神羅計画-Lekage‐ 不死を求めた老獪の不始末で死にかける学生達 (SOD)
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告白

遊戯王関連で神条境夜を知っている読者の方へ。

彼は遊戯王カード関連以外は全て同一の存在です。彼が出来ることは遊戯王の方でも出来ます。

あと、カクヨムからコピペしたので!!が→‼になってるのでご容赦ください。
鬱陶しい気もしたけど、直すのダルいのら〜


 今から六年前、地球は神々の怒りに触れて、罰を与えられたらしい。あたしたちが見たのは、その中でも天の牡牛と呼ばれた、巨大で、雷を纏って、街のビルを屋上から踏みつぶした怪獣だった。

瓦礫に変わっていく建物と、燃え広がっていくランドセル、オモチャ、食べ物。全部全部なくなった。お母さんも、私を守って死んじゃった。お父さんは、妹と一緒に死んじゃった。あたしに残ったのは、ふたりの親友だけでした。でも、神様は、あたしの友達も奪っていきたいみたいです。やめてください。いい子にしますから、もうやめてください。何も出来ない小さなあたしは、ただ泣きながら神様にあやまることしか出来ません。

でも、神様はゆるしてくれませんでした。さっき学校を踏んだ足が、今度はあたしと友達をいっしょに踏もうと足を落としました。

「みけちゃん! うちゅうちゃん! あたしたち天国に行っても親友だよ‼」

「もちろんだよ‼ みんなで神様に文句言ってやろうね‼」

「にゃあ。ずっとずっといっしょにゃ。ふたりといっしょなら怖くないにゃ‼」

泣きながら、離れることが無いように抱きしめあって目をぎゅっと瞑った。

でも、いつまで待っても、あたしたちは踏まれません。なんでだろうと思って、目を開けた。

 

「あ…………」

 

その時、神さまに出会った気がしました。

 

金髪の男の子が、なんとあの大きな足を一人で受け止めて支えてくれていたのです。

「ぬううううう……‼ ぐうううううーー‼」

「みけちゃん! うちゅうちゃん!」

「え……? すごい…………」

「にゃあ……あの怪獣の足を受け止めたにゃ」

「ううううううううううううううううううううううううーーはあああああああああああああああああああああああああああああああああああああーー‼」

金髪の男の子は、大きな声を上げて怪獣の足をパンチで退かしてしまいました。

「す……すごい力持ち」

「すごいにゃあ! かっこいいにゃあ‼ 光の巨人みたいにゃ‼」

「怪獣を倒せるのは巨人か~なるほど納得だね!」

男の子は、ふうと息を吐くと怪獣を見上げました。その時初めて、彼の背中にタトゥーが入っていることに気が付きました。背もとっても高かったので、きっと、中学生か高校生くらいのお兄さんなんだと思います。

「其は悉く罪を犯し、ソレを重ねる者。我、罪人(つみびと)(なれば)

なんだか難しいことを呟いた男の子は、そのまま怪獣の足を登って行って、なんとパンチ一発で倒してしまいました。大人たちが銃を使っても、爆弾を使っても傷一つ付かなかった怪獣を、倒してしまったのです。

本当はお礼を言いたかったけど、倒れてきた怪獣のせいで風が起きて飛ばされたあたしたちは気を失い、それからしばらくは生き残ることに必死で、とうとうその子に出会うことは出来ませんでした。

「すっごく強くてかっこよかったにゃあ! ミケ、あの人のお嫁さんになりたいにゃあ!」

「うーちゃんは魔法少女の人にも助けてもらったよ! うちゅうも魔法少女になる! ひひいろちゃんは?」

みんなすごく大変な思いをしたけれど、なんとか生き残って、将来の夢も出来ました。いつか、助けてくれたお兄さんに、お礼が言えたらいいと思います。

「…………あたし、あたしはね。助けてくれたあの人みたいに、強くなりたいなぁ」

その日、神さまに出会った気がしました。そんな六年前の感情も今は昔。ただ、強くなりたいという気持ちだけが残って、今に至るのでした。

 

 

 

 桜が散って、空気の温かみがはっきりと暑さに変わった頃。学生たちは夏服に着替え、それぞれの青春を謳歌している。

 ある者はまだ少し先の夏休みに遊ぶ計画を立てて。ある者はアルバイトに勤しみ、ある者は受験に備え、ある者は薄着になったことで透ける女子のブラジャーの観察に勤しんで。

 だが、どんな事象にだって、例外というものは常に存在する。上記のどれにも当てはまらない青春を――ここ、絶海の孤島に建てられた設立二年目という超新参の高校。『導真学園』の学生達は送っていた。

 只でさえ三年生という上級生が存在しないこの学園で、限られた空間の中で存分に自由を謳歌出来る去年入学の第一期生である二年生の生徒たちは、この学園の超特殊かつ閉鎖的な環境で、さらに自我を膨張させている。

特にそれを助長させているのは『魔術』という六年前まで一般的にフィクションに分類されていた超常現象だ。『魔力』という、血や精液といった生命力を変換して作った万能のエネルギーを用いて、証明された方程式を起動させることで現世に影響をもたらす力。歴史上では、まじないや占いなどと呼ばれていた力だ。それを細々と、しかし根強く確実に現代まで継承してきた家系でのみ独占し、また秘匿されてきた。

それが世に明かされたのは六年前。地球全体を巻き込んだ【大神災】と呼ばれる災害によってその存在を露見させ、我は此処に在りを図らずも知らしめてしまった。この世に『魔術』が存在することが知られてしまえば、それを使えるごく一部の『魔術師』達に危険が及んでしまうことは、中世の魔女狩りや、現代で自分たちと違う者をイジメの対象としている現状を見れば、想像に難くない。

 そこで、とある老齢の魔術師は、日本政府に提言した。

 

 『私がこの国の若者たちに、魔術に近い力。『魔導士』の力を教授して差し上げよう。

『魔術』は魔術師の家系の者たちが独自に発展させてきた遺産。積み重ねてきた歴史が違うがゆえに、もはや『魔術師』と普通の人間は別の生物だ。ゆえに、現代の人間には、特別な事例でも無ければ『魔術』を扱える作り(・・)が無い。だが、『魔導具』にはその制限が無い。

決まった理さえ守れば、あとは素養で影響の強弱が変わるのみ。

 これから先、少しずつでも『魔術』に対する理解が生まれ、いずれ『魔術』が特別ではなくなることを、私は望む』

 

 この言葉により、【大神災】で魔術の脅威と利便性を同時に感じていた政府は、同じく脅威と恩恵に晒された国民の賛同を得た上で、試験的に創立し、海に浮かぶ絶海の学園――『導真学園』を設立した。

 その第一期生たちの選定は、国家全体で大きな関心が寄せられた。魔導士の学園に入学する位なのだから当然魔術に興味津々で然るべきとされ、この学園が日本に大きな利益をもたらす事を期待していた政府も、生徒の人選には注意を払った。と言っても、最終的な生徒の選別は老齢の魔術師。現理事長の森羅継國が担当した。そして集まった生徒たちは一年の月日を魔導具の扱いと知識の研鑽に努めて現在に至り……

 

 「死ねえー! 俺たちの学生ポイントの礎になってなあ‼」

 「てめえら全員俺らのポイントに変換してやんよおー!」

 「撃って撃って撃ちまくれー! 『魔力弾』絶やすなー! どうせあいつらから補充するんだ!」

 「撃て撃てー!」

 

国家の政府や老魔術師によって選定されたはずの学生たちは、チームを組んで教わった魔術で戦争に興じていた。

場所はU字型の校舎に囲われたグラウンド。

 それはある意味で必然だろう。傘を持てば剣に見立てて戦い始め、箒を持てば野球を始める男子学生に、魔術なんてオモチャを持たせれば、戦いに使わないわけがない。ましてそれが『魔導具』と呼ばれる学生全員に配られる指輪と特別な造りの制服によって非殺傷を約束されていれば尚更。

 しかし、この戦いの動機は何もそんなチンパンジー以下の知能から出力された理由では収まらない。驚くこと無かれ。この戦いは、学園側によって容認されているのだ。それどころか、勝者には『学生ポイント』と呼ばれる学生の査定そのものに直結するポイントまで貰える。

 一日に最低1000ポイントずつ配給されるこのポイントは、生徒の上下関係に影響し、学園内の買い物に利用でき、『魔力』に変換することも出来る。更に、一定のポイントを溜めれば、個人専用の『魔導具』すら作成してもらえる。そして極めつけは、110万ポイントを溜めることによって発生するボーナス。あるいは学生たちの目指すゴール地点。魔術師になれる(・・・・・・・)というものだろう。

 ここの生徒たちは、『魔導具』で『魔術』を使っているだけの『魔導士』だ。言わば、杖が無くては『魔術』が使えない人間なのである。そして配備された『魔導具』はあくまでも借り物。専用の魔導具以外は、一定の規定をクリアしない限り卒業と同時に返還しなければならない。

 たった一年でこの学園で基礎的な『魔力弾』という血や精液と同じ程度の硬度の『魔力』の密度を高めて物質化する術と、それを『打ち出す』という極めてシンプルな魔術を使える存在となっていただけでも良かった。それを使えない人間と比較して自尊心を満たせるほどに、魅力的で自身を特別なのだと思えてしまうこの力を喪えない。他の選択肢を捨てて、新設の導真学園に入学し『魔術』を使いたいと心底願う若者なんて、基本的にはちっぽけで根暗な陰キャが殆どなのだ。そんな存在が自己肯定を出来るようになったら、そのきっかけを失うことなんて出来はしない。

 「み、みんなー。もうすぐ授業が始まるから、戻ってきてー!」

そんな彼らに教室から声を上げている教師の声など届きゃしない。

 「オレは……魔術師になるんだああああああああああああー‼」

 「ぼくをイジメてたアイツらを、魔術で……! ウヒヒヒヒ……‼」

 「絶対魔術師になって、あいつらにもウンコ食わせてやるんだああああああああああーー‼」

 「みんなー! 戻ってきてよぉー! ねえー!」

 どこに出しても恥ずしい自己肯定感の無い陰キャたちによる、勝手極まる学級崩壊。だがこの学園の8割程度(モブたち)は、大体こんな調子だ。この光景を一般の市民や政治家が見れば、おおよそ一発でこの学園の存在が間違いだったのではないかという結論に至るのは、想像に難くない。内情が良く分からないことが絶海の学園最大の利点だ。

 だが、本当にこんな状況でずっと放っておくと、いざと言う時に――具体的には政府の視察とかが来た時に不味いことになりかねない。よって、学園もひとつテコ入れをすることにした。

 「あんたたち! とっくに予鈴のチャイムは鳴ってるのよ! すぐに戦闘を止めて教室に戻りなさい‼」

 三階の教室から戦争の様子を見ていた黒髪の少女が、キーの高い声色で叫ぶ。

 その特徴的なアニメ声は、魔力弾の被弾から発生する爆発音を相手にしても意に介さないほど良く通る。その声を聞いて、二次元美少女に造詣の深い同士達は、仕方なく戦いを止めて校舎に戻っていく。一般人には鬱陶しい限りの声は、一部の人間には鎮静剤として機能する。

 「むう。もう授業の時間か。休み時間は短いものだ。

 お前達、教室に戻るぞ!」

 「「「はい!」」」

 その甲高い声が響いたことでようやく状況に気付いた比較的人格者なリーゼント頭に白い長ラン姿の男が、自分の仲間に号令を掛けることで、片方のチームが揃って撤退していった。

 「ああ、良かった……ありがとう冴葉さん……」

お礼を言うには時期尚早。導真学園に集まる生徒には、その声に苛立ち更に戦いを激化させようとする者もいる。そうでなくても、傘や箒を武器に戦う系男子は、女子に怒られると逆レする生き物なのだ。なので、黒髪の少女にとって、今のはただ言うこと聞かない生徒を間引くための警笛に過ぎない。

「まあ、こうなるわよね。斎藤先生。ちょっと行ってきます」

「ええ。気を付けてね、冴羽さん」

「はい、大丈夫です」

その言葉に、教室にいた生徒、主に女生徒達が湧きたった。

 「ついに日緋色さんの出番かー」

 「頑張って日緋色ちゃん!」

 「ファイトー」

 「ちょっとみんなーウチも出番だよー応援してよ~」

 「はいはい。星川もがんばれー」

 「犬飼さんも頑張ってー」

 「合点にゃあ! お仕事がんばるにゃ!」

 「じゃあ行くわよ。星川、足場お願い」

 「まっかせてー☆それじゃあ、変身!」

 声援を背中に、三人の少女が窓の外に身を乗り出して、そのまま飛び降りていく。

 「よぉーし! 魔法少女っぽく星型で『重力軽減』を発動だー!」

 まずは星川と呼ばれたピンクと水色のツートンヘアに星や月のヘアアクセを多量に付けた女生徒。先端に丸くて大きな宝石の付いた杖を持ち、何故かそれまで普通の半袖制服姿だったものが、魔法少女を思わせるような衣装に変わっている。そして本人の宣言通り、三人の周囲に星型のキラキラした何かが円環して、三階から降り立った両足の負担を軽減した。

 「にゃあ。うちゅうにゃんの魔術はいっつも綺麗で素敵にゃ」

 続いて、犬飼という語尾が「にゃあ」の星屑に戯れて遊んでいる少女。どういうわけか彼女の三毛猫のような頭には猫耳が付いていて、制服のスカートからは猫のしっぽが姿を見せている。あとついでに、上はノースリーブのシャツ一枚だ。

 そして、最後の一人。黒髪でツインテールの少女。(さえ)葉《ば》日《ひ》緋色《ひいろ》は、二人と比べて明らかに低い身長と、その身長の三割程度の体積がありそうな、恐竜のような造詣の銃を構えて、戦争中の男子生徒達に宣言する。

 「残った的はこれだけかしら? 言われてすぐに帰った奴らは見逃してあげるけど、アンタたちは全員、痺れさせてやるからね」

 それを目の当たりにした戦争中の2チームは全員が三人の少女の方に向き直る。共通の敵を前にして、彼らは力を合わせて戦う選択肢を瞬時に取る。これは、今日までの経験によって培った判断力の賜物だ。

 「また来たのかよクソチビ――」

 バシュン――‼

 言い終わる前に男子生徒が日緋色の銃の弾丸に沈む。

 「もう少しで終わるから黙って見てろよ冴葉! 邪魔すんな!」

「あんたたちこそ、あんなバンバン爆発させてたら授業の邪魔なのよ!大人しくしてなさい」

 「うるせえんだよ糞カスがよお土壌に埋めんぞコラァ!」

 「イイ子ちゃんぶって成績上げて調子こいてんじゃねえぞ!」

 「専用MAC持ってるからって偉ぶってんじゃねえぞ! 所詮テメエなんてその銃がなきゃ何も出来ねえんだよ!」

 「てめえの方こそ、黙って隅で縮こまってろよ糞チビ――」

 バシュン――‼

 会話に割り込んだ別の生徒が、一瞬で撃たれて沈む。

 「嘗めんなよチ――」

 バシュン――‼

 黒髪の少女は、恐竜型の銃の中折れに三発の弾丸を装填する。これが彼女の『魔導具』--魔力の込められた専用の薬莢を装填することで、魔力の弾丸を撃ちだすことに特化した、恐竜を模した銃型魔導具。REXだ。

 「ひ、ひでえ……まるで関電死したカエルみてえだ」

 「ちくしょう……魔力を電気に変えてるから関電させられますってなんだよ……! あんなのマジでスタンガンじゃねえか!」

 「ブツクサ言ってんじゃないわよ。さあ、あたしと戦うのか、授業に帰るのか。好きな方を選びなさい」

 (へっ、偉そうにしてられるのも今の内だ……。そろそろ暗殺隊のやつらがあいつらの背後に付くころだ)

 内心でニヤついているは片方のチームリーダーのロン毛。

 「今だ! 全員撃て!」

 背後に気取られないように全体に射撃を命じた。だが、その言葉にいち早く反応したのは、味方ではなく日緋色だった。装弾数三発。一発につき三回の射撃が出来るREXで計9発を正確に早撃ちして、9人の意識を刈り取った。そしてすぐにリロードを始める。そこを逃すまいと、チームメンバーは日緋色を狙い撃ちにする。

 「ひひろんだけが主役じゃないんだからねー!」

 その間に入った魔法少女衣装の少女が杖を振り抜いて、魔力をバケツで放った水のように放出して敵の弾を相殺する。更にそのあと、その魔力を操作して星形のシールドを成形した。

少女の名前は、星川銀河(うちゅう)。銀河と書いて、うちゅう。魔法少女と広大な宇宙に憧れる、頭のおかしい美少女だ。

 「くっそお! 相変わらず魔力量が頭おかしいんだよアイツ!」

「いや、本来の意味の頭も充分おかしいぞ! 高校生で魔法少女のコスチューム着てるんだからな!」

 「頭の色もおかしいぞ! アレで地毛だって言ってんだ!」

 「わざわざ星形にする意味も分からん! 隙間が出来るだけじゃねえか!」

 

 「「「それよりなにより、そんな奴に負けるおれ達が一番意味わからん‼」」」

 

 お互いに肩を抱き合って男泣きに勤しむ愚かな羽虫共に対して、銀河(うちゅう)は杖を思いっきり天に掲げて、自分の身体と同じくらいのサイズの魔力の大玉を作り出す。

 「いっくよー! スーパー・ハイパー・ビューティー・ミラクル・アメイジング流れ星‼」

 必殺技の名前らしきものを叫んだあと、星川は杖を振り下ろす。すると、宙に浮かんでいた魔力の大玉は、分裂してやはり星形になったあと、無事なチーマーとカエルになって転がっている男子生徒とを見境なくぶちのめす魔力弾となり降り注いだ。

 「「「「ぎゃあああああああああああああああああああああーー‼」」」」

 まるでゴミのように吹っ飛んでいくチーマー達の汚い叫び声と、魔力弾の爆発音が奏でる協奏をバックコーラスに、銀河(うちゅう)はウィンクで決め顔をしながら指でハートを作って魔法少女っぽく締める。

 「悪いことしてると、うちゅーのチリにしちゃうぞ☆」

 被害にあってさえいなければ最高に可愛い決めポーズだ。恋する男子もきっと大勢いることだろう。

被 害 に さ え あ っ て い な け れ ば 。

 「ぐ………やっぱ、あいつ…………頭おかしいって……ガクッ」

 「お、オレ……この戦いが終わったら斎藤ちゃんに求婚するんだ……グハッ」

 「オレ……実は星川がタイプだったんだよ……バタッ」

 「「いや、それは絶対にお前の頭がおかしい」」

 「何でだよ可愛いじゃねえか‼」

 その凄惨な光景を、ただ見ていた猫耳としっぽを有する少女、犬飼魅傀(ミケ)はドン引きしている。

 「にゃ、にゃあ……。やっぱり、うちゅーにゃんの攻撃は容赦がないにゃあ……」

 魅傀は苦笑いしつつも、その飾りではないガチの猫耳がピクリと動かし、周囲の様子を警戒していた。だからこそ、あの爆音と悲鳴の嵐の中でもしっかり捉えている。背後に回った三名の暗殺者(自称)達の足音を。

 (うーん。一人一殺で三人狙われてるのにゃ。このまま、まっすぐ歩いてくるはず。周囲には他の人影無し。悪い子には人権無し。って校長先生が言ってたにゃ。だから多分これがベストにゃ)

 「流石に人権は考慮するけど」

 頭の中で考えをまとめた魅傀は、そのまま視線は真っ直ぐ日緋色と銀河(うちゅう)を見つめて、猫耳はしっかり背後の足音を捕らえる。だが手元は印鑑のような形の肉球スタンプを手のひらに押して遊んでいる。

一方その様子を背中としっぽしか見えていない暗殺者(笑)は、ジリジリと距離を詰めながら、攻撃のための魔力弾の威力を高めている。

「よし、アイツらはこっちに気付いていない。このまま距離詰めて、背中をぶち抜いてポイントがっぽりだ」

 「おうよ。でも気を付けろよ。冴葉と星川と違って、犬飼のMACはどんな性能してんのか未だに良く分かってねえんだよな」

 「なにビビってんだよ。ちょっと専用MAC持ってるからって言っても、結局あいつら倒せば学園から通常の二倍のポイント貰えるんだぜ? 所詮はゲームのボスキャラ。オレらに倒されるための存在なんだよ」

 「そうそう。こんなの所詮アップデート要素だって」

 「そっか……まあ、そうだよな」

 背後の三人の会話は、ネコミミの少女に丸聞こえだ。微妙に同情するような憐れむような表情を浮かべながら、愚かな三人組の末路を見届けるべく待機を続ける。

 (背中から攻撃するのは、ベストな方法にゃあ。だから、それを自分たちもされることを考えておかなきゃいけないよね?)

 「よし、あと三歩前に出たら一斉に撃つぞ」

 「おう」

 「りょうかい」

 一歩。気取られないように慎重に歩を進める。

 二歩。目標の三名はそれぞれ背後の自分たちには気づいていない。暗殺者たちは、一層魔力弾に力を籠める。

 三歩目。全員で呼吸を合わせて、一斉に手を伸ばしながら地面を踏みしめる。

 

 ニャーオ。

 

 瞬間―猫の鳴き声が聞こえて、三人の内二名の暗殺者が宙を舞っていた。

 「……え?」

 唯一地に足が付いていた最後の一人は、猫の肉球のようなカタチの魔力丸が地面から生えてきた光景を目撃することとなった。

 「何だこれ?」

 その言葉を最後に、残った一人も後を追うように綺麗な青空が待つ天空に上る。一瞬だけ見えたのは、いつの間にか自分の懐に屈んでいた犬飼魅傀と…。

 「肉球アッパー!」

 吹き飛ぶ際に偶然足が引っ掛かったことで捲れたスカートから覗かせる縞模様だ。

 充分に紐無しバンジーを堪能した三名は、いずれ物理法則に従ってバラバラの位置に振ってくる。その着地地点を正確に計測した魅傀は、さっきまで手元で遊んでいたスタンプをそれぞれの位置に向けて振った。

 やがて落ちてきた暗殺者(笑)達は、柔らかくて優しい、人をダメにする肉球に包まれて、母に抱かれる赤子のように受け止められる。

 「誰も怪我しないで、何も壊れなかったから。だからきっと、これがベストにゃ」

 三人の少女たちが、それぞれ悪い生徒たちを鎮圧し終えた頃、授業始まりを告げる本鈴のチャイムが鳴り響く。これから静かな授業の時間が始まる。学生の本分。社会人が喪った青春の時間だ。

「無事に済んだみたいね……それじゃあ、冴羽さんたちが戻ってきたら授業開始しますね。

待ち時間何しようかな……。あ、そう言えば先生お休みの日にネイル変えてみたの!」

「おー斎藤ちゃん似合う~」

「本当―! 良かったあ、次の休みデートだから気合入れたんだ~もしかしたらそろそろプロポーズかもって所まで行っててね~!」

「斎藤ちゃん~それ男子達の前に言わない方がいいよー? 結構狙ってるやつ多いし」

「え?マジで⁉ もしかしてモテ期来てるのかな⁉」

「おいおい浮気か~?」

「アハハハハハハハハ~!」

それがどれだけ得難く、本当に、心から、切ないほどに取り戻した時間かを知る由も無く。学生たちは、今日も贅を尽くした特権の時間を貪るのだった。

 

 

 

 「うちゅー達の『贅を尽くした特権の時間』が、大人達から奪われてるのはおかしいと思うんだよ!」

 羽目を外した同級生たちの鎮圧を終えたあとの昼休みの時間。三人の少女たちは、別の部屋に集まってランチをしながら、報告書を書いていた。

 ここは『武装風紀委員会室』。学園から選ばれた特別優秀な生徒の中で、推薦を受けて受諾した生徒だけが使える特別な部屋。空調は快適で、冷蔵庫もキッチンもある。PCもソファも完備。とまるで学園物のフィクションのような権力を持つ生徒会のような待遇だ。

 それでも、お昼休みという学生にとって貴重も貴重な時間を、書類仕事に割かなければならないことに、星川銀河(うちゅう)はむくれている。そんな彼女に正論で諭す役割を持つのは、黒髪ツインテールロリ。『武装風紀委員会』委員長の冴葉日緋色(さえばひひいろ)だ。

 「仕方ないでしょ銀河(うちゅう)。あたしたちはその奪われてる時間を対価に、この個人専用MACも、色んな特別な待遇も受けてるんだから。仕事はしないといけないのよ」

 「それはそうだけどさー書類仕事なんて全然魔法少女っぽくないよー! もっとキラキラなことがしたーい!」

 ジタバタ騒ぐ友人をしょうがないものを見る目で見ながらため息を一つこぼす日緋色。

 「今ここで頑張れば、ポイントも稼げるし、『魔術師』になれれば将来いくらでも魔法少女出来るじゃない」

 「何言ってるの、ひひろん! 魔法少女だよ⁉ 少女(・・)なの! うちゅーが卒業する頃にはもう一八歳だよ! そんなの魔法少女じゃなーい! ただの魔女だよー‼」

 やだやだやだーと駄々をこねる銀河(うちゅう)に、今度は既に仕事を終えておにぎりをもぐもぐしていた魅傀が声をかける。

 「うちゅーにゃん。今どきの魔法少女は中年のサラリーマンもいるし、おばあちゃんもいるにゃ。多様性がふにゃふにゃする今の時代なら、老若男女を問われることはないにゃ。だから今はお仕事を頑張る。多分これがベストにゃ」

 そう言いながら、日緋色にバレないようにこっそり銀河(うちゅう)の仕事をやりはじめる。

 「魅傀の言う通りよ。この仕事だって、学生ポイントが発生するし、将来のためになるのは間違いないだろうし。導真学園第一期生のあたしたちが『魔術師』になれば、魔術師に憧れて導真学園に入学する後輩は増えるだろうし、そうすれば……六年前の【大神災】みたいなことになっても、きっと死傷者も二次災害の被害者も激減するのよ」

 「むぅーそんな現実的な災害対策とか、犯罪の撲滅は魔法少女の領分じゃないもん」

 (っていうか、一般人の魔術師の割合が増えたら、逆にそんな空き巣は絶対に増えると思う。楽じゃん。そんな身勝手な奴らが多いから、うちゅー達の仕事も増えてるわけだし……)

 現実を見ているようで理想主義の日緋色と、ファンタジー全壊に見えて意外と頭のネジが閉まっていて理性が仕事している銀河(うちゅう)。両者の相性は、果たして良いのか悪いのか。そんなことを考えながら、犬飼魅傀は秒で終わらせた銀河(うちゅう)の仕事をふたたびバレないように元の位置に戻して、取っておいた鮭おにぎりを美味しそうにもぐもぐする。

 「ふぅ……やっと終わったわ」

 ようやく自分の仕事を終わらせた日緋色も、口に咥えていた携帯食を咀嚼し始める。そんな食事で済ませているから、低身長の幼児体系なのだと言ってくれる人がいないのは、彼女にとってはきっと悲劇だ。

 「そう言えばみけみけは、例の巨人なものすっごい怖い顔の一年生君は見つかったの? たしか……そう、きょーちゃんだ」

銀河(うちゅう)は目の前の仕事げ(げんじつ)からそっと目を背けて、魅傀に話題を振った。

 「にゃあ……全然見つからないのにゃ。学生名簿には間違いなく入学しているって書いてあるのに、教室に見に行っても見つからないし、監視カメラにも映らないし、全然会えないのにゃ」

 寂しそうな表情でしゅんと肩を下ろして返す魅傀。その話に、日緋色も参加する。

 「あの金髪の、物凄い怖い顔した人ね。たしか名前は神条境夜だっけ。MACを付けている訳でもなかったし、校長先生が話した通り、あたしたちみたいな『魔導士』とは違うちゃんとした『魔術師』なんでしょうね」

 「そうそう! あの場にいた殆どの人間が気絶してたけど、魔術訓練室が完全に使い物にならなくなるほど破壊されてて驚いたよね!」

 「ええ。未だに信じられないわよ」

 言いながら、日緋色は恐竜を模した銃型の専用MACを『REX』を太もものホルスターから取り出した。

 「あたしのREXは、あの時一瞬だけ見た彼の魔力砲を再現するためのオーダーをしてある。なのにショックガンモードからリーサルモードに変えて撃っても、穴を開けることしか出来なくて、訓練室の壁を木っ端微塵にするなんて出来なかったもの」

 「うぇ⁉ その恐竜、そんな殺人兵器なの⁉」

 「そんな生易しい威力じゃなかったにゃ」

「殺人兵器じゃないわよ! 普段は非殺傷モードだし、今日だって誰も死んでないでしょ!」

 「い、いやあ……ただでさえ外観が恐竜で殺意もりもりなのに、実際に訓練室の壁に穴を開けるなんて出来ちゃうのは怖いってひひろん。少なくとも、授業で習った『魔力丸』も魔力丸を打ち出す『魔力弾』も、壁に当てたって傷一つ付かないじゃん」

 「そ……それはまあ。そうなんだけど。

 だって悔しかったし……アイツ、身体が大きいだけでなく、魔術まで使えるなんて。なんか人間として完全に負かされたみたいじゃない」

 「…………ひひろんって、ヤバいレベルで負けず嫌いだよね、みけみけ」

 「にゃあ。人間はみんな持って生まれた才能はバラバラで無作為にゃ。無作為なんだから、世界中ひっくるめれば、どんな人間にも負けない人が一人くらいいると思うにゃ」

 「あたしは何でも負けっぱなしなんて嫌なのよ。昔助けてくれたあの人みたいになるんだから!」

 ふんと鼻を鳴らして、紙パックのストローをちゅーちゅーする日緋色。中身はイチゴ牛乳。

 「まあ、ひひろんの負けず嫌いは置いといて、みけみけはさ、きょーちゃんに会ってどうするの?まさかひひろんみたいに負けず嫌いで決闘するとか言わないよね?」

 銀河(うちゅう)の問いかけにきょとんとした魅傀は、最後の一口のおにぎりを飲み込んで、紙パックの牛乳を一口吸ってから返答する。

 

 「にゃあ。魅傀はね、あの人に会ったら………」

 

 その返答を最後まで聞いたあと、二人の反応は全く同じで。

 

 「「ええええええええええええええええええええーー⁉」」

 

 廊下まで響くほどの大絶叫だった。

 

 

 

 この世には『魔術』が存在する。それが世の中にバレたのは、ほんの六年前。アジアの極小の島国に現れた、人ならざる脅威が引き起こした災害によって、それまで『魔術』をフィクションとして認識していたこの世界の常識は一変させられた。自分たちの生きる世界には、間違いなく、自分たちの知らないものが存在しているんだと理解させられた。

 なにせ、人々は目の前で怪奇を目の当たりにしている。非日常を焼き付けられた。

 雷を纏う巨大な牡牛が街を蹂躙した姿を見た。

 サソリのようなバケモノが人を刺殺して、挟み殺して、食い殺した姿を見た。

 狼人間が現れて、人を引き裂き、食い殺した姿を見た。

 空を飛ぶトカゲが火を吐いて街を焼き、ビルを破壊した光景を見た。

 そんなことが、知らなかっただけでいつでも起こりうる現実を、見せつけられた。

 人類も対抗はした。銃を撃って対抗した。戦車を使って対抗した。戦って、戦って、何千人も被害者が出て。それでも間に合わなかった。弾が足りない。金が足りない。戦力が足りない。

何より人が足りなかった。

 そんな絶望的な状況下で立ち上がったのが、当時十歳程度だった少年少女たち。「勝てるはずがない」が分かり切っていた中、もうおしまいだと諦めて、あるいは発狂していて、誰も止めなかった。

 だからこそ、世界は救われた。『魔術』を知っていた子供たちが、存分に力を振るって戦えたから。

 他人の心を読める風の魔術師の少年が。

 占星術で未来が読める少年が。

 瞳に呪われた力を宿す少年が。

 元暗殺者の恋する少女が。

 元少年兵として戦場を生き残った少年が。

 かつて【魔王】だった少年が。

そして、皆のリーダーとなった赤髪の少年が。

 世界の脅威を打倒して、そして世界が救われた。そんなおとぎ話のような、しかし事実の経緯を経て、『魔術』は実在すると認知された。

 だが、喉元過ぎればなんとやら。六年も経過すれば、あの地獄に関与しなかった人々の多くは平然と忘れていく。

 しかし、間違っても風化させてはならない。地獄が再びどこかで起こりかねない事実を、忘れてはならない。

 そのために政府は『魔術』の存在を法的に認める準備を進めて、老魔術師の援助を受けることで、ここに一つ。絶対に忘れない誓いの証を建てた。それが、有史以来初の『魔術師養成学校―導真学園』だ。

 とある老魔術師の好意と、複数の資産家の損得勘定によって一年前に建設された新設ほやほやのこの学園の実技室で、その年に魔術を学んだばかりの一期生の素人たちが、基礎的な魔力操作の練習に励んでいる。去年まで『魔術』のやり方など学ぶ機会も無かった子供たちでも『魔術』の行使を可能とする『魔道具』の指輪頼りだが、それでも今、ここにいる学生たちは『魔術』が使用出来る『魔導士』なのだ。

 そんなこんなで武装風紀となった少女三人が件の金髪の巨人と出会ったのは、今から半年前の話だ。

 

 「我が導真学園が自信を持って宣伝しておりますMana Another Core システム。略称MACは、従来までの古より続く魔道の家紋の元でしか学べなかった『生命力を魔力に変換するノウハウ』をルーン文字で刻み込んで、さらに『魔力』を蓄える性質を持つ宝石を備えたシルバーリング型の最新鋭『魔道具』でございます」

 「………」

 「いま御覧頂いている生徒達ですが。あそこの黒髪の極めて小さな少女と、ピンクと水色の髪の少女。それから、あそこの頭に猫耳が生えた少女などは、『魔道具』の扱いに極めて高い適正数値を出していたり、魔力変換の効率が高かったりと、一年目とは思えないほど優秀でして、近々専用のMACが与えられることが検討されております」

 マジックミラー越しに高所から学生を見物していた眼鏡の男が、商品の売り込みのようにもう一人の、極めて巨躯な金髪の男にセールストークを展開している。

 「魔導士としての将来性も勿論ですが、容姿にも優れているでしょう? 色んな意味でこれからが楽しみな学園でございます」

 「…………」

 話を聞いているのかいないのか、隣に立っている金髪の大男は、口を開かず目線だけで他の学生たちにも目をやっている。

 そんな男を前に、冷や汗だくだくな状態を悟らせずに、かつ営業スマイルを崩さない小物臭漂う男は今にも気絶したい衝動に駆られて続けている。

 (く、くそぉ……! 何を考えてるのか全然心の内が見えねえ。オレの恐怖心の問題だけじゃねえ。この立っているだけで周囲を威圧し続ける存在感は何だ⁉ まるで酸素の薄い山頂に放り出されたような気分だぜ……‼)

 セールスマンの男の身長は180㎝付近。高身長と言って問題ない。にも拘らず、金髪の男を常に首を上げて見上げている。

 (二m……いや、もっとだ。心情的には三メートルって言われても信じたくなる。何だその怪腕は⁉ 俺の頭より太い。そして何より……)

 「…………フン」

 「ひっ……⁉」

 (顔面が死ぬほど怖い‼ なんだその顔は、顔面まで筋トレしてるって言うのか⁉ 誓ってもいい。クマに睨まれたってここまでビビらない。ロケットランチャーを渡されたってこの恐怖はまるで緩まない。全身の筋肉が緊張し切っている。いつでも走って逃げられる状態を、常に身体がかってに用意している)

 「…………それで?」

 畏れを体現した形相の金髪の男が、セールスマンと初めて目を合わせた。

 「は、はいっ⁉ 神条様にご入学頂いた暁には、もちろん最優先で専用のMACを制作させていただきまして…!」

 「…………俺が魔女の帽子被って、おちゃらけた呪文付きで杖を振るようなタイプに見えるのか?」

 「いっ、いいえ決してそのようなことは! 戦場に拳一つで此処に在りと称えられた『神の拳』と呼ばれるあなた様にそのようなことは……!」

「何だ? 俺の脳みそは空っぽで、魔術も使えない筋肉ダルマだと言いたいのか?」

「めっっっツ、めっそうもございません‼ 決してそのようなことは‼ 戦場で千の敵を屠り千の味方の命を救ったと言われ『神の手』としても名を轟かせていらっしゃるあなた様の知力を疑うことなど決してございません‼ 私など想像も付かない知力を併せ持っておられることも承知して」

「何で俺が小細工なんかしなきゃならねえんだオイ?」

凄まじい理不尽の連続と恐怖に、音は既に全身自分の汁でグショグショになっていた服を破り捨てて土下座と共に命乞いを始めた。

「申し訳ございませんでしたぁ‼ どうか命だけはああああああああああー⁉」

 何を言っても因縁をつけられる。もう泣いて謝るしか出来ることなどないではないか。恥も外聞も無く土下座して、遠慮なく床を顔汁で濡らす。命あっての物種。今は濡れた床だけが男に生を実感させてくれる。

 「随分と面白い絵面になっているじゃないかい。斉木」

 哀れな土下座と許しを請うだけの生物と化したセールスマンこと、斉木の頭上に、笑い声が降ってくる。顔を上げれば、白髪の老婆が愉快そうに嗤っていた。

 「こ、校長先生!」

 「やれやれみっともないねえ。導真学園のスカウト担当がこの様とは……人事考え直さんきゃいかんかねえ……?」

 「……誰だ?」

 うんざりした顔をしている学園長と呼ばれた老婆に、金髪の巨人、神条境夜が声をかけた。風貌も、声色も、何一つ変わっていない様子で。

 「ああ。初めましてだね、神条境夜。あたしはこの一年間アンタに熱烈なラブコールをしてた黒幕の配下だよ」

 老婆が自己紹介を終えた瞬間、彼女の耳のすぐ横でばく発音が響いた。

 「――っいひぃ⁉」

 その爆音に怯えた悲鳴を上げたのは斉木。彼が音の発生源を見ると、神条の拳が横にあり、ついさっき彼女が入室してきた部屋の扉が、対面の廊下の壁にめり込んでいる。

 「最近のラブコールってのは、空爆や戦車がデフォってことか。いいだろう。得意分野だ。俺もラブコールで返してやろう」

 そう言うと、今度は自分たちが立っている床に拳を打ち付ける。すると床には雪を踏む足のように拳がめり込み、直後に拳を中心に穴が拡がり床だったものは崩壊した。

 突然の出来事に、下で魔術の訓練をしていた学生たちも驚きの声を上げる。

 「きゃああああああー⁉」

 「はぁ⁉なんだよこれ!」 

「観戦室が壊れた⁉」

 「ええー。欠陥住宅じゃーん! こわー」

 「なんてことにゃ⁉ 下手したら魅傀たちのせいにされかねないにゃ! 今すぐ逃げて知らんぷりするにゃ、うちゅうにゃん!」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ! 誰かケガした人いますかー⁉」

「おおー! さっすがひひろん。めっちゃ適切な行動。

さあ、みけみけも手伝おう。何かあっても救助活動に協力したうちゅー達は許されるハズ!」

「合点にゃ! わが身の安全と謂れのないお説教から逃げる為に、魅傀がんばるにゃ! 要は気合にゃ!」

「ぴゃああああああああああああーー⁉」

 「ぴにゃ⁉」

 足場を失った三人の人影が落下する。その際にダサい叫び声を上げていた斉木以外は、無事に学生たちが練習をしている部屋に着地する。学園長の老婆は重力の影響を軽減して。神条境夜は段差でも降りるくらいの様子で。

「おやおや、まさかこの年になって壁ドンなんてもんをされることになるとはねえ。生きてみるもんだよ」

「おもしれえ婆さんだ。気に入った。黒幕のとこに案内するのを対価に、一生に一度の思い出を贈ってやろうか……」

「あばばばばばばばばば……‼」

心底愉快そうに口角を上げて笑いあう金髪の大男と白髪の老婆。付け合わせには素っ裸で泣きながら発狂しているスカウト担当。なんともミスマッチな組み合わせだ。

「黒幕の正体なんて、使われる側が知ってるわけがないさね。街中で平然と空爆を指示するようなやつが、わざわざ利益も無く危険を増やすわけがないだろう。

あんたもソレが分かってたから、ノコノコとウチの推薦状なんかに食いついたんだろう?」

「ふん。腐臭が漂うのはガワだけか。ババア」

「こう見えて脳みそはしっかりしてるんだよ。なにせウチのガキどもが付けてるMACシステムを開発したのもアタシだからねえ。わかったらそろそろ答えを聞かせてもらおうか?」

「上等だ。いい加減、安物も爆発音をBGMに酒を飲むのも飽きてきた頃合いだ」

「良し、決まりだね。

あんたら、全員授業を中断してこっちに注目しな!」

そんなこと言われるまでも無く、天井が落ちて部屋が崩落している時点で中断しているその場の生徒たちの目線は、洩れなく二人に注がれている。

「この常識の枠に収まるという礼儀を知らない巨体は、来年度からウチの学園に入学することがたった今決まった。一年後輩の年下だが、こいつは学園側が手段を選ばずに引きずり込んだ怪物だ。今後アンタらが学園で学んだことを活かしたいと思うなら、せいぜい媚びでも春でも売っておきな!」

媚びを売る? なんだそれ? 誰なんだあの大男? 紹介を受けた生徒たちは口々に疑問を口にした。やがて、それ以上の説明も出てこないのを見計らって、一人の少女が小さな手を上げた。

「学園長先生。質問してもよろしいでしょうか?」

切れ目に不機嫌そうな眉。黒髪おさげの小学生くらいの身長の女生徒が質問を投げかけた。

「うん?何だい?ええっとアンタは……」

「冴葉日緋色です」

「ああ、そうだったね。んで、質問は何だい? あたしゃこの壊れた観戦室の修理を校長に押し付けに行くから、早くしとくれ」

それでいいのか教育者。という表情をしつつも、日緋色は質問を続ける。

「いきなり媚びを売れと言われても、そもそも、そちらの人はどなたですか? 」

(一瞬、あの金髪の人が被ったけど、まさかね。年下だし)

の質問に、他の生徒たちは好意的な目で日緋色を見る。言ってくれて助かったと言わんばかりの安堵の表情だ。

「…………なんともまぁ、嘆かわしいことだねえ」

そんな日緋色と生徒に、呆れた顔で頭を抱えた学園長は、誰か一人でも知っているものはいないのかと尋ねるが、ザワザワとするだけで、誰一人この金髪の巨人のことは知らない様子だ。この様子に、学園長は一から説教が要る、とうんざりした顔で説明を始めた。

「いいかいガキども。そもそもこの学園で『魔術』を教えることになったきっかけは何だい?質問主、答えてみ」

「それはもちろん。六年前に引き起こされた歴史上最初の魔法生物災害事件【大神災】で……たくさんの被害者が出たから……」

「そうだ。ある日突然バケモノが現れて、表向き存在しないはずだったものが漏洩したことで、それまで秘匿されていた『魔術』の存在は隠匿不可能になった。そして、この中にも家族や友人を失ったのがきっかけでこの学園の門を叩いたやつもいるだろう。

その事実を受けて、それまで隠匿役だった魔術師の大組織【魔術協会】の幹部『森羅継國』が、いっそのこと資金振りに利用することにしたのが、この政府公認魔術師教育機関『導真学園』だ。

おかげでアタシみたいな協会の鼻つまみもんが、島流しよりも過酷なガキどものお守りを任されることになっちまった。

さあ、本題はここからだ。本来、【魔術協会】の方針だった秘匿、隠蔽が不可能になったのは、協会の意向が通じないどころか、そもそもそんなもんの存在を知らんかったとほざくクソガキの集団が、人目も気にせずガンガンと魔力を発揮してバケモンどもと戦ったことが原因だ。

 

……例えば、そこの金髪の巨人がバトル漫画みてえに魔力砲を連射しようもんなら、もう光の屈折がどうのだの、動画の編集がアレだの、陳家な難癖も付けられやしないからねえ」

「……魔力砲を連射……?」

日緋色が信じられない言葉を聞いた顔で愕然としていると、今度はピンクと水色の二色に染めた頭に多量の星や月のヘアピンを付けたお頭の弱そうな少女が、元気よく手を上げて質問しようと前に出た。

「はいはいはーい‼ せんせーい‼ うちゅーもしつもーん!」

「……ああ、アンタかい。正直言ってアンタの質問はあんまり受けたくないんだがねえ……」

 その様子に学園長はうげぇ…とでも言いたげな顔で返答した。

「先生酷い! うちゅーはこれでも全校生徒で二位の成績なのにー!」

「『魔術』関連だけ(・・)な」

「あー厳しい現実にうちゅーのナイーブな心が突き刺される―……じゃあもうそこの人に聞いちゃうもん!」

そう言うと、先ほど柏木に人の尊厳すべてを撃ち捨てるほどの恐怖を与えた顔面凶器の巨人に話しかける。

「こんにちは!」

見るもの全てを震え上がらせる程の風貌と巨体、そして威圧感を放つ金髪の巨人に全く臆することなく満面の笑みで挨拶をする少女に、巨人も返事を返す。

「…………こんにちは」

その返答に心底嬉しそうな表情でさらに続ける。

「初めまして、星川銀河(うちゅう)です。銀河って書いてうちゅうって読むの!うーちゃんって呼んでください!」

「…………うーちゃん」

「おおー! ひひろん、ひひろん! この人見た目より優しい‼ 顔は夜見たら漏らしそうなぐらい怖いけど!」

「こ、こら銀河(うちゅう)! 初対面の人に失礼でしょ!」

日緋色は慌てて友人の非礼を正す。決して目の前の巨人が怖いからではない。一般的な倫理観と社会的常識ゆえだ。

「あ、そっか、ごめんね。えっとね……あなたの名前はなんて言うの?」

「……境夜(きょうや)だ。神条境夜(かみじょうきょうや)

「きょーちゃんかー!来年からよろしくね!」

「……ああ」

ニコニコ笑顔の銀河(うちゅう)と、恐ろしい風貌が一切変わらない境夜。クラスメイト達は境夜のあらゆる要素に委縮し、銀河(うちゅう)の言動にキレ出さないか不安に感じている。当の本人達だけがどこ吹く風で平和だ。

「あのね、きょーちゃん。うーちゃん達は『魔力』が血とかで出来てるって授業で習ってて、使いすぎると死んじゃうって教わったの」

「………そうだな」

「だから、自分の身体と同じくらいの大きさになる魔力弾……じゃなくて『魔力砲』を配布された程度のランクのMACで使うと、ほとんど魔力すっからかんになるぞって、先生からもきつーーーく釘を刺されてるんだよ」

「そうか」

「だからね~もし、きょーちゃんが良かったら、『魔力砲』のグミ撃ち見てみたいな~って思うんだけど……だめ?」

その一言に、クラスメイトは一層ざわめく。

(あんな巨体と同じ大きさ、質量の魔力をエネルギーに変換して打ち出す。それを連射……って、そんなの血液量が足りないじゃない……)

日緋色はそれまで習った授業内容から予測して、不可能に近い注文だと考えた。

銀河(うちゅう)は単純に、本当に出来るなら見てみたいという好奇心から。そして……。

「にゃあ。魅傀も見てみたいにゃ!」

クラスメイトからもう一人。ぼさぼさの茶髪に、猫耳が付いた少女が参加して来た。

「あ、みけみけ! そうだよねえ、やっぱ見たいよねえ!」

「にゃあ! 魔力砲連射なんて、先生にも無理だったにゃん。そんなことが出来るなら魅傀も見てみたいにゃあ!わくわくするにゃ!」

キラキラと目を輝かせ、猫耳をピクピクさせながら期待のまなざしを向ける魅傀という猫耳少女と、ピンクと水色の落ち着きのないカラーリングの少女の夢見る少女のようなヒーローを見るまなざし。境夜は依然として風貌を変えない。

それでも彼は、さっきまで生徒たちが的に使っていたボーリングのピンのような的がある場所に歩を進めた。

「おー! きょーちゃんのビックチャレンジだー!宇宙を魅せてくれえー!」

「がぜん気合にゃ!ファイトにゃ境夜にゃん‼」

「ちょ、ちょっと二人とも。そんな無茶苦茶なことしたらその人死んじゃうでしょ⁉ あなたもこの二人の考えなしに付き合わなくてもいいですから!」

 

「…………」

 

日緋色の言葉をとりあえず端に置いておいて、境夜は手をすっと伸ばして人差し指を中指にかけて、その中指を親指の腹と重ねる。いわゆるフィンガースナップの形だ。

パチン。と指を鳴らす。

 

ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ―――ン‼

 

人間が聞き取れる音域の限界を超えた音量の爆破音が室内に響き渡る。的だったものはもちろん、壁ごと木っ端微塵に吹き飛び、これからしばらくこの部屋が使用不可能になるのは約束されたことだろう。

突然の鼓膜への規格外の振動に、ほとんどの生徒たちは気を失って倒れ伏し、何人かは鼓膜が破れたであろうことが、出血で予想できる。

無事に立ち続けていたのは、辛うじて猫耳の方を塞ぐことが間に合った猫耳少女だけだった。なお学園長は神条が「やる」と確信した時点で脱兎のごとく逃げ出していた。

そして、注文してきた銀河(うちゅう)が目を回して倒れたことも知らず、境夜は再度指を鳴らして二発目の爆撃を決行した。

「…………」

一発撃てば上々。二発撃てば自爆技と同義。それが『魔力砲』と呼ばれる魔力エネルギー光弾だ。大きさと注がれた魔力量のみで名前が変わる『魔力弾』の中で最大値の威力砲撃。「ほんとうに撃つんだ……」と唯一その場を目撃し続けていたミケは目を奪われている。

パチン。

なんの予備も感傷もなく指を鳴らす。すると、先ほどは見えなかった、神条境夜よりも少し大きいくらいの魔力の弾が飛んでいく。本来なら、あれだけの規模のものを、空撃ちするなど、狂気の沙汰、自殺志願と言われても過言ではない。それも当然だろう。自分の身体と同サイズの血液を失う。厳密には魔力の量は血液量とイコールではなく、本人の素養や努力などにより、少ない血液で効率よく『魔力』に変換することは出来るが、それでも限界はすぐ来る。なにせ人間は血液量が30%を下回れば死ぬ生き物だ。理論上、自身の血液の30%以内の量を、自分の身体と同等の質量を持つ魔力に変換する『魔力砲』が撃てる魔術師など、そう多くはない。まして連射など論外。埒外。人外のそれだ。

「…………ふむ」 

パチン。パチン。パチン。

「――――⁉」

(三回……今、三回撃ったにゃ⁉)

これがただのフィンガースナップではないことは、彼女の動体視力が確かに証明している。

三回。確かに放たれた。極大の砲撃が。

「…………まだ見たいか?」

(見たいにゃ! もっと、もっと。見たいにゃ‼ 境夜にゃん、もっとミケに魅せて欲しいにゃ‼)

魅傀心中は、声に出ることなく。意識がどんどん遠くなっていく。もっと、もっと、を求める彼女は、次に目を覚ますまで、自分が爆発音に耐え切れずに意識を失ったことに気付けなかった。彼女の猫耳は伊達ではない。本当に動物波の聴覚を有している。したがって、耳を塞いだところで、人間が気絶するほどの爆音をつど五回も受けては、身体が耐え切れなかった。

「…………」

ミケが完全に倒れ伏す前に彼女を受け止めて、ゆっくりと身体を寝かせた境夜は、近くにいた日緋色と銀河(うちゅう)を近くに集めて、上着を脱いで三人に掛ける。巨大な身体を包む上着は、小さな少女たち三人を包むくらいは造作も無い。境夜が紳士的に行動していると、そそくさと退散していた学園長も戻ってきた。

「はぁ………やってくれたねえ。神条境夜」

「ふん。止めなかったお前が悪い。確認不足が過ぎる」

「それにしたってずいぶんサービスしたじゃないかい。死神なんて言われたよくもまあ、ガキの遊びに付き合ってやったもんだ」

「…………純粋な願いは嫌いじゃない」

そう言いながら、神条は上機嫌そうにミケの猫耳を撫でた。

「……うにゃぁ……んっ」

「……これ本物か?」

「そうとも言えるのかねえ?まあ、詳しくは来年入学したら聞けばいいさね。ウチは少数精鋭だ。クラスも一つしかない。探すのに苦労はさせないよ」

「…………そうか」

一言返すと、もう一度拳を学園長の顔の横に向ける。すると、その遥か後ろの出入り口の扉がひしゃげて、向かいの壁にめり込んだ。

「何者か知らんが、黒幕に伝えておけ。

 何のつもりで一年間、デイリーボーナスみてえに俺に爆撃をし続けてきたのか知らないが。俺がその気になればいつでも殺しに行けることを忘れるな。せいぜい身の程を弁えて遊べ、とな。」

 言いたいことだけ言い終えて、境夜はまだ無事な方向にある壁をデコピンで粉砕すると、無感動に歩いて出ていく。その後三回ほど同じような破壊音が学園中に鳴り響いた後に、静けさを取り戻した。

 「…………はあ。意趣返しのつもりかねえ。あのバケモノが卒業するまでの三年間の被害総額が、いくらぐらいになるのかねえ……」

 これが、出会いと呼ぶにはいささか乱暴な邂逅。彼女たち三人と、【大神災】を解決した英雄の一人。神条境夜との出会いだった。

 

 

 

 日緋色と銀河(うちゅう)の絶叫が響いた日の夜。女子寮の一室で犬飼魅傀は、月明りに照らされるだけの外を眺めていた。時刻はとっくに消灯。絶海の孤島に建てられた学園の中で、明かりは殆ど消えている。だが、魅傀の猫耳としっぽは伊達じゃない。おおよそ猫と同じ能力を宿した彼女の瞳は、猫に近いレベルで夜目が効く。だから少女は外を眺める。武装風紀の特権で割り当てられた部屋は、落ち着きを失わない程度に豪華で、高い階層に構えられているので、広い範囲を見るには打ってつけだ。

 夜空を見上げて目当ての星を見つけるような気持ちを抱えて、見える範囲全体を見下ろす動機は、切なくてもどかしい乙女心。いるはずも無いと思いながらも、運命を祈らずにはいられない情念に駆られて、魅傀はこの景色に毎晩祈りを注いでいた。

 「…………おかしいなぁ……絶対に、いるはずなのに……にゃあ」

 調べられるものは全部調べた。彼女が武装風紀に入った目的は、学生ポイントでも無ければ、豪華な部屋でもない。たった一人の、一年生を探しているからだ。

 学園に来るためには船に乗ってくるしかない。エアポートも無いこの学園は、それが唯一の上陸手段だ。当然のその記録を調べた。目当ての一年生がこの島に上陸しているのは間違いない。それに、出て行った記録も無い。

 「……あれだけおっきなカラダにゃ。いれば絶対に分かるのに。誰も見てないってゆうのはなんで?」

 三か月間探し続けているのに。

 会えない。

 「……会いたい。

 …………会いたい。

 ………………会いたい。にゃあ……」

 瞳を潤ませて、思いを馳せる。ほんの一瞬の邂逅を思い出すだけで、少女の頬は蒸気して、時間の劣化に影響されない程に焼き付けられた姿を、今でも鮮明に思い出せる。

 「…………とっても強かった。しかも優しかったんだ。」

 白馬の代わりに瓦礫に載って現れた王子様。金糸のような髪をなびかせ、天使のように舞い降りてきた初恋の人。甘い言葉よりも痺れる衝撃に晒された彼女の心は、揺り籠で眠る赤子のように穏やかで、熱っぽい。

 「…………にゃあ……」

 今夜も祈りは届かない。夜空に君臨する月も、彼女の恋を応援してはくれない。あんなに沢山の光……夜空の星々も、全部全部、欲しくないもの。

 意味の無い光だけが輝く。いつか会いたいを今日も諦めて、彼女は窓を閉めようと手に掛けて、ピタリと止まった。

 「……誰かいるにゃ」

 初めに断言するが、それは彼女の探し人ではない。遠目で分かるほど別人だ。しかも、人影は二人。強盗か、あるいは生徒の誰かか。どちらにしても後ろめたい人間であるのは、おおよそ間違いないだろう。そうでなければ

 「二人もいて、明かりが無いなんておかしいにゃ」

 絶海の孤島の学園に、月明り以外の明かりは無い。それは現代人にとって充分とは言い難い。となれば、外を出歩くのに明かりを必要としないのは、見えることよりも見られないことを優先する者だけだ。

 「………お散歩ついでに、見に行ってみようか。

なにかの間違いで、会えるかもしれないし。……にゃ」

 そう決めると、魅傀は部屋着から着替えて、自分のMACを持って、窓から外に飛び出した。

 

 

 

同じ頃、学園の校長室で、老婆の校長―林堂薫が明日の授業に使われる最重要項目のチェック報告書に目を通していた。そして、部屋にはもう一人。巨躯な金髪の男。神条境夜が、ソファーで寝そべりながら、皿に置かれていたフランスパンをバナナか何かみたいにもぐもぐ食べている。視線の先には、足の指で挟んで広げた「最重要機密」と書かれた紙。

 「これが生徒達に処分させるゴミか。燃えるゴミ感覚でよくやるもんだ」

 半年前の険悪さは何処へやら。凶悪な風貌こそ変わっていないが、今では特に思うところも無いのか、暇つぶしの雑談のように話す境夜に、薫は心底うんざりした様子で頭を抱えて返答する。

 「……はぁ。全く気に入らない話さね。学園の失敗作を、何も知らないガキどもに殺処分させて、ついでにガキどものベースアップにも利用しようって言うんだからね。全く血の通わない話さ」

 「戦場で血の通う手段を選ぶやつは死ぬ。これが研究者なら、なおさらこんなもんだろう。

 絶海の孤島に出来た学園なんて言う、キナ臭さを全世界に発信してるようなトコで校長やるようなババアの言うことじゃあねえわなぁ」

 カロン。液体の入ったグラスの氷が鳴らす音と一緒に中身を味わいつつ、境夜は皮肉っぽく笑う。

 「あたしゃ好き好んでこんな牢獄同然の場所で校長なんてやっちゃいないんだよ。押し付けられたって昔話したろう?」

 「要らねえ情報は、アルコ―ルと一緒に消えることになってる」

 もう一口、グラスの中身をあおる。空になると、横に置いてあるガラスの入れ物から、もう一度注いだ。

 「はあ……頭が痛い案件だよ。まったく」

 「頭痛は結構だが、この資料に書かれてる『神羅計画』ってやつは、頭痛めた程度で実現できるのか?」

 器用に足の指で資料を捲りながらだらけた姿勢で話す境夜。まるで猿だ。

 「え、ちょ、何で神羅計画の資料が紛れてんだい⁉ おいそれ読むの止めろ! あたしが殺される!」

 「もう読み終わっちまったよ。

 【三千世界】史上で初観測の、俺と言う【完成なる者(アンリミテッド)】を模倣した人類の進化を人為的に行う計画。神羅ってのは、神条境夜の神と森羅継國の羅か。洒落たつもりか?

 あと、命を人為的に改造すると、大概ろくなことにならねえぞ」

 「ぐ…………」

 「んで、その失敗作とやらが、ゲームの敵キャラのように学生に殺させようとしているゴミの正体か」

 一体どうしてそんな資料が紛れ込んでいたのか。もしも外部に漏れればこの学園も自分自身も終わりだと言うのに。己の極大の愚を呪いながら、しばらくの沈黙の後、観念したかのように薫は口を開いた。

 「ああ、そうだよ。

 神条境夜という新たな種族が生まれた方法自体は、遥か昔から試みる魔術師が後を絶たなかった。だってのに、結果は例外なく失敗。それが自然発生で成功しやがったものだから、森羅継國はわざわざこの【次元】に研究施設なんざ作りやがったんさね。

 あんたという死神は、この次元にとって最悪の疫病神を引き寄せてくれやがったのさ」

 「俺が進化しなかったとしても、いずれこの世界には招いてねえダニや埃がわんさか沸いて来てやがったさ。それに、他人事みてえに言ってるが、テメエがあくまでこの計画の片棒担いでる病原菌だってことは忘れんなよ。ババア」

 「何度も言うんじゃないよクソガキ。あんたこそ、あれからもう三か月だ。アレについては何か掴んでないのかい?」

 「ハッ。文字通り、世界中(・・・)駆けずり回って探してやってんだ。たった三か月で地球全域のかくれんぼが終わるわきゃねえだろ。なにせ鬼はオレ一人だ。飛行機も無しに瞬間移動出来るようなシロモノが、そう簡単に見つかるかよ」

 だったら早く探しに行けと言いそうになる薫だが、それはいくらなんでも義を失していることは分かっているので、何も言えない。この巨人が学園に戻ってきたのはついさっき。本当に三か月飲まず食わずで地球全域のかくれんぼの鬼を務めてくれていたのだから。

 「……そうだね。アンタにゃ本当に感謝しているよ。一か所に留まっているとも限らないものを実質世界中を漁って探すなんて、本来なら不可能な依頼をしているからね。

 そもそもアンタ、何でこんなとんでない依頼を受けようなんて思ったんだい?

 言ってみればこんなもん、敵側の後始末をしてるようなもんじゃないか」

 「森羅継國に逢うためだ。

半年で色々調べられたが、少なくとも俺()は六年前の【大神災】を含め、森羅継國がこちらの魔術的事件の多くに関与・暗躍しているのは間違いないと確信している」

 「……なんだって?」

 「だが【大神災】は故意じゃねえ。あの災害は、おそらくジジイかその周囲が、ちょっとした下らねえミスのせいで漏洩した何か。それが現実に侵食した結果だ」

 「なんだってそんなことに……⁉ いや、それよりアンタ、そんな情報どこから仕入れたんだい⁉」

 「さあな。それより、こんなもんじゃ全然足りねえ。カレーくれカレー」

 「それよりって……ちっ、どうせ話す気は無いんだろうねえ。

カレーは明日の昼になれば食堂が空くよ。それまでゆっくりしてな」

 「待てるか。そんなに」

 不満そうな声を出して境夜は二本目のフランスパンをガム感覚で食いながら、部屋の外へ歩を進める。

 「どこ行くんだい?」

 「……ねえならテメエで作るしかねえだろ。三ヶ月も飲まず食わずで働いてんだ。まさか文句は言わねえだろうな」

 「あ、アンタ料理出来るのかい⁉その顔で⁉」

 「ツラで料理する人類がいるってのは初耳だな。少なくとも俺の常識ではありえない話だ。ヘソで茶を沸かす奴がいねえようにな」

 時間がかかるから多分朝になるが、食いたきゃテメエにも振舞ってやるさ。と言い残して、境夜は今度こそ部屋を後にした。

 「…………森羅継國が、【大神災】の元凶……か。

ったく、あの小僧。とんでもない爆弾を落として行きやがって……」

 残された薫は、衝撃的過ぎた境夜の言葉に、一層頭を抱えるのだった。

 

 

 

 一方その頃、魅傀が視認した人影二人は……。

 「ただいまより、プールの女子更衣室にキャメラを仕掛けにゆく!」

 「有間どの! 拙者地獄の果てまでお供するでござるよ!」

 「良く言ったサスケ! それでこそ日本男児! 大和魂いいいいいいいいー!」

 この脳みそが股間に入っていそうな会話をしているバカ二人は、導真学園二期生の一年生。 

 赤縁メガネと常に巻いているバンテージが特徴の男。有間成堅(ありませいけん)

 そしてもう一人は顔がデフォルメの猿。等身も三頭身程と、色々とおかしい「ござる」。猿飛(さるとび)早透(そうすけ)。あだ名はサスケ。

 この愚かな不届きもの二名は、中学の頃から自前でカメラを持ち込んで盗撮を行う常習犯だ。プロ顔負けの証拠隠滅能力で未だ足すら掴まれていない凄腕だが、この通り隠密行動をしているのに騒いでいる辺り、いつ捕まっても不思議はない。神は見事に二物を与えなかったらしい。

 「明日にはいよいよプールの授業!と言う名のリラクゼーションが開始される!それは即ち、女体の鑑賞に勤しむこともまた体育の授業と言っても過言ではないである!よって小生たちの行為は、校則の名のもとに認められるのだ! 」

 「おお! 一部の隙も無い完璧な理論でござる! 校則に認められている以上、我々は天下御免で女子更衣室にキャメラを仕掛けることが許される! そして女体のパイ乙をじっくり堪能させて頂くでござる!」

 「応とも! いざ行かん、性地へ!」

 「性義は我らの元にありでござる!」

 

 ニャー。

 

 意気揚々とコンクリートの床を踏みしめながら歩を進めていた有間と猿飛の足元で、にゃーと猫の鳴き声が聞こえた。すると二人の身体は宙を舞い、美しい夜景に少しだけ近い場所に辿り着き、月に拒絶されたかのように地上へ真っ逆さまに落ちて行った。

 「「ぎゃあああああああああああああああああああーー‼」」

 ぼふん。地面に激突する寸前、人をダメにする柔らかい肉球が現れ、二人を包み込む。

 「うごごごご……」

 「ガタガタガタガタガタ……」

 震えてただ空を見ることしか出来ない生物と化した有間と猿飛の面前に、心配したような、悪い子を叱るような表情の魅傀の顔が現れる。走ってきて乱れたらしい髪を整えながら、一言。

 「あのね。校則でも、村の掟でも、法律でダメって言われてることは、しちゃダメなんだよ。分かるかにゃあ?」

 「「あ、はい……」」

 純度100%の正論で怒られた二人は、それ以外に返す言葉など無かった。

 「あと、このカメラは先生に預けておくから。卒業式に返して上げてって、頼んでおくにゃ」

 「はい」

 壊されたり没収されたりしないだけ、よっぽど有情である。反論などあろうはずもない。

 「それじゃあ、もう夜遅いから、寮に帰って良い子に寝てね」

 「はい。おやすみなさい」

 「おやすみなさいでござる」

 「おやすみなさい。いい夢視るにゃ」

 最後まで呆然としたまま、言われたとおりに帰っていく二人。歩いていく二人の足跡が濡れていたのは、魅傀は気付かなかったことにした。

 「盗撮未遂…じゃ大事になって退学になるかもしれないし……夜に出歩いていたのを見つけて、カメラも持っていたから、ついでに没収しました……こんなところかにゃ。

……うん。落としどころとしては、多分これがベストにゃ」

 結論を出した魅傀は、足元に肉球スタンプを向けてポヨンとトランポリンのように飛んでいく。屋根の上についたので、そのままもう一回肉球でジャンプ。こうして部屋の窓に辿り着いた魅傀は、もう一度寝間着に着替えて、今度こそベッドに入って眠ったのだった。

 

 

 

 夢……夢を視ている。

誰かが戦っている。一人は、白い翼の生えた天使のような。あるいは彫像かもしれない女神像だろうか。どちらにしても、宙を飛んでいるそれが人ではないことはまず間違いない。そういう存在だ。

戦っている相手は、金髪の巨人。分類的には人類であろうことは予想が付くその人影は、身長と骨格、筋肉量。そのすべてが、人類の平均値をあざ笑う規格外の物。

 白い天使の周囲には、八つの魔法陣が浮かんでいて、魔法陣一つ一つから、人一人を包み込めそうなほどの太さを持つレーザーが放たれる。一本一本が地上に立つ敵に向けられているが、その一発をあろうことか拳で殴り天使の彫像に撃ち返すと、巨人は地面を強く蹴って天使に向けて跳んでいく。巨人の方は規格外でも人は人だ。宙に浮けば移動は出来まい。残り七本のレーザーが襲い掛かる。

 殴り飛ばせるにしても腕は二つ。その間に残り五本が襲い掛かるだけだ。見るがいい大地を。レーザーに抉られてクレーターが出来ている。赤く染まり、熱を発する。もはやそれは地獄の釜だ。そうあっても、巨人が分が悪い。そうとしか見えないこの状況。

 だが、巨人は何もない空間を脚のバネだけで蹴りあがって、空中で移動して見せた。約束しよう。巨人が蹴った空間には、特別なものなど何もない。ただ、巨人が蹴った空間の空気が、巨人の踏みつけの反動で足場になるほどの抵抗を持っただけの話だ。

 ああ、結局双方とも、人ではなかった。

 巨人の両手には、輝くほどの密度の魔力の塊。空中で跳びながらそれを砲丸のように投げつけて、魔法陣の一つに命中させる。すると、魔法陣は砕け散り、地上に落ちた破片が大爆発を起こして、校舎の一部が瓦礫と化した。

 天使の彫刻も、負けじと白い翼を広げると、周囲に魔力の粒子を鱗粉のようにまき散らす。

 それが巨人の元まで届くと、粉塵爆発のように連鎖的な爆発が起こった。

 爆発が続いている内に、さらなる魔力の粒子が流し込まれて、爆発はいつまでも終わらない。これではまるで毒。生命が命尽きるまで蝕む猛毒だ。

 巨人は両腕を羽のように広げる。すると、ただ筋肉が空気を震わせただけとは到底思えない規模の暴風が起きて、魔力の粒子を吹き飛ばしてしまった。

 依然として爆発だ続いていた粒子は、天使の方にも飛んで行っており、連鎖した爆発は法則にしたがって、平等に術者本体を襲う。

 「――‼」

 人の声とは明らかに違う何かが、彫刻から上がる。おそらくは悲鳴なのだろう。確実にダメージが入っている。

 天使が怯んだ隙に、空気を思い切り踏みつけて天使の頭上目掛けて跳び上がった巨人は、拳を握りしめ、重力に従って、天使の頭頂部に落ちていく。

 「――‼」

 震え上がるほどドスの利いた声を上げて、拳を振り抜く。ここで、夢は覚めて終わりを告げた。

 

 

 

 チュンチュンと鳥の鳴く声と、地上を明るく照らす日の光で、冴葉日緋色はベットの上から身体を起こした。

 「…………なに? 今の夢?」

 ずいぶん不思議な夢だった。

 簡単に言ってしまえば巨人と天使の殺し合いの夢だ。人に今見た夢を説明するのにこれ以上はないだろう。日緋色はそう思う。だが、それだけで済ませるには、日緋色個人にとっては難しいことだった。

 「巨人の方は、あの時の……神条境夜に似てた。と思う。でも、あの天使の方………あれって、彫刻よね?」

 寝ぼけた頭を覚ますために、パンっと自身の両頬を叩いて思考を強制的に止める。

 「……(いひゃ)い」

 思ったよりも強く叩きすぎたせいで涙零れるが、おかげで思考は止まった。

 変な夢を視た上に、妙な妄想に憑りつかれていたら、今日一日に支障をきたす。

 「……今日は、ダンジョン(・・・・・)を使った実戦形式の授業なんだから、集中しないと。

 命にも関わるって、半年間言われ続けてるのよ。しっかりしなさい。あたし」

 もしかしたら、ソレが原因で少しナイーブな気持ちになっていたのかもしれない。そう考えることにして顔を洗いに洗面台に向かっても、結局気持ちが晴れないまま、日緋色は自室を出ることになった。

 

 

 

 「うあー。なんかめっちゃへんなゆめみたあー」

 一方こちらは、星川銀河(うちゅう)の部屋。ベットから転がり落ちているのも、パジャマが半分くらい脱げた姿になっているのも、大股を開いてよだれを垂らしていることも。全て日常。違うのは、視た夢だけ。

 「なんだろあれ。ケフカみたいな彫刻と大猿化した戦闘民族が戦ってる夢とか……どうせなら魔法少女の夢視たかったなー」

 パジャマのボタンを外して、ブラジャーを付けて、ショーツを脱いで、タンスから綺麗な下着を出して履いて。朝の準備を進めながら、今日のスケジュールを思い出す。

 (今日はダンジョンに潜って、モンスターと戦闘をする授業があったっけ。

 ひひろんとか、男子は好きそうな人多いけど、そんなもの学校でやることじゃなくない?うちゅー達、これじゃあまるで兵隊じゃん?)

 自分の考えでふと動きが止まる銀河(うちゅう)。足を通してホックを止める途中だった手も止まって、スカートも床に落ちた。だが空気に晒された水色のそれを気にすることなく、彼女の視線は校舎の方に向いた。

 「……そっか。うちゅー達、最初から兵隊みたいなものじゃん」

 ぽつりと呟いた後、今度は視線が自身の杖型のMACに向いた。

 「何で気付かなかったんだろう。うちゅー達、この一年間すっと、学園に戦うことを推奨されてたじゃん。

 魔力弾を撃つ練習に、クラスメイトを倒したら貰えるポイント。暴走する生徒を止める『武装風紀委員』も、全部そうだ」

 星川銀河(うちゅう)は、頭のおかしい魔法少女志望の女子高生だ、だが、外観や普段の言動とは異なり、彼女の地頭は周囲の評判とは異なる。言わば、テストの点数が悪いが頭は良いタイプ。少し考えれば1の情報から5くらいは理解する。その周囲の評判と異なる思考回路の落差は、時に奇行とも思える行動や思考に変わる。だが時に、周囲が分かっていない深さまで理解する。

 「……………………………………………………………………」

 そして、その果てに。

 ぐ~

 「あ、お腹空いた。ごはんたーべよっと☆」

 考えるのが面倒になって、それまでの理論を、遊んでいた積み木のように崩して、きれいさっぱり全部忘れたのだった。

 

 

 

 導真学園は、絶海の孤島に建っている関係上、必然的に全寮制となっている。そして、男子寮と女子寮から均一に離れた場所には食堂があって、朝食と夕食は全生徒と教師がそこで取る形になっている。したがって、今この場所には一部の異例を除いた全員が集まっている。最高学年が現状二年生で止まっているこの学園の食堂で、人があぶれるなど理論的にあり得ない話で、ここを訪れた人間は全員が建物の中に入ってくはずだった。

だが、今朝は様子が違う。全員が建物に入ることなく、ある一点を眺めている。その状況を、少し遅れ気味にやってきた犬山魅傀が何事かと、肉球スタンプで最前列に跳んで来た。

 「にゃあ。おはようにゃ。日緋色にゃん。銀河(うちゅう)にゃん」

 魅傀が降り立った場所は、日緋色と銀河(うちゅう)が集まっていた場所。頭に生えたネコミミで普段一緒にいる仲間の位置くらいはすぐに分かるのだ。

 「おはよう、みけみけ」

 「おはよう、魅傀」

 「みんなで集まってどうしたにゃあ。もしかして朝ご飯はバーベキューかにゃ?」

 「お~!いいねえバーベキュー。最近暑くなってきたし、週末やっちゃおうか! 特権使って」

 「そんなことに特権を使うんじゃないの! じゃなくて、そんなに話を逸らさないでよ。銀河(うちゅう)。只でさえ困惑してるって言うのに」

 「?」

 日緋色がじっとりした目で睨んでいる先を、魅傀も一緒に見てみる。すると……。

 「でっっっかい鍋だにゃー」

 魅傀と同じ位の大きさの鍋が。みっつほど、一体どこから持ってきたのか、出どころ不明のガスコンロの上に鎮座していた。むしろ何故気付かなかったのか不思議なほどだ。

 「先生に聞いても、あの鍋がなんなのか分かんなくってさー。どうするか話してたんだよ。」

 「なるほどにゃー」

 「しかもアレただの鍋じゃないのよ。超頑丈な圧力なべ。なにやっても開かないくらいの力で閉められてて、中身すら分からないのよ。仕方ないから、今校長先生に来てもらっているの。

 もうー……ただでさえ今日はダンジョンの実戦授業があって憂鬱なのに、何でこんな意味の分からない物が偉そうに鎮座してるのよ!」

 イライラした様子で頭を掻きむしる日緋色を他所に、魅傀は鼻を鳴らして匂いを嗅いでみる。

 「……これ、カレーにゃ」

 「………………は?」

 「カレーにゃん」

 「……カレー?」

 「うん。ちょっとだけだけど、匂いがするにゃ」

 「な、何でカレー?」

 「さあ……? 食べたかった人がいるとか……にゃあ」

 中身が判別出来たところで、結局存在が謎であることに変わりはないカレー鍋×3。と、ちょうどそこに呼び出されていた校長――薫がやってきた。

 「こ、こちらです。校長先生」

 「いったい何なんだい副校長。面倒なことは全部あんたが処理しろっていつも言ってるだろう? あたしは忙しいんだ。あんまりつまらないことで呼び立てるんじゃな……なんだいこれは?」

 不機嫌そうな声でしゃべっていた薫は、堂々と鎮座していたデカい鍋三つを見て中断し、疑問を誰にともなく零した。

 「カレーにゃん。校長先生」

 「は? カレー⁇ なんでそんなもんがここに……」

 

 “カレーくれカレー。

 

待てるか。そんなに。

 

多分朝になるが、食いたきゃテメエにも振舞ってやるさ。”

 

 「あ、あのガキ……」

 心当たりが大いにある。このバカデカい鍋を一人で夜に、誰にも見つからずに、一人で運べる人類などいない。―だが人類のカテゴライズに拘らなければ居る。

 「犯人に心当たりがあるんですか校長先生⁉」

 「犯人って……カレー作っただけでそれは可哀想じゃん?」

 「にゃあ」

 銀河(うちゅう)の言葉に魅傀が同意した直後。

 「あんのガキヤアアアアアアアアアーー‼」

 ババアが発狂した。

 「にゃ」

 「ふへっ⁉」

 「きゃっ⁉」

 一番に近くにいた三人はもちろんのこと、周囲にいた生徒たちも何事かと驚いた声を出している。

 “お、おいどうしたんだあの校長?”

 “年だしな。唐突にヒステリックでも起こしたんじゃ……”

 “元々ヤバそうな感じのババアだったからなぁ……”

 “そろそろ寿命が…”

 など口々に好きに喋っていた声が、校長の魔術が発動すると亡き者にされた。

 

 「神条おおおおおおおおおおおおおーー‼ 出てこいアホンダラああああああああああああああああああああああああああーー‼」

 キーン‼

 魔術の力で『拡声』されたババアの怒鳴り声が、拡声器の限界を超えたような音を出しながら島中に響き渡る。高性能ゆえに弱点にもなる聴覚を持つ魅傀以外は、耳を塞ぐ間もなく、何人かは鼓膜にクリティカルに響いて目を回している。

 (今、校長先生『神条』って言った?)

 辛うじて日緋色だけが聞き取るだけの余裕があり、その名前に意識を向けた。

 そして少しして、ドンと爆発音が遠くから響いて、同時に何かがこちらに跳んでくる。

 ドオオオ――ン!

 そしてさっきよりはっきりと聞こえる爆発音が目の前で響いて、何者かが銀色の鍋を三つ担いでヒーロー着地で現れた。

 「何の用だ。ババア。デケエ声出すと血圧上がるぞ」

 ドスの利いた声で薫に話しかけながら、着地してきた何者かが立ち上がる。デカい。二メートルは確実に超えている。そして担いでいた鍋は、鎮座しているカレー入りの圧力なべと同じくらいの大きさだ。にも拘わらず、この男が持つとまるで学生カバンだ。とにかくすごいデカい。まさしく巨人だ。

 金髪を後ろで結んで、襟足はそのままに伸ばし、風貌(かお)は怒り狂った獣のように恐ろしく。見るものすべてを委縮させ、腕は成人男性の胴体のように太く、拳はここにいるどの頭蓋骨も握ることが出来るであろう巨大さ。

 本当に人間なのか?この場にいる殆どの者がその疑問を持たずにいられない。人型でありながら、畏れの権化。恐の擬人化。神条境夜は、他の人間から見てそういう生き物だった。それを本人も薄々感じていて、実は寂しかったりするのだが、なにせ本人の意思で変えられるものが何もない。生のままに生き、有るがままに存在している巨人が出来ることなど、なるべく人前に出ないくらいのものだ。だが、自分にビビらないババアが呼びつけるものだから、境夜はカレー用に炊いた米を持って、文字通り跳んで来た。なんか怒ってるなあくらいの気持ちで。

 そうしたらなんと言うことか。全校生徒がいる場所のど真ん中に着地してしまった。

 (あーあ。ビビるんだろうなこいつら。カレー食わせたら黙るか?

 いや、自分の住む島に怪物がいたら生きた心地なんざしねえだろうな。可哀想に)

 見た目の割に中身は優しい巨人は、今後の先輩方やクラスメイトの安眠を憂いて、心中で合唱した。

 「…………んで、用件は何なんだばば――」

 「あ、あのっ」

 さっさと話を終わらせてカレー一つ持って離脱しようと考えた境夜の初動に待ったをかけたのは、猫耳少女―犬飼魅傀。

 「ああ?」

 本人は何気なく、声を掛けられたから反応した程度の意識なのだが、なにせこの巨人。デカいわ声はドスが効いてるわで、怖い要素の詰め合わせセットだ。魅傀に向けられた反応なのに、その後方にいた何人かが既に街中で偶然ライオンに遭遇したかのように失禁している。

 そして、その隣にいた日緋色は思わずREXを構えた。

 「ちょ、魅傀! なにしてるのよ!」

 周囲の阿鼻叫喚な様子にまるで気付いた様子の無い魅傀の視線はただ境夜に向けられていて、一方境夜は見たことの無い銃を向けられたことで、視線がそちらに向く。

 「ひっ……⁉」

 銃を構えているのは日緋色だと言うのに、恐怖の声を上げたのも日緋色だ。境夜の風貌から放たれる視線が、恐ろしくて仕方がない。更に他の生徒や教員たちは蜘蛛の子を散らすように逃亡していった。

そんな中境夜は、なんだその銃ちょっとかっこいい。と思っている。すると、魅傀はまた境夜に声を掛ける。

 「こっちを見て欲しいにゃ……」

 「ん……」

 言われて素直にそうした境夜。本人の気質は極めて温厚なので、敵でも無ければ基本言われた通りに動くのが常の生き物。慣れてしまえばそれが分かるが、日緋色にはそんなことが分かるはずも無い。

 「み、魅傀! 逃げてー!」

 「にゃっ⁉」

 思考が恐怖に支配された日緋色は、昨日戦争をしていた生徒にそうしたように、電気ショックで対象から自由を奪うショックガンのトリガーを引いて……。

 「よいしょおおおおおー⁉」

 しまう寸前、銀河(うちゅう)が日緋色の小さなカラダを押し倒して阻止した。なお、押し倒された拍子にトリガーはがっつり引かれたので、弾は昨日戦争して授業に遅れた哀れな生徒Aに直撃した。ワロス。

 「あばばばばばばばば……⁉⁉」

 「な、何するのよ銀河(うちゅう)! どいてよそいつを撃てないじゃない‼」

 「ヤンデレ妹か‼ いいから落ち着きなってひひろん。どう考えても撃つべき相手でもないし、そんな雰囲気でもないじゃんー!」

 「だ、だって……だって‼」

 「はいはい。よしよし~。

 ごめんねみけみけー。あと、きょーちゃん。前会ったの覚えてる?」

 「……ああ。うーちゃん」

 「あははっ。ほんとにいい子だねえきょーちゃんは。ひひろんが落ち着いたら改めて謝りに行くから、今はみけみけの話聞いてあげてー。それじゃあまた後で~」

 満面の笑みを向けながら日緋色を連れて離れていく銀河(うちゅう)。ついでにその場で平静を保っていた校長も連れて行く辺り、意外と出来る子である。

 なんにせよこれで、その場にいるのは魅傀と境夜と圧力鍋だけだ。

 「アンタも確か、前に会ったな」

 「うん。会ってるにゃ」

 「……それで、俺に何の用だ?」

 さっきまでたくさんいた人が、もう彼女一人。少し寂しい気持ちを抱えながら、それでも唯一残った彼女の言葉に、今は耳を傾けようと、しっかり彼女を見据える。どんな言葉が出て来ようとも、俺は特に驚かない。と自嘲にも似た感情を浮かべながら。

 「あの……えっと……えっと……‼」

 「……?」

 顔を真っ赤にして、スカートを握りしめ、ついに意を決したように魅傀は顔を上げて思いを口にする。

「ずっとずっと好きでした‼ 魅傀と結婚して家族になって、一緒に暮らして下さいにゃ!子供は一緒に炬燵を囲めるくらい欲しいです‼ 魅傀をお嫁さんにしてください‼」



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漏洩

「ずっとずっと好きでした‼ 魅傀と結婚して家族になって、一緒に暮らして下さいにゃ!子供は一緒に炬燵を囲めるくらい欲しいです‼ 魅傀をお嫁さんにしてください‼」

 顔を真っ赤にしながら、一声でそう言い切った犬飼魅傀の目尻には涙が溜まっていて、よっぽど勇気を出したのだろうことが伺える。

 そんな乙女の告白を受けた境夜は。

 「…………………………」

 (驚いた。この日本にいない三か月の間に、俺の知らない日本語の言語形態と脈絡が構築されている……)

 あまりにも脈絡の無さすぎる告白(ことば)を向けられて、混乱していた。

 (なんだ? 何が起こった? 分からない。何で俺はカレー作ってたら突拍子も無く初対面も同然のネコミミ少女に愛の告白を受けているんだ? そりゃあ、半年前に会ったのは覚えているし、少し可愛いと思ったのも事実だ。だが何故だ。つまみ食いしたカレーが美味かったのか? いやそれにしては鍋の蓋だって空いてない。なにせこいつは香りも逃さずに熟成させるためのオーダーメイドだ。開け方を知ってるか、ちょっと人類の範疇を超えた握力でもない限り開けられない金庫みたいな鍋だ。開けられるはずもない。なら胃袋を掴まれたわけでもないこの女性が俺に告白しているのは一体どういうことなんだ⁉)

 表情には一切出ていないが、今の境夜の心境をデフォルメすれば、ぐるぐるのお目目か、宇宙(コスモ)を感じる猫のようになるだろう。

 (なんだ、なんなんだ。良く分からないが取り合えず誰か助けて欲しい。戦場で爆撃や血に濡れていた時だって微塵も湧かなかった逃げたい感情が押し寄せて止まらないんだが)

 その気になれば一秒でカレー鍋持って逃亡出来る身体能力は確実に有していることは今さっき証明されたばかりだ。出来る、出来るさ。出来ないはずがない。どんな危険な状況であっても神条境夜は常に自身の判断で最良と思える選択肢を選んで実行してきた。どんな障害も障害になりえない、人類史で最も進化した新人類。だと言うのに⁉

 「……にゃあ」

 今この絶対の巨人を足止めしているのは、今にも心臓の鼓動だけで破裂してしまいそうなほど緊張して俯いているネコミミ娘だ。手にも足にも自分を害するものは何もない非力な少女。それが何故こんなに自分を縛っているのか?分からないまま、神条境夜は固まっていた。

 「…………」

 「…………にゃあ」

 不安そうに鳴いている彼女を、境夜は視線も外せずに見つめている。そして、俯いていた少女は、とうとう顔を上げて、境夜を見上げた。それでも、何も言ってはこない。ただ境夜の返事を待つつもりなのだろう。急かすでも、卑屈になるでもなく、自分に今出来る精一杯が、ただ目の前の男の頭の中の整理が付くのを待つだけと信じて。

 そして、永遠にも感じた約一分程度の時間が過ぎて、ようやく境夜が口を開いた。

 「…………俺は、今やらなきゃならねえことがある。だから、色恋に割ける時間はねえんだ。気持ちは嬉しいが」

 「魅傀のことは……嫌い?」

 「ぬ……」

 (そんなわけが無い。何もしていないのに周囲から怖がられて、武器を向けられたり逃げられる人生を歩んできたオレが、一緒にいたいと言ってくれた相手を嫌う理由など、どこにもない)

 「魅傀は、境夜にゃんが好きにゃ。初めて会ってからずっとずっと、会えるのをずっと待ってたにゃあ。だから、やらなきゃいけないことが終わるのも、待っていられるにゃ。」

 「……」

 「…………ダメ、ですか?」

 「………………お友達からで」

 デカい図体から発したとは思えないヘタレ極まる雑魚回答。万死に値する貧弱な返答。曲げればへし折れるような骨粗鬆症のような、在って無いような骨のある返しに、魅傀は。

 「にゃあ」

 満面の笑みで返した。

 外部から見れば救いようの無いマイナス千点の答えでも、恋する少女には充分魅力的に映ったらしい。

 一方、この様子を離れた場所から見守っていた銀河(うちゅう)と他二名は。

 「おい、何だいこの青春ドラマみたいな状況は。何でガキの惚れた腫れたをあたしゃ見せられてるんだい」

 「いや~実は昨日、みけみけがきょーちゃんと結婚したいくらい好きだって~聞いちゃったんだー。ねえひひろん!」

 「……う、うん」

 自分の一生には既に金輪際関係がない若さと青春を見せられてイラついている醜悪な老婆と、唐突なラブコメをキラキラした表情で見ている魔法少女志望の女子高生と、境夜から離れたことで冷静さを取り戻して、ついでに自分の行いを振り返って自己嫌悪に潰されそうになってい体育すわりの児幼児体系jkという、老廃物が混ざった三者三様の状態だ。

 「やっぱり高校生活には、彼氏が欲しいよね~」

 「あたしは、そんなものいらない……こんなあたしが彼氏なんてつくっても、きっと勘違いで銃口を向けるんだ…アハハ……」

 「うわあ……めっちゃ卑屈」

 「ウチは恋愛禁止はしてないが、あんまりいちゃ付くと鬱陶しいし、校則に追加しようかねえ」

 「なにそれ横暴! それは横暴だよ校長先生! 自分が喪った青春を、未来ある若者からも没収するのは良くないと思う!」

 「何言ってんだい。学生の本分は勉強だよ。余計なもんに意識が取られないようにしてやる有難い配慮だよ感謝しな!」

 「取り上げ教育反対! 失敗も出来ない環境じゃ、失敗した時に立ち直る練習も出来ないと思います。そんな人間ばっかりになったら、もし次に神災が起こったら被害者は復興する力も持たずに死んじゃうよ!」

 「知るかいそんなもの。生きるか死ぬかを窮地で選択出来ない人間なんざ、酸素を減らしてまで生きる価値もないよ!」

 「鬼! 悪魔! 妖怪若者妬み‼」

 「…………なんて謝ればいいんだろうこれ……。魅傀にも神条くんにも……ああ……」

 一方がラブコメしている裏で、なんとも視界に入れるのが躊躇われる光景だ。だから、ラブコメに一区切りつけた魅傀が満面の笑みで現れたのは、この陰鬱に終止符を打つ良いきっかけになる。

 「みんなー。境夜にゃんがカレーご馳走してくれるってー! みんなで食べるにゃんー!」

 太陽のような笑みだ。今は効かないが、きっといつか浄化系の魔術の一つになるのだろう。

 「―ちょ、誰かこのネコミミをあたしから離しな! 溶ける‼」

 「ああああああああああ…………!」

 「あー。ひひろんがもう溶けちゃったよ……」

 「……にゃ?」

 ……溶けるのは予想外なのである。

 

 

 

 昨夜、夜で歩いていた悪い子が二人いる。消灯を破って、挙句キャメラを没収された男は悲しみに濡れて枕とパンツを汚して、朝もばっちり寝坊していた。

 「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーー‼  頼む間に合ってくれ朝食!  空腹で泳いでたら小生プールの授業中に溺れちまうよおおおおおおおおおおおおおーー‼  唸れ我が大和魂いいいいいいいいいいいいいー!  武士は食ってから高楊枝―!」

 「ぬおおおおおおおおおおおおおおーー‼  満たすのは性欲じゃダメでござるか有間どのおおおおおおおおおおおー!」

 「胃袋も満たしたいに決まってんだろおおおおおおおおおおおおサスケェー‼」

 「じゃあ拙者は有間殿より足速えから先行って食欲満たしますから! この、いつの間にかハメてた手錠外せや」

 「行かせねえぞ猿うううううううううううウウウウウウウウウウウウー! テメエも小生と同じ運命を辿るんだよ! 二人は友キュアだろおおおおおおおおおー!」

 「三大欲求の前に友情とかゴミでござるううううううううううううううううー」

 先の三者三様など鼻毛で払えるレベルの見苦しさと、騒音と顔汁をまき散らしながら走る両名の向かう先は、もちろん食堂。夜は性の獣と化した男子高校生は、朝は食欲を満たす獣に変化する。どちらにしても、救いようがない生き物だが、モテない男子高校生の頭の中なんて、大なり小なり違いがあっても、結局はここに帰結する。腹を空かせた獣に理性など無く、もう誰もこいつらを止められない。本能にも突っ走る足もブレーキを利かせることなく、二人は食堂に突っ込んで。食堂のおばちゃんに簡潔に要求する。

 「「飯をくれええええええええええええええええええええええええええーー‼」」

 「ああ……?」

 巨大な身体にスーツを着て、恐怖の風貌、金髪の前髪を上げて、更にどういうわけかダメ押しでグラサンまで掛け始めた、ヤクザ顔負けの強面に仕上がった。神条境夜オバチャンに要求していた。

 「「(泣)」」

 顔を見た二人はライオンの前に差し出された小動物のように震えて、泣いた。

 「しょ、小生はスマホのデータを消すまで死ぬわけには……!(ガクブル)」

 「せっ、拙者も実家のPCのデータを消さずに死ねないでござるよお……!(ガクブル)」

 「…………」

 一方飯を要求されたと思ったら泣き出した二人組の情緒に、ちょっと付いて行けなかった境夜は、皿に米とカレーを盛る作業を再開した。どの道やることになる作業だ。わざわざ中断する理由が無い。

 「お前ら」

 「「ひゃいいい―⁉」」

 「カレーをテーブルに配膳して、コップに水注いでおいてくれ」

 「「はいっ‼ …………はい⁇」」

 「テーブルはもう拭いてあるから、綺麗に配膳してくれ。おかわりは自由だから喧嘩するなよ」

 「「あ、はい……」」

 怖いし腹減ったしで、逆らう理由なんてどこにも無かった二人は、命惜しさにせっせとカレーを配膳する。

 (とりあえず7皿で良いか。あとは付け合わせに…福神漬け、ラッキョウ……あとは醤油とかマヨネーズとかも出しとくか。納豆もいるか……? いや、止めとこ。なくて文句は言われねえだろ。ついでに目玉焼きとか作っておくか)

 無駄のない流水のような動きで卵をフライパンに落として行って、完璧な半熟目玉焼きと、固焼きと、ターンアップ。様々な好みに対応した目玉焼きを大皿委乗せた頃、みんなを呼びに行った魅傀が食堂に入ってきた。

 「境夜にゃーん。みんなを呼んで来たにゃー」

 「ああ。ありがとう」

 心底幸せそうに笑いかける魅傀に、戸惑いながらもしっかりお礼を言う。その後他の三人が入ってくる。すると、薫の後から銀河(うちゅう)に手を引かれて入ってきた日緋色が、グラサン姿の境夜を見て小さい悲鳴を上げた。

 「?」

 「あー。これは確かに悲鳴上げたくなるよねえー」

 「え……」

 「にゃっ!」

 銀河(うちゅう)の苦笑しながらの本音に、ショックを受けた境夜は思わず手に持っていた目玉焼きの皿を落として、それをさっと屈んで熟練の執事かメイドのように完璧に拾い上げる魅傀。

 「う、うちゅーにゃん!境夜にゃんがめちゃくちゃショックを受けてるにゃ!」

 「あたしにはその巨人の表情に変化が見えないんだけど⁉」

 「だって目玉焼き落としちゃったにゃん!」

「あー。ごめんねーきょーちゃん。えーっと、きょーちゃんは、何で急にサングラスかけたのかな?」

 ずーんと肩が沈んでいる境夜に、笑いかけながら行動の真意を問う銀河(うちゅう)。

 境夜はあくまでも気にしてない感じで、残りの目玉焼き二皿を運ぼうと持ち上げる。

 「…………俺の人相が良くないのは、薄々、分かってる。だからサングラスで目を隠して軽減をしようと……」

 「あー……実は気にしてたんだ。きょーちゃん」

 「目を隠しても怖さは何にも隠れてないから! 寧ろ増してるから!」

 「え…………」

 「にゃあ⁉」

 日緋色の無慈悲なツッコミに、更にショックを受けた境夜の両手から二皿の目玉焼きが床に対して直角に落ちていく。それを多少慌ててダブルキャッチする魅傀。ちなみに最初の一枚は頭の上に乗せている。

 「お…おい、嘘だろ……グラサン(コレ)、ダメなのか。アネさんには、俺くらいのデカさなら、寧ろギャグみたいで面白いって………サムズアップで溶鉱炉に落ちて行きそうでウケるって……。……嘘だろ……」

 ついに耐え切れなくなった境夜は、床に崩れ落ちて目に見えて落ち込んでいる。

 「も、もう、ひひろにゃん‼境夜にゃんをイジメないで! ライフはとっくにゼロにゃ‼」

 「だってどう見ても極道かターミネーターじゃない! 怖さと切っても切れない赤い糸で結ばれてるじゃないの! 銃口向けたのは悪かったけど、あんなのどう見ても怖がらせるための武装じゃない!」

 「…………」

 ずーん。

 「ハッハッハ! こりゃ面白いねえ。戦場じゃ銃弾も意に介さずに突撃する死神が、女子高生の言葉のナイフで瀕死の重傷を負ってるさね」

 「うっさいババアだまれ」

 「おやおや。言葉に全くキレが無くなってるじゃないか」

 ついでに目元には光る物まで見える。

 「もうみんな止めるにゃ! いじめちゃダメ!」

 言葉のナイフでザクザクに斬られた境夜は、さっきまでの日緋色のように体育座りで隅の方にいて、魅傀が身を挺して庇うようにして境夜に覆いかぶさる。はたから見ると、デカい大人におんぶされてる子供だが。

 「そうだよひひろん。さっきまでどう謝ったらいいんだーとか落ち込んでたのに、何でそんないじめる側に回ってるのー?」

 さすがに痛々しくなってきた銀河(うちゅう)が、フォローと諫める意味も込めて日緋色を咎める。

 「ぐっ……だって、あからさまに怖がらせてきてるって思ったから、つい」

 「気持ちはわかるけど、ほら、見てみなよ。あんなに大きな男の子があんなに小さく丸まって、超可愛そうじゃん?」

 「…………」

 銀河(うちゅう)の言葉に、段々感情が冷却されてきた日緋色。どうやら自分は怖がると攻撃的になるらしい。と、日緋色は自分の知らなかった一面を分析して、またやってしまったと反省する。

 「その……ごめん。神条」

 「…………うん」

 (うん。って、巨体に似合わず意外とこいつ子供っぽい?)

 取り合えず冷えた頭で、改めて神条境夜を観察してみる。

 まずデカい。そして怖い。これは神条境夜の第一印象を語る上で、省略出来ても除外出来ない。弱い人間はそれだけで如何なる方法を使ってでも関りを断ちたがる。気絶でも失禁でも構わない。命を最も重んじるなら、この巨人には決して関わるべきではないと警報が響き渡る。

 そして、日緋色のようなある程度信じられる武装がある者は、戦いを試みる。やはりどうあっても、神条境夜が他者とまっとうな関わりを持つには、この世界は弱すぎる。しかし、銃口を向けた非礼や謝罪がカタチだけのもので無いのなら、冴葉日緋色は何かしら彼と接触を試みるべきだ。謝るけど拒絶しますでは、実質ただの冷戦で、ただのその場しのぎ。

上辺だけの取り繕いでないのなら。日緋色は最低限、仲直りをしたという証を示さなければならない。なにせ一方的な威嚇に、一方的な罵詈雑言だ。これを心から謝罪出来ないなら、そんなやつ人間ではない。

 「えっと、自己紹介がまだだったわね。あたしは冴葉日緋色。二年生で、『武装風紀』の委員長をしているわ」

 「神条境夜。えっと……そうだな。現在は、有罪夜行っていうチームのメンバーで、昔は少年兵として戦争に参加していた」

 その言葉に、魅傀と薫以外の四人が目を見開いた。

 境夜としては、自己紹介の返事と、『提示された情報と同類の情報を開示した』程度の意識しかなかったのだが。

 「しょ、少年兵……?」

 「な、なんということか……貴殿は戦士であったのか⁉これぞ真の大和魂か」

 「少年兵……納得の風格でござる」

 一般的な感性を持つ日緋色は衝撃の告白に言葉を失う。

成堅、サスケの二名は、やべえカッコいいといった様子。

薫はため息を付いて、テーブルに置かれていたカレーを食べ始めた。

 「元、戦争経験者の。超大きな男の子か~。これって魔法少女の相方っぽいねえ」

 なんかちょっと頭のネジが外れた発想に思い至った。

 「魔法少女……?」

 銀河(うちゅう)の発言に、境夜も困惑した言葉を復唱した。

 「うん。ああ、知らない子二人いるし、せっかくだからみんな自己紹介しよっか。

うちゅーの名前は星川銀河(うちゅう)。ひひろんと同じ二年生で、『武装風紀』のメンバーで、魔法少女になるためにこの学園に来たんだよ。

 知ってる?テレビアニメ『魔法少女☆ねこねこイッヌ。稀に煎餅』」

 (((何だその変な名前の魔法少女アニメ)))

 常識的な思考の日緋色、成堅、サスケの三名の思考はシンクロした。

 「……ああ。観たことあるな。ブルーレイで」

 「「「あるのかよ」」」

 「? あのアニメは国民的な人気アニメだって聞いたんだが?」

 「どこの国の話よ」

 「きっとグローバルな話なのであろうな」

 「でござるな」

 「探偵をやっている兄貴分の人が観てた時に、一緒になって観てたんだ。

 ……正直に打ち明ければ、何をしているのか良く分からない作品だったが」

 ((((兄貴分……?))))

 魅傀と薫の二人を除いた四人は、神条よりも更に大きな巨人がいるのかと戦慄する。

 「じゃあ次はみけみけね」

 「にゃあ。犬飼魅傀。同じく二年生で『武装風紀』のメンバーにゃ。よろしくにゃ」

 魅傀の自己紹介が終わったところで、バンテージを巻いた手がビシッと天を貫く。

 「はい! 質問です犬飼先輩‼」

 有間成堅がお手本のような姿勢で挙手をしていた。誰かが話している時はまず発言の機会を促す。当たり前のことを、当たり前に出来る。なんと素晴らしいことか。常識人のような行動である。

 「にゃあ。どうしたの?」

 「はい! 殴られる覚悟でお尋ねします。犬飼先輩の頭部に君臨している愛らしいネコミミはどうやったら付けられますか⁉ 具体的には自分ではなくクラスメイトの女子に‼」

 ただしその発言は常識が助走をつけて膝蹴りしてくるレベルの酷さだ。

 「……にゃあ」

 聞かれた魅傀も困ったような表情で返答する。

 「この耳は……生えてるから。魔術じゃないにゃ」

 その言葉に、成堅の魔力が溢れて、ついでに色んなものも溢れて眼鏡も割れた。

 「は……生えている……だと⁉

 しかし、お名前の如く三毛猫を思わせるボブヘアからは、確かに人間の方の耳も覗かせる。なんならピアスなど付いておられる。そして頭頂部には猫耳」

 「にゃあ」

 犬飼魅傀の頭のネコミミは生まれ憑きだ。犬飼家と言う、文字通り犬に関する精霊等を飼って使役する、歴史だけは深い精霊使いの家系の末端。先祖代々犬を従えてきたその一族に生まれてきた、猫の霊に憑りつかれた少女。

 当然のように家では異端扱いであり、人間関係の面で碌なことがない自身のネコミミ、そして尻尾。いい加減慣れたものだが、触らせてほしいと言われるのは、いつまでも慣れない。くすぐったいし敏感だから。

 (もし触らせてほしいと言われたら、お断りするのが面倒だにゃあ)

 「ああ、ここは素晴らしい学園である……‼」

 そう口にして、有間成堅は頭から床に倒れ落ちて。

 ガンッ‼

 「にゃあ⁉」

 「は?」

 「お?」

 「ああ……ネコミミ。素晴らしき大和魂……有間成堅、人生に一片の悔いなし」

  絶対に痛い音を後頭部から発して、涅槃かのような安らかな表情で気絶した。

 「…………一片に台無しの間違いだろ」

 光景を見てぽかんとしていた中、神条境夜は椅子から立ち上がって彼の遺体(死んでない)を抱えると、少し離れた位置のテーブルに横たえた。

 「おい、そこのサルの」

 さっさと戻ってくると、真っ先に猿飛早透に声を掛ける。

 「ウキッ⁉ 拙者ですか?な、何でござるか⁉」

 「腹が減った」

 「く、くく喰われる……⁉ せめてセンシティブな方でお情けを……‼」

 瞬時に逃げようと席を離れるが、その瞬間腰が抜けて立てなくなった早透。目玉は飛び出し歯茎がむき出しになった面白い顔でガクガクと震えだす。「拙者美味しくないでござるー!」などと命乞いをしながら。

 すると、一人勝手に食っていたカレーを食べ終わった薫が解説する。

 「さっさと自己紹介しろってことさね。

 このガキ、こんな成りして律儀な性格してるからね。始まったものはしっかりケリ付けておかないといけないと思ってるのさ」

 「え……あ、はい。そう言うことでござるか。

 では改めて。拙者、性は猿飛、名は早透。皆からはサスケと呼ばれているでござる。

 有間成堅殿と共に一年生で、あとはー。

実家は元忍びの一族だったので、学園で学べる魔術を活かして、忍びの仕事を復興出来ないものかと考えて入学した次第。どうぞよろしくお願い致しまする」

 「はーい。よろしくね~」

 「よろしく」

 「にゃあ」

 これで自己紹介は一巡した。ようやく念願のカレーにありつける。境夜は安堵して席を立って

 「ふぅ……ようやく飯に出来る。

 皆見ての通り、大量にあるから、しっかり食ってくれ。トッピングは勝手にやってくれればいい」

 言いながら、デカいボウルに入れたサラダと、人数分の取り皿を配って、席に戻った。

 「このカレー、境夜にゃんが作ったにゃ?」

 「ああ。最近料理してなかった分、一層気合入れて作った自信作だ。もっとも、カレーに手を抜くことはしねえけどな」

 言いながら、念願のカレーを口に運ぶ境夜。

 「んん……」

 自己評価に違わない会心の出来だ。満足そうに咀嚼して、口角を上げている。傍から見れば、獰猛な獣が牙を向いているようにも見える表情だが、本人は極めて一途にカレーだけを味わっている。

 そんな思い人を眺めて、本当にカレーが好きなんだにゃあと考えながら、他のみんなが少し戸惑っているのに気付いた魅傀も、いただきますと言って、自分の前に配膳されたカレーをすくって口に運ぶ。

 「むぐもぐ」

 そんな様子を、皆が伺う。もちろん、これを作った境夜自身も、カレーを口に運びつつ、上目遣いで魅傀を見ている。

 「もぐもぐもぐもぐ」

 しかし、そんな周囲に対して魅傀は特にリアクションもせず、そのまま二口を運んだ。今度は、最初よりも多めにすくっている。それを見た境夜は、視線をカレーに戻して、黙々と食べ続けた。

 作った本人を目の前に、まさか「美味いのか」など聞けるはずも無く、次にスプーンを手に取ったのは、銀河(うちゅう)。空腹か、好奇心に身を委ねたのか。「ふんす」と気合を入れて、カレーをすくう。

 「いただきまーす!」

 あむっ。勢いよく口に入れて、目を瞑って探るように咀嚼する。そして、すぐ……。

 「……………………」

 どんぶりでも食べるように口にひょいひょい運び始めた。

 「うまっ! うまっ⁉ 何これ美味っ‼」

 騒がしく豪快に、次々と口に運んで、あっと言う間に食べ終えると、コップに注がれていた水を喉を鳴らしてごくごくと飲み干して。

 「おかわりください!」

 目をキラキラと輝かせて境夜にお代わりを要求した。

 「おう」

 それを聞いた境夜は、自分のスプーンを置いて、一層満足そうに笑って皿を受け取ってキッチンへ向かっていく。

 「量は?」

 「大盛で‼」

 「了解だ」

 どこか浮足立ったように見える足取りで、ライスとルーを皿によそって、銀河(うちゅう)の前に置く。

 「目玉焼きも好きに食ってくれ。足りなきゃ焼く」

 「喜んで‼ いただきます!」

 運ばれるや否や、先ほどの二倍程度の量が盛られたカレーを口に運ぶ。ついでに目玉焼きも二つ乗せて。

 そんな様子を見せられては、もともと腹が減って食堂に駆け足でやってきたサスケ、そしていつの間にか意識を取り戻した成堅の二人も、パンっと錬金術でもするのかとばかりの勢いで手を合わせて。

 「「いただきます‼」」

 カレー。食わずにはいられない。

 一口食って、その次の瞬間には目玉焼きに手が伸びた。

 「こりゃ、すぐかっ消えるな」

 健全で腹を空かせた高校生男子が二人、食事にブーストが掛かったとあっては、とりあえずで盛った量では瞬殺だと察した境夜は、自分の食事を中断してキッチンで皿に次々とカレーを盛っていく。

 「こっからはセルフサービスだ。食いたい奴は勝手に持っていけ」

 「「「はいっ‼」」」

 境夜の言葉に元気なお返事を返したのは、言うまでもなくカレーに憑りつかれた三人だ。

 「きょーちゃんー目玉焼き追加ください! 半熟で!」

 「小生も固焼きで!」

 「拙者はターンオーバーでお願い致す!」

 「あいよ」

 心底愉快そうに卵を割って、フライパン三つにそれぞれ卵を落として行く。その様子は熟練の料理人。食わせることが楽しくして仕方ないと言わんばかりに、作っていく。

 「オムレツも出来るが、食いたい奴いるか?」

 「「「はいはいはーい‼」」」

 砂漠のど真ん中で氷水を欲しがっている迷子のような勢いで三人が手を上げる。きっと銃で脅されていたって、ここまで勢いよく上がりはしないだろう。

 「あいよ」

 そんな三人の遠慮も知性もない欲望丸出しの反応に、牙をむき出しにして笑って、蓋をしたフライパンの待機時間に卵を混ぜ始める。

 その様子を眺めながら、まだカレーに手を付けていなかった日緋色は。

 「…………さっきまでお腹空いたって言ってたのに、作るのが優先なのね……」

 ぽつりと呟いた。いや、つい口から零れたのだろう。

 「にゃあ。とっても楽しそうに笑ってる。やっぱりとっても優しい人にゃん」

 「やっぱりって、いったいどうやって気付いたのよ。あの巨体にあの顔面凶器に、あの登場で」

 「……最初から(・・・・)だよ。最初から、わかってたよ。

 あの人の匂いは、最初に会った時から今までずっと……苦そうなのに、芯の方がとっても甘いから。苦いのに甘いなんて、よっぽど最初から甘かったんだにゃ」

 「……? 苦いのに甘い匂い? ごめん、表現が全然分かんないんだけど」

 「くすっ、知りたい? 日緋色にゃん」

 そう言った魅傀の表情に、日緋色は目を奪われた。まるで、こっちにおいでよと誘っている遊女のようで。蠱惑的、思わず付いて行ってしまいたくなるような、色香。柔肌を愛撫されているかのような、抗い難い魅力。そんなものを、どうして彼女に感じたのか。

 「え、ちょ、魅傀……?」

 「はい、あーん」

 「ふぇっ⁉」

 ぱくっ。日緋色の口に銀色の匙が入れられて、口の中はカレーの味で満たされる。

 「…………」

 「どうにゃ? 美味しい?」

 そう聞いて来た魅傀はいつも通りの猫みたいな笑顔だった。肌をくすぐる色香も、誘いをかける笑みも無い、いつも通りの犬飼魅傀。少し混乱したが、日緋色も取り合えず食べ物を粗末にするような教育は受けていないので咀嚼し始める。

 「……………もぐもぐもぐもぐ」

 魅傀は楽しそうに笑っていて、日緋色は、いずれこくんと飲み込んで、口元に手を当てて複雑そうな表情を浮かべた。

 「どうだったかにゃ?」

 少しだけ悪戯っぽく微笑んで、味の感想を問う。悪戯っぽいのは、なんとなく日緋色の答えを察しているからだろう。納得行かなそうにぐぬぬと声を上げてから一言。

 「…………あたしの作ったカレーより美味しい。いちおう洋食が売りのカフェの娘なのに。」

 「境夜にゃんは凄いでしょ?」

 「~~っ! はいそうですねっ‼」

 嫌々そう答えると、手元のスプーンを乱暴に持ち上げて、八つ当たりのようにカレーを食べ始めた。

 「よかったにゃ」

愛おしいと分かる表情で料理をしている神条を眺めながら、魅傀も食事を再開するのだった。

 「美味しいにゃん」

 

 

 

 「それで、クラスメイトや先輩たちと朝食を一緒に取った感想はどうだい?」

 あれから、日緋色と魅傀は、朝からの実戦授業のためにダンジョンに向かうのを見送り、凄まじい勢いでカレー鍋を空にして腹がひび割れそうな位食った三人を保健室に運んだ境夜は、皿洗いをしながら薫と雑談をしていた。なお、薫は茶を啜っているだけである。

 「そうだな。久しぶりに、誰かに飯を作ったよ。最近、仲間に会ってないからな」

 「そうかい」

 言葉足らずだが、それでも充分に満ち足りた時間であったことは、声色から伝わってくる。

 「そう言えば、あんたあのネコミミから告白されたんだろ?そっちはどうしたんだい?」

 「友達からと答えた」

 「なんだい、随分初心な返事じゃないか。アンタ一応暴走族なんだろう?

 元軍人で現暴走族ってのも不思議な話だが」

 「俺たちはバイクで暴走するための集まりじゃない。今、俺がお前らの尻拭いをしてやってまでマトを追ってるのもそうだ。俺たちは俺達なりの正義と約束に基づいて行動しているに過ぎない。その過程で法律が邪魔になるなら、叩き潰す。ただそれだけだ」

 「ただそれだけ。で許されるもんじゃないんだけどもねえ。

 まあ、いいさ。それで、何でキープなんて半端な答えにしたのさね?」

 「…………俺はまた、世界中飛び回らなきゃならねえ。それも、遠距離恋愛なんてもんが成立するわけもない状況だ。なにせ電波も飛ばなきゃ手紙も届かねえ。そんな一線引いた境界線の先に、俺はいるんだ。

 告白されて、はい付き合いましょうなんてわけにいくか」

 「だったら、断れば良かったんじゃないのかい? 」

 「………………………」

 その正論に、境夜は言葉を詰まらせた。

 「つまり、何だかんだ新人類なんて呼ばれてるアンタも、人の子だったってことかねえ。

 女に迫られたら、年相応にガキだってことかい」

 「…………うるせえよ」

 拗ねるでも、嘲笑するでもない安らかな声で返しながら、境夜は皿洗いを続けた。校長は帰った。使えねえ。

 

 

 

 境夜と薫の雑談が始まる少し前。

学園の塀の外。島の中で殆ど拓かれていない森の中に、立ち入り禁止のフェンスで四方を囲われた場所がある。範囲は土地一坪分ほど。フェンスの一面の一部に扉が付いていて、普段は学園の教師によってカギ穴と鍵が常時同じ変化をする鍵穴と、フェンスを乗り越えようとするとグーパンチで妨害される方法で二重に封印している。そして、その中にはポツンと小屋が一つ。生徒たちはこの中に入って、二人チームで教師側の用意したターゲットを撃破して、ゴールから帰っていくという内容だ。

 難易度こそ高くないが、生徒側が知らないだけで元々はただのゴミ捨て場だったものを魔術で強引に道を引いてダンジョンなどと呼んでいるだけの物。もっとも、制作を任された者の趣味で、多少手が込んではいるが。

入って戦闘しなければならないという都合上、それなりに時間が掛かるのに、一度に入っていくのは二人ずつ。そんなわけで、この授業のスケジュールは丸々一日を予定している。

 そして、成績優秀ゆえに武装風紀を任されている少女三人。もとい二人は、列の最後尾で待機していた。

「まったく、銀河(うちゅう)ってば授業に出られなくなるまで食べるなんて……」

「それだけ美味しかったってことにゃ。ひひろにゃんも、チーズ入りオムレツお代わりしてたにゃん。初めて見た光景だったにゃ」

 ぷんぷんと怒っている日緋色と、彼氏(未定)の料理を褒められたようで喜んでいる魅傀。対照的な様子の両者は、それでも仲良く談笑している。

「そ、それは今回が初めてのダンジョンの実戦授業だから、しっかり食べて準備しておこうって思ってただけよ!」

 「にゃあ。じゃあ美味しくなかったにゃあ?」

 「うぐっ⁉ そ、それは……ノーコメントで」

 苦虫を噛んだような表情で呟いた日緋色。

 「にゃあ。

 またいつか、一緒にご飯食べたいにゃあ」

 ほんの三十分前くらいの出来事に、既に遠い思い出のような表情でいる魅傀に、怪訝な表情で返す。

 「またいつかって……同じ学園にいるのが分かったんだから、またすぐ会えるじゃない?

それに……その、こ、こ、告白? したんでしょ? あの感じだと、オッケー貰ったんじゃ、な、ないの……?」

 色事に全く慣れていないのか、どもった感じで聞く日緋色に、魅傀は憂いの表情で返した。

 「ううん。境夜にゃん、今はやらなきゃいけないことがあるから、お友達からって言われたにゃん」

 「やらなきゃいけないこと……? そう言えば、神条君って、学園の生徒だって校長先生が紹介してたのに、全然授業受けてないんだっけ。それなのに注意を受けてる様子も無かったわね。アタシたちみたいに、学校から何か特別に依頼でもされてるのかしら?」

 「良く分かんないけど、境夜にゃん。学校に来る前から『魔術』を使えてたから、そもそも学校に来てる理由が、ミケ達とは根本的に違うんだと思うにゃ」

 「アイツが学校に来てる理由かぁ……確かにあたし達は『魔術師』になるって言う学校の中での目標って言うか、ゴールみたいなのはあるけど。神条君はそもそもMACも無しに魔力砲が撃てるんだから、間違いなく魔術師になりに来てるわけじゃないのよね」

 「うん。だから、また会えるかどうかは分からないから、今日がとっても大切なの」

 「……そっか。

 あたし、恋は良く分かんないけど、魅傀は凄く幸せそうだね」

 「……にゃあ。幸せ、だよ。

 ひとりぼっちじゃ、寂しいから。にゃあ」

 「何言ってるのよ、魅傀。ひとりぼっちじゃないわよ。あたし達もいるんだから」

 「…………うん。そうだね。そうだと、嬉しいな」

 手のひらを大きく広げて、森の木々から僅かに差す陽光に、儚く消えていきそうな祈りを口にして瞼を閉じた。

 

 

 

 ダンジョンの中。

 先行で中に入って行ったのは昨日戦争をしていて、シバかれる前に退散した方のチームのメンバーたち。

 この授業では一度に入って行くのは二人ワンペアだが、ダンジョンの中で合流して共闘することに関しては一切の規制は無い。よって、中で待機していたペア同士で合流して共に進むのは、勝率を優先する場合当然の判断と言える。

 そして、このメンツの中で先陣を切っているのは、なし崩し的にチームリーダーになっている成宮(なりみや)厳湖津(げんこつ)。時代と流行が一周回ってくる前に原始回帰したリーゼント頭に白い長ラン、市は下駄という現代社会でお友達を作る上で大きな枷になりそうな恰好をした二年生男子だ。敵味方問わず、格好さえちゃんとしてれば、それなりに整った顔立ちをしていると評判なのだが、本人曰くポリシーらしい。

 まあ、それはそれだ。チームのメンバーも無理に成宮に彼女を作って欲しいわけではない。

 今、彼らが成宮に求めているのは…。

 「成宮さん。今ポイントっていくつですか?」

 「さて、いくつだったか。覚えてはいないが、案ずることはない。俺が専用MACを受け取る時は、お前たちと共にだ」

 「それは嬉しいんですけど、リーダーの成宮さんが丑三の野郎より先に専用MAC手に入れてくれた方が、勝率が上がるんですよ」

 「言わんとしてることは分かる。だが、戦いとは足し算では決まらないのだ。相手と対等の条件下。己になんの後ろめたさも無いという潔白さが力に変わる人間もいるということだ」

 チームメイトは、成宮のこの人間性に惹かれて集まってきている。私欲を満たすなら絶好のチャンスと言ってもいいこの機会にこの反応。それは誠実さの証明であり、自分たちが憧れた男が外面だけではないという証明でもある。それは嬉しい。しかし、今回ばかりはそんなことも言っていられない。それでも話しかけていたメンバーは言葉が続かずにつっかえてしまう。

 それを補足するべく、成宮の隣を歩いていた小柄なマッシュヘアの男子が口を開いた。

 「けど、厳湖津。それじゃあいつまでもポイントが溜まらないんだよ。いくら戦争しかけても時間切れと一緒に10万ボルトとりゅうせいぐんとねこのてが襲って来て中断しちまうし。

 もうこの実戦授業で溜め切るくらいしかないのが現実だよ」

 「それでもじゃ。来軒よ。お前たちの分のターゲットを倒して、ワシだけポイントを貰うような真似は出来ん」

 「それでもさ。このまま丑三のチームをほっといたら、あいつら絶対に一年の方にもちょっかい掛けるよ」

 「……ぬ」

 マッシュヘアの言葉に、周りの仲間も同意する。

 「そうですよ。アイツらは自分たちのポイントの為に集まってる連中だ。一年なんて、絶対にカモられますよ! そうなったら、アイツら全員が専用MACを手に入れます。そしたらいくら武装風紀がいたって、多勢に無勢じゃないですか!」

 「…………」

 「成宮さん。戦いが推奨されてるこの学園には、必要なんですよ。正義の番長が。

 それを女子に任せていいんですか⁉ もし丑三の野郎が卑怯な手でMACを封じたりした日には、武装風紀もただのひ弱な女子なんですよ? 今までの復讐にどんなことをするか分かったもんじゃないんです!」

 「…………」

 仲間の言葉に苦い顔をしながら、拳を握る成宮。

 この言葉は何も大げさではない。昨日戦っていたチームのリーダー。丑三(うしみつ)賽(さい)河(か)は、卑怯も陰湿も厭わない。己の目的の為に最適の手段を選ぶ。そんな人間に力を持たせれば、入学したての一年生に良くない影響が及ぶのは、分かり切っていることだ。

 厳湖津……」

 それが分かるから、成宮も自分の考えを通しきれない。

 「…………分かった。だが、その後はお前たちの番だ。必ず皆で、魔術師になろう!」

 「「「はい‼」」」

 皆が同じ気持ちで、同じ方向を向いて進む。それはまるで、力が入った学生の部活のようだ。きっと彼らの結束力なら、普通の学校に入っていれば、そんなこともあったのだろう。こんな学園に入学したりしていなければ……。

 

 

 

 校長室。

 薫が立ち尽くしていた神条を置いて部屋に戻ると、白髪交じりの紳士服を着た男が封蝋の付いた手紙を持って待っていた。

 「ようやくお戻りですか、林堂校長」

 男は目の下クマが酷く、疲労の溜まった声でカレーの匂いをさせて帰ってきた上司に恨みがましい声で迎えた。

 「何だい石島副校長。随分やつれた顔をして。飯食ってるのかい?」

 「食べておりませんよ。貴女のようにカレーのスパイスの香りをさせて校内を歩いたのは、一体何か月前のことだったか……時間に追われていない生活を送れているようで何よりです。その様子であれば、こちらの案件に対応される時間は存分に引き出せることと思います」 

 ピクピクと瞼を痙攣させながら、天と地と間に樹木が描かれた封蝋の手紙を手渡した。

 それを見た薫は露骨に嫌そうな顔を滲ませながら封を切る。

 「森羅の封蝋か……あの妖怪から連絡が来る時は、例外無く面倒なことしか書いてないんだがねえ」

 「その様ですね。ろくでもない上司の、その又上司からの手紙なら。さぞろくでもない話なのでしょう。何しろ連絡が必須の内容ですら、事後承諾の連絡しか寄こさないお方の連絡なのですから」

 「ほんとにアンタはいちいち嫌味なヤツさね」

 「御冗談を。わたくしなど、校長先生の陰険さに比べれば無垢な雛鳥も同然でございます。」

 「さらっとアンタの性格までアタシに責任を押し付けるんじゃないよ。アンタの陰険さはここに来る前からだろうが!」

 ふんっと鼻息を鳴らして、薫は手紙を読み始めた。枚数は五枚。一枚につき5秒くらいで読んでは次に行っている。

 (やれやれ……知能は高い方なのに、どうしてこう、人としてこうも欠陥だらけになったのやら)

 「…………石島」

 「なんでしょうか」

 「アンタ、このスペックの相手をガキ共が導真リングだけで相手出来ると思うかい?」

 「……?」

 なにやら剣呑そうな顔で手紙の内の四枚を差し出された石島は、手紙の内容、否。とある生物のデータを閲覧した。

 「…………これはTCSの戦力データですか。

 本当に反吐が出そうですね。特記事項の『人間の負の感情をエネルギーに変換することで死すらも超越する』と言う辺りが特に人の倫理観を忘れている」

 「ああ。だが、反吐が出るのはまだ早いさね。

あの妖怪ジジイ、これをガキどもの今日の実戦授業に投入したと書いていやがった」

 「なんですって?」

 薫の言葉に、石島のクマだらけの淀んだ瞳、驚愕の意が浮かぶ。

 「バカな。生徒たちはたかが一年間『魔導士』として『魔術』の基礎を学んでいるだけ。それも、本来『魔術師』の家系なら三歳で習うような基礎も基礎ですよ⁉

 それを戦闘兵士と戦わせるなど、ハイハイしか出来ない赤子にサッカーをさせるようなものではないですか‼」

 「建前としては、『生徒達の一年の成長を図るために、少しレベルの高い実戦をさせて生徒達の意識を高めるため』とあるが、根本的に不可能なことを強いているのが実状と言うわけさね。

 アタシが造ったマナ・アナザー・コア・システム。MACは、その辺の魔術師が造った魔導具なんかよりよっぽど高性能だと自負しているさね。使いこなせれば、コイツを倒すくらい造作もない。だからこそ、その危険性を危惧して、卒業までに規定を満たせた一部の生徒以外からは回収する方針を取ることにしたわけだ。

 それでもだ。たった一年程度でMACの性能をフルに活用するなんざ、魔術の魔の字も知らなかったガキどもには到底不可能。卒業試験だって言っても些か過剰さね」

 「だったら、どうして森羅継國はこのようなことをしているのですか⁉ これでは犬死させるようなものではないですか!」

 「…………だからだよ」

 「なんですって?」

 薫は、この考えにすぐに至った思考回路に少し嫌気がさした。

 「この導真学園の本来の設立目的はなんだい?」

 「それは、【完成なる者(アンリミテッド)】神条境夜と同等の存在を、人為的なアプローチで生産することです」

  生命を捕らえる肉体の檻。または入れ物【心亡き者(ロストハート)】と、その中身。あるいは魂とも呼ばれる【躯亡き者(ノーバディ)】が完全に融合することで魂の乖離を無くし、細胞分裂の限界を排除することで無限に進化する新たな生物に至った者。この宇宙を構成した四代奇跡の一つ第三奇跡(まほう)【無限の奇跡】の一部。それが、神条境夜の生物としての種族の区分。【完成なる者(アンリミテッド)】。

 「その通り。【心亡き者】と【躯亡き者】の融合は、弥生時代から幾百、幾億の日本の魔術師達が挑み、破れ、結果的に最も人の命を啜ってきた、未解明の方程式さね」

 「ええ。知っていますとも。

 この『神羅計画』も例に洩れず、始動した六年前から数えきれない失敗作を生み出してきました」

 「ああ。その失敗作が【至れなかった者(タブー)】。それを大量に廃棄する場所が、立入禁止区域。現ダンジョン。

 誰かが事故死しても仕方がない場所(・・・・・・・・・・・・・・・・)さね」

 「それは……まさか森羅継國は……」

 「ああ。恐らく、『実験用に使う死体』を作るためさね。

 妖怪ジジイと言えど、魔術師の死体を用意するのは骨が折れるだろう。だから、一年間魔導士として修練した人間の遺体を実験体に使うつもりなのさ」

 「クソジジイ……っ‼」

 その結論に、石島は嫌悪と怒りを全面に押し出して、しかし僅かな人の心を期待して反論する。

 「しかし、学園内で死人が出たりすれば、世間からの批判は免れません。そうなれば学園は終わりです。わざわざ創立した学園を意味も無く危ぶませるような真似は、いくらあの森羅継國と言えども……」

 「そのぐらいどうとでもするさね。

 幻惑、洗脳、認識の変格。その手の幻術は、あの森羅継國の最も得意とするところさね。わざわざ実験中のタブー・カスタム・ソルジャー通称TCSを使ってるのは、単に選別がしたいだけって所だろうね。

 もしもTCSを討伐出来る生徒が居れば良し。元が失敗作のタブーを遊び半分で弄りまわしただけの低品質な生物兵器だ壊されても痛手はない。

逆に質が低い生徒しかいなければ、ある程度の死体を集めるだけに留めるだろうけどね」

 「…………人間のやることじゃない……っ!」

 嫌悪感が限界に達した石島が漏らした本音に対して、ふうとため息を付いて、吐き捨てるように薫が返答する。

 「だから言ってるだろう……妖怪だと」

 

 

 

 「フレー! フレー! 成宮さん! それ!」

 「「「フレッ、フレっ、成宮! フレっ、フレっ、成宮! フレっ、フレっ、成宮―‼」」」

 ダンジョンの中でチームの絆を結んで一丸となってエールを送る。

 声援を一身に受けるのは、ポリシーのリーゼントと白い長ランを躍らせて拳を振るうリーダー成宮厳湖津。

 みんなのポイントを手に入れるからには、戦いも一人でするべきだと言う、厳湖津なりの、せめてものケジメだ。

 「ぬうううううおおおおおー‼」

 戦う相手は、骨のように白い人型の何か。学園が用意した今回のダンジョンのモンスター役。名称、ターゲットだ。実験によって心を失い、ただ人の形をした肉の機械と化したターゲットは、肉体を対生徒用に調整され、今こうして成宮と戦闘することを強いられている悲しい元生命。だが、今このダンジョンで戦闘を行っている生徒は、誰一人として、この現実を知らない。

 「ハァ……ハァ……うおおおおおおおおおおおー魔力砲――‼」

 「――――‼」

 個人の術者の身体全身から放たれる純粋な魔力攻撃の最大値が放たれて、全身を砕かれたターゲットに救済(死)がもたらされる。

 そして、全身から魔力を放出するダメージを逃がすように膝を着いた厳湖津が、大きく肩を揺らして身体全体に酸素を運ぶ。頭から流した一筋の血潮が、この戦いを一筋縄ではいかなかったことを物語る。それでも、眉間にシワを寄せた目だけは、まるでダメージを感じさせない。

 「成宮さんすげえな……二人で力合わせて倒せるバランスに調整されてるはずのターゲットを一人で倒せるなんてさあ」

 「オレさあ、さっき待ってる時に丑三のチームのやつ見ちゃったんだけど、二人とも担架に運ばれるくらいの重傷だったぜ」

 「成宮さん、タフネス半端じゃねえからな」

 「ああ。さっきターゲットが目から光線出したのもろに食らってたのにピンピンしてんだもんな」

 「オレならアレ貰ったら気ぃ失うよ。あのビーム、成宮さんに当たった瞬間爆発してやがったもんな」

 「まあ、そこはほら、成宮さんが特別だってことだろ」

 自分たちが尊敬する男の破竹の勢いに、チーム一同気持ちよさそうに話している。そんな様子を横目に、側近のような立ち位置にいるマッシュヘアで小柄の男子、木野(きの)来軒(このき)が猫の手程度に肩を貸しながら、横目で見ながら文句を垂れる。

 「ったく、あいつら話に夢中でオレらの大将そっちのけじゃねえかよ……バカすぎる」

 「なあに。そのくらいの方が良いさ。心配そうに応援されるより、勝つと信じて貰えている方が全力で戦えるからのう! ワッハッハッハッハ!」

 「……まあ、厳湖津がそう言うなら、いいけどさ」

 全然良さそうに見えない表情でそう言う来軒もなんのその。怪我も気にせず豪快に笑っている姿は実に勇ましい。

 「成宮さん、ポイントはどんなもんですか?」

 「ん?おお、そうじゃな。今ので十体目だ。丁度いいから見てみるかのう!」

 戦う前に聞かれた時の口を開き辛そうな様子は何処へやら。全員一丸となって目的に突き進んでいる今、迷いなど存在しない成宮は、皆で手に入れたお宝を分け合うようにポイントを開示出来る。学生全員に配布されるシルバーリング型のMAC――導真リングが、ターゲットを倒す毎に随時加算していったポイントを表示した。その数値は……

 「おおおーー‼ 35万193ポイント!」

 「マジかよ! ターゲット一体が2万ポイント! そして魔力砲一発につき5千ポイント消費!」

 「後一体倒したら36万ポイント!専用MACと交換出来るポイントに届くぞ‼」

 「っしゃー‼ 専用MACさえあれば、丑三のチームなんて怖くねえ!」

 「やったー!」

 「おめでとう、厳湖津。次でラストだ」

 「ああ……! みんな、ありがとう‼

 成宮厳湖津、先んじてMACを手に入れる以上、皆にも必ず専用MACが手に入るように邁進する‼」

 感動のあまりボロボロと漢泣きしながら、力強く拳を上げて宣言する。その姿の雄々しさと清廉潔白な姿勢に高ぶったチームメイト達もまた、力強く声を上げて自分たちのリーダーを称える。

 「成宮‼ 成宮‼ 成宮‼ 成宮‼ 成宮‼」「成宮‼ 成宮‼ 成宮‼ 成宮‼ 成宮‼」「成宮‼ 成宮‼ 成宮‼ 成宮‼ 成宮‼」「成宮‼ 成宮‼ 成宮‼ 成宮‼ 成宮‼」

 「ありがとう……ありがとう……っっ‼ うおおおおおおおおおおおおー‼」

 あまりの号泣に流石に待ったをかけるべく、木野がパンパンと手を鳴らす。

 「はいはいみんなー。前祝はこの辺にして、最後の一匹を探そう。

 祝勝会は厳湖津の専用MACが出来上がった後のお楽しみに取っておこうぜー」

 「おう!そうだな木野」

 「さすが参謀だぜ!」

 「元々このポイント稼ぎ作戦だって、木野の作戦だもんな!」

 「ほんとだぜ! 木野も偉い!」

 「木野! 木野! 木野! 木野!」「木野! 木野! 木野! 木野!」「木野! 木野! 木野! 木野!」「木野! 木野! 木野! 木野!」

 「あはは……ああ、ありがとう」

 照れくさいような、少し引くような心持で笑いながら返した木野。その時、後ろから聞きなれた若い女性の声がした。

 「ああ、こんなところにいたー」

 皆が振り返ると、そこにいたのは担任の斎藤幾世(いくよ)。女生徒と一緒になってファッションやらネイルやらの話で盛り上がるような新米教師だ。

 「さ、斎藤先生…どうしたんですかこんなところに」

 木野は冷静に斎藤に話しかけた。今していることはルール違反と明記されていないだけで、バレれば普通によろしくない。波風を立てないためにも、ここは穏便に済ませて見せる。これが脳筋を支える参謀の仕事だ。

 「どうしたのじゃないよー。先に入ったグループが出てこないと、いつまでも残りの人が入れないでしょー。終わった人はダンジョンから出て、終わった報告してくださーい。もう先生疲れちゃったよー。こんな舗装もされてない洞穴に、ヒールで歩いて来る身にもなってよ!」

 「はい。すみませんでした斎藤先生。つい話に熱中しちゃって」

 悪いことをしたら素直に謝る。相手が常識的な思考と良心的な人格で構成されている場合、結局これが一番安全で早い。奇をてらうより堅実を選ぶ。これが青春時代にのみ通用する対大人専用の、『謝っちまえば大概なんとかなる戦法』だ。後は

 「あとはボクと厳湖津で終わりだし、みんなは先生の言う通り先に行ってて」

 「ああ、分かったぜ。木野」

 「オレ達はゴールの外で待ってるからな」

 「うん。分かったよ」

 「成宮さん、気をつけてください」

 「任せておいてくれ。オレはきっと、みんなの期待に応えて見せる!」

 「つっても、成宮さん探し物ドヘタだからなあ。見つけられるのか心配だわー」

 「それなー」

 「この前なんて成宮さん、いつも持ってる詩集を無くした言って一日中探してたのに、見つかってみれば机の引き出しに仕舞ってあったなんてくらいだしなあ」

 「やべえ。オレ心配で気持ち悪くなってきたんだけど」

 「ぬ、ぬう……」

 いくら信用されている人間でも、ダメなところはダメ。分かりやすいものである。

 「みんなー。そろそろ本当に終わった人は撤退してねー。成宮くんと木野くんは、怪我しない範囲で頑張ってねー」

 「はーい……って、先生後ろ‼」

 「え?」

 斎藤先生が話している途中で、忍び寄った影が一つ。生徒たちが狙うターゲットだ。

 「うわっ⁉びっくりしたよー……こうしてみると結構気持ち悪いなぁ……うえー」

 「うえーって、危ないぞ斎藤ちゃん、早く逃げろって!」

 「あー。先生は大丈夫だよー。こういう時に安全なように、狙われないように設定されてるからね~」

 言いながら白い人型に人差し指でツンツンと触ろうとして、やっぱキモいからやめとこ……と思い直す斎藤先生。生きろ、ターゲット。死んでるけど。

 「それじゃあ、邪魔になる前に先生は行くけど、本当に、終わった人はゴールに行ってね?

 待ってる子たちに私が白い目で見られて居たたまれないんだからね!」

 タタタタターと早歩きで去っていく自分たちの担任を見て、メンバーたちは。

 (((自分の為かよ……)))

 と心の中でツッコんだ。

 「…相変わらず、くっそあざといよな。斎藤ちゃん」

 「オレ、魔術師になったら斎藤ちゃんに告白するんだ」

 「確か今年で25だっけ。全然いけるな」

 「オレなんて実は昨日、一年から斎藤ちゃんのパンチラ写真買ったんだよ。一枚千円で。」

 「おいなんだそれ俺にも教えろよ」

 「残念だな。情報漏洩には厳しいんだ。教えたらオレも売ってもらえなくなる」

 思春期男子のバカみたいな会話を背中に聞いて、成宮厳湖津は最後の敵に拳を構える。信頼して任せてもらえると嬉しい成宮だが、さすがにこれから戦うって時に浮ついた話に夢中になっている仲間たちに思うところが無いでも無いが、今は置いておこう。なにしろ彼の脳みそは、余分なことに思考を割いて万全な働きが出来るほど器用じゃない。

 「集中だ。集中するんだ厳湖津。愛しの斎藤先生のパンチラ写真のことはひとまず忘れろ厳湖津。この命がけの戦いの中で一瞬でも余計なことを考えるのは、目の前の敵にも無礼だ」

 すーはーと深く呼吸をして、全身に酸素を行き渡らせて集中する。拳を握りしめて、足を肩幅に、目線は敵に。意識は勝利に。いざ!

 「この戦いに勝ったら斎藤先生に愛の告白をするんじゃああああああああ――‼」

 「ダメだこいつ全然集中してねえ!」

 

 一方、小さな参謀の悲しいツッコミが反響して聞こえた斎藤は。

 「はー。ここ薄暗いしジメジメしてるし、早く帰りたい」

 地味に長く広いダンジョンの中で、嫌そうな顔で歩を進めていた。

 突貫工事で作られたも同然のダンジョンには、快適さも清涼さも望めない。そんな場所に女学生とファッションやネイルの話で盛り上がるのが趣味の新米教師が好感を持てるわけもなく。ヒールを履いていて上手く走れない分、せめて早歩きで脱出しようと足を急がせる。

 「うう……怖いなあ……」

 特に危険が無いはずの場所なのに、ここは生物の生存本能がやたらに警鐘を鳴らしたがる。現に、生徒がいつまでも出てこないと知っていながら遅くまで様子を見に来られなかったのは、恐怖心が拒み続けたが故だ。

 そんな中で、突然背後に白い巨体が曲がり角から現れようものなら、悲鳴の一つくらい上げても当然だろう。

 「アアアアア…………」

 「きゃああああああああああーー⁉」

 身長二メートルは超えていそうな巨体が、のっそりと斎藤に近づいて来る。

 「え⁉何?何で知恵に近寄ってくるの⁉止めてよ、来ないでよ……!」

 「アアアアア…………」

 喉を鳴らすだけのうめき声を上げながら、少しずつ確実に距離を詰めて来ている白い巨人に、襲われるわけが無いと思っていても、心は常に逃げろと訴えてくる。

 「来ないでってば‼ あなたが戦うのは知恵じゃないでしょ⁉ ねえ、分からないの⁉」

 白い、のっぺりとした顔が迫ってくる。眉毛も、まつ毛も無い。目と鼻と口が付いた顔だ。

 普段見慣れないものを恐れる傾向にある人間が、こんな場所でそんなものに迫られて、平静でいられるはずも無い。

 「アアアアア…………」

 まして、この白い巨人は先ほどから、間違いなくこの女教師を視界に捉え続けているのだから。

 そんな目にずっと嫌悪感を抱いていたからだろうか。彼女は今の今まで気づいていなかった事実を唐突に付きつけられることになった。

 「アアアアアアアアアアーー‼」

 白い巨人の右腕には、手の代わりにカニのツメのようなものが付いていたことを。

 そのカニのツメが身長二メートルを超える巨人が歩いている状態で地面に着いていたこと。

 そして、そのツメが自分に振り下ろされることを。

 「きゃあ‼」

 振り下ろされたツメは、運よく女教師の服を引き裂いただけで済んだ。ツメに服が引っ掛かったことで前面が全て持っていかれて、女性としてはあられもない姿にされはしたが、肉が抉られていないだけ、生物としては無傷と言って良い。

 「ま、待ってよ! 何で知恵が攻撃されてるの⁉ 知恵は先生なのに‼」

 「アアアアアアアア……!」

 白い巨人は自分のツメを何度か降る。まるで間合いを確かめているかのようなそのツメは宙を斬るだけ。それでも、数センチそれがズレていれば死んでいた彼女が、それに恐怖心を抱かないわけが無い。

 「ひ…っ⁉ ひいいいいいいいいいいいーー‼」

 彼女の選択は早かった。ヒールを強引に脱いで立ち上がると、それを両手に掴んで走り出す。

 自分の生涯で見た限りで最も早く走った人間のフォームを死に物狂いで真似て前に進む。

 「嫌だ……! 嫌だ‼ 死にたくないよお‼

 誰か助けてええええええええええええええええええええーー‼」

 



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