日本喰種 (モッティ)
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日本喰種

 

 1978年、財閥解体後も再結集し依然として日本社会に確固たる地位を築いていた月山グループ傘下の研究所にて、一つの革新的な技術が発表された――人工食物生産システムの確立である。

 人工食物とは、有体に言ってしまえば培養人肉であり、これは専ら喰種のために生み出されたといっても過言ではなかった。

 そのため、開発当初より内外から激しい批判を受け、一時は研究の無期限凍結まで危ぶまれたが、月山グループの上層部が異常なまでの熱心さで研究を推し進めたことにより、システム確立にこぎつけた。

 生産システムには高コストというデメリットがあったが、これは一旦月山グループが負担する形で治め、後に政府の負担となった。

 

 

 日本政府は即日記者会見を開き、月山グループの活動を最大限に支援し、さらなる研究支援と喰種対策法の改正を約束した。

 これは月山グループ並びに関連企業からの圧力と、月山家当主月山観母氏と時の内閣総理大臣の個人的な友誼による根回しで、改正法案を国会へ提出した当初は野党から相当な突き上げがあったものの、

 

 

「これで喰種の影に怯えずに済むようになる」

 

 

 という総理大臣の一言により、民意に押される形で法律が成立し、翌1979年、喰種対策法改め喰種保護法が施行された。

 懸念事項であったC.C.G(喰種対策局)の反発も、総議長であった和修常吉の改正案支持によって、一部離職者が出た程度で済んだ。

 法案の内容は改正以前とは大きく異なり、喰種の権利をある程度認めるものとなったが、あくまで最低限の衣食住の保護にとどまり、依然として喰種を基本的人権の適用外としていた。

 居住移転の自由については一切認めず、政府の管理する居住区(口さがない者は強制収容所と呼んだ)に押し込め、これを拒否した喰種は容赦なく駆除(・・)された。

 

 

 法案施行により政府の負担増と引き換えに喰種被害が劇的に減少し、多くの市民は喜んだが、それ以上に喜んだのは喰種であることは間違いない。

 人類種の天敵である喰種が、何故天敵となったのかは言うまでもなく、人肉を捕食してRC細胞を摂取しなければ生命活動が維持できないためである。

 その前提が崩れれば、一部の過激派を除き、人工食物にありつきたいと考えるのは自明の理であった。

 喰種がみな、好き好んで人を殺したいと思っている訳ではなかった。

 例え仮設住居に押し込まれ、最低限の衣服しか与えられず、一か月に一度しか食物が供給されないとしても、それまでの生活に比べれば遥かにマシだった。

 そして何よりも、生きていることを許される、その夢のような現実を実感した喰種達は狂喜乱舞したのである。

 

 

 

 

 だがその現実は、あくまでも日本国内に限ったものであり、国際社会は依然として喰種排除を悲願としていた。

 喰種との共存という歴史的ニュースが世界中に飛び交っても、世界各国は腰を上げるそぶりすら見せなかった。

 海外に居住する喰種達の絶望は計り知れない。

 希望を打ち砕かれた彼らの目線は、もはや自国にはなく、日本に向けられていた。

 

 

 一度夢を見た人間を止めることは難しい。

 力を持った喰種ともなれば尚更である。

 当然というべきか、必然というべきか、改正法案可決から間もなくして日本列島へ向けて大量に海外喰種の不法入国が相次いだ。

 人口過密地帯である中国大陸。

 地理的に近い朝鮮半島、台湾、極東シベリア。

 東南アジアからボートで乗り込んでくるのはまだかわいいもので、遠くアメリカ西海岸からアラスカ、オホーツクを経由して泳いで渡ってきた猛者まで実在する。

 

 

 これら招かれざる客達の増加に伴い、比例して犯罪件数は飛躍的に増加した。

 喰種保護法の適用はあくまで日本国内の喰種に向けたものであり、海外喰種にまで適用できるほどの法整備はなされていなかった。

 適用を日本国籍を持つ者に限定するという意見もあったが、そもそも日本の喰種にさえ日本国籍を持つ者が少ないという事実から却下され、日本政府は事態の収拾になりふり構わず強硬手段を取ろうとした。

 C.C.Gに丸投げしたのである。

 当時の混迷ぶりが分かる迷采配だった。

 

 

 C.C.Gからしても余りにも過度な要求と言わざるを得なかった。

 そもそも日本国内の喰種居住区の管理は全てC.C.Gの管轄とされ、人手が足りないところに今度は海外喰種の取り締まりである。

 手足が六本も八本もあって、なお足りないだろうという惨状だった。

 

 

「喰種の赫子でも借りたい気分だね」

 

 

 とあるC.C.G局員の発言とされるそれは、もちろん冗談のつもりで発したものだった。

 しかし、前述の通り人手は全く足りていなかったし、日本政府はなりふり構っていられなかった。

 

 

「事ここに至り、我々は、種族の垣根を越えて、一致団結する必要に迫られているのであり、賢明な喰種諸君に、日本喰種としての義務を果たして貰いたいと思っているわけであります」

 

 

 これは総理大臣の、「喰種保護法第15条」追加法案を国会に提出した際の演説を一部抜粋したものである。

 第15条は、簡単に言えば海外から来た「渡来喰種」の侵略に在来の「日本喰種」をぶつけて対抗する、言わば(日本喰種)を以て(渡来喰種)を制すことを指すものであった。

 新たにC.C.Gの中に日本喰種採用枠が追加され、通常の職員とは隔離された部隊が編成された。

 居住区から徴兵されたのはいずれも腕の立つ喰種で、人品には一切考慮されていなかった。

 ちなみに「日本喰種」なるものの定義は、

 

 

「日本に生まれ、日本を愛し、日本のために死す」

 

 

 などという至極曖昧で滑稽なものであった。

 このような、前時代的であり時代錯誤的な定義に鼻白む者は少なからず存在したが、どうせ死ぬのは喰種であり、こうでもしなければまた喰種に怯える生活が来ると言われてしまえば、掌を返して賛同した。

 

 

 日本喰種に義務を与えた政府は権利を与えることも忘れなかった。

 功績が認められた喰種には褒賞として基本的人権が与えられ、一親等と配偶者には居住区からの外出さえ許すとした。

 日本政府としては、一刻も早く彼らに日本に対する帰属意識を持って欲しかったのである。

 そもそもの喰種の性として、徹底的な個人主義と利己主義があった。

 これまでの彼らの生活からすれば当然のことではあるが、曲がりなりにも人間と共存していく以上、これらの要素は無くせないにしても可能な限り薄めておきたかった。

 

 

 士気が高い彼らの目の前に更に飴がぶら下がったことにより、新設された喰種部隊の働きは鬼神もかくやというものだった。

 その働きで多くの渡来喰種が駆除され、辛うじて生き残った者も特別収容施設コクリアに監禁された。

 栄光を以て凱旋した彼ら日本喰種達を、同胞である喰種は称え、人間ですら手放しで称賛した。

 

 

 その中でも際立った功績で名を挙げ、名誉日本国民第一号として英雄となった者が芳村功善である。

 彼は共食いにより赫子を身に纏う赫者となった変異種であり、実力は他の喰種より頭一つ抜けていた。

 一人娘の教育を受ける権利のために自ら志願した彼は、その後も各地の戦場を転々とし、日本喰種達の立身出世の象徴として生ける伝説となる。

 

 

 

 だが、渡来喰種の不法入国の増加に伴い彼らの奮闘もその勢いを失っていくこととなる。

 世界各国は日本に喰種が逃げ出していくのを見て、これ幸いと国営メディアに圧力をかけ、日本列島が喰種の楽園であると印象付け、情報弱者である喰種達にも簡単に伝わるように報道し、焚きつけた。

 清浄化(・・・)していく祖国を恍惚の表情で満喫する彼らに、日本政府も手を拱いて見ていたわけではない。

 外交ルートを通じて連日抗議を繰り返していた。

 だがそれらは全て意味を為さず、意趣返しのように飛行機に満載になった喰種達を観光と称して送り付けた。

 

 

 日本政府は激怒したが、それよりも遥かに激怒したのが日本喰種達である。

 自分たちが血と汗で築いた人間たちとの信頼をいとも容易く破壊して回る渡来喰種達は彼らにとっては不倶戴天の敵であった。

 

 

 日本政府の思惑通り、日本喰種達は日本に対する帰属意識を確立するに至った。

 しかし、歴史を知る者にとっては自明の理だが、一度権利を得た者がその権利を奪われようとする時、彼らは苛烈な手段と意思を以て抵抗する。

 どん底から這い上がってきたなら尚更であった。

 

 

 

 日本喰種は、ナショナリズムをも得てしまったのである。

 

 




盛大に続かない


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芳村華音と半喰種

続いちゃった(困惑)



 

 

 

 俺は最も幸福な時間とは何かと問われた時、必ず三つ挙げる。『最も』と『三つ』とは矛盾していやしないかと言われようが三つと答える。

 一つ目は娘との団欒。

 二つ目は妻との逢瀬。

 三つ目は親父の淹れた珈琲を味わう時だ。

 

 俺は今、三つ目の幸福に舌鼓を打っている最中だ。

 退職した親父の開いた喫茶店──あんていくは中々に評判が良い。その理由の半分は英雄である親父を見るため。もう半分はこの珈琲の美味さだ。

 喰種居住区内部にあるにもかかわらず、人間の常連客さえいる程の腕前だ。

 現に今だって人間も喰種も混じって親父の珈琲を堪能している。

 このあんていくは言わば、人間と喰種の共存の象徴とも言える。

 流石は俺の親父、引退しても両者の友好の架け橋になっている。

 

 威厳のある往年の姿とは打って変わって好々爺然とした風貌となってしまった岳父に、こんな親父もカッコいいなと思いつつ、俺は不意に時計を見た。

 時刻は丁度午後3時を回ったところだった。

 いつもなら指定された時間を30分もオーバーされたら赫眼を抑えきれずに怒り出すところだが、親父から珈琲を追加でサービスしてもらった俺はいつもより2割マシで上機嫌だった。

 

 

「──続いてのニュースです。今日午前未明、長野県上田市山中にて男性複数の惨殺死体が発見されました。

 死体の状況から、警察は渡来喰種の犯行と見て、C.C.Gと協力し現場の──」

 

 

 嫌なニュースが流れたので、結局は機嫌も元通りとなったが。

 

 さて、そうこうしているうちに待ち人はやってきた。

 カランコロンと鈴の音と共に現れた男は、還暦間近の白髪頭だ。

 男は帽子を取って俺に会釈し、続いて親父にもした。

 

 

「待たせて済まないね、華音(カノン)君。

 功善さん、コーヒーを一杯」

「砂糖無しのミルク少なめだったね、嘉納教授」

「いや、今日は砂糖もお願いしたい。

 困難な仕事の後には、脳が糖類を欲しますからね」

 

 

 嘉納と言われた男は俺の左隣に座った。

 目線は俺にではなく、顔の真っ直ぐ目の前に固定されている。

 どこを見ているかはわからないが、俺は常々、この目は物質ではなくいつだって実態のない未来を見据えようとしているんじゃないかと思っていた。

 

 

「半喰種化手術、成功したよ」

 

 

 爆弾が投下されても俺は変わらず、落ち着き払って珈琲を啜った。

 

 

「あんたなら、成功するだろうな」

「お褒めいただきありがたいが、別に私は全能の神ではない。

 もう少し驚いてくれた方が、事の困難さを実感できるんだがね」

「人工食物開発の功績に飽き足らず次は半喰種化手術成功の偉業を達成した人だ、もう何を言われようと驚きゃしないぜ」

 

 

 嘉納明博は、今や日本の教科書に載るほどの有名人物だ。

 それは、この男こそが人工食物開発を成功へと導いた天才研究者だったからだ。

 当初、嘉納はこの事実を秘匿し、月山グループにその栄誉を全て与えて本業の喰種研究に戻ろうとしたが、偽りの栄光を誇って悦に浸るのを良しとする月山グループではなく、早々に嘉納の貢献を発表、日本中から称賛の声を浴びるに至る。

 おかげで私の求めた再生医療研究も認められたから、御の字かな──照れ笑いを浮かべて親父にそう話していたのを、よく覚えている。

 

 そんな嘉納にC.C.Gから協力要請が入ったのは去年のこと。

 それは人間を喰種に変える半喰種化実験の研究に対するものであり、元々の専門は喰種だったから、彼は進んで要請を受け入れた。

 C.C.Gが嘉納を選んだのはベストな選択だった。

 僅か一年と少しで成功に漕ぎ着けたのだから。

 

 

「君にその被験者の訓練をしてもらうとしても、かい?」

 

 

 嘉納の発言に、俺は顰め面を隠さなかった。

 

 

「……後進を育てるのは嫌いじゃないが、俺である必要はねぇだろ。

 もっとマシな人材だって、探しゃ見つかると思うが?」

「見つからないね、なんせ彼は隻眼だから」

「愛支……は出張中、他の隻眼連中は地方の所属、この居住区では現在隻眼は2名、うち1人は子供──なるほどな、俺しかいねぇ」

 

 

 半喰種の教育は半喰種に。

 単純思考のバカと思わなくもないが、どうせ上の考えだ、嘉納に当たっても仕方がない。

 ここは素直に応じるとしよう。

 

 

「分かった、引き受ける。

 上からはすぐにでも辞令が来るんだろ?」

「術後の経過観察として一週間は安静にしなければならないだろうから、その後だね。

 一応念のために情報は渡しておくが」

 

 

 嘉納は胸元から写真を2枚、机に置いた。

 一つはまだ幼さの残る青年が写っていた。恐らく大学生くらいだろう。

 もう一つは病院服に身を包んだ彼のものだ。術後に撮影されたのだろう、左目には赫眼が現れていた。右目は至って普通に見える。

 外見からは、普通の半喰種に見えた。

 

 

「名前は金木研という。

 早くに父を亡くし、母子家庭で育つが小学生の時に母が過労死。

 母方の叔母に引き取られるも反りが合わず、自立したいと思っていた矢先、区内のC.C.G施設で献血に協力して適正が極めて高いことが確認された。

 そこから更に適性を見極め問題ないと判断され、実験を受ける運びとなった。

 無論当人の了解は得ている、守秘義務についてもだ。

 元々本の虫だったこともあって体を動かすことには慣れていないが、戦意はある……君に求められていることは、新人の訓練よりも遥かに神経を使うものだろう。

 だが、並外れた実力と優しさに満ちた君になら、安心して彼を任せられる。

 是非、やり遂げてもらいたい」

「別に構わんよ、新人イビリは慣れたもんだ、一端の戦士に鍛え上げてやる。

 ……もしダメそうなら、『骨』を使うまでのことだ」

「──華音」

 

 

 黙って聞いていた親父は、昔悪さをした俺を叱りつけた時と同じような目で俺を見つめた。

 昔ならビビり散らかしてたが、おっさんになった今ではどうということもない。

 怖いことには変わりないが。

 

 

「分かってるさ親父、言っただろ、ダメそうな時に限るさ」

「そうだとしても、『あれ』は元人間の一般人には、些か荷が勝ちすぎる。使わないで済むならそれに越したことはない」

「俺だってそう思うよ、身を切るのは俺だって同じなんだからな」

「お前が『赤備え』隊全員に骨を振舞っていなければ、素直に信じられるのだがね」

 

 

 鼻を鳴らして珈琲を呷る。

 

 

「それもこれも会ってみんことには、な」

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 10日後、俺はC.C.G本部に呼び出された。

 嘉納から言われた通り、俺は金木の教官として今日から付きっきりで訓練するらしい。

 また、金木のような手術で後天的に半喰種となった職員のことをクインクスと呼称することが決まり、手術もクインクス化施術と改められた。

 赫胞をプラントする場所がケースか体内かという違いで、似通っているため呼称もそれに倣ったそうだ。

 

 既存のクインケだけではなく、喰種の運動能力と赫子を人間も使えるようにならないかという要望で生み出されたクインクス第1号である金木研は、昨今の逼迫した状況を打破する起爆剤の先駆けとなるように期待されている。

 故に、実戦経験豊富で同じく隻眼である俺に白羽の矢が立ったという訳だ。

 損な役回りか役得かは、会ってみなければ分からない。

 

 

 C.C.G喰種職員の証である大楯に髑髏の描かれたバッジ、それも金色に飾りつけされた意匠を胸に光らせて、俺は本局局長室への廊下を歩いていく。

 あともう少しで局長室、というところで、俺は人間の先輩捜査官に鉢合わせした。

 特徴的な眉毛に大柄な体、篠原特等だ。

 

 

「よう、華音ちゃん」

「その呼び方やめてって毎回言ってんでしょ、篠原さん」

「女の子みたいだから、だろ? 蓋を開けりゃこんな筋骨隆々の金髪色黒ピアス開け男だからなー、新人をお前に紹介する時は面白くて仕方ないよ」

「いいご趣味をしておいでだ」

 

 

 この人は俺たち喰種職員にも分け隔てなく接してくれるから、俺は気に入っている。大体の特等は喰種職員に対して差別意識はないものの、高齢の職員の中には喰種保護法適用以前から最前線で戦ってきた者もおり、俺たちに対する当たりも強い。

 ヒラも含めた大多数の職員は、俺たちに会えば対応を変えるものだ。

 政府が幾ら宣伝したところで、結局は異種族であることに変わりはない。

 当然と言えば当然だが……面白くはない。

 

 

「親父のクインケの調子はどうですか?」

「端的に言って最高の一言さ。近距離中距離遠距離何でもござれのクインケなんか早々ないからな。

 流石は英雄芳村功善の赫胞だ」

 

 

 関東所属の特等捜査官には、親父の赫胞を使った特別なクインケが支給される。

 退職して喫茶店を開いた親父は、長年勤めてきた古巣の要望に応え、健康に悪影響が出ない範囲で定期的に赫胞を提供している。

 

 クインケは喰種の赫胞から作られるものであり、赫胞の獲得手段は渡来喰種から奪うか、日本喰種から提供してもらうかしかない。

 渡来喰種の駆除数も増えて赫胞の供給も増えてはいるものの、戦闘によってクインケを使い潰す例も多々あるため、日本喰種から融通してもらうことは必須だ。

 戦闘に向かない平和思考の喰種の中には、質の良い赫胞の提供の多さによって功績を認められ、基本的人権が認められた者もいる。

 霧島新さんがその良い例だろう。

 

 赫胞の摘出は喰種にとって、時に死の危険すらある大事だ。しかし、彼は家族の権利のために生死の境を彷徨うような場面を何度も経て、赫胞の大量提供を達成した。

 彼の甲赫を用いた甲冑型クインケのおかげで、特等・準特等捜査官の死亡率2割減という快挙を成し遂げられたのだ。

 尤も、減ったところでまだ30%もあったが。

 

 

「そういや、俺の甲赫を使って特等専用の甲冑を作ろうって話があるとか聞いたんですけど」

「大真面目に検討中さ、お前の赫子は反則級に堅牢だし、アラタの甲冑も数が限られてるからな。

 現役バリバリで活躍してるお前の穴を埋められる人材を見つけられれば、の話だが」

「それ、無理っつーことでしょ?」

「いや、分からんぞ、最近の若いのは腕の立つ奴が揃ってる。人も喰種もな……もちろんお前と愛支ちゃん含め」

「当然ッスよ、俺も愛支も親父から英才教育を受けてるもんで」

「『隻眼夫妻』は今や日本最強のカップリングだな。個人戦なら有馬が一番だろうが、集団戦ならお前らのペアに軍配が上がる」

「人間のくせにタイマンで俺達に勝てるチートとか、それこそ反則でしょうよ。

 あれで喰種の血が入ってないってんだから、つくづく人間は侮れないです」

「──ごほん」

 

 

 わざとらしい咳払いに顔を見やると、篠原の背後に男が立っているのが見えた。

 黒髪を肩まで伸ばした髭面の男、本局局長和修吉時。

 俺を呼びつけた人物だった。

 

 

「ありゃ、長話で引き留めちゃったね、俺はここらで失礼するよ」

「ええ、また今度ね」

 

 

 篠原は俺と局長に会釈をして去り、篠原が立っていた場所に局長が立った。

 腕時計の針は、10時45分を指している。

 

 

「まだ時間の余裕はありますが……早いほうが良かったですか?」

「急かしている訳じゃないが、善は急げとも言うからね。

 着いてきたまえ」

 

 

 手招きされるままに後を着いていった。

 着いた先は呼ばれた局長室ではなく、その手前の会議室だった。

 中にいたのはただ一人、件の金木研だった。

 

 

「和修さん、その方が……?」

「そうだ、君の教官となる芳村華音君だ、自己紹介を」

「は、はい。

 初めまして、金木研といいます。

 半喰種化手術を受けて、半喰種になって、その──」

 

 

 しどろもどろになっている金木の発言を手で押さえる。

 

 

「大体の事情は把握してる、お前がどういった経緯で志願したかもな。

 お前を金バッジ取れるくらいにビシバシ鍛えてやる。

 今のうちに覚悟しとけ」

「金バ……あ、はい! よろしくお願いします!」

 

 

 見たところヒョロヒョロとしたモヤシっ子で、格闘技の経験もなさそう──というよりかは運動自体が苦手な感じだ。

 こいつは時間がかかりそうだ、まあ、鍛え甲斐があって伸び代があるって考えるか。

 

 

「もう体は動かせるんだろ? 

 ついてこい」

「は、はい!」

 

 

 業務に忙しい局長を抜きにして、俺と金木は少し離れた訓練施設に向かった。

 

 

「移動中に説明をするから頭に叩き込め。

 まずはバッジの説明からだ。

 俺の胸についているこのバッジだが、みんながみんな金色って訳じゃない。

 このバッジは金銀銅の三種類に分けられていて、銅は適性検査試験に合格していない一般喰種職員、銀は適性検査に合格し任務遂行時以外でも外出を認められた喰種職員、金は功績が認められ基本的人権を獲得した喰種職員を意味してる。

 適性検査っつーのは、簡単に言えば人間に協力して任務を遂行できるかを見極めるものだ。

 普段の言動、人間に対する態度、任務への姿勢、実力、愛国心の有無……こういうのを現場職員からの聞き取りや監視、筆記試験や実技試験などで3年かけて判断し、合格か不合格かを通知する。

 合格の場合は即日銀バッジが交付され、不合格ならその後一年間は適性検査は実施されない。頭を冷やして出直せってことだ。

 ま、お前の場合は元人間だし関係ない。基本的人権も据え置きだしな。

 

 銅バッジは大体が訓練課程を終えてすぐの喰種だ。任務が下されるまではそれぞれの所属する居住区から外出することは許されず、任務時以外は専ら居住区内の治安維持に当たる。

 銀バッジは基本的には人間のC.C.G職員とともにそれぞれの担当地区へ配属され、通常業務を行う。戦闘時には銅バッジの監視もしたりするな。

 金バッジは全て功績を立てられるほどの実力者なわけだから、当然引っ張りだこだ。日本全国の激戦区へと赴き、渡来喰種の駆除に当たる。

 銅バッジと銀バッジは基本人間の捜査官の指示を受けて仕事をするが、金バッジは支局や本局の直属になる。

 

 それと、金バッジには特別に自らを部隊長として新部隊を開設することが許されてる。本局局長の許可が下りて、人望が厚い喰種なら、有望な銀バッジを引き抜いて部隊に加えることができる。

 俺も金バッジだから、自分の部隊を持ってる……『赤備え』ってんだがな、お前も気に入ったら入れてやるよ。

 渡来喰種の流入が本格化していない頃は金バッジの業務には新人喰種職員の訓練指導も含まれていたそうだが、人の手も喰種の手も足りない今は滅多にやることはない。大抵は銀バッジの仕事だが、金バッジに引き抜かれた先で指導を受けたり、最悪、人間の捜査官に頼み込むこともある。

 それが俺にお鉢が回ってくるとは思わなかったが……ま、俺としては愛娘と触れ合える期間が長くなってありがたくもある。出張じゃこの居住区を出にゃならんからな。

 ここまでで何か質問は?」

 

 

 説明を中断して左を見やると、金木は平然とした顔で俺を見た。

 上井大学に通ってたぐらいだし、頭の回転は良い方だな。

 

 

「その、各バッジの保有者がどのくらいいるかとかは分かるんですか?」

「そうだな、居住区の全員がC.C.G職員じゃねぇし、引退した職員もいるから複雑なんだが、関東地区なら銅バッジは5000人程度、銀バッジは1000人かそこら、金バッジは……10人だったか? 

 まあこんなもんだ」

「じゃあ、芳村さんはその限られた10人のうちの一人なんですね」

「渡来喰種を殺しまくったからな。人殺しで与えられる、血塗られた栄冠ってわけだ」

 

 

 

 訓練施設へ着き、早速金木の素質の見極めを行うことにした。

 動きやすい格好に着替えた金木に、俺は両手を広げて誘った。

 

 

「さあ、俺を攻撃してみろ。

 赫子も出していい」

「は、はい。

 やってみます」

 

 

 金木は言われた通り、赫子を放出した。

 鱗赫──それも初めて見るタイプだ。

 馬鹿正直にまっすぐ向かってくる赫子を、俺は同じく赫子で防いだ。

 盾の形をした俺の甲赫に、金木の鱗赫は少し傷をつける程度でひしゃげた。

 

 

「そ、そんな」

「まだ終わってねぇぞ、打ってこい」

「……はい!」

 

 

 テレフォンパンチ、腰の入ってない蹴り、急所以外への打撃の多用、そしてすぐへばるスタミナの無さ。

 要するに──

 

 

「──へなちょこだ」

 

 

 デコピン一発で吹っ飛んでいく金木を見やり、俺は煙草をふかした。

 体の動かし方は下の下、論ずるにも値しないが、赫子には光るものを感じた。

 無論一人前の喰種とは比較するまでもない細さだが──こりゃ、あながち伸びしろがあるってのも嘘にはならないかもしれん。

 体術とスタミナだって、指導次第でどうにかなんだろ。

 多分。

 

 起き上がってこないので近寄ると、気絶したまま動かなくなっていた。

 抉られた額と少し痛めたらしい首を治療用の赫子で治療してやっていると意識が戻ったらしく、起き上がろうとしたので胸を押さえつけて寝かした。

 

 

「そのまま横になってろ、治療中だ。

 喰種の新人にやってるのと同じ威力だったんだが……人工的半喰種は勝手が違うのか、それともお前が弱いだけか」

「す、すみません、僕、あんまりこういう経験がなくて……」

「言い訳は負け犬のやることだ。

 俺は負け犬を指導する気はねぇ」

「……はい」

 

 

 どうにも、こいつにはセンスというもんが欠けてる。

 戦意だけが先行して体がまるで追いついていない。

 だがいいさ、精々根気よく鍛えてやる。

 

 

「今日のところはこれくらいにしといてやる。

 明日からは本格的にいくぞ、泣いたって喚いたって手加減はしない。

 喰種職員についての説明も順次行う。

 頭も体もフル活用して徹底的に学べ」

「……はい!」

「おう、いい返事だ」

 

 

 そんなこんなで、俺と金木の訓練は幕を開けたのだった。

 

 

 

 

 



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あんていく

 

 

「──あんていくに行くか」

 

 

 訓練が始まって早一週間が過ぎ、最初は弱音を吐いてばかりだった金木も、少しずつ体の動かし方が身に付いてきた。

 だがやはり元一般人のもやしっ子であるため、習得速度はかなり遅い。

 

 金木曰く、そもそも争いを好まない性格の金木がクインクス化施術を受けたのは、C.C.Gが金木の保護者である叔母にクインクス化施術の対価として与えられる恩恵のことを伝えた結果、金木の恩恵に乗っかろうと画策した叔母が強引に金木をC.C.Gに引っ張ってきたかららしい。

 当然だが、如何に保護者が賛成しているとはいえ、当人の意見を聞かずに施術する訳にはいかない。

 

 叔母抜きで真意を問うた結果、『叔母と離縁させてくれるなら受けます』という半分投げやり半分本気な返答を貰ったC.C.Gは、お安い御用と言わんばかりに叔母と交渉を開始した。

 金と引き換えに離縁することを約束させたC.C.Gは、金木を役所に連れていき離縁届を提出、返す刀で金木を再度勧誘し、覚悟を決めた金木は言われるがまま契約書にサイン、晴れてC.C.Gクインクス職員となった──というのが大まかな流れらしい。

 

 金木は金木で何か事情があるらしく、やる気自体は高かった。

 だが根を詰めすぎても逆効果だ。

 諸々の事情を鑑み、ここは一つ休息を与えるべきかと思い至り、俺は金木に休憩の誘いをかけた。

 

 

「はあ、ッ、はぁ……あん、ていく、ですか、教官」

「おう、親父がやってる喫茶店のことさ。前々から親父がお前を気にかけててな、いい機会だし、コーヒーブレイクも兼ねて顔合わせといこう」

 

 

 休息の申し出に、金木は露骨に笑顔を浮かべ、気絶した。

 緊張の糸が緩んで一気に力が抜けたか。

 動きが良くなってきたとはいえ、腕を飛ばしたのはやりすぎたかもしれん。

 

 赫子による治療を行いながら、俺はあんていくまで金木を担いでいった。

 

 

「いらっしゃい──おいおい、華音」

「紹介するぜ親父、件の金木研少年だ」

 

 

 空いているテーブル席に金木を下ろし、反対の席に座る。

 

 

「また派手にやったな、初っ端から飛ばしすぎたんじゃないか?」

「まさかここまでへなちょことは思いもよらんでな、これでも配慮はしたつもりだが。

 骨は使ってないぞ」

「見ればわかる。

 ……しかし、まずいタイミングで入ってきたな」

 

 

 珍しく額に汗を流して親父は言う。

 

 

「なんだ、誰かお偉いさんでも来てんのか?」

「偉いと云えば偉い、我々の家族内のヒエラルキーの中で言えばね」

「……まずい、今日だったか、急いで金木連れて──」

「──オヤジ!!」

 

 

 背後からの強襲に急いで立ち上がり、両腕を目一杯広げて叫んだ。

 横たわる金木を遮るように。

 

 

愛音(アイネ)!」

「オーヤージー!」

 

 

 満面の笑みで飛んでくる愛娘を、熱い抱擁で迎える。

 親父の言った通り、まずいタイミングだった。

 もうすぐテストがあっからヒナミをあんていくに連れてって一緒に勉強すんだ!──そんなことを愛音が言っていたのを思い出し、俺は冷や汗を抑えながら、しかし平静を装って愛娘に笑いかけた。

 

 

「何だよオヤジ! 今日早く帰んならそう言ってくれりゃ良いのに! 

 オレとヒナミのテスト勉強手伝ってくれよ!」

「いやあ、本当はまだ仕事中なんだ、今も親父に用があって来ただけでな、すぐに戻るんだ」

「……んだよ、つれねーな」

 

 

 不満げな表情で地面に降り立つ愛音。

 その目は俺の首筋を見つめ、次いで親父の額を見つめ、最後に女性店員の目を見た。

 スン、と鼻から息を吸い、据わった目で俺を見た。

 

 

「オヤジから、オヤジ以外の血の匂いがする。

 ジイちゃんは困ってる時の汗の匂い。

 で、トーカはさっきからオヤジの後ろの方を見てる。

 ……オヤジ、誰隠してんだ?」

「お前の勘の良さは愛支そっくりだな……」

 

 

 付き合いでキャバクラ行ったのを見破った愛支と同じ目をしている。

 鼻の良さと顔の良さは愛支譲りだ。

 

 

「まあ、あれだ、俺の部下みたいな奴でな、美味いコーヒーが飲みたいってんで、連れてきてやったんだよ」

「オヤジさっきジイちゃんに用があるっつったろ」

「愛音や、華音も仕事なのだからお前もそんなに怒らずに」

「ジイちゃんは黙ってて。

 オレは今オヤジと話してる」

「はい」

 

 

 へこたれてんじゃねぇぞ親父! 

 俺をぶん殴って矯正してた威厳ある親父はどこに消えた! 

 

 

「分かってきたぜ、オヤジの影に隠れてんのは、オレとオヤジの時間を奪ってるカネキケンってヤローだな? 

 どけよオヤジ、そんなにカネキを強くしたいってんならオレが代わりにキョーイクしてやっからさ」

「駄目だ、お前が出張ると碌なことにならねぇ」

「何でだよ! オレに信用がないって言いたいのか!」

「小学校入学式から速攻上級生ボコった奴の信用なんか地に落ちてんだよ、俺が親御さん連中にどんだけ頭下げて回ったと思ってるんだ」

「どいつもこいつもオヤジの舎弟共なんだから良いだろうがよ!」

「面子を潰されるこっちの身にもなれ! 

 ったく、いい加減お前のその暴力性も治さなきゃならねぇな、誰に似たんだか」

「入学式で全生徒を締め上げたお前の遺伝だな」

「親父は黙ってろ」

「ジイちゃんは黙ってて」

「はい」

「……あの、教官」

 

 

 まずい、声からしてカネキが目を覚ましたようだ。

 俺の娘である愛音は、金木研という男に対して強い嫉妬と怒りを向けている。

 こいつからすれば、本来なら出張を終えて実家で自分と遊んでくれる筈だった父親を金木に奪われたという思いらしく、遅くに帰る俺に、いつも不満げに抗議してくるのだ。

 

 娘に好かれてるってのは父親としてはめちゃくちゃ嬉しいが、愛音の性格からして、金木に暴力を振るうのは間違いない。

 更に困ったことに、こいつには力がありやがる。

 末は両親を超えるだろうとまで噂される素質を持つこいつなら、今の金木程度、ものの一分で達磨さんにしてしまうだろう。

 腕を飛ばすくらいなら俺もやるが、死にかねない状況にまで追い込むことはない。

 だがこいつはやる。

 なんなら最悪殺してしまう。

 それはまずい。

 

 

「おう、テメーがカネキケンだな?」

「え、ああ、うん。

 ……教官、この女の子が教官の娘さんの?」

「そうだ、愛音ってんだ。

 近寄るなよ、腕を飛ばされても知らんぞ」

「そんな……ていうか、教官も僕の腕飛ばしてるじゃないですか、今更ですよ」

「あ、おい!」

 

 

 金木は愛音の目の前でしゃがみ、愛音の顔を覗き込むように見た。

 

 

「初めまして、愛音ちゃん」

「……なにガンつけてんだ、殺すぞ」

「別に睨んでるわけじゃないよ。

 愛音ちゃんは、寂しいんでしょ?」

「はあ? はああ!? 

 別に寂しくなんかねーよ!」

「嘘だ、お父さんに自分だけを見てもらいたいんでしょ? 

 教官からはいつも娘自慢をされてるからね、君がどれだけ愛されてるかは分かるつもりだ。

 羨ましいよ、家族から愛してもらえて」

 

 

 金木は、早くに父を亡くし、C.C.Gの内々の調査によれば、母親からの家庭内暴力を受けていた可能性も示唆されていた。

 恐らく金木の発言は本心だ。

 だからこそ、鼻の良い愛音も何も言えなくなっていた。

 

 

「ごめんね、君のお父さんが僕に付きっきりなのは、僕が弱くて未熟なせいだ。

 一人前になるまでは、ずっと君に寂しい思いをさせることになるかもしれない。

 けど、約束する。一刻も早く力をつけるよ。

 君に寂しい思いをさせないように」

 

 

 どこか影のある、しかし確かな微笑みを見た愛音は、赤みがかった顔になって俯いた。

 

 

「あ……う、うん。

 少し……うん、少しだけなら、待ってやるよ」

「ありがとう、愛音ちゃん」

 

 

 今度は暖かく笑った金木に照れ笑いした愛音は、従業員の休憩室につながる階段へと駆けていき、寸前で止まって振り向いた。

 

 

「オヤジ! 条件だ! 

 カネキに時間とるのを許すから、これから毎日カネキをあんていくに連れて来ること! 

 絶対な!」

 

 

 一段飛ばしで駆けていった愛音。

 愛音、愛音……え? 何あの照れ顔。

 オヤジと結婚するって言ってた時とおんなじ照れ笑いしてたけど? 

 え? 惚れた? 初恋? このヒョロヒョロへなちょこ軟弱野郎に? 

 許さんぞ? 

 お父さん許さんぞ? 

 

 

「分かるよ華音、私も通った道だ。

 だが恋する乙女は例え金等喰種でも止められないものだ、愛支の愛を受けたお前なら分かるだろう?」

「止めるなら力づくになるぞ親父殿、まだ棺桶には入りたく無かろう」

「やはりお前は私の息子だよ……やれやれ、氏よりも育ちとはよく言ったものだ」

「あの、2人とも、どうしたんですか……?」

 

 

 こうして、不本意だが、全くの不本意ではあるが、俺たちは最大の山場を乗り越えたのだった。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

「なるほど、つまり金木君は、本来ならば人と争うことには不得手なわけだね。

 C.C.Gにも困ったものだ」

 

 

 テーブルに座る俺と金木に、調理場から親父が声をかける。

 今は談笑や近況報告の途中、話題が金木の事情に移ったところだった。

 親父は苦笑いを浮かべて天井を見やる。

 俺は合わせるように口を開いた。

 

 

「強引だとは俺も思うが、渡来喰種の侵入に対抗するには人手が足りんからな。

 しかし嘉納先生も、そう言う事情なら言ってくれりゃよかったのにな」

「恐らく嘉納教授も知らされていなかったのだろう。

 クインクス化施術に関しては既にマスコミも報道しているからね。祝すべきクインクス化施術成功者第一号が施術を強制された被害者とあっては、一大スキャンダルになる。そうなれば与党の政権支持率にも響くだろうし、C.C.Gの責任問題として追及を受けるのは確定だ。

 金木君、君が受けた契約書には、その情報について他言しないという項目も含まれていたのではないかな?」

「あ……すいません、多分、そうだと思います」

「契約書は細部まで丁寧に確認することだ、このことがバレれば君の立場は悪くなる、以降は控えるようにね」

「はい」

 

 

 縮こまる金木に微笑みを溢す親父。

 その目は出来の悪い息子に向けるようでもあり、教師が教え子に向けるようでもあった。

 親父に拾われてすぐの頃は、俺もこんな目をされたものだ。

 尤も、すぐに目線は頑固親父のそれへと変わったが。

 

 

「しかし、聞くところによれば金木君は中々に有望だそうじゃないか」

「いや、むしろ悪いと思いますよ、一週間たっても、教官に指一本触れられていません」

「体術はこれから学んでいけばいい、私が言っているのは赫子のことだよ。

 君の鱗赫はとても高い攻撃力を備えているようだ」

「え?

 僕、初日に教官の赫子にかすり傷程度で押し返されちゃったんですよ?」

「それがすごいことなんだ、華音の甲赫の硬さは他の追随を許さない。

 相性が良い羽赫だろうと悪い鱗赫だろうと、生半可な攻撃では傷一つつかない。

 掠り傷だけでも快挙と言える、まして喰種初心者の元人間が借り物の赫子を使った結果であればね。

 ……赫胞提供者はどんな人物だったのだろうか」

「そこんとこだが、嘉納先生もよくは知らないそうだ。

 上から渡来喰種の赫胞だと言われて用意されていた赫胞を、そのまま使ったらしいぜ。

 他の情報源も使ったが結果は同じだ、身元不明の渡来喰種に行き当たる。

 素性の知れん赫胞使うくらいなら、親父の赫胞使ったほうが確実なのにな。宣伝効果も高かろうに」

 

 

 上の考えることは分からん──俺と親父の共鳴した声が喫茶店に響いた。

 金木は眉を寄せてそれに続く。

 

 

「あの、多分、元の赫子の持ち主は日本喰種だったか、もしくは日本語が堪能な東アジア系の渡来喰種の、女性だったのだと思います。

 時々夢に出てくるんです。

 自由になりたい、幸せになりたいって、日本語で語りかけてくるんですよ」

「……赫胞から残留思念でも流入したってのか?

 専門外だから分からんが、人間が臓器提供を受けると元の臓器の持ち主の性格に寄っていくって話は眉唾だって聞いたことがあるんだが」

「私もそう思う。だが、後天的な喰種ともなれば話は変わってくるのかもしれないよ。赫子の形態と精神には深い関わりがあるとされるからね。

 もし気になるようなら、嘉納教授に相談すると良い」

「はい、そうしてみます」

 

 

 悩みを粗方吐き出してスッキリしたと見える金木は、息をついて珈琲に口をつけた。

 砂糖とミルク多め──クインクスとなって赫子が使えるようになったとはいえ、赫胞を特殊なフレーム構造によって覆うことで完全な喰種のように味覚が変化することはなく、金木は人間の頃のように珈琲の注文をしていた。

 羨ましいもんだ。

 一度でいいから、俺もまともに人間の食事をしてみたい。

 

 

「コーヒーのおかわり、いかがですか?」

「あ、ありがとうございます」

 

 

 金木の珈琲が無くなった直後に、女性店員は素早く声をかけた。

 再び満たされていく茶色がかった黒の液体を、金木は美味そうに啜り、不意に親父に声をかけた。

 

 

「……彼女も喰種ですか?」

「そうだ、霧島董香ちゃんと言ってね、この喫茶店の看板娘だよ」

「煽てても何も出ませんよ、店長」

 

 

 董香ちゃんは口に手を当てて笑う。

 この子は甲冑型クインケ量産の立役者である霧島新さんの娘であり、現在居住区内の高校に通っている。

 基本的に各居住区内には小・中・高等学校は必ず一つは開設されている。

 居住区設立当時は無かったものだが、金等喰種第一号である親父の説得と、喰種への思想教育が重要視されていく中で開設されたものだ。喰種に金を使い過ぎるなと反発の声もあったそうだが、親父たちや先人の貢献もあって最終的には認められた。

 人間と同様、全ての喰種は学校に通うことが義務づけられている。

 卒業後はC.C.Gに入るか居住区内で働くかが選べ、後者を選んだ者は高校に通うかどうかが選べる。

 だがやはり金はかかってしまうもので、居住区内の少ない稼ぎでは到底賄えないため、大体の生徒は親がC.C.G職員だ。

 

 C.C.Gに入らなければ──家族の未来を考えればそう思うのは当然だ。

 それはC.C.Gが仕組んでいることでもある。

 思想教育に散々浸かり、渡来喰種への差別意識と侵略への危機意識が高まっている日本喰種に、金バッジという餌をちらつかせ、C.C.Gへ誘う。

 霧島家はそんな差別意識を持たない数少ない家だ。

 だからこそ、董香ちゃんのような心優しい子供を育てられるって訳だな。

 弟の方はヤンチャで困るが。

 

 

 そんなことはさておき、俺はどうも金木研という男が女を寄せる誘蛾灯のように思えてならない。

 この野郎、この期に及んで董香ちゃんにまで目をつけてやがる。

 

 

「おい、てめえ、愛音を誑かしてその舌の根も乾かねぇうちに、今度は董香ちゃんまで毒牙にかけようってのか?」

「これはこれは、金木君は恋多き男なのだね。

 だが2人を泣かせるようなことがあれば、私は実力行使も吝かではないが?」

「え、あの、何で2人とも赫眼が出てるんです……ていうか別に、可愛いなって思っただけで──あ」

 

 

 ほれみろ、言わんこっちゃない。

 あーあー、董香ちゃん、すっかり顔赤くしちゃってまあ。

 新さんには見せらんねぇなあ……。

 

 

「か、かわいいって、あ、すみません、あまり言われ慣れてなくて」

「そんな、すごく可愛らしいですよ、ホントに」

「……ふふ、ありがとうございます、金木さん」

「決めたぜ親父、俺はもう金輪際金木をあんていくには連れて来ねぇ」

「ベストな選択だ。

 うちのお姫様は烈火の如く怒るだろうが」

 

 

 後日、愛娘から『キライになるよ?』という殺し文句をいただきヤケクソになった俺と親父は、何とか修羅場だけは起きませんようにと祈りつつ、金木をあんていくへと迎え入れるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 渡来喰種集団『赤舌連』襲撃に伴い、俺の率いる『赤備え』とともに金木が出陣するのは、その1ヶ月後となる。

 

 

 

 

 




金等喰種→金バッジ喰種
銀等喰種→銀バッジ喰種
銅等喰種→銅バッジ喰種


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間話『東京居住区』

今回は少し短め


 

 

 

 

「──ハァッ!」

「重心が後ろに寄ってるぞ、蹴り足の反対の足でしっかり踏ん張れ」

 

 

 スタミナが切れるまでノンストップで続く金木の攻勢を、その場で改善点を言いながら避けていく。

 いつもの訓練、いつもの風景だ。

 最近は打撃が良くなってきて、たまに命中する時もある。

 こいつは体術の才能もあったようだ。

 普通は初回である程度は分かるもんだが……こいつは上限を超えて成長してやがる。

 面白れー奴だ。

 

 

「単細胞はすぐ死ぬぞ」

 

 

 それはそれとして戦術が単調だ。

 4本に増えた金木の赫子の刺突を躱し、ハイキックで2本、手刀で2本切り落とす。

 赫子の本数を増やそうと考えるのは、新人にありがちな発想だ。

 格下相手なら通用しても、同格や格上相手には悪手だ。

 連発してもすぐに対処されて、結果スタミナ切れを誘発する恐れがある。

 赫子のゴリ押しができるのは、赫胞の数が多いやつに限る。

 

 

「赫子を増やしすぎるな。

 自分の動きを把握できないなら1本か2本に絞ったほうが効果的だ。

 太く長くできる」

 

 

 目で頷いた金木は、1本に絞って太くした赫子をもう一本の腕のようにして格闘戦を挑んできた。

 手数の多さに体術を合わせた喰種の格闘スタイルで、金木は逃げ回る俺を追い詰めていく。

 

 

「頃合いだな」

 

 

 俺も合わせるように赫子を出した。

 両腕に纏わせ、棍棒のようにしたそれを、金木の身体中にマシンガンのように撃ち続けていく。

 金木の顔に驚きの色が露わになる。

 いつもの訓練では、俺が治療以外で赫子を出すことは無かったからだ。

 

 

「オラァッ!」

 

 

 トドメの一撃を鳩尾にぶち込まれ、金木は腹を抱えつつも後退する。

 今にも吐きそうになり、足にガタが来ても、赫子を出したまま臨戦態勢を取り続ける。

 

 

「良くできたじゃねぇか。

 今の感覚を忘れるなよ、帰り道でも風呂の中でも飯食っててもシコってても夢の中でも反復して思考しろ。

 それがお前の糧になる」

「うっぷ、了解、です」

 

 

 訓練の終わりを告げ、2人で居住区へと向かう。

 今日の訓練は午前中のみで、午後は喰種居住区を見学する予定になっていた。

 愛音も同行したがっていたのだが、学校終わりにお袋の見舞いに区外の病院に行くことになっていたので、今日はいない。

 

 憂那のお袋も、最近は病気がちで長く顔を見てないな。

 ……今度見舞いに行ってやるか。

 

 

「あんていくは居住区東側ゲートの目の前にあるから、居住区の中は詳しくみたこと無かっただろ?」

「はい。

 今日はよろしくお願いします」

「つっても、特に見どころもない街だがな」

 

 

 平日の大通りを進んでいく2人。

 まず居住区に車が通っていることから驚いている金木に呆れつつも、俺は各所施設を案内していった。

 

 

「ここが小学校で、隣が中学校。

 少し離れて向こう側にあるのが高校だ」

「体育館が大きいですね」

「赫子の制御も授業に含まれてるからな、傷つかないように防護性能は高いぜ」

「教官、見間違いかもしれないんですけど、あの国旗大きくないですか?」

「学校ならあんなもんだろ」

 

 

「こっちはベッドタウン、皆大抵はここに住んでる」

「学校にも飾ってありましたけど、ここにも日の丸が……しかも旭日旗の方が多い」

 

 

「ここが配給施設。

 半月に一回肉を受け取りにここに来る。

 昔は量が少なかったが、今では十分な量の肉が供給される。

 飯を食わねぇと力も出せないからな」

「日の丸……まあここは政府施設だし」

 

 

「居住区の中はそこまで外と変わるもんでもない。

 飲食店がないだけでな。

 床屋も本屋も雑貨屋も家電屋も、居住区内で働く人間用の施設だってある」

「……あの、教官」

「大体察したが一応聞いてやる。

 何だ?」

「今日祝日じゃ無いですよね? 

 何であんなに国旗が掲げてあるんですか?」

「そりゃお前、洗脳だよ。

 思考誘導って言った方が正しいがな」

「……え?」

 

 

 日の丸、日の丸、たまに旭日旗……紅白だらけの街を眺めながら言う。

 

 

「日本喰種は学校で思想教育を受けて育つ。

 日本に生まれ、日本に生き、日本の為に死ぬ──そんな糞みてぇな定義のせいでな。

 そのせいで、この街は……というよりか、全国の居住区ではみーんな右に寄ってんだ、思想がな。

 親父はどっちかっつーとリベラルだから、その影響でこの居住区はまだ暴走はしてない。

 ……そうだ、一応注意だけはしておくか」

 

 

 俺は金木の顔をまっすぐ見た。

 

 

「いいか金木、人間の世界と喰種の世界が違うのは言うまでもなく承知してんだろうが、最も際立った違いを挙げるとするなら、排外主義の根強さだ」

「排外主義……ですか。

 しかし、僕の見た限りでは、喰種の皆さんは皆人間の人達と変わらず話してますよね?」

「人と喰種の間の話じゃねぇ、『外』と『内』の話だ。

 人間社会では違うが、喰種社会では外国的な特徴を持つ奴を酷く嫌う。

 外見、文化、宗教、言語、価値観……これらの中で所謂『日本』的でないと判断されるものを、日本喰種は蛇蝎のごとく嫌う。

 レイシズム的で、極右思想が蔓延ってんのさ。

 特に、髪色なんかは分かりやすいから、俺も子供のころは苦労したもんさ」

「え、それ地毛だったんですか?」

「おう、生みの親が渡来喰種だったみたいでな。

 親が殺されてベソかいてるのを親父に拾ってもらって、大きくなるまでは親父と親父の部下が傍に付きっ切りでよ」

「そうだったんですか……それは大変でしたね」

「全くだ、やり返そうにも見張られてるから出来なくてな、夜中こっそり襲撃して、それがバレて親父に大目玉食らったもんだ」

「ああ、だいぶ逞しかったんですね……」

 

 

 俺は鼻を鳴らしてボヤく。

 

 

「それでも、今よりかは昔の方が緩かったんだ。

 近頃は過激思想が蔓延してるし、ヤバいところだと日本語が上手く喋れない時点で村八分にされたり、なんてこともある。

 親父が上から押さえつけてこれなんだ、親父のいない居住区なんか……目も当てられん。

 親父に拾って貰えなかったらと思うと、今でも怖くなることがある。

 ……さ、次はC.C.Gだ」

 

 

 案内の最後、俺たちはC.C.G居住区支部へと足を運んだ。

 喰種職員の黒コートに身を包んだ警備員が守る入り口に入ると、警備員が一斉に声を張り上げた。

 

 

「お疲れ様です、華音さん!」

「よお万丈、元気か?」

「はい、華音さん……そいつが、例の?」

「クインクスの金木研だ。

 金木、こいつはここの職員で万丈数壱ってんだ」

「初めまして、万丈さん」

「おう、よろしくな」

 

 

 職員たちと簡単な顔合わせをして中に入る。

 

 

「あら華音さん、お疲れ様です」

「お疲れさん、微さん」

 

 

 受付や事務方とも挨拶し、俺たちは廊下を進んでいく。

 

 

「微さんも元気になってよかった。

 左腕飛ばされた時はどうなるかと思ったが」

「お知り合いですか?」

「家族ぐるみでな。

 渡来喰種に殺されそうになってるのをうちの嫁が助けて以来、家族ぐるみの付き合いだ。

 微さん、うちの嫁を妹みたいに可愛がっててな、夫の呉緒さんに嫉妬されるくらいさ。

 本局にも事務仕事なんか溢れてんのに、俺たち日本喰種に恩を返したいってんで、わざわざ居住区支部にまで来てくれてんだ。

 新人の指導もやってくれるから、ありがたい話さ」

 

 

 勲章や賞状が飾られる部屋に着き、俺たちは腰を下ろして休憩した。

 記念写真を眺めながら、缶コーヒーを啜る。

 

 

「これは金等捜査官の山田さんで、肩組んでるのは特等捜査官の篠原さんだ」

「仲が良さそうですね、こっちにも肩組んでる写真がありますよ」

「昔は山田さんの方がバチバチでよく突っかかってたそうだがな、命を救われたのをきっかけに無二の親友になったんだと。

 篠原さんの愛刀『オニヤマダ』も、山田さんの赫胞で作ったクインケさ。

 人間だろうと喰種だろうと、死線を越えれば戦友だ」

 

 

 無言になり、部屋が静寂に包まれる。

 微笑みながら、金木が口を開いた。

 

 

「人と喰種は分かり合えるんですよね。

 正直、ここに来るまでは喰種のことはあまりよく知らなかったんです……その、やっぱり自分たちとは違う存在なんだって思ってて。

 でも違った。

 人も喰種も変わらない。

 ただ、ここに生きているだけなんだ」

 

 

 最後の一言がやけに胸に刺さって、俺は暫く目を閉じた。

 やがて、思い出したようにあるセリフを呟いた。

 

 

「この世界は間違っている」

「え?」

「新人捜査官に言われた台詞さ。

 そいつは孤児院で育ったんだが、そこの神父が渡来喰種でな。歪んだ幼少期を過ごしたらしい。

 そのセリフの後にこう続いたよ、この世界を歪めているのは喰種だってな」

 

 

 亜門鋼太郎。

 人間の新人捜査官の中でも高い戦闘力を持つその男は、喰種に育てられた。

 詳しい事情は知らないが、愉快な話じゃ無いことは確かだ。

 渡来喰種だけでなく、喰種全体に対して蟠りを持っているその男の、絞り出したような言葉からは、複雑な感情が読み取れた。

 

 だからといって、言われっぱなしで終わるような俺ではなかった。

 

 

「俺はこう返してやった。

 正しい世界とは何だ、ってな」

 

「もしも喰種がいない世界の方が正しいとして、その世界は今よりも美しく素晴らしい世界になるか? 

 争いは無くなるか? 

 貧困は無くなるか? 

 答は否だ。

 人間が人間である限り、問題は付きまとう。

 こんな世界だのあんな世界だの、どれが正しいなんて誰にも分りゃしねぇ」

 

 

 俺は笑いながら金木に言った。

 

 

「大事なことを教えるぜ。

 捜査官の本分を忘れるな。

 渡来喰種を牢屋にぶち込む。

 抵抗するなら皆殺し。

 これだけ分かっていればいい。

 考えすぎて怖くなりゃ、マスかいて寝りゃ解決だ。

 単純明快──気楽に行こうぜ、金木」

「──はい!」

 

 

 随分と打ち解けられたもんだ。

 こいつ、意外と可愛いとこあるし、根性もあるし……まあ、もうちっと強くなりゃ赤備えに入れてやってもいいかもな。

 愛音は絶対にやらないが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大将」

 

 

 金木をゲートまで見送った俺は、背後からの声に振り向いた。

 黒コートに赤い刀の描かれた腕章を付けた少年が、夕日を背に立っていた。

 

 

「絢都」

「随分仲がよろしいんですね」

「それがどうした」

「まさか、身内のコネで赤備えに入れるつもりじゃないよな、と思いまして」

 

 

 赫眼を露わにし、歯を剥き出して笑う。

 

 

「てめぇ、随分と偉そうな口をきくようになったじゃねぇか、絢都よぉ?」

「お怒りは承知してますが、赤備えは雑魚に入れるような甘い部隊じゃない。

 身の程を知らない雑魚は、洗礼を受けるべきかと愚考する次第です」

「……雑魚、ねぇ」

 

 

 笑みを深くした俺は、絢都の肩に手を置き、耳元で囁いた。

 

 

「そこまで言うなら確かめてみろや。

 ただし半殺しに留めろよ、北関東がきな臭いからな」

「……赤舌連ですか。

 分かりました、善処しましょう」

 

 

 路地裏の闇に消えた絢都を見やり、煙草を蒸す。

 

 

「死ぬ前に止めてやるかあ……」

 

 

 加減を知らないヤンチャ坊主が言いつけを守るとも思えず、俺はそう呟くのだった。

 

 

 



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