愉悦系外道麻婆神父になりたくて! (伊勢うこ)
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衝撃のマーボー

 ※あの神父はなりたくて! でなるような人物では決してありません。ご注意下さい。
 
 ラス峰神父実装&陰実アニメ記念(判断が遅い)。


 

 ミドガル王国、王都。

 

 この日、ミドガル王国第二王女アレクシアはお忍びで街に繰り出していた。

 

 目立たぬように変装をして。

 いくら彼女が一国の王女であり、更に容姿が整っているとはいえ街に出かけるだけならばその必要もない。

 

 しかし彼女は本来なら未だ安静にする必要がある身。

 外へ出たとバレれば、優しくも真面目な姉に連れ戻されるだろう。

 先日起きたとある事件に巻き込まれたために身体が衰弱し、身分のこともあって大事をとらなければならないが、無理を押してでも彼女には知るべきことがあった。

 

 それは事件に関わった二つの組織について。

 

 一つは『ディアボロス教団』。

 伝説の魔神の名を冠するカルト教団。

 彼女を攫い、監禁し、血を抜くことで何らかの実験を行なっていた研究者と、事件の主犯であり元婚約者候補であるゼノン・グリフィが属していた。

 

 

 そしてもう一つ。

 ディアボロス教団に敵対していると見られる『シャドウガーデン』。

 そしてその盟主と見られる、あのシャドウと名乗る男。

 

 

 王女として、彼等について少しでも知っておく必要がある。

 そう考えたアレクシアは、ある人物に手紙を送り呼び出した。

 二つの組織について、知っていてもおかしくないような人物に。

 

 

 

「ここね……」

 

 

 王都の大通りを外れた、然程目立たぬ立地にある店舗。

 訪れた客に食事を提供する飲食店。

 常ならば王女である彼女が訪れることのない場所だが、今回はここが彼女の目的地。

 呼び出した相手は此処で待っているらしい。

 

 掲げられた看板には異国風のスタイルで店の名前が書かれている。

 タイザン、と読むようだ。

 意味や由来は不明だが、まぁそこはどうでもいい。

 

 

 アレクシアは戸を開き、中へ入った。

 

 店内は王国ではあまり見られない異国情緒に富んだ作りになっている。

 奥の厨房から「いらっしゃいアルー」と高めの声が。

 店主の声だろうか。今も何か作っているらしい。

 

 

 店の内装から、客席に目を移す。

 

 そこにいたのは、一人の神父。

 歳は三十代そこそこ。

 茶色の頭髪を中心で二つに分け、後ろ髪は頸を覆う程度には伸びている。

 ミドガル王国においても最大の宗教である聖教の教えを守る人物だが、一般の聖教の信者が白い装束を纏うのに対し、彼は黒い装束を着込んでいた。

 椅子に座っているが、立てばアレクシアより三十センチは上背があるだろう。

 

 

 

 その神父が、飯を食っていた。

 額に汗を滲ませながら、一心不乱に何かを口に運んでいる。

 次第に全身から汗が滝のように流れ、湯気が立つように。

 

 ようやく神父がアレクシアの到着に気付く。

 が、それでもなお手を休めようとはしない。

 

 

「──来たか。時間があったのでな、先に食事をさせてもらっている」

「うっ……」

 

 

 アレクシアは、思わず手で口を覆った。

 原因は食事をしている神父にではなく、彼の手元にある料理。

 

 マーボー、と言うらしいその一品にあった。

 

 赤い。

 ただ、ひたすらに赤い何か。

 香辛料を百年くらい鍋で煮込んだ、地獄の釜の底のような色合い。

「オレ外道マーボーコンゴトモヨロシク」というフレーズが何故か彼女の脳裏を過った。

 

 どう見ても常人が口にしていい代物ではない。

 絶対に殺人的に辛い。

 あんな物を口にするとか正気ではない。

 

 近づきたくはなかったが、仕方なく神父と同じ机の席に着く。

 

 机を挟み正面に座る神父は先程からまるでペースを落とさず、ハフハフと息を零しながら尋常じゃない速度で食らっている。

 やがて猛スピードで赤い物体を掻きこんでいた手が止まった。

 

 視線が交わる。

 ちらりと、神父の死んだ魚のような、重苦しい目が向けられた。

 そして────

 

 

「食うか────?」

「食うか────!」

 

 

 アレクシアは、王女らしからぬ口調で食い気味に断った。

 

 

 

 

「君が私に用があるとは、珍しいこともあるものだ」

「別に呼びたくて呼んだわけじゃないわ。聞きたいことがあっただけよ」

「これは手厳しい。一介の聖職者に過ぎないこの身が、王女殿下のご期待に応えられると良いのだが」

「どの口が言ってるのよ……」

 

 

 マーボーとの熱い格闘を終え。

 食器を置き、神父は凡そ王族に対する接し方とは思えない慇懃無礼な態度でアレクシアと話していた。

 世が世ならそれだけで斬首されていただろう。

 

 

「時に、治療中と聞いていたが、その後の具合はいかがかな?」

「お生憎様、心配して頂く程のことではありませんわ、神父サマ」

「それは重畳。君に何かあれば多くの人々が悲しもう。特に、姉君であるアイリス王女殿下あたりがね」

 

 

 このクソ神父め……! 

 

 アレクシアは訳あって姉のアイリスとは暫く折り合いが悪かった。

 現在、というかつい先日からそれは解消されたが、この神父は態とそこを突いてきたのだ。

 明らかな確信犯。確かな外道。

 

 アレクシアは目の前の神父──キレイ・コトミネ──が昔から嫌いだった。

 

 苦手な訳ではない。

 むしろ普段から完璧な王女を装う彼女からしてみれば、猫を被る必要のない貴重な相談相手と言っていい。

 だがこの神父の、人をくったような言動がどうにも好きになれないのだ。昔から。

 自分とて性格が良いとは決して言えないし、悪いであろうという自覚すらあるが、この男は自分以上にタチが悪い。

 

 では何故そんな男にこうして会いに来たかというと、この男は王国内の、ひいては王都内で起こったことについて詳しく、二つの組織について何か情報を持っているのではないかと思ったからであった。

 

 そうでもなければ積極的に関わろうと思う部類ではない。

 

 

「さて、世間話も結構だが互いに多忙の身だ。早速聞きたいこととやらを聞かせて貰おう」

「そうね。長居して、もし誰かにこんなとこ見られたら困るもの」

 

 

 王女が男と密会、それも相手が聖職者なんてバレようものなら世間は大いにざわつくだろう。

 事実はどうあれ、それで最愛の姉が傷つくのは避けたい。

 まぁ、単純にこの胡散臭い神父と長時間顔を突き合わせていたくないというのが、長居したくない最大の理由だが。

 

 

「まぁ大凡の見当はついている。先日の事件のことだろう? より細かく言うならば、あの場に現れた二つの組織について」

「えぇ、そうよ。話が早くて助かるわ」

「王女殿下にお褒めいただけるとは、光栄の至り」

 

 

 不敵な笑みを浮かべながら、神父は顎の下で両の手を合わせて上辺だけの敬意を払う。

 

 

「それで、何か知ってるの?」 

「私も詳しい訳ではない。ただ、そういった組織が存在し、互いに敵対していることは事実だ。世間の知らぬ所でな。先日のように、表に出てくるとは思わなかったが」

「敵対する理由は?」

「さて、どうかな。私の考えでは、先日王都で暴れていたアレに関係があるのでは、とだけ」

 

 

 王都で暴れていたというものについて、アレクシアには思い当たる節があった。

 自分がディアボロス教団を名乗る連中に囚われ、血液を採取された部屋のすぐ隣にいた何か。

 全身の肉が腐ったかのように変色し、異形の姿に成り果てた者。

 つまり────

 

 

「悪魔憑き……?」

「恐らくは。君を誘拐し、血を抜いたというのも、そこに何らかの関係があると見ていいだろう」

 

 

 初めて見た時から異形だった彼、ないし彼女は白衣の研究者にアレクシアから採取した血液を投与されると、その体積をみるみる増して巨大な怪物となった。

 怪物となった後のことは詳しく知らないが、街を破壊し、騎士も何人とやられたそう。

 被害を出したことは確かに事実だが、アレクシアはあの実験体にされていた存在のお陰で牢を脱出出来たので、そこは感謝している。

 

 そういえば、その怪物はどうなったのか。

 後から王都で暴れていたとは聞いたが、その最期は? 

 現場には王国一の魔剣士である姉のアイリスが居たので、彼女に討伐されたのだろうか。

 

 

「私が知っているのはこの位だ。他に何か質問は?」

「……あるわ。シャドウという男について何か知ってる?」

 

 

 地下で囚われていたアレクシアを助けた謎の実力者、シャドウ。

 事件の犯人であり、また学園の剣術講師を務めていたゼノンを圧倒的な力の差で倒した猛者。

 

 ゼノンは決して弱くなかった。

 アレクシアでは歯が立たなかった彼を、シャドウは終始子供扱いしていた。

 自分と同じ、力ではなく技を磨いた「凡人の剣」。

 その極みとも言える実力で。

 

 

「君を助けたという男、だったか。いや、困ったものだよ。街の中でああも大規模な爆発を起こすとはな。修繕もタダではないのだが」

「そっちからも人が出てるものね。ご愁傷様」

 

 

 アレクシアを救出した謎の男、シャドウが起こした爆発により街の一部が地下まで崩落。

 それの修復にあたり多くの人員が動員され、騎士や聖教の関係者まで投入されている。

 こういう時にこそ力を貸さなければ信者は減っていくのだろう。

 

 聖職者も大変だと世の世知辛さを儚む一方、目の前の神父にはザマァと思っていたあたりで、彼女はあることに気づいた。

 

 

 コイツ、何故あの爆発をシャドウが起こしたと知っているのか? 

 

 

「そんな情報、何であんたが知ってるのよ」

 

 

 独自の情報網を持つこの男のことだ。

 シャドウの名を知っていたことは百歩譲って良しとして、何故あの大爆発を起こしたのが一人であると知っているのか。

 そんなこと、当事者くらいしか────

 

 

「何故も何も、私がシャドウガーデンの協力者だからだ」

「────」

 

 

 ────は? 

 

 今、この神父は何と言った? 

 協力者? 

 あの謎の集団に協力していると、そう言ったのか? 

 

 

「協力者とは言ったが、精々が情報提供位のものだ。彼らの頭目とも面識はない。言っただろう、詳しい訳ではないと」

「なんで────」

「何故、とは? それは私が何故彼等に協力しているのか、か? それとも何故協力しているにも関わらず、彼等の頭目と面識もないのか、か?」

 

 

 何処か愉しげな色を含む神父の暗い目が向けられる。

 何が楽しいのかはアレクシアにはさっぱり理解出来ない。

 何故自分が今、裏切られたかのような気分になっているのかも。

 

 思わずため息をこぼす。

 

 

「……なんで最初に言わないのよ」

「あぁ、すまない。勿体ぶったつもりはなかったのだが、許してくれたまえ」

 

 

 全く誠意の篭っていない謝辞が返って来た。

 アレクシアは衝動的に剣を抜きたくなったが、どうにか堪える。

 彼女は我慢が出来る淑女だった。

 

 

「……まぁいいわ。いえ、良くはないけれど。一旦横に置いておきます」

「有り難きお言葉」

「けど、これだけは聞かせて。アイツらは敵? 目的は何なの?」

「アイツら、というのがシャドウガーデンを指しているのなら、それは彼等に問わねば判るまい。君の、ひいては王国の敵か味方か。その目的もな」

 

 

 要は自分で判断しろ、ということらしい。

 

 アレクシアはこの男は全部知っているのではないかとも考えたが、仮にそうであったとしても、この男から何もかもを教わるのは癪に障る。

 それにシャドウガーデンにせよ教団にせよ、どちらも放置出来ないことには変わりない。

 

 

「そう。なら後は自分で調べるわ」

「おや、何故私が彼等に協力しているのか聞かなくてもいいのかね?」

「あら、いやですわ。私貴方にそこまで興味はありませんのよ、神父サマ」

「そうかね」

 

 

 この神父は昔から胡散臭いが、聖職者としては本物だ。

 昔から聖教の教えを守ってきた。

 故に、人々が意味も無く傷つくようなことには加担しないだろうという点は信じてもいいだろう。

 全く懸念が無いわけではないが。

 

 

「ところで話は変わるが、君に恋人が出来たというのは本当かな?」

「だったら何か?」

「いやなに、知らぬ間柄ではないのだ。隣人への祝福の言葉くらいは送ろうかとね」

「気持ちだけで結構よ」

「それは残念。では、シド・カゲノー君と仲良くやっていけるよう、陰ながら祈っておこう」

 

 

 神父の口から出た名前は、アレクシアの偽装恋人である彼のものであった。

 

 

「何で名前────」

「アイ! マーボードーフお待たせアルー!」

 

 

 ────? 

 

 

 横から現れた小さな女店主が持って来て、ごとごとりと音を立てて机に置かれるなにか。

 

 ────マーボー。

 

 痛々しい程に赤いそれが、机の上に二つ。

 神父が前もって注文していたのだろう。そこはいい。

 

 だが、何故二皿あるのか? 

 一つは神父が食べるとして、ではもう一皿は────? 

 

 

 再び、視線が交わる。

 神父はやはりその生気を宿さぬ重苦しい瞳でこちらを向き────

 

 

「────食うか?」

「────食べない!」

 

 

 この男は何を言っているのか。

 食う? 何を? これを? 

 誰が? 

 

 ────私が? 

 

 

 改めてそれを見る。

 煮えたぎるマグマの如き赫。

 見るだけで目が痛くなりそうだ。

 舌に含まずとも分かった。

 これはヤバい、と本能が煩く訴えかける。

 

 この男は王女である自分に、まさか本気でコレを食わせようとしているのかと、アレクシアは戦慄を覚えた。

 

 神父はアレクシアの食い気味な返答に一言そうか、と頷くと再び食器を手にソレを食べ始めた。

 何がそんなに美味いのか、神父はレンゲを止めることはない。

 

 

 ────そんなに美味しいのかしら? 

 

 

 丁度お昼時であったせいか。

 次第にアレクシアの中にそんな考えが浮かび始めた。

 テーブルに置かれてあったレンゲを手に取り、マーボーを掬う。

 

 確かに人智を超えた赤さだが、意外と辛くないのではないか。

 世の中には味付けが濃そうな見た目の割にアッサリとしたものもある。

 これもその一種なのではないだろうか。

 

 でなければ目の前の外道神父がこうもバクバクと食べていることに説明がつかない。

 それにこれは歴とした店の品だ。

 人間が食べれるように作られている筈。

 

 食べないと言ったにも関わらず手を出すのは少々気不味いが、何事も挑戦しなくては分からないもの。

 神父が嗤っている気がするが、努めて無視する。

 

 顔に近づけると、想像よりも匂いはない。

 刺激的な香りではあるが、食欲を唆るといえば成程納得は出来る。

 

 いざ実食。

 

 

 そして遂に口に入れた。

 瞳が大きく開かれる。

 その味にアレクシアは────

 

 

 

 

 

「どうした? もう食わんのか?」

「……えぇ、ご馳走様。そろそろ帰るわ」

 

 

 王女は席を立ち、店を後にするべく出口へと歩いていく。

 

 

「アレクシア」

「何よ、まだ何か?」

 

 

 出口の戸に手をかけたタイミングで、神父は王女の背に声をかけた。

 

 

「真実というものは存外、杜撰(ずさん)に隠されているものだ。例えば初めから目に見えている場所などにね」

「……?」

 

 

 言葉の意味はよく分からない。

 だが、何故か妙にアレクシアの脳裏に残った。

 

 いや何でもない、と神父は首を振る。

 

 

「君に、女神の加護があらんことを」

「ふんっ」

 

 

 戸をずらし、今度こそ店を後にする。

 空には綺麗な夕焼けが描かれていた。

 

 

 

 帰宅後。

 

 暫くトイレから出てこない妹を心配したアイリス()に、アレクシア()は何でもない、大丈夫だの一点張りで頑なに何を食べたかを話さなかった。

 それは自身の名誉を守る為か、或いは姉をアレから守る為か、或いはその両方か。

 ただ一言言えるのは────

 

 

「味覚おかしいんじゃないの、あのクソ神父っ……!」

 

 

 王都内の教会で。

 今日もまた一人の神父が、口端を歪め嗤った。

 愉しそうに、悦ばしそうに。

 




 ※常人であらせられるであろう皆様は真似して完食しないようにしてください。
 作者は責任を負いかねます。

 そして良ければ感想、高評価等よろしくお願いします。


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キレイ・コトミネ

 感想、高評価などを下さった皆様、ありがとうございます!
 予想以上にたくさんの方に応援して頂けて嬉しいです。

 1話を書いてる時にガチャ回したらラス峰神父引けました。
 書いたら当たるってマジなんすね・・・。


 

 己をそうであると自覚したのは何時のことだったか。

 

 

 歳がようやく片手の指の数を満たそうとした頃。

 ふと姿見で自分の姿を見た。

 

 そこに映っていたのは、死んだ眼を持つ子供。

 一切の光も宿さぬ、深淵の底のような重苦しいその瞳。

 

 そして、極め付けは「キレイ」と名付けられた自身の名。

 

 間違いない、これは────

 

 

 

外道神父やんけ!!?

 

 

「どうしたのだ、キレイ?」

「ウェホン……いえ。何でもありません、父上」

 

 

 

 ────言峰綺礼。

 

 大人気作品Fateシリーズにおける神父。

 聖杯を巡る魔術師とそのサーヴァントによる大儀式・聖杯戦争の監督役として登場する。

 万人が美しいと思えるものをそうとは感じられず、人の不幸でしか自分を実感出来ないという聖職者としても一人間としても不遇な性を持って生まれたために、若き日はその歪んだ己の性質をどうにかしようと懊悩したという過去をもつ。

 教会の清き教えを深く理解出来てしまったことが、彼にとって最大の不幸だったとも言えよう。

 

 尤も最終的には己の歪みを受け入れた上で愉悦っていたが。

 そして好物は紅州宴歳館・泰山特製の激辛麻婆豆腐(重要)。

 

 

 自分がいま、彼とそっくりな少年になったと悟った瞬間。

 脳に溢れる前世の記憶。

 膨大な情報の濁流に暫く苦しみつつ、同時に一つのことを悟った。

 

 

 神は言っている。

「オマエ外道麻婆神父ロールヤレ」と。

 

 

 そう決めた俺、否、私は早速外道神父になりきるべく行動を開始した。

 

 この世界(Fate時空ではないらしい)で最大規模の宗教組織である聖教の中でもそれなりの地位についていた父。

 その父の仕事に積極的についていき、聖教の教えを学んだ。

 それと同時にかつては腕利きの魔剣士(この世界で魔力を扱う剣士の総称。騎士などもこれにあたる)であった父から戦いの術を教わる。

 

 残念ながら拳法、というより八極拳に関してはこちらの世界には存在しなかったので、前世の記憶頼りに独自で研鑽する他なかった。

 目指せマジ狩る☆八極拳! 

 ぶっちゃけ剣で斬るよりも殴った方が早くね? (脳筋)

 

 

 そうして幾年に渡り修行を積んだ。

 確かに強くはなっただろう。

 しかしそれだけでは不足だった。

 私が求める基準は、あくまで人外並みの戦闘能力を有する代行者。

 

 今のままでは遠く及ばない。

 そこで密かに魔力操作を磨く訓練を始めた。

 

 魔力操作が重要な要素であることには気付いていた。

 何せ魔剣士は魔力で身体を強化することで非魔剣士に対するアドバンテージを保っているのだ。

 その魔力操作を怠って良い道理は無いだろう。

 八極拳の訓練の際も、体内で練り上げた魔力で身体能力を向上させた方が威力が増したのだから。

 

 体の内側での操作はそれなりのものになったが、問題は体の外側だった。

 この世界では魔力は体から一度離れると途端に霧散してしまう。

 戦闘において、魔力の用途が身体機能向上と武器の強化以外に碌なものがないのもこれが原因。

 よって外側へ魔力を作用させるには直接触れる他ない。

 魔力を流し、それがどのような影響を与えられるか把握する。

 

 そこで私が目をつけたのが、悪魔憑きだった。

 

 

 悪魔憑き。

 前世の所謂空想上の存在であった悪魔が人に乗り移るものとは異なり、こちらでは病という認識だ。

 体が黒く変色し、腐っていく不治の病。

 症状が進行すると醜い異形の存在に成り果てるため、発症者は属していたコミュニティから排斥され悪魔祓いとして教会に送られる。

 一度教会に送られると、二度と元の場所には戻れない。

「浄化」という体で始末するからだ。

 

 教会が発症者を集める本当の理由は後で語る団体に関係があるのだが、それはまぁいいだろう。

 

 

 

 教会の人間の目を盗み、幾度かの実験の末に発症の原因は魔力の暴走であると判明。

 そして発症するのは優れた魔力量を有する者であることも分かった。

 

 驚いたのはこの後だった。

 その日も教会に一人の悪魔憑きが運ばれ、私はこっそり実験を開始。

 魔力が暴走して発症するなら、外部から魔力をコントロールし暴走を抑制すればいいのではないか。

 そうして魔力の暴走を抑えるようとした際、つい興が乗って「洗礼詠唱」を試みたのだった。

 ロールプレイヤーの醍醐味を味わいたかったんだよ! 

 

 すると驚きの結果に。

 何ということでしょう。

 白い光に包まれ、悪魔憑きの少女は白髪の美少女になったではありませんか。

 これには匠もビックリ。

 どういうことだ・・・!?(困惑)

 

 

 いきなり人の姿に戻ったので滅茶苦茶驚いたが、少女が目を覚ます前に慌てて近くの村にこっそり届けた。

 仮説の証明に成功したこともそうだが、この世界でも洗礼詠唱が使えると知れたことは大きい。

 これで外道神父ぶりに磨きがかかるというもの。

 

 当然、捕まえていた筈の悪魔憑きの少女がいなくなったと知った教会は大混乱。

 慌てふためく彼らの姿に、つい込み上げるものを感じたことは内緒だぜ。

 ただ、その日飲んだワインは美味しかったです(愉悦)。

 

 

 外部への魔力操作を覚えたことで、訓練と並行して武器の開発にも着手した。

 型月の聖職者の武器といえばやはり「黒鍵」。

 近距離戦メインのこの世界でも白兵戦の武器としてはあまり期待できないが、これは本来遠距離武器。

 

 あの魔力を流すことで刃が生えるロマン投擲武器の材料探しから始めたが、意外なものだった。

 

 スライムである。

 最弱モンスターの印象が強いが、なんとこちらの世界のスライムは魔力伝導率が脅威の99%。

 しかも魔力を流せば大きさや形、硬度まで自由自在ときた。

 まさにうってつけの素材。

 これならいけるかもと試行錯誤を然程繰り返すこともなく形だけだが一応完成。

 癖があるので熟練の使い手になるには訓練が不可欠だし、本来は霊的存在用だが洗礼もされてない。

 本当の完成はもう少し先になると理解しつつ、とりあえず指に挟んで訓練しまくった。

 

 

 そんな感じでロールプレイを始め早十数年。

 私は無事拳一つで自分の背丈以上の岩を粉砕できる程度には強くなった。

 

 成長した私は聖教の神父が身につける白い修道服の着用を許されたが、これを固辞。

 代わりに着たのは当然、黒い修道服。

 外道神父ロールプレイヤーとして、これは譲るわけにはいかない。

 父からは最初反対されるも、「信仰とは見た目や格好によるものではなく云々」と自らの熱い信仰心(笑)を語って説得すると「お前の信仰がそれほどだったとは。嬉しく思うぞ」とあっさり許可が降りた。

 

 計 画 通 り(ゲス顔)。

 

 

 その後は父の仕事を手伝いながら各地を転々とした。

 聖教関係の式典に呼ばれることも多い父についていく傍らで王族とも顔を合わせ、その一部とは今に至るまでなんやかんや関係が続いたが割愛。

 父が没した後はミドガル王国の王都で一つの教会を預かることになる。

 

 

 

 以上が私、キレイ・コトミネの大まかな半生だ。

 顔や背丈といった見た目や格好、実力まで最大限あの外道神父に近づけるべくあらゆる努力を惜しみなくしてきた。

 

 だが、私は彼とは違う。

 いくら格好や強さといった諸々を真似しようとも。

 私は彼になれないと、他でもない私自身が一番よく理解していた。

 何故か? 

 

 

 それは、私は人並みの幸福を()()()()()()()()からである。

 万人が美しいと思うものを見れば美しく感じる。

 若き日の彼が追い求めた普通の感性を、私は確かに有していた。

 

 人の不幸を見て悦びを得ることは確かにあった。

 だが、そうではないのだ。

 

 人の不幸でしか悦びを感じられなかった彼と、人の幸福も同じように感じられる私。

 そこには大きな隔たりが存在する。

 外側だけでなく、内側まで模倣しなければ真のロールプレイとは言えないのではないか。

 しかし「人並みの幸福を感じられる」という幸福を捨てるということは、彼がかつて求めた理想を自ら捨て去るということだ。

 彼にとっては許せざる行い。

 

 ロールプレイヤーとして、どちらの道を選ぶべきか。

 

 

 いつも考えないようにしていた。

 考えないように、修練に、ロールプレイにのめり込んだ。

 彼になりきるべく、話し方や立ち振る舞いまで徹底的に意識した。

 自己暗示をかけ、精神そのものを書き換えようとしたこともあったが徒労に終わった。

 

 

 そして。

 もうこれ以上彼に近づくことは出来ないと悟り。

 私は失意の底へと落ちていった。

 

 

 

 王都にある教会の神父となって数年後。

 私はその日、偶には外食でもするかと着替えて外に出た。

 時刻は丁度、昼餉時。

 通りにある店は人で混雑するので、一歩外れた道にある飲食店を探し────

 

 

 ────そこで運命に出会う。

 

 

「莫迦なっ……!?」

 

 

 バァアアアアン! と鳴り響く銅鑼の音が聞こえた気がした。

 

 其処には、この世界には存在し得ない筈の店が。

 そしてその店では、この世界に未だ存在しない筈の品が提供されていた。

 

 店の名は「タイザン」。

 そしてその店の名物料理「激辛マーボードウフ」。

 

 言峰綺礼の好物が、其処にはあった。

 

 

 迂闊だった。

 何故忘れていたのだ。

 いや、違う。思い込んでいたのだ。

 この世界には存在しないとばかり。

 

 かつて懸命に探し求めた。

 仕事でミドガル王国以外の国にも足を運んだ際に、合間を縫って探したこともあった。

 しかし何処にも無かった。

 故に知らず知らず探すことすら諦めていたのだ。

 

 確かめなければならない。

 迷わず入店し、注文した。

 運ばれてきたそれは、まさしくマーボー。

「殺人的」「外道」と称されるに相応しい赤さ。

 そして嗅ぐだけで脳髄が痺れるような辛さ。

 

 一口食べ、理解した。

 

 ────これは本物で、己は偽物に過ぎないと。

 

 しかしこうも感じた。

 確かに私は彼にはなれないかもしれない。

 だが、それでいい。

 たとえ本物になれずとも、偽物は偽物なりに歩んでいける、と。

 己の中の葛藤を、私はその日受け入れたのだった。

 

 

 なお、完食出来るようになるまで暫く通い続けたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 神父を続けていくうちに。

 マーボーとは比べるべくもないどうでもいい、取り止めもない些細なことだが、ディアボロス教団とかいう頭のおかしい集団が教会内に巣食っていることに気づいた。

 なにやら伝説の魔人ディアボロスの力を私物化し、世界を手中に収めようとしているとか。

 教会が悪魔憑き集めにあれだけ必死になっていたのもその関係らしい。

 

 個人的には教団にも魔人にもそこまで興味はない。

 それが「この世全ての悪」と言えるような存在なら是非もないが、さて。

 だがまぁ、愉悦る為の玩具くらいにはなるかと、私は悪魔憑きとなった者とその疑いがある者の居場所を調査した。

 

 時に教団にその位置を教え、時に彼らと敵対する地下組織にその情報を流したりと。

 二つの組織の相争う様を愉しませてもらった。

 

 悪くない。

 しかしまだだ。まだ足りない。

 もっと愉しませてくれ。

 私が、キレイ・コトミネが、己を実感するために。

 

 

 さぁ。

 今日も祈りを捧げよう、諸君。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あ、俺結婚してなかった(ガバ)

 娘もおらんやん(ガバ)

 

 ……。

 俺、娘が出来たらカレンって名付けるんだぁ……(白目)

 




 ガバガバロールプレイヤー、キレイ・コトミネさんでしたー。
 あと綺礼って難しいよねっていう話。

 主人公が外道神父になりきるとかいうこの世の歪みみたいな作品ですが、よろしければ感想、高評価などいただければ幸いです。
 よろしくお願いします。


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理想の在処(おまけつき)

 いつも読んでいただきありがとうございます!
 予想以上の反響を頂き驚いています。
 みんな麻婆好きなんすねぇ〜。


 

 シド・カゲノーの趣味の一つは散歩だ。

 

 

 定期的ではなく、ただ何となく気が向いた日、思い立った時に外に出て街を練り歩く。

 尤も何ら目的もなく彷徨くわけではない。

 彼の人生の至上命題である「陰の実力者になる」ことと関係がある。

 

 

 陰の実力者。

 主人公でもなくラスボスでもなく、ただ時折現れては事件に介入し、その圧倒的な力を見せつける存在。

 普段は冴えないモブAだが、その正体は強大な力を持つ者。

 シドの前世の人生は、その為に捧げたものであったと言っても過言ではなかった。

 時間という時間を全て鍛錬に費やした。

 

 

 散歩も、その陰の実力者になるための行為の一環。

 この剣と魔力の世界で二度目の生を受ける前、影野実であった時から行っていた。

 人目がつきにくく、されど趣を感じさせる場所を求めて。

 なので散歩というよりは散策と言った方が的確かもしれない。

 

 前世で気に入った場所は放課後の音楽室と町外れの廃工場。

 誰も居なくなった音楽室で奏でるピアノ。

 廃れた工場の穴が空いた天井から漏れる月光。

 あれらは中々悪くなかった。

 

 今世では、どんな陰の実力者スポットに出会えるのか。

 

 

 

 ミドガル王国の王都に来てはや一月余り。

 

 十五歳になったシドはこの春王都にあるミドガル魔剣士学園に入学。

 この国では貴族の子女は十五になるとこの学園に通わなければならず、それは田舎の下級貴族の長男として生まれたシドも例外ではない。

 

 この一月はモブとして理想的な振る舞いができ、モブとして連むに相応しい実にモブモブしい友人も出来た。

 姉がやたら学園を案内しようと寮の自室に押しかけて来たが、なんとかこれを回避。

 成績は今のところ中の下。

 問題を起こす訳でもなく、シドは自画自賛するほどモブらしい日々を謳歌していた。

 

 

 王都の街並みにも慣れた頃、ふと「散歩でもするか」と思い立つ。

 今日は休日。

 特にやることも無い。

 友人二人は用事があると言っていたし、早急に取り掛かるようなこともない。

 

 散歩しよう。

 王都に来てからはモブムーヴが楽しくて忘れていたが、陰の実力者スポット探しもしなければ。

 

 

 外出に最低限の必要な物だけ持って外に出る。

 大通りは人で混雑しているが、シドにとって用があるのはもっと人気のない場所だ。

 通りを一歩外れ、街の中心部から離れていく。

 

 そうして市街地から離れていき。

 すっかり陽が落ちて空が茜色に染まった時分。

 

 目に入ったのは一つの教会。

 外観の造りや掲げられたシンボルから見て聖教のものだろう。

 綺麗に管理されているが、建築様式から建てられてからそれなりの時間が経っていることが伺える。

 

 

(こんなとこに教会なんてあったんだ)

 

 

 シドはふむ、と手を顎に当て、目を瞑る。  

 

 

「教会か……」

 

 

 瞼の裏に光景を描く。

 夜の帳が落ちた、町外れの教会。

 ステンドグラス調の窓から入る淡い月の光り。

 そして月光に照らされながら余裕ある佇まいで意味深な言葉を呟く、陰の実力者。

 

 

「悪くないな……」

 

 

 悪くない。

 いや、悪くないどころかかなりいいのではないだろうか。

 うん、アリだな。

 アリ寄りのアリってやつだよねとシドは結論付けた。

 宗教には微塵も興味はないが、これはいい所を見つけたかもしれない。

 

 しかし────

 

 

「これ入っていいのかな?」

 

 

 中に入ってみたいが、廃墟でもなさそうなので勝手に入るわけにもいかない。

 入ったとしても、勧誘されたりするのはゴメンだ。

 宗教勧誘は前世の経験でお腹いっぱいだった。

 特にカルト教団らしき方々からの熱烈なオファーは。

 

 表の明かりはついている。

 

 なら大丈夫かな、と敷地の中へと進み入口の扉前へ。

 今世で聖教の神父や司祭を見たことはあったが、前世含め教会に足を運んだ経験はない。

 故に正しい入り方など分からないが、間違いがあったら謝ればいいかと、扉にノックを三回。

 

 

「お邪魔しまーす」

 

 

 生まれてこの方教会に入ったことのなかったシドは、この日初めてその中に足を踏み入れた。

 

 外観同様、内部も清潔感に包まれている。

 中央の通り道から左右に分かれて並ぶ長椅子。

 正面奥には聖教のシンボルが掲げられ、その向こうにはステンドグラス調の天窓が。

 

 

 夕焼けの光が差し込む。

 視線の先────壇の前には一人の神父がこちらに背を向けていた。

 

 白ではなく黒の修道服。

 前世の世界にあったカソックに似たものだろうか。

 身長は百九十センチはあろう長身。

 左手は後ろに回し、右手で何かを持っている。

 聖教にまつわる本か何かか。

 

 神父は来訪者に気づいたのか、本を閉じると後ろに振り向く。

 

 

「────教会へようこそ。お祈りかな、それとも罪の告解かな?」

 

 

 悠然と、どこか余裕のある佇まい。

 腹に響くような低い声音が耳朶を打つ。

 瞳は暗く、その深淵の如き暗闇に飲み込まれてしまいそうになる。

 

 そして何より、この存在感。

 モブには決して出せぬ、重圧を感じさせる雰囲気。

 それは、ここが教会という聖なる場所だからではない。

 

 一目見て理解した。

 間違いない、この人は────

 

 

(ラスボス……!!)

 

 

 物語の裏で糸を引き暗躍する黒幕。

 あと一歩のところで主人公たちの前に現れる最後の敵。

 それも滅茶苦茶大事なところで裏切るタイプ。

 

 陰の実力者としてのシドの観察眼が告げている。

 コイツは決して唯の神父ではないと。

 ゴクリと、唾を飲み込む。

 

 

「えっと、すいません。僕、教会って入ったことなくて、興味本位で来たんです」

「成程、そういうことだったか。だが、構わないとも。神の御家は何人にも開かれたもの、存分に観ていくといい」

 

 

 そう言われ、シドはお言葉に甘えて中の様子を視る。

 抱いていたイメージとさして乖離しない、清潔な空間。

 他を知らない以上なんとも言えないが、どこもこんな感じなのだろうか。

 

 

「見たところ、ミドガル魔剣士学園の生徒かな?」

「ぇ、えぇ、はい、そうですが」

 

 

 態とどもる。

 我ながら悪くないモブムーヴ、九十点は固いなとシドは思った。

 

 

「あそこの学生がここに来るとは珍しい。噂にでもなっているのかな?」

「僕はそういうの疎いですけど、そういうことはないと思います」

「ふむ、そうか。いや、失礼。最近は君のような年頃の子が来る機会が滅多に無くてね。不躾なことを聞いた」

「いえ、大丈夫です」

 

 

 後ろで腕を組みながら、神父は目を伏せた。

 

 

「挨拶がまだだったな。私はこの教会の管理、運営を任せられているキレイ・コトミネ。少年、君の名前は?」

「シド・カゲノーです」

 

 

 隠すことなく少年は自分の名を伝える。

 陰の実力者としての名はともかく、こちらを隠したところで意味はない。

 田舎の下級貴族の名など覚えはないと思っていたが、意外にも神父は反応を示した。

 

 

「カゲノー……。カゲノー男爵家の血筋か。確か、長女である君の姉君が特待生だったか」

「よく知ってますね」

「王都に長くいると、知り合いもそれなりに居るものでね。あの学園の生徒の中にもそうだ」

 

 

 この神父はシドが思っていたより顔が広いらしい。

 学園の事情にも精通しているあたり、情報収集能力も高いようだ。

 ますます黒幕らしいぞと、人知れずテンションが上がる。

 

 

「知り合いの生徒って、どんな人なんですか?」

「我が強く、裏表のある子でね。普段は優等生を装っているが、本性は……いや止そう。隣人を悪し様に言うつもりはないが、君も会う機会があった時は用心することだ」

 

 

 要するにその知り合いというのは随分イイ性格をしているらしい。

 だがモブである自分が優等生と接点をもつ機会など無いだろうと、少年は神父の忠告を頭の隅に追いやった。

 それを思い出すことになるのは、そのおよそ半年後のことであるとは知る由もない。

 

 

「ところで少年」

「何ですか?」

「君にはなりたいモノがあるか?」

 

 

 唐突に、神父は少年に問いを投げた。

 重苦しい視線が、こちらに届く。

 

 

「なりたいモノ、ですか?」

「そうだ。たとえそれがどれだけ滑稽なモノであったとしても、他人から理解を得られぬモノであったとしても。価値を認められず、存在を許容されず、容認されず、排斥され、淘汰するべきと非難されるモノであったとしても」

 

 

 朗々と神父は語る。

 シドは長い台詞が苦手だが、彼が何を言いたいのかは理解した。

 

『お前の欲を聞かせろ』と、彼はそういっているのだ。

 

 

「己の全てを投げ打ってでもなりたいナニカ。君にはあるかね、シド・カゲノー?」

 

 

 なりたいモノ、己の理想。

 それがどれだけ無謀でも、無茶でも、無理難題なモノであったとしても、叶えるべきであるもの。

 叶えなければいけないもの。

 

 愚問だ。

 シド・カゲノーには、ハッキリとなりたいモノがある。

 何時からかは分からない。

 だが、気づけば己の内にあったもの。

 周りが進む方向と逆行してでも追いかけたもの。

 

 始まりは憧れだった。

 目に焼きついたソレが、あまりにもカッコよくて、理想的だった。

 運命的、と言ってもいいかもしれない。

 ただそれだけの理由で道を歩き始めた。

 

 折れそうになったこともある。

 挫折し、膝をつきそうになったことも。

 こんなことに意味などあるのかと、自問したことも。

 時が経つにつれ、現実が見え始め、自分はただ逃避しているだけではないのかと、そう思ったこともあったかもしれない。

 

 でも、それでも。

 今もこの内に秘めたものだけは────

 

 

「ありますよ、なりたいもの」

 

 

 ほぅ、と神父は声を漏らす。

 光をも呑み込みそうな眼に、興味の色が点く。

 

 

「ならば聞かせてもらおう、シド・カゲノー。君のなりたいモノとは何だ」

 

 

 初対面の相手に聞かれるようなことでも、まして告げるようなことでもない。

 だが、シド・カゲノーは口を開く。

 理想を言葉にする。

 たったそれだけのことを、最後にしたのは何時だったか。

 

 

「神父さん、僕はね────」

 

 

 ────間違いなんかじゃない。

 

 

 

 

 

 

「そろそろ寮の門限ヤバいんで帰ります」

「あぁ、気をつけて帰るといい」

 

 

 すっかり日が落ち、空気が冷え込み始める。

 シドは当初の目的であった教会の視察を終え、帰宅しようとしていた。

 神父に言ったように、そろそろ帰らなければ寮の門限を破りかねない。

 それはそれでモブっぽいが、不必要に目立ちかねない。

 一流のモブを心掛ける者としてはナンセンス。

 

 神父に見送られ、扉から外に出る。

 この教会はシド個人としては嫌いじゃないが、陰の実力者スポットとしては論外。

 何故ならここはラスボスの本拠地。

 そこにシャドウとして訪れるのは難しいだろう。

 

 扉が閉まりつつある。

 去り際、背後から神父が一言告げた。

 

 

「喜べ少年。君の願いはようやく叶う」

 

 

 何故かその言葉が、いやに頭に残った。

 

 

 

 

 

 

 

 夜の静けさに包まれる王都。

 昼間の喧騒さとは別種の賑わいを見せる都市の一角。

 大通りからは一歩外れつつも、大通りにある建築物にも負けぬ見事な建物。

 

 そこは表向きは新進気鋭の商会「ミツゴシ商会」の所有する物件。

 実際は世界中に根を広げる悪の教団に抗う地下組織・シャドウガーデンの王都活動拠点の一つ。

 陰に潜み、陰を狩るための。

 

 

「連中の姿は確認出来た?」

「はい、ですがアジトまでは……」

「いいわ、流石にそう簡単に見つかるとは思っていないもの」

 

 

 金の髪を腰まで伸ばした美しい少女は、悩ましげに一つ息をついた。

 道は遠いと、確認するように。

 悩みの種は、それだけではないが。

 

 

「あの神父の情報通りでしたね、アルファ様」

「えぇ。今までと同様に、ね」

 

 

 王都にある教会、そこにいる一人の神父。

 彼の情報提供により、教団がこの街で動きを見せていることが分かった。

 そのこと自体は決して悪いことではない。

 何かが起こる前にそれを知れたこと自体は。

 だが────

 

 

「信用していいんでしょうか。その……」

「あなたの気持ちは分かるわ。でも、これまでも彼の渡してきた情報のお陰で救えた同胞もいる」

 

 

 アルファの側に立つ銀の髪を短めに切り揃えた少女は、不安げに口を開く。

 彼女の気持ちはアルファにも理解出来るものだ。

 

 既に六百を超える人員を有するシャドウガーデン。

 その中には、あの神父の情報から所在が判明した者も少なからずいる。

 小規模だが、教団の拠点を見つける手がかりにもなったことも。

 

 

「確かに何を考えているかまでは分からない。だから信用はしても信頼はしない。それが今の最善策よ」

「はい、我々が心を預けるお方はただ一人です」

 

 

 こちらに有益な情報を齎す人物であるのは間違いない。

 だが、アルファには確信めいた予感があった。

 あれはいつか敵になるのではないか、と。

 

 そうなれば容赦はしない。

 確かに恩はある。

 しかし、自分たちと盟主たる彼の邪魔になるのなら────

 

 

「シャドウ様にはこのことは?」

「いいわ、彼なら気づいているでしょうし」

「畏まりました」

 

 

 ────排除するのみ。

 

 

 今宵も夜は続く。

 陰に潜む者たちの、長い夜が。

 

 

「ぶぇっくしょいっ!?」

 

 

 その頃何も知らない少年は、盛大にくしゃみをした。

 

 

 

 おまけ!! 

 

 その日、シドは散歩に出かけた。

 王都の美しい街並みの陰に隠れる細い通路を抜けると、そこにあったのは────

 

 

「中華料理屋……?」

 

 

 一軒の中華料理を出す店が。

 なんとなく前世に食べた中華料理が懐かしくなり、入店。

 小柄な女店主から渡されたメニューを眺める。

 彼が選んだのは、やはりアレだった。

 

 

「アイ! マーボードーフお待たせアル!」

 

 

 出てきたソレは、『赤』だった。

 とにかく赤い。

 これでもかと言う程に赤い。

 

 ソレをレンゲで掬い、口の中へ。

 

 

「────っ!?」

 

 

 少年に稲妻が奔る。

 旨味は確かにある。

 が、辛い。

 舌を焼くような辛さ。

 喉に溶岩を流されたかのような刺激。

 常人なら一口で悶絶するソレを────

 

 

「うん、結構いけるね。本格的な味って感じ」

 

 

 シドは割と平気で平らげた。

 

 今度ヒョロとジャガも連れてこようかなと、少年は極めて晴れやかな気持ちでそう思った。

 友達と外食するのは、間違いなんかじゃないから。

 

 

 後日、王都の一角から複数の男の悲鳴がしたとかしなかったとか。

 

 

 

                     おしまい!! 




 読んでいただきありがとうございます! 

 原作主人公シドとオリ峰キレイ。
 どちらもナニカになりたいと追い求めた者同士のお話でした。

 感想、評価など頂ければ幸いです。
 よろしくお願いします!


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生残

 いつも感想、評価していただきありがとうございます!

 そしてお久しぶりでございます。
 前回から約一月ぶりの投稿になりますがユルシテ・・・。


 

 その声だけを、覚えている。

 

 

『ほん……せいこ……マ……かよ』

 

 

 瞼の裏の暗闇しか映らない中にあって、しかしその声だけがぼんやりと耳に入る。

 身体は鉛のように重く、動かない。

 だが、何処か暗い闇の中から引き上げられたような、温かな光に包まれたような、そんな感覚。

 

 これが、カレン・■■■■■■の始まりの記憶。

 

 顔も判らない誰かに、救われただけの話。

 そこから彼女は始まった。

 

 

 

 

「……ンちゃん。カレンちゃん?」

 

 

 小動物のようなか細い声を耳にして夢から意識が戻る。

 視界に映る桃色の頭髪。

 一度目にすれば中々忘れられない髪色の持ち主が上目遣いでこちらを覗いている。

 

 

「……聞こえています。何ですか?」

「あの、実はですね……」

 

 

 その極めて刺激的な色の頭髪とは裏腹に、本人は極めて内気な性格だった。

 

 カレンの前で顔を赤らめてもじもじとしている少女の名はシェリー・バーネット。

 学生の身でありながら王国随一の頭脳の持ち主として知られ、最近ではこの王国の第一王女からとあるアーティファクトの解析を任せられたとか。

 

 

 そんな彼女との会話は、決まっていつもこのミドガル魔剣士学園内にある保健室。

 明確にそうと決めたわけではないが、二人が会う時はいつもこの部屋であった。

 善人だがその内気な性格からカレンの他に友人がいないシェリーと、十代でありながら優秀な治療の腕を持つ──ということになっている──ことで聖教から派遣され、保健室の主として居座るカレン。

 陽の当たり具合によって銀にも白にも見える長髪と金の瞳。羽織った白衣とその袖から覗く四肢に巻かれた包帯が特徴の少女は、漕いでいた舟を止めて欠伸を一つ。

 

 

「カ、カレンちゃんに相談したいことがあるんです……」

「相談、ですか」

 

 

 ベッドではなく応接用のソファーにちょこんと腰掛けながらシェリーは話を切り出した。

 すっかり温くなった茶を啜りながら、対面に座るカレンは少女の言葉に耳を傾ける。

 この学園に来る前は聖地で修道女見習いをしていたカレンにとって、相談に乗ること自体はやぶさかではない。その内容にもよるが。

 

 

「実は、その、学園の男の子からこれを……」

 

 

 シェリーが取り出したのはリボンの装飾が施された一つの小さな箱。

 カレンにも見覚えがあるものだった。

 最近になってミツゴシ商会が売り出している菓子で、実際に口にしたこともあるそれ。

 

 

「チョコですか」

「図書館で突然渡されて、お父様が言うにはひ、一目惚れじゃないかって……」

 

 

 顔を赤くして次第に言葉が尻すぼみになっていく。

 どうやら頭の中まで桃色になったらしいと、カレンは脳内で少女をこき下ろす。

 態々相談に乗って欲しいと言うから何事かと思えば恋愛相談とは。

 しかも困っているように見えて実は満更でもない様子。

 

 それにしても一目惚れとは。

 シェリーの養父、つまり学園副学園長であるあの男も余計なことを吹き込んでくれたものだ。

 お陰で聞きたくもない話を聞かされるハメになったではないか。

 

 

「porca miseria……」

「? カレンちゃん、今なにか……」

「いいえ、何も。それで、相談というのはそのチョコを渡してきた男子生徒がどういうつもりだったのか、ということでいいのかしら?」

「はいぃ……」

 

 

 ぶっちゃけカレンの中で話に対する興味は一度尽きかけ、この実際は幸せそうな友人の皮を剥いでやりたい衝動に駆られるがグッと堪える。

 この脳内お花畑のドジっ娘に「おめでたいことね」と皮肉を言ったところで「あ、ありがとうございます!」と返されることだろう。

 このままでは少し面白くない。

 ので、どうせならもっと面白くしよう。

 

 こほんこほんと態とらしく息をつき、聖職者らしい清廉な面の皮を被る。

 祈るように手を組み、極めて真剣な眼差し(のフリ)でカレンは言い放つ。

 

 

「────それは愛です。愛ですよシェリー。その男子生徒は貴方に好意を寄せているのです」

「あいっ……!?」

 

 

 カレンの言葉を聞いたシェリーはボンッ! と顔から湯気を発した。

 なんという分かりやすい動揺。素晴らしいリアクション。実に弄りがいがある。

 これだからこの少女の友人は辞められない。

 

 

「そ、そそそそれって!?」

「つまり貴方のことが好きということです。恋愛的な意味で」

 

 

 鈍感な彼女にも誤解のないように告げると、あわわわわと泡を吹き今にも卒倒しそうに。

 なにか面白いことの種にでもならないかとテキトーに出まかせを吐いたが、これは思ったよりいいかもしれない。

 

 

「わ、私研究の続きやってきます────!!」

 

 

 顔を真っ赤にして、シェリーは保健室を後にした。

 バタバタと忙しない足音の後、廊下で転んだのか「あうっ」という悲鳴がした。

 騒がしい娘が出て行ったことで部屋には元の静寂が訪れる。

 

 

「暇ですね」

 

 

 シェリーの恋路(?)がどうなるにせよ、結果はまだ先のことだろう。

 半死半生の重篤患者でも運ばれてこないかと、カレンは淹れたばかりの茶に角砂糖をボトボト落としながらそう呟いた。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 王都で起きた王女誘拐事件。

 囚われの身だった王女が解放され数時間後。

 都市内部に空いた大穴の中、光源が殆ど存在しない暗い地下水路の某所で一人の男が歩いていた。

 

 

「はぁーっ……はぁーっ……!」

 

 

 男の姿は、最早人間のそれではなかった。

 体は赤黒く変色し、瞳は黒く濁っている。

 加えて手傷が酷い。

 全身が火傷を負ったように黒く、また左腕は肩口から先が無く、その下の胴体からは肋骨が見え隠れする有り様。

 常人ならばとっくに死に絶えて然るべし容体になって尚も動けるのは、彼、ゼノン・グリフィが人間を辞めた証左であった。

 

 

「ふざけるなっ、私は、次期ラウンズなんだぞ……っ!」

 

 

 血痕を残して水路を進む彼の身を、黒い憤りが焦がしていた。

 原因は、自分に手傷を負わせたあの黒ずくめの男。

 シャドウと名乗る、愚かにも教団に刃向かう小規模集団の頭目。

 

 相手にもならない筈だった。

 それがどうだ。錠剤まで服用しても傷一つ負わせることが出来ず、半死半生にされる始末。

 あんな鼠一匹に愚弄された。

 屈辱の極みに、血が出るほど固く歯を噛み締める。

 

 

「ありえない、こんなことは、あってはいけないんだ……」

 

 

 復讐を。

 あの男にも、その部下にも、アレクシアにも。

 アイツらがいなければ、自分は今頃────

 

 

 コツリと、小さな足音が水路に響く。

 それに伴いランタンの小さな灯りが徐々に近づいてくる。

 

 

「遅いぞ、神父っ……!」

「それは失礼。何せ上は酷い有様ですから、こうして地下に来るにも手間が掛かりまして」

 

 

 灯りに照らされ現れたのは、長身の神父だった。

 薄暗い地下水路の暗がりよりもなお暗く重い瞳を持つ彼は、聖教には二十年以上前から属していたが、教団に加入したのは最近のこと。

 

 今回の王都における活動にあたって、ゼノン等の行動に有益な情報を齎した男だが、彼は不遜な態度を取るこの神父を好んではいなかった。

 表面上敬意を払っているようでも、それが上部だけのものだと理屈でないところで理解していたからだ。

 

 

「随分手酷くやられたご様子。しかしそれでも生きているとは、流石は魔剣士学園剣術指南役殿」

「黙れ、さっさと案内しろ」

 

 

 皮肉にしか聞こえない賛辞を聞き流し、ゼノンは先導する神父の後を歩く。

 

 

「あの光を受けてよくぞご存命でしたな」

「教団から渡されたアーティファクトの能力だ。一度きりの使い捨てだが、ダメージを肩代わりする。その筈がっ……!」

「成程。受け切れる限界を超えていたと」

 

 

 忌々しいと、血を吐くように吐き捨てる。

 

 

「貴重なものだと聞いていたが、とんだ詐欺だ。次期ラウンズのこの私を欺くなど」

「そう熱くならない方がよろしい。お体に障りますよ」

「黙れ、新参者風情がっ! 誰に口をきいている!!」

「失礼。老婆心のつもりだったのですがね」

 

 

 人外の外見になったゼノンに微塵も動じることなく、それどころか薄い笑みを貼りつけて謝罪する神父。

 この男のこういうところもまた、ゼノンの神経を逆撫でる要因だった。

 

 そうこうしていると、不意に神父がその歩みを止める。

 

 

「あの先が出口です。どうぞお進みください」

「ふんっ」

 

 

 先導していた神父に道を譲られ、ゼノンは足を引きずりながら進む。

 次期ラウンズとして情けない姿だとは自身でも思うが、今は傷を癒やして立て直すことが最優先。

 確かに、今回の失敗で施設も部下も多く失った。

 だが、全てが終わったわけではない。

 しくじったとはいえ、自分が次期ラウンズであることには変わりない。そして傷を治したら、必ずあの男に──

 

 ところで、と神父は思い出したように口を開いた。

 

 

「先程お話ししていたアーティファクト。所有されていたのはお一つだったので?」

「あぁ。それが────」

 

 

 なんだ、と告げる前に事は終わっていた。

 

 

がっ……!? 

それは重畳。安心したぞ、ゼノン・グリフィ

 

 

 神父の右腕が、ゼノンの背後から胸を貫いた。

 鮮血、と称するには些か濁った液体が飛び散り、ゼノンの口からはそれと同じものがごぽりと溢れ出す。

 

 

「きっ、キサマ──!?」

「出番を終えた役者にはご退場願おう、ゼノン・グリフィ。なに、案ずることはない。我らの神は寛大だ、魔性に堕ちた君であっても安らかに眠れるだろう」

 

 

 ゼノンが二の句を告げる前に、腕が引き抜かれる。

 噴出する夥しい量の血液が地下水路を濡らし、赤い池に異形と成り果てた男が頽れる。

 これが、大望を抱き人の道から外れた男の末路であった。

 

 

「眠るがいい。君たちの悲願は、私が見届けるとも」

 

 

 引き抜かれる腕。

 その掌には鼓動する赤黒い物体が収まっていた。

 

 

「しかし、存外つまらん最期だったな。己の身の丈に合わぬ宿願を抱いた者を、道半ばに終わらせる。もう少し愉しめるかと思ったのだが」

 

 

 主から離れようとも未だにどくりどくりと脈動するそれを仕舞うと、神父はゼノンだったものから何かを拾い上げる。

 小瓶に入った、赤い錠剤。

 魔人に適合した者の力を限定的に人の手で再現するための薬剤を法衣の内側へと仕舞う。

 

 

「さて、これで用は済んだ。上の後始末にでも行くとしよう」

 

 

 そう言うと、神父は暗い道を進み始める。

 足音が消え、灯が見えなくなり、やがて姿が闇の中へと消えた。

 その口端を、隠しきれない愉悦に歪めながら。

 

 

 

 

 

 おまけ 〜おうにょさま、購買部に行く〜

 

 

 その日、ミドガル魔剣士学園に新しくできた購買にアレクシアは足を運んでいた。

 

 仮にも一国の王族である彼女。

 本来ならばわざわざ出向くようなこともないが、学生たちの間で「プレミアムロールケーキ」なるものが大層美味であると噂になっていた。

 それもそのはず。なんでもあのミツゴシ商会が卸しているらしく、少し強気の値段設定だが学園限定ということもあって連日完売が続き今や看板商品に。

 チョコに続き、学園内はちょっとしたスイーツブームが到来していた。

 

 王族であり剣士でもある彼女だが、同時に年頃の女の子。

 流行と甘い物が気になるお年頃なのであった。

 

 

 購買部前に到着。

 しかし自分の他に客が一人もいない。

 てっきり人で埋め尽くされているものとばかり思っていたが、一体どういうことか。

 

 答えはすぐに解った。

 

 

「────いらっしゃいませ」

 

 

 なんか、神父が立ってる。

 見覚えがありすぎる、目の死んだ男が。

 自分が人払いになっている自覚はあるのだろうか、この男。

 

 

「……何してんのアンタ?」

「訳あって購買部の店主を引き受けることになってな。ご贔屓に頼むよ」

「……」

 

 

 呆れて言葉も出ない。

 本当に何やってるのか。

 というか何があったら教会の神父が購買部の店長を引き受ける事態になるのか。

 栄転でないことだけは確かだ。

 

 

「はぁ。まぁいいわ。そんなことより、プレミアムロールケーキっていうのを……」

「売り切れた」

「……」

「はは、このザマァ」

「〜〜〜〜ッ!!」

 

 

 このクソ神父──!! と王女らしからぬ捨て台詞を吐いてアレクシアはその場を去った。

 後日メチャクチャ八つ当たりした(シドに)。

  

 

                          おしまい。




 読んでいただきありがとうございます!
  
 fate作品あんまり持ってないのでカレンのキャラに苦戦しました。「こんなのカレンじゃねぇ!」と思う方もいるやもしれませんがご容赦を。
 陰実2期、来て欲しいと期待しております。最終話まだ観てないんですが。
 なんか22日? に重大発表あるらしいので楽しみですね。

 皆様からの感想、評価等お待ちしております。それでは。


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桃と銀

 アニメ第2期放送記念(激遅)!
 遅れまくってすいませんでした。今後はもう少し早く更新できるようにしていきます、多分。


 

 その日、ミドガル魔剣士学園は襲撃を受けた。

 

 学園を襲う下手人らは自らをシャドウガーデンであると名乗り、大勢の生徒を人質に立て籠っている。

 加えて襲撃者以外の誰もが何故か魔力を練ることが出来ない異常な状況に置かれ、学園内にいた騎士も既に複数名がやられた。

 外部からの応援も滞り、ミドガル魔剣士学園は未曾有の危機的状況にある。

 

 

 その異常事態の最中、シド・カゲノーはシェリー・バーネットと共に学園内を駆け巡っていた。

 

 今回の状況を作り出した原因であるアーティファクト「強欲の瞳」。

 その効果は、一定範囲内において記録させた魔力以外を練れなくさせるというもの。

 これにより学園側は魔剣士の力の根幹である魔力を封じられ、抵抗することも出来ずにいた。

 

 これを解決するには、強欲の瞳を制御装置で停止させるしかない。

 その制御装置を完成させるべく、テロリストの跋扈する危険極まる学舎内を移動していた。

 道中邪魔をしてくる敵からシェリーを(本人にバレないように)守りながら、目的地の備品室が見えたところで────

 

 

「こんなところにいましたか」

 

 

 ソプラノの声音が廊下に響く。

 

 声の主は奇妙な格好をしていた。

 身体を覆う黒のローブは他の構成員と同様だが、それ以上に目を引くのは頭部の覆面。

 

 否、紙袋だ。

 買い物で使うような薄茶色のソレで頭をすっぽりと覆い、視界を確保するための2つの穴が雑に開けられている。

 袋から漏れ出た銀の長髪が覗くが、被り物のインパクトには勝らずその存在感を失っていた。

 

「シェリーの知り合い?」

「い、いえ……」

 

 突然姿を見せた怪人を前に変わらぬ様子のシドと困惑するシェリー。

 

「あ、あなたは……?」

「私は……いえ。人に名前を尋ねるなら、まず自分から名乗るべきでは?」

「あ、ハイ! シェ、シェリー・バーネットです!」

「知っています」

「えぇ……」

 

 備品室の扉の前に立つ人物は名乗らせるだけ名乗らせ、自分は名乗るそぶりすら見せなかった。

 分かったのは、声音から恐らく女性であることだけ。

 

「君はなんでここに?」

「貴方たちの目的はこの部屋にある物でしょう」

「!?」

 

 自分たちの目的が看破されていることに、またしてもシェリーは驚きを隠さなかった。

 

「ど、どうしてそのことを!?」

「さぁ、何故でしょう」

 

 クツクツと、どことなく底意地の悪さが垣間見える笑い声を見せると、

 

「とはいえ、特に邪魔するつもりはありません」

「え?」

 

 怪人は驚くほどあっさりと道を空けた。

 

「いいの?」

「構いませんよ。私はあの男の部下のつもりはないので」

「あの男……?」

 

 あの男、というのが何者かは知る由もないが、それを詮索する猶予はない。

 気になる点は多いが、今優先すべきは備品室にあるアーティファクトの制御装置を作るための材料を集めること。

 

「じゃあ遠慮なく。行こうか、シェリー」

「あ、はい! えと、貴女は……」

「お気になさらず。名乗る程の者ではないので」

 

 結局最後まで名乗ることなく、紙袋を被った何者かはシドとシェリーと入れ替わるように去っていった。

 果たして彼女は敵か、味方か。

 それすら曖昧なまま、2人は事件を解決すべく再び動き出した。

 

 

 

 

「この距離で気づかないとは……まぁ、鈍いのは知っていましたけど」

 

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 ミドガル魔剣士学園占拠事件は、一応の解決を迎えた。

 

 とはいえ、直ぐにいつもの日常が帰ってくる筈もない。

 校舎は火を放たれたことで一部炎上。それにより建て替えを余儀なくされたため、学生たちには早めの夏休みが与えられることに。

 

 学園側が長期休暇の前倒しに踏み切った理由は、それだけではない。

 確かに凄惨な事件は終わったが、事件に巻き込まれた生徒達の心に傷を残した。

 

 死者・負傷者多数。

 学園をテロリストの手から護り通さんとした立ち上がった勇敢な魔剣士たち。犠牲者となったのは学園の教師陣だけでなく、その日護衛の任に就いていた騎士団の騎士までいた。

 

 そして何より、学術学園の副学園長を務めていたルスラン・バーネットの死。

 

 間近で殺害現場に立ち会うこととなった生徒達のメンタルケア、失った多くの人材。

 未だ事件の爪痕は、深く刻まれたままである。

 

 そして事件解決から数日。

 政府公式から、今回の事件の主犯名が公表された。

 

 学園占拠を行なった下手人の名は、シャドウガーデン。

 そしてそれを率いた頭目にして主犯、シャドウ。

 

 国際指名手配にかけられた彼らの名は、こうして表舞台に晒されることとなったのであった。

 

 

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

 

 注がれた茶は、すっかり冷め切っていた。

 

「留学、ですか」

「うん……」

 

 事件から一週間。

 義父であるルスランの葬儀を終え、シェリーは学園内では数少ない無事であった保健室に足を運んでいた。

 

 自分の数えるほどしかいない中で、一番最初の友人のもとへ。

 別れを告げるために。

 

「学術都市で、アーティファクトの研究をするんです。だから、暫く王都には戻れません」

「……そうですか」

 

 告げられた言の葉に、カレンはさして感情の色を見せずに返事をした。

 冷めたカップを口につける。

 殆ど味は感じなかった。うっかり砂糖を入れ忘れていたようだ。

 

「じゃあ、私そろそろ行きますね。また……」

「シェリー」

 

 去ろうとする少女の背中を呼び止める。

 

「それは、貴方の義父の……ルスラン・バーネットのため?」

 

 カレンには、少女の瞳に宿るものに覚えがあった。

 それは何かを求める者特有の色。その中でも、一際重く暗い色。

 地の底のような、仄暗い光。

 彼女が成そうとしているのは、恐らく────

 

「……ううん。私のためだよ」

「それは、……いえ、そうですか」

 

 何かを言いかけ、やめた。

 それは彼女の仮初の笑顔を見たからではなく、彼女が何を成そうとしているかに気づいたからでもなく。

 その資格が自分にはないことに気づいたから。

 

「じゃあね、カレンちゃん」

「えぇ」

 

 唯一の友人との別れは、驚くほど呆気なく終わった。

 他に言うべきことはあったのかもしれない。

 かけるべき言葉があったのかもしれない。

 普通はもっと、感動的なものなのかもしれない。

 だが、

 

「Porca miseria」

 

 自分には少女が闇に呑まれないよう祈ることしか出来ない。

 だから、或いはこれで良かったのかもしれない。

 

 そうでなければ、いつか自分はあの哀れな少女すら利用しようとしかねないから。

 

◇◇

 

 自分以外の誰も居なくなった保健室。

 温めなおした茶を注ぎ、砂糖をどぽどぽと自分にとっての適量を加える。

 波打つ水面は、次第に凪いでいった。

 

 脳裏に浮かぶ、魔人の力。

 

 彼女は全てを見ていた。

 事件当日に起こった出来事の、凡そ全てを。

 

 故に知っていた。

 犯人がシャドウガーデンでないことも。

 真の犯人は今は亡きルスランであることも。

 彼が彼等に罪を被せたことも。

 

 

 燃え盛る副学園長の部屋で、何があったかも。

 

 

 かつてラウンズにまで上り詰めた男を、まるで赤子のように容易く仕留めた男、シャドー。

 痩騎士、否、ルスランは決して弱くなかった。

 それどころかアーティファクトの力で病を治し全盛期か、或いはそれを超える力をあの時の彼は得ていたはずだった。

 しかし結果はあの様。一方的にルスランを封殺してのけた。

 

 

 期待をするには十分な価値がある。

 

 引け目が無いわけではない。

 だがそれでも、カレンには何より優先すべきことがある。

 

 あの日、自分という人間が始まった日。

 自分を救ってくれた、今となっては顔も声も思い出せない誰か。

 

 探してみせる。

 その為に、その為だけに組織に属し、悪虐に目を瞑り生き恥を晒してきたのだ。

 悪に加担してきた自分には、いつか女神の裁きが下るだろう。

 地獄すら生温い、最低の罰が。

 自分と同じ目にあった者を贄にし、厚かましくも罪悪感などというものを覚えてしまった自分には、それが似合いな末路だ。

 

 そしてカレン・オルテンシアは────

 

 

「シャドウガーデン。彼等なら、……」

 

 

 ────唯一の友すら、裏切ることになるだろう。

 

 

 

◆◆◆◆

 

 おまけっ!!

 

 ミドガル魔剣士学園の昼休み。

 アレクシアは、再び学園の購買部に足を運んでいた。

 進んであの神父と顔を合わせるつもりはないが、そうでなければ目当てのプレミアムロールケーキは手に入らない。

 

「いらっしゃいませ」

「今日はあるんでしょうね?」

 

 昼休みになった途端真っ先に向かったためか、購買部には客の姿はなく一番乗り。

 アレクシアは今日こそは必ずケーキを手に入れるべく店主に確認をとり、「さっさと出すもん出せ」と催促する。

 

「勿論だとも。客の要望に応えるのも店主の務め。こちらが当店人気No. 1商品、プレミアムロールケーキになります」

 

 カウンターの裏から取り出されたのは、美しく飾られたまさしくプレミアムなロールケーキ。

 前回のように売り切れていないことに一先ず安堵する。

 

「あるならいいわ。じゃあそれを──」

 

「────あたためますか?」

 

「そんなわけないでしょ!?」

 

 

 おまけ 完




 最後まで読んでいただきありがとうございます!

 マズイな、カレンどころかシェリーのキャラまで曖昧になってきてる。また視聴し直さなきゃ・・・(使命感)。

 感想、評価などしてしていただけると嬉しいです! それでは!


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聖なる地

 毎度読んでいただきありがとうございます!
 リンドブルム編突入です。


 

 アレクシア・ミドガルは、多忙な日々を送っていた。

 

 

 甚大な被害を受けることとなった学園襲撃事件から暫く。

 魔剣士学園は例年より少し早めの夏休みへと突入していた。

 

 学園の生徒の一人であるアレクシアもまた、夏休みの間は学生らしく長期休暇を謳歌──するような暇はない。

 

 彼女はミドガル王国の第二王女である。

 王女としての務めを果たしながら、魔剣士として日々修練を重ね、自身の姉が団長を務める紅の騎士団の一員としての活動。

 忙しないながらも、充実した日々を過ごしていた。

 

 そんな中、今回彼女が赴くことになったのは聖地・リンドブルム。

 ミドガル王国の国教である聖教、その幾つかあるうちの聖地の一つであり、英雄の伝説が眠る地。

 

 アレクシアがリンドブルムに赴く理由は主に2つ。

 そこで行われる「女神の試練」という催しに来賓として加わる、というのが一つ。

 そしてもう一つは、先日聖都で起きた事件についての監査。

 

 

 監査対象であった聖教の大司祭が、何者かに暗殺されたのだ。

 今はまだ公にこそなっていないが、一部の者には既に共有されている情報。

 

 その調査をすべく、紅の騎士団の騎士を連れ監査へと乗り出したのだが──

 

(何が「聖教のことは聖教にお任せあれ」よ! あのハゲ……!)

 

 

(猫を被り)群衆へと愛想よく手を振りながら、アレクシアは内心で口汚く愚痴をこぼしていた。

 

 先日リンドブルムに到着した彼女は、監査を開始しようとした。

 だがその調査の妨げとなったのは、他でもない聖教側だった。

 

 彼女らの応対をしたのは、大司教代理として立ったネルソンという恰幅のよい司教。

 

 全く気に入らない。

 大事件が起きたというのに、まるで慌てるような様子を見せなかったことからあのハg……ネルソン代理大司教が何かを知っているのは明らか。

 口ではこちらを立てながら、所詮は小娘だと馬鹿にしているに違いない。

 

 気に入らないことはまだある。

 ちらりと横を見る。自分と同じく貴賓席に立つ銀髪の女性エルフ。

 

「みなさ〜ん! 一緒に応援しましょうね〜!」

 

 ナツメ・カフカ。

 最近人気を集める女性作家らしいが、アレクシアは一目見た時から彼女が気に入らなかった。

 態度がどうにもあざとい。

 さらにどことは言わないがとても豊満であり、それが気に入らなさに拍車をかけていた。

 決して自分と比較してなどいない。

 

 今も客席に愛想を振り撒いている。

 ご苦労なことだ。最近の作家は人気取りも仕事のうちなのか。

 

 アレクシアが横目で彼女を見ていると、視線に気づかれた。

 ナツメの視線が、アレクシアのモノと自身のモノの間で交互に行き来する。

 そして。

 

 

「フッ」

 

 

(こ、このアマっ……!?)

 

 勝ち誇ったかのように笑われた。

 しかも鼻で! 

 

 決して許してはおけない。

 王女としてではなく、一人の女性として。

 ブツが大きいだけで勝ち誇るような下品な女に、相応の報いを与えなければ気が済まない。

 

 彼女の決断の早さはまさに電撃的だった。反射とも言う。

 

 アレクシアが不埒者に裁きの鉄槌を下そうと脚を動かす──

 

 

「ネルソン司教、準備が完了いたしました」

「────っ!?」

「おぉ、ご苦労」

 

 

 ──その前に、非常に聞き覚えのある声がした。

 10年以上前から顔馴染みの、なんなら最近自分が呼びつけて話をした人物の声が。

 

 失念していた。

 ここは聖地リンドブルム。そして今日は年に一度の女神の試練。

 聖教の神父であるこの男がいても不思議ではない。

 不思議ではない、のだが。

 

「これはこれは。アレクシア王女殿下ではありませんか」

「……まぁ、コトミネ神父さまではありませんか。お久しぶりですね」

「ご無沙汰しております、殿下。殿下に来ていただけるとは、これも女神のご加護でしょうな」

「まぁ、神父さまったら。お上手ですこと」

 

 出来ればこんなところで会いたくはなかった。

 

 キレイ・コトミネ。

 ミドガル王国王都にある教会を管理する(目が死んでる胡散臭い)神父。

 

 互いに愛想笑いをしながら、しかし一方は目が嗤い、一方は鋭く睨みつけていた。

 

「おや、アレクシア王女は彼をご存知でしたか」

「えぇ、昔お会いする機会がありまして」

「そうでしたか、それはそれは。彼は今回の女神の試練の運営委員の一人でしてな。王都から態々来てもらったのですよ」

 

 何せ最近は我が聖教も忙しいもので、と宣うネルソン。

 よくもまぁ、いけしゃあしゃあと語るものだ。

 だったら大人しく監査受けろよとアレクシアは思ったが、それを表に出すことは努めて避ける。

 

「ナツメ先生とローズ王女とは、まだ面識はないでしょう。コトミネ君」

「はい。キレイ・コトミネと申します。以後、お見知りおきを」

「ローズ・オリアナです。よろしくお願いします、コトミネ神父」

「……ナツメ・カフカと申します。よろしくお願いしますね、神父さま」

 

 ……? 

 何故か、ナツメの雰囲気が一瞬おかしかったような気がした。

 違和感、と言うにもあまりに一瞬で僅かなことだが。

 気のせいだろうか。

 

「閣下、そろそろ開催のご挨拶を……」

「おぉ、そうだな。では皆様、私は一度これで」

 

 頭を軽く下げ、ネルソンは壇上へと向かって行く。

 それを機に、神父も去っていった。

 

「……少し外しますね」

「アレクシアさん? もう始まりますよ?」

「えぇ、すぐ戻ります」

 

 そのタイミングで、アレクシアは席を離れた。

 その様子を不思議に思うローズを誤魔化し、向かうのは来賓席を出た会場内部。

 

 今しがた場を去った神父の後を追った。

 

 

 

 

「おや、どうなさいましたか。アレクシア王女殿下」

「ここなら誰もいないわ。もう猫被らなくてもいいわよ」

「お互いに、というわけか」

 

 フッと小さく笑い、神父は態度を王国第二王女への態度から顔見知りの少女へのものへと崩した。

 

 会場にある通路の一角。

 一般客も聖教の関係者もいない。殆どの者はこれから始まる催しを今か今かと待ち侘びているのだから。

 

 静謐な空気の流れる空間で、王女と神父は向き合った。

 

「それで、何か私に用でもあったかね」

「なんでアンタがここにいるのよ」

「先ほど聞いただろう。私は今年の女神の試練の……」

「本当にそれだけなら、ね」

 

 もしこれが例年の通りであれば、アレクシアは何の違和感も感じなかっただろう。

 この目の前の神父が駆り出された件についても、そういうこともあるかと受け止めていたに違いない。

 だが。

 

「大司教暗殺。アンタならもう聞いているでしょう」

「如何にも。私も既にリンドブルムにいたのでな」

「今年に入ってから色んなことが起き過ぎてる。私の誘拐、学園の襲撃、そして今回の暗殺事件」

 

 今年は例年通り、と言うには些か無理があった。

 既に世間を騒がせる事が、こうも連続して起きている。

 一見して関連性はないように見えるが、偶然というにはあまりにも不自然。

 

「立て続けにこれだけのことが起きた。少なくとも内二つに関与したのは」

「シャドウガーデンか」

「……そうよ」

 

 シャドウガーデン。

 今や国際指名手配になり、王国中を騒がせる凶賊……と一般的には認識されている集団。

 確かに彼らは王都で起きた2つの事件に関わりがあるが。

 

「では、今回も彼らの仕業だと?」

「……いいえ、そうは思わない」

 

 勘でしかないが、アレクシアは少なくとも大司教を殺害したのはシャドウガーデンではないと思っている。

 

 証拠はない。根拠も曖昧。

 だが、アレクシアは二度シャドウと直接会っている。

 その経験が、彼女に訴えているのだ。

 むしろ怪しむべきは、自身を誘拐したもう一つの組織の方だと。

 

「ディアボロス教団。アンタなら、何か知っているんじゃないの?」

「君はそちらを疑っている、と。ただの神父にそこまで期待してもらえて光栄だが、生憎な」

 

 ディアボロス教団。

 こちらについても分かっていることは多くない。

 だが少なくとも実在はしている。

 

 誘拐事件では「英雄の血」とやらを求めてアレクシアを攫い、集めた血を悪魔憑きとなった人物に注入。あれは結局何の為の行為だったかは今も分かっていない。

 

 またかつての自分の婚約者(不本意)であり、誘拐事件の主犯であったゼノンもその教団と繋がりがあった。

 魔剣士学園剣術指南役という役職に就いていた彼にもその手が及んでいたことから、教団の手は王国に深く浸透していることは想像に難くない。

 ちなみにゼノンだが、その後の消息は不明なままらしい。

 

「どっちかが、或いはどっちもこの女神の試練にも現れるかもしれない。だから」

「私から情報を聞き出そうと言うわけか。なるほど」

「アンタ言ったわよね。自分はシャドウガーデンの協力者だって」

「ならばこうも言った筈だ。私は彼らに情報を渡しているに過ぎないと。素性も知らなければ、次に彼らが何をするのかなど知り得るはずもない」

 

 シャドウガーデンは、恐らくだが比較的最近になって発足した組織。

 にもかかわらず、今彼らが世間に与える影響は目を見張るものがある。

 そういう意味では、ディアボロス教団よりも不気味な集団である。

 

「なら、予想でいいわ。奴らは何が狙いなのか、それが分かれば──」

 

 わぁっと、大きな歓声が響く。

 どうやら最初の挑戦者が試練に臨むようだ。

 

「もう間も無く女神の試練が始まる。君も早く戻るといい」

「……そうするわ」

 

 アレクシアとしてはこの神父に聞きたいことはまだまだあったが、彼女は王女。

 招かれた以上、来賓としての務めを果たさなくてはならない。

 

 もと来た道を辿る。

 この聖地で、何かが起こる。そんな胸騒ぎがしてならない。

 しかし今この地にいる自分以外の誰もが、今年の女神の試練もつつがなく行われ、無事に終了すると思っているだろう。

 

 もしかしたら、何も起きないのかもしれない。

 

 女神の試練が終幕に近づくつれ、アレクシアもそう思い始めていた。

 

 

 

 女神の試練に、陰の魔人が顕現するまでは。

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇◇

 

 おまけ

 

「これはこれは。最高の上得意ではないか」

「誰が最高の上得意よ」

 

 アレクシアは、三度購買部を訪れていた。

 相変わらず自分以外の客がいない。

 その内潰れるんじゃないだろうか。

 

 先日購入したプレミアムケーキが想像を超えた美味しさだったため、こうして買いに来たのだ。

 

 ロールケーキはミツゴシ商会が卸している品。

 購入するだけならミツゴシの直営店で手に入るが、ここ以外では即完売になるため仕方なくここに足を運んでいる。

 その度にこの男と顔を会わせるのは癪だが、まさかロールケーキ一つのために王女の権力を振りかざす訳にもいかない。

 

「喜べ少女。とっておきの新作が入荷した」

「新作?」

 

 目の前の店員、もとい目の死んだ神父が目に見えて高揚している。

 珍しいこともあるものだ。

 

「期待に応える自信はある。まずはその目で確かめるといい。その後、君に稲妻走る」

「別に最初から期待とかしてないわよ……」

 

 新作とやらが何なのか全く気にならないわけではないが、この神父のことだ。ろくでもないものに違いない。

 アレクシアとしては目当てのブツを手に入れ次第、さっさと退散したい気分なのだ。

 

 そんな彼女の内心を知らない神父は何処からか何かを取り出した。

 

「こ、これは……!?」

「とくと御覧じろ。これが当店の新作──

 

 ──激辛麻婆豆腐だ」

 

 顕れたそれは、ただ赫かった。

 アレクシアの脳裏に何時かの悪夢、フラッシュバック。

 

「ただの麻婆豆腐ではない。紅州宴歳館・泰山監修の──」

「プレミアムロールケーキ1つ」

「……泰山──」

「プレミアムロールケーキ、一つ」

「……あたためますか?」

「結構です」

 

 

 おまけ 完

 




 最後まで読んでいただきありがとうございます!
 感想、高評価など頂ければ嬉しいです!
 それでは!


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洗礼

 いつも読んでいただきありがとうございます!
 


 

 聖域内部 資料室

 

 聖域内部に侵入したシャドウガーデンは、勢力を二つに分断された。

 一つはアルファとデルタ、何故か聖域に飛び込んできた王女たち。

 そしてもう一つが、シャドウガーデン最高幹部・七陰の一人。

 薄い青色の長髪、整った顔立ちと豊かなプロポーションを誇る女性エルフ。

 七陰第五席「緻密」のイプシロン率いるシャドウガーデン実働部隊。

 

 分断こそされたが、彼女たちは狼狽することはなく聖域内部を調査すべく足を進める。

 時々現れる聖域に残留する記憶を見せられながら、彼女たちが辿り着いたのは──

 

「これは……」

 

 現れたのは、巨大な書庫。

 その数数百に届こうかという大きめの本棚と、そこに敷き詰められた無数の書籍。

 

「教団が所有していた資料のようですね」

 

 褐色の肌とオッドアイが特徴の女性エルフ・オメガは近くにあった資料をめくり流し見た。

 何かしらの実験の経過や過程が記されている。

 だがここが教団の施設であったことを鑑みれば、何について記されているかは容易に察しがつく。

 

 しかしこの書庫、或いは資料室とも言える空間一杯に並べられたものが全て似たようなものだとしたら、見渡す限りの本の山から目当てのものを探さなくてはならない。

 それなりの人数で来ているが、想像すると億劫になる。

 加えて。

 

「ここにあるのは実体ではなく聖域に残留する記憶。持ち帰ることは出来ないだろう」

「あぁ。なら、ここはミツゴシの──」

「こんな所で探し物かね、お嬢さん?」

「──ッ!?」

 

 本棚の影から声。

 

 反射で剣を生成。

 即座に臨戦態勢を整え、突然出現した何者かへ剣を向ける一団だったが、

 

「イプシロン様!?」

 

 意外にも待てをかけたのは彼女らを率いる女傑。

 イプシロンその人だった。

 

「貴方ね。アルファ様が言っていた情報提供者は」

「お初にお目にかかる。私はキレイ・コトミネ、しがない神父だ。以後よしなに」

 

 イプシロンだけでなく、その場にいるナンバーズの面々にもその名前には聞き覚えがあった。

 

 キレイ・コトミネ。

 王都にある聖教の教会の管理を任される神父。

 そして、少し前からシャドウガーデンに秘密裏に教団に関する情報を流す協力者でもある。

 

 統括であるアルファからは確かにそう聞いている。

 しかし誰も、恐らくアルファも、この男のことを欠片も信用していない。

 必要なのは、あくまでもこの男がもたらす情報だ。

 

「しかし芸術界におけるかの新星、天才作曲家の……あぁ、いや失礼。まさか七陰の一人からお褒めに与るとは、私もまだまだ捨てたものではないらしい」

(私の表の立場まで……)

 

 伊達に情報提供をしているわけではないらしい。

 情報収集も、そしてその情報の扱い方にも関しても一応の心得があるようだ。

 尤も迂闊にガーデンの情報を流そうものなら即始末するが。

 

 目の前の神父への警戒度を一つ高め、イプシロンは唐突に姿を見せた神父から情報を得るべく会話を続けることにした。

 

「それで? 貴方は何故こんなところに?」

「ふっ。いやなに、これでも協力させてもらっている身。僭越ながら、是非とも君たちに渡しておきたい物があってな」

 

 そう言って神父が何処からか取り出したのは、一冊のファイル。

 何重にも分厚く紙が束ねられ、やや古さを感じさせるが保存状態は悪くない。

 

「それは……」

「ここにある資料のうち、君たちに必要になるであろう情報をまとめたものだ。特に魔人ディアボロスと英雄、その血を継ぐ子孫……つまりは君たちのような者に関するな」

「!」

 

 コトミネが持っている紙束が示す内容。

 それはつまり、来る道中で記憶として散々見せられた、教団が行なってきた悪魔憑きの実験に関する資料。

 その中には、歪められた歴史に関する情報もあるだろう。

 

 金髪の女性エルフ、ナンバーズのカイに受け取らせ、中身を一瞥。

 確かに、この神父の語ることに偽りはないらしい。

 やけに協力的なことが気がかりといえばそうだが、ガーデン側にとって損はないのでイプシロンはそれで一先ず良しとした。

 

「ご協力感謝しますわ、コトミネ神父。アルファ様にも伝えておきます」

「なに、この程度。礼など不要だとも」

 

 余裕すら感じる不敵な態度を崩さない。  

 それが気に食わなくはあるが、表情に出すことは避けた。

 

「では、私はこれで失礼させてもらおう。あぁ、それと……」

 

 神父はこちらに背を向け、掌を宙に翳すと赤い魔法陣が現れる。

 ここへ来る際に飛び込んだものと同じ紋様。

 どうやら自分たちとは別口から、自力で扉を開いてこの聖域に潜ったらしい。

 

 

「素晴らしい擬態だが、ありのままの自分を恥じる必要もあるまい」

「なっ……!?」

「おっと失礼、つい本音が。では諸君、また逢おう」

「ちょっと……!」

 

 

 イプシロンが何かを言う前に、神父は魔法陣の向こうへと消えていった。

 

「あの……」

「イプシロン様……」

 

 プルプルと震えながら肩を怒らせる上司に声をかけるカイとオメガ。

 直属の部下であるが故に彼女の事情を知る2人だからこそ、何とも言えなくなっていた。

 

「覚えてなさい……!」

 

 イプシロンは、あの神父が一層嫌いになった。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

「い、行ったか……?」

 

 

 聖域内部。

 

 聖教大司教代理にしてディアボロス教団が最高幹部・ナイツオブラウンズ第十一席であるジャック・ネルソンは、この日人生最悪とも言える日を迎えていた。

 

 当初の予定通りに女神の試練を終えたと思いきやシャドウに乱入され、更には彼の配下であるシャドウガーデンが出現。

 彼女らに拉致され聖域にも侵入され、挙句自分の裏の立場と過去についても王女たちの前で暴露された。

 しかも自分の頭髪事情についても同情される始末。

 

 踏んだり蹴ったりとはこのことだった。

 

「ま、まぁいい。あの小娘どもが何を言ったところで証拠は無い。それより問題はラウンズの連中にどう言い訳するかだ……」

 

 普段はいがみ合う癖に、面倒ごとを押し付ける時だけは手を取り合うような集まりだ。

 今回のことに関してもネチネチと小言を言われ責任を追及されるに違いない。

 ネルソンの意識が現在から今後に向けられたその時であった。

 

「ッ!? ぐああぁあ!!?」

 

 初めに感じたのは、熱。

 それが次第に燃えるような痛みに変わった。

 痛みを訴える右肩を見ると、そこから何かが生えている。

 いや違う。生えているのではなく、突き刺さっているのだ。

 全体的に細長いシルエットの、見慣れない刀剣が。

 

 濁った血を床に滴らせつつも、ネルソンは武器が飛んできた方向を睨む。

 そこに広がる暗がりから、その人物はやって来た。

 

「き、貴様! コトミネェ!!」

「これはこれは、ネルソン大司教代理猊下。ご無事で何よりです」

「どの口が……っ!」

 

 現れたのは、女神の試練の運営委員として王都から派遣された──という体で教団から送られた神父。

 キレイ・コトミネであった。

 

「自分が何をしているのか、分かっているのか!?」

「失礼。何分こちらにも事情がありますので、どうかお許し願いたい」

 

 許しを乞うと言いながら、神父の光を一切反射しない暗い眼には反省の色どころか暗い愉悦を感じさせるものが宿っていた。

 

 コツ、コツと。

 ゆっくりと足音を鳴らしながら近づいてくる。

 その右手には、何やら見慣れない小さな赤い十字のようなものを指で挟み込み、左手には、

 

「!? そ、それは『雫』の……!」

「そう、貴方が記した生成方法。貴方がラウンズたる所以であり、同時に命綱でもある」

 

 ディアボロスの雫。

 英雄オリヴィエがかつて切り落とした魔人の左腕から抽出、生成した物質。飲んだものに莫大な力と不老を与えるという、人智を超えた代物。

 そこまでは先程シャドウガーデンに尋問され吐いた内容。

 だが、コトミネが持っているのは彼女らには話さなかった、それとは比べものにならない程に重大な、秘匿していた情報。

 

 即ち、『ディアボロスの雫の生成方法』。

 

 コトミネの左手にある資料には、それが記載されている。

 一目見ればそんなことは直ぐに分かった。

 それは何を隠そう、ネルソン自身がかつて執筆したものなのだから。

 入念に管理し、誰の目にも晒されないよう秘匿していた筈のそれが、よりによってこの男の手に──。

 

 少々拝借させていただきました、と悪びれる様子もない神父。

 ネルソンはぎしりと、鈍く歯を軋ませる。

 

「残念ながら、ジャック・ネルソン司教。これが手に入った以上、貴方はもう用済みだ。他のラウンズが貴方を嬉々として蹴落としに掛かるだろう」

「貴様、奴らに流すつもりか!?」

「だが貴方が組織に貢献してきたこともまた確か。雫もそうだが、あの錠剤。英雄の血筋でない者でも、適応すれば魔人由来の力を発揮させることが可能になった」

 

「ですので。無理矢理奪うようなことになる前に、貴方には是非ご自分の意思で──

 

 

 ──例のカードキーを渡して貰いたい」

 

 

「何をしている! やれ、オリヴィエ! ソイツを殺せぇ!!」

 

 ネルソンが縋ったのは、己の横に立つ人形のような表情のない少女。

 彼女こそが、英雄オリヴィエ。

 聖域の力で呼び出された英雄は剣を構えると、常人には目で追うこともままならない速度で目標へと接近し──

 

 

「がっ!?」

 

 

 ──ネルソンの左腕を斬り落とした。

 

 

「莫迦な……!? なぜ、何故私の言うことを……!?」

 

 このオリヴィエは、ネルソンが聖域の力を使い呼び出したものだ。

 故に当然、彼は彼女は自分の言うことに従うと思っていた。

 かつてがそうであったように。

 

 だが、

 

「貴様だな、コトミネェ……! 聖域のシステムを……」

「伝えるのが遅くなってしまい、大変申し訳ない。貴方が彼女らと戯れている間に、少々書き換えさせていただきまして」

「ぬうぅ……!」

 

 そうはならなかった。

 聖域のシステムそのものを掌握されていたのだ。

 つまり、ネルソンが呼び出した時点で、英雄は彼ではなく神父の操り人形だったのである。

 

 両腕の自由を失くし、大司教代理は力無く尻を流血で赤くなった床につける。

 勝ち目がないと悟ったのか。

 

「そういうわけですので、猊下には是非ともご自分の意思でカードを……」

 

 言葉の続きを発する前に、神父は何かを感じたのか。

 首を明後日の方角に向けると、フム、と呟く。

 

「やはり大した時間稼ぎにはならなかったか。仕方ない」

「ぐぅっ!?」

 

 オリヴィエはネルソンの頭を掴むと、その細腕にあるとは思えない怪力で無理矢理頭を垂れるような姿勢にさせた。

 奇しくも罪を犯した罪人が、懺悔を求めるように。

 差し出された頭部に、コトミネの右手が乗せられる。

 

「申し訳ありませんが、少々こちらも込み入った事情がありますので。アレが此処に来た以上、此処も長くは保たない。勝手ながら急がせていただく」

「ま、待て! 何をするつもりだ!?」

「私からの細やかな贈り物ですよ。裏ではどうであれ、貴方は長年聖教に在籍し尽力されてきた。その報い(恩賞)、と思っていただければ」

「ま、待て! 何をするつもりかは知らんが、落ち着け! 今なら、そう、空いた司教の席にお前を、いや、ラウンズに推薦してもいい!」

 

 何をされるかは解らないが、何かはされる。

 その恐怖から、ネルソンは必死に命乞いを始めた。

 しかし哀れにも。

 

「よし分かった! お前の父親の死──」

 

 それに神父が耳を傾けることはなかった。

 

「私が殺す 私が生かす 私が傷つけ私が癒す」

 

 淡く、柔らかな白い光が辺りを包み込む。

 

「我が手を逃れうる者は一人もいない。我が目の届かぬ者は一人もいない」

 

 瓏々と紡がれる、聞き覚えのない聖句。

 しかし、何故だろうか。

 これ以上聴けば、自分にとって致命的なことになるという確信が彼の中にはあった。

 

「打ち砕かれよ。 敗れたもの、老いた者を私が招く。私に委ね、私に学び、私に従え」

 

 知らず、声にならない悲鳴が喉からせり上がる。

 

「休息を。唄を忘れず、祈りを忘れず、私を忘れず、私は軽く、あらゆる重みを忘れさせる」

 

 裡から焼けていく。

 溶けていく。 

 爛れていく。

 

「装うことなかれ。 許しには報復を、信頼には裏切りを、希望には絶望を、光あるものには闇を、生あるものには暗い死を」

 

 此処は聖域。

 告げるは神の代行者。

 その口から放たれる、悪しきものに対する浄化の祝詞。

 

「休息は私の手に。貴方の罪に油を注ぎ印を記そう。 永遠の命は、死の中でこそ、与えられる」

 

 強欲の名を冠した者の姿は、もはや面影のみとなり。

 

「────許しはここに 受肉した私が誓う」

 

 聖なる詠唱の終わり。

 ここに儀式は成った。

 

 

 

 

 ────“この魂に憐みを(キリエ・エレイソン)

 

 

 

 

 

 

 この日、リンドブルムの聖域は跡形もなく消滅した。

 犯人の名はシャドウとされ、またしてもその悪名は世間に轟くことになったのである。

 

 そして後日。

 朝刊の一角に、聖教の司教が一人行方不明になったという内容が掲載されたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「模造品とはいえ英雄複数体が難なくあしらわれる、か。流石だな。こちらも少々、急ぐとするか」

 




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