悪の組織の新米幹部 死にかけの魔法少女を拾いました! (黒月天星)
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第一章
プロローグ
なんとなく設定が出来て書き出してみた見切り発車の作品ですが、楽しんで頂ければ幸いです。
そこはデパートの地下駐車場。ちょっとしゃれた言い方で表すなら、
辺り一面燃え盛る火炎と、所々には残骸と化した車が散らばっている。
常人なら数分とも保たない場所。そんな中で、
(……ああ。まいったな。ワタシ、もうここまでみたい)
一人の少女の命が、尽きようとしていた。
少女は不思議な格好をしていた。空色を基調とした、どこかSFチックな西洋風軽鎧と言えば良いだろうか? 手元にはこれまた騎士が持ちそうな長剣がある事を合わせれば、言わば姫騎士とでも呼ばれそうな格好だ。
そんな華やかな見た目だったのだろうが、今では甲冑はあちこちひび割れ長剣も傷だらけ。そして持ち主は血まみれで荒い息を吐いているという惨状だった。
(
少女の視線の先には、正体不明の巨大な黒い何かがあった。この惨状を生み出した怪物にして、今まで暴れまわっていた人類の天敵。
だが終わる時はあっさりとしたもの。致命傷を負ったため、空に溶けるように粒子となって消滅していく。
「……はぁ……はぁ……あぐぅっ!?」
それを見届けた瞬間、少女は苦悶の声を挙げて倒れ伏した。手放された長剣は、カランカランと音を立てて滑り落ちる。
ピピピっ! ピピピっ!
そのタイミングで腕に着けたリングからアラームが鳴り響き、少女は倒れ伏しながらもどうにかリングに手を伸ばす。
「……はぁ…………はい。こちらアズキ」
『アズキちゃんっ!? 大丈夫っ!?』
通信機からの心配そうな別の少女の声に、アズキと呼ばれた少女は複雑な表情をする。
嬉しさと、悲しさと、寂しさと、どこか心配するような感情が混じり合った具合に。
「……コムギ。そっちは片付いた?」
『うん。悪心の数が多かったけど、なんとか』
「フフッ。上出来ね。こっちは……ごほっ!? ……ちょっと、しくじったかな」
『アズキちゃんっ!?』
ゴホゴホと咳き込み、口元から血を垂らすアズキ。通信機越しでもその異変は伝わったのだろう。コムギは慌てた様子で名を呼ぶ。
「心配……しないで。悪心は仕留めたし、さっき……襲われかけていた男の人だって、逃がして」
『待ってて! 今からそっちに行く』
「ダメ。こっちに来ちゃ。……多分……もう手遅れだから……聞いちゃいないわね」
通信機の先からごうごうと強い風切り音が聞こえてきて、アズキは力なく苦笑する。
倒れたままのアズキの身体の下には、いつの間にか血だまりが出来ていた。血液と共に、それはまるで命そのものが流れ出ているようで。
「聞いて……最後に……ごほっ……話したいことがあるの」
『嫌だっ! 聞きたくないっ!? もう少しだから頑張ってよっ!? ……そうだっ! 近くに居る他の
「無理……ね。今は町中のあちこちで悪心が出て……手一杯。おまけに、ここら辺は元々担当が少ないから……ごほっ……はぁ。とても救援の余裕なんてないでしょうね」
『諦めちゃダメっ!? きっと、きっと何か方法が』
コムギの声は震えていた。それでも諦めようとせずこちらへ向かっているのが音で伝わる。
いよいよ火災も力を増し、ピシピシと周囲の柱にヒビが入り始める。誰が見ても、もう時間がないとはっきり分かる様相だった。
そして、アズキ自身ももうまともに動けない中、力を振り絞って言葉を紡ぐ。
「……ねぇ。コムギ」
『何……何っ! アズキちゃんっ!?』
「ごほごほっ…………ありがとうね」
勢いよく咳き込みながら、アズキは最後に伝えたい事を語る。
「初めて、コンビを組んだ頃は……邪魔だと、思ってた。弱いくせに……無茶するし、人の心に……ずけずけと入ってくるし、ドジしてばっかだし。あと……ワタシが取っておいた最中を盗み食いするし」
一言一言。流れ出る命を言葉に変えるように、でもそうまでしてアズキが絞り出したのは、相棒との本当に他愛ない日々の事だった。
「……でもね。いつの間にか……それは嫌じゃなくなっていた。ただ……悪心を狩るだけの日々だったのが、どこか……色づいたように感じられたの」
『アズキちゃん……』
「だから……ありがとう。アナタが……ごほっ……居たから、ワタシは、ここまで戦ってこられた」
『……っ!? そんな事ない。あたしの方こそアズキちゃんに……助けられてばっかりで。だから、だからっ!』
ザザっ!
少しずつ、通信にノイズが入り始めた。
(崩落直前だからかな? それとも戦いのショックで壊れかけてるか。まったく。最後ぐらいもう少し空気を読んでほしい)
内心そう愚痴りながらも、アズキは最後の最後にどうしても言わなければならない事を口に出す。
「……ねぇ。コムギ。……ごほっ……アナタの事だから、ワタシが居なくなったら、きっと酷く落ち込むと思う。アナタは……優しいから。誰かの事を、思いやる人だから」
『当たり前だよっ!? ……約束したじゃない。あたし達は仲間で、コンビで……ずっと友達だって!』
「……えぇ。だから、もう一つ……約束して」
アズキはそこで一拍置いて、最後の
「
(嘘だ。正直コムギに投げ出してほしいと思っている。ワタシの事が大きな疵になって、一生忘れないでいてほしいとも思っている。だけど、それじゃあコムギが救われない。コムギには、これからの人生笑っていてほしいから)
「生きてよ。コムギ。……ワタシは、アナタに出会えて、本当に幸せだった」
『待って!? アズキちゃんっ!? 待っ』
ブツッ!
通信はそこで途切れる。そして、もう命を振り絞って伝えたいことを伝えたアズキもまた、その意識が途絶えようとしていた。
「いよいよ……ごほっ!? ……終わりね」
火勢はますます強くなり、柱の数本がガラガラと音を立てて崩れる。もう建物の崩落まで数分もないだろう。
(このままだと出血多量で死ぬか、炎に焼かれて死ぬか、建物の崩落で圧死するか。煙を吸って死ぬのも苦しそうね)
どれも嫌な死だとげんなりするものの、最後に伝えたいことは伝えたし、ひとまずここの人的被害は最小限に抑えられたと、アズキは自分を無理やり納得させる。
(ああ……視界がぼやけてきた。それに酷く……眠い)
寝たら死ぬと本能が叫ぶ。
しかしもう抗う力すらなく、ゆっくりとアズキは瞼を閉じ、
コツン。コツン。
もしや逃げ遅れた人が居たのかと、なんとか瞳をこじ開けアズキはその足音の主を確かめようとする。しかしすっかり視界はぼやけ、おまけに火炎によって姿が揺らぎ、分かるのはおそらく男だろうという事だけ。
ただこんな非常事態においても、逃げ出すでもなく自然に歩いてくる様子はまるで、
「……ふふっ。少し早いけど死神のご到着ってわけ? なら、じきに死ぬからもう少し待ってなさい」
そう強がってみせるアズキだが、その声は死への恐怖で少し震えていた。男は何も言わずにじっと見つめている。
そして、再び死への微睡みがアズキに襲い掛かり、その瞳を静かに閉じていく。そんな中、
『ねぇ。アズキちゃんっ! あたし達ってさ、友達だよね! もうズッ友ってやつだよね! ねぇねぇ?』
『はいはい。まあアナタがそう思っているならそうなんでしょうね』
『もぅ。アズキちゃんってば冷たいんだから。でもこれを見れば態度も変わる筈っ! じゃじゃ~んっ! この前行ったスイーツ店の今日限定食べ放題ペアチケットっ! 手に入れるのすんごく苦労して』
『何をしているの。早く行くわよ』
『って早っ!? ちょっと!? あたしの苦労話も聞いてよぉっ!?』
ふとアズキの脳裏に、コムギの笑顔を始めとするこれまでの日々が走馬灯として浮かび上がる。
(死にたくないな)
一度そう思ってしまうと、どうにも止まらなくなった。そして溢れ出した思いはポツリと口から出る。
「死にたく、ないよぉ。まだ、あの子と……コムギと、一緒に居たい。まだ……生きていたい。誰か……
誰に言ったのかも分からない。意識が途絶える直前そう口にして、
「……あ~もうっ!? 本来魔法少女との接触はまだ先の予定だってのにさ。目の前で助けを求めないでほしいなまったく。……仕方ない。さっき逃がしてもらった恩もあるし、命は何とか助けるよ。
そう。どこか困ったような声が、アズキには聞こえた気がした。
いかがだったでしょうか? えっ? 肝心のピーターが出ていない? プロローグですから。
次話は明日中に投稿予定です。続きが気になるという方はまた明日お越しください。
この話までで面白いとか良かったとか思ってくれる読者様。完結していないからと評価を保留されている読者様。
お気に入り、評価、感想は作家のエネルギー源です。ここぞとばかりに投入していただけるともうやる気がモリモリ湧いてきますので何卒、何卒よろしく!
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ある魔法少女の死。ある少女の生還
注意! この回から基本的に誰かの視点で語られます。今回は途中からアズキ視点です。
◇◆◇◆◇◆
ポツポツ。ポツポツ。
雨が、降り始めた。
「……嫌。そんな……嘘だよね?」
魔法少女コムギがそこに辿り着いたのは、親友との通話が切れてから二十分後の事だった。その目の前で、
ガラガラガラっ! ズシャーンっ!
避難は大体完了したのだろう。周囲に一般人の姿はなく、消防隊や一部の魔法少女が消火活動に励んでいた。
だが、親友の反応を最後に確認した場所が無残な事になっている事実に、コムギの胸は張り裂けんばかり。
「もしかしてまだあの中に……アズキちゃんっ!?」
コムギは他の制止を振り切って粉塵漂う現場に乗り込み、鬼気迫る様子で瓦礫を押しのけ始めた。
魔法少女は常人と比較にならない身体能力を誇る。だが、それでも一つ数十キロを超える大量の瓦礫。それも炎で熱せられた物となると簡単にはいかない。
瞬く間に手は軽い火傷だらけ。魔法少女姿も煤塗れとなるが、コムギはただただ親友の無事を祈って瓦礫を撤去し続けた。そして、
「……あっ!? これ……アズキちゃんの」
瓦礫の下に、一振りの長剣を見つけた。
親友の愛用している武器を見つけ、この近くに居ると希望を持って手を伸ばした瞬間、
サアァァっ。
「……えっ……あっ」
魔法少女の固有装備は、持ち主が消そうと思うか
コムギはその時点で理解した。理解させられた。
アズキは、自身の親友は……もう。
「…………う、うああああっ!」
降りしきる雨の中、崩れ落ちる魔法少女の慟哭が響き渡った。
その後懸命な捜索が行われたが、アズキの姿は発見されなかった。
ただ、最後の通信ログからアズキが相当の重傷を負っていた事。
コムギの目の前でアズキの武装が消滅した事。
悪心の中には人を欠片も残さず捕食する類も居る事。
仮に何らかの理由で生きたまま武装が消滅した場合、超高温となっていたあの火災現場で生身で生き残れるはずがない事等が踏まえられ、
魔法少女アズキはMIA。死亡に限りなく近い戦闘中の行方不明者と公表された。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「…………んっ!?」
目を開けると、そこには電灯の柔らかな明かりが見えた。
(ここは……天国? 天国にしては現代風ね)
どうやらワタシはどこかのベッドに寝かされているらしい。視線だけ動かすと、口元には酸素吸入用のマスク。そして何かの機械から伸びる管がワタシの腕に繋がっている。
どうしてかは知らないけれど、あの状況からワタシは助かり病院に担ぎ込まれたのだろう。
……生きてるんだ! ワタシ。
「……ァ……アァ」
声を上げようとしたけど、喉が痛くてまともに声が出ない。あの時火災現場で煙を吸ってしまったからかしら?
まともに起き上がれないほど弱っているようだし、それなりに長い間眠っていたのね。
でも、まだ生きてる。また……あの子と一緒に居られる。それで充分。そう、思っていたのだけど、
ドクンっ!?
「……っ!?」
そう例えても良い勢いで鼓動し、激痛が身体を駆け巡る。同時に機械からアラームが鳴り響いた。
手で胸を押さえようにも動かせない。身じろぐ事と声にならない叫びをあげるくらいしか出来ず、ワタシはこの痛みが止むのをじっと待つ。そこへ、
ガチャっ!
「は~い。おはようさ~ん。今日の調子はどう……って!? やばっ!?
やけに軽い感じの、白衣を着た若い金髪の女性が入ってきた。彼女が慌てた様子で機械を何か操作すると、少しずつではあるが痛みが治まってくる。
それから一分ほどかけて完全に痛みが消えるのを確認すると、彼女は明らかに安堵した様子でこちらを見る。
「いや~危ない危ない。丁度引き継ぎで席を外した時に来るとはビビった~。……あっ!? や~っと目を覚ましたみたいね。やりぃ! 賭けはあたしの勝ち!」
……何か会話の端々からろくでもない香りが漂っているのだけど。あとこの人明らかに日本人じゃないのに日本語ペラペラ。
話しかけようとするのだけど、相変わらず喉が掠れて声は出ない。
「……んっ!? ああ! 目を覚まして急に知らない場所に居たんじゃ混乱するよね。声は……まだ出せないっぽい? 筆談もまだ無理として……ひとまず返事はしなくて良いからね。勝手に話すから」
女性はうんうんと一人頷く。ワタシが目を白黒させていると、
「じゃあまずは自己紹介から。あたしはゼシカ。ジェシーって呼んで! 一応アナタの担当医よ。よろしくっ!」
ゼシカ……ジェシーさんはそう言って軽く手を上げる。大分陽気な人みたいね。失礼だとは思うけど、ワタシは軽く頷いて返した。
「OK。意識はしっかりしてると。じゃあ次にアナタの現状を簡単に説明しようと思うんだけど」
コンコンコン。
そこで、急に扉がノックされた。
「は~い。どちら様?」
「ボクだ。彼女の意識が戻ったと聞いたんだけど。今会えるかい?」
扉の外から、どこか聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「あら隊長。耳が速いね。だけど一応医者としてはまだ面会は許可できないなぁ」
「少しで良いんだ。最低限の確認だけしたい」
「……じゃあ五分だけ。それを過ぎたら強制退去だかんね!」
ジェシーさんは少しだけ悩んだ様子を見せた後、扉を開けて外に立っていた人を招き入れる。
「やあ。元気そう……とは言えないね。うん。“邪因子”がイマイチ馴染んでない。これじゃあ拒絶反応がきつかったろうに」
その人はどこか中性的な感じのする男の人だった。見た所二十歳行くか行かないくらいかな? 体つきも少し細身で、髪を伸ばして後ろから見たら女性と見間違えるかもしれない。
(というかこの人どこかで……あっ!? そうだ! あの時悪心に襲われていた人っ!?)
「その顔はどうやら思い出してくれたみたいだね。あの時はどうもありがとう。……さて。五分しかないので色々と手短に進めよう。まずボクは……こういう者だ」
そう言ってその男の人は、懐から名刺のような物を取り出しワタシの前に近づける。そこには、
(『
名刺を見せられてもさっぱり分からない。というか悪の組織って何?
「そのままの意味だよ。悪い事をする組織。主な業務内容は国の侵略とかまあ色々。ボクはそこの幹部ってわけ! ……なったばかりで今回が初任務だけど」
どこか自嘲気味に言いながら、ピーターさんは部屋の隅からパイプ椅子を持ってきて座り込む。
「じゃあ、本題に入ろうか。君にとってはあまり良い報告じゃないけど、そこは許してほしい」
そして、ピーターさんは信じられないような言葉を放った。
「
今回あった出来事。悪の組織に魔法少女が攫われる。そしてその事を知らない人達が曇る……これだけ聞くともろに悪の組織ですね。
次話も明日投稿予定です。
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アズキ 診断結果を聞かされる
私(ほうほう。中々中々!)
↓
三話目投稿時点 総合評価223
私(……何があった?)
予想より皆様の期待の高まりがとんでもないので、内心恐々としている作者です。
(魔法少女としては死んだ? ワタシが?)
この人は何を言っているんだろうか?
「ショックを受けているのは分かる。だけど、まずは自分に何が起きているのか知ってほしい」
「ちょっと隊長っ!? いくら何でも意識を取り戻したばかりにそれは」
「“邪因子”が馴染んでいない以上、これからも拒絶反応で苦しむんだよ? 訳も分からず苦しむより、命の対価に何を支払ったのかは知るべきだ」
食って掛かるジェシーさんを、ピーターさんは静かに宥める。
でも命の対価? 何の事?
「じゃあ一から順を追って説明しよう。まずあの火災現場で君は……と言うより君の
その質問にワタシはゆっくり頷く。
魔法少女は全員、身体に聖石と呼ばれる物を埋め込まれている。これは適性のある者を魔法少女に覚醒させる物だ。
ただこれが激しく傷つくと、魔法少女の力は著しく低下する。そして完全に破壊された時点で魔法少女の力は失われる。
(……ああ。そっか。あの時の戦いでワタシの聖石、壊れちゃったのね)
「君が意識を失った瞬間、身に着けていた鎧が消滅し始めたのを見て焦ったよ。ただでさえ死にかけているのに、あの状況で変身が解けてしまえば本当に助からない」
それは理解できる。だからあの状況から助かったのは奇跡みたいなものだと思ったのだけど。
「君は一刻を争う重症だった。だけど助けを待つ時間も治療器具もない。なので、仕方なくこれを投与した」
そしてピーターさんは、また懐から何かを取り出してワタシの目の前に置く。
(これは……何かのアンプル? 中身はなんというか……とっても毒々しい色してるけど。黒というか紫というか)
「これは通称“邪因子”。組織のメンバーが皆体内に投与されている、いわばメンバーの証みたいなものだ。邪因子は宿主の肉体を活性化させ、傷を癒したり身体能力を高めたりする。……デメリットもあるけどそれはいったん置いておこう」
ちょっとそのデメリットが気になるのだけど、その辺りは言葉を濁される。
「こうして応急処置をすませた君を連れてその場を脱出したのだけれど、悪の組織のメンバーが普通に病院に駆け込むわけにもいかない。なので仕方なく組織の支部に連れ込んだという訳さ」
「補足しておくと、そこらの病院には負けないくらいウチも機材は揃ってるよ。特に荒事関係ならお任せ!」
ワタシを安心させるように、ジェシーさんがにっこりとそう説明してくれる。
実際魔法少女は戦闘行為が主な仕事なので怪我が絶えない。そういう点では荒事関係の医療部門は大いに馴染みがある。
「そしてここで治療を始めて一安心……と思ったのだけど、少々厄介な事が分かった。ジェシー。映像を出してくれ」
「は~い。そこの壁に映すね」
そこでジェシーさんは機械をまた操作すると、何かの映像を壁に映しだす。これは……ワタシ?
「すまないけど、意識がない間にレントゲンを撮らせてもらった。問題は……ここだよ」
ピーターさんが指し示した場所。そこは心臓の近くの私の聖石が埋め込まれている場所。だけど、
(聖石にヒビが……それを埋めるように黒い影が纏わりついている?)
「調べてみた所、実は
つまりこの邪因子のおかげで怪我を治したのは良いけど、邪因子のせいで聖石の力……魔法少女としての力を使えない。そういう事らしい。
「起きてすぐ拒絶反応があったね? あれはいわば体内からの警告だ。無理にどちらかを活性化したらこうなるぞってね。……分かっただろう? 魔法少女としては死んだと言った意味が」
ピーターさんは冷たく、それでいてどこか優し気に言い放つ。
「命が助かっただけでも儲け物。そう思って諦めて、まずはゆっくりと身体を休めるんだね」
ピーターさんがそう言い残して去って行った後、
「もう隊長ったら、本当に五分で言うだけ言って帰っちゃうんだから。一秒でも遅れたらこれをお見舞いしてやろうって思ったんだけどなぁ」
ジェシーさんはどこから出したのかハリセンを持って悔しそうに呟くと、こちらに向き直って明るく笑う。
「一応フォローしとくけどさ、隊長ああ見えてアナタの事をとっても心配してたんだよ。仕事が忙しいのに一日一回は目を覚ましたかどうか直接確認してさ」
ただ、聞こえてはいるけどさっきからずっと耳を素通りしている気がする。
(もうワタシ、魔法少女になれないのね)
なんだろう。今までずっとあった物が急になくなると、こんな感じになるのだろうか?
正確には破損したとはいえ、まだ聖石は体内にある。だからもう一回くらいは変身できるかもしれない。でも、拒絶反応を思い出すとまともに動けるとも思えない。
「……あっ!? ごめんね~。あんま興味なかったっぽい? じゃああの隊長の事はほっときましょ。それより今は早く身体を治さなきゃ!」
(……そうね。まず身体を治さなきゃどうにもならないか)
ああ。こんな時こそコムギに逢いたい。
あの子は今のワタシを見てどんな顔をするだろう?
そして、ワタシはあの子に……どんな顔をすれば良いだろうか?
「あ~……あ~……けほけほっ」
「まだ無理しちゃだめだってアズちゃん。ほら。お水」
「あ……ありがとう、ございます」
あれから三日、ワタシは少しずつ回復しつつあった。
どうにかベッドから起きて歩けるようになったし、喉も少し話せる程度に治ってきた。
これは受けたダメージから考えると、魔法少女時代と比較しても早い回復だ。どうやら邪因子が回復効果を高めるのは間違いないらしい。それ以外は信用できないけど。名前もあれだし。
それと邪因子を信用出来ない理由がもう一つ。どういう影響か知らないけれど、元々
初日以来拒絶反応はまだ出ていない。これは多分意図的に魔法少女の力を使わないよう抑えているからだと思う。
「もう。アズちゃん。話せるようになったのは分かるけどさぁ、まだ病み上がりなんだから無理しちゃダメだって」
三日も経つとジェシーさんともそれなりに仲良くなる。というか向こうの方からやたらグイグイ来る。アズちゃんなんてあだ名までつけられたし。
「すみません。でも、こうしてはいられなくて」
ワタシは焦っていた。それは最初に目が覚めた時、
つまり今日でもう十日。それだけ経っているとあれば焦りもする、それに、
「あの……今日もまだ、連絡の許可は下りませんか?」
「ゴメンねぇ。申請してるんだけど、機密保持とか色々言われちゃってさぁ。まあ身体も治りきってないし、もうちょっと気長に待ってよ」
「……分かりました。ですが、なるべく早くお願いします」
このように、ここから外部への連絡は禁じられている。
スマホは圏外。魔法少女用に特注された通信機まで繋がらないとなると、妨害電波でも出ていると考えた方が良い。
テレビもないので外の情勢もまるで分からない。つまり悪い言い方をすれば、ワタシはここに軟禁状態になっている訳だ。なので、
よし。脱出しよう。
いかがだったでしょうか? やはり魔法少女と悪の組織は相容れないのかっ!? 次回脱出(準備)パートに移ります。
これは余談ですが、今作は別作品『悪の組織の雑用係 悪いなクソガキ。忙しくて分からせている暇はねぇ』と密接な関係があります。
興味のある方はご一読いただければ幸いです。
この話までで面白いとか良かったとか思ってくれる読者様。完結していないからと評価を保留されている読者様。
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アズキ 脱走(未遂)を行う
ワタシが目を覚ましてから七日目の夜。
「……はぁ……はぁ」
ワタシは一人部屋の外に出て、この施設を彷徨っていた。
別にベッドに拘束されている訳でもないし、リハビリを兼ねて外のトイレに行くと言えば実にあっさりジェシーさんは許してくれたのだ。
通路の天井は何かの配管があちこちへ伸び、病院というよりは工場のようなイメージがある。
(まいったな。この辺りにある筈だけど)
探しているのは通信機。以前ジェシーさんに付き添われて最初に部屋の外に出た時、偶然施設の簡単な見取り図が壁に掛かっているのを発見したのだ。
載っていたのはこの階だけだったけど、それによると少し離れた所に通信機が設置されているらしい。多分妨害電波の影響を受けない物だろう。
(最悪誰かに見つかっても、トイレの途中で迷ったと言えば一度は誤魔化せる。問題はワタシが使えるかという事ね)
仮にパスワードが必要な物だったらアウト。すごすごと部屋に戻るはめになる。
出来ればまだ情報を集めてから動きたかったけれど、今日でワタシが消えてから二週間。捜索が打ち切られている可能性がある。
だけど最も懸念しているのは、そんな状況でなお
(一人だけで捜索を続けていたら他の奴らにどんな目で見られるか。少なくともワタシが生きていると伝われば、ひとまずは落ち着く筈)
ワタシはなるべく呼吸を抑えながら、一歩一歩進んでいく。そして、
「……はぁ……はぁ……あっ!?」
角を曲がった先、そこから見える通路の途中に、何か受話器のようなものがちらりと見えた。
ワタシはやっと見つけたそれに向けて歩き出し、
コツン。コツン。
(……っ!? 誰か来るっ!?)
こちらへ近づいてくる足音を聞いて、咄嗟に近くにあった部屋に飛び込み扉を閉める。
そのまま扉ごしに耳を澄ませていると、足音はワタシの居た所を通り過ぎて通信機の辺りで止まった。どうやら通話し始めたらしい。
(これは……長期戦になりそうね)
ワタシはふぅ~と息を吐き、そういえばここは何の部屋かと振り返ると、
「……で? 何をしているんだい? そんなこそこそと」
そこには、こちらを怪訝そうに見るピーターさんの姿があった。
部屋の中を気まずい沈黙が支配する。
見ればピーターさんは、デスクに座ってパソコンに何か打ち込んでいた。横に大量の書類もあるし、ここは執務室か何かだったみたい。
「黙っていちゃ分からない。何か用でも?」
「……その、トイレに行く途中、迷ってしまって」
「トイレ? ……君の部屋からだとまるっきり反対側なのに?」
流石に誤魔化されてはくれなかった。ピーターさんは立ち上がると、ゆっくりこちらに歩いてくる。
(どうする……どうすればっ!? 通信機は目の前だっていうのにっ!?)
戦う? 魔法少女の力を使おうとしたらまた拒絶反応が起こるから無理。
逃げる? まだ長く走れるほど身体は治り切っていない。すぐに捕まる。
正直に話す? 次はもっと警戒されて、それこそ拘束される可能性もある。
碌な考えが出てこない。そんな中、目の前まで辿り着いたピーターさんはワタシの目をじっと見つめる。その目はこちらをどこか見透かそうとしているようで。
「……さしずめ、この通信機をこっそり使いに忍び込んで来たって所かい?」
「へっ……あっ!?」
ピーターさんが指さすデスクの上、そこには通路の物とは別の通信機が置かれていた。
「これでも幹部だからね。妨害されない物を個人用に持つくらいは許されている。君がジェシーを通じて、何度も連絡許可を申請しているのは知っている。それくらい予想できるさ」
正確には外の通信機なのだけど、大体その通りなのでワタシはそのまま頷く。
「ジェシーにこの事は……言ってないようだね。乗り込んできたことは黙っているから、早く戻った方が良い。彼女がきっと心配しているよ」
ピーターさんはデスクに戻ろうとする。だけど、このまま戻ったら何のために来たのか分からない。
「あのっ!? 僅かな時間で良いんです。せめてワタシが無事だって事だけでも……友達に、伝えたいんです。お願いしますっ!」
ワタシはそのまま頭を下げる。でも、
「……ジェシーも言ったと思うけど、機密保持の観点から許可が下りていない。少なくとも
「……っ!? どうしてそこでワタシの身体の事が出てくるんですかっ!? そんなの関係ないじゃ」
プルルルル! プルルルル!
突然通信機から通知音が鳴り響いた。
ピーターさんは少し待ってとワタシを手で制すと、サッと通信機を取って誰かと話し始める。
「はい。こちらピーター…………いや。彼女は」
ピーターさんは通話中にこちらをちらちら見る。どうやらワタシの事を話しているみたい。
『元居た所に返してきなさい!』
「嫌です!」
……何を話しているんだろう? 気になってギリギリ聞こえるぐらいまで近づいてみる。
『分かっている筈です。魔法少女と悪心については調査段階。接触は現段階では避けるべきだと。その上邪因子を投与するなんて。
「状況的に助けるにはこの手しかなかった。それに元はと言えば、魔法少女と悪心の戦いに巻き込まれるなんて予測できないよ。精々本部からは注意くらいで済む」
『……今からでも遅くはありません。彼女の邪因子を除去して記憶処理を行い、元の場所に戻すべきです。そうすれば我々の痕跡が残る事もありません』
「ダメだ。彼女の身体は聖石と邪因子の微妙なバランスで保たれている。せめて完全に回復してからでないと、無理に邪因子を除去したらどんな後遺症があるか。それに……っと!?」
そこでピーターさんはワタシが聞き耳を立てている事に気づき、少し声を抑えながら通話を続ける。
「……はい。じゃあそういう訳だから。彼女の事はもうしばらくこちら預かりで……はい。よろしく。……ふぅ」
通話を切ると、ピーターさんは大きくため息をついてデスクに座り込む。そして、
「途中まで聞いていたなら分かるよね? 通信は許可出来ない。なので早く」
「ワタシを助けるために……規則を破ったんですか?」
そう、疑問が口をついて出て、ピーターさんの動きが止まる。
「悪の組織というのがどういう物か、ワタシには分かりません。だけど、少なくともピーターさんは良い人に見えます」
「……そんな事はないさ。ボクは任務とあれば平気で人を傷つけるし、そのように部下に命令も出来る。だから悪の組織に居るんだよ。……ただ」
「……えっ!?」
「さあ帰った帰った! ここからなら五分もすれば部屋に戻れるだろう? 寄り道せずにすぐ戻ってベッドに入ってお休み」
途中ピーターさんが呟いた言葉を反芻している隙を突かれて、ワタシは部屋の外へ押し出された。そのまま勢いよく扉を閉められる。
すぐ近くに通信機はあるけれど、さっきの今では流石に止められてしまう。
(……部屋に戻ろう)
ワタシはゆっくりと歩き始めながら、さっきピーターさんが呟いた言葉を思い出していた。
『……ただ、任務以外で
(やっぱり、悪い人には見えないのよね)
「もうっ! 心配したんだよアズちゃん!? 悪い子だね!」
「あの……ごめんなさい」
その後部屋に戻ったらジェシーさんに滅茶苦茶怒られた。
こうしてアズキの脱走(未遂)は失敗に終わりました。
ちなみにもし通路の通信機に辿り着いていた場合、本来組織のメンバーしか使えないのですが何故かアズキにも使えるという流れになります。不思議ですね。
毎日連続投稿は今回で一度ストップとなります。なにせ他の作品もありますので。
興味のある方はそちらもちらっと覗いていただければ幸いです。
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ピーター 死にかけの魔法少女を拾いました!
注意! 途中から視点変更があります。
アズキが起きるまでの話と、プロローグに至るまでのお話です。
◇◆◇◆◇◆
『やあっ! たあっ!』
テレビ画面の中で、一人の少女が黒い怪物相手に戦っている。
桃色と薄紅色を基調とするひらひらとした服。ハートのような装飾の付いたステッキ。クルリと少し巻き毛の金髪。
そんな絵に描いたような
ここだけ見ればどこのアニメか何かだと多くの人は思うだろう。
だが、この世界ではこれは現実で今起きている事だった。
「
ピーターはテレビ画面の前でそう呟きながら、持っていた資料に目を通す。そこに載っているのはまた別の少女のプロフィール。
「『
ペラペラと資料をめくり、ざっくり読んでデスクに放りだすと、ピーターは内線で誰かに連絡する。
「もしもし。ジェシー? ピーターだけど、彼女はまだ目を覚まさないかい?」
『隊長ぉ~。こっちも忙しいんですから三時間おきに電話しないでよ。そんな心配しなくても、なんかあったら機械から連絡が行くって。それとも……ああいう子がタイプだったり? いや~ん! 隊長ったらロリコ~ンっ!』
「そんな訳ないだろうっ!? 単にこのまま死なれたらここまで苦労した元が取れないってだけだよ。それに、攫ったからには最後まで何とかする責任があるってだけさ。傷の治療も……邪因子についてもね」
◇◆◇◆◇◆
やあ皆様。ボクピーター。先日昇進したばかりの新米幹部です。
へっ!? なんかイメージが違うって? それはあれですよ。人前での言動と内心は違うって奴。
幹部は部下の前では威厳を保たなきゃいけないのです。……あんまり効いてない部下ばかりだけど。
まあそれはさておいて、
この前目の前で助けを求めながら死にかけていた女の子を拾ったんですけど、ボクはどうしたら良いんでしょうか?
そう……全ての始まりは、ボクが幹部としての初任務を仰せつかった時に遡ります。
悪の組織リーチャー。本部にて。
「調査任務?」
「ああ。君にはこの国の調査をしてもらう」
本部付きの幹部から渡されたファイルには、一つの国の位置情報がまとめられていた。
「調べる内容は多岐に渡る。環境、人口、治安、風土、科学力、そして……
そう。ここは悪の組織。偉大な首領様の下で、日々様々な国の侵略に勤しむのが主な業務。ただ侵略とは地道な調査活動の後やるかやらないか決定される。下見は大事だ。
その他も説明を受けたが、要するに二、三か月かけて国を見て回ったり部下の集めた情報をまとめて報告しろって事だ。人員や予算も用意してくれるらしい。
話だけ聞くと割と楽な任務。幹部の初任務としてはやや楽すぎる気もするけど、初めて部下を指揮して動く任務という事で少々心も躍るね!
と、思っていた時もありました。
確かに調査に来たこの
科学力はそこそこ。環境は四季があって過ごしやすく、島国でやや閉鎖的な気質はあるけど周囲との国交もそれなりにあり、食事の質は割と高い。
凶悪犯罪もこれまで見てきた国の中では少なめ。ここだけなら旅行先としても悪くない。ただ、
『グオオオオっ!』
(こんな怪物が居るだなんて聞いてないよっ!?)
通称
約二十年前から突如出現し始めた人を襲う怪物。
全身光沢のない真っ黒な体色が特徴だが、姿は個体に応じて様々。動物のような形態をとるモノが多く、姿に応じて能力も異なる。
通常兵器の効きは薄く、小さな個体でもピストルの弾をはじき返すほど。中個体以上になると戦車でもないと倒せないという生きた災害。
そんなのが突然町中に出現したら、人々はパニックになるだろう。……あとそれに巻き込まれたボクも。
(市街地に出る事は稀じゃなかったっけ? こんな事ならデパートに買い物なんか来るんじゃなかったっ!?)
『隊長っ! 町のあちこちに悪心が大量出現しています。至急撤退をっ!』
「ハハ……そうしたいんだけど、ちょっと難しいかな」
服に仕込んだ通信機から焦ったような声が聞こえるが、ボクは乾いた笑いでそう返す。
なぜならその悪心の一体が、ボクの正面に居るからさ。
自動車並にデカい牛型の悪心。あれが突進してきたら壁の一つや二つ貫通するんじゃないか?
(さて、どうしよう)
逃げる? 周囲は逃げ惑う買い物客だらけ。人波をかき分けている間に牛に潰される。
戦う? 勝てなくはないけど、調査任務中に派手な事は避けたい。
『ガアアアっ!』
考えている暇はなさそうだ。仕方なく体内の邪因子を瞬間的に活性化させようとして、
「退いててください」
超高速で降ってきた空色の騎士は、ヒュンっと風切り音を響かせながら長剣を振るい、そのまま悪心に背を向けて剣を鞘に納める。
たったそれだけ。たったそれだけの動作で、次の瞬間悪心は縦に真っ二つになっていた。
「怪我はありませんか?」
「えっ!? え~っと……はい。ありがとう」
急に話しかけられぼ~っとしながらも、ボクは頭では目の前の少女がどういう存在なのか思い出す。
魔法少女。特殊な手術を受ける事で、悪心に対抗できる力を身に着けた戦士。悪心と並んで要調査対象である国のヒーロー。
それは国中に認知されているようで、
「魔法少女だっ! 魔法少女が来てくれたぞっ!」
「これで助かるっ!」
その場の人達は口々に安堵の声を漏らす。悪心は居なくなった。もう大丈夫だと。だけど、
「……っ!? 皆さん逃げてっ!?」
そう叫ぶ魔法少女が身を挺して人々を守るのと、
「これは……酷いな」
デパートの地下駐車場。そこは辺り一面燃え盛り、所々には残骸と化した車が散らばっていた。
ボクは幹部なので、邪因子を操作すれば割と耐えられる。でも常人なら数分も保たないだろう極限状況。そんな中、
「……ふふっ。少し早いけど死神のご到着ってわけ? なら、じきに死ぬからもう少し待ってなさい」
ついさっき、誰も死者を出さずに悪心を地下駐車場に叩き落とした魔法少女が、全身血まみれで今にも死にそうな所に出くわした。
戦いのどさくさでどちらかのサンプルをゲット出来ればとやってきたけど、ここまでの状況は想定していなかったな。
そのまま少し黙っていると、魔法少女は限界なのかゆっくり瞳を閉じていく。
『隊長。撤退中の電子機器の妨害はあと十分が限界です。悠長にしている時間はないですよ』
「分かってるって」
……ここまで来たけど空振りか。
調査対象との接触は避けるべし。幸いボクの顔はよく見えていないようだし、どうせすぐに仲間が救援に来るでしょ。なので助ける必要はない。
さらに言えば治療道具もない。あるのは緊急用として持っている幹部用邪因子アンプルだけ。
だけど適性がなければ身体が耐えられないし、なにより協力者でもないのに邪因子投与は規約違反。緊急処置とはいえお叱りは免れない。
という訳で悪いね。ボクはそのまま背を向けて立ち去ろうとし、
「死にたく、ないよぉ」
その言葉につい足が止まる。魔法少女を再び見ると、マズイ事に装備が端から消滅を始めていた。これでは救援が来るまでとても保たない。
「まだ、あの子と……コムギと、一緒に居たい」
それは魔法少女ではなく、ただの少女が誰でもない誰かへ向けた最期の言葉。
「まだ……生きていたい」
本来魔法少女は言われる側。だけど魔法少女でなくなった今、少女は言う側になった。
「誰か……
なら、
「……あ~もうっ!? 本来魔法少女との接触はまだ先の予定だってのにさ。目の前で助けを求めないでほしいなまったく。……仕方ない。さっき逃がしてもらった恩もあるし、命は何とか助けるよ。命以外は保証しないけどね」
こうなったら叱られる代わりにせめて情報の一つでも喋ってもらうよ! ……身体が治ってから。
という訳でピーター視点でした。イメージが違ったという人はごめんなさい。ウチのピーターこういう奴です。
これからも不定期投稿になりますが、気長に読んで頂ければ幸いです。
この話までで面白いとか良かったとか思ってくれる読者様。完結していないからと評価を保留されている読者様。
お気に入り、評価、感想は作家のエネルギー源です。ここぞとばかりに投入していただけるともうやる気がモリモリ湧いてきますので何卒、何卒よろしく!
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アズキ 治療方針を選び取る
外への通信を試みてから今日で三日。
また通信機の使用を企てられたらたまらないと思ったのか、外の様子を知れるようあの日の内に部屋にテレビが設置された。
一日二時間までしか見れないけれど、ニュース番組を見るだけなら充分。それで早速ワタシは幾つかの局をザッピングし、ここ数日の魔法少女関連の情報を集めていた。そして今日の朝、
『たあああっ! せいっ!』
(……ダメだわ。やっぱり精彩に欠けている)
テレビ画面で悪心と戦う
あの事件から再び立ち上がったのは良いけれど、動きにこれまでのようなキレが感じられない。
そしてコムギの戦闘スタイルが以前と少し変わっていた。これまでは基本的にステッキのビームによる遠距離攻撃を主体とし、時折緊急時に接近戦も一応やるという類のもの。
今のコムギは片手にステッキ。そしてもう片方に
(遠近両方こなすには明らかに練習不足。それも剣の方に注意が行きすぎて、肝心の
本来こういう点をカバーするのがコンビの役目なのに、今はまだ誰もコンビが居ないのかコムギは単身悪心と立ちまわっている。
結果悪心は倒せたものの、とても快勝とは言えない有り様だった。
(ワタシがあそこに居れば……いえ。魔法少女としては戦えなくとも、せめて剣士としてのアドバイスが出来れば)
今のワタシに出来る事は、苛立ち混じりにテレビを乱暴に消すくらいしかなかった。
「は~い注目っ! そろそろ明確にこれからの治療の方針について考えて行くよ~っ!」
昼の検査を終えると、部屋でジェシーさんが急にそんな事を言い出した。
「治療の方針……ですか?」
「そうよ。今日の検査で最低限だけどアズちゃんの身体は峠を越えたみたいだし、いよいよ本格的なリハビリに入っていくからその点を話し合いたくてね!」
(リハビリ……やっとね!)
今日までずっと部屋に軟禁生活。外に出るのもトイレの時くらいで、脱走した時しか外の様子を知ることは出来なかった。
だけどリハビリなら多少は移動範囲も増えるだろうし、体力が戻れば何か手を探す事もできる。
「乗り気みたいね。患者さんにやる気があるのは大いに結構よ! じゃあ簡単に幾つかの方針を図で説明するね」
ジェシーさんはどこからかホワイトボートを持ってきて何か絵を描き始める……のだけど、
「……すみません。ちょっと絵がその……抽象的過ぎて分かりません」
「え~そうかなぁ? 割かし上手く描けてると思うんだけど。……まあいっか! なら口も交えて説明するね」
そう言ってジェシーさんは備え付けられた棒で、ホワイトボードの全体的に歪んでぐにゃっとした絵を指し示す。
「まず方針一つ目。このまま軽いリハビリを交えつつ自然治癒に任せる。あたしの見立てだと……そうね。あと三か月もすれば身体は完治するんじゃないかな。それから体内の邪因子を除去する作業に入る」
「三か月……ですか」
あの怪我を考えれば早いのは分かる。しかし、それでも長く感じてしまうのはこんな状況だからだろうか?
「方針二つ目。
「一月……ならそっちで」
「スト~ップ! 話は最後まで聞いて」
それだと食いつこうとしたら、ジェシーさんが真面目な顔で制止する。
「確かにこっちは早いけど、少しでも活性化しすぎると聖石と反応して拒絶反応が起こる。と~っても苦しいよぉ」
ゾクっ!
ここで目覚めてすぐのあの激痛を思い出して、背筋に冷たい物が走る。
「細かな調整が必須になるし、まだ聖石についても分かっていない事が多いの。手は尽くすけど絶対安全とまでは言えないんだよねぇ。ちょっち悔しいけど。……以上方針二つ目」
つまり安全に少しずつ治していくか、多少危険でもペースを上げるかって事ね。
「そして三つ目。これは正直一番おススメ出来ないんだけど」
「だったら言わなくても良いだろ?」
扉の方から聞こえてきたその言葉に振り返ると、そこにはピーターさんが立っていた。いつの間にそこに。
「ちょっと隊長。女の子の部屋にノックもなしに入ってこないでよ」
「ノックはしたさ。話し込んでいて聞こえなかったみたいだね。……それよりジェシー。勧められないなら言わなくても良いんじゃないか?」
「それでも医者には説明の義務があんの。まあ選ぶ筈ないけど念の為ってやつ」
そう言うジェシーさんに軽くため息をつくピーターさん。何かとても心配になってくるわね。
「あ~。三つ目。……
数日っ!? この大怪我がっ!? ……でも、
「でもそうしたら拒絶反応が」
「問題はそこだね」
そこにピーターさんが入って説明を引き継ぐ。
「拒絶反応の度合いも初日の比じゃない。下手するとショックで心臓が止まるかもしれない。そしてこれが一番の大問題だけど、
「……そうですね」
身体を治す為に邪因子を使ったけど、その邪因子がある限りこの人達はワタシを外へ出す気がない。
命の危険もある事を考えると、確かにこの選択肢は選べない。
「もう隊長ったら! 横から割って入んないでよ。……っていう訳で、今選べる方針は三つ。と言っても三つ目はほぼ論外みたいなものだから実質二つね。アズちゃんはどっちが良い?」
片や身体には負担を掛けず時間を掛け、安全に身体を治す方法。
片や拒絶反応の危険があるけど、一つ目の半分以下の時間で身体が治る方法。
(……考えるまでもないわね)
ワタシが選んだのは、
「
「本当に良いのかい? 身体への負担はあるし、こちらに居る際の費用なら君が心配する事じゃないよ」
ピーターさんの問いにワタシはこくりと頷く。
危険は承知。あの激痛を再び味わう事になるかもしれない。でも、
ワタシは朝のニュース番組の映像。親友が必死に戦う様を思い出す。
あの子があんな苦しそうに戦う様を見続けるくらいなら、まだ拒絶反応の痛みを受けた方が何倍も……何十倍もマシ。
(……もう少しだけ待っててねコムギ。急いで戻るから)
親友ガチ勢アズキさん。危険覚悟で時間短縮に挑む。
これからの展開次第では、タグに悪堕ちタグが追加されます。
聖なる石を邪の因子が侵食するという嫌な字面。なお実情はどちらも単に宿主を治しているだけだったり。
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アズキ 邪因子の活性化を味わう
筆が乗ったので連日投稿です。
◇◆◇◆◇◆
「は~い! じゃあ邪因子による人体改造手術はっじめっるよ~!」
「真面目にやってください」
「分かってるって。今のは緊張をほぐす冗談だよアズちゃん」
ワタシは手術着を着て身体中に電極を貼り付けられたまま、ジェシーさんに突っ込みを入れていた。
流石に普段の部屋には機材が入らず、手術室らしい部屋に運ばれてからのこの冗談は笑えない。
「まあ正確に言えば、身体を邪因子が侵食した時点で一種の改造に近くなっている訳だけどね」
「ピーターさんも黙っててください」
部屋にはワタシ、ジェシーさん、あとピーターさんの三人のみ。
(いつも思うけど、悪の組織の割に毎回同じ人しかいないのは何故だろう? ……人手不足?)
「施術内容を確認するわね。この張り付けた電極から体内の邪因子を少しずつ刺激する。その様子はこっちでモニターしているから、アズちゃんは気を楽~にしてて」
「ただ前にも言ったように、活性化しすぎると聖石と拒絶反応が起こる。予兆が少しでもあったら知らせてほしい。一番早く分かるのは本人だからね」
「はいっ! お願いします」
と言ったものの、邪因子が活性化すると具体的にどうなるのかイマイチ分からない。
(魔法少女に変身する時は、聖石の辺りから力が漲る気がするんだけど似た感じかな?)
「じゃあ……始めるわよ」
ジェシーさんが機械を操作したその瞬間、身体にびりびりとした感覚が走った。これは電極の電気刺激だろう。そして肝心の邪因子は、
トクンっ!
「……んっ!?」
一瞬心臓の鼓動が強まった気がした。そして身体中に何かポカポカする感覚がある。これが邪因子が活性化したという事らしい。
聖石が静かに全身を引き締める感じだとすれば、邪因子は身体のあちこちで細胞が動き出す感じ。少しだけど高揚感がある。
「……OK。入りは順調。気分はどう?」
「ちょっと、落ち着かない感じです。だけど嫌って訳じゃなくて」
「それ分かる。慣れない内はなんかこう走り出したくなる気分になるんだよね。だけど今回は我慢して横になっててねアズちゃん」
別に走り出したりはしないんだけどな。それはそうと、
「……なんですかピーターさん。ワタシの事じ~っと見て」
ジェシーさんがモニターから目を離さないのに対し、ピーターさんはこちらを真顔で見つめている。
「すまないね。確認の為だよ」
「あ~。アズちゃん。一応フォローするけど悪意が有ってやってるわけじゃないから。ちょっち隊長の眼は特殊で、
だから念のため立ち会ってもらっているのとジェシーさんは苦笑いする。理由があるのは分かったけど……ちょっと恥ずかしい。
「と言ってもやっぱりガン見されるのは落ち着かないわよね。ってな訳で隊長。ちょっと離れてて」
「分かった。ボクは隅にでも立っているよ。案山子とでも思って気にしないでほしい」
そう言ってピーターさんは壁際まで下がる。まだ気になると言えば気になるけど仕方ないか。
そのまま邪因子に刺激を与えて数分ほど。
「良いよ~。活性化に伴って治癒力も高まってる。少しずつ刺激を上げているけど違和感とかない?」
「何と言うか……ちょっと熱っぽくなってきた気がします」
熱いと暖かいの中間というか、少しのぼせてきた感じ。さっきから汗もじんわりかいているし。
(だけど間違いなく効いている。このままもう少し続けて)
ドックンっ!
「……っ!?」
「ジェシーっ! 今すぐ刺激をストップっ!? 早くっ!?」
ビーっ! ビーっ!
ワタシが心臓の鼓動に違和感を覚えたのと、ピーターさんが叫ぶように指示を出したのはほぼ同時。その一拍後にアラームが鳴り響き、ジェシーさんは急いで機械を操作した。
急速に身体の熱が引いていく代わりに、鼓動が小刻みに激しく響くのを胸に手を当てて感じる。
感覚で分かる。あと数秒続けていたら、そのまま拒絶反応が起きていたと。
「……ふぅ……ふぅ」
「大丈夫かい? ほらっ! 水だ」
「あ、ありがとう、ございます」
ピーターさんから渡された水に口を付けて、そのまま自分でも驚くほど一気に飲んでしまう。
「ゴメンねアズちゃん。モニターから目を離さないようにしてたのに、結局反応は一番遅くて」
「気にしないでくださいっ!? それを言ったらワタシ、自分の事なのにこの辺りでストップも何も言わなかったし」
申し訳なさそうな顔をするジェシーさんに、こちらも慌てて頭を下げる。
「隊長もありがとう。やっぱり立ち会ってもらって正解だったわ」
「ほぼ機械と差がなかったけどね。それはそうと、今の記録はちゃんと取れてるかい?」
ピーターさんの確認に、ジェシーさんはモニターをざっと見て大きく頷く。
「バッチリ! このラインをひとまずの目安として、明日は少し余裕をもって刺激を加えれば」
「明日っ!? いえ。ワタシ……まだ行けます。邪因子は活性化しているんでしょ? なら少し休んだらまた……アレっ!?」
立ち上がろうとしたら、急に頭がクラッとする。そのまま力が抜けて床に倒れこみ、
「危ないっ!?」
ぶつかる直前、一瞬で距離を詰めたピーターさんに受け止められる。……今の速度、変身したワタシ並なんだけど。
「無理したらダメだっ! 確かに君の邪因子は拒絶反応を起こさないギリギリで活性化している。だけど体力も確実に消耗しているんだっ! ……今倒れかけたのが何よりの証拠。今日はもう休養を取る事だね」
「その通りだよアズちゃんっ! これ以上は医者として認めらんない。戻って温かい物でも食べて今日はもう休もうよ」
確かにこんなふらつく状態じゃこれ以上は無理かもしれない。
なまじ身体が治る感覚があるから悔しいけど、ここで焦って身体を壊したらそれこそ時間が掛かる。
「……分かりました」
……コムギ。今頃どうしてるかな。早く、逢いたいよ。
◇◆◇◆◇◆
「うえ~んっ!? まぁまぁぁっ!?」
一人の子供が、物の散乱する店の中で母親とはぐれて泣き叫んでいた。
悪心が出ずとも、地震等の急な災害はやってくるもの。これはそんなどこにでもある不幸の一つ。
地震の衝撃で倒れた棚に靴を挟まれ、子供は身動きが取れずにいた。
母親は逃げる人ごみに流され、店の場所が奥まった所にあるので重機の使用も困難。おまけに出入口も余震で塞がれるという大惨事。
このまま行けば子供の命も危うい。そんな状況で、
ズリズリ。ズリズリ。
「ひっ!?」
子供は突如聞こえてきた、何かが這いずるような音に僅かに泣き止む。
音は小さく空いた出入口の隙間から。
そして、次の瞬間、
「……ぷはぁ。……はぁ……はぁ……もう大丈夫。助けに来たよ!」
可愛らしいひらひらした服は所々汚れ、美しい巻き毛の金髪も埃塗れ。
それでも子供を安心させるべく浮かべた笑顔は、汚れていても気にさせない輝きに満ちていた。
魔法少女。
悪心に対抗すべく、適性のある者が聖石を身体に埋め込み変身した姿。
その活動は悪心関係だけでなく、警察や救急隊と連携して治安維持、人命救助も含まれる。なので、
「う~……やぁっ!」
魔法少女望月小麦が、こうして重機の入れない場所に突入して人命救助を行う事は、時折見られる光景である。
子供の足を挟んでいた棚をどかし、子供を守りつつ脱出路を確保。
無事に外へ脱出し、救助隊と心配していた母親に子供を預け、瓦礫撤去も協力する。
「本当にもうなんてお礼を言えば良いか」
「魔法少女のお姉ちゃんっ! ありがとうっ!」
「いえいえそんな。魔法少女として当然の事をしただけですから! それじゃっ!」
子供と母親に感謝の礼を受けても、あくまで当然の事とそのまま去っていく。
まさに魔法少女の鑑と言える活躍。なので、
「最近ご活躍みたいじゃん。ご立派ご立派」
次の現場に向かう途中、二人の先輩魔法少女がコムギを呼び止めた。
「何か用ですか? 先輩方」
「別にぃ。ただちょっと後輩に軽い
「アンタさぁ。最近調子に乗ってんじゃない? 何が当然の事をしただけですだよ。そんなに良い子ちゃんぶって皆からちやほやされたい訳?」
「別に……そんなつもりは」
これは単なるやっかみだ。
こういう事はこれまでもあり、その度に親友であるアズキがフォローする事で済ませてきた。
アズキが居なくとも、この程度ならコムギもそこまで腹も立たなかった。ただ、
「ああ。
この一言だけは聞き流せなかった。
「…………んでない」
「何だって?」
「……アズキちゃんは、死んでなんかいない」
「……っ!?」
そう言ったコムギの顔を見た二人は、ほんの僅かに気圧されて後退った。何故なら、
「あたしが見たのは剣が消えた瞬間だけ。あの時は慌ててて死んだんじゃないかってちらっと思ったけど、死んだ瞬間も遺体も見ていない。なら……友達が生きてるって最後まで信じないでどうするの」
コムギは笑っていた。輝かしく、それでいて深い切なさを押し殺したような、凄絶な笑みを。
「だからアズキちゃんが帰るまで、あたしはその分まで出来るように頑張るの。前を向いて、誰かにとっての光であれるようにね」
そう言って、コムギはそのまま次の現場へと向かった。
今はまだここには居ない親友を待ちながら。
ピーター。手術着の中学生をガン見(治療行為)する。知らない人が見たら事案ですねこれ。
あとコムギの現在も軽く匂わせてみましたが、アズキの生存を信じて待つ姿勢だったりします。
あくまで今は待っているだけで済んでいます。
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アズキ 邪因子初心者講座を受ける
邪因子の活性化を始めて数日。間違いなく調子が良くなっているのが分かる。
歩き回っても息切れしなくなったし、痛み止めが切れると感じていた鈍痛もなくなった。だけど、
「邪因子について知りたい?」
「はい。こうして毎日活性化させているのに、ワタシはまだ邪因子についてまるで知らないんです。だから少しでも知りたくて……ダメでしょうか?」
検査中にそう尋ねると、ジェシーさんはどこか困ったような顔をする。
「ダメじゃないけど……別に知らなくたって何とかなるよ? 例えば栄養ドリンクだって成分は専門用語ばっかりだけど皆普通に飲むでしょ? それと同じ」
「でも、やっぱり気になって。それに邪因子について知っておけば、自分でもリハビリに役立てられるかもしれないじゃないですか。ですから……お願いします」
ワタシは静かに頭を下げる。
今の所、まだこの悪の組織を完全に信じ切れている訳じゃない。
治療してもらった事に恩は感じている。ジェシーさんやピーターさんが悪人にも見えない。
でも軟禁されている身としては、少しでも情報を集めておきたい。場合によっては脱出することも諦めてはいないし、通信機もしばらくほとぼりを冷ましてから使う事は視野に入れている。
「う~ん……まあいっか。でも基本的な事だけね。本格的に教えると時間もかかるし疲れるもの」
「それで構いません! ありがとうございます!」
こうして、リハビリの妨げにならない程度にと条件付きで教えてもらうことになった。
「え~……邪因子はウチのメンバーの証です。体内に入って活性化すると、宿主をとっても元気にします。傷も治ります。以上」
「……あの、もう少し具体的に教えてもらえませんか?」
「そう? 基本的な事を出来る限り分かりやすくまとめたつもりだったんだけど」
確かに分かりやすい。分かりやすいけど、何がどうしてそうなるのかさっぱり分からない。
「じゃあもう少し詳しく行くね。邪因子は組織のメンバーは皆持っているけど、それは組織に入ってから投与された人と
(……えっ!? そうなのっ!?)
ワタシは内心愕然とする。いつの間にか悪の組織の魔法少女になってしまっていたなんて。これじゃあコムギの所に戻ってもどんな顔をすればっ!?
「そう慌てないで。あくまでこれは(仮)。緊急事態による邪因子投与だったって分かってるし、ちゃ~んと邪因子を除去して記憶処理を受ければすぐに元に戻れるから」
「そ、そうですか。良かった」
「まあ邪因子もそう悪いもんでもないと思うんだけどねぇ。……じゃあ次。身体への影響について。これはアズちゃん自身が身体で感じ取っているんじゃない?」
そう尋ねられて、ワタシはこれまで邪因子を活性化させてきた時の事を思い出す。
身体がやや火照り、細胞のあちこちが動き出すような。魔法少女として戦う時とはまた別の、身体に力が漲る感覚があった。
「邪因子の活性化による肉体への影響は、その量や質、経験、宿主との適性によって変わるわ。大体……そうね。普通の成人男性が、活性化中ならコンクリートの壁を全力パンチで砕けるようになるぐらいかな? 手が痛くなるでしょうけど」
「でもそれにしては、ワタシはそんなに強くなった気は特に」
思ったより凄い強化具合に驚いたけど、自分がそうなっていない事は不思議に思う。
「それは今アズちゃんの邪因子は、回復の方に力を使っちゃっているからね。それに元々魔法少女になっている間も強化されているようだし、あんまり違いが分からないのかも」
そう言われれば、変身中はやろうと思えば家の一軒や二軒簡単に壊せる身体能力になるし、少し分かりづらいかもしれない。
「あとやっぱり条件にもよるけど傷が治りやすくなったり老化防止になったり、まあ分かりやすい邪因子初心者の利点はそんなとこかな」
「老化防止はまだワタシにはピンと来ませんが、その傷が治りやすくなる点でワタシは助けられています。……それで、
それを聞いてジェシーさんの顔色が変わる。
これだけ良い点ばかり並べ立てられれば、当然悪い点も聞きたくなるもの。以前ピーターさんが濁していたデメリットの方も知っておかなきゃいけない。
「あ~……うん。デメリットね。聞かない方が良いんじゃないかなぁ?」
「覚悟は出来ています。お願いします」
ジェシーさんは目を逸らして話を切り上げようとするが、ワタシは素早く正面に回り込んで再度お願いする。
(寿命が縮まるとかだったら困るけど……放っておいてもあのまま死んでいた訳だしある程度は受け入れるしかないわね)
そんな中、
「
「隊長!?」
またもいつの間にかやってきたピーターさんが、横からそう口にする。
「どういう事ですか?」
「そのままの意味さ。邪因子の量が多ければ多い程、活性化すればするほど首領に逆らえなくなる。元々邪因子の原型は首領様の細胞だからね」
(成程。つまり邪因子とはドーピングであると同時に首輪って事ね)
それを聞いて、ピーターさんやジェシーさんが悪人っぽくない事にそれなりに納得する。
(おそらくその首領こそ悪の元凶。余程の悪人に違いないわね。気を付けなくては)
「……うんっ!? ああ。君が心配することはないよ。逆らえないと言っても直接命令を下されない限りは意味ないし、首領様はお忙しい方だから本部付きくらいじゃないと会う事はあまりないからね」
「……はい。そうですね」
ワタシの心配しているのはそっちじゃないんだけど、まあそこは軽く頷いておく。
しかし邪因子。ジェシーさんの口ぶりだとまだ隠している事は多そうだし、謎の多い物がワタシの中に入ったものね。
「そう言えば隊長は何故ここに? 今日の分の活性化はもう終わったから出番はないと思うけど?」
「ああ。彼女に渡す物と伝える事があってね」
そう言ってピーターさんはこちらに向き直ると、何かを差し出してきた。それは一見すると少し大きめの腕時計。
「これは?」
「邪因子貯蓄型多機能ウォッチ。通称タメールだ。まあ一言で表すと、邪因子を動力とする便利な時計だよ。ただしそれは普通のとは違う特注品でね。
(くっ!? 普通に夜中の短い時間、こっそり部屋の外を探っている事はバレていたわね)
わざわざ釘を刺してきた事を考えると、おそらくこれには発信機か何か仕込まれている。着けないって選択肢もあるけど、それじゃあピーターさんが納得しない。
しかたなくワタシが腕に着けると、キュインと作動音が鳴ってタメールの画面が光る。通常の画面は本当にただの時計みたい。
「結構だ。ちなみに自室以外で外すとこちらに伝わるから常に身に着けておく事。防水処理なんかもしてあるから多少手荒く扱っても平気だからね。それと」
そこでピーターさんは一拍置き、こう言い残して去っていった。
「それを着けている限り、
アズキ、外出許可(施設内)が下りました。
なおピーターとしては、怪我人に夜中にこそこそ抜け出されて倒れられるよりも、昼間に監視付きで出歩いて倒れられる方がまだマシの精神です。
この話までで面白いとか良かったとか思ってくれる読者様。完結していないからと評価を保留されている読者様。
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ピーター 魔法少女を拾ってきたら怒られました
『アズキ 脱走(未遂)を行う』のピーター視点です。
こうして数話おきにピーター視点を挟む感じで進めていきます。
やあ皆様! ボクピーター。先日死にかけの魔法少女を拾ってきた新米幹部です。
最初に現状報告をするならば、先日意識不明だった魔法少女、
ただ目覚めてすぐ彼女の体内の聖石、それと邪因子とで拒絶反応が発生。多少の反発は予想していたけれど、命に関わるレベルとは流石に予想外。
急いで本人に面会し、ここまでの経緯と今の状況を説明。少々キツイ言い方になりましたが、命に関わる以上無闇に魔法少女の力も邪因子の力も使わせるわけにはいきませんからね。
それから今日で七日。時折ジェシーから彼女の事を尋ねるに治療経過は順調。
ただアズキちゃんはどこか焦っているようで、毎日外への連絡許可を申請しています。ただ機密保持の観点から一向に許可は下りず、少々心苦しい気持ちもあったり。
さて。話は変わりますが、
侵略活動? それは組織全体での仕事ですね。
戦闘? それは幹部というより戦闘員の仕事ですよ。勿論自分でもできなくはないし、大規模な戦闘の場合は幹部が指揮を執りますが。
じゃあ何かって? それは、
◇◆◇◆◇◆
「……あああっ。終わんないっ!?」
ボクはパソコンに部下が集めた情報をまとめながら、やるせない怒りを愚痴っていた。
幹部の仕事はいうなれば
本部から来る
えっ!? 幹部なのに中間なのかって? 一口で幹部と言ってもそこは様々。
この悪の組織リーチャーは、首領様を頂点とした完全な縦割り組織。首領様の下に六人の上級幹部。その下にそれぞれ直属の幹部が付き、さらに本部付き幹部、支部付き幹部など色々細かく分けられている。
ボクは先日幹部になったばかりの新米なので当然一番下だ。そして余程のはねっ返りか実力者かマイペースな人でもない限り、その辺りの序列はきちっと弁える物なのだ。
「ここ数年増加傾向にある悪心の発生。そしてそれに対応する魔法少女の方は……増えてはいるけど微増。おまけに悪心以外にも対処しているから慢性的な人手不足かぁ。……こっちだって人手をもっと回してほしいってのっ!?」
あまりよろしくない現状に、ボクは勢いよく背もたれに背を預ける。
正直侵略する側としては、侵略する国を選ぶ際に幾つか基準がある。ざっくりまとめるなら、
一つ、侵略の難易度。
二つ、侵略によって得られる利益。
三つ、侵略後の管理の難易度。
大まかに言うとこの三つだ。
その点この
侵略自体はおそらく可能だけど、魔法少女が良くも悪くも不安要素。
純粋に資源という意味では利益はありそうだけど、何が何でも欲しいかというと何とも言えない。
そして仮にこの国を侵略した場合、突発的に出現する悪心をどうにかしなければ安定した管理は困難。
(侵略するにしてもしないにしても、これだっていう決定的な決め手がないんだよな)
なんとも宙ぶらりんな現状。しかし今はやるべき事を一つずつやろうと、ボクはひたすら書類の内容を打ち込んでいく。そんな中、
キィ……パタン。
突然部屋の扉が開き、そして静かに締まる。
どうしたのかと見てみれば、そこには息を殺して扉越しに耳を澄ますアズキちゃんの姿があった。
「……で? 何をしているんだい? そんなこそこそと。……黙っていちゃ分からない。何か用でも?」
問いただす様な口調になってしまったけれど、急に部屋に怪我人が飛び込んできたら誰だって混乱すると思う。ボクが良い例だ。
アズキちゃんはトイレに行こうとして迷ったと答えたが、流石にそれは下手な言い訳だった。
ボクはそっと近づいてアズキちゃんの眼を見る。悪の組織の幹部にはある程度“相手の心情を察する力”も要求されるけど……その辺りボクはあまり得意じゃないんだよなぁ。
じゃあ何でここに来たのかと考えて……もしかして!?
「……さしずめ、この通信機をこっそり使いに忍び込んで来たって所かい?」
「へっ……あっ!?」
この反応は当たりかな? さらに深く突っ込んでみると、どうやらジェシーには何も言わずに来ているようだった。
「あのっ!? 僅かな時間で良いんです。せめてワタシが無事だって事だけでも……友達に、伝えたいんです。お願いしますっ!」
(そういう心苦しい理由を出すの止めてくれないかなぁっ!?)
必死に頭を下げて頼み込んでくるアズキちゃん。こっちだって一言生きてるくらいは知らせてあげたいけど、それにしたって色々と問題がある。
どうにか宥めようとした時、
プルルルル! プルルルル!
誰だよこんな時に。ボクはいったんアズキちゃんを待たせて通信機を取る。
「はい。こちらピーター」
『メレンです。私が居ない間に現地で魔法少女を捕らえたと聞きましたが?』
まいったな。しばらく検査の為本部で缶詰めになっている筈なのに、どうやってかこちらの事を聞きつけてきたらしい。
「いや彼女は……捕らえたというか保護したというか」
『詳しく話してください』
「……え~っと今ちょっと都合が」
『
これだよ。静かだけど有無を言わさぬ迫力で言うメレンに、ボクは仕方なく簡潔にこれまでの事を説明する。なにせアズキちゃんも居るから急がないと。そしてそれを聞いたメレンは開口一番、
『元居た所に返してきなさい!』
「嫌です!」
迫力に押されてつい敬語になってしまったけど、流石に今の状況で放り出すわけにはいかない。
どうにか納得させようと説得するのだけど、その間もアズキちゃんが聞き耳を立てていたので少し声を抑える。
「じゃあそういう訳だから。彼女の事はもうしばらくこちら預かりで」
『……分かりました。資料を送ってもらえば手続きは私の方でやっておきます。ですが検査が終わって私が戻るまで、これ以上問題を起こさぬように。良いですね?』
こうしてとっても厳しい
(おっといけない。アズキちゃんを待たせたままだった。早く部屋に戻させないと)
「途中まで聞いていたなら分かるよね? 通信は許可出来ない。なので早く」
「ワタシを助けるために……規則を破ったんですか?」
うっ!? 痛い所を突かれた。ただでさえメレンに叱られてヘロヘロなのに、こんな子供にまで責められるのはメンタルに来る。
「悪の組織というのがどういう物か、ワタシには分かりません。だけど、少なくともピーターさんは良い人に見えます」
「……そんな事はないさ。ボクは任務とあれば平気で人を傷つけるし、そのように部下に命令も出来る。だから悪の組織に居るんだよ。……ただ、任務以外で
その言葉にアズキちゃんが一瞬考えこんだ隙を突き、部屋の外へと押し出して扉を閉める。
そのままさっきのアズキちゃんのように扉越しに耳を澄ますと、どうやら足音は部屋に戻っていくようだった。
「……まったく。怪我人は怪我を治すことにのみ集中してもらわないと。魔法少女の内部情報を聞き出すのはその後だ」
下手に尋問みたいなことをして、精神的に余裕がなくなって症状悪化なんてことになったら目も当てられない。どうせ調査期間はまだ一月以上ある。ここはじっくり待つとしよう。
……ほら。だから言ったろうアズキちゃん。
(しかし、また夜中にうろうろされても面倒だな。何か対策を考えた方が良いかもしれない。……仕事溜まってるんだけどなぁ~)
どこの組織でも中間管理職は大変です。
別作品『悪の組織の雑用係 悪いなクソガキ。忙しくて分からせている暇はねぇ』の方もよろしく! ウチのピーター君もやっぱり新米として第二部から出てます。
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アズキ 怪人を目の当たりにする
注意! 今回、微妙に勘違いと曇らせタグが仕事します。
ピーターさんから施設内の外出許可を貰った。
一言で表すならそれだけ。監視の目もある。だけど、ワタシにとってはかなり大きな前進で。
(確認すべきはピーターさんの部屋近くではない通信機の場所。そして施設の外への出入り口や、いざという時に速やかに移動できる経路ね)
他にも調べるべきものは多い上、ここは自称とはいえ悪の組織の支部。どんなとんでもない光景が出てきてもおかしくはない。気を引き締めなくてはと軽く頬をはたく。
「アハハ! そんなに気負う事ないって! あたしがバッチシガイドするからね! ってな訳でアズちゃん。アーユーレディ?」
「はい。行きましょう」
そうしてワタシはジェシーさんに連れられて、施設内を見て回る事になった。……のだけれど、
「ふぅ~。結構色々周ったわねぇ。どうだった?」
「何と言うか……
ざっと見て回った限りでは、普通にどこかの研究施設みたいな印象を受けた。
それもセキュリティがしっかりしていないという訳でもないけどどこかフランクな感じの。
会話こそなかったけど、きちんとジェシーさん以外の職員らしき人も多く働いていたし、肝心な場所は見せていないのだろうけど表面的には普通だ。
「悪の組織らしくもっと改造手術や兵器製作とかしてると思った? 残念ながら、そういうのは専門の支部とかでやるもんなのよね」
(別に残念がってはいないんだけど)
ただ、少し拍子抜けはした。
「疲れたでしょ? あたしちょっと売店で飲み物買ってくるから、そこの休憩室で待っててね!」
(売店もあるんだ!? ますます普通の場所ね)
そう言い残してどこかへ走っていくジェシーさんを見送りながら、ワタシは軽く思案する。
今なら一人で出歩ける。見回っている間に通信機も新しく発見したため、急いで向かえば三分もすれば着く。残る問題は、
(このタメール。仕込まれているのが発信機ならまだしも、盗聴器があったらすぐにバレてしまう。その辺りの対策をしてからじゃないとまだ無理ね)
ワタシはため息をつき、休憩室と書かれた扉を何の気もなく開けて、
「ぐぬぬぬぬっ!? やるなっ!」
「ふおおおおっ! 唸れ俺の上腕二頭筋っ!」
(……ワタシ疲れてるのかな)
この所邪因子活性化で無理してたし、さっきまで施設を見て回っていたから疲れたのかも。
ワタシはぎゅっぎゅと目元を揉み解し、顔を軽く振ってもう一度扉を開ける。
「うるあああっ!」
ダンっ! バキッ!
「っしゃあ! 俺の勝ちだ! 後で晩飯奢れよな!」
「チックショウ負けたっ! ……一品だけだからな」
「お前らうるさいぞっ!? あとテーブル割れてんだけどちゃんと直しとけよ」
(間違いじゃなかった。何アレ!?)
おまけに普通に言葉をしゃべっているし、他の人達もそんな非常事態に平然としている。
(もしや悪心の一種!? でもそれにしては人型で知性のある悪心なんて聞いた事が……)
「……おっ!? もしや隊長が連れ込んだって噂になってる子かっ?」
「馬鹿野郎。お前らその格好じゃ怖がらせるだろうが。さっさと元に戻れ。……悪いな。休むんならほれ。その辺りが空いてるからゆっくりしな」
「は……はい。失礼します」
中に居た人達に見つかって促され、ワタシは呆然としながら空いているテーブルを探す。すると、
「悪いね。今戻るから……よっと!」
毛と筋肉で覆われた身体はどちらも普通の肌に変わり、そのまま離れた所に座ってまた話し始める。どうやら元々人間だったのが虎やゴリラになっていたらしい。
「驚くことはないさ。これが邪因子による“変身”だ」
「ピーターさんっ!?」
近くから声がしたので振り返ると、そこにはピーターさんがテーブルに着いて
「……食べるかい?」
「頂きます」
ワタシはスッと対面になるよう座る。
やはり知っている人が居る所の方が落ち着くから。……決して和菓子につられた訳じゃない。そう言えばここに来てから一度も和菓子を食べてないなぁとも思っていない。
「外出許可を出しておいてアレだけど、まさかさっきの今で即日外出とは思わなかった。……おまけにジェシーめ。付き添いが勝手に居なくなってどうするんだよまったく」
「あの、それはワタシからすぐ見て回りたいってお願いしたんです。それにジェシーさんも疲れたでしょうって飲み物を買いに」
ここでジェシーさんが責められて担当が変わりでもしたら、それはそれでやりにくい。なので羊羹の舌触りを楽しみながら、やんわりとフォローを入れておく。……個人的に嫌いではないというのもあるけど。
「あの、邪因子による変身ってどういうことですか?」
「ふむ。ジェシーは説明していなかったんだね。それも当然か。君達が聖石によって魔法少女に変身するように、ボク達は邪因子によって
(怪人? 今の人達の事?)
「もう良いだろう? 君はこれ以上深く聞かなくても良い事だ。これでこの話は終わ」
「おっまたせ~っ! アズちゃんがどれ飲むか分かんないから適当に色々買ってきたよ! ……あ~! また隊長こんな所に! 何の話をしてたの?」
そこにジェシーさんが飲み物の入った袋を持って戻ってきた。はいっと手渡された中から、お礼を言いつつ緑茶を取る。
「……ちょっとした世間話を」
「邪因子による変身について聞かせてもらってたんです」
ワタシはやや強引に話を進める。……前々から思っていたけど、ピーターさんは必要じゃない限りは詳しく説明してくれない感じがする。
「あら隊長。
「あまり良くない。だから打ち切ろうとしたら強引に割り込まれたんだ。それとジェシー。彼女をこんな所に一人にするんじゃない。たまたまボクが休んでいなかったらちょっかいを出されてたぞ」
「ひっでえな隊長! 俺達がそんな事すると思うか?」
「一部しそうな奴が居るだろ」
「ハハハ! 違いない!」
周囲の人達が笑いながらそう返すのを聞きつつ、ピーターさんはやれやれと肩を竦める。
(何と言うか、仲が良いのね)
上司と部下っていうにはやや砕けているけど、舐められているというほどでもなく最低限の敬意は感じられる。
ジェシーさんだけ特別なのかと思っていたけど、それ以外の人に対してもピーターさんはそんな感じだった。アットホームとでも言うのだろうか。それはそうと、
「お願いします。さっきも虎とゴリラが腕相撲してたと思ったら急に人になって、これが邪因子によるものだとしたらと思うとワタシ……心配で」
「なるほどそういう事。まあ心配になってもおかしくはないよね。見た目アレだし。……ねぇ隊長。こういうのはきちんと説明した方が不安をなくせるんじゃない?」
「……仕方ないか。では少しだけ、話すとしよう。
ふぅとため息をつき、ピーターさんはさりげなく袋から缶コーヒーを一本取ってグイッと一口呷った。
「じゃあ簡単に擦り合わせておこうか。ざっくりと例えるなら、聖石の変身は肉体の上から聖石が造ったアバターを着込むようなもの。対して邪因子の変身は、肉体そのものを一時的に変異させるものだ。これを怪人化という」
(肉体そのもの……それって)
「怪人化も魔法少女の変身と同じく、個々人によってなる姿は違う。ただ傾向を述べるなら、何かしらの生物をモチーフにしたものが多い。虎型怪人とかゴリラ型怪人とか」
「あと時々それ以外の無生物や現象……例えば“雷”や“岩石”って人も居るけどそれは少数かな。例えばあたしが前居た所の上司が“煙”だったけど、少なくともその人以外で煙モチーフは知らないし」
(基本的に生物モチーフ……か。悪心も生物っぽい姿だけど、やっぱりそれと何か関係が?)
「そして肝心の怪人化のトリガーは、体内の邪因子量や活性化率が一定ラインを超える事。これは宿主の適性によって変動するので明確な基準はない。邪因子を投与しても怪人化しない人も居るし、活性化を止めればすぐ元の姿に戻る」
「じゃあワタシも……その、怪人化する可能性があるんでしょうか?」
一瞬、人間じゃなくなるんですかという言葉が出かけたのをこらえてワタシはそう尋ねる。
言ってしまったら、なんだかここに居る人達をそういう風に見てしまう気がして。
「……そうだね。そして、
「任せて! それによっぽど邪因子と相性が良くない限り、こんな投与して一月もしないのに怪人化なんてナイナイっ! 隊長だって一年はかかったし……あっ!?」
マズい事を言ったとジェシーさんは慌てて口を抑える。それはつまり、
「……ピーターさんも、怪人なんですか?」
「これでも幹部だからね」
どこか困ったように、苦笑いしながら、ピーターさんは静かにそう言った。
という訳で、施設内を見て回って初めて怪人に遭遇したアズキちゃんでした。
なお、怪人化について互いに認識の違いがちょっぴりあります。
アズキ(もしかして悪心に関係が? 邪因子によって半分人間を辞めさせられている? ワタシももしかしたら。……コムギ。もしワタシが人間じゃなくなっても、アナタと……一緒に居られるかな)
ピーター(う~ん。魔法少女に変身するくらいだから、人から人外に変身できる能力に忌避感はないと思ったんだけど、割とがっつり嫌がっているな。やはり情報を聞き出したらさっさと邪因子を除去して帰ってもらおう)
人間を辞めるのか、人間から何かに変わる能力を得るのか。どう捉えるかで意味合いが変わります。
この話までで面白いとか良かったとか思ってくれる読者様。完結していないからと評価を保留されている読者様。
お気に入り、評価、感想は作家のエネルギー源です。ここぞとばかりに投入していただけるともうやる気がモリモリ湧いてきますので何卒、何卒よろしく!
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アズキ 尋問(お茶会)に行く
(邪因子による怪人化。そして一度怪人化したら邪因子を除去するのは難しい……か)
外出許可が下りてから数日。ワタシはあの時言われた事を頭の中で反芻していた。
(分かってる。分かってはいるの。
最初に怪人化を見た時は冷静な判断が出来なかったけど、何日も経って落ち着いたらはっきり分かる。
悪心は生物をモチーフとするけど生物じゃない。台風や大雨と同じ現象のようなものだ。人間への害意があるかないかってだけで。
対して怪人は生きている。話も出来るし、少なくとも普段は人の見た目だ。全然違う。
なのに、頭では分かっていても抜けない。
そして、こうして邪因子を活性化させて身体の調子が良くなっていく度に、その人外に自分がなるかもしれないという不安が。
「っていう訳なんだけど……大丈夫? 最近のアズちゃんの状態を考えると、別に断ってくれてもそれはそれで」
「えっ!? は、はい。大丈夫です」
ワタシはハッとして咄嗟に返す。……ところで何が大丈夫? 考え事をしていて聞いてなかった。
「ホント~? じゃあ朝の検査はこれでおしまいっ! 早速そう伝えてくるね。お疲れ様~っ!」
「その、お疲れ様でした」
手際よく道具を片付けると、ジェシーさんは軽く手を振って部屋を出て行った。
(結局、ワタシは何をOKしてしまったのかしら?)
この疑問が解消されたのはその日の午後の事。
「ようこそ取調室へ。大分治ってきたようだし、楽しい
急に連れてこられた部屋で待っていたのは、悪い笑みを浮かべながら
ワタシ達以外誰も居ない部屋。家具らしい物は中央に置かれたテーブルと二脚の椅子だけ。
古い刑事ドラマで見る取調室よりも簡素かもと言えるそんな場所で、
コポポポポ。
急須から湯呑にお茶を注ぐ音が響き渡る。
「……どうぞ」
ピーターさんがスッと差し出してきたのは、ほんのりと湯気の立つお茶と皿に載った最中だった。
(尋……問? お茶会の間違いじゃないかしら?)
予定通り今から取調べするよと、急にジェシーさんに連れてこられた時はどんな目に遭わされるのかと身構えていたけど、急にもてなされて余計に分からなくなった。
自白剤でも入っているのかと思ったけど、
「ズズズッ……ふぅ。遠慮する事はないよ。皮切りに最中を出したけど、そこの物はどれを食べてもらっても構わない。余ったらジェシーを始め職員が残さず平らげるから心配しなくても良い」
(そう言いながらピーターさん自身がもぐもぐ食べてるのよね)
予め耐性があると言われたらそれまでだけど、だとしても美味しそうにきんつばを齧りながらお茶を啜っているのを見ると何か仕込んであるとは思いづらい。
「あの……尋問と聞いてきたんですけど」
「これは単なる下準備さ。そう構えていては舌も回らないだろう。今は気を楽にして食べれば良い。機を見計らってこちらから聞くから」
「はぁ……それじゃあ、頂きます」
ワタシはゆっくりと出されたお茶を飲む。身体に染み入るような、どこかホッとする味。その余韻が消えない内に、最中を手に取って口に運び、
『あなたも最中が好きなの? あたしもあたしもっ! ふふっ! お揃いだねっ!』
待たせている親友と、初めて会った時の事を思い出した。
(あの時、ワタシは
サクッ。サクッと一口ずつ食べ、時折温かい茶を飲んで口をさっぱりさせてまた最中を味わう。
その度にあの子との思い出が、ワタシの戻るべき理由が蘇っていく。
「……良かった。少しは、元気になったようだね」
「えっ!?」
「ここ数日。明らかに君は落ち込んでいた。原因は分かってる。あの時怪人化の事を聞いたからだ。……ごめん」
そう言うとピーターさんは、席を立ってそのまま静かに頭を下げた。
「ピ、ピーターさんっ!? そんな……ピーターさんが謝る必要なんて」
「いいや。いくら魔法少女とはいえ、自分が下手するとあんな毛むくじゃらの姿になると聞かされれば不安にもなる。それに君達は散々悪心と戦ってきた。人間以外のモノを受け入れづらいという点でこっちの配慮が足りなかった。重ねてごめん」
ピーターさんは頭を下げたまま謝り続ける。
「いえ……こちらこそすみません。気を遣わせてしまって。ワタシも、頭では分かってるんです。怪人と悪心は全然違うし、邪因子があるからこそワタシもここまで持ち直したんだってことも。でも……なんとなく、その……不安なんです」
この雰囲気のせいか、それとも本当に自白剤が入っていたのか。ワタシはこれまで溜め込んでいた心情を吐露した。
普段ならもう少し理路整然と話せたと思うけど、何故か今はこういう漠然とした気持ちをそのまま言葉にした方が良いと感じたのだ。
それを聞いたピーターさんは、右腕を一瞬見たかと思うと何か意を決したような顔をする。
「……アズキちゃん。
「えっ!? ピーターさん今ワタシをアズキちゃんって……きゃっ!?」
これまで君とか彼女としか呼ばなかったピーターさんが初めて名前で呼んだ。その事に気を取られて、ピーターさんの変化に気づくのが一瞬遅れる。それは、
「
袖をまくったピーターさんの右腕は、それまでの細身のものから表面を多数の鱗が覆うゴツゴツとしたものに変わっていた。
「ボクの怪人体のモチーフは
「それは……人間です」
「そうだね。そして仮に全身変身していたとしても、やっぱり自分の事を人間だとボクは思う。他のリーチャーのメンバーもね」
そう言ってピーターさんは、どこか優しい眼でこちらを見つめる。
「気休めにしかならないかもだけど、これだけは言わせてほしい。邪因子による変身は、決して人間を……
「あくまでも人間が変身できるようになっただけという事ですか?」
「うん。だからもしアズキちゃんが邪因子によって変身してしまったとしても、姿形が変わってしまったとしても、自分で居続ける限り君は人間だよ。ボクが保証する」
勿論一番良いのは、君が変身する前に身体を治して邪因子を除去。そして速やかに元の日常へと戻る事だけどね……と微笑んで締めくくるピーターさん。
大量の茶菓子を用意したり急に変身したりとやり方がアレだけど、これがピーターさんなりの慰めなのだろう。その点は素直に嬉しい。なので、
「ありがとうございます。心配してくれて」
「ここまでくると君の為というより、あの時助けた自分への意地みたいなものだけどね。という訳で」
そこで、ピーターさんの眼が真剣みを帯びる。
「ここからが尋問の本番。助けて良かったと思わせるくらいには良い情報をくれると助かるね」
「はい。話せる事があれば良いんですけど」
結果だけを言うなら、尋問は終始和やかに終わった。
「大体こんな所かな。お疲れ様」
「お疲れ様でした」
大した事を聞かれたようには感じなかったし、こちらも機密事項以外はなるべく正直に答えた。
尋問中も時折用意された茶や和菓子を摘まみ、やはりお茶会と言った方が正しいんじゃないかという流れだったと思う。
「なんなら幾つか土産に持って行くと良い。まだそれなりに残っているから、職員への分は十分だろう。ただし……食べ過ぎは自己責任でね」
「そ、そんなに食べませんよっ!」
と言いつつも、最中をこっそり一つ貰っていく。一つだけだから良いのっ!
そうして取調室を後にしようとした時、
「ああ。一つ言い忘れていた。今の調子なら
唐突に、終わりの時間が告げられた。
ちなみに残った茶菓子は一つ残らず職員達に食べられました。なお代金は全部ピーター持ちです。
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ピーター 魔法少女を尋問しました
◇◆◇◆◇◆
コポポポポ。
(……気まずい)
やあ皆様。ボクピーター。只今とんでもなく気まずい雰囲気で湯呑に茶を入れています。
目の前には事態が良く分かっていないといった顔のアズキちゃん。ボクはひとまず場を和ませるべく茶と茶菓子を勧める。
(う~ん。これからどうしたものか)
何故こんな事になったのか? それを一から説明するのはとても長い。なのでざっくりまとめると、
一、アズキちゃんが最近何か悩んでいるとジェシーから報告を受ける。
二、この前自分が邪因子による怪人化について話した辺りからであり、それが原因の可能性が高い。
三、それはそれとして、そろそろアズキちゃんへの尋問を行わないと本部への建前的に良くない。
四つ、そうだっ! 尋問しつつお茶会をして精神を落ち着かせよう!
という感じだ。
(幸い、アズキちゃんが和菓子が好きなのは以前羊羹を食べていた時の表情から明らか。念のため、直接町に出向いて自腹でそれ以外にも一通り買ってきたけど)
困ったことに、緊張しているのか警戒か手を付けてくれない。こんな調子では尋問も何もあったものじゃない。なので、
モグっ。
自分から先にきんつばに齧りつき、お茶を飲んで見せる。……へぇっ! こりゃ美味い! 初めて入った店で買ったけど、調査期間中は贔屓にしようかな。
そうして食べていると、アズキちゃんもおずおずと茶に手を伸ばし、そのまま最中を一口齧って、
ポロっ。
一瞬何事っ!? と思ったけど、よくよく見ればその顔はとても穏やかで、自分が泣いている事すら気づいていないようだった。
そのまま一口。また一口と最中を食べていく内に、どうやら落ち着いたのか涙も止まり、笑顔とまでは行かないけれど曇り顔が晴れていく。ここしかない。
「……良かった。少しは、元気になったようだね。ここ数日。明らかに君は落ち込んでいた。原因は分かってる。あの時怪人化の事を聞いたからだ。……ごめん」
ボクはゆっくり頭を下げ、以前の説明でこちらの配慮が足りなかったことを謝罪する。すると、
「いえ……こちらこそすみません。気を遣わせてしまって。ワタシも、頭では分かってるんです。怪人と悪心は全然違うし、邪因子があるからこそワタシもここまで持ち直したんだってことも。でも……なんとなく、その……不安なんです」
(不安か。そりゃそうだよね)
少しだけ、その気持ちは分かる。ボクも似たような経験があるから。
説明をきちんと受けてから投与された大半のリーチャー職員と違い、緊急事態とはいえ気を失っている間に何も知らぬまま邪因子を投与されたアズキちゃん。
おまけに人外が敵だと日常的に根付いている国で生活してきたのだから、自分がそうなるかもとなればその辺りはより不安だろう。
ボクは右手をちらりと見る。見せたら場合によってはボクも嫌われるかもしれない。余計不安を煽る事になる可能性もある。だけど、
『ねぇピーターっ! “悪”って何だと思う? ……社会一般の法律を破る行為? クスクス。そ~んなガッチガチの答えしか出ないんだぁ? そんなんじゃあたしの
(『“自分のやりたい事、やるべきだと思った事、やらなきゃいけない事を、たとえ誰かをぶっ飛ばしてでも世界の迷惑になってでもやる”。それが悪であり、あたし達リーチャーなのよ!』……か。分かってますよ。ネルさん)
ふと頭をよぎった
(荒療治でもなんでも、時間が迫っている以上やらなきゃな)
「……アズキちゃん。
そう言って、右腕だけ変身に留めたのはこの方が見た目的に人間らしいから。
そしてこの状態では、アズキちゃんはボクを人間だとはっきり認識した。……そう。そうなんだよ。邪因子による変身は、人間を辞めることじゃない。君が不安に思う必要はないんだ。
「ありがとうございます。心配してくれて」
アズキちゃんはそう礼を言うけど、こっちにも意地と打算があるから礼を言われるほどじゃない。
さあ。不安も大体取り除けたことだし、今度こそ尋問を始めよう。
その日の夜。食堂にて。
「ほら皆。ボクが自腹切って買ってきた和菓子だぞっ! 感謝しながらありがたく食べるように」
「おっ! 隊長気が利くっ! 丁度デザートが欲しかったんだ。ゴチになりま~す」
「美味し美味し! ……ついでに茶もくれよ隊長さんっ!」
「茶ぐらい自分で買ってきてくれっ!? というかもっと味わって食べようねっ!?」
おのれこの隊員達ときたら。尋問も終わったし、余った和菓子も一人じゃ食べきれないので配ったらこれだ。あれだけあった和菓子が瞬く間に食い散らかされていく。
「お疲れ様です隊長。あっ!? その大福も~らいっ! ……むぐっ!?」
「あ~。そんなにがっつくからだぞジェシー。……ほら水だ。医者が喉詰まらせて倒れるなんて洒落にもならない」
手渡した水を慌てて流し込み、ふぅ~と息を吐くジェシーをボクはジト目で見てやる。
「ハハハ。ありがと。さっきちらっと見たけどアズちゃん少し元気になったみたいね。隊長やるぅ!」
「本来メンタルケアはそっちの仕事だろうに。それにあくまでこれは尋問。それがスムーズに進むようにしたってだけさ」
「もうツンツンしちゃってさ。はむっ! ……それで~? なんか分かった?」
流石に懲りたのか、少しずつほおばりながらあくまで世間話としてそう聞いてくるジェシー。なので、ボクもそのように返す。
「ああ。魔法少女自身も、公の情報より深い情報はあまり持っていない事が分かった。つまり」
「聖石とは何なのか? 悪心とは何なのか? そして、
聖石で変身して戦う魔法少女自身にあまり教えていないのは、知られるとマズいからか知っても意味がない事だからか。
まあこうは言ったが、実際はまだアズキちゃんは何か隠している事があるようだった。母親が政府の役人らしいので、仲が微妙とはいえ多少その辺りの情報が入ってくるのだろう。
「どのみちこれで調査が終わるってものでもないし、運良く情報が入れば儲け物くらいの期待だったしな。後はもう一回くらい聞き取りをして、ジェシーがOKを出したら邪因子を除去。記憶処理後は何かカバーストーリーを作って魔法少女の本部に届ければ良い。酷い怪我で記憶喪失になってたとか。……そのどさくさで内部に潜入できれば尚良しだ」
「抜け目ない事で」
「幹部だからね。善意だけで人助けはしないよ」
ジェシーの見立てでは回復まであと三日。その日に邪因子除去と記憶処理をするにしても、それなりに時間もかかるし準備も居る。
三日なんてあっという間だ。……また仕事が増えるのか。今日も徹夜だな。
「ところで隊長。わざわざアズちゃんの目の前で変身したんだって? めっずらしい~。あたしも久々に見たかったな。隊長のドラ」
「トカゲっ! ただの
ちなみに今回、ピーターが和菓子屋でコムギとニアミスしていたという裏設定もありましたが、ピーターから話しかける訳にもいかないしコムギはピーターを知らないしで特に何もなく別れています。
それと、本日よりこの作品を、小説家になろうでも連載開始いたしました。
向こうで見かけた場合は「おっ!? こっちでも頑張ってんな」と温かい目で見守りつつさりげなく応援していただければ幸いです。
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閑話 魔法少女 新米幹部 そして……
◇◆◇◆◇◆
「
「ええ。数日中にまた起こる可能性があると本部から通達があったわ」
一日の巡回を終えた魔法少女コムギが通信で聞かされたのは、耳を疑うような知らせだった。
コムギの担当であるオペレーター平岡は、淡々と続きを口にする。
「前回の大量発生。その数日前から、本部はある特殊な反応を感知していたの。ただその時は何の反応か分からず、対応が後手に回り市街地に大きな被害を出してしまった」
「……アズキちゃん」
コムギは大切な友人の名をポツリと漏らしながら、ぎゅっと目を閉じる。
死んだとは思っていないし思いたくもない。しかしあれを機に行方不明になってしまったのは事実で、それと同じ事がまた起こると聞いては黙っていられない。
「でも、今回は来るって分かってる。ならっ!」
「ええ。本部でも早速近辺の魔法少女に通達し、警戒を促している。また自衛隊や警察等とも連携し、明日から数日間秘密裏に警戒態勢をとる事が決定されたわ」
「秘密裏……一般には知らせないって事ですかっ!? 何でっ!?」
慌てるコムギに平岡は落ち着かせるように語る。
「下手に公表してパニックになるのを抑えるためよ。それにまだ本部でも、本当に同じ事が起こるか半信半疑という人も多いの。偶然似た反応が出たとされればそれまでだし」
「そんな。それでも
「
コムギからすれば、それが10%でも起きる可能性があるのなら皆に知らせるべき事だった。それだけの事なのだから。
しかし平岡の言外にもう決まった事だという態度があり、歯がゆさから知らず知らずに口元を引き締める。そんなコムギの様子を見て、平岡は言おうか言うまいか悩んでいたことを口にする。
「コムギちゃん。やはり警戒期間だけでも良いから、誰かとまたコンビを組むべきよ。最近のアナタは一人で全てやろうと気を張り過ぎている。もうアズキさんは」
「アズキちゃんは必ず帰ってきますっ!」
平岡の言葉を、叫ぶようにコムギは切り捨てる。
それは信頼であり、そしてそうあってほしいという願いだった。
「……必ず、帰ってきます。だから、もう少しだけ席を空けておいてください。アズキちゃんが帰ってくる場所を、残しておいてください」
「……分かった。でもあまり長くは待てないわ。いずれ新しく組む相手が決められるまでよ」
「ありがとうございます」
その言葉を最後に、平岡からの通信が切れた。それを確認したコムギは拳をぎゅっと握りしめる。
「アズキちゃん。あたし、負けないから。誰かにとっての光であれるよう頑張るから。だから……早く戻ってきてよ」
そう絞り出すようにこぼすコムギの顔は、どこか悲壮なまでの覚悟に満ちていた。
◇◆◇◆◇◆
どたどた。ガラガラ。
「オ~ライオ~ライ! ……ようしそこでストップ!」
「は~い後ろ機材が通るよっ! 下がった下がった!」
「おいそこっ!? 乱暴に扱うなよ! 壊しでもしたら一週間トイレ掃除だぞ」
その日職員は慌ただしく動き回り、この支部に新しく導入される機材を搬入していた。それは、
『新型の
「よくたったあれだけの情報から造れたもんだよ。魔法少女達が使う物に比べて大分大きめだけど」
業務用冷蔵庫のようなサイズのそれを、ピーターは隅々まで眺める。
そもそも以前ピーターがアズキを支部に運び込んだのは、怪我の治療をするのとは別に
勿論ピーターは彼女を送り返す際、奇麗にクリーニング及び簡単な修繕もしてきちんと返却する予定ではあるが、その間に分析しないとは言っていない。
それで彼女の持っていた悪心レーダーらしき物の技術を少々拝借して本部兵器課に送った結果、こうして試作品が早速支部に届けられたという訳だ。
『資料を見る限り、その魔法少女が使用している物は携帯性に特化した物でした。対してこちらはより広範囲を索敵する物。おそらく魔法少女達の拠点にも似た物がある筈です』
「なるほど。大体の位置をこれで探って、反応があった所を魔法少女が小型機を持って探すって感じか。納得した」
そう言ってうんうんとピーターは頷き、
「ところで、いくら何でも試作機が着くの早すぎじゃない? 造るだけならともかく、他にも兵器課にはあちこちから発注があるからもうしばらくかかる筈……
『大した事は何も。ただ少々兵器課に掛け合い、
「……そういう事は先にボクにも言っといてくれない?」
通信機越しにフフッと薄く笑う
有能ではあるのだけど、こうして黙って勝手に物事を進める事もしばしば。気が付いたら取り掛かる前に仕事が終わってましたなんて事までもあり、ピーターとしては色んな意味で頼れるけど頼り過ぎてはいけない副官だった。
『それにしても申し訳ありません。検査が予想以上に長引き、そちらに戻れるのはまだ先になるとの事。改めて念を押しますがくれぐれも』
「分かってるって。問題を起こすなって言うんだろ? それは本来ボクが君に言うセリフだからね。くれぐれもそっちこそ検査はちゃんと受ける事。前みたいに医者を買収して時間短縮を図ろうとしない事。良いね?」
『……了解しました。では、失礼します』
一瞬渋りつつも、静かにそう言ってメレンは通話を切り、ピーターは大きく息を吐く。
(この調子なら来るのはアズキちゃんを帰した後か。正直メレンがアズキちゃんを見たらどう動くか怖いから助かった。『ただ帰すだけなどとんでもない。使えるものは老若男女生物無生物問わず使うものです』とか言い出しかねないし)
「隊長っ! こっちの機材は搬入完了しましたっ! それとここの接続部分ですが」
「ああ。今行くっ!」
ある意味悪の組織の副官らしい姿を想像して苦笑しながらも、ピーターは職員の呼びかけに応えて歩きだした。
「あっ!? そうだ」
ピーターはそこで、魔法少女の本部にアズキちゃんを送る手筈について思い当たった。
ただ送り帰すだけならすぐ戻れば良いのだが、その際どさくさで内部に潜入となると問題がある。
(邪因子の事はまだ知られるわけにはいかない。うっかり何かしらの機械に感知されたら後々の動きに関わってくる。……つまり、一切を悟らせないほど隠密が上手いか、或いは邪因子をほぼ持たない人が送る必要がある)
前者で心当たりがあるのは自分の上司。リーチャー全職員の中で間違いなく随一とされる隠密のプロ。しかし上級幹部という立場から、こんな所にお呼び立てするのは失礼な話。
となれば後はとピーターはしばし思案して、
「……あの人今空いてるかな? まあ別支部だからダメって言われたらその時はその時だ」
以前知った連絡先の番号を押し、通信機からコール音がなる事数度。
ガチャっ!
『はい。こちら第九支部
目当ての人に繋がった。
それぞれの陣営で、着々と事態は動き出しています。
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アズキ 手術後の事を思い描く
「……はい。もうバッチシ復調っ! ここまで治ればもう邪因子の除去に移っても大丈夫そうね!」
(いよいよ……ね)
ピーターさんとのお茶会から三日。自室で聞かされたジェシーさんのはっきりとしたその言葉に、ワタシはこれまでの事を思い返す。
この三日間、今いる場所がどこなのかそれとなくいろんな人に聞き込みをした。世間話から始まり、邪因子の話題や今やっている悪の組織としての活動。身に着けているタメールの機能について等もだ。
幸いワタシに対しては、それで良いのかと思うくらい皆普通に話をしてくれた。もしかしたらピーターさんから話が行っていたのかもしれない。
流石に肝心な点は誰も正確には話してくれなかったけれど、それでも濁した部分を重ね合わせる事で見えてくるものもある。例えば、
(ここの職員は、今回の任務の為に大半がどこか別の支部から引き抜かれてきたというのが一つ。特に多いのが
第九支部というのはどうやらリーチャーで言う左遷地のような扱いらしく、職員達の気質も悪の組織としては割と穏健派。周辺地域の住民との仲も良好なんだとか。ちなみにジェシーさんも元々その第九支部所属。
ピーターさん自身も穏健派かつ幹部になる前そこに出入りしていた時期があって、その縁で今回やや多めの人員が引き抜かれたという。多少気心の知れた人の方が部下には良いという事かもしれない。
結果として調査隊も全体の方針がやや穏健寄りになったのは、ワタシとしては幸運だったのだろう。
(それと、
支部に異様なほど窓が少ない事。機材搬入用のエレベーターがあった事。他にも幾つかのそれを裏付ける証拠もあるしほぼ間違いない。
そして地下となると外への経路も自然と限られ、どのルートでも何かの罠や警備がある。その事に気づいた時はどうしたものかと悩んだ。こっそり脱出するのは無理。やはり素直に身体を治して出ていくしかないみたい。
(ただ……少しだけ、ほんの少しだけ、
今も一刻も早く外へ出て、コムギに逢いに行きたいという気持ちは変わらない。そのためなら多少の無理も厭わない。でも、この数週間ここの居心地は決して悪くなかった。
悪の組織という前情報とはかけ離れたアットホームさ。やっている事も、少なくともワタシが見ている前では悪事らしい悪事もしていない。精々が町の各地に調査員を派遣して、合法すれすれのやり方で情報を集めるぐらい。
“むやみやたらに人を傷つけるのは二流。そんなことしなくても目的を達成できるのが一流だよ”と、以前ピーターさんが珍しく自慢気に話していた。と言ってもこれは上司の受け売りらしいけど。
勿論これはピーターさん達が調査隊だからで、時々出てくる本部の方針はまた違うのかもしれないけど、今の所はそこまで町への脅威という風にも見えなかった。
これらが全てワタシを油断させるための演技……と言うには手が込み過ぎているし、第一聖石が壊れてもう魔法少女としてまともに戦えないワタシを懐柔しても利益はない。情報もたいして手に入らない以上、もうここまでくると大半が善意でやっていると判断しても良い。
そんな人達と、できれば敵対なんてしたくはない。なら、順当に怪我を治して奇麗にお別れというのが一番なのだろう。
「さ~てアズちゃん。今日の予定だけど、アズちゃんに異論がなければ早速邪因子除去手術に取り掛かりたいんだけど……構わない?」
「はい。あの……手術となるとどのくらい時間が掛かるんでしょうか?」
「そうねぇ。潜在邪因子量とか適性とかにも依るけど、少なくとも数時間は掛かると見てもらえれば。それにアズちゃんの身体の聖石との反応も逐一チェックしなくちゃいけないし、下手すると一日がかりの大仕事になるかも」
(確かにワタシの場合、破損した聖石の事も考えないといけない。それだけの大手術になるのも当然か)
魔法少女が邪因子を受けるなんて初めてだろうし、その意味ではワタシの手術はほぼ手探りという事。時間が掛かるのは仕方ないと納得する。
「その後身体に不備がないか確認して、記憶処理をしてからアズちゃんとこの本部に送り届けるって流れかな。早ければもう二、三日すれば帰れるからね!」
「……その、記憶処理って実際どんな感じなんでしょうか?」
この言葉は前々から出ていたけど、どうせまだ先だからと保留にしていた。しかしもう終わりが間近とあっては聞かなくちゃいけない。
まさかとは思うけど、悪の組織らしく洗脳でもされてはたまらない。
「どんなって……う~ん」
「簡単だ。
「ピーターさんっ!」
どう答えたものかと悩むジェシーさんの後ろから、ふらりと部屋に入ってきたピーターさんがそう説明を引き継ぐ。
「だ~から女の子の部屋にそう気軽に入っちゃだめだっての隊長っ!? ところで今日は新型機材の試運転をやるんじゃなかったっけ?」
「ああ。レーダーなら今さっき起動した所だ。まずは平面、次に立体的にレーダーを確認していき、最終的には周囲一帯を調べれるようになる。無事起動したのであればボクがあれ以上居ても技術者の邪魔になるからね。こっちの様子を見に来た。……大丈夫だ」
ピーターさんはそう言ってこちらに視線を合わせる。
「邪因子除去手術にはこちらもそれなりのスタッフを付けるし、記憶処理も慣れたものさ。悪の組織に捕まっていたなんて嫌な記憶はすっぱり忘れて、君はこれから穏やか……になるかどうかは分からないが、元の日常に戻れる。共に戦う事は出来なくとも、君の大切な友人の傍に居られるようになる」
「そんな……ワタシは、嫌な記憶だなんて。それに名前も忘れてしまうのは……なんというか」
これは素直な本心だったのだけど、ピーターさんは笑って気を遣わなくて良いと返す。
「まあなんにせよまずは手術を無事済ませてからだ。準備が整い次第早速」
ピピピっ! ピピピっ!
そこに、突然何かの発信音が鳴り響く。どうやらそれはピーターさんの持っている通信機からだった。
「何かあったか? ……はいもしもし。こちらピーター……何だって? 機材に不具合?」
ピーターさんはこちらに背を向けて何やら話し始める。
「やっぱり向こうに戻った方が良いんじゃないの?」
「場合によってはな。それでどういう不具合が……えっ!?
そうピーターさんが不思議そうに呟いた瞬間、
ドンっ!
何か大きな地響きと共に、支部内に強烈な衝撃が広がった。
さて。ここからが山場です。
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悪心迎撃戦 動き出す者達
◇◆◇◆◇◆
一体何が? そう考えたのは一瞬の事。
ビーっ! ビーっ!
支部内にけたたましい警報音が鳴り響き、にわかに部屋の外が慌ただしくなる。
「何だっ!? 何があったっ!?」
『悪心ですっ!? この支部の
『同じく町中のあちこちに悪心が発生中。……こりゃこの前の大量発生より酷いぜ』
ピーターさんの通信機からどんどん入ってくるのは、どう考えても絶望的な情報ばかり。
(悪心がそんなにっ!? コムギは無事よね!? 前回の件で対応策を本部が練っていてくれれば良いんだけど)
「分かった。ボクは作戦室に向かう。戦闘班は所定の位置に付き命令があるまで待機だ」
『了解』
ピーターさんは一度通信を切ると、こちらへ向けてすまなそうな顔をする。
「すまないね。緊急事態に付き、君の邪因子除去手術は少し遅れそうだ。もしかしたら今日は難しいかもしれない。だけど、なるべく早く進められるよう尽力するから待っていてほしい。……ジェシー。怪我人が出る可能性がある。何が起きても良いよう準備を」
「分かった。医務室でいざって時の輸血と追加邪因子の準備しとく。じゃあアズキちゃん! ちょ~っとおとなしくしててね!」
そう言って、二人は慌てて外に出て行った。今の私に出来る事は、どうやらここで皆の無事を祈ることぐらい。
(冗談じゃないわね)
◇◆◇◆◇◆
「状況はっ!?」
「現在支部上部、擬装用工場の敷地内に居る悪心は十体。幸い支部に入ろうとする個体はありませんが、所構わず破壊活動を開始。ダミーとはいえそれなりの被害が出ています」
ボクが着いた作戦室のモニターには、工場内のあちこちで暴れる悪心達の姿が映っていた。
(確かに何かを狙っているというよりは、ただ目についている物を壊しているという感じか。資料によると悪心は人を優先して狙うらしいが、工場はただの擬装用。特に人も居ないから目的もなく暴れている?)
「町の方は?」
「同時多発的に悪心が出現していますが、意外に民間人の被害が少ない様子。どうやら向こうも何かしらの情報を掴み、事前に対策をしていたようです」
「……そうか。それは結構。この非常時に民間人にまで気を回す余裕はないからね」
そう。ただでさえもう一人拾っているのに、これ以上助けている暇はない。そもそもそのために魔法少女が居るんだから。そして、
「肝心の魔法少女の動きはどうなっている?」
「各自数人でチームを組み悪心に応戦中。基本的には優位に戦闘を行っています。しかし数が数なので、被害を完全に抑えられているという訳でもなさそうです」
その言葉通り、時折ハッキングした町の監視カメラの映像がモニターに映るが、戦闘の余波であちこちの建物に被害が出ている。
(人的被害はともかく物的被害は相当だな。補償にどれだけ掛かるか……まあこっちも同じだけど)
ダミーとはいえ工場の機材自体は本物だ。それを壊されると旧式とはいえ修理費も馬鹿にならない。
ならば上で暴れてる悪心を撃退するのが一番なのだが、それには少し問題がある。あまり時間を掛けると、こっちに手の空いた魔法少女が雪崩れ込んでくる可能性がある事だ。
(仮に魔法少女が来ても、ここに隠れていればそう簡単にバレるとは思えない。しかし迎撃に出れば、どさくさでうっかり見つかるという可能性が出てくる)
『戦闘班は全班準備完了しています。命令があればすぐにでも』
『対悪心用の戦闘訓練は一日たりとも欠かしてねぇ。いつも外回りの奴らにばかり仕事させちゃ悪いからな。腕が鳴るぜ』
『……ご命令を』
通信機越しに聞こえるそれぞれの班長はやる気充分。訓練は積んでいるから、余程のイレギュラーか悪心の群れでも相手にしない限り勝てる。しかし暴れている数を考えるとどれだけ時間が掛かるか。
「……迎撃に出たとして、他の手の空いた魔法少女がこちらに勘づいて向かってくるまでどのくらいかかると思う?」
ボクは周囲を観測している分析官にそう尋ねる。すると、
「周囲の電子機器をバレないように妨害できる時間も考えると……長くても30分と言った所ですね」
30分か。それだけの時間で敷地内の悪心十体を全て撃退し、魔法少女にバレる前に支部内に撤退。
(戦闘班の戦力、及び全体の悪心の位置、作戦室からの適切な情報伝達があったと仮定して……
「分かった。これより敷地内の悪心を迎撃に移る。戦闘班は一、二班をゲートBへ向かわせてくれ。そこにたむろっている悪心を撃退させる」
「はっ! しかしゲートAの方はどうします? 最も悪心の数が多く、残る三班だけでは大分時間が掛かりますが」
「ああ。そっちは問題ない。……
(ああもぅっ!? 荒事嫌いなのに何で出なきゃなんないんだよっ!? だけどこの状況だとボクは作戦室で指揮を執るより現場に出た方が戦力になるし、どのみち時間がないからこれ以上悩んでる暇もないんだよなぁ。……あ~もっと人手があればなぁっ!)
ボクははぁっと一度大きくため息をつき、そのままゲートAに向かって走り出した。
その時、ボクは気づく事が出来なかった。
作戦室の向かいの部屋。丁度物置になっていたその場所で、
もし気づいて部屋に戻るよう促していたら。
アズキちゃんがその後こっそり作戦室に入り、モニター越しに町の様子を見てしまわなければ。
あのような事にはならなかったのだろうと、ボクは今でもそう思う。
◇◆◇◆◇◆
第九支部。それは悪の組織の中でもはぐれ者の集まる場所である。
良くも悪くも人格的、能力的に出世が望めない、或いは望まない者達の左遷地。
周囲には侵略すべき場所もなく、今はただやる事と言えば拠点維持。たまに他の支部からの救援要請に応えるくらいののんびりとした所。そんな中で、
「ん~♪」
一人の
青い上下の作業服を身に纏い、リズム良く水の入ったバケツにモップを漬け、そしてまた磨く。
まるでそれはダンスをしているようで、知らぬ人が見れば目を奪われるだろう技量があった。やっている事は床掃除だが。
やがて床がピカピカになったのを確認すると、雑用係は満足げに後片付けを済ませる。すると、
ピピピっ! ピピピっ!
腕に着けていたタメールから通信映像が入り、グッドタイミングとばかりに応答する。
「もしもし? 今丁度掃除が終わったよ」
『そうかそれは良か……じゃないっ!? もうすぐゲートの出発時間だぞっ! 現地へ跳ぶ準備は出来てるのか?』
「もぅ。心配性なんだから。とっくに支度は済ませて空いた時間で別の依頼を済ませてるだけじゃん。……あっ!? そ・れ・と・も」
雑用係は通話先の相手にニシシといたずら気味に笑う。
「オジサンったら、そんなにあたしと離れるのが嫌なんだぁ? なんだ可愛いトコあるじゃんっ!」
『そうじゃねえよこのクソガキっ!? お前が何かやらかさないか心配なんだってのっ!? ……あぁ。いくら俺が別の依頼で忙しいからって、やっぱお前だけに任すのは不安だぞ』
「たかだか記憶処理した子を一人送り届けるだけ。それも数日前から先乗りして現地を見て回ってからって簡単なお仕事でしょ? 任せなさいって! だからオジサンは安心して、あたしへのご褒美にホットケーキでも焼いて待っててよ。じゃあね♪」
そう言って通話を切ると、雑用係は愛用のバッグを背負ってグッと背伸びする。
「さ~てと!
そうして
薄い水色のツインテールをたなびかせ、中学生ほどに見えるその体躯で軽やかに。
第九支部雑用係
ネル・プロティは今日もまた、己の未来に向けて突き進む。
次回、荒事嫌いなピーターですが、ちょっぴりバトル演出に入ります。
あと最後にちらっと登場した人物は、拙作『悪の組織の雑用係 悪いなクソガキ。忙しくて分からせている暇はねぇ』でも登場しています。
この話までで面白いとか良かったとか思ってくれる読者様。完結していないからと評価を保留されている読者様。
お気に入り、評価、感想は作家のエネルギー源です。ここぞとばかりに投入していただけるともうやる気がモリモリ湧いてきますので何卒、何卒よろしく!
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悪心迎撃戦 到着する暴君
◇◆◇◆◇◆
さて。至極今更な疑問だが、
ここで悪心について少しおさらいしよう。
悪心は生きた災害である。通常兵器の効きは薄く、小さな個体でもピストルの弾をはじき返し、中個体以上になると戦車でもないと倒せない。
しかし逆に言えば、
それをしないのは単に割に合わないからである。
悪心を倒すために市街地……は少ないにしても、毎回その近くを戦車や戦闘機が向かうと被害が大きすぎる。寧ろ悪心より酷い被害になる事すらあり得る。
ピンポイントに悪心だけを狙える兵器があるならそれに越したものはない訳で、魔法少女はそれにうってつけだった。理由としてはまあそんな所だろう。
つまり、結局何が言いたいかと言うと、
『グオオオオっ!』
「目標脚部に力の流れ有り。すぐに突進が来るぞっ!」
「了解。ゴリラ怪人前へ。スピードが乗る前に受け止めろっ! 援護射撃も忘れるな。僅かでも良い。相手の体勢を崩せ」
「おっしゃあぁっ! 今こそこの筋肉の見せ所だぜえぇっ!」
戦闘班第三班及びピーターの総勢11名が向かったゲートA方面。ゲートBより多い6体もの悪心が点在して暴れるそこでは、今も本部兵器課特製電磁ネットで動きを止めた牛型悪心をゴリラ怪人が角を掴んで抑え込んでいる。
体格だけで言えば悪心の方が上だが、体勢的にはゴリラ怪人の方が有利。瓦礫だらけの周囲をものともしない力比べの末、
「ふぬぬぬ……どっせ~いっ!」
一瞬の隙を突き、一気に地面に引き倒してそのまま角を叩き折るゴリラ怪人。牛型悪心はダメージから身体を保てなくなり、そのまま瘴気と化して大気に溶けていく。
「ふんっ! どうだっ! 悪心恐れるに足らず」
「油断するな。次がまだ近くに居る。各自息を整えたらすぐに向かうぞ」
こんな調子で倒した悪心はこれで4体目。半分以上行ったがまだ時間は十分程しか経っていない。ペースとしては予想以上と言えた。
「にしてもやっぱり隊長の眼は凄い。まさか邪因子だけでなく、悪心の力の流れまで見抜いて動きを先読み出来るなんて。これで安全に戦える」
「これはどちらかと言うと才能と言うより経験かな。相手が生物型である以上、動きには必ず予兆がある。後はそこからどう動くか予測すれば良い」
まだ比較的新人の隊員が尊敬の眼差しを向けるが、ピーターは何でもない事とばかりに謙遜する。
(先読みできても対応できるかどうかは別問題なんだよなぁ。ボクは正面切っての戦いは苦手だし。その点この班は変身出来ない人もサポートが出来ているし、きちっと対応して撃退してくれて助かるよ。……さて。残りは)
と内心ピーターが戦闘班の仕上がりを評価していると、
ピピピっ!
急に通信が入り、ピーターは何かあったかと急いでとる。そこから聞こえてきたのは、
『大変だよ隊長っ!? アズちゃんがこの騒動のどさくさで外に出ちゃったみたい!? 外からの襲撃に目を光らせていたから内側の見張りが疎かになったみたいで』
「何だって!?」
非常事態の中で、さらにまた頭の痛くなる案件だった。
(ミスったっ!? タメールがあるからと監視を付けなかったのが仇になった)
ピーターは素早く頭を回転させて次の手を練る。
「まだタメールの反応はあるかい?」
「反応は現在支部から離れるように移動中。そこから南に少し行った所。……でも変ね? ここから離れようとしてるってより、どこか目的地があってそこに向かってるって感じ。魔法少女の本部は反対側だし」
(確かに妙だ。ここから逃げ出すのに今が好機なのは分かる。しかしそれなら何故タメールを外さない? 発信機の類があるくらいアズキちゃんも勘づいていただろうに)
何か有るなと考えるピーターだったが、今はそれどころじゃないとかぶりを振る。
(アズキちゃんは身体が治ったばかり。おまけに魔法少女としての力をまともに使えない状態で、こんな悪心だらけの場所をうろつくなんて危険すぎる)
本来真っ先に情報漏洩の恐れが頭に浮かぶのが幹部なのだが、命の危険が先に出るのはピーターの生来の気質ゆえか。
「アズちゃんの場所に一番近いのは隊長の部隊みたい。どうする? こっちから誰か送っても良いけど」
通信機越しに送られた位置情報から見るに、ピーターなら数分で追いつける距離だ。
幸い悪心を倒すペースは予想以上に良い。これなら自分がいったん抜けて、アズキちゃんを迎えに行っても大丈夫だろう。とピーターが思ったその時、
『緊急っ! 緊急っ! ゲートAに新たな悪心反応を感知。その数……3体っ!?』
その叫ぶような声に応じるように、周囲の空間から滲み出すように新たな悪心が顔を出す。そして、近くに居た残りの悪心達も寄ってきて総勢5体に。
「おいマジかよっ!? こんなにいっぺんに来んなっ!?」
「各員陣形を組めっ! 孤立したら圧し潰されるぞっ!?」
楽観ムードはすぐさま消え去り、怪人化出来る者は総員速やかに変身して迎撃態勢に移る。
(マズイ。これはマズいぞっ!?)
ピーターの頬を冷や汗が流れる。
ピーターがここに居れば問題ない。しかし悪心達に構っていれば、確実にアズキを連れ戻す前にタイムアップになる。
対してピーター無しだと正直微妙。勝てなくはないが、それなりの被害を覚悟する必要がある上時間もかかる。撤退だけなら普通に行けるだろうが。
(どうする……どうするっ!? 本部から人を送る? いや、それにしてもこれ以上戦力を割くのは)
捕虜の少女と仲間の安全。普段なら考えるまでもない二択だ。ピーター自身も理性では既に分かっていた。しかし、最後の一歩が踏み出せなかった。そして、
「隊長。……行ってください」
「……っ!? 何を」
「あの子が心配なんですよね? この中でなら隊長が一番早く追いつける。こちらは一、二班が受け持ちを倒して合流するまで防戦に徹すれば何とかなるかと」
「あの嬢ちゃんにはこの前ビビらせちまった引け目もあるしな。ちょいとここらで良い所を見せるのも悪くねぇ。……お前ら悪心の5体や10体でガタガタ言ってんなよっ!?」
「「「お~っ!」」」
班の士気は極めて高く、誰もピーターがアズキを迎えに行く事に不満を出さなかった。
それは、たった数日ではあったがアズキが支部の中で聞き込みをし、交流を深めた結果でもあった。
『グオオオオっ!』
『ガアアアっ!』
だがそんな事情などお構いなしに、悪心達は獲物を見つけたとばかりに咆哮する。
「来るぞ。総員構えろっ! 増援が来るまで持ちこたえるんだ!」
「行けぇっ隊長っ!」
「皆……急いで見つけて戻るからなっ!」
悪心達が殺到し、戦闘班が迎撃し、ピーターが走り出そうとした……その時、
「邪魔。退いて」
「な、何だこれっ!?」
「この滅茶苦茶な邪因子……まさか!?」
ピーターがハッとして邪因子が飛んできた方を見る。そこには、
「……あっ!? や~っと見つけたよ
「ぎゃあああっ!? ネルさんっ!? 何でこんな所にっ!?」
雑用係見習い。“小さな暴君”。ネル・プロティが、クスクスといたずら気味に笑っていた。
すまんな。覚悟を決めた所悪いが、お前らが良い所を見せるのはお預けだ。
雑用係見習い(暴君)がやってきた。
この話までで面白いとか良かったとか思ってくれる読者様。完結していないからと評価を保留されている読者様。
お気に入り、評価、感想は作家のエネルギー源です。ここぞとばかりに投入していただけるともうやる気がモリモリ湧いてきますので何卒、何卒よろしく!
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悪心迎撃戦 依頼と打算
リーチャーと悪心。激突の寸前でいきなり割って入ってきた乱入者。それを見て、
「誰だ? 逃げ遅れた一般人か?」
「おいバカっ!? あの方は」
新米隊員の誰かが不思議そうな声を漏らし、古参の隊員が慌てて制する。
「ふ~ん。あたしの事を知らないんだぁ? ……まあ良いけどさ。最近本部にも行ってなかったし。それはそれとして」
ガシッ!
僅かにふくれっ面をしたネルの姿が霞んだかと思うと、次の瞬間走り出そうとしていたピーターの服をぎゅっと握りしめる。
「ちょっと逃げないでよピーターっ♪ ここ数か月逢ってなかったじゃない? 元気してた? ん?」
「あはは……どうもお久しぶりです。じゃ、じゃあボクはちょっと用事がありますのでこれで」
「だ~から待ちなさいっての」
冷や汗だらだら。顔色真っ青で無理やり笑顔を浮かべるピーターに対し、ネルはニチャァという擬音が似合うほどの嗜虐的な笑みを向ける。
「少し小耳に挟んだんだけど、何かあたしが送り届ける筈の人が居なくなったんだって? 良いのかなぁ? そんな特大のポカやらかして。上に知られたら怒られちゃうんじゃない?」
(ば、バレてるっ!? ……しかし考えようによっては、ここにネルさんが来たのは好都合だ)
「そ、そうなんです。でも今は悪心の大量発生でごたついていて……そうだっ! ネルさんっ! ここは一つこちらを手伝ってイテテテっ!?」
「あたしを都合良く使おうなんて生意気なのよピーターっ!」
どうにか交渉しようとしたピーターだったが、即座に足を払われ転ばされた所に腕の関節を極められる。腕ひしぎ十字固めの体勢だった。
「アイタタボク幹部っ!? 幹部なんですけどっ!?」
「いずれ首領になるレディが、
そこでネルの声がどこか蠱惑的な物へと変わる。或いは、まるで捕らえた獲物を前に舌なめずりする獣のように。
「
この言葉にピーターはゆっくりと頷く。
「分かってます。これは
「報酬は?」
「本来の仕事代に加えその倍額。働きによっては追加報酬もあり。支払いはケンさん経由で」
「……最近あたし甘い物にはまっててさ。なのにオジサンからの小遣いだけじゃすぐになくなっちゃうんだよねぇ。その辺りどう思う?」
「うぐっ!? ……和菓子で良ければ近くに良い店があるので奢りますっ!」
「交渉成立っ!」
ネルは嬉しそうに顔をほころばせると、さっと技を解いてピーターを起き上がらせる。
「そうと決まれば善は急げ。さっさと行ってその人を連れて戻ってきなさいよ!」
「ふぅ……イッタ~。相変わらず滅茶苦茶なんだからまったく。……じゃあ後は頼みますっ! 皆っ! ネルさんと協力して悪心を撃退してくれ。任せたぞっ!」
そう言って、今度こそ急いでピーターは走り出した。後ろ髪を引かれる様子もなく、これなら大丈夫だと安心した心持ちで。
「……なあ。俺達一体何を見せられたんだろうな?」
「さあ? 友達同士のじゃれ合いじゃね? 隊長もビビっていたのは事実だけど、本気で嫌ならガチで逃げるタイプだし」
なお、その間隊員達は放置だったりする。折角腹を括って少女の為に戦おうとしていたのに。
「それより……見ろよあれ」
そして悪心達はと言うと、
ガキーンっ! ガキーンっ!
『ガアアアっ!?』
『グオオっ!?』
先ほどから隊員と隔てた高密度の邪因子の壁にぶつかっているのだが、まるで歯が立っていなかった。ちょっとした家ならぶち抜いて倒壊させる突撃にも関わらず。
「触れられる邪因子があるってのは知ってるけど……こんなに強度のあるもんだったっけ?」
「いや。確か普通は煙や霧状。邪因子操作に慣れてくると液体とか固体にも出来るらしいけど、ここまで頑丈となるとどれだけ高密度の……」
隊員達が唖然とする中、ネルはまるで気負う事もなくゆるりと悪心に向けて歩き出す。
どこから取り出したのか、小さな棒付きキャンディーを口に咥え、
「さ~てと。下僕のお願いを聞くのも上に立つ者の務め。甘い物食べ放題が待ってる訳だし、ちゃちゃっと済ませちゃおっか! という訳で」
パシッと拳を打ち合わせながら、ネルは獰猛に、酷薄に、そして今から起こる蹂躙に対して笑う。
「そこのピーターの子分さん達。手持無沙汰もアレだろうし一匹は譲ってあげる。残りはあたしの獲物だから、どっちが速いか競争ね!」
結論だけ述べるのなら、そこに居た悪心が壊滅するまで2分もかからなかった。そして、
「う~ん。歯応えがないなぁ。こんなんじゃ報酬を出し渋られそう……そうだっ!
「「「それは止めてくださいっ!?」」」
崩れゆく悪心を椅子代わりにしてそう呟くネルを、隊員達が必死に止めるのだった。
暴君が街に解き放たれるまであと……。
◇◆◇◆◇◆
一方その頃。
「……はぁ……はぁ」
件の少女アズキは一人街を駆けていた。
既におおよその避難は済んでいて、出歩く者はほぼ居ない。
こんな中でも出歩く者は、避難誘導に当たっている警察か自衛隊。或いはその関係者。そして、
「きゃあっ!? どうなってるのこの悪心の数はっ!?」
「愚痴っている暇があったら手を動かしてっ!?」
今も尚あちこちで悪心と戦っている魔法少女達くらいだった。
何故アズキがこのような危険な場所に出たのか? それはピーターが作戦室に向かった時に遡る。
(一体どうなってるのか。せめて状況だけでも知らないと)
そう考えたアズキは、ピーターを追って作戦室に向かった。しかし普通に入っては気づかれる。なので部屋の外からそっと中を窺うだけに留めたのだ。そして、
「分かった。これより敷地内の悪心を迎撃に移る。戦闘班は一、二班をゲートBへ向かわせてくれ」
「はっ! しかしゲートAの方はどうします?」
「ああ。そっちは問題ない。……
そう言って外へ向かうピーターをやり過ごし、アズキはこっそり作戦室に入った。
そこにある街のカメラをハッキングして出されたモニターの映像。その内の一つに映るのは見覚えのある場所。そして、
『皆しっかりしてっ!? 大丈夫っ! あたしが今度こそ……絶対守るからっ!』
彼女の大切な人が、他の魔法少女を庇って傷つきながらも悪心と戦っていたのを見た時、彼女もまた走り出していた。
アズキは手助けできるとは思っていなかった。
魔法少女の力を使おうとすれば拒絶反応でまともに動けない。
そして感覚的に、
それでも、じっとしてはいられなかった。
せめて、コムギの近くに行きたかった。
さらに強いて挙げるなら、僅かばかりの打算もあった。
わざとタメールを着けたままにして、自分をリーチャーの誰かに見つけさせる。そして迎えに来た誰かにあわよくば、コムギの事を助けてはもらえないかと。
(ワタシは今、恩を仇で返そうとしている。悪の組織とは思えない人の良さに付け込んで。……だけど、それでも、あの子が傷つくのをこれ以上見たくないの)
アズキの足は止まらなかった。作戦が上手く行っても行かなくても、自分は連れ戻される。そして一度脱走した者に対し、いくらあの人達でも厳しく接するだろう。
もうこれまでのような友好的な関係は望めない。嫌われもするだろう。それは覚悟していた。ただ、悲しませる事は……今も少し辛かった。
そして、アズキはようやくその場所が見える位置まで辿り着く。だが、そこで最初に見たのは、
「……ごふっ!?」
吐血し、血塗れになりながらも、よろよろとステッキを支えに懸命に立つ親友の姿だった。
そろそろ曇らせタグも本腰を入れ始めます。安心感のある場所と絶望感のある場所の差が酷いっ!
この話までで面白いとか良かったとか思ってくれる読者様。完結していないからと評価を保留されている読者様。
お気に入り、評価、感想は作家のエネルギー源です。ここぞとばかりに投入していただけるともうやる気がモリモリ湧いてきますので何卒、何卒よろしく!
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悪心迎撃戦 変身
「コムギィっっ!?」
直接逢う事は避けようと、遠目に見るだけに留めようと思っていたのに。
血まみれのその姿を見た時、それまで色々と考えていた事が吹き飛んだ。
ワタシは急いでそこに駆け寄ろうと走り出し……すぐ脇から死が迫ってくるのを悟る。
『グルアアアっ!』
それは一体の野犬型悪心。瓦礫の陰になっていた死角から、ワタシに向けて牙をむき出しにして飛び掛かってきた。
犬型にも種類があるけどこの悪心は小型。強さはさほどでもない。
普段のワタシなら気づけていた。魔法少女のワタシなら防げていた。
でも力を失い、コムギの方に気持ちが向いていたワタシにはどうする事も出来なくて。
犬型悪心の牙がワタシを捉える……筈だった。
「危ないっ!?」
「えっ!?」
「~っ!? ……このおっ!?」
ザンっ!
ピーターさんは右腕だけを鱗に覆われた姿に変え、そのかぎ爪で一閃。犬型悪心を消滅させる。
「……ふぅ。無事だったかいアズキちゃん? ……イタタタっ!?」
「ピーターさんっ!? しっかりっ!?」
脇腹を抑えて膝を突くピーターさんに駆け寄ると、彼は明らかに痛みをこらえる様子で無理して笑って見せる。
「咄嗟だったから邪因子による防御が間に合わなかった。結構痛いけど、見た目より傷は浅いよ。これくらいなら安静にしていればすぐ治るさ」
「でもこんなに血が……ごめんなさい。ワタシのせいでこんな事に」
「まあこの状況で勝手に逃げ出したのはお説教ものだけどね。理由は……ここに来て何となく察しがついたけど」
今も血が流れ続けているというのに、ピーターさんは離れた所で今も戦っているコムギを見て軽く頷く。だけど、ワタシはそんな状況でもこう口にする。
「お願いっ! あの子を」
「……ダメだ。今は君を無事連れ帰るのが最優先。かわいそうだけど、他の魔法少女に関わっている暇はない」
「そんなっ!?」
ピーターさんは一瞬だけ迷ったものの首をはっきりと横に振り、ワタシはもう一度コムギの方を見る。
さっき映像には他の魔法少女を庇う様子が映っていたけど、今は他に魔法少女の姿はない。死体も見えないし、コムギの性格を考えると自分が囮になって皆を逃がしたのだろう。
だけどそうやって一人で戦った結果がアレだ。
身体はふらつき、視線からどうやら目もまともに視えていない。それでも微かに感じる息遣いや動きの音を頼りに、襲い掛かってくる悪心達に立ち向かっている。
「さあ。こんな所で押し問答してる場合じゃない。予定時間までもう10分ほどしかないからね。悪いけどボクが運んで支部まで……下がってっ!?」
急に、ピーターさんが前に出て叫んだ。すると、
『グルルルル』
『グウゥゥ』
唸り声を上げながら、周囲から数体の犬型悪心が現れる。
(いけないっ!? まさか群れっ!?)
悪心は基本群れを作らない。だけど一部の小型種等は稀に何体かで行動する事がある。
そして今は悪心の大量発生中。何が起きてもおかしくない。
「マズいね。時間がないってのに……アズキちゃんはそこの瓦礫の陰に隠れていて」
『グルアアアっ!』
「チィっ!? 早く下がってっ! はぁっ!」
飛び掛かってきた悪心をいなすピーターさんに背を押され、ワタシは瓦礫の陰に押し込まれる。
「せいっ!」
『ギャウっ!』
また飛び掛かってきた一体をカウンターで引き裂くピーターさんだが、その場からほとんど動くことなく立ち回っている。
それを悪心も本能的に感じ取ったのか、グルルと威嚇しながらじりじりと同時に飛び掛かれるよう間合いを詰めていく。
(どうして? ……傷を気にしてカウンターを狙うにしても、もっと良い位置取りがある筈……あっ!?)
気づいてしまった。
ピーターさんはワタシの方に行かせないのと同じく、
『グワゥっ!』
「くっ!? んなろっ!」
そして、今も二体同時に襲われ片方に爪でひっかかれても、ピーターさんはその位置取りを崩さない。
変身している方の腕でガードしているから傷はついていないけど、怪我から流れる血で着実に体力を消耗していく。そして、
『グオオオっ!』
「……はぁ……まだ……これくらいっ!」
離れた所では、今もコムギが必死に戦っていた。
鹿型悪心の角で持っていた剣を弾かれ、牛型悪心の突進を躱したものの砂埃で目をやられ、それでもステッキから放つビームで牽制している。おそらくは逃げた仲間を追わせないように。
(ワタシ……なんて無力なのっ!? 親友も守れず、ピーターさんには迷惑をかけて、これじゃあどうしようもないじゃないっ!?)
聖石が砕けていなければ。魔法少女の力がもう一度だけでも使えれば。
終わった後拒絶反応で死ぬような目に遭ったって構わない。痛みに耐えてでもコムギの……そしてピーターさんの助太刀に行けるのにっ!
悔しさからぎゅっと拳を握り……ふと手首に巻いたままのタメールに目が留まる。
発信機としてつけたままのそれを見て、ふと以前支部内を見て回っていた時に職員の一人から聞いた話を思い出す。それは、
『
『ああ! 普段からタメールは起動の際に、持ち主の邪因子を吸って動力源にしているんだけどよ。それとは別にほんのちょっぴりずつ非常用の分を溜めているのさ。それを使ってタメールを邪因子のない奴でも使えるようにしたり、もしくは滅多にない事だが……』
「“貯蓄した分を身体に取り込む事で
ワタシは、そっとタメールに指を伸ばす。
「ハアアッ! ……アズキちゃん? 一体何を……まさかっ!? 待て。待って!? それをしたら君はっ!?」
こちらに気が付いたピーターさんが慌てて止めようとするけど、間の悪い事に残りの悪心達がまとめて飛び掛かってきてそちらの対処で手いっぱい。
(ごめんなさい。これからやろうとしている事は、ピーターさんやジェシーさんの厚意を無駄にする事。後で思いっきり謝ります)
それは一度踏み出したら後戻りできない道。たぶん誰も幸せにならない選択。だけど、
「だとしても、このまま無力な身で終わるくらいなら、命の恩人の足手まといになるくらいなら! そして、あの子がこれ以上傷つくのを見るくらいならっ!」
ワタシはタメールの画面から、
その瞬間タメールの内側から針が伸び、そのまま手首の血管に突き刺さって邪因子を流し込んでいく。
ドクンっ!
活性化した身体の中の邪因子が、拒絶反応の強烈な痛みごと聖石を侵食していく感覚。もう正義の魔法少女に戻る可能性はこれで万に一つも消える。
それでも尚、その時のようにワタシはこの言葉を叫ぶんだ。
「悪にだって、堕ちてやろうじゃない。……
ワタシの身体を、この身から吹き上がる邪因子が包み込んだ。
こうして、正義の魔法少女は友の為に悪に堕ちる。
次回から悪堕ちタグが追加されます。
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閑話 悪心迎撃戦 月は陰れど諦めない
◇◆◇◆◇◆
それは、分かっていた事だった。
「悪心反応っ! 市街地に多数出現っ!?」
「やはり来たわね。周辺の住民の避難誘導を開始! 付近の魔法少女を至急現場に向かわせてっ!」
以前起きた悪心の大量発生。
それに近い反応を感知した魔法少女の本部は、事前に警察や自衛隊と連携を取り事に備えていた。
実際何も知らない状態に比べれば、かなりスムーズに避難や対処は出来ていた。しかし、
普段一体か二体しか現れない悪心。仮に群れるタイプだとしても、それは大半が小型種で一体一体はまだ倒しやすいタイプ。それが、
『ガアアアっ!』
『グオオっ!』
何体も
「チィっ!? 何よ何よこいつらはっ!?」
「倒しても倒しても……キリがないっ!?」
普段の倍以上の数。そして普段を優に超える強さの悪心達。事前に何人かでチームを組んで備えていた魔法少女達でも苦戦は免れなかった。
さて、そんな中ある所に、新米の魔法少女のチームがいた。
チームは最低一年以上魔法少女を続けた者が一人でも居なければ登録されない。しかしそのチームはたまたまその人物が所用で町を離れており、残るのは皆経験の乏しい者ばかり。
そういうチームには避難誘導等に協力するよう指示が出るのだが、このチームは多少ながら自分達の実力を過信していた。一人居なくとも問題はないと、自分達から悪心反応の方に向かっていった。
そんな新米魔法少女達が辿る末路は大体決まっていて、
「イヤ……来ないでよ。何なのこれ!? こんなの訓練になかったっ!? こんなの知らないっ!?」
「数が……多すぎるっ!?」
彼女達は悪心の群れにぶち当たって壊滅寸前に陥った。
通常よりも強力な悪心の割合が多く、必死の思いで倒したとしてもすぐに次の増援が来る。
浮かれ気分はすぐさま後悔に変わり、次第に恐怖や絶望といった感覚に支配されていく。だがもうすっかり悪心に囲まれ、後はじわじわと磨り潰されていくのみ……の筈だった。
「皆しっかりしてっ!? 大丈夫っ! あたしが今度こそ……絶対守るからっ!」
一人の魔法少女が、そこに助けに入りに来なければ。
◇◆◇◆◇◆
「……ごふっ!?」
吐血し、血塗れになりながらも、よろよろとステッキを支えにあたしは立ち上がる。
目の前で咆哮を上げるのは、見える限りでは牛型と鹿型、そして熊型の中型悪心が一体ずつ。そしてウサギ型の小型種の群れ。どうにか何体も倒したのにまだこんなに居る。
(さっきの子達……無事に逃げられたかな?)
あたしがこの場所に来たのは偶然だった。
「ちょっと様子を見に行ってきます」
『危険すぎるわ。アナタは今チームメンバーもなく一人。もしもの事があったら』
「大丈夫です! それに……もし今行かずに間に合わなくなったら、それこそ後悔しちゃいますから」
たまたま受信した救援信号。止める平岡さんを無理に説き伏せて現場に来てみたら、襲われていたのは明らかに実戦慣れしていない魔法少女達。
怯えてまともに戦えそうにないその人達を逃がせたのは良いけど、その代わりあたしは悪心の群れに囲まれた。
(助けを呼ぶって言ってたけど……ちょっと期待薄かな。この辺りはあんまり人が居ないし)
『シャアアっ!』
「この……やああっ!」
大きく飛び上がって突っ込んでくるウサギ型を一体撃ち落とす。こんな風に一体ずつならあたしだって……えっ!?
『グオオオっ!』
「きゃあっ!?」
3mはあるんじゃないかという大きな熊型悪心が、撃ち落とされるウサギ型ごとあたしを潰そうとその腕を振り下ろした。
咄嗟に飛び退いたあたしだけど、さっきまでいた場所で無残に潰されるウサギ型悪心を見て冷や汗をかく。
『ブモオオっ!』
そこに合わせるように、牛型悪心が突進してきた。
(ビームを放って迎撃するにはちょっと距離が足りない。なら……剣でっ!)
アズキちゃんが居ない間、近づかれた時の為に練習していた剣。牛型の突進を躱しざまに反撃しようとそれをステッキとは反対の手で抜き放ち、
ガキーンっ!
「……えっ!?」
(嘘っ!? 悪心が群れるだけでも珍しいのに、連携をとるなんてそんなのアリっ!?)
結果、牛型悪心の突進は無理やり身体ごと跳んで躱す羽目になった。だけど、その代償は高くついた。
突進で巻き上がった砂煙がもろに目に入って、開けられなくなってしまったんだ。
瞼の裏から感じられるのは、近くの相手のぼんやりとした動きが精々。そして、戦いの中でまともに前が見えないのは死活問題。
『シャアアっ!』
「ああっ!? ……かはっ!?」
ウサギ型悪心の突撃が鳩尾に入り、悶絶した所を一体二体とまた突撃してくる。
目も見えないまま音や微かな風を頼りにビームを放って牽制するけど、闇雲に撃っても距離を取らせるのが精々。
そのまま悪心達は、少しずつじわじわとこちらを包囲しながら近づいてくる。
『グオオオっ!』
「……はぁ……まだ……これくらいっ!」
嘘だ。もう正直いつ倒れてもおかしくなかった。身体中あちこち痛いし、足はガクガク震えてる。
でも口で自分を誤魔化しつつ、あたしは震える足を叩いてステッキを握り直す。
(まだ……はぁ……負けられない。アズキちゃんが……帰ってくるまで。一人でも……頑張るんだって、決めたんだから!)
アズキちゃんと交わした約束。
立ち止まらず、全てを投げ出さず、前を向いて歩く。誰かにとっての光である事。
それを破ってしまったら、それこそ本当にアズキちゃんが戻ってこなくなるような気がして。
『グオオオっ!』
『ブモオオっ!』
咆哮と強烈な地響きが一斉に聞こえ出す。ついに向こうもまとめてかかってくる気になったみたい。
いくら迎撃しても、あの数が一度に来たら対処しきれないだろう。眼もまともに視えない以上、躱す事すら難しい。
もしかしたら、ここであたしは…………でも、
(諦めるもんか! ……アズキちゃん。見ててね! あたし……負けないから!)
迫ってくる悪心達を迎え撃つべく、あたしはありったけの力を振り絞る。
そしてステッキに溜まった分の力を一気に解き放とうとした……その時だった。
ヒュンっ! シュタっ!
(……風? いいえ違う。誰か来た)
風切り音と共に、朧げだけど人型の誰かがあたしの目の前に立ったのを感じる。走ってくる音が聞こえなかったから、多分魔法少女が飛んできたんだろう。でも、
「ダメっ!? 一人じゃこの数はキツイよっ!? 目が視えないあたしじゃ足手まといになっちゃうから早く逃げてっ!?」
そう慌てて叫ぶけど、そんなの悪心達にはお構いなし。
今更突撃が止まる事もなく、あたしの前に立つ誰かに殺到する。そして、
ザンっ!!
最初にやってきた悪心のどれかを両断したその斬撃は、どこか既視感のある動きだった。
「…………アズキ……ちゃん?」
ちなみに、コムギが救援信号に駆け付けなければ新米達は全滅していました。
そういう意味では間違いなくコムギは誰かの光になり続けています。今も……そして昔も。
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悪心迎撃戦 堕ちた星は刃を振るう
まず感じたのは熱だった。心臓はどくどくと脈打ち、身体中の細胞が騒ぎ出す。
邪因子が活性化する感覚。それだけなら以前にも味わった。だけどそこに、今度は聖石から身を引き締めるような冷たさが追随する。
狂騒と沈静。相反する二つが合わさり、拒絶反応として身体に激痛が走る。
「アアアアアっ!?」
自分の口から知らず知らずの内に絶叫が出る。
今にも心臓が止まりそうな……いや、
でも止まる度に、邪因子の側がもっと動けと無理やりに心臓を叩き起こす。
そして、どれだけの時間が経っただろうか?
体感では一時間は経ったような気がしたし、実際は十秒も経っていなかったかもしれない。
唐突に、
「…………フッ」
小さく吐息を漏らしながら、トンっと地面を軽く駆けてピーターさんに襲い掛かっていた小型悪心数体とすれ違う。それだけで、
「……まいったな。まさかここまで適性が高かったとは。それとも元魔法少女だからか?」
悪心達は、全て奇麗に両断されていた。
「分かりません。だけど、何となく出来る気がしたんです」
(ああ。……本当に、変わっちゃったんだな。ワタシ。分かってはいたけど……ちょっとショック)
近くの瓦礫の中。そこに散らばっていたガラスの破片に映る自分の姿は、魔法少女として戦っていた時とはかけ離れていた。
空色を基調としていた軽鎧は漆黒に染まり、腕甲や脚甲の所々から血のように紅い刃が生えている。
頭部には目元を隠す形の薄紫色のバイザー。そして愛用していた長剣は、柄の部分が刺々しく変貌して鞘に納められていた。
灰色の長髪は変身時に一つにまとめて束ねられ、鎧の隙間からはやや病的なほど青白い肌がのぞく。
身体から力が溢れてくるのとは裏腹に、見るからに堕ちた騎士という格好にワタシはつい自嘲の笑みを浮かべる。
「その姿。どちらかと言えば、本体より魔法少女のアバターが強い影響を受けたみたいだね。属性は“刃”か“剣”と言った所かな」
「それはまた……我ながら酷い物ね」
以前職員の人から、邪因子の変身は本人の素養や願望にもそれなりに関係があると聞かされた。
つまり元となる魔法少女の姿がこうなったのは、ワタシの中にそういう素養があったから。
敵を倒す事でしか、あの子を守る事が出来ないと心の底で考えていたから。
でも……
「行かなくちゃ。すみませんピーターさん」
「3分だ」
そうして離れた場所で今も戦っている大切な人の元へと飛ぼうとし、その背にピーターさんから声を掛けられる。
「今の君の身体能力を考えると、支部までの移動時間を考えて猶予は3分。その間に君のすべき事を済ませると良い。助けるのも……
「……行ってきます」
(ああ。やはり、ピーターさんは良い人だ。行くなでもなく、何も語るなでもなく、すべき事をする猶予をくれるなんて)
ワタシは少しでも猶予を伸ばすべく、そのまま勢いよく空へと飛び出した。
(見えたっ!)
空高く飛び上がったワタシは、すぐにコムギが悪心達と戦っている場所を捕捉。だけどコムギは明らかに傷つき、そこに悪心が殺到しようという所だった。
(させないっ!)
ワタシは一気に加速してコムギの元に到達。風で吹き飛ばさないようギリギリで減速して前に立ち、迫りくる悪心達を見据える。
「ダメっ!? 一人じゃこの数はキツイよっ!? 目が視えないあたしじゃ足手まといになっちゃうから早く逃げてっ!?」
コムギはそう悲壮な叫びをあげる。
大丈夫。もうアナタの所には届かせない。ここがこの悪心達の終わりの場所よ。
『シャアアっ!』
ザンっ!
最初に飛び掛かってきたウサギ型悪心を、鞘から抜き放った剣で両断する。
(うん。身体が軽い。以前のように……むしろ以前よりも身体が自在に動くっ!)
次々に襲ってくるウサギ型悪心を切り払い、なで斬りにしていくと、続いて向かってきたのは牛型悪心と鹿型悪心。
牛型悪心の突進は真っ向から受けるには危険であるけれど、同時に向かってくる鹿型の角は鋭利な刃かつ幾重にも枝分かれしていて、下手な回避や迎撃では武器を絡め捕られた上でそのまま牛型に潰される。なら、
(習ったわけじゃない。なのに、
「……邪因子……
ギュオオン……ズバンッ!
邪因子が身体から剣に伝わっていき、大きく振るって鋭利な角ごと鹿型悪心の首を落とす。そしてその勢いのままに身体を回転させ、牛型の突進を躱しながらすれ違いざまに前脚を切断。転倒した所を脳天に剣を突き立てる。
残るは熊型悪心のみ。向こうも敵意をむき出しにし、二足で立ち上がって腕を広げ威嚇する。
「…………アズキ……ちゃん?」
ワタシの後ろから聞こえるその声は、どこか困惑が感じられた。
無理もないよね。姿も大分変わってしまったし、そもそもワタシが死んだと思っていた可能性も少しある。……少しだけど。
でも、その声を聞くだけで、アナタが一緒に居るだけで、ワタシはまだ戦える。
『グオオオっ!』
熊型悪心はその剛腕を横薙ぎに振るおうとする。それはまともに喰らえば人間の身体なんかぼろ雑巾のようになってしまう一撃。
だけど、当たらなければどうってことはない。
「はあああっ!」
ズンッと剣を地面に突き立てる。すると地面を伝って邪因子が熊型悪心まで伸びていき、そのまま地面から放出。形ある刃となって身体を縫い留める。
『ギャオオンっ!?』
邪因子の刃は一時的な物。叫びながら暴れる熊型悪心のパワーなら数秒あれば抜け出せる。
だけど、その数秒があれば充分。
「これで……トドメっ!」
ワタシは
もがく熊型悪心を一息に切り捨てた。
「…………ふぅ」
周囲にもう悪心の気配がない事を確認し、大きく息を吐いて残心を解く。
そしてふと咄嗟に手に取った剣を見て、それが誰の物かと思い当たり、
「……アズキちゃん? アズキちゃんだよね?」
その声にゆっくりと振り向けば、そこにはワタシの大切な親友が立っていた。
「まだ目がぼんやりとしか視えないけど、でも動きで分かるよ! アズキちゃんなんでしょっ! ……生きて……帰ってきてくれたんだねっ!」
その声は本当に嬉しそうで、コムギは目が視えないなりにこちらへ歩いてこようとしている。
だからこそ、今のワタシは、
「
こうして、拒絶する事しか出来なかった。
次回悪心迎撃戦終結予定。
二人はどういう結末を迎えるのか。お楽しみに。
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悪心迎撃戦 星と月は約束を交わす
近づくなという拒絶の言葉。
それがワタシとコムギとの間を、どこか寒々しく流れていく。
「……何でそんな事言うの? ……あたし、アズキちゃんの事をずっと待って……きゃっ!?」
コムギは驚愕したように足を止めたけれど、それは一瞬の事。よろよろとこちらに歩いてこようとして、途中の瓦礫に脚を取られて転びそうになる。
「危ないっ!?」
足元はゴツゴツした瓦礫ばかり。このままじゃ怪我をすると、ワタシは咄嗟に鎧の刃を引っ込めながらコムギを抱きかかえるように受け止める。その時、
「…………えっ!? アズキ……ちゃん? その姿は!?」
「……目がまだ完全ではないとはいえ、これだけの至近距離なら流石に分かってしまうよね。そう。これが、今のワタシ」
コムギの眼が大きく見開かれる。それはそうよね。前とは随分見た目も変わってしまったし、コムギだって……こういう反応をするわよね。
「訳は詳しく言えないけど、アナタとの最後の通信の後、ワタシは色々な事があって一命を取り留めた。だけど聖石が破損してもう魔法少女としては戦えなくて、代わりに手に入れたのがこの力だった。……酷い姿でしょう? これを見て正義の魔法少女だなんて思う人は居ないでしょうね」
ワタシは自虐の意味を込めて軽く嗤う。
「この力は自分で望んで得た物。それに後悔はないの。でも、事情を知らない人から見れば……ワタシは悪心とあまり変わらない。……いえ。悪心とはまた別の人外よ。いくら自分で自分を人間だと思っていてもね」
ピーターさんは邪因子により怪人化しても人間だと断言した。リーチャーの人も皆同じような結論なのだろう。それは良い。
だけど、それ以外からすればやはりワタシ達は人間以外の何かなんだ。
「それに……見て? この鎧中の刃を。これは今ワタシの意志でひっこめているけど、本来なら出ている状態が素なの。意識しないと触れる人を傷つけてしまうような人外。それが今のワタシ」
そう絞り出すように語るけれど、一言一言が自分自身に突き刺さっていく。
でも言わなきゃいけない。この温かな居場所を、大切な人を、自分で傷つけてしまわないように。
「だから……もうワタシに近づいてはダメ。アナタは魔法少女なんだから。こんな人外と一緒に居る事なんてないの」
そう言ってさりげなくそっと手を放そうとした時、
「アズキちゃんのバカっ!」
ガシッ!
コムギは自分からさらに力強くこちらを抱きしめてきた。
「コムギっ!? だから危ないって」
「あたしはっ! ……そんなのどうだって良いの。魔法少女じゃないとか人外とかそんなの知らないっ! アズキちゃんが生きていて、また逢えた。それだけで……嬉しいんだよ」
涙目で叫ぶように、コムギはそう口にする。
「ちょっと全身がトゲトゲしてるからって何よっ!? そんなの……ちょっとこっちが厚着すれば済むよ。それにアズキちゃんは、今もあたしが傷つかないようにひっこめてくれてるんでしょ? ……そのくらいで、あたしは離れたりなんかしないんだからっ!」
「……まったく。バカなんだから」
気が付けば、ワタシもまた涙を流していた。
(ああ。このままずっと一緒に居られたら。抱きしめ返してあげられたらどれだけ良いだろう)
それはとても甘美な誘惑だった。
コムギなら、決して今のワタシでも見捨てる事はないだろう。
周囲から魔法少女と認められなくとも、どんな陰口を叩かれようとも、コムギさえ一緒に居てくれるのならそれで良いとも思った。
邪因子の影響なのか、さっきから心臓はどくどくと高鳴る。いつの間にか、ワタシの両腕が知らず知らずの内にコムギの背に伸び、
「…………ありがとう。でも、やはりワタシは行かなくちゃ」
本能を理性で制し、ギリギリと音が鳴りそうなほど静かに力を入れて両腕を離す。
そのままコムギの腕を優しく掴み、サッと地面に立たせる。……そんな名残惜しそうな顔をしないでほしい。
「ワタシも、このままコムギと一緒に行きたい。でも
ワタシはバイザーを外し、素顔をあらわにしてゆっくりと笑いかける。
「それにこの力をくれた人達は、
「アズキちゃん……じゃあ、
コムギはそう言って小指を伸ばしてきた。それを見てついフフッと笑みが漏れてしまう。
「ちょっとぉ。笑う事ないでしょ!?」
「フフッ。ゴメンゴメン。何か微笑ましくて。でも良いわ。約束する」
ワタシもそれに応じて、小指を互いに絡め合わせた。
「何があったって、どれだけ時間が掛かったって、必ず戻ってくる」
「うん。約束だよっ!」
誓いはここに交わされた。
そうして離れた小指には、コムギの温かさが残っていた。
「……そろそろ行かなきゃ。本当はこうして私が生きているって知らせるのも止められていたんだけど、無理言ってちょっとだけ時間を貰ったの」
残り時間はもう30秒を切っていた。
ワタシはすぐにでも飛び出せるようにとんとんとステップを踏み始める。
「この先いつになるか分からないけど、どうにかしてその内連絡をするから。……ワタシが生きてる事は、もうしばらくは皆には内緒にしていて」
「ちょ、ちょっと待って!? それって平岡さんや、アズキちゃんのお母さんにもっ!? それにあの子だって。……皆アズキちゃんが居なくなって落ち込んでいたんだよ」
その言葉に、少しだけこの場に留まる理由が増えて後ろ髪を引かれる。
(平岡さんはともかく……母さんと
母さんからしたらワタシは政治の為の道具だった。ワタシが魔法少女になったのも、その方面に影響力を高める事の一環だった。
仲は決して良かったとは言えない二人だったけど、最近はコムギの仲立ちもあって少しだけ……ほんの少しだけマシになったように感じていた。
ただそれでもマシになっただけで、ワタシが居なくなった事でそこまで変化があるとは思っていなかったけど。コムギがそう言うのなら大なり小なり家族としての情があったのだろう。
ワタシは少し考えて、
「……落ち着いたらこちらから連絡するわ。だから、もうしばらく内緒にしていて」
「分かった。でもなるべく早くしてあげてね」
その言葉に、ワタシは軽く手を振って応えながら足に力を込める。
そしてそれを解き放つ瞬間、
「アズキちゃん。……
「ええ。……またね」
コムギの笑顔をしっかりと目に焼き付けて、ワタシは思いっきり空へ翔けだした。
「時間ピッタリ。まあ個人的には出来ればもっと余裕を持ってほしかったけどね」
「ごめんなさい」
「そこは別に謝らなくても良いさ。さっきも言ったけど、勝手に支部を抜け出したり邪因子を許可なく身体に投与したことは謝ってほしいと思うけどね。ボクやジェシーや他の職員達にも」
隠された支部の入り口では、ピーターさんがワタシの事を待っていた。
ふわりと目の前に降り立ったワタシは、素直に頭を下げて謝罪する。
「しかし分かっていると思うけど、ここまで邪因子が活性化した上怪人化したとなると、もう身体から邪因子を除去するのは難しい。やるにしても長い時間と本格的な機材が必要になってくる。こうなっては今までのように
確認するようにピーターさんが尋ねてくるので、ワタシは静かにこくりと頷く。
「結構だ。では今回の件が落ち着き次第、君を特例として
そうしてピーターさんは、苦笑いしながらワタシに向けて手を差し出した。
「本当は子供は歓迎したくないけれど、ここは敢えて言わせてもらおう。
「よろしくお願いします」
今の言い方からすれば、まだワタシから邪因子をなくせる手立ては残っているのだろう。ならワタシは諦めない。
たとえ悪と言われても、どれだけ時間が掛かっても、必ず戻ると親友に約束したのだから。
ワタシは静かに決意を秘めて、ピーターさんの手を取った。
いかがだったでしょうか? これにて悪心迎撃戦アズキ視点は一区切りとなります。
次回はちょっとした閑話とピーター視点を挟む予定です。どうぞお楽しみに。
この話までで面白いとか良かったとか思ってくれる読者様。完結していないからと評価を保留されている読者様。
お気に入り、評価、感想は作家のエネルギー源です。ここぞとばかりに投入していただけるともうやる気がモリモリ湧いてきますので何卒、何卒よろしく!
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閑話 悪心迎撃戦 運命に出会った魔法少女
◇◆◇◆◇◆
ザシュッ! ザシュッ!
「消えろっ! 消えてよっ! 消えてしまえぇっ!」
一人の魔法少女が、その手に持つ双短剣を振るい鬼気迫る表情で悪心を切り裂いていた。
「……はぁ。……次は、あっちね」
「だめっ!? そっちは数が多いっ!? 戻ってっ!?」
「うるさいっ! たまたま今日組んだだけの奴が命令しないでっ! 悪心は……どいつもこいつも消してやるんだっ!」
仲間の静止に耳を貸さず、少女は一人自分から悪心の群れに突っ込んでいく。
「こんな奴らに、こんな奴らに
そうどこか慟哭するように吼える少女の姿は、ある意味で悪心のようだった。
少女には姉が居た。
強く、優秀で、母の期待を一身に受け、
父は少女の幼児期に蒸発。そして母は多忙の為家族の時間は取れず、その上どちらかと言えば優秀な姉にばかり期待をし目を付けた。
勿論少女の方に構わなかった訳ではない。それでも姉より優秀になればもっと構ってもらえると、愛に飢えた少女が思ったのは自然な成り行きだった。
少女は様々な事で姉に挑んだ。勉学、運動、芸術、作法、思いつく限りの様々な事で。
しかしどれも勝つ事は出来なかった。正確には引き分けはあれど超える事は出来なかった。
数百を超える勝負の末、少女の心は折れた。いくらやっても完璧な姉に勝つ事は出来ないと、諦めの気持ちに支配された。
出来る事と言えば、勝負の後で姉に捨て台詞を残すぐらい。嫌味ったらしく、惨めに、腹立ちまぎれに罵声を浴びせる程度の事。
だというのに、姉は怒って反撃するでもなく、それすらも涼しい顔でただ受け入れた。
それが余計に少女の心を傷つけると分からずに。
そんなある日、姉は珍しく……というより初めて友人を家に招いた。
少女は昏い気持ち半分興味半分でその相手を観察した。完璧な姉の友人なのだから、相手も相応の傑物なのだと。
だが、その考えはすぐに間違いだったと気づく。その友人は傑物と言えるほど優秀ではなく、かと言って暗愚でもない。
明るく、気持ちの良く、それでいてどこか抜けていて、しかし良識も兼ね備えた、どこにでもいる一般人だった。
そしてそれを見る姉の様子を見て、少女はまた気づかされた。
友人など居た事もなく、まごまごしながらもどうにか喜んでもらおうとする姉の姿もまた、どうしようもなく不器用で、やはりどこにでもいる一般人のようだったと。
決して姉も完璧ではなく、完璧のように見えるだけだったのだと。
それ以来、少女は再び姉に挑み始めた。
完璧でないのなら、挑み続ければ勝ち目はある。自身を高め続け、必ず一矢報いて見せると。
相変わらず負け続け、悔しいから負けて捨て台詞を残す事も変わらなかったけれど、それでもいつか来る勝利に向けて挑み続けた。
姉が母の意向で魔法少女になったと聞けば、少女も母の反対を押し切ってその2年後に魔法少女となった。
姉が剣を使って戦うスタイルだと知ってからは、自身も同じ土俵に立てるように剣を訓練した。……そちらはあまり才能がなかったので結局双短剣のスタイルに落ち着いたが。
成りたての頃にピンチになって、あわやと言う所で姉が助けに駆け付けた時は、嬉しくもあり恥ずかしくもあったのでつい憎まれ口を叩いたりもした。
姉の友人ともそれなりに交流を深めた。姉の弱みを探るため、あわよくば姉から奪い取るためという名目だったのに、いつの間にか本当に少し気に入っていて。
少女があまり仲良くしていると、姉がさりげなく引き剥がそうと牽制してくるのがまた楽しくて。
いつの間にか、悶えるような渇愛も少し薄れていた。なくなった訳ではないけれど、姉に向き合っている間は我慢できる程度になっていた。
もっと昔から姉妹仲が良ければ、もしかしたら別の生き方もあったのかもしれないと考える事さえ多々あって、
悪心の大量発生の中、姉はデパートに突如出現した悪心から一般人を守り、死者を出すことなく地下駐車場まで追い込んで撃破。
しかし、そこで姉の消息はぷっつりと途絶えた。
MIA。戦闘中行方不明。
遺体が確認された訳ではない。だが状況的に生存は絶望的だった。
それでも少女は生存を信じたかった。しかし姉の友人が現場で粒子となって消える姉の装備を見たという言葉を聞いた時、少女は遂に絶望した。
自分の挑むべき相手が、自分の超えるべき目標が、もうこの世に居ないという事に。
「セイっ! ……ハァっ!」
そして、悪心の大量発生が再び起きた現在、少女は姉の仇とばかりに見かけた悪心に片っ端から襲い掛かっていた。
仲間とはぐれたのは理解していた。一人では危険なので戻るべきだとも頭では分かっていた。
しかし心から溢れるドロドロとした感情を叩きつけるかのように、少女はたった一人悪心の群れと対峙し双短剣を振るう。
速く、鋭く、そして深い怒りと悲しみと殺意を込めた一撃。それは一振りするごとに的確に悪心の急所を貫き、抉り、両断して減らしていった。
当然悪心の側もただやられてばかりの筈もなかった。少しずつ少しずつ、少女の身体に微かだが確かな傷と消耗を遺していく。
斬って、刺して、穿って、反撃されて……また斬る。
それは悪心を地獄へと導く片道切符。あるいは壮絶な八つ当たり。
そんな事が何度も続き、何体悪心を仕留めたか分からなくなった頃……ついにその時は訪れた。
カラーン。
「……あっ!?」
それは、手から短剣が滑り落ちる音。
長時間の戦闘で握力が弱ったのか、単純に体力低下が原因か。どちらにしても結果は変わらない。
ザクッ!
「うぐっ!? ……アアアアァっ!」
武器を落とした隙を突かれ、少女の肩に野描型悪心の爪が突き刺さる。
どうにか反撃したものの、思いの外深かったのか片腕に力が入らずもう片方の腕で短剣を構える。
そこへ、残った悪心達は好機とばかりに殺到した。
(……ああ。こりゃダメだ)
突然世界がゆっくりになる感覚。着実に迫る悪心達を見て、怒りに狂った思考の裏でどこか冷静に少女はそう判断していた。
(もうここを切り抜けるのは難しい。なら、一体でも多く道連れにしてやるっ!)
そんな捨て鉢な、破滅的な思想と、
(ダメ。こんな所で死ねない。どんなにズタボロにされても生きて帰らなきゃっ!)
最後まで生きる事を諦めない生存本能。
その二つが混ざり合い、残った片手の短剣をギュッと握りしめる。そのまま目前に迫った悪心達に刃を振るおうとし、
「あっ!? 獲物も~らいっ!」
「…………へっ!?」
少女は目を丸くし、理解が追いつかない。
体型や声から自分より少し年上、姉と同じくらいの女性だとは分かる。悪心と戦っているので、多分魔法少女だという事も分かる。
しかしその先の理解を阻むレベルで、その人型の何かはまさしく暴虐の化身だった。
全身から薄く黒い靄のような物が揺らめき、その何かが拳を振るい蹴りを入れるだけで悪心は例外なく破壊された。
少女の知るどの魔法少女の能力にも当てはまらない能力。
ただ、少女にも一つだけ理解できるものがあった。その何かの動きはどこまでも滑らかで、それでいて力強いものという事だ。
ただの力任せではなく、確かな技術に裏打ちされたもの。だけどどこまでも気楽で、どこか舞うような動き。
その何かは一撃も反撃を食らう事なく、悪心の群れが掃討されるまで1分もかからなかった。
そして、その何かは少女に向けて尋ねた。
「大丈夫? アンタの獲物取っちゃったけど、まあ見るからにピンチそうだったし許してよね!」
『大丈夫だった?
「……お姉ちゃん」
似たシチュエーションに似た言葉。そして別のベクトルとはいえその圧倒的な戦闘力を前にして、少女は自身の姉を思い出してそうぽつりと呟く。
「んっ?
その何かは自慢げに胸を張り、自身の名を声高らかに宣言する。
「あたしはネル。ネル・プロティっ! いずれリーチャー首領になるレディにして雑用係見習いよっ! よろしくっ!」
その日、少女……
という訳で、前話で名前だけ出てきたチサとネルに縁が出来ました。
なお余談ですが、永星姉妹は普段の人付き合いは淡白ですが、自分の中で一定以上興味や好意を持った相手には逆に相当執着します。良くも悪くも。
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ピーター クソガキの後始末に頭を悩ませます
◇◆◇◆◇◆
『第二次悪心大量発生レポート
〇月×日。正午過ぎ。
支部上層。擬装用工場にて悪心が出現。破壊活動を開始。
同時刻。周辺地区においても悪心が同時多発的に出現。その総数は不明だが、確認出来ただけで大・中・小型合わせて200体以上。
工場破壊阻止の為悪心の迎撃を決断。支部より部隊を展開する。なお悪心迎撃の際、外部協力者の助力があった事をここに記載する。
同日日没時より、悪心の発生率が急激に減少。翌日には出現率は平時と大差ないものまで下がり、警戒レベルは現在多少引き下げられている。だが、それでも完全に戻るまではまだ時間が掛かる模様。
書類作成者 ピーター』
第二次悪心大量発生からしばらく経った日の事。
ボクは執務室で頭を抱えていた。
目の前ではその原因の一つであるネルさんが、まるで悪びれることなく棒付きキャンディーをころころ口の中で転がしている。
「……はぁ。それで? 今日はどうして呼ばれたか分かってますか?」
「そりゃあ依頼達成の報酬を渡しにでしょ? あたしめっちゃ頑張ったからね! まあ悪心は歯応えはともかく数は居たから割と楽しかったかな」
「へいへいそいつはようございました。だけど……これはどういう事ですかねぇっ!?」
ボクはバッと外で売られていた今日の新聞を取り出す。そこの一面には、
「『謎の魔法少女現るっ!』『悪心殺しの英雄』『リーチャーなる組織、政府が目下捜索中』……これあたしじゃんっ!? あたし魔法少女じゃないんだけど……まあ良いや。もうちょっとこうポーズを意識するべきだったかな?」
「ポーズじゃないんだよっ!? 勝手に支部の外まで悪心を倒しに行った上、な~に普通に写真に撮られてんのっ!? おまけに組織の名前まで喋っちゃってもう……」
ネルさんがその鉄拳で悪心を殴り飛ばして仕留める瞬間が、でかでかと載っていた。
これは非常にマズい。姿が見られただけならやりようはあるが、組織の事を公にされるのは困る。
本来リーチャーは秘密組織だ。まだ侵略の準備段階なのに名が知れたらとても動きづらい。
だというのにこの暴君ときたら、何を普通に名乗っちゃってんですかねまったく。
「いやぁついね! 誰かって聞かれて名乗るほどの者でもないって返すのもアレじゃん? まあ組織名しか言ってないから平気平気っ! ……それよりどうよ? あたしがあんだけ悪心をぶっ飛ばしたんだから、報酬は弾んでくれるよね? あと和菓子食べ放題に連れてく奴もっ!」
(くっ!? キャンディーを咥えたまま眩い笑顔で迫ってくるんじゃないよっ!?)
ここで報酬を出し渋ったら後が怖い。実際どこかの支部が散々雑用係をあごで使った挙句報酬を渋り、ブチ切れたネルさんに酷い目に遭わされたらしい。……普通に払う分の数倍の出費になったとか。
「……はぁ。先に支部の外に出るなと言わなかったこっちにも少し責任があるし、その分はきっちり支払います。明細も出しますから確認してもらえれば。ただ和菓子の件は今は無理です。そもそも食べ放題とは言ってないですし」
「え~っ!? 何でよ!?」
「悪心の影響でしばらく休業中なんですよ。それに今ネルさんを連れて行ったら確実に悪目立ちします。だからしばらく和菓子の件は待ってグゲゲゲっ!?」
そう言っている間に、ネルさんはボクの服を掴んで前後に揺さぶってきた。
「い・や・よっ! 何とかしなさいよピーターっ! 下僕二号でしょっ!」
「ぐえっ!? ぐるじぃっ!? そんなこと言われてもどうしろと!?」
そんな中、
ピピピっ! ピピピっ!
ネルさんのタメールから着信音が鳴り響き、ネルさんは仕方なく手を放す。助かった。天の助けだ。
「誰よこんな時に……もしもし?」
『俺だ』
「あっ!? オジサン!」
微かに聞こえてきた声は、本来ここに来るはずだった人のもの。
この傍若無人で天衣無縫。災害級のクソガキことネルさんが、組織内で数少ない頭の上がらない
第九支部雑用係。ケン・タチバナの声だった。
「ふっふっふ! どうよオジサン。悪心の二十や三十軽~く蹴散らしたよ!」
『ああ。あまりその点については心配していなかったがな。それに聞いたぞ。悪心を倒す際に人命救助もしたそうじゃないか。よくやった』
「えへへへ。そうでしょうそうでしょう!」
その優しげな声にネルさんは顔を赤らめながら照れ笑いする。普段からこれなら恐れられる事も少ないだろうになぁ。……
『それはそれとしてだ。……お前勝手に支部の外で組織名語った挙句カメラに撮られたんだって?』
「げっ!? そ、それはその……」
急にケンさんの声色が変わる。通信機越しにも分かる怒りの籠った声に、ネルさんの表情が強張って冷や汗を流し始める。そして素早くタメールから出来るだけ耳を離し、
『このバカっ! 俺は何度も何度も言ったよなっ!? 仕事中は必要以外の一般人との接触を避け、避けられない場合は極力速やかかつ必要最低限に済ませて引き上げるのが鉄則だと。忘れたとは言わせんぞクソガキィっ! 大体お前という奴は』
「ご、ごめんなさ~いっ!?」
離れているこっちにまで聞こえてくる叱責とお説教が響き渡り、ネルさんも片手で耳を押さえながら謝罪すること約一分。
『……ふぅ。まあこんな所か。お説教はいったんここまでとして、近くにピーター君は居るか? 居るなら代わってくれ』
「居るよ。今スピーカーにするね」
えっ!? ボクに代わるのっ!?
ひとまずスピーカー状態になったタメールに向けて、しばらくぶりですと軽く挨拶する。
『ああ。前回の連絡の時にも言ったが、幹部昇進おめでとう。本来なら口調も改めるべきなのだろうが、その辺りは君が嫌がるだろうし今のままで。それと祝いの品という訳でもないが、その内手料理でも振る舞わせてほしい。日時を指定してくれれば腕によりをかけて準備しよう』
「それはありがとうございますっ! では近い内にまた連絡を」
「ちょっと!? そういう事ならあたしもっ!」
『お前にはいつも作ってるだろうが!』
ケンさんの料理の腕は趣味の域を超えてるからな。幹部になる前は時折ネルさん繋がりでご相伴に預かったものだ。最近は忙しくて頼めなかったし楽しみだ。
『それと、今回はウチのクソガキがすまない。そちらの作戦方針的にかなりの迷惑をこうむったはずだ。その分も謝罪を』
「ハハハ……ま、まあ大丈夫ですよ。幹部ですからね。何とかします」
ここでケンさんに頼めば、依頼料の返金やらなにやら便宜を図ってくれるだろう。リーチャー内外に顔が広い上義理堅い人だからね。
ただそうすると目の前のネルさんに睨まれるので乾いた笑いだけで何も言えない。ケンさんもその辺りを察したのか、苦笑しながらまた後日にと返してくれる。
そして軽い近況報告などをして別れを告げると、そのまままたネルさんに通話を代わる。
『さて。少しは頭も冷えただろう。お前も行動がやや軽率だったくらいは分かっているな?』
「……まあ、ちょこ~っとだけあたしにも悪い所があったような気がしないでもないかな」
『なら、その分くらいはピーター君を手伝うべきだ。どうせ本来の依頼料とは別に個人的な
「それは……まあ面倒だけどしょうがないか」
ネルさんも渋々頷く。ホント、ケンさんの言う事はそれなりに素直に聞くんだよなぁ。
『決まりだな。では、そろそろ通信を切る。俺が行くまでしっかりやるんだぞ。
「……うんっ! 任せてよ!」
そうして通信を切ると、ネルさんは大きく息を吐いてこちらに向き直る。
「……まっ。そういう訳で、オジサンがこっちに着くまでの間厄介になるからよろしく。一応オジサンにも言われたし、ちょび~っとだけなら気分が乗ったら手伝ってあげるから言いなさいよ」
と言われたけれど……何を頼めと?
確かにいざという時の戦力としてなら有りだ。ネルさんが本当の意味で本気になれば、一人でこの支部の職員全員を相手取っても多分勝つだろう。
だがそもそもそんな戦力が必要かと言うと、今回みたいな悪心の大量発生時くらいしか使いどころがない。そして今回の件でそうだったように、ネルさんが出たら敵は倒せるが高確率で何かやらかす。
かと言って適当な頼みをしたらネルさんの事だ。「なによ。そんな簡単な事を頼むだなんて、あたしの事が信用できないってぇのピーターっ!?」とかなんとか怒り出しかねない。
どうしたものかと少し思案し、
「……とりあえず、いったん保留でお願いします」
思いつかない時は後回し。幸いと言うか困った事にと言うか、ケンさんが来るまでまだそれなりにある。……現実逃避? 逃避できる余裕があるから良いのさっ!
ネルが一時的に指揮下に入りました。ちなみに切り札ではあるものの爆弾でもある模様。取扱注意。
また、作者の別作品『悪の組織の雑用係 悪いなクソガキ。忙しくて分からせている暇はねぇ』と比べると、雑用係とクソガキの関係性も少し変化していたりします。
気になった方は試しに読んで頂ければ幸いです。
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ピーター 元魔法少女に未来を提案する
ネルさんが「やる事が決まるまではここで好きに過ごすから。じゃあね~っ!」と言って部屋を出てからしばらくして。
コンコンコン。
「どうぞ」
扉のノックにそう返すと、誰かが部屋に入ってくる。それは、
「失礼します」
「やあ。申請した物が届いたようだね」
「ちょっと隊長それだけっ!? こうしてあたし達がコーディネートしたっていうのに」
リーチャーの衣装を着こなすアズキちゃんと、それに付き添うように入ってきたジェシーだった。
本来リーチャーの職員は、役割によって服装がある程度決められている。研究職や医療関係者なら白衣、戦闘員なら黒を基調にしたボディスーツと言った具合だ。
だが勿論例外もある。変身すると大きく体型や性質が変わる者や、任務の仕様上特殊な服が必要な者。そもそもファッションとして気に入らない者。
そういった者は申請することで、特注の制服を用意してもらえる。今アズキちゃんが着ている物は、ジェシーや一部の女性職員の協力の下デザインされた品だった。
「あの、どうでしょうか? ワタシ的にはその……動くのに邪魔になるからもっとシンプルで良いと言ったんですけど」
「女の子がオシャレしないでどうすんのって話よ。素材は良いんだしもっとガンガン攻めても良いと思ったんだけど、アズちゃんが嫌がるからこれでも抑えめにしたのよ」
あまり身体のラインを強調しないゆったりとしたグレーのシャツ。その上から黒いベストを羽織り、下はベストと同色のフレアスカート。
敢えて袖やスカートの一部に穴やスリットがあるのは、部分変身時にそこから刃を伸ばすから。
そして全体的に暗い印象を与える中で、所々に白と青の星の模様があるのは、ジェシー達なりのオシャレという物だろう。
見た目だけなら一般人にも一応紛れられる格好だが、当然性能は折り紙つき。防刃防弾耐火耐水性能に優れ、なんなら変身せずとも邪因子を伝わらせてさらに強靭になるという仕様だ。
「うん。良いんじゃないかな? 良く似合っている」
ボクはあまりファッションセンスはない方だけど、アズキちゃんの場合素が美少女なので大抵の服装は似合ってしまう。なのでそう正直に言うと、アズキちゃんはほんの少しだけ顔を赤らめた。……ただ、
「分かってはいたけれど、やはり……少し変わってしまったね」
そう。邪因子の追加投与の結果、アズキちゃんの身体には多少変化があった。
髪色は更に深く白に近い灰色。肌はやや病的さ寄りの儚さを持つ青白さ。そして瞳は本来日本人らしく黒目だったのが、邪因子が活性化する間だけ碧眼へと変化するようになっていた。
「ジェシー。確認するけど、髪や肌や目以外で彼女に変化はないんだね?」
「少なくとも目に見える変化はね。ただ聖石を邪因子が完全に侵食したなんて事例はないし、初めての事ばかりで手探り状態かな。これからも定期的に検査した方が良いかもしれない」
「……そうか」
頭の痛くなる報告に顔をしかめそうになるが、そこはググっとこらえてアズキちゃんの方を向く。
「それで、何かボクに用があるのかい? まさか服を見せに来ただけって事もないだろうしね」
「それは……その」
そこでアズキちゃんは、ちらちらとジェシーの方に視線を向ける。すると、ジェシーはポンっと何か気が付いたように手を打ち、
「コホンコホン。あたしちょっと用事を思い出したな~。二、三十分もしたら戻るから、それじゃっ! あとよろしくっ!」
そう言って何かニマニマした顔をして部屋を出て行った。……わざとらしいにも程があるだろうに。
部屋に残るのはボクとアズキちゃんのみ。部屋に奇妙な沈黙が漂う。
「……さて。それで? 何か内密に話したい事があるのかい?」
そう尋ねると、アズキちゃんは意を決したようにぽつりぽつりと話し出した。
「あの、まず改めて謝罪を。ここ数日検査とかでまだちゃんと言えていませんでしたから。悪心の大量発生時、勝手に支部の外に出てすみませんでした。それにピーターさんに怪我をさせてしまって」
そう言ってアズキちゃんは勢いよく頭を下げる。あ~。あの事か。
「そうだね。あれで大勢に迷惑が掛かったのは間違いない。でも監視を怠ったこちらにも非があるし、君の事情を考えれば逃げ出したくなる気持ちも分かる。それに……ほらっ! 怪我はもう治ったし」
ボクは服をめくって、あの時噛まれた脇腹を見せる。気合を入れれば数秒で塞がるどっかの暴君は別格としても、ボクも新米とはいえ幹部なので少しすれば治るのだ。
「……わ、分かりましたからっ!? 早く服を下ろしてくださいっ!?」
「おっと。失礼」
慌てた様子で片手で顔を隠しつつ手を振るアズキちゃん。
いけない。どうもこの支部の女性陣は恥ずかしがるどころか癖のある奴が多いから、ついいつもの感じで。そりゃあ目の前で異性が肌を見せたら驚くよな。ボクはサッと服を戻す。
「まあそういう訳で、その辺りの謝罪は普通に受け入れるよ。それを言ったらこちらこそ謝らなくては。……ゴメンね。本来なら君は普通に邪因子を除去して帰れる筈だったのに」
「そんなっ!? 頭を上げてくださいっ!? ……邪因子がなかったらワタシはとっくに死んでいたし、この力があったからこそあの子を助けられたんです。それに」
アズキちゃんはそう言うと、何かを思い出すような眼をして穏やかに微笑む。
「あの子は、コムギは姿が変わったワタシを見て、そんなのはどうでも良いと言ってくれたんです。ワタシが生きていてまた逢えた事が嬉しいって。だから……この姿でも良いんです」
「……そっか。そう言ってもらえるなら、助かるよ」
自分なりに折り合いをつけられるようなら何よりだ。勿論我慢しているだけで爆発する事もあり得るのでメンタルケアは必要だろうけど。
そうしてしんみりしたまま話し合いは終わる……という事にはならなかったりする。
「「それで、これからの事なんだけど(ですけど)……うんっ!?」」
互いに同じ言葉が口に出て、つい互いに顔を合わせて笑ってしまう。そして、どうぞというアズキちゃんの手振りに改まってボクは話し出す。
「これからの事なんだけど、さっきはああ言ったけどそれはそれとして、君は邪因子を除去して普通の日常に戻りたいという方針は変わっていないかい?」
「はい。約束しましたから。必ず戻るって」
即答だった。事前にここまで邪因子が活性化してしまっては難しいと告げておいたのに、その意思はまるで変わっていない。ならば、
「結構。では以前言ったように、君には外部協力者として働いてもらいたい。具体的には聖石と邪因子の影響についてのデータ取りや、対悪心アドバイザーとしてだ。また、悪心が支部内に出現した場合、その迎撃に出るかどうかは個人の自由だ」
本当は子供にそんな事はさせられないと言いたい所だけど、そこはもう何度も戦闘を行っていて今更なのであくまで自由意思に委ねる。
「無論協力者なのでその分の給料も払う。リーチャーには仮所属という扱いなので、衣食住も一般職員用になるが用意しよう。あとは時間を掛けて本格的に本部の邪因子除去手術を受ければ良い。……流石に手術費用までは出せないから、その分は自前で給料を貯めてもらう必要があるが」
ちなみにこれは
しかしただでそんな事をしたら、アズキちゃんが責任を感じる可能性がある。それに職員も全員が全員彼女の行動に好意的な訳でもない。迷惑をかけたのも事実だしな。
なので何かしら働いて、あくまで自分の力で費用を出すのが一番丸く収まる。それなら反対意見も少しは減るだろう。
「以上がこちらの提案だ。何か質問や要求はあるかい?」
それを聞くと、アズキちゃんは何かしら考え込み、
「……あの、かかる時間とか費用とか聞きたい事は色々あるんですが、まずワタシの元々の要件である一番大切な事だけ聞かせてください」
そう神妙な顔で尋ねてくる。それら云々を置いておいて、真っ先に聞きたい質問とは何だろうか?
ボクは何を聞かれるのかと内心ドキドキしながら待ち、
「あの、どうにか匿名でも検閲されても良いので、コムギに手紙を書いても良いでしょうか!? 勿論電話でもメールでも何でも良いんですけど」
「……はぁ。ボクの個人用通信機で一日二分……いや三分までなら許可しよう」
女の子のガールズトークはそこまで重要なのかよと、ほっと胸を撫で下ろした。
いかがでしたでしょうか? 以上でいったんこの話は終了となります。
一応この先の構想も伏線もあるのですが、本格的に書くとなるとかなり長い話になりそうです。おまけに人数が増えるから下手すると収拾がつかなくなる可能性もあるし。
あと他の作品もそろそろ続きを書こうかなぁという気持ちもあったり。雑用係シリーズとか。
そこでアンケート方式ではありますが、ここで止めるか続きを書くか決めたいと思います。
続きを読みたいというありがたい読者様がそれなりの人数居ると判断したら、それはもう気合を入れて続きを書き始める予定です。
それはそうと恒例のおねだりを。
この話までで面白いとか良かったとか思ってくれた読者様。
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閑話 ある新米幹部の優雅な一日 その一
ふと本編というより支部の日常を書こうと思い立ち、こうして久々に筆を執ってみました。
少々雰囲気が普段と違いますが、こういう時もあるのだと思っていただければ幸いです。
◇◆◇◆◇◆
シャー。
シャワーから流れ出る湯がその肌を伝い、目覚めたばかりで血の巡りの悪い青白い肌にぽっと赤みがさす。
少し緑がかった髪は濡れて肩の辺りに掛かり、丸みを帯びながらもそれなりに筋肉の付いた少々小柄な肉体は所々湯気で隠れている。
キュッと栓を締めてシャワーを止めると、その人は湯の張った浴槽にゆったりと身を沈め、ふぅと脱力するようなため息を漏らした。
そう。……
「あ~。やっぱり朝風呂は最高だよね!」
我らが悪の組織の新米幹部。ピーター君その人である。
これは、そんなピーター君の優雅な一日の一コマだ。
午前七時半。
朝風呂を終えて良い気分のピーターは、のんびりとした足取りで支部の食堂に向かっていた。
幹部ともなると、自室に特注の食事を届けさせる者も多い。しかしピーターは元々一般職員の頃から基本自炊派。
まあ実家から定期的に送られてくる大量の野菜を消費するためという微妙な理由もあるのだが、それは置いておいて今日もいつも通りに自炊する筈だった、だが、
「うっかり米を炊くのを忘れていた時はマズイと思ったけど、たまには食堂で朝食を摂るというのも乙だよね。今の時間なら数量限定デラックス朝食セットも狙えるな!」
昨日は仕事が重なり、部屋に戻るとシャワーも浴びずに布団にダイブ。
その結果諸々忘れていた事に気づき、もう開き直ってのんびり朝風呂を堪能して朝食は食堂で摂ろうと歩いていたのだが、
「……んっ!?」
食堂を目の前にして、突如ピーターは何とも言いようのない予感に襲われる。
それは昔彼が
つまり、彼にとっての厄介事の気配だ。
(……ちょっと時間を置いてから来ようか)
幹部に必要なスキルの一つに、自身及び部隊への危機察知能力というのがある。
そしてピーターはその点においてかなり優れていた。虫の知らせに敏感とでも言おうか。
人命や組織の大事など避けてはいけない事態ならともかく、それ以外ならわざわざ自分から首を突っ込む事もない。ピーターはそう考えて速やかに回れ右をし、
「あれっ!? ピーターじゃん。おはよっ!」
(ああ。そう言えば昔、最初にネルさんに名前を覚えてもらった時も直感が働いたっけ)
「丁度良かった! 腹ごなしに訓練室で軽い運動でもしようと思ってたの。ちょっと付き合ってよ!」
「ハハハ。おはようございますネルさん。じゃあボク今から食事なのでこれで」
目に見える面倒事の塊のようなネルから脱兎の如く逃走しようとするピーターだが、
「あたしから逃げようったってダ~メ♪ こういうのはどうせならめいっぱい動いてもっとお腹を減らした方が美味しく食べられると思わない? 思うよねぇ? という訳でレッツゴーだよ!」
「か、勘弁してくださ~いっ!?」
あえなく襟元をむんずと掴まれ、そのまま暴君に引きずられていく空腹のピーターであった。
?時間後。
「う~ん! ああ楽しかった!」
「……お、お役に立てて幸いです」
訓練が終わり、良い汗かいたと笑顔で軽く背伸びするネルに対し、ピーターはもう疲労困憊魂抜けかけといった状態で床に突っ伏していた。
「いつもは
「それで二人で組手をするってのはまだ分かるんですけどねぇ……だからって締めに大乱戦モードにしないでくださいよっ!? 僕こういうの苦手なんですから」
「え~。ピーターだってそこそこ頑張ってたじゃん。……まっ! あたしの四分の一も倒してないけどねぇっ! ぷぷっ!」
「うわぁ。そのドヤ顔腹立つぅ。最後まで残ったんだから良いでしょうよっ!」
なお余談だが、組手の後ネルが設定したのは本来
一体一体が並の怪人一歩手前の仮想敵が、次から次へとそこら中から出現して襲ってくるので協力して耐久戦を行うというシチュエーションだ。
決して一人や二人で戦い抜く事を想定したものではなく、ましてや
その訓練の様子をこっそり観戦していた数少ない職員は、口を揃えてこう言った。
「あのハードな訓練を腹ごなしでやるネルは、紛れもなく怪物である。そして、それにまがりなりにも付き合えるウチのボスも充分幹部として上澄みである」と。
「ところでさピーター。アンタここでの調査期間を延長する申請をしたらしいじゃん。基本事なかれ主義で言われた分の仕事しかしないのにめっずらしい」
まだへばっているピーターに対し、ネルはそう何の気もなく話しかけた。
「……悪心という不安要素があるにせよ、魔法少女という未知の存在もある訳ですからね。まだまだ侵略するか否かは情報不足な訳で期間の延長も視野に」
「それ、
その言葉に対し、ピーターは伏したまま何も言わない。そして、
「おっと。仕事仕事っと」
「俺ちょっと耳を塞いでますんで」
周囲に居た職員達が、巻き込まれてはかなわないとばかりにそそくさと離れて行った。
色々と体面的に問題になるような内容の会話は、最初から聞かなかった事にするのが悪い大人のやり方なのだから。
「逃げ足早いわねアイツら。まあ良いけど。……続けるよ。下手にここで調査期間が終わって撤退命令が出たら、正式なメンバーじゃない現地協力者とははいそれまで。無理やりでも後遺症が残ってでも、
「ははっ。何の事やら? 新米とはいえ幹部のボクが、そんな協力者一人の為に動く訳ないじゃないですか。これはあくまでさっき言ったように、良くも悪くも要素が多いから慎重かつ多く情報を集める必要があるってだけですよ」
よいしょっと起き上がって静かに笑うピーターに対し、ネルは揶揄っているような、そしてどこか拗ねたような顔をする。
それは数少ない友人に対して激励する同僚のようにも、お気に入りの玩具が取られそうな子供のようにも見えて。
「ふ~ん……まっ。そういう事にしとく。大人って面倒だもんね。その代わり、和菓子食べ放題の件は早めにセッティングね! もし約束を破ったら」
「分かってますって。行けそうな頃合いになったら連絡しますから。ホントですよ?」
こうして、軽く運動して満足したネルと別れたピーターだったが、まだこの優雅な一日は始まったばかりなのであった。
ちなみに、空腹と疲れで息も絶え絶え食堂に辿り着いたピーターが見たものは、デラックス朝食セットの上から売り切れと貼られたお品書きだったりする。
という訳で、ピーター君の優雅な日常風景の始まりです。
……えっ!? どこが優雅だって? まだ始まったばかりですし、これからですって!
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閑話 ある新米幹部の優雅な一日 その二
午前十時。
さて。スタートから盛大に躓いたピーターだったが、一日はまだ始まったばかり。
気を取り直して今日も今日とて、悪の組織の業務に移るのだ。といっても、
「隊長! おはようございます! 早速ですが目を通してほしい書類です」
「おはよう。そこに置いといてくれ」
「失礼します隊長。昨日の本部からの物資補充の件ですが」
「ああ。それならここにリストをまとめておいたから、兵器課の方に持って行ってくれ。この前の戦闘で割と装備を消費したからな。これで向こうも一安心だろう」
「隊長っ! 食堂より緊急連絡っ! ネル様が食いまくった結果、甘味の在庫が心許ないとのこと。この調子では今日の夜中の入荷分までに全甘味が品切れの可能性もあるとっ!?」
「ネルさんどんだけ食ったんだよっ!? ……仕方ない。購買に在庫を少し分けてもらおう。菓子や果物をアレンジすれば、今日限定メニューとかで誤魔化せるかもしれない。それで入荷分まで保たそう」
この通り。書類整理や各部門の橋渡しが主な業務だったりする。
ピーターの執務室にはこうして次から次へとひっきりなしに業務が舞い込み、一つ一つ捌いていくのも一苦労。それというのも、
「隊長っ!? やはり今のままじゃ手が回りませんよっ!? 早い所メレン副隊長に帰ってきてもらった方が良いんじゃないっすか? 副隊長ならこのくらいパパっと」
「ダメだ。散々ごねてやっと本部での定期検査をおとなしく受ける事を承諾させたんだぞ。メレンにはきっちり休んでもらう」
「……ま、そりゃそうですよね。あの人下手すると年一どころか数年単位で検査をサボるから」
一緒に書類を整理している職員の提案を、ピーターはばっさりと却下しながら以前の事を思い出す。
『私の健康管理は万全です。毎日自分での簡易検査及び、月一で肉体の調整も済ませているのに、本部の検査など必要ありません。……いえ、職員としての義務なのは理解できますが、それなら形式的な物を一日受けるだけで問題ありません。何故長期検査になるのですか? それよりも私もそちらに居た方がより効率的に任務が』
『良いから良いからっ! そんでついでに一月ぐらいゆっくり身体を休めなさいってのっ!? 有給が溜まり溜まってこっちにまで苦情が来てるんだからさっ!』
『……むぅ。仕方ありません。ですが定期的にこちらへ状況の連絡をお願いします。何かあれば昼間でも夜中でも躊躇うことなく連絡を。その時は検査など即座に中断してすぐに』
『だから早く行けっ!』
「それに、どうせもう数日で検査が終わって戻ってくるんだ。ボクとしては今の状況をメレンが見たらどうなるか怖いぞ」
(支部での悪心との戦闘に加え、魔法少女の現地協力者。そして、極めつけが……
普段ネルさんは辺境の第9支部勤め。たまたま本部に来る用でもない限り顔を合わせる事はない。しかし丁度今はこちらに滞在中だ。
とある事情で非常に複雑な関係の二人がばったり出くわした時の事を想像し、ピーターは仕事量の多さとはまた別の心労に頭を抑える。
「はぁ。……仕事するか」
「そうですね」
とりあえず先の事は置いといて、今は目の前の仕事を片付けよう。
ピーターと職員達は、現実逃避するように目の前の書類に向き合った。
午後二時。
パサッ。パサッ。
カリカリ。カリカリ。
ポンっ。ポンっ。
書類が擦れる音。ペンを走らせる音。そして、確認の印鑑を押す音。
それらに加えて時計の針が時を刻む音と、職員達の微かな息遣いの音だけが部屋に響く事しばらく。
「う~んっ! ……ちょっと出てくる」
「「「逃げるな隊長っ!!!」」」
さりげなく背伸びしつつ部屋の外に向かおうとするピーターに対し、大量の書類を前に奮戦している職員達の怒声が飛ぶ。だが、
「に、逃げるんじゃないさ。これは……そう。視察だ! たまには抜き打ちで施設内を見て回って、サボっている職員が居ないか確認しようという。……という訳でここは任せたっ!」
「おのれ隊長っ! 言い訳ばかり巧みだな! 早く帰ってこいよっ!」
「アンタが現在進行形でサボタージュしようとしてんでしょうがっ! 帰りに購買でコーヒー買ってきて!」
「こっちはエナドリでお願いしますっ! もち隊長のオゴリでっ!」
「分かってる。ちゃんと買ってくるからしばらく頼むぞ!」
職員達の怨嗟の混じった要望を背に受けながら、ピーターは慌てて部屋を出た。
さて、こうして逃げるように視察に出たピーターだったが、最初に向かったのは購買。
職員に頼まれたコーヒーやらを最初に買いに行く時点で人の良さが出ているが、それとは別にカゴに放り込んでいたのは、
「……はい。お代は確かに。しかし珍しいですね。隊長普段は自炊か、時々食堂で食べるくらいでしょ? こんなに色々出来合いの品を買いこんでどうするんです?」
「ああ。今日は夜にちょっと自室で用事があってね。自炊する暇もないし、たまにはこういうのも良いかなって。ああそれと食堂へ分けてもらう甘味の件だけど」
そうして会計を済ませ、軽く業務上の連絡をして購買を出るピーター。
(このまま戻っても良いけど……一応適当な理由付けだったとはいえ視察もしておくか)
そう考えたピーターは、ビニール袋片手にあちらこちらを見て回る事にした。……のだが、
「あっ!? どうも隊長!」
「隊長! お疲れ様です!」
「ああ。お疲れ様」
通路で職員達にすれ違う度、毎回挨拶されるのは形式的な物か、或いはその人柄ゆえか。
まあ挨拶される度、鷹揚にだが律儀に返していく姿を見れば明らかに後者だろう。ただ、
「……では、ボクは用があるので失礼する。そちらも職務に戻って今日も励めよ。じゃあな」
「はい。お気をつけて! ……う~む。何とか威厳を出そうと頑張っているのは分かるんだが」
「言葉遣いも偉ぶろうとはしてるんだけど、いかんせん素がアレなのは知ってるしなぁ。いざっていう時には頼りになるのに惜しい」
ピーターが去った後で、ある
実力に対する敬意もある。行動に伴う好意もある。積み重ねた実績から上司として仰ぐのもやぶさかではない。
しかしそれはそれとして、幹部になる前からのネルとのあれこれや第9支部での諸々を知っている職員からすれば、少々微笑ましくも心配な上司だったりする。
そんなこんなであちらこちら見て回ったピーターだったが、
(……うん。平和だ)
視察内容にはそれなりに満足していた。
多少サボっている職員は居たものの、それも精々こっそり職務中に煙草を一服するとか、懐に忍ばせた酒を一口呷るといった程度。
悪の組織としては可愛いものだし、職務に影響が出るほどでもない。軽く注意はしたし、目に余るようであればしかるべき場所に報告する事になるが、あまりガチガチの規則にすると管理する方も大変なのだとピーターは判断していた。それに、
『まあサボりもほどほどにな。やり過ぎるようであればメレンが帰ってきた時チクる事になるが』
半分冗談交じりにそう言うと、顔を真っ青にしてすぐ職務に戻る職員ばかりだったのも、ぎりぎりお目こぼしする理由の一つでもあったが。
(え~っと。兵器課は行ったし、擬装用工場の修復作業も確認した。医務室ではジェシーが堂々と昼寝してサボってたからはたき起こしたし後は……んっ!?)
そう考え事をしながら歩いていたピーターは、ふと気づくと訓練室の前を通りかかっていた。
先ほどネルに散々付き合わされた手前、今更ここを見る事もないだろう。そう考えてスッと通り過ぎようとした所、
『グルアアアっ!』
中から微かに聞こえた獣の叫びに、どこか既視感を覚えて立ち止まる。
(今の……この前戦った野犬型悪心の吠え声に似ているな。しかしまだシミュレーションで野犬型は出来ていなかった筈だけど?)
気になったピーターは、扉をそっと開けて中を覗き込む。そこで見たのは、
「はあああっ!」
何故か
この通り、ピーターの支部内での評価は割と上々です。まあ本人としてはもっと幹部らしく威厳が欲しいとは思っていそうですが。
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閑話 ある新米幹部の優雅な一日 その三
「はあああっ!」
飛び掛かってくる野犬型らしき悪心を、アズキは気合一閃斬り捨てる。
その姿は彼女用に特注したリーチャーの制服で、振るっているのは彼女が変身した時に出す長剣
実際に戦闘で使う物に比べれば大分質の劣るそれだが、アズキは剣に邪因子を伝導させる事でカバー。
十頭ほどに囲まれている窮地だというのに、飛び掛かられる度にくるりくるりと踊る様なステップで身を翻し、剣を振るう度に一匹ずつ着実に数を減らしていく。そして、
「これで……最後っ!」
最後の一頭を脳天から両断しそのまま残心。周囲にもう敵が残っていない事を確認し、ふぅと大きく息を吐いて構えを解く。
……
「どうだっただろうか? さっき戦ってみて何か気づいた事があれば遠慮なく言ってほしい」
「そうですね……あくまで体感なんですが、前実際に戦った野犬型はもう少し
「ふむ。俗に言う
「しかし助かるぜ。おかげで悪心のデータの精度が大分上がった。これならシミュレーションで実際に使用できそうだ」
モニターの前では、映像を見ながらアズキと技術者の数名が真剣な顔で話し合っている。
(なんだ。データ取りの一種だったのか)
ピーターは何事もないようだと軽く安堵の息を吐いた。
アズキは現在この施設において、現地協力者にして対悪心アドバイザーというポジションに就いている。まだまだリーチャーに悪心の情報が足りない現在、直接これまで戦ってきた魔法少女の意見は非常に貴重だ。
なので時折技術者と意見を戦わせるのだが、こうした実戦形式でのデータ取りはこれまではなかった。一応声をかけておこうとピーターは部屋に入ろうとして、
「はいは~い。そこまで。そこまでだよっと」
「ジェシーさんっ!」
議論がヒートアップしてきたのを、ジェシーが横から入ってばっさりと断ち切る。
「アズちゃんは戦って疲れてるんだから今日はここまで。どうせ意見を反映させるのに時間もかかるでしょ? そろそろ休ませなきゃ」
「そうよそうよ!」
「女の子をむさっ苦しい男共と一緒にしないでよっ!」
話を聞いていたのか、近くで丁度訓練が終わった女性職員達も追随する。
「ワタシならまだ大丈夫ですよ?」
「ダメよ。言ったでしょ? アズちゃんの身体は一応安定してきているけど、それでも無理は厳禁。変身せず邪因子の活性化のみとは言え、まだまだ聖石と邪因子の関係には謎が多いんだから」
ジェシーが担当医命令だよっと笑って言うと、アズキも強くは返せない。技術者達もその辺りは理解しているようで、口々にアズキに礼を言って離れて行った。
「まったく技術畑の人はこれだから。一度熱が入ると諸々お構いなしなんだからもぅ。さあアズちゃんは座って。少し息を整えたら軽く検査しましょうね」
「そうよねぇ。あっ! アズキちゃん動き回ったばかりで喉渇いてない? 私のお茶飲む? まだ蓋も空けてない奴」
「あ……はい。頂きます!」
ジェシー含む女性職員達の勢いに押され、アズキは椅子に座らされて甲斐甲斐しく世話をされる。
(何やってんだよアイツら。まあ仲が良いのは結構だけど)
アズキの職員からの評判は一部を除いて上々。特に女性職員からは大半から気に入られ、こうして世話を焼かれたり雑談する事もしばしばだ。
悪の組織の職員が絆され過ぎじゃないかと嘆くべきか、単純に関係性が良い事を喜ぶべきか。ピーターはそんな事を少々悩みながらも、ここはもう大丈夫だろうとそっと部屋から離れようとして、
「そういえばさぁ。アズちゃんってウチの隊長についてどう思ってんの?」
ジェシーがなんとなしに自分の事を話題にした事によりその足を止めた。そしてその一瞬で、周囲の職員の雰囲気がほんの僅かに変化する。
悪意や敵意ではないが、好奇心とか興味とかそういった類のものに。
「どうって……その、良い人だと思います。なんというか……頼りになる大人というか」
「あ~うん。頼りになる。そうね。いざって時にはホントに頼りになるんだよね隊長。特に子供とか守るべき人の前とかだと」
「はいっ! それに、凄く気遣いが出来る人なんです。ワタシの事も気にかけてくれて」
そうやってピーターの事を語るアズキの顔は、とても明るいものだった。それは普段のどこか張りつめた刃のようなものではなく、大切な
それを見てどこかほっこりするジェシーだが、それはそれとして、
「で……実際の所どうなの?
「すっ!? そ、それは……はい。人間的に尊敬できる人だと思います」
「う~ん。そういうライクじゃなくてラァブの方面が聞きたいんだけどなぁ」
そう巻き舌気味に発音するジェシーの瞳はどこかキラッキラとしていた。あと周囲の職員達も。
「ラブって……えっと……そのぉ」
アズキは目をぱちぱちと瞬かせ、口をもごもごとさせて何と言おうか考え込む。しかしその仕草に周囲のテンションが一気に跳ね上がった。
「おっ。おっ! その反応初々しいなぁ。そうよねぇ。自分でも親愛なのか愛情なのかどっちかイマイチ分からないふわっふわな感覚。こればっかりは大人になればなるほど味わえなくなっていくのよね」
「だけど隊長かぁ。なんだかんだ隊長優良物件だからモテるんだよね。あたしの知り合いにも狙っている人居るし」
「そりゃあ顔もそこそこ整ってるし、幹部だから給料高いし、実力もあって仕事もできるしさ。性格は普段はちょっぴりヘタレだけどそれを差し引いてもアリだよね」
「いやいや。そのヘタレた所に母性本能がくすぐられるんでしょ? それにいざって時キリッとしたギャップがまた」
恋バナに発展したと見るや、女性職員達があれやこれやとアズキを置いてきぼりにして持論を展開していく。
「でも隊長が好きなのはメレン副隊長でしょ? なんせ幹部になる前からの副官だし、副隊長からの矢印は明らかに隊長に向いてるでしょ」
「それを言ったらネル様じゃない? ちょっと隊長からしたら仲の良い友人って関係性が強めだけど、相手側は案外
「いいや。あたしは隊長が月一ぐらいで逢いに行っている“先生”さんを推すわ。戦い方なんかを定期的に教わっているって話だけど、ぜ~ったいそれだけの関係じゃないって」
それを聞くアズキは少し顔を赤らめているのだが、会話を聞き逃さないよう耳をそばだてている。
一度火が付いた議論はこのまま延々と続くかと思われたが、
「随分と楽しそうだなお前達」
「あっ!? ピーターさんっ!」
「げぇっ!? 隊長っ!?」
話題の本人がたまらずやってきたとあっては止まらざるを得なかった。それもジト目で職員達を睨んでいるとあって尚更だ。
「あはは……え~っと。どこから聞いてたり?」
「ボクが優良物件だとか、誰が好きとか、色々話してる暇があったらさっさと各自仕事に戻れっ!」
「「「は~い!!!」」」
ピーターの一喝に、ジェシーとアズキを残して女性職員達は蜘蛛の子を散らすように去っていく。去り際にまたねとかじゃあねとか笑いながらアズキに言い残して。
「まったく。ジェシーも悪ノリし過ぎだ。メンタルケアに雑談が効果的なのは分かるけど、無理は厳禁と言ったその口で余計に疲れさすんじゃない」
「ゴメンゴメン。予想より周りがヒートアップしちゃって止める流れを作りづらくなっちゃったんだよ。というかそこから聞いてたの? なら早めに入ってくれば良かったのに。その方がアズちゃんだって喜……どしたのアズちゃん?」
ふとジェシーが見ると、アズキは僅かにピーターから目を逸らしていた。そして、
「……何人も恋人さんがいるなんて、ピーターさんってプレイボーイって人だったんですね。そういうのは個人の自由だと思ってはいるんですけど、何か……モヤッとします」
どこか拗ねたような態度でそうポツリと漏らしたのを見て、ピーターは何がどうしてそうなったと顔を押さえる。
そしてそれを見てジェシーはニマニマと口を押さえて笑っていた。
という訳で、大分ここに馴染んできたアズキです。精神状態もピーターやジェシーの尽力により、普通に魔法少女として活躍していた頃くらいまで回復しつつあります。ただ女性職員の勢いには毎回押されっぱなしです。
ちなみにアズキからピーターへの感情は、作中でも言われた通り自分でもイマイチ良く分かっていないふわっふわの状態です。コムギへのものとは似て非なるものだったりします。
ピーターからは分かりやすく庇護対象なんですけどねぇ。
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閑話 ある新米幹部の優雅な一日 その四
「だから、ボクはプレイボーイとかじゃないんだってっ!?」
「知りませんっ!」
女性職員達による風評被害をどうにか否定しようとするピーターだったが、アズキは自分でも良く分からないモヤモヤとした感覚のまま拗ねてそっぽを向いていた。
(……どうしてだろう? 別にピーターさんがそういう人だったとしてもワタシに咎める筋合いなんてないのに、頭では割り切れるのに、なんとなく
アズキ自身自分がそんな態度を取ってしまう事に驚いていた。魔法少女として活動していた時は、自分は割とドライな方だと自覚していたからだ。
同じ魔法少女に絡まれようとさらりと流せたし、大人相手の対応も同年代に比べれば慣れていると言っても良い。少なくとも大切な相方であるコムギとは比較にならないレベルだ。
なのにここ最近この施設内で、特にピーターの前だとこうして少しだけ我儘になってしまう。自分を普段より曝け出してしまう。まるでコムギと二人っきりで居る時みたいに。
「二人共落ち着いて。ところで隊長はどうしてここへ? 今日は執務室で山のような書類と格闘するとかって話じゃ?」
「いや元はと言えばお前のせいだろっ!? ……ちょっと抜き打ちの視察って名目で、休憩がてら買い出しの帰りだよ」
ニヤニヤ笑うジェシーに突っ込みを入れながら、ピーターは片手に持つビニール袋を持ち上げてみせる。中に詰め込まれた大量のコーヒーやエナドリ等を見て、なるほどと納得した様子のジェシー。
「……はぁ。分かった。プレイボーイだのなんだのという話題はいったん置いておこう。それはそれとして……ほらっ!」
「これ……良いんですか? ありがとうございます」
ピーターが袋の中から急に手渡してきた缶ジュースと一口サイズのチョコレートに、アズキは目を白黒させながら礼を言う。
「ああ。どうせ余裕を持って多めに買っておいたからね。もう聞いたかもしれないけど、邪因子の活性化はそれだけで割とカロリーを消費する。慣れない人は時折倒れたりする場合もあるので、こうして水分と栄養の両方を摂っておく必要があるんだ。……もっとも、ジェシーが居るならそこまで心配する事はないだろうけど」
「まあね。非常用の携帯食なら常備してるし……あっ! あたしも一つね!」
「お前は自分のを食べろよ」
どさくさでチョコレートと缶コーヒーを奪っていくジェシーに、ピーターはすっかり呆れ顔。そのまま自分もコーヒーを取り出して口に含むと、そのまま軽い雑談へと移行する。
と言っても、専らピーターがアズキに体調やら何やらを聞くぐらいのものだったが。変身して何か不具合はなかったか? ここの職員とは上手くやっているか? そんな他愛のない、ある意味で大切な話を。
いつの間にか、アズキのモヤモヤとした感覚は引っ込んでいた。これはピーターが相手というのもあるが、横から時折ジェシーが場を和ませていた事も一因だったりする。そして、
「……おっと。しまったもうこんな時間か。そろそろ戻らなくては怒られるな」
「そうねぇ。アズちゃんも休めたみたいだし、こっちも検査の時間かな」
気が付けばそれなりに時間も経ち、ピーターは慌てて席を立つ。
「ああそうだ! すまないけど今日は私用があってね。夜は緊急の用がない限り自室に籠ることになる。なので
「そう言えば今日は隊長のあの日だったわね。それに噂のガールズトークタイム? 良いわね良いわねぇ! あたしも混ぜてもらっちゃおうかな!」
「いや混ざるなよっ!?」
アズキの要望であったコムギへの連絡。それはピーターが時間がある時に立会いの下、三分間という時間制限付きで許可されている。
これはアズキの複雑な立ち位置やら、連絡を取る相手が相手という事もあり、色々と譲歩やらなにやらがあっての事だったが、
「いえ。昨日話したばかりですから大丈夫。それにお願いしちゃうと……なんだか、甘え過ぎかなって」
アズキはこう優等生らしい返事をしたが、半分は当然建前だ。本音はというと、
(叶うなら毎日だってお話ししたい。声だけじゃなく顔だって見たいし、その手を取って抱きしめたいっ! でも、今はこれが多分互いの妥協点。ああ。早くある程度実績を積むかお金を稼いで、逢いに行ける準備を整えなきゃ。……待っててねコムギっ!)
これである。ちゃんと準備を整えようとするだけ(本人曰く)冷静である。
「そうかい? じゃあそろそろ行くよ。検査頑張って」
そう言ってピーターが手をひらひらとさせて別れようとした時、
「あのっ! さっきは、なんかムキになっちゃって……プレイボーイだなんて言ってすみませんでした。ピーターさんもその……頑張ってくださいっ!」
背中越しにそんな声が聞こえて、僅かに温かい気持ちになったのは仕方のない事だろう。
「「「遅いぞ隊長っ!!! 仕事しろっ!!!」」」
「悪かったってっ!? ちゃんとコーヒーやら諸々買ってきたから機嫌直してくれっ!?」
もっとも、そんな気持ちも戻るなり殺気立った職員達の怒声で大分しぼんでしまったのだが。
「そういえば、ピーターさんの用事って何なんでしょうか? ジェシーさんさっきピーターさんのあの日って言っていましたけど、何か知ってるんですか?」
「う~ん。まあね。直で現場を見た事がある訳じゃないし、日程的にそろそろかな~って具合だから絶対でもないんだけどね」
ふと疑問に思ったアズキが尋ねると、ジェシーはどこかいたずら気味にニヤッと悪っぽく見える表情で笑ってこう返した。
「
午後七時半ばを過ぎた頃。
「お、終わった」
「こちらも……同じく」
「目がショボショボする。誰か目薬持ってるか?」
どうにかこうにか書類の山を捌き切り、ピーター含め職員達は机に突っ伏し疲労困憊の有り様だった。
勿論職員達も素人ではなく、ある者は邪因子を活性化させてキータッチの速度を倍加させ、またある者は猿型怪人に変身してその増えた尻尾を使いこなして書類をまとめた。
しかし邪因子は肉体を活性化させるが、疲労をなくすわけではない。それが肉体的というより精神的な物であれば尚更だ。
「皆ご苦労だった。帰ってゆっくり休んでくれ。片付けはこっちでやっておくから」
「そ、そうさせてもらいます。じゃあまた明日」
「明日は俺非番だからゆっくり寝るんだ。もう泥のように寝てやるからなっ! 泥怪人じゃないけど」
職員達が一人ずつ挨拶して退出した後、残ったピーターが数分ほど片づけをして自室に戻った時には、
「マズいな。もう後五分しかない。急がないと」
午後八時五分前。
扉には“緊急事態以外で呼ぶべからず”という張り紙を張り、覗き見対策に壁には非殺傷侵入者撃退用罠をセット。
机のパソコンを起動し、予め買い出しの際に用意しておいた飲み物やら食料やらを横に並べる。
(さて。今回は長丁場になっても良いように多めに準備した。出来ればもう少し
ピーターはゆったりと椅子に腰かけながら、パソコンに特定のパスワードを打ち込んでとある画面を起動する。
その四分割された画面には、自分以外にも既に二人の人物が映し出されていた。
『相変わらず時間ピッタリですこと。レディを待たせるなんて気が利かないのではなくて?
『まあまあそう言わずに。それを言ったら君が早過ぎるというのもあるだろう? 開始三十分前には来ていたそうじゃないか?』
『
フフっと可憐に笑う幹部候補生時代の友人達を見て、相変わらずだなとピーターは内心笑みをこぼす。
「時間ピッタリに来たのに責められるってのも理不尽な……まあ良いさ。コホン……では、遅れた身で音頭を取るのもアレだけど、早速始めるとしようか」
その言葉と共に、ピーター含め全員が手に手に飲み物を持って画面に見せる。そう。
『『「カンパ~イっ!!!」』』
という訳で、幹部会とは名ばかりの友人達とのリモート飲み会が始まりました。
シリアスかと思った? 残念。日常です。ピーターもたまにはハメを外したくなる事もあります。
それと、四分割した画面という事は当然まだ来ていない人が居るという訳で……まあそういう事です。
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閑話 ある新米幹部の優雅な一日 その五
さて。ここでおさらいしておくが、リーチャーでは一言で幹部と言っても序列がある。
絶対的トップである首領に従う六人の上級幹部。そしてその上級幹部直属の幹部から始まり、本部付き幹部、支部付き幹部等と細かく分かれている。
支部においては支部長の方が権限は上といった例外はあれど、基本的にピーターのような成りたての者は幹部の中では一番下っ端である。だが、
『ハハハハハ。それで、その買ってきた茶菓子は全部その日の内に食い尽くされてしまったのか?』
「そうなんだよっ!? 折角自腹切って買ってきたのにアイツらと来たら」
『フフフ。それはリーダーさん。アナタの落ち度とというものですわ。邪因子滾る職員達に菓子を渡すなど、飢えた獣の群れに肉を放り込むようなもの。欠片が残れば奇跡と言えましょうね』
「それは……まあそうですけどね。もうちょっと味わって食べれば良いのにまったく」
少なくともここにおいては、序列云々で下手にへりくだるような者はいなかった。なにせ気心の知れた馴染みな上、リモートとは言え食事の席。公の場ならまだしも、そんな事をする必要はなかった。
ただし、もし何も知らない職員がこの場を見たら、何かの会合だと勘ぐるレベルのメンバーではあったが。
『まあ、何はともあれ幹部就任おめでとうピーター! 力になれる事があったら何でも言ってくれ。出来うる限り手助けしよう』
「ああ。その時はよろしく! と言ってもアンドリューの事だから、手助けしてもらった後で色々と請求されそうで怖いな」
『間違ってないな。友人であってもそれはそれ。なにせ我らは悪党なのでね』
アンドリューと呼ばれた穏やかそうな眼鏡の優男が、笑いながら画面の向こうで魚のムニエルを口に運ぶ。
アンドリュー・ミスラック。通称“悪運主人”のアンドリュー。
彼は生まれついて
普段は微妙に運が悪い程度だが、その悪運は彼にとっての
初デートでは最中に高熱を出し、リーチャーの面接直前に入ったトイレの鍵が壊れて遅刻しかける。リーチャーに入ってからも、作戦中予想外のトラブルに見舞われる事等日常茶飯事。
なんなら飲み会の直前も、急に普段使いのパソコンがフリーズするという有り様だ。
だがその体質を自覚しているアンドリューは、
熱が出たなら常備する解熱剤を飲んでデートを続行し(結局相手とは別れたが)、トイレは扉を破壊して脱出。面接では非常時の為仕方なかったと予防線を張りつつ素の運動能力をアピールする方向に変更。パソコンも急遽準備していた予備に切り替えた。
降りかかる逆境を乗り越える度アンドリューは実力を伸ばしていき、遂にはこうして幹部……それも本部付きにまで上り詰めた。
いつしか悪運に振り回されるのではなく、悪運を従者のように利用するその姿からついた異名が“悪運主人”であった。
そして、もう一人。
『
「はい。丁度今使ってますよこの銀食器セット。ただ少々銀食器と焼き鳥は合わないような気が……」
『幹部になったのですから、公式の食事会なども増えますわ。その時に備えてそういう食器にも慣れておきませんと。……焼き鳥は少々予想外でしたが。なんでいつもの料理ではなく出来合いのおつまみなんですの?』
そう言いながら画面の中で白ワインを優雅に口に含むのは、“禁髪嬢塞”“悪厄麗浄”などの異名を持つ金髪縦ロールの女性ガーベラ・グリーン。
元は正真正銘貴族の家柄。公爵家の血筋であり、紆余曲折あって王家との婚約を破棄され、リーチャーに入る事となったという変わり種だ。
生真面目にして破天荒。計算高くも情に厚く、高貴なる者の風格とどこか庶民的で話しやすい雰囲気。様々な相反する性質を奇妙なバランスで併せ持つ、リーチャーでも数少ない
「それと、リーダーさんっていうのはいい加減気恥ずかしいのでそろそろ止めていただけないかと」
『あら。良いじゃありませんのリーダーさんで。もうずっとそう呼んでいる訳ですし今更ですわね』
『それは本当に今更だね。……もうあの試験から何年になるかな?』
ピーターの困ったような顔を見て、ガーベラはコロコロと笑い、アンドリューは昔を懐かしむようにブランデーの水割りを飲みながら遠い眼をする。
かつて、幹部候補生達がしのぎを削った昇進試験。数百という候補生が挑む中、合格者は毎回僅か数名。或いは出ない回もあるという難関。
その内の一つで、ここに居る全員が同時に初めて受験した回があった。その時のチーム分けが元で、ガーベラはずっとピーターの事をリーダーと呼んでいる。そして、
『……にしても、
飲み会が大分盛り上がった頃、ガーベラは微かに赤みが差した顔を少々つまらなさそうにして言う。
その視線が向かうのは、パソコン画面の空白の四分割目。毎回リモート飲み会を企画してもやってこない、当時ピーターとガーベラの三人で組んだチームの最後の一人。
「毎回伝えてはいるんですけどねぇ。今回は『食事はともかく酒臭いのはあたしゴメンだから』って断られました」
『相変わらずだなあの暴君は。と言っても、この場では居ない方が好都合であるとも言えるがね。……何やら
「ハハハ……まあ、そんな所かな。ガーベラさんも少々よろしいですか?」
少しだけ真面目な声色に代わったピーターのその言葉に、ガーベラとアンドリューの表情もまた引き締まる。
そう。いかに飲み会だろうと、幹部会の体裁を取っている以上ここは話し合いの場である。
しかもここに居る者は、全員が全員分野は違えど真っ向勝負とは別に搦め手も得意とする者達。即座に友人としてではなく駆け引き上手の同僚として対応するべく頭を切り替え、
コンコンコンっ!
「……んっ!?」
切り替えようとした時、突如ピーターの部屋の扉がノックされた。
「何だこんな時に。急用か? ……失礼。少し席を外しますよ」
ピーターは出鼻を挫かれた事に憤慨しながら、席を立って扉の前に歩いていく。
トントン……ドンドンドンっ!
「いやうるさいな!? 今出るよ! それにそんなに強く叩くと覗き見防止用の防犯罠が」
キリキリキリ……シュパッ!
「あ~。言わないこっちゃない」
入口の壁に仕掛けられていた非殺傷型ネットランチャーが作動した音を聞き、ピーターは扉の外で誰かがグルグル巻きになっている事態を想像する。
元々暴走した職員を鎮圧するために作られたネットランチャーであるため、一般職員では初見で防ぐのは難しい。おまけに無闇に暴れると追加で電撃が流れる仕組みもある。
「暴れるなよ。今扉を開」
扉を開けようとした瞬間、扉の外から感じた非常に覚えのある邪因子にピーターは素早く危険を察知して回れ右。ダッシュで扉から離れたすぐ後に、扉が壊れんばかりの勢いで外から開かれる。
そこに立っていた者こそ、この飲み会の最後の参加者。
「あたしに罠を仕掛けるなんて良い度胸ねピーターっ! こんな程度で止められると思っていたの? だとしたらすっごい腹立つんだけどっ!」
「げぇっ!? ネ、ネルさんっ!?」
そう。遅れてやってきた
ちょっと悪党の本分に基づき悪だくみをしようとしたピーターでしたが、哀れ暴君の乱入です。いつになったら優雅な一時を過ごせるのやら。
なお、この飲み会のメンバーは皆別作品『悪の組織の雑用係 悪いなクソガキ。忙しくて分からせている暇はねぇ』にて登場しています。気になった読者様はそちらをどうぞ。
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閑話 ある新米幹部の優雅な一日 その六
「ネルさん!? どうしてここに」
驚きながらもピーターがネル越しに扉の先を見ると、仕掛けられていた筈の防犯罠は見事に破壊されていた。そして扉にはぽっかりと拳の跡が残っている。
「何よ? あたしがここに来ちゃいけないってぇ訳? ……まあこれまで通り来る気はなかったけどさ。リモートとかやる気もないし直接行くのも酒臭いから嫌だし。ただ丁度菓子が切れたから貰いに来ただけ。あんたの事だから来客用の奴ぐらい常備してんでしょ? ほらさっさと出しなさいよっ!」
「え~!? いやありますけどね」
そんな事を言いながら、堂々と部屋に入ってくるネル。しかしその瞬間、
『……あらあら。誰かと思えば、扉を壊してやってくるなんて相変わらず礼儀がなっていませんのねぇ。小さな暴君さん? おまけに遅刻癖も健在ですの? これだからいつまでたってもお子様なんですのよ』
「あ~ら。そっちこそ顔を合わせて早々相変わらずのその口調。さっさと“悪厄麗浄”なんてお奇麗な二つ名は捨てて、素直に“悪役令嬢”に直したらどう? ……ああそっか! もうそんなのを名乗れる歳じゃないって内心認めてるんだね! や~いオバサンっ!」
室内にピリリとした雰囲気が漂う。画面越しに口元を扇子で隠しながら目を細めるガーベラと、目のつり上がったネルの視線が交錯して一瞬火花が散る。そして、
『……ふふっ! 久しぶりですわね
「それはこっちのセリフだよガーベラ。最近はあんまり腕比べに来ないもんだから、遂にあたしに勝つのを諦めたかと思ったよ」
『こちらはこちらで忙しいのです。それとまだ私が勝てた事がないような言い回しは止めてくださいませ。一対一の決闘では負け越していますが、集団戦では私の方が勝っていますので』
速攻で険悪なムードは霧散し、残るのは互いにからかうような気安さと笑みを見せる友人同士の会話だった。
昔から何かとその実力と性格ゆえ組織内で疎まれていたネルにとっては、互いに立場が変わった今になっても尚変わらぬ態度で張り合ってくるガーベラはうざったいながらも……そう。本人はあまり口外しないが親友だった。
『やあネル嬢。壮健なようで何よりだ。君の噂は本部にも時折届いているが、やはりこうして顔を見ないと分からない事も多いからね』
「あっ!? 居たのアンドリュー? 久しぶり!」
『最初から居たとも。君達女性陣の団欒を邪魔しないよう空気を読んでいただけの事。こういう時は男の方が気を遣うものなのさ。そうは思わないかいピーター』
「そこでボクに振るの!? というよりネルさんとガーベラさんが濃いだけじゃないかな? うん」
画面の中で微笑ましい者を見るように笑うアンドリューに軽く手を振りながら、ネルはごそごそと勝手知ったるとばかりにピーターの部屋の冷蔵庫を漁る。
そして中のいかにも高級そうなプリンとスプーンをケースごと引っ掴むと、
「ピーターっ! ここで食べるから椅子持ってきてっ! ……やっぱいいや」
「椅子ぐらい自分で持っ……いやそれボクの椅子なんだけどっ!?」
当然とばかりにピーターが今まで座っていた椅子にどっかりと座り込む。
「だってこっちの方が画面が見やすいんだもん。
「……はぁ。ボク用に椅子持ってくるのでちょっと待っててくださいよ」
いたずら気味に笑うネルに対し、ピーターは仕方ないなとばかりに来客用の椅子を引っ張ってきて隣に座る。すると、
「そういえば……ここ酒臭くないね。前のリモート飲み会の時は結構飲んでたのに」
『ネル。ここ数回、ピーターはいつも食事はともかく酒は終わり際にしか飲んでいないんだよ。いつ君が来ても良いよう気を遣ってね』
「アンドリューっ!? それは言わなくても良いって!?」
告げ口めいた言い方をされてピーターが慌てる中、肝心のネルはと言うと、
「へぇ。それは良い心がけね。じゃあ勿論あたしが居る間ずっと飲まずにいるんだよねぇピーター?」
「げっ!? それはその…………はい」
ニヤニヤ笑うネルに対し、ピーターは苦笑いしながら頷く。しかしそれを見て、ネルはアハハと笑いながら手を横に振る。
「冗談よ。あたしは苦手だけど、飲みたいんなら飲めば。前にオジサンが言ってたけど、“酒は現実から逃げるためじゃなく、明日を生きるために飲む物”なんだって。飲み過ぎて酔っ払わない程度なら許してあげる」
『私は許しを得るまでもなく優雅に頂いていますわよ。……んっ! ふぅ。美味しい。この味が分からないなんて、まだまだお子様ですわねぇ?』
「うっさいうっさい! 前試しにオジサンのビールをこっそり一口飲んだらやたら苦かったし、オジサンにバレてすっごい怒られたんだからもう良いのっ! ……むむっ!? このプリン美味しいねピーター! もう一個ちょうだい!」
そうしてネルも加わり、幹部会は非常に盛り上がった。
と言っても内容自体はそんなに変わらない。互いの近況報告をしたり、愚痴をこぼしたり、或いは宴の肴になるような馬鹿話をしたりだ。例えば、
「アンドリュー。そう言えばこの前の侵略はどうなったんだ? 最後に聞いた時は互いの落としどころを探るべく会談をするって聞いてたけど」
『ああ。あれか! それが笑い話でね。相手から持ち掛けてきた話だったけどそれが真っ赤な噓。会談場所で僕を暗殺しようと狙っていたらしいんだ。ただ運の悪い事に、どうやら僕の命を狙っていたのが幾つかの勢力に分かれていてね。毒に爆弾、銃にナイフ。僕達以外にも互いが互いの罠に引っかかり、気が付いたら僕達一行以外勝手に全滅していた。僕達もボロボロだったけどね』
「なるほど。つまりは皆ツイてなかったって事か。……そんな中でも普通に部下と一緒に生還するのが流石“悪運主人”というか」
『鍛えてるからね!』
アンドリューの少々血なまぐさい笑い話を、悪の組織らしく笑い飛ばして肴にしたり、
『……それでレイったら、ちょくちょく業務を抜け出しては私に逢いに来ますのよ。この前も“は~いハニー! 一日一回は君の顔を見ないと力が出ないからやってきたよ! ……侵略? 大丈夫。一番厄介な相手はこっそり仕留めてきたから後は他の皆で平気平気!”とか言ってやってきましたの。他の人達の負担が増えるでしょうがとお仕置きしておきましたが』
「でも、それはそれとして
『それは……まあ、そうですけど。送り帰す際に行ってらっしゃいのキスとかしたらとっても喜んでいましたし』
「婚約者通り越して新婚さんかアンタ達はっ!? もうさっさとくっついちゃいなさいよっ!」
ガーベラの悩み(という建前の惚気話)にネルが突っ込みを入れたり、
『諦めてさっさと
「今幹部になったらアンタ達の後輩って扱いになるじゃん! いずれ
『しかし首領様を目指すなら尚更そういう地道な正攻法の方が良いんじゃないかい? ピーターもそこは同意見だろう?』
「まあそうだね。折角幹部になったのにネルさん相手じゃ立場は変わらないし、もう素直に昇進してもらった方がまだ自然かなって」
「ピーターまで。……分かったわよ。考えとく。まあその内気が向いたらね!」
ネルが友人達に引っ張り上げられそうになるのをのらりくらりと躱したりとだ。
そんなこんなで時は過ぎ、
「……ふわぁ」
『あら? お眠ですの? そう言えばもう良い時間ですわね。そろそろお開きにします?』
時間はもう午後十時過ぎ。
ネルが大きな欠伸をして眠そうに目をショボショボしているのを見て、ガーベラは最後にくいっとグラスを空にする。
『そうだね。流石にネル嬢をこれ以上突き合わせるというのも悪いか』
「何よぉ。あたしはまだまだ行ける……むにゃ」
「寝ぼけながらスプーン咥えてむにゃむにゃ言ってる時点で説得力がないでしょ! この辺りでお開きにしますよ。……じゃあ二人共。今日は楽しかったよ。
「じゃ、じゃあねぇ!」
画面の中ですっかりほろ酔い気分の二人に別れを告げ、ピーターとネルは静かにサーバーから退出する。
「さてと。じゃあネルさん。部屋まで送りますよ」
「何よ気を遣っちゃって。あたしがちょっと眠たいだけで部屋まで帰れないような子供に見える? ……そ・れ・と・も、この前本で読んだんだけど送り狼って奴? まああたしがそれだけ魅力的って事だよね!」
「いやどっちかと言うと、寝ぼけて帰り際に何かやらかさないか不安だからですね。そもそもネルさんに手を出す様な恐れ知らずはここには多分いません」
ムフフとおちょくる様な顔をするネルに対し、ピーターはそうぴしゃりと返す。
「ノリが悪いなぁ。じゃあ……コホン」
そう言ってネルは、咳払いと共に片手を差し出した。そして軽く微笑んでこう続けたのだ。
「エスコートよろしく。
「はいはい。謹んでお供しますよ。
「……はぁ。やっと帰ってきた」
ネルを部屋まで送り届け、折角来たんだから主人の労いを受けなさいとばかりに部屋に引っ張り込まれそうになったのをどうにか回避し、自室まで帰ってきて大きく息を吐くピーター。
当然部屋はつまみやら何やらが出しっぱなしで、ピーターが疲れを押してそれらを片付け終わった時には真夜中近くになっていた。
「明日の準備をしないと。でも……眠い。いやいや。昨日もそれでサイクルが乱れて……あ~やっぱり無理」
せめて昨日と同じ轍は踏むまいと、炊飯器の予約をしっかりと確認した上で手早く着替えて布団にダイブするピーター。
入ってすぐに優しい睡魔が襲い掛かる中、脳裏に浮かぶのは今日一日の事。
朝は食堂に行こうとしたらネルに見つかり、訓練に付き合わされた上モーニングを食べ損なった。
昼は幹部として職員達と書類と格闘、抜き打ちの視察をしながら現地協力者であるアズキの様子を確認。
夜は仕事を終わらせて自室に戻り、幹部会という名のリモート飲み会をしていたら珍しくネルも参加。思いっきり用意していた食事を食い散らかされ、挙句食べ過ぎと話の弾み過ぎで疲れたネルを部屋に送り届けるハメに。
軽く思い浮かべるだけで濃い一日。並の職員では一日で音を上げるハードスケジュール。だが、
「うん。まあ今日も無事終わったな!」
終わり良ければ全て良し。もっと過酷な状況に何度も経験してきたピーターからすれば、今日は充分良い一日だった。
(そろそろメレンが帰ってくる。それに合わせて……こっちも調査の段階を一つ上げて、アズキちゃんの方はもうしばらくジェシーに……任せて、悪心の対応は場合によっては……直接魔法少女関係との接触も……視野に……)
こうして、眠りについたピーターのとある優雅な一日は終わりを迎えるのであった。
という訳で、これにてピーターの優雅な一日シリーズはいったん終了です。ウチの悪の組織の日常の一コマが、何となく伝われば幸いです。
次章は少し間を置いてからとなる予定です。そろそろ雑用係シリーズとか新作とかも書かないとなぁと思いますし。
それでは久しぶりに一つおねだりを。
この話までで面白いとか良かったとか思ってくれる読者様。完結していないからと評価を保留されている読者様。
お気に入り、評価、感想は作家のエネルギー源です。ここぞとばかりに投入していただけるともうやる気がモリモリ湧いてきますので何卒、何卒よろしく!
以下はピーターがネルを部屋に送っていく途中にあったんじゃないかなという一コマ(蛇足)です。
「だけどピーター。何本か買ってあったのに、アンタ結局お酒は一滴も飲まなかったね。どうして? そんなにあたしに気を遣ったの?」
「そりゃあまあ気は遣いますよ。酒臭いってまたへそを曲げられたらたまらないですし。それに……」
「それに?」
「どうせネルさんに無理やりにでも明日へ引っ張りまわされるんなら、わざわざ明日を生きるのに酒に頼る必要がないっていうか。勿論嗜好品としては楽しみますけど」
「分かってんじゃん! じゃあ明日もあたしが暇になったら付き合ってね!」
「……こっちの都合が空いたらですけどね」
もしこの後ネルに部屋に引っ張り込まれていたら……どうなっていたかはご想像にお任せします。
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閑話 キャラクター紹介
魔法少女特別養成機関中等部二年。
元は黒髪黒目だったが邪因子投与及び聖石への侵食により、常時白に近い灰色の髪と邪因子活性化時のみ碧眼へと変質。
髪型は基本肩先まで伸ばしたロングだが、戦闘時は自動で束ねられポニーテールに近い物に。
イメージカラーは青。変質後は黒。
変身状態は、変質前は空色を基調としたどこかSFチックな西洋風軽鎧と長剣を携えた姫騎士。
変質後は色彩が黒に変化し、腕甲や脚甲の所々から紅い刃が覗く黒騎士スタイルに。それに合わせて長剣もやや柄が刺々しく変貌し、目元を隠す様な薄紫色のバイザーも装着されている。
魔法少女として日々悪心から人々を守っていたが、第一次悪心大量発生の際に重傷を負い、ピーターに邪因子を打ち込まれる事で命を拾う。ただしピーターに拾われた状況から、世間では死亡に限りなく近い行方不明扱いをされる。
当初は早く自身の生存を世間に(特に親友であるコムギに)伝えるべく施設から脱走しようとしていたが、親身になって治療しようとするピーターやジェシーを始めとした職員達に絆され徐々に頻度は減っていく。
しかし完治目前で第二次悪心大量発生により、外で必死に戦うコムギの姿を見て我を忘れて脱走。追いかけたピーターがアズキを庇って手傷を負い、親友と恩人が目の前で窮地に陥るという事態を目の当たりにする。
無力感と自責の念、そして何が何でも大切な人達をこの手で守るという思いの下、邪因子の追加投与による不可逆の変身を決意。
こうして、正義の魔法少女は友の為に悪に堕ちる。
現在は現地協力者という名目で施設に一室をもらい、リーチャーの活動に協力している。……と言ってもやっているのは専ら悪心対策の知識の共有や魔法少女のデータ取り、あとは身体が鈍らない程度の訓練や自主勉強程度で、世間一般で言う所の悪行は行っていない(リーチャー側がさせていない)。
性格はクール系で話の分かる優等生キャラ。人間関係は広く浅くが基本であり、表面上の友人は多くとも親友レベルになると極端に減るタイプ。
コムギ大好きっ子。コムギが関わると良くも悪くも行動力が跳ね上がり後先考えなくなる。
これは永星家の女性は基本一定以上の好意や興味を持った相手に執着する血統であり、コムギはアズキにとってのそのラインを易々とぶち抜いた上今も上昇中のため。現在そのラインに少しずつピーターとジェシーが近づいている。
ピーターに対しては、恩人で頼れる大人だと考えている。そこに含まれるより正確な感情は本人もよく分かっていない。
家族との関係はやや不仲。少なくともアズキはそのように感じていた。しかし現在はコムギの尽力により改善の兆しが見られる。
ピーター
リーチャーの新米幹部。
見た目は二十歳ぐらいのどこか中性的な優男。少し緑がかった髪を肩に届かない程度まで伸ばし、同色の瞳は基本穏やかな雰囲気を醸し出している。
身長は160半ば……に見えるが、実はシークレットブーツでサバを読んでおり実際はギリギリ160センチほどで男性にしてはやや小柄。これも中性的に見える要因の一つ。
イメージカラーは緑。
幹部になって初めての任務に気合を入れていたのだが、調査にやってきた場所は悪心に魔法少女と厄ネタばかり。
それでもめげずに調査活動に取り組んでいたのだが、ある日死にかけの魔法少女を拾った事で運命が流転する。
色々規則を曲げてまで命を救ったのだから、せめて情報の一つでも手に入れるぞと、アズキには終始損得勘定をもって(少なくとも本人はそのつもりで)接する。ただ完治まで面倒を見ようという時点で……。
そんな中、もう少しで完治するという所で第二次悪心大量発生によりアズキが脱走。悪心の対処を職員達と乱入してきたネルに任せ、連れ戻すべく追いかける。
そして追いついたものの、悪心の襲撃に遭いアズキを庇って手傷を負う。それによってアズキが変身の覚悟を決めてしまい、ピーターとしてはもっと上手く出来た筈だと内心少し後悔している。
現在はアズキを現地協力者に任命し、施設の復旧や調査活動の続きなど仕事に忙殺されている。
新米だが幹部なので邪因子の総量はかなり高め。ただし幹部全体で見るとやや平均より低め。どちらかと言うと量を質や特殊能力で補うタイプ。
特殊な眼を持ち、対象の身体を流れる邪因子を視認できる。その為邪因子持ちが相手なら少し行動を先読みできるという特技がある。分析官としても素養は高い。
変身体は自称トカゲモチーフ。ちなみにアズキを助ける際に片腕しか変身しなかったのは、全身変身すると諸都合により他の魔法少女に感知されてしまうため。
ちなみに全身変身体を見た事のある職員曰く「全身変身は疲れるとか制御が大変とか言ってあんまり周りには知られてないけど、以前見た時は人間大から急に家みたいにでっかくなって空を飛んで時々ブレスを吐いてたわ。普段からガンガン使えば舐められる事もないのにね」とのこと。
性格は割と小物系で苦労人気質。請け負った物事に対しては慎重に(ビビりとも言える)かつ真面目に取り組むが、基本事なかれ主義で面倒事は極力避けるタイプ。急激な発展よりも穏やかな現状維持を選びがち。幹部になってからはよりその傾向が強くなった。
それはそれとして(本人は嫌がるが)修羅場は幾度となく経験しており、本当にいざとなったら嫌がりながらも腹を括って大勝負にも出られる人。
また穏健派としても組織内では知られており、命令とあれば人を傷つける事も覚悟しているが、基本は粘り強く対話を主とした交渉を進め暴力はあまり好まない。
職員達との関係はかなり良好。幹部としてふさわしくあろうとやや居丈高に職員達に接しているが、職員達からすれば善性が透けて見えるし待遇も悪くないので寧ろ好ましく思われている。……少々舐められ気味でもあるが。
アズキに対する態度は完全に大人が子供に接するそれ。超が付く問題児のネルと長く付き合ってきたので子供の扱いはお手の物。ただアズキの悪堕ちの一因になってしまった事もあり、時折幹部としてではなく個人的に気にかけている。
ネルは……友人兼未来の上司。幾度となく面倒を掛けられ、ウザ絡みされ、スパーリングの相手に付き合わされ、肩書上では自分の方が偉いのに散々振り回されて胃痛の種。
しかし、
ジェシー(ゼシカ)
悪の組織の女医師。本名はゼシカだが、他者からは愛称のジェシーで呼ばれるのを好む。
髪先を軽く跳ねさせた短い金髪の若い女性。常時活発かつ朗らかな態度を崩さない人。
こう見えて施設内ではそこそこ偉い方であり、ピーターや副長に続いて各部門のトップと同列くらい。しかし生来の気性もあってかなりフレンドリーなタイプ。
医師だけあって相手の心情を読み取る事には長けており、医療部門持ち回りで施設内職員のカウンセリングも請け負っている。
現在はアズキの担当医のような状態になっているが、これはそれだけアズキが元魔法少女の邪因子持ちという特殊な立ち位置に居るとリーチャーとしては判断しているため。……ピーターが個人的に気にかけているという理由もあるが。
実は変身も可能な邪因子持ち。
ネル・プロティ
自称いずれリーチャー首領になるレディにして、悪の組織の雑用係見習い。
腰まで伸びた薄い水色のツインテールをたなびかせる、同色の瞳を持つ中学生ほどの見た目の少女。
青い上下の作業服を身に纏い、腰にはこまごまとした小道具や愛用のキャンディーが詰まったポシェット型のホルダーを引っかけている。
“小さな暴君”“災害級のクソガキ”“変わらずの姫(これは現在あまりよばれていない)”等の異名を持ち、やらかした数多くの悪行及びそれなりの偉業から、本部では割と有名人。
傍若無人にして天衣無縫。全体の秩序よりも自身の感情を優先する気質。
類まれなる邪因子量を誇り、それでいて戦術の才はともかく戦闘の才はリーチャー全体でも群を抜き、ピーター曰く全力を出せばピーターの支部の全職員(自分を含めて)を一人でまとめて相手取って勝てるとの事。
戦闘スタイルはどこまでもシンプルに、全身に邪因子を行き渡らせ敵を殴って蹴って粉砕していくストロングスタイル。
おまけに力押しだけではなく、やろうと思えば戦っている相手の技を即興で真似したりアレンジを加える技巧もあり、触れられるほどの邪因子を放出して障壁を張る事も出来る。
ただ性格や戦闘スタイル上、どうしても中間管理職は向いていない。事務仕事など十分もすれば飽き始めてサボる算段をするほど。
現在はピーターの支部に出向しているという扱い。雑用係見習いとして仕事を頼めば引き受けるが、高確率で何か壊したりやらかしたりするので最終兵器扱い。特にピーターの胃に甚大なダメージを与えている。
どうやら妹が居るらしいが詳細は不明。
ピーターとの関係は
ただし、ネルにとって大半の職員は下僕としてすら認識していない有象無象であり、数少ない
もし
“自分のやりたい事、やるべきだと思った事、やらなきゃいけない事を、たとえ誰かをぶっ飛ばしてでも世界の迷惑になってでもやる”。それこそが彼女の掲げる
魔法少女特別養成機関中等部二年。
通常時は明るい茶髪をハーフアップにしたショートボブに鳶色の瞳。背丈はほんの僅かにアズキより低い程度。
魔法少女に変身時は少し巻き毛の金髪に変化し、桃色と薄紅色を基調とするひらひらとした服とハートのような装飾の付いたステッキが固有装備となる。
明るさと優しさを併せ持った善性の性格。コミュ力もかなり高く、以前は深い所まで人と触れ合う事を拒絶していたアズキのコミュ障な面が改善されるほど。……代わりにアズキからの矢印がとんでもない事になったが。
アズキとチームを組み、魔法少女として活動していた。しかし第一次悪心大量発生で手分けして悪心の被害を抑えている時、アズキが戦闘中に行方不明となる。
当初戦闘の跡地から発見されたアズキの固有武装が目の前で消失した事から、アズキが死んだと早合点して絶望しかけていたが、最後の通信で言われた「ワタシが居なくなったからって全てを投げ出さず、前を向いて歩きだしてほしい。……アナタはワタシにとっての、誰かにとっての光なんだから」との言葉を思い出して再び立ち上がる。
ただ立ち上がれこそしたものの精神はやや不安定であり、魔法少女活動も通常チームで行う所を一人でこなしていたため色々と擦り減っていた。
そんな中、第二次悪心大量発生により窮地に陥っていた他のチームを庇い、単身悪心の群れと相対する事に。
途中目を負傷しても尚諦めずに戦闘を続ける中、アズキの乱入により危機を脱する。戦闘後、自分はもう人外だからと自嘲しながら去って行こうとするアズキを引き留め、そんなの関係ないと力強く宣言した。
こうして今はアズキとの再会の約束を信じ、また魔法少女として復興活動の協力を行っている。
いかがだったでしょうか? ざっくりとこの人はこんな感じなのだと思っていただければ幸いです。
先日投稿した新作短編『見滝原に魔法少女(幻想体)が居るのはおかしくないよね?』の方もよろしく!
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接続話 ある少女の悩み
今回はまだ新章ではありませんが、それに繋がるお話だと思っていただければ。
「すぅ~……ふぅ」
私は心を落ち着かせて大きく深呼吸する。一度、二度と続ける度に、身体に活力が漲っていく。
『準備は良い?』
「はい。問題ありません」
言葉少なに腕に着けたタメールから聞こえてくるジェシーさんの声に、ワタシは軽く頷いた。
『少しでも計器が異常を感知したらすぐにストップをかけるからね。それじゃあ……始めて』
ジェシーさんの合図と共に、ワタシはタメールの邪因子投与ボタンを押す。
そう。これは、
「……変身」
悪に堕ちた
コムギとの約束から今日で二週間。ワタシはこのリーチャー支部に居候していた。
そう。
外部協力者という体で部屋を与えられているし、食事や給料も出ている。だけど実際にやっている事と言えば、定期検査や悪心に対しての所感を述べることくらい。
魔法少女として活動していた時に比べれば、自由に外を出歩けない事を差し引いても労力的には圧倒的に楽だ。というより、ほとんど何もしていないようなものなのに貰い過ぎではないかと思うほどに。
一度ピーターさんにそう尋ねた所、
「貰い過ぎ? いやいや。未来ある少女を家族や友達から引き離して、無理やり悪に引きずり込んだようなものだよこっちは。それに君は貴重な人材だ。給料はあまり多くないが、衣食住は正規待遇で迎えるとも」
と甘々な対応をされてしまった。身体が鈍らないよう簡単なトレーニングや自主勉強は毎日欠かしていないけれど、それでもやはり何かしていないと不安になる。
それに最終的な目的としては、お金を貯めて本部の邪因子除去手術を受けて穏便に組織を抜けるという事。その為にも、
「はああああっ!」
ザンっ!
ワタシはシミュレーションではない、本物の悪心を斬り捨てていた。
ここしばらく悪心の発生率は落ち着いている。しかし落ち着いているだけで、当然だけど居なくなった訳じゃない。
なのでこの施設の近く。放っておくとこちらに被害が出そうで尚且つワタシの事を隠蔽できる場所に出た時のみ、許可を貰って実戦テストの名目で迎撃に出させてもらっている。
これにより多少給料に色が付き、町の復興の手助けにもなり、巡り巡ってコムギの安全にも繋がる。
まだ先は長く、進むペースは速くはない。でも今出来る事と言ったらこれくらいだ。地道にやっていくしかない。
「…………ふぅ」
付近に悪心反応が無くなった事を確信し、大きく息を吐いて残心を解く。とは言っても念のため、戻るまでは変身状態を維持したままだけど。
『お疲れ様~。計器に異常なし。実戦テストはこれにて終了よ。他の魔法少女が気付いてやってくる前に急いでそこから移動してね』
「はい。すぐに帰ります」
ジェシーさんにワタシはそう返してすぐ、困った事に気が付いて頬を掻く。
(……そうか。ワタシ、あそこをいつの間にか
ワタシは軽く顔を振って意識を切り替えると、そのまま支部へと帰還した。
その日の夜。
『……それでね。ミッちゃんったら酷いんだよ!? 『何だその腰の入っていない剣捌きは? お前はわざわざ近づくんじゃなくて、遠くからデカいのを要所要所で決めてりゃいいんだ』だってさ。火野さんは『自分から危険に飛び込むのはお勧めしないけど、最低限近接も出来るようになるのは有りじゃない?』ってフェローしてくれたけどさ』
「それはワタシも同意見ね。コムギの適性はどう考えても中遠距離向け。やはり長所を伸ばすのが無難でしょうね」
『そんな~。アズキちゃんまで。あたしだって頑張って訓練すれば剣も扱えるようになるもんっ!』
電話口のコムギが頬を膨らませたのが目に見えるようで、ワタシはつい顔が綻ぶ。
そう。以前お願いしたコムギへの連絡は、こうしてピーターさんの部屋で立会いの下一日三分間まで許可されるようになった。こうして願いを汲んでくれた事には感謝してもし足りない。
と言っても、専ら話すのはコムギで聞くのはワタシだ。流石にこちらの事を大っぴらに話す訳にもいかないし、話すにしても当たり障りのない日常の事程度に留めている。
だけどこうして連絡を頼むようになった初めの頃に比べて、コムギは随分と明るくなった。……と言うより、聞く所によるとワタシが居なくなった事で大分精神的に参っていたらしい。
それを聞いた時、微かに昏い喜びを感じたのは邪因子によるものか、それともワタシ個人の感性によるものか。気づいた瞬間自分への嫌悪感でちょっぴり吐き気がしたけど、上手く誤魔化せたと思う。
最近ではどうやら、他の魔法少女のチームに一時的な編入という扱いで活動しているらしい。そのチームとは以前合同で動いた事もあるし、腕も人格もそれなりに信用が置ける。これなら万が一の事態があってもコムギは安全だ。
これは一からチームを再結成するよりやりやすいだろうというオペレーター平岡さんの判断だろう。
以前コムギに正式にそちらに加入しても良いのよと冗談めかして言った事があるが、
『えっ!? だってアズキちゃんがその内戻ってくるんでしょ? ならやっぱり一時的で良いよ。
そう言ってもらえた事がどれだけ嬉しかった事か。
そうこうしていると、視界の端でピーターさんが軽く咳払いをして机に置いてあるタイマーを指差す。いつもいつも、まるで数十秒しか経っていないみたいに時間は早く過ぎる。
「……そろそろ時間みたい。次もまた近い内に連絡するから」
『うん。分かった。今日もあたしばっかり喋っちゃってごめんね』
「良いのよ。コムギとこうして話せるだけで、ワタシはとても嬉しいんだから」
こうして、名残惜しいけど会話を打ち切ろうとした時、
『ねぇアズキちゃん。……
コムギのその言葉に、ワタシの呼吸が一瞬止まる。そしてそのまま少しの間沈黙が流れ、
「……どうして」
『そりゃ分かるよ。友達だから。……って言っても確信を持ったのは今なんだけどね!』
そうアハハと軽やかに笑うコムギに、ワタシは動揺を隠せない。ちらりとピーターさんの方を見ると、何も言わずに
それは自分は何も聞かないという意思表示。そしてさりげなくタイマーをストップさせている所に、本当に気づかいを感じる。でも、
「……そうね。ちょっと悩んでるの。でも大丈夫だから。安心して」
『そう? ……じゃあ今回はあたしばかり話しちゃったから、次回はアズキちゃんの番だからね! あたしじゃちょっと頼りないかもだけどさ、話せると思ったらど~んとお悩み相談してよ! じゃあね!』
その言葉を最後に、今日の通信は終了した。
「良かったのかい? どうしても二人で話したい事があったのなら、僕も一分までなら席を外しても良かったが」
「はい。……こうやって毎回ご厚意に甘えていたら、多分そのままずるずると行ってしまうと思うから」
心配そうに尋ねてくるピーターさんに、ワタシは軽く笑ってそう返した。
そう。コムギに見抜かれたように、ワタシには悩み……怖い事がある。
ここまでピーターさんの厚意に甘え続けて、いつの間にかここがワタシにとっての帰る場所になっていって、コムギの下に帰れなくなる事が、帰りたくなくなる事が……
あの子にはワタシ以外にも友達が居る。家族が居る。大切な人達が、守るべき人達が居る。
その何もかもを捨てさせて、いつかワタシがコムギを攫ってしまいたくなるかもしれない。悪の道に、誘い込みたくなるかもしれない。
ここに長く居続けたら、全てに甘え続けて自分を律する事が出来なくなれば、いつかはそうなってしまうかもしれない。
それが、何よりもワタシは怖い。悩ましい。……だから、
「今日はありがとうございました。ワタシ、これまで以上に精いっぱい働きますから、何かありましたらどんどん言いつけてもらえれば」
「……ああ。そうだね。何か適当な仕事が有ったら頼むとしようかな。じゃあお休み」
少し複雑そうな顔をするピーターさんに一礼し、ワタシは与えられた自室へと戻る事にした。
もう少しだけ待っていてねコムギ。必ず
悲報! アズキちゃん。誘惑される側ではなくする側になりつつある。やっぱり悪の魔法少女と来たら連鎖堕ちがお約束ですよね!
なお本当に本気で、アズキが心底コムギにワタシと一緒に来てほしいと懇願した場合、割と半々の確率でコムギは堕ちます。親友をほっとけないからね!
ただし残る半分の確率で交渉決裂。アズキが邪因子無視からの強制光堕ちさせられます。どっちにしても二人は一緒だね!
この話までで面白いとか良かったとか思ってくれる読者様。完結していないからと評価を保留されている読者様。
お気に入り、評価、感想は作家のエネルギー源です。ここぞとばかりに投入していただけるともうやる気がモリモリ湧いてきますので何卒、何卒よろしく!
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第二章
アズキ 怖い人の帰還に立ち会う
それは、大分この場所にも馴染んできたある日の朝の事だった。
「は~い! おはようアズキちゃん。いきなりだけど朝食一緒に食べない?」
と自室に乗り込んできたジェシーさんに連れられ、ワタシ達は食堂で朝食を摂っていた。
それなりに食堂には人が居たけれど、丁度空いている場所を素早くジェシーさんが確保してくれたのだ。
「最近どう? あちこちから仕事を受けているって聞いたけど」
食べながら、ジェシーさんが突然そんな事を聞いてきた。その事か。ジェシーさんは多分医者として、こうして朝食の名目でワタシが無理をしていないか確かめに来たんだろう。
「はい。訓練や検査以外で余った時間に時々。でも皆さんこちらに気を遣ってか、簡単な手伝い程度ばかりですよ。無理のない範囲でですし、以前から自分でも体調を管理するのは得意なんです」
「……そう。なら良いけど」
ジェシーさんは少しこちらを見定めるように見つめ、すぐに気を取り直して食事を再開する。
カチャカチャ。カチャカチャ。
気まずい。響くのは食器の音ばかり。
いつも饒舌なジェシーさんが静かに食事するなんて、どう見てもこっちが気を遣わせている。何とかフォローしたいけど、家で食事している時は家族で話自体あまりしなかったし。こういう時どういう話題を振れば良いか分からない。
コムギだったらガンガン向こうから話題を振ってくれるから会話が途切れるなんて事ないのに。
「ねぇアズキちゃん。口を大きく開けて」
「……? こうですか……むぐっ!?」
言われた通りに口を開けると、急にその中に魚の切り身を放り込まれてワタシは目を白黒させる。
「どう? 美味しい?」
「……美味しいですけど、急に子供みたいな事をしないでくださいよ。驚いたじゃないですか」
「ごめんごめん。……でもね。何か悩んでいるみたいだけど、それはそれとして美味しい物を食べている時は、もっとその美味しさを楽しまなきゃ!」
「美味しさを……楽しむ?」
珍しい言い回しだと首を傾げると、ジェシーさんはそうそうと頷く。
「勿論美味しさだけじゃないよ。食事も含めた諸々……総じて
そう言ってパチンといたずら気味にウィンクすると、ジェシーさんは美味しそうにフォークに刺した魚の切り身に食らいついた。
『……美味しい』
『でしょでしょ! ここ最近見つけた穴場のスイーツショップなんだ! ぜ~ったいアズキちゃんなら気に入ると思ったの! ムッフッフ。あたしにたっぷり感謝感激してくれても良いよ!』
『そうね……うん。ありがとうコムギ』
『えへへ。どういたしまして! ……ってアズキちゃんっ!? それあたしがとっといた分っ!? 全部はダメだからねぇっ!?』
そこでふと、以前コムギに連れられてスイーツショップに行った時の事を思い出す。コムギは色々と失敗して落ち込む事も多かったけれど、それでも甘味を食べている時はいつも輝かんばかりの笑顔だった。
……確かに、そういう意味ではコムギは間違いなく今を楽しんでいた。そしてその周りの人達も、ワタシも含めて笑えていた。
(そっか。ワタシ、そういう所でもコムギに助けられていたんだ)
「おっ!? その顔は何か身に覚えが有ったり? なんとな~く理解出来たら次は実践あるのみ。まず手始めに……ほらっ! またあ~んして!」
「またですかっ!? もう一人で食べれますからっ!?」
そうしていつの間にか食事は進み、そろそろ終わりになろうかという所で、
「……はぁ……はぁ……た、大変だっ!」
それなりにガヤガヤとしている食堂に、急に職員が一人息を切らせながら飛び込んできた。
「ハハハ。おいどうしたビリー。そんなに腹が減ったのか? 残念ながらお前の好きなデラックス朝食セットはもう品切れだぜ」
からかう様に声をかける他の職員に対し、走り込んできた人は首をブンブンと横に振る。
「違うって。……帰ってくる。帰ってくるんだよ」
「帰ってくるって…………まさかっ!?」
急に顔色を変える職員に対し、どうにか息を整えたその人は大きく食堂中に響くような声で叫んだ。
「
その瞬間、あれだけガヤガヤとしていた食堂が急に静まり返り、
「ぎゃあああっ!?」
「あわわわわわ……安寧の日々がぁ」
「もうダメだ……おしまいだ」
一転して食事をしていた職員達が全員うろたえだす。ある人は頭を抱え、ある人は机に突っ伏して唸り声をあげ、またある人は絶望のあまり膝を突いて茫然自失。
悪心の大量発生の時ですらここまでじゃなかった。一体どんな怪物が現れたというのっ!?
「あっちゃ~。そういえばそろそろだったわ」
「ジェシーさん。一体これは!?」
比較的落ち着いているジェシーさんに何事かと尋ねると、困ったような顔をしながらこう答えた。
「うん。長らく本部へ出かけていた怖~い人が帰ってくんの。アズキちゃんを見たらどう出るかなぁあの人。流石に問答無用で追い出したりはしない……と思いたいんだけど」
どうやら、とんでもなく恐ろしい人らしい。
十分後。本部間移動ゲート前にて。
「もうすぐその人がここに来るんですか?」
「そうだよ。定期便に合わせて戻るって話だからそろそろかな」
ワタシは食堂からどやどやと移動する人波に流される形で、定期的に本部と人員や物資が行き来する区画に移動していた。付き添いとしてジェシーさんも一緒だ。何か申し訳ない。
ちなみに最初にここを見た時驚いたのが、なんとリーチャーではSF的なワープゲートが実用化されている事。いつでもどこでも使えるのではなく制限も多いらしいけど、それでもとんでもない化学力だと思う。
「それにしても……やけに皆さん普段よりピリピリしていませんか?」
ここには搬入作業のため以外にも職員が沢山来ているのだが、大半がどこか緊張した面持ちで整列している。
「あ~……見てれば分かるから。…………来たよ」
ジェシーさんがそう言った瞬間、
ブオン!
どこか電子的な音を立て、突然ぽっかりと
大人が両手を広げたサイズの穴を通り、まずこちらへやってきたのはガラガラと音を立てる台車。
てきぱきと補給物資が搬入され、確認作業を終えた物からどんどん運び込まれていく。そんな中、
コツン。コツン。
静かに、だけど目が離せない存在感を持って、一人の女性がワープゲートからこちらに入ってきた。
(キレイな人)
同性のワタシから見てもそう思えるほど、その人は全身が整っていた。
濃い緑色の髪をシニヨンにまとめ、鋭いツリ目の上からシャープな紺色のメガネを掛けた美女。背が高くすらっとしたモデル体型で、一般職員と同じ制服の筈なのにまるで着こなしが違う。
そう。この人こそ。
「メレン副隊長に、敬礼っ!」
「はい。ただいま戻りました皆さん」
薄く微笑みながら、職員達の敬礼で出迎えられたこの人こそ、長らく侵略業務から離れていたこの施設のナンバー2。ピーターさんの副官を務めるメレン副隊長だった。
という訳で、この章の鍵を握るメレン副隊長の帰還です。
この人も中々濃いキャラをしていますので、ピーターの胃を心配しつつこれからをお楽しみください。
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アズキ メレンと顔合わせをする
「あの人が……メレンさん」
「そ。この調査隊において隊長に次ぐ……いえ。時と場合によっては
敬礼する職員の人達に迎えられるメレンさんを見て、珍しくジェシーさんはどこか物憂げにそう話す。帰ってくるという第一報を聞いた時も難しい顔をしていたし、個人的に苦手なのかもしれない。
「でも、あれのどこが怖い人なんですか? 確かに職員さん達はどこか緊張しているけど、見た所穏やかそうな人だし」
「あ~。それはね」
ジェシーさんが言葉を濁していると、急にきびきびと歩いていたメレンさんが一人の職員の前で立ち止まる。あの人は……確か数日前にここに来たばかりの人だ。やや女性差別的な所があるって女性職員の人達が愚痴ってた。
「あっ!? あのバカなんつうタイミングで」
「いかん。離れとこ」
周囲の人達が僅かにざわつき、さりげなくその人とメレンさんから離れていく。一体何が? そう思った次の瞬間、
「アナタ……
メレンさんは穏やかに微笑んだまま、一切の予兆も感じさせず、予備動作すら見せず。
スパーンっ!
「……へっ!?」
気が付いた時にはその職員さんは、真っ赤な手の形の跡を付けられた頬を押さえながら目を白黒させていた。
「
「それだけの事でっ!? そ、それに俺はついさっき勤務時間になったばかりで」
「一口程度ならいざ知らず、近くを通るだけで分かるほどの酒精はそれだけとは言いません。それと発言は正確に。三時間前をついさっきとは少々間延びし過ぎですね」
「なっ!? 何故ここに配属したばかりの俺の勤務内容を」
その職員さんの顔色が変わり、その言葉が本当だと言外に認める。それを見たメレンさんは、何を言っているのかと首を傾げた。
「何故って、
それを聞いてその人……ダニエルさんは唖然とした顔をする。そして多分ワタシも。
「あの、ホントにメレンさんってここの職員全ての勤務内容とか把握してるんですか?」
「そう。しかも勤務表をちょっと見ただけで10分単位で暗記しちゃうの。まったく凄いわよねぇ」
肩を竦めるジェシーさんをよそに、メレンさんはついでとばかりに制服の乱れや身だしなみも軽く指摘、最後にわざとらしくはぁとため息を吐いた。
すると、それまで顔を俯かせて肩を震わせていたダニエルさんが顔をキッと上げ、
「うるせぇっ! いきなり出てきたかと思えば細かい所までグチグチと。何様のつもりだっ!」
それは酒のせいもあったのかもしれない。逆ギレして顔を真っ赤にさせながら、ダニエルさんは邪因子を漲らせてメレンさんに殴りかかった。
危ないっ!? ワタシは咄嗟に止めに入ろうと一歩前に出て、
「まったく。嘆かわしいですね」
パパパンっ!
そんな事をするまでもなく、目にも止まらない速度で繰り出された往復ビンタで意識を刈り取られたダニエルさんがワタシの前に倒れ伏した。顔もすっかり腫れ上がってパンパンになっている。
「上官に拳を向けた事がではありません。何の勝算もなく、計算もなく、展望もなく、ただ怒りのままに拳を振るおうとした事がまったくもって嘆かわしい。次に来る時はもう少し作戦を立てて来なさい」
「良く言うよ。わざと煽って手を出させてから鼻っ柱をへし折る。アンタお得意の
後ろからジェシーさんの揶揄うような声が聞こえてくるけど今はそれどころじゃない。
何故なら、ワタシが一歩前に出た事でさっきから、メレンさんの視線がこっちに向いているからだ。それもこの感覚は覚えがある。以前コムギと組んで活動していた時にも散々受けた、
他の人が気を失ったダニエルさんを運び出す中、視線はまるで途切れることなく僅かな圧を伴って突き刺さり、
「あの、何でしょうか?」
「……いえ。ここで一歩踏み出してくるとはどんな人かと思い、長々と失礼しました。アナタが書類にあった現地協力者のアズキさんですね? 私はこの調査隊の副隊長を務めるメレンと申します。
急に視線と圧が弱まり、さっきまでのような穏やかな態度でメレンさんが手を差し出してきた。どこか母に似たタイプだと気を引き締めながら、ワタシはよろしくお願いしますと握手に応じる。
「はい。……さて皆さんっ! 私が少しここを離れている間、先ほどの方も加えて大分弛んでいる様子。良いですか? 我々は組織なのですっ!」
手を離すと、そのままメレンさんはまるで演説でもするように大きく両手を広げる。
「善悪正邪に関係なく、組織には規律が、秩序が必要なのです。それは本部でも支部でも侵略予定地であろうとも関係はありません。私が戻ったからには、これまでのような弛んだ業務がまかり通ると思わぬよう。以上……各自速やかに業務に戻る様に」
「「「はっ!」」」
最後に職員達は一斉に敬礼をすると、そのまま素早く周囲に散らばっていった。残ったのは近くに居たワタシと、付き添いのジェシーさん。そして、
「やあ。お帰りメレン。少しは骨休めになったかい?」
「ピーターさんっ!」
そこへメレンさんを出迎えに来たのだろう。ピーターさんが少し疲れた顔をしながらやってきた。
近々重要な会談が有って書類をまとめなければならないと、ここ数日根を詰めているらしい。なのに、
『しばらくコムギちゃんに連絡するのを控える? ハハッ! そのくらいなら疲れもしないさ。遠慮しなくても良いよ』
『何か手伝える事かい? う~ん……今はないかな。それにアズキちゃんは他にも手伝いを頼まれているだろう? 先にそちらを片付けてくる事だね。それが済んだら……そうだ! コーヒーでも淹れてくれれば助かるかな』
ずっとこの調子で、まるでこちらを頼ってくれない。いつも助けてもらっているので何かしらお返しをしたいのに、それが出来ない上疲ればかりが溜まる様を見るのは罪悪感が募る。
気のせいか服までよれよれになっているその姿を見て、メレンさんは眉をぴくっと動かす。もしかして、さっきの人みたいに服が乱れているから気を悪くしたのだろうか?
しかしメレンさんは何も言わずにメガネを指で押し上げると、そのままピーターさんの下へ歩いていった。そして、
「……ただいま戻りました隊長。私が居ない間に、ここの規律に加えて隊長の生活習慣まで乱れているようですね。誠に残念です」
「ハハハ……そうみたいだね。でも聞いてほしい。これには色々と深い事情が」
「ええ。隊長の事ですから深い理由があるのでしょうね。しかしそれはそれ。これはこれです。私が戻ったからには、即刻この乱れ切った諸々を引き締め整えていきますのでそのおつもりで」
ピーターさんは冷や汗だらだら。それもその筈、メレンさんはさっきからずっと穏やかに微笑んだままなのだ。
穏やかな顔でダニエルさんを張り倒し、説教し、こうして上司であるピーターさんも正論で押さえつける。それはまさしく、
「……確かに、怖い人ですね」
「そうでしょう? おかげでついた異名が『鋼鉄の管理官』だの『副官(裏ボス)』だの『微笑みの悪鬼』だの色々。まあ間違いなく有能だから、ここが引き締まるのは間違いないだろうけどね」
最後にそんな事をジェシーさんと話しながら、色々な意味でインパクトのあるメレンさんとの出会いは終わったのだった。
鋼鉄秩序系有能メガネ美人副官はお好きですか? という訳で属性盛り盛りのメレンさんです。
ちなみにピーターとの相性は悪くないのですが、アズキとジェシーに対してはそれぞれ別の理由で少し悪かったりします。
この話までで面白いとか良かったとか思ってくれる読者様。完結していないからと評価を保留されている読者様。
お気に入り、評価、感想は作家のエネルギー源です。ここぞとばかりに投入していただけるともうやる気がモリモリ湧いてきますので何卒、何卒よろしく!
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