言語チート転生〜幼女VTuberは世界を救う〜 (可愛ケイ@VTuber兼小説家)
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第1話『終わりとはじまり』

 小学生女児に転生してVTuberになるお話。
 言語学的な要素多めです。


 

「どうか俺をVTuberのライブ会場に行かせてくれぇええええええ!」

 

 俺はどことも知れぬ廃墟でイスに縛りつけられていた。

 周囲には銃を手に持った男たち。

 

「ヘイ、ユー! ▲□●+!?」

 

「わ、わっつ?」

 

「※▲□★↑→!!!!」

 

「ひっ!?」

 

 なんだかわからないがめちゃくちゃ怒っている。

 どうして俺がこんな目に……。

 

 アメリカではじめて大規模な国際VTuberイベントが開催されるとのことで、海を渡ってきたのが今朝。

 途中で道に迷い、怪しげな路地に入り込んでしまったのがさっき。

 頭を殴られて気絶し、気がついたのが今。

 

 今が何時かもわからない。

 もしかしたら、すでにライブがはじまってしまっているかも。

 

 そうだったら絶望だ!

 VTuberは俺の魂、俺の生きる理由そのものなのだから!

 

「ウェイ、イングリッシュ□★●+」

 

「オーケイ、□★↑※●……」

 

 男たちはなにやら言い争っている。

 しかし、なにを言っているのかちっとも聞き取れない。

 

 早口だからか、スラングが多いからか。

 こんなことならもっと英語を勉強していればよかった。

 

 じつのところ英語圏VTuberの配信も、なにを言っているのかほとんどわからないままに見ている。

 そんなので楽しいのかって? ――もちろん!

 

 言葉がわからなくともリアクションを眺めているだけで、あるいは端々の数単語だけで楽しめてしまう。

 それほどの魅力が彼女たちにはある。

 

 ……というのは半分、言い訳だ。

 一度、英語の勉強に取り組んだこともあるのだが結局は挫折してしまった。

 悲しいかな、人には向き不向きがある。

 

 あぁ、どうしてこうなってしまったんだろう?

 今日は彼女たちの一大イベントの開催日。幸せな一日になるはずだったのに。

 

「〜★↑↑※●□!」

 

「↑※●↓←★!」

 

 男たちから剣呑な雰囲気がひしひしと伝わってくる。

 内容はわからないがイヤな予感がする。

 

 あぁ、こんなダミ声じゃなく彼女たちの美しい声が聞きたい。

 

「〜★↑↑※●□……オーケー」

 

 どうやら彼らの間で話がついたらしい。

 男のひとりが俺に歩み寄ってくる。まさか、殺される!?

 

「ヘイ、ガイ。ユー※▲□★」

 

「ノー! ヘルプミー! アイアムジャパニーズ! ノットキル! プリーズ!」

 

「オーケーオーケー、※●↑★……」

 

「やめっ……え? あれ? 助けて、くれるの?」

 

 手枷を外そうしている。

 どうやら解放してもらえるようだ。

 

 安堵のあまり全身から一気に力が抜けた。

 よかった、と息を吐いたそのとき。

 

 べつの男が銃を抜き、俺の眉間に押し当てていた。

 一瞬だった。

 

 ――パンッ。

 

 と乾いた音が轟き、弾丸が俺の頭をぶち抜いた。

 俺の大事な部分がバラバラになって飛散する。

 

 視界がゆっくりと天井を向いていき、拘束されていたイスごと仰向けに倒れた。

 急速に意識が、視界が、端から黒ずんでいく。

 

 しかし、不思議と声は明瞭に聞こえていた。

 視界の外で男たちが言い争っている。

 

《なぜ撃った!?》

 

《使命を遂行するために万全を期すべきだ》

 

《クソッ! 余計な死人を出しやがって!》

 

 俺の人生、これで終わり?

 まだまだこれからもVTuber業界は発展していくだろう。

 それらを見届けることもできず、こんな道半ばで?

 

 

《――まだ、死ねない》

 

 

 推しの晴れ舞台を見ずに死ねるかぁあああ!

 

 俺はまだ国際VTuberイベントを見られていないのだ。

 このままじゃあ、死んでも死にきれない。

 

《っ!? オイ、コイツしゃべらなかったか?》

 

《バカバカしい。頭を吹き飛ばしたんだぞ? 即死さ》

 

《でも、今たしかに》

 

《よく見やがれ。ほら反応しねぇ。ちゃんと死んでるぜ》

 

《おいっ、乱暴にするな! ……キミに祈りを。巻き込んですまなかった》

 

《命ひとつくらいで喚くな。オレたちの任務が数千万……あるいは数億、数十億の命に関わっていることを忘れたのか?》

 

《だが!》

 

《まもなく定刻だ。混乱に乗じてメインディッシュをいただくぞ》

 

《……クソったれめ。なんて悪夢だ。罪のない民間人を殺して、さらには女を攫うだって? これのどこが正義なんだ》

 

《すべては祖国のために》

 

 男たちの足音が遠ざかっていく。

 だれかが言ってたっけ。死の間際、最期の最後まで残っているのは聴覚だって。

 

 いや、ちがう。真っ暗に染まった視界の果てに、なにかが見えた。

 白い人影、あれは……。

 

 ――天使?

 

 俺は願った。

 あぁ、天使さま。叶うならどうか、最期に彼女たちのライブを聴かせておくれ。

 

 鐘の音が鳴り響いた――。

 

   *  *  *

 

「――ロハ……イロハ! 早く起きなさい、イロハ!」

 

「はいっ!?」

 

 俺は耳元で叫ばれた声に驚き、ベッドから飛び起きた。

 

 室内には電子的な起床(アラーム)音が鳴り響いていた。

 慌ててスマートフォンに手を伸ばし、それを止める。

 

「もうっ、ようやく起きた! お母さん先にお仕事行くから。ちゃんと戸締まりお願いね」

 

「え、うん。いってらっしゃい」

 

「いってきます」

 

 ひらひらと手を振って女性を見送る。

 パタンと部屋の扉が閉まって、ようやく我に返った。

 

「って、えぇえええ!? どうなってんだ!? 俺、死んだはずだよな!?」

 

 ていうか待て。この声、この部屋。

 ドタバタと部屋にあった、やたらとファンシーなデザインの姿見鏡に掴みかかる。

 

 そこに映っていたのは、小学校高学年ほどの女児(ロリ)だった。

 

 

「ななななんで俺、女の子になってんだぁああああああ!?」

 

 

 VTuberヲタク、男性、三十路。ひとつの人生が終わった。

 そして今……ファンシー好き、女の子、小学生。もうひとつの人生の幕が上がった――。

 




※カクヨム
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第2話『はじめての登下校』

 

「あー、頭が痛い」

 

 ランドセルを背負い、フラフラと通学路を進む。

 頭の中がぐちゃぐちゃだ。

 

 たしかに俺は死んだはず。

 自我も間違いなく、男だ。

 

 しかし、元の名前も出身地もよく思い出せない。

 ほかにもいろいろと記憶が抜け落ちている。

 

 一方で女の子として生きてきた記憶は簡単に思い出せた。

 実感はこれっぽっちも伴わないのに……。

 

「長い夢でも見ていた気分だ。いや、それにしてはむしろ、現実(こっち)のほうが夢っぽいというか」

 

 なんでこんな状態になっているのか、原因はさっぱり。

 俺は死んだあと幽霊になって、この女の子に憑依でもしてしまったのだろうか?

 それとも、たんに思い出した(・・・・・)だけか?

 

「けどまぁ、そんなのは些細な問題だな! うん!」

 

 ワイヤレスイヤホンを装着し、ジャンジャカと音楽を流す。

 VTuberの歌配信だ。

 

「あぁ、幸せ! もう一度、VTuberの配信が見られるなんて! 聞けるなんて! これさえあれば毎朝の満員電車も深夜の残業も……今のわけわかんねー状況もどうでもいいや!」

 

 手元のスマートフォンを操作しながら歩く。

 イマドキと言えばいいのか、小学生でもスマートフォンを持っていた。

 

 しかも、記憶を探るに『親との連絡用』という名目で学校への持ち込みも許可されているようだ。

 

「俺としちゃ、ありがたいかぎり……チッ、くそっ、このっ。もう見た動画ばっかりオススメに表示されやがる! 整理が大変――うわあぁあああ!? ヒィイイイ!? 広告? 広告だって!? プレミアムじゃないなんて人間じゃない!」

 

 俺は悲鳴を上げながら動画共有サービス”MyTube”のスマートフォン用アプリを操作していた。

 前世で使っていたアカウント名を思い出せないのだ。

 

 そのせいで、いちから(・・・・)登録しなおすハメになっていた。

 色々(・・)と大変だ。

 

 仕方ない、改めてプレミアム登録して人権を取り戻そう。

 って、クレジットカードがない!

 

 おサイフの中は……うん、そうだよね。小学生だもんね。

 母親に頼んでお年玉を引き出してもらうしかないか。

 

「あぁ、もうっ……思い出せたらそれだけで全部、解決するのに」

 

 どうしてあれこれ記憶が抜け落ちているのだろうか。

 俺が死んだときのこともあいまいにしか思い出せない……。

 こういうのも解離性健忘と呼ぶのだろうか。

 

 そんな思考をぐるぐると回しながら、指だけは高速で動かす。

 MyTubeのチャンネル登録やお気に入り、おすすめ――サジェストを整理しまくる。

 と、遠くから声が聞こえてきた。

 

「イーローハーちゃーん、おはよ~! って、あぁ〜っ!? いけないんだぁ〜っ! 歩きスマホは危ないんだよぉ~!」

 

 言いながらランドセルを背負った女の子が駆け寄ってくる。

 トイプードルを思わせるもふもふとした茶髪が一歩ごとに揺れている。

 

「えーっと? あっ。おはよう、マイちゃん」

 

「ちょっと待って、今の『あっ』ってなにぃ~!? もしかして今、マイのこと忘れてたのぉ~!?」

 

「覚えてる覚えてる。たしか、後方抱え込み2回宙返り2回ひねりが得意技のマイちゃんだよね?」

 

「ちがうよぉ~! そんな、こうほー……なんちゃらなんてできないよぉ~! 幼なじみのマイだよぉ〜! 忘れないでぇ~!」

 

 間延びした話しかたをする、どことなく不憫そうな空気をまとった女の子。

 マイはへにゃりと情けない表情ですがりついてくる。

 

 俺は思わずドキリとした。

 中身が成人男性だから、反射的に事案にならないかと心配になる。

 女の子との距離感は成人男性が抱える永遠の難題だ。

 

「いつもどおりマイって呼び捨てにしてよぉ~!」

 

「あぁ、ごめんごめんマイ」

 

「もうっ。じゃあ早く登校しよぉ~。もうみんな揃ってるよぉ~?」

 

 言われてマイの後方を覗き込んだ。

 そこには彼女よりさらに小さな子どもたちが、ひのふのみ……。

 

 そうだった。

 ここは登下校の集合場所だ。

 

「あれぇ~? 横断旗はどうしたのぉ~? 今日はイロハちゃんが当番じゃなかったっけぇ~?」

 

「旗?」

 

「そんなキョトンとした顔されてもぉ~!? マイたちももう6年生だよぉ~? 一番の年長なんだよぉ~? しっかりしないとぉ〜!」

 

「あー、旗ってアレかー」

 

 記憶を探り、納得する。

 うわっ、懐かしっ!

 

 そういえばこんなのあったあった。

 上級生が黄色い旗を持って、下級生を誘導しながら集団登校するやつ。

 

「『あー』じゃないよぉ~!?」

 

「忘れちゃったものはしょうがない。よし、出発」

 

「ふぇぇ〜!? で、でもイロハちゃん、このままじゃ先生に怒られちゃうよぉ〜!?」

 

「大丈夫、大丈夫」

 

 マイはまるでとんでもない大罪でも犯したかのように、戦々恐々としながらついてくる。

 それを微笑ましく見る。

 

 わかるわかる。子どものころは小さな失敗でもとんでもないミスに感じたりするもんだ。

 その線引きが自分でできるようになることが、大人の第一歩だと思う。

 

 そして、やがて気づくのだ。

 意外なほど世の中に、取り返しのつかないミスなんて少ないということに。

 それこそ人の生き死にくらいだ。

 

「……」

 

「どうしたの、考え込んで。なんだか今日のイロハちゃん変だよ。もしかして――」

 

 いぶかしむ視線。

 ドキリと今度はべつの意味で心臓が跳ねた。

 

 子どもは妙なところで鋭い。

 大人なら『精神が別人』なんて突拍子もない発想は切り捨てるものだが。

 

 マイが俺の耳元に口を寄せてささやいた。

 

「もしかして――便秘? うちのお姉ちゃんもトイレ出ないとき、そんな顔してるもん」

 

「……」

 

「ツラかったらいつでも言ってねぇ~。マイも協力するからぁ~っ!」

 

 いや、やっぱり子どもはアホだわ。

 

   *  *  *

 

 さすがに小学校の授業は簡単だった。

 なんなら体育が一番しんどく、給食が一番楽しかった。

 

 ……あれ? これって、普通の小学生とほとんど同じ感想なのでは?

 いやいや、まさかそこまで精神が成長していない、なんてはずは。

 

「あれ? そういえば、まだ帰らないのか?」

 

「まだ帰りの会してないでしょぉ~? けど先生、遅いねぇ~。どうしたんだろぉ~?」

 

 なんて話からしばらく経って、ようやく担任教師が姿を現す。

 生徒たちの「おそーい」というヤジを無視して教師が告げる。

 

「今日は集団下校に変わりました。みなさん、部団ごとに校庭に並んでください。不審者がいるとのことなので、くれぐれもひとりでは帰らないように」

 

 どうやら、そういうことらしい。

 物騒な世の中になったもんだ。イヤになる。

 

   *  *  *

 

 明日は2本とも持ってきて、片方は返却するように。

 そんな言葉とともに貸してもらった横断旗を手に、帰路を行く。

 

「大丈夫かなぁ~。悪い人出ないよねぇ~?」

 

「気にしすぎだって。そのときはブザー引いて、悲鳴あげれば大丈夫だから。みんなも安心しろー。いざとなったらマイがやっつけてくれるからー」

 

「マイはそんな強くないよぉ〜!?」

 

 まぁ、実際に不審者に遭遇する確率なんて低いだろう。

 警察官もパトロールしてくれているらしい、見つけるならそちらが先に決まっている。

 

 なんてことを思いながら歩いていたそのときだった。

 唐突に、世界に影が落ちた。

 

《お嬢さんがた、ちょっといいかな? よければ電話を貸しては貰えないだろうか? えーっと、電話。携帯電話ってわかるかい?》

 

《!?!?》

 

 俺はその人物を見上げていた。

 うわ、でっか!? と思わず声が出そうになる。

 

 逆光で顔が見えないほどの巨体。

 輪郭だけでもわかるほどイカつい外見の男が、すぐ目の前に立っていた。

 

 思わず警戒してしまうが、その声音を聞いて気が変わる。どうにも本当に困っている様子。

 俺はおそるおそる声をかけた。

 

《えっと、どうかしたんですか?》

 

《っ! お、お嬢さんわかるのかい!? その、電話だよ!?》

 

《え? そりゃ、まぁ……電話ですよね? それよりどうしたんですか?》

 

《あ、あぁ。じつは友人とはぐれた上、スマートフォンを落としてしまったんだ。しかも、探し回っていたら、なにも悪いことをしていないのに警察官に捕われかけて……思わず逃げてきてしまった》

 

《それで友人に連絡を取りたい、と》

 

《あぁ、そのとおりだ》

 

《わかりました。それじゃあ一緒に交番へ行って、そこで電話を貸してもらいましょう。どのみち誤解を解かないといけません。大丈夫、わたしも説明に協力します》

 

《本当かい!? ありがとう! キミはボクの天使だ!》

 

 にしても警察に捕まりかけるとは、ずいぶんと人に誤解を与えやすいタチだな。

 そんなことを思いつつ通学路から進路をわずかにズラした。

 

 この距離なら110番より直接に交番へ行ったほうが早い。

 しかし、歩き出そうとしたとき服の裾を引かれる。

 

 振り返ると、そこにはガチガチと歯を鳴らすマイの姿。

 手には今にもヒモが抜けそうな防犯ブザー。えっ、なんで!?

 

「イロハちゃん、大丈夫なのぉ〜? 不審者じゃないのぉ〜!?」

 

「いやいや、言ってたじゃん! ちがうんだって。困ってるみたいだし、とりあえず交番まで送るよ。さすがに、自分からよろこんで交番に案内される犯罪者はいないでしょ」

 

「そう、なのぉ〜? 本当に不審者じゃないのぉ〜? というかイロハちゃん、どうしてこの人の言ってることがわかるのぉ〜?」

 

「へ? さすがに電話くらい知ってるって」

 

 もしかしてイマドキの子はスマホと言わないと通じないのか?

 この男性のリアクションも変だった。

 

「そうじゃなくて! だってこの人――外国人だよぉ〜!?」

 

「え?」

 

 解決の兆しが見えた安堵からか、男性が俯いていた顔を上げていた。

 そこにあったのは紛れもない欧米顔。

 

《ん? どうかしたかい?》

 

《なんでもないよ》

 

 なんでもなくなぁあああああああああい!?

 俺はなぜか、日本語を話すかのごとく自然に、英語を理解し、話せるようになっていた。

 




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第3話『お姉ちゃんのお願い』

 

 俺が交番で通訳を行い、外国人の男性は友人と合流できた。

 問題は無事に解決された。

 

 繰り返し《ありがとう!》と言われながら見送られ、今度こそ帰路へ。

 その間マイは「アレ英語だったんだぁ〜?」「全然わかんなかったぁ〜」「マイの知ってる英語と全然ちがったよぉ〜」「いつの間にあんなにしゃべれるようになったのぉ〜?」といろいろ聞き出そうとしてきた。

 

「いや、そんなん俺が知りたいわ!」

 

 自宅のベッドで頭を抱える。

 一度死んだから? 脳に異常? それとももっとべつの?

 

 なんでこんなことになってるんだろう?

 たしかに、物語では異世界転生では言語理解チートが基本装備なのも珍しくない。

 しかし、ここはどう考えても現代日本だし。

 

 けれど言われてみれば、前世で死ぬ直前……いや、死んだあとか?

 男たちの会話が理解できていたような気がする。

 

 俺を襲ったあいつら、いったいどんなことを話してたっけ?

 たしか……。

 

「ハッ!?」

 

 そのとき、俺はあることに気づきベッドから跳ね起きた。

 まさか、まさかまさかまさか!

 

 急いでスマートフォンを操作する。

 タップする指があまりに遅く、じれったい。

 

「急げっ……!」

 

 俺が開いていたのはイチ推しの英語圏VTuberのチャンネルだった。

 震える指でその最新動画をタップした。

 

《”ぐるるる……どーもゾンビです”。あんぐおーぐです!》

 

「きちゃぁああああああ! ”あんぐおーぐ”ちゃんかわいいよぉおおお! 言ってることがわかる、わかるぞぉおおおおおお!」

 

 あぁ、神さま仏さま天使さまありがとう!

 死んだ甲斐があったよ!

 

 今まで雰囲気でしか楽しめなかった配信が、ちゃんと内容まで理解して楽しめるようになっていた。

 なんという幸せ!

 

「あんぐおーぐちゃん、イメージよりめっちゃ生意気なクソガキじゃん! でもそこがいい!」

 

 俺は狂ったように英語圏VTuberの配信や動画、切り抜きを見漁った。

 おこづかいの都合でプレミアム登録できてないので、次々と迫りくる広告と戦いながら、だけれど。

 

 そうして何本か何十本か見たころ、テンテンティロテンテンとスマートフォンが鳴った。

 発信者はマイ。

 

 俺は無言で着信を切って、動画鑑賞に戻った。

 電話。切る。鑑賞。電話。切る。鑑賞。電話……。

 

「あーもうっ! なに!?」

 

『イロハちゃん酷いよぉ〜!? なんでそんなにムシするのぉ〜!?』

 

「俺、動画見るのに忙しいから。じゃ」

 

『”俺”!? じゃなくてちょっと待ってぇ〜! お姉ちゃんが家に来て欲しいって、助けて欲しいってぇ〜』

 

「お姉ちゃん?」

 

 マイと俺――というか”わたし”は幼なじみだ。

 付き合いも家族ぐるみ。

 

 当然、マイの姉のこともよく知っているが、記憶を探るかぎりこんなことは初めてだ。

 助けが必要? なんだろう?

 

『今すぐお願い、だってぇ〜』

 

「直接、電話してくれればいいのに」

 

『その余裕もない、みたいなぁ〜?』

 

「え~……はぁ。わかった、行くよ」

 

 面倒臭いが、ここは行く一択だろう。

 マイの姉はすこし年が離れているせいか、しょっちゅうおこづかいをくれるのだ。

 

 ここでムシするより、行って助けてお駄賃をもらったほうがいい。

 それで、MyTubeのプレミアム登録をしたほうが結果的に時間効率がよくなる。

 俺はそんな打算的な思考で徒歩3分のマイの家へと向かった。

 

 ――この判断が、俺の運命を大きく変えることになるなんて思いもせずに。

 

   *  *  *

 

 ピンポーン、と一軒家のチャイムを鳴らす。

 カチャカチャ、ガチャリと玄関の扉が開きマイが姿を現す。

 

「ありがとうイロハちゃん、来てくれて。お姉ちゃんもすぐに――」

 

 ドラバタガッシャン、ゴロゴロとすさまじい衝突音を鳴らしながら何者かが階段を駆け下りてくる。

 そして「ぎゃふんっ!?」とマイを吹っ飛ばし、ひとりのギャルが現れた。

 

「きゃぁあああ~っ! 待ってたよ~、イロハちゅわ~ん!」

 

「ごはっ!?」

 

 すさまじい勢いで抱き着かれる。

 ゴツっと音が鳴った。固っ!?

 

 おっぱいが薄く、ダイレクトに肋骨が頭に当たって本当に痛かった。

 しかも力が強いもんだから、まるで万力にでも絞められているような感覚。

 

「お姉ちゃんぅ~、ひどいよぉ~!」

 

「ぐ、ぐるじ……」

 

「おー、ごめんごめん」

 

 ようやく解放され、彼女の全容が視界に収まる。

 年齢は今ちょうどハタチだったか?

 

 パーマを当てた髪、ラフに着たLLサイズのTシャツ、すこしギャルっぽいメイク。

 リア充だ、リア充がいる。

 

「ごほっ、ごほっ……”あー姉ぇ”おひさ」

 

「久しぶりイロハちゃんっ。まずは入って入って!」

 

「お邪魔しまーす」

 

「待ってお姉ちゃん、扉閉めないでぇ~! マイまだ入ってないよぉ、お姉ちゃん!? お姉ちゃぁ~ん!?」

 

 そんな声を背中で聞きつつ、家の中へ入る。

 そのまま階段を上がり、彼女の部屋へと案内された。

 

 背後から「うぅっ、ブラックジョークが過ぎるよぉ~」と慌てて追いかけてきたマイの情けない声が聞こえていたが、それも部屋の扉を閉めるとピタリと止む。

 

「わたしが言うのもなんだけど、いいの? マイのやつ『え、ウソ。ほんとにマイだけ部屋入れてくれないの? フリじゃなくてぇ~!?』って叫んでたけど」

 

「マイってほんとかわいいよね~。イジメるほど輝くよね~」

 

「鬼か!?」

 

 満面の笑みで言われてしまい、俺はそれ以上ツッコめなくなる。

 これでマイがツラい思いをしていたら話はべつなのだけど、アレでお姉ちゃん大好きっ子だからなぁ。

 

 むしろ普通以上に仲のよい姉妹、といえよう。

 スキンシップの取りかたって人それぞれだもんなー。

 

「にしても、ずいぶんと部屋の雰囲気変わったね?」

 

 イロハの記憶を探るに、前回この部屋に入ったのは1年以上前か。

 そのときはもっと女の子らしい部屋だったのだが、今はなんというか。

 

「すごいでしょ? じつは業者入れてリフォームしたんだ。ほら、壁とか扉も防音仕様。マイの声も全然聞こえないでしょ?」

 

「あっ、ハイ。って、防音? PCまわりもすごい機材。もしかしてあー姉ぇって」

 

「そ! じつは今、あたし――MyTubeで配信者やってるんだ!」

 

「え!? ニートじゃなかったの!?」

 

「ちがうよ!?!?!? ちゃんと自分で生計立ててるからね!?」

 

「でも、おばさんからそう聞いた気が」

 

「ちょっとママぁ!?」

 

 あー姉ぇは「ママとパパにもちゃんと説明したはずなんだけど、よくわかってないみたいなんだよね~。ま~、べつにいいけど~」とケラケラ笑っていた。

 しかし生計を立てられるほど配信で稼いでるだなんて、すごいな。

 

「それよりもイロハちゃん英語しゃべれるってホント!? いつの間に覚えたの!? 今、しゃべれる!?」

 

「まぁできる、らしい、みたいな、感じ?」

 

「あいまいだなぁ〜。めっちゃペラペラだったってマイに聞いたよ? お願い! 助けて欲しいの!」

 

「助けるって、なにを? わたしにできることなんて大してないよ?」

 

「それはねー、配信に出て欲しいの!」

 

「……はいぃいいい!?」

 

   *  *  *

 

 あー姉ぇの話はこうだった。

 もともと今日は、英語圏――アメリカ在住のMyTuberとコラボする予定があったそうだ。

 

 企画の内容は、日本語と英語の双方からヒントを出し、両者を合わせることで答えを導くクイズ。

 その出題役として日本語も英語も話せる配信者に、司会を頼んでいたのだが……。

 

「急遽参加できなくなったから、その代役がいる、と」

 

「そーなの! 代役探したんだけど急すぎてみんな厳しくて、しかも今日を逃すと次にコラボ相手との予定合うの1ヶ月後だから、日をズラすことも難しくって」

 

「でも、いきなりシロウトが配信に混ざっちゃってもいいの? コラボ相手は了承してるの?」

 

「さぁ? まだこれからだし。でもいけるっしょ!」

 

 自信満々の笑顔でサムズアップされた。

 コミュ強、怖ぇ!? 断られることとか考えないのだろうか。

 

「それで、やってくれる? 原稿は預かってるんだけど、ネタバレになるからあたしもチェックできてないんだよね。ちょっと見てみる? ……どう、いけそう?」

 

「あー」

 

 印刷したテキストを渡される。

 パラパラとページをめくり、頷く。

 

「うん。まぁ、普通に読めるね」

 

 いやいや、なんで普通に読めるんだよ!?

 意味がわかる。わけがわからない。

 

「よかった! じゃあ、お願いね! コラボ相手に確認とってくる――オッケーだって!」

 

「はやっ!?」

 

「配信開始まであと1時間だから。それまでにあたしもいろいろ準備しなきゃ。あっ、そうそう」

 

 PCに向き合っていたあー姉ぇが、くるりとゲーミングチェアを反転させてこちらへ向き直った。

 イタズラっぽい笑みを浮かべて彼女は問うた。

 

「好きな名前とか、ある?」

 




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第4話『助っ人は小学生』

 

 あー姉ぇは「配信者としての名前があるから、決して本名は言わないように」と釘を刺してきた。

 ただし「あー姉ぇ」と呼ぶのはオッケーだそうだ。

 

「あたし、そっちも”あ”からはじまる名前使ってるから」

 

 それで俺にも名前を考えろという話らしいが、ちっとも思いつかなかった。

 昔からこういうのは苦手なのだ。

 

 結局、そのままの名前で行くことにした。

 さすがに苗字までは出さないが。

 

 あー姉ぇが「本当にいいの?」と聞いてきたが、どうせ今回かぎり。

 今どき実名で配信してる人なんて珍しくないし、そもそも本名だとも思わないだろう。

 

「準備はいい?」

 

 そしていよいよ、配信開始の5分前。

 俺はあー姉ぇの横に座り、渡された予備のマイクに向き合った。

 

「いくよ。さん、にぃ、いち……スタート!」

 

 そのとき俺は、ん? あれ!? ととんでもないことに気づいたが、時すでに遅し。

 配信ははじまってしまっていた。

 

 声を出せば配信に乗ってしまう状況。

 そして、あー姉ぇは――。

 

「”みんな元気ぃ〜? みんなのお姉ちゃんだヨっ☆” 姉ヶ崎(あねがさき)モネでーすっ☆」

 

>>アネゴ好きだぁあああ!

>>アネゴ好きだぁああああ!

>>アネゴ好きだぁあああああ!

 

 コメント欄が絵文字や同一のコメントで埋まっていた。

 え、なにこの人数。っていうか――。

 

「そしてそして?」

 

《”ぐるるる……どーもゾンビです”。あんぐおーぐです!》

 

 ふたりのアニメ調のキャラクターが配信画面に並んでいた。

 あー姉ぇ、配信者やってるって……VTuberじゃねぇかぁああああああ!?

 

 というかあー姉ぇ、俺の推しのひとりじゃねーか!?

 あいさつにも思わず、いつものクセで声を出しかけてしまった。

 

 うわぁああああああ!?

 最悪だ! 一線を超えてしまった!

 

 ファンとして失格だ!

 推しの3D体を見てしまうだなんて、最大のタブーを侵してしまったぁあああ!?

 

 もちろんだが、VTuberに中の人なんていない。

 いないが、仮にそれに準ずる(・・・)ものを見てしまった場合、良かれ悪しかれ今後の見る目が変わってしまう。

 

 純粋な気持ちだけでは楽しめなくなる。

 俺はそれが本当にイヤなのだ!

 

 だが、今はそんなことを言っている場合じゃない。

 なにせ、コラボ相手は俺にとって推しの中の推し――”イチ推し”であるあんぐおーぐなのだから!

 

 もう、なにがどうなってるのかわからない。

 頭がぐちゃぐちゃだった。

 

 姉ヶ崎モネとあんぐおーぐは仲がいい。

 なんたって同じ大手事務所に所属している。

 

 このふたりは日本部署とアメリカ部署という違いはあるが、コラボもはじめてじゃない。

 むしろ多いほうだろう。

 

 だから、ふたりで配信していること自体は、なにも不思議ではない。

 ……不思議ではない、のだが。

 

 なんで俺みたいな異物が混じってんだよぉおおお!?

 

「というわけで今日は、代役としてあたしのリア友に助っ人をお願いしてきたよっ☆ それじゃあ、自己紹介どうぞ!」

 

「へ、あぅ!? あの、その!?」

 

>>落ち着けwww

>>ロリ声かわいい

>>相変わらずアネゴ、無茶振りで草

 

 混乱している間に、企画の説明も事情の説明も終わってしまっていた。

 俺は、俺は……。

 

「あー姉ぇちゃああああああん! 聞いてない聞いてない聞いてない! VTuberってどういうこと!? 普通の配信者じゃなかったの!? わたし推しとリア友だったの!? 《あんぐおーぐちゃん大ファンです愛してますぅ〜!》 なんでわたしここにいるのぉ〜!?」

 

「うぇ!? イロハちゃん落ち着いて、落ち着いて!」

 

「これが落ち着いていられるかぁあああ!」

 

>>大暴走で草

>>ガチの放送事故だろこれwww

>>リア友VTuberヲタクで草

 

>>あー姉ぇ呼びかわいすぎん?

>>呼びかたアネゴじゃないのか

>>さらっと英語ウマすぎてヤバい

 

「とりあえず自己紹介しよ? ね?」

 

>>あのアネゴがタジタジなの珍しいな

>>これはレアなアネゴwww

>>アネゴを振り回すとはなかなかやりおる

 

「う、うん。あー、はじめまして。本日、推しがリア友だと知ってしまいました。推しVTuberの中身を見てしまいました。イロハです」

 

「じゃなくて、役割! 翻訳担当!」

 

「翻訳機……翻訳少女? です」

 

>>根に持ってて草

>>翻訳少女イロハ、把握

>>やさぐれてるのいいな

 

「この子、妹の同級生……というかあたしたちの幼なじみなんだけど、聞いてのとおり英語ペラペラなの。すごくない? だから今回は助っ人として来てもらいました。まさかあたしのファンだとは思ってなかったけど姉ぇー」

 

《アネゴ、お前またやらかしたのか? 爆笑なんだけど》

 

「おーぐ、笑ってる場合じゃないから姉ぇっ!? こっちは大変なんだよ!?」

 

 コメント欄に「草」が溢れた。

 俺にとっては笑いごとじゃないが!?




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第5話『バズってる!?』

 

「……ふぅ」

 

 俺は推しふたりの掛け合いを見て、すこしだけ冷静になっていた。

 いや、感動が混乱を上回った、というほうが正確か。

 

 姉ヶ崎モネは英語がからっきしだ。

 あんぐおーぐのほうも、ほんのちょっとしか日本語がわからない。

 

 しかし、意味はわからずとも雰囲気と勢いだけで会話が成立してしまう。

 このふたりのコラボはお互い、なにを言ってるのかわかってないのに通じあったり、たまにアンジャッシュしたりする……そのわちゃわちゃ感が魅力的。

 

 それが今、目の前で行われているのだ。

 これが興奮せずにいられるだろうか!

 

《イロハチャン、ワタシの大ファンなの? すごくうれしい》

 

《わわわわわたしこそありがとうございます! いつもおーぐちゃんの配信に元気もらってます!》

 

《こっちの視聴者たちが、イロハチャンの英語がすごく上手だってびっくりしてるよ。英語圏に住んでたことあるの?》

 

《いえ、英語は学校の授業と自習と……あとはおーぐちゃんたちの配信くらいで》

 

《ほんとに!? それだけでそんなに自然な発音なの? ”マジスゲー”。って、おい視聴者!? ワタシからイロハチャンに乗り換えようとするな! 噛むぞ! ぐるるるっ!》

 

「はーい、じゃああんまり長引かせてもアレなのでサクサク進めよう姉ぇっ☆ 言ったとおり、イロハちゃんは未成年だから、夜が更ける前にお家に帰さないと」

 

>>ガチで未成年なのか

>>アネゴの妹と同級生ってことはまだ小学生?

>>小学生でこんなに英語話せるのすごいな

 

「じゃあ、あたしたちはこっちの回答者席に。んで、この立ち絵を出題者席に配置してっと」

 

>>かわいい

>>このために立ち絵まで用意したのか!?

>>これ、こないだのお絵かき配信で描いたやつやな

 

「えっ、これがわたし!? なんというか、かわいすぎるというか」

 

 配信画面に、真っ白なアカデミックガウンを着た幼女が追加される。

 そのデザインはどことなく天使を連想させる。

 

 このお絵かき配信は俺も見た。

 たしかお題は『人間を学びに来た天使』だったはず。

 

「さすがにイチから描く時間はなかったから、あり合わせで許して姉ぇ~」

 

>>むしろピッタリじゃね?

>>イロハたんマジ天使

>>イロハたんはぁはぁ

 

「よしじゃあ、いよいよやっていきますか! ここからは進行お願いできる?」

 

「う、うん。わかった」

 

 こほん、とひとつ咳払い。ようやく本来の進行に戻る。

 日本語での説明はあー姉ぇがやってくれるとのことで、俺は英語側を担当する。

 

《最初の挑戦は――》

 

 しかし、ようやくはじまった本編も波乱続きだった。

 ファンからすればいつもどおりなのだが、姉ヶ崎モネの配信は行き当たりばったりが多い。

 

 それでも最後はなぜかみんなを笑顔にしてしまう、剛腕なトーク力の持ち主。

 なのだが、巻き込まれる側になってみるとたまったもんじゃねぇえええ!?

 

 しかも、この悪友にしてこの子あり。

 あんぐおーぐもあー姉ぇと仲がいいだけあって、かなりのイタズラ好きだ。

 あー姉ぇに負けず劣らずのトラブルメーカーだった。

 

《おーぐちゃん今、ズルしたでしょ?》

 

《やべっ! ピ〜ヒョロロ〜。な、なんのこと? 知らないなー。ワタシの視聴者もみんな「知らない」ってコメントしてるぞ?》

 

《今、二窓してそっちの配信のコメントも見てるけど、みんな『知ってる』『バレた』ってコメントしてるよ?》

 

《ぐるるるっ……厄介な!? アネゴだけなら英語読めないし、チョロかったのに!》

 

「え? 今、あたしのこと呼んだ? それよりおもしろいこと思いついたんだけど、問題追加しない?」

 

「ヒィっ!? あー姉ぇの思いつきは毎回、ロクなことにならない! しかもだれにも止められないっ!」

 

 そんなこんなで最後のほうはもう振り回されっぱなし。

 しかし、ヘトヘトになりながらもなんとか走りきった。

 

 たった1時間ちょっとの配信だったのにドッと疲れた。

 配信ってこんなに体力を使うものだったのか。

 

「それじゃあご視聴ありがとうございましたぁ〜。せーのっ!」

 

「まった姉ぇ〜っ☆」

 

《”れすと・いん・ぴぃいいいす!”》

 

「やっと終わった。もう疲れた……お疲れぇ……たー、ありげーたー」

 

《ぎゃははは! ”オツカレ〜ターアリゲ〜ター”!》

 

 そのまま配信は閉じられた。

 なんか最後、疲労のあまり変なこと言った気がする。あんぐおーぐにもマネされてしまった。

 

「おつかれ〜。イロハちゃんよかったよ、めっちゃ助かったー。ありがとね〜」

 

《”オツカレサマデシタ”。イロハチャンすごくおもしろかった。ワタシ最後のすごく好き。”オツカレ〜ターアリゲ〜ター”! ぎゃははは!》

 

《おーぐちゃん、配信でもいっつもそういうジョーク言ってるもんね。笑ってもらえてうれしい……って、わたし今おーぐちゃんと会話してるぅううう!?》

 

《今さらでワロタ》

 

「なんにせよ大成功! トレンドにも載ってたし、記念配信以外だと最近で一番同接多かったかも」

 

「そう、それはよかった」

 

 俺はイスの上でぐでーっと崩れ落ちた。

 苦労した甲斐もあった、というものだ。

 

「っと、そろそろ本当に時間がヤバい。未成年をこれ以上引き止めたら、大人としていろいろと責任が」

 

《時間? 了解。もっと話したかったけど仕方ないね。イロハチャン、また一緒におしゃべりしようよ》

 

《うぇっ!? おーぐちゃんとまた!? それはめちゃくちゃうれしい! うれしいけどもぉっ……!》

 

 ぐぬぉおおおう!?

 俺の中でまたイチ推しと話せるよろこびと、ファンとしての一線を守りたい気持ちがせめぎ合っている。

 

「はいはい、その話はまた今度ね。イロハちゃん、家まで送るよ。今日は疲れただろうし、助けてもらったお礼はまた後日にゆっくりと」

 

「助かるよ、あー姉ぇ。……騙し討ちしたことは許さないけど」

 

「まだ根に持ってる!? べつにVTuberであることを隠してたわけでもないんだけどなぁ。時間ないし、そもそもVTuberを知らないかもだし。わざわざ説明するより、配信者とだけ伝えたほうが混乱しないと思ったんだけど」

 

「あー姉ぇは、自分が策を弄してよくなった試しがないことを自覚すべき」

 

 俺は最大限の恨みを込めた視線をあー姉ぇへと送っておいた。

 あー姉ぇはケロッとしており、ちっとも効いてない。こいつめ。

 

《それじゃあね、イロハチャン》

 

《じゃあね、おーぐちゃん》

 

《”オツカレ〜ターアリゲ〜ター”》

 

 そこであんぐおーぐとの通話が切れた。

 よほどあのフレーズが気に入ったようだ。

 

 ぐぐっと背伸びする。

 俺としてはともかく、”わたし”としてはもういい時間だ。

 

 帰ろう、と部屋の扉を開ける。

 そこに女の影が立っていた。

 

「ぎゃぁあああ唐突なホラー展開ぃいいい!?」

 

「あっ、お姉ちゃん! イロハちゃん!」

 

 そこにいたのはマイだった。

 わ、忘れてた。

 

「もうっ、待ちくたびれたよぉ~! もう終わったぁ~? じゃあこれから3人でなにして遊ぶぅ~!?」

 

「いや、帰るけど?」

 

「がーん!?!?!?」

 

 マイ、なんて不憫な子……。

 明日はちょっとだけ学校でやさしく接してあげよう、と思った。

 

   *  *  *

 

 そして翌日、運命の歯車が動きはじめる。

 朝イチであー姉ぇから着信。お礼の話かな? と俺は電話に出た。

 

『イロハちゃんがバズってる』

 

「……へ?」

 

 スクショを見せられた。トゥイッターのトレンド1位を獲得していた。

 えぇえええええええええ!?!?!?

 

 




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第6話『VTuber準備中』

 

『成功に才能は必須じゃない。けれど運は必須なんだよ』

 

 とは、あー姉ぇの談。

 そういえば最近イグノーベル賞を取ったのもそんな研究だったような?

 

 うーん、そういう知識は覚えてるのになぁ……。

 肝心なことは思い出せないくせに。

 

 ともかく!

 ようするにあー姉ぇが言っているのは「この機を逃さずもう1回コラボしよう!」ということだった。

 

「え!? じゃあまた、おーぐちゃんと!?」

 

『んや、おーぐは予定合わないから、あたしとふたりか、あるいはほかのVTuberを交えてだね』

 

 ほかのVTuberからも、問い合わせがあー姉ぇのところへ来ているらしい。

 その中のだれか、あるいは何人かとコラボすることになるそうだ。

 

 あー姉ぇのチャンネル登録者数を思えば、おそらく相手も軒並み有名どころ。

 すなわち、俺の推し。

 

 あうあうあう……!

 そうなるとまた、ファンとしての一線がぁあああ!

 

 それに英語ペラペラな小学生女児なんて異常だろう、という不安もあった(・・・)

 過去形なのは、自分でも動画などをチェックしてみたところ、一番バズっていたのがラストの『おつかれーたー、ありげーたー』の切り抜きだったからだ。

 

 ……なじぇえ???

 なんでこんなのが伸びてるのか、さっぱりだった。

 

 ただのオヤヂギャグやんけ。

 バズる側の気持ちってのは案外、こんなものなのかも。

 

 日本語も英語もめっちゃウマすぎてヤバい!

 という切り抜きもつられて伸びているが『おつかれーたー』には遠く及んでいなかった。

 

 これじゃあ気にするほうがバカバカしい。

 けれど……。

 

「あー姉ぇ、やっぱりわたしはひとりのファンとして――」

 

『おーぐがサインくれるって』

 

「!?」

 

『次のコラボ相手もあたしが言えばくれると思うよ?』

 

「!?!?!?」

 

 俺は気づくと、電話越しに頭を垂れていた。

 

「はは~~! あー姉ぇサマ、なにとぞよろしくお願いいたします~!」

 

 俺はっ、弱いっ……!

 誘惑に負けたファンの風上にも置けねぇクソだ。

 

 けれど直筆サインだぞ!?

 勝てるわけないだろっ!

 

   *  *  *

 

 それから俺はあー姉ぇのお付きとして、あちこちとコラボ配信を行った。

 あー姉ぇにも普段の配信や、先方とのスケジュールの兼ね合いもあり、配信に参加する頻度はまちまちだったが……それでも平均すれば1週間に1回ほど。

 

 かなりのハイペースと言えよう。

 しかも、毎回トレンドに乗っている。

 

 切り抜きの数もかなり多かった。

 先週の配信だと、俺が英語圏VTuberにスペルミスを指摘しているシーンなどがバズっていた。

 

 コメント欄が『逆だろ!』で埋め尽くされていた。

 それがきっかけで海外のミーム掲示板に、英語上手ランキングが貼られたりもした。

 

 あー姉ぇはそれを見て大爆笑していた。

 こんにゃろ~、他人事だと思いやがって。

 

 とはいえ俺は俺で、あー姉ぇにプレミアム代金を払ってもらえたことで快適なVTuber漬けの生活ができていたし、家に色紙のコレクションが増えていくしでウハウハだった。

 金に代えられないものが世の中にはあるのだ!

 

 そういえば、前世で集めたコレクション、住所が思い出せないから回収できてないんだよな。

 今も無事だといいのだけれど。

 

「しかし、順調すぎて怖いわー」

 

 悩みや不満がほぼない。

 しいていえば毎回、配信の終わりに『おつかれーたー』のオヤヂギャグを求められるのだけ、まだちょっと「うっ」となるが、まぁかわいいものだ。

 

 世界のどこかでは今日も今日とて戦争が起きているが、日本に住んでる分には気にならない。

 遠い国の出来事。

 

「こんな平穏な日々がずっと続けばいいのに」

 

 しかし、口にしたのがよくなかったのか――ウワサをすれば影、だ。

 着信音が鳴り響いた。

 

 発信者はあー姉ぇだった。

 電話を取るなり、相変わらずのすごい勢いで言われた。

 

『もしもしイロハちゃん、本格的にVTuberデビューしない?』

 

   *  *  *

 

 俺は弱……あれ? 前も似た光景あったな。

 最初は断固として拒否していたのだが、最後は家まで押しかけられ、そして押し切られてしまった。

 

 お手伝いはともかく、自分がVTuber業界に直接足を踏み入れるのはさすがに、と思っていたはずなのに。

 どうしてこんなことに、と思ったが理由は明白だった。

 

「”姉ぇ~……、ダメぇ?”」

 

「ハイヨロコンデー!」

 

 イチコロだった。

 俺、チョロい……チョロすぎるよぉおおお!

 

 あー姉ぇめぇ、ファンの心をいいように弄びやがって。

 推しのひとりたる”姉ヶ崎モネ”の声音で頼まれたら、思わず。

 

 あー姉ぇも最近、それに気づいたようで俺はうまく踊らされてしまっている。

 クソッ、本人はそんな俺を見て大爆笑するような、とんでもない奔放娘なのに。

 

 いつまでもそんな作戦が通用すると思うなよ?

 人は慣れるんだからな……。

 

 さて、デビューに関してだが、やらなければならないことや決めなければならないことが多いらしい。

 その作業量のあまりの多さに、俺は目を回すことになった。

 

 え……VTuberデビューってこんなにもやること多いの!?!?!?

 その内容とは――。

 




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第7話『はじめまして!』

 

 俺はデビューに関して、あー姉ぇから説明を受けていた。

 

 まず、モデルについて。

 これまで使っていた真っ白なアカデミックガウン少女のイラストはすでに『イロハ』の代名詞になっている。

 

 なので、デザインはほぼそのままでいったほうがいい、とのこと。

 ただしその際はプロに依頼すべきだ、と言われた。

 

 『姉ヶ崎モネ』は今でこそ大手事務所の所属だが、最初は2Dモデルを自作して個人VTuberとしてデビューした経緯がある。

 それほどの画力を持ちながらも、あー姉ぇに言わせれば「あくまで趣味レベル」らしい。

 

「普通の個人勢デビューならそこまで気にしなくてもいいんだけどね。素材とかも全部フリーのやつでいいし。けどイロハちゃんの場合、期待値がちがうから」

 

 そのセリフには経験者としての言葉の重みがあった。

 個人勢と大手所属、酸いも甘いも噛み分けたゆえの実感がこもっている。

 

「その辺はコネあるから任せて」

 

 しかしプロに依頼するとなると、かなりの費用がかかるんじゃ? と不安になる。

 あいにくそんなおこづかいはない。

 

「それについては心配いらないよ。デビューに必要な費用は全部、あたしが出すつもりだから」

 

「え!? さすがにそこまでは。デビューしろって言ったのはたしかにあー姉ぇだけど」

 

「安心して。動画がバズったおかけで、予想外の収益が見込めたの。動画広告や投げ銭だけじゃなく、切り抜きもあたしたちに一部収益が入ってくるんだよ」

 

「へぇ〜、知らなかった」

 

「一応、あたしのおさがりのパソコンをあげるって選択肢もなくはないんだけど……」

 

「それじゃダメなの?」

 

「正直、イロハちゃんの人気を考えるとそれじゃあスペック不足だと思う」

 

 そ、そんなに俺って人気が出てしまっていたのか!?

 マジかぁ~……。

 

「ともかく、そんなわけで収益から出すから安心して。イロハちゃんが自分で稼いだようなものだから。むしろ、今まで見合ったお礼ができてなくて申し訳なく思ってたんだよね。小学生に現金渡すのもちょっと、だし」

 

 俺としちゃあサイン以上に価値のある報酬もないわけで。むしろ、貰いすぎだとさえ思っていたのだが。

 このあたりの価値観は人によりけりだな。

 

「あとはここだけの話、税金対策。もうちょっと経費としてお金使っときたいんだよね」

 

 あー姉ぇはそう言って茶目っ気のある笑みを浮かべた。

 曰く、VTuber業というのは税金対策の難しい職種なのだとか。そういう意味で俺への投資は非常に”割がいい”そうだ。

 

「言っとくけど、必要なのはモデルだけじゃないからね?」

 

 あー姉ぇがモニターをこちらへ向けてくる。

 そこにはデビューに必要なものがリストアップされていた。

 

「機材だけでもデスクトップパソコン、モニター、マイク、ヘッドホン、webカメラ、オーディオインターフェース……」

 

 あー姉ぇが文字を指でなぞりながら読み上げる。

 

「画像編集ソフト、動画編集ソフト、モーショントラッキングソフト、配信ソフト……待機画面、配信画面、終了画面、オープニング動画、画面切り替え演出、待機BGM、配信中BGM、配信終了後BGM、ロゴ……」

 

「待って、頭が追いつかない」

 

「まだ序の口だよ? PCの設定、トラッキングの設定、配信ソフトの設定、一番大変なのは音声まわりの設定かな。あとトゥイッターのアカウントを作って事前に宣伝するのも必須。あ、宣伝用の画像や動画も用意しないとね」

 

「う、うん」

 

「もちろんMyTubeのチャンネルを開設しなきゃはじまらないし、自己紹介動画も撮らないと。デビュー配信の翌日はすぐにあたしのチャンネルとコラボして、そこから視聴者の導線引いて……いや、変則的だけどコラボ配信のあとに自己紹介動画を公開したほうが……ぶつぶつ」

 

「ひぇぇ〜!?」

 

 VTuberデビューってこんなに大変なのか!?

 世の中には星の数ほどのVTuberがいると言われているが、みんなこれを乗り越えているのか!?

 

「安心して。今回はアドバイザーとしてあたしがいるし大丈夫。あたしがひとりで……まぁ、ちょっと人に手伝ってもらったりもしたけど、そのときのデビュー作業に比べれば億倍カンタンだよ。しかもスタートダッシュが確約されてる。なんてイージーゲーム。ふふふ……」

 

「ひっ!?」

 

「あたしもマネージャーから許可取れたしオールグリーンだね。早ければ1ヶ月後にデビューだから。……あ。準備中もこれまで同様コラボ配信は続けるからね? ネタの提供は途切れさせないのが命」

 

 あー姉ぇの目が据わっていた。

 今さら「早まったかも」と思ってももう遅い。

 

 ガッチリと肩を掴まれていた。

 魔王からは逃げられない。なぜかそんな言葉が頭に浮かんだ――。

 

   *  *  *

 

 そこからはバタバタだ。

 なんたって、やることの多いこと多いこと。

 

 意外にも一番大変だったのは、親の許可を得ることだった。

 のちのち収益化するとき未成年者だけじゃダメらしく、あー姉ぇからは「必須」と言われていた。

 

 最終的には、俺が学校のテストで1ヶ月間すべて満点を取ったら許可してもらえることになった。

 ……なじぇえ?

 

 どうしてこんな展開になったのかはナゾだが、思い返せば俺が子どものころもこういう交換条件はあった気がする。

 いつの時代も親が子どもに求めるものは大差ないのかもしれない。

 

 

 とはいえ、言うは易く行うは難し。

 小学校のテストといえどすべて満点を取ろうとすると、意外とこれが侮れなかった。

 おかげで俺はデビュー準備と並行して学業に打ち込むハメになった。

 

 ……ハメに?

 あれ? 小学生は学業が本業なのでは???

 

 そんな疑問はさておき、俺はマジメに授業を受け予習復習をし――。

 

   *  *  *

 

 そして、ちょっと遅れて1ヶ月半後。

 

「――はじめまして、”翻訳少女イロハ”です!」

 

 俺は本格的なVTuberデビューを果たしたのだった。

 




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第8話『デビューとインタビュー』

「本日は、新人VTuberとしてデビューしたイロハちゃんに来てもらいました~! わー、ぱちぱち!」

 

「ど、どうもー。”わたしの言葉よあなたに届け!” 翻訳少女イロハでーす。うわ~、まだこのあいさつ言いなれない! 恥ずかしい……」

 

「そんなことないヨっ、かわいいヨっ☆」

 

「あ、はい」

 

>>塩対応で草

>>アネゴにだけそっけないのいつみても草

>>ダウナー幼女はぁはぁ

 

「あれ? イロハちゃんいつもよりよそよそしくない? と思ったそこのキミィ! 鋭い! じつは来てもらったといいつつ、いつもより物理的に距離が遠いんだよ姉ぇ~」

 

>>いや、塩対応はいつも通りだぞ

>>現実見なアネゴ?

>>アネゴ相変わらず強メンタルすぎるwww

 

 俺はあー姉ぇに買ってもらったデスクトップパソコンに向き合っていた。

 画面内にはふたりのVTuberが並んでおり、その端には視聴者のコメントがすごい勢いで流れていた。

 

 ひとりは姉ヶ崎(あねがさき)モネ。

 そして、もうひとりが俺こと”翻訳少女イロハ”だ。

 

 デザインはほとんどデビュー前と変わらず。

 いや、むしろ前よりロリ感がちょっと増してない? 中身が成人男性なだけに複雑な感情ががが。

 

「今までは物理的に家に来てもらってたんだけど、今日は配信機材の問題もあってそれぞれの自宅から配信してるんだよ姉ぇ~。イェ〜イ、イロハちゃん見ってるぅ〜?」

 

 あー姉ぇはいつもどおりだ。

 だが正直、俺は脳みそがパンクしそうだった。

 

 会話に、コメントチェックに、配信ソフトの操作。

 脳みそが3つ欲しいぞこれ!?

 

「さてさて、ではさっそくイロハちゃんへの質問コーナ〜! 事前にもらっていたマッシュマロや、トゥイッターのハッシュタグトゥイート、配信内のコメントから質問を拾ったり拾わなかったりしていくぜ!」

 

>>待ってました!

>>拾わなかったりするなw

>>ちゃんと拾えwww

 

「えーまず、最初の質問は――」

 

 そこから先は質問と回答がテンポよく、はないが続いていった。

 なにせ質問者があー姉ぇなのだ。話が脱線する、脱線する。

 

「イロハちゃんってハーフ? それともアメリカ系日本人? はたまた日本系アメリカ人? ……なんたら系ってなに? どゆイミ?」

 

「純日本人です」

 

「ちがうよ天使だよ?」

 

「なんであー姉ぇが答えんだよ」

 

 とか。

 

「英語以外にも話せるの?」

 

「フランス語と中国語はちょっとだけ(前世の大学の授業で)勉強したけど、どうだろ? 試したことないや」

 

「ちなみにあたしは日本語もあんまわかん姉ぇー!」

 

「知ってる」

 

 とか。

 

「小学生ってガチなの? ガチならギフテッドなのでは?」

 

「いや、ちがうと思う。検査受けたわけじゃないけど、ぶっちゃけ勉強は人並みというか」

 

「こう言ってるイロハちゃんですが、VTuberデビューに反対する親を、小学校のテストでオール満点取って黙らせてました! あたし見ました!」

 

>>マジ?

>>すげぇ

>>苦手とは???

 

>>俺、社会とか小学校の時点で挫折したんだが

>>小学校なら余裕だろ

>>小学校とはいえ全部は普通にすごくね?

 

 とか。

 ……そして、次が一番しんどかった質問で。

 

「英語の曲を歌ってみて」

 

「英語で歌!? って、ちょっと待て。それ質問か!? ていうか、聞いてないんだけど!? あー姉ぇ、事前の台本に書いてないよねソレ!?」

 

>>台本www

>>台本って言うなw

>>ぶっちゃけててワロタ

 

「あ、うん! おもしろそーだったからあたしが今、採用しちゃった! じゃあ今からあたしの曲を流すから、英語に翻訳しながら歌ってみよっか!」

 

「へ!?」

 

>>鬼畜で草

>>もとから英語の曲を使えばいいのでは???

>>本業でもわりとキツくね?

 

「イロハちゃんあたしの曲わかる?」

 

「そりゃ、あー姉ぇはわたしの推しだし」

 

>>エモい

>>これはてぇてぇ

>>だというのにこのアネゴは

 

「じゃあ大丈夫! できるできるっ!」

 

 ムチャ振りにもほどがあるぞ!?

 しかしコメント欄はすでに大盛り上がり。もはや引き下がれない。

 

「よしじゃあ再生!」

 

 ええい、ままよ! と俺は挑んだ。

 得意なわけではないが、推しの曲だ。それなりの数を歌ってきている。

 

 頭が沸騰しそうだった。そんな中で、俺は全力を尽くした。

 結果は――。

 

>>これは、どうなんだ?

>>なんというか彼女の歌は個性的だね(米)

>>なぜ笑うんだい? 彼女の英語は完璧だったよ(米)

 

 コメント欄がざわついていた。英語で歌ったからか、英語圏からのコメントが増えていた。

 それらをあー姉ぇがぶった切った。

 

「イロハちゃんめっちゃオンチで草」

 

「お前ぇ〜!?」

 

「はっはっは。今日は画面越しだから掴みかかれないもん姉ぇ~、怖くないよ~っだ」

 

「配信終わったあと家行くから覚えてろよ」

 

「あっ」

 

>>これは残念でもなく当然

>>うちのアネゴがいつもすいません

>>草

 

 しかし、我ながら本当にオンチだったな。

 翻訳はスムーズだったのだが、リズムと音程がバラバラ。

 例えるならそう――読み上げソフトに歌詞を突っ込んだ、みたいな?

 

 あれー? おっかしーな。

 たしかに元から歌はウマくないけど、ここまで酷くはなかったはず。

 

「え~、あ~。で、でもみんな翻訳は完璧だったって言ってるよ? ほらっ、できるって言ったでしょ! どうよみんなウチの子すごいでしょ!」

 

>>なんでアネゴがエラそうなんだよwww

>>お前んちの子でもねーだろw

>>フルボッコで草

 

「おーっと、盛り上がってるとこ悪いけどそろそろ時間だな〜!? イロハちゃんの親御さんも見てるらしいし、監督者としては責任を問われる前に切り上げないと」

 

>>逃げたw

>>逃げたなwww

>>おい逃げんな!www

 

「イロハちゃんのチャンネルはこれ、トゥイッターはこれ。この動画の概要欄にも貼ってあるからみんなチャンネル登録、フォローしてあげて姉ぇ~っ☆」

 

「あと、このあと20時から自己紹介動画も公開予定なので、よかったら見に来てくださーい」

 

「お前ら絶対に見ろよ~! それじゃあ、本日はご視聴ありがとうございました。”まった姉ぇ〜っ☆”」

 

「”おつかれ~た~、ありげ~た~”」

 

 言いなれてきた締めのあいさつをして配信を閉じる。

 大丈夫だよな? ちゃんと配信切れてるよな? ……よし。

 

 ふぅ、と息を吐いた。

 やがて、時計の針が20時をまわる。

 

 予約投稿の自己紹介動画と、宣伝用トゥイートが発信された。

 それをあー姉ぇやあんぐおーぐ、これまでコラボしたVTuberたちがリトゥイートしてくれたり、お祝いトゥイートをくれたりする。

 

 リトゥイート数、いいね数がうなぎ上りに増えていく。

 自己紹介動画に次々とコメントがついていく。

 

 今回のコラボ配信と自己紹介動画も切り抜きが作られ、爆発的に『イロハ』という存在が拡散されていく。

 チャンネル登録者はたった1日で1万人を超え、さらに伸び続けた。

 

 




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第9話『イマドキの女子小学生』

 

「デビューしたはいいものの、配信ってなにをすればいいんだろう?」

 

 ふと、俺は思って口に出した。

 ここまで勢いで来てしまったからなぁ。

 

「学校であったことを話してればいいんだよ」

 

「そんなのでいいの?」

 

「そんなのがいいの。ぶっちゃけリアル小学生女子の日常ってだけで、視聴者からすりゃ十分に非日常だし」

 

 大いに納得した。

 小学生女子の生態ってマジでナゾだもんな。俺も現在進行形で体感している。

 

「あ、けど個人情報とか身バレ防止のために、いろいろ伏せたりフェイク入れたりはしてね。あったできごとをすぐじゃなくて、期間を空けてから話すとか」

 

「ん、了解」

 

「ま、イロハちゃんかしこいしそこまで心配してないけどね。それよりも、個人勢で大切なのは差別化だね。その点、イロハちゃんはめちゃくちゃ強い。小学生女子ってだけで特別なのに、そこにバイリンガルが加わればオンリーワンといっても過言じゃないから」

 

 正確にはバイリンガルではないのだけれど、一理ある。

 なので、俺はあー姉ぇのアドバイスそのまま『一般的な女子小学生の日常』というタイトルで配信した。

 

 体育しんどいとか、給食はカレーが一番好きだとか。

 そしたら、なぜか……。

 

>>草

>>ワロタwww

>>アネゴ妹が不憫かわいいw

 

 なぜか、マイが笑いものになってしまった。

 すまん。けど毎回オチを作るお前も悪いんだぞ。

 

>>こんな姉妹、友だちに欲しいわ

>>ところでさっきから、アネゴ妹以外が話題に出てきてないけど

>>イロハちゃんって、アネゴ妹以外に友だちいないの?

 

「おおおおるわ! ちゃんと、アネゴ妹以外にも仲のいい子くらいおるわ!」

 

>>あっ…

>>ここでは見栄なんて、張らなくてええんやで

>>大丈夫、イロハちゃんには俺たちがいるから

 

「だから友だちいるっつってんだろぉおん!? いや、たしかにね? わたしは小学生女子の娯楽がよくわかんなかったりするけどね? ……ていうか本当に、なんでシール集めてるんだろう? カワイイってなんなんだろう?」

 

>>急に哲学はじまって草

>>【悲報】自称、一般小学生女子、女子小学生がわからないw

>>友だちできない理由それだろw

 

>>全然、一般的な女子小学生じゃなくて草

>>これは逸般的、女子小学生ですわ

>>IQちがいすぎると会話通じないらしいけど、それじゃね?

 

「いやいや、前も言ったけどわたしそんな頭良くないからね? ……それなのに最近、親がわたしの最近の成績と配信をきっかけに中学受験させようとしてきてるんだよねぇ。『あんたそんなに勉強できたん? じゃあ中学受験してみぃ』って」

 

>>イロハちゃん中学受験するの?

>>中学受験、懐かしいな

>>そんだけ勉強できるなら受験すべきやと思うで

 

「え、みんなわりと肯定派なんだ、意外。配信頻度減るけどいいの?」

 

>>中学受験なんてやめよう!

>>中学受験なんていいことなにもないぞ!

>>世の中には勉強よりも大事なことがたくさんあるよ!

 

「手のひらクルクルすぎない!? けど、仮に中学受験するってなったらなにすればいいんだろ」

 

>>寝る

>>遊ぶ

>>配信

 

「失敗させようとするな!?」

 

>>草

>>お前ら好きだわwww

>>マジメな話、中学受験は対策勉強しなきゃダメ

 

「え、そんな専用の勉強いるの? それって難しい?」

 

>>学校によるけど、ガチでムズい

>>俺は平日3時間、休日10時間は勉強してた

>>小6から中学受験はさすがに厳しくね?

 

「うわっ、そんな感じなんだ。あー、こりゃわたしじゃ絶対ムリだね。時間もないし。親が『やればできる』と思ってるのが不思議でならないよ、まったく」

 

>>自分のスペック自覚しろwww

>>俺がイロハちゃんの親でも、同じこと言ってると思うわw

>>親の心、子知らず

 

>>可能性上げるなら4教科じゃなく5教科受験するとか?

>>学校によっては英語もあるんやっけ?

>>イロハちゃんなら受かるだろう、と思ってしまう俺がいるw

 

 あー、そうだった。

 当然だが、視聴者は俺が転生していることも、英語力が”あとづけ”であることも知らないんだった。

 

「えーっと、ともかく。諦めてもらうにしても現状、どんな問題なのか、どんな難易度なのかもわかってないからなー。なにかいい手はないものか」

 

>>難易度なぁ

>>親は子どもに無限大の可能性を見ちゃうから、余計にやな

>>配信で過去問やるとか?

 

「え、過去問! それグッドアイディア! よし決めた。中学受験の過去問を使って、学力テスト配信をしよう! あーでも垂れ流しだとダレるし、答え合わせだけ配信しようかな?」

 

>>たしかに長くなりそう

>>配信して欲しいな

>>並走するわ

 

「おっけ、わかった。じゃあ、解いてる配信については見たい人だけ見る感じで。一緒に問題に挑戦したい人はご自由に。具体的にどの過去問やるかとか、いつやるかとかは決まったら改めて告知するね」

 

>>おっけー

>>お前ら小学生に負けたら恥だぞwww

>>今、ひとりフラグを立てたやつがおるな?

 

 とまぁ、俺のはじめての雑談配信はそんな感じだった。

 正直、勉強配信なんてVTuberの需要とは噛みあっていると思わない。

 

 どちらかといえば、癒しやダラダラと見れるものの需要が多い。

 だから、そんなに伸びないだろう、と期待もしていなかったのだが……。

 

 ――異変が起こったのはその1時間後だった。

 きっかけは1件の引用トゥイート。

 

『学力テストめっちゃおもしろそーじゃん! あたしも参加する姉ぇっ☆ ま、リアル小学生に負ける姉ヶ崎モネさまじゃないけどっ!』

 

 そこから連鎖するように『わたしも』の声が続いた。

 最終的に10名近いメンバーが学力テストの並走を表明した。

 

 トゥイッターのトレンドに『VTuber学力テスト』が上がった。

 ここまで来るともはや一大イベントだ。あー姉ぇに「いっそ本格的なコラボ企画にしてしまったほうがいい」とアドバイスをもらい、そして――。

 

   *  *  *

 

 ――『第1回VTuber学力テスト』が開催された。

 




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第10話『VTuber学力テスト』

 

「それでは本日、司会進行役を務めさせていただきます、現役教師VTuberの――」

 

>>きちゃあああ!

>>待ってた!

>>メンバー豪華すぎてヤバい

 

「この配信は『答え合わせ編』となっておりますので、もし並走したい場合は先に各ライバーの『テスト編』を見てからのご視聴をオススメいたします。それでは今回、テストに参加いただいたライバーのみなさんにあいさつしていただきましょう! まずは――」

 

 まるで学校の教室のような背景に、机と椅子のイラスト。

 それぞれの机に、まるで座っているかのようにライバーが配置されていた。

 

 ライバーたちが順番に、いつものあいさつのフレーズと意気込みを述べていく。

 

「次は――」

 

「”みんな元気ぃ〜? みんなのお姉ちゃんだヨっ☆” 姉ヶ崎モネでーすっ☆」

 

>>アネゴ好きだぁあああ!

>>アネゴ好きだぁああああ!

>>アネゴ好きだぁあああああ!

 

「いやぁ~、今日はあたしの天才的な頭脳をお披露目しちゃう姉ぇっ☆ イロハちゃんをボコボコに泣かせて大人の威厳を見せつけてやるぜっ!」

 

>>なんで自信満々なんだよw

>>(ある意味)天才的

>>泣き見るのはどっちやろなぁ?

 

「そして最後は、今回の企画立案をしてくれた現役女子小学生VTuber!」

 

「”わたしの言葉よあなたに届け!” 翻訳少女イロハでーす。うわっ、なんでこんなに有名ライバー集まってるの!? あっやべ、興奮で鼻血出てきた」

 

>>え、ガチで鼻血?

>>大丈夫!?!?!?

>>相変わらずのVTuberヲタクで草

 

「えっ、あーっとイロハさんが鼻血出ちゃったみたいなのでしばしお待ちを。その間に今回の企画について説明させていただきます。そもそもの発端は――」

 

 うわぁ、ヤバいヤバい! みんなに迷惑かけてる!?

 慌てて鼻にティッシュを詰め込み、鼻声になりながら配信に復帰する。

 

「――っと、イロハさんも戻って来たみたいですね。では英語圏向けの説明をイロハさんにしていただき……いよいよ、答え合わせやっていきましょう! 最初の教科は――」

 

 そんなこんなで答え合わせは進んでいった。

 予想外に大規模化したイベント。

 

 しかもこの人数、個性的なVTuberばかりだ。

 当然のように、うるさいくらいにぎやかな配信となる。

 

「理科の問題をイラストで解答してるやつがいるぞ!?」

 

「あっれー!? あたし、てっきり美術のテストだと……」

 

>>アネゴぇ…

>>しかも片っ端から間違ってんの草

>>絵だけはくっそウマいから余計にシュールwww

 

 とか。

 

「算数の問題だっつってんだろ! 三角関数使ってるやつだれだ!?」

 

「すいません。それ、わたしです……」

 

>>!?!?!?

>>おい大人ライバーども負けてんぞwww

>>解けすらしなかったライバーは反省してもろて

 

 とか。

 

「この中に、社会科のテストにVTuberを登場させたアホがいます」

 

「えっ!? 鎌倉幕府作ったのってオヤビンじゃなかったっけ!?」

 

>>アネゴぇぇ……

>>なんでその時代にVTuberがいんだよ!www

>>小学校からやりなおせ!www

 

 とか。

 

「この漢字の問題、なんと! 正解者がひとりもいませんでした! わかってる? これ小学生の国語だからね!? お前ら、普段パソコンが変換してくれるからってサボってんじゃねーぞ!」

 

「「「サーセン」」」

 

>>草

>>VTuber全員、漢字に弱い説

>>俺も耳が痛ぇwww

 

 とか。

 

「あの、この英文って不正解なんですか?」

 

「イロハちゃんの解答ですが、ぼくでは正誤判定ができず、知り合いの英語教師に相談してきました。結果、本場での口語としては正しいものの、今回は中学受験なので不正解という判定になりました」

 

>>そんなパターンあんのか

>>不正解の理由が特殊すぎるwww

>>たしかに知り合いの帰国子女も英語80点しか取れてなかったりするわ

 

 とか。

 

 そんな感じで、終始トラブルを巻き起こしながら配信は進んでいった。

 そして……。

 

「これにて全教科の採点が終了しました。というわけで、結果発っ表~! まずは準優勝からいきましょう。今回、見事に第2位を獲得したのは――」

 

 順番に名前が読み上げられていき、ライバーが一喜一憂する。

 ん? あれ? 俺の名前がいつまでも呼ばれないんだが……。

 

「ではブービー賞まで発表が終わり、残るはふたり。すなわち、どちらかが優勝、どちらかが最下位ということです。第1回VTuber学力テスト優勝の栄冠を手にしたのは――翻訳少女イロハさんです! おめでとうございます!」

 

「うぇぇぇえええっ!? なんでわたしぃいいいっ!?」

 

「そして最下位! 『おバカ』の称号を手にしたのは姉ヶ崎モネだぁ~!」

 

「うぇぇぇえええっ!? なんであたしぃいいいっ!?」

 

「なお教科ごとの順位は――」

 

 みんなの点数が画面に表示される。

 えっ、ウソ!? いやいやいや、みんなヒドいな!?

 

 俺はこのテストを全然解けなかった。

 だからこそわざと手を抜いたりもしなかった。

 

 これなら普通にやっても負けると思っていたのだ。

 しかし、それ以上にほかのライバーたちが解けていなかったらしい。

 

 もちろん、大喜利に走ったメンバーが多かったのもある。

 だが、それ以上に問題そのものが難しかったようだ。

 

 ちなみに優勝したとはいえ、俺と2位とでそこまで点差があったわけではない。

 それでも俺が勝ったのは現役だからだろう。ここ1ヶ月マジメに勉強していたのが地味に効いたようだ。

 

>>全員ボロボロで草

>>これはしゃーない(ただしアネゴは除く)

>>ワイもやったけどガチで難しかったぞ

 

>>中学受験って学校によっちゃ大学入試レベルの問題も出るんやっけ?

>>ぶっちゃけ俺も、全然解けなかった

>>俺はほぼ満点取れたけどな

 

 そんなこんなでVTuber学力テストは終了した。

 おバカの称号を獲得したあー姉ぇは、延々と「そんなバカなあたしが最下位なハズはきっと採点ミス」とブー垂れていたが、みんなにスルーされていた。

 

 一方、優勝した俺なのだが。

 あれー? この配信って「やっぱり厳しいねー」と親に中学受験を諦めさせるのが目的だったんじゃ?

 

「イロハ、あんたやっぱり受験しな!」

 

 案の定、そう親に言われてしまった。

 こんなはずでは~!?

 




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第11話『伝言ゲームde協力ゲーム!』

 VTuber学力テストの配信はすさまじい再生回数を叩き出した。

 あっという間に50万再生を超え、このペースだと100万再生に届きそうだ。

 

 これまでも切り抜きはバズっていたが、配信そのものがこんなに再生されたのははじめてだった。

 チャンネルの総再生時間も4000時間をゆうに超え……。

 

 収益化の条件が満たされた。

 俺はあー姉ぇに教えてもらいながら、手続きを完了していた。

 

「承認までの日数は時期によってまちまちなんだよねぇー。けど、たぶん1週間もしたら結果が返ってくるんじゃないかなー?」

 

「そっか~。って、待って。考えてみたら今回のコラボ企画の収益ってみんなにどう還元したらいいの? わたしまだ収益ゼロなんだけど」

 

「今回はチャンネル主――すなわちイロハちゃんの総取りだから気にしなくていいよ。みんなもおもしろそうだから企画に乗っかってきただけだし」

 

「そういうもんなの?」

 

「そういうもんだよ。まぁ、まったく思惑がないわけでもないだろうけど。あたしとのコネ作りとか、今度はイロハちゃんを自分のチャンネルに呼ぶためだとか、自分の宣伝とか」

 

「へぇ~」

 

「でもこんなのは全部オマケ。一番大切なのは自分がやりたいと思ったかどうか。だってMyTubeは――」

 

 

 ――”好きなことで、生きていく”場所。

 

 

「でしょ?」

 

 あー姉ぇはそう言ってウインクした。

 そういえば今回、一番最初に参加表明してくれたのも彼女だった。

 

「つまり、あー姉ぇもこの企画、おもしろそうだと思ってくれたの?」

 

「いや、あたしは小学生相手に無双して気持ちよくなりたかったから」

 

「おい!」

 

「おかしいよねー? なんであたしが最下位だったんだろう? あれ絶対に不正だよ! 点数操作だ!」

 

「点数よりも性根直したら?」

 

 とまぁ、そんな話をしていたらあー姉ぇの言っていたとおりになった。

 今度は俺がほかのチャンネルに呼ばれたのだ。

 

 恩義に報いぬわけにもいくまい、と俺は笑顔で了承の返事を送った。

 送った直後に自己嫌悪で崩れ落ちた。

 

 いつの間にかVTuberと交流することが当たり前になってる。

 ファンとしての自分と、VTuberとしての自分との境界があいまいになってきているぅ。

 

 ほんと、慣れって恐ろしいな。

 

   *  *  *

 

「というわけで今回は国際コラボでーす! いぇーい! ぴすぴす!」

 

 ひとりのライバーが叫んだ。

 彼女こそ、俺が今日お呼ばれされたチャンネルの主、今回のコラボ企画の主催者だ。

 

「ウチのチャンネルの視聴者は知っちょると思うんやけど、ウチってよく韓国組のライバーと一緒にゲームしちょるんよなー。で、せっかくじゃったらもっと多国籍にしたらおもしろいじゃろー思って!」

 

 主催者のライバーが独特な方言で話す。

 配信画面には男女混合、合わせて5人のVTuberが映っていた。

 

 その中のひとりはもちろん、俺。

 一方で今回、あー姉ぇは不参加だった。

 

 あー姉ぇは「出たいけどスケジュールが~!」と嘆いていた。

 コラボ配信であー姉ぇがいないのははじめてだ。

 

「では順番に自己紹介いってみましょい! ウチは――」

 

 自己紹介が進んでいく。

 俺もいつものフレーズに「日本語と英語がそれなりに話せます」と付け足してあいさつした。

 視聴者もだんだんと企画の趣旨がわかってきたようだ。

 

「みなさん自己紹介ありがとうございました~。もうみなさんもおわかりですよねー。そう、今回集まってもろたんは各国のモノリンガルとバイリンガルのライバーたちなんよ!」

 

 改めて今回のコラボメンバーを確認する。

 

 韓国語しか話せないライバー。

 韓国語と日本語が話せるライバー、本企画の主催者。

 日本語しか話せないライバー。

 日本語と英語が話せるライバー、俺。

 英語しか話せないライバー。

 

 総勢5名。自分でいうのもなんだがすごいメンツだ。

 バラエティに富んでる、というかもはや取っ散らかってる?

 

「今回みんなでやるんは『伝言ゲーム状態で協力ゲームをクリアすることはできるのか!?』ゲェ~ム! それじゃあさっそく、やっていきまっしょい!」

 

 そんなこんなではじまった配信。

 これがもう想像通りにめちゃくちゃだった。

 

 いろんな言語が飛び交い、ライバーも視聴者も大混乱。

 いい意味でお祭り騒ぎだ。

 

 あー姉ぇがいないなら楽チン。いつもみたく振り回されずに済む、と思っていたのだが……。

 くそぅっ! 見通しが甘かった!

 

「いやこれほんまムズない!? こんな企画考えたんだれじゃ!? ウチかぁ~っ! みんなはダイジョブ~? 【問題ない?】」

 

【問題だらけだよ!】

 

「ダメです!」

 

《みんな大丈夫? だって。「わたしも限界でーす」》

 

《クソ疲れたぞー!》

 

 調子ひとつ尋ねるだけでこのありさまだ。

 しかし、なんだろう? さっきからすこし違和感が。いやむしろ違和感がないというか。

 

「アハハ。じゃあゲームも落ち着いてきたし、せっかくこんなメンバー揃っちょるんやから、息抜きに質問コーナーでもやってみる? コメントのお前らー。なんか聞きたいこととか、あるかー?」

 

>>みんなはどうやって外国語を覚えた?

>>お互いの国についてどう思う?(米)

>>※▲□★↑※↑↑

 

【あ~、それウチも気になる! みんなは自分の国で、オススメの料理とか変わった食文化とかある?】

 

【自分は韓国でプルコギとかトッポギをよく食べます。あとラーメンコンビニをよく使ってました】

 

【ラーメンコンビニ?】

 

 思わず気になって口を挟んだ。

 それはちょっと、想像がつかないな。

 

【いろんなインスタント麺が売ってる無人のコンビニで、無料トッピングのセルフバーがあって。……うーん、説明が難しい】

 

【いいえ、ありがとうございます。理解できました】

 

「ちょちょちょ、ちょぉおおおっと待ったぁあああ!?」

 

>>!?!?!?

>>今、韓国語しゃべってたのだれだ!?

>>★↑※※

 

「うおぉおおおいっ!? まだウチ、翻訳しちょらんかったよな!? この場に韓国語しゃべれる3人目がおるんじゃけどぉおおお!?」

 

>>マジ???

>>★↑↑←※▲▲

>>なにが起こっているんだ(米)

 

「ちょっ、イロハちゃん韓国語もしゃべれたん!?」

 

>>この幼女、毎回コラボでやらかしてるな!?

>>彼女は韓国語も話せるのかい!?(米)

>>バイリンガルじゃなくてトリリンガルってコトぉ!?

 

 ライバーたちもコメント欄も大混乱だ。

 

「えぇっ!? あ、いや、そのっ……」

 

 しかし、一番混乱しているのはほかでもない俺自身だった。

 え、俺さっき韓国語を話してたのか!? 自分が韓国語を話している自覚なんてなかった。

 

 バカな、さっきまでは本当に韓国語なんて聞き取れなかったはず。

 どうして急にこんなことに!?

 




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第12話『韓国と日本とアメリカと』

 

 なんで急に韓国語を理解できるようになったんだ?

 俺は韓国語を勉強したことなんて、ないはず。

 

 それこそ韓国語との関わりといえば、前世で交換留学生が来たときと、前世で母親が韓流ドラマにハマってリビングで録画を垂れ流されていたときと、韓国圏のVTuber配信を見るときくらいのもの。

 ……あれ? 思ったよりあるな?

 

>>これ企画倒れなのではwww

>>わからんフリしてた、って雰囲気でもなさそうやが

>>もしやドッキリか???

 

「ちがうんです、ちがうんです! 最初は本当にわからなかったんです! けど、聞いてるうちになんとなく」

 

「なんとなくで!?」

 

>>韓国語はなんとなくで話せるようになるものだったのか

>>んなわけねーだろ!www

>>さすがにこれは嘘松

 

「え、ちょ、ちょっと待って。具体的にどうやって覚えたとか説明できる? ウチ、めっちゃ気になるんやけど! 正直、それがホンマなら参考にしたいんじゃが!」

 

「ええっと」

 

 俺はもはや大混乱だった。

 にも関わらず、驚くほどスラスラと言葉が出てきた。

 

「まず、おふたりの会話を聞いていて日本語と近い発音の単語が多いなーと思ったんです。そこから文法が日本語とすごく近いってことに気がついて。そこまでわかれば文章の意味はおおよそ類推できるので、内容から助詞を対応させていって」

 

>>???

>>なるほどわからんwww

>>日本語でおk

 

「補足しておくと、さっきの文章がわかったのはあくまで、出てきた名詞が日本語と同じ発音だったり、すでにわかってる動詞だったりしたからですよ!? それでカチリとハマったというか、一気に理解が進んだというか――”話せるようになりました”」

 

>>話せるようになりました←意味わからなすぎて草

>>なにを言ってるんだこの天才はwww

>>これってようするに、1回聞いた単語はすべて覚えてるってことなんじゃ?

 

「うわっ、本当だ!? 一度でも意味を理解したら、その単語はもう使いこなせてる!?」

 

>>無意識とか、ギフテッド感あるな

>>一度聞いたら覚えられるって、むしろギフテッドの能力としてはメジャーなのでは?

>>ギフテッドってじつは全体の2%もいるらしいし、ありえそう

 

>>あー、わかってきたかも。成長って坂じゃなく階段やん? 英語の長文問題もあるときから急にスラスラ読めるようになったりする。さっき一気に理解できるようになったのは、そのすごい版が起きたってことじゃない?

>>長文すぎ、だれか10文字でまとめてくれ

>>イロハ、ワープ進化!

 

「はぇ~、すっご」

 

 本企画の主催者ライバーが感嘆するように息を吐いた。

 待って。俺がまだ、よくわかってないんだけど!?

 

「たしかに、日本語と韓国語ってかつては地理的に同じ場所にあったこともある、って言われちょる言語じゃし。似ちょる部分がかなり多いんよ」

 

>>えっ、そうなん?

>>日本語は朝鮮語から分かれ出た、って聞いたことあるな

>>↑それはデマ、けど日本語の祖語は朝鮮半島経由で渡ってきたらしい

 

「すくなくとも、両方とも漢字語がもとになった名詞を使っちょるのは事実やな」

 

>>つまり、ガチってこと?

>>今までネタで言ってたけど、これマジもんのギフテッドでは???

>>ありえない、すごすぎる(米)

 

「イロハちゃんの説明聞いて、むしろこっちが納得しちょったわ。そして、わかったことがもうひとつ。……こんなん参考にすんのムリじゃボケぇえええ!」

 

>>そりゃそーだwww

>>俺もムリだわw

>>だれでもムリだっつーのwww

 

「とゆーかチョイ待って? イロハちゃんが韓国語を話せるってことは、もしかしなくても……ウチの立場なくない!?」

 

>>草

>>これはヒドいwww

>>これは泣いていいw

 

「グスン、グスン。視聴者の対応はイロハちゃんに任せるけぇのぅ。みんな今のうちにイロハちゃんに質問あったら投げちょいてくれ。ウチは敗北者じゃけぇ……」

 

>>★*+$※?

>>#★※●?

>>●+□★●●?

 

 韓国の視聴者を中心にさまざまな質問が飛んでくる。

 しかし……。俺は「あの~」と声をかけた。

 

「わたし、ハングル読めないんですけど」

 

「えぇえええっ!?」

 

>>マジか!?

>>それは予想してなかった

>>なるほど……日本では先に書き文字から外国語学ぶけど、赤ちゃんや海外なんかだと聞く→話す→読む→書くの順番で覚えるっていうもんな

 

「あっぶねーセェ~~~~フ! ウチ、あやうくいらない子になるちょこじゃった!」

 

>>草

>>□★●##

>>●###

 

 そうやってイレギュラーは起こったものの、ゲームが再開された。

 すると、ハングルを読む以外にもできないことが、ちらほらあることに気づく。

 たとえば……。

 

【すいません。まだ、話もカタコトくらいにしか】

 

 スムーズに話すのが難しかったり、発音が正しくなかったり。

 韓国語も日本語と同じように一人称が複数あるのだが、使い分けできず【わたくし】となっていたり。

 

【これ韓国語でなんて言いますか?】

 

 韓国語で話そうとしても言葉を翻訳できないことがある。

 そもそも韓国語に対応する単語がなかったり、まだ知らなかったり。

 

 当たり前だが、知らない単語は話せない。

 話の内容から類推できない場合はニュアンスを伝えて教えてもらうしかない。

 

 徐々に修正されつつはあるのだが、このチート染みた外国語の理解能力にはいろいろと制約があるようだ。

 なんでもかんでも万能に翻訳できるわけじゃないらしい。

 

 同じような問題は英語でも起こっていた。

 そして、わからないことを英語で聞いたり、韓国語で聞いたり……を繰り返していたら、いつの間にかみんなが俺の先生のようになっていた。

 

 わからないことを素直に質問できる。

 ほかのライバーも相手が子どもだから、聞かれたことにはしっかり答えてくれる。

 

 しかも、俺はチート染みた外国語の記憶能力で教えられたコトを100%吸収するのだ。

 相手も物覚えの良さに、だんだんと教えるのが楽しくなってきちゃったらしく……。

 

 ”ぅゎょぅι゛ょっょぃ”。

 

 これこそが勉強における最強のバフなのではなかろうか?

 また、一緒に説明を聞いているうちに、ほかのライバーたちもお互いの言葉が断片的にだが聞き取れるようになってきていた。

 

「小学生にもわかるように噛み砕いて説明してくれていたから」

 

「小学生にできるんなら自分にもできんじゃね? と思った」

 

 と。結果、協力ゲームは予想外にスムーズな進行を見せた。

 想定以上のところまで攻略に成功し、本企画は大団円で終了した。

 

 この配信も切り抜きが大量に作られた。

 とくに『ウチの立場なくない!?』と『話せるようになりました』のシーンが伸びた。

 

 主催者から「ぜひまたコラボして欲しい」とのお誘いももらった。

 なにげに、この一言が俺にとっては一番のご褒美だったかもしれない。

 

 そうこうしているうちに無事チャンネルの収益化審査が通っていた。

 そして、俺の肩書は名実ともに『小学生』から『小学生VTuber』になったのだった。

 




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第13話『学校図書館にて』

 

 小学6年生の教室。

 うーむ、まいった。と俺は嘆息した。

 

「イロハちゃんすごぉ~い! また満点だぁ~!」

 

「あー、うん。まぁ」

 

 返却されたテストを覗き込んで、マイが賞賛の声をあげた。

 それにつられて周囲の生徒の視線がこちらに集まる。

 

「最近どうしたのかなイロハちゃん」

 

「あいつってそんなに勉強できたっけ?」

 

「キャラ変わったよな」

 

 ひそひそとウワサされている。

 俺はバツの悪さを誤魔化すように髪先を指で弄んだ。

 

 この長い髪のように、今でこそ俺は女子小学生になっているが、中身はオッサンだ。

 子ども相手に無双するのはズルしているようで気が引ける。

 

『あ~、ガキを一方的にボコボコにするの気持ちいい~!』

 

 くらいに思えたら楽なんだろうけど。

 あいにく俺には、あー姉ぇのように図太い神経は備わっていない。

 

「イロハちゃんはやっぱり中学受験するつもりなの?」

 

「そうそれ! 問題はそれなんだよ!」

 

「えっ、う、うん」

 

 唐突な勢いにマイが一歩引く。

 大きなため息を吐いて、俺は机に突っ伏した。

 

 最近、親からの圧がすごいのだ。

 ことあるごとに……。

 

『自分の力を試してみない?』

 

『この学校は授業でこんなおもしろいことするんだって!』

 

『建物もキレイで施設も充実してるわよ!』

 

 などと言われるようになってしまった。

 いや、ちゃうねん。べつに俺は頭がいいわけやないねん。

 

 テストの成績がいいのは人生2周目だから。

 言語習熟については、俺にもわからないナゾの力が働いているから。

 

 なーんて説明ができるはずもなく……。

 俺はいまだ、あいまいに誤魔化すことしかできずにいる。

 だから余計にこじれている。

 

「進学校に行ったら、わたしなんてソッコーで落ちこぼれると思うんだけど」

 

 10で神童、15で才子、20過ぎればただの人。いつまでもアドバンテージがあるわけじゃない。

 そしてなにより、というよりこれこそが一番の問題点なのだが。

 

 ――勉強に時間を取られると推しを見る時間が減るだろぉがぁあああ!

 

 俺にとって本当に重要なのは、その一点だけだった。

 

   *  *  *

 

 てなことを、雑談配信で話していると……。

 

>>中学受験は親のやる気と子どもの根気

>>身バレ大丈夫?

>>どこの学校受けるとかは伏せたほうがいいよ

 

「心配ありがと。でも、このあいだの学力テストは有名中学から過去問を引っ張ってきただけだし、進学候補はほかの学校だから大丈夫だよ」

 

>>よかった

>>イロハちゃんまだ小学生とは思えんくらいリテラシーしっかりしてるよな

>>むしろ一般的なライバーが大人とは思えないくらい、リテラシー足りてな……おっと、だれか来たようだ

 

「実際に受験するのは、家から通える距離で、英語科目のある、なるべく偏差値の高い学校になりそう。……なるべく低いところじゃダメ?」

 

>>なんのための中学受験だよwww

>>本末転倒で草

>>受験するにせよしないにせよ、勉強はしといたほうがいいぞ

 

「うぐっ、正論パンチが耳に痛い! でも勉強する時間を増やすと、VTuberの配信や切り抜きを視聴する時間が減るのがなぁ~。ただでさえ配信で時間削られてるのに!」

 

>>配信が面倒ごと扱いなの草

>>VTuberにあるまじき発言でワロタwww

>>「勉強がイヤ」じゃなくて「勉強で時間が減るのがイヤ」なあたり、相変わらず感性が一般的な小学生からかけ離れてて笑う

 

「いや実際、推しの配信を見るより重要なことってこの世の中に存在する? あっ、推しのライブを見に行くことか!」

 

>>草

>>一緒じゃねーか!

>>頭良いクセにVTuber絡むと急にバカになるのなんなんだwww

 

「そうだなー、効率よく勉強する方法とかあればいいんだけど。オススメの勉強法とかない?」

 

>>睡眠学習

>>俺はマンガでわかる歴史を読んで社会好きになったなぁ

>>ガチで難関中学狙うなら受験塾行くべき

 

「受験塾! でもお高いんでしょう?」

 

>>それがなんと、今なら……高いんです!

>>月謝以外にもテキスト代とか講習代とかかかるからな

>>小6だともろもろ込みで100万くらいか?

 

「ひぇっ!? そんなの絶対ムリだって!?」

 

>>VTuberの収益でなんとかなるやろ

>>この間、収益化が通ったのはこの伏線だった?

>>¥5000 塾代

 

「塾代ありがとうございますー。いやそれが、じつは……みんなのおかげで収益化はできたんだけど、収入になるのはまだまだ先なんだよねー。実際に懐に入るのは2ヶ月くらい先らしい」

 

>>へぇ~

>>知らんかった

>>そうなるとチョイ厳しいな

 

>>とりあえず教材だけ買って自習とか?

>>まずは夏期講習だけ参加してみるのもアリ

>>受験塾に案件もらってタダで教えてもらおう

 

「えぇ~~。案件なんてもらったら、勉強しないといけなくなるじゃん~」

 

>>???

>>??????

>>言ってることムチャクチャで草

 

>>勉強したいのかしたくないのかどっちなんだよwww

>>とりあえず図書館で教材借りてみたら?

>>母国語(宇宙語)出てるぞ

 

「日本語だが!? あー、でもそうだね。それが現実的かも。とりあえず学校とか街の図書館行って、問題集借りてこよっかなー。まだ受験するかも決まってないのに買うのはアレだし」

 

>>親なら教材代くらいいくらでも出してくれそうやけど

>>教材もタダやないんやで

>>金銭感覚が小学生じゃなく自立した社会人なんだよなぁ

 

   *  *  *

 

 翌日の放課後、俺は足を階下ではなく階上へと向けていた。

 今日は集団下校もないため、授業さえ終わればあとは自由時間だ。

 

「イロハちゃん下駄箱はそっちじゃないよぉ~?」

 

「わかっとるわ!? ちょっと図書室に寄っていこうと思って」

 

「……? 図書室に下駄箱はないよぉ~?」

 

「知っとるわぁあああ!」

 

「ご、ごめんねぇ~。イロハちゃんのことだからてっきりぃ~」

 

「え、ちょっと待って? わたしってマイからどういう風に見られてるの? そこまで常識ないかな!?」

 

「うん」

 

「お前、覚えてろよ」

 

 絶対に配信でネタにしてやる、と思いながら階段を上がって図書室へ。

 ちなみにマイは置いてきた。「置いてかないでぇ~」と言っていたが当然の扱いだ。

 

「失礼しまーす」

 

 ガラガラと扉を開けて室内へ。

 むわっと古い本特有の匂いが充満していた。

 

 

 




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第14話『言語チート能力』

 

 学校の図書室。

 俺はこの場所に、二重の意味でノスタルジーを感じていた。

 

 古い本が並んでいるから、というのがひとつ。

 図書室を利用するのが久々だから、というのがもうひとつ。

 

 正確にはこういう部屋も図書()と呼ぶらしいが、つい図書室と呼んでしまう。

 まぁ、伝わるならそれでいいと思う。

 

 言葉は正しいかより伝わるかが大切だ。

 もちろん、大抵の場合においては正しいことと伝わりやすいことはイコールだが。

 

「え~っと、どこのコーナーにあるんだ」

 

 図書室は意外なほど充実しており、そして本格的だった。

 絵本にマンガ、小説に図鑑……みたいに分かれているのを想像していたら、ちがった。

 大雑把にはそのとおりなのだが、もっときちんとジャンルで分けられていた。

 

「ここは『自然科学』で? あっちは『文芸』?」

 

 俺が子どものときの図書室ってこんなにしっかりしてたっけ?

 それとも当時はそれがわからなかっただけか。

 自分がどれだけ恵まれていたかなんて、大人にならなきゃわかんないもんだ。

 

 しかし、案内を頼りにあちこち見て回るが見つからない。

 それっぽいのはあるのだが、どれも求めているものとは微妙にズレている。

 あくまで”読みもの”といった印象の本ばかり。

 

「もっと問題集っぽいやつがいいんだけど。……すいませーん。こういう本を探してるんですけどー」

 

 貸出窓口で、図書委員だろう生徒に尋ねてみる。

 しかし……。

 

「見たことあるー?」

 

「わかんなーい。ないかもー」

 

「先生に聞いてみるー?」

 

 どうにもイヤな予感。

 最終的にやってきた図書室の先生に言われてしまう。

 

「ごめんなさいねぇ。そういうのは置いてないの。問題集はあくまで個人で買って使うものだから」

 

 あちゃー、これは想定してなかった。

 たしかに考えてみればそうか。

 

 もし、問題集なんて貸し出ししたらあっという間に書き込みだらけになるだろう。

 それに問題を解ききるには、貸出期間が短すぎる。

 

 だれか、ひとりくらい気づいて指摘してくれるリスナーはいなかったものか。

 まぁ、これに関しては確認しなかった俺のミスだが。

 

 わざわざ図書室まで来てなにもせずに帰るのもなー、と思い本棚を見て回る。

 なにかテキトーに1冊くらい借りていくか。

 

「おっ?」

 

 と、言語のコーナーにハングルの教本を見つける。

 俺はなにげなくそれを手に取った。

 

 まぁ、このあいだの配信のときに読めなかったんだ。

 今見たからといって読めるわけでもない。

 

 その、はずだ。

 一瞬、恐怖が脳裏をよぎった。俺は恐る恐るとページをめくり――。

 

「……ほっ」

 

 いつの間にかハングルが読めるようになっている、なんてことはなかった。

 そりゃそーか。だって、そんなことはありえないし。

 

 だから、なにかを狙ってそうしたわけではなかった。

 気も抜けて、ただの手慰みとしてパラパラと教本のページをめくっていただけ。

 

「え?」

 

 その手が、とあるページで止まっていた。

 そこにはハングルにおける、いわゆる”五十音表”が載っていた。

 

「うおぉおおおっ!?」

 

 急速に視界が開けていく。

 思わず声が漏れた。自分の意思とは無関係に、脳が急速回転しはじめる。

 

「読め、る」

 

 教本のページを次々とめくっていく。

 さっきまでは意味の分からない文字列としか映っていなかったそれら。

 しかし今は、はっきりと文章として認識できていた。

 

「……そういうこと、か」

 

 あきらかにチートじみた言語能力の影響だ。

 と同時に、俺はこの能力についていくつかの見当がついた。

 

 これまでの経験から、能力発動の条件はおそらくは3つ。

 1.大量のインプット。

 2.言語ルールの把握。

 3.実体験。

 

 正確にはインプットとルールは必要条件で、実体験は能力発動のトリガーなんだと思う。

 そんな条件でもないと、理解できるようになったタイミングが都合良すぎるし。

 

 それにルールについては膨大なインプットがあればねじ伏せられるようだ。

 逆にルールがわかっていればインプットは少なくて済む。

 ある種のトレードオフ関係にある。

 

 って、話がややこしくなってきたな。

 

 たとえば韓国語を例に挙げよう。

 俺は前世において母親の影響で韓流ドラマを聞き流すなどしていた。

 それによりすでに十分なインプットは集まっていた。

 

 しかし字幕再生で表示されるのはもちろん、日本語だ。

 そのためハングルのインプットだけは足りていなかった。

 

 ただしハングルは表音文字だ。

 わかりやすくいえば発音と文字が1対1で対応している。

 

 関係性としては日本語の発音とひらがなに近しい。

 漢字のように文字そのものが意味を持っていたり、単語ごとに発音がガラリと変わったりはしない。

 

 日本とは子音と母音の定義が異なるものの……。

 逆にいえばそのちがい(ルール)さえ理解すれば、話せる人間にとって書くことは容易だ。

 

 俺は直接的に韓国語を勉強をしたことがないから、そのルールを知らなかった。

 だから、韓国語は話せたのにハングルは読めないなんて状態になったのだ。

 

「とはいえ、これ絶対に普通じゃねぇ!?」

 

 本によると、ハングルは文字そのものも子音と母音の組み合わせでできているそうだ。

 それゆえ半日もあれば暗記できるくらいわかりやすいのだと。

 

 俺の場合は一瞬だった。

 

 いや、それもおかしいのだが……一瞬でわかるはずのことが、この五十音表を見るまでさっぱりだった。

 いろんな意味でこのチートじみた言語能力にアンバランスさを感じる。

 

 とまぁ、いろいろ語ったが正直そんなことはどうでもいい!

 本当に大事なのは――。

 

「えーっと、これか」

 

 韓国語の単語帳を探してきて開く。

 日本語部分を隠して見てみる。

 

 やはり知らない単語は読めない。

 しかし手をどかして日本語訳を一度でも見たら、もう忘れない。

 パラパラと単語帳をめくるだけですさまじい速度で脳内にデータが蓄積されていく。

 

「すごい! すごいぞ! これってつまり、韓国勢VTuberの配信内容を余すことなく理解できるようになれる、ってことじゃあないか!」

 

 一度死んでから、自分におかしな能力が備わっているのは気づいていた。

 けれど、まさかこんなにも便利な能力だなんて!

 

「いや、待てよ?」

 

 近くにあったフランス語の単語帳を手に取ってみる。

 パラパラとページをめくる。

 

「おおぉおおおおおおお! すごい! これでフランス勢の配信も……ばたんきゅう」

 

 俺はぶっ倒れた。

 キャァアアア! と貸出窓口のほうから悲鳴が上がった。

 

 ぐわんぐわんと視界が回っていた。

 頭がまるでオーバーヒートでも起こしたみたいにひどい熱を持っていた。

 




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第15話『リスクとデメリット』

 

 いやー、大変な目にあった。

 学校の図書室で倒れたあと、保健室の先生が駆けつけてくれたらしい。

 

 その後は救急車で病院に搬送されたようだ。

 親もすっ飛んできて、配信も急遽おやすみにして……。

 

「いやもうめっちゃびっくりしたよねー」

 

 翌日、俺はフェイクを入れつつ自分の身に起きたことを話していた。

 倒れて病院に運ばれるなんて、前世でもなかった経験だ。

 

>>そんなことになってたの!?

>>めっちゃ心配した

>>なんで平然と次の日に配信してんだwww

 

「体調はもう大丈夫。目を覚ましたあとも、ちょこっと点滴打ってもらったらすぐ帰ってきたし」

 

>>もっとちゃんと休んだほうがよいのでは?

>>それ数日は安静にって言われなかった?

>>結局、原因なんやったん?

 

「お医者さんが言うには過労? らしい」

 

>>小学生で過労ってヤバくないか?

>>もしかして配信のせい?

>>勉強がんばりすぎたとか?

 

「それがよくわかんないんだよねー」

 

 と言いつつ、原因はチートじみた言語能力の乱用以外には考えられなかった。

 短時間であれだけのことを覚えるなんて、脳みそを酷使していたと言われても仕方ない。

 

 よし。これからは毎日コツコツと覚えていくことにしよう。

 途中まではとくに問題もなかったわけだし。

 

 ふふふ……!

 そして、ゆくゆくは全世界のVTuberの配信を見れるようになるのだ!

 

 それに、考えてみればこの能力はそう怖いものでもない。

 超高精度・超高速処理・超高解析能力の翻訳機を持っているようなものだ。

 ちょっと廃熱に問題があるだけで。

 

>>原因わからないのに過労って怖くね?

>>一度、精密検査受けたほうがいいんじゃ

>>心配だなぁ……

 

「大丈夫だって。VTuberの配信は万病に効くんだよ! 毎日見てるわたしが健康体でないはずがないでしょ?」

 

>>草

>>通常運転だなwww

>>ゴリゴリの精神論で笑う

 

「最近は英語や韓国語がわかるようになったからねー。もー幸せすぎてヤバい。アーカイブも追わないとだし、見るものが多くて困っちゃう。毎日12時間以上見てるけど、まだ時間足りないや」

 

>>過労の原因それじゃねーか!?

>>学校と配信入れると、ほとんど寝てない計算にならない?

>>逆になんで今まで倒れてなかったんだよ!

 

「ははは、なに言ってんの。1時間のVTuber視聴は、3時間の睡眠にも等しいって厚生労働省が発表してたよ? すなわち、わたしは毎日36時間休んでるといっても過言ではない!」

 

>>過言だよ!!!!

>>厚生労働省を巻き込もうとすなwww

>>だれかこいつを止めろ!

 

 そのとき部屋にノック音が響いた。

 ただの雑談配信だったのでヘッドホンも付けておらず、すぐに気づく。

 

「え、なにお母さん。今、配信中なんだけど……みんな、ちょっと待ってて」

 

>>おk

>>イロハハきちゃ

>>いつも娘さんにお世話になってます

 

 部屋の扉を開けて対応する。

 配信中にやってくるなんて、よほどの急用なのだろうか?

 

「どうしたの?」

 

「これからMyTube見るのは1日1時間までよ」

 

「え……な、ななななんでぇえええ!?」

 

「なんでもクソもないでしょ! あんた、倒れてどれほどみんなに心配かけたと思ってんの! 心当たりなんてないって言っておきながら、そんなことしてたなんて!」

 

「えぇえええ!? ちがうんだって。アレはちょっと事情があって。配信を見るのはむしろ癒しっていうか」

 

「お母さん、言ったからね!」

 

「待っ――」

 

 扉がバタン! と閉められ、母親が去っていく。

 バカな。なんでこんなことに……。

 

 そうか、子どもの身って便利なだけじゃないんだな。

 自立した大人にはある自由を、子どもは制限されることがあるのだ。

 

 忘れていた。

 大人の責任と自由は比例するのだ。

 

「最悪だぁ~」

 

 俺はPCの前に戻ってきて、呟いた。

 コメント欄の流れが加速していた。

 

>>草

>>これは自業自得

>>イロハハ、グッジョブ

 

「え、みんな聞こえてたの!? うわっ、ミュートし忘れてる! まぁ、そんなことどうでもいいや。ほんとサイアク。1日に1時間しかMyTube見れないとか。まだ見てないアーカイブがたくさんあるのにぃ~!」

 

 母親の言うことなんてムシすればいいだけに思えるが、俺には強硬に反発できない事情があった。

 使っているMyTubeのアカウントが母親管理なのだ。

 

 もし怒らせて、アカウントを削除されるようなことになれば……。

 仕方ない、と俺は嘆息した。

 

「今日からはMyTube以外での配信アーカイブを消化することにしよう!」

 

>>なんにもわかってねーぞコイツ!?

>>そうじゃねーよ!?

>>また怒られるなこれはwww

 

 今度はノックなしに扉が全開にされた。

 ガチで怒られた。

 

 俺の精神年齢はおっさんだ。

 そして、おっさんにもなってガチで説教されると、すさまじい精神的ダメージを負うことを俺は学んだ。

 

「ひっぐ、ぐずっ……ごめんなしゃあああい!」

 

 しかし、ここは俺にとっても譲れない部分。

 粘り強く交渉し、最終的には平日2時間、休日5時間という落としどころになった。

 

 なお、中学受験を前向きに検討することが交換条件。

 過労が心配だから勉強をやめさせる――という選択になったりしない? なりませんかそうですか。

 

「うぅっ、うぅぅっ……たった2時間だなんて、酷すぎるよぉ~。あんまりだよぉ~」

 

>>十分だろ!

>>むしろまだ多すぎるわ!!!!

>>母親を言いくるめようとしてさらに説教されてたの草

 

 不幸中の幸いはもうすぐ夏休みなこと。

 そうなれば一応、毎日5時間はVTuberを見れる。それでも少なすぎるが。

 

 ちなみに、ガチ説教はそのまま配信に垂れ流されていた。

 当然のように、小学生女子のマジ泣きは切り抜かれた。

 




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第16話『先生からの呼び出し』

 

 夏休みを目前に控えたとある日。

 今日も図書室へ行って外国語の本を借りて帰ろう、なんてことを思いながら立ちあがったときのこと。

 俺は担任教師に呼び止められた。

 

「すこしお話しましょうか」

 

「えっ」

 

「ついてきてください」

 

 なになに、恐い!? 呼び出し? ウソ、俺なにか悪いことしたか!?

 俺は戦々恐々としながら担任教師のあとをついていく。

 やばい、心当たりが多すぎる!

 

 連れていかれた先には『応接室』と書かれた室名札。

 そこは生徒から『生徒指導室』と揶揄されている部屋だった。

 

 ガラリと扉を開けると、室内にはテーブルを挟んで、向き合うようにソファが配置されている。

 俺は先生の対面に座らされた。

 

「えっと、あのぉ?」

 

 呼び出された原因はどれ(・・)ですか?

 と質問を投げようとしたとき、ガチャリと扉が開いて新たにひとりが入室してくる。

 

「え、お母さん!?」

 

 やってきたのは母親だった。

 親まで呼び出し!? いったいどれほどのことを俺はやらかしたんだ!?

 

「お待たせしました、先生」

 

「よく来てくださいました、お母さま」

 

 俺の判断は早かった。

 

「あ、用事思い出したから先に帰るね!」

 

「おい逃げるな」

 

「ぐえっ」

 

 首根っこを捕まえられた。目にも止まらぬ早業。

 母親からは逃げられない!

 

「すいません、ウチのバカ娘が」

 

「いえいえ、大丈夫ですよ」

 

「えーっと、お母さん今日お仕事は?」

 

「だれかさんのために休んできたのよ」

 

 そこまで!?

 もうダメだぁ~。いったい俺はどれほど怒られてしまうのだろう。

 

 俺は諦め、母親のとなりに座った。

 そしてはじまった話は……。

 

「最近のイロハさんのテストの点数には目を見張るものがあります」

 

「ありがとうございます」

 

 ん!? 予想外にポジティブな話の切り出し。

 もしかしてこれはいけるか? 説教ではなく褒められるために呼び出された可能性がワンチャン……。

 

「しかし生活態度は、はっきり言って最悪です」

 

 やっぱりダメだったー!?

 そうか、呼び出しの原因はそれかー。正直、ものすごく心当たりがある。

 

「授業中に関係のない本を読んでいたり」

 

「うぐっ!?」

 

「休み時間に校内では使用禁止のスマートフォンで動画を見ていたり」

 

「うぐぐぅっ!?」

 

「おたくのお子さまは、率直に申し上げて――」

 

 あぁ、終わった。

 間違いなくVTuberの視聴時間がさらに削られる。

 

 こないだの今日だもんなぁ。

 許されるわけが……。

 

 

「率直に申し上げて――天才かもしれません!!!!」

 

 

「はいぃいいい!?」

 

「おそらくイロハさんは、非常に高い知力を有していると思われます!」

 

 なーにを言っとるんだこのおばはんは!?

 さっきの話と繋がっとらんやんけ!?

 

 俺の脳内はクエスチョンマークで埋め尽くされた。

 母親は先生の言葉を聞いて深くうなずき……。

 

「そうですよね! じつは母親から見ても、そうではないかと感じていたんです!」

 

「なんでぇえええ!?」

 

 どうしてそこで意気投合する!?

 まったく話についていけない!

 

「どうやらイロハさんにとって通常の授業は簡単すぎるようです。もしかして塾に通われていて、すでにそちらで学んでいるとか?」

 

「いえ、塾へは通わせていません」

 

「そうですよね。以前の面談でそうおっしゃられていましたものね」

 

 先生がペラペラとバインダーをめくっていた。

 おそらくは俺の成績なんかがそこには記載されているのだろう。

 

「イロハさんは授業中、関係のない本を……外国語の教材を読んで自習されています。もちろんその時間の授業内容は理解して、テストで満点を取った上で」

 

「えっ。そうだったんですか?」

 

 母親がちらりとこちらを見る。

 俺はブンブン首を振った。ちがうんだ! いや、ちがくないけど!

 

 たしかに俺は図書室で借りた外国語の教材を読んでいた。

 しかしそれは、一度にインプットしすぎると脳がオーバーヒートするから、授業中やヒマな時間にちまちまと読み進めるのが都合よかっただけ。

 

「それに休み時間にも、スマートフォンで外国語のリスニングをされていたとか」

 

 先生は「ほかの生徒が教えてくれました」と告げ口をバラした。

 いやいやいや、その告げ口間違ってますけど!?

 

 そんなことはしていない。

 いったい、だれだこんな大ホラを――。

 

「……あっ」

 

 と、そこで思い出した。

 そういえば一度、休み時間に海外勢VTuberの配信を見ようとしたとき、イヤホンが繋がっておらずスピーカーから大音量で垂れ流してしまったことが。

 

「あれか~」

 

「もしかするとイロハさんは、ギフテッドと呼ばれる存在かもしれません。お母さま、イロハさんを中学受験させてみませんか!?」

 

「うえぇえええ!?」

 

「このままイロハさんの才能を埋もれさせるのはもったいないです! 公立中学に進むのも良いですが、できればもっとレベルの高い授業を受けさせてあげるべきです! 力試しだけでもしてみませんか!?」

 

 まさか、学校にまで伏兵がいたなんて!

 この流れはマズい。俺は慌てて口を挟んだ。

 

「わ、わたしにはムリだと思うなー! 中学受験なんて!」

 

「そうよね、一番大切なのはイロハさん自身の意思だものね。いきなりはハードルが高いなら、まずは夏期講習に参加するのはどうかしら?」

 

 先生はバインダーからパンフレットを取り出してズラリと並べた。

 母親がこっちを見てニヤァと笑った。

 

「それは名案ですね! ねっ、イロハもそれならいいでしょう?」

 

「え、普通にイヤ痛だだだだだだ!?」

 

 先生からは見えない場所をこっそりとつねられる。

 暴力反対! と叫ぶ前に耳元で囁かれる。

 

「ヤ・ク・ソ・ク」

 

 うわぁあああ!? そうだった!

 中学受験を前向きに検討する、という契約で動画を見てもいい時間を伸ばしてもらったんだった。

 

 いや、待て。

 だからといって夏期講習に参加する約束をしたわけでは――。

 

「あんた休み時間にVTuber見てたでしょ」

 

 ぶわっと汗が噴き出した。

 バレテーラ。

 

「オカシイナー。お母さん、あんたが家できっかり2時間、毎日VTuberを見てるのを確認してるんだけど。学校でVTuber見てた時間はいったいどこの計算に入ってるのかしらー?」

 

「ワーイ。イロハ、夏期講習ダーイスキ」

 

「あらそう! イロハさんが前向きになってくれてうれしいわ! では、どこの夏期講習に行くかですが――」

 

 先生がパンフレットを並べて、その値段や授業内容のちがいを説明してくれる。

 あー、結構ピンキリだな。

 

「お母さん、ここにしよう」

 

「あんた今、値段だけ見て選んだでしょ。1番安いところ」

 

「い、いやー。けど結構お金かかるし」

 

「あんたはそんなこと気にしなくてもいいのよ」

 

「イロハさん、どうしても気になるなら塾によっては特待生制度があるわ。夏期講習で高い成績を残して一番になれば、お母さんを楽させてあげられるわよ。大丈夫、きっとあなたならできるわ!」

 

 いや、ちっがぁーう!?

 さっきのはあくまで建前だ。値段の安い講習のほうが、時間も短くて楽そうだったからだよ!?

 

「塾なのに特待生制度があるんですか?」

 

「えぇ、お母さま。それなりに大きな塾に限られてしまいますし、もっと早い時期から勉強をはじめている子ばかりなので、実際には厳しいかもしれませんが――」

 

 結局、とんとん拍子に話が進んでいった。

 最終的にかなり大手の、受験塾の夏期講習を受けるハメになってしまった。

 

「大丈夫ですよイロハさん。実際に中学受験するかどうかを決めるのは、夏期講習を受けてからでも遅くありませんからね」

 

 うげぇっ!?

 なんでこんなことにぃ~!?

 




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第17話『入塾テスト』

 無事に終業式も終わって、俺は帰宅していた。

 次に登校するのは1ヶ月後。

 

 成績表は自分でいうのもなんだがかなり良かった。

 これで心置きなく……。

 

「夏休みだわーい!」

 

>>夏休み……?

>>それは何語ですか?

>>世の中にはそんなものが存在したのか

 

「えぇ~、社畜のお兄ちゃんたち夏休みないのぉ~!?」

 

>>このクソガキ殴りてぇwww

>>社会人にはいろいろあるんやぁあああ!

>>あーあ、チャンネル登録者数減っちゃったねぇ?

 

「ごめんごめん。マジメな話、身体だけは壊さないよう気をつけてね。わたしは夏休みもお仕事してくれてるみんなを応援してるねっ! ……ふぅ、媚び売りはこのくらいでいいか」

 

>>おい!w

>>本音漏れてんぞwww

>>相変わらずドライなイロハちゃんすこ

 

 前世においては、俺も社畜寄りの生活を送っていた人間だ。

 彼らの気持ちはよくわかる。

 

 社会人は本当に休みが少ないと思う。

 俺だってこれほどの長期休暇、何年ぶりかわからない。

 

「ごめんごめん、ついテンションが上がりすぎちゃった」

 

>>お詫びに歌枠配信して?

>>お仕事応援ボイス販売して?

>>もっと煽って?

 

「大人なのに休むこともできないのぉ~? 小学生にだってできることなのにぃ~! うっわぁ、なっさけなぁ~! ざぁ~こ、ざぁ~~こ!」

 

>>おいバカやめろ!www

>>なんで、よりによってそのコメント拾ったし!?www

>>メスガキムーブたすかる

 

「まぁ、こんなこと言ってるわたしも、明日から夏期講習なんですけどね……」

 

>>あっ

>>いきなり冷静になるな!

>>受験生に夏休みはないからなぁ

 

「まだ受験すると決まったわけじゃないんだけどね。というか、夏休みの宿題に夏期講習に……もしかして学校あったときより忙しいのでは? わたしの救いはMyTube視聴の時間制限が緩和されることだけだよ」

 

>>気づいてしまったか

>>まぁ勉強はしといて損ないしなぁ

>>そうか夏休みの宿題もあるのか

 

「そうなんだよねー。夏休みの宿題って、結構めんどうくさいのが多くって。よし、とりあえず今日中に日記だけでも終わらせておくか!」

 

>>なんで初日で日記終わらせようとしてんだ!?

>>でっちあげる気マンマンで草

>>毎日書かなきゃ日記の意味ねーだろwww

 

「こんなのは去年の引っ張り出してテキトーに写しとけばいいんだよ。……あっ、良い子(・・・)のみんなはマネしちゃダメだからねー」

 

>>おいwww

>>最終日にまとめて書くよりはマシ、なのか?

>>今年は夏期講習行くんだからあきらか矛盾出るくね?

 

「いい、みんな? 日記は毎日書くんだよ? これは習慣化と継続力と日々の時間の貴さを理解するために非常に大事な宿題だからね。いい大人(・・・・)のみんなも日報はきっちり毎日書くように」

 

>>手のひらくるくるで草

>>ナルホド、ソウナノカー

>>すまん、俺も人のこと言えんかったわwww

 

「あと時間がかかりそうなのは、なんだろ? 自由研究とか?」

 

>>イロハちゃんの自由研究気になる

>>どうせVTuber関連だゾ

>>”アタシも一緒に自由研究する姉ぇっ☆”

 

>>アネゴ!?

>>アネゴもよう見とる

>>アネゴ好きだぁあああ!

 

「え、ウソあー姉ぇ!?」

 

>>これはもしかしてコラボか?

>>この流れどっかで見たことあるぞwww

>>みんなコラボ強要はしたらあかんで

 

「あー。今、裏でもメッセージ来ました。というわけで自由研究は配信上で行います。それもコラボ企画で。こうなったあー姉ぇは止められないので……」

 

>>草

>>小学生にして、すでに苦労人の気配が

>>逆に、あー姉ぇはもっと大人になれwww

 

「詳細はまた企画の細かい部分が決まり次第、トゥイッターと配信上で告知するからお楽しみに~」

 

>>楽しみに待ってます!

>>あー姉ぇがなにやらかすのか予想つかんwww

>>”楽しみにしてて姉ぇっ☆”

 

 あー姉ぇはそれだけ言い残し、コメント欄から去っていった。

 相変わらずフットワークが軽すぎる! そして強引すぎる!

 

 しかし、俺はあー姉ぇのそういった部分に本当に救われていた。

 俺はあまり企画を考えるのが得意ではなく、ついつい雑談配信が多くなってしまう。

 

 こういった誘いはきっと、まだ配信者として未熟な俺へのあー姉ぇなりのフォローなのだろう。

 フォローだと思いたい。フォローであってくれ! 頼む!

 

 かき回すだけかき回して、大満足して去っていく台風女じゃないよな!?

 俺はあー姉ぇを信じていいんだよね!? ね!?

 

 いや、これ以上考えるのはやめとこう。

 あ、そういえば。

 

「もうひとつ面倒な宿題があるんだった。漢字ドリル!」

 

>>うわっ、懐かしい!

>>漢字の書き取りほんと嫌いだった

>>イロハちゃんは漢字繰り返し書いたりして、平気なん?

 

「ん? どういう意味?」

 

>>ギフテッドって反復学習が(比喩ではなく)吐くほど苦手らしいな

>>ストレスで倒れて病院に運ばれることすらあるとか

>>そうなの!?

 

「そうなの!?」

 

 おっと、俺までコメント欄と同じ反応をしてしまった。

 ギフテッドと聞くと”優れている”といったイメージが強いが、そんな負の側面もあるのか。

 

「わたしは漢字の書き取りがツラかったりはしないかな。前も言ったけど、わたしべつにギフテッドじゃないからね!? それにどうせ配信見ながら手を動かすだけだし」

 

>>ギフテッドじゃない(ギフテッド)

>>平気なタイプだったか

>>本当に万病に効いてて草

 

「まぁ、めっっっちゃ嫌いだけどね!? ていうか、アレが好きな子どもなんていないでしょ!」

 

>>それはそうwww

>>言われてみればそのとおりだったわw

>>あれほんと効率悪いよな

 

「仕方ない部分もあると思うけどねー」

 

 中学生、高校生ともなれば勉強の仕方もわかってくるだろう。

 しかし小学生にはまず”覚えかた”から教える必要がある。

 

>>けど、こんなに頭良いのに効率悪い勉強させられてるのもったいないな

>>日本型学校教育は「落ちこぼれをなくす」ためのものだからしゃーない

>>どうしてもインクルージョン教育になるよな

>>そのための中学受験よ

 

「なるほど?」

 

 そう言われると納得しそうになる。

 ただし、俺がギフテッドではなく一般人であるという一点を除けば、だ。

 

 結局そこなんだよなー。

 俺は俺が天才ではないことを知っている。けれど周囲にそれを説明できないのだ。

 

   *  *  *

 

 そんなこんなで、翌日。

 俺は母親とともに受験塾を訪れていた。

 

「はぇ~、でっけぇ~」

 

「いいいいい行くよわ」

 

「なんでお母さんが緊張してんのさ?」

 

 まぁ、わからんでもないけどな。

 受験塾というか、受験ビルとでも呼びたくなるほど巨大な建物。

 これがまるごと塾だというのだから驚きだ。

 

 受付に伝えると、空き部屋に案内された。

 今日はまだ授業を受けるわけではなくその前段階らしい。

 

 まずは『入塾テスト』だそうだ。

 軽い説明のあと、俺ひとりを部屋に残して母親たちは退出した。

 

 俺がテストを受けてる間に、母親は母親でやることがあるとのこと。

 塾のシステムや月謝について説明を受けるらしい。

 

「うわー、やっぱムズいな」

 

 問題を解きながら、呟く。

 正直これは自信ないな。過去問を解いたことがある身としてはある程度、覚悟できていたことだが。

 

 いやー、難しい。

 どのテストも小学校の授業が完璧なだけじゃ絶対に解けないようになっている。

 ……さすがに英語だけは余裕だったが。

 

 しばらくして、母親たちが部屋に戻ってくる。

 なんでもこの結果で、コースごとにクラス分けがされるそうだ。

 

 俺は説明されるまで知らなかったのだがこの塾には、難関中学ごとに専門のコースがあったり、中学受験に必要な知識全般を身につけるコースがあったり、小学校の授業内容を総復習するコースがあったりするらしい。

 で、コースによっては足切りがあったり、人数が多く複数のクラスに分かれているのだと。

 

「あんたはどこがいい?」

 

「えー、じゃあ全般コースで?」

 

 難関中学を狙う気はないし、総復習は……すでに学校でやってるしな!

 小学生2周目である俺にとっては、普段の授業が復習みたいなものだ。

 だから消去法だった。

 

   *  *  *

 

 翌日、塾から電話がかかってきた。

 クラス分けの結果通知のようだ。

 

 母親はまだ仕事で帰宅しておらず、俺がその電話を受けた。

 自分の才能は知っている。それに手ごたえを感じていなかった。

 

 だから、きっとクラス分けは最下位とか……。

 

『イロハさん――あなたなら特待生になれます!』

 

「はいぃいいいいいい!?」

 




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第18話『早口言葉』

 

「塾から電話来てたの? 先生はなんて言ってた?」

 

「あぁ、全般コースの真ん中(・・・)のクラスだったよ」

 

 帰宅した母親にそう告げる。

 それを聞いた母親はキョトンとしていた。

 

 もしかするといきなり最上位クラス、なんてのを想像していたのかもしれない。

 はははー、そんなわけないじゃないかー。

 

「そう。でも気を落とす必要はないからねっ! 最初はそんなものよ。気にしなくてもあんたならきっとすぐ、もっと上のクラスにいけるわよ」

 

「ありがとー」

 

 と話を合わせておく。

 まぁ、まったく気にしてないどころか興味もないけどね!

 

 それに……。

 俺の脳裏には、さきほどの電話でのやり取りが呼び起こされていた。

 

   *  *  *

 

『あなたなら特待生になれます!』

 

「はいぃいいいいいい!?」

 

 いやいやいや、そんなバカな! なにか裏があるに決まってる!

 だって全然、出来よくなかったぞ!?

 

 可能性があるとすれば、英語のできがズバ抜けて良かったから、とか?

 けれど、それだけですぐ『特待生』となるとは思えない。

 

 アレくらいなら帰国子女やバイリンガルなど、同じ点数を取れる子どもは意外と多い。

 そう訝しみながら話を聞いてみると……。

 

『もちろん、今すぐというわけではなく将来的に、というお話にはなりますが』

 

 ただのリップサービスじゃねーか!?

 なーんだ……い、いや!? 全然、期待とかしてなかったけど!?

 

 なんでも、特待生になるには条件を満たす必要があるとのこと

 条件はふたつ。

 

 ひとつはコース選択を塾側が指定した『難関中学コース』にすること。

 もうひとつは夏期講習の終わりにある、テストで成績上位となること。

 

 俺じゃなかったら間違いなく引っかかってたな、これ!?

 母親はもとから乗り気だし。

 

 「キミには才能がある」と言われて悪い気のする子どももいまい。

 「あなたの子どもには才能がある!」と言われた親も同様。

 

 なんてうまい誘い文句だろう。

 まさか、本当に俺のことを”特待生になれる逸材”だなんて思ってるはずもないし。

 

 きっとみんな同じこと言われてるんだろうなー。

 本当に特待生になり難関中学に合格すれば、塾の実績としてプラス。

 そうでなかったとしても、入塾した時点で収益としてプラス。

 

 親としても「将来的に特待生になるのなら」「今だけなら」とサイフのヒモを緩めてしまうだろう。

 期待値はいつだって無限大なのだから。

 

 それに特待生にも2種類あるらしい。

 全額免除のA特待と、半額免除のB特待。

 そう言われたら最悪でも片方にくらいは引っかかるだろう、と思ってしまう。

 

 だれだって株を買うときは上がるのを想像して買うもんだ。

 そして一度資金を投入すれば、あとに引くのは難しい。

 来年2月、受験が終わるまで塩漬けとなる。

 

 もちろん塾側――先生に悪意があってのことではない。

 商売の基本、相手の求めるものを提示しているだけなのだから。

 

   *  *  *

 

 まぁ、現実そんなもんだよねー。

 と俺は雑談の一環で話していた。

 

【へー、そんな感じなんだ? ウチは中学受験しちょらんからなー。恥ずかしながら高校受験と大学受験も、マジメに勉強せんと遊びほうけちょったし】

 

 今日は韓国勢VTuberたちとのコラボだ。

 俺にしては珍しくゲーム配信。

 せっかくだからと韓国語縛りでFPSのチームプレイをしていた。

 

【私はよくわかります。韓国は中学受験も高校受験もないですが、日本よりもずっと学歴社会です。学校は勉強のための場所で、日本みたいな部活動もありません】

 

【そうなの?】

 

【はい。高校時代は受験の心配ばかりでした。試験当日は国全体で受験生を応援します】

 

>>受験トラウマだわ(韓)

>>1000万ウォン積まれても二度と受けたくない(韓)

>>オレ遅刻しかけて会場までパトカーで送ってもらったわ(韓)

 

【えっ、パトカーで!?】

 

>>俺も知らんおっさんにバイクで送ってもらった(韓)

>>遅刻しかけたことが今でも夢に出る(韓)

>>スヌンやっけ?

 

【はぇ~、韓国のみんなも受験で苦労してたんだねぇー】

 

【え? ちょい待って??? イロハちゃん、今ハングルのコメント読んじょらんかった?】

 

【あ、はい。先日、読めるようになりました】

 

>>読めるようになりました←www(韓)

>>マジ? なんかコメント拾ってみて(韓)

>>醤油工場の工場長はカン工場長で、味噌工場の工場長はチャン工場長だ(韓)

 

【醤油工場の工場長はカン工場長で、味噌工場の工場長はチャン工場長だ】

 

>>!?!?!?(韓)

>>俺より韓国語ウマいんだが???(韓)

>>オレより早口言葉ウマくてビビった(韓)

 

【え? 今の早口言葉だったの?】

 

 カンジャンコンジャンコンジャンジャンウンカンコンジャンジャンイゴ、テンジャンコンジャンコンジャンジャンウンチャンコンジャンジャンイダ……。

 うわっ、本当だ言いにくっ!?

 

 全然、早口言葉を言っている自覚がなかった。

 歌は棒読みになるのに、早口言葉はうまくなっていた。

 




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第19話『異国からの来訪者』

 

 なんで早口言葉がうまくなるのか……。

 この能力もまだまだわからないことが多いなー。

 

【うわぁあああああ!? ホンマにウチの立場ないなったぁあああ!?】

 

>>草(韓)

>>ウチの立場ないなったw(韓)

>>ウチの立場ないなったなwww(韓)

 

【ハングルも読めて、しかも韓国語までウチよりウマいとか】

 

【あ、右から敵来てます】

 

【アッハイ。って、この幼女FPSまで普通にウマいんじゃが!?】

 

【いやいや、FPSは本当にヘタクソですから!】

 

 前世で推しのVTuberとマッチングしたくて、一時期潜っていたことはある。

 だが結局、仕事との兼ね合いでプレイ時間を捻出できず、大してうまくもならないまま引退した。

 俺には電車内でもトイレ中でも風呂に浸かっていてもできる、配信視聴が一番だった。

 

【けど日本語に英語に韓国語に……ホンマすごいわ。ウチなんか子どものころ、ってか今も勉強苦手で遊んでばっかじゃけぇ】

 

【わたしも勉強が得意なわけでは。けど……推し(あなた)の言葉をもっと理解したかったから】

 

【はぅあっ!? え、ちょっと待って。なにこの子かわいすぎん!?】

 

>>落ちたな(韓)

>>これはチョロインwww(韓)

>>イロハちゃん天然の女たらしやなw(韓)

 

【けど、ホンマうれしいわ。日英を話せる人は多いけど、日韓を話せる人は少ないんよ。日本における韓国語の普及率は英語、中国語に続いて第3位って言われちょるけど、それでも英語と比べると100分の1しかないから】

 

【そうなんですか?】

 

【うん。せやから、これから先もっとイロハちゃんみたいな人が増えて欲しい! そんで、いつかもっともっと大規模コラボをするんじゃ~】

 

 俺は一ファンとしてもその光景をぜひ見てみたいと思った。

 より一層、彼女のファンになった。

 

 なお、それだけめちゃくちゃいいことを言ったのに、一番再生数が伸びたのは【ウチの立場ないなった】のシーンの切り抜きだった。

 あーうん。世の中そんなもんだ。

 

   *  *  *

 

 そうこうしているうちに本格的に夏期講習がはじまった。

 内容はぶっちゃけハードだ。ひとつひとつは簡単だが量が膨大なのだ。

 

 当然といえば当然か。

 中学受験は本来、4年生からはじめて3年間かけて対策(カリキュラム)を終えるのが一般的らしいし。

 

 6年生の、それも夏からなんて中学受験をはじめるにはあまりに遅すぎる。

 もちろん、志望する学校によってもその基準は変わるんだろうけど。

 

「う~む。どうしたもんかなー」

 

 周囲の人間はリスナー含め、その多くが中学受験に賛成している。

 俺自身も勉強は必要だと思ってる。

 

 けど正直、中学受験までする必要があるのかは、わからないのだ。

 ぶっちゃけ、そこまでしなくても生きるのには困らないし。

 

 俺の前世は専門職だった。

 極端な話、同じ分野に飛び込めば強くてニューゲームができてしまう。

 多少、残業の多い職種ではあるものの、生きていく分には困らない程度には稼げる。

 

 もっと給与の高い職に就けばもっとVTuberのグッズを買い漁れる、といった欲はないでもないが、それでも前世に対して未練はあれど不満はない。

 VTuberが見られればそれで十分幸せなのだ。

 

 だから、これ以上を求める理由が――がんばる必要性がない。

 

 それに……これは、おそらくは俺でなくてもそうなるんじゃなかろうか?

 想像は一瞬で済むが、努力は継続しなければ意味がない。

 

 人生を子どもからやり直せば必ず大成できるか?

 その答えは、ノー。

 

 理想と現実はちがう。

 大抵の人間は努力しなくてもいい環境に置かれたら、努力をしなくなるのだ。

 もしも大成する人間がいるとすれば、その人物はすでに今、努力をしているはずだ。

 

 とはいえわたし(・・・)にはこれまで育ててもらった恩義がある。

 衣食住は母親によって成り立っている。

 だから、なるべくなら母親の願いに沿ってやるのが義理というものだろう。

 

 けれど、それはあくまで自分にできる範囲で。

 その観点からいくと、学校の成績と中学受験ではかかる労力がちがいすぎるんだよなー。

 

 VTuberの視聴時間を削って勉強するのでは、本末転倒。

 それでは、俺の一番やりたいことを削ってしまうことになる。

 

 俺には今しかできないことがある。

 今日の配信をリアルタイムで見れるのは、今日しかないのだ!

 

 現在、俺は1日の視聴時間を5時間に制限されている。

 それ自体は本当にわたし(・・・)の身を慮ってのことだったので受け入れている。

 

「どーしたもんかねー」

 

 さすがに、中学受験まではなー。

 そんな疑問に答えをもたらしたのは、予想外の来訪者だった。

 

   *  *  *

 

『イロハちゃん、今からウチおいで~』

 

 唐突なあー姉ぇからの電話。まぁ、いつもどおりだな。

 今日は塾もなかったので、俺は呼び出されるがままに彼女の家を訪れた。

 

「入るよー」

 

 もはや勝手知ったるあー姉ぇの部屋。

 ガチャリと扉を開けたそこに――もうひとり、知らない人物がいた。

 

《えへへ~。直接ははじめまして、イロハちゃん。ワタシがだれだかわかる?》

 

「えっ……えぇええええええっ!?」

 

 声を聞けば一発だった。

 間違えるわけがない。なにせ俺の一番の推し――イチ推しなんだから!

 

《”ぐるるる……どーもゾンビです”。あんぐおーぐです!》

 

 あんぐおーぐの”中の人”がそこにいた。

 




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第20話『ここがヘンだよ日本』

 

「あー姉ぇえええええええええっ!?」

 

 俺はあー姉ぇに掴みかかりガクガクと頭を振り回した。

 

「おまっ、お前ぇえええ~~~~!?」

 

「あはは、驚いた? そんなによろこんでもらえるなんてサプライズしたかいがあったなー」

 

「ちっがぁあああう!? わたし、姉ヶ崎モネの正体知っちゃったとき言ったよね!? 『VTuberファンとしての立場を崩したくない』って! ぎゃぁあああ、よりによってイチ推しの3D体を見てしまったー!?」

 

「……あっ」

 

「『あっ』、で済むかぁ~~~~っ!?」

 

「えーっと、ごーめんちゃいっ?」

 

 あー姉ぇは誤魔化すように、テヘペロと舌を出した。

 俺は崩れ落ち、床に突っ伏してしくしくと涙を流した。

 

 バカあー姉ぇえええ、絶対に許さん……!

 しかし、さらに追いつめようとしたとき、横合いから声がかかる。

 

《えーと。もしかしてワタシ、会わないほうがよかったか? アネゴから「イロハちゃんにサインを書いてあげて欲しい」って頼まれてたんだけど》

 

《え、サイン? そ、そんなことないよおーぐちゃん。大ファンだもん、もちろん会えてうれし……うれ、し……おえぇぇっ。あー、ヤバ。ジレンマと興奮でゲロ出そう》

 

《ちょっ、ダイジョブか!?》

 

 そうか、サイン。

 たしかにあー姉ぇとその約束をしていた。

 

 もしかすると彼女は、約束を叶えようとしてくれただけなのかもしれない。

 せっかくなら手渡しのほうがうれしかろう、と。

 

 だが、約束は直()サインだったはずだ。

 直()サインを渡してくるだなんて、だれが予想できる!?

 

《じつはワタシも、イロハちゃんに会ってみたかったんだよ。今、何歳? 小学生だよな? もう8月だけど、日本だと卒業式はまだだっけ。いやー、本当に小さくてかわいいな》

 

《いやいや、おーぐちゃんのほうこそ小さいと思うけど》

 

《ちっちゃくないわっ! ワタシはナイスバディのイケてる女だし!》

 

 あんぐおーぐは腰を突き出してセクシーポーズを取った。

 子どもが大人ぶっているようにしか見えなかった。

 アネゴはそんなポージングを見てゲラゲラと笑っている。

 

「そーだよねー、おーぐはセクシーだもんねー? 日本に来るとき、子どもと間違えられて空港で『ひとりなの? 親御さんは?』って止められるくらいに大人だもんねー」

 

「うぐぅっ!? オマエぇ! それは言わない約束ダロ!」

 

 あんぐおーぐはカタコトながら日本語で、そうあー姉ぇに言い返す。

 あまりに容易に想像できる光景で、俺も笑ってしまう。

 

《イ~ロ~ハぁ~! 笑ったなぁ~?》

 

《ひゃ~!? ごめんなさい! って、そうじゃなぁあああい! どうしてここにおーぐちゃんがいるの!?》

 

《決まってるだろ。遊びに来たんだ!》

 

 言われてみれば直近の配信にて、とある予定のために準備中だと言っていた気が。

 しかし、それがまさか日本へ――それもあー姉ぇの家へ来ることだなんて。

 

「よし、じゃあ全員揃ったことだし行こうか!」

 

「行くってどこに?」

 

「そりゃあもちろん……」

 

   *  *  *

 

「――観光だよ!」

 

 そんなわけで俺たちは街へと繰り出した。

 あんぐおーぐは目をキラキラさせながら、視線をあちこちへと向けていた。

 

「おーぐはどこ行きたいんだっけ?」

 

「ヨシノゥヤ、ココカリー、ミスター・ドーナ……あとコンビニエンストアにも行きたイ!」

 

「あははは! 食べものばっかじゃん! おーぐは食いしん坊だなー。まぁ、育ち盛りだし仕方ないか!」

 

「子ども扱いすんナ!」

 

 そんなことを言いながら、練り歩く。

 あんぐおーぐは「あれは!?」「これは!?」と指をさして聞いてくる。

 道を歩いては……。

 

《なんでこんなに自動販売機が多いの!?》

 

 と驚き。

 飲食店に入っては……。

 

《接客が丁寧で、なんだかエラくなった気分! ムフーっ!》

 

《食事のマナーも知ってるよ。”イタダキマス”》

 

《なんてこった。これが”ギュウドン”なのか!? うますぎるんだが! あーたまらんっ、このソースをアメリカに持って帰らせてくれ!》

 

《これもばっちり予習済みだよ。日本じゃチップは渡しちゃいけないんだろ? 代わりにこう言うのさ――”ゴチソサマデシタ”》

 

 とドヤって見せ。

 コンビニへ行っては……。

 

《えっ!? ”汗”が飲みものとして売られてる!》

 

《なんでこのハーゲンダースはこんなに小さくて高いんだ?》

 

《食後のスイーツはこの”マッチャシラタマアンミツ”にする! かわいくておいしそう!》

 

 と買いものを楽しんでいた。

 そうしてコンビニ袋を片手に、俺たちはあー姉ぇの家へと帰還した。

 

 まだあんぐおーぐも日本に着いたばかり。

 時差ボケもあるので、今日は近場だけで済ませ明日に備えるとのこと。

 

 じゃあ、そろそろ解散か。

 と思ったところで、あー姉ぇから「待った」がかかる。

 

「もーっ、なに言ってるの! まだやることがあるでしょ?」

 

「え?」

 

「あたしたちの職業を忘れたの?」

 

 そんなわけで……。

 

   *  *  *

 

「”みんな元気ぃ〜? みんなのお姉ちゃんだヨっ☆” 姉ヶ崎モネでーすっ☆」

 

《”ぐるるる……どーもゾンビです”。あんぐおーぐです!》

 

「”わたしの言葉よあなたに届け!” 翻訳少女イロハでーす」

 

>>アネゴ好きだぁあああ!

>>やぁ、おーぐ(米)

>>イロハちゃんキター!

 

 コメントが流れる。

 俺はそれをあー姉ぇのとなりから眺めていた。

 

 今日の俺はトラッキングができないので、止め絵での参加だ。

 あんぐおーぐはあー姉ぇの逆となりで、アメリカから持ってきた自前のノートパソコンを開いている。

 

「みんな~、もう気づいてるよ姉ぇっ? 今日はおーぐとイロハちゃんとのオフコラボです!」

 

「ドーモ、日本のミナサン。今、ワタシは日本に来ていマス。アネゴの部屋にいマス」

 

 コメント欄が一気に盛り上がる。

 日本とアメリカ双方から一斉に質問が飛んできた。

 

 どこ行った? どんなことした? どう思った?

 あんぐおーぐはそれらの質問にテンポよく答えていく。

 

 合間でアネゴがあんぐおーぐの恥ずかしエピソードを暴露したり、俺が翻訳や解説などを挟みつつ話は進む。

 と、日本のコンビニの話になったところで……。

 

《じつはさっき日本のコンビニでスイーツを買ってきたんだ! せっかくだから今、食べちゃおうかな》

 

 ガサゴソとコンビニ袋を漁りはじめた。

 なるほど、すぐに食べなかったのはこういうわけだったのか。

 

 思えばあんぐおーぐとあー姉ぇが買ったのは、どちらも日本っぽいスイーツだ。

 俺は気づかず、普通に自分が食べたいものを買ってしまった。

 

 ふたりとも完全に、配信に生活が寄り添っている。

 こういった些細なことからも配信者としての格のちがいを感じた。

 

 人気なVTuberには人気になるだけの理由がある。

 そして、努力や継続といった裏付けがあるのだと思い知らされる。

 

《それじゃあ”イタダキマス”》

 

 あんぐおーぐの買ってきた商品が配信画面に映されている。

 抹茶白玉あんみつ。白玉とフルーツポンチとあずきと抹茶をちゃんぽん(・・・・・)したようなメニューだ。

 

《ん~っ!? この白い”オモチ”? すごくオイシイ! この四角くて半透明のやつはあんまり味しないね? あー、抹茶はオトナの味ダナー。けど全部一緒に食べると最高!》

 

 続いて、あー姉ぇが買ってきた商品も映しだされる。

 日本にしかないであろう駄菓子だ。

 

「これもおいしいよ。おーぐも食べてみ」

 

「これはナニ? アッポー?」

 

「あーそうそう、アポーアポー!」

 

>>あっ……

>>アネゴお前www

>>日本のリンゴはずいぶんと小さくて赤いんだね(米)

 

《”イタダキマス”。あ~ん……んっぐぅんんんぅうううううう!? ごほっ、けほっ!? なっ、なななっ!? スッパァアアアイ!? めちゃくちゃスッパイ!? なんだコレぇえええ!?》

 

「あはははっ! やーい、だっまさーれたー! おーぐ、それはカリカリ梅だよ」

 

 俺は海外勢とあんぐおーぐに向けて、カリカリ梅について説明した。

 あんぐおーぐはもだえ苦しみながらも、なんとかそれを飲み込んだ。そして、あー姉ぇへと掴みかかる。

 

《このクソアネゴ! オマエ、またやりやがったなぁ!? 口が取れるかと思った! ハーッ、ハーッ……今でも口の中がヤヴァイ! イロハちゃんもわざと指摘しなかったでしょ!?》

 

《イヤー、わたし日本語読めないから気づかなかったナー》

 

>>草(米)

>>ハイパーポリグロットがよく言うwww(米)

>>都合よく読めたり読めなかったりする目だなぁw(米)

 

 そんな感じに配信は大盛り上がり。

 気づけばもういい時間になっていた。

 

 俺たちは「”おつかれーたー、ありげーたー”」ともはや恒例になったあいさつをする。

 最後にあんぐおーぐが《”カリカリウメ”の味は一生忘れられない。悪いイミでな!》と述べ、この配信は締めくくられた。

 

 当然のように、めちゃくちゃ切り抜かれた。

 




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第21話『お泊まり会』

 

《ん~、”オツカレサマデシタ”》

 

 あんぐおーぐがぐぐっと身体を伸ばす。

 無事に配信も終わり、今度こそ本日の活動は終了だろう。

 

《じゃあ、そろそろ時間だし、わたしも帰ろうかな。お母さんも心配するし》

 

 俺もいろいろありすぎて今日は疲れた。

 イチ推しがとなりにいるもんで、緊張しっぱなしだった。

 しかし、立ち上がったところで「え~!?」とあー姉ぇから不満の声が上がる。

 

「イロハちゃん帰っちゃうの~!? 今日は泊まっていきなよ~! おーぐも泊まるんだし」

 

「ええいっ、暑苦しい! しがみつくな!」

 

 というか、だからこそ帰ろうとしているのだ。

 イチ推しとお泊りだなんて、いろんな意味で耐えられるわけないだろ!

 

「泊まるって言うまで離さないぞ~! ほら、おーぐからも!」

 

《え、えーっと。ワタシももっと、イロハちゃんと遊びたいなー?》

 

《うぇっ!? いや、それは、うーん、えーっと!》

 

 あ~、キラキラとした目がまぶしい!

 それにイチ推しからのお言葉を否定することなんて俺にはっ……。

 

《わかり、ました。だから、そんな悲しそうな目で見ないで!》

 

「勝った!」

 

 なんでこんなことに!?

 あー姉ぇはともかく、年頃の女の子とひとつ屋根の下だなんて!?

 

 ファンとしてもおっさんとしても色々とツラいものがある。

 あー姉ぇはともかく!(大事なことなので)

 

《はぁ……。ちょっと待っててください。お母さんに確認してみますから》

 

 母親にメッセージを飛ばしてみる。

 返信は意外にもすぐに来た。

 

『了解。失礼のないようにね。それとお母さんも今日からしばらく帰りが遅くなるから』

 

 どうやらお互いさまだったらしい。

 なんでこんなときばっかり、あっさりと許可が取れてしまうのか。

 俺は観念した。

 

「お母さんが泊まっていいよ、って」

 

「よしっ、そうと決まればまずはお風呂だ! バスルームへ行くぞ、おーっ!」

 

「お、風呂ぉおおお!? ちょっと待って! さすがにそれは!?」

 

《待て待てアネゴ! お風呂ってみんなで一緒に入るつもりか!? ”マジ”!? 日本ではそれが普通なのかもしれないけど、まだワタシには難易度が高すぎる!》

 

 俺たちは必死に抵抗した。

 さすがにあー姉ぇも2対1は劣勢とみたのかブーたれながら諦めた。

 

 ……かと思いきや、俺が風呂に入っているとき。

 バーン! と唐突に浴室の扉が全開になった。

 

「イロハちゃ~ん! 背中流してあげる~っ☆」

 

「ぎゃぁあああ~~~~!?」

 

 あー姉ぇのやつ、やりやがったぁあああ!?

 俺は全力で不法侵入者に抵抗した。

 

 結局、俺とあんぐおーぐは交代で門番をしながら風呂に入った。

 脱衣所でお互いを、あー姉ぇの侵入から守ることとなった。

 

《イロハちゃん……いや、イロハ! ワタシたちはもう戦友だ! これからはお互い呼び捨てでいこう!》

 

《そうだね、おーぐ! ともに、かの邪智暴虐の王に立ち向かうのだ!》

 

 風呂を上がるころには、そうガッチリと握手を交わす仲になっていた。

 いつの間にか俺たちの間にあった壁や緊張感はなくなっていた。

 

「……あれ?」

 

 これ俺が理想とするVTuberとファンの関係から、ますますかけ離れていってない?

 あるいはあー姉ぇはこれを狙って……。

 

 いや、ないな。

 あー姉ぇは間違いなく、自分がやりたいことをやってるだけだ。

 

 ちなみに、俺が風呂に入っているときに侵入を試みた人物はもうひとりいた。

 あんぐおーぐがわずかに席を外した隙に現れたのは……。

 

「イロハちゃん! お姉ちゃんはダメだけどマイならいいよねぇ~? マイが背中流してあげるからねぇ~? って、もう鍵をかけっぱなしだよぉ~っ。でも大丈夫、ちゃんと10円玉を持ってきてるから……あ、あれ? 固っ……開かないナンデェ~!?」

 

 俺は無言で鍵を押さえながら髪を洗った。

 すりガラスの扉越しに《アネゴの家系はヘンタイしかいないのか!?》とあんぐおーぐの叫びが聞こえた。

 

 残念ながらそのとおりだ!

 

   *  *  *

 

 布団を敷き、俺たち3人は川の字に寝転がっていた。

 

 ……え? 2-2で分かれてマイと寝ないのかって?

 マイとふたりきりは貞操の危機を感じたからな!

 

 マイはしくしくと泣いていたが知らん。日頃の行いだ。

 そのわりに「4人で寝るか?」と尋ねたら遠慮して去っていったのは、不思議だったが。

 

 VTuber業のせいで仲間外れになりがちだ。

 だから寂しがらせていないかと心配していたのだが、そんなことはなかったらしい。

 

《おーぐはいつまで日本に滞在するの?》

 

《明後日まで。明日は早起きして遠出するつもり。配信もおやすみして本格的に観光しまくるっ!》

 

 夜、天井を見上げながら話す。

 この頃にはもう、俺たちはタメ口で話せるようになっていた。

 

《今日はあんまし遠出できなかったもんね。観光ってどこへ行くの?》

 

《ふっふっふ、その質問を待っていた! じつは、日本に来たら絶対に行きたい場所があったんだ! それは……メイド喫茶!》

 

《メイド喫茶?》

 

《あとはアニメグッズのお店も見て回りたい! ゲームセンターもマストだな!》

 

 一瞬、面食らったがすぐに納得した。

 あんぐおーぐは日本のアニメ文化が大好きだ。

 

 最初のきっかけは食いしん坊な彼女らしく和食からだったが、次第に日本の音ゲー、アニメへと興味を発展させていった。

 実際、歌枠配信でもアニソンを選曲することは多い。

 

《そうだ! 今、日本も夏休みなんだよな? イロハも一緒に行こう!》

 

《え、いいの!? じゃあ一緒に……あー、ダメだ》

 

《どうして?》

 

《明日は塾があるんだよね。親が中学受験してほしいみたいで》

 

《……ふむ。イロハは中学受験したくないのか?》

 

《したくないというか、メンドーくさい!》

 

《あははっ! わかるわかる。じつはワタシも中学受験させられたんだ。というか”プレスクール”からずっと勉強漬けの毎日だった》

 

《プレスクール?》

 

《えーっと、なんて説明したらいいんだろう。2歳から通う学校、みたいな?》

 

《なんだろ、保育園みたいな感じかな?》

 

《うーん? 似たようなものかも? ともかくそれからずっと幼稚園も、小学校の5年間も、中学校の3年間も、高校の4年間も……毎日、勉強勉強勉強だった》

 

 そういえば日本とアメリカでは教育制度がちがうんだっけ。

 しかし、あまりにも予想外な経歴だ。むしろ勉強は苦手、という印象があったのに。

 

《意外でしょ? じつはワタシ、ちょっと良い家の生まれなんだよ。親がお固い職業でさ。そのせいか、かなりの教育ママでねー。……けどワタシ、マジで勉強できなくてさ》

 

《そう、だったの?》

 

《うん。いわゆる落ちこぼれってやつだな。もう毎日怒られてばっかりで、それこそイヤになって家を飛び出しちゃったくらいだ!》

 

《えぇ~っ!?》

 

《それがきっかけで結局、ドロップアウトしちゃった。今でもママとは仲直りできてない。……けどなー、今こうして配信でお金を稼いで生活できるようになってみると、学校で学んだことが役立つことって意外と多いんだなーって気づくよ。今ではわりと感謝してる》

 

《じゃあ、やっぱり受験賛成派?》

 

《とんでもない! 少なくともワタシの場合、それでも良いことより悪いことのほうが圧倒的に多かったし!》

 

《そっかぁー》

 

《うん。ときどき思うよ。普通の学校に行っていたら今ごろどうなっていただろう? って。もしかしたら普通に友だちと遊びに行ったりして、そんで……配信者にはなってなかったかもしれない》

 

《えぇっ!? それはものすごく寂しいな》

 

《そうだなー。ワタシも今さらVTuberじゃない人生なんて考えられないぞ! VTuberになることは自分で決めて、行動して、そうして合格して掴み取った結果だからな。絶対に手放したくない!》

 

《……! 自分で、決めた結果》

 

《ワタシは大事なのは本人の意思だと思う。親は子どもに中学受験を強制なんてしちゃダメだ。そして同じくらい、みんなと同じ学校しか選べないってのも不幸だと思う。だからきっと親のやるべきことってのは……子どもの選択肢を少しでも増やしてあげることなんだよ》

 

 あんぐおーぐは《すくなくともワタシはそうして欲しかった》と悲し気に言った。

 俺はしばらく考え込んだ。彼女はその間、無言で待っていてくれていた。

 

《うん、決めた。わたし中学受験はしない》

 

《そっか》

 

《夏休みが明けたら、親にはっきりと告げることにするよ。ま、夏期講習の代金がもったいないから、それまではマジメに塾にも通っておくけどね》

 

《あぁ、いいと思うぞ。イロハが見たい景色は、中学受験の先にはなかったんだな》

 

《うん。けど、やりたいことがひとつ思いついた。それは――》

 

 俺がそう語ろうとしたとき。

 

 

「ぐごごごぉおおおっ! ……ぐか~、すぴー」

 

 

《……》《……》

 

 俺たちは無言で身体を起こし、爆睡を決めているあー姉ぇの顔を見下ろした。

 やけに静かだと思ったら、ソッコーで寝落ちしていたようだ。

 

 ずいぶんと気持ちよく寝ている。

 あまりうるさくしてあー姉ぇを起こすのも悪いな、と俺たちは肩を竦め、もぞもぞと布団を被った。

 

 目を閉じると朝はすぐそこだった――。

 

   *  *  *

 

《アネゴ、ワタシの言いたいことがわかるか?》

 

「あー姉ぇ……お前、ホント」

 

「す、すいませんでしたぁーっ!?」

 

 翌朝、俺とあんぐおーぐは正座したあー姉ぇを見下ろしていた。

 俺たちの顔にはくっきりと青あざができていた。

 

「い、いやーアハハ。まさかアタシの寝相がそんなに悪かったなんて、知らなかったナー」

 

《アネゴ~っ!》「あー姉ぇ~っ!」

 

「ひぃいいい! ごめんなさぁあああいっ!」

 




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第22話『出会いと別れ』

 あんぐおーぐが日本にやってきて3日目。

 俺たち4人……俺とあんぐおーぐとあー姉ぇとマイは夏祭りに来ていた。

 せっかくだから、とみんな浴衣姿だ。

 

《すごいすごい! めっちゃきれいだし、かわいい! ”キモノ”いいな! それに”ヤタイ”も最高! おもしろいものがたくさんある!》

 

 あんぐおーぐが楽しそうにはしゃぎ、出店を覗き込んでいる。

 あー姉ぇが彼女のかわりに商品を注文してあげていた。

 俺はそんなふたりをよそ目に、「マ~イ~」とにじり寄っていた。

 

「お前~、あー姉ぇの寝相の悪さ知ってたな~?」

 

「ななななんのことかなぁ~!?!?!? ししし知らないよマイはなんにもぉ~!?」

 

「じぃ~っ」

 

「うっ……あ〜うぅ〜。イロハちゃん、たこ焼き食べるぅ~?」

 

 たこ焼きを「あ~ん」と差し出された。

 爪楊枝にぱくりと食らいつく。

 

「熱っ……はふっ、はふっ」

 

 悶えながら咀嚼する。まぁ、醍醐味ってやつだ。

 うーん、うまい!

 

「しゃーない。許してやるか」

 

「ほっ」

 

「……」

 

 しばしの静寂。祭囃子がこだまする。

 俺たちの視線の先では、あー姉ぇとあんぐおーぐとが「わーっ!」《ぎゃーっ!》と騒いでいた。

 

 あー姉ぇが姫りんご飴を買って差し出し、あんぐおーぐは「また”カリカリウメ”でショ!」と警戒する。

 そんな態度に、あー姉ぇは爆笑している。

 

 じつは、ずっと聞きたかったことがある。

 けれど聞きづらかったこと。

 

「なぁ、マイは自分もVTuberをやろうとは思わないのか? わたしたちの活動、知ってるよな?」

 

「うん、知ってるよぉ~。お母さんたちはVTuberのことよくわかんなかったみたいだけど、マイは配信しはじめたころのお姉ちゃんを見てたから。というか最初、お姉ちゃんの配信手伝ってたし」

 

「え? そうだったの!? じゃあなんで」

 

「ムリムリムリ! マイ自身が配信するのはまったくのべつだよぉ~! マイは配信とか向いてないもん! そういう人前でおしゃべりとか本当に苦手で!」

 

「そんなことはないと思うけど」

 

「そんなことあるんだよぉ~。マイはねぇ~、毎日コツコツと学校に行ってお勉強するほうが向いてるんだぁ~。……えへへぇ~。じつは、ちょっとだけ悩んだこともあるんだけど、そんなときお姉ちゃんが言ってくれたんだぁ~」

 

 マイが視線があー姉ぇの背中を追っていた。

 それはおそらく、尊敬と……そして憧れのまなざし。

 

「『どっちの人生のほうがエラい、なんてのはないんだよ!』って。『マイはマイの進みたい人生を進め!』ってぇ~。だからマイはこのままでいいの。このまま()いいんだぁ~」

 

 マイは「まぁ、まだ将来やりたいことなんて決まってないんだけどねぇ~」と照れたように笑った。

 俺は正直マイのことを見くびっていた。

 

 ……いや。”子ども”を見くびっていた。

 彼ら彼女らはその小さな身体で、しかしすでにたくさんの物事を考えながら生きているのだ。

 

《イロハ! そろそろ時間だってさ! 行くぞ!》

 

「ほらマイ、行くよ!」

 

 俺はあんぐおーぐに、マイはあー姉ぇに手を引かれる。

 連れていかれたのはすこし高台になった場所。

 

《さん、にぃ、いち……》

 

 夜闇のキャンパスにカラフルな花が描かれた。

 音と衝撃が俺を身体の芯まで揺さぶった。

 

《”ターマヤー”!》

 

 あんぐおーぐが叫ぶ。なんだか俺も叫びたくなって、一緒になって声を出した。

 いつもはめんどうくさい夏休みの日記が、今日はすぐにでも書きたい気分だった。

 

   *  *  *

 

《この3日間、本当に楽しかった! みんなのおかげだよ。ありがとう!》

 

 俺たちは空港まであんぐおーぐを見送りに来ていた。

 アメリカ行きの最終便が出るまでもう時間がない。

 

《お~ぐ~、本当に帰っちゃうの?》

 

《あーもう、泣くなよー。べつに今生の別れってわけじゃないんだしさ》

 

《いや、泣いてねーし》

 

 俺はそう言って目元を拭った。

 この3日間はあっという間だった。

 なのにもう、おーぐと一緒にいるのが当たり前とさえ感じるようになっていた。

 

《そうだ、これ。結局ドタバタして渡せてなかったから》

 

《あっ、サイン! ……ありがとう》

 

 しばし、ふたりして無言になる。

 やるべきことが全部終わってしまった。

 

 これで本当にお別れなんだという実感が湧いてくる。

 ぽつり、と呟くようにあんぐおーぐが口を開く。

 

《今回の旅行は期間が短くて、ちょっとしか観光をできなかった。けど、次は1週間ぐらい休みを取って来るつもりだから! そのときは日本中を回ってご当地グルメを食べ歩くんだ!》

 

 あんぐおーぐは視線を窓の外へ向けた。

 その声はかすかに震えていた。

 

《おーぐ?》

 

《日本の夏は経験できたから、次は春にしようかな。それで桜を見に行くんだ。そのまた次は秋に来て、紅葉を見る。これでお別れじゃない、ワタシはこれからも何度も日本に来るから。だから――》

 

 あんぐおーぐが視線をこちらに向けた。

 そのまなじりには今にも溢れんばかりの涙が溜まっていた。

 

《だから、イロハも絶対にアメリカに来いよ!》

 

《……!》

 

 俺がアメリカに?

 考えたこともなかった。

 

 いや、人生で一度だけアメリカに行ったことがある。

 その結末は悲惨なものだったが……。

 

《わかった。必ず行くよ》

 

《約束だからな!?》

 

 空港のロビーにアナウンスが響く。

 もう時間だ。

 

《……じゃあ、行く》

 

《……うん》

 

 あんぐおーぐが背を向けて歩き出す。

 その背がどんどんと小さくなっていく。

 

 これでお別れ? 本当に?

 まだなにか伝えるべきことがある気がした。

 

 けれど、俺にはその感情をどう言語化すればいいのかわからない。

 ただ気づいたときには彼女の名前を呼んでいた。

 

《おーぐ!》

 

 あんぐおーぐが振り返る。

 まるで、そのひと言を待っていたみたいに。

 

《イロハ!》

 

 カバンを放り投げ、こちらへ駆け戻ってくる。

 そして、どんっ! と体当たりするかのように俺へと抱き着いた。

 俺は彼女をぎゅっと受け止めた。

 

《イロハ、絶対にまた会おう! 絶対にまた会おうなっ!》

 

 そう、あんぐおーぐは俺へと顔を近づけてきた。

 俺は《え?》と反射的に振り向いた。瞬間――。

 

《んぅ!?》「んぐぅ!?」

 

「あ」「ぎゃぁああああああぁ~!?」

 

 あんぐおーぐの目が驚愕に見開かれる。俺も同じような顔をしているだろう。

 あー姉ぇがポカンと口を開け、マイが悲鳴を上げた。

 

《「うわぁあああ~~~~!?」》

 

 俺とあんぐおーぐは同時に跳び退った。

 まるで鏡映しのように、ゴシゴシと服の裾で口元を拭う。

 

《な、なななっ!? なにするんだ、おーぐぅううう!?》

 

《ち、ちがっ!? ワタシはただ気持ちが昂っちゃって、それでチークキスしようとしただけで!》

 

《やっぱりキスじゃないか! この発情ゾンビ!》

 

《ちがうっ! チークキスっていうのはほっぺた同士を引っ付けるだけ! くちびるは引っ付けない! イロハが振り向いたのがいけないんだろ!? スケベはイロハのほうだ!》

 

《なっ、なにおぅ!? 今のはおーぐが――!》

 

《いやいや、イロハが――!》

 

「ま、まままマイのイロハちゃんがぁ~~~~!?」

 

「あははははは!」

 

 さっきまでの感動的な雰囲気はどこへやら。

 結局、俺たちの別れはずいぶんと騒がしいものになった。

 

 けれどもう寂しくはなかった。

 また会える。そんな確信があった。

 

 ……あ、ちなみにあんぐおーぐにキスされたことは配信でバラした。

 すぐさまあんぐおーぐがコメント欄に現れ必死に弁明したが、遅い。

 

 あっという間に切り抜かれ、それは過去最高の再生数を叩きだした。

 




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第23話『夏だ! プールだ! 陰キャだ!』

 あんぐおーぐが帰国して数日。

 宿題と夏期講習と配信と動画視聴に追われる生活にも慣れ、ようやく平穏な夏休みが訪れて――いなかった。

 

 この夏休みは毎日が、俺の前世を含めても飛び抜けて波乱万丈だ。

 たとえばある日のこと。

 

『イロハちゃん、プール行きたくない?』

 

「ヤだよ」

 

 唐突にあー姉ぇからそんな電話がかかってくる。

 俺は即答で拒否した。

 

 インドアをナメんな。だれがわざわざそんなとこ行くんだよ。

 と思っていたら部屋のドアが、バンっ! と開かれた。

 

「!?!?!?」

 

「迎えに来ちゃった。よし、行くよ!」

 

「イヤーーーー!? 助けてお母さん! 誘拐されるぅ~!?」

 

「あはは、イロハママは外出中でしょ? 大丈夫、大丈夫。ちゃんと許可はもらってるから。え~っと、水着とタオルはこれかな? よしオッケー」

 

「だれか助けてぇ~!」

 

 力で勝てるはずがなかった。

 俺はズルズルと引っ張られてタクシーに放り込まれた。

 

 そうして連れていかれた大型レジャープール施設。

 どうやら待ち合わせをしていたらしく、あー姉ぇが手を振りながら集団に近づいていく。

 

「え、待って? 聞いてないんだけど!? あー姉ぇ、わたしたちだけじゃないの!?」

 

「なに言ってるの? 今日は――VTuberのオフ会だよ!」

 

「はいぃいいいいいい!?」

 

   *  *  *

 

 俺はプールサイドに横たわり、しくしくと泣いていた。

 

 何名もの推しの3D体を見てしまった。

 というかもう、リアルで会うことが普通みたいになってしまっている。

 

「あー姉ぇめぇえええ! 『えっ? もうイチ推しには会っちゃったし一緒じゃなかったの!?』じゃねぇえええ!? んなわけあるかぁあああ!」

 

「あ……え、えと。イロハちゃん。だよね……? へ、へへ……えと、なにしてるの?」

 

「っ!?」

 

 今日が初顔合わせなVTuberのひとりが、俺に声をかけてくる。

 俺は慌ててあたりを見渡しあー姉ぇを見つけると、その背中に隠れた。

 これ以上、ファンとしての境界を破るわけにはいかないっ……!

 

「がーん……に、逃げられた」

 

「あはは、きっと照れてるだけだよ。イロハちゃんかわい~、借りてきた猫みたい~。そんなに引っ付いちゃって、アネゴのこと大好きなんだね~」

 

「いや~、照れるな~!」

 

「ちげーよ!?!?!?」

 

 まったくもって心外な誤解だった。

 しかしそんなやり取りを見て、VTuberたちが集まってきてしまう。

 

 うっ!? こ、困った。

 こうして女の子たちに囲まれると、どこを見ていいのかわからない。

 しかし、推しに俺のような下賤の民の視線を浴びせるわけにはいかない!

 

 心頭滅却。俺はじぃ~っとアネゴに視線を合わせた。

 ……ふぅ、落ち着いた。

 

 効果はテキメンだ。

 アレだ。昂ってしまったときに母親の顔を思い浮かべて自分を諫めるようなものだ。

 

「かわい~! そんな助けを求めるみたいな目でアネゴを見ちゃって。意外だな~、配信だとしっかりもののイメージがあったから。配信外だとこんなに甘えんぼなんだね~」

 

 ほんと心外だよ!

 あー姉ぇも「あ、バレちった? そうなんだよー。イロハちゃんアタシのこと好きすぎなんだよね~」じゃねぇえええ! 俺がいつそんな態度取った!?

 

 しかし……。

 俺はちらりと周囲を見渡した。

 

「正直、意外でした。失礼かもしれませんが、みなさんもこういう陽キャっぽいイベントするんですね。てっきり、こういったアウトドアって苦手だと思ってました」

 

「「「あっ……、うん」」」

 

 全員が一斉に目を逸らした。

 あー姉ぇだけがドヤッと胸を張っていた。

 

 俺は察した。みんなも俺と同じくあー姉ぇの被害者だったか。

 雰囲気を変えようとしてか、VTuberのひとりが「け、けどっ!」と声を上げる。

 

「来てみたら案外楽しいもんだよね! プールってのも!」

 

「そ、そうだよね! 陽キャの巣窟だと思ってたよ! 私も友だちとプールに来るなんて人生ではじめてだったけどさ、すっごく楽しいよ!」

 

「「「あっ」」」

 

「水着も10年前に買ったやつだったから心配だったけど、着れてよかった~! あのときは集合場所に行ったらクラスのみんなだれもいなくってさ!」

 

「「「あっ」」」

 

「いやー、楽しいなー。私は今までこういうところに来たら、流れるプールを何人が通過するか数えて遊んでたんだけど……友だちと一緒に来たらそれ以外にも楽しいことが――むぐっ!?」

 

「もういい、もういいんだ……それ以上はっ!」

 

「???」

 

 あまりにも悲しすぎる陰キャエピソードの数々に、となりにいたVTuberが彼女の口を塞いだ。

 本人は黒歴史という自覚もないらしく、不思議そうに首を傾げていた。

 

 俺も思わず「うっ」と声が出た。

 涙が零れそうだった。

 

 決心し、あー姉ぇの影から出て歩み寄る。

 今はファンとしての矜持よりも大切なことがある。彼女の手を取り、語りかけた。

 

「一緒に遊びましょう? あなたはもうひとりじゃない。わたしたちがいるんだから!」

 

 一緒に来ていたVTuber全員が泣いた。

 本人は首を傾げながらも「え? みんなどうして泣いてるの? よくわからないけど、えぇ! 遊びましょう!」とうれしそうだった。

 

 真夏のプール。

 そこには友情と感動の物語が……「ぶえっくしょん!」。

 

「あー、ズビっ。ごみん、ごみん。鼻水出ちった。よしっ、みんなご飯行かない? 身体冷えてきちゃったよ~。あたし、ラーメン食べたいな!」

 

「「「アネゴェ……」」」

 

 俺たちはあー姉ぇをジトーっと見て、それから笑った。

 ほんと、無自覚なんだか狙ってやってんだか。

 

 あー姉ぇはなにも考えていないような笑顔でみんなを売店へと引っ張っていった。

 ご飯を食べて、泳いで、ウォータースライダーに乗って。

 俺たちは休むことなくプールを楽しみ続けた。

 

   *  *  *

 

 遊び疲れてクタクタになりながら帰宅する。

 母親はまだ帰っていないようだ。

 

 最近、帰りの遅い日が続いているな。

 繁忙期はまだ先だったと思うのだけど。

 

 そんなことを考えながら、手慣れた操作で配信を開始する。

 今日あったできごとを視聴者のみんなに共有した。

 

>>うらやましすぎるんだが!?

>>てぇてぇが過ぎる!!!!

>>アネゴ相変わらずで草

 

 俺もずいぶんとこの生活が板についてきた。

 かれこれ配信を開始してから1ヶ月が経過……経過して……。

 

「あぁっ!? デビュー1ヶ月の記念配信するの忘れてた!?」

 

>>する予定あったのか

>>もう1ヶ月も経ってたのか

>>むしろまだ1ヶ月しか経ってなかったのか

 

>>10万人単位の記念配信はしてたから、見た気になってたw

>>1ヶ月でこの登録者数ってすごくね?

>>ほとんどアネゴのおかげだろ

 

 うわぁ~、やっちまった。

 あー姉ぇに「記念イベントは積極的に行うように! 直近だと1ヶ月記念だからね? 忘れずに!」と言われてたのに。こ、これは怒られる……!

 

 いや、待て、あー姉ぇのことだ。

 指摘するつもりならとっくにしているはず。

 

 つまり、指摘がなかったのはあー姉ぇなりの気づかいや配慮だろう。

 ここ最近は夏期講習があったりあんぐおーぐがやって来たり、いろいろとドタバタしていたから……いや、ないな。あー姉ぇも忘れてるなコレ。

 

 普段、当たり前のように絡んできているあー姉ぇだが、あれでかなりの多忙だからなぁ。

 登録者数100万人越えはダテじゃない。

 

「えーっと、じゃあ急遽で申し訳ないけど……明日、1ヶ月記念配信します!」

 

>>(約)1ヶ月記念配信

>>記念配信ってなにするん?

>>歌配信か!? ついに歌配信なのか!? 歌配信だろ!?

 

「歌を歌いま――せん! かわりに、みんなが欲しがっていたものが用意できたからそれを発表するよ」

 

 コメント欄でアレコレと推測がはじまる。

 ってオイ、コメントで大喜利はじめてんじゃねーよ。

 




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第24話『1ヶ月記念配信』

「”わたしの言葉よあなたに届け!” 翻訳少女イロハでーす。というわけで、デビュー1ヶ月記念だぞー! わー、ぱちぱち! よろこべお前らー」

 

>>おめでとう!

>>長い1ヶ月だったなw

>>¥1,680 初スパチャです! 1ヶ月記念おめでとうございます! いつもイロハちゃんの動画を見ながら、私も語学の勉強をしています! これからも応援してます!

 

>>¥10,000 1ヶ月記念

>>$100.00 おめでとう(米)

>>₩100,000 おめでとう!(韓)

 

「みんな、ありがと~! うわっ、スパチャもこんなに!? ってVTuberのみんなまで!? いや~、めでたいな~。なんたって、今日でちょうど1ヶ月だもんなー。ね? みんな。今日で、ちょうど、1ヶ月、だよね?」

 

>>アッ、ハイ……

>>ちょうど1ヶ月だな!

>>先月は地軸の関係でひと月が40日くらいあったもんな!

 

「この1ヶ月ほんとあっという間だったよ。じつは銀の盾もちょうど届いたんだ。じゃんっ、こんな感じ」

 

>>なんか感慨深いな

>>映り込み対策エラい

>>まだ1ヶ月やけどなwww

 

「というわけで本題なんだけど、1ヶ月記念にとあるものを用意しました! よろこべ、今まで何度もお前らが『ないの?』『作らないの?』と言ってたやつだぞ」

 

>>なんだなんだ!

>>おっぱいマウスパッドか!?!?!?

>>イロハちゃんにおっぱいはないだろ、ふざけるな!

 

「オイ。じゃなくて、正解は……本日より、メンバーシップ解禁になります!」

 

>>うおぉおおお~~~~!

>>マジだ、入れる!?

>>待ってた!!!!

 

>>『メンバーへようこそ!』

>>『メンバーへようこそ!』

>>『メンバーへようこそ!』

 

「というわけで大変お待たせしましたー。さっそく登録してくれた人もありがと。遅くなったのには理由があって、じつはメンバーシップを実装をするかずっと悩んでたんだよねー。というか実装しないつもりだった」

 

>>え、なんで!?

>>そうだったの!?

>>実装してくれてよかった……

 

「ほら、わたしのチャンネルの視聴者って、ほかのVTuberと比べると未成年の割合が若干だけど多いんだよね。で、世の中にはわたしのようにおこづかいで苦しんでる子どもたちがいると思うんだよ。そんな中でメンバーシップを実装するとっ……!」

 

 思わず「くっ」と悔しさのあまり声が零れた。

 言葉に力が入らずにはいられない。

 

「メンバー限定配信を見れずっ! 悶え苦しむことになるっ! 大勢の視聴者がいると思うんだっ! だってわたし自身まだ収益が入ってなくて、おこづかいが足りず推しのメン限配信を見れてねぇんだよぉおおお!」

 

>>完全に私怨で草

>>さすがのVTuberヲタクっぷりwww

>>じゃあメン限配信しなけりゃいいだけじゃねーの?

 

「そう思うでしょ? けれど、なにかしらのメンバー特典を用意しないと、メンバーシップの解禁ってできないらしくって」

 

>>へぇ~、そうだったのか

>>知らなかった

>>特典なしでもいいから入らせて欲しいんやが

 

「そんなわけでメンバーシップの実装そのものをやめようと思ってたんだけど、あー姉ぇに説得されたんだよね。『もしイロハちゃんがお金に余裕あったらどうしたい?』って。メンシ欲しいよなぁ!?」

 

>>さすが、わかってる!

>>アネゴありがとう

>>これはファインプレー

 

「それでメンバーシップの特典を裏でこっそりと準備してました! それが……こちら! バッジとスタンプ! お、さっそく使ってくれてる。ありがとねー」

 

 メンバーシップに入った視聴者の名前が緑色になる。

 さらに名前の横に小さなアイコン――バッジが表示されていた。

 

 ほかにも、カスタム絵文字と呼ばれるこのチャンネル内限定で使える特別なスタンプがあったり、細かいけれどいろいろな機能が解放されている。

 

「バッジはメンバーになっている期間によって変化していくよ。ちなみにスタンプのラインナップはこんな感じでーす。って、さっそくスタンプで遊ぶな! 『イロハロー』じゃねぇよ! 変なあいさつを作るな!?」

 

>>イロハロー

>>イロハロー

>>これはレスポンス決まったな

 

「しまった!?」

 

 拾ってしまったがために、コメント欄がそれで埋まってしまう。

 元々は『「イロハ」と『おつかれーたー』のために用意した絵文字だったのだが、組み合わせて新たなあいさつを作られてしまった。

 

 ある意味、天才的というか……。

 こういうことをやらせたら、ネット民の右に出る者はいないな。

 




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第25話『オンチじゃないやい!』

 

 スタンプで遊びだした視聴者に「まったく」と嘆息する。

 

「お前らがおもちゃにしてるそれ、準備するの大変だったんだからな? 具体的にいうとあー姉ぇがお金出してくれて、あー姉ぇがイラストレーターさんを紹介してくれて、あー姉ぇがおこづかいをエサにわたしを説得したことでようやく実現したんだからな?」

 

>>全部アネゴやんけ!www

>>アネゴ、裏でそんなに働いてたのか

>>なんで逆におこづかいまで要求してんだよwww

 

 まぁ実際、ほとんどあー姉ぇのおかげだ。

 お金がなければコネもない俺をフォローしてくれた。

 

 語学方面では逆に助けているので、必ずしも一方的というわけではないのだが。

 それでも、デビューからこっちお世話になっていることのほうが圧倒的に多い。

 

「もうっ、あー姉ぇのせいで忙しいったらありゃしない」

 

>>なんでちょっと上から目線なんだよw

>>イロハちゃんがアネゴにだけ遠慮ないのエモい

>>唯一、素直に甘えられる相手なんやろうな

 

「なッ!? そ、そんなんじゃないから! まぁたしかに? ちょっとはお世話になってるし? 初収益が入ったらちょっとくらいなにかお礼してあげてもいいかなー? とは思ってるけど。……あっ、今のあー姉ぇにはオフレコね!? 絶対だよ! フリじゃなく、本当に伝書鳩しないでね!?」

 

>>これは間違いなく良妹

>>こういうサプライズいいぞ、もっとやれ

>>ツンデレたすかる

 

「ちっがーう!? あと、一応言っとくけど、メン限配信については『わたしがしない』ってだけでそれ自体を否定してるわけじゃないから。あの特別感と、普段は隠しているVTuberの一面が見れる希少性はなにものにも代えがたい! なんならお金のあるみんなは、ぜひ一度でいいから推しのメンバーになって限定配信を見にいってみて欲しい! まず、後悔しないから!」

 

>>『メンバーへようこそ!』

>>『メンバーへようこそ!』

>>『メンバーへようこそ!』

 

「なんで今の流れでわたしのメンバーになるんだよ!? わたしの配信はメン限配信ないっつってんだろーが! あーもうっ、感謝はしないからな!?」

 

>>イロハちゃんが俺の推しやからしゃーないw

>>いつも元気くれて、感謝してるのは俺たちのほうなんやで

>>どうしてもお礼したいなら1曲、歌ってくれてもいいよ♡

 

「おい今、歌えって言ったやつ! 名前覚えてるからな!? 定期的に歌配信しろって言ってくるやつだろ!」

 

>>歌配信しろ

>>歌配信しやがれ

>>歌配信して♡

 

「ぎゃぁあああ~、増えた!? ……え、音源? まぁ、あるけど。あーもうっ、わかったよ! 1曲だけ! 1曲だけだからな!? ええっと、音声ファイルは……」

 

 くそう。「音源がないからムリ」と断れれば早いのだが、残念ながらある。

 なぜそんなものを持っているのかって? あー姉ぇに渡されたからだよ!

 

 『歌配信はする予定ないからいらない』と拒否したのに、あいつめぇ。

 はっ!? まさかあー姉ぇはここまで見越して!? ……ないな。

 

「さすがに今回は翻訳しながら歌ったりしないからな? 普通の日本語の曲だから。それじゃあ……」

 

 音楽が流れはじめる。

 深呼吸して姿勢を正した。

 

 イントロが終わる。

 俺は大きく息を吸い込み、マイクに向かって声を送り出した――。

 

   *  *  *

 

「……えーっと」

 

>>腹痛いwww

>>結局、棒読みじゃねーか!!!!

>>これゆっくり歌企画だったのかwww

 

「あっれー!? こんなにオンチなはずは!?」

 

 前回、英語の曲を歌ったとき。

 俺はこのチートじみた翻訳能力の影響でだろう、棒読みになってしまった。

 

 だから今回は、そうならないように元から日本語の曲を選んだ。

 にも関わらず結果は同じだった。

 

 いったいなんだ?

 歌っているときの、このもどかしさは。

 

 まるで日本語から日本語へと翻訳しているような。

 あるいはもっとべつのナニか(・・・)から日本語へと変換しているのだろうか?

 

 いや、今は考えても仕方ない。

 それよりもまずは誤解を解かねば!

 

「ちがうんだよ、みんな! 信じて! 本当はもっとうまく歌えるんだ! わたしが推しの歌をこんなヘタクソにしか歌えないわけないだろ!? わたしの推しへの愛はこんなもんじゃない!」

 

>>おっ、おう、せやな

>>イロハちゃんにも苦手なことがあって安心した

>>できないことは素直にできないって言ってもええんやで

 

「ちっがーう!? 本当にわたしは――」

 

 その日から俺に『オンチ属性』が追加された。

 不本意だぁあああ!?

 

 しかも、あー姉ぇから「知り合いのボイトレの先生、紹介したげるね」と憐みの視線を向けられた。

 あー姉ぇに同情されたら終わりだよっ!

 

 だが、俺は無言で頷くしかできなかった。

 いつか必ず、見返してやる……!

 

   *  *  *

 

 そうこうしているうちに夏休みも終盤に差しかかっていた。

 ずいぶんと期間が開いたが、参加者であるVTuberたちとのスケジュール調整や準備が完了する。

 

 いよいよ夏のビッグイベントの開催だ。

 コミケの話じゃないぞ?

 

 夏休みの自由研究企画。

 ”VTuber夏の大研究発表会”が幕を開けた――。




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第26話『研究発表会(済)』

「いやぁ~、にしてもあの研究はすごかった姉ぇっ☆」

 

「ほんと驚きだったよ! まさかのダークホース! あのVTuberがあんなユニークなアイデアと工作の才能を隠し持っていたなんて!」

 

「ほんとだよっ。あたし定期的にあの部分を見返しちゃいそう! 満場一致。文句なしの優勝。全員が納得の結果だった姉ぇっ☆!」

 

 というわけで無事、VTuberの自由研究発表会は終了した。

 配信終了後も興奮冷めやらず、俺たち数名は残って雑談をしていた。

 

 いやー、本当にすばらしい配信だったな!

 もしもこの配信を見逃した人がいたとしたら、本当にもったいない!

 

 え? 見た記憶がないだって?

 またまた~、まさかそんな人はいないだろう! がっはっは!

 

「イロハちゃんの自由研究もある意味ではすごかったけど姉ぇっ☆」

 

《イロハの研究は……なんだあれ、論文か?》

 

《う、うるさいなぁ! おーぐだって似たようなものでしょ!》

 

《仕方ないだろ! 日本風の自由研究なんて知らなかったんだから!》

 

 今回の発表会は予想外に国際的なものとなった。

 参加者は日本とアメリカと韓国と。それぞれのお国柄による違いが研究に出ていた。

 

《アメリカにもサイエンス・フェアはあるけど、日本ほど”ジユウ”研究じゃないの! ほら、こんな感じ!》

 

 ポコン、とメッセージ。URLが張られている。

 驚いた。アメリカだと小学生でここまで本格的なプレゼンや発表を行うのか。

 

【けれどイロハさんの発表はすばらしかったと思います。国ごとにVTuberの数やその推移、視聴者の国籍比、多言語VTuberの割合などをまとめてくださっていて。私にとって、これからのマーケティングに非常に役に立つ情報でした。ありがとうございます】

 

【そんな、お礼なんて! 元々、この企画がなくても調べてただろうし】

 

 チートじみた能力をもってしても外国語を学ぶには時間がかかる。

 言語にもよるが、ひとつあたり数週間。

 

 優先順位づけはどうしても必要だ。

 なるべく、推しがたくさんいる言語から学びたいところ。

 

【0〜1桁しかVTuberがいない国がまだまだ多いのは寂しいな。VTuberという文化をもっと広げていきたいよね】

 

【な、なるほどそういう話じゃったんか。い、いや、ウチもわかっちょったよ!? ホンマじゃけぇ!】

 

【ムリしなくてもええんやで】

 

【うわぁあああん! やっぱウチいらん子じゃぁあああ!】

 

【あははっ。そういえば韓国も自由研究って日本と同じ感じなの?】

 

【夏休みに自由研究をする人はいます。けど私はしたことありません。韓国では夏休みの課題は選択式なので】

 

【へぇ~! 選択式って、ほかにどんな課題があるの?】

 

【本を50冊読むとか、運動場を毎日3周走るとか】

 

【お、おぅ……】

 

【あっ、もっと簡単なやつもありますよ。それに、韓国の夏休みには日本みたいな”シュクダイ”もありません。代わりにほとんどの子が塾へ行っていますが】

 

 へー、そんな感じなのか。

 韓国の小学生も苦労してそうだ。

 

「視聴者投稿の自由研究もよかったよねー。個人的にはアレが好き。オリジナルのペーパークラフト。わたし、おーぐの型紙ダウンロードしちゃった」

 

「わぁ~! それめっちゃ”てぇてぇ”やん!」

 

【”おーぐ・ハ・イロハ・ノ・ヨメ”】

 

「嫁じゃないから!? 推しではあるけど! 《ちょっと! おーぐがわたしのファーストキスを奪ったから、みんなに誤解されちゃってるじゃん!?》」

 

《おいっ、ファーストキスとか言うなよ! ノーカンだろ! だいたいアレはイロハがっ!》

 

《あーあ。おーぐが未成年の女の子を襲っちゃうような人だったなんて。そんなに女の子好きだったんだ~?》

 

《やめろバカ! ワタシに”ユリ”属性はないから! イロハだって女の子が好きってわけじゃないだろ!?》

 

《いや、普通に女の子が好きだけど?》

 

《!?》

 

 あ、忘れてた。

 今の俺は女だった。

 

《え? これワタシのせいか? 小学生女児の性癖を歪ませちゃった? 責任、取ったほうがいいのか?》

 

《えーっと、これは元々だから》

 

《!?!?!?》

 

《あ、いや、ちがうよ。全部ジョーク》

 

《びっくりしたぁ~! お前、アネゴみたいなスレスレの冗談やめろよ!》

 

 危ない危ない。フォローしようとしたら余計に変な方向に転がりかけた。

 まぁ、もう視聴者も見てないし、英語だし、そこまで気にすることもなかろう。

 

「えー、あとはアレ! アネゴメーカーもすごかったよね! あー姉ぇに好きなセリフをしゃべらせられるやつ。……ふ、ふふふ。毎朝『ごめんなさい』って言わせたい」

 

「い、イロハちゃん!? ストレス溜まっちょるん!?」

 

「あー姉ぇとちがって必要なときしかしゃべらないのがいいよねぇ」

 

「ひぃいいい!? イロハちゃんがダークサイドに!」

 

 わいわい、がやがや。

 みんな配信者だけあってトークがうまいので、会話がはずむはずむ。

 

 今さらだけど、もったいないなこれ。

 仲間内だけで楽しむんじゃなく――。

 

「この会話、配信上でやればよかったねー」

 

「今、わたしも同じこと思ってました」

 

「うわっ、ホンマやわー。めっちゃオモロいことしゃべっちょったのに。ここで話したこと、後日の雑談配信で取りあげてもええー?」

 

「いいよー」

 

「あんがとー」

 

 まぁ、もし本当に配信していたら、俺の爆弾発言が拡散されていたわけだが。

 いやー、これがオフで本当によかった。

 

 って、あれ? そういえばあー姉ぇがやけに静かだな。

 アネゴメーカーとちがい、必要なくてもしゃべり続けるのがあー姉ぇらしさなのに。

 

「あ、あの~……みんなにひとつ、お伝えしたいことが~」

 

「どうしたの、あー姉ぇ? そんなにかしこまって。というか今日、ずいぶんと静かだね」

 

「あ~、いや~、じつはそのぉ~」

 

「なにをそんなに言いよどんでんの? はっきり言いなよ」

 

「じゃあ言うけど……」

 

 

「――配信、切り忘れちってたっ☆」

 

 

「あー姉ぇえええ!?」「アネゴさぁあああん!?」【アネゴさんぅうう!?】《アネゴぉおおお!?》

 

「ごめんなさぁあああい!」

 

 お前、配信何年目だぁあああ!?

 え、ちょっと待って。切り忘れてたっていったいどこまで?

 

 はっ!? まさか、俺の「女の子が好き」発言も!?

 ……ぎゃぁああああああ!?

 

 アウトだった。当然のごとく、会話は切り抜かれた。

 これ以降、あー姉ぇは配信終わりに『配信切ったか?www』とコメントが流れるようになった。

 

 また、俺には”百合”のレッテルが張られた。

 しかもあんおーぐとファン公認のカップルみたいな扱いに……。

 

 なんでこんなことにぃいいい!?

 やっぱりあー姉ぇ、お前は毎日謝罪しろぉおおお!

 

   *  *  *

 

 そんなこんなをしているうちに、夏休みももうすぐ終わりだ。

 塾の夏期講習も、総まとめである模試を受けて一区切り。

 

 出来はまぁ、悪くないと思う。

 この1ヶ月、忙しかったわりにはがんばったほうだ。

 

 最後に、今後についての面談とのことで母親と揃って塾に呼び出された。

 案の定、話の内容は入塾に関する案内だ。

 

 俺ははっきりと辞退を告げようとし――。

 

 

 

 

 

 

 ――母親が倒れた。

 




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第27話『親子ゲンカ、病室にて』

 

 入塾に関する話し合いの最中に母親が倒れた。

 俺は混乱してなにもできなかった。

 

 塾の先生が救急車を呼んでくれて、母親は病院へと運ばれた。

 俺は促されるがままに一緒に救急車に乗り込み――。

 

   *  *  *

 

「過労ですね」

 

「過労!? ってことは、なにか大きな病気だったりは」

 

「しっかり栄養と睡眠を取れば、すぐに良くなりますよ」

 

 俺はヘナヘナと崩れ落ちた。

 病院のベッドの上では母親が「驚かせちゃってごめん」と申し訳なさそうにしていた。ホントだよ!

 

 医者がコンコンとクリップボードをペンで突いて音を立てる。

 俺たちへ険しい視線が向けられていた。

 

「しかし、いったいあなたたちはなにを考えてるんですか? 親子揃って過労で運ばれてくるだなんて」

 

「「うっ!?」」

 

 そういえばこの先生、たまたま俺が面倒を見てもらってのと同じだ。

 若いのに過労、ということで顔を覚えられてしまっていたらしい。

 

「もっと自分の身体を大切にするように。とくにお母さま、あなたはお子さんの手本となるべき立場でしょう?」

 

「は、はい」

 

「子どもは親を見て育ちます。倒れるまで働くのが良いことだとお子さんに教えるつもりですか? お子さんの将来を思うなら、まだ若いからとムリをするのはやめ、自分の生活を見直すべきです」

 

「すいません」

 

 けっこうな肝っ玉母ちゃんだと思っていたが、さすがに医者を前にするとタジタジだ。

 いい気味だ。俺がどれだけ心配したと思ってやがる。

 

 ……ふと思った。

 俺が倒れたときの母親もこんな気持ちだったのだろうか?

 

 いや、それ以上か。

 彼女にとってわたし(・・・)は実子なのだから。

 

「お母さま、どなたか頼ることのできる親族や知人はいますか?」

 

「ええっと、友人が」

 

「?」

 

 ちらりと視線が俺を向いた。

 どういう意図かわからず、俺は首をかしげた。

 

 なにかを誤魔化している?

 そういえば俺は、わたし(・・・)の父親や祖父母を知らない。

 

「そうですか。では本日は泊まっていってください。明日、再度検査をして問題がなければ退院となります」

 

 それから二、三やりとりをしたあと医者は退室していった。

 俺は「ふぅ」と息を吐き、ゆっくりと周囲を見渡した。

 同室の患者が同じようにベッドで横になっている。

 

「まったく心配かけて。にしてもお母さん、なんで過労なんて? ……まさか。最近、帰りが遅かったけどまさかずっと働いて――」

 

「ねぇイロハ。あんた入塾しないって、本気? 中学受験はどうするの?」

 

 俺は自分のこめかみがピクリと動いたのを感じた。

 俺は「はぁ~」と大きなため息を吐いた。

 

「いや、それは今するべき話じゃないでしょ?」

 

「ちがうわ。今すべき話よ」

 

 母親がじっと俺を見ている。

 俺は面倒くさいなー、と思いつつも答えた。

 

「本気だよ。中学受験はしない」

 

「どうしてよ!?」

 

「ちょっとお母さん、声大きいよ。ほかにも患者さんがいるんだから」

 

 俺はベッドまわりのカーテンを引いて、周囲の視線を遮る。

 姿勢を正して座り直した。

 

「えーっと。たしかに夏期講習のお金をムダにしちゃったのは、申し訳ないと思うよ。けど、やっぱりわたしに中学受験は必要ないと思う」

 

「そんなことない。あんたは中学受験するべきよ。塾の先生も言っていたじゃない。『最後の模試の結果がとてもよかった』って。『入塾して勉強を続ければ今年中に特進クラスに入れるだろう』って」

 

 それは事実だ。

 どうやら先生は俺が難関中学に合格できると思っているらしかった。

 

 そして俺は、いくつか誤解していたことを知った。

 先生曰く――。

 

『イロハさんは入塾テストの時点で偏差値が50もありました。

 偏差値50と聞くと平均に思えますが、とんでもない』

 

『中学受験は高校受験と異なり、成績の高いごく一部の生徒しか受験しません。

 そのため本来よりも偏差値のレベルが上がります。

 それこそ中学受験の偏差値50は、高校受験の偏差値65にも等しいと言われるほどです』

 

『受験対策をしていない時点で、これだけ高得点が取れる生徒には2パターンいます。

 ひとつは発想力を問う応用問題を解けた天才型。

 もうひとつは知識を問う基礎問題を解けた秀才型』

 

『6年生の夏から中学受験をはじめても、受験に間に合わせることができるのが、どちらかわかりますか?

 それは秀才型です』

 

『基礎学力は身につけるには非常に時間がかかります。

 一方で応用問題の解きかたは、中学受験特有の対策とパターンの把握で、短時間でも飛躍的に点数が伸びることがあります』

 

『とくにイロハさんの夏期講習での成績の伸びは非常に良い。

 一度学んだことはきちんと次に活かせている。大人顔負けの理解力です』

 

『試験の問題次第で、難関中学に合格する可能性は十分にあると言えるでしょう』

 

 とのこと。

 一番最初、勧誘時に『特待生になれる』と言っていたのはリップサービスではなかったらしい。

 

『対策勉強なしで最初から真ん中のクラスに入れるなんて、本当にすごいことですよ!』

 

 あとから、そう言われて知った。

 しかも、コースごとに偏差値によるかなりの足切りがあったとか。

 

 普通なら、6年生から入塾した生徒はほとんどは、そもそも俺が選んだコースに入ることすら難しいそうだ。

 俺は特別だったらしい。

 

 しまったな。人生2周目かつチートの影響があるのに真ん中、だった時点で違和感を覚えるべきだった。

 いやでも、だからって……。

 

「まさか過労で倒れたのってそれが理由? 塾代や受験費用を稼ぐため? そんなこと(・・・・・)のためにこんなバカなことをしたの!?」

 

「なっ、”そんなこと”ですって!? じゃああんたこそ、なんでそんなバカなことを言い出すの!? 夏期講習へマジメに通って勉強してるし、お母さんはてっきり……。どうして自分の才能をムダにしようとするの!」

 

「いやだから、わたしには才能なんてないんだって。お母さんの言うとおりバカだからね、わたし」

 

「あんたはバカじゃないわ! ……お母さんとちがって」

 

 母親はヒートアップしすぎたと気づいたのか、息を吐いて身体をベッドに預けた。

 目を閉じ、ポツリと呟くように言う。

 

「ねぇ、イロハ。学校は楽しい?」

 

「え? べつに普通だけど」

 

「本当にそう? あんたさ――学校、つまらないと思ってるでしょ?」

 

 母親が目を開け、じっとこちらを見ていた。

 視線が交錯した。

 

 ドキリと心臓が跳ねる。

 ()の心まで見透かされそうな気がして、思わず視線を逸らした。

 

 小学校を楽しいかと言われると……正直、微妙だ。

 前世でやったことの焼き直し。クラスメイトとは精神年齢の差が大きく感性が合わない。

 

 いってしまえば”ヒマ”で”退屈”。

 こんなことをしている時間があれば家でVTuberの配信を見て過ごしたい――そう、思っていなかったといえばウソになる。

 

「トンビがタカに化けたと思ったわ。あるいはお母さんが、タカになりきれなかったトンビってだけなのかしらね。……ねぇ、イロハ。子どもの時間は貴重なのよ?」

 

 母親の声には後悔がにじんでいた。

 俺はハッとした。

 

「お母さんはバカなことをして、その時間を自分で捨ててしまったわ。そのせいでイロハに父親がいなくてツラい思いをさせてしまった。おじいちゃんやおばあちゃんとの思い出も作ってあげられない。……これでも、お母さんだって学生時代の成績はよかったんだけどね」

 

 母親は「イロハほどではないけれど」と自嘲するように言った。

 そうか、母親は学生時代に父親と出会い……。

 

「人間って一度努力をやめると、それまで積み上げてきたものまで失っちゃうのね。もう一度がんばってみようとしたこともあったけど、記憶も、時間も、心の余裕も足りなくなってた。……イロハ」

 

 母親の視線が俺を射抜く。

 

「お母さんはあんたにもっといい教育を受けさせてあげたい。あんたに合ったレベルの授業を受けさせてあげたい。あんたにただ才能を腐らせる――時間を浪費するだけの日々を過ごさせたくない。勉強にだけ集中できる時間は本当に希少で、子どものときにしかないから」

 

 正直、中学受験は親のエゴだと思っていた。

 そして、やはりそれは間違っていない。

 

 けれど、全部じゃない。

 母親は()の本音を見抜いていた。子どもが思っている以上に、親は子どものことを見ているのだと知った。そして本気でわたし(・・・)の将来を想っている。

 

「……わかったよ、お母さん」

 

 だから、俺は――。

 

「わたしは――」

 

 

 

 

 

 

 

「――やっぱり入塾はしない!!!!」

 

「えぇえええええええええ!?」

 

 母親がズッコケた。

 

 




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第28話『親と子』

「えぇええええええ!? いやいやいや、今の絶対に『入塾する!』って流れだったじゃん!?」

 

「あうあうあう、酔う酔う!」

 

 母親が驚きのあまり跳ね起きて、俺の肩を掴んでガクガクと揺らしてくる。

 俺は彼女の手から脱しつつ答えた。

 

「お母さんがわたしのことを思ってくれてるのはわかったよ。けどそれはそれ、これはこれ」

 

「じゃあ、あんたは塾へ行くかわりになにかしたいことでもあるの?」

 

「わたしのやりたいこと? それは……毎日VTuberを見て、笑って、コメントを投げて過ごすことだ!」

 

「アホかぁああああああ!」

 

 スパーン、と頭を引っ叩かれた。

 ひどい。聞かれたから答えただけなのに。

 

 ……え? もっと壮大な目的ができたんじゃなかったのかって?

 バッキャロー、一番大切なのはこれに決まってんだろーが。

 

 それは変わってないし、今後も変わることはないだろう。

 その上で2番目。より配信を楽しむためにオマケ(・・・)でやりたいことはあるが。

 

「ひとつ聞きたいんだけど、お母さんはわたしに入塾して欲しいの? それとも中学受験して欲しいの?」

 

「そりゃあ中学受験でしょ。そのための入塾なんだから」

 

「わかった。じゃあやっぱりわたしは塾には行かない」

 

「あんたっ」

 

「けれど――中学受験はしてもいい」

 

 俺は「いくつか条件はあるけれど」とつけ足した。

 母親は困惑した様子だった。

 

「え、いいの? あんた中学受験がイヤだったんじゃないの?」

 

「わたしは今まで一度も、中学受験そのものがイヤだとは言ってないよ。受験勉強とかで配信を見る時間が削られるのがイヤなだけで」

 

「えっ。それ本気で言ってたの!?」

 

「いや、本気だけど?」

 

「はぁ~、このバカ娘」

 

 うわ、バカって言った!

 さっき『バカじゃない』って言ったばかりなのに!

 

 ……さて。

 なぜ俺が急に方向転換感したのか。それには俺の第2目標が関わっている。

 

 じつは中学受験したほうがその目標には近かったりするのだ。

 ならばなぜこれまで固辞し続けていたか。それはリスクとリターンが見合わなかったからだ。

 

 普通に(・・・)難関中学に合格しようとすると、俺の学力ではあまりにも多くの勉強が必要。

 視聴時間が削られすぎる。それでは本末転倒だ。

 

 けれど仮に、最小限の勉強だけで受験に合格できるとしたら?

 そんなウルトラCがあるとしたら?

 

 俺にかぎっていえばそんな手段が、ある。

 それを知ったきっかけは夏期講習だった。そういう意味では受講したのは正解だった。

 

 ただ、俺はこの手段を選ぶことをずっとためらっていた。

 あまりフェアではないし、その後がどうなるかもわからない。

 だから安定をとって、普通に公立中学へ進学するつもりだったのだが……。

 

「お母さん、そんなにわたしに受験して欲しいの?」

 

「もちろんよ」

 

「本当に、いいんだね?」

 

「えぇ」

 

「本当の、本当に、いいんだね?」

 

「なによ、恐いわね……いいって言ってるでしょ?」

 

「ふぅ~、わかった。じゃあこれがわたしが中学受験をする条件」

 

 俺は決心して、スマートフォンの画面を見せる。

 そこにはとある中学校のホームページが表示されている。

 

「わたしが受験するのはこの学校だけ。もし落ちたとしてもそのときはほかの学校を狙ったりせず、すっぱり諦める。あと入塾はせず自習で合格を目指すから」

 

「記念受験じゃ意味がないわよ」

 

「わかってる。”わたしにできる範囲で”全力で合格を目指すよ。それと……受験費用は自分で出すよ。だからお母さんはもう二度と、こんなオーバーワークはしないで」

 

「なに言ってんの。子どもにそんなお金用意できるわけないでしょ。まさかあんた、それが理由で入塾しないで受験するって言ってたの!?」

 

「いや、ちがうけど……。って、え!? もしかしてお母さん、見てないの!?」

 

「なにをよ」

 

「はぁぁ、どうりで話が微妙にかみ合わないわけだ」

 

 俺はスマートフォンを操作して、アドセンスの収益画面を表示させる。

 そこには数字が並んでいる。

 

「見方だけど、これが確定してる先月分の収益。実際に振り込まれるまではまだ数日かかるけど。それで、こっちが今月の推定収益」

 

「ん? んんんんんん!?!?!? いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、じゅうまん……えぇええええええ!? あんた、こんなに稼いでたの!?」

 

「うん」

 

 へにゃへにゃと母親がベッドの上で崩れ落ちた。

 「は、はは……」と乾いた笑いが聞こえてくる。

 

「お母さんより収入多いじゃん。お母さんが必死に稼いでたのって、いったい」

 

「いやいや、お母さんもわたしが投げ銭もらってることは知ってたでしょーに」

 

「そりゃまぁ。スーパーチャットだっけ? いくらか収入があるのは知ってたわよ。けれど、せいぜい小銭くらいだと。とくに最近は仕事が忙しくて配信も見られていなかったし。まさか、子どもが知らないうちにこんなにも稼いでるなんて思わないわよ」

 

 よっぽど衝撃が大きかったらしい。

 母親は大きく、大きくため息を吐いた。

 

「お母さんはなんのために……」

 

 まるで急に年老いたかのように見えて、俺は不安になる。

 首を振って母親の言葉を否定した。

 

「今だけだよ。わたしに人気があるのは”リアル小学生”だから。来年にはその肩書もなくなって、一気に稼げなくなると思う。さらに翌年にはもっともっと稼げなくなる。そもそもわたし自身、いつまで配信を続けるのか、いつまで配信を続けられ(・・)るのかわからないし……」

 

「そうなの?」

 

「うん。だから、お母さんが働くのをやめたらわたしたち、いずれは路頭に迷っちゃうと思うよ。けれど、今は受験費用はわたしが自分で出すよ。あと収益も、わたしに必要な分のお小遣いだけもらったら、残りのお金は家に入れるから」

 

「バカ言わないで。それはあんたが稼いだお金でしょ。自分のために使いなさい」

 

「でも」

 

「あと中学受験についても、するもしないも自分で決めていいわ」

 

「えっ。どうしたの急に?」

 

「あんたが、お母さんが思っていたよりもうずっと大人だったって話よ。お母さんはずっと、あんたにレールを敷いてあげないといけないと思ってた。間違えずに進めるように。それが大人の仕事だと思ってた」

 

 母親は遠くを見るように視線を上げる。

 

「けれどあなたはもうとっくに自立してて、お母さんよりずっと先を走っていたのね。あんたはもう自分の道を見つけて、進みはじめていたのね。……お母さん、余計なお世話をしちゃってたみたい」

 

 母親の声にはいくぶんかの寂しさが滲んで聞こえた。

 俺は……わたし(・・・)は彼女の手を自然と握っていた。母親が目を丸くする。

 

「ううん。言ったとおり、やっぱり受験はすることにする。けれど、ひとりじゃできないことも多いから、そのときは助けてくれる?」

 

「ふふっ……そうね。そうね! もちろんよ! だってあんたの――”お母さん”なんだから!」

 

 母親と心が通じ合った気がした。彼女の瞳には涙が滲んでいた。

 それを指先で掬いながら「そういえば」と母親が訊ねる。

 

「さっき見せてくれた学校ってどんなところなの? 家から近くて、偏差値も高いってのはわかったんだけど」

 

「いわゆる進学校ってやつなんだけど、校則がすごく緩いの! もともと進学校は校則が緩くなりがちなんだけど、この学校はとくに! それこそ成績さえ良ければ、授業中に配信を見てても怒られな――、あ」

 

 完全に油断してた。語るに落ちるとはこのこと。

 俺は立ち上がった。

 

「わ、わたし用事思い出したから帰ろっかなー? そ、それじゃあお大事に……あのー、お母さん? だから手を離していただけると助かるかなーって」

 

「イ~ロ~ハ~?」

 

「え~っと、その~」

 

「その学校、もうちょっと詳しく見せなさぁあああい!」

 

「ひぃいいいいいい!?」

 

 その後、俺たちは「アナタたちここは病院よ!? 静かにしなさい! 安静って言葉知ってる!?」と看護師さんにしこたま怒られた。

 す、すいませんでした……。

 

   *  *  *

 

 そうして波乱万丈の夏休みが終わった。

 新学期がはじまり、久々の登校だ。

 

 しかし、なんだ? 妙に騒がしいな。

 ただ夏休み明けだから、というわけじゃなさそうだ。

 

 首を傾げていると、遅れてやって来た担任教師が咳払いで注目を集めた。

 静かになったタイミングで「えー」と口を開く。

 

「今日から新学期だが、みんなに紹介したい子がいる。入って」

 

 シーン。

 なにも起きなかった。

 

 先生が「そうだった」と言い、教室の扉を開く。

 そこには見知らぬ女生徒がひとり。促されて教室に入ってくる。

 

「みんな、彼女は今日からみんなと一緒に学ぶ仲間だ。自己紹介、お願いできるかな?」

 

 女生徒はこくりと頷き、一歩前に進み出た。

 彼女はたどたどしい日本語で自分の名前を述べ、最後につけ足した。

 

「ワタシ、ハ、ウクライナ、カラ、キマシタ」

 

 開かれた窓から風が吹き込み、銀色の髪が揺れた。

 そうして、6年生の2学期がはじまった――。

 




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第29話『転校生とクラスメイト』

「えーっと、これわかるー?」

 

「ワカラナイ、デス」

 

「あー、まぁ仕方ないよねー」

 

 小学校の教室。

 ウクライナからの転校生と、ほかのクラスメイトたちとの間に溝ができつつあった。

 いや、言葉の”壁”といったほうが正しいか。

 

 現在、ウクライナはロシアから侵攻(・・)を受けている。

 その情勢は非常に不安定だ。

 

 それで彼女は親戚を頼ってウクライナから避難してきたという。

 しかし急な転校だったため、日本語の勉強が追いついておらず……。

 

「ねぇ、イロハちゃん。なんとかしてあげられないのかな」

 

「スマホ」

 

「それはまだダメだって、先生が」

 

 翻訳アプリを使えれば話は簡単なのだが、残念ながら校則によって校内での使用は禁止されている。

 先生も「使っていいよ」と言ってあげたいそうなのだが……。

 

「まだ交渉中かー」

 

 まぁ、許可を出せば間違いなく遊びで触る生徒が出てくるだろうしなぁ。

 気にする親御さんはどうしても一定数いるらしい。

 

 マイはまるで自分のことのように、ツラそうな表情で転校生を見ていた。

 俺は絶対に助けないからな!?

 

 VTuberに関係がないことでこれ以上の時間を費やしたくないし、面倒ごとに首をツッコむ気もない!

 本当だからな! 絶対だからな!

 

   *  *  *

 

「というわけで新学期もはじまって、無事に初収益も入ってきた。みんなのおかげだよ、ありがとー」

 

>>そうか新学期か

>>収益おめ!

>>これでようやくメン限配信を見られるなwww

 

「ホントだよ! いや~、プレミアム代金を支払うのにすら苦労していたころがもはや懐かしい。勝ったなガハハ! これからのわたしは無敵だ!」

 

>>急に大金持つと金銭感覚狂うから気をつけるんやで

>>税金に気ぃつけや

>>忘れずに確定申告するんやで

 

「そのあたりはあー姉ぇに税理士紹介してもらったから大丈夫」

 

>>アネゴが有能、だと!?

>>収益公開しようぜwww

>>収益なにに使うか決めてるん?

 

「使い道なんだけど、まずメンバーシップ代は確定として……残りについて、みんなにちょっと相談したいんだよね。じつは収益の一部をわたしの受験費用に充てたくて」

 

>>ええんやで

>>受験決めたって言ってたもんな

>>イロハちゃんのお金や、イロハちゃんが好きに使うたらええ

 

>>イロハハがまたムリして倒れてもアカンしな

>>イロハハにはきちんと休んでもろて

>>なんでメン代が確定で、受験はオマケなんだよwww

 

「え? だってVTuber業で稼いだお金をVTuber業界に還元するのは義務でしょ?」

 

>>草

>>うん、平常運転だな!

>>イロハちゃん普段はしっかりしてるけど、じつは浪費グセありしそうで怖いw

 

 とまぁ、そんな感じに新学期のVTuber業はすべり出し好調。

 メンバーシップ限定配信も見れるようになったし、すべてがいい順調――。

 

>>イロハちゃん、なんか元気ない?

 

 そのとき、流れてきたひとつのコメントが目に留まる。

 図星を突かれたような気持ちだった。

 

 あ~、もうっ! 原因はわかりきっている。

 マイのあの表情だ。転校生のことだ。

 

 配信を終えたあと、俺は検索窓にカーソルを合わせた。

 べつにこれはあいつらのためなんかじゃない。

 

 元々、ウクライナ語はゆくゆく習得するつもりだったのだ。

 だからこれは、すこしだけ予定を前倒ししただけだ。

 

   *  *  *

 

 ――数日後。

 俺はフラフラとした足取りで教室に向かっていた。

 

 眠気と疲労とで限界ギリギリ。ものすごくしんどかった。

 まだ脳みそが熱を持っているような、そんな錯覚がする。

 

 この言語のために数日を費やすことになった。

 これだけ集中して、それも短期間でひとつの言語を習得したのははじめてだ。

 

 チートじみた言語能力を働かせるためにはどうしても大量のインプットが必要。

 そのため、習得にはどれだけ急いでもそれなりの時間がかかる。

 

 だからこそ優先順位をつけていたのに。

 なるべくVTuberの使用者数が多い言語から、と。

 

「おはよ~……」

 

 疲れ切った声とともにガラガラと教室の扉を開ける。

 室内を見渡せば、すでに大勢の生徒が登校していた。

 

 しかし、ウクライナからの転校生の周囲にだけ人がいない。

 彼女はぽつんと座っていた。まるでそこだけバリアでも張ってあるみたいに。

 

「ひとつ貸しだからな」

 

 イメージ上のマイにそう告げる。

 それと担任教師にも、あとで絶対に文句を言ってやる。

 

 俺はなにものにも邪魔されず、純粋な気持ちでVTuberの配信が見たいのに。

 気がかりがあると配信を十全に楽しめないだろうが!

 

 まっすぐ転校生へと近づいていく。

 転校生も俺の存在に気づいたのだろう、ピクリと俯かせていた顔を持ち上げた。

 

<おは――>

 

「”ど、どーぶろぼ、らんく!”」

 

 割り込むように、大きな声で転校生に声がかけられた。

 彼女の視線は俺ではなく、目の前に飛び込んできたその人物へと引っ張られた。

 

 クラスメイトの男の子だった。

 その手にはノートが握りしめられている。

 

 男の子の後ろにはほかにも何人かの生徒が控えていた。

 彼らが次々と、拙いながらもウクライナ語で<おはよう>と声をかけていく。

 

 それからノートを見ながら<仲良くなりたい><ウクライナ語を教えて><日本語を教える>などを伝えようと、必死に言葉を紡いでいた。

 俺はその様子に衝撃を受けていた。敗北感に打ちのめされていた。

 

「は、はは……なにやってんだ俺」

 

 無意識に翻訳能力に頼っていた自分に呆れた。

 助けてやる、と無意識に上から目線になっていたことにも。

 

 まずやるべきはウクライナ語をうまくなることじゃない。

 拙くてもいい、ウクライナ語で――相手の立場に寄り添って声をかけることだった。

 

<友だちになろう!>

 

 彼らのように、声をかけることだった。

 あー、もう! なんだよ、やるじゃん小学生。

 

「アリガトウ」

 

 転校生は泣き出しそうなほどの笑顔で、そう答えていた。

 完敗だった。

 

 俺はガサゴソとランドセルを漁ってプリントの束を取り出した。

 それを男の子たちに差し出した。

 

「これ」

 

「なんだよイロハ」

 

「よかったら使って。<あなたにも>」

 

<えっ?>

 

 手渡したプリントには日本語とウクライナ語の対応表が印刷されている。

 中でも学校生活でよく使う文章を、なるべくわかりやすい単語を選んで作ってきた。

 

「お前、ウクライナ語しゃべれたのかよ!?」

 

「覚えたんだよ。もし会話で困ったときがあったら、わたしのことを呼んでくれていいから。教える」

 

 同じ内容を転校生にも伝える。

 転校生は目を丸くし、クラスメイトたちはやや困惑した目で俺を見ていた。

 

 警戒されたかなこれは。

 と思っていたら、真っ先に転校生へと話しかけていた男の子が俺に言った。

 

「あー、その、ありがとよ。それと、ワリぃ。最近のお前、変だったから……ちょっと偏見持ってた」

 

「え。あ、うん」

 

 すぐにほかのクラスメイトからも「ウクライナ語を覚えたの!?」「すごい!」「私にも教えて!」と声をかけられ、囲まれる。

 そんなにすぐ切り替えられるものなのか。

 

 いや、そうじゃないな。

 今、わかった。そもそも……。

 

 

 ――子どもの世界には国境も年齢差もない。

 

 

「イロハちゃん、ありがとねぇ~」

 

 マイがまるで『わかってる』とでも言いたげな表情で近寄ってくる。

 俺はなんだか気恥ずかしくなって、頬を掻いて「うるせー」と返した。

 

   *  *  *

 

 それから俺はこの出来事を配信で話した。

 すると「俺もウクライナ語を覚えたい」というコメントが殺到した。

 

 中には最近、職場や学校にウクライナから避難してきた人がいる、という人もちらほら。

 いつの間にか、意外なほどウクライナという国は身近になっていたようだ。

 

 俺は予想外の食いつきに驚きつつも、「せっかくだし」とウクライナ語講座を行うことにした。

 

 その反響は非常に大きかった。

 普段はVTuberを見ないという人も、大勢が視聴しにやってきた。

 

 コラボでも切り抜きでもなく、これほどまでに俺個人の配信が伸びたのははじめてのことだった。

 俺はVTuberとして自分がなにをすべきなのか、すこしわかった気がした。

 

   *  *  *

 

 ……ちなみに。

 その翌日、担任教師が似たようなプリントを作って持ってきていた。

 

 担任教師は「え? もう持ってる……? しかも私が作ったのより出来がいい!?」と混乱していた。

 遅いわっ!

 




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第30話『YOLO!』

「ってな感じで、今はクラスメイトみんなでうまくやってるよ」

 

 俺は『第2回ウクライナ語講座』のかたわら、雑談として学校での顛末を話していた。

 あまり勉強の話ばかりでも疲れるだろう。ちょっとした息抜きだ。

 

>>解決してよかった

>>大人でも覚えるの苦労するのに、小学生すげーな

>>じつはイロハちゃんも小学生なんやでwww

 

「まぁ、わたしは特殊だからねー。大人代表である先生には、もうちょっと早く対応してもらいたかったけど」

 

>>先生より先生してて草

>>教師も時間足りない中でがんばっとるんや

>>残業代も出ないしなー

 

「なるほど。そう言われると感謝こそすれ、非難できる道理はないかも」

 

 転校生が来るからって通常業務が減るわけじゃないだろう。

 そんな中、仕事の合間を縫って手製のプリント作ってきてくれたわけだ。

 

「あれ? 普通にいい先生じゃね?」

 

>>教師って大変やな

>>転校生の受け入れってほかにもいろいろやらなあかんやろうし

>>しかも今回の場合、かなり急な受け入れだったっぽい?

 

「わたし、子ども側の視点でしか物事を見てなかった。今度、先生に『ありがとう』くらい言っとくか」

 

>>それは子どものセリフじゃねぇ!www

>>卒業式以外で、そんなの言われたことないなぁ

>>えっ、卒業式ですら言われたことないんだけど

 

「とまぁ、ずいぶんと話が逸れちゃったけど、今、日本でウクライナ語を使える人が圧倒的に足りてないんだよね。だからみんなも覚えてくれるとうれしいな。そして一緒にウクライナ圏VTuberの配信を見よう! ウクライナ圏VTuberを増やそう!」

 

 ウクライナにも数は少ないがVTuberは存在する。

 俺も「せっかく覚えたんだから」と元を取るつもりで、最近はそっち方面のVTuberを見て回っていた。

 

>>草

>>結局そこかwww

>>ウクライナ語できるけど、この授業タメになるわ

 

「お、すでに使える人も見てくれてるのか! そういう人は、よかったら翻訳の仕事引き受けてあげて。今、日本用の教材をウクライナ語に翻訳したものを作ってるんだって。少ないけどきちんと謝礼も出るから」

 

>>へぇ~

>>これがあれば転校生ちゃんが助かるわけか

>>イロハちゃんありがとう、そんなものがあるとはじめて知りました(烏)

 

 転校生は通常の授業に加えて、日本語の勉強までしなくちゃいけない。

 そうすると、どうしても通常の授業のほうに遅れが出る。

 

 そこでウクライナ語版の日本用教材の出番だ。

 ウクライナ語版と元教材を見比べながら授業を受けることで、なるべく通常の授業に遅れが出ないようにしつつ、日本語も並行して学んでいける、という算段。

 

 実際にどれだけ効果が出るかはわからない。

 しかし、それによって俺の手が空いて、休み時間に配信を見られる時間が増えるなら万々歳だ。

 

 宣伝した理由はそれだけ。

 ほかに理由なんかない。ないったらない。決して特定のだれかのためではない。

 

「というわけで今日の講義はここまで。”おつかれーたー、ありげーたー”」

 

>>おつかれーたー

>>おつかれーたー

>>おつかれーたー

 

 配信枠を閉じ「ふぅ」と息を吐く。

 新学期のドタバタも収まり、ようやく生活が落ち着いてきた。

 

「……さて」

 

 そろそろ向き合わなければならないことがひとつある。

 俺はスマートフォンを手に取り、とある人物へと電話をかけた。

 

「もしもしあー姉ぇ? 明日ってさ、時間ある?」

 

   *  *  *

 

「お邪魔しまーす」

 

 俺は慣れた足取りであー姉ぇの部屋へと足を踏み入れた。

 あー姉ぇはいつもどおりのハイテンションで迎え入れてくれる。

 

「もー、どうしたのっ? イロハちゃんから電話なんて、珍しすぎてなにごとかと思っちゃったよ!」

 

 言われてみれば、たしかに。

 というか俺がイロハになって(・・・)からははじめてだ。

 

 いつだってあー姉ぇが引っ張っていく側で、俺は引っ張られる側だった。

 けれどいつまでもこのままじゃいけない。

 

「あー姉ぇにこれを受け取って欲しい」

 

「えーっと、なぜに通帳を?」

 

 そこにはVTuberとして得た収益が記帳されている。

 俺にはチャンネルの視聴者にも言っていなかった、ひとつ決めていた収益の使い道がある。

 それこそが借りを返すこと。

 

 あー姉ぇは俺がVTuberとしてデビューするためにいろいろと出資してくれた。

 元々は、俺があー姉ぇの配信に出演して稼いだ収益から出してるから気にしなくていい、と言われていた。

 しかし……。

 

「VTuberとしてはじめて収益を受け取ってわかったよ」

 

 たしかに当時、俺がきっかけでバズった。

 だがどう計算してみても、それらで得られた収益はあー姉ぇが出資してくれた額にまったく届いていない。

 というか、そもそもの話……。

 

「税金対策だなんだって言ってたけど、あれウソでしょ」

 

「あ~、バレちったか」

 

 あー姉ぇは観念したように舌を出した。

 やっぱりか。

 

「あ、でもまるっきりウソってわけじゃないよ! 多少、大げさに言っただけで。それと、やっぱり受け取れないかなー。これはイロハちゃんが稼いだお金だし」

 

 母親といい、あー姉ぇといい。

 俺の――わたしの周りの人間はどうしてこう、お金を受け取ろうとしないのか。

 

「……なんで」

 

「それはなにに対しての質問?」

 

「なんでわたしに出資したの? なんでわたしをVTuberとしてデビューさせようと思ったの?」

 

「そんなの単純明快だよ! あたしが”おもしろそう”って思ったから! ”もっと一緒に配信したい”って思ったから!」

 

 じつにあー姉ぇらしい理由だった。

 あー姉ぇはいつだって自分の欲望に忠実だ。

 

「あともうひとつ。心配だったから、かな?」

 

「心配?」

 

 だから最後の理由は予想外だった。

 俺はVTuberの配信が見れて、十分に満足していたはずだが。

 

「だってイロハちゃん、現実にあんまり興味ないーってカオしてたから。自分の人生もべつにどうでもいいーって感じで。それこそまるで”他人ごと”みたいに」

 

「……!」

 

「マイみたいに相手から積極的に絡んでこないかぎり、だれとも関わる気がなかったでしょ? というより、必要だと感じてないってほうが近いのかな。あたしのこともまるで”他人”を見る目だったよ。いや、ちがう……”道具”を見る目、かな」

 

「そ、それは」

 

 たしかに俺は最初、あー姉ぇを利用しようとしていた。

 プレミアム代を稼ぐためだけに。

 

 そして現実に興味が薄かったのもそのとおり。

 だってこれはわたし(・・・)の人生だ。

 

「久々に会った友だちがそんな、まるで”別人”みたいな目してたんだよ? そんなのさー、心配しないわけないじゃん。あとは純粋に悔しかったし」

 

「悔しい?」

 

「そう!」

 

 あー姉ぇは自信に満ち溢れた笑みを浮かべていた。

 彼女は「だから決めたの」とまっすぐな視線で俺を射抜いた。

 

「あたしが教えてやる――『人生はこんなにもおもしろいんだぞ!』って」

 




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第31話『人生の楽しみかた』

「で、人生のおもしろさを教えるには、VTuberは好きみたいだし……このまま同じ業界に引きずり込んじゃったほうが早いなーって。あとイロハちゃんは配信者に向いてるとも思ったし」

 

「え、わたしが? どうして?」

 

「ストレス耐性ありそうだから」

 

「そこ!?」

 

「いや、マジメな話だよ。スルースキルは配信者に必須なの。慣れで身につけることもできるけど、やっぱり素質はあるに越したことないから」

 

 たしかに俺はVTuberの配信さえ見られるなら、ほかはわりとどうでもいい。

 実際、思い返せばこれまでも配信中に悪意あるコメントが幾度となく投げられていた。

 が、とくに気にも留めていなかった。

 

「それでもイロハちゃんが配信を続けてくれるかは賭けだったけどね。学校もあるし、体力的な問題もある。なにより子どもは飽きっぽいから。配信まわりはあたしがフォローすれば済むけど、ほかはね」

 

 だから機材やソフトの準備など、あれだけ面倒を見てくれていたのか。

 すこしでも負担が減るように、と。

 

「というか、本来はもっと本格的なサポートをつける予定だったんだけどね。だって、あたしの勧誘でウチの事務所に入れるつもりだったから」

 

「はいぃいいい!? いやいやいや、それはムリでしょ!?」

 

 あー姉ぇが所属しているのは世界最大規模のVTuber事務所だ。

 それこそチャンネル登録者数ランキングを所属VTuberが総ナメするほど。

 そんな簡単に入れるわけがない。

 

「そーなんだよねー。マネちゃんに言ったら却下されちった」

 

「ほっ……」

 

「マネちゃん曰く『話題に困らなさそうだし、キャラクター性も申し分なし。今、海外勢が伸びてるから語学力がある人材はのどから手が出るほど欲しい。けど未成年だからダメ』だって」

 

「そりゃそうだ」

 

「だから『せめて個人VTuberとしてデビューする支援をしてあげたい』って言ったの。そしたら『まぁそれなら』って。で、あたしが直接、出資やらサポートやらすることになったんだよね」

 

 それは俗にいう”ドア・イン・ザ・フェイス”なのでは?

 大きな要求を突きつけて小さな要求を通す交渉術。

 

 無意識にやったとしたら末恐ろしいな。

 いや、さすがはあー姉ぇと言うべきか。

 

「あたしじゃ力不足でサポートしきれないんじゃないかって不安に思ってたけど、予想外にイロハちゃんがしっかりしてるからなんとかなっちゃったよ」

 

 不安? それは意外だ。

 つーか、あー姉ぇも不安を覚えることがあるのか。

 

「そこから先は知ってのとおりだね」

 

 あー姉ぇが俺をいろいろなVTuberと引き合わせて、かき回して。

 ……俺のため、だったのか。

 

 もちろん、あー姉ぇ自身が楽しんでいた部分も大きいだろうが、それでも。

 と、突然あー姉ぇの歯切れが悪くなる。

 

「ただ、そのぉ~、なんといいますかぁ~、あたし人との距離感が近すぎるというかぁ~、大雑把というかぁ~、空気が読めないというかぁ~。やりすぎちゃうことが多いらしくって」

 

「知ってる」

 

「ぐはっ!?」

 

「言っとくけど、今でもリアルでVTuberの人たちと引き合わせたことは許してないからね?」

 

「ひぃいいいいいい!? イロハちゃんの顔が恐い!」

 

 あー姉ぇはヨヨヨと涙を流し「ごめんよぉ~」と縋りついてくる。

 俺は大きく嘆息した。

 

「けど、もういいよ」

 

 推しの配信を見る目は、やっぱり直接会ったことで少なからず変わってしまった。

 純粋なファン心だけでは見られなくなってしまった。

 そのことは寂しく思う。

 

 けれど、今の俺はもうただの1ファンではなくVTuberでもあるから。

 最終的にこの道を選んだのは自分自身だから。

 

 VTuberとしてデビューした以上、少なからず顔合わせが起こるのは必然だった。

 本当に拒絶するなら、あのとき断るべきだった。

 そして断らなかったということは……。

 

「許しはしないけどもう過ぎたことだし、あー姉ぇだけの責任でもないから」

 

 それに失うことばかりでもない。

 VTuberを経験したことで、同じ立場から配信を見られるようになった。

 新たな楽しみかたができるようになった。

 

 ある意味で、今の俺はこれまで以上に配信を楽しめている。

 

「そっか。ありがとう」

 

「お礼を言うのはわたしのほうでしょ?」

 

「それでも、だよ。……じつはあたしが『人生はこんなにもおもしろいんだぞ』って伝えたいのはイロハちゃんだけじゃないんだ。ほかの子たちも一緒」

 

「だからVTuberのみんなをプールへ誘ったの?」

 

「うん。なにを楽しむかは人の自由だと思う。けど、その楽しさすら知らないなんて、悔しいじゃん? あたしはみんなのことが大好きなの。好きな人にはさ、自分の好きをもっと知って欲しいじゃん?」

 

 あー姉ぇは「もちろんイロハちゃんのことも大好きだよ!」と笑った。

 いつものまっすぐな視線。

 

「そーいうこと、よく真正面から言えるよね」

 

「えへっ」

 

 俺はこらえきれず、その笑顔から視線を逸らした。

 あー、顔が熱い。

 

「だからイロハちゃんには知って欲しいし、イロハちゃんのことも知って欲しいんだ。……ねぇ、イロハちゃん。よかったらまたみんなで遊びに行ったりできないかな?」

 

「あ~」

 

 これを認めるのはあー姉ぇに負けたみたいで悔しいが……。

 俺はあー姉ぇに振り回されてるうちに、そういうのも悪くない、と思いつつある。

 

 マイ、あー姉ぇ、おーぐ、母親、コラボ相手のみんな。

 彼女たちのことをもう他人だとは思えない。

 

 これまでがたまたま、いい結果だったからそう思えているだけかもしれない。

 だから今後のことはわからない。

 けれど……。

 

「――”次から”リアルで顔合わせするときは事前に言っておいてね」

 

「えっ、いいの!?」

 

「うん」

 

 俺は降参した。

 この人には一生勝てる気がしない、と思った。

 

「そのときは帽子(・・)でも用意するよ。こ~~やって思いっきり目深に被って、ご尊顔を拝してしまうのを防止(・・)してから参加する。……なんちゃって」

 

「”おつかれーたー”のときも思ったけど、イロハちゃんギャグセンスはないよね」

 

「お前ぇえええ!」

 

「でも、ありがとねっ」

 

「……んっ」

 

「ねぇ、イロハちゃん――人生は楽しい?」

 

 俺は肩をすくめて答えた。

 

「そこそこ」

 

「あははっ、そこそこか。じゃあもっとがんばらないとねっ」

 

 顔を見合わせて笑った。

 あー姉ぇは「よしっ、湿っぽいのはここまで」とパンと手を叩いた。

 

「そんなわけで、結局はあたしがやりたいことしてるだけなんだよね。だからイロハちゃんも、そのお金は自分がやりたいことのために使いな? それに絶対そのうち入り用になるから」

 

「え? 入り用? ……あっ、そうか!」

 

「お、わかった? 少額でもできないわけじゃないんだけど、やっぱり金額は正義だからね。今後(・・)にも大きく関わるし」

 

「たしかに! いやでも、そうなるとこの額じゃまだまだ足りないなぁ」

 

「うん。だからもっと配信がんばらないとね」

 

「わかったよ、あー姉ぇ!」

 

 俺は通帳を懐に仕舞い、頷いた。

 あー姉ぇも俺のことがようやくわかってきたらしい。

 

 つまりこのお金は――スパチャに使えということだ!

 それも赤スパを投げろという意味だ!

 

 よーし!

 今後(・・)のVTuber業界を支えるためにも、しっかりと還元するぞ~!

 

   *  *  *

 

 ……えぇ~っと、ちがったみたいです。

 




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第32話『スパチャは人生』

〈そうそう。久々に遠出したらストライキ中でさー。しかもデモで行きたかったお店にも入れなくって〉

 

>>ちゃんと確認せんから(仏)

>>それはしゃーないなw(仏)

>>¥10,000 ドンマイ代(仏)

 

〈え、スーパーチャット!? しかも赤色!? えーっと、お名前なんて読むんだろ。”イロハ”さん? で発音合ってますか? ありがとうございます!〉

 

>>!?!?!?(仏)

>>え、これ本物じゃね?(仏)

>>イロハちゃんじゃん!?(仏)

 

〈どうしたの? えっ、有名人? うわっ、チャンネル登録者数すご!? って日本の人気VTuber!? ちょっと待って、私この人、見たことある!〉

 

>>今のうちに”ファイヨ”しとけw(仏)

>>フランス語わかるのか(仏)

>>ファンです! これからも活動応援しています!(仏)

 

〈あ、ありがとうございますイロハさん! がんばります!〉

 

   *  *  *

 

≪アメリカではクッキーに肉汁をかけて食べるって聞いたけど、マジ? やっぱ感性合わねー≫

 

>>マジ???(英)

>>それは草(英)

>>¥10,000 それはパンにホワイトソースをかけて食べる、って意味だねwww(英)

 

≪うおっ、赤スパあざーす! そういうこと!? やっぱり変だと思ったんだよ。教えてくれてあんがとねー≫

 

>>なるほどそういう意味かwww(英)

>>これだからアメリカ語は(英)

>>ちょっと待って今の、本物のイロハじゃん(英)

 

≪え、なに。有名人なの? マジで!? 日本のVTuber? よかったら今度コラボいかがっすかー!≫

 

>>お前、自分のチャンネル登録者数よく見ろwww(英)

>>相手は天上人やぞ(英)

>>いいんですか!? ファンなのでうれしいです! あとで細かい打ち合わせしましょう(英)

 

≪マジぃ!? 通っちゃったよ!? つーかアタシのファンだってよ、お前らぁ! 囲め囲めぇ! イロハちゃーん、”チアーズ”!≫

 

   *  *  *

 

「――とまぁ、そんな感じでさー。その人の配信がめちゃくちゃおもしろくって。よかったらみんなも見に行ってみて! 海外にもおもしろいVTuberがいっぱいいるから!」

 

>>すまんがフランス語はさっぱりなんだ

>>すまんがイギリス語はさっぱりなんだ(米)

>>というかスパチャしてたのやっぱりお前だったんかい!

 

「そうそう、わたしわたしー」

 

 俺はとくにプライベートでチャンネルを切り替えたりしていない。

 そのため、視聴者に捕捉されていたようだ。

 

 それにネット上でウワサになっていたらしい。

 「あちこちのVTuberにいきなり赤スパ投げてるこいつはだれだ!?」と。

 海外では日本ほどスパチャ文化が強くないから、余計に目立ったようだ。

 

>>まだ収益入ってから1、2週間だよな???

>>なのに、こんなに話題になるとかどんだけw

>>そんなに収益に余裕あったのか

 

「余裕? 全然ないよ。もう全部なくなっちゃった!」

 

>>!?!?!?

>>おい!!!!wwwwww

>>いったいいくら使ったんだwww

 

「いくらって……なに言ってるの? 1週間のスパチャ上限は20万円だよ? プリペイドカード使ってたんだけど、不正利用を疑われて電話かかってきたときはびっくりしたよ」

 

>>当然のように上限なのヤバすぎwww

>>やっぱりこいつVTuber絡むとダメだわwww

>>収益で親にメシ奢るくらいはしてやれよw

 

「あっ……。その、スパチャのほうが優先度高かったというか。いやっ、ちがくて! そうじゃなくて!」

 

>>こいつボロしか出さねぇなwww

>>イロハハ泣いてるぞw

>>これは絶対に怒られるwww

 

「は、ははは。大丈夫だよ。お母さんも『収益はイロハの自由に使いなさい』って言ってたし、あー姉ぇも『収益はスパチャに使うべき』って言ってたし」

 

>>本当かそれ???

>>絶対に捏造だろwww

>>この間はスーパーチャットありがとうございました(仏)

 

「あっ! 〈いえいえ、こちらこそ。いつも配信楽しませてもらってます〉」

 

>>これイロハちゃんがスパチャした相手?

>>ちょっと待ってこれ何語だwww

>>普通にフランス語しゃべってて草しか生えないwww

 

>>このチート幼女いつの間にフランス語まで覚えたんだよw

>>アタシもこの間はありがとう! コラボするぞ!(英)

>>私もぜひコラボさせてください!(仏)

 

「おわっ、もしかしてわたしモテモテじゃない? ≪めっちゃ楽しみにしてる!≫ 〈ぜひやりましょう!〉」

 

>>発音や言葉選びまでちゃんとイギリス英語じゃんスゲーな(英)

>>ありがとうございます!(仏)

>>言語入り乱れすぎて脳みそ壊れるwww

 

 各国のVTuberがお礼のためかウワサを聞きつけてか、コメント欄に続々と現れる。

 なんだかすごいことが起きそうな予感が――。

 

 バン! と扉の開く音が響いた。

 ギギギ、と俺は振り向いた。そこには……。

 

>>あっ……

>>この音はイロハハかなwww

>>ちょっと待て、足音複数あるなこれ

 

「ど、どうしたの、お母さん? それにあー姉ぇまで?」

 

「イロハ、ちょっと”お話”しようか?」

 

「イロハちゃん、あたしそんなことぜーんぜん言ってないんだけどなぁっ☆」

 

「ちょ、ちょっと待って。ふたりとも言ってることが前とちが――」

 

「「それはこっちのセリフじゃぁあああ!」」

 

 あ、あっれぇーーーー!?




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第33話『貯金の使い道』

「ひぃいいいいいいっ!?」

 

 俺はあー姉ぇと母親の形相に悲鳴をあげた。

 

>>草

>>アネゴ好きだぁあああ!

>>これは残当www

 

「これからはおこづかいの使い道、お母さんが事前にチェックするから。イロハも言ってたじゃない。ひとりでできないことは手伝ってって。お金の管理、全然できてないわよね?」

 

「イロハちゃんにはこれから毎月、決まった額を貯金してもらう姉ぇっ☆ あたしに返済するつもりでいけば、積み立てることだって簡単だよ姉ぇ?」

 

「ご、ごごごめんなさぁああああああいっ!」

 

 なんでこんなことに!?

 俺がふたりから説教を受ける様子は、世界規模で拡散された。

 

 各国のVTuberにつられて各国から視聴者も集まっていたらしく、さまざまな言語で字幕つきの切り抜きが作られてしまう。

 それはある種のネットミームと化すほどだった。

 

   *  *  *

 

「てなわけで、とりあえず残ったお金でお母さんにケーキでも買おうかなーと。ご機嫌取りしたら多少は制限が緩和されるかもだし。……くっ、この数百円があればまだスパチャが。いや、必要経費として諦めるしか」

 

「あはは、イロハちゃんは相変わらずだねぇ~」

 

 学校で机に突っ伏してマイに愚痴っていると、ふと視線を感じた。

 顔をあげてキョロキョロと教室内を見渡す。

 

「んんん?」

 

 ウクライナからの転校生がじぃ~っと俺を見ていた。

 俺はマイの服の裾を引いた。

 

「ね、ねぇマイ。なんかわたしあの子にめっちゃ見られてない?」

 

「うん? ん~、気のせいみたいだけどぉ~」

 

「あれ? 本当だ」

 

 気がつけば転校生は顔を伏せていた。

 気のせいだったのだろうか?

 

 彼女の視線は手元に落ちている。

 どうやらスマートフォンでなにかを見ているようだ。

 

 最近、ようやく保護者からの理解も得られたようで、翻訳や勉強のためなら校内でもスマートフォンを使用してもよいことになった。

 いろいろ気をもんでくれていた教師も、これで一安心だろう。

 

 しかし、転校生はなにをしているのだろうか? 日本語の勉強中?

 俺はスススっとその背後に忍び寄り、画面をのぞき込んでみた。

 

「!?!?!?」

 

 俺の配信だった。

 自分の席にすっ飛んで戻り、顔を伏せた。

 

 バっ、バレてるぅううう!?

 いやいや、そんなことないよな!? だって今まで大丈夫だったんだから!

 

 ちゃんと配信内で話すエピソードにはフェイクを入れてた。

 それに小学生でウクライナ語を話せる女の子なんてそこら辺にいくらでも……いるわけねぇえええ!?

 しかも名前まで一緒だもんな!?

 

 ちらっと顔を上げる。

 転校生はまたじぃ~っとこっち見ていた。

 

 これはセーフなのか!? それともアウトなのか!?

 どっちなんだ!?

 

    *  *  *

 

 そんな風にやきもきしはじめて、数日。

 

「……あっれー?」

 

 転校生から視線を感じるようになってからしばらく経つが、予想に反して、なにも事件は起きていなかった。

 おっかしーなー。絶対、なにかアクションがあると思っていたのに。

 

「そんなに心配なら直接聞いてみればいいんじゃない?」

 

「いや、さすがにそれは」

 

 あー姉ぇからの鋭い指摘に、俺は言葉を濁した。

 変に掘り返すよりなぁなぁにしてしまいたい、というのが本音だ。

 

 あとは話しかけづらい、というのもある。

 なにせ最近はむしろ逆に、俺と彼女が話す機会は減っているのだ。

 

 最初こそ教室内でのコミュニケーションに俺の手助けが必要で、ちょくちょく転校生やクラスメイトに呼ばれることがあった。

 しかし現在は、彼らだけで解決してしまうことも多いのだ。

 

 一番の要因は、校内でスマートフォンが利用可能になったことだろう。

 それに、本人がものすごい勢いで日本語を覚えつつあるし、クラスメイトたちの慣れもあった。

 

 人間、必要に迫られると早いもんだなぁ……。

 さすがは適応能力のケモノだ。

 

「あたしはそんな心配しなくても大丈夫だと思うけどねー。どうしても気になるならマイにでも偵察頼んでみたら?」

 

「なるほど。そうしよう」

 

「それよりも!」

 

 ずいっ、とあー姉ぇが顔を寄せてくる。

 俺は「な、なんだよ」とその勢いに怯んだ。

 

 今さらだが、ここはあー姉ぇの部屋だ。

 今日は呼び出されてここまで来た。その理由は間違いなく……。

 

「イロハちゃん収益を全部、使い切っちゃったでしょ? ちょっと”今後”について改めて話しておかなくちゃ、と思って」

 

「うっ、やっぱその話だよねー」

 

「そんなに怖がらなくて大丈夫。お説教はもう済んでるから、これ以上怒ったりしないよ。きちんと確認しなかったあたしも悪いし」

 

 それならまぁ、大丈夫か。

 と俺は姿勢を戻した。

 

「で、貯金が必要って言ってたけど具体的になんのため?」

 

「それはね……3Dモデルだよ!」

 

「えっ!? も、もう!?」

 

 俺はまだVTuberデビューしてから2ヶ月しか経っていない。

 いくらなんでも早すぎるのではないか、と困惑する。

 

「甘い! 甘すぎるよイロハちゃん! 3Dモデルの有無で、できることの幅がまるっきり変わってくるんだよ!?」

 

「まぁ、たしかに」

 

「それに3Dモデルは制作に費用もかかれば、時間もかかる! 修正や、全身トラッキングの設定を考えると余裕はまったくないんだよ! 今からお金を貯めはじめなきゃ全然間に合わないっ!」

 

「えーっと、間に合わないってなにに? たしかにあったら便利だろうけど、今のところ使う予定はないし、そこまで急がなくても」

 

「使う予定は……ある! あたしが3Dコラボをしたいから!」

 

「お前が理由かい!?」

 

「早く3Dを用意してくれないと、あたしがガマンできなくなっちゃうでしょ~!」

 

「あ~、はいはい」

 

 俺は抱き着いてくるあー姉ぇを引きはがす。

 ってこいつ離れねぇっ!? 力、強っ!? いや俺が弱いんだ。学校でも体育だけは評価めちゃくちゃ低いもんなぁ……。

 

「けれどマジメな話、視聴者を飽きさせないためにも、定期的に視覚的な新しさは必要だよ」

 

「なるほど」

 

「収益化記念ほど大きな……はっきり言っちゃうと”稼げる”イベントもしばらくない。このままダラダラとお金を貯めてても、3Dお披露目まで期間が開きすぎちゃう。だから路線変更!」

 

 あー姉ぇはイタズラでも思いついたような表情で笑った。

 自分の顔が引きつるのがわかった。あー姉ぇがこういう表情をするときはロクな目にあったためしがない。

 

「イロハちゃん、来月の収益が入ったら……新衣装を作ろう!」

 

 




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第34話『能力の進化』

「えーっと、新衣装ってどんなのがいいんだろ?」

 

「イロハちゃんはどんな幼女が好き?」

 

「幼女限定!? わたしはむしろ、長身でモデル体型のお姉さんが――」

 

「ダメです」

 

「ですよねー」

 

 それからふたりでいくらかアイデアを出しあった。

 加えて、お仕事を依頼するやりかたも学ぶことになった。

 

 最初の2Dモデルはあー姉ぇが依頼から納品受け取りから支払いまですべてやってくれた。

 しかし「いい機会だし、今回は自分でやってみよっか」とのこと。

 

 立ち会ってはくれるらしいので、そこまで心配もいらないだろうが……。

 と、そんなことを考えているとあー姉ぇが「そういえば」と口を開く。

 

「近々、あちこちの国のVTuberとコラボするんだよね?」

 

「成り行きといいますか、スパチャのおかげといいますか」

 

「ちがうちがう、怒ってるんじゃないよ。むしろうれしいの。イロハちゃんがついに自発的に、ほかのVTuberと接しはじめてくれたんだなーって」

 

「それは、なんというか。ファンとしてだけじゃなく、VTuberとしての活動もちょっと楽しさがわかってきたというか。やることがわかってきたというか。もちろん一線は引くけれどね」

 

「ふふっ、そっかー。……そっか、そっかぁ~!」

 

 ニマァ~、と笑みを浮かべてこちらを見てくる。

 俺は「うっとうしい」とあー姉ぇの顔を押しのけた。

 

 立ち上がり、逃げるかのようにドアノブに手をかける。

 

「ふふっ、どこ行くの?」

 

「マイにさっきのお願いしてくる!」

 

 後ろ手に勢いよく扉を閉めた。

 あーくそっ、顔が熱い。

 

   *  *  *

 

「――って感じに、今後のスケジュールはなってまーす」

 

>>すごいよなこの国際感

>>ここまで多国籍にコラボしてるVTuberはほかにいないよね(米)

>>こんなやつがゴロゴロいてたまるかwww

 

 俺は配信で今後の予定を公開していた。

 宣伝が半分。俺自身も配信の頻度が多くなって漏れがないか心配になったので、視聴者にダブルチェックしてもらおうというのが半分。

 

 そろそろ配信を終えるかなーと思ったとき。

 ふと、1件のスーパーチャットが目に留まった。

 

>>¥1,680 どうしたらイロハちゃんのように外国語をいくつも覚えられますか? ぼくは外国語がすごく苦手で英語すら覚えられません。学校のテストでもいつも赤点を取ってしまいます。

 

「英語……英語の覚えかた、かぁ」

 

>>俺も知りたい

>>外国語ほんと苦手

>>日本は島国だから外国語を覚える能力がそもそも低いんだよ

 

 俺の場合、チートじみた言語能力の影響で、覚えること自体は一目で済んでしまう。

 そのせいか覚えかたを説明するのは苦手だ。

 言語そのものについてや、その特徴、ほかの言語とのちがいについては話すこともできるのだが。

 

 しかし、そんな中でも外国語のインプットを繰り返しているうちに、俺自身なにかを掴みかけていた。セオリーとでもいえばいいのだろうか?

 もっとわかりやすく言うなら――。

 

 

 ――能力が”成長”している。

 

 

 一言語あたりの習得にかかる時間が、あきらかに短くなってきている。

 もちろん習得する言語にもよるが。

 

 自覚したのはウクライナ語を短期間で覚えたあたりから。

 イギリス英語なんてそれこそあっという間だった。

 

「わかった。じゃあ、”なぜ日本人は英語を覚えるのが苦手なのか?” わたしなりの解釈でよければ話してみるね。もしかすると”英語の覚えかた”ってのとは話がちょっとズレちゃうかもだけど」

 

>>よっ、待ってました!

>>ええんやで

>>イロハちゃんのそういう話が聞きたくて配信見てるまである

 

「え~っと、では……こほん。お耳を拝借」

 

 俺は緊張とともにゆっくりと口を開いた。

 

「なぜ日本人は英語を覚えるのが苦手なのか? 理由はいろいろ考えられると思う」

 

 俺は頭の中で考えをまとめつつ言葉を紡ぐ。

 あくまで持論なので正確性は保証できないが……。

 

「一番はやっぱり”必要性”だと思う。さっきコメントでもあったけれど、日本で生活しているかぎり、日本語以外が必要な場面ってほとんどないから。使わないなら覚える必要もない。けど、じつはこれって日本にかぎった話じゃないんだよね」

 

>>そうなんか?

>>けど外国人はみんな第二言語持ってるイメージある

>>みんな英語使えるくない?

 

「たしかに英語をネイティブと同じくらい話せる国も多いね。けど、逆に英語圏はどうだと思う? たとえばアメリカだと、むしろ日本よりも第二言語の習得に対してネガティブだったりする。理由はさっきと同じ――必要がないから」

 

 俺は「もちろんそれがすべてではないだろうけど」とつけ足しておく。

 アメリカ人には「英語こそが世界共通語だ」と考える人も多い。そして実際あながち間違っていないと思う。

 

「逆に、必要性にかられて英語を学んでいる国も存在する。たとえばこれはインドで実際にあった話なんだけれど……」

 

 インドはとても巨大な国だ。

 人口は14億人と中国に匹敵するほど。

 地球上に人口の重心を取ればインドの北部になるほど。

 

「インドはその人口に見合って言語数もめちゃくちゃ多い。じつに200以上とも言われてる。同じインド人同士でも、言葉が通じないのはよくある話」

 

 だから学校で教育を行おうとしたとき、困ったことになった。

 そもそも言葉が通じないのだ。

 これでは教育以前のお話。

 

「言語を勉強するのではなく、まずは勉強するために言語が必要になった」

 

 服を買い行くための服がない、みたいな。

 まるでジョークみたいなことだが、そんな問題が実際に起こったのだ。

 




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第35話『なぜ日本人は英語を覚えられないのか?』

 インドで実際にあった話。

 ――言語を勉強するための言語が必要になった。

 

 まさしく、これが必要性だ。

 しかしこれだけではまだ”英語”である理由がない。

 

「じゃあなぜ英語が選ばれたのかというと、インドの言語で教科書を作ろうと思ったときに問題が起こったからだって。それは……」

 

 コメント欄を確認する。いろいろと予想が書き込まれている。

 正解は――。

 

「”語彙数が足りなかった”から。”語彙がちがいすぎた”といってもいい。国際標準に沿って教科書を作ろうとしたんだけど、対応する単語がなさすぎてまともに翻訳することができなかった」

 

 たとえば英語にあってインドの言語にない単語があまりにも多い。

 不可能ってわけじゃないが、ひとつの単語を表すのにあまりにも冗長な表現になってしまう。

 

 だれだって「りんご」を毎回、「丸くて木に生って、皮が赤くて、中身が白くて、真ん中に黒い種があって、甘酸っぱい食べもの」などと説明するのはイヤだろう。

 もちろん今のは大げさにいえばの話だが。

 

「そんなわけで、教科書はそのまま英語のものを使うことにして、逆に、まずは英語そのものを学ぶことになった。そうして英語はインドの準公用語になっていった」

 

 もちろん全員が全員、英語の教科書で学んでいるわけでもない。

 上記がとくに顕著なのは非ヒンディー語圏や都市部の話で、ヒンディー語圏はそのまま勉強している。

 

 そういう部族的な意味でも英語はじつに中立だ。

 今となっては英語が第一言語になっているインド人も少なくない。

 

「それに対して日本の場合なんだけど、はっきり言ってあまりにも日本語が――”優秀すぎた”」

 

 おそらくは、すべての自然言語の中でも一番すぐれている。

 もちろん”あらゆる面において”という意味ではないが……。

 

「こと翻訳においては、日本語より優秀な言語はないと思う。まぁその分、習得難易度がバカ高くなっちゃってるんだけどね」

 

>>草

>>日本人だけど日本語わけわかんねぇw

>>ひらがな、カタカナ、漢字と種類多すぎなんだよなぁ

 

「日本語は表現の幅がめっっっちゃくちゃ広いんだよね。ほぼすべての言語の、ほぼすべての言葉は日本語でも表現可能、っていわれるくらい。実際、世界でもっとも翻訳本の数が多いのも日本語なんだよ」

 

 外国語から日本語への翻訳本がもっとも種類が多い。

 このあたりは識字率や文化や人口も関わってくるが、それを差っ引いてもやはり日本語は異常だ。

 

「その一番の要因はやっぱり、さっきコメントでもあったけど、3種類の文字を併用していることだと思う。それも表音文字と表意文字を。だから新しい単語を生み出すのもすっごく得意」

 

 文字と発音がイコールであるひらがなやカタカナ。

 文字そのものが意味を持つ漢字。

 それらを併用しているからこそ、受け入れが広い。新たな単語も柔軟に日本語に組み込めてしまう。

 

「そんなわけで、英語をそのまま使う必要もなかった。……で、ここまでが前フリ」

 

>>え!?

>>まだ本題じゃなかったの!?

>>思いっきりマジメに聞いちゃってたわwww

 

「元々は、なぜ日本人は英語を……というか外国語を、かな? 覚えるのが苦手なのか、って話だったでしょ。で……あ、ちょっと待って。お水飲む」

 

>>ズッコケたわw

>>このタイミングでwww

>>ごくごく……

 

 俺は「ぷはっ」と息を吐いた。

 水分補給は大事。古事記にもそう書いてある。

 

「ごめんごめん、お待たせ。では、改めて。まず大前提としてわたしは、日本人は言語能力がむしろ高い人種だと思ってる」

 

>>そうなの?

>>日本語とかいう超高難易度言語使えてる時点で

>>漢字すごく難しい(米)

 

「そう! 日本語の習得は難しいの! けど全部が全部難しいわけじゃない。難しいのはあくまで”書き文字”にかぎった話。むしろ会話については、習得が簡単な部類に入る」

 

>>マジ?

>>それは意外やわ

>>俺の英語圏の友だちも日本語話せるけど書けないって言ってたわ

 

「たとえば英語の場合、発音とアルファベットを覚えれば終わり。けど日本語の場合、発音とひらがなカタカナを覚えても終わりじゃない。漢字を学ぶ必要があるから」

 

 いってしまえば漢字というのはプラスアルファなのだ。

 他国の言語習得に比べて、追加でひとつ書き文字を覚えているにも等しい。

 

「母国語を学習する時点ですでに、外国語をひとつライティングできるようになるのと同じくらいの労力が追加でかかってる。つまり英語が覚えられないのは――”リソースの振り分け”が原因だとわたしは思う」

 

 学習のリソースにはかぎりがある。

 実際、子どもにバイリンガル教育を施すことで”セミリンガル”になってしまう場合がある。

 両方の言語とも一人前に話せない、というパターンだ。

 

「日本人は書き文字の能力は十分ある、というかそっちに割り振りすぎた結果が今なんだと思う。みんなも英語、リスニングよりライティングのほうができる、って人多いんじゃないかな?」

 

>>言われてみれば

>>ライティングはまだマシやわ

>>けどそれは学習順序の問題じゃない?

 

「たしかに。海外だと話すことからはじめて書くことへ移行する。赤ちゃんだってそう。けれど日本でも同じようにしたからといって、同じように話せるようになるかは正直、怪しいと思う」

 

 大人になってから外国語を学ぶのなら、その理屈も通る。

 しかし子どもにそれをやらせようとした場合……。

 

「さっきも言ったとおり、日本人はライティングのほうが能力高いから。かかるリソースを抑えるためにも、まずはハードルの低いほうから学ばせようって考えなんだと思う」

 

 ただし、元から優秀な子どもは例外だ。

 さっきのはあくまで日本の”落ちこぼれを出さない”という教育においての話。

 リソースが足りなくなって落ちこぼれとなる子を減らすための措置だから。

 

「とまぁ、いろいろ語ったけど……まとめると。日本においては、日本語が母国語で、漢字が第一外国語、そして英語は第二外国語にも近しい。そう考えると英語を覚えるのが難しいの、納得しやすくない?」

 

 ここまでが俺の意見。

 コメント欄ではさまざまな意見が飛び交っていた。納得、肯定、反論、指摘などなど。

 俺はしばらく眺めたあと、一番大切なことを告げる。

 

「ただし今のは”学校英語”の話。正直、点数を取るには勉強しかないと思う。けれどもし、英語を話せるようになりたいのなら――まずは恐れず飛び込んでみるべきだね」

 

 俺は前世での最期を思い出していた。

 自分がアメリカへ渡ったときのことを。

 

「あとは好奇心」

 

 あのときVTuberの国際イベントのため海を渡らなければ、今の俺はなかった。

 俺がこうして話せるようになったのは、今思えばあれがきっかけだった。

 

「だからみんなも、推しがいるならぜひ外国語を覚えよう! あるいは外国語を覚えて、さらなる推しを発掘しよう! 絶対に必要になるときが来るから!」

 

>>草

>>結局そこかいwww

>>いつものイロハちゃんで安心した

 

 まぁ、俺は外国語がわかんなかったせいで、わけもわからず死んでるからな!

 これほど実感の伴った言葉もないだろう。

 

 必要性、リソース、失敗を恐れないこと、好奇心。

 大事なのはなにか? コメント欄での議論は長く、白熱し続けた――。

 

   *  *  *

 

 その翌日。

 俺は学校に着くなり「イロハちゃん!」とマイに声をかけられた。

 

「ん、どうしたの……ごほっごほっ。あ゛~、昨日の配信はちょっとしゃべりすぎちゃってさぁ~、もうのどがガラガラで~」

 

「それどころじゃないよ!」

 

「あ。そういえばあの転校生、やっぱりわたしの正体知って――」

 

「ああああの子、ヤバいよぉ~~~~!?」

 

「え」

 

 思わず固まった。

 マイが脂汗なんてものを浮かべているところを、俺ははじめて見た――。

 

 




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第36話『転校生の告白』

「ふーむ」

 

 マイに話を聞くが、どうにも要領を得ない。

 ずいぶんと動揺しているようだ。

 

「よし、わかった」

 

 俺は決断した。

 なぁなぁにするつもりだったが、マイがこんな状態になるなんて。

 これは一度、俺自身が向き合わねばならぬ問題らしい。

 

「オハヨ、ゴザイマス」

 

 ちょうど登校してきた転校生を見かけ、俺は立ち上がった。

 マイがとなりで「え!?」と声を漏らす。

 

 おろおろとマイの手が宙を掻いている。引き留めるべきか迷っているのだろう。

 俺は安心させるべく力強く頷いてやった。

 

 途端、マイは勢いよくブンブンと首を横へ振りはじめる。

 そんなに心配しなくても大丈夫だ。という意味を込めてサムズアップをして、俺は歩き出した。

 

「ちがっ!? そうじゃなくてぇ~!?」

 

 俺は背後の声をムシして、転校生の前に陣取った。

 問題ない。いざというときはブザーでも鳴らせばいい。

 

「っ!? イロハサ……イロハ、チャン。アノ、エット、オハヨ、ゴザイマス」

 

「おはよー。<ねぇ、今日の放課後空いてる?>」

 

<え!?>

 

<授業が終わったら、校舎裏で会おう>

 

<!?!?!?>

 

   *  *  *

 

「アノ、イロハ……チャン。オマタセ」

 

<ウクライナ語でいいよ。ごめんね。呼び出しちゃって>

 

<いっ、いえ!>

 

 転校生はビクビクと挙動不審だった。

 なんだか俺が悪いことをしている気になってくる。

 というか冷静に考えて校舎裏に呼び出されるとか怖すぎなのでは?

 

<べつに取って食おうってわけじゃないから安心して。聞きたいことがあっただけなの>

 

<な、なんでしょうか?>

 

<えーっと、わたしのことよく見てるよね? なにかその、理由があったりでもするのかなーと思って>

 

<えぇえええ!?!?!? み、みみみ見てるのバレてたんですか!?!?!?>

 

<いやいや、ガン見だったじゃねーか!>

 

 えぇえええ!? 自覚なかったのか!?

 そっちのが驚きだわ!

 

 転校生は<ウソ><そんな><恥ずかしい>とぶつぶつ呟いている。

 なぜアレでバレてないと思ったのか。いや、子どもの注意力なんてそんなもんか。

 

<えと、あの、あれは、その、無意識で……ごめんなさいっ!>

 

 転校生は慌てふためいていた。

 どうやら、幸いにも悪意を持ってこちらを見ていたわけではなさそうだ。

 となるとやはり……。

 

<べつに怒ってるわけじゃないよ。ただちょっと、わたしもあなたのことが”気になってた”だけ>

 

<え……ワタシのことが、ですか?>

 

<うん>

 

<!?!?!?>

 

 俺は深呼吸して、意を決する。

 こちらの決意が伝わったのか、転校生もごくりと生唾を飲み込んだ。

 

<それで……その、聞きたいんだけど。やっぱり、あなたはわたしのことを――>

 

<あの、それは、じつは、その、ワタシはあなたのことを――>

 

 

<――知ってるの?>

<――愛してます!>

 

 

<<……え?>>

 

 時間が止まった。

 お互いに至近距離で顔を見合わせる。

 

<<えええぇええええええ~~~~!?!?!?>>

 

 お互いに大混乱で、あたふたと身振り手振りしてしまう。

 はぇえええ!? もしかして俺って今、告白された!? なんで!?

 

<ど、どどどどういうことなんですか!? 日本では校舎裏に呼び出したら愛の告白をするんじゃないんですか!?>

 

<だれだそんな知識吹き込んだやつは!?>

 

<え、だって転校してきてから校舎裏に呼び出されたときは毎回、告白されてたので……>

 

<美少女か!?>

 

<え、えへへ……ありがとうございます>

 

 褒めてねぇよ!

 なんだこいつリア充か!? そんなにモテモテだったのか!?

 まだ転校してきて数週間だろーが!

 

 というか……ん? あれ? ちょっと待って?

 もしかして転校してからクラスメイトとギクシャクしてると思ったけど、あれってたんに美少女すぎて近寄りがたかっただけ?

 

 それが最近、日本語もいくらかわかって距離が縮まってきたから……。

 んなもん、わかるかぁー! アニメキャラならまだしも、俺にゃあ人間の顔なんて大して見わけつかねーよ! 良し悪しなんてなおさらだ!

 

 神秘的? な外見に加えて、おそらく性格もよいのだろう。

 まぁ、男子が惹かれるわけだ。俺にはさっぱりわからないが。

 

<なんで、よりによってわたし?>

 

 今の俺って女だよな? 間違ってないよな?

 たしかに最近はちっとばかし、現実にも興味を持ててきた。

 だからって恋愛にまで興味が湧くほど、現実を認めたわけではない。

 

<きっかけは、その……これです>

 

 取り出されたのは学生手帳だった。

 開かれるとそこには、丁寧に折りたたまれたプリントが一枚。

 俺が作った日本語とウクライナ語の対応表だった。

 

<最初、日本は排他的で寂しい国だと思いました。日本人は日本語ができる人にはやさしい。でもわからない人には厳しい。そう思ってました。……けど、このプリントをもらってから世界が変わりました>

 

<それを言うなら、一番最初に話しかけてくれたあの男の子……えーっと>

 

<男の子……?>

 

 あー、ダメだ。名前を思い出せない。

 他人に興味がないから、人の名前を覚えるのも苦手だ。

 VTuberの名前ならいくらでも覚えられるのに。

 

<あっ、わかりました。最初に告白してきた人ですね。あの人は苦手です。最初はやさしかったけど、途中からイジワルしてくるようになりました。ワタシのことがキライになったんだと思います。それなのに告白してきたから、きっとからかってきたんですね>

 

<男の子ー!!!!>

 

 俺は崩れ落ちた。

 なぜ、そこで素直になれなかったんだ!

 

<あのとき最初に話しかけようとしてたのはイロハ……チャンです。男の子は割り込んできただけです>

 

 そうだったかなー!?

 そんなことなかったと思うけどなぁー!

 

<イロハ……チャンにプリントをもらってから、自分でも日本語の勉強をするようになって。スマートフォンで勉強の動画を探したりして>

 

<ん?>

 

<それで……見つけちゃったんです>

 

<んんん!?>

 

 マズい。まさかこの流れは。

 転校生がスマートフォンの画面を見せてくる。

 

<ごめんなさい! ワタシ、イロハ……チャンが配信してることを知ってしまいました!>

 

<あああぁぁぁ……!>

 

 やっぱりバレてたらしい。

 




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第37話『ガチ恋日和』

<ごめんなさい! ワタシ、イロハ……チャンが配信してることを知ってしまいました!>

 

 転校生が見せてきたスマートフォンの画面。

 そこには俺の『ウクライナ語講座』の配信が映っていた。

 

<そっかーバレちゃってたかぁ……。いやまぁ、そんな気はしてたけど>

 

<ご……ごめん、なさいっ。ごめっ……う、うぅっ!>

 

<え、ちょっと!?>

 

 転校生がボロボロと泣き出してしまう。

 うぇえええ!? 男はだれだって女の子の涙には弱い。

 どう対処すりゃいいのかわからん。

 

<よ、よーしよーし。大丈夫だよー。怖くないよー>

 

<ふぇっ……!?>

 

 とりあえず危険物でも扱うような手つきで、そっと頭を撫でてみる。

 これが男女なら気持ち悪いが、幸い今は女の子同士。ギリギリセーフ、なはず。

 

<う、うえぇええええええん! ごめんなさぁあああい!>

 

<なんでぇー!?>

 

 余計に大声で泣き出してしまった。

 転校生は嗚咽混じりに、しかし怒涛のごとく言葉を吐き出しはじめる。

 

<最初は有名な配信者だって気づいてビックリして、けど日本とウクライナを繋ぐためにこんな活動をしてるんだってわかって、もしかするとワタシのためってのも、いくらかあるのかもとか思って。ワタシにとってイロハ……チャンはヒーローみたいな人で>

 

<お、おう?>

 

 いや、まったくそんな理由ではない。

 コメントで言われなければウクライナ語講座をすることもなかっただろうし。

 

<それでだんだんと学校でも意識しちゃうようになって、けどナイショにしてるみたいだから言っちゃダメで、迷惑かけないようにしなきゃいけないと思って。でもやっぱり気になって目で追っちゃって>

 

<うんうん>

 

<そのうちイロハ”サマ”の声を聞いたり、お姿を見るたびに心臓がドキドキするようになっちゃって。イロハサマのお言葉をひとつ残らず理解したくて必死に日本語を勉強するようになって>

 

<うんう……んんん!?>

 

<イロハサマの声が好きで、いろんな言語を話せるところもすごくて好きで、勉強できるところもかっこよくて好きで、ちょっと男勝りだったりもする性格が好きで、けど運動だけはダメダメなところもかわいくて好きで>

 

<え、ちょっと待って。照れるけど、その前になんか変なのが>

 

<あーもう”マヂムリ”ぃ……! ”トウトイ”……! ”イロハサマ、マジ、テンシ”ぃ……! ふえぇえええん!>

 

<!?!?!?>

 

<つまり、ワタシ……ワタシ、イロハサマの――>

 

 

<――ガチ恋勢なんですぅ~~~~!!!!>

 

 

<……はいぃいいい!?>

 

 好きって、あー……えっ、そういう!?

 そっかー。なんだ、そうかー。……そっかー。

 

<ひっぐ……ぐすっ、えっぐ……>

 

 それからようやく転校生が落ち着いてくる。

 なんというか、めっちゃ気まずい。

 

<ご、ごめんなさい、泣いちゃって。イロハサマにお声かけいただいたうえに、その御手で触れられあまつさえお撫でいただいたことで、感極まってしまって>

 

<あっ、申し訳なくて泣いてたわけじゃなかったんだ>

 

<いえ、もちろん申し訳なさもいっぱいです! だって()介のファンでしかないワタシが、イロハサマの生活に干渉してしまうだなんて。まるで認知を求める()介ヲタクがごとき所業。ワタシはいったいなんということを……!>

 

<ダ、ダイジョウブダヨー>

 

 俺はそろーりとすこしだけ距離を取った。

 なんだろう。愛が重すぎてちょっと怖いんだが。

 

 もしかしなくてもこの子、VTuberのそれもきわめて特殊な事例をもとに日本語を学んだせいで、おかしな方向へ認知が歪んでしまっていないか?

 日本文化に変な影響受けてない?

 

<つまり、イロハサマはワタシの心のよりどころなんです>

 

<う、うん。ちょっと待ってね。まずはさっきから言ってる『イロハ”サマ”』ってのを説明して欲しいんだけど>

 

<ご、ごめんなさいっ! 思わずいつものクセで!>

 

<いつもなんだ!? そ、そっか。いや、うん。い、いいんだよ>

 

<ありがとうございます、イロハサマ!>

 

<う、うん>

 

 なんだかすっごく頭が痛い。

 考えたら負けな気がする。

 

<一応、確認しておきたいんだけど。わたしのガチ恋勢って言ったじゃん? それは今のこの(・・)わたしと付き合いたいって意味だったり?>

 

<~~~~~~!?!?!? あっ、いえっ、それはっ、あのっ……>

 

 転校生が百面相する。

 なにやらものすごい葛藤があるらしい。早口でなにかを呟いている。

 

<認知されるのはうれしい。付き合えたならどれほど幸せだろう。けれどなんと恐れ多い。ワタシのような民草が天上におわしますイロハサマと釣り合いなど取れるはずもなく。しかし……!>

 

<あっ、女の子同士だってのは気にしないんだ>

 

<はい。ウクライナではもうすぐ”シビルパートナーシップ法”が制定される可能性が高く、実質的に同性婚が認められます。ワタシたちが成人するころには問題にもならないでしょう>

 

<そ、そう>

 

 即答だった。

 そっか、調べたことあるんだ……。

 

<イロハサマは気にしますか!? もしかして女の子同士はダメですか!?>

 

<えっ。いやー、そのー、まーべつにいいんじゃないかなー? け、けどわたしはダメだからね!? わたしは……そう! VTuberにしか興味がないから!>

 

 そうだ。仕事一筋、ということにしてしまおう。

 あるいは配信を見ることで手一杯。

 

 とっさに出たにしては、ガチ恋勢にも配慮した完璧な回答だな。

 俺もVTuber業がだいぶ板についてきたじゃないか。

 

<VTuber……そっか。なるほど。わかりました! VTuberですね!>

 

<え? う、うん>

 

 やけに力強く頷かれてしまった。

 な、なぜ……?




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第38話『恋のライバル!?』

 今は恋に興味はない。

 わたしはVTuber一筋だから!

 

 と答えたはずなのだが、なぜかやけに強く頷かれてしまった。

 これは……あれか? ガチ恋勢として匂わせがないことに安心した、みたいな話か?

 

 その気持ちはまぁ、わからないでもない。

 俺も推しに”裏切られた”ような気持ちになってしまうことはあるから。

 

 俺はユニコーンではなかったので、ギリギリ反転アンチにならずに堪えられたし、せいぜいがゲロ吐くくらいだったし、仕事が手につかなくなったので病院へ行ってメンタルケアをお願いした程度の”軽傷”で済んだが。

 ……え? もちろん前世での話だ。

 

 しっかし本当に気まずいな!?

 早くこのふたりきりという状況から脱出させてくれ! だれか助けてくれぇえええ!

 ……そんな心の叫びが届いたのか。

 

「あぁ~~~~! やっと見つけたぁ~~~~!」

 

「マイぃいいいいいい!」

 

 校舎裏に「ぜーっ、はーっ」と息を切らしたマイが現れた。

 遅いよバカぁ~!

 

 これほどまでマイに会えてうれしかった瞬間はないだろう。

 俺は救世主の参上に心から感謝した。

 

「って、イイイイロハちゃん!? やっぱりその子と会ってたんだ!? ダメって言ったのにぃ~~!」

 

「言ってたっけ?」

 

「言ってたよぉ~! なんども引き留めようとしてたよぉ~!」

 

 マイが頭を抱えて「ウクライナ語だったからどこ行ったかもわからなかったし、放課後気づいたらいなくなってるし。あぁあああ、もっと早く来られていれば」と唸っている。

 そういえば伝えるの忘れてたわ。

 

「すまんすまん」

 

「まったくだよぉ~! それよりもイロハちゃん大丈夫だった!? まさか”また”キスされてないよね!? イロハちゃんはマイのだから! 絶対に渡さないから!」

 

 マイが俺の腕にしがみつき、転校生を威嚇している。

 「また」ってなんだよ! あんぐおーぐとのはノーカンだから! 事故だから!

 

 けれど「渡さない」って、なるほど。

 マイがあれだけ動揺していたのは、転校生が俺にガチ恋してると知り”友だち”を取られると思ったからだったのか。

 そんなマイを見て転校生は……。

 

<……フッ>

 

「なぁ~っ!? イロハちゃん見た!? い、今っあの子、マイのことを鼻で笑っ……! ムキィ~~~~!」

 

 ふたりがバチバチとにらみ合っている。

 って、あれ? マイが登場して余計に話がややこしくなってないか?

 

「……もう好きにしてくれ」

 

 俺は考えることを放棄した。

 あ~、すぐにでもVTuberの配信を見て心を癒したい。

 

 ふと自分が持っていたものに気づく。

 そうか、これはこのときのためだったのか。

 

 俺は無心で防犯ブザーのひもを引っ張った。

 けたたましい音が校舎裏に響き渡った――。

 

   *  *  *

 

 数日後……。

 学校で廊下を歩いていると、視線を感じた。

 

 ハッと振り向くと、曲がり角からじぃ~っと転校生が見ていた。

 視線がかち合った。

 

<!?!?!?>

 

 向こうもバレたと気づいたのか、あたふたと顔を隠す。

 いや、隠れてるのかそれは……?

 

 スマートフォンで鼻から下だけを隠し、目はいまだチラチラとこちらに向けられていた。

 あの画面ではおそらく、俺の動画が再生されているのだろう。

 というか彼女のスマートフォンは壁紙まで”翻訳少女イロハ”だった。

 

 そしてどこからともなくマイが現れ、俺に腕を絡めてくる。

 警戒心マシマシの視線を転校生に向け、転校生もまたマイを挑発する。

 

 あの日以降、これが俺の学校生活における日常となった。

 

    *  *  *

 

 騒がしくなった学校生活も、毎日続けば日常だ。

 なんだかんだアレに慣れてしまった。我ながら人間ってすごいな。

 

 予定されていた各国の、海外勢VTuberとのコラボ配信も無事に終わって……。

 

《ふぅーん? へぇー? ほぉー? イロハはずいぶんと学校生活をお楽しみだったんだなぁー?》

 

《うん、ほんっとに! 最初はどうなるかと思ったけど、今はうまくやってるよ。おーぐは?》

 

《むっ……!? ま、まぁ? ワタシも最高だけどなっ!》

 

>>気づいてやれイロハ、正妻が嫉妬してるぞwww(米)

>>おーぐはイロハちゃんのヨメだからね

>>イロハは女たらしだから、ちゃんと首輪つけておかないと(米)

 

 今日はたまたま予定が合ったので、あんぐおーぐとコラボ配信だ。

 その雑談の流れで近況報告をしていた。

 

《ヨメじゃない! 嫉妬もしてないし! ただ、イロハもずいぶんと忙しくなったなー、と思っただけ。今日だって1ヶ月ぶりのコラボだし》

 

《え、もうそんなに経ってたっけ? 前ってたしか自由研究だよね?》

 

《ひどっ!? イロハは、ワタシのこと考えもしなかったんだ!?》

 

《最近はドタバタしてたからなー。うっわー、時間経つの早い。っていうか、忙しくて予定合わなかったのはわたしじゃなくおーぐが原因でしょ。いろいろと準備中なんだよねー?》

 

《うぐっ……ま、まぁな》

 

>>アレか(米)

>>アレだな(米)

>>遠距離恋愛はツラいな

 

《恋愛じゃない! けど、はぁ~。イロハと会って一緒に遊びたい。早くアメリカに遊びに来てよー。約束したじゃん-?》

 

《わたしも行きたいんだけど学校があるからねー。長期休暇も、今年の冬は受験、来年の春は入学……だから来年の夏かな》

 

>>イロハちゃんアメリカに遊びに来るの!?(米)

>>アメリカ観光なら俺たちに任せろ(米)

>>めっちゃ楽しみ!!!!(米)

 

《来年の夏!? そんなの遠すぎて待ちきれないよ! 学校に「旅行するから休みます」って言って来てよぉ~》

 

《えぇっ!? そんなの絶対にムリ!》

 

《あ、そっか。日本ってそーゆーの厳しいんだっけ》

 

>>旅行で学校休んじゃダメなの?(米)

>>日本人は学生までマジメなんだな(米)

>>日本じゃ死にそうな病気以外で休暇を取るのは悪と見なされるからね(米)

 

《あはは、さすがにそこまでは厳しくないよ。けど早く会いたいのはわたしも同じ》

 

《そのときはワタシが完璧に”オモテナシ”してあげる》

 

《うん、よろしくー。とまぁ、ここまでまるで久しぶりの会話みたいなこと言ってるけど、じつは裏では2日おきくらいで通話してるんだけどね》

 

《なっ……!? お、おいっ! バラすなよ!?》

 

 あんぐおーぐが慌てた様子で声を漏らした。

 




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第39話『クイズバラエティ』

 じつは裏で、あんぐおーぐとはしょっちゅう電話していた。

 だから、俺も前回のコラボから1ヶ月も経っていた感覚がなかった。

 

>>!?!?!?

>>てぇてぇがすぎるんだが???

>>まるでハトみたいにラブラブだぁ(米)

 

《そろそろいい時間だし、お開きにしよっか。最後におーぐからなにか宣伝とかはある?》

 

《あるよー。じつは……まもなく、ワタシの『誕生日記念3Dライブ』があります!》

 

《フゥウウウ! 待ってたぜ!》

 

>>フゥウウウ! 待ってたぜ!(米)

>>やったーーーー!(米)

>>イロハちゃんの反応が俺らとまったく一緒で草(米)

 

《日程はこうなってます。「日本時間でのスケジュールはこれデス。日本のミンナも、ぜひ見に来てネ!」》

 

>>任せろ!

>>絶対に見に行きます!

>>めっちゃ楽しみ!

 

《ワタシからの宣伝はこれくらいかな? イロハからはなにかある?》

 

《わたしはもうちょっと先になるけど……ただいま、新衣装の準備中です! まだお披露目の日程も決まってないけど、ぜひぜひお楽しみに~》

 

>>マジかよ!?(米)

>>え、なに、新衣装!?

>>今日の宣伝、豪華すぎるだろ!(米)

 

《じゃあ、宣伝もこれで全部かなー》

 

《イロハちゃんの誕生日は4月だっけ?》

 

《そうそう。あー姉ぇとおーぐとのコラボ配信にはじめて参加した日だよ。あのときはまだVTuberじゃなくただの助っ人だったけど……それでもやっぱり、VTuberとしてのわたしが生まれたのはあの日、おーぐとはじめて話した瞬間だと思うから》

 

《……おう》

 

《あ~! おーぐ照れてる!》

 

《う、うるさいっ》

 

>>てぇてぇ

>>てぇてぇ(米)

>>いいぞもっとやれ(米)

 

《今日の配信はもう終わり! ”オツカレーター、アリゲーター”!》

 

《はいはい。それじゃあ、みんな”おつかれーたー、ありげーたー”》

 

>>おつかれーたー

>>おつかれーたー(米)

>>おつかれーたー(米)

 

   *  *  *

 

 配信を終えてヘッドホンを外す。

 解放感に「ふぅ」と吐息が漏れた。

 

「3Dモデル、かぁ」

 

 これは、あんぐおーぐのマネージャーから聞いた話だが……。

 俺があんぐおーぐの3Dライブに参加する、という案もあったらしい。

 

 しかし3Dモデルがないことが理由で、お祝いメッセージを送るだけに留まった。

 さすがに今から3Dモデルを用意しても間に合わないし。

 

「できることの幅がちがう、か。今さらながら、あー姉ぇに怒られた理由がわかった気がする」

 

 俺の場合は”歌えない問題”があるからどっちにしろ、だけど。

 それを差し引いても……だな。

 

 それに新衣装や3Dモデル代だけじゃない。

 歌やダンスのレッスン代、機材もまだまだ足りていない。

 

 VTuber業はこんなにもお金がかかるのか、と驚く。

 視聴者として話を聞いているだけではわからなかった現実が、そこにはあった。

 

 そしてなにより、登録しまくっているメンバーシップ代を稼がねば!

 

「たった100人を推すだけでも毎月5万円の固定出費だもんなー。世知辛い」

 

 とくに最近は情勢不安などで急速な円安、ドル高になっている。

 MyTubeもその影響を大きく受けている。

 

 最近も価格の改定が起こったばかり。

 今はとくにAIPhone(アイフォーン)からスーパーチャットを送った場合が酷い。

 

 黄色のスーパーチャットを投げた場合を考えよう。

 AIPhoneからの黄スパ最低額は1600円。

 Appole税が600円。

 MyTube税が300円。

 さらにそこから所得税が引かれる。

 

 1600円投げて、配信者の手元に残るのはたった400円。

 すなわち投げた額のたった1/4しか届かない、なんてことも。

 

 計算に入れていないが、もちろん機材代や作曲代などの費用もかかる。

 事務所に所属しているなら、その取り分も。

 

「ほんと世知辛い世の中だなぁ~」

 

 勘違いしてはいけないのは、値上げした側が決して悪いというわけではないこと。

 だれが悪いとかではなく、みんなが苦しい。

 

 まぁ、俺の場合は、その収入をさらにスパチャやメン代として投げてるわけで。

 ある意味、二重にMyTubeくんに税金を納めてるんだけどな!

 

 そのとき、ピコンとメッセージが届いた。

 ん? なになに? これは……。

 

「――クイズ企画へのお誘い?」

 

 とある有名なVTuber企画への招待状だった。

 

   *  *  *

 

「というわけで、はじまりました! VTuberクイズバラエティ番組! 本日の解答者はこちら」

 

「「「「いえーい!」」」」

 

「端から順番に自己紹介をどうぞ!」

 

「どうもー。”わたしの言葉よあなたに届け!” 翻訳少女イロハでーす」

 

>>イロハロー

>>イロハロー

>>イロハちゃんきちゃー!

 

「というわけで、一人目の解答者は翻訳少女イロハちゃんです。彼女は非常に語学堪能なリアル小学生とのことで。大人のみなさんにはぜひ、負けないようがんばってもらいたいところです。なにかイロハちゃんから意気込みなどはありますか?」

 

「この番組に呼んでもらえるなんて、めちゃくちゃうれしいです! 過去の回も全部、視聴させてもらってます! 今日は精一杯がんばります!」

 

 そうして、クイズバラエティが開幕した――!

 




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第40話『クイズ前半戦!』

 続いてほかの参加者たちも自己紹介を行っていく。

 

「ありがとうございます。いやー、こう言ってもらえると、この企画もここまで大きくなったか、とうれしくなってしまいますね。ぜひ優勝目指してがんばってください。では次の解答者、自己紹介をお願いします」

 

「”みんな元気ぃ〜? みんなのお姉ちゃんだヨっ☆” 姉ヶ崎モネでーすっ☆」

 

>>アネゴ好きだぁあああ!

>>アネゴ好きだぁああああ!

>>アネゴ好きだぁあああああ!

 

 今日はあー姉ぇも一緒に番組に参加している。

 最近、バラバラに企画に参加していることが多かったので、今日は……不安だな!?

 

 大丈夫かなあー姉ぇ? 絶対になにかをやらかす気がする。

 今からお腹が痛いんだが!?

 

「というわけでアネゴさんです。たしか本企画への参加は2回目ですよね? 前回、参加いただいたときはある意味で伝説となりましたが、今回の意気込みはいかがですか?」

 

「いやもうカンペキ! なにより今回はイロハちゃんもいるから姉ぇっ☆ 学力テストでの雪辱を晴らすときが来たってわけよ!」

 

「雪辱を果たす、だよ。あー姉ぇ……」

 

「さっそく不安だー! 情報によるとアネゴさんは以前、イロハちゃんが主催する学力テスト企画にて大敗を喫した過去があるようですね。いやー、これはどうなるか楽しみですね。続いての解答者はうちのレギュラーの――」

 

 というわけで俺はクイズ企画に一も二もなく飛びつき、参加していた。

 司会者のVTuberに促されて全員の自己紹介が完了する。

 

「――というわけでわたくしめが本日、司会進行役を務めさせていただきます。そしてこちらにいるのが本日の解説担当です。どうですか、解説はいけそうですか?」

 

「あー、まー余裕だと思うっすね!」

 

>>ほんとに大丈夫なのかよwww

>>相変わらずノリが軽いんだよなぁw

>>だれにも信用されてなくて草

 

「今回は全3ステージで、順番にフリップ問題、なぞなぞ問題、最後にガチの早押し問題という構成になっております。最後まで逆転のチャンスは残されていますので、ぜひ途中で諦めず戦い続けてもらえるとうれしいです。みなさん、準備はいいですか?」

 

「「「「おぉー!」」」」

 

「ではまいりましょう。問題!」

 

 そうしてクイズがはじまった――。

 

「まずはフリップ問題からです。第1問――」

 

   *  *  *

 

 問題.『水曜日』を英語で書いてください。

 

 

「おっと、ちらほらと困っている大人勢がいますが、大丈夫ですか? ……出揃いましたね。ではフリップを確認していきましょう」

 

「『Wednesday』です」

 

「なるほど。読みは『ウェンズデイ』で間違いありませんか? そちらのかたも……ほう、答えは『Wednesday』。では次、アネゴさんどうぞ」

 

「ふっふっふ……『Wenseday』! こっちが正解だよ姉ぇっ☆」

 

「おっと! ここで答えが分かれましたね。読みは同じようですが。では最後にイロハちゃんの回答を見ていきましょう。どうぞ!」

 

「えーっと、『Wednesday』です」

 

「おや、ひとり仲間はずれがいるようですね。単独得点なるか? 正解は……『Wednesday』! 正解者に拍手!」

 

「なんでぇー!?」

 

「あー姉ぇ……」

 

>>草

>>知ってたwww

>>アネゴェ……www

 

「では解説、お願いします」

 

「ういっす。えー、答えのウェンズデーですが、その語源は北欧神話のオーディンだと言われてるそーっす。オーディン……オーディン、オーディン、オー※□●……ウェンズデーって感じっすね」

 

>>全然自然じゃなくて草

>>もっとちゃんと変化させろw

>>途中どうなってんだよwww

 

「これはちょっと簡単すぎましたかね。ひとりを除いて。ところで小学校では英語を学ばないと思うのですが、イロハちゃんはさすがの正解でしたね」

 

「ありがとうございます。ちなみにフランス語では水曜日を『メルクルディ』と言うのですが、その語源は、オーディンと同一視されることもあるローマ神話のメルクリウス(ヘルメス)になります。こんなところでも言語が繋がっているんですねー」

 

「そうなんですか!? えー、情報によるとイロハちゃんはフランス語も堪能だそうです」

 

「おいスタッフ! 配役間違えてるって! 解説用のカンペ持ってるオレより解答者のほうが詳しいって!?」

 

>>草

>>くっそワロたwww

>>このイロハって子すごいなw

 

「あと、じつは今は小学校でも英語の授業があります。必修化されたので。といっても、わたしはちょうどその境目だったんですけれど。あとはプログラミングも必修になりました」

 

「え、そうなの!?」

 

「はい」

 

「えー、わたくしめ、ただいま非常にジェネレーションギャップを感じております」

 

「プログラミングってなんだっけ? モデルとか写真のお仕事だっけ?」

 

>>マジか

>>知らなかった

>>アネゴwwwプロのグラマーじゃねぇよwwwwww

 

「えー、では次の問題へまいりましょう。フリップ問題がすべて終わったので、ここからはなぞなぞ問題となります」

 

   *  *  *

 

 問題.とあるスミスが言いました。

 

「1から5番までの工具を持ってきてくれ」

 

 それを聞いたお弟子さんは、しかし工具を3つしか持ってきませんでした。

 いったいなぜでしょう?

 




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第41問『クイズ後半戦!』

 問題.とあるスミスが言いました。

 

「1から5番までの工具を持ってきてくれ」

 

 それを聞いたお弟子さんは、しかし工具を3つしか持ってきませんでした。

 いったいなぜでしょう?

 

 

「さて、そろそろ制限時間です。みなさんよろしいですか?」

 

「スミスってだれやねぇーんっ!?」

 

>>草

>>アネゴwww

>>わかった

 

「では時間です。解答を見ていきましょう。一斉にどうぞ! ……アネゴさんのこれは、えーっと?」

 

「書いてあるとおりだよ。お弟子さんには手が2本しかなかったから!」

 

「普通の人間は2つしかねーよ! それに、えーっと、工具は3つですよね?」

 

「3つめは口に咥えてきたんだよ! これ正解じゃない? どうっ? どうっ!?」

 

>>ある意味、天才的www

>>これはアネゴwww

>>その発想はなかったわwww

 

「なるほど。……なるほど? えー、さて。とんでもない解答がきて我々出題陣も困惑しております」

 

「おいっ!」

 

「模範解答ならぬ模範誤答としては、お弟子さんが忘れてきたとか、途中で落っことしたとかを考えていたのですが」

 

「ちなみにオレは初見、スミスさんの目が悪かったからだと思ったっすね。こーやって、乱視? で5つある工具が重なって3つに見えた、みたいな?」

 

「失礼しました。こちらにもバカがひとりいました」

 

「おいっ!」

 

「では最後にイロハちゃん、そちらの解答について説明していただいてもよろしいですか?」

 

「えーっと、正解は……『one to five(1から5)』を『one two five(1、2、5)』と聞き間違えたから、だと思います」

 

「見事、正解です! 拍手~! 最初に出ていた『スミス』というのは人名ではなく、英語で『職人』を意味していたんですねー。そのヒントに気づければ正答できたのではないか、と思います」

 

>>これは良問

>>おもしろいなw

>>今回イロハちゃんいるからか外国語の問題多めやな

 

「では最後は早押し問題です」

 

   *  *  *

 

 問題.虹の外側にもうひとつ、色が逆順になった虹ができることをなんと呼ぶ?

 

 

「こちらの問題、難問となっております。しかし大喜利をすると正解しちゃったりするかも? 誤答ペナルティはないのでどんどん――はい、イロハちゃん!」

 

「24時から2時(・・)を引いて……二重虹(22時)!」

 

「正解です!」

 

>>なんて?

>>これはうまい

>>早ぇーよwww

 

「こちらご存じでしたか、イロハちゃん?」

 

「はい。あとは副虹……”ふくにじ”とか”ふくこう”とか、二次(・・)()とか呼んだりもしますね。英語だとダブルレインボーと言います」

 

「あっ。……えーっと、では解説担当さんお願いします」

 

「もうねーっすけど!? 今、全部言われちゃったんですけど!?」

 

>>草

>>ワロタ

>>うごご……解説とはwww

 

「イロハちゃん、ちなみにほかにも解説やウンチクはあったりしますか?」

 

「えっ、ほかにですか!? えーっと、虹そのものは、英語で雨に弓と書いてレインボー、日本語だと空に弓と書いて天弓、フランス語でも空の弓と書いてアルク・アン・シエルと言います。有名な日本のバンド名はこれに冠詞をつけたところから来ているそうです」

 

>>へぇー

>>知らんかった

>>それは知ってた

 

「本当にウンチク出てきちゃったよ。イロハちゃんすごいねーキミ」

 

「オレたち逆だったかもしんねぇ」

 

>>草

>>せやねwww

>>これで次回、入れ替わってたらマジで笑うわwww

 

「というわけですべての問題が終了しました。結果発表とまいりましょう。今回のクイズ企画、優勝者は――」

 

 そんなわけで俺は見事にトロフィーを獲得した。

 といってもただの演出で、実際に賞金や商品があるわけではないのだけど。

 

   *  *  *

 

 ――と、思っていたら後日。

 俺はクイズバラエティの主宰からメッセージを受け取った。

 

『次回以降、解説役としてクイズ企画に参加しませんか?』

 

 そういうことになった。

 なんでも解説役をしていたVTuberが、前々から解答役をやってみたいと希望を出していたそうだ。

 そんな中での俺の登場はすごく都合がよかったらしい。

 

 そうして俺ははじめてのレギュラー番組を持つことになった。

 

 

 ……ちなみに。

 あー姉ぇがダントツのビリで、珍回答賞をもらっていた。

 彼女自身は非常に不服そうだったが、当然の結果だよ!

 

   *  *  *

 

 そんなこんなで、クイズ企画で解説レギュラーを務めるようになってしばらく。

 俺は新衣装のお披露目配信を行っていた。

 

>>これは妖精

>>いや、お遊戯会の木の役だろ

>>待て、これはきっと俺との結婚ドレスに違いない

 

「ちっげーよ!」

 

 当然のように新衣装のシルエットクイズがはじまってしまった。

 まぁ、お約束というやつだ。

 

 トゥイッターに投稿されていた大喜利なイラストを紹介し、いよいよ大詰め。

 俺は新衣装のデザインをチラ見せさせていく。

 

 さて『翻訳少女イロハ』の新衣装とは……!?

 




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第42話『新衣装と成長』

《魔法少女!? めっちゃ”カワイイ”~!》

 

 お披露目配信に遊びに来てくれていた、あんぐおーぐが叫んだ。

 そう、俺の新衣装とは魔法少女だった。

 

>>これはトランスガール

>>なるほど翻訳(トランス)と変身(トランス)がかかってるのか

>>めちゃくちゃキュートだね!(米)

 

《でしょ~。じつはここの魔法のステッキのところが、地球儀になってるんだよね》

 

《おおっ、ほんとだ。最近はすっかり国際VTuberってのが板についたもんなー》

 

《あとはエフェクトで魔法陣が出せたり。これも散りばめられた文字が、じつは各国の文字になってるんだよね》

 

《あはは、おもしろいな! 国際要素を取り入れたすごくいいデザインだと思うぞ》

 

《だよね! ママには感謝しないと! あ、イロハハのほうじゃないよ》

 

>>サンキューマッマ(米)

>>地球儀、頭の振りに合わせて回転してるな

>>お首フリフリかわいい

 

《今日は来てくれてありがとうね》

 

《イロハだってワタシの誕生日でメッセージをくれたでしょ。これはそのお礼》

 

>>一緒に歌えないかわりにサプライズメッセージを送るってのはいいアイデアだった(米)

>>マネージャーはいい仕事をした(米)

>>おーぐは泣いてたよね(米)

 

《な、泣いてねーし! まったく、イロハこそいつの間にワタシのマネージャーまでたらし込んだんだか》

 

《……一番最初から? おーぐのマネちゃんってバイリンガルで日本での打ち合わせも多いでしょ? 細かいニュアンスで困ってたのを、相談に乗る機会があって》

 

《えっ》

 

《逆にわたしも、裏方作業で困ったときに助けてもらったりとか》

 

《う、裏でそんなことが……ぐ、ぐるるるぅううう!》

 

>>おーぐが吠えたw

>>嫁がヤキモチを焼いてるぞwww(米)

>>イロハはおーぐを煽るのがウマいねw(米)

 

《おい、マネージャー。あとでワタシと大事な話がある》

 

《ちがうちがう、いい意味で”ビジネスフレンド”ってだけだよ。さすがに寝落ち通話までしてる相手はおーぐだけだって》

 

《おいっ!? オマエまたっ!?》

 

>>寝落ち通話だって!?(米)

>>実質セッ――(米)

>>¥10,000 結婚祝い

 

《やめろ!? このタイミングでスパチャするな! ……あーもうっ! この話はここまで!》

 

《そうだね。このあともゲストが待ってるし、そろそろ切りあげないと。今日は来てくれて本当にありがとね!》

 

《……ふんっ。どういたしまして》

 

 あんぐおーぐがツンとした態度で言い、堪えきれなくなったようで吹き出した。

 俺もつられて吹き出した。

 

 本当に怒っているわけじゃない、いつものじゃれ合いだ。

 気が抜けた。今度こそ本当に通話を切りあげよう。

 

《それじゃあねー。ばいばーい》

 

《じゃあねー。愛してるよー》

 

「あ」

 

 通話が切れ、コメント欄で日本語勢がざわついていた。

 あんぐおーぐも気が抜けたのだろう。

 

>>今、愛してるって言った!?

>>告白してた!?

>>というか今の、もう付き合ってるってことじゃね?

 

 俺は「え~っと」としばし悩んでから……。

 面倒くさくなって頷いた。

 

「おーぐに告白されちゃった♡」

 

《ちがぁーーーーーーーーう!》

 

 耳がキィーンとした。

 慌てて通話に戻ってきたあんぐおーぐが叫んでいた。

 

「日本のみなさん、ちがいマス。今のはアイサツ。告白じゃナイ。《というかイロハはわかってるだろ! いつものクセで出ちゃっただけだから~~~~!》」

 

>>いつもなの!?

>>クセで!?!?!?

>>墓穴掘ってて草

 

「ワタシ、エイゴ、ワカリマセーン」

 

《ウソつけぇーーーー! イロハ、ちゃんとミンナに説明しろーーーー!》

 

   *  *  *

 

 そんなこんなで新衣装のお披露目も無事、終了した。

 俺はベッドに仰向けになり、ぼぅっと天井を眺めていた。

 

 みんな、新衣装のデザインをすんなり受け入れてくれた。

 これもまた俺が国際VTuberとしての地位を確立した証拠だろう。

 

 それに国内での知名度も上昇していた。

 視聴者の間だけでなく、同業者の間でも。

 きっかけは間違いなくクイズ企画のレギュラーを獲得したことだ。

 

 企画自体が有名な上、毎回ゲストで異なるVTuberが来る。

 俺の交友関係は急速に広がっていた。

 

 最近では俺が通訳することで、海外のVTuberもクイズ企画に呼べるようになっている。

 すべてが順調……そのはずだ。

 

 解説役だって非常にうまく務めている。

 いや、うまくいきすぎて(・・・)いる。

 

「……また能力が成長してる、のか?」

 

 いつからか日本語に対する記憶力も向上していた。

 クイズ企画で優勝できたのもこれが理由だ。

 

 一度見聞きしただけで、日本語の単語も忘れなくなっている。

 それに言語にまつわる情報……それこそ自分が、どこで知ったかすら思い出せないような雑学まで、語学系の知識なら引っ張り出せるようになっていた。

 

「今の俺なら、広辞苑や英英辞典をすべて暗記することすらできそうだ」

 

 ……まぁ、やらないけどな!

 さすがに労力が大きすぎるし、なによりメリットがない。

 

 たとえば英検1級レベルの知識を習得しても、俺にとっては意味がない。

 なぜならそこに出てくるのは専門用語にも近い単語ばかりだからだ。

 

 すなわち、習得したからといって推せるVTuberの数が増えるわけではない。

 俺に必要なのは浅く広い知識。深い知識の優先度は低いのだ。

 

「それともまさか、恐いとか?」

 

 この能力が今以上の速度で成長してしまったら、どうなるのか想像がつかない。

 あるいは自分が自分ですら、なくなってしまう時が来るんじゃないかと――。

 

「バカバカしい」

 

 俺は思考を打ち切ってゴロンと寝返りを打った。

 と、ピコンとメッセージの着信音。

 

 最近は企画への勧誘も多すぎて、断らざるを得ないことが増えてきた。

 しかし今回ばかりは参加一択だった。

 

 なぜならそれは、能力を解明する手がかりとなりうる重要なものだったのだ。

 その企画とは――。

 

   *  *  *

 

「チキチキ! 各国のVTuberにただ『バカ』と言ってもらうだけの企画ぅ~!」

 

「うおぉおおおおおおおおお!」

 

 俺はテンションマックスで叫んだ。




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第43話『オヤビン面接』

 説明しよう! VTuberに『バカ』と言ってもらう企画とは!

 VTuberに『バカ』と言ってもらうだけの企画である!!!!

 

>>うおぉおおおおおおおおお!

>>うおぉおおおおおおおおお!(米)

>>うおぉおおおおおおおおお!(韓)

>>うおぉおおおおおおおおお!(仏)

>>うおぉおおおおおおおおお!(英)

 

「えーっと、イロハちゃんもコメントのみなさんもいったん落ち着いてもろて。この企画はタイトルのとおり、いろんな国のVTuberさんを呼んで、罵倒してもらうだけの配信です。愛しげに言うもよし、茶目っ気たっぷりに言うもよし、軽蔑を込めて言うもよし。表現はそのVTuberさんにお任せをしています」

 

「ふんすっ! ふんすっ!」

 

「はいはい、イロハちゃん。興奮してるのはわかったから! 鼻息、配信に乗っちゃってるから! とまぁ、そんなわけで通訳として翻訳少女イロハちゃんをゲストにお迎えしています。先日、新衣装が発表され、今日は魔法少女の姿での登場です。いやー、すごくかわいいですねー」

 

>>かわいい

>>魔法少女かわいい

>>おまかわ

 

「あと彼女には該当する国のVTuberがいなかった場合の代役もしてもらいます」

 

「え」

 

「ちなみに方言もアリです。希望があれば今からでもマッシュマロに投げておいてくださーい」

 

「ちょっと待って? わたし聞いてない」

 

>>了解

>>草

>>今なら好きな言葉でイロハちゃんに罵倒してもらえるってマ???

 

「よっしゃお前らー、いくぞー! 最初のゲストはアメリカからの参加だぁあああ!」

 

「だからわたし聞いてな――」

 

 くっ、想定外が……え?

 この企画のどこが能力解明に役立つのかって?

 

 ……や、役に立つかもしれないだろ!?

 少なくとも俺が捗るんだよぉおおお!

 

   *  *  *

 

 放課後、居眠りしてしまった男子高校生。

 目を覚ますとそこには微笑むクラスメイトの女の子。

 起きるまで待ってくれていたその子が――韓国語で。

 

【ばーかっ】

 

   *  *  *

 

 旅行先の外国で出会った少女。

 海辺でふたりしてはしゃぎまわる。

 もう帰国しなければならない彼に告げるように――英語で。

 

《……バカ》

 

   *  *  *

 

 吸血鬼のお嬢さま。

 食料として連れてきたはずの男に愛着が湧いてしまう。

 身体を張ってまで尽くそうとする男に対して――フランス語で。

 

〈お莫迦さん?〉

 

   *  *  *

 

 いっつもエッチなイタズラをしてくる男の子。

 幼なじみの女の子はけれどそんな彼のことが好き。

 今日もまた彼はバカなことをして――関西弁で。

 

「っのアホぉーーーー!」

 

   *  *  *

 

「次は――」

 

「ええ加減にせぇえええいっ!」

 

>>草

>>怒涛のイロハラッシュで草

>>関西弁たすかるw

 

「ぜぇーっ、はぁーっ。わたしの思ってた企画とちがうんだけど!?」

 

「いやー、予想外にマッシュマロが届いちゃったからねー。あはは、イロハちゃんがこんなにアドリブに強いと思ってなかったから、ついやりすぎちゃった」

 

「あー姉ぇに鍛えられてるからねぇ!?」

 

「あははー、なるほどー。っと、そろそろ時間なので配信を切りあげたいと思います。みんなイロハちゃんに興奮してたけど、言っとくけどリアル小学生だからね? ロリコン自覚しなー?」

 

>>イロハちゃんかわいかった(韓)

>>なんてこった俺はロリコンだったのか(米)

>>最高だったよ(仏)

>>さすがのイロハちゃんでも知らない言語があると知って安心した(英)

 

「えー、私には読めませんがおそらく好評だったのだと思われます。イロハちゃんもなんだかんだ、結構な数のVTuberから『バカ』って言ってもらえて満足だったでしょ?」

 

「まぁ、うん。それ以上にダメージのほうが大きかったけど」

 

「というわけで本日はご視聴ありがとうございましたー。せっかく今日は海外勢も多いので、あのあいさつでいきたいと思いまーす。せーのっ」

 

「「”おつかれーたー、ありげーたー”」」

 

>>おつかれーたー

>>おつかれーたー

>>おつかれーたー

 

   *  *  *

 

 ヘトヘトになりながら配信を終了する。

 どうしてこうなった……。

 

「そもそも世の中に言語が多すぎるんだ!」

 

 バベルの時代まで戻して欲しい。

 結局、何ヶ国語でセリフを言わされたことか。

 なんで日本だけで9つも言語があるんだ。方言まで入れたら数え切れない。

 

「じつに頭()為になる企画ではあったけれど」

 

 ……え? 結局、なんの役に立ったのかって?

 それはさておき次の動画のサムネイルでも作るかー。

 

 背伸びをして気合を入れ直したそのとき、メッセージの着信音が響く。

 発信者は先ほどまでのコラボ相手。

 

『本日はありがとうございました。よければまたウチの配信に出てもらえませんか? じつは今、マルチリンガルのVTuberだけを集めた企画を考えていて』

 

 本当に能力解明に役立ちそうな企画だった。

 冗談で言ったつもりだったのだが、ウソがまことになってしまった――。

 




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第44話『マルチリンガルVTuber会議』

「『マルチリンガルVTuber会議』ぃ~!」

 

「「「「わー!」」」」

 

「というわけで本日は4人のマルチリンガルなVTuberにお越しいただきました。マルチリンガルならではの悩みやあるある、外国語を覚えるコツなどをみなさんから聞ければなと思います。まずはプロフィールから!」

 

 画面にだれかの自己紹介カードが表示される。

 そこには習得言語や外国語にまつわるエピソードなどが書かれている。

 

「ほうほう! なんと7ヶ国語も使えるんですね! 一部、気になるものが混じっていますが……こちらはだれの経歴でしょうか!」

 

「ハイ! ワタクシです!」

 

 元気に声を上げたのはフクロウモチーフのVTuberだ。

 使える言語は英語、ドイツ語、イタリア語、日本語、中国語、韓国語など。

 俺のようなエセではない本物のマルチリンガルだ。

 

「日本語もすっごい流暢ですねー。ただひとつ気になる点が。この最後にある”トリ語”というのは?」

 

「ワタシはフクロウなので! トリ(・・)リンガルなんです! ”フートゥ”!」

 

 彼女はフクロウの鳴きマネをしてみせる。

 俺は《あなたはおもしろい(フートゥ)ですね》と返しておいた。

 

「母国語は英語ということでいいんでしょうか?」

 

「イエ! ややこしいんですが母国語はドイツ語です。さらにいえば出身はドイツじゃなくオーストリアです。そして今、住んでいるのはアメリカです」

 

「えーっと、こんがらがってきました! 大丈夫ですかー視聴者のみなさん、ついてこられてますかー?」

 

>>なるほどわからん

>>完全に理解した

>>つまりすごいってことだな!

 

「ダメみたいですねー。ちなみにほかの言語はどうやって覚えましたか?」

 

「日本語は幼いころから字幕でアニメを見ていて、気づいたら覚えてました。イタリア語、中国語、韓国語はすでに覚えている言語に近いので。自発的に選んで、習得していきました」

 

「すごいですね! 外国語を覚えるのに苦労した経験はないんでしょうか?」

 

「スゴクあります! 挫折したことだって何度もあります! とくにラテン語は覚えようとしましたが、めっちゃ難しくて諦めました。アレ、意味わかんないよ!」

 

「すでにこれだけたくさん習得していても、新しい言語を身につけるには苦労するものなんですねー。言語によって大きく向き不向きがあるんですかねー」

 

 そんな感じにインタビューは進んでいく。

 司会役が聞き上手なため、非常にテンポがいい。あー姉ぇがいるときとは大違いだ。

 

「次のかたは――」

 

「イギリス出身です。そのあとは両親の仕事の都合で海外を転々として生活してきまして」

 

>>にぎりずし出身?

>>にぎりずし永遠に擦られてて草

>>最初に噛んだのが運の尽きやったなwww

 

「なるほど、実際に住んでいた海外の数は今回の参加者の中でもダントツで――」

 

 と、海外での生活や文化を実体験してきた人や……。

 

「出身はぁ日本どぅえ――」

 

「ん? コメント欄では日本語もあやしいと言われてますが? なんでも普段から、だれにも聞き取れない言語を使ってるとか」

 

「だぁうれだそんなこと言ったやつぅわぁー! アチシそんなに滑舌悪くぁないわぁー!」

 

 あまりにも舌足らずで「”第三の言語”を話している」なんて言われているネタ枠など。

 参加者はいずれも個性豊かなメンバー。

 

「そして最後、こちらの自己紹介カードは……もう残ってるのはひとりしかいないので言っちゃいますが、翻訳少女イロハちゃんのものです! なんというか、すごいことになってますねー」

 

 最後に俺の番が回ってくる。

 表示されたそこには、書ききれずはみ出してしまうほどの言語名が書かれていた。

 

「えーっと、これは全部で何ヶ国語あるんでしょうか」

 

「方言を入れなければ22ヶ国語です。あと載ってないんですけれど、これを提出したあとにまたひとつ習得したので、現在は23ヶ国語です」

 

「一応確認しておくけど、ガチ小学生なんだよね?」

 

「えーっと、はい。一応……」

 

>>ヤバすぎて草しか生えないwwwwww

>>多言語話せるのは知ってたけど、こんなに使えたの!?!?!?

>>こういうのを本物のギフテッドって言うんやろなぁ

 

 俺は改めて文字にしてみて、自分の能力の異常さを痛感した――。

 

「はえー。23ヶ国語ってすごいですねー。調べてみたら現在のギネス記録が58ヶ国語らしいので、そのうち越しちゃいそうですねー」

 

「ワー、スゴイです!」

 

 うぅっ、尊敬の声が耳に痛い。

 こうやって本物のマルチリンガルと比べられると、自分がズルをした気になる。

 

「では自己紹介も出揃ったところで質問していきましょうかー。みなさんは好きな言語や、好きな文字はありますか?」

 

「うぇっ、好きな言語ぉ? そんなの日本語しかぁわかんにゃいよぉう! とゆーか、アチシ日本語しか話せにゃいんだけどぅ、にゃあんでこの場ぁに呼ばれてるにょ~!」

 

>>草

>>怪物たちの檻に放り込まれた小動物なんだよなぁw

>>これ呼ばれたの数合わせだろwww

 

「あっ、でも漢字は苦手だからひらがなのが好きかもしれないにゃぁ」

 

「エー、なんだろ? ハングルとか? 文字そのものも母音と子音の組み合わせだから、すごく合理的で覚えやすい」

 

「アラビア語とかどうだい? 日本じゃ変な文字の代表、みたいに言われてるみたいだけれど。右から左へ読んだり、子音の上に母音が書かれる二段構造になっていたり、すごくユニークでおもしろいじゃないか」

 

「イロハちゃんはなにが好き?」

 

「わたしもアラビア語、けっこう好きかも。とくにクーフィー体とか」

 

「スクエアクーフィー? いいよねっ、アレ! 超クール!」

 

「ええっと、それぇってどんなのかにぁあ……?」

 

「こんなの」

 

 

【挿絵表示】

 

 

「うぇぇっ!? なにこれQRコードぉ!? 迷路ぉ!? こぉんなの読めるのかにゃあ!?」

 

「わたしはアラビア語も習得してるからそれなりに。さすがに読みやすくはないけどね」

 

「あと似たような書体だと九畳篆(くじょうてん)とかもビューティフルだよね! 中国語の篆書体(てんしょたい)の派生書体なんだけどさ!」

 

「あ、暗号かにゃあ? 知らにゃい単語が飛び交ってるにょお。びゅーちふるってどういう意味にゃぁあああ!」

 

>>落ち着けwww

>>それはわかるだろw

>>赤ちゃんだから仕方ないwww

 

「ひぇー、すっご。こんなのまで読めるなら、QRコードも読めちゃいそう」

 

「あはは、さすがにQRコードのほうが読みにくい(・・・・・)ですよ」

 

>>えっ?

>>ん?

>>今、ヤバいこと言わなかったか?

 

 あっ!?

 やべっ、口が滑った!

 




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第45話『青色のクオリア』

 

「えーっと”さすがにQRコードは読めない(・・・・)”じゃなく?」

 

「あ。……あ、あははー、やだなーもうっ。さすがにQRコードまで読めるわけないじゃないですかー。いくら頻繁に視界に入るものだからといって」

 

>>ほっ……

>>ビックリした

>>イロハちゃんならありえるかも、と思ってしまったwww

 

「えーっと、それより日本語もいいよね! ひらがな、カタカナ、漢字と文字が分かれてるからこそ、斜め読みしやすかったり! 漢字だけを点で追っても、きちんとキーワードが拾えて要約できちゃったり」

 

「そ、そうだよにゃあ! やっぱり日本語だよぉ、うんうん!」

 

「言語によっては、理解していてものど(・・)の使いかたがちがいすぎて発音が困難、なんてこともあるし。そしてなにより――”クオリア”がちがう、とわたしは思うし」

 

 俺は一歩踏み込んだ。

 聞きなれない言葉に、参加VTuberのひとりが首を傾げた。

 

「クオリア?」

 

「これをなんと説明するかは意見が分かれるところですが、今回の場合は文化や主観と言い換えてもいいです」

 

「文化かい? そういえば信号機の色も国によって呼びかたがちがうね。日本では緑信号を青色と呼ぶ文化があるよね? ボクの祖国であるイギリスも黄信号を琥珀色(アンバー)と呼んだりするんだけれど」

 

「言われてみればぁ、どうして”青”信号にゃんだろうにゃあ?」

 

 司会進行役のVTuberが「あー、あれねー」と声を出す。

 彼女はしょっちゅういろいろな企画をしている影響で、雑学に詳しいようだ。

 

「新聞に『緑信号』じゃなく『青信号』って書いちゃったのが理由、だったっけ? ほかにもいろんな説はあるらしいけど」

 

「そうなんですか。個人的にはさらに、そこにもとからあった日本の文化……緑もまとめて青と呼ぶ習慣が影響したのかなと思います。もっと正確にいえば、もともと”日本には緑という概念がなかった”ことが」

 

「ぅえぇ!? 緑色なかったんですかぁ!?」

 

「大昔の話だけどね。日本語にはもともと白と黒と赤と青……この4つしかなかったんだって。だから緑も青に内包されてた。そういうのが今の言葉にも残ってる。『青りんご』とか『青汁』とか『青葉』とか『青々とした』とか」

 

「うわぁっ、全部、青色だぁ!?」

 

「って、かなり話が脱線しちゃってますね」

 

「どーぞどーぞ、続けてね! そういう話が聞きたくてこの企画を立てたんだから!」

 

「ありがとうございます。では遠慮なく。ひとつ疑問があって。それは――”認識が言葉を作るのか、それとも言葉が認識を作るのか”?」

 

「……? どういう意味ですぅ?」

 

「たとえば日本語には”青”を示す言葉は1種類しかない。けれどロシア語だと青を意味する言葉は2種類あるの。すると不思議なことに、ロシア人は青を”見分ける能力”まで高かった」

 

「ヘー! それスゴイね! 言葉によって、知覚能力まで変わったってこと?」

 

 にわとりが先か、たまごが先か。

 それはわからないがそのとおりだ。

 

「ほかにもオーストラリアで使われているグーグ・イミディル語には、前後左右を意味する言葉が存在しない。かわりにすべてを東西南北で表現している。そして、どこにいても東西南北を知覚できる……言ってしまえば特殊能力を持っている」

 

「えぇっ、それって超すごい! アチシいっつも迷子になるからそれ欲しいにゃあ!」

 

「ですよねー。太陽の向きなどから直感的に判断してるらしいですが、わたしにもそんな能力はないです。ほかの言語も、ものによっては数字が存在しなかったり。すると3つと4つならまだいいですが、5つ6つとなると物の数が見分けられないそうです」

 

「そんなのぉ生活できないじゃぁん!?」

 

「資本主義社会では、そうですね。けれどそもそも、赤んぼうは数字を3までしか認識してません。わたしと、あなたと、それ以上」

 

>>赤んぼうって3まで数えられるのか

>>アチシより賢いやんけw

>>どうやって調べたんだ?

>>赤んぼうははじめて見たものを凝視する習性があるから、それで調べたらしいぞ

 

「だから結局のところ、その言語を完全に使いこなそうとしても、その文化が身についていないと使いこなせない。わたしが本質的にちゃんと使えるのは、結局のところ日本語だけです」

 

「それがクオリアってこと?」

 

「わたしはそう考えています」

 

 言語が先か、認識が先か。

 いうなれば言語とは”モノの解像度”なのだと思う。

 

 白と黒があったとしよう。

 これはどこまでが白でどこまでが黒だろうか?

 ちょうど真ん中だろうか?

 

 いやいや、真ん中は灰色だって?

 そのとおりだ。

 

 ならば白と灰色の境は? 灰色と黒の境は?

 わからない? 俺はそれこそが、言語によって形成されたクオリアだと思う。

 

「うん。ボクも使う言語を変えると、その国の文化や価値観に引っ張られちゃうことがある。だから今の話も結構、納得感があったよ。けど、そうなるとイロハちゃんはやっぱり特殊だよね」

 

「え?」

 

「イロハちゃんは今なお、日本人としてのクオリアだけを持ってるように見える。たとえるならそう、まるで――モノリンガルみたいに」

 

 鋭すぎる質問に、俺は息が詰まった。

 そして、そういう指摘こそ俺が求めていたものだ。

 

「ボクたちはその言語を話すときに、なんといえばいいかな……”脳をスイッチする”んだけど、イロハちゃんはずっと一定に見えるね」

 

 いわゆる英語脳と呼ばれるものだろう。

 日本語で考えて英語で話すのではなく、英語で考えて英語で話す。

 

「普通は言語を変えたら、キャラクターも変わっちゃう人が多いんだけれどね」

 

 日本人が英語を使うと、リアクションがオーバーになる。

 陽気で明るいキャラに寄る。

 彼が言っているのはそういうことだ。

 

 指摘されて俺はハッとしていた。

 いったい俺は今、何語で考えているんだろうか?

 

 これは本当に日本語なのだろうか? それとも……。

 答えは今はまだ、出なかった――。

 

   *  *  *

 

 そうして時間が過ぎる。

 秋が終わり、冬が来る。

 

 ハロウィン、クリスマス、大晦日、お正月。

 月日はあっという間に流れていった。

 

 そして2月。勝負の月が訪れる。

 バレンタインデーの話じゃないぞ。

 

 ――受験がはじまる。

 




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第46話『受験前日』

「ぶぇーーーーっくしょん! ……あ゛~、ミュート間に合わなんだ」

 

>>くしゃみたすかる

>>くしゃみ豪快で草

>>鼓膜ないなった

 

 受験を目前に控えた冬の日。

 今日は長期休暇前に、最後の配信を行っていた。

 

 さすがの俺もこれから1週間ほどは勉強に専念する予定だ。

 心配はしていないが、安全を期するに越したことはない。

 

《神のご加護を》

 

《ありがとう、おーぐ》

 

 激励のため配信に凸してきてくれていた、あんぐおーぐが”ブレス・ユー”を言ってくれる。

 俺は気にしないが、アメリカ人であるあんぐおーぐとしては、くしゃみをされて”ブレス・ユー”を言わないほうが落ち着かないのだろう。

 

 まぁ、試験はいいのだ。

 試験そのものは。……っと、あぁ、また。

 

「ぶぇーっくしょん!」

 

《……あー、神のご加護を。ったく、ちゃんとミュートしろよー。なに、花粉症?》

 

《そそ。今年はスギが早い……ぶぇーっくしょん!》

 

《神のご加護を! お前ミュートしてないのわざとだろ!?》

 

《そういうわけじゃないんだけど、間に合わなぶぇーっくしょん!》

 

《あーもうっ。神のご加護を、神のご加護を、神のご加護をぉおおお! まだまだ言わないといけなさそうだから、先に全部言っとくぞ! 次はもう言わないからな!?》

 

《あはははは》

 

 そう宣言してくる。

 律儀なことだ。

 

 そういえば”ブレス・ユー”のきっかけは、ペストの初期症状がくしゃみだったから、だと聞いたことがある。

 当時は本当に、神に祈るしかなかったのだ。

 

 俺のチートじみた翻訳能力は現在”神のご加護を”と訳している。

 だが、今の時代だと”お大事に”くらいでよさそうだ。いや、それでもまだ重すぎるくらい。

 

 このあたりの翻訳センスっていったいどうなってるんだろう?

 チート能力のことは今もわからないことだらけだ。

 

《で、試験はいつだっけ? 大丈夫なのか? 花粉症で集中できなかったり》

 

《明日、念のためにお薬もらってくるよ。具体的な日付は身バレ防止のためにぼかすけど、テスト自体は全部で3日間受けてくる》

 

>>3校ってこと?

>>3日に渡ってテストあるのかな?

>>中学受験って思ってたよりハードだな

 

《ありがとー。がんばってくるねー。テストが終わって落ち着いたころに配信するから、そのときにみんなと体験談を共有するよ》

 

《イロハ、がんばれよ》

 

《おーぐの応援があれば百人力だ》

 

《うっせ》

 

 軽口を叩き、配信を閉じた。

 勉強に取り組みはじめる。

 

 自分にできる範囲で全力を尽くす、と言ってしまった手前これくらいはしないと。

 母親も直接は言ってこないが、ずっと不安そうにソワソワしているしな。

 

 ……あ、ちなみに。

 配信はお休みしたが、動画視聴の時間だけは1秒たりとも削らなかった。

 

 受験はメンタルスポーツだからね!

 VTuberという癒しだけは外せないよね!

 

   *  *  *

 

 そんなわけで、いよいよ受験当日。

 玄関を開くと、吐いた息が白く染まった。

 

「まったく、これだから季節の変わり目ってのは」

 

「イロハ、ちゃんとマフラー巻きなさいよ」

 

「はーい」

 

 この間までやたら温かくて、今年は冬が短かったなーなんて思っていたのに。

 まーたこれだ、とブー垂れていたら。

 

「イロハちゃん~、おはよぉ~」

 

「イロハちゃん……おは……」

 

「えっ、マイ!? あー姉ぇ!? どうしたのこんな朝早くに!」

 

「応援しに来たんだよぉ~! って、ちょっと! お姉ちゃん起きて!」

 

「うーん、むにゃむにゃ……この時間帯、あたしって寝てるから……」

 

「きゃぁ~! お姉ちゃん、重い重い! マイに体重かけてこないでぇ~!」

 

 マイがしなだれかかってくるあー姉ぇを、プルプルと震えながら支えている。

 なんというか、このふたりを見てると気が抜けるな。

 

「イロハちゃん、緊張してないー?」

 

「ふたりのおかげで」

 

「そりゃーよかった」

 

 さすがに俺もまったく緊張しない、なんてことはない。

 それでも、ほかの受験生と比べたら「必死さが欠けている」と怒られてしまいそうだが。

 

「ほいこれ、あげる」

 

「うん? バレンタインはちょっと早いんじゃない?」

 

「あははー、ゲン担ぎだよー」

 

 あー姉ぇからキットカッツチョコレートを手渡される。

 包装紙の余白には『なんとかなる!』と書いてあった。あー姉ぇらしいメッセージだな。

 

「お姉ちゃん抜け駆けなんてズルい! イロハちゃんになにか渡すなら事前に言っておいてよぉ~! マイだけなんにも用意してないみたいでしょぉ~!」

 

「そっか、マイにとってわたしってその程度だったんだね」

 

「ちがうよぉ~~~~!?」

 

「冗談、冗談」

 

 俺はふたりに見送られ、母親とともにタクシーに乗り込んだ。

 発進した車内からちらりとうしろを見ると、リアウィンドウ越しに、マイがあー姉ぇの体重に耐えきれず崩れる様子が見えた。

 

   *  *  *

 

「イロハ、がんばってね」

 

 校門にて母親と分かれ、中学校へと足を踏み入れる。

 案内されて試験会場である教室に入ると、暖房は効いているはずなのに気温が1度も2度も下がったような、そんな錯覚がした。

 

 席について息を整える。

 試験問題が配られ、試験官の「はじめ!」の声が響き渡った――。

 

 




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第47話『受験、前半戦!』

 

 ついに中学入試がはじまった。

 俺はえんぴつを手に取り、試験問題へと向き合った。

 

 

 試験1日目、1教科目――国語。

 

 解きかたそのものは、高校や大学の受験と変わらない。

 問題を先にチェックしてから、長文を読む。それが国語を解くときのセオリーだ。

 

 基本問題は落ち着いて解くことさできれば大丈夫。

 厄介なのは後半、発想力を問う問題だった。

 

 

 問題.漢字二字の熟語によるしりとりをそれぞれ完成せよ。

 1.()A-AB-B()

 2.(じゅつ)A-AB-B(じゅつ)

 3.……

 

 

 ……うがー、思いつかない!

 しかし、ここでうだうだ考え続けても時間のムダ!

 

 思いつかないものは、さっさと切り捨ててあと回しにする。

 先に見直しなどをして脳をリセットしてから、もう一度挑戦しよう。

 

   *  *  *

 

 試験1日目、2教科目――算数。

 

 問題の数が多い。効率的に解かなければ計算時間が足りなくなってしまう。

 それと毎年出題される、現在の西暦を絡めた問題。式に隠れたその数字は一目で見分けないと。

 

 そして、なにより厄介なのが図形問題。

 いくつかのパターンはあるものの、どの手法が使えるかは柔軟に頭を働かせなければ見つけられない。

 思いつけば一瞬。つかなければ一生。

 

 

 問題.図の四角形ABCDは角A=角B=90度の台形である。

 AB=AD、BC=5㎝、角C=30度のときの、台形ABCDの面積を求めよ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 補助線を引くべきか、図形を変形させるべきか。

 はたまた図形を複製して組み合わせるべきか……。

 

   *  *  *

 

「イロハ、試験どうだった!?」

 

「んー。おそらく、悪くないと思う」

 

 校門を出るなり、母親が俺を見つけて駆け寄ってくる。

 その鼻も、指先も痛々しいほどに真っ赤だ。って、まさか。

 

「お母さん、ずっと外で待っていたの!?」

 

「ちがうちがう! 試験中はちゃんと待合室にいたわよ! なにかあったときに呼ばれるかもって話だったし! ただ、終わったあとはいてもたってもいられなくなって、すぐに飛び出してきちゃって」

 

「もう。もし風邪引いたらどうするの? それこそわたしが試験に集中できなくなるでしょ」

 

「ご、ごめんね。あ、でもほらこれ! 待合室に貼ってあった今日の試験問題! もしかしたらイロハが自己採点に使うかもと思って、書き写しといたわよ! 撮影禁止だったから、手書きでちょっと読みづらいかもだけど」

 

「ありがとう。けど、次からはちゃんと待合室で温かいものでも飲みながら待って……ぶぇーっくしょん!」

 

「あら、また花粉? 薬も飲んでるし、今日は気温も低いからマシだと思ってたんだけれど」

 

「……あ~、お母さん。マズいかも」

 

「え?」

 

「なんか、めっちゃ寒い」

 

「えぇええええええ!?」

 

 よりによってこのタイミングかー。

 俺は自分のツイてなさに天を仰いだ。

 

   *  *  *

 

「ぶぇーっくしょん! ……あ゛~」

 

 試験2日目、1教科目――理科。

 ズルズルと鼻水の音を鳴らしながら、俺は答案用紙に向き合っていた。

 

 気温の上下に身体がついていかなかったらしい。

 もともとこの身体は体育の成績がダメダメな程度には、体力もないしなぁ。

 半分は運動嫌いな俺のせいだけれど。

 

 鼻水の音がまわりの生徒の迷惑になっていなければいいのだけれど。

 と、わずかに視線を上げたとき。

 

「おえぇえええ!」

 

 すこし離れた席でひとりの生徒が嘔吐し、倒れた。

 講師がすぐにやってきて、慣れた様子で処理していた。

 鼻水、どころの状況ではなさそうだ。

 

 ……受験は戦争。

 その言葉はあながち間違いではないのかも。

 

 己と、そしてストレスに勝たなければならない。

 小学生という未熟な身体と精神にとっては、あまりにも酷な戦いだ。

 俺も負けてはいられない。

 

 

 問題.地球の赤道上の地点で満月が頭の真上に見えるときを考える。

 北半球でこの月の中心が見える範囲は、北緯何度までか?

 

 

【挿絵表示】

 

 

 これまでの問題で、地球の中心から月を見たときの大きさ(角度)は0.5度だと判明している。

 また、中心角が小さいおうぎ形の弧と弦の長さは等しいと考えてもよいとのこと。

 さらに、地球は月の4倍の大きさだと定義されてるから……。

 

 

 これもはや理科というか算数の問題だろ。

 あ~、ダメだ。頭が回らなくなってきた……。

 

   *  *  *

 

 試験2日目、2教科目――社会科。

 

 解答欄を順番に埋めていく。

 当然のように時事問題が組み込まれていた。

 

 

 問題.以下の空欄に当てはまる言葉を書け。

 ロシアとウクライナは1991年まで( A )という15の国から構成された国々だった。

 ロシアの( B )政権は、アメリカ主導の軍事同盟である北大西洋条約機構( C )へのウクライナ加盟に対し……。

 

 

 これくらいなら、と思っていたらそこから両国の気候を絡めた問題へと発展した。

 

 暗記力だけでなく、理解力や思考力が要求される問題だ。

 知識と知識を繋げてものごとを考えられるか? と問われている。

 

「はぁ……、はぁ……」

 

 視界がぐわんぐわんと揺れていた。

 頭がうまく働いていないのがわかった。

 

 それでも俺はなんとかペンを走らせた。

 そして、試験終了時間を待たずして限界を迎える。

 

 最後の問題をなんとか埋めたと同時、俺は意識を手放した――。

 

 




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第48話『受験、後半戦!』

「――ロハ……イロハ!」

 

「はい!?」

 

 名前を呼ばれて飛び起きる。

 って、あれ? ここはわたし(・・・)の部屋か。

 

「よかったぁ~。大丈夫なの? あんた、すごくうなされてたわよ。なにがあったか覚えてる?」

 

「あー、そっか。試験中にダウンして……」

 

 試験終了後、異常に気付いた試験官が母親を呼び出してくれた。

 そのまま俺は母親に連れられて病院まで一直線。診察を受けて、薬を飲み……。

 

 見れば、窓の外から朝日が差し込んでいる。

 どうやら今までぐっすりだったらしい。

 

 身体は、昨日の体調不良がウソのように楽になっていた。

 逆に母親のほうは目の下にクマができている。ずいぶんと心配させてしまったらしい。

 

「どうする、イロハ? もし体調がツラいなら今日の試験はお休みしても……」

 

「いや、受けるよ」

 

「たしかにお母さんはあんたに受験して欲しいとは言った。けれど、それはあんたの将来のためになると思ったからよ。今ここでムリをして身体を壊したら元も子もない。だからもし、あんたがお母さんのために試験を受けようとしてるなら……」

 

「ちがうちがう。本当にもう大丈夫なんだって。それに受験も、わたしなりの考えがあってやってることだし」

 

「そうなの? ……わかったわ。それなら準備はお母さんがしておくから、あんたはギリギリまで寝ておきなさい」

 

「ありがとー」

 

 ぼふんと身体をベッドに預けて目を閉じる。

 不安はなかった。というかまぁ、3日目の試験って……。

 

   *  *  *

 

 試験3日目――英語。

 

《一応確認するけれど、イロハさんは本当に帰国子女ではないんだよね?》

 

《ちがいます》

 

《ではご家族に英語圏の人がいたりは?》

 

《しません》

 

《信じられない。すごいな。てっきりボクはネイティブの女の子がやってきたと思ってしまったよ。帰国子女向けのテストはここじゃないよ、と伝えなければならないなと考えていた》

 

《お褒めいただきありがとうございます。趣味でよく世界中の友人とおしゃべりしているので、その影響が大きいのだと思います》

 

《今の時代だと、やっぱりゲームかい?》

 

《そうですね。よくオンラインでゲームをしています》

 

《ボクはいつも我が子に『ゲームはほどほどに』なんて言って怒ってしまうんだけど、考えを改めたほうがいいかもしれないな》

 

《あはは、わたしも勉強は大切だと思います。ただ、ゲームにせよ勉強にせよ、楽しんで続ければそれはスキルになりえると思います》

 

《なるほど。とても利発な子だ。これなら午前のライティングとリスニングも余裕だったんじゃないかい? キミのような子がウチの学校に合格して、入学してくれることを期待しているよ》

 

《わたしもそれを願います》

 

《以上で本日の試験は終了です。ありがとうございました》

 

《こちらこそありがとうございました。失礼します》

 

 握手を交わして、退室する。

 扉を閉め、ホッと息を吐いた。

 

 手ごたえは悪くない、と思う。

 高校、大学、バイト、就職、転職。面接の経験ならそれなりにある。

 こういうのは面接官に気に入られたら勝ちだ。

 

 話は盛り上がっていた。

 しいていうなら志望動機が完全なでっちあげなので、そこが弱いのだけ心配だが。

 

 こうしてすべての試験が終了した。

 

   *  *  *

 

 そして2日後、合否発表の日。

 

 俺は母親とともに大きなボードの前に立っていた。

 ボードにはまだ布が掛けられており、その内容をうかがい知ることはできない。

 

 14時59分……58秒、59秒。

 教員が腕時計から視線を上げ、俺たちを見渡す。

 

 ボードの前にはほかに何組もの親子が集まっていた。

 だれかが消し忘れたのだろう、ピピピピピとアラーム音が鳴り響いた。

 

「結果を発表いたします!」

 

 バサっ、と布が剥がれた。

 そこにはズラリと数字が並んでいる。俺の受験番号は、えーっと……。

 

「おわっ!?」

 

 唐突に、母親に抱きしめられた。

 ちょっ、苦しい苦しい! 見えないし!

 タップしてその腕を緩めさせようとしたとき、ぽたりと一滴の雨が降ってきた。

 

「イロハっ! イロハぁあああっ! やったね! ……やったねぇ~、よかったね~~~~っ! 合格だって! 番号、あるよ! イロハっ……イロハぁっ!」

 

「……もうっ」

 

 もはや文章の体をなしていない声に、苦笑する。

 俺よりもずっと母親のほうが真剣だったし、心配だったのだろう。

 

「大丈夫だって言ったでしょ」

 

 ちょっと恥ずかしいが、母親を抱き返しポンポンと背中を叩いてやる。

 母親はいっそうわんわんと泣き出した。

 

「あんたは自慢の娘よぉ~! びえぇ~~~~ん!」

 

「ちょっ、恥ずかしいから! そんな大声で褒めなくていいから!」

 

 彼女の腕の隙間からボードが見えた。そこには俺の番号がたしかにあった。

 そして、その横には『特待生』の文字が書かれていた。

 

 俺は思った――”予想通りの結果”だな、と。

 まぁ、途中で体調不良になったときだけは本気でちょっと焦ったけど。

 

 いったい俺がなぜ難関中学に合格できたのか?

 しかも最小限の勉強だけで。

 

 そんなことを可能とした”ウルトラC”とはいったいなんだったのか。

 それを説明しようと思う。

 




※カクヨム
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第49話『受験のウルトラC』

 俺がどうやって中学受験に合格したのか。

 それを説明するにはまず、昨今の教育方針から話さねばならない。

 

 近年、学習指導要領が変更されたのは『クイズ企画』のときに話したとおり。

 それによって小学校で英語やプログラミングの授業が必修化された。

 

 目的はおそらく、世界に通用する情報分野の人材を育成することだろう。

 事実それは”GIGAスクール構想”としても現れている。

 

 GIGAスクール構想とは”個別最適化”と”ICT教育環境の整備”を行うことだ。

 わかりやすくいうと『生徒にパソコンを用意して、ひとりひとりにあった教育を施せるようにしよう。グローバルにプログラミングなどを学べる環境を整えよう』というもの。

 

 そして、わたしはそんなふうに学習指導要領が変更された”境目”の年だった。

 つまりどういうことかというと……。

 

 今年の受験から、英語入試が一気に本格化したのだ。

 それこそ、今年が実質的な”英語入試の解禁元年”なんて呼ばれるほど。

 

 これまでも英語入試を受け入れている学校はあった。

 しかし、英語のみ(・・・・)での受験を受け入れている学校は少なかった。

 

 ……そう、これこそが俺のウルトラCだ。

 俺にだけ使えた裏技、いや今回の場合は裏口というべきだろう。

 

 

 ――俺は”英語1科目”で受験してきたのだ。

 

 

 最初から英語だけにすべてを賭けていた。

 これが、俺が”手段を選ばない”と言った理由。最小限の勉強で合格できる、と述べた理由。

 体調不良で2日目の点数が振るわなくても合格できた理由。

 

「こんなチートじみた能力持ってて、受からないほうが難しいわな」

 

 まぁ、さすがに体調不良でぶっ倒れたときは焦ったが。

 そもそも受験できない、なんてパターンは想定していなかったから。

 

 学校からもらってきたプリントを確認する。

 そこには5科目、3科目、1科目それぞれの点数と科目ごとの順位が記載されていた。

 

 今回、俺は科目の”組み合わせ受験”を行っていた。

 テストを受けた科目のうち、成績のよかった組み合わせで合否判定できる、というもの。

 

 ぶっちゃけ俺の場合は、英語の1科目受験以外はあってもなくても大差ない。

 それでも5科目すべて受けてきたのは、悪あがきだった。

 

「ま、こんなもんだよな」

 

 仮に俺がもう1学年上だったら、合格できていたかはあやしい。

 たまたま家から行ける距離にあった難関中学が、たまたま今年から英語受験の窓口を広げ、たまたま英語1科目でもOKになる……そんな幸運は訪れていなかっただろう。

 

 受験する学校を絞ったのもこれが理由だったりする。

 英語受験ができるめぼしい学校は、ここしかなかったのだ。

 

「ていうか、お母さんは知ってたでしょー! わたしが英語できるって。英語1科目なら落ちるはずないってー!」

 

「だってぇ~! それでも受かるかどうかなんてわかんないでしょ~!」

 

 声のボリュームを上げて台所にいる母親へ話しかけると、涙声が返ってきた。

 まーだ泣いてんのかい。

 

 台所からはなにかを煮る音や、なにかを刻む音が聞こえてくる。

 なんでも「今日はお祝いにごちそうを作る」らしく母親が張り切っていた。

 

「まぁでも、俺も案外捨てたもんじゃないな」

 

 俺は成績の書かれたプリントをテーブルへ放った。

 そして母親を手伝うべく台所へと足を向けた。

 

 プリントにはこう書かれていた。

 

 5科目受験(国・数・理・社・英)……不合格

 3科目受験(国・数・英)……”合格”

 英語受験(ライティング・リスニング・面接)……合格(A特)

 

 3科目受験は国語と算数の配分が多い。

 英語の点数は、大きくは加味されないはずの組み合わせだった。

 

   *  *  *

 

「というわけで、イロハちゃん――」

 

「「「合格おめでとぉ~!」」」

 

「ありがとー」

 

 あのあと、マイとあー姉ぇがケーキを持って家までやってきた。

 母親の手料理とともに、4人でパーティーをすることになった。

 

「イロハぢゃん……ほんどによがっだよぉ~、おめでどうねぇ~、おめでどうぅ~!」

 

「マイ、泣くのはいいけど鼻水をわたしの服につけないでね」

 

「へっへっへー、まぁイロハちゃんはあたしが育てたようなもんだし? 合格して当然、みたいな! どう、キットカッツ役に立ったでしょ?」

 

「あ。食べるの忘れてたわ」

 

「ガーン!?」

 

「ふふふ……抜け駆けしようとするから、そうなるんだよぉお姉ちゃん~! ……って、ぎゃぁ~~っ!? ごめんなさい調子に乗りましただから許してぇ~!?」

 

 マイがあー姉ぇにヘッドロックを喰らって悲鳴をあげた。

 ふたりがいるとあっという間に騒がしくなるなー。

 

 昔はこういうのを煩わしく感じていたはずなのだけれど。

 今は、嫌いじゃない。

 

 ――こんな日常が永遠に続けばいいのに。

 

 そんな風にさえ思ってしまう自分がいた。

 そして、心の声を見透かしたかのようにポツリとあー姉ぇが呟いた。

 

「けど、これでもうイロハちゃんも卒業かー。時の流れってのは早いねー」

 

「「……!」」

 

 ハッ、として俺はマイに視線を向けた。

 マイも同じようにこちらを見ていた。

 

 俺の合格が決まったということは、つまりマイとは中学で離れ離れになるということだ。

 受験を決めた当初はそんなこと気にも留めなかった。

 けれど、今は……。

 

「みんなー、そろそろケーキにしましょーか」

 

 母親が冷蔵庫からケーキを持ってくる。

 そのケーキはこれまで食べた中でもっとも苦かった。

 

   *  *  *

 

 ……あぁ、そうそう。

 せっかくだから、俺がとくに印象に残っていた問題の自己採点をここに書き残しておこう。

 

 

・受験問題の解答

国語

 答1.利発→発表→表裏(など)

 答2.述語→語学→学術(など)

 

算数

 

【挿絵表示】

 

 

 図より、5×5÷4=6.25

 答.6.25cm^2

 

理科

 

【挿絵表示】

 

 

 図より、

 答.北緯89度

 

社会

 答A. ソビエト連邦

 答B. プーチン

 答C. NATO

 




※カクヨム
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最終話『エピローグ』

※後書きで大切なお知らせ


 イロハとして新たな人生を歩みはじめてから、おおよそ1年が経過した。

 ここがひとつの区切りとなる。

 

 俺がVTuberとしてデビューしたきっかけはすこし特殊だったが……。

 じつはVTuberになるのは、そう難しくはない。

 

 想像よりもずっと簡単で、ずっとハードルが低い。

 そこでこれからデビューする人に向けて、あるいはデビューに興味がある人に向けて……VTuberになる方法を記載しておこうと思う。

 

 何十万円や何百万円をかけずとも……。

 人によってはそれこそ”タダ”でデビューできたりする。

 

 また、どこかでさらに詳細に語ることもあるかもしれないが、ひとまず簡潔に。

 以下が『0円でVTuberになれる』方法である――。

 

 

 1.ゲーミングPCを用意

 すでに持っている場合は不要。

 →10万円ちょっとのPCでも、わりと配信は可能。

 

 2.周辺機器を用意

 マイク、ヘッドホン、webカメラを購入。

 →安いのだと、合計で1万円以下。

 

 実機ゲームの配信する場合はラグ回避用にキャプチャボード。

 →4000円~。ゲームのスペックに合わせて。

 

 3.モデルの作成

 VRoid Studioで3Dモデルが簡単に作成できる。

 BOOTHで衣服やアクセサリーも0円から購入できる。

 →0円~。

 

 4.ロゴの作成

 自作。SKIMAで依頼するのもオススメ。

 →0円(2000円)~。

 

 5.素材集め

 BGMや背景画面など。

 DOVA-SYNDROMEやBOOTHから。

 →0円~。

 

 6.TwitterやYouTubeチャンネルの開設

 ハッシュタグで宣伝。

 →『#VTuber準備中』など。

 

 7.トラッキング

 VSeeFaceを用いて3Dモデルを動かす。

 →0円。

 

 8.各種設定

 OBSやマイクの設定などを行う。

 →0円~。

 

 9.サムネイル作り

 Medibang Paintだと最初から各種フォントが使える。

 その他、テンプレートが豊富なペイントソフトなどで。

 →0円~。

 

 10.最後に

 なりたい自分をイメージする。

 

 

 費用をまとめると……。

 

 ゲーミングスペックPCがないなら、12万円~。

 ゲーミングスペックのPCを持っているなら、たった1万円~。

 機材が揃っているなら、本当に0円~。

 

 こんなにもリーズナブルにVTuberになることができるのだ。

 すべて機材代で、ソフトは0円で実現可能。

 

 これからも俺は”翻訳少女イロハ”として活躍を続けるだろう。

 そのときにあなたがVTuberになっていたりしたら、すごくうれしい。

 

 俺はVTuberの数は多ければ多いほどいいと思っている。

 ”推しの数は幸せの数”だ。

 

 VTuberにはどんなしがらみも関係ない。

 自分のどんな理想だって実現していいのだ。

 

 そうして、あなたもまた未来の……だれかにとっての推しになって欲しい。

 だから……。

 

 

 ――”キミもVTuberにならないか?”





以上で通常WEB版は完結となります。

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