ぼっち・ざ・ぼっち (振り米)
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一話 ぼっち・ぼっち

今更ぼざろ見たけどクラスメイトに後藤いたら陰キャ男子全員惚れるだろあんなん
まあでも現実は陰キャ同士だからくっつくことないんだけどな


 5月。

 学生にとっては新学期を迎えて1ヶ月ほど経つ頃。

 ある程度の関係性や、ある程度の慣れを感じ始める季節。

 

 俺は、未だに何にも慣れずにいた。

 

 クラスメイトの大半はいつものグループを作り青春を謳歌している。

 対照的に、俺は1人で小説を読み耽っていた。窓際の1番後ろの席──なんてご都合主義的な位置ではなく、同じく1番後ろではあるのだが廊下側の方なのだ。

 

 側から見ても陰キャのぼっちだ。

 安心してほしい。主観的にみても陰キャぼっちだ。

 

 颯爽と学校に来ては業務的な会話だけをこなして颯爽と帰宅する。きっと今日もそんな日だ。

 

 がらり、と。

 右後方のドアが開く。

 俺自身が1番後ろの席にいるのだからその音はしょっちゅう聞くものだ。

 だが、俺レベルになるとドアの開け方でそいつの人柄がわかってしまう。

 これは、友達のいないやつのドアの開け方だ。友達いないやつは教室に入る時目立ちすぎぬよう開ける習性がある。もちろん俺も。

 

 少しだけ足音が聞こえて、俺の左側に着席する。

 ちらりと目をやると、いつも通りのピンク色のジャージと──

 

(統一感のないバンドグッズ……)

 

 少し変な子だなとは思っていた。

 挙動も変だし、近寄り難い雰囲気も漂っていた。

 

 俺も人のことは言えないが。

 

 雑誌を広げてみたり、周りを少し気にする様子であったりと、変な子なりに友達を作ろうとでもしているのだろう。

 

 そんな事よりも、俺は彼女の背負っていたギターケースに意識が向いた。

 あんまり嬉しいものではなかった。

 

 と言うか見え見えだ。

 このギターとサブカル系女子みたいな風貌は話しかけられ待ちなのだと。

 

 諦めた方がいい。

 新しくグループが作られる時ならまだしも、既に5月にもなればグループは出来上がっている。

 すでに出来上がったグループにとっては外からの脅威を受け入れる理由はないのだから。

 転校生だとか、コミュ力があるだとか。そういう理由がなければ既存グループに入るのはかなり難易度が高い。

 俺たちはスイミーのように、既存のグループに自身を売り込んで加わることなんて到底出来ないのだ。

 なんて、言っていて悲しくなってきた。

 ……今日は水族館にでも行こう。

 

 ・

 

 数日後、放課後。

 俺と後藤ひとりは二人きりで誰もいない教室に残り向かい合っていた。目は合っていないが。

 誰もいない放課後、男女2人きりとなればラブコメの波動を感じそうなシチュエーションではあるが、残念ながら俺たちみたいなコミュ障ぼっちには心配せずとも起こり得ない事態であった。

 

「じゃあ後藤さん、俺は机と椅子下げてるから箒お願いね」

 

「あ、はい」

 

 そう、学園モノ漫画ならよくあるような放課後の掃除の時間だ。隣の席同士である俺たちは、当番が回ってきたのでこうして放課後ふたりぼっちで残っている。

 

「……」

 

 だからと言って、ここは学園ラブコメの舞台では当然ないのでお互い無言でもくもくと作業を進める。

 ちらりと横目に彼女を見るが、俺に背を向けるようにして不器用に箒を扱っていた。

 

 ……気まずい。

 

 俺だって当然コミュ力は低い。低いのだが、コミュ力の低い人間ほど沈黙は苦手なのだ。

 だから仕方なく、俺は口を開くことにした。

 

「後藤さんって、ギター弾くの?」

 

「え、あ、はい」

 

 びくりと肩が跳ねると、ロボットのようにぎこちない挙動でこちらに顔を向ける。

 ……目線は地面に向いているのだが。

 

「なんかバンドとか入ってるの?」

 

 口にしてから慌てて自分の失敗を悟る。

 ──やばい、ミスったかもしれん。

 

 だって彼女を見てみろ、どこからどうみても完璧なぼっちだ。そんな彼女がバンドに加入できるのだろうか。

 おおかた一人でカッコいいからという理由でギターでも始めたのではなかろうか。ちなみにぼっちがカッコつけてギター始めても9割はやめる。

 

 しかし、俺の予想とは裏腹にびくりとアホ毛を揺らして、

 

「あ、はい、そうなんですよ」

 

 ドヤ顔で言い放った。

 

 なぜだかマウントを取られた気がして腹が立った。

 

「へー、バンドやってるんだ。かっこいい」

 

「かっこいい……!? うえへへへ、ま、まあそこそこですよそこそこ」

 

 かっこいいは否定しないのかい。

 まあなんかすげえ嬉しそうだからいいんだけど。

 

「…………あ、あのあのあのあのあああの」

 

「急にどうした」

 

 さらに、そこで何を思いついたのかよく分からないが、突然早口になって奇声を発し出した。

 

「よ、よかったら1500円!」

 

「新手のカツアゲ?」

 

 突然金銭を要求された。

 私みたいな美少女が掃除を手伝ってあげてるから1500円払えと? なんちゅー悪質なやり口だ。しかもカツアゲにしては無駄に良心的な金額設定だな。

 

「今度ライブをやるので良かったらチケット買いませんか!?」

 

「カツアゲではなかったのか良かった」

 

「カツアゲじゃないです……」

 

 どうやらカツアゲではなくライブのお誘いらしい。

 とはいえ、クラスメイトとは言えほとんど初対面の相手にいきなりライブチケットを売りつけようとするなんていい根性だ。

 

 友達が居なすぎて他人との距離感を見誤っているのであろう。

 

「えっと。ごめん、急に言われても……」

 

 俺も俺で生粋のぼっちなのだ。誰一人知らないライブハウスに足を運ぶなど言語道断。結局行かないか、行っても気まずくて端っこでモジモジして途中で逃げ帰る姿が容易に想像できよう。

 

「そうですよねごめんなさいチケット全然売れないからって売りつけようとして最低ですよね私今から消えますね」

 

「いやごめんそーゆーことじゃなく……っ!?」

 

 瞬間、彼女は頭の方からさらさらと粉になり消え始めた。

 え、なに、この現象。

 あ、やばい上半身ももう消えてる。このままじゃ後藤さんこの世界から消滅してしまうのでは──

 

「行く! 買います! 買わせてください!」

 

 彼女の命をなんとかこの世に繋ぎ止めようと俺はそう口走ってしまった。

 すると、直前まで粉になって消えかけていた彼女はいつの間にか元の形へと復元しており。

 

「ほ、ほんとですか……?」

 

 生まれたての子鹿のようにガタガタ震えながら上目遣いでこちらをみていた。

 前髪長くて目はよく見えないが、こうして見ると割と美少女なのでは……? 

 

「いや、ほら。俺も後藤さんと同じでコミュ力0のぼっちだからさ、ちょっと一人でライブハウス行くのびびってたなーってだけで、せっかくなんで勇気出して行ってみたいなーなんて。カッコいいじゃん? ライブハウスに行くの。憧れというかなんというか」

 

 ここにきて女子と話すのに慣れていない残念な男の習性が出てしまった。よく見ると美少女? な彼女を前にテンパりオタク特有の早口で意味のわからない言葉を口走る。

 

「そうです、私はコミュ力0のぼっちです……」

 

 いやそこでダメージ受けるんかい。

 

「い、いや、悪い意味じゃなくてさ、俺はぼっちだから誘ってもらったの嬉しくてさ、これでもう俺たち立派な友達だからぼっち脱却ということで手を打とう」

 

「ト、トモダチ……?」

 

「イェア、トモダチ」

 

 急にカタコトになった彼女に釣られて、外国の方に話しかけられて慌てて英語風に喋ろうとした時みたいなリアクションをとってしまう。

 

「まあ、今更だけど俺は大倉譲。よろしく」

 

「あ、えと、後藤ひとりです、よろしくお願いします」

 

「ろ、ろ、ろろ」

 

 すると、彼女は突然壊れてしまった。

 

「ろ?」

 

「と、友達になったので、ロインを……」

 

「あ、ああ、もちろん」

 

 やばいぞ、俺はぼっちだから友達ができること自体は嬉しいのだがいいのか? この子が友達で本当にいいのか? ちょっとびびって引いてる自分を感じないか? だがここで断ると粉となって風と共に去られないか? 

 

 ぴこん、と。

 

 脳みそが変な動きをしている間に体が勝手にスマホを開いてアプリで友達追加を行っていた。

 

「……クラスメイトと初めてロイン交換したわ」

 

 ぽつりと悲しい事実を口にしてしまう。高校が始まって2ヶ月弱、ついに俺はクラスメイトの美少女? とロインを交換した。良かったね? 良かったのか? 

 

「え」

 

 彼女は俺のついぞ口走ってしまった言葉を聞き漏らさずにガバリと顔をあげる。

 もしかして今の発言で引かれたのだろうか。まあ事実だからいいんだけれども。本当だ。傷ついてなどいない。傷ついてなど……。

 

「わ、わたしも……」

 

「あっ」

 

 ……。

 

 …………。

 

 放課後の教室に二人。

 男女が取り残されていた。

 1人はぼっち、もう1人もぼっち。

 

 二人の間にラブコメの波動は決してなく、お互いにぼっち同士だからこその謎のシンパシーを感じていた。

 

 学園モノとは思えない虚しい空気がそこには取り残されていた。

 

 ・

 

 後藤:今日練習行かなくてすみませんでした。

 

 後藤:あとチケット全部売れました! ノルマ超えて6枚です。

 

 伊地知:おめでとうーぼっちちゃん凄い! 

 

 リョウ:すぐバレる嘘はつかない方がいい

 

 喜多:後藤さんならできるって信じてましたよ! 

 

 喜多:ところで家族以外だと誰に売れたんですか? 

 

 リョウ:そこを聞くなんて、ひどい

 

 伊地知:喜多ちゃん、それは流石に言い過ぎだよ……

 

 喜多:そこまでですか!? 

 

 後藤:路上ライブした時に3人と、あとクラスメイトの友達です

 

 伊地知:路上ライブ!? 

 

 喜多:クラスメイト!? 

 

 リョウ:真実は当日になればわかる



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二話 ぼっち同士は引かれ合う

引かれ会いたい


 ──高校生活始めての友達が出来てこれまた数日。

 

 俺のハイスクールライフは特に何も変わらなかった。

 

「あ、おはよう」

 

「おはよー」

 

 挨拶を交わすと後藤さんは席に着く。

 

 ……以上。

 以上なのだ。

 

 仮にでも友達になったというのに、友達同士のくだらない話どころか、世間話もしちゃいない。

 当然交換したロインも最初に交換できたかどうかを確認するためだけのスタンプを送っただけで終了している。

 まったく、この先が思いやられる。

 

 ・

 

 昼過ぎの音楽の授業。

 クラシックの鑑賞などもあったりするが、そんな日は大抵の生徒は眠りに落ちていた。

 当然俺は寝てなどいない。なぜなら、他の授業と休み時間の間の寝たふりで体力は温存されているからだ。

 

 だが、今日の授業はいつもと異なり、楽器を取り扱う授業であった。

 音楽室にあるいくつかの楽器を先生の指導の元自由に弾いてみる時間だ。

 

 当然のように俺はピアノの近くに行き──端っこのパイプ椅子に存在感を消してちょこんと座っていた。

 

 そして、気がつくと俺の視界の端にピンクのアホ毛が入ってきた。

 

「えへへ、そんな、うまいだなんて。みんなありがとう」

 

 幻を見ていた。

 右下に視線をやると、顔面の作画が明らかに普段と異なる後藤さんが地べたに体育座りで座っていた。

 

「おい、まだ何も弾いてないだろ」

 

「えへへ、そう、弾いてない……はっ」

 

「おはよう、元気にしてるか」

 

「あれ、私を取り囲むトモダチたちは……?」

 

 なるほど。

 この授業で颯爽とギターを弾きクラスメイトから注目を集める幻覚を見ていたのか。明らかに初期症状を超えている。誰かこいつにつける薬を持ってきてやれ。

 

「残念ながら横にオンリーワンだ」

 

「あ、大倉くん」

 

「てか後藤さん、せっかくなんだからギター弾かないの?」

 

「あ、いやその」

 

 そう言って彼女が視線を向けた先には、ギターが数台あり、それを取り囲むように何人もの生徒が押し寄せていた。

 

「ふむ。つまりギターを弾こうと思ったが、ギターが人気すぎてクラスの陽キャに混ざる勇気もなければ演奏しているシーンを見てもらう勇気もないってことだな」

 

「あ、ううう……」

 

 正解のようだった。

 

「俺レベルのぼっちになってくるとぼっちの生態系には精通しているからな」

 

 でも、ほんとは弾きたい気持ちもあるんだろうな。

 

「かえりたい……」

 

 訂正。

 でも、ほんとは弾きたい気持ちも一厘くらいあるのだろう。

 

「お、大倉くんは何か弾かないの?」

 

「あー、俺?」

 

 すると何を突然興味を持ったのか、今度は俺に対して質問をしてくる。

 

「……そんなことよりいつまで床に座ってるんだ。椅子貸してやるから座れ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 俺は話を逸らすように、地べたに座る後藤さんに自身のパイプ椅子を差し出した。

 

「え」

 

「ああ、気にすんな」

 

 代わりに俺が床にあぐらをかいて座る。きっとそのことを気にしているのだろう。

 

「わ、私みたいなミジンコのために大倉くんが床に座る必要なんてななないって」

 

「勘違いするなよ、女の子を地べたに座らせた横で椅子に座ってると周りの視線が気になるだけだ」

 

「……えへへ、これがトモダチ」

 

「いや恥ずかしいからそんなこと口にするな」

 

 そうしてパイプ椅子に座る後藤さんと、地べたにあぐらをかく俺はその後は特に会話をすることなくクラスメイトが楽しそうに楽器を触る様を眺めていた。

 

(なんか、嫌じゃない沈黙かも)

 

 俺は基本的に友達が居ない。

 そんなぼっちにとっては、誰かと一緒にいる空間の沈黙は非常に苦手なのだ。気まずさを感じ、つい何かを喋らなければという気持ちになる。

 だが、本当に今この瞬間は、彼女の横にいる沈黙はいつもの嫌いな沈黙ではなかった。

 

 不思議な気分だ。

 

 数日前に友達になって、何か会話を弾ませたわけではないのに、この沈黙は悪くない気分だった。

 

 きっと、ぼっち同士だからこその沈黙の共有なのだろう。

 ぼっち同士は引かれ合う、のかもしれない。

 

「大倉さん」

 

 そうやってぼーっと辺りを眺めていると、そんな俺たち2人が心配になったのか音楽の教師が声をかけてきた。

 

「大倉さんと後藤さんは何か弾かないの?」

 

「ああ、今何弾こうか考えてたんです」

 

「あ、はい」

 

 教師としての優しさなのかもしれないが、逆にぼっちとしてはそうやって気を遣われるのは辛い。いやほんと先生は悪くない。俺たちが悪いんだけども。

 

「私、こんなのでも音楽の先生だから知ってるのよ?」

 

「……何をですか?」

 

「大倉さん、ピアノとーっても上手いんでしょ!」

 

「……」

 

「え、大倉くんも音楽やってたんだ」

 

「いやまあ別に隠してたわけじゃないですけど……前にやってただけで今は弾けないですよ?」

 

 隠していたわけじゃない。

 それに、今は本当に弾けないのだ。

 

「そんなこと言っちゃってー。大倉くん、ちょっとだけでいいから先生に聞かせてよ」

 

 まあ、辞めてから一年半くらいだろうか。もしかしたら弾けるかもしれない。

 

「わかりましたー。でもあんま期待しないでくださいね。弾けなくても成績下げないでくださいねー」

 

「テストじゃないんだから下げませんよ〜」

 

 促されるようにして俺はグランドピアノの椅子に腰掛ける。

 背筋をピンと伸ばして目を瞑る。一つ、深呼吸をして指を動かす。一年もやっていなかったからか、昔よりも全然動かない。

 

 なぜだかクラスは静まり返り、視線はこちらに向いていた。

 いや、なんでみんなこっち向いてるの。ぼっちが急にしゃしゃり出てピアノなんか弾こうとしてるから? まじごめんなさい。

 

 そうして俺は鍵盤に指を置いてみて──

 

「すんません、やっぱ弾けませんー」

 

 ずこっ、とクラスメイトが倒れる音がした。

 

「あと、ちょっと体調悪いので保健室行ってきていいですか?」

 

 俺はこの注目されたぼっちにとって地獄のような状況から逃げるためになんとかそう口にした。

 

「ごめんね、大倉さん。私の勘違いだったのかも……」

 

「ええ、先生。きっと勘違いです」

 

「……?」

 

 そんな俺たちの会話を聞いて、後藤さんは首を傾げた。

 

 クラスメイトの視線を浴びる中俺は教室を出る。やだ、こんなにクラスメイトに注目されることないから恥ずかしいわ。照れちゃう照れちゃう。

 

 ・

 

 保健室のベッドに横たわる。

 先程は音楽室から逃げるようにしてここに来たのだが、体調が悪いのは本当だ。これに関しては全く嘘などではない。

 

「あーあ、ぼっちなのに無欠席で全ての授業を受け切るという俺の野望が……」

 

 思った以上に体調が悪く、残りのもう1限も出れそうになかった。

 

 授業中の保健室は静かだった。

 保健室の先生は、事情を説明するとベッドで寝かせてくれた。

 

 どうやら俺の心は悔しさと寂しさに溢れてしまっていた。

 布団の上で体を横に向けて、深くため息をついた。

 

「お、大倉くん」

 

「うわっ!」

 

 すると、背後から声量を間違えた声が聞こえた。

 

「後藤さんか、どうしたんだ」

 

 おそらく正面を向いていない人への声の掛け方を忘れてしまっていたのだろう。場違いな声を出してしまったのは。俺もぼっちだからよくわかる。

 

「大倉くん、だ、大丈夫ですか?」

 

「あー、ありがとう。心配してくれたのか」

 

「と、ともだちだから……」

 

 そう言うと、普段は無駄に超絶美少女な癖に気持ち悪い笑顔でニヤニヤする。

 

「大倉くん、ピアノ弾けるの?」

 

「いや、目の前で弾けないの見てたでしょ」

 

「う、うん。そうなんだけど」

 

 まったく彼女は何を見ていたのだ。何を勘違いしたのか先生に前に担ぎ出されてクラスメイトに嘲笑されると言う最悪な経験をしたのだ。体調だって崩してしまうに決まってる。

 

「そうなんだけど、だって、姿勢とか、構えとか、すごく良かったから……」

 

 おお、さすがギタリスト。

 できる奴は楽器を鳴らす前からそいつの上手さがわかると言うやつか。

 なんて、バトル漫画じゃないんだからその人が上手いかどうかは弾いてみないとわからないだろうに。

 

「形から入るのって大事じゃん?」

 

「そ、そんな理由で……」

 

「まんまと騙されたな。今の後藤さん、音楽わかる奴みたいでかっこよかったよ」

 

 煽るようにして言葉を返す。すると先ほどの言動が恥ずかしくなったのか、後藤さんはスライムみたいになった。

 

 ……え? 

 

 いやほんとに、比喩じゃなくてスライムみたいになった。「みたい」もいらない。スライムだ。

 

「そう言えばさ、俺後藤さんとなら友達になれる気がする」

 

「え"」

 

 スライムから変な音がすると、さらに小さくなる。

 

「ああ、いや、別にもう友達なんだけど、そうじゃなくて──」

 

 そうじゃなくて。

 きっと今は体調が悪くて、体調が悪い時は大体精神も不安定であって、寂しかったり変なことを口走ってしまう。

 病は気から、と言うが逆もまた然りだ。病が気に影響を与えることもごまんとある。

 ……まったく、ぼっちでツンデレの王である大倉様の珍しいデレタイムだ。喜んで受け取りな。

 

「俺、ぼっちだから沈黙とか苦手なんだよ。なんか話さなきゃって気になるし」

 

「あ、それ私も……」

 

「でも今日の音楽室で後藤さんと話した後の沈黙さ、あれ、悪くなかったわ」

 

「え?」

 

「意外と居心地よかった……はい、終了」

 

「え?」

 

 液体になったスライムがだんだん固体に戻り人間の形をうねうね形成していく。いや、キモ。

 

「わ、私も!」

 

「だから声量考えろって」

 

 突然大きな声を出すからまたびっくりした。

 

「わ、私も、嫌じゃ、なかったって……」

 

「……お、おう。そうか」

 

 まったく、突然弾けないピアノを弾かされそうになるし、体調を崩して保健室に行くしで今日はあんまり良いことがないなと思っていたのに。

 

 やるじゃないかラブコメの神様。

 

 保健室で美少女と2人きり。お互いぼっちでパーソナルスペースは人数倍でかいが、なんか距離が縮まった気がする。

 

 こんな甘酸っぱい経験は残りの人生で一生スルメのように噛み締めることができるだろう。

 

 ぼっち同士だからこそ共感できることもあるのだろう。

 ……やっぱりぼっち同士は引かれ合う、のかもしれない。



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三話 下北はおしゃれだけどサブカル感あるからギリいける

いっぱい人いる時に話せない俺がいっぱい人いる時の会話シーンなんて書けるわけない


(めっちゃ台風来てんじゃん)

 

 高校生活始めての友達との約束の日。

 そう、本日は待ちに待った後藤さんのライブの日だ。

 そう、待ちに待っていたのだ。

 いたのだが。

 

(こんな台風でもやるのかなぁ……)

 

 そもそもこのライブが開かれるかどうかわからない。

 というかぶっちゃけ開いたとしてもこんな大雨で暴風が吹き荒れる中行きたくない。

 

 俺はロインで後藤さんにメッセージを送る。

 

(今日台風だけどライブあんの、っと)

 

 メッセージを送り、ベッドにごろりと横たわる。せっかくセットした後頭部が潰れる。

 ないと言ってくれれば良いけど。そうならばわざわざ断らずに済む。申し訳ないけど、流石に今日の台風だと──

 

 ぶぶぶ、と。スマホのバイブに気がつく。

 ぼっちは通知音は基本的に切っているため、着信音が鳴り響くことはない。

 なぜ通知音を消すかって? どうせそんな連絡来ないし、音が出て周りから見られたら恥ずかしいじゃないか。

 

 俺はスマホの画面をもう一度覗き込み、ロインの新規メッセージを開く。

 そこには、

 

 はい。頑張ります。

 

 と。

 そして、開いた瞬間立て続けざまに、

 

 台風なので無理に来なくても大丈夫です。

 

 と。

 

 ……。

 はあ。

 数秒前の自分を殴ってやりたい。

 ぼっちにとって人前に立つことがどれほど緊張するものか。その事は他の誰でもない、俺自身がよくわかっているのではないか。

 大勢の前で演奏するのは、慣れないとめっちゃ緊張するし、例え慣れていても緊張する。

 

 そんな中でこうして友達である俺にわざわざ気を遣ってくれているのだ。行かないなんて不誠実な真似できるわけがないだろう。

 

 俺はガバリと布団から起き上がると、無地のTシャツの上にジャケットを羽織る。

 俺の部屋にはジャケットだけは無駄にあるからな。

 

 濡れるのは嫌だけど、折角できた友達のライブに行かないのはもっと嫌だ。初めから気がついているべきだったのにな。

 

 俺は財布とスマホだけを手に取り、家を出ることにした。

 

 ・

 

「友達もやっぱり来られないみたいです」

 

「う……うちの親も、そ、祖母が妹を見ててくれるはずだったんですけど、こ……来られなくなっちゃって」

 

 めちゃくちゃ入りづらかったドアを開けて俺はライブハウスに入る。

 盗み聞きをしているわけじゃないが、やはり来れなくなってしまった人が殆どなのだろう。

 

 というか、後藤のバンドメンバーであろう他3人。なんか綺麗な人ばっかで陽キャっぽくて怖え。

 結束バンド、とか言ってたっけ。名前と後藤がギターをやっていると聞いていたのだからもっとこう、痛々しい奴らとか陰陽で分けるなら陰気味の人が多いのかと思っていたんだけど……。

 

 階段を降りてきた俺の足音に、彼女ら4人が気がつきこちらに視線をやる。

 

「うーっす」

 

 俺はバレたことに焦りを感じつつ、それを気取られないように右手を上げて後藤に挨拶をする。

 

「……」

 

 いやなんか言ってくれ!!! 

 この状況だと多分他3人が「え、誰の友達?」ってなってるだろうがドあほうが! 

 

「ご、後藤さん。俺こーゆー場所初めてなんだけど、どこで待ってれば良い?」

 

 なぜか全くリアクションをしてくれなかった後藤さんに対して、俺は痺れを切らしてもう一度声をかけることにした。

 

「えええええええ!?」

 

 すると、黄色? 金髪? のポニテ? サイドテール? 美少女が驚きの声を上げた。

 

「う、嘘でしょ」

 

 その横で赤髪の女子も声を上げる。あれ、この子どこかで見覚えがあるような……。

 

「ぼっち、いくら積んだの?」

 

 さらに、首元が見えるほどの髪の長さの青髪の少女も口を開く。

 

「いやいや、むしろ金払ってきてるんですよ俺」

 

 何故これほど愕然とされねばならぬのだ。

 ──否。

 

 俺は下北の空気に当てられていたようだ。ぼっちとしての思考回路を巡らせろ。

 

 逆のパターンだ。

 俺がロックバンドを組んだとして、お客さんに後藤さんみたいな女友達が来たらどうなる。

 そう、俺のコミュ力を知っているバンドメンバーは皆一様に驚くであろう。なぜこいつに女友達が、と。

 

「ぼっちちゃん! もしかして!」

 

「あ、はい。クラスメイトの友達です」

 

 あいつまた調子にのった顔してやがらぁ。おおよそバンドメンバーに期待されていなかった中で友達を──しかも異性を呼んだときたのだ。私にもちゃんとクラスに異性の友達までいるんだと言わんばかりのドヤ顔をしている。

 

「ぼっちちゃん、イケメンの友達いるんですねー」

 

 今度は黒髪ロングの姫カット? 的な大人の綺麗な女性だ。

 

「ひゃ、いや、イイイイケメンなんてそんな池? 池なんて俺は鯉じゃないんですから」

 

「鯉? ふふふ、かわいい子ですねーぼっちちゃん」

 

 あああああやめてくれ年上の綺麗なお姉さんなんて1番ハードル高いんだよ俺の心が壊れちゃううううう。

 

「ぼっち、彼氏?」

 

「!?!?」

 

 青髪の子がそう言うと、後藤さんの顔は子供の落書きのような絵面に変わり、

 

「か、か、か、か……彼氏なんてそんな、お、烏滸がましいです。トモダチ、ほ、ほんとにただの友達でひゅ」

 

 そうなんだけどそんなに否定されると傷つくなぁ! 

 

「わー凄い! ほんとにぼっちちゃんのお友達なんだ!」

 

 そう言ってこちらに歩み寄ってくるのはアホ毛が映える金髪の女の子だった。

 

「私、下北沢高校二年の伊地知虹夏! よろしく!」

 

「あ、大倉譲です。後藤さんと同じクラスで秀華高校一年だす」

 

 ま、眩しい! 眩しすぎる! 

 俺の目には刺激が強すぎる! 

 あまりの眩しすぎさに語尾噛んだ。なんだよ「だす」って。昔のアニメのおバカキャラかよ。

 

 というかなんだこの異様な女子率、しかも年上の美人が多い。ただでさえライブハウスなどアウェーなのにさらにアウェー感を強くする。

 

「じゃあやっぱり私と同じ高校なんだ! クラス違うんだけど喜多です! よろしく」

 

「あ、はい、よろしく」

 

 うわー、なんか見覚えあると思ったけどやっぱ同じ学校じゃないか。というか、こっちは見覚えあるのにあっちは見覚えないのが俺のぼっちが浮き彫りになってるみたいできついじゃないか。

 友達多い陽キャと陰キャぼっちの差ってやつか! 

 

「この子はベースの山田リョウ! 私と同じ下北沢高校の二年なんだー!」

 

「……ぼっちと同じ匂いがする」

 

 ぼっちと同じ匂いがする??? 

 どーゆー意味だそれ。ぼっちと呼ばれる人種は体から何か変な匂いでも放つのか? 

 おい! 後藤さん! 助けてくれ。

 

 そう思い彼女の方に目線をやると──

 

「し、死んでる」

 

 何故か死んでいた。

 

「うわあ──大変だ! ライブ前なのにぼっちちゃん死んじゃった!?」

 

 あ、後藤さんぼっちって呼ばれてるんだ。え? いじめられてないかこれ大丈夫か? 

 

「大丈夫、ほっとけば生き返る」

 

 確かによくある後藤さんの症状ではあるのだが、蘇生すること前提で死体を見るな。なんだこの無駄な結束感。これが結束バンドってことか。

 

 皆の集中が後藤さんに向いている間に、俺はそろりそろりと侵入する。

 

「おい」

 

「ひぃっ!」

 

 すると、今度は金髪ロングの怖そうなおねーさんに声をかけられる。どことなく先ほどの伊地知さんに似ている気がする。あのアホ毛部分とか。

 

 でもやっぱり年上のちょっと怖そうな綺麗なおねーさんとかハードル高いしキツすぎる。

 

「あ、あの、今日これしか持ってないんで」

 

 俺は震えた手で財布から7000円ほど取り出す。

 

「いやなんでお金出したんだよ。そうじゃなくてさ、どこかで見覚えがあるなーって」

 

 くそ、こうやって因縁をつけて脅そうと言うのか。まったく怖い怖い。

 

「あ、いえ、気のせいだと思います。俺基本目立たないんで」

 

「うーん、いや、なんだっけなぁ。どっかで見た気がするんだよな」

 

「ほんとほんと気のせいですから! ごめんなさい! いくら払えば許してくれますか!」

 

「いやビビりすぎだろ、流石に傷つくぞ」

 

「ひぃぃ」

 

 そのズバッとした物言いが余計怖いということに気がついてくれ。俺は気が弱いんだ。

 

 こうして俺はなんとかライブハウス内に無事潜入するも、やはり来なければよかったのではないかという悔恨がすでに渦巻き始めていたのであった。



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四話 流れを変えるのはいつだってヒーロー

みんな誤字報告ありがとう。これマジで突然書き始めたやつだから在庫ないしすぐ上がるんで今後もクソ誤字多いです。ごめんなさい許して。
今後もよろしくお願いします。


 俺は階段裏のジメジメして暗いところに陣取ると存在を消すことにした。地球人は気のコントロールが出来るのだ。

 俺が来た後も、酔っ払いのお姉さんや後藤さんのファンを自称する不思議な人物(2名)を他にぽつりぽつりとお客さんが入り始める。

 しかし、台風のためか人は疎らにしか入っておらず、どうも寂しく感じた。

 

 演奏する側からすれば、人の数が多ければ多いほど、そして演じる場がよりフォーマルであればあるほど、またコンクール等の格式が高ければ高いほど緊張する。もちろん一般的な人の話で例外もあるのだが。

 しかし、逆にあまり人がいない場所での演奏も緊張するのだ。

 それは、お客さん一人一人の表情が見えてしまうからだ。つまらなかったらつまらないと、そう顔で物語られてしまうのだ。

 それに、お客さんのリアクションも人が少ないほど薄く小さくなる。それこそ満員のコンサートホールなどは演奏後に拍手が迎えてくれるものだが、それもほとんどない。

 故に、人があまり入っていない箱も、慣れていなければ程よく人がいる箱より緊張するのだ。

 

「1番目の結束バンドって知ってる?」

 

「知らない、興味なーい」

 

「見とくのたるいね」

 

 そう。

 このような少数の声が演者にダイレクトで伝わってしまうのだ。

 ……やめてくれ、ほんとまったくこっちまで緊張してくるじゃないか。

 

 楽器の音や、機材を調整する音が箱に響き始める。

 音楽からしばらく離れていたが、やはり生で触れる音はいいものだ。なんというかこう、心臓が揺れるような感覚だ。

 

「あれれー? やっぱりそうじゃん」

 

「はい?」

 

 俺は後方でわかってる感を出しながら存在感を消しているつもりであったのだが、突然酒臭い女性に話しかけられた。

 

「いや、多分違います」

 

「えぇー? いや何も言ってないよー」

 

 この人は先ほど、俺が来た後に後藤目当てにと足を運んでいた人だ。

 

「あんまりいじめてやんな。嫌がってるだろ」

 

「ひぃぃい!」

 

 すると今度は怖いおねーさんが来た。

 なんか先ほどの会話を聞いていると実はいい人そうな気がしてきたがやっぱり怖い。

 

「あはははは! ひぃぃいだって。怖がらせてるのどっちなんですかーもうー」

 

「いつまでそれをやるつもりなんだ」

 

「あ、いや、すみません!」

 

 存在感を消していたのに突然美人なおねーさん(1人は酒臭い、1人は怖い)に絡まれて、俺は借りてきた子猫のように縮こまっていた。

 

「大倉──だよな。お前さ、やっぱり」

 

 こわーいおねーさんが口を開き、俺に何かを聞こうとしたちょうど良いタイミングであった。

 

「はじめまして、結束バンドです」

 

 ギターボーカルの喜多さんが挨拶をし回し始めた。

 

「伊地知さんのおねーさん、始まりますよ」

 

 助かったー、ほんとに恐喝されている気分だった。まったくこわいこわい。漏らすところだった。

 あれ、股下寒いんだけど、大丈夫か、漏れてないか? 

 ああそうだ、台風のせいでズボンが少し濡れているだけでした。

 

「本日はお足元の悪い中お越しいただき誠にありがとうございます〜」

 

「あっはは、喜多ちゃんロックバンドなのに礼儀正しすぎ〜!」

 

 何という棒読み加減。

 始めたてほやほやでMCに慣れていないのは分かるが、初手のバンドでこの滑りスタートは見てるこっちも恥ずかしい。

 

 台風で足元悪いだけにすべっちゃった、なんちゃって。

 

「はは……」

 

 結束バンドの滑り具合に会場も生暖かい苦笑いを浮かべる。何だか俺の心の中のボケも滑ったみたいになって恥ずかしい。

 

 それにしても、みんな固いな。

 まあ先ほどの観客の声や、経験の少ないライブであることを考えれば固くなって当然なのだが。

 だが、確実に言えるのは、程よい緊張はパフォーマンスを実力以上に引き上げるが、度を過ぎた緊張はパフォーマンスを恐ろしいほどに下げる。

 

「あっ、うぅ……じゃあ早速一曲目いきます。聴いてください、私たちのオリジナル曲で──『ギターと孤独と蒼い惑星』」

 

 そうして演奏が始まった。

 正直言って、散々だった。大黒柱のドラムが安定していないし、ベースは周りを見ていない、ボーカルは案の定走りすぎで細かいミスも目立つ、ギターも縮こまってしまっている。

 

 まあ、こんなもんだろう。

 酷いとは言え、高校生バンドなんてこんなものだ。

 お客さんのリアクションも薄く、スマホをいじっている人もいる。

 女性が1人席を外すと、ボーカルの喜多さんはそれを目で追う。集中できていない証拠だ。

 

 本当に集中して音楽を弾いている時は、音と自分の世界しか見えなくなるものなのだから。

 

 まず顔が不安そうだ。

 

 もっと堂々と、押し付けるくらいの顔で自信満々にやってくれ。

 

 あーもう、俺は一体何様なのだ。

 でも、逃げ出してしまった俺だからこそ、ウズウズしてたまらない。人の前に立つ快感に、圧倒的な演奏で浴びる脚光に。

 

 高校生バンドだからこんなものだろう。

 俺は自分に言い聞かせるようにもう一度心の中でそう呟いた。

 後藤さんも別にこの演奏に関しては特別に下手なわけではない。俺の想像を超えて、周りのメンバーよりは緊張していないようにも見える。

 十分、頑張ってるよ。

 

 演奏が終わる。

 

「やっぱ全然パッとしないわ」

 

「早く来るんじゃなかったね」

 

 先ほどのように棘を感じてしまう言葉を二人組の女の子たちが残す。

 舞台上にも聞こえてしまうくらいの声量でそんなことを言うのはいささか配慮に欠けるが、それでもそれが事実なのだ。舞台に立つ者として、それを聴く者の正当な評価として受け取らなければならない。

 

 ──何より、本人たちがそれに気がついているだろう。

 

「あっ、えっと……」

 

 大丈夫。

 十分頑張ってるよ。

 初心者のライブにしては、という観点で見れば十分過ぎる出来だっただろう。

 ほら、失敗も経験のうちだと言うし。

 次の曲をそれとなく纏めてさえしまえば、きっと次回以降のための良い経験になったと諦めがつくだろう。

 そう、きっとそうだ。

 あとは無事に終わるように無難にこなして──

 

 じゃーん、と。

 脳を揺らすギターの音。

 

 一音でビビッときた。手が震える。

 俺は俯きがちになっていた顔を上げると、後藤さんが次曲へ繋ぐためのソロパフォーマンスを始めていた。

 

 他のメンバーは呆気に取られていた。

 観客も、また。

 

 体がゾクゾクする。

 

 きっと、他のメンバーはみんな緊張やしょうがないという言葉で納得させていたのだろう。

 俺も、まあこんなもんだろうと納得させていた。

 誰も、前に進まずにいた。

 

 そんな中で彼女──後藤さんの圧倒的なパフォーマンスから曲は始まった。

 

 先ほどまでの演奏は嘘みたいに見違えた。

 一瞬で、壁を飛び越えたのだ。

 その姿はさながら、ライブハウスのヒーロー。いや、ギターのヒーローであった。

 

「ちょっといいじゃん……」

 

「ね」

 

 直前までの演奏を、観客を自分たちを、全て塗り替えたのだ。それは、簡単なことではない。飲み込まれてしまった自分たちを塗り替えるなんて、俺にはできなかったことだ。

 

「めっちゃカッコよかったー」

 

「ねえ〜!」

 

 後藤さん目当てで来た女性2人組も、一曲目から打って変わって興奮冷めやらない様子であった。

 

 そして俺の横の怖いお姉さんも、

 

「ふふ〜んっ」

 

「見事なドヤ顔」

 

 パシャり。

 なぜか酒臭いお姉さんに写真を撮られていた。

 

 そして俺は、恥ずかしいことに。

 

「ざい"ごう"じゃね"え"がよ"」

 

 号泣していた。

 

 ・

 

 一年と半年くらい前。

 俺はピアノを辞めた。

 

 ……正確に言うと、辞めざるを得なかった。

 

 全く俺のことなんて微塵も考えていないのか、両親はいつも喧嘩をしていた。

 母はどうしても俺にピアノをやらせたくて子供の頃から鬼のように追い回してきた。

 父はそんな俺を見て見ぬふりをして仕事に没頭していた。

 

 だからまあ離婚となれば、干渉はしてこないけど最低限のことはしてくれる父について行くのは当然であった。

 

 でも別に、母の元を離れたからと言ってピアノを辞める必要はなかったし、特段辞める気もなかった。

 どうせ父親は続けようが続けまいが構わないだろうし、なんなら大体家にはいない。

 

 だから中学2年で、ピアノを一応ガチでやりながら受験勉強も頑張らないといけないというのに、親のめんどくさいイザコザのせいで俺は志望校のレベルを下げなければいけなくなった。

 ……はい、言い訳です。全く勉強していなかったのは親のせいにしているけどやっていなかった自分の責任です。

 まあ言い訳くらいにはさせてほしい。

 

 まあ、色々ありながらも本気で打ち込めるモノがありつつ、なんやかんや無事に生きていけるならなんでもいいと思っていたのだが。

 

 ──それでも俺はピアノを辞めざるを得なかった。



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五話 天国

 ライブが終わった。

 俺はただ、ひたすら後藤さんに圧倒されていた。

 

「ご、後藤さん!」

 

 この後みんなで打ち上げに行くらしい。もちろん俺はそんなものについていけるわけないので、今のうちにこの妙に昂る感情を伝えたかった。

 

「お、大倉くん」

 

「めっっっっっっっっっっっ」

 

「めっ?」

 

「っっっっっっちゃカッコよかった!!!」

 

「あ、ありがとう」

 

 いつもみたいに調子に乗った喜び方を後藤さんはしていなかった。ライブの余韻をまだ感じているのだろう。

 

「俺、今日来てよかったよ」

 

「わ、私こそ、こうやってみんなが来てくれたから、な、なんとか出来たんだよ」

 

 本当にすごいやつだ。

 今日みたいに人もそれほど多くない日でも、ちゃんと一人一人に曲を届けようとしていてくれたのだろう。

 そして、折れかけたみんなの心をまとめ上げたのだ。

 

 俺もまた、そのひとりだった。

 

「俺もさ、頑張ってみるわ」

 

「え、な、何を?」

 

「ピアノ」

 

 そう言い残すと俺はライブハウス内を駆けて、勝手に舞台に上がる。

 

「え、え? 大倉くん、どうしたの?」

 

 突然の奇行に、結束バンドメンバーとその愉快な仲間たちの視線を一身に浴びていた。

 

 そして、置いてあるピアノの前に座る。

 

「あ、大倉くんちょっと、勝手にはダメだよー」

 

 伊地知さんがそう言う。許可も取らずに勝手に上がるのはよろしくない、分かっている。

 だが、体が勝手に動いたのだ。

 

「いいんだ、弾かせてやれ」

 

「え、でも……」

 

 ありがとう怖いおねーさん。あんたやっぱりいい人だよ。

 

「伊地知さんのおねーさん、すみません、ちょっと一瞬だけ許してください。今ならいける気がするんでー」

 

 どくん、どくんと心臓が鳴る。

 

 手が震えて動かない。

 

 全く手が動こうとしない。

 勇気を出したつもりだったのだが、そう簡単に克服できたら苦労しないよなぁ。

 全く、肝心なところでダメダメな奴だ。

 

 でも、諦めたくない。先ほどの後藤さんの演奏を聞いたら、腕が疼いて仕方ないんだ。いや、厨二的な意味ではないからね。

 

 あーもうくそ、動けこの駄手。

 今逃したらいつ動かすんだっていうの。

 

 動け、動け、動け動け動け──

 

 すると。

 

 ──じゃーん、と。

 

 音がする。ギターの音だ。

 振り返らなくてもわかる、後藤さんだ。

 

 先ほどの曲──『あのバンド』

 

 こう見えても俺は絶対音感を持っていて初見耳コピも余裕だ。腐っても昔は神童だと呼ばれていたのだから。

 

 ギターに合わせて俺は──手を動かした。

 

(動いた)

 

 そして、冷たくなりきっていた指先に、血液が通うのを感じる。指も動く。

 

 そして俺は、ついに鍵盤に触れた。

 

 ふと軽くなった腕と肩と指、俺は躊躇をせずに音、力を込めると。

 

「た、タイム」

 

 ピアノはぼーんと音を鳴らした。俺は一年半ぶりに、ピアノを弾いたのだ。

 しかし。

 

「ち、ちょっとトイレに……うぷ」

 

「えっ?」

 

 一同は突然舞台に登り、突然ピアノを弾こうとし、一音だけ残して舞台を降りる俺に困惑している様子だった。

 

 そして、俺はトイレに駆け込むと。

 

「おろろろろろろろろ」

 

 盛大にゲロった。

 

 ・

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

 盛大にゲロを吐き終えた俺はふらふらとトイレを出ると、伊地知虹夏先輩が目の前にいた。

 

「いや、マジすみません勝手に舞台登って。あ、手はちゃんと洗いましたしトイレも汚してません」

 

「ありがとう。それはまあ別にいいんだけど──体調の方だよ、絶対大丈夫じゃないでしょ?」

 

 なんだこの人は。初見の得体もしれぬ男に対してこの優しさ。しかも勝手にライブハウスの舞台に登った男だぞ。かわいくて優しいなんて無敵ではないか。

 

「あーいや、ちょっとピアノ弾きたかったんですけど。ここ最近の俺はピアノの前に座るとゲロっちゃうんですよね」

 

「なにその拒否反応!?」

 

 リアクションまで素晴らしい。くっ、伊地知先輩、惚れちまいそうだぜ。

 

「や、やっぱり大倉くん、そ……そうだったんだ」

 

「あ、後藤さん」

 

「ま、前の授業の時も、か、顔真っ青にして保健室行ってたし」

 

「おお、それ正解」

 

 あの日の俺もしっかりとゲロってました。

 

「む、無理してピアノ弾かなくても──」

 

「まったく、お前のせいだからな、後藤」

 

「サンガキエテル」

 

「あんなカッコいい演奏で背中押されたら、トラウマの一つや二つ克服したくなっちまうだろ!」

 

「ちょ、ちょっと待って。トラウマって何の話!?」

 

 伊地知先輩は突然の話の流れについてこられず、待ったをかける。

 それもそうだろう。俺と後藤さんは最近少しずつ仲良くなっているので、それとなく会話が通じるからまだしも、伊地知先輩からしてみたら突然謎の少年がゲロってトラウマとか言い出しているのだから。

 

「いや、なんかよく知らないけど一年半くらい前からピアノを前にすると体動かなくなってゲロ吐くようになったんだよねー」

 

「いや軽いって!」

 

 だって事実を端的に並べたらこんな説明にもなろう。わざわざその理由まで深掘りして初対面の人に話すのも、なんかアピールしているみたいで嫌だし。

 

「でも、伊地知さん、後藤。どーでもいいと思うけど聞いてほしいんだ」

 

「何を?」

 

「な、何でしょう」

 

「ゲロは吐いたけど、一年半ぶりにピアノの音を鳴らせたんだ!!」

 

 大きな声でゲロと叫んだ。

 だが、俺にとっては本当マジで触れなくなっていたものだから大きな進歩なのだ。

 月面着陸くらいの感動だ。

 

「俺、ほんと後藤と友達になれてよかった」

 

 頭で思っているはずだけだったのだが、口から漏れ出ていた。

 

「え、えへへへへへ」

 

 すると後藤は笑いながら──星になった。

 

 〜ぼっち・ざ・ぼっち 完〜

 

「いやちょっと待って! なにか大事なものが終わろうとしてない!?」

 

「見てください伊地知さん。やつぁ、後藤は星になったんでさぁ」

 

「帰ってきてよぉ〜ぼっちゃん〜」

 

 きっと大丈夫だろう。

 ドラゴンボールの世界観並みに後藤は死ぬのだから。そしてその分生き返り続けている。星になってもコメディ作品だから場面が切り替われば元通りだ。

 

「というか、やっぱり大倉くん! 君のことを教えてほしいな!」

 

「え、ごめんなさい嫌です」

 

「なんで!?」

 

 危ない危ない。テンションがかなり上がっていたため忘れていたが、俺は陰キャぼっちなのだ。そう簡単にホイホイついていくほど簡単な攻略対象じゃないぞ。

 

「いきなり自分語りとか痛くないですか……?」

 

「もう十分してると思うんだけど」

 

 確かに。言われてみればそうだ。

 というか、冷静に思い返してみると先ほどは死ぬほど恥ずかしいことをしたのではないか。思い返すと嫌なフラッシュバックをしてしまいそうだ。ピアノに触れられたこと以外は記憶の迷宮に仕舞い込んでおこう。

 

 すると、怖いおねーさん(伊地知さんのお姉さん)と酒臭いお姉さん(酒臭いお姉さん)がこちらに近寄ってくる。

 

「あ、先程は大変申し訳ございませんでした。どうかこの金額で手をうってください」

 

 俺は怖い方のおねーさんに気圧されて財布から8000円を取り出した。

 

「いや、取らないから。ってさっきより千円増えてない?」

 

「あ、いや、その、先程は一枚残しておこうかと思ってしまいました。舐めた真似してすみませんすみません」

 

「お、お姉ちゃん、いじめちゃダメだよ」

 

「いじめてないっつーの!」

 

 ふむ、見事な姉妹漫才だ。

 こちらが初動のボケを提供するだけで微笑ましいものを提供してくれる。

 

「説明しよう〜」

 

 すると今度は酒臭いお姉さんが口を開いた。口を開くと余計酒臭い。

 

「今酒臭いだの何だの失礼なことを考えたそこの大倉少年」

 

「は、はい」

 

「君あれだよね、何年か前テレビとかにも取り上げられていた天才少年ピアニストくんだよね」

 

「あ、はい。僕が天才です」

 

「清々しいけど腹立つなぁ〜」

 

 できれば詮索されたくなかった俺の過去の話なのだが、今はもう吹っ切れた気分であった。

 

「あ、聞いたことある、大倉譲って。すごいピアニストいるって──」

 

 今度は伊地知さんがそう口を開く。

 

「そう、そのコンクールでさまざまな賞をとりまくり若くして天才ピアニストの仲間入りを果たしていたはずの俺が大倉譲です」

 

「清々しいけどいらっとするなぁ〜」

 

 ま、まあ事実だし? 仕方ないじゃん? 

 いい意味で注目されること自体は大好きなのだ。しかし、いくら昔がちょっとピアノ弾けるやつだったとしても、今はもう何も弾けない一般人なのだ。

 

「そういえば君さぁ〜」

 

「ぐっ」

 

 今度は酒臭いおねーさんにヘッドロックをされる。

 

「私に嘘ついたよね?」

 

「な、何をでしょうか?」

 

「まだ何も聞いてないのに違いますーって言ってた」

 

「いやーははっ、覚えてないで、いてててやめ、ぎぶぎぶぎぶ」

 

 するとヘッドロックの締め付けは増した。

 いや、しかし、酒臭さの奥に女の人のいい香りが、というか胸が、くっ、痛いけど悪くねえ! 

 

「お、お姉さん」

 

「あれーぼっちちゃんどうしたのー?」

 

「ち、ちかすぎ……じ、じゃなくて大倉くん死んじゃいます」

 

 酒臭い、胸の感触、痛い、酒臭い、痛い、胸の感触、痛い、痛い、酒臭い、痛い、あ、痛く無くなってきたこれが天国──

 

 悪くない、人生だったぜ。

 はじめまして、天国。

 

 そうして俺は一生を終えた。



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六話 陰キャは優しい女の子にすぐ惚れる

ラブコメ成分欲しいけど……あれ?入れるのむずくね?


 トンネルを抜けるとそこは居酒屋だった。

 

「はっ」

 

 がばり、と体を起こす。

 ここはどこだ、私は誰だ。

 先ほどまで酒臭くて柔らかい天国にいたはずではないか。

 

 そう、確か後藤のライブを見に行って久しぶりにピアノを鳴らしてゲロ吐いてその後の記憶が一切ない。

 

 というか、ここ、居酒屋……? 

 

「あ、大倉くん起きた」

 

「え、あ、おはようございます」

 

 目が覚めた先には伊地知さんが居た。

 

「横のぼっちちゃんは──灰になってるね」

 

「真っ白に燃え尽きた!?」

 

 横を見るとそこには最終巻を迎えたボクサーのように真っ白になった後藤がいた。

 

「おい、後藤。死ぬなー、おーい」

 

「うえへへ、大倉くん、一緒に天国来てくれたんだ」

 

「いや、さっきまでいた」

 

「何で2人とも天国行きたがるの?」

 

 伊地知さん、やはりツッコミのキレがいい。

 

「ほら、大倉も好きなもん頼みな」

 

「あ、怖いおねーさん……じゃなくて伊地知さんのおねーさん」

 

「そろそろ本当に怖いおねーさんになってやろうか?」

 

「ひいい嘘ですごめんなさい調子に乗りました」

 

 伊地知さんのおねーさんがメニューをこちらに差し出してくれる。今日1日で分かったことなのだが、この人怖いけどめっちゃいい人だ。

 

「というか大倉くんさ、私とお姉ちゃんのこと呼びづらそうだから虹夏でいいよ、呼び方」

 

「え、いや、普通にハードル高いっす」

 

 ほんと年上女性が得意じゃないと言っているのにこの人はなに下の名前で呼ばせようとしているのだ。うっかり惚れちゃうだろ。

 

「少年さ〜、いいだろ? 青春だよ〜? 虹夏ちゃんも呼んでほしいんだよね? だって今彼氏いないでしょ?」

 

「ちょ、彼氏は確かにいないですけどそーゆー意味じゃ」

 

 やはり歳上というのは強い。下手に逆らわない方が身のためなのかもしれない。

 たしかに「伊地知さん」と呼んだら姉妹お二人が反応してしまいそうではある。まあ、このまま関係が続けばの話なのだが。

 俺はゴクリ唾をのみ、決心して口を開く。

 

「あ、あー、虹夏、せんぱい?」

 

「っ〜〜!」

 

 恥っず、恥っず、何これ何の罰ゲーム? 

 というか虹夏先輩もそんなに頬を赤らめないでくださいほんと惚れちゃいますから。

 というか酒のおねーさんも伊地知さん(今度から怖いおねーさんは伊地知さんと呼ぼう)もにやにやしないでほしい。

 

「ふふーん、譲くんけっこう可愛いねぇ。母性くすぐられる感じ〜」

 

「や、やめてくださいほんと俺コミュ力ないんで下の名前で女子呼ぶの慣れてないんです!」

 

「虹夏ちゃんも満更でもないしね〜」

 

「〜〜っ、わ、私ちょっとお手洗い行ってきます!」

 

 酒のおねーさんにいじられて虹夏先輩は脱兎の如く席を立ってしまった。虹夏先輩、かわいすぎる、もう惚れちゃっていいかな? 

 

「おい、あんま私の妹いじめるなよ」

 

「でも今の可愛かったでしょ?」

 

「くっ、たしかに……」

 

 伊地知さんも立派なシスコンでした。

 

「いいから早くメニュー選びな」

 

 シスコンさん、もとい伊地知さんはメニュー表をこちらに手渡した。

 

「じゃあ俺はレバ刺しとたこわさで」

 

「随分おっさんくさいメニューだな」

 

「悪かったですね、好きなんですよつまみ。はい後藤メニュー」

 

「あ、ありがとう」

 

 俺はいつの間にか復活していた後藤にメニューを渡すと、スマホを構えている喜多さんへ伊地知さんは声をかけた。

 

「というか、ねえそれって──」

 

「イソスタです。わたし大臣なので!」

 

「大臣?」

 

 喜多さんがシャッター音を鳴らしながらドリンクを写真に撮っていた。伊地知さんはそれに対して「それってさ、何が楽しいの?」と続けた。

 

「楽しい気持ちのお裾分けというか、友達が楽しそうだと楽しくないですか?」

 

 喜多さんはそう言い満面の笑みを浮かべる。

 キターンと光って見える。喜多ちゃんパワー眩しい! 

 

「いいぞー、喜多ちゃんパワーでお姉ちゃんのひねくれ体質を浄化しちゃえ!」

 

「ひねくれ? 店長さん優しいじゃないですか!」

 

「やめろ……死ぬ……」

 

 喜多ちゃんパワー恐るべし。あの恐怖の伊地知さんすら風化させてしまうほどの陽キャパワーだ。

 

「あ、あの、決まったのでメニューどうぞ」

 

 後藤もメニューが決まり、喜多さんにそのメニュー表を手渡した。

 すると、

 

「ありがとう! えーっとじゃあ私、アボカドとクリームチーズのピンチョス」

 

「うっ」

 

「ぴんちょす?」

 

 後藤さんはうめき声をあげ、俺は突然現れた謎の単語にはてなマークを浮かべる。

 全く通用しない中南米系の助っ人外国人投手みたいな名前だな。

 

「あと、スパニッシュオムレツのオランデーズソース添えください!」

 

 おらんでーずそーす? 

 

「ぼっちちゃんは何食べる?」

 

 伊地知さんは喜多さんの注文をなんとか確認すると次は後藤の番であった。

 

「あ、じゃあ、まっ、マチュピチュ遺跡のミシシッピ川グランドキャニオンサンディエゴ盛り合わせで」

 

「ふむふむ、マチュピチュマチュピチュってあん? どこだ?」

 

 いや流石にそんなメニューあるはずないだろ。確かに喜多さんのメニューも本当にあるのか些か疑問であったが、少なくとも今の後藤の注文はあるはずがない。マチュピチュだぞマチュピチュ。かの有名な空中都市をどうやって食らうんだ。

 

「あっ間違えました、フライドポテトです」

 

「どんな間違いだよ」

 

 おそらく喜多さんに憧れて唱えたであろう謎の呪文は早急に引っ込めて普通のポテトを頼んだ。

 

「私は酒盗」

 

「君いくつ〜?」

 

 リョウ先輩はこれまた渋いチョイスであった。

 だが分かる、分かりますよリョウ先輩。

 

「流石です、リョウ先輩」

 

「君もなかなかいい注文」

 

 ぐっと腕を組む、俺たちの間には友情が芽生えていた。

 

「いやそこ何の結束だよ……」

 

 ・

 

 俺は居酒屋の雰囲気に少しだけ当てられて、一度外の空気に吸いに行くことにした。

 そもそもぼっちにとって歳上のきれーなおねーさん方に囲まれている状況を耐え切れるはずがない。こうやって息を整えにいかないと、それこそ灰になって消えてしまう。

 

「あー、もう結構暗いなぁ」

 

 というか俺は一体何時間気絶し天国に行っていたのだ? 

 それにあの天国の柔らかさ、一体何だったのだろうか。思い出せない。

 

「あれ、大倉くんだ」

 

「あ、虹夏先輩」

 

 居酒屋の外に出ると、虹夏先輩が居た。

 そういえば、先ほどから姿が見えないと思っていたが、外に涼みに出ていたのだろう。

 

「大倉くん、ありがとうね」

 

「え、何がですか?」

 

「ぼっちちゃん、夏休み前とか学校楽しそうだったから」

 

「あ、はあ、そうですか」

 

 そうだろうか。

 俺の目に映る後藤は、正直いつも変わらずあんな感じだ。奇声を発したり、突然の謎の発作を起こしたりと結束バンドメンバーといる時と特に変わらない。

 

「うん。ぼっちちゃん、はじめて会った時よりちょっとだけ変わった気がするから」

 

「あ、はい」

 

「もちろんね、私たちに打ち解けてくれたってのもあると思うんだけどさ。喜多ちゃんは同じ学校だけどクラスは違うから」

 

 確かに、後藤は友達になる前から考えたら変わったのかもしれない。

 目を合わせるどころか、まともな返事もできなかった彼女が、今では一応俺と会話することくらいはできる。目は合わせてくれないが。

 それは成長と取ってもいいのだろう。

 であれば、きっとそれは俺なんかの力じゃなくて──

 

「た、多分それ、結束バンドとSTARRYの皆さんのおかげだと思いますよ」

 

「え?」

 

「俺も後藤と同じでぼっちなんで、傷を舐め合ってただけです」

 

「確かに大倉くん意外とぼっちちゃんに似てるところあるよね」

 

「ゔっ」

 

 そう言うと、彼女は茶目っ気のある笑みを浮かべて髪の毛を揺らした。

 居酒屋から漏れ出る光が彼女の綺麗な髪に反射し、俺の目には一段とキラキラして映っていた。

 

「なんで、まあ、後藤が変わったのは先輩たちの影響だと思います……俺友達少ないし人を見る目無いですけど、先輩たちはいい人なんだろうなーって思いました」

 

「あはは、急に素直になられても照れるなぁ」

 

 虹夏先輩は照れを隠すように指先で頬を掻く。

 なんかいちいち仕草が美少女で照れるんですけどやめて下さい。惚れますよ? 

 

「そういえばさ、あんまり聞いていいのか分からないけど、ピアノのこと……」

 

「ああ、気にしないでください。俺的には弾きたいんですけど、体が言うこと聞いてくれないだけです」

 

「……そうだよね、何があったかは知らないけど音楽と楽器に罪は無いはずだよね」

 

「ええ、おっしゃる通りです」

 

 虹夏先輩は、妙に俺のピアノについての話題に触れたがる節がある。

 デリカシーがないと言えばそれまでなのだが、俺はそんなに気にしていないし、彼女なりの距離の詰め方なのだろう。

 

「PTSDと心因性ジストニアらしいです」

 

「え?」

 

「まあ端的に言うとパニック障害とイップスです。一応ちゃんと病院行ったんですよ、でも自分的にはメンタルはそんな辛くなかったから何でか理由わからなくて」

 

 突然暗い過去を一人語りし出してしまう。

 居酒屋の空気に酔わされたのかもしれない。

 

「家庭内ごちゃったのは事実なんですけど、自分的にはそこまで引きずってなくて、弾けなくなった理由がわからないので直しようがありませんでした」

 

 空気を悪くしてしまった。

 別にわざわざ、今日みたいにライブがうまくいっためでたい日にする会話ではないのに。

 

「それってさ、大倉くん無理してたんじゃない?」

 

「え?」

 

「きっと弱い自分を見て見ぬ振りをしていたんだよ。それは悪いことじゃないけど、それも自分なんだーってちゃんと認めてあげないと」

 

「──あ」

 

 心の中で、何かがストンと落ちる音がした。

 これが腑に落ちたってやつか。

 俺は、弱い自分を曝け出すのがただ恥ずかしくて許せないから、認めず隠していただけなのだ。盲点だった。

 

 ……いや、本当は気がついたはずだ。だからこそ、今日の後藤の演奏に俺は心を動かされたのだ。

 

 人前に立つのが苦手で、でも目立ちたい承認欲求の塊で、面倒臭い幾つもの感情が混ざり合って、それでも自分に嘘をつかないで舞台に立った。

 その姿にみんなの背中は押されたのだろう。

 そしてもちろん、それは俺も。

 

「虹夏先輩、ありがとうございます」

 

「え、なに? どうしたの急に」

 

「俺、自分のこと好きになります」

 

「何言ってるのほんと急に……」

 

 ほんと、何を言っているんだか。

 

「虹夏先輩、カウンセラー向いてそうですよね」

 

「え、そうかな? なんかちょっと嬉しいかも」

 

「ぼっち相手専門の」

 

「そんな限定されるの!?」

 

「だって俺とか後藤とか、ぼっちを手玉に取るの上手いじゃないですか」

 

「言い方が悪いなぁ」

 

 それにしても、最初は後藤のバンドメンバーなんぞ心配していた。変な奴だし都合よく使われてないかとかいじめられていないかとか。

 どうやらそれら全てが杞憂だったらしい。

 

「そうだ、良かったらなんだけど、大倉くん結束バンドでキーボードやってみない!?」

 

「えっ?」

 

 虹夏先輩の口から出たのは予想外の言葉であった。

 だが、そう考えると全てに合点がつく。俺にピアノのことを聞いたりするのは、きっとこのためというのもあったのだろう。

 

「弾けるようになったら、で大丈夫だから」

 

「か、考えておきます」

 

 だが、今の俺はまだ弾けるわけじゃないのだから足を引っ張るのは火を見るより明らかだ。

 だが、誘われて本当に嬉しかった。

 だから、とりあえず今のところはこの保留の回答が俺に取っての精一杯だった。

 

「あんま優しくされちゃうと惚れちゃうだろほんと……」

 

「え"」

 

 ……ん? 

 

「え?」

 

「あ、あはは、その……急にそんなこと言われると困っちゃうかも……」

 

「あ、ああ、あ、いや違うんです本当に、いつもの心の中のボケが口に出ちゃったんです許してください何でもしますから!?」

 

「心の中のボケって何!?」

 

 あ、危ない。

 危うく俺がちょっと優しくされただけですぐに惚れるちょろちょろコミュ障陰キャぼっちだと思われる所だった。

 

「お、俺もうそろそろ戻りますね。に、虹夏先輩も戻りますか?」

 

「い、いやー、私はもう少しここにいるよ。さ、先に行ってて」

 

「は、はい」

 

 俺は恥ずかしさを隠すようにして足早に居酒屋へと戻ろうとする。

 が、もう一度だけ足を止めた。

 

「虹夏先輩、ありがとうございました!」

 

「──うんっ!」

 

 そうして俺は再び足を動かして居酒屋に戻ろうとすると。

 

「あっ」

 

「あっ」

 

 後藤がいた。

 え、今の話聞いてたの? 聞かれてた? え、まじで? 

 

「……お、大倉くん、に、虹夏ちゃんと仲良いんだ」

 

「あ、いやー、人生の先輩としてアドバイスもらってただけ」

 

「……ふ、ふーん」

 

「え、待ってほんと何もないから誤解だから変な噂とか流さないで虹夏先輩にも迷惑かかるし──あ、いややっぱ何でもないや。後藤友達いないから変な噂も流れようないか」

 

「……」

 

 いやなんか言えよ。

 無言だとどう思ってるか分からないだろ。

 

「じゃ、じゃあ俺は戻ってるから……後藤は虹夏先輩に用事あったんでしょ?」

 

「は、はい」

 

 いつもと違う、居心地の良くない沈黙だったため、俺は早く終わらせようとその場を後にする。

 今日のことを考えると虹夏先輩にも感謝だが、こう見えてもお前に一番感謝してるんだからな。

 

「ありがとな、後藤」

 

 居酒屋の喧騒の前で呟いた言葉は、彼女の耳に入ることなく夜の闇に溶けていった。



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七話 ドキドキ!お宅訪問

 ──ぼっちの朝は遅い。

 

 夏休みも幾日か過ぎたある日。

 俺はいつまでも家にいる自分とおさらばする為に、外出することを決意した。決意したは良いものの「暑い」だとか「明日でいいや」だの理由をつけてしまったせいで気がつけば決意の日から数日が経ってしまっていた。

 

 だが、ついに俺は家からの一歩を踏み出した。

 

 俺の数少ない趣味である水族館ぶらぶら。

 水族館に行きクラゲを眺めたりエイを眺めたりペンギンを眺めたりする時間は、家の外にいる中では唯一のオアシスであった。

 昼前くらいに起きた俺は、ブランチという名の朝飯と昼飯が合体しただけのご飯を食べて颯爽と家を飛び出した。

 

 今日の目当ては八景島シーパラダイスにある水族館だ。

 都内の水族館に飽きてきた今、京急線沿線に住む俺は神奈川県の制覇を目論んでいた。川崎にあるやつはいつでも行けるし、江ノ水は意外と遠い、中間地点として存在するシーパラに行くことにしたのだ。

 

 俺は一人ぼっちで水族館を周り、夏休みのせいかいつもより多い幸せそうな子供連れの家族を見て怨嗟を吐きつつ、バランスを取るようにして海の生き物たちに浄化していただいた。

 

 ・

 

「あぁ、暑い……」

 

 水族館を満喫し終えた午後4時。

 俺はコンクリート・ジャングルを生きる現代日本人なのだと言うことを嫌と言うほど実感させられた。

 

 ああ、人間やめたい。

 

 今ならポルノグ○フィティの例の歌詞の意味もよくわかる。

 

 海の底で物言わぬ貝になりたい。

 

 いや、だがあれは郷愁や切なさを感じる愛の歌詞であり、彼女無し=年齢の俺にとっては到底理解できないものでした。

 許してね……俺の奥底に眠る恋心よ……。

 

「ジミヘン、帰るよ」

 

 ジミヘン? なんで現代日本にかの伝説のギタリスト、ジミー・ヘンドリックスがいるのだ? 

 バック・トゥ・ザ・フューチャーでもしたのだろうか。

 

 俺はもしイタコに降霊でもさせられたジミー・ヘンドリックスがいるのであれば是非サインを貰おうと思い振り向くと──

 

「ご、後藤」

 

 後藤ひとりがそこにはいた。

 いや、後藤ひとりであって俺の知る後藤ひとりでは無かった。

 

「おにーさん誰? 不審者?」

 

 そう、後藤ひとりの幼少期に出会ってしまった。

 やはり俺は、バック・トゥ・ザ・フューチャーしてしまったのだ。

 ドク! どこにいるんだドク! 俺の親友! 

 

 あ、そういえば親友なんて高次元なもの俺にはいませんでした。つまり過去への片道切符なのだ。ぼっちはフューチャーにバックしちゃいけませんね。

 

「まあ確かにこの時代に俺の存在はないはずだから不審な者には当てはまるかもしれないな」

 

「やっぱり不審者だ」

 

 それにしても若かりし日の後藤は「あ」とか「え」とかコミュ障特有の話し方をしなかったのだな。

 俺も幼き頃はみんなと仲良くやって──ませんでした。ずっとピアノのレッスンさせられてました。こうして悲しきコミュ障モンスターは生産されていくのですね。

 

「ふたりー、危ないんだから先に行っちゃダメでしょー……ってあら?」

 

 俺が幼き後藤に不審者扱いされていると、おそらく後藤さんママが現れた。やっぱり過去に戻っているからか若い。

 

「ごめんなさいね、うちの娘と犬が」

 

「あ、いえ」

 

 いや謝られることは何も無い。俺がどう見ても不審者なのだから。

 

『ニュースの時間です。5歳の少女が、自称元ピアニストの大倉譲容疑者に声をかけられる事案が発生しました』

 

 こうなる。

 グッバイ、マイライフ。

 

 というか、このお母さん今「ふたり」と言ったのか。俺の知る後藤の名前は「ふたり」ではなく、名は体を表す程に「ひとり」だった筈ではないか。

 

 ──瞬間、俺の脳内回路のシナプスだかなんだかが駆け回ったのか電気信号があーだこーだして脳がビビッとした。

 

 以前、後藤から聞いたことがある。

 ひとまわり離れた妹がいると。

 そして、この名前だ。

 安直かもしれないが「ひとり」さんの妹であれば「ふたり」になるのでは無いか。3人目だと「さんにん」、いや「みにん」か? 語呂が悪いな。

 

 まあ何にせよ、おそらくこの子は後藤の妹で、この方は後藤の母親に違いない。

 というかめっちゃ似てるし、あの独特なピンクの髪の色まで一致している。

 

「あ、あの、ご、後藤ひとりさんの親御さんでございますでありますでしょうか」

 

 また年上女性苦手障害が出てしまった。

 上下関係があるような世界に入ったことの無いぼっちなので、敬語も苦手で文法メチャクチャです。

 

「あらー? ひとりのお友達? ……でも変ね、うちの娘に男友達が出来るわけないと思うのだけれど」

 

「あ、いえ、と、友達です」

 

「本当にお友達なのね〜」

 

 しかしこの年になって友人の親に会うというのは何とも気まずい。そういえば、後藤は金沢八景駅が最寄りだとか言っていたような。

 

「よければ家に寄って行く? ひとりもいるわよ」

 

「い、いえいえいえ全力でお断りいたします」

 

 むりむりむりむりかたつむり。

 俺には女友達の自宅に行く度胸なんて無い。というかこのお母さん、後藤と違ってコミュ力高いなおい。妹さんを見るに、遺伝子はどこかでバックレたのだな。

 

「あら、気を使わなくていいわよ? いつも友達を家に連れてこないから不安だったのよね。最近はバンドのお友達とかも居るみたいだけど……」

 

 うぐ、そう言われると断りづらくなるだろう。本気で断ったらこのお母さん傷つきそうじゃあないか。

 

「おにーさん、なんかおねーちゃんに似てるね」

 

「その歳で人を見る目があるな」

 

 正解だ。よくぼっちと見抜いた。

 

「おにーさんお家きてよー」

 

 幼女の無垢な瞳でそんなこと言われたら断りづらいだろうが。

 お母さんと妹さんの純粋でキラキラした眼差し、俺にとっては真夏の太陽よりも眩しかった。

 そうして断る術を無くした俺は、

 

「え、あ、はい。それじゃあ少しだけ」

 

 ついて行くことにした。

 ぼっちはそもそも誘われないが、仮に誘われでもしたら断ることもできないのだ。

 だって断って陰口言われて居場所無くなったらどうするの? 誰か責任取ってくれる? 

 

 ・

 

「おねーちゃんただいまー。いつまでもこもってないで早く降りてきてよー」

 

「あ、無理に呼ばなくていいよ……お邪魔します」

 

 俺は断ることもできず、人生で初めて友達の家に上がった。しかも女友達のだ。

 

「リビングこっちだから、ゆっくりしていってね〜」

 

「あ、ども」

 

 そうしてリビングに通された俺は、肩身狭くソファに腰掛けた。お家に上げてもらったは良いものの、何をすれば良いかわからずソワソワしてしまう。

 

「おにーさんおにーさん」

 

「ん?」

 

 そうしてソファにこじんまり座っていると、後藤の妹さんに声をかけられた。

 

「私はね、後藤ふたり。こっちの犬はジミヘン」

 

「クゥ~ン」

 

「ご丁寧にどうもふたりちゃん。俺は大倉譲、おねーちゃんのお友達です」

 

「ほんとにおねーちゃんの友達なんだ」

 

「ほんとほんと」

 

 ふたりちゃんもワンちゃんも可愛いことこの上なかった。

 

「というかふたりちゃんしっかりしてるね、お姉ちゃんと大違いだ」

 

「ありがとう。でもよく言われる」

 

 可哀想なことに、既に妹以下の存在であるとは。勝っているのは年齢とギターの腕だけか……? 

 しかし、俺にも妹や弟がいたら似たような事態に陥っていたかもしれない。そればっかりは俺を産んで以降不仲であった両親に感謝だ。何度親の不仲に感謝しないといけないのかは永遠の謎という事にしておこう。

 

「お母さん、なんでリビングに下りなきゃ行けない────の」

 

 俺はリビングのソファでふたりちゃんと戯れていると、家でも変わらぬ見慣れた奇抜なピンクのジャージ姿の後藤が現れた。

 

「────」

 

「うす」

 

 現れたと思ったら、フリーズした。

 

「……」

 

「……」

 

 いや、なんか言えよ。

 

「……!」

 

 フリーズしたと思ったら二階へ引き返した。

 まあこうなるだろうとは思っていたけど。

 

「お友達きてるのにそんな反応しちゃダメでしょ〜」

 

 いや、お母さん仕方ないよ。今回悪いのは俺とお母さんなんだよ。

 俺も休日部屋着でゴロゴロしてる時に異性の友達を呼ばれたら同じリアクションする自信がある。……でも後藤は部屋着も普段着も変わらないし、見た目もそんなに変わっていないような。

 

 だとするといつもノーメイクであの美少女なのか……? とんだ宝の持ち腐れだな。

 

「でもひとりにも男友達がいて良かった〜。このままだと結婚できずにお家に引きこもりっぱなしになっちゃうのかな〜なんて思っていたの」

 

「い、いやー、後藤はちゃんとしてれば美少女ですし大丈夫なんじゃないですかねー」

 

 俺とは違って、と付け加えておこう。

 奇行もコミュ障もあるが、腐っても美少女なのだ。むしろ一定層には刺さりそうだしそこそこニーズはあるだろう。

 

「良かったわねー美少女だってよ」

 

「あうあうあうあ」

 

 いやなんでこのタイミングで降りてきてるんだよ恥ずかしいじゃねえかこの野郎。

 

「あ、お、大倉くんも、か、かっここここ」

 

「無理して言わんでいい。余計に傷つくだろうが」

 

 かっここここってなんだ、壊れたレコードが。無理して褒めないでくれ。それが1番気を遣われてるみたいで傷つく。

 でもやっぱり陰口でブサイクとかキモいとか言われたのをついうっかり耳にする方がきついな。

 

 それにしても今日は突然の訪問だったせいか、後藤の奇声もキレがいい。そして、その異常を一切気にしないこのファミリーたちもなかなかにロックだ。

 

 その後も後藤はほとんど顔を出していなかったのだが、時々現れては逃げ帰るように消えるのを繰り返していた。野良猫かお前は。

 

「うふふ、男の子の友達って、息子ができたみたいで楽しいわね」

 

「おにーさんおねーちゃんに似てるからおにーちゃんになってよ」

 

 そして俺はなぜかふたりちゃんに懐かれていた。

 

「良かったら大倉くん、夕ご飯食べて行かない?」

 

「え、いや、遠慮しときます」

 

「そうよね、お家にご飯あるわよね〜」

 

「え、いや、家には無いです」

 

「……あら? そしたらやっぱり遠慮しなくて良いのよ」

 

 くっ、友達のママって何故こうぐいぐいくるのだ。年上女性は苦手って何度言えばこの世界に通じるのだ……! 

 

「……じ、じゃあ、いただいていきます」

 

 やはり押し負けてしまった。

 コミュ障ぼっちは断れない生き物なのだ。

 

 ・

 

 ご飯の準備を始めた後藤ママを横目に、俺はせっかくなのだからと後藤の部屋に行くことにした。

 ……女子の部屋。

 やましい気持ちはない。本当にない。ゼロ。嘘じゃない俺は嘘がつかない。けっっっして女子の部屋に興味があるとかそういうのじゃない。

 

 俺は自分にそう言い聞かせながらも、胸の高鳴りを抑えきれない。

 

「後藤、入るぞ」

 

 そうして俺は扉を開くと。

 全くJKの部屋とは思えない和室が広がっていた。別に汚れているとか汚いって訳ではないのだが、俺の胸の高鳴りを返してほしい。

 

「あっ、あ、ああ」

 

 押入れからこもった声が聞こえる。

 ドラえもんか君は。

 

「ごめんな、急に押しかけたみたいになって」

 

「あっ、いえ、全然……」

 

 俺は押し入れの前であぐらをかいて座る。

 すると、後藤は恐る恐る出てくる。

 

「それにしても、後藤の家族は愉快な方々だな」

 

「ごめんなさい、私の家族がほんと……」

 

「いやむしろ俺の方がごめんなさいだよいきなりで。というかギターとか置いてないんだな、この部屋」

 

「あ、ギターはそっちの方です」

 

 そう言って押し入れを指差した。

 そうか、狭くて暗いところでしか彼女は生きていけないのか……。

 

「なんかさ、良いな。こーゆー家族って」

 

「……そう、ですかね?」

 

「うん、優しいお母さんとか元気な妹とかマジ羨ましい」

 

 改めてどうしてこんな娘が生まれたのか不思議になってくる。

 

「な、夏休みとか予定空けてるから、その、いつでも来ていいから……」

 

「あ、ごめんなさい。いつでもはいいです遠慮しときます」

 

「あっ、あああああ」

 

 俺は彼女の友達への重い思いを丁重に断ると顔を青ざめて震え出した。アホ毛も揺れている。

 最近はこの奇行にも慣れてきて、むしろ新しい形態を見れないものかと色々チャレンジし始める事にした。

 

「……まあ、たまにな。いつでもはご両親に迷惑かけるし、事前に連絡くらいはするよ」

 

「え、あ、は、はい!」

 

 俺の見事なまでのツンデレに、彼女は嬉しそうな顔を見せながら(当社比)元気そうに返事をした(当社比)。

 

 後藤もなかなかいじり甲斐があるし、リアクションが楽しい。

 なんか、ちょっと鈍臭くてビビリな猫を飼っている気分だ。

 

「……ご飯まで暇だし、何かする?」

 

「あ、ツイスターゲームなら」

 

「いやいやいやいやそれは流石にアウトだろ」

 

 やりたいけどね! 役得だけどね! でも流石にそれはアウトだし、めっちゃ気を使って触れないようにして腰とかイカしてしまいそうじゃないか。

 

「うーん、ゲームとかは思いつかないけど……。そういえば後藤はどんなアーティスト好きなの?」

 

「私は青春コンプレックスを刺激しない歌ならなんでも……」

 

「わかる」

 

 めっちゃわかる。

 あとパリピとか陽キャとかが湘南で聴いてそうな曲全般もきつい。湘○乃風とか。

 

「それ系統で行くとミセスの青と○とかな」

 

「あ、わかります」

 

 やはりぼっち同士。地雷原は一致しているようだった。

 

「大倉くんはどういうの好きですか……?」

 

「俺? そーだな、バンドで言うとthe pill○wsとか?」

 

 ひねくれ陰キャぼっちあるある〜

 マイナーなアーティストを挙げて俺知ってる感を出そうとするー(出そうとするー)

 

「あ、私も好きです」

 

「おおー、なんか嬉しい」

 

 やはり……ひねくれ陰キャぼっち。好みについては手に取るようにわかる。

 そして、いつかきっとカラオケに誘われても良いようにと流行りの曲もカバーしておくのだ。

 

「あと俺らみたいな根暗だと、バンプとかラッドとかフジファも合うよな」

 

「あっ、めっちゃわかります」

 

 驚くほど無駄に音楽の趣味が一致する。

 

「アルバムで言うとミスチルの深海とか」

 

「病み気の曲で落ち着きますよね……」

 

 さすが後藤だ、ここまでついてこれるとは。

 

「き、き○こ帝国とかsyru○16gとかも」

 

「おおお……!」

 

 なんだこの陰キャバンド談義は。

 まだまだメジャーどころではあるが、こーゆー話をしてる時って段々コアなバンドとか曲とかに話が入って行くよね。

 あんまり気取って、知ったかぶりしてると友達が散って行くのだが、後藤に関しては無駄に考えとか趣味が合うらしい。

 側から見ると少しだけ痛々しい談義は白熱した。

 

 こうして、初のドキドキ! お宅訪問は無事に終わった。

 ちなみに後藤家のご飯はお父さんも作っているらしく、とっても美味しかった。



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八話 登戸駅の発着音はドラえもんのOPでちょっと嬉しい

なお、当話に登戸駅は登場致しません。


「ぼっちちゃんの様子が変?」

 

「そうなんです。ここ数日目は虚ろで会話もままならなくて」

 

 虹夏先輩の問いに、喜多さんはそう答える。夏休みも後半どころか最終盤。野球で言うと9回、サッカーで言うと後半アディショナルタイムだ。

 

「それいつも通りのぼっち」

 

 俺と全く同じ感想をリョウさんは口にした。

 

「いやぁ、そんなことは……」

 

 虹夏先輩はそう言って一度口を止める。そうして何かを思い出すような仕草をすると。

 

「あるか」

 

「ないです! だって、泣き始めたかと思えば、急に陽気になってサンバを踊り始めるんですよ」

 

「それはやばいわ」

 

 くそ、何だその光景は。俺の見ていないことで新種の後藤が発見されているとは。

 それにしても喜多さんは後藤の解像度が無駄に高いな。本当に無駄な技術ではあるのだけれど。

 ……というか。

 

「……あの、なんで俺居るんすか?」

 

 半地下に建つライブハウスSTARRYの屋内。ここは空調もガンガン効いていて外とは隔絶された涼しさだった。

 そこには、結束バンドの後藤を除いたメンバー3人と──なぜか俺がいた。なんで? 

 

「それはね、未来のキーボード候補だから!」

 

 虹夏先輩は元気にそう言う。

 

「まだ未確定じゃないですか……」

 

「あはは、いいのいいの」

 

 いいんだ。

 

「というか、キーボードに触れたらゲロ出す男がガールズバンドに混ざってるのヤバくないですか?」

 

「確かにやばい」

 

「ぁゔ」

 

 リョウさんは何も包み隠さずどストレートに言う。自分から自虐的に振っておいたのだが、いざストレートに返されると心が痛い。センチメンタルでガラスとハートなのだ。

 

「虹夏が入れたがってたから仕方なく」

 

「ま、ま、待って! みんな賛成って言ってたよね!?」

 

 虹夏先輩マジ天使。こんな俺を誘ってくれるだなんて本当に大天使だ。しかも照れてるリアクションかわいいし。にじかわいい。

 

「おーい、ちょっとぼっちちゃんにあれやめさせてくんない?」

 

 すると、伊地知さんが入り口から気だるそうな顔をしてこちらに声をかけた。

 

「あれ?」

 

 その言葉に、俺たちはライブハウスの外に出て暑い夏空の下に晒されに行った。

 

 そこには、負のオーラを発しながら砂遊びをする後藤がいた。あまりの空気の悪さに、ここだけ湿度は何倍にも感じられ夏の暑さも余計に強調されてる気がした。

 というか夏に長袖ジャージは見てるこっちも暑苦しいからやめてくれ。

 

「朝からあの調子で、ライブハウス前にセミのお墓作り続けてるんだよね」

 

「限界すぎる! 何で変になってんの?」

 

 虹夏先輩のリアクションは一般人からしてみると当たり前であった。

 ──だが、俺にはわかる。

 同じぼっち仲間としてよく分かってしまうのだ。

 

「先輩たち、ライブ以降後藤と会いましたか? もちろんバイト以外で」

 

「えっ?」

 

「あいつとこの前話した時、予定は開けてるって言ってましたよ。いやもちろん予定がないだけだと思うんですけど」

 

 俺の問いかけに、皆はなにかバツの悪そうな顔をしていた。

 

「誘おうとはしてたんですけど……ここにくる日以外は全部予定埋まってて。知らない子いたら後藤さん萎縮しちゃうかなって……」

 

 おいまて喜多さんは今なんて言った。

 夏休みだぞ? 何で全部予定埋まっているんだ。それじゃあ休めてないじゃないか。

 そういえばどこかで聞いたことがある。陽キャの休日は、基本的に外出に費やすと。まさか嘘だと思っていたのだが事実だったのか。恐るべし。

 

「い、伊地知先輩は……?」

 

「れ、練習の日以外は家片付けたり、ここでバイトしてたから……」

 

 やっぱり虹夏パイセンマジ天使。

 お家のことをやりつつ働きにも出ているだなんて。結婚しよう。家事はちゃんと半分こでやろうね。先輩のためなら俺は社会の荒波に立って頑張ってお給料稼いでくるよ……。

 

「り、リョウ先輩は?」

 

「2人が誘ってると思ってた」

 

「大倉くんは──ってなんで後藤さんの写真撮ってるの」

 

 そうか、こういう場合流れ的に次は俺のターンだったのか。一切気にせずに、夏限定のレアな後藤を記録に収めるべくスマホで動画を撮っていた。

 

「あ、写真じゃなくて動画です」

 

「いや余計タチ悪いから!」

 

「俺は、ライブ後に一回たまたま会ったんですけど──そういえばそれ以降わざわざ誘ってないですね」

 

「え、じゃあつまり」

 

「「「誰もぼっちちゃんと遊んでない」」」

 

「お前らもうバンド名変えろよ」

 

 正論である。こやつらどこも結束していないじゃないか。

 それにしても伊地知さん、怖いけどやっぱまとも説があるな。さすが虹夏先輩の姉だけある。

 

「ごごご後藤さん! 遊びに行きましょう!」

 

「ドコサヘキエン酸、エイコサペンタエン酸」

 

「戻ってきて!」

 

 喜多さんが壊れた後藤に向かって勇猛果敢に誘いをかける。さすがコミュ強の陽キャだ。

 

「そうだ! みんなで今から一緒に海に行きましょうよ、江ノ島とか!」

 

「もう泳げないと思うけど海の家はまだあるはずよ!」

 

「しらす丼食べよ! それで海見たり!」

 

「うっ海……?」

 

 後藤を誘うために続けられた文字列たちは──それでいて彼女に対しては追い討ちの言葉だった。

 

「トロピカルラブ……」

 

「後藤さん!?」

 

「……フォーエバー」

 

「なんでそうなる?」

 

 夏の海とか言う最強の陽キャワードに後藤はセミよりも儚いその命をついに燃やし切った。かく言う俺も。

 

「ひぃぃぃぃ海、夏、陽キャ、海、夏、陽キャ、海夏陽きゃぁぁぁぁぁあ」

 

「大倉くんもなんか壊れたんだけど!?」

 

「なんか2人に追い討ちかけちゃいましたけど」

 

「んー……よし、また2人が暴走する前に江ノ島に急ごう!!」

 

 ・

 

 そうして俺たちは、下北沢駅に向かうと小田急線の藤沢行き快速急行に乗り込んだ。

 俺は夏の海への恐怖感から震えが止まらず、後藤は涎を垂らしながら長い瀕死状態が続いていた。

 

「ここは、ブラックホール……」

 

「こんなになるなんてよっぽど学校嫌いなんだね」

 

 後藤は宇宙について語り出すとブツブツと呪詛のようなナニカを呟き続けていた。

 

「校則厳しいとか?」

 

 リョウ先輩はいつも通りに俺と喜多さんに質問した。

 

「いえ、比較的自由な校風だと思いますけど……文化祭とか盛り上がりますし!」

 

「え、なんで喜多さん文化祭知ってんの?」

 

 俺たち一年だよね? 

 

「それは、去年受験する前にうちの文化祭行ってみたんですよ〜」

 

「ぐわぁぁぁぁあああ」

 

「え、大倉くんどうしたの急に」

 

 喜多ちゃんパワーは台風のように突然やってくる。高校の文化祭に行ける中学生なんてそれだけでもう陽キャなのだ。

 自分の学校の文化祭ですらまともに参加できていなかったと言うのに、他所の文化祭に、しかも一回り上の人達がいるところに混ざるだなんてできるはずがありゃしない。

 

「ちゃんと関わってみると大倉くんとぼっちちゃんが友達になれた理由わかるよね……」

 

 虹夏先輩は呆れ果てた顔をしている。

 

「似たもの同士」

 

 ……リョウさんは相変わらずである。

 

「私らの学校結構厳しめだから文化祭はお堅い感じなんだよねー」

 

「そっか……下北沢高校って進学校ですもんね。じゃあ、二人とも頭いいんですね!」

 

 リョウ先輩と虹夏先輩は下北沢高校であり、俺と喜多さんと後藤が通う秀華高校は死ぬほどバカ……と言うわけじゃないが下北沢高校と比べると流石に劣る位置にいた。

 

「いやぁ〜別に私は普通だし、リョウは……ね?」

 

「え?」

 

「この前のテスト全部赤点だったよね」

 

「うん」

 

「ぇえ?」

 

 まさかリョウ先輩、こんな顔と性格してお馬鹿キャラなのか……? どちらかと言うと天才肌タイプで何をやってもうまく行く人間だと思っていたから、意外と驚きだ。

 というか、全教科赤点なんてギャグ漫画みたいな奴はしっかりと存在するのだな。

 

「私と同じ高校選んだ理由、家から近いからだもんね」

 

「そう」

 

「でも、それじゃあどうやって受験合格したんです?」

 

「リョウは完全に一夜漬けタイプだからね」

 

 やっぱり天才タイプだった。

 一夜漬けで進学校行けるやつは地頭と要領が死ぬほどいいと相場は決まっている。

 

「まさかリョウ先輩ってミステリアスで思慮深い訳ではなく……」

 

 虹夏先輩はリョウ先輩の頭の上に手を載せると、左右にゆっくりと揺らす。

 

(カランコロンカランコロン)

 

 すると、電車の揺れと同じリズムで、空っぽの容器に小さいガラス玉を転がしたような頭の悪い音が聞こえてきた。

 

「いやぁ! 脳みそが小さくて頭の中で転がる音がする〜!」

 

「この音、新曲で使えるかな?」

 

「虹夏先輩のドラムと一緒に取り入れられますよ。知らんけど」

 

 喜多さんがリアクション担当に回り虹夏先輩がボケ担当に回ると、ツッコミ不在のカオスな環境になる。なので俺も大人しくボケ側に回ることにした。

 いつもは後藤が生きながらボケ続けているわけであり、虹夏先輩がツッコミに回ることが圧倒的に多いのだが、後藤が死んでいる時は虹夏先輩のボケ独壇場であった。

 ……そう考えるとこのメンバーと後藤は相性がいいのでは? 

 さすが結束バンド。ボケもバンドも四人揃って上手く回るね! MCは寒いけど! 

 

「やめて! 私のイメージを壊さないでぇ!」

 

「電車の中ではお静かに」

 

 誰のせいでこうなっていると言うのだ。

 

「じ、時空が歪む」

 

「で、ぼっちちゃんには何が見えているの?」

 

 今度は突然後藤がいつもの奇行を始め出した。

 ツッコミ不在環境だとぐっちゃぐちゃになるなほんと。

 えー、なのでツッコミは私の心の中でさせていただきます。ってなんでやねーんっ!⭐︎

 

「学校でぼっちなの不思議、こんなに面白いのに」

 

「虐められてるとかでは無いと思うんですけど、後藤さんが引っ込み思案なのもあってみんな接しづらいと言うか……どう扱っていいか分からないって感じですかね?」

 

「それは違うよ!」

 

「大倉くんが急に元気になった!?」

 

 そう、それは違うのだ。

 ぼっちの俺にはよくわかる。ぼっち友達、略してぼっ友である後藤が、クラスで俺以外の友達ができない理由が。

 

「いいですか、こいつはそもそも挙動が変で慣れないと会話のキャッチボールが出来ないんですよ。引っ込み思案も確かにそうですけど、根本的に人付き合いができない人種なんです」

 

 俺はオタク特有の早口言葉で、ぼっちのぼっちによるぼっちのためぼっちの理由を熱弁する。

 

「あと無駄に可愛いけど変人っぽいから男も近寄れない! 上位カーストの女子もこんな奴入れたら格が下がるから入れないし、下位カーストの奴もこんなの入れたら悪目立ちするから仲間に入れてないんです!」

 

「大倉くんは本当に後藤さんの友達なの……?」

 

 喜多さんは明らかに引いた顔で俺にそう問うた。

 やめてあなたみたいな性格のいい陽キャ美人に引かれるのほんと傷つくから。オタクに優しい陽キャのままでいてくれ……。

 

「友達だからこそ、同じボッチ仲間だからこそ俺は誰より後藤を理解しているんだ」

 

「歪な愛の形だよ……」

 

 虹夏先輩もドン引きしていた。

 ええい、もういくらでも引け! 歪なのは愛の形じゃなくて俺がひねくれ者だからなんでも歪なだけなんだ! 

 

「それこそ大倉くんはなんで友達いないの?」

 

 虹夏先輩は、心底不思議そうになんの嫌味もなく純粋な視線でそんなことを聞いてきた。

 悪意のない攻撃こそ1番の火力が出ることを知らずに。

 

「い、いやぁ、コミュ障なんで」

 

 俺は大ダメージを喰らいながら、なんとか自虐で受け身を取ることで致命傷で済ませた。どう転んでも死ぬか致命傷なので、名誉の傷みたいなものだ。あれ、涙が出てきちゃう。

 

「大倉くんは私たちと一緒の時とか後藤さんと一緒の時は雰囲気柔らかいけど、1人の時はなんかすっごい近寄りづらい雰囲気出てるんですよね」

 

 おいそこ。本当にやめてくれ。

 それは単純に「俺は一人になってしまったのではなく、選んで一人でいるんだけどなんか文句ある?」という風に周りに見てもらう為の自己保身の結果なのだ。

 コミュ障ぼっちと思われたくないから、そのようなスタンスに見せようと頑張って取り繕っているだけなのだ。

 その事実を客観的に指摘されるのは非常に恥ずかしいから頼む本当にやめてくれ。

 

「でも〜、意外と女子人気あるみたいですよ〜?」

 

「え、マジ?」

 

「あー、ちょ、ちょっと話盛りました!」

 

 なん……だと? 

 今の俺の「え、マジ?」って反応ガチ感ありすぎて恥ずかしすぎるではないか。なんと言う公開羞恥プレイ。

 しかもそのあと予想以上に食いついたから喜多さんが俺の期待値を下げるべくハードルを下げに行ったではないか。

 

「大倉くん嬉しそうだね〜」

 

「リアクションのガチ感がすごい」

 

 立て続けに虹夏先輩とリョウ先輩がイジってきた。ちゃんと俺のリアクションを拾わなくていいだろうが。あーゆーのはスルーしてくれないと俺のミジンコみたいななけなしのプライドがボロボロにる。

 

「でも、大倉くんの評判聞いてみたら、無口なミステリアス系男子って説も割と……いや、ちょっと、というかほんの少しだけ出てました!」

 

「よし、夏休み明けからは中身がただのコミュ障ひねくれ野郎だってバレないように生きよう」

 

 段々と数を減らされていった気がするが、俺は気にしないことにした。まるで、冗談で言ったつもりが本人が割と喜んでしまったため収拾がつかなくなってしまったようにも見える。でもやはり、気にしない。

 目指すんだ。

 モテモテ⭐︎ハイスクールライフを。

 

「でも確かにぼっちちゃんも大倉くんも顔立ち悪くないもんね。そーゆーところが逆に近寄り難いのかもね」

 

 虹夏先輩に顔立ちを褒められた、だと。

 もうそれだけで俺は救われた。江ノ島なんかに行かなくてもいい。十分すぎる。

 

「大倉が死んでる」

 

「え、いやなんで!?」

 

 俺は本日2度目の死亡を経て、小田急線に揺られながら町田駅あたりで意識を失った。



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九話 江ノ島が見えてきた、俺の家は遠い

胸騒ぎの腰つき

ちなみに茅ヶ崎駅の発着メロディーはサザンの希望の轍
あれテンション上がる


 あれ、いつの間に海に? 

 

 俺は目を覚ますと、目前には青い海が広がっていた。

 

「後藤さん、いい加減起きてー」

 

 喜多さんは後藤の頬をぺちぺちと叩いて起こそうとしていた。喜多さんは後藤さんと肩を組むようにしてこの海際まで運んでいたようだった。

 

 ──待て、つまり俺も今目を覚ますこの瞬間まで虹夏先輩かリョウ先輩と密着しながら運ばれていたのではないだろうか……? 

 

「あ、大倉が起きた」

 

 横から聞こえてきたのはリョウ先輩の声。

 さっきは頭空っぽとか思ってすみませんでした。こんな俺に肩を貸してぐへへ密着しながらぐへへ運んで来れてたなんてぐへへ──

 

「で、なんで俺は磔にされてるんですか?」

 

「死んでたから」

 

 キリスト教徒に怒られるぞ貴様ら。

 

 俺の妄想は束の間の儚い夢であった。

 俺は十字の板に磔にされながら台車の上に乗せられて引っ張られていた。なんか妙に視線が気になると思ったらそういう事だったのか。

 ……いや、これを準備する時間が無駄すぎるだろ。

 

「はっ! あ……あれ、いっ、いつのまに?」

 

 俺に遅れて、今度は後藤が目を覚ました。喜多さんの肩で。べ、別に羨ましいとか思ってないんだからね! 

 

「あ……ありがとう喜多さん」

 

 後藤は喜多さんの肩に回していた腕を外すと、海に視線を向けていた。

 俺もやっとの思いで磔から逃れると、同じようにして海を眺める。

 

((いざ来てみると、海ってやっぱり綺麗でいいな))

 

 陰キャぼっち二人は同じ感想を胸にした。

 そもそも、俺は海が嫌いなわけではない。水族館は大好きでよく行くわけだから、海のお魚さんたちも好きだ。

 

 俺が嫌いなのは、海ではなく、ましてや江ノ島海岸などではなく──

 

「ねえ! お姉ちゃんたち!」

 

「う"わ"ぁぁ」

 

「暇ならうちの海の家で食べてきなYO〜」

 

 実物のリアルパリピの存在そのものである。

 俺は後藤を生贄にパリピの群れに気取られぬよう、ナメック星で隠れる時のクリリンと悟飯並みに気を下げることにした。

 え? 男に絡まれた女の子を助けるのがラブコメの定番だって? 

 知らん。俺みたいなのがそんなでしゃばり方しても効果はないし、余計なお世話とでも思われたらそれこそ翌日には藤沢の海の水死体に様変わりだ。

 

 パンっ! 

 

 俺は目の前のパリピの戦闘力に震えながら隠れていると、目の前の後藤がはじけてまざった。

 

「ひっ、ぼっちちゃんが爆発四散した!」

 

 後藤の爆発を陽動とし、俺たちは逃げるように走り出した。ちなみに、萎れた浮き輪みたいになっている後藤は虹夏先輩が回収していた。

 

「絵に描いたようなウェイ系だった」

 

「あれを相手にするのは分が悪すぎるぅ!」

 

 そういえば俺と後藤が酷すぎるから忘れていたが、リョウ先輩も虹夏先輩もインドア系だった。喜多さん以外にとってはアレは猛毒の一種のようなものだ。

 

 ・

 

 俺は先程の戦闘でなんとか隠れ切ったためダメージは無いものの、後藤は深刻なダメージを喰らっていた。

 

「はい、これ後藤さんの」

 

「あ、どうも。……あ……これは?」

 

「たこせん! たこを1トンの力でプレスするんだって」

 

 俺たちの手元には1トンでプレスされたたこが行き渡っていた。

 うん、うまい。

 

「あ、おいしい」

 

 後藤もたこせんを食べて少しは元気が出てきたようだ。HPを回復するのは美味しい食べ物なのだと龍が如くで習った通りだった。

 

「私、おいしいものセンサーも抜群……!」

 

 リョウ先輩は相変わらずのポジティブ人間だった。

 最近になって少しずつこの人のドヤ顔を見抜けるようになってきたのは密かな自慢だ。

 

「さ、さすがです」

 

「これ、おっきくてかわいいし映えますね!」

 

 喜多さんはそう言うと、どこからともなく自撮り棒を取り出した。

 自撮り棒を持っている女子はおしなべて敵だったので、つい身構えてしまう。急に棒状の物を取り出されると、警棒かと思うだろ普通。いや、思わないか。周りを見ても誰も思っていなさそうだ。

 

 と言うか、たこせんはかわいいのか……? 

 単純に可愛い物やブサカワくらいならまだ可愛いとしての意味は理解できるが、このレベルになってくると「かわいい」という単語の意味は理解の範疇を超えてしまっている。

 もう陽キャのかわいいにはついていけない。

 

「よし、写真撮ろー!」

 

「はーい撮りますよー!」

 

 虹夏先輩の写真を撮ろうと言う発注を、喜多さんは流れるようにして受注し、その手に持つ自撮り棒を真夏の青空に天高く掲げた。

 

 パシャリ、と写真を一枚撮る。

 

「ってあれ、大倉くんがいません」

 

 俺は、喜多さんがシャッターを押す前に無意識のうちにフェードアウトしていた。

 喜多さんが気がつかないものも仕方あるまい。俺も脊髄反射で動いていたためか、認識するより前に画面外に出ていたのだから。

 

「ちょっとー、なんで大倉くん逃げるのー!」

 

 虹夏先輩は「ちょっと男子ー、真面目にやりなさいよー」という合唱コンクールみたいなノリでそう言った。

 

「い、いやぁ、か……かわいい女の子四人の写真に不純物映しても……ねえ?」

 

「ねえじゃないのー。もう、せっかく結束バンドメンバーで来たんだから5人の写真も取らないとダメでしょ?」

 

 俺は泣いた。

 虹夏先輩、もう俺を既にメンバーとして認めてくれていたのか。船長、俺はこの船に一生ついて行きます! 

 

 首根っこを引っ掴まれて無理やり寄せられると、再びパシャリとシャッター音が響いた。

 俺は慌ててスマホのカメラに目線を向けると、周りの女子たちとの距離の近さに目に見えるほど動揺していた。

 近いし、あとなんかいい匂いする! でも後藤は他3人に比べると女子って感じの香りはしない。臭くはないけど……あ、押入れの香り? 

 

「どれどれー」

 

 喜多さんは自撮り棒を下ろして、今しがた撮った写真を確認すると──

 

「っっく、ふふっ」

 

 何故だか笑いを堪え出した。

 

「え、喜多ちゃんどうしたの!?」

 

 今度は虹夏先輩がスマホを覗き込むと──

 

「──ぶっ!!」

 

 おおよそいつもの美少女とはかけ離れたようなリアクションをした。

 

「気になる、見せて」

 

 エントリーNo.3、リョウ先輩。

 

「……」

 

 おや、リョウ先輩は覗き込んだがリアクションは特にないようだ。リョウさんの写真写りが珍しく悪かったのだろうか──いや。

 よく見るとリョウさんはなんとか笑いを堪えるために、超高速で小刻みに震えていた。

 

「え、どんな写真?」

 

 そう思いスマホを覗き込むと、安定してキラキラした美少女4人(珍しく後藤もキラキラした美少女になっていた)が各々笑顔を浮かべていた。

 

 そして──

 

 

【挿絵表示】

 

 

 その写真の枠内に1人、おおよそ一緒に写真を撮ったとは思えないような、SKET ○ANCEのボッ○ンがテンパっているときにする変顔のような顔をした男が映り込んでいた。

 

「ああああああああだから映るの嫌だったのにいいいいいいいいいい」

 

「あはははははっ! ひーっ、ご、ごめんって大倉くんっ、ぷっ」

 

 虹夏先輩はついに堪えきれなくなったのか堰を切ったように大笑いした。

 自分から写真撮ろうと言っていたくせに酷すぎる! 

 

「あとで写真ちょうだい。これって、逆に才能あると思う、ぷっ」

 

 リョウ先輩も背中を向けながら、めちゃくちゃ肩を震わせていた。

 拡散、ダメ、絶対。

 俺はその写真の存在をこの世から抹消することを今この瞬間誓った。

 

 拝啓、神様。

 どうかいっそのこと、私を殺してください。

 

 ……ちなみに後藤は、俺の変顔写真に目もくれず、青春っぽい経験に感涙しこの夏のクライマックスを迎えていた。

 

 ・

 

「よ〜し、ここから頂上まで登りますよ〜!」

 

「え、階段……」

 

 片瀬海岸から橋を渡り、俺たちは江ノ島へと到着した。江島神社の大きな鳥居も前に、喜多さん以外の面々はテンションを下げていた。

 

「自力で上がってみる景色ほど素敵なものはないと思いませんか……!?」

 

「いや、そんなのはいい……」

 

 相変わらず喜多ちゃんパワーはフルスロットルであった。

 

「頑張りましょう!」

 

「嫌だ!」

 

 リョウ先輩は本気で嫌そうな表情をしていた。リョウさんもまた、俺や後藤とは違うタイプのインドアぼっちなのだ。急な階段を真夏に登ることなど到底できはしない。

 

「後藤さんも!」

 

「あっ、うっ……」

 

 後藤は当然ながら登る気はないらしい。

 

「伊地知先輩は行けますよね?」

 

「私もそんなに乗り気では……」

 

 そう、虹夏先輩も同じくインドアファイターなのだ。見た目の良さと性格の良さと優しさで完全に喜多さんタイプなのではないかと最初は疑っていたが、どうやらそうでないらしい。

 

「大倉くん!」

 

「は、はい」

 

「行けますよね!」

 

 そう言う彼女の目はいつも以上に光り輝いていた。

 夏、海、そして陽の光に当てられた彼女はいつになく陽のオーラを発していた。陽キャという生物はひざしがとてもつよい時のソーラービームみたいなもんなんだな。

 

 と、言いつつと。

 

「ま、まあ俺は全然いいけど」

 

 俺は割と乗り気であった。

 

「え、意外」

 

「あんま舐めてもらっちゃー困りますよ。こう見えても男の子なんでね」

 

 リョウ先輩は俺を一体なんだと思っているのだ。

 俺はインドアぼっちであると同時に、一人で出かけること自体は好きなのだ。クロスバイクひとつで往復100km圏内なら旅立てる。

 

「でもさっきパリピに襲われてた時、ぼっちのこと盾にしてたよね」

 

「君のような勘のいいガキは嫌いだよ」

 

 ちっ、戦闘力を消していたのにバレたか。

 リョウ先輩もスカウター無しでの気の察知が出来るのか。

 

「……エッ、アッ、大倉くんあの時私のこと盾にしてたの」

 

「ちっ、余計なことに気がつきやがって……」

 

「え、ひ……ひどい、お、同じコミュ障友達じゃないの?」

 

「ごめんな……命の危機を前にしたら友情なんて儚いものなのだよ……」

 

「ぼっちちゃん爆散してたけどねー」

 

 虹夏先輩、それは言わない約束だ。

 

 そうこう言いつつ、エスカーまではどちらにせよこの階段は登らないと行けないので、後藤、虹夏先輩、リョウ先輩は文句を言いながらも階段を登り始めた。

 真っ先に駆け上る喜多さんの背中を見ながら、俺は歩みを進める。後ろにはへばりかけの虹夏先輩とリョウ先輩。最後尾には、もう既に膝に手をついた後藤がいた。

 

 ──そして後藤は、万華鏡写輪眼・神威を食らったかのように空間ごと削り取られかけていた。

 

 ……まあさっき生贄にしてしまったし今度ばっかりは助けてやるか。

 

 俺は登りかけていた階段を一度降り、後藤をおんぶして階段を登った。そこにドキドキなどは一切なく、おばあちゃんを背負っているかのようだった。

 あ、元気なおばあちゃんが普通に階段登り終えてる。

 

 後藤を背負い登り終わると、虹夏先輩とリョウ先輩はダウンしていた。

 

「え、ええ、エスカー」

 

 すると、俺の背後にいる後藤が何かを口にする。

 

「え、え、えすえす、エスカレーターで行けるみたいですよ!」

 

「「おおー」」

 

 少し待ってほしい。

 虹夏先輩とリョウ先輩はまだわかる。

 だが後藤、テメーはだめだ。

 

「後藤お前ほとんど階段登ってないだろ!」

 

「え、いや最初の方数段登ってた……」

 

「2/3は俺が運んでやったじゃねーか!」

 

 この腐れぼっちはほとんど登っていないのに他のメンバーよりも死にかけているって一体どんな体力をしているんだ。

 ライブでのギターとかだいぶ体力使うから、ある程度の耐久力はあると思っていたのだが。

 

 インドアメンバー見てみると、虹夏先輩、リョウ先輩、後藤の順に疲れており、ドラムをやっている虹夏先輩が1番体力があるようだった。どんぐりの背比べと言われればそれまでだが。

 

「と……というか大倉くん体力あるね」

 

「まあな……ピアノを長時間弾くのは結構体力いるんだよ。俺は発揮する機会なかったけど、有名なコンクールとかだと1時間弱ぶっ通しで弾くのとかもあるんだ」

 

「……へー」

 

 俺の背にいる後藤は関心した様子で相槌を打っていた。

 ……というか。

 

「後藤、お前はいつまで俺の背中に乗ってるんだ?」

 

「アッ、はい、もう少しだけ……」

 

「いや暑いし疲れるしやなんだけど」

 

「な……なんか大倉くんいい香りする……」

 

「恥ずかしいしきもいからやめろ」

 

 後藤ならいいが、1人背負って真夏に階段を登っているのだからかなり汗をかいた。そんな状態の匂いについて触れられるのは本当に恥ずかしい。後藤なら別に何言われようが気にしないが。

 

「そこ! イチャつかない!」

 

「イチャついてねー!!」

 

 喜多さんの目は節穴なのだろうか。

 なにが悲しくて真夏の炎天下にジャージ女を背負って階段を登らなければならないのか。

 これがイチャつきに取られるのであれば、シャイなハートにルージュの色がただ浮かんじまうよ。

 

「というか、階段で登りましょうよ──!」

 

 喜多さんの魂からの陽の叫びは、藤沢の海に溶けるようにして消えていった。



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十話 都合が良いのはわかってるが、たまには祈らせてくれ

仕事疲れた……コミュ障なのに営業職行ったからつらいよ……ところてん販売では無いよ……


「いざ上まで来ると、開放的になる」

 

 結局エスカー使い登った結束バンドメンバー一向。

 エスカーを登り、展望台への道を行く。江ノ島の中でも既に十分高い位置にあり、湘南の海を望むことができた。

 陰キャでも流石にここまでの開放感を見せつけられてしまうと明るくなるだろう。

 辺り全てを照らす強烈な光には、陰すらできない。

 

「なんかポジティブな気持ちになってきました」

 

 リョウ先輩につられて、後藤も今だけは目元が輝いている(ように見えた)。

 

「み、みんなで写真撮ります!?」

 

 陽光に当てられた後藤は、疑似的な陽のオーラをほんの少しだけ纏っていた。

 

 喜多さんの自撮り棒を借りると、虹夏先輩、後藤、リョウ先輩の順になり画角を定めた。

 

「へい! ち──ず!」

 

 虹夏先輩の無駄に高めたテンションと共にシャッターは切られる。俺は当然のごとく、カメラに写らぬ位置へと逃げ出していた。

 

「急にハイテンションになり始めた……」

 

 喜多さんはちょっと引いていた。

 

「所詮奴らは似非インドアと似非陰キャということか……」

 

「大倉くんはもう少しテンション上げてもいいからね……?」

 

「いや、もう俺はあの写真のような過ちはしない」

 

「あの写真……? あっ、ふふっ、さっきの変な顔の……ふふっ」

 

「言わなきゃよかった」

 

 「あの」で通じてしまい、即座に笑われてしまう「あの」写真。俺はあそこで陰の緒を締めることができた。

 失敗は成功のもととは言うが、まさにその通りだ。だが失ったものがデカすぎる。この世界には等価交換の法則はないのだろうか。

 

「みてみて〜綺麗〜」

 

「ああ、うん」

 

「ちょっと〜、何ぼーっとしてんの〜」

 

「あ、ごめん。みーたん綺麗だから見惚れちゃってぇ」

 

「んもぅ〜馬鹿♡」

 

 写真を撮る彼女らの背後ではバカップルがイチャつき始めていた。

 

「みーたん♡」

 

「たっくん♡」

 

「みーたん♡♡」

 

「たっく〜ん♡♡♡」

 

 突然の背後からの伏兵に、3人は先ほどまでと打って変わり能面のような無表情に変わると、何も言わずに自撮りをやめた。

 

「うっし、とりあえずあいつら湘南の海に沈めようか?」

 

「大倉くんやめてえぇぇぇえ! というかもう展望台行きましょう〜!!」

 

 ・

 

「わ〜、展望台からの眺めはさらに絶景ですね〜! 目に焼き付けとかないと!」

 

 展望台に到着した喜多さんはテンションも上がっていた。

 そして、ぼっちで捻くれ者で陰キャの俺も当然──

 

「おー! なかなかいい景色だな! あ、喜多さん、藤沢駅の南口のあっちの方に美味しい豚骨ラーメン屋あるんだよ!」

 

「え! どこどこ! どんなラーメンなの!」

 

「濃厚豚骨スープ! 繁華街の路地にあるんだけどお昼はいつも並んでるんだよなー」

 

 ──浮かれていた。

 俺は意外と安直な観光地だとか名物的なものに弱いのだ。

 

「あ! みてみて喜多さん! 片瀬江ノ島の西の方にえのすいあるよ!」

 

「ふふふっ」

 

「え、あ、どうかした?」

 

 ついつい興奮気味になっていたことに気が付き、自省するももう遅い。喜多さんはこちらを見て保護者のような温かい目で微笑んでいた。

 

「大倉くんも子供っぽいところあるんだね」

 

「い、いーだろ別に」

 

 あれ、なんかこれ青春じゃね。

 というかもう実質デートなのでは……? さっきのカップルを見習って喜多さんだからきっちゃんとでも呼べばいいか? いや郁代ちゃんだからいくちゃんだな。

 

 ……ま、2人きりじゃないんだけどね。

 

「はー……クーラー最高ー」

 

 後ろから遅れてインドア三人衆が訪れた。

 そして、一瞬だけ藤沢方面の景観を望むと。

 

「喜多ちゃん満足したみたいだし降りよっか!」

 

「で……ですねー!」

 

「涼しいのは最高だった」

 

 そのまま折り返してエレベーターに向かった。

 

「インドア人たちめ!」

 

「き、喜多さん」

 

「ん? どうしたの」

 

「も、もう少し、み……見てかない?」

 

 俺は引き返す3人の姿をきっと情けない目で見つめていたのだろう。

 素直に見たいと言えないあたりさすが俺である。喜多さんに縋るような視線を向けた。

 

「……! うん! もう少し見てから追いかけよ!」

 

 インドア三人衆に対して呆れていた分、俺の誘いに対しては嬉しそうにしていた。

 喜多ちゃんかわいいよ。きた可愛い。

 もう虹夏先輩からは乗り換えました。時代は郁代ちゃんです。

 

 ・

 

 喜多さんと俺が2人で仲良く(ここ大事)展望台から降りると、後藤が鳶に襲われていた。

 

「え、何この状況」

 

 俺は状況を飲み込めずにいると、

 

「ぼっちちゃんが獲物にされてるー!」

 

 虹夏先輩が簡潔に教えてくれた。

 後藤、鳥にまで舐められてるんだな。

 

「ほら、しっしっ」

 

 そろそろ助けてやらないと後藤が死にそうだったので、俺たちは鳶をなんとか追い払う。

 すると、ヤムチャのように倒れ込む後藤がそこにはいた。

 いや、結局死んでるじゃねーか。

 

「後藤さん! 大丈夫……?」

 

 喜多さんが後藤に駆け寄る。

 でーじょーぶ、ドラゴンボールがあるから。

 

 倒れ込んだ後藤を俺と喜多さんで持ち上げて、2人がかりで肩にかついだ。

 もやしっ子のせいもあってか意外と軽い。そう言えば先ほどから死体の搬送は俺か喜多さんで行っていたが、喜多さんはかなり体力があるのではなかろうか。他メンバーと違い疲れた様子もなく、もう1イベントくらいは欲しいと息巻いているほどだ。

 

「あんまり遅くなってもアレだし……そろそろ帰ろっか」

 

 虹夏先輩はこちらを振り返りそう言う。

 ラストのイベントが鳶に襲われる後藤というのはいかがなものだろうか。

 

「……ぼっちちゃんも満身創痍だし」

 

 確かに、他の面々は余力が少しあるものの、後藤に関しては明らかに体力の底を突きかけていた。ギター以外の事となると目に見えるようにして低スペックになるなこいつ。

 

「じゃあ最後に──お参りだけして帰りませんか?」

 

 ・

 

 江島神社には三つの宮がある。「辺津宮」「中津宮」「奥津宮」の 三社だ。シーキャンドルから出て、下の道を歩く途中にあるのが中津宮であり、これこそが芸能を司る神様だ。

 神社というのは不思議なもので、特段何かを信仰しているわけでない俺にとっても、その重厚な和風建築と自然の中に建つ雰囲気が畏多くも感じる。

 ここ中津宮は芸能向上のご利益もあるという事であり、それ故か社の色味やデザインも他のものと比べて華美な出来だ。

 

 かくいう俺も、昔家族に連れてこられた記憶があるためかこのような知識が頭に入っていた。

 

「みんなで江島来られるなら、音楽と芸能の神様がいるここに絶対行きたいと前から思ってて」

 

 喜多さんは、事前に調べていたのであろう。この神社に祀られている神様の事やご利益なども説明してくれた。

 

「じゃあバンドの今後の活躍をお願いしないと」

 

 俺たちはお財布から小銭を取り出すと、賽銭箱に向かって投げ入れた。

 

 からから、と。

 小銭が踊る、小気味のいい音が響いた。

 江ノ島に入ってすぐのお店が並ぶ道並とは異なり、ここは神聖さと静寂が支配しているため、その音だけがここには響いていた。

 

 二礼、二拍、一礼。

 

 無信仰で普段は神様を信じているわけではないが、こういう時ばかりは神頼みをさせてくれ。

 

 ──ピアノを弾かせてほしい、と。

 

 そうしてもう一つ、これは願いでもなんでもないただの願望であるのだが、俺は神様にこう問いかけた。

 

 ──彼女たちと引き合わせてくれたことは感謝しています。でも、今度は、今度こそは、離れていきませんか? 

 

 当然、返事はない。

 そればっかりは、どうすることもできないのだろう。

 

 俺はゆっくりと顔をあげると、もう既に他の4人はお願い事を終えていたようだった。

 

「大倉くん長かったねー。何お願いしてたの?」

 

「えー、大した事はお願いしてないよ。……まあ強いて言うならピアノの事かな」

 

 喜多さんは満足げな表情でこちらを見つめる。

 続けて虹夏先輩も口を開いた。

 

「ぼっちちゃんも、さっきすごく真剣にお願いしてたね!」

 

「長かった」

 

「俺のことはいいですから、みんなはどんなお願いしたんですか?」

 

 ピアノのことも照れくさいし、それ以上に後半部分についてはさらに照れくさい。俺は全てを口にはせずに、次の人へと話題を投げかけた。

 

「私はー、真面目にお願いとお礼しちゃった! 神様……ライブ成功させてくれてありがとう、これからもよろしくお願いします、って」

 

「そ、そうですか」

 

 虹夏先輩はほんとに良い子だなぁ。

 俺の私利私欲の願い事がちょっと恥ずかしくなってきたじゃないか。

 

「明日から練習頑張るぞー! まだ次のライブ決まってないけど────!」

 

 その元気な声を江ノ島中に響かせて、下る道を歩き出す。

 俺は前を歩く3人の背を見つつ、疲れてそうであった後藤が少し心配で彼女に歩調を合わせた。

 

「どうせアホみたいなお願いしてたんだろ?」

 

「あ……あうう、な、なんで分かったの?」

 

 他三人は前にいるから気がついていないが、彼女の表情を見れば火を見るより明らかであった。

 どうせ虹夏先輩の真っ直ぐで綺麗な願い事の光に焼かれたのだろう。

 

「俺も同じような感じだからさ、自己満足みたいなんもんだよ」

 

「そ、そっか、仲間だね……」

 

 でもおそらく彼女ほど不毛な願いはしていないだろう、多分。

 

「あと俺も一応神様に感謝しといたよ。みんなと会えて良かったって」

 

「うっ、大倉くんが珍しく眩しい」

 

「珍しくとは失礼な」

 

 俺は生粋のツンデレであり、たまにこうやってデレ成分を発散させるのだ。べ、別にアンタのためじゃ無いんだからね! 

 

「まあでも、俺にとってみたら後藤が神様だな」

 

「……え?」

 

「お前と友達になったから、こうしてここに来れたんだ。ご利益抜群のぼっち専用神様、後藤大明神とはあなたのことです」

 

「ぼ……ぼっち専用なんだ」

 

 神様にお礼を言ったが、今言ったように俺にとって礼を言う相手は間違えなく彼女であった。

 

「だから……まあ……ありがと」

 

「……え? なに? も、もう一回いい?」

 

「もう言わね」

 

「ご、ごめんなさい」

 

 まったく、こんなのが俺の神様かよ。

 奇行をするし、奇声を上げるし、俺以上にコミュ力ないし、ギター以外誉められたんもんでは無い。

 ……まあでも、こんな奴だからこそ、俺らの背中を押してくれるのかもしれない。

 

 まったくもう少しだけ、俺の神様で居てくれやがれ。



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十一話 だから僕は音楽を辞めた①

文化祭編スタート⭐︎


 夏休み明けの初日から、激動のスタートであった。

 私、後藤ひとりは放課後になり保健室を出るとバイトのためにSTARRYへと足を運ぶことにした。

 

 私の横の席の男の子、初めて出来た異性の友達である大倉譲は休みであった。

 

 ──無断欠席のようだった

 

(私は全身筋肉痛とやる気のない中で来たのにずるいよ大倉くん……!)

 

 そう、私は久しぶりの外出と歩行距離に全身が筋肉痛になっていた。それでも母親は私を学校に行かせようと妹のふたりをけしかけてきたのだ。

 学校に行きたくなかったのは事実だが、動けないくらいの筋肉痛だったのもまた事実である。

 そう思いながら下北沢駅近くの道を歩いていると、カフェの窓ガラスからふと見知った顔がいることに気がついた。

 

(お……大倉、くん?)

 

 シックな雰囲気のするカフェであった。どちらかと言うと「喫茶店」と言う方がイメージとしては合っているかもしれない。そして目線の先には、本日無断欠席をしていた件の大倉譲と、綺麗な女性が座っていた。

 

 ──大倉くんは制服だった。

 

 学校を休んでママ活!? 

 私はそう思った。

 

 大倉くんの向かいの女性は、年齢としては30代ほどだろうか。しかし、若く見えるその見た目と、落ち着いたような高級感のある身の回りにはギャップを感じていた。

 

 すると、なにやら口論を始めだした。大倉くんは、普段はあまり表に出さないような感情を出しているように見えた。わしゃわしゃと頭を掻きむしると、机に拳をぶつける。

 目の前の女性の制止を無視するようにしてそこから飛び出した。

 

「あ、え、出てきちゃう」

 

 早くここから逃げなければ。こんなところで覗き見していたとバレるのは絶対に避けないと。私はなんとかその場を去ろうとするも、感情的に店から出ようとする大倉くんの方が素早さは上だった。

 

「え、あ、ご……後藤」

 

「あ、お……大倉くん」

 

 見つかってしまい、お互い名前を無意味に呼ぶと、沈黙。

 大倉くんは、今にも泣き出しそうな顔で肩で息をしていた。

 

「と、とととりあえず……そ、そこ、入りませんか?」

 

 私はすぐ近くにあったハンバーガーチェーン店に指を差す。普段なら全くそんな行動できるはずもないのだが、大倉くんの焦りようと逃げ出していたその状況を見ていると、一度落ち着いてどこかに入った方がいいのではないかと思った。

 

「あ……ああ……」

 

 大倉くんは何を指しているか気がついていないのか、どこに目を向けるでもなくそう口にした。

 

 私たちは、黄色いMマークのハンバーガー屋さんに入り、席に着いた。

 

 いつもは基本的に大倉くんが話題を振ってくれることが多かったのだが、今日ばかりは全く口を開こうとしない。そのため、私は自分達のクラスの文化祭の出し物のこと、結束バンドで文化祭のステージに立つかどうか悩んでいる話をした。

 

「……ああ、後藤が出たいなら、出れば。どうせ俺はまだ弾けないし」

 

「え……あ、はい」

 

 いつも以上に暗い大倉くんは、当てつけのようにそう口にした。

 いつもちょっとしたイジリのような事はよくするのだが、こうやって嫌味のように不機嫌に、どうでも良さげに返された事はなかった。

 

 ──わ、私が何か不快にさせてしまったのだろうか。

 そうだとすると、せっかく出来た友達なのに、嫌な思いをさせてしまっているのでは無いか。

 嫌な思考が脳内をぐるぐると悪循環する。

 

 すると、大倉くんは再び口を開いた。

 

「悪い、今めっちゃ嫌な言い方してた俺。ごめん」

 

「あ、いや、全然。き、気にしないで」

 

 大倉くんはもう一度黙り込むと、ため息を一つついてからしっかりと間を取って口を開いた。

 

「さっきさ、久しぶりに母親に会ってた……厳密に言うと、あいつが無理やり会いに来た」

 

 大倉くんの母親。

 話には聞いていた。

 大倉くんにピアノを習わせていた人で、今からだと2年くらい前に離婚をしたという話だったと思う。

 そして大倉くんは父親と二人暮らしをしている。

 

「……あ、あー、楽しい話じゃ無いし、自分語りになっちゃうんだけどさ、ちょっと愚痴っても良い?」

 

「う、うん」

 

 正直、私は嬉しかった。

 生まれてこの方、誰かの悩み相談などを受けたことがなかったし、こうやって友人の感情の吐露を受け止められるのは嫌な気分ではなかった。

 しかも、大倉くんはいつも本心の弱い部分を曝け出さない人だった。気丈に振る舞って、ピアノを弾けない事だって冗談めかして面白おかしく話しているような人だったから。

 

「……今朝、さ。学校に行こうとしたら駅にあいつ……母親がいてさ。なんか高そうな店のランチに連れて行かれたんだよ」

 

「お、お母さん、若かったね」

 

「見た目とか持ち物とか、そーゆー表面上の物ばっかりこだわる奴だからな」

 

 大倉くんの表情は、苛立ちとか怒りだとかの感情が渦巻いていた。私は彼がこのような表情を見せるところを初めて見た。

 

「多分、待ち伏せしてたんだと思う。……どこからかさ、俺がピアノをまた始めたってこと聞きつけて、またやらないかって、私と来ないかって持ちかけてきた」

 

「……ぇ?」

 

「しかもあいつ今オーストリアに居るらしくてさ、こっちに来ないかって」

 

「お、大倉くん、おおお、オーストリアに行っちゃうの?」

 

「アホ、絶対ついていくわけないだろ」

 

 私は少し安心した。

 友達である彼が遠くへ居なくなる事は……やっぱり嫌だったから。

 

「俺が今日夏休み明けの最初の日だって言うのに、ぜんっぜんこっちの都合なんて考えちゃいなかった。自分中心で世界を回してるんだ」

 

 大倉くんは、いつもは私と目を合わせない(正確には私が目を合わせていないのだが)ながらも、顔は正面を向いて話してくれている。

 だが、恨み言を呟く彼は深く俯いており、私は辛い気持ちを感じた。

 

「あいつが求めてるのは俺じゃなくて、ピアニストになれる息子なんだろうな」

 

「……」

 

 ピアノが弾けなくなると去っていき、弾けるようになると都合よく戻ってくる。きっと、そう彼の目には映っているのだろう。

 

「師事していた先生も、ピアノを弾けなくなってから半年もしたら離れていったよ。家族も、家族同然の人も、俺じゃなくてピアノを見てたんだ」

 

 私には正直、彼の気持ち全てを理解する事はできない。

 だってそれは彼の経験で彼の人生だから、きっと生まれてこの方ひとりぼっちだった私には分かり得ない経験なんだろう。

 

「ごめん、暗い話して」

 

 私は彼にかける言葉を探す。

 でも、いつも雄弁じゃない口から何も出てこないし、会話に慣れていない頭も命令を出せない。

 私は彼の友達なのに、肝心な時に何も言えずにいた。

 

「じゃあ俺、今日は帰るよ。後藤は……バイト?」

 

「あ、うん……」

 

「じゃ」

 

 そう言って大倉くんは席を立った。

 この前おんぶしてもらった時は大きくて男の子なんだなと感じていた彼の背中は、今は何よりも小さく見えた。

 そして私は、結局何も声をかけられずにいた。

 

 私は彼の悩みと、自身の文化祭への悩みの二つをもやもやとかかえたまま、STARRYへと向かった。

 

 ・

 

「やっぱりだめだー!!」

 

 みんな、すみません。昨日は文化祭ライブに行けそうな気がしてたけど無理です。

 で、でも虹夏ちゃんも私が悔いがない方にって言ってくれたし。大失敗したら高校生活耐えられる気がしないし……ライブハウスの演奏も緊張してガチガチなのに文化祭ステージなんて……。

 

 うん。やっぱり無理! 

 

 〜〜

 

 巷で人気急上昇中! 

 『結束バンド』のメンバーをディグる! 

 

「高校時代と同級生、後藤ひとりさんが人気ギタリストになっていると知っていましたか?」

 

「えっ、まさかあの後藤さんがバンドしていたなんて」

 

「サインもらっとけばよかった〜」

 

 〜〜

 

 目指すのはこっちの路線で行こう。

 わ、悪くない。

 そう考えれば目指す道もはっきりしたし、悩みもひとつ解消された。

 

 もうひとつの悩みは──

 

「後藤さーん! おはよう!」

 

「お……おはようございます」

 

 教室に向かう廊下を歩いていると、後ろから階段を駆け登ってきた喜多さんに声をかけられた。

 

「体調はどう?」

 

「あ、大丈夫です……」

 

 昨日、私は生徒会室の前で個人ステージの届出を片手に行き倒れて頭を打っていた。

 そのため、大倉くんと会う少し前まで保健室にいたのだ。

 

「あっ、あと出しておいたからね!」

 

「えっ?」

 

「文化祭の個人ステージ! 結束バンドで出場するのよね!」

 

 ……。

 

 ……? 

 

 ……。

 

「へ?」

 

「もうすっごく楽しみ! 後藤さん間違えて保健室のゴミ箱に用紙捨てるんだもん! 文化祭ライブ頑張りましょうね!」

 

 ああ……あぁぁぁぁぁあ。

 

 ・

 

「ぼっちちゃ〜ん、どした? なんか心配事?」

 

 STARRYにはいつもの面々が現れていた。

 結束バンドのメンバーと俺、そして伊地知さんとPAさん。

 頼まれてもいないのに遅れてやってきて後藤の死体を覗き込むのは酒臭いおねーさんだ。

 

 昨日は学校を休んで自分の事ばかり考えていてしまったため、文化祭のことについてはほとんど何も知らなかったのだが、先ほど死んだ後藤の前で喜多さんから事情は聞いた。

 後藤からも、少しだけ相談を受けた記憶があるが、昨日の自分の精神状態だとまともに聴けずに流してしまっていた。

 

「文化祭のステージに、私が勝手に申し込んでしまって……」

 

 同じくして、体育座りの喜多さんは棺桶に眠る後藤を覗き込んだ。

 

「えっ何? ライブするって事?」

 

 お酒のおねーさんは相変わらず目を細めながら、嬉しそうな反応を見せた。

 そこで棺桶に眠る後藤は命を吹き返し、ゆっくりと上半身を起こした。

 

「む……無理です、私には。いつものハコより多い人の前でライブなんて怖くて……想像もできないし」

 

 俯きがちになりながら後藤はそう告げた。俺だけじゃない。彼女もまた、単純ではない悩みを抱えており、きっとそこにある葛藤に雁字搦めになっているのだろう。

 おそらく、出たくないわけではないと思う。

 自己顕示欲も人一倍強い彼女は、大勢に注目を浴びて讃頌されることは好きなはずだ。それに、結束バンドという大切な仲間たちとともに思い出に残る舞台は何物にも変え難いはずだ。

 ──それと同時に、きっと、怖いのだ。

 

 否定されることが。

 自身の事はもちろん、結束バンドのメンバーも。

 そして、同じ学校の生徒たちの前で演奏すると言う事は、今までのハコでの演奏とはまた異なる感覚になるだろう。

 相手は全員高校生、しかも直接の知り合いは少ないとはいえ──普段の後藤からすると、カッコいいギタリストとしての後藤ひとりを晒すことが怖いのだ。

 受け入れられなければ、それは彼女自身が否定されてしまうことを意味するのだから。

 

「ぼっちちゃん」

 

 すると、お酒のおねーさんはいつもより優しい声のトーンで後藤に紙を差し出した。

 

「これ、あげる」

 

「えっ」

 

「この前のお返し。今日うちのバンドでライブするんだけど、よかったら見にきなよー!」

 

「い……いいんですか?」

 

「もちろん」

 

 そう言うと、俺を含めた結束バンドのメンバー全員にもライブのチケットを手渡した。

 

「はい、君たちもどうぞ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 俺は咄嗟にお礼を言って、ポケットから財布を取り出す。

 

「チケット代はいいよ〜。あげるあげる」

 

「いや、でも……」

 

 虹夏先輩はその言葉に不安そうに声を出した。

 

「無理しないでください」

 

 今度は喜多さんがそう口にする。

 このおねーさんは高校生にお金に関する心配をされているようだった。

 

「えっ、君ら私のこと高校生から金巻き上げる貧乏バンドマンだとか思ってんの?」

 

「え、違うんですか?」

 

 その言葉に対して虹夏先輩は冷たい目でおねーさんを見つめた。

 

「くそー! 先輩! 焼酎ボトルで!」

 

「やるかバカ」

 

「……とにかく、君たち安心しなさい。私こう見えてもインディーズでは結構人気バンドなんだよ? チケットノルマなんて余裕だし物販でも結構稼いでるんだから!」

 

 リョウ先輩も首を縦に振り頷いている。

 おねーさんも胸に手を当てながらドヤ顔でそう言った。

 

「じゃあ何でいつも安酒ばっかり?」

 

「えっ……」

 

 先ほどから虹夏先輩のおねーさんに対する当たりがキツくなっているのは気のせいだろうか。

 この時ばかりはどことなく彼女の姉の姿を想起させる。

 

「シャワーもうちで浴びてくし」

 

「家賃払え」

 

 伊地知姉妹はここぞとばかりにおねーさんの金の無心さを責め立てる。

 

「この前の電車賃、まだ返してもらってない」

 

 リョウ先輩といいお酒臭いおねーさんといい、どうしてこう後藤から金を巻き上げていくのだろうか。

 

「やっぱり金巻き上げてるじゃねえか」

 

 伊地知さんは頭に青筋を立てながらそう言うと、酒ねーさんの首根っこを引っ捕らえた。

 

「あっあ〜、これには深い訳がありまして……毎回ライブで機材壊すから全部その弁償に消えてるの」

 

「自業自得じゃねか……ぼっちちゃん、他にこいつらから返してもらってないお金ある?」

 

「あ、いや、おねーさんからはもう」

 

 リョウ先輩は視線を逸らした。

 

「クズども、遅くなってごめんなさいと言え」

 

「「遅くなってごめんなさい」」

 

 やはり怖いおねーさんが怖いのは事実であるが、めちゃくちゃ優しい人なのかもしれない。俺と同じツンデレだと言う説も噂されているのではないだろうか。

 

「それじゃあ新宿へー、レッツゴー!」

 

 こうして俺たちは新宿にある酒のおねーさん達がホームとするライブハウスへ向かうことにした。

 

「ねえ、君」

 

 皆が階段を登る中、おねーさんは俺の背中をツンツンと指し声をかけてきた。

 

「君もなんか色々悩んでるっぽい感じ?」

 

「さ、酒臭いおねーさん……」

 

「呼び方! ……きくりでいいよぉ。何に悩んでるかわかんないけどさ、私たちにできるのはきっと、言葉じゃあないんだ」

 

 俺は年上のお姉さんに近づかれた恐怖から、一歩近づかれるたびにまた一歩と反対方向へと逃げる。しかしここは狭いライブハウス、ついに壁に囲まれてしまった。

 ふと顔を見上げると、いつになく真面目な顔のおねーさんがいた。

 

「私たちはさ、音で伝えるしかないんだよ。特に口下手な君たちはそう」

 

 音で伝えるしかない。

 それは、どの感情を? 

 

「酒臭いおねーさん……。でも、あれから俺まだピアノちゃんと弾けなくて……」

 

「だーかーらー、きくりでいいのに。別に弾けなくたっていいんだよ。それはそれで一つの答え、でも君はそれでいいの?」

 

 俺は、それでいいのか。

 頭の中でお酒臭いおねーさんの言葉がぐるぐると渦巻いた。

 

 ──口下手な俺は、その言葉に何も返すことができなかった。



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十二話 だから僕は音楽を辞めた②

ややシリアス気味?シリアルかも
ラブコメ全然かけてなくない??文化祭内で何とかラブコメを書く。あと文化祭後に一話完結で間話的にラブコメちっくなやつ書く。たぶん。


 俺は割と昔から友達がいなかった。でも、だからと言って生まれながらにしてのコミュ障ぼっちだと言う訳ではなかった。

 

 小学生の頃は、学校にいる時間以外はピアノのレッスンだった。休み時間や体育の授業も母親が学校に直訴して参加させてもらえなかった。

 中学でも当然同じ状況が続いた。

 中学は音楽の特待生で入学したこともあり、それこそ四六時中音楽に触れ続ける日々だった。

 

 ピアノは好きだ。

 だから、別に苦に感じる事はなかった。

 

 だが、両親が離婚したあの日、ピアノに触ることも叶わなくなってしまったあの日から。

 

 俺は他人との関わり方が分からなくなっていた。

 ピアノをやっていない俺に存在価値はないのだという現実を突きつけられたみたいだった。

 

 幸せな顔をした人を見ることが憎くて、頭の中の劣等感は化け物みたいになって顔を覗かせていた。

 

 楽しくて大好きだったはずの音楽も、今は俺を苦しめる鎖になってしまっていた。

 

 だから俺は、音楽を辞めた。

 

 ・

 

 新宿駅から歩き、お酒臭いおねーさんのホームである新宿FOLTに到着した。

 

 ライブハウスの雰囲気はSTARRYとはまた異なる場所だった。こちらの方が、よくイメージするような「ライブハウス」と言う感じだ。

 中に入ると、タバコとアルコールの匂いが香った。

 おねーさんを先頭に、結束バンドのメンバーはいつも通りのゆるい雰囲気を纏って中に進んでいく。

 どうしてとそんな気分になれなかった俺は、端っこで1人でぬぼーっとしていた。

 

「お、お……大倉くん」

 

 俺はスマホを片手にコーラを飲んでいた。

 みんなの話が終わったのか、気がつくと俺の視界の端にピンクのアホ毛が入ってきた。

 

「お……おねーさん達準備に行ったからそろそろ始まると思うよ」

 

「そうか、ありがとう」

 

「う、うん」

 

 ……。

 え? それだけ? 

 

 わざわざそれを言うためだけにこちらに来たのか? 

 後藤の方に目をやると、チラチラとこちらの様子を窺っていた。彼女は何かに怯える子犬のように震えていた。

 ……いや、俺が彼女をビビらせてしまっているのだ。

 

 それでも、本当に今この瞬間は、彼女の横にいる沈黙はいつもの嫌いな沈黙ではなかった。

 

 不思議な気分だ。

 

 少しだけ、心が落ち着いたような気がする。

 昨日からずっと、ふつふつと胸の奥の方で何かが俺を刺激していたのだが、彼女が横に立ってオロオロしているだけで、いつの間にか穏やかになっていたのだ。

 

 もしかして、後藤は俺のことを心配して来てくれたのだろうか。

 

 ──そう考えたのも束の間、ライブハウスの照明は落ちた。

 

 真っ暗闇の中の観客のざわめきが、波のように広がっていく。

 真夜中の海のようだった。

 辺りは一面と見渡すことのできない闇の中に、観客の息遣いが、興奮が、押し寄せるように呼応する。

 

 舞台の幕がゆっくりと上がっていく。下の隙間から少しずつ光が漏れ出す様は、雲から差す月の光にも似ていた。

 彼女達の足元が見えると──光の色は顔を変えた。

 

 瞬間、音楽が始まった。

 

 尋常ではない雰囲気だった。

 常識をぶち壊すような、それでいて規則的に響く音、音、音。

 

 舞台の上に立つおねーさんは、決していつもの酒臭くてお金にだらしないダメ女では無い。

 サイケデリック・ロックをクールに奏でる、SICK HACKのカリスマ的ベーシストの存在だった。

 

 その音はドラッグを決め込んだかのようにぐわぐわんと脳みそを揺らす。

 

 どこか猟奇的で、非現実的な音楽の濁流だ。

 

 俺は舞台上で音をかき鳴らすきくりさんと目が合う。

 その瞬間、排水溝に水が渦を巻き吸い込まれるかのように、その目に俺は吸い込まれていくよう感じた。

 

「私たちはさ、音で伝えるしかないんだよ。特に口下手な君たちはそう」

 

 先ほど、きくりさんが発した言葉。

 一体彼女は、俺に、俺たちに何を伝えようとしているのだろうか。

 

 ドラム、ベース、ギター。

 全ての完成度が高く、技術力もさることながら、この不気味な音を奏でる演奏力も頭ひとつ抜けていた。

 

 俺はThe Beatles の『Tomorrow Never Knows』を思い出した。

 多分それはきっと、俺の数少ないサイケ・ロックの記憶が引っ張り出されたのだろう。

 

 喧嘩しそうな三つの音はぐるぐると混ざり合って一つの音楽を生み出す。

 気怠げにハイな気分だ。

 

 言葉にする事は容易ではなかった。

 きっと、それこそがサイケデリック・ロックなのだろう。

 

 俺はただその退廃的で力強いサイケ・ロックに翻弄されて、呆然と立ち尽くすことしかできなかった。

 

 ・

 

「お、ぼっちちゃーん……とついでに大倉くん」

 

「俺はついでなんですね」

 

「まあまあ……私のライブどうだったぁ〜?」

 

 どうもこうも聞く前から分かっているくせに。

 俺の顔を見てニヤニヤしていやがる。

 

「……悔しいけど、きくりさんめっちゃカッコよかったです」

 

 彼女はふふん、と満足げに笑った。

 

「おお、初めて名前で呼んでくれたぁ〜」

 

「間違えましたすみません酒ねえ」

 

「酒ねえって何? ──ぼっちちゃんは、どう?」

 

「あ、いや、よかったです」

 

 しかし、後藤の表情はいまだに晴れていないままであった。

 酒臭いおねーさん、もといきくりさんの圧倒的なカリスマ性に気圧されてしまっている。

 

「ねえ〜、なんか元気なくない? ライブ本当はそんなに良くなかった?」

 

「本当に最高でした、でも……あっ、あの……。お、お姉さんすごくキラキラしていて、私なんかとても……」

 

 文化祭ライブへの恐怖からか、彼女は元々少ない自信をなくしていた。そんな時に、自分とかけ離れるほどのきくりさんのカリスマ性を見せられたのだから。

 

「私って実は、高校まで教室の隅でじっとしているネクラちゃんだったんだよ」

 

「「えっ?」」

 

 俺と後藤はその意外な発言に目を丸くした。

 どう見ても今の彼女はネクラちゃんには見えないからだ。

 

「あっ、やっぱりわかる? 陰キャ同士は引かれ合うってほんとなんだな〜」

 

 いやいやいや、分からなかったって。

 しかも貴方の場合、引かれ合っているのではなくてパワフルにグイグイ来るからだろう。というかそのコミュ力、四六時中酒を飲んでいるとは言え、やはり元ネクラちゃんには見えない。

 

「そう言えばさ、ぼっちちゃんも譲くんもなんか雰囲気似てるし〜、やっぱり陰キャ同士は引かれ合うんだね!」

 

 いつの間にか「譲」呼びになってるし。やっぱりコミュ強じゃないですか。

 ……でもまあ確かに、俺も少し前、後藤と仲良くなった時に同じようなことを感じた気がする。

 

「でもある時、自分の将来想像したら普通の人生すぎてつまんね〜って絶望しちゃって。真逆の行き方してやろうって思ってロック始めたの」

 

「……ロックな理由ですね」

 

「えへへ〜、でしょー」

 

 それにしても方向転換が過ぎる。

 普通の人生やめてロックに移るにしても、数ある選択肢の中でサイケデリック・ロックを選ぶだなんて。

 

「楽器屋でベース買うのも、ライブハウス行くのも、最初めっちゃ怖かったし。酒飲み始めたのも初ライブの緊張を誤魔化すためだしね」

 

 彼女が四六時中酒を飲んでいるのはそう言う理由だったのか。

 いや、しかしもう緊張するとかそのレベルではない気もするのだが……きっかけがこの話なだけで今は単なるアル中だろう。

 カッコいいのカッコ悪いのか、ほんとによく分からない人だ。

 

「初めて何かするってのは誰だって怖いよ、でもぼっちちゃんは路上でもSTARRYでもライブできたじゃん──しかも酒に頼らず。自分にもっと自信持ってぇ! 無理なら酒でドーピングもあり」

 

「え、いや、未成年なので。でも、文化祭ライブ、よかったら来て下さい」

 

 正論である。

 でもほんと後藤が20過ぎたらストロングなアルコール飲料をぐびぐび飲んでそうではある。

 

 ……というか、後藤、今。

 

「おっ」

 

 その場にいる他のメンバー達も、後藤のその発言に微笑ましくリアクションをする。

 

「いえーい! その意気だぁ!」

 

 きくりさんは後藤の発言を満足そうに聞くと、元気な返事をした。

 ほんとに、この人はこの人自身の音で後藤を突き動かしてみせたのだ。まったく……やっぱりかっこいいじゃねーかよ。

 

 などと考えていると。

 

 ごすっ、と。

 きくりさんは壁にグーパンをかました。

 当然殴られた壁には凹みが出来ており、

 

「壁の修繕費、10万加算しといたからね」

 

 何処からともなくライブハウスの店長が現れると、慣れた口調でそう言った。

 

「ぼっ、ぼっちちゃんとの連帯責任で」

 

「えっ」

 

 やっぱり酒臭いおねーさんだ。カッコ悪い……。

 

「あと譲くん」

 

 後藤の答えに満足したのか、今度はこちらに振り返りきくりさんは口を開いた。

 彼女は薄く目を開く。サイケ・ロックのようにぐるぐると引き込まれるような魅惑的な瞳であった。

 

「は、はい」

 

「君にはもう──伝わってるよね?」

 

「え?」

 

「言ったでしょ? 私たちはさ、音で伝えるしかないんだよ」

 

 ライブ前のきくりさんの発言。

 だが、俺はまだ答えを出せていなかった。

 彼女が何を伝えたいのか、俺は一体どうなりたいのか。

 

「君は何のために音楽をやっていたのか、これから何のために音楽をやるのか──まっ、弾けるようになったら聴かせてね! 君の音楽」

 

「あ、は……はい!」

 

 ……まだ分からないし、まだ答えは出ない。

 でもやっぱり、きくりさんはカッコよかった。

 

 まったく、ジェットコースターみたいに好感度が上下する人だ。こっちの気持ちにもなってほしい。

 

 ・

 

 俺たちはライブハウスを出ると、夕ご飯食べるべくファミレスに向かうことにした。

 未だにうじうじと考えてる俺は、結束バンドの面々に馴染める気分でもなく数歩後ろを歩いていた。前では先程のライブの感想を皆が話していた。

 

 きくりさんのバンドは、圧倒的だった。

 そして彼女は、伝えたい事は俺にもう伝わってると言った。

 でも俺はまだ分からなかった。彼女が今回のライブで俺に何を伝えたかったのか、そして俺はどうすればピアノを弾けるのかを。

 

 正直な話、結束バンドに入れてもらったものの、未だにメロディーひとつ奏でられない自分に焦りと失望を感じていた。だから、彼女達の背中は太陽の沈んだこの時間でも輝いて見えた。

 

「お、大倉くん」

 

「んー? どうした後藤」

 

 そうしていると、前の三人から抜け出した後藤が俺の方に寄ってきた。小動物みたいで可愛いなんて少しだけ思ってしまった。

 それにしても、この子は意外と周りのことを見ているのだな。4人揃っての初めてのライブの時もそうだった。普段はコミュ力も低くて勝手に突っ走るような奴なのだが、誰かが困っている時には導いてくれる──まるでヒーローのように。

 

「あ、あの、その」

 

「後藤さ、文化祭ライブ、やる気になったんだな」

 

「え、う……うん」

 

 やはり彼女の背中は俺には眩しく見えた。俺にきっかけをくれた彼女が、こうやって1人で荒んでいた俺に居場所をくれた彼女が。

 

「この前さ、俺、お前の相談に適当に返事して本当ごめんな」

 

「ううん、き……気にしないでいいよ。大倉くんが大変だったの分かるし」

 

 後藤……お前は女神になったんだな。

 俺は正直な話、あの日のことを気にしていた。後藤が悩み事を抱えていたというのに、俺は彼女の悩み事に気が付かず、もう一つの俺に関しての悩み事を重荷のように乗せてしまった。

 

 沈黙。

 繁華街から聞こえて来る人の声がやたらとうるさく聞こえた。

 

「大倉くんは、も……もし私がギター弾かなくなったら友達じゃなくなる?」

 

「え?」

 

「……」

 

 じっと彼女の瞳はこちらを捉えた。

 普段は全く目を合わせないくせに、こういう時だけできるのかよ。

 青い瞳は、綺麗なブルーサファイヤのようだった。街のネオンの光を受けて、宝石箱のようにキラキラと輝いていた。

 

「……俺はさ、まともな友達なんていなくて、正直人付き合いとか苦手だし。でも、後藤とは本当に友達だと思ってる」

 

 後藤はその言葉に照れ臭そうに笑う。

 いつもみたいな挙動不審は、この時ばかりは出ていなかった。

 

「それはさ、後藤がギターを弾いてるところを見る前の話だし、結束バンドのメンバーと仲良くなる前の話だし、そんな事は関係なく──友達、だよ」

 

 我ながら恥ずかしくてクサいことを言ったものだと思う。

 でも、これだけは伝えないといけないと思った。俺にとっての初めての大切な友達だから。

 だからこそ、正直に俺の気持ちを伝えたかった。

 

「わ、私も──同じだよ」

 

 だからこそ、彼女の言いたい事は俺の心の中にすっと馴染んでいった。

 

「大倉くんがピアノを弾けるかなんて知らなかったし、結束バンドでキーボードができなくても、ピアノが弾けなくても友達……です」

 

 ──俺は、今までのことを思い返していた。

 

 ──俺は寂しかったのだ。

 

 ──俺は友達が欲しかったのだ。

 

 ──俺は俺を受け入れてくれる誰かを、喉から手が出るほどに切望していたのだ。

 

 裏切られてばかりのこの人生に、ピアノを弾いている俺しか見られていなかったという事実に、人との付き合いをすることに怖がっていた。

 もし、ピアノを弾かない本当の俺が否定されたら。

 そう思うと、怖くて仕方がなかったのだ。

 

 みんなの前でピアノを弾けなかったのも、久しぶりに弾いたピアノで彼女達に求められなかったら。否定されたら。

 

 そんなネガティブな考えで体が動かなくなっていたのだ。

 

「……っ!」

 

 俺は、言葉を発することができなかった。

 今口を動かしたら、耐えられそうになかったから。

 

 ──でも、だとしたら何で俺は、何のために音楽をやるんだ? 

 きくりさんには、もう伝わってると言われた。

 

 でも、わからない。どうして、一体──

 

「大倉くん、遅いよー!」

 

 虹夏先輩が振り返ってそう告げる。

 

「江ノ島の時はあんなに早かったくせに」

 

 リョウ先輩は呆れたようにそう言う。

 

「何悩んでるのか知りませんが、文化祭の打ち合わせあるんですから!」

 

 喜多さんはいつものように明るく笑う。

 

 そうか。

 きくりさんが伝えたかったこと。

 そういう事だったのか。

 

 彼女達──結束バンドの音楽を思い出す。

 どこを切り抜いても楽しく音を鳴らす面々が浮かんだ。

 みんなは笑顔で歩く。

 

 俺は大切なことを忘れていた。

 

 ──楽しいから弾くんだ。

 

 なんのために、なんてどうでもいい。

 こうやって、大好きな人たちと、楽しく音を鳴らしたかったのだ。そして、その人達に恩返しをしたい。

 彼女達を、周りの人を楽しませるようなそんな音楽を。

 

「は、はい!」

 

 ネオンに照らされてもなお暗い夜。

 雲が裂けると、隙間から月の光が街を明るく照らした。

 俺は心が晴れるのを感じた。

 

「あの!」

 

「ん?」

 

 結束バンドの4人がこちらを振り返る。

 

「お、俺、キーボードやります。文化祭も、出ます。出させてください!」

 

 頭を下げて数秒、虹夏先輩の笑い声が聞こえた。

 

「もー、何言ってんの今更。大倉くんもとっくにメンバーじゃないの?」

 

 こうして俺は、もう一度音楽を続けることを決意した。




みなさんほんとに感想、お気に入り、誤字脱字報告ありがとうございます。
嬉しすぎて死ぬほど筆が乗ります、


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十三話 人間万事塞翁が馬

「え〜、じゃあ文化祭のセトリ決めするよ〜」

 

 場所は変わってファミリーレストラン。

 先程のきくりさんたちのライブの余韻冷めやらぬまま、文化祭ライブについての話し合いは始まった。

 俺もまた、今度こそ結束バンドの一員として。

 

「喜多ちゃんによると(ぐぅ〜)持ち時間が1バンド15分(ぐぅ〜)だから大体3曲くらいかな?」

 

「あ、あの……」

 

 喜多さんは虹夏先輩の話を遮ると、その横にいる人物に目線を向けた。

 先ほどから合いの手のように(ぐぅ〜)というお腹の音をリズミカルに鳴らすのはリョウ先輩だった。

 

「り、リョウ先輩に分けちゃダメなんですか?」

 

「ダメ。ぼっちちゃんにずっとお金返してなかったんだから少しは痛い目見るべき」

 

 虹夏先輩はやっぱり虹夏先輩だった。

 江ノ島で郁代ちゃんに乗り換えたけど、今度はまた虹夏ちゃんに乗り換えるよ。にじかわいい。

 

「リョウ先輩、その音次のライブで使えませんか?」

 

「その前に空腹で死ぬ」

 

 リョウ先輩のお腹の音セッションはあっさりと却下されてしまった。

 

「郁代ぉ〜」

 

 今度は喜多さんに向けて、捨てられた子犬のように目をうるうるさせながらな飯をせがむ。

 喜多さんは唸り声をあげながらその食べ物を差し出そうとしていた。

 

「喜多ちゃん、ダメなバンドマンに引っかからないで。彼氏にしちゃダメな3BのBって、ベーシストベーシストベーシストのことだから」

 

 全部ベーシストじゃねーかよ。いやまあ、確かにバンドメンバーで女癖が悪い奴は大体ベーシストな気がする。

 

「もう絶対お金借りません」

 

 嘘である。俺でもわかる。

 

「……じゃあ、これだけあげる」

 

 そう言って虹夏先輩が差し出したお皿の上には、フライドポテトが一本だけ乗っていた。

 鬼畜か。

 

 しかし、リョウ先輩はその一本のポテトを大事そうに手に取ると。

 

「虹夏、優しい、好き」

 

「ちょっと、ガチで感謝されると胸が痛むじゃん! もう〜たくさん食え!」

 

 結局虹夏先輩はちょろかった。

 この人こそ年上大学生のクズベースに1番引っかかりそうだ。小汚い5畳くらいの薄暗くてタバコの染みた部屋で、世話を焼いている姿が目に浮かぶ。

 

「虹夏先輩、ダメな男にひっかからないでくださいね」

 

「ひっかからないから!」

 

「もしバンドやってる人と付き合うときは俺たちが面接しますからね」

 

「一体私を何だと思ってるの! というか何でそんなことしなきゃいけないの!」

 

 俺は頑固親父だ。どんな奴が来ても「娘を──虹夏を貴様にはやらん!」と言わなければならない役目がある。

 

「セトリなら決めてある。文化祭出るかもって聞いてからずっと考えてた」

 

 リョウ先輩……先ほどまでは後輩にたかるクズ乞食ベーシストかと思っていたのだが、やはりやる時はやる女だ。

 

「あ、あの」

 

「大倉、どうした?」

 

「リョウ先輩にセトリ決めてもらって申し訳ないし、完全に俺のわがままなんで却下してもらっていいんですけど。一曲だけ、コピーバンドやりません?」

 

「……」

 

 図々しいし、わがままだというのは分かっている。そもそも、俺を含めたこの4人は、まだ本当に俺が弾けるようになっているのか分からないのだ。

 

「お、俺、絶対弾けるようになってると思うので、初めてのライブでピアノの目立つ曲やりたいんです。多分現状だと、キーボードパートないので、アレンジでサポートするって形になると思うので……」

 

「いいよ」

 

「え?」

 

 しかし、思った以上にすんなりとリョウ先輩はOKサインを出した。

 

「虹夏もいいよね」

 

「うん、だって今回の舞台は秀華高校なんだよ? ぼっちちゃんと喜多ちゃんと──大倉くんが主役なんだから!」

 

「──ありがとうございます!」

 

 俺は勢いよく頭を下げる。

 弾けるようになったか分からないと心配しているのは、俺だけのようだった。

 先輩達は、いや結束バンドのメンバー達は俺のことを信用してくれているのだと気がついた。

 

「それなら、一曲目に大倉のコピー曲を入れる。文化祭だから知ってる人もいてつかみは良いと思う。で、二曲目にはぼっちのギターソロ入れる」

 

「ぅえっ?」

 

「ボッチの見せ場。さっき虹夏も言ってたけど、3人の文化祭でしょ?」

 

 そうだ、今回の文化祭の主役は俺たち三人なのだ。

 でも。

 

「確かに、今回は俺たちが目立つ構成にしてくれるのはほんとありがたいです。──でも、3人の文化祭かもしれないですけど、5人の舞台ですからね」

 

 そう言って俺はそっぽを向く。

 

「大倉のツンデレ、久しぶりに見た」

 

「つ、ツンデレじゃないですから」

 

「というか加入したてなのにぐいぐい来るね」

 

「あ、あのそれは本当にごめんなさい」

 

 リョウ先輩はたじろぐ俺の姿を見ては微笑ましそうに笑った。

 

「ううん、別に。──5人でがんばろ」

 

「……っ、はい!」

 

 リョウ先輩クールビューティーマジ女神卍。

 郁代ファンはもう終わりにします。今日からはリョウ先輩の時代です。ATMでも何でもいいので一生ついて行かせてください。

 

 ・

 

 文化祭の数日前、俺は一足早くSTARRYに来ていた。

 

「こんにちはー」

 

 今日は雨がひどく、背負っているケースも少しだけ濡れてしまった。

 

「大倉くん、いらっしゃーい」

 

 手をひらひらと揺らして出迎えてくれたのは虹夏先輩だった。

 

「あれ、リョウ先輩はどうしたんですか?」

 

「リョウはね、今日の小テスト酷かったから補習」

 

「……相変わらずですね」

 

 俺は背負っていたものを下ろすと、肩をぐるぐる回した。

 

「あれ、それ何?」

 

「ふふふふ、気がついちゃいましたか虹夏先輩」

 

 俺はわざわざ聞いてくれと言わんばかりに背負っていたそれをアピールしたのだ。

 自慢げにそのケースを開き、中のものを取り出す。

 

「じゃじゃーん、持ち運びシンセでーす」

 

 そう、俺が今日持ってきたのは先日購入したばかりの、持ち運びができるタイプのシンセサイザーだった。

 

「おおーすごい! 結構高かったんじゃないの?」

 

「親金持ちなんですよー」

 

「わー堂々と言っちゃうんだー」

 

 まあ、子供の頃からピアニストを本気で目指している家庭は大体金持ちだ。出費は結構重なるし、お金に余裕がないとそんな事はできないから。

 

「よし、虹夏先輩。ちょっと聞いてください」

 

「え?」

 

「キーボードの基礎は叩き込んできましたよ。いやー、コード進行とか初めてやったんでメロディー弾く以外のはまだまだですけどいい感じですよ」

 

「──いやいやいやいやちょっと待って」

 

「はい?」

 

「弾けるの?」

 

「弾けなきゃ家で練習できないじゃないですか」

 

 そう言うと、虹夏先輩は目元をうるうるさせて。

 

「弾けるようになったなら最初に教えてよー!!」

 

 がっしゃーんとドラムを叩きつけて感情を表現した。

 

「え、いやサプライズと思って」

 

「もう、本当に心配してたんだから……バカ」

 

 そして俺は手際よくシンセを組み立てる。

 STARRYにはピアノは置いてあるのだが、シンセはあるかどうか分からなかった。どうせならと俺は、今後も使うだろうし割と高くていいやつをノリと勢いで購入してしまったのだ。

 

「──じゃ、やってみます」

 

 家ではもう鍵盤に触れて音を出せるようになっていた。だけど、人前で披露するのは初めてだった。初めてピアノコンクールに出た日を思い出す。あの時もこれくらい、緊張していたっけか。

 でも、今日は1人の観客だ。

 

 不安や緊張とは裏腹に、簡単に音は出た。

 もはや、俺を縛るものは何もなかった。

 久しぶりの人前での演奏は、虹夏先輩だけが観客の物寂しいものであったが、俺にとっては十分だった。

 

 ──十分に楽しい空間だった。

 

「ふう、やっぱいいなー音楽って。……って虹夏先輩?」

 

 虹夏先輩は俯きながら肩をフルフルと震わせていた。

 

「……うまい」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「上手すぎてムカつく──!!!」

 

「なんでー?」

 

 ムカつかれてしまった。

 

「なんだかなー、きっと上手いとは思ってたけどこんなに上手いと自信無くすわー」

 

「天才ですから」

 

「……もう、そんな冗談ばっかり言ってると、メンバーに入れてあげないよ?」

 

「ウソですすみません……でも虹夏先輩もそんな冗談言わないでくださいよー」

 

 本当はメンバーに入れないなんて気は一切ないくせに。

 

「なんか言った?」

 

 ぎろり、と。

 きくりさんを見る時のような目つきでこちらを睨みつける。

 

「たまに虹夏先輩は伊地知さんみたいに怖い時ありますよね」

 

「もうっ」

 

「それに虹夏先輩のドラム、俺好きですよ」

 

「急に素直にならないでよ……まったく」

 

「俺、ツンデレなんで」

 

「自分で言うかー普通」

 

 虹夏先輩もまあ、とても接しやすい人だった。

 最近は関わる機会も多く、俺のコミュ障も鳴りを潜めていた。

 

「……ぷっ」

 

「どしたの大倉くん」

 

「ははは……なんか、楽しくて」

 

「ふふっ、まあかく言う私も楽しい」

 

 こうして2人で無駄話をする時間は、とても居心地が良かった。本当にこの結束バンドのメンバーは、皆いい人ばかりだ。

 

「あ、そうだ。私ちょっと買い物があるんだった」

 

「そうなんですね」

 

「さくっと買って来るから待っててー」

 

「はーい」

 

 虹夏先輩はそう言うと、財布だけ持って階段へと向かった。

 傘を忘れて。

 

 まったく、こんな土砂降りの中で傘を持たずにどこへ行こうと言うのだ。そう思った俺は傘を掴み、虹夏先輩の後を追うように階段を登る。

 

「虹夏先輩、傘」

 

 そう声をかけると、虹夏先輩は勢いよく振り返って、

 

「あー、そういえば今日は雨だったねぇ……っうわぁ!!」

 

 雨で濡れた階段で、思いっきり足を滑らせた。

 

「ぇ、あ、え?」

 

 俺は傘を放り投げると、階段から落ちてきた虹夏先輩を思わず抱き止める。

 

 ──が、アニメのようにその場で華麗に受け止めて「怪我はない?(キリッ」とは上手くいかなかった。足場が悪い中、女性とは言え人一人分の落下を止められるほどの筋力は俺には無かった。

 

 そして、俺もまた同じように足を滑らせてしまう。

 

(やばっ!)

 

 せめて、虹夏先輩だけは守らなければ。

 俺は彼女を強く抱きしめると、物理法則の任せるがままにした。

 何度か鈍い音を立てると、階段の一番下にようやく到着したようで、なんとか終点にて停止を果たした。……やべえ腕めっちゃ痛え。

 

「……っ、虹夏先輩、大丈夫ですか?」

 

「あ、あ、あぁ、ありがとう」

 

 虹夏先輩は俺の腕の中で顔を真っ赤にして、いつもの後藤みたいにどもりながらそう口にした。てか、顔近。

 

「そ、それより、大倉くん大丈夫!?」

 

「ああ、全然。大丈夫で──っつ」

 

「やっぱりどこか痛めたよね?」

 

 虹夏先輩は顔を青ざめさせながら俺の顔を覗き込んだ。

 

「いや、ちょっと腕が痛いだけで、全然マジで大丈夫です」

 

「で、でも!」

 

 そう言って虹夏先輩は俺の腕の制服を捲る。

 するとそこには、

 

「グロ」

 

 真っ青になった左腕があった。

 

 ・

 

「いやーははー、全治2ヶ月だって」

 

「「「ええ〜〜〜!」」」

 

 あの後俺は結局すぐに病院に行くことにした。結果、腕の骨が折れてました⭐︎

 

「だ、だだ、だ大丈夫ですか!?」

 

「うん、全然へーき。ちょっと折れたくらいだから」

 

 後藤は俺の腕を心配そうに眺めていた。

 まさかこんなタイミングで骨折されるとは思ってもいなかったのだろう。

 

「文化祭ライブはどうする……?」

 

 リョウ先輩も、珍しく俺のことを気遣ってくれたようだ。

 

「それなんですけど──1曲目以外は別に右手だけでメロディー合わせたりコードを弾いて軽く合わせるくらいならなんとかできます」

 

 そう、右手だけでもキーボードは出来ないこともない。左手の役割分は完全に死んでしまうが、あくまでギターや他楽器のサポートだけだと割り切ってしまえば最低限の仕事はこなせる。ただ。

 

「……ただ、一曲目のコピーバンドのピアノは普通に難易度高いですね」

 

 そう言うと、皆一様に黙り込んでしまう。

 その曲の練習をしていたのも当然あるし、それ以上に俺の唯一の目立ちどころが消えてしまうと言うことでもあるのだ。

 

「一曲目はさ、大倉くんに負担かけないように別のオリジナル曲でいこう」

 

 虹夏先輩は俺に気遣ってそう口にする。

 

 ……だが、だからこそ、俺はやる。やらなければならない。

 

「虹夏先輩、やらせてください」

 

「……っ、ダメだよ! だって腕、私のせいで」

 

「別に先輩のせいじゃないです」

 

 俺がそう断言すると、虹夏先輩は瞳にじわりと涙を滲ませた。

 きっと責任を感じている。

 

 俺たち三人が、一応主役の文化祭なのだ。その舞台で、しかも俺にとっては復帰後初の舞台という事もあり、きっと大事な舞台なのだろう。だから失敗は許されない。──どうせそんな事を虹夏先輩は考えているのだろう。

 

 考えすぎだとも思うし、舐めるなよとも思う。

 俺はもうやるのだと決めたから。出来る出来ないじゃなくて、やると決めたのだから。

 

「ご……ごめん、ちょっと……」

 

 虹夏先輩はそう言い、席を立った。

 きっと涙を見せるのが嫌だったのだろう。

 

「大倉、泣かせた」

 

 リョウ先輩は俺の顔をニヤニヤと眺める。意地悪な笑顔だ。

 

「す……すみません」

 

「虹夏のこと、許してほしい。虹夏がやらないって言ってるのは、大倉のことを考えて言ってると思うからだから」

 

 ──2人の信頼関係は強固なものなのだろう。

 だからこそ、こうやってリョウ先輩は俺にフォローを入れてくれ、虹夏先輩のことを暖かく見守っているのだ。

 正直言って、羨ましいと思う。

 おそらく今の俺ではまだ、2人のような信頼関係を結束バンドのメンバーと築けていないと思うからこそ。

 

 それでも俺は、弾きたかった。

 俺は、虹夏先輩のために弾きたいのだ。久しぶりの舞台、文化祭、初めてのライブ。それは自分のための舞台ではなく、楽しんでやる事──そして周りの人をも楽しませるためにやるのだ。

 きっと虹夏先輩は自分のせいだと気にしてる。それはきっと、楽しくない事だと思う。

 だから俺は、彼女を楽しませてやりたいだけだった。

 

「やらせてください」

 

 俺は頭を下げた。

 後藤と喜多さんは目を丸くしていた。

 ──リョウ先輩は、相変わらず不敵に笑っていた。

 

「俺は口も上手くないし、虹夏先輩に何を言っても優しさとか慰めとしか受け取ってくれないと思うんです」

 

 人は自分の都合のいいように解釈してしまう生き物だ。だから、思考が固定されてしまった時に言葉で覆すことは容易ではない。

 特に俺は、そんな優れた話術を持つ人間ではないのだ。

 

「世の中はきっと言葉にしないと分からないことばかりだと思います。でも、俺は弾いて虹夏先輩に伝えたいんです。気にしなくていいよって、俺はただ、文化祭の舞台でみんなと楽しく演奏したいんだって」

 

 文化祭の舞台で楽しく演奏がしたい。

 でもそれは、面白おかしくとかではなく真剣にやって、本気になって何かを達成したいという青臭い考えだ。

 

 でも、俺のその言葉にみんなは嬉しそうな表情を見せた。

 

「俺は、音で伝えるしかないんです。口下手でコミュ障なんで」

 

 きくりさんの受け売りの言葉だ。

 まだ何も伝えられていない俺にとっては薄っぺらい言葉かもしれない。でも、今はまだ薄っぺらいこの言葉すらも、俺は音楽で覆す、証明する。

 

 ──音で伝えるんだ。

 

 リョウ先輩はその言葉を受け止めると、ゆっくりと口を開いた。

 

「私は最初からそのつもり。セトリも変えるつもりない」

 

「リョウ先輩……!」

 

「ただ、自分でそこまで大見得切ったんだから──期待はさせてもらうから」

 

「──はいっ!」

 

 無口で無表情で、変人で。

 捉えどころがなくて不思議な先輩は、きっと誰よりも虹夏先輩のことを、俺たちのことを考えてくれていた。

 

 まったく、どいつもこいつもロックでクールな奴らばかりだ。




数日投稿開く可能性あり
というか5,6日で投稿頑張ったから疲れちゃったよ…
それよりも仕事が疲れちゃったよ…


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十四話 文化祭⭐︎マジック

文化祭って男も女も惚れやすくなるよな。特に準備中とか仲良くなるんだよなあれ。俺は知らんけど。


「後藤さーん、来たよー!」

 

 文化祭初日。

 秀華高校は、賑わいを見せていた。

 

 廊下には自分達の出し物を宣伝する秀華校生達が闊歩し、友人の出し物に顔を出す者、とりあえずとぶらぶら回っている者、恋人や友達同士で回っている者など、いつも以上に楽しさが最高潮といった雰囲気だ。

 もちろん、学外から訪れる人も多くいる。

 他校の生徒から、中学生。OBに加えて保護者の方達。

 

 なにはともあれ、文化祭に相応しくお祭り騒ぎな様子だ。

 私もこの空気と雰囲気は大好きである。

 

 そして、私が真っ先に向かったのは後藤さんのクラスであった。

 彼女のクラスはメイド・執事喫茶を出し物として行なっている。

 ──つまり、後藤さんの美少女メイド姿が見られるのではないか。

 

 そしてもう一人、新しく結束バンドに加入したメンバーである大倉くん。

 彼もよく見るとちゃんとイケメンである。

 後藤さんと同じように、見た目はいい癖にクラスに溶け込めないでいる2人を冷やかしがてらに見物しに来た訳だ。

 

 そんな邪な思いから私は教室へと飛び込んだ。

 

 すると、真っ先に目に飛び込んだのは教室の中に広がるいくつかのテーブルの中に、私の高校だけでなく他校も含めた女子高生が集まる場所だった。

 

 何か出し物でもしているのか、そう思い近づいて見ると──

 

「あのー、お名前なんて言うんですか?」

 

「よかったらロイン交換してください!」

 

「こんなイケメン学校にいるだなんて知らなかったー!」

 

 女の子達の黄色い声が上がっていた。

 そして、その真ん中にいるのはよく知る顔であった。

 

「……え、大倉くん……?」

 

 複数の女子に囲まれながら、無言でキメ顔をする大倉譲がそこにはいた。

 ただ、いつもと異なるのは彼の服装だろう。

 

 いつもは目元にかかる程度に無造作に伸ばした髪の毛も、今日ばかりは2:8くらいの位置で分け目を大きくかき上げて左右にウェーブするように流している。

 光沢と高級感のある黒いタキシードの胸元には、真っ白なポケットチーフが綺麗に形造られ顔を覗かせていた。

 シャツは真っ白のプリーツが入ったもので、首元には真っ黒な蝶ネクタイ。

 そして、細く長い指先にも滑らかな白手袋。

 

 元々背丈は170の後半もあり、今の彼の格好はすらりとした体型に驚くほど馴染んでいた。

 

 そう言えば、文化祭の前に話をした時に「家にタキシードはあるから執事っぽそうな格好できるかも」と言っていたが、元々数年前まで様々な舞台に立ってピアノを弾いていた男だ。高級感も着こなしも抜群であった。

 

 ……ただ、骨折のために腕だけ三角巾をつけているところは不思議であった。いや、むしろ腕の折れた寡黙な執事という属性は強いものなのでは……?

 ワイシャツは中で袖をまくっているのだろうか、タキシードに関しては骨折を固定するギプスがパンパンになってはいるがぎりぎり収まっている様子でだった。

 

 ハーレム状態で、いつものようにテンパっているのかとも想像したが、今の彼はアダルティな雰囲気を纏った寡黙で静かな執事のようにしか見えなかった。

 

「い、一体何があったの……?」

 

 ポツリとそう呟くと、タキシード姿の彼は先程までのハイライトもない真っ黒な瞳に、突然光を宿してこちらを見る。

 目が合った。

 同時に嫌な予感がした。

 

「……喜多さん」

 

 彼はそう言うと、周りを取り囲む女子達を優しくかき分けて、まっすぐ私の方へ歩いてきた。

 

 無駄にイケボでいつもとのギャップのせいで、心臓が高鳴る。今ばかりは少女漫画の主人公の気分だった。

 

「お、大倉くん、おはよう」

 

「……」

 

 彼は無言のまま私の前に来ると──

 

「!?」

 

 突然私の腕を掴んで、少しだけ強引に引っ張るようにして教室から出ていった。私は突然のことに驚き、無抵抗のまま引きずられるようにして同じく教室を後にした。

 

 女の子に囲まれる寡黙なイケメン執事が、他の女の子に目もくれず腕を掴んで強引に連れ去る。

 

 私は、少女漫画の読みすぎなのだろうか? 

 これは現実ではなく夢なのではないかと冗談でなく疑った。

 

 ・

 

「わああああああきたさんんんんんんこわかったよおおおおおおお」

 

 無言で私を引きずり、人気のない階段下に連れ込まれた時は正直かなり焦った。

 友達とは言え、いつもと違い決め込んだ彼はこの学校でも類を見ないほどのイケメンであり、そんな彼に無言のまま少しだけ強引に人気のないところに連れ込まれたら変な想像をしてしまうのも仕方ないだろう。

 

 もしかしてこれって──恋? 

 

 ──なんてことを一瞬でも考えた私が馬鹿でした。

 

 先ほどまでのキリッとした顔から打って変わってのび太がドラえもんに泣きつくような顔で突然大声を発する彼を見て、私はなんとなく事情を察した。

 

「ひっく、この格好で、ひっく、うちの出し物に出たら、ひっく、突然知らない先輩達に囲まれて、ひっく」

 

 彼は年上女性が苦手だと公言していた。

 ……そもそも、人が苦手で異性もさらに苦手なタイプなのだ。結束バンドの面々は、それこそもうそこそこの付き合いにはなるので自然体で接してくれているが、未だにSTARRYのお姉さん方にはまともに顔を見て話せていないような男だ。

 

 彼の表情はキリッとしていたのではなく、完全にフリーズしていたのだろう。

 

「はいはい、こわかったねー」

 

「俺もう帰りたい……」

 

「せっかくなんだから楽しもうよ?」

 

「ミトコンドリアになりたい……」

 

「何を目指してるの一体……」

 

 折角のバッチリ決まっている正装だというのに、こういうところは相変わらずだなと思う。

 

「……お、落ち着いてきた……落ち着いてきたら、き……喜多さんに泣きついてたの恥ずかしくなったからごめん喜多さんあなたの記憶を消します」

 

「いやほんとに落ち着いて大倉くん! ほら、立って深呼吸」

 

 彼はまだ混乱しているのか、いつも見たいな捻くれた返しもなく大人しく私の言うことに従った。すくっと立ち上がると大きく息を吸って吐く。

 私はちょうど良さげなタイミングを見計らいスマホのシャッターを切る。

 

(いい写真ゲット)

 

 私はその写真を結束バンドのロイングループに上げようとして──

 

 ──やめた。

 

 無駄によく取れているその写真は、タダで誰かにあげてしまうのには少しだけ勿体無い気がした。

 別に、深い意味はない。

 

 すると、開いたままのロインのトーク画面にメッセージが一つ追加された。伊地知先輩からだった。

 

『ぼっちちゃんも大倉くんもいないんだけどー! どこ居るの?』

 

 私は少しだけ名残惜しさを感じながら、ロインに返信をした。

 

 ・

 

「ほら、いましたよ後藤さん」

 

 俺は文化祭の開始と共に人に囲まれて注目を浴びるという効果はばつぐんな技を食らってから、朧げな記憶なまま喜多さんと合流していた。

 その後、逃げた後藤を探すと言うことで虹夏先輩とリョウ先輩とも合流をすることになった。

 ただ、俺は未だに思考は定まらずふわふわした感覚がある。あの数分間で三年分くらいの他人からの注目を浴びた気がするのだから仕方がないだろう。

 

「わ"あ"っ!!」

 

「お〜」

 

 後藤は忍びのようなスピードで跳ね上がると、こちらに向かい直して正座をした。この運動神経をどこかで活かせないものなのだろうか。

 

「ぼっちちゃん、クラスの子心配してたよ?」

 

「あっ……っ……」

 

 お母さんに怒られている子供のようなリアクションをする。ちなみに俺も飛び出してきたので今回ばかりは後藤を責めることができない。なんなら味方だ。手助けはしないけど心の中だけで応援してます。

 

「本当にナメクジのいそうな場所にいた」

 

 リョウ先輩が口を開く。

 俺はついやっと意識を取り戻したばかりなのだが、後藤を探す際の選択肢がまさか「ナメクジのいそうな場所」とは。この子あまりにも可哀想過ぎる。……実際に正解だったのだが。

 

「ゴミ箱とかタンクの中を探した甲斐がありましたね!」

 

 ええ、ゴミ箱とタンクも探してたの? 

 

 ……いや、待てよ。

 後藤はSTARRYにいる時ゴミ箱に入っているシーンをちらほら見かけたような。

 

「全く人探ししてる気分になれなかったけどね……ほら、早く戻ろう」

 

「……はい」

 

 ・

 

「そういえば、ぼっちも大倉も似合ってる」

 

 後藤を逮捕した後に、一行はクラスへと戻るべく行脚を始めた。

 先頭には他校の美少女が2人、その後ろには人気者の喜多さん、メイド服が抜群に可愛い後藤、そして超絶怒涛の最高級執事風イケメンの俺がいる事によって周りからの視線を浴びていた。

 他校の美少女2人と人気者さんは普段から注目を浴び慣れているのか、全く気にしていない様子であった。後藤もその三人に溶け込んで喜多さんと話をしていたので気がついていないのだろう。

 俺はと言うと、この状況によるストレスと心労で禿げそうだった。

 

 ……こんなことなら気合い入れて準備してこなければよかった。

 

 久しぶりに袖を通したタキシードと、舞台に立つ時に使っていたヘアワックスで格好良く決めるのがついつい楽しく120%全力を注いできてしまった。

 しかも、いつもなら気にしないのだが、学校の中でこれほどの美女4人に囲まれてるとなると、男子からも嫉妬の視線を向けられる気がしてしまいなんとも居心地が悪かった。

 

(ごめんみんな……楽しくないわけじゃないけど……今日ばっかりはつらいよぉ)

 

 俺は4人から絶妙に距離をとりつつ背後を追いかけていると、お化け屋敷の出し物の前にたどり着いた。

 

「4名様ですねー。そしたら2人ずつで入ってください!」

 

「いや5人ですよー! って大倉くんがあんなに遠くに……」

 

 受付をしている女の子に人数の訂正を入れる喜多さん。俺は彼女らと無関係を装い遠くでぬぼーっとしていた。

 

「ペアかソロで入るやつでしょそれ。俺いたら奇数になるだろ」

 

「遠すぎて何言ってるのかわからない!」

 

 俺は正論を叩きつけたつもりだったが、理論が正しくても物理的な距離が足りなかったらしい。剣道のようなすり足歩行で距離を詰めるともう一度口にする。

 

「ぺ、ペアかソロで入るやつですよね? 俺いたら奇数になるかなーって」

 

 ここで新しい発見だ。

 俺は人との距離が近くなる程コミュニケーションを取る難易度が高くなるらしい。

 距離が遠いと声が届かず、距離が近いとコミュ力がデバフされる。割と詰んでいる様子であった。

 

「じゃあグーチョキパーを一斉に出してペアを作りましょう!」

 

 喜多さんはキラキラお目々でそう告げる。

 

「いや、俺驚く系やると腕痛そうだからやっぱやめとくわ」

 

 別にお化け屋敷系はそれほど苦手ではないし、骨折なんて関係なくただの口実にすぎないのだが。……これで俺以外の女子が一人ぼっちになって、俺が誰かと組むってなったらよっぽどそっちの方が気まずい。

 

 だが、俺は骨折を言い訳にしたことを後悔した。

 

 4人に目をやると、虹夏先輩と一瞬だけ目があい、すぐさま逸らされてしまった。

 俺が無理を言ってセトリを変えないと言ってから、虹夏先輩はどこかよそよそしかった。俺や後藤みたいなコミュ障ではないが、きっと距離感を測り損ねているのだろう。俺もまた、同じだった。

 

「うーん確かにそうね。じゃあちょっと行ってくるね!」

 

 喜多さんは残念そうな顔を見せるも、そのまま後藤達を引き連れてお化け屋敷に入ってくれた。

 

 中から虹夏先輩と喜多さんの楽しそうな叫び声が聞こえてくる。

 リョウ先輩の叫び声は当然聞こえてこなかった。聞こえてきたらイメージが崩れるからやめてほしい。

 ……意外なことに後藤の声は聞こえてこなかった。

 

 俺はお化け屋敷の外の廊下で、窓側を背にもたれかかっていると突然声をかけられた。

 

「あ、あのー、どこのクラスの出し物なんですかそれ?」

 

 俺はフリーズした。

 停止した思考の中で、極めて冷静に努めて論理的になんとか組み立てようと脳みそを働かせた。

 なぜ俺はお化け屋敷の前にいるのに、なんの出し物をしているのか聞かれたのだろうか? 

 その答えはおそらく、俺がこんな格好をしているからだろう。彼女らも「それ」と言い俺の着ている服を指し示している様子であった。

 ではなぜ声をかけたのか。

 きっと執事喫茶に行きたかったのだろう。

 

 だが待て、俺は彼女達にクラスだけを告げて場所がわかるのだろうか。

 見たところ、うちの学校の制服ではない。

 しかし、俺に初対面の女性に対して道案内をするという高等技術は持ち合わせていない。

 そうすると何だ、何がある。

 

 俺は無言のまま脳内で思考を動かす。

 ──現実世界ではおそらく5秒ほど。

 

 俺は徐にポケットからパンフレットを取り出すと、パラパラめくり各階の案内のページを開く。そして、一年生のフロアから俺たちが出し物をしている教室を指差した。

 

 ──オッケーパーフェクトコミュニケーション。

 

 俺は一言も話さずに任務を達成した。

 よし、あなた達は早くその教室に向かいなさい。

 

「へー! ここなんですね〜。お兄さんは何時ごろ接客してますか!?」

 

「あ! それ気になる〜」

 

 気にするな!!!! 

 

「……あ、分かんない……っす」

 

 この一瞬で緊張で喉がカラカラになっていた。最近は結束バンドのメンバーとかなり仲良くなったからコミュニケーション能力が上がったと思ったのだが、あれは慣れだったのだ。慣れたから話せるようになっただけで、初対面の現実はこうだ。

 

「なんかお兄さんクールでカッコいいですね! ロイン交換しませんか〜?」

 

「私も私もー! というか腕すごいですねー。大丈夫なんですかー?」

 

 彼女はそう言うとスマホを取り出した。

 

 え、嫌だ。ものすんっごい嫌だ。

 だって交換して何話すの? 何か話しかけられるの? 

 俺はそもそも仲良くない人とメッセージを重ねる時に「ほんとにこの文面でいいのか?」と1時間くらい悩んで返信する生き物なのだ。そんな奴と交換しても楽しくないだろうし、俺も疲れてやる気がなくなるだけで何も良いことはない。そして、未読無視やブロックなんてもってのほか。そんな事して嫌われたらどうするんだ。もう会うことはないけど。

 

 さらに、ここで断るのはどうだろう。

 俺みたいな奴に断られた彼女達の立場はどうなる。折角ご厚意で話しかけてきてくれているのに、そんな塩対応をかましたら傷つけてしまうのではないだろうか。

 俺はこの思考に3秒ほどかけて結論を出す。

 

 ……とりあえずロインだけ交換してこの場をやり過ごそう。

 

 そうしてスマホを取り出して、アプリを開く。最近は結束バンド関係でロインを追加したりしているので追加方法は手に取るように分かっている。これって陽キャ? 

 

 助けてーみんな、だずげでー!

 

 そう祈ると、お化け屋敷から虹夏先輩と喜多さんが出てきた。

 俺は目で合図を送ると、虹夏先輩も目が合った。

 

 彼女は俺の様子に驚いた表情を見せると、少し考え込み、悲しそうな表情をほんの一瞬だけ浮かべてそっぽを向いた。

 

 ……え、いやなんで? 

 見捨てられた? 

 ああ、そうか。一応俺たちなんかちょっと気まずい的な雰囲気だったのか。でも虹夏先輩、今はそれどころじゃないんです。

 そして喜多さんはなぜか全くこっちに気がついていなかった。このポンコツちゃんめ! 

 

 俺はその間も、ロインの友達追加方法が分かっていないようなふりをして時間を引き伸ばしていた。

 

 今度は後藤とリョウ先輩が出てきた。

 またもや目で合図を送ると、リョウ先輩はニヤリと悪い顔をしてこちらを見ているだけだった。

 

 頼む──後藤。

 頼れるのはもうお前だけ──

 

 と考え目線を向けた頃には、後藤がこちらに向かっていた。

 

「えー、追加慣れてないんですかぁ? 私やりますよー」

 

「私も私もー」

 

 そう言って俺のスマホが強奪されそうになった瞬間。

 

「あ、ぁああああのー!」

 

 後藤が精一杯の声を振り絞った。

 ──つもりなのだろうが、実際は蚊の鳴くような声だった。

 

「わ! メイドさんかわいい!」

 

「どこのクラスなんですかー?」

 

「え、いや、あ、ああ、あああ」

 

 後藤は萎れていった。

 水分が抜けていった野菜のようだった。

 

「き、きゃー! 人が萎れてるー!」

 

「きゃー! ミイラよー!」

 

 俺たちにとってはあまり珍しくない後藤の様子を眺めたその2人は一目散に逃げていった。

 

「ご、後藤」

 

 俺は萎れた後藤の肩を揺すり、待っている間に買ったオレンジジュースを飲ませると完全復活した。

 

「お、おお、お大倉くん」

 

 なんと俺は、後藤に助けられたのだった。

 

 ……え、いや。

 というか文化祭のこのようなイベントって、普通男女逆じゃね?? 

 

 そう思ったが時代はダイバーシティと言うことでこれも多様性の形ということにしておいた。

 

 それにしても、

 

(ご、後藤が可愛すぎて直視できない!!)

 

 俺は折角助けてもらったのにも関わらず、後藤のあまりの可愛さに口がうまく回らなくなっていた。コミュ障の完全復活だ。

 妙に緊張して心臓もバクバクしている。

 

 勇気を振り絞ってもう一度後藤を見る。

 

 ぎゃあああああかわいいいいいい。

 

 目に毒だった。

 可愛すぎて目に毒だった。

 

 俺は両目を閉じたまま、万華鏡写輪眼の使用後のような血涙を流して後藤に感謝の言葉を告げた。

 

「後藤、いろいろありがとな」

 

「い、いろいろ……? う、うん。お……大倉くん困ってそうだったから……」

 

 この子はやはり女神か。

 女神を超えて次は何になる気なのだ。全知全能の神的な立場か? それとも唯一神か? 

 

「あ……あと、ちょっと嫌だったから」

 

「な、何が?」

 

「わ、わからない」

 

 なんだこのもどかしくてドキドキする感じ。

 俺は胸を掻きむしりたくなる謎の衝動に駆られるものの、片腕が動かないのでやめることにした。

 そしてゆっくり立ち上がると、また虹夏先輩と目が合った。

 今度はすぐに逸らされてしまった。

 ……やはり、避けられているのだろうか?




ふはははは!筆が乗った!もうマジで2,3日くらい投稿できない!たぶん!


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十五話 文化祭にラブコメはつきものだ

喜べ、糖分強めだ


 その後も初日の文化祭を俺たちは楽しく回っていた。

 意外にも、みんなと回る文化祭は悪くない、柄にもなくそんなことを思う。

 ただ、虹夏先輩とは相変わらず気まずいままだった。

 

 そして、俺と後藤は1-2にみんなで一緒に戻ることになった。

 俺は戻り次第、大して話したこともないクラスメイトに「稼ぎ頭なんだからすぐに接客に出るように!」と言いつけられ「え、あ、はいすみません」とだけ答えて職場に復帰した。

 

 ……というか何故、俺は腕を折っているにも関わらず接客をさせられているのだろうか。

 ぶつくさ文句を言いながらコーヒーを震える片手で運んでいた。

 俺はちらりと横を見る。

 虹夏先輩、リョウ先輩、喜多さんは何が楽しいのか目を輝かせながらそこに座っていた。

 

 さらに俺は入り口側を見ると、後藤が看板を持ち立ったまま気絶していた。

 

 ──すると、突然世紀末的な風貌をした二人組が現れた。

 後藤は気絶しておりなおかつ変な顔をしているのだが、メイド服を着たその姿はスタイル抜群で俺には直視できないほどの美少女だった。確かに、ナンパされてもおかしくないだろう。

 

 俺は先ほど助けてもらった恩返しをしなければ、そう思ったのだが。

 

(いやあいつらこえー)

 

 無理でした。

 ヤバくなったら先生呼ぼっと。

 

 しかし俺の心配は杞憂に終わった。

 彼女は世紀末的な風貌の二人組にガンを飛ばされるも、真っ向から向かい合い──勝った。

 彼らは後藤に土下座をし大人しく教室内に入ってきた。

 

 いや入るんかい。

 

「ぼっちちゃーん、注文お願いしまーす」

 

 虹夏先輩がそう声を出す。

 

「私は大倉を単品で注文する」

 

 リョウ先輩に俺を単品で注文されてしまった。お、お持ち帰りされちゃう! 

 

「ご……ご注文は?」

 

 後藤は一瞬で彼女らの前にたどり着くと、ぎこちない態度で注文を取りに行った。

 それにしても、慣れている人が相手とは言え後藤は昔なら絶対にこんなことできなかっただろうに。確実に成長している。なんとも感慨深いものがある。

 

「んーっとねえー……てか、それにしてもぼっちちゃん、メイド服似合すぎじゃない?」

 

「後藤さんはこういう甘い系の服似合いますね!」

 

「わかるぅ〜。ジャージ以外も着ればいいのにー」

 

「いや、それは……」

 

 虹夏先輩と喜多さんのパワーに押される後藤。わかっている、この流れ次はどうせ俺のターンなのだろう。

 

「大倉くんもとっても似合ってますよねー! さっきからずっと逆ナンされてますよ!」

 

 ……え? もしかして俺が先ほどから他校の生徒に声をかけられていたのって……逆ナン……? 

 

「ぎゃ……逆ナンって、あの、だいたい駅前に一つはあってネパール人がやってるインドカレー屋さんでおかわり自由なやつ?」

 

「それは表ナン!」

 

「喜多さん、表ってなに?」

 

「〜〜っ! 乗ってあげただけでしょ!」 

 

 やはり郁代はかわいいなぁ。

 それにしても、俺が先ほどまで声をかけられていたのは逆ナンだったとは。

 

 ならロイン交換しとけばよかった!! 

 どうせ続かないけどね!! 

 

「この格好の大倉、いい」

 

 そう言いながらリョウ先輩はこちらにスマホカメラを向けた。

 

「あ、ちょっと。事務所通してください」

 

「結束バンドは事務所入ってない」

 

 完璧なカウンターを食らってしまった。

 それにしても、いざこうやって写真を撮られるってなると恥ずかしいというかやめてほしい。

 

「あ、あの、大倉くんも嫌がってそう? だし、いいんじゃないですか?」

 

 すると、いつも写真パシャパシャしてナイトプールとパシャパシャしている女、郁代ちゃんが珍しくリョウ先輩の行動を遮った。

 

「……どうして?」

 

「ほ、ほら、前に大倉くんの写真撮った時にトラウマになってそうだったので──」

 

「もう撮った」

 

 そう言ってリョウ先輩が差し出した写真に写る俺は──

 

「またあの顔してるじゃねえかああああああ」

 

 黒歴史を再生産されてしまった。

 

「リョウ先輩お願いしますその写真消してください」

 

「じゃあ1週間私の専属執事になったら消してあげる」

 

「──リョウお嬢様、あまり無茶を申し上げないでください。わたくしめも困ってしまいます」

 

「一瞬で執事になってるじゃないですか!」

 

「セバスチャンと呼んでください」

 

「なんですかセバスチャンって!」

 

「執事のような名前かな、と思いまして」

 

「……良い」

 

 その写真を消すためなら俺は犬にでもなろう。

 だがリョウ先輩のこの顔、一生消す気がないな。

 すると今度は、突然真横から壊れた機械のような音が漏れ出していた。

 

「あ……あ、あの! あ、お、大倉くん、か、かっここここ」

 

「ぼっちちゃんが壊れた!」

 

「大倉が壊した」

 

「いや自滅ですこいつの」

 

 そういえば前にもあったなこんな事。無理して誉めようとするからそうやって壊れたレコードみたいになるのだ。そうやって気を遣われる方がやはり傷つくではないか。

 

「大倉はぼっち、どう思う? さっきから見てないけど」

 

 ちぃっ! リョウ先輩普段は全くと言って良いほどに周りに気を遣えないくせに、腹立つことにこういう時に限って勘づきやがる。

 

「いやー、似合ってるんじゃないですか?」

 

 俺はぶっきらぼうにそう答える。

 すると今度は喜多さんが立ち上がり、俺の肩を持つ。

 

「そんな照れないで、ちゃんと後藤さん見て言ってあげましょうよー」

 

 ぐいぐいと向かい合わせるように動かす。

 

 後藤は後藤で、リョウ先輩にぐいぐいと動かされていた。

 

「ちょっ、待って、ややややややめ──」

 

 向かい合うような形になると、俺は後藤と目が合い──咄嗟にそらす。

 

「──」

 

 俺はまともに彼女を見ることができなかった。この歳にもなって、中学生みたいな恥ずかし過ぎるぎこちなさだ。恋愛経験も多くない中で、腐っても美少女だと思っていた彼女が、本当にこんなに可愛い格好をされたら意識しない方が難しい。

 

 俺のあまりにもガチすぎるリアクションに、場の空気は固まってしまった。

 

「……大倉、耳真っ赤」

 

「〜〜っ!」

 

 俺はその空気と雰囲気に耐えきれずにその場から立ち去るように逃げ出した。

 

 最後にポツリと「やりすぎた」と言うリョウ先輩の声だけが聞こえた。

 

 ・

 

「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ」

 

 やってしまった。

 

 いつもはネタ半分くらいの感じで後藤の容姿を褒めていたが、流石にこうもガチすぎるリアクションを取ってしまったら、それこそ本当に後藤と顔を合わせることができないではないか。

 

 変に思われてないかな。

 

 柄にもなくそんな事を考える。

 もしかして俺は、後藤のことが……好き、なのだろうか。

 

 いやいやいやいやないないないない。

 

 あいつはコミュ障で友達が少なくてたまに奇行と奇声を発するヤバいやつなのだ。

 

 ──しかし俺は自分のことを棚に上げて後藤にそんなことを言えるのか? むしろそれは相性がいいのではないか? 

 

 それに、後藤には変なところもたくさんあるがそれ以上にいいところだってたくさんある。

 本人は気がついていないが、俺を救ってくれたのは間違いなく彼女だし、いざという時には頼りになるヒーローみたいなやつだ。

 今日みたいに見た目に気を遣えば確実に本物の美少女になるし、内面も外見も本当は凄いんだって事は誰よりも分かっているつもりだ。

 

 文化祭マジックだ。

 俺は自分にそう言い聞かせた。

 

 高鳴るのをやめない心臓も、火照った顔も、真っ赤な耳も、ぜんぶぜんぶ。

 

 それにだ、万が一、いや億が一にでも彼女と付き合ったらどうなるだろう。その先が全く想像できない。

 そもそも、俺が付き合えるだなんて烏滸がましい考えだ。後藤の良さに気がつく奴がいれば、もっとモテモテになるような人間……だと思う。たぶん。きっとそうなんじゃないか。いやそうでもないかも知れない……。

 

 俺は今朝後藤を発見したのと同じ場所で、体育座りになって「ゔぁぁぁぁ」とゾンビのような唸り声を上げていた。

 すると。

 

「大倉くんも、後藤さんと同じ生態系なのね……」

 

 俺の横には、いつの間にか喜多さんがいた。

 

「き、喜多さん」

 

 同じ生態系と言うのは、逃げた先がジメジメして暗くてナメクジがいそうな場所だったからだろう。

 

「何してるの? こんなところで」

 

「いや、暇してる」

 

「そうなんだ」

 

 ぶっきらぼうに呟いた俺に対して、深くは聞いてこない。陽キャはぐいぐいデリカシーなく話しかけてくるものだと偏見を持っていたが、どうやら先程の俺の態度には言及してこないようだった。

 

「──だったら、ちょっと一緒に回らない?」

 

「え、いや、いいですごめんなさい」

 

「暇じゃないの!?」

 

 今更だが、人気者の彼女と2人きりで回る事は絶対に周りの目が気になるのでなるべく避けたかった。

 ──しかし、先ほどみんなで回った文化祭が楽しかったのも事実だ。

 

「悪い、じょーだん」

 

 俺は気持ちを切り替えるためにも喜多さんの誘いに乗ることにした。

 

「もー、大倉くん意外と冗談言うのね」

 

「ひねくれ者だからな」

 

「……ただのツンデレじゃない」

 

 ただのツンデレ認定されてしまった。

 確かに、結束バンドメンバーは皆素直でツンデレ枠というものはいなかったかも知れない。つまり俺が結束バンドのツンデレ担当……? 

 

「その前にちょっとお話ししましょう!」

 

「会話は苦手だけどそれでいいなら良いよ」

 

「まったく……大倉くんはさ、緊張とかするの?」

 

「いつもしてるさ、うちのクラスの出し物の最中とか緊張しっぱなしだし」

 

「ふふふ、確かに。でもそっちじゃなくて、音楽やってる時のこと。ライブ中とか──大倉くんだとコンサートの時とか」

 

 俺はまだ結束バンドでのライブは未経験であった。なんなら、明日が初めてのライブだ。

 しかし、その事自体にはあまり緊張を感じていなかった。

 

「もちろん緊張するさ」

 

「えーそうなんだ。意外」

 

「意外か?」

 

「うん。後藤さんとか普段はあんな感じで、ライブ中も緊張してるーって感じがするのに、いざという時は急に感じなくなって、頼もしくなるからさ」

 

「……それは、確かに」

 

「大倉くんも後藤さんに似てるとこあるからどうなのかな、って」

 

 俺は過去の自分を思い返す。

 ピアノを演奏する舞台でも緊張は確かにしていた。しかし回数を重ねるごとに自然と弾けるようになっていった。もちろん、舞台の重要性やピリついた周りの雰囲気によっても変わるとこではあるのだが、あまりしなくなっていたのかも知れない。

 

「……私さ、普通なのよね」

 

「ええぇ、そうか? 超陽キャじゃん、陽キャの鑑じゃん」

 

「ありがとう、でいいのかな? あんまり褒められてる気もしないけど……」

 

 彼女はそう言うと、あははと遠慮がちに笑った。

 

「後藤さんとか大倉くんみたいに普段から普通じゃないと言うか、只者じゃない! って感じは私にないしさ。……それに演奏力も凄いし。私は緊張しっぱなしだし、平凡だなーって思っちゃうのよ」

 

「……」

 

「だからさ、ギターボーカルやっててもみんなみたいに華が無いし。みんなと合わせるのは得意なんだけど、人を惹きつける演奏はできないから」

 

 彼女もまた、悩みを抱えていた。

 だからこそ俺は、大丈夫だと気がついた。

 

「──喜多さん、音楽を舐めすぎ」

 

「え?」

 

 ここは慰める場面なのだろうか、それとも叱咤激励する場面なのだろうか。

 コミュ力のない俺には分からなかった。

 

 俺が慰めたところでその悩みは根本的に解決するものではないし、叱咤激励の上から目線のお説教なんて問題外だ。

 女の子の相談には共感してやれ? 

 

 糞食らえ。

 

 俺は俺なりの言葉を口にすることしか出来ないのだから。

 

 口下手だから音楽で伝えるしかないとか俺は言っていたって? 

 ごめん今手元に楽器がないのでその事は一回忘れてください……。

 

「初めて数ヶ月でそこらの学生バンドよりクオリティの高いギターボーカルできてるし、緊張するとか言いつつMCも上手くなってきてるし、周りを見ながら曲合わせることもできてるし、すげーんだよ喜多さん。というか、成長早すぎ」

 

「……ぁ」

 

「タケノコみたいに成長してんのに、劣等感を覚えるなんて図々しい」

 

「……ふふっ、タケノコって」

 

「でもさ、だからこそ喜多さんは絶対にもっと上手くなると思う」

 

「……ほんと?」

 

「普通より全然早い速度で前に進んでるのにさ、後ろを見ないでさらに前を見てるんだもん。そーゆー人は絶対に上手くいくと思う」

 

 喜多さんは驚いたように横並びの俺へ顔を向ける。数秒こちらを見ると、正面を見つめ直して、照れたように笑った。

 

「あと緊張は慣れだ。こればっかりは断言できる」

 

 そもそも、悩んでいる人間は強いのだ。

 後藤も悩みながら、少しずつ確実に成長している。話を聞いたわけではないが、きっと虹夏先輩もリョウ先輩もそうなのだろう。

 

 悩まない人間は、限界を決めて成長を止めているのだ。それこそ非凡な才を持っていない限りは。

 だから人は努力をするし、踏ん張れるし、前に進める。

 

 俺はその事を後藤の背中に教えてもらった。

 

「あーあ、大倉くんに励まされちゃった」

 

「自分から相談しといて……しかも別に励ましとかじゃないって」

 

「それじゃあ何?」

 

「歯に衣着せぬ物言いで本音ぶちまけただけ」

 

「……だとしたら」

 

「ん?」

 

「だとしたら、優しいね」

 

「──」

 

 喜多さんは太陽みたいな笑顔を見せた。安直な表現だが、それが1番しっくりきた。

 

 俺は照れを隠すようにして立ち上がると、折れていない右の手を差し出す。

 

「左様でございます。わたくしめは執事ですから」

 

「っふふふ、あははは」

 

 彼女はお腹を抱えて笑うと、差し出した手を掴んだ。

 

 ……あ、あ、いや。それ掴むために出したんじゃなくてなんか執事っぽいポーズしただけなのに。

 俺はテンパりと照れを隠すために、彼女が立ち上がるとすぐにその手を引っ込め、頭の後ろをぽりぽりとかく。

 

「そのキャラ、似合わない」

 

「無理してやったんだよ……」

 

「──じゃあさ、一緒に回ってる時は私の執事になってよ」

 

「え、いや、な……なんで?」

 

「練習。慣れるものなんでしょ?」

 

 ……まったく。

 陽キャには敵わない。

 だけどこちとらタダで負けて帰るほどお人好しではない。

 

「かしこまりました、郁代お嬢様」

 

「あー! 名前で呼ばないでー!」

 

 俺は跪くと彼女の手を掴んだ。

 

「……え、え、え?」

 

 そうして手の甲に口づけをするフリをして──

 

 こつん、と手の甲に頭突きをした。

 

「仕返し」

 

 俺はニヤリと笑い、喜多さんを見上げると。

 

「あ、あはははは、そ、そうだよね。するわけないよね!」

 

 想像以上に顔を真っ赤にして動揺する喜多さんを見ることができた。

 俺だって死ぬほど恥ずかしいことをやっている自覚はあるが、この表情が見られたのなら十分すぎる成果だろう。

 

 こうして俺たちは少しだけ2人で文化祭を回った。

 

 ……今朝、俺が喜多さんを連れ出した事と、2人きりで文化祭を回っていた事が広まることにより、2人の仲を疑われるようになる未来を知らずに。




結局筆が止まらずまた投稿しちまったよ
誰か止めてくれ


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十六話 可愛い子にはメイド服を着せろ

文化祭で青春したったなぁぁぁぁぁあ!
男友達とバカやるのも楽しかったけど!!!!


 喜多さんとの文化祭デート(俺はそう信じている……2、30分回っただけだが)を終え、再び自分のクラスへと戻る。

 俺は途中で仕事を抜け出してきており、サボってばかりだったので流石にちゃんと働かなければクラスでどんな陰口を言われてしまうのか想像もつかない。なので、今度こそしっかりと執事を全うすることにした。

 

 意外と責任感があるんだな俺。

 これならブラック企業も社畜根性で働けそうだ。

 

「も、戻りましたー」

 

 俺は脱走してばっかりと言うこともあり、さらーっとこっそーり教室に戻った。

 

 すると、なぜかメイド服に着替えた虹夏先輩とリョウ先輩がいた。

 

「えへへー」

 

 ……虹夏先輩はノリノリであった。

 

「「やばーい! かわいいー!」」

 

 主犯格らしき俺のクラスメイトの女子達は、2人の圧倒的なビジュアルに興奮を隠せていないようだ。

 改めて見ると、結束バンドのメンバーは皆ビジュアルが非常に強いことを思い知らされる。

 

「いやっ、待ってください!」

 

 すると、俺と同時に教室へと足を踏み入れた喜多さんは突然声を張り上げてリョウさんのもとへ駆け出した。

 

「先輩はお姉さまスタイルで! いやっ、あえて男装スタイルってのも……」

 

 しゅばばばと職人のような早業でリョウ先輩を着飾っていく。

 

「我ながら素晴らしいコーデね! あはっ、あはははははは」

 

 喜多さんは気持ちが悪いくらいに興奮しながら、男装スタイルのリョウさんの写真を撮りまくっていた。

 

「私との熱量の違い、ヤバくない?」

 

 虹夏先輩はそんな喜多さんの様子を見て、ぽかんとしながらそう呟いた。

 たしかに、虹夏先輩も非常に似合っているのだが、喜多さんの目にはもはやリョウ先輩しか映っていない様子である。

 

「いやぁー、でもこの2人ビジュアル強過ぎでしょ!」

 

 クラスメイトの声に、虹夏先輩は某手品師のネタかと思うくらいに耳を大きくして聞き耳を立てる。

 

「あの、ちょっとだけ手伝ってもらってもいいですか!?」

 

「いいよぉ〜! 接客業のバイトしてるし自信あるんだー。任せてっ!」

 

 この掌の返しようである。

 ビジュアルを褒め称える声に敏感に反応した虹夏先輩は、突然満面の笑みを浮かべて振り返った。

 

 俺は突然始まったキラキラしたJKのノリについて行くことができず大人しくコーヒーカップを下げることにした。

 後藤は……みんなに忘れられたかのように端っこでポツンとしていた。いやまあいつも通りではあるのだが。

 

 俺はやはり戻らなければよかったと、軽くため息をついて気配を消す。

 消したつもりだったのだが、運悪く目が合ってしまった。

 

「……虹夏先輩」

 

「……あ」

 

 俺はさりげなくフェードアウトして目が合ったこと自体を無かった事にしようかとも思ったのだが、気になることもあったので声をかけることにした。

 しかし、虹夏先輩は俺が話しかけるとばつが悪そうな表情を見せた。ここ最近はそんな感じが続いていた。

 俺はゆっくりと彼女に近づく。

 

「俺の腕のこと、まだ気にしてるんですか?」

 

「…………しないわけにはいかないじゃん?」

 

 あはは、と彼女は笑うが、どう見ても本心からではない乾いた笑みだった。

 

「……ごめんね、わたしのせいで」

 

 いつもの明るさは鳴りを潜め、眉毛をハの字に垂らしながら聞こえるか聞こえないかわからない程度の声量で呟く。

 

「虹夏先輩」

 

「な、なに?」

 

「こういう時は、申し訳なさそうにごめんとか言わないでください」

 

「え?」

 

 虹夏先輩は驚いたように顔を上げる。

 

「……笑顔でありがとうって、言って欲しいもんなんですよ」

 

 俺は当然骨折のことなど気にしていないし、むしろ女の子を守って出来たのなら名誉の傷だとさえ思っている。

 だから、こんなすれ違いなど不要だ。

 

「──う、うん」

 

「あと俺は、口下手なんでちゃんと本番で示しますよ──音楽で」

 

 俺がそう言うと、ホッとしたような、少しだけ照れた表情を見せた。

 俺はくるりと周りを見る。後藤はぼっちだし、リョウ先輩も意外と乗り気だし、喜多さんまで着替え始めているしで辺りはわちゃわちゃとしていた。

 虹夏先輩はそんな周りの様子を気にせずに、深呼吸をひとつした。

 

「そ、その、大倉くん」

 

「はい」

 

「──あの時、私を庇ってくれてありがとう」

 

 振り絞った声で彼女はそう言った。

 きっと、彼女なりに思うところはあるのだろうし、多少はなんらかの決意を持ってそう口にしたのだろう。

 だからこそ俺は、極めて軽く、飄々と受け止めることにした。

 

「まったく本当ですよ。おかげで骨折れたんですから」

 

「えええええ! ここは上手く和解する場面じゃないの!?」

 

 思った通りのリアクションだ。

 

 やはり、虹夏先輩はこうでなきゃ。

 

「あー腕痛いなーつらいなー」

 

「もー! 大倉くんのいじわる」

 

 虹夏先輩はいつもの笑顔でそう言う。

 あの日以来俺たちの間にあった気まずさは、自然とどこかに行っていた。

 

 ──あとは、明日。彼女の期待を裏切らない演奏をして見せるだけだ。

 

「あー、それとさ」

 

「な、なんですか、先輩」

 

「い、今更なんだけどこれ。どう、かな?」

 

 いつもの元気さと明るさを見せつつも、少しだけトーンダウンさせて、恥ずかしそうに彼女はそう口にした。

 

「どう、とは?」

 

「この服」

 

 この服、とはつまりメイド服の感想を俺に求めてきたのであろう。俺は虹夏先輩の全身をさらりと見る。

 フリルのついた膝下までのスカートを恥ずかしそうに押さえている。胸元には大きく真っ赤なリボンをしており、白のカチューシャも相まって完璧なメイドコスプレ度合いであった。

 

 普段からめちゃくちゃ綺麗な人だなとは知っていたが、いざこうして見慣れぬ服を着ているところをると、本当に顔面強者なのだとはっきりさせられる。

 

 そして、最後に目が合う。

 彼女の目は感想を求めていた。

 

「……」

 

「……似合ってると思います」

 

 さすが虹夏先輩だ。この明るい性格とビジュアル面まで考えた総合力で言えば、今この場にいるすべての人間より上のランクにいるのではないか。そう思うほどに彼女のメイド服姿は似合っていた。

 俺は恥ずかしさもあり、ややぶっきらぼうに答えた。

 

「ちゃんと見た?」

 

「今めちゃくちゃ視界に入ってるじゃないですか」

 

「……」

 

 似合っている、と俺は口にした。

 当然その言葉は褒めたつもりであったのだが、なぜか虹夏先輩は不服そうであった。

 

「……ぼっちちゃんの時と、リアクションが違う」

 

「あ、ああ……あれ俺も死ぬほど恥ずかしかったんで思い出させないでください」

 

「うーん……そうじゃなくて……」

 

 俺だって、先ほどの後藤の姿になぜあれほど動揺したのか理解できていないのだ。なんなら未だにまともに見れていないのだから。……まあおそらく普段のギャップにそのような感情を俺は抱いているのだろう。

 虹夏先輩に関してはいつもおしゃれでビジュアルも強いので、流石の俺もあそこまでの反応はしないで済んだ。

 

「──私が着てるのを見ても、ぼっちちゃんの時みたいに動揺しないんだ」

 

「え? ええ、まあ」

 

 俺が気の抜けた返事をすると、虹夏先輩は目に見えてむすっとした。

 

「……」

 

「……」

 

 沈黙、虹夏先輩は膨れっ面でこちらを見る。

 

「………………大倉くんのばか」

 

「え、えっと、すみません?」

 

 なぜ俺が突然バカ呼ばわりされなければならないのか理由は分からなかったが、とりあえず謝ることにした。

 

「もう知らなーい」

 

 そう言ってそっぽを向く。

 俺は何か発言を間違えたのだろうか。

 

 本当に謎なのだが、おそらく俺の発言のどれかが原因で機嫌を損ねてしまったはずなので、取り繕うように改善に向かうための言葉を探した。

 

 虹夏先輩は「似合う」という言葉だと満足しなかったのだろうか。それとも、後藤にしたレベルのガチのリアクションをしていないから、虹夏先輩は後藤以下だと思われたことに対して立腹しているのだろうか。

 おそらくそこら辺が妥当なラインなのだろう。

 

 なので俺は「似合う」以外の言葉でなおかつ後藤以上だと表現できるセリフを見繕った。

 

「……後藤は、普段があんなんだから驚いただけです」

 

「ふーん……」

 

「総合的に見たら、虹夏先輩が一番、か、か、かわ……いいですよ」

 

「……ふーんっ!」

 

 うっわ恥ず。

 先輩に向けて可愛いとか口にするのも、言いづらさと恥ずかしさを感じてしまうし、ぎこちない感じになってしまった。

 

 しかし、虹夏先輩はそのセリフを聞くと、一転して嬉しそうに振り向いて──

 

「大倉くんのばーか」

 

「え、えー……せっかく褒めたのに……。馬鹿とは失礼っすよ」

 

「……女たらし!」

 

「……何でそうなるんですか」

 

 いつどこで俺は女性をたらし込んだと言うのか。

 人生で一度もたらし込んだことがないことで有名なこの俺だぞ。たらし込めるような人間だったら今頃彼女の1人や2人作って青春を謳歌しているはずだ。

 

「ふふっ」

 

 しかし、俺のセリフチョイスは間違えていなかったのか、虹夏先輩は目に見えて機嫌が良くなった。

 

 まったく、本当に女心というやつは理解できない。

 ……男と女はいつまでもきっと理解し合えないのだろう。

 

 ・

 

 文化祭1日目を終えた。

 待ちに待った? かもしれないこのイベントも半分が過ぎていった。あっという間にも感じたし、色々あった今日1日は長くも感じる。

 だが、本番は明日だ。

 泣いても笑っても、あと十何時間もすればその時は来る。

 

 俺たちは、最後の練習にとリハーサルを開始していた。

 

「そうだ、明日のライブMCどうする?」

 

 文化祭ライブを目前に、虹夏先輩は喜多さんにそう投げかける。

 

「メンバー紹介と曲の紹介……それに何か一言って感じですかね」

 

 そうか、バンドにはメンバー紹介とかあるのか。苦手だな、そう言うのは。

 喜多さんと虹夏先輩に任せっきりでいいや。名前呼ばれてピアノのテクニック披露してドヤ顔する感じのやつがいい。

 

「いやー、今でも十分なんだけどさ、売れてるバンドみたいにMCでもおもしろく盛り上がらないかなぁって」

 

 確かに、虹夏先輩の言うことにも一理あった。

 文化祭ライブのMCは、内輪ネタでもなんでも言えば盛り上がりそうだ……舞台に立つ者が人気者であれば。

 例えば俺や後藤が突然ライブMCをしたところで、「え、誰こいつ?」みたいな寒い空気になるのは火を見るより明らかなのだが、話をするのは喜多さんだ。男女問わず人気者で、いつもより話しても盛り上がるだろう。

 

「おもしろいバンドのMCなんかない……ファンが空気読んで愛想笑いしてるだけ」

 

「辛辣すぎる!」

 

 リョウ先輩は冷たい目でそう言い放つ。

 たしかに内輪ノリで寒いなーって感じるようなライブMCもあるが(大倉個人の感想です)、俺は次曲に繋がるようなライブMCなんかは大好きだ。ミスチルの桜井さんみたいに空気や雰囲気に酔えつつ小笑いを取れるようなMCから、流れに乗りつつも会場の雰囲気をガラリと変えて曲に移る瞬間は鳥肌モノだ。

 

「人気が出ればそのうちクソMCでも大爆笑になる。安心して」

 

「むっ、それ慰めてんの? けなしてんの?」

 

「か、解散の危機……!」

 

 虹夏先輩とリョウ先輩はトムとジェリーよろしく、仲良くバチバチ視線を交わしていた。

 

「はいっ! ケンカはなしです。最後の練習頑張りましょう!」

 

「ごめんごめん、頑張ろう」

 

 リョウ先輩が絡まなければ1番の常識人である喜多さんがそう言うと、同じく常識人の虹夏先輩もそう口にした。

 まるで、リョウ先輩と後藤が常識人じゃないかのような口振りだって? 

 事実なんだから仕方がない。

 

「じゃーいくよ!」

 

 虹夏先輩の合図とドラムスティックのカウントから、俺たちは再び練習へと戻った。

 

 ……やはり、と言うか。

 俺が言うまでもなく確実に皆が上達を見せていた。

 

 喜多さんのギターも、初めて数ヶ月が経つとはいえ今では練習さえすればミスなく通しでこなす事は容易になっていた。

 さすが結束バンドのたけのこ担当。成長率はピカイチだ。

 成長率はピカイチだ。

 

「ら、ライブ、少しでも盛り上がるといいですね」

 

「うん! 絶対楽しんでもらえるって」

 

 後藤にしては前向きな発言だな、と思った。またそれと同時に最近の彼女は少しだけだが出会った時に比べると前向きになっているような気がした。

 

「盛り上がるよ……きっと」

 

 そのせいもあってか、俺もつられて前向きになっていた。

 彼女となら、このメンバーとなら高く飛べる気がした。

 

「なんか2人とも前向きになったねー」

 

 虹夏先輩が子供の成長を見守るように、うんうんと頷く。

 

「これで俺らも一躍学校の人気者だな、後藤」

 

「え、えと、えへへへへ」

 

「ほら空想から早く帰ってこい。冗談だから」

 

 俺が適当な発言をすると、相変わらずの奇行を彼女は見せた。

 ……まったく、変わらない奴だ。

 でも、そんなところも含めて後藤なのだ。後ろ向きに前向き、と言うべきか。とにかく、凄いやつだ。

 

「でも確かに、みんな後藤さんにびっくりしちゃうかもね」

 

「えっいや、それは……」

 

「絶対するわよ、だって後藤さんは凄く──」

 

 喜多さんはその続きは口にしなかった。

 が、その表情が物語っていた。

 

「ううん! なんでもない。がんばろ!」

 

 ね! と前のめりになりながら後藤へと声をかけた。

 

「え、あ、はい」

 

 後藤は頭の上にはてなマークを浮かべている。

 

 ……お前は鈍感系主人公かっつーの。

 

 それにしても、この2人は本当に尊いな。

 百合の花が咲き誇りそうな雰囲気……俺はこの場にいられるだけで最高だな。ああ、いっそ空気になりたい。大気中の百合成分と共に漂って感じてたい。

 

「大倉、キモい顔してる」

 

「え、キモいって……」

 

 リョウ先輩のキレッキレな悪口にシンプルに傷ついた。

 いやまあ確かにキモい妄想してたのは事実だから否定しようがない。

 

 ……というかすぐ空想の世界にトリップした後藤に奇行とか言っていたが、つまり他人から見た今の俺も奇行を行なっているように見えたのか……? 

 やめて死んじゃう。恥ずか死ね。

 

 だが、今日の俺は後ろ向きに前向きデーなのだ。ちょっとやそっとじゃネガらないぞ。

 

「何言ってんですかリョウ先輩、俺に執事服を着せたら右に出るものはいませんよ?」

 

「今着てないし……というかナルシスト」

 

 あなたにだけは言われたくない! と口にしてしまいそうになるも、なんとか耐え切った。

 

 この人を敵に回したくは無いからな。

 身包み剥がされて追い出されちゃうかもしれない。

 ……いざという時のために今度からは財布に多めにお金を入れておこう。

 賄賂で許してもらうために。



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十七話 だから僕は音楽を辞めた③

 

 文化祭二日目。

 場所は体育館。

 

 舞台上の出し物は、盛り上がりを見せていた。

 

 俺は薄暗い舞台袖から、前のバンドの演奏を眺める。

 

 久しぶりの感覚だった。

 胸の奥から熱い何かが込み上げてくるようでいて、それでも頭の中は寝起きのいい朝のようにすっと鮮明だ。

 

 ──緊張はなかった。

 

 階段に腰掛けながら、舞台に立つ彼らの演奏に合わせるように右手の指で膝を叩く。

 トントントン、とメロディーに合わせるようにして。

 指は軽い。早く音を鳴らしたいとウズウズする。

 

 ──興奮はあった。

 

 俺は舞台の方に視線をやると、そのすぐ手前に結束バンドのメンバーはいた。彼女らは緊張しているのだろうか。

 少し離れた位置にいる俺には分からなかった。

 久しぶりに舞台に立つ俺を気遣ったのか、あえて何か声をかけてはこない。

 

 俺を除いた結束バンドの4人は、何度かライブはこなしていることもあり、堂々とした立ち振る舞いのように見え──

 

「ああっ! 緊張してきた」

 

 ……たのは間違えだったようだ。

 喜多さんは両手を握り顔元に寄せて、目をぎゅっと閉めた。

 

 悩み相談をした仲だ。少しくらい彼女の緊張をほぐす手伝いでもしてあげよう。

 

 俺はすくりと立ち上がり口を開く。

 

「たけのこ」

 

「たけのこ?」

 

 リョウ先輩は振り返り、俺の発した言葉に疑問符をつける。

 

「喜多さん、たけのこだ」

 

「……もう、ふふふ」

 

 それは昨日、気負っていた喜多さんにかけた言葉。少しだけ卑屈になっていた彼女にかけた、成長を表現するための共通言語だ。

 

「大倉くん、本番前なんだから冗談言わないの!」

 

「でもほら、どう?」

 

「どうって……何が?」

 

「緊張」

 

 彼女は目を丸くして、ため息をつく。

 

「……悔しいけど、ぶっ飛んだわよ」

 

「だろ?」

 

 俺はニヤリと笑ってみせると、喜多さんも釣られて優しく微笑んだ。

 

「え、なに今の? 二人で勝手に通じ合ってる?」

 

 その様子を見て虹夏先輩は困惑していた。

 

「なんて言うか、ねえ?」

 

 喜多さんに視線でパスを出す。それに対して、こんな局面でわざわざ話すことでは無いかと喜多さんも適当に口を開いた。

 

「うーん、大したことでは無いですけど」

 

 虹夏先輩は、先ほどのやりとりを当然理解できず俺と喜多さんを交互に見た。

 むーっと、頬を膨らませて俺を睨む。

 

「ふーん、喜多ちゃんにも手を出してるんだ」

 

「え、いや、ほんと何でも無いんで……ていうか『も』って何ですか」

 

 その言い方だとまるで俺が複数人の女性に手を出しているようではないか。まず前提として、喜多さんに手を出したわけでない。さらに言えば喜多さん以外の女性にも何かしたわけも無く不服に感じた。

 ……まあ、俺の場合だと何かした事ないのはもちろん何もされたことないんですけどね。ライブ前になぜこんな悲しいことを考えなきゃいけないのか。

 

「なんでもなーい」

 

 虹夏先輩はそう言い、そっぽを向いた。

 ぎこちなさが無くなったと思った矢先、今度はこのような態度が増えた気がする。嫌われてる……とかでは無いと思うのだが。

 

「……一体何を見せられているのだか」

 

 リョウ先輩は頭を抱えながら呟く。俺は何を見せてるつもりも無いのだが。

 

「痴話喧嘩するならライブ後にして」

 

「「痴話喧嘩じゃ無い!」」

 

 俺と虹夏先輩の魂の叫びは、コードのようなハモリを見せた。

 

「まったくもう……そういえば、ぼっちちゃんは大丈夫?」

 

 後藤は先ほどから会話に入らずに舞台を凝視していた。最初は少し心配していたが、いつものように縮こまった背中では無く、強さみたいなものを感じていた。

 会話する余裕がないほど緊張しているとかでは無く、アーティスト的な集中をしているのだろう。

 

「はい!」

 

 ──だから、きっと大丈夫だろう。

 

 ……だから、きっと後藤から聞こえてくる心音のようなbpmも気のせいだろう。

 

「このバンド、ドラムだけ異様にうるさいな」

 

「後藤さんも、落ち着いて!」

 

 もはや後藤に緊張するなと言うのは無理なので、俺は放置することにした。

 勝手にやらせておいても、どうせ大丈夫だろう。そんなにヤワな奴じゃないことは良く知っているから。

 

「……大倉くん、本当に演奏大丈夫?」

 

 虹夏先輩との間に存在したぎこちなさはもう感じなくなっているが、それでも俺の腕のことを心配している様子であった。

 

「さあ、やってみないと」

 

「……」

 

「聞いててくださいね、俺のピアノ」

 

「……うん!」

 

 そう、だからこそ俺は音で示すのだ。この程度の逆境はむしろチャンスであると証明するのだ。

 

「結束バンドさん、まもなくです」

 

 俺の頭上から声がする。

 文化祭の実行委員が、俺たちの出番を告げた。

 

 泣いても笑っても舞台の幕は上がる。

 

 あっという間だった。

 文化祭ライブに出ることを、結束バンドの一員になることを決意してからは。

 

 自信はある。

 ブランクはあれど、舞台に立つことも鍵盤を叩くことも慣れっこなのだから。それに、今までにないくらいの調子の良さを感じている。ハートは熱く、頭はクールに。

 

 左腕の骨折という大きな荷物を抱えているが、これは名誉の負傷だ。虹夏先輩の心配も一気に払拭させてやる。

 

「いよしっ! じゃあ円陣でも組んどく? あっ、手合わせてお〜ってやつしよっか」

 

 虹夏先輩はおーってやつを提案して左手の拳を力強く掲げた。

 

「いいですね、やりましょう!」

 

 さすが結束バンドのコミュ強陽キャサイドの2人だ。恥ずかしげもなくそんな提案をする。

 

「え"」

 

「暑苦しい」

 

 さすが結束バンドのコミュ弱陰キャサイドの2人だ。恥ずかしげな提案に速攻で待ったをかける。

 ……リョウ先輩は別に陰キャってわけじゃないけど。

 

 そして、同じくコミュ弱陰キャ陰キャサイドの俺は──

 

「いいですね、やりましょう」

 

 この熱にやられたせいか、心までもが浮ついていた。こうでもしないと、体の真ん中からふつふつと湧き上がる何かを抑えきれない気がしたから。

 それでも、地に足はついている。もはや、成功する姿しか目に浮かばない。

 

「え"」

 

 後藤は口を開いて目を丸くしている。

 

「な、なんか最近の大倉くんが眩しくて直視できないぃ」

 

 仕方がないだろ。

 友達は少ないし、コミュ力は無いが。

 ……でも、憧れていたのだから。

 

 信頼できる仲間と共に青春の舞台に立つことに。憧れて、遠ざかって、遠ざけて。触れることも諦めていたこんな舞台に。

 捻くれてクサいと斜に構えて眺めていた、こんな青春に。

 

 少しくらい、陽キャの真似事をさせてくれ。キャラじゃ無いのは百も承知で、せっかく後ろを向きながらも前に進めているのだから。

 

「みんな、左手……じゃなくて右手出して!」

 

「はいっ」

 

 虹夏先輩の右手に、真っ先に手を添えたのはやはり喜多さんだった。

 

「えー」

 

「いいからー」

 

 渋るリョウ先輩の手を、虹夏先輩は引っ張る。

 

「……よし」

 

 俺はその上に手を重ねて、

 

「ほら、後藤も」

 

「あ、はい!」

 

 5人全員の手を重ねる。

 

「じゃあ頑張ろう、楽しもう!」

 

 虹夏先輩の掛け声に合わせて、

 

「せーの」

 

「「「「「お〜!」」」」」

 

 俺たちは、右手を狭い天井なんか突き抜けてしまうくらい高く掲げた。

 

 ・

 

 俺は体育館の舞台に居座るグランドピアノに腰掛けた。こいつはいくつもの演奏をこなしてきた立派ですごい奴なんだろう。

 

 だから、敬意を払って今日は今までにないくらいの飛び切りの演奏をさせてやる。

 この学校で、過去1番の演奏を。

 

 一曲目は持ち運んだキーボードではない。

 やはりピアノパートがあるものは、電子音より楽器の共鳴を楽しみたい。

 

「続いてのバンドは、結束バンドの皆さんです」

 

 ぱっ、と。

 ライトが俺らを照らして舞台の幕は上がった。

 

 お客さんは文化祭ということもあり、多く入っていた。

 

「「喜多ちゃーん!」」

 

 舞台の下から聞こえてくるのは、喜多さんを呼ぶ声だった。さすが結束バンドの陽キャ担当だ。

 

「お姉ちゃーん! がんばれー!」

 

「ひとりちゃーん、頑張れー!」

 

 後藤にも家族とファンの人が声援をあげる。

 

「ぉおーい、ぼっちちゃーん頑張れ〜! あっ、見て見て、きょうは特別にカップ酒〜! えへへ」

 

 ……どうでもいいが誰か早くあの人を追い出せ。

 

「かっこいい演奏頼むよ〜、うぇーい!」

 

 周りの観客は、文化祭にふさわしくない酒臭いおねーさんの姿にドン引きしていた。当然舞台上に立つ後藤も他人のふりをしていた。あれほど自分のお客さんがいるか心配していた後藤ですら切り捨てるレベルとは……恐るべし。

 

 そ、それにしても。

 

(当たり前だけど誰も俺のこと見に来てねー!!)

 

 俺はあの後藤にすら負けた。真のボッチ王選手権の優勝者になったのだ。

 

「ピアノのやつ骨折してね?」

 

「大丈夫か?」

 

「あんな人学校にいたっけ」

 

 ……。

 ファンがいないどころか極めてアウェーだった。

 

「あれー、じょう君誰も見に来てないの〜? じゃあ応援お姉さんだけだね! えへへへへ」

 

 唯一俺を応援するファンがこんなやつなのか。

 おいマジで誰か摘み出せ。警備員呼ぶぞコラ。

 

「えー、私たち結束バンドは、普段は学外で活動しているバンドです」

 

 喜多さんの声と共に、観客席もざわめきが落ち着く。ボーカルをする彼女の声は、綺麗に透き通り体育館に反響していた。

 

「今日は私たちにとってもみんなにとってといい思い出を作れるようなライブにします! それでもし興味が出たらライブハウスに見に来てくださーい」

 

 喜多さんの堂々とした喋りに観客も湧く。場数を踏んで慣れてきたのか、今までのような硬さはなくまるで緊張を感じさせなかった。彼女にとってはホームグラウンドであるとは言え、会場の雰囲気は悪くなかった。

 

「それじゃあ一曲目行きまーす。ほんとは3曲ともオリジナルで行きたかったんですけど……まあせっかくの文化祭なので、みんなの知ってる曲で掴みを取りに行っちゃいまーす」

 

 お茶目に言い切った喜多さんの発言に、会場がどっと湧く。……ユーモアのあるMCも難なくこなした。

 

 俺は後ろをに目をやる。

 喜多さんと目が合った。ぐるりとメンバー全員を見回して、俺はピアノと向き合う。

 

 やあ、俺はまたお前を弾くことにしたよ。

 俺は音楽を辞めなかったよ。

 

「初っ端からかっこいいピアノが聴けちゃいます! ──"だから僕は音楽を辞めた"」

 

 歓声が聞こえた。

 みんなが知ってるメジャーな曲のタイトルコールは、やはり一発目としては強力だった。

 だからこそ俺はその期待を裏切らぬように右手だけを鍵盤に乗せて。

 

 虹夏先輩のドラムがスタートの合図を刻む。

 

 1、2、3、4。

 

 入りは雨の日の喫茶店で聞くようなジャズ・ピアノのように優しいタッチで入る。音圧や速弾きだけで魅了するのではなく、繊細なタッチでゆらゆら流れるように。屋根から雨水がゆるりと流れ落ちるように。

 

「考えたって分からないし 青空の下君を待った」

 

 左手がない分、音の厚みと複雑さが足りない。

 

 なら、技術と表現でカバーすればいい。

 手数なら、そんじょそこらのやつらには負けない。

 

 喜多さんは透き通った声でaメロを歌う。虹夏先輩のドラムは下支えする地盤を作るようでいて、彼女の性格のように優しく包み込んでくれるかのようだった。

 俺は鍵盤を見ることなく天井を見上げた。優しいタッチから、クレッシェンドで進める。

 

「──君の目を見た 何も言えず僕は歩いた」

 

 俺は喜多さんに少しだけ視線を向け、フレーズの終わりと共にピアノに視線を落とした。

 

 鍵盤を叩く。

 爆音を鳴らしたりインパクトで攻めるのではなく、したたかに、小雨が本降りになるかのように。

 俺の耳には彼女たちの音と──ピアノから響く音しか入らなかった。

 

 頭から俺が主役だ。aメロ間の演奏で、右手しか使えないピアニストから、右手だけとは思えないピアニストだと観客たちに、結束バンドのメンバーに、虹夏先輩に、殴りつけるかのように示した。

 意識はピアノにしか向いていないのに、頭の片隅では冷静になっていき、段々と周りを俯瞰しているような感覚になる。

 

 観客が息を呑む音が聞こえる。

 

 ギターもベースも完璧だ。文句のないリズムと音を鳴らす。

 

 ──でも少し固いな。喜多さんも流石にまだコードを追うので精一杯だ。後藤もまだまだこんなんじゃない。リョウ先輩は流石だが、もっと周りを見れるはずだ。虹夏先輩のドラムも追いかけている感じになってる。もっと引っ張っていいんだ。

 

「考えたって分からないし 青春なんてつまらないし」

 

 喜多さんの歌声が響く。

 その歌詞はまるで俺のことを歌っているようで、ピアノから響く感情の音は、その表現はとてもうまくいっている感覚があった。

 

「辞めたはずのピアノ 机を叩く癖が抜けない」

 

 考えることを放棄して、青春を恐れて遠ざけて、未練はたらったらで。1番嫌なのはその状況ではなく、その状況に甘えている自分自身だった。

 

 bメロに入る。

 

 流れは緩やかなまま徐々に音を強める。ギターの2人に音で声をかけるように強めのタッチに変えていく。

 ──この曲ばかりは俺が主役だが、遠慮はしなくていいぞと。

 

 喜多さんは流石に手一杯だが、後藤は俺の投げかけた音に呼応して主張を強くし始めた。

 昔みたいな1人の演奏ではなく、周りの音と会話をする後藤ひとりの演奏だった。

 

 サビ前のギター。

 俺の煽りに乗った後藤は力強く弾く。

 

 ──そうだ、それでこそ後藤ひとりだ。

 

「間違ってるんだ わかってないよあんたら人間も」

 

 雨はだんだんと強まっていく。

 それは自暴自棄になった感情の吐露。

 

「本当も愛も苦しさも人生も どうでもいいよ」

 

 情けない自分を認めることができなくて、周りのせいにする。言い訳にする。自分に言い聞かせるように。

 

 あいつらと出会わなかったら、そのまま意味もなく周りを憎んで勝手に壁を作っていた。

 

 だからこれは過去の自分への手向けの演奏。

 心の中に感情の猛獣を飼っていた少し前の自分への手向けの歌。

 

「正しいかどうか知りたいのだって防衛本能だ──考えたんだあんたのせいだ」

 

 まるで自分に問いかけるように。

 

 間奏のギター。

 あの日の俺を引っ張り出してくれた救いの音のままだった。

 

「将来なにしてるだろうって 大人になったらわかったよ 何もしてないさ」

 

 下支えするベースライン。

 俺はあえてピアノの主張の薄いこの部分で無茶をする。

 リョウ先輩に、俺のピアノが喜多さんのボーカルを殺さないように任せにきりにした。

 

 彼女の技術なら、リズムと音程を纏めてくれるはずだ。だからこそ、もっと俺のピアノとボーカルの音を聞いてくれ。

 

「幸せな顔した人が憎いのは どう割り切ったらいいんだ」

 

 俺のパスを受けたリョウ先輩に目をやる。

 彼女は不敵に笑うと、俺が多少動き回っても喜多さんを惑わさないようベースで道を作る。

 ……まったく、流石だ。

 

「満たされない頭の奥の 化け物みたいな劣等感」

 

 今度はドラム。

 ここまで完全に俺が1人で牽引するように弾いてきた。でも、結束バンドをを支えるのは他の誰でもない、虹夏先輩なんだ。みんなを引っ張るのは、俺じゃなくてあなたなのだ。

 

「間違ってないよ なあ何だかんだあんたら人間だ」

 

 俺に遠慮をするな。ドラムがピアノに気圧されるな。俺の背中を見るのではなく、先輩の背中を追わせてくれ。

 

「愛も救いも優しさも根拠がないなんて 気味が悪いよ」

 

 遠慮をしないで。俺の腕は気にしないで。

 そんな生半可な気持ちだったら、食っちまうぞ。

 

 俺は虹夏先輩と一緒に演奏するのが楽しい。

 だから、俺を気にした楽しまない演奏はやめてくれ。

 ──楽しんだ音楽でドラムスティックを振り回してくれ。

 

 俺みたいな口下手な奴は、そんな感情を音に乗せて虹夏先輩にぶつけることしか出来なかった。

 

「ラブソングなんかが痛いのだって防衛本能だ」

 

 虹夏先輩も俺の挑戦に呼応するように、リズムを、音を束ねて引っ張り始める。俺の台風のようなピアノを彼女は大きな川のように泰然として受け止めた。

 

 そうだ。それだ。

 これは俺のことを理解してくれている音だ。

 楽しんでいる音。

 俺たちは今、この一瞬。二度とあるか分からない高校生の文化祭という舞台を楽しむために来ているんだ。

 

 辞めない理由を探して続ける音楽から、楽しいからこそ続けられる音楽に変えるために。

 

「どうでもいいか あんたのせいだ」

 

 2番のサビも終わる。

 さあ、ここが俺の一番の見せ場だ。

 

「…………」

 

 俺は指を動かす。指だけじゃない、体全てで音を表現する。

 

 わざわざ作ってもらったピアノソロ。

 

 もっと速く、もっと速く、感情的で──

 

「…………っ!」

 

 ──いや、違う。

 

 今の俺が弾きたいのはネガティブに陥っただけの何かを辞めるための音じゃない。

 土砂降りの雨の中、空を覆う真っ黒で分厚い雲を吹き飛ばすような演奏だ。

 空を割って、青空をこの体育館に引き摺り出すのだ。

 

 ──俺は頑張っていたんだ。もがいたんだ。

 好きなはずな音楽を楽しめなくなってしまった時からずっと。

 

 恐れながらも楽しく、美しく、主張をやめない彼女のギターに惹かれて俺は進むことができた。

 

 きっとこの曲を聴いている人の中にも、結束バンドのメンバーも、好きで始めたはずの何かが段々と雁字搦めになって、いつの間にか楽しむことを忘れてしまった人達もいるだろう。

 

「っ!」

 

 だからこれは手向けであって──過去の自分の、過去のみんなを否定するために俺は弾かない。

 

 世界全てが敵に見えた、そんな誰かの唯一の味方になるための曲だ。

 

「考えたって分からないし 生きているだけでも苦しいし」

 

 ピアノソロを終える。

 無意識のうちに椅子から立ち上がっていた俺は、少し荒れた息を整えて座り直す。

 

「間違ってないだろ」

 

「間違ってないよな」

 

「間違ってないよな」

 

 あの日の俺たちは、自分が間違っているのが怖かったのだ。

 

「間違ってるんだよ 分かってるんだ あんたら人間も

 

 本当も愛も救いも優しさも人生もどうでもいいんだ

 

 正しい答えが言えないのだって防衛本能だ どうでもいいやあんたのせいだ」

 

 誰かに肯定されていなかった俺たちは、誰かを否定するしか無くなってしまう。

 

「僕だって信念があった 今じゃ塵みたいな思いだ」

 

 違う。塵なんかじゃないんだ。

 

「何度でも君を書いた 売れることこそがどうでもよかった」

 

 だからこそ感情は狭間で揺れて動かなくなって動きを止めてしまったのだろ。

 

「本当だ 本当なんだ 昔はそうだった」

 

 ──今の俺は。

 

「だから僕は」

 

 あの日の俺に伝える。

 

「だから僕は」

 

 だから俺は、

 

「音楽を辞めた」

 

 ──音楽を辞めない。




最終回みたいな雰囲気だろ?安心しろまだまだ続く
続くったら続く


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十八話 ぼっち・ざ・ろっく!

最終回みたいなタイトルだけど終わりません


 

 割れるような拍手と声援が体育館を反響する。

 

「……はぁ……はぁ……っ」

 

 俺はそんな客席を呆然と見つめていた。うるさいくらいに体育館は熱狂を見せているが、俺には自分の整わない息遣いしか聞こえなかった。

 

 心臓がはち切れんばかりの速さで脈を打つ。

 

 俺は客席をぐるりと見回した後、結束バンドのメンバーを見た。

 

 みんな驚いた表情でこちらを見ていた。

 俺はピアノを弾き終えてから震えて止まない右手の拳を強く握りしめて、高く上に持ち上げてそれに応えた。

 

 虹夏先輩はそんな俺の右手を見て、瞳を潤ませた。

 ──だが、その口元は確かに笑っていた。

 

 リョウ先輩は前を見ろと伝えてきた。

 俺はもう一度客席をゆっくり見渡すと。

 

「「「「わぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」」」」

 

 今度こそは、その歓声が確かに耳に入った。

 肌がピリピリする程の熱量だった。

 

「やべえええあんな上手いピアノ初めて聞いた!」

 

「本当に片手で弾いてたの!?!?」

 

「結束バンドうめぇぇ!」

 

「大倉くーんまた執事やってー!」

 

「きゃーっ!!」

 

 初めての感覚だった。

 クラシックピアノでの、大人たちに囲まれたスタンディングオベーションとはまた違う心地よさだ。

 

「……はぁっ、ふっふふふっ、ははははっ」

 

 簡単なことだったんだ。

 俺が探していたのは、こんなシンプルなものだった。

 

「それじゃあ次の曲の前に、結束バンドのリーダー。ドラムの伊地知虹夏先輩です!」

 

「皆さんはじめましてー! 盛り上がってますか〜?」

 

 その声掛けに、観客たちは思い思いの歓声で応える。

 拍手とぐちゃぐちゃに混じった歓喜の声が舞台の上に届いた。

 

「えー、うちのベースの山田リョウいわく、結束バンドはMCがつまらないそうでして……どの口が? って思うんですけど、面白いトークできるようになるまでライブ告知だけにしときますね〜」

 

 自虐的なボケに会場からも笑いが漏れる。

 虹夏先輩のMCも文化祭ブーストがあるとは言え順調だ。

 

「って……まだ次のライブの予定はないんですけど、もし気になるーって人がいたらボーカルの喜多ちゃんか──」

 

「喜多ちゃーん!!」

 

「ギターのぼっ……あっ後藤ひとりちゃん! それとキーボードの大倉譲くんに今度声をかけてください!」

 

 わああと歓声が上がる。

 

 いやいや待って、さっきの演奏前の舞台袖から演奏中、そしてつい先程まであんなに自分に酔いしれて格好つけていたから忘れてたけど、俺コミュ障だからね? 

 あんまり学校でそんな告知しないでね? 

 話し出したら評判下がるんだから、話しかけられないミステリアスなクールボーイのままでありたかったよ。

 

「それと先ほどのヒーロー大倉くんからひとこと!」

 

 え? 

 は? 

 あ? 

 いやいやいやいやいやいや待ってくれ。

 俺は何も準備をしていないぞ。

 何も準備をしていないのに同じ学校の人の前で、それも舞台の上で何を話せと言うんだ。いや、準備しても話せないのだが。

 

「はい、大倉くん!」

 

 虹夏先輩にマイクを向けられる。

 

 ──考えろ。

 今俺は何か下手なことを話すとせっかくの会場の盛り上がりを、リーマンショック時の株価くらい急暴落させてしまう。

 つまり俺は口を開いただけで景気悪化が確定。

 

 だがこのまま沈黙を続けるのも悪手。

 

 どうする、どうする。

 

 俺は俯く。

 すると、俯いた先には鍵盤が。

 

 これしかない。

 

 俺は一言も話さぬまま鍵盤に向き合うと、星座に慣れたらのイントロ部分をジャズアレンジにして弾く。

 跳ねるように、ポップでキャッチーかつシックでクールに奏でる。

 俺は数秒だけピアノを叩き、格好つけて姿勢を正したまま真上を見上げる。なんかこういう体勢って天才っぽくないか? そんなことないか。

 

 そして気になる観客の反応は。

 

「「「「わぁぁぁぁぁぁぁあ!!」」」」

 

 おーけーミッションコンプリート。

 俺は無言のまま、ドヤ顔隠しのためのすまし顔で客席にペコリとお辞儀をする。

 

「それじゃ、次の曲行こっか」

 

「はい!」

 

 虹夏先輩がそう告げると、再び喜多さんは前を向く。彼女たちがMCで場を繋いでいる間に、俺はグランドピアノを離れてシンセサイザーの元へ向かった。

 現状、結束バンドの曲には当然ピアノパートはない。だから目立ちたがりになってしまうグランドピアノではなく、あくまでシンセサイザーの音で曲に合わせるようにコードやメロディーを奏でる。彼女たちをサポートすることがメイン業務だ。

 

 それにしても──

 

(後藤の顔が晴れていない……)

 

 一曲目で観客の心をかなり掴んだと言うのに後藤の顔は不安そうなものだった。

 

「それでは聴いてください! 二曲目で"星座になれたら”」

 

 虹夏先輩のカウントで曲が始まる。

 

 イントロ部分の演奏を顔を見合わせながら行う。

 喜多さんの歌声も入り、曲は順調に進んでいく。

 

 ……後藤のギターを除いては。

 

 全体として聴いていればそれほど違和感がないのだが、やはり音楽経験者であれば気がつく違和感。

 チューニングが合っていないのか? 

 

 俺はシンセサイザーでギターのコード弾きをサポートする。目立たないように、しかし右手で三和音を押さえながら曲全体に全員の楽器(特に後藤のギター)が馴染むよう音とリズムを合わせる。

 

 曲はサビを迎えた。

 やはり後藤のギターは何かしらの不調を抱えているようだった。このままではギターソロを迎えてましまう。

 

 そして、

 

(1弦が切れた……!)

 

 サビの途中にアクシデントが起きたのだ。

 演奏中のギターの1弦が弾けて切れた。確か彼女はあのギター1本だけを所持していたのではないか。つまりこのバンドには予備用のギターが一本もない。

 このまま弦の切れたギターでこの後の演奏に臨むしかないのだ。

 

 なんとか合わない2弦のチューニングだけでも、と後藤はしゃがみ込む。

 俺はそのままシンセサイザーで後藤の代わりにギター音を奏でる。左手が逝ってしまったせいでルートの音は出せないが、シンセサイザーの音源をギター音に切り替える。やはり取って付けただけのハリボテギター音だと圧倒的に劣るのは事実だが仕方がない。

 

 もうすぐギターソロだ。

 

 どうする、後藤。

 彼女は俯きながらギターをなんとか弄っているが、完全に間に合わない。

 流石にギターのソロパートをシンセでやるのは無理があるぞ……! 

 

 1番のサビが終わる。

 後藤はしゃがみ込んだまま対応が間に合わず──

 

(喜多さん……!)

 

 異変を察知した喜多さんが後藤の代わりに間奏を繋ぐ。完璧なアドリブだった。

 

 何が平凡だ。

 

 始めて数ヶ月でこの局面に、仲間のトラブルに気がついて堂々とアドリブを挟める奴はもう立派なギタリストだ。

 

 後藤と喜多さんは顔を見合わせる。

 その瞬間、後藤は足元に落ちていたカップ酒を手に取った。

 その顔には、いつものふにゃっとした覇気のない表情では無く、緊張感を感じつつも誰にも負けないくらいの力強い表情が浮かんでいた。

 

 ──そして、後藤のソロ演奏が始まった。

 

 合わない2弦のチューニングと切れた1弦を前に、カップ酒のボトル瓶を左手に構える。

 

 おいおい、化け物かよあいつ。

 彼女は咄嗟の機転でボトルネック奏法を行った。

 

 たしかにチューニングがずれているのだから擬似的にボトルでフレットを作ることは理論的に可能だ。可能ではあるのだが、この土壇場で練習もなくその発想にすぐ至りそれをソロ演奏にまで昇華させていることを考えると、凄いの一言に尽きる。

 

 観客もその異様な光景に、理解はできずとも「何か凄い事をしている」という事実は感じ取ったようだ。

 

 咄嗟の判断で後藤はギターソロを終えた。

 会場のボルテージもとどまることを知らずに突き抜けていく。

 

 ──2人の機転で、舞台上のトラブルを乗り切ったのだ。喜多さんと後藤の高度なアドリブ力は、出来て間もない高校生バンドにしては立派なもので合った。俺はその2人に対して、嬉しさと少しばかりの悔しさを感じた。

 

 ……まったく、先ほどのピアノで目立ったつもりだったのだが、これでは後藤に負けてしまうな。

 

 後藤は残りの弦でなんとか演奏を続け、無事に2曲目を終えた。

 

 演奏を終えた後藤はゆっくりと顔を上げる。

 目前に広がるのは、彼女の演奏にボルテージが最大の観客達の声だった。

 わかるよ。

 俺もつい先ほど、同じ感情を抱いたのだから。

 

 演奏を終えた俺たちにかけられるその歓声は、鳴り止むまでに少々の時間を要した。

 少しして会場を包む声の波は落ち着くようにして引いていった。

 

「ああ〜、えっと……ホントは続けて最後の曲いくところなんですけど」

 

 虹夏先輩はそのタイミングを待ってから興奮を隠せないまま徐に口を開いた。

 

「これだけ言わせてください! ──きょうは、本当にありがと〜!!」

 

「「「いえ────────!!!」」」

 

「この日のライブ、みんなが将来自慢できるくらいのバンドになりまーす!」

 

「「「いいぞ──!」」」

 

「武道館行っちゃえ〜!」

 

「ご……なんとかさんも良かったぞー!」

 

 ふん、先ほど俺は「大倉くん」と名前付きの黄色い歓声をいただいた。

 後藤! 貴様はまだ名前を覚えられていないようだな! 俺の勝ちだ! 

 

「弦切れたのに頑張ったねー!」

 

「あ……」

 

 結果として想像以上となった観客席から後藤にかけられる声援に、彼女は呆然としていた。

 

「ほら、後藤さん。一言くらい何か言わなきゃ!」

 

 南無。

 一曲目の後は俺が犠牲になりかけたところでキャンセルをかましたが、今度は喜多さんの純粋な分タチの悪い陰キャキラーが発動した。

 

「えっ?」

 

 喜多さんはそんな後藤の様子を気にせずにマイクを口元に持っていく。

 こ、これで演奏で逃げるという手も無くなってしまったッ! しかも喜多さんは楽しそうに笑ってる。それは天使の顔をした悪魔だった。

 

「ああ、あっ、ううう……」

 

 頑張れ後藤、負けるな後藤、俺は何も手を貸さない。死ぬのは君1人で十分だ。

 

 口を半開きにし、ワナワナと震える。

 

「何か面白いことしなきゃ何か面白いことしなきゃ、何か面白いこと……」

 

 薬物でも決めたようにバキバキの眼球が、酒臭いおねーさんを捉えた。

 

 ──まずい。これは絶対にまずい。

 

 コミュ障センサーがびんびんに反応する。

 追い込まれたコミュ障が何か面白いことをしようとすると120%空回りするのだ。ちょっとつまらないくらいなら構わないのだが、空気に合わない奇天烈なことをして総スカンを食らうのまでが定型文だ。

 

 彼女を止めなければ。俺が立ち上がった時にはもう遅かった。

 

 後藤は酔っ払いのような足取りで観客席の元へと歩みを進める。

 そして──

 

 ──彼女は鳥になった。

 

 そして、ぼっちがろっくになった瞬間でもあった。

 

 ごすっ、と。

 おおよそ文化祭のバンドステージでは聞こえない音が体育館に鳴り響いた。

 先ほどまでの歓声はどこへやら、辺りは沈黙が支配していた。

 

 どんまい、後藤。

 骨くらいは拾ってやるよ。

 

 うつ伏せの後藤は、ピクリとも動かなかった。

 

「「きゃー!」」

 

「後藤さん!?」

 

「ぼっちちゃん、大丈夫!?」

 

 その様子に真っ先に喜多さんと虹夏先輩は心配の声をあげる。

 だが彼女の親愛なるぼっち友達として一つ言わせてくれ。

 そこまで追い込んだのは、あなた達なんですよ……。

 

 俺は彼女を止めに行こうとした足をそのまま、放置しては行けないと思い舞台下へと向かう。と言うか誰か助けてやれ! 

 

「お前は伝説のロックスターだ」

 

 相変わらずリョウ先輩は最低だった。

 

「はははー! ぼっちちゃん最高!」

 

 おそらく原因その②である酒ねえも笑っていた。いいから少しは心配しろ、お前ら。

 

「少しは心配しろ!」

 

「ホントだよ!」

 

 伊地知姉妹だけはまともだった。

 伊地知(姉)は相変わらず怖いけど良い人なのかもしれない。

 

「おい後藤、大丈夫か!?」

 

 誰も手をつけず放置されてる彼女を救うために、俺は後を追うようにして舞台からジャンプする。

 観客は俺が助けに降りるのを察知してその場を少し開ける。

 舞台から飛び、地を足につけた瞬間の話だった。

 

「ぅえ?」

 

 最初に着地したと思った左足が、つるりと大きく蹴り上げるように真上に上がる。

 

 そういえば聞いたことがある。

 タキサイキア現象、と言うらしい。突発的な危険状態に陥った際に、周囲がスローモーションのように感じることがある。

 例えば交通事故の時。見ているものが全てゆっくり動いて感じる経験をしたことがあると言う人もいる。

 

 例に漏れず俺も、この瞬間をスローモーションに感じた。

 

 仰向けの体からは、左足と観客と天井と──巻き上げられたカップ酒だけが視界に入った。

 

 あの糞酒臭最低女、次会ったらぶっ殺す。

 

 俺は背中から大きく床に落っこちると、後頭部に強い衝撃を感じて意識を失った。

 

 ……まったく、いつだって俺の青春は締まらないというのか。

 ぼっち2人がろっくな感じで舞台から落ちて気絶する。

 最高にロックだ。

 1人はうつ伏せで、1人は仰向けで。

 

 俺と後藤のぼっち・ざ・ろっくは、まだ始まったばかりらしい。




文化祭編は次回でラストです。

あとみんな誤字報告と感想ほんっっっっっっとにありがとう。毎回誤字報告してくれる編集長の方々には頭が上がりませぬ。


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十九話 君じゃないなら意味はないのさ

文化祭終了!


 

「後藤さん大丈夫、目覚めた?」

 

 俺は、俺を呼ばない喜多さんの声で目を覚ました。

 知らない天井だ。

 

「あ、はい」

 

「よかったー。怪我も大したことないみたい」

 

 嘘です知ってる天井です。

 学校の保健室、窓際のベッドの上で仰向けになって寝ていた。

 ……頭痛い。

 そういえば俺は、後藤が無謀なダイブをした直後にそれを助けようと舞台から降りたのだが、足元に落ちていた酒臭いおねーさんの空瓶に足を滑らせ後頭部を強打したのだった。

 

 あの野郎、次会う時は死ぬほど文句を言ってやる。

 

 俺の横では、同じように目覚めた後藤と喜多さんが仲良く話をしていた。

 俺はこの百合空間で、目が覚めた事実がバレることが億劫だったため寝たふりをすることにした。コミュ障ぼっちは寝たふりが得意なのだ。

 

「あの……」

 

「ん?」

 

「台無しにしちゃって、本当にすみませんでした。せっかくの……」

 

 後藤はしょんぼりとした声でそう呟く。

 ……いや、あれは仕方ない。俺も同じ立場にいたらやりかねないのだから。

 それに、そのミスを差し引いても余りあるくらいに彼女は活躍していた。あの場のボルテージを最高潮に持っていったのは間違えなく後藤ひとりだったのだから。

 

「ううん! なぜか、逆に盛り上がってたかも……そのあと大倉くんも一緒になって倒れてたし」

 

「ぅえっ、大倉くんも?」

 

「ほら、横で寝てる」

 

「あ、ホントだ……」

 

 2人の視線がこちらに向いているように感じる。俺の狸寝入り、バレてないよな……? 

 

「あ、虹夏ちゃん達は……」

 

「今片付け中。後藤さんと大倉くんが大丈夫なら、このあと打ち上げ行こうって……でも、無理そうならまた今度に」

 

「あっ、はい」

 

 どうやら俺が覚醒していることはバレていないようだった。

 

「──ぁ、驚きました」

 

「え?」

 

「喜多さん、いつの間にか上手になってて」

 

「……バッキングだけだけどね。私は、人を惹きつけられるような演奏はできない。けど、みんなと合わせるのは得意みたいだから」

 

 本当にそうだ。

 喜多さんは驚くほどにギターの腕が上達していた。人を惹きつけられるような演奏はできないと言っているが、逆に始めて数ヶ月でそんな演奏ができたら世の中はロックスターだらけだ。

 それに、彼女は演奏だけでなく、人としての魅力でこの文化祭を大いに盛り上げるという役目を果たしたのだ。

 

「これからも、もっとギター頑張るから教えてね。後藤さ──」

 

 喜多さんはいつものように後藤のことを呼ぼうとして──やめた。

 

「ひとりちゃんっ!」

 

「あっえ、あっ、はい」

 

「じゃあ先行くね、準備できたら来てね」

 

 え、は? 何これ尊い。

 後藤と喜多さんの尊すぎるやりとりに、俺は寝たふりをしながら限界オタクになった。

 

 ぱたぱたと足音を立てて、喜多さんは保健室を後にした。

 ドアの開閉の音が聞こえると、文化祭も終わりとは言え、今日という日に似合わないほどの静寂に包まれた。

 

「……お、大倉くん、起きてる?」

 

 後藤は突然口を開いた。

 さすがプロぼっち。寝たふりには敏感なのだろう。

 

「あ、うん」

 

 俺は相も変わらずコミュ障全開の返事をする。

 

 沈黙。

 

「……」

 

「……」

 

 俺は薄目で彼女を見ると、文化祭ライブの余韻でまだ夢見心地といった表情だった。

 

「後藤、結構な勢いで落ちてたけど大丈夫か?」

 

「え、あ、はい。大丈夫です。大倉くんは……」

 

「たんこぶ出来た」

 

「え、ふふふ」

 

「なーに笑ってんだよ」

 

 俺が自身の後頭部をさすりながらそう言うと後藤は小さく笑った。

 

「あ、いや、なんでもない……です」

 

 まったく、変なやつだ。

 

「さっき、喜多さ……喜多ちゃんに名前で呼んでもらいました」

 

「へー、そうなんだ」

 

 俺は一応寝ていた設定なので知ったかぶる。

 だがあんなに尊い瞬間を俺が忘れるわけがない、なんなら録音して保存しておけばよかったとさえ思っているのだから。

 

 後藤はそう言いながらやはり嬉しそうに笑った。

 

「あ、あの。わ、わたしたちって、と、と……トモダチですよね?」

 

「じゃなかったらこんなつるんで無いよ」

 

 後藤はガバリと恐ろしいほどの速さで直角に起き上がると、突然にやけ出したと思ったら今度は顔面を蒼白にして震え出す。

 

「あ、あの、その……」

 

 彼女が何を言いたいか、薄々勘づいていた。

 だが、きっとそれを口にするのは後藤にとって非常にハードルの高い行為なのだろう。

 なぜなら、それはきっと俺にとってもハードルが高いのだから。

 

「てか、元気そうなら片付け手伝ってきな。保健室でサボるのがくせになってるぞー」

 

「え、あ、はい」

 

 彼女がなんとか口に出そうとする言葉を、俺は遮る。どうせ言えないんだから無理しなくていいのに。

 しかし、言葉を続けることができなかった彼女は肩を落とした。

 

 ……まったく、面倒なやつだ。

 かく言う俺も面倒な人間で、だからこそ、まあ彼女に惹かれたわけなのだが。

 

 たんこぶはまだ痛いが、触ったりぶつかったりしなければ問題ないほどだった。俺はベッドから降りて立ち上がる。

 

 ちらりと横目に見る彼女は、寂しそうにしていた。

 

 そのまま保健室の出口へと向かった。

 がらり、とドアを開ける。

 

 俺は振り返ることなく口にした。

 

 別に、正面きって言うのが恥ずかしいとか……そんなわけじゃない。

 

「片付け、行こうぜ……ひ、ひとり」

 

 沈黙。

 そして、

 

「え、え、あ、あ……あぁぁぁぁぁあ!?」

 

 後藤ひとりの声が校舎中に響き渡った。

 

 ・

 

 文化祭の片付けも終わり、これからみんなで打ち上げに行こうという話になった。

 俺は片付けの疲れに加えて後頭部を強打したせいかまだ本調子でない体を休ませるべく、まだじっとりと暑い校舎の外で冷えた缶ジュースを口元で傾けた。沈みかけの太陽はまだしぶとく熱を俺たちに届けており、家々の隙間で最後の粘りを見せていた。

 

 文化祭の終わりに感じる哀愁を、茜色に照らされた校舎はより一層引き立てる。

 

「大倉くーん」

 

 そうやって校舎裏で黄昏ていると、頭の上に生えた触覚をぴょこぴょこと揺らしながら虹夏先輩が現れた。

 

「あ、うす」

 

 俺は軽く会釈する。

 

「もー、結構探したんだよ? すぐにどこか行っちゃうから」

 

 理由はわからないが、確かに俺のことを探していたようである虹夏先輩の額には確かに汗が滲んでいた。

 

「あ、ちょっと待っててください」

 

 俺はそう言うとその場を駆け出す。

 

「ちょ、ちょっとー!?」

 

「すぐ戻るんで!」

 

 そう言葉を後にし、少し離れた場所へ向かう。

 虹夏先輩は、こちらの突然の行動に呆気に取られた様子だ。

 すぐ近くの目的の場所につくと、空き缶をゴミ箱に捨て、二つほど“つめたーい”缶ジュースのボタンを押す。自動販売機はガタガタと音を立てて缶を吐き出す。右手一本だけでその二つを手にすると、虹夏先輩を待たせている校舎裏に戻ることにした。

 

「お待たせしました」

 

「もー、またすぐにどこか行って……大倉くんは猫みたいだね」

 

「あ、ありがとうございます。猫派なんで嬉しいです」

 

「全く……」

 

 虹夏先輩は呆れたようにそう言う。

 俺はそんな彼女の機嫌を取るべく、手元の缶ジュースを一つ放り投げた。

 

「え、あ、っと」

 

 突然投げられた缶ジュースに慌てながら、しっかりと両手のひらに収めた。彼女は「つめたっ」と小さく口にした。

 

「ナイスキャッチです」

 

「これ……ありがとう!」

 

 彼女は満面の笑みを浮かべた。

 下北沢の天使とは彼女のことで間違いないようだった。

 俺を探すために、わざわざこんな暑い日に歩き回っていたのだ。冷たい飲み物のひとつでも奢らなければ男が廃る。

 俺は右手でタブを引くと、先輩も同じようにして缶を開けた。

 

「そう言う先輩は犬みたいですね」

 

「え、そう?」

 

「はい」

 

 先輩は顎に手を当てて少しの間考える、その間も頭の触覚はぴょこぴょこと揺れていた。

 

「どの辺が?」

 

「人懐っこいところとかですね。あと、それ」

 

「それ?」

 

 俺は彼女の頭の上を指差す。

 頭のてっぺんにある黄色い三角形の特徴的なアホ毛もとい触覚だ。

 

「虹夏先輩のトレードマーク、犬の尻尾みたいです」

 

「えぇ!? いざ言われるとなんか恥ずかしいんだけど……」

 

 照れている虹夏先輩の触覚はさらに早く揺れていた。本当に素直でわかりやすい人だ。そんなところが犬っぽい。

 

「そ、そうだ」

 

「どうしたんですか?」

 

 何かを思い出したかのように手をポンと叩く。

 

「大倉くん、ありがとう」

 

 礼を言うと彼女は頭を下げた。

 一体俺は彼女に頭を下げられるようなことをしただろうか。

 

「え、あ、何がですか?」

 

「何がって──」

 

 先輩と目が合う。

 頭上に広がる夕暮れの空と同じような茜色の瞳は、言葉にし尽くせない程に綺麗だと感じた。

 いつもなら逸らしてしまうだろうが、あまりにも綺麗過ぎてつい目を離すことができなかった。

 

「ピアノ。私さ、大倉くんに庇ってもらって腕を怪我させちゃったのに、その上ピアノの音で勇気つけられちゃった」

 

 どうやら俺の気持ちは、音楽で彼女に届いていたらしい。不器用な人間だと自分でも思うのだが、それでもこうして通じたことが何よりも嬉しい。

 

「お、俺こそ、虹夏先輩には本当に感謝してます。先輩が結束バンドに誘ってくれなかったら、音楽辞めてましたから」

 

 俺は今日、久しぶりに舞台に立った。

 それは本当に楽しい出来事で、たぶん一生忘れないだろう。

 そしてその舞台を用意してくれたのは、紛れもなく虹夏先輩だった。

 ……それともう一人。

 

「……それに、たぶん。こんなに文化祭ライブに全力で取り組めたのも、色々あったけど虹夏先輩のおかげだと思うので」

 

 夕日は段々と沈んでいき、まだ少し熱の冷めやらない校舎の教室からはぽつぽつと光が見え始めた。

 

「……えへへ、なんか照れるね」

 

 ──されど文化祭は、終わりを告げる。

 太陽が沈んでしまって、また登る頃にはきっといつもの日常だ。

 

 達成感と満足感を感じながら、でもほんの少し胸の中に穴が空いたような気持ちだった。

 それは、今までの人生で感じたこともないくらいにどうしようもない感情だ。

 

「ねえ、大倉くん。改めて言うのすっごい恥ずかしいんだけどさ」

 

「は、はい」

 

「名前で呼んでいい?」

 

「あ、いいですよ」

 

「意外とあっさり!?」

 

 俺は彼女のその提案をすんなりと受け入れた。

 受け入れたと言うのに、虹夏先輩はどこか不服そうな表情で「まったく」だとか「もう少しリアクションしてよ」だとかをぶつぶつと呟く。

 

「わたし、男っ気無いからこーゆーの慣れてないんだからね? 女心ちゃんと考えてよ」

 

「え、意外です。先輩めっちゃかわいいんで──」

 

「か、かわいい……えへへ」

 

「──彼氏の4、5人いるのかと思いました」

 

「し、4、5人って私をなんだと思ってるの!?」

 

「うーん、俺以外みんな女の子のガールズバンドだから良いものの、男ばかりのバンドに混ざったらバンドクラッシャーですね」

 

「酷いこと言うね!」

 

 虹夏先輩は腕を組んで、あからさまに作った表情で怒ってますよとアピールをした。

 ぶっちゃけ、彼女が男子に慣れていないのは意外だった。普段からクラスでも人気のありそうな彼女なのだ。見た目も、贔屓目抜きでかなりの美少女だ。ひとりに男っ気がないのは理解出来るのだが、虹夏先輩に関しては意外にも思えた。

 

「譲はいじわるだね」

 

「……」

 

 脳がフリーズする。

 虹夏先輩は上目遣いで俺の名前を呼んだ。

 

 ……軽い気持ちでオッケーしたのだが、これなんてご褒美? 今日俺は死んでもいい。文化祭も終わったし最終回にしよう。

 

「あっれー? 照れてる?? 照れてる???」

 

「……て、照れてないです」

 

「ふふふっ」

 

 小悪魔みたいな笑みを、下北沢の天使である虹夏先輩は浮かべる。

 

「これからもよろしくね、譲!」

 

「……は、はい。虹夏先輩」

 

 まったく、ずるい先輩だ。

 こんなん惚れちまうだろ。こうやっていくつもの男を落としてきて、持ち前の鈍さで全て払い落としてきたのだろう。

 虹夏先輩はニコニコしながらこちらを眺めていた。あんまりにも嬉しそうだったのでこちらも釣られて笑ってしまう。

 

 すると、先輩はこちらに近づいてくる。

 

「あ、あのさ譲」

 

「な、なんでしょうか」

 

「こ、こ、今度買い物一緒に行かない?」

 

 手を少しだけ伸ばしたら触れられそうなほどの距離にまで彼女は詰める。

 

「え、あ、はい。いいですよ、結束バンドのメンバーとですか?」

 

「ふ、フタリデ」

 

「は、はい!?」

 

「だから、2人で行こって誘ってるの!」

 

 目前にまで迫った彼女の顔は、先ほどまで俺たちを照らしていた夕焼けよりも赤く染まっていた。

 一体その言葉の裏にはどんな意味があるのか、俺はさまざまな可能性を邪推する。

 

 何を買いに行くのか、とか。なぜ2人なのか、とか。目的はなんなのか、とか。からかっているのではないのか、とか。

 

 そして。

 

 もしかして、俺のことを好きなのでは──

 

「……あ、虹夏ちゃんと譲くん」

 

 すると、ひとりが校舎脇からひょっこりと現れた。

 

「え"」

 

 虹夏先輩はなぜか固まっていた。

 そして、そのまま驚くほどのスピードで数歩後ろに下がる。

 

「み、みんな探してたんで……打ち上げいきましょう」

 

「お、おっけー」

 

 俺はうるさく高鳴る心臓を無視するために、食い気味でひとりの言葉にリアクションを取る。

 

 虹夏先輩は、焦りながらも項垂れていた。

 

「──というか今、ぼっちちゃん、譲のこと名前で……」

 

 虹夏先輩は不思議なことを突然言い出した。

 そもそも、先輩が俺の名前を呼ぶ提案をしたのは、結束バンド一年生'sの中で呼び名が少し変わったことに影響されたのではないのか? 

 

「そうですよ、あと喜多さんもひとりのこと名前で呼んでました……ってその流れで俺のこと名前で呼んだんじゃ無いんですか?」

 

 虹夏先輩はハイライトの消えた目で薄く笑った。

 

「あ、あはははは、ソウダヨ」

 

 このバンドはひとりばかりが変なやつかと思っていたが、こうやってたまに虹夏先輩も変になる時がある。

 

「私だけだと思ったのに」

 

「何がですか?」

 

「……なんでもない。譲のばーか」

 

「えー……」

 

 虹夏先輩は、ぺちりと俺の背中を叩く。

 

「返事、ロインで送ってね」

 

「え、あ、はい」

 

 虹夏先輩はそう口にする。

 2人で買い物。

 

 それって、デート、では無いよな。

 

 恋愛経験に乏しい俺は、何一つ理解することができず頭を抱える。

 ……頭が痛い。

 考えても考えても答えは出ない。

 

 いや、やっぱり頭が痛いのは後頭部のたんこぶのせいにでもしておこう。




この後は多分何話かストーリーが進まずに幕間的なやつ投稿します


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二十話 今時ラブレターなんて使う人いないから逆にきゅん

やあみなさん久しぶり
ゴルフ始めなければならなくて時間無かったと言い訳させて

時系列的には文化祭直後の話になります


 

 私はラブレターを受け取った。

 

 嘘でも幻でも妄想でも無ければ、紛れもなく現実に起きた非常事態であった。当然ラブレターを受け取った瞬間は全ての思考が停止してこの世界の真理の扉を危うく開きかけたのだが、ギリギリのところでなんとか現実に自らをとどめることに成功した。

 なぜなら、私にラブレターを渡したのは男の子ではなく紛れもなく同級生の女の子だったから。

 そして、その次にさりげなく添えられた一言、それはポテトフライについてくるケチャップのようで、いつ登録したかも覚えていない積もりに積もったメーリングリストの謎のpdfファイルのようでもあった。

 

「ご、ご、ごなんとかさん! これ大倉くんに渡してくれませんか!?」

 

 それはクレイジーでロックなキャラとしていつの間にか知れ渡っていた私とは違い、順当に好感度を稼いだ裏切りぼっちである大倉譲に向けられたラブレターだった。

 

 その時は私は、今までに感じたことの無いような不思議な感情に駆られた。

 どうしてわざわざ私に、どうして譲くんに。

 少なくとも現状は女の影がない譲くんだが、顔は贔屓目に見ても整っているしピアノも驚くほどに上手だしツンデレではあるのだが優しいしそう思っていたら突然素直になりもするしで、偶にある奇行を除けば、猫みたいな彼にとって警戒されないような人間になりさえすれば非の打ち所がないほどに魅力的な人ではある。

 

 ……だが、彼の魅力に気がつくにはそれ相応の関係と時間が必要だし、結束バンドのメンバー+α以外の人にとってはそう簡単に気がつけるような部分ではないと思う。

 

 だからこそ私は、そんな譲くんの魅力に気がつけている数少ない人間であることに優越感のような感情を持っていたし、それに文化祭だけの彼の姿を見ただけで簡単にラブレターを渡すような人に対して気持ちの良い感情は持てなかった。

 私に似合わず小魚の骨のようにつっかかる気持ちを持ちつつも、預けられてしまったからには渡さなければいけないという謎の責任感が混在しており、なんとか常識的な判断としてそのラブレターを彼に渡すことにした。

 

 渡すことにしたのだが。

 

(ど、どうやって渡せばいいのー!?)

 

 人生十年と少しを生きてきた私にとって、男子に手紙を──ましてやラブレターなんかを渡した経験は無く、見事にタイミングを失っていた。

 

 譲くんが通学してくる少し前に同級生の女の子から受け取ったラブレターは、私の机の中で少しばかりの時間陽の目を浴びることなく眠っていた。

 

 ──彼が朝席についた時、まだ私はどう声をかけるべきかシミュレート出来ておらず渡すことができなかった。

 

 ──授業間の小休止、彼は寝たふりをしていて渡すことができなかった。

 

 ──お昼休み、神隠しにあったのではないかと思うほどの速さでチャイムと共に何処かへと消える彼に渡すことが出来なかった。

 

 そして、迎えた放課後。

 今日はSTARRYでのバイトがある日だった。つまり、本日彼に向けられた他人のラブレターを渡す最後のチャンスがいつの間にか来てしまった。

 

 大倉くんは終礼が終わるといち早く席から立ち上がる。

 まずい、このままだと本当に帰ってしまう。

 

 そう思っていたら、運の良いことに彼は私に声をかけてきたのだった。

 

「今日のごと……ひ、ひとりさ、なんかずっとソワソワしてたけど何かあったの?」

 

 文化祭二日目のライブ以降、私の事を名前で呼んでくれるようになった。その事実に喜びを感じて噛み締めているのも束の間、話しかけられたのだから何かボールを返さなければと使命感に駆られた。

 

「あ、あのそのあのあのあのとりあえず校舎裏行きませんか!?」

 

「と、とりあえずでいく場所なのか校舎裏は……」

 

 驚いた彼は素っ頓狂な声を上げる。

 いつも言葉に出してからやってしまったと後悔する。コミュ障ぼっちにとっては、突然の会話で完璧な返答をすることの難易度は非常に高いのだ。

 

「──また、新手のカツアゲでもするのか?」

 

 だが、彼は私の脈略のない会話も笑って流してくれる。受け止めて、ゆっくりと会話を続けてくれる。

 それに、初めて会ったライブのチケットを売るために「1500円」を突然求めてしまったあの日の事もあざとい事にちゃんと覚えていてくれるのだ。

 

「ち、違います。ただちょっとここだと話しづらいというか……」

 

「そっか、よく分からないけど別に良いよ。ごと……ひ、ひとりは今日バイトだろうし早いとこ行こうか」

 

 相変わらず私の名前を呼び慣れていない彼の照れながら声に出す姿にかわいさを感じる。

 なんにせよ、これでやっと肩の荷が下りる。

 

 ・

 

「で、話しづらい用事ってなに?」

 

 放課後の校舎裏には当然基本時に人はいない。たまに、後藤ひとりの関わってはいけない部活動ランキング堂々の一位である野球部の丸坊主頭達が聞き取れない不思議な掛け声を発して脱獄囚さながら爆走する事以外には、本当に人が通らない。

 しかし、人がいないとは言えそれが話しづらい内容をうまく話せる要因になるわけではない。校舎裏に来たのはあくまでも話しづらい要素を減らすためであって、話しやすい要素を増やすためのものではなかったのだから。

 

「あ、あのー、これを……」

 

 一日中たっぷりと考えた結果がこれだ。

 

 どうせうまく話を切り出す事はできないのだから、示現流のように初太刀で一刀両断してぶった斬ってやる事にした。前置きも枕詞も映画の上映前に流れる惹かれない予告達もかなぐり捨てて、ワンシーンからクライマックスで名前も知らない誰かのラブレターを彼に渡そう。荒々しいパワープレイかもしれないが、結局は力=正義なのだ。これが正解だと自分に言い聞かせるようにして、太刀を──もといラブレターを振り下ろす。

 

 彼はまず最初に驚くと、次に怪訝な顔で手紙を開いた。

 

 開けた手紙の中身を2秒ほど眺めると、困惑した表情でこちらに視線を向ける。

 そんな視線を向けられたところでどうする事もできないので、私はあたふたしながら次を読むようにと促した。

 

 彼は変わらず怪訝な表情で文章を読み進めるが、付き合いがあってやっと分かる程度に頬を緩めたりもしていた。

 

 ちくり、と胸を刺すような痛みを感じる。しかし私の胸元を見てもなんら異常はない。

 

 彼は手紙を読み進める。

 そして、最後まで読み終えた彼はゆっくりと口を開いた。

 

「い、いやー、まさかそんな風に思ってただなんて」

 

「そ、そうみたい、ですね……」

 

 彼は照れながら恥ずかしそうに自らの後ろ髪をわしゃわしゃとかく。

 

「そうみたいって……他人事のように言うなぁ」

 

 彼は笑いながらそう言う。

 何を言ってるのだろうか。私はあくまで仲介人なだけで完璧に他人事ではないか。

 

「最初は正直、怪文書かなんかと思ったけど、まあ、その……ありがと」

 

「そ、そうなんですね」

 

 譲くんは文化祭マジックでラブレターを受け取った事に対して「ありがと」とまで述べていた。顔もかなりニヤニヤとしており、どこからどう見ても嬉しそうに浮かれている。だとしたら、もしかしてこのまま付き合っちゃうのかな、なんかそれは嫌だな。

 

「と言うか、ひ、ひとりは本当に俺で良いのか?」

 

 そんなことを考えていると譲くんは私にそんな声をかけてきた。だが私には、その発言の内容が全く理解できていなかった。

 

「はい? な、何のことでしょうか……」

 

「え、いや、このラブレターのこと……つまりその、つ……付き合うってことだろ、俺たち」

 

「な、なんで私が急に出てくるんですか……」

 

「…………………………………………え? だってラブレターを俺に渡したんじゃないの?」

 

「そ、それ、クラスの人から譲くんに渡してって頼まれました……」

 

 すると、先ほどまでの浮かれて嬉しそうだった表情は何処へやら、彼は突然今までに見たことのないくらいの真顔に変わる。

 

「な、なるほど……そういうことだったのか……」

 

 そういうことだったのか、とは一体全体どういうことなのだろうか。頭を抱え込む彼の声からは落胆が強く伝わってきた。一体何に落胆しているのかは皆目見当つかない。

 

「これ、誰からの手紙とか書いてないんだけど」

 

「あ、えと、そ……それは」

 

 まずい、そう言えば私にこの手紙の配達を頼んだ人物の名前を私は知らない。

 一方的に渡してくれと告げられただけなので罪はないと思うのだが、その手紙の中に何も書かれていなかった以上は私が相手を把握していなければこの話は迷宮入りになる。

 

「どうせ名前知らないんだろ、そいつの」

 

「ぁあ……あぅ」

 

「まったく、あぅ、じゃないよほんと」

 

 彼はそう言うと、大きなため息をついた。

 

「あー、くそ、今日のことは忘れてくれ。これはこっちで断っとくから」

 

「あ、断るの?」

 

「まあ、断るよ……どちらにせよ多分よく知らない人だし」

 

「う、嬉しくはないの?」

 

「うーん、まあ誰かに好意を持たれてることは悪い気しないけど、俺コミュ障だし勘違いされたまま付き合っても失望されるだけだと思うよ」

 

 ぶっきらぼうにそう言う彼の表情は、少しだけ残念そうにも見えた。手紙を読み終えた直後は嬉しそうであったものの、今は複雑そうな顔をしている。一体どうしてなのだろうか。

 ……どちらにせよ、彼がこのラブレターに対して断りの連絡を入れると言う事実には、なぜだか少しだけホッとした。

 

「マジでホントに最初の俺のリアクションは忘れてくれ」

 

「あ、あの……どのリアクションのことでしょうか……」

 

「だから、この手紙がひとりからのだって勘ちが──いや、何でもない。気がついてないならホントに気にしないでいい」

 

「え"、ぎ……逆にそこで止められると気になるというか……」

 

「あーもー! 気にするな!」

 

「うぅ……は、はいぃ……」

 

 譲くんは何かに照れながら、後ろ髪をわしゃわしゃとかく。

 

「……そう言えば、ひ、ひとりは誰か渡したい相手とかいないのか」

 

 とりあえず手紙も渡せて何事もなく無事に終わったと思うのも束の間、太陽ホエールズの平松政次の剃刀シュート並みのエグい角度の質問が私に襲いかかった。

 

「え、あ、わ、私なんかが渡しても……と言うか渡せるほどの関係の人がいないと言うか……」

 

 当然、ラブレターなんて古典的な青春の代物を誰かに渡すだなんて、覚悟もなければ相手もいなかった。

 

「ふふふ、だよな」

 

 私のその言葉に対して、彼はニヤリと笑みを浮かべる。

 ……そ、そんなに私に相手がいないのが嬉しいのか。

 

「そーだよな、居るわけないよな。大体、俺たちの青春コンプレックスぼっち同盟があるんだからそんな簡単に恋人作れるわけないよな、わははは」

 

 そんな同盟始めて聞きました……。

 

「それに喜多ちゃんとか虹夏先輩とかリョウ先輩に恋人がいないのに、俺らが先に恋人作れるわけがないよな!」

 

「た、たしかに」

 

 さも当然のように彼の発言を事実として受け入れてしまう自らの残念さには気づきつつも、だからと言って否定できるわけでもない。

 

 ──だが、彼氏は当然欲しい! 

 なぜなら恋人がいる=陽キャなのだから。

 それにギターヒーローであるネット上にいる私にはイケメン彼氏がいる設定なのだ。今更ついた嘘は数知れないとは言え、せめて虚言の一つや二つ減らしたいものなのだ。

 

 ふと、彼を見る。

 

 ……そう言えば、私からのラブレターだと勘違いしていた時は満更でもなかった気が。

 

 そんな事ないか。

 

 なにより最近の譲くんは虹夏ちゃんとも仲が良くなってきている節があるし、喜多さんに関しては文化祭の時に2人で回っていたと風の噂で聞いたのだ。私に近いコミュ障である彼は、されど私よりは全然まともに他人とコミュニケーションを取ることができるのだ。

 ……私なんかより、2人の方がきっとお似合いだ。

 譲くんと彼女たちが並んでいる姿は、見事なまでの美男美女カップルであり私なんかがそのような妄想をするなど烏滸がましい。

 それに、結束バンドの仲間としてやっているのだから、恋愛関係のことを邪推しすぎるのも良くない。恋愛というものは男女混合の学生バンドの解散理由の上位を占めるのだ。

 きっと私なんかが恋愛のことを持ち出すこと自体が間違えているのだろう。

 

 でも少しだけ。

 譲くんともし付き合ったりしたら、それはきっと楽しいことなのだろうと思った。

 私の性格を知った上で今もこうして友達を続けてくれているし、それに、2人でいてもお互いを気にしなくていい人は家族以外で──ましてや異性となると今までにいたことがないのだから。

 

 彼は相変わらず照れ臭そうに困った顔で自らの後頭部をわしゃわしゃしていた。

 ……私もラブレター、貰ってみたいなぁ。




ごめんお待たせ!ちゃーんと続けるから安心してね!!


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二十一話 文化祭前、テストについてのお話

タイトル通り文化祭前の一幕です
時系列バグるけど十三話の前くらいの話


 

 

「……で、後藤はなんでまた死んでるんですか」

 

 場所は相も変わらずSTARRY。

 文化祭のライブへの練習だ……と意気込んで来たは良いもののなぜだかその日の空気は澱んでいた。テーブルを囲むようにして4人は座っており、虹夏先輩は困り顔で他の3人を眺めていた。

 

「あ、大倉くん、おはよー……」

 

「お……おはよーございます。みなさん勉強道具なんか出しちゃって、今日練習はしないんですか?」

 

 俺がそう告げると、喜多さんが笑いながら机に手をついて勢いよく立ち上がる。

 

「良かった! 大倉くんも仲間なのね!」

 

「え、あ、いや、なんの?」

 

「中間テスト! 存在を忘れてしまうくらいお馬鹿さんだったって事よね……安心して大倉くん、この中で勉強できるの伊地知先輩だけだから!」

 

 喜多さんはいつも以上に目をキラキラ輝かせながら矢継ぎ早に言う。

 ……え、待って、俺ってお馬鹿キャラだと思われてたの? まあ確かに高校は虹夏先輩とリョウ先輩に比べたらレベルは低いけどなんで入っていきなり低レベルの仲間入りさせられなきゃいけないんだ。

 

「いや、俺は要領良くて頭の回転の良い超天才型でなおかつ勤勉なので成績いいですよ?」

 

「発言が馬鹿っぽい」

 

 リョウ先輩にツッコミを入れられてしまう。

 あなたにだけは言われたくない。

 

「し、信じられないわ……! 大倉くん、後藤さんが3点だった今日の小テストの結果見せてみなさい……」

 

「え、わかった。今出す……ん、待って、今後藤3点って言ってたの気のせいだよね」

 

「アアア」

 

 俺はテストの結果を見せろと言うパワハラを受けカバンに手をかけたところで、後藤が3点という驚異的な数字を取ったと言う喜多さんの発言に耳を疑う。

 

「事実なんか……」

 

 ──が、後藤のうめき声からこれは事実なのだと痛感した。

 

「待って、今なんで大倉くんはぼっちちゃんのうめき声だけで判断できたの!?」

 

 虹夏先輩は俺の察知能力に対して切れ味のいいナイフのような華麗なツッコミを入れる。

 

「あ、いや、こいつ隣の席なんでいつも様子見てると分かるようになるんですよね」

 

「……いつも見てるのは流石にキモい」

 

 すると、今度はリョウ先輩から切れ味のいいナイフのような華麗な妄言が飛んで来た。

 

「アアア」

 

「今度は大倉くんがぼっちちゃんみたいになっちゃった!?」

 

 くそ、リョウ先輩め……バカなくせに……アホなくせに……。

 

 俺はきゅうしょにあたった言葉の暴力で戦闘不能になると、カバンから取りかけていたテストの答案用紙を喜多さんががばりと抜き取った。

 

「どれどれ、自称天才(笑)の大倉くんの点数は──」

 

 喜多さんは答案用紙を見せつけるように机のど真ん中に叩きつけた。

 

「ほら見て、0が二つも並んでる! 後藤さん以下よ!」

 

 現実を認められない喜多さんは脳みそが溶けているかのようなおバカ発言を繰り出した。

 

「違うよ、喜多さん。よ〜く見てごらん、100だよ、ひゃく、100点。君が取ったことないような100点満点だよ」

 

「大倉くんが天狗になってる……」

 

 俺はドヤ顔で喜多さんの目の前に答案用紙を持っていき、見せびらかして煽るようにヒラヒラと振る。その様子に虹夏先輩は呆れた表情をしていた。

 

「お……大倉くん、たしか夏休み前のテスト学年一位でした」

 

 すると、先ほどまで死んでいた後藤がなぜか誇らしげに代弁する。いや、ほんと後藤は最悪のテストの点数だったろうになぜ人の成績でドヤるんだ。

 

「え、すご……なんで秀華高校に行ったの……?」

 

 虹夏先輩は驚きを隠せないままデリカシーのないことを珍しく口にする。

 

「ちょっと、伊地知先輩ひどいです! 学歴マウントですよ!」

 

「あ、あははーごめんごめん……つい驚いちゃって」

 

 確かに虹夏先輩の疑問ももっともだろう。俺はめっちゃ頭がいい↑↑↑。なのに偏差値で言うとそれほど高くない高校にいるかと言うと。

 

「俺地頭めっちゃいいんですけど、中学ピアノで入ったので3年間1秒も勉強してなかったんですよ」

 

「それはそれで秀華高校に入れたの凄いわね……」

 

「で、高校に入ったもののピアノはやめており友達もできず遊びに行く相手もいなければ授業中も授業以外の時間も絡む相手がおらず予習復習をくりかえして真面目にコツコツ授業を受けていた結果、一位になりました」

 

「そ、それはそれでなんか悲しいね……」

 

 引き笑いする虹夏先輩に俺は何も言い返すことができなかった。い、いいだろ別に。学生の仕事は勉強なんだ。勉学に励んだ立派な生徒だろ俺は。

 

「……でも、そうすると同じようにぼっちなぼっちも頭がいいはず」

 

 ──気づいてしまったね、リョウ先輩。そこは開けてはいけないパンドラの箱なんだよ。

 

「アウウ」

 

「き、きっとぼっちちゃんは授業ちゃんと受けてないんだよね! ロックンロールな感じで!」

 

「あっ、テスト前は一応ちゃんと勉強してるんですけど……」

 

 虹夏先輩が後藤のフォロー(フォローできていないが)になんとか回ろうとするも、後藤自らに阻止される。さらに喜多さんは徐に一冊のノートを手に取って。

 

「後藤さんのノート、綺麗に取ってあるなぁ」

 

 そう。

 答えはそうなのだ。

 クラスには1人いるような、必死に勉強しているのに要領が悪いタイプなのだ。

 

「どんまい後藤、これが俺とお前の地頭の差ってやつだ!」

 

 俺は後藤の方に手をやると、爽やかスマイルを見せてサムズアップ。

 

「あ、あ、あああ」

 

 とどめの一撃を食らった後藤は真っ白の灰になりさらさらと崩れていく。YOU LOSE!! 

 

 というか、秀華高校にはどうやって入学したのだ……? 

 

「ぼっちちゃん。もしもの時は私が養うからね……」

 

 あまりにも可哀想すぎる後藤の様子に虹夏先輩は腰に手を回して全てを包み込むような優しい抱擁をする。尊い。

 でもやっぱり虹夏先輩はダメ男の腐れバンドマンみたいな奴にひっかかりそうだなとも思った。

 

 ……俺もダメ男腐れバンドマンにでもなんでもなるから虹夏ママに養ってほしい。

 

「また大倉が気持ちの悪い顔をしてる」

 

「ふ、フン、もう言われ慣れたんで致命傷で済みましたよリョウ先輩」

 

「それ大ダメージ」

 

 時々俺の妄想に耽るキモい顔を察して的確に攻撃してくるリョウ先輩のナイフのような言葉も今や致命傷で受け切れるようになった。

 

「ほ、ほら後藤さん! 諦めないで頑張りましょう、後藤さんはどこが苦手?」

 

「えっ……それがわからないです……」

 

「典型的なお馬鹿タイプだな」

 

 喜多さんはそれでも諦めまいと後藤に声をかけるが、帰ってきたのはどうしようもない返事である。勉強だけの話ではないが、能力を向上させる近道は原因追究と効果的な解決策の模索にあるのだ。自分自身の何が問題なのかを理解できていない状態が1番まずい。

 

「後藤さん、学年変わっても先輩なんて呼ばなくていいからね……」

 

「秒で諦めた!」

 

 それを察した喜多さんは諦めることを決意したようだった。

 ……高校で純粋に勉強が原因で留年は相当やばいぞ? 

 大抵は勉強に原因がありつつも素行や家庭環境などが留年につながることが大半であるのだから。だからこそ純粋な学力で諦められてしまう後藤は相当なレベルだと認めざるを得ない。

 

「そ、そもそもバンドマンに学歴って必要なのかしら……? 必要ないわよね……よし! 私も先輩と後藤さんと一緒に学校やめます!」

 

 壊れてしまった喜多さんは後藤とリョウ先輩に肩を回しながらロックンロールなことを口走る。

 

「そうだよぉ、ぜーんぜん必要ない。勉強できなくてもちゃんと生活できてるし」

 

 すると酒臭いお姉さんが最低な発言をする。

 

「ほら、後藤に喜多さんにリョウ先輩、勉強しないとあんな大人になるんだぞ?」

 

「た……確かにそれはまずいわ!?」

 

 俺の言葉に喜多さんは正気を取り戻した。

 

「なんか当たりが強い気がするんだけど気のせいかなぁ」

 

 気のせいではない。

 

「確かにこんなのになるのはアレだけど、私みたいな立派な大人もいるので学校なんてやめましょ? 毎日が夏休みですよ」

 

 追撃するようにダメな大人代表のPAさんも地獄からの手招きをみせる。

 

「ダメな大人たちは黙ってて!!」

 

 ついに我慢できずに虹夏先輩の華麗なるツッコミが宙を舞った。

 

「ほら、これ」

 

 ……とは言え、後藤も喜多さんもいない残りの学校生活を考えると気分が上がらないのも事実だ。特に後藤みたいな自分より下の存在にほくそ笑むことによって最近の俺は自我が保てているのだから。

 

「あ……これなんですか?」

 

 俺はノートを一冊取り出して、後藤と喜多さんの前に置く。

 

「俺が100点毎回取れる要因」

 

「え……テストの答え職員室から盗んでる、ってコト……?」

 

「喜多さんはどうしても俺をそっち側に引き摺り込みたいんだな……残念ながら俺は虹夏先輩側の人間だ」

 

 俺はドヤ顔を見せながら虹夏先輩の方に近づく。これ以上バカに寄るとバカが移る。

 

「あっ」

 

「あ?」

 

 すると後藤は突然体をびくんと跳ねさせる。コイキングかお前は。

 

「……ち、ちカイ」

 

「地下?」

 

「な……な、ななんでもないです」

 

 ほんと何なんだ全く。やはり馬鹿共から離れて正解のようだ。俺みたいな孤高の天才型は虹夏先輩に養ってもらう運命なのだから。

 

「ふーん、へー、ほー」

 

 するとそんなこちらの様子をニヤニヤと嫌な顔で酒ねえは眺めていた。

 

「……な、なんですかその腹立つ目は」

 

「いーや、なーんにもないよぉ」

 

 変わらずにイラっとするニヤニヤ顔で俺たちの様子を眺める酒ねえ。なんかよく分からないが腹が立つ。

 

「まあ酒臭いおねーさんは置いといて……リョウ先輩は虹夏先輩がいるから大丈夫だと思うんですけど、後藤と喜多さんはそのノートやるからテストなんとかしてくれ。まあ喜多さんは別に問題ないとは思うけど……」

 

「は、はい」

 

「大倉くんのテストの点数がいいのは分かったけど、これ一つで何とかなるものなのかしら……」

 

 そう言いながら喜多さんは俺の渡したノートをペラペラと捲り目を通す。

 

「これは……問題?」

 

「そう、次のテストの予想問題。全部暗記でおそらくバカでも80点、全部理解でケアレスミス無くせば100点取れる」

 

「な、な、なにそれ」

 

 俺はドヤ顔で渡したノートについての解説をする。

 

「前回までの定期テストと授業中の発言と先生たちの性格から出した内容だから、まあ信じてくれればそんくらいは取れるよ」

 

 加えてこれの1番のメリットは俺自身にあるのだ。問題を作る際には内容を完璧に理解してないと作成できない。つまりこのテスト予想問題集を作成し終わった時点でテストの高得点が確約されているようなものだ。

 

「す、凄いけどドヤ顔がイラっとするわね……でもありがとう!」

 

 喜多さんはそれを受け取るとちくちく言葉を口にしてから満面の笑みを浮かべた。ちょっとだけ自慢の意味も含めて渡したのだが素直に感謝されるのも悪い気はしない。

 

「ま、まあトモダチだしな」

 

「あ、大倉くんのツンデレ出た」

 

「う、うるせー」

 

 そうして俺はテスト勉強をする彼女らを横目に鈍った身体を慣らすべく1人黙々とライブの練習を始めた。……と言うか、俺だけ練習するなら家でやればよかったのではないか? 

 

 まあ、彼女らの役に少しでも立てたのなら、別にいいか。

 

 ・

 

 数日後。

 待ちに待ったテストの返却日だ。

 

「いやー、やっぱリョウはやれば出来る子なんだよ!」

 

 リョウ先輩の前に並んだ答案用紙には100点をはじめ90点後半の満点近い数字ばかり。

 ……なんだか腹が立つ。

 俺たちの高校より学力が上なのもあり問題は簡単ではないはずなのだが。

 

「これで文化祭ライブ全力で臨めるね!」

 

 その様子に虹夏先輩は嬉しそうな声音でリョウ先輩に話しかける。

 が、なぜだかリョウ先輩はいつも通りにいつもと異なる様子で──

 

「バンド辞める」

 

「え"っ?」

 

「東大受験するからベースなんかやってる場合じゃない!」

 

 そう言うと一発合格と書かれた鉢巻をどこからともなく取り出し頭に巻いた。

 この人やっぱり変な人だ……。

 馬力は高いのにピーキーな脳みそをしている。

 

 そして。

 

「わ、わたし高校入って初めて100点取った……」

 

 喜多さんはと言うと、こちらも90点前後を中心に100点満点の答案用紙を持ちながらわなわなと震えていた。

 

「ありがとう大倉くん! あのノート本当にすごいよ!」

 

「鼻が高いな、わはは」

 

 どうやら俺のノートを後藤と一緒にやり込んだおかげか、非常に高い点数を取れたようだ。

 

「ほんとになんて感謝すればいいのか……本当にありがとう!」

 

 キターンと擬音が聞こえてきそうなほどの喜多さんスマイルを浮かべる。

 ふっ……俺にとっては喜多さんみたいな美少女の感謝と笑顔を一身に受けられること自体が何者にも替え難い宝物なのだ。

 

「ありがとうはこっちのセリフだぜ……」

 

 ばたん、と。

 俺は喜多さんの輝かしい笑顔に当てられてノックダウンした。

 

「大倉くんが死んだ!」

 

 虹夏先輩のみが倒れ込む俺の様子を見てリアクションを取ってくれた。他のメンバーはいつもの事だと言わんばかりの完璧なスルーを見せてくれる。

 

「ちなみに後藤はどうだった?」

 

 俺は地べたに寝転がりながら顔だけを後藤の方に向けてテストの結果を確認する。

 

「こ、高校に入って初めて50点取れた……」

 

「あ"?」

 

 こいつ、俺の秘伝ノートを使ったのに平均点にすら辿り着いていないだと……? 

 

「俺は高校に入って初めてプライドを打ちのめされたよ……」

 

「お、大倉くん、あ……ありがとうございます」

 

 後藤はいつにないくらいの明るい表情で笑顔を見せた。前髪の裏はいつものように影がさしているのだが。

 とはいえ、50点で感謝されるってどーゆーことだ本当に一体。

 というかなぜ同じ教材を使って喜多さんと後藤にこれほどの差が……? 

 くそ、最悪俺が後藤を養うしかないのか。

 

「何はともあれこれで文化祭ライブに本腰入れられるね! がんばろ!」

 

 その言葉を聞いた後藤は、先ほどまでの笑顔から一転し暗黒面へと落ちる。

 

「あっ、私期末テストの勉強あるので……」

 

 そう言い放つと脱兎の如くライブハウスを後にする。

 

「テスト終わったばかりでしょ!?」

 

 虹夏先輩が叫ぶと同時に俺は後藤を追いかけて走り出した。

 

「期末テストこそは何があっても平均90点台取らせてやるぜぇ後藤!! 覚悟しやがれ!!」

 

「え、あ、え?」

 

 俺は後藤の50点という点数に打ちひしがれたと同時に、砕かれたプライドを取り戻すべく次こそは彼女のテストを完璧なものに仕上げようと決意する。

 

「勉強だぁ! 後藤がテストで90点台取れるようになるまでギターを触れると思うなよ!」

 

「え、あっ、私文化祭ライブがあるのでー!」

 

「さっきと言ってることが逆になってる!?」

 

「逃すか後藤! 勉強だ!」

 

「ご、ごめんなさいぃぃ」

 

 そうして俺は逃げ回る後藤を虹夏先輩に止められるまで追いかけ回した。

 どうやら、流石に俺の勉強させたいと言う執着心が強すぎたせいか後藤は勉強に逃げるのをやめて文化祭ライブをやる決心が渋々ながら一部ついたようである。

 

 だが、俺は諦めていない。

 今度こそ後藤に高得点を取らせてみせる……!




間隔空いてすまんな!
のらりくらりと続けていくよ!


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二十二話 リッケン620頂戴、19万も持っていない御茶ノ水

WBC面白すぎたわプロ野球選手目指します


 

「こんちはーっす」

 

 いつもと変わらぬようにSTARRYへと俺は足を踏み入れる。

 文化祭が終わり、俺の腕も吊って固定するほどではなくなりギプスはあるものの肘関節は自由に動かせるようになった。

 舞台から飛び降りて頭を打った時は、幸いというべきか仰向けになって転んだため腕へのダメージはなく順調に回復に向かっていた。

 

 とはいえ、流石にギプスをした右腕では100%に近い演奏をすることはできない程度ではあるのだが。

 

「はっ……ふふっ」

 

 真っ先に目に入ったのは、いつもより機嫌が良さそうな後藤ひとりの姿であった。

 なぜだか彼女はいつもの挙動不審な様子はなく、にこりと微笑みをみせる。

 

「熱でもあるのか」

 

「いやぁ、今日のぼっちちゃんなんかずっとキラキラしてるんだよね」

 

 STARRYに足を踏み入れた俺の横に、ひょっこりと虹夏先輩が現れる。

 

「なんか不気味ですねー……裏がありそう」

 

「だよね、譲もそう思う?」

 

「え、あ、は、はい」

 

 文化祭が開けて少し日が経つのだが、どうにも俺は虹夏先輩の名前呼びになれていなかった。

 ひとりや喜多ちゃんに呼ばれる分には全く気にならないのだが、ある程度仲良くなったつもりの虹夏先輩にだけはなぜか陰反応全開になってしまう。

 今やもう気にしていないが、一歳だけとは言え綺麗な年上の人だからだろうか。

 

「なーに? まだ照れてるの?」

 

「くっ……コミュ障なだけです」

 

「へー、そうなのかー、ふーん!」

 

 そして、動揺する俺の様子を見てどことなく嬉しそうで意地悪な顔でいつもイジってくる。恥ずかしいので本当にやめてください。

 

 ひとりは独りでにほうきを動かすと、今度は黄金色の気を発しながら髪の毛を逆立てる。

 

「なにあれ、超スーパーぼっち?」

 

「さあ?」

 

 いやあの気はどこから出してんだよ。

 

 ひとりはその後、何を思ったのか伊地知さんに声をかけに行ったかと思うと、超スーパーぼっち状態から、いつもの陰キャモードへと戻っていた。

 

 横に倒れたゴミ箱に顔だけ出しながらひとりは死んだ顔をしている。

 俺はそのゴミ箱の上に腰掛け、口を開いた。

 

「どうせあれだろ、何かのきっかけで金に余裕ができてバイトやめようとか考えてたんだろ」

 

「ギクッ」

 

「擬音を口から出すな」

 

 図星だったみたいだ。

 そりゃあ俺たちコミュ障にとっては、コミュニケーションを取る必要がある仕事は向いていない(社会に出れないね!)。だから金銭的に余裕があるのなら絶対に働こうなどとは思わない。でもお金は湧いて出てくるものでもないので、このようにしてアルバイトをしているのだが、わざわざ超スーパーぼっち状態になってまで伊地知さんに話しかけたのはそんな話題を持ちかけようとしたからなのだろう。

 

 ──だが伊地知さんに辞めるなんて伝えられるわけがない。

 

 理由は簡単だ。

 あの人、ぱっと見とか話し方とか怖いんだもん。

 だから俺もよーく気持ちは分かる。

 

 大丈夫、弔いはしてやる。

 

「譲はなんで頷きながらひとりちゃんの入ってるゴミ箱に蓋をしたのかなー?」

 

 虹夏先輩は俺が後藤の入ったゴミ箱に蓋をして廃棄しようとする様子を見てそう声をかける。

 

「あー、そろそろこの奇行飽きたんで燃えるゴミに出そうかなーって」

 

「ひどいわね……」

 

 喜多ちゃんは相変わらず我らの良心であった。いやでも口だけそう言ってるだけで俺の奇行を止めようとはしないんだね。

 

「ぼっちって何曜日に出せばいいの?」

 

「知らないけど可燃ゴミの日とかじゃないですか」

 

「火葬だ」

 

 リョウ先輩は無表情で俺のボケに乗る。本当にボケに乗ってるだけなのかな? 本気じゃないよね? 

 表情だけ見てもわからないなぁ、本気なのかもしれないなぁ、怖くなってきたなぁ。

 

「みなさん……ありがとうございました……」

 

 くぐもった声がゴミ箱から聞こえてくる。

 リビングデッドの呼び声ってやつか。

 

「この場のおかしさに気がついてるの私だけなのかな」

 

「わ、私も気が付いてますよ伊地知先輩……」

 

 冷静なツッコミ要員2人のおかげでこの場のおかしさが成り立っているんです、と心の中で感謝を告げる。

 2人の負担がでかいって? 

 仕方ない。ボケ要員が3/5なのだから。

 

 ・

 

 そうこうするうちに俺たちは楽器屋に遠征していた。

 楽器屋といば御茶ノ水ということで、新宿駅から中央線に乗り替えて向かった。

 どうして楽器屋にお出かけをしているかって? それは文化祭でギターが壊れてしまったひとりが2本目のギターを入手するためだ。一体どこの闇営業でそんな金を稼いだかは知らないが、新しい楽器を買うのはいいことだろう。

 

 というか俺は直前まで今日は出かけるということを伝えられていなかった。み、みんな友達だよね……? 

 

 俺は特に買うものもないので、完全に付き添いである。

 だが、こうして美少女JK4人と街を歩いているだけで鼻が高い。俺まで美少女JKになった気分だ。狂ってる? それ褒め言葉ね。

 

 楽器屋に足を踏み入れると同時に、ひとりはイヤホンを徐に取り出し耳につける。

 これはボッチ御用達の声かけ防止作戦だ。

 

 ──すると。

 

「いやなんでヘドバンしてんの?」

 

 ひとりは突然頭を激しく振り始めた。

 

「お客さま! メタル志向のギターをお探しなら二階の──」

 

「えっ、あっ、えっ、あっ」

 

 自分から話しかけられに行ってるではないか。

 まったく、これだからロースペックぼっちはダメだな。

 俺レベルのハイスペックぼっちになってくると──

 

「えー? まじ? 今週のジャンプでクリリン死ぬの? いや2回死んでるんだよ? だとするとドラゴンボールで生き返らないんだからねーって笑」

 

 俺は真っ暗な画面のスマートフォンを耳元へ持ってくる。

 

「そうそうーまさかそのあと悟空が穏やかな心を持ちながら激しい怒りによって目覚めた伝説の戦士になるんだよねー……じゃなくていつのジャンプ読んでるの!? というか譲は1人で何してんの……」

 

 そんな俺の奇行を弊社のツッコミ担当である虹夏先輩は見逃すことなく流麗なるノリツッコミをかます。

 

「あー今ですね幻想の仮面を被りし好敵手(アミーチ・ディ・ファンタジア)の翔太と俺の2人がかりで繰り出す最終奥義異次元に集いし無窮の絆(テレフォーノ・イマジナリオ)してます」

 

「譲が壊れた」

 

 何を失礼なことを言うんだリョウ先輩は。

 

「まあ簡単に言えば、架空の友達と架空の電話してるってことです」

 

 そう、この技は店内で架空の電話をしている人間を演じることによって確実に声をかけられなくなるのだ。

 ちなみにこの技はイヤホンよりもシャットアウト率が高く、しかも「友達」と「電話」をしている気分を味わえて周りの人からも「へー、あの人友達いるんだー」とぼっち認定すらも回避できる最強の奥義なのだ。

 

「今時の中学生でも考えない技名のセンスの無さだよ……」

 

 はあ、とため息をつき呆れるように言う虹夏先輩を尻目に、目をキラキラさせたひとりが命からがら店員の包囲網を抜け出しこちらに詰め寄る。

 

「か、かっこいい……っ!」

 

「あ、ひとりちゃんもそっち側なんだね」

 

 やはり後藤ひとり、俺と同じぼっちだけあっていいセンスをしている。君のイヤホン・ヘドバン作戦も相手が悪かっただけでいい技だったぞ! 

 

「何の意図があってそのてれふぉんなんとかかんとかをしてるの?」

 

「リョウ先輩、まったく失礼ですね。異次元に集いし無窮の絆(テレフォーノ・イマジナリオ)ですよ」

 

 俺の必殺奥義をなんとかかんとかでまとめるな。かっこいい名前があるんだから。

 

「いや呼び方とかほんとどうでもいいから」

 

「この奥義はですね、何があっても絶対に誰にも話しかけられない方法なんですよ。電話をしてるふりをする事でマジで話しかけられない。イヤホンすらも貫通しうる口撃力を持つ店員を必ず倒す必殺の最終奥義なんです。しかも友達がいるっぽく見える」

 

「えーっと、つまりただ電話のふりしてる変な人ってことだよね?」

 

 喜多さんが酷いまとめ方をする。

 その自覚はあるため、悔しいことに否定はできない。

 

「端的に言えば」

 

「最初からそう言え!」

 

「ちょっとボケが足りないなーって」

 

「ツッコミの方が人手不足!」

 

 相変わらず虹夏先輩のツッコミは心地がいい。こちらもボケ甲斐がある。

 ……ただ、今回に関しては本気8割のボケ2割だったつもりなのは内緒だ⭐︎

 

 その後もヘドバンを続ける後藤、小物に興味を示す虹夏先輩喜多ちゃんペア、異次元に集いし無窮の絆“テレフォーノ・イマジナリオ”を続ける俺により、店内はカオスな状況になっていた。

 

「楽器見ろよ」

 

 リョウ先輩の珍しくまともで芯をついた一言は、特に誰にも届かずに風と共に去っていった。

 

 ・

 

「みんな楽しそうでいいなぁ」

 

「ですね」

 

 カオスな場はとりあえずの落ち着きを見せ、各々が楽器を眺めていると虹夏先輩はぽつりとそう漏らした。

 俺も付き添いかつピアノしか弾かない人間のため、特にすることなく楽しげなみんなを羨ましく見つめるだけであった。

 

「リョウ先輩も試奏でカッコつけられるし、ひとりも喜多ちゃんも新しいギター探すの楽しそうだなぁ」

 

「……ドラムとキーボードは孤独になる運命だよね」

 

「ドラムはまだバンドに必須ですけど、キーボードは特に影薄いですからね……」

 

「今度はドラム専門店行こうね! アキバにあるから……キーボードの専門店もあったと思うよ!」

 

「行きましょう、寂しいです今」

 

 とは言え、俺も最近買ったばかりなのでドヤ顔で試奏するしかやる事は無いのだが。

 

「あ、今買うものあんまないなーって顔してたね」

 

「必要機材も新品揃えちゃったんですよねー」

 

「でもいいでしょ? こうやってみんなでお出かけするの楽しいし」

 

「練習してる方が有意義ですよ……まあ、息抜きは大事ですし、その、楽しいですけど」

 

「出た、譲のツンデレ」

 

「ツンデレじゃないです」

 

 なぜ彼女達は俺をツンデレ認定したがるのか。

 たしかに、この結束バンドメンバーに足りていないものといえば、こってこてのツンデレ枠なのだがそれを男の俺で押さえていいのだろうか。

 

 などと会話をしているうちに、ひとりはギターの前で立ち止まる。

 

 そして、べちょべちょとまるでいつもの彼女とは程遠いような試奏をする。初心者のような演奏というよりかはなんか気持ち悪い音を鳴らしてる。

 

 そして喜多ちゃんがひとりの代わりに通訳というべきか腹話術的な感じで店員さんとコミュニケーションを取る。でけえ腹話術人形だな。

 

 最近は少しコミュ力的な何かが成長したのかなと思うところもあったのだが、やはり後藤ひとりは変わらないままで少し安心した。それと同時に心配した。将来ほんと大丈夫ですかあなた。

 

 そして、腹話術士兼通訳の喜多ちゃんは(多芸だね! すごい!)そのまま購入の段取りを済ませる。

後藤も珍しく目をキラキラさせてギターを見ていたし、めでたい事だ。

……めでたい事だが、こんな感じで購入しておっけー? 安い買い物じゃないぞ。

 

 ……あれ? というかやっぱり今日俺ここに来る理由無かったんじゃね? 




文化祭まではなんとなーく話の流れ考えてたけど今後全然考えてねえ
まあ原作に添いつつ主人公混ぜてあといい感じにね!ギスギスはしない程度の三角関係とかラブコメ書きたいね!ラブコメ見たい書きたい!


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二十三話 こんなオチってサイテー

作者の性癖全開な本編とは一切関係ない性癖回です。読んでて苦手だなと少しでも感じたら飛ばしてください。
端的に説明するとクズに引っかかる虹夏先輩が見たい話です。NTRとかそーゆーのじゃないから安心してね?
あと直接的にはございませんが少しだけ性的な表現や想起させる描写がありますので苦手な方は飛ばしてください。


 

 私、伊地知虹夏には大好きな彼氏がいる。

 それは、今をときめく有名バンドのキーボードでもあり、作曲家としても有名な大倉譲という人物だ。

 

 都内にある駅近マンションの8階。

 ピアノも置ける防音室まである2LDKのマンション。

 

 合鍵でオートロックを抜けて、エレベーターで上り彼の自宅へ入る。

 防音ルームはたばこと酒の匂いで充満しており、パソコンの前には不機嫌そうな彼がいた。

 あたりは酒の空き瓶とゴミが散乱しており、私がいないときっと彼はまともに生きていけないのでは無いだろうか。

 

 ひとつ年下で、年齢は24歳。

 私は結束バンドの四人組でメジャーデビューの夢を諦めずに目指しながら、フリーターとして生計を立てていた。

 

 彼と出会ったのは、とあるライブでの出来事だった。

 私たちの楽曲の中にも打ち込み音源を入れて演奏するモノがあるのだが、生でのライブの際に縁があって彼が参加してくれた時がある。

 

 ──私は、その圧倒的な実力に惹かれたのだ。

 

 彼はその後、結束バンドとは異なるバンドメンバーの一員として名を上げていき、今では超有名バンドのサポートメンバーとしても引っ張りだこになり、業界の中では知らぬ人はいないほどの有名人になっていた。さらに、楽曲の提供も行なっており、クラシック音楽に裏付けされた音楽的知識とロックの経験で生み出していく作曲も人気で、若くして天才の名を欲しいがままにしていた。

 

 私たちも、メジャーデビューまで後一歩のところまで来ている。そのため、縁があって彼に再会した時に周りから数多の賞賛を受けているはずの彼が浮かべた寂しそうな顔を放っておけずに、気がついたら男女の関係になり──こうして付き合い始めたのだ。

 

「またお酒いっぱい飲んで……体に悪いでしょ?」

 

「かんけーないだろ」

 

「もう、心配して言ってるのに」

 

「………………はぁ」

 

 彼は深くため息をつく。

 私は血の気がひく感覚を覚える。

 また、ぶたれるのかなぁ。

 

「ご、ごめんね、ほ、ほんとにあなたのことが心配で、嫌な思いさせたいわけじゃ無くて──」

 

 慌てる私に、彼は冷たい目をしながらゆっくりと歩み寄る。

 私は嫌われてしまったのでは無いかと動揺しながら近づく彼をただ眺めることしか出来なかった。

 

 彼は私の目のまで来る。

 私は深く目を瞑って──

 

「ごめんな、心配かけて」

 

 彼は私を強く抱擁した。

 

「え、あ、あはは、ううん、私もあなたが辛いの知ってるのに、意地悪な事言っちゃったね」

 

「虹夏は悪く無いよ」

 

「ぁ──ぅん」

 

 彼に包まれている時は、何よりも幸せに感じた。彼が誰より辛いかを私は知っているし、彼に私がいないとどれだけ大変なのかを私は知っているし──そして、私には彼がいないといけないのは当然のことだった。

 

「ちょっとさ、気分転換に散歩してくるから、部屋綺麗にしといて」

 

「え──、あ、後でちゃんと綺麗にするからさ、一緒に散歩いっちゃだめ、かな?」

 

 そう言うと彼は抱擁をやめ、面倒臭そうな顔で苛立ちをあらわにした。

 

「ご、ごめんね、わがまま言っちゃって。ちゃんと綺麗にしておくから、任せて!」

 

 そう言うと再び彼は抱きしめてくれた。

 

「ありがと、優しいね虹夏は」

 

「あはは、あなたのためだよ」

 

 そして彼は私の事を抱きしめたまま動きを止めた。

 

「あれ? 散歩行かないの?」

 

 私としては、こうして彼に包まれている時間は何にも変え難い大切な時であるので当然嬉しいのだが、動かない様子の彼に少しだけ不安を感じた。

 

 彼は私の顔を覗き込むと、口づけをする。

 

「気が変わった、一発やらせろ」

 

「ぇ、あ、でも私なにも準備してなく──」

 

「虹夏──かわいいよ」

 

 そのまま無理やり口を塞がれると、彼に腕を引かれて私は寝室へと向かった。

 

 ・

 

 行為を終えた後、彼はタバコを吸いながら服を着る。

 私は満たされる満足感を感じながらも、肌寒さと喉の渇きを感じていた。乱雑に扱われた身体が少しだけ痛むが、これも彼なりの愛情表現なのだろう。

 

「じゃ、コンビニ行ってくるから適当に部屋片しといて」

 

「……うん」

 

 もう少し、二人でゆっくりしていたかったな。

 でもそんな事を言うときっと嫌われてしまうから。

 

 私はシャワーを浴びて彼の防音室に向かうと、部屋を片付ける。

 30分ほど入念に掃除をしているのだが、コンビニに向かっただけのはずの彼の帰りは遅かった。私は不安を感じて、彼に電話をかけることにした。

 

 すると、画面に映し出されたのは「通話中」の文字。

 きっとお仕事とかの長電話なのだろうと私は考えて、戻ってきた時のためにと玄関も少しだけ掃除する事にした。

 部屋から出て、玄関に向かう短い廊下に立つと、扉の外から話し声が聞こえた。隣の家の人かな、とも思ったが聞こえてきたのは彼の声だった。

 先ほど通話中だったし邪魔をするのもよくないかと思い戻ろうとするも、彼の電話で話している内容が少しだけ気になったので、罪悪感を感じつつもその場で少し盗み聞くことにした。

 

「あー、今週の日曜日? 仕事あるから夜中なら空いてるけど」

 

(……プライベートの電話かな)

 

 彼は日曜日の仕事後に誰かと会う約束でもしているのだろうか。

 

「結束バンドのドラムの子? ああ──大丈夫、いつも掃除させてるだけだから。別に好きでもなんでも無いから心配しないで」

 

「──え?」

 

「俺が好きなのはお前だけだよ。じゃあ、日曜日にな」

 

 その言葉を最後に彼は電話を切った。

 私は、生きた心地がしなかった。

 

 がちゃり、とドアを開く音が聞こえると彼は目の前にいる私に驚いた様子であった。

 

「うわっ、何してんの──というか聞いてた?」

 

 私はぐちゃぐちゃになった感情が溢れそうに出る。溢れそうに出るのだがなんとかぐっとそれを堪えて、気丈に振る舞った。

 

「あはは、ううん、部屋の掃除も終わったから玄関も綺麗にしようかなーって」

 

「そっか、ありがとな。そーゆーところ、好きだよ──虹夏が一番かわいいよ」

 

 そうだ。

 そうなのだ。

 きっと先ほどの電話の相手は、彼に付きまとうだけの悪い虫なのだろう。

 

 彼の孤独を理解できるのは、同じく母親のいない私だけだ。

 彼の音楽を理解できるのは、同じ業界に身を置く私だけだ。

 

 だから、先程のは聞き間違えだろう。

 悪いのは、あの女なのだ。

 私は上機嫌に部屋に戻ろうとする彼の袖を掴む。

 

「ん、どうした?」

 

「あのさ、もう一回、しよ?」

 

 彼は嬉しそうに笑うと、口を開いた。

 

「そーゆーところ、好きだよ」

 

 ・

 

「と、ダメなバンドマンと付き合うとこうなるわけです」

 

「わかりやすかった」

 

 喜多ちゃんが紙芝居を全て捲り終えると、リョウ先輩は立ち上がり手を叩いた。

 

「なんで例に私が使われてるの!?」

 

「というか相手役の俺もキャラ変わりすぎじゃね?」

 

「き、喜多ちゃん、大人ですね……」

 

 上から虹夏先輩、俺、ひとりと三者三様のリアクションを見せる。

 

「喜多ちゃんの世界観の解像度が無駄に高くて怖かったんだけど……」

 

 虹夏先輩は引き気味にそう言う。

 

「俺、がんばってクズになってみようかな……」

 

「だ、だめだよ譲くん」

 

 俺はモテモテクズ男に憧れを抱くも、ひとりに静止された。うん、君が言うならやめてあげよう。仕方がない。

 

「これ、没収だからね!」

 

 虹夏先輩は喜多ちゃんの紙芝居を乱雑に奪い取る。

 

「あー、伊地知先輩! 何するんですかぁ!」

 

「これは立派な名誉毀損と肖像権の侵害です!」

 

「だからといって取らなくても良いじゃないですか!」

 

 喜多ちゃんの脳内ピンク色は十分に伝わったし、妙に生々しいストーリーに自分と先輩が使われているので、俺としては虹夏先輩に強奪してもらいとっとと処分して欲しい気持ちでいっぱいだった。

 

「これは危険なので──うちで預かります!」 

 

 そうそう、ありがとうございます先輩。燃えるゴミの日にでも出して存在をこの世から消してください。

 

 ──ん? 

 

「え、いや預かるじゃなくて捨ててくださいよそれ」

 

「流石に私も、喜多ちゃんの力作を捨てるのは心が痛むからね」

 

「いやその恥ずかしい内容のものがよりにもよって虹夏先輩の家にある状況に置かれてしまう俺の立場にも心を痛めてください」

 

「だめ! 没収!」

 

 そうして、この酷い内容の「ダメ男と付き合ってはいけない」紙芝居は、なぜだか、捨てられずに虹夏先輩の家に連れていかれることになった。




反省はしていない、後悔もしていない


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二十四話 ストリート・ピアノ・マン

スパイスでカレー作る時になんか一味足りないんだけどあれどうすればいいんだろう


 

「なあ喜多ちゃん」

 

「はい?」

 

「なんで俺はここにいるの?」

 

「うーん、なんでだっけ」

 

 相変わらず喜多ちゃんの目はキラキラしており直視するのはハードモードだ。

 ここはバンドマンの聖地でもある下北沢。我らが学校も、我らがライブハウスも当然この下北沢に存在している。

 だから、俺たちがここにいること自体は全く不思議なことではないのだが──

 

「なんでだっけじゃないでしょ」

 

 俺はなぜかストリートピアノに腰掛けており、スマートフォンをこちらに向ける喜多ちゃんの姿があった。

 

「確か遡ると──」

 

 時を戻そう。

 

 確かそれは今日のお昼休みとかそのくらいの時間だった。

 俺は颯爽と一人飯へ向かおうとしたところ、行動力とバイタリティの鬼である喜多ちゃんに遭遇、無事に拉致されて彼女のクラスに引き摺り込まれていた。

 彼女の机に昼飯を並べて向かい合って二人で食べている光景というのは、彼女のクラスメイトにとっては十分に目を引く光景であったため奇異の目に晒されていた。

 

「あのー、喜多ちゃん。めっちゃ見られてるんだけどなんで俺は拉致られたの?」

 

「文化祭の時に私たちが仲良かったのみんなが初めて知ったみたいだからじゃないかしら?」

 

 キターンと相変わらずのちゃん喜多スマイルを見せるも、絶対そんな簡単な話ではないだろと心の中でツッコむ。

 

 人気者の美少女喜多ちゃんの前によー知らん男が座り二人きりで昼飯を食べているのだから、恋愛ごとに脳内を埋め尽くされた年中発情期の高校生どもにとっては昼飯のいいツマミとして興味を持たれているのではないのだろうか。

 

 ……それに、喜多ちゃんが知っているかは分からないのだが、文化祭の一幕でタキシード姿の俺が喜多ちゃんの手を掴み駆け出したシーンがそこそこ広まっているみたいで、付き合っているのではないかという噂さえも流れていたのだから。

 

 俺は超絶イケメン無口クールキャラであり、そのような噂が立ってしまうのは仕方がないのだが、どうにも興味を浴びるのは慣れない。

 

 なんでそんな噂を知っているかって? 

 寝ているふりをしながら情報収集を欠かさないのがぼっちの日常なのだ。

 いつも悪口言われてないからびくつきながら寝たふりをしているわけじゃないんだからね! 

 

「あのー、喜多ちゃん。拉致られた理由については聞いてないんですけど」

 

「そうよその事でお話があったの! 今日の放課後、STARRYに行く前に少し時間あるかしら?」

 

「あ、いや、ないです」

 

「あるのねー、良かったわ!」

 

「もしもーし人の話聞いてますかー」

 

「だっていつも最初は断るくせになんやかんや付き合ってくれるじゃない」

 

 こいつ、俺の習性を理解していやがる……! 

 結束バンドのひねくれツンデレ枠である私こと大倉譲は、誘われてもとりあえず断るのだがその後も押されると断れないのだ。

 

「なら確認する必要なくね? てかお昼一緒に食べる必要なくね?」

 

「たまにはいいじゃない!」

 

「たまには、ねぇ」

 

「そう、たまには」

 

「一度きりにはならない、と」

 

「そういうことよ」

 

 キターン、と喜多ちゃんスマイル。うわ眩しい溶けちゃう。

 というかなぜわざわざお昼を俺と一緒に過ごすのだ。ひとりも居るし、そのほかにも仲のいいクラスメイトもいるはずだろうに。なに、俺のこと好きなの? 

 

「まあいいや……んで、放課後何するの」

 

「もちろん──バズりに行くのよ」

 

「バズ、何を言っているんだ、俺たちはオモチャじゃないか」

 

「バズ・ライトイヤーのほうじゃないわよ……というか知っててボケてるでしょ!」

 

「俺からボケを取ったら何が残る」

 

「えーと、ピアノの上手なコミュ障ぼっち?」

 

「惜しいね。ピアノの上手なイケメンコミュ障ぼっちでした」

 

「自分で言うかしら普通……」

 

 昼休みの教室で、机向かいに喜多ちゃんとくだらないやり取りを繰り広げる。

 そうすると、俺はこのクラスの男子から熱い視線を浴びていることに気がついた。そっちの気は無いよ? 異性愛者だよ俺。

 

 ちらり、と横目に男子達の熱い視線に目を向けると、その視線は決して愛だの恋だの酸いだの甘いだのではなく、明確な殺意であった。

 

 その視線に命の危機を感じた俺は、この場から早く立ち去りたい一心で早弁する野球部の丸坊主さながら弁当箱をかきこみ、選ばれしペットボトルのお茶で無理やり流し込む。

 ぷはっ、と地上にいながら窒息死しかけると、とっとと話題を終えて少なくともこの場からは立ち去ろうと思い口を開いた。

 

「で、バズりに行くってなにするの? TikT○kみたいな頭の悪そうな踊りはパスだけど」

 

「それ全女子校生を敵に回す発言よ……ちょっと、これを見て」

 

 そう言うと、彼女はスマートフォンの画面をコチラに向けながら俺の真横に移動する。

 

「この動画なんだけど」

 

 彼女はイヤホンの片方を許可も取らずに俺の耳に入れる。突然の行動に俺はびくりと跳ね上がりそうになるが、その様を見られる事はどうしてか嫌なので極めて冷静をアピールした。

 

「いくよ」

 

 郁代ちゃんだけに? なんちゃって。こんな事言ったら嫌われちゃうから心の中だけにしとこうね。

 そう言って彼女は動画の再生ボタンを押す。

 

 ──息がかかる。

 

 肩と肩が触れ合って、動画を見るどころでは無い。

 

 なんかいい匂いするし柔らかい(童貞感

 

 頭の中はパンクしそうで仕方がなかったが、なんとか動揺を隠しきる。

 スマートフォンに映し出されていたのは、どこか建物の構内で人に囲まれながらピアノを弾く人物の姿だった。

 

 そして、動画の再生が終わると彼女はスマートフォンをホーム画面に移し──

 

「ん?」

 

 彼女は驚くほどの勢いでスマートフォンの画面を黒くした。

 

「み、見た!?」

 

「なにを?」

 

「見てないならいいんだけど、さ」

 

「ホーム画面のこと?」

 

「み、み、見たの?」

 

「いや、一瞬スーツっぽいのが見えただけ」

 

「あはは、ならよかった」

 

 そんなに見られたく無いものなのだろうか。

 アイドルを壁紙にしている奴など男女問わずごろごろ居るだろうし、そんなに気にする事は無いだろう。

 好きな奴の写真、とかだろうか。

 だが少なくともこの学校でスーツを着ている生徒などいないし。だとしたら先生とかだろうか。

 

 それ以外だと、俺が最近タキシードを着たくらいで……。

 

 まさか。

 

「ないな」

 

「な、なにが!?」

 

 だとしても、俺のタキシード姿の写真を喜多ちゃんが待ち受けにする理由もなければ、そもそも俺がタキシードを着ている時に撮られた写真は、変な顔になってしまった時リョウ先輩にシャッター押されたものである()()()()()()()()()()()はずだ。

 一瞬だけ、まさか俺の写真が? という痛々しい妄想が頭をよぎってしまったのだが、俺は高校生なのだ、自意識過剰くらいたまにはならせてくれたっていいじゃあないか。

 

「ともかく、譲くんのストリートピアノで結束バンドをアピールするのよ!」

 

「……えぇ〜」

 

 デートかな? と少しでも期待した俺が馬鹿でした。別に喜多ちゃんとあま〜いTikT○k(笑)動画を撮ってもよかったのに。可愛いJKと一緒に踊りたかったなぁ、捻くれなければよかったなぁ。

 

 ・

 

「で、冒頭に戻ると」

 

「冒頭?」

 

「ああ、こっちの話」

 

 ということで俺は、下北沢駅の東口側からここ最近ずっと工事してる小田急線線路跡あたりを越えて、おしゃれなテナントビルに設置されたストリートピアノに腰掛けているというわけだ。

 

「あとさ」

 

「なーに?」

 

「なんで俺は制服からタキシードになってるわけ?」

 

「それはね、内緒よ!」

 

「バズるためなら俺がどうなろうと構わないということか」

 

「まあ半分くらいはバズるためっていうのもあるけど……」

 

「じゃあ残り半分は?」

 

「言ったわよね、内緒よ!」

 

「企業機密じゃねーんだから」

 

 などとくだらないやり取りをしていると、美少女カメラマンとタキシード姿の超絶イケメンが様になった感じでピアノの前に腰をかけている状況にインパクトがあったのか、ちらほらと人が増えてきた。そんなに沢山いるわけではないのだが、タキシード姿はバズりに有効なのかもしれない。

 

「それじゃあ、みんな知っててバズりそうでクソ難しいと言えば──みんな大好き偉大なるショパン大先生のエチュード、木枯らしで」

 

 クソ難でかっこいいからという理由で幼い頃から練習しまくったこの曲で俺は喜多ちゃんの企画に乗ることにした。

 まあ当然死ぬほど両手共に難しいのだけれど、比較的この曲は右手の方が重いため、まだ左手にギプスのついた状態の俺は木枯らしを選ぶ。元々幼い頃から練習し続けてきた曲であり、未だに100点満点で弾くことができない曲でもある。

 え? ならもっと簡単な曲を選べって? 

 全てはドヤるために決まってるだろうがどあほう。

 

 冒頭は右手だけで短音を弾く。

 ほんとここだけなら簡単な曲なのになぁ。

 そして、5小節目からは右手で主旋律を奏でる。

 やや長めかつ音が濁流の如く多いため、相当な気合と集中力が必要だ。あと右手が単純に速い。

 

 正直言って、自分ではひどい演奏だったと思う。左手もブランクも言い訳にできるわけでは無いが、はっきり言って人前でドヤるレベルでは無いと思う。

 

 曲を弾き終えるころには、集中していたため全く気が付かなかったが大勢の聴衆が周りにいた。あれ、また俺なにかやっちゃいました? 

 

 と、冗談はさておき。

 曲には負けたが、正直曲に助けられたところがでかい。音の速い非和声音はわりと雰囲気でやっても初心者にはバレないため、聴衆からは大きく失敗しただとか変な曲だとかには聞こえなかっただろう。

 不本意な出来とは言え、最低限レベルだったのはまた事実だ。

 

 俺は立ち上がると無言のままスマホをむけて呆然とした喜多ちゃんに声をかける。

 

「……行こうぜ」

 

 聴衆は静まり返り、驚嘆の表情を浮かべていた。その中で俺は一度ぺこりと周りに頭を下げた。

 直後、わっと響いた歓声と拍手の音。

 

 俺たちはスタコラサッサとその場を後にした。

 

 ・

 

 俺たちは下北沢のテナントビルから奇跡の大脱出を遂げると、STARRYに向けて歩みを進めた。

 ……のだが、誘っておいたくせに張本人である喜多ちゃんは浮かない顔をしていた。

 

「やっぱり、ひとりちゃんもそうだけど、譲くんも持ってるよね」

 

「今カバンくらいしか持ってないけど」

 

「そうじゃなくて、……ううん、なんでもない」

 

 普段はクソ明るいくせに、たまにこうやって自己評価低い時があるな。

 隣の芝は青いとは言うが、まったく、どうして人はみんな自分のいいところに気がつかないだろうか。

 

「10年」

 

「え?」

 

「10年かかって、まだ俺も満足できてないよ」

 

 今日の演奏、自分として認めることはできなかった。しかもそれを、ブランクと左腕のせいにしている自分をが余計に認められない。

 

 だが、俺は彼女の悩みだとかどうとかをきっと解決することはできないだろう。カウンセラーでもなければ、無力で小さいただの16歳の生き物なのだから。

 

 というか、自分から今日の状況に持ってきたくせに勝手に落ち込みやがるな! 

 

「それに比べりゃ喜多ちゃんはタケノコだよタケノコ」

 

「ほんと、譲くん好きだよね、それ」

 

「喜多ちゃんにしかこのフレーズは使ってないよ」

 

「ふふっ、なんかその言い方……ズルいね」

 

「……なんというか、まあ、とりあえず10年やってみてだな」

 

「長いわよ、10年って」

 

「一瞬だよ、10年なんて」

 

「なんか、おじさんみたい」

 

 そう言って、彼女は笑った。

 おじさんとは失礼な。男が女に言われて傷つく言葉ランキング26位だぞ(俺調べ)。ちなみに1位は「つまらない」、2位は「臭い」です。25位は「電車とか好きそう」。実際に電車好きな方はごめんね。

 恨むならそんなことを言うこの世全ての女性を恨んでね(暴論

 

 ……それに、俺にしてみれば今のこの結束バンドで過ごす一瞬は、確実に今までの10年と同じかそれ以上の価値を感じているのだから。

 

「だいたい、もし私が10年間バンドやり続けたとして、良い年になって恋愛も仕事も疎かにしてたらどう責任取ってくれるのよ」

 

「そん時は……まあ、うちに来なよ」

 

 俺がそう言うと、喜多ちゃんはフリーズする。

 みるみるうちに顔を赤らめて、慌てて口を開いた。

 

「えっ、そそそそれって一体どう言う──」

 

「俺両親アホみたいに稼いでるから、贅沢しなきゃ一生ゴロゴロして生きられるからな」

 

「ソウヨネ-」

 

 言ってから気がついて慌ててボケにつなげたが、たしかに先ほどの会話のみを切り抜いたらすげえ大胆なプロポーズをしている奴になっていたぞ俺。

 大胆なプロポーズは男の子の特権よ♡

 

「あーあ、ドラマの中のイケメンヒーローなら、もっと格好良く責任取ってくれるのになー」

 

「悪かったな、イケメンしか合ってなくて」

 

「相変わらずの自己評価よね……」

 

 そう簡単に誰かの責任なんて背負えるわけがない。それに、喜多ちゃんなんか一番大丈夫だろう。凡人が世の中で役に立つ能力は、人に好かれる能力とコミュ力と、あとは見た目なのだ。喜多ちゃんは全部持ち合わせているではないか。

 

 でも、まあ。

 

「困った時くらいは、ちょっとだけ助けてやるよ」

 

「え?」

 

「責任は取れないけど、まあ、その、なんというか。く、腐れ縁くらいは続けたいと思ってるし……」

 

「……うん」

 

 俺にとって、この結束バンドは大事な居場所なのだ。だからきっと、友達の少ない俺だとしても、彼女達とのつながりが途切れる未来だけは嫌だと思えた。

 照れながらも俺はそう口にすると、喜多ちゃんも恥ずかしそうに頬を赤らめて頷く。

 

 なんとなく、気まずい雰囲気になってしまった。そんな状況を打破するべく、俺は軽口を叩いた。

 

「それに喜多ちゃんなら、責任取ってくれるいい男なんてそこらへんから拾ってこれるでしょ」

 

 確か、こう見えても喜多ちゃんは恋愛経験がほとんど無いらしい。世の男は何を見ているのか、いや、それとも彼女のハードルが高いだけなのだろうか。

 

「こう見えても私、モテるんだからね。そんじょそこらの男の子じゃあだめだわ!」

 

「だろうな」

 

「急に素直になったわね……ツッコんでくれないと恥ずかしいじゃない」

 

 彼女のハードルが高い方なのかな、と思ったらボケだったようだ。

 いやでも実際、俺が喜多ちゃんみたいな美少女だったらそう適当に彼氏は作らないな。将来有望そうな奴適当に捕まえてキープに走るかもな。なんちゃって。ほんと、冗談だから。

 

「まあ実際、喜多ちゃんの彼氏になれる奴は羨ましいよ」

 

「……そう、かな」

 

「みんなそう思ってるだろうよ」

 

「譲くん、も?」

 

「ああ、コミュ力抜群見た目最高スクール上位の彼女とか、いるだけで俺の格が上がるからな」

 

「最低ね!」

 

 その代わりに俺と付き合った女の子は格が下がる。俺は呪いの装備です。

 

 などと、軽口を叩き合いながら、道を歩く。

 そう言えば、STARRYの面々と恋バナをした事は無かったかもしれない。……ひとりと俺に関しては恋バナ以前に恋愛と縁がないだけなのかもしれないが。

 もしかしたら、みんなはそこを気にして話題に出していなかったのだろうか。

 

「譲くんは、さ。ひとりちゃんのこと好きなの?」

 

「──ぅえ? なに急にどしたの」

 

「そうなのかな、って。ちょっと思ってたから」

 

 彼女は歯切れが悪そうにそう言った。

 もしかして、周りからそう見られてる可能性があるってことだろうか。

 

「あ、い、いやいや、あいつはそもそも彼氏なんてもっぱら考えてないだろ──なんなら俺の事とかマジで友達にしか見てないと思うし」

 

 慌てて俺は否定し、それと同時にふと彼女から他人のラブレターを受け取った日のことを思い出す。

 俺はあの時、もしひとりからラブレターをもらっていたらなんて返事をするつもりだったのだろうか。

 

「じゃあ、伊地知先輩は?」

 

「虹夏先輩と俺とじゃ釣り合わんし恐れ多いって……」

 

「リョウ先輩は?」

 

「何これ、全員聞くの?」

 

「それなら──……、ううん、ちょっと意地悪しただけ」

 

「流石に俺も結束バンドの居心地いいと思ってるし、この大事な場所を無くしたくないから変な波風立てる気ないから安心しろって。大体そんなハーレム漫画みたいな出来事が起こるわけないんだから、起こってから心配しろってのに」

 

 そう、そもそも意味のない仮定をしたところで、読んで字の如く当然無意味なのだ。

 俺が仮にもっと性格が悪くて、コミュ障じゃなくて、沼らせる才能があるのならば『ぼっち・ざ・ろっく! 〜結束バンド! どろどろバンドクラッシャー編⭐︎〜』が始まっていたかもしれないが、そんなにモテるほどの甲斐性は俺に無い。

 それに、彼女達は眩しいくらいに魅力的で、だからこそこのメンバーで居る事はみんなにとっても居心地がいいはずなのだから。

 

「そうだよね、わかってるよ。でも、たまには妄想したくなるじゃない。高校生よ、私たち」

 

 喜多ちゃんは寂しそうに笑ってそう言った。しかし、俺たちの間に流れる空気は少し微妙なものになっていた。

 

「高校生、か」

 

 愛だの恋だの、もっとしている年齢であることに間違いはない。

 ──だがもし、今この瞬間に誰かと恋をするとしたら。

 

 ちらり、と横を歩く女の子の横顔を見る。

 

 彼女達と付き合えるやつは、相当な幸せ者だろう。

 それは俺が保証するよ。

 

「特権階級か何かと勘違いしてないか。それに、俺はまだ恋愛に時間を割く余裕はないからな」

 

 俺は笑いながら答えた。

 喜多ちゃんは、俺の言葉に少し安心したようで、小さな笑顔を浮かべた。

 

「まあ、譲くんもそう思うよね」

 

 俺は彼女の言葉に頷き、気まずかった雰囲気が少し和らいだような気がした。

 そういえば、今日は練習の日だ。

 

「ま、そろそろ行こうか」

 

「うん、行こっか」

 

 なんとなく、少しだけいつもと違う雰囲気のまま、俺たち二人はSTARRYへ向かう足を早めたのだった。




喜多ちゃんかわいいよ喜多ちゃん


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二十五話 承認欲求•モンスター

満たされた時代の現代病だね承認欲求
承認欲求なきゃ文字列ならべて人に読ませるなんてしねーもんな


 

「20マン消えた……20マン消えた……」

 

「ひとりちゃん元気出して!」

 

 後藤ひとりは定位置(ゴミ箱)に入りながら、何やら不穏な単語を呟いていた。

 ストリートピアノデビューから数日、いつもの面々イン・ザ・ライブハウスにてそんな不思議な日常が目前に広る。

 

「え、20万消えたって何」

 

「20マン消えた……20マン消えた……」

 

 流石に尋常ではない金額に俺は驚いてそう問いかけるも当人はそれ以上に心がやられているようであり、壊れたおしゃべり人形のようにインプットされた一つの文章をただただ読み上げるだけの物体になり変わっている。

 

「私じゃないからね、一応言っておく」

 

 とリョウ先輩は言う。

 いやまあ流石にリョウ先輩でも後輩の高校生から20万を奪い取るなんてことはしないとは思ってますよ。ほんと。

 ……え、流石にしないよね? 

 

 何はともあれ流石にいつもと違う様子のひとりを、俺たちは囲むようにして眺めていた。

 

「みんな、おはよ〜!」

 

 そんな折、虹夏先輩が元気な声で階段を駆け降りてきた。

 目前に広がる異様な光景も相まってか、天使が降臨したのかと思いました。

 

「ひとりちゃん、元気出して! 過ぎた事をいつまでも悔やんでてもしょうがないわよ」

 

 と、喜多ちゃん。

 

「また働いて貯めろ」

 

 と、伊地知さん。

 

「やーいざまーみろー」

 

 と、俺。

 

「え、ちょっとどうしたの? 事件?」

 

 と、虹夏先輩。

 ひとりは確かにいつも変なのだが流石に尋常じゃない様子と、UFOを召喚する儀式でも始めるかのように彼女を取り囲み慰めの言葉を投げかける俺たちを見て「いつもより変だな」と察したようだ。

 

「よく分からないんですけど、20万消えたとかずっと呟いてて……」

 

「え"っ!?」

 

 虹夏先輩の登場に、ひとりは顔を上げてついに「20マン」以外の言葉を発するべく口を開いた。

 

「マイニューギアしたくて全部使ったんです……」

 

 うへへ、と気味の悪い笑みを浮かべる。

 そのセリフに虹夏先輩は何かピンときた様子で声を張った。

 

「あほだー! エフェクターこんなに要らないでしょ、店員さんに何か言われなかったの!?」

 

「あの時はハイになってて……」

 

 ……どうやらひとりの20万円は中国人観光客の爆買いよろしく大量のエフェクターを買って消えたようだ。

 虹夏先輩はスマートフォンを取り出し、慣れた手つきでアプリを開く。

 

「あれ、でもフォロワー1000人行ってるじゃん!」

 

「あ、ギターヒーローファンの人たちが気づいてくれて」

 

「へー、良かったね。いいねも結構ついてるし、リプライもたくさん──」

 

 ギターヒーローとは何ぞや。

 俺は聞きなれない単語と、フォロワー1000人増加って結構すごいことなんじゃないのかと頭の中で考えながら虹夏先輩の横から顔を出してリプライを覗き込む。

 

『そんなにエフェクターあってどうするんですか!?』

 

『写真ばっか上げてるけど練習しないの?』

 

『演奏動画あげてください!』

 

「あっ、あぁ」

 

 後藤ひとりの20万円は疑問を持たれる以外には、誰にも興味を持たれていなかった。

 20万円を課金しても、承認欲求を満たせなかったのである。

 

「ど、どんまい……」

 

「ざまあないな」

 

「アゥゥ」

 

 後藤ひとりは静かに息を引き取った。

 

「勝手に殺すのやめようねー……」

 

 虹夏先輩に心を読まれた。

 

「というか、譲はなんか今日ひとりちゃんに当たり強くない?」

 

「ぅえあ? あ、いえ、20万とか大金なんで心配してたのに、こんなSNSで承認欲求を満たそうとした結果の自業自得じゃないですか?」

 

 心を読まれた直後に突然ご指名を受けたせいでオート設定にしているコミュ障が発動してしまった。嘘だ。ほんとは未だに虹夏先輩の名前呼びになれていないだけである。

 

「ふ、ふふふ、そう言う譲くんは、トゥイッターのフォロワーは何人いるの……?」

 

 俺の安い挑発に乗ったひとりは、ゆらゆらと幽霊のように立ち上がりSNSマウントを取ろうとしてくる。

 

「ち、ちなみに私の戦闘力(チャンネル登録者数)は8万です」

 

 彼女が動画投稿サイトに何をあげているのかは全く知らないが、たいした数字ではないか。

 

「俺そもそもトゥイッターやってないし……基本見る専だからなあ」

 

「な、なら、私の勝ち──」

 

「あ、譲くんのストリートピアノ動画がバズってますよ!」

 

 ひとりにマウントを取られて初の敗北を味わってしまうのか、と思ったその時。喜多ちゃんが声を上げた。

 

「ほら、見てください。この前私と2人で動画を撮りに行ったんですけど、既に50万回も再生されてます!」

 

「「「え?」」」

 

 喜多ちゃんがスマホの画面をこちらに向けると、確かに動画投稿サイトに俺の演奏する姿が映っていて、確かに50万回再生というアホみたいに大きい数字が刻まれていた。

 ……というか、

 

「いいいいや、それアップされるって聞いてなかったんだけど!」

 

「え、でも私動画撮ってたからアップする以外の選択肢無いわよね!」

 

「言われてみれば確かになぁ!?」

 

 喜多ちゃんが動画投稿サイトにアップすると口にしていなかったのもまた事実なのだが、それはそれとして「バズる」ために撮影をされていたのだから動画が何かしらの媒体にアップロードされるのは明白なのではないか。

 

「てかだめだめだめ、恥ずかしいから消してくれ喜多ちゃん」

 

「えー! でもほら、コメントも肯定的な意見ばかりで嬉しくないの!? ほら、『かっこいいですね!』とか『タキシード姿でギプスつけてる……あり』とか」

 

「演奏を褒めてねぇ!」

 

「でもこれで下手ならコメントもつかないだろうし……好意的なコメントでいっぱいじゃない」

 

「俺はそこに転がる承認欲求モンスターみたいな残念な人間には堕ちたくないんだ!」

 

「でも、これ私たち結束バンドのPRも兼ねているのよ?」

 

「うぐっ……それは……」

 

 こんな俺でも結束バンドには多分に感謝をしており、知名度向上に繋がるのであればNOと言うことが出来ない。

 

「じゃあ問題ないわよね?」

 

「は、はいぃ……」

 

 いつもの喜多ちゃんスマイルには、有無も言わせぬ迫力があった。これが陽キャの圧ッ!? 

 

「ひ、引き分けと言うことで……」

 

「お前はいつまで数字にこだわる気だ……」

 

 さすが承認欲求モンスター。

 目立つのが苦手なくせに妙にSNSの数字にこだわってきやがる。

 

「ひとりちゃんの方も大変なことになってますよ!?」

 

 喜多ちゃんは俺を論破すると、今度は別のサイトの画面を開きながら大きな声を出した。

 

「この前の文化祭ライブ、ダイブのところだけネットに流出してます!」

 

 スマホの画面を覗き込むと、インターネットのまとめサイトやトゥイッターにまで流出していた。しかも、そこそこのコメントといいねの数がそれにはついている。

 

「結構バズってんのな……」

 

「ま、まあこんな話題すぐ忘れられるよ、大丈夫!」

 

 虹夏先輩は落ち込むひとりの肩に手を置く。

 が、どうやら彼女が落ち込んでいる理由はインターネットの海に醜態を晒したことではないようだった。

 

「いいね数負けた……!」

 

「いやこれもぼっちちゃんだから!」

 

 そうして後藤は落ち込みながら「20万が譲くんとダイブに負けた……」と延々と呟く。

 ……まあ、いいか。こんなギャンブル依存症みたいな承認欲求の塊やろうは多少痛い目見て学ぶべきだろう。

 今後の浪費を考えれば、きっと20万は安い買い物だ。

 

 俺は輪から外れて椅子に腰をかける。

 楽しそうに騒ぐ彼女たちを見ながら「良い加減練習はじめねーかな」と思いつつペットボトルのコーヒーを口元に運んだ。

 

 すると、そんなこちらの様子に気がついた虹夏先輩も輪から抜けて俺の方に歩み寄った。

 

「なーに黄昏てるの」

 

「いや、もうSNSはいいからそろそろ練習しないかなーって思って」

 

「なら自分で言えば良いじゃん」

 

「ふっ、コミュ障舐めないでください。楽しそうな雰囲気ぶち壊してまで自己主張ができるわけないですから」

 

「ほんっと、譲ってめんどくさい性格してるねー」

 

「そんな自分も嫌いじゃないんで」

 

 彼女も俺の横の椅子に腰掛ける。

 そして、俺のワイシャツの左肩あたりをちょいちょいと引っ張る。

 ライブハウス自体の照明は明るいわけでもなく、彼女自身は正面を向いているため表情はうまく読み取れない。

 

「……喜多ちゃんと2人で出かけたんだ」

 

「え、あー、はい。まあ拉致られたみたいな物ですけど」

 

「他のメンバーとは、2人きりで出かけたことはあるの?」

 

 何故だか機嫌の悪そうな彼女は、まるで俺のことを糾弾するかのようにいじわるな質問を繰り広げる。

 

「いや、無いですよ。たしか今回が初めてだったかと思います」

 

「……ふーん、初めて、なんだ」

 

「い、いや、その、別に手を出してるとか狙ってるとかそーゆーのじゃ無いですからね? 俺が男だからって疑うのはよして下さい……ほんと、今の結束バンド好きですし」

 

 きっとバンド内の女の子を狙う悪いクズ男とでも勘違いしているのだろう。残念ながら俺にそんな甲斐性は無いし、喜多さんが俺を選ぶだなんて億が一にも起こり得ない事象だ。天文学的数字なレベルだろう。

 なんとか釈明するためにそうやって口を開いたのだが、コミュ障も合間ってか余計に怪しい言動になってしまう。

 

「私と出かける約束はどうなったの?」

 

「え、あー……」

 

 はい、すみません。完全に忘れていました。

 文化祭最終日、虹夏先輩に言われた「今度買い物一緒に行かない?」という言葉を思い出す。

 普段から友達に誘われることのない俺は、当然のように脳内の記憶媒体から摘出して大忘れをぶちかましていた。

 

「じ、じゃあ今週末とかどうですか?」

 

「──日曜日」

 

 俺はなんとかミスを取り返そうと、直近の空いている日(いつも空いてるとは言わせない)を伝えると、虹夏先輩は食い気味で日曜日を指定してきた。

 

「あ、はい。日曜日で」

 

「どこ行く?」

 

「えーっと、何か買いたいものとかあるんですか? というか何か目的あるんですか?」

 

 どこに行くか。

 女の子と2人きりでどこかに行く経験が乏しい俺にとっては、東大受験や超絶技巧練習曲を弾くことよりもハードルが高い難問であった。

 

 なので俺は、まず彼女が何故俺を誘ったのか、何か買いたい物でもあるのか、その目的を探ることにした。

 

「目的ないと、会っちゃダメなの?」

 

 ぐわぁかわいい! クリティカルヒット! 

 こちとら虹夏先輩であれば目的無くともいつでも会いに行きますとも。なんなら住み込みで働かせてください。週休完全4日くらいのフレキサブルでお願いします。有給もめっちゃください。え? 住み込みで働いてるって言えないって? 

 いつでも会いに行くとは言ったが俺みたいなぼっちは1人きりの時間がないと干からびて死ぬのです。

 

「いや、そーゆー事ではないですけど」

 

「じゃーあ、お任せで!」

 

「は?」

 

「私が楽しめるプラン、考えといて!」

 

「いやいやいやいや、俺そういうの苦手ですって」

 

 そこでまさかの一番苦手な「おまかせ」をオーダーされてしまう。

 他人を巻き込まない、スケジュールと自分だけを拘束する物事に関しては自分でも他人より秀でていると思うのだが、他人が関わるとてんでだめだ。

 

「これはねー、約束忘れてたのと、喜多ちゃんと2人きりで勝手に出かけてたバツだから」

 

「約束忘れてたのは認めますけど、喜多ちゃんと出かけたのは何のバツになるってんですか!?」

 

 びしっ、と虹夏先輩はこちらに人差し指の腹を向けた。

 確かに約束をすぐに果たさず忘れていたのは事実であるのだが、喜多ちゃんと2人で出かけたのにはどんな因果関係があると言うのだ。というか、出掛けたというよりはストリートピアノを弾かされたという表現が正しくはないか? 

 

「そーやって全部聞いてる男はモテないぞー。デートプランも、女の子の発言の意図も、自分で考えること」

 

「は、はい……えっ、今なんて──」

 

「よーし、じゃあ練習開始っ! ほらみんないつまでぼっちちゃんで遊んでるのー!」

 

 さあ、ここからはみんな大好き「思わせぶりはNG! 恋愛ワードコーナー」のお時間です。

 本日の単語はこちら「デートプラン」です。

 

 デート【date】

 読み方:でーと

 [名](スル)

 1 日付。

 2 恋い慕う相手と日時を定めて会うこと。「遊園地で―する」

 3 時計の文字盤に付属するカレンダーで、日付だけを表示するもの。→デーデート

 

 デジタル大辞林より。

 

 本件では、それに「プラン」を付け足した単語でありんすでございまする(動揺)

 つまり、1番の意味では日付の計画や日付の予定。ううむ。ギリギリ意図が通るだろうか。その日の予定を立てると言う意味で捉えれば十分に成立する。

 3番の意味は今回の件では論外だろう。

 問題は2番だ。

 2番の場合だと、「恋い慕う相手」と「日時を定めて」会うこと、らしい。

 

 つまり、だ。

 これは、本当にあの、伝説のデートとやらになるのだろうか。

 

 拝啓、ラブコメの神様。

 あんたたまには良い仕事してくれるじゃねえか。

 非モテの悲しい俺に、温情でデートをしてくれた虹夏先輩との楽しい思い出は一生忘れません。まだどこにも行ってないけど。




これを読んだみんなは最大限の賞賛の感想と10点満点の評価よろしく


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二十六話 フリーライターのフリーは何でもして良いって意味じゃないからね

布団から永遠に出たくない


 

 週末に非常に大事なデートの予定を控えた平日。

 俺は何日も頭を悩ませながら、どこに行くかであったり何をするかであったりを考えていた。もう考えすぎてだんだん面倒になってきた。やはり人と会うという行為は俺に合っていないのだろうか。

 

 スマートフォンでどこに行くかを調べながら、放課後の校舎から脱出する。帰宅する生徒の楽しそうな話し声と、どこからともなく聞こえてくる運動部たちの熱い声を背に受けながら足を動かしていた。

 

 すると、校門付近にさしかかった時である。

 完全に気配を消してスムーズに帰路を歩む俺に声をかける人物が現れた。

 殺気を消した俺に声をかけることができる人間など、かくれんぼマスターかスカウターを装着している異星人くらいのはず……ッ! 

 

「あのー、この学校に中国人留学生で軽音学部の呉なんとかさんって知ってますかー?」

 

 しかし俺はプロぼっち。職歴十余年。華麗に聞こえないふりをしてスルーする。親父ギャグじゃ無いからね? 

 そもそも俺に声をかける人がいるはずないし、勘違いだとしたら恥ずかしいじゃあないか。

 

「えっ、無視? あのー、そこのギプスをつけたキミー!」

 

 ちっ、やはり俺だったのか。しかも一度で懲りず二度も声をかけてくるだなんて。繁華街のキャッチかおのれ。

 明確に指定された俺は、流石にそれ以上無視をすることができずに顔を上げた。

 

「え、あ……ハイ」

 

 先ほどから俺に声をかけていた人物──声から女性であることは分かっていたのだが、その見た目はまさに俺の天敵そのものだった。

 

 見た目はかなり幼い人物ではあるのだが、俺の年上のお姉さん苦手センサーがびんびんに鳴っている。

 その上、ぱっつんの前髪と黒髪のツインテール、バツや十字をあしらったデザインの服にだっさい羽根の生えたリュックサック。役満だ。

 俺はこーゆー女性が一番嫌いなのだ(偏見

 

「中国人留学生で軽音学部の呉なんとかさんって人を探しててー、知らないですかぁ?」

 

「は? え、あ、中国人留学生で軽音学部の呉なんとかさん?」

 

「そーですそーです! 知ってますか?」

 

「あ、いや、知らない、ッス」

 

「そーですかー、何か分かったら連絡くださ〜い⭐︎」

 

 病み系おねーさんは大袈裟に手を振る。

 俺はそんな現状から一刻も早く脱出するために足を動かそうとすると、突然何かを思い出したかのように彼女はこちらの顔をじっと覗き込んだ。

 

「あのー、お姉さん、なんすか?」

 

「うーん、キミどこかで見覚えが……」

 

「あ、いえ、無いですよ。では」

 

「うーん、最近見た気が……ってお姉さんって!? 私17歳(設定)なのでそんなに歳変わりませんよー?」

 

 まるでナンパのような事を言われると、突然火を見るよりも明らかな大嘘をつかれる。

 

「い、いやー、あなた20は超えてますよね、通報しましょうか?」

 

 何としてもこの面倒臭そうな人を引き離すために、俺はついに通報という脅しのカードを切る。これを言われれば流石に引くだろう。

 

 俺はスマートフォンに再び目をやり、画面を触る仕草をする。

 

「なんで年齢バレた! というかすみません通報は許して……ほらこれ!」

 

 落ち着きなくわちゃわちゃとしながら、どこからともなく名刺を取り出す。

 その名刺は、お世辞にも立派なものとは言えずひらがなで「ふりーらいたー ぽいずん♡やみ 17さいだよぉ」と書かれていた。いや年齢大嘘。

 

 それにしても、フリーライターとは胡散臭い職業ランキング15位(俺調べ)に位置する職業なのだ。ちなみに1位は聞いたこともないようなコンサル業。

 外資とか上場企業のコンサルは死ぬほど年収高いのに、よー知らんやつがコンサル語って変な講演会開いた瞬間驚くくらいに胡散臭くなるよな。

 

 受け取らずには話は終わらぬと思い、俺は仕方なく名刺を受け取る。すると、

 

「指ながーきれー」

 

 名刺を受け取る俺の指に注目しているようだっだ。何この人指フェチ? 本格的に怖いので逃げよう。

 そう思った時だった。

 

「……何か音楽やってそう……ピアノ? ぴあの、ギプス、イケメン高校生、最近見た──あ、もしかして!?!?」

 

 右手を軽く握り拳にして、左の手のひらにポンと置く。漫画やアニメでしか見ないような、何かを思い出したときにする動きだ。あまりにも大袈裟なものだから、頭上に豆電球すら見える。

 

「最近バズってた、タキシード着てたストリートピアノの人だよね?」

 

「あ、いえ、人違いッス」

 

「えーほんとですかぁ? 私音楽系のライターやってるんですけど少しだけ話でも──」

 

 俺は駆け出した。

 それはもう、今なら陸上の世界記録でも更新できるかのスピードで。地平線に届くように限界まで振り切ってくれ。あいむざくーれすとどらいばーずはい。

 

 年上かつ苦手な属性のおねーさんとこれ以上話を、ましてや胡散臭すぎるフリーライターのネタとして消費されることだけは死んでも避けたかったから。

 

「あーっ、ちょっと待──いや、速!?」

 

 へいゆー! このびっぐましーんに乗っていけよ! 

 

 •

 

「えー、今日はライブの日ですが……その前にみんなに発表がありまーす!」

 

 放課後、なんとか怪しいおねーさんを振り切った俺は駆け込むようにしてライブハウスに飛び込んだ。

 本日のライブを控えた中、いつもよりもテンション高めに虹夏先輩は変な布にくるまっていた。

 

「じゃーん! 寒くなってきたのでバンドパーカーを作ったよー」

 

 虹夏先輩は布をばっと脱ぎ捨てると、そこにパーカーを着た下北沢の天使が降臨した。

 

「おー、いいじゃん」

 

 リョウ先輩もパーカーに袖を通す。

 腹立つことにクソ可愛い。

 ミディアムボブの子がパーカーを着ると、首筋が見えつつも首下のボリューム感があって死ぬほど似合うよね(性癖

 

「ほら、どーよ譲! 良い感じでしょ」

 

 虹夏先輩は他の女子3人を抱き寄せて、こちらに感想を求めてくる。尊い。

 この惑星には「可愛い子にはパーカーを着せろ」という言葉がある。多分。

 

「ハァ、ハァ、ハァ、み、みなさん、ハァ、最高に、ハァ、か、可愛いッス、ハァ」

 

「おーい誰か通報してー、性犯罪者予備軍がここにいるよー」

 

 虹夏先輩は笑顔で残酷な事を告げる。

 

「えーと、1、1、9」

 

「リョウ先輩! それは救急です!」

 

 惜しくはあるが流石に常識を逸脱したダイヤル捌きに、喜多ちゃんはツッコミを入れる。

 

「ハァ、ハァ、ままままま待ってください、ハァ、走りすぎて、ハァ、息がッ……」

 

 俺は長距離走を短距離走並みのスピードで走ったため、まだ息が上がっているのだ。そのせいでパーカーを着たJK×4に興奮している変態が出来上がったというわけだ。

 

 すると、ライブハウスの扉が勢いよく開かれる。

 あれ、もう警察さんいらっしゃいましたのでしょうか。冤罪ですよ? 

 

「こんにちは〜! バンラボってバンド批評サイトで記事書いてる者ですが、結束バンドさんに取材お願いしたく〜。あっ、あたしぽいずん♡やみ14歳で〜す⭐︎」

 

 ──先ほどの不審者ッッ! 一息に言い切りやがった! 

 

 そしてなおかつ、俺を息切れさせたせいで性犯罪者予備軍にさせた悪魔ッッ! 

 

 皆は変な人に慣れているのか、すんっ、としていた。

 行け! 頼れる(?)STARRYの大人枠! PAさん! にこやかに攻撃だ! 

 

「アポとか取ってらっしゃいますか?」

 

「ごめんなさ〜い取ってないです⭐︎ 下北沢で活動中の若手バンド特集記事を書こうと思ってまして〜」

 

 入り方やテンション、コミュ力はさすが腐ってもライターと言うべきだろうか。ただ俺は騙せない。その目が、適当に口先だけで言葉を並べている時のものなのだ。

 

「私たちってそんなに注目されてるの?」

 

「あっ……ありがとうございます!」

 

「先輩すごいですね!」

 

 だが、彼女たちはまんまと騙されたキャッキャしていた。

 

「じゃあ早速しつもーん! 今後の結束バンドの目標は?」

 

「メジャーデビュー!」

 

 と虹夏先輩。

 

「エンドース契約してタダで楽器もらう」

 

 とリョウ先輩。

 

「みんなでずっと楽しく続けることかしら」

 

 と喜多ちゃん。

 

「あっ、世界平和……」

 

 ……。

 

 いや結束感ねーな。

 というかひとり、また変な嘘をついているな。

 

「そこの黒一点のキミは──あー! ストリート•タキシード•ピアノマン!」

 

「ちっ、変な名前つけやがって」

 

「キミも結束バンドのメンバーだったんだねー。だとしたら期待値爆上がりって感じ? で、目標は──」

 

「あ、もしもし警察ですか? 不審者が」

 

「はいストップ〜⭐︎」

 

「あ」

 

 俺が流れるように通報をしようとするとスマホをはたき落とされた。不法侵入に加えて、暴行と器物損壊です。

 

「ちゃ〜んと後でストリートピアノの方の取材はするから⭐︎ 今は結束バンドの目標を教えて!」

 

「いや取材絶対受けないですし……まあ、俺は音楽で食べていければ良いのと──」

 

 目標、か。

 確かに明確に考えていなかった。ただ漠然と、きっとこのメンバーで音楽を続けること、続くことだけを夢見ていたのかもしれない。

 

 だが、それだけではきっとダメだ。

 だからこそ、恥ずかしいにせよ、唯一本心として答えを出すならば──

 

「みんなの目標を叶えることが、夢、というか目標です」

 

「一番結束感ある回答ありがとうございます〜」

 

「やっぱ今の恥ずかしかったんでキャンセルで」

 

 今の俺の目標はきっと、みんなの目標を叶えることだろう。メジャーデビューも、みんなでずっと楽しく続けることも。俺は欲張りだから全部欲しい。

 リョウ先輩とひとり? あいつらは知らん。その辺に埋めておけ。

 

「み、みんなもそんな感心した目で俺を見ないでください……1人だけガチ感がありすぎる回答で恥ずかしいでしょうが!」

 

 特に虹夏先輩と喜多ちゃんは俺の回答に嬉しそうな反応をしていた。が、余計にそれが恥ずかしい。などと青春をエンジョイしていると。

 

「あっ! そういえばギターの方って少し前にダイブで話題になった人ですよね!」

 

「あっえっ」

 

 今度はひとりに詰め寄っていた。

 ……やはり、と言うべきか。

 

 彼女はライターとして、結束バンドに興味があるのではなくネタとして繋げるひとりのダイブについてのみ興味があるのだろう。だから俺の高校で張り込みをして、どこかで結束バンドの話題を聞いてここにきた。そんなところだ。

 ──流石に少し、腹が立った。

 

「あの」

 

 俺は気圧されるひとりの手を引いて、彼女を隠すように前に出る。

 

「冷やかしならほんと、帰ってください」

 

 俺は、後藤ひとりのギターを聴きに来たライターなら、結束バンドの音楽を聴きに来たのならどんなに胡散臭くても許せたと思う。

 

 だが、俺に取って大事な居場所を、大事な人をネタとして消費するために来たのだとすればそれは受け入れ難いことだった。これは完全に俺のエゴだ。

 

「……みんなそろそろライブの準備しなきゃ! あとはライブ後でいいですか?」

 

「──あっ、はい」

 

 そんな様子を見かねた虹夏先輩が助け舟を出してくれた。ぱん、と手を叩くと舞台の袖へと俺たちを引っ張る。

 彼女も俺と同じく警戒の目線を例のライターに向けながらその場を去った。

 

 控え室に俺たちは入ると、各々が準備を始める。俺も制服のワイシャツの上からパーカーを羽織ると、音も立てずに近寄ってきていたひとりが俺に声をかけた。

 

「あ、あの、譲くん、ありがとうございました」

 

 一瞬だけ何のことだろうかと俺は思考を巡らせて、つい先ほどコミュ障なのに変な女の人の取材をされて顔面が崩壊していた彼女の前に割って入った事を思い出した。

 

「え、あ、ああ。いや、取材嬉しいだろうに邪魔してすまん」

 

「あ、あのまま続けても何も話せなかったです」

 

「だとしても目立てるかも知れなかったから、その機会奪っちゃったかもな」

 

「で、でも……私の前に出てきてくれた時、かっこよ……う、嬉しかったです」

 

 フードを深く被ったひとりの目は、それでいて珍しくこちらを捉えていた。ほんとうにずるいやつだ。こーゆー時だけ美少女面しやがる。

 素直に感謝を伝えられたこともあってか、俺は自分の顔が熱くなるのを感じた。

 

「い、いや……まあ、なら良かった……」

 

 沈黙。

 なぜ俺は後藤ひとりにドキドキしないとならないのだ。

 いやでもやっぱりこうして見るとちゃんと美少女だし、なんかこう、甘酸っぱいドキドキも感じしまう。普段の態度が変人なため、まともに感謝されたりまともな顔で見つめられると堕とされちまうじゃあないか。

 

「……なーに2人で話してるの!」

 

 そうやって端で2人で話をしていると、虹夏先輩が会話に割り込むようにして入ってきた。

 これからライブだというのに俺たちが準備をしているように見えなかったからだろう。

 

「あっ……なんでもないです……」

 

 ひとりはそう言うと、先ほどまでの素直な雰囲気はどこへやらいつも通りの雰囲気に逆戻りだ。反対に虹夏先輩はいつも通りの様子と異なり、何か言いたげな表情で俺たち2人を見つつ口を開くことはなかった。

 

 ……あれ? なんか今、もしかして気まずい? 

 

 俺は交互に2人の顔を見る。

 なぜだか慌てた様子のひとりと、たははと笑う虹夏先輩がいた。

 

 慣れてきたと思ったのだが、まだライブに緊張でもしているのだろうか。



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二十七話 こんな自分ケリたくなるくらい

ビンボー社会人で貯金全然できないんだけど最近アイコスで月の出費1万5000円くらいだって気がついて原因がわかった。
改善できるとは言っていない。


 

 俺が所属しているのは、まだまだ無名のガールズバンド(1名除く)である。

 そのため、ファンもメンバーの友達や知り合いが多いのも事実なのだが最近は固定ファンも増えてきている。

 何を隠そう、奇行・変人・コミュ障の三拍子揃った最年少三冠王こと後藤ひとりにも固定ファンがついているのだ。

 

 少し話を変えよう。

 

 ──バンドマンってモテるよね? 

 特に、イケメンで上手いバンドマンなんて格好の的だ。確かに、ボーカルやギターが一番目立つし、ベースやドラムだって間違いなくモテるのだ。

 だとすると──悪いのでは俺ではなく楽器なのではないだろうか。

 

 何を隠そう、クール・イケメン・コミュ障の三拍子揃ったユーティリティプレイヤーこと大倉譲には固定ファンが1人もいない。

 もう一度言おう。固定ファンが1人もいない。

 べ、別にだからと言って、ショックを受けているだとかモテたいだとかそーゆー意味ではない。

 

 だから、後藤ひとりが数少ないとはいえファンのおねーさんに差し入れをもらっていることに対して嫉妬や羨望を感じているはずがない。

 

「じ、譲くん。そんなに歯を食いしばってどうしたのかしら……」

 

「……これはな、歯を、歯を鍛えてるんだ」

 

「頭大丈夫?」

 

 差し入れに対して、相変わらず目を合わせることはできないもののにへらと笑って挨拶をするひとりに視線を向けていると、前より少し距離感が近くなったように感じる喜多ちゃんが、近くなった弊害が堂々とディスりをかましてきやがった。

 

「ひとりちゃん、最近ライブでもあまり緊張しなくなってきたのかな」

 

「あー、確かに。極度のコミュ障さえ無ければトッププロ並みに上手いけど──ライブ中も尻上がりに調子上げてくるようになったかも」

 

「私も頑張らないと」

 

「でも喜多ちゃんも、文化祭からまた上手くなったんじゃない?」

 

「そうかな、だとすると嬉しい!」

 

「うん、みんな上手くなってて──」

 

 ──俺は成長していない。

 

 薄々勘づいていた。

 俺自身、自分自身の腕前には自信がある。結束バンドに加入してから、キーボーディストとしての実力はつけたのだが根本的な実力の部分は成長できていない気がする。

 

 少しだけ、焦りを感じていた。

 

 周りのみんなは着実に成長している中で、自慢ではないがひとりに負けないくらい練習に打ち込んでいるつもりなのに、1人だけ成長しない自分に焦りを感じていた。

 ……感じているのだが。

 

 正直、自分の実力にある程度納得してしまっていた。それに、今の結束バンドでやる以上は十分なスキルは持っているつもりだし、今のようにみんなを支えられる存在であればそれはそれでいいと思っていた。

 

「どうしたの? 譲くん」

 

 突然言葉を切り、黙り込んだ俺の顔を喜多ちゃんが覗き込む。

 うわかわいい目の保養だ。

 

「ああ、いや。なんでも」

 

「……他人の悩みにはいつも首突っ込むのに、自分はあんまり話してくれないわよね」

 

 すると、頬を膨らませた喜多ちゃんはそんなことを口にした。

 ただ、俺の場合は話すほどの内容でないだけの話だ。

 

「ああ、喜多ちゃんに構ってもらうためにわざと悩んだふりしてるだけだから気にしないで……逆だ気にして」

 

「……なにそれ」

 

 目の前の彼女は、ちょっと引いていた。

 

 などと、喜多ちゃんと談笑していると。

 

「あなたギターヒーローさんですよねッ!」

 

 ライブ前にちょっかいをかけてきた病み系のおねーさんがひとりに詰め寄り大きな声を出していた。

 

 またか、と思い俺はアイドルの握手会の剥がしのようにしゅばばと近づき間に入ろうとする。それと同時に「ギターヒーロー」という単語が少し気になりもした。

 その間に、病み系さんは話を続ける。

 

「まさかあんた達知らないの!? このギターヒーローさんはねぇ!! 超凄腕高校生ギタリストで──」

 

 たしか──ついこの前、ひとりにSNSマウントバトルを仕掛けられた時に「私の戦闘力(チャンネル登録者数)は8万です」だと言われた気がする。

 そして彼女の腕前、音楽ライターの病み系さんが知っているという事実から彼女は動画投稿サイトで実は有名な人なのではないかと推測した。それに、1人で引く分にはプロレベルで上手く、同時に承認欲求モンスターでもあるのだから状況としては完璧な気もするし。

 

「──それでいて男女問わず学校の人気者でロインの友達数は1000人超え彼氏はバスケ部のエースの超リア充女子なのッ!」

 

「「人違いじゃないですか?」」

 

「即答!?」

 

 俺と喜多ちゃんは声を揃える。

 どうやら俺の推測は大外れで人違いのようだった。

 なぜなら先ほど挙げられた情報は全て後藤ひとりという人間と真逆の要素しかあげられていないのだから。

 

「そっ、そうですよ! その人とこのド陰キャ少女が同一人物に見えますか!?」

 

 さらに、虹夏先輩の援護射撃。

 ちなみにその射撃はひとりの背中を貫通して撃っている模様。

 フレンドリーファイアをしてしまった虹夏先輩がひとりに刺さった言葉の槍を抜こうとしていると、病み系さんは何か深く考えこむ様子を見せた。そして、目をキラキラと輝かせながら口を開く。

 

「やっぱりギターヒーローさんですよね!」

 

 深く考えているようで何も考えていなそうだった。

 

 ──だがきっと、ひとりを守るようにして立つ虹夏先輩の様子を見ると彼女は件の「ギターヒーロー」とやらで間違えないのだろう。

 

「カリスマは一般人とは一味違うしッ! レモンとパプリカが好きでフラミンゴ飼ってますよね?」

 

 米津玄師か。

 というかカリスマをなんだと思っていやがる。

 

 そして、このフリーライターはまさかの掘り出し物を見つけたと、餌を見つけた肉食獣のようにひとりを取って食おうとしている。

 だとすれば俺もひとりを守るために手助けをしなければなら、

 

「あっ、いやぁ、えへぇ……ちっ違いますぅ……」

 

「絶対この子──!!」

 

 こいつは虹夏先輩の頑張りも無駄にするかのようにあからさまな反応をしやがった。

 

「ところでギターヒーローって何?」

 

 俺はギターヒーローをよく知らないので、純粋な疑問を口にすることにした。

 

「本当に知らないの? これ、見て──SNSでその道の人間には大注目のギタリストなんだから!!」

 

 そうして病み系おねーさんはスマホの画面をこちらに向けた。

 

 そこには、見慣れたピンクのジャージの女の子が見慣れた部屋の中で見慣れたギターを弾き鳴らしていた。

 

「ひとりだな」

 

「まあひとりちゃんね」

 

「ぼっち」

 

「ちょっと! もっといい反応してよッ」

 

 いい反応をしろと言われても、なんかやってるなーって事は知っていたし、彼女の本当の実力を考えれば別におかしいことではない。それよりも。

 

「この虚言の方が気になるな」

 

「あ……あっ」

 

 ひとりは虚言がバレて死にかけていた。

 さらにその横で喜多ちゃんとリョウ先輩が追い討ちをかけているようだ。

 

 それにしても、虹夏先輩はリアクションを見せていない。

 彼女に目をやると、安堵の表情を浮かべた。

 

「ウチの編集長に掛け合って業界の人に紹介してもらえるように言っときます! いい人がいるって!」

 

 ──なん、だと。

 こんなふざけたフリーライター(笑)に業界人のツテがいるだって。

 

 確かに音楽や芸術に関してはどの業界にいようとコネとかツテとかは非常に大事になってくる。ピアノの世界も誰に師事するかだとかが大事になってくる世界だ。

 だかこそそんな上手い話は乗るしかないだろう。例え、その実大したことない業界人だとしても動かないよりはマシだろう。

 

「えー! デビューできるかもってこと!?」

 

「すごーい! なんだか結束バンドが遠い存在に思えてきました!」

 

 ひとりのファンである1号2号はきゃぴきゃぴと黄色い声をあげた。

 

 その横ではうへへと笑うひとりの頬をぷにぷにしながら「顔がたるんでるわよー」と指摘する喜多ちゃんの頬をぷにぷにしながら、「喜多ちゃんもねー」と口にする虹夏先輩という明らかに浮かれきった3人の姿があった。

 

 俺も当然嬉しいのだが──なぜか素直に喜び切ることができなかった。

 

 その様子に、フリーライターのおねーさんは待ったをかけた。

 

「結束バンド? なんの話?」

 

 その言葉に、しんと静まる。

 

「あたしが言ってるのはギターヒーローさんだけ。結束バンドは──高校生にしたらレベルはまあ高いと思うけどぉ、でもよく居る下北のバンドって感じだし」

 

 そしてその言葉は、きっとこの場にいる誰よりも、俺に深く刺さった。

 

「……っていうか、ガチじゃないですよね」

 

「えっ……」

 

 虹夏先輩は、驚きと困惑が混じった表情を浮かべる。

 

「だって本気でプロを目指しているバンドに見えないんだもん。いやーゴミ記事取材のつもりが大当たりです! 今度ギターヒーローさんの単独記事書かせてください!」

 

「──おい」

 

 俺は彼女の言葉に対して、自分のことを棚に上げて反射的に口を開いていた。

 

「あんたさ、こっちの何を知っててそう言ってるわけ?」

 

 その言葉は、結束バンドを貶された苛立ちと自分自身の図星を突かれてしまったことに対する八つ当たりから出たものだった。

 

「あー、イケメンピアニストくん! 君もめちゃくちゃ技術はあるよねぇ。で、何を知っててそう言ってるかって? 結束バンドのことは何も知らないけど聞いてたらわかるというか、それに君は上手いだけで──この中で一番本気じゃないよね?」

 

「──っ」

 

 俺は言い返すことができなかった。

 

「だいたい、みんなの目標を叶えるのが目標? だっけ。プロデビューしたい人の発言とは思えないし、可愛い子に囲まれて楽しんでたいだけにしか見えないというかー。あ、技術はあるから本気なら別で取材はさせて欲しいけどね」

 

「おい」

 

 伊地知さんがどこから取り出したのか、ガスマスクをつけながら凄む。

 PAさんと共に普段は頼りない大人2人がフリーライターを追い出しにかかってくれた。

 

 俺は勢いよく前に出ただけで、惨めな姿を晒しただけだった。

 

「電話」

 

「はーい」

 

 伊地知さんの掛け声でPAさんは携帯を取り出す。

 

「あー! 帰る、帰るぅ! ごめんなさい! あばよ⭐︎」

 

 そうして彼女は階段を駆け上り、

 

「ギターヒーローさん! それでは〜⭐︎ ……こんな所でうだうだやってると、あなたの才能腐っちゃいますよ?」

 

 捨て台詞のようにそう告げると、嵐のように去っていった。

 

「……大丈夫か?」

 

 誰もが口を開けないでいる中、俺も当然黙って突っ立っていた。

 そんな様子の俺を心配するように伊地知さんは普段と打って変わって優しく肩に手を置いた。

 

「……あ、はい、大丈夫ッス」

 

「まったく、高校生相手に大人気ない奴だな。お前らもあまり真に受けるなよ。今日はもう全員上がっていいから」

 

「あっ、ありがと」

 

 虹夏先輩も浮かない表情をしつつ、伊地知さんの優しさに柔らかい表情を浮かべた。

 俺たちは言われるがまま、STARRYを後にした。

 

 ・

 

 俺とひとりは、井の頭線に揺られていた。渋谷までは同じ方向ということもあり、いつものように何か話すでもなく無言で横並びに座る。

 

「……みんな、大丈夫かな」

 

 俺は彼女に聞こえるか分からない程度の音量でそう呟く。

 彼女は俯いたまま目線だけこちらの胸元に向ける。

 

「あ……あの、すみません。私のせいで」

 

 彼女もまた消え入るような声量だった。

 

「ひとりは何もしてないじゃん?」

 

「で、でもギターヒーローのせいで、みんなが悪く言われて……譲くんも……」

 

 電車が揺れる。そのはずみで肩が軽く触れる。

 つられるように俺の心も揺れて、冷静を装って口を開いた。

 

「俺は別に……むしろ、格好悪いところ見せちゃったな」

 

「そんな、じ、譲くんはみんなのために2回も前に出てくれて……かっこ悪くなんて、ない、です」

 

 俺は、今の結束バンドに安心を求めていた。

 だからきっと、どれだけやっても上達していなかったし、本気でないと見破られてしまったのだ。

 本気でやってるつもりだった。

 でも、心の奥を馴れ合いや妥協が蝕んでいるのは間違いなく真実だった。

 

「わ、私は。みんなと、結束バンドで、ガチでやりたい」

 

 だから彼女の強くまっすぐな言葉は、悩みながらもきっと前に進める結束バンドのみんなの強さが──

 

 俺は、ゆっくりと口を開いた。



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二十八話 自分が楽しまないと大抵相手も楽しめない

デート回だわーい!


 

 ガタンゴトンと電車が揺れる。

 

 京王井の頭線。

 下北沢から渋谷へ向かう急行のたった4,5分間。

 

 私の好きな時間だ。

 隣にはいつも彼が座っている。

 

 でも今日はいつものような心地のいい沈黙は無くて、彼は今日あった出来事を彼は引きずっている様子だった。

 

「わ、私は。みんなと、結束バンドで、ガチでやりたい」

 

 その言葉を聞いて、徐に彼は口を開く。

 

 ぽつり、と。

 短く何かを呟いた。

 

 その音は電車の音にかき消されるほど小さくて、私の耳には届くことがなかった。

 

 ・

 

「未確認ライオット?」

 

 虹夏先輩は一枚のチラシを机の上に置いた。

 

「10代のアーティスト限定のロックフェス、ここからメジャーデビューする人もいるんだって」

 

 昨日、フリーライターから言われた「ガチじゃない」という言葉。

 その言葉は、俺だけでなく結束バンドのメンバー全員にささったものなのだろう。

 

 しかし、机の上に紙を広げた虹夏先輩の表情には既に迷いは無かった。他のメンバーもまた、同様だった。

 

「昨日は結束バンドを否定されて悔しかったけど、今のままじゃそう言われても仕方がないのかも……」

 

 だが、俺の心の中の迷いは晴れていなかった。

 本気になるのが、あと一歩だけ前に進むのがどうしても怖かった。

 

「だからこれに出てみんなの力をちゃんと証明しよう!?」

 

 テーブルを囲うようにして座る俺たち。向かい側の虹夏先輩はいつになく真剣な表情でそう口にする。

 机の上に置かれたそれは彼女にとっての本気の証明であり、結束バンドでプロを目指すことを求める契約書のようなものだった。

 今がずっと、続けばいいのに。

 心の中で何者かが囁く。

 

「じっ、実は私もその話を今日しようと思ってた所だったんです……」

 

「喜多ちゃん! ──じゃあリョウも!?」

 

「みんなが出たいならいいよ」

 

「空気読めないなこいつ」

 

 リョウ先輩は素っ気ない態度を見せているが、昨日の帰りに見せた珍しく悔しげな表情と、今の必要以上にポーカーフェイスを貫いてる状況を見れば皆んなと共に前に進むことを決めているのはよく分かった。

 それが意味するのは、皆で同じ目標──プロを目指すという方向性への結束。

 

「譲くんは、どう!?」

 

 虹夏先輩の真剣な瞳がこちらを捉える。

 俺は、どうなんだ。

 

「あ……あーうん、みんな出たいならいいと思う」

 

「そっか、よし! あとはぼっちちゃんだね」

 

 俺は怖かった。

 今のこの、楽しい結束バンドが、居心地の良い居場所が、大好きな彼女達が。

 遠ざかるのが、居なくなるのが。

 

 本当はここで楽に返事をしてはいけないのだろう。自分の意思で決めて、心から話さないその行為は彼女らにとってひどく不誠実で自己保身に満ちた口先だけの言葉だった。

 

「ひとりちゃんはこういうの嫌がりそうですよね」

 

「実際昨日の件はぼっちに悪い話じゃないしね」

 

 彼女たちは、少しだけ不安そうにそう口にする。文化祭の時も喜多さんの後押しがなければ踏ん切りがつかなかったという前例もありそう思うのはなんら不思議なことでは無い。

 しかし、昨日の彼女の発言を聞いていた俺はそうは思わなかった。

 昨日の彼女を見たら、いつもの彼女を見ていたらそう思うはずがなかった。

 

 俺を救ってくれた彼女は、怖がりながらも前に進む彼女はいつもいつも眩しくて。

 

「……ひとりは、大丈夫なんじゃないかな……と、思いマス」

 

 その姿は俺と違って。

 

 弱虫で怖がりな俺とは違って。

 前と同じように、怖い事の前で足がすくんで、現状維持に甘んじてしまう俺とは違って。

 

 噂をすればなんとやら、だ。

 ちょうどひとりがドアを開いてゆっくり階段を下ってくると、待ちかねていた虹夏先輩は口を開いた。

 

「あっ、ぼっちちゃん! 今みんなに未確認ライオットってフェスに出ようって──」

 

 階段から降りた彼女は、すでにその場にいた俺たち4人をしっかりと見据えた。

 本当に、眩しいったらありゃしない。

 いつも目が合わないくせに、肝心な時に限っていい顔をするのだから。

 

 本当にカッコいい、ロックな奴だ。

 

 ひとりもまた、虹夏先輩と同じビラを手に持っており、凛々しい顔でそれを握り左手をこちらに差し出した。

 

「結束バンドで……グランプリ取りましょう!」

 

 ・

 

 きっとそこがガチの差なんだろうなと、他人事のように俺は思っていた。

 虹夏先輩を含めて、メンバーみんながフリーライター襲撃の翌日にライブに出る覚悟を決めた。あまつさえ、ひとりに関してはただ出場することを伝えたのではなく「グランプリを取る」ことを口にしたのだ。

 口に出したものが全てじゃないのは事実だが、口に出しているからこそ彼女らの本気が伝わってきたのもまた事実だ。

 

 プロになるとの目標を口にするのは簡単だが、その道程を口にして共有して目指すことはまた別の話だ。本気で目指すことを決めた人だからこそ、そこまで具体的に話を考えるのだ。

 

 俺はそのレベルに達していなかった。

 

 彼女たちはガチでやるために、フェスへの出場、賞の獲得を公言したのだ。

 その発想すらしていなかった俺は、やはり本気度が違かったのだろう。

 

 俺もピアノを本気でやっていた時は、プロを目指していた時は、何を目指すだとか何をしたいだとかを漠然と考えるのではなく、もっと真剣になって何をすればそこに辿り着けるのかを考えていたはずなのだから。

 何をするか考えて、それを行動に移す事こそが本気の証明であり退路を断つための大切な強がりなのだ。

 

 雨だというのに、日曜日の吉祥寺駅は人で溢れていた。

 

 俺はもはや今日のデートへの意識はほとんどなく、先日起きた出来事への悩みが頭の中を嫌なくらいに占領する。

 井の頭線の改札出口すぐにあるス○バで、ほうじ茶ラテを傾けながら、約束の相手である彼女を──虹夏先輩を待っていた。

 

「──ご、ごめん! 待った?」

 

 待ち合わせの時間から10分ほど早い時間。

 虹夏先輩は慌てた様子で俺の前に姿を現した。

 

「あ、いえ。ほんと今さっき来たところで全然待ってないです……そもそもまだ待ち合わせの時間前ですし」

 

「えへへ、ありがと」

 

「……? 何がですか」

 

「ほら、待ち合わせで今来たところだーって言ってもらうの、なんかドラマみたいでいいなって」

 

「やめてください俺恥ずかしい人みたいじゃないですか」

 

「私は嬉しいからいいのー」

 

 俺はすでに冷めていたほうじ茶ティーラテを一気に飲み干して立ち上がる。

 本当は、早く家を出て考え事をしたいからもっと早く着いてたなんて言えるはずもない。

 

「先輩、前髪ちょっと切りました?」

 

「──え、わかる!? 大正解!」

 

 虹夏先輩は嬉しそうな表情を浮かべて、一歩俺に詰め寄った。俺はコミュ障全開でどもりながら「い、いいと思い、ます」と口にすると、照れた表情で彼女ははにかむ。

 

「……じゃあ行きますか」

 

「うん!」

 

 ──相変わらず虹夏先輩は綺麗だった。

 俺たちは店を出ると、駅構内の階段を降りる。

 

「虹夏先輩は何かしたいとかありますか?」

 

「そうだなぁ、まあ色々あるけど。えーっとね……とりあえずお昼食べよう!」

 

「りょーかいです」

 

 俺たちは吉祥寺駅の公園口を出ると、井の頭線沿いを下る。

 高校が下北沢ということもあり、俺はひとり遊びでよく吉祥寺に来ていたので割と美味しい店は知っているつもりである。

 

 こう見えても俺は、1人でお店に入るのは苦でないタイプのぼっちだ。そして、ラーメン、カフェ、レストランを巡るのは趣味と言っても過言ではない。

 ジャンクなラーメンから美味しいスイーツまで。なんでもござれの美食家なのである。

 

「ニューヨークピザって知ってますか?」

 

「なーにそれ?」

 

「すごいっすよ、めっちゃチーズたっぷりで。おすすめの店あるんですけど、お昼そこでいいですか?」

 

「お、いいねピザ!」

 

 南側に位置する公園口を出て数分ほど歩き大通りから一本横道に入ると、すぐに目当てのレトロな風貌のお店が顔を見せる。

 ぎいとドアを開けると、アメリカンで独特な内装が目を引く。休日の吉祥寺ということもあり、中は混雑していた。

 

「……結構人入ってるね、ちょっと待つのかな」

 

 虹夏先輩は興味津々という様子を見せつつも、混雑する店内に困り顔を見せる。

 

「あ、予約してた大倉です」

 

「え」

 

 俺は店員さんに声をかけると、スムーズに席まで案内された。俺は壁側のソファに座るよう先輩を促してから椅子に腰をかける。

 虹夏先輩は意外そうな表情でこちらを見ていた。

 

 メニューを手に取ると、おすすめのピザを伝える。

 虹夏先輩は意外そうな表情でこちらを見ていた。

 

 店員さんを呼び注文をする。

 虹夏先輩は意外そうな表情でこちらを見ていた。

 

「あ、あのー」

 

「ぅえっ、あ、どうしたの!?」

 

「いや、どうしたのはこっちのセリフですよ……」

 

 すると、複雑そうな顔を虹夏先輩は浮かべた。

 

「ああ、いや……なんか、慣れてるなーって」

 

「な、何がですか?」

 

「……譲ってさ、彼女居たことある?」

 

「え、いや、無いですけど」

 

「うーん」

 

 今度は突然考え込み出した。

 

「なんか、上手いしスムーズだよね……」

 

「それは、どうも」

 

 沈黙。

 いつもなら虹夏先輩を中心にもっとくだらない話をするのだが、俺を含めていつもと違う状況に照れや戸惑いを隠せなかった。

 

 ──そういえば、ひとりとの沈黙は慣れっこなのにな。

 そんな思考が浮かんできて、さらにバツが悪くなる。

 

「お待たせしましたー」

 

 そんな俺の内心を知ってか知らでか、おばちゃんは見ているだけでお腹がいっぱいになるような、分厚いチーズの載ったニューヨークピザを卓上に置いた。

 気まずさを感じていた俺にとっては、目の前に置かれたそのピザが救世主にも思えた。

 

「とりあえず、食べましょう」

 

「そーだね」

 

 俺たちはピザにかじりついた。

 あつあつでドロドロのチーズに勢いよく噛みついたせいか上顎のどこかしらを火傷させてしまった、気がする。

 

 意識の大半をピザと上顎に向けていたため、会話の内容はあまり覚えていなかった。ただ、ピザを一口食べるごとに言葉のラリーをぼちぼち繰り広げていたと思う。

 

 いつの間にか空になったお皿を眺めて、彼女がお手洗いにと席を離れたタイミングを見計らってお会計を済ませる。

 

 彼女が戻ると同時に俺たちは店を出て「会計は?」と問われると「もう済ませました」と回答した。

 

 その後も俺はネットで調べたデートのこつだとか流れだとかを淡々と実行して、虹夏先輩をアテンドする。ウィンドウショッピングをしたりだとか、吉祥寺で有名らしいメンチカツを食べたりだとか。

 

 2時間ほどして、雨が止んでいるのに気がついた。数日前からチェックしていた天気予報通りだと俺は思った。

 吉祥寺と言えば、と彼女に伝えて井の頭公園へと向かった。

 雨上がりのせいか池は薄く汚れていて、カップルたちが乗れば別れるとうわさのスワンボートが一隻も漕ぎ出していない状況だった。

 

 用意してきた話題を投げかけながら、井の頭公園を歩く。

 

 池を渡る橋を真ん中にして、虹夏先輩は足を止める。

 

「譲はさ、今日楽しく無い?」

 

 今にも泣き出しそうな表情だった。

 

 雨はもう止んだというのに、天気予報によれば夕方前からの降水確率は下がっていると言うのに、頭上に広がる雲は重く今にも落ちてきそうだった。

 

 楽しいと言えば、嘘になってしまう。

 

 つまらないと言うわけでは無い。

 自分で言うのもおかしい話なのだが、心ここに在らずという表現が正しいのだろう。

 

 頭の中は別のことでいっぱいいっぱいで、インターネットで調べた上辺だけの完璧なデートを演出して取り繕っていた。

 待ち合わせは先に、だとか見た目の変化を褒める、だとかお店の予約とデートプランは予め決めておく、だとか行く場所の人気スポットや流行の場所は押さえておく、だとか。

 頭の悪そうな文字列がまとめられたWebページを見て、側から見ればカンペキなデートとやらを実行できていたかと思っていた。

 

 だが、目の前の彼女の姿を見て、それは正解では無いことを今となって思い知らされた。

 

「……すみません、なんか今日のプラン変でしたか?」

 

「ううん、予約してくれてたり、場所も決めてくれてたり、今日はなんかいつもより優しいし。考えてくれてたのかなーってすっごく嬉しかったよ」

 

 俺は胸を撫で下ろした。

 間違えてはいなかった。イッパンテキにセイカイなデートプランを完遂できていた。

 

「──でも」

 

 でも。

 その言葉の意味は、デモンストレーションとかデモクラシーとかデーモンの召喚とか、それらの略語では無いことはコミュ力の無い俺でもよく分かった。

 

「いつもの譲じゃない、よね」

 

 俺は言葉を詰まらせた。誰でも無い自分自身が、今日の俺はいつもの調子の俺じゃ無い事をよく分かっていたから。

 

「……妙にこなれてる感出すし、なんかずっと別の事考えてるみたいだし。私といるの、楽しく無い?」

 

 怒っている様子はない。

 顔に張り付けられた作り笑いからは、ただ純粋に悲しさだけが浮かび上がっていた。

 

「未確認ライオットのことさ、実は譲あんまり乗り気じゃないでしょ」

 

「そんなことは……」

 

 ない、とまで言い切ることができなかった。

 ニュアンス的にはそんな事ないと伝えるべく口が動いていたのだが、内心を見透かされていた恥ずかしさからその場凌ぎの取り繕いの言葉は意図せず歯切れの悪いものになっていた。

 

「今日一日ずっと考えてたんだよね、きっと。結束バンドのことを大事に思ってくれてるのも知ってるし、そうやって悩んでくれてるのは嬉しいんだけどさ……みんなも同じように悩んでるんだよ」

 

 責めるような口ぶりの彼女を見るのは初めてだった。

 冗談やボケに対しての厳しいツッコミはいつも見てきたのだが、今俺に向けられて放った言葉はそういうのとは違う。

 

「……わがままでごめんね、でも私は今日のこと楽しみにしてたんだ。だから、今日くらいは心の底から一緒に楽しんで欲しかったなぁ」

 

 彼女はそう言うと、表情を隠すように背を向けた。

 

「……あ、そろそろご飯の準備しないとだ。ごめん、私帰るね!」

 

「虹夏先輩、待っ──」

 

 その場から去ろうとする彼女の手を慌てて掴んだ。

 虹夏先輩のわがままなんかじゃないんだ。

 みんな悩んでる中で、もがいている。けど、それを他人に押し付けてはいけないはずだし、2人で出かけた日にそれを前面に押し出して良いはずがなかった。

 

 先輩もきっと、これから先の未来に不安や悩みを抱えている。

 だけれど、今日という1日を楽しみにしてきてくれて、いつものように明るく振る舞ってくれていたのだ。

 俺はそんな彼女の気持ちを踏み躙っていた。

 

「──っ」

 

 先輩の瞳には、涙が浮かんでいた。

 

 俺はそんな姿を見て──手を離してしまった。

 

「ごめんね、譲。また」

 

 そうやって去っていく彼女の背中を追うことができなかった。追いかけて、正面から話さないといけない事は分かっていた。

 でも、そんな強さがあるなら俺は今頃コミュ障でも無ければぼっちでもない。

 

 プライドだけは一丁前の、何もできない弱い人間が井の頭公園の真ん中で突っ立っている。

 

 雨が再び降り始めた。

 俺は何をするでも無く、駅へと歩みを進めた。




デート回でまともに楽しくドキドキデートをさせると思ったか!!


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二十九話 なんとなくの一歩を踏み出すだけさ

gwが一生続いて欲しい


 

 翌日の練習は、最悪の雰囲気のまま終わった。

 

 バンド練習の前に結束バンドとしての活動方針として次の一曲を作ろうと、最高の一曲を作り上げようとの話になったのだが──同世代の人気バンドたちの動画を見ると俺たちとの差を痛いくらいに感じさせられた。

 

 それだけでなく、リョウ先輩は何か考え事をしているようでいつものような演奏とは程遠い集中力のない状態であり、虹夏先輩も昨日のことがあったからかは分からないが心の中の乱れが表に出るようにしてドラムの精細を欠いていた。

 かく言う俺も、乗り切らない気持ちから感情を指先に伝え切ることができないばかりか、演奏についてだけではなくメンバー揃っての練習日だというのに虹夏先輩とは目を合わすことすらできなかった。先輩の方も、気まずそうにこちらから目を逸らしているように感じた。

 昨日のような事があったからこそ何か話さなければならないとは思いつつ、かける言葉も見当たらずに逃げるようにして平静を装った。

 

 喜多ちゃんは喜多ちゃんで、先ほど見た同世代の人気バンドの歌声に気圧されているようだった。元々、自分には才能がないと言ってメンバーの中で肯定感が低く焦りがちだった彼女はプレッシャー感じているのだろう。

 そしてひとりも普段と変わらない(普段からそんな自己主張しないのでわからないだけだろう)様子でありながらも、練習中の表情はいつも以上に張り詰めた真剣なものであった。

 

 ──結果として、練習としては散々な形に終わってしまった。

 

 それも半分はきっと、自分のせいである。

 俺自身精彩を欠いた演奏をしてしまい、虹夏先輩との気まずい雰囲気を全体に伝播させてしまっていたのだから。

 しかしだからと言って何かを出来るわけでもなく、いつものように帰路へと着く。

 

 いつまでも工事の続く駅前を通り下北沢駅の改札をくぐる。

 そうして下北沢から渋谷の数分間、井の頭線の椅子に座り電車に揺られながら今日のことを振り返っていた。

 

 今日も今日とて無言でひとりの横に座っているのだが、駅のホームから彼女はちらちらとこちらを見ていた。

 流石に気になったので、俺は徐に口を開いた。

 

「どしたの、さっきからチラチラ見てるけど」

 

「え、あ……なにかあったんですか?」

 

「なにか?」

 

「あ、今日、いつもと様子が違かったから……」

 

 普段は人の気持ちに鈍感そうなくせに、相変わらずこう言う時に限ってちゃんと周りの人のことを見ている。

 いつも少しでも悩んでいると、彼女には看破されてしまうものだ。本当に、いつもそうだ。ズルいやつめ。惚れちまうだろ。

 

「虹夏先輩と、ちょっとね……」

 

「け、喧嘩ですか?」

 

「喧嘩ではないんだけど、うーん説明するのが難しい」

 

 喧嘩ではないのは間違えないだろう。

 ただ、彼女なりにきっと楽しみにしていた日を俺が上の空で過ごしてしまっていたため台無しにしたのだ。

 それに、未確認ライオットの件も──今後のプロを目指して本気でやるかどうかも宙ぶらりんにしたままだ。

 

「まあ、気持ちを踏み躙っちゃったのかな」

 

 そう言うとひとりはえへへと笑い、ぽつりと言葉を続けた。

 

「私も、いつもそんなのばっかりです」

 

 彼女の横顔に目をやる。

 俯きながら苦笑いで話すその姿は、格好悪くて格好いい。

 

「ずっと友達も作れなくて、いつも話しかけられると慌ててテンパるから多分いつも踏み躙ってます……」

 

「ぷっ」

 

「わ、笑い事じゃないです」

 

 ひとりは小さく手を振りながら、抗議をするように慌てて返事をする。そんな姿も可愛らしくて、ちょっとおかしい。

 それにしても、彼女が普段の人間付き合いでそんなことを考えているとは知らなかった。

 

「ごめんごめん、つい。……ちなみにさ、そう言う時どうしてるの?」

 

「いつも結局うまく行かなくて友達も作れてこなかったので……た、多分参考にならないよ?」

 

 彼女は恥ずかしそうに俯いたまま視線だけをこちらに向ける。彼女より高い自身の目線からは、前髪の隙間に見える上目遣いの綺麗な瞳が見えた。

 

「家でギターを弾いて、ネットに動画を上げます」

 

「それ何も解決しないし、確かに参考にならないなぁ」

 

「だ、だから言ったのに……」

 

 おそらくそれが、前に話にあがっていたギターヒーローなのだろう。そして確かに結局仲良くなれたりするエピソードじゃないし、今の俺の何かの参考になることはなかった。

 

 けれども、こうやって彼女と話をしていると少し気持ちが軽くなった。彼女の横で過ごす時間は、俺にとって間違いなくとても心地のいい時間だ。

 

 彼女の本気の原動力は、世の中の不条理とか不合理とか、そのストレスをギターに打ち込むことで発生しているのだろう。

 人とコミュニュケーションを取るのが苦手で、誰よりも目立ってこなかった彼女だからこそ、誰かと繋がって誰よりも目立つプロになりたいのかもしれない。

 

「それでひとりはギター上手くなったんだな」

 

「そうかも知れないです」

 

「つまりそれだけ相当人の心を踏み躙ってきたと」

 

「アウウ」

 

「うそうそ、冗談だって」

 

 それにしても、ぼっちのやるロックは現代日本に適応した本物のロックなのかもしれない。

 

「あーもう、分かんないなぁ」

 

「何がですか?」

 

「何もかも」

 

「な、何もかも?」

 

「雰囲気悪くしちゃうし、本気になる踏ん切りもついてないし、うじうじ悩む自分がもう訳わかんないなーって」

 

「わ、私もいつもそんなのばっかりです」

 

 会話のループが発生してしまいそうだった。

 

「……あ、でも、最近はそんな風に悩むのも悪くないのかなぁって、思ってます」

 

 ひとりのその言葉は意外なものに感じた。

 彼女はどちらかというと俺と同じタイプで、うじうじ一晩中悩むような人間かと思っていた。そして、悩み続けるのはストレス値が高く脳の容量も割いてしまうため避けたいものだと思うからだ。

 

「作詞任されてる中だと、やっぱり悩んで色々考えてる時の方が書きやすかったり……」

 

 ぼっちである彼女にとって、ロックは自己の表現であって、なおかつ独りぼっちというものを認めない社会への反発力そのものである。

 

 好きな音楽を彼女はひたすらに続ける。

 承認欲と反発力の二つを添えて。

 

 でも、そんな彼女の本心も、どうしてプロを目指すのかも俺には到底わかるはずもなかった。

 人の心を読めはしないし、そんなことを聞き出すほどのコミュ力もないのだから。

 

「確かに、ひとりの書く歌詞は他の人だと書けない感じはあるよね」

 

 そして電車は渋谷駅に到着した。

 君はなんのために、本気でやっているの?

 そんなクサい話の内容を、直接彼女には聞けなかった。

 

 ・

 

「カラオケ行きましょう!」

 

「急だね喜多ちゃん」

 

 翌日。

 学校の昼休み。

 セリフこそ違えど、この状況はデジャヴのように思える。

 

 ストリートピアノを弾きに行った日を思い出す。確かあの日も喜多ちゃんに拉致られて来たっけか。喜多ちゃんだけに。

 

「なんだか譲くんがずーっと悩んでそうだったから、ストレス発散に行きましょう!」

 

「えー……前向きに検討しつつ善処しますね」

 

「それ絶対行かないやつ!」

 

 相変わらず喜多ちゃんのクラスに拉致られると周囲から奇異の目を向けられる。

 やめてくれ、学園のアイドル喜多ちゃんを俺は独り占めしたいわけじゃないんだ。そこ、男子殺意向けるな! 

 

「ほら、前回2人で出かけた時にまた一緒にお出かけしようって約束したじゃない?」

 

「え、したっけ?」

 

「ええ! 多分、おそらく、したと思うわよ」

 

「適当だなー」

 

 ……どちらにせよ、今こうやって喜多ちゃんが俺を誘っているのは間違えなくいつもと様子の違う俺を気遣っての事だろう。

 だとすると、その好意を俺が断る理由なんて無いのかもしれない。

 

「まあ、良いけど」

 

「え!?」

 

「いや、なんで誘っといて驚いてるの?」

 

「6割くらいは来ないかなーって予想してたからよ」

 

「さらっと酷いこと言うね」

 

「普段の行いを振り返って言って欲しいわね」

 

 誘われたのも俺で、オッケーしたのも俺のはずなのだが、いつの間にか論破されている状況になってしまった。

 でも確かに、ウジウジ悩んでいる時は気分転換として爽快に歌い飛ばしてやるのもいいかもしれない。そもそもカラオケ自体が非常に好きではあるから。

 

「それに、私も……焦ってるから」

 

 彼女は打って変わって元気のない声音で小さく言葉を吐き出した。彼女の胸中などコミュ障の俺には到底分からないが、得体の知れない不安を抱えている自分自身の姿に重なって見えた。

 だからこそそんな姿を見ていられなくて、自分自身に向けるかのように明るく振る舞った。

 

「──今日のカラオケ、点数低い方が奢りね」

 

「え?」

 

「ボーカルなんだから、負けるはずがないよな?」

 

「……まあ」

 

「俺が勝ったら奢らせるだけじゃなくて煽り散らかしてやるから気をつけな」

 

「……ふふっ、さいてーね」

 

「俺に不利な勝負なんだから、そのくらいいいだろ」

 

「私が負けたら立場ないじゃない」

 

「負けなきゃいい」

 

「言うわね」

 

「口先だけならね」

 

 その言葉を聞いた彼女はおさえながら笑った。

 気分転換も、悪くはない。

 

 ・

 

「──変わらない愛の形探してるぅぅ!」

 

「いえーい!」

 

 女子と2人きりでカラオケに行くなど、少し前の自分であれば到底考えられなかった事だろう。

 なんなら男と2人きりで行ったことがないのに、カラオケ2人きり童貞を学校の人気者の美少女に捧げることになった。

 

 俺はいつか披露すべくこそこそヒトカラで練習をしてきた十八番を熱唱する。

 

「譲くんって結構歌上手いのね……なんかちょっと勝てるかどうか不安になってきた」

 

「音程取るのは得意だからな。まあでもボーカルとして人に聞かせるレベルでは間違いなくない──お、点数出るぞ」

 

 モニターはギラギラしながら身勝手に俺の歌を採点する。音程と、表現力が何個か。

 音程の得点は非常に高く表現力はそこそこ、結果として──

 

「ちょうど90点か……」

 

「わー、ちゃんと90点台乗せてきてる……でも今のところ私の勝ちね」

 

「十八番でこれならやっぱり勝ち目ないなぁ……まだ時間結構あるけど降参で」

 

 その前に何曲か歌う中で、彼女は94点の高得点を叩き出していた。初めて見るような高得点にさすが結束バンドのボーカルだと感じた。

 

「でもやっぱり、94点なところが私よね……」

 

「勝っといて何言ってんのさ」

 

「どうせなら95点超えたいじゃない、94点止まりってところがみんなみたいに抜けたところがない私みたいだなーって思っちゃった」

 

「ギリ90点のやつの前で失礼な事言うね君」

 

「まあ勝ちは勝ちよね。お会計お願いします!」

 

 キターンと喜多ちゃんスマイルを浮かべる。この支払わせ能力はパパ活とかめっちゃ向いてそう(ド偏見)。

 

「へーい」

 

 彼女の歌声は綺麗だった。音程も取れているし、全体的に卒なくこなす分には問題がなかった。だが流石にボーカルを初めて一年も経っていない彼女の歌声は「何か」が足りない気もした。トップアーティストのような、聞くものを魅了する何かがだ。

 

「残りの時間、結束バンドの曲の練習をしてもいいかしら?」

 

「当然、というかそれ目的じゃないの?」

 

「まあ、それもそうなんだけど──カラオケ誘ったのも、今日は譲くんに聞きたいこともあって。……なんで、未確認ライオット乗り気じゃないの?」

 

「相変わらず急だね、喜多ちゃん」

 

 もしかして、俺が乗り気じゃないのはメンバー全員に気が付かれているのだろうか。虹夏先輩にもひとりにも同じ事を言われており、ついに喜多ちゃんにまで聞かれた。この感じならリョウ先輩も気がついているのだろうか。

 

「……現状に満足してるんだよね。プロになる理由がみんなみたいに見つからなくて、まあ結局のところ言い訳みたいなもんなんだけど、それで本気になれてない」

 

 その言葉を聞いた喜多ちゃんは頬を膨らませる。

 

「私も、たいそうな理由は無いわよ。というか、ズルいのよ」

 

「ズルい? なにがさ」

 

「才能とか実力とか、私に無いものなんでも持ってるあなたがそうやって悩んでいるのが」

 

 その言葉を聞いて、俺こそ君の事が羨ましいと思った。

 練習の分だけ目に見えて成長し、誰とも上手く接して卒なくこなす彼女のことが羨ましいのだ。隣の芝は青いと言うように、お互いがお互いをそう思っているのだろう。

 

「あ、嫌味とかじゃないわよ!? ただ純粋に、レベルの高い話の悩みだなって思って……」

 

「……レベルの高い話、か。そう見える?」

 

「ええ、私なんて──とにかくやるしか無いもの」

 

 とにかくやるしか無いもの。

 その言葉が嫌に胸にささった。

 

 本気で出来ていない現状に、踏み出せていない俺は、とにかくやるなら出来ていないのでは無いか。

 昔なら当たり前のようにやっていたそんな簡単な事が。

 ──もしかして本気で出来ないことに、理由を探しているだけでは無いのか。

 

 そういえば昨日ひとりが電車で話していたことも似通ってるかも知れない。日常でうまくいかなかったことも、とにかく彼女は音にして転がりながら前に進んでいたのだから。

 

「とにかく、歌いましょ! 結束バンドの曲の練習早くしたいし」

 

 そう言うとマイクを手に取り、スピーカーから音源を流し始める。

 聴き慣れたいつもの歌声で、聴き慣れたいつもの曲が耳に入る。

 いつもは自分もプレーヤーであるのだが、今日ばかりは彼女の歌声に集中出来たのもあり、その歌詞が普段以上に頭に入ってきた。

 

 ──そう言えば、作詞はひとりがしてるんだよな。

 

 そして何曲か歌い、次の曲「忘れてやらない」を喜多ちゃんは歌い始めた。

 

 割りかし低音のかっこいい歌声が魅力である喜多ちゃんの声でも、この曲は比較的に音が高く比較的明るい曲だ。割と王道のpop-rockとは言え、ひとりの作詞と言うこともあり能天気に明るいと言うものでも無い。

 

 だが、こうして聞いていると後藤ひとりの内面を少しだけ覗けたような気になる。

 

 忘れてやらない。

 「忘れたくない」でも「忘れられない」でもない。

 

 それは今を必死に生きてる彼女が、足踏みしながらも前に進む一歩を踏み出して、いつかこんな事もあったと笑ってやると決意の歌に聞こえた。

 

「繰り返す足踏みに未来からの呼び声が

 

 響いてる『進めよ』と

 

 運命や奇跡なんてものは

 

 きっと僕にはもったいないや

 

 なんとなくの一歩を踏み出すだけさ」

 

 ・

 

 カラオケから出た俺は喜多ちゃんに別れを告げて井の頭線に乗り込んだ。

 渋谷駅で、いつもなら地下深くに潜り東急線へと乗り込むのだがJRへと乗り込む。横浜行きの湘南新宿ラインだ。そこからさらに乗り換えて、下り方面に行く京急線に乗り込む。

 

 金沢八景駅、彼女の最寄駅でもあるそこで下車する。

 浜風はいつもより気分が悪いようで荒々しい向かい風だ。でも、風の強い日の方が空を覆う雲もなく暗い夜に浮かぶ小さい粒の星たちが少しだけ多く見えた。

 

 俺はスマホを取り出す。

 19:24。

 顔認証でロックを解除し、ホーム画面を一度右にスワイプする。

 慣れた手つきで緑色のアイコンをタップして、慣れない手つきで通話のボタンを押した。

 仕方がない。コミュ障は電話が基本的に苦手なのだ。毎回なんでわざわざ電話するのか疑問に思ってしまう。メッセージでいいじゃん……。

 

 でも今はその電話の有用性と言うべきか、使うべき意味がわかった。

 ──多分メッセージだと、言語化がうまく出来ないから。

 

 そして俺は、後藤ひとりに電話をかけた。



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三十話 冬とココアとあなた

ごめんあそばせ!


 

 ワンコール、ツーコール。

 携帯に反応はない。

 呼び出し音が長々と続き出ない。

 

 ……。

 

 もう一度電話をかける。

 ワンコール、ツーコール。

 やはり電話に出ない。

 

 すると数秒ほど時間が経ち「どうしたんですか」とのメッセージが。

 

 俺は既読だけつけて再度電話をかける。

 ワンコール、ツーコール。

 ついに通話に出た。

 

「あっもしもし……」

 

「やっぱコミュ障は電話嫌だよな、分かる」

 

「あっいや、急だったから」

 

 ──コミュ障にとって電話は辛い。

 

 実際に会って話をする時も当然死ぬほど辛いのだが、多少なりともこちらの意図が通じやすく相手の意図も察知しやすい。だが、電波を介しての会話となると何を話していいのかが余計に分からず、うまく会話をこなす事ができない。

 

「今家にいんの?」

 

「あ、はい」

 

「金沢八景に来たから琵琶島神社集合ね」

 

「あ、え?」

 

「んじゃ待ってるわ」

 

「ちょ、まっ──」

 

 俺は有無を言わさずにスマホの通話終了ボタンを押す。

 

「これでよし、と」

 

 はいかいいえで聞けばまず間違えなくいいえで返ってくるだろう。であれば初めから選択肢を与えなければいい。

 

 この時期は陽が沈むのも早く、辺りはすでに夜の暗さに染まっていた。

 片方の耳からは海がざあざあと鳴る音が、もう片方からは駅に集まる人の喧騒と車の音が聞こえてくる。

 あったか〜い、のボタンを2度押して出てきた缶のホットココアを両手で握り暖を取る。

 辺りは暗いが、少し離れた明るさがせめてもの光をこちらに届けていた。

 

 十数分ほど待つと、相変わらず奇妙なピンクのジャージを身に纏ったぼっち少女、後藤ひとりが顔を出した。

 

「ごめんな、急に」

 

「あ、いえ、暇だったので……」

 

「何時も暇だろ友達いないし」

 

「う"っ……」

 

「それ見越して呼んだんだからな」

 

 図星を突かれたひとりは虫を踏み潰した時に出るような濁点のついた音を口から出す。

 

「で、でも譲くんも友達いないよね」

 

「う"っ……」

 

 ドヤ顔で言い放った俺に対して、ひとりは華麗なカウンターを決め込む。

 恥ずかしいほどに特大なブーメランだった俺のセリフは受け身を取れずに突き刺さり、ひとりと同様のリアクションをしてしまう。

 

 そんな俺の様子がおかしいのか、彼女はくすりと笑った。

 あたりの暗さと前髪の長さから彼女の表情は全く見えないのだが、ちゃんと笑っているのだと思う。

 

「ほい」

 

 俺は右手を温めてくれたあったか〜いココアの缶を1人に放り投げる。

 

「あ、……あ」

 

 慌てた彼女はそれを受け取り損ねて地面に落とした。やはりギター以外の才能は無いらしい。神に愛されているのだか嫌われているのだかよく分からないやつだ。

 

「わりい」

 

 とは言え割と暗い状況で、いきなり缶を投げられて取れなくても仕方がないだろう。

 俺はひとりが受け取り損ねた缶を拾うと、左手に握っていた落ちていない方のココアを彼女に手渡す。

 

「あ、ありがとう」

 

「こんな寒い夜に急に呼び出しちゃったからな、捧げ物です」

 

「ココア一缶分なんですね……」

 

「求めすぎると己を滅ぼすぞ」

 

「そ、そこまでの話……?」

 

 俺は缶についた砂を軽く払い缶を開ける。

 ぱきりと小気味のいい音が鳴る。

 

「あ、どうしたんですか? 急に」

 

「ああ、いや、そのさ」

 

 俺は気恥ずかしいのを誤魔化すように首の後ろに手を当てる。

 

「ひとりって良い作詞するよな」

 

「やっぱり急にどうしたんですか……?」

 

「褒めてるんだから受け止めてよ恥ずかしいなあ」

 

 ココアの缶を傾けて喉の奥に流し込む。

 寒い中暖を取るために使っていたせいか、ほんのりと温かい。

 

「……ひとりの作詞ってさ、やっぱり本音とか心の底の感情を書いてるの?」

 

「え、あ、いやーその」

 

「まあそれ言うの恥ずかしいよなー。でもリアクション的にそうっぽいからいいや」

 

「アウウ」

 

「ひとりはギター好き?」

 

「あ、はい」

 

「じゃなきゃ毎日6時間もできねーよな」

 

「でも譲くんもピアノ好きですよね」

 

「おう、大好きだ」

 

「ですよね、ふふっ」

 

「なーに笑ってんだよ」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

「ひとりはカッコいいな」

 

「あ、あの、さっきからほんとどうしたんですか。そんなに褒めても何も出ないよ……」

 

 そんな事は知っている。

 こいつを褒めたって何かが出てくるわけじゃない。

 それ以前に、たくさんのものを彼女からもらっている。

 

「前にさ、電車の中でさ」

 

「あ、はい」

 

「ガチでやりたい、って言ってたじゃん」

 

「……はい」

 

「俺は正直その時、そんな覚悟も気持ちもなかったんだよね」

 

「あ、そんな気はしてました……あんまり乗り気じゃないのかな、って」

 

「俺さ、今楽しいんだ。めちゃくちゃ楽しいんだ。これまでにないくらい満たされてる」

 

 俺が本気に──ガチになれないのは、多分一言では語れない程たくさんの理由があるのだろう。

 一つの悩みだけで自分の意思が決定されるなら、人間なんて簡単に前に進める。その一つの悩みを克服すればいいのだから。

 でも、世の中の大半の人間はそう上手くいかない。なぜなら悩み事は複雑怪奇なほどの感情と現状が雁字搦めに絡み合っているのだから。

 

「他にも色々、俺でもわからないくらい色々考えが頭の中にあって、本気になれない言い訳探してた」

 

 それを一つ一つ解いてくやり方だってあるのだろう。

 だが、そんな器用な真似ができるほどの人間ではない。不器用で、どうしようもない人間だ。

 ……大体、今日だったら友達もいるだろうし。

 

「──んで、あなたの歌詞に心を打たれました」

 

「ぅえ"っ?」

 

「相変わらずどこから出してんだよその声」

 

「い、いや、だってその、そんな面と向かって言われると、て、照れる……」

 

「照れろ照れろ」

 

 あわてる彼女の姿を見て、いつも通りだなと嬉しく思う。

 いい意味では彼女は変わっていて、いい意味で彼女は変わらない。

 

「俺はほんと、助けられてばっかりだな」

 

 そう言うと彼女は頭上にはてなマークが浮かんで見えるほど、理解できていないことが丸わかりな表情を見せた。鈍感系主人公ここに極まれりだ。

 

「なんとなくの一歩を踏み出すだけさ、だろ」

 

「忘れてやらない、の歌詞ですか?」

 

「そう」

 

 彼女は両手で缶を持ちながら寒そうにココアを口にする。種を齧るリスみたいで可愛い。

 全く、なんでこんな寒い日になんでピンクジャージだけなんだよ。最近は学校行く時に上着とかマフラーしてただろ。

 

 俺はコートを脱ぐと乱雑に彼女の方にかけた。そっけなくやったのは、照れ隠しなんかではない。

 

「──っ、あ、ありがとぅ」

 

「ま、まあこんな時間に呼んだからな」

 

 沈黙。

 いつもの沈黙ほど心地よくなかった。

 でも、嫌な沈黙でもなかった。

 

「と、とにかくさ。俺、ごちゃごちゃ考えすぎてた。この前電車でさ、本気になれないとかプロになる理由がないとか今に満足してるとか……色々言ったじゃん」

 

「はい」

 

「もう考えないことにした!」

 

「はい?」

 

「ごちゃごちゃ考えないで、とりあえず動く!」

 

「あ、はい」

 

 突然の俺の宣言に、露骨な程に「何言ってんだこいつ」という顔をする。

 

 まあ、色々考えたけど、彼女のように無我夢中になって考えないほどに前に進むのもありなのかな、なんてことを思った。

 

「なんとなくの一歩を踏み出すだけさ、だよな?」

 

「──うん」

 

 結束バンドに入った時も、ピアノを再び始めた時も、そして今こうやってこれからのことを悩んでいる時も。

 俺は全部、彼女に助けられていた。

 

 だから、ごちゃごちゃ考えるのをやめて前へと一歩踏み出す。

 それが今の俺にできる、俺なりの恩返しなのだから。

 

 ・

 

「で、虹夏と仲直りしたいと」

 

「そうなんです、助けてくださいリョウ先輩」

 

「普通に謝れば良い」

 

「コミュ障ぼっちの俺が普通に謝るだけ謝って通じるか不安です」

 

 翌日。

 いつもより早くSTARRYに到着した俺は、珍しくいつもより早くSTARRYに到着していただーやまことリョウ先輩に泣きつく。

 

「まず、なんで喧嘩したの?」

 

「喧嘩ってわけじゃないんですけど、虹夏先輩と出かけた時に、上の空で接してしまって……」

 

「最低」

 

「はい」

 

 この人は変人だけど変に良識あるし、変人だけど金にがめついし、変人だけどクズだし、あれ、良いところある? 顔面が強いくらい? 

 ……と、冗談はおいて虹夏先輩のことならこのリョウ先輩に聞けばなんとかなるだろうという腹積りで、最近虹夏先輩と気まずくて仕方がないことを相談した。

 

「なら今度は、誠心誠意をもって出かければ良い」

 

「でもどこ行けば……」

 

「譲の好きな場所でいい。あと最後にちょっと高いプレゼントとか貢げば完璧」

 

「最後が不穏ですね!! ははっ!! でも、確かに何かプレゼントくらい渡すのありですね」

 

 意外と真面目にいいアドバイスをしてくれた。

 確かに、前回の失敗は同じ条件で取り戻さなければならない。

 高いプレゼントを貢ぐ、なんて言い回しはさすがリョウ先輩だなとは思うが、考え方としてはそれほど間違っているものではないだろう。

 

「ありがとうございます! ちょっと考えてみます!」

 

「金額大事」

 

「はーい」

 

 ・

 

「まったく、なんで私が恋愛相談なんて……」

 

 譲の気持ちは、正直言ってわからない。虹夏に対して好意を持っているのかどうか。好きか嫌いかで言えば好きなのだろうが、それがlikeなのか loveなのかは不明だ。

 ぼっちとは最初から仲が良いし、最近は郁代にまで手を出しているように見える。

 ……実は真面目そうなツラして女を侍らすタイプのクズなのかもしれない。

 

 彼の方はさておき、虹夏の方は付き合いが長い分わかりやすかった。

 

「まあ、確かに譲は顔良くて音楽できるし……たまにポンコツなところも虹夏好きそう」

 

 ただ、きっとそれだけではないだろう。

 

 虹夏と譲は、どこが似ているのだ。

 

 自分1人で抱え込んでしまうこと、そしてその精神性を作った家庭環境のことも。

 中身は違うが、2人とも母親を失った経験がある。虹夏は、そんな境遇から最初は彼に興味を持ったのだろう。

 そしてそこから、段々と内面に惹かれていったと言うところだろう。

 ……あくまで仮定の話だが。

 

 ぼっちについては分からないが、最近の譲とぼっちの距離感は前より縮まっているようにも見えた。それに、郁代も元から面喰いと言うのもあり学校も同じ彼と2人きりで出かけたり行動しているのを割と見かける。

 

「……もしかして、気がついてるの私だけ?」

 

 結束バンド内、恋愛禁止にしてやろうか。

 



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三十一話 ドキ⭐︎水族館デート♡

投稿頻度激減我謝罪皆許願謝謝


 西から差す夕陽は、巨大な影によって遮られる。巨大な影は長く長く東へ伸びている。

 影を生み出す何某を見上げると、首が痛くて見上げきれない。天下に轟く電波塔、東京スカイツリー。

 

 ──墨田区押上。

 地下鉄のホームから地上へと続く階段を遂に登り切ったというのにまだお天道様を拝めていないのは憎々しい。真夏の1日であれば嬉しいのかもしれないが、季節は冬。周りを見ても上着に加えてマフラーだったり、手袋だったりとを用いて刺すような冷気から身を守っている。

 

 女の子って薄着だとエロく見えて厚着だと可愛く見えるよね。

 なんて男子高校生真っ盛りな想像をしてはあたりを見渡す。

 待ち人はまだ来ていないようだ。

 

 吐く息は白くかすみ、スマホをいじろうにも指先が冷えて痛くなるので仕方なく両手はポケットの中に突っ込む。

 

「──お待たせ」

 

 観光地の地下鉄出口という事もあり、俺以外にも誰かを待つ人々は幾人かいる。しかし、背後から聞こえてきたこの聴き慣れた声は間違えなく俺に向けられたものだろう。

 

「ほんと、待ちましたよ」

 

 俺は振り向き、ぶっきらぼうに言う。

 

「そこは、今来たところ、じゃないんだ」

 

「嘘はつけない性分なんで」

 

「よく言うよ、まったく」

 

 夕方。

 スカイツリーは光の化粧を始めており季節的にクリスマスが近い事もあってか、あたり一体は子供の頃にとっておきの宝物を詰め込んだおもちゃ箱のようなキラキラとわくわくに満ちていた。

 ライトアップにはまだ明るいのだが、それはそれで祭りの始まる直前のような高揚感を感じる。

 

 くすりと笑う彼女は、あたりの光景にも負けないくらいにきらきらとしていた。今しがた感じた高揚感も、彼女の存在が関係していたのかもしれないのだが俺自身答えはわからない。

 

「水族館」

 

「ん?」

 

「好きなんですよ、俺」

 

「そうなんだ」

 

「なので、行きましょう」

 

「脈絡が無いなー」

 

「世の中なんでも理由とか脈絡とかつけてたら窮屈になっちゃいますよ」

 

「お、なんか譲、ロックな事言うね」

 

「ロックバンドのキーボーディストですからね。誰かさんのおかげで」

 

「一体誰のおかげなの? 教えてみな?」

 

「さあ、誰でしょうか」

 

「わたしー?」

 

「ノーコメントで」

 

「ふふふ」

 

 取り繕うことはせずに、ただ頭に浮かんできた言葉を口にする。

 彼女の前で嘘をついたり格好つけるのは止めることにした。

 

 すみだ水族館へ向かう足取りは軽かった。

 プランも無ければ、気も使わない。前回の不義理に関する謝罪も兼ねて、そして結束バンドのメンバーとしての気持ちを伝えるために。

 

 押上駅からソラマチへ向かう道を歩く。

 

「この前は、変になっててすみませんでした」

 

「変になっててってどーゆーこと?」

 

「まあ、なんというか、考え事ばっかりしてて、一緒に出かけてるのに失礼でした」

 

「わ、私もこの前は急にごめんね。大人気ないと言うかわがまま言ってたから……」

 

「いえ、前回のは普通に俺が悪いです。なので、失態を取り返しにお誘い申し上げました」

 

「……ありがと。それで、前回上の空だった時のお悩みは解決した?」

 

 虹夏先輩はちらりとこちらを見ると、遠慮がちに尋ねる。

 

「してないですね」

 

「してないの!?」

 

 解決したから誘ったんだろ、と思っていそうなリアクションだ。実際に、楽しそうに見えない素振りをして自分のことばかり考えて悩んでいた事で彼女を傷つけていたのだから、改めて誘っている段階で何かしらの進捗があったのではないかと思う彼女の考えはもっともだ。

 

 ただ、解決しはしていないのだが。

 

「解消はしたかもです」

 

「どう違うの? それ」

 

「まあ、なんというか。俺、未確認ライオットに対してのモチベーションがみんなより無かったんですよね、正直」

 

「……うん」

 

「で、本気になるにはどうすれば良いのか、とか本気になれない理由はなんなのか、とか。結束バンドの邪魔しちゃってるんじゃないか、とか。そんなこと考えてました」

 

「譲が邪魔になるなんて、そんなことは絶対にないよ」

 

「ありがとうございます。でも、みんな優しいんで受け入れてくれると、本当に大事なときにきっと軋轢を生んでしまうと思うんです」

 

 そう言うと彼女も思い当たる節があるのか、何かを言おうとしてやめた。

 

「なので──考えないことにしました」

 

「は?」

 

 虹夏先輩の「は?」をいただきました。

 呆れた表情もかわいいですね。

 

「ちょ、ちょっと待って、それどう言う意味!?」

 

「悪い意味とかじゃないですからね!」

 

 スカイツリーのエントランスを歩く。

 そらまちを抜けて、すみだ水族館と書かれた看板を潜り抜けてエスカレーターを上る。

 チケット売り場に行き、1人分のチケットを購入してその場を後にする。

 1人分しか購入しない俺の姿に首を傾げた彼女に対して、俺はデュエリストのように手に持つカードを見せびらかす。

 

「ふふふ、実は俺、年パス持ってるんですよ」

 

「だいぶガチなんだね」

 

「さらに同伴者は10%引きです」

 

「おー! それは嬉しい!」

 

「感謝してくださいね」

 

「いやでも年パスの分、譲の方がお得じゃない?」

 

「文句あるなら年パス買えばいいんですよー」

 

 その言葉を聞いた虹夏先輩は俯き、頬を赤く染めながらそっぽを向いて口を開いた。

 

「か……買ったら、これからも一緒に行けるね」

 

「──え、あ、あはは、そ、そうっすね……」

 

 照れるくらいなら言わなければいいのに。

 不意打ちでぶつけられた言葉は、俺を動揺させるのには十分すぎるものだった。

 

「じょ、じょーだんだよ、照れてるなー譲は」

 

「照れちゃダメですか」

 

「い、いや、ダメじゃないけど……」

 

 そっちも照れてたくせに、なんて野暮なことは言わずに敢えてどストレートに返事をする。どうやら効果は十二分にあるようで照れのクロスカウンターに成功する。

 

 くだらないやり取りをしながら水族館の中に入る。

 

「わーペンギンだー! かわいい〜!」

 

「超かわいい、好き、癒される」

 

「譲の語彙力、急に死んだね」

 

 飛べない鳥ことペンギンたちは、よちよちと岩場を歩いたりすいすいと水の中を泳ぎ回っている。

 

「他の鳥みたいに飛べないのに、なんか自由でのほほんとしてるよねーペンギンって」

 

「わかります。ポジティブですよね生き方が」

 

「どのへんが?」

 

「ペンギン達って、飛べないんじゃなくて、飛ばない方がいいから飛んでないようになったじゃないですか。生存戦略ってやつですね」

 

 生きるために必要なものが選択されていくのであれば、結局のところ音楽を選んでいる俺も、生存戦略なのだ。

 こうして、水族館の生き物達を見ていると意味もない考え事が捗る。そう言うところが好きでもある。

 

「あ、みてみて」

 

 虹夏先輩が指さす方には、ペンギン達の相関関係が図示されていた。

 

「この子、ぼっちちゃんみたいじゃない?」

 

「え、どれですか」

 

「時々奇声を発する、ペンギン付き合いが苦手、でも超かわいいだって」

 

「ぷっ……くくっ、なんで真っ先にそれ見つけるんですかぁ……」

 

「あはは、譲笑いすぎだってー……あ、でもこの子なんか三角関係の中に居るみたいだよ」

 

「あ、ほんとだ」

 

 ボードを覗き込むと、メスのペンギン二匹とオスのペンギン一匹が恋のトライアングルを形成していた。

 

「ほんとですね。モテ男ペンギンもいるんだなぁ、羨ましい」

 

「……」

 

 俺がそう口にすると、虹夏先輩は無言で見つめる。いわゆるジト目と言うやつだ。

 

「あ、え、なんでしょうか?」

 

「べっつにー」

 

 前回みたいにまた何かやらかしてしまったのだろうか。

 そう思いチラリと彼女を見るも、どうやら本気で怒っていたりするわけではなさそうだ。

 

「そうだ、クラゲの方見に行きましょう!」

 

「くらげ?」

 

「ここのクラゲゾーンは幻想的で最高ですよ」

 

 俺は彼女を先導するようにクラゲゾーンへと向かう。

 

「ちょっとー、歩くのはやいよー」

 

「あ、すみません……」

 

 ここにいる時ばかりは子供の頃のようになってしまう自分に恥ずかしさを感じる。

 俺はあわてて彼女のペースに合わせようと振り返ろうとして、

 

「え、あ」

 

「これでいいから、行こ」

 

 虹夏先輩の手は、俺の上着の袖を掴んでいた。

 いつもドラムスティックを握り力強く叩く彼女の立派な手は、いつもより小さく感じられて、紛れもなく可愛らしい女性の手だった。

 

「あ、は、はい」

 

 ぎゅっ、と袖を握る彼女の手に力が入るのを感じる。

 自分の心拍数が上昇するのを感じる。

 火照る顔は、暖房のせいなのか。

 

 動揺を隠しつつ、ガラス床のデッキが広がる目的地へと辿り着く。

 足元には光があたり幻想的に揺れるクラゲ達だ。

 そんな彼らを見て、なんとか俺は冷静さを取り戻す。

 

「クラゲ見てると、落ち着きますよね」

 

「確かに、落ち着くね」

 

 彼女はそう言うと満面の笑みをこちらに浮かべる。

 明かりの少ないこの場所で、彼女の存在は何よりも明るかった。

 折角落ち着いて冷静さを取り戻したのに、またもやこちらの気持ちをかき乱しやがる。

 

「ここ凄くいいね。なんというか神秘的で幻想的な感じ」

 

「そうなんですよ。俺、水族館でクラゲ見るのが一番好きなんですよね」

 

「なんか、譲っぽい」

 

「どーゆー意味ですか」

 

「悪い意味とかじゃないからね!」

 

 にやにやと彼女はいたずらな笑みを浮かべた。

 

「なんか今日、譲のこといっぱい知れた気がする」

 

「恥ずかしいこと言いますね」

 

「だってさ、今まで知らなかった一面を見れた気がして嬉しいから」

 

 やはり恥ずかしいことを言っている。

 薄暗い水族館で、幻想的にふわふわと回るクラゲの非現実さから恥ずかしさのラインが曖昧になっているのだろう。

 浮かれている、とでも言うべきか。

 

「お、俺も、虹夏先輩と水族館に来れて、う、嬉しかったです」

 

「──っ、あ、ありがと」

 

 袖が強く握りしめられたのを感じる。

 

「そ、それにですね、お互いの事はこれから少しずつ知ってけばいいんじゃないですか?」

 

「……うん」

 

「俺もまだ、みんなのこと多分ほとんど知らないし、結束バンドのメンバーとして、これからみんなのことを知っていけるのも、なんか、楽しみなんです」

 

 俺が照れを隠すように後頭部を掻き、笑って誤魔化すと虹夏先輩は変わらず黙ったままだった。

 そして数秒ほどして彼女は口を開いた。

 

「結束バンドの、メンバーとしてだけ?」

 

「──え?」

 

 それは一体どう言う意味だ。

 

「なーんて、何でもないよ!」

 

 彼女はそう言って笑うと、握りしめていた俺の上着の袖から手を離した。

 ……勘違いしちゃうだろ。

 

「ね、ほら、あっちも見に行こうよ!」

 

「あ、待ってください先輩」

 

 そうして駆け出す彼女の後を追う。

 その後も、大水槽やチンアナゴ、金魚などすみだ水族館を大満喫した。前は失敗してしまった分、今回はそれを取り戻すかのように──いや、それ以上に最高に楽しむことができた。

 

 リョウ先輩のアドバイス、上手くいきましたよ。悔しいけど流石です。今度飯奢ってやろう。

 

 ・

 

「あー、楽しかったぁ!」

 

「良かったです、先輩も楽しめて」

 

 水族館を出た後、俺たちは外をふらふらと歩いていた。あたりもすっかりと暗くなっておりライトアップされたスカイツリーがきらきらと夜空に伸びていた。

 

「ありがとうね、譲」

 

「いえ、こちらこそ楽しかったので……俺のいきたい場所行っただけですし、ありがとうございました」

 

「あはは」

 

 彼女は笑うと、カバンをあさる。

 

「はい、これ」

 

「ん、なんですか?」

 

 手渡された紙袋を開くと、そこにはすみだ水族館で買ったであろうクラゲのキーホルダーがあった。

 

「ほら、お揃い!」

 

 じゃーん、と口で効果音をつけてもう一つのキーホルダーを彼女は見せてきた。

 青とオレンジのクラゲのキーホルダー。

 対になったその片方を彼女は嬉しそうに握る。

 

「あ、ありがとうございます」

 

「譲はクラゲが一番好きだもんねー」

 

「──っ」

 

 素直に嬉しかった。

 俺が一番クラゲが好きだと言ったのを覚えていてくれたのだ。わざわざその場でなく、こっそりとキーホルダーを買って今渡してくれたのだ。

 それはきっと、俺を喜ばせるために彼女がそうしてくれたのだ。

 それがたまらなく嬉しかった。

 

「あっれー照れてるー?」

 

「て、照れてないです」

 

 いつもの調子を取り戻した彼女は、にやにやと笑いながらこちらの顔を覗き込む。

 

 タイミングは、ここしかないだろう。

 

 俺もトートバッグから荷物を取り出して、虹夏先輩に差し出した。

 

「?」

 

 ぶっきらぼうにそれを差し出すと、彼女は不思議そうにこちらを見つめて首を傾けていた。

 

「この前、迷惑かけちゃったのと、あと、クリスマス近いんで……その、前払い的な感じで」

 

「え?」

 

「いつものお礼と! この前の謝罪を込めた! 少し早いクリスマスプレゼントです!」

 

 俺は照れていた。

 今までの人生で一番照れていた。

 それがバレないように、上擦った声でそれを彼女に手渡した。

 

「え、あ、これ、私に?」

 

「あ、は、はい」

 

 彼女は俺の手渡した袋を握ると、俺とその袋を交互に見る。

 

「あ、あけてもいい?」

 

「どうぞ」

 

 彼女はその袋を開けて中の物を取り出す。

 

「これって──」

 

「リョウ先輩に聞きました、そのイヤホン欲しがってたって」

 

「〜〜ッ!!」

 

 彼女は暗がりでも分かるくらいに顔を真っ赤にしてプレゼントを握りしめる。そんなに強く握ると、壊れちゃいますよ。

 

「あと、ハンドクリームも入ってます。ドラムスティックをいつも使ってると、冬とか手が荒れちゃうのかなーって思いまして、その、いらなかったら良いんですけど」

 

 彼女はもう一つのプレゼントも袋から取り出して、愛おしそうに胸に抱えた。

 

「いる」

 

 感極まった様子の彼女はそう一言だけ口にする。

 

「ずっと、大事にするね」

 

「いや、ハンドクリームは消耗品なんで……」

 

「それでも、大事にする」

 

「あ、はい」

 

 虹夏先輩は二つのプレゼントを抱えたまま視線をそちらに向けていた。俯いているため表情は窺えなかったが、喜んでくれているのだろうか。

 

「あ、ありがとうね、譲」

 

 いつも通りの声音で彼女はそう言う。表情はやはり見えないが、普通に喜んでもらっているようだ。

 

「いえ、ほんと、今までのお礼みたいなものなので──、そろそろ帰りますか?」

 

「う、うん」

 

 気はずかしさを隠すように俺はそう口にする。相変わらず俯いたままの虹夏先輩からは表情が読み取れなかった。

 駅の方に向けて歩き出そうとした時。

 

「譲」

 

 彼女がぽつりと呟いた。

 

 そして、ゆっくりと顔を上げる。

 彼女の顔は、今までに見たことがないくらいに真っ赤になっていて、目元には涙すら滲んでいた。

 そんなに喜んでくれるとは、思っていなかった。

 

「──ありがとう!」

 

 彼女はそう言うと、全力の笑顔をこちらに向けた。

 それはあまりにも綺麗で、あまりにも魅力的で、自分の心臓が死ぬんじゃないかと思うほど高鳴っていて。悩みに悩んだ最近のマイナスな気持ちが、全部吹き飛んでいってしまうほど、それほど美しい笑顔だった。



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三十二話 襲来

更新クソ遅いけど続けるから許してね!


「もう12月か〜、すっかりクリスマスムードね」

 

「あっはい」

 

 冬になると陽が落ちるのも早いもので、あたりを影が覆い始めそれと同時に街の光がぽつりぽつりと灯り始める。

 

 喜多ちゃんはそんな周囲を見渡し、イルミネーションが増えた様子にそう口にした。

 

「クリスマスかぁ」

 

 俺は今までの人生で特段思い出のないその日に対して、吐き出すようにそう呟いた。

 

「感慨深い言い方ね……はっ、もしかして譲くん、クリスマスに悲しい恋の思い出が!?」

 

「えっえっえっ」

 

 全く最近のJKはすぐに色恋沙汰に結びつけやがる。クリスマス=恋愛だなんて安直すぎる。強がりなんかじゃ無いんだからね! 

 それとひとりは何故かビクビクしながら奇声を発していた。いつもの発作です。

 

「恋の思い出はもちろん当然当たり前のように無いけど……マジでそれ以前に何も思い出ないなぁ」

 

「ほっ」

 

 友達も居ないのでクリスマスパーティーなんてした事がない。だからと言って家族と団欒した記憶もない。いやほんと何も無すぎて辛い。

 

 というかひとりは人の話を聞いて安堵するな。

 俺の不幸がそんなにメシウマなのか。

 

「闇が深そうだからあまり触れないでおくわね」

 

「助かる」

 

 クリスマス。

 世間はいつもより浮かれた雰囲気を醸し出しているが、俺にとっては良い思い出もなければだからと言って悪い思い出も特に無い。

 良くも悪くも、ほかの日と変わらない1/365だ。

 

 だが、クリスマスの良い所として。

 

「冬休みも近いな」

 

「あっ、そうですね」

 

 冬休みという単語にひとりは過敏に反応し、その瞬間だけクリスマスイルミネーションに負けないくらいの喜びの輝きを煌めかせる。

 どれだけ待ち望んでいたんだよこいつ。

 

「冬休みもバイトと練習漬けだけど、クリスマスにはパーティーしましょ!」

 

「「クリスマスパーティー……」」

 

 俺たちは喜多ちゃんの発したその馴染みのない単語を反芻する。

 

「あっ次は必ず場を盛り上げて見せます!」

 

 そう言ってひとりは何処から取り出したのか、クソダサ星形サングラス(つけ髭付き)を装着する。

 これ常備してんの? だとしたらヤバいやつじゃない? 

 ……まあ、彼女がヤバいやつだと言うのは今に始まった事ではないか。

 

 それにしても、クリスマスパーティーか。

 

 正直な話、めちゃくちゃ楽しみだ。

 

 大事な仲間たちとそうやって浮かれ気分に浸れると言うのは、一度も経験したことのない俺にとってはきっと素敵な事だろう。

 恥ずかしいから、決してそんなことは口にしてやらないが。

 

 などと考えていると、ピコンっ、と喜多ちゃんのスマホから通知音が聞こえた。

 ちなみに俺はどうせ連絡来ないから通知は全部オフにしている。

 

「伊地知先輩からだ。なになに……12月24日新宿FOLT SICK HACKのワンマンライブに──」

 

 ・

 

 時は流れて、本日はとあるライブの日。

 クリスマスに新宿FOLTにて酒ねえ率いるSICK HACKのライブへの出演が決まったとの事もあり、みんなは気合の入った演奏をしていた。

 

 ライブが終わると、いつものようにファン1号2号のお姉さん方が声をかけにこちらに来た。

 実のところ、年上の女性ということもあり、俺の苦手意識がバリバリのため彼女たちと会話をした事がない(コミュ障)

 

「今日のライブも良かったよ! それと、新しいファンの子連れてきました!」

 

「えっ、ちょ……」

 

 どーん、と。

 ファン1号2号は初めましてのファン3号(予定?)の女の子を紹介した。

 

「みんな、つっきーちゃんにサイン書いてあげてよ!」

 

 どうやら、つっきーちゃんと言うらしい。

 なぜだかここ周辺の顔面偏差値は高いようだ。

 

「え〜サインなんて考えてないな!」

 

 そう言いつつ虹夏先輩はさらさらと自分の名前を書く。

 俺はそれを受け取り、小学生の頃から欠かさず練習をしているサインを書き殴る。

 ちなみに自由帳一冊はサイン練習に使っている。

 描き慣れてる。

 男の子なら一度はサイン考えたことあるよね? あるよね? 

 

「え、あっ、私もサインは特に……」

 

 俺はひとりにCDを渡すと、彼女はそう言いながら無駄に入念に書き込む。

 

 ──ダサい。

 

 小学生女子が考えたような鬼ダササインをデカデカと描いていた。

 そして冷静になって自身のサインのカッコつけ具合に恥ずかしさを感じつつ、ひとりのゲロダササインの陰に隠れていること安堵した。

 あっぶねー俺のサイン誰も触れてこなくてよかったー。さんきゅーひとり。

 

「あれ? 何か見たことがある気が」

 

 リョウ先輩からはつっきーちゃんさんを見つめると、そう口にする。

 

「きっ、気のせいでは……」

 

 じーっと見つめられた彼女は、あからさまにどきまぎしながら視線を逸らす。どこからどう見ても図星のようだった。

 それに、確かにリョウ先輩が言うように俺も彼女に見覚えがあった。だけれども心当たりは全く無いわけで、くしゃみが出そうで出ない時のようなむず痒さを感じていた。

 

 すると、焦りを隠せていないつっきーちゃんさんを尻目に、我が天敵が現れた。

 

「みんらぁ〜、今日もライブ良かったよ〜。特にあの4曲目! エモの塊〜」

 

 腐れ酒カス姉さんこと廣井きくりだ。

 

「ちっ」

 

「え? あれ? 譲もしかして今舌打ちした〜?」

 

「舌打ちなんてしてませんし、今日は3曲なんで4曲目は存在しません」

 

「あれーそうだっけ〜? まあいいじゃんいいじゃん」

 

「何が良いんだよ……」

 

「あはは〜ごめんごめん。てか、まだ文化祭の時の事、怒ってんの?」

 

「ははははは、怒って無いですよ酒ねえ」

 

「怒ってるなぁ〜。あときくりでいいからね、何なのその酒ねえって」

 

「愛称ってやつですよ酒」

 

「短くなってない?」

 

 いつものようにふらふらと現れては適当なことを言う彼女に対して、うらみつらみをぶつける。

 すると、横から虹夏先輩がひょこっと現れて俺に耳打ちをする。

 

「譲って年上の女の人苦手だったんじゃ無いの?」

 

 言われてみれば、虹夏先輩やリョウ先輩はもう慣れているので何ともないのだが、この酒ねえだけは度外視をして恨み言をぶつけることが出来た。

 

「なんでですかね、俺もわかりません」

 

「……なにそれ」

 

 虹夏先輩はむすっとする。

 何この可愛い生き物。

 

「というか、酒ねえは何でライブのゲスト誘ってくれたんですか?」

 

「だーかーらー、きくりでいいのに……。まあなんと言うか、朝起きたら何故か送信履歴に入ってたんだよね〜。魔法みたいなことをあるもんだ!」

 

「やっぱ適当じゃねえかこの酒臭いねーさん」

 

「でも! シラフでも結束バンド呼んでたよー!」

 

「ほんとかよ」

 

 疑い深い。

 疑い深いが、なぜかこの人は結束バンドを──特にひとりに肩入れしている気がするのだからあながち間違いでは無いのかもしれない。

 

 まあ、どちらにせよ呼んでくれてラッキーだからどちらでも良い。

 

「でもでもー、譲がそんな態度取るなら取り消しても良いんだよー?」

 

 酒ねえがちらりとこちらを見ると、ふざけた事をぬかしやがった。

 当然俺は──脅しに屈する! 

 

「きくりさん、ありがとうございます! 靴でも磨きましょうか!?」

 

「変わり身が早い!」

 

 虹夏先輩はすかさずにツッコミをかます。

 さすが結束バンドの常識担当。略して常担。

 

「やっぱり適当だったんじゃないですか……」

 

 そんな様子の俺たちを尻目に、つっきーちゃんさんはまるで関係者のようなことを口にする。

 

「え? 大槻ちゃん?」

 

 どうやら酒ねえのお知り合いだったようだ。

 

「え? いや違います!」

 

「絶対大槻ちゃんだって!」

 

 謎の問答に、結束バンドのメンバーはぽかんとした様子で話に置いていかれる。

 

「──ッ、そうです、私が大槻ヨヨコ!」

 

 な、何だと。お前があの大槻ヨヨコだと!? 

 ところで、その、大槻ヨヨコさんって──

 

「いや、誰?」

 

「ちょ、待って、着替えるから……わからないよね」

 

 つっきーちゃんさんこと大槻ヨヨコさんは控室へと消えていく。

 いきなり名乗られても当然分からない。

 分からないのだが、大槻ヨヨコという名前には何故か聞き覚えがあった。

 

 しばらくして出てきたのは、メタルな感じな服装に変わったツインテールの大槻さんであった。

 

「これで分かった?」

 

 ──どこかで見覚えがあった。

 

「シデロスの……何でここに……」

 

 結束バンドの面々は知っているらしい。

 しでろす? とやらは俺にはわからない。分からないのだが、この大槻ヨヨコさんには見覚えがあった。

 

「え〜大槻ちゃん、結束バンド呼んだのまだ納得できてない感じ〜?」

 

「そうです!」

 

「酔った勢いとはいえ私結構考えてるけどなー」

 

 このしでろすの大槻さんは、何故だか結束バンドを敵視しているようだった。

 

 大槻、敵視……? 

 

「それとも何? 大槻ちゃんは私の目が節穴って言いたいの?」

 

 酒ねえこっわ。

 この人たまにガチの目するからやなんだよ怖い。

 

「そ、そんな意味じゃ……、帰ります! 結束バンド! 私と姐さんのライブを台無しにするのは許さないから!」

 

 大槻さんはそう言いながら立ち去ろうとする。理想的な捨て台詞だ。

 

 それにしてもどこかで見覚えが──

 

「あーっ!!」

 

 脳の中のパズルが繋がった。

 劇的アハ体験により俺は大声を出す。周りは引いてる。慣れてるから気にしなーい。

 

「大槻さんって、あの、中学の時よく分からないけどめっちゃ突っかかってきたあの、上級生の」

 

「え、あ──もしかして、あなた、大倉譲……?」

 

 思い出した。

 

 そう、あれは中学生の頃。

 俺はピアノが凄かったので、学校でいつも表彰されたり特別なお休みをもらったり何かと優遇されていた。

 その度に何故だか突っ掛かってかるメガネの上級生がいた。その人の名前は、大槻ヨヨコ。

 

「──ふん! 中学の時はいつもいつもみんなに一番注目されてたみたいだけど、落ちぶれたようね!!」

 

「相変わらず口悪いですね!」

 

 そう。

 この人は何故だか知らないが負けず嫌いで、一番を取れない事にプライドを持つ謎の人物だ。

 先生方から優遇されていた俺に対して、常日頃から敵対心を抱いていた人だ。

 

「そう、そうね。結束バンド──特に後藤ひとりと大倉譲、あなたたちに負けないから」

 

 バタン、と。

 そう言い捨てて彼女は出て行った。

 あーなんか見覚えあると思ったけど、メガネ無いし雰囲気変わってたから気が付かなかったなぁ。

 

「え、あ、私も……?」

 

 そして何故か目の敵にされているひとりは困惑している様子だった。

 俺も再び唐突にディスられ敵視されたことに困惑を感じていると、横腹のあたりをちくちくと突かれた。

 

「ふーん、また女の子。ふーん」

 

「え、虹夏先輩? なんですか」

 

「譲は男の子の知り合いは居ないのに、女の子はいっぱい居るんだね……」

 

「え、いや、だから俺コミュ障なんで別に男女問わず居ないですよ」

 

「でもさっき、中学の頃仲良かったって」

 

「仲良かったとは言ってないですし、なんかあの人に嫌われてるっぽいですよ俺」

 

「ふーん、ふーん……ふーん」

 

 不満げな表情で俺の横腹を突くのをやめない。

 

「いや、ちょ、痛いです」

 

 一体全体、何なんだ。

 

 突かれている俺と困惑しているひとりを眺めながら、酒ねえは口を開く。

 

「いやーなんか面白くなってきたねー」

 

 いや、何がだよ。




おしごとのストレスではげそう……


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三十三話 クリスマスイブは、全世界的に、ラブコメの日だ。

 

 12月24日。

 クリスマスイブの日。

 

 世間一般と変わらずに俺の気持ちも浮かれていた。

 

 残念ながら、恋人がいてあーだこーだとか恋人がサンタクロースでも無くてサイレンナーイトうぉーおーおーホーリーナーイトな訳でもない。

 けれども今までクリスマスとその前日に特別な意味合いを持てなかった俺にとっては、今日ここで結束バンドのメンバーでライブを行うこと、その後打ち上げも兼ねてSTARRYでパーティーを行うことを考えると、それは紛れもなく特別な一日であった。

 

 SICK HACKのライブも目前であり、新宿FOLTにて俺たちはリハーサルを行なっていた。

 

「か、完熟マンゴーが進化してる!?」

 

「あ、えへへ」

 

 ……おこなっていた。

 

「まだそんな事してんのかよ……」

 

 ひとりは未だに人前に立つ事が苦手であり、小学生の頃に夏休みの自由工作で作った様な段ボールの装甲を身に纏っていた。それにしても完成度高えな。

 

『ギターさんお願いします』

 

「あっ、全体的な返し大きくしてもらって良いですか、聴こえなくて」

 

「だから脱ぎなさい」

 

 ガチガチに固めたダンボール装甲では外の音が聞こえづらい様子だった。ギタリストとして失格じゃねえか。

 俺はジェットライターに火を灯してひとりに近づく。

 

「さーん、にー、いーち……」

 

「ちょ、ちょっと! 流石に燃やしちゃだめぇ!」

 

 ダンボール装甲の弱点の一つである火を徐に近づけると、虹夏先輩からの猛烈な制止にあう。

 

「え、あ、燃やす? 炎上? ああああああ」

 

「なんか違う意味で混乱してるし……」

 

『ボーカルください』

 

「──……げほごほ」

 

 そんな様子を尻目に、喜多ちゃんの番なのだが。

 ──だめだ。どう見ても緊張で口の中がカラカラだ。

 

「……こんなリハーサルで大丈夫か」

 

 まあでも──結束バンドなら何とかなるだろう。

 逆境に強いバンドですから(震え声)

 

 ・

 

 本番を控えて楽屋で待機をしている。

 元来そういう性格であるひとりと、気にしいな喜多ちゃんはかなり緊張している様子だった。いつものようにくだらないやり取りをしながらもその雰囲気は変わらない。

 

 俺も程よい緊張を感じていた。

 自分より緊張している人を見ると、なぜだか自身は緊張しなくなる謎の現象のお陰もあり彼女たちに比べると比較的に平常心なのは間違いないが。

 

「みんなクリスマスのせいで卑屈度上がってるね……」

 

 楽屋の端っこでスマホをぽちぽちいじっていると、いつの間にか横にいた虹夏先輩が話しかけてきた。

 なに? オタクに優しいギャル的な? 

 惚れちまうからやめてくれ。

 

「そんなもんですかね」

 

「さっきなんてリョウがさ、わざわざクリスマスイブにロック聴きにくるやつなんて恋人のいない暇な奴しかいないーなんて言ってたよ」

 

「……そんなもんですかね」

 

 酒ねえの客層ってことを考えるとその線はありそうだ。しかし、案外カップルで来ていたりもしそうだ。

 

「カップルとかも、意外と来てるんじゃないんですか」

 

「なんでこんな日まで幸せな人のために演奏をしなきゃいけない……」

 

 深く考えずに発言したことを後悔する。

 リョウ先輩が俺の言葉に反応してクリスマスイブに似合わない呪詛のような台詞を吐く。

 

「この歌詞を共有したいのに……」

 

 便乗してひとりもダークサイドに。

 

「まあ良いじゃないですか、俺らもクリスマスイブにライブやるって、なんか、陽キャっぽくないですか? 男だ女だウダウダやってるカップルなんてクソ喰らえですよ。こちとらロックンロールなんですから」

 

 クリスマスであろうがなかろうが、俺に恋人がいないのは紛れもない事実だ。

 だとすると、特別な日にみんなとライブできるならそれは良いことだ。

 と、思ったのだが。

 

「あはは、クリスマスまでには彼氏欲しかったなー……」

 

 と喜多ちゃん。

 この人素で陽キャだからクリスマスに彼氏いない方がダメージ食らってやがる。

 

「陰キャ陽キャ、君らは分類しないとどうにも落ち着かない……」

 

 とリョウ先輩。

 トランシーバーで歌わせるぞ。

 

「え、あ、陽、きゃ?」

 

 とひとり。

 君は素直でかわいいなぁ。

 

「え、譲は彼女欲しいとか思ったりしてないの?」

 

 と虹夏先輩。

 どーゆーニュアンス? 俺はもしかして馬鹿にされてる? 

 

 このように三者三様の姿を見せてくれた。

 ……ほんと愉快な仲間たちだ。

 

 しかしその後も、重苦しい雰囲気が漂っていた。

 特に、ひとりと喜多ちゃんは目に見えていつも以上に緊張している様子だった。

 

 俺よりさらに端にいた大槻ヨヨコさんも懐きの悪い犬みたいに鋭い眼光でガルルルルとこちらを威嚇している。周りの緊張と、そんな視線を受けて俺も少しだけ緊張を感じてしまう。

 すると。

 

「そんな心配しなくて大丈夫っすよ〜」

 

 露骨なまでに緊張していた結束バンドに見かねたのか、SIDEROSのメンバーの人が声をかけてきた。

 

「自分らがどんなライブしようが、最後にはメチャクチャになるんで」

 

 そのセリフに、壇上で暴れ狂う酒臭いおねーさんの姿が見えた。

 それを言って仕舞えばお終いな気もしたが、きっと今日も今日とてそうなるのだろうと確信にも似た何かを感じた。

 

「そう言えばちゃんと挨拶してなかったですよね」

 

 声をかけてきたのは──黒マスクの年上金髪ギャル。

 =俺の天敵だ。

 

「自分、長谷川あくびです」

 

「私は本城風子です!」

 

「内田幽々です」

 

 だめだこれは。

 全員こうかばつぐんのタイプだ。

 ちなみに俺は弱点ばかりでダメージが半分になるタイプは地球上に存在しない。

 

「結束バンドの曲、自分は好きっす! 同世代のバンドと出会う機会少ないんで仲良くしましょう!」

 

「こちらこそ〜」

 

 黒マスク金髪ギャルと挨拶を交わす虹夏先輩。さすがうちの常識人枠だ。というか見た目こわいけど良い人そう。良い人そうだとしても無理なものは無理であるのだが。

 

「……ちなみになんでキーボードの人ダンボール被ったんすか?」

 

「あははは、なんと言いますか、その、発作みたいなものです……」

 

 アウェイの空気に当てられた俺はひとりの亡骸である段ボールを身に纏い精神の安定を図ることにした。だって、こわいんだもん。

 

「結束バンド」

 

 すると、どことなく落ち着き始めた控室の雰囲気をよそに語気の鋭い声が響いた。

 

「ゲストだからってシデロスと同じ土俵に立ったと思わないほうがいい、言っておくけど私のトゥイッターのフォロワー数は1万人だから」

 

 突然のマウント。フリーザかあなたは。

 流石はミス負けず嫌いの大槻さんだ。

 

「まあ、幕張イベントホールと同じくらいってとこ」

 

「私も、イソスタなら最近人気投稿入ったみたいで1万5千人いるんですけど……」

 

「喜多ちゃん武道館じゃん!」

 

 マウントを取ったつもりが、自らの土俵で大きく上回られる。見てるこっちが恥ずかしい。

 

「〜〜っ、バンドマンなら演奏技術で勝負しなきゃだめでしょーが!」

 

「自分から言い始めたのに!」

 

 な、なんという面倒くさい性格だ。

 どうしてこうも結束バンドを取り巻く人々は癖のあるやつしかいないのか。

 

 しかしまあ、これほど負けず嫌いだからこそインディーズバンドの中でもこうして人気を誇ることができているのだろう。ひとりに然り、振り切れてるやつは大抵強いのだ。ゲームでもバランス型より一芸特化の方が大抵使いやすい。

 

「こんな感じで大槻先輩がコミュニケーション下手なので人間関係上手くいかないだけです」

 

 と、黒マスク金髪ギャル。

 

 え、今この人大槻先輩って言った? 

 このギャル年上じゃないの? まじ? 最近の子は成長早いのね。

 

「うちの先輩が迷惑かけてほんとすみません」

 

 しかもかなり常識人っぽいぞ。

 やめてくれ、このゴリゴリ陽キャみたいな見た目でバンドも有名で落ち着きがあって顔が良いとか劣等感しか感じないぞ。

 

「でも良い感じに皆リラックス出来たんじゃないですかぁ」

 

 つまりこの姫カットさんもこの見た目と落ち着き様で同い年……? 

 シデロス、思った以上に侮れないバンドだ。

 

「すごいね! 私達と年変わらないのにこんなに落ち着いてて」

 

「いやー自分たちも毎回緊張してますよ。でも自分たちより上がってる人見ると冷静になってくるんですよねー」

 

「それって私たちのこと?」

 

「いやー、毎回先輩が緊張で3日くらい寝てこないんですよ」

 

 一同は大槻さんに目をやる。

 先ほどから睨んでいるように感じていた視線は、緊張と寝不足で構成されただけのものだったようだ。

 変な人だなぁ(ブーメラン)

 

「騒いだら頭痛くなってきた……」

 

 寝不足のせいか、大槻さんはよろけると虹夏先輩に介護されてソファに横たわった。

 

「人気バンドの大槻さんでもそんなに緊張するんだね」

 

「──当たり前でしょ」

 

 虹夏先輩の問いかけに、大槻さんは少しだけ体を起こして、寝不足を思わせぬ凛とした表情で言葉を続けた。

 

「上を目指してバンド活動続けるなら、絶対一生緊張し続ける。その不安を少しでも無くすために寝る間を惜しんで練習してるの」

 

 悔しいけど、格好いいなと感じた。

 口で言うのは簡単かもしれない。

 

 しかし、緊張と向き合い続けるのも、承知の上で努力を続けるのも、それらは決して簡単なことではない。

 

 面倒くさい人かと思っていたが、どうやらそれだけではないらしい。

 そう言う人は、嫌いじゃない。

 

「さっきのリハ、今までに見た貴方たちの演奏より良くなってた。いつも通りやれば絶対うまく行く、努力は裏切らない」

 

 な、なんだよこの平成初期のツンデレは。めっちゃ良い人じゃん。

 シデロス、良い人たちじゃん。

 俺ら虹夏先輩以外は人格まで負けてるぞ。

 

「あ、ありがとうございます」

 

「……ふん!」

 

 きゅん。

 

 あぶねえ、今この人のこってこてのツンデレにときめきかけちまったじゃねーか。

 

 ・

 

「「「メリークリスマース!」」」

 

 そうこうしているうちに、俺らのライブは無事に終わった。

 大槻さんの励ましもあり、ライブ終盤についてはノーコメントとしておくが、結束バンドのゲスト出演については悪くない出来だったと思う。……アウェイなのには変わりはないのだが。

 

 そんなライブの打ち上げも兼ねて、結束バンドとシデロス、そして伊地知さんのおねーさんの誕生日も兼ねたパーティーへと移行していた。

 

 していたのだが。

 

 右を見ると、サンタさんの帽子を被った虹夏先輩と喜多ちゃん(かわいい)

 左を見るとシデロスの陽キャ陣(大槻さんを除く)

 

 ……鬼気まずい。

 相変わらず男が1人もいないし、ほぼほぼ初対面の陽キャ女子と一緒とか耐えられるはずもない。

 

 俺は縮こまりながらハムスターのように野菜スティックをぽりぽり食べ続けることにした。

 したのだが。

 

「結束バンド、黒一点で男の子いていいっすね〜」

 

「力仕事とかやってくれるからほんとに助かってるよ!」

 

「修羅場とかないんですかぁ?」

 

「なな、ないから!」

 

「わ、私達、バンド内で今の所そういうのは……」

 

 俺の存在をネタに虹夏先輩と喜多ちゃんが責められていた。やめてくれ、その術は俺に効く。

 

 俺はそんな空気に耐えきれず、彼女たちが楽しそうなおしゃべりをしている隙にもう一つのテーブルへと逃げ出す。

 隠密作戦は得意なのだ。

 

「よいしょ、っと」

 

 ええと、こっちのテーブルは。

 ひとり、リョウ先輩、大槻さん。

 

 うん、こっちはこっちでクソ気まずいや。

 だって誰も喋ってねえもん。

 

 先ほどのテーブルと打って変わって、机の上に広がる皿は干上がった砂漠のように飯の一つも残っちゃいなかった。気まず過ぎてずっと食べ物食べてたんだろう。

 

「なんで隣に座ったのよ!」

 

「え、あ、はい、すみません」

 

 逃げた先で、いきなり大槻さんに噛みつかれた。

 隣に座っただけでそんなに言わなくても良いじゃあないか。ガラスのハートはボロボロだぞ。

 

 俺は立ち上がり、ひとりの横へと移動しようと立ち上がった。すると、大槻さんにシャツの端を掴まれる。

 

「べ、別にダメっていう意味ではないから……」

 

 かわいい(座るだけで文句を言ったと思えば、別に良いだなんて面倒な性格だ)

 かわいい(こんなテンプレートのツンデレは平成初期に生息していた古のオタクにしか効かないぞ)

 

 俺は大人しくもう一度席に着く。

 

「……キーボード」

 

「はい?」

 

「流石ね。上手かったわ」

 

「え、あ、はい。あ、ぁりがとうございます」

 

 いきなりハイレベルなツンデレを見せられたせいで危うくキョドるとこだった。

 十分キョドってるって? 

 こんなの序の口さ。

 

「大槻さんも、凄かった、です」

 

「ふん! 当然よ」

 

 ちょっと褒めるとめっちゃ嬉しそうにツンデレな反応を見せた。ちょろくない? 大丈夫? 

 

「中学の頃から、負けず嫌いですよねほんと」

 

「悪かったわね」

 

「悪くないですよ、そう言うところは素直に凄いと思いますし」

 

「ふ、ふん! 当然よ!」

 

 褒め殺しには弱いようだった。

 面倒くさいようで、意外と扱いやすいのではないだろうか。

 

 こちらのテーブルは沈黙が支配していたようだったが、俺は大槻さんと昔馴染みだった事もあり、2人で多少の雑談ができた。

 面倒で意地張りで負けず嫌いなところを除けば、意外と面倒見が良くて良い人だと言うことは話をしてみてよくわかった。

 

 少しの思い出話と、バンドに関する話をしていると。

 

 ちょこん、と。

 

 隣にひとりが座った。

 

「ん?」

 

「あっ、あっ、あっ」

 

 隣に座り、奇声を発した。

 

「……急にどうした」

 

「あ、いや、あ、その」

 

 わざわざこっちに来たのだから、何かしらの意図があるだろうと声をかけるも、いつも以上に挙動不審になった。

 

「あ、その、お二人って、む、昔から仲良いんですか」

 

「……仲良いと言うか、喧嘩をふっかけられてた?」

 

「人聞きの悪いこと言わないでよね!」

 

「あ、そ、そうなんですね」

 

 沈黙。

 下を向くひとり。まあ、いつも下を向いているのだが。

 

 もしかして、ここに──俺の横にわざわざ1人が来たのって。

 

 ひとりなりに、大槻さんと仲良くなろうとしているのではないだろうか。

 

 俺は徐に立ち上がる。

 

「ちょこっと外の空気吸ってきます」

 

 うん、そうだろう。

 ひとりも友達欲しいんだ。

 俺は良いことをしたなぁ。

 

 ひとりと大槻さんが話をしやすいように、間にサンドされていた俺は離脱を試みた。そうすればひとりとリョウ先輩に大槻さんが挟まれる形になる──つまり多少会話がしやすいフォーメーションになるわけだ。

 オセロだったら大槻さんも結束バンドに裏返る見事な作戦だ。

 

 ・

 

 今日はクリスマスイブ。

 結束バンドの打ち上げと、お姉ちゃんの誕生日を兼ねた日だ。

 

 そして、もう一つ大事な日でもある。

 

 先日、譲と出かけた時に一足早いクリスマスプレゼントを貰ったのだ。

 水族館に行った後に、イヤホンとハンドクリームを貰った。イヤホンは、それはもう練習にも私用にもいくらでも使っている。

 ……ハンドクリームは少し勿体無くて、あまり使えていないのだが。

 

 話を戻そう。

 もう一つの大事な日というのは、彼に──クリスマスプレゼントのお返しをする日であるという事だ。

 

 できれば、2人きりのタイミングで渡したかった。

 

 他のメンバーに見られるのも恥ずかしい。お姉ちゃんやシデロスの人に見られでもしたらもっと恥ずかしい。

 しかし、ライブと打ち上げでは中々2人になる時間を取ることはできなかった。帰りの時間もお姉ちゃんと一緒に帰るのだから、きっと時間を取れない。

 

 焦りと──今日のライブよりも強く感じる緊張が体を強張らせる。なんとか周りにはバレないように、いつもの笑顔で取り繕っている。

 

 最初は彼の隣に座れた。

 シデロスのメンバーと、喜多ちゃんと一緒のテーブルで。嬉しかったけれども、コミュ障な譲は全く話さずに野菜スティックをずっと齧っていた。

 ハムスターみたいで可愛いな、なんて事を思っていると、いつの間にか向こうのテーブルへと移動していた。

 

 ……そして、何やら大槻さんと仲良さげにずーっと話をしていた。

 目を離すと、いつも女の子といる。

 そして、今度はぼっちちゃんまでもが彼の横に座り出した。

 

 このパーティーに参加しながら、何故こんなにも彼を気にしなければならないのか。

 

 すると、彼は外の空気を吸いに行くと立ち上がり表へと向かった。そう言えば、初めての打ち上げの時も彼はそう言って外に向かっていたっけか。

 彼のいなくなったテーブルは、リョウとぼっちちゃん、大槻さんが何も話さずに固まっていた。まったく、あの2人ときたら。

 

 そしてついに、ぼっちちゃんも「お手洗いに……」と逃げ出した。

 

 あのテーブルは2人になった。

 すると、そんな様子に気がついたのかこちらのテーブルからあっちに移ったりと、わちゃわちゃとし始めたのだった。

 

 チャンスだ、と私は思った。

 

 譲は今、外にいるはずだ。

 であればきっと、今しかない。

 

 カバンから紙袋を取り出す。

 プレゼントだ。

 

 男の子にプレゼントをあげるのは初めてのことだったから、何をあげれば良いのか皆目検討つかない。

 つかないのだが、自分なりに考えて用意してきたつもりだった。

 

 彼の綺麗な指先。

 ピアノをやっていたからか、すらっとしていて大きい彼の手はよく目に入る。

 冬場はきっと寒いだろうからと、手袋を用意した。あとは、同じブランドのマフラーも。

 

 私は意を決して立ち上がると、店の戸を開けて階段の下から上を見上げた。そこには、やはり彼──大倉譲がいた。

 

 私は緊張しながら、平然を装い声をかけようとして。

 止めた。

 

 夜だけど、外のイルミネーションとたまたま良い角度で差し込む月明かりもあって明るかった。

 明るかったからこそ、よく見えてしまった。

 

 階段の上にいるのは、こちらに背中を向けた譲と、その奥にぼっちちゃん。

 

 彼の背中にはぼっちちゃんの腕が通っていて、抱き合うような体勢だった。

 ……ような、ではなく、間違いなく抱き合っていた。

 

 そして、2人の唇が、重なって見えた。

 

 月光なんて差して無ければよかったのに。

 クリスマスなんて無ければ良かったのに。

 

 月明かりが無ければ、イルミネーションが無ければ、暗がりに隠れてその姿を見ることがなかったのだから。

 

 灯が照らす2人は、だって、間違いなくキスをしていたのだから。




急展開


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三十四話 初めて恋をした記憶

クリスマスも近いですね。
皆様はご予定いかがですか?
私は2年連続クリスマスぼっちになりそうです。
みんなぼっちで過ごしましょうね。


 クリスマスパーティーをそろりと抜け出す。

 慣れてきたつもりだった。しかし人の性根は中々変わらないものであり、ああも大人数でわちゃわちゃしている空間というものにはいまだに苦手意識を感じていた。

 

 半地下の階段を登り、店の前にぼけっと佇む。

 大きく息を吸うと、痛いくらいに冷たい空気が肺を刺激した。

 春先の運命的(諸説あり)なひとりとの出会いや、結束バンドメンバーと過ごした一年弱に思い耽る。

 

 1年前の自分は、今の自分を想像できただろうか。

 きっと、いや、確実に想像できない毎日だろう。

 

 寒さに身を捩らせて、いつまでもこうしては居られないと戻ろうとした矢先の事だ。半地下の戸がガラリと開いた。

 ピンク色のアホ毛がはみ出すのを見て、ひとりも一時退避のためゾンビのように地上へと這い出たのだと確信した。

 

「うぃー」

 

「え、あ、う、うぃー」

 

 俺はポケットから右手を抜いて軽く上げる。

 気怠い挨拶をすると、何故か彼女も真似をして気怠さを感じさせないぎこちない挨拶を返した。

 そこは真似する必要ないだろ。

 

 俺は再びポケットに手を突っ込む。

 

 ひとりは何も言わずに俺の横に立つ。

 

「寒いな」

 

「あ、ですね」

 

「ジャージだからだろ」

 

「ですね……」

 

 なぜこんな真冬にジャージ一枚なのかと言う疑問は、どうせ深く考えても無駄だと思いそっとしまう事にした。

 

「あ、でも、コートは着てきたので」

 

「そう言えば最近は着てるな。……ジャージの上に」

 

 最近はコートとマフラーをつけている姿は目にしていた。そうやって遠目で見ると悪くないのだが、いかんせんピンクのジャージの主張が強すぎるせいで不思議な光景だった。

 

「あ、リア充」

 

 ひとりは俯いた顔を少しだけ上げると、どんよりとした空気を纏わせる。

 

 先程までは気がついていなかったが、やはりクリスマスの夜は恋人達がいつも以上に溢れていた。

 店先から聞こえてくるのもクリスマスのラブソング。

『君が好きだ』と何度も聞こえてくる。

 

「……譲くん、モテるよね」

 

「は?」

 

「だ、だって、最近クラスでも女の子に声かけられてたり、ラブレターも渡されたことあるし、文化祭の時もいろんな人に声かけられてたし、に、にじ……結束バンドも周りも女の子だらけだし」

 

 何を言い出すかと思えば、急に早口になる。

 急に恋バナだなんてクリスマスソングに当てられたとしか思えない。

 

「いや別にモテないしモテた事ないし、なんならモテたいくらいだわ。……ひとりこそ顔良いし、あと、その、顔良いし……他にも、その、顔良いし………………あ、あとギター上手いし、それと……その、顔良いしモテるんじゃない?」

 

「ほ、褒めてるの? 貶してるの?」

 

「褒めてる」

 

「あ、ありがとう……」

 

 危ない危ない。顔が良い以外にモテそうな要素があまり出てこなかったせいか胡散臭くなってしまった。

 いやぁ、ね? 

 他にもエロい体付きしてるよねーとか内心クソほど思ってるけどそんな事本人を前にして死んでも言えないし言ったらパパ活おじさんと同レベルに落ちちゃう気がするから顔の良さとギターのうまさしか浮かんでこなかったんですよごめんなさい。

 

「譲くんは……」

 

「ん、ん?」

 

 内心ドクズな事を考えていたのでリアクションが一瞬遅れてしまう。

 

「わ、わたしのこと、その、顔良いって思ってるの?」

 

 改めて聞くな。

 勢いとノリに任せてふざけて褒めるのと、本人を目の前にして真面目に褒めるのだとハードルが違いすぎるだろうが。

 

「……余裕でかわいいだろ」

 

 死ぬ。

 クリスマスソングに当てられたのは俺の方だったのかもしれない。

 

「──、ぅあわ、あ、あ、あ、ありがとうございますでもそんな滅相もない事言わないでください、あ、お世辞、お世辞ですよねははは真に受けてすみま」

 

「お世辞じゃねーよ」

 

「ぇう」

 

「まあ可愛いとか顔が良いとかなんてのは所詮さ、主観でしかないわけであって。とは言え俺の主観はそんなに現実離れはしていないと思うし、一般的に可愛いとか綺麗だとか言われる人は俺もそう思うし、そこに乖離はないわけであって……」

 

「???」

 

 女の子を褒めることに慣れていないが過ぎるせいか、意味のわからない理屈を照れ隠しでこねる。

 

「まあその、なんと言いますか、主観的にもそう思うし、俺の美的感覚はそう一般とはずれてないと思いますし、一般的に見ても、その、か、かわいい方だろ」

 

「──っ」

 

 ひとりは顔をいつも以上に俯かせた。

 

「そ、そんなに煽てても壺とか買いませんから……」

 

「俺をなんだと思ってるんだよ」

 

「一般的ではない人……」

 

 そうまでして褒められているのを否定したいのか。

 

「じゃあいいや一般論は」

 

「ですよねやっぱり適当に煽てて私からお金を奪い取ろうと──」

 

「主観でかわいいと思ってるから」

 

 ネガティブな発言を繰り返すものだから、ついポロリと口からどストレートな言葉を漏らしてしまい、慌てて引っ込めようとするも言葉というものは一度放り出されたら取り戻せるものではなくて。

 

 俯いて顔のよく見えない彼女は、はっきりと耳まで真っ赤にしていた。

 

 きっと、寒さのせいだろう。

 

 何かに言い訳をするように心の中でそう呟いて俺は照れとよく分からないこんがらがった感情を誤魔化すように階段を降りる。

 

「あ、待っ」

 

 彼女はそう言い慌てて振り返る。

 

「ど、どした?」

 

 俺も慌てて振り返る。

 

 今日は何年振りかの、めでたいホワイトクリスマスだ。

 雪降る夜には魔力がこもっていて、きっと世界中の悩める少年少女達の背中を押す魔法がそこにはあって。

 

 慌ててこちらを見る彼女の足元も当然のように滑りやすくなっている。

 転倒注意、の雑な貼り紙が目に入る。

 

 ふと、虹夏先輩が階段で転けた時のことを思い出す。

 ここでまたぶっ倒れたらあの日の二の舞だと思い片方の手で手すりをぎゅっと握り足に気合と力を入れる。

 新品の革靴の黄色いステッチが目立つラバーソールは、しっかりとグリップを効かせてくれて。

 

 足を滑らす彼女をしっかりと抱えてもなお安定していた。

 腰の後ろに回した右手。

 彼女もグッと堪えて転倒するまでには至らなくて。

 大丈夫だったろう。倒れてはないし、怪我もないし。

 

 ただ、彼女の顔がこれまでにないくらいに急接近していて、転ばないようにと体の末端に意識を張り巡らせていたせいか今この瞬間まで気がつくことがなくて。

 

 間違いなく唇に柔らかい感触がした。

 

 直近で見る瞳は、いつもと違い淀みのない水色だった。

 

 肩越しには雲間から顔を出すお月様と、まばらにちらつく雪が見えた。

 

 そしてこれは──間違いなくファーストキスだった。

 

 驚きと、神がかりのようなバランス感と、離れる事への少しばかりの名残惜しさと、理解できない状況へのフリーズと。

 まあいくつもの要素が重なって、一瞬の間だけ永遠のようにフリーズする。

 それはきっと、彼女も同じだ。

 

 冷静さを取り戻して、ゆっくりと顔を離す。彼女のバランスを確認して身体も離す。

 

 心臓がうるさいくらいに高鳴っていて、それが彼女に聞こえているのではないかと気が気ではない。

 ひとり越しに見える街ゆく人々も、まるで熱々のカップルでも見るかのような笑みを浮かべている。

 

「……ぁ」

 

「わりぃ」

 

 回らない頭とうまく開いてくれない口は、その3文字だけを絞り出す。

 

 何を言えば良いのかわからない。

 

「先、戻ってる。悪い、事故だし気にしないでくれ。とりあえず、怪我なくてよかった」

 

 今までに一度も対峙したことのない感情が胸を裂くように現れる。

 スライムも倒したことのないレベル1の俺にとっては、いきなり出てきたラスボスのような感情に当然向かい合うことはできない。

 選択肢は「にげる」しか選べない。

 ただ一言上手い事を言えれば良かったのかもしれない。

 でもそんな一言を言えるのなら、きっと俺はぼっちじゃないし。

 

 ただ、閉塞されていた感情とか人生とかがやっとこさ解放されて、他人事にしか思えなかったラブソングの無味無臭な歌詞の意味だって、もしかしたら今ならわかるかもしれない。

 

 俺は落ちるようにして階段を駆ける。

 

 心臓が今にもはち切れそうだった。

 あの場面の対処法なんて人生で経験したことがないから慌てて逃げ出してきたが──今考えると悪くない選択肢だったとも思う。

 

 この感情は大事にしたいと思ったから。

 雰囲気とか、ハプニングとかで、結論を出して良いとは思えなかったから。

 

 もしかしたら、これは。

 

 ──俺は初恋とやらに落ちたのかもしれない。

 

 ・

 

 な、何が起こったか説明しよう! 

 クリスマスパーティーから少しだけ席を外した彼を恨めしく思いながら、私もついでにと外に一時退避をすると街中にはカップルが沢山いてテン下げからの怪しいくらいに褒められてうぇへへへへへってなっていたらききききききすをしていた。

 滑って転んだかと思った次の瞬間、イケメンの顔が目の前にあって、きききききすをしていたのだ。

 

 これって陽キャ? でも事故だからノーカン? 

 わからない。

 だいたい彼が何をどう考えているのかもわからない。いや、そもそも人様の考えていることが分からないと言いますか……。

 

 でも、いつもは呪詛にしか聞こえないような、街に流れるクリスマスのラブソングも今だけは聖歌に聞こえてくる。

 烏滸がましいのは分かっている。

 高望みなのは分かっている。

 私なんかが釣り合わないのは分かっている。

 分かっているけど。

 

 初めてまともに話をした男の子で。

 不器用だけど優しくて。

 私の事を、そのままの私を受け入れて、褒めてくれて。

 苦手なはずの沈黙も彼とならいつも平気でいられて。

 他の女の子と仲良くしていると胸が痛くなって。

 こんな私を──認めてくれて。

 

 好きになれない理由がなかった。

 初めて他人を、本気ですすす好きになってしまった、のかもしれない。

 

「ぎぃやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 

「えと、ぼっちちゃーん」

 

「!?」

 

 譲くんが戻ると入れ替わるようにして虹夏ちゃんが現れた。

 

「にににに虹夏ちゃん」

 

「あ、あはは」

 

 混乱する私をよそに、明らかに引き攣った笑みを浮かべる彼女が目の前にいた。

 

「2人とも、付き合ってたんなら言ってよねー」

 

 バシバシと私の背中を叩く。

 付き合ってたんなら言ってよね? 

 

「あの、それって、どう言う……」

 

「ごめーん、実は、さ。その、2人がキスしてるの見ちゃったんだよねー」

 

「……」

 

 頭を少し前に飛ばす。

 体勢を崩して、譲くんに支えてもらって、きききききすをしてしまって──

 

 ──いた。

 

 あまりにも衝撃的過ぎる展開に頭が追いついていなかったが、彼の背中越しに虹夏ちゃんがいた。

 

「ちちちち、ちが、ちがちがくて」

 

「こっそり付き合うなんて寂しいじゃん! めでたい事なんだからさ……」

 

「あの、ほんとたまたま事故で私がこけてお見苦しいところをお見せしてしまっただけでぇ……」

 

「えっ!?」

 

 虹夏ちゃんが顔を突き出す。私はしどろもどろになりながらも口を開く。

 

「あ、転んだ先でぶつかっただけですほんとに」

 

「な、なんだ〜」

 

 そう言うと、虹夏ちゃんは明らかに安堵の表情を浮かべて──

 

 

 私は気がついた。

 きっと、今だから、彼に対して自身の好意を自覚してしまったからこそ気がついた。

 

 虹夏ちゃんは後ろ手に、リボンのついた袋を持っていた。

 それは、きっと私に渡すものでも、星歌さんに渡すものでも無いのだろう。

 

 彼が外の空気を吸いに行って、私はお手洗いに行くと言って。

 その状況であれば、虹夏ちゃんがここに出てくる理由など一つしか無いのは明白だった。

 

 ここに1人でいるはずの彼に、その手に持ったプレゼントを渡すため。

 

 ひゅう、と風が吹く。

 冷たい風だった。

 

 虹夏ちゃんも、彼のことが──譲くんの事が好きなんだ。

 

 側から見てもお似合いだった。

 冷静になる。

 私なんかが、彼と付き合うなんて烏滸がましい考えだったのだ。

 

 虹夏ちゃんの方が、私より可愛くて、明るくて、優しくて、社交的で、良い匂いするし、綺麗だし。

 そんな彼女が──結束バンドに私を誘ってくれた大事な彼女が、彼の事を好きなのだとしたら。

 

 熱が引いていくのを感じた。

 耳まで熱っていたはずの体は、クリスマスの日にジャージで外に出ているのだから当然冷える。

 

 私の初恋は、自覚して数十秒で終わったのだ。

 

「そ、その」

 

「んー? どうしたのぼっちちゃん」

 

「虹夏ちゃんって、譲くんの事、すき、なんですか?」

 

「え……えぇぇぇぇぇえ!?」

 

 今考えれば、なんと分かりやすいリアクションなんだ。

 女の私から見ても、可愛らしい反応だった。

 可愛げのない私と比べると、天と地ほどの差を感じる。

 

「あ、あはは、いやーその好きって言うか……まあ当然バンドメンバーとしては好きだよ!? ただそれはみんなも一緒で──」

 

 虹夏ちゃんと譲くん。

 美男美女カップルだ。

 お似合いだと思う。

 

 寒く悴んだ指先が痛い。

 でもそれよりも、胸の方が痛い。

 

「が、頑張ってね」

 

「え? な、何を!? ぼっちちゃん!?」

 

 彼の隣にいる自分は一度も想像できなかった──した事すらなかったのに、彼の隣にいる虹夏ちゃんはとても鮮明に想像できた。

 

「ちょ、ちょっと早まらないで!!」

 

「あはははバンド内恋愛……あははははははははははははははははは」

 

「なんか怖いし、違うってばー!?」

 

 こうして後藤ひとりは灰となった。




じょう→ぼっち

ドリトス

見事な三角関係だろ?
なんと美しいのだ……


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三十五話 All i want for...

一年あっという間ですね


「はいっ! マッサージ器」

 

 12月24日。

 雪が舞うイヴの帰り道。

 

 ライブの打ち上げはお姉ちゃんの誕生日会も兼ねていたのだが、その時に私だけお姉ちゃんにプレゼントを渡していなかった。

 

「……ありがと」

 

「あと湿布とかアイマスクとか入浴剤とか、そろそろ健康に気を使わないとね!」

 

「ありがと……」

 

 お姉ちゃんには感謝してもしきれないほどだった。だから、今はこれだけでもいつかきっとすごいプレゼントを用意してあげるのだ。

 

「ところで」

 

 プレゼントを受け取ると、徐にお姉ちゃんは口を開いた。

 

「いいのか、それ」

 

「それ、って」

 

 それ、が何を指すのかは分かっていた。分かっていたのだが、あえて惚ける。

 私は彼へと用意したクリスマスプレゼントを渡せずにまだ持っている。

 

「惚けてもバレバレだからな……譲、だろ?」

 

「え、や、あ、違うから!?」

 

 しかしお姉ちゃんには見透かされていた。

 

「どうして渡さなかったんだ?」

 

「それはその、なかなかタイミングがなかったというか」

 

「やっぱり譲じゃん」

 

「あっ! お姉ちゃんずるい!」

 

 誘導尋問とも言えないような単純な問答に、自らハマってしまう。やはり家族に隠し事はできないようだ。

 

「好き、なんだろ」

 

「…………ん」

 

「そうか」

 

 雪が舞う。

 クリスマスムードで浮ついた街の音も、雪に吸い込まれて散っていく。

 頬が熱い。なんなら、耳まで熱い。

 

「そうだ、クリスマスプレゼントのお礼になんだけど、ちょっとスマホ貸して」

 

「え、あ、うん」

 

 図星を突かれた私は突然の申し出に疑問を抱かずスマホを手渡す。

 

「ええと、これか」

 

「お姉ちゃん、何してるの?」

 

「ほれ」

 

 聞き返す間にスマホを操作したお姉ちゃんは、すぐに私に返却した。

 果たして、一体何を──

 

「もしもし」

 

 スマホから男の人の声が聞こえる。

 画面を覗くと、通話が始まっていた。

 通話相手は譲だった。

 

「お、お姉ちゃんなんで急に──」

 

「いいから、話しなよ」

 

 楽しそうにニヤニヤしながら促される。私は突然切るのもおかしい事だと思いスマホを耳に当てた。

 

「あ、じ、譲?」

 

「そうですよ。というか、虹夏先輩から電話かけたんじゃないですか」

 

「ええとその……」

 

 私は話す言葉を準備していなかったため狼狽える。そんな様子を見かねた姉は、私のカバンから顔を覗かせる彼へのプレゼントを指差した。

 

「もう帰った?」

 

「いえ、まだ駅にも入ってないですよ」

 

「ぼっちちゃんは?」

 

「ああ、いつの間にか先に帰ってました」

 

「……そっかぁ」

 

「で、どうしたんですか? 何か忘れ物とか」

 

「……うん、そうかもしれない」

 

「かも、って。大丈夫ですか?」

 

「ううん、大丈夫じゃないから──駅の西口、クリスマツツリーのところにきて!」

 

「え、あ、はい。わかりました」

 

「それじゃ!」

 

 私は耳元からスマホを離すと通話終了のボタンを押した。お姉ちゃんに目を向ける。

 

「ほら、行ってこい」

 

「うん!」

 

 私はそう返事をして、駅の方へと駆け出した。

 

 ・

 

 息を吐く。

 薄く白いそれは大気に溶けるように消えていく。

 

 10年と幾年か生きてきて、恥ずかしながら恋愛とは程遠い人生を送っていた。ピアノだったり、家庭環境だったり、それらにばかり気がとられていた事もあり恋愛と言うものを自ら感じる事は今までになかった。

 まあ、言ってしまえばガキだったと言う話だ。

 

 もちろん今もただのクソガキに違いはない。

 違いはないのだが、改めて自覚した彼女への恋心だけは自分なりに間違いのないものだろうとは思っている。

 

 ひとりとは途中まで帰りの方面が同じだ。

 だから、一緒に帰りたいと思ったのだがいつの間にかいなくなっていた。

 

 ……残念ながら、俺が好きになったのはそう言うやつだ。

 

 しかしどうにも心が落ち着かずに今すぐ電車に乗る気分にはなれなかった。

 コンビニでホットコーヒーを買って、雪降る下北沢の街をただ意味もなく歩く。

 

 そんな時に、突然虹夏先輩からの電話がきた。

 要件はよく分からないが何かを忘れたみたいだ。クリスマスツリーの元で再度、待ち合わせとの事だ。

 

 たまたま近くにいた俺は、ペットボトルのホットコーヒーを口元で傾ける。

 周りはカップルだらけで、いくら待ち合わせをしているとは言え少し気恥ずかしかった。

 

「譲」

 

 声がした。

 聞き慣れた声だった。

 

「どうしたんですか、先輩」

 

 どきりとした。

 シチュエーションがラブコメみたいだったから。

 

 雪降るクリスマスイブの、クリスマスツリーの下。一つ上の美人の先輩は周りの男たちの視線を受けながら真っ直ぐにこちらへと向かってくる。

 間違いなくここの誰よりも綺麗で、素敵な人だとは謙遜なしに思う。

 ……いくら俺に好きな人がいようと、こんなシチュエーションは心が浮ついてしまう。

 

「お待たせ」

 

「今来たところですよ」

 

「今回は気の利いたこと言うんだね」

 

「嘘つけないだけですよ」

 

「……ふふっ、しってる!」

 

 なんだこの破壊力は。

 おいおい俺は早速複数人の女性に惚れるのか? 恋愛に目覚めた瞬間そんな獣みたいになっちまうのか? 

 いや、虹夏先輩が可愛いのが悪い(責任転嫁)

 

「で、忘れ物って一体なにを──」

 

「これ!」

 

 ぼすん、と。

 胸元に紙袋を突きつけられる。

 

「え、え?」

 

「この間のお返し。まあ、今日は私がサンタさんって事で」

 

 脳がフリーズする。

 

「……」

 

「いや、何か言ってよね」

 

「これって」

 

「だから、この間ちょっと早めのプレゼントもらったから、そのお返し」

 

 虹夏先輩はそっぽを向きながら照れ隠しのように矢継ぎ早にそう言った。

 

「や、でも、あれはそもそも俺のお詫び的な部分もあったのでお礼なんてそんな」

 

「いーから、あげる」

 

「……あ、ありがとうございます」

 

 胸元に押しつけられた紙袋を受け取る。

 中には二つ、ラッピングされたものが入っていた。

 

「その、開けても良いですか?」

 

「うん」

 

 俺はその二つのラッピングを丁寧に解くと、中にはグレージュ色の手袋とマフラーが入っていた。

 

 嬉しかった。

 

 ただただ単純に嬉しかった。

 

 そう言えば、きっと、誰かから本物のクリスマスプレゼントをもらったのは、これが初めてだったろう。

 

 でも、だからこそ。

 

 俺はどうしようもなく複雑な感情を拭いきれなかった。

 

 胸の奥がきゅっと痛くて、でもそれはどうしようもなくて。

 いくらバカな俺でも、たとえ勘違いだとしても、邪推だとしても。

 

 自身やっとその気持ちに気がついたからこそ分かることがある。今までは勘違いだと考えていたそれは、自分自身の経験でやっとまともな視線で見られるようになったから。

 自惚れかもしれないが、きっと。

 

 ──きっと虹夏先輩は俺のことが好きだ。

 

 先輩の目を見ると、今までの行動の節々を振り返ると、そう思えてしまう。

 だから、どうしようもないくらいにやるせ無い気持ちになった。

 

「……ありがとうございます、ほんと、めっちゃ嬉しいです」

 

「あはは、なんか照れるね」

 

「本当に、クリスマスプレゼントでこんなに嬉しかったのも、俺のことを考えて選んでもらったのも、初めてだったので。嬉しすぎてなんて言えば良いか」

 

「言い過ぎだから! 照れる!」

 

 虹夏先輩の声音はどこか上擦っていた。

 もしこれが、昨日だったら。

 もしこれが、前に2人で出かけてた日なら。

 俺は虹夏先輩のことを好きになっていたのかもしれない。

 

 だって、こんなに素敵な人のことを俺は他に知らないから。

 

 だからこそ、俺は正解が分からなかった。

 そもそも彼女が本当に俺のことを好きなのかは、言葉にされないと確定しない。

 でも、言葉にされると俺は断らなければならない。

 だとすれば、俺は彼女にそれを言わせてはいけない。──思わせぶりな態度を取ってはいけないのだ。

 

「あ、あのね、譲。実は──」

 

 彼女は意を決したように、息を吸い込むと口を開いた。

 だから俺は、意図的に遮ることにした。

 今その先を言われたら、どうすれば良いのか分からないから。

 

「虹夏先輩」

 

「うぇっ!?」

 

「本当にこれ、嬉しいです。ありがとうございました」

 

「ああ、いやそれ程でも……」

 

「今日、お姉さんとお家でも祝ったりするんですか?」

 

「え、まあ一応ね!」

 

「なら、早く帰った方がいいですよ! お姉さん待たせてるんですよね? 心配してますよきっと」

 

「まあ、そう……だね」

 

 遮って正論ぶって言葉を無理やり押し付けると、虹夏先輩は少しだけ寂しそうな顔をする。

 

「俺も寒くなってきたので、折角いただいたマフラーと手袋つけて帰ります」

 

 彼女に言わせてしまったらきっと、今のこの居心地のいい結束バンドの、邪魔をすることになってしまう。

 どうすれば良いのだろうか。

 

 最早、俺の小さい脳みそじゃ分からない。

 

「それじゃあ、また」

 

 そうして俺は、慌てるようにして駅へと向かう。

 

「待って」

 

 虹夏先輩は服の袖を掴む。

 俺は足を止める。

 

「譲は、さ」

 

 俺は振り向かないまま彼女の言葉を待ってしまった。

 

「ぼっちちゃんの事、どう思ってるの?」

 

 それは、告白の次に今聞きたくない言葉だった。




ちなみにまだ虹夏ちゃん負けたわけじゃねーから安心しろよな!


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三十六話 抱きしめたい

年始から風邪ひいて辛い


 

「ぼっちちゃんの事、どう思ってるの?」

 

 それは、告白の次に今聞きたくない言葉だった。

 

 右手首あたりの袖は背後に居る彼女に握られていた。その感触から、俺は意味もなく2人で出かけた水族館を思い出す。喧嘩したこと、楽しかったこと、幻想的なクラゲ、三角関係のペンギン。

 

 あの時と今との違いはといえば、暗がりの中で俺たちの半身を照らすクリスマスツリーが仰々しく煌めいている事と、1年間で1番浮ついているであろうこの街の喧騒が騒がしくて、気温自体は低いくせに妙に暖かいところであった。

 

「どうって、友達ですよ」

 

 宙を舞う雪が鼻先に落ちる。

 自身の体温でそれはすぐに溶けて湿り気を感じた。

 絞り出した俺の声は、今日の気温と同様に冷たいモノだ。

 

「……そう言うよね」

 

 彼女の発したセリフと声音からは、俺のリアクションが予想通りとも期待外れともとれた。

 うまく誤魔化せたのだろうか、それとも彼女を失望させてしまったのだろうか、俺にもよくわからない。ただこの選択はこの場をやり過ごす上では悪手ではないと思っていた。

 だけれども、彼女は俺が思うよりもとても強い人だった。

 

 彼女は握った俺の右手首の袖をぐいっと引っ張る。

 俺は後ろに引かれるような形になって一歩だけ後退する。

 

「じゃあさ、私は」

 

 彼女の声が、音が近づいた。

 ふわりと暖かくて、後ろからぎゅっと優しく包み込まれる感触。

 

 彼女は両腕は俺の体の前に回されていた。

 背後からこちらの肩口にその顔を埋めていた。

 俺はマフラーの横に彼女の熱を感じた。

 

「私は」

 

 右耳のすぐ横から声が聞こえてきてくすぐったい。

 苦しいくらいに胸が熱くなる。

 

「ただの友達?」

 

 こんな辛い気持ちになるのなら、誰かを好きになんてならなければよかったのに。

 大切な結束バンドのメンバー。ひとりと、虹夏先輩。

 今ここで何をすれば正解なのかは分からなかった。

 

 でも、1番に選ばなければならないのは、結束バンドを大切にするという事だった。

 

 だからこそ俺は決意する。

 全て正直に話すことを、そして彼女達を──虹夏先輩を信用することを。

 

「虹夏先輩のことは友達以上に大切です」

 

「──ぅん」

 

「ちなみに今から俺、結構最低なこと言いますよ」

 

 と、言うよりかは。

 バカでコミュ障で陰キャでどうしようもない俺は、無駄に考えるよりも本音でぶち当たるしか誠実になれる方法がわからなかった。

 

「……うん?」

 

「全部ちゃんと本音を言いますし、わがまま言います」

 

「な、なに……怖いんだけど」

 

 背後から抱きしめる腕に力が入る。

 柔軟剤とシャンプーの香りがほのかに漂い鼻腔をくすぐる。

 

「虹夏先輩は俺のこと好きですか」

 

「え、今それ聞く?」

 

「許してください……コミュ障なんで聞かなきゃ確信できないモノなんですよ……」

 

「……そこはさ、察して」

 

「は、ひゃい」

 

 突然の低い声と背後から感じる恐ろしいオーラに身を引き締める。

 ひゃいってなんだよ。この後に及んで恥ずかしいリアクションをしてしまった。

 

「……俺も、正直に言って虹夏先輩のことは好きです。それはもちろん異性としてですし、付き合いたいくらいにです」

 

「じゃあ──」

 

「でも俺さっき、嘘つきました。ひとりのことをただの友達って言ったんですけど──」

 

 先ほどは誤魔化すようにして隠匿した本音の話だ。

 それは今日の今日で自覚した、自分でも驚きの事実。

 

「──本当は彼女のことが好きです」

 

「っ!」

 

「だからそんな気持ちで先輩と付き合うことはできません」

 

 虹夏先輩の表情は突然見えない。ただ、回された腕は解かれることは無かった。

 今1番辛いのは俺を抱きしめている彼女のはずなのに、その言葉を口にすることは俺にとってもどうしても辛かった。

 だけれども。

 

「──でも俺はひとりにこの気持ちを伝える気も、付き合う気もありません」

 

「……え」

 

 先輩の声は震えていた。

 表情は当然見えない。

 この時ばかりは自分が今までコミュ障を言い訳に人間付き合いから逃げていたせいで、人の気持ちをうまく汲み取れなくなってしまった自分を恨んだ。

 

「今は結束バンドのメンバーとして、みんなと一緒にいることが1番好きです。だからこの関係を壊す気は無いです」

 

「……」

 

 先輩は沈黙する。

 それもそうだろう。

 俺は相当に都合のいいことを言っているのだから。

 

「だから今は誰とも付き合う気も──」

 

「やだ」

 

「え?」

 

 俺は予想外の言葉にあわてて振り返る。彼女も俺を抱きしめる手を緩めて、今度は向かい合う形になる。

 虹夏先輩の頬には雪が舞い降りていて、溶けたそれが一筋に溢れた。

 

 彼女の顔がいつの間にか目前にまで迫る。

 

 そして──

 

「っ!?」

 

 唇に柔らかい感触。

 

 今日のひとりとのアレが事故であるのだとすれば、これは事故なんかじゃなかった。

 本物のキス。

 

 ……1日に2人、違う人とキスをするだなんて。俺は最低な野郎だ。

 

「私ね、欲張りなの」

 

「せ、先輩、いま」

 

「結束バンドも大事だし、ひとりちゃんも大事。だから、結束バンドでデビューしてみんなで大きな舞台にも立つよ。それに」

 

 彼女の目元は赤らんでいた。

 だが、その瞳はしっかりと俺を捉えて離さない。

 目の前にいるのは誰よりも強く誰よりも魅力的な女の子だった。

 

「──それに、譲にとっての1番になるから」

 

 あーあ。

 やめてくれ。

 好きになっちまうだろ、そんな事言われたら。

 

 何も言えずにあたふたしている俺を見て、彼女は微笑んだ。

 ぼすっ、と胸元に優しく拳をぶつけられる。

 

「だから今日のところはこれで納得してあげる。でも、私は譲と付き合いたいし、結束バンドも続けたい──その気持ちに嘘はないから!」

 

 そう言うと虹夏先輩は気恥ずかしそうに駆け足で俺から距離を取る。

 そして、振り返ってもう一言。

 

「私のこと、好きでたまらなくさせてやる」

 

 彼女は最後にそれだけを残して、その場を去っていく。

 後ろ姿は健気なヒロインなんかじゃなくて、俺なんかよりも相当格好のいい主人公の姿にしか見えなかった。

 ……ただ、さっきのセリフを言った後に、恥ずかしかったのか変な顔してたな。

 

 俺はその場から動けずに去っていく彼女の背中をぼうっと眺めていた。

 その姿が見えなくなってからどれくらいたっただろうか。

 

 ついさっき、初恋を感じたばかりだと言うのに。今やもう揺らぎ始めている。

 ずるいんだよ。

 だって、2人とも俺には勿体無いくらいに魅力的だから。

 

 自分でももうわからないくらいにぐちゃぐちゃになった感情。一言じゃ言い表せないほどに、いくつも絡まって最早解けないほどになる。

 俺はその場にヘナヘナとしゃがみ込んだ。

 

「……ずりーよ、あの人」

 

 今日このクリスマスイブは多分一生忘れることのない日になるだろうと、そんなことを考えた。

 

 ・

 

「おねーちゃぁぁぁん」

 

 帰り道で待つ姉の姿を見つけて、色々我慢していた堤防が決壊してしまった。

 彼も本心を全部ぶちまけて、だから私も全力でわがままを言った。

 

「……頑張ったな」

 

「うん」

 

 お姉ちゃんはそんな私を優しく抱きしめてくれた。そんな優しさのせいで、先程まで我慢していた涙が溢れて止まらない。

 

「だめだった」

 

「そうか」

 

「でもまだチャンスあるみたい……」

 

「は?」

 

「だから頑張るぅぅ」

 

「んん?」

 

 彼は私と付き合えないとはっきり告げた。

 ぼっちちゃんのことが好きだとも言った。

 ──だけれども、今は誰とも付き合わないともはっきり言ったのだ。

 

 だから精一杯の強がりでの宣戦布告だ。

 

「なに、あいつクズなの? よし殺そう」

 

「そこまでしなくて良いよぉ」

 

 それに、最後に見た彼の表情。

 あれは少なくとも私に揺らいでいる──そう思った。……そう思いたい。

 

「私のこと、好きにさせてやるって言ったの」

 

「お、おお……大胆だな」

 

「満更でもなさそうだったよぉぉ」

 

「まあ虹夏にそんなこと言われたら当然だ」

 

 珍しくツンデレのお姉ちゃんが、今日は私にデレデレだった。

 

「とりあえず帰るぞ。こんな寒い中で泣いてたら風邪ひくだろ」

 

「う"ん」

 

「あ、こら鼻水垂れてる」

 

「おねーちゃぁぁぁん」

 

「まったく……面倒くさいことしてるなほんと」

 

 ほんと、面倒なことにしてしまった。

 でも後悔はない。

 だって初めてこんなに人を好きになれたから。

 

「あーゆータイプの男は押せば落ちる」

 

「ほんと?」

 

「ほんとだ」

 

「……じゃあ頑張る」

 

「いざとなったら私がぶん殴りに行く」

 

「そこまでしなくていいよぉ!」

 

 お姉ちゃんは、やっぱり優しい。

 




虹夏ちゃんかわいいよ虹夏ちゃん


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