ぼっちちゃんを雌にするつもりが雌にされた元男(♀)の話 (樽薫る)
しおりを挟む

本編
♯ばっど こみゅにけーしょん


ぼっちさんを舐めてたら“わからされた”話


 

 

 突然の自分語りをしよう。

 (オレ)大張(おおばり)ねこみは“人生二周目(転生者) ”だ……。

 

 なんやかんやあって、ここ……“ぼっち・ざ・ろっく”の世界に生まれ直した。

 元の世界と変わらない文明レベルなものの、なぜそれがわかったかなんて簡単なことだ。

 

 近所に“後藤ひとり”が存在したのである。

 しかもピンク髪の幸薄そうな少女、いやまだ原作ほどでもなかったけど。

 

 

 ともあれ、私は『ぼざろに生えた』系の転生者、しかも幼馴染のパターンの奴。

 

 

 となれば、その承認欲求モンスター、共感性羞恥心の権化、つまりは“後藤ひとり(ぼっちちゃん)”を落とすしかねぇとは思ったわけである。

 かわいいし、おっぱい大きいし、かわいいし、かわいいし、あとおっぱい大きいし。

 

 見てろよォ、テメェらァ、フッフッフッフ!

 大張ねこみ15歳、ひとりを乙女にしてやんよォ!

 

 

 ───などと申していたのも束の間……そう、賢明な私は気づくのである。

 

 

 今生……(オレ)は女! 正体見たりって感じだな。灯台下暗し。

 

 

 しかしまぁ、私が女であるのはわかったが、ひとりを恋する乙女にしてしまってもいいのだろう……?

 

 ひとりは元々“総受け体質(当社比)”だ。

 つまり、ひとりは“受け”で、そして私は元男、ということは“攻め”に決まっている。

 

 相性グンバツじゃないっすかぁ!

 私が女なのは良いが……別に、ひとりを雌顔にしてしまってもよいのだろう?

 

 ということで、私は後藤ひとりと出会った齢5歳の時より、イケメン力を鍛えつつ、ひとりに懐かれるように努力に努力を重ねた……重ねたのだ。

 

 そして15の春、無事にひとりと同じ高校に通うことに成功し……まぁ余裕だったけど。

 ほら、ひとりはその、お勉強が、ね……?

 

 私が付きっきりで教えてあげたけどさ……フッフッフ、ひとりは私がいないとダメだなぁ~。

 

 ……コホン、脱線したが……ともかく、私はひとりと10年間ずっと一緒なのである。

 

 家も近所だし、高校も一緒だし、このままひとりを私に依存させて……とってもかわいい恋する乙女(♀)にしてやろうってんだよ!

 

 

 

「あ、ねこみ、ちゃん……」

「なぁにひとり♪」

 

 聞きなれたボソボソっとした声に、私はそちらに笑顔を向ける。

 そこには原作通り、何も変わらないぼっちがいた。

 

 眩しいってならないもんか? なるでしょ普通、こちとら白銀の髪をもつ美少女よ?

 喜多ちゃんとだってタメ張れるレベルの美少女ですよ!?

 

 距離感か! 距離感が悪いのか!? 昔から抱き着いたり手を繋ぐのを習慣化させているからおかしいのか!?

 

 こほん、錯乱してしまいました。

 

 

 ……茜色の夕日が差す道、“手を繋ぐ”二人分の影を伸ばし、私たちは歩いている(良い声で)。

 

 

 なにこれロマンティック……夕日に照らされる私とひとり、イソスタ映え間違いねぇんじゃない?

 ちゃんと道路側を歩いてるあたり、私ってスパダリ力高いんじゃねぇか?

 

「す、少し、い、言いたいことがあって……」

「!」

 

 ひとりから報告だ~! なんだ!? 結束バンドがとうとう結成されるのか!? ギターがいなくて困ってるとか!? なんでも相談乗るぞ!

 なぜなら私はスパダリ、超幼馴染を超えた超幼馴染2ゥ!

 

 まったく、ひとりちゃんは私がいないとダメだなぁ、依存しちゃってるなぁ~♪

 

「ば、バンドを組んで、もうすぐ初ライブ、なんだけど……」

「え」

 

 ───なんで、そこまで進んでからの報告なんです……?

 

「あ、ど、どうしたのねこみちゃんっ、か、カバン落としてっ……ね、ねこみちゃっ」

 

 え……な、なんでなんで!? ハゥアッ!?

 

 最近、クラスメイトとの付き合いが多くて一緒に帰れてなかったし、ひとりを蔑ろにしてると思われた!? この私がッ!? そんなことするわけないのにっ!?

 

 やだ、凄い辛い。メンタルが、メンタルがやられるぅ……。

 

 心という器はひとたび、ひとたび、ひびが入れば二度とは、二度とは……。

 

「ね、ねこみちゃっ……そ、その……」

「そっか。おめでとうひとり、それはそれとしてライブ行きます。チケット買います!」

「あ、うん……!」

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 私、後藤ひとりには幼馴染がいる。

 

 家が近所で、同じ幼稚園に通っていたというところから、ずっと私の傍にいてくれる人。私と違って友達もいるし、付き合いもあるのに、なぜか私に構ってくれる。

 

 一緒に歩いている時の、一本結いの長い銀髪が風に揺れるのを見るのが好きで、それを思ってなんとなく歌でも歌ってしまいそうで……。

 

 ちょっと変なとこもあるけど……あれはクリスマス。

 

 

『突然呼んでおいてなんだが、クリスマスにはシャケを食え!』

 

 

 とかなんとか言いながら、クリスマスにシャケ炒飯を作ってくれたのは良い思い出、かな……?

 

 そんな色々してくれるねこみちゃんだから、私は自分がしっかりしてるってとこ見せた……見せた……。

 

 

 

「あぁ! またぼっちちゃんの眼が死んでる!!」

「いつもじゃ?」

「さっきお酒臭いお姉さんと、ぼっちちゃんのファン二人が来てくれた時は頑張ろうって顔してたのにぃ!」

 

 結束バンドのメンバー、虹夏ちゃんやリョウさんの声が聞こえる。

 嬉しい、お姉さんも、路上ライブを見てくれた二人も来てくれた。

 それは確かに嬉しい。嬉しいんだけど……。

 

 うぅ、てるてる坊主、肝心な時に効果を発揮してくれない……。

 

「やっぱり私の友達は全員来れないみたいですね」

「そっか……」

 

 喜多ちゃんが残念そうな顔をする。

 

 わ、私のライブデビューが……ゆ、勇気出してねこみちゃん、誘ったのに……。

 

「お~、またびしょ濡れの人、入ってきた」

「そりゃそうでしょ。ありがたいありがたい」

「あれ、大張さん……?」

 

 ―――えっ!?

 

「うわ後藤さん俊敏!」

 

「ね、ねこみちゃん……!」

「ひとりぃ!」

 

 ねこみちゃん、びしょ濡れだ。

 

「よかったぁ、これたよぉ」

 

 満面の笑みを浮かべるねこみちゃんが、駆け寄ってきて“いつも通り”私に抱き着こうとするけど、止まる。

 やっぱりびしょ濡れだからかもしれない。

 踏み込んでくるタイプだけど、こういうところは昔からちゃんと線を引いてくれる。

 

「……楽しみにしてるからね。ライブさ」

「あ、うん……!」

 

 ……なら、マンゴー仮面も、ゴミ箱もいらない。

 

 ねこみちゃんに見せるんだ。私を……。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 クソッ! わかってはいたけどガッデム台風!

 てか私も天気予報見ときゃ、結束バンドが結成されたかぐらいわかるでしょうがぁ!

 

 うへぇ、下着までビショビショ、気持ち悪りぃ……。

 

 まぁでも生結束バンドのメンバー見れただけヨシ!

 ていうかひとりが自腹で私にチケットくれたのに、行かない選択肢はないでしょぉよ!

 

 ……はて、なにか忘れてねぇかい?

 

「君ぃ、ぼっちちゃんの友達ぃ?」

「えっ、はい……」

 

 廣井きくりさんですね。そうですね、酒くさっ! いましたねそういえば、酒くさっ!

 

 あ、後ろに店長さんとPAさんもおるやん……音戯アルトさんやん!

 

「へぇ、君かぁ……えへへへっ」

「え、なんですか……」

 

 なになに、なんで私のこと知ってんですか怖い! ひとりったらなんか言った!?

 

「……おっぱい大きいね」

「おいこら」

 

 きくりさんの頭を、店長さんが後ろから拳二つを万力のようにして締め上げる。当然、叫ぶきくりさん

 いや大きいけども、さすが酒パワー。初対面の人にそれ言うってすごいっすよ。逮捕されるもん。

 

「ご、ごめんな。コイツ酔ってるから」

「あ、はい見ればなんとなく……」

 

 とりあえずお互いにつつがなく自己紹介をする。

 別に特筆すべきことは無いでしょう。

 お互いに結束バンドのメンバーの関係者であることを話し、彼女がこのライブハウスこと、聖地『STARRY』の店長だということを言われたぐらい。

 

「にしても、なるほど……」

 

 伊地知星歌さんこと店長が私の足元から頭の天辺までを見て、頷く。

 

 なになに、私の美少女っぷりにやられちゃったってわけですか!?

 

「ん~」

 

 首を傾げられた。なぜ、ホワイ!

 

「あ、始まるよ~」

 

 あ、ひとりがステージに……うっ涙腺が!

 くぅ、あのひとりがなぁ、かわいいなぁ……!

 

 ライブが終わったら(オレ)がスパダリパワーでしっかり労うかんね!

 

 終わりのないオフェンスでもいいよ~!

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 私達、結束バンドは“静まり返ったライブハウス”で演奏を始めた。

 明らかに練習通りの音じゃない。

 

 虹夏ちゃんはドラムがもたついちゃってるし、喜多さんもリハでできてたはずの場所ができてない。

 リョウさんは虹夏ちゃんと息が合ってないし……。

 

 いつもと全然違う。みんな、勢いが完全に……。

 

 さっきお客さんが言ってた『知らない、興味ない』って言葉のことを……。

 

「っ……」

 

 曲が終わるけれど、やはり沈黙。

 次の曲に、いかなきゃいけないのに、もう三人共、いや私も……戦意が。

 

「ひとりっ……!」

 

 聞きなれた声が、聞こえた気がした。

 

 ふと、あの日の路上ライブを思い出す。

 

『今日の前にいる人は、君の闘う相手じゃないからね』

『敵を見誤るなよ?』

 

 客席を見る。

 最前列で私を見上げるあの日、ファンになってくれた二人。

 一番後ろには、店長とPAさん。

 

 そして、それで……その箱の真ん中にいる。銀色、私の……。

 

 ねこみちゃんの瞳が、不安そうに……揺れる。

 

「ッッッ!!!」

 

 あの娘がいないと、私は無力だ。でも、だからあの娘に見せたい。

 

 それでなにかが変わる。変わる気がする。それだけで良いから……。

 

 その(ギター)を、弾く。

 

「!!?」

 

 うるさい、心臓。でも……!

 

「っ!」

 

 虹夏ちゃんが、リョウさんが、喜多さんが、音をかき鳴らす。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 おかしい……おかしい、おかしい! おかしいおかしいおかしい!!

 

 ひとりがここで覚醒するのは知ってた。知ってたけど、変だ。

 

「っぁ……!」

 

 私と目があった瞬間、ひとりがギターをかき鳴らし、そこから結束バンドが曲を披露する。

 しっかりと“見たことがある”はずなのに、心臓がおかしい。

 脳もおかしい。

 

「ぁっ、ぁ……!」

 

 『あのバンド』を終えて、『ギターと孤独と蒼い惑星』、ひとりの瞳が、時たま私を捉える。

 

 身体を揺らしてギターを掻き鳴らすひとりと目が合う度に、心臓がバクバク音を鳴らして、脳がチカチカとわからない反応をする。

 

 ひとりの長い前髪から、揺れるたびにチラリと覗くいつもと違う、ギラついた鋭い瞳が、()の脳を焼く。

 

 別に、ひとりのギターを聞くのは初めてじゃないはず。(おれ)は何度も聞いてるし、その時の方が上手いしっ!

 

 なのに、なんか変だ……。

 

 視線を下げてひとりがかきならすギターに視線をやると、その細い腕に、ギターを掻き鳴らす手に視線を奪われる。

 

 

「っ~♥」

 

 

 視界がチカチカと点滅し、下腹部、ヘソの下あたり、体の内側が疼く。妙な感覚。

 

 曲も終盤、喜多ちゃんの声が耳に響き、でも変わらず(あたし)の視線はひとりに釘付けられる。

 

 

「 聞いて! 聴けよ!! 」

 

 

 聞いているし聴いてる。

 

 だが、そちらに気を取られることをそれを許さないとばかりに、ひとりの音が(わたし)に入ってくる。

 

 脚が震える。心が震える。瞳も脳も震える……。

 

 ―――ダメ、壊される。

 

 

「 ぶちまけちゃおうか 星に! 」

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 ライブも終わって、他のバンドの方々も帰って……このあと打ち上げ、らしいです。

 ちょっと楽しみ、疲れたけど……。

 

 そういえば、ねこみちゃん、途中からおかしかった気がする。

 凄い聴いてくれてるのはわかったけど、なんだか様子が……。

 

 終わった後は飛び跳ねて拍手してくれたけど。

 

「あ、ね、ねこみちゃん」

「あっひとり~♪」

 

 よかった、いつも通りのねこみちゃんだ。

 店長さんたちとなにか話してたみたいだけど、さすがだなぁもう仲良くなっちゃうんだ……。

 

 小走りで駆けてくるねこみちゃんが両手を開けば、私も、恥ずかしいけど……“いつも通り”両手を頑張って、少しだけ開く。

 ねこみちゃんとふたりぐらいにしかできないけど、受け止める構えだ。

 

 駆け寄ってくるねこみちゃんだけれど、突然勢いが落ちる。

 

「凄いよかったよ! さっすが! 私のひ、と、り……ぃ……」

 

 突然、固まってしまった。

 

 

「先輩、あの子めっちゃ真っ赤だよ」

「うっさいなお前、黙ってろ」

 

 

 お姉さんたちがなにか話してるのが聞こえるけれど……ねこみちゃん、どうしたんだろ。

 

 あ、また濡れるのを気にしてるのかな……ライブ終わったから、ちょっとぐらい濡れたっていいのに……。

 

 むしろ、ねこみちゃんもだいぶ乾いてそうだけど……。

 

「あ、えと、ね、ねこみ、ちゃん……?」

「い、いやそのっ、わ、私濡れてるからっ」

 

 よし、たまにはっ……!

 

「ねこみちゃん……」

「へ、ひ、ひとりっ……ひゃっ!!?」

 

 いつもねこみちゃんが私にやるように、私はねこみちゃんを抱きしめる。

 

 ひ、ひんやり……というか、柔らかい……良い匂いする……。

 

「ひ、ひと、ひとっ……」

 

 私より身長の高いねこみちゃんだけど、構わずギュッと、勇気を出す。

 

「ね、ねこみちゃん……あ、ありがとう……」

 

「っ~~~♥」

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 あ゛ぁ゛~♥ 耳元で囁くなよぉ゛♥

 

 

 ひとりの拘束から解放されるなり、私は半歩離れた。

 

 くっ、自然な流れでめっちゃ内股になっちまってる!

 

 

「……ねこみちゃん」

「へ、なんですかきくりさん」

 

 突如、酔っ払いが近くにやってきた。

 

「君って……受けっぽいね♪」

 

 

 ギザギザの歯をむき出しにして清々しく笑う廣井きくりに、(オレ)は絶望した。

 

 そんなバカな、認められない。認めない

 

 

「ぼっちちゃん、かわいいけどカッコいいからねぇ~」

「え、なに、そういう関係? うそ……」

「店長、なにショック受けてるんですか……」

 

 

 認めない認めない認めないぞぉっ!

 

 後藤ひとりは総受け! そして(オレ)は元男で攻め! 攻めなんだ!

 

 だから……っ!

 

 

「あ、えっと……ねこみちゃん?」

 

「あ、ううんっ、なんでも……っ♥」

 

 

 (オレ)はひとりの依存先で、攻め(タチ)で、男なんだよぉぉぉぉ!!

 

 

 




あとがき

「ぼっち・ざ・ろっく」初投降です
変なとこあったらお願いします


ということ、原作から変わってないようでガッツリ変わってたぼっちちゃんでした
ちなみに気づいてない主人公ちゃん

ちょっと主人公ちゃんはぼっちちゃんを舐めすぎてましたね
逆にいつか舐められる()

完全に落ちてますがバリタチを公言してますので主人公ちゃんはバリタチなんだと思います

一応、あと一話は投降する方針です
それ以降はわかりませぬ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

♯なんでもねだり




文化祭(前編)






 

 (オレ)、大張ねこみ! どこにでもいる普通の転生者!

 

 

 でもまったく転生者要素を生かせてぬぇっ!

 

 そもそも生かせる要素が、見た目しかねぇ。運動オンチだし非力だし……。

 

 前の世界より能力落ちるってあるの……? チート、私のチート能力はどこ? ここ……?

 

 

 当初の私の“人生設計”がパァじゃねぇか……!

 

 まぁなんかだかんだ、結束バンド初ライブは生で見れたのでオッケーだが、妙な感じはなんだったんだか……。

 別にひとりの家で曲聴いても問題なかったしなぁ。

 むぅ、こんなこと初めてすぎる。女の身体ってこうなんか?

 

 もう十数年付き合ってきてるつもりだけど……。

 

「ふへっ、ごとぅーです……」

 

 私の悩み等知る由もなく、当の本人であるひとりは、隣の席、窓際の最後尾で私の方に顔を向けながら眠ってやがる。

 能天気な面で涎垂らしながら眠ってるけど……うん、まぁかわいいな。やっぱひとりはかわいい。

 

 こうして隣で頬杖をつきながらひとりの顔を見るのもいつものことだが、飽きないもんだなぁ。

 

「ふふっ、へへっ……」

 

 だらしねぇ顔しながら眠りやがって……。

 フッフッフッ、しかしそんな顔してられるのも今の内、私のスパダリパワーで、総受け(当社比)ぼっちちゃんを、メロメロにしてやるゼッ!

 てかなんでこんな距離感近いのに、依存して(オレ)にメロメロになってないんです? おかしない?

 

 くっ、イケメン力は確かにあるはずだ。自分で言うのもなんですが美少女ですよ!? 儚げな!

 

「では、二組の出し物はメイド喫茶に決まりました!」

 

 あ、話聞いてなかったけどそういやそうですよね。原作で見ました。

 

「んはっ!?」

 

 そういやこのタイミングでひとりが起きるのか……『お前が人間国宝!』とか妄想してんじゃないよ。否定はせんけど!

 

 メイド喫茶、ひとりのメイド服……ハッ! これは、メイドひとりに(オレ)をご奉仕させて、しっかり私が攻めであると、ひとりにも“わからせる”チャーンス!

 やったぜ。これは完全なる勝者……敗北を知りたい!

 

「え~ありきたり!」

「鉄板といいなさい! 皆でメイド服着ようよ」

「まぁ……あ、ねこみちゃんとか絶対似合うよね~!」

「確かに! 楽しみ~!」

 

 ……ん?

 

 しまった。当然、私も着るやつじゃんよ!

 

「メイド……あ、ね、ねこみちゃっ」

「そんな不安そうな声出さなくても……大丈夫だよひとり、みんな着るらしいから」

 

 小声で話しかけてくるひとりに小声で答え……顔がっ! 顔が崩れてるっ!

 

 あ、思ったよかすぐ直った。

 

「あ、わ、私は例外として着ないことに……」

「いやぁ、さすがにそれは……」

「だ、だよ、ね……おぇ」

 

 お前は絶対かわいいから自信持て、あとは猫背で俯くのを直せば完璧かわえぇんじゃ!

 

 あと残念ながらお前が考えてるような“裏方”という選択肢もないぞ!

 

「あ、ねこみちゃん……」

「ん、どしたのひと───」

 

「ねこみちゃーん! どんなのがいい!?」

 

 おい、私とひとりの間に挟まるなよ!?

 

「大張さんなら、どんなのでも似合うよね!」

 

 おいおっぱいを見て言うんじゃねぇ!

 

「ねこみのメイド服見たいね~」

「うちの看板娘になるかも~」

 

 くそっ、ごめんなひとり! 私の中の承認欲求モンスターがもっと褒められたいと叫んでるんだ……私はネットのいいねも好きです。でも、現実のいいねの方がも~っと好きです!

 明日からは優先するから、テストも一緒に乗り切るぞぉ! まったく私がいないと赤点待ったなしなんだからぁ~♪

 

「ねこみちゃんのおかげで繁盛間違いなしだろうなぁ~」

 

 まあ今しばらくは、このぬるま湯に浸らせてくれ! 私を! 100数えるぐらいまで!

 

 まぁ気にするな。文化祭当日までは時間は山ほどある!

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 私、後藤ひとりはバイト先までの道を一人で歩いている。

 

 なんだかんだで、文化祭の出し物が決まった日からしばらく経っちゃって……二日目は、結束バンドでステージライブ決まっちゃったし……。

 

 文化祭前の中間テスト。

 いつもねこみちゃんに勉強を手伝ってもらうんだけど、今回は、ねこみちゃんは忙しそうだから連絡しないでおいたけど……喜多ちゃんのおかげで無事に乗り切ることができた。

 

「今日も、ねこみちゃんと話せなかったな……」

 

 バイトがなければねこみちゃんと一緒に帰れたけど……最近はねこみちゃん、特にいっぱいの人に囲まれてたから、どっちにしろ、一緒に帰れなかっただろうなぁ。

 ううん、あの感じだと、しばらくは無理そう。

 

 最近、良く目は合うんだけど……ねこみちゃん人気者だから、近づけない……。

 

 しょうがないよね、ねこみちゃんは昔から人気者だし……。

 私に気を遣って、あまり人が集まってる時は話しかけたり、手を繋いだり抱き着いたりはしないようにしてくれたりってしてくれるから……特に、高校生になってからは、放課後すら一緒できないことも増えてきた。

 

 この前は、久しぶりに一緒に帰ろうって誘われたけど、バイトだからって言った時は“悲しそうな顔”されて、なんか凄い……。

 

「ぼっちちゃん、どうしたの?」

「あっうっ、ね、ねこみちゃんを悲しませるような、私は、ひっ、人目に触れない場所でひっそりと……」

「いや、バイトだから出てきてほしいけど」

 

 いつの間にか『STARRY』に着いていて、いつの間にかゴミ箱に収まって……あ、落ち着く。

 まだ店長さんとPAさんだけかぁ。

 

「ねこみちゃんってあの子か……」

「廣井さんがバリネコちゃんとかあだ名つけようとしてましたねぇ」

「おい余計なこと言うなよ」

 

 ん、なんて……?

 

「ああいや、そういやアイツのライブどうだった?」

「あ、すごかったですお姉さん。カッコ良くて……」

 

 つたない言葉で伝えると、店長さんはどこか嬉しそうに頷いた。

 昨日行った“廣井きくり(お姉さん)”のライブ、本当に凄くって、なのに昔は私みたいな陰キャだったとか、全然信じられなくて……。

 

 信じられないといえば、本当に壁壊して弁償してた……。

 

「ただいまー、おはよーぼっちちゃん!」

「あ、虹夏ちゃんとリョウさん、おはようございます」

 

 今日は喜多さんはお休みだけど、二人と一緒……。

 そうだ、完成した歌詞を預けたんだった。

 

「ぼっち、今日もやどかりになってる」

「かわいいから良いんだよ」

「お姉ちゃん甘やかしすぎないでよ……」

 

 是非甘やかしてください……。

 

「あ、そういえば、か、歌詞……どう、でした?」

「えっ!? あ、あぁあれね!」

 

 なぜだか、虹夏ちゃんの顔が真っ赤になった。

 

「こ、こう……お、想いが伝わってきて良かったんじゃないかな! 凄い好きだよ!」

「ぼっち、あれはまごうこと無きラヴソ───んぐぅ」

 

 虹夏ちゃんがリョウさんの口を押さえてる。

 

 ハッ! もしかしてダメでした!? そうだよね、なんだかスラスラかけちゃったし……。

 

「すみません、書き直しま」

「───ち、違う違うぼっちちゃん! 本当に良かったって! ねぇリョウ!?」

「むぐ、うん。ぼっちの重い想い伝わった」

 

 今回、あまり考えないで歌詞書いちゃったけど……スラスラっと降りてきたやつを。

 

 ふへへっ、『降りてきた』ってちょっとかっこいい……。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 ひとりが、ひとりと全然話せてねぇ……。

 

 目が合って『話しかけてこい!』ってアピールしてんのに全然こねぇ……そりゃそうだ。わかってる。わかってますとも!

 

 最近囲まれっぱなしの(オレ)に、あのひとりが近づいてくるはずもねぇ!

 くっそぉ、アイツなんも思ってねぇんかな……つれぇ。

 

 じゃなくて! ひとりが辛いはず! (オレ)に依存してるからね! してるよね!?

 

 私がいないとダメなんじゃないのひとり!? 結束バンドがいるから大丈夫ってことですかぁ!?

 

「あ、大張さん!」

「喜多ちゃん……?」

 

 学校の廊下を歩いていたら、ふと知った顔に声をかけられた。

 入学以来、たまに目で追うぐらいには気にしてたけど……そりゃそうだ。気にしないはずがない。

 

「そういえば、今日はバイトは?」

「今日はお休みなのよ。文化祭の準備もあるでしょ?」

 

 なんだか流れで並んで歩くことに……まぁやっぱ生喜多ちゃんはかわいいなぁオイ!

 

 私の中の男がナンパしちゃいたくなっちまうよ……!

 

「だね。でも喜多ちゃんはライブの方もあるでしょ?」

「ええ、後藤さんが新曲の歌詞を考えてくれて……あっ」

 

 なんだ、コイツ突然赤くな……ハゥァッ!? れ、例のあの曲かっ、ぼ喜多の曲か!?

 

 ちくしょう、やっぱりぼ喜多なのか、ぼ虹も好きだったがそっちか……これみよがしに赤い顔でチラチラこっち見るんじゃないよォ!

 

 くそぅっ、ひとりが、ひとりがポッと出の女の方に行ってしまう……いやまぁ、私の方がポッと出なんだけど。

 

 まさか原作キャラにこんな感情を向けることになろうとは……ん? “こんな感情”って?

 

「た、楽しみにしててもらえると、嬉しいかなっ」

「うん、楽しみにしてるからっ♪」

 

 ちくしょうこれみよがしにっ……。

 

「それと、最近ね。後藤さん、大張さんとあまり話せてないって話してて……」

 

 はっはぁ~ん! なんだよぉ、ひとりの奴ったら、やっぱり(オレ)に依存してメロメロじゃないかよぉ!

 

 ふぅ、おどかしやがって……誰がナッパだ。

 

「お、大張さん? や、やけにニヤけてどうしたの?」

「え? いや、なんでもないよぉ♪」

「そ、そう……?」

 

 フッフッフッ、しょうがないなぁひとりったらぁ♡

 忙しいかと思って控えてたけど、今度一緒に御飯でも行くかぁ~。

 

「で、でも私が歌うのよね、あの歌詞……」

 

 喜多ちゃんがなんかボソボソ言ってるけど、そうだよ喜多ちゃん……くっ、当初の予定では私がひとりの前で結束バンドのメンバーと仲良くなって脳を破壊してやる予定だったのにぃ……!

 あ、そのあとちゃんと修復するけどね。(オレ)の本命はひとりだし。

 

 とりあえず、思ったよりひとりが(オレ)を大好きで安心したぜ。

 

 ……ライブじゃあぼ喜多を見せつけられるのちょっと憂鬱だな!

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 はい! ということで文化祭当日、一日目となったわけですが……(オレ)は現在、そう―――メイドをやっているわけだ。

 

 なんの因果かメイド、いやまぁクラスの出し物なんで……多少はね?

 おいひとり、逃がさんぞ! お前が逃げることは私にはまるっとお見通しなんだからな!

 

 とりあえず視線を合わせて首を横に振っておくが、ひとりは私の比じゃないくらいに首を横にぶんぶん振る。

 

 かわいいから安心しろ! とりあえず背筋伸ばせ! 教室の前立ってるだけなんだから良いでしょ私よか!

 

「おかえりなさいませ、ご主人様ぁ♪」

 

「おぉ、かわい~」

「レベル高いな……」

 

 おぇ……くっ、私がなぜ……。私はカワイイがこういうことやるタイプじゃないっ!

 

「やっぱかわいい~!」

「さすが大張だなぁ……いつもと違うポニテもまた良い……!」

 

 しかし、女子も男子も私をほめたたえるが良い……!

 

「なんで生足じゃないの?」

「てか露出度低いね。上も長袖だし」

「大張さんが断固拒否してた」

 

 あたりめぇよ! 制服のミニスカートでさえやなのに……こちとら夏でもストッキング常用してんの!

 15年経っても慣れねぇもんは慣れねぇよ……。

 

「おっぱいでけぇ~」

「おい」

 

 乳を見るな乳を……てかひとりのメイド服、やっぱ結構露出あるな。

 

 ふむ、まぁなんだかんだ接客も落ち着いて来たしひとりんとこでも……あ、あれは。

 

「え~! ぼっちちゃんかわいい~!」

「ぼっちもてなせ」

 

 伊地知虹夏さんと山田リョウさんじゃないっすかぁ! 久々ぁ感動ぅ!

 

「あっうっ、え、そのっ、あ、らっしゃっせぇ……!」

「店のタイプが思ってたのと違う!」

 

「ひとり、そこは『おかえりなさいませ、ご主人様』でしょ?」

「あ、ね、ねこみちゃんっ」

「大張さんだ。久しぶり~」

「お久しぶりです。伊地知さんに山田さん」

 

 本当は下の名前で呼びたいけど我慢だっ、初ライブ後の打ち上げも誘われたけど、私の方が変だったから速攻で帰ったから仲良くなれてねぇし!

 

「お~大張さん、すごいかわいい……」

「これはダイヤ。ダイヤそのもの、動画配信して利益だけいただきたい」

 

 ふふふ、そうだろうそうだろう。ステータスがビジュアルガンふり過ぎてどうしようもないんだ。

 せめてそこぐらいは褒められてしかるべき……むしろ褒めてもらわないとアイデンティティがヤバい……褒めて(懇願)。

 

 む、ひとりめ、気絶しかけてる場合じゃないぞ!

 

「ほらひとり、ご案内」

「あ、う、え、あっ、うん……」

 

 そう言うと、ひとりが虹夏ちゃんとリョウさんを案内しようと……ん、なんかリョウさんに見られてる。

 

「どうしました山田さん?」

「……ビジュアル担当で結束バンドに」

「はいいくよ~!」

 

 リョウさんが虹夏ちゃんに引っ張られてった……なんか感動。私は今、ぼざろの世界にいる。

 

 でも、こうやって三人が一緒にいるの見ると、やっぱひとりもこうやって成長してくんだなって……。

 

 っと、いかんいかんなにを感傷的に……私はこのあと、休憩時間にでもひとりにご奉仕させてやるって決めてるんだ。

 (オレ)の攻め攻めなスパダリパワーで依存させて堕としてメロメロにしてやらぁな!

 

 ご奉仕させるは“(攻め)”の特権でしょうよ!

 

 

 なんて思ってたら、目の前に大きな影が二つ。

 

「お嬢ちゃんー暇してるなら遊ばない?」

「前にいるぐらいならさぁ」

 

 しまった! こいつらは世紀末的風貌の輩たち!?

 

「ねぇ、いいっしょ?」

 

 本編なら気絶したひとりが迎撃したはずっ……このかわいいだけの非力な私にどうしろと!?

 てか容姿良いのに非力にしたら結構人生ハードじゃないっすか神様!?

 

「あ、えとっ、その……っ」

 

 ちくせう身長高いなこいつらっ、私も170㎝と高い方なんですけど、やっぱ世紀末はすげぇ!

 

「ねぇ―――」

「ぴっ!」

 

 少しばかりこっちに手が伸びようとして、ついビビった。

 

 やばっ、脚がもつれてっ───。

 

「ねこみちゃんっ……!」

「へっ!?」

 

 ガシッ、と左から腰に腕が回されて、空を切った右手を左から伸びた左手に掴まれる。

 

「ひ、ひとり……っ」

 

 倒れかけた私の左側から私を支えるひとり。

 右手を私の腰に回して、左手で私の右腕を掴んで、しっかりと支えつつ、真横にあるその顔は少し必死で……。

 すぐ近くのひとりの顔が私の顔を見ている。

 

 

 バクバクと、心臓が音を鳴らす。

 

「あ、ねこみちゃん……?」

「ひゃっ……」

 

 眼、凄い切れ長で、や、やばっ、なにその顔っ……。

 

 やばっ、なにこれっ……顔、あっつぅ……。

 

「怪我、してない……?」

「い、いやっ、ぜ、全然、なぃ、で、す……ぅ♡」

 

 なんかわからないけど、眼があったままだとヤバい気がして、そんで顔が見られるのが嫌で、空いた左手で、(おれ)は顔を隠す。

 たぶんひとりは、不思議そうに首をかしげてるんだろう……“あの顔”で。

 

 耳の傍でひとりが……。

 

「ねこみちゃん、やっぱなにか……?」

「にゃっ、な、なんでもなぃ、からっ……♡」

 

 ひとりの声が、(わたし)の中で、響くっ……おへその下の辺りが変な感じにぃっ……♡。

 

「ねこみ、ちゃん……?」

 

 あ゛っ、だからぁ、耳元で喋るなってぇ゛♡

 

 

「な、俺らを前にしてこんな……てぇてぇ……!」

「す、すみませんでした~!」

 

 

 なんか、聞こえるけどっ、そんなのどうでもいいぐらい、なんか変でっ……♡

 

 

 ひとりの左手が私の右腕から離れるなり、顔を隠してた左手を掴んで降ろす。

 

 

 お前っ、私相手だからって強めにっ……力かなわなっ、やだっ、その顔で、見るなぁっ♡

 

 

「ねこみ、ちゃん……だい、じょうぶ?」

「だからみみもとぉ───ひぁ゛っ♡」

 

 

 ひとりっ、おぼえてろよっ!

 

 絶対“わからせ”てやるからな、お前えぇぇぇぇっ!! ……あ゛ッ♡

 

 

 




あとがき


虹夏「めっちゃイチャついてる……」

リョウ「お金になりそう……」


とかなってそう……

ということで当初の予定通りの二個目、と言いたいとこですが

思ったよりも好評で反応いただいて、テンション上がってついつい前後編になりました

短編集みたいなものなのでバシバシ間は飛ばしつつ、といった感じでやらせてもらって……
とりあえず自称バリタチの主人公ちゃんは今回もこんな感じでした

では、後半をお楽しみにしていていただければと思います

あと感想もらえると喜びます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

♯ないものねだり


文化祭(中編)



 

 (オレ)、大張ねこみ! 今は文化祭中でメイド喫茶をやってるの!

 

 カワイイ私はついついナンパにあっちゃって大変!

 

 まぁ私の瞬獄殺をもってすれば、なんてことはないんだけどね!

 

 

「ねこみ、大丈夫だった?」

「おいおい、瞬殺だよ」

「あ、そ、そう……」

 

 

 とりあえずそう言っておく。そうだ、もしかしたら私、さっきの輩たち倒してたかもしれん。

 

 なんかクラスメイトの子がちょっと引いてるようにも見えるけど気のせい。気のせいだね。

 

 私はビジュアル強者の人気者として通ってるんだから、変な人ではない。そうだね。

 

 

「あ、大張さん~」

「喜多ちゃ、ハッ……!」

 

 まさかの喜多ちゃんと虹夏ちゃんがメイド服、そうだった! そういえばそういう流れだったね!

 

「どう、似合う?」

「虹夏さん凄いカワイイですよ~!」

 

 しまった伊地知さんって呼ぶべきだった!

 

「やっぱ……ねこみちゃん、には負けるけどねぇ」

 

 セーフ! さすが虹夏ちゃんさん! 下の名前呼びしたらそれで返してくれるたぁ頭が下がる!

 喜多ちゃんと虹夏ちゃん、やっぱ正統派美少女だなぁ……それに比べてひとりぃ! なんださっきのは、全然なんかこう……んぅ、違ったぞ!?

 

「ね、ねこみちゃん……?」

 

 ッ! め、眼をあわすなっ!

 

 眼を逸らした先には山田ことリョウさん。

 

「ねこみ、百合営業しよう。そして配信で稼ごう」

「そうきたかぁ」

 

 山田リョウ、ちょっと距離感バグってますね。ていうか執事服、つまり“アニメ仕様”ってことか!

 

「まぁしないですけど」

「なっ……き、機材買い放題だよ?」

「私になんのメリットが……?」

 

 さすがベーシスト、絶対付き合ってはいけない男の職業ベスト3に食い込むだけある……でも、ホント顔はいいなぁ。

 私もそういうカッコいい系に生まれたかった。身長はもちろん私のがあるけど。

 

「こらリョウっ、またお金のことばっか……ねこみちゃんに迷惑かけないのっ!」

「うっ、結束バンドの利益にもなるのに」

 

 だいぶ原作通りですわねこれ、そりゃそうだけど……。

 

「それじゃ大張さん休憩行って大丈夫だよ。前半かなり頑張ってくれたし……あ、それと好評だったよ! 美味しくなるおまじない!」

 

 やめろォ! 私の黒歴史じゃあんなの! 月光蝶で消してリライトして!

 なにがふわふわでなにがオムライスさんじゃっ! 私の炒飯の方が美味いんじゃい! 今度クソ男飯食わせたらぁ!

 てか立って接客せい山田ァ!

 

「後藤さんも休憩いってきていいよ~」

「えっあ、はい」

 

 私と一緒に休憩だから『用無し』とかじゃないんで落ち込まなくて大丈夫だよひとり……ってことで、とりあえず微笑んでみれば、ひとりもぎこちなく笑った。

 

 よし、これでいつも通りだな!

 

「それと、さっきは大張さん助けてくれてありがとうね!」

「あ……あ、はいっ」

 

 余計なこと言うんじゃないよ思い出しちゃうでしょうがっ!

 ……まぁ、ひとりがちょっと嬉しそうなんで良いけどさぁ、ふふっ……なんだ今の笑い方。

 

「あ、席一つ借りるねぇ」

「ん、端の方なら目立たないからいいよ」

「ありがとー」

 

 とりあえずと、私はひとりの手を引いて端の方の席に移動し、二人掛けのそこに座る。

 

「ひとり、大丈夫?」

「あ、うん」

 

 疲れてるなぁ……まぁ私も借りがないわけじゃあない。

 しょうがない、ひとりからのご奉仕は明日にとっておくとして……とりあえず、御飯でも食べるとしようか。

 

 私はひとりを座らせるなり、辺りを見回して頷く。

 

「今なら厨房、余裕ありそうだし待っててね」

「うっえっ、ど、どこいくの?」

 

 戸惑うひとり……まったく(オレ)がいないとダメなんだからぁ~♪

 これならもはや堕ちるまで秒読みだな! 依存させてメロメロにしてやんよ!

 

「御飯作るの、私の得意なやつ♪」

「あっ……うんっ!」

 

 ふふふっ、嬉しそうな顔しやがって、キュンとするじゃん……キュンとするってなんだ!?

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 ねこみちゃんが厨房の方に行ってから十分ぐらいが経った。

 

 私、後藤ひとりはねこみちゃんを待ちながら、飲み物をストローで啜る。

 喜多さんたちがクラスを手伝ってくれたおかげで、私はともかくねこみちゃんも休憩を取れてよかった。

 ねこみちゃん、声かけられてたとき、ちょっと怖がってたから。

 

 その後もちょっと変だったし……。

 

「ひ・と・りぃ♪ お待たせ~」

 

 戻ってきたねこみちゃんが、まぶしい笑顔でテーブルの上に大皿とスプーンを二つ置く。

 見慣れたソレ、ねこみちゃんの得意料理で、私の好物の一つ。

 

 メイド喫茶、憂鬱だったけど……いや、憂鬱だけど……。

 

「ほい、私特製の炒飯、またの名をクソ男飯だよ♪」

 

 ね、ネーミング……ねこみちゃんってそういうとこあるよね。

 

「っと……食べよ食べよ。私が戻ったら虹夏さんたちと変わるからさ、遊び行ってきなね」

「え……」

 

 ねこみちゃん、一緒にこないんだ……。

 

「ん、まぁ私は文化祭ではしゃぐタイプでもないしなぁ。はしゃいでるのを見てるのは好きだけど」

 

 私以外の誰にも聞こえないような声で……たぶん、みんなには見せないような少し意地の悪い笑みを浮かべて言うねこみちゃん。

 スプーンを取ると、炒飯を一口自分で食べて、満足そうに笑った。

 私も食べようとスプーンを取ろうとすれば、ねこみちゃんが更にスプーンで一口掬う。

 

「ほら、ひとりも食べてみな、味濃いめの美味いやつ」

「あっ、え、あ……」

 

 目の前に差し出されるスプーン。

 

 ねこみちゃん、気にしないのかな……わ、私はこういうの慣れてないから、凄い、緊張……う゛っ、青春コンプレックスが……か、顔が崩れそっ。

 

「ん?」

 

 ね、ねこみちゃんがっ……た、耐えなきゃっ……! ねこみちゃんが相手、なら、むむっ、た、耐えれる……はず。

 

「い、いただき、ます」

「どーぞ♪」

 

 なんとか、ねこみちゃんのスプーンで運ばれてきた炒飯を一口。

 

「んっ……!」

 

 ―――口に入れた瞬間、安心感に私という存在が輪郭を取り戻していくのが感覚的に理解できる。

 少しだけ息を吐きつつ、スプーンを口から離せば、視線の先にはスプーンを持っていない方の左手で頬杖をつくねこみちゃん。

 小首を傾げれば、ねこみちゃんの白銀の髪が揺れる。

 いつもと違う、ポニーテールが……。

 

「……いつもの味」

「そっか、そりゃなによりかな♪」

「うん、すごく、安心する……」

 

 そう言うと、ねこみちゃんは頬杖をついたまま、少しだけ眼を見開いた後に、クスって笑う。

 

 凄い、絵になると思う。やっぱりねこみちゃんはかわいい。

 

「フフフッ……でしょ♪」

 

 あ、でも……なんだか、いつもより、胸がポカポカする。

 

「いつもと、違う感じも、する……おいしいっていうか、なんていうか……」

「え、そう?」

「うん……えっと、その、なにか……特別なこと、したの?」

 

 純粋な疑問が口から出た。

 口下手で口数も少ない私だけど、ねこみちゃんは、私のことわかってくれてるから……誤解とかはない、はず。

 私の言葉に、ねこみちゃんは少しばかり考える様子を見せる。

 

 あ、変なこと言っちゃった……?

 

「ご主人様のために、おいしくなる呪文をかけましたぁ♡ ……へへっ、なんちゃって♪」

 

 メイド喫茶、憂鬱だけど、憂鬱だったけど……悪くない、な。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 なんか流れでひとりに炒飯作って……。

 せっかくだしと、さっきの“仕返し”に焦らせるか、ちょっと崩壊させてやろうかと思って『あーん』までしたのに……普通に食べられた……。

 もしや、(オレ)相手じゃもうなんも感じない!?

 

 うぼぁ! 距離感が近すぎた故の弊害かぁッ!?

 

 いやいやいや、こんな美少女からの『あーん』だよ。青春コンプレックス刺激されるはずだルォ!?

 

 え、思ってるより私ってかわいくない? それともひとりの奴、私に慣れきった!?

 マンネリってやつですか!?

 

「……ん~」

 

 (オレ)は頬杖をつきながら、ひとりがもしゃもしゃ炒飯を食べるのを見つめる。

 

「えぅ……ど、どうしたの?」

「あ、ん、なんでも……」

 

 強化し過ぎたってやつ? ハマーン様の言葉が沁みるぜ……。

 

 ……にしても、明日のライブなぁ。原作通りならひとりのギターが壊れるって感じだけど……まぁ、余計なこと言うもんでもないか、それで上手くいったわけだし。

 あとはその後のダイブだけど、それもまぁ問題はない……。

 

 でもひとり、怪我するんだよなぁ……い、いやいや、あの程度の怪我、ひとりならなんでも……。

 

「あっうっ、えっと、ねこみ、ちゃん?」

「……ん?」

「な、なんだか難しい顔、してたから……」

 

 顔に出てた。てか顔になにが出たんだよ。(オレ)の明日の予定のせいか……? またメイドやるんだよなぁ。

 

「大丈夫、なんでもないって……ほら、もう一口、あーん」

 

 余計なこと言って原作改変するわけにもいかないし、誤魔化すために私は炒飯を一口掬ってひとりの前に突き出す。

 

 どうだ今度こそ顔が崩れるだろっ! 地味に私も恥ずいんだぞこれ! 即刻崩壊せよ!

 

「……むっ」

 

 普通に喰ったぁぁぁぁ!!?

 

「ふっ、へへっ……」

 

 なんだその笑いは!?

 

「ね、ねこみちゃん……立派なメイドさん、だねっ、へへっ」

「っ!!!?」

 

 し、しまったぁぁぁっ!! ひとりにメイドご奉仕ムーブさせるつもりが私がやってるぅぅっ!!?

 

 どどどど、どうしてこうなった!? どうしてこうなった!? くっそぉ、ひとりめ! またしても私の完全ガチ攻め(バリタチ)ムーブを阻みやがったぁ!

 

 ご飯食べてる姿かわいいね! 原作通りの総受け(当社比)になれオラッ!

 

 こうなったら(オレ)も本気を出すしか……!

 

「あっうへ、うへへっ、で、でもねこみちゃんみたいな……か、かわいい、メイドさんいたら、い、色々大変、かもっ、へへっ」

「え……」

 

 か、かわいいかぁ? い、いや私が可愛いのは知ってっけどさ、い、今更ひとりに言われても……えへへっ♡

 

 って……大変!? 大変ってなにが!? 襲われる!? ひとりに!? 犯られる前に犯ったらぁよ!?

 

「わ、私なんにもしなくてもよくなっちゃいそうでっ、い、いやそれはそれで良いんだけどっ、へへっ」

 

 あ、そっちね!? び、びっくりしたぁ……。

 

「ね、ねこみちゃん、顔、赤い、けど……」

「へっ!? あ、ああいやなんでもねぇけどぉ!?」

 

 くそぉ、本来なら私が言いたいような台詞いいくさりやがってぇ!

 

 ……明日こそは、明日こそはお前に、私が(タチ)だって“わからせて”やるからなひとりぃ!

 

 

 




あとがき


まさかの中編……なんかノって書いてたら長くなりそうで区切りました

おかしい、短編のはずだったのに連載みたいになってる
まぁ、次で終わるんで、まぁセーフ……

ねこみは相変わらず自分をタチだと思い込んでおります(ヒロインムーブをしながら)
そしてぼっちちゃんはねこみの知らぬ間にヒーロームーブが板につきはじめているという……

今後ですが、想像してたよりずっと感想とかお気に入りとかいただいたので、そのあとも書いてきたいなとか思っとります
短話とかifストーリーとかポツポツと

とりあえず、原作でいうとこの2巻でアニメでいうとこの最終回

次回の後編、お楽しみいただければです


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

♯しるえっと

★文化祭(後編)


 

 っ、はぁ~っ! し、心臓が痛いっ!

 

 なんで、なんで……なんでこの“大張ねこみ(オレ)”がこんな緊張しなきゃいけねぇんだ! 知ってんだよなぁ結果は、結果は!

 

 ぬぅ、屈辱的(瀟洒で完璧)なメイド業務をこなしている間にひとりは準備ってことで抜けちゃうし……結局、メイドひとりにご奉仕ムーブさせらんなかったし……なんで? きららヒロインなんだからあざといメイドムーブしてくれるんじゃないの?

 

 ……いや、ひとりはそういう枠に収まる女じゃないよなぁ。

 

 

「えっと確かバリネ……バリ、ねこみちゃん?」

「あ、大張です。大張ねこみ」

 

 至って冷静に、私は最前列でかち合った『伊地知星歌』さんにそう答える。

 まぁ、最前列に行けばいるのはわかってたけど、ていうかもう一人いなかったっけ? なんて思ってたら、背後からアルコール。

 

「お~ネコちゃぁん~」

「大張ねこみです。ねこみで良いです」

 

 タチなのにネコとはこれいかにって感じだな……フッ。

 てか、生の星歌さんもきくりさんもかわいいなぁオイ!

 

「んふ~それじゃねこみちゃんでぇ~……おっぱい大きいね」

「学祭でセクハラはヤバいですよ」

「冗談じゃぁん、ねぇ先輩~」

「うぜぇ……」

 

 酒くさっ! 酒くさぁッ! なんとかしてくださいよ星歌さぁん!

 

『続いては結束バンドのみなさんです!』

 

「お、きた……」

 

 アナウンスと共に、上げられる幕、現れるのは―――ご存知、結束バンド。

 

「きゃー! きたちゃーん!」

「やまださんカッコいいー!」

「にじかちゃん、かわいー!」

 

 昨日のメイド喫茶効果出てんなぁ……ひとりも応援しろひとりも! と言いたいとこだが、そうだね。ないね。

 まぁ、昨日理解したがここは―――アニメ時空だ。

 

「おねえちゃーん!」

「ひとりー!」

 

 後藤家……しょっちゅう会ってるし、あとで挨拶すれば良いか……。

 

「ひとりちゃーん!」

「きたよー!」

 

 ひとりのファン1号さんと2号さん……どうやって知ったん? まぁ良いけど。

 

 ひとりも嬉しそうな顔しちゃってまぁ……この後の展開、識ってるけどね(オレ)

 

「あはは~ぼっちちゃーん! みてみてー今日は特別にカップ酒~!」

 

 そう、きくりお姉さんである。

 周囲ドン引きである……オイ、私と肩を組むな。学年じゃ確固たる地位を築いてる私のイメージを崩す気か!?

 やめれっ! まじでっ、私の知り合いだと思われるからっ! 『スタイル抜群長身美少女』たる(オレ)の地位が危なくなるからぁッ!

 

 おいぼっちなんとか、って目ぇ逸らすとこだろなんでビックリした顔でこっち見てんだオイ!?

 

「ぼっちちゃん! きくりお姉さんだよ~!」

「店長さん!」

「お前はいいかげんにしとけ……!」

 

 流石っす星歌さん、これが本当の瞬獄殺……きくりさん、成仏しろよ。

 

 喜多ちゃんが代表として話を始める。

 極められてるきくりさんと極めてる星歌さんと他人のふりをしつつ、私はひとりと視線を合わせた。なんだか妙な視線に感じるが……緊張してるんだろう。

 

 しょうがねぇ……。

 

「ひとり……!」

 

 声が聞こえないだろうから、私は唇をハッキリと動かす。

 

「……!」

 

 コクリ、と頷くひとりを見て、少し安心。

 喜多ちゃんが結束バンドについての話をして、すぐに始める。

 

 一曲目……ひとりなりの、青春を綴った歌詞。

 

「ん~……♪」

 

 中途半端に温められていた会場のボルテージを一気に引き上げる演奏。

 軽音部などと比べれば圧倒的……まぁひとりが本調子を出せればさらに、とも思うんだけどなぁ……こればっかりはそういうもんだと思うしかないだろう。

 横目できくりさんの方を向けば、浮かない表情をしている辺り、やはり音楽に関しては信用できる。さすがだ……。

 

 (オレ)も音楽、なにかしらやっとけばよかったかなぁ……。

 

 かなりの盛り上がりを見せたまま、一曲目を終える。

 

「わりと頑張ってんな」

「ですねぇ……でも、ぼっちちゃん」

「あ?」

 

 このあと、なぁ……。

 

 心臓辺りがチクリと痛む感覚。やだなぁ……いや、結果的には良いんだけどさぁ。

 MCが始まり、喜多ちゃん、そして虹夏ちゃん、じゃなくて虹夏さんが結束バンドについてさらに紹介、それから……。

 

 

「では、続いて二曲目なんですが……」

 

 

 アレか……あ~ひとりぃ、喜多ちゃんに本人宛みたいな曲歌わせるなんてとんでもないことするよなぁ……。

 

 ぼ喜多は最大手だからなぁ、他のカップリングも好きだけど、この世界線じゃ(オレ)がひとりを“依存系恋する乙女”にする予定だったんだが……時すでに遅しかぁ。涙が出ますよ。

 

 い、いやいや、まだ諦めるな。ままままだ、あわわわ、慌てるような時間じゃない……!

 

 

「んぁ……?」

 

 

 てか喜多ちゃん目ぇあったけど、なんで赤い顔してんの? てか虹夏ちゃん、さんも赤いじゃん。

 

 私の方見てる? んだぁ!? ひとりと散々一緒にいるのに、喜多ちゃん歌詞かかれた(オレ)になにか物申そうと!? そういうわけですか!?

 

 そうです。哀れな男です……。

 

 

「そういうことかぁ……へぇ、ぼっちちゃんやるなぁ」

「なんっすか……」

 

 

 きくりお姉さんがこっちを見て、ギザ歯を覗かせながら笑う。

 

 ……脳を破壊された者を笑うんじゃあないよ!?

 

 

「にしても……ずっとチューニング安定しないなぁ」

 

 

 そうだね。そうなんですよ……。

 

 

「聞いてください『星座になれたら』……!」

 

 

 いい曲だよなぁ。(オレ)もかなり好き。新曲知ってるって気持ち悪いな……。

 

 しかしまぁ、今は私の脳を破壊する兵器なわけだが……。

 

 

『いいな 君は みんなから愛されて 「いいや 僕は ずっと一人きりさ」』

 

 

 あれ、なんか引っかかる……いや、それより。

 

 

 ひとりのギター、一弦が切れる。

 

「……一弦がっ」

 

 わざとらしくないように呟きつつ、横目で確認すれば、星歌さんときくりさんが表情を硬くしていた。

 膝を突いたひとりがチューニングを合わせようとするが、ペグも故障。私だってこの後の展開はわかっているから心の中は冷静だ……。

 

 冷静のはずだ。冷静でなくてはおかしい。

 

 

「……ッ!」

 

「あっ、ひ、とり……っ」

 

 

 焦るような、絶望するようなひとりを見て、喉が渇く、胸の奥が苦しくなる。

 たぶん私の胸にドデカイクッションがなければバクバク音が鳴っていたと思うぐらい、動悸が激しくなっていく。

 なんでかはわからない。全部知ってる。知ってたはずだ……。

 

 でも、ひとりのそんな顔を見るのが凄く……。

 

 

「ッ!!」

 

 

 瞬間、喜多ちゃんがひとりをカバーするようにギターを弾く。

 

 

 やっぱ喜多ちゃん、できる娘だよなぁ。ひとりのこと、しっかり支えられてさぁ……。

 

 

 今度は、胸がモヤモヤしてくる。今までなかった感覚、ずっとひとりといたのに、今までは一度も……。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 後藤さんの機材トラブル、でもきっと大丈夫、後藤さんは大丈夫!

 

 そう信じて、喜多郁代(わたし)はギターを弾く。

 リョウ先輩も伊地知先輩も、支えてくれる。

 

 だから後藤さん、みんなに見せてよ。本当は……後藤さんが凄くかっこいいんだってところ!

 

 

「ッ!」

 

 

 それに、後藤さんも見せたいでしょ……?

 

 今、不安そうにしてるあの娘に、カッコいいところを!

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 ひとりが、きくりさんの飲んでいたワンカップを拾う。

 

 ソイツで弦を押さえながら、ひとりはチューニングの合わないギターを弾く。

 

 そんな様子に、識っていたにも関わらず、(オレ)は口を開いてしまった。

 

 

「ボトルネック奏法……っ」

「おっ、知ってるねぇねこちゃん~。あれならチューニングずれてても関係ないもんね」

 

 いや、“ぼざろ”でしか知らないんだけどね私……。

 

「この土壇場でとか、普通やるか? すげーな……」

「私がお酒飲んでたら、たまにはいいことあるでしょ~?」

 

 

 ―――あっ。

 

 

 ヤバい……ひとりの、あの目……。

 

 ギターから、目を離さないはずのひとりがっ……なんで、こういうときに限って、眼、合うんだよっ。

 

 

「ん、ぼっちちゃんの眼が……あ、なるほどねぇ♪」

 

 

 視界がチカチカと点滅して、脳がおかしくなるみたいな感覚。

 初ライブの時を思い出すような“異常”事態。

 

 お腹の、おへその下、でもっと内側が、おかしな疼き方をする……脳が甘い痺れを感じて、その甘い感覚は下腹部から全身を伝う。

 

 

「はぁ……ぁ♡」

 

 あッ、またっ……お腹の下、内側っ、きゅぅって……あ゛ぁ゛っ♡

 

「……ははぁん♪」

「なっ、に、見て、んっ……ですかぁっ……ふーっ♡」

 

 きくりさんが私を見て口角を上げた。全て“理解している”と言う風に……。

 

「なんでもぉ、良い音だなぁと思って……身体の内側に響くような、さ~♪」

 

 そう言いながら、ひとりに視線を戻すきくりさん。私はそれどころじゃあない。

 

 

 ―――音が、響くっ……。

 

 

 ひとりの音に、内側から征服されるかのような錯覚をおぼえ、ひとりと眼が合う度に、音が響く度に、チカチカと視界が点滅し、その度に(わたし)の下腹部に“憶えのある”甘い感覚。

 経験したことのない感覚、だけど似たような“快感”は知っている。

 

 

 ―――え、いや、違うっ、そんなん、じゃあっ、なぃ……♡

 

 

「 遥か彼方 僕らは出会ってしまった 」

 

 

 ひとりがワンカップを置いて、早弾きが収まり、私の中の“ソレ”も収まりはじめるも、ジワァッと内側から滲むような感覚は収まらない。

 瞳に涙が浮かび、視界が曇っているけれど、構わずひとりを見つめる。

 ひとりはいつも通り俯き、ギターに視線をやりながら弾く。

 

「はぁっ、ふぅっ……んっ」

 

 

「 カルマだから 何度も出会ってしまうよ 雲の隙間で 」

 

 

 なっ、なんで、また……目ぇ、合わせてくんだよぉっ。

 

 

「 君と集まって星座になれたら 」

 

 

 ひとりの唇が、動いてる……?

 

 喜多ちゃんが歌うひとりの(うた)を、なぞるように……(わたし)を見ながら、ひとりは声も出さずに、私だけに“弾き語”っている。

 まさかの“あのひとり”が、だ。喜多ちゃんのことを、連想させるはずの歌……。

 

 そのはず……なのに、ひとりの視線が(わたし)を掴んで離さない。

 

 

「 夜広げて 描こう絵空事 」

 

 

 お、落ち着けっ、落ち着けっ! おかしいおかしい! 私は違うだろっ!

 

「 暗闇を 照らすような 満月じゃなくても 」

 

 いつも通り、いつも通りに戻れっ……(オレ)は男だっ、こんなんおかしいっ。

 

「 だから集まって星座になりたい 色とりどりの光 放つような 」

 

 (オレ)はひとりにとってカッコいい幼馴染っ!

 ひとりに“支えに(依存)”してもらえるような、立派な男にっ……ひぅっ♡

 

「 繋いだ線 解かないよ 」

 

 ひとりっ……ずっと視線んっ、なんでこっちにぃ……うぁ♡

 

「 君がどんなに 眩しくても 」

 

 

 唇だけで歌いきって、ひとりは(わたし)に笑みを浮かべる。

 切れ長の眼で……眩しい笑顔ではないけれど、確かに“初ライブのあの日”に浮かべたのと同じような、笑み。

 ひとりが浮かべた汗をそのままに、私を見ている。

 

 喜多ちゃんとリョウさんが虹夏ちゃんの方を向く。

 

 

「ひ、とり……っ♡」

 

 ―――やだっ……目、逸らさないでっ。

 

 

 届かない(わたし)の声に応えるように、ひとりは私を見たまま、ギターを弾ききる。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 や……やれたっ、やりきった……。

 

 お姉さんや、喜多さんや、虹夏ちゃんやリョウさんのおかげで……。

 

「はぁっ、はぁっ……」

 

 それに、ねこみちゃんがいてくれたから……ねこみちゃんがいてくれるから……っ。

 こんなに慣れない環境でも、大勢の中でも、ねこみちゃんがいれば、なんとでもなる。

 ねこみちゃんがいれば……そしたら、いつもできることができて、いつもできないこともできるんだっ……。

 

 虹夏ちゃんが感謝の言葉を伝えれば、体育館に声援が巻き上がる。その中には……。

 

「ご……なんとかさんも良かったぞー!」

「弦切れたのに頑張ったねー!」

 

 わ、私……? 私、褒められてる……?

 

「あ……」

 

 戸惑いながら、ねこみちゃんの方を向こうとしたけど、それより先に喜多さんが私に近づいてくることに気づく。

 

 えっ、どど、どうしてっ……な、なんでマイクっ、うっえっ、え゛ぇ゛!?

 

 

「ほら後藤さん、一言くらいなにか言わなきゃ!」

 

 

 えっあっ、コミュ症は事前に台本作っとかないと喋れないのに予想外のふりされたら……。

 

 なっ、なにか面白いこと、面白いこと……!

 

 あ、お酒のカップ……あっ、ダイブ!!

 

 

「よし……!」

 

 私はギターを降ろして、両手を広げて踏み出す。

 

「ひとりステイ!」

「あっえっ?」

 

 突然、目の前に上がってくるねこみちゃん。

 

 

 確かに―――なにやろうとしてるんだろう私っ!!

 

 あっ、ありがとうねこみちゃん……ね、ねこみちゃんがいなかったら私、また黒歴史を……。

 

 あ、ねこみちゃん、足元にカップ酒が……あっ!

 

 

「へっ?」

「ねこみちゃっ……!」

 

 

 落ちてたカップ酒を踏んで、ねこみちゃんが体勢を崩す。

 

 宙を舞うカップ酒、私の方へと倒れてくるねこみちゃん。

 私は支えなきゃと、体勢を崩すねこみちゃんの手を掴んで、思い切り引く。

 

 

「ひゃっ」

「ぬっ!」

 

 

 自分でも可愛くないなと思う声を出しながら、引き寄せたねこみちゃんをしっかりと胸に抱く……。

 ねこみちゃんの背中に左手を、右手はねこみちゃんの後頭部を支えるようにしている

 

 ―――な、なんてことしてっ、わわ、私っ!!? みみみ、みんなの人気者っ、ね、ねこみちゃんを!?

 

 

「ひ、ひとりぃ……」

 

 

 前のめりになっているねこみちゃんは私より頭の位置が低くなっていて……びっくりしたからか、少し涙目で私を見上げる。

 なんだか、変な感じがした。背中がムズムズするような。

 そんな、私の“何か”を刺激するねこみちゃんを間近で見てると……。

 

 

 ―――あ、ねこみちゃん、まつ毛なが、肌綺麗、眼も、髪も……。

 

「ひとりちゃんカップが!」

 

 ―――え?

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 結局、ひとりのダイブを阻止してしまった。

 あれが必要だったのかはわからないけど、あれが不必要かもわからないから、させるつもりだったんだけど、今の(オレ)は衝動的に、ひとりが“怪我をする”のが、どうしても見過ごせなくて……。

 だから、身体の気怠さとかを跳ね飛ばして、檀上に無理矢理上がって止めた、んだけど……。

 

 

 ―――自分が運動神経悪いの忘れてた……いや、カップ酒が落ちてるのは違うと思うけどな!

 

 

 ともあれ、結局こけて、逆にひとりに助けられた。

 

 

 ―――私の腕を掴んで引いて……その胸に……あぅっ♡ ひとりの手、力強くてっ♡ 私を見下ろすひとりが、その、すごい、かっ……。

 

 ……ハッ!!? か、かわいかった! かわいかったからだ。うん!

 

 

 だからつい、ちょっと“妙な場所”が疼いても、それは普通で……っ。

 

 

「ひとりちゃん、カップが!」

 

 ―――え?

 

「うぐぅっ……!」

 

 私が飛ばしたカップが、ひとりの後頭部にぶつかるのが見えた。

 そしてそれと共に、ひとりの顔が近づいてきて……。

 

 ―――顔近っ、あ、ひとりってまつげ長っ、目も綺麗で、それで……。

 

 

「んっ!!?」

「んむぅ……♡」

 

 

 私の視界がひとりで一杯になって、それと一緒に、唇に柔らかな感覚。

 

 

 会場全体の黄色い歓声が、どこか遠くに聞こえてくる。

 きくりさんがゲラゲラ笑い、山田が『お前がロックスターだ!』とかなんとか言っていて、虹夏ちゃんが驚嘆の声を上げて、喜多ちゃんは興奮したようにはしゃいでた。

 私とひとりは、驚愕に少し固まるも、先に顔を離したのはひとりで、眼がぐるぐるしているあたりヤバいのは理解する。

 

 私もヤバい、顔が熱い、ううん……全身が熱い。

 どうするのこれ、こんな大勢の前で……人生二周目で黒歴史つくるなんてある?

 

 

 ……いや、黒歴史じゃ、ない、けど……っ。

 

 

 ひとりの顔が離れる。唇に触れていた感触が遠ざかるのに、心のどこかでなにか引っかかりをおぼえる。

 

 

「へ、へへっ……」

「な、に笑ってんのっ……♡」

 

 

 私の声が、私の声じゃないみたいに甘い。

 

 ……いや、おかしいでしょ!? 絶対おかしいってぇ!!

 

 

「あっう……ご、ごめんなさいっ、でも……」

「で、でも……?」

 

 

 後頭部に添えられていた手が、そのまま私を撫でる……。

 

 

 ―――やめろ、ばかっ♡ 撫でるなぁっ♡

 

 

「ねこみちゃん……かわ、いい、なって……」

「ひゃぅっ♡」

 

 ボソッと呟くように言われた言葉に、私の全身がさらに熱を上げる。まるで高熱にうなされるが如く、私の内側から熱い感覚が呼び起されて、私の下腹部、中がキューって変な感覚に陥っていく。

 言葉を発しようにも、なにも出てこない。

 たぶん、ひとりも錯乱してて状況を上手く理解できてない……暴走してる。だからこんなこと言うんだ。

 

 

「やっぱネコだったねぇ♪」

 

 ―――っ!!!?

 

「ふっ、ふざけっ、わ、わた、お、(オレ)はっ……」

「ねこみちゃん、かわいぃ……」

「にゃぁっ……~~~ッッッ♡」

 

 

 ふ、ふざけんなっ、(オレ)は元男! 男なんだ!

 

 だからっ、こんな風にひとりにリードされてたまるかっ、こんなんじゃ私がまるで“普通の女の子”みたいじゃぁ……!

 

 ひとりは総受けなんだからっ、わ、私は攻めでっ、ひ、ひとりは私に依存してっ、離れられないぐらいにしてっ……ひゃっ、な、撫でんなぁっ♡

 

 

 (オレ)はっ、(おれ)はっ……こん、なっ、女の子、みたいなっ、ちがっ……んひっ♡

 

 

 わ、(わたし)は、攻めでタチで、男なんだよぉ~! ひぁ゛っ♡

 

 

 





 その後、観客たちは(一部を除いて)二人がなにを話しているかもわからなかったので、ねこみの名誉は守られた模様

 そしてひとりは状況を理解したあとぶっ倒れて原作通り

 でも、事故チューしてしまったのは見られたのでひとりはやっぱり「ヤベー奴」





あとがき

本来はこれでこの短編は終わらす予定だったんですが、続くので結末を変えたり
あと最低でも二話ぐらいは投下する予定です
……ねこみ、これ以上続けたらヤバそうですが

モチベによってはもうちょっと続くかもです
もしも交際成功したら~みたいな、もしも系のお話とか

話自体は素直に続けると、原作のネタバレになるのでたぶんオリジナルみたいなのになります


沢山のお気に入り登録も評価も感想も、ありがとうございます
まさかこんなに頂けると思わず、舞い上がりました


では、拙いものの次回もお楽しみいただければと思います


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

♯せんこう

 

 (オレ)の名前は大張ねこみ。女みてぇな名前……いや、今の“身体は女”なので正しい。

 

 ただし、やはり中身は男、(オレ)は男なんだ。誰がなんと言おうと私は男なんだ……!

 本物の野原ひろしっぽくなっちまった……。

 

 ともあれ、私からすりゃ男は恋愛対象にはいらないし、恋愛対象の女の子だってリードしなきゃいけないわけであって、なわけであるが……。

 

 

「最近おかしいな……」

 

 

 私は、“一人暮らしに丁度良い”1Kのアパートの部屋にて頭を抱えた。

 カーペットの上に敷いた“人をダメにするソファ(Yogibo)”に私は背中を預けて、今までの……正確にはここ10年間の自らのことを深く思考する。

 後藤ひとりと出会って、そこから今に至るまでの経緯を、だ。

 

 ―――そもそもだ。私はひとりと上手くやってたはずだ。なんならパーフェクト。

 

「にも関わらず、なぜ……」

 

 ひとり相手にどうもたじたじになっちゃうし、挙句に学祭じゃ……あ、あっ、あ……あんなことにっ。

 

 そう、思い出すのは学祭の時の“アレ”だ。

 

 

「あ、あっ……あ゛ぁ゛あ゛ぁぁぁ~~~っ!」

 

 

 うつ伏せになって、ソファに顔をうずめて絶叫。両足をバタバタして羞恥に悶えている。

 それぐらいさせてもらわないと心が持たない。

 

 ―――ひ、ひとりとその、き、キスをしてしまったのは、まだいい、良いんだが、問題はそちらじゃない……。

 

「なんなんだろぉなぁ、ホント……男らしくなぃ」

 

 ひとりをリードしてなんぼだと思ってたが、上手くいかない。

 なんなら“原作”を知ってるぶん、リードする以外に選択肢なんてない、なんて思っていたのに蓋を開ければこれ、最近は私の方がひとりに……な感じだ。

 

 ナンパから助けられたり、こけそうになったのを受け止められたり……そもそも、その前ぐらいから一緒に歩いてたらさりげなく道路側歩かれたりっ、重そうなもの運んでたら手伝ってもらっちゃったり……あと学祭のあとの結束バンドと星歌さんときくりさんとの打ち上げに参加すれば、“あの事故”のせいでひとりに話しかけ辛い思いしてた私に気を遣って、先に話しかけてくれたり!

 

 納得いかない。これは納得いかない。バランスが取れてない!

 

 ―――真島さんもバランス取らなきゃって言ってただろぉがッ!

 

 

 だがふと、無意識に、自分の唇に触れる。

 

「でも、最近かっこいぃんだよなぁ、ひとりぃ……」

 

 

 ……って!!?

 

 

「何言ってんだ(オレ)ぇぇぇっ!? あ゛ぁ゛~!」

 

 

 再びソファに顔をうずめて叫ぶ。

 とても普段使いできないような汚ねぇ声だとは思うが、仕方ないことだろう。先に出た自分の声じゃないみたいな声で呟いてしまった気恥ずかしさのせいだ。反動で汚い声を出してプラマイゼロにしようという……やはり錯乱している思考。

 こんなの私が思っていた私じゃなさすぎて、現実と理想の乖離に感情が追いつかない。

 

「う゛ぁ~なんだよ(オレ)ぇ……」

 

 なんて思っていれば、突然―――インターホンが鳴る。

 

「わひゃっ!?」

 

 通販を頼んだ記憶はない、なんて思いながら……私は起き上がるなり玄関の方へと向かう。

 

「はーい……あっ」

 

 もしも“勧誘系”だったら面倒だが、即座に声も聞こえてこないので一安心。

 とはいえ、誰が相手か確認しなければ怖いんで、私は首を傾げつつドアの覗き穴を覗く……。

 

「は……!?」

 

 そこにいたまさかの相手に驚きながらも、何も考えないまま急いでドアを開ければ、そこには……。

 

「ひ、ひとり……どしたの?」

「あ、へへっ、ね、ねこみちゃんっ」

 

 時刻は19時、後藤ひとりがそこにはいて……。

 

 

 

 で、その後ひとりを家に入れるなり、私は適当に座っておくように言ってお茶を汲む。

 さすがに昨日の今日で、ひとりがわざわざ訪ねてくるなんて思わなかった。お互いの家の距離としては歩いたって五分も掛からないんだけど……。

 

 秋と言うこともあり、(オレ)は適当に温かいお茶をキッチンで淹れる。

 まぁ部屋の中は温かく、私も私でタンクトップにショートパンツだし、上にパーカー羽織ってはいるけど、比較的薄着。

 すぐにひとりも熱くなるだろうとは思うが、とりあえず温かいお茶を持ってリビングに戻った。

 

「あ、そっか、ひとり新しいギター買いに行ってたんだっけ」

「う、うへへっ……か、カッコいいでしょ……?」

 

 ギターをかけたひとりがそこにはいて、ぎこちない笑みを浮かべていた。

 

 ―――なに、それ見せにきたの? かわいいかよ……。

 

 

「うん。黒いのいいね……重厚感、っていうの?」

 

 

 そう言いながら、お茶をテーブルの上に置いて私は思い出す。

 今日はギターを買いに行った日、つまりひとりの“配信”での広告料、30万を受け取った翌日あたりというわけで……10万ぐらいのギターを買ったわけだ。

 そして明日、でなくとも近々、虹夏ちゃんさんがひとりの家に行くわけだ。

 

 ―――それで、コイツやらかすんだよなぁ。

 

「あ、う、ど、どうしたの?」

「ん? ううん、なんでもない」

 

 少しばかり難しい顔をしていたらしい、ひとりが不思議そうな顔をして私を見ている。

 

「そうだ、それじゃなんか弾いてよ」

「あ、うん……」

 

 別にひとりが家でギターを弾くのはそれほど珍しいことでもない。

 ここは遮音性の壁だし、今まで苦情が来たこともないのでひとりとしても安心して弾けている。と思いたい。

 私の音楽への興味は一般的なそれを超えはしないと思うが、それでもひとりのギターは上手いと思うし……なにより、私自身、こうしてゆっくりとひとりのギターを聴くのも好きだ。

 ギターのチューニングをするひとり。

 

「あ、なにが良い? なんでも大丈夫だよ」

「ん~アキレス健ドロス、とか?」

 

 配信の方で有名曲は大体網羅していることもあって、ひとりは大概なんでも弾けるので、お気に入りのをお願いしておく。

 頷いたひとりが、ギターを見ながら演奏を始めようとする……のだが。

 

「そっ、それじゃ……うへへっ」

「え、なに、突然笑い出して……?」

「あっうっ、そ、その、ひ、久しぶりにねこみちゃん家で、ねこみちゃんに、き、聴いてもらえるなぁって……」

 

 確かに、夏頃に一度聞いたぐらいで久々に感じる。

 ふたりきり、というのもそうだが……ともすれば、色々と思うとこが無いでもない。

 それを意識し始めると、妙に顔と体が熱くなるので、私は暖房を弱めようかとも考えたが、羽織っていたパーカーを脱ぐぐらいにしておく。

 テーブルの上で頬杖をつき、ニヤつくひとりを見る。

 

「そ、それじゃ……」

 

 私も覚悟を決める。最近の傾向からしてどうなるかわからないから……。

 

 ―――落ち着け私、別に普通だ。普通のはずだ

 

 最初のライブのあと、ひとりのギターを聴いてもなんともなかったはずだし、うん、大丈夫。

 

 

 

 ……まぁ、結果としては普通だった。

 

 安心感があり、なおかつ昂揚感を掻き立てるひとりのギターを聴いて、気分が上がった。

 しかし、初ライブや学祭の時のような“状態”にはなっていないし……。

 

「ど、どうだった?」

「うん、素人の意見だけど、初ギターでも変わってないように思う。いつものひとりだよ」

「そっ、そうかなぁ、へへっ……」

 

 ただ、あれが無いのは少し残念な気が……って!!?

 

 いいだろなくって! あんな変な感じっ、私のアイデンティティが崩壊する音しか聞こえねぇわッ!!

 

「ね、ねこみちゃん?」

「へっ、ああ悪い、ちょっと考え事しちゃってた……どした?」

「その、次のライブね……き、来てほしいなって」

 

 どうした改まって、というのが私の感想だ。行くに決まっている。

 

「もちろん、あ、今回はちゃんとチケット代払うから」

「えっ、いやそれはそのっ……お、お金かかるし、ねこみちゃん、ば、バイトとかしてないし」

 

 それもそうだ。一人暮らし、バイト無し、そりゃお金がないと思われても不思議じゃないが……一応コスメとかも買ったり、友達付き合いで飯行ったり、外食だってする。仕事の都合で転々としている親からの仕送りで、さほど問題はない。

 まぁ、ひとりにそういう話はしないから……ていうか、私からお金取るのなんでそんな嫌がるんだ。チケット代なんだから全然良いだろ。

 

 ―――よし、最近は(オレ)があたふたさせられがちだし、からかったるか!

 

「ん~お金に困ったらかぁ、確かになぁ」

「で、でしょ? わ、私が来てほしいからっ、わ、私がはらっ……」

 

 なにそのかわいい理由、やっぱりひとりって私のこと大好きかよ。

 先に惚れさせた方の勝ちって言うし私やっぱり勝ってんじゃん……よっしゃ!

 畳みかけて久々にしっかりとひとりを弄ってやる!

 

「大丈夫大丈夫~、そしたらパパ活でもやってみるってぇ~♪」

「パッ!?」

 

 よし効いてる効いてる!

 

「ほら、私の容姿なら……結構稼げそうじゃない?」

「なななななっ!!?」

 

 くらえ、妖艶な笑み! ふふふ、動揺してる動揺してる……。

 

 まぁかなり良い値段を張れる気がする。相場知らんけど……そもそも誰がするかパパ活、私がそんなんしたらエロ同人一直線すぎるわ!

 私の身体は未だ清い! てか一生清いまま終わるぞこれ、ひとり早めに告ってこいよ!

 てか、ひとりとくっついても私はタチだからな! バリタチだからなぁ! フフフッ、私が処女膜から声が出なくなるのはいつになるやら……!

 

「……ね、ねこみちゃんっ!!」

「ひぇあっ!?」

 

 思考が深く陥っていたせいで、ひとりが目の前に来ていたのに気付かなかった。しかもらしくない大声を出されてかなり驚いてしまった。

 

「どどど、どした!?」

 

 さすがに動揺する。ビックリ系は良くない……そういうとこだぞ海外のホラー。

 

「ぱぱぱ、パパ活するならっ、わわ、私が買うからっ!」

「へ?」

 

 ―――なに言ってんのこの子……。

 

「ににに、二十万ありますっ!」

 

 なにそんな大金出してくれてるんですか……相場しらないけど流石に出しすぎなんじゃぁ。

 

「ねねっ、ねこみちゃんみたいにかわいい子だと、た、足りない!?」

 

 いやそうでなくってね? てか、かわいいとは思ってるんだな。どちらかというと綺麗って言われたいがまぁ良い……えへへっ♡

 

 でなくて! こいつ正気か私相手に20万出すとか、好きすぎない? これ実質告白では?

 

 ……違うか、ひとりのことだ、友達がそんなことしてると全力で止めるな。だが、しかし……。

 

「えぇ~♪」

 

 フッフッフ、存分に弄んでやるぜ!

 

 私は立ち上がってひとりから少し離れ、ベッドに腰掛ける。

 

「ひとりのお金なんて申し訳ないし、なんもしないでお金もらうとかなぁ~」

「え、えとっ、そ、そのっ……!」

「やっぱしっかりと……」

 

「だ、だめっ!」

 

 

 

 ―――突如、景色が変わる。

 

 二の句も言えないまま、気づけば私は使い慣れたベッドに倒れ込んでいて、私の視界一杯にひとり。

 その後ろには不似合いにも万札が舞っていて……両腕は、私の顔の横、しっかりひとりの腕に握られてて……。

 

「ひ、ひと、り?」

「だっ、ダメ……」

 

 な、なんで押し倒して……やっ、力強っ……。

 

「ね、ねこみちゃんがっ、し、知らない人に……さ、触られるの、い、いや、だっ……。」

「ひ、ひとりっ、ちょ、ちょっと待っ……」

「だ、誰でもいいならっ、わわ、私が、ねっ、ねこみちゃんをっ……!」

 

 や、ヤバいっ、眼がぐるぐるしてるっ! これ絶対に錯乱してるやつぅッ!

 

「だだだ、大丈夫! 20万あるからっ、お札数えてたらすぐっ……お、おおっ、終わるからっ!」

「20枚じゃん!? ま、まってひとり、とりあえず深呼吸っ、か、顔崩れろよせめて、顔!」

 

 

 こんなひとり(オレ)の知ってるひとりと解釈違いですが!?

 

 てかまさかヤられる! (あたし)この感じ、し、しちゃう感じっ!?

 

 ま、待って初めてだしっ、(わたし)今日っ、下着もかわいくないっ……!

 

 

「だ、誰にも、ね、ねこみちゃんはっ、あげないっ……」

「うぁっ♡ ひ、とり……っ♡」

 

 あ、だめだこの感じ……っ。

 

 カッコいいこと言って、カッコいい顔して、力強く私の両手握って……っ。

 

「あっ……ひ、とりぃ♡」

「ね、ねこみちゃん……か、かわいい。かわいいっ……」

 

 だめだっ、流されちゃダメなのにっ……はぁっ♡

 

 良いかなって思っちゃってるっ……男なのにっ、ひとりをリードしなきゃなのにっ……。

 

「ひ、とりっ……♡」

「あっうっ、ね、ねこみ、ちゃ……っ」

 

 

 少しずつ、ひとりの顔が迫ってきて、次の瞬間───携帯が鳴り響く。

 

 

「うひゃっ!?」

「ぴあ゛ぁ゛っ!!?」

 

 

 そして、ひとりが―――弾けた。

 

 

 文字通りの爆発四散。まぁ10分もすれば元に戻るだろうけど……。

 うん、(オレ)の前でこういうのは久しぶりだけどまぁ……悪くないタイミングってことにしよう。そうしよう。

 勿体なかったなんて考えてないし、迫ってくるひとりを思い出してドキドキもしてない!

 

 なぜなら私はバリバリの攻めだから! 総受け(当社比)のひとりに迫られてドキドキするわけがない!

 

 でも……

 

「今度から、ひとりと一緒の時はマナーモードにしとこ……っ」

 

 ってなに考えてんだ(オレ)!?

 

 

 




あとがき


今回はちょっと日常回的な感じの短編
次回は結束バンドメンバーとの絡みを書く予定

ちゃんと攻めになってきたぼっちちゃんと、ちゃんと受け入れだすねこみ
ねこみの雌化が著しいんですが、これでよい

これくっつくまで秒読みな気がする……

移行はちょっと毛色を変えてきたいとこで

あと2話ぐらいは書けそうですわ

では次回もお楽しみいただければと思います


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

♯はくじつ

 

 

 ───寒いな。

 

 

 朝、大張ねこみ(オレ)は駅前に立っていた。息が白くなるわけでもないが、やはり秋にしては気温が低い気がする……。

 

 基本的に、(オレ)がこうして一人で立っているのは、あまりよろしくない。声を掛けられると言うのも珍しいことでもないし……。

 だからこそ、有無を言わせぬ『彼氏を待っていますので』という言葉で乗り切っているわけだが、それが効かない輩が出てこないとも言い切れない。

 

「ちょっと、早く来すぎたか?」

 

 空は曇り模様、灰色の空が一段と寒さを感じさせてくる。

 (オレ)は、先ほど自販機で買ったホット紅茶を両手で持って暖を取った。

 

「早く、時間にならないかなぁ……」

 

 まぁ待つのも、想定時間よりは短くて済むだろう。

 私との“デート”で舞い上がっているひとりはきっと早く来るはずだし……くるよね? 来なきゃだめだよね?

 

「フフフッ、ひとりのやつ舞い上がって空回りしなきゃいいけど……」

 

 そう、今日はひとりから“デート”の誘いを受けて、(オレ)は駅前にいる。

 

 

 

 ―――昨日の夜、クラスメイトたちと遊びに行った帰り。

 

「明日……?」

 

 突然かかってきた電話に、私は帰路を行きながら小首を傾げた。

 

『あ、うん、ねこみちゃんが、暇なら……嬉しいんだけどっ』

「まぁ明日は暇かな、まだ約束とかも入ってないし」

『そ、そっか! じゃ、じゃあっ……あ、う、そのっ、え、駅前で待ち合わせっ、いい?』

 

 行先を言わない。

 言い忘れてる可能性も十分ある。大いにある……しかしわざわざ、駅前で待ち合わせ?

 

 ―――なるほど、これはデートのお誘い! まったくひとりめ、とうとうその気になったか!

 

 つまりはそういうことだろう。そうでなければおかしいのである。

 ということで(オレ)は顔に浮かべる笑みを隠しもしないまま、足取り軽やかに電話口で数度頷いた。

 

「ん、いいよ。ひとりの行きたいとこ、どこでも行くよっ♪」

『あっ、ありがとう! そ、それじゃあ時間は……』

 

 ―――フッフッフッ、ここで告白させてやる……そして私は大勝利するっつーわけよ!

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 今日は唯一の友達、ねこみちゃんと待ち合わせをしている。

 昨日、“後藤ひとり(わたし)”が家でねこみちゃんを誘って出かけようと思うって話をしたら、お母さんが『待ち合わせの方が雰囲気出るわよぉ~』なんて言うものだから、そうしてしまった。

 電話で聞いたねこみちゃんの声、なんだかいつもと違った気がしたけど……。

 

 ……というより、雰囲気ってなんのことなんだろう? 

 

「あっ、あれ……」

 

 今朝気づいて急いできたつもりだった。

 

 ねこみちゃんと待ち合わせなんてしたら、絶対にねこみちゃんはナンパされる。

 二人で歩いていてもたまにされるし、あんだけかわいいんだからそりゃ当然なんだけど……やっぱりお家まで迎えに行こうかと思ったけど、私が早く待ち合わせ場所につけばいいかなと思って早めに家を出た。

 そのはずなのに……ねこみちゃんが、いる。

 

 駅前に、一際輝いて見えるねこみちゃん。でも……。

 

 ―――さ、三十分以上前なのに。

 

「あっ、ひとりぃ~♡」

 

 なんだかいつもより上機嫌な気がする。

 私はギターを背負い直してねこみちゃんの元まで駆け寄って……。

 

「ねこみ、ちゃん……」

「おはよ、ひとり♪」

「お、あ、お、おはよう……」

 

 普段と違って薄らお化粧をしたねこみちゃんは、髪型も一つ結びじゃなくて“お嬢様結び(ハーフアップ)”にしていて、恰好もいつものラフな感じじゃなく、灰色のタイトなミニニットワンピース、その上に黒いジップアップパーカーを羽織っていて……視線を下げれば、黒いストッキングと黒いブーツ……。

 

 ……あっ、あのスカート嫌いなねこみちゃんが?

 

 なんでそんなにおめかしして……う゛ぇ゛あ゛!!??

 

「ははっ♪ ひとりったらいつも通りの恰好なんだ、ギターまで背負っちゃって……ぇ……」

 

 ……な、なんというか……さ、さすがに、察しの悪い私でも気づく。

 

 それに、ねこみちゃんも気づいたみたい……。

 

「あっうっ、え、っと……そそそ、そのっ!」

 

 昨日、行き先を伝え忘れた。

 忘れてたことさえ忘れてて……せめて思いだせればロインぐらいできたのになぁ。

 ねこみちゃんがここまでオシャレしてきてる理由は、どっかに遊びに行くと思ってるからだ。しかも、なんか特別なとこだと思わせちゃったみたいで、クラスの子たちもたぶん見たことないような恰好してる……。

 

「ぅ、ぁ~……」

 

 小さく唸るねこみちゃんは、両手で顔を押さえていて、耳が真っ赤に染まっているのを見る限り、たぶん顔まで真っ赤なわけで、そしてその原因は私なわけで……。

 

「ごごごっ、ごめんねっ! ね、ねこみちゃんっ、わっ、私、忘れてっ」

「べべべ、別にぃ~? な、なにがぁ?」

 

 両手を降ろして言うねこみちゃんは、やっぱり顔が真っ赤で、しかも涙目で……。

 

「そのっ、ねこみちゃん……」

「ほ、ほら行こっ! 電車乗ってくんでしょ!?」

「あ、うん……」

 

 真っ赤なままのねこみちゃんは、私の手を取って歩き出す。

 私の目の前で、見慣れた銀色髪が見慣れない髪型で舞っている……。

 

 ───あ、歌詞にできそう。

 

「あ~ほらひとりがね! お世話になってるところだからちゃんとした格好で行きたいからね! うん! そういうことだよっ!?」

 

 む、無理してる。

 

「ご、ごめんね」

「……謝んな」

「あ、うん……」

 

 ほ、本当にどうしよう……。

 

「下着も気合いれてきたのに……ってなにやってんだよ私ぃ……」

「え、なんて?」

「なっ、なんでもないっ……!」

 

 涙目で睨まれた。

 赤い顔で涙を浮かべたジト目……ホントに、その、申し訳ないとは思ってるんだけど……ねこみちゃんは、やっぱりかわいいな……。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 STARRYにて、“伊地知虹夏(わたし)”は頭を抱えたい気分だった。

 なんならお姉ちゃんもPAさんも、喜多ちゃんもどこか思うとこがあるという表情で、リョウだけがおかしそうに笑っている。

 その原因はと言うと、目の前にいるぼっちちゃんと、その隣の……ぼっちちゃんの唯一の友達と言って良い少女、大張ねこみちゃんだ。

 

 ねこみちゃんとは何度か会ったことがある。

 喜多ちゃんは同級生だから知ってたみたいだけど、私達が初めて会ったのは、あの初ライブの日で……まぁその様子から“ただの友達で収まらない”並々ならぬ関係だとはみんな察した。

 それから、ぼっちちゃんから話を聞いたときや学祭もそうだし、この前も“気絶したぼっちちゃんを喜多ちゃんと運んで”来たりで二度ほど会った……だからこそ、わかる。

 

 ───絶対デートだと思ってたやつだって! 凄いおしゃれして! 完全にデートの服装!

 

 来るなり、ぼっちちゃんが私達に『ねこみちゃんに行先を伝え忘れた』と話して……こうなった。

 

 

 ぼっちちゃん、そらないよ……。

 

「うん、別に私も普段通りだから気にしないで、ラフラフ、ラフな格好よこれ、うん、めっちゃ適当に決めた服だし」

 

 絶対うそだ!?

 

 赤い顔で、光を失った眼を明後日の方向に向けてそういうねこみちゃん。

 

「ね、ねこみちゃん……」

「ふふふっ、で、こんな私になんの御用ですか?」

 

 か、かなり精神的に追い詰められている……!

 

「とりあえずねこみを撮って結束バンド名義で動画上げない?」

「ちょっとは遠慮しろ山田!」

 

 お姉ちゃんがリョウのことをしばき倒した。もっとやっていいよ。

 

「お、大張さん大丈夫?」

「へ? なにがぁ、やだなぁ喜多ちゃん、私はいつも通りだよぉ、ハハハハ」

「わ、笑いが渇いてるわ……」

 

 そりゃ一人だけデートで舞い上がってたって思ったらショックだろうなぁ……。

 

 まぁ行き先言い忘れてて、ぼっちちゃんが誘ったら二人の関係ならデートになるでしょ……二人の話になると、目ぇキラキラさせる喜多ちゃんが状況に引いててそれどころじゃない。

 周囲に恋愛的なことしてる人いないっていう意味では私もそうだから、ぼっちちゃんとねこみちゃんのことは気になってて、影ながら上手く行けばいいなぁ程度には思ってたんだけど……。

 

「き、昨日バイトを増やそうと思うって店長さんが言ってたので……ねこみちゃん、この前バイト探そうかなって言ってたし……」

 

 もじもじしながらいうぼっちちゃんは、たぶん本当に気を遣ったんだろうとは思う。それに自分の唯一の友達であるねこみちゃんを頼ったのだって適任だと思ったからで……。

 いや、それは良いんだけどね。むしろ私としてもありがたいんだけど。

 

「え、これ私のせいになんのか!?」

「店長……」

「私のせいみたいな顔すんなよ!?」

 

 お姉ちゃんも困ってる。いや絶対即採用だけど。

 

「コホン……いや、私は言うことないよ。大張ちゃんは文句のつけようがない。うちには必要なタイプの人材だ……けどなぁ、本人は?」

「バイトさせていただけるならそれにこしたことありませんけど……私、普段こんな恰好しませんよ」

「いやわかってるけど」

 

 ナチュラルにねこみちゃん、気合入れた恰好してますって宣言したなぁ。

 受け答えをハッキリしながらも腐り気味のねこみちゃんに気づいたぼっちちゃんが、すぐねこみちゃんの隣に行く。

 ……ちゃんとフォローはしようとしてる。えらい……いや、えらい?

 

「あっえっ、ね、ねこみちゃんはどんな恰好でも大丈夫だよっ……!」

「そうだね。どんな恰好でも大丈夫すぎて気合入れすぎちゃったぁ……」

 

 あ、また遠い目してる。

 

「あっうっ、で、でも……いつもかわいいけど、今日のねこみちゃん。もっとかわいい、よ?」

「……ひゅぇっ!?」

 

 ―――きたあぁっ! ぼ、ぼっちちゃんねこみちゃん相手にそういうこと普通に言えるのなんなの!?

 

 喜多ちゃんも目ぇめっちゃキラキラさせてるし、私もたぶんキラキラしちゃってる。知り合いがこうやっていい感じに青春してるのめっちゃ新鮮で、興奮感はドラマとかの比じゃないよ!

 

 驚いたのかねこみちゃんも腐ってる感じ吹き飛んで、顔真っ赤にしてる。

 両手を胸の前で合わせて、ねこみちゃんはそわそわとした雰囲気でぼっちちゃんを見ていた。

 ぼっちちゃん、こんな可愛い子と“両想い”なんてすごいなぁ……。

 

「ほ、ほんと……ひとり、どうせ適当言ってない……?」

「ねこみちゃんはいつだってかわいいよっ……!」

 

 どもらずそれ言えるなら他の人にもなんかこう、言えないもんかなぁ?

 

「そ、そっか……えへへっ♪」

 

 うわぁ、目の前でめっちゃイチャついてる……まぁ、なんていうかこう、悪い気分じゃないというか……いいぞもっとやれ! とまでは言わないけど、悪くない。

 

 恋愛リアリティーショーとか微塵も興味ないけど、知り合い同士がこうやって近づいたりしてるのは見ててドキドキする。

 まぁ一番テンション上がってるの喜多ちゃんだけど……これデート計画とか勝手に提出しかねないやつだ。

 

「えっと、もういい……? 一応、面接させてくれる……?」

「あ、はい……」

 

 お姉ちゃんがさっさと離れた場所にあるテーブルに向かう……青春というかなんというか、ともかくそのまぶしさにお姉ちゃんがやられている。

 

「ね、ねこみちゃん頑張って……!」

「もぉ、なに頑張るのさぁ」

 

 赤い顔で言うなり、気恥ずかしいのかねこみちゃんは小走りでお姉ちゃんの元へと駆ける。

 

「ふぅ、一時はどうなることかと思ったよ」

「ですね。大張さん、凄い落ち込んでたし……ひとりちゃん、気を付けないとダメよ? 女の子は好きな人の言葉一つで舞い上がっちゃうんだから……♪」

 

 恋愛、したことないよね喜多ちゃんも……ていうかさりげなくねこみちゃんがぼっちちゃんのこと『好き』なんだってネタバレかますね。

 いやぼっちちゃんも自然に聞き流してる……!

 

「それにしても後藤さん、自然体に大張さんのこと褒めますね……普段そんなことしそうにないのに」

「あ、それ私も思いました! やっぱりひとりちゃんも大張さんのこと!?」

 

 いや、そこは間違いないだろうけど……。

 

「あ、ね、ねこみちゃんはその、なんだか落ち込んでたり怒ってたりする時、ほ、褒めてあげると元気になってくれるんです……」

 

 はにかみながら言うぼっちちゃんに、私と喜多ちゃんの眼が冷やかになる。

 

「えー……」

「ひと……ごとりちゃん」

「後藤さん、意外と……」

「ぷぷっ、ぼっち、お前はやはり生粋のロッカーだ……!」

 

 みんなからのその言葉にハッとするぼっちちゃん。

 

「ちちち、ちがっ、ち、違くてっ、ね、ねこみちゃんがかわいいのはホントでっえとっ、あとっ」

 

 これはなにを言っても墓穴だなぁ……。

 

「や、やっぱりねこみちゃんはっ、え、笑顔の方が、よくてっ……ね、ねこみちゃんも『ひとりに褒められると元気になる』って、い、言ってたから、そのっ」

 

「ごとりちゃん……」

「まぁぼっちちゃんが、そんな打算的に人を褒められるわけもないか……」

 

 特にねこみちゃんは特別みたいだし、そりゃないよね……ていうかさぁ、もう付き合いなよ……。

 事故とはいえチューまでしたんだし。

 

「ん、終わったぞ~採用ってことで」

「はやっ! お姉ちゃん顔で選んだでしょ?」

「違ぇよ」

「ね、ねこみちゃんはスタイルも良いです」

 

 フォローのつもりか知らないけどぼっちちゃんも凄いこと言うね!?

 まぁ、確かにスタイルも良いけど、ニットワンピースとか体のラインめっちゃ出るのに着こなして……。

 

「ふぅ、暑くなってきた……パーカー脱ご」

 

 

 ―――いやデッッッッ!!!?

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 夜、STARRYでのバイトを終えて、“後藤ひとり()”はねこみちゃんと一緒に帰り道を歩く。

 私のせいだけど、落ち込んでたというかなんというか、気分が沈んでいたのもいつの間にか戻って、ねこみちゃんはいつも通りだ。

 今も“いつも通り”にねこみちゃんに手を引かれて歩く私。

 

 揺れる見慣れないハーフアップの髪。

 

 なんだか、ねこみちゃんと待ち合わせてからも、ずっと思ってたけど、凄いガッカリさせちゃったなって感じはしてるんだけど、それでも……。

 

「ねこみちゃん」

「ん、どしたのひとり?」

 

 立ち止まった私に合わせて、ねこみちゃんも止まる。

 

「そ、そのねっ……ど、どっか、寄って帰ら、ない?」

 

 それでも、それ以上に、私と出かけるのを楽しみにしてくれたんだなって───嬉しい。

 

「え……」

「ねこみちゃんが、せっかくそんなかわいい恰好してるから……な、なんだか勿体なくて」

 

 私の方を見るねこみちゃんに、なんとか搾り出した言葉、ねこみちゃんにそういうことを言うのは慣れてるけど……。

 それでもなんだか最近、ねこみちゃんを見てると不思議な感覚になることが多い。

 陥る、って言っても良いかもしれない不思議な感覚……。

 

「え、えとっ……」

「それにそのっ、えへへっ……ねこみちゃんを隣に歩いてると、その、えへへっ」

 

 私の承認欲求モンスターも満たされるし……なんて建前で、私が純粋に嬉しい……。

 

「しょうがないな、ひとりは……付き合ってあげるかなぁ……♪」

 

 弾むような声でそう言うと、ねこみちゃんは繋いでいた手をそのままに私と緩く腕を組んだ。

 柔らかな感触、それからねこみちゃんの良い香り。

 

 ねこみちゃんの温もりと匂いで、なんだか凄いリラックスするのに……心臓がドラムみたいな音を鳴らす。

 

「……えへへっ、か、帰るの遅くなっちゃうから、連絡しとかないとっ」

「美智代さん心配するもんね、私からロイン送っとくよ」

 

 確かに、お母さんもねこみちゃんが一緒って思ったほうが安心だよね。

 

「ウチから距離は短いけど、ねこみちゃん一人で帰すの心配、だな……」

「心配しすぎだよ、ひとりは……」

「で、でもねこみちゃんかわいいし、わ、わわ、私が男の人だったら、ぜ、絶対、放っておかないし……」

 

 実際ねこみちゃん、距離感近すぎるから男子を勘違いさせてるって聞いたことあるし……なんでか男の子と同じようなノリで話せるとか……。

 

「へぇ~放っておかないんだぁ……」

 

 なんだか嬉しそう……。

 

「な、なんなら泊まっていく?」

 

 ……こここ、これっ、す、すごいナンパっていうか、狼っていうか!

 

「~~っ!」

 

 ねこみちゃんが手を離して、自分の身体を抱く様にして半歩下がる。

 しまった。ねこみちゃんを相手に欲を出してしまった。私は別に、そういうつもりじゃなかったはず。なかったよね? たぶんなかった。

 両腕で自分の身体を抱いて、赤い顔でこっちを睨むねこみちゃんはなんというか……。

 

 

「……ひとりのえっち」

 

 

 ―――エッッッ!!

 

 

 




あとがき

今回はねこみ視点は最初だけということで
関係性が変わってきてお互いの心の中も初期とは変わったものになってきました

いつも締めはねこみ視点だったので新鮮なオチとなって、るかも?
逆にねこみ視点だと、とかねこみの内心は、とか考えるとおもしろいかも
たぶん「♡」は一杯ついてそう……

虹夏ちゃん視点で進むと言うのもなかった感じです
結束バンドというか、喜多ちゃんと虹夏ちゃんはどういう感情で見ているか、とかはここで

次回からはもうちょっと短編らしい短編話を投降したいとこです
反動でちょっと短くなるかもですが、ご察しください

では、次回もお楽しみいただければと思います


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

♯くちびる

今回は(たぶん)しっとりした話(のはず)です
ちょっとおセンシティブな気もする

次回はいつも通りなはず


 

 

 二人がいるには狭い“ソコ”で、“後藤ひとり(わたし)”は、私の下にいるねこみちゃんを見下ろしていた。

 私の左手はねこみちゃんの右手を押さえる形になっていて、私の右手はねこみちゃんの顔の横、床についている。

 私はねこみちゃんの足の間に入るような形になっていて、たぶんねこみちゃんは私が退かないとまず動けない状態。

 

 そんな“無防備な”ねこみちゃんが、私の名前を呼ぶ……。

 

「ひ、とり……っ」

「ねこみちゃん……」

 

 潤んだ瞳、上気した顔で私を見上げるねこみちゃん。

 吐息がかかるような距離で……。

 

 ―――あれ、こんなに、近かったかな……。

 

「ひ、ひとりっ、ち、かぃ……は、ぁっ♡」

「ねこみちゃんっ……」

 

 良い香り、脳が痺れるみたいな……。

 

 目の前にねこみちゃんの綺麗な顔、広がる銀色……私の、私だけの景色、私の……。

 

「私の、ねこみちゃん……っ」

「っ……ぁぅ、んっ」

 

 少しだけ戸惑うような表情をしたねこみちゃん。真っ赤な顔で、荒い呼吸で、潤んだ瞳で私を覗き込む。そんなねこみちゃんを見てると、なんだか胸の奥がキュゥって締め付けられるような感覚を覚えて、でもそれと一緒に、もっと見たいって思いも溢れて……。

 

「だ、めぇ……♡」

「あ、ご、ごめん……」

 

 ねこみちゃんの言葉でハッとした私は、離れようと、ねこみちゃんの右腕を掴んでしまっていた左手を離す。

 なのに、ねこみちゃんの右手が、私の左手を握った。

 

「ねこみ、ちゃん……?」

 

 私の手を握るねこみちゃんの手、指と指を絡める。恋人同士みたいな手の繋ぎ方。

 

「ダメじゃ、ないの……?」

 

 なんだか弱々しいねこみちゃんに、そっと聞く。

 

「ぅう……っ」

 

 ねこみちゃんはなにか葛藤するような様子を見せてから……眼を閉じて、口も閉じた。

 

 まるで、構わないと、私を受け入れるように―――。

 

 ピンク色の瑞々しい口唇。私は、そこに引き寄せられて……。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 今日は『STARRY』でのバイトも休みで予定もない。ということで(オレ)大張(おおばり)ねこみは後藤家へとお邪魔していた。

 顔はちょくちょく出しているのでそれほど物珍しくもないはずだが、しっかりとお邪魔するのは二週間ぶりのことなので、美智代さんには思ったより喜ばれて……両親が滅多に帰ってこない私としては、やはりこういうのは思うところがある。

 ふたりは今は幼稚園だそうで、帰ってくるのはもう少ししてからだそうだ。

 

 ともあれ……。

 

「ひとりちゃん寝てるから、お部屋にどうぞ~」

「ん、ありがとう美智代さん」

「ねこみちゃんがしっかりしててくれるから、安心してひとりちゃんを任せられるわぁ」

 

 そりゃありがたいことだけど、ひとりの世話焼くのって嫌いじゃないし……。

 

「あ、そういえばひとりが置いて行った20万なんだけど、ホントに預かってていいんですか?」

「うん、ねこみちゃんに預かっててもらったほうがひとりちゃんも無駄遣いしないだろうし」

 

 よくわかっておられる。さすが母親……。

 

「ねこみちゃんとひとりちゃんの将来のために使ってね♪」

 

「……ふ、二人の将来ってなんですか!?」

「?」

 

 ―――なんで言った側が不思議そうな顔してんの!?

 

 い、いやまぁ、い、いずれはそうなるんですけどぉ……私の人生設計的にはねっ、うん!

 

「二人でどこか旅行に行く、とかもいいかもしれないわよ?」

「りょ、旅行ですか……」

 

 ひとりと二人きりで旅行かぁ……。

 

「それじゃあ私ちょっとお買いもの行ってくるわね」

「あ、はい」

 

 頷いてから、私は階段を上がってひとりの部屋へと無遠慮に入る。

 気配で大凡寝ているのはわかるし、ノックをするとしたらひとりが部屋に見当たらないパターン、つまりはアイツの“押入れ(秘密基地)”にいる時、襖をノックするのが私の中で当たり前となっていた。

 だから、敷布団は片されてひとりの姿がない現状は―――。

 

「ひとり~」

 

 黒いコードが伸びる先、襖に声を掛けつつ、軽くノック。

 ノックというには間延びするような襖特有の音が響くものの、中から「うひぃ!」と声が聞こえれば誰がいるかなんて明白で……というか押入れに入ってるJKなんて一人しか知らないけど。

 ともあれ、私が襖を開けばそこにはヘッドホンを首にかけてギターを抱いているひとり。

 

「あ、ねっ、ねこみちゃん……」

 

 上は“ドラゴンの模様が入った”Tシャツ一枚と、下はいつも通りのジャージ姿。

 

 ―――またすげぇの買ったな。モデルロイヤルドラグーンって呼ぶぞ。

 

「おはよ、ひとりっ♪」

「うん、おはよう」

 

 いつも通りのひとり。私は自然と浮かぶ笑顔をそのままに挨拶をすれば、ひとりも安心したような笑みで挨拶を返す。

 なんだか、目の周りの隈が濃いように見えて、私は手を伸ばす。

 

「ふへっ!?」

 

 素っ頓狂な声を出すひとりの頬に手を添えて、親指でその目元をなぞった。

 

「ん~、寝た?」

「う、うん……えっと、お、遅くまで歌詞考えてて、それで、さっき起きてまた歌詞考えてて……」

「遅寝早起きは体に良くないぞ?」

 

 咎めるように言うが、ひとりは後頭部を掻いて誤魔化すように笑う。

 

「うへへっ」

 

 ―――夜更かし、お寝坊、ダメ絶対♪ だろぉ?

 

「美智代さん、買い物行ったよ。すぐ帰ってくるだろうけど」

「あ、うん……」

 

 頷いたひとりが、ヘッドホンを外してのそのそと這うようにして押入れを出る。

 やはり気怠いのは眠気のせいなんだろう。僅かな明かりのみの暗い押入れにいたのだからそうもなる。

 

 別に寝かしてあげても良いんだけどな……このあとどうする予定もないし、ひとりに会いに来ただけだし……。

 

 ―――なんかこの表現だと私がひとり大好きみたいになるな!? いや、事実だけどそうじゃなくて!

 

「えっと、シャワー浴びてくるね」

「へっ、あっ、はい」

 

 妙な思考をしていたせいで、ひとりの言葉にひとりのような口調で思わず返す。

 

「飲み物とか持ってこようか?」

「ん、ああいや、カバンに入ってるから大丈夫……目ぇ覚ましてきな?」

「うん、それじゃ待っててね」

 

 ごゆっくり~、と手を振ってひとりを見送る。別にこれも珍しいことじゃない。私だって想定して来てるし……。

 ともかく部屋には私一人、上着を脱いでからカバンから紙パックの紅茶を取り出し、付属していたストローを突き刺して飲む。

 ふと、テーブルの上に紅茶を置いて畳の上に寝転がる。

 

「んー……触れてくんなかった」

 

 (オレ)が不満な声を出すのも無理はないと思う。許されると思う。

 

 ―――せっかく髪、解いてるのに……ていうか、スカート履いてきたのにっ!

 

 アイツがッ! アイツが『似合ってる(言った)かわいい(言った)もっと見たい(言ってない)』とか言うから履いてきたのにぃッ!!

 

 まぁ、さすがにミニはそう簡単に履くと私の心が追いつかないので膝丈ぐらいだけど……ちょっとしたスリットまで入ってるし、良いと思うんだけど……。

 いやまぁ、寝起きのひとりにそこまでを求める私も悪い。

 うん……あとで褒めさせてやろう。そうしよう!

 

 そういえば旅行とか美智代さん言ってたな。

 どうしよう……ひとりの20万に頼る云々は抜きにしてもありだよなぁ。

 

「ん~……あ」

 

 横向きになると、視界の先に襖の隙間が見えた。

 

「久しぶりに入ってみるか……」

 

 昔はよく二人で入ったりしてて、中学に入ってからひとりが拠点にしてからは……四、五回ぐらいしか入ってない。

 

 私は四つん這いの姿勢で押入れに近づいて、その襖を開ける。

 外側から散々見てはいたものの、入るのはやっぱり新鮮で、あの頃から私も身長が伸びたので意外と狭い―――なんてことはなかった。

 

「意外と広い気がする」

 

 私が入ってもまだ余裕がある。むしろひとりともギリは入れる気がするぐらいには広い。

 なんかこういう狭いところが落ち着くのは、私もということだったらしく……置いてあるパソコンに触れて画面の明かりで中を照らす。

 邦ロック好きのひとりらしい、ポスターが貼ってあり、結束バンドで撮った写真も“数種類”ほど貼られていて……。

 

「結束バンド、かぁ……」

 

 なんだかひとりの成長は嬉しいんだけど、少しさびしい気もする。

 

「私の写真ぐらい貼っとけよなぁ、暗い空間が明るくなるぞぉ?」

 

 愚痴を零しながら襖を閉めれば……。

 

「あっ」

 

 私とひとりのツーショットの写真が貼られている。しかも幼稚園、小学校、中学校、高校と時期が違うものが何種類も、何枚も……。

 

「な、なんだよひとりっ、わ、私のこと、大好きかよぉ……っ♡」

 

 ―――なんだか、胸が痛いぐらい音を鳴らして……。

 

「は、ぁっ……」

 

 なんだか身体が熱くなってきて、赤と黒のチェックのネクタイを外して、ブラウスのボタンを上から二つほど外す。

 荒い呼吸のまま、壁に背を預けてから床に手を置けば、布の感触。

 不思議に思いながらそれを手に取ってみれば……。

 

「ひとりの、ジャージ……」

 

 そう言えば着てなかったな、なんて思いながら無意識にそれを両手で持って抱いてみる。

 

「んっ……♡」

 

 ひとりの匂いで一杯だ。この押入れ全部、それでジャージも……。

 体が芯から熱くなっていくのがわかる。

 

 ―――っ、おかしい。なんだろこの感じ……。

 

「……んぅ♡」

 

 おかしい。こういうのは私みたいな()がやるべきことじゃない。

 こんな風に、ひとりのジャージの匂いを堪能するような変態チックなこと、私がやるのはおかしい。ダメだ。いけない。

 頭がふわふわと熱に浮かされ、判断力が削られていく。

 

「っ、ダメだって!」

 

 ―――あっぶねぇ! このまま“はじめちゃう”感じだったぞオイ!

 

 自分()を取り戻して、(オレ)は深呼吸。

 

「ん゛っ♡ ひ、ひとりの匂いっ……」

 

 ―――ッ! ダメダメ!

 

 私は頭を振りながら、手に持ったジャージをそのまま壁に背を預けたまま、真横にあるパソコンに触れる。

 やけに軽い気持ちで自分の誕生日を入力しパスワードを突破、出てきたのは恐らく作成中の歌詞で、見ちゃいけないんだろうなぁ、と思い最小化を押そうとするところで……。

 

 ―――へ?

 

「い、今、私の誕生日打った、よね……?」

 

 ―――あ、やばい、き、気を紛らわせなきゃっ!

 

 だが、作成中の歌詞を見るというのも気が引けるというところだったのだが、画面をチラリと見れば当然歌詞が目に映るわけで……。

 詳細が確認できるほど私は冷静ではないけど、頭の中に浮かぶのは、結束バンド―――ひとりの姿。

 

 そしてお腹の、下の方が、奥がキューっとなる感覚。それらがフラッシュバックする。

 

「~~~ッ♡」

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 ねこみちゃんを待たせている後藤ひとり(わたし)は、少し急いでシャワーを浴び、髪を乾かして二階へと向かう。

 経験上、気を遣ってあんまりに早く終えるとねこみちゃんは怒るので、ほどほどに急ぐ。

 階段を上って、私の部屋の襖を開けても……誰もいない。

 

「あ、あれ……?」

 

 テーブルの上に置いてある紙パックの紅茶、ねこみちゃんが好きなストレートの甘いやつ。

 もしかしたら下に行ったのかもしれない、なんて思って振り返った時に……ふと襖の方に意識を向ければ、なんだかもぞもぞと音がする。

 誰かいる!? なんて思う必要もない。間違いなくねこみちゃんだ……。

 私は襖の前に座って縁に手をかけた。

 

「……!」

 

 わ、私がいつも籠ってる押入れなんかにねこみちゃんが入ったら、私の陰の力で命の危機に瀕しちゃう!? 開けたら瀕死のねこみちゃんが!?

 

 

『被告人、後藤ひとりを大張ねこみちゃんに被害を与えた罪で死刑!』

『そ、そんなぁ~!』

 

 

 脳内最高裁で死刑判決を受けたところで、ハッと自分を取り戻す。

 

 ―――い、いやいやいや! ねこみちゃんが今更、私の押入れぐらいで死ぬはずがない。喜多ちゃんならわからないけど……。

 と、ともかくなんで私の押入れに? と、閉じ込められたってことは無いと思うけど……。

 

 ―――あっあっ、ぱ、パソコンっ、パソコンてちゃんとスリープにしたっけ!? かかか、歌詞見られちゃうっ。

 

「っ……!」

 

 いま書いている歌詞を見られるのは非常に恥ずかしい。

 ラブソングとかではないし、青春系でもないんだけど、“喜多ちゃん”が『大張さんのことを想って感謝の歌詞とか考えてみたらどうかしら!?』とかなんだかノリノリで言ったものだから、ここで見られたら手紙みたいで、読まれちゃったらどんな顔して会えばいいかわからない。

 私は、急いで襖を開ける。

 

「ねこみちゃん!」

 

 そこには当然、ねこみちゃんがいた。

 

「はぁっ♡ ハァッ♡ ……あ」

 

 女の子座りで、私のジャージを左手で握っていて、紅潮した顔で呼吸を荒くさせていて……。

 なんだか、えっちな雰囲気だなとか思って、すぐに切り替える。

 

 ―――ね、ねこみちゃん相手になんてこと考えて!?

 

「ひ、ひとりっ、こ、ここっ、これ、はねっ……」

 

 いけない。と自制をして状況を理解しようとするも、そんなねこみちゃんが視界に入る度に、私の心の中で、奥で……なにかが騒ぎ立てる。

 そして、次に気づいたのはパソコンが開いているということで、しかも書いていた歌詞がそのまま表示されていて……。

 

 ―――みみみ、見ちゃった!? と、というよりスリープしててパスワードで解除したとかじゃないよねっ!?

 

「べべ、別になにかしてたとかじゃなくてっ、そのっ……」

 

 ―――動揺してるけど、バレたのか歌詞を読まれたのか……う、うぐぅ吐きそう……。

 

 私のパソコンのパスワード。色々と考えた結果“アレ”になったけど、それがねこみちゃんにバレたんだとしたらそれこそ私は吐くか爆散すると思う。

 ともあれ、今私がやるべきことはねこみちゃんを押入れから出す、かパソコンを閉じることだけど……選択したのはもちろん後者。

 急いで私はパソコンの方へと行こうとするけれど───。

 

「ね、ねこみちゃん、すすす、少しおとなしくっ……!」

「ちょっ、ちょっと待って心の準備がっ……!?」

 

 ───丁度ねこみちゃんが動き出す。

 

 動き出した私とねこみちゃん、絶望的に運動神経の無い二人が同時に動いてぶつかったりなんかしたら……。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 大張ねこみ(わたし)は、ひとりの下にいた。

 経緯は省くけれど、まぁトラブルと言えばトラブルのようなもので、ひとりの押入れ(秘密基地)の中、私は私の上に覆いかぶさるひとりを見ながら、身体の妙な疼きに混乱している。

 目の前には、額に汗を浮かべるお風呂上りのひとり。

 その細めた瞳が私を見つめていて……。

 

 お腹の方からキューっと全体に広がる甘美な感覚、頭がずっとパチパチ音を鳴らす。

 

 ―――やっぱ、カッコいい系でもあるよなぁ……んぅっ。

 

「はっ、はぁっ……んぅっ♡」

 

 体を動かそうと思っても、私の両足の間にひとりが挟まっているせいで動けない。

 完全に組み敷かれて、身動きが取れない。それに、離れようとしたひとりの左手に右手を絡めてしまった。

 他ならない―――(オレ)自身が……。

 

「っ……」

 

 おかしい。絶対おかしい! ひとりはなにかしてる! なんでこんな匂いでっ……!

 (オレ)(オレ)じゃないみたいなっ、こんなん(オレ)らしくなくてっ……。

 

「ねこみ、ちゃんっ……」

 

 視界が真っ暗で、たぶんそれは(わたし)が目を閉じたからで、少しだけ眼を開けば、ひとりの顔が近づいてくるのが見える。

 こんな体勢で、男らしさの欠片もないで、(わたし)はゆっくりと近づくひとりを跳ね退けもしないで……。

 湿った指を絡めて握った右手と、ひとりのジャージを握った左手にギュッと力を込めて……。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 あぁ、いいのかな……ねこみちゃん。ほんとにいいの?

 たぶん、後藤ひとり(わたし)は、私じゃ止めれないし、止まらないよ……。

 嫌なら、ねこみちゃんがはね退けてくれないと……私みたいな陰キャに、また、されちゃうんだよ?

 

 雰囲気に飲まれて、普段なら絶対に私が耐えられない状況で、耐えられないような感情で、ねこみちゃんに近づいていく。

 なんだかいつもと違う香りをねこみちゃんに感じる。

 

 ―――なんだろう? でも、いいか、それもねこみちゃん、なんだと思うから……。

 

 ねこみちゃんは不思議だ。ねこみちゃんといると、私が私じゃないみたいで……もしかしたら本当の私みたいで……。

 “あの時”の唇の感触が頭に蘇ってくる。

 綺麗な銀色の髪、白い肌……あぁ、もう……。

 

「ねこみちゃん……」

「ひと、りぃ♡」

 

 そして、唇が―――。

 

 

 

 

 

「おねーちゃん!」

 

 

 ―――あばぁばばっ!!!!??

 

 

 私は正気に戻った。けどそんなすぐに体勢を変えられるほど私達は余裕もなくて……。

 

「ねこみちゃんも来て―――」

 

 押入れの外、ふたりがそこに現れて、ガッツリと目があった。

 

 

 ―――みみみ、見られたぁぁぁっ!!? あぎゃぁあっ!!?

 

 

「おかーさん! おねーちゃんがねこみちゃんを“襲ってる”ぅ!」

 

「ふふふふ、ふたりぃ!!? 待ってまって! ちがっ、ちがががっ!」

 

 

 ふたりが言う“襲う”の意味はたぶん純粋なんだろうけど、それを判別するような冷静さは欠いているので、私は急いでねこみちゃんから離れる。

 指を絡めていた手も、ねこみちゃんが力を抜いていたからかあっさりと離れて、そのまま私は押入れの天井に頭をぶつけた。

 

 ―――おごぉっ!?

 

 頭部を押さえながら這い出ると、そのままふたりを追うために部屋を出て走る。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 ひとりの部屋に一人残された(わたし)は、荒い息を整えてからひとりのジャージをギュッと抱く。

 

 

 そしてそのまま右手を使って、私は私の―――。

 

 

「っむぐぅ」

 

 ―――頬をつねった。

 

「痛い……」

 

 (オレ)はひとりのジャージを持ったまま押入れから転がるように飛びだして、畳の上に蹲る。

 顔を伏せてはいるけど耳まで真っ赤で、心臓は今にもこの大きな胸を突き破ってくるんじゃないかと言うぐらいバクバクで……。

 

「うぅぅ~~~!」

 

 まるで前世()の“黒歴史”を唐突に思い出してしまったかのように悶えるが、それもまた仕方のないことだと思う。

 

 ―――押し倒すのは(オレ)の役目でっ、ていうか(オレ)がやったこと全部、違うだろぉぉ!!

 

 そう、違うのだ。私が本来やりたかったこと、理想としていたこととはまるで逆のことだ。

 恋人繋ぎはひとりにされたかったし、その……“待ち”もひとりにされたかった。私はむしろそれをさせて、実行する側である。

 完璧にあれと逆とは言わないにしろ、少なからずひとりがするムーヴではなかったし、私がするムーヴではなかったと思う。思いたい。絶対そうだ。

 

「もぉおぉぉぉっ!」

 

 ―――最近いっつもこうじゃん! ひとりはなんかやってるんか!?

 

「うわぁぁぁっ!」

 

 絶対思い出してまた悶える奴ぅぅ! ウチのクッションバシバシ殴らないといけなくなるやつぅ!

 

「うぅ~……」

 

 ごろんと、横になる。

 

「でも、ひとり、かっこいぃし……」

 

 ―――じゃなくて!

 

「うぁあ~ひとりめぇ」

「ねこみちゃん!」

「ひゃぁっ!?」

 

 驚いて上体を起こす。そこには真っ赤な顔でもじもじとするひとりがいて……。

 

 ―――そうそう、そういうので良いんだよ!

 

「え、えっと、ひ、ひとり……っ」

 

 くそっ、私がどもってどうする!?

 

「ふふっふ、ふたりの、ごかっ、ご、誤解といてきたよっ」

「そそ、そっか……」

 

 後々知ることにはなるが、美智代さんはふたりの言葉になにも誤解していなかった。

 そう“誤解していなかった”のだ。

 

「そ、そのねっ!」

 

 ―――あ゛、やばい。このままは非常にヤバい。

 

「ひとりぃ!?」

「はへっ!? ななな、なに!?」

「ごごご、ごめんっ、私、汗でびっしょりだから一回帰ってシャワー浴びてくるわっ!」

 

 ひとりのジャージを握ったまま立ち上がる。

 

「へっ、あ、うんっ……そ、その、ご、ごめ」

 

 ―――謝んなよぉ。そんなへこんだ顔するなよぉ。

 

 嫌になったとかじゃないから、()には話せないことの一つや二つや三つや四つぐらいあるだろぉ?

 

「あ、あとでロインするからっ、ふぁ、ファミレスで一回落ち合おうそうしよう!」

「う、うんっ」

 

 即座にお互いの家はヤバい気がするので一旦間をはさむ、天才では?

 

「その、そ、それじゃ……ねこみちゃんっ」

「う、うん……また、あとで、ね? ひとりっ」

 

 そう言うなり、私は早足でひとりの部屋を出て、洗面所の洗濯籠にひとりのジャージを突っ込んで、元気よく『お邪魔しました』と言ってから後藤家を出る。

 敷地を出る前に玄関にいるひとりに軽く手を振ってから、転ばない程度に足早に自宅へと向かう。

 

 たぶん顔は継続して真っ赤だし、秋なのに熱いし……。

 

「うぅっ、やっちゃったぁ……」

 

 らしくない声が出たことに再びショックを隠し切れない。

 

 

 

 ―――これじゃまるで、(オレ)が普通の女の子みたいじゃないかっ!

 

 おのれひとり、今度こそは……今度こそは私が上になって“わからせて”やるっ!

 

 ひとりなんかに……ひとりなんかに絶対に負けない!!

 

 

 






ひとり「押入れ、甘い匂いがする……」


あとがき

そうです(押入れが)しっとりした話です

今回はこんな感じで……あぶなかった。危うくおセンシティブするところだった
短めにするはずがなんならだいぶ長い
そしてまだ雌堕ちしてないと良い張る男(♀)ねこみ、一発逆転を諦めない女(雌)

次回は結束バンドメンバーと絡んだり、きくりお姉さんと絡んだり
本編の四コマ然りな短編集、みたいな感じに考えてます(良い案が思い浮かんだら先にそっち書くけど

では、次回もお楽しみいただければと思います

PS
感想、誤字報告、評価、お気に入り、とありがとうございます
おかげさまでまだ終わらす気はなく、続けるつもりです
今後ともよろしくお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

♯はいうぇい えっくす

今回は普段と違う書き方で四コマっぽい感じを意識したりしなかったり


 

「ねこみちゃんが来てから売上あがってるよなぁ」

 

 (オレ)はバイト先である『STARRY』で、ふとそんな声を聞いた。

 手際よく開店準備を始めていた手を止めて、そんな風に私を褒めたたえた“わかってる”店長の方へと

視線を向ける。ただし、何事もないように。

 そう、ひとりのように露骨にニヤけるわけにもいかないのだ。

 

「まぁねこみちゃん目当てのお客さんも増えてきたしね」

 

 虹夏ちゃんさんが続けてそんなことを言うもんだから、ちょっとニヤけそう。

 普段から『かわいい・きれい・カッコいい』と言われ慣れているもんだから、私自身気にしないものかと思っていたものの、やっぱり言う相手が“メインキャラクター”のみんなでは、少しは気分も上がるってもんだ。

 

「まぁ学校でも大張さん人気あるものねぇ……」

「いえいえ、私なんてとても」

 

 私がそう答えるが、リョウさんがさっと横に現れた。

 

「ねこみ、少しにやけてる」

「え゛っ!?」

「フッ、だがマヌケは見つかったようだぜ」

 

 やられた!

 

 

 

 

「……まぁ容姿が良いのぐらいは自覚してますけどねぇ」

 

 カウンターテーブルを拭きながら(オレ)がそう言うと、店長が深く頷いた。

 

 ―――なんで? そんなオーラ出てた?

 

 PAさんがそんな店長の横で笑う。

 

「まぁ大張さんぐらい見た目が良いと色々と大変そうですけどね」

「厄介ごと増えますよ。あしらうのだって楽じゃないし」

「大張さん、告白された~って噂が絶えないものね!?」

 

 喜多ちゃんテンション高いな。まぁ陽キャはその手の話が好きなので納得なんだけど……。

 

「勘違いするんだよなぁ……」

 

 まぁ勘違いさせかねない距離感であるのも自覚あるんだけども、男子にも女子にも……。

 そもそも生前は男で、今も心は男であるからに男向けのアニメとか好きだし……いや、やっぱり男の子が勘違いしちゃう系女子ムーブしすぎてるな、これはいかん。

 それなりに女子とも男子ともうまくやろうとしてると、結果こうなるんだよなぁ。

 

「オタクくんにも優しい系美少女とかモテるよねぇ~」

「確かに……ってなんでいるんですか?」

 

 どっから湧いた廣井きくり。

 虹夏ちゃんさんの眼が冷てぇ……。

 

「ぼっち、嫉妬とかしないの?」

「……いや全然」

 

 そういやしない。してこない、なにも言わない……せめて『こここ、告白受けたの!?』とか聞いてきても良い気がするけど、いや一回だけ聞かれた気がする。

 そのあとは何事もなく……なんで?

 ひとりの周りに私しかいない時期だったはずなのにぃ、もっとこう、依存とかして暗い目で聞いてきたりするもんじゃねぇですかね!? しろ!

 

「ねこみ、凄い考え込んでる」

「いや、絶対リョウが余計なこと言ったせいでしょ」

「あぁ~恋っていい~♪」

「喜多ちゃん楽しそうだね」

 

 

 

 

「そういえば、ねこみちゃんって“あの日”と“制服”以外でスカート履いてこないな」

 

 店長さんの言葉に、(オレ)は頷く。

 

 今の私の恰好だと、上は少し模様の入った白いブラウスと赤いネクタイ。下はスキニーデニムとブーツ。

 せいぜい来るときにニットカーディガンを羽織ってきたぐらいで……基本的にこの手の服装が多い。少なからずスカートなんてそうそう履かないし、持ってても三着だ。

 それに下北と言えど、わざわざバイトで履いてくるなんてことはない。学校帰りなら制服だが……というよりそもそもスカートが……。

 

「基本苦手なんですよ。落ち着かないっていうか……」

「えぇ~勿体ない」

 

 まぁ“音戯アルト(PA)”さん、配信とかで男受けについては詳しいっすもんね。

 

「確かに、大張さんって基本パンツスタイルよねぇ」

「まぁ、動きやすいし?」

「ぼっちと同じぐらい運動オンチなのに?」

 

 余計なことを、山田ぁ……。

 

「……と、ともかく私はスカートみたいなスースーしたの苦手で」

「デートと勘違いした日は履いてきたのに?」

 

 や、や、山田ァ!

 

 

 

 

 伊地知虹夏(わたし)はリョウの首を引っ張ってねこみちゃん弄りをやめさせる。

 ねこみちゃんのバイトが決まった日のアレはなんというかこう、いたたまれなかった……うん。

 それを笑うとは、人の心とかないのかもしれない。

 

 これだからベーシストは……。

 

「はれぇ? わらしの顔になんかついてるぅ?」

「いえなんでも」

 

 これだからベーシストは……!

 

 とりあえずリョウに釘を刺しておく。

 

「リョウ、ねこみちゃん真っ赤になってるからやめなよね」

「なってないです」

 

 ねこみちゃんが涙目でこちらを見てくる。

 

「いやなって」

「ないです」

「……なっ」

「ない」

「ああ、うん……ないね」

 

 ねこみちゃんも大概だなぁ。

 というより、なんだろうあの涙目のまま真っ赤な顔で私達を睨むのは……。

 

 ―――なんかこう、不思議な情動が湧いてくる。ギュンっとくるものがあった。

 

「大張さんのあんな表情、学校じゃみることないわね……」

 

 喜多ちゃんも何とも言えない表情で……。

 

「ねこみいいよね……」

「いい……」

 

 リョウとお姉ちゃんがなんか通じ合ってる!?

 

 

 

 

「まったく……」

 

 (オレ)は息をついて、熱くなってきたのでネクタイを緩める。

 

 ……どう、男っぽいでしょカッコいいでしょ!? 王子様系キャラ目指してるから!

 

 ちなみに髪が基本一つ結びなのもそれ故に。

 

「え、なんで大張さんドヤ顔なの?」

「あ、いやなんでも」

 

 真顔で聞かれると弱い。

 

「……大きいから?」

「え?」

「大きいのを見せつけたいの!?」

 

 喜多ちゃんさん笑ってるけど笑ってねぇなこれ!?

 ハッ、虹夏ちゃんさんがこっちを見て、って同じ顔してる!

 

「ねこみちゃん、そういうのホントよくない」

「なんで!?」

 

 私がなにしたって!?

 

「ねこみ、脱ごっか」

 

 山田ァ!? ってそういうことか!?

 

「大丈夫、他の人たちはみんな脱いだよ?」

「脱いでないでしょ! みんなってなに!?」

「広告費、広告費が欲しいでしょ?」

 

 全然いらねぇ……!

 

「ていうか、こんな……」

 

 ―――あぶねぇ……『こんな大きくても邪魔なだけですよ』とか『ほどほどが一番ですよ』とか言うところだった。

 さすがの私もそれがNGなことぐらいわかる……セーフ!

 

「ねこみちゃん……『こんな』って?」

「『こんな』の続き聞きたいわ大張さん?」

「あ~……え、えへへっ……」

 

 アウトだった……。

 

 

 

 

 今日はバイトが休み。

 嬉しいことなんだけれど、後藤ひとり(わたし)はどこか落ち着かないでいる。

 ねこみちゃんと私が別々でバイトに入るなんて珍しいし……心配なのかもしれない。

 

 ―――いやいやいや、ねこみちゃんは私に心配されるようなことしないけど、なんだか……うぅ~ん。

 

「……おねーちゃんどうしたの?」

「え、なんでもないよ?」

「なんだひとり、さっきからそわそわして」

 

 そわそわしてる、かなぁ?

 

「おばあちゃん、そろそろくるよ?」

 

 そう、おばあちゃんが来るからっていうことでお休みをもらったんだけど……。

 

「むむむむ……」

「ねこみちゃんでしょ」

「へっ!? なにが!?」

 

 おおお、お母さんが突然ねこみちゃんなんて言うから! びっくりしたぁ!?

 

「図星ねぇ~」

「なにが!?」

「えぇ~そりゃねぇ~?」

「ああ~なるほどなぁ~」

 

 お母さんとお父さんが顔を合わせてニコニコしてる。

 

「ねこみちゃんがどうしたの?」

「な、なんでもないよふたりぃ~」

 

 とりあえずふたりにそう言っておく。

 

「あ、ねこみちゃんに彼氏できた!? カッコいいんだろうなぁ~」

 

 ―――!?

 

「ねこみちゃん、ふたりの友達からも人気で」

「ふたり、憶測でそんなこと言っちゃダメだよ。ねこみちゃんに迷惑でしょ」

「あ、うん……ごめんなさい」

 

 

 

 

 口は災いの元すぎる……いや、この場合は胸になるのか?

 

 ともあれ(オレ)は、なんとか落ち着いた状況に安堵する。

 リョウさんが『胸如きでなにを』とかなんとか言って虹夏ちゃんさんに“プロレス技”をかけられ、それによって状況は有耶無耶に……やはり店長の妹。

 

 私は続いてモップをかけている。

 

「ふぅ、暑ぅ……」

 

 ネクタイを再び緩めると、きくりさんがひょこっと顔を出す。

 

「あれ、バリネコちゃんさぁ……」

「ねこみですけど」

 

 バリネコなんて私に合わない渾名やめてくださる? って感じだ。

 

「ああ、ごめんごめん、ねこちゃんらった~」

 

 まぁそっちならまだ普通に渾名っぽいからいいか……まぁ(オレ)はタチだけど。

 

「なんか、首のとこ赤いのあるよ~?」

「え、あ……なんだろ、虫刺され?」

 

 近くの鏡で確認すれば、確かに首元に赤い虫刺されのようなものがあった。

 季節外れだが、ないこともないか……。

 そんな風に思っていると、再び視界にきくりさんが入る。

 

「……やった?」

「おい廣井」

 

 さすがに呼び捨てにしても許されると思う。

 

「え~とうとうやっちゃったぁ~?」

 

 とうとうってなんだ。とうとうってなんだ!?

 

 てかぞろぞろ集まってくるな!

 

「え、マジか? いつの間にそんな進んだ?」

「いいですねぇ~」

「わわっ、ホントだ赤い!」

「こりゃ赤い! ですね!」

 

 早とちるな!

 

「店長お金頂戴、お赤飯買ってくる……!」

 

 大人しくしてろ山田ァ!

 

「いや、ホント違うからっ! マジで!」

「えぇ~またまたぁ~」

「ひとりちゃんにどんな感じで告白したの!? まさかひとりちゃんがしたの!?」

 

 くっ、流石JKたち! 恋バナとなるとブレーキがきかない! エンジンブレーキ使ってけ!

 

 

 

 

 おばあちゃんとふたりが遊んでいるのを横目に、後藤ひとり(わたし)はテレビを見る。

 ギターの練習しようかとも思ったけど、流石におばあちゃんが来てるのにソレはなぁ……。

 

「……あれ、ひとりちゃん」

「え、なに?」

 

 突然、隣のお母さんが私のことを覗き込む。

 

「首、赤いのが……」

「虫刺されかな……?」

 

 近くにあった手鏡を使って見てみれば、本当に赤くなってる。

 

「虫刺されだ」

「……ねこみちゃん?」

「え、なんでここでねこみちゃんが」

「そうなのね!?」

 

 え、圧が強い。なにかわからないけど……あ゛!?

 

「ちちちち、ちがっ、ちがっ!」

「あらやだぁ~今日はお赤飯かしらぁ~」

 

 ―――違うからやめて!?

 

 

 

 

「ほうほう、それじゃ“まだ”と……」

 

 伊地知虹夏(わたし)は、眉を顰めて頷いた。

 ねこみちゃんの首に“ソレ”がついていたと思ってテンションが上がった一同だったけれど、結果的には誤解だったらしい。

 私としてはとうとう“その時”が来たかと嬉しかったんだけど……。

 

「変な勘違いしないでくださいよ……たくっ」

 

 そんな風に言うねこみちゃんは、喜多ちゃんからみたら“らしくない”らしい。

 私達からすれば、そこまで深い関わり合いがなかったのでたまにこういう口調になるのかな? ぐらいのものなんだけれど、学校では一切ないとかなんとか。

 学校で常に一緒の子たちが知らないねこみちゃんを知っているというのは、ちょっと嬉しかったりする……。

 

「そもそも、ひとりは首に“所有権”付けるようなタイプじゃないですよ」

「あ~確かに、恥ずかしがりそ~」

 

 とは言ったものの、ねこみちゃんとぼっちちゃんなら、ぼっちちゃんはやりそうな気がしないでもない。

 

「虹夏、身近な人でその手の想像するのは才能あるよ」

「なんの才能……」

 

 リョウが余計なことを言うせいでこっちが恥ずかしくなる。

 確かに、身近な相手でそういうの想像しちゃうのは問題あるけども、でもぼっちちゃんとねこみちゃんだよ? 目の前でキスまでしてるんだよ……事故だけど。

 それにっていうか、いつ付き合ってそうなってもおかしくないように見えるし、考えるのも仕方ないってものじゃ……。

 

「にしても勿体ないなぁぼっちちゃんはぁ~こんなおっぱい好き放題できる権利があるのにぃ!」

 

 廣井さんの声と共に、ねこみちゃんの後ろ、両脇から出た手が―――ぐわしっ! という擬音と共にねこみちゃんの両胸を鷲掴みにする。

 

 

 ―――デッッッ!!?

 

 

 

 

 ねこみちゃん、廣井さんに胸揉まれてるのに平然としてるなぁ……いや、ちょっと顔赤いかも。

 お姉ちゃんが茫然としちゃってるじゃん……。

 

「あ~まぁ良いですよ。学生なんでありますあります……学生の頃にこういう交友なかったですもんね、きくりさん」

「ぐふぅ!? なぜそれを知って……お酒頂戴ぃ~!」

「飲んでるでしょ既に」

 

 泣きながらねこみちゃんの胸を揉んでる廣井さん、シュールだ。

 まぁねこみちゃんも気にして無さそうだし良いけど……良いけど、うん、良いけど……。

 

「伊地知先輩……前が霞んで見えません、私あんなことされたことないですっ!」

 

 ―――強く生きて行こう、なぜなら私たちはまだ成長途中だから。てかボタンが悲鳴あげてる……。

 

「うぅ~学生の頃の欲求がぁ~」

「きくりさんそれだと学生の頃に胸が揉みたい欲求があったみたいになりますけど」

「反応なしとか悲しい……」

 

 もはや変態じゃん……。

 

「あーやだーきくりさんのえっちー」

「表情筋が死んでるぅ!」

 

 めんどくさいな酔っ払い……あ、そろそろお姉ちゃんが動きそう。

 

「なら……えいっ!」

 

 廣井さんが、ねこみちゃんに体重をかければねこみちゃんはそのまま前のめりになる。

 そしてそのまま廣井さんは、ねこみちゃんの耳元まで顔を寄せると、口をすぼめた……。

 

「ふぅー」

「ひゃぁんっ!」

 

 ―――!!!??

 

 

 

 

「先輩ギブギブ! これ以上はっ、これ以上はマズイってぇ! あ、あ゛ぁ゛あ゛っ!」

「星歌ブリーカー! 死ねぇ!」

 

 お姉ちゃんが廣井さんに容赦のないコブラツイストをかけてる……妥当。

 

「えっと、お、大張さん大丈夫?」

「余裕の面からの即堕ちは見応えあったよねこみ」

「リョウはさぁ……」

 

 相変わらずの平常運転なリョウをどかして、私は喜多ちゃんの隣に立つ。

 ねこみちゃんはしゃがみこんでて、両手で口を押さえたまま、耳まで真っ赤。瞳には羞恥からか涙も浮かんで、弱々しい表情で私達を見上げる。

 

 なんだろう、こう……(ない)にギュンギュン来て、背筋がゾクゾクってなる感じは……。

 

 非常によくない感じはする。

 

「ひ、ひとりにはっ、い、言わないでっ……」

 

 ―――あ、これはよくない。

 

 

 

 

 なんだかお母さんにねこみちゃんとのことを凄い事細かに聞かれた。

 

 途中からなんだかガッカリしてたけど……え、なんで?

 

「ひとりったら、誰に似たのかしらぁ」

「……お父さん?」

「え、父さんなにかした?」

 

 戸惑うお父さんを余所に、お母さんが頷く。

 

 よくわからないけど……たぶん私はおばあちゃん似。

 

「ねこみちゃんは昔から人気あるわよねぇ」

「うん」

 

 それは事実で、幼稚園のころから今まで、ねこみちゃんが人気じゃなかったことなんてない。

 容姿がどうとかじゃなくて、誰にでも上手く合わせられるところとか、色々だ。

 大人というか、なんていうか……。

 

 男の子から告白されたって話も聞くし……まぁ聞くというか聞こえるというか……ともかく、いつもそんな話が聞こえてくると私はそわそわしてしまう。

 直接聞いたことがないわけでもないけど、何回も聞くのもおかしいかなって思うし……。

 

 怖くてあまり深くは聞かないけど、大体次の日には『断った』って聞こえてくるから安心する。

 

「……お母さんの勘だとねこみちゃんは攻めれば堕ちるわよ!」

「娘になんてこと言うの!?」

 

 

 

 

 STARRYでのバイトを終えて、(オレ)は下北から金沢へと帰ってきた。

 帰宅ラッシュから外れた時間ということもあって、ホームへ出る疎らな人に混じって私もまた、ホームへ出て、構内を足早に歩き改札を通る。

 いつもよりも“足取り軽く”駅を出れば、すぐにそのピンク色を見つけた。

 

 あちらも私を見つけたようで、軽く手を上げてくれる。

 

「……お待たせひとりぃ♪」

「あ、えっと……だ、大丈夫」

 

 私が微笑を浮かべてそう言うと、“ひとり”はなぜか戸惑いつつも笑みを浮かべた。

 いつもと違う雰囲気に困惑しながらも、相変わらず顔が良い……なんて思う。

 

「えっうっ……ご、ごめんね、突然迎えに行くなんて言っちゃって」

「うぅん……うれしぃ、かなっ」

 

 心配してくれたのかな、なんて……っていかんいかん思考がおかしいぞ!?

 

 頭を振る私へと近づいたひとりが、私の手を取る。

 

「それじゃあ、帰ろっか、ねこみちゃん……」

「あっ、うんっ……♡」

 

 ひとりの手が、温かい……。

 

「その、昔から、ねこみちゃんって……冷え性、だよね」

「む、冷たいなら手ぇ放してくれていいけどな」

 

 この総受けめ、そんなんだから総受けなんだ。

 

「ううん、離さないよ。ねこみちゃんが……離してってならないなら」

 

 振り返って、軽く笑みを向けられる。

 慣れないそんな笑みに、私は片手でカーディガンを掴んで、緩みそうな口元を隠す。

 

 (わたし)だって、同じなのに……。

 

「は、早く帰るよっ!」

「わっ、ね、ねこみちゃん早いよっ! もうちょっとゆっくり……」

 

 うっさい! なら恥ずかしいこと言うなっ!

 

「きっ、今日会えなかったから、な、なるべく一緒にっ……」

 

 ―――ッ……しょ、しょうがないなぁ♡

 

「じゃあほら、行こ」

「あ……うんっ!」

 

 ひとりの手が、やっぱり温かい……。

 

 ハッ!!? くそぉ、なんだこの感じぃ……!

 

 これじゃ、これじゃ(オレ)が女の子みたいだろぉがッ!!

 

「あ、それとねこみちゃん……」

 

 ―――んぁ!? なんだぁコラ!?

 

 

「今度、お泊り行こっか……?」

 

 

「……うんっ♡」

 

 




あとがき

ダメですねこれは(
今回はオムニバスっていうか、原作みたいな四コマを意識しつつな回で
STARRY組との会話多めでお送りしました

こんな感じで学校編とかやるかも……というより事故チュー後の学校はやってないのでやりたい
それはともかく次回はちょっとおセンシティブかも

とりあえず短編と言う名目なのでいつでも終わらせられる準備はしときたい私です

では、次回もお楽しみいただければと思います


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

♯ですとぴあ

旅館編:その1


 

 “後藤ひとり(わたし)”の前に、長い銀髪が舞う。

 

 くるっと回る彼女と一緒に、銀色が優しい陽の光りに輝いて……

 

 ―――なんだか、また歌詞にできそう。

 

「おぉ~すっごぉ」

 

 そう言って、いつもと違って結っていない髪をそのままに、ねこみちゃんが嬉しそうに私の方を向く。

 私も思わず、その綺麗な内装に感嘆の声が漏れる。

 ねこみちゃんにも、だけど……でもやっぱり“温泉旅館”凄い……。

 

 大体昼過ぎ頃、私とねこみちゃんは温泉旅館の一室にいた。

 

 それにしてもこの部屋、すごく景色が良い……き、喜多ちゃんみたいに……い、イソスタすれば、ば、ばばっ、映えそ、うぷっ。

 

「げふっ!」

 

「うわっ、ひとり……なんで青春コンプレックス?」

「い、イソスタなんて私には似合わない……い、いいねなんて……いら、いら……」

 

 ―――いいね欲しい!

 

「あ~なるほどね、わかったわかった。私がやっとくからいいでしょ別に……」

 

 そう言いながらねこみちゃんはケータイのカメラで景色を撮る。

 

「ほぼ見る用のアカウントみたいなもんだしね……」

 

 ねこみちゃんは陽の者なのにイソスタをあまりしていないらしい……。

 友達とどっか行った時は、その友達がイソスタに投稿するから別にいいんだって……そういうとこ、あまりJKっぽくないね。普通のJK知らないけど……。

 でも一緒に出掛けた時、ちょくちょく写真は撮ってたと思う。

 

 なんて思っていれば、ねこみちゃんが景色じゃなくて私を見ていた。

 

「にしても、私で良かったの? おばあちゃんからもらったペアチケット」

「え……そ、それはまぁ……」

 

 そう、おばあちゃんからもらった券で今日はここにタダで来ている。一泊二日の小旅行……。

 おばあちゃんからしっかりと『ねこみちゃんでも誘うといいわ』って言われて渡されてるから正しい使い方だし、そうでなくっても……。

 

「ねこみちゃんしか、いないし、ふへへっ」

「あ~まぁそうだよねぇ~私しかいないよねぇ、ひとりにはぁ~♪」

 

 なんだか上機嫌……でも、ねこみちゃんが楽しそうでよかった。

 

 とりあえず景色の写真でも撮っておこうとケータイのカメラを起動する。

 

「森林もいいなぁ~マイナスイオンすっげ~、知らんけど~」

 

 景色を撮る前にケータイを構えてみると、窓の方にいるねこみちゃんも一緒に映る。

 

 

「ひとり、すごいよっ♪」

 

 ―――あっ……。

 

 

 パシャリと、思わずシャッターを切っちゃったけど、しょうがないと思う。撮ったというより、撮らされたの方が正しいと思うくらいだ。

 

 陽の光りと、外の緑と空の青、銀色の髪を舞わせて振り返った笑顔のねこみちゃん。

 

 私がこれからの人生で、これ以上の写真は撮れないんじゃないかなってぐらいに……すごい綺麗。

 

「へっ……え~、私を撮ったの~? 景色じゃなくて~?」

「あっ、いやっ、そのっ……!」

「ん~? なにかにゃ~♪」

 

 楽しそう、というか嬉しそう。

 たまにする、意地悪っぽい顔で笑うねこみちゃに、私はわたわた両手を振るしかない。

 

「あっ、え、えとっ、わわ、私っ……と、盗撮に、なる?」

「いやならないけど……揶揄ったんだからもっとカワイイ反応しろよ~」

 

 腕を組んでムスッとした表情を浮かべるねこみちゃん。その大きな胸が、組んだ腕の上にゆさっと乗っかって……。

 スタイルも良いし、かわいいし、そんなねこみちゃんが、私と旅行に来ている……。

 

 ―――凄い優越感っ! 承認欲求が満たされていく……!

 

「え、ふへへっ……」

「えっ、なにどうしたの?」

「あ、いやそのっ……あ、そ、それより外、いく?」

 

 せっかく旅館に来たんだし、ねこみちゃんは外に観光に行きたいかもしれない。

 

「あ~いいよ、帰る前とかで……あとでお土産だけ買ってくるけど、ひとりもゆっくりしたいでしょ?」

「わ、私はそうだけど」

 

 ゆっくりと言うか……。

 

 私は、持ってきていたギターを見る。

 

「あ~いいのいいの! 遠慮しなくってさ? それにギターもってこいって言ったの私だしねぇ」

「……弾いてて、いいの?」

「ま、景色見ながらひとりのギター聴くってのも乙だと思うよ。私はさ」

 

 手を後ろで組んで、ねこみちゃんは私の顔を覗き込むように前に屈んでそう言う。

 

「ひとりも、変わった環境でギター弾いてたら歌詞とか降りてくるかもよ?」

「あ、うん……ありがとう」

 

 自然と、頬が綻ぶ。

 

「っ……ど、どういたしまして……それにさ、ひとりも最近、頑張ってるからね……」

 

 優しく笑うねこみちゃんは、なんていうか、あったかい。

 こういうのを“母性”って言うのかな……?

 

「ねこみちゃん、将来は良いお嫁さんに、なりそうだよね」

「……は、はぁっ!?」

「ぴぇっ!?」

 

 突然ねこみちゃんが大声を出すものだから、驚いて変な声が出る。

 

「あ、ね、ねこみちゃん、優しい、から……」

「い、いやそりゃそうでしょ、私を誰だと思って……ま、まぁ将来は旦那さんなつもりだけど!」

 

 真っ赤な顔でよくわからないことを言うねこみちゃん。

 後ろ手を組んだまま、もじもじとしている彼女がなんだか珍しくて、私は思わず笑ってしまう。

 ねこみちゃんはそれに気づくなり、少しだけ拗ねた表情を見せた。それもなんだか、おかしく思う。

 

 あ、そう言えばお母さんに行く前に言われたことを……え、でも、言うべき、かなぁ……。

 気持ち悪いとか思われてもやだし、ねこみちゃんのことだから私なんかに言われても別に今更かもしれないしっ……。

 

「な、なんだよぉ……」

「あっえっ……な、なんでも……」

 

 両手を振ってそう言うと、ねこみちゃんは一転、また意地悪に笑う。

 

「ん~? なになに~私が旦那さんとか言ったから意識しちゃった~?」

 

 ―――えっと、なにがだろう……?

 

「フフフ~、ひとりぐらいなら簡単に養ってやれるぐらい稼ぐぞ~?」

 

 えっと、わからないけど……そのぐらい稼ぐって意気込みの話かな?

 ……ねこみちゃんが養ってくれるなら嬉しいけどなぁ。

 

 あっ、そういえば虹夏ちゃんも言ってくれた……甘え過ぎてなかったことにされちゃったけど。

 こういうの、流行ってたりするのかな、最近のJKの間では……よ、よし!

 

「わ、私だって音楽でその、ね、ねこみちゃんを食べさせていけるようになるよっ!」

「……」

「あ、あれ……?」

 

 ま、間違えた……? なんかルールとかあるのかな、これ……。

 

「ふぇぁっ!?」

 

 鳴いた……?

 

「あっ、いやそのっ、えっと……っ」

「ななな、なに言ってんの!?」

 

 え、そう言うルールじゃないの!?

 

「ああいやっ、その……ま、まぁ私もダメバンドマン養うつもりは、ないしっ……」

 

 なんだかモニョモニョ言ってる。

 珍しいねこみちゃんだ……あ、いや最近は多いかも。

 

「そのっ、あぅっ……」

 

 なんだか、変な雰囲気……あ、そうだ! 今だよねお母さんっ!

 

「ねこみちゃん、かわいい……」

「ひゅぇっ!?」

 

 また鳴いた? で、でもお母さん、ねこみちゃんがいつもと違う恰好してたら褒めてあげると良いって言ってたし、喜多ちゃんも同じこと言ってたし、虹夏ちゃんも『絶対すること!』って言ってたし、リョウさんも『過剰なぐらいいけ』って……。

 よ、よしっ!

 

「あ、スカートかわいい。ニットもかわいい、カーディガンもかわいいよ……も、もちろんねこみちゃんが、着てるからで」

「いいい、いいからっ! そういうの良いですっ!」

 

 ―――あれ?

 

「い、いきなりっ……そういうのやめろよぉ」

 

 両手で顔を覆ってしゃがみこむねこみちゃん。

 

「え、えっとぉ……」

 

 ―――むしろ悪化した……? な、慣れないことなんてするんじゃなかった……。

 

「くっそぉ……」

 

 なぜだか悔しそうな顔をして、ねこみちゃんは赤くなった顔を上げる。

 ちょっと怖い顔をしてるけど怒ってる感じじゃない……よね?

 

「ひとりぃ……!」

 

 ―――えっ、なな、なんで近づいて……!

 

「お前ぇっ……!」

 

 ―――あ、やっぱ怒ってる? あ、いやそのっ……。

 

 私は下がって壁際に追い詰められる。

 近づいてくるねこみちゃんの真っ赤だった顔が、少しだけ元に戻ってる。

 私より、頭一つ分ほど身長が高いねこみちゃん……近ければそれだけ見上げる感じになって……。

 

「っ……!」

 

 そんなねこみちゃんが、右手で私の顔の横を叩いた。

 

「ぴっ!?」

 

 ―――ななな、なにっ!?

 

 少しだけ眼を閉じて、深呼吸するねこみちゃんは、すっかり平静さを取り戻した。

 落ち着いた表情で、パッチリとした二重の眼を細めて、私を見る。

 

 ―――その、胸が私の胸に当たってるんだけど……。

 

「ひとり……」

 

 声をかけられて見上げれば、キラリとなにかが光った。

 

 ―――あ、ねこみちゃん……。

 

「私をあんまナメんなよ?」

「ねこみ、ちゃん……」

 

 私は、そっとねこみちゃんの顔に手を伸ばす。

 自然とそんなことをしてしまって、何も意識しないまま、ねこみちゃんの横顔に手を滑らせて、その耳を確認すれば―――なんで気づかなかったんだろう。

 銀色のソレが、揺れている。

 

「イヤリング、してたんだ……」

「はぁ……? オイひとり、わたしはなぁッ!」

 

「かわいいよ。ねこみちゃん……」

 

 自然と頬が綻んで、自分の口角が上がって、連動するように眼が細くなって……たぶん、笑ってるんだと思う。

 初めてみるねこみちゃんに、心があったかくなって、嬉しくなる。

 

 そっと、ねこみちゃんのイヤリングに触れて……そして―――。

 

 綺麗なねこみちゃんの顔が―――真っ赤に染まった。

 

 

「ひゃぅっ♡」

 

 

 ―――また鳴いた?

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 くっそぉ~! (オレ)としたことがぁ……!

 

 ひとりめぇ……ひとりのくせにぃ……。

 

「ね、ねこみちゃん……と、突然しゃがんで、どうしたの?」

「な、なんでもなぃっ♡」

「ででで、でもっ、あっ、お、お腹痛い、とかっ!? あ、もしかして……き、きちゃった……?」

 

 違うからっ! ぐぅ、しかしッ! 顔が見れないぃ~絶対真っ赤だぁ~。

 

「ち、違うからっ、ほんとっ……」

 

 なんだよ“あの顔”ぉ、良すぎるだろぉ……じゃないって!

 

 私が“壁ドン”までしてなんで、逆転されんだよぉ、ずるいだろお前ぇ……。

 

 てか“総受け(ネコ)(統計)”のひとり相手に、なんで“攻め(タチ)”の私が逆転されんだよぉ。

 

 この世界じゃ攻めなのかぁ? いやいやいや、絶対お前受けだろぉが、10年間見てきたんだぞぉ……。

 

「ひとりぃ……」

「へ、な、なな、なに?」

「……ギター、弾いて」

 

 片手を顔から離して、ギターの方を指さす。

 

「へっ……あ、うん」

 

 とりあえず、ひとりのギターでも聴いて落ち着こう。

 

 

 ―――フフフッ、そしたらいつも通りに戻れるはずだ。

 

 そうだそうだ。焦ることはない……帝王は一人、このねこみだッ! 依然変わらずッ!

 

 それにさっきもひとりが言ってたじゃないか『ねこみちゃんしかいない』と……そう、完全に私が主導権を握っている!

 ならば……あっ!

 

 フッフッフッ、良いことを思いついたぞぉ!

 

 

 ―――ひとりぃ、今日でお前を完全に“わからせて”やるからなぁっ!

 

 




あとがき

一話で終わらすつもりだったんですが長くなったので分割
もしかしたらさらにもう一話増えるかもしれないけど……

おセンシティブは次回……いや、それでも健全の範疇ですよ?
……露天風呂付き客室なら即死だった

とりあえず、ねこみに秘策あり

では次回もお楽しみいただければと思います


PS
お気に入り登録や、感想をいつもありがとうございます
短編のつもりでしたが、もう少しだけ続けるつもりなのでお付き合いいただければです


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

♯ちょうおんそく ですてぃにー

旅館編:その2


なんだか書いてたらおセンシティブになってしまいましたので、読み飛ばしてもらっても大丈夫
一応健全の範囲は出てないはずですが、うん

……次回からはいつも通りの感じに


 

 夜、二人で泊まる温泉旅館の部屋で、用意された晩御飯を食べた。

 

 後藤ひとり(わたし)は部屋に備え付けられているお風呂から出て、私は部屋に一人、二枚隣同士に敷かれた布団の上、寝間着に着替えて上をTシャツ、下をジャージの恰好で転がっている。

 ちなみにねこみちゃんはいない。

 そう、なぜならここは温泉旅館。

 

 

 ―――ろ、露天風呂……た、大衆浴場……。

 

 

 とても辛い。耐えられない……長女でも耐えられない。

 

 ねこみちゃんが“露天風呂に行く”前、先の会話を思い出す。

 

 

『え~行こうよひとりぃ~、シーズンオフでお客さん少ないっぽいし』

『むむむむむ!』

『すごい首振るじゃん、取れるよ?』

『わわわ、私のような人間の身体をひひひ、人様に見せることになるなんてっ!?』

『たまには裸の付き合いでも~と思ったんだけどなぁ、小学生以来一緒にお風呂なんてなかったし』

『ねねね、ねこみちゃんと、ははっ、裸のつきっ……ぶふぉっ!?』

『ああっ!? ひとりが液体状(バイオライダー)に!?』

 

 

 ここから先の記憶はない。気づいたらねこみちゃんは“露天風呂行ってくる”という“書置き(ロイン)”を残して消えていた。

 ちなみにロインには虹夏ちゃんや喜多ちゃん、リョウさんやお母さん、お姉さんとかからもメッセージが入ってて、どれもこれも『頑張れ!』や『今日でキメるのよ!』とかで……あ、お姉さんだけタイプ違う感じしたけど……。

 

 ともあれ、ロインの返信をしつつ、私は部屋のお風呂を使って今に至るわけで……。

 

 

「ねこみちゃんが、露天風呂……」

 

 ―――こここ、混浴とかあったらどうしよう!?

 

「はぅあ゛っ、ね、ねこみちゃんってあれで無防備なタイプだからっ……」

 

 それに、ねこみちゃんは同性も魅了するタイプだしっ……そうでなくっても危ないっ!?

 これでねこみちゃんに、“もしものこと”があったら、いろんな人にどう顔向けすればいいか!

 

 なによりも私が凄く嫌だっ……!

 

「むむむ、迎えに行く……!?」

 

 でもっ、そのためには露天風呂に入らなきゃいけなくって……!

 

「なに布団の上でゴロゴロしてんの?」

「じゃぎぃ!?」

「なんて声出してんの、フロギィもあんの?」

 

 ―――ねねね、ねこみちゃん!?

 

「ぶぶぶっ、無事だったんだ……」

「露天風呂をデスゲームの会場とでも思ってたん?」

 

 そう言うと、“浴衣姿”のねこみちゃんは微笑。

 買ってきたのか、ペットボトルのお茶を両手で飲むと、それを近くのテーブルの上に置く。

 いつもと違って、ピンク色のシュシュで結った“ルーズサイドテール”姿のねこみちゃんに、なんだかドキドキする。

 ねこみちゃんがそっと、私の寝転がる布団の、隣の布団に座った。

 

「ていうか、なんで並んでるの……」

「わ、わかんない……」

 

 全然気にしてなかった……。

 

 ―――それよりねこみちゃん、色っぽいなぁ……って!

 

「あぁぁ~! 私はなんてことぉぉぉ~!」

 

「ひっ! い、いきなり叫ぶなっ!」

 

 驚かせちゃったみたいで反省。

 冷静さを少し取り戻してねこみちゃんを見れば、やっぱり色っぽい。

 落ち着きながら、私は布団から上体を起こす。

 

「いきなり冷静になるなぁ……あ、そうだった」

「ん?」

 

 私がなにか言う前に、ねこみちゃんがなにかを思い出したかのように手を叩く。

 

「ねぇひとり、ちょっと、横になってくれる……?」

「えっ」

「んっ、おねがい……ね?」

 

 ねこみちゃんがほんのりと顔を赤らめつつ、妖艶に笑って、私に言う。

 羽織をそっとずらして、四つん這いになって私に近づいてくるねこみちゃんは、今まで見たこともない雰囲気で……。

 

 ―――たたたっ、谷間がッ!!?

 

「気持ちいいこと、しよっか……?」

 

 ―――エッッッ!?

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 フッフッフッフッ……!

 

 心の中で笑いが止まらない(オレ)こと大張ねこみ15歳。

 

 ―――ひとりの奴、顔を真っ赤にして動揺してた……勝った。勝ち確!

 

 うつ伏せに寝転がるひとりに乗り、私はその背中に指圧をかけていく……そう、シンプルマッサージである。

 

 私が“とあるルート(Google)”で入手した情報で見た情報だと……背中はいいらしい!

 

 いやまぁふんわりとしか見てないんでよくわからんが、とりあえず主導権は我にあり!

 

 とうとうひとりの奴に自分が“総受け(雌ネコ)”だとわからせる日が来たってわけよ……!

 

 

 ―――そうこれは、ひとりを完全に堕とすための秘策ッッッ!!!

 

 

「んっ、どう……ひとり?」

「あ゛~」

 

 ふふふっ、返事も曖昧になるぐらい気持ちいいらしい。

 (オレ)のマッサージにメロメロに……なんか違くね?

 

「ひとり?」

「も、もうちょっと上、上……あ~そこっ」

 

 ―――普通にマッサージだこれ!?

 

 おかしい、私の予測だともっと艶っぽい声とか出て“そういう雰囲気”になるはず……なぜ?

 私の転生特典的なのはどこ……こういうときに逆転劇はないの……?

 普通にマッサージさせられてるし……いや勝手に始めたのこっちなんだけども……。

 

「う゛ぁ~……ねこみちゃん、じょうずぅ~……」

「あ、うん、ありがとう……」

 

 てか疲れる……汗が、谷間に汗が……。

 

「ふっ……んぅ~」

 

 てか非力なもんで力込めてやってもひとりが普通に気持ちよさそうにしやがる……せめて痛がらせたいけど無理だな。うん。

 てか……。

 

「あ、ねこみちゃん、疲れた……?」

「まぁ、うん……」

 

 ―――フフフッ、いいタイミングだ。さすがだひとりぃ。

 

「あ、ありがとう、それじゃあ……」

 

 あ~やめやめ。けっ、なんにもならない時間だったぜ……。

 まぁ、これでひとりの疲れがとれるようだったら良しとするかぁ、最近バイトも頑張ってるし……。

 

 ひとりも成長してるってことだなぁ~……肝心なとこ変わってないけど。

 

「次、私がねこみちゃんに、やってあげるねっ……!」

 

 ―――そうきたかぁ、まぁ良いけど……痛かったら速攻でやめさせてやるかんな!

 

 

 

「……ぁッ♡ ん゛ッ♡」

 

 

 シーツを握りしめて、枕に顔を押し当てる。

 

 

「い、痛い?」

「だっ、だいじょ、お゛っ♡」

 

 ―――今っ、押すなぁっ……!

 

 私はうつ伏せのまま、ひとりからマッサージを受けていた。

 普通の、私がやったものとほとんど代わらない指圧マッサージのはずなのに、おかしい……。

 ひとりの指が私の背を押すたびに、全身に電気が奔るような感覚。

 

 ―――なんでぇっ……。

 

「ん゛ん゛~っ♡」

「わっ、ね、ねこみちゃん……?」

 

 ひとりが指圧をゆっくりと強くしていく度に、背が跳ねる。

 

 ―――私がやってたときっ、ひとりこんなんじゃなかったじゃぁん……。

 

「だ、大丈夫……? な、なんだか……」

 

 顔を横に向けて、横目で背中に乗っているひとりを見れば、私を心配そうに見ていた。別にそんな顔をする必要はないのに……。

 力を弱めたひとりの指が浴衣を挟んだ背中を這う。

 

「ひぅっ♡」

「わっ、あ、そ、その……ご、ごめんね……?」

「は……ハァ?」

 

 ひとりめっ、わ、(わたし)がこの程度で根をあげるとでも思ってんのか!?

 

「別にっ、なにも感じてないしっ……普通に背中押されて、い、息が出てるだけだからっ」

「え、いやその、それは、さすがに……」

「つ、続けろって、私が今更ひとりに遠慮なんてするか……い、痛かったら言うからっ!」

「……そう、かな?」

「そう!」

 

 そう返事をすれば、ひとりが頷く。

 

 ―――ひとりが私に手加減しようなんざ百年早い!

 

「それじゃぁ……」

 

 あ、え、ちょっと息整える時間───。

 

「くら、い゛ぁ゛っ♡」

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 布団でうつ伏せで寝るねこみちゃんのお尻あたりに乗って、私はねこみちゃんの背を押す。

 

 ―――ねこみちゃん、お尻大きい……とか言ったら怒るよね。うん。

 

 雑念を振り払って、私が指を使ってねこみちゃんをグッと押すたびに、ねこみちゃんは反応した。

 そんなねこみちゃんを見るのが初めてで、少しドキドキする……。

 

 ―――ねこみちゃんにしてもらった時、気持ち良かったけど、そんなにかなぁ……。

 

「ねこみちゃん……どこが好き?」

「わ゛かん゛なっ……ひぃ゛っ♡」

 

 でも、なんとなくねこみちゃんが好きなとこ、わかってきたかも。

 私は力を少しずつ込めて、抉るようにねこみちゃんに指を沈めていく。指が僅かに沈んでいくごとに、ねこみちゃんが身をよじる。

 ねこみちゃんの身体が、ビクビクって跳ねた。

 

 ―――かわいい……なんだろう、この、感じ……。

 

「ん゛ん゛~っ♡」

「ここ、好き?」

「ひっ♡ だ、めぇっ♡」

 

 手を止める。

 

「あっ……♡」

 

「ご、ごめんねっ。い、痛かった……?」

 

 ねこみちゃんから手を離して、起き上がれないねこみちゃんに覆いかぶさるようにして耳元に口を持っていく。

 夜だし、ある程度は静かにしなきゃいけないっていう思考のせい……別にここなら声出しても良いんだと思うけど……。

 横を向いているねこみちゃんは顔が真っ赤で、瞳に涙を浮かべてて……。

 

 ―――だ、大丈夫って言ってたよね? で、でも、どうだろう……。

 

「えっと、や、やめたい……?」

「ひゃっ♡ み、みみ……ッ」

「な、なん、て?」

 

 呟くような声で、聞こえなかった。

 

「にゃっ、な、なんでもなぃっ♡ ……だ、大丈夫、だからっ」

 

 シーツを握りしめた手を緩めて、ねこみちゃんは涙目で私を見上げてそう言う。

 

 変だ。なんだか変だ。ドキドキが止まらない。バスドラムみたいに音をたてる心臓……。

 

「やめ、ないで……?」

 

 コクリ、と頷くねこみちゃんを見て、私はねこみちゃんに重なるようにしていた上体を起こす。

 

「そ、それじゃあ、するね……?」

「は、はぃっ……♡」

 

 ―――なんで敬語なんだろう。

 

 そんなことを思いながら、指をねこみちゃんに添えて……押す。

 

「ん゛っ♡」

 

「ここ、かな……」

 

 腰のあたりを、強めに押す。

 

「ひぃ゛ぁ゛っ♡」

「あっ、ごごご、ごめんねっ、ちち、力強かった!?」

 

 急いで手を離せば、ねこみちゃんが潤んだ瞳で私を見る。

 

「ぅう~っ……い、いいからっ……してぇ……っ♡」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 (わたし)は焦るような余裕もない。

 恥ずかしいし、気持ちいいしで、頭がおかしくなりそうで……。

 動くせいで浴衣もだいぶ脱げてきてる。

 

「ん゛ぅ……♡」

「えへへっ、私マッサージ師やろうかなぁ」

 

 ―――えっ、これをひとりが(わたし)以外にっ!? ヤダヤダダメダメ!

 

「ひ、とりはっ、はぅ゛っ♡ ぎ、ギタリスト、でしょぉ……ひぅっ♡」

「あ、そそ、そうだよねっ」

 

 横目でひとりを見れば、紅潮した顔で照れたように笑う。

 

「ね、ねこみちゃんが、私のこと信じてくれてるんだもん、頑張るね……結束バンドでっ!」

「~~~ッ♡」

 

 うん、ホントに頑張ってほしいとか思ってるんだけど―――脳が追いつかない。

 

 パチパチと音を立てるみたいに、視界が点滅する。それが終わらない。どんどん強くなってくる。

 

 ひとりの指が(わたし)の弱点を押して、そこから這うように別の場所をまた押す。

 

「~~~♡」

 

 その度に、身体が跳ねて、お腹の奥がキューッとなって……初めてのライブとか学祭の時みたいな……。

 

 

 ―――あ、これ、ヤバぃ……くそぉ、ひとりに……こんな声、出させられてぇ……っ♡

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

「えっと、それで……」

 

 結束バンドでの練習の時の話なんかをしていたら、いつの間にか変な気分も吹き飛んで……。

 相槌を打ってたねこみちゃんもなにも言わなくなっている。それに全然動かないし……。

 

 ―――ハッ!? わ、私が重くて圧迫死!?

 

「あ、ね、ねこみちゃんっ!?」

 

 急いで退くと、ねこみちゃんの身体が上下にゆったり動いてることに気づく。

 横を向いてるねこみちゃんを覗けば、涎を垂らして寝ていた。

 なんだかそんなねこみちゃんが珍しくて、思わず笑いが零れる。

 

「へへっ、気持ち良かったのかなぁ」

 

 ―――たまには、ねこみちゃんの役に立てたかな……?

 

 私は電気を暗くしてから、そっとねこみちゃんに布団をかける。

 それから隣に敷いてある自分の布団で横になって……暗闇で眼が慣れてくると、ねこみちゃんの顔が見えてきた。

 幸せそうな表情で寝てるのを見ると、温泉誘ってよかったなって……。

 

 穏やかに眠っているねこみちゃんをみると、すごく安心して、胸の中がポカポカする……。

 

 

「えへへっ……ねこみちゃんは―――」

 

 

 ―――本当にかわいい女の子だなぁ。

 

 





あとがき

なんかすごいことになっちゃったぞぉ(他人事)
まぁねこみには必要だったといえば必要な気もするイベント
ちょっとした進展にはなるかな的な
まさかの旅館編が次でラスト、せめて二話で終わらすつもりだったんですが……

その次はまた短編詰め合わせみたいな感じで、学校でのこととか書くつもりです

では次回もお楽しみいただければと思います


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

♯くろくぬれ!

旅館編:その3


 

 朝日で目を覚ます。

 やけにすっきり目を覚ませたのは、昨日のおかげなのかなぁとか。

 家だったら二度寝三度寝して、それからふたりに起こされるところだけど……自然と上体を起こせた。

 

「ねこみちゃん……いない」

 

 隣の布団で寝ていたねこみちゃんがいなくなっている。

 

「どうしたんだろう……」

「うわっ、ひとり起きてたっ!?」

 

 突然の声にびっくりしてそちらを見れば、浴衣姿のねこみちゃんがいた。

 わたわたと、慌てるたようなねこみちゃんは少し湿っていて、たぶんシャワーを使ったんだろうとは思うけど、寝る前にお風呂入ったのに朝、個室のシャワーを使うなんて……そんなお風呂好きだったかなぁ、ねこみちゃん。

 とりあえず、頭を整理する。

 

「ううん、今起きたところで……」

「あ、そ、そっか……んんっ、おはよう、ひとり」

 

 咳払いをしてから、ねこみちゃんは見惚れるような笑顔を浮かべた。

 

 ―――な、慣れないなぁ私も。

 

「朝ご飯前に温泉入ってくる」

「え、シャワー浴びたばっかりなのに?」

「う゛っ……い、いいだろ別にっ」

 

 ほんのり赤い顔で、ねこみちゃんがそっぽを向く。

 

 ―――なんで?

 

「と、とりあえず行ってくるからっ……!」

 

 ―――あ!

 

「ままま、待ってねこみちゃん!」

「うおっ声でかっ!?」

 

 ぼ、ボリューム間違っちゃった……。

 

「ど、どした……?」

「えっと、わわ、私もっ……」

 

 ―――昨日の話が事実なら、事実ならっ……まだ、まだ……。

 

「私も一緒にゴフゥッ!」

「そんな無理しなくても!」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 なんやかんやと(オレ)は一人で大浴場にいる。

 そしてキラキラしたものを垂れ流していたひとりだが……一応付いては来たものの、脱衣所で葛藤していて長くなりそうなので置いていくことにした。

 ……とてもこの戦いについてこれるとは思えない。

 

 さすがにひとりの前で脱ぐのは緊張し……いやいや余裕余裕!

 視線、全然向けてこなかったけど、別にみられててもそんな動揺はしねぇはず!

 (オレ)の均衡のとれた美しいボディに、動揺するのはひとりの方なはずだし!?

 

「……まぁ落ち着け(オレ)、“昨日同様”他に客もいないしゆっくりと」

 

 体を流してから、一人だけだが気分的にタオルで体を隠しつつ、露天風呂へと向かう。

 外へと通じる扉を開けて、冷たい空気に体を晒して震えながら爪先から温泉へと入ろうとする。

 熱さに驚きながらも、少しずつ慣らして浸かる。

 

「あ゛ぁ゛~」

 

 おっさんくさいな……いや、前世と合わせれば年齢的におっさんだけど、しかしまぁたぶん他の女の人が入ってきても動揺しないと思う。

 それぐらい女体にも慣れてしまった……悲しいことだなぁ。

 逆に見られても構わんしな、減るもんじゃあるまいし……。

 

 なんて思ってたら、扉が開く音がした。

 

「ひゃっ! ひ、ひとりっ!?」

「あ、ねこみちゃんだけだ……」

 

 ホッとしたように言いながら入ってくるひとり。

 私は思わず両手で身体を隠すようにしてしまったが、良くない。これは良くない。

 別に気にすることはない。

 

「ぐっぐぐっ……」

「ど、どうしたの?」

「い、いやぁ、べっつにぃ~?」

 

 体を隠さない。男らしく堂々としてろ(オレ)

 でもまさか本当に入ってくるとは思わなかったし、ひとりもタオルで流石に体を隠してるがやはり心臓に悪い……いやいや私が驚いてどうするよ!?

 堂々としろ男らしくぅ!

 

「来たんだひとり」

「あ、うん……へへっ、そ、その……お邪魔しま」

 

 ひとりが足を温泉へと突っ込む。

 

「あ゛づっ!?」

「いや、だろうな」

 

 すぐさま足を引っ込めるひとりに、私は視線を逸らして思わず笑う。

 ちなみに私も昨日、同じことをやった。

 寒かったので仕方ない。うん、仕方ない。

 

「ふぅ~」

 

 チラリとひとりに視線を向ければ、いつのまにやら隣にいて、惚けたような顔をしている。

 やっぱ温泉はいいよなぁ……ここの温泉、部屋と比べて景色はそんな良くないけど。

 そういやここ、高い部屋だと個室露天風呂もあるんだっけか、それもいいよなぁ。

 

「人が少なきゃいいでしょ?」

「あ、うん……落ち着く」

 

 やっぱり私としてもひとりと一緒の方が良いし……。

 てかチラチラ見るな恥ずかしぃっ……こっちは顔しか“見れない(見てない)”んだからっ。

 

 

 

 

 

 

 確かに、ねこみちゃんの言った通り良い。

 入って正解だったなぁとは思うんだけど……。

 

 ―――ねねね、ねこみちゃんが、裸のねこみちゃんが隣にっ!

 

 お、落ち着かない……。

 

「ひ、ひとり……顔赤いけど、逆上せてない?」

「え゛っ!? べべ、別にそんなことないですよ……!?」

「敬語、絶対冷静じゃねぇじゃんか」

 

 ねこみちゃんと目が合う、ほんのり赤い顔とアップにした髪、なんだか昨日のねこみちゃんを思い出して、胸の奥がバクバク音を立てる。

 ねこみちゃんのおっぱい、浮いてる……。

 

「ひ、ひとりぃ……み、見すぎかなって」

「ひぇあ!? すすす、すみましぇんっ!」

 

 あ、やっぱり逆上せてるかも……。

 と、とりあえず出よう。

 

「え、えとっ、さ、先出てますぅっ!」

「え、ちょ、ひゃっ! ま、待ってよ!?」

 

 勢いよくそっぽを向くねこみちゃんを気にする余裕もないまま、私はお風呂から上がって脱衣所へと戻る。

 

 まだ人が来てないみたいで、私は素早く拭いて着替えて、脱衣所に設置してある椅子に座った。

 なんだか最近、変だなって自覚はある。あるんだけど……。

 

 さっきの温泉に浸かってたねこみちゃん、色っぽかった……。

 

 ―――じゃなくてぇっ!

 

「うごごごごごっ!!」

 

 最近、ねこみちゃんでそういうことを考えがちだ。本当によくない。

 ねこみちゃんが、もし私がそういうこと考えてるなんて知っちゃったら……ねこみちゃんも、みんなも……。

 

 

『ぼっちちゃんをねこみちゃんをえっちな目で見たで罪で訴えます』

『ぼっち、理由はもちろんおわかりですね?』

『ひとり、私のことそんな眼で……』

『判決、ごひとりちゃんは死刑!』

 

『うわぁぁぁあぁぁ』

 

 

「お慈悲を~……」

「うわっ、なにやってんのひとり……」

「ふへぇっ!?」

 

 声のした方を見ればねこみちゃんがいて、既に髪をほどいて濡れた長い銀髪をそのままに……。

 

「また変な妄想してたんでしょ、世界はひとりが思うより優しいよ? 特にきらら時空だし」

 

 最後何を言ってるのかわからないけど……。

 

「……だ、だから見すぎだって、着替えるからあっち向いててよっ」

 

 タオルで身体を隠してるけど、濡れたタオルが体に張り付いて……ねこみちゃんの身体のラインを浮き上がらせてて……。

 

「ねこみちゃん、綺麗……」

 

 

 ……あ。

 

 

「……ふぇあっ!?」

 

 

 

 

 

 

 時刻はお昼。時計の針は12時ってところ。

 

「ぼっちちゃんとねこみちゃん、今日帰ってくるんだったか?」

 

 テーブルを挟んで向かいに座るお姉ちゃんが、野菜炒めを食べながらそう聞いてくる。

 伊地知虹夏(わたし)も口に入っていた野菜炒めと御飯を飲みこむなり、頷く。

 

「ん、ねこみちゃんからのロインだとそうかなぁ」

 

 お昼頃に向こうを出るっぽいけど、そろそろかな?

 まぁ会うのは明日の夕方になるだろうけど……。

 

「ぼっち、ちゃんとねこみとしっぽり夜を過ごしたかが問題だ」

「お昼御飯食べてる最中にそういうこと言わないで」

 

 想像しちゃうでしょ!

 

「ていうかなんで自然な流れでリョウも廣井さんもいるのさ」

 

 ベーシストって……!

 

「えぇ~先輩が御飯食べてけって言うからぁ~」

 

 鬼ころ片手に野菜炒めをつまむ廣井さん……別におつまみで作ったんじゃないけど!?

 

「言ってねぇ、出てけ」

「ひどいよ先輩~、妹ちゃんもそう思うよね?」

「……」

「無言で冷たい視線やめてぇ! 傷つくぅ!」

 

 いや知らないけど、でリョウもバクバク食べるね!

 まぁ作る直前ぐらいに来てたから多めに作りはしたけどさ!?

 

「虹夏の料理はいつだっておいしい……!」

 

 それ誰にでも言ってそう。

 

「君ぃそれねこみちゃん家で御飯食べた時も言ってたじゃぁん」

「ねこみの料理もおいしい……!」

 

 ……えっ!?

 

「なにそれ知らない情報なんだけど!?」

「お前ら……」

「なんか憐れな者を見る目で手を差し伸べてもらった。ねこみは優しい……食べれる雑草にも限界がある」

 

 リョウも廣井さんも……。

 

「普通に羨ましい!」

「なんでコイツらが……ねこみちゃんの料理かぁ……」

 

 お姉ちゃんもどっかイッちゃってるし!

 

「勿論ぼっちもいた」

「いやそりゃそうだろうけどっ!」

「ぼっちがいないのに流石にお邪魔しない」

「えっ」

 

 なに今の声……廣井さん……?

 

「あ~うん、セーフセーフ、なんならネコちゃんもいないから」

「……ちょっと待てどういうことだ」

 

 あ、お姉ちゃんが廣井さんの頭ロックしてる。

 ていうか酔ってる相手によくそういうことできるなぁ、私は二次災害がこわいよ。

 

「あ、待って待って先輩! 違うのっ、たまにシャワー使って良いって言って合鍵借りてて!」

「アウトだろぉがぁ!」

「あ゛ぁ゛あ゛っ! それ以上いけないぃ!」

 

 パロスペシャル……ていうかお昼御飯食べてる時にやめてほしいなぁ。仕方ない気もするけど。

 ていうか気になることが一つ。

 

「ぼっちちゃん、怒ったりしないよね……?」

「あのぼっちが? さすがにないとは思うけど……でも嫉妬するぼっちは見てみたいかも」

 

 ……確かに。

 

「ほらっ、私とぼっちちゃんは姉妹みたいなもんで! つまりねこみちゃんは義妹ってことだから」

「どう転んでもアウトだろうがぁ!」

「腕がっ、腕がもげるぅ! 脚はどうなっても良いので腕だけはぁっ!」

「確かに」

 

 あ、素直に組み替えて卍固めに……。

 

「あ゛あ゛~!」

「ご近所迷惑になるから程々にね」

「最速で折るわ」

「先輩!?」

 

 にしても、ねこみちゃんの家かぁ……私と喜多ちゃんは行ってないなぁ。

 

 ……え、喜多ちゃんも行ってないよね!?

 

 私だけ仲間外れとかじゃないよね!?

 

「あ、そういえばねこみちゃんの胸のサイズがブラから判明したよ」

「お前、探ったのか?」

「違うって、部屋に干してあったの!」

 

 ……き、気にならなくもないけどやめなよ!

 

「それ詳しく……!」

 

 山田ァ!

 

「えへへぇ~たまには役に立つでしょぉ~」

 

 廣井ィ!

 

「……ちょっとあっちで」

 

 お姉ちゃん!?

 

 

 

 

 

 

 帰り、(オレ)とひとりは、お父さん(直樹さん)の運転する車に乗っていた。

 日がだんだんと落ちてきて、赤みがかってくる空、後部座席で隣のひとりがうとうとしだす。

 お土産買うのに歩いたし、ひとりにとっては早起きだったししょうがないのかもしれない。

 

「ひとり、眠い?」

「んぅ……?」

 

 こりゃダメだな。眠気眼だし。

 

「寝ちゃいな……ほら」

 

 膝をポンポンと叩いてやると、ひとりは頷いて体を横に倒した。

 私の太腿にひとりの頭が乗る。

 柔らかな生地のズボンなので寝やすいことだろう。

 

「えへへ、ねこみちゃんの足、やらかい……ふとぃ……」

 

 ―――落とすぞ。

 

「……まぁ、ひとりがいいなら良いけど」

 

 そっと頭を撫でてやると、一分もしないうちにひとりの規則的な呼吸音が聞こえてくる。

 なんだかあったかい気持ちになるのは母性というやつだろうか……。

 

 ―――って父性じゃろがい!

 

 くそっ、雰囲気にまんまと飲まれるとこだったぜ……!

 

「ねこみちゃんはさ」

「へっ、あ、なんです?」

 

 直樹さんに突然話しかけられて驚く。

 

「ひとりのこと、ちゃんと見ててくれるから安心して任せられるよ」

「いや、私の方もその……ひとりに支えられてる部分、あるから」

 

 ……まぁ、実際にある。

 

「ありがとうね」

「へっ、ど、どうしたんですか改まって」

「いやぁ、最近は特にそう思うようになったからさ」

 

 ひとりの成長に感動してんのかなぁ、まぁ結束バンドもそうだし……。

 私がいなくてもこうなってはいるんだけどなぁ。

 

「ねこみちゃんがいてくれれば、ひとりは将来安泰だなぁ」

 

 なに、結婚させる気満々なの?

 ……別に、悪い気はせんけど。

 

「えへへ、ねこみちゃん……やらかぃ……かわぃい……」

 

 こいつなんつー寝言……。

 

「……冷房つける?」

「窓開けるんで」

 

 少しだけ窓を開けて涼しい空気を浴びる。

 

「ふとくて、やらかぁ……」

 

 うん、落とそう。乙女心をわからんやつめ……。

 

 

 ―――乙女ってなんだ!?

 

 





あとがき

旅館編完! とっちらかった気もしますが

次回からは短編らしくいきたいとこで
学祭以来の学校編というかなんというか……
トラブルがトラブルなだけに原作とまた違った感じになりそうです

ついでに別のトラブルの種がまかれた気もする

では次回もお楽しみいただければと思います


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

♯もす

 

 (オレ)こと大張ねこみは学校にて“温泉旅行”のお土産を配っていた。

 

 多少出費はかさむが、STARRYでのバイトを経て私の経済力は上がっているのである。

 ネイルさんと合体したピッコロさんの戦闘力ぐらい急激に上がったな!

 

 ともあれ……当然、こういう日々の努力が私を人気者たらしめるのである。

 

「大張ちゃん、温泉いいな~」

「ねこみのスタイルなら堂々と浴場歩けそうだよね」

「あはは、シーズンオフだからお客さんいなくて貸切状態だったよ~」

 

 友達と話をしながらお土産を配っていく。

 

「ねこみ一人で行ったの?」

「え~あ~……」

 

 なんとも答えづらいことだ……とりあえず誤魔化すか!

 

「はい、どうぞ」

「あ、ありがとう、大張さんっ」

 

 喜多ちゃんのように流行にガンガンに乗る努力はできない。

 そのぶんこういうところでカバー!

 それにここはきらら時空、なんとかなる!

 

「ほらほら、遠慮せずもらって?」

「え、大張さん俺たちにまで……」

「わ、私達も!?」

 

 ふふふ、こうして陰キャたちにも配る。これが大事……!

 てかこういうことしてるから、また勘違いさせてしまうんだが……すまん、それは自制してくれ。

 他のクラスの友達に渡しに行くのはやめておく。個人的にあとで渡さないと角が立つ。

 クラス中の生徒に配り、最後に自分の席に戻って……。

 

「ひとり……って寝てる」

「ホントだ」

「寝てるならまぁ」

 

 突っ伏してやがる。涎垂らした寝顔もかわいいんだけどなぁ……。

 

「後藤さん~愛しのねこみだよ~」

「ちょっ、やめっ!」

 

 一応、学祭であった“事故(・・)”の誤解は解いた。

 しっかりとひとりと『幼馴染』であること、『前のめりになっていたから止めた』こと、そして『“どこぞの酔っ払い”のカップ酒のせい』ということをしっかりと説明はしたのだ。

 ちゃんと他のクラスにも伝わっているようで、むしろ同情されたりする。

 

 ……別に同情とかいらんけどな!

 ひとりと、そのっ、じ、事故で“ああ”なったけど……かわいそう扱いはむかつく!

 

 ともあれ、私とひとりは“ただの幼馴染”ということで誤解は解いたはずなのだが、クラスでもそれなりに話す相手だと、こちらを揶揄ってきたりはする。

 まぁ学祭のあとも一緒に帰ったり、バイトの話してたりするから仲良いのはわかるわけで、当然と言えば当然なんだけど……。

 

「ねこみ顔あか~い」

「もぉ、やめてよっ……!」

「ほら、後藤さ~ん!」

 

 ちょ! まじで止めてやってください!

 

「へ……!!!?」

 

 ほらぁ、起きたけどめっちゃビビッてんじゃんかよぉ。ごめんなひとりぃ。

 

「あ、後藤さん起きてくれた。ほら、ねこみ」

「え、ああ」

 

 ビビってたもののやっぱり眠気眼、というか状況を掴めてない?

 

「ねこみちゃん……?」

 

 まぁ起きちゃったならしょうがない。これも色々なことのカバーのためだ!

 一緒に温泉に行ったとバレないためにも、ひとりも買った包装された饅頭を渡す。

 

「はい、ひとりにもお土産」

「……んぇ」

 

 なにポケーッとしてんだかわいいなぁ……襲っちゃうぞ!

 

「……ねこみちゃん、これ一緒に買ったよ?」

「バッ!?」

 

 黄色い歓声が響いた。そりゃ大いに……。

 

 

 

 

 「あ〜そういうことだったのね……」

 

 私の前で苦笑する喜多ちゃん。

 今は昼休み。昼御飯を食べる約束故に、階段の下ことひとりの秘密基地に喜多ちゃんとひとりと(オレ)の三人は集まっていた。

 そして、喜多ちゃんにことと次第を説明したわけだが……。

 

「ごめん喜多ちゃん、せっかく口止めお願いしたのに……」

 

 むしろ騒ぎにしたくないから秘密にするって言ってたのひとりだったのに!

 

「で、その……」

 

 うん、言いたいことはわかる。

 

「なんでひとりちゃん、こんなにニヤニヤしてるの?」

「えへ、えへへ、ふへへへっ」

「ひとりの想像よりもみんなが好意的だったというか、話題の中心だったせいだな」

 

 話しかけられすぎた緊張で顔崩してたけど。

 

「へぇ……でもこれで大張さんとひとりちゃん、カップル扱いされちゃいそうだけど」

「かぁっ!?」

 

 ―――いやまぁ、事故でその、したけどっ……そ、そうだよなぁ、二人で温泉。

 

「ででで、でもわ、私とひとりだしっ、幼馴染だしっ」

「いいじゃない幼馴染でもっ!」

 

 ―――なんでこんなキターンってしてんの!?

 

「ひとり、どうするよこれからぁ」

 

 キタキタしている喜多ちゃんをスルーして、(オレ)がひとりの方を向いて聞いてみると、ハッとした表情のひとりが、頷く。

 

「……え、映画の舞台挨拶は任せるねっ」

「どこの世界線の話してんの……」

 

 

 

 

 お昼、伊地知虹夏(わたし)は教室で御飯を食べている。

 勿論目の前には幼馴染のリョウで……今日は白米だけのお弁当らしい、いや最近ずっとだけど。

 裕福な家のくせに親に頼るのを嫌がるし、のくせにお金遣いは荒いので、まぁ自業自得と言えばそうなんだけど……。

 

「虹夏が幼馴染でよかったよ」

「現金な奴……」

 

 おかずを分ければそんなことを言う。

 まったく、私もねこみちゃんみたいな幼馴染がいれば……いやいや、ねこみちゃんが幼馴染とか性癖が破壊される気がする。

 うん、よくない。リョウで良かった。

 

「なんか変な顔してるけど、STARRYの経営でも傾いてる?」

「不吉なこと言わないでくれる!?」

 

 むしろ上がってるのは察しついてるでしょ!

 まぁ、ねこみちゃんのナンパされ率が上がってるのは問題で、それを見るとぼっちちゃんがちょっと焦り出すのも問題かも……助けに行こうとするならさっさと助けちゃえばいいのに。

 

「ね、ぼっちがキリっとして『私の女になにか?』ぐらい言えば一発なのに」

「ナチュラルに心読む!?」

 

 結局ぼっちちゃん的にはどうなんだろう。

 ぼっちちゃんに聞いても『私なんかには勿体ない幼馴染です』ぐらいしか言わないし、ねこみちゃんに聞いても『幼馴染ですよ!』としか言わない。

 いや、お互いにあんだけ意識しといてそれはない。うん。

 

「あ、喜多ちゃんからロイン」

「二人にイチャつかれて辛いとかかな、弱ってるとおもしろい」

「変わらないなぁ。ていうか二人がイチャつくと喜多ちゃんはキターンってするから」

 

 あれ、写真だ―――って!

 

「……いやいやいや」

「ん、おお、ねこみがぼっち膝枕してる」

 

 しかも見たことない顔で寝てるぼっちちゃんの頭撫でてるし……。

 

「あ、もう一枚……」

 

 同じ角度からの写真だけど、ねこみちゃんが気づいたみたいで真っ赤な顔しながら喜多ちゃんのカメラ抑えようとしてる……ぼっちちゃんいるから動けてないけど。

 

「ていうかもう、なんだろうこう……もぉ」

「ねこみは弄られた方が輝く……私も鼻が高いよ」

 

 なんで後方彼氏面……。

 

 

 

 

 喜多ちゃんが移動教室とのことで、お昼御飯を食べ終えたら10分もせず戻ってしまって、今はひとりと二人きり。

 ひとりは私の膝枕で仮眠をとっている。

 

 休み時間中も寝てたわけだが、やっぱりまだ眠かったらしい、『歌詞が~』とか言ってた気もするから夜更かしして色々と考えてるんだろう。

 そのうちこいつ編曲とかもやって“即身仏”するわけだし……我が幼馴染ながら意味不明。

 

「バンドのことは、わかんないしなぁ」

 

 楽器やればよかったかなぁと思わないでもないが、(オレ)は器用なタイプじゃないしなぁ。

 

「……いやいや、私はいいのよ。わかんなくて」

 

 そうそう、そういう立場で良いかと思ってこうしてるんだから! うん!

 

 でも少しモヤモヤっとしたので、仕返しにひとりの頬をつついておく。

 

「んぅ……へへっ」

 

 そんな私の心のことなど知らず寝てるひとりがにへら、と表情を緩めた。

 あんまりにも幸せそうに笑っているので、思わず私も笑ってしまう。

 

「もぉ……どんな夢みてんのさ」

「ねこ、みちゃん……」

 

 ―――私じゃん。

 

「えへへっ、だめだよぉ……」

 

 ―――これは、フフフッ私はどうやら夢の中でも攻め攻めなようだな!

 

「食べ過ぎ―――ってイタっ!?」

 

 強めにほっぺを突く。

 

「ひとり起きろ~授業だぞ~」

「えっあっ、うっ」

 

 たくコイツは本当におと───ひ、人の心がわからん奴だな!

 

 起き上がったひとりが疑問符を浮かべるが、そりゃそうだろう。だが私は謝らない。

 

「……そんなに太ってるかなぁ」

 

 気を付けてはいるつもりなんだけど……。

 

「あ、う、えっ……」

「なんだよ~」

 

 お前が言ったんだぞ! 知らんと思うけど!

 

「……太ってないと、思うけど」

「本当かぁ?」

 

 人が暴食する夢見といてぇ。

 

「わ、私……好きだよ?」

「……もぉ♡」

 

 

 

 

 五限目前に教室に戻ったはいいけど、ひとりと二人だったものでやはり好奇の目で見られた。

 いや、そんなに煩わしいもんでもないけど、ただその……黄色い悲鳴が響くのはその、よくない。

 まぁひとりと“そういう風”に見られるのが嫌なわけでもない。

 むしろ本意なんだけど……。

 

「ねこみってさ……攻め?」

 

 いや攻めに決まってんだろ! とは言えない。というか本人にそういうこと聞く!?

 JKこえー……いや、私もJKだけど。

 

「え、ええ~! だ、だからただの幼馴染だって!」

「またまたぁ~温泉まで行っといてぇ」

 

 くっ、別に二人きりの温泉ぐらい友達同士でも……いや、ないか? いや、ある!

 

 ひとりに『好き』って言わせるまでは絶対に付き合わないって決めてんの!

 これはそう、言わせた方が勝ちだから的な思考ではないけどこう……そういうもんよ!

 

「でも、後藤さんいいねって子もいるからなぁ」

 

 ―――はぁ? そんなん原作で聞いてないですけど!?

 

「あ、このクラスの子なんだけどさ……あの子」

 

 む、あの顔はアンソロで見た気がする!

 

「……大張さん、不満そうな顔してるけど」

「え、いやしてないけどぉ!?」

 

 くっ、私がそんな顔するわけないでしょうが!

 

「むぅ……」

「いやねこみ、顔……」

 

 顔がなんだ。この長身スタイル抜群という“攻め要素”しかない“攻め(タチ)の権化”に対して……!

 

「ギター良かったよねぇ、私も後藤さんと仲良くしてみようかなぁ」

「っ、ダメっ……!」

 

 ―――あっ。

 

「……え?」

 

 い、いやいや、仲良くするのは良いことだ。

 ひとりが同じクラスに友達作るのもいいことで……おい、それを言わなきゃなんだよ私、言え、言え……あ、やっぱ無理。

 

「うぁ……っ」

 

「あ、大張さんが顔覆って俯いてる」

「こんな大張ちゃん珍しいね……」

 

 うるさいよお前!

 

「……ねこみ、受けだったかぁ」

 

 ―――!!?

 

 

 

 

 ねこみちゃんは、相変わらず囲まれていて、後藤ひとり(わたし)は離れた席からそれを見てて……。

 午前中は少し話しかけてくれたクラスメイトもいたんだけど、すっかり午後にはいなくなってしまった。

 休み時間も、いつも通り一人でねこみちゃんを見るだけで……。

 

 クラスメイトはねこみちゃん相手にボディタッチとか……お、おっぱい触ったりしてて、その、それを見るたびに、胸がモヤモヤして……。

 

「ひとり?」

「どひゃっ!?」

 

 突然声をかけられて驚く。

 

 そうだった。ねこみちゃんと二人で帰ってるんだった。今日は私とねこみちゃんはシフトに入ってなかったから……。

 帰り道、電車から降りてすっかり金沢八景で……。

 呆れたようなねこみちゃんが、隣で笑う。

 

「もっとかわいい声で驚きなよ……まぁひとりって感じだけど」

「あ、えっと」

「ずーっとボーっとしてるけど、大丈夫?」

 

 確かに、あんまり記憶がない気がする。

 

「まぁ、今日は沢山話しかけられてたし疲れるかぁ」

「えっと、その……ご、ごめんね。言っちゃって」

 

 そう言うと、ねこみちゃんはクスッと笑って頷いた。

 

「私は別に良いって、そもそも秘密にしたいって言ったのひとりだし……どしたの~人気者になりたくなっちゃった~?」

 

 いたずらっぽい顔で笑うねこみちゃんは……かわいい。

 たぶん、学校のみんなは見たことないねこみちゃん。

 

 私だけのねこみちゃん……だったんだけど、今は結束バンドのみんなも……。

 

「ん、どした?」

「う、ううん、なんでも……」

 

 寝ぼけて思わずバラしちゃったけど、正直その……悪くないかなって。

 

 前から廊下を歩いてたら『ロックなヤベー奴』とか『音楽で女を落とした女』とか言われてたけど……うん、やっぱり絶対いつか高校辞めてやる。

 

「まぁ私も別に良いっていうか、むしろこの方が良いっていうか」

「え?」

 

 思わず立ち止まりそうになるけど、歩く。

 ねこみちゃんが少し先を行く形になって、その白銀の髪が夕日の中揺れる。

 

「ほら、これで呼び出されたりしなくなるし……」

「あ……」

 

 それはその、嬉しい、かも……。

 

「きらら時空だから妬まれるとかないのは良いけどねぇ」

 

 なんて?

 

「ああいやっ、そのね……まぁひとりとそのさ、“そう言う風”に見られるの、嫌じゃないし……」

「ねこみちゃん……」

 

 ほんのり赤い顔で、ねこみちゃんが振り返ってそう言う。

 首元で結わいた銀色の髪をわっと舞わせて振り返るねこみちゃんを、みんなが好きになるのも、しょうがないかなぁ……って思う。

 

 でも、やっぱり……。

 

「その、私……」

 

 ねこみちゃんの右手を、左手で取る。

 

「え?」

「えっと、そのっ……私ねっ」

 

 ねこみちゃんの手を、ギュッと握りしめる。

 

「う、うんっ……♡」

「私、ねこみちゃんを……」

 

「あ~! ぼっちちゃんとネコちゃん!」

 

「ぴぇ゛あ゛っ!!?」

 

 

 

 

 ひとりが倒れてビガビガ歪みだした……え、これってどういう原理?

 

 (オレ)はその原因たる“廣井きくり”の方を向く。

 

 ―――相変わらず“おにころ”ちゅーちゅーしてんじゃあないよ!

 

「あれぇ、私ったら良い雰囲気お邪魔しちゃったぁ?」

「いや別に、良い雰囲気だったわけじゃ……」

「ひとりちゃんに手ぇ握られてたのにぃ?」

 

 っ!?

 

「う、うっさいですよ……」

「ふふふ~顔赤いよぉ~?」

 

 くっ、ここにいるってことはウチのシャワー使った癖にっ!

 てかよくシャワーのためだけにウチ来るな、いや御飯も作りおきしてあるけど……。

 

「この借りはいずれ返すよぉ~」

「ミリも期待しないでおきます」

「えぇ~、ねこみちゃんはダメバンドマンを育てる素質あるよ~」

 

 廣井きくりからお墨付きをもらった……。

 

「いらねぇ……!」

 

 

 

 

 目を覚ませば、今日見たばかりの光景。

 大きな……ねこみちゃんの、おっぱい。

 

「デッッッ!!?」

 

「あ、ひとり起きた?」

 

 後藤ひとり(わたし)の部屋だった。

 記憶が飛ぶ直前確かお姉さんがいた気がするけど、気のせいかな……こっちにお姉さんがいるわけないし。

 

「ん……おは、よう?」

「はい、おはよう。ひとり」

 

 ニコッと笑うねこみちゃんを見ると、酷く安心する。

 

「えっと……」

 

 膝枕をしててくれたみたいで、ねこみちゃんは畳の上に座っていた。

 窓の外はすっかり暗くて、部屋の時計を見れば時刻は20時を回ってる……。

 

「あ、ごめんねっ」

 

 そう言うけど、ねこみちゃんは首を左右に振る。

 少し赤い顔をしながら、両手の指を胸の前で合わせて、ねこみちゃんは少し照れながら笑う。

 

「んっ、ひとりのお世話……嫌いじゃないし、なんていうか……」

「……ねこみ、ちゃん」

 

 本当に、ねこみちゃんは私には勿体ない幼馴染だなぁって思う。

 アニメから出てきたみたいに容姿端麗でスタイルよくって、気遣いもできて……うん、モテる。

 

「……その、世話っていうかさ、ひとりを支えるの、好きなんだよね」

「え……」

「私が好きなんだ。勝手だけど、なにかあっても支えてあげたいと思う……ひとりが迷惑でなきゃぁ」

 

 

 銀色の髪を揺らしながら、赤らんだ顔でねこみちゃんは続ける。

 

 迷惑なわけない。

 

 私はねこみちゃんがそこにいてくれるだけで勇気が出て、元気が出て、すごく……嬉しい。

 

 

「この先たぶん、色々と“挫けそう”だったり“思い通りにいかない”ことだったりが多いとは思うんだよね」

 

 やけに、熱がこもった言い方……。

 

「でも、そういう時さ、結束バンドの……ひとりのちょっと休憩できる場所でありたいなぁって」

 

 ―――あぁ……。

 

「……ねこみちゃん」

「ん?」

 

 

 ───ホント、ねこみちゃん……。

 

 

「……好き」

 

 

「……え?」

 

 

 







あとがき

大幅に進みました
学校編だけで一話組むつもりだったんですが、ちょっと話を進めてこんな感じに
どうなる次回……あまり言ってもネタバレになりそうなのでここらで

なんか見たい回みたいなアンケートやりたいけど候補が思いつかないのでやめときます

ともあれ、次回をお楽しみいただければと思います

PS
お気に入りがいつのまにやら3500を超えて感想も150を超えました
応援ありがとうございます
なんだかんだもうちょっとだけ続くと思われる短編集……
これからも応援いただければと思います


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

♯それでは、またあした

ちょっとシリアスが混ざるのはラスト付近のサガ、かもです


 

 

「ええ、ねこみちゃんに『好き』って言ったぁ!?」

 

 

 昼過ぎ頃、伊地知虹夏(わたし)は自宅のマンションの下、STARRYで思わず大声を出した。

 最初入ったときには、既にお姉ちゃんとPAさん、それから喜多ちゃんとリョウもいて……もちろん“話題の中心”であるぼっちちゃんもだ。

 入って早々にみんなが凄い驚いた顔をしていたから内容を聞いたらそういうわけで……。

 

「そうなんですよ! あのひとりちゃんが!」

「このまま一生無いか、大張さんからだと思ってたんですけどねぇ」

 

 喜多ちゃんとPAさんに大きく頷く私。

 

「ぼねこ、いいよね」

「いい……」

 

 なんかリョウとお姉ちゃんは頷き合ってるし……。

 

「でも、さ……」

 

 私はぼっちちゃんを指さす。

 

「なんでこんな“顔崩れてる”の?」

 

 

 

 

 ぼっちちゃんがねこみちゃんに告白したとして、失敗するわけがない。するビジョンが見えない。

 

 私たちの眼から見てもねこみちゃんとぼっちちゃんは所謂“両片思い”に近いものだったように思うし、でなくってもお互い自覚が無いだけで、片方が完全な自覚をもった時点で必然的にもう片方も……でなくても、少なからず失敗するなんてありえないはずで……。

 

 でも、ぼっちちゃんの顔は崩れてるわけで……。

 

「そこなんですけど……私達も来たばっかりで、店長さんたちは聞いたんですよね?」

 

 お姉ちゃんとPAさんが先に聞いてて、そのあとにリョウと喜多ちゃんで、私ってわけか……。

 

「いえ、それが後藤さんが言うにはですね……後藤さん、言ってすぐに返事も聞かないまま“訂正”してしまったらしくて」

「へ、訂正?」

 

 喜多ちゃんが首を傾げた。

 

「聞いたところ、大張さんがなにか言う前に……」

 

 

 

『ひ、ひとり、す、好きってそれ……』

『あ、い、色々お世話してくれるし、いッ! 凄い助かってたり!! しし、しなかったり、したり! だだだ、大事なっ、たった一人の友達!』

『……好きって、そういう?』

『う、うん! もちろんンンンッッッ!!?』

『そう……』

『あああ、あのっ、だからっ……!』

『そっか、それじゃあ私帰るから……』

『そそそ、そのねこみちゃっ……』

『また“明後日”ね』

 

『あ、あ、あぁ―――』

 

 

 

「───ぁぁああぁ~」

 

「大変だ! ぼっちちゃんが!?」

「フラッシュバックのせいでしょうか?」

「フラッシュバッカーだな。ぼっち」

 

 ウマいこと言った! じゃないよ山田!

 

 

 

 

 家の中……大張ねこみ(オレ)はクッションを抱いて、人をダメにするアレに背を預けていた。

 視界の先には天井。いつも通り、なにも変わらない天井。

 

 だが、しかし……確実に私の心にしこりを残してくる奴がいる。

 

 昨日の件、ひとりの“あの言葉”が何度も反芻されて、私を寝かしてくれない。

 鏡を見れば眼の下の隈が凄かった。

 (オレ)の唯一のチートっぽい容姿もこれでは形無しである……いや、クマある系も嫌いではないけど。

 

 

『……好き』

 

 

「っ、あ゛ぁ゛あ゛~!!」

 

 こうしてふとした瞬間に思い出しては、クッションに顔をうずめて叫ぶ。

 

「くそぉ~、き、期待させられたぁ~! ひとりにぃ~!」

 

 てっきり“告白”でもされたと思った。正直、舞い上がりそうだったが……。

 

 

『たった一人の友達!』

 

 

「う゛ぅ~……!」

 

 ───むかつくむかつくむかつくぅ! この(オレ)を勘違いさせやがってぇ!

 

「荒れてるねぇ~」

「うっせぇです」

 

 なぜか居座る“廣井きくり”がおにころを飲みながらケラケラ笑う。

 結局、昨日泊まっていったし……気を抜くと住まれそう。

 ともかく、この身体ではまだ摂取してないものの、“かつての自分と同じように”酒に飲まれるのも悪くないかなとか思うぐらいに、わりかしメンタルに来ている……勿論怒りよ怒り!

 

 でも、あの友達って一言を聞いた時は……。

 

「悲しかった、かも……」

「え、なにその乙女な感じかわいいな」

 

 はぁっ!? (わたし)はいつだって乙女だわ! ……じゃねぇ! (オレ)はいつだってカッコいいわ!

 

 

 

 

「てかネコちゃんさぁ、ぼっちちゃんのこと好きなら自分からいきなよぉ」

 

 恋愛経験ないくせにぃ……よく喋る!

 

 てかネコ言うな。タチちゃんだろ。

 

「いや、別に私は……ひとりから来たなら別にその、やぶさかでもねぇですけど」

「うわ強情~、でもさぁ、告白された時は嬉しかったんでしょ?」

「告白、じゃなかったですけど……まぁ、嬉しかったというかその、戸惑ったと言うか」

 

 点いているテレビから演者の笑い声が響く。

 

「なんていうか、ドキドキして、心臓痛くって、それどころじゃ……」

 

 恥ずかしいので、口元ぐらいまでクッションで隠す。

 

「めっちゃ恋する乙女じゃ~ん! 女の子してるぅ~!」

「してねぇですよ! 乙女じゃないしっ、わ、私はもっとこう、お、男っぽい感じで!」

「宝塚系~?」

 

 目指すとこは厳密に言うと違うけど……。

 

「そ、そんな感じ……?」

「絶対無理じゃ~ん!」

 

 くそう! ゲラゲラ笑いやがる!

 

 

 

 

「いやいや、私こう見えて男っぽいところありますからね!」

 

 ネコちゃんがそう言う。

 

 廣井きくり()はおにころをチューっと吸いながら、ふと思い返してみた。

 前にぼっちちゃんと山田ちゃんの二人と一緒にこっち来て、御飯を御馳走になった時……エプロンつけてノリノリで『星座になれたら』を口ずさみながら、身体揺らして料理してた姿が思い浮かぶ。

 

「なんかこう、豪快だったりしますしっ! が、学校とかではちゃんと女の子っぽくはしてますけど、男らしいところが……」

 

 なんなら、そのあと頬杖つきながらぼっちちゃんが御飯食べてるの見て『おいしい?』とか乙女な顔で言ってた気がする。

 

「……いやいや、めっちゃ雌してる時あるけど」

「めっ!? 言い方ぁ!!」

「良い意味でねぇ~」

「それで良い意味ねぇですよ!」

 

 まぁ“その顔”してる時と言えば、学祭の時とかもあるけど~。

 

 ……てかそのおっぱいで“男っぽい”は無理でしょ。

 

「そもそも、ぼっちちゃんが女の子っぽいねこみちゃんの方が好みだったらどうすんのさぁ~」

 

 答えは一つだろうけど。

 

「え、あ、いや、それはぁ……」

 

 ほら!

 

「ほら! って顔しないでくださいよっ!?」

「顔真っ赤じゃ~ん!」

「うぅ~……!!」

 

 ネコちゃんはいじり甲斐があるなぁ、ホントかわいい。

 

 あ、その口元クッションで隠すやつ、好きになっちゃうんでやめてくれる?

 

 

 

 

「ていうか、ぼっちちゃんはさぁ」

「あ、はい」

 

 多少マシなメンタル状況になったのか、受け答えはちゃんとできるようになったぼっちちゃん。

 開店準備を済まして、私達は休憩をしていた。

 まぁお姉ちゃんたちも話は聞きたいっぽいし……。

 

「ねこみちゃんのこと、好きなんじゃないの?」

「へっ!? い、いやっ、だって、わわ、私なんかがっ、ねねね、ねこみちゃんをっ!?」

 

 わかりやすすぎる……いや今までもだったけど。

 

「わ、わかんない。です……ぁ、で、でもっ、し、自然と口に出ちゃったっていうか……」

 

「ぐぅっ!」

「店長、私もすぐに逝きます……」

 

 お姉ちゃんとPAさんは死んだ。すさんだ心に青春(アオハル)は危険なんだよ……。

 

 

「ごとりちゃん、なのにそんな“訂正”しちゃったのね……」

 

 喜多ちゃん、“それ”最近多いね。いや、今回に限っては妥当ではあるんだけど……。

 

「大丈夫だよぼっちちゃん。もっとねこみちゃんを信じないと……」

「そうそう、ねこみならしょっちゅうぼっちの前で雌の顔してるし」

「山田言い方ぁ!」

 

 とりあえずリョウにはコブラクラッチをかけておく。

 

「ねこみちゃん、大事だからっ……その、どうなっちゃうか、わかんなくて……」

「ごひとりちゃん……でも、ねこみちゃんって人気あるわよ? 噂が効いてる内は良いけど、そのうち誰かに取られちゃうかも」

「う゛ッ!」

 

 あ、ぼっちちゃんってしっかり独占欲はあるんだ……。

 

「わ、私のねこみちゃんがっ……」

 

 いや、“私の”とか言っちゃってるし。

 

 ―――ちょっと待てよ!?

 

「もしかしてこれ、新手の惚気なんじゃ?」

「き、気づいたか虹夏……」

「リョウ、気づいてたの!?」

 

 私の脇から顔を出したリョウ。

 

「そう、ぼっちもねこみもここから心変わりなんてそうあるわけないし」

「確かに、ちょっと拗れたところでそんな大きくはならないだろうね」

 

 ぼっちちゃんとねこみちゃんだし、二人はお互い好きすぎるし……。

 

「だから、聴いてあげればそれで……あ、まって、虹夏やばい」

「……ちゃんと二人のこと見てるんだ。リョウ」

 

 ふふっ、少し見直した……かも?

 

「あ、落ちる。落ちるぅ……!」

 

 

 

 

 めっちゃ弄ってきやがるじゃん、むしろ弄りたい側なのよ(オレ)は!

 

 ───くそぅ、らしくもねぇ……。

 

 私が恨めしくきくり姐さんを見るが、ギザ歯をのぞかせけらけら笑うのみ。

 

「まぁ、なにはともあれそれなりに覚悟きめなきゃでしょぉ~君からいくにしろなんにしろさぁ」

「急にまともなこと言わないでくださいよ。姐さんはお酒で逃げるタイプでしょ、むしろ」

 

 そう言うと、変わらず笑う。

 

「至極真っ当なこと言われちった……まぁその通りなんだけど~」

「それに私はその、そういうんじゃないんで……」

 

 好きか嫌いかで言ったらもちろんひとりのことは好きで、それはたぶん恋愛的な意味だけど……。

 ひとりより先にそれを認めたらその、私が向ける好きはあまりに……私の中の“(オレ)”の部分を根本的に否定するみたいで……。

 

 うぐぅ! らしくねぇ~!

 

 天井を見ながらぐるぐる思考していると、天井が回転グルグル回ってるかのように錯覚して……そんで、グルグルした眼が視界一杯に入る。

 

「っ!?」

「言っちゃうとさ、ネコちゃん」

 

 私の上に、廣井きくりが覆いかぶさっている。

 脳がそれを理解するより早く、きくり姐さんの左手が私の右手首を押さえて、姐さんの右手がクッションを横に転がした。

 私は左手で姐さんを押そうとするけれど、力ではかなわない。

 

「君、もう手遅れだから」

「……へ?」

「音でヤられちゃってるんだよ、ぼっちちゃんのさ……たまにいるんだよねぇ~」

 

 ケラケラ笑うきくりさん。

 いやまぁ、覚えはある。あった。でも否定はしている。

 だが、それを否定させない物言い。

 

 姐さんの右手が私の頭を撫でて、そのまま耳を撫でた。

 

「んっ……」

「脳と、耳がさぁ、もうぼっちちゃんのものなんだよ。たぶん否定できないね」

「わ、私がひとりに、そのっ……」

 

 言葉が出てこない。

 

 ───男らしくない!

 

「ここ、で音を感じてるからさぁ……」

 

 姐さんの右手が、私の身体を滑り、下腹部、ヘソの下あたりを押す。

 

「そんなん……どうしようもなく女の子なんだぜ、ねこみちゃん……?」

「ぁっ……」

 

 グルグルとした瞳に、魅入られそうになる。

 

「私の音で、上書きしてやろっか?」

「ッ……!」

 

 ひとりがチラつく。初ライブの時、学祭の時、それから───ここでギターを弾いてるひとり。

 そしてこの構図のせいで、あの日のことも……。

 

 

 ―――やだ。(わたし)はひとりのっ、ひとりだけのっ……!

 

 

 

 

「なぁ~んちゃってぇ~」

 

 

 突然───パッと、視界から姐さんが消え、天井だけになる。

 

 ハッとしてから、荒い呼吸を整えつつ上体を起こす。

 ケラケラ笑いながらおにころを吸う姐さんを、精一杯睨みつけた。

 

 この野郎(野郎じゃないよ)……(オレ)をいじりまくりやがってぇ!

 

「なにが女の子だよぉ……私はそういうんじゃ……」

「いやそれはマジね」

「ひぅ……」

 

 くそぉ……。

 

「ちゃんとそこにいる自分を認めてあげたら、視野も広がるってもんだよ……」

「姐さん……」

「まぁ私はお酒でなんとかしてるんだけどね! 無理無理! 無理なもんは無理! 私が信じるのはお酒だけ!」

 

 そんなこったろうと思いました! くそ、テキトーに適当なこと言いやがって!

 

「ねこちゃんも大人になったらわかるよぉ~!」

 

 いや、それはわかってるけどね。

 酔うという感覚は言葉じゃ表現しづれぇとこありますからね。

 

 うん……記憶飛んだことだって一回や二回じゃないし……今生では失敗しねぇぞ、おし!

 

「そんじゃ私はここらで退散しよ~」

「あ、今日は帰るんですね」

「そりゃそうよ」

 

 そう言いながら、おにころ片手に立ち上がる姐さん。

 

「ネコちゃんがバリネコすぎてぇ、“襲わさせられる”かもしれないしぃ~?」

「……ハァッ!?」

 

 なに言ってんだこの酔っ払い! 飲み過ぎじゃボケぇ!

 

「そんじゃ、ネコちゃん」

 

 そう言うなり、近づいてきた姐さんが……私の頬に唇を軽く当てた。

 

「じゃねぇ~♪」

「さ、さ……さっさと帰れっ!」

 

 姐さんの背中にクッションをぶつけるも、大して効いた様子もないまま玄関から出て行った。

 

 

 

 

 家に一人の(オレ)は、再度クッションを抱きしめながら転がる。

 モヤモヤする……さすがに今日は寝れると思うけどさぁ。

 全部、姐さんのせいだ。あとひとり。主にひとり。

 

「ひとりの、ばかぁ……」

 

 例えば、例えばだが……本当に万が一の可能性として、私からひとりに告白したとしよう。

 だが、やはり昨日の例がある。

 

 

『あ、そのっ、ご、ごめんなさい。ねこみちゃ、大張さんのことは大事な友達だと思ってるので……』

 

 

「……う゛ぅ゛~」

 

 想像したら涙がボロボロ零れてきた。

 テレビから聞こえる笑い声、人が泣いてる時に笑ってんじゃねぇよ。

 

 くそぉ、こんなセンチに浸る男じゃなかったでしょうがぁ(オレ)ぇ……。

 

 あぁもうこういう時なんて言えば良いんだっけかなぁ……!!?

 

 

「前が見えねぇ……!」

 

 

 

 

「す、すきゃっとまん! ち、違うか……あ、あい、あい、あががががっ!」

 

 ぼっちちゃんがバグっている。いつものことだけど……。

 

「喜多ちゃん、やっぱりぼっちちゃんには荷が重いんじゃ」

「いえ、ごと、ご、ごひとりちゃんはできる娘です!」

 

 キターンとしてるけど、ぼっちちゃんには厳しいと思うなぁ。

 告白はおろか練習なんて……。

 

「ぼっちはぼっちらしくヤればいい」

「……そのハンドサインやめて」

「ロックでしょ」

「いいから」

 

 その“不適切なハンドサイン”を払い落とす。

 

「郁代に負けないために全方位にコイツを向けるか……」

「喜多ちゃんとなんか勝負してた?」

 

 相変わらずのリョウ。

 

「大丈夫ひとりちゃん! 貴女ならできるわ! 天才ギタリスト! みんなの人気者! 武道館!」

「ふっ、ふへへへっ、へへへへっ」

 

 もうなんか違う方向に行ってるし……。

 

「大丈夫かなぁ」

 

 凄い心配なんだけど、大丈夫だとは思いたいけど……。

 

「虹夏」

「え、なにお姉ちゃん、深刻な顔して」

「……ねこみちゃんとぼっちちゃん、大丈夫だよな?」

 

 えぇ~どんだけあの二人好きなのさ……いや私も思うけど。

 

「大丈夫でしょ……たぶん」

「たぶんってなんだ!?」

 

 大丈夫、ぼっちちゃんとねこみちゃんだもんね。

 

「ひとりちゃんは最高! 人間国宝!」

 

「えへっ、えへへへ!」

 

 

 だ、大丈夫、かなぁ……?

 

 







あとがき


どうしてもシリアスな感じで終わらせたくなくてつい……

まぁこんな感じですが、そろそろ新しい関係になるんだかならないんだか
肝心な時にしか頼りにならない女廣井きくり。ホント好き

ネタを入れつつ、上手いところに収めたいとこですが……

イケメンぼっちを最近書けてないので、次回はきっと

……本編終了後というか
後々の後日談的なのでイケメンぼっち書いたりするのもありかもとか思ったり


それでは、また次回をお楽しみいただければです



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

♯がーるず ざ ばーすでい <誕生日番外編>


※注意

・これは『本編後』な感じを意識しているので“進展”してない二人を求めてる場合は飛ばしてもらっても大丈夫です

・おセンシティブ……かも?

・ぼっちちゃんの性格が若干……?



 

 

 2月20日の夜、(オレ)はひとりと一緒に“自宅”にいた。

 

 まぁんてことはない。

 別に“交際した男女”が夜に一緒にいるなんて珍しくもなんともない。

 特にそれが“女側の誕生日”ともあれば余計に、というわけだが……まぁ実際のところ、今日は“誕生日一日前”だ。

 

 なぜかといえば、それは仲間たちが“誕生日会”を別で企画してくれているからで、それに私も参加するのでせめて最速で祝いた……祝ってやろうと思った次第である。

 そして私は今日、ここで特別なものをご用意してみた。

 

 もちろん誕生日プレゼントとは別に、なんたって私はできる“男”だから……。

 

 ―――(オレ)はできる男だからね!

 

 

「はぁい、お待たせひとりぃ♡」

 

「え、ね、ねこみちゃん、ケーキ焼いてくれたの?」

 

 

 私がテーブルの上に手作りケーキを置けば、(オレ)の彼女こと“後藤ひとり”は嬉しそうに笑顔を浮かべた。

 

 我ながら綺麗に作ったと思う。まぁ虹夏ちゃんさんと喜多ちゃんに色々聞きながらだったけど……。

 ホールケーキというにはずいぶん小さなケーキだけど、ちゃんと綺麗な形だ。

 

 ふふふ、ひとりの奴め……目ぇ輝かせちゃってぇ。

 

 

「あんまり大きいと、明日の家で食べるケーキも入らなくなっちゃうから小さめにね」

「あっ、ありがとうねこみちゃんっ」

「んっ♪」

 

 

 嬉しそうな顔しちゃってぇ……ちなみに本人に誕生日会のことは伏せておいた。

 店長がサプライズ好きなので仕方ないね。

 

「ろうそくは……明日でいっか」

 

 一応、まだ日は経ってないしね。

 バースデーソングも、ちょっと恥ずかしいしやめとこう。

 あと最近はバースデーソングは人が死ぬ時の曲という噂もある……諸説あり。

 

 

 

 

 切ったケーキを皿に乗せて、ひとりと隣り合ってテレビの方を向きながら食べる。

 我ながら良いデキ……!

 

「おいしい……ね、ねこみちゃんは、すごいね」

「え、いやまぁ、そぉ~?」

 

 フフフッそうだろうそうだろう!

 

「わ、私もねこみちゃんの誕生日、頑張らないとっ」

「期待してるぞ~♪」

 

 まったく可愛い奴め~♪

 

 嬉しそうにしているひとりを見ていると、こっちも嬉しくなる。

 気づけば横顔を見てるなんてことも度々あって……にしてもひとりもっとこっち向け。

 なんて思ってたら、ひとりと眼が合う。

 

「ふふっ、ねこみちゃん……」

「へっ?」

 

 可笑しそうに笑うひとりが、フォークを皿に置くと、そっと片手を私に伸ばす。

 

「へっ、な、なにっ!?」

「ん……クリーム、ついてたよ?」

 

 そう言って私の頬についたクリームを親指で拭うと、ひとりはペロッと舐める。

 

「……~~~っ!!!?」

「あ、ごめんね……おいしいから、つい」

「へひっ、だ、だいじょぉぶ……ですっ」

 

 うあぁぁぁぁっ! スパダリかよぉぉぉ!!? 彼氏(タチ)たる(オレ)がやるべきやつじゃんかぁぁっ!

 

 あまりの男らしい動きに私はそりゃ混乱する。むしろ私がやるべき行為である。

 ひとりに雌の顔をさせてやるために、私がやりたかった。

 ケーキを作ろうと思ってた時点では考えてたのに……。

 

 ―――幸せすぎて飛んだぁ~!

 

「……ねこみちゃん、照れてる?」

 

 少し笑みを浮かべながら、俯く私を覗き込みやがるひとり。

 

「やっ、み、みるなっ……」

「ねこみちゃん、かわいい……」

「ひぅっ……!」

 

 ───最近、ひとりは私を舐めてる気がする……! 付き合ってからというものの、こういうムーブ多いんだよコイツゥ!

 

 

 

 

 ―――ようやく落ち着いてきたっ!

 

 全身の熱が引いて、私は顔を平手で扇ぎながらひとりを睨む。

 ……にも関わらずひとりは余裕の笑顔で、てか途中からダラしない笑顔もちょくちょく混じってたけど、なに考えてたんだコイツ!

 ひとりがケーキを食べ終えたようで、私の方を向く。

 

「ごちそうさま」

「お、お粗末様……」

「……えへへっ」

 

 ダラしない顔しやがって……かわいいけど。

 

「なんだよぉ」

「ううんっ……わ、私の彼女は、かわいいなぁって」

「あ、うっ~……」

 

 ───誰が彼女だ、彼氏だろ! てか付き合ってからなんで平然とそいうこと言えるんだよぉ~!

 

 普段は前と変わらず人見知りなくせに、私を相手には最近、容赦がない。

 人前で私の肩寄せたりマジでよくない。動悸がヤバい。

 

 ───このままではこちらがやられる! 

 

 ということで態勢を整えるためにも、私は食器をシンクへと持っていってから、戻ってベッドに座る。

 

「どうしたの?」

「むぅ……」

 

 さすがに様子が違うことに気づいたひとりだが、もう遅い。

 私はここで主導権を奪うために……心苦しいが嘘をつかせてもらう。

 最終手段ではあるが、ちょっとショックを受けてもらってから誕生日プレゼントをやろう!

 

 そして私の主導権を取り戻す……!

 

「あっ、ご、ごめん! 肝心の誕生日プレゼント忘れちゃった!」

「え、えぇっ!?」

 

 ふふふ、動揺してる動揺してる。

 

「なにがいいか、わかんなくてっ、悩んでるうちに……」

「……」

 

 え、ちょっとショック受けすぎ?

 

「あ、その、さっきのケーキがってことで、いいよ?」

 

 いや、よくないでしょ!?

 

「い、いやなにかしらあげるけどっ」

 

 ───って違うそうじゃない!

 

「私にあげれるもの……ごめんね。ひとりぃ……」

「あ……!」

 

 よし、じゃあここらでネタバラしして……丁度時間も0時近いし、誕生日の21日になったと同時に。

 

「あるよ……?」

「へ……?」

 

 目の前にひとり、気づけば背中は柔らかなベッド。

 このパターンを知らないわけがない。

 

「ひ、ひとり……?」

「ねこみちゃん、私……ねこみちゃんが欲しいな」

 

 あ、やば、その眼……やめろっ。

 

「ち、ちがっ、だだだ、だってこんなん“いつもと変わらな”いっ」

「じゃあ、“いつもより”……少し、強くして……いい?」

 

 いつもより!? ひ弱なんだぞ(オレ)は!? 死ぬわ!

 

 あるって! 誕生日プレゼントあるからっ! ばっ、その目、やめろっ……♡

 

「やっ、だって……♡」

「大丈夫、ねこみちゃん……落ち込まないで……?」

 

 (わたし)が落ち込んでるわけねぇって……♡

 

「あ、あるってぇ……♡」

「ねこみちゃんが落ち込む必要なんて、ないよ……?」

 

 違うからぁ……ちょ、脱がそうとすんなぁ……♡

 

 

「かわいくって、綺麗な……私の彼女(ねこみちゃん)……」

「ひ、とりぃ……」

 

 またダメだ、ひとりの好きに、される……っ♡

 

「ねこみちゃん、好き……」

「ひぁっ……♡」

 

 ひとりが首に口を付ける。

 服の中に侵入した手は(わたし)の肌を撫でる。

 

 ―――あ゛っ♡ こいつ、絶対“痕”つける気だっ、明日STARRY行くのにぃ……っ♡

 

 もちろん、サプライズなので言えない。

 

「ねこみちゃんの声、好き……」

「~~~っ♡」

「……ねこみ、ちゃんは?」

 

 離れたひとりの顔が、潤んだ視界一杯に広がる。

 

 

「ひとりっ、すきぃっ……」

 

「私の、ねこみちゃん、たくさん───啼いて?」

 

 

 視界の端に映った時計は、丁度0時だった。

 

 

 

 ―――なお誕生日プレゼントは渡した。昼に目を覚まして……。

 

 

 





蛇足

~翌日『STARRY』

虹夏「ぼっちちゃんがテンション高い!?」
喜多「ねこみちゃんが凄い疲れた顔してる!?」
山田「首にめっちゃ包帯巻いてる……あっ(察し)」

星歌「」
虹夏「お姉ちゃんが安らかな顔で死んでる……」



あとがき

ぼっちちゃん誕生日ということで特別編でした
本編後がこうなるかどうかは別としてという感じで
次回は本編というかなんというか

ねこみが「主導権を取り戻す」とか言ってるけどたぶん得たことは一度もない

では、次回もお楽しみいただければ幸いです


PS
感想とかここすきとか、いつもありがとうございます
……承認欲求モンスターも喜んでいます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

♯あかし

一話に纏めるはずだった話を思わず長くなったので二部構成な

・1/2話


 

 (オレ)、大張ねこみ! どこにでもいる普通の転生者!

 

 今日はいつも通りSTARRYでバイト! ……本当、ビックリするぐらいいつも通りだ。

 

 幼馴染のひとりと“うんぬんかんぬん”あったわけだけど、一日明けたおかげか自分でもびっくりするぐらいいつも通りで……私の悩みはなんだったんだ!

 ていうか、私も私でいつも通りに接し過ぎじゃね?

 

 などと物思いにふけっていると、目の前にピンク色の髪。

 

「あ、ねこみちゃん、どうしたの?」

「ん? いやなんでも……そういやドリンクの立ち上げしないとだ」

 

 私が手に持った掃除用具をひとりがさりげなく取る。

 

「虹夏ちゃんがやってるよ?」

「あ、マジかぁ」

 

 ほとんどやることないなこれ、となるとあとは開店まで……。

 

「店長~今日の受付って私でしたっけ」

「ん、そうそう、ねこみちゃんだけど……いいの?」

 

 いつも通り“りんごジュース(よい子りんご100)”を飲みながら、店長は首を傾げる。

 

「全然良いですって、気にしすぎですよぉ……そこまでしつこい人いないし」

「まぁ店が明るくなるんであたしは良いけど」

 

 ナンパもあるけど、まぁそこまで気にならない。

 頑なに“彼氏いるんで”と言い続けてきてるし……。

 

 それでも一定層ファンは付いているわけで私ってやっぱ美少女だなぁって……カッコいい系のな! 女性ファンもいるし! 間違いないね!

 

 強く頷いていると、店長が“変なものを見る目”を向けてくるのでハッとする。

 

「あ~、あはは……お、お任せください!」

「えっと、それじゃおねがい」

 

 店長さんに頷いてみせてからひとりの方を向くと、掃除用具を片付けてきた後のひとりがなんとも言えない表情を浮かべていた。

 どこかで見たことある表情だけど、あまり私も見ないタイプの表情だ。

 私があんま見たことない表情を“ココでは浮かべる”んだなって考えると、なんかこう……モヤモヤするけど。

 

「……どした?」

「あ、う、いっ……うぅん、な、なんでもない、です」

 

 ―――なして敬語?

 

 なにか思うところがあれば言ってくれれば良いんだけども……ていうか、ひとりは私には言うタイプでしょうにぃ。

 

「ん~?」

「ぼっちちゃんもだけど、ねこみちゃんも大概だなぁ」

「え、なにがですか!?」

「……知りませんよぉ~?」

 

 ―――PAさんまで!?

 

 

 

 

 ───また言えなかった……。

 

 後藤ひとり(わたし)は、思わずため息を吐く。

 ねこみちゃんが受付をやるのは適当だし、ねこみちゃんも結構楽しそうだから良いとは思うけど……な、ナンパされてる時、モヤモヤする。

 いつも助けに行こうとは思うんだけど……。

 

「きょ、今日こそ私が助けっ……!」

 

 ……ややや、やっぱり無理ぃっ!

 

「どうしたのひとりちゃん?」

「どふぇっ!? ききき、喜多ちゃんっ!?」

「そ、そんなに驚かなくても……」

 

 あ、あぶないあぶない。不定形になるところだった……!

 

「ぼっち、情けないな」

「あ、リョウさんと虹夏ちゃんも……みみみ、見てましたっ?」

「あ~まぁ見てたけど、ハッキリ言っちゃえばいいのに……私から言うのは違うし言わないけど」

 

 言ってくれてもいいのに……ねこみちゃん受付はよくないって、いや良くなくないんだけど……。

 

「お゛ぁ゛~……」

「ぼっちデスボイス? メタルに転身?」

「絶対違うでしょ」

 

 喜多ちゃんは、私が『ねこみちゃんのことを好き』だと言ってた。

 それが私にはわからなくて、でも誰も恋愛なんてしたことないみたいで……“特別な感情”を向ける相手って言われても、昔からねこみちゃんは私にとって“特別”で……。

 その頃と今と、私の中でねこみちゃんへの感情が“変わった”気がしない。

 

 だから、たぶんこの『好き』は違うんだと、そう思うんだけど……。

 

「学校と違って『ねこみちゃんにはひとりちゃんがいるから』とはみんなならないのよ?」

「ぼっち、ねこみが盗られるぞ……最近はやりの“僕の方が先に好きだったのに(BSS)”になるぞ」

「不吉なこと言わないの」

 

 た、確かにねこみちゃんへのナンパは多いわけで、私も防げなくてっ……!

 

「あ、いたいた……ひとりもいる?」

 

 ねねね、ねっ、ねこみちゃんが……な、ナンパにホイホイついていって!? い、いやいやそれはないっ!

 ないと言える。言えるはずっ、だってねこみちゃんはバスケ部のエースの人に告白されても即決で断ったような……で、でも学校の外、ここは井の中じゃなくて大海っ!

 

「ねこみちゃん、どしたの?」

「店長が練習してていいよーって」

「お~お姉ちゃん太っ腹!」

「今日、ライブもあるし助かりますねっ!」

 

 だから、もしっ、完璧(パーフェクト)美少女のねこみちゃんの、お眼鏡にかなうような完璧(パーフェクト)超人が現れたら……!? せめて友情パワーが使えたら!

 

「虹夏……『太っ腹発言』店長に伝えてくる……!」

「練習時間がなくなるから!」

 

 だ、ダメだどんどん悪い方にっ! ね、ねこみちゃんはそんなことしない、ねこみちゃんはっ……。

 

 いやでも恋愛はねこみちゃんの自由、じゆっ……じ……。

 

「ひとり~? 大丈夫?」

「ね、ねこみちゃんはっ───」

 

「ん?」

 

「───だれにも、あげないっ……」

「え……」

 

 

 あれ、ねこみちゃんがいる……。

 

 

「へぁっ!?」

「……ぁ、うっ」

 

「きゃ~! さすがよひとりちゃん!」

「ぼっち、見直した……!」

「なんかすれ違いが起きてる気がするんだけど……私だけ?」

 

 遠くに聞こえる喜多ちゃんとリョウさんの声……。

 目の前のねこみちゃんは、顔を真っ赤にして―――あ、かわいい。

 

「ぁ、そ、その……は、はぃ……」

 

 ……あっ。

 

「きゃぁ! ひとりちゃんが熔けた!?」

「耐えられなかったか……」

 

「その、ねこみちゃん大丈夫?」

「へひゃっ!? にゃなっ、なにがでしゅかっ!?」

「かわいいなぁ」

 

「あざと……あざとかわいい……」

「店長、重傷ですよ」

 

 

 

 

 ぼっちちゃんは熔け、ねこみちゃんが“熱を冷まし(買い物)”に行った後、なんとか練習時間は取れた。

 二人について、伊地知虹夏(わたし)としては見てて楽しかったりもするんだけど、どうにも煮え切らないのでモヤモヤする部分もある。

 喜多ちゃんの方はそれはそれで楽しみつつ、二人をくっつけようともしてるみたいだけど……。

 

 ともあれ、STARRY開店。

 

 それから少しして、もうすぐ出番ということで私はフロアに出てみる。

 ぼっちちゃんのファン一号さん二号さんが手を振ってくれるので、振り返しつつお姉ちゃんを見つけてそっちへ行く。

 

「おねーちゃん」

「ん、どうした?」

「ぼっちちゃん知らない?」

 

 そう言うと、お姉ちゃんはニヤニヤ笑いつつ“そちら”を指さす。

 

「あそこ」

「え、あ……」

 

 そういえばお姉ちゃん、ねこみちゃんの休憩時間合わせてくれたんだった。

 そちらを見れば、ねこみちゃんとぼっちちゃん。

 さっきの雰囲気もどこへやら普通に話してるみたいだけど……いやいや、そんなんだからいつまで経っても進展しないんだって、いつも通りに戻ることが必ずしも良いことだなんて思わないことだよ。

 

「……お前、後方アドバイザー面してるぞ」

「なにそれ!?」

 

 てかなんでお姉ちゃん若干引いてるのさ!?

 

「……あ、後藤さんがジャージ脱いでますよ」

「えっ?」

 

 てか自然な流れで混ざってきますねPAさん。

 ぼっちちゃんの方に視線を向ければ、結束バンドTシャツになっていて……。

 

「あ、ぼっちちゃんが」

「大張さんにジャージかけましたよ……!」

「おぉ~」

 

 ピンク色のジャージを肩にかけてるねこみちゃん……いやぁ、美少女は特だなぁ。

 

「あんな恰好するとやっぱ胸すげぇなって思うな」

「ですねぇ、あれは男性が放っておかないはずです」

 

 くっ……! って、セクハラだよ!

 

「てかあれさ……」

「はい」

「マーキングだねぇ~♪」

 

 酒くさっ! てか廣井さん!?

 

「ぼっちちゃんったら独占欲ガンガンじゃぁん、かぁいいなぁ~」

「まぁぼっちちゃんがかわいいのはわかるが、突然湧くな」

「いやぁ~、ぼっちちゃんのライブだしぃ~」

 

 いやまぁそれは嬉しいんですけど……あ、ぼっちちゃん来た。

 

「あ、お姉さん……!」

「ぼっちちゃんおはよ~!」

「あ、おはようございます……」

 

 お姉ちゃんとPAさんが凄い微笑ましそうな顔でぼっちちゃん見てるけど……。

 

「なんか震えが」

「ですねぇ……」

 

 身体が拒否反応起こしてる……。

 

 

 

 

 STARRYでのライブ、ようやく結束バンドの順番が回ってきた。

 

 (オレ)は合流したきくり姐さんと一緒に、端の方で壁に背を預けてライブを見ながら、肩にかけられたピンク色のジャージの裾をギュッと握る。

 そう……なんか、ひとりの奴がジャージかけてった。

 (オレ)としてはちょっと寒いくらいだったから丁度良いけどさぁ。

 

 ───ちょっとキュンとするようなことすんなよぉ……。

 

「ん?」

 

 ……って違う!

 

 なんだキュンとするって、こういうことするのは(オレ)の役目でしょ!

 最近ペース乱されっぱなしじゃんかよぉ、なんも男らしいことできてない……こんなんだから、色々と情けない結果になるんだな、うん。

 私がやるべきことはひとりにキュンとさせて雌顔させて、惚れさせることだろ! うむ!

 

「今日は大丈夫なんだねぇ~」

「へ、なにがです?」

 

 突然のきくり姐さんの言葉に驚くが……すぐに言いたいことは理解した。

 昨日に言われたことを思えば、なんとなくわかる。

 

「あ~、えっと、うん……大丈夫そう、です……っ」

 

 恥ずかしいことを聞くなと思うけど、まぁとりあえず答える。

 

「へぇ~♪」

「なにニヤニヤしてるんっすかぁ……」

 

 私は結束バンドの演奏を聴きながらも、きくり姐さんに抗議の眼を向ける。

 

「いやぁ、まぁぼっちちゃんも小慣れてきたからねぇ、君もそういう雰囲気に慣れたのかもねぇ」

「……よくわかんないですけど」

 

 きくり姐さんが手に持ったハイボールを飲みながら笑う。

 

 ―――お、そろそろひとりのソロだ。

 

 少しだけ、お腹の奥に違和感を感じる。

 

「ねぇねぇ、たぶんそれさ、ぼっちちゃんなりのマーキングなんだけどさ」

「え、ジャージが?」

 

 どゆこと? マーキング? 飛雷神の術?

 

「まぁ悪くないけどねぇ、ねこちゃん相手だったらもうちょっとせめて良いと思うんだけど」

「え、どゆことですか? 酔ってます?」

 

 いつも酔ってるわこの人。

 

「じゃ、ぼっちちゃんの演奏でも聴こうか」

 

 そう言いながら、姐さんがハイボールを飲み欲してカップを床に置くと、(オレ)と向き合う形に前にやってくる。

 

 ―――いや、ひとりの演奏を見なよ。カッコいいんだから……。

 

 戸惑う私になにを言うでもなく、姐さんはそのまま左手でジャージを握る私の右手首を掴んで、右手を私の後頭部の方にもってくると、そのまま近づく。

 いや、顔を近づけてくる。

 驚いて左手で押そうとするけれど、この距離もあってそれほど力も出ない。

 右手を動かそうとするけれど、きくり姐さんの力に敵わなくて……。

 

 ―――あ、タトゥーカッコいいなぁ。

 

「んっ!?」

 

 なんて思ってたら、きくり姐さんの顔が真横にやってきた。

 それから、首に柔らかな感触……そして、違和感。

 

「ひゃっ、ななな、なにしてんですかっ!?」

 

 周囲の誰かがみている様子はない……“周囲の誰かは”だ。

 

「マーキングってのはこうするんだよ……ぼっちちゃん?」

「へ、ま、マーキングって……」

 

 ちょっとずつ頭を整理する。

 

「今度からはちゃぁんとぼっちちゃんにおねだりしなよ、ねこちゃんもさぁ♪」

「まぁっ!!?」

 

 顔が熱い。姐さんがやったことを理解した故に、それか―――ひとりと眼が合ったからか。

 

「~~~っっッッ!!」

 

 瞬間―――ひとりのギターソロが始まる。

 

「あっ……」

 

 凄まじい速弾きと、凄まじい音───鳴り響く、ギターヒーローの片鱗。

 

 離れたきくり姐さんが、私を離してそのまま元の位置に戻って笑顔を浮かべているが、それに気づける(わたし)でもない。

 ただ、圧倒され、魅了されて、また体が“疼く”……。

 

「ッ~~~♡」

 

 チカチカと視界が点滅するような感覚、ひとりのジャージをギュッと握ると、ひとりを感じる。

 ひとりの匂いに身体が包まれてるみたいで、なんだかさらに変な感じがして……。

 

「ひぅっ♡」

 

 ステージのひとりと眼が合う。

 汗を散らしながら、ピンク色の髪の隙間から覗くいつもと違う細い眼が、私を見ていた。

 鬼気迫るような演奏と表情が、(わたし)を……。

 

 

 あっ───これ、やば……♡

 

 

 

 

 STARRYを閉店して、お店を閉めてみんなが帰った。

 ただし、伊地知虹夏(わたし)とお姉ちゃんと廣井さんはSTARRYの前にまだいる。

 

 ―――たぶんお泊りコースだとは思うんだけど。

 

 お姉ちゃんが凄い勢いで廣井さんに技をかけてる……。

 

「お・ま・えぇぇぇ!」

「いだだだだだ! 先輩ギブっぎぶっ!」

「あれ! ねねね、ねこみちゃんの首っ、おまっ、お前なぁ!?」

 

 あ~そういうことかぁ、首にお姉ちゃんの“うさぎの絆創膏”つけてたのは、なるほど……。

 

「警察かな?」

「待って待って妹ちゃん! セーフ! セーフだいだだだだだっ!」

 

 さすがにダメでしょ!

 

「ちがっ、ちがっ、だって聴いたでしょぼっちちゃんの演奏!」

「……まぁ」

「うん」

 

 凄まじいの一言に尽きる。

 あの瞬間は、ギターヒーローに迫るものがあって、ギターヒーローには無いモノがあった気もした。

 

「あれを聞きたくてつい……」

「つい、じゃねぇわ! 全然会話してなかったぞ二人ぃ!」

「あ゛ぁ゛! これ以上はまずい!」

 

 でもぼっちちゃん、なんか雰囲気違った。

 怒ってるとこ見たことないけど、怒ってる感じじゃなかったような……?

 

 もしかして廣井さん、他に思惑ある……?

 

「ご、ごめんっ、白状するとネコちゃん無防備すぎるから悪戯してやろうって」

「お前なぁ!」

「いだだだだっ!」

「ふふふ、ぼねこのために死ねよやぁ!」

「ひぃ! 助けてねこちゃぁ~ん!」

 

 ……自業自得ということで。

 

 

 

 

 あれから、一言も話してねぇ……。

 

 (オレ)はひとりと一緒に下北沢駅のホームにいた。

 明日は私たちにとって休日だが、世間的には平日、ということもあってか……いや、にしたって人がほぼいない。

 向かいのホームにも人は見えないし。

 

「なんか世界にひとりと二人って感じだね」

 

 そう言って笑ってみると、隣のひとりは……。

 

「へっ、そ、そうだねっ……」

 

 ようやく話したと思ったらめっちゃどもってる。

 いやまぁ、アレを見たんだから当然と言えば当然で、見られた私だって恥ずかしさがあるってもんで……。

 くそぉ、やってくれたなぁきくり姐さん! てかアレ見られた後でよくひとりと話に行ったな!?

 

 首に触れれば違和感……きくり姐さんに付けられた“痕”を隠すために店長にもらった“ウサギの描かれた絆創膏”の感触。

 

「いやぁでも私だったら世界にふたりだけとか寂しくて死ぬね、ウサギなだけに!」

 

 ―――なに言ってんだ(オレ)は! 動揺しすぎた!

 

 あとウサギって寂しくて死なないらしいな。

 

「……私は、ね、ねこみちゃんと二人だけでも、いいよ」

「……へっ!?」

 

 なに恥ずかしいこと言ってんのこの娘っ!? 顔あっつぅ!

 てか赤くなってるわ絶対……そういうこと言えばよかったのか(オレ)ぇ!

 

「そ、そっかぁ……ひ、ひとりは私のこと大好きだなぁ」

 

 あはは~、なんて笑ってみる。とりあえず戦況を立て直さなくては……油断してたぞまったく。

 

「ねこみちゃんは、私だけじゃ……いやだよね」

「へ……ひ、ひとり?」

 

 あ、いや、ちょっと、なんで詰めてくるんです? てか壁っ、これ以上下がれな、ち、近いっ!

 

 目の前に迫るひとり。後ろは壁、私を逃がさんとばかりに詰めてきたひとりが、きくり姐さんみたいに私の右手首を左手で掴んで、右手は……腰に回される。

 ひとりの右脚が私の両足の間に挟まれて、逃げ場なく、私はひとりと至近距離で向き合う。

 思わず息を呑む。

 

「えっと、その、どうし……」

「絆創膏、剥がれかけてるよ……」

 

 え、あ、やばっ……でも、現場見てるんだよなぁ、ひとり……。

 

「私は、ねこみちゃんと二人でも、いいよ……」

「へっ、あ、いやそのっ……う、嘘でしょぉ~?」

「……嘘かも……虹夏ちゃんも、喜多ちゃんも、リョウさんも、いないと、ダメ、で……」

 

 あ、待って、ちょっと胸が痛いです……。

 

「でも、やっぱりねこみちゃんは絶対必要で……」

「っ♡」

「ねこみちゃん、は……?」

 

 ひとりの細まった目が、再び(わたし)を捉えて離さない。

 

「あっ、そのっ……わ、私もっ、お、同じでっ……」

 

 ひとりがいなきゃダメだ。ダメにされかけてる……んだと思う。

 

「みんなが必要で……で、でも、ねこみちゃんは……だ、誰にもっ、あげたくないっ」

「ひぅ……っ♡」

「お、お姉さんに、だって……虹夏ちゃんや、喜多ちゃんや、リョウさんにだって……」

 

 ───ど、独占欲、だしてくんなよぉ……♡

 

「だから……」

 

 ひとりの顔が、近づいてくる。

 

「ひ、とりっ……♡」

 

 心臓が飛びだしそうっていう意味がわかる。

 バクバクと音を鳴らして、視界に映るひとりから目を逸らさなきゃいけないって思ってるのに、眼を逸らせない。

 そのままひとりが、吐息も感じるような至近距離で、私を真っ直ぐ見つめる。

 

 

「そのっ……うっ、上書きしても……いい?」

 

 

 ───そういうの、聞くなよぉ……(オレ)は、男なんだからっ、そういうのは、言う方で……。

 

 

「……ん、いいよ……して……?」

 

 

 ―――あぁ、もぉ……♡

 

 

 







あとがき

そろそろラストかな? と見せかけてもうちょっとだけ続くんじゃな感じです
きくり姐さん、身体を張って発破をかけてくれました
危うくぼっちちゃんの脳が破壊されるところだったりしましたが、さすが猫背のまま虎になりたい女、ねこみを圧倒

ねこみ、総受け(ぼっちちゃん)相手に受けに回る女、勿論きくりにも勝てない

次は月曜の朝には更新できそうで……次回も、お楽しみいただければと思います


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

♯転がる岩、君に朝が降る

・2/2話


 

 あれから、おおよそ二時間後、金沢八景へと帰ってきた私とひとり。

 二人で“いつものように手を繋いでる”けど、“いつもと違う繋ぎ方”で、そのまま私のアパートの部屋の前までやってきた。

 わざわざ私を送っていくのは日課的なことではあるけど……。

 

 ―――この時点で間違ってるんじゃ……?

 

 いやいや、外見が美少女なんだからしょうがないね! うん!

 

 ……うっ、もしや私って女の子扱いされ慣れすぎてるんじゃ……お、(オレ)の中の男もっと頑張れっ!

 

「それじゃ、ねこみちゃん……」

「あっ、え……」

 

 空いている左手で鍵を開けるなり、ひとりがそう言うので思わずそちらを見る。

 

 ───それもそうだよ、ね。

 

 家についたのだから……送ってくれたんだから「さよなら」が当然なわけで、何度も何度もそれはしてきたわけで……。

 でも、繋いでいた手、絡めていた指の力が緩くなるのを感じて、思わず私はひとりの手を強く握る。

 自分でも驚きつつも、熱くなる顔をそのままにひとりへと視線を向けてみれば、少し驚いた顔をしていた。

 

 

「え、ねこみ、ちゃん……?」

 

 

 ―――頑張れ(オレ)! 男だろ!

 

 

「あ、いやっ、そのっ……きょ、今日は、一緒が……いいなって……」

 

 

 ―――あ、ダメだこれ。

 

 

 

 

 帰り際、ねこみちゃんの住むアパートの部屋の前。

 後藤ひとり(わたし)は、とても名残惜しいけれど……「さよなら」をしようとした。

 

 だけど、手が離れない。離してくれない……“私のねこみちゃん”が、私の左手を離さない。

 電車の中からずっと握っていた右手の指に、ぎゅっと力が込められる……。

 

 思わずねこみちゃんを見れば、ねこみちゃんは真っ赤な顔で、空いた左手で口元を隠しながら、眼を逸らしたり、眼を合わせたり……。

 

 ねこみちゃんは、本当にかわいい女の子だ。

 軽い小さな仕草ひとつひとつが、私よりもずっと“女の子”なんだなって思わせる。

 

「ねこみ、ちゃん……?」

 

 首元の“痕”が視界に入る度に、形が崩れて内側から破裂しそうなぐらいにドキドキして、身体が熱くなる。

 

 私らしくないけど、抱きしめたいとか、守ってあげたいって……思って……。

 

 今にもどうにかなってしまいそうな、そんな私の気も知らないで、ねこみちゃんは“女の子らしい(カワイイ)”仕草を続けたまま、意を決したかのように目を閉じて、搾り出すような声で、言う。

 

「あ、いやっ、そのっ……きょ、今日は、一緒が……いいなって……」

 

 近頃のねこみちゃんは、本当にすごい……。

 今までの私が、どんどん私じゃなくなっちゃうみたいな、そんな気持ちにさせてくれる。

 ねこみちゃんは受け身的だけれど……それでも、こんな私でも、踏み出していいんだって……思わせてくれる。

 私をそっちへ“迎えて”くれる……。

 

「ねこみちゃん……」

「へひゃっ、ややや、やっぱ、だ、ダメ、だよね急にっ!?」

 

 ねこみちゃんが手を離そうとするので、今度は私は強く握った。

 力はほとんど込めてないけど、ねこみちゃんはほとんど抵抗もしないまま、そのままで……。

 

「そ、その……い、いい、の?」

「うん、ねこみちゃんが……それが、いいなら……」

 

 

 ねこみちゃんが、それを望むなら。

 

 ────なんて、こういうときに、そんな言葉が思っても言えないのは少し情けないけど……それでも、そんな私と一緒にいたいって言ってくれるねこみちゃん。

 私でこんなに“期待しちゃう”んだから、ほかの人はもっと期待しちゃうと思う。

 だから私は、そのまま手を握りしめた。

 

「一緒が、いい……」

 

 赤い顔でそう言うねこみちゃんは、モジモジしながら、左手でドアを開いた。

 

 前に来た時と変わりない“いつも通り”のねこみちゃんの部屋。

 でも、いつもと違うねこみちゃんと、いつもと違う私。

 

 薄暗い玄関に入る。後ろでドアが閉まれば、私は鍵をかけておく。

 

 静かな玄関で、どちらともなくそっと手を離した。

 

「……その、ひとり……」

 

 胸に手を当てて、ねこみちゃんが深呼吸する。

 すぐに眼が慣れたおかげでそんな逐一の挙動が可愛く見えて、思わず笑うけど……大丈夫かな、変な笑い方してないかな……?

 

 それも杞憂だったみたいで、ねこみちゃんは真っ直ぐ私をみてから、やはり言い淀んでるみたいにモジモジとする。

 少し横を向くねこみちゃんの首が見えて、そこにはやっぱり“赤い痕”があって……。

 

 ―――あ、だめだ。

 

「お、おれっ……あ、じゃなくて……」

「ねこみ、ちゃん……」

「ひゃっ!?」

 

 思わず、抱きしめる。

 半年前なら、とてもできなかったことだろうけど……今はできる。

 ねこみちゃんが、そうさせる。

 

「ひっ、ひとりっ……♡」

「沢山、手、握って……いい?」

「う、うんっ……♡」

「沢山、抱きしめても、いい……?」

「は、はぃっ……」

「沢山……私のって、して良い……?」

 

 ねこみちゃんの両手が、私の背中に回った。

 

「う、うんっ、沢山……ひとりのって“(シルシ)”、つけて……?」

 

 ギュッと、力が込められる。

 

「わ、(わたし)はっ、ひとりの……だからっ」

「ねこみちゃん、かわいい……かわいぃ……」

 

 その首の既につけられた“()”に、舌を伸ばす。

 

「ひゃっ……♡」

 

 ねこみちゃんは凄い……どんどん“世界(わたし)”を塗り替えていく。

 

「ねこみちゃん……」

「ひとりぃ……♡」

 

 少し顔を離せば、熱っぽい潤んだ瞳が私を見つめていた。

 色々なことを教えてくれたねこみちゃん、まだ私に教えてくれるねこみちゃん。

 同じ歳なのに、大人だなって思うことも多いけど……こういうところを見ると、やっぱり私と同じ歳の女の子なんだなって思う。

 

 そんなとこを、ねこみちゃんも“一緒”なんだって思うところを見せられると、欲が出る。

 私は根暗で引っ込み思案の陰キャだけど、ねこみちゃんが相手だと欲が出てしまう。

 

 それもきっと、ねこみちゃんの凄いところだ。10年以上一緒にいても、そう思う。

 

 私も、“世界(ねこみちゃん)”を塗り替えたいなんて、大逸れたことを願ってしまう……。

 

「私の、ねこみちゃん……」

「ひとりぃ、離さ、ないでっ……」

 

 坂道を転がるように、もう───止まらない。

 

 

 

 

 朝日で、(オレ)の眼が覚める。

 

 カーテンの隙間から差し込む朝日に顔をしかめていると、ふとシーツの感覚がいつもと違うことに気づく。

 

 ―――って!!?

 

「っ!」

 

 バッ、と起き上がると身体の倦怠感が凄いことに気づく。

 そして隣に違和感、まぁもちろん昨日の記憶を丁寧に掘り返していけばわからないわけもない。

 見慣れたピンク色の髪とあどけない寝顔。

 

 いつでも泊まれるように“うちに置いてある”寝巻用のシャツを着たひとりがそこにはいて……。

 

「なんで私だけ、下着っ……」

 

 別に“世間一般”で言う“一線を越えたわけではない”が、ある意味“一線は超えた”のかもしれない……。

 明らかに、お互いの気持ちはお互い理解したわけで、私はもちろん、ひとりも……。

 

 ―――え、これで違いますとかないよね?

 

 そうなればとんだ独り相撲だが、ひとりに限ってそれはない。

 最近、わからないことなんかも増えてきた気もするけれど、それとこれとは別だ。

 にしても、胸元なんかを見れば“痕”がいくつか見える。

 

「……学校なくてよかったぁ」

 

 体育があろうものなら大惨事……まぁどうにでも言い訳のしようはあるけどさ。

 

「というか、くぅっ……!」

 

 ―――男としてリードもなにもできてないっ。いや別に“マジで”しちゃいないけど! ただその、色々とね!

 

 でも下着姿でこんな痕つけられまくったら、それはもうヤってるんでは?

 

 ……違うか。違うかもしれない。たぶん違うでしょう。

 もしこれが“そう”なのだとしたら、私はまんまと後手に回ったことに……。

 

「いやいや、これからこれから、まだちゃんと告白もしてないしされてないし、本当に“する”時は全然リードするしっ……!」

 

 ―――(オレ)は男だぞ男! つまりは攻め(タチ)であるからに!

 

 まだ心までは女の子になったつもりはない。

 まぁ、世間の目があるから仕方なく女の子やってるだけで……だけどまぁ。

 

「カワイイ下着でよかったぁ……ひとりも褒めてくれたしぃ、えへへっ……♪」

 

 ―――えへへ、じゃねぇわ! 男だっつってんだろ! 教えはどうなったんだ教えは!

 

「くそぉ、ひとりめぇ……」

 

 恨み節、と思ったところで、ふと昨晩のことを思い出す。

 ベッドの上で、私の上に覆いかぶさるひとり、“あの眼”を“あの声”を“あの表情”を……。

 

 

『ねこみちゃん、綺麗……』

『ねこみちゃんのその声、好き、だよ』

『もっと見せて、聞かせて、ねこみちゃん……』

 

 

「~~~っ♡」

 

 アイツが私の名前を呼ぶ度に、頭にスパークが奔る感覚。背筋を走るゾクゾクとした感覚。臍の下の疼き。もう、わけがわからなかった。

 それに“あれ以上”があるんだから、私はどうなってしまうんだか……。

 

「って、だからそうじゃないだろぉ、(オレ)ぇ……」

 

 頭を振るえば、私の銀色の髪が舞う。

 

「ふがっ……!?」

「あ……」

 

 それがひとりの顔をかすめたようで、隣のひとりが呻きながらそっと目を開いた。

 可愛い声だけど、なんか違うんだよなぁひとりのやつ。

 私の隣で上体を起こしたひとり。

 

「ねこみ、ちゃん……」

 

 ぼけっとしてる様も、なんだか愛おしい……。

 

「ふふっ……おはよ」

 

 

 

 

 ふわりとしたなにかが顔に当たって、眼が覚めた。

 それと同時に“ねこみちゃん”の良い匂いがして、視線の先には朝日で輝く銀色……。

 

 ───あ、ねこみちゃん。

 

 なんとなく、ぼんやりと昨日のことを思いだしていく。

 泊まったのと……。

 

「ねこみ、ちゃん……」

 

 上体を起こして、ねこみちゃんをしっかりと見れば、ねこみちゃんは可愛らしく笑った。

 

「ふふっ……おはよ」

 

 ―――ねこみちゃんのそんな笑顔を見ると、憂鬱な一日の始まりが、すごく輝いて思える。

 

「お腹すいたね、御飯でも作ろうっか?」

 

 膝を抱えて座るねこみちゃんがそう言うので、私は返答を考えようとする……けれど、それよりもねこみちゃんの格好でさらに鮮明に昨日のことを思いだしていく。

 下着姿のねこみちゃん、首にも胸元にも赤い痕が“いくつも”あって……“宣言通り”沢山の“痕”をつけて、さすがの私でも“その先”に行くんだと思って、たんだけど……記憶が飛んでる。

 

 ───あ、たぶん気絶したか破裂したか液体化した……。

 

 そう、耐えられなかった。

 

「ごごごごっ、ごめんねねこみちゃんっ!」

「へっ!? あ、いやその……べ、別にっ!?」

 

 自爆しちゃった……へ、変な顔で変な液体吐いたりしてなかったかな……。

 

 ねこみちゃんが膝の上に顔を乗せて、私の方を見る。

 少し恥ずかしそうに顔を赤らめながら、“他の人には見せない”拗ねたような表情。

 

「その……もうちょっと、がんばれよっ……私相手なんだら、ちょっと慣れてても……」

「あ、うん……そ、それじゃあこれから、なっ、慣れるためにっ……ま、毎週末、わ、私泊まろうかなぁっ!?」

「ま、まいっ!?」

 

 あ、さすがに図々しい……?

 

「そそそっ、そのっ、ごご、ごめんなさっ」

 

 そ、そうだよね! そもそもちゃんと、す、す、す……こ、言葉にしてないし!

 こ、こいびっ、こっ、こっ……お、おつきあ、お付き合いも、正式にしてない、わけだしっ!?

 

「べ、別に良いけどぉっ!?」

「え……い、いいの?」

「いいけど!?」

 

 

 

 

「あ、うん……そ、それじゃあこれからま、毎週末、わ、私泊まるからっ!」

「ま、まいっ!?」

 

 ―――いいわけないじゃん!

 

 昨日の時点で体力はかなりヤバかった。

 ただ“痕”をつけられていただけにも関わらず、だ。

 

 絶対死ぬ。なんだかんだコイツ、運動オンチの癖にギターを弾き続けるぐらいの体力をもってやがるし……。

 非力で運動オンチの挙句、体力もクソザコナメクジの私では……。

 

「そそそっ、そのっ、ごご、ごめんなさっ」

 

 ―――じゃないっ、こんなんだから男らしくいられないんでは!?

 

「べ、別に良いけどぉっ!?」

 

 ───オッケー出しちゃった……。

 

「え……い、いいの?」

「いいけど!?」

 

 あぁもう、私のバカぁ……。

 

 い、いやこっから大逆転すればいいだけだしっ、総受け(当社比)のひとりにこの“攻め(バリタチ)”要素しかないスタイル抜群長身美少女(中身は男)の“大張ねこみ(バリネコ)”が負けるわけねぇしっ!

 

「えっと、が、頑張り、ます……」

「あ、うん、その……はい……」

 

 

 

 

 あ、あまり私自身、私に期待はしてないけど……それでも、ショックだ。

 せっかく、ねこみちゃんも“受け入れてくれる表情”をしてたのに……。

 

 ねこみちゃんと同じように三角座りをして、膝に顔を乗せながらねこみちゃんの方を向く。

 そちらを見れば、もちろんねこみちゃんが私と同じようにしていて、綺麗な瞳で私を見ている。

 

 ねこみちゃんに触れることすら、慣れが必要なんて……でも、ま、毎週末、そのっ……ね、ねこみちゃんに触れるのに、な、慣れていくわけで、その……毎週末、ねこみちゃんを、好きに触っていいなんて……。

 

 う゛っ! ま、まずいっ……い、意識がっ!

 

「ひ、ひとり?」

「だ、大丈夫大丈夫……!」

 

 というより、ねこみちゃんの下着姿……それも心臓に悪いんだよ……?

 

 

 

 

 まぁ、なにはともあれ結果的にはその、(オレ)の思惑通りというか……。

 本来ならもっとこう、ひとりをメロメロにして依存させてやるつもりだったんだけど、計画が狂った。

 計画なんて大層なもの立ててもないが……まぁその、私も普通に、好き、なわけで……。

 

 ―――だが私はまだ諦めてないぞ! 私のスパダリパワーで下北のツチノコを雌顔にしてやらぁ!

 

「ふふっ♪」

「ねこみちゃん、やっぱりかわいいなぁ」

 

 はぁっ!!?

 

「っ~♡ きゅ、急にそういうこと、言うなってぇ……」

「だって、女の子って感じの表情、してたから……」

 

 ―――誰が雌顔だ!? あ、いやそこまでは言ってないね。うん。

 

「たく……」

 

 てか朝飯だろっ!

 ふふふ、スパダリとして朝食ぐらい作ってやらなきゃな。

 あと洗濯機回して、昼過ぎからはバイトだからSTARRY……その前にひとりと後藤家に戻っとくか。

 スケジュール管理もバッチリ、これは良妻賢母……じゃなくてなんていうんだ。

 

 うん、なにはともあれ私はスパダリってことで!

 

 

 

 

 コロコロ表情が変わるねこみちゃんを見てると、なんだか胸があったかくなる。

 色々考えてるんだろうけど、そんなねこみちゃんはたぶん“私だけのねこみちゃん”で……。

 勝手に顔がへらっと崩れる。

 

「ん、なに笑ってんのさ?」

「ううん」

 

 なんだか、凄い新鮮な気持ちで……。

 

 いつもの朝だけど、全く知らない朝。

 

「……ま、なんでもいいけどさぁ」

 

 大きく背を伸ばすねこみちゃん……私には、ちょっと刺激的だ。

 

「ん、朝ご飯、すぐに作るから……期待しといてねっ♪」

「あ、うん……!」

 

 

 暗く狭いのが好きだったこんな私に───新しい、朝がやってきた(降る)

 

 







あとがき

ちょっとおセンシティブですが、最終章なので多少はね?
ヤッてないのでセーフ! 一晩中接触してたようですが
そして諦めないねこみ。不屈の女……ただし毎回雌堕ちさせられる

まぁまだ、形式上は付き合ってない等と申しており……

とりあえず最終章って感じで、あと二話か三話ほどで終わりです
その後は蛇足を少々……どのぐらい書くかは気分次第で

では、次回もお楽しみいただければです

あと感想等いただければ承認欲求モンスターが喜びますので是非~


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

♯青春コンプレックス

★最終話Ⅰ


 

 私とひとりが“云々かんぬん”あった日の翌日。

 いや、もはや当日(審判の日)と言って過言ではない。その“行為の最中”に、0時は余裕で過ぎてたし……別に、ヤッたわけじゃないけどね!? 

 

 ……学校なくてよかったわ、タイツ履くタイプだけど体育あったら内腿とかマジヤバいっす。

 

 ともあれ、(オレ)とひとりはSTARRYへとやってきていた。

 

 

「おはようございま~す」

「あ、お、おはようございます……っ」

 

 私達の挨拶に、既に来ていた面々がこちらを見る。

 昨日と変わらず、喜多ちゃんに虹夏ちゃんさんに山田(リョウ)さん、それに星歌さん(店長)にPAさんと、オールスター。

 最初の頃はテンション上がってたけど、人間は慣れの生き物ってもんよ……一抹の寂しさもあるな。

 

「お、おはよう二人とも!」

 

 虹夏ちゃんからの挨拶。

 ふぅ、季節が季節だったから厚着できて助かった……タートルネックだから“首”も見えないし。

 喜多ちゃんと店長が目をキラキラさせてるのも気になるし、PAさんが『あらあらうふふ』してるのも気になるが、気にしないことにする。

 なぜならこれは罠だ。動揺したらバレる。だから動揺しなければバレることは決して───。

 

「え、ヤッた?」

 

 ───ファッ!?

 

「山田ぁ!?」

 

 

 

 

 伊地知虹夏(わたし)はとりあえず手近にあったコードで山田を吊し上げておく。

 お姉ちゃんが『仕事人……』とか言ってるけどよくわからない、うん。

 

 ふと見れば、真っ赤になっているぼっちちゃんとねこみちゃん……。

 

「ぼねこ、いい……」

「お姉ちゃんは黙ってて」

 

 ───いや、なぜバレてないと?

 

 ねこみちゃんが厚着なのは、いつものことなので良いとして───恋人繋ぎで来ちゃってるし。

 

「あの、二人とも、その、大変言い辛いんだけど……」

「ひとりちゃん、ねこみちゃんと同じ匂いするのね~♪」

「どふぇあっ!?」

 

 喜多ちゃんが目をキタキタ、じゃなくてキラキラさせてる。

 まぁリョウよりはマシな感じだけど……いやどうだろう、マシかなぁ。

 陽キャの風は陰キャには辛いものがあるよ。ましてや喜多ちゃんは劇物が過ぎるかも……。

 

「いいい、いやななな、なにもないどぅえすっ!」

「おいひとり動揺するなっ」

 

 ねこみちゃんも動揺してるし。

 

「ふたりはその……」

「昨晩はお楽しみでしたね」

 

 山田、なぜ山田がここに!? いつの間に脱出を!?

 

 吊るしたにも関わらず脱出したリョウがねこみちゃんの隣にいた。

 喜多ちゃんとリョウに挟まれるねこみちゃんとぼっちちゃん。

 

 さすがになんとかしないと、とも思う……。

 

「ヤッたの?」

 

 だからストレートに言うな山田!

 

「いいい、いやぜぜぜ、全然っ!? ねねね、ねこみちゃんと……そのっ、わわ、私が耐えられなくててっ!」

 

 自爆したのかな? 容易に想像つく……。

 

「ひとりっ、落ち着かないと、ね?」

 

 ねこみちゃんがひとりちゃんの背中を撫でれば、ひとりちゃんがビクッとして背中を逸らす。

 

「痛っ……!」

「あ、ど、どした?」

 

 そんな強く叩いてないけど……。

 

「その、昨日ねこみちゃんが引っ掻いたとこ……あ」

 

 ―――あ。

 

「あぅっ……♡」

 

 

 真っ赤になったねこみちゃんが、俯いた。

 それはよくない。私でもくらっとくるぐらい……その、言葉を選ばないで表現するとすれば、“そそる”という奴だ。

 リョウも少し顔赤いし、喜多ちゃんは……うん、なんかキターンってしてるね。

 

 

「ぼ、ぼねこっ!」

 

 ひでぶっ! みたいに言うじゃん!

 

「店長が死にました! この人でなし!」

 

 ―――PAさんも壊れた!

 

 

 

 

 あっさりバレた……。

 いや(オレ)としても別に隠したかったわけじゃないんだけど、あんまりにあっさりだった。

 

 ていうか、山田はマジでオブラートとかないんか? ないな。

 

 まるで肝心な時にしか頼りにならない女だ……ん、その感覚どこかで?

 

「あ~おはよ~ぼっちちゃんとねこちゃ~ん!」

 

 ―――この人だわ。

 

 相も変わらずおにころをチューチューしながら現れた廣井きくり。

 昨日は(オレ)の首まで吸ってくれちゃって……。

 

 ―――まぁ、もうひとりで上書きされてるけど。

 

「今日は店来るなって言った、だろうがッ!」

 

 あ、店長が“レインメーカー(ラリアット)”で仕留めた。秒殺かよ……。

 

 ……まぁ良いか、昨日のことはその……まぁなんていうか、お、おかげさまで、というか、だし……。

 

「ねこみちゃん、顔、赤いよ?」

「へひゃっ!? べべ、別にっ!?」

 

 くそっ、変なこと思い出しちまった!

 

 まったく、“昨日から(いつも通り)”男らしいところがまったく見せれてないっ!

 

「さぁ~バイトバイト! お仕事がんばろ~!」

「話題の変え方そんなにヘタだったかしらねこみちゃん」

 

 喜多ちゃんキレッキレな物言いやめて。

 

「色々聞かせてほしいわねこみちゃんっ♪」

「お、お手柔らかに……」

 

 まぁあんま話せることないけど……いやそりゃそうよ。

 あんな私が“珍しく雌っぽい”感じとか、ほぼ情事の話とか聞かせらんねぇって……カッコ綺麗な大張ねこみ像が崩れる!

 

 てか学校での振る舞いも気を付けなきゃな、いや今まで通りでワンチャン……?

 

 でも学校でもすっかり私とひとりは“そう言う関係”扱いだし、他学年にも私のネームバリューを除いたって“学祭での事件”のせいで色々と広まって……。

 ていうか“原作通り(案の定)”ネットにも出回っちゃってたし……顔ぼかされてるけど。

 

 くそっ、それ見て来る“三流フリーライター(ぽいずん♡やみ)23歳(14歳))”だっているんですよ!

 

 

 

 

 喜多ちゃんを伴ったまま私は荷物を置いて掃除用具を取りに向かう。

 

「で、ひとりちゃんにどうやって告白されたの? ねこみちゃんからした?」

「あ、いや……」

 

 朝もしっかり思い出してみたものの、やはりしっかりと告白されてはいない……いや、もういい歳した大人がハッキリと告白云々なんて……まだJKだったわ。

 

「その……されてない、けど」

「え、されてないのにえっちしたの?」

 

 ―――してねぇわ! あ、いや、したのか……? いや、してない、か……?

 

 微妙なとこだなぁ……そりゃ何回かイッ……じゃなくて!

 

 てか喜多ちゃん、顔がこえぇんですけど?

 こんな時に限って虹夏ちゃんもリョウさんもひとりもいないしっ。

 

 ───ひぇっ! 瞬き一つもしないままジッと見んのやめてくださらないっ!?

 

「いや、その……ふ、雰囲気に流されて……というか、ひ、ひとりがちょっと押し強めだった、というか……」

 

 あ、この言い方じゃまるで私が受けに回ったみたいじゃん、受けにまわったみたいじゃん! たいへん遺憾!

 これじゃ喜多ちゃんに私が“受け(ネコ)”だなんて勘違いをされてしまうっ、今回は遅れをとったが次はそうはいかないから!

 

「……ごとりちゃん、そんなとこまでバンドマンしなくていいのに……!」

 

 喜多ちゃんの中でのバンドマンのイメージがロクでもないことは確からしい。

 

 

 

 

 落ち着いた喜多ちゃんと一緒に床清掃をする。

 リョウさんも掃除用具を渡したら素直にやってくれているようでなにより……さては金欠。

 ん、いや違うなこれ!

 

「……リョウさん、首元覗き込もうとしないでください」

「え、なにが?」

「いやバレバレ」

 

 首か、別にもう見られても気にしな……あ、やっぱ恥ずいわ。

 

「てか胸元見る男みたいになってますよ」

「……ねこみの胸なら見るかも」

「えー」

「胸!? 胸なんですかやっぱり!?」

 

 ほら余計なこと言うからぁ!

 

 瞳のハイライトが消え失せた喜多ちゃんに詰め寄られるリョウさんが冷や汗かいてるけど……うん、放っておこう。

 これでなにか言おうものならこちらに飛び火する。私の勘は当たるんだ。

 

「~♪」

 

 そういえばひとりの奴、告白はしてくるんだろうか……いやしてくるか、させる。

 向こうから惚れた感を出させることによりイニシアチブをもう一度、(オレ)が握る!

 

 ひぃひぃ言わせてやらぁ!

 

「ねこちゃぁ~ん♪」

「ひぃっ!?」

 

 

 

 

 動揺する(オレ)をよそに、いつも通りの声。

 

「ちょっとぉ~そんなかぁいい声出されたらお姉さんがなんかしたと思われるじゃぁ~ん♪」

 

 って廣井かい!

 

「い……いや、したんですけどね」

「えへへ~それもそっかぁ~」

 

 てかもう酔ってる……。

 まぁ感謝してないでもないんだけど、もうちょっとやり方あるでしょうに、不器用人め。

 

 後ろから抱き着いてくるきくり姐さんだけど、ある程度の理性は効いてるのか全体重はかけてこないのでヨシ!

 

「てか離れてくださいよ」

「ん~その前にぃ~」

 

 廣井さんが、私の襟を軽く抓んで引いてくる。

 それに従うように前のめりになると、もちろん“ソコ”が見えるわけで……。

 

「うんうん、ぼっちちゃんしっかりお姉さんの言うことを守ったんだねぇ♪」

 

 ───お前の入れ知恵か!? おかしいと思ったよ! ひとりが“痕”のつけかた知ってるなんて!

 

「お姉さんに感謝してもいいよぉねこちゃん!」

「ねこちゃん言うなっ、てかそのせいで私は全身……~っ!」

「え、全身ってなに!?」

 

 声がデカい!

 

「なになに!? どうしたのねこみちゃん!?」

 

 喜多ちゃんさんの食いつきぃ!

 

「これじゃねこみの『my new gurabia』はできないか……」

 

 やらせねぇよ!?

 

「ねぇねこちゃん教えてよ~!」

「店長、廣井が暴れてる!」

「ちょねこちゃん!?」

「廣井ぃ!」

「ひぇっ!」

 

 ───よっし勝った! ってうぉっ!?

 

 突然引かれる。

 きくり姐さんからも喜多ちゃんからもリョウさんからも離されてそのまま、“ひとり”に抱き寄せられる。

 そう、ひとりに抱き寄せられた……。

 

「へひゃっ! にゃ、にゃにしてんのひとりっ!?」

「お、お姉さんにはその、か、感謝もしてるん、だけど……」

 

 ギュッと、肩を掴まれる。

 

 ―――は、ハァッ!? こういうのは(オレ)のやることでっ!

 

「ね、ねこみちゃんはっ、わ、私の……ですっ」

「ひとりっ……♡」

 

 

 

 

 その後、姉妹の合体技(ツープラトン)によって姐さんは沈んだ……成仏してほしい。

 あのアパートの部屋に霊が増えないことを祈ろう……。

 

 てか、ひとりあの顔ずるいよなぁ……。

 

「私もなんとか耐性付けなきゃダメだなこりゃ」

「ていうかねこみの場合、耐性じゃなくて癖になってない?」

「へ?」

 

 クセとな?

 

「……ぼっちのその顔見ると“スイッチ”入る癖」

 

 リョウさん、こういう時なんか核心ついてくるからな、よくわからないが続けてどうぞ。

 

「スイッチってなんのです?」

「……ねこみが“雌モード”入るスイッチ」

「めっ!!!?」

 

 なぁに言ってんだ山田!? わわわ、この、わ、(オレ)が雌モードって、わわわ、笑わせてくれるわ!

 

「は、ははははっ! なにを言うかと、思えば……」

「あ、でもねこみちゃん凄い乙女な顔になってますよね」

「えっ!?」

 

 感覚が変になってるだけじゃなくて、見た目にもそんな影響するん?

 

「大丈夫、ぼっちはそんなねこみも好きだと思う」

 

 私が大丈夫じゃねぇんですけど!?

 (タチ)としての尊厳の問題なんっすよこれ!

 くっ、本格的にひとりから告白させて、なんか上手いこと焦らしたりしつつイニシアチブを奪還し、勝利するしかない! そうだ、勝利の方程式は決まった!

 

 ……決まったよね?

 

「……ね?」

「ねこみちゃん、そんな懇願するような顔で見られても……」

 

 

 

 

 開店準備も終わって休憩中。

 

 後藤ひとり(わたし)と虹夏ちゃんと喜多ちゃん、それと店長さんとPAさんがテーブルを囲んでいた。

 

 ねこみちゃんはリョウさんと一緒に、みんなの分の軽食を買いに行ったんだけど……あの二人、たまにやけに仲が良い。

 良いことなんだけど、ねこみちゃんと結束バンドのみんなが仲良くなってくれるのは……。

 

 ―――うっ、なんかモヤモヤする……。

 

「にしても、とうとうかぁ~」

 

 虹夏ちゃんの言葉に、私以外のみんなが頷く。

 

 え、ハブ?

 

「ぼっちちゃん的にはどうするの? 今までとあまり変わらない感じ?」

「あ、そ、そっちですか……」

 

 なんていうか、普通に話振られるんだこういうの……。

 

「あっ、いや、その……あ、あまりその……私生活とか、バイトに影響でない範囲でやっていけたらな、と」

「いいんだぼっちちゃん、ある程度イチャイチャしていいんだ」

「え、あ、は、はい」

 

 店長さん、なんかキラキラしてて怖い。キラキラしてるのにたまに手が震えてるのがもっと怖い……。

 

 というより、その前にその、ちゃんと……しなきゃだめだよね。“告白の返事”は……。

 順番が逆になっちゃった。先にねこみちゃんの身体、たくさん触れちゃったし……あ、でもソレが先ってバンドマンっぽいかも。

 

「へへっ」

 

「と、突然笑い出しましたね」

 

 でも、その、ほ……本格的なその、そういうことは、してないわけだから……まだ付き合うのが先って感じにできる、かな? できるよね?

 ちゃ、ちゃんと来週以内に、い、いやできる限り近い内に返事しないと、ねこみちゃんに申し訳ないっ。

 またなし崩しにその、私が我慢できなくてねこみちゃんのこと、その……お、押し倒したり的なことをしちゃう前に返事!

 

 ねこみちゃん、結構乙女だから順序逆なの気にするかもしれないし……。

 

「聞いて良いかわかりませんが、どうして突然そんなことに?」

 

 PAさんがそう聞くので、私は思い返す……。

 

「えっと、その……」

 

 色々考えると、昨夜のねこみちゃんを思い出して頭が熱でショートしそうになる。

 

 ―――あ゛ぁ゛あ゛! ダメダメ!

 

「えっとしょのっ、わ、私が耐えられなかったといいますか!」

「ひとりちゃんから!?」

「がっつりいったの!?」

 

 あ、凄い大胆なこと言った気がする! というかこれじゃ無理矢理っていうか、襲ったみたいになっちゃうんじゃ!?

 え、あ、う、警察沙汰!? マズイマズイ! そうなんだけどそうじゃなくって!

 

「ね、ねこみちゃんがあのっ、そのっ、かわいくてっ、さ、誘ってたっていうか!? も、もはやなにもしない方が失礼っていうかっ!」

「落ち着いてぼっちちゃん! ヤバい発言してる!」

「へっ!? たたた、確かにっ!」

 

 落ち着け! 落ち着けひとりぃ……!

 

「あぁ~なんとなく、わかりましたので……」

 

 PAさんが、なんだろうあの表情……引かれた?

 

「……あべしっ!」

「お姉ちゃんが死んだ……」

 

 

 

 

 とりあえずお姉ちゃんの復帰を待つ間に、ひとりちゃんを落ち着かせよう。

 PAさんも限界そうだけど……貧しい青春だったんだね。

 私たちもそうなりつつあるけど、ぼっちちゃんを除いて……ぐふっ!

 

「でもひとりちゃん、しっかり告白しなきゃダメよ?」

「あ、はい……ん、告白?」

「そうよ。ねこみちゃんも待ってるわよ。しっかりリードして」

 

 まぁ、そうだよね。告白は大事。

 しっかり言葉にしないと伝わらない……知らないけど。

 

「ででで、でも告白ってどうすれば」

「そりゃもちろん夜景の綺麗な映えスポットで!」

「あばばばばばっ」

 

 ああもう、せっかく落ち着いてたのに……。

 

「あっ! そ、そうよね。それじゃ夕方の河川敷で」

「ぐごごごごごっ」

「え~これもだめ!?」

 

 青春コンプレックス……。

 

「じゃあ放課後の教し」

「ぴぎぃぃぃっ!」

 

 あ、これはヤバいやつ。

 

「喜多ちゃんの攻撃は容赦ないなぁ……」

「攻撃なんてしてませんよ!?」

 

 

 

 

 再びぼっちちゃんが落ち着いたので再開。

 

 そろそろあの二人戻ってきても良いころだけど……。

 

「せ、青春は無理です。無理なんです……っ」

「ご、ごめんねひとりちゃん」

 

 ……というよりぼっちちゃん。

 

「いつも通りで良いと思うよ」

「え?」

「うん、ぼっちちゃんのいつも通り。ぼっちちゃんの普段……普段からロックなんだから、そのまま突き進んじゃうのがぼっちちゃんらしいかも」

 

 なんとなく、そんなことを思ってそんなことを言ってみる。

 喜多ちゃんもなんだか落ち着いた様子で頷く……この感じからすると、喜多ちゃんも結構焦ってたのかも?

 まぁ身近な二人の命運をこっちが左右しかねないわけだからなぁ。

 

「ぼっちちゃんの“らしさ(ロック)”で良いんだよ。無理に型にはまるのなんて“らしくない”しさ」

「……そうですね。ひとりちゃん、なんだかんだでねこみちゃんをしっかりリードできてるものね。普段通りで、いいのかも」

「あ、そう、ですか……?」

 

 ねこみちゃん、普段は呆気らかんとしてるけど、なんだかんだ“ぼっちちゃんといると乙女”だからね。

 

「それに……」

「え?」

「ううん、なんでも……」

 

 下校の時に学校から離れてから手を繋いで帰ったり、休みの日はお互いの部屋で過ごしたり、親抜きでどこかに泊まりに行ったり……。

 この半年弱、色々な話聞いて、見てきたけど……。

 

 

 ―――十分、青春してると思うけどなぁ。

 

 

「どうしたんですか、廣井さんのライブ見に行った時のリョウ先輩と同じ顔してますよ」

「え゛っ!!」

「そんなに嫌でした?」

 

 

 ―――私達の青春は遠そうだけど、まぁ今は二人を見てるだけでお腹いっぱい、かな。

 

 

「ただいま~」

「ねこみ、重い、私の方が荷物多い」

「筋力が違うんで筋力が……たぶん私の方が疲労感は凄い自信ありますよ……?」

「非力だからか……そんなんだからぼっち相手に抵抗できな」

「ちょ! 山田!」

 

 帰って来たけど、あの二人仲良いなぁ……いや、ねこみちゃんはわりと誰とでも仲良いか。

 

「あ、ねこみちゃん、持つよ」

「えっ、ありがと、ひとり♪」

 

 え、ぼっちちゃんいつの間にあそこに!?

 

 

 ───いやこれ、お腹いっぱいどころか、胸焼けするやつ……。

 

 







あとがき

最終話の一話なのにこれで良いのかなとか悩んでました
結果そのままお出ししましたがこんな感じです

とりあえず結束バンドとねこみでしたが、あまり変わってないような変わったような
たぶん数日もすれば落ち着く……元々距離感がバグってたのでそれほど変わらない可能性

ねこみとぼっちの意見に食い違いがある気もしますがそれはそれでOKです

ヨヨコとかも出したいけど、蛇足でチラッと出すかもです

そろそろラスト、最後までお楽しみいただければです


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

♯星座になれたら

   ☆
★☆最終話Ⅱ☆
   ☆


 

 もうすぐ時計は8時。

 

 今日のバイトのあがり時間の兼ね合いから、(オレ)とひとりは既に金沢八景へと戻ってきていた。

 なんなら、ひとりと一緒に我が家にいるわけだが……。

 

 今回に至ってはひとりが『お家、あがっていい?』なんて言うもんだから、かわいいのなんの……フッ、やはり私は“こっち側”だったようだ。

 立ち位置は完全に攻め、ひとりを乙女にしてやらぁ!

 

「ねこみちゃん」

「ん、なぁにひとり?」

 

 私は隣に座るひとりの方を向く。

 相も変わらず定位置というか、ベッドを背にしてテーブルの向こうのテレビを見る用に並ぶ私とひとり。

 大して見てもいない退屈なテレビから視線を外して横のひとりを見れば、なんだか凛々しい顔をしていて……。

 

 ―――また、その目するっ……。

 

「その……お、おいで?」

 

 そう言って伸ばした足の上をポンポンと叩くひとり。

 

「……へっ!?」

「あ、いや、その……嫌なら」

「嫌じゃないし!?」

 

 ―――くそっ、バカにしやがって!

 

 焦らされた故に、せめてもの抵抗で私は、膝立ちになるとそのまま移動して……ひとりの足の上に跨って座る。

 ひとりと対面した状態でひとりの膝の上に座れば、当然ひとりは目の前なわけだけど……。

 

 ―――どうだ、(オレ)だってこのぐらいできらぁ!

 

「あ、え?」

「え?」

 

 なんでか目を点にしているひとり。

 

 いや、お前が誘ったんだろっ!?

 

「そ、その、ひ、膝枕、しようかなって……た、たまにしてもらう、お礼に……」

「……~~~ッッッ!!?」

「眠そう、だったから……」

 

 ―――うわぁっ! やっちゃったぁ……っ!

 

 膝枕イベントとか男のロマンのやつぅ!

 完全に(タチ)として君臨するチャンスをふいにしてしまった……!

 この大張ねこみ一生の不覚っ。

 

 てかそもそもひとりが『膝に座れ』的なことやるわけがないってーの!

 

 舐められるわけにはいかないと思って先走り過ぎた。

 

「ご、ごめっ」

「あ、ちがっ」

 

 ひとりの肩に手を置いて立ち上がろうとすると、ひとりがそっと腰に手を回す。思いもしなかったボディタッチに驚いて、私の力が抜ける。

 となれば当然、ひとりの太腿の上に完全に体重を預けて座るような形になったわけだが……。

 近い一杯に映るひとりは、穏やかに笑みを浮かべる。

 

「ううん……むしろ、こっちの方が、ねこみちゃんの顔、よく見れて……好き、かな……」

「はぅっ……♡」

 

 変な声が出るし、心臓がバクバク音を鳴らす。それに、下腹部がキューっとなる。

 

「照れてるねこみちゃん、かわいい、よ……?」

「っ! そ、そういうこと言うなぁっ♡」

 

 顔を隠そうとひとりの肩から手を離すが、手に顔を持ってこようとするより前に、その両手はひとりの両手に捉まる。

 手を握られて、思わず(おれ)も手を引き寄せるのをやめてしまう。

 

 そのまま空中で、ひとりの手とぎこちなく―――指を絡めて、手を繋ぐ。

 

「ねこみちゃんの手、少しひんやりしてるね……」

「ひ、冷え性だからっ……」

 

 この体になって、やはりかつてより冷え性になった自覚はある。

 なんだかんだ言って体が女の子はどうしようもない事実で……って違う違う!

 

 ―――思い出せ、だとしても男らしく!

 

「ねこみちゃんの手、すべすべで、柔らかくて……抱きしめると、ふわってして」

「……やぁっ♡ 恥ずかしいこと、言うなぁっ♡」

「え、えへへっ、ごめんね……」

 

 照れたように笑うひとりに、私も気恥ずかしいけど笑顔で返す。たぶん、変な笑顔だとは思うけど……。

 

「最近は、前みたいに抱き着いたりしてくれなくなったね……」

「あ、や、それはっ……」

「好きな子でも、できたのかと、思ったときもあったり……」

 

 それはない! ひとり以外見えてないし!

 

 だからと言ってそれを直で言うのは恥ずかしい……。

 

「そ、そのっ、抱き着いたら……前と違って、変な感じに、ならない?」

「……なる、かも」

 

 ───ほらね?

 

 あの初ライブの日以降、抱き着いたりをやめたのはそういう経緯があってだ。

 こっちもどうなるかわからなかった。

 

「でも、前よりもねこみちゃんとの距離を、近く、感じるんだ……」

「あぅっ♡」

 

 握っていた手の力が、少し強くなるのを感じる。

 

「私……ねこみちゃんのこと、前まで月みたいに思ってた」

「……へ?」

 

 突然のひとりの言葉に、ポカンとしてしまう。

 

「真っ暗な世界で輝いてて、私の道を照らしてくれて……私じゃ手が届かない」

「……それじゃあ、今は?」

「……星、かな」

 

 グレードダウンしてない……?

 やっぱあれ、男らしいとこ見せられてないから? “最近は”カッコよく決めれてないからか!?

 

 星って、『星座になれたら』ってか! ……あれ?

 

「そ、そのっ、ひとり……」

「ん、どうしたの?」

「……い、いや、ううん、なんでも……ごめん、話の腰折って」

 

 そう言うと、ひとりは首を横に振る。

 

 い、いやいや、私の思い違いだって……だとしたら、あんまりにもアレだ……。

 

「私も、少しでも輝く星になって……一緒に、いれたらなって」

「……っ♡」

「ねこみちゃんは、かわいいし人気者だけど、やっぱり私の大事な幼馴染で、私の大事な女の子で……だから、月は違うかなとか、思ったり……」

 

 やっぱ、そういうことじゃんかっ……♡

 

 

「ねこみちゃん、私もね……ねこみちゃんのこと……好きだよ」

 

「へっ!?」

 

 

 こ、告白……された……? こ、こんな早く? ら、来週までにはだと思ったけど、な、なんで……。

 

 い、いやでも告白されたぁ♡ やっとだぁ♡

 

 

「え、えへへっ……♡」

 

 

 ちゃ、ちゃんと返事……じゃなくてっ、そ、そうだった。じ、焦らさないとっ、主導権を……。

 

 で、でも顔がにやけてっ。

 

 

「好き。大好き、だよ……」

 

「やぁ……っ♡ あ、あんまり言われる、と……」

 

 

 ま、待ってちょっと引っかかったんだけど……『私も』って言った?

 

 まるで、私の方が先に告白してたみたいな……。

 

 

「返事、遅くなってごめんね?」

 

「あ、えっと、そのっ……」

 

 

 返事? 待って待ってどういう! だって昨日、記憶は“あそこまで”はハッキリして……あ。

 

 

「その、こ、ここで、あんなに沢山……好きって、言ってくれた、のにっ……」

 

 

 照れるように顔を赤くして言うひとりに、私の顔は一気にそれを超えて真っ赤になる。

 それもそうだ。仕方がないことだと思う。

 完全に“最初”から間違えていた。

 

 私は既にひとりに“ありったけ”『愛』を伝えている。

 

 ……昨夜、ベッドの上で。

 

「はぁぅ……~~~ッ♡」

 

 両手で顔を隠したいが、ひとりと指を絡めて繋がれた手は離せない。

 結果そのまま俯くしかないけれど、今は私の方が頭が高いわけで、しかも下を向いてもひとりの顔は見えるわけで……。

 でも、ひとりはどこかなにか達成したような表情で……。

 

 あぁ、そっか───(わたし)達はようやく、好きって、言い合えたんだ……。

 

 

 

 

 言えた。ようやく言えた……。

 

 後藤ひとり(わたし)にしては早いなんて思ったけど、違う。

 ねこみちゃんにとってはきっと、遅いくらいだ。

 

 あんなに昨日、息も切れ切れに『好き』を伝えてくれたのに、私はねこみちゃんを呼ぶだけしかできなかった。

 

「ねこみ、ちゃん……」

 

 顔が熱いけど、ねこみちゃんも赤い顔で私の方を見てくれてる。

 あまりにもかわいくて、胸が痛いぐらいドキドキして、顔も驚くぐらい熱くて……。

 いますぐ顔を塞ぎたいけど……。

 

「ねこみちゃん、かわいい……」

「あぅっ……♡」

 

 つないだ()、解かないよ―――ねこみちゃん()がどんなに、眩しくても。

 

「その、ね……!」

 

「う、うん……?」

 

 決めた。

 だから言おう。これだけは、曲げられない……変えられない。

 

 答えはわかってる。それでも、しっかり言葉に、しなきゃ、ダメなんだと、思う……。

 

 昨日も沢山握ったその手を、いっそう強く握る。

 

「ねこみちゃんを、私の彼女に、したいっ」

「ひ、ひとりぃ……わ、私はっ……か、かれ」

 

 しっかり言え、後藤ひとりっ!

 

「ねこみちゃんに、私の彼女に、なって、ほしい……!」

「……ぁっ♡」

「なって、くれる……?」

 

 真っ直ぐ、ねこみちゃんの“潤んだ瞳”を見つめる。

 こんなにもまっすぐ誰かの目を見ることなんて、家族とねこみちゃんにしかできない。

 ねこみちゃんは私にとっては家族みたいに“特別”で……。

 

 ───あ、そっか。

 

 元々、ねこみちゃんは“特別”で、私の中でねこみちゃんへの感情が“変わった”気がしないのは、たぶん、もうずっと前から私は、ねこみちゃんのこと……。

 

「……はいっ」

 

 今までよりずっと眩しくってかわいい、ねこみちゃんの笑顔。

 赤い顔で、瞳から涙を流してまで、喜んでくれて……。

 

「ひとりぃ、好きぃ……大好きぃ」

「ね、ねこみちゃんっ……!」

 

 手をゆっくりと離すと、ねこみちゃんは私の首に腕を回して抱き着く。

 私は、そっとねこみちゃんの背中に手を回す。

 ねこみちゃんの嗚咽が耳元で聞こえるけど、なんていうか、こんな時にその、不謹慎なんだけど……。

 

 ―――柔らかい……。

 

「うぅ~よかったぁ゛……」

「え、えっと、ふ、不安にさせちゃって、た?」

「だって、私っ、ひとりと離れたらっ……なんにも、なくなっちゃうからっ」

 

 ねこみちゃんは沢山持っている。

 私は、正直ねこみちゃんに依存してる部分が沢山あるけど、ねこみちゃんはそんなことないと思ってた……。

 でも、ねこみちゃんも意外と、その……色々と抱えてるみたいだ。

 

「ひとりと出会ってから……私にはっ、ずっと……ひとりしかっ、いないからっ……」

「っ……!」

 

 ああもぉ、そんなかわいいこと、言われたら……。

 

「ねこみちゃん……少し、いい?」

「え……ひゃっ!?」

 

 両足と両手を使って、ねこみちゃんをベッドの上に半場無理矢理運ぶ。

 私は、ベッドの上に寝るねこみちゃんに、覆いかぶさる形になった。

 

 こんな私が、こんなことをできるようになるんだから、やっぱりねこみちゃんは凄いと思う……。

 

「前は、その……事故、だったけど」

「え、あっ、そのっ……」

 

 赤い顔で焦るねこみちゃんに、胸がざわざわする。

 

「ちゃんと、していい?」

「……っ」

 

 昨日も、できてないから、今度こそちゃんとしたいと思った。

 あの文化祭で、沢山の人の前で起こった事故じゃなく、私とねこみちゃん二人で、二人だけの空間で、ちゃんと私の意思で……。

 左手をねこみちゃんの顔の横に、右手をねこみちゃんの頬に当てる。

 

 ねこみちゃんの顔が熱い、柔らかくてすべすべで……。

 

 親指で、そっと唇をなぞる。

 

「あっ♡ うっ、い、いやその、そういうのは……わ、私からっ」

 

 すぐ“ダメになる私”のためにねこみちゃんは“気を遣ってくれている”んだと思う。

 ねこみちゃんだって恥ずかしがり屋で、女の子で……私がしっかりリードしなきゃダメって、喜多ちゃんも言ってた。だから、いつも頑張れない私だけど、せめてねこみちゃんを相手には、頑張りたい。

 だから、首を横に振る。

 

「私が、する……い、いい?」

「ぅぁっ……ぅ、うんっ♡」

 

 首を縦に振るねこみちゃん。

 その両手は緊張してるのか、胸の前でギュッと握られていて……そういういじらしいところが、本当に私をどんどん追い詰めていく。

 少しずつ顔を近づけていく、ねこみちゃんの瞳が、私をジッと見る。

 

「ひと、りぃ……好きっ……」

「私も、ねこみちゃんが好きで……あ、あ……」

 

 お互いの吐息がかかる距離、ねこみちゃんの瞳が閉じられた。

 

「……愛して、ます」

「ッ……♡」

 

 “あの時”とは違う、そっと触れ合うだけの───。

 

 

 

 

 好きで、頭が一杯になる。

 

 違う。(わたし)はこんなんじゃなかったはずで、こんな風になるつもりはなくって……。

 

 でも、どうしようもなく心が満たされてしまっている。

 

「ちゃんと、していい?」

「……っ」

 

 ベッドに押し倒されて、切れ長な瞳に魅入られて、頬に手を当てられて、唇を撫でられて……。

 彼女()にされて、申し訳程度の抵抗の言葉も、ひとりのカッコ良さに、すぐに捻じ伏せられて……。

 臍の下の疼きが、(わたし)はどこまでも女の子なんだって意識させてきて……それも全部、ひとりにそうさせられてて……。

 

 どうしようもないぐらいに『(わたし)は女の子で幸せ』だったと思わされる。

 

「私が、する……い、いい?」

「ぅぁっ……ぅ、うんっ♡」

 

 でも、もう、いいかなぁ……♡

 

「ひと、りぃ……好きっ……」

「私も、ねこみちゃんが好きで……あ、あ……」

 

 だって、だって(わたし)は……。

 

「……愛して、ます」

「ッ……♡」」

 

 (わたし)は、ひとりの“彼女”なんだから……っ♡

 

 

 

 

 

 

 ふと、(オレ)はベッドの上で眼を覚ました。

 沈黙と、暗い部屋。

 まだ外は暗いようで、カーテンから陽は差し込んでいない。

 

 頭の裏に枕があることを理解しうつ伏せになると、顔を枕に埋める。

 

「う゛ぅ゛う゛~~~~」

 

 ───なんなんだよアレぇっ!

 

「んぐぅ~」

 

 ───完全に雌じゃんかよぉ! (わたし)は男だ……(オレ)は男だろぉがぁ!

 

「ん、ねこみちゃん……?」

「ひゃぅ!? ひ、ひとり、ご、ごめんね起こして……」

 

 私のせいで“隣で寝ていたひとり”が目を覚ますので、軽く謝っておく。

 少し恨めしく見るが、ひとりは即座に寝なおしてそんな私の視線に気づくこともない。

 

 ―――完全にやられた。

 

「うぅ~……」

 

 ―――(オレ)は男で、タチなのにぃ……!

 

 結局“一線は超えてない”。

 私は昨日と変わらず脱がされて下着姿で、ひとりはうちに置いてあるスウェットだけど、ベッドの上でただずっと唇を交わしたりひとりが新しい痕をつけていたぐらいだ。

 よってまだ私は負けてない。実際に一線を越える時に、私がリードすればいいだけの話だ。

 

 だがまぁ、それは理解していても……。

 

「はずかしぃ……!」

 

 ただの“前戯にも満たない行為”であそこまでされたのは、“男として”非常に不本意である。

 

「……ま、まだだっ!」

 

 私は布団を捲って、ひとりの上に跨った。

 それに気づいて、ひとりが目を覚ましたが上等である。

 むしろ望むところだ。

 

「え……えっ、ねねね、ねこみちゃんっ!?」

「ん~? 動揺してどうしちゃったのかにゃぁ~♪」

 

 ニヤリと笑いながらそう言ってやると、ひとりは動揺したようにわたわたしている。

 

 完全に、主導権を握った……!

 

「ふふ~ん、顔赤くしちゃってぇ~♪」

「だ、だってそのっ、ね、ねこみちゃんそのっ、す、すごい……え、えっちでっ……」

 

 まぁ下着姿だからね。脱がしたのお前だけどね!?

 

「これで終わり、じゃないよねぇ~ひとりちゃぁん♪」

「ふへっ!? だだだ、だって明日、がが、学校でっ!」

 

 まぁもう23時過ぎてるからもう今日になるわけだけど……知るかそんなの! こっちのが重要だ!

 

「“動けなくなったら”休むのもやむなしだよねぇ~♪」

「えっ、ね、ねこみちゃんが、そんなこと言う、なんて……!」

 

 サボり癖つけたらお前、学校行かなくなりそうだったからなるべく行かせるようにはしてたけど、まぁ今回はヨシ!

 ひとりを骨抜きにしてやる! ガクガク言わせたる!

 明日帰るのも大変にしてやらぁよ!

 

「だからぁ……ね♪」

「ね、ねこみちゃっ……」

 

 ふふふっ、顔赤くして動揺している。勝った。今回は勝ち確。激アツ。

 

 ついでにちょっと妖艶な雰囲気出すために、舌を出して人差し指を舌に当てて見たりする。

 もう片手で自分の身体をそっと撫でつつ……。

 

「ひとり、たくさん気持ちよくシて───」

 

 瞬間───景色が反転した。

 

「あ、げ……?」

「ねこみ、ちゃん、い、いんだ、よね……?」

「……る?」

 

 ―――なにがおきた?

 

 今私は、ベッドの上に寝ていて、ひとりが上にいて……。

 数秒前までひとりに跨っていたのがそのまま反転したものだから、私の足の間にひとりがいて、そのまま覆いかぶさる形になっている。

 

 ───え、なんで?

 

 勝ち確って言ったじゃないですかヤダー!

 

「あ、明日、学校……休むのもしょうがないって、言った、よね……?」

 

 言ったけど、言ったけどっ!

 

「ねこみちゃん、あ、あんなえっちなこと言われたら、私っ……」

 

 あ、眼がギラギラして……あっ♡ これ、やばいやつ……っ♡

 

 てか、えっちなこと言ったって……あ。

 

『たくさん気持ちよくして』

 

 ち、違う! そのあとに『あげる』が入る予定でっ!

 

「わ、私っ、もう……抑え、効かない、よ?」

「ぁぅっ……♡」

 

 さ、さっきの抑え効いてたの……?

 ま、まってそれで何回もイ……えっと、これ、マズいんじゃ……。

 

「ねこみ、ちゃん……っ」

「んぁっ……♡」

 

 く、首にキスするなぁっ……♡

 

「ふぅっ……♡」

 

 どうやらひとりは、()になってしまったようで……。

 

 なんで、なんでぇ……!

 

 こんなんじゃ、私ぃっ♡

 

「かわいい、私の、ネコちゃん……♡」

「はぅっ……♡」

 

 だれが、ねこだぁっ……♡

 

「ねこみちゃん……」

「へっ、ひゃ、ひゃぃ……♡」

「好き、だよ……私の、かわいい、彼女っ……」

「ひゃぅっ♡」

 

 

 あ゛っ♡ ()にっ、彼女()にされるっ……やだぁっ♡ (わたし)は、男、でっ……♡

 

 

「これからも、私の彼女で、いて?」

「うんっ♡ うんっ♡」

「これからも、私の傍に、いて?」

「いるっ♡」

 

 

 唇が、触れる。パチパチと脳がスパークを起こす。

 でも離れたひとりの瞳があまりに真剣で、それが(わたし)を少しだけ冷静にさせてくれる。

 荒い呼吸の中、それでも……。

 

 

「……私の音楽、たくさん、聞いて?」

「っ……たくさん、きかせて?」

 

 

 ―――ひとりのロックを。

 

 

「ん、ありがとう……」

 

 

 そう言って笑うひとりの顔が、やけにカッコ良くて……。

 

 

 ―――ああ、(わたし)、このままじゃ女にされ……。

 

 

 ち、違う! わ、私はっ……じゃなくてぇっ! お、おれはっ、 (オレ)はっ!

 

 

「ねこみちゃんの音楽()、たくさん……きかせて?」

「うんっ……たくさん、きいて……♡」

 

 

 

 

 後藤ひとり(わたし)の下にいるねこみちゃんが、火照った表情で、潤んだ瞳で、笑顔を“私だけに”向ける。

 

 左手でねこみちゃんの右手に触れれば、ねこみちゃんは右手を開いて指を絡ませてくれる。

 青春らしい青春なんて過ごしたいなんて、そんなこともどうでもよくなりそうで……ただ、ねこみちゃんがいれば私はそれで良い。

 私の傍で、輝いてくれる一等星。

 

 そんなねこみちゃんと、私は星座になれたら、なんて思って……。

 

 

 

 

 ひとりに、どんどんと塗り替えられていく。

 わかる。わかってる。

 だって、私はひとりの彼女なんだから……でも、でも……。

 

 これだけは言わせてほしいっ……初志貫徹、私の好きな言葉で、あ゛っ♡

 

 

「ねこみちゃん、大好き、だよ……」

「私も、大好きぃ、ひとりぃ♡」

 

 

 それでも、それでもっ……!

 

 

 (オレ)は、ひとりの彼氏で、攻め(タチ)で、男なんだよぉぉぉぉ!!

 

 







あとがき

最終回、完!
猫背の虎にネコが勝てるわけなかった……
でも、ぼっちちゃんとねこみが幸せそうなのでオッケーです
不屈の女ねこみ、この後何度も雌堕ちと男を思い出すループ
たぶん翌日の学校は二人そろってお休み


なにはともあれ最終回までこれました
数話で終わるはずだったこの小説ですが、沢山の応援に支えられてここまできました

お気に入り登録や「ここすき」してくださった方々
高評価や感想をくださった方々、本当にありがとうございます

後は後日談的な蛇足をとりあえず2話ほど考えています
そちらも是非、お楽しみいただければです(原作のネタバレもありそうですが)


では、この話は(一応)これでおしまいです
また私の書いた物を見て、楽しんでいただく機会があればと思います

重ね重ね、本当にありがとうございました!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

後日談
♯にちようびよりのししゃ


☆後日談Ⅰ

※アニメ以降のネタバレがあります


 

 突然だが自分語りをしよう。

 

 (オレ)大張(おおばり)ねこみは“人生二周目(転生者) ”であり……後藤ひとりの恋人である。

 チートとかは無い。あえて言うなら容姿。

 そもそも、“ぼっち・ざ・ろっく”が舞台なら音楽チートぐらいつけとけよとも思うが……無いモノは無い。

 

 余所は余所、家は家……なんて、“かつて”言われた言葉が身に染みるのなんの。

 

 まぁ別にそれは構わないのだけれど……。

 

 

 ―――欲しいもんは手に入ったし。

 

 

 (オレ)とひとりが“云々かんぬん”を経て無事、恋人になりはや数日。

 色々あったが12月26日、無事に“佐藤愛子(ぽいずん♡やみ)23歳(14歳))”や“SICK HACKワンマンライブ(SIDEROSと顔合わせ)”なんていう所謂“原作イベント”を終えて、無事にここまでやってきた。

 残りの“未確認ライオット”とかも無事に“原作通り”進んでほしいとこではあるけど……。

 

「ん~……原作通り、ねぇ……」

 

 少しばかり声に出してしまって、しまったと周囲を見渡すが別段、聞いてる人間もいないようだった。

 聞かれても問題ないだろうけれど……。

 

 ここは駅の構内、私は灰色のコートを着て立っていた。

 STARRYでこの後バイトなわけだが、現在はお手洗いに行ったひとりをこうして待っている。

 

「迷子になったりしてないだろうなぁ………」

 

 通い慣れた下北でそれはないと思うが、今朝は我が家で“眠そうにしていた”ひとりを叩き起こして来た故に、少しばかり不安が残る。まぁ、さすがにないと思うが。

 生憎とクリスマス後ということもあり人も多いので、お手洗いが込み合っていてもおかしくはない。

 コートの裾を引いて腕時計を確認するが、別に時間に余裕もある。

 

「ま、最悪ロインすれば……」

「お姉さん~暇ですか?」

 

 ―――でたよ。私がどれだけナンパされ慣れてると思ってるんだ。断り方だって。

 

「誰か待ってる? 時計見てたけどお姉さん待たせるような奴なら」

 

 視線を上げれば、男が二人。

 やっぱ男二人が多いよねこういうパターンって……。

 

「もう来ると思うので大丈夫ですよ~♪」

 

 大体、そこまでしつこいパターンは無いが……。

 

「じゃあ来るまでお話でもしようよ!」

「ロインのID教えて?」

 

 しつこいパターンだったか……まぁ昔はビビりもしたが、さすがこうしょっちゅうだとな。

 てかナンパなら胸見るのやめろよなぁ。下心が透けて見えるようだ。

 いるんよなぁ、私のおっぱい見て全力でくるやつ……。

 

「あ~えっと、スマホ忘れちゃったぁ」

「それじゃ取りに行こうよ! お姉さん家どこ! 車で送るけど!」

 

 ここから車じゃ2時間どころじゃありませんよお兄さん。

 ……まぁ別にスマホ忘れてないけど。

 

 しかしまぁ、珍しいぐらいにしつこいなぁ。

 実はナンパも本日二度目だけど……一組目はひとりが一緒にいたけど私一人だと思ってたらしいし、腕組んで歩いてやったら話しかけられることもなくなったけど。

 さて、ここはどうするか……。

 

 ―――ストレートに女子トイレ入るか。

 

「すみません、私」

 

 

 話そうと思えば……突然、隣から腕を引かれた。

 

 慣れた優しい力加減で、私はすぐにその柔らかい身体にぶつかって、抱き留められる。

 

 視界に映るピンク色のジャージと、同じ色の髪と、黒いギターケース。

 

 

 ―――おいおい、こういうのは男たる(オレ)がやることだろオラァ!?

 

「……わ、私の彼女、なのでっ……!」

「はぅっ……♡」

 

 ───じゃなくて! ちょっと突然どうしたのこの娘!?

 

「ししし、失礼しましゅっ! い、行こうっ!」

「きゃっ、ちょ、ちょっとひとり……」

 

 (わたし)の手を引くひとり。

 

 

「……いいな」

「ああ、いいな」

 

 

 

 

 そのまま下北沢駅を出る(オレ)とひとり。

 先ほどと同じなので、腕はもちろん引かれたまま……。

 

「ひ、ひとり、ちょっと待っ」

「あ、ご、ごめんねっ」

 

 ひとりが立ち止まれば、私もようやく立ち止まれるが、呼吸はどうしたって荒くなる。

 てか最近気づいたんだが、この娘は意外と独占欲が強い……いや意外でもないかぁ。

 通行人の邪魔にならないように移動すると、ひとりは私の腕を掴んだままついてきた。

 

「てか、突然びっくりした」

「あ、その、ごめんね……慣れてる、んだろうけど……」

「まぁ助かったけどね。しつこい手合いもいるから」

 

 助かったのは事実、それに……。

 

 ―――う、嬉しかったりも、するんだけど……。

 

「ねこみちゃん、すぐナンパされるね……」

「ああいや、まぁ私ほら、カッコいいしカワイイし」

「うん、ねこみちゃん、かわいいもんね」

 

 カッコよくもあるからね? ……ね?

 

「だから、心配……」

「あ、いやその、それはまぁ、申し訳ないっていうか……」

 

 くぅ、私のかわいさが憎い! てかこうなると容姿チートと思いきやデメリットもデカいんですが。

 

「だからねこみちゃん」

「へっ!?」

 

 手を離すと、腰に手を回して引き寄せてくるひとり。

 

 ───ちょっと天下の往来……っ、そうですねクリスマス後、ポストクリスマス! わりとイチャついてるカップル多いからそんな目立たないね!

 でも私は恥ずかしいんですが!?

 

「私から、あまり離れないで……ね?」

 

 ―――あっ、だ、だから“その目”ダメだってぇ……♡

 

「そのっ……は、はぃっ♡」

 

 ひとりの手が腰から離れる。

 少し名残惜しいけど、すぐにひとりの手が、(わたし)の手を握った。

 指を絡めて、しっかりと……。

 

「だ、だから、こう、するね……?」

 

 顔を少し赤くさせて言うひとり。

 私はこうなればここぞとばかりに“男らしく”やるしかねぇだろと、そう言う思考に至るわけである。

 恥ずかしがりながらも、腕を引くひとり。

 

 ───男らしく、男らしく……っ!

 

 振り返ったひとりが、それでもやはり“あの顔”で私を見る。

 

「い、行こ?」

「うんっ♪」

 

 ―――ダメだったわ……。 

 

 

 せめて腕ぐらい組んで男らしいところはアピールしなければと、ひとりの隣で私は体を寄せた。

 往来で密着する形になっているせいか、ひとりはさらに顔を赤くさせる。

 さすがにこの程度で今更“崩壊”するひとりでもないが、なにかあれば危ういだろう。

 

「そ、そのっ、ね、ねこみちゃんっ……」

「ん~どしたのかな~♪」

 

 さらにギュッと腕を組む力を強める。

 

「その、あ、当たってる……」

 

 動揺するひとりだけに聞こえるように、呟く。

 

「あててんの♪」

「あぅっ……」

 

 ―――よっしゃ勝ったァ!

 

 

 そして、賢明な(オレ)は気づく。

 

 

 ―――これ、ヒロインムーブでは?

 

 

 

 

 ねこみちゃんと一緒に、後藤ひとり(わたし)はSTARRYへとやってきた。

 さっきまで組んでいた手も解いて、先を行くねこみちゃんに続いて入る形で入る。

 すでにいるのは、いつも通り店長さんとPAさん、それから虹夏ちゃんもいて……

 

「おはようございま~す♪」

「ん、おはよねこみちゃん、ぼっちちゃん」

 

 店長さんからの返事を皮切りに二人からもおはようと言われるので、私も返す。

 

「あ、おはようございます」

 

「おはよう」

 

 突然後ろから声が聞こえて、びくっと跳ねる。

 振り返ればそこには見慣れた青髪───リョウさんだ。

 

「実はずっと少し後ろにいた」

 

 そのまま私達の間を抜けて店長さんたちの方へと移動するリョウさん。

 

「え、声かけてくれても良かったんですけど」

「……二人が腕組んでイチャついてたからとても」

 

 え゛っ! み、見られちゃってた……ま、まぁ恥ずかしいけど、別にそれほど気にすることじゃない、かな?

 

 なんて思いながら横のねこみちゃんを見れば……。

 

「ねこみちゃん?」

「ぅぁ……っ」

 

 真っ赤になってた。

 その、腕を組んだ時とかも赤くなってたけど、それ以上。

 声にならない声を出しながら、弱々しくリョウさんを睨むねこみちゃんを見てると……。

 

 なんだか、“最近は度々感じる”良くない情動がふつふつ奥から湧き上がってくる。

 

 リョウさんが数秒ほどなにか考えてから、親指を立てた手を私達に向ける。

 

「ナイスいちゃつきっぷりだったぜ」

「い、言わなくて良いからっ! そういうの!」

 

 ―――今日もねこみちゃんはかわいいなぁ。

 

 

 

 

 少しして……。

 私は床をモップで磨いている。

 

「……ふぁ」

「あれ、ぼっちちゃん眠そうだね」

「あっ、はい」

 

 虹夏ちゃんに声を掛けられて、私は素直に頷く。

 昨日は遅くまで起きてたし、しょうがないんだけど……それにしても、ねこみちゃんは良く普通に過ごせてると思う。

 私より寝るのは早かったけど、それでも私もすぐ寝てこれだし……。

 

「ぼっちが熱い視線を向けてる。大丈夫、ねこみはいらない」

「それはそれで癪だなぁ……で、どしたのひとり?」

「あ、ううん……ねこみちゃん、眠くなさそうだなって」

 

 その言葉に、ねこみちゃんはクスッと笑う。

 

「ひとりが寝坊助なだけでしょ、まぁ私は多少寝ないぐらいなら全然動けるし……結構アニメとか見て夜更かししちゃうタイプだし慣れてるかも、ってなんすか」

「のわりに肌とか綺麗だよねねこみちゃん~」

「羨ましいぃ、若さが羨ましぃ~」

「ほっぺツンツンしないでください」

 

 虹夏ちゃんとPAさんに頬を突かれてるねこみちゃん。

 いいなぁ、と思うけど別に私はそんなこといつでもできるもんね……うん。

 それにしても眠気が凄まじい。

 

「ねこみちゃんが起こしてくれなかったら起きれなかった……」

「え、今日はねこみちゃんに起こしてもらったのひとりちゃん!?」

「っ!!?」

 

 喜多ちゃん、さっき来たけどそれにしても元気……これが陽キャ……太陽がないのに陽が眩しい……。

 

「あ、いやそのっ」

「ぼっちちゃん、詳しく……! 極一般的な恋人の25日の夜の過ごし方を詳しく……!」

「ちょいちょいちょい!」

 

 グイグイ迫る喜多ちゃんと虹夏ちゃんの前に出てくれるねこみちゃん。

 

「なんも! なんもないからっ!」

「え~またまたぁ~」

 

 瞳をキラキラさせながら迫る喜多ちゃんと虹夏ちゃんが眩しくて私の身体が灰になりかけてる。

 

 ―――い、いけない! ねこみちゃんの力にっ!

 

「ねこみ、恋人(ぼっち)を24と25に二日連続で泊まらせるとは一人暮らしの特権だな」

「おい山田なんで知って! ……あ」

 

 ―――あ。

 

 喜多ちゃんと虹夏ちゃんの黄色い悲鳴が響いた。

 

「ねこみ、詰めが甘いな」

「ね、ねこみちゃん……」

 

 わりとこのパターンでリョウさんに一本取られるねこみちゃんをよく見る気がする。

 というより、なんだかんだでねこみちゃんは墓穴を掘りやすいタイプな気がする。

 

 ―――な、なら私がなんとかしないと!

 

「ななな、なにも特別なことはしてないですよ……!?」

「ひとりぃ、動揺するとこの場合いくない」

 

 ど、どもっちゃうのはデフォなので……!

 

「お風呂一緒に入ったりするの?」

「あっ、はい……あ」

「ひとりぃ……!」

 

 ―――ごごご、ごめんねねこみちゃんっ!

 

 

「クリスマスパーティーの後は虹夏と帰るだけだった……私達なんもねぇなぁ」

「私はクリスマス配しげふんげふん! と、友達とクリスマスパーティーがありましたよ?」

「え、マジか友達いないと思ってた」

「ひどい!」

 

 

 

 

 とりあえず場を落ち着かせて仕事をこなした(オレ)と結束バンドの面々。

 店長も注意(援護防御)してよ。とも思ったが、なんだか物悲しい顔をしていたのでスルー。

 

 誕生日おめでとう(メリークリスマス)……。

 

 ともあれ昨晩のクリスマスパーティーといえば、店長は私のあげたシュシュをさっそく使っていたと虹夏ちゃんから聞いたので、一安心。

 ついでに入浴剤もセットにしたが喜んでもらえたらしい。

 ひとりは私が事前に店長の誕生日会も兼ねてるってことを言っておいたのでちゃんとプレゼントを用意して、店長に渡してた……相談の結果“ファンシーなぬいぐるみ”となって、ひとりは恐る恐るだったが、店長は“内心では”喜んでいただろうからヨシ。

 

 休憩ということでファミレスに来て昼食を取りながら駄弁っている(オレ)たち。

 ひとりと私とリョウさん、向かいに喜多ちゃんと虹夏ちゃんという形で座っているが……隣のひとりがウトウトしてる。

 

「そういや、ぼっちちゃん、SIDEROSの大槻さんに結構絡まれてたけどなに話してたの?」

「ふごっ、え、な、なんですか?」

「寝ちゃってましたね」

 

 ダメそうですね。これは。

 同じ席に三人でいたリョウさんのほうを向けば、テーブルの上のポテトを見ながら頷く。

 

「ん、なんか、どうやってあんなカワイイ彼女つくったのって聞かれてた」

「え、既にSIDEROSにバレたの? ぼっちちゃんとねこみちゃんの関係?」

「きくり姐さんが一昨日速攻でバラしてました」

「あ~なるほど」

 

 まぁバンドに関係ない奴がいれば気にもなるわな……。

 

 楽屋までは入ってないけど、ひとりとほぼずっと一緒にいたし、それで大槻ヨヨコにきくり姐さんが『ぼっちちゃんの彼女かわいいでしょ~! おっぱいすごくね~!?』とか言って……フフフ、褒められるのは悪くない。でもチチのこと言うのやめろ。あと『カッコいい』もつけといて。

 ちなみにギターヒーローのアカウントで、ひとりが調子に乗って『彼女ができました』とか書いて登録者数が増えた。

 今度背景にチラッと映り込んでやったらどうなるか気になるのでやってみたいとかいう衝動が生まれる。

 

「だから一時大槻さんが凄い顔してひとりちゃんを睨んでたのね」

 

 まぁあの人、元々目付き悪くなる傾向あるから……いやそれでもたぶんそれは睨んでるけど。

 大槻ヨヨコ風に言うなら『ドーム2.5個分』ってとこだからな、ギターヒーロー。

 

「話代わるけど、ねこみちゃんはひとりちゃんにクリスマスプレゼントもらったの?」

「あ~まぁ」

 

 恋人だから当然、ではあるけど……。

 普通風のテンションを装いつつ、瞳をキラキラさせてそんなことを聞いてくる喜多ちゃん。

 ホントかわいいなこの娘、めっちゃ陽キャ……陽キャってなんでこんな恋愛話好きなんだろうね。私も陽の一員なんだろうけどピンとこねぇわ。

 てか学校でもめっちゃひとりとのこと聞かれるしなぁ。

 

「ん、ぼっちから聞いたけどねこみ、クリスマスプレゼントには」

「リョウさん、このポテト半分あげる」

「ねこみ大好き」

 

 よし黙らせた!

 

「なんか気になるけど~?」

「いやぁ、気にしないでください虹夏ちゃん」

 

 ちなみにクリスマスプレゼントにひとりがくれたのは、マッサージ器、所謂ハンディマッサージャーだった。

 ……ええ、もちろん元男、じゃなくて男としてはよからぬことを発想しましたとも……めっちゃ動揺した。ともあれひとりがそんなことを考えてるわけがないじゃないか、ということで普通に納得したけど……。

 まぁ言わせたくない原因はそんなことではなく、単純に私がよく『肩がこる』と言っているからひとりが送ってくれたものであると言うことだ。

 

 ―――そう、胸の話はNG、みんな知ってるね?

 

「ほらリョウさん、もっと食べていいですよ」

「ねこみ優しい、愛してる」

 

 かわいいなこの人……餌付けのし甲斐がある。

 

「なんかリョウ、犬みたいだよ……」

「先輩が犬!?」

 

 なんか喜多ちゃんが変なテンションのあがり方したけど放っておこう。

 首の下掻いてみると、リョウさんが犬の真似をしだすので……ちょっとおもしろい。

 

「でも普段はねこっぽいですよね。気ままな感じ」

「ネコはねこみに譲る」

 

 そのねこって普通の意味であってるよね?

 

「虹夏ちゃんは?」

「華麗にスルーされた……虹夏はうさぎっぽい、寂しいと死ぬ」

「ちょっ、寂しがりじゃないし!?」

 

 赤くなって抗議する虹夏ちゃんがかわいい。

 まぁ暫定うさぎということにしておこう、と提案すると不満そうに頬を膨らます。

 え、なにこれかわいいんですけど、かわいいの権化かよ……うさみみつけて? つけろ。

 

 そして三人揃って喜多ちゃんの方を向けば……。

 

「ハイテンションな小型犬」

「それですね」

「わかる……」

 

「先輩のペットっていうのもまぁ……」

 

 喜多ちゃんも中々“ぶっとんでる(ロック)”だよなぁ……。

 そして“うとうと”しているひとりのわけだが。

 

「ぼっちちゃんは、その、なんだろう」

「……ツチノコでいいんじゃ?」

「ひとりちゃん、難しいわね……ヒト?」

 

 ―――動物に例えると『ヒト』はどういうこと……?

 

 相変わらずナチュラルに鬼なことを言う喜多ちゃん。

 

 難しい問題になってしまった。店長あたりに聞けばもっとおもしろい回答もありそうだ……シンプルに可愛い生き物出してきそうな気もするけど。

 ヤドカリぼっちなるものも存在するしヤドカリでも良いが、なんかそれも違う……。

 

「えっと、それじゃ私は?」

「ネコ」

 

 ―――おやくそくネタじゃねぇ!

 

 

 

 

 後藤ひとり(わたし)は、ねこみちゃんの隣でうとうとしていた。

 ファミレスだけれど、御飯を食べてから眠気がいきなり襲ってきて、ねこみちゃんが『ちょっと寝れば?』って言ってくれたのでねこみちゃんの肩によりかかってまれに意識を飛ばしてる。

 寝たり起きたり……今度からはもうちょっとちゃんと寝よう。

 

 でも、夜更かしすることになったのはねこみちゃんも悪いと思う。

 

「ぼっちちゃん?」

「ふへぇっ!? あっ、はい!」

「すごい元気な返事ね」

 

 虹夏ちゃんの声に、ハッとして返事を返した。

 

 ―――眠い、頭が回らない……。

 

「ねこみちゃんで連想したときに出てくる動物ってなんだと思う?」

「ひとり、猫以外な」

 

 猫以外で動物、ねこみちゃん。

 ハッキリしない意識の中で昨夜を、一緒にお風呂に入ってた時を思い出す。

 湯船に浮かぶソレ。

 

 ―――大きな……。

 

「クジラ……?」

 

 

 

 

「クジラ……?」

 

「ぶふぅ!」

 

 ひとりが眠気眼でそんなことを言うものだから、(オレ)は絶句した。

 たぶん、意識が朦朧としているのでどうせ“なにかの勘違い”からそうなっているのあろうけれど、他はそうは思わないだろう。

 さすがの喜多ちゃんもキラキラ(キターン)とすることもなく一瞬で真っ赤になり、虹夏ちゃんは山田の噴出したドリンクを顔面に浴びた……南無三。

 

 ―――っていうかそうじゃなくて! 絶対誤解されてるからっ!

 

「ひ、ひとりぃ……?」

「……ぐぅ」

「寝るな! 起きろ! これをなんとかしてから寝れ!」

 

 肩を強請るがひとりが起きる気配はない。

 

「頼むからぁ~ひとりぃ~」

「んぇあっ!?」

 

 ハッと起きるひとりに私は希望を見出すし、私は思わずパァッ、と笑顔になってしまう。

 

「ひとりっ!」

 

 ―――起きた、かわいいね! 弁明を述べよ!

 

 などと思っていると、どこか眠そうな表情でフッ、と笑みを浮かべたひとり。

 

 そんなひとりの手がこちらへと延びるなり、(わたし)の頭をそっと撫でる。

 思わぬ行動に、この私とて思わずは動揺せざるをえない。

 

「あっ、え、えっと、な、なにやって……っ!」

 

 ―――そういうのは、こっちのムーブじゃねぇのかオラァッ!?

 

「ねこみちゃん……今日は、ダメだから……ね?」

 

 そっと頭を撫で、諭すように……ひとりは“(わたし)苦手(好き)”な笑顔を浮かべる。

 

「あっ……う、うんっ♡」

 

 

 ―――いつだって、ひとりはズルい……っ♡

 

 

「私達、完全に蚊帳の外ですね」

「ねこみが完全に雌に……もう戻れないな」

「その前にリョウは私に言うことない?」

「……ポテト食べる?」

「それ元々ねこみちゃんのでしょ!」

 

 







あとがき

蛇足的な後日談でございました……下ネタもあったし(

まぁあと今回とは色を変えたパターンを1~2話はやる予定……そう言って三倍ぐらいになったのが本編ですが
とはいえ、恋仲になった二人の日常的なものの紹介が今回

次回は、周りがどう変わったかとか、上手く行けばゆるーく締めですね
後日談なのであまりちゃんと締まらなさそうなのでゆるめです

本編も終了しましたが、後日談も楽しんでいただければと思います
では、次回もお楽しみいただければ!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

♯じっぷす

☆後日談Ⅱ

※アニメ以降のネタバレがあります


 

 私、後藤ひとりはダメ人間だ……。

 バカだし運動オンチだし、人の目見れないし、会話の頭に絶対「あっ」ってつけちゃうし。

 高校入ってもうすぐ一年が終わるのに、そのへんまったく変わってない……。

 

 でも……。

 

「ひとり、どしたの……?」

「あ、ねこみちゃん」

 

 明確に変わったことがあるとすれば、やっぱり結束バンドのことと……ねこみちゃんのこと。

 

 私が良い方向で変えられたことが、それ。

 

 大晦日(12月31日)の夜、ねこみちゃんの家に私はいた。

 晩御飯も食べてお風呂も入って、年越しそばも今しがた食べ終えて……今はテーブルの前でソファに背中を預けて座ってテレビを見ている。

 

 普段なら家族と過ごすんだけど、今年は特別……。

 

「その、一年を振り返ってみて……」

 

 隣のねこみちゃんが、クスッと笑って頷く。

 

「そっか、それで、どうだった?」

「……うん、よかったよ。私の15年の人生で、一番充実、してた」

「まだ15年なのによく言うよ」

 

 そう言って笑うねこみちゃんは、なんだかやけに大人っぽく感じるけど、ねこみちゃんは元々大人びてるのでそこまで不思議でもない。

 けど、少し顔が赤いのはたぶん、この一年のことを思いだしてなんだと思う。

 どうなるかと思ったけど、結果的にはこの一年……ううん、数ヶ月で私とねこみちゃんの関係は大きく変わった。

 

 ―――その、い、所謂……きょっ、こ、ここ、恋人……になったわけで……。

 

「ん~ひとり、顔赤いぞぉ~?」

 

 悪戯っぽく笑うねこみちゃんが、私の顔を覗き込む。

 そんなねこみちゃんも少し赤いけど、それはそれとして動揺は隠せない。

 

「あっ、いやそのっ……」

 

 私も同じシャンプーやコンディショナー、ボディソープを使ったはずだけど、至近距離で感じるねこみちゃんの匂いにくらっとする。

 ねこみちゃんは自分がどれだけかわいいか理解していると言ってるけれど、本当に理解してるのかたまに疑問に思う。

 こうやって無防備に近づかれると私も、その……わ、私でも、が、我慢できなくなりそう。

 

 

 ねこみちゃんをどうにかしちゃいたいなって、そんな悪い(?)ことを思ってしまうわけで……。

 

 良い方向に変わったつもりだけど、悪い方向にも変わったかも……。

 

 

「ま、いいけど……さて、年変わっちゃう前に食器片付けてこよ」

 

 そう言うと、ねこみちゃんは食器類をまとめて立ち上がる。

 

「あ、私も」

「……あ~、いや、ゆっくりしときな、こういうのは私がやるからさ」

 

 そういってキッチンへと向かうねこみちゃんに、私もついていく。

 料理やらをしてもらってるのに洗い物までさせるのは悪いな、とも思うんだけど……ねこみちゃんは『私が好きだからやってんの』って言う。

 ちょっとはお手伝いできるようになったほうが良い、よね……これからずっと、なわけだし。

 

「んん~♪」

 

 私に背を向けて、鼻歌混じりに洗い物をするねこみちゃん。

 体を少し揺らしていて、その度に長い銀髪が揺れて、安産型のお尻が左右に……柔らかいんだよね……。

 

 ―――って私、すっかりねこみちゃんをそんな風にっ、ダメだぁ!

 

 こういうのを色ボケって言うんだと思う。

 うん、でもまだ付き合ってそんな経ってないし、このぐらいが適切なのかもしれない……“みんなで行った江の島で見たカップル”もくっついてイチャイチャしてたし……あれは目の毒だったけど、げふっ。

 

 で、でも、いずれ適切な距離感になるまではこれでオッケーなはず……。

 

 ……へへっ、自分に甘いところも変わってないかも……。

 

 

「あれ、ひとり……座ってて良いって言ったのにぃ、もうちょっと甘えなよぉ」

 

 少し振り返ってそう言うねこみちゃんに、私は笑う。

 いつも散々、ねこみちゃんには甘やかされてる気がするけど……。

 

「あ、甘えすぎもよくない、かなって、えへへっ」

「良いんだって、甘やかさないとこは甘やかさないし……初詣は行くし」

 

 う゛っ、それは辛い、耐えられない……かも!

 

「ほら、だから甘えときなよ、今の内にさ」

 

 そう言って再び洗い物を再開するねこみちゃんが、また“私達の曲”を鼻歌で歌いながら洗い物を再開する。

 

 ―――そ、そうだよね。甘えてもいいよね……。

 

「……ん」

「きゃっ!? ひ、ひとりっ!?」

 

 私は後ろからそっとねこみちゃんを抱きしめる。

 ねこみちゃんの方が身長が高いから、あまり抱きしめた感ないし……むしろ抱き着いてるって感じだけど、甘えて良いそうなのでこれで良いかも。

 

「ねこみちゃんの匂い、落ち着く……」

「ちょっ、恥ずかしいからぁっ……♡」

 

 本当に良い匂いで……くらっとする。

 

 腰に回した腕にギュッと力を込めると、ねこみちゃんが少し震えながら内股気味に腰を落とすので、腰に回していた腕を少し上げてねこみちゃんの身体を支えつつ、背を伸ばしてねこみちゃんのうなじにそっと顔をうずめる。

 落ち着く匂い、落ち着く感触、眼を閉じて深呼吸。

 

 そしてふわっとしながら痺れるような脳で私は状況を理解する。

 

 ―――あ、これダメな奴だ。

 

 全然落ち着かなかった。

 

「んっ♡ ひ、とりぃ……っ♡」

「ねこみちゃん……」

 

 ねこみちゃんを抱いていた腕、右手をねこみちゃんのセーターの裾に伸ばし、うなじに少しだけ歯を立て―――。

 

「っ♡ だ……ッ!」

 

 ふと、ねこみちゃんの手が目の前に……。

 

「ダメだってぇっ……!」

「あいたっ……!」

 

 で、デコピン……。

 

「まったくもぉ!」

「あぅ……」

「ひとりのすけべっ」

 

 す、スケベ……『えっち!』とか言われること多くなったけど、す、スケベ……なんだかショック。

 

「一日二回も、私の体力がもたないっての……」

 

 うっ、そうだよね。昼もその、私がついついねこみちゃんのこと……そのあと片付けとかで結局すぐに晩御飯になっちゃったし。

 最近良くない。うん、流されないようにしなきゃ。

 ねこみちゃんがいくらかわいいからって……。

 

「ご、ごめんね……?」

「う゛っ、そ、そんな顔すんなよぉ」

 

 そう言いながら、ねこみちゃんは洗い物を終えるなりタオルで手を拭いて、私の方を向く。

 

「んっ!」

「わっ!?」

 

 ねこみちゃんが、そっと抱きしめてくれる。

 胸に顔をうずめるような形になって、それが安心感を与えてくれる……。

 私はそっとねこみちゃんの背に腕を回す。

 

 ―――柔らかい、あったかい……。

 

「その、別に嫌じゃなくって、むしろ……ひとりが、私をその、求めてくれるのは嬉しいんだけどっ……い、いや、そもそも、私は“そっち”じゃないし、むしろ男らしくカッコいいとこを見せたいわけでぇ……」

 

 気が緩んでねこみちゃんの言葉をいまいち飲み込めないけど、断片的になんとなく聞く。

 

「で、でもその、ひとりに、触られたり、“あの顔”で視られると私っ……へ、変になっちゃって……」

 

 胸に埋もれていた顔を上げて、ねこみちゃんの顔をしっかり見る。

 赤い顔で、眼を泳がせながら、恥ずかしそうに話すねこみちゃんを見てると、その……。

 

「ボーっとしちゃって、身体の奥が、そのっ、あ、熱くなっちゃうし……」

「……ねこみ、ちゃん」

「ずっと一緒にいたのに、そんなこと、い、今までなかったからっ……わ、わけわかんなくなっちゃぅ……♡」

 

 ───あぁ、もぅ……そんなかわいいこと言うから……。

 

 

 私はねこみちゃんの背中に回した手を、そっと服の中に入れる。

 

「んっ♡ ひ、とりぃ……♡」

 

 らしくない自覚はあるけど、ねこみちゃんといると……どんどん自分が変わっていくなって思う。

 悪い方向じゃなくて、でも良い方向かもわからなくて、けど、そんな風に塗り替わってく自分が嫌いじゃなくて……。

 ねこみちゃんのすべすべの背に触れながら手を上げて行って、固い布にぶつかるなり、私は“慣れた手つき”で軽く“ホック”を外す。

 支えを失ったねこみちゃんの大きな胸が私の身体に重力というものを感じさせて……。

 

 ふと視線を上げれば、ねこみちゃんは笑顔で……あれ?

 

「あ、えと」

「だ、か、らぁっ……!」

「ご、ごめんなさ―――」

 

 

 ゴツン、とねこみちゃんの“げんこつ”が私の頭に振り下ろされた。

 

 

「いったぁ……」

「ったくもぉ! いまはじめちゃったら年越すわ!」

「あぅ、ご、ごめん……」

 

 ねこみちゃんが自分の服の中に手を入れてソレを直す。

 私は頭を押さえながらかわいらしく頬を膨らますねこみちゃんを見て、思わず笑いを零した。

 

「えへへっ」

「……怒ってんだぞ?」

「あぅっ、ご、ごめんね……」

 

 

 

 

 (オレ)とひとりはリビングの定位置に戻る。

 

 少しばかり顔が熱いのは、やっぱりさっきひとりに“焚き付けられた”せいだろう。

 まだ付き合って一月ほどにも関わらずこんなにグイグイくるとは思わなかった。

 

 ―――だって“総受け(ひとり)”だよ?

 基本結束バンド……いやおもに喜多ちゃんとか虹夏ちゃんとか店長(星歌さん)に食われるようなファンアートばっかだったひとりが、まさかこんなにグイグイくるなんて、絶対に(オレ)から迫ってかなきゃだめだと思ってたのに、私の心の準備ができるより前にこんなっ……!

 どうなってんだよぉ、(オレ)の“ひとり乙女化計画(いま名づけた)”がぁ……。

 

 にしても調子乗りすぎだぞひとりっ、そんなんだからいずれ“佐々木次子”に『結構図々しいな』とか言われちゃうんだぞ!

 まぁ、急に何もしてこなかったら、してこなかったで、その、非常にその、あれ、なんですが……。

 

「えっと、ねこみちゃん、怒ってる……?」

「ん? ああいや、怒ってないよ。ただその……ひとり、そんなグイグイ来るタイプだったかなぁって」

 

 普通に言ってしまった。気にしなきゃいいけど……。

 

「う、ううん、私も、ビックリ、してるっていうか、その……」

「あ、そうなんだ……」

「私がこんなこと、その、するなんて、私も思っても無くて、その……」

 

 あぁ、ひとりも想定外なんだなって思うと少し安心した。

 (オレ)の知っている後藤ひとりと明確にガラッと変わったわけじゃないらしくて……。

 てか赤くなるなよ。こっちも恥ずかしくなるわ。

 

「ねこみちゃんが、そうさせるん、だよ……?」

「え゛っ」

 

 お、私ったらまたなにかやっちゃいました? じゃなくて!

 

「私が、なんかした?」

「……かわいいから」

「はぅっ♡」

 

 くっ、またひとりのペースにもっていかれるっ。

 

「そ、そぉ……?」

「うん……ねこみちゃんは、かわいくて、綺麗で」

 

 うんうん、あとはカッコいいからが付いてたら完璧。

 

「えっ……あ」

「……えっ、てなに?」

「あ、えとっ、えとっ、ななな、なんでもないでひゅっ」

 

 コイツなんか余計なこと言おうとしたな!?

 くぅ、舐めやがってぇ……。

 

 私がせめてもの抵抗で、なにかしらひとりを赤面させられるようなことを言ってやろうとすると、テレビから新年まであと僅かとの声が聞こえる。

 

『みなさん! あと二分で今年も終わりでーす!』

 

「あ、そろそろ……」

 

 ふと、右手に暖かな感触。

 

 ……見なくてもわかる。

 

 今まで散々握ってきていた……ひとりの手。

 

 柔らかさと、硬い指先。

 

 なんだか自然と、頬が綻ぶ。

 

「……ね、ねこみちゃん」

「ん?」

毎年(いつも)、ありがとう……」

 

 ───え、なにどうしたのいきなり、余命幾許もないの?

 

「今年は特に、その、色々と支えてくれたり……ねこみちゃんがいないと、ダメなことも沢山あって、ねこみちゃんがいるから頑張れることが沢山あって……」

 

 ……そんなことない。(オレ)がいなくてもひとりは上手くやった(オレ)はそれを“識っている”んだ。

 

 でも、そんなことを思う私とは裏腹に、心の底でひとりの言葉に喜ぶ私が確かにいる。

 ひとりが私の方をしっかりと向くので、握っていた手の繋ぎ方を正面から繋ぐように指を解いて、またかませて変えた。

 手の平の密着度が増える分、お互いの体温を強く感じる。

 

「その、だから、ありがとう……」

「えっと、こっち、こそ……」

 

 (わたし)も、二回目の人生……ひとりがいたから、色々生きる目標というかなんというか、できたとこは、あるしな……。

 

「だ、大好き、だよ……」

「あぅっ♡ わ、私もっ───」

 

『ゼロッ! 明けましておめでとうございまーす!』

 

「あっ……」

 

 テレビからの声、新年を告げる言葉が聞こえた。

 年超してた時になにしてたとか聞かれたら、とても答えられない。

 ひとりと手を繋いで、見つめ合って、愛を囁かれてたなんて……。

 

 ───てか、タイミング逃した……。

 

 少し目を見開いたひとりだったが……すぐに目を細めて、いつもの、(わたし)の“大好きな表情”で、フッ、と笑みを浮かべる。

 細められた瞳が、(わたし)を射抜く。

 身体が熱くなるのは、きっと言葉を遮られた恥ずかしさからだと思いたい。

 

「今年も……毎年(これから)も、ずっと……よろしく、お願いします……ねこみちゃん」

「ひ、とり……っ」

 

 変わってない部分もあるけど、すっかり変わった部分もある。

 

 私が繋いでない方の左手を伸ばせば、ひとりもそれを察して、右手を出した。

 二人で向き合う形のまま、もう片方の手と同じようにそちらの手も、指を絡めて繋ぐ。

 

「その、末永く……よろしく、お願いします……っ」

 

 顔が熱い。真っ赤なのが自分でもわかる……。

 恥ずかしさで視界がぼやけるけど、それでもひとりの方に視線を向ければ、ひとりも赤くなっている。

 

 ひとりが頷くなり、私の目を真っ直ぐ見ながら、口を開く。 

 

「わ、私、今年の目標が、あって……」

「ほ、抱負ってこと……?」

 

 年越しこそ一緒にしてないものの、毎年1月1日には会ってるがそんなこと言ったとこ見たことないので、私は驚き半分、期待半分でひとりの言葉の続きを待つ。

 

「その、き、去年は最後ぐらいしか、ねこみちゃんとその、こうできなかった、から」

「う、うんっ……」

 

 高校に入った当初は私も人間関係の構築大変だったしね。あまり遊べてなかった。

 結束バンド結成後すぐもそうだし、その後も例年に比べれば確かにあまり一緒にはいなかった、かも……?

 後半で取り返した気もするけど。

 

「こ、今年は、そのっ、もっとねこみちゃんと過ごせるように、して……」

 

 別に、バイトも一緒だからそんなこといいのに……。

 

「もっとっ! し、しっかり……! ねこみちゃんにっ」

 

 頑張って言葉にしてるのが指に込められた力から感じる。胸が熱くなる。

 

「だ、大好きを、伝えられるように……する、からっ」

「うぁっ……♡」

「……が、頑張り、ます」

 

 これ以上、伝えられたら(わたし)、どうにかなっちゃいそう……。

 

「ッ!」

 

 ───いやいや! そんな弱気でどうする私っ!

 

 ひとりがこう言ってるんだから答えなきゃだろっ! 

 彼氏として! (タチ)としてっ!

 

 ならば(オレ)の今年の抱負は、ひとりを乙女にするためにバリタチ(スパダリ)(ぢから)を磨く!

 

「ねこみちゃん……」

 

 そして、ひとりを───っ。

 

 ふと、ひとりの唇が私の唇に重なった。

 

「ねこ、み、ちゃ、ん……」

「んっ……んぅ♡」

 

 何度か啄むようなキスを交わして、ひとりが離れる。

 

「ふぁっ……♡」

「ねこみちゃん、かわいい、よ……」

 

 ―――ひとりをっ♡ こ、恋する乙女に、してやるぅっ♡

 

「ひ、ひとりにっ」

「ん?」

 

 私しか眼中に入らないぐらいの雌顔に変えてやるっ、そのために私も変わる!

 今年こそは……男らしくカッコよく!

 

「だ、大好きなひとりにっ……」

 

 カッコよく、変わるっ……!

 

「も、もっと、好きに、なってもらえるように、が、がんばるっ、からっ♡」

 

 ―――絶対違うわこれ。

 

「っ!」

 

 ふと気づけば身体が、仰向けに天井を向いている。

 でも、視界一杯にひとり。

 

「ねこみちゃんが、悪いんだよ……」

 

 ───あれ?

 

「ひ、とり……?」

「そ、そんなかわいいこと、言われたら……」

 

 仰向けになっている私の両足の間にひとりがいるので、まず体を動かすことはできない。それに両手繋いじゃってるし……。

 

 ───あ、いやちょっとお待ちになって! 今年の抱負決めたばかりなの!

 

「私、もう……」

「ひとりっ♡」

 

 ―――また、その眼ぇするぅ♡

 

 それだけで私の身体が芯から熱くなってくる。

 さらにひとりが顔を近づけて、私の首元に口付けをして……私の中でカチリとなにかスイッチが入るような感覚。

 両足を閉じようとするけれど、ひとりが割って入っているのでそれはできない。

 

「あぅっ♡」

 

 ───喜多ちゃんと、初詣あるでしょぉ……。

 

「ねこみ、ちゃん……」

 

 大丈夫、ひとりはちゃんとダメって言ったらわかってくれるはず。

 

「い、いい……?」

 

 ───絶対ダメ!

 

「……いいよっ♡ きて♡」

 

 ───ああもぉ……♡

 

 

 

 

 

 

 明けましておめでとう♡

 

 なんて自撮りを、私こと喜多郁代はイソスタにあげる。

 一月一日、初詣のために神社へとやってきた私は、人でごった返している入口から少し離れた場所で立っていた。

 さすがに初詣の神社を下北沢にしただけあって、さっきから同級生なんかともすれ違う。

 一緒に行く? なんて言われるけれど、私は待ち合わせなのでそれをやんわり断りつつ……。

 

「ねこみちゃんとひとりちゃん、まだかしら」

 

 スマホで時間を確認すれば、今はねこみちゃんとの約束の時間から10分前。

 別に他の子ならそこまで気にもならないけれど、いつものねこみちゃんならこのぐらいには到着しているので、少し遅く感じてしまう。

 やっぱりお正月はどこも混んでるし仕方ないのかな、なんて思っていれば……。

 

「あ、お、お待たせしました喜多ちゃんっ」

 

 ねこみちゃんより先に聞こえたひとりちゃんの声に、少しばかり違和感を感じながら、私はそちらを向きながら挨拶をする。

 

「ううん全然、明けましておめでとう二人ともっ!」

 

 しっかりとそちらを見れば、そこにはいつものピンクジャージの上から黒のコートを羽織ったひとりちゃん。

 そして、そんなひとりちゃんに手を引かれている灰色のコートを着たねこみちゃん。

 

「あ、えへへっ、あ、明けましておめでとうございますっ」

「んぁ、明けましておめでとう喜多ちゃん」

 

 人混みだっていうのに、なんだか元気そうなひとりちゃんと、少し疲れたようなねこみちゃん。

 

 これ、え、いやこれ……感じたことのないこの、うん、なんかこう……いいっ!

 私の周囲にはいなかった大人な恋愛の気配を感じるわっ、色々聞きたい掘り下げたいっッッ!!!

 

「それじゃあ行きましょう!」

「あ、はい、早く行って帰りましょう……!」

「元気にネガティブ……!」

 

 列に並べば、私の隣のねこみちゃんがなにかを呟いてるのに気づく。

 

「今年こそはっ、今年こそはひとりにっ、わ、私がタチだって……」

 

 ───あっ(察し)、なるほどそういうことね。

 

「……そして、私の王子様感を取り戻すっ……!」

 

 ねこみちゃんが王子様扱いだったこと一度でもあったかしら……かわいいとか美人は聞くけど。

 あと最近はあたふたしてる様子をみられることが多いから、意外とそういう需要もあるとかないとか……友達(さっつー)も『嗜虐心煽ってくるなぁ』とか言ってた気が……。

 ねこみちゃんが“ネコ(受け)”っていうのはすっかり周知の事実だし。

 今更それをひっくり返すなんて……むしろねこみちゃんは“今もそうだけど”人目を引くタイプだし、同級生はおろか学校の子たちも見てるだろうし、このひとりちゃんとねこみちゃん見られたら、さらに弁明なんてできないんじゃ……。

 

 ―――いえ、言わない方が良い! ねこみちゃんがあまりにも不憫っ!

 

 それにしても、二人はずっと恋人繋ぎをしてる……いい、凄い、いい。

 

「はぁ~!」

「な、なんだか、今日は凄いキタ……キラキラしてますね、喜多ちゃん」

 

 え、ひとりちゃんに容姿褒められちゃった?

 

「新年からいいもの見れたから、かしらっ♪」

「そ、そうなんですか……?」

「ええっ! ねこみちゃん、ガンバよ!」

「え? あ、う、うん」

 

 なんでちょっと引いてるの?

 

 え、というよりなんでひとりちゃん、今手を離したの!?

 

「あ、喜多ちゃん、もう少しこっちに……ねこみちゃん」

「ん、ひゃっ……」

 

 ひとりちゃん、ねこみちゃんの腰を抱いて引き寄せた!?

 

 す、すごいわひとりちゃん、すっかり彼氏って感じね……ねこみちゃんの方が身長高いのに、しっかり人混みから守ろうとしてあげてる。

 

 なんて思いながらも、私も人混みに流されるわけにもいかないのでねこみちゃんの方に寄った。

 

「あ、ねこみちゃん、急にごめんね。だ、大丈夫?」

「ひぅっ、う、うんっ……」

 

 あぁ、こういうのなんて言うんだったかしら―――。

 

「あぶなかったらその、つ、掴まって、良いからね……?」

「あ、ありがとっ……」

 

 ―――そう、尊い……尊い(てぇてぇ)よ……!

 

 

 思わず両手を合わせて拝んでしまうほどに……!

 

 

「あ、え、き、喜多ちゃん、お願い事は、ま、まだまだ先ですよ?」

「喜多ちゃんってやっぱり“ヤバい(ロック)”……」

 

 






同級生A「あれは大張さんと後藤さん!?」
同級生B「やったな」
同級生C「ああ、やった」
同級生D「てぇてぇ、ただただ、てぇてぇ……」


あとがき

後日談を三話にすると決めたので二話目はしっとりな感じでちょっとおセンシティブ……
イチャつかせてるだけになってしまいましたが
そのまましっとり気味な感じで終わらせようとも思ったんですができなかった
ということで喜多ちゃんオチでした。百合を拝む女

ぼっちちゃんがだいぶ肉食系になってますが、まぁ付き合いたてなので多少はね?

では今度こそ本当に次でラスト、お楽しみいただければです!

……いや、またなにかあったら短編一話だけとか書くかもしれないんですけど



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

♯かおすがきわまる

☆後日談Ⅲ

※アニメ以降のネタバレがあります


 

 一月も半ば。

 雲一つない青天というところだが、いかんせん寒いものは寒い。

 早朝なので仕方ないとはいえ吐き出した息は白いし、マフラー外せない、タイツはもはや焼け石に水。

 むき出しの両手を摩りながら、“大張ねこみ(オレ)”は慣れた道を歩いて目的地へとやってきた。

 

 二階建ての立派な一軒家。

 自然な流れで、その門扉前のインターホンを押せば、声が聞こえるより早くにドアが開いた。

 そこから飛びだすのは、“アイツと同じ”ピンク色の髪。

 

「おはよーねこみちゃん!」

「おはよう、ふたり」

 

 妹同然と言っていい少女の元気な挨拶に自然と頬が綻ぶ。

 門扉をくぐって、ドアまで行くと出迎えてくれた少女こと後藤ふたりの頭を撫で、一緒に家に入る。

 

「おじゃましまーす」

 

 玄関で声を出しつつ靴を脱いで、整えてから廊下を歩く。

 ふたりが先にかけてリビングに入るので、まずそちらに顔を出した。

 

「ねこみちゃんおはよう」

「おはよう美智代さん、直樹さんも」

「ああ、ねこみちゃんおはよう!」

 

 スーツ姿の直樹さんと、いつも通りの美智代さんに軽く挨拶をするなり見渡して頷く。

 そこに“一人”足りないが、まぁ別に珍しいことじゃない。

 

「起こしてきますね」

「ありがとう、ねこみちゃん」

「いいですよ。世話焼くの嫌いじゃないですし」

 

 本心だが、さらっと言ってからもしや恥ずかしいことを言ったのではと訝しむ。

 

「ねこみちゃんがお嫁さんになってくれれば安心ねぇ~」

「あ、あはは~」

 

 ―――(オレ)は嫁じゃないけどね!

 

 それを言うなら(オレ)男役(婿)であると、心の中で何度も頷きながら二階へと向かった。

 

 

 

 

 ―――眠い……。

 

 昨晩、遅くまで配信用動画撮ってたせいかも……いや絶対それだ。あれ、今何時だっけ、お母さん起こしに来たっけ?

 来たような来てないような……。

 

 なんだかふんわりした、良い匂い。

 

 慣れたその匂いに、“後藤ひとり()”の意識がゆっくりと覚醒していく。

 

「ひとりー?」

「んぇあ……」

 

 聞きなれた“彼女”のかわいらしい声と反対に、素っ頓狂な声が私の口から出る。

 肩に手が置かれて軽く揺すられるので、私は素直に、ゆっくりと目を開く。

 

「……」

 

 ―――デッッッ!!?

 

「ひとり、起きた?」

「あっ、ごめんなさい」

「なんで謝罪?」

 

 素直に謝って視線を上げれば、まるで御伽話から出てきたみたいな女の子。

 大きな眼に、すらっとした鼻に輪郭、白銀の髪が揺れている。

 

 そんな女の子が、私に柔らかな笑顔を向けた。

 

「ん……おはよ、ひとり♪」

 

 

 ―――わ、私に天使が舞い降りた。

 

 

「……来世は対パリピ用決戦兵器に生まれ変われますように」

「どうした急に」

 

 

 

 

 ひとりを起こしてから、着替えもあるだろうしと(オレ)は下のリビングへと降りた。

 あれから三度寝ってこともないだろうしと、私が心置きなくソファに座ってテレビを見ていれば、予想通りすぐに降りてきたひとり。

 ドタバタしているのはいつも通りなので特になにも言わないで、美智代さんが淹れてくれた紅茶を啜る。

 

「ごめんねねこみちゃんっ」

「ひとりちゃん、朝ご飯は?」

「時間にまだ余裕あるし、ちゃんと食べてきなね」

「あ、うん」

 

 私の言葉に頷いたひとりが、ソファから少し離れたテーブルについた。

 ティーカップをソファの前の低いテーブルに置いて、隣へとやってきていた(ジミヘン)の首を掻けば、気持ちよさそうにしながら腹を出すのでまたそこも掻く。

 嬉しそうにはしゃぐジミヘンと戯れていると、ふたりが軽く駆けてきて私の膝の上に座った。

 

 なんで一人と一匹は私の方に、すぐ近くに直樹さんもいるんですよ?

 

「ねこみちゃん、ふたりの中の家族ヒエラルキーでねこみちゃんは恐らく上から二番目」

 

 ―――どうした急に。

 

「ひとりと父さんには遥か上の存在なんだ……!」

「直樹さんェ……」

 

「お父さんなに言ってるの?」

「ワン!」

 

 直樹さんは『なんでもない』とだけ言うと黙って新聞に視線を移す。

 

 なんというか、うん……直樹さんが頑張ってるのは知ってるよ。

 今年のSTARRYクリスマスライブまで出番そんなないけど……。

 

 いたたまれないのでとりあえず思考をずらすことにした。

 気づけばふたりが私の方を向いて座っている。

 そういえば“前に”喜多ちゃんにもやっていたけど、好きねそれ……。

 

「ねぇねぇねこみちゃん!」

「ん?」

「おねーちゃんのどこがよかったの?」

「うぇっ!!?」

 

 ───っぶねぇ! 危うく汚い声で反応するとこだったぜ……って、いやいやいや、なんで? ふたりちゃんもお気づきになってるのはどうして?

 

 ふたりを見るが、小首を傾げて私を見るのみ。

 

 最近の幼稚園児はこんなませてるのか、ぬかった。

 ああいや、もしかして『どうしてお友達やってるの?』的なことかもしれない。

 

 それはそれで酷いけど……ふたりなら言いかねない!

 

「あ~えっと」

「なんでおねーちゃんの彼女になったの?」

「だよね」

 

 うん、そういうことね。なんでバレてるの? ひとりが喋った? ワンチャンある……。

 

「えっと、どこで聞いたの?」

「見てればわかるけど……」

 

 幼稚園児こえぇ!

 

「うぅ、えっと……」

 

 ―――くっ、ひとりのいいとこなんて山ほどあるわっ!

 

「ねこみちゃん、真っ赤になってちゃわかんないよぉ」

「い、いやそのねっ」

 

「父さんトイレ」

 

 お父さんフォローしてよ!? ……くっ、私に逃げ場無しッ!

 

 膝の上で私の胸に顔を埋めるふたり……姉妹揃ってそれ好きね。という言葉は飲みこむ。

 

 なにはともあれ少し不満そうなふたりに、なんか返答しようにもどうにもと言った感じだ。

 ちゃんと言うと長くなりそうだし……子供に聞かせるような簡単な内容でもないし……。

 

「ねーねーねこみちゃーん!」

「えっと、そのぉ」

 

 ひとりと美智代さんの援護も期待できないともなれば、なんとか切り抜けるしかっ。

 

「ねこみちゃんだったら、おねーちゃんよりカッコ良かったりかわいかったりする人、見つかりそうなのに」

 

「……えっと、ね。ふたり」

「んー?」

 

 小声で言うと、ふたりに軽く笑みを浮かべて想ったまま言う。

 

 

「ふたりのお姉ちゃんは、ひとりは……世界一、カッコいいよ」

 

 

 めっちゃ恥ずかしいこと言ったのでは? とも思うが、それよりそれを言うなら『かわいい』だった気がする。

 私がひとりの“カッコいい”ところに惚れたみたいになってしまう。

 だが訂正するよりも前に、ふたりは満面の笑みを私に向ける。

 

「ねこみちゃん、おねーちゃんと同じこと言ってるね」

「え……っ!」

 

 ―――ひとりも私のこと『カッコいい』って言ってたんですか、ヤッター!

 

「ねこみちゃんは、世界一かわいいって!」

 

 ―――“かわいい”じゃないですかヤダー!

 

 

 いや、そのっ、いやじゃ、ないけどっ……♡

 

 

 

 

 なんだか、ねこみちゃんが変だ。

 御飯を食べて家を出てから、やけに上機嫌だし、いつもは手を繋ぐぐらいなのに“腕を組んでた”し、いつもなら下北に着く頃には手を離すのに、駅前ぐらいまでずっとギュッと腕と指を絡ませてたし……。

 別にねこみちゃんがいいなら私もいいかなって思ってたけど、さすがに学校についてからは手を繋いでは無いけど……やけにニコニコしている。

 

 ―――まぁ、後藤ひとり(わたし)としては、その、とってもいいんだけど……えへへへっ。

 

 ついつい承認欲求が満たされてしまう。

 

 なにはともあれ、私達は教室でお互いの席に着く。

 ねこみちゃんは人気者なのですぐに話しかけられたりするけど、隣の私に気を遣ってわざわざ離れた席で話したりなんかもしてくれる。

 本当に細かいところまで気を回してくれて……私には勿体ないなぁ、なんて思う。

 

 私は横目で少し遠くのねこみちゃんを見て……。

 

「ねぇ後藤さん」

「ぴゃぁっ!?」

 

 ───なななっ!? なんで!? 私!?

 

「ふ、ふぇい」

「なにその返事」

「あ、すみません」

「いや、良いんだけど」

 

 えっと、クラスメイトの子だ。

 

 ───なんで私に話しかけて……?

 

「いやぁ、なんかねこみがやけに元気だからなにかあったのかなぁって」

「えっ、あ、いやそんな……今日もいつも通りだったと、思います」

 

 ねこみちゃんとよく遊んでるクラスメイトの子もそう思うんだから、ねこみちゃんはやっぱり上機嫌らしい。

 理由はわからないけれど、それはそれでいいことだと思う。

 

「彼氏、彼女? いや、彼氏でいいか……そんな後藤さんに聞いてみたんだけど、わからないかぁ」

「あ、いや、でも、こっ、心当たりあるかもぉ~って感じですよ、はい」

 

 しまった! つい見栄をはってしまった!

 

「え、ホント? なになになにあったの!?」

「あ、えとっ、そ、そそそそのっ」

「え~秘密~? もしかして恋人同士だけの~?」

 

 凄い笑顔で聞かれて、私はもちろんタジタジで……。

 

「後藤さんと、どうしたの?」

「あ、大張さんとのこと聞いてるんでしょ~」

「俺も気になる!」

「男子はあっち行ってて~」

 

 ───うわわっ! ひひ、人が集まって! えへへ、こういうのもいいかもぉ……。

 

 なんだか頬が緩む。

 私がふとねこみちゃんの方を見れば、離れたところでクラスメイトと喋っていたねこみちゃんと、しっかりと目が合った。

 

 ―――えっ、なんかちょっと不機嫌!?

 

 

 

 

 ほんとなんとなく、お手洗いから戻る道中に……ふとひとりちゃんとねこみちゃんのクラスを覗いてみる。

 すると、喜多郁代(わたし)の目に信じられないものが跳び込んだ。

 

 ───ひとりちゃんが囲まれてるわ……!?

 

 文化祭から数ヶ月、なんだかんだで一度も見たこと無かったので私も驚く。

 文化祭ライブでは凄いテクニックで演奏を披露したひとりちゃんだったけれど、ほとんどの人は“ねこみちゃんとの事故チュー”のインパクトにやられてしまったものね。

 それにひとりちゃんも『ロックで女を落とした奴』とか『ロックのヤベー奴』とか『百合栽培師』とか呼ばれて……。

 今はすっかり『ねこみちゃんの彼氏(彼女)』というイメージが強いけれど……。

 

 ともあれ、隣のねこみちゃんとセットで、ということなら数度あったけれどひとりちゃん単独で囲まれている。これはとてもレア。

 そういえば隣のねこみちゃんはどうしたのかと、ふと教室を見渡せば、ねこみちゃんが少し離れた席から少し不満そうにひとりちゃんを見ていた。

 

 ───嫉妬……嫉妬なのね!?

 

「健康になるわぁ……!」

 

「喜多ちゃんだ。どうしたんだろう」

「バンドはじめてからやっぱり変だよね、喜多ちゃん」

 

 

 

 

 そろそろホームルームの時間ということで、ねこみちゃんが後藤ひとり(わたし)の隣に戻ってくる。

 机の上に肘をついて頬杖をつきながら、私を見るねこみちゃんは、やっぱりなんだか不機嫌そうで……いや、本当に不機嫌な時はもっとこう、違うはずだからたぶんそういうのじゃない。

 どちらかというと“拗ねてる”に近い感じが……?

 

 でもなんだろう。なんかしちゃったかな……なんて思いながらねこみちゃんの眼を見る。

 

 ―――やっぱり、拗ねてる?

 

 なんて思ってたら、ねこみちゃんが先に目を逸らした。

 

「う゛っ、いやいや、(わたし)が、違っ……“こういう”のはさせる方でっ……」

 

 なんだか悩み中。

 私が原因かもしれないと思えば、なんとかしなきゃって思う。

 でもやっぱり理由がわからないので、やっぱりねこみちゃんに聞くのがベストな気がする……うん、ねこみちゃん相手なら聞ける。

 

「わ、私は、こう、もっと余裕な感じで、窘めたりする立場っ、そう、それが男たる……」

 

 そっと手を伸ばして、ねこみちゃんの肩に触れた。

 

「っ、ひ、ひとり……な、なに?」

 

 さっきまでの拗ねた様子もなく、戸惑いながら小声で私に聞くねこみちゃん。

 

「どうしたの……?」

「え、あ、いやっ……」

「えっと、私、なにかしちゃった……?」

 

 そう言うと、少し驚いた顔をしてから、ねこみちゃんが赤い顔で俯く。

 

「その、い、いや……」

「ご、ごめんね……あまりその、わ、私、わかってあげられなくて」

「そ、そういうんじゃなくてそのっ……ひ、ひとりさっき、囲まれてて」

 

 やっぱりさっきの、でもどうして?

 

「うん……」

「べ、別にそれは、良いんだけど……で、デレデレしてたから……」

 

 ───え?

 

「……え、それって」

「も、モヤモヤって……うっ、お、重い女みたいじゃんかぁっ……」

「そ、そんなこと、でも……」

 

 ―――も、もしかして……嫉妬!? ねねね、ねこみちゃんが!? 嫉妬してくれた!?

 

「っ……!」

 

 ででで、でもどうして!? そ、そんなデレデレしてたの私!?

 

「い、いやそのっ、今日……ひとりが私のこと『世界一かわいい』とか、言ってたって、聞いたから……」

「……!!?」

 

 ───ふ、ふたり!!?

 

 まさかの妹の暴露に私は混乱した。

 いやでも、なんというか……私もなんで言っちゃったんだろう。

 思ってることだけど、常々思っていることだけれども、やっぱり人に言うのは違う、かも……。

 

 ───でも……それを聞いた今日、私が……いやデレデレはしてない!

 

 ねこみちゃん以外じゃデレデレなんてしない! ……はず!

 

「うっ、い、いやひとりは悪くない、からっ……ご、ごめ」

「ねこみちゃん以外、見てないから……」

「へ?」

 

 私はもう少しだけ手を伸ばして、ねこみちゃんの髪に触れる。

 首元で結われた髪をそっとひきよせて、長い銀髪に触れながら、私はねこみちゃんの眼をしっかり見た。

 赤い顔で、少しばかり申し訳なさそうに眉を顰めて私を見るねこみちゃんをしっかりと見かえす。

 

 

「世界一かわいい、ねこみちゃんがいる……から」

 

 

「あぅっ……♡」

 

 小さく、ねこみちゃんが狼狽えるような声を出して、視線を泳がせる。

 少し赤かった顔は真っ赤になって、瞳は潤んでて……。

 

 ───ここが教室じゃなかったら危なかった。教室じゃな……。

 

「あ」

 

 ハッとして、ギギギ……と首を鳴らして視線を動かす。

 

 私とねこみちゃんの前の席の二人が、振り返っていたようで、眼が合う。

 前の席の女子二人は顔を真っ赤にしてて……

 

「ふ、二人とも、そういうのは別の場所で……」

「ご、後藤さん、しゅごい……」

 

 ―――あ、あ、あ……。

 

 離れた席のクラスメイトたちは気づいてないみたい、だけどもう一つ前のクラスメイトも、チラチラこっちを見てて……。

 ねこみちゃんの隣の席の子も、同じくで……。

 私達が見えるであろう先生の方を見れば、一瞬だけ眼があったけど、すぐに逸らされた……。

 

「……っっっ!!!?」

 

「きゃあ後藤さんが倒れた!?」

「ダイナミック自殺……!」

「隣の大張さんも熱あるんじゃないってぐらい真っ赤だけど!?」

「それは放っておいてやれ!」

 

 ───ごとうひとり は めのまえ が まっくらになった。

 

 

 






後藤ひとりが「女誑しのヤベーロッカー」と呼ばれるようになるきっかけである


あとがき

後日談は三話に決めたって言ったじゃないですかヤダー!
はい、すみません、膨らんで長くなる気がしたので切りました
あと一話やります

ま、まぁ書きたかった後藤家とクラスメイト周りをちょっと書けたのでオッケーです

今度の今度こそ本当の本当にラスト……毎回言ってるなこれ
毎日閉店セール状態

では次回、後日談ラストをお楽しみいただければです


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

♯ぼっち・ざ・ろっく

☆後日談(完)

※アニメ以降のネタバレがあります


 

 

 ふと眼を覚ませば、知った天井が視界一杯に広がっていた。

 

 真っ白な天井を見れば、そこが間違いなく保健室だと、頭が勝手に理解する。

 たぶん“いつも通り”なんだろうとは思うけど、記憶が曖昧。

 代わりに、少し前まで見ていた夢の記憶があった。

 

 ───なんだか妙な夢、見ちゃったなぁ。

 

「あ、ひとり起きたんだ」

「あ、ねこみちゃん……!」

 

 上体を起こして、ベッド横のねこみちゃんを見る。

 私の、少しだけ沈んでいた気分もすっかり戻った。

 

 ―――存在感が凄い。

 

「……胸、みてるでしょ」

「あっ、えっ、い、いや全然!」

「顔が口ほどにモノを言ってる……」

 

 ジトっ、とした目で見られて、私は思わずはにかむ。

 

「なに笑ってんのさぁ、大変だったんだからあの後……」

「え、あ……あっ!」

 

 ―――うごごごごっ! また私の黒歴史がぁっ!

 

「たくもぉ……ばかっ」

 

「え、あ、ご、ごめん……」

 

 あれ、そこまで嫌じゃなかった感じ……?

 

 

 

 

 (オレ)は起きたひとりの隣で、ケータイで喜多ちゃんに『ひとり起床』とロインを送る。

 即座に安心したという意のスタンプが送られてくるのでスタンプで返し、他の“ひとりを心配していた”クラスメイト数人にもひとりが無事とロインを送っておく。

 ケータイをポケットに入れると、ひとりの方に視線を戻す。

 

「にしても、あとでまた色々聞かれるぞ~?」

「あっ、そ、それは困る、かも……」

 

 まぁ、さっきも上手く受け答えできてなさそうだったもんなぁ……ていうか、そんなんなのに(オレ)もなんであんなモヤモヤして……。

 いやいや、深く考えるのはやめよう。

 

 うん、そのうちひとりの方に嫉妬させてやるからなぁ……。

 

「ってだから、これじゃ私が嫉妬してるみたいなっ……!」

「え、どうしたのねこみちゃん?」

「なんでもないからっ!」

 

 勢いよく答えてから、私は立ち上がる。

 ひとりもベッドから降りようとしてベッドに腰掛けるような形になるので、私はそんなひとりの正面に立つ。

 驚くようなひとりを尻目に、私は両手を伸ばす。

 

「むぐぅっ」

 

 そっとひとりの後頭部を撫でるけれど、一昨日に触った時と別段変わりないように思う。

 少し思考しながら、もう少し撫でてみる。

 

「ん、腫れてもないし大丈夫、かな……?」

「む、ぐぐっ……」

「あ、ご、ごめんっ!」

 

 正面からひとりの後頭部を撫でたということは、(オレ)がひとりを抱きしめる形になってたようで……胸に埋もれたひとりが動いたことによって、それに気づいた(オレ)は急いでひとりを放して離れる。

 顔が青いので、たぶん呼吸を我慢してたんだろう。

 

 ───いや、なぜ我慢?

 

「は、早く言えよぉ……私の胸で窒息とか勘弁してよ?」

「ねこみちゃんに埋もれて死ぬのもロックかなって……」

「絶対違うぞ」

 

 

 

 

 教室に戻るなり、(オレ)とひとりは勿論注目を浴びるわけで……当然か。

 

 いや、もはや戻ってくる道中で充分視線は浴びた。すれ違う生徒からチラチラと視線向けられてたし、ヒソヒソとなにか聞こえてきてたし……悪意があるわけじゃないから良いんだけども。

 まぁ私自身、注目を浴びる方だから……故にわかる。いつもと違う。

 

 ―――憧れの目とかその類じゃねぇ……。

 

「ぐ、ぐぐ……」

「ひとり大丈夫?」

 

 隣のひとりを見れば、顔が崩れている。残念ながら当然。

 

「あ、あ、う、あ、あ」

「ジブリ感……」

 

 やはり耐えられなかったようだが、そりゃそうか、と納得。

 正直、私も慣れないタイプの視線で……とりあえずそれらを無視して、ひとりと一緒に自分の席に戻って座るなり、隣同士で二人同時に頭を抱えた。

 とんでもないことをやった自覚はもちろんある。ないわけがない。

 

 ―――いや、やったのはひとりだけどね!?

 

「視線が、生温けぇ……」

 

 しかしまぁ、この視線を浴びるのが一人じゃないだけマシ……なんて思いながら視線を少し上げてクラスをさりげなく見渡してみれば、ハッと気づく。

 

 ―――なんかひとりに向けられる視線、(オレ)のと違くない!?

 

 

「後藤さん……すげぇよなぁ」

「さすがっす後藤さん」

「あの誑しっぷりがなきゃ、あんな彼女は手に入らないのか……」

「あんな彼氏が欲しかった」

「ぼねこは健康にいい、ロッキングオン・ジャパンにも書いてある」

 

 

 ───なんで!?

 

 

 

 

 お昼、後藤ひとり(わたし)は“いつもの場所”で、ねこみちゃんと一緒に御飯を食べている。

 喜多ちゃんも一緒に食べる時も珍しくはないけれど、今日は先約があるみたいで結果的にねこみちゃんと二人です。よりにもよって今日の今日だったから、クラスのみんなから視線が凄かったけど……。

 それと、すれ違った喜多ちゃんには拝まれた。

 

「う、ぐ、ぎっ、ごごっ……」

「うわ、ひとりなんで崩れかけてんのっ」

 

 私の両頬を、ねこみちゃんの両手がそっと撫でる。

 

「あ、ご、ごめんね、あぶなかった」

「まったくもぉ、崩れたいのは私だっての」

「だ、だよね」

 

 私のせいで余計なことになったのは否めない。

 やっぱり近頃はねこみちゃんといるとついつい“らしくない”ことをしてしまって、それでねこみちゃんが恥ずかしい思いしたり、ついつい私が暴走しちゃったり……。

 やっぱりこれそのうち怒られるんじゃないかな、なんて思うんだけど……。

 

「……えっ、なに見つめてんだよぉ」

「あ、いやっ……」

 

 ちょっと赤い顔で、ねこみちゃんが私にジト目を向ける―――うん、かわいい。

 

「あ、そういや今日、リョウさん休みだっけ……そろそろMV? 私もなんかするか……?」

 

 たまに難しい顔でよくわからないことを言ってたりするけど……。

 

「うん、かわいい」

 

「……ハァッ!!?」

 

 ねこみちゃんが一瞬で、茹蛸みたいに真っ赤になった。

 

「ととと、突然なに!?」

「あ、いやその、全然そのっ、え、あ、うっ」

 

 なんだか最近、ブレーキが効かないというか……。

 両手で顔を覆うねこみちゃんだけれど、時折、指の間から私に視線を向けてくる。

 こういう仕草を自然とするんだから、やっぱりねこみちゃんは女の子だなぁと思うし、私には勿体ないと思う。けどさすがの私でも、勿体ないなんてそんなこと言ったら、ねこみちゃんが怒ることは簡単に予想がつくので言わないでおく。

 

「たくもぉさぁ、ひとりはさぁ、そういうとこホントよくない……っ!」

「え、え、よよよ、よくなかった……!?」

「よくなく、ないっ……」

 

 ───え……ど、どっち?

 

「で、でもっ、そういうのは……ふ、二人きりの時に、してよぉ……っ」

 

 ───なんかえっちだ……!

 

 

 

 

 お昼御飯を食べ終えて、ねこみちゃんと私は隣あって座る。

 

 私はもってきたギターを弾いていて、ねこみちゃんはギターの音に耳を澄まして、穏やかな表情をしてて……。

 学校でこうして、落ち着いて二人になれていると、本当に良い場所を見つけたな、なんて思う。

 そんなことを思いながら演奏を続けていると、ねこみちゃんがふと私に視線を向けた。

 

「そういやひとり、人混みとか、もうちょっと慣れないとね」

 

 ギターを弾く手が震えて妙な音が鳴る。

 それに驚いて一瞬だけビクッとなるねこみちゃんだけど、すぐに私に視線を向けて“当たり前でしょ?”って感じの顔を浮かべた。

 いや、言いたいことはわからないでもない、虹夏ちゃんも言ってたし……。

 

 ―――未確認ライオット(ロックフェス)関係だよ、ね……。

 

「路上ライブとか、私も同行するからさ……」

「え、そ、そんなこと、するの……!?」

「するでしょ、バンドやってんだから織り込み済みであれ」

「……わ、私のみ録音でなんとか」

 

 人混みと注目されるのは別だし、路上ライブも本当にやるかはわからないと思うんだけど、ねこみちゃんはなんだか確信を持っているかのような言い回しをする。

 もしかして既に虹夏ちゃんたちと決めてたりもあるかもしれない。

 

 ……うん、ありえる。

 

「レコード会社の人に目ぇつけられるかもよ?」

「えっ!」

「即メジャーデビューかも」

 

 ───メジャーデビュー!? 高校中退!! そのままねこみちゃんとゴールイン!?

 

「えへっ、へへへへっ、いいかもっ……」

 

「うわぁ、チョロぉ……」

 

 

 

 

 ねこみちゃんに軽く頬を引っ張られて、私は妄想から戻ってきた

 買った一軒家でねこみちゃんが『できちゃった……♡』と言った辺りで引き戻されたせいで、頭ごちゃごちゃになって、そのままねこみちゃんのお腹撫でたら真っ赤な顔で“げんこつ”された……。

 なにはともあれ、今年は色々と大変そう。

 

「まぁわりと慣れてきたと思うけどね、成長みられてるぞ」

「え、そうかなぁ」

 

 そう言われると、頬が緩む。

 

「マシになってるだけ、だからね?」

 

 ―――あ、はい。

 

「でもさ……今年の夏は、夏祭り行ったり海行ったりもしたいじゃん?」

 

 隣で体育座りしているねこみちゃんが、両手の指を合わせて、はにかむような笑顔を浮かべて言う。

 夏祭り、海……陰キャの辛いものトップ10にランクインしてくるイベントです。

 

 ―――うん……で、でもねこみちゃんも一緒だし……だ、大丈夫。大丈夫な、はず……。

 

「あ、そういや浴衣も水着も買わないとなぁ」

 

 ―――浴衣!? 水着!?

 

 最後にねこみちゃんの浴衣や水着をみたのは小学生ぐらいだった気がする。

 すっかり成長したねこみちゃんが、浴衣、水着……。

 

「その前にちょっと引き締めるか……?」

 

 ───ねこみちゃんの浴衣、水着……。

 

「ふへっ、えへへへっ」

「どうした急に!?」

 

 

 

 

 あたし廣井きくり! 誰よりもベースを愛する天才ベーシスト!

 

 行くとこもないしとりあえず“降りてきた”よSTARRY!

 

「せんぱ~い! お酒おごって~!」

「飲みながら言うんじゃねぇよ」

 

 相変わらず冷たい表情で私を見る“伊地知星歌(先輩)”。

 

「てかそろそろシャワー代とるぞ」

「……え?」

「なんでそこで『なんで?』って顔できんだ……」

 

 だってねこちゃんのお家でシャワーとかもう絶対無理なのにっ!

 

「先輩が言うから、ねこみちゃんに合鍵だって返したのにぃ」

「てかそもそもなんで合鍵なんてもらってんだよ。ぼっちちゃんに知られる前に返して、トラブルもなかったからともかくなぁ」

「いやぁ~まぁバレたらバレたでおもしろ」

「おもしろくねぇよ!?」

 

 おにころをチューチュー吸う私に、迫真の表情で迫る先輩。

 今更、私がなにかしたところで問題があるとも思えないんだけどねぇ……あの二人に入る隙とか微塵も無いし、さすが幼馴染というかなんというか……喧嘩(問題)になったとしてもむしろ着火剤にして燃え上がりそう。

 仲直りなんたらは良いって言うし……。

 

「あ~はやくぼっちちゃんとねこちゃん来ないかなぁ~」

「ん、そろそろ終わるころだし、もうすぐ来るか……ていうかお前、あんま弄るなよ?」

「でも、真っ赤になってるぼっちちゃんとねこちゃんかわいいし」

 

 先輩は黙って顎に手を当てて、天井を仰ぎ見る。

 しばらく沈黙が続いてから、ふと頷いた。

 

「……確かに」

 

 同じ穴のなんたら……。

 

 

 

 

 ホームルームも終わって、下校の時刻。

 

 茜色の夕日が差す道、他の生徒たちと同じように、私達は道を往く。

 

 

「それでさ、うちのクラスの~」

「……」

「えっと、ひとり大丈夫?」

 

 立ち止まったねこみちゃんが、私の顔を覗き込んだ。

 揺れる白銀の髪が、夕日に照らされて輝く。

 

「へ?」

「なんかポケーッとしてたから……」

「あ……」

 

 

 あの時、夢を視た。

 

 普段の、当たり前の“日常”だったんだと思う。

 

 でも、大事なモノがあたりまえに無くって、すっぽり抜けてて、“私”にとってそれは、やっぱり悪夢の類で……。

 

 家にも、学校にも、STARRYにも“ねこみちゃん”がいなくって……。

 

 それが当たり前って風に、正常だって言う風に、世界は回っていて……。

 

 でも、“この後藤ひとり(わたし)”にとってねこみちゃんがいないなんて、ありえない。

 

 そんな世界、“私”はいらない……だから……。

 

 

「ううん、大丈夫」

「ん、ならよし……って、なにニヤニヤしてんの?」

 

 

 だから……あまり気にしないで、すぐに忘れちゃうことにしました。

 

 

「ううん、その、やっぱり私には、ねこみちゃんが必要だな……って」

「なっ、なにそれ……っ♡」

「えへへっ」

 

 はにかむように笑うと、ねこみちゃんは顔を赤くする。それは夕日の赤さだけ、ではないと思う。

 そのまま不満そうな表情を浮かべると、ねこみちゃんは私の左手を右手で取って指を絡ませて繋ぐと、さらに左腕に右腕を絡ませて……。

 

「へっ、ねねね、ねこみちゃんっ!?」

「ん、なぁに~♪ 恥ずかしがっちゃってぇ~♪」

 

 悪戯っぽい顔をするねこみちゃんだけど、やっぱり顔は赤い。

 

 恋人がやるような腕組み……別に、それ自体は朝もやってたけど、下校時にこんな同じ学校の生徒が多い場所でやるとは思わなかったので、動揺する。

 恥ずかしい、というのが大きいけれど、やっぱりビックリの方が大きくて……ねこみちゃんの柔らかさに、少し理性が軋む。

 腕を少し引かれて、そのまま二人で歩き始める。

 

 ―――すごく恥ずかしい! ほほほ、他の生徒も見てるしっ、し、死にそうっ!

 

 なんて思って左を見れば、たぶん私よりも真っ赤になっているねこみちゃんの顔があった。

 恥ずかしがり屋なのに、相変わらず無理するな、なんて思うけど……素直にコレ自体は嬉しいので、黙っていることにする。

 自分より恥ずかしがってるねこみちゃんを見たおかげで、少し冷静になれたし……。

 

「ねこみちゃん、かわいい……」

「はぅっ♡」

 

 ―――あぁ、ねこみちゃんは、ほんとカワイイ“女の子”だなぁ。

 

 

 ◇

 

 

 二人でそのまま歩きながら雑談をしていれば、ねこみちゃんも少し慣れてきたのか、顔の赤みも引いてきたようで……生徒が少なくなってきたって言うのもあると思うけど。

 

 STARRYへの道中、目の前の信号が赤になり、ねこみちゃんと一緒に止まる。

 

 ―――ここの信号、ちょっと長いんだよね。

 

 

「あのさ……たぶん、意味わかんないと思うんだけどさ、聞いて……ほしい」

「え、どうしたの?」

 

 ねこみちゃんが、少しばかり神妙な面持ちで空を見上げた。

 

「ちょっと悩んでたけど……決めた」

「え、ど、どうしたの……?」

 

 そう聞けば、私の方を向いて微笑を浮かべる。

 

「頑張ろっかなって、さ……“原作(色々)”尊重したいこともあったんだけど……今、自分にできることをさ、やってみるよ。うん」

「……?」

「精一杯あがいて、それでダメなら、ダメでもさ……“ひとりたち”と、頑張りたい」

 

 なんだか、すっきりした表情。

 

「うん、……一緒に“結束バンド”で」

 

 私の言葉に、少し驚いた様子を見せるねこみちゃん。

 結束バンドのみんなにとっても、ねこみちゃんはねこみちゃんが思ってるよりずっと大切なんだよ。

 そう言っても、ねこみちゃんには、たぶん照れ隠しかなにかで否定されるとは思うけど……。

 

「だから、もっと、ずっと聴いてて欲しいな。結束バンド(私たち)の音……ずっと、傍で」

 

 ねこみちゃんの顔が、ほんのりと赤くなり、その瞳に涙が浮かぶ。

 前までの私なら焦っていそうだったけど、それが悲しんでいたり怒っていたりな涙じゃないことぐらい、“今の後藤ひとり(わたし)”には、はっきりわかる。

 だからそのまま、私は“嬉しそうな”ねこみちゃんの、次の言葉を待つ。

 

「うん、聴かせてほしい、ひとりたちの音……っ」

 

 私は絡めている左手と逆の右手を、ねこみちゃんの頬に添えると、親指でそっと、零れそうな涙を拭う。

 どこか恥ずかしそうに、でもどこか嬉しそうにはにかむねこみちゃんに、私も無意識に頬が緩むのを感じる。口角が上がって、視界が狭まる。

 通行する車が止まって、周囲の音も止まった。

 至近距離のねこみちゃんの、少し震える呼吸も聞こえる。

 

「ずっと、傍で……“ひとりたち(結束バンド)音楽(ロック)”を……」

 

 結束バンドの音、私達の音。ねこみちゃんに聞いてほしい音楽。

 

 それはもちろん本音で、ねこみちゃんがそう言ってくれたのは本当にうれしい。

 

 

 ……でも、やっぱりねこみちゃんが相手だと、欲が出てしまう。

 

 ねこみちゃんにとって、私がいちばんであってほしいと願ってしまう。

 

 

「でも、やっぱり依怙贔屓しちゃう、かも」

 

 ―――え?

 

「でも許してほしいな、私……彼女、だからさっ」

 

 

 そっと囁くように、噛みしめるようにねこみちゃんは言葉を続ける。

 

 

「大好きな結束バンド(みんな)だけど……それでも、ひとりがいちばん、なんだ……」

 

 

 ねこみちゃんは、私の音楽をいちばん聴きたいって言ってくれて……。

 私にとってやっぱり、いちばん聴いてほしいのはねこみちゃんで……。

 

 色々と、それだけですっきりしてしまった。

 

 

「いちばん傍で、ずっと傍で、聴いてほしい」

 

 

 信号が、青に変わる。

 

 

ぼっち・ざ・ろっく(私の音楽)を……」

 

「……んっ♪」

 

 

 ―――もちろん、“私達の音楽”も。

 

 

 

 それから私たちは二人で一緒に、“その一歩”を踏み出した。

 

 

 







あとがき

これにて今小説は終了です
本編の完結から、なんだかんだとダラダラ続きましたが、これにて完結

……といいつつ、なにかあれば一話短編、みたいなのが生えるかもですが

ラストはいつものねこみオチでも良かったんですが、それは本編でやったので
『ねこみ視点ギャグ落ち』だったのに対し、こちらは『ぼっち視点真面目に』と対比してみました

おかげでねこみも原作の外側に行くという決意も決めて一歩を踏み出しました
(※ひとりと付き合ってる時点で改変もいいとこですが
これからも何度も♂に戻ってまた♀に落とされるを繰り返すことでしょう

色々と語りたいこともありますが、これ以上の蛇足もアレなので


約三ヶ月の間ですが、感想、ここすき、お気に入り登録、誤字報告、ありがとうございました
おかげでモチベーションも好調のまま完結、と相成りました


どこかで見かけた時はまたよろしくお願いします

今後も二次創作含めて、ぼざろがどんどん盛り上がりますように。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

短編
♯のーだうと


 

 

 (オレ)、大張ねこみ!

 

 どこにでもいる普通のTS転生者!

 後藤ひとりの彼氏にしてカッコいい系女子!

 (オレ)みたいな“男らしい”スパダリができて、ひとりもすっかりメロメ───。

 

「ねこみちゃん?」

 

 どえらい美少女がいた。まぁ(オレ)の彼女なわけだけど。

 

「ひゃぁっ!?」

「わわっ!? どどど、ど、どうしたのねこみちゃっ!?」

 

 ちちち、近いわっ! 顔が良いんだからやめてくださるっ!?

 

「っ、な、なんでも、ない……」

「……ほんと?」

 

 ずいっ、と顔を近づけるひとりに、私は思わず目を逸らす。

 色々と思うところがあるので、ついつい顔が熱くなってくるのは仕方のないことである。

 

 ───昨夜のことを、あの……はい、思い出しちゃうっていうか……。

 

「あぅ……」

「え、ね、ねこみちゃん!?」

 

 思わず、両手で顔を覆う。

 

「相変わらずイチャついてる」

「イチャついてるねぇ」

尊い(てぇてぇ)わぁ……」

 

 

 

 

 気を取り直しまして───さて、新曲ができた。

 

 

 時は二月、まだ空気は冷たい。

 

 昼前、(オレ)こと大張ねこみは、バイトでもないのにSTARRYにきていた。

 先の通り、新曲ができたということで(オレ)も当然のように召集されたわけだが……。

 

 ───うん、そうだね。“MV(ミュージックビデオ)”だね。

 

 先月頃からそういう話にはなっていたのだけれど、私はもっと前から識っていたりする。

 転生者の特権よねこれ……そんな役に立つもんでもないけど。

 

 ……もうちょっと役に立つ転生者特権ないんですか!?

 

「……てことで新曲、グルーミーグッドバイ!」

 

 虹夏ちゃんが元気よく発言すれば、それぞれ軽く拍手。

 STARRYのテーブルを囲む結束バンドと、当然のように参加している(オレ)

 ひとりが歌詞を書いた……家で。

 

「陰キャな歌詞だけどサビはちょっと明るい感じ」

「爽やかでいいですね!」

「あ、え、えへへっ」

 

 リョウさんと喜多ちゃんに褒められてひとりは満更でもなさそうに笑っている。

 

「これもねこみの影響?」

「いやそんなことないですよ」

 

 実際のとこ(オレ)がいなくても完成はしてたしね!

 ……いや、全然寂しくなんてねーし!

 

「リョウさんも悩んでたみたいですけど、よかったです」

「ん、余裕だった」

 

 (オレ)相手に親指を立てた手を向けるリョウさん……いや、よく言うわ。

 

 今回のは“フェス”出場をかけた曲ってことで、プレッシャーでスランプになってたことは知っている。

 バイトも来なくなったり、学校も行かなくなったり、キャンプしようとしてみたりと迷走してたみたいだけど……。

 結果的にひとりと喜多ちゃん、そして虹夏ちゃんのおかげで持ち直して、無事に曲は完成したわけだ。

 

 ひとりたちを笑顔で見送った後に店長が『わたしって嫌われてんのかな?』とか聞いてきたのであせったけど。

 

 ともあれ、リョウさんを見た影響か、ひとりも頑張った。

 

 ───真面目な顔して歌詞を書くひとりは……うん、かっこよかった……じゃなくて! かわいかった!

 

「でもねこみちゃんは来てくれなかったって拗ねてたんだよリョウ」

「え?」

 

 ───なにそれかわいい。

 

「嫌われてるんじゃないかとかうじうじと」

「そんなことないから」

 

 否定するリョウさんは汗をダラダラ流している。たぶん図星なんだろう。

 だからあの後、リョウさんに電話かけさせられたのか(オレ)……。

 

「リョウさんもかわいいとこあるんすね」

「違うから……!!」

 

 

 

 

 話が脱線するのはいつものことで、冷や汗をかきながら異論を唱えるリョウさんを無視して虹夏ちゃんは手を叩いて注目を集める。

 (オレ)と喜多ちゃんとひとりがそちらを見る。

 

 ……リョウさんが(オレ)の肩を揺さぶっているが無視しておこう。たまには仕返しをさせていただく。

 

「それじゃあ、MVを撮りたいと思いまーす!」

「やっとですね~!」

 

 嬉しそうにはしゃぐ喜多ちゃん、ひとりは……うん、顔が青いゾ☆

 

 昨今は動画サイトで音楽を聴くというのが主流で、新しいものに触れるのもまた然り。

 ともなりゃやっぱりMVがあったほうがバンドを知ってもらえるし、同時にバンドの世界観を伝えるにも良いということだ。

 それにフェスに出るためにはネット投票で支持を得る必要があるわけで、ともなりゃそりゃMVがあったほうが拡散の効力も上がるってもんで……。

 

「音楽配信サイトにも曲を申請しよう!」

「本格的になってきましたね!」

 

 二人はノリノリだなぁ……リョウさんは私の肩を揺するのをやめて自分の席に座った。

 

「すごいおっぱい揺れるね、ねこみ」

「うるさいですね」

 

 チノちゃんっぽくなっちまった……! いや言ってねぇけど!

 

「あ、わ、私のですからね?」

 

 ひとり!?

 

 

 

 

 虹夏ちゃんがメモ用紙を一枚取り出した。

 

「スポチファイが無理でもバンドキャンプゥなら審査通りやすいって……大槻さんが!」

「親切すぎる!」

 

 ヨヨコちゃんはかぁいいなぁ~!

 

 本当に頼りになるライバルだと思います。

 SIDEROS……大槻ヨヨコちゃん。

 ほとんど喋ったことないけど、まぁおおよそどういうキャラだったかは覚えてるつもり。

 

 とりま、動画サイトにうp(死語)した曲は500再生程度、公式トゥイッターは喜多ちゃんの美容アカと化し、これはMVで一発逆転を狙うしかなくなったわけだが……。

 

「本当はMVにお金かけたかったんだけどねぇ」

「まぁノルマあるし、しゃーなしですよ。私でよかったら多少は出しますけど……」

「いやいや、ねこみちゃんには色々と手伝ってもらってるしそれだけで十分だよ!」

 

 なんかしたか(オレ)

 

「ってことで、自分たちで撮るよ!」

「私達だけで撮れるんですか?」

 

 喜多ちゃんの言葉に、出番を待っていたかのように二人の女性が現れる。

 

 そうだね。見慣れた人たちだね。

 

「こんなこともあろうかと超強力ゲスト! 結束バンドファンのお二人にきてもらいました!」

 

「どもー1号です」

「2号です~」

 

 そう、いつものファンこと1号さんと2号さん。

 ひとりの演奏がきっかけでここまでついてきてくれた我らが大事な大事なファンの二人。

 

 技の1号、力の2号……力と技の3号さんに期待したいとこだな!

 

「私達、美大の映像学科生なんで撮影は任せてください!」

「それは心強いです!」

「ありがとうございます。お二人とも」

 

 私がそうお礼を言うと、二人はニッコリと笑顔で返してくれる。

 まぁこの中だと“一緒に遊んだこともある虹夏ちゃん”の次ぐらいには二人と仲は良いだろう。

 ライブを見る時は大体一緒になるし、そりゃ世間話の一つや二つ……まぁその結果、“色々”と知られてはいるけど……。

 

「好きなバンドにこうやって関われるだけで嬉しいねぇ~」

「だね! し、しかもこうして間近で……ぼぼぼ、ぼねこが!」

 

 ……2号さんェ。ていうか“ぼねこ”じゃなくて“ねこぼ”ね!

 

「箱推しというかカプ推しか」

 

 こういうときだけ喋んなくていいから山田。

 

「えっと、あ、機材はライブハウスで使ってる奴、借してくれたよ」

「え、店長が借してくれたんですか?」

 

 喜多ちゃんと、心底驚いた顔をした山田、それからひとりと私が店長の方を見る。

 いつも通り座りながら『よいこりんご100』を飲んでいる店長と目が合った。

 うん、と頷けば店長も目で少し私になにか語りかけてくる。

 

「好きなだけ使って良いぞ……あと困ってることあったら、言え」

「え、あ、ありがとうございます」

 

 混乱する喜多ちゃん。そりゃそうだろう。

 

 嫌われてると勘違いしてる店長に、露骨に好感度上げに行こうぜってちょっと唆した立場としては少しばかり罪悪感もあるが、これも結束バンドのため!

 今度店長にりんごジュース買って来よう。うん。

 

 てかPAさん、わかってておもしろがってない?

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 色々とワードを出し合って、それをホワイトボードに1号さんが書いていく。

 伊地知虹夏(わたし)が出した案、みんなでダンスは喜多ちゃんが唯一踊れるぐらいでどうにもこうにもだった。

 練習すれば私もリョウもそれなりにできるけど、K-POP風は結束バンドの雰囲気に合わないし、他のバリエーションを考えようにもぼっちちゃんがドジョウ掬いを披露したあたりでやめた。

 

 あんまりにもレパートリー不足、そして喜多ちゃんがバズろうとねこみちゃんと一緒にやってみようとしたけど……。

 

 ねこみちゃんは即座にこけた、そしてタイツの上から下着見えてた。

 

「くっ……情けないとこをっ……!」

「だ、大丈夫ねこみちゃん! か、かわいかったよ!」

「あぅっ、ば、ばかにしやがってぇ……♡」

 

 隙あらばイチャつくね!?

 

「生ぼねこ!」

「ぼねこ……」

 

 に、2号さん大丈夫? それとお姉ちゃんはなんでこっち来てんの?

 

 

 

 

「ほ、他になにかあります?」

 

 ホワイトボードの前で、2号さんが困ったような顔をしている。

 大丈夫か? という心の声が聞こえるようだよ。

 まずい、このままじゃまるで決まらない。うん、真面目にいこう真面目に……いや、これでも真面目なつもりなんだけど。

 

 リョウがなにかひらめいたのか、ポンと手を叩いた。

 

「ぼっちの家、犬いたよね?」

「あ、はい」

「ジミヘンですね」

「そいつを使おう」

 

 リョウ、まさか!?

 

「この世に動物ほど簡単にバズるものはない! 演奏シーンなんかよりずっと犬の映像流してる方が再生数稼げるはず!」

「こいつプライドってもんがないのか!?」

「何か一芸ないの? ギターとか弾けない?」

「ジミヘンだけに?」

 

 ねこみちゃんもノらない! てかリョウの言うことなんて聞かなくて良いから! そんなことで再生数増やしてどうすんのさー!?

 

「あっ」

 

 ぼっちちゃん名案が!?

 

「こ、子供もセットにしてバズらせましょう。妹います」

「ぼっちちゃん!?」

 

 正々堂々勝負する気が微塵もないじゃん!?

 

「……だったらねこみちゃんとセットもどうだ?」

「え゛っ!?」

「お姉ちゃん!?」

「あ、ねこみちゃんはダメ、です」

 

 ぼっちちゃん、そこはしっかりするんだ……。

 

「ひとりぃ……♡」

「乙女な顔してないでねこみちゃんも案出して」

「おとっっっ!??」

 

 なにを今更驚いてるんだろう。

 

 

 

 

 とりあえず犬は保留……まぁ、ちょっと出すならありかも。

 ちなみにリョウとお姉ちゃんの謎の出演交渉により、ぼっちちゃんもねこみちゃんを少し出すぐらいならOKとのこと……なんで?

 

 ていうかマネージャーなの? というよりねこみちゃんも『ひ、ひとりが言うなら……』とか言ってOKしちゃうのは……なんで?

 

 ……でも、ねこみちゃんはありよりのあり。とりあえずロケ地決めよう。

 

「前行った江ノ島とかいいかも」

「あ、いいMV思いつきました!」

 

 なんか嫌な予感する。

 

「高校生カップルが浜辺デートで喧嘩して! 結束バンドの演奏を観てからなんやかんや仲直り! そして曲の最後にキス! それを祝福する結束バンドみたいな!?」

 

 それはマズイ!

 

 バッ、とぼっちちゃんの方を見る私とねこみちゃん。

 笑顔を浮かべたぼっちちゃんが、頷く。

 

 ……あれ、セーフ?

 

「あっいいと思いまっ、おぼろろろろッッッ!!」

 

 全力で拒絶反応が出てる!?

 

 ……てかねこみちゃんと“そんな関係”になっといてまだダメとかあつかましいね!?

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 全身から血をふきだすひとりを見る(オレ)

 別に珍しくもないので、あまり気にしないことにする。

 とりあえず未だひとりは青春コンプレックスだ。

 

 それでなくとも結束バンドのMVが喜多ちゃんの言うソレはちょっと……。

 

「じゃあ、そのシチュをねこみとぼっちで撮ればいいんじゃない?」

「いやよくねーですけど!?」

 

 なに言ってんだ山田ァ!

 

「確かに、世界観は伝わるかも」

 

 伝わらねぇわ! ミリもな!

 

尊い(てぇてぇ)わぁ……!」

 

 喜多ちゃんはもうダメだ!

 

「てか私出たら結束バンドのMVの意味ないでしょ!?」

「いや、ねこみちゃんも私達の仲間だし」

 

 え……。

 

「ぁ、ゃ、そのっ……は、はぃ……っ」

 

「ねこみちゃんが真っ赤だ。かわいい」

「いつもでは? かわいい」

「確かに、かわいい」

 

 うっさいよ!

 

 

 

 

 で、その後なんやかんやあって……1号さんがキレた。

 

「全員楽器もって外でてください!」

「あ、えっとそれと衣装と制服も!」

 

 2号さんも特に止めないあたり、このままだと日が暮れると察したんだろう。うん。

 私も残念ながら役に立てそうにねぇし、しゃーなし。

 

「私が全部決めて撮るんで言う通りにしてください」

「え、1号さん?」

「バンドマンは大人しく楽器だけいじっとけばいいんですよ」

「あっはい」

 

 すげぇ圧……こんなん力の1号じゃん。

 

「ねこみちゃん、なにか?」

「あ、いえ、なんでもないです」

 

 眼を合わせたら殺られるっ!

 

「とりあえず公園で良いんで行きましょう」

「はい!」

 

 あ、そういえば公園で撮るんだっけか……。

 でもなにがあったかは細かくは覚えてないなぁ。

 

「ねこみちゃんにもしっかり協力してもらうからね」

「え、なんで!?」

 

 ちょっと出るのはともかくしっかり協力(・・・・・・)は事情変わってこねぇかな!?

 

 てか近いんですが!? え、耳打ち?

 

「……ひとりちゃんのことは任せたから」

「え、あ……は、はい……?」

 

 どうしろと?

 

 

 

 

 自然体な結束バンドを撮りたいとの1号さんの申し入れ。

 意外にも、一番慣れて無さそうなのは喜多ちゃんだった。

 

 ……いや、むしろカメラを向けられ慣れ過ぎているから、当然のように良い角度とかで撮られようとする。

 小顔効果狙ってるんじゃないよ!

 

 意識するって言ってた虹夏ちゃんはリョウさんがいつも通りなので意外とすぐに馴染んで……。

 

「……ひとりちゃん、なにやってるの?」

「あ、自然体です。公園に来たらいつも木陰で土いじりしてるので……」

「逆にカメラ意識しようか!?」

 

 1号さんが派手にツッコむが、2号さんはといえば生の自然体ひとりに感動すらしている。

 こりゃ(オレ)の出番だろうと、そっとひとりに近づけば、影が増えたのに気付いたのか顔を上げた。

 手を差し出せば、素直にその手をとってひとりが立ち上がる。

 

「ん、ふたりとか連れてきた時でしょ、それ……私と一緒にいるときみたいな感じでさ」

 

 座り込んでいたせいでついた土埃を払いながらそう言うと、ひとりは小首を傾げた。

 

「えっと、ねこみちゃんといるとき……」

 

 考え込むひとりを見て、私も少しばかり考える。

 そうは言ったものの私といるときのひとりってどんな感じだったか……別に結束バンドのみんなといるときとそれほど変わる気がしない。

 まぁ虹夏ちゃんたちと手を繋ぐとかはないものの、それほど様子が変わっている感じはしないし……。

 

 ───あれ?

 

「……」

「ねこみちゃんまで無言にならないで!?」

 

 

 

 

 とりあえず木陰のベンチに座る(オレ)とひとり。

 

 喜多ちゃんと虹夏ちゃんは遊具で遊んでいるし、リョウさんは滑り台の下の木陰にいる。

 2号さんと1号さんは歩きながら色々と撮っているが、ひとりの撮れ高がいかんせん悪い。

 どうしたものかと悩んでいると、隣のひとりがなにかに気づいたようだ。

 

「あ、そういえば……」

「ん? どした?」

 

 横を向けば、ひとりが少しばかり笑みを浮かべる。

 

「ねこみちゃんと初めて会ったのって、公園だったな、って……」

 

 ───そうだった。

 

 思い出しても可愛くないガキだったとは思う。容姿はともかくだ。

 いかんせん心の中が大人だったし……母さんもよく私を公園に連れて行こうなんて思ったな。

 遊具で遊ぶでもなくフラフラ歩いてたら一人で土いじりしてた女の子を見つけて、それで声かけてみたんだっけ……。

 

「ねこみちゃんが声かけてくれて、すっごいかわいい子だなって思ったの、憶えてるよ……?」

「かっ……そ、そういうのいいからっ」

 

 なんでそういうことを平然と言えるようになっちゃったんですかね!?

 

「えっと、誰かと一緒に遊ぶのなんて、珍しくって……お母さん喜んでて」

「あ~そうだったそうだった」

「ねこみちゃんのお母さんも、凄い喜んでて……」

 

 え、そうだった? あ、いやまぁ確かに、あの頃は同年代の子と遊ぶとかしてなかったかも……。

 

「初めてできた“友達”だったから……」

 

 ひとりの手が、(オレ)の頬に伸びる。

 あまりにも自然で普通に受け入れてしまったものだから、そのままひとりの手に頬を撫でられた。

 

 温かい手の平の感触、親指がそっと(わたし)の肌をなぞる。

 

「んっ……♡」

「友達じゃ、なくなっちゃった、けど……」

「そういうこと言うなぁ……っ♡」

 

 ひとりの顔が近づいてくる。

 

 ―――あ、待ってこいつ、外だって忘れてない?

 

「あ、やっ、ひと、りっ……♡」

「や、じゃない、よね……?」

 

 ボソリと呟かれて、(わたし)は二の句も継げないまま……。

 

「ねこみ、ちゃん……」

「ひ、とり……ぃ♡」

 

 近づいてくるひとりの顔、私は目を瞑って……。

 

「ってストォォォップ!」

 

「へひゃぁっ!?」

 

 思わずビクッと跳ねて素っ頓狂な声を出してしまう。

 ひとり(と私)の暴走を止めてくれた救世主こと下北沢の天使(虹夏ちゃん)へと視線を向ければ、顔を真っ赤にしていて……。

 1号さんと喜多ちゃんとリョウさんはやけにキラキラした顔で私たちを見ていて、2号さんは興奮した様子で私たちをいろんな角度から撮っている。

 

 ―――これは恥ずかしい。そう、私がな。

 

「~~~っ!」

 

 何か言おうとするけれど、言葉は一切出てこない。出てくるはずもない。そりゃそうだ。

 

「いいっ! 続けて!」

 

 2号さんがそう言うが、続けるわけないでしょうが!

 

 ふと、ひとりへと視線を向けると……。

 

「ほわっ!?」

 

 奴は……弾けた。

 

 

 ───いいよなぁ、ひとりは自爆で逃げれて。

 

 

 肩に、ポンと手が置かれる。

 振り返ればそこにはもちろんリョウさん……いや山田。

 

「ねこみ、良い雌顔してた」

「メスじゃねぇわカッコいい系だわ!」

 

 喜多ちゃんがニコニコしている。

 

「ありがとうねこみちゃん」

「なにが!?」

 

 虹夏ちゃんが真っ赤な顔で詰めてくる。

 

「そういうのは家でやりなよ!?」

「あ、はい、ごもっともで……」

 

 ───くっそぉ、こんなとこ見られたら(オレ)ネコ(受け)だと思われるぅ……!

 

「ぼねこが、ぼねこが撮れた……!」

 

 だから“ねこぼ”だって!

 

「あ、ひ、ひとりが弾けちゃったんですけどMVがっ」

「ん、ああ大丈夫、撮れ高とれたから、あとでひとりちゃんが“直った”ら場所移動してサビの演奏撮ろう」

「え、あ、はい……」

 

 ……え、撮れたの? どこ使うの? ねぇ1号さん? ねぇ!!?

 

 

 

 後日、バズった。

 

 

 





掴みはともかくしっかり音楽でバズってます
ねこみは顔は映らない仕様でぼっちちゃんは少し多めに映ってる

そして、もちろん学校でいじられる



あとがき

お久しぶりです
お久しぶりなのでキャラがぶれてないか心配

楽しかったのでまた書くこともあるかもしれません
次はどうしようかなとか考えつつ……

またお楽しみいただければです


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

♯すぷらっしゅ!

・久々のおセンシティブ回

※アニメ以降のネタバレがあります


 

 (オレ)、大張ねこみはご存じのとおり一人暮らしである。

 

 両親は仕事の都合で国内外を転々としているが……まぁどうでも良い話か。

 

 私の家にはよく後藤ひとりがいる。

 昔からよく来ていたけど、最近はさらに多い。

 恋人だし、週末は泊まっていくし……。

 

 まぁそんな私の家なわけだが……本日、結束バンドの面々が揃って私の家にいた。

 五人が集まるには少し狭い部屋だけれど、それはそれで悪くない。

 (オレ)たちはテーブルを囲んで、既に飲み物やらお菓子やらを用意している。

 

「えーということで今日はMV作戦成功のお祝いを祝し」

 

 そして最初に虹夏ちゃんが喋り出したが、なにか“動揺”でもしているのか、吐き出したのは“お祝いを祝す”とかいう“頭痛が痛い”言葉。

 まぁ“動揺する”気持ちはわからんでもないけど、ていうかこの集まりは……。

 

「それと、審査用デモテープ投函後の不安を紛らわすために」

 

 そっちが本命だね。うん。

 

「乾杯……!」

「眼がガンギマってる!?」

 

 もっとリラックスしてくださる!?

 

 

 

 

 なにはともあれ、MVは無事にバズったのでこともなし。

 

 いや、こともあるかも……クラスメイトが見てくれたみたいだけど、すぐに(オレ)がいるということはバレた。

 しっかりと顔は映ってないけど、わかる人には口から下だけでも(オレ)だってわかるようで……。

 

『やっぱ動画でも大張さんはオーラあるなぁ』

『口から下だけでも凄い美人だってわかる』

『大張さんに言及するようなコメント書き込みされてるよ!』

『このおっぱいはねこみでしょー!』

 

 最後は気にしない。うん、ともあれ私だということは見る人が見れば100%わかるわけだ。

 

 一応MVでは喜多ちゃんとも虹夏ちゃんともリョウさんとも絡んでるところがちょっとずつはあったわけだけど、明らかにひとりとが多い。

 

 結果的にひとりも凄い良い顔撮れちゃって……ファンがつきそう。

 てか、学校でもひとりをチラチラ見る娘も増えてきたから、ファンがついた。

 

 だけどまぁ、大々的に(オレ)とひとりが付き合ってるのはバレてるわけだから問題もないだろう。

 

 ───ひとりは(わたし)のだ!

 

「ねこみちゃん?」

「へ? ど、どうしました?」

 

 余計なことを考えてる内に周りが見えてなかったらしい。

 

「喜多ちゃんの歌、すごく良くなってたけどねこみちゃんとぼっちちゃんのおかげなんだ~って話」

 

 チラッと喜多ちゃんの方を見ると、少しばかり照れくさそうな顔をしている。

 

 MV公開当初、バズったものの喜多ちゃんが自分の歌に自信がもてなくなったりもした。

 ということで私とひとりを含めた三人でカラオケに行ってみたりもして、そこで大槻さんと遭遇したり、ひとりの歌詞への理解を深めようという理由から後藤家に泊まったり……結果的にそれは成功したわけで、歌がよくなったとみんな絶賛。

 ひとりと喜多ちゃんの距離が縮まったし、結束バンド的には実にいいことだ。

 

 原作イベントも間近で見れて(オレ)も嬉しい。ヨシ!

 

「へぇ、ぼっちちゃんの家かぁ、また行っても良い?」

「あ、はい。おもてなしはできないかも、ですけど……」

 

 嘘つけ、美智代さんと直樹さんがめちゃめちゃ張り切ってもてなすぞ。

 

「ちなみにひとりちゃんの卒業文集の寄せ書きページがこれです」

 

 そういえば卒業文集見てたりしたのか、その時(オレ)は席外してたっけ……。

 

 ていうか、なんてひどいことを……殺人未遂ですよそれ。ひとりへの。

 

 (オレ)はバッ、とひとりの方へと顔を向けてみるが、当の本人はというとどこか照れくさそうに笑っているのみ。

 

「あ、へへっ、えへへっ……」

 

 なぜに? と(オレ)が首を傾げるが、喜多ちゃんのケータイを見る虹夏ちゃんとリョウさんが……すぐにこちらに視線を向ける。

 沈黙して左右を見るが横にはひとりがいるだけで、つまり二人が見ているのは私なわけで……。

 

 ───え、(オレ)……?

 

「油性マジックでデカデカと……」

「『ずっと一緒!!』……かぁ」

「昔からラブラブだったんですよこの二人!」

 

 認めたくないものだな、自分自身の若さゆえの過ち……。

 

 まさかの(オレ)が死ぬやつだった……!

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 後藤ひとり(わたし)の卒業文集の話をしてから、ねこみちゃんが顔を両手で覆って俯いてる。

 

「うぅ~……」

 

 たぶんしばらくは復活できないパターンのヤツだと思う。うん。

 

「ねこみが弱ってる」

「リョウ、おもしろがらない」

 

 顔を覆っているからその両腕におっぱいが挟まれてて……私の脳細胞をバシバシ刺激してくるけど、なんとか目を逸らして気を逸らすことに成功。

 本当にねこみちゃんは自分の魅力がどれほどか自覚が無いので心配になる。

 最近じゃ虹夏ちゃんたちだって心配するぐらいなので、よっぽどだと思う。

 

 路上ライブ、一緒に行って大丈夫かなぁ……な、ナンパとかされちゃったらどうしよう!?

 こ、今度も私がたたた、助けてあげられる確証がないっっっ!

 

「ひとりちゃんはなに悩んでるの?」

「へぇっ!?」

「いや、さっきからぶつぶつ言ってるし」

 

 お菓子をポリポリつまむ喜多ちゃんと虹夏ちゃんにそう言われて、ハッとする。

 

「え、えっと、ろ、路上ライブについて……」

「路上ライブにぼっちちゃんがそんな意欲的だったなんて!?」

 

 ───え?

 

「私達も頑張らないとですね伊地知先輩! リョウ先輩!」

「うん、頑張って投げ銭稼ごう」

「いっつもそれだね」

 

 い、いやいやいや、路上ライブじゃなくって!

 

「頑張りましょうね! ひとりちゃん!」

 

 喜多ちゃんが私の手を握ってそう言うので、私はコレどうにもならないやつだなと悟った。

 なんとか笑顔を浮かべて、頷いてみる。

 

 チラリとねこみちゃんを見るけど、ねこみちゃんはさっきと体勢を変えていて、ソファにうつぶせに寝転がって唸っていた。

 スキニーなパンツを履いているので、ボディラインがくっきり出ている。

 

 ───えっちだ……。

 

 

 

 

「えっと、なにはともあれ路上ライブの打ち合わせ、ですよね。来週は確定として……私はともかくみんなの休日のスケジュールとかすり合わせないとだし、期間中は何回もやりたいって言ってたし路上ライブのシフト作りましょうか、時間があるなら放課後とかも」

 

 復活したねこみちゃんがノートを出してそう仕切ると、みんなが『おー』と間延びした返事を返す。

 なんだか最近、ねこみちゃんが積極的に結束バンドのことに関わってくれる気がする。

 前までは、気のせいかもしれないけど……なんだか、あえて結束バンドのそういう活動には口を出さないっていうか距離をつくるようにしてた気がするので、嬉しい。

 

「ねこみちゃんがやってくれるんだ。私がやらなきゃって思ってたんだけど」

「みんなには演奏にできる限り集中してもらいたいし……こういう簡単なことで良ければですけど」

「ううん、凄い助かるよ! ありがとう!」

 

 満面の笑みでお礼を言う虹夏ちゃんに、ねこみちゃんが少し赤い顔ではにかむ……かわいい。

 

「えっと、告知は広報担当の喜多ちゃんにお願いして……」

「任せて! えっと、来週下北沢で路上ライブしま~すっと!」

 

 あ、そういえば結束バンドのトゥイッターとかあったっけ……。

 

「まぁほぼ美容アカと化してるけど」

「あ、あはは~『いいね』が伸びるのよね~」

 

 ねこみちゃん、色々見てるんだなぁ。

 あんまり陽キャの趣味とかに歩み寄るタイプじゃないのに、人気者な理由がよくわかる。

 別に容姿だけで人気者になってるわけじゃないっていうのはわかってたけど、そういう視野が広い大人っぽいところが……。

 

 あれ、でも極端に視野が狭くなる時があるかも? この前の喜多ちゃんが泊まった日の後に……。

 

『そのっ、喜多ちゃんと仲良くなるのは、いいけど……あ、あんまり、私から目ぇ、逸らすなよっ』

 

 ───って言われた。私がねこみちゃんから目を逸らすなんて、あるわけないのに。

 

 

「この日は後藤家は家族で外食なので、夕方までなら路上ライブできて……この週の平日はひとりはほぼ暇で……月水が路上ライブの時間取れるかも、こっちは……私がひとりとシフト代わればいけるか」

「ナチュラルにぼっちちゃんのスケジュール知ってるね」

「いやぁ、後藤家のイベントはほとんどお呼びかかるんで、必然的に予定がほぼ一緒になるんですよ。バイトのシフトだけ記憶してれば、あとはひとりの予定なんかは丸わかりっていう」

「いい嫁だね、ねこみ」

「婿ですが?」

「……笑うとこ?」

「なにが!?」

 

 

 そのあと、ねこみちゃん凄い甘えてきて……本当にかわいいかった……。

 

「ふへっ、えへへっ」

「どうした急に!?」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 とりあえず、(オレ)ができる範囲でみんなの予定で暇な日と時間をまとめてみた。

 路上ライブの最大でできる数をまとめはしたが、たぶん全部が全部ってわけにもいかないのでここから減るが、全部やってても中々ハードなので少し連続になりそうな場合は少し削って、といったところだ。

 MVの動画にも追記で路上ライブの予定なんかを載せとくと宣伝になるだろう。

 

 原作みたいな“結果”になったとしても、そうでないにしろ(オレ)もやるべきことはやっときたい。

 

「あとは宣伝かぁ、クラスメイトとかにも言っといて……いや、いっそ学年に?」

「ねこみちゃん、いつになく真剣だね」

 

 そう言われると反応に困るので、私は頬杖をつく。

 虹夏ちゃんにそのつもりはないんだろうけど、今までが真剣じゃなかったみたいな気がして……いや、実際に原作遵守を意識し過ぎてたから。

 でも、ひとりに誓った。これから一緒に頑張るって……。

 

「まぁ色々あったんですよ。思うとこ、だから頑張りますよ。やれることはやって……だから手が必要ならいつでも言ってくださいよ」

「ねこみちゃん……」

 

 虹夏ちゃんが、少し驚いたような顔をした後に、クスッと笑って頷いてくれる。

 

「それじゃあ手始めに新しいエフェクターのために20万ほど」

「山田ァ!」

 

 私と虹夏ちゃんの声がシンクロした。

 勝手に“私のベッドに横になっている”までは許したが……今、良い話してたでしょうが!

 ノートを畳んで、グループロインに撮った写真をアップしておく。

 

「とりあえずこのスケジュールで、申請とかも必要なんでその辺もやっておきます」

「なにからなにまでありがとうねこみちゃん!」

 

 喜多ちゃんにもお礼を言われ、(オレ)は素直に頷いた。

 最初からこうやって一緒に色々とやってればよかったな、とか思う。

 ふと、さっきから無言のひとりの方を見ていると……なんだか眠そうにうつらうつらしていた。

 

「ひとり、眠い?」

「え、あ、う、ううん! 全然!」

 

 絶対眠いやつじゃん。また夜更かしでもしたかぁ?

 

「すまないぼっち、さすがにねこみのベッドでぼっちと寝るなんてことしたら文春砲が炸裂してしまう」

「炸裂するぐらい大物になってから言え山田」

「……嫉妬?」

「違うわ!」

 

 なんでそうなる!?

 

「まぁさすがに起きあが、痛っ」

 

 ゴリっと音がして、ベッドの上のリョウさんが顔をしかめながら背中の方に手を伸ばした。

 

 なにかあったかなと、私も記憶の中を探してみて……そこで気づく。リョウさんを止めようと思ったが時すでに遅し。

 別にやましいことなどない。だがしかし。

 

 ───絶対勘違いされるやつ!!

 

「これだ……あ」

「え……」

「っ!?」

 

 ソレが出てきた瞬間、リョウさんと喜多ちゃんは固まって、虹夏ちゃんの顔が一瞬で赤くなった。

 リョウさんの手に握られたそれは所謂“電動ハンディマッサージャー”。

 うん、別になんもやましくない。

 

 ───やましいのはそう考える人の心だよ!!

 

 

 

 

 とりあえず、スッと私は手を前に出す。

 

「……健全なやつだから!」

「ねこみ、ムッツリな奴」

「山田!?」

 

 違うから! それは(オレ)が肩こり凄いから……ってあんま言いたくないけど、言わざるをえんでしょ!

 

「昨日肩に使ってた奴だからっ!」

「へー」

「全然信じてないじゃん山田!」

 

 ハッとして喜多ちゃんの方を向くと、耳まで真っ赤にして俯いていた。頭から湯気が出ているかのようにすら錯覚するほど赤い……かわいい。

 虹夏ちゃんの方を向くが、こちらもやはり真っ赤な顔をしていて、わたわたと両手を振って目をグルグルさせていて……うん、かわいい。

 

 ───じゃなくて! このままじゃ(オレ)がムッツリだと思われてしまう!

 

「あ、私がねこみちゃんにあげたやつですね、それ」

 

 おいひとり! 火に油をそそぐんじゃぁない! もはや火にニトログリセリン!

 

 眠そうにするひとりは意識朦朧としながら適格な答えをブチ込んできやがった。

 そんなことをするものだから、虹夏ちゃんと喜多ちゃんが一瞬動きを止めてから、さらに激しくビクッと動き出す。

 

「ぼっちちゃんからっ!!? そそ、そんなことをっ!?」

「ここ、これが現代カップル……!!?」

 

 これ以上は虹夏ちゃんと喜多ちゃんの初心な心では耐えられない!

 

 リョウさんはというと変わらず電マ……いや、略すのはなんかよくない。電気ハンディマッサージャーを持ったままだ。

 実のところひとりからもらったというのは事実で、クリスマスプレゼントとして“肩こり解消”のために送ってくれたものだ。

 だから、健全だから! 健全な使用方法しかしてないから!

 

「ま、まだそういうの使ったりはしてませんからっ!」

「まだ!?」

 

 ───私も墓穴ほるんかい!

 

「ねこみはソロ活動にも余念がないみたいだな」

 

 上手いこと言ったみたいな顔をするリョウさん。

 少し顔が赤くなっているので、ちょっとずつ自分が何してるか理解してきてるらしい。あと下ネタ言ってることも。

 いや、私からすれば普通のマッサージ器具以上でも以下でもないんだけど、うん。

 

「ぼっち、ねこみは昨日これを使うぐらいには欲求不満らしいぞ、ちゃんと相手してやってるのか」

「へ?」

「違うからっ! 誤解するなよひとりっ!」

 

 相変わらず眠そうなひとりを相手にそういうリョウさんだったが、ひとりは眠そうに首を傾げる。

 一方の私は必死である。これで欲求不満だなどと思われた日には、さらにひとりのエンジンがかかってしまう可能性あり……。

 

 ───私がもたねぇわ!

 

「……たぶん昨日と同じシーツ」

 

 ───え?

 

「……シーツ変えてないってことは、してないですよ」

「……ひ、ひとり?」

 

 思わず声が変に上擦るが、仕方ないことだと思う。

 ポケーッとしたひとりは、自分が何を言ってるのか理解してるのでしょうか? 否、たぶんしてない。

 そして一方、現状の私もいまいちひとりがなにを言っているのか理解していなかった。

 

「ねこみちゃんは絶対シーツ代えないといけなくなるぐらい」

「ひとりぃぃぃ!!!?」

 

 さすがに動いて両手を使ってひとりの口を塞ぐ。

 

「ふきゅぅっ!?」

「ひあぁ~……」

 

 虹夏ちゃんと喜多ちゃんはキャパオーバーで倒れた。私も倒れたい。

 なぜか私に口を押さえられてるにも関わらず、ひとりは寝落ちした……私もしたい。

 

 とりあえず覚醒しているのは私とリョウさんの二人。

 

 ───あ~あ、ひとりみたいに爆散したいなぁ。

 

「……ねこみ、涙目で睨まないで」

「涙目じゃねぇですっ」

「……そそるから」

「ひぇ」

「嘘だけど」

「嘘かよ!」

 

 リョウさんは電マ……電動ハンディマッサージャーをベッドの上に戻して、テーブルにつく。

 虹夏ちゃんが買ってきたお菓子を勝手に開けて食べだすいつも通りのリョウさんと、そんな彼女を恨めしく見る(オレ)

 なんだかんだ、リョウさんの顔はほんのり赤いし、なんならさっきより赤くなっていってる気がする。

 

「その……ごめん」

 

 ここで謝るの!?

 

 

 

 

 しばらくして落ち着くなり、ひとり以外の(オレ)を含めた四人は赤い顔のままで、なんとか今後の方針を決めた。

 とりあえず路上ライブやらのスケジュール管理は(オレ)に一任してもらい、今後の予定を立てていくということだ。

 これでちゃんと結束バンドの一員となれたと、思いたいとこだけど……まぁ、あつかましい話、かも。

 

 そういう気概でやっていこうと、そういう話だ。

 

 アパートの前で三人を見送るなり、私とひとりは部屋へと戻った。

 

 別になんの目的があるわけでもないけど、なんとなく自然と……。

 

「ひとり~晩御飯作るけど、食べてくでしょ?」

 

 ベッドに腰掛けながらギターを弾くひとりにそう聞く。

 元々そういうつもりで、こっちも週末は食材を買ってあるし、美智代さんも今朝会った時にそのつもりって感じだった。

 

「うん、ねこみちゃんの迷惑じゃなければ、だけど……」

 

 そもそも、ひとりは食費としてバイト代を少し家に入れてくれてるんだから気にしなくて良いのに、とも思うが、今更言うことでもないだろう。

 言ったところで、ひとりは同じこと言うだろうし。

 

「迷惑なわけないでしょ、ひとりに御飯つくってあげるの好きだよ……?」

「……私も、ねこみちゃんの御飯、好きだな」

 

 夕焼けに晒されたひとり……ギターに視線を落としていたその目が(オレ)の方へと向けられる。

 なんだか心臓がやけにバクバクと音を鳴らす。

 

 見慣れてるはずなのに……その視線が、(わたし)の心をいつもかき乱す。

 

「そ、そう……っ!」

「ん……?」

「なんでも、ないっ……」

 

 冷蔵庫を開けて中を確認……するフリ。

 作る料理なんて決まってるから、別に開ける必要なんてなかったんだけど、とりあえず冷気を浴びて熱くなる顔を冷やしたかった。

 深呼吸をして、食材を取り出す。

 

 ───まぁ将来の旦那として! こういうこともしてかなきゃだしな!

 

「ん~♪」

 

 ひとりの弾くギターの音に体を揺らしながら、エプロンをつける。

 

 

 ―――フフフ、主夫としての実力を見せてやんよ!

 

 

「ひとりぃ~♪ 今日はひとりの好きなから揚げで~す♪」

 

 

 

 

 下ごしらえを終えて、(オレ)はベッドに座るひとりが奏でるギターの音色に耳を傾けながらも、テーブルの前に座ってスマホを弄っていた。

 そうしていると、突然ギターの音が止まる。

 ん? と首を傾げて後ろを振り向くと、ひとりが私の真後ろに座った。

 

「へっ!? ななな、なにしてんのっ!?」

「ねこみちゃん、私達のために、色々ありがとう……」

 

 ───なになにどうしたの!?

 

 こういう大胆なことを平気でするようになったからあまりに心臓に悪い。

 真後ろにひとりが座ると、(オレ)はひとりの両足の間に収まる形になる。

 それと同時に身体は密着するわけで、(わたし)はドキドキしっぱなしでスマホで歪みそうになる口元を隠す。

 

「ねこみちゃん……疲れてる?」

 

 後ろから……いや、私の横から顔を出すひとりが、切れ長の眼で(わたし)を見てそう言う。

 その視線に晒されると、言葉が上手くでてこない。

 

「え、あ、い、いや、べべべ、別にっ!?」

「でも“コレ”、昨日も使ってたぐらいだから……」

 

 ひとりの左手にある電動ハンディマッサージャー。

 他意はないが……念のためもう一度。“他意はない”が、(わたし)の顔はさらに熱くなってくる。ちなみに肩こりが激しいのは事実。

 “肩に”使っていることもひとりには言っているし別に不思議じゃない。

 

「そ、それはそのっ……」

「ねこみちゃん、大きいから、大変そう……」

 

 ひとりの右腕が私の胴体に回され、そのまま上に持ち上げられる。

 それと共に、私の胸が持ち上げられ少しばかり楽になる事実に、(わたし)は情けなく唸るしかなくなった。

 “男”なのに、こんなことで悩んでいるというのがやけに恥ずかしく感じる。

 

「え、えっと、そのっ、あぅっ……」

「ねこみちゃんが、私たちに、私に……色々して、くれるから」

 

 ギュッと右腕に力が込められ、ひとりをさらに強く感じる。

 ドクドクと心臓が全身に血液を巡らせるのを感じて、どんどん全身が熱くなって、お腹の……下腹部、臍の下の奥に妙な感覚。

 言葉が上手く出ないまま、ひとりのその目に射抜かれる。

 

 (わたし)の思考が、どんどん曖昧になっていく。

 

「ぇ、ぃゃ、そ、そのっ……ひぅっ」

 

 ギュッと、また力を込められた。

 

「私が、これ、使って……してあげる、ね?」

 

 ───あ、これ、ヤバいやつっ……♡

 

「そのっ、ひ、とりぃっ……♡」

「……して、いい?」

 

 強く抱きしめられてるからとかが理由じゃない。

 実際、そんなに強く抱きしめられても無いだろうから……だけど、なのに……呼吸が荒くなる。

 まだ御飯も作ってないのに、咥内に唾液が分泌されていく。

 

 ───ただのマッサージだからっ、嫁がっ、旦那に、してくれるやつ……っ♡

 

「ひとりっ……♡」

 

 ───だから、ひとりが(わたし)にするのは、別に不思議じゃなくってぇ……だから♡

 

「そ、それで……し、して……♡」

「うん……ねこみちゃんが、望むなら」

 

 頬に、ひとりの唇が触れた。

 

 

 

 このあと、めちゃめちゃ肩こりほぐれた。

 

 

 





ちなみに晩御飯は遅くなった。



あとがき

前回からまさかの二週間足らずで投下
次があっても間空きそうです。たぶん

おセンシティブ回でした。いやでも肩こりほぐれてるので健全! 読むヨガ!

前半は結束バンドで山田は自爆、喜多ちゃんと虹夏ちゃんには過激すぎた
ぼっちちゃんは無意識にねこみを追い詰める

後半は加糖パートで
あからさまにぼっちちゃんの攻撃力が上がってますね
一方でねこみはまだネコを認めない(本人の意思では)


ということで、たぶん次もあると思います
感想とかもらえたら承認欲求モンスターも喜びます

ではまた次回、お会いできましたら


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

♯はろーわーるど


・久々なので初投降です

・久々なので加減がわからなくなってます

※アニメ以降のネタバレがあります



 

 路上ライブ……またをストリートライブ。

 それは、金銭的にまだ余裕のないアーティストが自分たちと作品を宣伝するため、なおかつ投げ銭やCDの販売、そして人前で演奏するということに慣らすため、と様々な理由から行うものである。

 我らが『結束バンド』は近頃、路上ライブを頻繁に行っているわけだが、その目的は宣伝であり、来たるべき“未確認ライオット”のための布石。

 

 ……まぁ一人を除いては。

 

「ぼっちちゃん、大丈夫?」

「ア、ハイ……」

「と言いつつ足元が熔けてるわよ!?」

 

 そう、結束バンドのリードギターこと後藤ひとりは『人前での演奏に慣れること』が第一の目的であった。そりゃそうだ。

 何度か路上ライブをしてるものの、なんだかんだと最後には“スライムになっている”らしい。

 

 ……でも演奏が終わるまではちゃんと形を保ってるの偉い!

 

「きょ、今日は、ねこみちゃんもいるので、だ、大丈夫だと、お、思いますっ……!」

「おーさすがねこみちゃん」

 

 虹夏ちゃんが(オレ)こと大張(おおばり)ねこみの方を見てそう言うので、私は腕を組んで少し考えてみる。

 

「いや、私なんもしてないですけど」

「いるだけで助かることもあるってことだよ。いやホント」

 

 しみじみとした表情で軽く肩を叩かれる。

 

 だがここは駅前……そして、いつも路上ライブをやっている場所で、すっかりファンやいつも通りかかる時に聞いて行ってくれる新規ファン候補の人たちも見ているので、私までバンドメンバーと思われると非常にマズイんですが。

 チラリと視線を動かしてひとりを見ると、ひとりは気の緩んだ笑みを浮かべている。

 

「でもねこみちゃんにベッタリも、いや良いんだけど。すっごく健康には良いんだけど、その……良くないと思うのよねぇ、いつも見に来れるわけじゃないし」

「あ、はい。そ、そうですよね……ねこみちゃんにも、その、ふ、負担だろうし」

 

 全然負担じゃないけど……。

 

「ねこみちゃんはどう思う?」

 

 喜多ちゃんの言葉に、私はフッと微笑を浮かべてクールに頷く。

 

「うん、私がいなくても多少は自立しないと、ね?」

 

 ───決まった! これで攻め(タチ)っぽい感じ少しは出たでしょ、出ろ!

 

「ねこみちゃん……めっちゃ目ぇ泳いでるじゃん」

「そんなにポンコツだったかしらねこみちゃん」

 

 喜多ちゃん、もうちょっとこう、オブラートをね?

 

 てかリョウさんは一言も喋ってないけど一体。

 

「今日は投げ銭どのぐらいもらえるかな……」

 

 ───ここに目的が違う人がもう一人いました!

 

 

 

 

 今日は結束バンドが路上ライブをしてるこの駅前に“大槻ヨヨコ(わたし)”は来ていた。

 

 いや、別に私が見たいとかじゃなくって、“廣井きくり(姐さん)”が『今日は観に行けないから代わりに行ってきて~SIDEROSのためにもなるからぁ~たぶん~』とか言ってたから……。

 

 いやまぁ、前と比べても全体的にかなり上達してると思う。

 後藤ひとりも、配信してる動画と比べるとやっぱり劣るけど、それでもかなり良い感じに……。

 

「あ、大槻ヨヨコさん」

「っ!!?」

 

 突然、私の隣にやってきたのは大張ねこみ。後藤ひとりの恋人、らしい。

 どうやってこんなカワイイ娘と付き合ったのかと思ったら、幼馴染とか聞いた。

 

 ───う、羨ましい……。

 

「べっ、別に私は結束バンドに興味あるから来たとかじゃなくって……」

「まぁまぁ……そういえば、虹夏ちゃんから聞いたけど色々と教えてくれたみたいで、今日もわざわざ来てくれたり、色々と気にかけてくれてるみたいで」

 

 ちょっと、え、いや良いのかしらこれ、後藤ひとりの近くで会話しちゃって……。

 

「い、いや、良いわよね会話ぐらい、うん」

 

 というか大張ねこみ、非常に距離が近い。それに胸も当たっている。

 そのふわっとした感じ慣れない柔らかさに私の心臓がバクバク音を鳴らし、顔が熱くなってくるのを感じる。

 しかも、私に凄い笑顔で話しかけて来て……。

 

 ───まさかこの娘……。

 

「いや別に、教えなかったら姐さんが……」

「そっか。でも、ありがとう……ヨヨコさん」

 

 そう礼を言って、私の真隣で私の方を覗き込みながら微笑む大張ねこみ。

 

 ───なにもしかして、私のこと好きなんじゃないの!?

 

「べ、別に……」

「ふふっ、照れて───ひゃっ!?」

「っ!!?」

 

 ───な、こここ、この娘っ、わわ、私に抱き着いて……や、やっぱり!?

 

「いたぁ、すみません、ちょっと押されちゃって……」

 

 ───だ、ダメよ! 貴女は後藤ひとりの彼女でしょ!? 

 

「ご、ごめんねヨヨコさんっ」

 

 身長は大張ねこみの方が高いものの、私によりかかる形になっている彼女は少しばかり上目使いで私を見て、ただでさえ大きかった心臓の音がさらに大きくなるのを感じる。

 こんなカワイイ娘にこんな密着されたら仕方ないってものだけど……。

 

 ───ってダメダメ! 真面目に結束バンドが演奏してるんだからまずそっち!

 

「ん、今のとこ……」

「ふふっ、ヨヨコさんと一緒にこうやってみんなの演奏聞けるなんて、嬉しいなぁ……」

 

 ───この娘絶対私のこと好きだわッ!

 

 

 

 

 その後、演奏を終えるなりヨヨコさんは帰った。

 

 ───なんか顔が赤かったけど、具合でも悪かったんかなぁ……。

 

 わざわざ(オレ)に『結束バンドには見に来たこと言わないでね』と言って……いや、思いっきり目ぇあってたから無理でしょ。

 かわいいなぁヨヨコちゃんは、と思いながらとりあえず頷いておいたけど。

 

 路上ライブの結果は上々、やっぱ慣れてきたこともあるしそれなりにリピーターも増えてきたからか、わりとホームと言って良いような雰囲気だ。

 拍手に応援の声なんかも聞こえるし……。

 

「ありがとうございましたー!」

「また来週もここでやる予定なのでよろしくお願いしまーす!」

 

 喜多ちゃんと虹夏ちゃんの声が響く。

 

「また来るよー!」

「フェス出場頑張ってー!」

 

 良い風が吹いているといった様子で、かなりみんなのモチベも上がっているように思う。

 ひとりも緩んだ顔をして……いない。

 なんかこっちをチラチラ見てきてるけど、どうした。

 

 ───って山田! 投げ銭見てんじゃないよ!

 

 

 

 

 その後、ささっと片づけを終えて近くのファミレスへと入った(オレ)たちなわけだけど、なんだかひとりがそわそわと私を見てるのが気になる。なんだろう。

 いつもなら終わると同時にドッと熔けるんだけど、そうでもない。

 虹夏ちゃんたちは察してるのか苦笑しながら私達を見るわけだが……。

 

 ───え、なに?

 

「あ、ねこみちゃん」

「へっ、あ、どしたひとり?」

 

 隣に座るひとりに声をかけられてそちらを向く。

 

「えっと、お、大槻さん……」

 

 そりゃ気づくよね。なんで口止めしたのヨヨコちゃん……いや、そういうとこあるか。

 

「ん、なんか姐さんが来れないから来てくれたらしくって、褒めてたよ。よくなったって」

「ずっと大槻さんで良いのに」

 

 虹夏ちゃんさん姐さんに冷たいな! まぁ妥当だけど!

 

「えっと、それとヨヨコさんから投げ銭というか、渡されたんだけど」

「大槻さんさすが」

「リョウ先輩……」

 

 目が金になっているリョウさんは無視することにする。

 とりあえず渡された三千円を虹夏ちゃんに差し出すと、歓声が上がる……いや、みんなバイトしてる学生だからその十倍以上稼いでるわけだけどね。

 ……出て行く分があるのでいつも金欠だけど。

 

 私がノルマ代を多少カンパするって言ってるのに断られるしなぁ……いや、リョウさんだけは受け取ってくれそうだけど、虹夏ちゃんが怒る。

 まぁ、最近はノルマも問題ないけど。

 

「ひとりもだいぶ慣れてきたねって」

「そ、そうかな」

「うん、私もそう思うよ」

「そ、そっか……へへっ」

 

 いつもどおり表情を緩めるひとりに、私は少し安心する。

 

「そういや来週ですけど、それがとりあえず当面の予定上の最終日になるので、それ用のMCでお願いします」

「あ、そっか……もう学校かぁ」

 

 私の言葉に思い出したかのように虹夏ちゃんが溜息をつく。

 別に喜多ちゃんは嫌そうじゃないみたいで、リョウさんは特になにも思ってないようで……あ、いや目の前の御飯で頭いっぱいなだけだなアレ。

 そしてひとりは……。

 

「う、あ、が、う、こ……」

「あ~ほらひとり、二年生になるんだからもうちょっとこう」

「わ、私がっに、二年っ」

 

 あ、これもダメなのね。いやもはや学校って時点でダメなんだろうけどさぁ……。

 

「頑張って進級したんだからさぁ」

 

 後輩も増えるんだぞ! 原作みたいに情けない感じ許さないかんな!

 (オレ)の彼女なんだからしっかりしてもらわないと!

 

 変わらず、ひとりが私のことを不安そうに見ているので首を傾げる。

 

「し、進級したら、ね、ねこみちゃんと離れちゃうかも……」

「え……」

 

 あ、忘れてた。その可能性……ひ、ひとりと別々のクラスに……。

 

「ねこみちゃんが泣きそうな顔してる……!?」

「っ!? べべべっ、別にしてねぇですけど……!?」

 

 ひとりもなんとか言って……って崩れてんじゃないよ!

 

 

 

 

 とりあえず状況が落ち着いた後、そのまま結束バンドの今後の活動の予定を立ててから、(オレ)とひとりは金沢八景へと戻ってきた。

 いかんせん、色々と不安はあるものの、今考えてもしょうがないことだ。

 シャワーを浴びて、あと今日やるべきことと言ったら晩御飯を作るぐらいで……。

 

「んーっ」

 

 今は部屋に一人、ベッドに腰掛けている。

 特に見るものもないので、テレビを消して背を伸ばした。

 

「あ、ねこみちゃん」

「お、出たんだひとり。晩御飯そろそろ作るかぁ」

 

 風呂から出てきたひとりがやってくる。

 明日は休みなので今日は当然のようにウチに泊まりで、お互いなにも言わなくてもその辺は理解していた。

 ……いや、別にやらしいことなんて何もない。普通にね。一緒にいたいだけっていう。

 

 ひとりはベッドに腰掛ける私の隣に座る。

 

「あ、えっと……その……」

「ん、どしたの?」

 

 ひとりが妙にそわそわしているので聞いてみると、唸りだす。

 おそらくなにかしら考えて悩んでいるのだろうけれど、今日の路上ライブも成功と行っていいし、結束バンドの今後の予定やらライブスケジュールもおおよそは決まったしで、特に理由が思いつかない。

 なんというか、そうなればやっぱり原因は一つなわけだ。

 

「私のこと?」

「あ、う、え、そ、そう、かな……」

 

 なんだかそわそわとしながら言い淀んでいる妙な雰囲気。

 もじもじとしながら私を見るひとりは……うん、かわいい。

 

 ───てか今、(オレ)ってば凄い“攻め”感出てない!? 良い男なんじゃぁない!?

 

「勝った……!」

「え、どうしたの?」

「ああいやなんでも……で、どしたのさ」

 

 ひとりの顔を覗き込むように聞けば、ひとりは目を泳がせつつも、口を開く。

 

「お、大槻さんと、その、くっついて、なに、話してたのかなって……」

「ああいや、くっついてたのは……」

 

 ───あれ、これってまさか……。

 

「な、仲良さそうに、見えた、から……」

 

 ───嫉妬!? 嫉妬ですかぁ!?

 

 ふと、目を泳がせていたひとりの目と、目が合う。

 いつも不安そうではあるけど、いつも以上に不安そうで、なんだかこっちの胸の奥がキューっとなるけど……。

 ともかく、私は息を吐きつつひとりの顔を覗き込むのをやめてベッドの上に両足を乗せて座る。

 

 ───落ち着け(オレ)、たまにはからかうチャンス!

 

 そもそも私がヨヨコちゃんに目移りするかもとかいう誤解は、ちょっと傷つく。

 

 そんなわけがないというのに……なのでちょっとおしおきもかねてからかってやろうと思う。

 

「まぁ、ヨヨコさんカワイイよねぇ~♪」

「あぅっ……」

 

 うっ、ちょっと良心が痛む……い、いやいや、でも私だってたまにはな!

 

「ヨヨコさんが彼女とか憧れちゃうよなぁ。私ってほら、ガサツで男っぽいとこあるしぃ?」

 

 バッ、と私を見るひとりが『あわわ……』という表情をしているので、少しノッてくる。

 人をからかうのが楽しい、というリョウさんの気持ちがわからないわけでもないな、と思いつつも笑みを浮かべながら私はベッドの上で不敵に笑みを浮かべた。

 いや、ひとりもそんなわかりやすく慌てんでも……。

 

「私って男女だしぃ? ヨヨコさんの彼氏役とかぁ~♪」

 

 瞬間、景色が変わる。

 

「ひゃっ!?」

 

 気づけば、ベッドに横たわる(オレ)と、その上に覆いかぶさる───ひとり。

 

「……へ?」

 

 ま、待て待て、ちょっと顔がこわいんだけど……ひとりってそんな顔、する? か、解釈違いなんですが!?

 

 私の顔の横に、ひとりの手が置かれる。所謂床ドンのように。

 

「きゃっ……」

 

 少し驚いて“らしくもない”声を出してしまうけれど、まだ私の優勢は変わってないはずだ。

 とりあえず深呼吸をしようとするも、妙に呼吸が安定しないし、ドクドクと体の血液が巡っていく感覚が(オレ)に冷静さを取り戻させない。

 どこまで話したか、なんて言ったかを思い出そうとしていると、ふと上にいるひとりが口を開く。

 

「似合って、ないよ……」

「へ?」

 

 なんの話だろうと、聞き返そうとするけど素っ頓狂な声だけが宙を舞う。

 

 ひとりの瞳が、私の顔を覗き込む、その目が私を捉えて離さない。

 

「ねこみちゃんは……誰よりも繊細で女の子、だよ……?」

「ぅぁっ~♡」

 

 微笑を浮かべてそういうひとり。顔が良すぎるし、その視線は反則的で……。

 

 ───そんな顔して、かお、撫でるなぁ♡

 

「わ、私はっ……」

「ねこみちゃんは彼氏じゃなくて、彼女の方が似合ってるよ……私の、彼女でいて、ほしい、な……」

「はぅっ♡」

 

 頬を撫でてた手の親指が伸び、私の目じりを撫でる。

 

「全然、男女なんかじゃ、ないよ……?」

 

 たぶんひとりは、(わたし)(わたし)を卑下してると思いこんだんだと、思う。

 だから、慰めるように私の頬を撫でて、私に近づいて、私の首にまた“痕”をつける。

 

 自分の“彼女(オンナ)”だと証明するように……。

 

 ───違うのにっ♡ 全然っ、違うのにぃっ♡

 

「ひとりぃ……♡」

「ねこみちゃんは、結束バンドの、手伝いとかも色々してくれて、気が利く……かわいい、女の子」

 

 首に痕をつけてから、耳元でひとりが囁き、左手が私の体を強く抱きしめる。

 その一言一言で、臍の下に熱いなにかがこみあげてきて、疼く。

 私は両手をひとりの背に回す。

 

「な、なかっ、きゅーって、なるぅ♡ じわぁってぇ♡」

 

 自分の口から出る声が、あまりに自分らしくないのだけれど、すっかりそれに違和感も感じなくなってしまった。

 (わたし)はひとりの背中に回した手に、無意識に力を込める。

 ピンク色のジャージ越しに、背中をひっかく。

 

 ───なんでっ、いつもよりひとり、力、強いっ……♡

 

「ねこみちゃん……」

 

 右手が、(わたし)のシャツの下にもぐり込んで、強い力の左手とは別に、やさしく肌を撫で上げる。

 フェザータッチで私のお腹、脇腹、背中と伝っていく手に、背筋にゾクゾクとした感覚が奔って、その度に体の奥の熱さが増して、お腹の奥が言葉にできない感覚に襲われていく。

 知っている感覚だけれど、いつもとどこか違うような快楽。

 

「やだぁ♡ おんなのこ、に、なっちゃぅ♡」

「……? ねこみちゃんは昔から、かわいい、女の子だよ。それで……」

 

 自然と、視界が潤んで歪む。

 

「私の───お嫁さん」

 

「ッッッ~~~♡」

 

 

 

 

 

 

 ふと目を覚ますと、カーテンの隙間から朝日が昇っていた。

 身体の気怠さは“いつも”以上だけど、不快な気怠さではなくて……。

 

 隣にひとりがいないことに気づいて上体を起こし、ケータイを探そうとするけれど、どこにあるか覚えているわけもない。

 ベッドから足を降ろして座ると、テーブルの上を見て、床を見て、時計を見れば、時刻はまだ八時……。

 

 ───いや、たぶん九時間ぐらい寝てるよなぁ。

 

 床に脱ぎ散らかしたはずの服が無いことから、たぶんひとりが片付けたんだろう。

 (わたし)は自分が裸だったことに気づいて、傍にあった部屋着を素早く着るなり、重い腰を上げる。

 

「よいしょっとぉ……あれ、なんか声枯れてる……?」

 

 記憶は鮮明ではない。なんなら思い出すなと本能がアラートをかけてる気がする。

 

「……い、いや、まぁいいか。良いな」

 

 どうせ後で思い出すことにはなりそうだし……。

 

 

 部屋の戸を明けて少し肌寒い玄関兼キッチン兼ダイニングの方へと入ると───ひとりが溶けていた。

 

「なんで!?」

 

 掠れた声で思わずツッコミを入れるが、ひとりはなにも言わない。屍のようだ。

 まぁ放っておいても復活するので良いとしても、とりあえずなにがあったのかだが、ふとダイニングテーブルの上に果物が置いてあることに気づいた。

 リンゴにバナナにパイナップル。

 

 ───ひとりが買ってくるわけないよなぁ。

 

「あれ、手紙……」

 

 果物から少し離れて、誰かが触ったかのように位置が移動しているメモ用紙。

 

「ん……あれ?」

 

 ふと気づけばそれは、“こっち”にて随分と見慣れた文字。

 そう、実の母親のものだった。珍しく帰ってきたのだろう……そしてこれを置いて行った。

 娘と会話もしないでさっさといなくなるとは随分と薄情になったものである。と思うところだろうが、あの母親に限ってそれはないと思いたい。

 

 なぜか嫌な汗が噴き出る。

 

 

『ママだけ帰ってきました。けど二人が幸せそうに寝てたので後藤家に行ってます。アディオス!』

『PS.避妊はしっかりね! ← ってオイ!』

 

 





あとがき

お久しぶりです

お久しぶりのぼねこです

だいぶ加減がわからなくなってますが、まぁ直接的な描写もないし大丈夫でしょう!
もっと過激な雌堕ちモノもあるし!(

とりあえずおセンシティブですが、次はおセンシティブじゃなくしたいでございます

では、また次回もお会いできればです


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。