた……ですよね」

 

「もうちょっと説明させなさいな……【純蘇生:m-162-45-AB】」

 

 

 

 ジト目を向ける彼女の足元には魔法陣。彼女が詠唱を一節すると、魔法陣が広がり、サラリーマンの死体に被ったところでそこを中心に収縮し……段々とスーツについた血の色が薄れ、頭部の傷が治っていく。

 

 

 

「よし。あと数分もすれば、日常生活に戻っていくはずよ。貴女みたいな例外はあるけど、基本は死んだ記憶もないからトラウマ再発とかもないし」

 

「なるほどなるほど……私のこともこうやって蘇生させたんすね。さっきの遠隔首絞めは復活した側が逆らうの防ぐための対抗手段ってことすよね」

 

「そうよ。蘇人には標準装備なの」

 

「んなスラングできるくらい沢山やってることなんだ……」

 

「……2割」

 

「あ?」

 

「私たちが《死霊術師》として活動してなかった場合、そういう事故の余波で、年間で日本人口の2割が吹っ飛ぶ計算になるらしいわ」

 

2割!?!?!? ……年間!?!?!?

 

「本業のはずの蘇生で解決してるのは数十万くらいなんだけどね。どっちかって言うと、テクスチャ同士の衝突事故で両方壊滅……的なのの回避による貢献が多いわ」

 

「めちゃくちゃすごいじゃないすか……いや、私たちは『怨霊魔女しばききらないと日本滅ぶぞ』みたいに確かに教わってるんで、冷静になると規模ちょっと小さいっすけど」

 

「でしょ!? 私たちが頑張らないと内側の連中の問題が解決しても……なのにそれぞれに問題の規模ぶっ壊れてるからどうしても劣等感湧いてくんのよ、腹立つ……!!」

 

「どうどう、キレないキレない……ま、縁の下の力持ちってのは目立たないもんですよ。気づかなくてすんません」

 

「そうよそうよ、もっと謝りなさい!!」

 

 

 

 ぷんすかしながら術を動かし続けている彼女に近づき、なだめるように、頭を撫で。

 

 

 

 

 

「今から一緒に戦うことになる相手が、高尚な連中で良かったです。気持ちよく戦えるんで」

 

「――え? ちょっ、どういう」

 

「いいから蘇生に集中しててください、っと――オラァッ!!」

 

 

 

 彼女の後ろ、ちょっと離れたところにある街路樹の影。そこで彼女に向かって飛びかからんと構えていた、獣めいた黒色の塊の方へダッシュし、思いっきりぶん殴った。身の丈は私と同じくらい。例えるなら羽の生えた犬。

 

 

 

「グワオ!?」

 

「何何何何何何!?!?」

 

「――やっぱ呪力封じられてっから軽いですね。ただダメージ通るんで倒せます」

 

「いやいやいや何何何何!? なんでそういう方向に思考飛んだのよ、全然逃げて良い相手よ!?」

 

 

 

 めちゃくちゃ慌てた声にビビって振り返るが、治療はほとんど完了していた。安心して、獣の方に向き直る。

 

 

 

「いや……こんくらい説明しなくても予測できますって。『蘇らせる義理もない、暴れるしかできない私みたいな女を一人だけ蘇らせて』『仕事について喋る義理もない相手にこうやって色々語って聞かせて』『なおかつ仕事の様子まで見せてる』んですよ?」

 

 

 

 一息。

 

 

 

「そんなのもう、『自分の仕事が楽になるよう、邪魔をしてくる悪性存在を暴力で片付ける要因が欲しくなったので蘇生した』以外にあり得なくないすか?」

 

「……貴女」

 

「ウス」

 

「頭がいいのはいいけど、その……それで他人に恥かかせないようにしなさい」

 

「あり得たんすか?」

 

「……その……実は蘇生自体は、よくやってる『近隣で死んだ人々を一括で蘇生させる』のの一環で……ホントは一般人だけしか対象にしないんだけど、間違って貴女巻き込んじゃって……」

 

「……連れまわしたのは?」

 

「バトル系の経歴持ちは復活してるのが元の味方にバレたらめんどくさいから、上層部が『監視下に置きつつ浄化担当を呼べ』って言ってて……せっかく監視下に置いとくなら、消すまでの間、普段やってること見せて『すごーい』って言ってもらって自尊心高めたくて……」

 

「すんません、他の《死霊術師》がどうか知らないっすけど少なくともアンタはあんますごくねッす」

 

「う……うが……」

 

 

 

 クソバカの女を煽りつつ、目線は獣を見据えたまま。一発で仕留められなかったせいかオモクソに警戒されているが……それでもそこまで知性は高くないのか、隙はデカい。警戒して即座に襲い掛かってこないので御しやすいまである。

 

 

 

「まあそれの是非は置いといて、さっさと呪力蘇らせてください。できるっしょ」

 

「なんで術式分かってんのよ!?」

 

「あんだけ詠唱で『蘇生』って言ってたんで。死んでるんじゃなくて封印とかかもしれませんが、蘇生させた相手の操作もしてたんで派生で行けるはずかと」

 

「察しが良すぎる……!」

 

「早く!!」

 

「っええい諸々規定があるから時間制限付きよ! ――【緊急蘇生:能力回路/30秒】!!」

 

 

 

 宣言と共に、一気に力が流れ込む。確か30秒と言っていたが、

 

 

 

「十分、なんなら10秒でも――!!」

 

 

 

 距離を取っていた相手の懐に一歩で踏み込む。一気に脚力が上昇したのについていけない獣は、ガードに移行することも間に合わず。

 

 

 

「――恐み恐み申す(かしこみかしこみもうす)

 

 

 

 呪力をこめた、私のパンチ一発で消し飛んだ。

 

 

 

「ざ、雑にぶん殴っただけなのに、《死海連合》の腐肉喰らいが消し飛んだ……すっご……」

 

 

 

 黒色の雨(数秒で塵になって消えた)の中、愕然とした顔を向ける彼女を見てふと気づいた。

 

 

 

「……あー……そういえば名前聞いてませんでしたね」

 

「……そういえばそうだったわね。バーミリオン・ラズベリーよ」

 

「んじゃどうします、ラズベリーさん? 結局早とちりだったんで、規則上消えろってんなら速攻で死に直しますけど」

 

「え、えー……でも、この速度で襲撃に対応できるなら、色々便利だし。先例もちょっとあったはずだから、上層部の許可も取れる、たぶん……」

 

「そっすか。じゃ、よろしくお願いします」

 

「……あと、即消えるとか躊躇なく言うの良くないわよ。人間性信頼してくれたのかもしれないけど、会ったばっかでしょ私たち」

 

「いや、そんなに強い希望じゃなくて『せっかくなら色々良いことした方がいいだろ』くらいのアレなんで……何なら《陰陽少女》の活動も『善行したら美味いご飯食えるしな』でやってただけっす」

 

「えっその程度のモチベで死ぬようなことしてるの!? ちょっ……えっ、怖い!!」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 同時刻。廃ビル横。

 

 

 

「……む?」

 

「……どうしたの、太郎丸」

 

「ああ、奏殿……一人で御座るか?」

 

「みなせは裏で吐いてて、ミカが介抱してる。血でトラウマ出た」

 

「……そうで御座ったか」

 

「――院守のカルカタはなんとか討滅できたけど。これからどうするの」

 

「どうするの、とは?」

 

「凪砂が落ちて、私たちのパフォーマンスも……特にみなせがダメダメ。このままだと次あたりで全滅する」

 

「それなんで御座るが。要は、凪砂が死んだことで起こったトラブルで御座ろう?」

 

「それがどうしたの」

 

「生きてるかもしれないで御座る。さっき、少しながら彼女の呪力を見出したでござるよ」

 

「……探しにいくよ。ちょっと二人呼んできてて」

 

 




戦います。よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

《剣豪摩訶》を追いかけて

前話で主人公の名前にルビ振ってないのに気付いたので振ることにしました。栞凪凪砂(かんなぎ・なぎさ)とバーミリオン・ラズベリーです、以後よしなに。


「ラズベリーさん。あの襲ってきた犬、どこの奴って言いましたっけ」

 

「襲って……あー、《死海連合》のことね」

 

「いつお礼参り行きます?」

 

「行かなくていい行かなくていい。アレは『うっかり深淵覗いて知識を得たはいいものの、根っこが善良な中学生な上技術も伴わない』の連中だから……犬も死体を目にしない限りは可愛いチワワだし、それ以外も脅威じゃないわ。時間かければ一人でもしばけるし」

 

「いえ、それはこの辺の書類で確認したんすけど……でもケジメってものが」

 

「なくていいなくていい。それより目立たないのが重要なの、《死霊術師》は」

 

「でも」

 

「もしかして私マジの狂犬拾った?」

 

 

 

 栞凪凪砂(かんなぎ・なぎさ)――私が《死霊術師》バーミリオン・ラズベリーに蘇らせられ、「することもないし彼女に協力するか」と決めてから早数日。

 

 私は彼女のねぐら(ボロッボロのアパートの一室。不動産屋の情報ではトイレも風呂も窓もないらしいが、彼女の部屋は時空が歪んでいてなんかめちゃくちゃ綺麗)に居着き、国内各勢力の知識を片っ端からインプットしたり、彼女の作った飯をかっ食らったり、寝たりしていた。

 

 

 

「あーあ……一瞬便利かなって思った私がバカだったわ……」

 

 

 

 こんなことを言っているが、私のことを追い出そうとはしない。むしろ適当に野宿でもしようとしていた私の腕を引っ掴んで引き止めてねぐらに連れ込み、「死霊術師として働くんだから」と言ってフリッフリの黒ゴス系の服(制服らしい。男はどうなるんだろう)まで貸してくれたのは彼女の方である。そもそもが別組織の尻拭いを勝手にする組織なのだ、魂の形が善良なのだろう。

 

 

 

「……何考えてるか知らないけど、適当なとこで寝られて、発見されて『生きてる』って知られたら面倒だから。それだけよ」

 

「え、挨拶しに行っちゃダメなんすか」

 

「ダメに決まってんでしょ……!! というかそんなことする気だったの!?」

 

「資料読むので忙しかったんでなかなか行けなくて……でも一応一通り目は通しましたよ」

 

「えっ全部……? ……でもそうね、それは……その素直に凄いというか……とにかく! 家に居てくれて良かったわ!」

 

「……なんでそんなに会いに行っちゃダメなんすか? 直接顔合わせたら術が解けて泥の塊になるとか?」

 

「……逆よ」

 

 

 

 ラズベリーさんは、ちょっと言いにくそうに、頭を搔きながら口を開く。

 

 

 

「……《死霊術師》の蘇生魔術って、文字通り『完璧』なの。一度蘇生したら寿命死まで持つし、なんかの妨害で止まることもないし、何なら寿命死でも若返らせて蘇生させられるし、情報収集式オフにすれば痕跡ほぼゼロだし」

 

「は?」

 

「そんなのが毎日元気に命の奪り合いしてる連中にバレたら、《死霊術師》は全員いいとこペット、悪ければ死ねもせず毎日切り刻まれることになるわけ。分かったかしら?」

 

「……なるほどぉ」

 

「……ちょっと引いてない?」

 

「や、凄すぎて言葉が出なくて。習得もさぞかし大変だったんだろうな、と……」

 

「でしょーーっ!?」

 

 

 

 チョロくて良かった。

 

 

 

「私みたいに16で実戦投入レベルまで活躍してるの、かーなーり希少なのよ! もうほんとに苦労を――」

 

「興味ありますけど、もう出るんじゃないんすか」

 

「じゃあ道中で解説したげるわ!」

 

 

 


 

 

 

「おー、さっっっぶ……!! この時間に警備のバイトなんてするもんじゃないわ、ホント」

 

 

 

 時刻は午前2時。俺は給料の良さに釣られたことを激しく後悔しながら、駅ビルを巡回していた。

 

 先輩は良い人揃いだがそれにしたって、という感じである。どうせ何も起こらないんだし、適当にサボって……と思ったとき。

 

 

 

――カン、ガキン、カンカンカン……

 

 

 

「……ん?」

 

 

 

 何か、鉄の塊がぶつかり合うような音が聞こえた。周囲に人の気配はなく、見えてる範囲でそんな音を立てそうなものもなく……

 

 

 

「……換気扇のダクトを通して、聞こえてきてる……?」

 

 

 

 真上を仰いでそれが目に入った瞬間にほぼ唯一の可能性に気づき、急いで管理室にあった図面を思い返す。この辺のダクトが繋がってるのは――屋上だ。持っててよかった、手癖の悪さと完全記憶能力。なければ気づいても辿れなかった。

 

 

 

「注意しなきゃだもんな、全く……よーし」

 

 

 

 息が上がるのにも構わず、階段を駆け上がって屋上を目指す。警備の仕事なんて本当は何もないのがいい……のは重々理解していたが、不謹慎にもワクワクが止まらない。ひょっとしたら見たらマズイものなのかもしれないが、それでも新しい世界を見たいのだ。昨日と同じ今日には飽き飽きなのだ。

 

 そうして、屋上一歩手前まで走りぬけ、最後の踊り場でターンしたところで、

 

 

 

「オラッ」

 

「うっぐへ」

 

 

 

 誰かに思いっきり腹を蹴られて、たまらず体がくの字に折れたところで頭にもっといい一撃を食らい、俺は意識を失った。

 

 

 


 

 

 

キンキン、ガギンガン、グワラグワラ。

 

 ドアを一つ挟んだ先の屋上から聞こえる、剣戟の重低音を聞きながら。私は気絶させた警備員の男の転がし方を模索していた。階段なので適当に置くとずり落ちていきそうで困る。

 

 

 

「やるじゃないナギサ。手際がいいわね」

 

「ラズさん、これどうしとけばいんすか」

 

「決定的瞬間を見たわけじゃないし、アレ食らえば記憶も飛ぶわよ。一旦そこに寝かしといて――ラズ? 私の名前がラズベリーだから?」

 

「ダメすか」

 

「……まあ、いいけど。どっちかって言うとそっちは名字で」

 

「唸れ『灘斬峠(なだぎりとうげ)』ッ! このビルをあの男の墓標に変えてやれ!」

 

「ノンノンだよそんなの、墓石は日本列島がすっぽり収まるくらいデッカいのって決めてるからね! 報いろ『彼鉈(かなた)』!」

 

「「うるさっ」」

 

 

 

 屋上で斬り合いをしていた連中がドアをぶち抜き、大声で煽り合いながらこちらに突っ込んできたことで私たちの会話は中断された。

 

 突っ込んできたとは言ったが、攻めに攻めている大柄な武人の方も、飄々と受け流すホストみたいな方も私たちに気づく気配はない。そのまま真横を通り過ぎ、階段を踏み砕き、壁に傷を残しながら駆け下りていった。

 

 

 

「……《剣豪摩訶》。『斬り合いにしか興味がない異常者の集まり。江戸時代から脈々と続く日本刀版ファイトクラブ』――ですっけ」

 

「あいつら異能もクソもないから目撃者対策が『見られたら鏖殺』しかないのよね……ホント、誰のおかげでバレずに済んでると思ってるのかしら」

 

「でもアレ概要読む限りだとバレたらバレたで生き生きと"証拠隠滅"しそうっすよね」

 

「本当に滅んでほしい……」

 

「……嘆いててもどうにもなりませんし、仕事始めましょ。教えてくれるんですよね?」

 

「……あー、そうね。そう……よし」

 

 

 

 猪みてえな暴走男どもに頭を抱えていたラズさんが立ち上がる。

 

 

 

「隠蔽対象、《剣豪摩訶》の白兵戦闘――やるわよナギサ。出勤までに間に合わせるわ」

 

「いよっしゃ、何だって命令してください」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「基本は壊れたところに【蘇生】当てるだけなんだけどね……【蘇生:内壁ssw4-5】っと」

 

「うお、ギュンギュン巻き戻ってる。この前も見たけどキモっ」

 

「また壊れるかもだけど、ちまちまやらないと間に合わないのよね……」

 

「私も出来たら早いんすけどね……いや、意外と……?」

 

「……どうかしら。呪力とかって《死霊術師》の基盤術力と同じ?」

 

「ワンチャンそう……あーでも、私の呪力、拳にしか詰められないんでミスるとただのパンチに」

 

「OK、今はやめときましょう。もう一遍壊れて気づかれたら目も当てらんないわ」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「zzz……」

 

「あ、さっき拾った奴戻しときますね。そこ警備室なんで」

 

「ちょっとちょっと、普通に他の警備員いるでしょ。背負って入ったらバレ」

 

「……いや、杞憂っすねそれ。中に人いないっす」

 

「もう開けてんじゃ――ワンオペ? このサイズのビルを?」

 

「これ見てください。防犯カメラの映像なんですけど、ラズさんが直したエリア以外全部見えてないです」

 

「そういえばカメラ全部切り捨てられてたような……」

 

「シフト表見るにあと2人いて……たぶんカメラがぶった斬られたところで、ここに詰めてたのが確認に行っちゃったんだと思います」

 

「……で、戻って来てないってことは……ズバーーッと?」

 

「恐らく」

 

「最悪ッ…………!! 死体が二個!?」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「拾ってきました」

 

「あーあー血まみれじゃないもう……下のフリフリは制服だし替えあるけど、そのジャンパー私物でしょ?」

 

「別に……気にしては……?」

 

「いいから後で洗うわよ……で、どこよ死体は」

 

「こっちの台車載せてきました」

 

「ウワッ真っ二つ……! 現代日本でやらないでよこんなの!!」

 

「『蘇生は完全』って豪語してたんで一瞬いいかなって思ったんですけど、どうせ片付けるんで上下回収してます」

 

「最高よ、おまけに30分で終わってるし。やっぱ肉体労働は得意なのに任すのがいいわね」

 

「目あった時はマジビビりしましたよホント。死霊術の人払いすごいっすね」

 

「でしょ――いや見えなくても怖すぎないそれ」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

『馬鹿にしやがってェ―――ッ!!!!!!』

 

「ウワーーーッ駅ビルの上部分が斜めにぶった切れて商店街の方に―――ッ!?!? 蘇生の手間が増え」

 

「――止めます、この前の呪力動かす奴ください!!」

 

「えっ、ちょっ、3階から飛んで……あーもう、【緊急蘇生:能力回路/30秒】!!」

 

「――破ッ!!」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「な……なんとかなりました……ラズさん……!!」

 

「う……うん……うわ、ホントに家潰すギリギリで止まってる……」

 

 

 

 飛び降りた駅ビルは西側の壁が完全に斬り捨てられており、反対側の窓ガラスの向こうで白み始めた空が見えるようになっていた。

 

 向こうの戦闘も終わったのか、金属音は止みラズさんも魔術でゆっくり降りてきた。長い長い夜だった。週刊連載マンガだったら単行本一冊分にはなる。

 

 

 

「その……つかぬことを伺うんだけど、どうやって止めて……?」

 

「……あー? 呪力パンチの衝撃をいい具合に流し込んで、とんがった部分を地面にぶっ刺して……」

 

「……途中で黙られると怖いんだけど」

 

「あ、じゃあ言っちゃうと自分でもよく分かんないです。なんで出来たんですかね」

 

「ごめん、そっちの方が怖いかも」

 

 

 

 そういうわけで、袈裟斬りで斜めに両断されたビルの上半分(正確には2階から最上階まで)は、私の努力によって、眼前でアスファルトに突き立って静止していた。

 

 正直自分でもよくやったと思う。「外壁のアスファルトぶっ壊さないように衝撃だけ下に流す」とか狙って出来る気しないし、そもそも真上から降ってくるこのサイズのものに対峙してるし、窓ガラスは壊れちゃったから降ってきた破片が痛いし。

 

 

 

「でもそのおかげで……ほら。一応向こうから見た時に違和感は感じない仕上がりじゃないですか?」

 

「それは……そうね。変に粉々になってたりしたらアイツら勘づきそうだし」

 

「……これ下手に復旧したら向こう勘づきますよね」

 

「じゃあどうしろってのよマジで……なんか、向こうの上の方で上手い事説明とか――」

 

 

 


 

 

 

――『花蘇芳落とし』。《剣豪摩訶》に伝わる、正真正銘“命の奪い合い”を目的とした立ち合い方式。

 

 

 

「……チェッ。番付上位、『剣刃』称号持ちなら……と思ったけどこんなもんか」

 

 

 

 剣刃十三位、名刀『灘斬峠』を扱う大男。彼こそがビルを砕くほどの一撃を放った張本人――であったのだが。

 

 今、彼の首は胴から離れ。対峙していたもう一人……二回りは体格の小さい優男、夕暮崎血祭(ゆうぐれざき・けっさい)の左手でポンポン投げて遊ばれていた。

 

 

 

「派手なのは最高だけど、ちょっと雑過ぎ。人斬りの業で人以外斬りに傾倒してどうすんのさ」

 

 

 

 今夜の花蘇芳落としにより、剣刃十三位の座は血祭の元に移動。18歳での剣刃就任は史上最年少のため名誉であるが、彼の顔は鬱々としている。

 

 

 

「あーあ。もっと長ーくイカれた連中と死合いたかったんだけどな」

 

 

 

 一言嘆いて、

 

 

 

「ちょろちょろ警備員の死体拾って回ってた奴ら斬り捨てて帰ろっと。変な感じしたけどまあ見つかるでしょ」

 

 

 

 「死霊術師の魔術を無視して捕捉している」という、ラズベリーが聞いたら卒倒しそうなセリフと共に歩き出す。

 

 そう、獣めいて研ぎ澄まされた第六感を持つ人類の上澄みの方は、大抵の気配を察知できるのだ。その上澄みに遭遇しないと気づけず、気づいても共有前に斬り殺されるため死霊術師間では広まっていない。

 

 とは言え、彼の第六感はこの戦いで目覚めたばかりだ。戦闘中の集中力でないと上限値は出せず、それ故に今の気が抜けた状態では見つけることはできない。適当に諦めて昼ごろに帰ることになる。

 

 

 

「『彼鉈』もお疲れー。帰ったら綺麗に研いだげるからね」

 

 

 

 そのはずであった。

 

 

 


 

 

 

 ……ヴーーーーーッ!! ヴーーーーーッ!!

 

 《陰陽少女隊:言祝ぎ千鳥》の『白海の巫女』、桐野奏の自宅。

 物の少ない落ち着いた部屋に、スマホのバイブ音が響く。……朝4時に。

 

 

 

「……うっさい太郎丸!! 今何時だと思って」

 

『凪砂殿の呪力がしたで御座る!! 駅の方から!!』

 

「2分で行くわ。みなせとミカは?」

 

『二人とも不眠症になっちゃった故“ちゃっと”のみにて反応したで御座る』

 

 

 

 変化の呪符(起動すると改造和装のコスチュームを着装できる)と連絡用のスマホを引っ掴み、鍵もかけずに家を飛び出す。

 

 

 

「――全く心配させんじゃないわよ、凪砂のバカ……!!」

 

 

 

 とはいえ《言祝ぎ千鳥》には、第六感を持つものがいない。呪力に気づいた太郎丸も、その力は陰陽師の名家の生まれゆえ仕込まれた技術だ。ルーツの異なる《死霊術師》の術式を知識0から辿りはできない。

 

 奏はそのことを知らず――あるいは、知っていたとしても走り出したかもしれないが。そもそも《死霊術師》に気づけていない彼女たちの努力は、無駄足に終わるだろう。

 

 

 

「――『陰陽道回路形成、白海の界に接続』『装束起動』『陰陽少女態形成』――!!」

 

 

 

 そのはずであった。

 

 

 


 

 

 

「ン、ンン……少々心苦しいですが、これもやがて来たる戦いへの下準備というわけですな」

 

「では、再生(プレイバック)としますか――〈魔法少女とチョコレゐト〉

 

 

 


 

 

 

 ――その瞬間。空が暗転し、幼稚園児の絵のような月と星が昇った。

 

 

 

「……ほお? 面白いじゃん」

 

 

 

「――見つけたわよ太郎丸! アレも凪砂でなんかしてる怨霊魔女の仕業!?」

 

「いっいや怨霊魔女の気配ないで御座るよ!? 出現周期も合わないで御座るし!!」

 

 

 

「わっ、大規模。こういうの資料では見てない気します」

 

「……あー……最悪」

 

「どうしたんすかラズさん。犯人がまた厄介な勢力なんすか」

 

「……似たようなもんね。無知は最大の敵っていうし」

 

「?」

 

 

 

「――新規発生の世界観(テクスチャ)よ、アレ。めんどくさいタイプの残業になるわ」

 

 

 

 落書きの夜は駅の周囲を包むようなドーム状に広がり、その中心でカラスのような落書きが蠢きだす。

 

 夜は――それも、4つの世界観が交雑する夜は。まだまだ終わらない。

 

 

 




風呂敷デカくない?(素朴な疑問)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四重奏(死霊術師×剣豪×陰陽魔法少女×???)の夜

きつすぎるっぴ


 初手で動いたのは、バーミリオン・ラズベリーだった。

 

 

 

「――【自己蘇生:原初五感】……あ、ダメね」

 

『凍てつく散針』『階』『ヒュットボルデの風雪ぎ』――【時限殺害:実体×挿話記憶】

 

 

 

 ラズベリーがそう呟くと、超巨大な魔法陣がドーム全域に広がる。それに触れると、突然降りた闇の帳に右往左往していた通行人(朝4時なので非常に少ないが)の姿が薄れていった。

 

 

 

「何したんですか?」

 

「五感強化して状況確認して、一般人弾かないタイプの結界だったから全員無力化しといたわ。実体消したから攻撃喰らわないし、エピソード記憶もできないからバレないし」

 

「なるほど、とりあえず露呈はしないと……というか今『殺害』って言ってませんでした?」

 

「……? 生と死は表裏一体でしょ? 蘇生司ってるんだから殺害もある程度は自由自在に決まってるじゃない」

 

「すげ〜」

 

「ただ時間制限はあって……後で詳しく教えたげるけど、それより状況よ! この結界――仮に『夜の結界』って名前にするけど、中心に据え置かれた精神生命体が起点に――」

 

 

 

 さて、読者諸兄に軽く解説しておくと、この【時限殺害:実体×挿話記憶】は実体破壊処理とも呼ばれる、《死霊術師》流の一般人除けである。彼ら《死霊術師》は、ド派手に見えるところで街を壊す癖に人払い手段を持たない連中が立ち会うとき、あるいは「人払いの技術体系が存在するか分からない新規の世界観」とぶつかったときにこの術式を起動する。

 

要するに《死霊術師》にとっては通常の封じ込め処理、それが行われたのだが。今回に関して言えば、ある一点において悪手であった。

 

 それは、一般人を弾く魔法陣が、位置偽装も噛まさずに術師のラズベリーを中心に展開したこと。ここまで攻撃を受けてこなかったことから、彼女は「《剣豪摩訶》が死霊術師の工作に気づいていない」かつ「他の勢力は介在していない」という前提で動いていたため無理もないが、実際のところそうではない。

 

 

 

「だから今回に関しては私が封印するわ。ナギサはまあいい感じに――」

 

「ラズさん!!」

 

「え?」

 

――報いろ、『彼鉈』

 

 

 

 剣士が空を蹴り、術師に向かって刀を振るう。説明に夢中になっていたラズベリーに代わり周囲を警戒していた凪砂は、一瞬早くそれに気づき。

 

 ラズベリーを思いっきり突き飛ばし、代わりに斬撃を受け。肉体が「頭と右腕」「それ以外」の2つに分かたれた。

 

 

 

「うっわ、マージで居たんじゃん嗅ぎ回ってるネズミ! というかあの地面の紋様何!」

 

「に……に、げ……」

 

「……《剣豪摩訶》! 何で気づいてんのよマジで……!」

 

「……勘?」

 

「野生児とかいう奴は……! 百歩譲ってそれはいいけど何で実体破壊処理くぐり抜けてんのよ!!」

 

「あー、あの何かムカムカする奴なら斬ったけど……やっぱりアレもキミ!?」

 

「最悪!!」

 

 

 

 剣刃十三位、夕暮崎血祭。彼は《死霊術師》の名前こそ知らなかったものの、第三者の介在には気づいていた。分かりやすい位置情報まで示されれば、その抜きん出た第六感による特定は一瞬だ。

 

 はた迷惑な乱入者は、既に斬った凪砂に一切の興味をなくし、ラズベリーへの攻撃に移行する。

 

 縦斬り、踏み込んで斬り上げ、斜め、突き、突きの勢いで懐に潜り込んで横斬り――

 

 術式で身体能力を無理矢理引き出し、発動に用いる鉄杖で一手一手を受け続ける。鉄杖は一撃受けるだけで真っ二つだが、循環蘇生《リジェネ》がかけられているため一瞬後には再生し、次の攻撃を受けるのに使う。

 

 殺害術式での対応も考えるが、その選択肢は選べない。【殺害】はしっかりめの詠唱がいるためデカい隙ができる上、仮に撃てたとしてもその魔術を斬って対応してくるだろう。

 

 

 

「よく凌いでるじゃん!」

 

「うっ、さい……! 何、で、身体能力、だけで……!」

 

「その考えはノンノンだ、一つ覚えておいてくれ。明治以降の剣士の業は『相手の武器が何だろうと勝つ』ように発展してるのさ……!」

 

「ふざけてるわね、ホント――」

 

 

 

 そして、もう1勢力。

 

 

 

――恐み恐み申す!

 

「ちょっ、危なっ」

 

「何これっ……斬り応え違うね?」

 

 

 

 斬り合い(片方が斬ってるだけ)の中間地点に、光弾が降り注ぐ。ラズベリーが大きく下がって避け、血祭は斬り落とし、揃ってその使い手を見上げる。

 

 

 

「……貴女らは本当に関係ないでしょ!? 何でいるの?!」

 

「そんな訳、ないに決まってるじゃない……! 凪砂は何処にいるの、説明しなさい!」

 

「そう言えばそうだった……!」

 

 

 

 《陰陽少女隊・言祝ぎ千鳥》。こちらは血祭と違い第三勢力に気づいてすら居なかったが、それでも巨大な魔法陣とその中心に突っ込んでいく異常未成年男性を見逃す程に低レベルではない。

 

 既に4人全員が変身《法衣着装》を終え、空中に何らかの呪術で浮遊している。攻撃が来るまで気づかなかったのを見るに、恐らく高速移動の能力も持ち合わせているのだろう。

 

 斯くして、ここに三つ巴が成った。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 地の利と数の利は《陰陽少女隊》が、戦闘能力は血祭、現状の理解度はラズベリーが優位を保っている。

 

 ただこのまま戦闘に移行すれば、この中でラズベリーのみが微不利を取るだろう。ので、

 

 

 

「――貴女らが探してる人はそこで死んでる! 犯人はそこのホスト!!」

 

「は?」

 

「えっ」

 

「急に何?? まあノット・ノンノンだけど――うおっと」

 

 

 

 ヘイトを擦り付けた。数秒固まっていたが、陰陽少女隊のうち2人くらいが血祭に突っ込んだのを見て、建物と建物の間を縫うように走り出す。

 

 

「――へー、いいじゃん。結構やれる感じ?」

 

「茶化すなあああっ!」

 

「よくもっ、よくもっ……!」

 

「ちょっと二人とも焦りすぎ……あーっ、もう一人逃げてるし!」

 

「ここは二人に任せて追った方がいいで御座る! あの魔法陣がどの怨霊魔女由来か確かめねば――」

 

(――2人は追ってくるわね。あー、最悪)

 

 

 

 ダッシュで逃げつつ、戦況を考える。一瞬捲ったように見えるが、現状はかなり厳しい。何せ、

 

 

 

(中心の精神生命体、どんどんデカくなってる。……暴れだすのも近い)

 

 

 

 そう。

 

 本来の彼女の仕事である、新規発生の世界観の隠蔽――それに一切取り掛かれていないのだ。

 

 

 

(魔法少女が結成してない、みたいに……世界観が発生したての頃は、暴力装置への対抗手段がないことも多い)

 

(つまり私達死霊術師が封印とか殺害とかすることになる、んだけど……)

 

 

 

 走りながら別の術式を起動する。それは、仲間の《死霊術師》と連絡を取り合うための物であり……現状反応はない。

 

 

 

(……外界隔絶型ね。ぶち割るには暫くかかる……要するに)

 

(『私だけで』)

 

(『追っかけてくる剣士と女を何とか御し』)

 

(『記憶処置をかけ』)

 

(『一般人が増えてくる前に敵キャラを何とかする』――絶望的ね)

 

 

 

 悲観論を脳内でぶち上げるが、ラズベリーの表情は暗くない。駆け回りながら後ろを確認しつつ、必死で打開策を練る。

 

 確かに数日前の彼女だけであれば、絶対に不可能な事業であった。その場合は血祭と陰陽少女隊が即座には衝突しないため逃げの難易度が上昇、あるいは初手の斬撃で行動不能を引いていたであろう。

 

 だが。

 

 

 

「こっちには体さえ動けばどんなとち狂った選択肢でも真顔で突貫できる真実《マジ》の狂犬がいんのよ。どうとでもしてやるわこんなの」

 

 

 今の彼女は、強い手札をもう一枚握っていて。

 

 文字通り現在死んでるそれを、蘇らせる手段を持っているのだ。

 

 

 


 

 

 

「うおおお止まれ止まれ止まれ!!おぬし速いで御座るね!?!?」

 

「加速呪法もう一段乗せるわ!! 『白亜の界より白海の界へ』『急急如意令』!!」

 

「だーーっなーーんで追いついてきてんのよ貴女た危ないわね!!」

 

 

 

 《陰陽少女隊:言祝ぎ千鳥》、謎の少女追跡班。

 

 勅使河原太郎丸、そして桐野奏は、恐らく同年代の少女を全力で飛行術式を吹かし、呪力のこもった攻撃を撃ちまくりながら、偽りの夜の街を走り回る。

 

 厄介な相手だった。普段相手取る怨霊魔女は自分たちの何倍も大きく、それ故に鈍重であるため追いかけっこの必要はない。そのため追跡に関して言えば専用の術式もなく、ただ加速して移動するくらいしか手段がない。

 

 問題なのは、

 

 

 

「……バレてないとでも思ってんの!! 【瞬間蘇生:生混凝土】ッ!!」

 

「っ、……奏殿!! この女面倒で御座る!!」

 

「知ってるわよ、こんだけ見てれば……!!」

 

 

 

 速度だけではギリギリ追いつけないくせに、取ろうとした搦め手の発動前に悉くを潰してくるのだ。

 

 今だって、太郎丸が一瞬下がって別の路地に入り、挟み撃ちの構えを取ろうとしていた。

 その路地に入る直前に、陰陽少女とは全く別体系の術式を走りながら編んでぶっ放し、路地の壁を生コンクリの濁流に変え。

 ルートを再構築しようとした隙をつき、術式を唱える際に詰まった距離を再度突き放すように走る。

 

 結果的に、一定間隔まで追いすがって以降、ギリギリ追いつきそうになり、また距離を開け……を繰り返され。そこそこの時間を稼がれていた。

 

 

「……でもそれは、諦める理由になんない、のよ……!! 踏ん張るわよ太郎丸!!」

 

「しつこい!! 諦めないにしたって限度はあるでしょ!!」

 

「煩いで御座る!! 早くナギサに何があったか説明するで御座る」

 

「目的そこならそんな全力で追いかけるんじゃないわよ!! 張ってる弾幕普通に死ぬタイプの奴でしょ!?」

 

「じゃあ聞くけど素直に教えて下さいって頭下げたら教えてくれた?」

 

「は? 私達のことカタギに教えられる訳ないじゃない、機密事項よ」

 

「マジでぶっ殺すで御座るよ」

 

 

 

 太郎丸の目が据わるのを見て、追いかけっこの相手は身震いするが、自信ありげな表情は崩さない。

 

 

 

「ッハ! とやかく言う割に結局追いつけてないじゃない貴女たち!」

 

「――ふふっ」

 

「何笑ってんのよ」

 

「いや、少々舐め過ぎで御座るなと思って御座ってな?」

 

 

 

 刹那。

 

 彼女たちの追跡劇で辿ってきた経路……それが眩く発光し始める。

 

 『夜の結界』が貼られている故確認はできないが、航空写真でこの道のりを眺めると、陰陽師の使う呪符の紋様と酷似していることが分かるだろう。

 

 

 

「封印の印符に記される式、アンタの足跡で再現させてもらったわ」

 

「追いつけたらそれでいい故"さぶぷらん"で御座ったが……ここまで上手く行くとは思ってなかったで御座るな」

 

 

 

 もちろん相手も無抵抗でやられるタマではない。即座に鉄杖を手繰り術式を展開し、対抗しようとするが、

 

 

 

「チッ、瞬間蘇生――!?」

 

「おー、やっぱり発動せんで御座るか」

 

「地脈式と内経式のどっちか分からないけど、どっちも止めれば関係ないのよ。――恐み恐み申す」

 

「ッ、ハ……!」

 

 

 

 術式が起動しない。地面を崩す、建物を崩す……とにかく道を断ち切って封印を阻害する、全ての試みは閉ざされる。

 

 相手にとってはよく分からない文字列が実体を得て、地面から山のように押し寄せ、手、足、胴を縛り上げる。ここに封印は完成した。

 

 

 

「うっ……あーーっ、油断したわ……! 呪言分からないとはいえ、道で式作るのはたまにあるのに……!!」

 

「負け惜しみで御座るねえ」

 

「……で、あなた何なのよ。『呪言分からない』んならあの式何?」

 

「……確かにで御座るな。そもそも怨霊魔女だとするとマトモに会話出来るパターンは初めてで御座る」

 

「言っとくけど何も吐かないわよ、ナギサの時めちゃくちゃに書類書かされたから萎えてんの」

 

「組織人なの? このフリッフリのゴスロリで?」

 

「そっちだって殆どコスプレじゃない。『裏側でも社会ちゃんとやってて超可愛い地雷系ファッション』と『裏側だとデカブツぶん殴って終わりのコスプレ女』、どっちが上だと思う?」

 

「ねえ太郎丸、ミカ引っ張ってきてこの女の体蟲の巣にしてもらいましょ」

 

「妥当で御座るな」

 

「うーん流石にちょっと苗床化はヤバいかもしれないわね」

 

 

 

 あんまり慌てた様子のない声に、陰陽少女の2人は顔を見合わせる。

 

 

 

「……何か仕込んでるわねコレ」

 

「さっさと外してふん縛るに限るで御座るな。人質に取って脅せばあの日本刀野郎もワンチャン止まるで御座る」

 

「あれ別勢力だから関係ないわよ」

 

「は?」

 

「ついでに言うとこの『夜の結界』も別勢力。私脅してもどうにもならないわよ」

 

「ヤッバ」

 

「……それから。油断してたのは本当だけど、向かってる先が誘導されてなかったらそれだけで良かったのよ」

 

「……?」

 

「貴女らが付いてきたので組んだプランだけど、結構いいと思うのよね。実際、多少何されても本体が受肉しちゃえばその混乱で吹き飛ぶし」

 

「……待って。情報量多すぎるけど、とりあえず誘導してたってどういう――」

 

 

 

 質問台詞は、建物が倒壊し。既存の道が崩壊し、呪言が不成立となり拘束の文字が崩れる爆音で掻き消された。

 

 

 


 

 

 

よるのまんなかで、「からすくん」はめをさましました。

 

よるはくらくて、こわくて、さみしくて。

 

〚……hcId esSimRev hCI〛

 

おもわずこえをだしたら、やけにひびいて。

 

〚rettuM〛〚eiS dnis oW〛

 

わんわんと、なきだしてしまいました。

 

よるはもう、()()()()()()()()()

 

 

 


 

 

 

「……ん?」

 

 

 

 血祭は、『彼鉈』を軽く振って纏わりついた血を落としながら爆音を聞いた。

 

 

 

「カハッ……ァ……ッウッ……」

 

「ミ……ミカ、ちゃん……凪砂、ちゃ、うぼェっ、えぇ……」

 

 

 

 陰陽少女隊(名乗っていたので覚えた)は中々に面白い相手だったが、肉弾戦闘の経験値が如何せん足りない。やりたいことは筋がいいしよく分かるが、雑に立ち回っても勝ててしまった。

 

 もうちょっと寝かせて再戦するため、彼女たちは九割殺しくらいで放置。興味は既に、先程のラズベリーの方に戻っている。

 

 

 

「あの子、向こうの方で何か凄い事して――」

 

〚ehärKehärKerKehärKehärKehärKehärK!!!!!!!〛

 

「うわうわうわ思ったよりヤバいじゃないコレ!?」

 

「あんな自信満々にやっといてなんで全力で大逃げしてるんで御座るか!?」

 

「うるっさいわね『完成したアレを貴女らとぶつけてワヤクチャにする』まで行ったから私的には十分なのよ!!」

 

「――なんかだいぶミスってるっぽいね」

 

 

 

 轟音の方を見ると、ラズベリーと追いかけていった陰陽少女隊の片割れが揃って、落書きみたいな巨大な鴉(ビームを乱射している)からダッシュで逃げていた。さらなる難敵を前に団結したらしい。

 

 

 

「――あ! ようやく見つけたわよ《剣豪摩訶》の野郎!」

 

「……こっちに真っ直ぐ走って……あー、押し付ける気なのね」

 

「チッ気づいてんのね……まあいい、任せるわ。【瞬間蘇生:時限回廊ol575】

 

「は!? あのアマ消えたで御座るか!?」

 

「ちょっ……一旦私たちも避けるわよ!」

 

「……ま、いいか。どうせアレからは出られなさそうだし、倒してからでも会えるでしょ」

 

 

 

 少女たちはてんでバラバラに逃げ出すが、血祭の目はそこには向かっていない。真っ直ぐに異形の鴉を睨んでいる。

 

 

 

前十三位『灘斬峠』(ぜんにんしゃ)みたいな、デカブツ相手の戦闘もやってみたかったんだ。よろしく頼むよ」

 

 

 


 

 

 

「……さて。【純蘇生:f-163-49-A-n.】

 

 

 

 凪砂は、ラズさんの声で意識を取り戻した。胴体は繋がっている……失血の気配も感じない。全身よく動く。

 

 周囲を見渡すと、どうやらレストランか何かの中にいることが分かる。さっきの場所から移動されてきたらしい……依然として空は落書きの夜だ。

 

 

 

「――状況は!」

 

「うわっ感慨なしで一瞬で戦闘モード入ったわねこの狂犬……」

 

「状況はっつってんですよ!」

 

「分かった分かった……! さっき言ってた『夜の結界』は健在! その核となってた精神生命体が受肉、暴れ回ってるけど《剣豪摩訶》ぶつけて取り敢えず誤魔化してるわ!」

 

「了解っす」

 

「あと貴女の元同僚がなんか来てるわ。私が日本刀野郎と組んでナギサで遊んでたと勘違いしてたっぽい」

 

「了解っす。じゃあぶっ殺せばいいですか、躊躇とかはしませんが」

 

「人の心とか死んでる……!?!?!?!? い、今んとこは放置、放置でいいわよ!!!!!!!」

 

「了解っす」

 

「ナギサ、本当に怖いわよ……!?!?」

 

「雇ってもらってるのに即死とか恥ずかしくて仕方ないんで。挽回のチャンスに気が逸ってました」

 

「そう……」

 

 

 

 一通り詰問して、状況を把握し、じゃあ何をすべきか考え出したところであることに気づく。

 

 

 

「……あれ、ラズさん」

 

「何?」

 

「さっき『封印する』とか言ってたじゃないですか。それは止めたってことすか」

 

「あー……そうね」

 

「なるほど。やっぱあの剣豪にぶつけて狩るためなんすか?」

 

「……いや。実のとこ、受肉して一通り暴れて陰陽少女散らしてもらったら、一遍封印して逃げに徹しようと思ったのよ」

 

「ほう」

 

「それで仕切り直し、結界貼り直せば陰陽少女からも剣豪からも気配誤魔化して行動可能。後はナギサ蘇生して、両方奇襲して対処すれば……って思ってたんだけど」

 

「けど?」

 

「……あの精神生命体、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……ほう」

 

「『なんでか』は一旦置いとく。問題は、私……ひいては《死霊術師》の用意してた策が全部通らなくなったこと。つまり」

 

「……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「ご名答。ついでにいうと我々の人払いは永久に維持できる代物じゃない」

 

「具体的には」

 

「使ってるやつは一時的に存在を殺害して干渉できなくすることによるものだから、起動から3時間すると実在側に引き戻せなくなる」

 

 一息。

 

「要するに、タイムリミットに達したら、私の手で大量殺人か異形の怪物に轢かれて大規模死亡事故か……どっちかが恐らく起こるわ」

 

 

 

 ラズさんは、震える声でそう言いながら私を指した。その動きは、起こり得る最悪の事態の予測を恐れつつ、それでも立ち向かわんとするもの。

 

 

 

「私だけだったら本当に詰んでる。諦めてるかもしれない……でも、貴女がいる。純粋に頭脳が2倍、死霊術師に頼らない暴力手段もある」

 

 

 

「考えるわよ。あの化け物をなかったことにして、世界に平和な朝をもたらす方法――残念ながら、《死霊術師》の仕事ってこういうのなのよね」

 

「上等です」

 




毎日更新人、怖すぎる


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

《ドリヰム・パレット》におはよう

明日テストです(白目)


eEEEEeehhäääääärKKkkK!!!!〛

 

「ほい、ほい、ほい! いやー一撃一撃が重いねえ、序列七位くらいなら狙えるんじゃないの!?」

 

 

 

 朝5時近く、落書きみたいな夜空の下。巨大な怪物と、夕暮崎血祭が相対している。

 

 あまりの体格差ゆえに、真っ当な攻防の形にはなっていない。一方的に黒い獣が腕を振り回し、光線を振りまき、五体の一部を変貌させて異形の攻撃を行い、そのことごとくを無理やり凌ぐ。むしろ災害そのものに例えてもいい巨体に日本刀一本で立ち向かえている事実を褒めたたえるべきなのであろう。

 

 そして、血祭は。

 

 

 

「んじゃあそろそろ、重めの一撃をば」

 

 

 

 そのような褒めで満足するような、甘ったれた男ではない。

 

 

 

――報いろ、『彼鉈』

 

 

 

 瞬間、落書きの鴉の頭部、その真下に血祭が踏み込み。

 

 高さがビル並、駅前ロータリーくらいの横幅の巨大な獣が、ひっくり返された。

 

 

 

 


 

 

 

 

〚sSSSssSsAaaaawwwwww!?!?!?〛

 

「すげ〜」

 

「でもダメージ通ってないわよアレ……!」

 

 

 

 私たちは先ほど隠れた飲食店の中から、《剣豪摩訶》の男にカチ上げられる落書きみてえな鴉を観察していた。

 

 確かに派手に吹き飛んだのはいいが……それで悲鳴を上げたりとか、血が噴き出したりとかそういう気配はない。来た方向と逆に吹き飛んで綺麗に着地したことで、壊れる範囲が拡大したくらいしか変わったことがなかった。向こうは向こうで『あの空、変なドームっぽいしぶつけられたらダメージ出ないかな』とかやってたらしいが、その時の私が知る由もない。

 

 瓦礫が飛んできたので部屋の奥の方に下がり、ラズさんと顔を見合わせて相談する。

 

 

 

「術式だけじゃなくて物理攻撃も無効……ねえ、ナギサ」

 

「はい?」

 

「一応聞いとくんだけど、《陰陽少女隊・言祝ぎ千鳥》……だったわよね? の使える技の中に術式でも物理でも無いのあるかしら」

 

「んー……あ、そうだ」

 

「何?」

 

 

 

 私は潜伏している店の、レジ横の一角を指差す。直接の攻撃こそ飛んできていないものの衝撃でボコボコになっており、見るも無惨だ。

 

 

 

「【蘇生】の魔術でちょっとあの辺直せたりしますか? ちょっと確かめたいことあるんで」

 

「……急に何……? まあできるけど。【蘇生:建造物sse-6-345o】

 

「あざす」

 

「何するの? レジから金取るとかだったら死ぬほど殴るけど」

 

「そこまで倫理の点数悪くないですよ、っと」

 

 

 綺麗に修復された一角に立ち、設備を見回し、目当ての物品――固定電話を見つける。受話器を持ち、番号を打ち込んで、

 

 

 

「……あーもしもし太郎丸? 凪砂なんだけどちょっと聞きたいことがあって、そっちの技術体系に物理攻撃でも術式攻撃でもないのってなんかな」

 

「何直接聞きに行ってんのよこの糞馬鹿女!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 物凄い勢いの飛び蹴りを喰らった。

 

 

 

 


 

 

 

「……えっ」

 

「いっ、だだだだだだ……!」

 

「『白海の相は此処に輪転す』……これで一応死にはしないはずだけど、大丈夫? 会話できる?」

 

「あ……」

 

「あ?」

 

「あのクソチャラ日本刀殺人鬼野郎絶対殺す……!!……あでだでででっ」

 

「殺意でも何でも生きる意志があるのはいいわね、まだくっついてないからじっとしてなさい」

 

「……えっ……はあ……ええ……?」

 

「で、何してんの太郎丸。電話術式ってことは上層部から何か来た?」

 

「いや……その……」

 

「何」

 

「今、凪砂殿から直接電話が来て」

 

「はあ!?!?!!?!?!?!!!??」

 

「凪砂さん生きてるんですか!?!?!!!!!??!!?!」

 

「何言ってた!?!!!????!!!!!!」

 

「『陰陽師に物理攻撃でも術式攻撃でもない戦闘技能ないか』って聞いたと思えば答えも聞かず即切りされたで御座る」

 

「「「あの女ふざけやがって!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」」」

 

「同意見で御座るな」

 

 

 

 


 

 

 

「直接聞かなくたっていいじゃないこの馬鹿!!」

 

「さーせん……でも言っちゃダメなのって《死霊術師》隠匿のためっすよね? あんだけガンガン見られてたらもう良くないっすか?」

 

「良くない!!!!!! 後で記憶処置するから隠匿は割と何とかなるしその時に辻褄が合いにくくなるから困るの!!!!!!」

 

「気をつけまーす」

 

 

 

 ラズさんに胸ぐらを掴まれぐわんぐわんと揺すられる。あんまり痛くはない。

 

 

 

「でも答えくらい聞いてからでも」

 

「非物理非術式対抗手段がなくても逆探知くらいはされるのよ。それで襲われたら考える暇も消えるわ」

 

「……なるほど」

 

「それに基本的にどこの勢力もそんなもの持ち合わせてないのよ。今のはダメ元の質問」

 

「じゃあもし持ってたら……あーでもそしたら向こうが勘づいてそれでしばいてくれるから逆にいいか」

 

「陰陽少女隊にできる? 日本刀でボコボコだったけど」

 

「ピンチから立ち直るの得意なんで」

 

「ならよし。じゃあ我々はここからアイツ倒す手法考えるわよ」

 

 

 

 私が応える様子がないからか、それより優先すべきことが山積みだからか。うんざりしたような顔でラズさんは手を離した。

 

 

 

「何かあったら即言いなさい。何かしらのヒントになるかもしれないもの」

 

「……あ、じゃあ質問からいいですか?」

 

 

 

 すっと手を挙げる。室内ゆえか、思考の加速ゆえか、外の騒音が気にならなくなり静寂を感じる。

 

 

 

「そもそも『物理攻撃』『術式攻撃』って一括りにしていいものなんです? 体系が違う技術なら通るとか」

 

「ないわね」

 

「んなばっさり」

 

「冷静に考えてほしいんだけど、人間が瞑想して引き出せる力が何種もあるほうがやばくないかしら」

 

「……まあ、確かに」

 

「うちの研究担当曰く本質的には一、二種類くらいしかなくて、後はその調整次第らしいわよ」

 

「じゃあ調整が変えられる勢力ならあるいは……?」

 

「それが我々、《死霊術師》はあらゆる術式を打ち消せるように即効で対抗術式組めるの。その中でも優秀寄りの私が無理なら――」

 

「あー……」

 

「……さっきから何? 《死霊術師》を信じてないの?」

 

「いや、何かこう、ひっかかりがあって……」

 

 

 

 数秒思索を巡らせ、気づく。

 

 

 

「……そもそもなんで《死霊術師》で倒そうとしてるんですっけ」

 

「初回の通例なのよ。本当の一体目は私たちでしばいて、対処法を確立して、本人たちに嘘の一体目で教育して引き継ぐ……《陰陽少女隊》にもやったわよ」

 

「そのせいだったりしませんか?」

 

「……どういうこと?」

 

「なんか引っかかってた理由分かったんですよ。『なんで当人たち以外が戦ってんだ』って思ってたんです」

 

「じゃあ慣れなさいよ」

 

「『なんで倒せるんだ』の方が近いかもしれません。漫画だとほら、『能力者は能力者にしか倒せない』みたいな設定よくあるじゃないですか」

 

 

 

 怪訝そうな顔をするラズさんを横目に、暴れまわっている鴉を指さし、一息。

 

 

 

「素人の意見なんですけど……()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「……は?」

 

「『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』。そういう可能性ないですか?」

 

「そんなことあるわけ――」

 

 

 

 私の質問を、検討するまでもなく却下しようとしたので、それは違うぞと抗弁してみる。

 

 

 

「陰陽師の術とか、死霊術とかちょっと本読んだだけですけど……大体の術式は『何かの代わりに何かをくれる』奴です。術式とかそういう力で作った生き物が、なんの弱点もなしに成立できるはずがない」

 

「その弱点がそうだってこと?」

 

「あり得なくはなくないですが? そういう本読んでる人が術師になるのも昨今じゃ珍しくないです」

 

「……ええ……見つけてないだけの急所とかだったりしない?」

 

「あったらそっちですけど、そんなんあったらそこぶった斬られて終わりでしょ」

 

「確かに……うわ、なんだかめちゃくちゃありそうな気がしてきた……」

 

 

 

 ラズさんは数秒頭を抱え、しばらくしてこちらに向き直る。

 

 

 

「……他の条件がついてるパターンは? 『木、岩、乾いた物、湿った物のいずれでも倒せない』インドラみたいな」

 

「それ我々に推測できないんでやられてたら詰みですよ」

 

「『特定勢力じゃないと対抗できない』の方が何ならヤバいのよ!!」

 

 

 

 外はドカンドカンと音を立ててビルが崩れているので、このくらい声張ってくれるのはありがたいなあと感じた。

 

 

 

「まずその特定勢力をこの混沌環境でどうやって見つけるっていうのよ馬鹿!!」

 

「? 本人たちに教育して引き継ぐってさっき言ってたんで、見つける方法はあるのかと」

 

「確か、に、有りはするけど戦闘真っただ中で動かすもんじゃない……!! しかも」

 

「しかも?」

 

「全体に実体破壊処理――要は全員こっちから干渉できない状態にしてんのよ! 外さないと探査かけれないけど、外したら外したで全員巻き込まれて――」

 

「――なるほど。じゃあ外して、終わった後で死体を全部蘇生させればいいんじゃないすか?」

 

「カス」

 

 

 

 天啓はにべもなく却下された。罵倒の語彙も尽きてしまったらしい。

 

 

 

「人治すのは一人一人やらないといけない上に魔力もごっそり持ってかれるから時間かかるくせに、割とタイムリミットあるのよ。そしたら普通に半分くらいは死ぬ、私めちゃくちゃ悲しい。オーケイ?」

 

「……この前完全って言ってたのに……」

 

「ちょっと盛ったわ、ごめんなさい。でも蘇生した後は損傷なく動けるからってことで」

 

 

 

 ふと、別の作戦が思いついた。

 

 

 

 

「……あ、じゃあ逆に建物の修復と記憶処理はそこまでってことすか?」

 

「……そうだけど」

 

「なるほど、よく分かりました」

 

「なんかあったの?」

 

「作戦を一個思いつきました。『対応する世界観の奴を引っ張り出せば倒せる』っての前提にしてるんで、そこ違ったらどうしようもないんですけど」

 

「言ってみなさい。どうせ他にできることもないわ」

 

 

 

 大きく頷き、もう一度脳内に浮かんだ完璧な作戦を反芻し、言う。

 

 

 

「まず、全部の実体破壊処理を解除するじゃないですか」

 

「マジで言ってる?」

 

「残念ながら大マジです」

 

 

 


 

 

 

「ん、んん……!! 今日も元気に10時間すいみ――」

 

 

 

 屋良ユメミが、いつものように元気に目覚めると。

 

 

 

sinredniHSinrEdniH!!!!!!!〛

 

「――ん、に、成功――」

 

 

 

 壁と屋根が抜けてて、実家の商店二階の自分の部屋からは子供の落書きみたいな夜空が見えて、クレヨンでぐちゃぐちゃに描いた鴉みたいな巨大生物が這いずり回って暴れてて。

 

 

 

『っは、ほうらほらほら死んでないよこっちは!! “修験会”時代を思い出すねえ彼鉈!!』

 

『ちょっとなんでこっち巻き込んでるのよ!』

 

『そっち構ってんじゃねーよ奏!! アイツ聞いてねえ!!』

 

『それより早く凪砂さん探さないと凪砂さん死なないで死なないで』

 

『だーーっ取り敢えず生き延びるで御座るよ!!』

 

 

「――うーん面白い夢!! 起床失敗だね!!」

 

 

 

 ホストっぽい男と、改造和服の四人組が光線をぶっ放したりしながら駆けずり回っていた。

 

 屋良ユメミは“夢”が大好きな少女だ。ここで言う夢は寝てる時に見る奴の方で、将来には希望を抱いてないので公務員とかになれたらなと思っている。彼女はこの異常な光景も一瞬で“夢”として処理してしまったので、さっさとベットを抜け出し、壊れた壁に駆け寄って夢日記に記すために観察を始めた。

 

 

 

「うわー、夢中夢とか久しぶり……!! にしてもすっごいなあ、派手だなあ」

 

〚sinredniH……masnie,efliH……?〛

 

「あのカラス? は何の象徴だろうな~。何か見たことあるけど夢占い辞典では引いたことないしな――あいてっ」

 

 

 

 小石が顔に吹っ飛んできて、ちょっとのけぞって。

 

 

 

「……あれ? 『あいてっ』……ってことは……これ、夢じゃなかったり……」

 

「……えー? でもだとすると、もしかしてアレはやっぱりどっかで見て……?」

 

 

 

 ちょっと冷静になって、思い出そうと考えだす。

 

 

 

〚……retTTTTTTTtUuuuuMmmmmmmm!!!!!!!!!

 

「夢日記の#4とか、だっけ――」

 

 

 

 そのせいで、怪物がこちらに向き直り、体の一部を飛ばしてきたことに気づかない。

 

 それは剣めいていて、鋭利で、とち狂った速度で。

 

 確実にユメミの五体をバラバラにする軌道を描いていて――

 

 

 

「――間あああああああに会いましたッ、恐み恐み申すッ!!!!

 

「……えっ?」

 

 

 

 スカジャンにゴスロリの異常ファッションで、ボロボロの脚で走り込んで来た女――栞凪凪砂に横合いからぶん殴られて、明後日の方向へ吹き飛んで行った。

 

 

 


 

 

 

 私がまず思い至ったのは、今のままだとラズさんの走査がかけられない以上、絶対に実体破壊処理とかいう奴は解除しないといけない。

 

 一方で、変に外したら一般人がすぐに巻き込まれるという指摘も真実である。

 

 

 

「で、思ったんですよ。――『一般人への攻撃を我々で全部弾けばデメリットは実質なしだな』って。我ながら最高のアイデア」

 

「なんだか良く分からないですけどありがとうございました!」

 

「あーうん、気にしないで。アレのことも忘れて」

 

「それは流石に無理だと思います! あと脚治ってってるのも忘れたほうがいいのかもしれないですけど、そっちも無理です!」

 

「でしょうね」

 

 

 

 だろうなと思いつつ、落書きの鴉の方に向き直る。挙動が大きく変わり、こちらを……どちらかと言えば後ろの女の子の方を睨んでいる。たぶんまだ来る。

 

 今の私は先ほどと違い、【循環蘇生】―― |ぶっ壊れてもおっ死んでも即座に治り続ける術式《リジェネ》を仕込んで貰っている。間に合わせるために全力で呪力を込めたせいでボロボロにぶっ壊れた脚が治りつつあるのもそのおかげだし、貰っていなかったらここまで15人くらい庇った段階で18回死んでた。

 

 なので、さっきみたいな攻撃が来る分には何とかなる……が。我々を相手に暴れまわっていた時の挙動をされるとどうにもならない。ようやく現状の打開のヒントを見出せたところでこれ以上苦戦させられるのか、と苦笑いが出る。

 

 

 

「――ナイスよナギサ! 走査ヒットした、その子が『同一世界観』!」

 

「似た服の女性……空飛んでますけど同僚さんですか!?」

 

「そうだね、正しくは上司かな」

 

「雑談しない、ナギサはあっち見てて。それより貴女――」

 

「屋良ユメミです!」

 

「――ユメミね。何か変身アイテムみたいなものに心当たりあったりしない?」

 

「それについてはないです!」

 

 

 

 話を聞いてはいるものの、目線は怪物から離さない。周囲に注意を振りまく。

 

 ――そのおかげか、怪物以外の起こす音も耳で拾う。

 

 

 

「じゃああの怪物に心当た」

 

「怪物じゃないですっ!! ……あれ?」

 

「……なるほどね?」

 

「すっ、すみません。なんでそんなに嫌な気分に……あっ、あっあっ……思い、出してきた……!!」

 

「……あの、ラズさん。ここ任せていいすか」

 

「……あー、そういう。いいわよ、もうユメミもきっかけは掴んだ、この場はなんとかなるわ」

 

「あざす。最低でも準備完了まで時間は稼ぎます」

 

「何とかするからぶっ殺しちゃっていいわよ」

 

「うす」

 

 

 

 返事を軽く返し、部屋から飛び降り。音源の方へ走り出した。

 

 

 


 

 

 

 数メートル先、市街地。瓦礫はゴロゴロ転がっているが、建物はギリギリ形を留めているので視線は通らない。

 

 その空間を駆ける男の前に、一人の女性が立ちふさがる。

 

 

 

「……ども。さっきぶりっすね」

 

「あれえっ生きてる」

 

「おかげさまで」

 

「真ん中でぶった斬っても死なない……えー、すごいや。幽霊?」

 

「どうします? 服脱がせたら今も斬れてたら」

 

「それはそれで面白いなあ……まったく」

 

「『斬りがいがある』とかですか?」

 

「ノット・ノンノン。大正解だ」

 

 

 

 刹那、2人が交錯する。

 

 

 

「リベンジマッチ、お願いします」

 

「オーケイ。死ぬまでぶった斬ってあげよう」

 

 

 

 《死霊術師見習い》栞凪凪砂が相対するは、《剣豪摩訶》夕暮崎血祭。序列十三位、得物は日本刀『彼鉈』。

 

 

 


 

 

 

「……よし。全部思い出しました――あの子は私が何とかします」

 

「あら、生身で行けるの?」

 

「生身じゃないですよ。この夜は、想像力で満ち満ちています……想いで装備を拵えるくらい余裕ですよ」

 

「……?」

 

「参考になりました、ありがとうございます!!」

 

「……まあ、それならいいわ。行ってらっしゃい」

 

「はい!! 屋良ユメミ――《ドリヰム・パレット》の永訣の白(ホワヰトリリイ)!! 行ってきます!!」

 

〚retTtUUuuMmMMm!!!!!rettuMrettuMrettuM!!!!〛

 

 

 

 ユメミもぴょいと飛びだし、黒い鴉めがけて一直線に駆け出した。パジャマだったはずの服は、だんだんフリフリした真っ白なドレスに変わっていくのが見える。

 

 

 

「あの名前、どっから出てきたのかしらね……」

 

 

 

 バーミリオン・ラズベリーは彼女の部屋から、手を振って彼女を送る。

 

 数秒して、その姿が見えなくなったところで。

 

 

 

「……さて。じゃあ、ちょこちょこ実体破壊処理かけ直したり――」

 

「凪砂ちゃんを返せっ!!!!!」

 

「わちょっ」

 

 

 

 突っ込んできた四人組の魔法少女の一人、その吶喊を無理やり凌ぐ。

 

 

 

「凪砂さんをどうした!!!!! さっき、こっちに向かったのは、見えたんですよ……!!!!!」

 

「わっ、ちょっ、でも暴走してるしさっさと記憶処理――」

 

「――そうはさせないで御座るよ?」

 

「「――恐み恐み申す!!」」

 

 

 

 時間差で突っ込んできた残りの三人によって、彼女の胴体を光帯が拘束する。が、

 

 

 

【緊急殺害:4th167・78】。……何してるのよ、ここ人の家よ」

 

「……っ、そんなサクッと……!!」

 

「アンタはそもそも家以上のパーソナルな概念に土足で踏み込んできてるでしょ!!」

 

「というかあの電話はなんなんだよテメエ!! わざわざ挑発しやがって!!」

 

「それは私としても『馬鹿がよ』としか言いようがないのよ」

 

 

 

 距離を取り直し、術式を練り直す。個々の技量では渡り合えるが、数の比だと4倍。

 

 そして、立て直しを図っているのは向こうも同じ。呪力を編み、フォーメーションを構築している。

 

 

 

「まあいいで御座るよ。ふん縛って拷問して全部吐かせば解決で御座る」

 

「あいにく、秘密主義が私たちの美学なの。返り討ちにして全部忘れさせてあげる」

 

 

 

 《死霊術師》バーミリオン・ラズベリーが相対するは、《陰陽少女隊・言祝ぎ千鳥》。

 

 




感想が来ていることにようやく気付きました。ウレシイ……ウレシイ……気づかなくてゴメンネ……
★みたいなのもあると聞きました。そっちも欲しいです(強欲な壺)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四重奏(死霊術師×剣豪×陰陽魔法少女×???)の夜:終幕

2月、暇かも それはそれとして計画的な書き溜めはできない


 住宅地が上下に分かれる。

 

 アスファルトが切り裂かれ、水道管が断裂し水が噴き出す。

 

 その噴き出した水が真っ赤に染まる。私の血の色だ。

 

 頸動脈からそれが噴き出し、意識が急速に失われていく。というかこれ首だけになってるな私。

 

 さっきまでならこれで戦闘不能だった、が。今の私は【循環蘇生】をその身に受けている。

 

 

「て、め……」

 

「喉裂けてんだから喋らないほうがいいよ~、っと」

 

「――いいんすよ、どうせ蘇るん、です、から!!」

 

 

 

 自動的に呪力で繋がれた経路を通し、意識を脳から離す。

 

 下に残された胴の方から首をぐいっと生やし、蘇生。視神経などが新造なためか、殆どない光に目が眩む。

 

 が、問題なし。切り離された直後に確認した位置関係を元に、大きく踏み込む。狙いは胴、デカくてふらついた状態でも狙いやすいから。

 

 

 

「恐み恐みッ――!?」

 

「申し訳ないけどさっきも見た。もっとバリエーションがないと格上にはノンノンだぜ」

 

「誰が格上っ……!!」

 

 

 

 しかし刀の峰で完璧に受けられ、アドバイスまでされる。

 

 戦闘開始から5分。私、栞凪凪砂は未だに、《剣豪摩訶》の男に一撃も食らわせられていなかった。

 

 自分は結局のところ力に急に目覚めた女子高生に過ぎないということと、だとすると相手が鍛錬しすぎだろと身に沁みて感じる。噛みついたはいいものの格上なのは間違いない。

 

 

 

「例えば、うーん――丁度真っ二つにしたら二人に増えちゃったりしない?」

 

「ガッ」

 

 

 

 そう言いながら、正中線に沿って分かたれる。

 

 

 

「……あー畜生、増えれねえっすねえ!!」

 

「残念」

 

 

 

 一瞬の検証は挟むが、蘇ったのは右側のみ。当然のようにもう一度細切れにされたので、一旦距離を取るために遠くに飛んだ破片から蘇生――成功。男を見据えながら立つ。

 

 

 

「……『一番大きい破片が蘇生するわけではない』、なるほどね」

 

「……なんかパターン見つけようとしてます?」

 

「そりゃそうだよ、あのデカいのの練習台になってもらわなきゃ」

 

「強いのに向上心もある最悪の敵だ……」

 

 

 

 彼が剣で指したのは、遠くで暴れ続けている鴉の怪物。誰か――たぶんさっき話した屋良ユメミ女史が相手としてあてがわれたおかげか、戦闘の余波はこちらには流れてこない。

 

 

 

「ぶっちゃけアレと私ら技術体系違うんで参考にならないっすよ」

 

「ノンノン、発想が貧弱だね。いつも相手取ってる剣士よりは化け物寄りだ、掴めることは沢山ある」

 

「……」

 

 

 

 彼我の距離は10mと少し。ぶっちゃけ呪力込みなら一歩で踏み込めるので攻めることも考えたが、向こうは大げさにジェスチャーしてるくせに隙が一切ない。

 

 ただ幸いなことに、話している内容の限りでは向こうももう少しは付き合う気であるようだ。攻め手を一旦譲り、蘇生に任せたカウンターでのダメージを狙う。相手から目を離さず、呪力は右手に集中させ、

 

 

 

「――それに」

 

「……急急如律令ッ!?」

 

 

 

 実際に向こうが踏み込んで来た瞬間にあり得ないほどの悪寒が走り、構えた攻撃を第六感に任せて()()()()()()()()()()()

 

 結果として、私の五体は爆散する。カウンターチャンスは完全に失われたが、繰り出された袈裟斬りの直撃は回避できた。

 

 

 

「おー、気合いの入った回避方法……うわーっ返り血飲んじゃった、キモっ……!!」

 

 

 

 遠くの破片から蘇りつつ、思考を高速で回す。全身が「アレを受けてはいけない」と危険信号を出した理由を、ようやく理解する。

 

 爆散によって生じた破片のうち半分くらいは、斬撃の軌道上に残っていたので真っ二つにされて立っていた位置にボトボト落ちている。

 

 それらに呪力のパスが繋がらない。意識は送れなくなるので、あの破片からはもはや蘇生は不可能だ。

 

 

 

「やっぱりわざわざ啜りに行く連中おかしいって、こんなの……『彼鉈』もそう思う?」

 

「……【()()()()()。《 ()()()()()()()()()()()?」

 

「ん? あーうん。筋肉とか空気とかの動きとは違うのが動いてたから、斬ってみた」

 

 

 

 その調子だと大当たりっぽいね、と笑いかけられる。こちらとしては一切笑い事ではない。

 

 こちらの不死を破る方法が見つけられたとなると、話がまるっきり変わってくる。

 

 さっきまでのような自傷上等の攻撃は使えない。カウンターもキツイ、一欠片でも無事な破片がないと戦闘不能になる。そうなれば向こうの黒い化け物のところに突っ込んでいくだろうから、再びぐちゃぐちゃになってラズさんでもロールバックできないレベルの被害に繋がる。

 

 

 

「……本当に最悪。なんで呪力とか術式とか、認識できんもの斬ってんすか……!!」

 

「意外と斬れば分かるもんだぜ、そらそらっ」

 

「危なっ」

 

 

 

 軽い攻撃だが、「当たったら欠損する」という事実を恐れてしまう。バランス感覚を崩したところでの完封がよぎり、大きく飛びのいての回避を選んでしまう。

 

 戦況は、かなりジリ貧な状況に陥っていた。

 

 

 

「……まあ、ここで戦えば戦うだけラズさんのためになるんで。死ぬ気でやりますか」

 

 

 


 

 

 

 一方。バーミリオン・ラズベリーは、

 

 

 

「凪砂、ちゃんを、返せっ……!!」

 

「それに無辜の民まで巻き込みやがって、ふざっけんじゃあねえぞ!!」

 

「貴女たちさっきまで()()()()にされてなかった!? 元気すぎないかしら!?」

 

「ささがきって何かしら」

 

「金平牛蒡の切り方で御座るよ……あ、恐み恐み申す」

 

 

 

 現行《陰陽少女隊・言祝ぎ千鳥》のフルメンバー、4人総出での襲撃を全力でしのいでいた。

 

 先ほどまでいた屋良ユメミ邸をこれ以上ぶっ壊すわけにはいかないという理性か、その辺の壊れた物品に【蘇生】を絡めて想像の外側に位置する攻撃を送られることを嫌ってか、彼女たちはラズベリーを連れまわすような戦術を取っていた。

 

 みなせとミカ――先ほど血祭にボコボコにされていた二人組――が回復したので再度前線を張り、奏と太郎丸――先ほどラズベリーを追い掛け回していた二人組――が支援をし、遠距離攻撃で退路を制限している。実際この戦法によって、ラズベリーは数十メートル離れた公園まで連れまわされていた。

 

 

 

「ったく、こちとら貴女たちみたく戦闘専門じゃないのよ……っ!!」

 

「それ分かってるからそこ突いてるに決まってんだよなあ!!」

 

「動きが鈍って来てるわ、畳み掛けるわよ……!!」

 

 

 

 彼女たちの指摘は正しい。人数有利を取っている陰陽少女隊側は、常に全力で立ち回ることを求められるラズベリーと比べて回復を図る時間を交代で取れる。おまけに、

 

 

 

(……肉弾戦が思ったより巧い。これあの男に揉まれて強くなったパターンね?)

 

 

 

 向こう側の近接戦メンバーが、ラズベリーの想定以上に出力が出ている。長丁場と死の際をくぐったことでアドレナリンが出まくっているのか、凪砂が言っていた『ピンチに強い』が本当に強くなるタイプだったのか、彼女の想像通り強者にあてられたかは分からないが……苦しくなることには変わりない。

 

 おまけに遠距離から狙ってくる連中がこっちと対峙した経験を生かしてくるので本当にいやらしい。このまま戦闘が進行したならば、後数分のうちに全身バキバキに破壊されて捕獲、拷問が開始していたであろう。

 

 

 

 ただ、陰陽少女隊側に誤算があったとすれば。

 

 

 

「……これ、エグイ量の始末書いるから本当はやりたくなかったんだけど……しょうがないわね」

 

 

 

 本人が自覚しているように、確かに《死霊術師》の本懐は戦闘ではない。

 

 

 

「何か来るで御座る!! その前に仕留めるで御座るよ、急急如律令ッ!!」

 

「――【瞬間蘇生:時限殺害実体m-134-32-A】【瞬間殺害:間隙321】

 

「っ!?」

 

 

 

 だがそれは戦闘が不可能であることとイコールであるわけではなく――

 

 ――むしろ、自分と相手の戦闘能力を把握している情報アドバンテージ分だけ有利である場合がある。

 

 

 

「『《陰陽少女隊・言祝ぎ千鳥》の攻撃は、怨霊魔女と呼ばれる霊的実体を対象とするが人間にも効く』……そうよね?」

 

「……ハーーッ……ハーーッ……お、前……!!」

 

「な……」

 

 

 

 太郎丸が撃った攻撃は、射線を遮るように割り込んだみなせの背に直撃した。

 

 なぜそのようなことをしたのか? その理由は、単純である。

 

 ――ラズベリーが実体破壊処理を解除し、斜線上に子供を盾として配置したのだ。

 

 ラズベリーは、それで死んだとしても万全に蘇生できることを知っている。……が。向こうはそれをきちんと知っているわけではないし、理解していたとしても割り切って攻撃できるほど大人ではない。

 

 

 

「ふざけ、やがって……!!」

 

「……? お姉ちゃん、だれ……」

 

「はいはいおやすみなさい、【殺害:記憶×全意識1h】

 

「死……死っ、そんな、あの時……」

 

「そっちは精神科行きなさいな、【殺害:記憶×全意識1h】

 

 

 

 精神の激しい動揺は、逆転の要因として十分すぎた。

 

 傷を負ったみなせと庇われた子供の記憶と意識を奪い、トラウマがぶり返して動きが止まったミカも流れるように無力化。

 

 

 

「……『さぶぷらん』に移行! 吶喊に御座るよ!」

 

「え、ええ……!! 恐み恐み申すっ!!」

 

 

 

 後方要員として立ち回っていた奏と太郎丸が突撃に切り替え打ち込んできた拳に対しては、

 

 

 

「……畳み掛けられないなら、【循環蘇生】のリジェネで間に合うのよ」

 

「……ようやるで御座るな」

 

「酷いギミックね」

 

【殺害:記憶×全意識1h】。はいおやすみ」

 

 

 

 ボディで受けて【循環蘇生】で回復、肉体が生えてくるのでそれで攻撃に使った腕を絡めとり、記憶処理。

 

 かくして、こちらの戦闘は一瞬のうちに終了した。近くの戦闘音が止み、遠くで起こっている剣戟と怪物の絶叫が良く聞こえるようになる

 

 

 

「……そろそろ向こうも決着したかしら。折角だし向かって……」

 

 

 

 そう言って、走り出そうとして。

 

 

 

「……嘘。この子戻さないといけないわね」

 

「【蘇生】で全部の運命ひっくり返せるのはいいけど、死生観とか一般人の扱いとかが雑になるのだけはよくないわよね……」

 

 

 

 今は気を失っている、盾として呼び出した少年を拾いあげ。家に帰すため、ちゃんとした座標を調べ始めた。

 

 

 


 

 

 

「はい、これにて御仕舞」

 

「――」

 

 

 

 夕暮崎血祭が【循環蘇生】を破る方法を見出して、3分26秒。

 

 栞凪凪砂は172個の肉片に分かたれ、一切動かなくなっていた。

 

 

 

「途中から恐れずにカウンター狙うようになったのは偉かったし、痛みを気にしないのは良かったんだけどねえ……謎パワーに任せるのもいいけど、やっぱり基礎技術も鍛えたほうがいいぜ」

 

「……んー? どうしたの『彼鉈』、死んでるのに講評しても意味ないって?」

 

「プラナリアみたいな連中だ、もしかすると味方が何かすると蘇ってくるかもしれない」

 

「となると意識がこの辺に残っててもおかしくないだろ? 俺ってばやっさしい~」

 

 

 

 右手に握られた日本刀も、口がついた肉片(3つくらいはある)も返事を返すことはない。当人も分かっているのか、適当に切り上げて暴れていた怪物を見やる。

 

 

 

「……なんか調伏されかかってるなあ?」

 

「えー……鼻先で浮いてる子、斬ったら仕切りなおせるかなあ……」

 

 

 

 「生かしておいてはめちゃくちゃにされる」という凪砂の懸念が正しかったことを裏付ける発言をホイホイしながら、得物を拭いて納刀。

 

 いずれ蘇生されるだろうとは言ったものの、血祭はその心配はしておらず、ただ黒い怪物とサシでやり合う方法を考えていた。

 

 人の気配はないので、さっき押し付けてきた女が即座に蘇生させる心配はなし。術式ごと斬られた肉片から蘇ってくる様子はないし、蘇れるのだとしてもどの肉片からも距離があるので十分斬り返せる。おまけに向こうが自爆してできた肉片も全部刺し貫いて殺してあるので――

 

 

 

「――――」

 

 

 

 その時。血祭は気づいた。気づいてしまった。

 

 

 

(待て)

 

(まだ術式の影響下にあるあの女のパーツが、俺の近くに残って――)

 

 

 

 

 瞬間、夕暮崎血祭は一瞬の迷いもなく()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 実際、その判断は正しかった。あと数瞬早く天啓が降りていたなら、勝利が彼の手から零れることはなかったであろう。

 

 だが現実は非情である。割腹は間に合わなかった。うっかり飲んでしまったそれを完全に排出することは叶わず、自力での爆散で発生したものである故にそれに仕込まれた術式は切断されておらず。

 

 

 

「――やりやがったね君!!」

 

「賭けとしては分が悪い方でしたよ流石に……!!」

 

 

 

 ――結果として。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 身長171cm、体重68kg。人間一人を壊すには十分すぎる大きさの肉塊が、血祭の体を内側から蹂躙する。臓器が次々と破壊され、当然のように再生しない。

 

 あっぱれと言うべきか、それでもなお相打ちに持ち込まんと右手が高速で振るわれるが、

 

 

 

「――恐み恐み申す」

 

 

 

 これまで煮え湯を飲まされ続けてきた栞凪凪砂は、それを読み切ることに成功し。

 

 予め用意していた掌打によって刀を握る腕の肘を破壊し、斬撃を左腕が吹き飛ぶ程度に収めた。

 

 なおも数多の反撃手段が脳裏をよぎるが、もはや体が動かない。

 

 

 

「……自分の技術でどうにかしたとこ、最後しかない上にマジでギリギリっすね。ダサくてすいません」

 

「……ノン、ノン……見事、だ……!! 配られた、手札で、よく、勝負しきった……!! ミスした俺の負けだ……!!」

 

「そんなめちゃくちゃな体でそんなに喋れるの怖すぎる」

 

 

 

 かくして、至近距離で、自分に辛勝を収めた女の顔を眺めながら。夕暮崎血祭はその意識と命を手放した。

 

 

 

「……ま、ラズさんが記憶消して蘇らせるんですけどね。今から呼ぶのでしばらく寝てて……あっしまった、当然っちゃ当然だけどスマホ斬れてる」

 

『……あー、あー。終わったっぽいわね?』

 

「うわっ頭の中に声が響くっ……ラズさん?」

 

『そういう術式で通信もできるの。古巣への連絡用に電話蘇生しなくてすむように今度教えてあげるわ』

 

「おおー、助かります」

 

『若干の皮肉じゃびくともしないの忘れてた……まあいいわ、あのデカブツの方見なさい』

 

 

 

 そう通信が入ったので、ふっと振り向く。

 

 そこには、中空に浮かぶ純白衣装の少女と、彼女に傅くさっきまで暴れ倒していた怪物の姿があった。

 

 

 

「……うまいことやった、ってことでいいんですか?」

 

『みたいね。一応事情は聞きに行くけど……反応は薄れつつあるし、空もほら』

 

「……本当だ。ドーム薄れてってますね」

 

『朝日もだいぶ昇ってきちゃったわね、ホント』

 

 

 

 落書きみたいな夜空は霧散していく。怪物は光を放ちながら小さく収縮していく。

 

 朝日はほとんど昇り切り、空は真っ白と青の二色を取り戻し。その中に、白の少女――ユメミが揺蕩っているのが見える。あ、今こっち気づいて手振ってる。

 

 ――とにかく。ようやく、変に滅茶苦茶になった長い長い夜は、《死霊術師》の勝利という形で終わったのだ。

 

 

 

「んじゃ、倒壊したビル直して全員の記憶処置して終わりですかね」

 

『あ゛っそうじゃん序盤で《剣豪摩訶》がビルぶっ壊したの忘れてた……!!』

 

「安心してください、そいつらの記憶処置はやりやすいですよ。私がさっきやり合って殺したんで抵抗しないっす」

 

『貴女の倫理観本当に心配になるけどそれはそれとしてちょっと元気出てきたわ』

 

「じゃあちゃっちゃかやりましょう。何だって手伝いますよ」




感想を待っています(感想があると嬉しいので)。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

《陰陽少女隊・言祝ぎ千鳥》に、久しぶり

毎週ちゃんと書いてるの、もしかして偉いんじゃないか?


「……えー、はい。大丈夫ですね」

 

「……じゃあ」

 

「一連の事件の事務処理は完了です。お疲れさまでした」

 

「よかったぁ…………」

 

 

 

 事件から一週間が経ち。

 

 バーミリオン・ラズベリーは《死霊術師監査委員会》――死霊術師の意思決定組織――に呼び出され、その経緯や蘇生対象などを纏めた事務書類を提出させられていた。

 

 案内された会議室には担当者の男と彼女しかおらず、安堵の声がやけに響いた。《死霊術師監査委員会》は都内の超高層ビルを丸々一本本拠地としており、この部屋も馬鹿みたいに高所にあり、馬鹿みたいに広い。

 

 

 

「全く、なんだってこんな量の書類書かされんのよ」

 

「お言葉ですが、途中で実体破壊処理を解除したとなれば妥当な量かと」

 

「あれは不可抗力よ」

 

「じゃあ是非もないですね」

 

「ちょっとくらい情状酌量とか報奨とかあったっていいのに……」

 

「私は一介の事務員ですので」

 

 

 

 そういう事務員は笑顔を一ミリも崩さなかった。これ以上は無理そうなので適当に引く。

 

 

 

「それから、上司に言うように言われたんで指摘するんですけど」

 

「何?」

 

「使い魔として雇ってる女性の方、だいぶ危険人物じゃないですか?」

 

「それは……まあ」

 

「『どっちが死んでも蘇生するのでノーカン』の《死霊術師》の論理にもさらっと馴染んでますし」

 

「……そうかも」

 

 

 

 私は頭を抱える。そうだ。よく考えたら「数か月前まで普通に高校生していた少女」は蘇生できるのをいいことに自爆特攻しかけないし、野郎に飲ませた血液を媒介に体内から破壊して血塗れになった後に平然と「打ち上げとかしないんすか?」って聞いて来たりしないのだ。ちなみに打ち上げは行ったし、チェーンのハンバーガー屋で2500円分くらい食いまくったし、午後は丸々寝た。

 

 

 

「……危険人物だからって、使い魔指定は勝手に解除できないわよ」

 

「ええ。それは我々も十分理解しています。……ただ」

 

「ただ?」

 

「彼女の古巣は《陰陽少女隊・言祝ぎ千鳥》と言いましたか。そこの教育に何かしら問題がある可能性もあります」

 

「なるほど。そういう線を疑ってる、ってことね」

 

「ええ。その疑いが真ならば彼女たちは戦いが終わった後、指揮する者に『戦闘経験が豊富な死を恐れない雑兵』として扱われるしそれを疑いもしない」

 

 

 

 男は笑顔を崩さないまま、少し真剣味を増した声で言う。

 

 

 

「『新たな世界観の理に巻き込まれた一般人が二度と帰ってこない』……我々にとって最も唾棄すべき悪です。同志の一人が野良狂人に絡まれ続けて発狂する方が100倍マシです」

 

「当然の選択じゃない、知ってるわよ」

 

「流石は哲人級第3位バーミリオン・ラズベリー。死霊術師の鑑です」

 

「……ったく、ただでさえオーバーワークなんだけどね。いいわよ、あの陰陽少女隊を監視しときゃいいのよね?」

 

「必要でしたら我々も支援いたしますので」

 

「じゃあ《ドリヰム・パレット》とかいう新興魔法少女全部任せて良い?」

 

「ちょっと難しいですね」

 

「これだから監査委員会は」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「……とは言ったものの、どうしたものか」

 

 

 

 バーミリオン・ラズベリーは死霊術師の中でもまあまあな方だと自認しているが、それはそれとして本当にめんどくさいのは事実である。

 

 自身が拠点とする部屋に帰りながら、脳を戦闘中くらいには稼働させていた。

 

 

 

(洗脳の有無を探るには、ある程度の期間当人たちを観察して干渉を受けていないか調べるのが正道……)

 

 

 

 当人たちに聴取したとて大した情報にはならない以上そのくらいしか手段はないし、これが一番確実である。向こうの黒幕に勘づかれて洗脳を喰らったとしても、監査委員会は登録死霊術師の情報を逐次記憶し続けているため【逆行蘇生】(ロールバック)も容易い。

 

 ただ一つ重大な問題があり、

 

 

 

(世界観隠蔽業務やってると、そんな時間さっぱりないのよね)

 

 

 

 これに尽きるのだ。

 

 死兵に改造される一般人が出ないことは重要なのだが、それにかまけて普通に衝突に巻き込まれて人々が死にまくったりトラウマを負いまくったりしたら本末転倒だ。当然結界作成や蘇生、記憶処理などを疎かにすることはできない。

 

 それでだいたい社会人の一日の就業時間くらいはつぶれるし、長い時には先の事件のように一晩中拘束されかねない。

 

 おまけにいつどの勢力が暴れ出すかは確証をなかなか得られないので、前もっての計画立案も難しい。巨大な事件は各勢力当たりだいたい週一のペースでしか起こっていないのは唯一の救いである。

 

 

 

「……ナギサに技術特訓させて、監視か隠匿業務のどっちか……」

 

 

 

 そう思った瞬間、脳裏に「あ、ラズさん。これ《全日本ギガント・スモー協会》からの差し入れです。仲良くなっちゃって」だの「言祝ぎ千鳥に喧嘩売っちゃったんですけど、決闘ならどこの河川敷がいいんすかね」だの言い出す彼女の姿が連想されてこの案はNGということになった。

 

 ナギサは倫理観の面ではぶっちぎり《死霊術師》に適しているが、全ての勢力の影に潜んで均衡を保つ部分への矜持は一切持っていない。少なくともバーミリオン・ラズベリーの知る限りではそうだ。

 

 

 

(たぶん……『求められるからやってる』だけ。他の勢力の接触を受けても問答無用で拒む感性はなく、とりあえず懐に放り込んじゃう)

 

 つまるところ、

 

(私が監督してないと、死霊術師としては御しきれない。……しょうがないわね)

 

 

 

 人間への感想で「しょうがないわね」が出るようになったらだいぶ終わりというかほだされすぎな気がしたが、積極的に無視していくことにした。プライドが高めのキャラやってたつもりなのに「《死霊術師》の技能は仕込めば私のラインに立ってくるでしょ」くらいに評価しちゃってることも無視。でかいため息で誤魔化す。

 

 

 

「はーーーーあ!! やってらんなーーーーい!!」

 

 

 

 ひとりごとを呟いたら思ったより大きな声が出て、恥ずかしくなって足が早くなる。気づけば拠点のアパートについてしまっていた。

 

 鍵を回しながらも思考は止まらない。他愛のないアイデアが脳内を右から左へ流れていく。

 

 

 

(……そうだ、向こうがこっちの行動に同行してくれたら監察しながら日常業務できるわ……)

 

(……って、何馬鹿なこと言ってんのよ。それこっちのことバレてることになるから下策も下策じゃない)

 

 

 

 そんなことを考えてたのがよくなかったのだろうか。

 

 

 

「ただいまナギサー。ちょっと本当に疲れ」

 

「はえーなるほど、活殺軌道状態に呪力を常時……」

 

「う、うん。これすごいね、とっても練り上げられてる……」

 

「太郎丸もミカも納得してるけどそういうもんなの? ならいいけど」

 

「ちょっとみなせ。何回言えば分かるの、チェスは取った駒使えないわよ」

 

「あ、そっかわりわり」

 

「……は?」

 

「おー、おかえりなさいラズさん。あとお客さんっす」

 

「「「「……お邪魔してます」」」」

 

「は?」

 

 

 

 ねぐらにナギサだけでなく《陰陽少女隊・言祝ぎ千鳥》がいるのを確認し。

 

「……疲れてるのね。有給取るしかないわ」

 

 そっとドアを閉じた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「では改めて。東雲裁峠五条宮太郎丸《しののめだちとうげ・ごじょうのみや・たろうまる》で御座る。一応《言祝ぎ千鳥》の座長で御座るな」

 

「桐野奏よ」

 

「水鏡ミカ、です」

 

「……瀬名みなせ」

 

「で、ご存知の通り栞凪凪砂でこっちがラズさん……バーミリオン・ラズベリーさん。ほら、ラズさんも挨拶挨拶」

 

「いやいやいやいやいや」

 

「その気持ち分かりますよ。太郎丸の名前だけツッコミ待ちみたいに長いっすよね」

 

「そこじゃないに決まってるでしょうが!!!!」

 

 

 

 栞凪凪砂の言葉に反応し、外見のボロさから見る限り許されないレベルの大声がラズさんから飛び出た。壁ドンは一切来ないので防音設備もちゃんとしてんだな、結界の応用かなと感心する。

 

 

 

「――ナギサ。百歩譲って『私が逃げるためのギミック全部差し止めて、引きずり込んで座らせられるくらい技量が知らないうちに上がってる』のはいいわ。貴女最近術の練習めちゃくちゃしてたし、技能が身についてること自体はいい」

 

「……だいぶ、凪砂ちゃんに甘いね?」

 

「まあ凪砂殿はそういう(人心掌握する)の巧いで御座るからな」

 

「そこ聞こえてるわよ!! ……でまあ、一つ知っておきたいのだけど。ナギサ、この女どもが来たから家に上げちゃったのよね?」

 

「そうっす」

 

「じゃあまあ一旦置いとくわ。秘匿の何たるかを一切理解してないし説教はするけどとりあえず後」

 

「今もの凄くデカい内容が置いとかれなかったか?」

 

「そうね。この女たぶんめちゃくちゃチョロいんじゃないかしら」

 

「聞こえてるっつってんでしょ殺してやるわよ!?!?」

 

 

 

 疲れた顔で部屋に入ってきた割に声が出ているのでいいなと思った。

 

 

 

「……で! じゃあ『なんで貴女ら《陰陽少女隊・言祝ぎ千鳥》は私たちを特定できてる』のよ!! 全てを差し置いて聞きたいのはこれよ!!」

 

「それもそうで御座るな。――まあ端的に言えばこれのおかげで御座る」

 

 

 

 そう言うと、太郎丸は立ち上がり壁に掛けてあった戦闘服(黒ゴス)を手に取り

 

「恐み恐み申す」

 

「う゛わ゛っ゛」

 

 何らかの術を起動。すると真っ赤な漢字がめちゃくちゃな数浮かび上がった。

 

 

 

「えっ……これ、が、位置特定の……? キモ……」

 

「我々は『緊急招聘式』と呼んでいるで御座るな。どうにもならない敵に出くわした時、これを命懸けで相手に仕込むんで御座る」

 

 

 

 太郎丸は指先をくるくる回しながら解説する。

 

 

 

「機能は位置情報と敵の強さの指標の発信、あと味方以外からの完全隠匿。『絶対無理』か『総力戦なら勝ち』か『仕切り直しで倒せる』か……それが分かればどんな死にも価値が生まれるで御座る」

 

「そんな言っていいの? 秘密でしょ」

 

「いいのよ凪砂、太郎丸たら留守の間にそっちの技術爆中抜きしてるから」

 

「えっ……ちょっ、いつそんなの仕掛けた!?」

 

「さあ? 貴殿に記憶消されたで御座る故な、自分で思い出すで御座るよ」

 

「……あっ、ああ……!! サブプランがどうとか言ってた!! それか!!」

 

 

 

 後で聞いたところによれば「一気に彼女たちを倒すために、一度攻撃を受けて蘇生で動き止めてカウンターで仕留めた」「そこで接触されたからたぶんそれ」「言われてみれば急に肉弾戦に切り替えてた、やけくそかと思ってた」とのこと。

 

 

 

「運よく留守中に上がり込めたので、諸々の術式解除させてもらったで御座る。実質的に我らの腹の中で御座るな」

 

「んまあそのあたりは私としてはどうでもいいんすけど」

 

「ナギサ!! いいわけがないでしょうが!!」

 

「そうですよ凪砂ちゃん!! このクソ女の進退よりも大事な質問が私たちからもあります!!」

 

「今クソ女って言った!?」

 

「言いましたよ! 私たちの友達勝手に連れてっていいと思ってるんですか!?!?」

 

 

 

 両方からすごい勢いでクレームが来た。

 

 

 

「凪砂ちゃんなんでこんな女に付き従ってるんですか……!! 私たちのところに戻ってきてくださいよ!!」

 

「……ねえ奏。ミカってあんなキャラだったっけ」

 

「あなたがいっぺん死んだから荒れてんのよ」

 

「あー……すまん」

 

「何落ち込んでんの、私が直して……あうっ」

 

「……今そういう話題じゃねえだろ」

 

 

 

 ラズさんは全部わやくちゃにしようとしているが、みなせに力技で拘束されて動けていない。諸々の妨害が仕込まれているのか術式も発動しない。

 

 邪魔がないのをいいことに、太郎丸が覗き込んで来て言葉を紡ぐ。

 

 

 

「……《死霊術師》とやらの術式、色々見させてもらったで御座るが。凪砂殿の自立行動を妨げるものがあるで御座るな?」

 

「そう……いえばそうだった。首絞めるみたいな奴」

 

「あれだけなら恐らく解除できるで御座る」

 

「……なるほど?」

 

「ただ我らには技術体系がない故、蘇生の方の解析は……」

 

「……自壊とか心配してるならそれもないよ。治しっぱなしの最強術式らしい」

 

「……何よ、そのイカれた術式」

 

 

 

 奏が口を挟む。

 

 

 

「そんな技術力持ってて、陰陽師ネットワークに引っかからず出会ったやつには記憶処理。そんな連中胡散臭すぎるでしょ」

 

「……そうかもね」

 

「ちょっ」

 

「でしょ? だからさっさとそんなとこ逃げて、こっち戻ってきて……何なら、戸籍とか親とかは私たちで全力でやるから普通の高校生に戻ったっていいじゃない」

 

「……」

 

「……だから、」

 

「でもさ」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 バーミリオン・ラズベリーは、自分を床に押し付けていた陰陽少女の瀬名みなせが、鎖に巻き上げられて天井にひっぱりあげられていくのを見た。

 

 

 

恐み恐み申す、っと。申し訳ないけど、そういう感じじゃないんだよね」

 

「は?」

 

「ちょっと、何を」

 

「――【殺害:

 

「ラズさんも攻撃しない、双方剣を引く」

 

「んぶえっ」

 

「あ!?」

 

「ガッ」

 

 

 

 彼女が起動した術式は、元々私が部屋に仕込んでいたものだ。上背のある少女を絡めとった鎖は、彼女が手を動かすと、拘束から解放されて攻撃に移ろうとした私と蛮行に反応した奏なる少女も縛り上げた。

 

 

 

「陰陽師の術式なら私も知ってるので。それに従って改造した死霊術師の式ならまあ動かせるよ」

 

「えっ……なんで……?」

 

「凪砂ちゃん……?」

 

「……ちょっ……私にも分かんないんだけど!? 説明しなさいよ!?」

 

「……? なんすかラズさん」

 

 

 

 ナギサは困惑した表情を浮かべつつ言う。

 

 

 

「今の私、《死霊術師》っすよ? 元仲間が正確っす」

 

「おっとお」

 

「ただラズさんもラズさんっすよ。市民を全てから守る死霊術師が何にもしてない人攻撃しちゃダメでしょ」

 

「なっ……てめ黒ゴス女なんかヤバい洗脳して失敗してねえか!?」

 

「してないわよ!?!? あれ素!! 素!!」

 

「……うん……凪砂ちゃん、なら、言うかも……」

 

「……どうしてそうしたか、だけ聞かせてもらってもいいで御座るか」

 

 

 

 調査も何もない段階であったが、ちょっとばかし確信した。

 

 まず、《陰陽少女隊・言祝ぎ千鳥》の方では洗脳的なものはされていない。少なくとも現状は失敗している……そうでなければ抱え込もうとしている側から「全部やめて高校生に戻ろう」なんて提案が飛び出ることはない。あとよく考えたら普通にナギサ以外は恐怖心が人並みにある。

 

 そしてそうなると、

 

 

 

「蘇らせてくれた《死霊術師》には恩義があるから、それは返さなきゃいけないし……」

 

「……楽しいんだよね。なんか、『死ぬかも』とか考えずに毎日色んな人たちのために戦えて」

 

 

 

 目の前のこの女は。今語ったこれだけの理由で、かつての仲間を容赦なくぶん殴れる、生粋の狂人である。

 

 

 

「……凪砂がいいならそれでいいわよ。ってことで帰らせてほしいんだけど」

 

「いや、まだまだこれからだから帰さないけど」

 

「そんな気、は、したよ……」

 

「あら、無理矢理抜け出さなくていいの? そろそろ私たちの側の救援が」

 

「あ、ラズさん。緊急通報術式は太郎丸たちが落とした時に破壊しといたんで、上には知られてないすよ」

 

「なんで!?」

 

「招き入れたかったからに決まってるじゃないですか。そうじゃなきゃ気づいた瞬間ボコボコにしてますよ」

 

「……あれだけ《死霊術師》への熱意を語ってたのに、俺たちと話すの優先したのか?」

 

「いや、ちょっと相談したいことあって」

 

「えっ嘘、てっきり理由もなく受け入れてるものかと」

 

 

 

 そして最後に、彼女の異常挙動にはちゃんと理由があるらしいこと。

 

 推測していた『求められるからやってる』みたいな芯のない行動ではなく。確固たる意思を持って、何かしらの目標のために我々をめちゃくちゃにしようとしている。

 

 

 

 そうした諸々を、飲み込んで。私は――バーミリオン・ラズベリーは、

 

 

 

「んじゃあ今から資料配るんで、座卓の周りに動かしますね。端的に言えば『この前の新興世界観魔法少女みたいな事例がめちゃくちゃ増えそうなので力貸してほしい』って話なんですけど」

 

「なんでそんな話になってんのよ!? 死霊術師は秘匿だっつってんでしょ!?」

 

「それで市民守れなかったら詰みじゃないすか」

 

「……あーうん。凪砂殿のこと思い出してきたで御座る」

 

 

 

 出会ったときに脳裏をよぎった直感――「この女と関わり続けていると《死霊術師》としての生涯は滅茶苦茶になる」という感覚が、ようやく言語化された気がした。




リス夫人

リセス

感想を、ください たくさん


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

《魔暴少女ブラッディレイン》にこんにちは

投稿間に合いの刃 無限TRPG編


 私――栞凪凪砂は、一度部屋を見回す。

 

 洋風の部屋はボロアパートの畳敷きワンルームだったところに術をかけて拡張したものらしいが、5人も6人も招き入れる前提での改造はされていないのだろう。円形のテーブルはそこまで広くないし椅子も4脚しかない。《死霊術師》側が私とラズさん、《陰陽少女隊》側が奏・太郎丸・みなせ・ミカの計6人なので深刻である。

 

 ただまあ、今回についてはその問題は無視していい。

 

 

 

「資料届いたっすね。じゃあちょっと説明をば」

 

「――待った待った待った!! 雇用主吊るしたまんま会議始める奴がどの世界観にいんのよ!?!?」

 

「……あー……暴力に訴えたのは悪かった、から、俺の方もよければ……」

 

「椅子無いんでしばらくそのままでお願いします」

 

「マジでふざけてるだろこの女」

 

「ナギサ、今回に関しては『この女』呼ばわりされてるの流石に擁護できないわよ」

 

「呼び方はどうでもいいので話進めますね」

 

「「ヤッバ」」

 

 

 

 そういうわけである。

 

 というかまあ、喧嘩してたのをわざわざ解き放つ必要もないだろう。話は若干めんどくさいので揉められても困るのだ。

 

 

 

「でまあ、さっきも言った通り。この前の新興世界観魔法少女みたいな事例がめちゃくちゃ増えそうです」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「ラズさん、世界観名簿って暗記してます? あの、国内でバトってる連中を一覧にしたやつ」

 

「そうね。というか《ドリヰム・パレット》の項目に至ってはこの前自分で出したわ」

 

「じゃあ《魔暴少女ブラッディレイン》って知ってます?」

 

「……知らないわね」

 

「《月下氷刃*プラトニックヘイル》は」

 

「……そんなのいた?」

 

 

 

 バーミリオン・ラズベリーは、栞凪凪砂が「まあそうだろう」みたいな顔をするのを見た。

 

 眼下で座っている連中は「世界観って何?」「さっき資料かっぱらってきた」などと不穏な発言をしてたが、個人的にはそれどころではない。

 

 前回の事件は滅茶苦茶大変な例だが、そうでなくても世界観が増えるのは一大事である。それを把握できていない?

 

 

 

「今挙げたの2つは、ここ1週間で出てきた連中です。《ドリヰム・パレット》含みだと1週間で3体。配った資料にのっけた過去の記録と比べると時期も数も――」

 

「――待った」

 

 

 

 手を挙げて質問しようとしたが縛られて動けない。その前に《陰陽少女隊》の少女が声を上げた……カナデとミカと言ったか。

 

 

 

「……なんか変じゃない、凪砂? あんたがこの女の下で働き始めたの2、3週間そこらの話でしょ? 技術習い出したのはもうちょっと後よね?」

 

「……なるほど確かに。なんでそれで雇用主――もっと術式の扱いとか、仕事の立ち回りに慣れてる人間の知らない情報掴んでるで御座るか?」

 

「だよ、ね……なんか、騙されて……?」

 

「ああ、それなら簡単」

 

 

 

 至極当然の疑問に、ナギサは至極当然と言わんばかりに返す。

 

 

 

「《死霊術師》の索敵術式って相手の名前出る上に教本載ってるんですよ。それ覚えて色々やってたんですよ」

 

「……その術式って緑の教本の? 私ずっと回してたけど知らないわよ?」

 

「つっても書類に追われて張りついてたわけじゃないっすよね? なんで、書類の方に集中できるようにアラート切って私だけで対処を」

 

「はあ!?!?!?!?」

 

 

 

 めちゃくちゃデカい声が出てしまった。

 

 

 

「……どのくらいヤバいんだ、それ?」

 

「じゃあ聞くけど貴女ら『仲間の凪砂が陰陽魔女を自分だけ見つけられるように術式改造して勝手に向かってた』って聞いたらどう思う?」

 

「……凪砂、お前」

 

「分かったでしょ?」

 

「……いや、その……」

 

「何?」

 

 

 

 質問をしてきたミナセなる少女が、何かを言いよどむ。

 

 

 

「……コイツ、この前もそれやらかしてて……何が悪いって、それで死んで《陰陽少女隊》辞めてるので……」

 

「再犯!?!?!??!?!?!?!?!?!?」

 

「分かりました?私たちの気持ち」

 

「う……おえ……」

 

「凪砂殿!! ミカ殿はこのまえので“ぴーてぃーえすでぃー”患ってるんで御座るよ!?」

 

「反省しなさいよ!!!! 正座!!!!」

 

「……ごめんなさい」

 

 

 

 途端に下も阿鼻叫喚になり、ナギサがすごい勢いで詰められていた。実際そのくらいキレても問題ないラインではあるし、自分もそのくらいキレてるので止めたりする気はない……

 

 

 

「でもちゃんと反省して、今回に関しては自力での最低限の【蘇生】ができるようにしたし、【循環蘇生】も自力でかけ直したし……」

 

「心配かけさせた時点でダメなのよ……!! だいたいいっつも凪砂は――」

 

「えっもうそんな術式使えるの?」

 

「アンタ話の本筋じゃないところで引っかかってないか?」

 

 

 

 とは言っても【循環蘇生】は結構高位な術式のはずだ。何なら彼女の単独行動も露呈していないし、魔法少女が出たという噂も流れていない……つまり【蘇生】を更に応用した各種の記憶処理術式すら習得している可能性が高い。技術という点では本当にとびきりの逸材なのだろう。

 

 そうなると彼女は報告こそ怠ったとはいえ、死霊術師としての仕事を完璧にしたことになる、ので……

 

 

 

「だいたいアンタは今仕事でそれやってるんでしょ?! 友達巻き込むの恐れるならまだいいけど、せめて業務上の同僚なら――」

 

「……あー……カナデとか言ったかしら。私そこまで怒ってないわよ」

 

「私が怒ってるんですよ!!」

 

「じゃあ後で2時間でも12時間でも説教なさい。まあ私の方でもしっかり言ってはおくけど……私たちの方の仕事は、内容だけはちゃんとやってたらしいし」

 

「……この人……凪砂ちゃんに、甘すぎない、かな……うぷ」

 

「よしよし……まあこのラズベリー殿は我が技術盗み見たのもなんか流してるで御座るからな」

 

「聞こえてるわよ」

 

「聞こえてても放置してたら意味ないで御座るよ」

 

 

 

 外野がうるさい。

 

 

 

「……で。話戻すんだけど、ナギサはそれの何がマズイと思ってるのか教えて」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 栞凪凪砂は、ラズベリーが一気に仕事モードに切り替わったのを見た。

 

 

 

(これは……アレか。さっきちらっと言った協力要請の意図が知りたいのか)

 

 

 

 そう判断し、途中で話そうとしていた諸々の経緯とかの内容を中略、見せたい部分の資料をめくる。

 

 

 

「この前の《ドリヰム・パレット》の時のこと、ラズさんは覚えてますよね」

 

「もちろん」

 

「……凪砂。仕事頼むならせめて説明はちゃんとしてくれないと」

 

「あーごめん。端的に言うと、この前《陰陽少女隊》と《死霊術師》がやりあった戦闘の途中で発生した魔法少女」

 

「……戦闘、やっぱりあったんだ……」

 

「? 貴女たちの記憶は消してるけど……ああ」

 

 

 

 一瞬ラズさんの顔に疑問が浮かぶが、すぐさま納得の色に変わる。

 

 

 

「服に仕込んだ奴からの逆算ね。それを仕込めてるってことは、どっかで戦ってるから」

 

「……あ、はい。一応、そういう予測が立ってて」

 

「話の腰折って悪かったわね。――で、《ドリヰム・パレット》の話を出したってことは」

 

 

 

 私は返答する。

 

 

 

「はい。出現した敵性存在には、それに対応する世界観の魔法少女の攻撃しか通りませんでした」

 

「……それって変、なのか? 一応俺たちも、『こうやって変身して戦闘しないと渡り合えない』って触れ込みで勧誘されてんだけど」

 

「……そういえば、そういう感性だったわね。こうなると純粋培養の死霊術師が変なのかもしれないわ」

 

 

 

 そう言うと、ラズさんは太郎丸の方を向く。

 

 

 

「貴女、術式とか詳しいわよね?」

 

「この中ではそうで御座るな」

 

「なんで陰陽魔女とかいう敵は自分たちじゃないと倒せないか言える?」

 

「企業秘密……というにはそっちの秘密抜きすぎてるで御座るからな。『陰陽魔女の封印が可能な呪力特性は一部の少女しか持たず、それに巨体と渡り合えるような肉体強化を積んだらこうなった』で御座る」

 

「じゃあその呪力誤魔化せたら私にも倒せるわよね」

 

「だからそれが現状は無理ゆえ――」

 

「――もしかして、そっちの技術力なら。それ、が、()()()()()?」

 

 

 

 太郎丸の説明を遮ったミカの言葉に、ラズさんは肯定の意を込めて頷く。

 

 

 

「有体に言えばそうね。戦闘特化ではないから時間はかかるけど、【蘇生】もあるし大体は相手取れるわ」

 

「……末恐ろしいで御座るな」

 

「人体エネルギーの練り方改造するだけだから、いつかは貴女たちもその領域叩くことになるわよ。ちなみに魔術無効とかでも核兵器引っ張ってくれば無理矢理圧殺できるわ」

 

「おっそろしいで御座るなホントに……!」

 

 

 

 ラズさんは自慢げな顔をしているが、本題はそこではない。

 

 

 

「で、その先の2……3例ですね。の場合だと、それが通りません。『もっと高位、概念的な特性としてそうなってる』ってラズさんに教わりました」

 

「なるほど……」

 

「新規発生世界観の初戦は、どんな勢力でも完璧な記憶処理や人払いができません。そのため《死霊術師》がいっぺん倒し、それを元にどんなにミスってもいい練習台を作るとのことでした……が」

 

「……話が読めてきたわ。要はその『いっぺん倒す』ができないせいで業務に支障が出るのね」

 

 

 

 奏の発言に大きく頷く。

 

 

 

「正解。『人払い無しで無理矢理張本人を探し出す』みたいな手法しか取れないんだけど、これが嵩むと面倒になる」

 

「――ちょっといいかしら」

 

 

 

 と、ここでラズさんから横やりが入る。

 

 

 

「はいどうぞ」

 

「貴女、この人たち引き込むつもりなのよね? 分かってるかもしれないけど、それだけだとそこまでする理由にはならないわ」

 

「……? 一大事、なんじゃないの……?」

 

「確かにそうだけど、でも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 ラズさんは事もなげに言う。

 

 

 

「負担は増えるから嫌がられるけど、呼べば一応人は来る。ナギサだって働いてくれるんだから人数はむしろ余るくらい、それで解決するはずよ」

 

「……」

 

「何その目は」

 

「……いえ、その……失礼ながら、頭のどこかで、『もしかして一人でそういう職業を勝手に名乗ってる陰陽師かもな』って思ってたから……」

 

「……そう……」

 

 

 

 落ち込むラズさんを見て、私も『他の人全然見えないしあり得るな』と思っていたことは秘しておこうと思った。

 

 

「で。本当に他に何もないならこの子ら記憶処理して送り返すわよ」

 

「ちょっ」

 

「流石に分かってますって……ほら、これ見てください」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 私がめくった資料のページには、遠くから撮影した成人男性の写真が載っている。

 

 身長小さ目、チェックのシャツでちょっと小太り。今時珍しいくらいのコテコテなオタクルックである。顔は画質が荒く判別しにくい。

 

 

 

「……誰?」

 

「ふりい素材とやらで御座るか?」

 

「正直なところ、私も分かんないです。画像は消す予定の監視カメラからかっぱらってきた奴でして」

 

「……あー、そういえばここに置いといた術式にそういうのあったわね」

 

「で。この人はさっき言った《魔暴少女ブラッディレイン》の発生現場にいた人なんですけど……」

 

 

 

 そう言って、私はもう一枚の画像を見せる。

 

 

 

「……同一人物?」

 

「少なくとも、背格好と……服装も、同じだね」

 

「こっちは《月下氷刃*プラトニックヘイル》……()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……あー。そういうこと」

 

 

 

 私がそう言うと、ラズさんが真っ先に納得する。

 

 

 

「要はナギサ、アイツらが人為的に生み出された線を疑ってるのね」

 

「そうです。《月下氷人》の回では……ほら。映像から一瞬で消えてるので、少なくとも常人側の存在ではない」

 

「自然発生……が基本、なんですよね?」

 

「そうね。というか、世界観の誕生にタッチできる奴はあんまりいないわ」

 

 

 

 ミカの疑問にラズさんが応える。

 

 

 

「基本は貴女たちみたいに、複数世界観(レイヤー)があることにすら気づけないから。だから最低でも自分の分野以上の視野があるはずよ」

 

「あ、だから私たち引き込んだの凪砂」

 

「……どういうこと、カナデ」

 

「だってほら、その……世界観? とかいうのを一番多岐にわたって見てるのは《死霊術師》なんでしょ? だったら、容疑者に真っ先に上がるのは《死霊術師》じゃない」

 

「そういう部分もある」

 

 

 

 奏の指摘に頷きを返し、続ける。

 

 

 

「そして一番ヤバイと思ってるのは、人為的な発生の場合その限界がわからないこと」

 

「……」

 

「考えられる中で最悪なのは、めちゃくちゃな数の新規世界観を同時に発生させられて――」

 

「――なおかつそれらが、これまでと同じように当人たちにしか対処できない。そういうことで御座るな」

 

「そ」

 

 

 

 もしそうなった場合、起こりうる混乱は計り知れない。

 

 人払いが出来ない以上、全ての敵が同時に放つ攻撃を人々はもろに食らう。敵が一体なら私でもカバーできているが、複数からの攻撃が飛び交う戦場で、全ての一般人を庇い続けるのは不可能だろう。

 

 

 

「……なあ、《死霊術師》って蘇生完璧にこなせるんだろ? そしたらそれこそ増援呼んで……あー、そっかダメか」

 

「ん。確定ではないけど、内部の裏切りの可能性があるからね」

 

「握りつぶされたりしたら一番応えそうで御座るからな……」

 

 

 

 ここまで話し、一度ラズさんの方を伺う。

 

 

 

「……わかったわ。協力要請出すのは止めない」

 

「あざっす」

 

「ただ次からはちゃんと事前に報告しなさい」

 

 

 

 その言葉を受けて改めて、私は《陰陽少女隊・言祝ぎ千鳥》――奏、太郎丸、みなせ、ミカの方に向き直る。

 

 

 

「そういうわけだから、人手が欲しい。情報を集めるにしろ、今その災害が起こって対処するにしろ……みんなの力が必要なの」

 

「……ったく、調子のいいこと……」

 

「……ゴメン。都合がいいのは分かってるんだけど、今の状況で一番頼れるの誰かなって考えて、真っ先に思い浮かんだのがみんなで」

 

「な……」

 

 

 

 私がそう言うと、奏が一瞬凄い顔をして、もにょもにょと口の中で何かを言い。最終的にこう返した。

 

 

 

「――分かった、分かったわよ!! 手伝うわよ、みんなもそれでいい!?」

 

「当然で御座るよ」

 

「うん……!」

 

「ああ……あとなんか今の奏、そこの死霊術師くらい甘くなかったか?」

 

「ウーーーーーッ」

 

「威嚇された!?」

 

「……ありがと、みんな」

 

「……代わりに! 私たちの仕事の方も手伝いなさいよね。こっちはこっちで、いつ活性化するか分からないんだから……!」

 

 

 

 彼女はそう照れ隠しのように言って、顔を背けるのだった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「にしてもその2件の後処理、よく一人でやれたわね。前回だって私との協働だったのに」

 

「あーいや、一人じゃないっす」

 

「?」

 

「そういや言ってませんでしたね。どうすっかな〜って悩んでたら《ドリヰム・パレット》のユメミちゃん助けに来てくれて

 

「待って」

 

「は?」

 

「あの子の対峙してるやつ『過去の記憶の象徴が形を得たもの』らしいんですけど、倒すと使い魔的に使役できるようになるそうで。で記憶の象徴なんで外付けハードディスクみたいに働いてくれるんだとか」

 

「待っ……ちょっ……は!? それだと話変わってくるし報告書書き直さないといけなくなるんだけど!?!?!?」

 

「一番頼れるの私なんじゃなかったの!? 凪砂!! ねえ!!? その子誰?!!?」




いいねくれ~(承認欲求モンスター!?)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

《死海連合》にさよなら

この栞凪凪砂とかいう女、思ったよりパワーがないか?


 星野巧、男子、13歳。保有禁忌名「くそったれ人生にさよならポンポン(グッバイ・クリーピー・ライフ)」。

 

 彼がその日の放課後、所属する《死海連合》の本拠地である墳化第二中学校の美術室を訪れると、

 

 

 

「……そ、粗茶ですが……」

 

「ん、ありがと。……うわ何これすご、ビッグマックの味する。変な能力……」

 

 

 

 我が物顔で居座っている女子高生と、ガチガチに緊張している先輩の姿があった。

 

 女子高生の方は黒の短髪、美人。高校生と分かったのは制服を見たことがあるからで、その顔に見覚えはない。

 

 先輩は男子で14歳なので、まあそういう反応も当然だろう。姉がいて多少耐性のある自分が話しかける。

 

 

 

「誰ですか、アンタ」

 

「ん? あー、そっか初めましてか」

 

 

 

 彼女は無表情のまま、口を開く。

 

 

 

「まあ、あなたたちと同じようなものだと思ってくれていいよ。《死海連合》さん?」

 

「……禁忌保有者……!! まさか、俺らの他にも……!!」

 

「とうとう何らかのリバウンドが来たのか……!?」

 

「違う違う、攻撃する気はないから。というかそれなら準備される前に攻撃するでしょ」

 

 

 

 慌てて禁忌解放を構えるが、完了する前に腕を抑えられる。思ったよりも力が強い、あと先輩は「触られた!?」とか言うな、顔を赤らめるな。そう言う場合じゃないだろ。

 

 彼女は俺たちを片腕で押さえつけたまま、胸ポケットから写真を取り出す。そこに映っているのは、

 

 

「……犬?」

 

「そ。これについてちょっと確認したいだけ……これ作ったの誰? そっちの管轄だよね?」

 

「た、巧くん……」

 

「いやっ、俺もやりましたけど……!! これ先輩との合作っすよね!?」

 

「ほう、詳しく」

 

「しっ、しかしですね!! 自分の保有する禁忌なんて他人に軽々しく教えるもんじゃイデデデデデ」

 

 

 

 口ごたえした先輩の口が万力のように締められる。

 

 

 

「で、君でいいや。詳しく」

 

「あーはい。先輩の禁忌、ざっくり言うと『ビッグマックをなんでも好きな物に変えられる』で」

 

「本当に変だね」

 

「で俺のが『対象が危険な状況になると攻撃能力を得る』なんすよ。それで作ったのがあの“ヴァスカビルMark.2”です」

 

「……物質変化と攻撃能力付与。それだけ? 他のメンバーは?」

 

「まだ見つかってな……まあ、こういう暗黒領域の話に巻き込まれるのが増えても嫌なんすけど」

 

「……よっ、よければおっお姉さんが入っていただければ――」

 

「あーごめん。そういうのじゃないんだ」

 

 

 

 一通り話を聞いた彼女は、指を俺たちの額に当てる。

 

 

 

「色々教えてくれてありがとね。――恐み恐み申す

 

「あっ、ちょ――」

 

 

 

 そこまで言ったところで俺たちの意識は途切れ、以降このことを思い出すことはなかった。

 

 

 


 

 

 

「あ、もしもしラズさん。《死海連合》白でした、資料も本人たち問いただした結果も問題ないです」

 

『そ。じゃあ帰投しなさい、お疲れ様』

 

 

 

 ラズさんの通信を切ると同時、室内で倒れ伏す二人の少年を横目に見ながら私――栞凪凪砂は窓から飛びだした。

 

 そのまま地面に着地し、すぐそばにあるフェンスを乗り越え校外へ。運動部の生徒がうろちょろしているのが見えるが、前もって仕込んでおいた《死霊術師》の術式によって私に気づくことはない。

 

 

 

 ラズさんの秘密基地に《陰陽少女隊・言祝ぎ千鳥》の面々を集め、未知なる脅威に対する協力要請をかけた日から2週間。

 

 私は《死霊術師》的な情報操作からは一旦離され、代わりに2つの仕事が与えられていた。

 

 

 

『これで5件目の白確……無駄骨っぽくなっちゃってごめんね、ナギサ』

 

「いえ、これも仕事なんで」

 

『でもさっきまでのはともかく、直前の《月下氷人*プラトニックヘイル》は潜入調査だったでしょ。そこから休み無しって』

 

「大丈夫ですって。アイツらだったら確かにキツイかもですけど、自分いっぺん死んだおかげで学校行かなくて良くなってますし」

 

『そういえばそうね……』

 

 

 

 その1つ目が、各世界観と接触しての能力精査。さっきまで《死海連合》にやっていたような奴だ。

 

 これはあの後具体的な策について考えた時、太郎丸から出てきた案に基づくものである。

 

 曰く、

 

 

 

『死霊術師の組織がどういう構造か分からないので御座るが、そんなホイホイと裏切って色々仕込めるので御座るか?』

 

『他の勢力に潜り込んでひっそり活動している……みたいな線もあり得るで御座ろうかと』

 

 

 

 そういうことで調査することになった。で、ラズさんの方は顔が割れていてもおかしくないので新入りの自分が行くことになった。

 

 自分が潜入捜査だったりをしている間、ラズさんはラズさんで死霊術師組織内の調査を行っているらしい。「全国的な動きじゃないから上層部は噛んでない誰かの独断」とか言って色々仕込んでいるそうだが、まあラズさんなら何とかするだろう。

 

 

 

「んじゃ、次のとこちょっと見学してから帰りますね」

 

『ほどほどに――』

 

『――凪砂!! 緊急出動よ!!』

 

『びっくりしたっ』

 

「りょうかーい。座標送って、すぐ行く」

 

 

 

 二人の通信に割り込んできたのは、奏の声。

 

 与えられたもう一つの仕事の方の要件である。そしてその内容は、

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「――来たっ!! 遅いわよ!!」

 

「ごめん、状況は!!」

 

「出現したのは怨霊魔女の『あ』、荒覇吐“くらいく・きゃれい”! 全長5m、吐息に石化効果あり、今は――」

 

()()餓雅瓦臥画(ガガガガガ)――唖亞通(アアッ)!?!?』

 

「どおおおりゃああああっ!!!!」

 

「――あのように、みなせ殿に顎かち上げてもらって発生阻止してるで御座る」

 

「おっけ、万事理解」

 

 

 

 《陰陽少女隊・言祝ぎ千鳥》の戦闘員である。

 

 元々はこの面々にもバレたらいけない、という理由で復帰していなかったのだ。協力体制を敷くにまで至り、死霊術師としての仕事も比較的少なめな現在、元通りに戦わない道理はない。なお彼女たちの上司はラズさんの手によって上手い事誤魔化されているらしい。様様だ。

 

 

 

「な、凪砂ちゃん大丈夫だよね? また死ぬようなこととかしないよね?」

 

「もー、心配症だな」

 

「それだけの、前科が、あるから、言ってるんだけど……!!」

 

「ごめんて。ただまあ、かといってミカたちにも無理させられないから、さ!」

 

 

 

 そう。この復帰は向こうからの「また5人で戦いたい」という要望も、私の「なんだか申し訳なくなってきたので少しでも恩を返したい」という要望も汲んだものではあるが、それ以上の目的として最も大きいのが彼女たちの負担を軽減することである。

 

 《陰陽少女隊・言祝ぎ千鳥》には、避難や一般人保護の人手を補ってもらうことを期待している。そしてその場合、手伝ったせいで体力に余裕がない状態で、本業の怨霊魔女退治をわざわざフルメンバーから一人欠けた編成でやって負けたり死んだりしたら目も当てられないのだ。仕事も五割増だし、個人的にもなんとなく嫌だ。

 

 

 

『陰陽道回路形成、紫炎の界に接続』『装束起動』『陰陽少女態形成』……うし、久しぶりだけど完璧」

 

「いよーし手伝え、こいつの腕ぶった切って喉突っ込んで二度と臭い息吐けないようにすっから!!」

 

「任され……いやちょい待ち」

 

 

 

 あと副産物として、変身がもう一度出来るようになったのでやれることの幅がめちゃくちゃ増えた。シンプルにありがたい。

 

 能力の高まった身体の調子を確かめるように、私は怨霊魔女を押さえつけるみなせの方へ跳躍……する前に。

 

 

 

「よっ」

 

「えっ車?」

 

 

 

 近くに置いてあった4tトラックを担ぎ上げ、

 

 

 

「てやっ」

 

「あっ馬鹿!!」

 

阿亜(アア)ーー!?』

 

 

 

 口に放り込んだ。やはり物理的に持ち上がる幅も、それを精密に投げ込むコントロール能力もかなり上昇している。気分がいい。

 

 そして狙い通り、トラックを口に突っ込まれた怨霊魔女はブレスを使えなくなった。もだえ苦しんでいる。

 

 

 

「へ、へえ……意外と物理攻撃も通るんだ……そう……」

 

「わざわざ腕切り飛ばさなくても、こっちの方が楽でしょ」

 

「……投げ込んだトラックは【蘇生】で復元するつもり? ダメじゃなかった?」

 

「あっ」

 

 

 

 失念していた。

 

 

 

「……まあいいか。いよっし解体ショーすっぞ!! 気張れや!!」

 

「ほほーい。……で、凪砂殿。死霊術師に就職して以来【蘇生】軽く使い過ぎで御座る。

 

 

 

 四肢を振り回してがむしゃらに抵抗するしかできなくなった怨霊魔女を捌きつつ、太郎丸から注意が来る。

 

 

 

「戦略の幅が広がったのは至極いいことで御座るが気を付けたほうがいいで御座るよ」

 

「そうね。私たちだからいいけど、今潜入捜査とかもしてるんでしょ? 迂闊に見せると大変なことになるわよ」

 

「……ウス。気を付けまーす……」

 

「で、次どこ行くの」

 

「ええと、確か次は所謂異能バトル系でーー」

 

 

 


 

 

 

 ーー歌は力である。

 

 歌は時に病んだ心を奮起させ、時に晴れた心を破壊する。

 

 不屈を支え、元気を与える。

 

 人々を駆り立て、世界を変革する。

 

 ではその力を、任意に引き出すことが出来たら。

 

 活力を励起させ、心を壊し、集団幻想を狂わせ、世界構造にすら干渉できるのだとしたら。

 

 その者は、世界すらも統べられるのではないだろうか?

 

 

 

 我々は彼らを“謳い手”と呼ぶ。

 

 その力が、我々に牙を剥かないことを祈りながら。

 

 

 


 

 

 

「――というわけで、君は僕たちと同じ“謳い手”としてデビューしたんだ。ここまではいいかい?」

 

「はあ……」

 

「人間の枠組みを超えた君を妨げるものはない、思う通りに生きるがいい……と言いたいところなんだが」

 

「はあ……」

 

「生憎、超越者同士でも人間関係というものがあってね。僕たちはいくつものグループにも分かれて抗争を繰り返しているんだ」

 

「はあ……」

 

「ちゃんと聞いているかい?」

 

 

 

 栞凪凪砂は、目の前の男装の麗人が楽し気に語る姿を見つつ、面倒だなあと心の底から思った。

 

 現在彼女が紛れ込んだのは、廃ビルを根城にする《謳い手》のグループ。世界観としては端的に言えば、異能者がいくつもの団体に分かれて抗争を繰り返しているものだ。

 

 

 

「私たちがいるのが、『運命論革命』というグループ。構成員がお姉さんともう二人いて、全員異能者……《謳い手》なんですよね」

 

「聞いているのなら重畳。ついでに私の名前も呼んでくれると嬉しいんだけどな」

 

「……えーと」

 

「ふふ、無理言ってすまないね。最初にさらりと名乗っただけだから覚えていなくても詮無いことだ。医師園(いしぞの)ファンクだ、改めてよろしく」

 

 

 

 握手をしながら、現在の状況を考える。

 

 今の目標は、特殊な世界観を生み出している男を捕縛すること。そのためにはこの男がどこに潜んでいるかを炙りださなければならないので、《謳い手》に潜入することでこの世界観に当該人物がいないか確認しようとしていた。

 

 が、

 

 

 

「……ファンクさん以外のメンバーは?」

 

「申し訳ないことに、暫くの間は紹介できない」

 

「じゃあ能力は」

 

「ますますダメだ。というか、一人については私も知らない」

 

「えー」

 

 

 

 問題は、彼女たちが結構しっかりした秘密主義であることだ。

 

 それが彼女たちだけなら、まだ他のグループに転がり込めばよかったのだが、

 

 

 

「いや、すまないね。前に『ミランダ小隊』と名乗るグループが、一人新たな“謳い手”を引き込んだ時の例があってね」

 

「どうなったんですか」

 

「その正体が実は、異能で偽装した他グループのスパイでね。情報を丸っと抜かれた挙句全員死体で発見された」

 

「わあ」

 

「下手人は死体側よりも格下。しかし被害者はそれぞれの異能の弱点を突かれ、抵抗も碌にできなかったそうだ」

 

「……それは、それは」

 

「以来、どこも出来るだけ情報を漏らさないようにしていてね。疑うようで申し訳ないがーー」

 

 

 

 まず信頼がおけるかどうかを私に判定させてくれ、とファンクと名乗る女性は私に目線を合わせて言った。

 

 そういうわけなので、どこの勢力に言っても大した情報は即座には得られないだろう。君のような可愛らしい子にそんなことしたくないんだけどね、と彼女は笑いかけてきたが、いい感じに笑い返せたかは自信がない。

 

 

 

 死体がぽこじゃか出るようなのも、こちらにとってはマイナスだ。この事実は、「彼女たちが死んだ仲間を蘇らせる手段を常に求めている」とイコールで結べる。

 

 すなわち《死霊術師》の技能を持つ私が完璧な蘇生ができると知られた場合、どこの勢力も一斉に襲撃してくる可能性が高い。そして何かしら致命的なミスをしたら捕獲→飼い殺しまでつながる、バッドエンドルートが一直線に広がっている。

 

 要するに、その事実は隠しながら各勢力と渡り合って基本隠匿されている情報を収集しなければならない。

 

 

 

(無理ゲーだろ)

 

 

 

 私は脳内で悪態をついた。正確には不可能ではないが、あくまで技術的に可能というだけだ。

 

 出来はする。出来はするが、時間はありえないくらいにかかってしまうだろう。しかも“信頼を勝ち取る”ための潜入なので、迂闊に抜け出して《陰陽少女隊》を手伝ったりもできない。

 

 それで見つかるならまだしも、全然見当違いのところを調査していた場合は私たちが追っている男はその間いくらでも悪事ができるだろうし――

 

 

 

「ーーどうしたんだい、レディ?」

 

「ッ! ああいえ、別に何も……」

 

「ふふ、別に取って食ったりはしないからなんでも聞いてくれていいよ。私の能力だって言っても良い――それなら私にしか迷惑かからないしね」

 

「あ、じゃあ……他の人の能力を効率的に知る方法、ってありますか?」

 

 

 

 聞いてから、少し脳内にある内容が直接出過ぎたなと反省。

 

 しかしファンクさんは、本当に気にすることなく。素直にしばらく考え、申し訳なさそうに口を開く。

 

 

 

「すまないね。ただ、そんなものがあったら僕たちで好き勝手利用している」

 

「ですよね。ちょっと、その、聞いてみただけで」

 

「諜報なんかも盛んだけど……一番手っ取り早いのはやはり相手との直接戦闘になってしまうだろうね。具体的な運用方法まで掴みたいなら文章には限度がある」

 

「なるほど。ありがとうございまーー」

 

 

 

 その時。彼女の言葉がきっかけとなり、脳内で歯車がかみ合う感覚が生まれた。やはり質問はするものだ。

 

 

 

「さて。君を信頼するためにも、今度はこちらからいくつか質問しようかな……君が有するの、どんな異能なんだい?」

 

「ーー」

 

「……別に答えなくたっていいさ。むしろ意識が高く」

 

「死者蘇生の異能です」

 

「て安心、す、る…………え?」

 

 

 

 目の前の医師園ファンクが言った通り、この環境下での最高効率の情報収集手段は直接戦闘だ。

 

 だったら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「能力名は付けていないというか分からないのですが、完璧な死者蘇生が可能です」

 

「……なあ。君、それ、本気で言っているのかい?」

 

「そうです。時間制限は多少ありますが、蘇生後は本人でも死んでいたことを理解できないくらいには完璧です」

 

 

 

 そして、そのための最適手段は。私自身と蘇生の存在を、釣り餌としてしまうことではないだろうか。

 

 一切身バレに気を使わないだけで、必要な情報が片っ端から入ってくるのだ。文字通り前提がひっくり返る……我ながら天才かもしれない。

 

 

 

「そして、人数制限も――おっと」

 

「……へえ。結構身体能力もあるんだ」

 

「いきなり四肢壊そうとしないでくださいよ、ちょっともー」

 

「……あー、うん。君、自分の言ったことのヤバさ分かってないでしょ」

 

 

 

 さらにスペックを口頭で解説し続けていると、彼女が途中でヤバいと判断したのかメスを投げ放ってきた。《死霊術師》としての、あるいは《陰陽少女隊》としての身体能力で回避する。

 

 

 

「死者蘇生、って。本気かい?」

 

「大マジですよ」

 

「重要性分かってる?」

 

「いまいち」

 

「……本当は、もっと反りの合うところがあるなら送り出してあげることもあるんだけどね。悪いけど、私たちと一緒に来てもらうよ」

 

 

 

 後ろ手にはスマホを握っているので、恐らく仲間への連絡をしている。

 

 ファンクさんの味方の情報は今日手に入るものではなかったはずなので、とりあえずこれで一つアド。後は《謳い手》世界観から飛びださないように戦いさえすれば、いい具合に他の勢力も釣れてくるだろう。

 

 

 

「君にとっても、大量の《謳い手》を相手にするのは酷なはずだ。さあ、大人しく」

 

「生憎、大量なら大量なだけ嬉しいもので。――かかってきてください」

 

 

 

 じゃあまあ、まずはこの人の能力を丸裸にするところからやっていこうか。




脚本が想定の斜め上にカッ飛んでいる!!もう止まらない!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

《謳い手》と共にダンスを

読んでくれてる兄貴姉貴に、心から感謝を…


 《謳い手》医師園ファンクに、死者蘇生が可能であることを開示して十数分後。

 

 彼女が拠点としていた空き家を飛び出した栞凪凪砂は、気づけば空きテナントだらけのビル街の大通りを疾走していた。

 

 

 

「空間操作系にしても、出力めちゃくちゃすぎるでしょ……!」

 

 

 

 多少の愚痴は許してほしい。何せ、こんな地域は私の住むこの町にそもそも存在しないのだ。数秒間追跡がどんなものか確認するために振り返っていただけ、さして注意を外した自覚もないのにコレなので、だいぶ厳しい。

 

 睨むように通りの奥を見るが、少なくとも目に入る限りの範囲は同じビルが繰り返されている。

 

 

 

「最初に接触したファンクさんか、その味方の『運命論革命』。そのどちらかは『異界を作成する異能』を保有している、が――」

 

 

 

 整理するように言葉を紡ぎつつ、後方から飛んできたメスを首の動きだけで回避。

 

 

 

「――ファンク側はたぶん別の異能……!」

 

 

 

 そう言ったところで、さらに多量のメスが飛んでくるので細い路地に飛び込む。

 

 壁に固定された室外機を足場として蹴り、何用か分からないパイプを握り方向転換する。

 

 中も確認せず窓ガラスを蹴破って、足からビルの二階に突っ込む。

 

 駆け出そうとして踏み込んで、

 

 

 

(は!? 回転床!?)

 

 

 

 その箇所に何らかの機構が仕込まれており、体重がかかるそのままに回転する。

 

 一切の抵抗を許さないまま、下方向に叩き落された一階に待ち構えるは、

 

 

 

「逃げ切れそうかと思ってたんですけどね!!」

 

「ハッ。何かしらの前歴があるのかもしれないが……残念ながら《謳い手》としては、此方が一枚上手のようだ」

 

 

 

 いつの間にか追い抜いていたファンク。

 

 無理矢理空中で姿勢を整え着地しようとするが、

 

 

 

「再生《プレイバック》」

 

 

 

 彼女が私の足元を指差すと、なんの変哲もなかった床が変形して噛み付いてくる。姿勢を変えるのは間に合わない。

 

 

 

「……ッ…、!! 右、足首から先……!!」

 

「殺すのは心苦しいけど、それでも生け捕りにはさせてもらうよ。君は危険すぎる」

 

 

 

 向こうは捕えて一息ついていそうだが、残念ながらまだまだ状況は捲れる。

 

 周囲を観察すると、喰らいついてきた床はその姿を変え、歯車がギチギチと回転するトラバサミめいた機構になっている。

 

 そして壁は少しずれて噛み合わない形状になっており、ファンクの足元には円の一部のような切れ目、そしてコンクリートとコンクリートが擦れて出来た粉塵。まるで、地面と構造物の一部が超巨大なターンテーブルのように回転してきたかのような――

 

 

 

(――これまで行ってきたメスの高速射出、とかも鑑みると)

 

「能力は、『任意の機構の生成とその自在操作』……規模に制約はないが、機構には回転が必ず含まれる。合ってますか? ファンクさん」

 

「……驚いた。まさか私の〈ハイパーゴアムササビスティックディサピアリジーニャス〉の効果を完璧に看破するとはね」

 

「長っ」

 

「格好いいだろ?」

 

「というか、そんな簡単に正解っつっちゃってよかったんですか?」

 

「確かに、多少迂闊だったかもね。しかし――再生(プレイバック)

 

 

 

 彼女は再度、床を指さす。動けない私の左方と右方、その部分に機構が誕生する。

 

 回転しめくれ上がった床面は、手枷の形となって手首に殺到する。多少振りほどこうとしてみるが、自動で追尾してきて瞬く間に拘束が成った。

 

 

 

「君はこれ以上どうすることもできない。そうだろう?」

 

「……」

 

「何安心したまえ。食事は私がちゃんと運んでくるし……その、排泄に使える機構もその場に用意する」

 

「……なるほど。理解しました」

 

「飲み込みが早いようで何より。さて、それじゃあ君の異能の性能を検証させてもら――」

 

「いえ、そうではなく」

 

「?」

 

「こっちに来るのはファンクさんだけで、残り2人いるというメンバーは見せないということを理解しました」

 

 

 

 どういうことか分かりかねた顔をされるが、言ってしまえば単純だ。

 

 私はこの状況から逃げられないとは言っていない。

 

 甘んじて拘束を受けたのは、「廃ビル街生成の異能者」以外の仲間とファンクさんの異能を確認するためであり、

 

 

 

「それができないなら、さっさと退去するに限る。そういうことです」

 

「ッ……だが、どうやって」

 

「こうですよ」

 

 

 

 そう言うや否や、()()()()()()()()()()。呪力をごく大量に流し込んだことによる、過負荷での崩壊だ。

 

 

 

「は……?」

 

 

 

 流石に即座の自害は予測していなかったのだろう。呆然とするファンクさんを見つつ、意識が急速に薄れる。さもありなん、この体にかかった【循環蘇生】の魔術は、自分の意思で機能を停止させたのだから。

 

 ただ、ここで私の生が完全に終わるわけでもない。別の場所に残された【循環蘇生】の残ったパーツから蘇ることになる――

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「……医師園、もう拘束終わったかなあ」

 

「ん~? 何、ファンちゃんのこと心配してんの~?」

 

「バッ……! おっ、俺はただ、裏世界へのゲートの維持がかったるいから!」

 

「はいはい。んま、ファンちゃん何だかんだ僕ちゃんより強いし心配しなくても――」

 

「――へえ。こっちに待ち構えてたんだ、これは予想外」

 

 

 

 ――たとえば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「「……!?!?」」

 

「となると、最初からずっとこの建物のどこかに隠れてたのか。もっとちゃんと調べてればな……」

 

 

 

 私が蘇生先に選んで出てきたのは、最初にいた廃ビルの一部屋。誰もいないだろうし、適当に逃げ出してもいいと思っていたが……想定外にも、この場にはもう二人いる。

 

 一人は制服の黒髪短髪少年。先に会った《死海連合》の連中と同じ制服なので中学生、話してた内容的にはこっちが異空間のヌシ。

 

 もう一人はやたらとポップな服を着た、髪がピンクと青のツートンカラーの青年。恐らくこちらの役割は、

 

 

 

「何がどうなって……いや、一旦下がってて!」

 

「やっぱり護衛か」

 

 

 

 しかしこの状況は好都合である。何せしばらく特定できないだろうと思っていた相手の能力が見れるのだから。

 

 ピンク髪の男が腕を振るうと、目の前の二人の姿が見えにくくなり……いや、違う。目の前を砂嵐が吹きすさび、覆い隠して、

 

 

 

「うん、魔法少女関連じゃないな。砂精製か」

 

再生(プレイバ)――何?」

 

「じゃあ別にいいや。『陰陽道回路形成、紫炎の界に接続』『装束起動』『陰陽少女態形成』

 

「えっ何だあれ!?」

 

 

 

 砂嵐は結構な出力で、生身で行ったら【循環蘇生】込みでもギリギリ再生が間に合うか怪しく、少なくとも逃げに徹されたら追い切れなかっただろう。

 

 ので、変身を噛ませて再生を間に合わせ、砂嵐の特に濃い部分を突っ切り、

 

 

 

恐み恐み申す

 

「ぐげっ」

 

「もいっちょ」

 

「ゲフッ」

 

 

 

 続けざまに二人を殺す勢いでぶん殴り、意識を確実に狩る。

 

 

 

「――!? な、なんで!? さっき死んだはずじゃ」

 

「あ、そっか。能力が解除されて……まあよし、もいっちょ」

 

「……な、クソ……どういう……」

 

「ヨシッ」

 

 

 

 それで異空間生成の能力が解けたのか、向こうにいたファンクさんも出てきたので沈めて制圧完了。

 

 とりあえずこのグループの持つ異能は把握、魔法少女関連がいなさそうなことは確認できた。

 

 

 

「それじゃあ、これはこの辺に縛り付け……いや待て、私が蘇生持ちって他のグループに言ってないだろうし、これを利用して……?」

 

『……ナギサ。無茶しすぎよ貴女』

 

「あ、ラズさん」

 

 

 

 ぶつくさ言いつつ三人を縛り上げていると、魔術的通信越しにラズさんの声が聞こえる。

 

 

 

「聞いてたんですね」

 

『というか貴女も気づいてたでしょ。じゃなきゃ確定した異能読み上げたりするタイプじゃないし、あれ私に聞かせて報告端折ろうとしてたわね?』

 

「分かってるじゃあないですか」

 

『……何か腹立ってきたわね。作ったメモ燃やしてやろうかしら』

 

「サーセン」

 

『あとちょっといくらなんでも暴れすぎ。世界線内部では『そういう異能者がいた』で流せるかもしれないけど、こっちでは報告書もめちゃくちゃ書かなきゃいけないし流せなかった時の記憶処理も』

 

「あーはい。要は報告書と緊急記憶処理の準備しとくだけで調査の手間を軽くできるんすよね

 

『……それでいいわよ、もう』

 

「あざす。じゃあ、ちゃっちゃか暴いてくんでよろしくお願いします」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「いよし、まずこいつらを全員殺して死体にします」

 

『おい』

 

「でも仕方なくないですか? 完璧な蘇生手段があるっていくら口で言っても、ただのフカシにしかなりません。それを受けた人間を見せつけないと」

 

『そこじゃないわよ! そっちには3人いるらしいけど、その数故意に殺すと問答無用で免停なのよ!?』

 

「あっそういう」

 

『せめてどれか一人にしなさい。それなら報告書倍になるだけで済むから』

 

「だけどそれだと、残った二人が死体回収して【蘇生】かけるタイミングなくなっちゃうかも……あ、そうだ」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「んぐ……」

 

『おはようナギサ。全身に異常出てないか一応確認しときなさい』

 

「ん、そうだ……うん、大丈夫です。【遠隔蘇生】、普通の【蘇生】と大差ないですね」

 

『私だからできる神業よ、感謝なさい』

 

「ありがとうございます」

 

『よろしい。それで出歩いたら準備完了ってことでいいのよね?』

 

「はい。世界線間の結界も自力解除無理なくらいちゃんと貼ってますんで、他世界線に伝わることはないかと」

 

『あとはどのくらい釣れるか、ね。死体が出たのはナギサが広めてたけど、今の貴女を見て蘇生能力と結びつけられるか……』

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「バリバリ杞憂でした。釣り放題です」

 

『あっそうなの?』

 

「しっかり何勢力も食いついてくれて、潰し合いの大抗争中なのでこっちから襲撃しなくても能力見放題です」

 

『良かったじゃない。……あれ、じゃあ今どうしてるの? 前線にはいるのよね?』

 

「はい。善良そうなところに同行できたので、ガンガン巻き込んで逃げに徹してます」

 

『人としてどうなの?』

 

「戦闘教えてるんで許してください。んで、そいつらの能力が『体を異形化する』と『光線発射』と」

 

『待ちなさい、待ちなさい! 今メモ用意するから!』

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

『今いい?』

 

「すいません、最初に会った『運命論革命』の連中に追われてるんで後で。――やーいやーい、奇襲で即ダウンしてる雑魚ども」

 

『敵に回すだけ損な連中煽るんじゃないわよ』

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 《謳い手》世界観への潜入開始から、3日。

 

「……もしもし、ラズさん」

 

『何? 今こっちはこっちで忙しいんだけど』

 

「いました。探してた張本人、大当たりです」

 

『マジ?!』

 

 

 

 物陰で通信を送る私の視線の先にいるのは、数人の男女。しばらく私と行動を共にしてくれた『Pop-in-Fever』の面々だ。

 

 そして彼らが相対しているのが、

 

 

 

「■■■■■■■……!!」

 

「……刃*鏡*天*開」

 

 

 

「……《月下氷人*プラトニックヘイル》、それから《ドリヰム・パレット》。その各世界観の討伐対象です」

 

『は!? どうなって……?!』

 

 

 

 ラズさんは怒号と共に疑問を飛ばしてくる。まあ無理もない。

 

 私たちは「死霊術師が裏切って色々やっており、それを誤魔化すためにどこかの世界観の木っ端異能者として隠れている」と予想していたのだ。こんな堂々とやられたらそりゃ困惑する。

 

 だが、困惑も束の間。ラズさんは即座に、別の可能性に思い至る。

 

 

 

『……もしかして。「()()()()()()()()()()()()()()」みたいな、安直なのがある?』

 

「見てる限りだとそれっぽいです。正確には、『魔法少女の敵役を生み出し、コントロールする異能』」

 

『……それで生み出す敵役って、もしかして』

 

「世界観ごと生み出してるっぽいです」

 

『こっこの、クソ異能……!! そうよね!! 自分の世界観だと倒せない敵をポイポイ生み出せるならそりゃ最強よ!!』

 

 

 

 その声からは多分に気疲れが感じられる。それも仕方ないことだ。私だって散々思い悩んで来た問題の原因が()()()()()()()()()()()()()()()らブチ切れるかもしれない。

 

 絶対にありえないと言い切ることもできないのが、なお神経を逆撫でしている。だってこの世界観は普通に異能の一環で異世界を生み出せるんだから、そういう方向に発展しても実現可能性は十二分にあるのだ。

 

 

 

「で。どうします?」

 

『異能者張本人いる!?』

 

「えーと……」

 

 

 

 戦闘している方を伺う。ずっと戦闘中に独り言してたら怪しまれるので離れていたが、こういう時には不便だ。

 

 

 

『どうなってんだ、コレ!! オレサマの光線まともに喰らってるはずなのにビクともしねエ!!』

 

『なら、私が直接攻撃で……!!』

 

『無駄無駄無駄無駄、無駄ですぞ。我の〈魔法少女とチョコレゐト〉は完全無敵!! 理解したら早く白魔術師ガールを渡すんですな』

 

「あー、うん。いますね。最後の奴」

 

 

 

 前に犯人とおぼしき人物の特徴として挙げたものと、体型や服の趣味が完全一致している。

 

 

 

『普段は干渉タブーだけど、今回はいいわ。何が何でも制圧するわよ、最悪殺しもアリ』

 

「了解です。で、場にでちゃった二体の敵キャラは」

 

『……何とか、世界観外に排出して……対応魔法少女の連中に対処させるかしらね。私が現場行くし応援も要請してる』

 

「……となると。私がするべきなのは」

 

 

 

 戦っている面々を改めて確認しつつ、考える。

 

 たとえ蘇生できるとはいえ、うかつに死なせるのは褒められたことではない。

 

 が、さらに最悪なのは、あの二体を捌くのを手伝っている間に、当人に逃げられてしまうこと。

 

 

 

「じゃあ、こうするかな」

 

 

 

 私は、物陰から飛び出して、大きく踏み込んで。

 

 

 

「……カンナギ?! ダメだ、狙われてるのはお前だゾ!?」

 

「んんん!! それが噂の白魔導士ガールフギュウウッ!?!?!?」

 

「殴ったあ!?」

 

 

 

 思いっきり、顔をぶん殴った。

 

 

 

「今すべきなのは、こいつを逃がさないこと。……というか」

 

 一息。

 

「別に、私だけでこいつ制圧しちゃってもいいんですよね。この場の出てる連中も何とかできるかもですし、応援いらないかも」

 

『よ~く分かってるじゃない!! やっちゃいなさい、でも応援は行くわよ!!』




〈魔法少女とチョコレゐト〉……魔法少女を生み出す異能。自身の手で魔法少女が登場する全50話のストーリーの設定を書き綴ることで、そのストーリーに登場する存在が全て実体化され、お話をコントロールできるようになる。

 自身は強制的に敵勢力のラスボス(最終倒される)の立ち位置に押し込まれるため一度起動すると寿命が1年になること、魔法少女は神聖なものなので手だしできず出てこられたら確実に負けることなど縛りも多いが、それでも魔法少女にしか御せない敵キャラを自在に操れるのはトータルで得。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

n重奏の夜:開演

あんきも


 〈魔法少女とチョコレゐト〉。

 

 魔法少女が戦う世界観を作り出し、その敵役を使役する異能。

 

 創り出せる世界観の数、一度に使役できる敵役の数などには制約なし。

 

 ――これの所有者、栗鼠森 杜巣《りすもり もりす》こそが世界観を増やし散らかし、それらがラズベリーと凪砂達のみでは対処できないので手間をめちゃくちゃかけさせ、散々二人を振り回してきた《死霊術師》の敵の正体である。

 

 

 


 

 

 

「やっぱり本体は生身なんだから、殴れば殴れるんだよね」

 

「ドエーーーッだから我は確かに貴殿を襲いましたがそれはそれとして貴殿にそこまでキレる理由は友を殴られたから!?」

 

「いや、それもあるけど本命は別件」

 

「じゃあ知らないですぞ!?!?」

 

 

 

 私、栞凪凪砂は。今まさに、その栗鼠森杜巣と対峙し、執拗に追いかけ回していた。

 

 ちなみに名前は気が動転した向こうが自分から教えてくれた。この追いかけっこを「お友達になりたいけど話しかけ方が分からないから」の感じかと勘違いしたのかもしれない。

 

 しかし私の目的は当然そこにはなく、彼の異能の無力化にしか興味はない。いっぺんしばき回して捕獲して、ラズさんに回して、《死霊術師》の知らん術式で何とか剥いでもらう……そういう感じになるだろう。

 

 ただの異能者が悪意なく起こした事件ではあるものの、いつ事故に繋がるか分からないため対処は必要不可欠であるのだ。

 

 

 

「こんなところで死ぬなんてたまりませんな!! ええい、再生《プレイバック》!!」

 

「……!! 増えた!!」

 

「『氷塊伍號・永天』!! 『ピースマシン・シヨカナ』!! この女を何とかするんですぞ!!」

 

 

 

 もちろん向こうも無抵抗なわけではない。彼が両手の人差し指で虚空を指すと、その能力によって二体の怪物が現れる。

 

 片方がゴツゴツした氷の獣。もう片方は、ポップな色合いの浮遊機械。どちらも一軒家くらいのサイズはある。

 

 

 

(左側のほうが《月下氷人*プラトニックヘイル》。右側のほうが《魔暴少女ブラッディレイン》の敵)

 

(……あれ、さっき呼んでないよねそっちは。めんどくせっ)

 

 

 

 襲ってくる二匹の怪物は当然私の眼前に立ちふさがってきて、栗鼠森を追跡するのを妨害する。そしてそれは、この手で沈黙させることはできない。

 

 「生み出した敵は対応する魔法少女でしか倒せない」。その能力と制約が分かったとしても、《謳い手》世界観内においては絶対的な戦闘能力を有するし他の殆どの勢力に対しても対抗できる異常な強さだ。

 

 しばらく《謳い手》世界観内で一緒に動いてきた『Pop-in-Fever』なる連中は、栗鼠森が最初に沸かせた二匹の方の足止めをしてもらっているので、これは任せられない。ついでに言うと、本人も自分で乗る用の怪物――マジで見たこともない形をしてるので、また世界観を拵えたのかも――を用意して車くらいの速度で移動している。このままではまんまと逃げられるだろう。

 

 が。

 

 

 

「『陰陽道回路形成、紫炎の界に接続』『装束起動』『陰陽少女態形成』」

 

「えっ何ですか」

 

「倒せなくてもあんたをなんとかできれば別に問題ないんだよ、ね!!」

 

「ウワーーーーーッ股抜けしてえっというか変身してる―――――!?!?!?」

 

 

 

 陰陽少女隊としての姿に変身し、機動力を確保。二体の腕が交錯する隙間を無理やり潜り抜け、彼を追走する。一気に突き放された距離を、一気に詰め返す。

 

 二体はあわてて方向転換してくるが、もう道を阻んでくることはない。そうなればもう放置でOKだ、たまに飛んでくる遠距離攻撃に気をつける以上のことは追跡には必要ない。

 

 最初に変身してふりっふりのミニスカ改造和装出てきた時は流石に騙されてるんじゃないかと疑ったものだが、身体能力の上がり具合は本当に目覚ましいのでありがたい。【循環蘇生】も噛ませれば一歩一歩足ぶち壊す走り方してもいいのでなお最高。

 

 

 

(前は《死霊術師》一本で別にいいかな~って思ってたけど、軸になってるのはやっぱり陰陽系だし……)

 

 

 

 できることの幅が広がって嬉しい。《陰陽少女隊・言祝ぎ千鳥》……本当に復帰してよかった。

 

 

 


 

 

 

「そんな理由で喜んでるんじゃないわよ!! もっと……私たちと一緒に過ごせることとか!! そういうのを喜びなさいよ!!」

 

「奏殿、どうしたで御座るか? 急に大声など」

 

「あれじゃない、かな……千里眼」

 

「あいつそういう家系じゃなかった気がすんだけどな……んなことより行くぞ、《死霊術師》が増援呼んでやがる」

 

 

 


 

 

 

「よし、確保」

 

「ウギュッ」

 

 

 

 倒せない敵は撒けばいい。その方針が固まってからは早かった。

 

 ぽいぽい敵は出されるがそのたびに撒き散らかす。ついに追いついたと思ったら乗っていた怪物も喰らいつかんとしてきたので、栗鼠森を抱え上げさらに逃走。なんとかかなりの距離を取れたので、縛り上げて転がしたところで現在に至る。

 

 

 

「グ、グヌ……再《プレイバ》」

 

「ヤベ……物は試しっ」

 

「ゲーーッ!?」

 

 

 

 毎回指をさすモーションをするので試しに腕を折ってみたら、新たに出現するのは止まった。捕獲しておくのが爆裂に楽になったので嬉しい。

 

 

 

「んま、そういうことなんで。しばらく捕まっててください」

 

「どういうことですかな!?」

 

「うちの上司が来たら……まあ、処遇は確定すると思うんで」

 

「具体的な内容が何一つ知らされないまま概要だけ固まっていく! せめてなんでこんな風になってるかだけでも」

 

「いやです」

 

「ギーーーー」

 

 

 

 じたばたする男を放置し、自分もその辺に座り込む。今の座標と、追いかけっこの途中で出現した連中の座標はラズさんに送り付けておいた。しばらくすれば回収されるだろう。

 

 

 

「んま、最後は魔法少女にやられて……ってのは本望なんじゃないんすか?」

 

「それはまあ……いやそれはどうせ一年もすれば達成されるゆえ今は嫌ですぞ!? というか最後って」

 

「うるさい」

 

「ゲエッ」

 

 

 

 うるさくなってきたので腹パン。結界は貼ってあるので音を聞きつけた別の連中が侵入してくることはないはずだが、裏返せば相手が苦手でも外部と隔絶された空間に一緒にいなければならないということである。

 

 しばらくそのまま無言で座り込んでいたが、

 

 

 

「……しかしまあ、我も愚か極まりないというほどではないゆえ。ある程度の事情は推測できまするぞ」

 

「……へえ?」

 

「結論から言ってしまえば、さっさと殺してもらって構わないですな」

 

 

 

 向こうが、静かに口を開く。どうせ暇なのでなんとなく清聴。

 

 

 

「〈魔法少女とチョコレゐト〉……我の能力で作られた仔たちを倒せないと知り、本体を直で狙う方向にシフトした。単にそう考えるには、貴殿が魔法少女であることがノイズですぞ」

 

「ふむ」

 

「仔たちを倒すために、戦闘に混ざってきうる魔法少女のみなさん。彼女らと遭遇することは、これまでありませんでしたな。試運転のため現界させても、いつの間にか倒されている」

 

「……」

 

「それゆえ、もはや認識が噛み合わない違う世界にいるもの、と推測しておりました。……それでも最後は我が死ぬことで物語は終わる故、いつかは会えると信じておりましたが」

 

 

 

 ……世界観の違いや《死霊術師》の貼る結界の存在。それに思い至っていたのは少々想定外だが、納得感もある。自分が作っているのだから、そりゃあ通例よりも認識しやすいのだろう。

 

 

 

「故に『自分が魔法少女の元凶である』と認識している魔法少女は想定外であり……そうなる可能性もいくつかは思いつきますな」

 

「……」

 

「そして貴殿の衣装は、我が考案したどれとも異なりますな。それ故……」

 

 

 

 しかし、向こうは知らない。自分が生み出す以外にも、魔法少女がいることを。だから、

 

 

 

「たとえば将来、我が新たに作った魔法少女であったりしませんかな? そして、何かしらの権能で未来からやってきた」

 

「どうだか」

 

 

 

 結論は間違ったものとなる。

 

 もっとも、迂闊に否定はしない。否定したことで逆に真実に近づかれると面倒だからだ。

 

 

 

「それならまあ、納得いきますからな。未来から来たなら我が将来ラスボスとなることも知って当然」

 

「ふむ」

 

「そして殺害ではなく捕獲ということは、恐らく異能者の消滅による存在の消失を恐れたのだと思うのですが……実際それは不必要。我が死んでも貴殿らの物語は続きますぞ」

 

 

 

(……つまり今増えた分は増えっぱなし……ラズさん露骨に嫌そうな顔しそう)

 

 

 

「あと、我ある異能者によって蘇らされて、癖強い異能渡されて暴れさせられてる尖兵みたいなものですからな」

 

「えっ初耳」

 

「おや、では我の方を見て頂ければ。呼吸をしておりませんので、それで分かるのではありませんかな?」

 

「……ホントだ……」

 

「なので、魔法少女に殺されるのは本望でございますからな。むしろ成仏できるまでありますぞ」

 

 

 

 とはいえ想定の範疇ではある。事件解決を手伝ってくれたりした《ドリヰム・パレット》のユメミちゃんにいなくなられると逆に悲しいので、こっちの方がいいまである。蘇りの部分もセーフ、《死霊術師》が隠すのは完全蘇生であって死体のまま動くのは別に問題なし。

 

 まあ、大した情報も出なかったので想定通りラズさんに託して――

 

 

 

「でも、貴殿に殺されると他の仔らのラスボスにはなれないのが――」

 

「ん?」

 

「どうかしましたかな?」

 

「……あなた今、自分がラスボスになるって言ってませんでした?」

 

「おっと推測が外れた音がしましたがそれはそれとしてそうですな」

 

「どの世界でも?」

 

「まあそうですな」

 

「あの自分で作った連中と同じ括りになるってことですよね?」

 

「恐らくは」

 

「……倒せなくないですか?」

 

「? いや、対応する魔法少女の手で……」

 

「でも同時に、対応しない魔法少女のラスボスでもあるわけじゃないですか。んで、さっきの攻撃見るに魔法少女はたくさん生み出してて、そうなるともし対応する魔法少女が勝ち確の攻撃撃ったとして」

 

「……対応しない方の性質がトータルでは強いから死なない……????」

 

「あっもしかして気づいてなかったっすね??」

 

 

 

 栗鼠森は縛られたまま器用に頭を抱えるような動きをしているが、それも仕方がないことだろう。想定外というには詰めが甘すぎる気がするが。

 

 そして、自分も頭を抱えそうになっていた。そっとラズさんに通信する。

 

 

 

「……あの、ラズさん」

 

「もう着いたから直でいいわよ」

 

「うおっといきなり背後」

 

「で、何。特定の異能が元凶ってことだしさっさと異能剥奪処理かけて、山のような書類の片付けにさっさと移りたいんだけど」

 

「その異能剥奪処理って奴、あの手こずってた数々の怪物どもに使える感じですか」

 

「無理よ、手順の中に【殺害】めちゃくちゃ入ってるのよ? だから殺せない相手には通じないわ」

 

「詰んだ」

 

「何よ頭抱えて!!」

 

 

 

 残念なことに「抱えそう」から「抱えている」に進化してしまった。ちなみにラズさんにも「あの男おんなじ性質持ってるんでそれ通んないです」と説明したら全く同じ工程を踏んだ。

 

 

 

「えっじゃあどうすんの!? 自然死待ち!?」

 

「……しかしながら、その」

 

「うわっ気づかなかったその男誰……あっ」

 

「当人です」

 

「どうもであります。……そしてその、自然死も恐らくは……ラスボスは主人公にぶっ倒されるものなので……」

 

「は? 終わってるじゃないマジで」

 

「我としても本当に困っておりますな正直!! 我はただ魔法少女に殺されたかっただけでありますのに……!!」

 

 

 

 しばらくワイワイ言い合うはめになった。前提も共有していないラズさんと栗鼠森の口論がなぜか無限に激化する中、ふとあることに気づく。二人が気づく様子がないので、代わりに言う。

 

 

 

「あの、栗鼠森さん」

 

「……はい」

 

「我々、正直言っちゃうと魔法少女が増えると困る側の人間でして」

 

 一息。

 

「新しい魔法少女作らないでくれるなら、我々もう干渉しないんですけど」

 

「……ああ、なるほど。素直に伝えちゃう手があったわね」

 

 

 

 そう、ここまで解決困難なところまで来るともう直で交渉するしかないはずだ。そして先方の回答は、

 

 

 

「は? 嫌でありますが」

 

「決裂したじゃない、ナギサ」

 

「それだと我、新たな魔法少女も妄想できないまま死体として動き続けることになるんでありますぞ!? まだ世に出してないのも数多くあるとはいえ、敵役の生成数も魔法少女ごとに限られておりますので戦えもしませんし!!」

 

「しかもこの男自分のことしか言わないじゃない」

 

「その上その放置なる提案、魔法少女になっちゃった者はラスボスである我倒せないので永久に宿業から解放されませんぞ!?」

 

「訂正、ちゃんと考えてたわ。それは困るわね」

 

 

 

 そういうことだが、本当に困る。抵抗するなら拉致監禁して異能を使わせないのも視野に入れていたのだが、魔法少女サイドが解放されないのをラズさんが気にするなら使えない。

 

 しばらくみんなして考え込む……が。しばらくして、栗鼠森が思いついたかのように言う。

 

 

 

「……つかぬ事をお伺いしまするが」

 

「何すか」

 

「もしかして、我が生み出すほかにも魔法少女は実在するのですかな?」

 

「……あー、その……」

 

「しますよ」

 

「ナギサ!?」

 

「どうせ死んでるらしいし、成仏したがってるしいいじゃないすか。で、よく気づきましたね」

 

「ええまあ、魔法少女たる貴殿の存在が未来とも自分とも関係ないと分かれば……ちょっと感激しますな」

 

「泣くな!! 私だってナギサだって辛くて泣きそうなのよ、なんで嬉し泣きしてんのよ!!」

 

 

 

 私は別に、と言い出す前に向こうが言葉を紡ぐ。

 

 

 

「そういうことであれば、最終手段が取れますな」

 

「……ほう? 聞こうじゃない」

 

「我が、オールスター劇場版ボスとしての宿業も負います

 

「何?」

 

「すごいこと言い出してません?」

 

「つまるところ、異能の力で『数々の魔法少女が協力すれば倒せるボス』としての性質を得るんですな。これは元のに似ておりますので上書きできるかと」

 

「……なるほど?」

 

「多少制御が効かず暴れることになりかねませんが……それでも、誰にも倒せぬ怪物になり果てることはない」

 

 

 

 めちゃくちゃいいアイデアに聞こえる。ただ、その前振りがあったということは、

 

 

 

「もしかして、それ倒すにはあなたの管轄じゃない魔法少女が必要だった。だからためらってた!!」

 

「その通りでありますぞ!!しかし貴殿がいるなら」

 

「なるほど、承知しました」

 

 

 

 胸を張る。自分抜きで話が進んでいることに何か言いたげなラズさんを無視し、言う。

 

 

 

「ええ、きっちり魔法少女の頭数揃えてやりますよ。あんたをきっちり討伐してやります」




デス


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

《死霊術師》の世界へようこそ

うお~~~~


「結界、準備できたわよ。一応何あっても対応できるようにしてはあるけど」

 

「了解です。んじゃ、後はなんとかするんで」

 

「心から感謝しますな」

 

 

 

 栗鼠森杜巣は、《死霊術師》を名乗る二人組が飛び去って行くのを見る。

 

 魔法少女を殖やす自身の異能が、《謳い手》としての戦いと全く関わらないところで彼女たちを困らせていた……というのは、彼女たちから聞くことができた。

 

 非常に申し訳ないな、とは思う。自分の異能によって生まれた魔法少女たちはともかく、彼女らは生粋の存在だ。ゴスロリも着てたし間違いないだろう。そんな二人の仕事を自分がめちゃくちゃ大変にしていて、なおかつ己がやるべき後始末まで手伝わせてしまっているのだ。土下座しても土下座しきれない。

 

 

 

「……ただ、同時に。魔法少女の手で葬ってもらえることに、どうしようもなく興奮してしまっているのは、全く」

 

 

 

 己の性分が憎いものですな。そう口の中で呟き、指を自らの頭に突き立て、異能を起動する。

 

 

 

再生(プレイバック)〈魔法少女とチョコレゐト〉

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 肉体が膨れ上がり、異常な震えを起こし、みるみる巨大な怪物の姿になる。

 

 以前、凪砂とラズベリーが処分した〈ドリヰム・パレット〉由来の鴉の怪物。高層ビル一棟分くらいのサイズであったそれの、二倍近いサイズ。

 

 仮面のついた、黒ののっぺりとした塊。そうとしかいえない巨躯は、やはりのっぺりとした、しかし色合いの少しずつ異なる腕を体の中央から伸ばし振り回す。

 

 その腕の数は10。そしてそのそれぞれには、異なる力が対応する。

 

 

 

 これこそが、栗鼠森杜巣の生み出した最終決戦手段〈魔法少女とチョコレゐト:劇場版:遍く全ての凶つ星〉。

 

 普通に殴っても通じず、討伐には『魔法少女の攻撃』が必要なのは、普段生み出す怪物と同じ。少々異なるのは、討伐するのはどんな魔法少女でも良いということ。

 

 その代わり一チームで落とせるのは腕一本のみ、それ以上の攻撃は通らない。討伐には数が必要、というまさしくオールスター作品めいた在り方だ。

 

 しかし栗鼠森がそこに「オールスター作品では限定魔法少女が出るもの」という前提を書き加えることによって、討伐には彼の生み出した魔法少女の総数、それ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 絶対不死を実現した、自己矛盾の怪物。「対処不能な怪物になるのは嫌だ、何故なら魔法少女にも殺してもらえなくなるから」という我儘のみにて用いられてこなかった、絶対無敵の最終手段。

 

 

 

 ――ただし、その絶対無敵は。魔法少女が栗鼠森にしか生み出せないという前提に立ったものだ。

 

 

 

■■(そして)

 

■■■■■■■■(魔法少女が他にいるなら)」「■■■■■■(その前提は覆りますからな)

 

■■■■■■(期待してますぞ)

 

 

 

 栗鼠森は異常な声でそう嘯き、意識を失い。

 

 そこには、破壊の限りを尽くす怪物が一匹だけ残った。

 

 

 


 

 

 

 栞凪凪砂は、すぐそばの物陰からその巨体を見た。

 

 

 

「でっけ~」

 

『ナギサ、呆けてる場合じゃないわよ……【殺害:結界a27節】【殺害:結界a22節】【接続蘇生:a27-a22】

 

 

 

 ラズさんが術式を行使するのが通信越しに聞こえると共に、空間が歪む。これまで居た《謳い手》世界観と、別の世界観が繋がったようだ。

 

 漂い出すのは濃い血の匂い、そして遠くから聞こえるのは猿叫めいた女声の合唱。

 

 

 

「《魔暴少女ブラッディレイン》っすね」

 

『判断基準はマジでどうかとは思うけど合ってるわ。推定だとあと20秒で「劇場」と接敵するわ』

 

「必要なら誘導、ってことでしたけど」

 

『不要よ不要』

 

「まあ見た感じそうですね」

 

 

 

 ラズさんの予想通り、十数秒のうちにフリフリの魔法少女衣装の集団が眼前を通り過ぎ、血塗れの鉄パイプを構えて怪物の腕に突っ込んでいった。ちなみに「劇場」は栗鼠森の変化した怪物の呼称である。

 

 

 

「……あ。終わりましたね」

 

『はっや』

 

「ウィイヒヒヒ――ッ!! 残った腕も殺す!!」

 

「とか言ってますけど」

 

『効いてる?』

 

「……ダメそうですね。さっきまでと比べ物にならないくらい腕の側が硬くなってる」

 

『まあ知ってた。無駄に体力使わせるこたあないわよ、【殺害:結界間互換】【瞬間蘇生:結界a27節】【瞬間蘇生:結界a22節】

 

 

 

 逆順の詠唱と共に、彼女らの姿は搔き消える。

 

 

 

『第一の腕、攻略完了。担当世界観《魔暴少女ブラッディレイン》』

 

「いよっしゃ。このペースで行けばもう数分で行けますね」

 

『……いや、無理ね。というか安請け合いしたけどこれ倒せないかもしれないわよ』

 

「えっ」

 

 

 

 一部始終を聞きつつ次の座標へ移動していたところ、とんでもない弱音が出てきた。

 

 

 

「どういうことです?」

 

『いや、あの男「何本出るか分からないですが」って言ってたけど、それに則るならあの腕全部斬り倒すのが必須でしょ?』

 

「そっすね」

 

『で、見たら10本あるじゃん』

 

「はい」

 

()()()()()()

 

 

 

 通信に嘆息の間が入る。

 

 

 

『今の《魔暴少女》で1、他にアレが作ったのが《月下氷刃*プラトニックヘイル》と《ドリヰム・パレット》、合計3』

 

「……一応、さっきの戦闘の中で見たことないタイプの敵も出てましたけど」

 

『精査したけどそれも1種類しかなかったわよ。太郎丸とかいう子だけで捜索が事足りちゃうレベル』

 

「……なるほど」

 

『んで、野良魔法少女が《陰陽少女隊》……一応我々《死霊術師》もカウントできるけど、それでも合計6』

 

「足りませんね」

 

『ふざけやがってあの男』

 

 

 

 ラズさんキレちゃった。移動は完了したが、聞きに回る。向こうもなんやかんやで有能なのでぼんやりしていても何とかなるだろうが、万が一に備え色々準備はしておく。

 

 

 

『必要数増えるたあ言ってたけど一気に増やし過ぎなのよあの男!! 本当に死ぬ気あんの!?』

 

「んまあ、本来と違う挙動っぽいんで仕方ない部分はあるかと」

 

『にしたってこんなに魔法少女が数要るとは予想してないわよ』

 

「……んじゃあ、アレ今倒すの無理なんすか?」

 

『そうね』

 

 

 

 ラズさんがバッサリと否定する。

 

 

 

『他の担当地域から魔法少女引っ張ってくるのもめちゃくちゃ手続き必要だし……たぶん、封印かしら』

 

「でも《死霊術師》の術式通るんすか」

 

『そうなのよね……!! 腕一本止めるのは効いてくれそうだけど、それ以上は絶対めちゃくちゃキツイわ』

 

「そしてそうなると、被害がめちゃくちゃデカくなると」

 

『ついでに言うと、ワンチャンまだ世界観作れる可能性あるから。やるなら完全に封じ込めるか、殺さないとダメ』

 

「ああ……」

 

『……っうたく、もう……』

 

 

 

 ラズさんが頭を抱えているのが見える。完全に詰みルートに入ってしまい、それが自分の迂闊な判断によるものだと思っているのだ。

 

 仕方ないとは思う。あの人は何だかんだ真面目だ。私と一緒に下した判断ではあるが、その責任は全て負う気でいるのだろう。《死霊術師》に引き込んだのがこういう人で良かったな、と思う。

 

 

 

 ただ、しかし。

 

 

 

「……要は」

 

『ん?』

 

「『魔法少女』が、たくさん居ればいいんですよね?」

 

『そう言ってるじゃない』

 

「多少広義でも行けると思います?」

 

『《魔暴少女》が通るなら何でもアリよ正直』

 

「分かりました」

 

 

 

 私としては、詰みでもなんでもない。

 

 解決の筋が、まだ残っているのが見えている。

 

 

 

「ラズさん」

 

『あーはいはい。まあ一応力削れるし、《月下氷刃》の誘導――』

 

「それ、私に任せてもらってもいいですか」

 

『……できるの?』

 

「一応」

 

 

 

 さっき念入りに準備していたのは、この作業のための術式整備だ。ラズさんからネガティブな意見が出始めた段階で、こういうこともあろうかと組んでいた。

 

 

 

『いやでも、分業した方が効率は』

 

「はい。分業した方がいいんで、私がこっちやります。代わりにラズさんにはちょっとやってほしいことがあって」

 

『……ちゃんと理解してる貴女がそれやった方が良くない?』

 

「時間かかった時、単純な身体能力で撃ち合えた方が被害は吸えるかと。変に術式開くと進化して、ラズさん言ってたみたいにまた世界観作りそうですし」

 

『むう』

 

「それでも納得いかないなら、出来る分の戦闘全部終わらせてから――」

 

『待ちなさい待ちなさい』

 

「はい」

 

 

 

 向こうからするのは、再びの嘆息。ただしそこからは、憂いの色が少なくなっている。

 

 

 

『乗らないとは言ってないわよ、まずちゃんと説明しなさい。話はそれからよ』

 

「……はい」

 

『だいたい貴女、一人で突っ走りすぎ。ちゃんと事前の相談はしなさいよホント』

 

「スーーッ」

 

 

 

全くもってその通りだと思った。異論はなかった。

 

 

 


 

 

 

 桐野奏は、氷で出来たよく分からん獣を誘導している最中にその巨体を見た。

 

 

 

「全く、とんでもないの相手にしてるわね……!!」

 

 

 

 現在彼女が所属する《陰陽少女隊・言祝ぎ千鳥》は本来の仕事ではなく、任務が佳境に入ったという同胞・凪砂の手伝いを行っている。誘導はその一環で、他の面々も別のポイントで怪物を相手している。

 

 向こうがやっているのは、ずっと追っていた『世界観を増やしまくる男』の討伐。それ故にめちゃくちゃ忙しいらしいが、ならば凪砂の友である私が手伝わなくて誰が手伝うというのだ。

 

 

 

「……まあ、本来のマッチアップ相手にこいつぶつけたら私の仕事終わりなんだけど……」

 

 

 

 軽くぼやいたその時。

 

 

 

「ん?」

 

 

 

 自分のスマホの着信音が鳴る。変身して服が変わったせいでどこからの音か戸惑うが、少し探したら袖口から出てきた。

 

 あっちから連絡が来ることはないと思っていたので驚きつつ、すぐにスマホを開く。火急の要件ならさっさと取った方がいい。

 

 

 

「もしもし? 凪砂?」

 

『残念ながらバーミリオン・ラズベリーよ』

 

「あっそ」

 

『急に声低くなるじゃない』

 

 

 

 受話器の向こうにいたのは凪砂の上司だった。『あの子は今大立ち回り中よ』だの『死霊術師外への連絡だと、脳に直接意思送る術式使えなくて不便』だのうるさい。こっちも怪物(しかも攻撃が通らない)との追いかけっこの途中なんだぞ。

 

 

 

「いいから早く要件を」

 

『うん。貴女らが普段相手にしてる「怨霊魔女」って怪物いるじゃない』

 

「……出たの?」

 

『ゴメン、そういうことじゃないわ。そいつについて確認したいことがちょっとあって』

 

「何」

 

『アイツって物理攻撃通じる?』

 

「通じる。効率悪いからしないけど」

 

 

 

 そのはずだ。この前は凪砂が口の中に車を投げ込んだりしたが、その後確認したら歯とかボロボロになってた。

 

 

 

『んで、倒した後ってどうなってる? 完全消滅じゃないわよね?』

 

「いや、封印。というか陰陽少女隊が女子高生ばっかなのは――」

 

『――女子高生の呪力が封印に適してるから、だっけ? きっしょい生態してるわよね』

 

「分かってるなら切るわよ」

 

『はいはい、全く……質問はあと一個だけよ』

 

 

 

 向こうとの間が一瞬あく。その瞬間、なぜか私は、本当の本当に不本意そうな、苦虫を噛み潰した顔をしながら言葉を紡ぐラズベリーの顔が頭に浮かび、

 

 

 

『……その封印した怨霊魔女。何体か解放することって、できる?』

 

「なんで?」

 

 

 

 続く台詞でそれが間違ってなさそうなことを確認した。

 

 

 


 

 

 

『成程、成程。絶凍の果てにしか拙たちの居場所はないと思っておりましたが、この様な敵と相まみえようとは』

 

『なんかよく分かんないけど、いつも通り砕いちゃえばイイノー?』

 

『無論』

 

『じゃあヤッチャオー!!』

 

 

 

 第二の腕、攻略完了。担当世界観《月下氷刃*プラトニックヘイル》。

 

 

 

『あ、凪砂さん! こんにちはー!』

 

『え、そりゃあ気づきますよ? 大切なお友達ですもん!』

 

『これだけ助けてもらってるんです! 少しくらい手伝わせてください!』

 

『――永訣の白《ホワヰトリリイ》、屋良ユメミ! 参ります!!』

 

 

 

 第三の腕、攻略完了。担当世界観《ドリヰム・パレット》。

 

 

 

『理解不能。個体への通常敵性個体認定を破棄、推奨行動は撤退と判断』

 

『――しかし、弊機は。人類の未来を脅かす災害を放置することを、特例的に禁じています』

 

『昇格武装確立、攻撃対象を脚部に変更。攻撃を再開します』

 

 

 

 第四の腕、攻略完了。担当世界観《自動魔法化量産少女:AMA-tA》。

 

 

 

 ――そして、《AMA-tA》撤退から1時間半。

 

 

 

「……思った、より……時間、かかってるな……!!」

 

「■■■■■■!!!」

 

「チイッ」

 

 

 

 栞凪凪砂は、時間稼ぎを今なお続けていた。

 

 バーミリオン・ラズベリーも、《陰陽少女隊・言祝ぎ千鳥》の仲間もここにはいない。一人きりで、猛攻を魔法少女としての力で受け流し、あるいは【循環蘇生】に任せて受けきり、過激な陽動を繰り返す。

 

 ラズさんがかなり広域に【実体破壊処理】――要するに人払いを済ませているので、一般人を巻き込んで蘇生不能なレベルになってしまうことはない。

 

 が、その範囲にも限度はある。飛びださないように注意を切らさず戦わざるを得ず、余計に神経を使う。

 

 

 

「ちっくしょー、カッコつけて安請け合いするんじゃなかった」

 

「今日新しくできた《AMA-tA》見つけた時は、もうこれ以上難しいことないと思ったんだけどな」

 

 

 

 泣き言は吐くが、自分がするべき諸々の仕込みは終わってしまっている。ので、できるのはひたすらに被害を減らすことしかない。

 

 

 

「■■■■■■」

 

(薙ぎ払い)(に見せかけて、口が開いてる)(光線打つために姿勢変えただけか)(空中で受けるのは間に合わない)(なら)

 

「……恐み、恐み申す!!」

 

 

 

 思考が加速し、正解を無理やり捻りだす。魔法少女『紫炎の巫女』としての斥力と術式の反駁で攻撃を繰り出し、光線の軌道を捻じ曲げる

 

 息が上がる。腕が切れる。心臓が止まって、蘇生されて無理矢理動き出す。

 

 とはいえ向こうも大技を使った以上、しばらく後隙ができるはずだ。何が来てもいいよう、今のうちに姿勢を――

 

 

 

 

「■」

 

「あ?」

 

 

 

 その転換は、残った腕で殴り飛ばされたことで差し止められる。

 

 バギャガギャガガガガ!! 己の体が家を何件も突き破り、骨が折れる快音が聞こえる。

 

 

 

(……やられた)

 

(姿勢整えてるだけじゃなくて、こっちが本命。光線の方が囮)

 

(とうとう学習してきた……!!)

 

 

 

 幾度も壁に打ち付けられ、ようやく速度が減衰する。が、立てない。

 

 

 

「■■■■■■」

 

 

 

 更地になった自分の飛んできた道を見ると、栗鼠森が変身した怪異が歩いてくるのが見える。口は大きく開き、中に光芒が満ち始める。もう一発叩き込んで殺す気だ、理性はない。

 

 蘇生はできる。できはするが、ここまでこっぴどくやられると、再起動に十数秒かかる。その間にめちゃくちゃやられかねないので、困る。

 

 

 

(……まあでも、結界とかあるし。なんだかんだ、リカバリー不能な被害は出ないかもな……)

 

(多少私の体がぐちゃぐちゃになるだけだし。ここから最善を尽くそう、うん)

 

 

 

 そう判断し、自身に走る痛みを割り切り。せめて全速力で蘇生して戦線復帰できるよう、神経を集中させ、光線を眺め――

 

 

 

「――恐み恐み申す!!

 

【蘇生:xxx式緊急結界】!!

 

 

 

 射線上に割り込んで、光線から自分を守ってきた、二人の女の姿を見た。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「……ラズさん、なんで割り込んでるんすか。奏も」

 

「別にいいじゃない、部下のこと可愛がったって」

 

「死にそうなのに息巻いてんじゃあないわよ馬鹿!! 私、凪砂が死んでるの見るの嫌なんだからね!?」

 

 

 

 前者がラズさんの声、後者が奏の声。どちらからも疲労の色が見えるが、そこには難事を突破したかのような喜びが混ざっている。

 

 気づけば、【蘇生】の機能も回復し骨が繋がり始める。立ち上がろうとするが、奏に肩を抑えられ座らされる。

 

 

 

「アイツの陽動は3人に回したわ。もうちょっと休んでなさい」

 

「奏、ありがと……んで、頼んでた『怨霊魔女』は」

 

「当然。この札剥いで箱開ければ出てくるわ、一応片っ端から引っ張ってきた」

 

「最高」

 

「私にも感謝なさい、ナギサ! 《陰陽少女隊》の上層部は当然のように拒絶してきたから、私のありがたいサポートの元で略奪してきたんだもの」

 

「は~~? 偉ぶった《死霊術師》サマには別に頼んでないけど、勝手に参加してきたんじゃない」

 

「じゃあ自分たちだけでできた?」

 

「当然に決まってるじゃない。あの栞凪凪砂の友人よ、無茶苦茶は得意だわ」

 

「妙に説得力が……あれ、ナギサ」

 

 

 

 二人がやんややんや言い合っているのを横目に見つつ、手元の箱をいじり、新たに術式を整える。

 

 

 

「ええ。だいぶ元気なんで、もうやっちゃいましょう」

 

「……もう話聞いてるし、既にできてる術式の運用はやるわよ。そこはほっときなさい」

 

「ねえねえ私の方は?」

 

「じゃあこれ合図したら開封して放り投げて。なるべく高く」

 

「分かったわ……んげ、これ凪砂のことぶっ殺した奴じゃない」

 

「えっマジ? 懐かし~」

 

「う~ん感性が《死霊術師》すぎる」

 

「元々だいぶこうだった気もするんだけど」

 

 

 

 準備は二人に任せ、自分はスマホを開きある勢力に連絡を打ち込む。どういう理屈かは分からないが一瞬で超長文の返事が来た。

 

 要約すると――もう()()した、何とかしろ。

 

 

 

「いよし、今! 奏、ぶん投げて!」

 

「えっそんなすぐ!? こ、こう!?」

 

「上出来!! 【殺害:結界a27節】【殺害:結界b2節】【接続蘇生:a27-b2】、恐み恐み申す!!」

 

「……うわナギサ、あそこと接続すんの……? んまあ、いいけど……」

 

 

 

 何故か頭の痛そうな顔をするラズさんがさっきやっていたように、空間が一瞬歪む。その空の下、高く投げ上げられた木箱から、大猿に似た異形が溢れ出す。

 

 

 

「んで、どうするの凪砂? 私説明されてないんだけど、倒すの?」

 

「いや、()()()()()()()()()

 

「えっ倒せるの?」

 

「『物理攻撃が通る』んでしょ。他の魔法少女みたく縛りもないし、やってやれないことはない」

 

 

 

 空中を舞う大猩々は、重力に身を任せつつ一番近くの人間――私たちをロックオンしている。

 

 

 

「……ん、でもそれがどうして、あの怪物の討伐に……? なんでわざわざ敵増やしたの?」

 

「ラズさんから聞いてるかもだけど、あれを倒すには魔法少女が沢山必要。で、まともに数えたらどう考えても足りない」

 

「らしいわね」

 

「なら、()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 自由落下しつつ、大猩々は完全に元在った形を取り戻す。位置エネルギーと共に、衝撃波を叩き込んで抹殺しようと腕を構えて――

 

 

 

「こう考えることにした」

 

「ハッケ・ヨ――――――イ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 ――そこに、超巨大な力士が突っ込んできて。張り手一発で獣は消し飛び。

 

 

 

「『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』」

 

「■■■■■■!?!?!?!???!?」

 

「ノコッタ!!!!!!!!! ノコッタ!!!!!!!!!」

 

 

 

 その勢いのままに、力士は摺り足で加速し。多腕の怪物と取っ組み合いを始めた。

 

 巨力士に相対する怪物には顔がなく、相当する位置には仮面があるのみ。だがその無いはずの表情からは、どう見ても混乱しているとしか読み取れなかった。

 

 当然だろう。魔法少女からはかけ離れた、まともに干渉できないはずの存在に一本背負いをされかかっているのだから。

 

 

 

「……何アレ!?!!!?!?!??!?!?」

 

「スモー・バトラー。足の裏以外が地面に付いたら自爆するらしいよ」

 

「何の何が何!??!!!?!?」

 

「……カナデ。私としても脳に悪いとは思ってるんだけど、残念ながらもっと変なのが日本にはゴロゴロいるわよ」

 

「嘘でしょ」

 

「ようこそ、こちら側へ」

 

「そんなコテコテの中二病みたいな言葉かけてくるんじゃないわよ!!」

 

 

 

 奏は呆然としているが、状況はかなり好転した。

 

 少なくとも、数的な問題は消滅した。この街には驚くべきことに、私たちの戦いに――《死霊術師》の世界に、殴り込んでこれる連中がまだまだいるのだ。

 

 

 

「おっ、腕そろそろ飛びそう。いよーし、どんどんやるよ奏」

 

「当然みたいな顔で流さないで!? 凪砂!?」

 

「ほら投げて、ほら。座標指定するから」

 

 

 第五の腕、攻略完了。担当世界観《全日本ギガント・スモー協会》。




ちゃんと完結しそう 頑張ります、評価もお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10重奏の夜の終わりと、それから

もう三ヶ月ってマジ?


 市街地で暴れまわる、マットな質感の腕だらけの怪物。

 

 『劇場』という名を《死霊術師》バーミリオン・ラズベリーに与えられたそれは、彼女たちの業務をめちゃくちゃに増やした元凶の最期であり、この街にいる分では全然足りない数の魔法少女を討伐に要求する災厄であった。

 

 世界観が足らない以上、通常であれば現状倒す手段は実在しない。圧倒的不利であったはずの状況は、しかし。

 

 

 

「キマリ・ハンド――イッポンスラッシュ!!!!」

 

■■■■■■(!??!?!?)

 

「やっぱ派手で良いわね」

 

「いいですよね。力強さがあって」

 

「……凪砂、ラズベリー。普通に頭痛くなってきたから、私《陰陽少女隊》の方合流してくるわ」

 

「ちょっと、無理はしないでよ? 貴女の持ってる『怨霊魔女』、作戦の鍵なんだから」

 

「誰のせいだと……!!」

 

 

 

 同じく《死霊術師》見習い、栞凪凪砂の「じゃあ魔法少女と関係ない連中魔法少女ってことにすれば解決じゃね?」という発想が通ってしまったことで、完全に覆っていた。

 

 

 

 今、私たち――栞凪凪砂とバーミリオン・ラズベリーの二人は、『劇場』から距離を取ったところで彼の獣の苦しむ様を眺めている。

 

 対峙するは、《全日本ギガント・スモー協会》においてスモー・バトラーと呼ばれる関取。巨大な黒の怪物の体と同等以上の大きさを誇る相撲取りが、掴みかかって一本背負いを繰り出すと、理屈は不明だが体に真っ二つの斬撃痕が入る。

 

 が、しかし。その傷は致命傷になるほど深く入る前に再生する。その代わりと言わんばかりに、腕の一本が断裂・消滅――本当に身代わり的な役割を果たしたのだろう。

 

 相撲取りは再度掴みかかろうとするが、『劇場』は一切動かなくなってしまう。

 

 

 

「耐性付きましたね。ラズさん!」

 

「分かってるわよ、【術式逆順蘇生:世界観結界交錯】……!」

 

 

 

 関取が手痛い反撃を喰らわされる寸前、発されたラズさんの言葉と共に空間が歪み、姿が搔き消える。残るのは空を切った『劇場』の腕のみ。

 

 交差していた《謳い手》世界観と《全日本ギガント・スモー協会》世界観。それを隔てる結界が蘇生されたことにより、スモー・バトラーが退去させられたのだ。

 

 

「凄いっすねラズさん!」

 

「当然!! んで、次どうすんのナギサ!? 攻撃引き付けてた《スモー》の連中がいなくなっちゃったから、このままだと被害が市街地にいくわよ!」

 

「大丈夫です、もう呼びこんでます!」

 

「じゃあなるべく早く! 相撲取りの前に陽動やってた《陰陽少女隊》の面々、なんかどっか行っちゃってるから……」

 

「あ、心配しないでいいです。別の要件頼んでました」

 

「それ聞いてないわよ私。何度も言うけどちゃんと報告しなさ――」

 

「――■■■■■■!!!」

 

 

 

 ラズさんの説教は、苦痛に歪んだ『劇場』の声で遮られる。

 

 見れば、第六の腕。その周りを羽虫のように飛び回る姿がある。

 

 否、羽虫ではない。遠さと怪物の大きさのせいでサイズ比較が狂っているから、そのように見えるそれの正体は。

 

 

 

「何アレ。羽の生えた黒犬?」

 

「アレですよアレ。覚えてないすか、私のこと最初に蘇生させた時、襲ってきた」

 

「……あ、ああーー!! 《死海連合》謹製の!!」

 

「一応名前は『ヴァスカビルMark.2』らしいです。頑張ってもらうことにしました」

 

 

 

 異能に目覚めてしまった、男子中学生二人組の《死海連合》。どうカウントしても人手が足りなかったので、やむなく作戦に取り入れた。

 

 家々と瓦礫に阻まれてよく見えないが、今戦っている腕の直下近くに行けば、逃げ回っている彼らの姿を確認できるだろう。

 

 

 

「……え、あそこそんな戦闘能力あったの?」

 

「フルパワーで何とかですけど、一戦限りの瞬間的には」

 

「そう……じゃああの子ら駄目じゃないかしら……!? 魔法少女じゃないわよね!? だったら『怨霊魔女』との戦闘挟んでるんでしょ!?」

 

 

 

 ラズさんの指摘は正しい。自分たちは《陰陽少女隊》世界観の怪物『怨霊魔女』を借り受け、参加する世界観の連中と前もって一戦させている。彼らを魔法少女だと言い張るための策だが、戦闘に慣れていなければ非常に大きい負担になってしまう。

 

 《死海連合》はその慣れていない側だ。戦闘向きの異能はあるが、経験が皆無と言っても過言ではない。恐らく『怨霊魔女』と『劇場』、どちらか一戦にしか耐えきれない。

 

 

 

「ので、太郎丸・ミカ・みなせの3人に『あとはトドメを刺すだけ』の状態まで調理してもらいました。それ込みなら余力を持って戦えます」

 

「ああ、陽動役の……いなくなったの、そういうことだったのね」

 

「はい。万が一ヤバかったら、こっちに連絡くれれば急行して蘇生する、とも言ってたんですけど――」

 

 

 

 そこまで言ったところで、今なお続いていた戦闘の方に向き直る。

 

 なんだかよく分からないが、羽虫のようだった空飛ぶワンちゃんがめちゃくちゃに増殖し、蝗の群れのように腕を食い荒らして沈黙させたのが見えた。

 

 

 

「大丈夫そうっすね」

 

「やってることヤバすぎじゃないかしら」

 

「どこも大概じゃないですか?」

 

 

 

 第六の腕、攻略完了。担当世界観《死海連合》。

 

 

 

「んじゃ次行きます」

 

「OK、次のとこ繋げるわ。あと30秒で行けるから――」

 

 

 


 

 

 

「――あい、あい。委細承知で御座るよ。ええ、無論準備万端で御座る。では」

 

「凪砂から?」

 

「そうで御座るな。だいぶ『詰めろ』の段階にあるので、担当分の腕を殺ってもらって構わない、と」

 

「……そ。じゃあ準備するわよ」

 

 

 

 桐野奏は、《陰陽少女隊・言祝ぎ千鳥》のメンバーと共に、『劇場』の傍で構えていた。

 

 準備を呼びかけた側ではあるものの、彼女自身はもうとっくの昔にあったまりきっている。『怨霊魔女』を設置する作業はもう終えてきたし、「……そうね。《陰陽少女隊》の出力なら、全員が必殺技ぶっ放すだけで腕飛ばせるわよ」との判断がラズベリーから出ているので考えることはない。

 

 アレは好かないが、《死霊術師》として数々の怪奇生物と向き合っているため判断は正確だ。なら変なことする必要はないだろう、与えられた仕事をするだけだと割り切る。

 

 

 

「……なあミカ。奏、なんか返事そっけなくねえか?」

 

「……たぶん……自分への、連絡が、ラズベリーさんなこと、気にしてるんだと……」

 

「ミカ? みなせ? 聞こえてるわよ?」

 

「あ。……分かるよ、奏ちゃん。私も、凪砂ちゃんのことホントに大事に思ってるし……声聞けないの、不安だし、気にかけられてないんじゃないかって不安だよね」

 

「ミカ???」

 

「いざとなったら頼るで御座るよ。陰陽師は薬物にも詳しい故、一服盛るくらい」

 

「太郎丸まで何言ってんのよ!! これ以上なんか言ったら臓器全部摘出して売り払うわよ!?!?」

 

「なあ奏、盛り上がってるとこ悪いけど気づかれたぞ。こっち向いてる」

 

「全摘」

 

「これだけで?!!? 俺も?!?!?」

 

 

 

 振り返ったら思ったより近くにいた。腕を折られまくってるせいか、機動力は完全に損なわれており動きは緩慢。

 

 しかし問題ない、と言わんばかりに、大きく口を開く。光がその内に収束していく……先ほど凪砂を襲っていた光線の発射準備だ。

 

 けれど、まあ。先ほど通りなら、むしろ火力が多少増しても何ら問題ない。

 

 

 

「面倒だし正面から撃ち合うわよ。いい?」

 

「うん……!」

 

「あいよっ」

 

「問題なし、に御座るな」

 

「んじゃ行くよ――」

 

 

 

「「「「――『来たれ、破魔を司りし形にて』」」」」

 

 

 

 宣言すると同時、全員の手元に現れるのは身の丈ほどもある弓矢。呪力で形成されたそれを、構え、番え、狙う。放つ。

 

 これぞ《陰陽少女隊・言祝ぎ千鳥》の秘伝の大技『万相回廊裁砲』。他三人と寸分たがわぬタイミングで発射された矢は、四本が一点に収束し、虹の光を放ち。

 

 遮るように放たれた光線とぶつかり合い、相対したその光を即座に散らし。

 

 吸い込まれるように、『劇場』に中《あた》り。

 

 

 

「「「「――恐み恐み申す!!」」」」

 

 

 

 そう唱えると共に炸裂し。彼女たちが放てる総ての術式を用いて、中《あた》った相手を最も苦しめる攻撃を与える。

 

 

 

「……■■■■■■……」

 

「うむ。成功に御座る」

 

「どうだっ、見たかっ!!」

 

 

 

 舞い上がった粉塵が収まったとき、『劇場』に繋がる腕は3本になっていた。自分たちの仕事は完遂した、と言えるだろう。

 

 相手も全体的に弱々しくなってきているように見える。戦意は失っていないのか、残った腕はさらに高速で振り回されているが、胴体はバランスを崩すのに任せて倒れていき――

 

 

 

「……は!?」

 

「……ど、どうしたの……?」

 

()()()()!! 下敷きになる位置!!」

 

 

 それ以上でもなんでもない光景が目に入る。『劇場』が崩れ落ちる軌道の先、そこにある道の真ん中に、一人の男が立っている。

 

 気を失ったか呆然としてるかしらないが、逃げる様子はない。

 

 

 

(一般人の安全は守ってるとか言ってなかった!? ……ああもう!!)

 

 

 

 逡巡は一瞬。私がダメ元で飛び込もうとした、その刹那。

 

 

 

報いろ、『彼鉈』

 

 

 

 何かが煌めき、腕一本を残して『劇場』の巨躯が空を舞った。

 

 

 

「は?」

 

「え?」

 

「あ?」

 

「???」

 

「■?」

 

 

 

 誰も理解が追いつかないうちに、再び光の筋が走る。地上に残された腕が完全にミンチになる。

 

 ここでようやく、男の元にたどり着く。そして、光の筋の正体に気づく。……いつの間にか男が握っていた、鉈めいた武器の太刀筋だ。

 

 

 

「……ん? どうしたの、君。立ち合い希望?」

 

「あ、いえ。その、さっきまで棒立ちしてたんで、不安になって」

 

「んあー、助けにきてくれたと。ただそんな姿勢はノンノンだぜレディ」

 

 

 

 男は軽く刀を振り、納刀し、

 

 

 

「少なくとも、力量くらいは正確に測れなくちゃ。精進しろよ」

 

 

 

 そう言って、ゆっくり歩いて何処かに去っていった。

 

 私は、改めて「こんなんポンポン出てくるのマジでおかしい」という思いを強く抱くしかなかった。

 

 

 

 第七の腕、攻略完了。担当世界観《陰陽少女隊・言祝ぎ千鳥》。

 

 第八の腕、攻略完了。担当世界観《剣豪摩訶》。

 

 

 


 

 

 

「何アレ」

 

「《剣豪摩訶》の夕暮崎さんっすね。あの鴉もかち上げてた」

 

「ああ……」

 

 

 

 凪砂は、結界の操作を行いながら淡々と答えた。さっきまで担当していたラズさんは、全く別の術式を組みあげて何やらやっている。

 

 

 

「あの、ラズさん」

 

「ん?」

 

「何してるんすか? 『結界一瞬頼むわ』って言われたはいいんですけど、結構維持が面倒で」

 

「これからも《死霊術師》やんでしょ、そのくらい慣れなさい」

 

「……それもそっすね」

 

「でまあ、今やってるのはアレよ。『劇場』が抵抗できない隙に、《死霊術師》分やっちゃおうと思って」

 

 

 

 ラズさんはそう言って、鉄杖を構え、先端を真っすぐ空を舞う『劇場』に合わせ、唱える。

 

 

 

【強制殺害:1357G-9】

 

 

 

 変化は一瞬で現れた。端的に言うと、バランスを取らんと蠢いていた腕が一本、胴体に繋がったまま完全に沈黙した。

 

 第九の腕、攻略完了。担当世界観《死霊術師》。

 エフェクトも何もないので地味ではあるが、かなり強い。思わず拍手する。

 

 

 

「おおー」

 

「それほどでもないわ」

 

「……でも、良かったんですか?」

 

「何か不満でも?」

 

「いや、てっきり私たちは後詰め的な感じかと。あの怪物は完璧に処理しとかないといけないじゃないですか」

 

「そうね」

 

「なので、最後の一本削り切って死体もなんとかして……ってやるなら、最後に手を出すと思ってたんですけど」

 

「やっぱり貴女めちゃくちゃ頭働くわね」

 

「どもっす」

 

「ただ、一つ覚えときなさい」

 

 

 

 彼女が次の言葉を紡ぐ寸前、『劇場』が着地する。しかし、彼はもう動かない。

 

 正確には、動けないのだ。着地地点が機械仕掛けの罠に変化していて、接地した瞬間全身が巻き込まれたから。

 

 破壊せんと様々な攻撃手段に打って出ようとするが、そうする前に次の手が絶え間なく襲ってきたから。

 

 その体が砂嵐に削られ、単純暴力によって殴打され、光線に蜂の巣にされ、あるいは異空間に呑まれ……とにかく一切の抵抗が許されなかったから。

 

 

 

「……そういえば、あの人はあの世界観の出身でしたね」

 

「そ。私たちは、あくまで世界観が干渉しないように調整する役。手を出す場面は多々あるけど――」

 

 

 

 やがて、『劇場』最後の一本の腕が落とされ。本体が光を放ちながら消滅していく。

 

 

 

「――最後はやっぱり、本人たちに任せなきゃ」

 

「……参考になります」

 

「もう、変に素直なんだから」

 

 

 

 第十の腕、攻略完了。担当世界観《謳い手》。

 

 

 

 かくして、私たちを散々苦しめた、難世界観乱立事件はようやく終結したのだった。一件落着。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 なんて風に、現実は簡単に終結せず。

 

 

 

「いよっしゃ事件の報告書と無許可世界観交差の始末書と……とにかく色々終わり!!!!」

 

「お疲れ様です。んじゃ、こっちの《自動魔法化量産少女:AMA-tA》の世界観名簿用の資料を」

 

「ア゛ーーーーーーーッ!!!!」

 

「落ち着いてください、7割がたは私が埋めてて」

 

「は? 私の同僚天才すぎる……油田とかいる?」

 

「いいです」

 

 

 

 暴力パートが終了してから、8日。私たちは《死霊術師監査委員会》に提出を求められた、山のような書類を崩す作業に追われていた。

 

 提出期限はあと2日。さらにここ1週間は、『劇場』戦に参加した各世界観へお礼参りして記憶処理する、崩れた市街地を修復するなどの早急に片付けないとマズイ業務をやっつけていたので全然手がつけられていなかったのが、加速的にヤバさを上げている。

 

 私は《陰陽少女隊》の方でたまに暴れて気分転換できたので、多少リフレッシュできている。ラズさんはもう完全に駄目だ。

 

 

 

「もう無理……しばらく文字見たくない……」

 

「……んじゃ、その書類終わったら休憩しましょ。いいとこ知ってます」

 

「……ご飯じゃなかったら別にいい」

 

「あれ、何でですか?」

 

「ゼリー飲料ばっかで胃が弱ってるから……」

 

「ああ……」

 

 

 

 納得しつつ、机の上の書類を片付けてあげる。

 

 

 

「じゃあもう文字から離れましょう」

 

「……どこ行くの? 遠出する時間はないけど」

 

「いえ、近場です。《謳い手》のとこなんですけど、『言語』の概念を失わせる能力者がいるらしいので」

 

「何それ!? 最高じゃない、《謳い手》世界観もいいことするのね!!」

 

「うーん想像以上の食いつき。じゃあその書類終わらせてからで、それさえ片付けば提出期限が一番早い連中が片付きます」

 

「よーし、頑張るわよ……!!」

 

 

 

 張り切りだしたラズさんに、あったかい飲み物でも飲ませるため。

 

 彼女の姿を横目に見つつ、私は台所へ向かうのだった。




というわけで完結しました……!! 人生初・連載小説完結なのでシンプルに完走できて嬉しいです。みんなと戦えてよかった。

読んでくださった皆さん、感想をくれた皆さん、自分と同じように毎週更新・一クール小説杯に参加し発破をかけ死ぬほど煽り倒してくださった皆さんと企画者の家葉さん、本当にありがとうございました。またいつか会いましょう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。