幼馴染の変人ベーシストの料理番になった件について。 (かんかんさば)
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1年生編:幼馴染の変人ベーシストの料理番になった件について。
#0 登場人物紹介


〜4話投稿後〜
作者「いや〜、評価もそこそこついてきてモチベも上がるなぁ...」
「でもなんか忘れてるような...あっ、」
登場人物紹介の存在忘れてるやん!

ということで登場人物紹介です。


・波城 楓(なみしろ かえで)

この小説の主人公。

下北沢高校1年生。虹夏とリョウとは幼馴染でひとりの従兄にあたる。

少し言動に棘があったり、たまに喧嘩腰になったりするが困っていたり悩んでいたりする人を見ると放っておけない優しい性格で、目上の人にはハッキリした口調になる。

既に父は単身赴任、姉は独立していて高校進学を機に母が単身赴任、妹はスポーツ留学することになり、実家で一人暮らしを始めた。

ある出来事をきっかけにリョウの料理番(リョウ曰く)となり、事ある毎に飯を強請られるようになる。

 

身長:173cm

体重:60kg

誕生日:10月24日

髪型:若干緩めの天パで色は明るいブラウン

顔の見た目:ぼっちちゃんを男にしたような感じ

目の色:群青色

好きなこと:ゲームをすること、ギターなど楽器を弾くこと

嫌いまたは苦手なこと:バカにされること、自分で自分を褒めること(ナルシスト的な感じのもの)

イメージ声優:内田雄馬さん

 

 

 

・山田 リョウ(やまだ りょう)

下北沢高校1年生。虹夏、楓とは幼馴染。

趣味などが浮世離れしており、変わり者と言われると喜ぶ。裕福な家庭で暮らしているが楽器に対してお金遣いが荒く常に金欠で、たまに雑草を食べて空腹を紛らわす。

ある出来事をきっかけに楓に飯を強請るようになる。

 

・伊地知 虹夏(いじち にじか)

下北沢高校1年生。楓、リョウとは幼馴染

元気が取り柄の明るい性格で2人のまとめ役。

姉の伊地知星歌はライブハウス「STARRY」の店長で、高校進学を機にそこでバイトを始める。

いつかバンドを組み、姉の分まで有名になりたいという夢がある。

 

・後藤 ひとり(ごとう ひとり)

中学3年生。楓の従妹にあたる。

極度の人見知りで陰キャでも輝けるバンド活動に憧れギターを始めるが、人前での演奏となると実力を発揮できなくなる。

『ギターヒーロー』という名義で動画投稿やライブ配信をしている。

 

・伊地知 星歌(いじち せいか)

ライブハウス「STARRY」の店長をしている虹夏の姉。

かつてバンド活動をしていたが、現在はバンドをやめている。

楓の姉の伊織は大学時代の後輩。

 

 

・PAさん

楓、虹夏のバイト先、ライブハウス「STARRY」の音響担当。

PAとはPublic Addressの略。

耳や口元にピアスをつけていて低血圧気味の少し怖めの顔をしているが、穏やかな性格をしている。

 

 

・波城 伊織(なみしろ いおり)

楓の姉。

楓の中学進学と同時に独立し、現在は出版社のカメラマンとして日本各地を自由に駆け回っている。

星歌とは大学時代の先輩で、自身も大学時代はバンド活動を行っていた。

また、きくりとは大学時代の同級生で現在も一緒にお酒を飲む仲

 

・廣井 きくり(ひろい きくり)

楓の姉、伊織の大学時代の同級生。

かなりの大酒飲みで公園で倒れていたところを楓に介抱される。

伊織とは現在も連絡を取りあっていてたまに2人で飲みに行っている。

 

・蘆名 颯太郎(あしな そうたろう)

楓、虹夏のクラスメイトで楓の高校での数少ない男友達の1人。

興味や疑問に思ったたことをすぐに調べようとする性格のため、楓にリョウや虹夏との関わりについて度々聞いてくる。

坂戸とは中学からの腐れ縁。

 

・坂戸 春香(さかど はるか)

リョウのクラスの学級委員をしている女の子。

蘆名とは中学からの腐れ縁。

 

 

 

 




今後ともこの小説をよろしくお願いします。
登場人物が増えるにつれここも更新していきます。
【2023 3/6 追記】
主人公の明確な設定を追加しました。

【2023 3/10 追記】
主人公のクラスメイトなどの新キャラを追加しました。


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#1 回鍋肉


リョウ先輩が可愛いので初投稿です。(マジ)


突然だが、この俺、波城楓には幼馴染がいる。同い年の女の子が2人もだ。「ラノベで見るような展開で羨ましい!」とか、「自慢乙、爆発しろ」と思う人もいるだろう。

 

その幼馴染の名前は山田リョウと伊地知虹夏。

この2人をそれぞれ一言で表すなら《変人》と《聖人》

この2人にはその言葉はかなりあっていると思う。

 

山田リョウはさっきも述べた通り変人だ。…いや、《ドがつくほどの》や《筋金入りの》などの表現を付け加えても過言では無いほどの変人だ。

趣味は普通の女子とは思えないくらい浮世離れしていて、家が裕福なのに金遣いが荒く、こちらが変人というと「てれっ」や「変じゃないし…」など、顔を赤くして照れるという掴みどころがないやつだ。

 

対して伊地知虹夏はというとこれはもうかなりの人格者で誰に対しても優しく、それは小中友達が対していなかった俺やリョウに対しても変わらなかった。自分は彼女の優しさにはかなり助けられてきたと思っている。そんな優しさのせいか、中2のころにはクラスで『もしかして伊地知さんって俺のこと好きなのか?』なんて言う勘違い男子を大量生産させていた。

 

そんな幼馴染達と十数年の時を過ごしこの春からついに…

 

高 校 生 活 が 始 ま っ た の だ 。

 

 

 

高校生活といえば、時に笑い、時に恋し、汗と涙の青春物語!

…と言いたいところだが普通の高校生とは違う生活をこの春から送ることになったのだ。

家は両親が共働きで父は大手企業の地方支社に単身赴任していて、姉は俺が中学に進学すると同時に独立した。それから母と妹の3人で暮らしていたが、この春から母は地方の小学校に赴任し、妹も私立のスポーツ強豪校に入学し寮生活となった。

そう、この春から俺は実家で一人暮らしをすることになったのだ。

ちゃんと食べて行けるかなどの不安があったがそれを遥かに上回る希望が俺の胸の中に満ち溢れていた。

父さん、母さん、姉さんと妹よ。俺は自分一人でも

ちゃんと暮らしてみせるから。ーーー

 

 

なんて小説みたいなことを考えていたある春の日曜のこと、スーパーでその日の晩飯の材料を買って帰る途中、たまたま通りかかった公園で俺は

 

雑草を握りしめながら倒れているリョウを見つけたのだ。

 

(何してんだこいつ…)

 

「おーい、リョウ。ここ寝るとこじゃないぞー」

「…」

「おい、起きろ。さすがにはしたないぞ」

「…いた」

彼女は今にも消えそうな声で何かを呟く

「お腹…空いた…」

「まさかお前…何も食ってないのか…?」

「うん…朝ごはん食べてから何も食べてない」

「それで雑草を食べようとしたのか…ってか昼飯食べるくらいのお金は持ってるでしょ」

「持ってない」

「え?」

「金欠だから」

昔から金欠なのは知っていたがまさか昼飯代を削るまでになっていたとは、幼馴染とはいえさすがに引いてしまう。すると彼女は右手に握っていた買い物袋に目をつける。

「もしかして楓、今買い物帰り?」

「そうだけど」

「ご飯、作って」

「え」

(急に何を言っているんだこいつは…)

「お金ないからご飯作って」

えええゑゑええ!

いくらなんでも急すぎる気がする。公園でぶっ倒れている幼馴染を起こしたらその幼馴染から飯を作れと、しかも自炊なんてつい先日一人暮らしを始めたと同時に始めた超初心者なのにいきなり他人にご飯を作る。それに幼馴染とはいえ女の子だ。下手に不味いものを作ると「うーん、なんか美味しくないかも〜☆」とかイソスタで「こいつの飯不味すぎw」

とか晒されて速攻高校生活終了になってしまう。

しかしこれは一般的な女子高生に作った場合の話、今飯を作らされようとしてるのはリョウだ。こいつの場合は「不味い、○刑」とか「変な料理だし今から楓をベースでぽむっとするから」など命の保証がない。

自分が困っている友達を放っておけない性格なのは百も承知だが、さすがに自信が無い。可哀想だが今回は断ろう。

「借りは必ず返す。それに空腹時に食べるご飯は必ず美味しいって有識者が言ってた」

地味に心を読んできたぞこいつ。確かに空腹時に食べるご飯は必ず美味いのはあながち間違ってない気がするし…

「下手くそでも文句は無しな…」

結局自分の良心が勝ってしまった。

「今日って何作るつもりだったの」

公園から自宅へ向かう道の途中、リョウが俺に尋ねる。

「回鍋肉」

「へぇ」

「聞いといて興味無さそうな返しをするな」

「褒めても私の空腹は満たされないよ」

「褒めてないわ」

「ところでお金がないって言ってたけど、結構お小遣い貰ってなかったっけ?」

「いいベースや機材につぎ込んでる」

「まさかとは思うけどお小遣いほとんどそれに使ってるのか?」

「うん」

「それなら別途で昼飯代とかもらったら?お前の親御さんお前の頼みならくれそうだけど」

「親に頼るのはロックじゃない」

いやそこぐらいは頼ってもいいだろうとは思うが、リョウが両親に頼らないのには理由がある。

リョウの両親は病院を経営していて、家にはあまり帰れていない、それ故か両親の彼女への愛は深く、リョウは愛情深く育てられてきた。だが彼女はそれをお節介のように感じたのか10歳になったころにベースを始めた。ロックの道に進めば親の干渉が少なくなるかもと当時のリョウは言っていたが、結局今でもリョウの親の愛情の深さは変わってない。

俺や虹夏もその時は驚いたが今では《リョウらしくて合っている》と思っている。ただここまで金遣いが荒くなっているとは思わなかった。

そんな過去のことを思い出しているとあっという間に家に着いた。

「お邪魔します」

そう言って靴を脱いで、脱いだ靴を揃えるあたり彼女の育ちの良さが伺える。

リビングに入って彼女は真っ先にソファに飛び込んでそのまま寝てしまった。相当疲れていたのだろう。最近バンドに加入したらしくその練習の時間はかなり長いというのだからそりゃバタンキューするかのように倒れ込むのも無理は無い。

そうとなればなるべく起こさないように料理を作らなければならない。俺は買い物袋からピーマンとキャベツ、豚肉を取り出す。音を立てないよう慎重に水洗いし、包丁の刃を入れていく。

『ギコギコはしません。刃が入ってしまったらスーーと刃が下りていってくれるんで…』

なんていうどこぞのテレビショッピング販売員が言ってそうなことが脳裏に浮かんできて笑いそうになったが、笑い声で起こしてしまうかもしれない。

フライパンに油を引いて、豚肉を炒め、色が変わってからピーマンとキャベツを入れる。調味料を加え1、2分炒めたらほぼ完成だ。

あとは寝ているリョウを起こしに…

「美味しそうだね」

「いつの間に起きてた?」

「ご飯の気配を察知した」

地味に勘が鋭いのはなんなんだ。

2人分の回鍋肉をそれぞれ別の皿に盛り付け、テーブルに並べる。並べられた回鍋肉を見てリョウはまるで子供のように目を輝かせていた。

 

「「いただきます」」

2人で声を合わせ、回鍋肉に手をつける。

自分で作って言うのもなんだが、かなり美味しくできたと思う。さっきまでくだらない不安を抱いていていた自分に助走をつけて殴りに行きたいレベルだ。

ところで自分の料理を食べてるリョウはというと

「お、おお、おおおおお」

この驚きからして恐らく口にあっているのだろう。「楓ってこんなに美味しい料理作れたんだね。てっきり砂糖と塩を間違えたりしてるのかと思った」

作ってもらっておいて何様だこいつは。

「これなら毎日食べてられるかも」

「そう言って貰えてなによりです。」

 

 

「ご馳走様。食器下げとくね」

「お粗末さまです。」

料理を作った人に対してとんでもことを言うやつだが、しっかり食器を下げたりするあたりこいつはお嬢様だ。

 

しばらくして食器を洗い終わると、リョウはギターケースからベースを取り出していた。

夜だからアンプの音量は控えるよう伝えると、お礼に1曲弾かせてくれとリョウは言った。

彼女が弾き始めたのは3月まで放送していた連ドラの主題歌だった。ベースで掻き鳴らす重低音と彼女の透き通るような歌声にいつの間にか俺は聞き惚れてしまった。

弾き終わると直ぐに、リョウは帰りの準備を始めた。

「ご飯、ありがと」

「いやいや全然大丈夫だけど本当にお金の使い方には気をつけろよ?」

「善処する。それじゃあ、また明日」

「うん、また明日」

玄関で少し会話を交して俺はリョウを見送った。

母と妹が家を出て数日とはいえ、他の誰かと食事するのも誰かが家にいるのも久しぶりで、なんだか不思議な気分になった。

「明日学校だしそろそろ寝るか」

と誰もいるはずのない家の中で独り言を呟き、眠りにつこうとした時、リョウからロインがきた。

『これから楓を私の料理番に任命する』

『明日はカレーがいい』

料理番ってなんだよ。しかもこいつ、一丁前にリクエストしてきたぞ。二つ返事で了解し、俺は明日どんなカレーを作ろうかと考えながら眠りについた。

 

 

 

 

 

 

こうして平凡な高校生、波城楓は、幼馴染の変人ベーシスト、山田リョウに「料理番」として晩御飯を作る生活を送ることとなったのだった。

 

 

 

 

 

次回、『カレー』

 

 

 

 

 

 

 

 

 




小説初心者なので誤字脱字やこういう表現のほうがいいなどの指摘があると参考になります。

感想やお気に入り登録してもらえたらモチベが上がります。

コメ欄での喧嘩や誹謗中傷などはお控えください。

《追記》本文でガッツリ虹夏ちゃん紹介してたのに虹夏ちゃん1ミリもでてきませんでした()
次回からはしっかり登場します。


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#2 カレー

初心者の駄文にお気に入りが複数付いていてモチベが上がったので初投稿です。
この回から虹夏ちゃんが登場します。


『明日はカレーがいい』

 

というリクエストを幼馴染であるリョウから受けた次の日の朝、俺は学校へと向かっていた。

昨日は買い物帰りに公園で倒れていたリョウを拾い、夕飯を作ったら彼女から料理番認定された。

急に女の子にご飯を作るだけでも精神的に疲れるのにそこに料理番認定とリクエストだ。彼女のことだからこれからほぼ毎日夕飯を作ることになるだろう。そんなことを布団の中で考えてたおかげで俺は今かなり眠い。今日は昼寝をしてから買い物に行こうと思っていたら後ろから肩をポンポンと叩かれた。

 

「おはよう!楓」

「ああ、虹夏か、おはよ」

声をかけてきたのはもう1人の幼馴染、虹夏だった。

「なんか眠そうだけど、何かあったの?」

「夕べに少し考え事してた」

「そっか、あんまり夜更かしするとお母さんに心配されちゃうから気をつけてね」

「うん、気をつける」

 

やはりこの優しさ溢れる気遣い、天使だろ。無論、先日の入学式でも周りの席の人に話しかけていたり、式後のHRでも高校初日故の気まづく沈んでいたクラスの雰囲気をパッと明るくしていた。

 

「今日、何あったんだっけ?」

「確か今日はオリエンテーションとLHRだけだった気がする」

 

二限で帰れるのは有難い。しっかり寝てから料理を作る方が怪我のリスクとかも低くなる。

 

「楓、虹夏、おはよ」

「リョウもおはよう!」

「おはよ」

しばらくしてリョウが合流してきた。昨日からの寝不足の原因は8割こいつだ。残りの2割はというと自分の心配性故の考えこみである。

「そんなに考え込まなくても楓の作るご飯は美味しい」

「えっ」

 

地味に心を読んでくるな。それにその言葉だいぶ語弊があるぞ。虹夏はなんか無○空処食らったみたいにポカーンとしてるし。

 

しばらくして我を取り戻した虹夏に事情を説明すると

「な〜んだそんなことだったんだ。楓の心配性もよく分かるけどあんまりリョウを甘やかしちゃダメだよ?」

 

と理解を示し、甘やかさないよう言われた。実際その通りである。中学生の頃、試験の時に社会のノートを貸した際、貸したノートをしばらく返さなかった挙句、全教科のノートやプリントを貸せと言ってきたくらいだ。それでも自分の良心がリョウを助けてしまうあたり、つくづく自分は甘いヤツだと思ってしまう。

 

「過去の私を褒めても今の私を褒めたことにはならない」

 

だから褒めてないっての。

 

* * * * *

 

昇降口で靴を履き替え、階段を登り自分たちの学年のフロアへとたどり着く。「じゃあね」と言ってリョウと別れ、虹夏と教室に入る。言いそびれていたが俺と虹夏は同じクラスでリョウは隣のクラスだ。話を戻そう。虹夏と一緒に教室に入ると教室にいたクラスメイトは元気よく笑顔で入った虹夏に視線が向いた…

 

と思っていたら一瞬で俺に移ってきた

 

そのクラスメイトの視線はというと女子からは『えっ?波城くんと伊地知さんって付き合ってるの?』や『やっぱり伊地知さんって行動力あるなぁ〜』のようなキラキラした視線で、男子からは『は?なんやあいつ』とか『抜け駆けしやがって』とか『野郎、ぶっ○してやらぁ!』などと嫉妬や○意のこもった視線だ。高校生活2日目でこれは恐らくぼっち確定だろう。ちなみに俺には今年中3になる従妹がいて、そいつはかなりの人見知りでぼっちをこじらせており、それのことについて俺は気にかけていたが、今になって従妹のような感覚が分かるようになってきたかもしれない。

そんなことを考えてたらいつの間に朝のHRが始まった。担任の話によると一限のオリエンテーションは学校内の施設案内や購買などの使い方を教えてもらうらしく、二限のLHRは先日の入学式で出来なかった自己紹介をするらしい。先程の地獄のような視線からして、俺の○刑執行は二限になるようだ。

 

* * * *

 

一限のオリエンテーションが終わり、一限と二限の間の休み時間、俺はスマホとにらめっこをしていた。今日のカレーに入れる隠し味の材料を探していたのだ。さすがに雑草を食べるくらいならすこしでも美味しいものを食べさせてやりたいと思う。やっぱ定番でいくとリンゴやはちみつとかなんだが…

と隠し味として何を入れるかなんて考えてたらチャイムがなってしまった。担任が出席番号1番の子に号令をかけるように言い、その子が号令をかけて二限が始まった。

「それじゃあこれからこの前出来なかった自己紹介を始めるけど…まぁ、肩の力抜いてリラックスしていこう」

担任がそう言うと、早速自己紹介が始まった。

 

「出席番号1番の○○です。出身中学は経堂中で、好きな物はゲームです!よろしくお願いします!」

1番の子は経堂中ね…それに趣味がゲームとは、仲良くできそうかも…

 

「出席番号7番の伊地知虹夏です!出身中学は下北沢中で得意なことは料理を作ることです。一年間よろしくお願いします!」

さすがは虹夏だ。自己紹介でもキラキラしてやがる…

 

「出席番号16番の△△です…出身中学は…桜新町中で…中学の頃は吹奏楽部に入っていました…い、一年間よろしくお願いします…」

 

あぁ、失敗したって顔してるよ…でも大丈夫、俺がもっと盛大に失敗するかもしれないから…

 

「出席番号25番の□□です。参宮橋中出身で中学の頃はテニスをしてました。一年間よろしくお願いします。」

 

お〜真面目な感じなんだなぁこの人…ん?今25番が終わったってことは次…

 

「お〜い、波城君、次君の番だよ?」

「あっ、すみません…」

 

どうやら○刑執行のようだ。

 

「出席番号26番の波城楓です。出身中学は下北沢中で中学の頃は剣道をしていました。好きなことはゲームです。一年間よろしくお願いしマ゙ずっ!?」

 

最後の最後で噛みましたね…これは終わりましたね\(^o^)/

俺の噛んだ自己紹介は1部の人の笑いのツボを思いっきり刺激したようで、笑っている人は大爆笑している。先程噛んだ痛みと盛大に自己紹介を失敗して笑われてるショックのダブルパンチは俺に痛恨の一撃を与えた。ただ不幸中の幸いとしてまだ虹夏との関係は聞かれてない。さっき俺は自己紹介で○刑執行されると思っていたが、以外とそんなことは無かった。

最後の出席番号の子の自己紹介が終わると担任は自由に色んな人に話しかけてみようと言った。どうやら○刑執行はこの時間になりそうだ。

「波城くん…お、お〜い、波城くん?」

さっそく誰かが話しかけてきたようだ。この雰囲気からして、さっきの桜新町中の子だ。

「波城くんってゲームやってるんだよね?なんのゲームやってるの?」

「あ〜最近よくやってるのはス○ブラとかだね。入試終わるまではやれてなかったから最近は腕が鈍っちゃったんだよね〜」

 

この子も趣味がゲームとは…この子とも仲良くできるかもしれない。

ちなみに俺のス○ブラの腕前はまぁまぁいい方だ。ただリョウや虹夏とやる際はある程度手加減なりハンデなりはする。中学生の頃に1回本気で2人とした際、ボコボコにしてリョウは拗ねてしまい、虹夏はギャン泣き状態になってしまった。あの時2人の機嫌を直すのにはかなり時間をかけた記憶がある。

 

「へぇ〜ス○ブラ僕もやってるんだよね〜後でフレコ送るからロイン交換しない?」

「うん、送ったらすぐ申請する。一年間よろしくね」

「こちらこそ!」

さっきの自己紹介のやらかしや虹夏と登校してきたことに関して聞いてこないあたりこの子は優しそうだ。

というか見た目からして優しいのは分かっていた。

 

「波城君、ちょっと話しようよ。」

「うん、いいよ」

桜新町中の子の次に話しかけてきたのは経堂中の子だった。見た感じ陽キャっぽい感じがするが、悪い人では無さそうだ。

 

「さっそく聞くけど、波城君と伊地知さんって付き合ってるの?」

 

あ、○刑執行されたなこれは。というかよく初っ端からそんなこと聞けるな。

 

「あ〜俺と虹夏ね、幼馴染なんだよ。小学校からの」

「え〜そうなんだね、あんな幼馴染がいるなんて羨ましいよ」

 

誤解を解くよう、リラックスして説明すると直ぐに納得してくれた。やっぱり○刑執行だなんてことはなかったのだ。

 

そこから経堂中の子と会話をしていたらチャイムがなった。帰りのHRが始まり、そこで配られたのは部活動説明会の案内とアルバイト届けの2つだった。部活の方は入るとしたら中学と同じく剣道にするつもりだが、今の所入るつもりは無い。一人暮らしに部活まで付いてきたら体力が持たない。だが、バイトの方はというとこれも部活と同じく体力は使うがお金がなければ生きていけない。一応親からある程度の食費は銀行の口座に振り込んでもらっているが、リョウの分もとなるとさすがに親からのお金だけでは心もとない。今度バイトを探してみるとしよう。

 

****

 

HRが終わり、俺はそそくさと教室を出る。朝のような誤解をまた与えてしまってはいけない。虹夏に昇降口で合流しようとロインを入れたから多分大丈夫だろう。

自販機でサイダーを買ってそれを飲みながらスマホをいじってるとリョウがやってきた。

 

「なんか買って」

「今日カレー作るんだから我慢しろよ」

「むぅ」

 

飲み物の奢りを拒否すると、リョウは財布から小銭を取りだし、りんごジュースを買っていた。お金あんのかい。

 

「これで私の機材費用が少し減った」

「機材はすこしでもお金貯めてから買えばいいじゃん」

「見つけた機材はすぐに買うのがマイルール」

「そんなんだから雑草食う羽目になるんだろ」

「さすが私の幼馴染、褒め方わかってるね」

「褒めてないわ」

 

「2人ともお待たせ〜」

 

しばらくリョウと2人で待っていると虹夏がやってきた。どうやら先生を手伝ってたら遅くなってしまったらしい。

3人揃ったところで俺と虹夏とリョウは学校を後にする。

 

「リョウのところは自己紹介どんな感じだったの?」

「みんな全然ロックじゃなかった。」

「そりゃそうだろ。初っ端からロックに自己紹介するわけじゃないんだし」

「そういえば楓、自己紹介のとき、最後の最後で思いっきり噛んでたよね〜」

 

案の定いじられるよな。まだ微かに残る舌噛んだ時の痛みがヒリヒリしている。

そして噛んだ時の俺の真似をしている虹夏を見て、リョウはクスクスと笑っていた。

 

*****

 

リョウと虹夏と別れ家に着き昼飯を済ませると、俺はすぐに寝てしまい、目が覚めると部屋の時計は3時半を回っていた。

枕元に置いていたスマホを確認すると、ロインの通知が溜まっていた。桜新町中の子とリョウからだった。

桜新町中の子はフレコを送ってきてくれていた。フレコをゲーム機に入れてプロフィールを見る限り、相当やりこんでいるようだ。

リョウの方はというと

『6時半にそっち行くから。カレーのお肉はなんでもいいけどルーは中辛で』

今日作るカレーの味や中身のリクエストだった。

肉はなんでもいいと言っていたし、疲れにも効く鶏肉を使うチキンカレーにしよう。

そう決めて俺は家を出て、近所のスーパーに向かった。

 

「ただいまぁ〜」

 

スーパーから帰り、誰もいるはずのない家に向かって呟くが、返事が返ってくるわけが無い。

母と妹が家を出て数日経つが、まだこの寂しさには慣れてない。でも新しい環境で頑張っている妹や母のためにも、俺は下北沢で頑張らなければならない。

そう自分を鼓舞し、俺は買い物袋から材料を取り出し、じゃがいもと人参、ルーをキッチンに置き、鶏肉とリンゴを冷蔵庫へと入れる。

スピーカーを起動し、お気に入りの音楽を流しながら、俺は具材を切り始める。音楽のリズムに乗りながら玉ねぎを切る。どっかで聞いた話だが、玉ねぎを切るとき、箸をくわえながら切ると涙が出ないらしい。

玉ねぎを串切りにして鍋にいれ、次に切るのはじゃがいも。じゃがいもは個人的にほくほくした食感が好きなので今回は男爵いもにした。縦半分に切ることを繰り返し、3つ買ったじゃがいもをそれぞれ6等分にした。まだ鍋に入れて炒めるまでは時間があるので、水にさらす。

最後に切るのは人参。人参は皮をむいて入れるのが一般的だが皮にもベータカロテンという体内でビタミンAに変換される栄養素が入っているため、家では剥かずに入れる。

水洗いし、なるべく可食部を多く残すようにヘタを取り、乱切りにする。

野菜を全て切り終え、時計を確認すると、まだ5時半だった。玉ねぎと人参をまとめてボウルにのせ、ラップをかける。

 

まだリョウが来るまで時間があるため、休憩がてら少しアニメを見ることにした。最近よく見るアニメはゆ○キャン△にポ○テピ○ック、三月のラ○オンの3つだ。

この中でもお気に入りなのは三月のライ○ンだ。このアニメは孤独な高校生のプロ棋士が様々な人々と交流し、成長していく物語だ。プロ棋士が主人公の将棋漫画なので、将棋を指すシーンが多いが、魅力は将棋シーンだけでは無い。主人公含め登場人物が何かしらの問題を抱えていて、それに向き合ったり解決したりと見ているこちら側も共感できるシーンが魅力となっているアニメだ。

 

さっそくこの前の続きを見る。オープニングが流れ始めると、そこから俺がのめり込むのは早かった。この回は主人公とライバルの対決、主人公との死闘に粘った末、敗れたライバルの対局の悔し涙のシーンを見て感動し、見終わった時には大粒の涙を流していた。

涙を拭いて、カレー作りを再開する。リンゴを冷蔵庫から取りだし、水洗いしたあとすぐにすり下ろす。そのあと鍋にサラダ油を入れて熱し、鶏肉、人参、玉ねぎ、じゃがいもとすりおろしたリンゴを入れ、鶏肉の色が変わり、玉ねぎがしんなりするまで炒める。

そうしたら鍋に水を加え、煮込む。煮込んでいるとスマホからロインの通知がなった。メッセージの主はリョウで少し早く着くという内容だった。気をつけてこいと返信して引き続き鍋を注視する。

沸騰したら火を止め、沸騰が収まり、鍋にルーを入れる。ルーをかき混ぜながらよく溶かす。弱火で煮込みながら皿を食器棚から取り出し、キッチンの空きスペースに並べた。鍋から漂うカレーの美味しそうな匂いにヨダレが垂れそうになる。

 

今から皿にちょうど炊けた白ご飯とカレーを装うとしたその時、ドアチャイムがなった。玄関に向かいドアを開けるとそこにはギターケースを背負っているリョウがいた。

 

「ドア開けるのが遅い」

「ピンポン鳴ってからそんな経ってないだろ」

「か弱い乙女をそとでほったらかすのはよくない」

「そうですね。とりあえず入れよ」

「お邪魔します」

 

リョウを家に入れ、リビングへと向かう。

昨日と同じくリョウはソファへとダイブした。だが昨日とは違って寝ずにテレビを眺めていた。ニュースに興味があるのかと尋ねるとそうではなく、どうやらこの後にやる音楽番組に興味があり、予めチャンネルを合わせたという。

ニュースをぼけーっと眺めるリョウを見ながら、俺はカレーライスをよそう。

 

「そろそろ食べるぞ〜」

「わかった」

 

カレーライスをよそい終わり、リョウを呼ぶ。カレーライスをテーブルに並べると、リョウは目を輝かやかせてカレーを眺めていた。ホテルのレストランで出すカレーほどの自信はないが、美味しいそうと思ってもらえてるなら、それは嬉しい。

 

「「いただきます」」

 

スプーンでカレーを口に運ぶ。引き立て役として入れたリンゴが自らの味を主張せずにカレーの味を深みのある味わいにしている。

 

「このカレー、美味しい。隠し味にリンゴとか入れたでしょ」

「よくわかったな」

「私の好みにあっているからすぐわかった。今後も精進していくといいよ」

 

なんか上から目線でイラッとしたが、隠し味を見抜くその直感力、さすがはお嬢様。舌が肥えていると思う。

 

 

「「ご馳走様でした」」

 

カレーライスを食べ終え、リョウは直ぐにリビングへと向かい、テレビでやっている音楽番組を見ていた。

人気アイドルが出てる時は退屈そうにしていたが、バンドが出てくるとすぐさまノートとペンを取り出し、曲を聴きながらメモを取っていた。

好きなことに対し熱中している彼女を俺はシンプルに尊敬しているし、憧れを抱いている。

それに対して自分は...なんて浮かないことを考えるよりはまずは目の前のことをやろうと2人分の食器を洗う。

 

食器を洗い終えて、俺もソファに座り込む。リョウはというとグデーっと横になってる。足がこちらに当たっていてもお構い無しのようだ。

 

「楓、アコギある?」

「あーあるけど、どうした?」

「アコギ弾きたい」

「取りに行ってくるから少し待ってろ」

 

急に起き上がったと思えばアコギをもってこいと言われた。やっぱり何を考えてるかこいつは分からない。

俺は階段を登り、自室からアコギを取り出す。

簡単にコードを引く限り、あまりチューニングは狂って無さそうだ。少し弾きたいと思ったがリョウを待たせてるので、その気持ちを抑え、アコギを下へ持っていく。

 

夜なので弱音器をつけ、大きい音が出ないことを確認し、アコギをリョウに渡すと、さっそく曲を弾き始めた。

さすがはバンドマン、カポを使わずに丁寧な運指でコードを奏で、透き通った声で歌う。

 

「互い違いに歩き出した、僕の両足は〜♪」

 

弾いているのはOfficial髭○dismのパラボラ。

正直、ロックが好きな彼女がポップを弾くのは驚きだが、春の新しい環境に対する不安や期待感を歌ったこの曲をリョウが選んだということは、恐らくリョウもそれなりの不安はあるのだろう。

 

「いつかきっと、いつかきっと〜♪」

 

曲を弾き終わるとアコギをこっちに手渡してきた。

 

「楓もなんか弾いて」

 

リョウがそういうので俺もなにか曲を弾くことにした。

さっき彼女が弾いていたのは春の曲。ならこちらも春の曲を弾くのが無難だろう。そう思い俺が選曲したのはスピッツの春の歌。

この曲はまだ姉が家にいた頃、よく聞かせてもらっていた曲だ。姉ほど上手く弾ける自信はないがそれでも頑張ろう。そう思いながら2フレットにカポを取り付け、曲を弾き始める。

 

「春の歌、愛と希望より前に響く〜聞こえるか遠い空に映る君にも〜♪」

 

元々バンドマンだった姉よりは上手く歌えてない気がするが、リョウの聞いている様子からして、ちゃんと歌えているのだろう。

 

「遮るなどこまでも続くこの道を〜♪」

 

楽しそうに聞いているリョウを見ていたら、あっという間に弾き終えた。

 

「曲選のセンスいいね。でも私の方がギター上手い」

「そりゃバンドマンに敵うわけないだろ」

 

***

 

「お休み、また明日」

「また明日」

 

そう言って玄関まで見送り、手を振る。

外に出て家へと歩き出す彼女の様はまるでギターを嗜むお嬢様という感じだった。

 

「あいつ見てくれだけはいいんだよなぁ」

 

思わず出た独り言を呟き、ふとやってきた眠気を受け入れるかのように布団へと向かう。

明日は何を作ろうか。そう考えていると俺はあっという間に眠りについたのだった。

 

次回、『中間テストとバイト先』




いや〜小説書くのって難しいですね()
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#3 中間テストとバイト先(+おまけ)

あと少しで評価バーに色がつきそうなので初投稿です。



一人暮らし、高校生活、そしてリョウに食事を作る料理番生活にも慣れてきた5月の中頃。

いつの間にか桜の木に咲いていた花は青葉へと変わっていて少しづつ季節の移ろいを感じるが、今はそれどころではない。

5月といえば全国の学生諸君が望む試練のイベント、中間テストの時期だ。

今俺は2週間後に控えた中間テストに向けて自宅で試験勉強をしている。

 

「楓、ここわかんないから教えて」

「あぁ、そこは(1)で出した答えの式を代入するんだけどその前に上手く式変形しなきゃ...」

 

リョウも一緒に勉強していて、今はテスト課題を教えている。

俺やリョウ、虹夏の通っている下北沢高校はこの辺一帯でも有数の進学校で授業のスピードはかなり早い。

今俺がリョウに教えている数学Iもここのところ授業でやっているのは二重根号の計算で、近所の秀華高に行った友達から聞いたところ、まだ秀華高は三次式の展開をやっているらしい。

このとてつもない授業スピードに俺や虹夏は辛うじてついていけてるが、リョウは全くついていけてない。

どうやらこの前の小テストでは20点満点中5点を取ってしまい、担任の先生にこっぴどく怒られたらしい。

 

「楓、次ここ教えて」

「そこは公式に当てはめて解いてくんだよ。-4√3を分解して-2√12に一旦戻してから計算するとスムーズにいくと思うよ」

「おおおお!と、解けた」

「そんなに感動することか?」

「ガ○ガ○君のあたりが出た時くらい」

 

感動するラインが低すぎるだろ。しかもこれ基礎問題だぞ。

そう思いながら俺は着々とリョウと課題を進めていった。

途中「糖分補給したいからハーゲ○ダッツ買ってきて」だの「喉乾いたからジュース買ってきて」だの言ってきたが、「終わったら買ってやるから我慢しろ」と宥め、何とか終わった頃には夕方の5時になっていた。

かなり長時間勉強していたからか、リョウはぐったりしていた。

さすがにこっちもおやつを食べたくなったので自分のおやつを買いに行くついでにリョウにハーゲンダ○ツを買ってあげることにした。

 

「ハー○ンダッツ買いに行くからコンビニ行くぞ」

「疲れたから無理。行ってきて」

「じゃあ買わn...」

「しょうがない。行こう」

 

本当欲望には忠実だな、こいつ。

保冷バッグに保冷剤を詰め、家の鍵を閉めて「早くしろ」と急かしているかのような視線を送ってくるリョウとともにコンビニへと向かう。

外に出ると空は綺麗な茜色になっていて、思わずぼーっと眺めてしまった。

 

「ハーゲン○ッツが待ってる。早くして」

「ああ、ごめんごめん」

 

急かしているリョウの声でふと我に返り、コンビニへと足を踏み出す。

 

コンビニに着くとリョウは真っ直ぐアイスのコーナーへと向かった。それを見て俺はまるで子供みたいだなと思い、カゴを取って彼女の後を追いアイスのコーナーへと向かう。

 

「これ私の分」

 

そう言ってリョウはカゴに堂々と○ーゲンダッツを3つも入れてきた。こいつハ○ゲンダッツが1ついくらするかわかってて入れてるのか?

 

「さすがに3つも買えないし、2つで我慢してくれ」

「楓のケチ。自己新記録の頑張りを見せたから3つでもいいと思う」

「いやいや、3つ買ったら1000円だぞ?俺の分も合わせたら俺の財布が砂漠になる」

「楓の分はどうでもいい」

「こんどから晩飯作らないぞ?」

 

さすがに晩飯をダシにすれば向こうも引き下がるだろう。そう思いカゴからハーゲンダッ○を1つ、アイス用の商品ケースに戻そうとすると、リョウに手を掴まれた。

半泣きに膨れ顔。これはまずい。

他の客の冷ややかな視線を浴びてしまう前に仕方なくハー○ンダッツをカゴに戻した。

するとリョウはニンマリとした顔でこちらを見てくる。

 

ぶん殴りたい、この笑顔。

 

結局ハーゲ○ダッツを3つ買って、コンビニを後にした。

 

家に帰ったあと、「努力の成果と勝利の味がする」と言ってハ○ゲンダッツを食べるリョウに俺は敗北感を感じたのは言うまでもない。

 

*****

 

それから2週間後、あっという間に中間テストが終わった。

俺の出来はというと、まあまあだ。勉強における高校生活のスタートダッシュを上手く切れたと言っても過言では無いだろう。

でも上には上がいるもので、虹夏は学年15位を取っており、高々トップ50の少し上くらいの俺とは天と地の差だった。

ちなみにリョウはというと、コミュ英や国語総合などはかなり高い点数だったが、歴史総合や物理基礎、俺が教えていた数学ⅠAは赤点を取っていた。

 

「楓、今度は歴史や物理も教えて」

「わかったけど...俺一人じゃ無理だし虹夏も頼むわ」

「了解!リョウ、言っとくけどすこし厳しいからね?」

「やはり持つべきものは友」

 

高校は中学までとは違って成績次第では留年なんて有り得る。次の期末テストで赤点を取ってしまうと進級が危うくなる。

期末テストでは赤点を取らせないくらい教えられるように、こちらもすこしがんばろうと思った。

 

「そういえば楓、バイトどうするの?」

「まだいいバイト先見つかってないんだよな...」

 

虹夏が突然思い出したかのように俺に問う。

テストが終わったらバイトをしようと決めたのは先月の終わりごろで、スキマ時間を見つけては求人広告を漁っていたが、なかなかいいバイトが見つかっていなかったのだ。

 

「じゃあ、うちのライブハウスでバイトしてみたら?」

「え?」

「?」

 

まさかの提案に俺は言葉が出なくなる。

虹夏の家はライブハウスをやっている。そこの店長は虹夏の姉であり、俺の姉の大学の先輩でもある星歌さん。

虹夏とは真反対のおっかない性格で、小学生の頃は何回か泣かされたこともある。その性格の姉のバイト面接を受けるとしたら、超絶圧迫面接で俺は灰になってしまうだろう。

でもせっかくの提案だし、面接を受けてみることにした。

 

「わかった。面接、受けてみるよ」

「よ〜し、じゃあ土曜日に面接に来るってお姉ちゃんに伝えとくね〜」

 

土曜日までに履歴書とか書いとかなきゃな。

 

*  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *

 

 

 

 

バイトの面接日である土曜日。

 

俺は面接を受けにライブハウス「STARRY」に来ていた。

面接は午後からということで、朝はゆっくり寝れて、朝食を食べることが出来た。

家を出る時間までネットで調べた緊張を解す方法を色々試したが、それらは全て無駄となってしまった。

 

「大丈夫、高校の面接も頑張って乗り越えたんだからきっといけるはず」

 

自分を鼓舞し、階段を降りてドアを開ける。

 

「誰が面接受けに来るかと思ったらお前か、楓」

 

ドアを開けると椅子が二脚、向かい合う形で置いてあり、そのうちの一脚に星歌さんが座っていた。

虹夏とは違う、キリッとした目つきでこちらを見つめてくる。

その目つきで更に緊張が高まった俺はカバンから予め書いておいた履歴書を渡し、席に着く。

 

「それじゃあ、面接を始めていこうと思います。まず名前を」

「波城楓です...」

「バイトの面接を受けるのは初めてってことでいいですか?」

「は、はい...」

「緊張してるようですが、リラックスして受けてください」

「はい...」

 

面接が始まり、星歌さんが敬語で話してくる。

普段あまり丁寧な口調ではない星歌さんの敬語は圧迫面接のそれのようなものだ。

 

「まず最初に志望動機を教えていただけますか?」

「友人からの紹介です...」

「そうですか。次に履歴書に剣道部入部と書いてありますが、段位などあれば教えてください」

「現在は剣道二段をもっています...」

「二段ということはある程度の腕はあると」

「はい...」

 

暫くの間、沈黙に包まれる。

鋭く突き刺すような視線で履歴書とこちらを交互に見てくる星歌さんとその視線で冷や汗をかく俺。

この沈黙はいつまで続くのだろうかと考えていたその時、星歌さんが口をあける。

 

「お前さっきからガッチガチに緊張し過ぎなんだよ。私もフランクにいくからお前もそうしろ」

「は、はい」

 

怖い、怖すぎるでしょこれ。

でもここでひよってたらこの先どんなバイト面接だって落ちる。だからここはリラックスして場を乗り越えよう。

ペットボトルに入っていた水を一気に飲み干し、ハンカチで汗を拭いて深呼吸をする。

するとなんだか緊張が一気に解れた気がした。

 

「お、少しは緊張が解れたみてぇだな」

「はい!よろしくお願いします!」

 

そこから普段の学校生活のことなど、色んなことを聞かれた。

緊張が解れたおかげで与えられた質問には全て答えることができ、いつの間にか最後の質問を迎えていた。

 

「最後にひとつ、ウチはチケットやドリンクの販売の接客業務の他に機材運搬とかの力仕事があるしかなりキツイと思うがついていけるか?」

「はい!」

「いい返事してんじゃねぇかよ。ちょうど男手が欲しかったところだし、採用だ。きっちり働いてもらうからな」

「...!よろしくお願いします!」

 

どうやら採用が決まったようだ。

後で虹夏やリョウに報告しよう。

 

「そういやお前一人暮らししてんだってな」

「よく知ってますね」

「虹夏から聞いた。なかなか大変だろ」

「まあ、最初は大変でしたけど慣れたら全然ですよ」

 

その後、少し星歌さんと世間話をした。

学校のこと、ライブハウスのこと、最近聞いているアーティストのこと。

中学生の頃までは怖くて話せなかった星歌さんと話せるようになったことに俺は俺自身の成長を感じた。

 

「そういえば伊織は元気にしてるか?」

「元気にしてますよ。最近は取材で地方にいってるみたいですけど」

「へえ」

 

伊織とは俺の姉のことである。

大学を出たあとは出版社に就職し、今はカメラマンとして日本各地を自由に駆け回っている。

基本的に自由でいることを好むため、常に誰かに心配されることが多い。

どうやら星歌さんもそのうちの一人のようだ。

 

* * * * * * * * * * * * * *

 

それから勤務開始日と時間帯を教えてもらい、スターリーを後にして家に帰る頃にはもう日が暮れていた。

今日はリョウが来ないというのもあり、さっとチャーハンを作った。

「あれ?こんな味付けしたっけ?」

そのチャーハンはまるでこれから起るハチャメチャな生活の予兆のような不思議で美味しい味だった。

 

 

初バイト当日。

元気よく挨拶してスターリーに入ったはいいものの...

 

「おはようございます!今日からよろしくお願いします!」

「...あ、おはようございます」

 

のそっと出てきたPAさんにビビり

 

「ウ"ェ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"!!!」

 

とどこかのカフェ店員のような奇声を発し、高校につぎ、バイト先でも黒歴史を作り、教育係の虹夏にめちゃくちゃいじられてしまったのだった。

 

おまけ

楓の楽しみ

 

突然だが、皆さんには毎週楽しみにしていることはあるだろうか。

例えば連ドラやバラエティーに大河ドラマやニチアサなどのテレビ番組を見ることや趣味の習い事や週末のお出かけなどのレジャーなどなど。

もちろんこの俺にも楽しみはある。

それは...

 

従妹、後藤ひとりの配信を見ることである。

 

俺がひとりの配信を見始めたのは中学二年の夏のことで、ギターの練習の参考になる配信者を探していたとき、偶然見つけたのがひとりのアカウント、もとい、「ギターヒーロー」である。

 

* * *

 

5月のある土曜日のこと。

リョウが帰り、家で一人になると、俺はすぐに風呂を済ませて自室に駆け込み、パソコンを起動し、オーチューブを立ち上げる。

 

「えーと、ギターヒーローギターヒーロー...あった」

 

登録チャンネルの一覧からギターヒーローを探し、配信のページへと飛ぶ。

 

『あ、え、えっと...聞こえてるのかな...』

 

配信のページへ飛ぶとちょうど始まった頃で、ひとりがマイクの確認をしていた。

極度の人見知りであるのによく配信できるなと思うが、どうやらネットの世界に入り込むとそうはならないみたいだ。

 

『えっと...じゃあまず最初に...こ、この曲を弾こうと思います...』

 

早速曲を弾き始める。

さすが毎日6時間練習してるだけあって、実力はピカイチだ。

 

 

『○○の△△□□でした...あ、スパチャありがとうございます』

 

既に数曲弾き終えて、他の視聴者からのスパチャが送られてくる。

 

『えーと、《最近、バスケ部のキャプテンくんとは上手くいってますか?》そそそ、そりゃあもちろん上手くいってますよぉ〜』

 

「ぷぷっ..あっはっはは!!」

 

人見知りのひとりに彼氏などいるはずもない。あまりにも流暢な嘘のつきっぷりに声を出して笑う。

ひとりのこの嘘はこれだけでない。

友達100人や生徒会長など、従兄の俺からしたら一瞬で見破れる嘘をたくさんついているのだ。

 

〜2時間後〜

 

『最後の曲...聞いてくれてありがとうございました...あ、スパチャありがとうございます...《演奏素敵だったよ〜♪少ないけど機材費用の足しにしてね〜》うへへ...視聴者さんのためにも早くマイニューギアーしなきゃ』

 

マイニューギアーするってなんだよ。

さんざん笑い倒した後のとどめを刺すような発言に俺は声が出ないくらい笑う。

 

配信が終わったあと、ひとりのロインに今日の感想を送る。

 

『今日の配信、面白かったぞ。バスケ部のキャプテンの彼氏、できるといいな』

 

茶化しも兼ねて送ると、直ぐに既読がついた。

 

『すぐにできるもん!絶対楓くんより先に恋人つくるから!』

 

ムキになってることがわかりやすいひとりの返信に俺は思わず笑みがこぼれる。

 

『まあ、まずは友達1人でも作ることだな』

『あぅ...』

 

まったくかわいい従妹だ。

ひとりの人見知りが治るかどうかは分からないが、せめて中学最後の1年でも楽しく過ごしてほしいと願い、俺は眠りについた。

 

 

次回、『パエリア』




スパチャの表現とかって意外と難しいものですね...
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#4 パエリア

ついに評価バーに色がついたので初投稿です。
今回は場面転換に時計を使い、アスタリスクは視点転換に使ってみました。


外はしとしとと雨が降っている6月の朝。

俺は眠い目をこすりながら朝食の食パンを食べる。

 

『連日の雨が続くなか、気象庁は昨日、関東地方の梅雨明けは7月中旬ごろになる見通しと発表しました。』

ニュースキャスターの発言に対し、「そんなのどうでもいいからとっとと明けてくれっつーの」とジメジメしていて雨の続く梅雨があまり好きではない俺はあくびをしながらボヤく。

今日は金曜日。本来なら「明日は土曜日だし、夜更かしでもするか〜」とか「今日頑張れば土日休める!」とハッピーな気分になるものだが、雨のジメジメとした感じがそれを邪魔して憂鬱な気分にさせる。

こんな日に限って晩飯のアイデアが浮かばないのは困ったものだ。なんか梅雨どきに食べると美味しいものがパーッと浮かばないだろうか。

 

「パーッと...パー...あ、パエリアがあんじゃん」

 

リョウのダジャレ並にしょうもない理由で浮かんできたのはなんだか悔しいが、今日の晩飯のアイデアが朝のうち浮かんだのは吉としよう。

そう自分に言い聞かせ、俺は家を出て学校へと向かった。

 

 

〜〜⏰〜〜

 

 

6限が終わり、リュックに荷物をまとめているとリョウが教室にやって来た。

 

「今日の夜ご飯何?」

「あー、今日はパエリアにするつもり」

「へぇ...待ってるから早くして」

 

聞いてくる度に興味無さそうな返事をするのはなんなんだろうか。

 

「虹夏、俺は準備できたけどそっちは?」

「こっちもOK!いつでもいけるよ」

 

荷物をまとめ終わり、教室を出る前に虹夏に確認する。

4月から俺はほぼ毎日リョウに晩飯を作っているが、今日はいつもと違う。

今日はいつものリョウに加え、虹夏もご飯を食べにくるのだ。どうしてそれに至ったかは昼休みまで遡る。

 

「楓、卵焼きちょうだい」

「いや、さっき買ってやった焼きそばパンとかサンドイッチはどうした?」

「私が美味しくいただきました」

「ほんと食うの早いな。って勝手に卵焼きとんなよ!ちょ、虹夏こいつどうにかしてよ」

「あーごめんごめん、ほらハムカツあげるから」

「かたじけない」

 

人の弁当まで勝手に食うとはどういう思考をしてんだよ。

リョウとは十数年の付き合いになるが、未だに彼女が何を考えてるかは分からない。

 

「そういえば普段楓ってどんな料理作ってるの?」

「普通の料理だよ。カレーとか麻婆豆腐とか」

「へぇ〜。そうだ!今日ご飯食べに行っていい?」

「ふぇ?」

「いや〜、なんか気になっちゃってさ〜。お願い!」

 

手を合わせる虹夏。

虹夏も来ると家がさらに賑やかになると思い、俺は快く受け入れた。

 

「帰りに買い出ししにスーパー寄るけどそれでもいいならいいよ」

「やった〜!じゃあ決まりね!」

「ちょっと待って」

「ん?」

「虹夏、楓に騙されてはいけないよ。楓はどれくらいなら毒を盛ったことがバレずに相手を麻痺させるか私を実験台にして確かめてる」

「え?楓...まさかリョウにそんなこと...」

「真に受けないで?毒とか盛ってないからな!?」

 

急にとんでもない嘘を吐くよなこいつ。

こうして今日はリョウと虹夏に料理を作ることになった。

 

 

〜〜⏰〜〜

 

学校を出て十数分、俺と虹夏、リョウの3人は近くのスーパーへと向かった。

今日はパエリアを作るため、その材料と土日で使うお米やジュースを買う。

といってもそう簡単にことは上手く進まないものだ。

 

「楓、これ買って」

「それね○ね○ねるねじゃん。買わないぞ?」

「買って。虹夏も楓になんか言ってよ」

「ダメだよ?ご飯の材料買いに来てるんだし我慢しようよ」

「虹夏でもダメなら...」

 

そう言ってリョウはこの前の半泣き膨れっ面で俺を見る。

 

「俺はその作戦に2度も引っかかるような馬鹿じゃないんだ。我慢しろ」

「楓のケチ、バカ、クソダサ天パ」

「言ってろ、金欠青ナス」

「私を照れさせて油断させる作戦は通じないよ?」

「ほう?」

「2人とも喧嘩しないの!」

 

虹夏の仲裁が入り、なんとか苛立ちは沈まった。

この前の半泣き膨れっ面作戦を教訓にした甲斐があったようだ。

 

「結構材料多いし材料ごとに分担していこう。とりあえず虹夏は海老と砂抜きアサリとパプリカを、リョウはトマト缶と料理用のワインとターメリックを持ってきて」

「OK!」

「分かった」

 

普段1人で買い物に行っているため、こうして2人に手伝ってもらうと何かと助かる。

俺はカートの下の方に米を乗せ、鶏肉、コンソメの素を入れ2人をレジの近くで待つ。

 

「これで大丈夫?」

「砂抜きアサリと海老にパプリカ。OK、ありがとね」

「楓、持ってきたよ」

「お、ありがと」

 

虹夏とリョウが残りの材料を持ってきてくれた。

リョウが余計なものを入れずにちゃんと持ってきたことに驚いたが、持ってきてくれたことに感謝してレジへと向かい、お会計を済ませた。

 

「楓、レシート見せて」

「はい。にしてもなんでレシートを見る必要が」

「ほら、これ。ね○ね○ねるね」

「ね○ね○ねるね...おい、リョウ」

「バレたか。せっかくトマト缶で隠して入れたのに」

 

さっきの関心を返してくれよ。

 

 

〜〜⏰〜〜

 

 

「おじゃましま〜す」

「おじゃまします」

 

スーパーで買い物を終えて、家に二人をあげる。

ダイニングテーブルに荷物をおろして海老やアサリを冷蔵庫へとしまった。

2人はアマ○ラを起動してアニメを漁っていて、虹夏がなにかおすすめのアニメはないかと聞いてきた。

 

「う〜ん、おすすめねぇ〜」

「全然、何でも大丈夫だよ」

「じゃあ、魔○の旅々とかは?結構面白いと思うよ」

 

おすすめしたアニメを見つけると2人は早速アニメを見始めた。

俺はそれを見ながらパエリアを作り始める。

ニンニクと玉ねぎをみじん切りに、パプリカを短冊切りにし、鶏肉は食べやすい大きさにカットして塩胡椒で下味をつけて鍋に入れる。

スープの材料を混ぜていると虹夏がキッチンにやってきた。

 

「なんか手伝わせてよ。作ってもらうのも申し訳ないしさ」

「いいよいいよ。まだアニメ見てる途中だろ?」

「手伝いたくってうずうずしてきちゃったんだよね〜。だからお願い!」

「じゃあフライパンにオリーブオイルを引いてニンニクを入れてくれ」

「よし、任された!」

 

虹夏の手伝いもあり、パエリア作りはスムーズに進んでいく。慣れた手つきで鶏肉とパプリカを入れていく虹夏の姿はまさに主婦そのもの。

さすがは毎日星歌さんにご飯を作ってるだけあって手際がいい。

 

「にしても楓、だいぶ手際よくなったよね〜」

「虹夏にはまだまだ敵わないよ」

「だって春休みの頃とか野菜炒め作るのに1時間半かかってたじゃん」

「いやあれまだ自分で料理始めて2日か3日だった頃だぞ?さすがに成長してるよ」

 

確かに春休みの頃は手際は最悪、作った料理の味はほぼしない。というキングオブ料理下手クソボーイだった。しかし今は自慢では無いがリョウがほぼ毎日食べにきて「おいしい」と言わせるくらいには上達した自信がある。

そこからお米を透き通るまで炒め、スープとトマト缶を全体に馴染ませた後、虹夏が炒めてくれた鶏肉とアサリ、海老を入れて強火で沸騰するまで煮て、沸騰したら弱火で14、5分加熱したあと、パプリカを入れておこげができるまで熱したらパエリアの完成。

パエリアを3人分、それぞれの皿によそってダイニングテーブルに並べる。

 

「「「いただきます」」」

 

梅雨どきでバテかけてる体にトマトが染みる。そして魚介類がいい感じに味を引き立てていて我ながらいい晩御飯を思いついたものだと思う。

 

「美味しい!楓大分料理上手くなったね〜」

「それほどでもないけど美味しいと言って貰えるのは嬉しいよ」

「おいしい。さすが私の料理番、褒めて遣わす」

 

食が進んでいくにつれ話にも花が咲いていく、バイトの話や普段のクラスの話、幼馴染だからというのもあるかもしれないが、やはり3人で話すのは楽しい。

「そういえば最近バンド...はむきたす?のほうはどうなんだ?」

「確かに。はむきたすどういう曲とかやってるの?」

 

虹夏が問うと、しばらくの間ダイニングテーブルに沈黙が走る。

 

「...最近は売れ線のアーティストの曲をオマージュしたような歌詞が入ってる曲とかそんなの」

 

回答に少し間があったし、それになんか暗い顔をしてる...

俺はその暗い表情に違和感と疑問を抱き、それらは2人が帰ったあとも消えることは無かった。

 

普段からリョウは何を考えているか分かりにくい奴だ。今日のね○ね○ねるねのときやこの前のハー○ンダッツの時のように、顔の表情と考えてることが全く違うなんてことはよくある話だ。

だからこそ気づかなかった。いや、気づけなかったのかもしれない。

 

 

この時、彼女が好きなロックを投げ出したくなるほど心が壊れかかっていたことに。

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

今日は楓の家に虹夏とパエリアを食べに行った。

学校帰りにスーパーに寄り道して、最初は買わないと言っていたね○ね○ねるねをカゴに忍ばせて、会計の後に買わされていたことに気づいた楓の顔はとても面白かった。

スーパーから帰り、楓の家に入って私と虹夏はテレビでアニメを観る。アニメを見ている時、時折キッチンから漂うパエリアを作るいい匂いは私の食欲をそそった。

4月に楓が私の料理番になってからいろんな料理を作ってくれた。楓の作る料理は虹夏の作る料理といい勝負をするくらいにどれも美味しいし、もちろん今日作ってくれたパエリアも本当に美味しかった。

 

「美味しい!楓大分料理上手くなったね〜」

「それほどでもないけど美味しいと言って貰えるのは嬉しいよ」

「おいしい。さすが私の料理番、褒めて遣わす」

 

3人で話をするこの時間が私は好きだ。

普段の嫌なことも虹夏や楓と話していると忘れられるからで、きっと2人もそう思っているだろう。

 

「そういえば最近バンド...はむきたす?のほうはどうなんだ?」

「確かに。はむきたすどういう曲とかやってるの?」

 

2人が言っているはむきたすというのは私が今所属しているバンド『ざ・はむきたす』のこと。

虹夏、楓はバンド活動をしていないから普段私がバンドでどんな曲をやっているかを知らないし気になるのも無理は無い。

 

「...最近は売れ線のアーティストの曲をオマージュしたような歌詞が入ってる曲とかそんなの」

 

どう返していいか分からず、しばらく考えてから虹夏の質問に答えを返す。

正直バンドのことは聞かないで欲しかった。

最近バンドメンバーは売れ線の曲ばかりを意識していて、私はそれが嫌になってきた。

でもバンド活動をすることは私の生きがいだし両親の過干渉を止めるのにも十分役立っているし虹夏や楓に心配をかけさせたくない。

だから私はどうしていいか分からなかった。親に頼るのは論外としても、虹夏と楓は星歌さんや伊織さんなど2人の姉がそれぞれバンド活動をしていたからバンド内の悩みなどは少しは分かるかもしれない。

けれど私の良心がそれを許さない。

だから私はこの葛藤に一人で立ち向かおうと楓の家から私の家へと向かう帰り道でそう決めた。

でもその時にはもう

 

 

 

私の心は私が思っている以上に悲鳴をあげて、壊れかかっていた。

 

 

 

次回、『はむきたす脱退事件(前編)』

 

 




もしかしたら次回は前編後編の2回に分かれるかもしれません。
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#5 はむきたす脱退事件(前編)


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今回の話は前編後編で分かれます。


「そういえば最近バンド...はむきたす?のほうはどうなんだ?」

「確かに。はむきたすどういう曲とかやってるの?」

「...最近は売れ線のアーティストの曲をオマージュしたような歌詞が入ってる曲とかそんなの」

 

虹夏とリョウが家にパエリアを食べに来たとき、バンド活動について聞くとリョウは少し間を空けてから答えた。そしてその後暗い表情をしていたリョウに俺はモヤモヤとした違和感を抱き、あれから2週間ほど経った今でもその違和感は消えていなかった。

 

あの日の夜、俺は虹夏にロインを入れ、リョウの暗い表情について話した。

 

『さっきのリョウのあの暗い表情、なんか引っかかっるよな』

『だよね。あそこまで暗い表情なんてあまり見ないし...バンドでなんかあったのかな?』

『もしかしたらリョウにバンドのこと聞くのってタブーなんじゃ...』

『やっぱりそう思う?』

『なんて言うんだろう...聞かないで欲しいってオーラがしててそれでなんかタブーっぽく感じたんだよ』

『うーん...しばらく聞かないようにしておくか』

『そうしよう。おやすみ』

『おやすみ』

 

違和感は虹夏も感じていたみたいで、俺は自分だけじゃなかったと少し安堵した。

それから俺と虹夏はあまりリョウにバンドのことは聞かないようになった。

 

普段俺は心のモヤモヤを晴らすためにゲームをやりこんだり、1人でカラオケに行ったり遠出したりする。それら全てを試してみたが、今回は効き目がない。そこで俺は最終手段として剣道に頼ることにした。

中学生の頃は嫌なこと、日頃の鬱憤やモヤモヤは全て竹刀に乗せて打突することで大抵のことは忘れられた。

高校に入って以降、剣道から離れていたが、最近またやりたくなってきたこと、心のモヤモヤを晴らす最終手段として出てきたことが重なり、今日は家から防具と竹刀袋を学校へと持ち出したのだ。

 

「失礼します」

 

剣道場に一礼し、中へと入っていく。

 

「お〜!波城くん!来てくれたんだね」

「うん、来たよ」

 

出迎えてくれたのは西荻くん。剣道部に所属しているクラスメイトだ。

俺は剣道部に入っていないため、本当は部外者が参加するのは難しい。しかし西荻くんが剣道部の顧問に俺を紹介してくれたらしく、見学も兼ねるならという条件で参加できるようになった。

道着に着替えて、防具バックから防具を取り出す。すると恐らくこの部の部長と思われる人に話しかけられた。

 

「君が波城くん?今日見学に来るって言ってた」

「あ、はい」

「この部の部長をやってる2年の河内。よろしくな」

「よ、よろしくお願いします」

 

部長さん。かなりいいガタイしてるなぁ...

きっとかなりの腕の持ち主だろう。

 

「ふ〜ん、下北沢中出身ね...もしかして君去年の夏の都大会個人優勝、関東大会個人3位のあの波城くん?」

「え?よく知ってますね」

「そりゃあ、毎年都大会の結果とかは見てるからねぇ。まあ、強い子がウチに来るわけないけど」

 

自慢ではないが、俺は去年の夏の都大会で優勝し、関東大会でも3位に入賞するほどの実力者だ。もちろん、スポーツ推薦は沢山来ていたが全て断った。理由は長くなりそうだし割愛しよう。

 

胴と垂れをつけて、素振りをする。久しぶりに振ったからか少し竹刀が重く感じ、ブランクの代償を感じさせる。でもそんなのは慣れてしまえばいいもので、しばらく振っていると次第に重くは感じなくなっていった。

面を付ける頃には自分の中ではブランクの感覚はほぼ消えたも同然だ。

 

お願いします。

 

立礼から三歩進んで蹲踞し、発声して竹刀で打って打たれる。久しぶりのこの感覚にどこか暖かい感じがし、気づけば稽古はあっという間に過ぎていった。

稽古が終わり面をとった後、やっぱり剣道は楽しいと感じた。でも、心の中にあった違和感はまだ微かに残っていた。

 

「やっぱり波城くんは強いな〜。まるで歯が立たないよ」

「こんなに強い子がウチにいたなんて...そうだ!波城くん剣道部に入ったら?ここ週3しか活動しないからバイトとかしてても全然大丈夫だよ?」

 

河内先輩から勧誘を受ける。

 

「気持ちは嬉しいんですけど、今は入部できません」

 

確かに剣道部に入るのはいいかもしれない。

でも期末テストに向けて勉強しなきゃいけないし、それに今自分には向き合わなきゃいけないことがある。

 

「その顔、なんか他にやらなきゃいけないことでもあるみたいだな?」

 

この人はどうやら見透かすのがうまいようだ。

 

「自分のことが落ち着いたらまた声かけますね」

「おう、そうしてくれ」

 

モヤモヤが晴れた訳では無いが、今俺がやるべきことは目の前のことにしっかり向き合うことだ。俺はそう決めて剣道場を後にし、家路についた。

 

 

* * * *

 

 

「へぇ〜リョウちゃんにそんなことが」

「そう、それで姉さんに話を聞きに来たんだよ」

 

土曜日、俺は八丁堀にある姉の家に来ていた。

なぜロインで済むことをわざわざ家に行ってまでするのかというと、剣道部の稽古に行ったその日の夜、バンドの事情に詳しいだろうと思い、元バンドマンの姉にロインをした。

 

『突然で申し訳ないんだけどさ、バンドでよくあるいざこざってどんなのがある?』

『急にどうしたのよ。まあ、色々あるけど』

『例えば?』

『うーん...多すぎて時間かかりそうだし、今度家に来なよ。じっくり話した方がわかりやすそうだし』

 

と絶対取材帰りで文字打つのがめんどくさいからという理由が伝わってくるかのように日を改めて家に来るように言われ、今に至る。

 

「あんた今、少し失礼なこと考えたでしょ」

「いや、なんも。ってか早く教えてよ、バンドでよくあるいざこざ」

「あー、例えば音楽の方向性の違いとか?ポップ路線でいこうとするバンドの中にロックが好きなメンバーがいるとバンドの中で亀裂が生じるのはよくある話だよ」

「確かに。バンドが解散するってなった時の話でよく聞くかも」

 

方向性の違い...でもあいつ前に髭男の曲を引いてた時は別に嫌そうな顔はしてなかった気がする。これが理由では無さそうだ。

 

「他には色恋沙汰?メンバーで三角関係があったりすると揉める原因にはなるね。あ、あんたには関係ないか」

「うっせ」

 

色恋沙汰...リョウに彼氏出来るわけないか☆

 

「え?虹夏やリョウに恋愛感情を抱かないの?」って思ったそこの君、俺はあの2人を幼馴染として見てる。友人としての好きはもちろんあるが、異性としてのそれは全くない。いいか?全くないからな?

 

「あと...あれだ。売れることを意識しすぎでギスギスしてそのまま解散とか。私も大学の頃後輩ちゃんのバンドがそんなことで解散してたなぁ」

「なんかそれも当てはまんないや」

 

結局分からず終いだった。

 

「ところでなんで楓が悩んでるわけでもないのにこの話したの?あっ、もしかしてアンタリョウちゃんのこと好きなn...」

「ちげぇよ。凄い暗い顔をしてて少し心配になっただけ。それに虹夏も俺と同じ理由で星歌さんにある程度は聞いてるってよ」

「へぇ〜虹夏ちゃん星歌パイセンにも聞いてるんだね。あっ、そうだこれお土産なんだけど星歌パイセンにも渡しといてくれない?今日バイトでしょ」

「あ、ありがと。話聞いてくれて助かったわ。じゃあね」

「あ〜い。恋人とっとと作れよ〜」

「黙れ!」

 

全く、あっちも独身で「独身を謳歌してやる!」とか言ってるくせに俺には恋人を作れとかなんなんだろうか。

 

何か俺や虹夏が力になれることはあるだろうかと俺は下北沢へと向かう途中の電車の中で考えていた。

 

 

〜〜⏰〜〜

 

 

「お疲れ様で〜す。あ、店長これ姉からの土産です」

「お、ありがとな」

 

姉の家からバイト先のスターリーに直行し、星歌さんに姉のお土産を渡す。

ちなみにお土産の内容は広島のもみじ饅頭。厳島神社の取材の帰りに買ってきてくれたらしい。姉のお土産選びのセンスは尊敬できる。

 

「じゃあ、早速仕事だ。そろそろドリンクサーバーの詰め替えが来るから来たら受け取ってそのまま中身補充しといてくれ」

「あっ、はい」

 

ドリンクサーバーの詰め替えを受け取るため、階段を昇って外に出る。

空を見ると今にも一雨降り出しそうなどんよりとした空模様をしていた。午前中、八丁堀に行ってた時は珍しい梅雨晴れをしていたからか俺は少し不穏な空気を感じながら詰め替えの到着を待つ。

 

「あっ、お待たせしました〜。こちらご注文いただいたサーバーの詰め替えになります。サインの方を」

「はい...あっ、どうぞ」

「ありがとうございます!こちら結構重いので気をつけて運んでください」

「はい...あ、ありがとうございました〜」

 

下まで運んでくれないのね。

にしても困ったものだ。詰め替えが入っているダンボールは2つあるのだが、1つ持つだけでもかなり重い。

別に運べなくはないのだが階段を登ったり降りたりするのはめんどくさい。

 

「困ってるようだし、手伝おっか?」

「おわっ?って虹夏か。1つ頼むわ」

 

どう運ぼうか考えていると虹夏が来た。

女子に手伝わせるのはなんだか申し訳ないが、手伝うと言ってくれてるし手伝ってもらおう。

 

「よいしょっと。やっぱ中身が飲み物ってだけあって結構重い...虹夏これ持てるか?」

「うんしょっ。いや?全然持てるけど」

「やっぱドラマーって筋肉つくんだな」

「女の子にそんなこといわないの。ほら、早く運ぶよ」

「は〜い」

 

虹夏とともに詰め替えを中へ運ぶ。

中に入ると、奥の楽屋からギターとベースの軽快なサウンドが聞こえてきた。今日の出演者さん達が演奏しているのだろう。息のあった演奏に聞いているこちらも惹かれてくる。

 

「お〜い、仕事中だぞ。あとでたっぷり聞けるんだから今は仕事に集中しろ」

「すいません」

 

曲の合わせに耳を傾ける前にまずは自分の仕事に集中しなくちゃ。

 

 

〜〜⏰〜〜

 

 

「飛翔たいたら戻らないと言って〜♪目指したのは蒼い蒼いあの空〜♪」

 

ライブが始まるといよいよ業務は本格的に忙しくなる。といっても忙しいのは1組目から3組目までの話で、4組目以降はお客さんはもちろん沢山いるが、カウンター業務は落ち着いてくる。

 

「いや〜あのバンドいいよね〜。カバー曲を歌う時も元の曲の良さを殺さずに自分たちなりの表現もだせて」

「わかる。カバーもいいけどオリジナル曲もなんか聞いてる人の心をガシッと掴むような感じがいいんだよな」

「ねぇ、楓。バンドとかって興味ない?」

「どした?急に」

「あのね、最近文化祭に向けてバンド組みたいな〜って思っててさ」

 

虹夏の突然の提案に俺は驚く。正直姉のバンド活動とかを見てバンドには憧れを抱いていたし、やってみるか。

 

「いいよ。でもやるとなれば必然的にリョウも誘うことになるけどどうすんの?」

「たは〜。そういえば今リョウにバンド関連の話するのタブーっぽいしね...」

「まあ、その話があいつのタブーじゃなくなったら誘ってみるか?文化祭ってだいぶ先だし」

 

文化祭に向けてバンドを組もうとなったのはいいが、リョウがバンドのことで何かしら悩んでる今、迂闊にリョウをバンドに誘うとかえってリョウの機嫌を損ねてしまうだろう。

 

「伊織さんに聞いてなんかあった?暗い顔の理由に近そうなの」

「ううん、結局分からず終まいだった。そっちは?」

「私も。お姉ちゃん「私はあいつじゃねぇからわからない」って」

「まあ、力になれるなら2人で力になってあげようよ」

「そうだね」

 

虹夏も分からなかったとは驚いた。同性だから意外と分かったりしてなんて思っていたが、そう簡単では無いようだ。

 

「あとは私達でなんとかするから2人とも今日は上がれ」

「「はい!お疲れ様でした〜」」

 

バイトを上がり、スターリーを出て家に向かう。

スマホで時間を確認すると20時を過ぎていた。今から買い物に行くには遅すぎるし、今日は家にある材料で作ろうと思っていたら、ぽつりと雨が降ってきた。

傘を持っていなかったため、急いで走る。幸いスターリーから家までは走って2分くらいなのでそこまでビッショビショには濡れないだろう。

 

家に帰り、スマホを見るとリョウからロインが来ていた。

 

『今日は遅くなる。8時半くらいにそっち行くから』

 

さっきスターリーを出るときにはまだ通知がきていなかった。トーク画面を見ると送信時刻が7時半くらいと書いていることから、遅延があったのだろう。

冷えた体を温めるため、シャワーに入る。

ドリンクサーバーの詰め替えを受け取るときに見た雲に感じた不穏な空気。今雨が降っているからか、その不穏な感じがより一層強まっていく。

シャワーを出てルームウェアに着替え、リョウに食べさせる料理を作る。

 

ゴロロン!ゴロロン!と鳴り響く雷鳴が雨が降っているだけの静かな雰囲気を切り裂く。

まるでこれから起こる何かを暗示しているかのような感覚。

そして8時半を過ぎても一向にリョウが来ないことが追い打ちをかけるようにさらにその感覚を強めていった。

その感覚による不安に包まれているとドアチャイムがなった。

恐る恐る玄関を開けるとそこには

 

 

雨に打たれてビショビショになり、先日よりも暗い顔をしたリョウが立っていた。

 

稲光に照らされているその顔はやりきれない思い、喪失感、虚無感の3つが漂っていた。

 

「お腹...空いた。ご飯...作って」

 

暗く悲しく、今にも涙が流れそうな顔をしたリョウを

 

「分かった。風邪ひく前に早く上がれよ」

 

ただいつものように家に受け入れた。

そして、この夜は長くなるかもしれない、そう感じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

次回、『はむきたす脱退事件(後編)』

 

 




後編はかなりシリアスな展開になりそうです。
高評価、感想、アドバイスなどをして頂けると作者のモチベと筆のスピードが上がるので是非お願いします。
現在は評価バーをオレンジか赤で埋めることを目標にしています。



☆8や☆9、☆10くださいお願いします(高評価乞食)



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#6 はむきたす脱退事件(後編)

お待たせしました、後編です。
週間UAが飛躍的に伸びていて、お気に入りもそろそろ100に到達しそうで、現在作者はモチベが爆上がりしています()


「お腹...空いた。ごはん...作って」

「分かった。風邪ひく前に早く上がれよ」

 

バイトから帰り、夕食を作っているとリョウがやってきた。

夜になって急に降り出した雨に打たれたのか、彼女はずぶ濡れになっていた。

 

「もしよかったらシャワーでも使うか?だいぶ冷えただろ」

「うん...」

 

濡れたままくつろがれるのも嫌だし風邪をひかれても困るのでリョウにシャワーを貸すことにした。

リョウがシャワーを浴びている間に俺は親子丼をどんぶりによそう。

 

「シャワー、ありがと」

「どういたしまして。もうご飯できてるから髪乾かしたら言って」

「今日のご飯って何?」

「親子丼」

「そう...」

 

シャワーから出てきて髪を乾かすリョウ。

その表情はやはり玄関の時と同じ、暗い表情だった。

 

「いただきます」

「召し上がれ」

 

手を合わせ、親子丼を口にする。

普段なら「おいしい」や「料理番、褒めて遣わす」など何かしら感想を言ってくるのだが、今日はそれを言ってこない。その違いに違和感を感じながら俺は親子丼を食べ進める。

 

 

〜〜⏰〜〜

 

 

親子丼を食べ終えて、俺は食器を洗う。

リョウはというとまるで心に穴が空いたかのようにぼーっとスマホを見つめている。ずっと暗い表情をしているとさすがに何があったか気になってくる。俺は恐る恐るリョウに何があったか聞いてみた。

 

「き、今日、何かあったのか...?」

「別に...楓には関係ない」

 

やはりそう返してくるだろう。だが暗い顔をしてこれ以上家に居られるわけにもいかない。

 

「確かに俺はバンドに入ってないし関係ないかもしれないけど、話は聞くよ?」

「...」

「抱え込むくらいなら話した方が楽になるぞ?」

「...」

 

しばらくの間、静寂に包まれる。どうやら俺は地雷を踏み抜いてしまったみたいだ。

するとリョウが口を開けて話し始める。

 

「...バンドを抜けた」

「え?どうして...」

「売れることだけを意識して売れ線の曲ばかりやるようになってそれが嫌になった」

 

売れることを意識しすぎてバンドがギスギスし、そのまま解散することがあると姉が言っていたことを思い出す。まさかそれが当てはまっていたなんて思いもしなかった。

 

「別に次第に売れていくようになっていくことになるなら嫌じゃなかった」

「じゃあなんで売れ線を意識するのが嫌だったんだ?」

「最初は私の好きな青臭い歌詞が私の作った曲に付くのが嬉しかった。けれども次第に売れたいということをあからさまに意識している歌詞をなんども付けられていくにつれてうちにまるで私が売れるための道具のように感じてきて...」

「で、嫌気が差して抜けたと」

「うん」

 

自分が思っている以上にリョウが悩んでいたとは思わなかった。でもなぜ自分や虹夏に話さなかったのかが分からない。俺はそれについても聞いてみることにした。

「なんで俺や虹夏にそれを話さなかったんだ?」

「虹夏には星歌さん、楓には伊織さんがいるから相談に乗ってくれるかもしれないと思った」

「うん」

「でも2人には頼らず自分で...解決...した...かっ...た...」

 

涙を流しながら話をするリョウに俺は自分の不甲斐なさを感じる。本人が自分で解決したかったとはいえ、もっと早く話を聞いてあげれば彼女がバンドを抜ける、バンドを抜けることが確定していたとしても涙を流すことはなかったのだろう。

 

「もう抱え込むなよ。人を頼りたけりゃ頼れよ。1人で解決したい気持ちもわかるけど、1人で解決しようとすると返って自分を追い込むことになる」

「うぅ...っ...あぁぁ...」

 

リョウは泣き出してしまった。その様子はまるで溜め込んでいたものが一気に溢れ出したような感じだった。

そしてふと、1年前の自分を思い出したのだった。

 

〜〜⏰〜〜

 

 

しばらくして、泣き止んだリョウにお茶を差し出す。

 

「そういえば楓ってなんで推薦蹴ってそのまま剣道やめたの?」

 

ゆっくりお茶を飲むリョウが尋ねてくる。

 

「推薦蹴ったのは前にも話した気がするけど...」

「話して」

「わかった」

 

リョウに自分が推薦を蹴り、剣道を辞めた理由を話す。

 

推薦を蹴った理由は、今から1年ほど前、夏の関東大会まで遡る。

都大会の個人戦で優勝した俺は、順調に勝ち進み、準決勝まで駒を進めた。準決勝の相手は私立の強豪校の主将。ここまで無傷で勝ち上がってきた強者で、こちらも負けてられないと思い、直前まで相手の試合映像などを見て対策をした。それでも、勝つことは出来なかった。

開始早々に一本を取られ、こちらも必死の思いで何とか一本を取り返すことが出来たが、延長の末敗れた。

俺は悔し涙を流したが、そこから一ヶ月もしないうちにその悔しさはバネに変わった。なぜならスポーツ推薦が来ていたのだ。

とくに志望校を決めていなかった俺はその推薦を受けるためにスポーツ推薦を持ち掛けてくれた高校へと出稽古に向かった。

 

「な〜んだ、来年からうちに来る強いやつが出稽古に来るって言われたから見に来たら、関東大会で俺に負けた雑魚かよ」

「っ!」

 

その向かった高校というのは関東大会で俺が負けた相手の学校の高等部だった。

剣道場に入るや否や僻みにきたそいつに俺は苛立ちを募らせていった。

出稽古の中でそいつとその同級生と練習試合をすることになった。苛立ちを竹刀に乗せて戦ったからか、手荒な試合運びになったがもれなく全勝することが出来た。しかし、ここでスカっとした俺に更なる追い打ちが襲いかかった。

 

「下北沢中って強いのは波城だけで他はみんなぱっとしねぇよなぁ〜」

 

監督のボヤキに俺はバカにされているような感覚を覚えた。自分が関東大会で勝ち上がれたのは自分だけの力じゃない。部活の同級生、後輩に支えてもらって関東大会で勝ち上がることが出来た。自分の努力を否定されているようで、この上ない嫌悪感が自分を包んだ。

そして俺は剣道をやめようと決意した。

出稽古が終わり、家に帰ったあと、1人でこのことを抱えきれなくなった俺は母に推薦を蹴り、剣道を辞める旨を伝えた。母はただ「そう。じゃあ公立高校目指して頑張ろうよ。剣道はまたやりたくなったらやりな」と優しい言葉をかけてくれた。もちろん出稽古に行った学校にも自分が推薦を蹴るというのは伝わっていて、当然大バッシングを受けた。

 

「え〜!楓、推薦蹴っちゃったの?」

「その話聞いてたか。あんなところでやるなんて真っ平御免だ」

「じゃあ高校どうするの?」

「近い下高でも受けようかな〜って考えてる」

「じゃあ一緒に頑張ろうよ。私も下高受けるし」

「うん。互いに頑張ろう」

「そういえばリョウも下高受けたいとか言ってたけど、あいつほんとに下高受けるのか?今日補習受けてんだろ?」

「なんとか受験は乗り切って欲しいんだけどね〜」

推薦を蹴ったことは虹夏にも知られていたが、一緒に受験がんばろうと言われた俺は下北沢高校を受けることを決意した。

 

 

「へぇ〜。そんなことがあったんだ」

「自分から聞いてきた割には興味無さそうな反応だな」

「照れる//」

「褒めてない」

「でも、楓が抱え込むなって言う理由もわかった気がする」

「あ〜、それはよかった」

「話、聞いてくれてありがと」

「どういたしまして。やっぱり話すと楽になっただろ?」

「うん。楽になってきたし眠くなってきた」

「え?」

「枕と布団、持ってきて。私はここで寝る」

 

確かにもう日付が変わろうとしている時刻だしこの時間に1人で危ない。でもよく異性の家に突然泊まろうと思うな。

 

「親に連絡とかどうすんだよ」

「もうした。安心して、ちゃんと女友達の家に泊まるって入れたから」

 

押し入れから客用の布団と枕を取り出し、リョウに渡すと彼女はすぐに寝てしまった。

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

バンドを抜けた。

 

メンバーと揉めてそのままスタジオを飛び出して家にベースを置き、私は感情に身を任せて色んなところを彷徨った。

家の近くの古着屋、多摩川の河川敷に神保町の古本屋。

しかし、どこに行ってもまるで目に映る景色が全て灰色になったかのような感覚に包まれて、ただ時間が過ぎていくだけだった。

どうしたら良かったのだろうか。過ぎたことを嘆いても仕方ないのにそんなことを考えながらただ歩く。

日が暮れて当たりが暗くなってもまだ私は東京をさまよい続けた。でもずっと歩いているとお腹が空くわけで私はロインを入れる。

 

『今日は遅くなる。8時半くらいにそっち行くから』

 

いつもだったらしばらくしてから返事が来るのだが、既読がつかない。バイトが忙しいのだろう。そう思い夜の街を歩いていると、雨が降ってきた。傘を持っていなかった私は雨に打たれながらひたすら歩いた。雨に濡れながらなら涙を流しても気づかれないだろうと思ったが、涙が出ない。そうなるほどバンドを抜けたということが自分の中ではビッグイベントだったようだ。

しばらく歩くといつの間にか楓の家の前にいた。部屋の明かりが着いているということは既に帰ってきているみたいだ。私は雨に濡れ悴んだ手でドアチャイムを鳴らす。

 

「お腹...空いた。ご飯...作って」

 

なぜか少し泣きそうになりながらも、私は言う。

 

「分かった。風邪ひく前に早く上がれよ」

 

雨に濡れた私を心配してくれたのだろうか、楓はすぐに私を家にあげてくれてそのままシャワーを貸してくれた。シャワーを浴びると普段よりなぜか暖かく感じた。そうとう体が冷えていたのかもしれない。

 

 

〜〜⏰〜〜

 

 

シャワーから出るとキッチンからいい匂いがした。

 

「シャワー、ありがと」

「どういたしまして。ご飯出来てるから髪乾かしたら言って」

「うん。今日の晩御飯は?」

「親子丼」

「そう...」

 

ドライヤーで髪を乾かしていると、親子丼がテーブルに並べられていくのが見えた。さっきから感じる匂いも相まって食欲がそそる。

 

「いただきます」

「召し上がれ」

 

私は親子丼に手をつける。出汁の効いた優しく、おいしい味わいが口の中に広がる。

お腹がすいていた私は、ただ無言で親子丼を食べ進めた。

 

「き、今日、何かあったのか?」

 

食べ終えてぼーっとスマホを眺めていると楓が尋ねてきた。

 

「別に...楓には関係ない」

 

聞かれたくなかった。だから突っぱねた。でも

 

「確かに俺はバンドには入ってないし、関係ないかもしれないけど、話は聞くよ?」

「...」

「抱え込むくらいなら話した方が楽になるぞ?」

 

楓の心配性には勝てない。そしてもしかしたら楽になるかもしれないという思いで今日あったことを話してみることにした。

 

「...バンドを抜けた」

「え?どうして...」

「売れることだけを意識して売れ線の曲ばかりやるようになってそれが嫌になった」

 

自分がバンドを抜けた理由、経緯を話した。

楓はただ、私の話をだまって、しっかりと聞いてくれた。

 

「で、嫌気が差して抜けたと」

「うん」

 

話すと何かがすーっと抜けていって楽になった気がした。

 

「なんで俺や虹夏にそれを話さなかったんだ?」

「虹夏には星歌さん、楓には伊織さんがいるから相談に乗ってくれるかもしれないと思った」

「うん」

「でも2人には頼らず自分で...解決...した...かっ...た...」

 

目から涙が流れてきた。

昔から楓と虹夏は私に優しく、親切にしてくれた。虹夏にはお弁当を作ってもらったり、高校を受験したときは勉強を教えてもらった。そして楓にはほぼ毎日ご飯を作ってもらってる。もちろん2人には感謝している。でも自分でもしっかりしなきゃと思い、私は1人で解決しようとした。

 

「もう抱え込むなよ。人を頼りたけりゃ頼れよ。1人で解決したい気持ちもわかるけど、1人で解決しようとすると返って自分を追い込むことになるよ」

「うぅ...っ...あぁぁ...」

 

悲鳴をあげていた私の心に楓の優しい言葉が降りかかる。そして私は声をあげて泣いた。

 

 

〜〜⏰〜〜

 

 

しばらくして、泣き止むと楓はお茶を出してくれた。ゆっくりとお茶を飲みながら私はあることを思い出した。

楓は剣道をやっていたが、突然辞めた。スポーツ推薦を蹴ったことは知っていたが、辞めた理由は聞いていなかった。私はそれが気になり、尋ねてみた。

 

「推薦蹴ったのは前にも話した気がするけど...」

「話して」

「わかった」

 

それから楓は剣道を辞めるまでに至った経緯を話してくれた。

関東大会で結果を残して推薦が来て、推薦を持ちかけてくれた学校へ練習しに行ったが、関東大会で負けた相手に嫌味を言われ、そこの監督にも仲間をバカにされ、努力を否定されたような感覚に陥ってしまい、辞めるか辞めないか迷って、それを抱えきれなくなって母親に話をして、辞めた。

私はその話を聞いて彼が抱え込むなと言った理由がわかった気がした。

 

「話、聞いてくれてありがと」

「どういたしまして。やっぱり話すと楽になっただろ?」

「うん。楽になってきたし眠くなってきた」

「え?」

 

夜も遅いし疲れているからか眠気が襲ってきた。

 

「枕と布団、持ってきて。私はここで寝る」

 

親への連絡はどうするのか聞かれたが、予め女友達の家に泊まると嘘の連絡をして置いた。どの道今日は家に帰るつもりはなかったのだ。

楓が押し入れから布団と枕を取り出し、それを受け取ると私はあっという間に眠りについた。

 

 

 

*****

 

 

 

あの夜から3週間ほどたった7月中旬の土曜のこと。

期末テストが終わり、バイトもしばらく休みなので俺は夏休みの予定を立てていた。

神奈川県の三浦に三崎まぐろを食べに行ったり、来月の花火大会に向けてチケットの予約など、これからやってくる夏休みへの期待に胸を膨らませているとスマホにロインが来た。

 

『話がしたいからここに来て』

 

リョウが地図を載せてメッセージを送ってきたのだ。どうやら駅前のカフェにいるみたいだ。

俺は直ぐに部屋着から私服に着替え、財布とスマホを持って家を出る。

外に出ると夏の暑く、眩しい日差しが降り注いでいた。もうすっかり梅雨が明け、夏が来たことを告げているような感じがした。

 

 

〜〜⏰〜〜

 

 

しばらく歩き、リョウがいる駅前のカフェに辿り着いた。中に入ると直ぐにリョウを見つけることが出来た。

 

「あ、来た。こっち」

 

リョウに手招きされ俺は窓際のカウンターに座っている彼女の元へと向かう。

 

「ご注文決まりましたらお声掛けください〜」

 

店員さんにお冷を貰い、メニューを眺める。

東京のカフェは高いものばっかりだ。もう10年以上下北沢に住んでいるが、こういう店の物価の高さには慣れないものだ。

 

「すいません、アイスアメリカーノ1つ」

「はい、アイスアメリカーノ1つですね。ご注文承りました〜」

 

俺はメニューの中で一番安いアイスアメリカーノを頼んだ。

お財布には余裕を持たせないと夏休みがキツくなるから仕方ない。

 

「アメリカーノ頼むってマセてるね」

「マセてないわ。そういうお前は何飲んでるんだよ」

「ゲイシャコーヒーのブラック」

「なんか癖の強い名前だな」

「私に合っているコーヒーだと思う」

「確かに癖が強いしな、お前」

「分かってんじゃん...//」

「褒めてねぇよ」

 

気になったのでスマホでゲイシャコーヒーを調べてみるとかなり希少な品種で、単価も高い高級品らしい。さすが金持ちの家の娘の舌は肥えているなと思う。

 

「それで、話って?」

「バンド、しばらく入らないことにした」

「え?そりゃまたどうして」

「あれから気持ちの整理がついて、それでしばらく音楽から離れた方がいいんじゃないかって思ったから」

 

音楽から離れるというリョウのまさかの発言に言葉が出なくなる。

 

「でも、ベースとか機材とかはどうすんの?」

「完全に辞めるわけじゃないから家に残すけど、しばらく弾くつもりはない」

 

こういうとき、なんて言えばいいんだろう。自分が剣道を辞めた時、母が俺に言ってくれた言葉をふと思い浮かぶ。でも自分の言葉で言わなきゃ意味が無い。

俺は覚悟を決めてアメリカーノを一気飲みする。

 

「またベース弾きたくなったら、その時は聞かせてよ」

「...わかった。その時は聞かせてあげる」

 

俺はせめてもの餞になるような言葉を贈る。

その時がいつ来るかは分からないが、リョウの弾くベースがまた聞きたいと思ったのだ。

 

「じゃあ、お会計いこうか」

「では、ゴチになります」

「は?」

 

ちょっと待て。ゴチになります?

そうだ、こいつ金遣いが荒いんだったわ。

 

「まさかとは思うけど、俺に金を払わせるために呼び出したとかないよな...?」

「バレたか」

 

その後、俺は泣く泣く2人分の代金を支払わされた。

 

俺の金と餞を返せ、山田リョウ。

 

 

 

 

 

次回、『三崎まぐろ』

 




次回からの2、3回は夏休みのお話を書くつもりです。
高評価、お気に入り登録、ここすき、感想、アドバイスなどをして頂けると作者のモチベが上がるのでぜひお願いします。

☆10ください(高評価乞食)


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#7 三崎まぐろ

あと少しでお気に入りが100に到達しそうなので初投稿です。
エタらないように頑張らなければ...



だいたいの学校が夏休みに入り、多くの学生が羽を伸ばす7月の下旬。

俺は去年までとは違う夏休みを過ごしていた。家族はいない、部活にも入っていない、去年までとはまるで正反対の夏休みだ。といっても家に他の誰かがいないわけではない。

誰がいるかって?そう、ヤツだ。

 

「私は今年の夏休みを最大限に有意義なものにしたい」

「はぁ」

「だから夏休みの宿題を初日で終わらせることにした」

「へぇ、頑張って」

「でも私は勉強は得意じゃない」

「知ってる」

「だから楓、手伝って」

 

リョウは夏休み初日から家に押しかけ、俺に夏休みの宿題を手伝わせてきた。

昼過ぎに始めて、終わる頃には日付が変わっていた。最初の方は分からないところを聞かれてそれを教える形だったが、最後の方はほぼ俺がリョウの宿題をやる形になっていた。そして夜遅くに終わったので案の定寝不足になり、次の日のバイトで店長と虹夏にこっぴどく怒られた。

許すまじ、山田リョウ。

 

と、リョウのおかげで良くも悪くもいつもと違う夏休みを過ごしている。

しかし、今日はリョウが家族で出かけるため来ないというので、俺は夏休みに入る前から計画していたあることを実行に移すことにした。

 

神奈川県の三浦に三崎まぐろを食べに行くことだ。

 

早めの昼ごはんを食べ、家を出て、下北沢駅から井の頭線、山手線、京急線と電車を乗り継ぎ約2時間、三崎口駅へと辿り着いた。

いざ三浦に着いたとしてもただ三崎まぐろを食べて帰るだけでは何か味気ないと思い、俺はどこか観光してから食べに行こうと思った。

 

「お〜、お兄ちゃん一人旅かい?」

 

見知らぬおばちゃんに話しかけられた。恐らく地元の人だろう。

 

「はい、一人で...」

「洒落た格好してるってことは横浜から来たのかい?」

「いえ、下北沢から」

「下北沢から〜、お兄ちゃん今日は三浦初めてきたのかい?」

「そうですね...初めてで。あっ、もし良かったらおすすめの観光スポットとかってあります?」

「それなら、油壺の水族館とかどうだい。迷ったらあそこ行っとけば楽しめるぞ〜」

「ありがとうございます!それじゃ」

「気をつけてな〜」

 

地元の人の親切心には自分も見習うべきところがあると感じた。

 

 

〜〜⏰〜〜

 

 

三崎口駅からバスで25分、油壺の水族館へと辿り着いた。

チケットを買って、入場するとなにかとリアルなアシカのモニュメントと目が合った。今は昼間だからそこまで怖く感じないが、もし夜に目が合ったら怖くて逃げ出してしまうだろう。

通路を進んで長い階段を降りていくとステージが広がっていて、ちょうど今からイルカショーが始まっていたところだった。

 

「みなさーん!今日は油壺水族館にお越しいただき、ありがとうございまーす!!」

 

イルカショーは小学生の頃に見たきりだが、改めて見ると童心に帰ったようで意外と面白いと思う。

まあ、まだ高校1年生なんですけどね()

 

イルカショーを見終わり、次はこの水族館の一番の売り、回遊水槽へと向かう。

そこは辺り1面全部水槽で、たくさんの種類の魚がいて、その水量は約750トンにも及ぶという。

 

「すっげぇ...」

 

オオメジロザメを見て、その迫力に圧倒される。このオオメジロザメという獰猛な性格のサメがいて、本州だとこの水族館にしか展示されていない貴重な種類らしい。にしてもこの牙、もし海などで出くわしたら頭から美味しく頂かれるだろう。

 

「タベテモオイシクナイヨ...」

 

あまりのインパクトの強さに思わず独り言を呟いてしまった。

 

 

〜〜⏰〜〜

 

 

油壺水族館を後にし、今日食べにいくマグロ料理屋へと向かう。

昼過ぎに水族館に入ったが、バスに乗る頃には既に日が暮れていた。かなり有意義な時間を水族館で過ごせたのではないかと思う。

油壺水族館からバスで30分ほどでマグロ料理屋に着いた。

早速中に入り、店員さんに注文する。

 

「すみません、漬け丼1つ」

「はい、漬け丼1つね。少々お待ち」

 

気さくそうな店員さんだなぁと思いながら、スマホを眺めていると、リョウからロインが来た。

 

『布団が吹っ飛んだ』

 

初歩的な親父ギャグをわざわざ送ってくるな。そう思っていると店員さんが漬け丼を持ってきてくれた。

 

「はい、漬け丼1つお待ち遠様。わさび入ってるから気をつけてね」

「ありがとうございます」

 

気遣ってくれる当たり本当に気さくな人だ。こういう店の口コミって信用できるのもわかる気がする。

レンゲでマグロとご飯をすくい、口に運ぶ。

口に入れた瞬間、マグロのジューシーな味わいと酢飯の少し甘い味のハーモニーが口に広がっていく、2時間かけて下北沢から食べに来た甲斐があったと思う。

 

「ごちそうさまでした!」

「はいよ、またおいで」

 

お会計を済ませて軽く挨拶をすると店員さんが優しい言葉をかけてくれた。昼間にも感じたが、観光客に気遣う親切心は見習いたいと思う。

 

 

〜〜⏰〜〜

 

 

バスで三崎口駅へと戻り、お土産を買って京急線に乗り、いよいよ家路に着く。

といってもいつだって旅にはアクシデントが付き物である。

何があったかって?

 

電車賃が足りずに途中下車することになりました\(^o^)/

 

帰りの電車の中でICカードの残高を確認すると、なんと金沢八景までしかいけない額しか残っていなかったのだ。恐らく、家を出るときにちゃんと財布の中身を確認していなかったのだろうか、財布も雀の涙程度の小銭しか入っていなかった。この歳になってこんなミスをするとは自分でも中々恥ずかしいと思う。

帰れなくなったが野宿をする訳には行かないと思い、俺は金沢八景に住んでいる親戚の直樹さんにロインを入れた。

 

『すみません...突然で申し訳ないのですが一晩だけ泊めて貰えないでしょうか...』

『どうしたんだい?急に』

『いろいろあって帰れなくなっちゃって...』

 

決してお金足りなくて帰れないなんて恥ずかしくて言えやしない。

 

『今どこにいる?』

『金沢八景駅です』

『よし、そこで待っててくれ。今から迎えに行く』

『え?いいんですか?』

『困ってるんでしょ?泊まっていきなさい』

『ありがとうございます!』

 

突然泊めてくれなんていう甥を快く受け入れてくれるなんて、なんと優しい叔父なのだろう。

しばらくして車に乗って直樹さんがやってきた。車に乗ってからしばらくすると、直樹さんは事情を聞いて来た。俺は正直に帰りの電車賃が足りなくなったと答えると直樹さんは大笑いしていた。

 

「それで帰れなくなっちゃったんだ」

「はい...この歳になってこんなことって恥ずかしいですよね...」

「まあまあ気にしないで、今日はゆっくりんでいきな」

 

親切すぎるでしょ、この直樹さん。これじゃ後藤直樹様様だよ。

 

 

〜〜⏰〜〜

 

 

直樹さんとしばらく談笑しているといつの間にか直樹さんの家に着いた。

車を降りて直樹さんがドアを開ける。

すると...

 

「あ!かえでおにーちゃんだー!!」

「ワンッ!」

 

瞬く間に従妹のふたりと犬のジミヘンが飛びついて来た。

 

「おっと、おお〜ふたりにジミヘン、元気にしてたか?」

「うん!げんきにしてたよ!」

「ワンッ!」

 

相変わらず元気のいいふたりと可愛らしいジミヘンには癒される。

 

「あら〜、いらっしゃい、楓くん。さあさあ、上がってちょうだい」

「あ、美智代さん、お邪魔します」

 

この人は美智代さん。母の妹で俺の叔母に当たる人だ。

 

「そうだ、ひとりって今家に居ます?」

「いるわよ。ちょっと呼んでくるわね」

 

そう言って美智代さんはひとりを呼びに行った。

後藤家とは昔からの付き合いで、よくお正月やお盆にはこちらが遊びに行っているような関係だ。

 

「あ、楓くん...」

「よ、ひとり。久しぶり」

 

しばらくして階段からひとりが降りてきた。

ひとりは俺の1つ年下の従妹で、昔から極度の人見知りで家族以外にちゃんと話せるのは俺と俺の家族ぐらいとしか話せないやつだ。

 

「あ、な、なんで今日は家に...」

「三浦にマグロ食べに行ったんだけど、帰りの電車賃足りなくなって帰れなくなって、それで直樹さんに連絡入れて泊めてもらうことになった」

「そうなんだ...」

「そうだ、楓くん。ひとりに勉強教えてやってくれないか?」

「そうよ!楓くん、結構いいところ行ってるんでしょ?ひとりもせっかくなんだし、教えて貰ったら?」

 

直樹さんの提案に美智代さんが乗っかる。

進学校に通ってるから多少人に教えられるくらいには勉強ができるし、教えてあげよう。

 

「よし、ひとり、教えてあげるから部屋に行こう」

「あ、え、うぅ...」

 

ひとりと2階に上がり、ひとりの部屋に入る。机には参考書や高校のパンフレットが散らかっていて、しっかり勉強しているのが見て取れる。

 

「このパンフレット、秀華高じゃん。もしかしてお前こっちの方の高校うけるのか?」

「あ、うん。高校は誰も知らないところに行きたいから...」

「はぁ...」

 

誰も知らないところって、どうやら中学でも上手く馴染めなかったのだろう。

 

「それで、勉強のほうは?」

「うぐっ...!」

「もしかして...全くダメとかそんな感じか?」

「うん...」

「ノートとかってあったりする?一応、どれくらい理解出来てるかは分かるけど...」

 

するとひとりは無言でノートを差し出してきた。ノートを見た感じ、全く基礎ができてないというわけではなさそうだ。

 

「じゃあ、ここの確認テストってやつやってみようか。夏休み前までの復習にもなるし」

「うん...」

 

ワークの確認テストに取り掛かるひとり。

途中、「あぁ...」だの「うぅ...」とうめき声を上げていたが、なんとか終わってこちらに渡してきた。

 

「うん、全部間違ってるな」

「あぎゅっ!!」

 

俺の一言にひとりは痙攣を起こす。全部間違ってるとはいえ、惜しい部分は結構ある。授業の内容が右から入って左から抜けていくタイプなのだろう。

 

「でも、惜しいところがあるから伸び代は結構あると思うよ」

「私に伸び代...うへ、うへへ...//」

 

褒めるとすぐ調子に乗るのは相変わらずだなと思いながらその後も基礎をみっちり復習させた。

 

〜〜⏰〜〜

 

 

翌朝、朝食を食べてふたりと少し遊び、直樹さんから電車賃を受け取って後藤家を後にする。

 

「え〜、もうかえるの〜?もっとあそぼーよー!」

「ごめんね、もっと遊んであげたいけど帰らなくちゃ。次はもっと遊んであげるから。ね?」

「うん、やくそくだよ?」

「よ〜しいい子だ。美智代さん、朝ごはんありがとうございました」

「いいのよ〜、またおいで」

「あ、か、楓くん!」

「どうした?」

「こ、今度、そっちの高校の見学、行くから!」

「うん。待ってるよ」

 

突然来た親戚に対してこんなにもてなしてくれる後藤家のみんなには感謝しかない。そう思いながら、直樹さんの車に乗り改めて家路についた。

 

 

* * * *

 

 

 

「へぇ〜、そんな事があったんだね」

「そう、この歳になってほんとに恥ずかしいと思ったわ」

 

翌日、リョウに一人旅はどうだったか聞かれてそこでの思い出話を全て話す。今度三浦に行くときはリョウや虹夏も連れて行ってあげようと思った。

 

「そんなことより早くお昼作って」

「はいはい」

 

俺は二つ返事でリョウと食べる昼飯を作る。

そんな時、ふと思った。もし来年、ひとりとリョウ、虹夏が出会い、バンドを組んだらどうなるんだろう。きっとすごいバンドになるに違いないだろう。

俺は来るか分からない未来を楽しみにしながら昼飯を作るのだった。

 

 

次回、「たこ焼き」

 

 

 




今回からアンケートを載せてみました。回答していただけるとありがたいです。
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#8 たこ焼き

評価バーが3つ埋まり、お気に入りが120件以上ついていたので初投稿です。
定期テストが近いので次回は少し先になりそうです。



────ジリジリジリジリ...

 

────カナカナカナカナ...

 

アブラゼミとヒグラシの鳴き声に夏の夕方の涼しさを感じる8月の上旬。

今日は花火大会ということもあり、下北沢駅は会場に向かう人で溢れている。俺は改札の前でリョウと虹夏を待っていた。特にドレスコードとかは決まっていないが、毎年2人は可愛らしい浴衣を着てきて、俺も2人と歩くのに恥ずかしくないくらいには洒落た服装で行くのがお決まりになっている。今年はどんな浴衣を着てくるのだろうか、なんて考えてるとポンポンと肩を叩かれた。

 

「おまたせ」

「ごめんごめん、結構待ったでしょ」

「ううん、今来たとこ」

 

リョウと虹夏がやってきた。リョウは白色ベースに紫陽花模様のカラフルな浴衣、虹夏は黄色のひまわり柄の浴衣に赤色の簪を身につけていて、普段とは違いなかなか魅力的に感じる。

 

「似合ってるよ、その浴衣」

「えへへ、そう?」

「私のような美少女には当然の言葉」

「ハイハイソウデスネー」

 

確かにリョウが美少女なのは間違いでは無いが、行動と性格で見た目のイメージ全てを破壊する残念系美少女と言った方が彼女にはあってる気がする。

 

「そろそろ電車来るし、いこっか」

「そうだな」

 

俺は2人とともに改札に入りホームへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

会場に入ると、スピーカーから若干音割れ気味の祭囃子が聞こえてくる。

 

「はい、これ座席指定のチケット」

「かたじけない」

「あ、ありがと。っていってもまだ時間あるね」

 

花火が打ち上がるのは8時、今の時刻は6時なので2時間ほど余裕がある。

 

「じゃあ屋台巡りでもするか」

「お〜、いいね〜。リョウもどう?屋台めぐり」

「賛成」

「じゃあ楓、エスコートよろしくね!」

 

毎年一緒に回ってる幼馴染とはいえ、女の子2人をエスコートするのはなんだか恥ずかしい。俺は少し赤くなった顔を2人に見せないよう、2人より前を行く形で歩き始めた。

 

まず最初に向かったのはかき氷の屋台。夏祭りといったらこれに尽きる。

 

「何にする?」

「う〜ん、あたしはブルーハワイにするけど...リョウは?」

「みぞれ」

 

みぞれを頼むってなんか意外な気がする...

 

「すみません、ブルーハワイとみぞれとコーラ一つずつください」

「あいよ!」

 

注文すると屋台のおじさんの威勢のいい返事が返ってきた。

氷が削れる音を聞きながら、昔のことを思い出す。

 

小学生の頃、3人でかき氷を食べたあと、よくシロップで染まった舌を見せ合って笑いあっていたものだ。

 

「わはは、楓ベロ真っ青じゃん」

「そういう虹夏だってベロ緑じゃん!」

「わたしは真っ赤」

 

小さな頃の思い出って今も消えずに鮮やかに残るものだと思う。

 

「あいよ、ブルーハワイにコーラ、みぞれ」

「あ、ありがとうございます」

 

屋台のおじさんからかき氷を受け取って、2人に渡す。かき氷を口に運ぶと冷たくも甘い味が口の中に拡がっていく。

 

「やっぱ夏のかき氷って美味しいね!」

「みぞれってこんな味なんだ」

 

2人とも美味しそうに食べる姿を見ると、お金を出してあげた甲斐がある。

あ、やばい...頭痛くなってきた。

 

「にしても兄ちゃん、両手に花だなぁ」

「あ、はい。よく言われます」

 

自慢ではないが、中々美人な幼馴染を2人も連れてるんだしそう言われるのも仕方ない。まあ、一方の中身は...アレだけど。

 

「照れっ//」

 

そう、中身はアレだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

それから射的にくじ引き、ヨーヨー釣りとお祭り定番の屋台を回り、気づけば夜の7時半になっていた。

 

「お腹すいた」

「あ〜、あたしもお腹すいたなぁ」

「たこ焼きとか買ってこよっか?あれなら腹持ちもいいだろうし」

「じゃあ、お願いするね」

「りょーかい。じゃあ先に席行っといて。たこ焼き買ったらそっち行くから」

 

2人と別れ、俺はたこ焼きを買いに行った。いざ屋台に向かうとそこには長い行列が出来ていた。さすがに長すぎると思い、別のところに並ぼうとするとクラスメイトに話しかけられた。

 

「よぉ、波城。久しぶり」

「蘆名か、久しぶり」

「お前もたこ焼き買うんだろ?一緒に並ぼうぜ」

「あぁ、いいよ」

 

蘆名というのはクラスメイトのことで、4月の最初のLHRで話しかけてきた出席番号1番の子だ。あれから趣味があって意気投合し、今では結構仲良くしてもらっている。

 

「今日って1人?」

「いや、リョウと虹夏と3人で」

「山田さんと伊地知さん?あんな美人2人と回れるなんて羨ましいわ〜」

「そうか?虹夏はまだしもリョウは大分手がかかると思うけど」

「いやいや、山田さんと一緒に回れたらきっと楽しいに違いないだろ」

 

蘆名よ、お前が抱いてるイメージのリョウは実際のリョウとは180度別の性格だぞ。

 

「そういえばここのところどうしてる?」

 

夏休みの出来事について、蘆名が尋ねてくる。

 

「うーん、三浦にマグロ食べに行った以外は普通にバイトいったりリョウに飯作ったりとか」

「へ〜、山田さんにご飯作ってるんだ」

「うん、図々しいしいろいろ上から目線だけど美味しく食べてもらってる」

「それってさ、週に何回くらい?」

ズケズケと聞いてくるな...

普通そこまで気になるようなものか?

 

「ほぼ毎日くらいかな...?最近はたまに泊まっていったりしてる」

「え、確かお前って一人暮らしだよな?」

「うん」

「じゃあ、話し相手いるから結構助かってたりして」

「半分そうだけど残りは違う」

 

リョウがちょくちょく家に泊まるようになったのはバンドを抜けてからのことで、蘆名の言う通り、話し相手になってくれているのは助かるが、リビングを占拠されたり私物を置いてったりされて結構困っている。

 

「お、そろそろ先頭じゃん」

「あ、ほんとだ。あっという間だったな」

 

いつの間にか列の先頭付近まで進んでいたことに驚く。先頭になると俺と蘆名は財布を取りだし、たこ焼きを買って別れて2人の所へと戻った。

 

「あ、こっちこっち!」

「遅い」

 

2人のところに戻るといつの間にかレジャーシートが敷かれていて、そこにはラムネが人数分並べられていた。

 

「ごめん、蘆名と話してたら遅くなった」

「へ〜、蘆名くん元気そうだった?」

「相変わらずって感じだった」

「それなら良かったよ」

「楓、早くたこ焼き出して」

「はいよ」

 

リョウと虹夏にたこ焼きを渡して俺もレジャーシートに座る。

そろそろ花火が打ち上がる時刻なのか、辺りも賑やかになってきた。

 

「それじゃあ、今年も3人で花火大会に行けたことを祝して〜、乾杯!」

「「乾杯」」

 

虹夏の合図でラムネの瓶を互いにコツンとぶつけて、栓を開ける。溢れるラムネを急いで飲むと、これから打ち上がろうとしている花火に対する期待を表すような甘い味がした。

すると、

 

 

────ヒュー......パバババン!

 

 

打ち上がったスターマインが夏の雲一つない晴れた夜空を華やかに照らした。

会場にいる人たちは鮮やかに光るそれをうっとり見つめていたり、「たーまやー」と掛け声をかけたり、それぞれ違う、様々な方法で花火を楽しんでいる。俺たち3人はラムネを飲み、たこ焼きをつまみながら打ち上がる花火を眺めていた。

 

「楓、私が持ってる空のパックと楓が持ってるたこ焼きが入ってるそのパック、交換しよう」

「それ全部よこせってことだろ?」

「うむ」

「はぁ、俺もたこ焼き食べたいから2つだけあげる」

「ほら、リョウ。あたしもあげるよ」

「かたじけない」

 

2人でたこ焼きをリョウに差し出す。すると彼女は目を輝かせながら美味しそうにたこ焼きを口にする。

 

「やっぱ夏に見る花火って綺麗だな」

「わっかる〜。あの鮮やかな感じがいいよねぇ」

「ははひひながははべるはほやひははくへふ(花火見ながら食べるたこ焼きは格別)」

「口に食べ物入ってるときにしゃべるなよ...」

 

3人で花火を見ながら話すのが楽しいのは昔から変わらないが、今年はより一層楽しいと感じるのは夏の魔法のせいなのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや〜、楽しかったねぇ」

「夏って感じがして楽しかったよ」

「私の空腹も満たされた」

 

 

花火大会が終わって、下北沢に戻り、3人で歩きながら話す。夏の涼しい夜風が頬を撫でるように吹き、また1つ、夏の思い出が出来たことを告げる。

 

「それじゃ私、こっちだから。また明日〜!」

「また明日」

「じゃあね」

 

虹夏と別れて、リョウと2人で歩く。

もうとっくにリョウの家の前は過ぎているし、俺と歩いているということは、今日も泊まっていくのだろう。

 

「今日も泊まるんだろ?」

 

答えは分かりきっているが、リョウに尋ねる。

 

「うん。疲れたし少しお腹空いた」

「俺も少しお腹空いたけど、さすがに今から飯作る体力はないぞ?」

「ならカップ麺とかは?」

「ある」

「じゃあ料理番、お湯入れといてね。シャワーから出たらすぐに食べたいから」

 

ほんとこの変人は図々しいな。

少しは着替えとかカップ麺を用意するこっちの身にもなってほしいものだ。

 

「変人って、なんか照れる」

「心を読んでくるなよ」

 

ふりかえってこちらを見てくるリョウの、街灯に照らされた顔が綺麗だと思ったのもきっと、夏の魔法のせいなのかもしれない。俺はそう思うことにした。

 

 

 

 

 

─────────────────────

 

 

 

 

 

おまけ

ひとりと従兄

 

私、後藤ひとりには尊敬するいとこがいる。

名前は波城楓。私より1つ年上で、よくからかってきて、言葉遣いにトゲがあったりするけど、こんなぼっちで陰キャでミジンコみたいな私にも優しくしてくれる自慢のいとこだ。

この前、楓くんが家に泊まりに来たとき、彼に下北沢の方の高校に行きたいのかと聞かれ、

私は「高校は誰も知らないところに行きたいから...」と答えた。

”誰も私のことを知らない"という条件であれば県内の遠いところでも良かったが、わざわざ下北沢の高校にした理由はそう、楓くんがいるからだ。

楓くんの住む下北沢はお洒落な街で、こんな私には全く似合わない。でも、これは()()()にとっての話であって、()()()()()()()の私であれば話は別だ。

ギターヒーローというのは私が小遣い稼ぎがてら動画投稿や配信を行うのに使ってるアカウントで、私は視聴者さんたちから"バスケ部のキャプテンが彼氏のリア充女子中学生”というイメージを持たれている。

最初は否定しようと思ったけどなんだか褒められてるような気がしたしネットの世界なら見栄を張ってもいいかもと思った。

つまり、下北沢に行けば()()()()()()()としての私のイメージがかなり上がるし、()()()ももしかしたら()()()()()()()としての私に少しでも近づけるんじゃないか、そして友達もできたらバンドを組めるのではと思い下北沢の高校にしようと思ったのだ。

 

 

『これ、うちの高校の文化祭の日程。秀華高じゃないけど1度高校がどういうものか見ておいたら?』

 

楓くんからロインが来た。

どうやら10月に文化祭があるようだ。確かに見学会とかはまだ行ってないからこの機会に見に行くのもありかもしれない。

 

『あ、バスケ部の彼氏くんも連れてくるといいよ』

 

うぅ...やっぱり茶化してくる...

絶対に高校でバンド組んでチヤホヤされてギャフンと言わしてやるー!!

 

 

 

 

次回、「夏の終わりに」

 




おまけの方は思いつきで書いたので読みにくいかもしれません...
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#9 夏の終わりに

テスト期間だから更新が少し先になると言ったな、あれは嘘だ。
今回はかなり短めです。


 

──8月31日

 

今日は夏休み最終日、俺は明日から始まる新学期への期待と夏休みが終わる寂しさに包まれていた。

今年の夏休みはこれまで過ごしてきた夏休みとは全く違うものだった。部活に入ってなければ家族も家にいない、リョウが家に入り浸るようになり、バイトもスターリーが繁忙期に入って、朝から晩まで働き、かなり忙しい、そんな夏休みだった。

そんな夏休みとはいえ、思い出が作れなかったわけじゃない。

三浦にマグロを食べにいったり、リョウと虹夏と花火大会にいったりと夏休みならではの鮮やかな思い出を作ることができたと思う。

でも、なんだかやり残したことがあるような感じがするのは何故だろう。

 

「なんかやり残したことがあるって顔してるね」

「よくわかったな」

 

前日から家に泊まっているリョウが話しかけてくる。

なんで考えてることがわかるんだよ...

 

「この夏休みいろんなところいったけどさ、な〜んか物足りないって感じがしてさ」

「ほう。楓、今日バイトは?」

「ないけど...どうした?」

「行きたいところがあるからついてきて」

「え?」

 

リョウの事だから絶対ロクなところに連れてかない気がするが、暇を潰すチャンスだと思い、ついていくことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

井の頭線と京王線を乗り継ぎ、下北沢から40分、リョウに連れてこられたのは南大沢のアウトドアショップだった。

 

「アウトドアショップって...別に下北沢のところでも良かったんじゃないか?」

「ここにしか売ってないキャンプ用品もあるし、いい情報も得やすいから」

 

見かけによらずアウトドア派の彼女からすればそうなのだろう。

アウトドアショップに入るのはこれが初めてなのだが、キャンプ用品の他に洋服なども売ってるとは以外なもので、新たな発見に俺は驚く。

 

「お客様、なにかお探しのものはありますか?」

「あ〜、とくには...こういうの素人で全く分からないんですよね...」

 

実は、キャンプは小学生の頃に1度だけリョウの家に連れてってもらったことがあるが、当時はまだ幼かったというのもあって、どの用具がどんな用途で使われるとかは全く分からなかった。

 

「じゃあ、こちらのイスとかはどうでしょう?こちらのモデルは初心者さんからベテランの方まで人気があって、普段キャンプをしないよって人でも日常生活で使える商品になっております」

「へぇ~、そうなんですね」

 

確かにこのイス、座り心地は良さそうだ。これなら庭でバーベキューをするときとかに便利かもしれない。バーベキューじゃなしにしても外で食べるご飯はかなり美味しそうだ。

 

「これって、いくらするんですか?」

「1万7000円になります」

「うぐっ!」

 

た、高すぎる...

給料3ヶ月分くらい貯めなきゃじゃん...

イスがこんなに高いなんて思いもしなかった俺はこの椅子に手が出なかった。

 

「楓もキャンプに興味出たんだ」

「いやぁ〜、出たには出たけどイスとかが高くて手が出なかった」

「しっかり節約してお金貯めれば買える」

「お前に一番言われたくないんだが」

「確かに」

 

自覚してるんならもう少しお金の管理はしっかりしてくれよ、しかもこの前のカフェ代未だに返ってきてないし。

 

「そうだ、ちょっと待ってて」

 

そういってリョウは食器のコーナーへと走っていき、何かが入っている箱を2つレジに持っていって会計を済ませて、そのうちの一つを俺に渡してきた。

 

「これ、あげる。受け取って」

「え?俺誕生日2ヶ月くらい先だけど」

「普段ご飯作ってもらってるお礼。いいから開けて」

 

中に入っていたのはステンレス製のマグカップだった。よく見るとブランドのロゴらしきものが入ってるし、そこそこの値段はするのだろう。

 

「これまあまあしたんじゃないのか?」

「別に、買えそうだったから買っただけ。それにこれ、ここでしか買えないから」

「そっか、ありがとう。大切に使わせてもらうよ」

 

にしてもなぜマグカップを俺に?

異性にマグカップを贈る意味って特になかった気がするが、それがうろ覚えだったのと自分の考え込みやすい性格からか、深く考え込みながら自宅へと戻るのだった。

 

南大沢から自宅に戻り、俺は晩御飯を作り始める。リョウはというとリビングでス○ブラをして遊んでいた。

 

「そういえば、なんで今日俺をわざわざ南大沢まで連れてったんだ?」

「さっき渡したマグカップが買いたかったからっていうのもあるし、新しい発見があるとやり残した感じが消えていくんじゃないかなって思ったから」

「確かに、なんかやり残した感じは消えたかも。とりあえずありがと」

「その感謝を忘れずにこれからも私にご飯を作るといいよ」

 

すっごい上から目線でイラッとするわ...

俺がお前に感じた感謝を今すぐ返してくれ、山田リョウよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

晩御飯を食べたあと、程なくしてリョウは家に帰っていった。

気になったので俺はマグカップを贈る意味をスマホで調べることにした。

やはり、特に意味はなかったようだが、せっかくのプレゼントだし大切に使わせてもらおう。改めてそう思い、明日の学校の支度をして眠りについたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

次回、「しじみ汁」




次回から秋のお話になります。
高評価、お気に入り登録、アドバイスなどあると作者のモチベと筆のスピードが上がるのでぜひお願いします。
感想、誤字報告なども受け付けていますのでこちらもお願いします。
次回のタイトルで誰がでてくるか察しがつく読者さん多そう(小並感)


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#10 しじみ汁



今回から秋のお話になります。そして今回はあの酒カスベーシストが登場します。
それとお気に入り160件突破しました。これからもこの小説をよろしくお願いします。


夏休みが明けてから2週間ほどたち、まだまだ厳しい残暑が残っている9月の中頃。といっても季節の変わり目なのか、夕方になると少し肌寒くなってくるような、そんな季節だ。

今日は虹夏が委員会で遅くなるから2人で先に帰っててくれと言われたのでリョウと2人で帰っている。

 

「今日はご飯大丈夫」

「わかった。けど珍しいな、お前がそんなこというなんて」

「誕生日のお祝いで焼肉食べに行く」

「へ〜、どんな感じの?」

「ここ」

 

そういってリョウが見せてきたのは都内の高級焼肉店の写真だった。コース料金を見ると諭吉数人分もする料金で、彼女がいかに親から愛されているかが伺える。

そろそろこちらもプレゼントとかを用意しなきゃな......。

 

「楓も来る?きっと親も歓迎してくれる」

「いいよ、気持ちだけ受け取っとく」

「そう。じゃあね、あとから後悔してもしらないよ」

 

少し鼻につくような言い回しの言葉を残してリョウは彼女の家の方向へと歩いていった。

となると今日は久しぶりの一人飯になる。精一杯美味しいものを作って自分にご褒美を与えようと思い、鼻歌交じりでスーパーに向かい、あっという間に買い物を済ませた。

買い物を済ませたあと、少し寄り道をしようと思い、家の近くの公園によった。この公園は4月にリョウを拾った公園で、彼女曰く美味しい雑草(山田調べ)があるという。だからといって公園で倒れないで欲しいと思っていたら...

 

 

倒れてる大人の女性を見つけたのだ。

 

 

倒れている人を見過ごせなかった俺はすぐさまその人に声をかけた。

 

「大丈夫ですか?」

「み、水を、水をください...あとしじみ汁を...」

「しじみ汁はないですけど水ならありますよ」

 

注文が多いと思いながら俺はカバンから水が入ったペットボトルを渡す。

にしてもこの紫色の髪の毛、キャミソールワンピースに黒と白のスカジャンのこの謎コーデ、どこかで見たような気がする...。

 

「ありがとー!!」

「どういたしまして...」

 

まるで生き返ったかのような顔をして水を飲むお姉さん。

お姉さんからは独特なお酒の匂いがしていて、その匂いで俺はこのお姉さんの正体にすぐに気づくとともに、俺はやばい人を助けてしまったと勘づいた。

 

「あれ?伊織じゃん!元気してた〜?」

「伊織じゃなくて楓ですよ、きくりさん」

「え〜?あ〜、そうかも。似てるから間違えちゃった」

 

この俺と姉を見間違えたお姉さん、もとい廣井きくりさんは姉の大学時代の同期で、姉とはかなり仲が良く、姉が八丁堀に引っ越す前はよく家にも来ていた。

ただこの廣井さん、かなりの大酒飲みで姉と家でよくお酒を飲んでは酔っ払ってよく俺や妹の部屋で勝手に寝たりしていて俺や妹、母を困らせていた。

 

「大丈夫ですか...?そうとう酔ってましたけど」

「あ〜全然、大丈夫だよ。そういえば楓くん、今いくつ?」

「来月の24日で16になるんでまだ15ですね」

「お〜、おっきくなったね〜。じゃあ楓くんの成長を祝してもう1杯〜!」

 

そういって懐からおにころを取り出して豪快に飲むきくりさん。だがしかし、さっきまで道で倒れていた人が急にお酒なんて飲めるはずもなく...

 

「お、おぼるるぅおえぇぇぇ...」

 

ナイアガラの滝もびっくりするような勢いで公園にきくりさんは思いっきり吐いてしまった。

 

「なんですぐに飲むんですか?ほら、地面じゃなくてこっちに...」

 

カバンから急いでビニール袋を取り出してきくりさんに渡して、俺は地面にぶちまけられた吐瀉物を処理した。

 

 

 

 

「いや〜、迷惑かけたね〜」

「落ち着いたならそれはそれで大丈夫ですけど、なんでここで寝てたんですか?」

「あ〜、昨日ハシゴ酒しててね、1軒目が赤羽で、2軒目が新橋で〜......3軒目からはなんも覚えてなくて、それで気づけばここにいたって感じ」

 

覚えてないということはそうとう飲んでいたのだろうし公園で酔い潰れているのも無理はないし、さっきから俺の鼻を突き刺すような酒臭さもそれを物語っている。

 

「じゃあ俺はこれで......」

「うん、じゃあね〜」

 

公園を出ようとしたその時...

 

 

ぐぅぅぅぅぅ〜

 

 

きくりさんからお腹のなる音がした。

まずい、逃げなくては......。

リョウならまだしもこの人まで家にあげたら大変なことになる。ここは引っ込んでくれ、俺の良心......!

 

「楓くん......ご飯作って......」

「え?あ、あの......今日は...」

 

断れ、俺。申し訳ないけ断れ!波城楓ェェッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わ、わかりました」

 

結局良心には勝てませんでした。

 

 

 

 

 

 

公園から家に帰り、きくりさんを家に入れた。あまりの酒臭ささに耐えられなかった俺はすぐにシャワーを貸した。

 

「楓くんも一緒に入る?だいぶ汗かいたでしょ」

「入りません。着替えここ置いときますね、俺はご飯作ってるんで」

 

磨りガラス越しにきくりさんと会話を交わして、着替えをおいてキッチンに戻った。

今日は元々簡単なお惣菜で済ませようと思っていたが、客がいる以上全部お惣菜というわけにはいかなくなったので俺は冷蔵庫を漁ることにした。

みょうがに青ネギ。これなら冷や奴ができるから使うのは確定としても、それでも一品足りない気がしたのか、冷蔵庫をさらに探す。

しばらく探しているとしじみが出てきた。ちょうど味噌も見つかったので、俺はもう一品としてしじみ汁を作ることにした。

しじみをしっかり塩水で砂抜きして水洗いし、鍋に水と昆布、砂抜きをしたしじみを入れて火にかける。

5分ほど経ってから沸くくらいの火加減でじっくりと昆布としじみの旨味を引き出す。

アクを取り出したら火を一旦止めて昆布を取りだし、料理酒と味噌を入れる。

 

「ふぃ〜、シャワーありがとね〜」

「いえいえ」

 

料理酒と味噌を入れてふたたび火をつけるときくりさんがシャワーからでてきた。

すると、テーブルに置いてあったおにころを1つあけ、風呂上がりの牛乳を飲むかのように豪快に飲み始めた。

 

「ぷはぁ〜。風呂上がりのおにころうめぇ〜!!」

「もうすぐご飯できるんで飲むのやめてくださいよ」

「え〜?いいじゃん、食前酒ってことでさ〜」

「いやさっき盛大に吐いたじゃないですか!」

「え?そうだっけ?まあお姉さんの肝臓は強いから心配しなくて大丈夫だよ」

 

きくりさんの酒癖の悪さに俺はドン引きしながらしじみ汁をお椀によそい、次に冷や奴を作る。

まずネギとみょうがを小口切りにして、豆腐をパックから取り出してお皿に乗せ、そこにネギとみょうがにしょうがとおかかをのせれば、冷や奴も完成。

 

ご飯ができたことをきくりさんに伝えると彼女はもう完全にお酒が回っていて、少しふらつきながら椅子に座った。この様子から察するにきくりさんはさっき公園で見かけた酔っ払い状態に逆戻りしていたのだ。

 

「いただきます(いただま〜す!!)」

 

さっそくしじみ汁を口にする。

特に味見をせずに作ったが、ダシが効いていてかなり美味しく仕上がっている。

 

「んあ〜沁みるねぇ〜!これでお姉さんのお酒もどんどん進むよ」

「あんまり飲みすぎて家でも吐かないでくださよ?」

 

お酒を飲み過ぎないようにしてほしいとは思うが、お酒が進むといっているということは相当気に入ってくれてるのだろう。

 

「冷や奴も美味しいしおつまみのセンスもいいしほんと楓くん料理うまいね〜」

「冷や奴はみょうがとネギを切っておかかを乗せて醤油たらしただけですよ」

「いやいや、そんなことないって。こんなにおいしいものつくれるんだったらきっとモテるよ。いや、もうすでにモテてたりして〜」

 

きくりさん、その言葉彼女いない歴=年齢の俺にはかなり大ダメージなんですよ......。

きくりさんの何気ない言葉にダメージを食らっているとリョウからロインが来た。

焼肉を楽しんでる様子の自撮りとともに一言寄せられていた。

 

『いぇーい』

『#彼女と焼肉デートなうに使っていいよ』

 

悪意はないんだろうけどタイミングのせいかとてつもなくイラッとする......。

 

『楓ならこれからこの写真使う機会多くなるかもね』

 

今度あったとき顔面にグーパン食らわせてやりたい。

 

 

 

 

「ふぃ〜、食べた食べた〜」

 

ご飯を食べ終えるときくりさんはソファで横になっていた。

食器を洗い終える頃にはこちらの目のやり場に困るようなだらしない格好で寝ていた。

今はこんなにだらしない大酒飲みのきくりさんだが、昔はよく姉の後ろにいた少し内気で人見知りな人だった。

 

「おねーさんそれ何?」

「ひゃうっ!?え、あ、こ、これね、ベースっていってねギターと似ているけど......こういう低い音が出るんだよ」

「へー、すっげぇ!俺も弾きたい!」

「あ〜、いいよいいよ教えなくて。こいつガキだから廣井が教えてもわかんないって」

「は?ガキってなんだよ!」

 

きくりさんのベースに憧れて教えてもらおうと思ったら姉に止められたことを思い出す。

その後何とか頼み込んでギターを2人に教えてもらったのも含めいい思い出だ。

あれからアコギを姉に貰い、独学でコードや奏法をまなびリョウやひとり並までとはいわないが、それなりに上達した気がする。

 

「んぇ〜、楓く〜ん、今何時〜?」

 

そんなことを思い出していたらきくりさんが目を覚ましてきた。

時計を確認すると既に10時を回っていて、それを伝えるとまた眠ってしまった。そしてそれに追従するかのように俺にも眠気が襲いかかってきた。とりあえず今日はこのまま寝てかせておいて、明日になったら帰ってもらおうと思い、俺は部屋で眠りについた。

 

 

 

 

 

 

翌朝、いつもより少し早く目が覚めた俺は2人分のパンを焼き、コーヒーを入れた。

夏休みに入ってからリョウに朝ごはんも作るようになったため、2人分の朝食を用意するのは容易い。

 

「きくりさ〜ん、朝ですよ〜。起きてくださ〜い」

「ふぇ〜。楓くんおはよ〜。あ、もしかしてお姉さんにエッチなことしようとしてた?」

「するわけないじゃないですか(正論)。朝ごはん、用意できたんで支度してください」

「わかった〜」

 

なんでベーシストはこうも変な考えを持ってる人が多いのだろうか。

軽く朝ごはんを食べたあと、制服にファブ○ーズをかけて酒臭ささを消してきくりさんと一緒に家を出た。

その後、リョウと虹夏といつものように一緒に学校にいく際、リョウに「楓、なんかうっすら酒臭い」虹夏に「楓、まだ引き返せるから戻ってきな?」とやけに心配されてしまったが、昨日のことを話すと「あ〜、あの人ね」虹夏は納得したが......

 

「大丈夫、楓が警察沙汰になっても私と虹夏は友達でいてあげるから」

「だからやってねぇっての」

 

リョウはそういって一日中、いろんなタイミングで茶化してきたのだった。

 

 

 

 

 

 

次回、「文化祭ライブ」




今回地の文が若干長めになっちゃった...
1年生編も折り返しに突入したのでこれからのお話も楽しみにしていただけると幸いです。

評価、お気に入り、感想、アドバイスなど頂けると作者のモチベと筆のスピードが上がるのでぜひお願いします。
高評価くれー!!(承認欲求モンスター)


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#11 文化祭ライブ

そろそろテストが終わりそうなので初投稿です。
秋の話は次で終わります。
主人公の大まかな設定を登場人物紹介に載せておきました。


9月も終盤に差し掛かったある土曜日。

俺はリョウと虹夏と駅前のカラオケ店に来ていた。

 

「じゃあ、さっそく第1回バンドミーティングを始めようと思いま〜す!」

 

ただ歌うだけではなく、文化祭に向けて3人で組んだバンドのあれこれを決めに来ていた。

最初リョウを誘おうとなったとき、バンドへの熱意を無くしていた彼女をどうやって説得するか俺は悩みに悩んだが、虹夏は上手く勧誘してバンドに引き込んでくれた。

 

「っていっても何から決めよっか」

「ノープランなんだ...」

「そんなときのために、こんなものを」

「いいね〜」

 

そういってリョウはリュックからサイコロを取り出した。

出目には《演奏する曲》、《担当楽器》に《練習場所》、《バンド名》とバンド活動に関する重要なことと、《バンジージャンプ》、《ハラキリ》とヤバめな内容も書いてあった。

 

「バンジージャンプが出ても俺はやらないぞ」

「じゃあハラキリはやってくれるんだね」

「お前は俺を○す気か」

「まあ、まずは楓からサイコロ振って」

「あ、わかった」

 

ヤバめの出目の内容にツッコミを入れたところでさっそくサイコロを振る。

出た目の内容は《担当楽器》だった。

 

「担当楽器ってことで、あたしはドラムやるけど2人は?」

「私はベースで」

「俺は姉貴からエレキ借りたからギターはやるけどボーカルどうする?」

「あたしは歌下手だしリョウはどう?前のバンドでコーラスやってたんでしょ?」

「私がフロントマンまでやると2人が霞んじゃうから楓がやって」

「え?俺?無理無理無理!」

「いや、楓が歌上手いのはわかってるから。とりあえずこれ歌って」

 

そういってリョウはリモコンで曲を入れて、マイクを渡してきた。

リョウがリモコンで入れて、俺が今から歌わされる曲は粟崎玄師のTEENAGE RIOT。粟崎さんの音階なら全然出るが、上手く歌えるかはまったく自信が無い。

 

 

 

 

 

 

「──歌えるさ カスみたいな だけど確かなバースデイ バースデイソング」

 

何とか歌いきったがやっぱり上手く歌えた自信はない。

得点は92点とまあまあ高かったが、ただ点が高くてもしっかり聞き手の心を掴まなければ意味が無いのだ。

 

「やっぱ上手いね〜」

「だから楓はボーカルもやるべき」

「いやいや、姉貴に比べたら全然下手くそだよ?俺」

「伊織さんは伊織さん、楓は楓だから」

「そうだよ。それにプロ並みの実力なんてなくても高校生じゃわかんないって」

 

それ学校で言ったら大炎上するやつだぞ......。

 

「わかった。やるよ、ボーカル」

 

2人の説得を受け、俺はボーカルをやることにした。

 

「じゃあ私はコーラスもやる」

「よ〜し、じゃあ決まりね」

 

こうして担当楽器が決まり、次の議題へと移るべく、今度は虹夏にサイコロを渡す。

次に出た目は《演奏する曲》だった。

 

「一応あたしはこういうのをやりたいんだけど2人は?」

 

虹夏がスマホで見せてきたのは、HANIMAなどの国内のバンドや海外のバンドのメロコア系の曲が入ったプレイリスト。

メロコアはギターに力を入れてる系統なので、ギターソロがある曲が多い。

 

「俺は裏番号とかMrs. RED APPLEとかJPOPをやりたいかも」

「私はこういうロック系とかをやりたい」

 

リョウがスマホで見せてきたのはロック系、C’zとかFIRST OK ROCKの王道ロック系の曲が入ったプレイリスト。ただこういうのを文化祭でやってお通夜みたいな雰囲気にならないかが心配なところだ。

それぞれやりたい系統をだしたのはいいものの、演奏する曲自体を決めなければいけない。

 

「たしか3曲までだっけ、演奏できるの」

「うん、だから1人1曲ずつセットリストに入れるって感じになるかも」

「それなら俺はこの曲にする。これなら盛り上がるだろうし」

「じゃあ私はこの曲で、これならバンド初心者の楓でもやりやすいと思う」

「ならあたしはこれにする。以外にあっさり決まったね〜」

 

それぞれやりたい曲から1曲ずつ上げていき、スムーズに曲を決めることができた。

また次の議題へと移るため、リョウがサイコロを振る。

出てきた目はバンド名だった。

 

「そういえばバンド名全然考えてなかったな」

「たしかに、なんかいい案ない?」

「バンドの名前は予め私が考えてきた」

 

そういってリュックから今度はスケッチブックを取り出し、ページを開くとそこにはバンド名が書いてあった。

 

「バンド名はズバリ、"結束バンド"」

 

 

"結束バンド"?

 

・・・・・・だっっっっさ!!!

 

 

「いやいや、いくらなんでもダサすぎるよ!」

「荷物をまとめる結束バンドと結束力が大事なバンドのダブルミーニング。これを考えついた私は天才だと思う」

「えぇ......」

 

確かにこのダブルミーニングは秀逸な感じはするがまあダサい、ダサいのよ。

結局、俺と虹夏は他にバンド名が思いつかず、リョウの考えた"結束バンド"がそのまま名前として採用されてしまったのだった。

 

 

 

 

こうして、俺と虹夏、リョウの3人で結成された"結束バンド"は文化祭に向け、練習を重ねていった。

 

──あるときは空き教室で、

 

「あ〜、あそこの教室ね。これ鍵だから終わったら返してね」

「ありがとうございます!」

 

──またあるときはスターリーの練習スタジオで、

 

「別に貸してもいいけど、後で3人にはきっちり働いてもらうからな」

「私はパスで」

「逃げるなベーシスト」

「ほう、少しくらいなら給料は出すが」

「やらせて頂きます」

「「チョロ!」」

 

そして迎えた文化祭ライブ当日。

文化祭自体は2日目ということもあってかかなりの人が学校に来ていた。

午前中、俺はクラスの模擬店で働いていたが、緊張でそれどころではなかった。

模擬店で働いてる途中、姉とひとりが店に来てくれたときは...

 

「ご、ごごご、ごじゅっ!ご、ご注文は......」

「楓...、あんた緊張しすぎだよ。ねぇ、ひとり」

「あ、うん......そうだと思う。あ、ナポリタンひとつ」

「じゃああたしもナポリタンで」

 

緊張のあまり噛んでしまった。姉に笑われてしまい、ひとりも少し微笑んでいた。

そこまで俺が噛んだのが面白かったのだろうか。

 

 

──そんなこんなであっという間に午前中が過ぎていき、気づけば体育館で午後の文化祭ライブが始まっていた。

 

「え〜、"ザ・スタッグズ"のみなさん、ありがとうございました〜。続いては"ミスターホワイトストロベリー"のみなさんお願いします」

 

全部で7組この文化祭ライブに出演していて、俺たち"結束バンド"の順番は4組目とちょうど中盤に当たる。

そして今、3組目の演奏がはじまった。

 

「いや〜、緊張するね〜」

「俺とか午前中緊張しすぎで姉貴に笑われたよ」

「私は緊張しなかった」

 

ほんと元バンドマンは羨ましいよ。

こっちなんてどんどん緊張が高まっていくんだが。

 

「いよいよ次だな」

「うん、2人とも頑張ろ」

「私のベースの腕を見せるときが来た」

 

まったく、その自信はどこから来るんだよ。

それに比べ俺はあまり上手く弾ける自信はない。それでもこの1ヶ月、星歌さんや姉にアドバイスを沢山もらった。

 

『無理に合わせようとしてるのがバレバレだから、もう少しリラックスしろ』

『ギターに意識が向きすぎて歌に感情がこもってる気がしないのよ。気持ちもうちょっと歌に意識向けてみな』

 

そんな2人からのアドバイスが俺に勇気を与えてくれた。

いや、今思うとこれは勇気ではなく、俺なりの自信なのかもしれない。そんな気がしてきた。

 

「"ミスターホワイトストロベリー"の皆さん、ありがとうございました〜。え〜続きましては"結束バンド"のみなさん、お願いします」

 

そう思っているといつの間にか3組目の演奏が終わり、俺たちに順番が回ってきた。

 

「いこう。リョウ、虹夏」

「3人なら大丈夫だよね」

「きっといける」

 

3人で拳を合わせ、軽くグータッチをして、ステージへと入場した。

そこには大量のお客さんの姿が広がっている。

普段の俺ならあまりの観客の多さに卒倒してしまうだろう。

でも、そんなものでは俺の自信は揺らがない。そう確信してギターを構え、2人に合図を送り、虹夏のカウントで1曲目を弾き始めた。

 

「So now my time is up. Your game starts,my heart moving?」

 

1曲目に演奏するはFIRST OK ROCKの完全感覚Dreamer。

この曲が演奏する3曲の中でいちばん難しい曲だった。

もともと4人組バンドの曲だったものを3人でやるため、俺はギターの伴奏をやりつつ、ボーカルもやらなければいけなかったが、ハイトーンのところはリョウがサポートをしてくれた。

実際、リョウのコーラスが入るのはなにかと心強かったりもする。

 

 

「I can’t get enough! Can’t get enough!!」

 

1曲目を弾き終わると、場内は静寂に包まれたが、一瞬にしてそれが拍手と歓声に変わった。

 

「え〜、最初から素晴らしい曲でしたね......。ここで結束バンドの皆様の紹介をさせていただきます。まずはリーダーの伊地知虹夏さん」

 

歓声に包まれる中、司会によるメンバー紹介が始まった。

 

「リーダーの伊地知虹夏です!今日はよろしくお願いします!」

「次にベース兼コーラスの山田リョウさん」

「山田です。よろしくお願いします」

「キャー!!リョウ様今日もカッコイイーー!!」

 

あいつクラスでモテてるんだ......。

まあ、基本学校だと無口だし無理はないか。

 

「次にギター兼ボーカルの波城楓さん」

「ギター兼ボーカルの波城楓です。今日は沢山楽しんでくれると嬉しいです。よろしくお願いします!」

 

自分の紹介が入り、軽く一言をいうと観客席から声援が飛んできた。

 

「波城くん〜!!めちゃくちゃかっこいいよ〜!」

「波城く〜ん!剣道部入部待ってるからなー!!」

 

剣道部は余裕ができたら入ろうと思います...。

 

「波城!!後でお姉さんの連絡先教えて〜!!!」

 

蘆名さぁ、人の姉ナンパすんのはやめた方がいいぞ......。

 

「男なら直接聞かんかい!」

 

姉貴も声援に混じって答えなくていいから、ほんとに弟として恥ずかしいし。

 

「じゃあ続いての曲紹介を......。波城さん、お願いします」

「あ、はい。え〜次はHANIMAさんの"ともに"という曲をやらせてもらおうと思います。この曲はリーダーの伊地知が選んだ曲で、知ってるとか聞いたことあるよって人も多いんじゃないかなって思います」

 

曲紹介を終え、深呼吸をして息を整える。

この曲はカウントを挟まず俺の歌い出しで曲が始まる。俺は2人に合図を送り、歌い始める。

 

「ああ、どれだけ過去が辛くて暗くても昨日よりも不安な明日が増えても、悩んだり泣いたりする今日も進め、君らしく心躍る方」

 

歌っているうちに観客もテンションが上がったのか、一緒に歌ってくれたり手を振ってくれたりしてくれしている。

俺はそれに応えるべくさらに懸命に歌う。

 

「全て追い越して、何もかも置き去りに思い描いたその先へ」

 

懸命に歌っていたらあっという間に歌いきっていて、またしても会場が歓声に包まれる。

姉が、星歌さんが、リョウがライブで感じていたのってこういう演者と観客が一体になって盛り上がることに対する嬉しさのことだったのか。

本人たちが直接話したわけではないが、なんとなくわかった気がする。

 

 

 

 

 

 

その後、3曲目も歌い終わり俺たち"結束バンド"の文化祭ライブは無事に終わりを迎えた。

 

「楽しかったね〜、ライブ」

「そうだな。みんな凄い盛り上がってて弾いてるこっちもなんか嬉しくてたまらなかったよ」

「私のベースの素晴らしさがまた1つ広まった...」

「あ、あの......!」

 

体育館を出て、渡り廊下で3人で話していると赤い髪の毛にサイドテールを結った1人の女の子が話しかけてきた。

 

「山田リョウさん、ですよね?」

「だって、呼ばれてるよ。リョウ」

「リョウはお前だろ」

「私、リョウさんの大ファンなんです」

「見る目あるね」

 

こいつにもファンっているんだ......。

そりゃそうか、元々インディーズでバンドやってたんだし。

 

「今日のライブ、最っ高でした!だからこれ、受け取ってください!」

 

そういって彼女は俺たち3人に封筒を渡してきた。

中身を見るとなんと、諭吉と一葉が1枚ずつ入っていた。

 

「いやいや、こんなには受け取れないよ」

「有難く使わせていただきます」

「こら、リョウ。さらっと受け取ろうとしないの。にしてもこんなにあげちゃっていいの?」

「いいんです!私、1度でいいから推しにお金を貢いでみたかったんです!」

 

あれ?ちょっとこの子ヤバくない?

しかも見た感じからしてまだ中学生だし、さすがにこのお金を受け取ろうとは思えないよ。

 

「そういえば君、名前は?」

「喜多郁代です。あ、喜多ちゃんって呼んでください」

「あのね、喜多ちゃん。気持ちは嬉しいんだけどさすがに貰えないよ」

「え、そんな...」

「多分だけど、まだ中学生でしょ?こういうことは高校生になってからバイトとか自分で稼いだお金でやったほうがいいよ。だからごめんね」

 

俺が諭すと、喜多ちゃんは黙り込んでしまった。

しばらくの沈黙の後、彼女は笑顔で話した。

 

「はい!また今度お金に余裕が出来てからにしますね!」

「そのほうがいいよ。あたしも気持ちはすっごい嬉しいし。ね、リョウ」

「うん......」

 

そういって俺たち3人は封筒を喜多ちゃんに返した。

というか、なんでリョウは不機嫌そうにしてるんだよ。

 

「今日はありがとうございました!またライブあったら行きますね!!」

 

そういって喜多ちゃんは謎の効果音(キターン)とともに眩しい笑顔を見せてこの場を後にした。

 

「私の貴重な諭吉と一葉が......。せっかくお金貰えるチャンスだったのに」

「「おい」」

 

金にがめつすぎるんだよ、全くお前というやつは。

 

 

 

 

 

 

2人と一旦別れ、俺は姉とひとりの元へ、感想を聞きに向かった。

 

「2人とも今日来てくれてありがと」

「いや〜、あんためちゃくちゃ緊張してたのに本番になったらあんなに楽しそうに弾いてたね」

「う、うん。楓くん歌も上手かったし、それに......」

「それに?」

「と、友達がいない私じゃあんなふうにバンドできないって思っちゃうよ......」

 

自分に自信の無いひとりが俺に言う。

以前、バンドを組みたいと言っていたのを覚えていた俺はすかさずひとりにバンドのことを話す。

 

「あのドラムとベースやってた2人は昔からの友達なんだけどさ、俺、あの2人以外だとほとんど友達がいないんだよ。だからそんなこと考えないで」

「で、でも...」

「いや、もしかしたら高校で友達ができてそのままバンドを組もうってなるかもよ?お前はギター上手なんだしきっと大丈夫」

「私が......ギター上手......ふへっ、ふへへへ」

 

従兄としてはひとりには友達をつくって、充実した高校生活を送ってほしいと思っている。

 

「だからそのためにも勉強、頑張れよ」

「う、うん」

「じゃあ、私ひとりと帰るから。今日のライブ、最高だったってリョウちゃんと虹夏ちゃんにも伝えといてね」

「わかった。あ、ギター返さなきゃ。取ってくるからちょっとまってて」

 

姉から借りていていたギターを控え室に取りに戻ろうとすると姉に呼び止められた。

 

「あ〜、あれあげるよ。あんたそろそろ誕生日でしょ?誕生日プレゼントってことで」

「え?あれ大学の頃から使ってたやつじゃ...」

「いいのいいの。あれサブギターだしちゃんと使ってくれる人ならあげてもいいかなって」

「じゃ、じゃあお言葉に甘えて」

 

まさかの姉からのギター譲渡の話に驚いたが、せっかくの機会なので、ギターを受け取ることにして、駅へと向かう姉とひとりを見送り俺はまた2人の所へと戻った。

その後、後夜祭も大盛況を見せ、下北沢高校の文化祭は終わりを迎えた。

帰り道、3人で帰っていると不意にリョウが呟く。

 

「バンド、誘ってくれてありがとう」

 

その言葉に俺は、またリョウがバンドへの熱意を取り戻したような気がしてホッとして、何だか嬉しい気持ちになったのだった。

 

 

 

 

次回、「焼き芋」




これでついに原作の結束バンドメンバーは全員登場させました...。
主人公のギターの腕はだいたいぼっちちゃんの7割くらい、歌の上手さは喜多ちゃんの8割くらいだと思ってください()
登場人物紹介に主人公の身長などの設定も載せておいたのでそちらも見ていただけたらと思います。
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#12 焼き芋

テストは無事に大爆死したので初投稿です。
お気に入りが最近徐々に増えてきていてモチベが上がってます。


紅葉が本格化し、少し肌寒い風が吹くようになり始めた11月。

ここのところいろんな人に話しかけられるようになった。

文化祭の前までは学校での話し相手といえば西荻くんや佐竹くんに蘆名、女子に至っては虹夏とリョウしか話し相手がいなかったのだが、文化祭のあの演奏のおかげなのか、他クラスの子ともよく話すようになった。

今日の昼休みも例に漏れず他のクラスの子と話していた。

 

「波城くん文化祭のとき凄いギター上手だったけど、誰に教えてもらったの?」

「あ〜、俺さ、バンドやってた姉がいて、それで中学に上がるまで少しづつ教えてもらってたんだけど、中学上がってからは独学で......」

 

俺は基本的にギターは独学で学んだが、文化祭に向けてバンドを組んだときは、朝から晩までエレキの奏法を姉にみっちり叩き込まれた。

 

 

「へ〜、独学で......。というかお姉さんバンドマンだったんだ」

「そうそう!しかも波城のお姉さんボーカルやってたんだよ!あんな美人な人の歌とか聞いたら絶対耳溶けるよ!!」

「やだ〜、颯太郎。波城くんと話してるんだから邪魔しないでよ!」

「なんだよ春香、いいじゃねーかよ!」

 

颯太郎というのは蘆名の下の名前のことで、今俺が話している彼女は隣のクラスで学級委員をやっている坂戸春香さん。

最近よく話しかけてくれてる子で、文化祭前までは彼女とは全く話したことがなかったが、話してみると蘆名と同様、話しやすいタイプの陽キャだった。

 

「あ、そういえば今軽音部部員募集しててさ、もし良かったらなんだけど波城くんもどう?」

「気持ちは嬉しいんだけど、遠慮しとこうかな......」

「え?あんなにギター上手いのに?」

「こいつ4月から一人暮らししてバイトもしてるんだよ。部活まで入ったらキャパオーバーだろ」

 

ご丁寧に説明してくれてるなよ。

でも、リョウとのことを言われてないだけまだマシか。

 

「そっか。なんかごめんね」

「こっちこそせっかくのお誘いなのに申し訳ない」

剣道部のときもそうだが、勉強とバイトを両立しながらの一人暮らし、そしてリョウにご飯を作る料理番の身としては、部活までやるのはかなり困難なことなのだ。

 

「そういやお前、普段どういう飯作ってるんだ?」

「確かに、気になるかも!」

 

やっぱり聞いてくるよなぁ......。

蘆名に関しては今まで聞いてこなかったのが不思議な気がするが。

 

「普通の料理だよ、ハンバーグとかカレーとか」

「普通の料理だけど毎日私を飽きさせないくらいに美味しい」

「まあ、自分でいうのもなんだけどそれなりに美味しいのはつk......。ってリョウ、お前いつの間に...!」

「やっほー。あれ?坂戸、顔赤いけどどうしたの?」

「あわ、あわわわ......」

 

おい、せっかく蘆名が誤解を生まないように黙っててくれたのにどうしてくれるんだよ。

というかやばい、これ坂戸さんに要らぬ誤解与えちゃったよ......。

 

「もうあれなしではいられなくなるくらいに絶品///」

「あ......え......」

 

山田ァ!!何やってんだお前ェ!!!(海賊王)

リョウの火に油を注ぐような発言で坂戸さんは完全にショートしてしまった。

その後、なんとか坂戸さんの誤解を解くことは出来たが昼休みで感じた気まずさは一日中消えることは無かった。

 

 

 

 

 

 

「リョウ、お前マジで余計なことをいうなよ」

「私は思ったことをいっただけ」

「まあいいじゃん。楓のご飯がおいしいってのは事実なんだしさ」

「おいしいって言ってもらえるのはありがたいけどさ......」

 

あ〜、明日からどんな顔して坂戸さんと話せばいいのだろうか。

 

「いしや〜きいも〜おいも〜」

 

そんなことを考えていると焼き芋が売っているトラックが通りかかった。

 

「ちょっとまってて、焼き芋買ってくる」

 

ちょうど小腹が空いたので、1つ買うことにした。

リョウが奢ってくれといわんばかりの視線を送ってくるが昼休みのことがあったし、最近またジュース代やカラオケ代など、貸したお金の額が増えてきたので奢るつもりはない。

 

「すみません、焼き芋1つお願いします」

「あ、あたしも1つ」

「はいよ、焼き芋ふたつね。600円頂戴するよ」

「楓、これ」

「あ〜、ありがと。はい、600円で」

「600円ちょうどね。少々お待ち」

 

虹夏から受け取った小銭と合わせて代金を支払う。

トラックを運転してるおばさんが釜からいもを取り出し紙袋に包む。

それをこちらに渡すのを待ってる間にも芋のいい匂いが漂ってくる。

 

「はい、焼き芋ふたつ」

「「ありがとうございます」」

「にしてもお兄ちゃん、こりゃまた美人な彼女さんを連れてるねぇ」

「「いや、ただの友達です(即答)」」

 

学校帰りにこうして買いに来てるのだし、そういわれるのも無理はない。

焼き芋が入った袋をもって、近くの公園に入ってベンチに座る。

公園には落ち葉が溜まっていて、それが秋の深まりと少しづつ冬が近づいていることを感じさせる。

 

「はい、虹夏。お前の」

「ありがと」

 

虹夏に焼き芋を渡してベンチに腰をかける。

ふぅーっと息をふきかけて、焼き芋を冷まして食べる虹夏の姿が一瞬、幼き日の彼女の姿のように見えて、ふと笑みがこぼれた。

 

「ん、どうした?」

「いや、一瞬虹夏がガキっぽく見えただけ」

「誰が子供だよ」

 

虹夏をイジり、予想通りのリアクションを見ていると、リョウが「半分頂戴」といっているような表情を向けてきた。

こちらも「あげないぞ」というテレパシーを送るような視線を送りながら焼き芋を口にしようとしたそのとき、急に冷たい風が頬を刺すように吹いてきた。

 

「うおっ、寒いな」

「や〜、カイロがないと堪えるね〜」

「寒い、このままだと私は凍える」

 

いや、知らねぇよ。

少しは自分のやったことを反省しろっての。

でもこの寒さだとさすがにリョウが可哀想に思えてきた。

 

「ほら、半分やるよ」

「ありがとう。楓なら分けてくれると信じてた」

 

焼き芋を半分に割って、それをリョウに渡す。

すると、彼女はまるで待っていたかのようなことをいいながら焼き芋を頬張った。

俺もそれを見ながら冷めないうちにもう半分を口にする。

やはり、こういうのってみんなで一緒に食べるほうが格段においしい。

 

 

 

 

 

 

「よぉ〜し、食べ終わったことだし、バイト行こっか」

「そうだな」

 

焼き芋を食べ終えて、公園を後にしてスターリーへと向かう。

そのときにふと見た、西陽に照らされたリョウと虹夏の笑顔が花火大会のときより一層、俺は綺麗に感じたのだった。

 

 

 

 

 

 




次回、「ローストターキー」

次回から冬に入り、章としては1年生編最終章に突入します
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【追記】
登場人物紹介にさらにキャラクターを追加しました


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#13 ローストターキー


そろそろ赤バーになりそうなので初投稿です。


あ〜、今年もやってきた〜♪

 

\クリスマスイブ〜/

 

街を歩けば見かけるのは〜♪

 

\イチャつくカップル〜/

 

それを見る俺に彼女は〜♪

 

\いるわけな〜い/

 

でも大丈夫〜、だってクリスマスイブは〜♪

 

\ただの休日〜/

 

いつも通りに過ごせばいい〜♪

 

非リアのクリスマス

作詞作曲:波城楓

歌:波城楓

 

 

───イブの昼間から自室で何をやってるんだ俺は...

謎ソングを歌い、完全におかしなテンションになってしまっているクリスマスイブ。

昨日から学校は冬休みに入り、成績不振者に対する冬期講習がかなりカツカツなスケジュールで行われたりと段々と年の瀬が近づいているのを感じる。

今日はクリスマスイブということで、街中にはイチャつくカップルや、クリスマスケーキを受け取りにケーキ屋へと向かう家族連れもいたりする。

そして夜になれば、クリスマスパーティーを開いてみんなで聖夜を楽しむ。

この俺も例年であれば母と妹、それに姉とリョウ、虹夏を呼んで家でクリスマスパーティーを開くのだが……

 

「へ〜、帰って来れなくなっちゃったんだ」

「そう、3人とも仕事や部活で忙しいんだとよ」

「楓、クリぼっちじゃん」

「うるせぇ」

「それならさ、今年はあたしの家でクリスマスパーティーしない?それにお姉ちゃんも誕生日だしみんなで祝おうよ!」

 

母と姉と妹が家に帰れなくなり、今年は伊地知家でクリスマスパーティー兼星歌さんの誕生会を開くことになった。

今日は朝からリョウを叩き起して冬期講習に行かせ、謎ソングを即興で作って歌い、今はローストターキーの材料などを買いにスーパーへと向かっている。

「料理は別に自分で作るからいいよ」と虹夏に言われたが、さすがに虹夏だけに料理を作らせる訳にはいかないと思い、せめて「ローストターキーだけは俺に作らせてくれ」と頼んだら「しょうがないな〜」と折れてくれた。

作るからにはおいしいローストターキーを作ろうと思い、俺はスーパーにマイバッグを持って突入した。

今日買うのはすりおろしニンニクのチューブ、岩塩、オリーブオイルなどの調味料とシャンメリーなど、今日のパーティーで必要な飲みもの。

ターキーの肉は先日通販で買ったものがあり、予め下処理やブライン液を作ったりはしておいたので、スーパーで買い物をする時間はそこまでかからないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

買い物を済ませて、スーパーを後にする。

このまま伊地知家に向かおうとするが、まだ昼の3時。

虹夏には5時半に行くとロインを入れているため、まだ時間がある。

そこで俺は荷物を一旦家に置いて、少しだけ近場を散策することにした。

今日はクリスマスイブというのもあってか、街はカップルや家族連れで溢れかえっていた。

 

「あれ、波城くん?」

「お、佐竹じゃん。1人で買い物?」

「うん。弟にあげるクリスマスプレゼントを買いに」

 

この子は佐竹。

4月に話しかけてくれた桜新町中の子で、最近はよく一緒にゲームをやる仲になっている。

蘆名と違い、あんまり恋愛系の話をしてこない。

 

「へぇ〜、それってポケ○ンの最新作とか?」

「そうそう、弟がどうしても欲しいっていうから」

「いいお兄ちゃんじゃん」

「でも波城くんって妹さんいるよね?もしかして仲悪いの?」

「仲は悪くないけど8ヶ月あってないからな……」

「そっか、波城くん一人暮らししてるんだったね。って今日とかどうするの?1人だとだいぶ寂しいと思うけど」

「いや、今日は伊地知の家に呼ばれてるんだよね」

「へ〜、そっか波城くんと伊地知さん仲良いもんね」

「昔から家族ぐるみの付き合いだからな〜」

 

その後、いろいろな世間話をして佐竹と別れた。

東北沢まで歩いてみようかと思ったが家に荷物を取りにいかなければいけないので諦めて家に戻ることにした。

 

 

 

 

 

 

シャンメリーとターキー肉にローズマリーと岩塩が入った瓶を保冷バッグに詰めて休む間もなく家を出る。

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

家から伊地知家までは歩いてだいたい4分くらいで、準備の時間を考えるとこれくらいに出るのがちょうどいいだろう。

虹夏に早めに行くことを伝えて保冷バッグを肩に提げて伊地知家へと向かう。

 

「おかーさん!僕ね、今年サンタさんにゲーム頼んだんだ〜」

「じゃあ、いいこにしなきゃね」

「うん!」

 

道中、仲睦まじい親子を見かけた。

俺も小学生のころはよくクリスマスプレゼントを貰っていたものだ。

ゲームに変身ベルト、電車のおもちゃなどなど。

サンタさんにお手紙を書くときのあのワクワク感は高校生になっても忘れられない。

 

───8年前

 

 

『かえで、今年は頼んだの?』

『え?ぼくはゲームだけど、にじかは?』

『あたしはドラムスティックかな〜。いつかお姉ちゃんと一緒に演奏したいんだ〜!』

『へ〜、すごいじゃん!そういえばリョウは何頼んだの?』

『わたしは楽譜を頼んだ』

 

 

幼き日の思い出を思い出しているうちに伊地知家についた。

ドアチャイムを鳴らすとすぐに虹夏が出てきた。

 

「悪いね、急に早くいくなんて言って」

「あ〜、いいよいいよ。ローストターキーって結構時間かかるんでしょ。さぁ入って入って」

「それじゃ、お邪魔しま〜す」

 

家に入り、早速荷物を下ろす。

家の中は既に飾りつけが施されていて、クリスマスツリーも明かりがチカチカとついている。まさにこれからクリスマスパーティーをやりますって感じの素敵な雰囲気が部屋を漂う。

 

「オーブン借りるよ〜」

「うん、わかった〜」

 

そんな雰囲気を感じながら俺はオーブンを付けて余熱を始め、保冷バッグからターキーの肉を取り出してしっかりと水分を拭き取り、香り付けとしてニンニクチューブをターキーの肉の表面に擦り付けていく。

そして次に岩塩を全体に刷り込み、胡椒をふりかける。

胡椒をふりかけるときにくしゃみが出そうになったが、鼻をつまんでそれを止めた。

まあ、少し痛いのだが人の家で盛大にくしゃみをかますよりかはマシだろう。

オーブンの天板に網を付けて、そこにターキーの肉を乗せる。

タイマーをセットし、これから90分程オーブンの中でじっくり焼いていくのだが、15分置きにオリーブオイルを刷毛で塗ること以外はやることがほぼない。

 

「虹夏、キッチン空いたから使うか?」

「わかった〜」

 

キッチンが空いたことを虹夏に伝えると彼女はスタスタとキッチンに駆けていった。

エプロンを付けてポテトサラダとスープを作っている彼女の姿はまるで主婦のようだった。

にしてもただでさえ年齢よりも幼く見える見た目なのにエプロンを付けるとそれがなくなるのはどういう効果なのだろう。全く不思議なものだ。

 

「今あたしに対して失礼なこと考えてたでしょ」

「イエマッタクソンナコトハゴザイマサン」

「むぅ、そんなんだから楓は彼女できないんだよね〜」

「恋人がいないのはお前も一緒だろ」

「うぐっ……」

 

俺の反撃で虹夏が黙り込む。どうやら会心の一撃が入ったようだ。

恋愛関係でいじっていいのはそれでいじられる覚悟のある人だけなんで。

え、俺はあるのかって?そりゃもちろんありますよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

刷毛でオリーブオイルを塗り込み、そろそろ焼き上がる頃になってきた。

時計はもう既に6時半を回っていて、いつの間にかリョウも講習を終えて伊地知家に来ていた。

 

「美味しそうな匂いがする。きっと講習で疲れた私の体も癒える」

「そうだな。朝からお前を叩き起したり買い物行ったりして疲れてる俺も癒えるし」

「朝から大変だったね〜」

 

虹夏の方もスープが完成し、コンロのほうからコンソメのいい匂いがする。

焼き始めたときにセットしておいたタイマーが鳴り、俺はオーブンを開けてローストターキーに竹串を刺す。

すると中から肉汁が溢れてきてそれが俺の食欲をそそる。

 

「ただいま〜。お、いい匂いすんじゃん」

「あ、お姉ちゃんおかえり〜!」

「お邪魔します〜」

 

ちょうどローストターキーをオーブンから取り出したタイミングで星歌さんとPAさんがやってきた。

星歌さんは今日が誕生日というのもあってか、大量の紙袋を持っていた。

 

「あ、店長。誕生日おめでとうございます」

「ありがと。別に今は名前でいいよ」

「はい!じゃあ、ローストターキーとか飲み物とか出すんで席に着いてください」

 

ローストターキーに、レタスとポテトサラダにコンソメスープ、そしてシャンメリーとシャンパンが置かれ、クリスマスイブさながらの食卓になれば……

 

メリークリスマス!!そして…

 

星歌さん(お姉ちゃん)、お誕生日おめでとうございま〜す!!!

 

クラッカーを鳴らしてシャンメリーとシャンパンの栓を開けていよいよ、パーティーの幕が上がった。

 

「お、おいしいなこれ。楓が作ったのか?」

「はい、こういう料理作るのははじめてなんですけどそう言ってもらえてうれしいです!」

「波城くんって結構料理上手なんですね」

 

星歌さんとPAさんに料理の腕を褒められる。

やっぱり人に褒められるのは嬉しいものだ。

にしてもPAさんも褒めてくれるとは思わなかったな……。

 

「いや〜、それほどでもないですよ……あ、このポテトサラダとスープ、結構美味しい」

「やっぱり虹夏の料理もおいしい」

「そう?まあ、でも結構頑張ったしなんか嬉しいな〜」

 

やっぱり虹夏の作る料理は自分が作るものより一段と美味い。

もちろん自分が作ったローストターキーもそれなりにおいしいのだけれど、7年も人に料理を作ってる虹夏には叶わないと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

ローストターキーを食べ終え、しばらく談笑していると虹夏が冷蔵庫からデザートのケーキを持ってきた。

箱から取り出すとそれはクリスマスケーキとバースデーケーキの間の子のような感じで、サンタさんとトナカイの飾りがあり、真ん中には「Happybirthday!!!」と書かれているウエハース。そしてその前には2と9のロウソクが飾られていた。

 

「いや〜、もう29か。私も歳をとったな」

「そうだね〜。お姉ちゃん来年こそはいい人見つかるといいね」

「うるせぇ。お前も彼氏くらいつくれよ」

 

姉妹で傷に塩を塗り合うなよ……。

 

「あたしだけじゃないもん!リョウも楓も恋人いないもん!」

「うぐっ……」

 

こっちまで巻き込もうとするなよ……。

そしてリョウ、なぜお前はノーダメージみたいな顔ができるんだよ。

 

「うふふ。ケーキが勿体ないですし早く食べましょうよ」

「そ、そうですね」

 

その後、ケーキのロウソクに火をつけ、星歌さんがそれを消して5等分に切り分けてみんなで食べた。

毎年食べているクリスマスケーキだが、やっぱり人と食べるそれはとても美味しいと改めて認識できたのだった。

 

 

 

 

 

 




次回、年越しそば

今回トーク画面の挿絵を導入してみました。また載せるかは不明です()
一応ここで主人公の見た目を載せておこうと思います。
(人物紹介にも後日載せる予定)

髪型:若干ゆるめの天パ
髪の色:明るめの焦げ茶色
目の色:群青色


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#14 年越しそば

そろそろ1年生編が終わる目処がたってきたので初投稿です。


一年の最後を締めくくる日、大晦日。

世間は年の瀬というのもあってか、いつもよりも一層忙しない。

もちろん俺も同様で、今日は朝から家やその周りを掃除して、家の中に鏡餅、玄関前に門松を飾るなど、まるで師走という名がピッタリ当てはまる忙しい一日を送っている。

 

「ねぇ、リョウ」

「ん?なに」

「今日は朝から俺は大掃除をして家の中に鏡餅とか玄関前に門松を飾ったりとかしてるけどさ」

「うん」

「まさか、今日1日何もせずこたつに入って年を越そうなんて思ってないよな?」

「いや、何もしてないわけじゃない」

「じゃあ何を?」

「一生懸命雑巾がけしている楓をみかん食べながらこたつから応援した」

「応援でもなんでもねぇだろあんなの」

 

そして今日は大晦日だというのに家にはリョウがいる。

大晦日ぐらい家族で過ごせよと思ったが、どうやらリョウの両親は仕事でいないらしい。

彼女の家は病院を経営しているため、大晦日だろうと休みはない。

 

「それに客を働かせるのはよくないと思う」

「ほぼ毎日家に来てるくせにどの口が言ってるんだよこの金欠ベーシスト」

「照れっ…」

 

ああ、今すぐこいつをこたつから引きずり出したい。

というかよく人が掃除してるのをみて手伝おうとか思わなかったな。

 

「あのね、今日彩乃が久しぶりに帰ってくるのよ。さすがにお前のその醜態を見せたくないんだよ」

「へ〜、彩乃帰ってくるんだね」

 

彩乃というのは俺の妹のこと。

4月に地方の中学校にスポーツ留学して以来会っていないので今日がおよそ9か月ぶりの再会になる。

そしてそんな妹が帰ってくるというのにリョウはお構い無しのようだ。

「それに今日は大晦日だし、長距離移動で疲れた彩乃のためにも年越しそばにしようと思ったけど……」

「うん」

「お前は抜きね。俺と彩乃が美味しそうにそばを食べるのを眺めてるといい」

「そんな、殺生な」

「そばが食えないのが嫌なら買い物を手伝え」

「それは無理。こたつが私を離してくれない」

「買い物行ってもこたつは逃げないから。ほら、行くぞ」

「寒い寒い!」

 

こたつからリョウを引っ張り出して、俺とリョウは家を出て、買い物をしにスーパーへと出かけることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

スーパーで蕎麦と天ぷら、かき揚げを買って、予約しておいたおせちを受け取って家に帰ってきた頃には時刻は既に6時を回っていた。

彩乃が帰ってくるのも6時くらいだったしそろそろだろうと思っているとドアチャイムがなった。

ドアを開けると、大きめのボストンバッグを手に持っている彩乃がいた。

 

「久しぶりだな、彩乃」

「うん。ただいま楓兄」

「外だいぶ暗かっただろ?とりあえず中入りな」

「は〜い。あれ?靴が2足あるってことはお母さんも帰ってきてるの?」

「いや、これはリョウのやつ。母さんは明日帰っt……」

「え!?リョウさん来てるの?」

「おい、靴はちゃんと脱げ!」

 

リョウが家に居ると知った途端、彩乃はテンション爆上がりしたかのような表情になり、靴を脱ぎ捨てリビングへと駆けていく。

そう、彩乃はリョウをものすごく慕っているのだ。

中学生の頃、たまに家にリョウや虹夏が遊びに来ることがあったのだが、そのときはいつもリョウにベッタリくっついていた。

 

「すっごい!文化祭で楓兄とバンド組んだんだ!!」

「うん。彩乃もロックの道に進むといいよ」

 

2人のガールズトークが盛り上がるのを見ながら俺はそばを茹で始める。

茹で上がったら、どんぶりに盛り付けて次はかけつゆを作る。お茶のパックにかつお節を15g程いれ、そこに醤油とみりんを50mlずついれて鍋で煮ていく。

ひと煮立ちしたらどんぶりにかけつゆを注ぎ、かき揚げとねぎ、三つ葉、大根おろしを乗せ、年越しそばの完成。

 

「はい、おまちどうさま」

「おぉ〜!美味そ〜!!それじゃ、いただきま〜す」

「いただきます」

 

こたつに年越しそばを置くと2人はすぐにそばを食べ始めた。

妹は長旅でお腹を空かしていたのか、とても美味しそうにそばを啜っている。

 

「はへでひいひょうひふほくふはふはっへふ!(楓兄料理すごく上手くなってる!)」

「楓は私にこういう美味しいごはんを毎日作ってくれる」

「へ〜、毎日作ってるんだ」

「最近は朝飯も作るようになったよ。結構手がかかるけどな」

「いや、私は人間ができてるから手はかからないと思う」

 

すぐにジュースをたかったり人の家に勝手にものを置いていくのにそんなことを堂々と言える自信は尊敬するよ。

 

 

 

 

 

 

そばを食べ終えてどんぶりを洗い終わり、俺はまたこたつへと入ってみかんを食べながらテレビの特番をぼーっと眺める。

この1年、思えば自分の周りの環境は大きく変化した。

高校生になったというのもそれはもちろんなのだが、やはり一人暮らしをすることになったことが今までの自分を根本から変えていった。

まさかリョウにご飯を作るようになるなんて思わなかったがリョウのおかげで人に美味しいと言ってもらえる料理が作れるようになったことに成長を感じる。

 

「そういえば、さっき毎日ご飯を作ってるって言ってたけどさ」

 

みかんをつまみながら、彩乃が俺に話しかけてくる。

 

「そうだけど、どうした?」

「もしかして……───

 

 

 

──楓兄とリョウさんって付き合ってるの?」

 

 

は?何を言っているんだ、俺の妹は。

妹の何気ない一言で俺は動揺し、場は凍りつき、ただテレビの音だけが流れる。

 

「だって毎日ご飯作ってあげててさすがに友達のままってなんか変じゃない?」

 

年頃の中学生のことだ。そういう話題に興味を持つのも無理は無い。

でも付き合ってるということは事実では無い以上否定しなくてはならない。

 

「な、何言ってんだよ。俺に彼女なんているわけないだろw」

「あ〜、やっぱ楓兄だしいるわけないよね」

 

とりあえず否定することはできたが調子が狂う。

今までリョウと虹夏、2人と過ごしてきた十数年の間、異性としての好意を抱いたことなんて1度もなかった。

けれど、夏休みの花火大会のときにリョウが綺麗だと思った、もうその時点で気づかないうちに好意を抱いてしまっていたのかもしれない。

というかなぜリョウは付き合ってもない異性の家に泊まるのだろうか。

考え込めば考え込むほど謎は深まるだけだし、そうしていくうちに少しづつ顔が赤くなっていくのがわかる。

俺はしばらく考えることをやめ、テレビを見ることに没頭することにした。

 

 

 

 

 

 

テレビを見ているうちに時刻は11時58分を回っていた。

いつの間にか彩乃は寝ていて、俺とリョウは何も言葉を交わさずにテレビを眺めていた。

 

『──年が明けるまで、残り1分となりました〜』

 

テレビ越しにアナウンサーが全国各地の様子を伝えながら、テロップにはカウントダウンタイマーが映っていた。

 

「もうすぐで年が明けるな」

「うん、明けるね」

 

1年の終わりをリョウと共に過ごすのは去年の今頃からしたら、とても考えられないことだろう。

 

「今年一年、ご飯作ってくれてありがと。来年も期待してる」

「こっちこそ、なんか世話になったな」

 

一人暮らしを始めて、最初のうちは家族がいない寂しさがあったが、リョウにご飯を作るようになってから、特にここ最近は寂しさは少しも感じていない。

そこに関してはリョウには感謝しかない。

 

『──5、4、3、2、1……あけましておめでとうございます!!』

 

テレビのカウントダウンが終わり、年が明けた。

年が明けるとともに外からは花火の音や除夜の鐘の音が聞こえてくる。

 

「あけましておめでとう、楓」

 

今、この瞬間にふさわしい言葉をリョウが俺に告げる。

ならば、こちらも伝えようではないか。

 

「こちらこそ、あけましておめでとう。リョウ」

 

 

 

 

 

 




次回、「初詣の甘酒」



今週もう一本短めの話を投稿出来たらと思ってます(できるとはいってない)
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#15 初詣の甘酒

桜が開花したので初投稿です。
3月中に1年生編を完結させようと思います。
今回はかなり短いお話です。




「こちらこそ、あけましておめでとう。リョウ」

 

その一言ともに新しい一年の幕が上がった。

毎年、年が明けると必ず誰かから新年の挨拶のロインが来る。

今年は特にそれが多い気がする。

例えば……

 

『あけましておめでとう!今年は彼女できるよう、お互い頑張ろうぜ!!』

 

蘆名よ、恋人を作るのはお前一人で頑張ってくれ。

 

『波城くん、あけましておめでとう〜!!』

 

坂戸さん、先日はリョウがすみませんでした……。

 

と、高校生になって人との関わりが増えたからかたくさんの人からロインが来た。

それらに返信していると、虹夏から電話が来た。

 

『あけましておめでと〜。今から初詣行かない?』

「わかった。リョウをこたつから引きずりだすからちょっとまってて」

『うん、それじゃあ半に駅に来てね〜』

「う〜い」

 

虹夏から初詣に誘われた。

まさかこの時間に誘ってくるとは思わなかったが、家にいてもすることはないし、行くことにした。

 

「お〜い、リョウ。虹夏が初詣いこうだって」

「行くけど、あと5分こたつでぬくぬくさせて」

 

これ絶対5分じゃ終わらないだろ。

どうせこたつから出るのを待ってたら朝になるんだろうな。

 

「どうせ朝までぬくぬくするんだろ?飲み物奢ってあげるから、行くぞ」

「今すぐ支度するから待ってて」

 

やっぱり欲望には忠実だな、こいつは。

というか俺も俺でなぜ飲み物を奢るなんて言ったんだ?

 

 

 

 

 

 

虹夏と駅で合流して、電車に乗って20分。

宮の坂にある神社へと向かう。

終夜運転に乗るのも初めてだし、こうして幼馴染3人で初詣に行くのも初めてのことだ。

 

「寒っ!やっぱマフラーしてても寒いな〜」

「そりゃ今は真夜中だしな」

「寒い…」

 

元日は暦の上では春とはいえ、まだまだ冬。

寒さは厳しい。

俺はトレーナーにパーカー、そしてダウンジャケットにネックウォーマーとかなりの厚着をしているが、それでも寒く感じてしまう。

 

「そろそろじゃない?なんか行列が見えてきたし」

「うわ〜、結構人並んでる〜」

 

しばらく歩いていると、目的地である神社にたどり着いた。

そこにはかなりの人が行列を作って並んでいて、俺たちはその列に加わる。

どうやらここは世田谷区の中でも結構有名なパワースポットで、毎年お正月にはかなりの人で溢れかえるらしい。

 

「これ結構長いこと並びそうだし飲み物買ってくるよ。何がいい?」

「え、じゃああたしは甘酒で」

「私も」

 

列を外れ、近くの自販機に飲み物を買いに行く。

自販機に小銭を入れ、甘酒のボタンを押す。

すると甘酒が出てくるとピピピという音を鳴らしながらルーレットが回り始めた。

当たったらもう一本もらえるタイプの自販機なのだろう。俺は新年から当たるわけないかと回り終わるのを待っていると当選音がなった。

7777と綺麗に数字が揃っていることに俺はびっくりしながらももう一本甘酒のボタンを押した。

もう一本の甘酒が出てきた後もルーレットは回っていたがさすがに2回連続で当たることはなかったが、新年から運がいいなと思いながら自分の分の甘酒も買って2人のところに戻った。

2人のところに戻ると列は少し進んでいて、それに甘酒を買いにいく前よりも人が多くなっていた。

 

「はい、甘酒」

「お、ありがと〜」

「かたじけない」

 

2人に甘酒を渡し、俺も缶の蓋を開けて飲み始める。

ほんのり甘く、暖かい味わいが冷えた体に沁みる。俺は猫舌なのでゆっくり甘酒を飲みながら

、2人と会話を交わす。

正直、今年も2人とこうして話せるのは嬉しく思う。

 

「いやぁ〜、暖まるなぁ〜」

「美味しい……」

「なんか体の中からがーって暖まるよな。こういう時に飲む温かいのって」

「わっかる〜。あ、そろそろ小銭出さなきゃ」

 

話しているうちに列の先頭付近まで進んでいた。

ポケットから財布を取り出し、小銭があるかどうか確認する。財布の中に五円玉が見つかり、俺はそれを財布から取り出した。

そして前に並んだ人が参拝を済ませると、賽銭箱の前に立って、3人一斉に小銭を投げ入れて二礼二拍手一礼。

どうか、今年も1年みんなと笑って過ごせますように。そう神様に願って参拝を済ませた。

 

 

 

 

 

 

その後、俺はお守りと破魔矢を買い、3人でおみくじを引いて神社を後にした。

 

「大吉か〜、なんか今年はいい一年になりそうだなぁ〜」

「私も大吉だった。楓は?」

「奇遇だな。俺も大吉」

 

まさか3人全員大吉を引くなんて思いもしなかったが、これはこれで一年の始まりがいいものになったと俺は思い、真冬の夜道を3人で歩くのだった。

 




次回……はアンケートで内容を決めようと思います。


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これからもこの拙い小説をよろしくお願いします。

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#16 唐揚げ

まさか一日で書き切るなんて思わなかったので初投稿です。
今回はアンケートでいちばん多かったぼっちちゃん回です。



1月の下旬。

年が明けてからもバイトに学校、リョウに料理を作る毎日は変わらない。そんな日々を過ごしているうちにあっという間に三週間が過ぎていった。

そして、昨日から学校は入試休みに入り、リョウは──

 

「家族で旅行に行ってくる」

 

「いってらっしゃい」

 

「お土産はいいものを買ってくる」

 

家族旅行に出かけるため、しばらく家に来ない。

といっても家に一人でいる訳では無い。

 

「わわわわ私なんかが秀華高受けてすみませんんん!!!」

 

「家から出てすらないのに謝ってるよ……」

 

従妹のひとりがいる。

普段は金沢八景に住んでいるが、秀華高を受けるため、俺の家に一昨日から泊まりに来ている。

ひとりの家から秀華高までは片道で2時間かかる。それに2日連続で朝早くに家を出て片道2時間の道のりを行くのはなかなかハードスケジュールなので、俺の家に泊まってくるよう、ひとりの両親が言ったらしい。

 

「きっと面接で”陰キャがイキって受験したで賞”で○刑になるに決まってる〜!!」

 

「なんで褒められるはずの賞で○刑になるんだよ」

 

これからひとりは面接を受けに行く。しかし、極度の人見知りと緊張が合わさっているのか先程からネガティブな発言を繰り返している。

 

「昨日の筆記試験、結構出来が良かったんだろ?大丈夫だって」

 

「うぅ……」

 

「今日の面接は高校に行くための通過点なんだから、早く行ってこい。じゃないと遅刻するぞ?」

 

「あ、ああああ……」ツチノコヘンゲ

 

「ツチノコになってないで早く行きなさい」

 

「う、うん。でもオシャレな下北に私みたいなツチノコが歩いてたら……」

 

「はぁ……。じゃあ一緒に秀華高まで行ってあげるからそんなこと考えるな」

 

なんとかひとりを元に戻して、一緒に秀華高へと向かう。道中、「怖い!!社会が怖いい!!!」や「私みたいなのが下北にいてごめんなさい……」と独り言を呟いていたが、俺は気にせずひとりを秀華高に連れていった。

 

「それじゃあ、頑張ってね」

 

「うん……」

 

「大丈夫。ひとりならきっと行けるから」

 

「私なら……。えへっ、えへヘヘ……」

 

門の前で少し、ひとりを励ますと彼女は微笑みながら中へと入っていった。

少し猫背なその背中にはいつもとは別人のような、覚悟の決まったようなオーラが漂っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ひとりを見送ったその足でスーパーに今日の夕飯である唐揚げの材料を買いに行く。

唐揚げはひとりの好物だ。そんな唐揚げは受験を終えた彼女のご褒美には最適だと思う。ご褒美と言うからには美味しいものを作らなければならない。

これから俺が買う唐揚げの材料は鶏肉と小麦粉と片栗粉の3つ。

まずは鶏肉。唐揚げは基本、鶏もも肉で作るものか、鶏むね肉でつくるものの2種類に分かれている。鶏もも肉の唐揚げはふっくらとしていてジューシーな味わいになっている。鶏むね肉の唐揚げはあっさり淡白な味わいが特徴だ。

鶏もも肉でも鶏むね肉でも唐揚げの作り方は変わらない。しかし鶏むね肉は加熱しすぎるとパサつきやすくなってしまうため、今回は鶏もも肉を買うことにした。

次に小麦粉と片栗粉。

美味しい唐揚げといえばやはり衣も重要になってくる。卵を使ってふんわり厚みのある衣もあるが、卵は使わずに小麦粉と片栗粉のみで衣を作ることでサクッとした食感にすることが出来るのだ。

ちょうど小麦粉と片栗粉を切らしていたなと思い出したり、美味しく作るならこれを入れようと考えながら買い物はかなり楽しい。俺は軽い足取りで次々と唐揚げの材料をカゴに詰めていく。

会計を済ませてスーパーを出て、スマホを確認する。するとひとりからロインが来ていた。

 

『終わったから迎えに来てください』

 

行きがあんな感じだったし、帰りもそうなるだろう。俺は唐揚げの材料が入ったレジ袋を手に提げてひとりを迎えに秀華高へと向った。

秀華高に着くとそこにはやりきったような顔をしたひとりがいた。

 

「受験、お疲れ様。よく頑張ったな」

 

「あ、うん。ありがとう……」

 

面接が上手くいったかは分からないが、顔を見るかぎり、きっと大丈夫だろう。

 

 

 

 

 

 

家に戻ると、ひとりは荷物をまとめ始めた。

どうやらご飯を食べ終わったら金沢八景に帰るらしい。

俺は支度をするひとりを見ながら唐揚げを作り始める。まずは鶏もも肉の下処理。スジや黄色い脂肪の塊は食感や香りを悪くしてしまう。

なのでこれらは早めに取り除くことが大事だ。

下処理をしたら次は鶏もも肉に下味を揉み込む。ボウルに鶏もも肉を入れて、そこに塩とコショウ、おろしにんにくとおろし生姜、料理酒と醤油の順に、それぞれを加えるたびにしっかりと揉み込む。料理酒と醤油を揉みこんだら5分置いて、最後にごま油を軽くまぶす。ごま油をまぶすことで下味と肉の旨味を閉じ込めてごま油が香る仕上がりになるのだ。

下味をつけたら次は衣づけ。小麦粉を下味を揉み込むのと同じように鶏肉に加える。こうすることで小麦粉が下味の調味料を吸って鶏肉に密着するようになる。片栗粉は表面にまぶす程度に加えて、フライパンに唐揚げが浸かるくらいの量を引く。

だいたい160度くらいの中温になったら、衣が剥がれないように優しくフライパンに入れる。

一度だけ肉をひっくり返して3分ほど加熱したら一旦取り出して油を切り、3分ほど置く。その間に火を止めて再加熱の準備をする。一度取り出すことでゆっくり余熱で加熱し、肉の硬化を防ぐことが出来るのだ。

3分ほど置いたら今度は180度くらいの高温でサッと加熱する。

菜箸で一度から二度、唐揚げを回転させて、こんがりきつね色になった唐揚げから順に取り出したら、唐揚げの完成だ。俺は2人分の皿にそれぞれ盛りつける。

盛り付けるときにごま油の香ばしい香りがキッチンを漂う。ひとりもその香りを感じたのか、少し笑みがこぼれていた。

たがしかし、皿が茶色だけだとなんだか味気ない。そこで俺は冷蔵庫からキャベツの漬物とレモンを取り出した。キャベツの漬物は青じそのドレッシングを漬けたもので、さっぱりとした味わいになっている。

キャベツの漬物とレモンの輪切りを皿に盛り付けてテーブルへと持っていく。

 

「ひとり〜、出来たぞ〜」

 

「あっ、うん」

 

テーブルに皿を置くとひとりの笑みはさらに明るくなった。

最後に冷蔵庫からジュースを取り出し、コップに注いで、今日の夕飯は完成だ。

 

「それじゃあ、ひとりの受験が終わったことを祝して……」

 

「「かんぱ〜い!!」」

 

ジュースが入ったコップをコツンとぶつけて鳴らす。俺とひとり、2人だけの受験お疲れ様会が幕を開けた。

 

「美味しい……」

 

「お、そういってもらえると嬉しいなぁ〜」

 

美味しそうに唐揚げを食べるひとりを見るとこっちもついニヤケてしまう。

美味しそうに食べるひとりを見ながら俺も唐揚げを口にする。

口にした瞬間外はサクッと、中はふんわりジューシーな味わいが口の中に広がる。キャベツの漬物との相性もバッチリで、ご飯がもりもり進んでいく。

 

「あっ……」

 

よほど唐揚げが美味しかったのだろう。ひとりはあっという間に唐揚げを食べきった。しかし、まだ足りないのだろうか、少し寂しそうな顔をしている。

 

「ほら、食べな。今日、面接頑張ったんだろ?」

 

「あ、ありがとう!!」

 

唐揚げを2つ、ひとりに分けてあげると寂しそうな顔はまた笑顔に戻った。一種の幸福感のような、満足感のような。俺はそんな感覚を感じながら残りの唐揚げを食べる。

 

食べ終わってからしばらくして、ひとりが荷物を持って帰ると行ったので、俺は玄関まで見送ることにした。

 

「それじゃ、気をつけて帰れよ」

 

「うん。3日間ありがとう……」

 

なにか、ひとりに向けて餞になるような言葉はないだろうか……。

いや、ある。

 

「4月に下北沢で待ってるから」

 

「……っ!うん!!」

 

まだ合否の結果は分からないが、せめてもの餞にはなるだろう。

ひとりは飛びっきりの笑顔を見せて、家を後にして家路についた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから2週間後、今日は合格発表ということもあってか、学校は午後からの半日授業になっている。

朝方、散歩で学校の近くを通った時、下高を受けたであろう中学生が沢山いた。俺はそれに去年の自分を重ねて懐かしさに浸ると共に、ひとりの合否が気になってしょうがなかった。

筆記試験の出来からして余程のことをしない限りは受かっているはずだが、自分の心配性からか、不安がどんどん募っていく。

そんな感情を抱いたまま、制服に着替え、学校に行くために家を出るとそこには─

 

 

 

──分厚い封筒を抱え、泣きながら笑顔になっているひとりがいた。

 

 

「楓くん……。私、受かったよ……!!」

 

「そうか、おめでとう」

 

自分が秀華高を受けたわけじゃないのに、何故か自分の事のように感じたのだった。

 

 

 

 




次回、「バレンタイン」

3500文字くらいが1番書きやすいってことに今更気づく物書きですどうも()
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#17 バレンタイン

だいたい物語を3500文字くらいにまとめられるようになったので初投稿です。
この回を抜いてあと3話で1年生編を完結させようと思います。


2月14日、バレンタインデー。

この日、楓は朝から憂鬱な気分に包まれていた。何故、彼が憂鬱な気分に包まれているか。それは単純、チョコがもらえないからである。

しかし、そんな楓のクラスの女子の中での評判は──

 

『波城くんってそこそこ勉強できてギターも上手いし結構かっこいいよね〜』

 

『そうそう!それにゆるっとした天パにあの少し可愛げな顔も魅力的だよね!』

 

と言われているように、評判はそこそこいい。それでも彼がチョコをもらえないのは理由がある。

その理由は──

 

『でもさ、波城くんってあれでしょ?伊地知さんかとなりのクラスの山田さんのどっちかと付き合ってるんでしょ?』

 

『あ〜確かに。あの3人結構仲良いもんね』

 

 

幼馴染の2人との関係。それがクラスの女子を勘違いさせていたのだ。

これが、彼がチョコをもらえない理由である。

 

 

 

 

 

 

 

 

あ〜、今年も来てしまったか。バレンタインデー。

クラスの男子たちは──

 

「今年もチョコもらえて良かったわ〜。お前は?」

 

「1個だけ義理チョコ貰えたよ」

 

「俺は全く」

 

と一喜一憂している。ちなみに俺は毎年、チョコは家族と虹夏、リョウからしかもらえてない。しかし、それも今年はまだもらえてない。それが俺の憂鬱な気分をさらに加速させる。

俺なんか悪いことでもしたのかな……。日頃の行いはそこまで「お〜い」そこまで悪くないと思うけど。でも毎年もらえるわけでもないし。もらえなかったらもらえなかったで割り切るか。

 

「お〜い。楓」

 

「あ、わりぃ。考え事してた」

 

ぼーっとしていると虹夏が話しかけてきた。

今日は午前授業。これから家に帰って一休みしてからバイトがある。幸いバレンタインデーでイチャイチャするカップルを見ずに済みそうだ。

 

「ふ〜ん。あ、はいこれ、チョコ」

 

「お、ありがとう!美味しく頂かせてもらうよ」

 

そういって虹夏は袋からチョコを取り出して俺に手渡した。包みが毎年もらってる義理チョコよりも少し豪華なものになっている。

 

『いつもありがとう!これからも仲良くしてね!!』

 

さすがは大天使ニジカエル。メッセージまでつけてある。

 

「去年渡せなかったから今年は少し豪華にしたんだ〜」

 

 

去年のバレンタインデーは受験が終わった直後。入学手続き等で忙しくてチョコをもらえていなかった。

この包装、義理チョコとわかっているのに何故だか本命チョコのように感じてしまうのは気のせいだろうか。

 

(おい、あれ見ろよ。波城のやつ、伊地知さんからチョコもらってるよ……)

 

(羨ましい〜。しかもあの包みからして本命チョコだろ絶対)

 

(これじゃ世間は許してくれませんよ)

 

他の男子からの殺意の篭った視線も気のせいだろう、きっと。

 

 

 

 

 

 

家で一休みしてからスターリーに向かう。

階段を降りてドアを開け、軽く挨拶を済ませる。するとテーブルにチョコが入ったダンボールが大量に置いてあるのを発見した。

 

「このたくさんのチョコってどうしたんですか?」

 

「あ〜、それか。今日ってバレンタインデーだろ?今日のライブに来てくれた客に配ろうと思って」

 

「店長さん、普段の常連さんには少し豪華なチョコを配るみたいですよ」

 

「おい!それは秘密にしとけっていっただろ!」

 

 

マジか。星歌さんってそういう一面もあるんだな。

星歌さんがチョコを渡す場面ってどんな感じなんだろう──

 

『ほら、チョコ。あげるから……その……味わって食べろよ』

 

──なんかツンデレっぽい感じがして面白いかも。

 

「おいそこ。今なんか失礼なこと考えてなかったか?」

 

「いえ全く」

 

「そうか。じゃあ今から床の掃除と機材運び、そしてフロアの装飾もやって」

 

「了解です」

 

指示通りに床の掃除に機材運びと順調にこなしていく。フロアの装飾を始めようとしたその時、リョウがやってきた。

 

「む、これは私への貢物……!」

 

「なわけねぇだろ」

 

仮にこれがリョウ宛のチョコとしよう。大量にチョコを貢ぐファンはいるだろうか。いや、いる。まあ、あの子なら貢ぐだろう。

ちなみにリョウはクラスの女子から毎年結構な量のチョコをもらっている。今年もそうだったのだろう。カバンからもらったのを取り出して食べ始めた。

 

「はえへ、ひょほはへふのへふはっへ(楓、チョコ食べるの手伝って)」

 

「そんな人様の贈り物をいただけるわけないだろ」

 

チョコには人の気持ちが詰まっている。それをもらった人以外が食べるのはよくない。そして俺はそんなことをするほど外道じゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さよならなんてさ「素直に」当たり前の毎日が「なれないよ」続いていくと思っていたから平行線のまま」

 

夜になり、バレンタインデーライブが始まった。

お客さんはいつもより多い。そして、カップルで来ている人がそのほとんどを占めている。

チケットと一緒に配っていたチョコも開場してから間もなく全部なくなった。

チョコを配り終えた俺はリョウと虹夏とカウンターで一緒に曲を鑑賞している。

 

「やっぱり恋愛系の曲多いね〜」

 

「そりゃバレンタインデーだからな」

 

「今からデスメタ流せばもっと盛り上がる」

 

「「雰囲気お通夜にするつもりかお前は」」

 

開場の前に店長にセットリストを見せてもらったが、恋愛系の曲が中心だった。普段ロック系の曲が多いので新鮮な気分になる。

今ここで歌われているのはAdam×morning fromアサシカの平行線。この曲は思いを伝えられない両想いの2人の幼馴染の心情を歌っている。俺はこの曲を結構カラオケで歌っているので、思い入れがある。

 

「あ、3人とも。これ店長さんからです」

 

「「「ありがとうございます」」」

 

 

 

PAさんから渡されたのはお菓子の入った小さな袋。袋には英語でThank you for everything! と書かれていた。俺は入り口の近くに立っている星歌さんを見つめる。すると彼女は照れながらこちらに笑いかけてきた。

 

「あ、あと今日はもう上がって大丈夫だそうですよ」

 

「そうですか。じゃあお疲れ様でした〜」

 

「お疲れ様でした」

 

「じゃあ、2人ともまた明日〜」

 

「うん。また明日」

 

「また明日」

 

PAさんから上がっていいと言われたので、リョウと2人でスターリーを出る。外に出ると雪が降っていた。昼間は雲一つない快晴だったが、これはこれでロマンチックだ。とはいえ2人とも傘を持ってないので家に急いで歩く。

 

「いや〜まさか雪が降るなんて思わなかったな」

 

「メル○ィーキッスならいいのに」

 

「さっき食べてたからいいだろ」

 

「そういえば、はい。チョコ」

 

急に足を止め、リョウは鞄の中から箱を取り出した。茶色に黄色のリボンが結ってある小さめの箱だ。リボンに何度も結び直した痕跡があるので、恐らく手作りなのだろう。

 

「あ、ありがとう」

 

「味わって食べて」

 

今までリョウからもらったチョコはだいたい市販のお菓子が中心もので、まさか今年は手作りになるとは思わなかった。俺はそのことに驚く。

 

「……ごめん、先行ってて」

 

「え?」

 

「先行って」

 

「外寒いし、それにお腹すいてるんじゃ……」

 

「いいから先行ってて」

 

リョウが顔を赤くしながら俺に口調を強くして言う。

もらうときの態度が悪かったのか、それともまた違う何かか。何が彼女を怒らせたのかがわからないまま、彼女の言う通り、先に家に帰った。

家に帰ってからしばらくしてリョウが帰ってきたが、結局その日はあまり口を利いてくれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして、今年の楓のバレンタインデーは幕を閉じた。今年も彼は義理チョコがもらえて満足している。しかし、まだ彼は気づいていない。 もらったチョコの中に本命チョコが入っていたことに。

そして、──

 

 

──密かに彼に想いを寄せている人がいるということに




次回、「差し入れ弁当」


初めて三人称視点を入れてみました。意外と便利なものですね。
2年生編についてですが、現在構想を練っているのですが、料理番要素がかなり薄れる(1年生編ですら薄れているのに)ので別作品で投稿しようか迷っているところです。
アンケートを乗せたので是非回答をお願いします。

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#18 差し入れ弁当

侍ジャパンがWBCで優勝したので初投稿です。


寒さも段々と和らぎ、少しづつ春へと近づいているのを感じる2月の下旬。

今日はリョウではなく、きくりさんが家にいる。朝、散歩から帰ってきたときに家の目の前の電柱に寄っかかって寝ていた所を介抱したのだ。ちなみにリョウは親戚の集まりに行っている。

そして今、俺はあるバンドへの差し入れの弁当を作っている。そのバンドというのは──

 

「いや〜、悪いね〜。急に差し入れの弁当作ってなんていっちゃって」

 

「別に大丈夫ですけど……。たしか、SICK HACKでしたっけ?」

 

「そうだよ〜」

 

「メンバーって何人いるんですか?」

 

「う〜ん、あたし入れて3人かな〜」

 

SICK HACKという、きくりさんがベースとボーカルを務めるバンドである。

きくりさん曰く、インディーズながら毎回ライブで500人は集めるバンドらしい。そんな人気バンドに俺が差し入れの弁当を作ることになったのか。それはきくりさんが日頃お世話になっているバンドメンバーに差し入れをしようと思っていたら、酔っ払ったときに壊した機材の弁償でお金が無くなってしまい、それで俺の弁当を差し入れにしようということになったのだ。

 

「そういえば、弁当作るっていってもなんで俺なんですか?虹夏とかに頼んでも良かったと思うんですけど」

 

「あ〜虹夏ちゃんにも、ヒック、頼んだんだけど経緯話したら、ヒック、断られちゃってさ〜」

 

でしょうね。断るときの虹夏の顔が容易に想像できる。

俺は人数分の弁当箱に中身を詰めて、風呂敷で包む。

 

「出来たんでそろそろ行きますよ」

 

普通ならここできくりさんにお弁当を渡して見送るのだが、弁当を作り始める時にきくりさんが「せっかくだしお姉さんのライブ見ていきなよ」といったので、きくりさんに連れてってもらうことになった。

 

「え〜、もう1杯飲ませてよ〜」

 

「ダメです。電車の中で吐いたらどうするんですか」

 

「そのときはそのときだよ。じゃあ出かける前に1杯……」

 

「飲むなら向こうについてからにしてください」

 

「あ〜!!おにころ返せ〜!!」

 

きくりさんからおにころを没収した。ポカポカと殴られるが向こうにつくまでは我慢してもらおう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「まもなく終点、新宿です。JR線、京王線、地下鉄線はお乗り換えです。お降りの際は、足元に─」

 

 

下北沢から小田急線の快速急行で2駅。俺ときくりさんは新宿にやってきた。SICK HACKは新宿にある"FOLT"というライブハウスを拠点に活動している。

 

「フォルトさ〜、歌舞伎町にあるから打ち上げに困らないんだよね〜。まあ、近くの居酒屋ほとんど出禁になっちゃったけどね」

 

「そうなんですか……」

 

「いや〜、次はそうならないように飲むのを控えなきゃいけないな〜って思うんだよね〜。でも結局飲んじゃうんだけど」

 

「はぁ……。あ、もしかしてあのビルの中ですか?」

 

「うん。そこの地下二階が私の根城、新宿FOLTだよ〜」

新宿駅から歌舞伎町のほうにしばらく歩いて、FOLTが入っているビルにたどり着いた。

俺はフラフラになりながら歩くきくりさんの後をついていく。

 

「銀ちゃんおつかれ〜」

 

そしてそこには鋭い目つきをした店長さんらしき人が椅子に座っていた。

 

「は?」

 

「ド、ドウモ……」

 

いや怖っ!ロン毛にピアス、それに柄シャツっていかにもロックな感じの人なんだけど。

 

「あらやだ〜、きくりが男連れてきちゃってる〜♡」

 

「あ〜、この人はここの店長の銀ちゃん。見た目はイカついけど中身はピュアなおっさんだよ〜」

 

仕草がおっさん臭いお姉さんのきくりさんとイカつい見た目のピュアなおっさんの銀ちゃんさん。なかなか癖の強い組み合わせな気がする。

 

「吉田銀次郎37歳で〜す♡好きなジャンルはパンクロックよ〜。お兄ちゃん、名前は〜?」

 

「……あ、波城楓、16歳です。好きなジャンルはJPOP全般です」

 

「あら、楓ってかっこいい名前じゃな〜い♡」

 

「ありがとうございます……」

 

「ねぇきくり、こんないい子とどんな関係なのよ……」

 

「ええ〜?大学のときの同級生の弟くん」

 

「へ〜、あら、波城ってことは伊織ちゃんの弟くん?」

 

「はい、そうです……」

 

会話の雰囲気が完全に女性同士のそれになっている。銀次郎さんを見ていると、世の中には色んな人がいるんだなぁと思う。

というか姉貴のこと知ってるんだ。

 

「そうそうきくり、志麻ちゃんがさっきからまた遅刻かって怒ってたわよ〜」

 

「うわマジ?よ〜し、じゃあ楓くん、楽屋行こっか〜」

 

少し青ざめた顔できくりさんは俺を楽屋に連れていく。

FOLTって結構広いんだな……。

きくりさんが楽屋のドアを開けるとそこには、浴衣を着た外国人であろう金髪のお姉さんとスカジャンを着たお姉さんがいた。

 

「遅いぞ。廣井」

 

「もう!遅いヨー!!」

 

「あ〜、ごめんごめん。時間忘れてた」

 

「またか……。次は絶対に忘れるなよ」

 

「善処しま〜す。あ、そうだ。今日、この子がお弁当作ってきてくれたんだ〜」

 

「どうも、SICK HACKでドラムをやっている志麻です。今日はわざわざありがとうございます」

 

「私イライザ!ヨロシクネー!!」

 

「波城楓です。早速ですけどこれ、どうぞ」

 

「ありがとうございます」

 

「アリガトウゴザイマス」

 

「ありがと〜」

 

俺は風呂敷からお弁当を取り出して、3人に渡す。渡すとすぐに3人は仲良く食べ始めた。お弁当の中身はきんぴらごぼう、生姜焼きに卵焼き。そして、ほうれん草のおひたしとうめぼし。 人に弁当をつくる機会はあまりないので自信はないが、口にあっていることを願う。

 

「美味しい……」

 

「この卵焼き、とってもdelicious!!」

 

どうやら口にあっているようだ。

俺は志麻さんとイライザさんが美味しそうに食べる様子を見ながら、予めコンビニで買っておいたサンドイッチを食べる。

 

「ぷはぁ〜。弁当もおにころもうめぇ〜!!」

 

また飲んでる。ライブ中に吐かなきゃいいけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらくして、3人が食べ終わると、志麻さんが話しかけてきた。

 

「そういえば楓さんってお姉さんいますよね」

 

「あ〜、よく知ってますね」

 

「前にここに取材に来てて。どうやら廣井の同級生だったようで」

 

「伊織サンのギター、so coolデシタ」

 

姉貴が取材に来ていたとは……。姉貴はあまり仕事のことを話してくれない。だからこのようにどこそこに取材に来ていたなどを俺が知らないのはよくある話だ。

 

「じゃあ、私たちそろそろリハーサルするから一旦カウンターに行ってて。多分銀ちゃんと大槻ちゃんがいると思うから〜」

 

「はい。じゃあライブ、楽しみにしてます!」

 

楽屋を後にしてカウンターへと戻る。すると銀次郎さんは笑顔で手を振ってくれた。ただ、銀次郎さんの横にいる、茶髪にツインテールの女の子は目が合うと同時にこっちを睨んで、どこかへ行ってしまった。

 

「今のってどなたですか?」

 

「あ〜、ヨヨコね。ここを拠点に活動しているSIDEROSっていうバンドのボーカルよ。確か同い年だった気がするわよ」

 

「そうなんですね……」

 

あのツインテールの子、同い年なんだ。

 

 

 

「あら〜、シモキタのライブハウスでバイトしてるなんて素敵じゃな〜い♡」

 

「バイト結構楽しいんですよ〜」

 

「ねぇ、そこの貴方」

 

「へ?」

 

しばらく銀次郎さんと会話していると、ツインテールの子が戻ってきた。

 

「姐さんとはどういう関係なのよ」

 

姐さん?誰だそれ。

 

「はぁ。きくり姐さんのことよ」

 

「あぁ〜。いや、ただの知り合いです……」

 

「あっそ。言っとくけど、姐さんはあんたみたいなボンクラがそう易々と関われるような人じゃないから」

 

この子、初対面の人に対してかなりおっかないな……。

てかボンクラってなんだよ。さすがに酷くないか?

ツインテールにベレー帽、そしていかにもメタルバンドのような服装。その風格に俺は圧を感じる。

 

「というか名乗りもしないのに誰ですか?」

 

「そうね、それは失礼したわ。私は大槻ヨヨコ。SIDEROSのボーカルをやっているわ」

「波城楓です……。特にバンドとかは入ってないです」

 

軽く自己紹介をしたあとSIDEROSについて調べてみた。どうやら結構有名なインディーズバンドのようだ。

 

「ヨヨコ。楓くん同い年だから仲良くしてあげたらどぉ〜?」

 

「ふん!……まぁ、少しくらいなら仲良くしてあげてもいいわ」

 

その言い方からしてこの人、そこまで友達がいないのかもしれない。その後もライブが始まるまで3人で話に花を咲かせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ライブが終わり、FOLTを後にする。きくりさんは打ち上げに行くと言っていたので、新宿駅で別れて1人で下北沢に戻る。

それにしても今日のライブ、なんか凄かったな……。志麻さんのドラム、イライザさんのギター、そしてきくりさんのボーカル。3人の高い技術力に俺はあっという間に引き込まれた。

 

『今日はありがとうございました!ライブ、最高に楽しかったです!!』

 

きくりさんに感想のロインを送る。

そういえばきくりさん、途中で歌詞が飛んだりお客さんに酒ぶっかけてたな……。

 

『お〜、それなら良かったよ。またお姉さんのベース聞きたくなったらいつでもおいで〜』

 

ロインを送るとすぐに返事が返ってきた。まさかすぐに返ってくるとは思わなかったが、また行きたいと思った。

 

 

 

 

 

 

「へぇ〜。FOLT行ってきたんだ」

 

「そう。なんか趣味が1つ増えた感じがして楽しかった」

 

「私もそこよく行くんだよね。SICK HACKとかは結構お気に入り」

 

「あ〜SICK HACKいいよな〜」

 

翌日、いつものように家にご飯を食べに来たリョウに昨日の出来事を話す。どうやら彼女もフォルトに行っているようで、話が弾む。

 

「今度一緒にSICK HACKのライブいかない?」

 

「うん。そのときは私にドリンク奢ってね」

 

「それは自分で払ってくれ」

 

いつになるか分からないが、俺はリョウとFOLTに行く日が楽しみだ。そう思えた2月の下旬の昼下がりだった。

 




次回、「ホワイトデー」


2年生編についてのアンケートをやっているので回答お願いします。

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#19 ホワイトデー

日間ランキングによる伸びの恐ろしさに気づいたので初投稿です。
なんでこれが日間ランキングに載ったんですかね…(困惑)


3月14日、ホワイトデー。

この日、楓は朝から焦燥を隠せないでいた。

何故、彼が焦燥を隠せていないのか。それは今からちょうど一か月前、バレンタインデーまで遡る。

今年、彼はリョウと虹夏から例年よりも豪華な義理チョコ(本人の解釈)を2つもらうことが出来た。それからというもの、楓はどんなお返しをするのがいいか暇さえあれば模索していた。しかし、結局なにをあげればいいか分からないまま当日を迎えてしまったのだ。

 

「あ、いいの思いついたかも」

 

どうやらいい案を思いついたようだ。

 

 

 

 

 

 

 

今日はホワイトデー。男性が女性にバレンタインのお返しをする日。例年より豪華な義理チョコをもらった俺はどんなお返しをすればいいのかが分からなかった。しかし、教室でぼーっとしていると、急にお返しのアイデアが浮かんできた。そのアイデアというのは、日頃の感謝も込めてリョウと虹夏に楽器関連のプレゼントを贈ることである。2人ならきっと喜んでくれるだろう。俺はそう信じてその計画を行動に移す。

 

「俺ちょっとお返し買いに行ってくるから。また後で」

 

「え?いや、いいよいいよ〜。別に無理しなくても……」

 

「いやいや、お礼はちゃんとしたいから」

 

「素晴らしいお返しを期待しとく」

 

「うん、任せとけ。じゃあ6時半くらいに駅に来て」

 

「りょーかい」

 

今日はバイトがないので、これから秋葉原にドラムスティックとケース、御茶ノ水にベースの弦とストラップを買いにいく。といっても安い物じゃ2人に失礼だ。ここは奮発して少し高めのものを買おう。そう思い改札に入った。

 

 

──御茶ノ水のベース専門店。

 

 

まずはベースの弦とストラップ。弦は普段リョウが家で弦の張替えをしているのでどんなタイプを使っているかは把握している。相場は4本セットでだいたい1000円程度。しかし、俺が買うのは4本セットで2500円。質のいいものであれば妥当だろう。ストラップはリョウに似合う花があしらわれた和風のデザインのものを買うことにした。

 

「あ、これください。あとラッピングもお願いします」

 

「個別にしますか?それともまとめて袋に入れちゃいますか?」

 

「あ、まとめてお願いします」

 

「了解しました〜。じゃあ合計で4300円になります〜」

 

「はい」

 

「ちょうどお預かりします。ではラッピングしてきますので少々お待ちください」

 

しばらくして、ラッピングされたものを受け取り店を出た。スマホで時間を確認するとまだ時刻は4時半。時間に余裕があるとはいえ、約束の時間に遅れてはいけない。俺は急いで次の目的地、秋葉原へと向かう。

 

 

─秋葉原のドラム専門店。

 

 

次に買うのはドラムスティックとケース。ドラムスティックは消耗品のため、ストックがあった方がいいと、文化祭ライブのときに本人が言っていた。なるべく良質でかつ耐久性のあるものに、ケースはシンプルでかつ、可愛らしい水色のものにすることにした。

スティックは3000円、ケースは1000円。2つともかなり高そうな感じがするし、これも妥当だろう。

 

「すみません、これください。あとラッピングも」

 

「4000円になります〜」

 

「5000円で」

 

「はい。5000円お預かりします。1000円お返しです〜。じゃあラッピングしてきますんで少々お待ちくださ〜い」

 

にしてもほわほわしている店員さんだな……。

ラッピングしてもらったものを受け取り、ドラム専門店を後にして秋葉原駅に向かう。下北沢まで電車で40分程。時刻は5時半。戻るにはちょうどいい頃合だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

秋葉原から電車に揺られ、下北沢へと戻ってきた。

約束の時間まであとまだ少し時間があるが、あっという間に過ぎるだろう。

 

「お待たせ〜。結構待ったでしょ」

 

「ううん、今戻ってきたとこ。はいこれ。お返し」

 

「ありがと〜。開けていい?」

 

「うん。いいよ」

 

「弦にストラップ……。まさかほんとに買ってくるとは」

 

「お前は俺に対してどんなイメージ持ってるんだよ……」

 

「おお〜、スティックにケース……。ありがと!大切に使わせてもらうね!!」

 

どうやら喜んでくれているようだ。2人の喜ぶ顔を見ると奮発した甲斐があると感じる。

その後、しばらく3人で雑談してリョウと2人で家に戻った。

 

そしていつも通り、夕飯を食べ終わると、リョウがベースの弦の張替えを始めた。早速、プレゼントした弦を使ってくれるようだ。

 

「楓、アンプ持ってきて。セッションしよう」

 

「あ、うん。ちょっとまってて」

 

リョウが家でベースやギターを弾くのはよくある話だが、セッションしようと誘ってくるのは初めてだ。俺は部屋からアンプとエレキをリビングに持っていく。

軽くチューニングをしてコードを繋ぎ、早速1曲目を弾き始めた。弾いているときにふとリョウの顔を見ると、楽しそうな顔をしていた。その顔を見ると、俺もより一層、セッションが楽しくなっていくのを感じる。

それにしても、リョウと2人でいるとなんだかドキドキしてくる。

去年の花火大会の頃からうっすら抱いていたリョウへの好意。それを俺は自ら否定してきた。けれど、もうそれを否定するのは辞めよう。やっぱり俺はリョウのことが好きなのかもしれない。でも、想いを伝えるにはまだ早いし、この関係が崩れるのは絶対に避けたい。

だからこの気持ちにまだ蓋をしておこう。そう思いながらギターを弾くホワイトデーの夜だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

今日はホワイトデー。といってもチョコのお返しを貰うこと以外はいつもと変わらない普通の日。私はいつも通り、楓と虹夏と一緒に学校から帰った。しかし、帰り道の途中で楓が急にお返しを買ってくると言ったので駅を過ぎたあたりからは虹夏と2人で歩いていた。

6時半くらいに下北沢に戻ると楓が言っていたので、私は虹夏の家で時間を潰すことにした。

 

「いや〜、さっきの楓の顔、なんか張り切ってるって感じがしたね〜」

 

「うん。私に貢ごうとしてる素晴らしい顔だった」

 

「おい、言い方」

 

「お返しをくれるんだから間違ってないと思う」

 

「まあ、そうだけど……。そういえばいつになったら楓に告白するのさ」

 

「む、うるさい……」

 

突然だが、私は楓のことが好きだ。いつから彼に好意を抱き始めたかは覚えてないが、彼の優しい性格に私は惹かれていた。

ちょうど一か月前のバレンタインデー、そんな彼に私は本命チョコを渡した。そしてそこで想いを打ち明けようとした。チョコを渡すところまでは良かったのだが、緊張で口があかなかった。それから2人きりになる度に想いを伝えるようとしたが、それも緊張で出来なかった。

 

「早くしないと誰かに取られちゃうかもよ?」

 

「楓はモテないからいいじゃん」

 

「確かにそうだけど……ほら、坂戸さんとかさ……」

 

「坂戸は蘆名といい感じだからそれはない」

 

「そうだね」

 

ちなみに虹夏は楓のことは友達として見ていて、私のことを応援してくれている。

しばらく虹夏の家で時間を潰していると、時刻は6時20分を回っていた。私は虹夏と一緒に駅へと向かう。駅につくと、楓はお返しが入っているであろう紙袋を持っていた。

 

「お待たせ〜。結構待ったでしょ」

 

「ううん、今戻ってきたとこ。はいこれ。お返し」

 

そういって楓は袋から包みに入ったお返しを私たちに渡した。中身はベースの弦とストラップ。弦は普段私が使っているタイプの良質なもの。ストラップは私の好みにあったデザインものだった。値段は分からないが、結構高いのだろう。せっかくのプレゼントだから大切に使わせてもらおう。私はそう思った。

その後、楓の家に行って、いつも通り夕飯を食べたあと、私は彼にセッションしようと誘った。普段、彼は私の演奏を聞くだけだが、今日は新しい弦で弾くベースの音を彼の、軽快なギターに合わせたいと思ったからだ。

チューニングをして、アンプにコードを繋いで早速1曲目を弾き始めた。

弾いている時の彼の楽しそうな顔。私はそれを見てより一層、セッションが楽しくなるのを感じる。

今、想いを伝えるべきなのだろうが、やっぱり勇気がでない。でもいつか、この想いは絶対に伝えたい。そう思うホワイトデーの夜だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして、彼らのホワイトデーは幕を閉じた。

だか、彼らが互いに好意を抱いていることをまだ知らない。

彼らが想いを伝え合うのはまだまだ先のお話である。

 

 

 




次回、1年生編最終回、「幼馴染の変人ベーシストとこれからも」

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#20 幼馴染の変人ベーシストとこれからも

1年生編最終回です。
今回若干過去捏造気味になってるのでご注意ください。



桜が咲き、もうすっかり街は春一色になった3月の終わり。

学校は既に終業式が終わり、春休みに入っている。春休みに入っても相変わらずバイトは忙しく、3月をもって退職するスタッフさんの送別会をやるなどの年度末特有の日々を送っている。そんな忙しいバイトも今日は休み。なので、思い切って家の中を掃除することにした。

 

「ということで、掃除するから手伝って」

 

「パスで」

 

「いやいや、普段飯を作って、風呂と寝床を提供してやってるんだからそれくらいしてもらわないと」

 

「ごめん、お母さん、今日が峠で……」

 

「お前の母さん昨日見かけたけど普通に元気だったぞ」

 

「バレたか……」

 

「当たり前だろ。あ、お前そういや今日、春季補習じゃ」

 

「忘れてた。じゃあ、いってくる」

 

「行ってらっしゃい」

 

補習があることを思い出したリョウは急いで家を出て行った。本当は彼女に掃除を手伝ってほしかったが、しょうがない。俺は1人で家を掃除しはじめた。

まずはリビング。リョウが散らかしていったコントローラーをかたづけて、掃除機をかける。

 

「全く、よく付き合ってもない男の家で堂々と寛げるよな……」

 

軽くボヤきながらも、着々と掃除を進めていく。リビングの次は和室。和室は本棚とクッションがあるくらいの部屋で、特に本を読むくらいにしか使われていなかったが、最近はリョウの寝室になっている。部屋一帯に散らかっていた漫画を本棚に戻す。すると、上から何かが落ちてきて、ゴツンと俺の頭にぶつかった。

 

「いってて……。ってあれ?これって昔のアルバムだよな……」

 

落ちてきたのは昔の写真が入ったアルバム。俺は懐かしいと思ったのか、一旦掃除を中断して中身を見ることにした。

 

「これって退院したときの写真か……。そういえばあいつに初めてあったのもあそこだったな……」

 

アルバムを開いて最初に目にしたのは病院を退院したときの写真。俺はそれを見ながらその頃を思い出す。

 

 

 

 

『うぅ……。おかあさん、おとうさん、おねえちゃん、あやの……。ぐすん、はやくおうちにかえりたいよぉ……』

 

俺が病院に入院していたのは今から12年前、5歳になる秋の頃だった。今でこそ俺は風邪のひとつも引かないくらい体は丈夫だ。しかし、小さい頃は体が弱く、よく風邪を引いては治り、また風邪を引いてを繰り返していた。そして誕生日を迎える少し前に風邪を拗らせ、入院した。病室には俺一人しか入院しておらず、俺は寂しさのあまりよく泣いていた。

 

『なんでないてるの?』

 

『え、きみ、ぐすん、はだれ?』

 

『わたしはリョウ。このびょういんのいんちょう。きみのなまえは?』

 

『ぼくは、ぐすん、かえで……』

『おんなのこみたいななまえだね』

 

『おんなのこみたいって……やめてよ』

 

『あ、なきやんだ』

 

『え、あれ?いつのまに……』

 

そんなときに出会ったのがリョウ。そう、俺が入院していたのは彼女の両親が経営している病院だった。後で彼女の両親から聞いた話だが、彼女は寂しかったのか、よく家を抜け出して病院にこっそり来ていたらしい。

 

『へ〜、リョウちゃんってバイオリンやってるんだ』

 

『うん。さいきんはきらきらぼしができるようになった』

 

それからというもの、よく彼女は病室にいる俺のところにやってきては話を聞かせてくれた。

 

『は〜い、楓もうちょっと右寄って〜。あ、リョウちゃん少しだけ左にいって……。はい、チーズ』

 

『じゃあ、楓。お家に帰ろっか』

 

『うん!あ、そのまえに……。リョウちゃん、なかよくしてくれてありがとう!』

 

『どういたしまして。かえでもげんきでね』

 

『うん、げんきでね!』

 

そして退院する日、退院を記念して、母さんと父さんが今俺が見ている写真を撮ってくれた。

ここまでだと、一度お別れをしたようにも思うが、退院してから2週間後、また幼稚園に行けるようになり、久しぶりに行くと同じクラスにリョウがいて、結局卒園するまではほとんどリョウと一緒にいた。

 

 

 

 

 

「あれから12年か……。時間の経過って早いな……。お、これはあのときの……」

 

ページを捲って、目にしたのは小学一年のころ、虹夏とリョウと写ってる写真。虹夏との出会いもこの頃だった。

 

『やだ!ひかない!』

 

『どうしてひかないの?』

 

『ひいたらうそつきになるもん!』

 

『ぼくもリョウもうそついてないじゃん』

 

『だって、おねえちゃんあそぼうっていってもあとでねっていってくるし……。おねえちゃんはあたしよりもバンドがだいじであそんでくれないし……』

 

その頃、虹夏は楽器を弾くことが嫌いで、音楽の授業ではこんな感じによく駄々を捏ねていた。当時星歌さんはバンドをやっていて、よく家を空けていた。お姉ちゃん子の虹夏は星歌さんがバンドに取られると思っていたらしい。

 

『でもがっきひいたらにじかちゃんのおねえちゃんもいっしょにひこうってなるかもしれないよ?』

 

『ほんと?うそじゃない?』

 

『うん。ぼくはうそつかないよ』

 

『わたしもうそはつかない』

 

『やくそくだよ?』

 

『じゃあゆびきりしようよ』

 

『『『ゆびきりげんまんうそついたらはりせんぼんのーばす!ゆびきった!!』』』

 

こうして俺と、リョウと虹夏との3人の付き合いが始まった。それから10年、楽しいこと、辛いこと。いろんな出来事が俺たち3人の絆を強くしていった。そしてそれはいつの間にか切っても切れないような腐れ縁になっていた。

 

「いや〜懐かしい。あ、そろそろ買い物に行かなきゃ」

 

俺はアルバムを閉じて残りの掃除を済ませ、買い物をしに家を出た。外に出ると暖かい春風がヒューっと吹き付けてきた。そんな日には少し遠出してみよう。俺はそう思い、自転車を漕いで家から少し離れたスーパーへと向かった。

 

 

 

 

 

 

買い物を終え、夕飯の材料が入った袋を自転車のカゴに入れてスーパーを後にする。

帰り道の途中、桜並木を通り抜けた。舞い散る桜を見て、俺はこれまでの生活を振り返る。

公園で倒れていたリョウにご飯を作ったら、料理番になって、そこからいろんなご飯をいろんな人に作ってきた。料理番になってから得た知識は計り知れないし、こうしてみると一人暮らしでもやって行けるんじゃないかと思えてきた。

 

「む、袋もってるってことは買い物帰りだね」

 

「お、リョウ。講習終わったんだ」

 

「内容は右から入って左から抜けていった」

 

「それ全く理解してないってことじゃん」

 

「つまらないのが悪い。あ、今日はカレーがいい」

 

「そういうと思って材料は買ってきてあるから」

 

「さすが料理番。主人の食べたいものを理解してる」

 

「お褒めいただき光栄にございます。変人ベーシストさん」

 

「照れる」

 

もうそろそろ高校2年生になる。この先もきっと、俺が下北沢にいる限りはこの生活は変わらないだろう。

 

幼馴染の変人ベーシストと、これからも

 

 

 

 

 

幼馴染の変人ベーシストの料理番になった件について1年生編、完。

 




どうも、作者のかんかんさばです。
1年生編全20話、お読みいただきありがとうございました。
1月の終わりに初めて投稿してから早2ヶ月。たくさんの人にお気に入り登録や評価をしていただいて感謝しております。
さて、今後ですが遅くとも来週の週末までには2年生編をスタートさせようと思います。
改めて、読者の皆様、ありがとうございました。2年生編もこの小説をよろしくお願いします。

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2年生編:幼馴染の変人ベーシストと天使ドラマーの夢を応援する件について
#1 クラス替え


2年生編が始まるので初投稿です。
来週の週末には2年生編をスタートさせたいとか言ってたけどそもそも2年生編1話を書き溜してたのを忘れてたなんていえない
2年生編は1話あたりだいたい2500〜4000くらいで書こうと思います。



春風に乗って強く、甘く、桜の香りが街を彩る4月の1週目。

俺は軽く朝食を済ませ、制服のネクタイをしっかりと締め、ブレザーを羽織るように着て、髪を軽く櫛でとかして学校に向かう。

今日は新年度の始業式。始業式といえばクラス替え。新たなクラスに俺は期待と不安を感じる。去年のクラスは虹夏や蘆名、佐竹に西荻がいたため、話し相手には困らなかった。でも彼らが2年連続で同じクラスになるとは限らない。今年も自己紹介で黒歴史を作らなければいいのだが。そんなことを考えてると後ろから肩をぽんぽんと叩かれた。

 

「おはよ〜、楓」

 

「おはよう、虹夏」

 

「あれ?リョウはどうしたの?楓の家に泊まってるんじゃ……」

 

「2回ぐらい起こしたけどダメだったから鍵と朝飯用意して置いてきた」

 

「なんだ寝坊か〜」

 

虹夏と雑談しながら歩いていとあっという間に学校に着いた。校門には「東京都立下北沢高等学校入学式」と書かれている看板が置いてあり、改めて新年度の始まりを感じさせる。門を潜り、学校に入るとそこには同学年であろう人たちが掲示板の前で人集りを作っていた。

 

「は〜い。じゃあクラス替えの発表するぞ〜」

 

教師が丸められている紙を伸ばして、掲示板に貼り付ける。俺と虹夏は目の前にいる大量の人のおかげでなかなかクラス替えの内容を見ることが出来ない。しばらくして人が減り、俺はようやくその内容を見ることが出来た。

 

「え〜っと……。あ、あった。2年6組の29番か」

 

29番、だいぶ引っ張られたな……。例年ならだいたい25番とか26番あたりになるのだが、まぁ、いいだろう。

 

「楓〜、何組だった〜?」

 

「6組だけど、お前は?」

 

「あたしも6組。ってことはまた同じクラスだね!」

 

「そうだな。まぁ、1年間よろしく」

 

「うん!よろしくね!!」

 

まさか虹夏と2年連続で同じクラスになるとは……。

俺は驚きながらも虹夏と一緒に2年6組の教室へと向かう。教室に入るとそこには新学期初日特有のぎこちない雰囲気が漂っていた。

俺は教卓で自分の席の位置を確認して席に座る。そして隣の席の人に話しかけようとしてみたが、まだ来ていないようだ。HRまであと10分ほどしかない。この時間になっても来ないということは今日は休みなのかもしれない。初日から来れないのは残念だなと思っていると隣の席の人がやってきた。

 

「私を起こさずに置いていくなんていい度胸してるね」

 

「2回も起こしたのに起きないお前が悪い。ってかお前同じクラスなのかよ」

 

「みたいだね」

 

隣の席の人はリョウだった。まさか幼馴染3人で同じクラスになるとは思わなかった。ちなみに最後に3人で同じクラスになったのは小6のときだ。

 

「お〜、リョウも同じクラスだったんだ!」

 

「虹夏もいるんだ。これで話し相手には困らない」

 

「久しぶりだな、3人で同じクラスになるなんて」

 

その後しばらく3人で雑談していると新しい担任が入ってきてHRが始まり、それが終わるとすぐに、放送による全校集会が始まった。

途中、隣にいるリョウを何度か見たが、ぐっすり居眠りをしていた。

やっぱりいつまで経ってもこいつは変人だな……。

 

「……人が居眠りしてるときに褒めるのは反則」

 

「褒めてないしそもそも居眠りすんなよ」

 

「おい、波城。集会中に話するな!」

 

なんで俺が怒られるんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、集会が終わって担任からの諸連絡が伝えられると、今日の学校は終わった。昇降口を降り、門を出ると新入生であろう人達が沢山いた。真新しい制服を身にまとい、期待と不安がまじった笑顔。俺はそれを素敵だと思った。

 

「じゃあ、俺今から秀華高いってくるからここで」

 

「え?急にどうしたの?」

 

「従妹に入学祝いを渡しに」

 

「あ〜、そういえばそんなこといってたね」

 

「楓って従妹いたんだ」

 

「まぁな。じゃあまた」

 

リョウと虹夏と別れ、俺は秀華高へと向かう。歩いている道中、初めのうちは下高の制服を来た新入生がチラホラいたが、秀華高に近づくにつれてそこの制服を着た生徒が増えてきた。

下高からしばらく歩き、秀華高に着くと見覚えのある家族がいた。

 

「あ、かえでおにーちゃんだ〜!!」

 

「お、ふたりか〜。相変わらず元気がいいな〜」

 

「あら、楓くん。学校の方は?」

 

「今日は始業式で早く終わったんですよ」

 

「そうか。ひとりのためにわざわざすまないね」

 

「いえいえ。ところでひとり、いつまでそこで震えてるんだ?」

 

俺は門の隅にうずくまっているひとりに話しかけた。ひとりはいつも通りコミュ障を発症している。

 

「わ、私みたいなのが秀華高に入学したらきっと皆様を不快にさせてしまう……!!」

 

「高校生活初日からそんなこと思うやつなんて1人もいないだろ」

 

「でも……」

 

「大丈夫。ひとりならきっと大丈夫だから」

 

「うん……」

 

「よし、いけるな?じゃあこれ、入学祝い」

 

「あ、ありがとう……!!」

 

俺はひとりに入学祝いが入った小包を渡す。中身はシャーペンも入った多色ボールペン。自由に組み換えできるタイプで、インクはひとりが好きそうな色のものを入れておいた。

 

「それじゃ、俺はこれで……」

 

「楓くん、ありがとうね〜」

 

「楓おにーちゃん、またねー!!」

 

軽く挨拶を交わし、秀華高を後にする。

家に帰る途中、ふと風が吹いてきた。

それは、これから始まる新たな生活の始まりを象徴するような、そんな春風だった。

 

 




次回、「路上ライブ」




2年生編にあたって話数カウントをリセットしました。
今回のクラス替えのときの数字は適当に決めました。もし違ったら誤字報告などでお伝えください。

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#2 路上ライブ

自分の筆のスピードの向上に驚いたので初投稿です。



満開だった桜も少しづつ葉桜に変わっていき、それに風情を感じる4月の中旬。

リョウや虹夏が同じクラスになったおかげか、新しいクラスにも少しづつ慣れてきた。

新しいクラスでも3人で一緒に雑談しながらのく昼飯を食べている。

 

「あ、そうだ。最近リョウとバンド組んだっていったじゃん」

 

「そういえばそうだったな」

 

「それで今日、メンバー募集も兼ねて路上ライブをするんだけど……」

 

虹夏がリョウとバンドを組んだのは春休みに入る少し前のこと。バンドを組むにあたって虹夏はまず最初に俺とリョウを誘ってきた。リョウはその場でOKを出したが、俺は保留にさせてもらった。文化祭とかでやるのであれば全然歓迎なのだが、インディーズでやるとなると話は別。俺は2人とバンドをやるのに相応しいか分からなかったからだ。

 

「楓にサポートとしてギターとボーカルやってほしいなって思って……。おねがい!」

 

手を合わせて懇願される。さすがは虹夏、俺が頼まれたら基本断れない性格なのを分かっている。

 

「別にいいけど、合わせ練習とかしなくて大丈夫なのか?」

 

「さすがにぶっつけ本番ってことはしないから多分大丈夫だとは思うよ」

 

「うん。それに楓のギターと歌は上手い」

 

そして悔しいがリョウも褒められると誘いに乗りやすいのもよく分かっている。

 

「わかった、やるよ」

 

「よ〜し、じゃあ放課後あたしの家に集合ね!!」

 

「はいよ」

 

こうしてリョウと虹夏の路上ライブにサポートとして加わることになった。

帰ったら軽くストレッチでもしておこうかな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後、俺は一度ギターを取りに家に戻ってから虹夏の家に向かって歩く。また3人で演奏できるのは正直嬉しい。嬉しさのあまり歩くスピードが段々と早くなっていくのが自分でもわかる。そんなスピードで歩いているからか、すぐに虹夏の家についた。

虹夏に「着いた」とロインを入れる。すると「スターリーにいるよ〜」とすぐに返事が返ってきたので階段を降りてドアを開け中に入る。

 

「お〜、きたきた〜。はい、今日のセットリストとスコア」

 

「ありがと」

 

「あとはリョウだけだね〜」

 

リョウとは同じタイミングで家を出たが、「よもぎが私を呼んでいる」といってどっかに行ってしまった。

 

「呼んだ?」

 

「おわっ!?びっくりした〜。もう!いるならいってよ〜」

 

「遅かったな」

 

「だって……楓があんなに……///」

 

「なにもしてねぇしお前よもぎ取りに行ってたんだろこの馬鹿ナス」

 

「馬鹿ナスって、照れる……」

 

「あ〜はいはい、早速始めるよ〜」

 

リョウと漫才みたいな会話を交わして、軽めの合わせ練習を始める。

今日のセットリストはアニソンからPOPにロックと若者に人気な曲の詰め合わせの全10曲。応用テクニックが必要な難しめの曲も何曲かある。しかし絶好調の俺にはどうってこともない。ただ俺は楽しみながら合わせ練習をするのだった。

 

 

「よ〜し、じゃあ合わせはここら辺にしといて休憩しよっか!」

 

「うい〜」

 

「よもぎおいしい……」

 

合わせ練習を終えて、ライブが始まるまでの束の間の休憩に入る。汗をタオルで拭い、予め買っておいた水を飲む。こういうときに飲む水は無性に美味しかったりするものだ。

 

「今日のライブでメンバーが集まればいいな」

 

「楓が入れば少しは楽になるんだけどな〜」

 

「もう少し考えさせてくれよ……。そういえば何時くらいに駅に行くんだ?」

 

「6時半くらいには始めたいかな〜」

 

今日の路上ライブの会場は下北沢駅の駅前。虹夏がいっている時間帯だと恐らく仕事帰りの人が多い。なのである程度の観客は見込めそうだ。

 

「6時半か。設営の時間も考えたらそろそろ出たほうがいいかもな」

 

「そうだね。じゃああたしスネアとか取ってくるから待ってて〜」

 

「そろそろよもぎ食い尽くしただろ」

 

「いや、まだある。楓も食べる?おいしいよ」

 

「遠慮しとく」

 

にしてもよもぎね……。今度よもぎ団子でも作ってみようかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

下北沢駅の駅前まで歩き、早速設営を始める。普段駅前のような公共の場所で路上ライブをする場合、事前に許可が必要だ。虹夏にそれを確認すると「あ〜、お姉ちゃんがやっといてくれたよ〜」と行ってきたので恐らく大丈夫だろう。

俺はアンプの電源を入れてコードを繋ぎ、音響チェックをする。リョウはというと……。

 

「よし、これで収入が入る……」

 

うん、いつも通りで安心するわ。

 

「あたしは設営できたけどそっちは?」

 

「いつでも行けるぞ〜」

 

設営を済ませて、あとは演奏を始めるだけ。でもまだ何か足りない。そう思った俺は拳を出してグータッチのサインをする。2人もそれを感じ取ったのか拳を出す。

 

「じゃあ、始めよう。リョウ、虹夏」

 

「うん、2人とも今日はよろしくね」

 

「私のベースの引き立て役、頼むよ」

 

3人でグータッチをして、それぞれの位置につく。リョウはベースを、虹夏はドラムスティックを、それぞれ構え、俺はギターを持ってマイクスタンドの前に立つ。

虹夏の合図で早速1曲目、bouncyの怪獣の花唄を弾き始める。

 

「思い出すのは君の歌、 会話よりも鮮明だ。どこに行ってしまったの。いつも探すんだよ」

 

この曲は最初のほうはアルペジオ奏法を使い、段々と場を盛り上げるように音色を奏でていく。

 

「ねぇ僕ら、眠れない夜に手を伸ばして。眠らない夜をまた伸ばして。眠くないまだね、そんな日々でいたいのにな」

 

最後のラスサビが始まる頃になると、少しづつ立ち止まって聞いてくれる人が増えてきた。すぐにこの場を立ち去られても、罵詈雑言を言われたっていい。楽しんでくれている観客の人をもっと楽しませたい。俺はその一心で曲を弾く。

1曲目を弾き終わると大量の拍手が送られてきた。やっぱりこの感覚は楽しいと実感する。

 

「え〜、結束バンドです!今日はお忙しいなか聞いてくれてありがとうございます。メンバーはドラムの私、伊地知虹夏とベースの山田リョウの2人で、そこにいるギターの子がサポートメンバーの波城楓です」

 

虹夏にマイクを渡すと軽くバンドの紹介をして、トークタイムが始まった。最近の流行りや趣味についてなどなど、10分ほど話して2曲目の曲紹介に入った。

 

「次にやる曲はたぶん知ってるよ〜って人も多いんじゃないかなって思います。それでは聞いてください。ORIENT KUNG-FU GENERATIONさんのリライト」

 

曲紹介を終え、再びギターを構えて2曲目のリライトを虹夏のカウントで弾き始める。

 

「軋んだ想いを吐き出したいのは存在の証明が他にないから」

 

この曲の魅力といえばやっぱりその歌詞。印象的な言葉遣いに作詞者のこだわりを感じる。この曲の魅力を殺さないよう、俺はしっかりと歌い上げる。

 

「消してリライトして、くだらない超幻想、忘れられぬ存在感を。起死回生、リライトして意味のない想像も君を成す原動力。全身全霊をくれよ」

 

弾き終わると1曲目のときより倍以上の人が集まっていた。そこから飛んでくる黄色い声援に俺の喜びの感情はさらに高まっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、10曲全て弾き終えて俺たち3人の路上ライブは無事に幕を閉じた。そして今、撤収作業を終えて、3人でアフタートークをしている。

 

「いや〜、結構人集まったね」

 

「そうだな。もしかしたらメンバーになりたいって人もいるかもしれないな」

 

「収入もいっぱい入った」

 

そういってリョウはボウルに入った大量の小銭を見せてきた。といっても中にはお札も入っていて、恐らく3万円くらいは稼いだのだろう。

 

「もちろんそのお金は活動資金に回すからね?」

 

「私のニューギア代が……」

 

「いただいたお金で私利私欲に走るなよ」

 

にしても3万円なんてよく稼げるよな……。

投げ銭の恐ろしさを感じていると赤毛の女の子が話しかけてきた。

そういえばさっきのライブもリョウの目の前で見てくれてたな……。

 

「あの……すみません!」

 

「ん?どうした?」

 

「私を……その……リョウ先輩の──

 

 

──娘にさせてください!!!

 

は?なにいってんの、この子。

 

「え、無理」

 

「そんな……」

 

いや、当たり前でしょ。急に娘にしろっていわれても普通断るに決まってるよ。

効果音がついててもおかしくないくらいに分かりやすく落ち込む赤毛の子。

 

「そういえば君、どっかで見たことあるような……」

 

「あ、はい!文化祭のときの喜多です!!」

 

喜多……。そうか、去年の文化祭で俺たちにとんでもない額を貢ごうとしてきた中学生か。秀華の制服を着ているってことはもう高校生になっているのだろう。

 

「あ〜、あのときの!!そうだ、喜多ちゃんってなんか楽器できる?」

 

「はい!一応ギターなら……」

 

「じゃあ喜多ちゃん。あたしたちのバンド入る?」

 

「是非入らせていただきます!!!」

 

虹夏がバンドに誘うと喜多ちゃんは謎の効果音が付いていそうな眩しい笑顔を見せた。

こんなに即決で大丈夫なのか?

俺は喜多ちゃんのあまりの即決ぶりに困惑しながらも、バンドメンバーが集められたことに安堵するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから一ヶ月。虹夏をリーダーにリョウ、そして喜多ちゃんで形成された"結束バンド"は初ライブをスターリーで迎えることとなった。

しかし──

 

「どうしよう……」

 

「どうした、なんかあったのか?」

 

「喜多ちゃんと連絡がつかない……」

 

「嘘でしょ……」

 

──直前で喜多ちゃんが音信不通になり、2人で迎えることになってしまったのだった。

 




次回、「転がる従妹」

次回から原作時間軸に入ります。

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誕生、結束バンド
#3 転がる従妹



お ま た せ

ついに原作シーンに突入します。
今回だいぶ長めです。


俺は今、とてつもなく焦慮で憂鬱な気分に包まれている。なぜ憂鬱なのか、その理由は2つある。

まず1つ目は従妹のひとりが友達作りを盛大に失敗してしまったこと。

ひとりはこれまで1人も友達を作れていない。しかし、そんな彼女は変わりたいと思ったのか、高校に入学してから俺に友達作りのアドバイスを求めてきた。ひとりには楽しい高校生活を送ってほしいと思った俺は、友達が多くはないがそれなりのことをしてきた。

そして今日の朝、ひとりはある作戦を実行に移すと俺に電話で伝えてきた。

 

『楓くん、今日は絶対に友達作れる自信があるよ……!!』

 

「お〜、それはよかったな。で、さっきいってた作戦ってのは?」

 

『それはね!"ギター背負ってバンT着て話しかけてもらおう作戦"っていう名前で……』

 

ギターを背負ってバンTを着てれば話しかけてもらえる。確かに印象強いし、軽音部の人とかからスカウトがあるかもしれない。

俺はひとりに友達ができると思うとワクワクが止まらなかったし、ひとりも電話越しに自信が伝わってくるくらい威勢が良かった。

しかし、現実はそう上手くいかないもので──

 

『誰にも話しかけてもらえなかった……』

 

『ありゃま』

 

『こうしてまた私は黒歴史を……』

 

『まぁ、どんまい……』

 

ひとりは俺に画面越しに悲しさが伝わってくるようなネガティブ発言を送ってきた。

自分が失敗したわけでもないのにそんなひとりを見て俺は悲しい気持ちになってしまったのだ。

2つ目は喜多ちゃんが音信不通になってしまったこと。

一ヶ月前、リョウと虹夏とやった路上ライブを見て喜多ちゃんはバンドに入ってくれた。練習などになかなか来れないでいたが、星歌さんの計らいもあり、なんとか初ライブを迎えることができた。しかし、今日になって急に連絡が取れなくなってしまったのだ。

この2つの出来事が原因で俺はこんな気分に包まれているのだ。

 

「ギターとかどうするの……?」

 

「ここは楓にお願いしたいところだけど……さすがに急なシフト変更はお姉ちゃんもダメっていうかもだし……」

 

こういうときに力になれない自分の不甲斐なさを酷く痛感する。

待てよ、今からひとりを呼んでサポートとして……。ダメだ、あいつじゃ人見知り全開でまともに会話できないだろうし……。

 

「あたし、今からギター探してくる!」

 

そういって虹夏は急にスターリーを飛び出していってしまった。星歌さんが引き止めてたがそれも気づかないくらいのスピードだった。

 

「リョウ、お前も行ったら?一応メンバーなんだし」

 

「めんどくさいからやだ」

 

こういうときもマイペースを貫けるのは尊敬するよ、ほんとに。

 

 

 

 

 

 

 

 

虹夏がスターリーを飛び出してからしばらくし経った。星歌さんは怒って買い出しに、リョウは「散歩行ってくる」といってどこかに行ってしまった。

今日のライブの開場は5時。今は3時半なのでまだ時間があるとはいえ、即席バンドであればそろそろ合わせ練習を始めないとまずい時間だ。

虹夏に「そろそろ戻ってきた方がいいんじゃないか?」とロインを送ろうとすると、先に向こうからロインが来た。

 

『ギター見つかったよ〜』

 

親切なギタリストが見つかったのだろう。会ったらお礼をしなくては……。そう思った俺は差し入れになりそうな飲み物を近くの自販機に買いに行く。

自分の分とリョウ、虹夏、そして親切なギタリストさん。4人分のお茶を買ってスターリーに戻る。途中、虹夏とひとりっぽいギターを背負った女の子が中に入っていくのが見えたが、きっと人違いだろう。そう思って俺は階段を降りてドアを開ける。ドアを開けた瞬間、そこにいたのは──

 

「ひとりちゃん、紹介するね!この子がさっき言ってたバンドメンバー兼あたしの幼馴染の山田リョウ!」

 

「山田です」

 

「で、今入ってきたペットボトル持ってる茶髪の男子がもう一人の幼馴染の波城楓」

 

 

「後藤ひとりです……あ、楓くん」

 

「あ、ひとり」

 

 

幼馴染の2人(リョウと虹夏)従妹(ひとり)。出会うとは思わなかった組み合わせの3人がそこにいた。

 

 

 

 

 

 

「へ〜、楓とひとりちゃんっていとこ同士の関係だったんだ」

 

「確かに、眼の色とか少し似てる」

 

2人に俺とひとりの関係を説明するとすぐに納得してくれた。ちなみにリョウが言っているとうり、俺とひとりは眼の色が少しだけ似ている。ひとりは明るめのスカイブルー、俺は暗めの群青色だ。

 

「そうだ。虹夏、勝手に抜け出したの店長が怒ってたよ」

 

「そういえば結構おかんむりだったな」

 

「ぎくっ、それもうちょっと早く言ってよ〜!!」

 

虹夏がリョウをぽかぽか殴るのを見ながらひとりの様子を伺う。

ダメだ、こいつもう溶け始めてる。

溶け始めたひとりの肩を掴んで「お〜い」と声を掛けると彼女はすぐに元に戻った。

 

「安心しろ。あの2人、悪いやつじゃないから」

 

「う、うん……」

 

俺の一言にひとりはこくりと頷く。

 

「じゃあ、そろそろ合わせ練習するからスタジオ行こ〜」

 

「あっはい」

 

「あと楓も」

 

「俺も?」

 

虹夏とひとりとともに楽屋に入り、俺は椅子に座る。

虹夏から今日のセットリストとスコアを渡されると、ひとりはニチャっと笑みを浮かべた。

 

「お〜、微笑んだってことはもしかして上手く行けそうだったり?」

 

「たぶんその様子からしてそうなのかもな」

 

初対面の2人を前にしてこの様子、きっといつも通りの腕前を見せてくれるに違いない。

最初の音合わせが終わるまではそう思っていたのだが……。

 

「「ド下手だ……」」

 

「アギユッ……」

 

ド下手。それがひとりに向けられた2人からの感想。普段のひとりの腕前を知っている俺はそう言われてしまった理由がすぐにわかった。

恐らくひとりは人見知り故、人前だと腕前がガクンと下がってしまうのだろう。

虹夏のドラムが刻むリズムも、リョウが鳴らすベースの低音も、すべて置き去りにしてしまう程のスピード。

ウ○娘でいったら、逃げ適正SのスピードSS+といったところだろう。そんなスピードでギターを掻き鳴らしたひとりはギターを抱えたまま白目を剥いて死んでいた。

 

「ねぇ、楓。ちょっとフォローしてあげたほうが……」

 

「いや、多分あれしばらくしないと蘇生しないと思うから」

 

「えぇ……」

 

「というかひとりちゃんって本当にギター上手いの?」

 

「そのはずなんだけどなぁ……。多分あれだ。人前だと息合わせられずに上手くできないタイプだ」

 

「1人で弾くと上手いみたいな?」

 

「ひとりがギターを1人で弾く……。ぷぷっ、傑作……」

 

「おい」

 

会話が進むたび、ひとりがピクピクと痙攣していく。そろそろフォローして蘇生させなくてはと思っていたが彼女は自己蘇生した。

 

「どうもプランクトン後藤です……」

 

「売れないお笑い芸人みたいなのが出てきた……!」

 

売れないお笑い芸人のような自己紹介をしてひとりはスタジオから逃げ出してゴミ箱に入り、しくしくと泣いてしまった。

 

「ひとりちゃん出てきて〜もうライブ始まっちゃうから〜」

 

「ほら、虹夏だってそう言ってるし。な?」

 

「ム、ムリ……ムリです……」

 

「いやいやあたしたち即席バンドだし下手なのはしょうがないって!ほら、あたしもそこまで上手くないし!」

 

「私は上手い」

 

「「お前は黙ってろ!」」

 

ほんとどっから湧いてくるんだよその自信……。

 

「へ、へへ、へへへっ……どうせ私はサポートもろくに出来ずにゴミの日に出される役立たずのゴミ……。あ、でもハラキリショーとかやってみて私の命をもってバンド名くらいは覚えて帰って貰えますよね……」

 

「いくらなんでもロックすぎるよ!」

 

「大丈夫。ひとりが野次られたら私がベースでぽむっとするから」

 

「ベースでそんな可愛げな音なんて出ないだろ」

 

「出せる」

 

「そうなんだ(適当)」

 

「そんな適当なこといわないの。まぁ、流血沙汰もロックな感じはするけどさぁ……」

 

「ロックだからOK」

 

ロックを免罪符にしないでくれよ……。というか虹夏までボケに回られるとツッコミが追いつかなくなる……。

 

「それに今日見に来るのあたしの友達だけだし、それにリョウも楓もそこまで友達いないし!」

 

「うん。友達は虹夏と楓だけ」

 

「まぁ俺も少ないし今日は多分来ないから……」

 

「ほら、普通の女子高生に演奏の善し悪しなんてわかんないからさ!だから大丈夫!」

 

今の普通に考えてとんでもない問題発言だと思うんだけどな……。

 

「虹夏、これ以上の無理強いはよくないと思う」

 

「だよね……。ごめんねひとりちゃん。」

 

「あっ、いや!」

 

「びっくりした……!」

 

「ごめんなさい……」

 

ひとりの顔色が少し変わった。もしかしたら今の会話を聞いて気分がどちらかに向いたのかもしれない。

 

「あ、ほ、ほほ本当にごめんなさい……!でも無理なお願いなんてそんなこと思ってなくて……。バンドに誘ってもらったのが本当に嬉しくて……」

 

「そうなんだ……。そういえばひとりちゃんって普段どんな曲を弾いてるの?」

 

「あ、その……カバーばっかりなんですけど急にバンド組んだ時に対応できるようにHANIMAとかsaltydogとかここ数年の売れ線バンドの曲は一通り……」

 

「すご……」

 

「いや全然……それほどでも……」

 

ひとりが少しニヤケた顔で虹夏に答える。

 

「なんかあれだね……。ギターヒーローさんみたい。2人ともしってる」

 

「知ってる。結構オススメに出てくるから見てみたけど上手かった」

 

「あ〜、ギターヒーローさん。俺がギター始めたときに参考にしてた」

 

まぁ、ご本人様が目の前にいるんですけどね。でも今ひとりがギターヒーローだってことをバラすとさっきのこともあるし「あれ?ギターヒーローっていう割には……」なんてことにもなりかねないし今度こそひとりはゴミ箱から出てこなくなってしまう。

ひとりの顔を伺ってみると……まぁ、上機嫌だった。

 

「ねぇ、ひとりちゃん」

 

「あっはい」

 

「あたし思うんだけどさ、ギターヒーローさんも初めから上手かったわけじゃないと思うの。誰も見てないところでたくさん練習してきてそれが楽しくてずっと続けられたからああやって上手くなったんだと思うよ」

 

「そ、そうだと思います……」

 

「まぁ、要するにまずは楽しもうよ!ほら、音には感情が出るでしょ?とにかく楽しんで演奏を続けていけば実力が付いてくるよ!……たぶん!」

 

相手はギターヒーロー本人とはいえ、さすがは大天使ニジカエル。励まし方が上手い。これが学校で勘違い男子を量産する原因だったりするのだが。

 

「虹夏の言う通りだよ。ほら、好きこそ物の上手なれって言うだろ?」

 

俺の言葉にリョウと虹夏がうんうんと頷く。

 

「ひとり。人前で弾くのがどうしても嫌ならこれ使ったら」

 

リョウがダンボールの山から取り出したのは完熟マンゴーと書かれたダンボール。

 

「使うって言っても……どうやって……」

 

「これに入って演奏すればいい。楓、手伝って」

 

「あ、わかった」

 

リョウとダンボールを継ぎ接ぎして人が1人入りそうな大きさの箱。マンゴーボックス(仮)を作って、ひとりに被せる。

 

「い、いつも弾いてる環境と同じです……!!」

 

「押し入れにでも住んでるの!?」

 

マジかよ……。まさかいつもそんなところでギター弾いてるなんて思わなかったよ……。

完全に調子を取り戻したのか、ひとりは「下北沢を盛り上げるぞ〜!!」といいながらギターをジャカジャカと掻き鳴らす。

 

「これならいけそうだね」

 

「これで行くの……。まぁ、いっか。そうだ、ひとりちゃん、名前どうする?」

 

するとマンゴーボックス(仮)に作っておいた視界確保用の小窓から顔を出す。

 

「ライブで紹介するのに本名でいいのかな〜って。あだ名とかあったりする?」

 

「中学では『あの〜』とか『おい』とか……」

 

「それあだ名じゃないよね?」

 

「ひとり……ひとりぼっち……。じゃあ『ぼっちちゃん』とかどう?」

 

それなんか悪口っぽい気がするけどな……。

 

「ぼぼぼぼぼっちです!」

 

喜んでるなら別に大丈夫か(諦観)

 

ひとりは初めてついたあだ名に目を輝かせる。『ぼっち』ね……。呼びやすそうだけどなんだか可哀想だから今後も名前で呼ぼう。

 

「あっ、そういえばまだバンド名聞いてない……」

 

ひとりが呟くと虹夏は苦々しい表情を浮かべる。それもそのはず、だってバンド名は……

 

「結束バンドだよ」

 

「け、結束……バンド?」

 

「ああああ!!ダジャレ寒いし絶対変えるから!!」

 

「ぷぷっ、傑作。いい名前だと思うでしょ?」

 

「あっはい」

 

妙に納得してる……。というかこの前の路上ライブのときも思ったけどあの名前まだ使ってたんだ……。

虹夏が頭を抱えているとスタッフの人から結束バンドにお呼びがかかった。

 

「一曲しか通せなかったけどなんとかなるよね……。いや、なんとかしよう!」

 

「大丈夫、私に任せてればなんとかなる」

 

「ほ、ほんば、ほんばん、ほんば……」

 

ダンボール越しからひとりが緊張していることが伝わってくる。1回しか練習してないけど大丈夫なのかと思うが、まぁ大丈夫だろう。そんなことを考えていると星歌さんから呼び出しを食らった。

あ、仕事に戻るの忘れてた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

星歌さんに小一時間怒られ……ると思いきや、さっきまでのあれを見てたのか「虹夏がすまない」と言われた。

そして残り少ない時間で物販業務を手伝って、結束バンドの初ライブを鑑賞した。

会場はぎゅうぎゅう詰め……という訳ではなくラジオ体操が思いっきりできるくらい空いていた。というのも今日は人気のバンドはそこまでいなくて、結束バンドを含め駆け出しのバンドや売り出し中のバンドが中心の日だった。

 

で、肝心な結束バンドの演奏はというと──

 

「いやぁ、ミスりまくった〜!!」

 

「MC滑ってたね」

 

で し ょ う ね ☆

 

即席バンド。しかも一曲しか合わせ練習をしていないため、ミスが多発したり、息が合わないのも当然だ。

ライブ終了後、一通りの業務を終えたあとに3人がいる楽屋に入る。そこにはまるで部活終わりのようないい汗をかいたリョウと虹夏。そして壁際に転がっているマンゴーボックス(仮)がいた。

 

「ど、どうだった?」

 

「楓くん……私、今人生で一番惨めかも……」

 

ひとりはマンゴーボックス(仮)に入ったままステージに出てきて、さっきの合わせ練習よりも酷く突っ走ってしまっていて、観客の人たちもかなりドン引きしていた。

 

「楓〜。今日のライブどうだった?」

 

「他のバンドよりだいぶ伸びしろがあるなって思った」

 

「とりあえず他よりは上の評価でよかった」

 

「こらこら」

 

オブラートに包んだだけで他より全然下手くそなんだよなぁ……。

まぁ、伸び代がないといえばそれは嘘になるが。俺はお世辞をいうのがあまり好きではないし、楽しく演奏しているのはしっかり伝わったと思っている。

 

「あ、あの……!」

 

「ん?どしたのぼっちちゃん」

 

「つ、次はクラスメイトに挨拶できるくらいになっておきましゅっ!!!」

 

「いやなんの宣言!?」

 

本当に謎の宣言……しかも噛んでるし。

でもひとりのことを考えると全然アリか。

でも2人も呆れただろうな。なんて考えながら2人を見ると、2人は優しくひとりに微笑んでいた。

 

「そっか、次ね。よ〜し!じゃあ今日の反省会も兼ねてぼっちちゃんの歓迎会しよう!」

 

「ごめん眠い」

 

「あっ、今日は人と話しすぎて疲れたので帰ります」

 

「え?今の流れで断る普通?もしかしてあたしっておかしい?」

 

「いや全然。おかしくないと思う」

 

「だよね?ってもうリョウいないし!何が結束バンドだ!結束力全然ないじゃん!!」

 

いつの間にかリョウはいなくなっていた。恐らく夕飯を求めて俺の家にでもいったのだろう。

こうしてなんとか結束バンドの初ライブは幕を閉じた。

せっせと帰るひとりの後ろ姿には、嬉しそうなオーラが漂っていた。

 

「楓の従妹、なんか変わってるね」

 

「そうだな、お前といい勝負だよ」

 

「照れっ」

 

「褒めてねぇよ」

 

家に帰ってからのリョウとの会話の中で、これから少し身の回りが賑やかになるのでは。俺はこれから始まる日常に淡い期待を抱いた。

 




次回、「バンドミーティング」

まさかここまで長くなるなんて思わなかった…()

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#4 バンドミーティング

Q:最近投稿ペースおかしくないですか?

A:気の所為です。


結束バンドの初ライブの翌日の放課後。

俺はリョウと虹夏と学校からスターリーに直行している。どうやら今後の活動方針などを決めるためにミーティングをするらしく、なぜかそのミーティングに部外者である俺も呼ばれた。

 

「なぁ、虹夏」

 

「ん?なに〜」

 

「やっぱり俺いなくてもよくない?」

「楓がいたほうがぼっちちゃんも話しやすいと思うけど」

 

「それに場が楽しくなる」

 

「まぁ、それならそれでいいや」

 

話しながら歩いているうちにスターリーに着いた。階段を降りようとすると、下にひとりがいた。恐らく1人で入れないのだろうか、ドアの前をぐるぐるとうろついている。

 

「なにしてるんだろ……」

 

「なんかぐるぐるしてる」

 

「待って、もうちょっと見てたい」

 

「鑑賞するのやめてあげて……」

 

「あ」

 

「「「あ」」」

 

俺たちに気付いた途端、ひとりはまるで待ちこがれていたかのような目でこちらを見てきた。

4人で一緒に中に入り、荷物をおいてテーブルに座る。

 

「さてさて〜。じゃあメンバーも揃ったことだし、それでは第1回結束バンドメンバーミーティングを始めようと思いま〜す。ハイ拍手!」

 

虹夏の掛け声とともにメンバー3名と部外者1名によるバンドミーティングが始まった。この雰囲気、部外者がいて本当に大丈夫なのかと思うが、今さら気にしないほうがいいのかもしれない。

 

「って言ってもあたしたちまだそんなに仲良くないから何から話せばいいかわかんないや」

 

「えぇ……」

 

「そんなときのためにこんなものを」

 

「おぉ〜いいねぇ〜」

 

リョウが鞄から取り出したのはサイコロ。出目の内容は《すべらない話》《学校の話》《好きな音楽の話》《ノルマの話》《バンジージャンプ》《ハラキリ》の6つ。おそらく去年のバンドミーティングで使ってたサイコロの使い回しだろう。

 

「あ、あの……出た目の内容を話すってのは分かったんでけどバンジージャンプとかが出たらどうなるんですか?」

 

「ん、バンジージャンプが出たら楓が紐なしバンジーするしハラキリだったら楓がこの場でハラキリするだけ」

 

「なんで俺が犠牲になる前提なんだよ」

 

「ロックだから。ほら、早く振って」

 

リョウに急かされてサイコロを振る。そっと投げて出た目は《学校の話》だった。

 

「じゃあ、学校の話。訳してガコバナ〜」

 

「いぇーい」

 

語呂が悪いと感じながらも話題は学校の話に入る。すると、早速ひとりが質問してきた。

 

「あっ、あの、3人は同じ学校に通ってるんですよね……」

 

「そうだよ〜。下高なんだ。下北沢高校」

 

「そう、こいつらとは小中高で同じ学校なんだよ」

 

「ぼっちは秀華だよね。楓から聞いたけど家、結構遠いんだよね?」

 

「あっ、はい。横浜の端っこのほうに住んでます……」

 

「へ〜、じゃあわざわざなんでこんな遠いところ選んだの?」

 

「高校は誰も私の過去を知らないところにしたくて……」

 

「ごめんごめん!この辺でガコバナは終わりにして次いこ、次!」

 

ガコバナはひとりの地雷を踏んでしまい、2周もせずに終わってしまった。俺はなんとかひとりの暗い表情を戻そうと、リョウに話しかける。

 

「そういえばお前、大して友達いないよな」

 

「えっ……!」

 

「うん。休日は一人で廃墟探索したり古着屋行ったりしてる」

 

「あっ」

 

ひとりはなにかに勘づいたのか、また暗い表情にもどってしまった。

ちなみにリョウの廃墟探索や古着屋巡りはたまに俺も付き合わされたりする。俺が行く時は何かしら買わされるのがお決まりだ。

 

「ぼっちちゃん大丈夫?普通に話していいんだからね?」

 

「はい……」

 

「ほら、楓、早くサイコロ振って!!」

 

「ああ、わかった」

 

再びサイコロを振る。次に出た目は《好きな音楽の話》だった。

 

「おお〜、なんだかバンドっぽくていいね〜。あ、あたしはメロコアとかジャパニーズパンク」

 

「私はテクノ歌謡やサウジアラビアのヒットチャートを少々……」

 

「わかりやすい嘘だな。あ、俺はj-pop全般が好きだよ」

 

「む、本当だし……」

 

「ぼっちちゃんはどんな音楽が好きなの?」

 

「せ、青春コンプレックスを刺激しない曲ならなんでも」

 

「青春コンプレックスって何?」

 

「あ〜、見せた方が早いかも」

 

俺はポケットからスマホを取り出して、最近人気のバンドの青春ソングを流す。するとイントロが流れ始めた瞬間、奇声を発しながら倒れて痙攣し始めた。

 

「こういうこと」

 

「へ〜。ってわかったから止めてあげなよ!」

 

「あ、わりぃわりぃ」

 

青春ソングを止めて、今度はデスメタの曲を流し始める。すると、ひとりは段々と元に戻っていく。

 

「そうだ!歌といえばボーカルのことなんだけど……。結束バンド、本当はボーカルも入れたくてさ〜。昨日はやめちゃったギターの子が歌うはずだったんだけど」

 

「それリョウがやればよくね?去年の文化祭でもコーラスやってたし」

 

「ボーカルまでやると私のワンマンショーになっちゃう」

 

「虹夏ちゃんがやるのは……」

 

「あたしは歌下手だし……というか楓もバンド入ってボーカルやればいいじゃん」

 

「申し訳ないがまだ答えでてないのでNG」

 

「早く答え出してよ?」

 

「善処する」

 

しっかりとした答えを出さないといけないから勘弁して欲しいものだ。

 

「まぁ、ともかくボーカルが見つかったらオリジナル曲とかやりたいな〜って。リョウ、作曲できるし」

 

「うむ。それにコンプレックスがどうこういってたけど、禁句が多いならぼっちが書けばいい」

 

「えっ……!?」

 

 

リョウは前のバンドでも作曲を担当していた。ただ、それについた歌詞が原因で一度リョウはバンド活動から離れてしまった。でもひとりが作詞するならきっと大丈夫だろう。今この段階でもそう確信できる。

 

「よし、じゃあ作曲はリョウ、作詞はぼっちちゃんってことで……次はノルマの話〜」

 

「あっ、あの……ノルマってなんですか?」

 

「あのね、昨日あたし達が出たライブはブッキングライブっていってね──」

 

虹夏が丁寧にノルマについて解説を始める。

多くのブッキングライブにおいて、結束バンドなどアマチュアのバンドが参加するものにはノルマが課せられており、スターリーでも同様である。ノルマは収益確保のためだけでなく、客数の確保にも重要である。売り上げがノルマ以上であれば、バンドとライブハウスは収益を分け合えるが、ノルマを達成できなければバンド側が不足分を自腹で支払わなければならない。

 

「つまり売れるまでにはたくさんお金が必要ってこと」

 

「ざっくりしすぎてるけどリョウのいってることでだいたい間違いないよ」

 

「へぇ……」

 

本当に理解出来てるか怪しい顔をしているが、一応聞いてはいたのだろう。

 

「で、昨日のライブ、来てくれたのはほとんどあたしの友達なんだけど……あの出来じゃ2回目は呼べないし……楓の友達はだいたい部活入ってるしリョウはそもそも呼ぶ人がいないしぼっちちゃんも……あれじゃん?」

 

「あっはい」

 

「どうやってもライブをするにはお金が必要なの」

 

「あっはい」

 

「だから、ぼっちちゃん──

 

 

 

 

 

 

 

 

──バイトしようよ、ここでさ」

 

虹夏の重い一言にひとりは絶句する。

たぶん、今ひとりはなんとかしてバイトを回避する策を練っているのだろう。

 

「虹夏……」

 

「あたしだって心苦しいけど、こうするしかないし……」

 

「いや、ありがとう」

 

「え?」

 

「ひとりに社会経験をさせる機会を与えるなんて……従兄として嬉しい限りだよ……」

 

社会経験をさせる機会をひとりに与える大天使ニジカエルに感動しているとひとりは鞄から豚の貯金箱を取り出してきた。

 

「ぼっち、何それ」

 

「あっ、その……これはお母さんが私の結婚費用に貯めてくれてるお金です……。たぶん使わないと思うので……これでどうかバイトだけは勘弁していただけたら……」

 

「ほう。じゃあ有難く使わせていただきます」

 

「なにお前は人の貯金に手を出そうとしてるんだよ」

 

「そうだよ!こんな大事なお金使えないって!」

 

「でも、私なんかがバイトしたら『お客様に不快感を与えたで賞』で○刑になるに決まってる……!!」

 

「なんで賞で○刑になるんだよ」

 

「頼むよ楓くん……私、死にたくないよぉ……!!」

 

涙ながらにひとりは俺の足に縋り付く。ここはやさしく慰めてあげたいところだが、ひとりのためだ。心を鬼にしよう。

 

「ひとり」

 

「楓くん……」

 

「働きなさい」

 

「え?」

 

「四の五のいわずに働きなさい!!」

 

「っ……」

 

俺はいつになく鋭い言葉でひとりに喝を入れる。一方喝を入れられたひとりは鉄○団の団長のような感じで倒れ込んだ。

 

「ちょっと楓……」

 

「いや、こうでもしないとひとりはずっとあのままだと思うし……」

 

「うーん……あ、ぼっちちゃん大丈夫だからね?あたしとリョウと楓もここでバイトしてるから。ほら、怖くないよ?」

 

「アットホームで和気あいあいとした職場です」

 

「紹介の仕方がブラック企業のそれなんだよなぁ……。まぁ、ひとり、俺もちょっと言い過ぎちゃったしそれに一緒に働けるってなったらすっごく嬉しいからさ、な?」

 

「ほら、楓の言う通りだよ!それに仕事もドリンクスタッフとか掃除で結構簡単だし、いろんなバンドを見れて楽しいと思うよ……?」

 

俺と虹夏、2人がかりで説得するとなんとかひとりは起き上がった。

重い口を開けて何かを言おうとするひとりをただ何も言わずに待った。

 

「……い」

 

もしかして断るのか?まぁ、ひとりの意思だしこっちも無理強いは出来ないしな……。

 

 

 

 

 

 

 

「……がんばりましゅ」

 

そうだ、ひとりは押しに弱いんだったわ。

こうして新たなバイト仲間にひとりが加わることになったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

バンドミーティングの翌日。

今日はひとりが初めてスターリーに出勤する日。俺は──

 

「楓くん……働きたくないよ……社会が怖いよ……」

 

「自分で頑張りますっていったんだし、とりあえずやるだけやってみたら?」

 

「働きたくない働きたくない働きたくない働きたくない働きたくない働きたくない働きたくない働きたくない働きたくない働きたくない……」

 

「はぁ……」

 

──秀華高にひとりを迎えに行き、彼女の泣き言を聞きながら一緒にスターリーに向かうのだった。




次回、「逃げた喜多」

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#5 逃げた喜多

最近感想が少しずつ増えててモチベが上がっているので初投稿です。


ひとりがスターリーでバイトを始め、はや数日。

普段のバイトはかなり賑やかなものになった。例えば──

 

「次はドリンク覚えよっか〜」

 

「あっはい」

 

「トニックウォーターはここからで、ビールはこのサーバーから……ってどこからそのギター出したの?」

 

初日はギターの音色に合わせて仕事を覚えようとして虹夏を困惑させた。そしてサボりと見なされ星歌さんにゲンコツを食らっていた。

他にもあげるとキリがないが、いろいろと面白い行動をしながらひとりはバイトに慣れていき、今ではすっかりアルバイトの一員になっている。

 

そんな愉快なバイトも今日は休み。俺はリョウから「今日はハンバーグがいい」とリクエストを受け、スーパーに買い物に行った。そして今はその帰り道。今は夕方の6時くらいだが、6月ということもあってかまだ空は明るい。それでも早く帰らないとリョウが拗ねてしまう。なので急がなければと歩くスピードを早めようとしたそのとき、なにかが落ちる音がした。落ちていたのは生徒手帳。見た感じからして今すれ違った秀華生のものだろう。ひとまず届けなくてはと思い、すれ違った秀華生を追いかける。

 

「あ、あの……!!これ落としましたよ……」

 

「あ、ありがとうございます!!」

 

「いえいえ、人として当然のことをしたまでですよ……。あれ?もしかして喜多ちゃん?」

 

「あ、楓先輩……。あ、あの……その……い、いいいい」

 

生徒手帳の持ち主は先日のライブで音信不通になってしまった喜多ちゃんだった。彼女は俺に気づくと顔を段々と赤く染めていく。

 

「え、どうした?」

 

「今すぐ私を──

 

 

 

──メチャクチャにしてください!!!」

 

 

え?今、この子なんていった?

 

「ほら、今すぐ私を先輩が思うようにメチャクチャにしちゃってください!もう心の準備は出来てますので!!」

 

喜多ちゃんのとんでもない発言により、道行く人の冷ややかな視線が俺に向けられる。

 

「とにかく落ちつこ?あと誤解を生むような発言も今すぐやめて!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

取り乱した喜多ちゃんを落ちつかせて、近くの公園のベンチに座らせる。俺は自販機でジュースを買って喜多ちゃんに渡す。すると彼女はバンドに入った理由を話してくれた。

 

「私、本当はリョウ先輩目当てでバンド入ったんです……」

 

「だから即決でバンド入ったんだ」

 

「はい。でも、私……ギター弾けないんです」

 

「やっぱりそうだったか」

 

「え?」

 

「いや、弾けないのは薄々感じてたんだよね」

 

喜多ちゃんのバンド加入以降、リョウから彼女が合わせ練習に来ないという話をよく聞いていた。初めのうちは学校などが忙しいのかと思っていたが、あからさまに来ないことから俺は彼女がギターを弾けないのは見破ることが出来た。

 

「弾けるって嘘ついて入って……それでこれって、なんだか情けないですよね……」

 

「別に情けなくなんかないよ。練習すればいいだけの話だし」

 

「今でも練習はしてるんです。でも一向に上手くなる気がしなくて……」

 

「まぁ、上手くなるかは別として諦めちゃいけないってことは確かだと思う」

 

「そうですよね……」

 

嘘をついたことはあまり良いことではない。しかし、その嘘を本当にしようとしていた努力は素晴らしいと思う。

 

「そういえばバンドの方はどうなったんですか?」

 

「この前のライブでサポートギターを呼んでそのままそのギターの子が入ってくれたよ」

 

「そうなんですね……。やっぱりリョウ先輩と伊地知先輩、怒ってますよね……」

 

「いや全然、むしろ俺もだけど心配してたよ。虹夏は『急にどうしちゃったのかな〜』って言ってたしリョウはなぜかお線香あげてた」

 

「こ、こんな無礼者の私を心配してくれてたなんて……」

 

「リョウのお線香はどうかと思うけどな」

 

「いえ、リョウ先輩にお線香上げてもらえるなんて一生の幸せです!!」

 

路上ライブのときから思ってたけどこの子、リョウに対しては本当ぶっ飛んだ思想持ってるよな……。

 

「ともかく、別に2人とも怒ってないからそこは気にしなくてもいいよ」

 

「そうですか……なんだか優しい先輩たちを裏切った自分がなんだか嫌になってきちゃいました……やっぱりもう諦めた方が……」

 

まずい、このままだと傷を抱えてしまう。

ここは何とかしなくては……。

 

「さっき俺なんて言った?」

 

「諦めちゃいけないって……」

 

「バンド入るのに嘘ついたけど、その嘘を本当にしようと努力してたんだろ?その努力を今ここで水の泡にしようとするほうが断然よくないし、それをしようものなら俺は喜多ちゃんを絶対に許さない」

 

「楓先輩……」

 

「だから諦めるな。ちゃんと練習して上手くなったって自分で思えたら、そのときはいつでもスターリーにおいで。あの2人もきっと待ってるから」

 

「でも……」

 

「もし怖くて言い出せないなら俺が一緒に謝ってあげるから」

 

人に謝るのには相当の勇気が必要なものだ。そう思った俺は喜多ちゃんに優しく諭す。

 

「はい……!その、話聞いてくれてありがとうございました!!」

 

喜多ちゃんは眩しい笑顔でお礼を言うと、嬉しそうに帰っていった。彼女がバンドに戻ってくるかはわからない。でも、きっと戻ってくることを信じて俺は飲み物を飲みながらスマホを見る。

 

 

『遅い、お腹空いた。早く帰ってきて』

 

 

 

あ、リョウのことすっかり忘れてた\(^o^)/

 

 

リョウからのロインに震えながら急いで家に帰ると、見るからに不機嫌なリョウがソファにいた。

その後、ハンバーグをリョウは美味しそうに食べていたがしばらく口はきいてくれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

喜多ちゃんの話を聞いてからはや数日。

今日も俺はリョウと虹夏とスターリーに向かう。といっても今日はいつものように直行するのではなく、学校の近くにあるドラッグストアに寄り道をしてから向かっている。

なぜ寄り道しているかというと──

 

『すみません……!EDMガンガンかけて虹夏ちゃんとリョウさんと楓くんの3人でエナドリ片手に踊り狂いながらバイトしててください』

 

という意味のわからないひとりからのロインを受け、エナドリを大量に買ったからである。

 

「いや〜、エナドリ結構高いね〜」

 

「まぁ、リ○ルゴールドとか安いものはあるけどエナドリって感じがしないからな」

 

「やっぱりエナドリといえばモ○スター」

 

「そうなんだ……」

 

「にしても大量にエナドリ買う虹夏、店員さんからしたらただのやべーやつに思われてたんだろうな」

 

「失礼な……ぼっちちゃんに頼まれて買ったんだもん……」

 

「楓、これ結構おいしいから楓も飲むべき」

 

「あ〜、わかった」

 

「2人ともスターリー着いてから飲んでよ……あ、ぼっちちゃんいた。お~い、ぼっちちゃ〜ん」

 

「おい、沢山持ったまま走るなよ」

 

俺の忠告を聞かずに虹夏はひとりを見つけたのか、曲がり角を曲がってスタスタと走っていってしまった。

転ばなければいいのだがと思っていたら──

 

 

 

「あ、逃げたギター!!!」

 

 

 

大声で叫ぶ虹夏に驚いた俺は、急いで虹夏の後を追うとそこには──

 

 

「ふぇぇぇぇぇ!!!」

 

「おふぉえ……」

 

 

 

──ギターケースを背負った喜多ちゃんとひとりがいた。

 

 

 




次回、「アー写でジャンプするバンドは神バンド」

もう既に気づいている読者の人も多いかもしれませんが2年生編以降は基本原作に沿ってストーリーが進んでいきます。←1話で説明するの忘れてたなんていえない
一応オリジナルストーリーや料理番要素のある回も上げるつもりです。

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#6 アー写でジャンプするバンドは神バンド(前編)

普通に書こうとしてたら喜多ちゃん再加入のところをカットしかけてたので前後編にわけました。


何なんだ、この地獄のような雰囲気は……。

 

「なんでもしますから、あの日の無礼をお許しください!どうぞ私をめちゃくちゃにしてください!!!」

 

リョウを見るなり、泣きながら土下座する喜多ちゃん。

 

「誤解を生みそうな発言やめて!!」

 

それを見てエナドリを抱えながらツッコミを入れる虹夏。

 

「……」

 

ただ無言で困惑するひとり。

 

「おぉ〜……」

 

土下座する喜多ちゃんに対して何食わぬ顔で反応するリョウ。

 

「えぇ……なにこれぇ……」

 

そして彼女ら4人をみてひとり以上に困惑する俺。

というか本当に何この状況、気まずすぎるよ。

 

「と、とりあえず移動しない?」

 

「そ、そうだね……」

 

5人で気まずい雰囲気のなか、スターリへと移動する。道中、道行く人の冷たい視線が俺にグサグサと突き刺さる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スターリーに着くと、俺以外の4人はフロアにあるテーブルに座った。

 

「喜多ちゃん、本当のこと、話したら?俺は黙って見てるから」

 

「わかりました……」

 

俺は取調べのような雰囲気に気まずさを感じながらも喜多ちゃんに本当のことを話すよう諭した。

 

「私……本当はギター弾けないんです」

 

「え?喜多ちゃんって本当はギター弾けなかったの?」

 

喜多ちゃんがギター弾けないことに驚く虹夏。それもそのはず、俺は虹夏とリョウにはその事を先日喜多ちゃんにあって以降ずっと黙っていたのだ。

 

「だから合わせ練習頑なに避けてたんだね〜」

 

「はい……」

 

「急に音信不通になったから心配してた」

 

「先輩……」

 

沈黙がこの場を包む。俺はこの雰囲気をなんとか変えるため口を開こうとすると喜多ちゃんが重い口を開けた。

 

「あの……怒らないんですか?」

 

「いや〜、気づかなかったあたし達にも問題があるし……それにこの前はなんとかなったし」

 

これ喜多ちゃんが逃げる前に言っといた方がよかったのかもしれない……。

 

「で、でもそれだとなんだか許されてる気がしなくて……せ、せめて罪滅ぼしさせてください!!」

 

「そんなこと言われてもな〜」

 

急な喜多ちゃんのお願いに虹夏は困惑する。俺は少し遠くからスマホを弄りながら見ているのだが、喜多ちゃんの必死さがまるで目の前にいるかのように伝わってくる。

 

「じゃあ今日一日ライブハウス手伝ってくれない?忙しくなりそうだし」

 

「おお〜いいねぇ〜」

 

「そ、それだけじゃ」

 

「ほう、それなら……」

 

星歌さんが物置から持ってきたのはメイド服。渡されると喜多ちゃんはすぐに着替えてメイド姿になった。俗にいう陽キャというやつなのだろうか、とても似合っている。

 

「こういう恥ずかしい格好ならそこにいる男子くんも喜ぶだろ」

 

伊地知姉妹が少しニヤついた顔でこちらを見てくる。実際メイド服はそこまで嫌いでは無いがさっきまでの雰囲気のせいか、喜べる気が全くしない。

 

「まぁいい、まずは掃除から始めて」

 

「はい!!」

 

星歌さんからの指示で早速喜多ちゃんは掃除を始めた。流石といったところだろうか、飲み込みが早く、着々と仕事を進めていく。

 

「あいつ臨時の割には使えるな」

 

「ほんと手際よくて助かるよね〜」

 

「お陰様で睡眠を貪る時間までできてしまった……」

 

「時給から引いとくぞ」

 

なに臨時の子に仕事丸投しようとしてるんだよ。

 

「よし、じゃあ喜多ちゃん愛想いいし受付やってみよっか。楓〜、喜多ちゃんに受付教えてあげて〜」

 

「わかった」

 

虹夏の指示を受け、喜多ちゃんに受付を教えることになった。

受付業務は普段俺がメインでやっているもので、お客さんにチケットを売るだけでなく、バンドのグッズなども売ったりする業務だ。

 

「で、このピックみたいなやつがドリンクチケットなんだけど、ライブチケットを渡すときに一回『ドリンクチケットもいかがですか?』って確認してね」

 

「はい!」

 

「じゃあ早速お客さん来たみたいだから今の

やってみよっか」

 

「はい、ライブチケット1つですね!あ、ドリンクチケットもいかがでしょうか?」

 

やってきたお客さんに笑顔で接客する喜多ちゃん。チケットを渡すときも謎の効果音がついているかのような眩しい笑顔を見せている。

 

「まずは一通り終わったって感じかな」

 

「はい、ありがとうございました!」

 

「さっきの話だけど、話して少しは楽になったんじゃない?」

 

「そうですね……。なんだかスッキリしました」

 

「まぁ、それならよかった。あ、虹夏が呼んでるみたいだし次のところ行こっか」

 

「あ、はい!改めてご指導ありがとうございました!!」

 

しっかりお礼をして、喜多ちゃんはドリンクコーナーの方へと向かっていった。

 

「喜多さん、いい匂いしますし手際もよくて完璧な感じがしますね」

 

「やっぱPAさんもそう思います?」

 

実際、受付業務を一緒にやってるときにかなりいい匂いがずっとしていた。恐らくあの子は学校でモテてるのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

仕事を手際よく進めていく喜多ちゃんとキョドってミスを連発しながらも喜多ちゃんに仕事を教えていくひとり。俺は自分の業務をやりながらその2人を眺めているうちにあっという間に今日のバイトは終わった。

 

「喜多ちゃんも今日はありがとね。結構助かったよ〜」

 

「こちらこそ今日はありがとうございました。これからもバンド、頑張ってください。陰ながら応援してますから。それじゃ」

 

「あ、ああ、ちょ、まっ、まっちょ……帰らな……」

 

暗い顔をして帰ろうとする喜多ちゃん。しかし、彼女を引き止めるのはリョウでも虹夏でもなく、緊張で顔面が崩壊しているひとりだった。

 

「こ、こここのまま帰って……ほ、本当にそれでいいんですか……」

 

「もう私は結束バンドには入れないわ。皆真面目にやってるし、一度逃げ出した人間がそうやすやすと戻ってこれる場所じゃないわ」

 

「でっ、でも喜多さん……さっき手当してもらったとき、ゆ、指先の皮が固くなってました……け、結構練習しないとそうはならないはずです……」

 

「でも……」

 

「ほ、本当は逃げ出した後も練習してたんですよね……ど、努力してたのなら……も、戻ってきては……」

 

あのひとりが必死になって喜多ちゃんを説得してる……。

あそこまで真剣になってるひとりは見たことないぞ……。

 

「あたしも喜多ちゃんにバンド盛り上げるの手伝ってほしいな〜!」

 

「伊地知先輩……」

 

「うん。それにメンバーが増えればノルマも4分割」

 

「「もうちょいマシな言い方はないのかお前は!!」」

 

「リョウ先輩のノルマ……ノルマ分?いや、その倍は貢ぎたい……!」

 

「その思想は捨てた方がいいと思うよ……」

 

「と、とにかく……みんなの言う通りです……そ、その……私も喜多さんとバンド……したいです……な、なのでも、もう一度……け、結束バンド……は、入ってくれませんか……?」

 

「後藤さん……」

 

「ひっ、1人で弾くよりは何倍も楽しいですよ……」

 

ひとりが喜多ちゃんに投げかける言葉に俺は彼女の成長を感じる。去年の今頃ならこんなことは出来なかっただろう。

 

「うん……私、頑張ってみるわ。結束バンドのギターとして」

 

「うん!じゃあ改めてよろしくね、喜多ちゃん!」

 

こうして、ひとりの引き止めによって喜多ちゃんは結束バンドに戻ってきた。

 

「あ、でも今のパリピバンド路線はやめたほうがいいですよ……毎日エナドリ飲んで踊り狂ってるんですよね?」

 

「それどこ情報!?しかも踊り狂ってないし!!」

 

「あっ、じゃあ私はここで……」

 

ひとりが先に帰ろうとすると、が「今日のMVPはぼっちちゃんでしょ」と引き止めた。それに乗じてリョウと喜多ちゃん、そして俺もひとりを褒めた。

 

「ぜ、全然大したことなんてして……うへへ」

 

「本当すぐ顔に出るな、お前」

 

「そういえば私のギター、いくら練習してもなんかポンポンって低い音がして……」

 

「それほんとにギターなのか?」

 

「そんなわけ……私ギターは弾けないけどさすがにそこまで無知じゃ……」

 

「それ多弦ベース」

 

リョウの無慈悲かつ的確な指摘に喜多ちゃんは倒れ込む。俺は気になったのでスマホで喜多ちゃんが持ってた多弦ベースの値段を調べた。

 

「うわっ、これ結構高いモデルのやつじゃん……よく買えたね」

 

「ローンあと30回残ってるのに……」

 

そう言い残して、魂が抜けたかのように喜多ちゃんは気絶したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

喜多ちゃんが結束バンドに再加入してからはや数日。

スターリーはさらに賑やかになった。

 

「あ〜!!Fが抑えられない!!難しすぎるわ!!」

 

「あ、最初はそれっぽく弾ければ大丈夫ですよ……」

 

「うん、最初は誰だってそんなもんだよ。俺だってそうだったし」

 

結束バンドは普段は近くのスタジオで練習している。しかし金欠故か、たまにスターリーのスタジオを借りて練習している。そしてスターリーで練習しているときはたまにひとりと一緒に喜多ちゃんにギターを教えている。

 

「もしちゃんとFを鳴らしたいんだったらハイテンションコードとかやってみたら?」

 

「ハイテンション?」

 

「例えばFだったら1フレットの1弦と2弦を人差し指で、2フレットの3弦を中指、3フレットの4弦で薬指で抑えると高めの音にはなるけどFがなるよ」

 

「なるほど」

 

「で、この方法でいくとF#とかG#も鳴らせるようになるよ」

 

「あっ、でもソロでやるとかなり目立つのでそこは注意したほうがいいですよ……」

 

「だから最初のうちはハイテンションを使ってイメージを掴んでそこからバレーコードを練習していけばいいよ」

 

「……!後藤さん、楓先輩、ありがとうございます!!」

 

「どういたしまして」

 

「3人ともちょっときて~」

 

虹夏に呼ばれてスタジオからフロアに戻ると、そこにはホワイトボードが置かれていた。

 

「では、これからバンドミーティングを始めようと思いま~す。はい拍手!」

 

椅子に座った途端すぐに、バンドミーティングが始まった。

というかさも当然のように部外者の俺も呼ばれたけど何故だ?

 

「あの……」

 

「ん、どうした~?」

 

「どうして部外者の俺も呼ばれたんですかね……」

 

「あ〜、ちょっと手伝ってほしいことがあってね~。今日の議題の1つでもあるんだけど」

 

「はぁ……。それって?」

 

「アー写を撮ろうって話」

 

 

アー写というのはアーティスト写真の略称。

バンドが宣伝のためにライブハウスやマスコミに提供する写真のこと。もちろん結束バンドにもアー写はあるのだが……

 

「あっ、この前のライブのときは……」

 

「一応撮ってはいたんだけど、喜多ちゃんもぼっちちゃんもいないから取り直そうかなって思って」

 

そのアー写を撮影したのはひとりがサポートに入ったライブの1週間ほど前。その日は喜多ちゃんが不在だったのでリョウと虹夏だけで写真を撮った。そしてなんとか喜多ちゃんの写真を右上に編集で載せたのだが、まるで卒業アルバムで休んで顔写真だけ付け足された人みたいな感じになってしまった。

 

「この前のあれ撮るのも大変だったし編集するのも大変だったな」

 

「すみません……」

 

「まぁ今回のアー写も楓に撮るのを手伝って貰うってことで、明日近くのいいところで取りに行こう~!」

 

虹夏のやつ、俺の意見を聞かずに決めやがったよ……。

まぁ手伝うのは嫌じゃないけど……。

 

 

 

 

後編に続く




後編は早くて今日の夜、遅くても明後日の朝までにはあげようと思います。



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#6 アー写でジャンプするバンドは神バンド(後編)

この話は後編です。前編を読んでから読むことをおすすめします。


バンドミーティングから1週間後。

今日は日曜日というのもあってか、下北沢駅には多くの人が来ている。

 

「楓~、ぼっちちゃん今どんな感じ?」

 

「さっきロイン来たときは池ノ上にいるっていってたからそろそろじゃない?」

 

俺は結束バンドのアー写撮影を手伝うため、下北沢駅に来ている。そしてリョウと虹夏、喜多ちゃんと待ち合わせして、今はひとりを待っている。

 

「それにしても晴れてよかったですね」

 

「絶好のアー写日和」

 

「アー写日和ってなんだよ……。あ、来た」

 

「お、おはようございます……」

 

「あ、ぼっちちゃんおはよ~ってどうしたそのフリップ!?」

 

肩に手提げカバンと謎のフリップを提げてひとりはやってきた。そしていきなり土下座を始めた。

フリップには「私は約束通りに歌詞を書き上げられませんでした」と書かれている。ひとりがなぜフリップにそんなことを書いているのだろうか。理由があるとすれば、それは今から一週間前に遡る。

 

一週間前のバンドミーティング。そこで決まったのはアー写の撮影だけではない。

「よりバンドらしくなるためには」と題して様々なことを決めた。

まずはバンドの公式SNSアカウント。

情報発信のため、イソスタのアカウントを開設し、喜多ちゃんがSNS担当大臣として管理することとなった。

次にグッズ。

虹夏がバンドグッズの案を出していた。どんなものかというと──

 

「じゃじゃーん!!」

 

「それさ、ただ結束バンドを腕に付けてるだけじゃん」

 

「え、かわいくない?カラバリも充実していていいと思うけど」

 

──それはカラフルな結束バンドだった。その結束バンドというのは彼女ら4人のことではなく、コードとかを束ねる"あの"結束バンドだった。

それを虹夏は腕に巻き付けて自信満々に紹介していた。

 

「あ、それって原価はいくらなんですか……」

 

「100本で500円くらいだったよ」

 

「よし虹夏。それ物販で一本500円で売ろう。サイン付きは650円」

 

「ぼ、暴利すぎる……」

 

「ただのぼったくりじゃねぇか」

 

リョウの提案に俺とひとりでツッコミを入れると、喜多ちゃんが「650円……。いや、6500円で買います……!」とリョウに払おうとしていたがさすがに止めた。

他にも年会費がとんでもないファンクラブ(リョウ考案)やフリートークのボケとツッコミのポジション決め(喜多ちゃん考案)など様々なことを決めた。

そして、最後に決めたのがオリジナルソングの作詞作曲。

といっても大方のことはこの前のライブで決めておいたので確認程度のものだった。

ただ──

 

「作詞なんて朝飯前!ちょちょいのちょい、ですよ~」

 

とひとりは自信ありげに言っていたのだが、未だに歌詞のアイデアが思いついていないらしい。

そして今に至る。

 

「今日は歌詞を約束通りに書き上げられなかった私を晒し者にする会では……」

 

「あたし達そんな外道な事しないよ?それに歌詞はそう簡単にかけるものじゃないってのもわかってるから。気にしない気にしない!」

 

虹夏の言葉にひとりは土下座を止めて立ち上がる。

 

「あ、はい……じゃ、じゃあ今日集まったのは……」

 

「あ〜、この前アー写撮ろうって言ってたでしょ?今日はそれを撮るために集まったんだよ」

 

「あ、あのそれって外で撮るんですか……?」

 

「そうだよ~。スタジオだとお金かかるからムリ」

 

結束バンドは金欠ゆえ、練習以外でスタジオを借りるほど贅沢はできない。撮影する時間だけの利用料金を出してあげようと虹夏に提案したが、「いいよいいよ~。外で撮った方がなんだか良さそうだし」と見事に断られてしまった。

 

「やっぱ金欠バンドのアー写は屋外が定番だからね!等々力とか有明で撮るのも考えたけどやっぱり下北沢発祥だしこの辺でロケーションを探そう!候補は階段、公園、よさげな壁!ってことでレッツゴー!!」

 

こうして結束バンドのアー写の撮影場所探しが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

メンバー4人と付き添いの部外者1人で下北沢の街を練り歩く。

小田急線の線路跡地に出来た線路街や裏路地のシャッター街を歩いてみたり。歩いていると、下北沢育ちの俺でも知らないようなところが沢山あり、新たな発見を感じた。

 

虹夏の言っていた階段や公園、歩いている途中で見つけたコインパーキングでそれぞれ写真を数枚ずつ撮ってみた。カメラマンである俺はちょくちょく喜多ちゃんなどにアドバイスを求めた。

 

「どうかな?」

 

「そうですね……撮り方は上手いから大丈夫なんですけど……」

 

「やっぱりここだとインパクトに欠けますね……」

 

さすがはイソスタグラマー。映える映えないの区別がハッキリわかってるみたいだ。

こうしてSNS担当大臣の指示を仰ぎながらしばらく歩き回ったが中々いい場所が見つからず、一旦自販機の前で休憩を挟むことになった。

 

「そういえば今日楽器持ってくればよかったわね……」

 

「あっ、確かにその方がバンドっぽくなるっていうか……」

 

「おい、2人ともそれ言うと……」

 

「そう、君たちはね?」

 

「う〜わ、始まった……」

 

喜多ちゃんとひとりの何気ない会話が虹夏の地雷を踏んでしまった。俺は2人の会話を止めようとしたが、もう手遅れみたいだ。

 

「ギターとベース?そりゃ持ち運べるしあった方が写真映するのはわかってるよ?でもさ、ドラムだと君たちが笑顔でギター持ってても私が持つのは木の棒2本だよ?すこしはあたしの身にもなろうよ……」

 

「まぁまぁ、今日は楽器なしで撮るんだからいいじゃn…っておいこら!木の棒で叩くな!!」

 

なんとか虹夏を落ち着かせようとするも、その辺に落ちてた木の棒で素早く叩かれる。

といってもそのスピードは元剣道部、関東大会個人入賞の俺からしたら捌くのは簡単で、初撃以外はたまたま持ってたラップの芯で全て受け止めることが出来た。

 

「楓先輩、あのスピードのやつをほとんど避けたわ……!」

 

「あっ、す、すごい……」

 

「楓、剣道やってたから」

 

「まぁこれでも関東大会入賞してるもんで。今はやってないけど」

 

その後、虹夏を落ち着かせてからまた撮影場所探しは再開した。

すると歩き出してすぐにひとりが建物を指さして立ち止まった。

 

「ん、どうしたひとり」

 

「あっいや、その……よさげな建物を……」

 

「おお~。でかしたぞひとり」

 

「うへへ……」

 

「お~い、3人とも~。いいとこ見つかったぞ~って、いねぇし!」

 

いつの間にか3人はどこかに行ってしまっていた。恐らくひとりに気づいていなかったのだろう。グループロインに場所が見つかったことを報告し、戻ってくるのを待つことにした。

 

「じゃあひとり、試し撮りしたいからそこ立って」

 

「うん……」

 

ひとりを壁の前に立たせて写真を1枚。パシャりと撮った。しかし、苦手故か、写真写りが悪い。

もう1枚試し撮りをしようとすると、3人が戻ってきた。

 

「すっごい!素敵な壁ですね!!」

 

「ぼっち、楓、でかした」

 

「うへへぇ……」

 

「おお~、いい壁だねぇ~。じゃあ早速よろしく頼むよ」

 

「じゃあ1枚とってみるから一度カメラに注目……はいチーズ」

 

いい写真であることに間違いは無いのだが、何かが違う気がする。

 

「どんな感じ?」

 

「一応こんな感じだけど……」

 

「うーん、やっぱりみんなの個性は出てるけどイマイチって感じだね……」

 

「ならここは日本で1番個性があって正統派ベーシストの私が手本を見せよう……」

 

「よく堂々とそんな嘘つけるな……まぁ、いいや。はいチーズ」

 

シャッターを切る瞬間に合わせてかっこよくポーズを決めるリョウ。

やっぱり、あいつは綺麗だな……。

 

「どう?」

 

「まぁ、かっこいいね。でもこれをほかの3人がやるってなるとちょっとな……」

 

「とりあえず国宝級の写真撮れたんだから楓は誇るべき」

 

「はいはいそうですね」

 

そこからしばらく、アー写のポーズを模索していると、虹夏が喜多ちゃんに意見を求め始めた。

 

「そういえば喜多ちゃん、さっき撮ってた写真、どれも可愛く写ってたけど、結構イソスタに自撮りとか上げてたりするの?」

 

「はい。こんな感じでちょくちょく……」

 

「イソ……スタ……ウガッ!!」

 

イソスタという単語を聞いた瞬間、ひとりは倒れて痙攣しはじめた。恐らく青春コンプレックスが発動したのだろう。

 

「えっ、後藤さん?ど、どうしたの急に!?死なないで!」

 

「あ〜、やっちゃったか」

 

「やっちゃったって、私なんかしました?」

 

「恐らくひとりはイソスタという単語を聞いて青春コンプレックスが発動したんだよ。イソスタにあげるようなキラキラした写真を1秒でも見るとああなってしまうんだ」

 

「え、そんなことあるんですか!?」

 

 

 

ひとりのこの様子をみて驚かないことから、虹夏も慣れてきたのだろう。

喜多ちゃんに青春コンプレックスについて説明しているうちにひとりはすっかり──

 

「私が下北沢のツチノコです……」

 

「後藤さん?」

 

「いつもこんなんだよ~」

 

「喜多ちゃんもいずれ慣れるから、安心しな」

 

「いくらで売れるんだろう……」

 

お前は人の従妹を売ろうとするな。

 

下北沢のツチノコ、もといひとりが地面でうねうねしていると虹夏がひとりにある提案をした。

 

「そうだ。いっそのことぼっちちゃんもイソスタ始めてみたら?メンバー個人のアカウントもあったほうがいいと思うし……」

 

「あ、ちょっ、虹夏……」

 

まずい、今の発言はまずいぞ……。

今のこの状況からして恐らくひとりにトドメを刺すんじゃ……。

 

「ア゙ア?゙ア!゙ア゙ア゙?ア゙ア゙?!ア゙ア゙!?ア゙ア゙ア゙?ア゙ア゙ア゙!!!」

 

ほら、トドメ刺してた。

電子音のような奇声を発するひとりをみて俺とリョウ以外は困惑するのだった。

 

しばらくして、ひとりが蘇生したのでアー写撮影を再開した。

いろいろポーズを変えて試してみるも、中々いいものは撮れない。

 

「う〜ん。なんかこう、躍動感が欲しいっていうか……」

 

「躍動感……。それならジャンプなんてどうですか?」

 

「「おお~」」

 

「ジャンプなら躍動感ありますし、みんなの素の感じが出そうじゃないですか?」

 

「よぉ~し、じゃあそれ採用!」

 

「有識者が言っていた。オープニングでジャンプするアニメは神アニメだと……」

 

「あ、確かにそうかも」

 

オープニングでジャンプするアニメ。だいたいきらら系アニメでよく見る光景だ。

ちなみにリョウはよく俺の家でご○うさやきんいろモ○イクなどをしょっちゅう見ている。

もちろん俺もきらら系アニメはよく見ている。

 

「だからアー写でジャンプするバンドは神バンドになる」

 

「ちょっと何言ってるかわかんないけど、準備お願いしま~す」

 

「う〜い、じゃあ3、2、1、ハイ、ジャンプ」

 

4人が地面を蹴って、飛び上がる瞬間を綺麗に撮れた。

こういうのって意外とブレないもんだn……

 

「いいの撮れた?って楓、青ざめた顔してどうしたの……?」

 

「あ、ああ……ぱ、ぱぱぱ……」

 

シャッターを切った瞬間俺は見てはいけないものを見てしまった……。

それは──

 

「あ、ぼっちちゃんパンツ見えてるぞ~」

 

 

ひとりの、男子が絶対に見てはいけない白い布(パンツ)だった。

 

「む、無価値なものを写してすみません……」

 

「ごめんなひとり、こんな愚図みたいなお兄ちゃんで……」

 

「ちょっと2人とも!撮り直すから元気だして!!」

 

その後、正気を取り戻した俺は4人がジャンプする写真をちゃんと撮ることに成功した。

 

「うん!これなら青春感あっていい感じだね!じゃあ後でグループに送っといて」

 

「あいよ」

 

スマホを開いて、グループに今日撮った写真を送る。もちろん、ひとりのあれは直ぐに消した。

帰り道、やけに3人が盛り上がるのを見ながら歩いていると、リョウが話しかけてきた。

今日一日、リョウのテンションはいつもより低めだった。といっても普段からダウナーな感じではあるが、10年以上の付き合いなのでテンションが低いことくらいはすぐにわかる。

 

「……私、楓のことが……」

 

「ん、俺のことが?」

 

「……いや、なんでもない。それより今日の晩御飯は?」

 

「ふっ、焼きそば」

 

「じゃあ味付けはオイスターソースで」

 

「あれ高いから勘弁してくれよ……」

 

「なら塩で許してあげる」

 

「はいはい」

 

リョウが俺に何を言おうとしたかはわからないが、ひとまずアー写を撮ることが出来て満足した6月の夕暮れだった。




次回、「手作りアイスクリーム」

そういえば酒カスもといきくりお姉さんのスピンオフが始まるらしいですね(大歓喜)

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#7 手作りアイスクリーム

新年度なので初投稿です。


梅雨も段々と終わりに近づき、夏が近づいているのを感じる6月の下旬。

先日のアー写撮影以降、よく俺の部屋にあるパソコンを使ってリョウは曲作りをするようになった。どうして自分のパソコンを使わないのかと聞くと「いちいちご飯食べに家とここ行ったり来たりするのがめんどくさい」と答えられたので、俺は部屋のパソコンを提供することにした。

 

「……ここのコード、なんか違う気がする」

 

「中々大変そうだな」

 

「うん。ぼっちの書いた歌詞に合わせて作ってるから」

 

ぼっち、もといひとりの作った歌詞。昨日リョウに頼んでみせてもらったのだが、かなりいい歌詞だった。リョウ曰く刺さる人には刺さるらしいし、それには俺も同感だ。

リョウが曲を作るのを見ながら、俺は漫画を読む。キーボードのカタカタとなる音と、マウスのクリック音。それを聞いているとなんだか心地よい気分に包まれる。

 

「……楓」

 

「ん、どうした?」

 

「アイス買ってきて」

 

「外雨降ってるから無理」

 

「む、ケチ……」

 

本当は自分もアイスを食べたいので今すぐ買いに行きたいのだが、外は生憎の雨。この土砂降りだと買いに行くのは困難だろう。

でも頑張っているリョウに何かしてあげたい。とアイデアを模索する。

そういえば確か冷蔵庫にバニラエッセンスがあったような……。

 

「よし、アイス作ってくる」

 

「え、作れるの……」

 

「物は試しだから、待ってて」

 

「わかった。おいしいのを期待してる」

 

部屋を出て階段を降りてキッチンに移動する。

そして、これから作るのはバニラアイス。前にトゥイッターを見ていたらレシピが流れてきて、いずれは作ってみたいと思っていた物だ。

まず、冷蔵庫から牛乳と卵を取り出す。取り出したら牛乳を上白糖と混ぜて鍋に入れる。弱火で沸騰しないよう、じっくり上白糖が溶けるまで煮詰める。

次に卵を割って黄身を取り出してボウルに溶きほぐし、牛乳と上白糖を煮たものを少しづつ混ぜ合わせたらこしザルを使ってこしながら再び鍋に戻し、今度は中火で火にかける。木べらでかき混ぜながら5分ほど煮てとろみがついてきたらボウルに移し、氷水に浸けながら冷やす。

冷やしている間に今度は冷蔵庫から生クリームを取り出す。別のボウルにそれを入れて泡立て器で6分立てにしたら氷水に浸けてるもう一方のボウルに加えて混ぜる。混ぜたらバニラエッセンスを加えてバットに移し、冷凍庫に入れる。

30分ほど経ったら一度取り出してスプーンでかき混ぜて、再び冷凍庫に入れて今度は1時間ほど冷やす。

冷やしている間に食器棚からティーポットとカップを、戸棚からキャンディのパックを取り出す。どうやらこの茶葉はバニラアイスとの相性がいいらしい。ティーポットにパックを入れてお湯を入れて紅茶を抽出する。

冷凍庫からアイスを取り出し、器に盛り付けたら手作りアイスクリームの完成。

 

おぼんに2人分のアイスクリームとティーカップとティーポットを乗せて部屋に戻る。

 

「おまたせ」

 

「ん、いい匂いがする……。キャンディの紅茶入れたでしょ」

 

「よくわかったな」

 

机にお盆をおいて、カップに紅茶を注ぐ。茶葉のマイルドな香りが部屋を漂う。

 

「「いただきます」」

 

口に入れた瞬間、アイスクリームのあっさりとした甘さが口いっぱいに広がる。紅茶もバニラの香りや味を殺さず、むしろ美味しさを引き立てている。

 

「紅茶とも合ってるしとてもおいしい……」

 

「初めて作ったんだけど、美味しいならよかったわ」

 

「うん、ありがとう。お陰様でいい曲が書けそう……」

 

紅茶は集中力が増す効果がある。なので今のリョウにはピッタリの物だろう。

 

夕飯を食べ終わっても、リョウは曲作りを続け、曲が完成したのは俺が布団に入る少し前だった。

 

「……できた」

 

「お、どんな感じ?」

 

「はいこれ、まずは聞いてみて」

 

リョウからヘッドホンを渡され、マウスで再生ボタンを押して曲を聴き始める。

まだデモ音源の段階だが、ひとりの書いていた"刺さる人には刺さる歌詞"がマッチしているとてもいい曲だった。早くこの曲の完成版を聞いてみたいと思う。

 

「すごい、歌詞にマッチしていて、まだデモだけど聴き入っちゃった……」

 

「天才作曲家の私には当然の言葉」

 

「完成するの楽しみにしてる」

 

「……わかった。じゃあおやすみ」

 

「うん。おやすみ」

 

軽く感想を言って、少し言葉を交わすとリョウは部屋を出て……いかずに俺のベットに寝っ転がった。

 

「おい、ちょっとまて」

 

「ん、用があるなら早く言って」

 

「なに俺のベットで堂々と寝っ転がってるんだよ」

 

「疲れたからここで寝るだけだけど」

 

「いやいや、付き合ってもない異性の部屋で寝るのはどうかしてるだろ」

 

「別にいいじゃん。嫌なら下の和室で寝ればいい」

 

「そういう問題じゃないんだよな……」

 

ほんとにマズイから早く出てってくれないかな……。

 

「……眠りに落ちてしまえば問題ない」

 

「だからそういう問題じゃ……」

 

「うるさい。黙って早くこっちきて」

 

「いやだからこn……「早く」あっはい」

 

ダメだ、これ以上続けると持たない。ここは乗るしかないようだ。

 

リョウの誘いに渋々乗って、俺はベットに入る。入ってから少ししてリョウは寝息を立て始めたが、一向に寝れない。うっすら漂うシャンプーの匂いが眠気を妨げる。眠れずにただ、夜が更けていくのを感じるのだった。




次回、「バンドと決意と群青の覚悟」


初期のころから書きたくて温めていた案ですね(山田推し)

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#8 バンドと決意と群青の覚悟

一日で8000文字なんて書けるんですね()


セミの鳴き声が空高く響き、照りつける夏の陽射しが街に降り注ぐ7月の下旬。

学校は夏休みに入り、俺は連日の猛暑にヘトヘトになりながらもバイトに勤しむ日々を送っている。

 

「お前ら全員集合。お待ちかねの給料だ」

 

星歌さんが号令をかけてバイトを集め、順番に名前を呼んでそれぞれに茶封筒を渡す。今のご時世、給料は基本口座に振り込まれるので、直接手渡しは珍しい。

 

「はい、これぼっちちゃんの分」

 

「あっ、ありがとうございます……」

 

ひとりはこれがバイトの初任給になる。中身の見て笑顔になっている様子からして、相当喜んでいるのだろう。

 

「は〜い、喜んでるところ悪いけど1人1万円ライブ代徴収しま~す!」

 

しかし、虹夏の一声によってひとりの笑顔は一瞬で青ざめ、ゴミ箱に入り込んでしまった。

そもそもひとりはバンドのノルマを稼ぐためにここでバイトをしているため、ノルマを徴収されるのは仕方がない。

心苦しそうにメンバーからライブ代を徴収する虹夏を見ながら俺は封筒の中身をリョウに見られないように確認する。なぜなら中身を見られると必ずたかってくるからだ。

 

「楓、お願いが……」

 

「お金は貸さないぞ」

 

「チッ、バレたか」

 

ついに中身を見ずにたかってくるようになったとは……。

 

ちなみに俺の給料の使い道は基本食費に回すか貯蓄している。食費は親が少し援助してくれてるのだが、リョウの分までとなるとさすがに親に申し訳ないので自分で払っている。

 

「ごめんねぼっちちゃん。もうちょっと売れるようになったら手元に残る分も増えるから……」

 

「あっ、はい……」

 

「となると夏休みはバイト増やさなきゃですね!例えば……みんなで海の家でバイトするとか」

 

「おお~!喜多ちゃんいいね~!!」

 

喜多ちゃんの提案を聞いた瞬間ゴミ箱から顔を少し出して一心不乱にスマホをいじりはじめた。いつも青ざめた顔をしてるのに目に血が走ってていっそう怖く、狂気を感じる。さすがに止めようと声をかけようとするとリョウが俺をスルッと抜かしてひとりに話しかけた。

 

「ぼっち」

 

「アッハイ許してください少し待っててくださいギターを担保にすればそこそこの額は借りられると思うのでどうか……どうか海の家だけは……海の家だけは……!!」

 

「いや、曲完成したから聞いてほしい……」

 

「あっはい」

 

さすがはリョウ、ひとりの挙動不審を冷静にスルーしたぞ……。

 

曲は既に先月の下旬にはデモ段階で完成はしていたが、あれから少しずつ手直しなどの編曲作業をして完全に完成したのは昨日のお昼頃だった。

 

「えっ、リョウ先輩曲完成したんですか?」

 

「おっ、ナーイスリョウ!じゃあ早速みんなで聞いてみよ~う!」

 

テーブルにリョウのスマホをおいて、虹夏たち4人は新曲の聴講会をはじめた。

俺は既に一度聞いているが、改めて聞いてみるとやっぱりいい曲だと感じる。

他の結束バンドメンバーの3人もそう感じているのか、目をキラキラと輝かせている。

 

「──リョウ先輩さすがです!!すごくかっこいいです!!!」

 

「あっ……私もそう思います……」

 

「うん!すっごくいいよ!!」

 

「ぼっちの歌詞を元に作ったから。ぼっち、いい歌詞書いてくれてありがとう」

 

「あっ、えっ……うへっ、うへへへ……」

 

リョウがまるで手懐けるかのようにひとりを撫でる。

 

それにしてもリョウ、いつになく嬉しそうだな……。

 

「よぉ〜し!じゃあ1曲完成したところだし、ライブ出してもらうようお姉ちゃんに頼んでくるね!!」

 

「え、そんな急にお願いして大丈夫なんですか?」

 

「この前のライブもこんな感じだったしへーきへーき!!──ね~、お姉ちゃん!!」

 

「は?出す気ないけど」

 

「えっ」

わーお、無慈悲。

 

「この前は思い出作りのために出してやったんだよ。この前みたいな出来で出れると思ってるんなら一生仲間内でワチャワチャ仲良しクラブでもやってろ」

 

星歌さんの冷たい一言で場は一気に静まりかえる。

普段ここのライブに出るにはデモ審査などを行っている。デモ審査抜きで出るのは不可能なのだ。しかしこの前、虹夏とリョウ、ひとりがライブに出れたのは星歌さんの計らい。その計らいは虹夏の思い出作りのためだったのだ。

 

にしても言い方酷すぎませんかね、この人。

 

「……ッ!三十路のくせに未だにぬいぐるみ抱かないと寝れない癖に~!!」

 

「まだ29だ!!」

 

謎の捨て台詞を残し、虹夏はどこかへ行ってしまった。

 

「店長……」

 

「なんだ、言い過ぎとでも言いたいのか?」

 

「いやそれもそうなんですけど、ぬいぐるみ抱かないと寝れないって本当なんですか?」

 

「楓、これが証拠」

 

「おぉ……」

 

リョウがスマホで見せてきたのは可愛いクマのぬいぐるみを抱いて寝ている星歌さんの写真。

 

「なんかギャップ凄いな」

 

「これが世にいうギャップ萌え」

 

「おい、リョウ!なんで持ってるんだそれ!今すぐ消せ!!あと楓もまじまじと見るな!!」

 

消したとしてもインパクト強すぎて記憶に残るんですよね……。

 

「まぁ、それはそれとして。店長、さすがにあそこまで言わなくても良かったんじゃないんですか?」

 

「ぐっ……」

 

あの様子からして虹夏はしばらく戻ってこないだろう。

 

「3人とも、虹夏を任せた」

 

「わかりました!!さぁ、リョウ先輩!行きますよ!!」

 

「え、というか楓も行くべき」

 

「俺はここでなんとか店長を説得する。だから行ってこい」

 

 

リョウならバンドメンバーでもあるし虹夏がどこでいじけているか分かるだろうし、喜多ちゃんならフォローもしてくれるだろう。

それにバンドメンバーじゃない俺が首を突っ込むわけにはいかない。

 

喜多ちゃんがリョウを連れて出ていくのを見て店長に話しかける。

 

「で、店長。本当にアイツらはライブに出れないんですか?」

 

「そんなことは言ってない」

 

「でもさっき出さないって言ってましt「言ってない」あっはいすみません……」

 

「出さないとは言ってない」

 

「じゃあ、出れないわけではないと……」

 

「出すかどうかは来週の土曜にやるオーディションで決める。そこの出来次第ってところだ」

 

「初めからそういえばいいじゃないですか」

 

「うるせぇ」

 

本当初めからオーディションのことを言わないとかツンデレかよこの店長。

 

「おい、今失礼なこと考えてなかったか?」

 

「いえ何も」

 

今の目つき、完全にスケバンのそれなんだよなぁ……。

これでぬいぐるみ抱かないと寝れないって凄いキャップだと思う。

 

「というか、ぼっちちゃんはさっきからそこで何してんの」

 

「あっ……ふ、服従のポーズを……」

 

「お前まだいたのか……。一緒に虹夏のところ行くか?」

 

「うん……」

 

「お前よくその奇行みてもなんとも思わないな」

 

「従兄なんでこんなのとっくの昔に慣れてますよ」

 

店長は軽くドン引きしながらも、スマホでフラッシュを焚きながらひとりの奇行を撮影する。

 

「それじゃ、虹夏にはオーディションをやるって伝えとくんで。ほら行くそ、ひとり」

 

「うん……」

 

「厳しく審査するから覚悟しとけって言っといて」

 

「了解です」

 

ひとりとスターリーを出て、虹夏探しを始め……るのは面倒臭いし、恐らくもう見つかっていると思い、リョウに居場所をロインで聞いてみた。

 

『今から伝言伝えに行くけど、今どこにいる?』

 

『下北線路街』

 

どうやらそこまで遠くには行ってないようだ。

下北線路街というのは2年くらい前に小田急線が東北沢駅から世田谷代田駅までを地下化した際にできた施設で、空き地が多く、そこにキッチンカーなどがよく来ているらしい。

虹夏ら3人はその空き地の一角にいるらしい。

 

暑さでドロドロに溶けかけているひとりを連れてスターリーから歩くこと数分、いとも簡単に3人を見つけることが出来た。

 

「お、いたいた」

 

「あ、楓にぼっちちゃんまで……ってなんてぼっちちゃん溶けてるの……」

 

「暑さにやられたんでしょ。さっき水買って飲んでたしそのうち戻る」

 

「そうなんだ……」

 

「まぁあれは置いといて、店長から伝言」

 

「え、お姉ちゃんから?」

 

「今度の土曜にオーディションやるんだって、そこの出来次第で出すか出さないか決めるらしい」

 

「も~!だったらあんな言い方しなくてもいいじゃんか~!!」

 

虹夏が地団駄を踏み始めた。正直虹夏の気持ちもわかるが、店長が言いたいこともよくわかる。

 

「……でも、オーディション通れば出れるってことですよね!」

 

「そう、つまりそういうこと」

 

「見てろよお姉ちゃん……!!絶対にギャフンと言わせてやる!!」

 

「まぁ、厳しめにやるから覚悟しとけって言ってたけどな」

 

すっかりいつもの虹夏に戻ったようでなによりだ。ただ、戻ったのはいいが、なんだか不安そうな顔をしている。

 

「後藤さん頑張りましょう!」

 

「あっはい……がんばりましゅ……」

 

「どうした、不安そうな顔して」

 

「いや……オーディションに出るのはいいんだけどさ、あの2人が心配でさ……」

 

あの2人というのはひとりと喜多ちゃん。おそらく虹夏の懸念材料なのだろう。

現在のメンバー個人の実力は上から順にリョウ、虹夏、ひとり、喜多ちゃんである。

まずはリョウ。「私は上手い」などと常日頃から豪語しているが、実際その通りである。去年の文化祭のときや4月の路上ライブのときも全くミスがなかった。

次は虹夏。「あたしはふつーの実力だし……」といっているが、そこら辺の軽音部のドラマーよりかは全然美味い。彼女もミスはほとんどないが、良い演奏にするためにいちいち止めているくらいしかない。

次にひとり。ソロで弾くと俺よりも遥かに上手いのだが、バンドとなると本当にダメになる。

ギターヒーローのときの実力が出れば問題は無いのだが。

最後に喜多ちゃん。彼女は初心者ゆえ、上手くないのはしょうがない。といっても一生懸命練習しているし、最近はカポを使わなくてもコードを抑えられるようになっているのでポテンシャルは十分である。ただやっぱりほかのメンバーとは経験の差があるので、埋めていくのは困難だ。

リョウと虹夏はまだしも、あの2人が改善しないとお話にならない。

先日、スターリーのスタジオで合わせ練習をしていたときに演奏を聞かせてもらったのだが、それは散々なものだった。

喜多ちゃんが上手く弾けずにミスをしてどんどん遅れていき、ひとりはとてつもないスピードで突っ走り、それに虹夏がついてこれずにリズムが狂い、なんとかリョウが抑えようとするもリズムが狂っているのでどうにも出来ない。まさにドミノが倒れるように崩れてしまうのだ。

 

「2人のパートは楓が演奏してるのを流すからアテ振りの練習しといて」

 

「「はい!」」

 

「俺はそんなことに手を貸さないぞ」

 

「ちょっとリョウ……!まぁともかく、熱量とか、バンドとしての成長とかさ、あたし達がお遊びじゃないってことをお姉ちゃんに教えてあげようよ!!そのためにも、今日から猛特訓しよう!!」

 

そう虹夏が宣言して、オーディションまでの方針が決まった。

一週間でどこまで成長するのだろうか、俺は結束バンドに期待感を抱くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから、結束バンドは一生懸命練習を重ねた。といってもガッチガチに練習するのではなく、例えば昨日は──

 

「おはようございま……って3人ともどうしたその格好!?」

 

「明日に備えて衣装準備してきた」

 

「コッテコテの男装だな」

 

「バンドマンといえば飲酒、喫煙、女遊び。楓はバンドマンじゃないけどそれを体現してるロックな男だよ」

 

「なにサラッととんでもない嘘を吹き込んでるんだよ」

 

「そうなんですね!参考になります!!」

 

「真に受けないで!?」

 

リョウ、ひとり、喜多ちゃんがスーツを着てカツラを付けて男装していたりと、少しふざけながらもバイトのスキマ時間を使って練習を重ねてきた。

 

 

そして迎えた土曜日、オーディション当日。

オーディションは客のいない午前中に行われることになった。

 

「あの……」

 

「どうした?」

 

「これ俺も見ていいのかなって……だって部外者じゃないですか……」

 

「あ?別にいいだろ。お前スターリーの従業員だろ」

 

「そういえばそうでしたね……」

 

今日のオーディションは結束バンドのみの参加になっている。他のバンドは全てCD審査になったらしい。

 

「今日のオーディション、なんか自分が出るわけじゃないのに緊張してくるんですよね……」

 

「ふふっ、波城くん、結構緊張してるみたいですね」

 

「PAさん……」

 

それ言われると余計緊張してくるんだよなぁ……。

 

時間が刻一刻と過ぎていく度、俺の額に冷や汗が伝っていき、緊張が強まっていく。気を紛らわせようとスマホで動画を見るが、内容が全く入ってこない。

そして既にセッティングを終えてから大分時間が経っていることがさらに緊張を強める。

 

「それにしても遅いですね〜」

 

「まぁ、ギリギリまで練習していいって言ったしな……」

 

「でもそろそろ呼びません?今日もライブあるんですよね……」

 

このまま待っていると日が暮れてしまいそうだ。仮に日が暮れるまで待ってたら俺は緊張で塵になってしまいそうだ。

 

「それじゃあ、あと30分したら始めるって伝えてこい」

 

「わ、わかりました……」

 

「お願いしますね〜」

 

星歌さんに頼まれ、結束バンドのいるスタジオのドアの前に立つ。スタジオからは楽器の音が聞こえている。小窓から覗いてみると、かなり集中している様子が伺えた。

しばらくして演奏が止まったのでそのタイミングでドアをノックして中に入り、あと30分でオーディションを始めることを伝えた。

 

「あと30分で始まるので、準備のほど、よろしくお願いします」

 

「えっ?もうそんな時間」

 

「うん、そんな時間。まぁ、あと少しだけど頑張って。応援してるから」

 

「ありがとね楓!本番も応援よろしくね!」

 

「あいよ」

 

4人と目を合わせ、頷いてドアを閉めて店長の元へと戻る。

 

 

 

決戦のオーディションが今、始まろうとしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「け、結束バンドです!よろしくお願いします!!」

 

虹夏が緊張まじりにも元気に挨拶する。

俺と星歌さん、PAさんは無言でただ頷く。

幼馴染2人に従妹、バイトの後輩と、彼女ら4人は身内だが、いつもの賑やかな雰囲気など一切ない。静寂で、真剣な雰囲気が会場を漂う。

 

「じゃあ、『ギターと孤独と蒼い惑星』って曲、やります!」

 

リーダーの虹夏が宣言して、リョウ、ひとり、喜多ちゃんが向かい合い、頷く。

みんなの表情は緊張が前面に出ていた。普段あまり緊張しないリョウでさえ、硬い表情をしている。

 

でも、そんな緊張をも抑えてこちらに伝わってくるものがある。それは──

 

 

 

 

──それぞれの思いが重なり結束している、彼女たちの覚悟だ。

 

 

それぞれが楽器を構え、虹夏のハイハットの合図で演奏が始まる。

イントロからギターの軽快な音色とベースの重低音のハーモニーが鳴り響く。

 

「突然降る夕立 あぁ傘もないや嫌」

 

イントロが終わり、ボーカルの喜多ちゃんが歌い出す。

 

虹夏は少し力んでしまっているが、いつものように狂わず、大きな音で存在を主張し、ギターとベースを支えている。

リョウはいつも通りの表情をして、低めの音でギターの存在を引き立ている。

喜多ちゃんはやはり初心者故か、まだ手元がおぼつかない様子だ。それでもこのスピードに必死に食らいついている。

ひとりは少し突っ走ってるとはいえ、本来の─

ギターヒーローとしての演奏でギターを掻き鳴らしている。

 

息がピッタリ合っているかというと、それは違う。でも普段よりは何十倍も、何百倍も素晴らしい演奏になっている。

 

「……やってみせろ、結束バンド」

 

俺はそう呟き、彼女らの演奏を聞き入るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ラスサビ、そしてアウトロを経て演奏は終わった。そして余韻に包まれた会場を拍手が飛び交う。あとは結果を待つのみだ。

 

「……ま、いいんじゃない?とりあえずお前たちがどんなバンドかはわかった」

 

星歌さんが演奏を終えた彼女たちに話す。言葉の感じからしておそらく好印象だろう。

 

「──ただし、」

 

好印象なのに店長は鋭い目つきで口を開く。

 

「ドラム、肩に力入れすぎ。ギター2人は手元見すぎ。ベースは自分の世界に入り過ぎ」

 

店長も元とはいえバンドマン。的確に指摘する。太刀で一刀両断するかのようにバッサリと。

その指摘は彼女たちを暗い表情にさせた。

 

「……アドバイス、ありがとうございました」

 

「あ?何いってんの?」

 

「え、だって……」

 

「いや、お前らがどんなバンドかわかったって言ってんだよ。ここ喜ぶところだから」

 

「たぶん合格だと思いますよ〜」

 

「だからそう言ってんだろ。合格だよ、合格」

 

「もう!このツンデレお姉ちゃんめ!!分かりにくいんだよぉ〜!!」

 

全く虹夏の言うとうりだよ。もう少し分かりやすく言えばいいのに、このツンデレ店長め。

 

結束バンドは無事、オーディションに合格した。

喜多ちゃんはひとりのそばに駆け寄り、喜びをあらわに、リョウと虹夏は俺を見て笑っている。俺は感動したのかうまく口があかない。きっとこういうとき─心の底から感動したときは言葉が出なくなるのだろう。

 

「まぁ、感想を言いたいところだが、お小言を言われたヤツにいわれても気分が良くないだろうし、そこで涙を流してる楓に感想を言ってもらおうか」

 

ゑ?泣いてる?いやいやそんな……。でもさっきから視界がボヤけているような……。

 

星歌さんに指摘され、目を擦ると指が濡れていた。おそらく感動のあまり、気づかないうちに

涙を流してしまったのだろう。

 

俺はハンカチで涙を吹いて、思ったことを言葉にして伝える。

 

「なんだろう……ギターにベース、ドラムに歌声。全部にその……みんなの想いがこもっていて聞いていて凄く……心地よかったと思います」

 

語彙力が死んでいる……。でも伝えたいことは伝わったはずだ。

そう思っていた次の瞬間、事件は起こった。

 

「喜多さん、すみま……」

 

「ご、後藤さん?ご、後藤さぁ〜ん!?」

 

「「「うわぁ……」」」

 

ひとりが盛大に吐いてしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、星歌さんがチケットノルマについての説明があり、今日のオーディションは無事合格という形で幕を閉じた。

チケットノルマは20枚。単純計算で1人5枚売り上げなければならない。もちろん、売り上げられなければノルマは結束バンドの負担になる。

4人はそれぞれ分担を決めて、今日はお開きになった。

 

そして俺は今、スターリーの近くの公園でリョウと虹夏と3人で雑談を楽しんでいる。

 

「いや〜まさかお姉ちゃん、ぼっちちゃんに目をつけるなんて思わなかったよ」

 

「だな」

 

「今日のぼっち、いつもよりギター上手かった」

 

今日のオーディションで星歌さんはひとりに注目していた。

というかひとりが吐いたのはおそらく星歌さんがひとりに「ウオッチングユー」のサインをしたからかもしれないのだが

 

「そうだ、虹夏」

 

「ん〜、どうした〜?」

 

「保留してたアレ、やっと答えが出たよ」

 

「お、聞かせて聞かせて〜」

 

春休みにバンドに誘われてからずっと保留にしていた加入するかしないかの答え。今になってやっと答えが出てきた。

その答えは──

 

 

「俺、結束バンドには入らないよ。薄々勘づいてたかもしれないけど」

 

─バンドには加入しないという答えだ。

5月のあのライブから入らないという答えはうっすら自分の中にはあった。

 

「そっか」

 

「その代わり、一番近くで応援させてほしい」

 

しかし、今日のオーディションで分かった。自分はあの4人に混ざるのではなく、応援する方がいいということに。

 

「わかった、あたし達のこと、これからも応援してね」

 

「わかった」

 

「じゃあファンクラブ代として1万円徴収させていただきます」

 

「まだ出来てないしそんな大金払えるかァ!!」

 

 

 

俺は幼馴染の、結束バンドのことを精一杯応援しよう。そう決意した夏の夜だった。

 

 




次回、「いざ金沢八景」

作者がアニメの中でも一番すきなのはオーディション回です。
少しでも魅力が伝われば幸いです。

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#9 いざ金沢八景(前編)

新学期が始まり絶望したので初投稿です。


オーディションからはや3週間。

 

オーディションに無事合格できた結束バンドは

店長から課されたチケットノルマもクリアし、

来週のライブに向けて日々練習を重ねている。

まさかひとりがチケットを売ることが出来ていたことにおどろきながらも、俺は彼女たちを応援する身として、弁当を作って差し入れしたりしている。

 

そして今日はバンTのデザインを考えるため、ひとりの家に行く虹夏と喜多ちゃんを連れてひとりの家に向かっている。

 

「いや〜、ありがとね〜」

 

「いいよいいよ。ちょうど横浜に出かけようと思ってたところだったし」

 

初めは行くつもりはなかったが、横浜に出かけたかったのと、2人が道に迷ってしまうだろうと思って2人を連れていくことにしたのだ。

 

「リョウ先輩もくればよかったのに……」

 

「おばぁちゃんが峠なんだって。今年で10回目だけど」

 

リョウがおばぁちゃんの峠ネタを使うときはだいたいサボりであることが多い。

ちなみにリョウのおばぁちゃんは今でもすこぶる元気だ。

 

 

「それにしても金沢八景駅の駅舎、すっごい綺麗でしたね!」

 

「わっかる〜!」

 

「去年の夏休みに来たときはまだ工事中だったからな」

 

「そういえばぼっちちゃんの家って駅からだいたいどのくらい?」

 

「歩いて10分位だったような……」

 

「あ〜、じゃあタオル持ってきて正解だったね〜」

 

まだ午前中とはいえ、夏真っ盛りの8月。真っ青な青空に空高く登る太陽、そしてそこから降り注ぐ日差しが眩しく、そして暑い。こうして歩いてるだけで汗がじわじわと出てくる。

この暑さのせいか、品川で買ったペットボトルの麦茶はもうそろそろ空になりそうだ。

 

「そういえば降りるときに乗換案内で逗子方面は〜って言ってましたけど、ここから逗子に行けるんですね」

 

「そうそう、葉山とかにも行けるから意外と便利だよ」

 

「へ〜。楓、結構詳しいんだね」

 

「小さいころよく親に連れてってもらってたんだよ」

 

両親は写真を撮るのが好きで、中でも葉山や鎌倉、江ノ島などがお気に入りでよく連れてってもらっていたのだ。そして、その帰りに金沢八景の後藤家に寄り道するのがお決まりだった。

まぁ、中学に上がってからは遠征とかで忙しなって行けてないのだが。

 

 

──しばらく3人で雑談しているうちにひとりの家に着いた……のだが着いた途端、虹夏と喜多ちゃんは黙り込んでしまった。

 

「……」

 

「……」

 

「……って、急にどうした?」

 

「……いや、あれ……」

 

虹夏が指を指した先には──

 

『歓迎!結束バンド御一行さま!〜癒しのひとときを皆様に...〜』

──と書かれた横断幕がベランダに掛かっていた。

 

いや俺結束バンドでもなんでもないただの付き添いなんですけどね……。

 

「ぼっちちゃんの家って民泊かなにかやってるの……?」

 

「いや、やってないけど……」

 

「えぇ……」

 

「……」

 

まさかの歓迎ぶりに虹夏と喜多ちゃんが絶句している。まぁ、俺も少し引いているのだが。

 

「ま、まぁ、ここがぼっちちゃんの家みたいだし、さっそく呼んでみよっか!」

 

流石の適応力と言ったところだろうか、すぐに切り替えて虹夏はドアチャイムを鳴らした。

すると、インターホン越し……ではなく、ドア越しにひとりの声が聞こえ、ガチャっと鍵が開く音がした。

 

 

ドアの向こうには、真っ暗な廊下にたち、星型のサングラスを掛け、頭にはポンポンがついた三角帽子、口にはつけ髭、そして肩には「一日巡査部長」と書かれたタスキをかけているひとりの姿があった。

 

「「……」」

 

「いっ、いえええええい!うぇ、うぇうぇウェルカァァァム〜!!」

 

俺たちを歓迎してくれているのだろうか、クラッカーを鳴らすひとりだが──

 

「……」

 

「ぼっちちゃん楽しそうだね……」

 

2人の反応は微妙なところのようだ。

 

「あっはい……こっちです」

 

そして完全にひとりは撃沈したようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わぁ〜、すっごい素敵な飾り付け!これ後藤さん一人でやったの?」

 

2階にあがり、ひとりの部屋に上がるとそこには「ようこそ!後藤家へ」と書かれた垂れ幕にキラキラした風船、ミラーボールなど、まるでパーティをするかのような飾りつけがしてあった。

 

「確かに凄いけど……遊びに来たわけじゃないからね?」

 

「あっ、全部片付けますね……」

 

「いややっぱ少しだけ遊ぼっかな〜」

 

「あっ、じゃあ飲み物取ってくるので楽にしててください……」

 

「後藤さんここにお土産置いとくわね」

 

いつもよりきらびやかな感じに違和感を感じながらも、ひとりの部屋で俺はスマホをいじる。

オーチューブで動画を見てるとリョウからロインが来た。

 

『かき氷おいしい』

 

『あと今日の晩御飯はゴーヤチャンプルーでお願いします』

 

サボってるくせになに一丁前にリクエストしてるんだよ……。

 

「そういえばギターやエフェクターとか何もありませんね」

 

「確かに……もう少しロックっぽ……」

 

「2人ともどうした?」

 

「ほら、楓先輩。あれ……」

 

喜多ちゃんの視線の先には除霊用の御札(?)と盛り塩が置いてあった。

おそらくオーディションでやっていた曲を作るときに貼られたものだろう。

そういえばこの前、美智代さんから『ひとりに何があったのか聞かせてくれる?』というメッセージとともに『おねーさんテキーラ追加ァ〜!!』と変に踊り狂っているひとりの動画が送られてきたな……。

 

「いろんな意味でロックだな……」

 

「ロックですね……」

 

「めちゃくちゃロックしてるねぇ……」

 

2人が本日2度目の絶句に包まれているとスタスタと早い足音が聞こえてきた。

 

「あ、かえでおにーちゃん!!」

 

「ワンッ!」

 

その足音の正体はふたりとジミヘンだった。

相変わらず元気がよさそうでなによりだ。

 

「え〜!ぼっちちゃん妹いたの!?」

 

「ごとうふたりです!犬のほうはジミヘンっていいます!!」

 

「ワンワンッ!」

 

「あたしは伊地知虹夏。よろしくね、ふたりちゃん!」

 

初めてあった虹夏にしっかりと挨拶するふたり。挨拶するとさっそく盛り塩と御札の説明を始めた。

 

「それね、おねぇちゃんがおばけにとりつかれちゃったからはってあるんだよ!!」

 

「そうなんだ……」

 

「はやくお姉ちゃんのお化けいなくなるといいな」

 

「うん!」

 

しばらく喜多ちゃんとふたりの会話を眺めていると、押し入れの襖が開いていることに気づいた。閉めようとすると中が少し見えたので見てみるとそこには──

 

 

「ウワアアアアアアアアアアアアア!!!!」

 

「ちょっと楓、どうしたの?」

 

「あ、アア、アー写が……た、大量に……」

 

──先月撮ったアー写が大量に貼られていた。

俺はあまりの狂気に叫び、某BOARD隊員のように絶叫してしまうとともにあの白い布(パンツ)事件を思い出してしまう。

 

「えぇ……ま、まぁ確かに大量のアー写には驚きますけど……って楓先輩?しっかりしてくださいよ!?」

 

やばい、あれ思い出すと怖くなってきて、力が抜けていく……。

思い出したくない記憶ってなんでこういうふとした時にフラッシュバックしてくるんだろう……。

 

「やだよ、かえでおにーちゃん!しなないでよ!」

 

「ワンッ!」

 

「ちょっと楓!?」

 

 

 

トラウマのあまり、俺は気を失ってしまったのだった。

 

 

 

 

 

後編に続く。

 




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#9 いざ金沢八景(後編)

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目が覚めると、そこに見えたのは見知らぬ天井……ではなく、ひとりの家のリビングの天井だった。

美智代さんによると、10分ほど気を失っていたらしい。

 

「あ、かえでおにーちゃんおきたよ!!」

 

「あら〜、大丈夫?」

 

「はい……もう大丈夫です……」

 

美智代さんに麦茶をもらってひとりの部屋に戻ることにした。

戻るとテーブルにはノートパソコンやスケッチブックが広げられていて、ちょうどバンTのデザイン決め会議が始まったところだった。

 

「悪い、気を失ってた」

 

「ほんとに大丈夫なの?」

 

「あぁ、もう大丈夫」

 

「それならよかった〜。じゃあ、バンTのデザイン決めるの手伝ってくれる?」

 

「わかった」

 

バンドメンバー以外からの意見も必要なのだろう。そう思った俺は了承し、デザイン案を見せてもらうことにした。

まず最初に見せてもらったのは喜多ちゃんが考えたデザイン。

「皆でつかめ!勝利の華を 結束バンド」と大きく書かれていて、流れ星やニコちゃんマークが書かれている。

 

「それ体育祭で見るやつじゃん!」

 

「それに優勝って、何に優勝するのさ」

 

「ノリですよ〜!こういうの着たら皆の心がひとつになる気がしません?」

 

「あ〜、クラT的な?」

 

「そうです!クラTって一致団結しようって感じがしていいですよね!」

 

「クラス一致団結……」

 

そう言ってひとりは顔面が崩れ始めた。恐らく青春コンプレックスが発動したのだろう。

体育祭。それはひとりにとってはかなり苦手なイベントである。

一昨年、俺が体育祭を見に行ったときもひとりは始まる前から青ざめた顔をしていたし、終わったあとも「煮るなり焼くなり好きにしてください……」と消えてしまいそうな声で呟いていた。

 

「私なんかしちゃいました?」

 

「な○う系主人公みたいなこと言わなくていいから……」

 

「喜多ちゃんは罪な女だねぇ……」

 

俺はすかさずデスメタの曲を流してひとりの顔面崩壊を止めた。夏休みが明けると秀華高は体育祭が行われる。今年も一昨年のようにならないことを祈りたいものだ。

 

「お、リョウからも沢山届いたよ!」

 

「どんな感じですか?」

 

「どれどれ」

 

次に見せてもらったのは今日の会議をサボっているベーシスト(山田リョウ)のデザイン案。

リョウが考えた案は3つ。カレーがデザインされたものとお寿司がデザインされたもの。それと──

 

「意味わかんないんだけど……」

 

「あ、まだあるみたいですよ」

 

「ん?『晩飯どっちがいいかな?』なんだこれ」

 

「自分で考えろ!」

 

──バンドと1mmも関係ないご飯に迷っているようなデザインだった。

 

下北沢に戻ったらゴーヤチャンプルーの材料買わなきゃな……。

 

「あっ、私のも見てください……」

 

「お、見せて見せて〜」

 

自分の家なのだろうか、ひとりはいつもより積極的になっている。自信ありげにスケッチブックにデザインしたものを皆に見せてきた。

 

それは赤いTシャツに多数のファスナーと鎖がついていて、男子中学生がよく着てそうな英語の謎フォントが着いていて、そして何故か裾が破けているものだった。

 

「ど、どうでしょう……おしゃれすぎますかね……」

 

 

だ、だっっっっっっせぇぇぇぇぇ!!!!!

 

しかも鎖ついてたらライブ中肩凝るでしょ絶対に。まあ、インパクトは強いのは確かだけど……。

 

「ライブ中、服のほうに目がいっちゃいますよね……」

 

「うん、いろんな意味で……」

 

「あっ、あとこのファスナーはピック入れで鎖はギターストラップにもなります……」

 

「割と実用的!!」

 

「も、もしかして後藤さんって私服もこんな感じなの?」

 

「あっ、服はお母さんが買ってきてくれるから違います……好みじゃないから一度も着たことないけど……」

 

「え〜見てみたい!」

 

「ジャージ以外の後藤さん見たことないわ!ちょっと着てみてくれる?」

 

「あっはい……」

 

そういってひとりは押し入れの中に入っていった。

 

ひとりの私服は俺が中学一年のころ、1度だけ見た事がある。確かかなりオシャレな服装だったような……。

 

「あっ、着てみました……」

 

押し入れから出てきたのは、いつものジャージを着ているひとりではなく──

 

「「かわいい〜!!」」

 

──虹夏と喜多ちゃんをかわいいと言わせ、セーラ風のリボンが付いたトップスに紺のロングスカートを履いているまるで清楚なお嬢様のような出で立ちをしているひとりだった。

 

「きゃ〜!素敵〜!後藤さんこっち向いて〜!一枚でいいから写真撮らせて〜!!」

 

「そうだよ、ぼっちちゃんは可愛いんだよ」

 

「あっ、うっ」

 

私服のひとりにテンションが爆上がりする2人。

もしかして喜多ちゃんって面食いなのだろうか。見た目に反して中身が終わっているリョウやひとりに対してこの反応をするということはそうに違いない。

虹夏は後方彼氏面みたいな腕組みをしている。

まぁ、ひとりは見てくれはいいから虹夏が腕組みしたくなるのもわかる。

 

「前髪あげなよ、絶対そっちのほうがいいって!」

 

「確かに、俺もそう思う」

 

「もしかして伸ばしてるの?」

 

「あっ、美容室行けないから伸びてるだけで……」

 

「じゃああたしがセットしてあげよう!」

 

「あっ、いや、大丈夫です……っ……」

 

ひとりが精一杯虹夏に抵抗しようとするが、それも虚しく虹夏はひとりの前髪を退けてしまった。

すると──

 

「ヴッ……!」

 

「ぼ、ぼっちちゃんがどんどんしおれていく!!」

 

「顔を晒されたことへの急激なストレスに体がついていけなかったんだわ!」

 

──断末魔ともとれるうめき声をあげてしおれはじめた。ひとりはストレスが飽和状態になるとこうなってしまうのだ。

そして完全にしおれたあと、静かにこときれたのだった。

 

「ぼっちちゃん死んじゃった……」

 

「新しいギタリスト探さないとですね」

 

「いや、楓がいるじゃん」

 

「この前入らないって言ったよね?」

 

「そういえばそうだっt……うっ……なんか目眩が……」

 

しおれたひとりの前で話していると虹夏がふらつき始めた。ひとりから出ている陰のオーラに耐えられなくなったのだろう。

 

「先輩どうしました!?」

 

「ずっと思ってたけどこの部屋暗いしジメジメしてて酸素薄くない……?」

 

「そういえば……」

 

昔からひとりの部屋によく入っていて慣れていたから気づかなかったが、ここは酸素が薄いのだ。指摘されてようやく気づいた話だが。

 

「力が抜けていく……」

 

「後藤さんの呪いだわ……」

 

「虹夏……!喜多ちゃん……!」

 

バタリと倒れる虹夏と喜多ちゃん。この陰のオーラに俺は耐性があるのか、力が抜けていく気はしn……

 

「ぐっ……しばらく行ってないと耐性も無くなるか……2人とも、俺もそっちいくから……」

 

耐性が無くなっていたのか俺も倒れ込む。

消えゆく意識の中でリョウにロインを送る。

 

『本番は一人で頑張ってくれ』

『あとゴーヤチャンプルーは自分で作ってくれ』

 

『なんでだよ』

 

リョウから返信が返ってきたのを見て、またしても俺は意識を失ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、美智代さんと直樹さんが念仏を唱えると俺含めひとり以外は全員蘇生し、車で駅まで送ってもらった。

さすがに横浜に寄り道する気力は残っていなかったので、下北沢に直帰することにした。

 

そして今、下北沢駅で喜多ちゃんと別れて虹夏と2人で歩いている。

 

「横浜行かなくてよかったの?」

 

「さすがに疲れたしリョウに飯作んなきゃ……」

 

「あ〜、確かに。あっ、そうだ」

 

「ん、どうした?」

 

「楓に言いたいことが2つあるんだけど……」

 

この状況でなんだ?もしかして告はk……なわけないか。

 

「1つ目はお願いごとで……」

 

「うん」

 

「あたし達のマネージャー的なのをやって欲しいんだよね」

 

「え?」

 

「ほら、楓って面倒見がいいしマネージャーがいてくれた方が助かるかな〜って」

 

マネージャー。確かにバンドメンバーではないし今日バンTのデザイン決めを手伝わされたのもきっとそういうことなのだろう。

 

「いいよ、俺でよければ」

 

「じゃあ、よろしくね」

 

「うん。で、2つ目は?」

 

「それはね──

 

 

 

 

 

 

──ぼっちちゃんってさ、ギターヒーローさんなんでしょ?」

 

え、なんで虹夏がそれを知ってるんだ?

 

その一言に俺は言葉が出なくなる。

 

「あのキレのあるストロークを聴いてもしかしたらそうかな〜って」

 

「でも、それが確証になるかはわからないだろ?」

 

「わかってるんでしょ?楓も」

 

必死に誤魔化そうとするも効き目はないだろう。ここは正直に言うしかないようだ。

 

「あぁ、お前の言うとうりだ。で、いつからそれを気づいてたんだ?」

 

「この前のオーディションさ、いつもよりも演奏にキレがあって、それで帰ってからギターヒーローさんの動画を見て気づいたんだ」

 

「そうか」

 

「でも動画と普段のぼっちちゃんじゃ別人レベルでさ、初めは疑っちゃったんだよね」

 

「それで俺に答え合わせをしようと」

 

「うん……」

 

ひとりがギターヒーローであるということに虹夏はプレッシャーを感じているのだろう。

今の結束バンドにはあの腕前が重くのしかかってしまうような気がしてしまう。

 

「黙っていて済まなかった」

 

「ううん、あたしは大丈夫だから!」

 

「え?」

 

「プレッシャーを跳ね除けるくらい練習すればいいんだし」

 

そうか……そうだよな。こんなことで立ち止まっちゃいけないもんな。

 

「でも、逆にひとりにプレッシャーがかかっちゃうんじゃ」

 

「大丈夫だよ。あたしと楓の間の秘密ってことにしておいて」

 

「そうだな。しばらくの間はリョウや喜多ちゃんには黙っておこう」

 

「うん、あたしもしばらくぼっちちゃんに問い詰めたりはしないよ」

 

「じゃあ、改めてマネージャーとしてよろしくお願いします」

 

「うん、改めてよろしくね!」

 

「また明日」

 

「うん、また明日!」

 

マネージャーとして、結束バンドに何をしてあげられるのだろうか。俺はそれを考えながら家に向かって歩くのだった。




次回、「冷やし中華」


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番外編 変人ベーシストの誕生日を全力で祝う

お久しぶりです、かんかんさばです。
え?なぜここ5ヶ月も失踪してたかって?
受験だよ受験(衝撃の事実)

今日はリョウ先輩の誕生日なので本編時間軸より少し先の
お話です。
久しぶりに小説を書くので読みにくいかもしれませんが、楽しく読んでいただけると幸いです。


───ジリジリジリ......

 

スマホから鳴る目覚ましのアラームとともに目を覚ます。アラームを解除し、画面を見るとスケジュールアプリから1件の通知が来ていた。

 

「そっか、今日はリョウの誕生日か......」

 

そう、今日は9月18日。俺の家の居候兼幼馴染のリョウの誕生日だ。

といっても、今年は連休の真っ只中なので、普通にバイトがある。なのでいつものバイトの日変わらず、さっと朝食を作り、さっと和室で寝ているリョウを起こす。

 

「リョウ、起きろ」

 

「......」

 

「おーい、今日バイトだぞ」

 

「ん〜、お昼からだからもうちょっと寝かせて......」

 

「家出る前にバタバタすると困るから今起こすんだろ」

 

時計の針はまだ8時半を指している。バイトは12時から始まるのでまだ余裕があるが、いつもの遅刻癖を考えるとこの時間に起こすのが最適解なのだ。

 

「私の効率的な支度センスにかかればバイトの準備なんて5分で終わる」

 

「終わったことないだろ」

 

効率的な支度センスといっているが、実際にかかる時間は早くて50分くらいだ。

 

「それに......」

 

「それに?」

 

「楓も私みたいな美少女の寝顔、せっかくだからもうちょっと拝むべき」

 

まずい、眠そうにしてるがこのニヤケ顔。このまま押し通すつもりかもしれない。ならば、こちらも家主として、料理番として最終手段を使うしかない。

 

「じゃあ朝飯抜きにするからもうちょっと寝てていいぞ」

 

「そ、そんな......、殺生な......」

 

決まった。飯を引き合いに出せば簡単に引き下がるということを熟知していた俺の勝利だ。

そして自分が負けたということに気づいたリョウは少しムスッとした表情で朝食を貪り、家を出る時間になるといつにもないスピードで支度してドヤ顔で支度する俺を見ていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

バイトが終わり、虹夏の家で星歌さんも入れて4人で小さめの誕生日会をやった。本来ならひとりと喜多ちゃんも加えてやりたかったところだが、ひとりは「今日は疲れたので帰ります......」といって、喜多ちゃんは「参加したいのも山々なんですが、ちょっと今月厳しくて......。その代わり給料入ったら全力で祝わせてください!!」といって帰ってしまった。

まぁ、喜多ちゃんが金欠である理由はリョウに高額な香水をあげたからなんだが。

 

「はい、これ誕生日プレゼント!」

 

「ありがと」

 

虹夏がリョウに渡したのは銀色のピアス。普段からピアスをつけていて少し大人っぽいリョウだが、試着すると大人っぽさより一層増していく。

 

「ほら、これ使って頑張れよ」

 

「ありがとうございます......」

 

星歌さんが渡したのはリズムマシン。ドラムやパーカッションの音を出力できるベースの練習にはもってこいの代物だ。

 

「じゃあ最後は楓だね〜」

 

「さぁ、男子としてどんなプレゼントを渡すのか〜」

 

星歌さんと虹夏がニヤニヤしながらこちらを見つめてくる。ただの誕生日プレゼントを渡す場面なのになんでそんなにニヤニヤする必要があるんだろうか。別にリョウは恋人でもなんでもないし。

 

でも、喜んでくれたらなぁ、と心の中で切に願いながら、プレゼントが入った袋を渡す。

 

「はい、これ。ヘッドホンとネックレス」

 

「......」

 

え、無反応?

 

まさかの沈黙に俺の心が動揺する。そして機嫌を損ねてしまったのでは、という不安が俺を包むが、その不安は一瞬で払拭された。

 

「ありがとう......凄く嬉しい......」

 

いつになく嬉しそうな笑顔でリョウは俺に礼をいってきた。

嬉しそうな笑顔に思わずこっちも笑みがこぼれる。

リョウがネックレスの入った箱を開けて中身を取り出す。彼女に似合う銀色の、高校生がつけるには少し高めのものだ。早速つけようとすると虹夏が待ったをかけた。

 

「せっかくだしさ〜、楓がつけてあげるべきなんじゃない」

 

「お、いいんじゃねぇか?」

 

「いやいや、恐れ多いですよ......」

 

「そんなこといってないで早く付けてあげなよ〜」

 

「そうだぞ、せっかくあげておいてつけてあげないのはつまんねぇぞ」

 

付き合ってない幼馴染にネックレスをつけてあげていいのだろうか。あげといてこんなこというのもあれだが、もっと然るべき人につけてもらったほうがいいはずだ。

 

「はーやーく、はーやーく」

 

ニヤニヤしながら急かさないでくれよ。

 

「「はーやーく、はーやーく」」

 

星歌さんまで乗り気にならないでよ。

するとリョウがネックレスを差し出してきた。こうなったらもう、やるしかないのかもしれない。

リョウが差し出したネックレスを手に取り、そっと彼女の首にかける。

 

「お〜、いいねぇ〜」

 

「それでこそ男ってもんだろ」

 

首にかけると伊地知姉妹から歓声があがる。リョウはというと顔を赤くして下を向いている。

そりゃ恥ずかしいもんな。付き合ってもない幼馴染にこんなことされたら。

テーブルにおいてあったコーラを1杯、一気に飲み干す。グラスがいつもより冷たく感じた。

きっと、俺も顔が真っ赤なのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

帰り道、家に向かって二人で歩く。さっきの出来事のせいか、少し気まずい雰囲気が漂う。

 

「さっきのあれ、ごめんね......」

 

何とかこの雰囲気を変えなければと思い、リョウに話しかけてみた。

 

「ううん、大丈夫」

 

「本当か?嫌ならいってくれればよかったのに......」

 

「うん、私にネックレスかけたことは光栄に思うといいよ」

 

いつもの自信満々の発言。やっぱりこいつは昔から全然変わらない。そう思いながらリョウを見ていると、彼女は急に立ち止まった。

 

「それに、楓だったら嫌じゃないから......」

 

彼女は何かを呟いた。今にも消えそうな小さな声と強めの風のせいか、内容はほとんど聞き取れなかった。

なんていったのか聞いても上手くはぐらかされて結局内容は分からずじまいだった。それでも誕生日を祝えたことに誇りを持って、家のドアの前で俺はこういった。

 

 

「誕生日おめでとう。リョウ」

 

 

 

 

 




改めまして、お久しぶりです。かんかんさばです。
4月に2年生編9話を投稿して5ヶ月。無言で更新が途絶えてしまい、読者の皆様にはご心配をおかけして申し訳ございませんでした。
現在大学の総合型選抜に向けての真っ最中で小説を書く時間が全くないのが現状です。
一応この作品の今後ですが、受験が終わり次第。なので早くて11月中旬には最新話を投稿したいと思っています。
最新話を心待ちにしている読者の皆様、もうすこしだけ待っていてください。


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