ミルキのネトゲ友達 (湯切倉庫)
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「一人でやったってつまんないし」





「バッッカ、おまっ、なぁんでそこで芋るんだよ!? 今の絶対()れたじゃん!」

『うるせーな! 煩くて集中できねェだろうが!』

「集中した結果のクソムーブなんだからもう一緒だろ!!」

 

 マイク越しに口汚く罵り合いながら、両手に持ったコントローラーのボタンやスティックを忙しなく動かす。

 ボタンの連打速度と連携するかのようにテレビ画面には血飛沫の演出が増えていき――

 

『お前だって同じやつに負けてんじゃん』

「あー!?」

 

 ヘッドフォンからはパリパリと何かを咀嚼している音がする。

 コイツ、またポテチ食ってんな。太るぞ。

 

 テレビ画面の中央にデカデカと表示されている『LOSE』の文字。俺はひくりと口端をひくつかせ、がくりとその場に項垂れた。

 

「……負けちゃったなぁ。お疲れ、“キルミー”」

『お前さあ、ゲームやってる時人格変わらね?』

「そお? ……まあ熱は入っちゃうけど」

『あとイラついてる時の方が動きがいい』

「……へえ」

 

 そのわりにアッサリ負けましたけど? 瞬殺でしたけど?

 ダメだ、またイライラしてきた。十代なのにもう更年期か?

 

 カチッとライターの蓋を開けて火をつける。口に咥えた煙草に火をつけ、ふーっと息を吐いた。

 十代なのにもう煙草。これはまあいいや。

 

「でも、そろそろどうにかしないとなあ。ゲームやってる時の暴言とかって、一緒に暮らしてる親しい人間への態度と同じって聞くし」

『……はぁ? なんかキショいな、お前』

「夢みたっていいじゃん……可愛い女の子と結婚したい……」

 

 耳元から『うわ……』とガチめにドン引きしてる声がしたので、ちょっとだけヘッドフォンを遠ざけた。メンタルにくるからやめて。

 

 

 “キルミー”とはもう三年近い付き合いになる。

 性別は男。意図的に声を変えてたり、それっぽく振る舞ってるわけじゃないのなら、だけど。

 互いの素性を詮索したことないし、する必要性も感じなかったから、付き合いの長さのわりに知ってることは少ない。

 あと、多分引きこもり。プロの引きこもりニートである俺がいうんだから間違ってないはずだ。

 

「明日はどうする?」

『明日もするのかよ。ホント好きだよな、このゲーム』

「キルミーとやるのが楽しいんだよ。一人で他のゲームやったってつまんないし」

『…………』

「んで、返事は?』

『仕方ねーな。付き合ってやるよ』

 

 やりぃ! 向こうには見えないから遠慮なくガッツポーズする。

 リップサービスでもなんでもなく、キルミーとやるゲーム楽しいんだよな。どんな課金ゲーだってお互い金に糸目をつけないタイプだから同じ熱量で遊べるしさ。

 完全に自身のPSのみで戦わなきゃいけないゲームでもそうだ。キルミーはどのゲームも得意で、初めてのシステムでもすぐ理解して自分のものにしてしまう。

 ……さっきはつい罵ったけど、キルミーは弱くない。世界ランクだって上から数えた方が早いくらいだ。

 

「いやあの、マジでありがとう。こんな俺とのゲームに付き合ってくれて。明日もよろしくね」

『だからキショいって。じゃあ、もうVC切るから』

「うん。おやすみ」

 

 ゲームで散々暴言を吐いたのちに、謝罪するまでがテンプレになりつつある。

 ギイッとゲーム専用の椅子の背もたれに背中を預ける。完全防音なゲーム部屋の壁に立てかけてある時計の針は深夜二時をさしていた。

 

「あーあ。暇になっちゃった」

 

 キルミーは大体この時間にゲームを中断する。数時間の仮眠(だと思ってるけど他に何かしてるかもしれない)の後にゲームを再開することもあれば、そのまま朝か昼までオフラインコースの時もある。

 

 ぐーっと大きな伸びをした。

 

「ねぇ、誰かいるー?」

 

 部屋から顔だけを出して叫ぶ。すぐに飛んできた黒スーツの男は、顔色ひとつ変えずに「お呼びでしょうか、セレン様」と腰を低くする。

 

「今日はもう寝るから支度して」

「はい。ネオン様はもうお休みになられています」

「うん」

 

 そりゃそうだろうな。こんな時間なんだから。

 

 ふあああ……と弱々しい欠伸をしつつ、風呂の準備やらを全部手伝ってもらった。

 風呂から出て服を着せてもらってる間に、もう一人の黒服が俺の濡れた髪をドライヤーで乾かしている。

 

 まさに至れり尽くせり。こんな生活もう手放せない。

 

 最後に軽く髪に櫛を通してもらい、差し出されたお白湯をふーふー息を吹きかけながら飲み干す。

 

「ネオンは自分の部屋?」

「セレン様のお部屋の方です」

「そっちかあ」

 

 お白湯が入っていたコップを渡して今いる部屋を出る。

 俺の後をついてくる黒服たちを途中で追い払って、自分の寝室の扉を控えめに開けた。

 当然のように部屋は真っ暗でよく見えない。明かりはつけず、できるだけ足音も立てずにベッドに近づく。

 ベッドの半分を占領している少女がすうすうと穏やかな寝息を立てていた。

 

 そっとベッドに膝を乗せた。うう、このベッド、無駄に沈むから先客がいる時は向いてないな。寝心地はいいけど。

 

「……セレン?」

「……ごめん、起こしちゃった」

 

 突然目を覚ました少女に腕を掴まれて、心臓がドクドクと嫌な音を立てる。

 少女の顔色はひどい状態で、一瞬ゾンビか何かかと思ったほど。

 

 ……びっくりした。

 

「まだ夜だよ。おやすみ、()()()

「う、ん……起きるまで、一緒にいてね」

「もちろん。そういう約束でしょ」

 

 額にキスするとホッとしたように眠りの世界に落ちていく。顔色はすでに正常なものになっていた。

 

 俺の腕を掴んだまま寝てしまったので、無理に振り解こうともせず隣で横になる。

 

 ――約束というより、これは契約だ。

 

 俺たちが互いに心地よく生きていくための縛り。

 

 すぐ隣にある温もりを感じながら目を閉じる。

 

 今日のゲームも楽しかったなあ。……キルミー、本当に明日も一緒に遊んでくれたらいいなあ。

 

 

 

 ***

 

 

 

 キルミーと出会ったのは、とあるMMOだった。

 

 あーいうのって最初はただのおつかいゲーだから今はやってない。なんというか、ゲームの核に触れられるまでが長いんだよな。

 でも当時はとにかく楽しくて夢中になってた。時間も金も溶けるけど、その分得られるものが多い気がして。

 

《今日から新しいギルメンが増えます! なんと……うちの鯖で有名なあの人!》

 

 ギルドマスターがギルドチャットに投稿した内容は、その文面からも興奮してる様子が伝わってくる。

 

《“KM”さんです。みんなよろしくね》

《マジ!? ランカーじゃん!》

《“スズリ”さんとランキング一位取り合ってる人だよね?》

 

 いつになくギルチャは賑わい、ポンポンと画面がスクロールされていく。ログの流れが早い。

 

 “スズリ”というのは俺がネトゲでよく使ってるハンドルネームの一つ。

 カチャカチャとキーボードで文字を打ち込む。

 

《よろしくお願いします》

 

 ランカーとしては珍しいことに、俺はあまりランキングに興味がなかった。

 

 提供されているコンテンツはほぼ全てソロで攻略しているし、人数制限のあるダンジョンだけはギルドメンバーの力を借りることもあるが、難易度的には一人で難なくクリアできる。

 

 ランカーがお互いを意識し合うタイミングがあるとすれば、ランキングを見た時や、同じダンジョンで相手の貢献度を確認した時くらいじゃないだろうか?

 

 相手に興味を持つきっかけがなければ、当然相手に向ける感情は生まれない。

 

 俺は“KM”のことをまったく知らなかった。その名前ですら初めて聞いたくらいである。

 しかし、どうやら相手はそうじゃなかったみたいだ。

 

《“スズリ”ってずっとランキングにいるわりに防具のOPは厳選してないし、装飾のセット効果も考慮してないよな。もしかして頭使えない人?》

 

 『よろしくお願いします』でも『はじめまして』でもなく、“KM”の一発目のギルドチャットがこれだった。

 

 ギルドチャットの空気が凍る。

 

 俺の精神がある程度成熟していたら、こうはならなかったかもしれない。

 悲しいことに、俺はゲームに関してはことさら沸点が低くなる残念な少年だった。

 

 カチャカチャカチャとこれまでにないタイピング速度でチャットを打ち込む。

 

《じゃあ、お前の()()使()()()()装備と俺の装備、どっちが強いかラストダンジョンで確かめようぜ》

《いいけど》

《VCできるツール持ってるか?》

《個人チャットで送る》

 

 絶対に勝つ。絶対にこいつよりボスへのダメージ稼いでやる!

 

 KMから飛んできたフレンドリクエストを渋々承諾して(このゲームはフレンド同士しか個人的なメッセージのやり取りが出来ない仕様だからだ)、続けて送られてきたIDをVCツールの検索バーにコピペする。

 

 ピコンッと軽快な音が響く。ボイスチャットが出来るルームへの入室音だ。俺もルームへと入った瞬間、ザーザーとノイズ混じりの音が聞こえてくる。

 

『“スズリ”だよな』

「うん。よろしく」

『…………』

 

 チャットでの喧嘩腰がなかったせいか、俺の声が成人男性のソレではなかったせいか、もしくはその両方か。KMは黙り込んでしまった。

 俺も内心(こいつ、ただのキモいおっさんだと思ってたけど歳近そうだな)なんて考えていた。ふつふつと煮えたぎっていた脳内のマグマの温度が下がっていく。気が削がれたともいう。

 

「なあ、さっき言ってた防具のオプションの厳選は分かってるんだけどさ、装飾のセット効果ってなに?」

『……お前、プライドとかねーの?』

「そんなもん母親の腹の中に置いてきたわ。いーから教えてよ」

 

 一旦ゲームから離れたおかげで、俺は普段の平静さを取り戻していた。

 KMは『フン……いいだろう』とどっかのツンデレキャラみたいな気取った態度をとりつつ、驚くほど丁寧に教えてくれた。

 

「なるほど。そんな隠し効果があったなんて知らなかった」

『隠しじゃなく初心者でも知ってるようなことだって』

「そうかなあ。まあ、認めるよ。俺は頭使えてなくて、お前は賢いってこと」

『…………』

「でも、敵に塩送ったこと後悔すんなよ? これで俺の勝利は確実だからな」

 

 ふふんと胸を張る。現実の俺がではなく、ゲーム上で俺が操作しているアバターが。

 KMのアバターは「ははん?」と小馬鹿にするように両手を広げた。無駄に美少女だから余計にムカつく。

 キャラメイクに金かけすぎだろ。

 でも、周年イベのコーデ(課金限定)は文句なしに可愛かった。

 



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「ママの味だったわ」

 俺たちはゲームに再ログインし、パーティーを組んでラストダンジョン――このゲームで一番難しいダンジョンへと潜った。

 

 このダンジョンのラスボスである赤龍(レッドドラゴン)は討伐不可能なほど強くて、今のところ倒したプレイヤーはいない。

 しかし、与えたダメージや味方へのバフ、回復などの貢献度に応じた報酬は貰えるので、勝てなくてもとりあえず挑戦するのが日課となっている。

 

「昨日ソロでやった時は三分の一は削れたんだけど。治療追いつかなくてダメだった」

『オレは半分目前まで』

「マジかよ。お前も回復不足?」

『そう』

「火力職にはきっついよなー」

 

 あと数ヶ月もすれば討伐できる人間が出てくるんじゃないかって言われてるものの、うちのサーバーのトップである俺もKMもソロプレイヤー。

 下手すれば最初に討伐成功するのは俺たちじゃなく、フル人数でパーティーを組んだ他の誰かになるかもしれない。それはちょっと悔しいかも。

 

 とりあえずラスボス前の雑魚たちを片付けながら奥へと進んでいく。

 さっきの会話ですでに勝負の結果は見えてることもあって、俺の中ではすっかり目的が変わっていた。

 

「俺、全てのコンテンツをソロで制覇するのが目標だったんだよね。でもさ、お前と組んででも誰も討伐できてないボス倒したら、それはそれでかっこよくない?」

『別に』

「えー。討伐したくないわけ?」

『…………討伐は、したい』

 

 意外にも素直な答えがきた。

 そうだよな。このゲームをやり込んでる人間なら、攻撃は痛いしダメージもなかなか通らない難攻不落なラスボスの討伐は悲願なはずだ。

 

「ラスボス戦入る前にちょっと待ってくれる? ジョブ切り替えるから」

『どれに?』

「司祭。実はメインジョブよりこっちの方が育ってるんだよ」

『……はあ?』

 

 KMの反応も分かる。サブジョブなんて滅多に使う機会ないし、そもそも普通は育成が追いつかないから放置してる人がほとんど。

 

 司祭はヒーラーではあるが、支援職の中では一番火力が高いジョブだ。味方にバフを付与し、回復も行い、さらには敵へのダメージもそこそこ。器用だけど一点特化してるものがなく、あまりパッとしない不人気なジョブ。

 俺も司祭のスキル演出が好きだからって理由だけで育てていたくらいだ。

 

「俺が回復支援するから、KMは自己治癒スキル抜いて完全に火力に振っていいよ」

『オレのHPこれだけあるけど回復追いつくのかよ?』

 

 パッと画面全体にKMのステータスの一部が表示される。

 ……俺のよりゼロが多い。

 HPを減らして防御に振ったほうがいいんじゃないかと提案してみたら、その結果がこれだと言われた。いやいや。

 

「エグすぎだろ。まっ、司祭は自分の知力と攻撃力に応じて回復スキルの効果向上するから大丈夫。余裕だよ」

『……ふうん』

「信用してねーな? いいから任せとけって」

 

 ラスボスの攻撃で一番きついのは、プレイヤーの最大HPに応じた割合攻撃だ。現HPではないところがさらにネックで、とにかく回復が間に合わなくては話にならない。

 理想は司祭よりさらに回復に特化した職で挑むことだが、その場合、治癒力は知力や魔法攻撃力ではなく精神力依存となる。メインジョブが火力職な俺は精神力を全く上げていないので、その方法をとることは出来ない。

 

 ラスボス部屋の前でジョブを切り替えて、いくつかの装備を付け替えていく。

 

 よし、準備オーケーだ。

 

 待っていてくれているKMに向かって、俺のアバターがグッと親指を向ける。KMのアバターはそれを冷ややかな目で見つめて、無言で部屋へと入っていく。

 ちょっ、ノリわりーな!

 

「愚かな人間ドモめ! 炎の化身であるワレの前に現れたのが運のツキ! すべて焼き払ってやるわ!」

 

 部屋の中央で眠っていたドラゴンが目を覚まし、カパッと開いた口から火を吹く。

 

 なんとまあ威厳を感じられない煽りである。実際にこれまで何度も焼き払われてきたので笑えないが。

 

 魔導士であるKMのアバターが高々と杖を掲げる。

 見た目も完全に魔法少女に寄せられてるので違和感が全くない。杖のスキンまでそれっぽく変えてる徹底ぶりだ。

 

《KMのゴッドブレス発動! レッドドラゴンに2025464のダメージ!》

 

 ダンジョン内限定のシステムチャットに流れてきたログに目を見開く。なんだそのダメージ。おかしいだろ。

 

《スズリの聖なる祈り発動! 味方全体に継続回復の効果、状態異常回復効果、敵に与えるダメージアップの効果!》

 

《KMの装飾効果自動発動! レッドドラゴンに反撃! 72344のダメージ!》

 

 だから反撃ダメージの値じゃないってそれ。

 

《スズリの通常攻撃! レッドドラゴンに14557のダメージ!》

 

 そうそうこれが普通。支援職(司祭)の通常攻撃とはいえ、あっちは桁が異常なんだよ。

 

《KMの通常攻撃! レッドドラゴンに293520のダメージ!》

 

「…………」

 

 うそっ……俺の攻撃力、低すぎ……?

 

 何度か気を逸らされながら、脳内にボスの行動表を思い浮かべながら回復スキルを放ったり、温存したりする。

 

「次のボス行動前に光の壁する」

『…………』

 

 僅かなノイズと共に、キーボードの連打音だけが聞こえてくる。返事をする余裕もないくらい集中してるらしい。

 

 ドラゴンの足元から赤い円が広がっていく。基本的に赤円は避ければ問題ないが、これは部屋全体を覆ってしまうので、実質不可避の攻撃である。

 

 俺のアバターは持っていた本のページを捲りながら詠唱動作に入る。

 

《スズリの光の壁発動! 味方全体に敵の特殊攻撃ダメージ軽減効果、移動速度アップ効果、被ダメージ時回復効果!》

 

 俺とKMを包む淡い光のヴェール。

 

 赤円が部屋全体を覆いきった瞬間、下から突き上げるような熱風と共に火柱が上がった。

 KMの魔法少女と俺のインテリメガネ巨乳お姉さんのHPが一気に削られていく。

 

 相変わらず痛ェな! 半分は持っていかれたぞ。

 

《スズリの神々の祝福発動! 味方全体に回復効果!》

 

 光の壁で自動発動する回復でも足りなかった分を補うべく、司祭の強力なチャージスキルである祝福を発動する。

 KMのHPが半分くらい回復すればいいやと思っていたが、なんと全回復していた。もう一つ残しておいた回復スキルは後回しにして、司祭の唯一の攻撃スキルを押した。

 

《スズリの神罰が発動! レッドドラゴンに95200のダメージ! 毒の効果、追加で6477の継続ダメージ!》

 

「…………」

 

 俺の渾身の攻撃がKMの反撃ダメとほぼ一緒……。化け物かアイツ。

 

「グオオオオ!! ワレの身体が……こうなっては、完全体となって戦ってヤル!」

 

 俺の攻撃で丁度ボスのHPが半分を切った。

 この先は未知の領域。フルでパーティーを組んだ人たちでもこの先は見ていないらしい。ソロで三分の一までしか削れてない俺は勿論、KMだってそうだ。

 

 大きく飛び上がったドラゴンが天井を破壊して――また戻ってくる。……なんで壊した?

 

 ドラゴンは先ほどよりひとまわり以上大きな姿になっていて、全身に炎を纏っている。

 

「やっば、やばやば、何だこれ。すげー強そう」

『光の壁のクールタイムどれくらい?』

「え? もう打てる」

『じゃあもう打って』

 

 言われた通りに光の壁を発動する。とはいっても、ドラゴンは特殊行動する前兆もなければ、今は通常攻撃のターンだ。

 ここで特殊ダメ軽減効果のある光の壁は勿体ないんじゃないかと思っていたら、何の前兆も――足元に広がる赤円の表示も――なく、巨大な火柱が上がった。

 うおおおおお!?

 

「あっぶねー! なに、なになに!? そんなのアリ? ってか、お前、知ってたんなら予め教えろよバカ!」

『ああ? ……殺すぞ』

「やめとけよそういうの。弱く見えるぞ」

 

 ハイハイ、厨二乙。殺すぞとか寒いから。

 殺せるもんなら殺してみろよ。その前に俺の部屋の前に常に待機してる黒服たちに殺されるだろうがな!

 盛大なブーメラン発言をしつつ。さてさて。気を取り直して。

 

「ところでこの後はどうし――」

 

 どうしたらいい? と聞く前に、ブツンッという不穏な音と共に画面が真っ暗になる。

 

「……あれ?」

 

 うんともすんとも言わなければ、画面が黒いままなパソコン。その前でキーボードに手を置いたまま固まる俺。

 

 カチャカチャカチャ…………。

 

 意味もなくキーボードを打つ。

 

「…………」

 

 座っていた椅子から一瞬浮いた。

 

「ちょっとおおおお!? そんなのって、そんなのってぇ……!!」

 

 パソコンの画面を撫でてみたり、後ろを覗き込んでみたり。

 ネトゲをやってるわりに俺は機械系に疎かった。

 分からん、何も分からん。なんで俺がこんな目に遭ってるのか何も分からん!

 

 分からなければすぐに詳しい人に助けを求めればいいものを。自力で何とかしようと無駄に足掻いてしまうのも、機械弱いやつあるあるなのかもしれない。

 

 俺はたっぷり一時間はパソコンの機嫌を取ろうとしたり、埃が溜まってそうな場所を確認したりして無駄に過ごし――最終的に見かねてやってきた黒服パイセンに泣きついた。

 

 

 

「――あの時、念願のドラゴン討伐は俺のパソコンの不調でダメになっちゃったじゃん? キルミー絶対怒ってるなって思って数日ゲームにログイン出来なかったの思い出したわ」

『変なところでメンタル弱いよな』

「キルミーは意外と懐広いよね。あの後何もなかったみたいにダンジョン誘ってくれてさぁ」

 

 あれ、すっげー嬉しかったんだよ。

 ゲームの世界で俺を遊びに誘ってくれるのって「(自分たちだけじゃ敵を倒せないから)一緒に行ってくれませんか?」ってタイプくらいだったし、俺と同等か俺より強い奴らはみんなソロ気質かこちらをライバル視してるかの二択だったから。

 

 その日からタイミングが合った日に時々遊ぶような仲になって、今では事前に約束して集まるところまできた。

 

 俺に初めてできた友達。それがキルミーだ。

 

 ちなみにKMというのはKILL MEの略で、キルミー(私を殺して)! という美少女アニメから取ったらしい。内容がまったく想像できない。

 俺はアニメは詳しくないけど、キルミーがゲーム内で使っていたアバターの容姿もそのアニメのキャラクターがモチーフなんだって。

 

 あと、キルミーは本名に似てるから気に入ってるんだとか。

 キルミーに近い名前かあ。キルアとか? ミルキー……はママの味だったわ。

 

『別に、気にもしてなかったし』

「…………むふっ」

『うるせーぞ』

「はいはい。キルミー様はやっさしーですねえ」

 

 ゲーム部屋の時計の針は午後六時をさしている。

 

 俺は昨日と同じゲームの起動画面を見つめながら、にんまりと笑った。

 

「なあなあ、今日はゾンビモードやらねー?」

 



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「お姉ちゃんだもん」

「ねえねえ、次はあっち見に行こうよ!」

 

 俺とそっくりな顔がくるりとこちらを振り返って、眩しい笑みを向けてくる。

 

「早くってば、セレン!」

「姉さん……引きこもりはそんな俊敏には動けな……」

「えー? なっさけなーい」

「陽キャ怖い……陽キャ怖い……」

 

 被っていたフードを両手で掴みながらぶつぶつと呟く。

 

「むう……せっかく外に出られたのに勿体ない。パパの気が変わらないうちに買い物済ませちゃお?」

「買い物なんて全部ネットで済ませたらいーじゃん。わざわざ陽の光を浴びなくても」

「分かってないなぁ、セレンは」

 

 ハムスターのように両頬を膨らませる少女。その仕草はとても可愛らしいけど、自分と同じ顔だと考えると萎えるものがある。

 

 

 俺とネオンは双子の姉弟だ。正確には兄妹。

 

 三歳の時にネオンが「やだやだぁ! あたしがおねえちゃんがいいー!!」と駄々をこねたせいで、俺は強制的に弟へとジョブチェンジさせられた。

 双子でどっちが先かなんて不毛なのは分かってる。でも、未だに納得していない俺は心の中では決して()()()とは呼ばない。

 

 父さんは昔からネオンに甘すぎる。 

 いつだったか、ネオンの占いの才能が開花してからはさらに顕著になった。

 

「仕方ないなー。それなら、カフェに入って休憩する?」

「するする!」

「ふふふ。お姉ちゃんだもん。セレンのお願いなら聞いてあげる」

 

 なんとも恩着せがましい言い方だが、実際にネオンは俺と父さん以外の人間の言葉を聞き入れない。

 

 俺たちはそばに停めてあった車に乗り込んだ。

 

「ここから近くて、勿論美味しくて〜、あと雰囲気もいいカフェまで連れてって!」

「畏まりました」

 

 運転手に無茶な行き先を告げたネオンは、隣の俺にぎゅうっと抱きついてくる。

 

「セレンと外出できるのうれしい。今日はゲームしないんだよね?」

「うん。約束だから」

「そうだね。約束守ってくれるセレンが大好きだよ」

 

 ネオンは俺に抱きついたまま、幸せそうに目を閉じた。

 

 俺とネオンを挟むように座っている黒服の一人が、束になった紙をネオンに差し出す。

 

「ネオン様。本日の分です」

「今月の分もうやったよね?」

「姉さん、今日の外出先を変更する代わりに追加していいって父さんに言ったでしょ」

「……後にして。今はヤダ」

 

 ネオンは目を閉じたままいやいやと首を横に振る。

 

「今やっといたら? あとで仕事のこと思い出したら憂鬱だろ」

「それはそうだけど……せっかく一緒にいるのにぃ」

「姉さんは()()()()()()()()()。なら、今の方がいいじゃん」

「うー……」

 

 ネオンはゆっくりと目を開けて、乱暴な手つきで黒服から紙を奪い取った。

 

「ん」

 

 言われる前に右手を差し出す。俺の手はあっという間にネオンの左手と繋がれて、じんわりとお互いの熱を分け合う。

 

 彼女の前髪がふわりと僅かに持ち上がる。ついでに俺の前髪も。

 

 ネオンが占ってる時の感覚は、どうにも言葉にし難い。

 といっても、俺はこれまでに一度も彼女が占ってる姿を見たことがない。

 

 ――あたしは占い結果は見ないの。その方が当たる気がするから。

 

 以前ネオンから聞いた言葉だ。

 

 ――あたしとセレンは双子。二人で一人なの。だから、セレンもあたしが占ってるところは見ないでね?

 

 いまいちピンとこなかったけど、本人が言うんならそうなんだろうと納得して、占いの時は目を閉じたままじっと時が過ぎ去るのを待つことにしていた。

 

 やがて、右手の熱が離れていく。終わったようだ。

 

「今日の分多すぎ! これ以上増えるなら、外出日も増やしてくれなきゃもうやんなーい」

 

 外出日を増やす発言のところで黒服たちの顔が明らかに引き攣った。

 分かるマン。ネオンの外出に付き合うと命いくつあっても足りないもんね。

 

 ネオンが手に持っていた紙束を放り投げる。黒服たちはそれが散らばる前にかき集めて、鍵付きのトランクに仕舞う。

 

「パパにあたしたちの口座に入金するよう言っておいてね」

「はい」

「ねね、来月の誕生日は何買ってもらう?」

「もうそんな時期? うーん。新しいゲーム部屋ほしい、かも。もうちょっと広いとこ」

「それくらい今すぐ用意してもらったらいいよ。あたしがパパに言ってあげる」

 

 それとは別に誕生日プレゼント考えておいてね! と言われて苦笑する。

 ゲーム環境とゲーム自体に課金するお金以外に欲しいものないんだよなあ。ゲーム環境もキルミーに色々教えてもらったやつ揃えたらこれ以上ないってくらい快適になっちゃったし。

 本当に、キルミーってすごい。

 

「……ねえ、今なに考えてたの?」

「んー?」

 

 不安そうな顔に、ぎゅっと俺の手を握る手のひら。伸びた爪が皮膚に食い込んでちょっと痛い。

 

 ネオンは、変化を嫌う。違うことを嫌う。理解できないものを嫌う。

 双子の弟()を自分と同一の存在だと信じてやまない。

 

 だから月に数回だけ許されてる外出日には必ず一緒に出かけて、同じものを食べて、同じ屋敷やホテルへと戻る。

 そして、可能な限り夜は同じベッドで眠る。

 

 これが、俺たちの約束。

 

「ゲームのこと考えてた。明日は何しようかなーって」

「そっか」

 

 理解できないものの中で、ネオンが唯一存在を受け入れてくれたもの。それがゲームだ。

 いやあゲームってすごい。最後まで許容たっぷりだもんね。俺がしつこく強請っただけだけど。

 

 運命共同体だから仕方ないとはいえ、ずっと室内に閉じ込められてるのにゲームまで取り上げられたら発狂するしかない。というかした。前科持ちだからもっと仕方ない。そういう風になっちゃってるんだ俺は。

 

 

 

「あーあーあー。マイクテスト。聞こえてますかぁ?」

『いや』

「聞こえてるんじゃないですか! 嘘はいけませんね、嘘は。けしからんです」

 

 ヘッドフォンの向こうから聞こえていた音が遠ざかっていく。

 放置プレイか? それは俺に効きすぎる。

 

「まって。俺が言い当ててやるから。キルミー選手、ポテチ探しの旅に出ましたね?」

『…………』

「このガサガサ音は……ついに見つけたか!」

『…………』

「席に戻るまで我慢できずに食べはじめるキルミー選手!」

『今日はディライトやんの?』

「あ、はい」

 

 ネオンと外出した翌日。

 俺は日が昇ると同時に《今日は早めにゲームしませんか!? できれば今すぐ!!》とキルミーにメールを送った。さすがに寝てるかなーと思っていたら、俺がメールを送信した一分後に《いいぜ》と返ってきた。

 

 もうね、一生好き♡

 

 おかげさまで今日は朝からゲーム三昧確定演出だった。

 

 VCしながらパソコンの電源を入れて、メールでやり取りしていた段階で候補に上がっていたゲームを起動する。

 

 ディライト。こんなタイトルだけど、ゾンビ側と人間側に分かれて殺し合いをするバトルロワイヤルだ。しかもゾンビ同士、人間同士でも潰し合うというイカれ具合である。

 

「俺たち、デュオは上げすぎて今のレート帯だと死ぬだけだもんなー。野良入れて四人でやる?」

『……なんで?』

「だから、デュオだときついって話」

『デュオでいいだろ』

「……キルミーがいいなら、いいけど」

 

 前回このゲームやった時に「デュオ上げすぎ! キルミーが強すぎるからこんなところまで来ちゃったんだよ!」「はぁ? オレだけのせいかよ。次からはソロでもスクワッドでもやればいいだろ!」って言い合いになったんだよなあ。

 これは100%俺の理不尽な言いがかりが悪かったので、ゲーム終わってすぐに謝罪会見を開いた。

 キルミーは慣れた風にアッサリ許してくれたものの、デュオが死体蹴り(される方)になってるのは確かだし、一応提案してみただけなんだけど……。

 心なしかキルミーが不機嫌になっちゃった気がする。

 

「あーっと……その」

『…………怒ってるわけじゃねーから』

「そ、そう? ならいいんだ」

 

 これまでキルミー以外に友達がいたことのない俺は、こういう時どうすればいいのか分からなくて、ついそわそわしてしまう。

 友達どころか、ネオン以外の同年代とはほとんど関わったことがない。父さんの部下たちに囲まれ、まさに蝶よ花よと育てられた。

 

 黒服たちにどう思われようと気になったことなんてないのに、キルミーには嫌われたくないなんて変だよな。

 

 ネオンに対してもそう思ってるけど、まず前提としてネオンが俺を嫌うことはありえないという確信がある。

 

 キルミーの「怒ってない」発言に、俺はパァッと顔を輝かせた。

 

「じゃ、デュオやろ! 野良入れだとグダグダするしそっちのが助かる」

『お前が野良相手にブチ切れてるだけだろ』

「……そうとも言うね」

 

 本当に、ゲームやってる時の情緒不安定さはどうにかならないものか。ゲーム終了後の自己嫌悪がやばい。

 キルミーに会うまでは、それもどうでも良かったことなのに。

 

「安地きてるきてる! なんで教えてくれなかったの!?」

『…………』

「さっき安地ギリギリで敵に手を出したのがダメだったかな……ごめんね」

『…………』

「ちょっと、今俺のこと殺したやつチートじゃね!? あの距離を腰撃ちで全部ヒットは異常だって!」

『……デスカメラ見てみろよ』

「そんなの見なくたって分か…………なんだコイツうっっま」

 

 ぷつんっと脳内で何かのスイッチが切り替わる音がした。

 ほうほう……と声に出しながら画面上を動き回るプレイヤーの動きを注視する。

 このゲームには自分を殺した時の相手の動きを相手目線で見られる機能があって、そのまま相手のプレイを継続して観察することも可能だ。

 

『素直なんだか捻くれてんのか……』

「何か言った?」

『なにも』

 

 次は俺も人間側でやろうかな。

 ゾンビ側は銃を持てない代わりに、一度でも相手の身体に触れることができたら大ダメージを与えることができる。

 武器に頼らず自分の体の動きのみで勝利を勝ち取るスタイルが気に入ってたけど、こうやって人間側を見てるとこっちもいいなーって。

 

「あ……今日もごめん。なんか色々言った」

『その謝罪もいい加減いらないから。ゲーム中のスズリの発言は全部聞き流してる』

「ぜ、全部!?」

 

 それって実質俺の存在皆無……ってこと!?

 



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「生きる楽しみがない〜!」

「やだー!! パパの嘘つき、大っ嫌い!!」

「…………うるせェな」

 

 キルミーとのゲームを終えてネオンが寝ているベッドに潜り込んでから、えっと……何時間だ? それとも何分?

 

 しょぼしょぼする目を必死に開けてみれば、暗かったはずの部屋は自然光によりすっかり明るくなっていた。少なくともあれから数十分後、なんてことはなさそうだ。

 

「ネオン?」

 

 はた、と意識が鮮明になってくる。俺の隣で寝ていたはずのネオンは、右手に持った携帯を耳にあてた状態で――両目にたっぷりと涙を溜めていた。

 

「うるさいって……セレンが、あたしに……うるさいって……!!」

「あっ、ちょっ、嘘嘘! そんなこと思ってない、寝起きだったからだよ!」

『セレンが起きたのか?』

「……父さんと電話してたんだ」

 

 朝に弱い俺にどうしろと。電話向こうの父さんから「助けて」オーラが透けて見える。

 

 どうせ自分で蒔いた種だろ? 自力でなんとかしてくれ。

 

 とはいえ、ネオンは父さんではなく俺の目の前にいる。ここでいつもの癇癪を起こされてはたまらない。……どうしよう。

 

「ネオン。父さんと何話してたの?」

「……あたしとセレンが欲しいって言ってた誕生日プレゼント、両方手に入らないって。ほっ、他のに、しろって!」

「あー、アレか」

 

 しゃくり上げながらも、なんとか教えてくれた。

 

 ネオンは何が欲しいって言ってたっけ?

 俺がお願いしたやつはダメ元だったから別にいい。世界に一つ二つしかないような貴重なやつってわけじゃないけど、シンプルに値段が高いってのと、手放す人間がなかなかいないから入手難易度はそれなりだ。

 

 ついにベッドの上の枕にゴスゴスと拳を打ちつけ始めたネオン。そろそろやばいな。

 ほっぽり出された携帯を拾って、自分の耳に当てる。

 

「父さん。俺のはいいから、ネオンのだけでもどうにかならない?」

『そうしてやりたいんだが……』

「ダメなんだ」

『ああ』

 

 ネオンの望みは可能な限り叶えようとする父さんがダメってことは、相当なものを強請ったんだろう。

 クルタ族の眼とかかな。ネオン、欲しがってたし。

 

「分かった。とりあえずこっちで何とかするから、父さんは代替品でも探しといて」

『悪いな。お前がいてくれて助かるよ、セレン』

「じゃあね」

 

 ブチッ。通話終了ボタンを押す。

 

 なぁにが助かるよ、だ。わざわざこの時間にネオンに電話したのは、俺がそばにいる可能性が高かったからだろ。初めから俺に全部押し付ける気満々じゃねーか。

 

「ぜーったい欲しいのー!! アレがなきゃいや!!」

「…………」

 

 どうすっかなあ、これ。

 

「ネオン……とりあえず気分転換に庭を散歩でも、ぐふぅっ!?」

 

 宥めようと近づいたら至近距離で枕投げを食らった。

 

 

 

 結局ネオンは泣き疲れてそのまま寝てしまった。身体が弱いのに部屋を半壊させるレベルで暴れ回ったせいか、その顔色は良くない。

 時々ぐずぐず鼻を鳴らしてるネオンの隣に寝そべって、その手を握る。空いている方の手で自分の携帯で文字を打つ。

 

《今日のゲーム無理そう》

《なんかあったの》

《ちょっとね。明日は大丈夫》

《明日はオレが無理》

 

 えー!! と思わず叫びそうになって、慌てて口元を押さえる。ちらりとネオンの方を見れば、すやすやと眠ったまま。セーフ。

 

 メールの相手はキルミーだ。

 

 ……そっかあ、今日も明日もキルミーとゲーム出来ないのか。

 

「生きる楽しみがない〜!」

 

 小声で叫んで、ぼふんっと枕に真正面から顔を突っ込む。

 ネオンを起こさないよう控えめに足をバタつかせる。

 

「…………」

 

 これは、俺も眠いかも。朝早くに叩き起こされたせいかな。

 

 そろそろいいだろと判断してネオンと繋いでいた手を離す。

 

 あー疲れた。黒服たちが痺れ切らして部屋に突入してくるまで寝ていよーっと。

 

 

 

「今日からお前とネオンに専属の護衛をつけることにした。ダルツォルネだ」

「よろしくお願いします。ネオン様、セレン様」

 

 一目見て、これまで見てきた黒服たちとはどこか違うなと思った。

 どこがどう違うかって言われると……分かんない。なんかそう、雰囲気。

 軸がしっかりしてるというか、ブレそうにない感じ。

 

 俺とネオンの誕生日。父さんは物ではなく人をよこした。しかも、やけに顔が厳ついおっさんを。

 

「え。いらない。今すぐ返品してきなよ」

「へ、返品……?」

 

 ダルツォルネという屈強そうな男が「聞き間違いか?」という顔で聞き返してくる。

 

「クーリングオフだよ。どこがどうなったら、俺のグリードアイランドがこんなおっさんになるわけ?」

「おっさん……」

 

 すでに父さんに伝えていたようにグリードアイランドはもういいんだけど。期待してなかったし。

 

「セレン、ダルツォルネはお前たちへの誕生日プレゼントではなくてな……」

 

 だからってゲームじゃなくて生きてる人間贈られてもなーと思っていたら、それも違ったらしい。

 

「他にも数人の手練れを用意してある。ネオンの能力はコミュニティー内で知らぬ者はいない。今後どんな危険があるか分からないからな」

「……ふーん」

 

 こちらを見下ろしてくるダルツォルネをじぃっと見上げる。確かに、強そうだ。

 顔が似てるせいで俺をネオンだと勘違いした輩に攫われそうになったこともあるし、この男のそばにいれば安全かもしれない。

 

 ニコッと笑う。

 

「よろしくね」

「はい」

 

 ダルツォルネを見上げすぎて首が痛くなってきた。コイツ……低身長の相手に合わせて膝を折るとか、そういう気遣いも出来ないのか。

 いや、俺もこれからぐんぐん伸びるけどね? まだ十三歳だし。前世はバベルの塔みたいなもんだから。

 

 キルミーが聞いてたら「その例え意味分かんねーよ」とツッコミが入りそうなことを考えつつ、父さんからの誕生日プレゼントの開封会をしているネオンのところへ向かう。

 

「セレン! みてみて、250年前に絶滅したオオクギナガシクジラの体毛だって!」

「……クジラって体毛あるの?」

 

 どこもかしこもツルツルのイメージしかない。……口髭とか? そういえば俺、クジラをちゃんと見たことないな。

 

 他にも高名な画家の小指の爪(今も生きてる人のはずだけど剥がしたのか……?)とか、◯◯国の王子の歯型付きチョコレート(シンプルにいらんだろ)とか、俺からすればゴミ同然のものを見てキャッキャッと喜んでいるネオン。

 

 ネオンの好みはイマイチ理解できない。まあでもネオンも俺の趣味(ゲーム)の良さが分かんないって言ってたしお互い様か。

 

「セレンのはこっちだって」

 

 ネオンが指差した先には天井に届きそうなくらい積み上げられた箱の山。なんか見てるだけで胃もたれしそう。

 

「あ、ねえ。ダルくん。これ全部俺の部屋に運んでくれない? ゲーム部屋じゃない方ね」

「ダル……とは、私のことでしょうか」

「そうだよ?」

 

 ダルツォルネは長くて言いにくいから、ダルくん。

 いーじゃん。

 

「ダルちゃん!」

 

 早速便乗してきたネオンが指差しながらくすくすと笑っている。

 

 ダルくんは俺のプレゼントの山を見上げてちょっと遠い目をしていた。

 

 

 

 誕生日の翌日。俺はいつものようにゲーム充すべくゲーム部屋にやってきていた。

 

「俺、こっから10時間はゲーム部屋から出ないから。ネオンのところにいていいよ」

「そういうわけにはいきません。私は扉の前にいますので、いつでもお声がけください」

「真面目だなぁ、ダルくん。でも、ここ寒いしやめたら?」

「いえ。セレン様はどうかお気になさらないでください」

「……そう?」

 

 本人がいいって言ってるならいいか。好きにさせとこ。

 

 これまでの護衛たちはみんなネオンばかりで、俺のことは二の次だった。

 そのことに不満を抱いたことはないし、正しい判断だと思う。そもそも雇い主である父さんの指示だろうし。

 

「出世したいなら、俺じゃなくてネオンを護衛できるよう根回しした方がいいよ」

「…………」

「ジャンケンで負けたなら仕方ないよね」

「ごっ……ご存知だったんですか」

「……いや、冗談、だったんだけど」

「…………」

 

 なんだこいつ。意外とそういうキャラなんだな? そうなんだな?

 

 

 

『ふーん』

「ふーんて何だよふーんて。他にもっと言うことあるだろ」

 

 俺昨日誕生日だったんだー! とキルミーに報告したら返ってきた反応がこれだ。

 興味すらないってか。黒服たちですら義務感たっぷりの「おめでとうございます」をくれるのに。

 

「今年はダメ元でグリードアイランドおねだりしてみたんだけどなー。キルミーは持ってる? やっぱオークションに張り付かないと厳しいのかな」

『……ハンター専用の?』

「そそ。でも、ハンターライセンスが必須ってわけじゃないんでしょ? 俺でもプレイくらいはできるんじゃないかと思って」

 

 やっぱりキルミーも知ってたみたいだ。この様子だと俺と同じで持ってないんだろう。

 

「落札できるだけの金は――多分ある。でも、市場に流れてくるタイミングと俺の都合が今のところ合わなくてさ」

『…………』

「以前、前の雇い主がグリードアイランドを持ってたってヤツが俺のとこにいたんだよ」

『そいつはプレイしたことあんの』

「ないって。でもさぁ……少なくとも俺にはゲームを開始することすらできないって言われた」

『……どういう意味だ?』

「分かんない。そのうち聞こうと思ってたら、そいつ俺の代わりに死んじゃったんだよね」

 

 俺なんかのために死ぬなんてバカみたいだ。

 仕事だからって、大人は大変だなあ。

 

「そういうわけでさ、今度受けてこようと思ってるんだ」

『なにを』

「ハンター試験」

『…………は?』

 

 相当びっくりしたらしい。パソコンの画面の端に映っているキルミーのキャラクターの動きすら止まってる。

 

『お前……いいとこの坊ちゃんとかだろ。ライセンス目的なら買うなり持ってる人間連れてくるなりすれば?』

「でもそれだと結局俺はゲームをプレイできない気がするんだよ。護衛はついてくるだろうから死ぬことはないだろーし」

『世間知らずもここまでくると…………死ぬぞ』

「なんかキルミーに言われるとそうかもってなるじゃん。やめてよ」

『お前はハンター試験受けるのをやめろ』

「えー」

 

 そんなにやばいのか、ハンター試験。

 なんでも知ってるキルミーがここまで止めるってことは……マジで死ぬ? ダルくん連れてってもダメ?

 

「じゃあ一旦保留にしとく」

『一生しとけ』

「キルミーくんの貴重なご意見は今後の参考にさせていただきます」

 

 一生は重い。そんな約束は背負えない。

 



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「誰か来たみたい」

「うわー、久しぶりに見たこのアバター! なっつかし〜」

 

 パソコンの画面に映るのは、かつて毎日のようにログインして走り回ってくれていたインテリメガネ巨乳お姉さん。

 お姉さんの隣には可愛らしい魔法少女が立っていて、その頭上には<KM>の二文字が浮かんでいる。

 

 ――もう一人の自分に出会う没入型MMORPG【NO TITLE】

 

 ゲームタイトルは「プレイヤー一人一人が創造していく世界(今は名が無い)」と解釈されているようで、「無名」だとか「名無し」だとか、わりと好き勝手に呼ばれている。

 ちなみに俺は「名無し」派でキルミーは「無名」派だったけど、キルミーがしつこく無名無名無名って呼ぶせいで、いつの間にか俺まで無名呼びになってしまった。

 

「最後にやったの一年前だっけ? キルミーが一度やめたゲームやりたいなんて珍しいよな」

『なんとなく』

「せっかくだしラストダンジョン潜ろうよ」

 

 言いながらサブジョブである司祭に切り替える。

 久しぶりすぎてどの装備を入れ替えたらいいのか、まったく思い出せない。まあキルミーと初めて潜った時と比べたら楽勝だし。何でもいいや。

 

《もしかして……KMさんとスズリさんログインしてない!? 本人?》

《本当だ。名前の横が緑になってる》

《復帰?》

 

 画面下のチャット欄が勢いよくスクロールされていく。

 うお、どこでバレた……ってギルドのメンバー一覧からか。一年もまるまる放置してたのにギルドから除名されてなかったのもびっくりだ。

 

 一応挨拶しとこうと思ってキーボードを叩いていたら、キルミーが『……ギルチャ?』と聞いてくる。

 

「そそ。こんにちは〜くらい言っとこうかなって」

『いらないだろ。それより早く来いよ』

《みなさんお久しぶりですこんにちは〜》

『…………』

「あ」

 

 もう送っちゃった。

 

 キルミーのアバターにてへぺろエモを見せつけると、べしべしと杖で頭を叩かれた。ひどい。

 とりあえず本でバリアーしておく。でも当たり判定はないみたいで通り抜けてきた。

 これがステータスによくある「防御無視」か!

 

《スズリさん、追加ダンジョンきてるの知ってます?》

《今もまだ攻略不可なんだよね。それ目的で来たんじゃない?》

《あーそっか》

 

 名前を見ても誰か思い出せないギルドメンバーたちのチャット。

 

「追加ダンジョンだって。知ってた?」

『ああ』

「えっ! そのためにログインしよって言ったの?」

 

 どうやらそうらしい。最初から言ってくれたら良かったのに。

 

「さすがに一年も放置してたら今の環境にはついていけないよな?」

『ランキング見てみろよ』

「どっから見るんだっけ……」

 

 やってた時ですらほとんど見たことないから忘れた。

 間違ってカバンや倉庫を開いたりしながら、やっとランキング画面に辿り着いた。

 

「……マジか。まだ俺たちがトップ?」

『そーいうこと』

「みんなやってない……というか俺たちと戦力近かった人たちが根こそぎ引退してる?」

『オレとスズリが辞めた時に。……お前ほんと周り見てないよな』

「後追い自殺じゃん」

『…………』

 

 ヘッドホンから笑いを堪えるような微かな声が届いた。キルミーのツボはよく分からん。

 

「じゃあ、追加ダンジョン? いこーぜ。ダメ痛くないかもだし、メインジョブにしとくよ」

 

 俺より先に動き出したキルミーのアバターを追いかける。パーティーを組んでるからリーダーであるキルミーを追尾してくれるのは楽だ。

 その間にジョブを火力に戻しておく。ついでにカバンを開いてMP回復薬などが足りているかも確認する。大丈夫そうだ。

 

 すでに()()()ダンジョンがあるのに追加ダンジョンとかどうなの? って思ったけど納得した。ラストダンジョンから派生したやつらしい。

 

「またレッドドラゴンがボスじゃないだろうな……」

『その番いだってよ』

「え、何そのドロドロ展開」

 

 つまり愛する存在を殺したプレイヤー(おれたち)への復讐か。

 先に炎吐いて攻撃してきたのそっちなんですけど? あれは正当防衛だから!

 

 ダンジョンに入室すると、待ち構えていた雑魚敵がわんさか出てきた。

 

『タイミング合わせろよ』

「オーケー、任せて」

 

 今の俺はキルミーと同じ魔導士。俺たちは同時に杖を構える。

 足元からぽつぽつと浮かんでくる光のカケラたちが杖に集まっていき、凝縮された力が一気に解放された。

 

《KMとスズリの“融合”ゴッドブレス発動! 範囲内のモンスターに19672903のダメージ!》

 

 おお……。すげえダメージ。攻撃範囲も広い。

 

『思ったよりダメ低いな』

「ゴリラ基準やめてくんない? こっちは感動してんのに」

 

 これで低いってどういうことだよ。

 

「とりあえず一つ目の部屋は突破……だよね? これ、どんどん地下に潜っていけばいいのか」

『…………今、なんか音したぞ』

「え? 敵いる?」

『そうじゃなくて』

「んん?」

『現実の方だよ』

「…………」

 

 えっ。なにそれ怖い。

 

 ヘッドホンを外して後ろを振り返る。立ち上がって部屋に唯一ある扉にぴたりと耳を押し当ててみた。

 

「…………」

 

 特になにも聞こえない。まあ多少の物音が聞こえてくることはある。防音部屋とはいえ完全ではないし。

 

「部屋の前を誰か通ったのかな。よく聞こえたね」

『大丈夫なのか?』

「うん」

 

 俺がゲームしてる間は護衛以外は誰も近づくなって言ってるんだけどなあ。今日はその護衛もいないし。

 ジャンケンで勝ったらしく、ダルくんもネオンのところにいるはずだ。

 

「ごめんごめん。続けよ」

 

 パソコンの前に座り直す。

 

 ゲーム内で、階段の前で待ってくれていたキルミーの隣に立つ。キルミーのアバターは暫くじっと俺のアバターを見て(乳か?)、やがて地下へと降りていく。

 

「ちょっと暗いなー」

『オレはディスプレイの明るさ変えた』

「あ、そっか。俺もそうする」

 

 設定画面から明るさ調整の項目に飛ぶ。つまみをクリックしてぐいーんと右に動かす。動かしすぎた。

 まっ、眩しい……! 夜型二足歩行生物を浄化する聖なる光!!

 

『スズリ?』

「ううう……」

『どうせ明るさ上げすぎたんだろ』

「目が……目がぁ……!」

 

 今度は数字で直接設定しよう。次食らったら灰になる。

 

 地下一階と思われる小部屋には、中ボスらしき巨大なモンスターが立っていた。部屋が暗くてよく見えない。

 ちょっと丸っこい部分があって、なんか細長いものがゆらゆらと左右に動いて――

 

『どうした』

「まってキルミーごめん俺無理これだけは無理」

『はぁ?』

 

 部屋の中央にいたモンスターが俺たちの存在に気づいて近づいてくる――カサカサと音を立て、まるで床を滑るように。

 

「うわああああああ!?」

 

 ――Gだ。Gから始まる黒光りする例のヤツだっ!?

 

 俺のインテリメガネ巨乳お姉さんがモンスターの突進をモロに受ける。

 

 さっきとは別の意味で悲鳴が出た。

 

 俺のお姉さんの胸にGが埋もれ……ッ!?

 

 すぐに回避行動すれば逃れられたかもしれないが、パソコンの前で思考停止してる俺にそんな余裕があるはずもなく――モンスターの頭頂部から生えた細長い触角によってお姉さんがぐるぐる巻きにされる。ああああっ!?

 

『おい、スズリ、今お前……』

「無理いいいいい、俺のっ、俺の胸がああああ……」

『……スズリ!!』

 

 やけに必死にキルミーが呼んでるけど上手く反応できない。

 こんなのって、こんなのって……!

 

『――そこから離れろ!』

 

 そんなこといったって、あの恐ろしい生物を見るためにパソコンに近づく勇気も出ない。

 

 へなへなと床に座り込んでいたら、ドンッ! と音がした。

 

「…………あれ?」

 

 耳にぴたりとつけていたヘッドホンを少しずらす。

 今、何か聞こえたような。

 ヘッドホンを完全に外して膝に乗せる。もう一度同じ音がした。扉の向こうから。

 

「誰か来たみたい」

『だから…………!!』

 

 膝の上から聞こえてくるキルミーの声は小さい。

 部屋の時計を確認する。夕食の時間にはまだ早い。

 ネオンか? 今日は夕食までゲームするって言っておいたけど、我慢できなくて癇癪を起こしてるのかもしれない。

 

 それは大変だ。ネオンの癇癪は放置すればするほど後で苦労する。

 

 ゆっくりと立ち上がる。虫への恐怖心のせいか、膝がちょっとだけ震えてた。

 あー、ほんと散々な目に遭ったな。

 

 扉に近づき、内側から掛けている鍵を解除する。

 ドアノブを捻ると……あれ、なんか暗い。さっきまでやってたゲームの地下みたいに。

 

 ……いや、違うな。

 

 俺よりデカい人が目の前に立ってて、影になってるからだ。

 

 顔を上げる。真っ先に目に入ったのは、稲妻みたいな傷跡だった。

 

「ネオン=ノストラードだな」

「……誰?」

「知る必要はない」

 

 扉の向こうには知らない人が立っていた。口元には目立つ傷跡があって、人相はよろしくない。これまでの人生で何度も見てきた種類の顔だ。

 

 逃避するように足元に目を向ける。床には俺がつけていたヘッドホンが転がっていた。

 

 ああ、キルミーが言ってたのってこれだったんだな。ごめん、気づかなかった。ずっと逃げろって言ってくれてたのに。

 

 ダルくんに負けず劣らず厳つい顔つきの男を見上げ、にっこりと笑った。

 

「うん。()()ネオン=ノストラードだよ。おじさんどこから来たの?」

 



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「形には自信あるんだけどなぁ」

 ――17時32分、屋敷ニ襲撃アリ、増……求ム

 

 右耳のピアスから聞こえてくる微かな音に耳を傾ける。

 

 ジジジ……と頻繁に走るノイズ音のせいで聞き取れる部分の方が少ない。

 

「はい。娘を見つけました。……はい、他はやられたかと……今は車でそちらに向かっております」

「こんにちは〜」

「人質が呑気に挨拶してんじゃねェよ!」

「ごっ、ごめんなさい……」

 

 ゲーム部屋に侵入してきた稲妻のような傷のある男は、片手で軽々と俺を持ち上げると、屋敷の裏口に停めていた車の後部座席に放り込んだ。

 後部座席には男の仲間がいたようで、頭にはピンクのバンダナをつけている。なんでピンク。気になったけど指摘するのはやめといた。

 

 運転席に乗り込んだ傷の男が車を出しながらどこかに電話を掛け、後部座席には俺とバンダナ男の二人だけ。

 俺を縄で縛る気もないらしい。俺が実は着痩せするタイプで筋肉もりっもりだったらどうすんだ。

 

 バンダナの男が俺の全身をじろじろと舐め回すように見てくる。

 

「凄腕の占い師だっていうからどんなもんかと思ったら……こんなガキだとは」

「人攫いするような人ってどんな怖い人かと思ったら……ピンクのバンダナなんて意外と可愛い趣味してるんですね!」

「あ?」

 

 やべ、指摘しちゃった。今のはなかったことに。CtrlキーとZキー連打連打連打!!

 

「それにしても本当に女か? この年ってもう少し胸あるだろ」

「小さいとダメ? 形には自信あるんだけどなぁ」

「……確かめてやろうか」

「下も確かめる?」

 

 俺がズボンを下ろすとぼろんって出てくるものがあるけど大丈夫? 胸はすとんっだけどその分バランス取れてていいと思うんだよね。

 

 ちなみに以前この流れで俺にぼろんっされた奴は心臓麻痺で死んだ。

 

「おい! 余計なことすんな」

「……わりぃわりぃ。冗談だよ」

「何が原因で占いとやらに支障が出るか分からないんだ。危害だけは加えるなよ」

「はいはい」

 

 ふむふむ。今回はネオンの占いが必要なタイプか。バレるまでは怪我することはなさそうだな。

 一度だけ、ネオンに占ってもらった人物がその後の行動を変えたことが原因で、第三者が被害を受けたことがあって。

 そいつの逆恨みで俺が攫われた時はなかなか酷い目に遭った。あれって結局どうなったんだっけ?

 

「この車はどこに向かってるの? お腹すいちゃったー。何か食べに行こうよ」

「……ガムテープかなんかねぇのか?」

「……何も」

 

 ガムテープしても無駄だよ。もごもごしながらでも喋ってやるから。

 

 車はどうやら高速に入ったようで、窓の向こうに映る景色はすごい勢いで切り替わっていく。あ、海みたいなのが見えた。

 

「ねえねえ、あの黄色い建物はなにー? すっごく高いね!」

 

 窓に向かって指をさしたらシャーッとカーテンを閉められる。ああっ。なんてことを。

 

 ――ジジジ……ジジ…………

 

 ピアスから聞こえてくる音は完全にノイズだけになっていた。この様子だと俺の声も向こうには聞こえてないだろう。これ、特注だとかで高かったのに。

 あとは発信機が上手く動いてくれてるかだけど……。車内はともかく、これから行く先では電波妨害されてるかもだし……。

 うーん、これ思ったより厳しいかも。詰み確のクソゲーかな?

 

 ――ジジッ……ジッ……ブツン…………

 

「…………」

 

 完全にお亡くなりに。レビュー荒らしてやる。

 

「大人しくしてろ」

「おじさん、紙とペン持ってない?」

「オレを占ってくれるのか?」

「ううん。似顔絵描いてあげる」

「…………もう二度と喋んじゃねーぞ」

 

 あまりにも扱いが雑すぎやしないか。黒服達でも「光栄です」って言ってくれるのに。

 

「つまんないの! 私、機嫌いい時しか占わないからね」

 

 すんっと顔を窓に向ける。カーテンのせいで何も見えないけど、バンダナおじさんの顔を見るよりはマシ。

 

 

 

「オラッ! さっさと起きやがれ!」

「ふぇあ?」

「なんでこの状況で熟睡できんだよ……」

 

 キルミーとゲームする夢を見てたら叩き起こされた。

 目元をゴシゴシこする。

 

「着いたの?」

「ああ、お前にとっての地獄にな」

 

 バンダナの男はにやりと笑って、いつの間にか停止していた車から俺を降ろす。運転していた傷の男の姿は見当たらなかった。

 

「私にとっての地獄はヘッドホン無しでやるゲームだよ。だって、なんか没入感が減っちゃわない? アレ、嫌いだなー」

 

 バンダナの男は俺の右腕を掴んだ状態で歩き出す。

 車が停まっていたのはどこかの廃墟の前で、俺たちは明らかに人がいそうにないその場所へと入っていく。

 足元にはガラス片や医療器具みたいなやつが落ちてる。元は病院だったのかも。

 歩いているとぐう、と小さくお腹が鳴った。さわさわとお腹を撫でる。

 

「ね、お腹すいちゃった。だって夕食前に貴方たちが来たから」

「ボスにお願いすれば用意してもらえるかもな」

「ボス? 私もボスって呼ばれてるよ」

 

 俺は呼ばれたことないけどな。

 

 廃墟の奥には、この場には不釣り合いなやけに高級そうな一人用のソファーがあった。そこに座っている男は上等そうなスーツに身を包み、口には煙草を咥えている。

 

 前にも似たような状況に置かれたことのある俺はそれだけで色々と察して、ああ、占い終わったら殺されるんだなと思った。

 彼らが俺を廃墟に連れてきたのは、こんなところに死体が一つくらい増えようが発見すらされない可能性が高いことと、そもそも掃除する手間がないからだ。「オレの屋敷を薄汚い血で汚したくない」って奴もいたな。

 

 それにしても、わざわざこんなところに高級ソファー(笑)まで持ち込んでるのは気合いの入り具合が違う。

 

「……そいつが例の占い師か?」

「そのようです、ボス」

「私、お腹すいた! ご飯用意してください!」

 

 はいはーいと手を上げて叫ぶ。バンダナの男はぎょっとしていた。

 

「ここにそんなもんはねェ」

「お金ないの? なら、そのソファーとスーツとネクタイとピンと……あと身につけてるもの全部売ったらご飯は買えるよ!」

「…………」

「す、すみません、ボス!! こいつ、見ての通り頭がおかしいみたいでして……」

 

 こんなか弱そうな少女を拉致する輩よりは絶対まともな頭してるだろ。

 

「占いができればそれでいい。紙とペンをもってこい」

 

 どこからか傷の男が現れて、俺に紙とペンを持たせてきた。

 なんとかして少しでも時間稼ぎしたかったのに。相手は思ったより厄介な早漏野郎だった。

 

「こんな重いもの持ったことない……」

 

 ペンを人差し指と親指で摘み上げながら言うと、耳元でカチリと音がした。

 

「死にたくなければすぐにやれ。占う相手の顔や情報があればいけるんだろ」

「それかっこいいね! 私も使ったことあるよ」

 

 なんだっけ。武器の名前覚えるの苦手だから毎回キルミーに聞いてたな。

 小ぶりで、俺でも扱えそうな軽めの銃だ。

 

 頭に押し付けられた銃の存在を意識の外に追いやって、渡された紙を見る。顔写真と共に名前や血液型、生年月日が載っていた。

 

 ふーん。俺がネオンじゃないどころか性別すら違うってことに気づかないわりに、占いの条件は知ってるんだな。

 俺が思ってるより裏社会ではメジャーなのかもしれない。

 

 くるくるとペンを指で回す。どれどれ。って、これよく見たらバンダナ男じゃん。アイデンティティー(バンダナ)付けてないから気づかなかった。

 タラバ=ガニタベタベ? ……本当に人間の名前か?

 

 随分と期待されちゃってるし、それには応えてやらなくちゃな。

 

 手元の紙にシャカシャカと勢いよく書いていく。

 

「ふう。こんなもんかな」

「見せてみろ」

「いいよ」

 

 バンダナの男にいくつかの文字が並ぶ紙を見せる。男は怪訝そうな顔をした。

 

「……おい、なんで二行しか」

「未来の詩がないってことは、未来に存在しないってことだよね。例えばさ……」

 

 俺から紙を受け取ろうとしたバンダナ男の手を掴む。

 

 ――今から死ぬとか?

 

 男の手を掴む手のひらにぐっと力を込め――る前に、俺は生温かい液体をいっぱいに浴びていた。

 

「あれ?」

 

 さっきまでそこにあったバンダナ男の頭が丸ごと消えてた。首から下だけになって、首からは大量の血が噴き出している。

 

 なんか、スプリンクラーとかそういうタイプのチョコレートフォンデュみたいな。って、何言ってんだ俺。

 

 男の身体がぐらっと傾き始めたのを見て、俺はとっさに握っていた手を離した。男はそのまま瓦礫だらけの床に思ったより大きな音を立てて倒れる。

 

「…………ん?」

 

 このパターンは初めてだ。というか使()()()()()()()のに、どうして。

 

 周りをよく見たらボスと呼ばれてた人も傷の男も、全部首から上が無くなっていた。

 元々赤色だったソファーにドス黒い血が上塗りされていて、ソファーの前にはネクタイピンが転がっている。

 

 ……とりあえず、ラッキー?

 

 顔についた血を拭おうとして、腕も血塗れなことに気づく。とりあえず袖を捲って裏地の部分を目や口元に当てた。べっとりしてて気持ち悪い。

 この汚れ、風呂入っただけでとれるのかな。

 

 ふっと頭上に影がさした。

 

 

「…………呑気だな、お前。ゲームの中だけじゃねーのかよ」

 

 やけに聞き覚えのある声が降ってきた。

 



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