艦娘幼稚園 (リュウ@立月己田)
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■第一部 ~俺が先生になった理由~
前編


※本作品はpixivにて投稿した小説を読みやすく編集したマルチ投稿作品になります。
 このシリーズは前・中・後編の3部作で、これ以降も多数の作品を執筆中です。

 まだまだへたれな文章書きですが、あたたかい目で見ていただけると幸いです。


 雲一つ無い空。

 

 快晴だと言い切れるほど晴れ渡った空に、燦々と輝く太陽の日差しが暖かくアウトドア日和だ。実家から電車を乗り継いで到着した駅前は思っていたよりも人通りが少なく閑散としており、新たな出会いを期待していたのであれば、その場で膝をついて暫く落ち込んだ後、踵を返してそのまま電車に乗っていたのかもしれない。

 

 しかし、今の俺は非常に浮かれていた。ずっと昔から目標にしてきた仕事に就くことが決まり、配属先である場所へと向かっているのである。長年の訓練と勉強が実を結び、念願であった海軍提督への道が開けたのだ。今までの苦労を考えれば、足取りが軽くなってスキップをするくらいの事は日常茶飯事。真っ白な服に身を固めた男が、ニヤニヤと笑みを浮かべながら鼻歌交じりで蛇行しまくっていても、何ら問題は無いと言って良いだろう。

 

 そんな俺の姿をガラスごしで見てしまった時には、浮かれ気分はどこかへ飛んでいき、冷静さを取り戻しつつも恥かしさと自己嫌悪で耳を真っ赤にさせながら、歩道の端っこで座り込んで後悔しつつ、ゆっくりと立ち上がって歩き出した。駅に到着してから時間にして20分ほど経っていたと言う事を考えると、もの凄く無駄な時間を過ごしてしまっていた事に愕然としながら、重い足取りを引きずって目的地へと向かう。

 

 

 

 気を取り直していこう。

 

 さて、これから俺が向かうのは舞鶴鎮守府と呼ばれる場所で、深海棲艦と戦うため提督になったからである。

 

 数年前から深海戦艦と呼ばれる謎の艦隊が、国内外の海域に突如現れ、あらゆる艦船を無差別に攻撃し、世界各国に多大な被害をあたえた。

 

 俺が住んでいるこの国も、深海棲艦の攻撃を受けて多数の被害者や損失を受け、現在艦娘と呼ばれる者たちが主力となって防衛、撃退行動を行っているが、未だに終結する気配は一向に見えていない。

 

 それどころか、度重なる襲撃や作戦行動における損失により、人員不足が問題となり、急遽一般人からも優秀な人材を確保すべく、全国で緊急採用試験を開始した。喉から手がでるほど待ちに待っていた試験の告知に、我先にと応募して試験を受けた俺は、見事合格した訳なのだ。

 

 だから、多少浮かれていても、誰にも迷惑はかからないと思うのだが……と、再度スキップをしてしまった所、偶然にも井戸端会議をしている奥様方にクスクスと笑われ、再度赤面しながら道の端っこで蹲りそうになるのを必死で堪え、普通に歩くことにした。

 

 当分の間、就寝の際に思い出して枕を涙で濡らすことになるかもしれないと思うと、すでに心が折れそうだった。

 

 

 

 さて、今度こそ気を取り直して。

 

 目的地である舞鶴鎮守府の門前に着いたのは、指定された時刻よりもいくらか余裕があった。しかし、迷惑がかかるほど早すぎるわけでもなく、むしろ誉められるであろう時間前行動である。当たり前のことなのかもしれないが、俺は出来る男だと知らしめるためにも、ここは到着したということを伝えるべきであろう。

 

 拳銃を腰につけた門衛は、俺の姿をじろじろと見ていた。いきなり舐められてもいけないので、真面目な顔で書類を取り出そうと懐に手を入れてようとした瞬間、門衛は慌てて拳銃を手に取ってこちらに銃口を向けた。

 

「う、動くな!」

 

「ちょっ、いきなり向けるか普通!?」

 

「怪しい奴だ、なにを隠し持っている!」

 

 拳銃を構えたまま近づいてきた門衛は、俺の腕を掴んで懐から手を出させた。勢いよく引っ張られたので、書類が入った封筒が空中へと投げ出され、地面へと落下する。

 

「これは……?」

 

「は、配属書が入っている封筒ですよ! 分かったら拳銃を下ろしてください!」

 

 不審な表情を浮かべていた門衛だが、封筒に書かれている『舞鶴鎮守府』の印刷を信用したのか、拳銃をホルスターにしまって封筒を調べだした。中に入っている書類に目を通しながら、自分の胸ポケットにある手帳を取り出して交互に視線を移した後、ため息をついて表情を少し和らげた。

 

「……確かに、新人の配属予定は聞いているな」

 

「ふぅ……良かった……」

 

 緊張のせいで大きく聞こえていた心臓の音が静まり、肩の力が抜けた。ついでに門衛の顔をそれとなく睨んでおく。その顔、絶対にワスレテナルモノカ……。

 

「この先にある建物の左手にある道をずっと進んで、突き当たった建物の中に入って下さい」

 

 俺の視線に全く臆することなく、門衛は鎮守府内を指さした。だが、言葉口調が敬語混じりになっていることを見逃さない。むしろ謝罪の言葉や敬礼くらいはあっても良いと思うのだが、そこは心の広さを分からせるため、あえて言わないでおく。

 

「あ、あぁ、ありがとう。それじゃあ、警備の方を、が、頑張って……」

 

 少しばかり言葉が震えていたのは気のせいである。間違いなく気のせいであるから、気にしないように。

 

 

 

 門衛の横を通り過ぎ、向かいに見える赤煉瓦の建物の前に立つと左右に道が分かれていた。建物の左側の道に沿ってと聞いたのだからこちら側でいいんだろう。普通の足取りで、早くもなく遅くもなく、しっかりと背筋を伸ばした姿勢で配属先である建物に向かって歩いていく。

 

 さすがにもう、浮かれ気分とはサヨナラしているのだ。

 

「……………」

 

 しかし、いつまでたっても目的の建物の姿が見えない。左には背の高い塀が入り口からずっと続いているし、右側には似たような建物が幾つも建ち、それらを次々と通り過ぎてきた。その間に続く狭い道をひたすら歩き続けているが、一向にたどり着けないので、まるで迷路に迷い込んだかのような気分になる。どれくらいの時間を歩いたのだろうか? それすらも分からなくなりそうで、不安になった俺は腕時計に目をやった。

 

 うわ……もう15分は歩いているよな……。

 

 どんなに広い敷地なんだと、思わずつぶやきそうになる。言われた建物はまだ見つからない。もしかすると道を間違ってしまったのかと考えたが、一本道をずっと直進しているのだ。間違える筈が無い。

 

 もう一度腕時計に目を落とすと、指定された時間にはまだ少し余裕があった。だが、もし道を間違えていたとなると、遅刻する可能性が高くなる。さすがに初日から遅刻は非常にまずい。初めて来た場所だから道に迷ったという言い訳が出来なくもないが、心象は悪くなるだろうし、いきなり厳罰と言うことも考えられる。焦りが足の速度を速め、競歩の様な足取りで一本道をただひたすら歩き続けた。

 

 それから5分ほど早足で進むと、遠目に小さな建物が見えた。更に足が速くなり、心臓の音が加速して額には汗が浮かんでいた。少しずつ大きく見えてくる建物に、安堵の気持ちを抑えながらただひたすら歩き続けた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 目的地であろう建物に到着した俺は、深呼吸をしながら服装をチェックし、身だしなみを整えた。赤煉瓦ではなく真っ白な壁で覆い尽くされた建物は汚れがほとんど見えず、最近建ったのだろうと予想できるほど綺麗な佇まいだった。

 

「ここで、合っているよな」

 

 日頃の鍛錬のおかげで、激しく脈打っていた心臓の鼓動は呼吸に併せるように収まっていく。腕時計の針は、予定時刻より10分ほど余裕があった。

 

「よし、大丈夫だ」

 

 自分に言い聞かせるように声を出し、両手で頬を叩いて気合いを入れる。痛みが頬を伝って頭に響き、少しだけ頭がくらくらした。少し強く叩き過ぎたかもしれないが、気合いの現れだろうと思っておくことにしよう。痕が残っていなければいいのだが。

 

 

 

 

 ガラス張りの両開きの扉をゆっくりと押し開けると、すぐ目の前に、女性が立っていた。

 

「あら、あらあら?」

 

 ぽかんとした表情を浮かべた女性は俺の姿をまじまじと見つめてきた。青い軍服に小さな軍帽を被り、綺麗な金髪がさらさらと流れるように泳いでいるが、それ以上に目立つ大きな胸に俺の視線は釘つけになる。

 

「え~っと、どちら様でしょうか~?」

 

 人差し指を口元に当て、女性が考え込むようなポーズを取ると、メロンのような特大サイズの胸が、そこだけが別の生き物のように、上下左右に大きくぷるんぷるんと揺れ動いた。

 

「……っ!」

 

 あまりにも衝撃すぎる出来事に、思わず生唾を飲み込んでしまったのは仕方がないことである。それはどうしようもない、男性にとっての生理現象みたいなもので、無意識のうちに視線が『そこ』に集中してしまっても、男ならばそれはもう仕方がないことなので、もし、万が一にも非難されるようなことがあるのならば、むしろ何がいけないのかと懇々と説教が出来るくらい、素晴らしいことが目の前で起こったのである。

 

 いや、本当に凄いんだって、マジで。

 

「ああ~、もしかして新しく配属された方しょうか~?」

 

「はっ、はい! 昨日の新規人員募集にて舞鶴鎮守府に配属されましたので、出頭いたしました!」

 

 素早く敬礼をし、手に持っていた書類を女性に手渡した。先ほど門の前では懐に入れていたが、取り出す際に面倒が起こるのは勘弁したいと思った訳ではなく、すぐに渡せるように前もって手に持っていただけで、そのあたりを勘違いしないで欲しい。

 

 もちろん、敬礼は挨拶を込めてという意味で行ったのだが、どちらかというと今回の意味は胸に対するお礼を込めてという方が正しいかもしれない。

 

 ありがとう! お姉さん! って感じで。

 

「ふむふむ……やっぱり正解でした~。ぱんぱかぱ~ん!」

 

「ぱ……ぱんぱか……?」

 

「ぱんぱかぱ~ん! ですよ~。 はい、いっしょに~」

 

「え、ええっと……ぱんぱ……ふ、ふおおっ!?」

 

「あらあら、どうしました~?」

 

「い、いえ……な、なんでも……ありません……」

 

 いや、何でもなくはない。目の前では、女性がぱんぱか言う度にぷるんぷるんではなく、ぶるんぶるんと揺れているのだ。もうこれは、男の夢の一つが叶ったと言っても良い出来事で、今すぐこの場で絶叫してもおかしくないほど心が満たされていた。

 

「そうですか~? それじゃあ、もう一度~、ぱんぱかぱ~ん!」

 

「ぱんぱか……ふうおっ……むうっ!」

 

「ダメですよ~、ちゃんと言えるまで特訓なんですから~」

 

 いきなり何の特訓なのだと突っ込みを入れたくもなるが、繰り返されるその動きが止まってしまうのではないかという心配で、女性の名前も聞けぬまま腰を引きつつ、ぱんぱか……と声を出し続けること約10分間。やっとのことでOKがでた頃には、腰が悲鳴を上げそうなほど震え、その場に崩れ落ちそうだった。

 

「ぜぇ……ぜぇ……」

 

「あらら、疲れちゃいましたか~?」

 

「い、いえ、そんなことは無いのですが……」

 

 腰を引いたままの体勢でいるのが辛いので、注目されないように平然を装っておいた。正直かなりしんどいのだが、膨張してしまったアレに気づかれては、すぐさまセクハラ扱いで逮捕される可能性がある。生理現象とは言え仕方が無いのだが、調子に乗ってしまった自分のせいでもあるので、ここは甘んじて試練を受けるべく背後霊を呼び出すかのごとくのポーズで、ビシッと決めてみた。

 

「うわ~、凄くかっこいいポーズですねぇ~」

 

「あ、いや、恐縮です……」

 

 まさか食いついてくるとは思わず、そのままの状態から身動きが取れなくなってしまった。ポーズに注目されてしまっている以上、アソコに視線が行ってしまう可能性があるのは明白で、更に腰を引かなければという後悔と腰痛がせめぎ合いながら、額の汗がどんどんと流れ落ちてきた。

 

 

 

「それじゃあ、案内しますから着いてきてくださいね~」

 

 それから数分ほど決めポーズ(見られているせいで、アレは一向におさまらず、ずっとそのままの体勢でいるしかなかった)を眺めていた女性は、思い立ったかのように両手を叩いてポンッと音を鳴らすと、建物の奥へと続く通路の方へと歩きだした。視線が逸れたのを見計らってすぐさま体勢を普段に戻し、腰を庇いながら女性の後に続く。

 

「は、はい、ありがとうございます」

 

「うふふ~、そんなにかしこまらなくても良いですよ~」

 

 まだ少し腰を引かないとバレる恐れがあるが、女性の後ろについて歩いているのでたぶん大丈夫だろう。

 とはいえ、他の人にこの状況を見られるとかなり危ないんじゃないかと思えたりするが、腰を引きながら歩くという体勢をとれるほど俺に余裕という文字はなかった。

 

「はいはい~、到着です~」

 

 そうこう考えていると、扉の前に立った女性がこちらへと振り向いた。慌てて腰を少し引いて隠そうとすると、電流が走るようにズキリと痛みが腰に響き、声を出しそうになるがここは我慢しなければならない。

 

「それじゃあ、中に入ってください~」

 

 ドアノブを回して扉を開いた女性はそのまま部屋の中に入っていったので、俺も続いて入室した。

 

 部屋に入ると、一面真っ白な壁に大きな窓が取り付けられてあり、床には新品の絨毯がひかれていた。新築の家などで嗅ぐ、塗装したてのベンチのような刺激臭が鼻に入ってくる。人によっては嫌いと言う人も多いのだが、俺はそんなに嫌いじゃなく、むしろ好きとも言える匂いに鼻をヒクヒクさせて、大きく深呼吸をするように息を吸い込んだ。

 

 そんなことをしながら部屋を見渡していると、まだ自己紹介をしていない事を思い出した。これでは目の前の女性の名前が分からず、どう呼べばいいのか分からない。試験勉強の際に書籍で見かけた風貌が頭の片隅に引っかかっているので、たぶん艦娘の誰かだとは思うのだが――ここは挨拶がてら、聞いてみればいいだけの話だ。

 

「あの……」

 

 女性に問いかけようと口を開いた瞬間、バンッ!と、後ろから大きな音が鳴った。驚いて振り返ってみると、扉が全開になり小さな女の子が立っていた。

 

「せんせー、愛宕せんせー!」

 

 焦った表情を浮かべたその子は、一目散に女性へ向かって駆け寄り、大きな声を上げた。

 

「あらあら~、どうしたのかしら~?」

 

「うしおちゃんが泣いてるっぽいー!」

 

 女の子は焦りを表現するように、手をバタバタと動かしながら女性に訴えかけた。その話の中から、女性の名前が愛宕というのが分かり記憶を掘り返していく。たしか、高雄型重巡洋艦の二番艦の名前が愛宕だったはずだ。

 

「またてんりゅーちゃんが、いじめてるっぽいのー」

 

「あら~、てんりゅうちゃんにも困ったものねぇ~」

 

 全くもって困った様子がうかがえない口調なのだが、先ほどからずっとこんな調子なので元々こういったしゃべり方なのだろう。愛宕は、う~ん……と、考えこむような素振りをしたと思うと、急にこちらへと顔を向けてにっこりと微笑んだ。

 

「今日は説明だけと思ってましたけど、せっかくですし一緒に来てください~」

 

「え……あ、は、はいっ!」

 

「それじゃあ、いきましょう~」

 

 愛宕は笑い顔を女の子に向け、手を優しく握った。安心した女の子は表情が一変して明るくなり、その場で飛び跳ねる。胸につけているネームプレートが大きく揺れたので、それに気づくことが出来た俺は、着地と同時に書かれていた文字を読みとった。『ゆうだち』と書かれた文字を見て、艦娘にそんな名前があったのを思い出す。

 

 しかし、目の前にいる女の子は、資料で見たことのある艦娘の姿とは遠くかけ離れた小さな子供であった。だけれども、髪の毛の色や髪型、小さいとはいえ服装も酷似している。それに、この女の子が入ってきたときに言った言葉もそうだ。うしおちゃん――それにてんりゅーちゃん。どれもが艦娘の名前として記憶している名前である。

 

 いったいどういうことなんだと考え込んでいると、扉の前に立って手招きしている愛宕が、やんわりと急かすように「早く来てくださ~い」と声をかけてきたので、ひとまず考えることを中断する。

 

「あっ、はい、すみません!」

 

 急いで部屋から出たが照明を消しておくべきだと考えて、もう一度入室してスイッチを押し、すべての明かりが消えたのを確認してからゆっくりと扉を閉めた。愛宕がその行為を見てか、手をパチパチと叩いて誉めるように笑顔を見せた後、再び夕立と一緒に通路の先へと歩いていった。

 

 その後に続こうと歩きだした瞬間、扉の横に小さなプレートがあるのが見えた。『スタッフルーム』と書かれた、傷一つ無い真っ白なプラスチックの板。何故ここに俺が通されたのだろうと、疑問が浮かび上がってくる。もしかして、入った建物が間違っていたのだろうか? しかし、聞いた通りの場所だったし、愛宕が新規配属と言っていたから、合っているはずだと思うのだが……。

 

 そうこうしているうちに遠ざかっていく足音に焦り、再び浮き上がった疑問を払拭しつつ、早足で愛宕を追いかけた。

 

 

 

 

「うえっ……ひっく……ひっく……」

 

 愛宕の後に続いてたどり着いた部屋は、先ほどよりも数倍大きな空間が広がっていた。小さな子供達が思い思いに遊んでいる中、部屋の真ん中あたりで大粒の涙を流している泣いている一人の女の子が座り込んでいた。

 

 腕の隙間から見えたネームプレートには、『うしお』の文字が書かれている。ゆうだちが言っていた、泣いているというのはこの子のことなのだろう。俺は『うしお』という名を、もう一度記憶を整理していく。見た目の特徴と照らし合わせると、頭の中に綾波型駆逐艦、潮のデータが浮かび上がってきた。

 

「あらあら、うしおちゃん大丈夫~?」

 

 愛宕が夕立と一緒に潮のそばに行き、優しく頭をなでている。ぐずった我が子をあやすかのようなその姿に、思わず見とれてしまいそうになる。

 

「う……うん……だ、だいじょうぶ……」

 

 頭をなでられて落ち着いたのか、少しずつ泣きやんできた潮は両手で涙を拭った。目を真っ赤にしながらも笑い顔を向けるその姿は「よし、偉いぞ!」と、思わず誉めてあげたくなるような可愛さだった。

 

 そんな微笑ましい光景を見つめていた俺に、愛宕は手招きをして近くに来るようにと呼び寄せた。正直、もう少し眺めていたかったりするのだが、呼ばれればすぐに参上するのが男の役目であり、レディを待たせるわけにはいかない。とは言え「こんなに綺麗な女性を待たせるなんて、男が廃るぜ」――的な、歯の浮くような台詞が言えるような軟派な男でもないので、素直に愛宕へと近づいた。

 

「うしおちゃん、ちょっといいかしら~?」

 

 きょとんとした表情を浮かべた潮と側にいた夕立は、愛宕の横に立った俺の姿を見て首を横に傾げた。二人とも、誰だろう? といった感じの表情を浮かべたまま固まっている。と言うか、夕立に至ってはさっきの部屋で会っているはずなのだが、言葉を交わしていなかったので、もしかするとまったく気づかれていなかったという可能性は無きにしも非ずと言ったところなのだが、それはそれで俺は影が薄いのではないかという、非常に悲しい事実を認識してしまいそうなので、考えないようにしておこう。

 

「この間、みんなにお話をしたときに、新しい先生が来るって言ってたのを覚えてますか~?」

 

「そういえば言ってたっぽいー」

 

「う、うん……覚えてる……」

 

 二人は少し考え込むような動作を取った後、思い出したように頷いた。

 

「ぱんぱかぱ~ん。この人が、その新しいせんせーです~」

 

 愛宕は中腰になって両手を俺に向け、手のひらをブルブルと動かしていた。が、その動きに併せて、胸がプルプルと震えているのをここぞとばかりに見逃さず、しっかりと目に焼き付けておく。

 

「…………」

 

 視線に集中していた為、何も言わずに立っている俺を見た潮と夕立はどうしていいのか分からず、無言で立ち尽くしていた。

 

「せんせー、自己紹介をしてください~」

 

 その状況を見かねた愛宕は、急かすように俺に声をかけた。声のトーンはまったく変わらないので、急かされているという気が全くしないのだが、胸に注視していたことを悟られてはいけないので、慌てて自己紹介をしようと二人に視線を移した。

 

「え、えっと……」

 

 だが、いきなり小さな女の子に自己紹介をと言われても、どうすればいいのかと悩んだが、良い案が全く思いつかず焦り出した俺は、着任の際に失敗しないようにと練習していた自己紹介を咄嗟に絞り出した。

 

「舞鶴鎮守府に着任することになりました、新人提督であります! 誠心誠意任務を全うし、深海棲艦を打ち倒す為、努力を惜しまず頑張りたいと思います!」

 

 大きな声が部屋中に響き、いくつもの視線が俺に集中した。そのほとんどは、潮や夕立のような小さな子供たちで、皆一様にきょとんとした表情を浮かべていた。

 

「はいは~い、よくできました~。みなさんもよろしくしてあげてくださいね~」

 

 愛宕の声を聞いた子供たちは、一斉に「は~い!」と声を上げて手を上げたり振ったりしていた。愛宕のフォローに救われてホッとしたが、さすがに子供たちの前であの自己紹介は無いよな……と、赤面してしまいそうになる。恥ずかしさで顔を伏せようとしたが、何人かの子供が興味ありげな表情を浮かべて近づいてきたので、慌てて笑い顔を作る。

 

「ハーイ! あなたが新しいせんせーデスネー!」

 

 大きな声を上げながら、女の子はタックルをするかの様に俺の両膝のあたりに抱きついてきた。いきなりの衝撃でバランスを崩しそうになるが、すぐさま重心を下にして受け止めると、長い髪の毛がふわりと舞い上がり、特徴のあるヘアバンドが目に入った。

 

「お、おいっ、危ないぞ!」

 

「フーム、なかなか抱きつきがいがありマース!」

 

「だ、抱きつきがいって……」

 

 抱きつかれるならあの胸で……と、愛宕の方へ視線を向けてみると、にこにこと微笑みながら「あらあら~、早速仲良くなってますね~」と言っていた。

 

「あの、さっきから気になってるんですが……」

 

 先ほど――と言うよりも、いくつもの疑問が解決されないままでは気持ちが悪いので、愛宕に聞いてみる事にした。

 

「さっきの部屋といい、この部屋にいる子供達といい、どう考えても鎮守府と関係があるような施設に思えないのですが、ここはいったいどういう場所なんですか?」

 

 提督として着任しに来たはずが、想像とはあまりの違った光景に疑問は山積みだった。ここに来たのは間違いで、別の建物に行かなければいけないのかもしれないし、そうだとすれば、愛宕が別の人と俺とを間違えているということだ。そうだったのならば、すぐにでも間違いだという事を確認して正しい場所に行かないといけないのだが、すでに時間は予定時刻を大幅に過ぎているので、初日から遅刻という非常に先が思いやられてしまう状況に、俺は大きくため息をつきそうになった。

 

「それはですね~、ここは艦娘の教育施設――艦娘幼稚園ですから~」

 

「……はい?」

 

 まったくもって想像していなかった名前に、ため息を飲み込んで素っ頓狂な声を上げてしまった。艦娘幼稚園という名前は、まったく聞いた覚えが無い名称だった。

 

「そして、あなたは新しい先生として着任してもらいます~」

 

「え……えええええっ!?」

 

 続け様に知らされた事実に驚きを隠せず、自己紹介のときよりも大きな声が、部屋中に――いや、鎮守府中に響きわたった。

 

「いったい、どう言うことなんですか! いや、そもそもそれは俺じゃなくて、他の人じゃないですか!?」

 

 それは間違いだと確認するというよりも決めつけるような勢いで、叫び声を上げた。

 

「子供達が驚いていますし、とりあえずスタッフルームで話しましょう」

 

「え……あ……っ!」

 

 愛宕の困ったような表情を見て、慌てて辺りを見回してみる。室内にいた子供達の大半が、俺を注視しながら体を震わせていた。こちらを伺うように物陰から隠れ見ている子や、カーテンにくるまって体をブルブルと震わせ続ける子もいる。やってしまったと表情を曇らせた俺は、愛宕の言うとおりにスタッフルームへと向かうことにし、部屋から出ようとする。そんな俺の姿を、子供たちの視線が追っている気がして、おもわず「大きな声を出して、ごめんな……」と、謝るよう片手を目の前に立てて、退出した。

 

 

 

 

 スタッフルームへと帰ってきた俺は、ゆっくりと扉を閉めて室内に入った。すでに愛宕が待ち構えるように立っていて、今までとは違う真剣な面持ちに、出しかけた言葉を思わず飲んでしまった。

 

「さて、それじゃあお話しましょうか~」

 

 が、すぐに笑顔に戻った愛宕は、ゆるふわな雰囲気で話し始める。

 

「まずこの場所についてですが、先ほども言ったとおり、艦娘たちを小さな頃から育てる施設、艦娘幼稚園です」

 

「それはさっき……聞きました」

 

「ですよね~。ちゃんと覚えておいてくれて嬉しいですよ~」

 

 そう言って愛宕は潮と同じように、俺の頭をなでなでした。もう子供という歳じゃないのだが、愛宕の独特な安心できる雰囲気に飲まれて、そのまま撫でられていた。

 

「この艦娘幼稚園は、上層部の発案で去年の末に試験導入されて、全国には舞鶴鎮守府にしかない新施設なんです」

 

「なるほど……ごくり」

 

 撫でられ続ける頭を、言葉に頷くように下へと向ける。目前には愛宕の大きな胸がぽよんぽよんと波打つように揺れ、思わず生唾を飲んでしまう。

 

「そして、今年の四月に行われた全国新規人員募集によって、あなたはこの艦娘幼稚園の先生として配属されたのです~。ぱんぱか……」

 

「そ、それです!」

 

「ふえっ!?」

 

 頭を撫で続ける愛宕の手を払いのけて、大きな声を上げる。

 

「なぜ俺が幼稚園の先生なんですか!?」

 

「あらあら、それは書類で確認しているはずでは~?」

 

「そ、そんな書類、見たことも聞いたこともないですよ!」

 

 中に入っている書類を確認してもらうため、もう一度封筒を渡した。「おかしいですねぇ~」と、疑問の声を上げた愛宕は、書類をパラパラとめくって目を通しながら俺に声をかける。

 

「これ以外に書類は無かったのでしょうか~?」

 

「全部この封筒に入れてきましたから、間違いないです!」

 

「う~ん、おかしいですねぇ~」

 

 封筒に入っていた全ての書類に目を通し終えた愛宕は、頭を斜めに傾けて考え込みながら、ぶつぶつと何かを呟き始めた。

 

「書類は私が確認して高雄姉さんに渡したはずだし、それから上層部に渡る経緯で紛失するとしたら……提督がサインをするから……もしかして……」

 

「あ、あの……」

 

 今までの笑顔からは想像がつかないほどの、険しい表情を浮かべていく愛宕に躊躇しながら、恐る恐る声をかける。

 

「無い……ですよね、そういった感じの書類は……」

 

「ええ……そうですね~」

 

 しばらく言葉を詰まらせた愛宕だが、何かを思いだしたかのように両手をぽんっと叩くと、にっこりと笑顔を浮かべて俺の顔を見た。

 

「どうやら配属先を書いた用紙だけ、同封するのを忘れていたみたいですね~」

 

「ちょっ、それって……い、いや! それじゃあ、この施設に配属するのが、僕以外の誰かって可能性も……」

 

「いえいえ~、それはあり得ません~」

 

「……え?」

 

「今回の試験で受かった人は、あなただけですから」

 

 満面の笑みを浮かべた愛宕は、しっかりと俺に告げた。

 

「え、ええええええぇっっっ!?」

 

 想像していなかった驚愕の事実に、本日最大級の叫び声が室内に響きわたった。あまりの声量に、窓ガラスがガタガタと震えていたかもしれない。それくらい、驚きの連続――3連コンボだった。

 

「そ、それじゃあ、俺が唯一の……」

 

「はい、合格者ですよ~」

 

「お、おおおおおっ!」

 

 喜びを隠しきれず、両手を握りしめてガッツポーズを取る。が、それならば、結局のところ問題は解決していないということに気づき、サーっと血の気が引くように我に返っていく。

 

「あれ……ということは……」

 

「ええ、間違いなく、あなたの配属先はこの艦娘幼稚園で、先生として頑張ってもらうという事ですよ~」

 

「……やっぱり……ですか」

 

 力を失ってがっくりと肩を落とした俺はその場に座りこんだ。提督になって深海棲艦と戦い、奴らを一網打尽にすることだけを日々を想像していた。しかし実際は提督として配属されるのではなく、あろうことか小さな艦娘たちの幼稚園の先生として働くことになったという事実に、今までの苦労が水になって流れていくような気がして、脱力感が体中に広がっていった。

 

「なぜ、嫌そうなんでしょうか?」

 

 もの凄く変だといわんばかりに、愛宕は問いかけた。その口調に思わずカチンときてしまい、行き場がなかった怒りの矛先が、愛宕に向かって叫び声となる。

 

「そりゃそうでしょう! 憎き深海棲艦と戦う為、毎日血の滲むような鍛錬と勉強をして様々な試験を受けたんです! そしてやっと受かったんですよ! 今年から始まった全国鎮守府新人員募集の試験を! それまで受けた試験は全滑り! そりゃホントにへこみましたよ! でも、やっと受かって……提督になれると思って……敵が……討てると……思って……」

 

 感情が高ぶり、思い出したくなかった記憶が鮮明に浮かび上がる。目には大粒の涙が溢れだし、ぼろぼろと床にこぼれ落ちていく。それでも叫び続ける俺の姿を、愛宕はじっと見つめていた。

 

「あの日……深海棲艦が出てこなければ……お父さんも……お母さんも……弟も……死ぬ事なんて……無かったのに……っ!」

 

 炎上していく船の中で、泣き叫びながら逃げまどう人々の姿が今でも思い出せる。緊急用のボートに乗りきれずに自分と弟を優先して船に残り、沈んでいった両親。ボートが大きく揺れ、海へと叩きつけられる瞬間に見えた弟の泣き顔。その後、大きな水柱とともにボートは飛散し、二度と弟の姿を見ることは出来なかった。

 

「…………」

 

 初めて、世界で深海棲艦が発見されたあの日の事件。そこで唯一生き残った自分が家族の敵を討つ為に提督になることを決意した。しかし、生まれ持った体はそれほど大きくなく、運動も勉強も平均並。運の悪さもあってか、海軍入隊に関する試験にことごとく落ち続けた。それでも諦めなかった。呆れる者もいた。笑う者もいた。それでも、家族の敵を討つという一心で努力し続けた。

 

 そんな中、世界各国共同で行われた深海棲艦壊滅作戦だったが、多大な被害を受けた共同軍は作戦を中断。我が国の海軍も被害は大きく、特に人員不足が著しかった。そこで、一般人から優秀な人材を集めようと、特別人員募集を開始することになり、我先にと試験を受けたのだ。

 

「やっと……やっと受かったんです……。本当に嬉しかった。やっと敵討ちが出来るって、思ってたんです!」

 

 愛宕の目をじっと見つめて、声を絞り出した。

 

 握りしめた拳がブルブルと震え、涙は止まることなく流れ落ちていく。

 

 そんな情けないとも言える俺の姿を、愛宕は笑わずに、真剣な面持ちで見つめながらゆっくりと口を開いた。

 

「その思いを艦娘たちに託すのは、同じ事じゃないのでしょうか?」

 

「……え?」

 

 愛宕の透き通るような声が俺の頭に響くように聞こえてきた。だが、その言葉の意味が分からず、俺は固まったまま愛宕を見る。

 

「提督になって艦娘たちを指揮し、深海棲艦を打ち倒す――それも大事な仕事です。それ以外にも、安全な海路を確保したり、商船などの護衛任務もあります。それらは全て、艦娘たちがほとんどを行っているのです」

 

 愛宕の言うことは間違っていない。

 

 先の作戦でも、大国が様々な新兵器を開発して深海棲艦を攻撃したが、ほとんどダメージを与えることが出来ず、艦娘の重要性がいかに大事かを思い知らされる結果になった。

 

「ここで先生になってあなたが艦娘たちを元気に育てれば、ゆくゆくは深海棲艦と戦うこともあるでしょう。それじゃあダメなんでしょうか?」

 

「そ、それ……は……」

 

「それとも、提督にならなきゃ敵は討てないんでしょうか? 深海棲艦を倒すことだけを考えてたら……あの人たちと一緒……」

 

 そう言って、愛宕は口を閉じた。悲しそうな表情を浮かべて今にも泣き出しそうに見えた。

 

「敵を倒すためだけを考え、無謀な指揮に振り回されて帰ってこられなかった艦娘たちのことを、考えたことがありますか……?」

 

 思い詰めた瞳をじっと俺に向け、愛宕は震えていた。その姿があまりにもか弱く、儚げに見え、俺は何も言えなかった。

 

「経験もほとんど無い艦娘たちが激戦海域に配備されて、わけが分からないまま沈んでいく悲しみが……あなたに分かりますか……?」

 

 愛宕の瞳から、一筋の涙が流れ落ちる。それもでかまわずに彼女は喋り続けた。

 

「あの娘たちは使い捨ての兵器じゃないんです。ちゃんと生きてるんです。可愛いくて、優しくて、頼もしくて――でも、大きくなったらいきなり戦いに出るんです!」

 

「…………」

 

 何も言えなかった。ここで愛宕の言葉を遮ったら、二度と聞けなくなるような気がしたから。この話は、最後まで聞かなきゃ後悔すると思ったから。

 

「少しでも戦えるように――いいえ、動けるように。小さな頃から訓練が必要なんです! 子供の頃からそんな目に遭わせるなんて酷いと思います――でも、それが今置かれている状況なんです!」

 

 愛宕の声が心にズシリと重くのしかかった。それほどまでに、この国は追いつめられていたのかと。そして、艦娘=深海棲艦を倒すための武器ということが、当たり前であるという考えでいたことに気づかされた。

 

「だから、少しでもあの娘たちが怪我無く帰ってこれるように――この幼稚園で元気いっぱいに育て、立派な艦娘にしてあげるんです」

 

 涙を拭いながら表情を和らげて、愛宕はにっこりと微笑んだ。

 

「……すみません」

 

 俺は礼拝堂で懺悔をするように、ゆっくりと口を開いて頭を下げた。

 

「私も取り乱しちゃって……ごめんなさいね」

 

「いえ……ありがとうございます……」

 

 敵討ちだけ考えて、大事なことを見落としてきたことを見つめ直すきっかけをくれた愛宕に感謝したくて、何度も頭を下げた。装備を外せば艦娘たちは普通の女の子に戻る。人々のために鋼で身を固めて戦う彼女たちを兵器としてしか見れないのならば、それはもう人としてダメなのだと教えてくれた愛宕に、ただ頭を下げたかった。

 

「そ、そんなに何度も頭を下げないでくださいっ」

 

 バツが悪そうに――でも、なんだか嬉しそうに、下げていた頭をもう一度撫でてくれた。凍りついていた心が溶けて暖かさを感じ、体を締めつけていた鎖がほどかれ、重荷から解放されたような感覚が訪れて、何故か眠気が襲ってきた。

 

「あらあら、眠たくなってきたんでしょうか~?」

 

「あ、いやっ、すみません!」

 

「ふふっ、良いんですよ……」

 

 優しく微笑みながら、ゆっくりと頭を撫で続けてくれる。小さな子供が母親の温もりを感じて安心し眠りにつく。そんな気持ちになったのは、あの事件以来一度もなかった。久しぶりに味わうこの感触を、少しくらい堪能しても誰も怒りはしないだろう。

 

 

 バターン!

 

 

 ――が、そんな時間は再び鳴り響いた大きな音に中断させられることになった。

 

「せんせー、ものすごくたいへんっぽいー!」

 

 夕立がさっきと同じように部屋に入ってくると、小さな手で愛宕を掴んで引っ張りだした。慌て方が先ほどとは違う気がして俺はとっさに夕立の顔を覗き込むと、険しい表情を浮かべた顔には汗が滲み、肩で息をしながら呼吸を整えていた。

 

「ど、どうしたのっ、ゆうだちちゃん?」

 

 その様子に驚いた愛宕は、何があったのかと夕立に問いかける。

 

「て、てんりゅーちゃんが、木に登って……落ちそうっぽいー!」

 

「「ええっ!?」」

 

 驚いた愛宕と俺の声がハモり、表情を一変させた。

 

「先生! 一緒に来てください!」

 

「は、はいっ!」

 

 愛宕の声に頷いた俺は急いで立ち上がり、スタッフルームを後にした。

 

 

 

 

 愛宕を追いかけて通路を走っていくと、角を曲がる度に大きく揺れる胸が背中越しに見え、思わず腰を引いてしまいそうになったが今はそれどころではない。

 

 夕立の話から、てんりゅー――つまり、天龍だろうと思われる艦娘が危険にさらされているというのだ。資料でしか知らない、会ったこともない艦娘が危険な目に遭っている。以前の俺ならば見て見ぬ振りだったかもしれない。だけど、愛宕との会話を終えた俺はいてもたってもいられず、呼ばれてなかったとしても勝手にその場へ向かっていただろう。

 

「はうー、はやすぎるっぽいー」

 

 愛宕と手を繋いで一緒に走っていた夕立だが、小さな子供の足ではついていくことすら大変で、足が縺れかかっていた。しかし、知らせに来てくれた夕立を置いて現場に向かうことを躊躇した愛宕は手を離すことができず、どんどんと速度が落ちていく。危険にさらされている天龍のことを思うと、すぐにでもその場に行かなければいけない。決断しきれない愛宕の顔が焦り、困惑した表情を浮かべていた。

 

 それを察知した俺は、速度を上げて夕立のすぐ後ろについた。

 

「……よしっ、愛宕さん、夕立ちゃんをっ!」

 

「えっ!? は、はいっ!」

 

 愛宕の返事を聞いた俺は、後ろから夕立の体を両手で抱え上げ、肩車をして両足をしっかりとロックし体勢を安定させた。

 

「夕立、先導してくれ!」

 

「う、うんっ! こっちぽいー!」

 

 夕立の口癖なのか、~っぽいという語尾に不安を感じたが、今は深く考えずに指さす方向へ走ることに集中した。

 

「はやくっ、行きましょう!」

 

 びっくりしていた愛宕を追い越しながら声をかけ、全力で駆け抜けた。日頃の鍛錬のたまものか、一人で走っていたときのスピードと比べても、それほど落ちることなく走ることが出来た。

 

「ふおおー、たのしいっぽいー!」

 

 揺れる振動が楽しいのか、高い視線が新鮮だったのか、夕立は頭の上ではしゃいでいた。目には見えないが、その声のテンションから、目をキラキラさせて単純に楽しんでいるような感じだった。

 

「楽しんでいるのは後だっ! 次はどっちだ!?」

 

「んっと、そこを右に曲がればすぐっぽいー!」

 

 言われたとおりにT字の通路を右に曲がると、小さな扉が半開きになっていた。そのまま扉に体当たりをして勢いよく開くと、数人の子供たちが木の下に集まって上を見ているのが見えた。

 

「あ、あそこにてんりゅーちゃんがいるっぽいー!」

 

 夕立の指さす方向を見上げると、木の枝にぶら下がっている天龍の姿が見えた。両手でなんとか体を支えているようだが、その腕はブルブルと震え、必死な表情を浮かて今にも落ちそうだった。

 

「て、天龍ちゃん!」

 

 少し遅れて到着した愛宕が、驚きの表情を浮かべて木の下へと走っていく。夕立を地面に下ろした俺は「先導、ありがとうな」と、お礼を言って頭を撫でた後、急いで木の近くへと駆け寄った。

 

「天龍ちゃん、離しちゃダメ! 今すぐ行くから頑張って!」

 

 辺りにいる子供たちをすり抜けて木の下にたどり着くと、愛宕が天龍に声をかけて木に登ろうとしていた。

 

「愛宕さん、木には俺が登ります! もしものことを考えて、クッションか何かを用意してください!」

 

 上着を脱ぎ捨てた俺は、愛宕の返事を待たずに木にしがみついた。小さな出っ張りを見つけて指をかけ、足場を探しながら徐々に登っていく。

 

「わ、分かりました! 天龍ちゃんをお願いします!」

 

 自分よりも俺に任せた方が早いと察知した愛宕は、大きく頷いて建物へと走って行った。何人かの子供たちが「私も手伝う!」と、言いながら、愛宕にを追いかけていった。

 

「くっ……木登りなんて、小学校以来だぞ……」

 

 こんなことなら、ロッククライミングを訓練に入れておけばよかったと後悔しながら、両手両足をフルに使って天龍の元へと登っていく。

 

「うおっ!?」

 

 ズルッと足が滑るのを感じ、とっさに両腕で体を支えて落ちるのを防ぐ。踏み外した足が宙を泳ぎ、見上げていた子供たちが小さな悲鳴を上げた。冷や汗が額に吹き出してきて、目に入らないように顔を振ると、見ないようにしていた地面が視界に入ってしまい、高さを実感して背筋が凍るような感覚に陥った。

 

「だ、大丈夫……大丈夫だ……」

 

 自分に言い聞かせるように何度も呟いて、手をしっかりと幹に固定してバランスを取り、滑った足を元へと戻す。滑らないような場所を探るように何度も確かめながら足の位置を固定し、大きく息を吐いた。それを見ていた子供たちも、安心したようにほっと一息つくと表情を和らげる。だがしかし、天龍が危ないことに変わりがなく、再び見上げた顔は心配そうな表情に戻っていた。

 

「天龍は……俺よりもずっと高くて……落ちそうになってるんだぞ……。こんなんで怖がっていられるかっ!」

 

 恐怖心を打ち払うように叫びながら、ゆっくりと確実に登っていく。出来るならば早く登って天龍を助けたい。だが、焦って落下してしまえば怪我をするだけではなく、再び最初から登るため余計に時間がかかってしまう。

 

「もうすこしだから、がんばってー!」

 

 下の方から聞こえてくる子供たちの声に、後押しされるように手足が上へと向かって動き続け、天龍がしがみついている枝元にたどり着いた。

 

「よし……もうすぐだから落ちるなよっ!」

 

 枝の上に登って体を安定させ、天龍の状態を確認するために視界の邪魔になる枝葉を払いのける。広がった視界に映ったのは、しがみついている手が今にも落ちそうなくらいに震え、両目を閉じて顔を真っ赤にさせている天龍の姿だった。

 

「うぅ……うううぅ……っ」

 

 恐怖と痛みで今にも泣き出しそうな天龍の小さな声が聞こえてきた。枝元を両足で挟み込んだ俺は、しっかりとしがみつきながら芋虫のように天龍へと近づいていく。体を動かす度に枝がミシミシと軋み、再び恐怖心が襲い来る。

 

「も、もう……げん……か……い……っ」

 

 枝をつかむ天龍の片手がずるりと離れ、体を大きく揺らした。「きゃあっ!」と、いくつもの悲鳴が下から聞こえ、一刻の猶予もないと判断した俺は、枝が折れるかもしれないことを考えず一気に天龍へと近づいた。

 

「もうすぐだから、我慢するんだ!」

 

 すぐそばまで近づいた俺は、宙に浮いた天龍の手を掴もうと腕を伸ばす。

 

「この手に……捕まれっ!」

 

 ギリギリまで伸ばした手のひらが、天龍の手に触れた。だがその瞬間、枝にしがみついていた天龍の手が離れ、俺の目の前から消えるように落下していく。

 

「……っ!?」

 

 咄嗟に振り被った自分の手が宙をさらった。落ちていく天龍の姿がスローモーションのように見え、俺は声を上げると同時に、枝を挟んでいた足を離していた。

 

「もう――離れるもんか……っ!」

 

 落下していく景色に混じって、フラッシュバックのようにあの日の映像が目の前に広がってきた。皮膚を焼く赤い炎と突き刺さるように冷たい海水。揺れたボートから落ちた時、伸ばして掴めなかった弟の手。あんな思いは二度としたくない。だから、目の前にある手は、絶対に掴まなければいけないんだ。

 

 大きな悲鳴が次々と上がっているのが聞こえたけれど、恐怖心は全く感じなかった。天龍の手がすぐそこにあって、掴むことが出来る。それだけを考えて、伸ばしきった手ガッチリと閉じると、暖かい手のひらの感触が伝わってきた。その瞬間、目の前に混じっていた過去の記憶が真っ白に消え去り、現実世界だけが視界を埋め尽くす。

 

「――っ、つか……めた……っ!」

 

 空中で天龍の手を掴んでいた俺は、地面に落ちたときに受ける衝撃を少しでも和らげられるように、身体を引き寄せて包み込むように抱きかかえた。落下していく俺の身体に風が当たり、目からぼろぼろと涙が流れ出してきた。怖いからじゃない。掴み取ることが出来た手のひらの感覚が、凄く嬉しかったから。

 

 だけど、このまま落ちる訳にはいかない。自分はどうなったって構わないが、天龍だけ助けなければならないと、身体を丸めこんだ瞬間、

 

 

 

 ぼふんっ!

 

 

 

 柔らかい何かの上に、おもいっきり叩きつけられたような衝撃が全身に響きわたった。昔、修学旅行か何かで枕投げをして、テンションが上がりまくった友達から布団の上にブレーンバスターを食らったときのような感

覚に似ていた。腹が立ったので、お返しにパイルドライバーをしたら布団がないところに落ちて痙攣していたのを思い出して、非常に面白おかしかった。

 

「大丈夫……ですか?」

 

 痛みがまったくなく、耳元から天使のような綺麗な小さい声が聞こえてくる。なんだか心地よくなってきそうで、このまま眠ってしまいそうになる。

 

「大丈夫ですかっ!?」

 

 続けざまに大きな声が頭の中に響き、呼び起こされるように目を開くと、目の前にはしゃべる巨大なおっぱいが二つ並んでいた。

 

「な、なんで……おっぱいがしゃべって……?」

 

「大丈夫そう……ですね」

 

「え……うおおっ!?」

 

 視線を上げると、愛宕の顔がすぐ近くにあった。いったいどうなっているんだと顔を動かしてみると、愛宕が俺の身体に乗りかかりそうな状態であることが分かった。

 

「ちょっ、これはいったいどういう!?」

 

「あ……あぁ、ごめんなさい~」

 

 愛宕は安心してほっと息を吐くと、少し顔を赤らめて離れていった。ちょっぴりどころかかなり残念だったのは言うまでもない。というか、よく考えてみれば今日だけで男の夢が叶いまくり状態じゃないですか!?

 

「身体は――痛くないですか?」

 

 頭をさすってみたが、こぶなどができている様子はなく、痛みも全くなかった。布団の上に座っていることに気づき、愛宕がこれを持ってきて落下場所に引いてくれたくれたおかげで、怪我をしなかったのだと分かった。

 

「ありがとうございます」

 

 俺はすぐさま愛宕に布団の礼を言って頭を下げた。「いえいえ~」とにっこり微笑むその姿に癒されそうになりながら、両方の手のひらを握ったり、開いたりを繰り返してみる。痛みは感じず、どうやら問題は無さそうだ。

 

 ほっとした瞬間、手の暖かさを思い出して大きく眼を見開いた。天龍が居ない。掴んだ手の温もりも、抱きかかえた温かさも――俺のそばには無い。

 

「……っ! あ、愛宕さん、天龍はっ!?」

 

 両肩をがっしりと掴んで叫ぶように寄りかかると、愛宕はビックリしたような表情を浮かべた。だけど、すぐににっこりと微笑んで「あっ、はい。大丈夫でしたよ~」と、明るく軽く、何ともなかったように答えた。よく見てみると、愛宕の後ろには天龍が恥ずかしそうに、頬を染めながら隠れるように立っているのが見える。その瞬間、俺の体から力が一気に抜けて安心するようにため息をついた。

 

「ほら、てんりゅーちゃん。せんせいに、おれいをいわないとね」

 

 愛宕が背中を優しく押して、俺の前に立たせる。もじもじと恥ずかしげにしていた天龍だが、目をそらしながら恥ずかしそうに口を開いた。

 

「そ、その……あ、ありがと……な……」

 

「ん……あぁ」

 

 素っ気ない態度に見えたが、感謝をしている感じはひしひしと伝わってきた。それがなんだか嬉しくて、いたずらをするように天龍の顔をのぞき込んでみる。俺の行動をすぐに気づいた天竜は、顔を真っ赤にしながら見せないようにそっぽを向いた。

 

「それと、もうこんなあぶないことはしちゃダメよ?」

 

「は……はい……ごめんなさい……」

 

 愛宕には頭が上がらないのか、申し訳なさそうに謝った。その後ろから、何人かの子供たちが近づいてきて声をかけてきた。

 

「て、てんりゅーちゃん……」

 

 一人は、部屋に行ったときに泣いていた潮の姿だった。そういえば、夕立が言っていた話では天龍にいじめられていたと聞いた気がする。

 

「あたごせんせー、てんりゅーちゃんはわるくないのー」

 

 もう一人は紫の髪をした女の子だった。ネームプレートには『たつた』と書かれていたのが見え、記憶のデーターベースが勝手に浮かんできた。艦娘の龍田といえば、たしか天龍の妹にあたるはずである。

 

「てんりゅーちゃんはね、うしおちゃんのボールをとってあげたのー」

 

「ば、ばかっ! それはいわなくていいんだよっ!」

 

 顔を真っ赤にしっぱなしの天龍が、龍田に駆け寄って口を塞ぐべく手を伸ばした。龍田は上手く天龍から逃れるように避けて、追いかける天龍から離れるように、ぐるぐると愛宕の周りを走っていた。

 

「あ、あのね……てんりゅーちゃん、その……ありがと……」

 

 ボールを持った潮は、恥ずかしさと申し訳ない気持ちで顔を真っ赤にしながら、走り回る天龍にお礼を言った。

 

「べ、べつに、うしおのためとかじゃねーしっ!」

 

 顔を真っ赤なリンゴのようしながら、天龍は龍田を追いかけながらそっぽを向いていた。そんな天龍を見て、本当に助かって良かったと心よりそう思った。

 

「てんりゅーちゃんはー、うしおちゃんのためにのぼってあげたんだよねー」

 

「た、たつたー! いらんこというんじゃねー!」

 

 ぐるぐると周り続ける天龍と龍田の姿に、思わず笑ってしまう。そんな俺の顔を見ながら、愛宕はゆっくりと口を開く。

 

「もう一度、聞いてもいいでしょうか?」

 

「……はい、なんですか?」

 

「艦娘幼稚園の先生に、なっていただけませんか?」

 

 愛宕のその言葉に、スッと目を閉じる。心臓はゆっくりと揺らめくように鼓動を鳴らし、真っ暗な視界のその先に、あのときの記憶はもう映し出されてこない。

 

「そうですね……」

 

 空を見上げると、透き通った青い空が広がっている。

 

 海鳥の鳴き声と小さな艦娘たちの明るく楽しい声が、メロディのように聞こえてくる。

 

 鎮守府の中にあって、楽しくもあり、忙しくもあり、トラブルも――時にはあったり、いろんなことが起こる場所。

 

 そんな、艦娘幼稚園で働けるのなら、今までの訓練も、試験も、そして経験も、無駄にはならないんだろうと。

 

 掴めた手の温かさを思い出しながら、もう一度両手を握る。心地よさが全身に流れ、それを感じながらゆっくりとまぶたを開く。

 

「こちらこそ、よろしくおねがいします」

 

 愛宕に負けないくらいの笑みを愛宕に向けた。

 

「艦娘幼稚園に、よ~そろ~♪」

 

 ……ちょっぴり使い方、間違ってませんか?

 

 心の中でつっこみながら、俺は配属先が決まったことを心より喜び、空をもう一度眺めた。

 

 

 

艦娘幼稚園 ~俺が先生になった理由~ 前編 完




 長文、読んでいただきましてありがとうございました。
 この作品は3部作になりますので、引き続き読んでいただけますと非常に嬉しがります。

 それではまた、中編でお会いいたしましょう。


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中編

 艦娘幼稚園の先生になると決めてから2週間。
不慣れながらもなんとか仕事をこなしていた俺に、とある災難が降りかかる……

※本作品はpixivにて投稿した小説を読みやすく編集したマルチ投稿作品になります。
 このシリーズは前・中・後編の3部作で、これ以降も多数の作品を執筆中です。

 まだまだへたれな文章書きですが、あたたかい目で見ていただけると幸いです。


 艦娘幼稚園に配属されて早2週間。想像していた提督としての仕事ではなく、先生としての仕事を不慣れながらもこなしてきたのだが、これがまた非常に大変だった。

 

 普通の幼稚園と同じく、すくすくと元気に育つようにをモットーにしていると愛宕に聞いたのだが、艦娘たちの元気さは半端なレベルではなく、全力で振り回され続けの毎日であり、仕事が終わると精根尽き果て眠るだけを繰り返してきた。

 

 だがしかし、復讐ばかりを考え、目的しか見えていなかった昔の考え方ではなく、彼女たちを立派な艦娘に育って欲しいと思えるようになった俺は、明るく楽しい艦娘たちとふれあい、大変ながらも充実した時間を過ごしてきた。

 

 そして、本日も忙しくも楽しい先生の仕事を終え、スタッフルームで缶コーヒーを片手に一息ついている俺に、ゆるふわな声がかけられた。

 

「あらあら~、今日もお疲れのようですね~」

 

 艦娘幼稚園の先生にして俺の先輩でもある、高雄型重巡洋艦の愛宕だった。不慣れな俺を優しく指導し、見守ってくれるお姉さん的存在である。

 

「いやー、まだまだ大変ですけど、楽しくやらせてもらってますよ」

 

「うふふ、それは良かったです~」

 

 いつものようににっこりと微笑んだ愛宕は、俺に近づいて「良い子ですね~」と、頭をなでなでした。この2週間で分かったことなのだが、愛宕は嬉しいことがあると頭をなでる癖があるらしい。正直、子供という年齢は既に過ぎているが、愛宕の独特な雰囲気なのか、撫でられている時間が非常にリラックスできることもあり、素直にじっとしているのであるが……

 

 

 ぽよん……ぽよん……

 

 

 目線の先に、大きくゆっくりと揺れる愛宕の胸が魅力的すぎて、拒む理由が無いというのが本音だったりするのだ。

 

 いやぁ、これだけで幼稚園の先生をやる理由になるってもんです。実にけしからんです。

 

「あっ、そういえばですね~」

 

 急に声を出した愛宕は撫でていた手を頭から離した。俺は慌てて視線を胸から顔へと移して、何事もなかったかのように装う。胸を凝視していた視線の事が、ばれてしまったのではと心配だった反面、もう少し至福の時間を過ごしていたかったと残念な心境である。

 

 そんな俺の複雑な心持ちをまったく気にしていないのか気づいていないのか、愛宕は両手をぽんっと叩いて再びにっこりと微笑んだ。

 

「明日の午前中なんですが、ちょっと鎮守府の方へ用事があるので、子供たちを一人で見てもらいたいのですが~」

 

「えっ! ひ、一人で……ですか……?」

 

「はい~。まだ不慣れだとは思いますが、どうしても外せない用事がありまして~」

 

 両手を合わせて『ごめんなさい』の合唱をする愛宕の姿がとっても可愛くて、思わずニヤケてしまいそうになってしまうが、事の重大さに冷静さを取り戻す。この2週間で担当した子供たちは多くても5人ほど。しかし、現在この艦娘幼稚園には15人ほどの子供たちが居るのである。午前中だけとは言え、全員を俺一人が見るなんて、とてもじゃないが正気の沙汰とは思えなかった。

 

「そ、それは……かなり厳しいかと……思うんですが……」

 

「いえいえ~、先生の頑張りを見ていたら大丈夫だと思いますよ~」

 

「そ、そうです……かね……?」

 

「はい~、太鼓判とは言えないかもしれませんけれど~」

 

「……けれど?」

 

「泥船に乗った気分で出かけられます~」

 

 それ、ダメじゃね?

 

 むしろ、確実に沈むパターンの奴やっ!

 

 そんな心の叫びを知ってか知らないでか、愛宕は再び俺の頭の上に手を置いて、撫で撫でを再開させた。

 

「先生の頑張りはしっかりと見てるんですよ~」

 

「で、でも……まだ未熟者ですし……」

 

「大丈夫です。なるようになりますから~」

 

「そ、そうですかね……」

 

 どうも素直に喜べない言葉を並べられている気がするのだが、愛宕に頭を撫でられていると、どうも思考が上手く働いていない感じだった。

 

「すみませんが、明日の午前中だけですから、よろしくお願いしますね~」

 

「わ、わかりました……」

 

 安請け合いをしたつもりはないのだけれど、ここまで言われて引き下がるようでは男が廃る。ここは一つ男らしいところをビシっと見せて、愛宕に認めてもらえるように頑張ろうと、心に決めたのであった。

 

 その間ずっと頭を撫でられ続けていたので、男らしさは米粒どころか微塵もなく、まったくもって決まっていなかったのに気づいたのは、布団に入ってうとうとし始めたときだった。少しばかり悲しくなって涙がにじみ出そうになりながらも堪えた俺は、缶コーヒーのカフェインもどこへやら、疲れきった身体は睡眠を欲して、すぐさま眠りへと落ちていった。

 

「はいはーい、みんな! ちょっとちゅうもーく!」

 

 部屋いっぱいに響きわたる大きな声を上げた俺に、子供たちの顔が一斉に集中した。

 

「今日のお昼まで、愛宕先生はお出かけしてます。先生1人しか居ないから、騒がしくし過ぎたりすると先生パニックになっちゃいます」

 

「けっ、なっさけない先生だなー」

 

 俺の話を遮るように、天龍が横槍を入れてきた。だが気にすることなく会話を続ける。

 

「まだまだ慣れてないから、先生を助けると思って良い子にしていて下さいねー!」

 

 俺の言葉に、子供たちの大半は「はーい!」と声を上げて手を挙げて返事をしてくれていた。が、予想通りに天龍はふてくされたような表情を浮かべてそっぽを向き、その後ろで何かを企むような表情を浮かべる龍田の姿があった。

 

「あの……先生……」

 

 服の裾を引っ張りながら声をかけてきたのは潮だった。ウサギのぬいぐるみを両手で抱きながら、少し寂しそうな表情を浮かべて、俺の顔を見上げている。

 

「どうしたのかな、潮」

 

「あ、あたごせんせいは……どこにいっちゃたの……?」

 

「愛宕先生はね、鎮守府の方に用事があるみたいなんだよ」

 

「そ、そう……なの……?」

 

「うん。お昼くらいには帰ってくるから、心配しなくていいんだよ」

 

「う、うん……分かった!」

 

 潮はちょっぴり強がるように、ぎゅっとぬいぐるみを抱きしめた後、俺に笑顔を見せてくれた。「潮ちゃん、えらいねー」と、愛宕の真似をするように頭を撫でてあげると、「えへへ……」と嬉しそうに頬を染めていた。

 

「フーム、なんだか気になりますネー」

 

 そんな俺と潮の姿を後ろから見つめていた金剛が、少し不安そうな表情を浮かべて声をかけてきた。

 

「気になるって、何かあるのか金剛?」

 

「以前にも、愛宕先生が鎮守府に出かけていったときに嫌な出来事があったのデース」

 小さいのに流暢に喋るよなぁと感心しながらも、その言葉が気になった俺は「嫌なこと……?」と、問いかけた。

 

「それはデスネー……」

 

「うっ……ひっくっ……」

 

 金剛がしゃべり始めた途端、潮が急にぐずるような声を上げた。

 

「ど、どうしたんだ潮、大丈夫か!?」

 

「う、うん……でも……」

 

 潮の変わりように焦った俺は、金剛に問いかける際に止めてしまった、潮の頭を撫でいた手を再び動かした。涙をいっぱいに溜めていた潮だったが、撫でる暖かさに安心してきたのか、徐々に悲しそうな表情は和らぎ、普段の顔へと戻っていった。

 

「ご、ごめんね……先生……」

 

「いや、潮が大丈夫ならそれでいいんだけど……どうかしたのかな?」

 

「う、うん……その……」

 

「その先は私が説明シマース!」

 

 ちょっぴり置いてけぼりを食らって不満だったのか、金剛はここぞとばかりに張り切って決めポーズを取った。少年よ、大志を抱けって感じで。

 

「さっき、言いかけてましたけどデスネー……」うんちくを話す、どこぞの司会者のようなポーズに変化させた金剛が、一息入れて俺の顔を見つめた。間の取り方といい、なかなか凝っているなぁと再び感心しそうになったのだが、二度あることは三度あると言う言葉があるように、金剛の言葉は大きな音に遮られた。

 

 

 バターン!

 

 

「ふえっ!?」

 

 不意打ちを食らった金剛は、女の子特有の可愛らしい声を上げてその場で飛び上がりそうになった。

 

 音の発生源はこの部屋に入るための木製の扉が壁に叩きつけられた音だった。あまりにも大きすぎた音にびっくりした子供たちが一様に扉の方へと視線を向ける。その瞬間「ざわ……」と、緊張したかのような効果音が聞こえたような気がした。

 

「ふん! 相変わらずガキしかおらんではないか!」

 

 続けざまに響く大きな声に、子供たちの多くは震え上がるように身を竦めていた。慌てて俺は立ち上がり、怖がっている子供たちをなだめながら、声の主の方へと歩いていく。

 

「ん、なんだ? 貴様は見たことが無いが、どこの馬の骨だ!」

 

 もの凄い言われようにムカつき、声を上げそうになったが、声の主の顔の強面っぷりと、胸についている勲章に気づいてすぐに口を塞いだ。

 

「上官の質問にさっさと答えんか貴様!」

 

 再び荒らげる声に驚いた俺は「舞鶴鎮守府特別施設、艦娘幼稚園に先生として配属された者です!」と、すぐさま答えた。俺の言葉を聞いた途端、目尻をピクピクとさせた強面の男性は「ふん! 貴様があの無駄な試験で選ばれた屑か」と、俺の顔をジロジロと睨み、自らの胸についている勲章を親指で指さしてドヤ顔を浮かべた。

 

「上官はここ、舞鶴鎮守府で海軍中将として日々この国を守っている英雄である!」

 

「は、はぁ……」

 

 自分で自分のことを英雄と言える人間を初めて見た。あまりの馬鹿っぽさに呆れかえりつつも、男性が浮かべるドヤ顔っぷりと、子供たちが驚いてしまった原因がお前にあるんだと言いたくても言えない状況に、沸々と殺意が沸き上がってきそうだった。

 

「ふん! あまりの事に声も出んようだな。ガハハハハ!」

 

 上官でなければ今すぐこの場ではり倒したい。戦場だったら後ろから狙撃してしまいたい。そんな気分にさせる笑い声に、本気でイライラし始めたが、相手は上官。しかもかなりの権力者である。手を出そうものなら首が飛んでもおかしくないのだが、子供たちが怯えている以上、先生として言わなければならないことがある。

 

「申し訳ありません、中将! 一言よろしいでしょうか!」そう言った俺は、ビシっと敬礼をして声を上げた。新人提督として恥ずかしくないようにと、鏡に向かって練習しまくった敬礼がここにきて役に立つときがきたと思うと、ちょっぴり誇らしくも思えた。

 

 ……今思い出すと、すんごい恥ずかしいけど。

 

 ちっ……と、舌打ちをした中将は不機嫌そうな表情で、俺の全身をくまなく舐めるように睨みつけた。しばらく睨んだ後、ため息を吐きながら面倒くさいそうに「いいだろう」と返事をしたので、そのままの体勢で口を開く。

 

「申し訳ありませんが、子供たちが驚いてしまいますので、大きな音や声を止めていただけますと……」

 

「貴様は上官に指図するつもりかっ!」

 

 中将の強面が悪鬼のような表情に変わった瞬間、フルスイングの強烈な右フックが俺の頬へと叩き込まれた。その衝撃で床へと転がった俺は3回ほど回転し、うつ伏せに倒れ込む。「きゃあっ!」「わあっ!」と、子供たちの大きな悲鳴が部屋中に響きわたり、一様に身を竦めていた。

 

「ふん!」と、中将は大きく鼻息を吐きながら、殴った拳を見つめてニヤニヤとあくどい笑みを浮かべていた。殴られた頬を手の甲で拭いながらゆっくりと立ち上がる。口の中が鉄錆の味とにおいで充満し、頭にドクドクと血管が浮かび上がっているのが見なくても分かるほど、怒りがこみ上げていた。

 

「せ、せんセー……」

 

 立ち上がって中将の方へと歩きだそうとした俺のズボンを、金剛がぎゅっと引っ張った。その表情は恐怖に染まり、今にも泣き出しそうになっている。そんな金剛の顔を見て怒りは一瞬で消え去り、冷静さを取り戻した俺は、険しくなった表情をすぐさま変え、何度も繰り返した練習通りに再び敬礼をし、中将へと向き直る。

 

「出過ぎた真似をしてしまい、申し訳ありませんでした!」

 

「……ふん! まぁ、よかろう……だが、二度目はないぞ!」

 

「はい!」

 

 当てが外れたかのように再び舌打ちをし、不機嫌な顔を浮かべる中将は俺から視線を外して周りを見渡した。ズボンをつかんでいる金剛の頭に手を置いた俺は「ありがとな」と、言いながらゆっくりと撫でてあげる。怖がりながらも、少しだけほっとした表情を浮かべた金剛は手の力を緩めてズボンから手を離す。

 

「怒ったりしたら、相手の思う壺デース……」

 

「ああ、金剛のおかげで目が覚めたよ」

 

 中将に聞こえないように小さな声でもう一度金剛にお礼を言う。安心したのか、撫でられているのが恥ずかしいのか、金剛は少し俯いて何も言わないままその場で座り込んだ。いつもはいきなり抱きついてくる金剛だが、時と場所をわきまえているのは本当にすごいと思う。秘書艦をつつきたがる提督たちに見習ってほしいものだ。

 

 いや、それはそれで楽しいんだけどね。

 

「しかし、兵器でしかない艦娘を小さい頃から育てるなんぞ、ただの無駄ではないのかね?」

 

 周りを見回していた中将の言葉に、再び血管が浮かび上がりそうになるのを感じた。頭の中に、愛宕との会話がフラッシュバックのように呼び起こされてくる。艦娘たちを使い捨ての兵器としか思わない者たちが居る。それが今、俺の目の前に権力と悪意を持ち合わせて。

 

 今度はズボンの裾がぎゅっと引っ張られた。俺の顔が険しくなったのを感じ取った金剛だろう。俺は小さい声で「大丈夫」と答えた。冷静さは欠いていない。俺がここで逆上することが中将の狙いであるということは、すでに分かっているのだから、そんな手には乗るわけにはいかないのだ。

 

 

「ふん! 艦娘なんぞ深海棲艦を駆逐するだけの兵器。要は使い捨ての駒だ! そんなものを小さい頃から育てる? 無駄な金を湯水のように垂れ流しているだけではないのかね? どうせ大破しようとも轟沈しようとも、1匹でも多くの敵を倒せればそれでいいのだ!」

 

 再びドヤ顔で自らの胸の勲章を指さして鼻息を荒らげる中将。

 

「私は数多くの作戦を指揮し、深海棲艦を打ち倒した! それがこの結果だよ! この光輝く勲章の数々! そう、これが英雄たる証! 海軍の頂点まで後少し、目の前まで来ているのだよ!」

 

 大切に育てている可愛い艦娘たちを、お前のような奴に預けるなんて考えたくもない。こんな奴が海軍のトップになんて、絶対にならせてはいけない。拳を強く握りしめた俺は、心に強く誓いながら歯を食いしばる。

 

「私が元帥になった暁には、こんな施設なんぞすぐに取り壊してやる! その為にも……」

 

 右手の拳を突き上げながら、高い台の上に立って演説をするかのごとく大声を張り上げる中将。独裁者のような佇まいに、観客であろうはずもない子供たちはただ怯えているばかりだが、全く気にすることなく目に見えない群衆にでも叫び続けるように、中将は聞きたくも無い演説を話し続けた。

 

 立場上、耐えなければならない俺にとって、それは苦痛以外の何物でもなく、ただ子供たちの心配をするばかりだった。心配することしかできない自分に嫌気がさし、胸を鷲掴みにされた気分になる。出来ることなら今すぐ殴りかかりたい。だけど、それは中将が一番願っていることで、それをしてしまったならば、今すぐにでもこの艦娘幼稚園を潰す理由として持ち上げるはずだ。

 

「我が海軍……いや、私が居てこそ、この国の国益は守られていると言っても過言ではない……っ!」

 

 聞くに耐えない言葉がよくそれほどまでにスラスラと出てくるものだと、一種の関心さえ覚えてしまう。と言うか、この内容を録音して上層部に提出したら危ない内容だと思うのだが……。

 

 そんな、この状況を打破できるかもしれないと思いかけた時、中将の後ろの方で何かが動くのが見えた。気になったので少しだけ身体を横に動かして覗き見てみると、そこに立っていたのは天龍と龍田の姿だった。龍田はじっと中将の後ろ姿を見つめながら、ゆっくりと歩を進め近づいていた。そんな龍田を止めようと、焦った顔を浮かべた天龍が手を引っ張っているが、全く気にする気配もなく、まるで瞳孔が開いたかのような大きな目で、おもちゃの様な笑い顔を浮かべながら、少しずつ、少しずつ近づいていく様は、まるでホラー映画のワンシーンのようだった。

 

「……っ!」

 

 嫌な予感が全身に走った俺は龍田を止める為、行動を起こそうと身体に命令を下す。だが、その本当に一瞬の時間の間に、龍田はどこかに隠し持っていた遊具のボールを右手に持ち、メジャーリーガの様な威風あるフォームで、中将の後頭部に向けて投げ放った。

 

「だからして、これから先……うわらばっ!?」

 

「ちゅ……中将!」

 

 見事なまでに中将の後頭部にヒットしたボールは、材質がゴム製であるにも関わらず、回転のあまりの激しさで一部分の髪の毛をえぐり、部屋の隅へと跳ねていった。その光景を見て、恐ろしいまでの笑みを浮かべた龍田は、中将に背を向けてすぐに座り込んで、泣きじゃくる子供のフリをした。

 

 ……た、龍田を敵に回すのは……止めて置いた方がいいのかもしれない。先生として、そういうことはしないつもりだが……。

 

 背中に嫌な汗をかくのを感じながら、中将のことを思い出して更に冷や汗をかいて、すぐに駆け寄ろうとした。

 

「~~~~っっっッッッ!」

 

 だが、あまりの形相を浮かべる中将を見て思わず身体が緊張し、その場で固まってしまった。全身を大きく震わせ、茹でタコのように真っ赤に染まった顔を、ボールが飛んできた後ろへと振り向いた。視界に入るのは怖がりながら床に座り込む子供たち。そのフリをしている、ボールを投げた張本人の龍田。そして、龍田を止めようとしてそのまま立ってしまっていた、天龍の姿だった。

 

「きぃぃぃさぁぁぁまぁぁぁかあああぁぁぁぁぁっ!」

 

「ひぃっ!?」

 

 怒り狂った中将はズカズカと大きな足音を鳴らし、天龍の前に立って見下ろした。その形相に驚いて身体をガタガタと震わせた天龍だが、恐怖で涙ぐみながら竦む足を必死に動かして、龍田の前に立ち塞がるように両手を広げた。自分の妹を守る為、自らの身体を差し出す天龍の姿。その行動に感動してしまい、涙腺が緩みそうになったが、今はそれどころではない。

 

 さすがにその行動を見ていたたまれなくなったのか、龍田も立ち上がって天龍の前に出ようとした。だが、天龍はそんな龍田の手を払いのけて守ろうとする。そんな涙ぐましい行動が気に食わなかったのか、中将は鼻息を一層荒くし、演説の時よりも更に高く右手を振りかぶった。

 

「上官への暴力は、たとえ子供であっても容赦せんっっっ!」

 

 中将の怒号と同時に、周りの子供たちが「きゃあっ!」と、叫び声を上げた。拳を目の前にして震えながらギュッと目を瞑る天龍。その姿を見て、後悔と悲しみを表情に出した龍田。すべてがスローモーションで進んでいく。なら、俺のすべきことは、もう分かっている。いや、分かるより、理解するよりも速く、俺の身体は動いていた。

 

 

 ガシッ!

 

 

 天龍の顔の数センチ手前で、中将の振り上げた拳が停止した。とっさに動いた俺の手が中将の右腕を掴み、間一髪ところで止められたのだ。一瞬、何が怒ったのか分からない様子の中将だったが、すぐに俺に掴まれている腕に気づき、振り向きざまに左手の拳を握りしめて、さっきとは反対の頬に体重の乗ったフックが叩き込まれた。

 

「ーーぐぅっ!」

 

 吹き飛ばされそうになるのを堪えながら、俺は中将の拳を頬で受け止める。ここで倒れてしまったら、次は天龍へと拳を振り上げるかもしれない。そんなことは絶対にさせてはならないのだ。その思いが俺を奮い立たせ、掴んでいた中将の腕を強く締めつけた。

 

「貴様……っ!」

 

 左の拳が顔の至る所に何度も叩きつけられる。口の中は裂傷だらけになり、血が充満していた。瞼の上も切れて、負けてしまったボクサーの様に大きく腫れ上がっているのが自分でも分かるくらいに視界が塞がってくる。だけど腕は離さない。たとえどんなに痛かったとしても、子供たちに暴力が奮われる様なことは、あってはならないのだ。

 

「は、離せっ! 離さんか貴様ぁっ!」

 

 執拗に殴られ続ける俺の姿に、周りの子供たちは身体を震わせながら悲鳴を上げていた。泣きじゃくる子供もいた。そして、この状況を打破しようとする子供も。

 

「も、もう止めるっぽいーっ!」

 

 目に大粒の涙をたっぷりと浮かべ、両足をガクガクと震わせながら、夕立は大きな声で叫んだ。その気持ちが嬉しくて、だけど、夕立に中将の気がいかないように、俺は掴んだ手の力を更に強める。

 

「そ、そうだ! 先生をいじめるんじゃねーっ!」

 

 両手を広げたまま固まっていた天龍も。

 

「死にたい人はどこかしらー」

 

 いや、ちょっとその台詞は怖すぎるぞ、龍田……。

 

「も、もう、やめてくだ……さい……っ!」

 

 泣きじゃくりながら、大きく叫ぶ潮。

 

「これ以上は、さすがにやりすぎデース!」

 

 いや、もうかれこれ50発くらい殴られちゃってるよ、俺。

 

「ぐ……、くう……っ!?」

 

 中将と俺の周りを囲み、子供たちは声を上げ続けた。その度に、俺の力が強くなる。掴まれた腕の痛みと決意を込めた子供たちの顔に怯んだかのように、中将は真っ赤に染った顔を徐々に青くさせていった。

 

「子供……たちには……指、一本……触れさせません……っ!」

 

 視界は殆ど塞がっているが、それでも中将のいる場所くらいは分かる。その方向へと、悪意ではなく決意の表情でおもいっきり睨みつけた。

 

「くっ……くそおっ!」

 

 中将は右腕をおもいっきり振り上げて、俺の手を振り払ってそのまま突き飛ばした。よろめきながら数歩後ろに下がり、倒れることなく前を睨みつけると中将は「~~っ!」と、声にならない声を上げて、俺の横をすり抜けて部屋の入り口の方へと駆けていった。

 

 ドアノブに手をかけた瞬間、何かを言おうとしたのか中将が振り向いた。その姿を、夕立が、天龍が、龍田が、潮が、金剛が、子供たちが注視し、睨みつける。その異様とも言える光景に、体感したことのない恐怖を感じたのか、大きく目を見開きながら数秒間固まっていた。だが腐っても軍人。恐怖を大声で吹き飛ばすかのように、中将は大きく口を開いた。

 

「じょ、上官に対する反逆行為だ……っ! 覚悟しておけっ!」

 

 捨て台詞を吐いた中将は扉を開け、逃げるように部屋から出ていった。それを見終えた俺の身体は糸が切れたマリオネットのように、がくりと床に崩れ落ちる。

 

「「「「「せんせいっ!?」」」」」

 

 子供たちの悲鳴が四方から聞こえ、すぐに駆け寄ってきた。うっすらと見える夕立や天龍たちの顔を見て、怪我が無くて良かったと安心した俺は、張りつめた緊張がほどかれ、そのまま真っ暗な世界へと意識を落としていった。

 

 

 

「う……っ?」

 

 右目の先に、真っ白な天井が見える。左目は……塞がっているようだった。

 

「知らない……天井……じゃあないな……」

 

 左右を見渡すと、いつも缶コーヒーを飲んでいる見覚えのある部屋。スタッフルームの隅にあるソファーで、横になっているようだ。両手を動かしてみると、少しばかり痛みはするが動きに問題はない。身体の隅々を触ってみると、殴られた影響で色んなところが腫れ上がっていたが、その全ての箇所に、湿布やガーゼが貼られていた。視界が全くない左目も、タオルが巻かれて氷枕が置かれていただけだった。ヒンヤリとして気持ち良いので、暫くはこのままでいいだろう。念のためにタオルを持ち上げてみると、視力は失われていなかったので、ほっと一安心と言ったところである。

 

「……今、何時だろ?」

 

 痛む身体を動かして、壁にある掛け時計の方向を見ようとした。すると、扉が開く音が聞こえ、誰かが部屋に入ってきた。

 

「あっ、気がつきましたか……」

 

 いつもとは違う、落ち込んだような雰囲気の聞き覚えのある声が耳へと届く。心配と困惑が混じりあった、風が吹けばかき消されてしまいそうな、小さい声が。

 

「大丈夫……ではないですよね……」

 

 横たわる俺の横に来た愛宕は、悲しそうな表情を浮かべて中腰になり、氷枕に触れて冷たさを確認する。氷がまだ溶けていないのを感じ取りながら、自分の手の温度を下げて、腫れていた頬に優しく触れた。ほんのりと冷たく柔らかな感触に痛みが和らいでいく気がして、ゆっくりと瞼を閉じて心地よさを味わった。

 

「私が居ない間に……こんなことになるなんて……」

 

「いえ、愛宕さんのせいじゃ……ないですよ」

 

 落ち込む愛宕を見たくはない俺は、空元気で声をかけた。その気持ちが伝わったのか、「ふふ……先生は優しいんですね……」と、笑顔を見せる。だけど、いつもと同じ元気で優しい笑顔ではなく、どこか疲れきったような感じがした。

 

 ふと、愛宕の瞳に視線が吸い込まれる。充血した白目が先ほどまで涙を流していたんだと、すぐに理解する。こんな俺のために愛宕は泣いてくれていたのかと、何とも言えない気持ちが胸一杯に広がった。

 

「愛宕……さん……」

 

 少し痛む右手を愛宕の頬に伸ばし、人差し指で涙の通り道を撫でた。少し驚いた表情を浮かべた愛宕だが、すぐに優しい笑顔に戻し、頬に置いていた手で、いつものように頭を撫でてくれた。

 

「すみません……心配させちゃって……」

 

「本当……ですよ。子供たちに聞きましたけど、先生は無茶をし過ぎですっ」

 

「あはは……ああするしか、思いつかなかったんで……」

 

 周りから見れば、お互いを撫で合う姿は傷をなめ合う動物のように見えたのかもしれない。優しさと強さを称えるように、心と身体の傷を癒すように。

 

「………………」

 

 愛宕の顔が、少しずつ俺の顔へと近づいてくる。ほんのりと赤みがかかった頬がとても愛おしく見え、撫でる指の腹にしっとりと汗がにじみ出しそうなほど、緊張と興奮が沸き上がってきた。

 

「あ、愛宕……さん……」

 

「せん……せい……」

 

 愛宕の潤んだ唇から、こぼれる吐息が俺の頬に感じられた。お互いの手は動きを止め、瞳同士が吸い込まれそうになるほど見つめ合った。充血し潤んだ瞳と、ぷっくりと膨らみ小さく開いた唇が、俺の心臓をバクバクと高鳴らせ、室内に響いていた秒針の音をかき消した。

 

 

 コンコンコンコンコンッ!

 

 

「ひゃいっ!?」

 

 扉をノックする音が急に聞こえて、愛宕は驚いた表情で飛び退くように俺の身体から素早く離れた。慌てながら身だしなみをチェックした愛宕は振り向きながら「ど、どうぞ~」と、返事をする。ゆっくりと開かれた扉から入ってきたのは、中将から殴られていたときに声を上げてくれた夕立、天龍、龍田、潮、金剛の姿だった。

 

 

「あ、あなたたち……」

 

「せんせー、大丈夫そうデスカー?」

 

 心配そうな表情を浮かべた金剛は、愛宕の顔を見ながら問いかけた。そのすぐ隣で横たわっている俺に気づくと、子供たちは恐る恐る近づき、一様に曇った表情を浮かべていた。

 俺の顔を覗き込んだ潮は「せ、せんせー……痛そうだよ……」と、涙を浮かべながらじっと見つめていた。「からだじゅうが、ぼろぼろっぽい……」腕に貼られている湿布を指でツツく夕立。

 

「はは……大丈夫だよ……」

 

 心配しないようにと、俺は笑い顔を子供たちに見せた。その表情に、潮と夕立は少しだけ安心したような顔になったが、天龍と龍田はそんな俺の顔をじっと見つめていた。

 

「……っ!」

 

 ギリ……と、歯を噛みしめる音が室内に響く。天龍は小さな手をギュッと握りしめて、肩を大きく震わせていた。「てんりゅー……ちゃん……」

 

 声をかける龍田に何の反応も見せないまま、天龍はじっと俺を見つめていた。いや、睨みつけていた。顔を真っ赤にして、今にも癇癪を起こしそうな雰囲気が、ヒシヒシと伝わってくる。

 

「うぅ……」

 

 そんな天龍の姿を見た俺は、痛む身体に鞭を打って起きあがり、手招きをする。呼ばれたことを理解した天龍は、少しばかり不可思議な表情を浮かべたものの、すぐに睨みつける顔に戻し、機嫌が悪そうに足音を鳴らしながら寄ってきた。

 

「……ありがとな」

 

 ぽんっ……と、天龍の頭に手を置いて、ゆっくりと優しく撫でた。大きく目を見開いて驚いた顔をしたが、すぐに怒った表情へと変化した天龍は、耳まで真っ赤にさせて俺の手を払いのけた。

 

「なっ、なんでおこらなかったんだよっ! こんなになるまでなぐられたのにっ! オレの……オレのせいで……っ! せんせーは、なんでほめてくれるんだよぉっ!」

 

「なんで……か……」

 

 中将の目的は幼稚園を潰すことであり、理由付けに俺を怒らせて、問題を起こさせようとした。しかし、この事を子供たちに話すことは出来ない。話してしまえば、子供たちが悲しむのは目に見えている。

 

 愛宕の顔へと視線を移すと、彼女は無言で小さく顔を左右に振る。俺は頷きながら小さく息を吐き、天龍へと向き直った。

 

「そりゃあ、せんせーだからだよ。天龍」

 

「でも……でもっ!」

 

「お前たちをいじめる奴から、守るのが俺の仕事だからな」

 

「そ、それでもっ、やりかえせばいいじゃんか!」

 

「ん? 天龍は気づかなかったのか?」

 

「……え?」

 

 天龍は、何のこと? と、分からないといった風に、目を見開いて呆気にとられた表情を浮かべた。「おいおい、俺はちゃんとやり返していたんだぜ?」

 

「な、なんにもしてなかったじゃん!」

 

「してたよ」

 

「う、うそだっ!」

 

「嘘じゃないよ」

 

「うっ、うー、うううっ!」

 

 折れない俺に、何を言えばいいのか分からなくなった天龍は、うめき声のような声を上げながら睨みつけてきた。そんな天龍の頭に、もう一度手を置いて優しく撫でてやると、今度は払いのけずに、俯きながら上目遣いでじっと見つめていた。

 

「中将の腕」

 

「……え?」

 

「ずっと、握ってただろ?」

 

「う、うん……で、でも、あれはオレが、なぐられそうになったから……」

 

「初めはそうだったな。だけど、あれからずっと握ってただろ?」

 

「そ、そうだった……かな……」

 

 天龍は思い出そうと、視線を上へと動かしながら人差し指を口元に当てた。その仕草が可愛らしくて、撫でていた手を少しだけ開き、髪を指でとくように撫でながら、落ち着かせるようにゆっくりと動かしていく。

 

「言ってなかったけどな、俺の握力はすんごいんだぜ?」

 

「えっ、そうなのかっ!」

 

「ああ、なんせリンゴを潰せるくらいだからな」

 

「ま、マジで!? それってすげーじゃん!」

 

 天龍は睨みつけていた表情から驚きへと一変し、尊敬の眼差しへと変わっていた。まぁ、実際のところは片手じゃなくて両手でなんとかってところだけれど、嘘は言っていないから大丈夫だろう。

 

「そんな力でおもいっきり握ってたんだぜ? 痛くないはずがないだろうな」

 

「すっ、すっげー! 地味すぎるけどすっげーぜ、せんせー!」

 

 地味って言うな。ちょっとは気にしてたりするんだからよ!

 

 学生時代に頑張りまくってたのに何の取り柄もなくて、地味男とか呼ばれていた時期を思い出しちまうじゃねーか!

 

 悔しくて涙がでちゃうんだぞ! 主に枕元で!

 

「だからさ、やり返してないってわけじゃないんだぞ」

 

「そうだったのかー……さすがせんせーだぜっ。あたごせんせーのおっぱいばっかり、みてるだけじゃないんだなー」

 

「んなっ!?」

 

「……あらあら~?」

 

「そういえば、チラチラ見てるっぽいー」

 

「ちょっとはワタシのことを見てほしいデース!」

 

「せ、せんせー……エッチなのは……イケナイと思います……」

 

 子供たちが寄ってたかって声に出しながら、ジト目を浴びせるように俺へと視線を向ける。「え、えっと……そ、そんなこと……してないよ……?」と、弁解を述べるが、周りからの視線の圧力が強すぎて、声がどんどんと小さくなっていった。

 

「視姦は禁止されています~」

 

 いや、それは言い過ぎだって! 俺ってそこまでエロくないよっ!

 

「うふふ~、せんせー。ちょっとお話しましょうか~」

 

 横から聞こえてくる愛宕の声が非常に恐ろしくて、とてもじゃないが顔を見れる勇気はなかった。

 

「身から出た錆ですね~」

 

「うぐっ……」

 

 龍田の指摘に胸を射ぬかれた俺は、ばたり……と倒れ込んだ。肉体的よりも精神的に打ちのめされて、真っ白な灰になった気分だった。

 

「そろそろ遅い時間だから、今日はこの辺にしておきましょうね~。せんせーのことは、しっかりと見ていてあげますから、心配しないで良いですよ~」

 

「「「「「はーい」」」」」

 

 いつものように返事をした子供たちは、入ってきたときの心配した表情は消え、にこやかになっていた。そう思えば、天龍のあの言葉も決して無駄にはならなかったのだろうと思う。

 

 ……後々、大変になりそうだけど。

 

「それじゃー、ゆっくり休んでクダサイネー」

 

「ああ、おやすみ、みんな」

 

「おやすみなさいデース」

 

「おやすみっぽいー」

 

「お、おやすみ……なさい……」

 

「フフおやー」

 

「おやすみなさいです~」

 

 手をあげて挨拶をしながら、子供たちは部屋から出ていった。おやすみなさいの一言でも、彼女たちは一人一人個性を持ち、違った言葉を紡ぐ。そんな彼女たちを、兵器だなんて、やっぱり俺は思えないし思いたくもなかった。

 

 ……しかし、「フフおやー」って、なんなんだ……いったい……。

 

 ガチャリと扉が閉まる音が消え去ると、「ふぅ……」と安心したように、息をつく声が聞こえた。普段なら、にこやかに顔を見て目を合わせて会話をするところなのだが、さっきのことがあるだけに顔を合わせ辛い。どうしようかと思い悩んでいると「せんせー……」と、愛宕が声をかけてきた。

 

「本当に、お疲れさま……と、言いたいところなんですけど……」

 

「あ、あの……その……ですね……。さっきの天龍の言ったことは……そ、そのぉ……」

 

 少し暗めの口調だったので、やっぱり怒っているんだろうなぁと思った俺は、シドロモドロになりながら弁解しつつ、恐る恐る愛宕の顔を見た。すると、呆気にとられたような表情を浮かべた愛宕は「いえいえ、そっちのことじゃないんですが……」思い出したかのように苦笑し、深刻な表情へと変えていく。

 

「……へ?」

 

 そっちのことでないのなら、何故そんな顔をするのだろう? 怪我を負ったとは言え、この程度ならば数日すれば普段通り動けるはず。50発以上殴られたりはしたが、日々訓練を繰り返した俺は、柔な鍛え方をしていないと自負している。先生の仕事を終えて疲れきったとしても、その後に自己鍛錬は欠かしていないし、仕事の最中に上手く身体を鍛えるための動かし方を実践したりもしているのだ。

 

「実は、鎮守府から帰る際に、これを渡されたのですが……」と、愛宕は俺に見覚えのある茶色の舞鶴鎮守府と書かれた封筒を手渡した。この幼稚園に配属される際に送られてきた物と同じ、A4サイズの少し高級感のある厚みのある封筒だ。封を切って中を確かめてみると、1枚のプリント用紙が入っていた。

 

「……何が、書いてあるんだろ?」

 

 間を紛らわす独り言のつもりだったのだけれど、愛宕はいたたまれなくなったかのように視線を逸らして俯いた。その行動が目に入ってしまった俺は、用紙を読み進めるのが怖くなってしまって封筒に戻そうかと考えたが、鎮守府からの書類を無視するわけにはいかないので、大きく深呼吸をしながら目を閉じて精神を統一し、何があっても驚かないぞ! と、心を強く持って読み始めた。

 

 

『〔命令書〕

 本日、艦娘幼稚園内での上官への反逆行為、及び暴力行為ついて明日10:00より査問委員会を行う。遅刻することなく、鎮守府内2階の特別会議室に出頭するように。』

 

 

「……は?」

 

 目が点になった俺は、用紙を持った両手をプルプルと震わせて立ち尽くしていた。

 

「受け取ったときに、嫌な予感はしたんですが……やっぱり……」

 

 ごめんなさいと謝りながら頭を下げる愛宕に、何故俺に謝るのかが分からなかった。たぶんこれは、天龍が俺に向けたのと同じなのだろう。でも、俺はもういい大人であり、自分自身の責任はしっかりととらなきゃいけない年齢なのだ。その為にも、しっかりとした説明を受けるべきだと愛宕に伝えると、彼女は神妙な趣で頷きながら、重く口を開いた。

 

「艦娘幼稚園が出来た理由は覚えてらっしゃいますよね?」

 

「ええ。小さい頃から艦娘たちを育てる施設として、上層部が発案したんですよね」

 

「はい。この発案は舞鶴鎮守府に居られる元帥が主となって起てられたのですが、上層部の中には反対する人も多くいるのです……」

 

「それが、中将ってことですか……」

 

「子供たちに聞きいて誰なのかが分かりましたけど、今日やってきた中将は反対派の中でも過激な方で、以前にもこういった問題を起こそうと実力行使にでることもあったのですが……」

 

 気まずいように、愛宕は少しだけ俺から視線を逸らした。出かける前にこういったことが起こる可能性があると言っておけば、回避できたのかもしれないという後悔からだろう。先ほど俺に頭を下げたのも、こういった気持ちがあってのことだろうと理解したが、もしかするとそれ以外にも何か理由があるのかもしれない。

 

 それにしても、今日のような中将の実力行使というのは少々過激すぎるんじゃないかと思うのは俺だけだろうか。いくら反対派とはいえ、工作行為が露見すれば自分もただじゃ済まない事くらいは少し考えれば分かるはずなのに……。

 

「それにしたって、査問委員会を開く位の大事とは思えないんですけど……」

 

 天龍にはああ答えたが、中将の腕を握って攻撃していたというのは建前で、実際には動きを制限する為に掴んでいただけなのだ。そりゃあ多少は痛かったかっもしれないが、子供たちを守るために取った行動であり、それらを素直に説明すれば、上官への反逆行為や暴力行為という大事には至らないはずだが……。

 

「あくまで、正当な査問委員会なら……」

 

 小さくぼそりと呟いた愛宕の言葉を聞き、俺の背筋に凍るような寒気が走った。あれほどの過激な行動をとってきた中将のやることである。自らの権力を使って、こちらの言い分を全く考慮しない査問を行う可能性も、十分に考えられるのだ。

 

「そ、それじゃあ、かなりやばいんじゃあ……」

 

 俺ってもしかして、かなりやばいことをやっちまったんじゃないか!?

 

 額に汗が噴き出し、ボタボタと床へ流れ落ちていく。発汗しているにも関わらず、事の重大さを認識した俺の体温は、一気に氷点下まで下がるかのようだった。

 

「あ、でも、考え過ぎって事もありますしっ」

 

 悲壮な表情を浮かべていた俺を励ますように、愛宕は笑顔を作って声をかけてくれた。だけど、すぐに分かってしまうくらいに無理があった作り笑いに、額を伝っていた一筋の汗。そして、準備が良すぎるくらいに今日中に届いた査問への出頭命令。明らかに仕組まれていたのは見え見えであり、これほどの強攻策に出てきた相手に、新人で鎮守府内でもほとんど人脈の無いちっぽけな俺が対抗できるのと考えると、もはやこの書類は解雇通知……いや、死刑宣告といってもいいくらいの物だった。

 

「……とりあえず、ありのままを話すしかないですよね」

 

 全身の力が失われるようにがっくりと肩を落とした俺は、愛宕の顔を見る気力もなく、独り言のように呟いた。

 

「私の方でも出来る限り手を打ってみますから、頑張りましょうっ!」もう一度励ましてくれた愛宕に感謝するように「ありがとう……ございます……」と返事をして床に座り込んだ。

 

 窓の外は真っ暗で、寝るには少し早いけれどじゅうぶんに夜も更けた頃。つまり、残された時間はほとんど無く、一定のリズムで進む秒針の音が、死刑執行を待つ罪人のような気持ちにさせた。

 

 

 

 

 

 ~その頃、廊下側~

 

 

 どこに隠し持っていたのか、小さなガラスのコップを扉に当てて中の様子を聞いていた金剛、夕立、潮、天龍、龍田等は、扉から離れ、焦り顔を浮かべつつ輪を描くように集まった。

 

「かなり、危ない感じデース……」

 

「愛宕せんせいも、焦っている感じっぽい……」

 

「で、でもでも、……さもん? ってところで、ちゃんと話したら……だいじょうぶだよね?」

 

「今までにも嫌がらせをいっぱいしてきた人だから、どうかしら~」

 

「ちょっ、たつたっ! そんなこと言ったら、心配になっちまうじゃねーか!」

 

「現状は良いとは言えまセーン……」

 

「「「「「うう~ん……」」」」」と子供たちは、その場で考え込むように頭をひねっていた。暫くすると、金剛は何かを思いついたかのように小さな両手を『ぽんっ』と鳴らして、にっこりと笑い顔をみんなに見せた。手招きをして他の4人を近寄らせて輪を縮めると、内緒話をするように小さな声で、ごにょごにょと喋り始めた。

 

「……デスから……に、……めば……」

 

「そっ、それ……な……かも……ぜっ」

 

「……に……んに……かしら~」

 

「でも……んな……る……っぽい……」

 

「わ、わ……いっ……い……して……みる……」

 

 子供たちの顔が少しずつ元気になり、声が大きくなっていった。すると、扉の方からカタンッ……と、音が聞こえ、5人はびくりっと肩を大きく震わせた。

 

「ここにいると、せんせーが出てくるかもしれまセーン……」

 

「そうだな……それじゃあ、だれかのへやで、さくせんかいぎにしようぜっ!」

 

「てんりゅーちゃん、声がちょっと大きいかも~」

 

「あっ……す、すまん……」

 

「ばれないように、すぐに行くっぽいー」

 

「う、うん……そうしよっ……」

 

「それじゃあワタシの部屋に、れっつごーデース」

 

 「「「「「おー」」」」」と、小さく手を上げた5人は、廊下を歩いていった。真っ暗な窓の外を見た潮が少し怖がっていたが、それに気づいた天龍が手をさしのべた。嬉しくて顔をほころばせた潮はその手を掴み、みんなと一緒に金剛の部屋へと向かっていく。一つの思いを胸に歩く子供たちの姿は、小さいにも関わらず凛として、作戦に向かう艦娘たちのように見えた。

 

 

 

艦娘幼稚園 ~俺が先生になった理由~ 中編 完




 長文、読んでいただきましてありがとうございました。
 この作品は3部作になりますので、引き続き読んでいただけますと非常に嬉しがります。

 それではまた、後編でお会いいたしましょう。


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後編

 中将の企みによって査問会に出頭する事になってしまった俺。
そんな不幸の真っただ中、またもや起こるトラブルに焦る俺と愛宕。
消えてしまった子どもたち、時間が迫る査問会。
追い詰められた俺に下された言葉とは……

※本作品はpixivにて投稿した小説を読みやすく編集したマルチ投稿作品になります。
 このシリーズは前・中・後編の3部作で、これ以降も多数の作品を執筆中です。

 まだまだへたれな文章書きですが、あたたかい目で見ていただけると幸いです。


「先生……」

 

 潤んだ瞳が俺に向けられている。

 

「あ、愛宕……さん……?」

 

 気づけば、床に仰向けになって倒れていた。そんな俺の身体の上に、愛宕はゆっくりと覆い被さってくる。

 

「え……ちょっ、マジですか!?」

 

 柔らかな胸の弾力が押しつけられ、頬がカアッ……と、赤くなるのが自分でも分かるくらいに体温が上昇していた。

 

「うふふ、せーんせっ……」

 

 愛宕の動作の一つ一つが艶めかしく見え、俺の興奮度合いもどんどんと加速する。

 

「こ、心の……準備が……っ」

 

 男の台詞としては情けないったりゃありゃしないが、いくらなんでもこの展開は早すぎる。出会って2週間で、つき合ってもいないはずの男女が、こんな風になるなんて……って、よく考えたらスタッフルームでも良い感じになっていた気がするし、もしかして俺の思い違いか何かで、実際にはもうつき合ってたりするのだろうか?

 

「愛宕、抜錨しちゃおうかしら~」

 

「え、えと……ど、どこに……ですか?」

 

「ふふ……ナ・イ・ショ……」

 

 そう言いながら、身体を密着するように寄りっかった愛宕は、そのまま俺の側頭部に顔を近づけて、耳元で何かを呟いた。

 

「…………っ」

 

「え?」

 

 聞き取れなかった俺は愛宕の顔を見ようとしたが、両手でガッチリとロックされて動けなかった。

 

「あ、あれ……な、なんで……?」

 

「……っ、……」

 

「え、ええっ?」

 

「いくじなし」

 

「……うっ!」

 

 さっきの「心の準備が……」と、呟いてしまったことに対する攻めだろうか。情けない話であるが、聞かれてしまった以上、無かったことには出来ない。恥ずかしさと情けなさで更に顔を赤くしてしまった俺は、謝るべく愛宕の顔を見ようとするが、ロックされている力は強くビクともしない。

 

「あ、愛宕さん。少し力を緩めて……」

 

「リンゴを潰せるくらいの力があるのに……?」

 

「うっ……、あ、あれは……天龍を納得させるため……」

 

「上官だから、ビビったんでしょ?」

 

「え……っ!?」

 

「相手は中将ですもんね~」

 

「そ、それ……は……」

 

「殴り返すことも出来ないなんて……」

 

「で、でもっ、そんなことしたらこの幼稚園は……っ!」

 

「いくじがないだけデース」

 

「……っ!?」

 

 反対側の耳に聞き覚えのある声が入ってくる。特徴のある語尾は、間違いなく金剛の声だ。だけど、その口調は俺を激しく侮辱するかのように強く、ズシリと胸に突き刺さるように聞こえた。

 

「こ、金剛が止めてくれたんじゃないか! 殴り返したら、相手の思う壷だって……」

 

「子供に説得されて自分の意志をやめるような男なんて、ただのクズデース」

 

「そ、そこまで……言わなくても……っ」

 

「せんせーのこと、スゴいって思ってたのに」

 

「て、天龍!?」

 

「嘘だったんだ……。やっぱり、勇気がなかっただけなんだ……」

 

「い、いやっ、ち、違うんだっ!」

 

「嘘つきは、死ぬっぽいー」

 

「あははー。死にたい人はここかしらー」

 

「エッチなせんせい……死んだら……いいよ……」

 

 頭の上から、足下から、俺の周りの至る所から、響くような声がエコーがかかったように聞こえてくる。

 

「な、なんでだよっ! 俺は、俺はみんなのためを思って! 幼稚園のために……っ!」

 

「うふふ~、せーんせ……」

 

 ギリギリと頭をロックしている力が強くなり、締めつけられる痛みが電撃のように走った。

 

「う……ぐ、はぁ……っ!」

 

「試験に受かったのも、嘘っぽいー」

 

「どうせ、敵討ちってのも逃げ口上だったんだろ」

 

「せんせー、逝ってらっしゃ~い」

 

「うそつき……うそつき……うそつき……」

 

「使えない人は、さっさと消えるデース」

 

「や、やめて……助けてくれえぇぇぇ……っ!」

 

 

 

 

 

 

「……あ……ぅ……?」

 

 鳥の鳴き声、カーテンの隙間から射し込む朝日。

 

 目覚まし時計のベル音に叩き起こされ、眠たい瞼をこすりつつも寝間着を着替え、顔を洗って身だしなみを整える。ここ2週間はその繰り返し。だけど、充実した楽しい日々だった。

 

 しかし、今日の朝はどんよりとした厚い雲が空を覆い、ぱらぱらと小雨が降っている。そして、何より先ほどの悪夢が頭の中をぐるぐると回り、解放されたにもかかわらず頭痛となって俺を苦しめていた。

 

「これ……が、原因だよな……」

 

 ベットから起きあがりながら、机の方を向く。昨日愛宕から受け取った封筒と、中に入っていた書類が置かれている。

 

「……はぁ」

 

 上官に対する反逆及び暴力行為についての査問委員会へ出頭命令。現在俺が所属している艦娘幼稚園を壊そうとする反対派の中将が昨日やってきて子供たちを怖がらせたので、それを止めようとした俺に怒り狂った中将は暴力を振るい、艦娘たちにまで被害がおよびかけたので仕方なく中将の腕を掴んだ。

 

 事のあらましを、きちんと査問会で説明すれば問題はないだろうと思ったのだが、愛宕の話では正当な査問委員会であればと言うことだった。つまり、中将は権力を使って自分の思い通りの結果が出るように工作し、艦娘幼稚園を取り壊すための理由として査問委員会を独自に結成した可能性があるというのだ。

 

 愛宕と話し合った後に疲れ切った俺は部屋へと戻り、そのままベットに倒れ込んだのだが、すんなりとやすらかな眠りを取れるわけもなく悪夢にうなされた一夜となってしまい、目覚めは最悪と言っていいだろう。

 

「あー……もうこんな時間か……」

 

 壁に掛けられた時計を見ると長い時間考え込んでしまっていたのか、朝食を取る時間にあまり余裕がなくなっていた。頭痛の方はマシになってきたので、食事を取ることは出来るだろう。暗い気分で飯抜きになってしまっては今日一日を乗り切れる自信がないし、査問会の出頭時刻が10時という事も考えると、長引けば昼食を取れるかどうかも怪しい。朝昼抜きとなると、子供たちの相手を乗り切ることすら出来るとも思えず、ぶっ倒れる未来しか浮かんでこなかった。

 

「悩んでてもしょうがないし、朝飯食べに行くか」

 

 気合いを入れるため、両手の平で頬を力強く叩く。ジーンと顔全体に痛みが響き、眠気が少しだけ飛んでいったような気がした。初めて鎮守府に来るときにも同じようなことをした記憶があるけれど、あの時と比べて気分は正反対と言ってもいい。だけど、まずは前へと進む。その気持ちは今も変わっていない。

 

 もう一度頬を叩いて気合いを入れた俺は、鏡を見直して身だしなみをチェックし直した。服装や髪型に問題はない。ただ少し、両頬が真っ赤に染まっていたけれど、その辺は笑って誤魔化すことにしよう。

 

 

 

 

 

 艦娘幼稚園の職員は愛宕と俺の2人。従って、園内に職員用の食堂を作るには費用がかかるということで、鎮守府の施設を利用することになっている。売店でパンを買って済ますという手もあるのだが、そこまで時間がせっぱ詰まっていると言うわけでもなく、温かい朝食を取ってから戦場に向かう方が、体の切れも良いだろう。気分が滅入っている時こそ美味しい食事を食べるというのは発散にもなって、健康にも良い効果があると言えるだろうし。

 

 一番近くにある食堂は艦娘宿舎の隣にあって、子供たちの食事も朝と夕食はここで取り、昼食はお弁当をここから昼前に幼稚園に届けてもらっている。もちろん子供たちだけでなく、愛宕や俺の分も一緒にだ。つまり、この食堂がなければ艦娘幼稚園に所属する者はひもじい思いをすることになってしまうのだ。

 

 ちなみに、艦娘宿舎の隣にあるということは、食堂を運営しているのも関係者であって……

 

「あら先生、今日は少し遅いですけど、お寝坊さんですか?」

 

 ふふ……と、笑みを浮かべた鳳翔さんが声をかけてくれた。「ええ、ちょっと夢見が悪くってですね……」

 

「あら、それは大変でしたね。それじゃあ、美味しいご飯を食べて、元気を出してくださいね」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 頷いた俺に気分良くしたように、鳳翔さんは鼻歌交じりで調理場へと歩いていった。セルフサービスであるお茶を入れるため、湯呑みを手に取ってテーブルに置き、大きなやかんを持ってゆっくりと注ぐ。濃いめの茶色い液体から湯気が立ち、火傷をしないようにそろりと湯呑みに口をつけると、思ったよりも熱くなく、ちょうどいい塩梅だった。少し苦めの番茶の味が充満し、ごくりと飲み込みながら鼻から息を吐き出すと、無駄な身体の力みがほぐれていくような気がした。

 

 少し気も楽になったので、悩み以外のことを考えてみようと頭を捻ってみると、食事はストレスの発散になることを思い出した。小さい頃から太ってしまう子供は食事に問題があると言われるが、精神的ストレスを多く感じると過食気味になる可能性があるらしい。つまり、防衛本能で太ってしまい、その結果身体の調子が悪くなることを考えると、子供にストレスを与えるのは精神的にも肉体的にも悪いことなのだ。俺も幼稚園の先生として、肝に銘じておかなければならないだろう。

 

 なんだかんだと言っても、子供たちのことを考えてしまう俺は、先生として板についてきたのかもしれない。苦笑を浮かべながらも悪くないなと思っていると、後ろから足音が聞こえてきた。

 

「お待たせしました。よく噛んで食べてくださいね」

 

 おかずの入った小鉢とお茶碗、それに味噌汁をお盆に乗せて、鳳翔さんはにっこりと微笑んでテーブルに並べてくれた。

 

「ありがとうございます、鳳翔さん」

 

「いえいえ、これが私のお仕事ですから」

 

「それじゃあ、いただきます」

 

「はい、おあがりなさい」調理場へと下がる鳳翔さん。後ろ姿に会釈をし、テーブルの中心にあるお箸立てから黒色の箸を抜き取って、そのまま両手で合唱。まずは味噌汁から口をつける。胃を呼び起こすために温かいものから食すのが良いと母親から学び、小さい頃から繰り返している順番だ。その次は血糖値を考えて野菜を取る。小鉢に入ったほうれん草のお浸しはだし汁で味付けされ、鰹節がふわふわと踊っている。程良い塩加減の味付けに食が進み、半分ほど食べたところでメインへと進む。

 

「今日はアジの一夜干しに出汁巻きか……。完璧な日本の朝食って感じだな」

 

 アジの身をほぐしながら骨を取ってまずは一口。二口目は、その上にほんの少しの醤油を垂らして口に含み、ほかほかの白ご飯をほおばった。口の中で磯の香りと米の甘み、醤油のしょっぱさが調和して何とも言えない至福の時が訪れる。

 

「もぐもぐ……うむ、旨い……」

 

 味付け海苔をお箸でつまみ、ご飯を巻いて口へと入れる。少しくどめの甘辛さだが、この味付けが白ご飯にぴったり合うのだから曲者だ。塩気とゴマ油の韓国海苔も捨てがたいけれど、今日の食事には甘さが少ない分、こちらの味付け海苔がぴったりだと言える。

 

「うは……出汁巻きの味付けも一品だわ」

 

 鰹出汁に薄口醤油、ほんの一つまみの砂糖でとったシンプルかつ王道の味付けは、もはや職人の領域。艦娘としての現役を引退してから食堂の仕事に就いたと聞いたのだが、こんなご時世でなければ料理人として名を馳せていたのだろうと思えるほど、非常に素晴らしい料理の数々だった。

 

 いや、こんなご時世だからこそ、鳳翔さんの食事に出会えたのだろう。そう思うと複雑な気分になってしまうが、ここは素直に喜んでおくことにしよう。

 

「ふぅ……ごちそうさまでした」

 

「はい、お粗末様でした」

 

 いつの間にか俺の後ろに立っていた鳳翔さんが、空になった食器をお盆に乗せていく。「あ、す、すみません!」驚きつつも、礼を言いながら他の食器を持とうとしたが、「いいんですよ」と優しく微笑んで俺の手を制止させた。せめてテーブルの上くらいはと思い、近くにあった布巾を手に取ろうとしたが、「時間、あんまりないですよ?」と言う鳳翔さんの声にびっくりして時計を見ると、愛宕との朝礼の時間まで10分前というところだった。

 

「うわっ、もうこんな時間!?」

 

 慌てて椅子から立ち上がった俺は、もう一度お礼を言って食堂から出ようとした。「ちょっと待ってください」と、鳳翔さんは俺のすぐ目と鼻の先にまで近づいてくると、首に手を回して薄い笑みを浮かべる。

 

「襟が、立ってますよ。直して差し上げますね」

 

「あっ、ど、どうも……」

 

 少しばかり頬が赤くなっているかもしれないが、これは夢で見たシーンを思い出したのであって、やましいわけではない。あ、それと、朝の気付けで叩いた頬が少し腫れているだけなのだ。

 

 なんていう言い訳を心の中で考えているうちに、襟を直してくれた鳳翔さんが「はい、これで大丈夫ですよ」と、にっこり笑みを浮かべた。少し恥ずかしくなって、頭をかきながら1歩下がって頭を下げ、改めててお礼を言う。すると、鳳翔さんは何かを思いだしたように小さく口を開けて、少し困ったような表情を浮かべた。

 

「そういえば、子供たちの中に朝御飯を食べにこなかった子たちがいるのですけど……」

 

「え……っ、それは誰ですか!?」

 

 もしかして、病気になった子供たちがいるのかもしれないと思った俺は、焦る気持ちを抑えて鳳翔さんに問う。

 

「えっと、たしか……金剛ちゃんに潮ちゃん……それに、夕立ちゃんと、天龍ちゃんと……龍田ちゃんの5人ですね」

 

「そ、その5人って……」

 

 昨日、中将にボコられた後、スタッフルームに見舞いに来てくれた5人じゃないか!?

 

「分かりました。教えてくれて、ありがとうございます!」と再度頭を下げた俺は、急いで幼稚園へと駆け出した。

 

 偶然とは考えられない。もしかすると、中将が何かをやらかしたのかもしれない。焦りで額から大粒の汗が流れ落ちる。一刻も早く、愛宕に知らせないと。

 

 全速力で幼稚園の入り口の扉を開き、靴をロッカーに片づけるのも忘れて廊下を走り、スタッフルームへと駆け込んだ。

 

 

 

 バタン!

 

 急いで開けた扉が壁に当たり、大きな音を上げた。部屋にいた愛宕は驚いた表情で俺の方を見て「先生、もう少し静かにお願いしますね~」と、人差し指を立てて苦笑を浮かべた。

 

「は、はい、すみません……って、それどころじゃないんです!」

 

「あらあら~、そんなに慌てて、どうしたんでしょうか?」

 

「じ、実は……」俺は5人が朝食を食べに食堂へこなかったことを愛宕に説明した。話の途中から愛宕の表情が曇りだし、説明し終わったときには険しくなっていた。

 

「……と、言うことなんですけど、5人を見てないですか!?」

 

「まだ、子供たちと朝の挨拶はしてませんし、ここに来る前にすれ違った時に出会った子の中には……いませんでした」

 

「そ、そうですか……」

 

「とにかく心配ですから、私は宿舎の方を見てきます。先生は子供たちに朝の挨拶をして、その中にいるかどうか確かめてください!」

 

「は、はい!」

 

 俺の返事を聞き終えると、愛宕は一目散に駆けだしてスタッフルームを後にした。走り出す際に大きな胸がたゆんたゆんと揺れていたが、さすがに今の状況で喜んでいるわけにもいかないので、その光景をしっかりと瞼に焼きつけておき、お楽しみは部屋に戻ってからにしておこうと思いながら、子供たちが待つ大部屋へと向かった。

 

 

 

「みんな、おはようございます!」

 

「「「おはよーございまーす!」」」

 

 子供たちの元気な挨拶が部屋中に響き渡る。みんなの顔は笑顔で染まり、今日も一日元気でやっていけそうな気分になった。

 

 ……が、今日はそうも言ってられない。金剛、夕立、潮、天龍、龍田の姿がないかと部屋全体を見回して探してみたが、残念ながら誰一人としてこの部屋には居なかった。愛宕が宿舎に向かってからそれほど時間は経っていないし、帰ってくるのはまだ少しかかるだろう。それまでに少しでも情報が欲しいので、近くにいる子供たちに聞くことにした。

 

「おはよう、時雨。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」

 

 声に気づいた時雨は「何かな?」と振り向いて、俺の顔を上目遣いで見上げた。

 

「せんせー、僕に聞きたいことって?」

 

「実は、金剛と夕立、潮に天龍と龍田の姿を見てないんだけど……」

 

「うーん、そういえば今日は僕も見ていないかな。昨日は倒れたせんせーを運ぶために夕立と一緒に手伝いをしていたけど……」

 

「あ、あぁ。その節はありがとな」

 

 お礼を含めて頭にぽんっと置く。「まぁ、せんせーをほっとく訳にもいかなかったしね」時雨はちょっぴり顔を赤くさせて恥ずかしそうな表情を浮かべていたけれど、撫でらるのは満更でもなさそうだった。

 

 ガチャリ……と、音がするのが聞こえて振り向いてみると、扉の方に額に汗をかきながら肩で息をする愛宕の姿が見えた。少し苦しそうに息を整えながら俺の方へと近づく愛宕の顔は、焦りと不安を多く含んだ苦悶の表情だった。

 

「先生、子供たちが……子供たちが……」

 

 愛宕は悲壮な声を上げ、俺の身体にもたれ掛かるように倒れ込んだ。肩を掴んでがっしりと受け止めると、胸の弾力がデジャブのように感じられる。だが、その動きの速さに気づいた俺は、全速力で走ってきたことを瞬時に理解し、愛宕に肩を貸しながら部屋の隅にある椅子へと移動して、少しでも楽になれるようにと座るように進めた。

 

「で、でも……、早く子供たちを……」

 

「そんなに息が上がってたら、すぐ倒れてしまいます! まずは深呼吸をして、落ち着いてください!」

 

 両肩を掴んで、力強く目を合わせた。俺の真剣な眼差しを見て頷いた愛宕は、ゆっくりと目を閉じながら大きく息を吸い込んだ。

 

「すぅ……はぁ……すぅ……はぁ……」

 

 呼吸の度に揺れる胸をチラ見で覗きつつ、肩から手を離して愛宕から離れると、近くにいた子供たちが俺を見て「ヒューヒュー」と囃してたてたり、顔を真っ赤にさせて両手で目を覆っていた。恥ずかしそうにしていると思いきや、指の間からばっちりと覗いているのが丸見えだったので、思わず笑ってしまいそうになる。勘違いされたままというのはまずいだろうと思ったが、それはそれで外堀から埋めるということにもなりそうだし、ほおって置いても良いかもしれない。

 

 って、なにを考えているんだ俺は!?

 

 何って言うか、ナニなのか!?(謎)

 

 頭が若干混乱しているのは居なくなった子供たちを思ってのことだと勝手に納得することにして、愛宕の様子をうかがってみる。どうやら少し落ち着いてきた様子で、深呼吸の速度もゆっくりになり、大きな瞳が俺の方へと向けられていた。

 

「すみません、先生。心配をかけてしまいました」

 

「いえ、元気になったらそれでオッケーですよ。それよりも、やっぱり宿舎の方には……?」

 

「ええ……」愛宕は首を左右に振って居なかったことを示した。宿舎待機の艦娘たちにも話を聞いてみたが、昨日の朝以降から姿を見たものは居なかったらしい。

 

「となると、やっぱりあの時から後に……」

 

 スタッフルームに見舞いにきてくれた5人を思い出しながら、その時に何か起こらなかったかと考えてみた。中将にフルボッコにされて気を失った俺を、夕立や時雨がスタッフルームに運んでくれたのはさっき聞いた。その後何があったかは分からないけれど、気づいたときには愛宕が居て、その後にいなくなった5人が部屋に入ってきた。

 

「つまり、見舞いにきてくれた後ってことだよな……」

 

 あの時は空も暗く、子供たちの就寝時刻が近かったので、早く帰って寝るようにと進めたはずである。素直に従っていれば、5人は宿舎の方に帰っているだろうし、その時に出会った人が居ないかどうかを確かめてみるのがベストだろうと思い、愛宕にそのことを提案してみた。

 

「そうですね……。足取りを追うのが最適だと思います」

 

「それじゃあ、俺は子供たちに聞いてみますから、愛宕さんはもう一度宿舎の方をお願いできますか?」

 

 近くとは言え、何度も宿舎の方へ行ってもらうのも悪い気がしたが、宿舎に行ったことのない俺よりも、自分の部屋がある愛宕の方が地の利がある。今は俺たちの苦労よりも子供たちを見つける方が最優先事項だ。

 

「ええ、それではすぐに行ってきます!」

 

「お願いします!」

 

 頷き合った俺と愛宕はすぐに行動を開始した。愛宕はすぐに宿舎の方へと向かい、俺は子どもたちを集めるために集合をかけた。

 

「はいはーい、みんなー。ちょっとちゅうもーく!」

 

「なになにー、せんせー」「あそぶのかなー?」「おもしろいことしよー」「おにごっこがいいよー」「かくれんぼしたいなー」

 

 俺の声に集まった子どもたちは、それぞれ好きなことを言いながらにこにこと笑っていた。期待しているところに悪い気もするが、今はそんなことを言っている場合ではない。一刻も早く居なくなった5人の情報を聞き出したいところだが、素直にありのままを説明すると子どもたちが不安がってしまうかもしれない。上手く説明しつつ情報を聞き出すため、考えながら子どもたちに問いかけた。

 

「今日は金剛と夕立、潮に天龍と龍田がお休みしていますー。ちょっと昨日のことで疲れたみたいなんだけど、昨日5人とお話したり、何か気づいたことがある人はいるかなー?」

 

 俺の言葉を聞いた大半の子どもたちは辺りをきょろきょろと見回し、5人が居ないことに気づいたようだった。その後、子どもたち同士で「なにかしってるー?」「そういえば、きのうからみてないねー」「きのうはたいへんだったもんねー」「ううー、あのこわいひと、もうこないでほしいよぅ」「やすんでるみんな、だいじょうぶかなー」「びょうきじゃないみたいだし、だいじょうぶだよー」と、一斉に話し出した。

 

 子どもたちの話し声に耳を傾けていたが、重要な手がかりは無さそうだった。一人ずつ詳しく話を聞く方が良いのだろうかと考えていると、いつのまにか時雨がそばに立っていて、服の裾を引っ張って「せんせー……」と呟いた。

 

「ん、どうした時雨。何か思い出したのか?」

 

「いや、そうじゃないんだけど、さっき5人を見なかったかとボクに聞いたよね?」

 

「あ、あぁ……」

 

 時雨の鋭い突っ込みに焦り、しまった……と、表情に出てしまった。すぐに人差し指を口元に当てて「内緒にしてくれないかな」と、お願いすると、時雨は掴んでいた服の裾を引っ張って、子どもたちから離れるように部屋の隅へと俺を連れだした。

 

「ここなら他のみんなに聞こえないと思うけど、なるべく小さな声で話した方が良いよね」

 

「あ、あぁ、そうだな」

 

 子供らしからぬ気遣いに少し驚きながら、時雨の顔と同じ高さに合わせる為、中腰になる。

 

「さっきのせんせーの会話から推理すると、5人が消えた……ってことだよね?」

 

 推理小説の探偵のようなポーズで問いかける時雨。俺は犯人役の人物のような、追い詰められた気分になった。だが、ここまで分かっている以上隠し通すのは難しいだろうし、むしろ打ち明けて情報を得るために動いて貰った方が良いのかもしれないだろう。

 

「まだ……ハッキリと分かってはいないんだが、昨日の夜に会ってから行方が分かってないんだ……」藁にもすがる思いで頷いた俺は、小さな声で答えた。「ふむ……」今度は顎に手をつけて考えるポーズを取る時雨。探偵から有名な小説家のように変貌しながらも様になる姿に、そこにシビれる憧れるー……っと、叫びそうになってしまった。

 

「とにかく、足取りを追わないことには前に進まなさそうだね。昨日の夜に会ったと言ってたけど、どこで会ったんだい?」

 

「スタッフルームに居るときに、見舞いにきてくれたんだけど……」

 

「なるほど……。その時せんせー以外に誰か居たのかな?」

 

「愛宕先生も一緒にいたけど……」

 

「ふむ……。せんせーの見間違いという線は消えたってことだね……」

 

 あれ、もしかして俺って信用されてないっぽい?

 

 ショックな出来事に夕立の口癖がうつってしまったが、今は凹んでいる時間も惜しい。冷静さを装いつつ、時雨との会話を進めていく。

 

「時間も遅かったから、早く帰るようにって言って……部屋を出てからの足取りは分かっていないんだ」

 

「普通に考えれば、その後すぐにどこかに行ったって考えられるけど……」

 

「いや、それは無いと思うぞ。寝るには早いという時間だったとはいえ、あの暗さで宿舎以外に出かけようとすると……」

 

「潮ちゃんが怖がるね」

 

 言おうとしたことをズバッと言い当てた推理力と想像力に脱帽する俺に、時雨は横目でチラチラと様子を伺っていた。

 

 もしかして、褒めて欲しいのかなと思った俺は、頭を優しく撫でてあげる。「あ、えっと……」戸惑った様子を見せていた時雨だったが、暫くすると頬を赤らめて少し嬉しそうに、俯いていた。

 

「5人が一緒に宿舎に帰ったとすれば、次に行くのは各自の部屋ってことになるよな……」

 

「その通りだね。だけど、同時に5人が消えたということは、一緒に行動していたという可能性の方が高いと思うよ」

 

 会話を再会させた俺は、時雨の頭から撫でていた手を離した。少しだけ残念そうな表情を浮かべたが、問いかけに答えるように推理モードに戻った時雨は、先ほどと同じようにポーズを取った。

 

「そうすると、誰かの部屋に集まった……と、考えられるかな?」

 

「それが一番ありえそうだよね。理由はちょっと分からないけど……」

 

 普通に考えれば、寝る前にもうちょっとだけ遊ぼうかと思って集まったと考えられる。だが、それだったら居なくなる理由が分からない。

 

「いままでのことが推理通りだったら、確認することは一つだよね」

 

「え……、時雨には何か良い案があるのか?」

 

「せんせー……もうちょっと、頭を働かせた方が良いんじゃないかい?」

 

「う……面目ない……」

 

 思わず床に両手をついて凹みそうになる俺。ちょうど、OTZみたいな感じで、子どもに説教される大人の図。悲しくなってくるので、これ以上考えるのは避けておきたい。

 

「つまり、ボクたちが次に取る一手とは……」

 

「一手とは……?」

 

「隣の部屋の住人に聞いてみることさ」

 

 

 

 

 

 時雨に聞いた情報によると、居なくなった5人の部屋は隣同士ということだった。部屋割りは、金剛・天龍、龍田・潮・夕立、時雨となっていて、各室は2人部屋らしい。金剛と潮は正規配属されている艦娘と一緒に暮らしている(面倒を見て貰っていると言っても良い)のだが、ここ連日の作戦行動によって帰ってこれない日が続いていたらしい。

 

「……って、時雨。夕立と同室なら、何か気づかなかったのか?」

 

「残念ながら、ボクは雪風の部屋に行っててね……。ルームメイトの子がどうしてもって言うんで、泊まってあげたんだよ」

 

「……ん、なんだか訳アリって感じだな」

 

「あー、うん……。ちょっと、寝言がね……」

 

 時雨は気まずそうに俺から顔を背けて「あれだけ繰り返されると……たしかにノイローゼになるよね……」と、呟きながら顔を青ざめさせた。5人に関係は無さそうなのだが、顔色を悪くした時雨の様子が気になって「相談したいことがあるなら、気にせずに頼ってくれよ?」と、励ますように声をかけた。

 

「うん……ありがと、せんせー」

 

 我に返ったように時雨は俺の顔を見て笑い顔を浮かべたが、少し元気が無さそうだった。この件が無事に済んだら、きちんと話をしてやった方が良いだろうと、心に留めておく。

 

「それで……だ。誰かの部屋に集まったと仮定すれば……」

 

「一番近くの部屋の住人……つまり」

 

「私たちの出番ってことだね、大井っち」

 

「そうみたいですね、北上さん」

 

 ということで、相談していた部屋の隅に来てくれるようにと、大井と北上を時雨が連れてきてくれた訳である。

 

「説明は時雨から聞いてくれたと思うんだけど、何か気づいたこととか無かったかな?」

 

「うーん、そうだねー。私はぜんぜん気づかなかったけどさー」

 

「北上さん、元気いっぱいでしたもんねー。ぜんぜん寝かしてくれませんでしたし」

 

「いやー、大井っちもバリバリだったじゃーん」

 

「「あはははー」」と、笑い合う2人。小さな子どもが、就寝時間を過ぎても寝ずに、遅くまで遊んでいたのだろうと思える会話だったのだが、何故か突っ込んではいけない雰囲気が大井と北上の周りに、なんちゃらフィールドのようなモノが張り巡らされていたような気がした。どうしようかと困った俺は、時雨の方へと顔を向けると、同じように困った表情を浮かべながら両手を上げ、お手上げのポーズを俺に見せた。とはいえ、このままだと時間がもったいないので、フィールドを浸食するように2人の方へと言葉を投げかける。

 

「遅くまで起きていたのは良くないんだけど……」

 

 ムッ……と、嫌そうな顔をした2人は俺を睨みつけるようにこちらへ振り向いた。

 

 いや、俺、君たちの先生なんですけどね。

 

「あ、あのさ……何でもいいんだ。何か聞こえたとか、たまたま出会ったとか……」

 

「んー、あっ……そういえば……」

 

 北上が思い出したような仕草をすると、大井は更に俺への睨みつける顔をきつくしていた。もの凄く小さい声で「先生のくせに……先生のくせに……」と、聞こえてきたが、非常に怖かったので聞こえないフリをしておく。

 

 ……近いうちに刺されたり突き落とされたりしそうな気がするんですけど、大丈夫でしょうか俺。

 

 まさに気分は五月のハエの相手役の気分である。

 

「なんか、金剛の部屋からしゃべり声が聞こえたような気もしなくもなかったかなー。内緒話しをしてるって感じだった気がするー」

 

「そ、それって、何を言ってたか分かるか!?」

 

「うーん、残念だけどあんま聞こえなかったんだよねー」

 

「そ、そうか……」

 

 がっくりと肩を落とす俺の横腹に、時雨はツンツンと指でつついてきた。

 

「落ち込む必要はないよ、せんせー」

 

「え……でも、何を喋っていたか分からないんじゃ……」

 

「それでも、そこで5人が集まっていたというのは、濃厚になったってことだよね」

 

「あ、そうか……」

 

 確かに時雨の言う通りである。ショートカットは出来なかったけれど、間違いなく前に進んだのだ。ゴールまでは遠いかもしれないが、次の一歩を進めば、いつかはたどり着くはずなのだから。

 

「それ以外、気になることはなかったけど、もういいかなー?」

 

「あ、あぁ、ありがとな。北上、大井」

 

「んー。それじゃあ向こうに行こうよ、大井っちー」

 

「そうですねー、北上さん」

 

 仲良く手を繋いだ2人は部屋の反対側の隅の方へと歩いていった。しかし、なんだ……仲が良いというだけじゃない気がするのだが、突っ込むと大井から容赦ない睨みと苦言が来そうな気がしたので、触らぬ神に何とやら。2人の担当である愛宕に、後は任しておくことにしよう。

 

「これで、一歩前進と言うところだね」

 

 時雨の声に頷いた俺は、これまでのことを頭の中で整理することにした。

 

 

 

 直接最後に5人の姿を見たのは俺と愛宕。スタッフルームに見舞いに来てくれた5人は、まぁ……色々とあったが楽しい話をして自室へと帰って行った。その後、宿舎に戻って金剛の部屋に集まり、何かを話していた……というところまでは間違いなさそうだ。5人の中にいる潮の恐がりな性格を考えると、夜のうちにどこかに出かけたということは考えにくい。ここまでの推理から、宿舎から居なくなったのは日が昇ってからということになる。

 

「朝……それも、他の子どもたちが起きていない早い時間に出かけた可能性が高いってことか」

 

「へぇ……せんせー、冴えてきたんじゃないかな」

 

「いや、それほどでもないぞ?」

 

 ちょっとだけ胸を張りながら、ふふん、と鼻を鳴らしてみる。

 

「自意識過剰は良くないよ?」

 

「……すみませんでした」

 

 全力で、面目丸潰れである。

 

「さて、そうなると、次の一手は朝早くに起きていて、かつ近くの部屋……もしくは、入り口近くに居た人に話を聞くというのがベターだね」

 

「そうだな……だけど、そんなに都合の良い人が居るのかどうか……」

 

 宿舎ということを考えれば、早朝から作戦任務に就く正規配属の艦娘か、早起きを日課にしている艦娘だろう。しかし、そう簡単に見つかるとも思えないし、何より宿舎住まいでない俺にとって未知の場所である以上、全く持って予想がつかなかった。

 

「早朝の作戦任務に就いている先輩たちはまだ帰ってきてないだろうし、話を聞こうとすれば夕方まで待たないといけないだろうね。なら、普段早起きをしている人を探すしかないのだけれど……」

 

 時雨は記憶を思い出そうと、天井を見上げながら考え込む。同じように俺も考えてみるが、やっぱり良い案も当てはまりそうな人も、浮かんでこなかった。

 

「うん……思い当たる人は2人ほどいるんだけど……」

 

「ほ、本当か、時雨!」

 

「まずは、食堂の鳳翔さんかな。朝ご飯の仕込みのために早くから起きているのは感謝の極みだよね」

 

「あー、鳳翔さんは5人の姿を見てないよ」

 

「あれ、そうなの?」

 

「そもそも、5人が居ないことを初めに気づいたのが鳳翔さんだからね」

 

「……なるほど。つまり、朝食も取っていなかったということになるね」

 

 今の会話でそこまで理解するとは、時雨の推理力はマジパナ過ぎるぞ。

 

「ということは、残りの1人だけど……」

 

 

 

 バタンッ!

 

 

 

 ちょっと前に自分が鳴らしたのと同じ大きな音が、部屋中に響き渡った。びっくりした子供たちが音のする方へと顔を向けると、扉の前に愛宕が立ち尽くしていた。

 

「せ、せ、せ……先生っ! やっぱりまだここにいたんですか!」

 

「は、はいっ!?」

 

「じ、時間! お、遅れちゃいますよ!」

 

「え……、ああっ!」

 

 掛け時計を見ると、長針は11の数字の真ん中で、短針の針は10に近づいていた。つまり、現在の時刻は9時55分。出頭命令は10時ジャストであり、5分前行動は完全に遅刻で、全力で走っても開始時刻にギリギリ間に合うかどうかだった。

 

「先生、早く向かってください!」

 

「で、でも、まだ5人は……っ!」

 

「それは私がなんとかします! 遅刻なんてしたら、心象は最悪ですよ!」

 

「く……っ!」

 

 歯ぎしりの音が大きく響き、拳を力一杯握りしめる。焦りで額に大粒の汗をかき、どうするべきかと時計と愛宕の顔を何度も見比べた。

 

「お願いします先生! 心配でしょうけれど、今の自分の立場も理解しないと……軍法会議だって考えられるんですよ!」

 

「そ、それでも……っ!」

 

「そうなったら、最悪のケースになってしまう可能性だって……」

 

「そ、それ……は……っ!」

 

 子供たちの居るこの場所で、幼稚園が取り壊されるとは絶対に言えない。だけど、愛宕の言葉は間違いなく『それ』を指している。

 

「わ……わかりました……。時雨、悪いんだけどさっきの話を愛宕先生に説明してくれないか?」

 

「うん、わかったよせんせー。事情はわからないけれど、頑張ってきてね」

 

「ああ、ありがとな。それじゃあ……よろしくお願いします!」

 

 2人向かって大きく頭を下げた俺は、返事を待たずに子供たちの間をすり抜けて、開けっ放しの扉から部屋を出た。向かう先は鎮守府内2階の特別会議室。愛宕の言う通り、心象を悪くするのは得策ではない。どうにかしてでも間に合わせる為、この2週間で覚えた最短コースを危険を省みずに全力で駆け抜けた。

 

 レンガの壁が続く道を走り、鎮守府内の長い廊下を抜け、エレベーターを待たずに階段を駆け上り、また長い廊下を走り抜けて行く。運が良かったのは、鎮守府内で人にすれ違わなかったことだった。ぶつかる危険もあったのだが、そんな心配を余所に目的の場所である特別会議室までたどり着いた俺は、乱れた息を整えながら扉をノックして一拍待ち、「失礼します!」と、声を上げて部屋に入った。

 

 

 

 

 

 まず、俺の目に入ったのは暗闇だった。向かいの方にうっすらと光が見えたのは、遮光カーテンで外の光を遮られた窓だろう。部屋の大きさはそれほどでもなさそうだが、真ん中あたりに長机がコの字に並べられ、その中心に椅子が1つ置いてある。

 

「ふん! 時間ギリギリではないか! 軍人たるもの、5分前行動が基本であることくらいあたりまえだろうが!」

 

 聞き覚えのある怒鳴り声と共に、部屋がパッと明るくなった。暗闇に目が慣れかけていたので少し目がチカチカしたけれど、文句を言うことも出来ず黙って立ち尽くす。

 

「いきなり黙秘というわけか貴様……。ふんっ、まあいいだろう。どうせ、すぐにでも口を割ることになるのだからな!」

 

 向かって正面の机の後ろに座っているのは、俺を殴りまくってくれた中将だった。ふんぞり返った姿勢で見下すように俺を睨みつけていたる

 

 ……それよりさっきの言葉が気になるんだけれど、今から始まるのは拷問でなくて、査問会ですよね?

 

 心の中で問いつつも聞くことが出来ない俺は、座らされるであろう椅子の横に、自ら進んで横に立った。

 

「ふむぅ……、度胸があるのか何も理解していないのか……どちらにしろ、面白い輩ではありますな」

 

 左側の机に座っているほっそりとした中年男性が、俺を姿を舐め回すようにジロジロ眺めてきた。しゃべり声に特徴のある、人を逆なでしそうな高めの丸みの帯びた口調。第一印象を一言で表すならば、化け猫と言ったところだろう。

 

「ぐふふ、まぁそう絡まなくてもね、猫被りなんてすぐに剥がれてしまうもんだよ」

 

 右側の机に座っているのは対照的にぽっちゃりとした恰幅の良すぎる男性だった。青年とも中年とも言い難い、年齢不詳という感じなのだが、それよりも気になるのは……

 

「ぐふっ、こりゃ大物がとれたねぇ~」

 

 ひたすら自分の鼻の穴を、あろうことか太い親指でほじくりまくっていた。

 

 両側の男性の胸には両方とも、中佐の階級章がつけられている。その瞬間、嫌な予感が俺の頭によぎる。査問委員会で、中将1名と中佐2名の合計3人。しかも、監査を行う人物特有の雰囲気が、微塵も感じ取れないのだ。とは言っても、あくまでテレビとかで見たことがあるだけの想像でしかないので、実際に本物の査問委員会に属する人なのかもしれないのだけれど……

 

「ふむぅ……そんなものですかねぇ……」

 

「ぐふふ……またまた大物だだねぇ~」

 

 やっぱり、違うと思うんだけどね。

 

 となると、やっぱり正規の査問会で無いということなり、弁解は聞き入れてもらえないということになりそうだ。

 

「……っ」

 

 歯がゆさでイライラしてしまいそうになるのを堪えながら「まずは座りたまえよ……チミィ」と言う化け猫中佐の指示に従って、面接試験を受ける学生のように礼儀正しく椅子に座った。

 

「ぐふっ、初々しいんだなぁ……ぐふふふ……」

 

 どうせなら綺麗なお姉さんに言われてみたい台詞であるが、間違っても鼻ほじり中佐のようなおっさんに言われたくない。そうは思っても口には出せないので、聞こえなかったように無視することにする。

 

「ふん! それでは昨日の貴様が犯した暴力行為と反逆行為について査問を行う!」

 

 ダンッ! と机を強く叩いた中将は戦場に向かうが如く、高らかに宣言した。パチパチと2人の中佐が乾いた拍手を送ると、中将はまんざらでもないような顔を浮かべて腕組みをする。

 

 すべてが仕組まれている雰囲気に、不快感がだんだんと積み上げられてくる。こんなことをしている時間があるなら、すぐにでも消えてしまった5人の子供たちを少しでも探したい。

 

「それではまず……中将殿に向かって反逆する言葉を発したことについてですな。昨日、艦娘幼稚園内において、中将殿が大切な話をしているのにも関わらず、横槍を入れるどころか黙れと言った。このことについて弁解はありますかな? それに……」

 

 化け猫中将は、つらつらと罪状を読み上げる検事や、前もって用意された用紙を読みながら話す政治家のようなしゃべり方で、長々と俺に問いかけていた。だが、実際には問いかけているのではなく、念を押すように仕組まれた内容の事柄を俺に聞かせているだけだった。

 

 開いた口が塞がらないというのは、こういう時に使うのだろうなと大きく声にして叫びたい。どこが大切な話だったのだろうか? 黙れなんて一言も発していない。上官に対する発言の許しを得るために敬礼したことも、実際に話した内容も、全てが無かったことになり、中将は一切問題が無く、俺が全て悪いということになっていた。

 

「ぐふっ、次は我輩の番だねぇ。中将への暴力行為について、幼稚園の園児が転けたところを中将が助けようすると、無理矢理腕を掴んで握りしめた挙げ句、「触るんじゃねぇ、この屑がぁ!」と、暴言を吐いた……ということだねぇ」

 

 鼻ほじり中佐の言葉を聞いた俺の心の中では、自分の能力が全く効かない天敵に出会って、顎が外れて大きく口を開き、目玉と舌が飛び出して声すら出なくなった雷様が見開きで浮かんでいた。

 

 もしくはスタンド使いの敗北シーンって感じだろう。格闘ゲームのアレは最高に良かったね。

 

「ふん! 黙って立っていれば許されるとでも思っておるのか!?」

 

 現実逃避気味になっていた俺に、中将の一喝する声が叩きつけられた。ハッと我に返るように現実へと呼び覚まされ、3人の顔を順番に見ていった。

 

「おやおや、やっと自分の立場というのが分かってきたらしいですな」

 

 化け猫中佐はククク……と含み笑いをしながら俺の顔をじっと眺めていた。どうやら、さっきの俺の動きを見て、焦ってどうすればいいのか分からなくなり、無言で立ち尽くすしかないのだけれど、とりあえず3人の顔色を伺っておかなければ……とか、そういう感じに思ったのだろう。そんな風に勘違いされるのは些かご立腹……と、言いたいところであるが、実際問題そうなっていてもおかしくないくらい、俺の立場は危うすぎる。全てが中将の良いように仕組まれた内容に、もはや反論する気力も起こらないが、黙ったまま立ち尽くしていたとしても、進展するどころか向こうの言い分のまま判決へと進んでしまうだろう。

 

 とはいえ、この部屋は完全にアウェイゲームのスタジアム。どんな言い訳をしたところで、聞く耳持たずでそのまま進行したとしてもおかしくない。ならば、どうすればいいのか。八方塞がりの俺は、切り札を使うべく右手をポケットに入れ、隠していたボイスレコーダーの録音スイッチをチェックした。

 

(よし、ちゃんと録音出来ているみたいだな……)

 

 レコーダーが動作をしているときに起こる微振動を掌で感じ取った俺は、とりあえず胸をなで下ろす。とはいえ、悟られてしまっては具合が悪いので、顔には出さないようにと、少し不満そうな表情を浮かべておいた。

 

「ぐふっ、ポケットに手を突っ込むとは、我々も舐められたもんだねぇ」

 

 目をキラーンと光らせた鼻ほじり中将は、両手の親指を両方の鼻の穴にねじ込んで、ぐりぐりと奥の方まで差し込みながら独り言のように言い放った。その言葉を聞いた中将は、顔を真っ赤にさせながら「貴様、この場をなんと心得ているのか!」と、大声で怒鳴りつける。

 

「も、申し訳ありません! 急いで走ってきたもので、携帯電話の電源を切ってなかったことを思い出しまして……」

 

 そう言いながら、レコーダーと一緒に入れていた携帯電話を取り出して3人に見せた。もしバレそうになったら逃げれるようにと、前もって考えていた手である。

 

「そんなものが言い訳になるか!」怒鳴り散らす中将に、化け猫中佐は「まぁ、中将殿。彼も初めての査問で緊張しているのですよ……ククク……」と、再び苦笑をしながら宥めるように言った。それを聞いた中将は、ニヤリと気持ち悪い笑みを浮かべて「ふん、まぁ仕方あるまい。己の立場を理解すれば、焦るのもあたりまえだろうからな」

 

 勝ち誇ったように椅子にもたれる中将。さっきからふんぞり返り過ぎて椅子が壊れないのだろうかと思うのだが、わざわざ言ってやる義理もないし、後ろにおもいっきりひっくり返るなら、それはかなり見てみたい状況になる。

 

 ……ただ、そうなったらなったで、無理矢理俺のせいにしそうな気がする。それはそれで、勘弁願いたい。

 

「ぐふふ、話が逸れてしまったが、一連の内容を認めるかなぁ?」

 

 親指の根本近くまで鼻の穴に突っ込みきった鼻ほじり中佐が俺に問いかける。ここが重要なポイントであると悟った俺は、首筋に冷や汗がたらりと流れ落ちるのを感じながら首を左右に振った。

 

「いえ、一切の内容を……否定します」

 

「ぐふふ……」

 

「ほぅ……」

 

 左右から、ほとんど同時に小さい声が漏れた。化け猫中佐は少し感心するような、鼻ほじり中佐は少し楽しんでいるような……。そして、目の前の中将は、

 

「舐めているのかっ、きさまあああぁぁぁぁぁっ!」

 

 予想通りの大喝が、俺へと叩きつけられた。ついでに唾が多数飛んできて顔にべたべたと降り注いでしまい、非常に気持ちが悪い。

 

「私がまとめた文章内容に、貴様みたいな屑がケチをつけるだとおっ!? これこそ上官への反逆行為だあぁぁぁっ!」

 

 怒り狂った中将は目の前にある机を蹴飛ばして大声を上げた。飛んできた机を屈んで避けた俺を見て中将は更に怒ったのか、額に血管が浮き上がるくらいに顔全体を真っ赤に染めて、俺の胸ぐらをがっしりと掴んだ。

 

「大人しく聞いていれば図に乗りおってからにいぃぃぃっ! 昨日だけでは懲りないと言うのか貴様はあぁぁぁっ!!」

 

「ちゅ、中将殿! さ、査問の場にて暴力行為はいささか……」

 

「お前は黙っておれぇっ! この屑の立場を分からせるためには、50発程度殴っただけでは理解できんらしいからなあぁぁぁっっっ!」

 

「い、いやしかしっ! こ、これっ、オヌシも中将殿を止めんか……って、なんじゃあっ!?」

 

「ふ、ふが……んがんご……っ」

 

 慌てた化け猫中佐は鼻ほじり中佐に助けを求めようとしたが、中将が机を蹴飛ばしたときに驚いたのか、鼻をほじくっていた親指がありえないところまで入り込んでしまい、両方の穴から出血して手を真っ赤に染めていた。

 

「ぐっ……」

 

 襟を強い力で引っ張られ、息が苦しくなった俺はうめき声を上げた。前を見ると、中将は俺の顔をもの凄い形相で睨みつけながら、大きく右手を振り被る。

 

「覚悟はいいかあぁぁぁぁっっっ!」

 

 また、顔面に唾が降り注ぐ。鼓膜がビリビリと震え、三半規管が揺れそうになる。あと数秒もしないうちに、俺の顔には中将の拳が叩き込まれるだろう。

 

 だが、これは俺の予想通り。いや、むしろ作戦と言っても良い。こうなるように仕組んだし、切り札であるボイスレコーダーの起動も確認した。これから俺がとるべき行動は、無抵抗で殴られたことが分かるように録音する。そして、何があってもこのボイスレコーダーを守ること。気絶してポケットをまさぐられ、没収されてしまっては元も子もない。

 

 俺はすぐに訪れるであろう痛みに耐えるべく、ぐっと目を閉じて腹を決めた。視界が暗闇へと変わり、何も考えないようにした……つもりだった。

 

 金剛、夕立、潮、天龍、龍田。子どもたちの姿が、一瞬だけ浮かんだような気がして、口の中に溜まった唾を飲み込んだ。急にいなくなった5人の安否が気になる。これから昨日と同じように、いや、昨日以上に殴られるかもしれないのに、俺の頭の中は子どもたちのことで一杯だった。

 

 初めに疑ったのは、中将が拐かしたのではないかと思った。だけど、この会議室に来てからの中将たちが話していた内容に、子どもたちのことは全く出なかった。もし、中将が子どもたちに何かをしていたのならば、俺にそのことを突きつけて精神的に追いつめることが出来るはずなのに……だ。

 

 つまり、5人がいなくなったことに、中将は関係していないということになる。完全に手の打ちようが無くなってしまった俺は、どうしたらいいのか分からずに狼狽え、気がつくと目頭が熱くなっていた。

 

「ふん! 今更命乞いか!? 婦女子の涙ならまだしも、貴様なんぞが泣いたところで、私の手が止まるとでも思ったかあぁぁぁっ!」

 

 殴られるのに抵抗する気は無い。元々そうするつもりだったし、痛みは昨日で飽きてしまった。だけど、子どもたちだけはなんとかしたい。

 

 ボロボロと両目から涙があふれ出す。頬を伝って首筋へと流れ、床へと落ちたり、襟を濡らした。子どもたちを守れなかったふがいない自分を戒める。俺は先生としての役割を、全く出来ていなかった。

 

「それではいくぞおっ! 我が究極奥義っ、海軍流剛腕千烈拳んんんんんっ!」

 

 中将が、どこぞの世紀末覇者みたいな技名を叫ぶ。役回り的にはバイクに乗った雑魚キャラ扱いが妥当なはずなのに。いや、どちらかと言えば多少出番があるような、名前がチラっとだけ出てきそうなキャラかもしれないが。

 

 そんなどうでもいいようなことが頭をよぎりながら、心の中で子どもたちに何度も謝った。役に立たない先生で、ごめんなさい……。

 

 拳が風を切る音が聞こえてくる。視界が闇に閉ざされ、時間がスローモーションのようにゆっくりと流れていくような感覚が、肌で感じられた時、

 

 

 

 バターン!

 

 

 

 本日何度目か分からない、扉が壁に叩きつけられる大きな音が、部屋の中に響き渡った。

 

 

 

 

 

 真っ暗闇の視界の中、大きな音が鳴ってからずいぶん時間がたったような気がしたが、俺の顔にダメージのようなものは未だ襲ってきていない。

 

「な、ななな、な……ぜ……っ!?」

 

 中将の震える声が、前の方から聞こえてくる。俺の胸ぐらを掴んでいる手がガタガタと揺れ、動揺が伝わってきた。

 

「……ん?」

 

 さすがにこのままじっとしているというのも変なので、とりあえず目を開けてみる。

 

「なぜだっ! 何故ここにいるのだっ!?」

 

 相変わらず大量の唾を俺の顔面に飛ばしながら、中将は叫んでいた。しかし、その声には覇気は無く、何かに恐れて泣き喚く小動物のように見える。

 

「ひっ、ひいぃぃぃ……」

 

 化け猫中佐が腰を抜かしたように床へと崩れ落ちた。両手をついて大きく体を震わせながら、今にも小便を漏らしそうな雰囲気だ。

 

 ちなみに反対側にいた鼻ほじり中佐は、いつのまにか床で寝そべるように倒れていた。鼻から大量の血液が流れ出て、床に血溜まりを作っていたので、出血による気絶というところだろうか。

 

 ……それって、早くしないとやばい気がするんだけど、ほっといても大丈夫なのだろうか。

 

「うーん、どうやら間一髪という感じだね」

 

 透き通ったような心地よい声が、頭越しに聞こえてくる。扉が音を鳴らして開いたということを考えれば、声の主が部屋に入ってきたということは想像できる。

 

 そして、この中将と化け猫中佐の驚き方だ。あれほど自意識過剰で辺り構わず喚きまくれる中将が、恐怖で震えるほどの人物。つまり、それは……

 

「元帥が何故ここにいるのだあぁぁぁっ!!」

 

 中将が最後の雄叫びを上げた。胸ぐらを掴んでいた手の力が緩み、俺はその手を振り払ってゆっくり後ろへと振り返る。

 

 扉の前に立っていたのは、中将が言ったとおりの人物……海軍の最高責任者である元帥の姿だった。真っ白な軍服に身を通し、胸に光輝く勲章がいくつも並んでいる。にもかかわらず、まったく威張った様子もなくたたずむ姿は気品にあふれ、育ちが良いということを一目連想させた。

 

「さて、中将にはいくつか聞きたいことがあるんだけれど」

 

「ぐ……っ!」

 

 もはやうめき声を上げることしかできない中将は、1歩ずつ俺のそばから後ずさっていく。さしずめ、秘孔を突かれて勝手に足が動き、ビルから落ちていく偽物のような感じで。しかしそれほど大きくないこの部屋では、その動きも長くは続かない。踵に当たる壁の感触に気づき、これ以上逃げれないと悟ったのか、がっくりと肩を落としてうなだれた。

 

「許可無く勝手に査問委員会を招集したみたいだけど、それってどういう意味か分かってやってるのかな?」

 

「そ、それは……」

 

「しかも、正規の人員は一人もいないね。これじゃあ、正式な査問会なんて開けるわけないよね?」

 

「む、ぐぐぐ……」

 

 完全に蛇に睨まれた蛙状態の中将は、身動き一つ出来ずに元帥の言葉に返事すら返すことも出来ていなかった。これほどまでに階級の差というものが影響するのだろうかと、恐れを感じてしまうのだけれど、中将の表情を見ているとそれ以上の何かがある様な気がしてならなかった。

 

「それに、無抵抗な彼のことを殴ろうとしてたよね? 仮にも査問会と銘打って開いている以上、それはなんでもやりすぎだよね?」

 

「う……うぅ……」

 

 青から黒になりそうなくらい顔色を悪くした中将は、そのまま床に膝をついて土下座のようなポーズになった。謝っている気はないのだろうが、力が抜けてしまった身体は思うように動かせず、滴り落ちる汗だけが額から床へこぼれ落ちていた。

 

 しかし、元帥が言った言葉には気になることがある。部屋にいなかった元帥が、なぜ殴られそうになっていた俺の状況をはっきりと分かっていたのだろうか。それに、中将と中佐、そして俺もが分からないのはそれだけではなく、どうしてこの場所で偽りの査問会が行われていることを知ったのだろうか。

 

「まだまだ色々聞きたいことはあるんだけど、彼女たちを待たせても悪いからね。それじゃあ……」

 

 そう言って、元帥はただでさえ良い姿勢を更に正し、背筋をピンと張りつめるまで伸ばし終えると、急に大きく口を開いた。

 

「中将1名並びに中佐2名に命ずる! 今すぐ自室に戻り、通達あるまで退出を禁ずる!」

 

「「「は、はいっ!!」」」

 

 中将と化け猫中佐、そしていつの間にやら復活していた鼻ほじり中佐はすぐに立ち上がり、震える手で敬礼をすると一目散に部屋から出ていった。あまりにも呆気ない幕切れに、大きくため息を吐き出した俺の身体は、緊張の糸が切れて床に崩れ落ちそうになる。

 

「「「「「せ、せんせーっ!」」」」」

 

 聞き覚えのある声に驚いた俺はハッと頭を上げて、声のする方へと顔を向けた。扉の近く、元帥の後ろに隠れるように、見知った顔ぶれが並んでいた。

 

「お、お前たち……な、なんで……っ!?」

 

 金剛の、夕立の、潮の、天龍の、龍田の顔が、俺の方へと向けられていた。にっこりと微笑む金剛、元気いっぱいの夕立、心配して今にも泣き出しそうな潮、恥ずかしそうにそっぽを向いた天龍、何かを企んでいそうに笑う龍田。

 

 やっと見つけた5人の姿を見て、呆気にとられて流すのを止めていた涙が、焼けるように熱くなった目頭からとめどなく流れ落ちてきた。

 

「せ、せんせー……泣かないで……」

 

 潮は自らも泣きながら、俺に近づいて服の裾を引っ張った。その横で「元気だすっぽいー!」と、夕立が横で飛び跳ねている。金剛は元帥の横あたりで、陸上選手が準備運動をするようにアキレス腱を伸ばしていた。表情がもの凄く嬉しそうに見えたので、どちらかといえばリュックサックを背負った小学生に今から抱きつこうとする高校生のような感じだった。

 

 どちらにしろ、今のこの状況でバーニングラブアタックはキツすぎるから後にして欲しいんだけどね……

 

 天龍は相変わらずそっぽを向いたまま、俺の顔を見ないようにしていた。頬のあたりが真っ赤になっているので、恥ずかしがっているのがよく分かった。龍田は……天龍の横で先ほどと同じように、なんだか怖い笑みを浮かべたまんまである。

 

 いつもと同じように、子供たちは元気な姿を見せてくれた。嬉しくて嬉しくて、涙は一向に止まる気配が無く、子供たちを見るのが難しいほど流れ落ちていった。

 

「君は……本当にこの子たちに好かれているみたいだね」

 

 いつのまにか俺の横に立っていた元帥は、俺の肩にぽんっと手を置いて諭すように口を開いていく。

 

「君を助けるために、彼女たちは朝早くから私を捜して鎮守府内を駆け回ってくれたんだ。僕の顔を立てて、叱るのは少しだけにしてくれないかな?」

 

「そ、そんな……叱るなんて……」

 

 俺の言葉を聞いて微笑んだ元帥は「それじゃあ、後始末があるからね」と、言いながらきびすを返して立ち去ろうとする。

 

「元帥、ありがとう……ございます……」

 

 俺のかすれたお礼の言葉に、後ろ姿のまま手を挙げて答えた元帥は、静かに扉を閉めて部屋から出て行った。じっと扉を見続ける俺は、誰もいない場所に頭を下げる。心の中で、何度も何度もお礼を言いながら。

 

「ばぁぁぁにんぐぅぅぅ、らぁぁぁぶぅぅぅっ!」

 

「ぐへあっ!?」

 

 不意打ちのように横っ腹に突っ込んできた金剛の身体をなんとか受け止めて、両腕で抱えたその顔をじっと見つめてみる。

 

「ヘイヘーイ、せんせー! そんなに見つめたら、ちょっぴり恥ずかしいデスよー!」

 

「はははっ、恥ずかしいついでにキスでもしてやろうか?」

 

「きょ、今日のせんせーは大胆すぎマース!」

 

「せんせーは、エロエロですもんね~」

 

「むしろ、どスケベっぽいー」

 

「お、お前等っ、さすがにそれは言い過ぎだぞ!」

 

 部屋に響く子供たちの声。

 

 楽しく騒ぎ立てる子どもたちは、いつでもキラキラと宝石のように輝いている。

 

 今回のことで、俺は先生として失格だと思っていた。

 

 だけど、子供たちはこんな俺に笑いかけ、はしゃぎ、楽しみ、嬉しがって、時には悲しみ、泣いて、次の日にはまた笑っている。

 

 子供たちが俺を必要としてくれるなら、俺は先生であり続けるべきだろう。

 

 子供たちが戦いへと駆り出される必要が無くなった時、それは訪れるのかもしれない。

 

 それとも全く違う、別の理由なのかもしれないが。

 

 その時は、泣かずに笑って円満に別れたい。

 

 正直、考えたくもないけれど、時は有限なのだから。

 

 その時が来るまでは全力で子供たちを育て、楽しくやっていこうと思う。

 

 いろんな人に感謝し、いろんな人に謝って。

 

 にっこり笑って、過ごしていこう。

 

 

 

 俺の居場所は、艦娘幼稚園なのだから。

 

 

 

 

 

~特別会議室前の廊下にて~

 

 

 

「ありがとうございます、提督」

 

 ほんわかとした喋り声ではなく、はっきりとした愛宕の声が廊下にいた元帥へと向けられる。振り向いた元帥の目には深々とお辞儀をしていた愛宕の姿があった。

 

「おいおい、元帥になっても呼び方は昔のままなのかな?」

 

「うふふ~、提督は提督のままが一番なんですよ~」

 

「ははは……嬉しいんだか悲しいんだか……」

 

 元帥は頭をポリポリと掻きながら苦笑を浮かべていた。そんな姿を見て、愛宕はにっこりと微笑んでいる。

 

「しかし、反対を押し切って設立したとはいえ、強硬手段に出るとは思わなかったよ……」

 

「提督は昔から敵ばっかりですもんね~」

 

「ぐっ……そうは言ってもだな……」

 

「男子家を出ずれば7人の敵ありと言いますし~」

 

「あー、それくらいはいそうだなぁ……」

 

「それに、艦娘たちの間でも色々とあるみたいですしね~」

 

「……っ!?」

 

 顔色を青ざめる元帥に、愛宕は全く気にすることなく喋り続ける。「あらあら~、知らないと思ったんですか~?」

 

「な、ななな、何のことだか分からないよ?」

 

「とぼけたって、無駄ですよ~」

 

 元帥はごほんっと、咳込んで話題を切り替えようとする。そんな姿を笑顔のまま見ていた愛宕だったが、身体のまわりに怒りのオーラを纏っているようだった。

 

「し、しかし……だ、上手くやってくれているようだね」

 

「ええ、みんなスクスクと育ってくれています」

 

「いつしか来るであろう大きな作戦に……どうしても彼女たちの力が必要になる……」

 

 窓の外を見ながら遠くを見つめる元帥。どこか寂しげに見える表情を、愛宕は何も言わず見つめ続けている。

 

「君たちばかりに頼りきっているのは、本当に忍びない……」

 

「……提督」

 

「ん……」

 

「私たちは、深海棲艦と戦うためにここにいるんです」

 

 愛宕の言葉に提督は答えない。いや、答えられないのだろう。

 

「自らここに進んで……だから、自分を攻めないでいいんですよ」

 

「……すまない」

 

「いえいえ~、提督のそういうところ、嫌いじゃないですよ~」

 

「そ、そうか。それじゃあ今夜あたり食事でも……」

 

「そういう冗談は好きじゃないんですけどね~」

 

「……は、はい……すみません……」

 

 愛宕の圧力に負けた元帥はがっくりと肩を落として、そそくさと廊下を歩いていった。

 

「さて、それじゃあみんなの様子を見に行きましょうか~」

 

 いつもの明るい笑顔と声が、鎮守府内に響いていく。

 

 今日も楽しい一日でありますように。

 

 愛宕の願いは周りを動かし、今日もみんなを笑顔にする。

 

 

 

 空は快晴。

 

 海鳥の鳴き声と砲撃の音、小さな子供たちの明るく楽しい声が今日も聞こえてくる。

 

 明日も天気でありますように。

 

 誰の願いか分からないけれど、それは叶えて上げましょう。

 

 

 

 小さな艦娘たちに、幸ある日々を。

 

 

 

 

 

 艦娘幼稚園 ~俺が先生になった理由~ 後編 完

 




 長文、読んでいただきましてありがとうございました。

 艦娘幼稚園 ~俺が先生になった理由~3部構成はこれにて終了となります。
 また、短編ではありますが、後日談の方も後日更新いたしますので、よろしければお読みいただけますと幸いです。

 艦娘幼稚園シリーズとしてはこの作品以降もまだまだ執筆を続けており、以降は短編やちょっと長めなど色々書いてますので、ちょくちょく更新したいと思います。

 よろしければ、これ以降もお付き合い頂けるよう、お願い致します。



 リュウ@立月己田


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後日談

 中将の企みは、元帥と子どもたちのおかげで乗り切る事が出来た。
それから1週間の時が過ぎ、子どもたちの昼の寝時間に洗濯物をしている時の出来事です。

 たくさんの方々、読んで頂きましてありがとうございます。
感想などがございましたら、是非是非よろしくお願い致します。 


 中将の企みと子供たちがいなくなった事件が同時に解決してから1週間が過ぎた。あれから大きな事件もなく、子供たちに振り回されながらも楽しい日々を送っている。

 

 中将に関する情報はまったく入ってこなかったのだけれど、嫌がらせなどの被害もまったくなく、元帥が上手くやってくれたおかげなのだろう。

 

「ふぅ……」

 

 今は子供たちのお昼寝の時間。愛宕が洗濯し、俺が干す作業を行う。作業分担によって効率も良くなるのだけれど、元々は一人でやっていたということを考えると、改めて愛宕はすごい人なんだなぁとつくづく思う。俺一人だったら、間違いなく時間以内に終わるとは到底思えない。

 

「これで、今あるのは最後だよな」

 

 籠から取り出した純白のシーツをしっかりと広げ、物干し竿に吊して洗濯バサミで固定をする。気持ちのいい風が吹いて、いくつものシーツがふわりと舞った。ひと仕事を終えた俺は両手を腰に当て、休憩しながらその光景を眺める。そんな時、後ろの方からカツコツと乾いた足音が聞こえてきた。

 

「頑張っているかい?」

 

「ええ、今ちょうど干し終えたところで……」

 

 返事をしながら振り向く俺は、ちょっとした違和感を感じた。てっきり愛宕が追加の洗濯物を持ってきてくれたのだと思ったのだが、声は明らかに男性のものだった。視線の先には真っ白い服に身を包んだ青年。忘れもしない、1週間前に俺を助けてくれた元帥の姿だった。

 

「げ、元帥っ!? す、すみません! 愛宕さんだったと思って……」

 

 慌てながら敬礼をする俺に、元帥は手を上げて「楽にしていいよ」と言ってにこやかに笑った。

 

「急に後ろから話しかけたのは僕の方からだし、気にすることはないよ。むしろフレンドリーにしゃべってもらえる方が嬉しいんだけどね」

 

「そ、そうなんですか……?」

 

「そうなんだよ」

 

 そうは言われても、雲の上のような階級の元帥相手に恐れ多くもタメ口は使えない。そんな俺の思いを表情から読みとったのか、少し残念そうにしていた元帥だったが、気を取り直して問いかけてきた。

 

「で、あれからどうだい?」

 

「今のところ、問題らしい問題も起こっていません」

 

「そうか……それは良かったよ」

 

 ふふ……と、微笑む元帥の姿が、シーツを背景に非常に絵になっていた。到底俺には出せそうにない雰囲気に、神様という存在がいるのであれば、生まれの不平等さに愚痴を言いたくもなる。

 

「この前は本当に……ありがとうござました」

 

「いやいや、むしろ僕の方が謝らないといけないんだ。すまなかったね」

 

「い、いえっ! そんなことは……」

 

「階級が上がると、どうしても敵が増えちゃってね。この幼稚園設立にも色々とあったんだけど、反対する意見が結構あってさ……」

 

「そう……だったんですか……」

 

 愛宕から聞いていたけれど、さすがにそのことをこの場で言うのは無粋だろうし、ここは素直に頷いておく。そして、先ほどの元帥の謝罪の意味を考えた俺は、一つの答えにたどり着いた。

 

「元帥、差し出がましいかもしれませんけれど……」

 

 あれからずっと持っていた切り札を取り出そうと、ポケットの中に右手をつっこんだ。

 

「ん、ああ、それは必要ないよ」

 

「……やっぱり、そうだったんですね」

 

 俺の言葉と表情に気づき、少しだけびっくりした表情を浮かべた元帥だったが、すぐに笑顔に戻した。

 

「おっと、なるほど。こりゃあ、一本取られちゃったってことかな?」

 

「……すみません」

 

 俺は元帥に謝りながら頭を掻いて、申し訳なさそうな表情を浮かべる。

 

「初めから気づいてたってことかな? だとすれば、あんな無茶な方法で解決しようとしたのも頷けるんだけど」

 

「いえ、最初から殴られる気でいたのは事実です。俺が出来る手段はあれしかなかったですから……」

 

「それじゃあ、君が来る前から隣の部屋に居たってのも……?」

 

「はい。今までまったく知りませんでした」

 

 あちゃー……と、言いたそうに苦笑を浮かべる元帥は「本当にごめんね」もう一度俺に謝った。俺は首を左右に振って「大丈夫です」と、答える。

 

「確実な証拠がないと、いくら僕の力でも大変でね。君には申し訳ないとは思ったんだけど、ギリギリまで粘らせてもらったんだ」

 

「いえ、むしろ俺なんかが役に立てるならば喜んで」

 

「ははは、自己犠牲も時には必要かもしれないけど、無謀なのはお勧めしないよ」

 

「……はい、肝に銘じておきます」

 

 頷く俺に、元帥は納得した表情を浮かべた。

 

「あー、ところでさ……このことは……その、愛宕には内緒にしといてもらえないかな」

 

「え……?」

 

「聞きようによっては……その、君を餌にしたって感じになるじゃない」

 

 実際にその通りなんだけど、その時の俺は気づいてなかった訳だし、感謝すれども攻める気はない。当事者が問題ないと思っているのだから、愛宕の耳に入っても何の問題もないと思うのだけれど……。

 

「その……さ、愛宕も怒ることはないと思うんだけど、問題は秘書艦の方でさ……」

 

 元帥の秘書官艦……と言われても全然思いつかないのだが、愛宕→秘書艦→元帥という流れで何かしらの問題が起こるということだろうか。

 

「えっと、愛宕さんにさっきのことを話さなければ良いってことですよね?」

 

「うん。そうしてもらえると助かるよ」

 

「了解しました」

 

 なんだかよく分からないけれど、元帥からお願いされて無理とも言えないし、そもそも断る必要もない。貸しということでもないけれど、恩を売っておくのに越したことはないだろう。

 

 ……俺って非常にこすい奴です。はい。

 

「もう……ね。高雄の厳しさったらハンパないからさぁ……」

 

 視線を空に向けて遠くを見る元帥の瞳が、悟りの境地に入っているように見えた。そんなに厳しいなら、秘書艦を変えればいいのにと思うのだけれど、やっぱりこだわりとかがあるのかもしれない。

 

 ちなみに俺がもし提督になったら、間違いなく愛宕だけどね!

 

 特に、胸部分で! 腐れ外道です!

 

 ……なんだか今日の俺、終わってるかもしんない。 

 

「特に、プライベートがかなり圧迫されててさー」

 

 そんな脳内思考を進めている俺を余所に、元帥は空を見つめたまま独り言のように呟いていた。

 

「こないだなんてさー、加賀ちゃんとデートに行こうと思ったんだけどさー」

 

 いやまぁ、プライベートだから文句は言わないですけど、仮にも元帥が俺なんかに愚痴っていい内容でもないと思うんですがっ!?

 

「いや、赤城も好きなんだよ?」

 

 疑問系で言われてもですね、元帥。

 

「たださぁ……先月のデートで夕食の時にさー、あの食欲は無いわー」

 

 さ、流石はハラペコ赤城と噂される燃費っぷりを、目の前で見たんでしょうね。

 

「飛龍や蒼龍もいい娘たちなんだよ?」

 

「……あ」

 

「でもさー、こう……なんて言うかなぁ……」

 

「あ、あの……げ、元帥……」

 

「……ん、どうしたの?」

 

「う、う……」

 

「う?」

 

「後ろ……に……」

 

「後ろ?」

 

 躊躇無く振り向いた元帥の目と鼻の先に、赤城、加賀、飛龍、蒼龍の4人が立っていた。ゴゴゴゴゴ……と、効果音が具現化した背景を背に、普段では立っていることもままならないポーズをとりながら。

 

「「「「…………(艦娘たち)」」」」

 

「…………(元帥)」

 

 蛇に睨まれた蛙状態の元帥は、冷や汗をだらだらと流しながら、身動きできずに立ち尽くす。

 

「え、えっと……そろそろ子供たちも起きますし、おやつの用意をしないと……」

 

 この場にいると巻き添えを食らうかもしれないので、さっさと逃げた方が身の為である。きびすを返してダッシュしようと体重を前に動かそうとしたが……

 

「ぐえっ!?」

 

 元帥に襟元を掴まれて、逃げ出すことが出来なかった。

 

 元帥と艦娘たちから逃げようとした! だが、まわりこまれた!(実際には、まわりこまれてないけどね)

 

「ま、ままま、待ってくれ!」

 

「い、いやしかしですね……この状況を俺がどうにかするなんて……」

 

 元帥が元凶ですしねとは……言えないけど、実際その通りなんだし。

 

「お、お願いだから助けて!」

 

「そ、そんなこと言われてもですね……」

 

「二階級特進してあげるからっ!」

 

「それって死ねってことですよね!?」

 

 餌にする気満々じゃん!

 

「提督でも何でもしてあげるからさぁぁぁっ!」

 

 その言葉に、俺の心と身体がビクンと震える。3週間前の自分を、思い出す。

 

「……いえ」

 

「……え?」

 

「俺は、子供たちの先生で居たいですから」

 

「…………」

 

「…………」

 

 元帥の目をしっかりと見る。男同士の見つめ合いは、ぶっちゃけ場面が場面なら気持ち悪かもしれないが、視線を逸らさずに意志をしっかりと見せつける。

 

「……そうか。それを聞いて安心したよ」

 

 目を閉じて頷いた元帥は、納得したように微笑みを浮かべた。

 

「……元帥」

 

「それじゃあ、これからも子供たちのことを宜しく頼む」

 

「はい。任せて下さい」

 

 しっかりと頷く俺の肩をぽんっと叩き、そのまま立ち去ろうとするが……

 

「逃げられると思わないで下さい」

 

 先ほどの俺と同じように、加賀にがっしりと襟元を掴まれた元帥でした。

 

「あ……やっぱ、ダメ……?」

 

「一航戦の誇りにかけて、逃がしません」

 

 目が据わりきった赤城が、元帥の背中の裾をむんずと掴む。笑顔のままの飛龍と蒼龍が、片方ずつの腕を抱き込むように掴んで離さない。

 

「あ、あ、あぁぁ……」

 

 涙目になっていく元帥の姿が、少しずつ遠のいていく。

 

「たぁぁぁすぅぅぅけぇぇぇてぇぇぇぇぇ……」

 

 ずるずると踵を引きずらせながら、悲鳴は青空へ上がり、消えていった。

 

「身から出た錆……か、肝に銘じておきます」

 

 独り言のように呟いて、俺は声の方へと敬礼をした。

 

 

 

艦娘幼稚園 ~俺が先生になった理由~ 後日談 完




 長文の前中後編、そして今回の後日談を読んで頂きましてありがとうございます。
もし、後日談を先にお読みになられた方がおられましたら、是非そちらの方もお願い致します。

 感想等がございましたら、是非宜しくお願い致します。

 それでは次回は新たな章の更新をお待ち下さいませ。


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~子どもたちとの食事会!?~
前編


 艦娘幼稚園の先生として働きだし、それなりに慣れてきた俺。
 そんな、とある日の出来事です。

 下心があったりなかったりな俺は愛宕先生を食事に誘いだすことに成功する。
 だが食堂は満席で、どうしようかと迷っているところに、聞き覚えのある声が聞こえてきて……。


 


 とある日の夕方。

 

 幼稚園での業務を終えた俺は、いつも通りスタッフルームで缶コーヒータイムと洒落こんでいた。子供たちに振り回されて疲れきった身体中の筋肉を、缶の口からふわりと香るアロマを味わいながら、緊張をほぐしていく。

 

「ふぅ……」

 

 一息つくことができ、疲れが少しだけどこかへ飛んでいった気がした。程良いリラックスの時間を楽しみながら、チビチビとコーヒーを飲む。人によっては仕事帰りに焼鳥屋や居酒屋でちょっと晩酌――なのだろうけれど、生憎お酒はあまり好きではない。数少ない友人からもったいない人生だと言われたことがあるが、これはこれで、安上がりな発散方法と思えば良いだけの話である。

 

 

 

 ぐうぅぅぅ……

 

 

 

 緊張がほぐれて安心したのか、腹部から情けのない音が部屋に響きわたった。結構大きい音だったので、愛宕がいなくて良かった……と、思っているところに扉をノックする音が聞こえた。

 

「お疲れさまです~」

 

 挨拶をしながら愛宕がスタッフルームヘと入ってきた。まさに間一髪のタイミングだと、ほっと胸をなで下ろしながら「お疲れさまです」と、挨拶を返す。

 

「あらあら~、今日はいつものコーヒーとは違うんですね~」

 

「え、あ、はい。たまには気分を変えてみようかなと思いまして……」

 

 愛宕に突っ込まれ、少しビックリしながらそう答えた。確かにいつもとは違う、微糖でアロマなボトルタイプの缶コーヒー。近くの自動販売機に新商品として入っていたので試しに買ってみたのだが、香りが良くてお気に入りにしたくなる商品だった。できれば消えないで欲しいなぁと思うのだが、俺が好きになった商品がことごとく消えていくのを小さい頃から見てきているので、過度な期待はしないでおく。

 

「……って、あれ?」

 

「はい、どうしました~?」

 

 独り言を呟いた俺の声に、自分のロッカーを開けた愛宕が振り向いた。

 

「えっと、その、俺がいつも飲んでいる缶コーヒーなんですけど……」

 

「エメマンのキレッキレ微糖ですよね?」

 

「あっ、そ、そうです……けど……」

 

 当たり前のように答える愛宕。仕事を終えた後はかかさず決まった缶コーヒーを飲んでいたのだけれど、まさかそれを覚えていてくれていたのだとは思わなかった。少し前に暴行を受けて気絶した俺を解放してくれていた愛宕と、良い感じの雰囲気になったこともあったけれど、もしかするともしかするのではと思いかけていた矢先……

 

「好きなんですよ~」

 

「え……ええっ!?」

 

 満面の笑みを向けてそう言った愛宕に、俺は慌てふためいた。まさかこんなに呆気なく告白されるとは思ってもいなかった。しかし、俺も男である。女性からそう言われたならば、しっかりと答えなければならない。

 

「お、お、お……俺……も……です……ね、」

 

 そう思っていたのだが、緊張が全身にまとわりつくように襲い、手は汗でびっしょりと濡れ、口がうまく動いてくれなかった。こんなことでは呆れられてしまうかもしれないと、焦りが余計に邪魔をし、それでもなんとか言葉にしようとギュッと目を瞑ったのだが――

 

「程良い苦みが美味しいんですよね。それに、カロリーも低いですし~」

 

 糖分は取り過ぎちゃうと……と、笑いながら愛宕はポケットから取り出したキレッキレの微糖缶コーヒーのプルトップを引き上げて開封した。ごくごくと美味しそうに飲む愛宕の姿に、呆気にとられたように佇んでしまう俺。

 

 あぁ……缶コーヒーの話なんですね……

 

 思い違いをしてしまった俺の身体に、恥ずかしさと気疲れが一気に襲ってきて、がっくりと肩を落とした。よくよく考えたら俺なんかが惚れられるわけ無いよな……と、余計に落ち込むが、それならやっぱりこの間のことが気になったりする訳で。

 

「あの時……やっぱりキス……」

 

「はい? キ……って、なんですか?」

 

「あ、え、えっと……」

 

 ぼそりと呟いたのを聞かれてしまい、愛宕が聞き返してきた。素直に聞ければいいのだけれど、さっきの勘違いで億劫になってしまった俺は、どうにかして誤魔化そうと「さ、魚の……き、キスでも食べたいなぁ……とか、思ってたり……ですね」答えた。

 

「あぁ、なるほど~。キスの天ぷらとか美味しいですもんねぇ~」

 

「そ、そうですよね! この辺でも釣れたりしますし、最近は食べてないですし……」

 

「そんなこと聞いちゃうと、今夜の夕食はお魚さんが食べたくなりました~」

 

 お腹を押さえながら微笑む愛宕の姿にほっと一安心する俺だけど、これで良かったのかどうなのかは内心複雑だったりする。あの時のことを聞けるタイミングだったのにと残念にも思えるし、かといって、思い違いで恥をかくのはさっきでこりごりだ。まぁ、またの機会があればその時に聞くことにしようと無理矢理納得することにした俺は、ひとまずお腹の音に対処するべきだなと考えて、鳳翔さんの食堂へ行こうと愛宕を誘ってみる。

 

「そうですね~。仕事は終わりましたし、お腹もぺこぺこですからご一緒しましょう~」

 

 そう答える愛宕の姿に内心ガッツポーズした俺は、残っていた缶コーヒーを一気に飲み干して素早くエプロンを外し、ロッカーの中にあるハンガーに掛けた。同じように愛宕もエプロンをロッカーに入れ、「準備おっけーですよ~」との返事を俺に向けた。二人で窓の戸締まりを確認してカーテンを閉め、スイッチを切って部屋の明かりを落とし、部屋から出て扉を閉めて廊下を歩く。玄関でスリッパから靴へと履きかえた俺は入り口のガラス扉の施錠をし、先に外へ出て待っていた愛宕と合流し、食堂へと向かった。

 

 

 

 

 

 鳳翔さんの食堂は、夕食時間になると艦娘たちの姿でいっぱいになっていることが多い。作戦任務から帰ってきた艦娘たちが宿舎で休んでからや、幼稚園の子供たちの夕食を取る指定の場所であるからして、当たり前と言えば当たり前なのではあるが。

 

 ちなみにここ以外にも食堂はあるのだけれど、司令室やドックなどがある建物が近いこともあり、主に作業員や提督などが利用しているらしく、俺はまだ行ったことがない。

 

「ん~、空いている席はあるでしょうか~?」

 

 辺りを見渡す愛宕だが、席はほとんど満席状態だった。時計の針はちょうど19時を指したところ。1日で一番混む時間なのだから仕方ないと言えば仕方ないのだが、今のお腹の空き具合を考えると、一端出直すというのは避けたいところである。

 

 それに、折角の愛宕と一緒の夕食である。是非にでも親睦を深めたい俺としては、なんとかして席を確保したいのだけれど……

 

「あれれ、先生っぽいー」

 

 後ろから聞き覚えのある声に振り向いてみると、予想通りの夕立の姿がそこにあった。にこにこと手を上げて挨拶をする夕立に、俺と愛宕は同じように手をあげて挨拶を返す。

 

「先生たちも、晩ご飯を食べるっぽい?」

 

「ああ、そうなんだけど……」

 

 そう答えながらもう一度食堂を見渡してみたが、やっぱり席は空いてなさそうで、どうやら出直すしかなさそうだった。残念な顔を浮かべる俺に「仕方ないですよ~」と苦笑を浮かべる愛宕。そんな俺たちを見た夕立は「それじゃあ、先生たちも一緒に来るっぽいー」と、言いながら俺と愛宕の手を引っ張った。

 

「お、おいおい、どこに行くんだ夕立?」

 

「着いてからのお楽しみっぽいー」

 

 そう言われては聞くのは無粋というもの――なのだけれど、夕立が向かおうとしているのは厨房の方であり、この混雑した状況を考えると、邪魔をすることになってしまうのではと思い、心配になって愛宕の顔を伺った。

 

「心配しなくても大丈夫ですよ~」

 

 そんな俺の心を見透かしたように、いつもの笑顔を浮かべた愛宕は夕立に引っ張られるのを楽しむように、軽い足取りで歩いていく。

 

 まぁ、愛宕がそう言うのであれば大丈夫なのだろう。

 

 いったい何が起きるのだろうと、興味半分、不安半分といった感じで後に続いた俺は、連れられるまま厨房へと入る。

 

「千代田、そっちは大丈夫!?」

 

「な、なんとかなりそうっ! それより千歳姉ぇの方は!?」

 

「こっちの心配はいいから、全力で手を動かしてっ!」

 

「りょ、了解!」

 

 厨房は戦場と化していた。無言で料理を作り続ける鳳翔さんに、声を出し合う千歳と千代田が料理を運んでいく。調理台の上には所狭しと様々な料理が並べられているが、その量が半端ではなかった。

 

「う……わ……、スゴい量だな……」

 

 感心して思わず声に出した俺に気づくことなく、3人は一心不乱に仕事をこなしていた。邪魔にならないように間をすり抜ける夕立に引っ張られながら、更に奥へと進んでいく。厨房の端には小さな上がり口があり、上へと続く階段があった。

 

「こんな所があったのか……」

 

 初めて見る階段に少し驚いたが、よくよく考えてみればこの食堂は2階建だった。入り口から厨房の手前までを見渡しても階段は見当たらなかったのだから、ここにあってもおかしくはない。むしろ、階段がなかったら非常に変な建築物になってしまうだろう。

 

「んっしょ……んっしょ……」

 

 小さな手で手すりを持ちながら、一生懸命に階段を上がっていく夕立の姿に続く。少し急勾配のため、子どもである夕立にとっては上がるのが大変なのだろう。思わず手を差し伸べようかと思ったが、その一生懸命さに水を差すのは良くないと踏み止まった俺は、心の中で応援しながらゆっくりと階段を上がっていく。

 

「もう少しだから、頑張って夕立ちゃん」

 

「ふぁいとーっぽいー」

 

 いっぱーつ! とは、声に出さないでおく。

 

 思わず叫びそうになったけれどねー。

 

「ふぅー、到着っぽいー」

 

 心の中で、ボケなのかツッコミなのか応援しているのかよく分からなくなってきた俺を余所に、階段を上りきった夕立が両手を上げてバンザイをしながら決めポーズを取って振り向いた。額に少し汗をにじませながらも笑顔を見せたその姿に、俺と愛宕は拍手を送りながら階段を上がりきる。右へと折れた先に見えたのは、畳敷きの大きな広間だった。

 

「夕立、おっせーぞ……って、先生じゃん!」

 

「あらあら、愛宕先生まで~」

 

「あっ、せんせい……こ、こんばんわ……」

 

「ワーオ! サプライズゲストデース!」

 

 座卓の周りに座っていた天龍、龍田、潮、金剛が俺たちの姿を見驚きながら声を上げた。俺の方も、いつものメンツが揃っていて少しビックリしたが、「よっ!」と、手を上げて挨拶を返す。

 

「先生ー、こっちに座るっぽい―」

 

 いつの間に座布団を敷いていたのか、夕立は座った状態で俺と愛宕に手招きをしていた。

 

「気にせず好きな所に座ってクダサーイ!」

 

 金剛はそう言いながらも、俺にこっちに来るようにと同じように手招きをする。子どもたちの好意を無にするのも悪いし、下の階では暫く座る事も出来ないだろうから、ここは素直に甘える事にしよう。

 

「それじゃあ、ちょっとお邪魔するよ」

 

 俺は手招きする金剛の隣に座って「ありがとな」と、みんなに頭を下げる。愛宕は――夕立の隣に座ってにこやかに微笑んでいる。 うむむ……ちょっと残念。

 

「てりゃーっ!」

 

「ごふっ!?」

 

 愛宕の姿を見つめていた俺の横っ腹に、急に強い衝撃を受けて大きく咽せてしまった。何事かと慌てふためきながら見てみると、予想通りに金剛のが抱きつきながら「そんな顔しテないで、楽しくやるデース!」と、少し不満げな表情を浮かべてる。

 

「す、すまんすまん……」

 

 謝りながら金剛の頭をナデナデ。「えへへー」と、ちょっぴり恥ずかしそうにしながら撫でられている金剛の笑顔が何とも愛おしい。

 

 将来、こんな可愛い子が欲しいなぁ……なんて、思ってみたり。

 

「……せんせー」

 

「ん、どうした?」

 

「なんだか、複雑な気分デース……」

 

 そんな俺の心を読んだのか、急にジト目になる金剛。いや、っていうか多少顔に出やすいと自負はしているが、そんなに細かい事まで分かるのか普通!?

 

 そもそも、愛おしいと思っている事に対して怒られるのは納得いかない気がするんだが。

 

「ふぅ……やっぱり先生は乙女心がわかってないデース」

 

 子どもに説得される先生の図がそこにはあった。

 

 ……楽しくやろうって言ってた本人が、そこまで言わなくてもいいと思うんだけどね。しくしく……

 

「ところで、お姉さん達はまだっぽい?」

 

 きょろきょろと広間を見渡す夕立だが、他にそれらしき人物は見当たらない。てっきり仲良し5人組でお食事会だと思っていたのだが、それだとこの広間の規模や座卓の大きさがミステイクである。良く考えてみれば、俺や愛宕がこの場にいる今の状況は違和感無しだけれど、保護者が居ない状態で、座敷であるこの場所を子どもたちだけが占有と言うのもおかしな話だ。

 

「朝からお風呂に入るって言ってたから、もうそろそろ来るんじゃねーかな」

 

 いや、どんだけ長風呂なんだよその人。略してDNF。途中棄権はしたくはない。

 

「最近てーとくがバケツくれないって、お姉さんたちが愚痴ってたわ~」

 

「う、うん……私も聞いたかも……」

 

「ケチな人の下には着きたくないですネー」

 

 子どもたちにすら散々言われてしまう提督に合掌。まぁ、知らなければ悲しくはならないだろうけど。

 

 しかし、子どもたちが言うお姉さんたちとはいったい誰なのだろう。みんなの雰囲気から好かれているというのは分かるのだが、長風呂にバケツ、そしてさっきの厨房で見た大量の料理が頭の隅に引っかかる。

 

「ん?」

 

 そんな事を考えていると、階段の方から足音が聞こえてきた。ついにお姉さん達の正体が現れるのか……と、期待に胸を膨らませながら振り向いてみると、

 

「みんなー、飲み物持ってきたよー」

 

 お盆にジュースを載せて持ってきた、千代田の姿がそこにあった。

 

「ありがとー」と、お礼をいう子どもたちに千代田は笑みを浮かべながら、座卓にコップを並べていく。「先生もジュースで良かった? それともビールの方が?」との問いかけに「ジュースで大丈夫だよ。ありがとね」と、会釈を返した。目の前に置かれるオレンジ色の液体が入ったガラスのコップ。多分中身は見た目通りのオレンジジュースだろう。座卓に並べられたコップの数は全部9個で、広間に今居るのは7人だから、後2人がここに来るのだと予想できた。

 

 トントン……と、階段を上がってくる足音がまた聞こえてきた。今度は複数の足音で、千歳と千代田が料理を運んできたのかな……と、思っていると、後ろからあまり聞き覚えの無い声が聞こえてきた。

 

 

 

「あれ、貴方は……」

 




 後編へ続きます。

 ご感想等がございましたら、是非よろしくお願い致します。


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後編

 夕立に連れられてやってきた鳳翔さん食堂の2階にある座敷。
 そこで声をかけてきたのは、少し前に出会ったあの艦娘だった。

 べったりべたべたなネタですが、楽しんでもらえると幸いです。


 声を聞いて俺が振り返るよりも早く、夕立は立ち上がりながら手を振っていた。「あっ、お姉さんたちー、こっちっぽいー」

 

「お待たせしてごめんね、みんな」

 

「う、ううん、そんなに待ってないよ」

 

「姉さんたちのお風呂が長いのはいつも通りだからなー」

 

「これでも、急いだ方なのですが」

 

「仕方ないわよ~。ドケチなてーとくのせいなんだから~」

 

「なにはともあれ、これで揃いましたネー」

 

 部屋に入ってきた2人の艦娘と子供たちが、和気藹々と言葉を交わしていた。そんな光景を見ながら、俺の額には一筋の汗が流れ落ちていく。記憶違いでなければ、この部屋に入ってきた2人の艦娘は、この間、元帥と会話をしていた際に後ろから近づき、とんでもないオーラを身に纏いながら、泣き叫ぶ元帥をどこかに連れ去っていった4人のうちの2人で、しかもその中でも主力級だった気がする。

 

「やっほ~」

 

 そんな俺の焦りを知らずに、愛宕は気軽に手を振りながら2人に手を振っていた。同じように手を上げた2人は、ちょうど俺の座っている向かい側の席に座り、ぺこりとお辞儀をした。

 

「あ、えっと……こんばんわ」

 

 内心焦りながらも頭を下げて挨拶を返した。正直な話、この間のことは俺に一切関係なく、元帥に対して怒っていたのだから恐れる必要はないのだけれど、あんな光景を見てしまった後に、どんな話をすればいいのかと思えば、それも仕方のないことである。

 

「こんばんわー。この間はありがとうございました」

 

「えっ、あ、いえいえ……俺は別に何も……」

 

 手を左右に小さく振って、会釈を返す。実際、連れ去られていく元帥の姿を見て立ち尽くしていただけなのだから、お礼を言われてもちょっぴり困ってしまう。

 

「ところでですね」

 

「え、あっ、はい」

 

「自己紹介はしていなかったですよね?」

 

「あ……そう言えばそうですよね」

 

 元帥との会話で名前を聞いてはいたので、たぶんではあるが2人の名は分かっている。が、会話を交わすのは初めてなので、ここはしっかりと自己紹介をするのが筋ってものだろう。

 

「えっと、それじゃあ俺から……。艦娘幼稚園にこの春から先生として配属されました。他には、んっと……趣味は読書と戦艦ゲームかな」

 

「せ、先生、それじゃあなんだか合コンみたいですよ~」

 

「え……ああっ! た、確かに趣味とかはいらないですよね!」

 

「くすくす……面白い先生なんですね」

 

「い、いや……その、すみません」

 

 頭を書きながら苦笑を浮かべる俺を見て、周りのみんなが一斉に笑い声を上げた。「せんせー、照れてるっぽいー」と、指を指す夕立に、お腹を抱えながら笑い転げる金剛が「本当デース」と、声を上げていた。

 

「そ、それじゃあ、私の番ですね」

 

 笑いの壷に入ったのか、未だくすくすと笑い続けながら「舞鶴鎮守府、元帥指揮の第一艦隊旗艦を勤めています、一航戦の赤城です。……趣味はそうですね、間宮さんのアイスを食べることかしら」と、答えると、更に周りのボルテージが加速するように大きな笑い声が上がった。

 

「あ、赤城さんまでそれは……くすくす……」

 

「やっぱりここは、同じようにした方がと思ってね……くすくす……」

 

「うぅ……まさか、こんなにいじられるとは……」

 

「あ、あはは……せんせー、いじけないでください~」

 

 俺に向かって慰めの言葉をくれた愛宕だが、笑い声を我慢しているのが用意に分かるくらいに、今にも崩れ出しそうな表情をしているのが見えて、更にへこむ俺。

 

「それじゃあ、私の番ですね」

 

 そんな俺を余所に、もう一人の艦娘が自己紹介を再会した。「私は赤城さんと同じく第一艦隊に所属している航空母艦、加賀型一番艦の加賀です」

 

 周りとは対照的にまったく笑顔を見せず、ポーカーフェイスで淡々と話し終えた。そんな加賀を笑い声を我慢しながら赤城がじいぃぃぃと見つめ続けると、耐えかねたようにため息をこぼしながら「趣味は……部屋でお茶を飲むことです」と、頬を少し赤くしながら恥ずかしそうに語った。

 

「ぷっ……くくくくく……っ!」

 

「なっ、あ、赤城!」

 

「あ、あははははっ! だ、だって、そ、そんなにマジメに……あははははははっ!」

 

 大きな声を上げてお腹を抱えながら転げ回る赤城に、顔を真っ赤にしながら反論する加賀の姿。更に周りが大笑いを上げ、もはや収拾がつかなくなっていた。

 

 ことの発端は俺なので、まったくもって笑うこともできず、部屋の隅で体育座りをしながら暫くいじけていたんだけどね……。

 

 周りのみんなが暫く笑った後、座卓に置かれたジュースを飲みながら雑談を交わしていた。

 

「愛宕さん、お久しぶりです。そちらの方は順調ですか?」

 

 赤城がが愛宕に声をかけると、愛宕はニコッと笑顔で「ええ、まだ色々と大変だけど、何とかやってるわよ~」と、返した。

 

「愛宕さんが艦隊から離れてから、火力が少し落ちてしまいました」

 

「でも、その代わりに翔鶴ちゃんと、瑞鶴ちゃんが入ったじゃない~」

 

「五航戦……知らない子ですね」

 

「あ、あはは……相変わらずなのね、加賀ちゃんは……」

 

 苦笑を浮かべる愛宕を前に、まったく表情を変えないポーカーフェイスの加賀はちびりとコップに口をつける。

 

「うー、飯はまだこないのかー」

 

 ぐぅぐぅと鳴り続けるお腹を押さえながら、天龍は階段の方を見つめていた。同じように他の子どもたちも限界みたく、まだかまだかとソワソワしながらジュースを飲んでいた。

 

 階段を上がる前に通った厨房には、大量の料理が並べてあったのに、1つも届かないというのはいささか不可思議なような気がする。1階が満席だったとしても、あれだけあればこと足りると思うのだが……

 

「あっ、きたっぽいー!」

 

 階段の一番近くに座っていた夕立が声を上げると、確かに上がってくる足音が聞こえてきた。やっと到着する料理に期待して、口の中には唾液が溢れ出そうとしていた。

 

「お、おまたせしましたー!」

 

 千代田が大きなお盆を両手に持って部屋に入ってくる。お盆の上には大量の料理なのだけれど……

 

「え、えぇぇぇっ!?」

 

 どれもが同じ、焼き鳥セットのお皿だった。しかも、続いて入ってきた千歳のお盆にも、同じように大量に乗っている。その数実に30皿。座卓に座っている人数は9人なのに、何故こんなにも同じ料理を持ってきているのだろう?

 

「あ、千歳さん、千代田さん」

 

 座卓に並べられていく料理を見ながら、赤城が2人に声をかけた。にっこりと微笑む赤城の顔とは対称に、ぎょっとした表情を浮かべる2人。

 

「は、はい、なんでしょうか……?」

 

「追加で20人前ほどお願いできるかしら?」

 

「に、にじゅうにんまえ……ですか……」

 

 焦りの表情を浮かべる千歳に、千代田が何かを耳打ちしながら首を左右に振っていた。

 

 っていうか、更に20人前追加って、食べきれるとは到底思えないんだけど――と、思っていた俺の脳裏に、腹ペコ赤城と呼ばれる噂と、元帥の言葉が思い浮かんだ。

 

 

 

『たださぁ……先月のデートで夕食の時にさー、あの食欲は無いわー』

 

 

 

 単純に考えれば、見た目以上に食べるという事だろう。だが、よく考えてほしい。腹ペコ赤城という噂は誰もが知っていると言っていいほどで、もはや都市伝説に近いものがある。それを知ってなお、元帥はデートで夕食に誘ったという事である。つまりは、予想を絶する食べっぷり――いや、財布が崩壊するレベルなのかもしれない。

 

 そう考えたならば、先ほどの20人前追加も赤城にとっては普段通りなのだろう。実際に、追加の言葉を聞こえただろう俺以外の人物は、一切驚いていないどころか、まったく気にもしていない感じだし。

 

「ふむ……そうですね。材料が足りないというのであれば、天ぷらの盛り合わせを追加で30人前くらいでもいいのでは?」

 

 澄ました顔をして、あっさりと言い放つ加賀。もしかすると、赤城以上なのではと思ってしまうんですけど……。そうだったのなら、2人とデートに行った元帥の財布は……考えない方がいいかもしれない。

 

「そうねぇ。いろんな料理を食べるのもたまには悪くないかしら。みんなもそれでいい?」

 

 周りに確認する赤城に首を縦に振る子どもたちだが、その表情は気にしていないというよりも、呆れきったという感じだった。

 

「それじゃあ、加賀の言う通りでお願いするわ。よろしくお願いね」

 

 千歳にそう告げた赤城はにっこりと微笑んだ。「あ……うぅ……」と、千歳は言葉を詰まらせていたが、暫くして「分かりました……」と、頷きながら肩を落として、千代田と一緒に階段を下りていった。

 

 し、しばらくは厨房には行かない方が良いかもしれない。たぶん、さっき以上の戦場と化していると予想できるし。

 

「それじゃあ料理がきたことだし、お食事会を開始しましょうか」

 

「そうですね。まだ量は全然足りませんが」

 

 いや、十分お腹いっぱいレベルです。

 

 むしろ、追加分を想像するだけで胸焼けしそうです。

 

「ではでは、一緒に合掌しましょう~」

 

 愛宕は幼稚園で子供たちに、昼食前の合掌号令をかけるように声を上げた。

 

「それでは、いただきま~す」

 

「いただきまーす」

 

「いただきっぽいー」

 

「い、いただきます……」

 

「いただくぜー」

 

「いただきます~」

 

「いただきますデース」

 

 一斉に手を合わせて声を上げる子供たちを見ながら、赤城と加賀は小さな声で「いただきます」と、言いながら目を閉じ、頭を下げながら合掌した。礼儀作法も完璧で、まさに大和撫子といった感じなのに、これから大食い大会に出場する選手に変貌するとは、未だに信じられない。

 

 厨房の3人に南無……と、心の中で拝みながら、合掌して頭を下げた。ご馳走になる感謝と共に、戦場を戦い抜く戦士へのせめてもの餞別の意味で。これからも鳳翔さんの料理は食べたいので、できるだけ生き残って下さい――と。

 

「んんんーっ、おいしい~」

 

 頬に手を当てながら満面の笑みを浮かべて焼き鳥串を食べる愛宕を見て、一緒に来れて本当に良かったと思えたのだが、

 

「さすがは鳳翔さんのお料理ねぇ~」

 

「そうですね。さすが……と、言ったところです」

 

 赤城と加賀はそう呟きながら、お皿にある串を目にも止まらない速度で口へと運び、瞬時に消し去っていく。

 

 ……ってか、食べ終わった串すら消えている気がするんですが。

 まさかとは思うが、食べてるんじゃないだろうな――と焦ったが、座卓の中心に置かれている串入れの中身が、いつの間にか増えていることに気づいて、ほっと胸をなで下ろした。

 

 あまりの食べっぷりに少し胸焼けを感じたが、お腹を減っているのは事実であって、お腹はぐぅぐぅと鳴っている。お皿から焼き鳥串を一本手に取って口へと近づけると、甘いタレの香りが鼻孔をくすぐり、一気に食欲が沸き上がり、口内が唾液まみれになった。我慢が出来なくなった俺は、鶏肉とネギを1セットにして口へと入れる。想像以上の旨味のあるタレと炭火焼きの香ばしさが、口から鼻を一気に突き抜け、脳髄をかけ巡るかのように幸福感が身体中へと行き渡った。

 

「う、美味すぎる……」

 

 大量に作ったにも関わらずこのクオリティである。前にも言ったが、本当に鳳翔さんの料理は素晴らし過ぎる。

 

「極上っぽいー!」

 

「めちゃくちうめぇー!」

 

「最高デース!」

 

「う、うん、おいしいね!」

 

「天龍ちゃんより上手よね~」

 

 子どもたちも口をもぐもぐと動かしながら絶賛の嵐だった。嫁にもらうならここまでとは言わないけれど、料理の上手な人にするべきだよな! と、心の中で強く思いながら、次の串へと手を伸ばす。

 

「つ、次は、若鶏の唐揚げですー!」

 

 額を汗でびっしょりにした千歳さんが、息を切らしながら部屋に入り、料理を座卓へ並べていく。

 

「やっときましたね」ふぅ……と、ため息をつきながら箸を構えて皿へと伸ばす加賀。同じように箸を持った赤城も続き、唐揚げを頬張った。もぐもぐと同じように口を動かす赤城と加賀。そんな2人の前には、焼き鳥串の皿が10枚ずつ積み上げられている。

 

 まだ俺の前にあるお皿には、2本ほど残ってるんですけど……

 

 子どもたちの方も、まだ何本か残っているお皿もあれば、すでに食べ終わって座卓の中心に寄せてあるお皿もあった。

 

「……あれ?」

 

 よく考えてみると、赤城と加賀が10皿ずつ食べて、子どもたちと俺が食べかけがあるとはいえ1皿ずつ食べた。すると、残りの3皿は……?

 

「うふふ~、本当に美味しいわ~」

 

 ちゃっかり、愛宕が3皿頂いていた。赤城や加賀にはかなわないかもしれないが、それでもその速度は速い気がするんだけど……やっぱり、その大きな胸の方にいくのだろうか。

 

 まぁ、さすがにそれは聞けないし喋りもできない。セクハラで訴えられたら色々と大変だしね。

 

「とはいえ、本当に美味しいよなぁ……」

 

 とりあえずはお腹を満たすべく、前にある料理に専念することにした。現実逃避というのかもしれないけれど、あまり深く考えると胃に穴が開いてしまう。世の中には、知らなくて良いこともたくさんあるんだしね。

 

「次は唐揚げを……って、鳥が続くのか」

 

 焼き鳥に続いて若鶏の唐揚げ。このままいくと、鳥づくしになるんじゃないかとも思ったが、さっきの追加注文を聞いた限りそれはなさそうである。まぁ、焼き物が続いたわけではないし、鳥が嫌いなわけでもないので、そんなに気にするようなことではないのだけれど……と、思いながら、箸で唐揚げを1つ摘んで頬張った。

 

 まずは一噛み。その瞬間、熱々の肉汁がジュワァァァと溢れ出す。口内がやけどしそうになって、条件反射で吐き出そうとするが、それ以上の旨味が口の中いっぱいに広がり、更に味わいたくて、何度も口を動かして噛み続けた。プリプリの弾力がある鶏の胸肉の触感が、肉汁と合わさってハーモニーを奏でる。衣のサクサク感が更に食欲を増幅させ、喉へと送る寸前に次の唐揚げを口へと入れる。動き出した箸は止まらず、一心不乱に食べ続ける。

 

 周りのみんなも、同じだった。食事会だというのに、コミュニケーションは完全に放置し、目の前のお皿を舐めつくすくらいの勢いで、箸と口を動かし続けていた。

 

「しっ、シーザーサラダに、お豆腐のサラダになりますー!」

 

 叫びながら部屋に入ってきた千代田がお皿を並べる。だが、誰一人として会釈も声も上げず、置かれたお皿へと箸を伸ばす。

 

 ちなみに、サラダだけで20皿あるんですけど。

 

 すでに、座卓の上は料理だらけになり、空いたお皿は畳の上へと置かれている。

 

「鰹のタタキとマグロの刺身、ヒラメのお造りです!」

 

 更に追加されていく料理の数々。一見座卓の上には置けないと思ったのだが、

 

「あっ、このお皿下げてもらえます?」

 

「は、はいっ、ただいま!」

 

 今さっき届いたサラダの皿が、すでに平らげられて跡形も無かった。

 

 一口すら頂けなかったんですけど……俺。

 

 千代田が空いた皿を回収して、千歳が料理を並べ変えていく。置いた料理のお皿に無数の箸が一気に集中し、瞬きする一瞬の間に、鰹のタタキが消え去った。

 

「こ、このままでは……食べれない……っ!?」

 

 俺の前に置かれた皿ですら、目を離すと消えて無くなってしまう。もはや弱肉強食の世界なんて生やさしいものじゃあない。すでにこれは、怪奇現象のたぐいなんだ!

 

「こ、こうなったら、俺も……やるしかないっ!」

 

 箸をビシッと構えて近くのお皿を睨む。料理が残っているのは――愛宕の近くのヒラメのお造りっ!

 

 ボクシングの右ストレートの如く、最速で箸を伸ばす。だが、一足先にヒラメの身は消え去ってしまい、俺の箸には横にあった紫蘇の葉が掴まれていた。

 

「……もぐもぐ」

 

 取ったものを返すことは出来ないので、お行儀よく口へと運んで食す。紫蘇の香りが口いっぱいに広がるが、同時に悲しい気分になる。

 

 ちなみに、愛宕が「ヒラメ美味しいわ~」と、満面の笑みを浮かべながら口を動かしていた。しくしく……

 

「くっ、まだだ! まだ終わらんよ!」

 

 次こそはメインを食べるべく、座卓を見回す。

 

「……あれ?」

 

 だが、座卓に並べられたお皿には、ほとんどと言っていいほど、料理は残っていなかった。

 

「……え、終わり?」

 

 合掌をしてからまだ30分も経っていない。しかし、積まれた皿はすでに50を越えているし、一度は下げてもらっていた。

 

「……こ、これが……噂の……所以なのか……」

 

 腹ペコ赤城……。その名に恥じぬ、食べっぷりであった。

 

 いや、赤城だけじゃなくて、加賀の方も凄かったんだけど。

 

「しかし……俺の腹はまだ……」

 

 腹部に手を当ててみるが、空腹を訴える音は鳴りやまず、まだ腹3分目程度といったところ。こんな状態で食堂を出るなんてことは、肉体的にも精神的にも厳しすぎる。

 

「つ、追加の天ぷら盛り合わせです……」

 

 疲れきった表情を浮かべた千歳と千代田の2人が、お盆を両手に部屋に入ってきた。まさに天恵、神様仏様鳳翔食堂の皆様である。

 

 あ、追加したのは加賀なんだけど、さすがに感謝は出来ないです。食べれない理由筆頭なんで。

 

「よし、今度こそ……」

 

 並べられていく大量の天ぷらを前に、箸を構えて照準を合わせる。30人前とはいえ、油断は出来ない。目の前にお皿が置かれた瞬間、今度こそは俺が頂く!

 

「ふぅ……それじゃあ、そろそろ……」

 

 赤城が、ため息を吐いて呟く。

 

「そうですね。ここまでは、前菜ですし……」

 

 加賀のあり得ない呟きに、一瞬固まってしまう俺。

 

「「改めて、いただきます」」

 

 赤城と加賀がそろって箸を持ちながら合掌をし、座卓に置かれた料理が瞬時に消えていく。

 

「もぐもぐ……あ、千歳さん、追加で海鮮春雨スープを20人前とお願いしますー」

 

「はむはむ……それなら私は、鮭茶漬け10人前と1人鴨鍋を20人前で」

 

「加賀、それだったらいっそのこと、大鍋の方がいいんじゃない?」

 

「それもそうですね。それじゃあ、大鍋を10人前で」

 

「か、かしこ……まりました……」

 

 涙をボタボタと流しながら階段を下りる千歳と千代田の2人。多分、鳳翔さんも同じように泣いているのではないだろうか。

 

 ちなみに、俺は泣くなんてレベルではなく、真っ白な灰へと化していた。今までの量が前菜なんて、もはや狂気の沙汰としか思えない。元帥が言っていたことも今では頷ける……いや、元帥だからこそ、笑って話せたんだなぁ……と。

 

 腹部から鳴っていた悲鳴はとっくに静まり、俺の胃は見膨れしていた。とてもじゃないが、食事を取る気はさらさら無い。

 

「噂は……信じちゃいけないな……」

 

 腹ペコ赤城なんて生やさしいものではない。

 

 ブラックホール赤城&加賀……とでも、命名しよう。

 

 そして、腹ペコの名を受け継ぐのは、

 

 

 

「んんん~っ、キスの天ぷらも美味しいわ~」

 

 

 

 愛宕でいいのかもしれないと、俺は肩を落としながら呟いた。

 

 

 

 

 

 次の日の午後、鎮守府の方から聞き覚えのある男性の悲鳴に似た叫び声が聞こえた気がしたので、愛宕に聞いてみた。

 

「ん~、そういえば昨日の請求書がそろそろ届いている頃じゃないかしら~」

 

「あ、あぁ……なるほど……」

 

 どうやら、昨日の食事会の請求書が、元帥へと送られたらしい。

 

 ごちそうさまでした、元帥。と、俺は鎮守府のある方へと頭を下げた。

 

 

 

 

 

 艦娘幼稚園 ~子どもたちとの食事会!?~ 完




 以上で~子どもたちとの食事会!?~は終了です。

 引き続き、艦娘幼稚園シリーズは続きますので、宜しくお願い致します。


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~昼寝に天龍に龍田な馬~
短編


 艦娘幼稚園。今回は天龍がメインの短編です。
できれば4コマ漫画とかで書きたい内容ではあるのですが……絵心無いので小説です。


「ひっく……ぐす……うぅ……」

 

「天龍、そんなに泣かなくても大丈夫だって」

 

「う、うるさいっ! 別に、泣いてなんか……っ!」

 

 天龍は目に溜まった涙を右手の袖で拭きながら、真っ赤な顔で怒鳴っていた。拭いては流れ、拭いては流れを繰り返すが、涙は止まることを知らずに流れ続けている。

 

「な、なんで……ち、ちくしょう……」

 

 怒りの矛先を俺のスネに向け、ガシガシとつま先で蹴る天龍。

 

「ちょっ、痛い、痛いって!」

 

「お、俺は……悪くないんだーーっ!」

 

 

 

 

 

 鳳翔さんの食堂から毎日届くお弁当を食べた子どもたちの次の予定は、全員お昼寝タイムである。子供たちは班別に分かれて昼寝専用の部屋に入り、自身が布団をひいて昼寝をするのが艦娘幼稚園の決まりであった。

 

 その為、班の中で仲の良い者同士や姉妹が隣あって寝ることが多く、今回はそんな子どもたちが起こした事件なのだ。

 

 いや、子どもたち――というよりかは、その中の2人が起こしたのだけれど。

 

 あまりにも簡単で、あまりにもありがちな話なのだが、日誌にはきちんと記さねばならないという、先生の仕事であるからして、天龍に悪いとは思っているが、仕方なく書いている――と思ってほしい。

 

 前置きはこれくらいにして、事は昼寝の途中に起こった。

 

 その時間、俺はちょっとした昼休憩を取っていて、スタッフルームでいつもの缶コーヒータイムを楽しんでいた。ちなみに本日は『ごく飲みカフェオレ 1リットルボトル』が売店で安売りしていたので買ってみたのだが、あまりの甘さに挫折しそうになりながらも、もったいないので頑張って飲んでいたのだが……

 

 

 

 ズルズル……ズルズル……

 

 

 

 空気の通り口として半開きにしていた窓の方から、何かを引きずるような音が聞こえてきた。気になった俺は、カーテンの間から窓の外を覗いてみると、大きな真っ白い布の固まりのようなものが、ゆっくりと動いているのが見える。

 

「な、なんなんだ……あれは……」

 

 幽霊にしては日が高く昇りすぎているし、未確認飛行物体にしては地面スレスレにもほどがある。

 

 というか、どこからどう見ても布団であるその物体が、地面に擦られながら進んでいく光景を見て、驚きより先に、洗濯が大変じゃないかと考えてしまうあたり、先生が板についてきたと思ってしまう俺がいた。

 

「いやいや、そうじゃなくてだな」

 

 洗濯よりも大事なことは、誰かが布団を持ってどこかに行こうとしているということである。見た限り、大人が布団を持って歩いているのではなく、小さな子どもが布団を両手で抱え上げながら、視界もままならない状態で歩いているようで、その行動は、非常に危険だと判断できた。

 

「とにかく、早く止めないと!」

 

 窓から大きな声を上げて制止させることを考えたが、ビックリして転けてしまったり、逃げ出してしまうこともあり得ると思った俺は、窓を静かに開けて枠に足をかけ、気づかれないように近づく方法をとった。

 

 

 

 ズルズル……ズルズル……

 

 

 

 布団が地面に擦れる音で足音が聞こえないのか、全く気づく様子のない布団の中の子ども? に、近づいた俺は、端の方をしっかりと掴んで動きを止めてから口を開いた。

 

「どこに行くつもりか知らないけど、危ないから出てきなさい」

 

 ビクンッ! と、大きく震えた布団が動きを止める。

 

「なんで、こんな事をしようと思ったのかな?」

 

 一言目は少し厳し目に、次は優しく問いかける。怒られっぱなしだと萎縮して黙り込んだり、逃げ出してしまう。だからこうやって、アメとムチのような方法をするのが一番良いと、子どもたちと触れ合ってきて分かってきたのだ。

 

「え……あ……うぅ……」

 

 聞き覚えのある曇った声が、布団の中から聞こえてきた。どうしたらいいのか分からない様子で、布団から出ることも出来ずに、ずるずると鼻水をすする音が聞こえてくる。

 

「怒らないから、出てきなさい。このままじゃ、いつまで経っても塗れたまんまだぞ?」

 

「うぅぅぅ……」

 

 図星を突かれて観念したのか、中心の盛り上がっていた部分が沈み、俺がいる反対側の方から天龍の姿が現れた。

 

「な、なんで……分かったんだよ、先生……」

 

「ん、あぁ……なんとなくなんだけどな」

 

 天龍にはそう言ったけれど、昼寝中であるこの時間に、周りに気づかれないように布団を移動させるという行動の段階で、ほぼ間違いなく理由は分かる。ましてや、中にいる天龍が鼻をすすりながら泣きそうな声を出していたのだから、間違いはないだろう。

 

 

 

 つまり、おねしょである。

 

 

 

 大半の人が経験しているであろう、小さい頃の苦い思い出だ。

 

 まぁ、人によっては経験していない場合もあるだろうけれど。

 

 しかし、天龍は俺が先生になってから今までの間に、一度たりともおねしょをしたことは無かった。昼寝前にトイレに行ったのを確認したし、昼食の際に大量の水分を飲んでいたということも無かったので、漏らすということ自体考え難いのであるが……。

 

「うぅ……ぐすっ……」

 

 真っ赤な顔に充血した眼。泣きそうな声と思っていたが、すでに一度は泣いた後みたいだった。天龍の性格からして、周りにばれると威厳を失う――そんな考えが、頭の中にいっぱいだったのだろう。

 

「よし、それじゃあ洗濯室に行くか!」

 

「……え?」

 

「何してんだ天龍。ここでじっとしていたら、他の子にばれちゃうぜ?」

 

「あっ……う、うん、分かった……」

 

 力なく頷いた天龍の頭を少し撫でた俺は、布団を両手で抱えて歩き出す。しょんぼりと肩を落とした格好で、俺の後についてくる天龍は、何度も何度も鼻をすすりながら、涙を袖で拭いていた。

 

 

 

 

 

「まずは、シーツを取って……っと」

 

 洗濯室に着いて一通りスネを蹴られまくった後、布団の四隅にある紐を解いてシーツを外し、そのまま衣服用で使用している家庭用洗濯機の中へ放り込んだ。続けて布団を業務用の大型洗濯機の中に入れ、両方の洗濯機に洗剤を入れた後、ボタンを順に押していく。水が入っていく音が聞こえ、暫くするとドラムがぐるぐると動きす。

 

「え、えっと……先生……」

 

 俺のスネに八つ当たりをして落ち着いたのか、天龍が声をかけてきた。

 

「ん、どうした天龍?」

 

「な、なんで怒らないんだ……?」

 

「怒る? なんで俺が怒らなきゃならないんだ?」

 

「だ、だって……そ、その……お、おねしょ……しちゃったし……」

 

 俯むいたままの天龍は、俺に向かって申し訳なさそうに聞いてきた。

 

「そりゃまぁ、しないにこしたことはないけどさ。だけど、しちゃったもんは仕方ないんだし、今度からしないように努力すればいいだけじゃないか」

 

「そ、それは……そうだけど……」

 

 腑に落ちないといった感じの天龍。

 

「失敗したら、次はしないようにすれば良いだけだぞ。そりゃあ、まったく考えもせずに、かばかば水分を飲んでから昼寝なんかしたら、それを注意することくらいはするけどな。でも、天龍は昼寝前にトイレにも行ったし、お弁当を食べるときにお茶とか飲みまくったわけでもないだろう?」

 

「う、うん……」

 

「それだったら、怒る必要はないだろ。まさか、ワザと漏らしたってわけじゃないんだし」

 

「そ、そうだけど……」

 

 俺の顔を見ようと上目遣いになった天龍だが、視線に気づいてすぐさま俯き、小さな手をぎゅっと握った。口元をもごもごさせている仕草から、何かを訴えようとしているのが読みとれる。

 

「よし、後は綺麗になるのを待ってから、干せばいいんだけど……」

 

「う……うぅ……」

 

「夕方に一雨くるかもしれないって、天気予報で言ってたからな。そのまま乾燥モードで乾かしておくか」

 

 そんな俺の言葉に、天龍の顔はパアァ……と明るくなった。

 

「ところで、天龍」

 

「え、あっ、な、何だよ先生?」

 

 おねしょ布団を干されないと分かった途端、態度が一変したぞこいつ。

 

 それほどまでに心配だったのかと思うと、ちょっとばかりいじってみたくもなるけれど、今回は止めておくことにしよう。

 

「なんで、おねしょしたんだ?」

 

「うっ……」

 

 恥ずかしそうというよりかは、後ろめたさがあるような反応を見せた天龍に、俺は怪訝の表情を浮かべた。そんな俺の顔を見た天龍は、隠し通せないと思ったのか、ぽつりぽつりと喋りだした。

 

「昼寝の途中のことなんだけど……、急に揺さぶられてる感じがして、目を覚ましたんだ」

 

「うん、それで?」

 

「横で寝ている龍田の声がしたんで、一緒にトイレにでもついてきて欲しいのかなぁって思ったんだけど……」

 

 ああ、なるほど。

 

 昼寝の途中にトイレに行きたくなった龍田が、姉である天龍に頼むために起こしたということなのか。

 

 ……って、それだったら、おねしょをする可能性が高いのは龍田であって、天龍ではない。そうすると、このおねしょ布団の本当の持ち主は――龍田ということだろうか。

 

 以前、中将にボールを投げつけた龍田を守るべく、天龍がかばう場面を見たことがあるし、姉という立場や、天龍の性格を考えれば十分にあり得る話である。

 

「そっか……お姉さんだからか……。偉いな、天龍は」

 

 天龍の頭にそっと手を置いて、優しく撫でてあげた。

 

「……なんで、撫でるんだよ先生」

 

 少しふてくされた顔の天龍が、俺の顔を睨む。

 

 恥ずかしくてこういう態度をとるのがいつもの天龍である。ここは気にせず撫でておくことにするが、

 

「勘違いしてると思うんだけどさ」

 

「……勘違い?」

 

「えっと……そ、その……おねしょをしたのは、俺……なんだよ」

 

「……あれ?」

 

 そんな天龍の言葉を聞き、固まってしまう俺。どうやら、1人で考えて自己完結した思考は、完全に外れていたということだった。

 

「で、龍田に向かって『何、トイレでも行きたいのか?』って、聞いたんだけどさ」

 

「ん、あ、あぁ……」

 

「いっこうに返事がないから、龍田の方を振り向いたんだけど……」

 

 そう言いながら、身体をブルブルと震わせる天龍。

 

「龍田が……その……馬面になってたんだ……」

 

「………………」

 

「しかも、懐中電灯を下から……当てて……」

 

「……は?」

 

「め、めちゃくちゃリアルでさ……怖くなって……その……」

 

 で、漏らしてしまったという訳らしい。

 

 つまり、原因は龍田のドッキリということだった。

 

 

 

 その後、洗濯を終えて綺麗になった布団を、みんなにばれないように後から片づけておくという約束をして、天龍は帰っていった。今から昼寝を再開するには時間が少ないし、目が冴えてしまったため、遊技室で遊ぶことにしたようだ。

 

「はぁ……なんだか疲れた……と、言いたいところだけど」

 

 独り言を呟いて、少し考える。

 

 今回の件を、愛宕に話すべきかどうなのか。

 

 天龍との約束は、他のみんなにばれないようにということだし、愛宕に相談するのは約束を破ることになる。

 

 と、なると、今後のことも考えた上に取るべき手段はただ一つ。

 

 今日の夕方、みんなが宿舎に帰るタイミングを見計らって、本人を呼び出すことにしよう。

 

 

 

「龍田、ちょっといいか?」

 

「なにかしら~、先生~」

 

 子どもたちが幼稚園から帰る中、俺は龍田を呼び止めてスタッフルームに来るように指示をした。ちなみに天龍がいる時に声をかけると、気になってついてくる可能性があったので、夕立に上手く話をつけて、一緒に帰るようにお願いをした。

 

「あら~、もしかして、告白タイムとかそういうことかしら~」

 

「いやいや、さすがにそれはない」

 

「あら~、残念~」

 

 まったくもって残念そうな表情を浮かべていない龍田は、くすくすと笑いながらスタッフルームの中へと入ってきた。

 

「そこのソファにでも座ってくれ」

 

「は~い」

 

 言われたとおりにソファに座った龍田は、足をブラブラさせながら、何が起きるのかと興味津々といった表情で俺を見つめている。

 

「今日のお昼寝の時間のことなんだけど、天龍に何かしなかったか?」

 

 ごほん……と咳払いをして、まじめな顔で龍田に尋ねた。

 

「あぁ~、そのことね~」

 

「びっくりして、大変だったんだぞ」

 

「天龍ちゃんったら、漏らしちゃうんだから~」

 

 横にいたのだから気づいているのかもしれないとは思ったが、知ってて放置していたというのならば、ちょっとばかり質が悪いのではないだろうか。ここはしっかりと注意をしないといけないのだが……

 

「ちなみに、先生は何故こんなことをしたんだって言うつもりでしょう~」

 

「え、あ、あぁ、その通りだけど」

 

「それじゃあ、問題です~」

 

「……は?」

 

「今年の干支は、何でしょうか~」

 

「………………」

 

「あら~、わからないのかしら~」

 

「いや、分かるけどさ。分かったからといって、答えになっていない気がするんだけど」

 

「なんで~?」

 

 なんでと言われても、分からないモノは分からない。今年の干支は馬年だから、馬の被り物をして驚かす理由になる訳がない。

 

「とにかく、昼寝中に驚かすようなことはしないように。分かったか、龍田?」

 

「は~い」

 

 いつもと変わらない、龍田の声。まったく反省していないように聞こえたけれど、念を押すというのも気が引ける。

 

 中将の後頭部に向けて、メジャーリーガ級のボールを投げた挙げ句、「死にたい人はどこかしらー」と脅しをかける龍田に恨まれようものなら、明日の朝日を拝めなくなりそうである。

 

 先生としての仕事は大事だが、命も同じくらい大事にしたいし。

 

「まぁ、言いたいことはそれだけだ。何事も、ほどほどにな」

 

「で・も・ね、せ~んせ~」

 

 ソファから立ち上がった龍田は、俺の顔をじっと見つめながらにっこりと笑う。

 

「天龍ちゃんったら、からかえばからかうほど可愛いのよ~」

 

「……いや、だからほどほどにだな」

 

「ふふふ~、分かりました~。それじゃあ、帰りますね~」

 

 そう言いながら、扉の方へと向かって歩く龍田。

 

「それじゃあ、こうするわね~」

 

 急に歩を止めて、ゆっくりと俺に振り返る。

 

「干支ネタは、お正月だけってことで~」

 

 バタン……と扉が閉まり、音が聞こえなくなった。

 

 

 

 結論。

 

 馬の耳に念仏。

 

 馬の被り物だけに。

 

 

 

 馬いこと……じゃなくて、上手いこと言ったつもりか俺。

 

 お後はよろしくないようで。

 

 

 

 そんな、とある日の出来事だった。

 

 ……疲れたので、帰って寝ます。

 

 

 

 P.S

 

 結局日誌に書いてる時点で、愛宕さんに伝わってるんだけどね。ごめんよ、天龍。

 

 

 

 艦娘幼稚園 ~昼寝に天龍に龍田な馬~ 完




 幼稚園児の天龍短編作はこれにて終了です。

 次回作は雷と電のお話を更新予定です。宜しくお願い致します。


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~俺と雷と電のはじめてのおつかい~
前編


 今日も幼稚園の業務を終えた俺は、いつもの日課である缶コーヒータイムを少し贅沢なものにしようと売店にやってきたのだが……

 今回は雷と電のお話です。
 まったりほんわかな雰囲気で進めていきます。


「え、マジで?」

 

 舞鶴鎮守府内の建物にある売店の前で、俺は素っ頓狂な声を上げてしまっていた。

 

「こんなこと、今まで一度もなかったんだけどなぁ……」

 

シャッターのど真ん中に貼られた紙には『売り切れの為、お休みします』と、書かれている。

 

「うーん、今日は気分を変えて、ちょっとだけ贅沢しようと思ったのに……」

 

 仕事を終えた俺の日課である、缶コーヒータイムの飲み物を、今日は売店で少しばかり良い物にしようと、足を延ばしたのが裏目に出てしまうとは、なんだか運が悪い。

 

 こうなったら仕方がないので、いつもの自動販売機で購入しようと、きびすを返して出口へと向かう俺の耳に、後ろの方から女の子の声が聞こえた。

 

「はわわわ、閉まっているのです!」

 

 聞いたことがある声だったので、そちらの方へと振り向いてみる。売店のシャッター前に2人の子どもが立っていて、張り紙を見ながら喋り合っているようだった。

 

「はうー、今日の分が飲めないのです……」

 

「うーん、ここ以外に売っているところってあったかしら?」

 

「電は、覚えがないのです」

 

「困ったわね……」

 

 肩を落としてがっくりとうなだれているのは電の姿。その横で張り紙を見ながら考えごとをしているのは雷だった。2人とも俺ではなく、愛宕が担当している子どもたちだ。

 

「雷に電、どうかしたのか?」

 

 担当が違うとはいえ、先生として困っている子どもたちを無視するわけにはいかない。声をかけながら手を上げた俺は、売店の前へと歩いていく。

 

「あっ、先生じゃない」

 

「先生なのです」

 

「よおっ、こんなところで奇遇だな」

 

 お互いに挨拶を交わし、何を困っているのかと聞いてみることにした。

 

「いつも寝る前に飲んでいる牛乳が切れちゃったのです……」

 

「なるほど、だから売店に買いにきたんだけど……ってことだな」

 

「そうなのです……」

 

 もう一度がっくりと肩を落としてしょぼくれた電に、「元気ないわねー、そんなんじゃいつまで経っても小さいまんまよっ!」と、雷が喝を入れる。

 

「ま、まぁ、そんなにきつく言わなくてもだな……」

 

 電が欲しいと言っているのは牛乳は、俺がいつも缶コーヒーを買っている自動販売機には売っていない。鎮守府内にここ以外の売店があるというのは俺は知らないし、そうなると、外に出て近くにあるコンビニまで行かないと、手に入れるのは難しいんじゃないだろうか。

 

「いつも、ちゃんと飲むって決めてるのです……」

 

 今にも泣き出しそうな電の姿に、思わず抱きしめたくなる衝動を抑えつつ、「よしっ!」と声を上げた俺は、自分の右の太股を平手でパシンッ! と叩いた。

 

「っ、な、なんなのですっ!?」

 

「先生と一緒に、コンビニまで買いに行くか!」

 

「え、ええっ! い、いいの……ですか?」

 

「ああ、袖振り合うも多生の縁と言うしな。それに俺も買いたい物があるし」

 

 そう言いながら、俺は電の頭を撫でてにっこりと笑う。

 

「あの……、あ、あのっ! ……ありがとう、なのです」

 

 泣きそうな表情が一変して、嬉しそうに変わったけれど、眼は潤んだまま。だけど、その意味合いが表情からも分かるように、良い方へと変化したのを見て、俺は一息つきながらもう一度笑みを浮かべた。

 

「へぇー、先生にも良いとこあるんだね」

 

「……今までどういう風に、俺を見てたんだよ」

 

「んー、そうねー、頼りがない紐男って感じかしら!」

 

「ひどっ!」

 

「冗談よ、じょーうだんっ!」

 

 あはははー、と笑う雷にジト眼を向けつつ、俺たち3人は鎮守府の外にあるコンビニへと向かうことになった。

 

 

 

 

 

「ところで電、いつも寝る前に牛乳を飲んでいるって言ってたけど……」

 

 コンビニへと向かう道の途中、黙って歩き続けるのはなんとも息苦しいので、先ほどの会話で気になっていたことを聞こうと声をかけた。

 

「そ、それは……その……」

 

 少し困ったような顔を浮かべた電は、俯いて言葉を詰まらせた。

 

「あ……、言い難いことだったら言わなくても良いぞ。その、すまん……」

 

 寝る前にホットミルクを飲むと、安眠しやすいと聞いたことがある。睡眠に何らかの障害を持っていて、それをあまり知られたくない――そんな思いで表情を曇らせているのなら、これ以上は聞かない方が良いだろう。

 

「いえ、そんなに難しいことじゃないのです。ただ、電は背が高くて綺麗なお姉さんになりたいから、毎晩牛乳を飲んでいるのです」

 

「あ、あぁ、そういうことか」

 

 どうやら、俺の考えは全くもって違ったらしい。心配し過ぎなのは悪い癖なのだけれど、電が不眠で苦しんでいるのではなかったということを、今は素直に喜んでおく。

 

 この間の天龍の時といい、思い違いをすることが増えている気がするので、少し考えを直した方がいいのではないだろうか。いや、考え直すというよりも、もう少し冷静になるべきなのだろう。先生として子どもたちを見守る立場なのだから、冷静さは必要不可欠だ。

 

「それじゃあ、コンビニで美味しい牛乳を買って、いっぱい飲んで成長しないとな」

 

「はい、なのです!」

 

「でもでも、あんまりガブガブ飲んじゃうと、お腹がぐるぐるになっちゃうわよ!」

 

「そ、それは気をつけるのです……」

 

 以前に経験があるのか、少し気まずい顔を浮かべた電は、右手でお腹を押さえながら答えた。

 

「ちなみに雷は何を買うつもりなんだ?」

 

「私は――そうね、新作のお菓子が出ているかどうか確かめるわ」

 

「ん、ということは、目的の物があるっていう訳じゃないのか?」

 

「目的は電の付き添いよっ。かわいい妹の為だもの、たとえ火の中水の中よっ!」

 

「雷ちゃん、ありがとなのです……」

 

 電は頬を染めながら、雷の顔を見て小さく呟いた。

 

「それじゃあ先生は、何か買う予定はあるの?」

 

「ん、俺か?」

 

 逆に雷から問われて、言葉に詰まってしまう俺。そもそもコンビニに向かうことになったのは、泣きそうだった電を先生として放っておくことは出来ないと思ったからであるからして、買いたい物があるというわけではない。だが、それをそのまま説明してしまうと、電に対してあまり良いとも思えないので、売店で買おうとしていた物を思い出しながら口を開く。

 

「俺も電と一緒で、仕事が終わった後に缶コーヒーを飲むのを日課にしててな。今日は何となくちょっと良い物を飲みたいと思ったから、コンビニで最近流行のドリップコーヒーでも飲もうかなってな」

 

「なるほどねー」

 

「なるほどなのです」

 

 2人はうんうんと頷いて、「コーヒーを飲めるなんて、さすが先生は大人なのです!」と、電が感心した顔を俺に向けた。そんな電を見た雷は、「雷もカフェオレなら飲めるわよ!」と、自慢げに胸を張って見せる。

 

「カフェオレは、結構甘いのです」

 

 呆れた表情を浮かべる電。ちなみにカフェオレは俺も好きなのだけれど、それを言ったら電の立つ瀬がないような気がしたので、黙っておくことにした。

 

「な、なによもう! 別にいいじゃない、美味しいんだから!」

 

 うんうんと、心の中で同意する俺。甘すぎるのは苦手だけれど、程良い甘さと苦み、ミルクのコクが合わさったカフェオレは、非常に美味しくて、大好きである。

 

「そういえば確か……カフェラテも売ってたよな」

 

「それ以外にも、紅茶や抹茶ラテなんかもあるわね」

 

「へぇ……、最近コンビニには行ってなかったけど、色々出てるんだなぁ」

 

「私のおすすめは、抹茶ラテよ。甘さも控えめで、とっても飲みやすいんだからっ!」

 

「ふむふむ、そりゃあ良いことを聞いたな」

 

「ふふーん、コンビニに関しては、私に頼りまくってもいいのよ?」

 

「そうだな。新作の美味しい物があったら、雷に聞くことにするよ」

 

「まかせといて、先生っ!」

 

 雷はそう言って、自分の胸を拳で叩いてドヤ顔を俺に見せた。うむ、なんというか、可愛らしすぎて抱きしめたくなりそうだ。

 

 ……とはいえ、真っ赤な夕日が沈んでいく時間に、町中で小さな子に抱きつこうものなら、すぐに近所の奥さま方に通報されてしまうだろう。

 

 いや、人がいなかったとしても、やらないけどさ。

 

 ほ、本当に、神に誓っても構わない。

 

 だって、変な噂を流されたとしても具合が悪いからね。

 

「そういや、電は……」

 

 心の中で、どこかの誰かに言い訳をしつつ、雷との話が盛り上がっている間、黙りっぱなしだった電が気になった俺は、歩を止めて振り返る。

 

「えっ……、はわわわっ!?」

 

 その瞬間、慌てふためく電の声が聞こえると同時に、俺の下腹部に強烈な鈍痛が襲ってきた。

 

「ぐっ、おおお……っ!?」

 

「ご、ごめんなさいです、先生……っ! ちょっ、ちょっと考えごとをしていて……ごっつんこしちゃった……なのです……っ」

 

「う……ぐぅ……、い、いや、俺の方こそすまん……急に立ち止まってしまって……くぅぅぅ……」

 

「だ、大丈夫……なのです……?」

 

「あ、あぁ……す、少しだけ、待ってくれ……」

 

 ズキズキと痛む下腹部を両手で押さえながら、その場で何度もジャンプをする。

 

「はわわ……本当に、ごめんなさい……なのです……」

 

「電は本当によくぶつかるわよねー」

 

「うぅ……反省なのです……」 

 

 先に言っておいてくれよ……と、雷に言うことも出来ず、しばらくその場で痛みに耐えることになった。

 




 続きは後編で、宜しくお願い致します。

 ご感想等があれば、是非お願いします。


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後編

 電と雷と一緒にコンビニに行く事になった俺。
 ヒモ男呼ばわりされたり、下腹部にごっつんこされたりと、相変わらずの不運っぷりを発揮しながらも、全員が目当ての物を購入できたのだけれど……

 ~俺と雷と電のはじめてのおつかい~ 後編 開始デース。


 ピンポロポロリ~ン♪

 

 コンビニの自動扉が開き、電子音が流れる。

 

 内部の空気は心地よい温度で満たされていて、流行りの多人数アイドルの曲が流れていた。

 

「到着したわよ、先生っ」

 

「あ、あぁ、そうだな」

 

 まだ少し痛む下腹部を労りながらコンビニの中へと入った俺は、とりあえず雑誌コーナーへと向かう。マンガ週刊誌を手にとってパラパラとめくると、お目当ての作家のページが見つからない。そのまま後ろの方にある目次を開くと、作家の名前が載っていなかった。

 

「今回は休みか……残念」

 

 雑誌を元の位置に戻して缶ジュースの売場へと向かう。いつもの缶コーヒーがずらりと並んでいる前に立ち、どれにしようかと腕を組んで考え込む。

 

「あれ、結局缶コーヒーにするの?」

 

「え、あ、そうか。ドリップの注文はレジの方だっけ?」

 

 雷に言われて思い出した俺は、その場から離れてレジの方へと足を向ける。すると、紙パックの飲み物コーナーの前で、電がうーん……と頭を傾げて悩んでいた。

 

「ど・れ・に・し・よ・う・か・な……、なのです」

 

「あれ、電ったら、まだ決めてなかったの?」

 

「いっぱい種類がありすぎて、迷ってしまうのです」

 

「あー、それは分かる気がするなぁ」

 

 電の指先には牛乳の紙パックが3種類。その周りにはフルーツ牛乳に苺オレ、コーヒー牛乳など様々な乳飲料が並んでいる。

 

「たまには、違う種類も飲んでみたらどう?」

 

「違う種類……ですか?」

 

「これなんかどうかしらっ!」

 

 そう言って、雷は1つの紙パックを持って電に示した。……うむ、その手に持っているのは乳製品の種類ではなく、パッケージに青汁とバッチリ書かれている。

 

 つーか、500mlの青汁なんて飲みきれるんだろうか……。

 

「そ、それはさすがに……飲みたくないです……」

 

「あ、やっぱり?」

 

 あっはっはー、と笑いながら元の位置へと戻す雷。食べ物で遊ぶのはよくありませんと、先生として注意しておいた。

 

「それじゃあ、目当ての物は全部持ったかな?」

 

「はいっ、なのです」

 

「じゃーん! ばっちりおっけーよ、先生っ」

 

 2人は揃って手に持った商品を俺に向けて示した。電は迷いに迷って、結局いつもの牛乳パック(1Lタイプ)に決め、雷は新商品のチョコレート菓子を3種類選んだようだ。

 

「うし、それじゃあレジに向かうか」

 

「先生は、何にするか決めたの?」

 

「ああ、雷が勧めてくれた抹茶ラテにするよ」

 

「この雷様が勧める抹茶ラテなら、間違いないわっ!」

 

「おー、今から期待しちゃうなー」

 

「ふふーん、覚悟していなさいっ!」

 

 お菓子を抱えたまま腕を組んで自慢げにする雷。うむ、やっぱり可愛いなぁ……ちくしょう。

 

 ニヤニヤとしそうになった顔を崩さないように我慢しながら、レジへとやってきた俺は、店員に抹茶ラテを注文する。

 

 営業スマイルを浮かべた店員は「少々お待ちくださいー」と言いながら、レジの奥にあるドリップマシンを操作する。プシュー、ゴポゴポ……と音が聞こえ、ほんのりと抹茶の香りが漂ってきた。

 

 どうせなら、雷と電の会計も一緒に済ませてしまえば手間も省けるだろうと思い、後ろへと振り返ってみる。すると、2人の手にはすでに、ビニール袋が収まっていた。

 

「あれ、もう会計済んじゃったのか?」

 

「隣のレジが空いていたのです」

 

「一緒にと思ったんだけど……先に言っておけばよかったな」

 

「そ、そこまで甘えるわけにはいかないのです」

 

「そうそう、コンビニまで着いてきてもらったんだし、むしろ電が先生の分を出すべきよねー」

 

「はわわわっ、そうでしたっ! ど、どうしたらいいですかっ!?」

 

 あたふたと慌てる電が、俺と雷の顔を交互に見る。

 

「いやいや、そんなに気を使わなくてもいいって。それに、先生が教え子におごってもらうってのは、色々と問題になりそうだしね」

 

「そうなのですか?」

 

 頭の上に、はてなマークを浮かべた電は、「うーん……」と考え込む。

 

「それこそ紐男になっちゃうわよねー」

 

「何度も言うが、マジで酷いぞ……それ……」

 

「大丈夫だって! どうしようもなくなったら、私が面倒を見てあげるわ!」

 

 うわーい、雷ちゃんは頼りになるなぁー。

 

 ……なんてことは、まったくもって考えられないはずなのに、何故かそれでも良いと思えてきたりもする俺がいた。

 

「ま、先生がクビになったら、よろしく頼むよ」

 

「雷に任せときなさいっ!」

 

「そ、それはちょっと、悲しくなるのです……」

 

 苦笑を浮かべる俺に、自慢げな雷と、少し悲しげな電。そんな、漫才トリオにも見える光景を目の前にした店員が、営業スマイルをひきつらせて立ち尽くしていた。

 

「あ、あのー、抹茶カフェオレ、用意できているんですけど……」

 

「あっ、す、すみません……」

 

 店員の突っ込みを受けて恥ずかしくなった俺は、レジカウンターに置かれていたカップを受け取り、会計を済ませて、そそくさとコンビニを後にした。

 

 

 

 

 

「あー、恥ずかしかった……」

 

 コンビニからの帰り道。火照った顔に夜風が当たって、少し気持ちが良かった。

 

「先生ったら、慌てすぎよっ」

 

「お顔が、真っ赤っかだったのです」

 

「か、からかわないでくれると、嬉しいなー」

 

 棒読みで返事をしながら、空いた手でパタパタと顔に風を送って、顔を早く冷やそうとする。そんな俺の姿を見て、雷と電はクスクスと笑っていた。

 

 子どもたちにからかわれる大人の図。残念ながら、今の俺の姿である。

 

「ところで先生っ、早く飲まないと、ぬるくなっちゃうわよっ」

 

「あ、あぁ、そうだよな」

 

 雷の指摘を受けて、手に持った抹茶ラテのカップに視線を移すと、表面にたくさんの水滴がつき、側面を伝ってポタポタと地面に落ちていた。

 

 慌てながらストローを口にくわえた俺は、ゆっくりと抹茶ラテを吸いあげる。口の中に入り込んでくる、ほんのり甘いミルクの柔らかな口当たり、ふわりと抹茶の香りを鼻へと通し、ふぅ……と一息ついた。

 

「おっ、美味いな、これ」

 

「雷の言った通りでしょ、先生っ」

 

「ああ、本当に美味しいよ。甘すぎず程良い感じなのが気に入ったよ」

 

「でしょっ! 他にも、お勧めはいっぱいあるのよっ!」

 

 雷は指を折りながら、自分のお勧めする飲み物をたくさん教えてくれた。電も会話に加わって、わいわいと話が弾んでいく。

 

「紙パックなら、やっぱりフルーツ牛乳よねー」

 

「電は苺オレも好きなのです」

 

「俺は乳酸菌飲料のやつだなぁー」

 

「あれって、飲み過ぎるとお腹が痛くなるでしょ?」

 

「はうぅ……電も、お腹が痛くなったことがあるのです……」

 

「あー、確かに飲みすぎはよくないかもなぁー」

 

 雷と電と俺の3人は、笑ったり悲しんだり驚いたりと、コロコロと表情を変えながら、会話を楽しんだ。歩きながら話をまとめ、自分の好きな飲み物ベスト3を発表し終えたところで会話が一区切りし、もう一度ストローで抹茶オレをひと飲みする。

 

 ごくり……と喉が潤みを帯び、身体に冷たさが行き渡る。いつの間にか恥ずかしさで火照った顔は平熱へと下がり、普段の状態に戻っていた。

 

「んー、なんだか喉が渇いちゃったわ」

 

 雷は手に持ったビニール袋をごそごそと探るが、中にはチョコレート菓子しか入っていない。自分で買った物なので、分かってはいたのだろうけれど、飲み物が無いことを確認して、ちょっぴり悲しそうな表情を浮かべた。

 

「雷、よかったら飲むか?」

 

 持っていた抹茶オレを、雷に差し出す。

 

「えっ、いいのっ!?」

 

「ああ、まだ残ってるから……って、早っ!」

 

 俺の手からカップを奪い去るように受け取った雷は、じゅるじゅるとストローを勢いよく吸って、抹茶オレを喉へと流し込んだ。

 

「は、はわわ……」

 

 横目で見ていた電が、ビニール袋を持ったまま両手で視界を覆っていた。恥ずかしそうに、だけど、指の隙間からバッチリと雷の姿を覗いている。

 

「んっ、んんー、ごくごく」

 

 そんな電を全く気にすることなく、中身を全部いただく勢いで吸い込む雷。っていうか、全部飲んでいいとは言ってないんだけど……まぁ、いいか。

 

「か、間接キス……なのですっ」

 

「んぐんぐ……むぐっ!?」

 

 電の小さな呟きを聞いた雷は、ブピュルッ! と口から抹茶オレを吹き出した。薄い緑色の液体が、綺麗な放物線を描いて地面へと落ちていく。

 

「けっ、けほげほっ! な、何を言うのよ電っ!」

 

「だ、だって……やっぱり、間接キスなのです……」

 

 むせながら声を上げる雷に、困った顔を浮かべる電。いやまぁ、そんなに気にすることないのに……と、思いながらも、雷と電の反応が可愛らしくて、じっと眺めていたくなる。

 

「べ、べべべ、別に、気にしないんだからっ!」

 

 そう言いながら、雷は何度も俺の顔をチラチラと横目で見ていた。うーん、本当に可愛いなぁ……。

 

 このまま自室にお持ち帰りー、ってな感じで抱きついて、部屋で撫で続けちゃおうかなぁとか思ってしまうが、それじゃあ完全に危ない奴である。先生としてだけではなく、一人の大人として自重しなくてはならない。

 

「雷ちゃんは、大人なのです……」

 

「そ、そうよっ! か、かか、間接キッスなんかで、あああっ、慌てたりっ、しないんだからっ!」

 

「す、すごいのですっ」

 

 空威張りの雷に、目をキラキラと輝かせる電。

 

 するといきなり大きく頷いた電は、何を思ったのか雷の持っていた抹茶オレのカップを素早い動きで奪い取った。

 

「えっ、な、何をするの……電っ!?」

 

「雷ちゃんが出来たのですから、電も出来るはずなのですっ! ……い、電の本気を見るのですっ!」

 

 グッと目を閉じた電はストローを口に含んで、じゅるるるっ……と勢いよく抹茶オレを吸い込んだ。

 

「あ、あぁぁ……っ!」

 

 残っていた抹茶オレを飲まれてしまった為なのか、それとも電も間接キスをした為なのか、雷はビックリした表情のまま立ち尽くし、大きな声を上げた。

 

「んくっ……んくっ……ぷはぁ、なのですっ!」

 

 結局全部飲まれちゃったよ……俺の抹茶オレ。

 

 まぁ、あげたんだから、別に良いんだけどさ。

 

「ちょっと薄かったのです……」

 

 そりゃまぁ、残り少ない状態で氷ばっかりが残っていたのなら、薄くなっていてもおかしくはないだろう。

 

「い、電が……か、かかか……間接キス……っ!」

 

「し、しちゃったのです……っ!」

 

 電は恥ずかしげに頬を染めながら、どうだと言わんばかりに胸を張った。

 

「そ、そんな……っ、こ、こうなったら……っ!」

 

「い、雷ちゃん、まだ何かをするのです!?」

 

「せ、せせ、先生っ! つ、次っ、次は、い、いいい、雷と……っ、ち、ちぅ、ちち、ちゅー……」

 

「いや、しないからね」

 

「がーーーんっ!」

 

「雷ちゃん……先生にフラれちゃったのです……」

 

「がががーーーんっ!」

 

「いや、フってないけどさ……」

 

 さすがにちゅーはマズいって。

 

 いろんな意味で、通報されちゃうし。

 

 あと、自重しきれなくなるかもしんないし。

 

 ……最後のは、無しの方向でお願いします……って、誰に言ってるんだろ、俺。

 

「それにさ、そろそろ着くよ」

 

「「えっ?」」

 

 雷と電の声がハモって聞こえ、一斉に2人が反対方向へと顔を向けた。その先には、舞鶴鎮守府の門が見えている。

 

「到着なのです……」

 

「ま、まぁ、今日はこの辺にしておいてあげるわっ!」

 

 ぷいっと、顔を俺から背けた雷は、スタスタと門へと歩いていく。

 

「先生、本当にありがとなのですっ」

 

 にっこりと笑みを浮かべてお辞儀をする電の頭を、「あぁ、これくらいのことなら、いつでもいいぞ」と答えながら、優しく撫でた。

 

「えへへ……それじゃあそろそろ、部屋に戻るのです」

 

 電は嬉しそうに、頬を染めながら俺を見上げる。キラキラと月明かりが反射して光る電の上目遣いが、何とも言えない可愛らしさを醸し出していた。

 

「夜更かしはしないようにな。おやすみ、電」

 

「おやすみなさい、なのですっ」

 

 もう一度お辞儀をした電は、雷を追いかけて宿舎の方へ走っていった。俺はその姿を遠目で見ながら、自室の方へとゆっくりと歩いていく。

 

 間接キス……ちょっとドキドキしてしまったかもしれない。

 

 ほんの少し前にあった、自分の青春時代を思い出す。

 

 高校生の時の、俺の姿。クラスメイトたちの顔。担任の怒鳴り声。

 

 ……そう言えば俺って、家族の復讐のことしか考えてなかったから、楽しい高校生活の記憶は皆無に等しかった。

 

「ま、今が楽しければ、それでいいよな」

 

 家族のことは今でも忘れられない。いや、忘れたくない。

 

 だけど、今はそれ以上に、子どもたちのことが大事なのだ。

 

 思い出は胸の中に。俺は前に進んで、歩くと決めたのだから。

 

「さて、お腹も減ったし、鳳翔さんの食堂に行こうかな」

 

 ぐぅぅぅ……と鳴るお腹を手で押さえながら、鎮守府内を歩いていく。

 

 夕日はとうに沈み、真っ暗な夜空にぽっかりと浮かぶ綺麗な月と、瞬く星々が広がっている。

 

「もう少しで、満月かな」

 

 ほんのちょっぴり欠けた、まあるい月を見ながら、俺はなんとなしに笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 ちなみに、本日のオチ。

 

 鳳翔さんの食堂に着いた俺の目に入ったのは、『材料が切れましたので、閉店します』の文字だった。

 空腹を我慢できなかった俺は、なんとかならないかと食堂に入って直談判をしたのだが、材料が無いのでどうにもならないとのことだった。

 

 理由はブラックホールペア(詳しくは『艦娘幼稚園 ~子どもたちとの食事会!?~』を参照)の襲来だそうで、この食堂の前にも、売店の食料品を片っ端から胃の中へ消し去ったらしい。

 

 肩を落として食堂から出ると、またも出会った2人の姿がそこにあった。

 

 宿舎に戻って友達に状況を聞いた、雷と電の青ざめた顔に俺は頷き、もう一度、一緒にコンビニに向かうことになりましたとさ。

 

 

 

 結論。

 

 元帥への陳情文を送ります。 

 

『正規空母以外にも、行き渡る量の食料をお願いします』

 

 駆逐艦、軽巡ならびに幼稚園一同より。

 

 

 

 艦娘幼稚園 ~俺と雷と電のはじめてのおつかい~ 完

 




 艦娘幼稚園 ~俺と雷と電のはじめてのおつかい~
 以上で終了となります。
 長文、お読み頂きありがとうございました。

 感想、評価等ございましたらお気軽に宜しくです。

 次回作は天龍と龍田のお話を予定しております。


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~姉妹の絆と告白~
前編


 今回の作品は天龍と龍田のお話です。

 ちっちゃな天龍と龍田に振り回される主人公をお楽しみください。


 

 龍田は普段、手が掛からなくておとなしい感じの子どもである。だいたいは天龍と一緒にいることが多く、室内外問わずに遊び、楽しみ、元気いっぱいの幼稚園生活を送っているように――見える。

 

 言葉を詰まらせたのには理由がある。と言うのも、それにはいくつかの問題があるからなのだ。以前にも触れたと思うが、幼稚園を廃止しようともくろむ中将に対して、後頭部にメジャーリーガー並のストレートを投げ込み、すぐに泣いてる振りをして隠れ、結果、怒りの矛先が天龍に向くという結果になった。他にも、いつも一緒にいる姉の天龍に対して、よくいたずらをして困らせているようなことがあり、この間も、昼寝の時間に寝ている天龍を呼び起こし、リアルな馬のかぶりものをした状態の自分を見させた瞬間に、下から懐中電灯を当ててビックリさせ、おねしょを誘発させた事件が発生した。

 

 しかし、それらの龍田行動を冷静に分析してみると、中将に対して行った行動は、怖がる子どもたち……特に、天龍のためにやったことと思えば、勇気のある妹が姉を思ってしたことであると考えられるし、天龍に対していたずらをするのも、好きな子に対する愛情表現として見受けられる行動に当てはまる。まぁ、それが姉に対する行動としてどうなのかと問われれば、やっぱり言葉を濁してしまうのだが。

 

 それらのことに対し、注意を促したはずなのだけれど、龍田は全く気にする素振りも見せず、一向に改善されないのは問題であると考えた。今回、俺は先生として、龍田の行動をある程度把握しておくべきなのではないかと思うのだ。

 

 しかし、小さな子どもとしては考えられないほどの圧力を持ち、勘も鋭い龍田のことである。生半可な観察はすぐにばれてしまう恐れがあるので、あくまで仕事の合間にそれとなく行うのがベストだろう。

 

 龍田の気を損ねると、天龍へのいたずらが俺へと向く可能性もあるし、変な誤解を生んで命を縮めることがあっては目も当てられない。小さな子どもに恐れをなす先生なんて、なんて情けないのだ――と、思うかもしれないけれど、実際に今までのことを目にしてきた俺にとって、それほどまでに注意しなければならないと、本能が告げているのだ。

 

 それ故に、細心の注意を持ちつつ、普段の仕事をこなしながら龍田の観察を行うことが必要である。まだまだ見習い先生の俺にとっては、かなりハードルが高いことをしなければならないが、これも艦娘幼稚園の子どもたちが楽しく元気に過ごせるために、一肌脱ぐのべきなのだ。

 

 この行動の結果、俺の身に想像もしなかったことが起きるなんて少しも考えなかったのだけれど、今思えば、やっぱり軽率だったのだろうなぁと思う。だけど、俺は先生として、みんなのことを思って行動したのであるから、少しも後悔はしていない――と思う。

 

 たぶん、していないと――思いたい。

 

 いや、実際には、大問題じゃないかと思ったりも出来るわけで。

 

 見方によっては、問題にすらならないんだけれど。

 

 普通なら、羨ましがられる方だし。

 

 ――たぶん、だけどね。

 

 

 

 

 

「それでね~、天龍ちゃんは、もう少し頑張るべきと思うのよ~」

 

「いや、俺別に、おっぱいがどーとか考えたことねーんだけど……」

 

「あらあらダメよ、天龍ちゃ~ん。大きくなったら、ぼっきゅんぼーんってのが良いらしいのよ~」

 

「そ、そうなのか? よく分かんないけどさ……」

 

 女性同士の会話に聞き耳を立てるクラスメイトの男子みたいな状況が、今の俺の姿である。小さな子どもたちの面倒を見ながら、それとなしに聞こえる会話は、小さな姿をした幼稚園児である龍田と天龍の方から聞こえてくる。今から考える内容にしてはちょっと早すぎる気もするが、女性の悩みは年齢を問わずと言ったところなのだろうか。とはいえ、相づちを打っている天龍の方は、まだまだよく分かっていないというよりも、気にしていないといった感じであり、龍田が一方的に説得している感じに聞き取れる。あと、ぼっきゅんぼーんに関しては激しく同意出来るので、心の中で何度も頷いておく。

 

 愛宕最高だよねっ!

 

 って、叫びながら、親指を立ててポーズを決める俺。もちろん心の中でだけど。

 

「とりあえず~、今から牛乳とかいっぱい飲んだ方がいいと思うの~。電ちゃんも結構前からそうしてるって言ってたわ~」

 

「その割には全然成長してるようには見えないんだけど……」

 

「確かにそうよね~」

 

 電が聞いてたら「ひ、ひどいのですっ!」と、大泣きしそうであるが、愛宕が担当している子どもたちは別の部屋で遊んでいるので、その心配はなさそうだ。

 

「方法には個人差があるらしいから、天龍ちゃんには有効かも知れないわよ~」

 

「うーん、別に大きくならなくてもいいんだけどなぁー」

 

 天龍のおっきいバージョンと、ちっぱいバージョンを想像してみる俺。

 

 うむ、やっぱり大きい方がいいッス。

 

 あ、もちろん、成長してからってことですよ?

 

「あとは、揉めば大きくなるって聞いたわよ~」

 

「揉むって……なんだかめんどくさそうだなぁ……」

 

「大丈夫よ~、天龍ちゃんお~きくな~あれ~って言いながら、私が揉んであげるから~」

 

 にっこりと満面の笑みを浮かべた龍田が、両手を広げ、わきわきと指を動かして天龍に向ける。

 

「そ、それは、もの凄く……不安になるんだけど……」

 

 じりじりと近づいてくる龍田に、一歩、二歩と後ずさる天龍だが、すぐ後ろには壁が迫り、逃げ場を失いかけていた。

 

「うふふ~、天龍ちゃ~ん……」

 

「や、やめろっ、龍田! まったくもって、嫌な予感しかしないって!」

 

「大丈夫よ~、優しくしてあげるから~」

 

「はいはい、ストーップ」

 

 さすがに見ていられなくなった俺は、ボクシングのレフェリーのごとく、2人の間に身体を入れて龍田の動きを止める。

 

「ダメだろ龍田。天龍が困っているじゃないか」

 

「ええ~、そんなことないと思うんだけど~?」

 

 何で? と言わんばかりの表情を浮かべた龍田だが、さすがに分が悪いと思ったのか、ポーズを取るのは止めたようだ。

 

「ふぅ……助かったぜ、先生」

 

 ほっと胸をなで下ろした天龍は、額に浮かんだ汗を袖でぬぐい取りながら俺に礼を言う。

 

「ちぇ~、天龍ちゃんったら~」

 

 そんな天龍を見た龍田は、そっぽを向いて離れていった。

 

「大丈夫か、天龍?」

 

「あ、あぁ、大丈夫なんだけど……」

 

「龍田が心配か?」

 

「ばっ、バカっ! そ、そんなんじゃねーよっ!」

 

 先生をバカ扱いする天龍だが、これはいつもの照れ隠しなのでスルーしておく。

 

「け、けど……ちょっと悪い気もしなくもないんだ。さっきのも、俺の将来を思って言ってくれたんだろうし、ウソを言うことも多いけど、大切なことも教えてくれるから……」

 

 天龍は遠目で部屋の隅の方を眺めている。その先には、一人で積み木を組み立てている龍田の姿があった。顔は先ほどと同じ笑顔のままなのだけれど、背中にうっすらと哀愁のようなものが漂っているように見えた。

 

「それに、龍田はああ見えても寂しがり屋だからさ。俺がそばにいてやらないと、ダメなんだよ」

 

「そっか……お姉ちゃんだもんな」

 

「……っ!」

 

 俺の言葉に赤面する天龍だが、声を上げずに押し黙りながら、もう一度龍田の方を見た。

 

「俺、龍田の近くに行くよ。さっきは助けてくれてありがとな、先生」

 

「いや、気にすることないよ。ただ、もしやばいって思ったら、声を上げてくれればいいから」

 

「そん時は、お願いするぜ!」

 

 ニコッと笑って親指を立てた天龍は、俺に背を向けて龍田元へと走っていく。

 

 いたずらされたり、いじられたり、時には慰められたりするんだろうけれど、あれはあれで良い姉妹なんだろう。あまり気にすることは無いのかもしれない――と、思いかけていた矢先、

 

「せ、先生ーっ! だずげでぇぇぇっ!」

 

「天龍ちゃ~あんっ、もみもみしましょうねぇ~」

 

 いやいや、やっぱその歳でそれはマズいって!

 

 泣き叫ぶ天龍の元へ、すぐさまダッシュで救出に向かう俺であった。

 




 今回は3つに分けて更新いたしますので、宜しくお願い致します。


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中編

 龍田の魔の手? から天龍を救い出したのだけれど、どんどん話があらぬ方向へと変わっていって……

 艦娘幼稚園での龍田の立ち位置はいっつもこんな感じですが許して下さいね。


 

「はぁぁ……疲れた……」

 

 狂喜乱舞状態の龍田を無理矢理引き剥がすこと数十分、その間ひたすら揉まれ続けていた天龍は、解放されると同時にその場でへたり込むほど憔悴しきっていた。

 

 龍田にはきつく叱り、きちんと謝らせることでその場は収まったのだが、天龍は身の危険を感じすぎたのか、俺の傍から離れようとはしなかった。

 

「大丈夫か、天龍?」

 

「う、うん……ちょっとは落ち着いたけどさ……」

 

 そうは言うものの、天龍の小さな手は俺の服の裾を掴み、未だ膝は小刻みに震えている。龍田と同じ部屋にいるのは少し控えた方が良いだろうと思い、愛宕に事情を説明して担当の子どもたちを一時的にお願いし、スタッフルームへと連れてきた。

 

「よし、とりあえずここでゆっくりしていればいいよ」

 

「あ、ありがとな……先生」

 

「気にしなくていいって。困ったときはお互いさま、ましては俺は、先生なんだからさ」

 

「う……うん……」

 

 天龍は頷きながら、ソファに腰掛けた。

 

「せ、先生……あのさっ」

 

「ん、どうした、天龍?」

 

「え、えっと……その……」

 

 喋り初めた天龍だが、急に恥ずかしくなったように視線を俺から逸らして無口になった。ほっぺの辺りが赤く染まり、徐々に耳の方まで浸食していく。

 

「言い難いことなら、無理に言わなくても良いんだぞ?」

 

「う、うん……でも、聞いておきたいんだっ」

 

「そっか……それじゃあ、ゆっくりでいいから、話してくれ」

 

 言うでもなく、話すでもなく、聞くと言った天龍。てっきり龍田のことについて、あまり怒らないでとかそういうことだと思っていたのだが、どうやら違うようである。

 

「えっと……その、先生ってさ……」

 

「お、おう」

 

 もじもじと両手を背中の方で組み、真っ赤にした顔を見せないように話す小さな天龍の姿に、俺は思わずドキッとしてしまう。まるで、靴箱に入っていた手紙で校舎裏に呼び出され、今から告白しようとするクラスメイトの女子を目の前にした感じの雰囲気に、俺はどうしたらいいかと狼狽えかけた。

 

 ちなみに、高校時代に一度だけそんな感じの経験があるんだが、その時は呼び出した人物が男子で、手紙の内容が果たし状だったんだけどね。

 

 しかも、靴箱を間違えて、呼び出す相手を間違えたというおまけ付きで。

 

 ……本当に、俺の高校時代って、こんなんばっかである。

 

 心が決まったのか、天龍は決意を込めた表情を浮かべて、俺の顔を見上げた。

 

「た、龍田のこと……なんだけどさ……」

 

「あぁ……」

 

「…その、好きじゃない……かな?」

 

「………………」

 

「………………」

 

「……は?」

 

 目が点になる俺の姿が、そこにあった。

 

「いや、だから、先生は龍田のことが好きじゃないのかなって……」

 

「いやいやいや、なんでそうなるっ!? この場の雰囲気的に、天龍が俺に告白するとかそういう感じじゃないのっ!?」

 

「なっ! お、おおおっ、俺が先生に告白っ!? ちょっ、冗談じゃねーしっ! 誰が好き好んで先生なんかに告白しなきゃなんねーんだよっ! へたれでしょぼくてなんにも出来ねーくせにっ!」

 

「お、おまっ、そこまで言うか普通っ!? そりゃあ、先生としてふがいないところはまだまだあるかもしんないけど、そんなボロクソに言わなくてもいいじゃないかっ!」

 

「だ、だってそーじゃんか! 愛宕先生と比べて全然仕事おせーしっ、みんなに振り回されてばっかりだしっ、愛宕先生のおっぱいばっか見てるしっ!」

 

「ちょっ、おまっ!」

 

「お、俺なんて……ぺったんこだし、全然女の子っぽくないし、先生……見向きも……しねぇ……し……っ!」

 

 急にしおらしくなった天龍の目に、大粒の涙があふれてくる。

 

「そ、それなのにっ……龍田まで……先生のことっ……良いかもって言い出すし……」

 

「て、天龍……」

 

「あいつの方が、全然女の子っぽいし……。それに、金剛みたいにも出来ねえし……どうすりゃいいのか……分かんねえよ……っ!」

 

 頬を伝った大きな滴が、ポタポタと絨毯に落ちて染みになる。

 

「もしかして……龍田の行動って……」

 

「……あぁ、あれは俺が聞いたんだよ。胸を大きくするにはどうすればいいんだって。だけど、近くに先生がいたから……気にしていないようにしてたけど……」

 

「そう……だったのか……」

 

 すべては天龍が発端だった――と言うことなのか。

 

 龍田は天龍のお願いを聞いたのだが、やり方が少し悪かっただけなのだ。

 

 まぁ、実際に天龍が嫌がってたから、知っていたとしても止めるんだけど。

 

 あと、周りの子どもたちにも悪影響がでそうだし。

 

「さ、さっきの先生が、告白って言ったときも……ビックリして……その、ご、ごめんなさい……」

 

「い、いや、俺の方こそすまなかった。だけど……な」

 

 そう言って、言葉に詰まる。

 

 天龍が話してくれたことを集約すれば、これは告白とほとんど変わらない。もちろん、教え子である天龍とつきあうということは、先生として失格だろうし、それ以上に年齢差がとんでもないことになる。それらを踏まえた上で、仮にでもつきあおうものなら、ロリコンと指さされてもおかしくはなく、すぐに両手に輪っかが取りつけられるだろう。

 

「気持ちは嬉しいよ、天龍」

 

「……せ、先生」

 

「でもな、俺は天龍の先生だ。それに、歳もかなり離れているから、色々とまずいことが起きるのは……分かるよな?」

 

「つまり、ロリコンってことだよなっ!?」

 

「なんで急に生き生きと言い放てるかなぁ……」

 

「あっ、その……ごめん……」

 

「ま、まぁいい……って、よくはないんだけど。とりあえず、今すぐ天龍とつきあうってことは出来ないよ」

 

「う、うん……それは分かってる」

 

「……物わかりが早いな」

 

「だって、それだったら先生すぐに捕まっちゃうだろうしなっ!」

 

「分かってるんなら、なんで告白なんかしたんだよ……」

 

「……あれ、俺って告白したっけ?」

 

「……オイ」

 

 すっとぼけた表情を浮かべる天龍に俺は裏平手でつっこみを入れる。なんでやねーんって感じで。

 

「と、とりあえずさっ、聞きたいことはそれじゃないんだって!」

 

「……へ?」

 

「さっきも言ったじゃんか! た・つ・た! 龍田のことが好きかどうかなんだよっ!」

 

「あ、あぁ……そう言えば、そんなことを言ってたよな」

 

「俺は……その、まだまだ先になってからって考えてたから、別に良いんだよ。だけど…………えっ……?」

 

「……ん、どうした、天龍?」

 

「あ……ぅ……」

 

 全身をガタガタと大きく震わせる天龍。真っ赤な顔が一転して真っ青になり、この世の終わりを予見してしまった予言者のような表情になっていた。

 

「うふふ~、龍田は見てたりして~」

 

「……っ!?」

 

 急に聞こえてきた声に驚いた俺は、後ろへと振り向いた。部屋の入り口である扉が少し開いていて、隙間から見えるのは龍田の顔。にっこりと笑みを浮かべているにもかかわらず、相手を畏怖させるかのような雰囲気が漂うそれは、以前中将の後頭部に向けてボールを投げる時の表情と瓜二つだった。

 

「た、たたた、龍田っ! そ、そのっ、こ、これは、ち、違うんだっ!」

 

「なにが違うのかしら~、て・ん・りゅ・う・ちゃ~ん?」

 

 ギィィ……と、扉が音を立てて開き、一歩ずつ歩み寄る龍田。その姿は、洋画で見るホラー映画のワンシーンを再現しているように見える。

 

 ちなみに、俺は何をしているかというと、あまりの衝撃っぷりに、振り向いたまま身動き一つ取れないでいた。

 

 まったくもって、情けない先生である。

 

「や、やめろ、龍田っ! それ以上近寄るなぁっ!」

 

「どうしたの、天龍ちゃ~ん。そんなに怖がらなくても大丈夫よ~」

 

「たっ、助けて先生っ!」

 

「お、おい、龍田……」

 

「おさわりは禁止されています~。その手、落ちても知らないですよ~?」

 

「……っ!?」

 

 龍田を止めようと手を伸ばした俺だったが、龍田の言葉とオーラに畏怖し、またまた固まってしまう。

 

「あはははっ♪ 天龍ちゃ~ん、ちょっとお外に行きましょうね~」

 

「い、嫌だっ! 絶対にいやだぁぁぁぁっ!!」

 

 龍田は天龍の襟を掴み、スタッフルームの外へと引きずっていく。

 

「た、龍田っ!」

 

「あら~、何かしら先生~?」

 

 黙って固まったまま見逃すわけにはいかない。命までは取らないにしても、天龍の身に危険が迫っているのは確かなのだ。俺は意を決して、今までの会話から導き出した、龍田のターニングポイントを突こうと、口を開いた。

 

「龍田は……俺のことが好きなんだよな? もし、そうだったなら、俺が代わりになるから天龍を解放してやってくれ」

 

「ぜ……ぜんぜい……っ!」

 

 涙で顔をぼろぼろにした天龍が、濁音だらけの言葉で俺を呼ぶ。

 

「うふふっ、あはははは~」

 

「……た、龍田?」

 

「先生のことは~、もちろん好きですよ~」

 

「そ、それなら……っ」

 

「でも、天龍ちゃんのことは~、もっと好きなんです~」

 

 何故か、引っ越し関係のCMみたいな言い方をする龍田だが、雰囲気はまるっきりの正反対である。

 

「そ、それなら別に、天龍のことをいじめなくてもいいんじゃ……」

 

「それは違いますよ~。こ・れ・は、悪いことをした天龍ちゃんに、お仕置きなんです~」

 

「ぢっ、ぢがうっ! ぢがうんだよだづだあぁぁっ!」

 

「あはは~、違わなくないわよ~、て・ん・りゅ・う・ちゃ~ん」

 

「と、とにかく、その手を離して天龍を……」

 

 もう一度、龍田へと手を伸ばした俺は、今度は畏怖しないようにと視線を少し上へとずらして目を見ないようにした。しかし、この行動が完全に失敗だった。

 

「あはっ♪」

 

「……えっ!?」

 

 急に龍田の姿が視界から完全に消え去った。それもそのはずで、目よりも上、つまり髪の部分を見ていた俺には、ほんの少し龍田が屈んだだけで見えなくなってしまうのだ。

 

「ぐふっ!?」

 

 そして、すぐに襲いかかってくる腹部への強烈な痛みが、俺の意識を暗闇へと誘っていく。かろうじて見えたのは、龍田が自分の頭を撫でているところだった。

 

「ぜんぜぇっ、ぜんぜえぇぇっ!」

 

 薄れゆく意識の中で、天龍の泣きわめく声が聞こえてきた。しかし、それもすぐに小さく、遠くなり、バタン……と、扉が閉まるような音が聞こえると同時に、俺意識は完全に闇の底へと落ちてしまった。

 




 次回で ~姉妹の絆と告白~ は完結となります。
 果たしてどういう結果になるのかは……ありがちかもしれません(ぉ

 引き続きお楽しみ頂けると幸いです。


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後編

 龍田の頭突きで気絶した俺が目覚めたのは1時間後だった。

 ~姉妹の絆と告白~ 完結編です。


 

 それから目が覚めたのは、1時間後位経ってからだった。いつまで経っても帰ってこない俺を心配した愛宕が、スタッフルームで倒れているのを発見し、介抱してくれたらしい。今回で2度目の愛宕の介抱に、さすがに悪い気がして何度も謝ったが、「いいんですよ」と笑顔でにっこり許してくれる愛宕に、思わず顔を崩してしまいそうになる。

 

「でも、いったいどうして、ここで倒れていたんですか?」

 

「そ、それは……その……」

 

 すべてを話してしまうべきか非常に悩んだ末、俺は黙っていることにした。子どもに昏倒させられる先生というのも恥ずかしい話だけれど、それ以上に、龍田の気持ちも分かるからだ。

 

 気持ちは分かるけど、行動は完全にアウトなだけに、ギリギリまで迷ったけどさ。

 

「ちょっと最近疲れてたみたいで……倒れたのも覚えてないんですよね」

 

「えっ……それって、かなり危険な状態なんじゃ……」

 

「あ、いえいえ! それが、目覚めたらスッキリっていうか、もう大丈夫って感じなんですよ! あはっ、あははは!」

 

「そうですか……でも、危ないって感じたらすぐに言って下さいね」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 俺は愛宕に向けてしっかりと頭を下げた。本当に、感謝してもしたりないくらい、彼女には色々としてもらっている。

 

 いつか、何かの方法で恩返しが出来ればいいなぁと、心の中に深く刻み込んだ。

 

「あっ、それとですね……天龍の姿は見てませんか?」

 

「天龍ちゃんですか?」

 

 うーん……と頭をひねる愛宕。

 

「先生からお願いされて、一緒に見てましたけど……そう言えば見てないですね」

 

「そうですか……」

 

 ということは、天龍はまだ龍田に連れられたまま帰ってきていないのだろう。龍田のことだから、怪我をするようなことはしないと思うのだが、心配なのにはかわりはない。

 

「よし、もう大丈夫です。早く子どもたちのところへ行かないと」

 

「本当に大丈夫ですか? もしあれでしたら、早退しても……」

 

「いえ、こんなんで倒れてたら、いつまでたっても一人前にはなれませんから!」

 

 立ち上がった俺は、愛宕に自分の胸を拳でドンっと叩いて見せた。ちょっぴり強く叩きすぎてしまって、思わずむせそうになるのを堪えつつ、にっこりと笑う。

 

「わかりました。それじゃあ、終業時間までお願いしますね」

 

「はい。本当にありがとうございました」

 

 もう一度愛宕に頭を下げ、スタッフルームを後にした。向かう先は、子どもたちが待つ遊技室。まずは天龍と龍田の姿がそこにあるか、確かめなければならない。

 

「あら~、先生気づいたのね~」

 

 通路を早歩きで進む俺の後ろから、聞き覚えのある声がかけられた。

 

「た、龍田!?」

 

 振り向いた通路の先には、いつものようにニコニコと笑みを浮かべた龍田が立っている。

 

「いったいどこに行ってたんだ!? そ、それに天龍はどうした!?」

 

「心配しなくても、天龍ちゃんは宿舎で気持ちよさそうに眠ってるわ~」

 

「ほ、本当なのか?」

 

「先生にウソをついても意味がないでしょ~。それに、天龍ちゃんに怪我をするようなこと、私がすると思うのかしら~」

 

「それは……しないと思うけど……」

 

「心配しなくても大丈夫よ~。ちょっともみもみしまくっただけだから~」

 

「ちょっ、た、龍田っ!?」

 

 だから、それは歳相応というものがあってだな!

 

「うふふ~」

 

 まったく気にすることなく、目と鼻の先まで近づいてきた龍田は、上目遣いで俺を見上げる。

 

「な、なんだ……龍田」

 

「大好きよ~、せ~んせっ」

 

「ぶほぉっ!?」

 

 思わず吹き出してしまう俺。いくら小さな子どもとはいえ、上目遣いでその台詞は強烈すぎるぞ……。

 

「もちろん、天龍ちゃんの次にだけどね~。ごめんね、せ~んせっ」

 

「ちょっと待ってくれ、龍田」

 

「あら~、何かしら~?」

 

 ごほん……と、咳払いをして、俺は龍田に問いかける。

 

「……なぜ、俺のことが好きなんだ? 今までの言動から、まったく理解が出来ない……ってのは言い過ぎかもしれないけど、理由が分からないんだ」

 

「うふふ、それはね~」

 

 龍田は口元に指を当て、片目をつぶってウインクするように、

 

「天龍ちゃんを、大事に思ってくれてるからよ~」

 

「む……」

 

 龍田の顔を見る。その瞳は、しっかりと俺の眼を見つめている。

 

「うふふ~」

 

「……ははっ、なるほど、そう言うことか」

 

「もちろん、それだけじゃないんだけどね~」

 

「えっ?」

 

「そ・れ・は、秘密よ~。それじゃあね~」

 

「お、おいっ、龍田っ!」

 

 手を振った龍田は、呼び止める俺に背を向けて、通路を走りだした。通路の角を折れ、姿が見えなくなったけれど、ほんの少しだけ、龍田の横顔を見ることが出来た。

 

「……耳、真っ赤になってたぞ……龍田」

 

 ふぅ……と、ため息をついて、俺は天井を見上げる。

 

「まぁ、なるようになる……かな。正直、まったく分かんないけどさ……」

 

 教え子の2人から、告白を受けた。それはとても嬉しいことだったのだけれど、先生として――いや、一人の大人として、首を縦に振ることは出来ない。

 

 いろんな意味で、問題だらけだしね。

 

 逮捕されちゃうだろうし。

 

 その辺りのことは、天龍も分かっていたのだから、あまり深く考えなくてもいいのだろう。それに、龍田の方は分かり辛い点が多すぎるし。

 

「それよりも、天龍は本当に大丈夫なんだろうなぁ……」

 

 龍田が言っていた通りならば、宿舎の部屋で眠っているはず。まぁ、それまでに色々あったんだろうけれど。

 

「宿舎には入れないし……それとなく、愛宕に見てもらうようにお願いするかな」

 

 さて、今度こそ、子どもたちが待つ遊技室へと戻ろう。

 

 もしかしたら、心配してくれている子がいるかもしれないし、先生の業務はまだまだ残っている。

 

「今日も、もう一踏ん張り。がんばりますかっ!」

 

 大きく背伸びをした俺は、力強く足を踏み出した。

 

 

 

 

 

 今回のオチ。

 

 

 

「せ、先生ーっ! すげえんだよっ、マジで!」

 

「て、天龍、そんなに慌ててどうしたんだっ!? それに、昨日は大丈夫だったのか!?」

 

「あっ、あー……あれは、その……うん、何とか立ち直れたんだけどさ……」

 

 天龍は視線をあさっての方向に向け、遠い目を浮かべていたが、すぐに気を取り直して、再び大きな声を上げた。

 

「そ、そうだよ! 龍田の言うこと、本当だったんだ!」

 

「……へ? 龍田の言うことって……まさか……っ!?」

 

「あぁ! おっぱいが大きくなってきたんだって!」

 

「ぶふーーっ!」

 

 今度は俺があさっての方向に、大きく吹き出してしまった。

 

「やっぱり、揉むって大事なんだな! いやぁ、龍田の言うことも、たまには当たるんだぜっ!」

 

「いや、たぶんそれは……違うと思うぞ……」

 

「よっしゃ! 毎日揉みまくって、ぼんきゅっぼーんになってやるぜっ! じゃあなっ、先生っ!」

 

 ぶんぶんと手を振って走り去る天龍を見送った俺は、大きなため息を吐く。

 

 たぶんそれは、腫れただけなんだろうなぁ。

 

 痛みに気づかないんだろうか――と、心配しながらも、俺は苦笑しながら頭の中で想像する。

 

 ぼんきゅっぼーん……な、天龍の姿を。

 

「うむ、やっぱりこうでなくっちゃな」

 

 

 

 

 

艦娘幼稚園 ~姉妹の絆と告白~ 完

 

 

 

 ちなみに後日、痛みに我慢できなくなった天龍が、泣いて止めるように龍田にお願いしたとかしないとか。

 

 効果には個人差がありますので、お気をつけ下さい。

 




 駄文、お読み頂きありがとうございました。

 引き続き、近々次の作品を更新いたしますので、また、宜しくお願い致します。

 感想等がございましたらお気軽によろしくです。


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~人の噂も七十五日~
前編


 艦娘幼稚園 ~人の噂も七十五日~

 今回は響と暁のお話と、それに続く舞鶴鎮守府の元帥の馬鹿っぷりを発揮するお話を、前後編でお送りいたします。


「ふむ、あなたが先生かな」

 

 担当する子どもたちに朝の挨拶を済ませた俺は、勉強で使う道具を倉庫に取りに行くために幼稚園の通路を歩いていると、誰かが後ろから声をかけてきた。振り向いて声の主を確認してみると、見知らぬ顔の子どもが立っている。青白い長髪がふわりと風に揺れ、深々とかぶった帽子の隙間から、綺麗な青色の瞳が俺を見上げていた。

 

「君は……?」

 

「響だよ。担当は愛宕先生だから、先生と会うのは初めてかな。少し気になることがあったから、声をかけさせてもらったんだ」

 

 響は帽子の鍔を摘み、角度を整えながら淡々と言う。

 

「気になった……って言われると、俺としても気になっちゃうんだけど、いったいどんなことなのかな?」

 

「いや、まずは一目見ておきたかったと言うべきなのかな……」

 

「ん……?」

 

「気にしなくてもいいよ、先生。いずれまた会うことになると思うから」

 

「???」

 

 響の言葉の意味が分からず戸惑ってしまう。

 

 そりゃあ、同じ幼稚園にいるのだから、担当でなかったとしても今のようにバッタリ会うこともあるだろう。だがしかし、そういうような意味ではない雰囲気が、響からなんとなく感じられる。

 

「それじゃあ、また」

 

 今度は挨拶の意味を込めて帽子の鍔を掴み、少しだけ頭を下げた響は、俺の返事を待つことなく、くるりと背を向けて通路をスタスタと歩いていった。

 

「あ、あぁ……また……な……」

 

 挨拶なのか、呟きなのか、自分でもよく分からない声を上げながら、小さくなっていく響の後ろ姿をじっと眺めていた。

 

「さて、俺も早く倉庫に行かないとな」

 

 いつまでも、子どもたちを待たせるわけにはいかない。

 

 一部の子は、放っておくと何をやらかすか分かったもんじゃないし。

 

 頭の隅にひっかかる響の言葉を何度も思い返しながら、俺は急ぎ足で倉庫に向かった。

 

 

 

 

 

「響ちゃん……ですか?」

 

 仕事を終えた俺は、スタッフルームで着替えを済ませた後の愛宕に、響きのことを聞いてみようと声をかけた。

 

「ええ、青白の長い髪で、帽子を斜めにかぶった子どもなんですけど」

 

「ああ~、それは間違いなく響ちゃんですねぇ~」

 

 満面の笑みを浮かべた愛宕は、両手でパンッと音を鳴らした。

 

「それで、その響ちゃんがどうかしたんでしょうか~? 大人しいし、問題を起こすような子じゃないのですけど……」

 

「あ、いや、トラブルとかそう言うのじゃないんですよ。今日の朝に倉庫に行こうとしたときに、たまたま通路で呼び止められまして……。響が言うには、一目見たかったとか言ってたんですけど、俺って何かやらかしちゃいました……?」

 

「んんーーっと、そうですねぇ……最近の先生は、ちゃんと仕事も出来てますし、子どもたちからも信頼されているみたいですし、問題ないと思いますよ~」

 

「そ、そうですかっ! それは、良かったです!」

 

 誉められるとは思っていなかっただけに、ちょっと嬉くなってしまったが、結局のところ、響の言葉の意図は分からないままだった。気にしなければ良いのかもしれないけれど、気がつくと手のひらに刺さった小さな棘のようなチクチクとする感じが、頭の片隅にひっかかってしまう。

 

「いったい……なんだったんだろ……」

 

 一人で呟いてみるが、答えは全く浮かんでこない。

 

「……でも、目を離しているときに失敗してたりするので、安心は出来ませんよね~。この間も、洗濯したてのシーツを干すときに、風で飛ばして洗い直してましたでしょ~」

 

「うぐっ!? み、見てたんですか……?」

 

「それ以外にも、子どもたちに勉強を教えているときに、時雨ちゃんに間違いを指摘されてましたし、お昼寝の時間に子どもたちと一緒に寝ちゃってたりしましたし、それから……」

 

「ぐ……ぐふぅ……」

 

 やばい。

 

 俺のヒットポイントが真っ赤になっちゃってるから、もう止めてくださいぃぃっ!

 

「でも、まだ先生になって日も浅いですから、これからってところですね~。がんばって、子どもたちの良い先生になって下さいね~」

 

「は、はい……がんばります……」

 

 フォローも時すでに遅しといった風に、瀕死の重傷を負った俺は床にひざまずく格好でうなだれた。

 

 イメージにすると、こんな感じで→ orz

 

「それじゃあ、私はこれから姉さんのところに行く用事があるので、この辺で失礼しますね~」

 

「あ、はい……お疲れさまでしたー」

 

「お疲れさまでした~」

 

 いつものようににっこり笑った愛宕は、手を振りながら部屋から出ていった。裏表がない表情なだけに、今の俺には非常にきつく感じ、さらに追い打ちを受けているような気分になってしまった。

 

 だからといって、悔やんでいたって仕様がない。

 

 前に進むことが、俺が出来る精一杯の努力なのだから。

 

「よし、今日も一本いっとくかな!」

 

 空元気な声を上げた俺は、日課である缶コーヒーを飲むため、帰り道にある自販機へと向かう。いつもの微糖を飲みながら、失敗は成功の元なのだからと前向きに切り替えて、自室に戻ることにした。

 

 

 

 

 

「ひそひそ……」

 

「ひそひそ……」

 

 何故だろう。

 

 周りにいる子どもたちの様子が、何となくではないレベルで変である。

 

 今日は、午前中から外で一斉に子どもたちが遊ぶ時間であり、広場にはボール遊びをしたり、おままごとをしたり、お話をしたりと、それぞれが楽しそうにやっているように見える。

 

「……きゃっ! それで……うん、ひゃあぁぁ……」

 

 そんな中にいる一部の子どもたちは、俺の顔をチラチラと盗み見るような視線を何度も向けては、内緒話をしているようだった。そのほとんどの子どもは俺の担当ではなく、顔と名前が一致しない。昨日の響のことと言い、頭の片隅に引っかかっていたものが、じわじわと沸き上がってくるような感覚になり、落ち着きを保てなくなってきた。

 

「あの……さ、俺に何か……あったのかな?」

 

「えっ! え、えっと、そ、その……っ!」

 

 近くにいた2人組の子どもに声をかけてみたが、恥ずかしそうにするだけで答えは返ってこない。それどころか、そんな俺の姿を見た他の子どもたちが、「やっぱり……」とか「今度は……」みたいに内緒話をさらに加速させていく。

 

 うーん、やっぱりおかしい。

 

 子どもたちの目が、不審者を見つめる感じに思えて仕方がない。

 

 こんな雰囲気の中にずっといると、気分が滅入るどころか、本当に変質者になってしまいそうである。

 

 いや、ならないけどさ。

 

 そういう状況下に置かれた人間は、徐々に環境と同じような行動を取るようになるらしいし。

 

 そうなったら確実に首になって、ここから強制退去。それどころか、塀の中へとレッツゴーになるかもしれないので、全力で避けなければいけない。

 

「先生、ちょっといいかしら」

 

 いつの間にか俺の横に立っていた女の子が、両手を腰にあてて声をかけてきた。昨日出会った響と同じくらいの長い髪の背格好で、くりくりとした大きな目がぱっちりと開き、何故か俺を威嚇するように見上げている。

 

「あ、あぁ、いいけど……君は?」

 

「私は暁よ。先生に、この間のことについて聞きたいことがあるの」

 

「この間のこと……?」

 

 そう言われても、全くもって何も思い出すことができない。というか、今さっき初めて名前を聞いた暁に、この間のことと言われても、思い出せるどころか、身に覚えすらないのだが……。

 

「もうっ、先生ったら全然ダメじゃない! この間のことと言ったら、雷と電のことに決まってるでしょ!」

 

 ぷんすかぷん――と、擬音が浮かび上がるくらいに怒った表情を浮かべる暁を前に、俺は記憶を呼び覚ました。ぶっちゃけた話、今の会話で雷や電を思い出せと言うのは無茶にもほどがあるけれど、暁の名前から連想することは出来なくもない――かもしれない。確か、雷や電は暁の妹なのだから、俺と一緒にコンビニに行ったことを、暁に話したと言うことが考えられる。と言うことは響も同じ姉妹なのだから、同じように話を聞いたのかもしれないので、昨日通路で声をかけられたことも、関係があるのかもしれない。

 

「あ、あぁー、あれか。前に3人でコンビニに一緒に行ったやつか」

 

「そうよ、先生っ! ほんの数日前のことなのに、もう忘れたのかしら?」

 

「いや、忘れてなんかないけどさ……」

 

 だから、今まで暁とは面識が無かった俺に対して、思い出せと言うこと自体に無理があるって。

 

「とにかくっ! 帰ってくる途中、そ、その……か、かか……間接チューしたらしいじゃないっ!」

 

「ぶふうぅぅーーっ!?」

 

「し、しかも、雷と電の2人ともになんて……そ、そんなの……っ!」

 

「ちょっ、ちょっと暁! こ、声が大きいって!」

 

 慌てた俺は、両手で暁の口を塞いで周りを見渡す。

 

「やっぱり……そうだったんだ……」

 

「きゃーっ! それって、三角関係じゃないのかなっ!?」

 

「でもでも、そこに暁ちゃんまで入るってことは……」

 

 ざわざわ……と、俺たちを囲むように噂話をする子どもたち。話に夢中になる子や、頬を染めて恥ずかしそうに見つめる子、木の陰に隠れながら呟く子などから、視線が俺に集中し、完全に注目の的となっていた。

 

「いや、だから、その……だな……」

 

 この場に留まっていることを限界に感じた俺は、冷や汗を額にかきながら後ずさる。

 

「むうっ! むうぅぅっ!」

 

 手足をバタバタとばたつかせた暁を引っ張りながら、幼稚園の中へと逃げるように駆けだした。

 

 

 

 

 

「いてぇっ!」

 

 幼稚園の通路へとやってきた俺は、暁にスネを思いっきり蹴られて声を上げた。

 

「い、一人前のレディの口を塞いで連れ去るなんて、なにを考えてるのよっ!」

 

「暁があんなことを言いだして、他の子たちの注目を集めてしまったからだろ。完全に不審者を見るような目で見られてたんだし、あんな状態で、普通になんていられるわけないじゃないか!」

 

「そもそも、先生が雷と電に間接チューをするから悪いんじゃないっ!」

 

「あれは、その、不可抗力だ不可抗力! 喉が乾いていた雷がかわいそうだなぁって思ったから、抹茶オレをわけてあげただけなんだぞ!」

 

「ふ、ふふっ、不可抗力ですって!? じゃあ、なんであんなに、電も雷も嬉しそうにしてたのよっ!」

 

「なん――だって?」

 

 暁の言葉を聞いた俺は、あの時の夜を思い出そうとする。

 

 『あの時の夜を……』と言ってみたが、少し卑猥な感じに聞こえてしまうけれど、まったくもって、そんなことはこれっぽちも無いのであしからず。

 

 俺からもらった抹茶オレを飲んでいる雷に、電が間接キスだと言った瞬間、あの時の雷の驚き方は、間違いなく嘘じゃなかったし、言われるまで意識していたとも思えない。電の方は、雷に対抗するような形で抹茶オレを飲んでいたので、暁が言うようなことがあり得ないとは言えないけれど……

 

 そうかー、嬉しかったのかー。

 

 なんか、そんなことを言われると、俺もちょっと嬉しかったりしちゃうかなぁ。

 

「いや、だからと言って、なんで暁がそのことに対して俺に言いに来るんだ?」

 

「……むぐっ、そ、それ……は……」

 

 目を左右に泳がしながら言葉を詰まらせた暁は、急に顔を真っ赤にして、俺を指さした。

 

「ふっ、普通なら、一人前のレディであり、お姉さんである私が先にするべきじゃない!」

 

「……はい?」

 

「雷や電が私より先になんて……そんなのっ、そんなの許さない……許さないんだからっ!」

 

「あー、いや、そのー……だな」

 

 つまり、こういうことか。

 

 姉である自分より先に、間接キスを経験したことを雷か電――もしくは2人ともに自慢されて、姉としての立場が危うく感じた暁が、俺に対して文句を言いにきたってことだろう。

 

 と言うことは、暁の要望は間接キスをしたいって――ことだろうか? 今日初めて会話を交わした俺に、そんなことを頼むなんて、正直ちょっと考えにくいと思うのだけれど。

 

「ちょっと待ってくれるかな」

 

「……え?」

 

 言い争いをしていた俺と暁に声がかけられ、俺達は声のした方へと振り向いた。淡々とこちらに向かってくるのは、昨日と同じように帽子の鍔を指で摘みながら、俺の顔をじっと見つめている響の姿だった。

 

「ひ、響っ! どうしてここにっ!?」

 

「こっちに駆けていく先生と暁の姿が見えたから、気になって追ってきたのさ。なにやら不穏な空気も感じたからね」

 

 驚きから不満げな表情へと変わっていった暁は、響の顔から俺の方へと視線を変えた。

 

「と、とにかくっ! これ以上雷や電のいい気になんてさせられないんだからっ! だ、だから……そ、そのっ、わ、私にも……っ!」

 

「それは聞き捨てられないな。それだと、響だけが仲間外れになってしまう。そんなことは、もう……したくない」

 

「ひ、響……?」

 

 響の視線は俺の方を向いている。だけど、どこか遠くを見ているような澄んだ瞳の奥に、悲しみの渦がぐるぐると回っているような感じがした。

 

「………………」

 

 重い空気に口を開くことを躊躇った俺は、いつもの癖で2人の頭に手を伸ばし、優しく撫でる。

 

「すまん……あの時は不可抗力とは言え、流れの結果、間接キスをしたことにはなる。とはいえ、それを理解した上で、先生の立場上、頼まれて出来るようなことではないんだ」

 

「それは、その通りだろうね」

 

 響は撫でられたまま、こくり……と、頷く。

 

「だから、せめてもの謝罪と言うことで、これで許してほしい」

 

 落ち着かせるように、何度も2人の頭を優しく撫で、柔らかい笑みを浮かべて見せた。髪と帽子の鍔の間から、見上げる響の瞳と視線が合う。すぐに視線を逸らした響の顔が、ほんのりと赤く染まっているように見えた。

 

「あ、あああっ、頭をなでなでしないでよっ! もう子どもじゃないんだからっ!」

 

 急に怒りだした暁が、撫でていた俺の手を払いのけ、両手を上げて抗議をする。

 

「別に……響は嫌いじゃない」

 

「な、ななっ、響っ!?」

 

 正反対の反応を見せた暁と響。ぱくぱくと口を開きつつも声を出すことが出来ない暁は、何度も俺と響の顔を見直していた。

 

「とにかく、雷や電には俺から言っておくから」

 

 もう一度2人の頭を軽く撫でた後、「ムキーッ!」と怒る暁。どうやらこれ以上はダメだと判断した俺は、暁からから逃げるように、この場から立ち去ることにした。

 

「ちょっ、待ちなさないよっ!」

 

 走る俺の背に、暁の声が浴びせられる。

 

 何故か自分でも分からないけれど、心地よいと思った俺は、にやけ顔を浮かべながら、通路を軽やかに駆けていった。

 

 ちなみに冷静になって考えてみると、先生の立場上、廊下は走ってはいけないんだけどね。

 

 

 

 いやはや、反省反省。

 

 

 

 で、今回のことは終結したと思ってたんだけど、ことは簡単に済んでくれなかった。

 

 ちなみに、俺が駆けだして向かった先は、雷と電の居そうな場所――なんだけれど、居ると予想していた広場には2人の姿はなく、もう一度幼稚園内に戻ってきた。もちろん、暁に会うとまた文句を言われそうなので、違う入り口から中へ入ったのだが、そこで見かけたのは龍田と夕立、それに潮の姿だった。

 

「あのね~、友達から聞いた話なんだけど、先生ったら、雷ちゃんと電ちゃんに、キスをしたらしいのよ~」

 

「そ、それって……本当なんですか……?」

 

「しょ、衝撃の事実っぽいーっ!?」

 

「ちょ、ちょちょちょっ、ちょっと待ったーーっ!」

 

「あら~、噂をすればなんとやらね~」

 

「子どもたちに噂を広めてたのはお前か龍田っ! それに、キスじゃなくて実際には間接キスだろうがっ! 間接が付くか付かないかで、とんでもないことになるだろうっ!」

 

「間接だったとしても、しちゃったんでしょ~?」

 

「んぐっ!? い、いやっ、あれは単なる事故であって、やろうとしてやったわけじゃない!」

 

「ほ、本当なんだ……」

 

「確定したっぽいーっ!」

 

「いやいやいやっ! だから、そうじゃなくてだなっ!」

 

「うふふ~、何を言っても無駄なんだから~」

 

「すぐにみんなに知らせるっぽいーっ!」

 

「夕立、ちょっと待て! 待ってくれぇぇっ!」

 

「待てと言われて待つ人はいないっぽいーっ!」

 

「嘘おぉぉっ!?」

 

 徒競走でも見せたことのない、夕立の駆け出しっぷりに、両手で頭を押さえて膝から崩れさる大人の姿がここにあった。

 

 もちろん、俺の姿なんだけど。

 

 って言うか、なんとかして誤解を解かないと色んな意味で危うすぎる。しかし、噂を広めている根元の龍田は目の前にあるが、更に広めようとする夕立はすでに通路の先。どちらかを止めたところで、広がっていく速度はどんどんと加速していくだろう。

 

 つまり、終わった――と言うことである。

 

「いやいや、そうじゃないってっ!」

 

 横手を振りかざして自らに突っ込みを入れる俺。

 

「何がそうじゃないのかしら~?」

 

「そもそも、俺から進んでそうなったんじゃないんだぞ! 喉が乾いたって言った雷に、ジュースをあげただけの話であって、間接キスにはならないじゃないか!」

 

「う、うん……確かに、先生は……してないみたい……」

 

「だ、だよな、潮!」

 

 賛同してくれた潮に感動した俺は、ガシッと両肩を両手で掴んだ。

 

「ひゃうっ!?」

 

 ……が、勢いが強すぎた為か、潮は驚きの声を上げて後ずさる。そんな状況を端から見ると、もしかして、やばいんじゃないかな――と、思いかけた途端、

 

「今度は、潮ちゃんに手を出すんだ~」

 

「ちっ、違う違うっ! これはそのっ、違うん……だ……ぁ?」

 

 俺は、弁解するために龍田の顔を見た。

 

 その後のことは、正直、思い出せたとしても思い出したくない。心が無意識に、この時にあったことをブロックしてしまっているから、はっきりと思い出せない。

 

 かろうじて浮かび上がる光景を、一言で表すのなら、こう言うことができる。

 

 

 

 笑顔を浮かべた、羅刹の姿を見た――と。

 




 艦娘幼稚園でトラブル続きな主人公。
 しかし、これだけでは済まずに、鎮守府を巻き込んだ事態まで発展する……?

 次回は元帥が大暴走。
 
 お楽しみにっ。


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後編

 続いてのターン……ではなくて、後編は幼稚園児ではなく普通の艦娘たち? のお話です。

 前半で流れていた噂によって、鎮守府のお偉いさんが起こす騒動をお楽しみくださいー。


 

 その後、包帯でぐるぐる巻きになった俺は、何とかみんなに説明をして、分かってもらえることが出来た。

 

 いや、分かってもらったと言うよりも、俺の悲惨すぎる状態に同情して――と言う方が合っているのかもしれない。愛宕はいつもと変わらずと笑って「気にしてないですよ~」と言ってくれたが、気にしていないってことは、俺の言ったことを信じてくれてないんじゃないかと思えてしまい、数日の間、眠れぬ夜を過ごすことになってしまった。

 

 

 

 そして、そんな出来事があってから数日後、とある休日の午前中。

 

 

 

 ざわ……ざわざわ……

 

「ん……? なんだか外が騒がしい気がするけど、黒服に追われた借金まみれの青年でもいるのかな?」

 

 自室でくつろいでいた俺は、外の方から叫ぶ声が何度も聞こえ、いったい何があったのだろうと扉へと近づいた。

 

 ガチャ……ガチャガチャッ……

 

「えっ!?」

 

 ドアノブが大きな音を立てて回転し、扉がガタガタと揺れる。これが夜なら、心霊現象だと思って逃げようとするんだけれど、あいにく今は陽も高く上がる昼前であり、誰かが訪ねてきたというのが妥当であろう。

 

「えっと、どちら様ですか?」

 

「僕だよ僕っ! 悪いんだけど、出来るだけ早く開けてくれると助かるんだけどーっ!」

 

「僕……って、この声は……っ!?」

 

 覚えのある声に、俺は慌てて扉を開ける。声の主は、予想していたとおりの人物で、目の前に立っていたんだけれど……

 

「や、やぁ……ちょっと、お邪魔して……いいかな?」

 

「い、いいですけど……その姿は……?」

 

「あ、あはは……ちょっと失敗しちゃってねぇ……」

 

 頭をかきながら俺の横をすり抜けて部屋に入ったのは、以前、俺が危機的状況にあった際に助けてくれた、舞鶴鎮守府の最高権力者である元帥である。ただ、以前に会った時と違うのは、バッチリと決まった白い軍服はボロボロになり、顔にはいくつかの痣があって、ヨロヨロと今にも倒れそうな元帥の姿に、俺は驚きを隠せなかった。

 

「いやぁ……助かったよ……」

 

 そう言って、元帥は力なく床に座り込んだ。俺はすぐに、小型の冷蔵庫から作り置きの麦茶をコップに注いで「どうぞ」と元帥に手渡した。「ありがとう」とお礼を言った元帥は、俺の返事を待たずにゴクゴクと飲み干し、「くはー、染みるーっ!」と、炎天下を歩き続けて営業を終えたサラリーマンが、ビアガーデンで大ジョッキの生ビールを一気飲みした時のような声を上げた。

 

「いったい何があったんですか……? 失敗したって言ってましたけど、その姿を見る限り、普通のことじゃない気がするんですけれど……」

 

「あー、うん、ちょっと色々あったんだけどねぇ……」

 

 言葉を濁す元帥に、さすがにこれ以上聞くことが出来ず、俺は黙り込んでしまう。相変わらず部屋の外からは大きな叫び声が聞こえ、扉の方だけではなく、反対側の窓からも聞こえるようになり、どんどんと範囲が広がっているようだった。

 

 俺は、元帥の悲惨な姿を見て、ふと嫌な想像をしてしまった。もしかすると、元帥に反対する一部の者たちがクーデターを起こし、何とか逃げ延びてきたのではないのだろうか。偶然なのかは分からないが、俺の部屋に逃げ込んできた元帥だけれど、これ以上俺を巻き込ませないようにと思って、話をしたがらないのかもしれない。

 

「………………」

 

 無言の室内に、息づかいが聞こえる。相変わらず、部屋の外から怒号が飛び交っているようだ。

 

「あの……さ……」

 

「は、はい。なんでしょうか、元帥」

 

 重い口を開いた元帥は、少し眼を泳がせていた。

 

 やっぱり、俺を巻き込まないようにと思っているのだろう。

 

 でも俺は、元帥に大きな恩がある。

 

 返すのなら、今、この場所で、少しでも力になりたい。

 

「気にしないで言って下さい。元帥のためなら、俺、なんでもやりますよ」

 

「……いや、それならこの前の時……助けてよ……」

 

「あー、あれは自業自得ってやつですからね……」

 

「時々冷たいよね……先生って……」

 

 小さいため息をついた元帥は「ふふっ……」と笑みを浮かべると、俺の顔を見てから口を開いた。

 

「先生ってさ……」

 

「は、はい」

 

 

 

「教え子に手を出したって、本当?」

 

 

 

「ぶっふうぅぅっっっっ!?」

 

 シリアスな場面は、いっきにどっかへぶっ飛んだ。

 

「い、いきなりなんつーこと言うんですかっ!?」

 

「いやぁ……それほどでもー」

 

「誉めてませんっ!」

 

「あれ、そうなの?」

 

「普通、分かるでしょう!?」

 

「あっはっはー、冗談だよ冗談。ちょっとした海軍ジョークってやつさ」

 

「た、質が悪すぎますよ……元帥……」

 

「で、本当のとこはどうなの? やっぱり手、出しちゃったわけ?」

 

 そっちは冗談じゃなかったのかよっ!

 

「げーんーすーいーっ!」

 

「あー、うん、もうちょっと声を小さくしてくれるとさ……外に聞こえちゃうし」

 

「だったら、そんな無茶苦茶なことを聞かないで下さいっ!」

 

「いやだってさー、噂、広がってるよ?」

 

「……え?」

 

「そりゃもう、ばっちりくっきり。僕の耳に届くくらいだもんね」

 

「……ま、マジ……ですか……?」

 

「マジもマジ。本気と書いて大マジと読むくらい。ちなみに噂の内容だけど……気になるよね?」

 

「そりゃあ、なりますけど……正直聞きたくないです……」

 

「いやー、ここまできたからには聞いとかないとさー」

 

 ……元帥って、以外とミーハーなんですね。

 

 テンションバリバリに上がっちゃってるよっ!

 

「で、とりあえずこの間、秘書艦の高雄ちゃんから聞いたんだけどさ、先生が雷ちゃんと電ちゃんの2人を同時に、手込めにしたって言う……」

 

「ちょっと待てええええぇぇぇぇっっっっっっ!」

 

 根も葉もない噂が飛び交っている!

 

 間違いなく俺を殺す気じゃねえかっ!

 

「その反応を見る限り、やっぱり噂は嘘みたいだねぇ」

 

「いやいやいやっ! 普通考えたら分かりますよね元帥!?」

 

「まぁ、そうなんだけどさー。でも、雷ちゃんも電ちゃんも可愛いし、分からなくもないかなーってさ。僕も初めて見たときは、ちょっとやばかったしねー」

 

 おまわりさん、ここに危険人物が居ます。すぐに逮捕して下さいっ!

 

「あ、もちろん冗談だよ?」

 

「語尾に信頼度がないっ!」

 

「元帥なんだけどなぁ」

 

「いや、権力者としての信頼度は高いでしょうけど……」

 

 つーか、よくこんなんで元帥になれたよね、この人は!

 

 だから、周りに敵が多いんじゃないだろうか……

 

「まぁ、本当のところは、手を出しちゃってないよね?」

 

「もちろんです! 確かにそんな噂が少し出回ったみたいですけど、実際のことは……」

 

 俺はそう言いながら、元帥に噂の出所とコンビニに行ったときのことを詳しく説明した。

 

 

 

「なるほどね。そう言うことなら、何も問題はないね」

 

「ふぅ……分かってもらえましたか……」

 

「いやぁ……大丈夫だとは思ってたけどさ。火のないところに煙は立たぬって言うし、設立責任者としても見逃すわけにはいかなかったからさ」

 

「あぁ……確かにそう言われれば、ここに来たことも分かるんですけど……」

 

「まぁ、もし噂が本当だったら、この場で斬って捨てることくらいはするつもりだったけどね」

 

 ニッコリ笑顔で軍刀に手をかける元帥。

 

 いや、マジで怖いけど、龍田には負ける気がする。

 

 そう考えたら、龍田って尋常じゃないよな……今も身震いしちゃってるし、俺。

 

「ふむ、その反応を見る限り、嘘はついていないっぽいね」

 

「なんで語尾が夕立みたいになってるんですか……?」

 

「あ、分かる? ちょっと真似てみたんだけど、似てるかな? 今度、みんなの前で使ってみようかな?」

 

「止めた方がいいと思いますよ……」

 

「うーん、残念」

 

 残念そうに落胆する元帥だが、この人に鎮守府を任せておいて大丈夫なんだろうかと、本気で心配になってきた。

 

「とりあえず、噂に関することは誓ってやってません。あくまで偶然起こったことに、根も葉もない付加要素が足されまくって、噂になっているだけです」

 

「うん、分かった。それじゃあ、この件については不問にするし、噂についても鎮静するように指示しとくよ」

 

「すみません、元帥。よろしくお願いします」

 

 俺は深々と頭を下げて、元帥にお礼を言う。

 

 あとは、もう一つの気になる点だ。

 

「……で、俺の方も気になることがあるんですけど」

 

「ん、何かな?」

 

「元帥のボロボロ加減と、外の騒ぎについて……聞いて良いならば、教えていただけると嬉しいんですけど」

 

「ふむ……」

 

 元帥が俺の眼をじっと見つめたので、視線を逸らさずに受け止める。暫くの間沈黙が流れ、外から聞こえる声と時計の針の音が、異様なくらいに大きく聞こえてきた。

 

「やっぱり君、先生辞めて提督にならない?」

 

「いえ、この前と同じくお断りします」

 

 先生としての仕事は、天職と思えるほど楽しく生き甲斐のある仕事なのだ。提督としての地位は、以前の俺の目標だったけれど、今の俺にはそれ以上に、先生で居ることを望んでいる。

 

「うーん……本当に残念だけど、まぁいいか。で、僕の今の姿と外の騒ぎについてだっけ?」

 

「はい。聞いて大丈夫であれば……ですけど」

 

「まぁ、別に言ったとしても問題ないし、むしろ聞いてほしいこともあるんだけど……」

 

 そう言って、元帥は「はぁ……」とため息をついて口を開こうとした。が、その瞬間、扉をコンコンとノックする音が聞こえ、俺と元帥は息をのんだ。

 

「出るべき……ですか?」

 

「そうだね……居留守を使ったとしても、扉をぶち破られる可能性もあるし」

 

「……そんなに凶暴な相手なんですかっ!?」

 

「しっ、静かに頼むよ……っ。悪いんだけど、僕はここにいないって対応してくれたら大丈夫だと思うからさ」

 

「……わかりました」

 

 立ち上がって扉へと歩いていく俺を後目に、元帥はベットの下に潜り込み、息を潜めた。

 

 やけに手慣れた行動に見えたんだけど、この人って、いつもこんなことばっかりしてるんじゃないだろうか……

 

 コン……コンコンコンッ

 

「はいはいっ! 今出ますよー」

 

 鳴り続けるノックの音に返事をしながら、俺はドアノブについている鍵を開けて、扉を開く。そこに立っていたのは、青い軍服に身を固め、小さな帽子を被った艦娘の姿だった。

 

「お休みのところ、申し訳ありません。こちらの部屋に、元帥が入ったという情報があったのですが、ご存じありますでしょうか?」

 

「え……っと、元帥……ですか?」

 

「はい。真っ白な軍服に長身の男性です。とは言っても、たぶんボロボロの姿だと思いますが」

 

「うーん、そんな格好の人って、来たかなぁ……」

 

 俺は頭をポリポリと掻きながら、気だるい感じをわざと見せて、艦娘を横目で観察する。見たことのある青い軍服に、小さな帽子。確か、初めて俺が幼稚園に入ったとき、愛宕がこんな格好をしていたはずだが……

 

「あぁ、申し遅れました。私、元帥の秘書艦をしております、高雄と申します。先生には、いつも妹がお世話になっていると思います」

 

 俺の視線を感じ取ったのか、高雄は小さなお辞儀をしながら自己紹介を済ませた。

 

「いえいえ、むしろお世話になっているのは俺の方です。愛宕先生には迷惑をかけっぱなしで……」

 

「いえ、先生のことは、愛宕からかなり優秀な人材だと聞いていますよ」

 

「えっ、そ、そうなんですか!?」

 

「はい。とても良い先生が入ってきてくれたと、喜んでましたわ」

 

「そ、それは……ありがとうございます」

 

 にやけてしまいそうになった顔を引き締めつつ、俺は高雄にお辞儀をした。愛宕が高雄にそんな報告をしていてくれていたとは想像もつかなかっただけに、かなり嬉しいことだった。

 

 この前は思いっきり凹まされたけどね。

 

「話が逸れましたが、本当に元帥はここに来ておりませんか?」

 

「あ、あぁ……そのことなんですけど、ちょっと聞いても良いですか?」

 

「何でしょうか?」

 

「さっきから外が騒がしいですけど、何があったんですか?」

 

 部屋の中にいる元帥に聞こえないように、少しトーンを落として高雄に聞く。

 

「……お聞かせするには恥ずかしいのですが……まぁ、いいでしょう」

 

 ふぅ……とため息をついた高雄は、軽い動きで俺に手招きをした。意図に感づいた俺は静かに扉を閉め、通路に出て周りを見渡した。

 

 

 

 

 

「まず聞いておきたいことがあるのですが、宜しいですか?」

 

「あ、はい。たぶん、噂のこと……ですよね?」

 

「理解していただいているなら話が早いです。それについての弁解等は元帥にしていただければ結構ですが、内容について聞いたことは?」

 

「ええ、ついさっき。根も葉もない付加要素が足されまくってましたけど」

 

「そうでしょうね。愛宕からの報告とかなり違いがありましたので、信じてませんでしたが……あなたの反応と雰囲気を見る限り、報告書通りなのでしょう」

 

「そう言ってもらえると助かります。まぁ、完全に被害者なんですけどね」

 

「その辺りはおいおい……鎮静化するように進めておきます。それでは、本題ですが……」

 

 さっきよりも大きなため息をついた高雄は、一度目をつぶってから、口をゆっくりと開ける。

 

『えっ、先生ってヤリ手のホストなの? それなら僕も負けてらんないねっ! ちょっと空母寮に行って、翔鶴と瑞鶴落としてくるわっ! by元帥』

 

「ちょっ!?」

 

「そんなアホ……いえ、馬鹿にもほどがある言葉を吐きながら、元帥はその通りの行動を起こしまして……」

 

「……マジですか」

 

「そして、それ以上に質が悪いのは、何故か有言実行できてしまうのです」

 

「……いや、元帥の方がヤリ手のホストにふさわしいですよね……」

 

「まぁ、その結果、その話が一航戦の娘たちの耳に入りまして……この騒ぎに至ったということです」

 

「あー……この間と一緒……ですか……」

 

 まだ懲りてなかったんだね……元帥って……

 

「そして、空母寮内で元帥を巻き込んだ戦闘が始まりました」

 

「……は?」

 

「とは言え、さすがに実弾を撃つわけにもいきませんので、実際には飛行甲板での殴り合いに発展したのですが」

 

「いや、その使い方はどうかと思いますけど……」

 

「その結果、元帥にもそれなりのダメージを与えたと思われますが……」

 

 なるほど。それで、ボロボロの服装に、痣だらけの顔だったのだと、俺は納得する。

 

「なるほど、説明ありがとうございます。色々と大変そうですが……頑張って下さい」

 

「いえ、これも秘書艦としての仕事ですので」

 

 俺と高雄は、苦笑を浮かべながら、お互いに頭を下げた。

 

「それでは、私は元帥を探しますので。次は……そうですね、食堂の方にでも行ってみましょうか」

 

「あぁ、それでは……そうですね」

 

 言葉を濁しながら、俺は右手の親指を横に向け、その後に人差し指をまっすぐ立て、高雄に手の甲を見せるように、ひねって指を横に向ける。そして、地面を指さして、アイーンのポーズで甲を顎につけた。

 

「……感謝しますわ、先生」

 

「いえいえ、それではこれで」

 

 俺はもう一度頭を高雄に下げて、扉を開けて部屋に入った。

 

 

 

 

 

「んぐっ……んぐっ……あっ、おっかえりー」

 

「勝手に冷蔵庫の中の麦茶を……って、まぁいいですけどね」

 

 風呂上がりのポーズで麦茶を飲みながら、くつろいでいた元帥をジト目で見つつ、コップを取り出して残っていた麦茶を注ぎ、ベットに腰掛けた。

 

「で、誰だったのかな?」

 

「高雄さんでした。会うのは初めてだったんで、自己紹介をしながら、ちょっと雑談してました」

 

「へぇー、やっぱ先生ってヤリ手なんだねぇ」

 

 いや、元帥には勝てませんよ――って、さすがに言えないけどね。

 

「元帥を探してるって言ってましたけど、大丈夫ですか?」

 

「あー、うん……ちょっと今は、会いたくないかなぁ……」

 

「そうですか……まぁ、元帥がここに居るとは喋ってませんので」

 

「うん、ありがとね、先生。ちなみに、高雄は他に何か言ってた?」

 

「えっと、高雄さんは……食堂に行くって言ってましたよ」

 

「なるほど……それじゃあ、裏口から出れば逃げれそうかな」

 

 逃走ルートを頭の中で考える元帥の姿がここにあった。ボロボロの格好でそんなポーズを取っていると、とてもじゃないが、この鎮守府の最高権力者とは誰が見ても思えそうになかった。

 

 そんなことを考えていると、外の騒がしさも聞こえなくなり、元の静けさを取り戻す。

 

「よし、それじゃあそろそろ大丈夫そうだし、おいとましようかな」

 

「あ、はい。それじゃあ……ほどほどに」

 

「ん? あぁ、それじゃあね、先生」

 

 俺と元帥は互いに手を上げ、別れの挨拶を済ませた。元帥はにっこりと笑いながら扉を開け、鼻歌交じりに部屋から出ていった。

 

 バタンと扉が閉まる音が鳴る。俺はベットに腰掛けたまま耳を研ぎ澄ませ、両手を組んで息をのんだ。暫くの沈黙と空白の時間に、時計の針の音が響く。1分ほど経ったくらいに、遠くの方で男性の悲鳴のような声が、聞こえた気がした。

 

「ふぅ……高雄さんも、なかなかのヤリ手だなぁ……」

 

 扉の前で待ち構えずに包囲しつつ、裏口から外に出たところで確保する。たぶん、そんな感じで捕まえたのだろう。

 

 時計の方に目をやると、高雄との会話を終えてから、ちょうど5分が過ぎていた。自ら指定したとは言え、完璧すぎた行動に、思わず賞賛したくなる。

 

「せめて無事でありますようにと、祈っておこうかな」

 

 窓の外に向かって、両手を会わせる俺。

 

 もう一度、悲鳴のような声が聞こえた気がしたけれど、俺は気にせずにテレビの電源を入れ、鑑賞することにした。

 

 

 

 今回も、自業自得ってことで。

 

 

 

 

 

 ちなみに今回のオチ――と言うか、説明。

 

 高雄に見せた俺の手の動きは、手話だったという、それだけのことである。

 

 5分後に、この場所で。

 

 そんな感じで表しておいたのである。

 

 もちろん、声にして言ってないだけで、伝えはしたんだけれど。

 

 まぁ、これで少しは懲りてくれると、鎮守府も平和になるかもしれないってことで。

 

 とばっちりは、本当に勘弁である。

 

 

 

 あと、人の噂も七十五日と言うので、俺も暫くは静かにしていようと、心の中で呟いたのだった。

 

 

 

 艦娘幼稚園 ~人の噂も七十五日~ 完

 

 

 

 

 

 ついでになんだけど、高雄さんが元帥になった方が、ここの鎮守府は上手くいくんじゃないだろうかと思ってみたり。

 

 まぁ、さすがに声を大にして言えないけどねー。

 

 

 

 あと、七十五日ってマジで長くね?

 




 艦娘幼稚園 ~人の噂も七十五日~
 これにて終了でございます。

 長文、お読み頂きありがとうございました。
 引き続き、次回作を宜しくお願い致します。


 次回予告

 主人公の背中に突き刺さる視線。
 あまりに不快で気になる現象に、主人公を含め幼稚園児たちも大活躍?
 さらにお姉さん(艦娘)たちまで加わって、噂がどんどん広がります。

 艦娘幼稚園 ~幽霊の噂と視線の謎~

 近日更新予定ですっ。

 


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~幽霊の噂と視線の謎~
その1


 今度のトラブルは幽霊の仕業!?

 主人公の背中に、ここ一週間前くらいから感じる視線。
毎日感じる違和感に、だんだんと精神を蝕まれていく主人公。
心配した子どもたちが主人公に声をかけ、幽霊の噂を口にする。

 はたして視線は誰なのか、それとも本当に幽霊が!?

 艦娘幼稚園 ~幽霊の噂と視線の謎~

 本日から7日間、毎日更新でお届けします!


 

「ぎゃああああああああっ!」

 

 真っ暗な通路に悲鳴が響き、俺は身体を震わせながら声のする方を向く。すると、小さな影が凄い勢いで俺の方へと走ってきて、驚きのあまり大きな声を上げてしまった。

 

「うわあっ! なっ、何なんだいったい!?」

 

「うふふふふ~、待ってぇ~、待ってよぉ~」

 

 俺に向かって走ってくる小さな影の後ろから、同じくらいの影が追いかけてくる。

 

 その影は以上なほど頭が縦に長く、人の形とはあまりにかけ離れていた。しかも、長細い頭の両側に、大きく見開いた目がぎょろりと明かりに反射して光り、見た者の恐怖を倍増させる。

 

「だずげでぇぇぇぇっ!」

 

 俺に近い方の小さな影が、泣き叫びながら両手を広げ声を上げる。

 

「や、やめろっ、こっちに来るなぁっ、ぶっ飛ばすぞぉぉぉぉっ!」

 

 パニックに陥って逃げる俺は、走りながら何度も声を上げ、通路を縦横無尽に駆け回る。

 

 もちろん、改造人間にされそうになっている場面ではない。

 

 ただ、幽霊がでるという噂を聞き、事情があった俺は夜の幼稚園を見回っていただけなのだ。

 

 

 

 まずは、その理由からお話しよう。

 

 

 

 

 

 さて、それではまず一つ、質問をしたい。

 

 あなたは、一人で歩いているときに、変な視線を感じたことがあるだろうか。

 

 どこから向けられているのか分からない、背中をじっと見つめられているような気配が、背筋をぞくりと凍らせる。

 

 まるで、一つ一つの動作を全て確認するかのようにまとわりつく視線は、気にしないようにしていても、いつの間にか思考にすら絡みつき、どんどん心を浸食していく。

 

 そんな状況に陥った人は、誰かに助けを求めるか、原因を追究するために動くか、殻に閉じこもるように引きこもるのか――対応はそれぞれだろう。

 

 もちろん、こんな話をしたのだから分かっているとは思うのだが、一応話しておく、

 

 

 

 今も俺の背中には、まとわりつくような視線を感じている。

 

 

 

 はたしてそれは、誰の視線なのか。

 

 それとも題名の如く、幽霊という存在の仕業なのだろうか。

 

 今の俺には、まだ分からないことなのであるけれど、取るべき方法は決まっている。

 

 誰かに助言を求め、原因を追究するために動き、身に危険があれば回避する。

 

 つまり、俺は諦めが悪いのだ。

 

 だけど、決して後ろには引かない。引きたくない。

 

 出来ることから始めよう。それが今の俺に出来ることなのだから。

 

 その結果、誰かが傷つくことになるかもしれないけれど、出来るだけそれは避けようと頑張るし、精一杯の努力はしよう。

 

 だから、一言、言わせて欲しい。

 

 

 

 頼むから、勘弁して下さい。

 

 

 

 

 

「………………」

 

 朝の日差しが窓から差し込む通路を、俺は黙って歩いていた。手には子どもたちが使う道具を持ち、赤い絨毯の通路を踏みしめながら、倉庫から遊技室へと向かっている。

 

「……どこから……なんだ?」

 

 顔はそのままに、目をきょろきょろと動かして視線の元を探る。だが、一向に『それ』は見あたらなかった。

 

 肩を落とし、足取りが重くなってしまった俺は、大きなため息をつく。何度、こんな動作を繰り返したのだろう。相手に気づかれる大きい動作で、露骨に探し回ったりもした。声を荒らげて、怒鳴ったりもした。だけど、原因はまったく分からなかった。

 

 初めに視線を感じたのは一週間ほど前だったと思う。場所は今居る幼稚園の中で、子どもたちの面倒を見ていたときだった。最初の頃は、子どもたちの誰かが俺を見ているのかなと思っていたのだが、昼寝の時間になり、子どもたちを寝かしつけた後、一人で居るときにも視線を感じたのが、気になりだしたきっかけである。その時はあまり深く考えず、気のせいだと思っていたのだが、あまりにも長く、そしてだんだんと強く感じる視線に、さすがに俺も気になって、どこから向けられているのか、誰が向けているのか、何故向けているのかと、だんだんと腹が立ち、頭に血が上りながら探しまくったのだが、見つけることは出来なかったのだ。

 

 とは言え、幼稚園から外へ出ると視線は急に消えてなくなることが多い。あったとしても、自室に戻ってしまえば感じられなくなるので、安心できるスペースがあるのは非常に助かる。また、何故だかわからないのだけれど、愛宕と一緒に居るときだけ視線は忽然と消えてしまう気がするのだ。

 

 それらを考えると、視線の原因が愛宕にあるのではないだろうかと考えたりもしたのだが、それならそれで、一緒に居るときに話してくれればいいし、愛宕の性格ならたぶんそうするだろう。愛宕からの熱視線となれば、俺の方も喜んで――なんだけど、残念ながら一週間受けてきた視線はそういったモノの質ではなく、ある意味粘着質的な、気持ちが悪いモノなのだ。

 

「……はぁ」

 

 もう一度大きなため息を吐いた俺は、辺りを見回すのを止めて、子どもたちが待つ遊技室へと歩を進めることにした。

 

 

 

「いったいどうしたんデス、先生?」

 

「んっ、あぁ、すまんすまん……何でもないんだ……けど……」

 

 遊技室で子どもたちにクレヨンと画用紙を渡し、好きに書くようにと声をかけたのだが、またもや感じる視線が気になって、きょろきょろと見回している挙動不審な俺に、金剛が不思議そうな表情を浮かべて近づいてきた。

 

「なんでもない風に見えないデース」

 

「やっぱり、そう見える?」

 

「親とはぐれた子鹿みたいに震えながら、辺りを見回しているように見えるデスよー」

 

「あー、うん、的を得てるな……それ」

 

「心配ごとがあるなら、私が相談にのりマース。泥船に乗ったつもりでバッチコーイデース!」

 

「いや、泥船はダメだろう……それじゃあ、カチカチ山みたいになっちゃうぞ?」

 

「燃やせばキレイさっぱりネー。悔やんでたって、ノーなんだからネー」

 

「はは……そうだな。前向きに行かないとダメだよな」

 

「そうそう。元気出していきまショー」

 

 拳を振り上げて元気づけるように金剛が言う。

 

 小さいのにしっかりした子どもに励まされる俺。だけど、情けなさよりも嬉しさが勝り、お礼を込めて頭をナデナデしてあげた。

 

「先生ー、アリガトネー」

 

「いや、俺の方こそありがとな」

 

 笑みを浮かべて金剛の顔を見ながら、優しく髪をとかすように撫でる。指の先に触れる艶やかな茶色い髪の毛が、手の動きにあわせてさらりと舞った。

 

「むむむっ……デース……」

 

「んっ、どうした金剛?」

 

「てりゃーっ!」

 

「ごふっ!?」

 

 いきなり腹部に頭突きを食らってもんどりうつ俺。

 

 いままでにも何度か食らったことがあるけれど、相変わらず躊躇が無さ過ぎるぞ金剛っ!

 

「ふぅーっ、やっぱり先生はズルイデース!」

 

「な、何が……なんだ……?」

 

「それは自分で考えてクダサーイ!」

 

 ぷいっと、顔を背けた金剛の耳のあたりが赤く染まっていたように見えた。

 

 そんなに怒るようなことをした覚えはないんだけどなぁ……

 

 お腹をさすりながら床から起き上がって金剛を見ると、自分の席に戻ってクレヨンを片手に画用紙に向かっていた。元気づけてくれたんだから、怒るわけにもいかない――と、俺はそのまま子どもたち周りを歩きながら、様子を見ていくことにした。

 

 

 

「ぽっぽぽーい、ぽぽーい、ぽっぽっぽぽーい」

 

 リズム良く口ずさみながら、グリグリとオレンジ色のクレヨンを画用紙にこすりつける夕立を見る。どうやら空に浮かんでいる太陽を描いているようだけど、それ以上に口ずさんでいる歌が気になって仕方がない。どこかで聞いたことがあるような気はするのだが、思い出せないと言うことは、相当昔に聴いた曲なのだろうか。それとも、ものすごくマイナーな曲かもしれないが。

 

 どちらにしても、気分良く描いている夕立に声をかけるのは、少々気が引ける。またの機会に聞くことにしよう。

 

 次は潮。水色のクレヨンで海の中を描いているようで、魚がいっぱい泳いでいて、その中心に人のような姿がある。気持ちよく泳いでいるようなのだが、艤装っぽいものが描かれているので艦娘なのかもしれない。そうだったのなら、轟沈している気がするんだけれど、さすがにそれを言うと泣き出してしまいそうで、言うに言えなかった。

 

「おーれーはてんりゅー、がーきだいしょー」

 

 うん、その歌の段階でダメだからね。

 

 ちなみに絵の内容は自画像のようで、山てっぺんに仁王立ちしている姿が描かれていた。

 

 ちなみに、一歩踏み外せば転落コースな足場の悪さに立つガキ大将。まさに紙一重だ。

 

「ふーんふふーん、ふーん♪」

 

 その隣で鼻歌を歌いながらニコニコしている龍田が見える。かなり機嫌が良さそうなので、問題は起こしそうにないと思ったのだが――描いていた絵が問題だった。

 

 一言で言うと、潜水艦轟沈の絵。

 

 しかもメッタメタのボッロボロ。これでもかって位に穴だらけで、この間の元帥以上にダメージが大きそうである。

 

 いったいどんな思い入れがあれば、ここまで描けるんだろうかと思えてしまうが、これも聞けそうにはない。

 

 いのちだいじに。これが俺の龍田対策スタイルである。

 

 

 

「ふむ……」

 

 ぐるりと見て回って、最後は金剛の後ろにやってきた。机の上に置かれた画用紙に、四人の人の姿が描かれている。

 

「いつ……会えるデスか……」

 

 小さく呟く金剛の声が、俺の耳に届く。たぶんそれは、無意識に呟いた独り言だったのだろう。金剛の表情は悲しげに見え、俺は口より先に手が動いていた。

 

「ふわっ!?」

 

 頭を撫でられて驚いた金剛は、振り向いて俺の顔を見た。その瞬間、顔を真っ赤にして俯きながら「き、聞いていた……デスか……?」と言う。

 

「大丈夫、もうすぐ会えるさ」

 

「うぅ……恥ずかしいデース……」

 

「ははっ、今度は逆の立場かな?」

 

 俺はそう言いながら、先ほどと同じように優しく金剛の頭を撫で続けた。

 

 もちろん、急な突撃に備えて少しだけ腰は引いていたけれど。

 

 備えあれば憂いなしだからね。

 

「先生は、本当にズルイデス……」

 

「ズルくてもいいさ。みんなの先生でいられるならな」

 

「むー、まだまだわかってないデース」

 

「ん?」

 

 またも顔を背けられ、なんでだろうと顔を捻る俺。どうも金剛の考えが分からないときがあるんだけど、いったいどうしてなんだろう。

 

「まっ、元気だしてがんばろうな」

 

「わかってマース! クヨクヨなんかしてられないデース!」

 

「ああ、それでこそ金剛だ」

 

「……っ! つ、続きを描きマース!」

 

 再びクレヨンを持った金剛は、画用紙を抱えるようにして描きだした。

 

 うむ、すこぶる可愛い仕草ですな。

 

 ちなみに、金剛が描いているのは姉妹の絵なのだろうが、先ほどの会話で勘違いされても困るので前もって言っておこう。

 

 別に、亡くなったとかそう言うのじゃないんだからねっ!

 

 ツンデレ風に言ってみたけど、別に意味はないのであしからず。ただ単に、この幼稚園に他の三人がまだきていないだけなのだ。理由は分からないが、来る予定があるというのは愛宕から聞いているし、もう暫くすれば姉妹の再会があるのだろう。

 

 とは言え、ぬか喜びは可哀想なので、はっきり決まってから伝えるべきと内緒にしているのだ。

 

 その瞬間の金剛の喜ぶ顔が早く見たいので、俺としても楽しみである。

 

「さて、ちょっくら椅子に座るかな」

 

 子どもたちの様子を見回した俺は、一息つこうと椅子へと向かう。

 

 ――が、背中の辺りに向けられた視線を感じ、素早く振り向いた。

 

 

 

「………………」

 

 視界に入るのは、子どもたちのお絵かきする姿。それ以外に見あたるモノはない。

 

「何なんだ……いったい……」

 

 ズキン……と、頭痛を感じた俺は頭を抱えながら椅子に座ってため息を吐く。

 

「先生なんだか、元気がないっぽい?」

 

 ため息に気づいた夕立が、画用紙を持って俺に近づいてきた。

 

「あ、あぁ……すまん。ちょっと頭痛がな……」

 

「大丈夫っぽいっ!?」

 

「あぁ、少し休めば……」

 

 頭痛を振り払おうと頭を左右に振って前を見ると、心配した子どもたちが俺の周りを囲んでいた。

 

「先生……大丈夫……?」

 

「大丈夫かよっ、先生!」

 

「あら~、大丈夫なの~?」

 

「やっぱり心配デース」

 

 クレヨンと画用紙を持った子どもたちが、一様に声をかけてくれる。嬉しくて涙が滲みそうになるが、さすがにそれは情けないと我慢した。

 

「だ、大丈夫だって。ちょっと疲れてるだけ……」

 

 そう言って、俺は椅子から立ち上がろうとしたが、感じる視線が一層強くなった瞬間に目眩を起こし、ぐらりと身体がよろめいた。

 

「っ! 危ないデース!」

 

 大きな声を上げて駆け寄ってきた金剛が、俺の体を支えるようにがっしりと掴んだ。それを見た他の子どもたちも、俺の体にしがみつくように支えてくれる。

 

「す、すまん……助かったよ、みんな……」

 

 目眩を振り払うように頭を大きく左右に振った俺は、しがみつく子どもたちの頭を撫でながらバランスをとって立ち上がった。

 

「ほ、本当に大丈夫っぽい?」

 

「先生……休んだ方が……」

 

「俺たちのことは気にしなくていいんだぜ!」

 

「そうよ~、休むのも大事よ~」

 

「こんな先生、見てられまセーン!」

 

 心配してくれる子どもたち。先生になって、本当によかったと思えた瞬間。だけど、それ以上に、嫌に感じる視線が俺を苦しめる。

 

「……先生、何か心配ごとがあるのかしら~?」

 

「ん……い、いや……」

 

 龍田が俺を見上げる。その目はまっすぐと俺を見つめ、真剣な眼差しで、まるで心の中を見透かすような瞳に、俺は思わず息を飲んだ。

 

「嘘はダメよ、せーんせっ」

 

「むぅ……」

 

 ニッコリと微笑む龍田の姿に負け、俺は肩を落として椅子に座って子どもたちを見渡した。みんなは俺を真剣な眼で、心配そうな表情を浮かべて、見つめてくれている。

 

「わかった、俺の負けだ」

 

 そう言った俺の声を聞いた子どもたちは、安心した表情を浮かべてほっと息を吐いた。

 

「実はだな……ここ一週間くらい前からなんだけれど……」

 

 俺は、子どもたちに視線を感じることについて、包み隠さず話すことにした。

 




 艦娘幼稚園 ~幽霊の噂と視線の謎~

 全7話構成で修正し、毎日更新していきます。
 ご感想等がございましたら是非よろしくです。


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その2

 視線が向けられている事を話した主人公。
 心配した子どもたちは気がついた事を口々に話し、お礼に頭を撫でてあげる。
 そうしているうちに、詳しい人物がいると夕立が話してくれて……

 艦娘幼稚園 ~幽霊の噂と視線の謎~ その2

 やんわりほんわかなシリーズから初期のシリアス展開に路線変更?
 いいえ、シリアスもあるけど、今シリーズもギャグ路線ですっ。


 

「……と、言うことなんだ」

 

 子どもたちに視線のことを話し終えた俺は、ふぅ……とため息を吐いて天井を見上げた。心配させまいと思って誰にも話していなかったことを打ち明けられたおかげなのか、ほんの少しだけれど、体が軽くなった気がする。

 

「視線デスか……私は全然気づかなかったデスけど、みんなはどうデスかー?」

 

「私も……気づかなかったかな……」

 

 潮は顔を控えめに横に振り、金剛に答えた。

 

「夕立も気づかなかったっぽいー」

 

「うーん、俺も気になんなかったけど……」

 

 夕立も天龍も、同じように首を横に振る。天龍はすでにお手上げといった感じに両手の平を上に向けていたが、はっと顔を上げて龍田へと振り向いた。

 

「そういや、龍田はどうなんだ? 先生の周りでなんか感じたこと無かったのか?」

 

「そうねぇ~、そういえば……」

 

「おっ、何か知ってるのかよっ! さすが、龍田なだけはあるぜ!」

 

 喜ぶ天龍に、少し迷っている感じの龍田。対局的な表情に、俺は少しばかり嫌な予感がよぎった。

 

「でっ、いったい何を知ってんだよ!?」

 

「ん~、そんなに大したことじゃないのよ天龍ちゃ~ん。ただ、先生が変なことをしていないかって、ストー……じゃなくて、見ていた時なんだけど~」

 

 今、龍田はストーカーって言いかけなかったか……?

 

 それって犯罪行為なんだから、マジで止めて欲しいんだけど、犯人が子どもの場合は成立するんだろうか?

 

 どちらにしても、龍田がここ最近俺を見ていたというのならば、気になる視線というのも納得がいかなくもないんだけど、なんとなく俺は違う気がした。

 

「先生の近くで~、小さい音が聞こえたことがあるのよね~」

 

「……音?」

 

「うん、音よ~。とっても小さいから、聞こえなかったとしてもおかしくないのかも~。私も、たまたま聞こえただけだから~」

 

「ふむぅ……それは気になりますネー」

 

「夕立も気になるっぽい。でも、聞いたことは無いっぽいー」

 

「う、うん……私も無いかな……」

 

「小さい音か……。全然気づかなかったけど、どんな感じの音なんだ、龍田?」

 

「そうねぇ~。カチャ……とか、パシッ……とかかなぁ~」

 

「んー、なんだか的を得ないなぁ……」

 

「ごめんね~、偶然聞こえただけなのよ~」

 

「あ、いや。それだけでも十分ありがたいよ。サンキューな」

 

「いえいえ~、どういたしまして、せーんせっ」

 

 龍田は微笑みながら頭を差し出したので、俺は手を置いて優しく撫でてあげた。ちょっぴり頬を染めて恥ずかしげに、でも嬉しそうにする龍田に、やっぱり子どもなんだなぁと、ちょっとばかし安心したのだけれど……

 

 周りの子どもたちが不満げな表情で俺と龍田を見ていたので、気づかない振りをしながら撫でていた手を離した。

 

 ……みんなの眼が、ちょっとばかし怖かったです。はい。

 

「うふふ~、褒められちゃった~」

 

 そして周りに自慢するように言う龍田だが、ホント色々と怖いんで、空気を読んでもらえると嬉しいんだけどなぁ……

 

 

 

「ごほん……っ。で、音についてデスネー」

 

 わざとらしく咳払いをして金剛が言う。

 

「あ、あぁ……やっぱり気になるな……」

 

「小さくて、乾いた感じっぽい?」

 

「うーん、乾いた感じって言われてもなぁ」

 

「……ひっ!」

 

 夕立と天龍の呟きを聞いた途端、潮が急に顔をこわばらせながら身体を震わせた。

 

「ん、どうしたんだ潮、何か怖いことでもあったのか?」

 

「そ、その……あの……」

 

 ビクビクと辺りを見回しながらおびえる潮に、心配になった俺は声をかけたのだが、うろたえるだけで上手く喋れない様だった。相当怖がっているようで、誰かの手を握ろうと自分の手を震わせながらオロオロしていた潮に気づいた天龍は、うっすらと頬を染めながら、恥ずかしそうにそっと手を差し伸べた。

 

「あらあら天龍ちゃ~ん、優しいのね~」

 

「べ、別に、そんなんじゃねーしっ!」

 

「ご、ごご、ごめんね……天龍ちゃん……」

 

「あ、いや、別に気にしなくていいし……」

 

 木登りの件があってから、潮は天龍と、とても良い仲になったようだ。もちろん、天龍に対する龍田や、北上と大井のような感じではなく、面倒見の良い天龍の性格が、怖がる潮にベストマッチのようだった。

 

 とは言え、龍田や北上、大井に関しては目に余るものがあるから、しっかりと愛宕と相談して対策をとらないといけない気がするのだけれど、この間の龍田のこともあるので、正直一歩前にでるのが恐ろしかったりする。

 

 頑張らないといけないんだけどなぁ……俺。

 

「それで潮、何をそんなに怖がっているんだ?」

 

 俺はこれ以上怖がらせないように、優しく潮に問いかける。

 

「か、乾いた音……って、もしかして……その……ラップ音とか……いうのじゃ……」

 

「ラップ……音?」

 

「聞いたことあるっぽい?」

 

「俺は全然知らねーな。龍田はどうだ?」

 

「あら~、天龍ちゃんったらおバカなんだから~」

 

「ちょっ、なんだと龍田っ!」

 

「まぁまぁ、喧嘩はしないで下さいデース」

 

 怒る天龍をなだめながら金剛が言う。

 

「ラップ音とは、ポルターガイスト現象などで起こる音と言われてマース。乾いた音が部屋に響いたりして、一緒に物がガタガタと動いたり、飛んだりするのが一般的デース」

 

 一般的と言われても、ポルターガイスト現象の段階でもはや非現実的であり、一般的ではないと思うのだが、そこんところはひとまず置いておこう。

 

 しかし、乾いた音だけでそれと決めつけるには早急すぎる気もするのだが……

 

「や、やっぱり……出るんだ……うわぁぁ……」

 

「おっ、おい潮、泣くんじゃねーよ! 俺がついてるから心配すんなって!」

 

「う、うん……で、でも……怖いよぉ……」

 

 更に震えが強くなる潮を慰めるように、天龍はギュッと手を握った。

 

「そっか~、やっぱり出るって前から噂されてたわよね~」

 

「むっ、そんな噂……俺は聞いたこと無いぞ?」

 

「先生が来るずっと前から、噂はあったのよ~。ただ、最近は全然聞かなかったけどね~」

 

「そう言えば、そうだったっぽいー」

 

「確かに、最近は聞かなかったデスねー。でも、そんな噂は何度か聞いたことありマスよー」

 

「あー、そういやちょっと前に噂してるやつがいたよなぁ……。まぁ、全然興味なかったけどさ」

 

「あら~、その割には、噂を聞いた夜眠れないからって、天龍ちゃんが一緒に寝てって言ってきた気が……」

 

「たっ、龍田ぁっ! お、俺はそんなこと言ってねーぞっ!」

 

「そうだったかしら~」

 

 クスクスと笑いながら逃げる龍田を追いかける天龍。うむ、これもいつも通りだけれど……

 

「うぅぅ……」

 

 天龍が離れてしまい、潮の恐がり方が半端なく強くなった。見かねた俺は、潮の頭を優しく撫でてやる。

 

「心配しなくて良いぞ潮。幽霊なんか、全然怖いものじゃないんだから」

 

「そ、そうなの……先生……?」

 

「あぁ、幽霊には人に害を与えるものとそうでないものがいるんだけど、今までに誰かが被害にあったとかそう言うのは無いんだろ?」

 

「う、うん……聞いたことは……無いです……」

 

「それじゃあ、幽霊がいたとしても悪いことをするやつじゃないってことだ。もし、悪いことをするやつだったとしても、潮の周りには頼りになる友達がいっぱいいるだろ?」

 

「う……うんっ! 潮には、天龍ちゃんや、夕立ちゃんに金剛ちゃん……それに、ちょっと怖いけど龍田ちゃんもいる……」

 

 あ、やっぱり潮も龍田が怖いんだ。

 

「そ、それに……先生も……いるし……」

 

「あぁ、俺も潮をしっかりと守ってやるからな」

 

「あ、ありがと……先生……」

 

 涙を滲ませながら、俺を見上げる潮はニッコリと笑ってそう言った。

 

 呼ばれなかったらどうしようと、ちょっとだけヒヤヒヤしたのは内緒だけどね。

 

 

 

「とりあえず~、幽霊が先生を見てるってことだとしたら、どうすればいいのかしら~」

 

 いつの間にかそばに戻っていた龍田と、そのすぐ後ろで息を切らせて膝をついた天龍がジト目を向けている。龍田は天龍の視線にまったく気にする素振りを見せずに、いつもと変わらぬ表情で立っていた。

 

 龍田並の鋼鉄強度を持つ心臓を持っていたら、こんなことにはならないんだろうなぁと、ちょっぴりへこむ俺。

 

 しかし、潮にはああ言ったけれど、もし幽霊が本当にいて、俺に視線を送り続けているのならば、その結果、体調を崩した時点で悪くない幽霊ではないということになる。

 

 まぁ正直な話、幽霊は信じていないから、何か他に理由があと思うのだけれど。

 

 ひ、膝が小刻みに揺れてたりするのは、気のせいなんだからね!(二回目のツンデレ風でごめんなさい)

 

「うーん、幽霊に対処する方法なんて、先生全く持ってわからないぞ?」

 

「詳しい人に聞く必要がありマスねー」

 

「あっ、それなら、夕立が良い人知ってるっぽい!」

 

「あら~、それは助かるわね~」

 

「早速お願いしマース!」

 

「夕立、逝ってくるっぽいー!」

 

 その言い方だと幽霊になっちゃうんじゃないかとヒヤヒヤしながら、夕立の背を見送る。

 

 本当に幽霊の仕業なのだろうかと半信半疑な俺だけれど、子どもたちがこうして俺のことを思ってくれているのだから、無碍に断ることもできない。それに、今出来る対処が思いつかないこの状況に置いて、誰かの助言を得ることは非常に助かるから、ここは素直に流れに乗ってみようと、心の中で頷きながら天井を見上げた。

 

「幽霊か……本当にいるのかな……」

 

 海に沈んだ艦の怨念が実体化したという深海棲艦。

 

 ならば、幽霊がいても、なんらおかしくは無いのかもしれない。

 

 それならば、海に沈んだ人も。

 

 幽霊に、なるのだろうか?

 

 それならば、あの日、沈んでいった家族は。

 

 幽霊に、なるのだろうか?

 

 出来るならば、安らかに眠っていて欲しい。

 

 でも、出来るならば、もう一度会いたい。

 

 父と、母と、弟に。

 

「いや、死んだ人は……戻らないんだ……」

 

「……先生?」

 

 俺の小さく呟いた声に気づいた潮が、手を握ったまま見上げてくる。

 

「ん、大丈夫。なんでもないよ、潮」

 

「う、うん……でも、先生……すごく悲しそうだよ……」

 

「あぁ、悲しい……かな。でも、大丈夫だから」

 

「そ、そうだよね……悲しくても、泣いちゃだめ……だよねっ」

 

 ギュッと握った手の温もりが、伝わってくる。

 

 あの時の記憶は忘れない。忘れられない。

 

 だけど、後ろは振り向かないと強く心に決めた。

 

 必死に伸ばして、天龍の手を掴むことが出来たあの日に、俺は誓ったのだから。

 

「よし、悪い幽霊なら、サクッと退治すればいいだけのことだ!」

 

「へ……へへ……さすがは、先生だぜ……」

 

 息を切らしたまま立ち上がった天龍が、俺を見つめる。

 

 うん、もう少し落ちついてからで良いからね。

 

「よし、それじゃあ、夕立が連れてくる人と相談するかっ!」

 

「う、うん……頑張ろうね、先生……」

 

「あぁ、そうだな!」

 

 笑顔を浮かべる潮をと顔を合わせ、俺も同じように笑みを浮かべる。

 

 さて、それでは幽霊退治といきますか!

 




 次回予告

 夕立が連れてきた人物……それは以前にもお世話になったあの子だった。
 過去に流れた幽霊の噂を検証し、どうすれば良いかと相談する子どもたちと主人公。
 あと、ちょっとだけ潮ちゃんが大変です。

 明日も連日更新予定です。
 お楽しみにお待ちくださいませー。


 昨日の日間ランキング1位なっちゃいました。
 マジでありがとうございますっ!

 感想、評価励みになってます。
 是非是非よろしくお願いしますっ。


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その3

 夕立が連れてきたのはもちろん時雨。
 そうして始まった、幽霊の噂の相談会。
 主人公が取るべき手段は何なのか?
 潮ちゃんがちょっと大変です?

 艦娘幼稚園 ~幽霊の噂と視線の謎~ その3

 結局主人公はエロいってことでまとまりそうだよっ。


 

「なるほど、それで僕を呼んだんだね」

 

 夕立が連れてきた人というのは、以前にも色々と相談をして世話になった時雨だった。知識力もさることながら、推理力も高く、相談するにはうってつけの人物と言える。

 

 まぁ、予想していたのは幼稚園の中からではなく、宿舎に居る艦娘だろうと思っていただけに、少しばかりビックリしてしまったのだけれど、それを言っては夕立と時雨に失礼だろう。

 

「確かに、先生が来る前にも何度か幽霊の噂が流れたことがあったね。それも、幼稚園だけじゃなくて、宿舎にいるお姉さんたちにも流れてたから、信憑性は高いと思うんだけど……」

 

 少し考え込む仕草を見せた時雨は、ぶつぶつと呟いていた。おそらく、頭の中で過去の噂を整理しているのだろうが、あまりにも似合いすぎているそのポーズが、大人びているという雰囲気をすでに通り越し、貫禄さえ見せてしまうのは如何なものだろう。

 

 いやまぁ、いいんだけどさ。

 

 先生としての貫禄は、すでにどっかにいっちゃってるしねー。

 

 

 

「うーん、だけど……先生にずっと視線を送っているという幽霊については、聞いたことがないかな……」

 

「新手の新作っぽい?」

 

「いや、幽霊に新作って言うのは、なんか違う気がするけどな」

 

「まぁ、そう言われればそうなんだけど、噂が立つ度に幽霊の種類は違うものばかりだというのも確かなんだよね。今までに聞いたことがあるのは――夜な夜なドック内をさまよう青白い人影に、宿舎に流れる鎮魂歌、あとは――開発地下倉庫のうめき声に、幼稚園のラップ音だったかな」

 

「ふム、最後のが一番気になりマスねー」

 

「私が聞いた音がラップ音なら、当てはまるわね~」

 

「でも、やっぱり視線は今までにないっぽい」

 

「とりあえず、片っ端から調べていけばいいんじゃないか?」

 

「あら~、それじゃあ天龍ちゃんに全部お任せしようかしら~」

 

「なっ、なんで俺が全部やらなきゃならないんだよっ!?」

 

「あれあれ~、やっぱり天龍ちゃんったら怖いんだ~」

 

「べっ、別にぜんぜん怖くねぇし! そ、そんなに言うんだったら、俺一人でやってやるぜぇっ!」

 

 大声で言い放つ天龍だが、膝から下がガクガクと大きく震えていた。

 

「いやいや、さすがにそれはストップだ。お前たちに危ない目はあわせられないよ」

 

 俺はそう言いながら、子どもたちに向けて首を左右に振る。それを見た天龍が、ほっと胸をなで下ろすような仕草をしたが、すぐに周りを見渡して口を開いた。

 

「せ、先生だけじゃ心細いだろうし、た、助けてやっても良いんだぜ?」

 

「その気持ちは嬉しいけど……ん、待てよ?」

 

 時雨から聞いた噂の内容を思い返してみる。ドック内をさまよう青白い人影に、宿舎に流れる鎮魂歌、開発地下倉庫のうめき声に、幼稚園のラップ音。ドックと開発地下倉庫に関しては元帥に許可を得れば入ることは出来るだろうし、幼稚園内は問題なく移動できる。――だけど、宿舎には艦娘以外に立ち入ることは、指揮官である人物しか入ることが出来なかったはずだ。

 

 

 

「うーん、宿舎に俺が入ることは出来ないから……どうするかなぁ」

 

「そ、それなら俺が、調べてやるぜ!」

 

 そう言って胸を叩く天龍だが、武者震いは止まるどころか更に強くなっているみたいだった。

 

「それについてだけど、調べる必要はないと思うよ」

 

「ん、そうなのか、時雨?」

 

「うん。戦艦のお姉さんたちから聞いた話なんだけど、どうやら鎮魂歌を歌っていたのは山城さんと扶桑さんだってことらしいんだ。自らの不幸を嘆くあまり、開運オリジナルソングを作りあって、少しでも幸福になろうとしたらしいんだよ」

 

 その結果、幽霊騒ぎになるところが不幸艦らしいよね――と、時雨は付け加えながら苦笑を浮かべた。周りの子どもたちも呆れ顔や苦笑を浮かべて頷いている。

 

「それじゃあやっぱり、幼稚園のラップ音が第一候補っぽい?」

 

「そうだね。龍田ちゃんが聞いた音というのがそれならば、先生に向けられている視線にも関係してくるかもしれないね」

 

「実は気のせいだったりして~」

 

「自意識過剰っぽい?」

 

「いやいや、さすがにそれはない。音に関しては聞いてないけど、視線は間違いなくあるはずだぞ」

 

「ウーン、それならやっぱり、新しい幽霊みたいデスねー」

 

 子どもたちと相談しながら辺りを見回してみる。一人で居るときよりは感じが薄いような気もするが、やっぱり視線らしきものが感じられる。

 

 ただ、それが幽霊かどうかなのかは、今の俺にはさっぱりと言っていいほど、分からないんだけれど。

 

 

 

「まぁ、とりあえず今日の夜にでも幼稚園の中を見回ってみることにするよ。ここなら目をつぶっていても大丈夫だし、仮にラップ音ってのがあったとしても、音だけならそんなに被害がでるって感じでもなさそうだからな」

 

「そう……なのかな。ラップ音が出るってことは、ポルターガイスト現象になるから……危ない気もするんだけど」

 

「え、そうなの?」

 

「さっき私が説明したデース。ラップ音と一緒に、コップが飛んできたりして怪我をすることもありマース!」

 

「む、それは……怖いけど、実際に経験した人っているのか?」

 

「そ、それは……どうなのデスか?」

 

 金剛が周りのみんなを見渡しながら聞いてみるが、全員首を横に振って、知らないと答えた。

 

「つまり、あくまで噂ってことだよな。それなら俺一人だけでも大丈夫だろう」

 

「火が無いところに煙は立たぬ――って、言うわよね~」

 

「いや、ここでやる気をそがれてもだな……」

 

「あら~、別にそんな気は全然ないのよ~。ただ、先生がちょっと心配なだけ~」

 

「た、龍田……」

 

 そこまで俺のことを心配してくれてるのかと、かなり嬉しく思っていたところ、

 

「夜の見回りで窓とか割っちゃいそうで、後始末が大変よね~。それでなくても、先生としてまだまだなんだから~」

 

 グサリと刃物のように龍田の言葉が俺の胸に突き刺さり、画面が真っ赤になるくらいのダメージを受けてしまった。

 

 このままだと俺が幽霊になって、噂の原因になりそうである。

 

「と、とにかく、今日の夜に見回りをしてみることにするから、それで何かあったらまた相談ってことでいいだろう」

 

「そうデスねー。でも、危険なことは出来るだけしちゃダメなんだからネー!」

 

「ああ、分かってるよ、金剛。心配してくれてありがとな」

 

「どういたしましてデース! 先生が先に逝くなんて、許さないんだからネー!」

 

 いや、ここにきて『逝く』と言う言葉は使わないで欲しいんだけどね。

 

「と、とと、とにかく、何かあったら俺を呼べよ先生!」

 

 うん、とりあえず天龍はもう少し落ち着いてからしゃべろうな。

 

「うふふ~、天龍ちゃんをからかうネタがまた一つ増えたわ~」

 

 そして、龍田はもう少し自重するように。

 

「先生、頑張るっぽい!」

 

 応援サンキューな、夕立。

 

「僕も、色々と調べてみることにするよ、先生」

 

 あぁ、時雨の知識力には期待しているよ。

 

「う、うぅぅ……」

 

 そして、潮はと言うと、

 

「ご、ごめん……なさい……先生……」

 

 今までの会話で我慢できなくなっていたのか、立ったままお漏らしをしてしまっていた。

 

 それも、勢いよくジョバーって感じで。

 

「だ、大丈夫か……潮……。とりあえず、トイレと洗濯室に行こうな……」

 

「う、うん……うわぁぁ……ん……」

 

「な、泣くんじゃねーよ潮っ! 俺がついてるから大丈夫だぞ!」

 

 足をガクガクと震わせた天龍の頼りない言葉を聞きながら、俺は泣きじゃくる潮の手を引いてトイレへと向かう。そんな俺の背中に突き刺さる感じの視線がずっと後をついてくる気がして、ぞくりと背筋が凍りつく。

 

「なにも……起こらないよ……な?」

 

 俺は、潮の鳴き声にかき消されるくらいの小さな声で、祈るように何度も何度も、誰もいない通路の先に呟いた。

 

 

 

 

 

 

 本日の業務を一通り終了させた俺は、スタッフルームでいつもの一杯を飲み干し、愛宕に見回りをするということを伝えていた。

 

「見回り……ですか~?」

 

「ええ、最近ちょっと変な出来事がありまして……。子どもたちの安全のためにも、少しやっておいたほうがいいかなぁと思ったんですけど……」

 

 物は言い様であるけれど、愛宕に嘘をつくのはどうにも気が引ける。実際には俺に対する視線を解明する為なのだから、子どもたちの安全に直接関係がない。だけど、さすがに本当のことを話すのには少し気が引けるのだ。

 

 子どもたちにばれてしまったけれど、これ以上心配してもらう人を増やしたくはないし、差別する訳ではないのだが、たくさんの恩がある愛宕に、これ以上心配をかけたくないのだ。

 

「そういった報告などは聞いてませんけど……何かあったんでしょうか?」

 

「あ、いや……えっとですね……」

 

 やはり、いきなり見回りをすると言い出せば、気になるのも当たり前だろう。

 

「最近、子どもたちの中で幼稚園内に幽霊が出るんじゃないかって噂が立ってまして……」

 

「………………」

 

「それで……その、えっと……愛宕……さん?」

 

 表情を固めた愛宕が、無言のまま立ち尽くしているのに気づいた俺は、恐る恐る声をかける。

 

 もしかして、愛宕にこの話は禁句だったのだろうか?

 

 それとも、嘘がばれてしまったのかもしれない。

 

「あ、すみません~。ちょっと考えごとをしていたんですよ~」

 

「考えごと……ですか?」

 

「ええ~。でも、おかしいですねぇ~」

 

 ホッとしたのもつかの間、愛宕が言ったその言葉に俺はごくりと唾を飲み込んだ。

 

「おかしい?」

 

「いえいえ~。ただ、ここ最近そんな噂が立ったなんて知らなかったものですから~」

 

「ん、え、えっと、本当につい最近らしいですよ。子どもたちが噂をしだしたのは……」

 

「そうなんですか~。ちなみに、どんな感じの噂なんですか~?」

 

「えっと……確か、背後からずっと見られているような感じがする……とか、ラップ音みたいなのが聞こえるらしいです」

 

「視線に……ラップ音……ですか~」

 

「あ、でも、聞いたことがあるって子も少ないみたいですし……か、考えすぎですかね、あ、あははは……」

 

 俺は焦りながら笑い声をあげたが、愛宕は神妙な顔つきで考え込んだままだった。

 

「う~ん、それなら見回りをした方が良いかもしれませんねぇ~。申し訳ないですけど、お願いできますでしょうか、先生?」

 

「え、あ、はいっ! それじゃあ今晩から早速やってみます!」

 

 まさか今の話の流れでOKが出るとは思わなかった俺は、張り切って返事をした。

 

 これで愛宕からちゃんと許可も出たのだから、堂々と幼稚園内を見回りすることが出来る。

 

 いや、別にやましいことをするわけじゃないのだから、そこまで気にする必要はないのだけれど。

 

 でも、やっぱり嘘をつくって言うのは、気持ちがスッキリとしない。

 

 だけどこの嘘は、心配させないようにという気持ちなのだからと、自分に言い聞かせた。

 

「こちらの方でも、色々と調べてみますので……これは見回りの道具です」

 

 愛宕はそう言って、胸の谷間から懐中電灯と防犯ブザーを取り出して俺に手渡してくれた。

 

 いや、準備早すぎじゃないっスか?

 

 あと、ほんのり暖かいんですけどっ! すげえ嬉しいよっ! 興奮しちゃうよっ!

 

「自重はしてくださいね~」

 

「あ、いや……って、心の中を読まれたっ!?」

 

「あらあら~、危ないことはしないでって意味だったんですけど、何を考えていたんでしょう~」

 

「な、ななな、ナンデモナイデスヨ?」

 

「うふふ~、そう言うことにしておきましょうか~」

 

 満面の笑みを浮かべる愛宕に少し後ずさりながら、預かった道具をポケットにしまい込んだ。

 

 うーむ、愛宕の前では変なことを口走れない……。

 

 いや、今のは俺が暴走しすぎただけなんだけどね。

 

「それじゃあ、宜しくお願いしますね、先生」

 

「は、はいっ」

 

「では今日はこれで。お疲れさまでした~」

 

「お疲れさまでした」

 

 頭を下げて部屋から出る愛宕に手を振って、俺はもう一度唾を飲み込んだ。

 

 べ、別に変な意味じゃないよ?

 

 

 

「うーむ……」

 

 ポケットの中に手を突っ込む俺。その中には、懐中電灯と防犯ブザーがある。

 

「まだ、ほんのり暖かい……」

 

 だから、自重しろって話である。

 

「あ、そうそう~」

 

「は、はひっ!?」

 

 いつの間にやら部屋に戻ってきた愛宕の声に驚き、俺はすぐにポケットから手を出した。

 

「見回りの後、戸締まりはしっかりとお願いしますね~」

 

「わ、わかりましたっ!」

 

「それでは、お疲れさまです~」

 

「お、お疲れさまでした……」

 

 もう一度手を振って、愛宕は通路を歩いていった。

 

 ふぅ……ちょっと、いや、結構やばかったかもしれない。

 

 自重しろって言われたばかりなのにね。俺ってば、本当にバカである。

 

「あー、もうっ! 気を取り直して、準備に戻るか!」

 

 どちらにしても、見回りは夜である。

 

 夕食をとってから自室で休んでからでも十分に時間はある。まずは休息を取る方が良いだろう。

 

 そうと決まれば善は急げ。早速いつもの鳳翔さん食堂へと足を向ける。

 

「見回りもあることだし、今日はガッツリ食べるぞ!」

 

 さすがにブラックホールコンビや腹ぺこには叶わないけどね――と、心の中でツッコミながら、通路を歩いていく。

 

 その時の俺が正常な思考をしていたのならば、気づいたのかもしれない。

 

 

 

 背中に突き刺さる視線が、しばらくの間、まったく感じられなかったことに。

 




 次回予告

 夜の見回りを決めた主人公。
 しかし、幼稚園に向かう際に出会った艦娘の会話から、またもや事実が発覚する?
 見回りの最中にも、もちろんトラブルは降ってきて……

 明日も連日更新予定です。
 お楽しみにお待ちくださいませー。

 感想、評価宜しくお願いしますっ!


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その4

 夕食を済ませて見回りをしようとした矢先、出会った艦娘との会話によって一つの謎が解き明かされる!?

 艦娘幼稚園 ~幽霊の噂と視線の謎~ その4

 もはやこのネタ、何度使っても足りないくらいですっ(マテ


 

 それから鳳翔さんの食堂で夕食をたらふく食べ、自室で満腹感と戦いながらテレビを見ているうちに、すぐに見回りをする時刻になっていた。一度決めたとは言え、やっぱり夜遅くに出回るというのはどうにも気が引ける。別に怖い――という訳ではないのだけれど、噂が噂なだけに、幽霊を信じていないとは言ったものの、夜間の教育施設というのはなんとなく気味が悪く感じてしまうのだ。

 

「はぁ……今から中止って訳にもいかないしなぁ」

 

 腰掛けていたベットから立ち上がり、すぐにまた座る――を何度か繰り返した後、このままではまったく前に進まないことに気づいた俺は、気合いを入れるために頬を叩いて自室を出る。

 

「うぉ……やけに冷えるな……」

 

 梅雨の時季に入り、じめじめと蒸し暑いといった気候になると思っていたのだが、実際のところは空梅雨であり、しかも湿度もあまり上がらず、寝やすい日々を過ごしていた。だが、いざ夜に外に出てみると、思った以上に気温は低くなっており、今から見回りをするという気持ちも手伝ってか、体感温度は異常なほどに低く感じられた。

 

 

 

「あら、先生じゃないですか」

 

「えっ?」

 

 後ろの方から聞こえた声に振り向くと、見覚えのある艦娘の姿が笑みを浮かべて立っていた。

 

「あぁ、赤城さんじゃないですか。こんばんわ――ですけど、こんな夜遅くにどうしたんですか?」

 

「こんばんわ、先生。ちょっと小腹が空いてきちゃったので、少し補充に行こうかなと思いまして……」

 

「えっと……今の時間だと、鳳翔さんの食堂はもう開いてないと思いますけど……」

 

 俺はそう言いながら腕時計に目を向けてみたが、針は日が変わる数分前のところを指していた。食堂の営業時間は23時までだったはずだから、開いているとは思えないんだけれど……

 

「ええ、ですから『補充』に行くんです。夕食はたくさん食べましたけど、デザートのボーキサイトはまだ食べ足りなくって……」

 

 笑みを浮かべたまま、上品な仕草で口元に手を当てる赤城だが、夕食を『たくさん』食べたと言ったからには、間違いなくとんでもない量だというのは分かる。以前の食事会で見たあの食べっぷりですら、腹八分目で止めたらしいと子どもたちに聞いて驚愕したのに、それと同量もしくはそれ以上の夕食を取った後に、さらにデザートを食べるというのだから驚き以外のナニモノでもない。

 

 まさに、ブラックホールの名を持つ片割れである。

 

 名付けたのは俺なんだけど。

 

「……でも、こんな時間にデザート……っていうか、ボーキサイトが手に入るところなんて……」

 

 思いつくところは資源貯蔵庫しか出てこないけれど、さすがに元帥のお気に入り艦娘の赤城であっても、こんな時間に貯蔵庫に入れるとは思えないのだけれど……

 

「ふふ……長くこの鎮守府にいると、いくつもの穴場を見つけれたり出来るんですよ、先生。あまり、他の娘たちにバレちゃうとダメですけど、先生には色々とお世話になってますし、教えちゃいますね」

 

「えっと……、あ、ありがとうございます……」

 

 いやまぁ、教えてもらえるのは嬉しいんだけれど、俺はボーキサイト食べないし、必要になることもなさそうなので、あまり意味がない気がする。

 

 とは言え、せっかく教えてくれるというのだから、ここは素直に聞いておこうと思って頷く俺に、辺りを見回した赤城が耳打ちする為、隣に立って小さな声で話し始めた。

 

 

 

「実は、開発室にいろんな資材が残っていることが多いんですよ。端数で余った物なんかは、地下倉庫に保管したりする場合もありまして、ちょっとずつ貯まっていくんですよね~」

 

「開発室に……地下倉庫……ですか」

 

「ええ。開発を担当した娘たちに気づかれないように、時間があるときに隠しておくのです。そうすれば、2週間ほどで結構な量に……」

 

「それって、大丈夫なんですか? 元帥に知られると、あんまり良くないと思うんですけど……」

 

「いえ、元帥は知っていると思いますよ。日頃頑張っている私たちのご褒美って感じで、見て見ぬ振りをしてくれてるんだと思います」

 

「そう……ですか。優しい人ですよね、元帥って」

 

「ええ、アレ……さえなければ、本当に良い人なんですけれどね」

 

 少し不満げな表情を浮かべた赤城は、遠い空を眺めるように顔を上げた。たぶん赤城が言っているのは、つい先日起こった、一航戦VS五航戦の理由となった元帥の行動のことだろう。

 

 元帥の行動の発端となった噂の当事者としては少々申し訳なく思ってしまうが、そもそも根も葉もないことが追加されまくった噂が流れた結果であり、俺に原因があるという訳ではないので、どう反応して良いか難しいところである。

 

「まぁ、そんな元帥だから――かもしれませんけどね」

 

 ふぅ……と、ため息を吐くように、赤城が独りでに呟く。

 

「そうですか……。羨ましいですね」

 

「あら、先生からそんな言葉が出るとは思わなかったですね」

 

「えっ、なんでまた……」

 

「子どもたちから色々と聞いてますよ。とても優しくて、とても頼りがいがあって、ちょっぴり不安な所もあるけど、将来は……ふふっ、先生のお嫁さんになるんだって言ってます」

 

「そっ、そう……ですか」

 

 答えるように呟いてはみたものの、嬉しいやら恥ずかしいやらで、赤城の顔をまともに見れないくらい赤面しているのが自分でも分かる。

 

 そんな俺を見てクスクスと笑う赤城だが、急にお腹がぐぅ~っと鳴って、大きく目を見開いた。

 

「あら、話をしていたらお腹が減って我慢が出来なくなってきました。それじゃあ、私はこの辺で……」

 

 赤城は先ほどと同じように口元に手を当てると、オホホホホ……と、上級階級の奥様方のような笑い声を上げながら、足音一つさせずに去っていった。

 

 月夜の道を隠密のように走る人影。しかも、今から倉庫のボーキを盗ろうとするのだから、隠密というよりかは盗賊である。

 

 まぁ、見て見ぬ振りで済んでいるらしいから大丈夫なんだろうけれど、実際の所は、そうしないと色々と大変なんだろう。

 

 

 

 特に元帥の財布あたりで。

 

 

 

「しかし、開発室の地下倉庫って……」

 

 時雨が言っていた噂の一つに『開発地下倉庫のうめき声』というのがあったけれど、もしかすると、赤城が原因ではないだろうかと思えてきた。

 

 2週間ほどで貯まった資源を、夜中忍び込んだ赤城が補充――もとい食し、お腹一杯になりすぎてうめき声をあげていたところを、誰かが聞いたのではないのだろうか。

 

 その前提には、少し問題がないとは言えないけど。

 

 特に、赤城が食べ過ぎて動けないという部分が、起こり得るとは考えにくい。

 

「っと、結構時間が過ぎちゃったかな」

 

 見回りのことを思いだした俺は、腕時計にもう一度目をやると、日が変わってから30分ほどが過ぎていることに気づいた。見回りに時間の指定はないけれど、明日も仕事があるだけに、あまり遅くまで起きているのは避けたいところだ。

 

「早いとこ見回って、風呂に入って寝ないとな」

 

 夜風に冷えた身体を震わせながら、俺は幼稚園の方へと足を向けて走り出す。赤城とは違い、大きな足音を立てながら、アスファルトの道を駆けていった。

 

 

 

 

 

 カチリ……

 

 懐中電灯のスイッチを入れて通路を照らす。物音一つない静かな空間に、俺の足音がコツコツと響いている。

 

「……っ、さすがに雰囲気が……なんというか……アレだな」

 

 言葉にすると気が滅入りそうになるが、これは間違いなくホラー映画やゲームでよく見るシーンのようだ。俺がモブキャラなら、いきなり出てくる怪物や幽霊なんかにパックリやられて、観客やプレイヤーに恐怖を植え付けるのだろうけれど、残念ながら目の前にあるのは現実であり、そんな非現実的なモンスターは出てくるはずがない。

 

 いや、出てこないでね――と、祈っているというのが本音なんだけど。

 

「実際に噂が広まった以上、なにかしらの原因があるとは思うんだけれど……」

 

 幽霊の噂の大半が、人や自然が起こした現象を見間違えたり、聞き違えたということが多い。時雨や龍田から聞いたラップ音というのも、誰かが木の枝を踏んだ音とか、風が原因で施設の一部が動いて鳴った音とか、そう言うものだろうと思うのだが……

 

「何はともあれ、この暗闇は……やっぱり不安になっちゃうなぁ……」

 

 普段、目による感覚に頼りきっている人として、やはり見えないというのは恐怖を呼び起こし、想像力が豊かなほど拡大して心を蝕んでいく。

 

「って、よく考えたら、別に夜じゃなくてもよかったんじゃないのかな?」

 

 幽霊と言えば夜が相場と大半は決まっているのだろうが、幼稚園の噂に時間が関わっていなかったはずであると、今思い出した。そうと決まれば善は急げ――と、きびすを返して入り口に戻ろうとするべきなのだが、

 

「むっ……」

 

 背中に突き刺さる視線が、ぞくりと沸き上がるように感じられ、俺は振り向くことが出来ないでいた。今までに感じたことのない強さに、辺りの暗闇も合わさって、心臓が鷲掴みにされるような恐怖が俺の身体を大きく震わせる。

 

「マジ……かよ……。本当に、いる……のか……?」

 

 間違いなく視線は後方にあるのだが、振り向く勇気は今の俺にはまったく無い。逃げ出したくなる衝動を抑えつつ、なんとか冷静さを保ちながら、前に進む足を止めずに、どうするべきかと己に問いつめた。

 

「入り口は後ろだから……無理だな。それなら、裏口から逃げるしか……」

 

 振り向かずに幼稚園から脱出すればなんとかなる。そんな、前向きな思考で済めば問題はないのだけれど、これが映画なら、この行動は間違いなく死亡フラグへ一直線だ。そもそも逃げ道がある段階で、それは罠なのだから――

 

「って、なんでここでゲーム的な思考に偏るかなぁ……」

 

 幽霊という非現実的なモノを目の当たりにしたためか、そういった思考になってしまうのは致し方無いのかもしれない。とはいえ、振り向く勇気はやっぱり無いし、取れるべき手段は裏口から脱出するしか無い訳で……

 

「と、とりあえず、振り向かずにこのまま進むしかないよな……」

 

 どこぞの曲がり角のごとく、振り向けば大量の手が襲ってきそうな恐怖に怯えながら、懐中電灯の明かりを揺らして俺は通路を歩く。ちなみに、俺は殺人犯でもないし、青銅の鎧を着て星座の戦士たちと戦うわけでもないのだから、そんなことは起こり得ないと思うんだけどね。

 

 いや、本当に勘弁して欲しいんですけど。

 

「……ら、……にい……って……」

 

「……っ!?」

 

 少し離れた所から声が聞こえた気がして、急いで懐中電灯の明かりを向けた。

 

「……だ、誰も……居ないよな……?」

 

 通路の先には誰も、何も、見えない。

 

「……ん~、……り……ら~」

 

 だがしかし、小さい声がどこからともなく響いてくる。

 

「い、いやいやいやっ、無いから、ホントに無いからっ」

 

 パニック寸前の俺は独り言のように声を上げて、懐中電灯を振り回した。丸い明かりが通路の壁をぐるぐると照らしたが、外から誰かが見れば、新しい幽霊話に発展しそうな感じになっていたのかもしれない。

 

「……っ、お……たっ……れ……く……かっ!?」

 

「……ら……に……いみ……ね~」

 

 だんだんと聞こえてくる声が大きくなり、心臓の音がどんどん加速する。通路のど真ん中で立ち尽くした俺は、懐中電灯を持つ手を大きく震わせながら、突き当たりの壁を照らし、唾をごくりと飲み込んだ。

 

「これ……か……ん……りだ……、た……。……うこ……せん……ろ……え……っ?」

 

 通路の先に、うっすらと何かが見える。

 

「ちょ……な、なん……や……ろっ!」

 

「……ふ~、……りゅ……ん~」

 

 小さな声は確かに聞こえる。

 

 俺は立ち止まったまま動く事が出来ず、通路の先を懐中電灯で照らしていた。

 

 

 

 

 

「ぎゃああああああああっ!」

 

「……っ!?」

 

 いきなり大きな叫び声が聞こえ、俺の身体がビクンと大きく跳ね上がる。次の瞬間、照らしていた通路の先の壁に小さな人影のようなモノが現れ、素早い動きでこちらに向かって近づいてきた。

 

「うわああああああああっ!」

 

 あまりの恐怖で大声を上げた俺は、視線のことをすっかり忘れてきびすを返し、全速力で後方へと走り出す。

 

「うふふふふ~、待ってぇ~、待ってよぉ~」

 

 後ろの方から追いかけ、聞こえてくる声に、背筋がゾクゾク震えた。だが、俺の足の方が早いのか、声は少しずつ遠くなり、通路の角を曲がるときにはほとんど聞こえなくなっていた。

 

「よし、これなら逃げきれる……っ!」

 

 少し安心し、気を抜いてしまったのがいけなかったのか、角を全力で曲がる軌道の途中で足が滑り、身体がぐらりとよろめいて床に倒れ込んでしまった。

 

「ぐっ!」

 

 勢い余った身体は床の上を回転し、背中を強く壁に叩きつけられ、一瞬息が出来なくなる。

 

「く……はぁっ!」

 

 壁を足で蹴って通路の真ん中へ転がりながら体勢を持ち直した俺は、すぐに呼吸を取り戻し、転がった懐中電灯を掴みながら起きあがろうとしようとした。

 

「やっ、やめろっ、くるんじゃねえよぉっ!」

 

「……っ!?」

 

 大きな叫び声が曲がった角の方から聞こえ、逃げるよりも先に、俺は懐中電灯の明かりを向けた。

 




次回予告

 見回途中で聞こえた声に驚きを隠せない主人公。
 そして現れた影によって、事態は急展開……しないですよね。やっぱり。
 

 明日も連日更新予定です。
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その5

 幼稚園の見回り途中、謎の影に追いかけられた主人公。
 角を曲がる際に転んでしまってさあ大変。
 影が突っ込んできてこんばんわ?
 そうして現れたのは幽霊か、それとも……

 艦娘幼稚園 ~幽霊の噂と視線の謎~ その5

 馬面の謎が……今ここに(違


「うわっ!?」

 

 悲鳴が上がると同時に小さな影が視界に入り、俺と全く同じように床の上を回転しながら、壁に叩きつけられた。

 

「むぎゅう……」

 

「……あれ?」

 

 倒れている人影を照らすと、見たことのある姿が目に入る。紺色の髪に左目の眼帯――天龍の姿に間違いなかった。

 

「……天龍、なんでお前がここにいるんだ?」

 

「う……え……っ?」

 

 呼び覚まされるように起きあがった天龍は、俺の顔を見てパァァァ……と、輝くような笑顔を見せ、すぐに泣き出しそうな表情へと変えた。

 

「せ、先生っ! う、うしろっ、後ろからっ!」

 

 曲がってきた角を指さしながら天龍が叫ぶ。俺はおそるおそる懐中電灯の明かりを向けてみると、

 

「うふふふふ~、て・ん・りゅ・う・ちゃ~ん」

 

 角の壁に半身を出した、奇妙な人影が立っていた。

 

 

 

「たっ、だずげでぜんぜいぃぃっ!」

 

 飛びかかるように俺の身体にしがみついた天龍は、顔を胸に押しつけて大声を上げまくる。

 

「な、なななっ!?」

 

 だが、そんな状況以上に、俺の視界に入ったモノが奇妙すぎて、ワナワナと身体を震わせながら、声にならない声を上げてしまっていた。

 

「うふふふふ~、あはははは~」

 

「ぎゃああああっ、怖ええええぇぇぇぇっ!」

 

 ゆっくりと影が動き、全身が見えるように俺の前に立ち尽くした。

 

 以上なほど頭が縦に長く、両側に大きく見開いた目がぎょろり見向かれ、明かりに反射してテカテカと光っている。大きな口から見える白い歯に、大きすぎる鼻の穴は明らかに人の姿ではない――って、これは馬の被りものじゃないのだろうか?

 

「……おい」

 

「あら~、なにかしら~」

 

「その声は、龍田だよな?」

 

「うふふ~、正解よ先生~」

 

 そう言った目の前の影は、自分の手で被りものを脱いで、素顔を見せた。

 

 

 

「……はぁ」

 

 大きくため息をついた俺は、天龍の頭を撫でながら抱え上げ、ゆっくりと立ち上がる。そのまま天龍の身体を床に優しく立たせ、泣き止むように何度も声をかけた。

 

「うぐ……ひっく……」

 

「あらあら~、天龍ちゃんったら、そんなに怖かったの~?」

 

「龍田せいだろうに……」

 

「ちょっとだけ、脅かしただけなのにね~」

 

「いや、マジで洒落にならなかったぞ……」

 

 龍田が抱えている馬の被りものを見ながら、俺は呟いた。暗い通路にいきなり現れたら、普通の子どもなら間違いなく泣き出して、漏らしてしまってもおかしくはないだろう。実際、天龍の叫ぶ声も混じったとはいえ、曲がり角から現れたその姿に恐怖を感じて、大声上げちゃったし。

 

「……あれ?」

 

「どうしたの~、先生?」

 

 不思議そうな表情を浮かべ、龍田が俺に言う。

 

「いや……視線が……無くなったのかな……?」

 

「あら~、私は全然感じなかったけど~?」

 

「さっき……走るまでは、背中にひしひしと感じてたんだけど……」

 

 辺りを見回してみるが、やっぱり何も感じない。視線が無くなれば万々歳ではあるのだけれど、こうも急に感じなくなると、それはそれで不安になってしまう。

 

「それで~、先生は何か見つけることが出来たのかしら~?」

 

「いや、まだ見回っている途中だったんだけど……って、そもそもなんでお前たちがこんな時間に幼稚園にいるんだ?」

 

「あら~、そう言えばなぜかしら~?」

 

「……おい」

 

「うそうそ、冗談よせーんせっ。天龍ちゃんが気になるって言ったから、ついてきただけなのよ~」

 

「そうなのか、天龍?」

 

「ひっく……うぐ……」

 

 未だ泣き止まない天龍――だと思っていたんだけれど、龍田がすぐそばで浮かべている異様な笑みを見て、変に思った俺は、天龍の頭を撫でていた手でがっしりと掴み、ぐいっと顔が見えるように引っ張った。

 

「い、いててっ、なにすんだよ先生……って、やべぇ!」

 

「……嘘泣きだったんだな」

 

「あ、いや、そ、そうじゃないんだよ先生っ!」

 

「む、そう言われればそうだな。さっきの声はマジモンだったし、目のまわりも真っ赤にはれてるし」

 

「う、あ……そ、それは……むうぅ……」

 

 顔がどんどん赤くなっている天龍を見て、思わず笑いだしてしまいそうになる。

 

 龍田が天龍をいじる気持ちも分からなくもないのだが、やっぱりその馬の被りモノは反則だろう。たぶん、以前のおねしょの時に使ったやつなんだろうけれど。

 

「まぁ、俺のことを心配してくれて、忍び込んだってことだろうけど……もう、今後一切、こんなことはするんじゃないぞ?」

 

「あ、う、うん……わかったよ……先生」

 

「あらあら~、天龍ちゃんったら否定しないんだ~」

 

「えっ、あ、あああっ、そ、そうじゃねーよ先生っ!」

 

「はっはっはっ、俺のことが好きで好きで仕方ないんだよなー、天龍は」

 

「ちっ、ちげーよ! ぜんぜんそんなんじゃねーしっ!」

 

「そうよね~、天龍ちゃんは大きくなったら先生のお嫁さんになるんだもんね~」

 

「な、なななななっ、何言ってるんだよ龍田っ! お、俺そんなこと、ひっ、一言も、言ってねえよっ!」

 

「えっ、じゃあ、赤城が言ってたのって、天龍だったの?」

 

「んなああああっ!? なんで先生がそれを知って………………あっ」

 

「「………………」」

 

 無言で天龍を見つめる俺と龍田。

 

 そして、赤くなった顔がみるみるうちに青ざめていく天龍。

 

「う……」

 

「「う?」」

 

「うわああああああーーーーーーんっ! せっ、先生のバカ! おたんこなすっ! おっぱい星人ーーっ!」

 

「ちょっ、最後のは取り消せ天龍っ!」

 

 泣き叫びながら全速力で通路を駆けていく天龍を追いかけて、俺と龍田も走り出す。

 

「あら~、天龍ちゃんったら、あんなに嬉しそうに走っちゃって~」

 

「いや、あれはどう見ても嬉しそうには見えないだろ……」

 

 龍田の天龍への愛情は本当に歪んじゃってるなぁと思うぞ。

 

「うふふ~、でも先生」

 

「なんだ、龍田?」

 

「天龍ちゃんを、本当に悲しませるようなことは、しちゃダメだからね~」

 

「ああ、わかってるさ。そんなことをしたら、先生として失格だからな」

 

「あらあら~、それじゃあ全然ダメなんだけどね~」

 

「むっ?」

 

「まぁ、それだから先生なんだろうけど~」

 

「よくわからんが……それよりも、早いところ天龍に追いつかないと」

 

「そうね~、走りながらしゃべるのって疲れるからね~」

 

「ああ、そうだな」と、頷く俺だったが、よくよく考えてみると、全力で走って追いかける俺の速度と変わらずに駆ける天龍と、しゃべりながら着いてきている龍田の身体能力はとんでもないんじゃなかろうかと、冷や汗をかいて驚いた。

 

「天龍ちゃ~ん、怖くないから止まってよ~」

 

「うっ、うるせーよ龍田っ! 俺のことなんかほっといてくれーっ!」

 

 走りながら叫ぶ天龍が振り向いた瞬間、いつの間にか馬の被りモノを被っていた龍田が速度を上げて、天龍のすぐ後ろで走っていた。

 

「ぎゃああああっ! また出たああああっ!?」

 

「ちょっ、龍田! これ以上天龍を刺激するんじゃないっ!」

 

「あはははは~、天龍ちゃ~んっ」

 

「だずげでえぇぇぇぇっ!」

 

「いい加減にしろおぉぉぉぉっ!」

 

 通路を走りながら叫んだ俺の声が、静まり返った幼稚園に響きわたった。

 

 

 

「「はぁ……はぁ……」」

 

 床に手をついて肩で息をする天龍、壁にもたれかかりながら息を整える俺、そして、馬面のまま何でもないように立っている龍田の姿が、幼稚園の真っ暗な通路にあった。

 

「龍田、とりあえずその被りモノを取りなさい」

 

「は~い、先生」

 

 俺に言われた通り龍田は被りモノを取ると、足下に置いてから、ふぅ……と、ため息を吐いた。

 

「とりあえず、その被りモノは今後一切使わないように」

 

「え~、残念だわ~」

 

「いや、この前も注意したよな?」

 

「そうだったかしら~」

 

 とぼけた振りをしていた龍田だが、俺の真剣な眼差しに押されてか、少し不満げな表情を浮かべながら、被りモノを器用に丸めてポケットの中にしまい込んだ。

 

 って、そんなにコンパクトになるのね、その被りモノ。

 

 ちょっとどころか、かなりビックリである。

 

「それで、天龍の方は……落ち着いたか?」

 

「うー……」

 

 天龍はジト目を龍田に向けていたが、俺の視線を感じると同時に真っ赤になって、ぷいっと顔を背けた。

 

「暫くは無理っぽいな……。仕方ないから、龍田と一緒に宿舎に帰るように……って、あれ?」

 

「あら~、どうしたのかしら、先生?」

 

「あ、いや……懐中電灯を、どこにやったっけなって……」

 

 手に持っていたと思っていたのだが、いつの間にか無くなっていた。ズボンのポケットにも、近くの床にも見あたらない。

 

「それって、あれのことかしら~?」

 

 龍田が走ってきた通路の方を指さして言ったので、そちらの方を見てみると、真っ暗な床にうっすらとそれらしき影があるのが見えた。

 

「うふふ~、ちょっと待っててね~」

 

 取りに行こうと思った俺よりも早く、龍田はその影へと歩いて行き、屈みこんで拾おうとする。

 

「……あら?」

 

「ん、どうした龍田?」

 

 懐中電灯に手を伸ばした龍田だが、指先が触れた瞬間にきょろきょろと辺りを見回していた。表情はいつもと違い、笑みを全く見せず、真剣な眼差しを浮かべている。

 

「う~ん、気のせいじゃないと思うんだけど~」

 

 龍田はそう言って懐中電灯を拾い上げて戻ってくると、にっこり笑って俺に手渡してくれた。

 

「……何かあったのか?」

 

「なんだか、カシャッ……って音が聞こえた気がするのよ~」

 

「ひっ!?」

 

 龍田の言葉に、天龍が竦みあがるように背中を丸めた。

 

「だ、大丈夫か、天龍?」

 

「うー……そ、それってやっぱり……ラップ音ってやつなのか……龍田?」

 

「う~ん、なんだか少し違う気がするのよね~」

 

 人差し指を口元にあてて考え込む龍田。気になった俺は、恐る恐る懐中電灯が落ちていた場所に行って耳を澄ませてみるが、ラップ音のような音どころか、物音一つ聞こえてこなかった。

 

「うーん、何も聞こえないけどなぁ……」

 

「そ、そっか、それなら大丈夫だよなっ!」

 

 安心したように背筋を伸ばした天龍だったが、

 

 

 

 パキリッ……

 

 

 

「ひいっ!?」

 

 小さな音に驚いて、再び竦みあがる天龍。

 

「あっ、ごめんなさい天龍ちゃ~ん。小枝を踏んじゃったみた~い」

 

「……なんで、通路のど真ん中に小枝が落ちてるんだ?」

 

「さぁ~、なんでかしらね~」

 

「………………」

 

 ジト目で見つめる俺から視線を外すように、龍田がそっぽを向く。

 

 わざとだな……たぶん。

 

「ふぅ、とりあえず――だ。時間も時間だし、走りまくって見回りできたから、今日はもう帰るぞ」

 

「お、おうっ! は、早く帰ろうぜ龍田っ!」

 

「そうね、天龍ちゃ~ん。一緒に暖かいお風呂に入りましょうね~」

 

 膝をガクガク揺らす天龍の手と、にっこりと微笑む龍田の手を両手で繋ぎ、三人で入り口の方へと歩いていく。手で持てない懐中電灯を脇に挟んでいると、歩く動きにあわせてゆらゆらと丸い明かりが先を照らしていた。

 

 

 

「そう言えば先生、視線はまだ感じるのかしら~」

 

「ん、そう言えば……むっ?」

 

「……っ! ど、どどど、どうしたんだよ先生っ!」

 

「いや、キツくはないけど……うーん、ほんの少しだけ感じるのかな……?」

 

 意識をすれば分かるくらいの視線が、どこからともなく向けられているような気がする。ただ、悪意が含まれていたり、背筋が凍るような感じも無い、興味本位で向けられているような、そんな感じがした。

 

「は、早く帰ろうぜっ、先生っ、龍田っ!」

 

「ああ、そうだな。もうこんな時間だし、早く寝ないと遅刻したら目も当てられないぞ」

 

「そうね~、天龍ちゃんったら、いっつも朝は弱いからね~」

 

 笑う龍田に膨れる天龍の手を引きながら、俺は後へと振り向いた。真っ暗な通路の先には誰もいないが、視線のようなモノは、やはり感じられる。

 

 噂で流れた幼稚園のラップ音は確かにあった――のだろうか。聞いたのは龍田だけだが、用意していた小枝を踏むといういたずらをしただけに、信憑性は不安視される。だが、今までの龍田の行動から、天龍へのいたずらはすれども、そういった嘘をつくとは到底思えない。ならば、龍田の言ったことは嘘ではなく、本当に音はあったということになるのだろう。

 

「それに加えて、やっぱり視線は感じられる……か」

 

 これについては、朝だろうが、昼だろうが、夜だろうが、感じるときには感じるのだけれど。

 

 ラップ音と関係があるかどうかはまだ分からないが、なんとなく、無関係ではなさそうな感じがする。

 

「まぁ、今日は遅いし、また明日にでも調査と、時雨に相談するかな」

 

「そうね~、みんなで話し合った方がいいわよね~」

 

「う、潮は怖がるから聞かさない方がいいだろうし、俺と一緒に別のところで遊んどくよっ!」

 

「ああ、頼んだぞ、天龍」

 

「ま、任せとけよっ、先生!」

 

 自慢げに胸を叩く天龍だが、足の震えと今までのことを考えれば、その行動の理由もすぐに分かる――が、さすがにそれは口にしないでおいた方が天龍のためにも良いだろう。

 

 正直、俺も色々と怖かったしね。

 

 ……大半の原因は龍田なんだけど。

 

「それじゃあ、戸締まりをするから、先に宿舎に帰って良いぞ」

 

「んじゃ、また明日なっ、先生!」

 

「おやすみなさい~」

 

「ああ、おやすみ。天龍、龍田」

 

 二人に手を振って分かれた後、入り口の扉の鍵をかけ、しっかり閉まっているかを確認する。ガタガタと扉が音を立て、すぐ後から少しきつめの風が俺の頬を叩いた。

 

 

 

 カシャッ……

 

 

 

「……ん?」

 

 風に紛れるように聞こえた小さな音に振り返る。だが、視界に怪しいモノは何も見えず、木々が風に揺れているだけだった。

 

「気のせい……か?」

 

 視線はもう、ほとんど感じられない。

 

 あるかどうかすら分からないほどに。

 

「やっぱり、幼稚園の中だけ……なのか?」

 

 色々と思い返すが、幼稚園内で感じることは多かったものの、それ以外でも感じることは何度かあったはずだ。

 

「まぁ、そこまで気にするような感じの強さでもないしな……」

 

 ふぅ……と、ため息をつく。

 

 肩の力を抜いた俺は、その場で背伸びをしつつ空を見上げる。

 

 満月と星々がきらめく夜空に見とれてしまいそうになるが、風に吹かれて冷える身体が震え、思わず両手で腕を擦った。

 

「風邪を引いたら洒落にならないから、さっさと帰るか」

 

 月夜の闇に紛れながら、身体を温めるように小走りで道を駆けていると、ふと、見回りに向かう際に出会った赤城を思い出した。もしかすると今頃、開発地下倉庫では幽霊の噂の発端が、うめき声を上げているのかもしれない。

 

 そんな想像してしまった俺は、笑いそうになるのを堪えながら、アスファルトを蹴って自室へと帰っていった。

 




次回予告

 見回りを終えた次の日。
 子どもたちとの相談をしているうちに、気づいた謎。
 そして、急に現れた人物……
 

 明日も連日更新予定です。
 全7話で残り2つ。お楽しみにお待ちくださいませー。

 感想、評価宜しくお願いしますっ!


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その6

 翌日の幼稚園。
 主人公は約束通り、子どもたちと見回りの事を話す。
 そして話しているうちに音の正体に気づいた主人公は……
 

 艦娘幼稚園 ~幽霊の噂と視線の謎~ その6

 ちゃっかり保存する主人公ですっ。


 

「つまり、夜でも視線とラップ音を感じたってことだね」

 

 次の日の朝。

 

 昨日とは違い、天龍と潮を除いた俺たち五人は輪のように集まって、夜中の見回りのことを話し合っていた。

 

 ちなみに、天龍は先ほど幼稚園に着いたらしい。見事なまでに予想された遅刻っぷりに、呆れてモノが言えなかったりするのだが、かく言う俺もギリギリだったので、さすがに注意することが出来なかった。

 

「そうね~、視線は先生が感じてたみたいだけど、ラップ音については私だけが聞いたみたい~」

 

「あ……それについてなんだが、聞き間違いじゃなければ、俺も聞いたかもしれないんだ」

 

「あら~、そうなの~? 昨日の話では、そんなことは言ってなかったと思うけど~」

 

「戸締まりをした後なんだけど、カシャッ……って音が聞こえた気がするんだよ。ただ、その時はちょうど風が吹いてたから、聞き間違いという可能性もあるんだけどさ」

 

「ふむ……それって、幼稚園の外ってことだよね、先生?」

 

「ああ、鍵を閉めて、戸締まりを確認した直後だったけど、外と言えば外だよな」

 

「それって、そんなに重要っぽい?」

 

「普通に聞けば、気にならないけどね……。でも、先生が視線を感じるのは幼稚園の中だけじゃないんだよね?」

 

「ああ、そんなに覚えるほどの数があるわけじゃないけどな」

 

「ならやっぱり、噂の幽霊とは関係がない可能性が高いかもしれないね」

 

「でも、ラップ音も聞こえたんデスよねー?」

 

「そうかもしれない……って感じだけどな」

 

「ふムー、よく分からないデスねー」

 

「そうかな? ボクはそうは思わないけどね」

 

「ワォ! 時雨はもう分かったってことデスかー!?」

 

「ううん、そうじゃないんだけどね。ただやっぱり、この仕業は幽霊じゃない気がするんだよね」

 

「ウーン、やっぱりよく分からないデース……」

 

 両手を組んで考え込む金剛と一緒に、夕立もさっぱりといった表情を浮かべた。

 

「それでね、先生。今は視線を感じてるのかな?」

 

「えっ、今……か?」

 

 俺は辺りを見回しながら意識をしてみるが、自身に向けられる視線は、全くと言っていいほど感じられない。部屋には愛宕と子どもたちがいて、お遊戯をしているようだ。にっこり微笑みながら、子どもたちと一緒にぴょんぴょんと跳ねる仕草をすると、大きな胸がゆっさゆっさと揺さぶられている。

 

「先生、何を見ているのかしら~?」

 

「うお!? べ、別に何も……だな」

 

 オーラを纏ったような龍田の問いに焦った俺は、すぐに愛宕から目を離して輪の方へと向ける。

 

「どうなのかな、先生」

 

「うむ、今は何も感じられないな」

 

「うん、やっぱり変だよね」

 

「どうしてデスか?」

 

「先生は昨日この場所で、視線を感じたんだよね」

 

「確かにそう言ってたっぽい」

 

「それって、どう考えてもおかしくないかな?」

 

 みんなに問いかける時雨だが、俺を含めた四人は「うーん……」と頭をひねる。

 

「つまり、幽霊がもし先生に視線を送っていたら、今この場所でも感じるはずじゃないかなってことなんだ。昨日は感じて今日は感じない……これって、どう考えてもおかしいよね」

 

「幽霊さんにも用事があるっぽいとか?」

 

「それはどんな幽霊なんだ……?」

 

「うん、先生の質問はごもっともだよね。ただでさえ不明瞭な幽霊なんだけど、そもそも色々なことをする幽霊なら、もっと噂になってもおかしくない。あくまで、幼稚園にいると噂されてるのはラップ音を出す幽霊なんだから、視線を送る段階でそれは別のモノなんだ。それじゃあ、視線を送っているモノは何者なのかなんだけど、それは時間や場所を変えると先生に視線を向けていられない事情がある人物……それも、何かしらの予定があったり、理由があるってことが考えられるよね」

 

「つまり、それって……」

 

「うん、先生に視線を送っているのは、この鎮守府にいる生きている人物だってことじゃないかな」

 

 ごくり……と、時雨を除いた俺たちは、大きく唾を飲み込んだ。予想もしていなかった時雨の答えだが、その説明に非の打ち所はなく、反論することどころか声を出すことすらできなかった。

 

「じゃあ、誰が先生に視線を送ってるっぽい?」

 

「それはまだ分からないんだけれど、ヒントは音じゃないかなと思ってるんだ」

 

「音っていうと、カシャッ……っていうやつデスねー?」

 

「そうね~、あの音はいったい何だったのかしら~」

 

 夜中に聞いた音を思い出しながら、俺はあのときの状況を整理した。扉の鍵を閉めて、扉を引き、ガタガタと動くが鍵が閉まっていることを確認した時に風が吹いた。ビュウゥゥ……と、頬に当たる風を感じ、その音に紛れるように、カシャッ……という音が鳴った気がする。

 

「ラップ音じゃないってことは、人工的か自然的な音であることは間違いないはずなんだ。しかも、龍田ちゃんが聞いた場所は通路で、先生が聞いたのは入り口の前。つまり、自然で鳴った音の可能性はかなり低いんじゃないかな」

 

「となると、人工的な音……ってことになるか。でも、カシャッ……って音は聞いたことがあるかどうかなんだけど……」

 

 ふと、頭の隅に何かが引っかかった俺は、ズボンのポケットに入れている携帯電話を取り出した。スマートフォンではなく、ガラケーと呼ばれる折りたたみの機種で、素早く画面を開いてボタンを押す。

 

「何をしてるんデスか、先生?」

 

「ちょっと、待ってくれ金剛。もしかすると、これかもしれないんだ……っ!」

 

「携帯電話……デスか? 電話の音って、電子音とかそういうのが多いデスけど、カシャッ……って音は思いつかないデース」

 

 メニュー画面を出した俺は、続けて数字のボタンを押してアプリを起動する。起動画面が表示された後、辺りの風景が画面に映し出され、子どもたちに携帯電話の外側を向けて、声をかけた。

 

「よし、写すぞー」

 

「ワオッ! ちょっ、ちょっと待ってくだサーイ!」

 

「ピースっぽいっ!」

 

「にぱ~」

 

「こう……かな?」

 

「はい、チーズ」

 

 

 

 カシャッ……

 

 

 

「「「「あっ!」」」」

 

 子どもたちが驚く顔を浮かべ、すぐに俺の元へと駆け寄ってきた。

 

 

 

 

 

「あら~、この音だったのね~」

 

「確かに、それっぽい!」

 

「間違いないデスか!?」

 

「なるほど、カメラのシャッター音だったんだね」

 

「ああ、たぶんこの音で間違いないはずだ」

 

 決定ボタンを押して画像を保存した後、電源ボタンを押して初期画面に戻し、携帯電話を折り畳んでポケットに入れる。

 

「だけど、結局誰が犯人かは分からないっぽい?」

 

「そう――かな、ボクは思い当たる人がいるんだけど」

 

「そうなのデスか? 私は全然わかりませんデスよ?」

 

「ああ~、確かにあの人だったら、分からなくもないわね~」

 

「ん、時雨と龍田は分かってるのか?」

 

「うん、確実にあの人だとは言えないけどね」

 

「そうよね~。でも、前例があるからね~」

 

「前例?」

 

 納得する二人を目の前に腑に落ちない俺は、金剛と夕立の顔を見た。だが、二人とも両手を広げて手のひらを上にして、お手上げのポーズを取っている。

 

「時雨と龍田が分かって、金剛と夕立が分からない前例っていったい何なんだ……?」

 

 

 

 ガララッ!

 

 

 

 独りでに呟いた俺の声に合わせるように、部屋の扉が開かれ、女性の姿が見えた。

 

「そのことについては、私と妹が答えますわ」

 

 そう言って部屋に入ってきたのは、舞鶴鎮守府の元帥の秘書艦である、高雄だった。

 




次回予告

 部屋に入ってきた高雄。そして話しかける愛宕。
 更にもう一人の艦娘がすべての謎を暴露する。

 だがしかし、そんな事で終わる幼稚園じゃない!?
 彼女の処遇はどうなるのか。そして、本当の謎は……(ぉ

 次回でラスト!
 最後まで宜しくですっ!


 感想、評価、励みになってます!
 どしどし宜しくお願いしますっ!


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その7

 俺たちの前に現れた高雄に、話しかける愛宕。
 そして、謎を解き明かす鍵となる艦娘が暴露する。
 

 艦娘幼稚園 ~幽霊の噂と視線の謎~ その7

 今シリーズ(章)はこれで完結っ。
 最後のオチに、あなたは何を思うのか……


 

「あらあら~、姉さんったらもう終わったのかしら~?」

 

 愛宕は高雄にそう言いながら、呆気にとられていた俺と子どもたちの前に歩いてきた。

 

「ええ、あなたの言う通りだったわ。カメラのデータに残っていた写真から、間違いないと判断できるはずよ」

 

「そっか~、やっぱり私の思った通りだったのね~」

 

 ぽんっ……と、両手を叩いて笑顔を浮かべる愛宕だが、顔は笑っていても、眼はまったく笑っていない。

 

「え、えっと……それって、どういう……」

 

「ああ、そうね。まずは犯人から登場していただくわ。青葉、入りなさい」

 

 入り口の扉の方へ振り向いた高雄がそう言うと、扉の隙間からおずおずと顔を見せる艦娘の姿が見えた。

 

「え、えっと……その、取材とか……いいですか?」

 

「いいわけないでしょう。さっさと入りなさい」

 

「は、はい……すみません……」

 

 小刻みに身体を震わせながら部屋に入ってくる青葉の顔は、今にも倒れそうなくらい真っ青になっていた。

 

「あの……えっと、青葉……です」

 

「これはどうも。俺はここの幼稚園で先生をしてます」

 

 頭を下げる青葉に返すように、俺も頭を下げて挨拶をする。

 

「あ、はい、青葉はそれはもう、存じまくってます!」

 

「は?」

 

 目が点になった状態の俺を気にすることなく、青葉は急に眼をキラキラとさせて、メモと鉛筆を取りだして口早に聞き出した。

 

「ところで、つい先日の噂について聞きたいんですけど、先生と教え子の数人との愛人関係についていくつか質問がありましてっ。青葉はですね、先生が幼稚園内でハーレムを作るんじゃないかなとか思ってたりするわけなんですけど、その辺のとこを原稿用紙で五枚くらいの容量で答えていただけるとなぁ……って、痛たたたたっ!」

 

「すみませんね、先生。この娘ったら、どうにも取材が好き過ぎるようでして……」

 

「痛いっ、高雄さん、青葉の耳取れちゃうっ!」

 

「あらあら~、それじゃあ反対の耳もいらないですよね~」

 

「ぎゃああああっ! 愛宕さんまでヤメテーッ!」

 

 うわぁ……お仕置きのブルドックのような感じで耳を引っ張るとああなっちゃうんだぁ……って、洒落になんないよそれっ!

 

「ちょっ、高雄さん、愛宕さんっ! とりあえず離してあげてくださいっ! 本当にちぎれちゃいますって!」

 

 俺の声を聞いた高雄と愛宕はキョトンとした顔で見つめ合い、ふぅ……と、ため息を吐いてから、青葉の耳を引っ張っていた手を名残惜しそうに離した。

 

「いったぁぁ……あ、青葉の耳、取れてないですか……?」

 

「え、ええ……なんとかくっついています……」

 

「そ、そうですか……取材に耳は必要なので……良かったです……」

 

 そこまでされても取材のことを優先に気にかけるなんて、青葉は無茶苦茶凄い艦娘なんだなぁと思ったが、それ以上に、高雄と愛宕の行動には心底驚いた。俺が声をかけなかったら、本当にちぎれるまで引っ張るのではないだろうかと思えただけに、二人に対する印象を少し考え直した方が良いのかもしれないと、心の中の俺が危険信号を上げている。

 

「……で、本当のトコロはどうなんですか、先生?」

 

 ああ、この人も懲りない人なのね。

 

「ごほんっ! 青葉、その前に言うことがあるでしょう?」

 

「あっ、は、はい……すみません……」

 

 高雄の声にビクリと身体を震わせた青葉だが、先ほどの耳へのお仕置き以上に何かに恐れているような感じがして、俺は何も言えないまま立ち尽くす。

 

 それは子どもたちも一緒で、四人は無言のまま青葉の方を見つめていたが、表情はそれぞれ違っていた。金剛と夕立は呆気に取られたような顔だったが、時雨と龍田は呆れ顔と言った感じに見える。

 

「せ、先生……その、青葉はですね……」

 

「は、はい、なんでしょうか?」

 

 いきなり顔を赤らめながらもじもじとする青葉に、今から告白でもするんじゃないかという雰囲気を感じた俺は、少しばかり緊張して、思わず頬を指で掻いた。

 

「す、すみませんでしたーーっ!」

 

「……はい?」

 

 九〇度の直角謝罪ポーズをとった青葉は、そのままの体勢のまま口を開いていく。

 

「さっきも聞きましたけど、少し前まで、教え子に手を出しまくって愛人を作りまくっているという先生の噂が広がっていたのにも関わらず、急に噂が消えてしまって、こりゃ何かあるんじゃないかなっ、青葉が真相解明してスクープ取っちゃうもんねっ! って、張り切って、先生をストーキングしてましたごめんなさいっ! 青葉ったらテヘペロッ!」

 

 最後のテヘペロッ部分で、にっこり笑みを浮かべて体勢を戻した青葉だが、

 

「………………」

 

 あまりの早口と変わりっぷり、そして、落ちが面白くなかったので、冷ややかなジト眼を送る。

 

「あ、あの……やっぱり、最後は違ったり……しました?」

 

「うん、最後のは無いね」

 

「あ、青葉ったら……すみません……」

 

 しくしくと涙を流す青葉だけれど、どうにも信用が無さ過ぎて、可哀想だとは思えなかった。

 

「ふぅ……とりあえず謝罪は済んだようですが、いまいちハッキリしないと思いますので、私が説明いたしますね」

 

「あ、はい、おねがいします」

 

 ごほん……と咳をした高雄は一度目をつぶった後、ゆっくりと口を開いた。

 

 

 

「少し前に先生の噂が流れたのはご存じかと思いますが、かなり間違った情報が流れておりましたので、元帥の命により、噂の鎮静化を行いました」

 

「はい、その節はありがとうございます」

 

 俺は高雄に向かって小さく礼をする。そんな俺の後ろから小さな声で「自業自得なのにね~」と、龍田が呟いているのが聞こえた。

 

 噂を脚色して広めた本人がである。

 

 その辺りのことは色々と事情があってのことだが、間違いなく言えるのは、俺は悪いことはしていないってことである。

 

 本当に、勘弁してください。

 

「その鎮静化に伴い、何か裏があると深読みしたこの青葉が、先生に原因があるのではないかと目を付けて、一週間前くらいから観察及び撮影を行っていた――と言うことです」

 

「はぁ……つまり、ここ最近見られているなぁって感じの視線は……」

 

「はい、青葉が先生をストーキングしていたからだと思われます」

 

「そう……だったんですか」

 

 納得した俺は、ため息をつく。

 

 だが、それにしては腑に落ちないことがあるので、俺は高雄に問いかけた。

 

「それじゃあ、なぜ、青葉さんが犯人だと分かったんですか? それに、俺が愛宕さんに噂のことを話して見回りをするとは言いましたけど、体調を崩してたことも、視線を感じることも、言ってなかったと思うんですけど……」

 

「それは簡単なことですよ~」

 

 愛宕はにっこりと笑って俺に言う。

 

「先生のことを逐一報告書に書くのは私の仕事ですから、体調を崩していることくらい、すでに見抜いていたんですよ~。それに、噂のことは子どもたちからずいぶん前に聞いてましたけど、最近また噂が流れたということはなかったですから、見回りをすると言った時点で、青葉じゃないかと疑ってたんですよね~」

 

「なるほど……。でも、それにしたって、青葉さんのことが出てくるのには早急すぎるんじゃあ……」

 

「いえいえ、青葉には前例がありますから~」

 

「前例って……あっ!」

 

 時雨と龍田が言っていた前例というのがこのことだったのかと分かった俺は、二人に向かって振り返ると、無言のまま目をつぶって頷いていた。

 

「うぅ……」

 

 そんな会話を聞いて、青葉は肩を落としてしょげている。

 

「と、言うことなので、先生はもう心配する必要がないんですよ~。これで一件落着ですね~」

 

「あ、はい、ありがとうございます」

 

 これ以降、視線が向けられることが無いということなので、安心して業務を行えると思えたのだけれど、どうにも腑に落ちないような気がして、礼を言う言葉が詰まってしまった。

 

 その理由は、全然分からないんだけれど、何か引っかかるモノがある気がする。

 

「さて、それじゃあ……後はお仕置きですね~」

 

「……え?」

 

 愛宕の声に驚いた俺は、周りのみんなの顔を見比べた。子どもたちは俺と眼を合わせずに、まるで聞こえなかったような振りをしている。高雄はキリっとしたいつもの表情のままで、愛宕もいつもと同じように笑みを浮かべているが、眼は完全に笑っておらず、負のオーラのようなモノが背中に纏っているように見えた。

 

「子どもたちに迷惑がかかるから、幼稚園での取材はお断りって言いましたよね~?」

 

「は、はひっ!」

 

 大きく身体を震わせた青葉が、直立不動で立ち尽くす。

 

「それどころか、先生の体調を崩してしまうくらいにストーキングをするなんて~、どうなるか……ワカッテマスヨネ~?」

 

「……っ!?」

 

 愛宕の背中に見えた気がしたオーラが具現化し、ヒトの姿を見せて背後に浮かび上がる。それはまるで、海の底で船を沈めようとする深海棲艦のような……そんな風に見えた。

 

「だ、だから青葉は……っ、愛宕さんがいるときは……その、取材は避けてたつもり……なんです……けど……っ!」

 

「へぇ~、それじゃあまるで、私がいなかったら大丈夫って聞こえるんですけど~」

 

「そ、そそそっ、そういう意味では……痛っ、いたたたたっ!」

 

 青葉の襟首をがっしりと掴んだ愛宕は、笑みを崩さぬまま扉の方へと引きずっていく。

 

「た、助けてっ! 助けてくださいーっ!」

 

 ずるずると地面を擦りながら連れていかれる青葉に視線が集まるが、誰一人として動くどころか、声すら上げられなかった。

 

 青葉を庇えば自分がヤられる。そんな雰囲気が、部屋にいる誰もが感じていたのだ。

 

「さて、それでは私もこの辺で失礼しますわ」

 

 沈黙を破るように高雄が言うと、俺に向かって小さく頭を下げて扉へと向かおうとする。

 

「あ、あの……高雄さん……」

 

「はい、なんでしょうか、先生?」

 

「えっと……青葉さんは、どうなるのですか?」

 

「そうですね……とりあえずは元帥の元へ運ばれて、指示を仰ぐことになると思います。先ほども言いましたが、以前にも青葉は幼稚園に取材と言って、色々とかぎまわったり、騒がしていたものですから」

 

「そ、それってどういう……」

 

「それは愛宕に直接聞いていただければ分かりますわ、先生」

 

「そ、そうですね……」

 

 あの恐ろしいオーラを纏った愛宕に、それを聞くというのは正直出来るはずもなく、俺はがっくりと肩を落とした。別に知らなければいけないと言うわけではなく、興味本位の部分が多いだけに、危険を冒してまで得る必要はない。

 

 ただ、先ほども考えていたけれど、やっぱり腑に落ちないことがある。

 

 青葉の視線が、あれほどまでに背筋を凍らせるのかと。

 

「それでは、質問がなければこれで失礼しますね」

 

 もう一度高雄は小さく礼をして部屋から出ていった姿を、子どもたちと俺は無言のまま、じっと立ち尽くしながら見つめていた。

 

 これで、答えてくれる人物はいなくなった。

 

 もう、その謎を解き明かせる者はいないのだろうか?

 

 しんと静まり返った部屋に、時計の針の動く音だけが響き、ラップ音のような音はまったく聞こえない。時折、青葉の悲鳴のような声が遠くから聞こえた気がしたけれど、誰一人として、そのことについて話すような子どもはいなかった。

 

 

 

 

 

「ねぇねぇ、知ってる?」

 

「あれだよね、ドックに浮かぶ青白い影のこと」

 

「そうそう、また出たんだってー」

 

 荷物を持って通路を歩く俺に、子どもたちの噂話が聞こえてくる。

 

「今度は、カメラを持ってさまよっているらしいよー」

 

「こっ、怖いね……」

 

「でもなんで、カメラなんだろうね?」

 

 その理由は何となく分かる。

 

 だけど、さすがにそれを聞く勇気は俺にはない。

 

「そういえば、前に出たのはどんなのだっけ?」

 

「えっとね……たしか、歌って踊る幽霊だったかな?」

 

 何だその元気すぎる幽霊は。

 

 それはもはや、さまよっているって感じではないだろう。

 

「それで、やっぱり出る前って……あったのかな?」

 

「聞いた話だと、やっぱり鳴ってたらしいよ」

 

「それってやっぱり……」

 

「うん、たぶんあれだよね」

 

 

 

「「「カーンカーンカーン……だね」」」

 

 

 

 子どもたちがクスクスと笑う。

 

 その音の理由を理解しているのかどうかは全く分からないが、たぶん、面白おかしく伝わっているだけだと信じたい。

 

 だって、それは間違いなく、幽霊として出てきてもおかしくはないかもしれないのだ。

 

 自業自得とはいえ、この鎮守府には怒らせててはいけない人物が、たくさんいるということを知った一週間だった。

 

 

 

 

 

 追伸

 

 

 

 青葉は結局、一人でドックの大掃除の罰を受けていたらしい。

 

 なら、青白い影の噂はなんだったのか。

 

 たぶんそれは、ボーキという名のデザートをたらふく食べて眠気が襲ってきた別の幽霊が、帰り際に泣きながら掃除をしている青葉を見て驚いたからではないのだろうかと、俺は思う。

 

 幽霊の噂の大半は、こういった見間違いや聞き間違いなのだから。

 

 今日もまた、背中に向けられる視線なんてものは……感じないはずなのに……。

 

 

 

「うふふ~、今日も観察しちゃいますよ~」

 

 

 

 艦娘幼稚園 幽霊の噂と視線の謎 完

 




 これにて、艦娘幼稚園 ~幽霊の噂と視線の謎~は完結です。

 お楽しみいただけましたでしょうか?
 感想、評価等でお聞かせ頂けると嬉しいです。


 さて、次回作ですが、すでに修正等も終わっており、
 明日より順次更新してきます。

 タイトルは……

 艦娘幼稚園 ~かくれんぼ(コードE)大作戦!?~

 幼稚園どころか、舞鶴鎮守府内に大きく響き渡った警報。
 慌てふためく幼稚園の子どもたち。
 更に愛宕までもがうろたえて……

 乞うご期待ですっ!


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~かくれんぼ(コードE)大作戦!?~
その1「コードE発令!」


 新章開始ですっ!

 急に鳴り響いた警報に驚く主人公。
しかしそれは、愛宕も子どもたちも同じだった。

 暫くして鎮守府内に流れた放送に、愛宕は青ざめ我を失い、なんとか正気に戻す主人公。
はたしてコードEとはなんなのか? その謎に、迫りますっ!

艦娘幼稚園 ~かくれんぼ(コードE)大作戦!?~

 さぁ、かくれんぼの時間だっ!




 余談ですが……知り合いのお話。

 小破で疲労なし進軍。2-4BOSSで2艦轟沈。弾着カットインで沈んだそうです。
怖くて出撃できません……助けて愛宕先生っ!


 ウウウウゥゥゥゥゥゥーーーーーーッ!

 

 

 

「なっ、なんだぁっ!?」

 

 いつものように幼稚園の中で、子どもたちと一緒にいたある日の昼下がり。耳を塞ぎたくなるくらいの轟音が鳴り響き、俺は驚いて声を上げた。

 

「みんなっ、こっちに集まってきてくださいっ!」

 

 愛宕が部屋の中にいた子どもたちに大きな声で集合をかける。子どもたちは少し戸惑いつつも愛宕の元へと歩いていき、俺も続いて隣に立った。

 

「あ、愛宕さん、この音はいったい!?」

 

「落ち着いてください、先生。子どもたちに不安が広がってしまいます」

 

「あっ、す、すみませんっ」

 

 愛宕の言葉を聞いて冷静さを取り戻した俺は、子どもたちを不安にさせないように笑顔を取り繕った。

 

「はい、みなさ~ん、このまま少しだけ待ってくださいね~。もう少ししたら放送が流れるので、聞き逃さないように、しっかりと耳を澄ましておきましょう~」

 

「は~い」と手をあげた子どもたちは、その場で床に体育座りをする。不安な表情を浮かべていた子どもたちも多かったが、愛宕のにこやかな笑顔と声に励まされるように、少しずつ緊張をほぐして普段の表情へと戻していく。

 

 

 

 ウゥゥゥゥーッ……

 

 

 

 音は徐々に小さくなり、やがて静まった。音の具合から、それが鎮守府内に響いていたサイレンであるということが分かり、胸をなで下ろす傍ら、なぜサイレンが流れたのかと考えると再び不安が襲ってきた。だけど、子どもたちに不安が広がってはいけないので、表情には出さず、笑顔を浮かべたまま考える。

 

 サイレン……

 

 思いつくのは、鳴る=危険という図式。

 

 サイレンが鳴ると村人が襲ってきたり、ギチギチノイズの後に顔のない人型が襲ってくるようなことは、あくまでゲームの中の話である。

 

 人によっては、サイレンが鳴れば空襲を思い出すかもしれないし、ただ単に時間を知らせるだけの場合もあるだろう。しかし、この鎮守府に配属してから、俺は今回初めてサイレンの音を聞いた。つまりそれは、時間を知らせるためだけの音では無いということが分かるのだが……

 

「いったい、何の為のサイレンなんだろう……」

 

 ぼそりと、子どもたちに聞こえないように俺は呟いた。不安は声になって口から漏れ、額からは冷や汗となってこぼれ落ちる。

 

 

 

 ガガ……ッ、キーーーン……

 

 

 

 ノイズ音の後、甲高い音が辺りに響き渡り、俺の心臓を鷲掴みにする。まさか、本当に奇妙な人型のモンスターが襲ってくるのだろうか!?

 

 でも、ナースはちょっとエロいから、見てみたい気もするけど。

 

「緊急連絡、緊急連絡っ。元帥から、鎮守府内の全員に通達します……」

 

 スピーカーから聞き覚えのある声が鎮守府内に響いた。この声は愛宕の姉であり、舞鶴鎮守府の最高権力者である元帥の秘書艦の、高雄の声に間違いないはずだ。

 

「コードEが発令されました。繰り返します。コードEが発令されました。至急、艦娘は全員、大会議室に集合するように。また、それ以外の者は通常業務とし、ターゲットを確認した場合のみ、至急上官に連絡するように。繰り返します……」

 

 高雄の緊張した声が、スピーカーから何度も繰り返し発せられた。いつもの雰囲気はまるでなく、焦りが声に、明らかににじみ出ているように聞こえた。

 

「コードE……まさか……そんな……」

 

 背後から悲壮な呟きが聞こえた俺は、恐る恐る振り向いてみる。愛宕は青ざめた表情を浮かべ、ありえないほど狼狽えた様子で、何度も何度も同じ言葉を繰り返し呟いていた。

 

「あ、愛宕さんっ! ど、どうしたんですかっ!?」

 

 あまりの変わりように驚いた俺は、子どもたちへの配慮すら忘れて愛宕の両肩をがっしりと掴み、揺さぶりながら声をかける。

 

「大丈夫ですか!? 愛宕さんっ!!」 

 

「……っ!?」

 

 ハッと目を大きく見開いた愛宕は、周りの子どもたちの表情を見てすぐに正気を取り戻し、「だっ、大丈夫です先生……」と言いながら、コクリと頷いた。ほっと息を吐いた俺は同じように頷き、愛宕の肩から手を離す。

 

「みなさん、よく聞いてくださいね~」

 

 両手を叩いてパンパンと鳴らした愛宕は、笑みを取り戻しながら子どもたちに声をかける。

 

「鎮守府内に、コードEが発令されました。その為、私はすぐに元帥の元に行かなければなりません。後のことは先生に任せますので、じっかり言うことを聞いて、良い子にしましょうね~」

 

「「「はーい、愛宕せんせーいっ」」」

 

 愛宕の狼狽えぶりに不安の表情を浮かべていた子どもたちだったが、いつもと同じように元気よく笑顔を見せて話しかける様子を見て安心したのか、元気良く返事をして手をあげていた。

 

「それでは先生……申し訳ありませんが、子どもたちのことをよろしくお願いします」

 

「わ、分かりました。大変みたいですけど、頑張ってください」

 

「ええ、では……お願いしますっ!」

 

 キッ……と、険しい表情へと一瞬だけ浮かべた愛宕だったが、すぐに笑顔を子どもたちに向けながら手を振って、部屋から出ていった。

 

「コードE……いったい、なんなんだよ……」

 

 まったくもって訳が分からない俺は、独りでに呟いた。

 

 今までに聞いたことのない『コードE』という名称。配属されるときの書類も、愛宕からも、一切聞いた覚えがない。

 

 それはいったいなぜなのか――と、悩んでいた俺は、すっかり子どもたちに気を配る事を忘れていた。

 

 

 

 

 

 そんな俺の様子に気づいた一人の子どもが、ゆっくりと近づき声をかけてくる。

 

「先生、大丈夫かな?」

 

「あ、あぁ、時雨か。俺は大丈夫なんだけど……」

 

 俺は後頭部を掻きながら、何と言っていいものかと考える。サイレンのこともコードEと呼ばれることも俺の知識には無く、子どもたちにどう対応して良いものかさっぱり分からない。

 

「先生は、コードEのことに対して気にしてるんじゃないかな?」

 

 そんな俺の気持ちを察したかのように、時雨は周りの子どもたちに聞こえないように、耳打ちしてきた。

 

「時雨は……知ってるのか?」

 

「うん……と言っても、名前しか知らないけど、今までに二回ほど経験はしているかな」

 

 時雨は淡々と、呟くように語る。

 

「そう……なのか。ちなみに、過去二回の時は……どうなったんだ?」

 

「別に、僕たちには何の変化も無かったかな。だけど、お姉さんたちは……もの凄く大変そうだったよ」

 

「お姉さんたちは……か。確かに、さっきの放送でも全員集合って言ってたもんな」

 

「それほどの大事というのは間違いないみたいだけど、収まった後に、愛宕先生やお姉さんたちに聞いてみても、何があったかは話してくれなかったんだよね……」

 

「そうか……」

 

 子どもたちに秘密にしなければならないことが、今回も起こったということだろうか。舞鶴鎮守府がそんな状況に置かれているのならば、俺も何かしなければならないと思い、すぐにでも駆け出しそうになるが、あくまで俺の役割は子どもたちを安心させ、いつもと同じように過ごせるようするのが最優先事項なのだ。放送でも通常業務を指示され、愛宕にも子どもたちをよろしくとお願いされたのだ。ここから俺が離れてしまうことは、何が何でも避けなければいけない。

 

「せ、先生……私たち……どうしたらいいのかな……?」

 

 俺の元に潮が近づき、話しかけてきた。よく見てみると、俺と時雨の周りには不安な表情を浮かべた子どもたちが囲むように視線を向けている。

 

「よし……それじゃあまずはだな……」

 

 ごほん……と、咳払いをした俺は、満面の笑みを浮かべて子どもたちの顔を見る。

 

 

 

「みんなでかくれんぼでもしようかっ!」

 

 

 

 いつもと同じように、幼稚園の中で子どもたちが楽しく過ごせるよう、元気いっぱいで声をかけた。

 




次回予告

 かくれんぼを開始した主人公。
ひとまずはコードEを忘れ、子どもたちと存分に遊ぶぜっ!

 いままでに登場してきた艦娘(園児)が一斉にかくれんぼっ!?
更に新キャラまでもが現れて……いったいどうなる艦娘幼稚園!


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その2「VS第六駆逐隊!」

 さぁ、始まりましたっ、艦娘幼稚園で行われるかくれんぼ。
鬼は主人公。そして対するは園児たち。
まずは誰から捜すかって? そこはタイトルで分かるよねっ!

 ひとまずコードEは忘れて、かくれんぼに集中しますっ!
それでいいのか主人公!?


 

「それじゃあ、20数える間に隠れるんだぞー! いーち……にーい……」

 

 腕で目隠しをした俺は、壁に向かって立ちながら大きな声で数えると、子どもたちはわいわいと騒ぎながら辺りをバタバタと駆け回り、次第に静かになっていく。

 

「なーな……はーち……きゅーう……じゅーう……」

 

 半分が過ぎる頃には、子どもたちの声はほとんど聞こえなくなる。

 

「じゅーはち……じゅーく……にじゅうー。さぁ、いくぞー!」

 

 20を数えきった俺は壁から離れて振り返り、目隠しをしていた腕を離す。うっすらとぼやけた視界には、人っ子1人いない部屋が映し出された。

 

「ふむふむ……さてさて、どこに隠れたのかなー」

 

 気分はまるで、赤ずきんを探す狼のように。――って、それだとかなり危ない感じに聞こえるけれど、あくまでこれは子どもたちとの遊技であって、先生としての仕事なのだ。全然やましいことは考えてないので、通報なんてしないようにしていただきたい。

 

 

 

 さて、それでは部屋の現状を整理してみよう。

 

 部屋には扉が一つあり、その扉は開けっぱなしなっている。反対側には足下から天井近くまである大きな窓が2つ繋がり、両側にはカーテンがある。部屋の隅には子どもたちが遊ぶための遊具が置かれているのだが、なぜか整理されていたはずのぬいぐるみ類が、無造作に積み上げられている。

 

「うーん、この部屋に隠れてる子はいないみたいだなー」

 

 そう言いながら窓の方へと歩いていく俺。カーテンにくるまって隠れている子の足がばっちりと見えていたので、ゆっくりと近づきながら、あたかも気づいていない振りをする。耳を澄ましてみると、内緒話をしているように小さな声が聞こえてくる。どうやら、ばれていないのだと安心しきっているようなので、ここは一つ、大きな声で驚かすのがオツと言うものだろう。

 

「それじゃあ、隣の部屋に探しに行こうかなー……って、ここだなっ!」

 

「はわっ!?」

 

 カーテンの裾を掴んだ俺は勢いよくひっぺがえして、子どもの姿を露わにさせた。驚いた表情を浮かべていたのは電の姿で、「はわわわ……」と声を上げながら固まっていた。

 

「電、みーつけたっ。これで1人目ゲットだなっ」

 

「はわわ……見つかっちゃたのです……」

 

 残念そうな表情を浮かべた電だが、「今度は見つからないように頑張るのですっ!」と、すぐに表情を和らげて笑みを浮かべた。そんな電が可愛らしくて、ぽんぽんと頭を撫でてあげる。

 

「足が見えなかったら、見つけられなかったかもしれないぞ?」

 

「はわっ! み、見えてたのですかっ!?」

 

「カーテンにくるまっても、足まで隠すことは難しいからな」

 

「それなら今度は、全部隠れるように頑張るのですっ!」

 

 気合いを入れて右手をぐっと握る電。だがしかし、足まで隠れるカーテンとなると、床につく長さが必要なのだけれど、幼稚園の中にそんなカーテンがあった記憶は俺にはない。

 

 しかし、それを言っては電のやる気を削いでしまうだろうと思い、「色々と考えてみて、良い方法を探してみような」と声をかけて、優しく頭を撫で続けたが、

 

「ありがとうなのです、先生」

 

 そう言った電の目線を俺は見逃さない。反対側のカーテンに向けられた視線の先には、電と同じように足が見えてくるまった誰かの姿がそこにはある。

 

 ってまぁ、足が見えているので分かってはいたんだけどね。

 

「よし、それじゃあ、先生は隣の部屋に……って、甘いぜっ!」

 

「うひゃあっ!?」

 

「やっぱり、雷だったか。残念ながら、ばっちりくっきり足が見えてたぞ。2人目ゲットー」

 

「なによもうっ! ばれてないと思ったのにー」

 

「ふっふっふっ……先生をなめるんじゃあないぞー」

 

 悔しそうな顔を浮かべる雷に、勝ち誇った俺の姿。端から見ると、子どもをいじめている大人という、通報されてもおかしくない姿がここにあった。

 

 いや、別にいじめてないからね。

 

「残念だったな、雷、電。次はもっと頑張れよっ!」

 

「今度は負けないからねっ!」

 

「ああ、それじゃあ、暫くここで大人しくしてるんだぞ」

 

「はーい、先生」

 

「了解なのですっ。雷ちゃんと一緒にお話してるです」

 

「おう、それじゃあ、ちょっくら他の子を探してくるわー」

 

 手をあげた俺に、電と雷は大きく手を振って答える。

 

 そんなことを言いながら辺りを調べたが、さすがに大きな窓の近くで、カーテン以外の隠れれそうな場所はなさそうだった。

 

 

 

「ふむ、この部屋にはもういないか……」

 

 わざとらしく呟いて電と雷の様子を伺ってみたが、それらしき反応はない。この部屋に隠れている子はもういないと確信したような振りをした俺は、扉へと向かって歩きだす。

 

 それなりに大きなこの部屋の扉は引き戸ではなく、部屋の中に開くタイプの扉である。その扉が、無造作のように開けっぱなしになっている。

 

「ふむ……」

 

 かくれんぼを開始し、隠れるために走り出した子どもたちが閉めないで出ていくということは十分に考えられるのだが、それによって死角が存在するのもまた事実。ましてや、こんな簡単なところに隠れるはずがないと思わせるのも、また、かくれんぼの技術の一つなのだ。

 

「ということで、クローズ・ザッ・ドアッ!」

 

 背後霊を呼び出すかの如く、大きな声をあげながら扉を閉めると、死角に隠れて体育座りをしてた響の姿があった。

 

「やはり、ここに隠れていたか。3人目ゲットだぜ」

 

「むぅ……さすが先生の名は伊達じゃないね」

 

「いや、役職名であって、名前じゃないんだけどね」

 

「ハラショー。とりあえず、先生にはこの言葉を贈るよ」

 

「あ、あぁ……ありがとな……」

 

「それじゃあ、響は電と雷のところに行くとするよ。しっかり留守番をしているさ」

 

「ん……分かった。それじゃあよろしくな……って、甘いわっ!」

 

 脱兎の如く駆けだした俺は、ぬいぐるみの山に向かい、両手をショベルカーのようにすくって、山を一気に崩しにかかった。

 

「ここに隠れているのは分かっているぞっ! うりゃあああっ!」

 

「きゃあっ!?」

 

 勢いよくすくい上げた手にぬいぐるみが絡み、空中を舞う。その下には、猫のように丸まった暁の姿があった。

 

「よし、これで4人目ゲットだぜー」

 

「むっ、むむむっ! ここなら大丈夫だと思ったのにっ!」

 

「いやいや、怪しさで言うと一番だったからね」

 

 ぬいぐるみの山が部屋の隅にあるとか、露骨すぎるもん。

 

「そっ、それってやっぱり、暁が一番ってことよね!」

 

「あー、まぁ、そうなのかな……」

 

 確かに一番最初に予想がついたのがここだったし、そうとも言えなくはないけど、かくれんぼにおいて一番を目指しても意味はないと思うんだけど……

 

「まぁ、見つかっちゃったのはアレだけど、一人前のレディとして終わるまでは大人しくしているわ!」

 

「ん、それじゃあ、少しの間ここで遊んでいてくれ」

 

「まかせなさいっ! それじゃあ先生、他の子たちもしっかり見つけなさいよねっ!」

 

「ああ、それじゃ行ってくるぜー」

 

 元気よく声をかける暁に返事をしながら、辺りを見回す俺。どうやらこれ以上、部屋の中で怪しいところは無さそうなので、4人に向かって手をあげた後、別の場所を探すべく部屋から出た。

 

 

 

 うむ、ぶっちゃけ楽しいです。

 




次回予告

 次々に隠れている子どもたちを見つけていく主人公。
残る子どもは4人。さぁ、どこから捜そうかっ。
やっぱり出てきた最強コンビ、ますます磨きがかかってる!?

 艦娘幼稚園 ~かくれんぼ(コードE)大作戦!?~ その3

 お楽しみにっ!

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その3「くーるー、きっとくるー」

 第六駆逐隊の4人を見つけた俺は、それから何人もの子どもたちを見つけていった。
捜していない部屋は残り2つ。見つけていない子どもは4人。
それらを考えながら洗濯室を先に探そうとした俺は、ちょっとした雰囲気作りをしていたのだが……

 かくれんぼはまだまだ続きますっ!
現実逃避じゃないのかっ、主人公!?


 

 それから幼稚園内をくまなく探した俺は、隠れている子どもたちを次々に見つけ、悔しがる子の頭を優しく撫で、なだめすかして部屋に戻らせていった。

 

「さて……と、残ってる部屋は洗濯室とスタッフルームだな」

 

 どちらから先に探そうかと考えながら、通路を歩いていく。いきなり選択肢が現れて、プレイヤーがマウスで選ぶわけではないので、自分で考えるしかないのだが。

 

 それなんてアドベンチャーゲーム? とは聞かないように。

 

「とりあえず、近い方と言えば洗濯室だが……あと残っているのは……と」

 

 今までに見つけた子どもたちを思い返し、指を折って数えていく。まだ見つけられていない子は、天龍、龍田、金剛、時雨の4人だ。

 

「天龍と龍田は同じところに隠れていそうだな。だが、問題は金剛と時雨か……」

 

 金剛についての注意点は見つけにくいと言うことではない。どちらかと言えば、龍田を探すときと同じ意識を持たなければいけないのだ。

 

「間違いなく、見つけざまにタックルを食らうだろうしな……」

 

 過去3回、かくれんぼで金剛を見つけた際に、高速タックルを食らっている。うち2回はそれほどでもなかったのだが、1度だけ、見事なまでの下腹部への高速タックルを食らった俺は、約30分間、その場でうずくまるしか出来なかった記憶があるのだ。

 

 今思い出しても寒気がする、苦い記憶である。

 

 何度注意しても、タックルを止めてくれないしなぁ……

 

「おっと……危ない危ない」

 

 そんなことを考えているうちに、洗濯室の扉を通り過ぎるところだった。

 

「さて、残り4人のうち、何人がここにいるのかな……?」

 

 そう呟いた俺は、扉に耳を当ててゆっくりと3回、ノックをした。

 

「………………」

 

 扉越しに耳を澄ませてみるが、物音は聞こえない。しかし、なんとなしに気配を感じる気がする。

 

「ふむ、居ない――という訳では無さそうだよな」

 

 扉のノブを回してゆっくりと押す。小さな音を立てて開く扉が壁に当たると、薄暗い洗濯室が一望出来た。

 

 

 

 パッと見た感じ誰も居ないように見えるが、やはり気配は感じられる。おそらくは2人、この部屋に隠れている感じがすると、俺のゴーストが囁いている……

 

 いや、ゴーストなんて大層なモノは持ってないから、ただの冗談なんだけどね。

 

 俗に言う、その場の雰囲気というやつである。

 

 あっ、魂はちゃんとあるけどさ。

 

「さて……と」

 

 すぅぅ……と、肺に息を吸い込んで、部屋に向かって大きく口を開く。

 

「誰か隠れていないかなぁ……ヒッヒッヒッ……」

 

 気分はおばあさんに扮した狼のように。こういう場合は雰囲気を出すことで、楽しみがいがあるってモノだ。

 

 笑い出す子どももいるから、探し出すヒントにもなるんだけれど、さすがに残っている4人のうちで、これに引っかかる子どもは……

 

「ぷっ……くくく……っ」

 

 と思っていたら、見事なまでにいた。

 

「おやぁ……誰かそこにいるのかい……?」

 

「……っ、し、しまったっ!」

 

 慌てた声が聞こえた方へと向かって歩いていくと、洗濯物を入れる大きなかごがいくつも並んでいた。空のかごが2つ、洗濯物が入っているかごが3つ、そして、かごから出されたように山積みになっている洗濯物の山が1つある。

 

「……やってることは、暁と一緒だよな」

 

 ぼそりと呟いた俺は、部屋中に聞こえるように大きく口を開く。

 

「あーあー、洗濯物がこんなになっちゃってるよー。片づけないといけないなー」

 

 そう言って、山積みになっている洗濯物を空いているかごに入れていく。

 

「しっかし誰がこんな事したのかなー。俺の仕事が増えちゃって、過労になっちゃったらどうするんだよー」

 

「……っ」

 

 洗濯物が入っているかごが、ほんの少し揺れる。

 

「疲れがたまると大変なんだよなー。みんなと遊ぶのにも結構体力いるんだし、トラブルは避けておきたいんだけどなー」

 

「う……うぅ……」

 

「天龍はここ最近手がかからなくて良い子だし、こんな事をする子じゃないんだけどなー」

 

「うがーーっ!」

 

 かごが大きく動くと、洗濯物が噴火山のように跳ねて辺り一面に散らばった。その中心には、顔を真っ赤にして両手を上げ、今にも空へと飛び出んとする天龍が立っていた。

 

 赤と白の縦割り半分なヒーローのように――って、なんだかこの説明酷い気がする。

 

 もはやこれでは、巨大な怪獣のロボットを使って世界を征服しようとする中ボスキャラだ。

 

「はい、天龍みーっけ」

 

「ず、ずるいぞ先生っ! そんなこと言わなくてもいいじゃんかっ!」

 

「ん、そんなことってどのことだ? 仕事が増えるってことか? それとも、天龍は最近手がかからなくて良い子って……」

 

「うーーーーがーーーーっ!」

 

 耳まで真っ赤にした天龍は俺に飛びかからんとジャンプしたが、

 

「うわあっ!?」

 

 かごの淵に足が引っ掛かり、つんのめって地面へとダイブしそうになった。

 

「おっと」

 

 そうなるんじゃないかと思っていた俺は、先回りするようにしゃがみこみ、天龍の身体を両手で受け止めてしっかりと抱き抱えた。

 

「ふぅ……危ない危ない。大丈夫か、天龍?」

 

「あ……う……そ、その……ありがと……」

 

「いやいや、俺の方こそからかい過ぎたよ。すまんな、天龍」

 

 謝ってから、ニカッ……と満面の笑みを向けると、天龍は大きく眼を見開いた後、慌ててそっぽを向いた。

 

 うーん相変わらず、からかいがいがある天龍である。

 

 龍田の気持ちは痛いほど分かるんだけど、あいつの場合は度が過ぎちゃうからな――と思いながら、天龍を見ていた俺の背中に、ちくりと小さな痛みが走った。

 

 

 

「ん……なんだ?」

 

 後ろを振り返ってみるが、痛みを感じる背中には何もない。

 

 気のせいかと思って、抱きかかえていた天龍を床に下ろそうとした時だった。

 

 

 

 ぎぃぃぃぃ……っ

 

 

 

「「……っ!?」」

 

 俺と天龍が同時に驚き、音のする方へ顔を向けた。

 

 洗濯機の蓋がゆっくりと開き、2つの小さな手がパネルの部分にバンッ! と音を立てて叩きつけられる。

 

「ひいっ!?」

 

 天龍の悲鳴が上がり、抱き抱えた身体が大きく震えた。

 

 

 

 ガリガリ……ガリガリガリ……

 

 

 

 パネルに爪をたてて削る音が聞こえ、ゆっくりと頭が洗濯機から這い上がってくる。

 

「あ……あぁぁぁ……っ!?」

 

 髪の毛が前面にだらりと垂らした小さな頭が現れると、両手をこちらに伸ばし、かすれた声が聞こえてきた。

 

 

 

「て……んりゅ……う……ちゃ……ぁ……ん……」

 

 

 

「ぎょえああぁぁぁぁーーーーっ!」

 

 大声を上げた天龍は、俺に抱かれたままじたばたと暴れ、

 

「……はうっ」

 

 魂が抜けたように、気を失った。

 

 

 

「おい」

 

 はぁ……と、ため息を吐いた俺は、洗濯機の中にいる貞子? に声をかける。

 

「何度も言うようだけど、やり過ぎだと思うぞ、龍田」

 

「は~い、先生~」

 

 伸ばした両手を枠にかけ、「よいしょ……っと」と掛け声を言いながら、龍田は洗濯機の中から上手に出てきた。

 

「それと、いちいち凝り過ぎじゃないか? 役者顔負けの演技だったぞ……」

 

「あら~、お褒めに与りまして光栄です~」

 

 凝り過ぎ且つ、まったく懲りてない龍田であった――が、

 

「でもね、せ~んせっ」

 

「ん、なんだ?」

 

「天龍ちゃんをいじめちゃ~、許さないんだからね~?」

 

「……っ、わ、分かってるよ。ちょっと、やり過ぎたって思ってる」

 

「それなら良いのよ~。恥ずかしがってる天龍ちゃんも可愛かったし、許してあ・げ・る~」

 

「………………」

 

 にっこりと微笑む龍田は、「それじゃあ、部屋に戻ってるわね~。あとはよろしくお願いしますっ」と言って、洗濯室から出ていった。

 

 部屋に残された俺。そして、腕の中で気を失い、ぐっしょりと下着を濡らした天龍が気を失っていた。

 

「……とりあえず、起こして着替えさせてから、洗濯するか」

 

 もう一度、今度は大きめにため息をついた俺は、自らの行為を少し反省しつつ、天龍を起こす為に頬をペチペチと叩いていた。

 




次回予告

 漏らしてしまった恥ずかしさで泣きじゃくる天龍をなだめすかせた主人公。
 残る子どもはあと2人。しかし、その2人共がやばかった!?
 スタッフルームで発見したその瞬間、とんでもない状況に出くわしてしまうっ!


 艦娘幼稚園 ~かくれんぼ(コードE)大作戦!?~ その4

 乞うご期待っ!

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その4「パンドラの箱……?」

 天龍をなだめてから再びかくれんぼを再開した主人公。
残る子どもはあと2人。金剛と時雨を探すため、最後の部屋スタッフルームにやってくる。
はたして金剛と時雨は見つけられるのかっ。

 コードEはどこに行ったっ!? もう完全に忘れられてるよっ!
 かくれんぼは……終わらない。


 

 それから気を失った天龍を起こすことが出来たのだが、漏らしてしまった恥ずかしさで泣きじゃくるのをなんとかなだめすかし、新しい下着に穿き替えさせて部屋に戻るように言う。しょんぼりと落ち込んだ天龍の背を見送った俺は、残る子どもたちを探す為にかくれんぼを再開する。

 

「あと残っているのは……金剛と時雨だな」

 

 探していない部屋はスタッフルームのみ。洗濯室から出て通路を歩きながら腕時計を見ると、かくれんぼを開始してから約30分が過ぎていた。さすがに隠れている子の集中力も切れてくるころだろうが、これは勝負事ではなく遊びであり、子どもたちを楽しませるためにやっているのだ。待ち疲れなんて事をさせて、遊ぶ事を苦痛に思わせてしまっては本末転倒である。

 

「よし、はやいとこ見つけてやらないとなっ!」

 

 スタッフルームの扉の前に立った俺は、両の頬をパチンと叩きいて気合を入れてノブに手をかけた。

 

「いつっ!?」

 

 頬ではなく手の方からパチンッ! と音がして、痛みが走った。どうやら、洗濯物をかごに入れたりしていたせいなのか、静電気が溜まっていたようだ。

 

 扉を開けようとした俺だったが、無機物からの攻撃に出足を挫かれてしまい、一旦ノブから手を離した。痛み自体は強くないのだが、なんとなく手をバタバタと振る。そんな時、ふと、金剛の事が頭をよぎった。

 

「隠れるのに飽きた金剛が、次にとる行動と言えば……やっぱりアレだよな……」

 

 思い出した瞬間、下腹部に鈍痛が思い起こされた。狙っているかのように、的確にぶちこまれる頭突き。それがすさまじい速度で、ピンポイントに襲ってくるのを想像して欲しい。

 

「いや、飽きたとは限らない――が、用心に越したことはないよな」

 

 金剛の48の殺人技、バーニングミキサー(命名俺)を下腹部に食らうのは二度と御免なので、慎重にスタッフルームに入ろうと決めた俺は、静電気にも注意を払いながらゆっくりとドアノブを回して、中にいるであろう金剛と時雨に気づかれないように扉を開いた。

 

 

 

 スタッフルームの中は明かりがついたままで窓は閉まっており、パッと見た感じ誰もいるようには見えなかった。

 

「とりあえず、入口を開けた瞬間の奇襲って線は無くなったけど……」

 

 ソファの下やカーテンの裏など、物陰になる辺りを見回してみたが、いきなり襲いかかれるような場所に金剛が隠れている……ということは、どうやらなさそうだった。俺はホッと胸を撫でおろし、いつでも耐えれるようにと力を入れていた下腹部の緊張を緩める。

 

「となると、隠れれる場所も限られてくるんだが……」

 

 物陰以外に子どもの身体が隠れられる場所となると、残っているのは俺と愛宕が幼稚園で使うエプロンや、私用物を入れるのに使用している縦長のロッカーだけである。もちろん、使用しているロッカーには鍵をかけているので、探すべき場所は数えられるほどだ。

 

「よし、ここは雰囲気を出しつつ……だな」

 

 にんまりと俺は笑みを浮かべながら、左から順にロッカーのドアをノックしながら口を開く。

 

「悪い子はいねがー……」

 

 1つめのドアの取っ手を引っぱり、ゆっくりと開けてみるが、中はからっぽで誰も、何も、入っていなかった。

 

 だがしかし、がっかりすることはない。こういう風に雰囲気を作ることで、隠れている子どもたちを焦らすことが出来るのだ。もちろん、ただ単にいじめているとかそういうのではなく、こういった状況に置かれることにより、精神的耐性を促そうとして行っている試みなのであるからして、決して悪意があってやってるんじゃないってことを平に分かって欲しい。

 

 まぁ、実際には結構楽しんでたりもするんだけど、やり過ぎには注意である。

 

 さっき、龍田からも言われちゃったし。

 

「隠れている子はいねがー……」

 

 続いて右隣のロッカーのドアを開ける。キィィ……と金属がきしむ音が鳴り、中が良く見える状態まで開いたが、やっぱり中には何もない。

 

「次は俺のロッカーだけど……念のため……」

 

 取っ手に手をかけて引いてみると、負荷が全く無いことに気づいた。

 

「……あれ?」

 

 何度か押し引きしてみるが、鍵がかかっている様子もなく、ドアが何度も半開きと閉まるを繰り返した。

 

「おかしいな……締めたはずなんだけど……」

 

 もしかすると、鍵を閉めるのを忘れていたのかもしれない。そう思った俺は、ポケットに入れていた鍵を取り出そうとしたのだが、

 

 

 

 ガタン……

 

 

 

「えっ!?」

 

 内部から小さな音が漏れ、俺は思わず声を上げた。

 

「中に、誰かいるのか?」

 

「……っ!?」

 

 息を飲むような小さい声が聞こえたのを聞き逃さなかった俺は、取っ手を強く引っぱり、中を確かめる。

 

 

 

 俺のロッカーの中に、

 

 

 

 私服であるカッターシャツを丸めて、

 

 

 

 猫のように頬ずりしている、

 

 

 

 金剛と眼が合った。

 

 

 

 

 

 バタン……

 

 

 

「うん、見なかったことにしておこう」

 

 そうした方が色々と面倒はないと悟った俺は、踵を返してスタッフルームから出ようとする。

 

「ちょっ、ちょっと待つデース!」

 

 大きな音を立ててロッカーのドアが開き、慌てた金剛が飛び出しざまに叫んだ。

 

「見えない聞こえないっ!」

 

「先生は誤解していマース!」

 

「誤解も六階もない!」

 

「てりゃーデース!」

 

「げふうっ!?」

 

 後方からラグビー選手顔負けの強烈なタックルを腰に受けた俺は、地面に前のめりに叩きつけられた。

 

 これが、俺命名のバーニングミキサー。半端無く威力が高い。

 

「痛えっ! 何をするんだ金剛っ!」

 

「言うことを聞かない先生はこうするデース!」

 

 金剛は俺の背中に乗りかかると、持っていたカッターシャツを俺の頭に被せて、視界を奪う。

 

「うわっ!? 暗いよ狭いよ怖いよーっ!」

 

「……どこぞの御曹司デスか、先生は?」

 

「いや、こういうのはノリってのが大切だからなぁ」

 

「何気に図太いデスよね……」

 

「いやぁ……それほどでもー」

 

「誉めてないデース……」

 

「あ、やっぱそう……ってか、何でまた俺のロッカーの中でシャツに頬ずりしてたんだ……?」

 

「……っ! そ、それはデスネ……」

 

 焦った声を上げた金剛だが、未だ背中にのっかられたままの状態では顔を見ることが出来ない。俺は頭に被せられたシャツを引きはがし、両手両足を立たせることで、金剛を乗せる馬のようなポーズになった。

 

 まるでそれは、金太郎を乗せた熊のよう――って、なんだこれ?

 

「……あの、先生? これは何かのプレイなのデスか?」

 

「いや、そんな気はさらさらないんだがな。のっかられたままだと色々と大変だし、降りてくれるか?」

 

「分かりましたデース……」

 

 金剛が背中から降りるのを待って、俺はゆっくりと立ち上がる。

 

 ちなみにマゾっ気は全く無いので、さきほどの状態に何の未練も無い。全く無い。本当に……無いよ?

 

「……で、どういうことか説明してくれるか? まぁ、言いたくないなら、無理には聞かないけど」

 

 ことがことだけに、ウヤムヤにするべきなのかもしれないけれど、さすがに自分のシャツがさっきのような状況に置かれていれば、気になってしまうのも分かっていただけるだろうか。

 

「じ、実は……デスね……」

 

 ぼそりぼそりと、申し訳なさそうに金剛は語りだした。

 

「かくれんぼで良い隠れ場所を探していたところに、たまたまこの部屋を見つけたのデス。はじめはソファの裏にいたのデスけど、全然先生が探しに来ないので、探検も兼ねてロッカーを開けていったのデース。そしたら、急に入り口の扉から音がシタので慌てて中に入ったトコロで……」

 

「あー、なるほど……それで俺のロッカーに入ったのか……」

 

 いわゆる事故的なことだったのだろうが、それにしてもシャツに頬ずりをするのは関係無い気もする――が、それを言っては金剛は更に困った顔をするだろうし、聞かないでおいた方が良いだろう。

 

「その……シャツから……先生の匂いがしたのデス……。なんだか……あの……眠たくなってきて……ゴメンナサイ……」

 

 真っ赤に頬を染めてそう言う金剛は、もじもじと俺の顔を伺いながらチラ見をしていた。

 

 あー、うん。そういう感じ、嫌いじゃないよ。

 

 ってか、抱きしめたいくらい可愛いんだけどねっ!

 

 どっかの田舎にいる鉈持ってるヤツだったら、間違いなく「お持ち帰りーっ!」とか言っちゃって、誘拐しちゃうよね。

 

 

 

 いや、しないけどさ。

 

「んー、まぁ、事情は分かったよ。鍵をかけ忘れた俺も悪いんだし、この部屋に隠れちゃダメってのも言ってなかったし……別に謝る必要もないよ」

 

 俺は金剛の頭を優しく撫でながら、そう言った。

 

「あ、あのデスね……先生に、お願いがあるのデスが……」

 

「ん、なんだ?」

 

「こ、このシャツ……貰っても良いデスか?」

 

「………………」

 

 うるうると瞳を潤ませながら上目遣いでお願いする金剛。

 

 幼犬のチワワのような可愛さだが、言っていることは妖犬レベルの怪しさである。

 

 妖犬レベルってなんだよって感じだけど。

 

「ま、まぁ……換えもあるし、別に良いけどさ……」

 

「ほ、本当デスかっ!? アリガトウゴザイマースッ!」

 

 歓喜に溢れる金剛が、両手をあげて飛び跳ねる。

 

 それほどまでに喜んでもらえると俺としても嬉しくなってしまうけれど、そのシャツを一体何に使うつもりなのかは、色んな意味で聞けなかった。

 

 まぁ、小さい子どもがすることだから大丈夫だとは思うけど、大井みたいな子もいるから、あまり楽観視はできないのだけれど。

 

 あと、もし龍田が同じことを言った場合、間違い無く拒否するけどね。

 

 丑三つ時あたりに五寸釘で木に打ちつけられそうだし、髪の毛じゃなくても殺されてしまう気がする。

 

「まぁ……大丈夫だろう……」

 

 そう呟いた俺を不思議そうな表情で見上げる金剛だが、「なんでもないよ」と手を振りながら時雨のことを思いだし、ロッカーの前へと戻った。

 

「あれ、先生何してるデスか?」

 

「時雨をまだ見つけられてないからな。隠れたまま待たせすぎるのは悪いだろ?」

 

「なるほどデース。……けど、時雨はここにいないデスよ?」

 

「えっ、そうなのか?」

 

「この部屋に隠れてるのは私だけデース。先生が来るまで物音一つしなかったから、間違いないと思いマース!」

 

「ふむ……おかしいな……」

 

 探しきる前にまだ隠れている子の情報を聞くというのはルール上ダメな気もするが、聞いてしまったからには仕方ない。とは言え、幼稚園の中を一通り探したにも関わらず、時雨の姿を見つけることが出来なかったのは、いったいどういうことだろう……

 

「もしかして、幼稚園の外に出た……ってことは……」

 

「それは考えにくいデスネー。時雨はお利口さんなので、悪いことはしないはずデース!」

 

「だよなぁ……」

 

 どこかを見落としていたのかも……と、探してきた部屋を思い返してみたが、他に隠れれそうな場所や不審な点は出てこなかった。

 

「うーん、こうなると八方塞がりだな……。仕方ない、一旦みんなが集まっている部屋に戻るか」

 

「そうデスネ。念のため、声をかけながら戻ると良いデース」

 

「そうだな。聞こえたら出てきてくれるだろう」

 

「早速、行きマース!」

 

 俺のシャツを丸めた物を懐に忍ばすと、金剛は右手をあげて「出発進行デース!」と元気よく言いながら、スタッフルームの扉を開いた。

 

 

 

 本当に、何に使うんだろ……俺のシャツ……

 




次回予告

 結局見つけられなかった時雨を探しながら部屋に戻ろうとする主人公と金剛。
そんな2人の前に、とんでもない発言をする時雨が現れるっ!?
もはやその技術は、達人の域に達しかかっている!


 艦娘幼稚園 ~かくれんぼ(コードE)大作戦!?~ その5

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その5「その技、かくれんぼ……いや、警戒区域すら生ぬるい」

 残る時雨を探すため、俺と金剛はスタッフルームを出る。
なんとか? 時雨を見つけるも、とんでもない方法で隠れていた事を聞かされ驚愕する2人。
更に追い打ちをかける金剛の一言に、主人公は落ち込みまくって……


 コードEのコの字も消えちゃった!
 さぁ、どうなる艦娘幼稚園っ!


 

 スタッフルームから出た俺は、扉を閉めて金剛の顔を見る。俺のシャツがそんなに嬉しいのか、見上げてくる金剛の笑顔がキラキラと高揚しているように見えた。

 

 これほど嬉しそうにされると、あげた方も嫌な気にはならないんだけど……やっぱりなんだか怖い気がしなくもない。

 

 だが、今更返せとは言えないので、ため息を一つ吐いた俺は、皆の元へ戻ろうと歩き出した。

 

「それじゃあ先生、戻りながら声をかけるデース!」

 

「あぁ、そうだな」

 

 俺は頷いて、肺に息を吸い込んだ。

 

「おーい時雨ー。かくれんぼは俺の負けだから、出てきてくれないかー」

 

 金剛と一緒に通路を歩きながら両手を口元に当てた俺は、大きな声を張り上げて時雨を呼んだ。通路に俺の声が響き渡り、やがて聞こえなくなった瞬間だった。

 

「あれ、もう終わりなのかな?」

 

「ふえっ!?」

 

「うおっ!?」

 

 いきなり後ろから聞こえた声に、俺と金剛は驚いた声を上げながら慌てて振り向くと、きょとんとした表情を浮かべた時雨が通路の真ん中に立っていた。

 

 

 

「どうしたのかな、そんなに驚いた顔をして」

 

「あ、いや……いきなり声をかけられるとは思わなかったからさ……」

 

「び、びっくりしたデース……」

 

「別に脅かすつもりはなかったんだけどね」

 

 少し申し訳なさそうな表情を浮かべた時雨に、俺は気になったことを聞こうと口を開く。

 

「ところで、時雨はいったいどこに隠れてたんだ? 幼稚園の中にある部屋は一通り調べたし、通路にある隠れれそうなポイントもしっかり調べたから、見逃すことは無いと思ったんだけど……」

 

「えっとね……僕は、どこにも隠れてなかったよ」

 

「「えっ?」」

 

 時雨の言葉に驚いた俺と金剛の声が被り、ハモリのように二重奏を奏でた――というのは言い過ぎかもしれないけれど、それくらい同じタイミングで驚きの声を上げた。

 

「そ、それってどういうことデスか?」

 

「あ、あぁ、俺も気になるぞ……」

 

「別に、たいしたことじゃないんだ。鬼になって僕たちを探している先生の後ろを、見つからないように着いていっただけだよ?」

 

「いやいやいや、それって無茶苦茶難しくないか?」

 

「アリエマセーン! それは、米軍基地に忍び込む中国拳法家のやることデース!」

 

 いや、その例えもどうかと思うのだが、ここで突っ込みを入れると収拾がつかなくなったりして色々と面倒なことになりそうなので、金剛の言葉はスルーしておこうと思ったのだが、

 

「うん、その例えはレベルが違うね。あれはすぐ後ろにくっつくようにして同じ動きをしないといけないから、僕と先生の身長差なら間違いなく無理だと思うんだ」

 

 うん、その答え方もおかしいよ。

 

 つまり、身長が同じくらいだったら出来るって言ってるようなものだからさ。

 

 つーか、あれは人間業じゃないしね。

 

「まさか、時雨がそんな特技を持っているとは……驚きデース……」

 

 そして、時雨を過大評価する金剛。

 

 うん、そろそろ先生も収拾がつかなくなってきそうだよ?

 

「ま、まぁとりあえず――だ。これで全員揃ったわけだし、みんなが待っている部屋に戻るとしよう」

 

「そうだね。待っているみんなも暇を持て余してるかもしれないし……」

 

「それは大丈夫だと思いマース! なんだかんだで、先生がいなくても楽しくやって……ハッ!」

 

「あー、そうだよねー。俺なんかいなくてもみんな楽しくやってけるよねー」

 

 死んだ魚のような目をしながら、棒読みで答える俺の姿がここにあった。

 

 ひどいよ……金剛……(しくしく)

 

「いっ、今のはちょっと言い過ぎたデース! 先生がいないと、私たちとっても寂しいデース!」

 

「うん、それは僕もそう思うよ。だから、落ち込まなくても大丈夫だよ、先生」

 

 小さな2人の子に慰められる大人の図。

 

 それが、今の俺の姿だった。

 

「そっ、それに――もしダメだったとしても、私が養ってあげマース!」

 

「うん、金剛ちゃん。それは完全に追い打ちをしていると思うんだ」

 

「えっ、そうなのデスか?」

 

「ほら、先生の姿を見てみなよ……」

 

「ホワイ……ヒエーーッ!?」

 

 金剛の一言で轟沈した俺は、壁に向かって呟きながら床に指で落書きをするように、グリグリと動かしていた。

 

 まさに、落ちぶれたNTって感じである。

 

 あ、もちろん、ニュータイプとは読まないのであしからず。

 

「あー……金剛の驚く声って、妹っぽかったよねー」

 

「先生の突っ込みまでやる気が無くなってるね。どうやらしばらくは無理みたいだよ……」

 

「せ、先生を貶める気は全く無かったのデスが……」

 

「あははー、龍田は可愛いなぁー」

 

「しっ、しっかりするデス! 心にもないことを言ってはいけまセーン!」

 

 うん、何気に金剛もひどいよね――と思うけど、突っ込む気力すら沸いてこなかった俺は、人差し指と親指を同時に動かして、芋虫のように壁を這わしていく。

 

「げ、元気になってくだサーイ! センセーイッ!」

 

「とりあえず、先生をこのままの状態で引っ張るのは難しそうだから、背中を押していこうよ」

 

「そ、そうデスね……。テリャーッ、デース!」

 

 ぐいぐいと俺の背中を押す2人だが、動く気がない大人を簡単に押し進めれるほどの力は無かったようだった。

 

「うーん……や、やっぱり僕たちだけじゃ……きついかな……」

 

「お、応援を呼ぶデース!」

 

「そうだね。僕がみんなのところに行って、呼んでくるよ」

 

「お願いシマース!」

 

 金剛の声を聞いて頷いた時雨は、みんなが待つ部屋に向かって走り出した。

 

「先生っ! 正気になるデース!」

 

「うんー、そだねー。おっぱいだけが全てじゃないよねー」

 

「こ、これは重傷デースッ!」

 

 やっぱりそういう風に見られていたんだなぁと心の片隅で突っ込みながらも、精神が憔悴しきった俺は身動き出来ずに、ごろんと床に寝そべった。

 

「し、しっかりしてクダサーイッ!」

 

 金剛の叫ぶ声が幼稚園内に響き渡り、暫くすると遠くから足音が聞こえてきた。

 

 

 

 その後、時雨が呼んできた子どもたちに何度も励まされ、立ち直ることができたのは、それから30分くらいたった後だった。

 

 ちなみに、そのとき一番効いたのは、この言葉だった。

 

 

 

「あら~、先生ったら、愛宕先生から預かった懐中電灯で何をしてたのかしらね~?」

 

 

 

 なにを知ってるんだよ龍田あぁぁぁっ!

 

 と、大声で叫んだ俺は、逃げる龍田を追いかけながら幼稚園内を走り回った。

 

 

 

 べ、別に何もしてない……よ?

 




次回予告

 龍田を追いかけるので疲れ切った主人公。
そんなところに、時雨が思い出した事を聞かせてくれる。

 やっと出てきたコードE!
しかし、なんだか雰囲気が違わない……?
ちょっぴりシリアスな感じでお届けしますっ!

 艦娘幼稚園 ~かくれんぼ(コードE)大作戦!?~ その6

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その6「知らない人?」

 龍田を追いかけてへとへとになった主人公。
そんなところにやってきた時雨は、コードEについて思い出した事を語りだす。
次第に主人公は、悪い方へと考え出してしまって……


 やっと出てきたコードE!
 そして今回は何故かシリアスに!?
 たまにはこういうのもアリってことだっ!


 いつもよりも大勢の子どもたちとかくれんぼをしたこと以上に、金剛の言葉責め(本人にそんな気は全く無かったみたいだけど)と、龍田を追いかけるのに疲れきった俺は、部屋で休憩している子どもたちと一緒に床に座って身体を休めていた。

 

 愛宕が会議室の方へと向かってから不安な表情を浮かべていた子どもたちだったけれど、楽しく遊べばそんなことはすぐに忘れてしまうかのように、一様に表情は明るく元気になった。そんな子どもたちの様子を見て、俺は少しだけど愛宕や子どもたちの役に立てたのだと実感し、嬉しくなって無意識に笑顔を浮かべていた。

 

 ――のだけれど、金剛に言われてへこんでから、どうにも自信が持てないなぁ。

 

「先生、ちょっと言い忘れてたんだけど……今、いいかな?」

 

 座って休みながらそんなことを考えていた俺に、時雨は声をかけながら近づいてきた。周りを気にするように目を配らせながら、時雨はそれとなく俺のそばに座り、耳元で話し始める。

 

「さっきの話の続きなんだけれど、お姉さんや愛宕先生から言われてたことを思い出したんだよね」

 

「……それってもしかして、放送で言ってたコードEについてか?」

 

「うん、そうだよ。以前にも何度かあったという話はさっきしたけど、かくれんぼをしているときに、その時のことを少し思い返していたんだ」

 

「それっていったい……」

 

「コードEが終結した後に愛宕先生から言われたことなんだけど、もし、次に同じようなことがあった場合、これだけは気をつけるようにって」

 

「それは時雨にだけか?」

 

「どう――かな、僕以外にも聞いた子はいるかもしれないけれど、愛宕先生と話をしたときは僕一人だったと思うよ」

 

 子どもたちがいる前では話さず、2人きりのときに話したということは、愛宕にとっても時雨は信用がおける子なのだろう。俺も同じ考えだし、今までの会話や助言から、人並みはずれた知識と才能を持ち合わせているのは、文句のつけようがない事実である。

 

「……そうか。それで、言われたことって言うのは?」

 

「いつもと変わらないことだったから、あんまり気にしていなかったんだけど、愛宕先生は『絶対に知らない人を見かけたら話しかけずに、他の人に知らせるように』って、言ってたんだ」

 

「知らない人……だって!?」

 

「せ、先生、声が少し大きいよ。周りに聞こえちゃうからさ……」

 

「あ、あぁ、すまん……」

 

 慌てて周りを見回してみるが、どうやら気づいた子どもたちはいなかった。遊び疲れて座り込んだ子どもたちは友達と一緒に話し込んでいるようで、少々声を出しても気づかれることは無さそうである。

 

「しかし、知らない人って、この鎮守府内で――ってことだよな?」

 

「そうだね。外で知らない人について行かないようにってのは、幼稚園にいる誰もが聞いたことがある話だけど、わざわざ愛宕先生が改めて言ったんだから、先生の言うとおりだと思うよ」

 

「そ、それって……つまり、鎮守府内に侵入者がいたってことじゃないか……っ!」

 

 それがどれほど難しいことであるのかは、鎮守府で暮らしている俺にとってよく分かっている。正門には夜間であっても守衛が常時待機し、敷地を囲う壁には監視カメラとセンサーが張り巡らされ、乗り越えようとする者は容赦なく警報音と電気ショックをお見舞いされる。艦娘たちの装備や弾薬などがある施設なのだから、警備が頑丈なのは当たり前なのだ。もちろん、海側からの侵入もたやすいことではなく、海底から海面ギリギリまで張られた探知ネットをすり抜けて泳ぐことも難しいし、空からの侵入も夜間の見回り警備や、センサーをくぐり抜けるのは並大抵のレベルではない。

 

 まぁ、大怪盗辺りが本気になったら分からないけれど、そんな人物が、この鎮守府に用があるとも思えない。

 

「あくまで予想なんだけど、そうとしか考えられない状況ではあったんだよね。だけど、その騒動で誰かが捕まったっていう噂も聞いたことがないんだよね」

 

 時雨は少し曖昧な表情を浮かべたまま、腕組みをしながら悩んでいた。

 

 

 

 

 

「ちなみにもう一度聞くんだけど、愛宕先生からも、他のお姉さん――艦娘からも、コードEのことについては何一つ聞けなかったんだよな?」

 

「僕が聞いたのは、知らない人を見かけたらすぐに知らせるようにって言われただけだよ」

 

「そう――か」

 

 それほどまでに、子どもたちに隠さなければいけないコードEのこと。そして、知らない人を見かけたら、すぐに知らせるようにと言ったこと。そのどちらもが、あまりにも理不尽すぎて俺の頭を悩ませた。

 

「時雨、少し相談したいんだけど、良いか?」

 

「うん、大丈夫だよ、先生」

 

「それじゃあまず1つ目からだ。

 なぜ、幼稚園の子どもたちにコードEに関して何も知らせないのか。つまり、何かしらの理由があるということだよな?」

 

「そうだね。それは間違いないと思うよ」

 

「だけど、その理由が分からない。しかも、まだここにきて日は短いけれど、俺もコードEに関して何も聞かされていないんだ」

 

「うん。放送にもあったけど、集合をかけられたのはお姉さんたち――戦いに行ける艦娘だけだったよね」

 

「ああ、他の者は通常業務で、ターゲットを見つけた場合すぐに知らせるように――だった。つまり、ここまでのことから考えられるのは、"ターゲット=知らない人”じゃないのかなってことだ」

 

「なるほどね。それなら筋が通ってるね、先生」

 

 時雨は納得した表情で一度だけ頷く。

 

「それじゃあ2つ目だ。そのターゲットについて、見つけたら知らせるようにという部分が、あまりに変過ぎやしないか?」

 

「たしかに変だよね。知らない人が侵入してきたのなら誰かに知らせるよりも、まずは逃げるべきだよね」

 

「ああ、その通りだ。つまり、そのことから導かれる答えは……」

 

「直接的に、危険な人物ではない――ってことだよね、先生」

 

 今度は俺が時雨の言葉に頷く。

 

 しかし、そうは言ってみたものの、そんな人物が果たしているのかどうかは疑わしい。子どもたちが直接出会っても危険は無いけれど、鎮守府内には警報が流され、早急に見つないといけない人物像は、俺の頭では全くと言って良いほど想像できない。

 

「考えれば考えるほど……さっぱり分からないなぁ……」

 

 そして、もう一つの気になること。

 

 ここにきて日が浅いとは言え、なぜ俺にコードEのこともターゲットのことも知らされていなかったのか。思いつくことはあるのだけれど、それを口にすることは、正直ためらってしまう。

 

「先生、別に……気に病まなくても良いと思うよ。ただ単に、忘れていただけかもしれないからさ」

 

「……ああ、そうかもな」

 

 時雨の気遣いが嬉しくて、優しく頭を撫でてあげる。

 

 少し恥ずかしげにしていた時雨だったが、すぐに表情が軟らかくなって、気持ちよさそうに撫でられていた。

 

 金剛の言った言葉を思い出す。

 

 俺がいなくても、子どもたちは楽しくやっていける。

 

 俺がいなくても、幼稚園は普段通りにやっていける。

 

 だから、俺には何も知らされていなかったのだろうか。

 

 

 

 ……つまり、俺は必要とされていないのだろうか。

 

 

 

「いや、そんなことは無いはずだよな……」

 

 そう呟いて、時雨の顔を見る。

 

 嬉しそうに撫でられ、リラックスしているように見える。

 

 これが嘘なんてことは、信じたくない。

 

「先生……僕は、先生が必要だよ」

 

 そんな俺の考えを打ち破るように、時雨は小さい声で呟いた。

 

「時雨……?」

 

「悩んでる先生なんて、僕はあまり見たくない。だから、いつものように元気よく、笑っている先生が見たいな」

 

「ああ、ありがとな、時雨」

 

 俺の表情から考えを読みとり励ましてくれた時雨に、俺は小さく頭を下げた。そんな俺を見て時雨は頭を左右に振り、微笑を浮かべながら視線を合わす。

 

「ううん、お礼を言うのは僕の方なんだ。先生が幼稚園にきてから、金剛ちゃんも、潮ちゃんも、天龍ちゃんも、龍田ちゃんも、夕立ちゃんも、暁ちゃんも、響ちゃんも、雷ちゃんも、電ちゃんも、みんなみんな、元気いっぱいで楽しんでいるんだ。だから、僕も今の幼稚園がとっても、とっても好きで、楽しくて、嬉しくて、毎日がすごく、充実しているんだよ」

 

「し……ぐれ……」

 

 ぽたり……と、床に雫がこぼれる。

 

「だから、泣かないで元気よく笑っている先生の顔を見せて欲しいんだ」

 

 頬を伝う感覚が何度も感じ、熱く火照るように溢れだしていく。

 

「先生がいなくなったら、幼稚園のみんなだけじゃなくて、鎮守府にいるたくさんの人が悲しんでしまう。だから、そんな考えは絶対にしないで欲しいんだ」

 

 時雨の指が俺の頬に触れ、流れ落ちる雫をすくいとった。

 

「物事には理由がある。先生が今回のことを知らないのにも、何かしらの理由があると思う。だから、自分を攻めたりなんかしないで、今出来ることをすれば良いだけなんだ。もちろん、僕も出来る限り手伝うから、どんどん頼って欲しいんだよ」

 

「は……はは……っ! これじゃあ、どっちが先生だか、分からないよな」

 

 俺はそう言って、時雨の頭をぽんっと優しく叩いた。

 

「せ、先生?」

 

「そうだよ、まだまだ新人なのに何を悔やんでるんだって話だよ。ちょっと気になったからって、全部が全部悪い方向に進むんじゃない。マイナス思考――いや、ネガティブ思考なんかやってるから、ダメになっちゃうんだって」

 

「……うん、そうだよね」

 

「俺は、俺に出来ることをすればいいんだ。失敗したって、謝って、次に頑張ればいい。前向きに進むって、何度も何度も誓ったはずなのにな」

 

 頬を伝っていた雫を袖で拭い、ニッコリと笑って時雨を見る。つられるように時雨も笑顔を見せ、俺たちは同時に頷いた。

 

「それじゃあ、これから何をするかを考えよう。今、俺たちに出来ることは何がある?」

 

「僕たちへの指示は、通常業務――つまり、幼稚園で過ごすことだよね。だから、幼稚園から用事がない限り出るってことは、止めておいた方が良いと思うよ」

 

「そうだな。と言うことは、幼稚園の敷地内で知らない人を探す。これが、今俺たちが出来ることだよな」

 

「うん。そして、あくまで露骨になりすぎないようにするには……」

 

 

 

「もう一度……だな」

「もう一度……だね」

 

 

 

 お互いに頷き、満面の笑みを浮かべ合う。

 

 俺は、大きく息を吸い込んで、子どもたちに向けて口を開く。

 

 

 

「よし、それじゃあもう1回、かくれんぼをするぞーっ!」

 

 

 

 大きな声が部屋の中いっぱいに響き、それを上回る子どもたちの笑顔と歓声が上がった。

 




次回予告

 再度かくれんぼをすることになった幼稚園!
 しかし、今度は大きくルール変更。
 時雨と相談した内容で、『知らない人』を探し出す!


 艦娘幼稚園 ~かくれんぼ(コードE)大作戦!?~ その7

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その7「かくれおに」

 時雨と相談して、もう一度かくれんぼをすることにした主人公。
今度は知らない人を見つけ出そうと、ルールを変更を持ち出した。
やる気が出る子どもたち。はたして知らない人は見つけられるのか!?

 コードEへの大作戦が本格始動!
 はたして知らない人とは誰なのか!?
 どうなる艦娘幼稚園!


 

「よし、それじゃあちょっとだけルールの変更をするから、よく聞いてくれよー!」

 

 俺の周りに集まってきた子どもたちに、大きな声をかける。

 

「ルール変更デスか?」

 

「ああ、そうなんだ。さっきのかくれんぼで色々と問題点が見つかったから、より面白くしようと考えたんだぞ」

 

「へぇ~、いったいどんなのかしら~?」

 

 声に集まった子どもたちをぐるりと見回した俺は、続けて口を開く。

 

「まず隠れる場所だが、今までと同じ幼稚園の敷地内ならどこでもオッケーだ。ただし、今回はトイレの中も見て回るから、使用している場合のみ、鬼がきたと感じたら自己申告するよーにっ!」

 

「あら~、ついに先生が変態さんになっちゃたのかしら~」

 

「いやいや、そうじゃない――って、いったい俺をどういう風に見てるんだよ龍田は。次に言うつもりだったんだけど、トイレを探すのは俺じゃないぞ」

 

「あら~? それじゃあ、誰が探しにくるのかしら~」

 

「そこで、今回のルール変更についてだ。まず1つ目なんだけど、鬼が2人になりますー」

 

「えーっ!?」

 

「おっ、それは面白そうだなっ!」

 

「隠れるのむずかしいっぽい!?」

 

「誰が鬼になるのデスかっ!?」

 

 子どもたちが一斉に声を上げる中、俺は時雨の背中をポンと押し、少し前に立たせた。

 

「時雨は、さっきのかくれんぼで最後まで見つからずに隠れきったから、今度は鬼になってもらうことにしたんだ。俺一人だと、みんなを探し出すのに時間がかかりすぎたけど、今度はそうはいかないぞー」

 

「鬼として至らないところがあるかもしれないけど、全力でみんなを探すからね」

 

 時雨はそう言って、みんなり頭をぺこりと下げた。

 

「ワオッ! 時雨が鬼になるなら、本気で隠れないといけませんネー!」

 

「難易度が一気に上がったっぽい!」

 

「やーるー気ー、出たぜー!」

 

 俺が鬼の時って、そんなに手を抜かれてたの?

 

 もしそうなら、へこみまくっちゃうよ? 泣いちゃうよ?

 

「みんなが言ってるのは、先生が至らないとかそういうことじゃ……」

 

「ああ、わかってるよ、時雨。みんなの顔を見ていれば、それくらいのことは十分に理解できるさ」

 

 そう言って、俺は声を上げている子どもたちの顔を見渡す。みんなは一様に、俺に向かって笑顔を見せてくれている。一切の曇りもなく、純粋に楽しんでいるような満面な笑顔をキラキラと浮かべてくれている。

 

「そして2つ目のルール変更だが、実はみんなの知らない人が、かくれんぼに参加しているかもしれないんだけど、その人を見つけたらすぐに鬼に知らせるように!」

 

「知らない人……デスか?」

 

「ああ、そうだ。今までに会ったことがない人だから、すぐに分かるはずだ。見つけ次第大声を上げて俺や時雨に知らせてくれ」

 

「でもそれじゃあ、かくれんぼにならないっぽい?」

 

「その通りだよ夕立。そこで3つ目のルール変更なんだけど、今回のかくれんぼは見つかったら負けにはならなくて、鬼にタッチされたらアウト――つまり、鬼ごっことかくれんぼが合わさったゲームにしようと思うんだ」

 

「う~ん、なんだか分かりにくいデスねー」

 

「詳しいことは僕が今から説明するから、よく聞いてね」

 

 時雨がそう言うと、テンションが上がって立っていた子どもたちがその場に座り、大人しく聞き逃さないように耳を澄ませた。

 

 なんか、時雨って俺より先生っぽいよね……

 

 ちょっぴりへこみつつも、時雨は俺と打ち合わせした通りに、みんなに説明し始める。

 

 

 

●『知らない人』を子が見つけて、鬼(俺と時雨)に知らせれば子の勝ち。

 

●鬼がタッチした子は10分間この部屋で待機状態になり、子の全員が部屋に集まれば鬼の勝ち。ただし、タッチされた子は10分経てば復活できる。

 

 

 

 この内容を普通に考えれば、明らかに子が有利であるのは間違いない。1度タッチしたとしても、10分後に子は復活することが出来てしまうのだ。かくれんぼのルールですら、時雨以外を見つけだすのにかなりの時間を要した俺にとって、鬼が1人増えたとしても、今回のルールは無謀だといえる。

 

 しかし、鬼である俺と時雨は勝つことが目的ではなく、知らない人を見つけだすのが目的なのだ。知らない人を見つけだす合間に子どもたちを見つけてタッチしたとしても、10分経てば元通りになり、時間が許す限り捜索をすることが出来る。

 

 これで幼稚園の中を、ここにいる鬼と子の全員で探すことが出来る変則ルールになった。問題は『知らない人』が、この幼稚園の中にいるかどうかなのだが、

 

「このルールなら、楽勝デース! みんなで『知らない人』を見つけて、先生と時雨をギャフンと言わせてやるデスネー!」

 

「夕立も、頑張るっぽい!」

 

「わ、私も……頑張り……ます……」

 

「一人前のレディとして、ここは負けられないわねっ!」

 

「不死鳥の名は伊達じゃないよ……」

 

「みんなには、私がいるじゃない!」

 

「電の本気を見るのですっ!」

 

「俺に任せておけば大丈夫だ! 天龍、出撃するぜっ!」

 

 みんなは気合いを入れるように、声を張り上げながら立ち上がった。

 

「それじゃあ天龍ちゃんと雷ちゃんに、ぜ~んぶお任せしちゃうわね~」

 

 ――が、立ち上がった瞬間をピンポイントでに足払いをかけるように、龍田がからかいを見せる。

 

「いやいや、龍田もちょっとは探せよな!」

 

「べ、べべっ、別に、雷は1人でも大丈夫なんだからっ!」

 

「それは、頑張りすぎなのです……」

 

「え~、天龍ちゃんと雷ちゃんに任せておけば大丈夫なんでしょ~?」

 

「なんでだよっ!」

 

 ドッ! と、みんなが一様に笑い声をあげる。子どもたちは、いつでも元気いっぱいで、いつでも全力で、精一杯今を楽しんでいる。

 

 そんな子どもたちを騙すような形で『知らない人』を捜索させるのはいささか悪いようにも感じるが、背に腹は代えられないし、仮に全てを子どもたちに話したとしても、同じことをしてくれるだろうと思う。

 

 ならば、楽しみながら探す方が子どもたちにとっても良いだろうし、『知らない人』が幼稚園にいるかどうか分からない以上、子どもたちのやる気を保つべく、ここはこの手で行こうと俺と時雨は相談して決めたのだ。

 

「よしっ、それじゃあ今から30秒数えるから、その間に隠れてくれ。もちろん、隠れている間に『知らない人』を見つけたら、大声で叫んで知らせるんだぞー!」

 

 

 

「「「「「はーい!」」」」」

 

 

 

 子どもたちは大きな声で返事をして手をあげた。俺と時雨は互いに見合って頷き、壁に向かって目を閉じながら、大きく口を開く。

 

「「いーち……にーい……」」

 

「よしっ、行くぞてめーらっ!」

 

「隠れるっぽいーっ!」

 

「『知らない人』を見つけてやるデース!」

 

 2人で数えだした瞬間、子どもたちは声を上げながら一斉に走り出し、部屋の外へと出ていった。

 

「「じゅうなーな……じゅうはーち……」」

 

 俺と時雨の数える声が、部屋の中に響く。すでに子どもたちは幼稚園の中を動き回り、『知らない人』を探してくれているだろう。

 

「「にじゅーいち……にじゅーに……」」

 

 なら、俺たちもすぐに探し出すことを開始したいが、ルールを守るのも先生としての役目である。あくまで俺たちは通常業務を行い、子どもたちを元気いっぱいに育てることが最優先事項であり、目先にとらわれて本質を見失ってはいけないのだ。

 

「「にじゅーきゅう……さーんじゅう!」」

 

 数えきった俺と時雨は再び見合うと、大きく頷いて部屋の外へと駆けていく。

 

「よし、それじゃあ打ち合わせ通り、時雨は西側を頼むっ!」

 

「うん、任せてよ先生」

 

 扉を抜けた俺たちは、右手を出し合ってハイタッチ(実際には腰くらいの高さだけれど)をし、背中を向けると同時に全力で通路を走りだした。

 

 

 

 

 

 通路に張られた『廊下は走らない』という張り紙を見た瞬間、早歩きになったのは先生として間違ってないと思いたい。

 




次回予告

 ついに発見!?
 だがしかし、その風貌はあまりのも予想とは違っていた。
 しかも、すぐに見失うという大失態!?

 再び見つけたあの2人。
 今度は主人公が大ピンチに!?


 艦娘幼稚園 ~かくれんぼ(コードE)大作戦!?~ その8

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その8「2人は仲間にして欲しそうにこっちを見ている……?」

 やっと始まったコードEに対する大作戦。
しかし、時雨と主人公以外本質を知らず、かくれおにで遊ぶ子どもたち。
複雑の心中の主人公に、見知らぬ姿を発見するが……?

 そして出ましたあの2人。
今度はちょっとS気が!?
どうなる主人公! そしてどうなる艦娘幼稚園!


 幼稚園の東側を捜索していた俺は、通路を歩きながら『知らない人』について考えていた。

 

 愛宕が時雨に対してターゲットの名前を告げず、『知らない人』と言ったのには理由があるのではないだろうか。まず考えられるのは、時雨が体験したことのある2回のコードEが発令されたときのターゲットが、同じ人物でなかったということである。そうであれば、見たことのない人物であろう侵入者を『知らない人』と言うのが一番簡単であるし、なんら問題があるとは思えない。

 

 しかしこの考えが合っているのなら、1つ気になることがある。今回のコードE発令は時雨が知っているだけでも最低3回はあったことになるし、その都度、侵入者への対策を取って警備の見直しなどを行っているはずである。それをしていたのにも関わらず、毎回違う侵入者がそんなに簡単に、鎮守府に入り込むことが出来るのだろうか?

 

「余程の手慣れた人物が侵入してきた……しかも、毎回違う奴だなんて、非常に考えにくいよな……」

 

 某有名怪盗マンガの一味ならやってのけるかもしれないけれど、この鎮守府内にそいつらが目当てにするお宝なんて、あるとは思えない。

 

 考えが詰まってしまった俺は、ふと通路の先に視線を向けた。

 

「あれは……誰だ?」

 

 行き止まりのT字路の右側通路から、1人の子どもが左へと歩いていくのが見えた。全体的に白っぽいセーラー服で身を包み、大きな白い帽子に青色のリボンがワンポイントの可愛らしい子どもだったが、初めて見るその姿に、俺は戸惑いを隠せない。

 

「まさか……あの子が『知らない人』なのか?」

 

 そう呟いてみたものの、あんなに小さな子がコードEを発令しなければならない程の侵入者だとは思えない。だが、見たことが無い子がいる以上、先生としても見過ごす訳にいかないので、俺はその子に声をかけようと早足で追いかける。

 

「そこの君っ、ちょっと待ってほしいんだけど!」

 

 左側の通路に消えていく子に向かって、俺は大きな声をかけながら急いで角を曲がった。

 

「……えっ!?」

 

 俺の視界に入ったのは、まっすぐ続く明るい通路。

 

 しかし、そこに先ほど見た白いセーラー服の小さい子の姿は見えず、俺は何度も目を開け閉めして確認する。

 

 ――が、やっぱり子どもの姿はどこにも見当たらなかった。

 

「い、今、確かに子どもが……」

 

 角を曲がってすぐのところに隠れる場所は無いし、部屋に入る扉もまだ少し先にしか無い。

 

 つまりそれは、見間違いでなければありえないことが、目の前で起こったということになるのだが、さすがに白昼堂々の明るい通路で、距離もそんなに遠くなく、服装もはっきり見えた俺にとって、「やっぱり見間違えでした。ちょっとばかし、夢でも見てたんですよ」なんてことは口が裂けても言えないし、言いたくもない。

 

「一体どこに行ったんだ……?」

 

 誰に問いかけた訳でもない俺の呟きが、誰もいない通路に虚しく響き渡った。

 

 

 

 

 

 それから俺は白いセーラー服の子を探すべく、見失った通路の近くを重点的に探したのだが、見つけられたのは通路の先にあるリネン室にいた暁と響の2人だった。

 

「こんなに探しても見つからないなんておかしいわねー。『知らない人』は、いったいどこにいるのかしら?」

 

「さすがにこれは、難しいね……。ヒントがほとんどないから、しらみ潰しに探すしかないんだけど……」

 

 喋りながら部屋に積まれたシーツめくっている暁だが、さすがにその間に隠れるのは子どもの身体であっても難しいと思う。しかしまぁ、鬼としては子を見つけてしまった以上、見逃すわけにもいかないので、俺は声をかけて2人に鬼が来たぞと知らせることにした。

 

「おっ、暁に響じゃないか」

 

「っ!? 先に先生に見つかるなんてっ!」

 

「くっ……部屋の入り口に立たれた以上、響たちに逃げ場は無さそうだね……」

 

「一人前のレディなのにっ!」

 

 いや、それは関係ないと思うんだけど……と、言いそうになりながらも言葉を飲み込みつつ、俺は素早く2人に近づいて、頭を撫でるようにタッチをした。

 

「むーっ!」

 

「仕方ない……少し休憩をさせてもらうね」

 

 膨れる暁と残念そうな表情を浮かべた響はそう言いながら、リネン室から待機場所である遊技室へと足を向けようとする。

 

「あっ、ちょっと待ってくれるかな、暁、響」

 

「ん、何かな先生?」

 

「白いセーラー服を着た小さい子どもなんだけど、見てないか?」

 

 俺の声を聞いた2人は、聞き返しながら頭をひねった。

 

「響は見てないけど……暁はどうかな?」

 

「暁も見てないわ」

 

「そうか……ありがとな」

 

 2人に礼を言って部屋から出ようとすると、今度は響が俺を呼び止めた。

 

「先生、その小さい子どもって、もしかして『知らない人』なのかな?」

 

「そうなのっ!? なら、私が一番先に見つけるわっ!」

 

「いや、そうじゃないとは思うんだが……」

 

 俺は2人に先ほど見た白いセーラー服の小さい子どもについて、発見したときのことを説明した。

 

 

 

 

 

「なるほどね。それじゃあ、先生はその子と一度も話してないんだね?」

 

「ああ、こっちから声をかけたんだけど、返事どころか反応すらないまま、まっすぐ歩いていったんだ」

 

「それで、追いかけて角を曲がったら誰もいなかったなんて、そんなことってあるのかしら?」

 

 俺たち3人は「うーん……」と腕組みをしながら唸った。普通に考えれば、人が急に消えるなんてありえない。もし、今の状況でなければ見間違いだろうと済ましてしまうところなのだけれど、

 

「さすがに怪しいよね。先生も、そうは思わないかな?」

 

「ああ、確かに俺も初めはそう考えたけど、その子がコードEのターゲットにはどうしても思えないんだ……」

 

 そう言った瞬間、暁と響は顔を見合わせ「なぜ?」という様な表情を浮かべた。

 

「……先生、なんでここにコードEが出てくるのかしら?」

 

「え……あっ!」

 

 慌てた俺は両手で口を押さえるが時すでに遅し。暁と響の冷やかな鋭い眼が、俺の顔へと向けられていた。

 

「あ、いや……その……だな……」

 

「怪し過ぎるわ、先生っ! それに、ターゲットって言葉も気になりまくるわっ!」

 

「その通りだね。もしかして、かくれんぼのルール変更も関係してるんじゃないのかな?」

 

「うっ……そ、それは……」

 

 暁と響に詰め寄られて後ずさる俺の背に部屋の壁が当たり、逃げ場を失ってしまった。

 

「事と場合によっては、一人前のレディとしてお仕置きしちゃうんだからっ!」

 

「お仕置きか、良い響きだね……嫌いじゃない」

 

 響の瞳がキラーンと光り、ほんの少し口元がつり上がった。

 

 ぞくり……と俺の背筋に冷たい物が走り、身体中がガタガタと震えあがる。

 

「さあ、どうなの先生っ! 白状すれば許してあげなくもないのよっ!?」

 

「それとも、お仕置きが良いのかな?」

 

「うぅ……分かった……白状するよ……」

 

 俺はがっくりと肩を落として床に膝をつき、暁と響に、時雨と相談した内容を話し出した。

 

 

 

 

 

 今回のコードE発令は、『知らない人』が鎮守府内に侵入した事によって起きたのではないかと思った俺と時雨は、幼稚園の内部を捜索すべく、もう一度かくれんぼを開始したことを暁と響に説明する。

 

「ふむ、なるほどね。それでルール変更をした訳だね」

 

「ああ……黙っていて悪かったとは思ってるんだが……」

 

「ううん、先生の考えは分からなくもないさ。響が先生の立場なら、多分同じことをしていたと思うよ」

 

「そう言ってくれると助かるけど、一言謝らせてくれ。

 すまなかった、暁、響」

 

 俺は2人に向かって深々と頭を下げると、暁が大きなため息を吐いた後、ゆっくりと口を開いた。

 

「先生、ひとつだけ教えてくれるかしら?」

 

「な、何かな……暁?」

 

「なんで、私たちに頼ってくれなかったの? 時雨にだけ相談するなんて、私たちじゃ信用が無いって訳かしら?」

 

「いや、そうじゃないんだが……」

 

 言葉に詰まった俺は、ゆっくりと頭を上げて暁の顔を見た。真剣な眼差しで見つめ返す暁に、俺は唾を飲み込んで言葉を探す。

 

「暁、そうじゃないんだ」

 

 響は俺に助け船を出すように声を上げると、呆気にとられた表情を浮かべた暁が「えっ?」と声を上げて響の顔を見る。

 

「良く考えてみれば分かることだけど、先生がルール変更を行ったとき、部屋にはみんながいたよね」

 

「確か……響が言う通り、そうだったと思うわ」

 

「そこで、先生が暁の言うようにみんなに相談したらどうなると思うかな?」

 

「えっと……それは……」

 

 響の言葉に考え込んだ暁は、頭をひねりながら「うーん……」と呟いていた。

 

「予想になるけれど、たぶん一部の――天龍ちゃんとか、金剛ちゃんなら一緒に探すって言うと思うよ」

 

「暁も一人前のレディとして、捜索に加わるわっ!」

 

「もちろん響もやるさ。でも、『知らない人』と聞いて、怖がってしまう子もいると思わないかな?」

 

「っ! そ、それは……確かにそうね」

 

「怖がるだけならまだ良い方かもしれない。場合によっては、パニックになったりする可能性もあるんだよ」

 

「もしかして、先生はそれを予想して……っ!?」

 

 驚いた表情を浮かべながら、暁は俺の顔に視線を向ける。

 

 見事なまでに俺と時雨の考えを見透かした響に感心しつつ、俺はこくりと頷いた。

 

「そう……それなら仕方ないわね。特別に許してあげるわ」

 

 もう一度ため息を吐いた暁は、少し呆れたような笑みを浮かべながら、俺にそう言った。

 

「すまんな……暁」

 

「べ、別にこれ以上謝らなくっても……暁はへっちゃらだしっ」

 

「ああ、ありがとな」

 

 そう言って、俺は暁の頭を優しく撫でようとする。

 

「こっちこそ、色々と考えてくれてありがと……って、頭をなでなでしないでよっ!」

 

「はっはっはっ、これは俺の楽しみだから、止めることは出来ないなぁ~」

 

「なんでよっ! 一人前のレディを子ども扱いしないでよっ!」

 

「ふぅ……やれやれだね」

 

 ニヤニヤしながら頭を撫でようとする俺と、怒る暁を見ながら、響は微笑みながら呟いた。

 

 

 

 

 

「先生、響たちはどうしたら良いかな?」

 

 暁の頭を撫で終えた後、響は俺の顔を見上げながら問いかけてきた。ルール変更の意図を知った以上、素直に待機場所に戻るよりも、引き続き『知らない人』の捜索をしてもらった方が良いだろう。

 

「それじゃあ、響と暁も一緒に捜索してくれるかな。とは言っても、同じ場所を探すのはあまり効果が無いだろうから、別々に分かれて捜索をする方が良いと思うけど……」

 

「そうだね。その方が効率も良いし、先生の言う通りにするさ」

 

「じゃあ、俺は別の部屋を探しに行くから、響たちはこの近くを重点的に頼めるかな?」

 

「了解。響に任せていいよ」

 

「暁のことも忘れないでよねっ!」

 

「ああ、暁もよろしく頼むよ」

 

「当然よっ! 暁が一番ってことを思い知らせてあげるわっ!」

 

 両手を腰にあててふんぞり返る暁に、響は苦笑を浮かべながら「やれやれ……」と呟いた。

 

「よし、それじゃあ俺は行くから、頼んだぞ」

 

「了解」

 

「了解よっ」

 

 2人に手をあげた俺は、先にリネン室から出て、次の部屋へと向かった。

 




次回予告

 お約束の2人の子の日……じゃなくて出番だよっ!
今回と違って、間違いなく次回はあの2人!
いったいどんな方法で主人公を追い詰めるのか!
それは次回のお楽しみだっ!


 艦娘幼稚園 ~かくれんぼ(コードE)大作戦!?~ その9

 残り話数も少なくなってきました!
 全12話の予定でお送りいたします!

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その9「盗撮は犯罪です」

 暁と響の2人と別れた主人公は、別の場所を探してトイレにたどり着く。
そこにはお約束の2人の姿がっ、相変わらずのはっちゃけぶりでっ、
主人公を叩きのめすっ!?

 はたして主人公は無事なのかっ!
それとも大事に至るのか!?
今回の事が更なる悲劇を呼びまくる!?
いったいどうなる! 艦娘幼稚園!


 それからいくつもの部屋や通路の怪しいポイントを見て回ったけれど、白いセーラー服の小さな子を見つけることは出来なかった。『知らない人』に関しても同様で、探し出すことが出来たのはかくれんぼに参加していた子どもたちばかりであり、鬼の立場上見逃すことが難しい子だけ、タッチをして待機場所へ行くように促した。

 

「ふぅ……ここで俺が探す場所は最後だよな……」

 

 最後に着いた場所は、建物の東側にある通路の突き当たり。小さな部屋が2つ並んだこの場所は、見ればすぐに分かるトイレである。

 

「本来ならば、時雨に頼むべきなんだけど……」

 

 男子トイレの方は別に問題ない。もちろん先生であるからして、トイレにまだ行き辛い子のサポートとして入ることもあるのだが、一人きりで入るとなると、やはりゲームの一環だと分かっていても、どうにもやり難さを感じてしまう。

 

「時雨には西側を頼んであるんだから、さすがにここまで来てもらって頼むのもなんだしなぁ……」

 

 俺は己に喝を入れる為に両頬をパシンと叩いた後、恐る恐る女子トイレの入り口に足を踏み入れた。

 

 

 

 コツコツとタイルの床を踏みしめる足音がトイレに響く。手前にある洗面台の目隠しの裏を覗き込んでみるが、誰の姿も見えなかった。ならば次は個室をと、5つ並んでいる手前のドアからノックしていく。

 

 

 

 コンコン……

 

 

 

「誰かいないかー? もし、トイレを使用しているなら、返事をしてくれー」

 

 子どもたちにルール変更の際に言っておいた声かけをするが、トイレの中に響くだけで返事はない。それじゃあ遠慮なく――と、1つずつノックをしながらドアを開けていく。

 

 

 

 コンコン……ガチャッ……

 

 

 

「ふむ……誰もいないな……」

 

 手前から3つ目の個室をチェックし終えた俺は、「ふぅ……」とため息をつきながら足を止めた。少し額に汗がにじんできているのは、疲れからきているものなのか、それとも緊張しているからなのか。自分でもどちらか分からずに一息つきたくなり、もう一度ため息を吐いたときだった。

 

 

 

 キィィィィ……

 

 

 

「……ん?」

 

 一番奥にある個室のドアが、ほんの少しだけ開いた気がした。小さく軋む音もしたので、間違いはないと思うのだが……

 

「……窓は開いてないし、風も感じなかった……よな?」

 

 俺は誰に確認するためでもなく、独り言を呟いた。

 

 心臓の音が大きく聞こえる気がして、額の汗が頬を伝って落ちていく。

 

 つい先日の夜の見回りをした俺にとって、幽霊なんて見間違いや聞き違いだったのだと分かっているつもりなのだけれど、やっぱりその場の雰囲気に飲み込まれてしまうと、どうにもしがたいものがある。

 

「……も、もしかして……龍田辺りが、いたずらをしようとしてるんじゃ……?」

 

 馬の被りものをした龍田が急に現れるかもしれないと思った俺は、身構えながら開いたドアに手をかけて、ゆっくりと全開きにして中を覗き込んだ。

 

「……誰もいないな」

 

 個室の中はからっぽで、便器が中心にちょこんと置かれているだけだった。まぁ、トイレなのだからそれは当たり前のことなので、なんの問題もない。

 

「たまたま、小さい風とかで動いたのかな……」

 

 偶然だったのだろうと、大きくため息を吐いて緊張を解きほぐした俺は、くるりと入り口の方へ振り返った。

 

 

 

「ばぁっ」

 

 

「………………」

 

 

 

 目の前に、

 

 

 

 身体をカーテンで包み、

 

 

 

 顔が血みどろになった、

 

 

 

 龍田の顔が、

 

 

 

 俺と同じ目線の、

 

 

 

 高さにあった。

 

 

 

「……突っ込みどころ満載だな」

 

「あら~、驚かないの~?」

 

「いや、充分驚いたけど、何となく予想はついてたから、身構えてればなんとでもなるよ」

 

 そう答えたものの、実際のところは心臓はバクバクと高鳴りをあげ、武者ぶるいを抑えるのも必至だったりする。

 

「残念~」

 

 そんな俺の状況に気づかなかった龍田はそう言いながら、身を包んでいたカーテンを器用に脱いだ。するとその下の方では、龍田の身体を必死で肩車をしている天龍が、顔を真っ赤にしてプルプルと全身を震わせているのが見え、思わず笑ってしまいそうになった。

 

「ぷっ……あぁ、なるほど。だから背丈が高かったんだな」

 

「うぐ……ぐぐぐ……」

 

「しんどかったら、もう下ろして良いんだぞ? ドッキリは終わったし、そのままだと疲れるだろ」

 

「うーーがーーっ!」

 

 本日二度目の天龍シュワッチ。

 

 俺の言葉で吹っ切れたのか、天龍は龍田の身体を放り投げるように両手をあげた。ふわりと舞った龍田は器用に空中で1回転をし、そのまま着地すると思いきや、

 

 

 

ドゴッ!

 

 

 

「げふぅっ!?」

 

 鳩尾付近にローリングソバットを食らってしまい、思わず仰け反る俺。反動でさらに1回転をして綺麗に着地した龍田は、不満げな表情を一瞬浮かべた後、すぐにいつもの笑顔になりながら、

 

「天龍ちゃんをいじめちゃいけませんって、何度言ったら分かるのかしら~?」

 

「い、いや……別に……いじめてなんか……」

 

「せっかく天龍ちゃんが、ドッキリを仕掛けようって言ったから上手にやったのに、リアクションが薄い挙げ句に気遣ってあげちゃあ、可哀想すぎるでしょ~」

 

「そ、そこまで……理解するのは……無理だろ……」

 

 子どもに蹴られた腹部を押さえながら悶絶する大人の図。情けないかもしれないが、半端無く痛いんですけど……

 

 でもまぁ、金剛のバーニングミキサーよりかは、幾分かマシな気がする。

 

「あら~、1人前に口答えなの~?」

 

「いやいやいや、いくら何でも理不尽すぎやしないかっ!?」

 

「そんなの知りません~」

 

「酷っ!」

 

 そっぽを向く龍田に叫ぶ俺に、おずおずと近づいてきた天龍が口を開く。

 

「いや、あのさ……先生」

 

「ん、どうした天龍?」

 

 天龍の方へと振り返ると、少し申し訳なさそうな表情を浮かべていた。

 

「龍田の言ってること、ほとんど嘘だからな」

 

「……あ、やっぱり?」

 

「あら~、ダメじゃない天龍ちゃ~ん」

 

「っ! だ、だってよぉっ、先生を驚かそうって言いだしたのも、肩車をしろって言ったのも龍田じゃねえかっ!」

 

「もう~、そこまで言っちゃったらバレバレじゃない~」

 

 プンスカッ……と、頭の上に効果音がつきそうな感じで両手を腰に当てる龍田だけれど、相変わらず表情は笑ったままだ。

 

「先生を驚かせて気絶させたら、寝込みを襲……じゃなくて、天龍ちゃんの好きにさせてあげようと思ったのに~」

 

 

 

「「……はい?」」

 

 

 

 目が点になったまま、ハモって口を開く俺と天龍。

 

 もちろん俺は、寝込みを襲う……と言いかけた龍田に対する驚きだったのだが、それは天龍も同じだと思っていると、

 

「し、しまったっ! それなら確かに先生のほっぺにチュウを……って、なんでだよ龍田っ!」

 

「あら~、本音が出まくってるわよ~」

 

「べ、べべべっ、別に本音とかじゃねーしっ! の、ノリツッコミ的なアレだしっ!」

 

 再び目が点になる俺。

 

 このまま先生やってたら、貞操の危機に思えてくるんですけど。

 

「とっ、とにかく、俺は全然先生のことなんか何とも思って……」

 

 

 

「あら~、枕の下に先生の写真を挟んでるのに~?」

 

 

 

「げっふーーーーっ!」

 

「もう私ったら、妬けちゃって妬けちゃって~……ちょっと先生、弱弱→弱強とかしても良いかしら~?」

 

「いや待て死ぬから止めて」

 

 頭を思いっ切り左右に振りながら両手を突き出す俺。

 

 それ食らったら、間違いなくゲージもってかれるから止めて下さい。

 

 

 

 瞬獄、ダメ、絶対。

 

 

 

「え~、残念だわ~」

 

「いや、マジで止めてくれな」

 

「しょうがないわね~。まぁ、先生がいなくなっちゃったら、天龍ちゃんが悲しんじゃうから、仕方ないわね~」

 

 残念そうに龍田はそう言ったけれど、天龍が悲しまないのなら、いなくなっちゃうようなことを俺にするつもりだったのだろうか?

 

 ……まぁ、瞬獄殺の段階で、やっぱりそうなんだよなぁ。

 

「いやいや、そんな物騒なことを考えるんじゃない」

 

「そうかしら~?」

 

「消す気満々だったよね? 確実に殺られる寸前だったよね!?」

 

「気のせいじゃないかしら~?」

 

「そうだといいんだけどねーっ!」

 

 強めの眼力で龍田を睨んでみるが、「うふふ~」とか言いながら、巧い具合に逸らされてしまった。

 

 うーむ、さすがは龍田。手強すぎる。

 

「ところで、天龍は……」

 

 俺はそう言いながら、しばらく黙っていた天龍の方を振り向いた。しかし先ほどまで居た場所に天龍の姿が無かったので辺りを見回してみたところ、トイレの一番隅っこの方で屈み込んでいる影を見つけた俺は、ゆっくりと近づいてみた。

 

「うぐ……ひっく……」

 

 天龍は小刻みに身体を震わせて、何度も鼻をすすっている。

 

「あー、なんだ……。俺は気にしてないからさ、元気出せよ、天龍」

 

「もうダメだ……ダメなんだ……こんなんじゃ、先生に嫌われちまって……捨てられちゃうんだ……」

 

 俺の言葉が全く耳に届いていないのか、ぶつぶつと呟いていた天龍だが、その内容が何とも暗すぎる。

 

 って言うか、嫌いにもならないし、捨てる気もさらさらないんだけど、そもそもが天龍が俺の所有物ってわけでもないし、そういう関係でもないのだが。

 

 うーん、こんなのだから、この間の青葉みたいにハーレムを作ってるとか思われちゃうのかなぁ……。

 

 ちょっとは自重した方がいいのかもしれないのだけれど、俺からネタを振ってるわけでも、何かを起こしているわけでもないんだよなぁ……。

 

「天龍ちゃ~ん、先生が気にしてないって言ってるから~、正気に戻ってよ~」

 

 ゆさゆさと天龍の身体を揺さぶっていた龍田だが、全くと言っていいほど反応が返ってこないのに苛立ちを覚えたのか、少し不満げな表情を浮かべた後、何かを思いついたように天龍の耳元で囁き始めた。

 

「ごにょごにょ……ごにょ……っ」

 

「………………」

 

「だから……せん……の、……でしょ?」

 

「……っ!?」

 

「青葉……お姉ちゃん……頼めば……」

 

「た、確かに龍田の言うとおりだなっ!」

 

 ババッ! と、急に立ち上がった天龍が大きな声で叫ぶ。

 

「よし、分かったぜ! 早速、青葉のお姉ちゃんを探してくる!」

 

「……は?」

 

 いきなりの発言に、目が点になる俺。

 

「それじゃあな、龍田、先生! 後はよろしく頼んだぜ!」

 

「じゃあね~、天龍ちゃ~ん」

 

 手を振る龍田に笑顔を見せた天龍は、大きく拳をあげて一目散にトイレから出ていった。

 

「……いや、かくれんぼはどうするんだ?」

 

「この場合は~、行動不能(リタイヤ)ってことかしら~」

 

「……なぜに、スタンド使い風なんだ?」

 

「その場のノリって大事よね~」

 

「………………」

 

 呆れかえった俺は「はぁ……」とため息を吐いて、龍田の顔を見る。

 

「で、さっきは天龍に何を言ったんだ?」

 

「別にちょっとね~」

 

「む、その言い方は気になるな」

 

「しょうがないわね~、ちょっとだけよ~」

 

 全くエロく聞こえない龍田の声に、禿面の丸メガネな芸人を思いかけつつ耳を澄ます。

 

「この間、先生のストーカーをしていた青葉お姉ちゃんなら、いっぱい写真を持ってるんじゃないかって言ってあげたのよ~」

 

「……それって、俺の写真ってことか?」

 

「もちろんそうよ~」

 

 うーむ……さっきの龍田の言っていたことから、天龍が俺の写真を持っていたということは分かったのだが、それを俺に知られたときは恥ずかしがった割に、別の物をゲットすると公言していったことについては何も思わないのだろうか。

 

 まぁ、乙女的なアレかもしんないけど、俺にはちょっと分からない。

 

「それに~、四六時中先生を追っかけ回してたんだから~」

 

「……ん?」

 

「お風呂とか、寝姿なんかもあるかもしれないわよ~って、言ってあげたの~」

 

「……おい、それはマジか?」

 

「可能性があるってことだけどね~」

 

「不確定要素なら……まぁ、いいけどさ」

 

「1枚300円で出回ってるみたいだし~」

 

「おいこらちょっと待て」

 

「あら~、意外にお姉さん方に受けがいいのよ~」

 

「……マジ?」

 

 

 

「特に、マッチョにコラれた写真がね~」

 

 

 

「マジかーーーーっ!?」

 

「さすがは青葉のお姉ちゃんよね~」

 

「今すぐ見つけてここに連れてこいっ!」

 

「あら~、先生はちゃんとお仕事をしないとね~。通常業務を命ぜられてますよ~?」

 

「む、むぅ……」

 

 龍田の言う通りなだけに具の音も言えない俺は、がっくりと肩を落として仕方なく頷いた。

 

「それじゃあ、私は部屋に戻って10分待機してるわね~」

 

「あー、うん……分かったよ……」

 

「じゃあね~、せーんせっ」

 

 そう言って、龍田はトイレから出ていった。

 

「はぁ……」

 

 もう一度大きなため息を吐いた俺は、自分のやるべきことを思いだし、頬を叩いて気合いを入れる。

 

「早いところ、あの子を見つけないとな!」

 

 白いセーラー服の小さな子。あの子が『知らない人』だとは思えないが、気になるのは確かなのだ。響が言う通り怪しいことには違いないので、探し出すべきだろう。

 

 

 

「……あれ?」

 

 

 

 そこでふと、さっきのは変じゃないかなと思い、俺は声を上げた。

 

「俺ってさっき、龍田にタッチは……したっけな……?」

 

 龍田からは攻撃を食らったけれど、こちらから触れた記憶は全くない。ついでに言うと、天龍の方にもだ。

 

「……まぁ、仮に待機してなくても、捜索をしてくれていたら目的通りだし……いいだろう」

 

 さすが龍田は抜け目ないというか、俺が間抜けであるというか、どちらにしても笑い話になりそうな、そんな出来事だった。

 

 まぁ、俺は全然笑えないんだけどね。

 

 特に、青葉の写真のことについては、近々問いつめるとしよう。

 

 ……あと、出来る限りのコラ写真の回収もね。

 

 

 

 ………………

 …………

 ……

 

 

 

 しくしくしく……

 




次回予告

 一通り捜し終えた主人公は、時雨と合流するために集合地点へと戻っていく。
時雨との会話が遮られ、子どもたちが一斉に集まりだす。
はたして知らない人はどこなのか?
その姿が……ついに晒されるっ!?


 艦娘幼稚園 ~かくれんぼ(コードE)大作戦!?~ その10

 ついに出てくる……ヤツが……来るっ!


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その10「大集合! そして……」

 自分が担当する範囲を探し終えた主人公は一旦集合場所の部屋へと戻る。
そこで合流した時雨との会話途中に大事な場面で集まる子どもたち。
はたして時雨は何を言おうとしたのか、
そして、なぜ子どもたちは集まったのか、

 残りはもう少し!
コードEはどうなるのかっ!
艦娘幼稚園はどうなるのかっ!

 その全ては……ヤツが握っている……



 

 俺が捜索を担当した幼稚園の東側は、色々とトラブルもあったけれどすべて終了した。ひとまず時雨と合流して情報交換をしようと、開始場所である遊技室へと戻ってきた俺は、扉を開けて部屋の中に入ると、タッチをした子も含めた数人の子どもたちがいて、お喋りを楽しんでいた。

 

「んーっと……時雨はまだ戻ってないみたいだな」

 

 部屋全体を見回してみたけれど、子どもたちの中に時雨の姿は見えなかった。まだ幼稚園の中を探しているのか、それとも一度戻ってきて、俺の姿が無いことを確認してから再度捜索に行ったのかもしれない。

 

 それならばと、俺は近くにいた子どもの1人に声をかけ、時雨を見なかったかと訪ねてみた。

 

「時雨ちゃんにタッチされて戻ってきたけど、それから1度も見てないよ?」

 

「そっか、ありがとな」

 

「ううん、先生もがんばってねー」

 

「おう、サンキューな」

 

 励ましてくれた子の頭を軽く撫でてお返しをしていると、部屋の入り口にある扉からガチャリ……と開く音が聞こえた。

 

「あっ、先生……戻ってたんだね」

 

「今さっき戻ったばっかなんだけどな。ひとまずはお疲れさん、時雨」

 

「うん、先生もお疲れさま。……で、どうだったかな?」

 

 時雨は少し表情を曇らせながら、俺に問いかけた。

 

「いや、残念ながら成果は無しなんだけれど、ちょっと気になる子どもを見かけたんだ」

 

「気になる――子ども?」

 

「ああ、白いセーラー服を着た小さい子どもだったんだけど、声をかけても反応無くってさ……追いかけたんだけど、すぐに見失っちゃってな」

 

「そ、それって……」

 

 驚いた表情へと変化させた時雨は、慌てふためきながら俺の近くに駆け寄ってきた。

 

「もしかして、その小さな子は跡形もなく消えたとか……そんな感じなのかな?」

 

「あ、ああ……時雨の言うとおりだけど……」

 

 身体が密着するくらい詰め寄ってきたので、少し後ずさってしまった俺だが、時雨は気にすることなく、まくし立てるように口を開いた。

 

「その子の手に、白いね……」

 

「あっ、先生発見っぽいーっ!」

 

「ほんとだ……ここにいたみたい……」

 

「鬼同士で集まってるなんテ、どういうことデスカー?」

 

 扉が開かれると同時にバタバタと子ども達が入ってきてしまい、時雨の声がかき消されてしまった。

 

「夕立に潮に金剛……って、更に後ろにも何人かいるみたいだな」

 

「暁の出番がきたようね!」

 

「別に、呼ばれたわけじゃないと思うけど……」

 

「じゃじゃーん、雷も帰投したわー」

 

「電も帰ってきたのです」

 

 一斉に扉から部屋に戻ってきた子ども達が口々に声を上げ、俺の方へと近づいてきた。

 

「あー、うん。お帰りみんな」

 

「はーい」と手をあげて挨拶を返す子ども達だが、なぜここに戻ってきたのだろうと不思議に思えて仕方がない。まさか時雨が戻ってきた全員にタッチしたのかと聞こうと思ったが、顔を向けた瞬間に首を横に振っていたので、どうやら違うようだ。

 

「……で、なんでみんなはここに戻ってきたんだ?」

 

「簡単デース。私たちはみんなで協力して幼稚園の中を調べてきたのデスヨー」

 

「え……っ!?」

 

「先生ったら、水くさいっぽいー」

 

「もっと、私たちにも……頼ってください……」

 

「も、もしかして……暁っ!?」

 

 金剛たちの言葉から察した俺は、すぐに暁へと視線を向ける。すると、待っていましたと言わんばかりに胸を突きだしながら両手を腰に当てた暁が、自慢げに口を開く。

 

「そうよっ、暁がみんなに教えてあげたの!」

 

「響は何度も反対したんだけどね……でもまぁ、結果オーライだから良いんじゃないかな?」

 

「ふぅ……」とため息を吐いた響だが、心なしか薄く笑顔を浮かべていた。

 

 子ども達を見回してみると、みんな一様に笑顔を浮かべて俺を見つめている。

 

「じゃ、じゃあ……お前たちは全部知ってて……?」

 

「暁から聞いた話だけデスけどネー。どうせなら人手はたくさんあった方が、ベリーグッドデスヨー!」

 

「そ、そりゃあ、そうだけど……俺と時雨が心配したのは何だったんだ……」

 

 がっくりと肩を落としかけた俺を見た潮は、とてとてと小走りで近づき、上目づかいで見上げながら口を開く。

 

「う、潮も……知らない人は怖いけど……がんばって探しました……」

 

「潮……」

 

「夕立もいっぱい探したっぽいー」

 

「っぽいって言われると、どうにも信用できないんだけど……」

 

「大丈夫っぽい!」

 

「そ、そうか、すまんすまん……」

 

 ドッ! と声があがり、子ども達はお腹を押さえながら笑っていた。俺と時雨が危惧していたことは起こらずに済み、それどころか、みんなが率先して手伝っていてくれたようだ。

 

「……それで、みんなは何か見つけられたのかな?」

 

 そんな中、1人だけ笑顔を浮かべなかった時雨が、ぼそりとみんなに聞こえる声で呟いた。それを聞いた子ども達の笑い声と笑顔が急に収まり、しんと静まり返ってしまった。

 

「手分けして探したですけど、何も見つからなかったのです……」

 

「電だけが悪いんじゃないわ。雷だっていっぱい探したけど、なにひとつ見つからなかったもの」

 

「そうだね。響も何も見つけられなかったさ……」

 

「もちろん、暁も全然だったわ!」

 

 自慢げにそう言った暁だが、額には一筋の汗が流れ落ちている。姉妹たちの手前、こういった態度を取らなければいけないと思っているのだろうけれど、肝心の姉妹たちにはすでに分かっているようで、

 

「そうなのです。暁ちゃんは一番ダメだったのです」

 

「そうだね。暁が一番ダメだったね」

 

「暁はお姉ちゃんなのに、一番ダメだったわね」

 

 口々に、暁にダメ出ししていた。

 

 もちろん笑いながら。

 

「な、なななっ、なんでそんなに暁だけ攻めるのよっ!?」

 

「だって、お姉ちゃんなのです」

 

「そうだね。お姉ちゃんだもんね」

 

「お姉ちゃんだから、あたりまえよね」

 

「むきーっ! べ、別にいいわよっ。失敗したって、暁が一番なんだからっ!」

 

「冗談なのです」

 

「冗談だよ」

 

「冗談よね」

 

 顔を真っ赤にして怒っている暁に、3人は笑いながら頭を撫でようとする。

 

「だっ、だから、暁はお姉ちゃんなんだから……っ! なでなでしないでよっ!」

 

 撫でようと近づいてくる手を振り払って暁は逃げようとするのだが、ニヤニヤと笑みを浮かべた3人が追いかけまわすようにぐるぐると部屋を走り回っていた。

 

「おいおい……話がそれまくってるんだけど……」

 

 ため息を吐いた俺は、他の子どもたちにも話を聞こうと視線を移す。時雨の言葉にまだ答えていないのは金剛だが、その顔は暗く、浮かない表情をしていた。

 

「残念ながラ、私も見つけられてまセーン……」

 

「そっか……いや、ありがとな、金剛」

 

「いえ……力になれなくテ、申し訳ないデース……」

 

 落ち込む金剛と同じように、俯いた潮や夕立の頭に手を伸ばし、優しく撫でて慰めてあげた。

 

 しかし、これだけの人数で探したのにもかかわらず、『知らない人』は見つけられなかった。

 

 つまりこれは、この幼稚園の中に存在しないからであるのではないかと思っていたのだけれど、

 

「……そう言えば、時雨がさっき言いかけていたのは何だったんだ?」

 

 ふと、夕立、潮、金剛が入ってきた時の会話を思い出し、時雨に問いかける。すると、時雨は再び表情を曇らせて、俺の顔を見上げた。

 

「うん……先生が見たって言う、白いセーラー服を着た小さい子どもの事なんだけど……」

 

「ああ、確かそんな話だったよな」

 

「その子の手にさ、白い……猫が……」

 

 

 

「見つからないんだよ」

 

 

 

「「えっ!?」」

 

 すぐ後ろから聞こえた声に驚いた俺と時雨は振り向くと、そこには通路で見た白いセーラー服の小さい子が、俺を見上げながら微笑を浮かべて立っていた。

 




次回予告

 急に声をかけてきたのはやっぱりあの子!?
 新たに放送が流れて、子どもたちは脅えだす。
 この惨劇を止めるには、あるアイテムが必要だ!


 艦娘幼稚園 ~かくれんぼ(コードE)大作戦!?~ その11

 以上、熊野がお送りいたしましたですわっ!


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その11「妖怪猫吊るし」

 急に声をかけてきたのはやっぱりあの子!
そう……提督ならおなじみの妖怪猫吊るし!
しかしその手にはいつものアレが無い。
なぜコードEの発令があったのか。
そしてまたもや鳴り響く放送の声。

 恐ろしきヤツに立ち向かうためにはどうすれば良いのか!?
頑張れ主人公! 頑張れ艦娘幼稚園!


 

「き、君は通路にいた……」

 

「ああ、そうだね。声をかけてくれたのは分かってたんだけど、少し忙しかったから無視させてもらったのさ」

 

 堂々と『無視』と言われた俺だったが、返す言葉も無いどころか、腹が立つことさえ思いつかないほど、目の前の少女の言葉の圧力に飲み込まれていた。外見に似つかわしい可愛い声なのに、口調は正反対と言って良いほど大人びて、威圧感を感じてしまう感じに俺は思わず数歩後ずさってしまっていた。

 

「やっぱり……やっぱりそうだったんだね……」

 

「……し、時雨?」

 

 小さく呟く時雨の声に、俺は振り向いて顔を見る。その表情は辛く険しく、額には汗がにじみ出していた。

 

「先生、この子は……見た目で判断して良いような子じゃないんだ……」

 

「凄い言われ様だね。まぁ、そう思われても、そう言われても、私が行っていることを考えれば仕方ないのかもしれないけどね。でも、私だって好き好んでやっている訳ではないんだよ。もちろん悪いとは思っているけれど、謝って許してもらおうとは思っていない。だけど……」

 

 目の前の小さな子が、口早に喋っていた時だった。

 

 急に、部屋に取りつけられているスピーカーから「キーン!」と甲高い音が鳴り響き、子どもたちが一斉に耳を押さえて表情を曇らせた。

 

 

 

 ガガッ……キーーーーン……ガッ……ガガガガッ……

 

 

 

 マイクがノイズを拾い、不快な音が何度も聞こえてくる。

 

 これがパニック映画や漫画なら、悲鳴が上がり、辺りにゾンビが溢れかえるようなシーンになるかもしれないが、そんな現実はご免被りたい。

 

「あー……あーあー……マイクテス、マイクテスですわ」

 

 聞き覚えの無い女性の声がスピーカーから聞こえ、不快なノイズが消え去った。耳を塞いでいた子どもたちは耳から手を離し、どんな言葉が発せられるのかと、耳を済ませてスピーカーの方を見た。

 

「緊急連絡、緊急連絡です。秘書艦の高雄に代わりまして、私、熊野がお伝えしますわ。鎮守府内にいる全員は、ただちに白い猫を探してください。発見した場合、至急大会議室に連れてくるように。繰り返します。至急全員で白い猫を探し出して大会議室まで連れてくるのですわっ!」

 

 熊野と名乗った女性の声が、部屋中に響き渡っていた。多分、この放送は鎮守府内の至る所に流れているのだろう。

 

 そしてその中で、もっとも重要視される『白い猫』という言葉に、俺は額から汗を流しながら時雨と小さな子の顔を見た。

 

「ご想像通り。あなたと、そして君が今思っている通りの事だよ」

 

「あ、いや……すまない。俺はまだハッキリと分かっているとは……」

 

「おや、あなたは頭が賢くないのかな? それとも、能ある鷹は爪を隠す的なアレなのかな? それともアレかい、ガ●ダムハンマーって訳かい?」

 

「いやもう何言ってるかさっぱり」

 

 所詮ロボットアニメ……なんて言う訳無いです。

 

 どっちも名作だと思ってるし。

 

「そうだね、それじゃあ順を追って説明してあげよう。そうすれば、ノールスだろうが、干からびて音が鳴っていようが、理解できない年齢でもあるまいし」

 

 もはや例えが全然分からないのだけれど、突っ込みを入れるのも後々怖いので、俺は素直に頷いた。

 

「うむ、素直は良いことだよ。話を聞かない人は酷く嫌いでね。――さて、どこから話していいかな」

 

 そう言って、小さい子は顎に手を当てて「うーん……」と考え込んだ。

 

 その間、じっとしているのも何なので、子どもたちの様子を窺おうと辺りを見回してみると、夕立が何かに気づいたかのようにきょろきょろと顔を動かし、暫くして金剛と会話を始める。

 

「ねぇ、金剛ちゃん」

 

「ハイ、なんデスカ?」

 

「先生と時雨ちゃん、どこいったっぽい?」

 

「アレレ? 本当デスネー。さっきまでその辺にいたと思ったデスけど……」

 

「急に消えちゃったっぽい」

 

「フムー、この一大事に、どこをほっつき歩いているのでショウ」

 

 やれやれ……と、両手を上に向けてお手上げのポーズを取った金剛だが、その言葉には非常に引っかかるモノがある。いや、モノと言うか、今この時点で金剛に呼びかけている声が、まったく伝わっていないのだ。

 

「金剛! 夕立! 俺はここにいるぞっ!」

 

「……無駄だよ、先生。多分ここは、みんながいるトコロじゃないんだ……」

 

「……は? な、何を言ってるんだよ時雨。目の前に、みんながいるじゃないかっ!」

 

「空間を捻じ曲げてるとか、そんな感じじゃないかな……。僕も初めて体験したけど、未だに信じられないよ……だけど」

 

 そう言って、時雨は小さな子の顔を見た。先ほどと同じように唸り声を上げながら考え込んでいるようで、俺たちには全く見向きもしないといった感じだった。

 

「この子なら、それが出来ると思う。現に、先生の前でも消えたんだよね?」

 

「い、いや……実際には通路の曲がった先で見失ったのだから、目の前で消えたのを見た訳じゃないけど……」

 

「それでも、普通じゃ考えられない状況だったんだよね?」

 

「そ、それは……」

 

 確かに時雨の言う通り、あの場所で俺の視界から離れた時間はほんの数秒だったから、普通であれば考えられない事が起こったと言わざるを得ない。だけど、時雨が言っていることは、漫画やアニメの中でしかありえないレベルの話であり、素直に信じるにはまだ早いのではないかと思えてしまうのが、普通なのではないだろうか。

 

「うん、よし。大体はまとまったかな」

 

 そう言った小さい子は顎にあてていた手を離し、胸の前でパンッ! と両手で音を鳴らすと、急に耳に違和感を感じた。

 

「うっ!?」

 

 慌てて両方の耳を手で塞ぐ。時雨も同じようにして、苦悶の表情を浮かべていた。

 

「あれっ、先生いたっぽい!」

 

「本当デース! 今までどこにいたのデスカー?」

 

「えっ、い、いや……俺はずっとここに……」

 

 そう言いかけた途端、時雨が俺の服の裾を掴み、ぐいぐいと引っ張った。

 

「先生、説明しても難しいと思うから、今は……」

 

「あ、あぁ……そうか」

 

 俺は小さく時雨に頷いて、夕立と金剛の顔を見る。

 

「すまんすまん、ちょっとトイレに行ってたんだよ。急にお腹の調子が悪くってな」

 

「大丈夫っぽい?」

 

「ああ、心配かけてすまなかった」

 

 そう言って頭を撫でてあげると、2人は納得した表情を浮かべてこくりと頷いた。

 

「これで、半分は理解したかな?」

 

 小さい子が俺に問う。順序も何もあったものじゃないけれど、俺は頷くしか出来なかった。

 

「うん、それでいいよ。それじゃあ、あとは今の現状だけど――それは、今さっき流れた放送の通りなんだ」

 

「放送って……それは時雨も言ってた白い猫のことだよな?」

 

「……やっぱり、そうだったんだね」

 

「そこの君は気づいていたみたいだけど、ご察知の通り、私は白い猫を探しているのだよ」

 

「し、しかし、それがなぜ――鎮守府内にコードEってやつが発令されるような事態になるんだっ!?」

 

「それにしてもあなたは察しが悪いね。それも若さゆえの過ちと言うヤツかな」

 

 坊やだからさ――なんて言った覚えは無いのだけれど。

 

「まぁいいさ、説明してあげるよ。私が探している猫は、エラーを起こす猫でね。ヤツがここ数時間、この鎮守府近辺で悪さをしているのに気づいた私が、捕まえようとやってきたという訳なのさ」

 

「え、エラーを起こす――猫っ!?」

 

「そう――その猫は近くにある様々な電子機器に問題を起こし、空間のひずみを発生させる特殊な猫。数多の提督を混乱と悲鳴の渦に陥れた、憎きヤツなのだよ」

 

「そ、そんな猫が……この鎮守府に……っ!?」

 

「そして、今もほら――」

 

 小さな子はそう言って、スピーカーの方にくいっと首を傾けた。

 

 

 

 ガガッ……ギッ……ガガーーッ!

 

 

 

「げ、元帥っ、お待ちになって! 放送は私、熊野が……きゃあっ!」

 

 ガタン、バタンと大きな音が鳴り、続けて聞き覚えのある男性の声がスピーカーから流れてきた。

 

「は、早くっ! 今すぐに猫を……白い猫を持ってきてくれ! 誰でもいいっ、頼むっ、頼むから――ひっ!? く、来るなっ、出てくるなぁーーっ!」

 

「だ、誰か元帥を早くタンカにっ!」

 

「ぎゃあああっ! また出たっ、もういい加減にしてくれぇっ!」

 

「こっ、こっちもタンカをお願いっ!」

 

「ダメよ、タンカはもう無いのっ!」

 

「ひいぃぃっ! やめろっ、やめろおぉぉぉぉっ!」

 

 

 

 ブツンッ……ガッ……ガガガッ……

 

 

 

「………………」

 

 俺の喉が無意識に唾を飲み込み、ごくりと音が大きく聞こえた。部屋の中には物音1つすることなく、恐怖に顔を染めた子どもたちがガタガタと身体を震わせながら、スピーカーをじっと見つめ続けていた。

 

「こういうことだよ。さすがにあなたの頭でも、大体のことは理解できたんじゃないかな?」

 

「こんな……こんなことが……」

 

 俺は茫然と呟きながら隣にいる時雨を見ると、周りの子供たちと同じように身体を震わせていた。いくら頭が良く頼りになる子どもであっても、時雨は年相応の少女とほとんど変わらない。俺は安心させようと、時雨の身体を包み込むように抱き締めて、「大丈夫……大丈夫だよ、時雨……」と耳元で呟いた。

 

「せ、先生……うん……ありがとう……」

 

「へぇ……」

 

 小さな子はそんな俺たちの姿を見て小さく呟き、ため息を吐いた。

 

「どうすれば……どうすれば、この惨劇を終わらせることが出来るんだ」

 

「それはさっきも言ったけど、白い猫を捕まえて私の元に渡せばいいんだ。それでいつもの鎮守府に戻るよ」

 

「なら……その白い猫はどこに……」

 

「それが分からないから困っているんだ。まぁ、大体の位置は分かっているんだけれど……」

 

「なら、すぐにその場所を……っ!」

 

「話は最後まで聞いてくれないかな?」

 

 凄みを利かせた言葉が、俺に突きつけられる。だけど、腕の中で震える時雨や、周りでガタガタと震えている子どもたちの為にも、ここで引く訳にはいかない。

 

「早く、猫がいそうな場所を教えてくれっ!」

 

「へぇ……そんな顔が出来るんだね。まぁいい、ここはあなたに免じて教えてあげるよ」

 

 そう言って、小さい子は精神を集中させるように眼をつむり、両手をゆっくりと開いた。

 

「ふむ……結構近くにいるみたいだね。さっきから私がこの建物の中を探していたのだから、もう遠くに行ったと思っていたのだけれど……」

 

「正確に、どこの辺りだっ!?」

 

「ん――これは、右の方――?」

 

「右っ!?」

 

 すぐさま言われた方へと振り向いた俺は、視線のある先にあるモノを見つめる。そこにあるのは、この部屋を出入りする為の、1枚の扉がある。

 

「あの扉の向こうだなっ! 時雨、悪いが少しだけ我慢していて……」

 

「いや、もうこのまま待てば良いよ」

 

「……えっ!?」

 

 

 

 ガチャリ

 

 

 

 俺の上げた声と同時に開かれた扉から、1人の子どもの姿が見えた。

 

「あら~、みんなどうしたの~?」

 

 やっぱりと言うか、なんと言うか、オチもしっかり龍田の出番だった。

 




次回予告

 妖怪猫吊るしの言葉によって入ってきた龍田。
 その手には、誰もが待ち望んだアレが抱えられていた!


 艦娘幼稚園 ~かくれんぼ(コードE)大作戦!?~ その12

 今章は次回で終わりっ!
 もおぉぉぉにんぐぅぅぅすたああああああああっ!


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その12「終結……そして始まりへ」

 部屋に入ってきた龍田の手には、鎮守府の誰もが探している白い猫が抱えられていた。
妖怪猫吊るしの要望通り、猫を渡してコードEを終結させる。
そう……全ては終わったと思われて……いた。

 主人公のとある点を除いては。


 部屋に入ってきた龍田の両手には、この鎮守府の誰もが探していると思われる『白い猫』がしっかりと抱かれていた。

 

「先生ったらどうしたの~? そんなに見つめられたら、私、恥ずかしくなっちゃうわ~」

 

 まったくそんな素振りも見せないまま龍田は俺の前へと近づき、「はい」と言って両手で抱えている猫を渡してくれた。

 

「この白い猫を探しているんでしょ~? さっきの放送でも引っ切りなしに言ってたから、急いで持ってきたのよ~」

 

 見ると、龍田の額には大粒の汗がたくさん浮かんでいた。もしかすると、天龍と組んで俺にドッキリをした後、何かに感づいて探してくれてたのかもしれない。

 

「すまん……助かったよ龍田」

 

「いえいえ~、どういたしまして~」

 

 汗をかいたまま、にっこりと笑みを浮かべる龍田の頭を優しく撫で、俺は猫の首元をしっかりと掴んだまま、小さい子の前に立った。

 

「この猫で――間違いないよな?」

 

「うん、問題無いよ。これで、エラーは全て収まるはずさ」

 

「じゃあ、出来るだけ早くお願いする」

 

「ふぅ……仕方ない。それじゃあ、やるとしましょうかね――っと!」

 

 

 

 パチンッ!

 

 

 

 両手を叩いた小さい子は、俺の手から猫の尻尾を左手で無造作に掴み、頭の上でそのままぐるぐると振り回した。

 

「ちょっ、おいおいっ!?」

 

「ん、これくらいじゃ甘いって?」

 

「いやいやいやっ! そんなことは一言も言ってない!」

 

「それじゃあ、黙って見ていればいいさ。――まぁ、もうすぐ終わるけどね」

 

 そう言って、小さい子は頭の上で振りまわしている猫を背中の方へと振り、遠心力を利用してボールを投げるように振りかぶった。

 

「じゃあ、トップ画面に戻れ――ってね」

 

「はあっ?」

 

 意味が分からず素っ頓狂な声を上げた途端、急に目の前が真っ白になるほどの光が視界を覆い、続けて子どもたちの悲鳴があがる。

 

「うわっ!?」

 

「それじゃあ、もう2度と合わない事を祈る――のかな? まぁ、私はどちらでも良いんだけどね」

 

 最後に聞こえた小さい子の言葉が終わった瞬間、光は目の前から消え、元の部屋が俺の眼に映り込んだ。

 

 

 

 いつもと変わらない、平穏な幼稚園の遊戯室が。

 

 

 

 

 

「――と、言うことなんですけど」

 

 俺が今居る場所は、鎮守府内に流れていた放送で何度も聞いた大会議室の中だった。部屋の片隅には見知った顔ではないけれど、勲章をたくさん服につけた提督らしき人物が何人も横たわり、呻き声や嗚咽を漏らしている。

 

「なるほど……そう言うことでしたか。ともあれ、これで当分の間は大丈夫でしょう」

 

 青い軍服で身を包んだ艦娘の高雄が、俺の言葉に頷きながら、ほっとした表情を浮かべた。

 

「当分の間……ですか?」

 

「ええ、今までにもコードEは何度も発令されていますけど、毎回白い猫を確保し、先生が出会った白いセーラー服の子に渡していたんです。その度に、もうこんな事は起きないようにと、色々対策は取ったのですが……」

 

 対策を取ろうとしても、超常現象的な猫とあの子の能力? に敵うはずもないと言ったところだろうか。現に、今回もこれほどの事態に陥っているのだから――と、呻き声を上げている提督たちの姿に視線を移す。

 

 まさに、地獄絵図。阿鼻叫喚と言ったところだろう。

 

「起きる間隔もピンからキリ……いつ発生するか分からず、ノイローゼになった提督も少なくはありません」

 

「そ、そんなに……」

 

「ええ、先の世界各国共同で行われた深海棲艦壊滅作戦……あの時も、多数の国家内で同じような事態に陥り……」

 

「……はい?」

 

 俺は高雄の思いもしなかった言葉に呆気に取られる。

 

「あ、そうでしたね。一般的にあの作戦では深海棲艦と戦って被害が大きく出たと伝わっていたと思いますけど、実際には戦えたのは半数以下で、ノイローゼになった提督がどんどんと倒れて、作戦どころではなくなったというのが本当なのですわ」

 

「そ、それって……本当なんですか?」

 

「こんな性質の悪い嘘なんてつきませんわ。人員不足も、立ち直りきれなかった提督が何人も退職したからなのですよ?」

 

「そ、それほどまでに……凄い被害が……」

 

 つまりそれは、深海棲艦以上にあの白い猫が強敵であるということなのだろうか。

 

「まぁしかし、これでひとまず落ち着きましたから……皆には休息するように伝えることが出来ます。本当に、ありがとうございました、先生」

 

「あ、いえ……俺はそんなにたいしたことは……」

 

「いえいえ、あの小さい子を見つけただけでも大収穫なのですよ? 普通の人なら、見ることが出来ないのですから」

 

「そうなんですか?」

 

「ええ。あの姿を見れるのは、提督の資質がある人物だけと言われているのです。元帥や愛宕の言う通り、先生には資質があるのですわ」

 

「そう――言って貰えると、嬉しいやら恥ずかしいやら」

 

「ふふ、そんなところも、愛宕の言ってる通りですわね」

 

「も、もうっ、からかわないで下さいよっ!」

 

「あら、ばれちゃいましたか」

 

 くすりと笑う高雄を前に、俺は少しジト目をしながら口を開いた。

 

「高雄さんったら、人が悪いですよ……」

 

「ちょっとした息抜きと思って許して下さい」

 

 そう言って、高雄は通りかかった艦娘の一人に声をかけて指示を出した。

 

「コードEの終息を熊野に放送するように伝えてください。あとは……手が空いた者から休息するように」

 

「はい、分かりました」

 

 命ぜられた艦娘は、ほっとした表情を浮かべて早歩きで離れていった。

 

「それでは、先生。愛宕はまだもう少しこちらの方で仕事をしてもらいたいので、申し訳ありませんが幼稚園の方をお願いできますでしょうか?」

 

「あ、はい。それは俺の方に任せておいて下さい――と、愛宕さんに伝えて下さい」

 

「ありがとうございますわ、先生。それじゃあ、名残惜しいですけど……」

 

「えっ!?」

 

「ふふ、もう少しお話ししたかったのですけどね」

 

「えええっ!?」

 

「また、機会があればと言うことで。それじゃあ先生、宜しくお願いいたしますわ」

 

 高雄はそう言って右手で敬礼をし、踵を返して俺から離れていった。

 

「え、えっと……」

 

 高雄の言葉の意味が計り知れなくて、俺は戸惑いながら部屋を出ることになった。

 

 

 

 

 

 こうして、俺が初めて体験することになったコードEは終息を迎えた。

 

 被害は思っていたよりも大きく、何人かの提督はカウンセリングなどを受けて、暫く復帰できないという事態にまで陥ったらしい。

 

 もしかすると、提督の地位も以外に簡単に手に入るのかもしれないと、高雄のとの会話から想像出来たりもしたが、俺はやっぱり子どもたちの先生でいたいと、何度も思える場面が今日1日で体験できた。

 

 満面の笑顔を見せてくれる子供たち。

 

 楽しく元気に遊ぶ姿。

 

 俺を気遣い、率先して動いてくれるみんな。

 

 からかったり、励まし合ったり、時には怖がり震えたりもするけれど、俺は子どもたちのそばにいて、過ごしやすいような環境を整える。

 

 そんな毎日を、出来る限り長い時間、過ごしていきたいと。

 

 そう、思える1日だった。

 

 

 

「……ん?」

 

 

 

 遠くの方で叫び声が聞こたので俺は耳を澄ませてみると、建物の裏から走っていく天龍の姿が見えた。

 

「やったーーっ! 遂に先生の寝姿&風呂上がりの牛乳瓶一気飲みポーズ3枚セットをゲットしたぜーーっ!」

 

 辺りに撒き散らすように、天龍の大声が鎮守府の中を響き渡っていった。

 

「………………」

 

 うん、そうだった。

 

 楽しい思い出はここまでにしよう。

 

 

 

 今から、青葉をちょっと校舎裏まで呼び出して来なくっちゃねっ☆(キラッ)

 

 

 

 コラ写真を含めた危なげなモノを回収すべく、俺は一目散に天龍が走り去った方向の逆へと向かう。

 

 多分、青葉がいる場所はあそこで間違いないだろう。

 

 

 

 ドックの大掃除をしているはずだから。

 

 

 

艦娘幼稚園 ~かくれんぼ(コードE)大作戦!?~ 完

 




 さて、これで艦娘幼稚園 ~かくれんぼ(コードE)大作戦!?~ は完了致しました。
どうだったでしょうか? 感想等を頂けると、とっても喜びます。

 そろそろリクエストを募っても良いかもと思ってきましたが、
実はストックがまだいくつか残っていたり、スピンオフ作品もあったりと色々と迷い中。
短編もまだありますし……さぁ、どれから更新しようかな……と思っておりますが、

 順序通り、番外編で行きたいと思いますっ!



次章予告!

 天龍のはしゃぐ声で写真を思い出した主人公は青葉をとっちめにドックへ向かう!
 だがしかし、主人公の予想をはるかに上回る状況が、鎮守府を大きく揺るがしかねない事態まで発展する!?

 幼稚園という名前なのに園児はほとんど出てこないっ!
代わりに出てくるのは艦娘の数々です!

 しかも次章作品は厄介なことに「ボーイズラブ」「R-15」のタグが必要に!?
まぁ、この章だけだから……でも、苦手なら仕方が無い?
大丈夫。ほんの一部だけなので、そこまで深みには入りませんっ!(謎


 ただし、オチは最悪です(ぇ
 

 艦娘幼稚園 番外編? ~青葉と俺と写真と絵師と~


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~青葉と俺と写真と絵師と~
その1「腹筋?」


 ※前作(艦娘幼稚園~かくれんぼ(コードE)大作戦!?~)からの続きになります。読んでない方は、是非ご覧ください。

 新章突入!

 艦娘幼稚園 番外編? ~青葉と俺と写真と絵師と~


 コードEが終わった帰り道、主人公の耳に入ってきたのは途中棄権した天龍の叫び声だった。
龍田から聞いていた写真の事を思い出し、青葉の元へ向かう主人公。
しかしその途中で出会ったのは、以前にも会った事のある、あの艦娘だった……


 今回は番外編?
幼稚園児はほとんど出てこない!?
ほんのひとつの切っ掛けが、主人公を奈落の底へと陥れる!?
もうなんだかさっぱり分からない問題作? 始まります!


 高雄に事のあらましを話した事でコードEが収束し、部屋に戻ろうとした俺の耳に、教え子である天龍の声が聞こえてきた。

 

「やったー! 先生の寝姿&風呂上がり牛乳一気飲み腰当てポーズ写真ゲットしたぜーっ!」

 

 鎮守府内に響き渡った天龍の叫び声に、俺は関西の有名コント舞台の俳優並の滑りっぷりを見せた後、何とか立ち上がって、とある場所へと足を向けた。

 

 コードEが発令されて幼稚園の中を捜索している際に、龍田との会話から驚愕の事実を知り、それが今の天龍の叫び声で確信へと変わった。ならば俺は、これ以上写真を出回らせないように青葉の元へと向かい、問いつめなければならない。特に、悪質としか思えないコラ写真がすでに出回っているという情報もあり、今後の保身の為にも、絶対に回収しなければならないのだ。

 

 正直な話、首から下をマッチョにコラるとか、どういう精神でそうしようと思ったのだろうか。そんなものが元帥の目にでも触れようモノなら、「こりゃ僕も負けてらんないねっ!」とか「うほっ、良い男!」とか「そういう趣味があったんだね……先生って……」と、蔑んだ目で言われるかもしれないと思うと――

 

「まぁ、元帥なら別に良いんだけどさ……」

 

 3つのうち、2つ目は……まぁ、避けておきたいけれど、どうせ元帥のことである。テンションが上がる=色々と問題を起こしているだけに、俺がきっかけにならなくても、何かしそうだなと思えてくるのだけれど。

 

「いや、しかし問題は……」

 

 子ども達に広がるのだけはどうにも避けたい。現状においても、すでに天龍の目に触れている可能性は非常に高く、龍田に至っては俺に写真の事を教えてくれた張本人である。これ以上、他の子ども達の目に触れないようにしなければならない。

 

 そうしないと、只でさえ底辺を漂っている俺の威厳というものが、マイナス方向へとダイブしそうである。

 

 すでに、無いかもしれないけれど。

 

「っと、この扉だよな」

 

 そんな事を考えながら移動していると、目的の場所であるドックの入り口を通り過ぎるところだった。足に負担をかけないようにカーブを描きながらスピードを緩め、踵をうまく使ってくるりとターンをし、扉の取っ手に手をかける。やや重たい金属性の引き戸をググッ……と力を込めて開けると、目の前に長く広い通路が広がった。

 

「確か……ドックの場所は突き当たりを右だったよな」

 

 以前に鎮守府内を見回っておこうと、休みの日にうろついた記憶を思い出しながら、俺は小走りで通路を駆けていった。

 

 

 

 

 通路の突き当たりのT字路を右に曲がると、すぐ目の前に艦娘の姿が見えたので、ぶつからないようにと走るのを止めて徒歩へと変える。すると、俺に気づいた艦娘が顔を上げて声をかけてきた。

 

「あら、先生ではないですか」

 

「あっ、これは加賀さん。お疲れさまです」

 

 お互いに頭を下げてお辞儀をする。俺は顔を上げて加賀を見ながら笑顔を浮かべたが、コードEによる疲労の為か、ほんの少し不機嫌そうに見えた。

 

 まぁ、加賀はいつも表情が硬いというか、会う度に無表情だったから、そう感じただけかもしれないけど。

 

「……少々気になることがあるのですが」

 

「は、はい。なんでしょう?」

 

「なぜ先生がこのような場所におられるのでしょうか?

 ここは艦娘専用のドックと整備工場がありますが、先生が必要とする施設は無いと思われるのですが」

 

「あー、えっと、そうですね。確かにその通りなんですけど……」

「ではやはり、なぜ――なのでしょうか?」

 

 全く食い下がる素振りさえ見せず、加賀はなぜここにいるのかと、何か意図があるかのように俺を問いつめる。

 

「実はですね……ちょっと、艦娘の1人に用事がありまして……」

 

「艦娘に用事……ですか?」

 

「ええ、ちょっと聞きたいことがあってですね……」

 

 そう言いながら、俺は青葉の名を出そうとした瞬間、遠くの方から駆け寄ってくる人影が、手を振りながらこちらに近づいてきた。

 

 

 

「加賀さーん、お待たせしましたーっ!」

 

 声が聞こえると同時に、加賀は目を閉じて「ふぅ……」とため息を吐いてから口を開く。

 

「蒼龍……もう少し落ち着いたらどうかしら。そんなに大きな声を上げなくても、十分に聞こえます」

 

「ごっ、ごめんなさい、加賀さん。実はちょっとお宝が……って、先生っ!?」

 

「あ、どうも。お久しぶりです、蒼龍さん」

 

「あ、あ、え、えっと、お、おひさし……ぶりです……」

 

 なぜか慌てふためいた蒼龍は、顔を真っ赤にしながら俺から視線を逸らしてそう言った。よく考えてみると、蒼龍と直接話したことは今まで無いから、もしかすると緊張しているのだろうか。

 

「……あ、あの……大丈夫ですか? もし俺が邪魔なんだったら、すぐに離れますけど……」

 

「い、いえっ! べつに、先生が邪魔だとか……そういうのではないんですけどもっ!」

 

「蒼龍、もう少し落ち着きなさい」

 

「は、ははっ、はいっ!」

 

 加賀がごほんっ! と咳払いをして言うと、蒼龍は更に慌てふためいたけれど、すぐにビシッと背筋を伸ばし、加賀に向かって「すみませんっ!」と、お辞儀をしてから俺の方へと向き直った。

 

「それで……その、えっとですね……」

 

 おずおずと口を開く蒼龍だが、視線は少しだけ逸らし、頬の辺りが赤く染まっている。ここ最近、こんな感じの状況を何度も経験しているけれど、良い事があった例はない。

 

「あー、その……言い難いことでしたら、別に無理に言わなくてもいいですけど……」

 

「あっ、いいえ、そうじゃないんですっ! そうじゃないんですけど……」

 

「はぁ……」

 

 どんどんと蒼龍の顔が赤くなり、耳まで綺麗に染まってしまう。そんな状況を見ていた加賀が、もう一度大きく咳払いをした。

 

「蒼龍、そろそろ時間です。今日は大変だったのだから、これ以上待たせては赤城が先に食べ初めてしまうわ」

 

「あっ、そ、そうですねっ! すみません……」

 

 加賀に向かって何度も頭を下げて謝る蒼龍に、またもや「ふぅ……」とため息を吐いた加賀は、俺に向かって口を開いた。

 

「と言うわけで、申し訳ありませんが、私たちはこの辺で失礼させてもらいます」

 

 ぺこりと頭を下げた加賀は、俺の返事を待たずにスタスタと建物の出口へと歩いて行った。

 

「あ、あのっ、すみませんでしたっ!」

 

「い、いえ……別に……」

 

 大きくお辞儀をして、蒼龍は加賀の後を小走りで追いかけていった――のだが、

 

「せ、先生っ」

 

「あ、はい、なんですか?」

 

 振り向いた蒼龍が、さっきと同じように顔を赤く染めて、もじもじとしながら口を開く。

 

「そ、その……先生の腹筋って……割れててちょっと素敵ですよねっ! 私、ちょっとドキドキしちゃいましたっ!」

 

「……は?」

 

「結構評判になってますよ……って、加賀さんがもうあんなに遠くにっ! それじゃあ、失礼しますっ!」

 

「あ……は、はい……」

 

「加賀さーん、待ってくださーいっ!」

 

 駆け足で追いかける蒼龍の背を見ながら、立ち尽くす俺の目は見事なまでに点となり、しばらくの間、通路のど真ん中で立ち尽くすことになってしまった。

 

 ……え、どういうこと?

 




次回予告

 蒼龍から言われた言葉に戸惑いつつも青葉の元へと向かう主人公。
そしてドックの中で独り言を呟く青葉に、主人公が襲いかかる!?


艦娘幼稚園 番外編? ~青葉と俺と写真と絵師と~ その2


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 今回も最長記録を爆進しちゃう!?
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その2「ブルドック再び」

 蒼龍の言葉に戸惑いながら、青葉がいるであろうドックへと向かう主人公。
そこで聞いた驚愕の事実に、主人公の怒りが爆発する!?

 とある企みを進行中っ。
準備が出来次第お伝えしますー。


 

 蒼龍の言葉の意味を考えながら、俺は再びドックへと足を向けていた。また誰かに会う可能性もあるし、ぶつからないという保証はないので、走るのは止めて早歩きで通路を移動する。

 

「腹筋……ねぇ……」

 

 確かに蒼龍が言う通り、日々の鍛錬は仕事の後に欠かさず行っているから、人前に見せるほどではないけれど、それなりに割れていたりする。とはいえ、それを確認する方法は限られてくるだろうから、恐らくはそう言うことなんだろうなぁと、深いため息を吐いた。

 

「龍田が言ってた、お姉ちゃんたちに受けが良いって写真の一部なんだろうなぁ……」

 

 首から下をマッチョにコラった写真だけだと思っていたけれど、よくよく考えてみれば、天龍が叫んでいた風呂上がりの写真は上半身が露出していてもおかしくはない。その写真であれば、俺の腹筋を確認することが出来るだろうし、蒼龍の言ったことも納得できるだろうが……

 

「どちらにしろ、そんな写真をこれ以上流出させるのは避けないと」

 

 向かう先はドック。そこで罰として掃除をしているであろう青葉を問いつめて、写真のすべてを破棄させるしかない。もちろん現物の写真だけではなく、ネガやデータのすべてをだ。

 

「……っと、確かここの角を曲がった先に……あったあった」

 

 左に曲がる角を折れ、数メートル歩いた先に暖簾が掛かった入り口が4つ並んでいるのが見えた。それぞれの入り口の横にプレートを差し込む場所があり、手前から『長門』『扶桑』『山城』の順にプレートが入っていた。

 

「コードEがあった後に入渠――って、何かあったのかな?」

 

 全艦娘はコードE発令に伴って、出撃は無かったはずなのだけれど、もしかするとそれ以前に遠征に行っていたからだろうか? それにしては、主力級の戦艦ばかりのような気もするけど……

 

 そんな事を考えながら、最後のドックの入り口横のプレートを見ると、『空(掃除中)』と書かれたプレートが入っていた。掃除中と書かれているからして、青葉はほぼ、ここにいるのだろう。

 

「よし、ここは一発、気合いを入れていかないとなっ!」

 

 怒っている事をまずはしらしめないと、要求は通り難い。ましてや、青葉が苦手としている高雄や愛宕が一緒にいるわけでもないので、上手くはぐらかされてしまう可能性だって考えられる。

 

 両方の頬をバシンッ! と叩いて闘魂注入――とまではいかないものの、気合いが入った俺は、ドックの中へと足を進めた。

 

 

 

 

 

「ひい……ふう……みい……っと。これで先生の写真がトップですねぇ。予想に反して、青葉びっくりですよ~」

 

 暖簾をくぐって脱衣所を通り、中の様子をうかがうべく角から覗いてみると、にこやかな笑顔を浮かべている青葉が、手帳にメモをしている場面に出くわした。掃除道具は床に転がり放置された状態で、明らかに掃除よりも別の事に集中しているのは一目瞭然だった。

 

「やっぱり、この間の一航戦VS五航戦騒動の後から、元帥人気も下火になりがちと思っていましたけど、まさか先生の写真がこんなに売れるとは驚きですねぇー。いやはや、この結果は青葉の情報をフル稼働させても、予想出来なかったです」

 

 そう言いながら、ポケットから数枚の写真らしきモノを取り出した青葉は、トランプの手札を見るように手に持って、マジマジと眺めていた。

 

「でもそれにしては、一部の艦娘から元帥の写真の注文が増えてるんですよねぇ~。これって、やっぱりアレの効果なんでしょうねぇ……」

 

 どうやら俺のことに気づいていなさそうなので、ゆっくりとドックの中に入り、カチャリと小さい音を鳴らしてから、忍び足で近づいていく。

 

「しっかし、脱衣所の写真の売り上げも好調ですけど、明らかなコラ写真まで売れまくるのは、どうにも分からないですねぇ。こんなアンバランスな肌黒マッチョなんて、どこが良いんだか……」

 

「それは俺も同感かな」

 

「ですよねぇ~。やっぱりあるべき姿を写真にしてこそ価値があるってモノです。加工した写真が売れるのは、どうにも納得がいかないんですよねぇ~」

 

「ちなみに、そのコラ写真はいったい誰が作成したのかな?」

 

「んっと、この写真は――確か、幼稚園に通っている龍田ちゃんから頂いたですよ。面白おかしく出来たから、欲しい人がいたら配ってくださいって……」

 

「やっぱりお前だったのか龍田あぁぁぁぁ!」

 

「ひいっ!?

 って、さっきから誰と喋ってたのかと思ったら先生でしたっ!?」

 

 2段モーションで驚きを表現する青葉は、このままではまずいと思ったのか、写真とメモをポケットにねじ込んで、この場から逃げようと走り出した。

 

「ふっふっふ~。重巡洋艦だからといって、なめてもらっちゃあ困りますよ~。取材慣れしている青葉にとって、素早く走って逃げる事なんて朝飯前――って、開かないっ!?」

 

 ドックから脱衣所に出る扉のノブを回そうとする青葉だが、ガチャガチャと音が鳴るだけで一向に開こうとしない。先ほど忍び足で入ってくる際に、鍵をしっかりかけておいたのはこの為だったのだが、やはり、慌てている人にとって効果はてきめんである。

 

「な、なんでっ!? ノブが回らないっ! こんなの青葉の情報に無いですよっ!」

 

 ひとつ躓けば、焦った人にとって転落の道しか残っていないのが大半で、口では余裕を見せていた青葉も、その中の1人だったようだ。

 

「はっ、そうかっ! 鍵っ、鍵が閉まっているだけじゃないですかっ! こんなのすぐに外してしまえば――って、痛ててててっ!」

 

 扉の前で数秒止まってくれれば、追いつくのはたやすい。俺は慌てて鍵を開けようとしていた青葉の耳を摘んで、以前の高雄や愛宕と同じように、力を込めながら引っ張った。

 

 あ、もちろん、怪我はしないように加減はしたつもりだけど。

 

「いっ、痛いっ! 痛いですってばあぁぁっ!」

 

 半泣きの表情で叫び声を上げる青葉だが、声以外の抵抗らしい抵抗は見せず、ずるずると俺に引きずられているだけだった。

 

「や、止めてくださいっ! 青葉の負けですからっ、観念しますからあっ!」

 

 眼に涙をいっぱいに溜めながら泣き叫ぶ青葉を見て、さすがにかわいそうと思えてきた俺は、扉の前に立って逃げられないようしてから、耳を引っ張る力を緩めた。

 




次回予告

 青葉をゲット……もとい捕まえた主人公。
写真の事を問い詰めて、観念させようとしたのだが……


艦娘幼稚園 番外編? ~青葉と俺と写真と絵師と~ その3


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その3「青葉の写真屋さん」

写真をばらまいていた青葉を捕まえた主人公。
上手く逃れようとする青葉の口向上に惑わされないようにしようとするのだが、
あまりにも魅力的な提案に……?

 まだまだ何が起こるか分からない舞鶴鎮守府!
青葉の写真屋さんから始まる恐ろしき状況に、はたして主人公はどうなるのかっ!?


 

「ふえぇ……青葉の耳……だいじょうぶですかぁ……?」

 

「あー、うん。さすがに取れるまで引っ張る気はないから」

 

「そうですか……。それでも痛かったですよぉ……」

 

「悪いとは思うけど、自業自得だからね?」

 

「うぅぅ……」

 

 がっくしと肩を落として膝をついた青葉は、うるうると瞳を潤ませて、俺を見上げながら口を開いた。

 

「じ、実は……青葉も写真のことを調べてここにたどり着いたんですけど……」

 

「いや、明らかに首謀者チックに独り言を言ってたよね」

 

「ぎくっ!」

 

「天龍にも風呂上がりと寝姿の写真を渡したよね」

 

「ぎくぎくっ!」

 

「加賀と蒼龍にさっき通路ですれちがったんだけど、蒼龍から、腹筋のことを言われたんだけど」

 

「ぎくぎくぎくっ!」

 

「その前にも、お宝が……って言ってたし、間違いなく渡してるよね」

 

「ぎぎぎぎぎくぅっ!」

 

「あと、完璧に言い切れるのは……」

 

「(ガタガタブルブル)」

 

「コラ写真を龍田から預かって、配ったのか売ったのか知らないけど、完全にアウトだからね」

 

「ほとんどばれてますぅっ!」

 

 大声で叫び声を上げた青葉は、『ぷしゅうー』と口から煙を上げるように開けたまま、天井を見上げて固まった。

 

「と言うことで、持っている写真及びネガ、その他関係するものを全部出しなさい」

 

「は……はい……」

 

 もはや抵抗する気力もないのか、青葉は俺に言われた通りポケットから写真が入った封筒とカメラのフィルムを取り出して、俺の手の上に置いた。

 

 

 

 

「……封筒分厚くない?」

 

 札束が入っているんじゃないかというような分厚さに、俺は額に汗をかきながら青葉に問う。

 

「あー……そのですね……。初めは売れ行きもそこそこだったんですけど……ここ数日前から急に火がついたように注文が殺到しまして……急遽増やしたんですよ……」

 

「間一髪ってところだったのか……」

 

 これだけの枚数が出回っていたらと思うと、冷や汗を通り越して、極寒の地に裸で放り出された気分だった。

 

 しかし、ここ数日前から火がついたように注文が殺到って……何か原因になるようなことがあったのだろうか。コードEに関しては今日のことだから、たぶん関係はしていないと思うし、そうなると、俺の予想の範囲では無さそうである。

 

「あ、あの……」

 

「ふむ……何故急に注文が殺到したのか……」

 

「このことって……高雄さんとかに言っちゃい……ますよね、やっぱり……」

 

「誰かが噂を流して火がついたとか……いやしかし、それにしては急と言うのが気になるよな……」

 

「うわあぁぁんっ! 青葉、無視されちゃってますぅっ!」

 

「あ、いや、ごめん。聞いてなかった」

 

「存在自体全否定っ!? 青葉ったらいらない子っ!?」

 

「んー、そうだね。このまま写真ばら撒くようなら、解体しちゃうけど?」

 

「ひぃぃぃぃっ! 可愛い顔して言うことが怖すぎですよ先生っ!」

 

 そんな権限は持ってないんだけど、心を鬼にして少々脅かしておいた方が今後の為にもなるだろう。

 

 本来は、優しいお兄さんなんだけどねー。

 

「ま、これに懲りて、あまり変なことはしないようにって約束するなら……」

 

「くすん……分かりました……。青葉の写真屋さんは結構評判良いのでもったいないですけど……」

 

 ぽろぽろと涙をこぼしながらそう言う青葉。

 

 うーん、ちょっと言い過ぎちゃったかもしれない。

 

「提督さん向けの写真もいっぱい仕入れておいたのが無駄になっちゃいました……。ちょっとした小遣い稼ぎになるんですけど……残念です」

 

「……ちょい待ち」

 

「……はい?」

 

「今言った、提督向けって写真って……なに?」

 

「そりゃあもちろん……こういう写真ですけど」

 

 そう言って、青葉は別のポケットから取り出した封筒から1枚の写真を俺に見えるように手に持った。

 

 

 

 

「なっ、なん――だとぉっ!?」

 

 俺の眼に映ったのは、ドックの湯船に浸かりながらリラックスしている愛宕の写真だった。肝心なトコロは湯気で上手いこと見えないようになっているが、これはこれで、素晴らしい1枚である。

 

「ふっふっふー。やっぱり先生も好きモノですかー。いやー、この手の写真は男性の方々に人気がありますからねぇ~。ただ、かなり入手難度が高いので、簡単に販売したりすることは出来ないんですよねぇ~」

 

 にやり……と不敵な笑みを浮かべた青葉は、俺に向かってそう言った。

 

「ごく――り。なるほど、そう言うことね。そうやって、今まで修羅場をくぐって来たって訳か。そりゃあ、色々とやってけたりするもんだよなぁ」

 

「いえいえ、青葉なんてまだまだそんな……。でも、これがあるからこそ、この間の時も解体されるのを免れて、ドックの掃除で勘弁してもらった訳ですし……」

 

 なるほど。

 

 つまり、元帥もお得意様ってことか。

 

「そこで提案です、先生。青葉のことを見逃してくれるなら――そうですね、秘蔵の写真、5枚セットを無料でお譲りしますよ?」

 

「そ、それは魅力的過ぎるけど、こちらからいくつか要求がある」

 

「なんでしょう?」

 

「まず1つ、コラった俺の写真……これは全て破棄すること。2つ目に、幼稚園に通っている子どもたちに、少々過激な写真は渡さないように。それくらいかな」

 

「……なるほど。それくらいなら、青葉も納得しちゃいましょう」

 

「あー、あと1つ良いかな?」

 

「まだ何か?」

 

「俺も、お得意様ってことで、今後も利用できたりする……かな?」

 

「ふっふっふー。交渉成立って事で、お返事しちゃいましょう~」

 

「おっけー。それじゃあ、交渉成立ってことで」

 

 がっちりと青葉と握手を交わし、コラ写真以外の写真とネガを返す。青葉は封筒の中身を確認後、

 

「それじゃあ、秘蔵の5枚――存分にお楽しみください~♪」

 

「うむ。部屋に帰ってから、楽しまさせてもらうとしよう」

 

 もう一度がっちりと握手をし、お互いに頷いた。

 




次回予告

 青葉との交渉が済んだ主人公に、青葉から一つの情報が寄せられる。
その情報に不審な点を感じた主人公は、青葉を問い詰めようとするのだが……

 完全勘違いの大暴走っ!?
今回は、こんな感じがどっさり? あるかもよっ!


艦娘幼稚園 番外編? ~青葉と俺と写真と絵師と~ その4


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その4「乙女×壁=ドン!」

 交渉を済ませた主人公に、青葉から一つの情報が寄せられる。
しかし、その情報に不審な点を感じた主人公は、青葉を問い詰めようとするのだが……

 なんでこんな展開になったのか!
しかしこの行動が、後の主人公に大きな災いとなる……のかもしれない!


「あぁ、そう言えばですね、先生」

 

 青葉との交渉を済ませた俺は、ドックから出る為に扉の鍵を開け様とした時、後ろから声をかけられた。

 

「ん、他にまだ何かあったかな?」

 

「いえ、ちょっとしたサービス――と言うか、気になったことがありまして」

 

「気になったこと?」

 

「ええ。さっき、先生の写真の注文が急に増えたって話、しましたよね」

 

「あぁ、うん。結局理由は分からないけど、何か思いつくこととかあったのかな?」

 

「青葉、いくつか予想できるんですけど、そのうちのひとつにちょっと気になる艦娘が1人、先生の写真を購入したんですよねー」

 

「……そう言う人にまで、君は写真を売るんだね」

 

「あー、あはは……。まぁ、断れない理由がありまして……」

 

「で、その艦娘って?」

 

「秋雲って言う艦娘です」

 

 そう言った青葉の視線が、ほんの少し俺からそれていく。

 

 ……明らかに怪し過ぎる。

 

 つーか、青葉って基本的に嘘をつけない性格なんじゃないだろうか?

 

「教えてくれてありがとね。だけどさ……」

 

 俺はそう言いながら、青葉の方へと歩み寄った。

 

「は、はい? ど、どうしたんですか、先生……?」

 

「んー、なんでかなー。どうして今、視線をそらしたのかなー?」

 

「えっ、えええっ!? 青葉、し、視線なんかっ、そらしてないですよっ!」

 

 慌てふためく青葉だけれど、今の時点で思いっきり視線そらしてるやんと突っ込みたい。

 

 うーむ、てんぱっちゃうと、結構可愛いんだよなぁ、青葉って。

 

「そうなの? 今とか全然視線合わしてくれないよ?」

 

「だ、だって、先生の顔近過ぎですよねっ!」

 

「えー、近いって言ったら……これくらいだよね」

 

 俺はそう言って、青葉と鼻の先同士が触れる位に近づき、両手を壁に突きつけて逃げられないようにする。

 

「ひっ、ひゃあぁぁぁぁ……っ」

 

 顔一面を真っ赤にさせた青葉が、俺の方を見ないようにと横向きになって頬を壁に押しつけた。

 

「もう一度聞くね。どうして視線をそらしたのかな?」

 

「そ、それは……その……っ」

 

「ほら、こっち向いて喋んなきゃ……ね」

 

 壁に突きつけていた右手で青葉の顎に触れ、くいっと俺の方へと向かせる。

 

「……っ!?」

 

「さぁ、教えてくれるよね。青葉ちゃん」

 

「あ、ぁ、う……あぁ……っ」

 

「それとも、教えてくれないのかな?」

 

「そっ、その、あ、あお、青葉は……っ!」

 

 俺に問い詰められた青葉は、眼をきょろきょろと忙しなく動かした後、ギュッとまぶたを閉じて、ゆっくりと口を開いた。

 

「は、初めて……なの……で、や、優しく……して……ください……」

 

「………………」

 

「あ……あぅ……」

 

 潤んだ瞳をはんぶん開き、耳まで真っ赤に染めた青葉は、身体を小刻みに震わせたまま俺の動きを待っていた。

 

 

 

 

「………………はい?」

 

 いやいやいやっ! 何を勘違いしちゃってるんだよ青葉はっ!

 

 え、なにこれ、可愛い――とか言い出さないよ俺っ!

 

 いや、正直抱き締めてえっ! ってくらい、可愛く見えてきちゃってるんですけどねっ!

 

「あー、あの……さ、青葉……さん?」

 

「……は、はい」

 

「思いっきり勘違いしちゃってるようなんでアレなんだけど」

 

「……え?」

 

「今、俺が聞きたいのは、そう言うことじゃなくてですね」

 

「……はぁ」

 

「なんで、目線をそらしたのってことなんですけど……」

 

「………………」

 

 目が点になった青葉は、じっと俺の方を見つめたまま固まっている。

 

 その気持ち、分からなくもないんだけれどね。

 

「え、えっと……さっきのって、青葉に告白とか……そういうのじゃ……?」

 

「あー、ごめん。勘違いさせたなら、本当にごめん」

 

「あ……あぅ……あぅぅぅ……」

 

 泣き出しそうに再度瞳を潤ませながら、ワナワナと震え出す青葉。

 

 うーん、これは本当に悪いことをしてしまったのかもしれない。

 

「だ、だって、先生ったら壁ドンしたじゃないですかぁっ! そんなことされたら青葉、告白されたって思っちゃいますよぉっ!」

 

 壁ドンて……少女漫画じゃないんだからさ。

 

 でも勘違いさせたのは本当に悪いと思ってるし、素直に謝っておくことにする。

 

「そ、そんな簡単に頭を下げないでくださいよっ! 余計に青葉が惨めになっちゃじゃないですかっ!」

 

「いやしかし……勘違いさせたのは事実だし……」

 

「じゃ、じゃあ責任取って下さい!」

 

「……は?」

 

 いきなり何を言い出すのかと、今度は俺が目が点になる。

 

 責任を取れと言われても、一体何をすればいいのだろう。

 

「え、えっと……責任を取れと言われても、何をすれば……?」

 

「あ、青葉と……そ、その……」

 

 急にもじもじと身体をくねらせた青葉に一抹の不安を覚えつつ、耳を澄ませる。

 

「い、一緒に……」

 

「一緒に……?」

 

 心臓が高鳴りを上げ、ごくりと唾を飲み込む音が頭に響く。

 

「ドックの掃除をして下さい」

 

 真顔でそう言われた時、俺は完璧な芸人の滑り芸を披露することが出来た。

 




次回予告

 結局青葉とドックの掃除をすることになった主人公。
その際に青葉から得た秋雲の情報に驚愕する主人公は、なんとかしなくてはと出かけるのであった。

 タイトルから分かっていたよね!
そう、秋雲の影がここにあり。だけど影だけマジですかー!?

艦娘幼稚園 番外編? ~青葉と俺と写真と絵師と~ その5


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その5「どうじんし」

 結局青葉とドックの掃除をすることになった主人公。
その際にちゃんとした情報を青葉から得たのだが、すべてはそれだけでは無かった……らしい。


「青葉をからかうからですよっ!」

 

 そう言いながら、デッキブラシでごしごしと床を磨く青葉に続き、俺はスポンジで空になったドックの湯船を洗っていた。

 

「いやまぁ、からかうつもりは無かったんだけどさ……勘違いさせたのは本当に悪いと思ってるし……ごめん」

 

「そんなに何度も謝らないでくださいっ! 分かってても、惨めになっちゃうんですから!」

 

 ぷんぷんと頭に文字を浮かべるかのように怒った様子の青葉だが、表情は明るく、掃除を楽しんでいるようにも見えた。

 

「でも……ちょっと青葉残念でした……」

 

「……え、今何か言った?」

 

「……っ! な、なんでもないですっ!」

 

「ん、そっか……」

 

 ゴシゴシ、キュッキュ……とドックの中にリズム良く響く音を聞きながら、掃除をこなしていく。

 

「……それでさ、さっきの話なんだけど」

 

「は、はい、さっきの話って……何でしょう、先生?」

 

「秋雲って艦娘のこと。俺の写真を買ったんだよね?」

 

「あっ、はい。確か、先生のお風呂上がり牛乳飲みセットを買っていきました」

 

 セットってなんだセットって。

 

 1枚だけじゃないのかよっ!?

 

「なんでそれが気になったのかがよく分からないんだけど、秋雲って艦娘がその写真を買ったから注文が増えたってことになるのは……なんで?」

 

「青葉もあくまで予想でしかないんですけど……可能性が高いって考えられるのですよ」

 

「可能性?」

 

 俺は頭をひねりながら青葉に問う。

 

「はい、可能性です。秋雲って艦娘のこと、先生はご存知です?」

 

「んー……あんまり知らないかも。会った事もないし」

 

「そうですか。まぁ、私も詳しく話したりする艦娘じゃあないんですけど……」

 

 さっき秋雲に写真を売った件で、断れない理由とか言ってたけど、それは空耳だったのだろうか……?

 

 話がだんだんややこしくなりそうだなぁ。

 

「秋雲って、薄い本とか書いてるみたいなんですよねー」

 

「薄い――本って、なに?」

 

「いわゆる、個人出版と言いますか、同人誌と言いますか……」

 

「あーあー、何か聞いたことあるかも。確か、大きいイベントとかで売り買いされたりするやつだったかな?」

 

「専門店で売られたりすることもありますけどね。その知識で間違ってないです」

 

「……で、その同人誌がなんで気になるのかな?」

 

「いやだって、普通考えたら分かりそうですよね?」

 

「いや、全然分かんないんだけど?」

 

「えー、ウソでしょ先生ー」

 

「いや、マジで」

 

 うん、本当にさっぱりなんですけど。

 

「うーん、先生も以外に知識が無いですねー。仕方ないです、教えてあげましょう」

 

 青葉はそう言って、両手を腰にあててふんぞり返るようなポーズを取った。

 

 うーむ、横に立っているデッキブラシで足払いかましたい。

 

「青葉が思うに、秋雲が買っていった写真は資料として扱われたんじゃないかって事なんですよ」

 

「……まぁ、別に問題なさそうだけど」

 

「普通ならそう思っちゃいますよねー。でも、相手はあの秋雲ですよ! 薄い本を書いちゃうんですよ!?」

 

 さっき秋雲のこと詳しくないって言ってたんじゃ無かったかなぁ。

 

「ましてや先生の上半身裸の写真! 腹筋が割れちゃってるやつです! ウホッ、良い漢ですよっ!?」

 

 だから、全然分からないって言ってるのになぁ。

 

「ここまでくりゃあ、もう分かったも同然じゃないですかっ! かん――ぜんにっ、やおいですよ、や・お・いっ! 青葉は完全に分かっちゃいましたねっ!」

 

「……は?」

 

「先生の割れ割れ腹筋キャラ……男性同士で描かれる愛……青葉ちょっと気になりますっ!」

 

「……ちょっと待って。後、しゃべり方がどっかの好奇心旺盛な学生っぽいから止めて」

 

「先生は攻めですかっ!? それとも受けですかっ!?」

 

「とりあえず黙れ」

 

「はぐあっ!?」

 

 先ほどとは全くの逆のような状態で、顔を突き出しながら問い詰めてきた青葉をネックブリーカーで落とした後、静かになったのを確認して俺は口を開く。

 

「つまり青葉が言いたいことは、秋雲が俺の写真を資料にして。やおい同人誌を描いた可能性があるって事でファイナルアンサー?」

 

「は……はひ……そ、そういう……ことでひゅ……」

 

 喉を押さえながら床から起き上がる青葉。

 

 うーむ、もうちょっと強めでもよかったかもしれない。

 

「で、その結果、その本を読んだ他の艦娘達が俺の写真を注文した為に、急遽写真を増やすことになったって訳だな」

 

「青葉の予想では、そんなところです」

 

「ふむ、なるほど……」

 

 筋が通っているし、問題もなさそうで……ある訳もなく、

 

「ちょっと待て」

 

「はい?」

 

「なんで俺がやおい漫画にされなきゃいけないんだ?」

 

「さ、さぁ……それは秋雲が勝手にやったことですし……ごにょごにょ」

 

 そう言いながら、視線をちゃっかりそらす青葉を掴んで引き寄せる。

 

「ひょわぁっ!?」

 

「事と場合によっては、分かってるよね?」

 

「イ、イエ、青葉ハ、ワカリマセン……」

 

「ウソだよね。分かってて売ったよね?」

 

「そ、それは……」

 

 がっしりと両手で青葉の顔を掴み、ぐぐぐ……と顔を寄せる度に視線がそらされていく。見事なまでに嘘がつけないんだなぁ……青葉って。

 

「ハッキリ言わないならキスするぞ?」

 

「にゃわっ!?」

 

「ちなみに、中学生の花●薫並みに吸う」

 

「青葉の唇伸びちゃいますっ!?」

 

「え、何? 片方の乳も伸ばすの?」

 

「青葉もうお嫁に行けなくなっちゃいますっ!」

 

 うん。そんな感じで冗談はほどほどにして置いて、掴んでいた手を離し、青葉を開放した。

 

 ぶっちゃけて、やつあたりだよね、これ。

 

 反省反省。

 

「とりあえず――だ。今すぐ秋雲の居場所を教えてくれ」

 

「え、えっと……やっぱり問い詰めに行っちゃいます?」

 

「出来るだけ早く同人誌とやらを回収しないと、俺の今後が危うい」

 

 嫌な予感がムンムンとしている。

 

 やおい本が描かれているのならば、間違い無くもう1人、被害者がいる筈なのだ。

 

 そしてそれは、両人にとって最悪の噂になりかねない。

 

「うぅ……もうちょっと掃除を手伝って欲しかったですけど……仕方ないですね……」

 

 そう言って肩を落とした青葉は、俺に秋雲がいるであろう場所を教えてくれた。

 

「まぁ、青葉が言うのもなんですけど、頑張って下さい、先生」

 

「あぁ、ありがとな。それじゃあ、青葉も掃除頑張って」

 

「はいです。あ、それと先生」

 

「ん、どうした?」

 

「同人誌手に入れたら、青葉に1冊下さいね~」

 

 にっこり笑ってそう言った青葉に無言でジト目を向け、俺は速やかにドックから立ち去った。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 ドックに残された青葉は、自分以外が居ないことを確認してからぼそりと呟く。

 

「ふぅ……なんとか、ばれずにすみました……。

 でも、結構やばかったですよね……ポロっと言いかけちゃいましたし……」

 




次回予告

 最後の青葉の呟きは誰にも聞こえない。
それがいったい何を指すのか……
主人公はそれに気づくのか……

 まずは秋雲を探すべく、向かった先は鳳翔さんの食堂だ!
いったい何が起こるのか! 慌てふためく一人の艦娘!
今章思いっきり引っ張りまくるよっ!(マテ


艦娘幼稚園 番外編? ~青葉と俺と写真と絵師と~ その6


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その6「佐吉、三成、千歳技」

 青葉と別れてやってきたのは鳳翔さんの食堂だった。
そこで千歳に秋雲の事を聞こうとする主人公。
息を切らすその姿に千歳はお茶を差し出した。

 はたして秋雲はここにいるのか、いないのか?
もしくは新たな情報が?
いったいどうなる主人公!?


 

 青葉と別れてドックから出た俺は、教えてもらった場所と頭の中の地図を比べ、まずはここから一番近い鳳翔さんの食道へと向う。その途中、建物から出るまでに何人かの艦娘とすれ違ったのだが、俺の顔を見た瞬間、眼をキラキラさせたり、頬を急に真っ赤に染めて視線をそらされた。

 

 これって、本格的にまずいんじゃないだろうか。

 

 完全に、勘違いされちゃってるよね……

 

 焦った俺は駆け足で建物から逃げるように脱出し、全速力で目的地へと向かう。

 

 約10分ほど走った俺は、食堂の前にやってきた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 息を切らせた俺は、膝に手をつけ、大きく肩で何度も呼吸を繰り返す。焦りで自身のペースを乱してしまい、体力を無視した速度で走ってしまったので、自業自得と言えばその通りなのだが。

 

 まぁ、そんな事を言っている暇もない。

 

 事は一刻を争うのだ(――と思うのだけれど)

 

 呼吸を整え終えた俺は、大きく深呼吸をしてから鳳翔さんの食道の引き戸をガラガラと開けて建物の中に入ったが、夕食の時間にはまだ早いのか食事を取っている人は誰1人としていなかった。

 

「あら、先生。いつもより大分早いですけど、今日は夜勤でもあるんですか?」

 

「あ、どうも千歳さん。夕食を食べにきたんじゃないんですけど……秋雲っていますか?」

 

「秋雲ですか? そう言えば今日は見てないですね」

 

「そう――ですか、ありがとうございます」

 

「いえいえ――って先生、なんだか神妙な顔つきですけど、一体何かあったんですか?」

 

 千歳に言われた俺は、ハッと驚いて近くにあった壁掛け鏡を覗き込む。汗だくにまみれた額に、走って疲れているだけとは到底言えないような焦りと困惑する表情が一瞬でも分かるくらいに見て取れた。

 

「あ……いえ、ちょっと厄介な事があったんですよ。それで、とある艦娘から、秋雲に聞いてみれば分かるかもしれないと言われてものですから……その、ちょっと焦って走ってきちゃって……はは……ははは……」

 

「あら……大丈夫ですか? ちょっと待ってて下さいね。今、冷たい物を持ってきてあげますから」

 

「あ、どうも……すみません……」

 

 にっこりと笑みを浮かべた千歳は厨房へと下がって行く。すぐに俺は鏡を見ながらポケットに入れていたハンカチで額を拭き、汗を落としながら強張った表情を崩した。

 

 

 

 

「お待たせしました、先生。まだ時間が早いので、泡の出る麦茶とはいきませんけどね」

 

「いえいえ、本当にありがとうございます」

 

 俺はお礼を言って、千歳が持ってきてくれた麦茶を受け取り、勢いよくごくごくと飲みだした。キンキンに冷えた麦茶が喉を通っていく度に頭がキーンと痛むけれど、それ以上に美味し過ぎる喉越しで飲む事を止めることは出来ず一気に飲み干した。

 

「ぷっ――はぁっ! くうーーーーっ、美味過ぎるっ!」

 

「あらあら、本当に喉が渇いてたんですね。もし良かったら、もう一杯持ってきましょうか?」

 

「あっ、それじゃあ――お願いできますか?」

 

「はい、ちょっと待ってて下さいねー」

 

 飲み終えたコップを千歳に渡すと、もう一度厨房へと下がっていった。

 

 冷たく冷えた麦茶と、冷房の効いた室内のおかげで俺の身体は少し火照りから冷め、噴き出す汗が少しずつ引くように落ち着きを見せた。

 

「はい、お待たせしました。今度は少し、ゆっくり飲んでくださいね」

 

 そう言って、千歳は俺にコップを差し出してくれた。俺はお礼を言って受け取ると、先ほどとは少し違う手のひらの感触に少し戸惑いつつも、ゆっくりと口をつける。

 

「んぐ……んぐ……ぷはーっ、美味いっ!」

 

「ふふ……先生の飲みっぷり、ちょっと惚れ惚れしちゃうかもですね」

 

「えっ!?」

 

「まぁ、麦茶ってところが先生らしいですけど」

 

「あっ! そ、それって……からかわれてますよねっ?」

 

「さぁ、どうでしょうか……ふふ……っ」

 

 意味ありげな表情で微笑む千歳に、俺はちょっぴりドギマギしつつコップの中を飲み干した。飲み終えてからハッキリと分かったのだが、どうやら一杯目の麦茶よりも冷たさが幾分か弱いように感じのは、どうやら氷の量が少なかったらしい。多分、汗だくの俺を見た千歳が気を利かせて、1杯目は身体を冷やす為に冷たくし、2杯目は麦茶を味わうべく飲みやすい温度にしてくれたのだろう。

 

 有名な戦国武将の逸話を聞いたことがあるが、まさかそれを体験できるとは思ってもいなかった。

 

 さすがは鳳翔さんに一目置かれていると噂されているだけはあるなぁ。

 

 

 

 

「ふぅ……ごちそうさまでした。本当にありがとうございますね、千歳さん」

 

「いえいえ、お粗末さまでした」

 

 そう言って千歳は俺からコップを受け取ると、少し考え込むような表情を浮かべる。

 

「それで、先生は秋雲を探しているんですよね?」

 

「えっ、あ……はい。青葉から聞いた情報なんですけど、こちらで食事を取る事が多いらしいけど、時間はバラバラだから、いつ居るかは分からないって言ってました」

 

「確かにその通りですね。任務に出てる日は他の艦娘達と一緒に来ることが多いですけど、非番の日は混み出す時間帯以外によく来てますよ。でも、今日は朝から一度も見ていないから……」

 

「えっ、一度も来てないんですか!?」

 

「ええ。朝から今まで一度も来てないですね。たまに丸1日来ない時もありますから、多分別の所で食事を取っているんじゃないでしょうか?」

 

 少し苦笑を浮かべながら千歳はそう言った。

 

 その言葉を聞いた俺の脳裏に嫌な感じがして、ごくりと唾を飲み込んだ。もしかすると、例の同人誌とやらに感づいた俺から身を隠すべく、雲隠れの如くどこかに隠れているのかもしれない。そうなると、探し出すのはかなり困難になってしまう可能性があるのだが――

 

「千歳姉ぇ、たっだいまー」

 

 厨房の方から元気の良い声が聞こえてくると、千歳は俺の方を向いたまま、返事をした。

 

「お帰りなさい、千代田。少し予定より時間がかかったみたいだけど、仕入れで何か、問題でもあったの?」

 

「えっ、あ、ううん。別に対した問題はなかったんだけど、ちょっと良い物を見つけちゃってさー。千歳姉ぇにも、是非見て欲しいんだよねー」

 

 声の主はそう言いながら、厨房の間切りにある暖簾を手で上げて、俺の方を見る。

 

「……え?」

 

「あ、どうも、千代田さん」

 

「えええええっ!?」

 

「こら、千代田。どうして先生の顔を見て、そんなに大きな声を出すの? 失礼じゃない」

 

「だ、だだだっ、だって、何で先生がここに居るのっ!?」

 

「ここは食堂なんだから、先生が来るのはあたりまえじゃない」

 

「で、でもでも、まだ時間も早いし、いつもの夕食時刻じゃないしっ!」

 

「別に、いつもの時間に来なきゃいけない理由なんて無いわよね。なのに、どうしてそんなに驚いているのかしら、千代田は」

 

「そ、それは……その……」

 

 千代田は言葉を濁しながら、ほんのりと頬を染め、何かを隠すように手を背中に隠れるように後ろに向けて、厨房の方へと後ずさった。

 

 ドックの建物で会った蒼龍と同じような驚き方に、俺は一抹の不安を感じながらも、千代田に問おうと口を開こうとしたのだが、

 

「何を騒いでいるのかしら?」

 

 厨房の奥にある階段で2階から降りてきた鳳翔が、少し不満げな表情で千代田の後ろに立っていた。

 

「え、あっ、ほ、鳳翔さん……こ、これは……えっと……」

 

 慌てふためく千代田は振り向いて、鳳翔から何かを隠すように手に持っている物を背中に隠す。だが、後ろを向いたと言うことは、俺や千歳に背を向ける訳であり、そこに隠そうとしたのならば、それはもう簡単に見えてしまう訳で……

 

「あら、千代田の手に持っているそれ……何かしら?」

 

「あっ、こ、これは、な、何でもないのっ!」

 

 慌てて今度はこちらに振り返る千代田。

 

「何でもないって言いながら、隠すところが怪しいわよね」

 

「べ、べべっ、別に怪しくなんか、ぜ、全然っ、全然無いんだからっ!」

 

 言動がすでに怪しさ満開。大爆発である。

 

「いいから、ちょっとそれを見せてみなさいよ。さっき、私に見て欲しいって言ってたじゃない」

 

「そ、そうなんだけどっ! で、でもでも、今はちょっと……ダメって言うか……危ないって言うか……っ!」

 

「危ない……?」

 

 ぼそりと呟く俺の額に、たらりと一筋の汗が流れ落ちる。

 

 嫌な予感が、ムンムンと漂ってくるようだ。

 

「千代田、あなたも良い歳なんだから、そんな子どもみたいにゴネないで、ちゃんと言うことを聞きなさいっ!」

 

「い、いくら千歳姉ぇの頼みでも……今はダメなのぉっ!」

 

「じゃあ、私だったら良いのかしら?」

 

「へあっ!?」

 

 千歳の迫力に後ずさっていた千代田だが、今度は鳳翔の方ががら空きだったようで、手に隠し持っていた物を簡単に取り上げられてしまった。

 

「だ、だだだ、ダメだって、鳳翔さん!」

 

「いったい何がダメなのかしら?」

 

 そう言いながら千代田から奪った物へと視線を落とすと、鳳翔は少し眼を大きく開いて、驚いたような表情を浮かべた。

 




次回予告

 焦る千代田に驚く鳳翔。
その手に持ったものは、予想通りのアレだった!


艦娘幼稚園 番外編? ~青葉と俺と写真と絵師と~ その7


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その7「発見しました」

 慌てる千代田から鳳翔さんが何かを奪い取る。
それは、俺が一番恐れていた物――だった?

 恐ろしき内容に主人公がついにキレる!?
しかしこれだけで終わるはずが無いっ!
本を見つけただけでは、主人公の災難は終わらないのだっ!


※リクエスト開始しました。詳細は活動報告にてお願いします!


「あ……あら、これは……まぁ……」

 

 釘付けと言わんばかりに、鳳翔は視線をガッツリと千代田から奪った物――少し大きめ本へと向けていた。B5サイズの大判で、厚さが非常に薄い本。表紙がテカテカと光っていて遠目では少し見難いけれど、綺麗な色合いで描かれているようだった。

 

「あ、あの……鳳翔さん……」

 

 申し訳なさそうに千代田は声を上げるが、鳳翔はまるで聞こえていないかのように本の表紙を眺めていると、急にパラパラと本を開いて中身を読みだした。

 

「まぁ……まぁまぁまぁ……」

 

「あぁ……う……ど、どど……どうしようっ!」

 

 頬を染めながら少しずつ笑顔になり、顔の周りがキラキラモードになる鳳翔と、慌てふためきながらその姿を見つめ、顔の周りに黒い縦線を漂わせて疲労していく千代田の姿があった。

 

 何というか、対照的すぎる2人なんだけど、嫌な予感がどんどんと大きくなってくる感じが、俺の背筋を凍らせるかのようだ。

 

「あ……あの、鳳翔さん……。その本って、いったい何なのでしょう……か?」

 

 いたたまれなくなってきた俺は、鳳翔に問いかけてみる。だが、千代田の時と同じように全く聞こえていないのか、本を読みふけるのに必死という感じで、ひたすら視線を手元へと向けていた。

 

「鳳翔さん、いったいどうしたんですかっ!?」

 

 さすがにその姿を不審に思った千歳が鳳翔に近づいていく。

 

「なんで、その本に……って、これ……ぇ……え、えっと……これは……その……もしか……して……?」

 

 鳳翔の横に立って覗き込んだ千歳は一瞬驚いた表情を浮かべたが、急に頬を真っ赤に染めると本に見入るように顔を近づけたまま、身動きひとつしなくなった。

 

 鳳翔が本のページをめくり、千歳も一緒に食い入るように、舐めまわすように、中身に必死になっている。気づけば、恐る恐るといった感じで近づいていった千代田も、頬を染めながら、2人の隙間から覗き込んでいた。

 

「……えっと、これは……つまり……?」

 

 俺1人が置いてけぼりを食らった感じに、ため息を吐きたくもなるが、それ以上に気になるのは本の中身である。

 

 いや、実際には3人の様子が余りにもおかしいので近づいていったのだが、本の表紙が徐々に明確に見えてきて、作者の悪意を完璧なまでに感じ取った。

 

 いや、作者本人は悪意なんてものは無いのだろうが、俺にとってはその塊でしかない。

 

 そんな、俺を不快にさせた本の表紙には、きらびやかな色合いで男性の姿が2人描かれ、キラキラとラメが入ったような加工がされている。

 

 両方が頬を染め、片方が両手で、もう片方の顔を優しく掴んでいる。

 

 まるでそれは、今からキスをしようと言わんばかりに。

 

「……っ!」

 

 そういう本があるのは知っていた。

 

 別に、それについてとやかく言うつもりはない。

 

 ただ、どう見ても、

 

 2人の男性のうち、1人が、

 

 俺らしき外見的特徴を押さえていたということだった。

 

 

 

 

「ちょっと待てええええええぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

 

「「「ひゃいっ!?」」」

 

 食堂の外にまで響いたであろう俺の大きな叫び声に、さすがに驚いた鳳翔と千歳と千代田は、肩をビクンと震わせて、顔をこちらに向けた。

 

「今すぐ、その本を、こちらに、渡して、頂きたい」

 

「あ……えっと、それは……」

 

 鳳翔は一筋の汗を垂らしながら言う。

 

「止めておいた……方が……」

 

 千歳は少し顔をひきつらせながら言う。

 

「良いと……思うよ……先生……」

 

 千代田はブンブンと顔を左右に振ってから、俺に言った。

 

「良いから、早急に、渡して、下さい!」

 

「「「は……はい……」」」

 

 自分でも分かるくらいの鬼のような形相に3人は身の危険を感じたのだろう。鳳翔は手に持っていた本を、出来るだけ腕を伸ばして、俺から距離を取りながら、プルプルと震えつつ手渡した。

 

「………………」

 

 無言のまま受け取った俺は、表紙をまず一瞥する。遠目で見た通り、片方の男性は俺に似ている気がする。

 

 だから、千代田が本を持って厨房から来た時に、俺の顔を見て驚いたのだろう。

 

 つまり、確信犯ってことで、後々話をしないといけないだろうね。

 

「あ、あうぅぅぅ……」

 

 そんな俺の気持ちを読み取ったのか、千代田は千歳の腕に抱きつきながら、ガタガタと震えている。

 

「………………」

 

 そんな千代田を全く気にしないで、俺は本のページをめくっていく。

 

 初めの数コマで話の流れが描かれていたが、どうやら今ここにいる鎮守府を舞台とした恋愛マンガのようだ。いかにもという感じの少女マンガのタッチで描かれる男性(俺っぽい)が尿意を催してトイレに向かって走っていると、ベンチに座った真っ白い軍服の男を発見し、何故か心の中で呟いた言葉が「ウホッ、良いおと……」

 

 ビリビリビリッ!

 

 俺は、渾身の力で、本を引き裂いた。

 

 

 

 

「ああああああああああああああああああっ!?」

 

「な、なななっ、何をするんですか先生っ!」

 

「私の本が……頑張ってゲットしたのにっ!」

 

 鳳翔たち3人は引き裂かれていく本を見て驚き、口々に大声を上げた。

 

「ふぅ……」

 

 修復不可能なほどに破きまった俺は、スッキリした表情で額を拭う。

 

「やりきった顔で恍惚した表情を浮かべるなんて……っ!」

 

「先生っ、あなたはそれでも人間ですかっ!?」

 

 ふむ、もの凄い言われ様なのだが、良く考えてから言って欲しいものだ。

 

「じゃあ、あなた達に問います。明らかに俺っぽい人物が出ている漫画で、間違いなくやおい系な内容で、俺の意図しない流れが描かれている。それを見た本人は、一体どう思うと考えますか?」

 

「う”っ……そ、それは……」

 

「内容自体がすでにパロディな挙句、この後の展開も間違いなくアレでしょうね。それが分かっていて、素直に返すと思います?」

 

「でも、いきなり破かなくても……」

 

「じゃあ逆にですね、千代田さん」

 

「えっ、わ、私ですかっ!?」

 

「あなたが主役の漫画と仮定しましょう。深海棲艦に捕まったあなたが、ことごとく凌辱されていく漫画があったとして、それを千歳さんや鳳翔さんがニヤニヤしながら黙々と読んでいて、呼びかけても反応が無かったら――いったいどうします?」

 

「サーチアンドデストローーイ!」

 

「ですよね。そう言うことです」

 

 うんうんと頷く俺。

 

「よ、よく……分かりました……」

 

 がっくりとうなだれた千代田は、肩を落としてバラバラになった本を悲しそうに見つめていた。

 

「そして、鳳翔さんに千歳さん」

 

「「は、はいっ!?」」

 

「とりあえず、この本については無かった事にする方がお互いの身の為だと思います。なので、早急に記憶から消し去って下さい」

 

「そ、そうですよね……致し方ありませんね……」

 

「わ……分かりました……」

 

 千代田と同じようにうなだれた2人だったが、じっと見つめる俺の視線に負けたのか、掃除道具を手に取り、床に散らばった紙屑をちり取りに集めだした。

 

「あうぅ……家宝にしようと思ってたのに……」

 

 1人呟きながら床に膝を突く千代田。

 

 いや、マジで止めて欲しいんだけど。

 

 つーか、やおい本が家宝ってどうなんだ……

 

 ひと通り散らばった漫画の破片を集め終わった2人を眼で追う千代田は、悲しそうな表情を浮かべたまま、ゴミ箱に捨てられていく場面を眼の辺りにし、両手を床につけて礼拝のように崩れ落ちた。

 

 ううむ……さすがになんか、悪い気がしなくもない。

 

 だけど、やっぱりあの本が出回るのは避けたいからなぁ……

 

「千代田さん」

 

「うにゅう……」

 

「いや、そんな可愛い声を出しながら礼拝しても、あまり意味は無いと思いますけど……」

 

「だってぇ……折角の本がぁ……」

 

「いや、さっき納得しませんでした?」

 

「でもぉ……手に入れるの、大変だったんですよぉ……」

 

 月の礼拝におけるチャイルドポーズを取ったまま顔だけをこちらに向けた千代田は、涙をボロボロと流しながらそう言った。

 

 泣くほどまでに悲しかったのかよ……

 

「ごほん……とりあえず、ひとつ聞かせて欲しいんですけど」

 

「……なんでしょう」

 

 やはりそのままのポーズで、千代田は俺の問いに答える。

 

「あの本ですけど、どこで手に入れたんですか?」

 

「……そ、それ……は……」

 

「言えないんですか?」

 

「………………」

 

 俺の問いに千代田は答えない。

 

 固まったまま、額から汗がたらりと流れ落ちている。

 

「作者に関しては、ほぼ、誰かは掴んでます。なのに、言えないんですか?」

 

「えっと……それは……その……」

 

「つまり、買う側に条件がある……そう言うことですか?」

 

「……っ、先生は……どこまで知っているんですか……」

 

 正直なところ、作者が秋雲であるということ以外全然知らないんだけれど、それを素直に言ってしまっては意味がない。しかし、言葉を上手く選ばなければ、ハッタリは通用しないだろう。

 

「さて……どこまでと言われると、難しいですけど……そうですね。漫画の題材になったのが、青葉の写真から……と言うことくらいなら、とっくに調べ上げています」

 

「………………」

 

「もちろん、青葉の方は対処済みですけど……もしかして、千代田さんも同じ目にあいたい……とかですか?」

 

「そ、それは……」

 

 ビクリと身体を震わせて、千代田は焦った表情を浮かべる。何を想像したのかは分からないけれど、効果はあったみたいだった。

 

 しかし、同じ目にあわせるとなると、壁ドンして、告白されたって勘違いさせないとダメなのだろうか。

 

 いや、全然しなくていいんだけどさ。

 

「わ、分かりました……だから、そ、その……」

 

「それじゃあ教えてくれますよね?」

 

「は、はい。ですから……ドックの掃除だけは勘弁して下さいね……」

 

 申し訳なさそうに、千代田は俺に謝りつつそう言った。

 

 ……ドックの掃除って、そんなに嫌な罰なの?

 

 さすがにそれを聞くことが出来なかった俺は、礼拝のポーズから立ち上がる千代田を見ながら、心の中で呟いた。

 




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次回予告

 千代田から秋雲の情報を聞いた主人公。
その情報から恐ろしい考えを浮かんだ時、主人公に声が掛けられる。
目の前に現れた艦娘から、更に嫌な予感を感じる主人公なのだが……

艦娘幼稚園 番外編? ~青葉と俺と写真と絵師と~ その8


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その8「マジヤバ、マジパナ」

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 千代田から秋雲の情報を聞いた主人公。
その情報から恐ろしい考えを浮かんだ時、主人公に声が掛けられる。
目の前に現れた艦娘から、更に嫌な予感を感じる主人公なのだが……


 

 食堂の扉を閉めた俺は、大きなため息を吐いて空を見上げていた。

 

「私が本を手に入れることが出来たのは、仕入れで町に出ていた時に、たまたま印刷所から帰る秋雲に偶然出会ったからなんです。いきなり含み笑いを浮かべてから、新刊が出来たから是非読んでねって渡してくれたんですよ」

 

 千代田から聞いた話により、秋雲の居場所が全く分からなくなってしまった。とはいえ、一番初めに食堂に来たのは正解だったと言える。もし、ここ以外の場所で秋雲を探していたのならば、印刷所に行っている秋雲が鎮守府内にいるはずもなく、ただひたすら居ない場所を探し続けていたのかもしれない。それに、なによりの成果は、

 

「フライングに近い状態で手に入れられた新刊だったのに……本当に残念です……」

 

 あれほどやばい内容の本を、中身を見られたとはいえ廃棄することが出来たのは不幸中の幸いである。

 

 ……本当に、マジで危機一髪って感じだった。

 

 ちなみに何度も残念がっていた千代田に、軽いジャブと言う名の説得をして納得させた俺は、ホッと胸をなでおろしていたと言う訳である。

 

 とは言え、肝心の秋雲の居場所は分からずじまい。本の回収も済んでいない俺にとって、安息が出来る状態では全くなく、次はどこを探すべきかと頭を痛めてしまう状況であった。

 

 青葉から聞いた情報だと、残っているのは鎮守府内にある宿舎の秋雲の自室か、間宮の甘味所なのだが……

 

 会ったことがない秋雲の考えが俺に分かるはずもなく、行動を先読みすることはかなり難しいだろう。食堂に至っても、ただ単に近い場所から当たってみようと思っただけであり、それが最善の結果だったとしても、偶然以外のナニモノでもないのだ。

 

 となると、次に向かうべき場所はどこにするかだよなぁ……

 

 って、ちょっと待てよ?

 

 今思いついたけど、千代田が言っていた内容に不審な点がなかったか?

 

 

 

「私が本を手に入れることが出来たのは、仕入れで町に出ていた時に、たまたま印刷所から帰る秋雲に偶然出会ったからなんです。いきなり含み笑いを浮かべてから、新刊が出来たから是非読んでねって渡してくれたんですよ」

 

 

 

 食堂で使う材料などを仕入れに出かけたのは問題ないだろう。たまたま秋雲に出会ったというのも、偶然ならば納得できなくはない。

 

「フライングに近い状態で手に入れられた新刊だったのに……本当に残念です……」

 

 『フライング』に『新刊』と言う2つの言葉。

 

 つまり、これは――

 

 前々から新刊が完成することを知っていて、近々配布される予定だったということではないだろうか。

 

 だとすれば、偶然出会ったとは言え、千代田は秋雲から本を買う、もしくは貰う予定だったと考えられる。

 

 ――ん?

 

 いや、ちょっと待て。

 

 この会話よりもっと前にも、おかしな点があるよな?

 

 確か、破かれた本を見て、千代田が地面に伏せて礼拝をしている際に、

 

 

 

「だってぇ……折角の本がぁ……」

 

「でもぉ……手に入れるの、大変だったんですよぉ……」

 

 

 

『手に入れるの、大変だったんですよ』

 

 そう。

 

 偶然なんかじゃ――無い。

 

 千代田は自ら秋雲と出会い、本をゲットしたという事だ。

 

 それが、たまたま思わぬところで出会ったというのならば、偶然という言葉は間違っていない。

 

 ――って、それだとまたおかしな点が出てこないか?

 

 秋雲の新刊がまだ出回っていないと仮定すれば、

 

 何故、俺の写真の注文が急に増えたのだろう。

 

 すでに新刊は出回っているという事か?

 

 それなら、手に入れる事が大変という言葉が矛盾する。

 

 うーむ、何やらこんがらがってきたぞ……

 

 謎は深まるばかりで一向に出口は見えてこず、俺は何度目か分からない深いため息を空に向かって吐いた。

 

 本を破り捨てたのは失敗だったのかもしれない。もしかすると、何かしらの情報が得られたかもしれないのだから。

 

 だけど、あのような内容の本を最後まで読む気力と勇気は俺には持ち合わせていないし、仮に読み終えたとしたら、完全に燃え尽きたボクサーのように真っ白になって、壁の隅っこでガタガタ震えているのが関の山ではないだろうかと思う。

 

「あ……あの……」

 

「……ん?」

 

「あなたは……幼稚園の先生ですよね?」

 

「え、あ、はい。そうですけど……」

 

 そう呼びかけられた俺は、声のする方へと振り返りながら返事をする。

 

「あ、あのあのっ! お、お願いがっ、あるんですっ!」

 

「お願い?」

 

「せ、先生の……サインを下さいっ!」

 

 そう言って深々とお辞儀をしたのは、大きな楕円の眼鏡をかけて、だぼついた上着の袖をぶらつかせた小さな艦娘の姿だった。

 

 

 

「……さ、サインっ!?」

 

「はいっ、先生のサインが是非欲しいのですっ!」

 

「いや、なんで俺のサインなんか欲しがるの? 俺って全然有名人でも何でもないよね?」

 

「そんなことないですっ! 先生は今や、艦娘の中で上位にランキングされる有名人なんですよっ!」

 

「えっ、それってどういうこと……?」

 

 思いもよらない言葉に普段ならにやけてしまいそうになるのだろうが、俺が今置かれている状況を考えると、嫌な予感がしてならない。

 

「今まで、鎮守府内の男性人気ランキングは元帥がずーっと1位を独占してたんですけどっ、ここ最近、先生の人気が鰻登りに急上昇っ! 1位の元帥を追い抜かんとする勢いに、巻雲も目が離せませんっ!」

 

「は……はぁ……」

 

 巻雲と自らを呼んだ艦娘は、瞳をキラキラとさせながら続けて言う。

 

「もちろん、巻雲は夕雲姉さん一筋――だったのですけど、あの本を読んでからは雷に打たれたような衝撃が走っちゃったのですっ! あっ、もちろん雷っていっても、幼稚園にいる雷ちゃんじゃなくて、空から落ちてくる雷のことですよっ!」

 

 聞いているだけで非常に分かりにくい気がするんだけれど、漢字が同じだけに仕方がない。

 

 って、何で俺が説明しているんだろう……

 

「こうなったら、是非にでも先生のサインが欲しいって思った巻雲なんですけど、たまたまここを通りかかったら先生を偶然見かけたんですっ! まさにこれは天恵――って感じで、勇気を振り絞って話しかけたんですよっ!」

 

 元気ハツラツ――といった感じで喋る巻雲に少々圧倒される俺。

 

「と言うことで、先生のサインをお願いしますっ!」

 

「ま、まぁ……別に良いけど……」

 

 サインと言われても、練習なんかしたことないから普通に名前を書くしか出来ないが、それでも良いのだろうか。

 

 しかし、それよりも巻雲が言った、本という言葉が気にかかる。

 

 つまりそれは、例の秋雲の新刊なのではないだろうか。

 

 そう思った俺はサインを了承し、隙あらば見せてもらおうと思ったのだ。

 

「それじゃあ、何か書くものと……色紙とかある?」

 

「………………」

 

 俺の言葉に、巻雲は目を点にして立ち尽くしている。

 

「……えっと、俺なんか変なこと言った?」

 

 ぶかぶかの両袖が、風に揺られてたなびいていた。

 

「へあぁぁぁっ! 巻雲、色紙のこと忘れてましたっ!」

 

「……あー、そう言うことね」

 

「ど、どどどっ、どうしましょう! これじゃあ、先生のサインが貰えませんっ!」

 

 涙を潤ませながら大きな声を上げる巻雲は、あたふたと身体中を探るように両手をばたつかせた。

 

「なっ、何か色紙の代わりになる物は……あっ、そう言えばこれがありましたっ!」

 

 そう言いながら、懐から長方形の物体を取り出す。

 

「そうですっ! これにサインを貰えれば、まさに一石二鳥じゃないですかっ! 先生っ、是非この本に直筆のサインをお願いしますっ!」

 

「え、あっ……うん、良いけどさ……」

 

 テンションが上がりまくってるなぁ。

 

 有名人に出会ったファンってこんな心境なんだろうけど、俺は別に有名人って自覚しているわけじゃないから、どうにも背中がこそばゆい気がするんだけど……

 

 しかし、本と聞いてもしやとは思ったけれど、どうやら秋雲の新刊ではなかったようだ。

 

 まぁ、そんなに簡単に事が進む訳は無いだろうし、サインを終えてから聞いてみる事にしよう。

 

「それじゃあ、このペンでお願いしますっ!」

 

 併せてポケットから取り出したマジックペンと一緒に差し出され、俺は少し肩をすくめながらそれを受け取る。

 

 そこで、ふと渡された物体に目を落とした。

 

 ハードカバーのしっかりとした作りの本で、サイズは新書サイズの小説のようだ。表紙に書かれているタイトルは『白と黒』と、明朝体で書かれていた。

 

「えっと、サインはどこに書けばいいかな?」

 

「それじゃあ、表紙をめくったところにお願いできますかっ!」

 

「ん、了解。それじゃ――まぁ、普通に名前を書くだけだけど」

 

 俺はマジックペンのキャップを外し、表紙をめくる。何も書かれていない大きなスペースに、キュッキュ……とリズムよく自分の名前を書いてキャップを閉めた。

 

 ん……?

 

 次のページに書かれている文章が、透けてうっすらと俺の眼に入った。横文字でタイトルの『黒と白』、そしてその下には……

 

「青葉……?」

 

「あっ、はい。その本を書いたのは青葉さんで、挿し絵は秋雲が描いてるんですよー」

 

 そう言って、にっこりと笑う巻雲。

 

 だが俺は、完全に笑えない何かを感じ取っている。

 

 この本は……マジヤバい気がする……

 

 いや、マジパナイ気がする。

 

「………………」

 

 ごくりと飲み込んだ唾の音で更に緊張したが、俺は恐る恐るページをめくっていった。

 




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次回予告

 巻雲から受け取った本の中身はとんでもないものだった!
予想通りの展開!? いや、相手が悪すぎる!
しかも最後の文章にマジ切れ状態!


艦娘幼稚園 番外編? ~青葉と俺と写真と絵師と~ その9


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その9「大問題作品」

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※注意
 本文の初めから約3分の1ほど続く文章は、鑑これとはあまり関係がない挙げ句、何故かボーイズラブ的な表現が多々含まれます。
興味がない方は、若干下(縦書きの場合は適当に)まで飛んでいただけますよう宜しくお願いします。
大丈夫な方はそのままお楽しみください。


 巻雲から受け取った本の中身はとんでもないものだった!
予想通りの展開!? いや、相手が悪すぎる!
しかも最後の文章にマジ切れ状態!

※本文をいくつか修正しました。


 巻雲から受け取った本を開いた俺の目に、恐ろしき文章が入ってきた。

 

◆ ◆ ◆

 

『白との出会い』

 

 

 

 俺は仕事を済ませて、いつもの缶コーヒーを片手にベンチで座ってタバコに火をつけた。肺の中いっぱいに吸い込んだ真っ白い煙が、俺の心の黒い部分を薄めていく。しかし、日々の暮らしで溜まったストレスを解消するにはほど遠く、俺は大きなため息を煙と一緒に吐き出した。

 

「ん……?」

 

 遠くの方にある木々の影に立っていた人物を見つけた俺は眼を細める。白い服装に身を包んだ青年は、何かにおびえるように辺りを警戒しながらきょろきょろと見回した後、急に座り込んで地面を掘り出した。

 

「ふうん……なにやら、面白そうな事をしているじゃないか……」

 

 にやり……と、俺は笑みを浮かべる。胸の奥が高鳴りを上げ、真っ黒いモノが蠢き出すと同時に俺は立ち上がって、青年に気づかれないように静かに近づいて行く。

 

「はぁ……はぁ……後は、これを埋めれば……」

 

 汗びっしょりの額を拭う白い服装の青年は、袖を土で汚しながら、自らの掘った穴の中に何かを入れて、土を戻そうとした。

 

「……何を埋めているのかな?」

 

「……っ!?」

 

 青年は驚いた表情で俺の方へと振り向いた。

 

「な、何もっ、何も埋めてなんか……っ!」

 

「嘘……だよな。その袖、土でめちゃくちゃ汚れてるし」

 

「こ、これは……その……」

 

 あわてふためく青年に、俺は微笑を浮かべながら近づいていく。

 

「こっ、こっちに来るなっ!」

 

「なんで? そっちに行ったら、まずいようなことでもあるのかな?」

 

「そ、そんな物は……わぁっ!?」

 

 近づいてきた俺と穴の間に身体を入れて見せないようにしようとした青年だったが、素早い動きで阻止した俺は、青年の胸を突き飛ばして木に押しつけた。

 

「な、何をするんだっ! ぼ、僕……いや、俺はここの鎮守府の元す……んむうっ!?」

 

 俺は無理矢理顔を近づけて、唇で青年の口を塞ぐ。

 

「ふむぅっ! むうっ、んむぐうっ!?」

 

 眼を大きく見開き、何が起こったのか理解しきれない青年は、何度も声を上げようと必死に離れようとするが、俺の両腕ががっしりと掴み、身動き一つ出来ないように固めていた。

 

「ん……むっ!? んむっ、んぐ、むうぅぅ……っ!」

 

 舌で唇を押し開け、歯茎をゆっくりと這うように愛撫する。味わったことのない感覚に青年の頬は少しずつ赤みを帯び、ガクガクと身体を震わせていた。

 

………………

…………

……

 

◆ ◆ ◆

 

「いやいやいやいやいやいやいやいやいやいや……」

 

 ないわ。これはないわー。

 

 もうね、色々とね、突っ込みまくりたいんだけどさ。

 

 とりあえず、言わせてくれ。

 

「青葉を今からとっちめる!」

 

「えええええっ! 何でですかっ!? こんなにすばらしい本を書く方なのにっ!」

 

「勝手に出演させられて、あろうことかやおい小説とかありえるかあぁぁぁぁっ!」

 

「あれ、それはおかしくないですか? 巻雲が聞いた話と全然違うですよ?」

 

「何がっ! そして、どんな話だっ!」

 

「ちょっ、ちょっと落ち着くです先生っ! そんなに興奮するのは、元帥の前だけに……」

 

「それが腹立っている最大の理由だあぁぁぁぁっ!」

 

 なんでこうなった!?

 

 青葉か!? それとも秋雲かっ!?

 

 いや、両方なんだなっ!

 

「と、とにかく、先生の言っている事と巻雲が聞いた話とは全然違うのです。まず、この小説の最後に書かれている文章ですけど……」

 

「最後――だと?」

 

 最後のページに何か書いてあるのかっ!?

 

 俺は分厚い本をパラパラとめくって、最後の方にある後書きのページにたどりつく。そこには青葉がこの本を書くに至って色々なことがあったと記してあったのだが、

 

 最後の最後に、

 

 

 

『この物語はノンフィクションです』

 

 

 

 と、書いてあった。

 

「と言うことです。分かりましたか先生? 巻雲が言った通り、この本は先生と元帥の愛の軌跡をまとめて編集した、素晴らしい書籍……いえ、聖書なのです。だから、青葉さんは私たちにとって憧れと言うべき存在……しかも、最近は先生や元帥の秘蔵写真まで格安で譲ってくれるという、慈愛にも満ちた素晴らしいお方なのですっ!」

 

 巻雲は自分を誇るかのように、にっこりと笑みを浮かべる。

 

 まるでそれは、宗教団体に洗脳を受けたかのような、眼に光があるにも関わらず、眼の前を見ずに、どこか遠くの理想郷を眺めている――そんな感じに見えた。

 

 巻雲は、すでに青葉や秋雲に浸透しきっているのではないだろうか。

 

 ならば、どんな説得も聞きやしないだろう。

 

「って、そんなものが言い訳になるかあああああああああっ!」

 

「ひゃあっ!?」

 

「よおし分かった。そっちがそう来るなら、こちらにだって考えがあるっ!」

 

 こうなったらあの人にも協力して貰わないと、俺だけでは手に余る。

 

「巻雲、今から俺について来てくれないか? 俺に話してくれた事を、そっくりそのまま聞かせてやって欲しい人がいるんだ!」

 

「ま、巻雲がですか?」

 

「巻雲じゃないとダメなんだっ! もちろん、それをやってくれた暁には――俺が書いたサインの横に、元帥のサインも書いて貰ってやる!」

 

「ほ、本当ですかっ!? そ、そんなっ、まさか、おふたりの連名が巻雲の本に……っ!」

 

「あぁ、もちろんそんな本はこの世に1冊だって無いだろう! それが、巻雲の物になるんだぞ? 素晴らしいと思っている聖書が、最高の輝きを得るんだぞ!」

 

「へ、へあぁぁぁっ! 凄いですっ! そんなことになったら、巻雲は……巻雲は……っ!」

 

 ガクガクと膝を揺らして武者震いをする巻雲は、頬を真っ赤に染めて恍惚の表情を浮かべていた。

 

 って、なんかやばくない?

 

 園児たちを見てるときにたまにある、お漏らししそうな感じの震えに似てるんですけど。

 

 もちろん、園児たちはこんなやらしい顔はしないけどねっ!

 

「巻雲……巻雲ぉ……っ!」

 

「ていっ!」

 

「はうっ!?」

 

 ドサリ……と崩れ落ちる巻雲を抱えた俺は、首筋に当てた手刀を納めつつ、背中におぶさるように抱え上げて運び出す。

 

 端から見れば幼女を誘拐する不審者の図。

 

 だが、今はそんな事を言っている場合ではない。

 

 通報されると困るけど。間違いなく憲兵にそのまま牢屋にお持ち帰り。

 

 それに、あのまま放っておけば色々とまずかっただろうし。

 

 タグにR-18って書かなきゃいけなくなりそうだしね。

 

 ……まぁ、本の内容も然りだったけど。

 

 大きなため息を吐いた俺は、見た目以上に軽い巻雲をおぶりつつ、この件に関して最大の協力者になってくれるであろう人物の元へ、急いで向かうことにした。

 

 見事なまでに俺を騙してくれた青葉に、全力でやり返す事を考えながら。

 




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次回予告

 気絶した巻雲を抱えてある人の元へ向かう途中、ふとある考えがよぎった。

 これって、幼女をさらおうとする誘拐犯に見えなくね?

 そんな心配が見事に的中するかのように、目の前に現れた艦娘が一人、声をかけてきたのだが……


艦娘幼稚園 番外編? ~青葉と俺と写真と絵師と~ その10


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その10「爆撃開始!」

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※今回は中盤部分に少しだけR-15のシーンがあります。
 苦手な人は飛ばして頂けますようお願いします。


 気絶した巻雲を抱えてある人の元へ向かう途中、ふとある考えがよぎった主人公。
俺って誘拐犯に見えなくね? 巻雲さらってるって思われね?

 そんな心配は完全にフラグ。
俺の目の前に現れた艦娘が、声をかけてきたのだが……


 ぐったりした巻雲を背負ったまま、俺はある人物の元へと向かっている。とは言え、隠したところですぐに分かるだろうし、今の状況に置いて一番の協力者になってくれるであろう人物は、簡単に予想がつくだろう。

 

 それよりも心配だったのは、背負っている巻雲と、そんな俺の姿を見た他の人たちがどう思うかだ。

 

 端から見れば、気絶している彼女を背負っている彼氏――に見えなくもないのかもしれないが、背丈も小さい巻雲であるからして、小さな子を誘拐しようとする悪い男に見られてもおかしくはないのかもしれない。

 

 まぁ、艦娘に真っ向から勝負できる一般人っていないと思うけれど、鑑装を外している彼女たちは、普通の女の子と変わりはない。そう考えれば、やはり俺の心配も可能性として否定はできないのだが……

 

「えっ、先生……何をしてるんですかっ!?」

 

 そんな事を考えながら走っていた俺に、1人艦娘が声をかけてきた。

 

「あっ、飛龍さん。実は巻雲が急に倒れちゃったので、元帥の所に連れていこうと……」

 

 嘘は言っていないので、大丈夫。

 

 そう思いながらも、額から汗がたらり……と流れ落ちていく。

 

「はぁ……それだったらドックに連れていけばいいと思うんですけど、ダメなんですか?」

 

「ま、まぁ、そうなんですけど、元帥にもちょっと用事があってですね……」

 

「でも、それだと巻雲が邪魔になったりしないんですか?」

 

「……はい?」

 

「えっ……だって、愛しの彼氏の元に向かうんですよね?」

 

 そう言いながら、飛龍は、ぽっ……と頬を染める。

 

「なん――でやねんっ!」

 

 飛龍、お前も読者なのかあぁぁぁぁっ!

 

「違うからっ! 本当にマジで違うからっ! あの本に書かれてることは根も葉もない作り話だからっ!」

 

「またまた~、先生ったらそんな事を言っちゃって~。元帥が聞いたら、泣きわめきながら単身で未知の海域に突撃して、深海棲艦に沈められちゃいますよ~?」

 

 ニッコリ笑ってそう言う飛龍。

 

 ……元帥って、地味に恨まれてるんじゃない?

 

 まぁ、今までの女性関係を考えたら、おかしくはないんだけど。

 

 それに、飛龍も犠牲者(当の本人の意思はわかんないけど)の一人だったと思うし……

 

「違うんだっ、本当にあの本は作り話なんだって! よく考えてもみてよ。あれだけ女性を取っ替え引っ替えしている元帥が、なんで俺なんかとくっついちゃうのさっ! それに、俺も男より女の方が断然好きだしっ! おっぱい大好きだもん! 愛宕さんとか高雄さんのって崇拝できちゃうくらい凄いけどっ、飛龍さんもおっきいし埋もれてみたいもんねっ!」

 

「えっ、あ……その……あ、ありがとう……ございます……」

 

「つーか、何を言ってるんだ俺はっ! 自らおっぱい星人って名乗っちゃってるしっ!」

 

「あー……でも、その辺りは周知の事実ですよ?」

 

「……え?」

 

「あれ? 『黒と白』の中盤辺りに、愛宕さんとの絡みがありましたよね?」

 

「えっ、何それ!?」

 

「えっと……確か……そう、ここです!」

 

 飛龍はそう言いながら、懐に隠し持っていた『黒と白』の本を取りだしてページをめくると、俺につきだした。

 

 

 

『黒と白 中盤部分より抜粋』

※ちょっとだけR-15っぽいです。

 

――――――

 

 俺は愛宕の手を無理矢理引っぱって、普段使われていない倉庫へと引きずり込んだ。初めのうちは嫌がる素振りを見せていた愛宕だが、引っぱられている際に大声を上げるような抵抗はせず、倉庫に入ってからの表情も頬を赤く染めて瞳を潤ませているので、どうやら本気で嫌がっているようではなさそうだ。

 

「せ、先生……先生には元帥と言う大切な恋人がいるんじゃ……」

 

「愛宕先生、ここまで来ておいてソレはないでしょう?」

 

「で、でも……先生は、その……」

 

「ふふ……俺はどっちもいけるクチなんですよ。それに、愛宕先生にはこの立派な胸がある……。あぁ、なんて魅力的なんだ……」

 

「ふあっ……や、やめて……下さい……せんせぇ……っ」

 

 ゆっくりと愛宕に近づいた俺は首筋に舌を這わせながら、両手で豊満な乳房を鷲掴みにする。むにむにと指の間から溢れんばかりに弾力を味わいながら、優しく、時に強く刺激を与えると、愛宕の口から徐々に喘ぎ声が漏れだした。

 

――――――

 

 

 

「………………ごくり」

 

「ねっ、バッチリと書いてありますよねっ!」

 

 何これっ! 続きが超気になるんですけどっ!

 

 でもこれ以上読んでると、色々とまずいことになるからと、俺は名残惜しみながら飛龍に本を返す。

 

 ――ってか、もうどう足掻いてもおっぱい星人については言い訳のしようがないじゃねえかっ!

 

「ま、まぁ、先生に……その、誉められたのは嬉しいんですけど……」

 

「うー……あー……」

 

 あー……恥ずかしすぎて耳まで真っ赤になっちゃってるよな……たぶん。

 

「この後にも書いてますけど、やっぱり先生には元帥という大切な恋人が……」

 

「だからソレは違うってえぇぇぇぇっ!」

 

「そこまで照れなくても良いじゃないですか~」

 

「本当にっ、ほんとおおおおおおおううううううに、違うからっ! 信じてお願いプリーズ!」

 

 大声で叫びまくる俺を見て、飛龍はクスクスと笑みを浮かべている。

 

「本気で照れちゃって、先生ったら可愛いんですねっ!」

 

「いやだから、照れてるとかそういうんじゃなくてっ! 俺は元帥の事なんかなんとも思ってないしっ! 第一あんなモテキャラ、同姓が好きなるより恨む方が普通でしょうっ! 現に高雄さんが秘書鑑って事に羨まし過ぎて、いつかぶん殴りたいと心の中で思ってるのにっ!」

 

「え……?」

 

 俺の言葉に飛龍は驚いた表情を浮かべて固まった。

 

「な、なんでそんなに……元帥の事を悪く言うんですか……っ!? そ、それじゃあ……まさか……そんな……っ!?」

 

 やっと俺の言葉を理解してくれたのかと、ほっとため息を吐く。

 

 おもいっきり叫びまくった甲斐があった――と思ったのだが、

 

「本気で元帥のことを捨てるつもりなんですかっ!?」

 

「だからなんでそうなるのおぉぉぉぉっ!?」

 

「そ、そして……今度は背中におぶっている巻雲を毒牙にっ!?」

 

「いやいやいやっ! さっき俺が言ってたこと聞いてたのっ!?」

 

 俺は大きいのが好きなのであって、巻雲みたいにちっちゃいのは好みじゃないんだっ!

 

 一部の方には問題発言だが、ここは許して欲しい。

 

 俺がこの鎮守府で生きていけるかどうかの瀬戸際だからっ!

 

「こ、こうなったら、全力で止めるしかありませんっ! 第一次攻撃隊、発鑑! 先生を今すぐ爆撃してっ!」

 

「嘘おおおおぉぉぉぉっ!?」

 

 問答無用で爆撃とかありえないからっ!

 

「徹底的に叩きますっ! 多聞丸も怒ってますよっ!」

 

「やああああめええええてええええぇぇぇぇっ!」

 

 俺は叫び声を上げながら、巻雲を背負っているのも忘れるくらいの全速力で、飛龍から遠ざかるように走った。

 

「先生っ! 逃げないで下さいっ!」

 

「今から爆撃しますって言ってる艦娘を前にして、逃げない一般人がどこにいるんだああああぁぁぁぁっ!」

 

「ああっ、もう! そんなにジグザグ走ったら当たりませんっ!」

 

「当たってたまるかああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 逃げ回る俺の身体の近くに落ちる爆撃に肝を冷やし、それでもなんとか追手を撒き終えたのは、それから30分ほど経った後だった。

 

 もちろんその間、走りまくっていたのは言うまでもなく、俺の体は満身創痍で息も絶え絶えで死にそうだ。巻雲の身体をおぶっていたのもあり、感じる疲労も倍増している。

 

 結論。

 

 目的地に着くまでスニーキングで行こうと決めた俺の顔は、汗と涙で塗れまくっていた。

 

 出来れば段ボールを被って向かいたいと思ったが、残念ながらどこにも見当たらなかった。

 

 ……しくしくしく。

 




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次回予告

 爆撃しようとする飛龍から何とか逃げ切る事が出来た主人公。
スニーキングしながら辿り着いた場所は、頼りがいが有りそうで無さそうな、ある人物の部屋だった。


艦娘幼稚園 番外編? ~青葉と俺と写真と絵師と~ その11


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その11「最凶のふたり」

※出して欲しい艦娘のリクエスト募集を引き続きやってます。
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 爆撃しようとする飛龍から何とか逃げ切る事が出来た主人公は、スニーキングである場所へとたどり着く。
巻雲をおぶったまま、扉をノックする主人公。
よく考えてみると、コードEによって提督勢はダウンしていたのではと焦る主人公なのだが……


 それから俺はコソコソと不審者の様な動きで鎮守府内を移動し、なんとか他の艦娘に会う事もなく目的の場所である扉の前にたどり着いた。ちなみに、飛龍から逃げてここに来るまでの間、おぶっている巻雲がまったく気がつかないのはさすがにおかしいのでは――と思っていたのだが、どうやら爆撃の一部が頭部にヒットしていたようで、更なる気絶要素となり、今まで起きなかったという事らしい。

 

 ……いや、笑い事ではすまされないんだけれど。

 

 しかし、巻雲を救う為とか言ってた飛龍の爆撃でダメージを受けるとは、運が無いというかなんというか、可哀想だなと言っても良いだろう。

 

 実際の所、巻雲が起きていたのならば飛龍から逃げる際も大変だったろうし、結果的に気絶していてくれて良かったのかもしれない。

 

 盾としても役立って貰ったみたいだし――って、これじゃあ完全に悪人の思考だ。

 

「ふぅ……」

 

 今までの事を考えながら大きなため息を吐いた俺は、目の前の扉をノックして返事を待つ。

 

 5秒ほど経った。

 

 10秒ほど経った。

 

 返事が返ってこないので、もう一度ノックをしてみたが――やはり、なんの反応も無い。

 

「いない……のか?」

 

 そう呟いた俺は、何故この場所にあの人が居ないのかを考えながら頭を捻る。

 

 普段であれば、艦娘の指揮の為にこの場所に居ることは間違いないのだが――って、そもそもそれが間違いじゃないかっ!?

 

 コードEによって、提督のほとんどが心に多大なダメージを受けたというのは高雄との会話で聞いていたはずなのに、今まで完全に忘れていたっ!

 

 じゃあ結局の所、この鎮守府において俺を助けてくれそうな人はいないって事になるんじゃ――

 

「あれ、先生じゃないか。どうしたの、こんなところで?」

 

「……えっ!?」

 

 後ろから聞こえた声に振り向くと、少し顔色の悪い真っ白な軍服で身を固めた青年――元帥の姿があった。

 

「げ、元帥っ!」

 

「やっほー、先生。なんだかお疲れみたいだけど――って、なんで巻雲ちゃんをおんぶしてるの?」

 

「あっ、これには理由があるんですけど……」

 

「んー、まぁ立ち話もなんだから、とりあえず中に入ってよ」

 

「あ、ありがとうございますっ!」

 

 飛龍に追われていた立場である以上、通路の真ん中で立っているのは心臓に悪いし、元帥の提案は非常に助かる。

 

 扉を開けて先に中に入った元帥に続いて、俺は巻雲をおんぶしながら司令室に初めて入る事となった。

 

 

 

 

「まぁ、とりあえずそこに座ってよ」

 

 元帥は自分の定位置である椅子に座り、ソファーを指さした。俺は「ありがとうございます」と頭を下げ、3人掛けの革張りソファーの端に巻雲の身体を寝かせてから隣に座り、元帥の方を見る。

 

 表情はいつも通りだが、若干顔色が優れないのはコードEによる影響だろう。

 

「まずは、お疲れさんってところかな。先生が白い猫を見つけてくれたおかげでコードEは終息したし、被害は――まぁ、小さくはなかったけど、最悪の事態は避けられたよ」

 

「あ、いえ……今回のことはたまたまと言うか、龍田のおかげと言うか……」

 

「いやいや、先生のしてくれた事は高雄に全部聞いたけど本当に助かったよ。幼稚園の中を調べる優先順位はかなり低かったから、先生が動いてくれてなかったら、確実に被害はもっと大きくなっていたんだ。本当にありがとうね」

 

 そう言って頭を下げる元帥に、俺は「いえ……そんな……」と気の聞いた事も言えずに、頭を下げ返した。

 

 うーん、どうにもこの堅い雰囲気は苦手なんだよなぁ。

 

 提督を目指していた身とは言え、情けないったらありゃしない。

 

「……で、先生の用件はいったい何かな? やっぱり背負ってた巻雲ちゃんにも関係してるんだよね?」

 

「あっ、はい、そうなんです。実は巻雲からとんでもない事を聞かされたんで、元帥に相談しようと思ったんですけど……」

 

 そう言って、俺は巻雲を見た。すやすやと気持ちよさそうにソファーの上で眠っているのが、何故か憎たらしく思えてしまう。

 

 本は巻雲が持っているし、勝手に取り出すのも気が引けるのだが。

 

 ――というか、持っている場所が場所だけに、さすがに手を入れる=逮捕になりかねないし。

 

「ふむ……その巻雲ちゃんは、おねむ状態かー。無理矢理起こすのはなんだか可哀想だよね」

 

「ええ。ただ、ちょっと気になるのは、先ほど頭に衝撃を受けてしまったみたいで……」

 

「……え、それってさっきの大きな音?」

 

「は、はい。ちょっと色々あって、飛龍に爆撃されちゃいまして……」

 

「………………」

 

 マジかっ! ――って感じで大きく目を見開いた元帥が俺の顔を見ていた。

 

 べ、別に飛龍を口説いたとかそう言うのじゃないんだけど、もしかして今から俺怒られちゃったりするのかっ!?

 

「せ、先生……」

 

「は、はいっ! すみませんっ!」

 

 とりあえず先手を打とうと、俺はソファーから立ち上がって90度の直角お辞儀で頭を下げた。

 

「い、いやいや、別に謝らなくても良いんだけど……」

 

「……え、そうなのですか?」

 

「ま、まぁ、理由はともかく、鎮守府内で爆撃を行った飛龍が悪いんだけど、まさか爆撃されて無傷でいるって……すごいんだね、先生って」

 

「い、いえいえ! 偶然逃げ切れたようなものなんですよっ! それに巻雲を背負っていなかったら、どうなっていたか分からないですし……」

 

 巻雲の身体が盾になってくれたおかげだしね。

 

 もちろん、わざとやったわけではないんだけれど。

 

「しかしそうなると、巻雲ちゃんは大丈夫なのかな? 頭に爆撃を食らったって、少し心配になるんだけど……」

 

「い、息はしてたんですけど……頭ですもんね……」

 

 俺と元帥は冷や汗をかきながら、巻雲の前に移動し様子を見る。先ほどと同じように気持ちよさそうに寝息をたてて、ソファーで眠っている。

 

 心配になった俺と元帥は様子を窺う為に近づこうとしたのだが、急に巻雲がお札を額に貼って飛び跳ねる死体のように上半身を起き上がらせて、大きく口を開いた。

 

「へあっ!?」

 

「「うわっ!?」」

 

「巻雲のセンサーがビビビッ!って感じましたっ!」

 

「「お……おぅ……」」

 

「って、そこにいるのは元帥と先生っ!? 最高最強最大級のベストカップル揃い踏みですぅっ!」

 

「……は?」

 

 驚いた表情で固まる元帥の横で、俺は大きなため息を吐く。

 

「先生が言ってくれた通り、巻雲の本にサインを書いて貰えるんですねっ!」

 

「……はぁ?」

 

「是非、先生のサインの横に宜しくお願いしますっ!」

 

「……はぁ」

 

 巻雲に本とペンを渡された元帥は、もの凄く不安そうな表情を浮かべて俺の顔を見たので、こくりと頷いて返す。

 

「ま、まぁ……良いけどさ……」

 

 キュッキュッ……と元帥が本の表紙をめくってサインを書く。

 

「元帥、サインが書けたら本文を読んでみて下さい」

 

「……え?」

 

「ただし、それ相応の気構えはしておいて下さい」

 

「……な、なんだか嫌な予感がするんだけど?」

 

「はい。間違いなくその予感はあってます。ですが、ここで目を背けたら近い将来絶対後悔しますから」

 

「そ、そうなんだ……わ、分かったよ……」

 

 本に向き直った元帥はペンを再び動かしてサインを書き終えた。キャップを閉じてペンを巻雲に返し、不安な表情を浮かべたままパラパラとページをめくっていく。

 

 巻雲はそんな元帥の顔を見て、恍惚とした表情を浮かべている。

 

 ううむ……またさっきと同じような事にならないと良いんだけどなぁ。

 

「……小説なんだね。作者は……えっと、青葉……か」

 

 元帥の不安な表情が更に一層深まった気がする。

 

「なになに……この鎮守府内での出来事で……あれ、この主人公って先生っぽいよね」

 

「ええ……そうみたいです……」

 

「へぇー、そうなんだーって、青葉ならやりそうだよね。でも、せっかく僕という良い素材がいるんだから、一緒に出してくれれば良いのに」

 

 自分の事を良い素材って言う段階でダメだと思うのだけれど、突っ込む気力もないのでスルーしておこう。

 

「って、何これ。僕もちゃっかり出てくるじゃんー。さっすが青葉、見る目があるねー」

 

「……その余裕も、そこまでですよ」

 

「ん、何か言った、先生?」

 

「いえ、それよりも続きをどうぞ。もちろん、心構えをしっかりとした上でお願いします」

 

「うーん、心構えと言っても、別に青葉の作り……話なんだ……か……ら……?」

 

 言葉の詰まり具合と一緒にどんどんと青ざめていく元帥が、ワナワナと震えて本を持ち、額とページが触れそうなくらいに近づいて凝視していた。

 

「な……なっ、なんなんだこれはっ!?」

 

「青葉の書いた、『ノンフィクション』だそうです」

 

「はあぁぁぁぁっ!?」

 

「もちろん、こんな事実は一切ありません」

 

「あたりまえだよっ! こ、こ、こんなことっ、あったら大問題じゃないかっ!」

 

「はい、元帥の言う通りです。これは紛れもない『青葉のねつ造』です」

 

「へあぁぁっ!? おふたりが否定したら、巻雲はどうしたらいいんでしょうかっ!?」

 

 いや、別にどうもしなくて良い。

 

 ただ、この本は作り話であって、青葉の悪意によって書かれた本だったと理解してくれれば良い事なんだから。

 

「む、むううううぅっ! これは……これは許せないっ! 事実ではないことを書くなんて……っ!」

 

 よし、これで俺にとって最強の仲間が出来た――と思っていたのだが、

 

「俺はネコじゃなくてタチなんだぞっ!」

 

「おいこらちょっと待てっ!」

 

 攻めとか受けとかそっちの方面かよっ!

 

「いやまぁ、嘘なんだけどさ」

 

「心臓に悪いわっ!」

 

「ちょっとしたジョークじゃない。先生ったらユーモアセンスを持たなきゃダメだよ?」

 

「時と場合を考えてから言って下さいっ!」

 

 時間と場所も、わきまえようねっ! 全国の提督さん!

 

「うーん、しかしこれは……正直困るよね」

 

 全然困っているように見えないんですけどねっ!

 

「僕って可愛い女の子しか興味ないんだけどなぁ。けど最近、赤城や加賀、蒼龍や飛龍と、あんまりデートできてないんだよねー。やっぱり翔鶴と瑞鶴に手を出したのがダメだったのかなあ。この前も喧嘩させちゃったし、その後高雄に思いっきり怒られちゃったし……」

 

 その辺のことは、人の噂も七十五日を読めば分かると思う(宣伝)

 

 つーか、絶対元帥懲りてないよね。

 

「まぁ、とりあえず、青葉本人に聞いてみないと分かんないよね。なんでこんな本を書いたんだって」

 

「ええ。おおよその予想はついてますけど、問いつめない事には先に進めません」

 

「だね。それじゃあ、青葉のところに行きますか」

 

「はい」

 

 こくりと頷いた俺は、くるりと180度方向回転をして扉へ向かおうとすると、巻雲が泣きそうな表情を浮かべて立っていた。

 

「あ、あの……巻雲は……どうしたらいいですか……?」

 

 本に書かれていた内容を信じきっていた巻雲にとって、真実受け入れるには少々酷だったのだろう。眼に涙をいっぱい溜めて、俺と元帥の顔を交互に見つめている。

 

「巻雲ちゃん。この本に書かれてる内容は紛れもなく作り話だったんだけど」

 

「うぅ……」

 

「でもね、巻雲ちゃんは俺や先生のことが好きでしょうがなかったんだよね?」

 

「……え?」

 

「だから、この本を読んで心酔しちゃったんだ。そこで、俺からちょっとだけプレゼントをあげよう」

 

「え……えっ!?」

 

 そう言って、元帥は中腰になって巻雲の身体をギュッと抱きしめた。

 

 ……ロリコンの図にしか見えないんだけど。

 

「ひゃ、ひゃあぁぁぅ……」

 

「ごめんね、俺たちのせいで勘違いさせちゃって」

 

 いや、俺まで巻き込まないでくださいと言いたいけど、どっちにしても手遅れか。

 

「こんなんじゃお詫びにはならないかもしれないけど、僕の気持ちだから」

 

 そう言って、元帥は巻雲のおでこに口づけをした。

 

「へあぁぁ……ま、巻雲には……夕雲姉ぇ……さんが……」

 

「うん、それでもね。僕の気持ちは伝えなきゃ……さ」

 

「はぅぅぅぅ……」

 

 真っ赤に頬を染めた巻雲が恥ずかしそうに顔を伏せる。

 

「それじゃあ、僕たちはちょっと青葉に用事があるから」

 

「は……はい……」

 

「もし、また僕に会いたくなったら、これに連絡して――ね」

 

 元帥はそう言って巻雲に紙切れを渡した。

 

 ……これで、巻雲は落ちちゃったんだろうなぁ。

 

 本当に、この鎮守府を元帥に任せて大丈夫なんだろうか。

 

 来年あたり、寿退社する艦娘が一斉に出てこないかと心配になってくるぞ……

 

 まぁ、そんなことになったら、この間のバトル以上の惨劇がはじまるんだろうけどさ。

 

「それじゃあ先生、そろそろ行こうか」

 

「あ……はい。それじゃあ、その……巻雲はドックに行った方が良いよ、頭の辺りに衝撃受けたみたいだから、大事になっちゃったら危ないし」

 

「えっ、あ、はい。ありがとう……ございます……」

 

 頬を染めたまま、驚いた表情を浮かべて返事をする巻雲。

 

 そして何故か、同じように驚きの表情を浮かべる元帥。

 

 なんで元帥まで一緒なんだろう。

 

 まぁ、いいけど。元帥だし。

 

「それじゃあね」と言って、司令室から出ようとする俺に続いて、元帥も外へと出る。

 

「ひゃあぁぁ……もしかして、巻雲……おふたりから惚れられちゃってますっ!?」

 

 そんな、勘違いをした巻雲の声がうっすらと聞こえたような気がした。

 

 ……これってまた、変な噂になったり……しないよね?




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 巻雲を勘違いさせてしまったかもしれない主人公。
提督がちょっぴりねたみながら変な冗談を言ったせいで、更に事態は悪化して……


艦娘幼稚園 番外編? ~青葉と俺と写真と絵師と~ その12


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その12「家政婦は……見てたりして」

※出して欲しい艦娘のリクエスト募集は明日で締め切らさせていただきます。
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 巻雲を勘違いさせてしまったかもしれない主人公に元帥はちょっぴりねたんでしまう。
変な冗談を言ったところに突っ込みを入れた主人公の言葉を聞いた2人の艦娘によって、最悪の事態に発展しそうになるのだが……




 

 指令室から出た俺と元帥は、似た者同士のように天井を見上げて大きなため息を吐いた。

 

「いやー、あれで巻雲ちゃんは落ちたと思ったんだけど、まさか先生があの手で来るとは夢にも思わなかったよー」

 

「えっ、何がですか?」

 

 いきなり喋り出した元帥だけれど、何を言っているのか俺にはさっぱり分からない。

 

 あの手というのは、いったい何を指すのだろう。

 

「先生も巻雲ちゃんを落としにかかったんでしょ? あのタイミングでやられちゃうと、上手く流れを掴んだと思っていても、ころっと持っていかれちゃうんだよねー」

 

「あははー」と朗らかに笑っている元帥だが、俺を見つめる目が何となく怖い気がする。

 

 俺としては、あの状況で巻雲を落としにかかった元帥に呆れているだけで、落とそうなどとはひと匙ほども思っていないのだけれど……

 

「いや、別に俺は巻雲の事を何とも思ってませんけど。それに、なんと言うか……好みじゃないんで」

 

「ありゃ、そうなの? ダメだよー、より好みなんかしちゃあ」

 

 あんたの方は無節操に手をつけ過ぎなんだよ!

 

 ――と、さすがに大きな声を上げられる訳もなく、俺はもう一度大きなため息を吐いた。

 

「まぁ……とりあえず、今は青葉の所に行くのが先決ですよね」

 

「そうだねー。さすがにあの本はちょっとやり過ぎだからねー」

 

 そう言う割には、まったく困ってもいなさそうなんだよなぁ……元帥って。

 

 案外、嫌じゃなかったりするのだろうか。

 

 それだと、このまま一緒に行動したら、俺の身が危ない気もするのだが……

 

「んーっと、先生。何やら変な事を考えてない?」

 

「えっ、いや、別に何も考えてませんよ」

 

「そう? なんだか僕の事を見る目がいやらしい気がするんだよねー」

 

 それは元帥の気のせいです。

 

 むしろ、そんな目で見られるんじゃないかと心配しているのはこっちなんですけどねっ!

 

「ん、そっか。それじゃあとりあえず、青葉の所に急ごうよ」

 

「はい。青葉はたぶん、ドックの方に居ると思います」

 

「あー、そうだね。真面目に掃除をしているしていると――って先生、なんで知ってるの?」

 

「つい先ほど、一度会いに行ってたんですよ」

 

「へぇ……もしかして、先生は青葉ちゃんを落としに?」

 

「いやいやいや、元帥じゃないんですから……」

 

「んー、なんだかその言い方に不満はあるんだけど……」

 

「分かっているなら、もう少し節操を持った方が良いと思いますよ。じゃないと、高雄さんにまた怒られちゃいません?」

 

「うっ、それは……そうだね。この前のはちょっとキツかったしなー」

 

「何をされたかは知りませんけど……元帥が居なくなったら大変なんですから」

 

「おろっ? もしかして先生ったら、僕の事を心配してくれてるの?」

 

「……まぁ、色々とお世話になってますし」

 

「んー、そっかー。なるほどねー」

 

 元帥はそう言いながら腕組みをして何度か頷いて――

 

「それじゃあ今晩辺り、僕の部屋に来ちゃう?」

 

「今すぐぶっ刺すぞ、この野郎」

 

 やっぱりこの人、その気があるじゃねえかああああっ!

 

「あははー、冗談冗談。そんなに怒らなくても良いじゃない」

 

「今の状況において一番言ってはいけない冗談でしょうがっ! こんな所を他の誰かに聞かれた……ら……」

 

 俺はそう言いながら、ふと元帥の後ろから向けられる視線に気づいて身体をずらす。少し先にある曲がり角に、家政婦のように半身を出してこちらを窺うように立っているのは、先ほどまで俺を爆撃していた飛龍と、俺の写真を購入したであろう蒼龍の姿があった。

 

 ……もしかして、聞かれちゃったりする……かな……?

 

「きゃああああっ! 聞いたっ!? 聞いたよね、蒼龍っ!!」

 

「うんっ、ばっちり聞いたっ! 何だかんだ言っても、先生ったら元帥の事を思いっきり愛しているのねっ!」

 

「階級が天と地の差の2人が禁じられた愛……なんて素敵なのっ!」

 

「しかも、今すぐぶっ刺すだなんて……こんな時間から……きゃああああっ!」

 

 何かとんでもない勘違いをなさってらっしゃるんですけどおおおおっ!

 

 違うからっ! 刺す位置も意味合いも全部違うんだからああああっ!

 

「私、元帥に憧れてましたけど……おふたりの愛の前には敵いそうにないですっ!」

 

「私も末永く、2人の事を見守っていますっ!」

 

「ちょっ! 勘違いもそこまでにしてくれないと――」

 

「こうしちゃいられないっ! みんなにこの事を知らせないとっ!」

 

「そうよねっ! 早速彩雲を飛ばさなきゃっ!」

 

「ちょっと待ってえぇぇぇぇっ!」

 

 マジで洒落にならないからっ!

 

 そんな噂が流れた日には、俺はもうこの鎮守府にいられなくなるじゃないかっ!

 

「あー、うん。ちょっと待ってくれないかな、飛龍、蒼龍」

 

 盛り上がる飛龍と蒼龍に声をかける元帥だが、2人はまったく気づかない様子で、彩雲を発艦させようとしている。

 

「彩雲、今すぐこの情報をみんなの元にっ!」

 

「……飛龍、蒼龍」

 

「しっかり伝えてくださいねっ!」

 

 もう一度呼びかける元帥だが、やはり2人は気づかない。

 

 いやもう無理だって。

 

 完全に我を忘れちゃって、半狂乱状態だし。

 

「……気をつけぇっ!」

 

「「ひゃいっ!?」」

 

 元帥の大きな声に驚いた飛龍と蒼龍は、身体を震わせながら直立不動になる。

 

「2人とも、僕の声が聞こえないのかな?」

 

 にっこりと微笑む元帥の声は、いつもと同じ間延びした感じだったのにも関わらず、有無を言わさないような雰囲気に俺はごくりと唾を飲み込んだ。

 




※出して欲しい艦娘のリクエスト募集は明日で締め切らさせていただきます。
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 今回少し短いです……ごめんなさい。
ちょっと更新量のバランスが上手くとれませんが、残り話数はもう少し。
全16話予定でお送りいたします。

 余談ですが、今話のタイトルの続きを「コギャルと乳繰り合っていた太郎君」と出てきた人はガッチリ握手できます(ぇ



次回予告

 一括した元帥によって動きを止めた蒼龍と飛龍。
そんなふたりに、初めてと言えるくらいの元帥らしさを見せたのであったのたが……


艦娘幼稚園 番外編? ~青葉と俺と写真と絵師と~ その13


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その13「またもや……見てたりして」

 ※リクエスト募集は本日で締め切らさせていただきます。
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 一括した元帥によって動きを止めた蒼龍と飛龍。
そんなふたりに、初めてと言えるくらいの元帥らしさを見せたのであったのたが、やっぱり元帥はいつも通りだった。
 しかしそんな元帥を見た主人公は、上手い具合に横やりを入れてふたりを助けようとしたのだが……


「もう一度言うよ。飛龍、蒼龍、こっちを向きなさい」

 

「「は、はい……」」

 

 うわぁ……滅茶苦茶気まずそうな表情になっちゃってるし……

 

 まぁ、相手が元帥なのだからと言えばそうなるのかもしれないけれど、今までふがいない所ばっかりを見てきただけに、どうにも似つかわしくないなぁと感じてしまう。

 

「まず1つ目ね。さっきの先生との会話は、冗談話だからね。真に受けて噂を広めないように」

 

「えっ、でも、本で書いてあった通りの……」

 

「蒼龍、今は僕がしゃべってるんだけど、発言を許可した覚えはないよ?」

 

「す、すみませんっ!」

 

「うん、それじゃあ2つ目。飛龍、さっき先生に向かって爆撃をしたようだけど、鎮守府内では演習場以外での発艦は許可していないよね? それに、今もこうして彩雲を飛ばそうとしているけど、規律はしっかりと守らなきゃいけないよね?」

 

「は、はいっ! 申し訳ありません、元帥!」

 

 ビシッと敬礼をして、そのままの体勢で固まる2人。

 

 額には大量の汗が浮かび、ぽたぽたと床に流れ落ちている。

 

 ……まるで、元帥を化け物か何かのように怖がっているように見えるのは気のせいだろうか。

 

 しかしよく考えてみれば、これ位の事が出来なければ、この鎮守府で元帥を名乗ることが出来ないのだろう。屈強な海軍の男たちの上に立ち、自分たちよりも強い艦娘たちを統制する為の有無を言わさぬ威圧感を持つというのは、元帥にとって必要最低限の事なのだ。

 

 ……正直なところ、女ったらしのスキルで成り上がったんじゃないかと密かに思っていたんだけどね。

 

 違う意味で裏切られた俺としては、少し安心できたので良かったのだけど。

 

「それじゃあとりあえず、罰の方は後々考えるとして――飛龍と蒼龍の考えを聞きたいんだけど」

 

「か、考え……ですか?」

 

「うん。先生から聞いたんだけど、君たち2人は青葉の書いた本を読んで、僕と先生が付き合っていると思ったんだよね?」

 

「は、はいっ、それはもうラブラブだと書いてましたっ!」

 

「それに加えてさっきの元帥と先生の会話ですっ! 先生が元帥の後ろに回って……ぶっ刺すなんて……きゃあぁぁ……」

 

「うん、ちょっと落ち着こうね2人とも。さっきの会話はただの冗談って言ったよね。それとも、僕の言うことが嘘だと思うのかな?」

 

「い、いえっ! そんな事はっ!」

 

「は、はいっ! 元帥は嘘をつきませんっ!」

 

 いや、その反応だと、恐怖政治に恐れる部下か、宗教団体の下っ端みたいに見えるんだけど……本当に大丈夫なんだろうか。

 

「とにかく、さっきの会話はちょっとした仲の良いトークみたいなもんだから、勘違いして変な風に取らないようにね。それと、仲が良いって言っても付き合っているとかそういう事じゃなくて、あくまで友達って事だから。青葉の本に至っても、完全な作り話であって事実ではない。それ位の事は言わなくても分かるよね?」

 

「「は、はい……」」

 

 2人が仕方なくといった感じで頷いたのを見た俺は、ひとまずほっと胸をなで下ろすことが出来た。まだ安心は出来ないけれど、噂を広めようとする2人を止めることが出来たのは非常に大きいと言えるだろう。

 

 ちなみにまったくと言っていいほど元帥の圧力に押されて、口を挟むことが出来なかったりするんだけどね。

 

 ちょっと見直しちゃったりしなくもない。

 

 ……これで女癖が悪くなければ言うことが無いんだけどなぁ。

 

「僕が好きなのは先生じゃなくて、君たちみたいな可愛い女の子だからね。良かったら、今晩辺りに部屋に来ちゃうかな?」

 

 ほら、やっぱりね。

 

「え、あ……そ、その……」

 

「もちろん2人一緒にでも良いよ? 思いっきり可愛がってあげるよ」

 

「えっ、え、えっと……」

 

 顔を真っ赤にして慌てふためく2人。

 

 さっきまで俺と元帥がって言いまくってたのに、どうしてこうコロコロ変わっちゃうんだろうか。

 

 でもまぁ、これ以上元帥の魔の手に落ちて行くのを見逃しちゃうのもアレだしなぁ……

 

「あれっ? あそこにいるのは……高雄さんかな……?」

 

「……っ!? ちょっ、ちょっと用事を思いだしたっ! それじゃあ2人とも、宜しく頼むよっ!」

 

「あっ、待ってくださいよ元帥っ!」

 

「は、早く行くよ先生っ! 青葉を問いつめなきゃいけないからねっ!」

 

「わ、分かりましたからそんなに急がなくても……」

 

 うわー、一目散に駆けちゃってるよ……

 

 そんなに高雄さんが怖いのかなぁ……元帥って。

 

「飛龍さんに蒼龍さん、そう言うことだから変な噂は流さないでね。それと、元帥に追いつめられちゃっても黙ってないで言いたいことを言っちゃった方が良いよ。あの人、女癖が悪いから泣きを見ちゃう可能性だってあるしさ」

 

「せ、先生……あ、ありがとうございます……」

 

「いやいや、元帥もその辺が治ったら良い人なんだけどね。あ、もちろん決して悪い人じゃないんだけど――って、それは俺よりも飛龍さんや蒼龍さんの方が付き合いが長いから分かってるか」

 

「あ、はい……まぁ、そうですけど……」

 

「まぁ、俺がさっきやったみたいに高雄さんの名前を出せば良いんじゃないかな。あんまり何度も使える手じゃないとは思うけど、今のところはいけそうだし。後はまぁ、赤城さんや加賀さんに協力してもらってさ――って、よく考えたら元帥に憧れてるって言ってたから、もしかすると余計なことしちゃったかな?」

 

「あ、あはは……あははははっ!」

 

 2人は『ぽかーん』とした表情を浮かべたけれど、俺が慌てながら聞いた途端に、急に飛龍が笑いだした。

 

「え、えっと……」

 

「せ、先生ったら、急に慌てちゃって……おかしいですよっ!」

 

「そうですよー。先生って見かけによらず面白い人なんですねっ」

 

「そうそう。腹筋も割れてますし」

 

「ちょっ、それをまた持ち出してくるのっ!?」

 

「あははははっ! そうなの蒼龍? 先生の腹筋割れちゃってるのっ!?」

 

「そうなのっ! お風呂上がりの先生の写真があってね……」

 

「それは無しっ! これ以上広めないでっ!」

 

「えー、どうしよっかなー」

 

「えー、私も見たいよ蒼龍ー。ねぇ先生、良いでしょう?」

 

「いやだから、恥ずかしいから俺の前で見ないでよっ!」

 

「えっ、じゃあ先生の前じゃなかったら見せても良いんですね?」

 

「あーもうっ! ああ言えばこう言うっ!」

 

「あははははっ! やっぱり先生ったら面白過ぎですっ!」

 

「いやもう……どうにでもしてくれ……」

 

「あれー、今度は拗ねちゃいましたか?」

 

「しくしく……もういいですよーだ……」

 

「もう……冗談ですよ、せーんせっ」

 

「そうそう。冗談ですからね」

 

 そう言って、2人は満面の笑みを浮かべていた。

 

 ……うん、これで大丈夫そうだ。

 

「先生、ありがとうございます」

 

「……え?」

 

「私たちのこと、励ましてくれたんですよね?」

 

「ん……そ、そんな気は……」

 

「……嘘。先生はすぐ顔に出ちゃうんですから」

 

「そうですよ。鼻の穴がぷくーって開いちゃってます」

 

「えっ、マジっ!?」

 

「さぁ、どうでしょうかねー」

 

 くすくすと2人が笑う。

 

 うーむ、どうも今日はよくからかわれているような気がする。

 

「でも、ちょっと嬉しかったです」

 

「ま、まぁ……それなら良かったかな」

 

「だから、これはお礼のしるし」

 

「?」

 

「動いちゃダメですよ?」

 

「えっ……?」

 

「何が?」と、問いかけようとする俺に2人は近づき――

 

「「ちゅっ」」

 

 両方の頬を挟み込むようにして、口づけされた。

 

「……っ!?」

 

「ふふっ、それじゃあ」

 

「先生、また会う時にでも」

 

 そう言って、飛龍と蒼龍は手を振りながら通路の先へと歩いていく。

 

 ……これって、夢じゃ……ないよな?

 

 俺は自分自身に何度も問いかけながら、ずっと通路の先を見つめていた――のだが、

 

「……元帥は見てたりして」

 

「うわおっ!?」

 

「ふーん、へー、そう言う事するんだー、先生ってー」

 

「あっ、いえっ、い、今のは意図しなかったって言うか、別に俺から誘ったとかそう言う事じゃ……」

 

「うん、見てたから分かってるけどねー。でもなんか納得できないなー。ここ最近、僕の彼女がどんどん減っていってる気がするしー。もしかして、先生ったら俺のこと嫌いだったりするのかなー? そうだったら、遠い辺境の地に飛ばしちゃったりしようかなー」

 

「ちょっ! 全然そんな気もないですし、元帥の事は嫌いじゃないですから、左遷なんかしないでくださいっ!」

 

「まぁ、しないけどさ」

 

 しないのかよっ!

 

 ――って、それで良いんだけど。

 

「先生は幼稚園に居てくれなきゃ困るからね。まぁ、ここ最近手が足りなくて困ってたから、ちょうど良いと思えば良いだけなんだけどねー」

 

 ……なんだか嫌な使い方をされそうで困るんだけど、さっきの場面を見られただけに言い返せない自分が憎い。

 

 しかし、さっきのは本当にビックリした。

 

 まさかほっぺにチューとは……想像していなかったぞ。

 

 ――って、なんだかこの言い方だと、天龍の事を思い出してしまうのはなんでだろう。

 

 そう考えたら、寝込みを襲われるよりは気が楽だしね。

 

 あと、年齢的な方面とか。

 

「よく考えたら、先生って昔の僕にそっくりだからね。このままいけば、僕以上の存在になるかもしれないかもよ?」

 

 いや、あなたのように女癖は悪くないつもりですからっ!

 

「うん、当の本人が気づいていない辺り、そっくりだよねー」

 

「……心の中を読まないでいただきたいんですけど」

 

「さぁ、なんのことかなー」

 

「ははは……」と笑いながら元帥はくるりと振り返って歩きだした。向かう先は青葉が居るドックのある建物だ。

 

「よし、それじゃあ早いところ青葉を問いつめちゃわないとね」

 

「……ですね。変な本も、変な噂も、全部消してしまわないと」

 

「僕としては、有っても無くても同じなんだけどね」

 

「いや、俺としては無くなってもらわないと困るんですけど……」

 

 つーか、本当に元帥ってそっちの気があるよねっ!?

 

 これから尻を守らなければ……いけないのだろうか……(ガクブル)

 

「まっ、冗談だけどねー」

 

「……程々にお願いします」

 

「ん、善処するよ」

 

 まったく気が許せないんだけれど、頼りになる存在というのは間違いない。

 

 俺はなんとなしに頷いてから、元帥の後に続いて通路を歩きだした。

 




※リクエスト募集は本日で締め切らさせていただきます。
活動報告にて詳細を書いてありますので、まだの方は宜しくお願い致します。



次回予告

 気を取り直して青葉の元へと向かう元帥と主人公。
しかし、周りにいる艦娘たちが騒ぎ出し、二手に分かれることになったのだが……


艦娘幼稚園 番外編? ~青葉と俺と写真と絵師と~ その14


 もう少し続きます!
 乞うご期待っ!


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その14「計算通りと想定外」

※リクエスト結果を活動報告にて更新しました!
 今後の情報を載せておりますので、是非ご覧下さいませっ!


 気を取り直して青葉の元へと向かう元帥と主人公。
しかし、周りにいる艦娘たちが騒ぎ出し、二手に分かれて青葉の元に向かう事になる。

 はたして青葉を問い詰める事が出来るのか?
まさかの事態が主人公を襲うっ!?


 

 青葉が居るであろうドックへと向かっていた俺と元帥は、鎮守府内の大きな通りを歩いていた。飛龍と蒼龍の勘違いによる噂の伝達は、色々とトラブルらしきものはあったけれど、何とか止めることが出来たのだが、よくよく考えてみると、青葉の小説や秋雲の薄い漫画はすでに至る所に出回っている可能性は無きにしも非ずと言った具合であり、

 

「きゃああああっ! 見てっ! 今噂の鎮守府カップルよっ!」

 

「ほ、本当だっ! やっぱりあの噂は本当だったのね!」

 

「だ、誰かカメラ持ってない!? 今すぐの2人のツーショット写真を撮らないとっ!」

 

 黄色い歓声が至る所から上がっていた。

 

 うぅ……今すぐ部屋に籠もりたい……

 

「うーん、これはちょっとまずいなぁ……。別に歓声の内容についてとやかく言うつもりはないんだけど、あんまり騒がれちゃうと青葉が逃げちゃうかもしれないし……」

 

 いや、まず内容が問題なんだって事を理解してくださいよっ!

 

「とりあえず最悪の事態だけは避けたいから、別行動を取った方が良さそうだよね。僕はぐるっと東側からまわってドックに向かうから、先生はこのまま直進してくれるかな?」

 

「ええ……分かりました。それじゃあ、俺はこのままダッシュで青葉を捕まえてきますので」

 

「うん。ちなみに秋雲を見つけた場合も確保って事で宜しくねー」

 

「はい、勿論分かってます。2人をふん縛って、裁きを受けさせないと気が済みませんから」

 

 十手を持って、四文銭を投げまくってやる所存でありますっ!

 

「なんだか言葉のチョイスが気になるんだけど、もしかして先生は時代劇とか好きなのかな?」

 

 呆気にとられたような表情を浮かべる元帥だが、俺の趣味ついて何か言いたいことがあるのだろうか?

 

「そうですね。主に鬼平とか仕事人とか見てましたけど……」

 

 あと、銭形とか。

 

「へー、それは意外だなぁ。いや、僕も結構時代劇が好きでさ」

 

「あっ、そうなんですか? あんまり俺の周りに時代劇が好きな人が居なかったですし……それはちょっと嬉しいですね。

 ちなみに、どんな作品が好きなんですか?」

 

「この作品ってのは無いんだけど、森蘭丸とか出てくる大河ドラマとか良いよねー」

 

 そっちの気ありまくりじゃねえかっ!

 

 しかもタチって言ってたのに、それだったらネコの方だよねっ!?

 

「もちろん変な意味でじゃないよ?」

 

「語尾がすでに怪しすぎるっ!」

 

 もうやだこの人っ!

 

「まぁ、とりあえずこれ以上の騒ぎは避けたいし、そういう事で宜しくね」

 

「わ、分かりました……それじゃあ、俺はこのまま真っすぐドックへ向かいますね」

 

「うん、それじゃあねー」

 

 手を上げる元帥に頷いて、一気にアスファルトを蹴って駆ける。向かう先は青葉のいるドックのある建物。本日2度目の往来に少々嫌気がさしたりするけれど、周りの歓声を消すためにも、ここは踏ん張らないといけないのだ。

 

「きゃっ! あ、あれって噂の先生じゃないっ!?」

 

「本当だっ! でも元帥の姿が一緒じゃ無いけど、どうしてなのっ!?」

 

「もしかして、元帥分が足りなくなって、ああやって走りながら探しているんじゃないのかな!?」

 

 元帥分ってなにっ!?

 

 シュークリーム分みたいなもんなのっ!?

 

 俺の走る姿を発見した艦娘たちが黄色い歓声を上げる。一斉に浴びせられる声に心が折れそうになりながらも、足は動かすのは決して止めない。

 

 いや、むしろ止めてしまったら、もう二度と動かない気がする。

 

 すでに心に重傷を負っているから――って、こんな風に語っても、別にカッコ良くもなんともないんだけど。

 

 とにかく、今は無心で走り続けるしかないっ!

 

 強く念じるように呟いた俺は、周りから聞こえてくる声が聞こえないふりをしながら、無我夢中で走り続けた。

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 本日2回目となるドックのある建物の前に立った俺は、肩で何度も息をしながら、間違いなく青葉はここに居ますようにと念じつつ、ゆっくりと取っ手に手をかけて全力で引き戸をこじ開けた。

 

「ふぅ……涼しい……な……」

 

 建物の内部には空調が効いていて、走ってきた俺にとっては非常に心地の良い空気を感じる事が出来た。息を整える為に大きく深呼吸をすると、肺の中に冷たい空気が入り込み、スーッと体温が下がっていくような気がする。

 

 よし、休憩終わり。

 

 すぐに青葉が居るであろうドックへと向かわなければ。

 

 疲労が溜まった足を無理矢理動かして、ドックへと続く通路を駆ける。今度は誰かにぶつからないようにという注意は考えず、ただひたすら、スピードを求めた走りで長い通路を駆け抜けた。

 

 T字路に差し掛かった俺は、勢いを殺さぬように体重移動をしながらカーブを描いて、90度の直角コーナーをドリフトをするレーシングカーのように曲がりきる。

 

 ダート以外でのレーシングカーは、基本的にドリフトしない方が速いんだけど、こういう時は雰囲気が大事なのだ。

 

 そもそも、人間であって車じゃないんだけどね。

 

 そんな自問自答のようにノリ突っ込みをかましつつ、今度は角を左に曲がる。俺の目の前には、目的地であるドックの入口が見えていた。

 

 入口の横には入渠している艦娘の名前が書かれたプレートが差し込んである。1回目に来た時と同じように、手前から『長門』『扶桑』『山城』の順に並んでいた。

 

 ……あれから結構時間は経っているはずだけど、やっぱり戦艦の修理には時間がかかるんだなぁ。

 

 バケツを使いたがる提督たちの気持ちが、何となく分かる気がする。

 

 しかし今は、そんな提督たちの気持ちに賛同する余裕もない。俺には青葉と秋雲を問い詰めるという、大事な使命があるのだ。

 

 『山城』が入渠しているドックの隣にある、青葉が掃除がしているはずのプレートの差し込み場所には、1回目に来た時と同じ、『空(掃除中)』と書かれたプレートが入っていた。

 

 よし、これであとは問い詰めるだけだっ!

 

 そう心に強く思った俺の前に、ドックの暖簾をくぐって出てきた青葉が現れた。

 

「あれ、先生じゃないですか。秋雲はもう見つけられたんですか?」

 

 まったく動じる気配もなくそう言った青葉は、微笑んだ顔を俺に向ける。

 

 どうやら青葉は、俺はまだ何も知らない状態で、秋雲を探していると思っているのだろう。

 

 ならばこの状況で俺が取る手は――

 

「それなんだけど……まだ見つけられなくてさ。ちょっと休憩がてらに、青葉の顔が見たくなっちゃってね」

 

「えっ……そ、それはその……青葉は、ちょっと嬉しいかもですっ!」

 

 ぽっ……と頬を赤らめる青葉の肩を両手で掴み、ドックの中へと戻るように優しく押す。

 

「他の艦娘とかに見られたら気まずいし……ドックの方に入ろうよ?」

 

「は、はい、そうですねっ! 青葉もそれが良いと思ってましたっ!」

 

「それじゃあ中で、ゆっくり話そっか」

 

 ニッコリと笑みを浮かべた俺は、青葉の身体を半回転させて、背中をずずいと押していく。

 

 計算通り。

 

 黒いノートを持ってマイクヘッドホンをした男性のように、俺は含み笑いを浮かべていた。

 

 しかし、そんな俺の思いとは裏腹に、この行動が失敗だったのしれないと思う事ができたのは、ずいぶん後になってからだった。

 

 

 

 

 

「そ、それでっ、何を話しましょうか!?」

 

 心ウキウキという感じで、青葉は俺にそう言った。

 

 まったく、騙されているとも知らず、青葉は暢気なものだ――って、これだと俺がもの凄い悪党みたいに感じちゃうけど、背に腹は代えられないからであって、こういう人間だと思われたくはない。

 

 言い訳がましいのは好きではないけれど、時と場合によっては仕方ない。と言うか、そもそも悪いのは青葉なのだから。

 

「そうだね……それじゃあ、この本について聞いて良いかな?」

 

 言って、俺は巻雲の本を懐から取りだした。

 

「……えっ!?」

 

 そう。

 

 元帥にサインを書かせて読ませた後、俺はもしもの時――というよりかは、こうなるんじゃないかと予想して、無断ではあるけれど、巻雲から借りておいたのである。

 

 もちろん、この件が終わったら巻雲に返さないといけないのだけれど、正直なところ、この本はこの世から消滅させたい気分ではある。

 

「そ、それ……その本って……」

 

「うん、青葉が書いた小説だよね。俺が主人公で、元帥が出てきて、ありもしないことをノンフィクションと謳ってある、悪意を沸々と感じてしまう本だよ」

 

「な、なんで……何で先生がそれをっ!?」

 

「そりゃあ、艦娘たちが持っているなら、俺の目に留まらないとも限らないよね。もちろん、元帥もしっかり読んでたから、俺と同じように怒っていると思うよ」

 

 そう言いながら、俺はニッコリと笑って青葉に近づいていく。

 

「ひっ!?」

 

 驚きと恐れを混ぜたような表情を浮かべた青葉は、俺から離れるように後ずさる。

 

 だが、そうは問屋が卸さない。

 

 前回もそうだけど、今回も、絶対に、逃がさない。

 

「ま、まままっ、待ってくださいっ! これには、これには深い事情があるんですっ!」

 

「言い訳は結構。もうそんな言葉を聞く余裕もないと言いたい所なんだけど――」

 

 しかし、元帥はまだ来ていない。

 

 いくら東側から遠回りしてこちらに向かっていたとしても、もう着いてもおかしくない位、時間は経っていると思うのだけれど……

 

「まぁ、問いつめるのは俺だけでも出来るからね。とりあえず話だけは聞いてあげようかな。最後の懺悔――って感じでさ」

 

 もはや悪人以外の何者でもないような台詞にしか聞こえないけれど、雰囲気は大事である。

 

 決してこれが、俺の本性だと思わないように。

 

「ざ、懺悔って……もしかして、青葉、これから……ど、どうなっちゃうんでしょうかっ!?」

 

「さぁ……? それは元帥が決める事じゃないかな? とは言っても、もう写真を盾にしての情状酌量は無理だと思うけどね」

 

 ちなみに情状酌量の使い方は間違っているんだけど、ここでも雰囲気って事で。

 

 同情の余地は皆無だし。

 

「そ、そんなっ! そ、そうですっ! 青葉の事を見逃してください! そうしてくれたら、あ、青葉の、青葉の秘蔵写真の一部……いえっ、すべてを先生と元帥にあげちゃいますっ!」

 

「だから、写真を盾にしても無駄だって」

 

「いえっ、そんな事無いですっ! だって、この写真は、完全に、完璧に、秘蔵中の秘蔵っ! なんと、高雄&愛宕の全裸写真5枚セットなんですよっ!?」

 

「何それ見たい――って言うと思った?」

 

「……え?」

 

「そんな写真、青葉をどうにかした後に頂いたら良いだけの話だよね?」

 

「はうっ!?」

 

「そもそも、写真や本の資料、その他関係する物を全部没収するつもりでここに来たんだよ? だから、写真を盾にしたって意味がないって言ったんだけど」

 

「はううううっ!」

 

「それに、そんな写真を盾にしたって高雄さんや愛宕さんが知ったら……余計に立場が悪くなると思わない?」

 

「は、はわわわわっ!」

 

 その口癖だと電になっちゃうんだけど。

 

 まぁ、電はこんな悪い事はしないけどね。

 

「おっ、お願いです先生っ! 青葉を、青葉を見逃してくださいっ! そうじゃないと、青葉、間違いなく解体されちゃいますっ!」

 

「自業自得だよね――って言いたいところだけど、それはさすがに夢見が悪いかな」

 

「で、ですよねっ! だから、ここは見てない振りをして、青葉をここから脱出……」

 

 最後まで言い終える前に、青葉は驚愕した表情で、餌を欲しがる魚のように、口をパクパクと何度も開けていた。

 

「何をそんなに驚いて……」

 

「それは、私がここにいるから――ではないでしょうか」

 

「……っ!?」

 

 その言葉に驚いて振り向こうとした瞬間、頭に強い衝撃が走り、視界が暗転して、その場に崩れさった。

 




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次回予告

 後ろから聞こえた声。そして気絶してしまった主人公。
まさかの人物が現れて、驚愕の事実を突き付けられる最終話。
だがしかし、それで終わる――訳が無い?


艦娘幼稚園 番外編? ~青葉と俺と写真と絵師と~ その15(完)


 長く続いた番外編も最終話!
 乞うご期待――は、しない方が良いかもです(ぇ


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その15(完)「やっぱりお前か」

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※タグにもありますが、ほんのちょっぴりR-15部分がある――かもです。


 後ろから聞こえた声。そして気絶してしまった主人公。
目覚めると見知らぬ場所に、主人公は焦りつつも犯人と会話をする。

 まさかの人物が現れて、驚愕の事実を突き付けられる最終話。
だがしかし、それで終わる――訳が無い?

 --●●の歴史に、また1ページ(ぇ


「うっ……」

 

 頭がズキズキと痛み、重たい頭がグラグラと揺れる。俺はなんとか苦痛に耐えながら目を開けた。

 

 辺りは暗く、何とも言えない梅雨のようなしっとりとした湿気が感じられ、不快感が一気に高まった。

 

「ここは……どこだ……?」

 

 明かりが少なく薄暗い視界の為、今居る場所がよく分からない。

 

 俺は倒れ込んでいた床からゆっくりと立ち上がり、痛む頭をさすりながら周りを見渡してみる。

 

「……遅いお目覚めですね」

 

「……っ!」

 

 後ろの方から声がして、俺は素早く振り返りながら構えを取る。気絶したときの記憶によって、身体が勝手に防衛反応を取ったのだ。

 

「そんなに構えなくても、今のところ先生を攻撃するつもりはありません。先ほどは――少々やっかいだっただけですから」

 

「今のところ……って事は、後々攻撃される可能性があるって事だよな?」

 

「なるほど……これは言葉を選び間違えました。それでは、こう言い換えさせていただきます。

『先生の返答次第では、攻撃するつもりはありません』」

 

「結局の所、あんまり変わってない気がするんだけど」

 

「そうでしょうか?」

 

 ふぅ……とため息のような声が聞こえた。

 

 たぶん、俺に向かって声をかけている誰かが吐いたのだろう。

 

「……とりあえず、姿だけでも見せて欲しいんだけど」

 

「ふむ……そうですね。警戒心を解くためにはそれも良いでしょうが……」

 

 そう言って、もう一度ため息を吐いたらしき音が聞こえた。

 

「しかし、このような状況に置いて、相手の姿を見てみたいというのは、度胸があるのか無謀なのか分かりかねますね」

 

 いや、その考えは俺とは少し違う。

 

 何故なら、俺にかけられる声の口調などから、大体は分かっているのだから。

 

「まぁ良いでしょう。今から明かりをつけますが、少々目が眩むかもしれません」

 

 言葉が終えた瞬間、パチンと音が鳴って明かりが灯された。

 

 すぐに目を閉じて眩むのを避けた俺は、ゆっくりと目を開ける。

 

 そこには、想像していた通りの艦娘の姿があった。

 

「やっぱり……加賀さんでしたか」

 

「そうですね。なんとなく分かっているとは思っていましたが……」

 

 じゃあなんで、度胸があるのか無謀なのかって言ったんだろ……

 

 相変わらずの無表情な加賀の思考が読みとれない。この状況を打破するには少しでも情報が欲しい所なのだが、この分だとかなり厳しいことになりそうだ。

 

「……で、なんでまた俺は気絶させられて、こんな場所に幽閉されてるのかな?」

 

「やはり度胸がある……で良いのでしょう」

 

「……いや、答えになっていないんですが」

 

「そうですね。答える気が無いと言う訳では無いのですが」

 

 うーん、いまいち分かりにくいなぁ。

 

「すべては役者が揃ってから……と思っていましたが、どうやらその時間のようですね」

 

「……?」

 

 3回目のため息を吐いた加賀の視線が俺の後ろに向けられ、俺は恐る恐る振り返ってみる。

 

 そこには、ガムテープで口と身体をぐるぐる巻きにされた元帥の姿と、いつもと変わらぬキリッとした表情の高雄さんの姿があった。

 

 

 

「あら、少し待たせてしまったでしょうか?」

 

「いえ、こちらも今さっき起きたところです。問題ありません」

 

「そうですか、それは良かった」

 

 ニッコリと笑みを浮かべる高雄は、まったく悪気が無く、まるで任務か何かをこなしているように、俺のすぐ隣に元帥の身体を突き飛ばした。

 

「むぐっ!?」

 

「げ、元帥っ!」

 

「むぐっ、むぐぐっ!」

 

 身体を揺らして何とかしようとする元帥に近づいて、顔に巻かれたガムテープに手をかけた俺は高雄の顔を見る。

 

「別に構いませんよ」

 

 先程と表情を変えぬまま高雄はそう言ったので、俺は遠慮なしにガムテープを引き剥がした。

 

「いてっ! 痛いよ先生っ!」

 

 粘着力の強い布製のガムテープ。しかも口だけで良い筈なのに、丁寧に後頭部までしっかりとぐるぐる巻きに3周させてあったので、剥がす際に髪の毛も一緒にもっていかれてしまい、元帥は何度も悲鳴を上げた。

 

 ここまでしなくても良いと思うんだけど、やっぱり元帥恨まれてないですか……?

 

 続いて手足を縛る役目をしていた部分のガムテープも引き剥がすと、大きなため息を吐いた元帥はゆっくりと立ち上がって俺に礼を言い、高雄に向き直る。

 

「……どういうつもりなのかな高雄。事と場合によっては軍法会議モノなんだけど?」

 

「そうですね。私がやっていることは充分承知しているつもりですけれど……はたして元帥はそうなのでしょうか?」

 

「……何?」

 

 何を言っている!? と言わんばかりに不機嫌な表情を浮かべた元帥だが、こんな表情は初めて見た気がする。

 

 それほどまでに追いつめられているのか、それともこれが本性なのか、それは俺には分からない……が。

 

「ですが、元帥を捕まえる指示をしたのは私ではなく、そこにいる加賀さんですわ。逆に、先生を捕まえるように指示したのは私なのですけれど」

 

「……?」

 

 どういうことだろう。

 

 元帥を連れてきた高雄は俺に用事があり、俺を拘束していた加賀は元帥に用事がある。

 

 どうしてそんな回りくどいことをしたのだろうか。

 

 それに、ドックの中で一緒にいた青葉の姿はどこに行ったのだろう?

 

「最初から最後まで説明して欲しい――といった顔をしていますわね、先生?」

 

「……ええ、正直何が何だかさっぱり分かりかねてます」

 

「そんなに難しいことではないと思いますが」

 

 後ろから加賀が声をかける。

 

 急にぼそりと呟くから、心臓に悪いんだけど。

 

「そうですね。答えを明かすだけなら簡単ですけど、それではあまり意味がありませんし……どうしましょうか、加賀さん」

 

「別に……やる事は変わらないのだから、どちらにしても同じ事」

 

「なるほど。それも一理あり……ですね。それじゃあ、簡単に説明いたしましょう」

 

 両手を合わせてニッコリと笑う高雄の顔を見た俺は、背筋にぞくりと寒気が走る。

 

 笑顔の奥に隠された、憎悪のようなモノが……感じられる気がするのだが……

 

「まず最初に言っておきますが、先生はそもそも捕獲対象になっていなかった事を先に伝えておきますね」

 

「……えっ!?」

 

「ですが……ちょっと『おいた』が過ぎましたね。なので、元帥と同じようにここに来てもらいました」

 

「ど、どういうことですかっ!?」

 

「それは自分で考えていただかないと意味がないのですわ。ですが、ヒントをと言うのならば――青葉に巻雲、飛龍と蒼龍」

 

 高雄はそう言って、俺の目をじっと見つめていた。

 

 その瞳の奥に憎悪の炎が、浮かび上がっているように見えてしまう。

 

 いったい……俺が何をしたというのだろう……

 

「そ、それって……今日出会った艦娘の4人……ですよね」

 

「ええ。それは間違いありませんけど、それだけでは全然ダメですわ」

 

 そう言って、高雄は目を閉じて微笑みを俺に向ける。

 

 分からない。一体何が問題なのか。

 

 『おいた』が過ぎた――と高雄が言ったその意味について考える為、4人に共通点か何かがあるのではと、頭の中で整理をする。

 

 青葉、飛龍、蒼龍の3人は以前にも会った事があるし、面識もある。青葉に至っては、ストーキングされていた事もあるが、高雄の言う『おいた』に当てはまるモノは――

 

「あ……っ!?」

 

 もしかすると、写真じゃないのかっ!?

 

 腹筋が割れていると言っていた蒼龍の言葉。つまり、俺の写真を持っていたと言う証拠。

 

 そして、その写真を売っていた青葉の存在。

 

 蒼龍から俺の写真を見せてもらった可能性がある、飛龍。

 

 本を読んでから青葉を崇拝し、俺や元帥のサインを欲しがった巻雲なら、以前に写真を手に入れていてもおかしくない。

 

 しかも、俺は青葉を許すため、秘蔵写真で取引をしてしまった……

 

 これが、高雄にバレていたのであれば、怒る理由も分からなくはない。

 

 つまり、高雄の言った『おいた』と言うのは、艦娘たちのあられもない姿の写真を指すのではないだろうか。

 

 

 

 ――いや、待てよ。

 

 もしそうだったのなら、問題になるのは俺と青葉だけになるんじゃないだろうか。

 

 飛龍や蒼龍、巻雲に関しては、俺の写真を見た可能性がある――という事だけなのだ。

 

 それならば、俺に非があるとは思えないし、青葉だけにお仕置きがいくだろう。

 

 いや、もし青葉との取引が聞かれていたのならば、その考えは甘いという事になるが。

 

「あら、このヒントでもまだ分からない……といった感じですわね」

 

 少し不機嫌な表情を浮かべた高雄は、ゆっくりと俺の周りを周回するように歩き出す。

 

 黙っていたのは考えをまとめていただけなのだが、現状において有力なのは写真の事だけだ。

 

 ならば、その事を高雄に伝えようと、俺は口を開こうとしたのだが、

 

「それじゃあ、もう一つのヒントです。先生の『おいた』と元帥の『おいた』は、まったく同じなのですわ」

 

「……はい?」

 

「これだけ言っても、まだ分かりませんか?」

 

「え、えっと……元帥と、同じ……?」

 

 そう呟いた俺に、高雄は更に不機嫌な顔をして、大きなため息を吐いた。

 

 そんな高雄を見た加賀は、無表情のまま、ぼそりと呟く。

 

「先生も元帥も、4人を口説きました」

 

「はあっ!?」

 

「いえ、正確には、先生は4人。元帥は3人ですわ」

 

「それは失礼しました。でも、結局同じ事です」

 

 高雄も加賀も、もう一度大きくため息を吐く。

 

「い、いやしかしっ! 口説いたなんて、そんな気は……っ!」

 

「先生にそんな気がなかったとしても、相手にとってそうでなかったとしたら?」

 

「……あっ!」

 

 

 

 ドックで逃げようとする青葉を追いつめた時――

 

『は、初めて……なの……で、や、優しく……して……ください……』

 

 

 

 怪我をしたかもしれないからと、巻雲にドックに行くようにと言った後――

 

『ひゃあぁぁ……もしかして、巻雲……おふたりから惚れられちゃってますっ!?』

 

 

 

 元帥に怒られた飛龍と蒼龍を励まそうとした時――

 

『「動いちゃダメですよ?」

 

「えっ……?」

 

「何が?」と、問いかけようとする俺に2人は近づき――

 

「「ちゅっ」」

 

 両方の頬を挟み込むようにして、口づけされた。』

 

 

 

 ――そう。

 

 4人全員が、俺のことを好いてくれたのかもしれない。

 

 だけど、仮にそうだったとしても、

 

 俺を捕まえる理由が分からない。

 

 だがまずは、分かるところからまとめよう。

 

 元帥に関しての理由はこう――だ。

 

 加賀が元帥を捕まえる指示をしたのは、これ以上ライバルを増やしたくないからだろうし、無節操に見かねた秘書艦の高雄も賛同したと考えられる。

 

 つまり、いつものパターンと言うやつだろう。

 

 なら、やっぱり、

 

 俺を捕まえた理由は、一体何なのだろう。

 

 これ以上、勘違いさせてしまう艦娘たちを出さないために?

 

 まさか、未来の俺が元帥以上の無節操さで世界の大半の女性を落としまくったりするのを防ぐために、未来から来た刺客が高雄だというのだろうか。

 

 そんなばかげた話は、マンガの中だけで良い。

 

 あと、そんなに俺は無節操じゃないし(と、思うんだけど)。

 

「ふぅ……どうやら、いつまでたっても分かりそうに思えません」

 

「そのようですわね。まったく、朴念仁にも程がありますわ」

 

 すごい言われようだけれど、全く分からない俺にとって、そう言われても仕方がない。

 

「それじゃあ、先生。大ヒントを差し上げますわ」

 

 そう言って、高雄は俺に向かって人差し指を立てる。

 

「1つ。幼稚園の先生を募集して審査を行ったのは、私と愛宕」

 

 その人差し指を、俺の胸に突きつける。

 

「2つ。先生の行動は全て愛宕が管理して、その情報を私に送ってくれていた」

 

 指の腹で撫でるように、胸からへそに下りていく。

 

「3つ。先生の顔も、身体も、性格も、全てが私の好みにピッタリなのですわ」

 

 下腹部に高雄の指が触れる。

 

 妖艶な声。

 

 艶めかしい指の動き。

 

 恍惚とした表情。

 

 全てが俺を、金縛りにかけたように拘束する。

 

「高雄の方はもう止まらないようですね。それでは、元帥、こちらの方も始めさせていただきます」

 

「や、やめるんだ……加賀……っ!」

 

「いいえ、聞けません。元帥には一度、私に溺れていただかなくては、いけないようですので」

 

 そうして、加賀は元帥を押し倒す。

 

 それから先、湿った室内に何があったかは、本人たち以外に知る由もなかった。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

「――という内容の物語を考えたのよ~」

 

「おおっ! 何という素晴らしいストーリーですかっ! 青葉ったら感激しちゃいましたっ!」

 

「あら~、それはとても嬉しいわ~」

 

 一番端にあるドックの中。

 

 罰として掃除をしていた青葉の元に、龍田が手作りの分厚い紙束を持って訪れていた。

 

「ぜひぜひっ、これを書籍――いえ、漫画化して皆さんに配らなくてはいけませんねっ!」

 

「それなら、秋雲さん辺りに頼もうかしら~」

 

「そうですねっ! 秋雲なら間違いなく最高の漫画にしてくれるでしょう! こうしちゃいられませんっ! 早速この資料を持って、秋雲の元に急がなくてはっ!」

 

「それじゃあ、私もご一緒して良いかしら~。秋雲お姉さんの絵の描き方も気になってるの~」

 

「それなら是非青葉と一緒に行きましょう! 向かう先は秋雲の部屋っ! 修羅場になっていなければ、手伝わされる心配もないでしょう!」

 

「それって逆に言えば、修羅場だったらアシスタントに無理矢理されちゃうって事じゃないのかしら~」

 

「そうなったらそうなった時の事ですっ! そのお礼として漫画にして貰うように頼めば問題ナッシング!」

 

「そうね~。それは良い考えだわ~」

 

 そう言って、2人は頷いてドックの中から外へと向かう。

 

 後に、舞鶴鎮守府の大半を巻き込んだという大事件になったのは、また別の話。

 

 機会があれば、語ることもあるかもしれないだろう。

 

 

 

 結論。

 

 触らぬ龍田に何とやら。

 

 すでに手遅れではあるけれど。

 

 俺の日常は、平和という文字にほど遠いのだろう。

 

 

 

 艦娘幼稚園 番外編? ~青葉と俺と写真と絵師と~ 完

 




※リクエスト結果を活動報告にて更新しました。
 今後の情報を載せておりますので、是非ご覧下さいませ。


 これにて、艦娘幼稚園 番外編? ~青葉と俺と写真と絵師と~ は完結致しました。
オチは……本当にごめんなさい。途中からプロット無視って暴走してました。
どこからどこまでが龍田の作り話なのかは秘密です。


 さて、次回の更新のお話です。
次は読み切り短編を1つ。書き方や手法の勉強で、テストサンプル的な作品になります。
一人称から三人称へ。上手く出来ているかどうかは分かりませんが。
内容に関しては、学生時代に読んだ英語の教科書を思い出しながら艦これ風にアレンジしてみたSSです。

 タイトルは、
艦娘幼稚園 ~噂の所以は本当か?~ です。

 更新はもちろん明日の予定。宜しくお願い致します。

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~噂の所以は本当か?~
短編


 艦娘幼稚園 ~噂の所以は本当か?~

 今作は執筆の手法等の練習により、一人称⇒三人称に変更してお送りいたします。
これは、現在進行中の艦娘幼稚園とは違う別の艦これ二次小説の為のテストタイプになります。

 内容に関しては、学生時代に読んだ英語の教科書を思い出しながら艦これ風にアレンジしてみたSSです。


 とある鎮守府の中にある、とある食堂での出来ごと。
艦娘たちに受け継がれる噂。その所以を、とある彼女が語ります。


 小さな明かりがスッ……と消える。

 

 それは、暗い部屋で行われた出来ごと。

 

 まるで結界の様に集まる人影に、それぞれが小さな明かりを持っている。

 

 そんな状況の中で、あなたに伝えたいことがある。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 とある鎮守府の中にある、とある食堂での出来ごと。

 

 朝の会議を終えた秘書艦である長門に続き、ぞろぞろと艦娘たちが食堂にやってきた。彼女たちは決まった席に座って肩の力を抜く。すると、小さな妖精たちがテーブルの上に冷たく冷えたお茶の入ったコップを並べていった。

 

 入ってきた艦娘たちが全員席に座るのを見た長門は、頷いてから立ち上がり、彼女たちを見回しながら口を開く。

 

「さて、朝の会議で提督と話しをしてきたのだが、本日の任務は非常に苛酷になる。ましてや資源も底を尽きかけている今、遠征任務に駆り出される者も多く、任務は困難を極めるだろう。しかし私たちは、この鎮守府を代表する艦娘だ。提督の顔に泥を塗る訳にはいかない以上、各自最大限の努力をして頑張ってもらわねばならない」

 

 長門はそう言って、テーブルの上に置かれたコップを持って口をつけた。一呼吸置いて他の艦娘たちの顔を窺いながら、ごほんと咳払いをする。

 

「そこでだ。残り少ないとは言え、腹が減っては戦は出来ん。提督に陳情してギリギリまで出して貰えるように頼んでおいたので、これを食べて各自頑張ってくれるよう頼む」

 

 長門の言葉が終わると、妖精たちがテーブルに所狭しと食事を並べていった。いつもと変わらない食事の他に携帯用食料も置かれ、いかにこの鎮守府が貧しいかを物語っているようだ。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

「あの……すみませんが、少し良いですか?」

 

 そんな中、1人の艦娘が手を上げる。

 

「うむ、なんだ、言ってみろ」

 

「今の話を聞いている限り、どれくらい忙しいか明確に分からないのですが、分かりやすく言うとどういった感じなのでしょう?」

 

「ふむ……そうだな。簡単に言うと、昼食を取る暇は無いかもしれない。とは言っても、現状において昼食分の資材も食糧も尽きかけているのだが」

 

 ハハハ……と、周りに座る艦娘たちが苦笑を浮かべていた。――が、手を上げた彼女だけは真面目な顔でテーブルの上を見つめている。

 

「それなら、お腹いっぱい食べておかないといけませんね」

 

「ああ、その通りだ。皆も動きに差し支えが無い程度に、たらふく食べる事を進めておく」

 

 そう言った長門は目の前にあるパンを掴み、豪快に口で千切りながら食していった。

 

 その姿を見て、真面目な表情を浮かべていた彼女も、お箸を持ってパクパクと食事を取っていく。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

「それじゃあ、私たちは遠征に行ってくるわ。皆のご飯をたくさん取ってくるんだから」

 

「ああ、宜しく頼む。明日の我々の食事は、お前たちにかかっていると言っても過言ではない」

 

「任せておいて。一人前のレディに出来ない事は無いわ」

 

 そう言って、長い髪の艦娘と同じ背丈をした数人の艦娘が食事を終えて立ち上がる。

 

「それじゃあ第六駆逐隊、遠征任務に出撃よっ!」

 

「了解。響も出撃する」

 

「はーい。雷もいっきますよー!」

 

「電も頑張るのですっ」

 

 口々に喋りながら手を上げた4人は、にっこりと頷いて食堂から出ていった。

 

「そう……駆逐艦たちは遠征任務でいないから、私たちが忙しくなるのね……」

 

 それなら仕方無いと、彼女は箸の動きを早めて更に口へと運んでいった。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

「さーって、それじゃあ私たちも演習に行ってくるねー」

 

「うむ。次の海域にはお前たちの開幕雷撃が有効になると思われる。充分に練度を積んで、出撃に備えてくれ」

 

「りょーかい。大井っち、行っくよー」

 

「ああっ、待って、北上さんっ!」

 

「早くしなよ大井っちー。あんまり食べると、お腹周りに肉がついちゃうよー?」

 

「そ、それは……ちょっと困るかも……」

 

 残念そうな表情を浮かべた大井はフォークを置いて、名残惜しそうにテーブルから立った。

 

「まぁ、大井っちは太ったって大井っちだからねー。私と大井っちがいれば最強じゃん?」

 

「も、もうっ……北上さんったら……」

 

 頬を真っ赤に染めた大井は恥ずかしそうにしながら、ツンツンと人差し指で北上を突ついていた。

 

「もうー、大井っち身体を触るのやめてよー」

 

 まんざらでもなさそうな北上は笑いながら、2人で食堂から出ていった。

 

「なるほど……あの2人は雷撃演習の為、任務からは外れるのね……」

 

 それなら仕方無いと、彼女はどんぶりを持ちあげて口へと運ぶ。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

「ふあぁぁ……それじゃあ、私はそろそろ寝てくるねー」

 

 眠たげな眼を擦りながら、食事を済ませた1人の艦娘が立ち上がった。

 

「ああ、川内と神通、那珂は夜戦任務から帰って来たばかりだったな。本日の夜も同様の任務があるだろうから、ゆっくり休んでくれ」

 

「はいはーい……それじゃあ、夜戦までおやすみなさーい……」

 

「そ、それじゃあ、失礼いたします……」

 

「那珂ちゃんもお休みだよー……ふあぁぁ……」

 

 3人は何度もあくびをしながら食堂から出ていった。

 

「なるほど……夜戦任務も並行して行っているから、人数が少ないのね……」

 

 それなら仕方無いと、彼女はスープの入ったお皿を片手で持って口へと運ぶ。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

「さて、それでは我々も出撃するとしよう。戦艦長門、出撃する!」

 

 食事を終えた長門はそう言って立ち上がり、右手を広げて前に突き出した。それに合わせるように周りに座っていた艦娘たちも素早く立つと、長門に続いてぞろぞろと食堂から出ていった。

 

「なるほど……第一艦隊は新しい海域に出撃するから、主力級の人数が少ないのね……」

 

 それなら仕方無いと、彼女はデザートが乗った小さなお皿を素早い動きで口へと運ぶ。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 周りを見渡した彼女は、食堂の中にはほとんど艦娘の姿が無い事に気づいた。

 

 妖精さんたちは忙しなくテーブルの上を動き回り、空いたお皿を片づけていく。

 

「これだけの人数で、出撃できるのでしょうか……?」

 

 人数が足りない分をどうにかして補わないといけない。

 

 そう思った彼女は、再びパンを口へと運んでいく。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

「ふぅ……作戦終了だ。なかなか大変だったが、みんな無事に帰投したぞ!」

 

 任務を終えた長門は、肩をぐるぐると回しながら食堂に戻ってきた。

 

 一緒に続いてきた艦娘たちも、何人かは負傷している様だが大事には至らないといった感じで、にこやかな表情を浮かべている。

 

「聞けば、第六駆逐隊たちの遠征任務は大成功だったようだ。これで資材も食料も回復し、まずは一安心といった所だろう」

 

 パチパチと拍手をし合う第一艦隊の艦娘たちを見て、長門も微笑を浮かべていた。だが席に座って食事を取っている彼女の姿を見て、神妙な顔つきへと変化させながら声をかけた。

 

「今の時間に食事を取っていたとは、遅くまで任務御苦労だったな。それでは私たちも頂くとしよう」

 

 そう言って長門が席に座ると、他の艦娘たちも席に着いた。

 

 彼女はそんな長門の顔を見ながらパンを口に運び、不思議そうな表情を浮かべる。

 

「む、どうした? 私の顔に何かついているのか?」

 

「いえ、そう言うことではないのですが……」

 

 彼女はそう答えながらお箸を持ち、今度はどんぶり飯を平らげていく。

 

「ふむ、そうか。それより飯だ! 早く皆の前に並べてくれっ!」

 

 長門はテーブルの上を忙しなく動きまわっていた妖精さんたちに声をかけると、何故か悲しそうな表情を浮かべて首をプルプルと左右に振り、どんぶり飯を食べている彼女を指差した。

 

「なんだ? どういうことだ?」

 

「簡単な事です。もう資材も食料も、尽きてしまったということです」

 

「……は? 今さっき私が言った通り、遠征任務も大成功して充分に回復したはずだぞっ!?」

 

「はい、それは聞きました。ですが、それ以上に食べてしまえば底をつくのは明確です」

 

「なっ!?」

 

 どんぶり飯を平らげる彼女の横に、同じように食事を取っている青い袴の艦娘は淡々と長門に説明する。

 

 もちろん、箸の動きは緩めることなく。

 

「そ、それでは、任務を終えてからほんの少しの時間で、お前達が全部平らげたというのかっ!?」

 

「いいえ、違います」

 

「な、なんだとっ!? ならば、いったいどうやって……っ!?」

 

 驚きの表情を浮かべる長門を見た赤い袴の彼女は、どんぶり飯を置いて目の前にある壁掛け時計を見ながらゆっくりと口を開く。

 

「そうですね。朝から――ですから、ほんの10時間といったところでしょうか」

 

「赤城の言う通りです。今日は忙しいということなので、いつもより多めに食事を取らせていただきました」

 

「それでは、そろそろ任務に向かうとしましょう。加賀、一航戦出ますよっ!」

 

「ええ、赤城と一緒なら、気分も高揚します」

 

 そう言って、今まで食事を取っていた赤城と加賀が席から立ち上がる。

 

 他の誰もが彼女達を見ながらも、何も言うことが出来なかった。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

「……ということが、あったらしいのよ~」

 

 にこやかな表情を浮かべた龍田が、手に持った蝋燭を吹き消した。

 

「な、なるほど……それが噂の所以か……」

 

 ごくりと唾を飲み込んだ俺は、額に浮き出た汗を服の袖で拭いながら周りの様子を窺って見る。

 

 金剛と夕立は平気そうな表情を浮かべているが、良く見てみると小刻みに身体が震えていた。

 

 潮は今にも泣きそうな顔をして、天龍の手を掴んでいる。

 

 そして、天龍はと言うと、

 

「あら~、天龍ちゃんったら、お漏らししながら気絶しているわ~」

 

 くすくすと笑いながら、どこかに隠し持っていたカメラを取り出して、パシャパシャと写真を取っていた。

 

「ひっ! この音と光って、ポルターガイストじゃあ……」

 

「いやいや、龍田のカメラのフラッシュだから、大丈夫だって」

 

 説明しても怖がり続ける潮をなだめすかしながら、俺は大きなため息を吐く。

 

「天龍の下着……また洗わないといけないな……」

 

 

 

 そんな、とある艦娘幼稚園で行われた、納涼怖い話大会の風景だった。

 

 これって、怪談話じゃなくね?

 

 

 

 艦娘幼稚園 ~噂の所以は本当か?~ 完

 




 うん、やっぱりお前だったんだね。
 --ということで、まさかの連続龍田オチでした。ごめんなさい。


 さて、次回からは主人公を交代した作品が進みます。
俗に言う、スピンオフってやつですが、そもそもそんなに知られてる訳じゃない作品のスピンオフをやっても……とか言われそうでちょっと怖いw

 ですが、明日から更新するスピンオフシリーズは、時系列に沿って進みます。
なぜ主人公が変わった状態で艦娘幼稚園が進んでいくのか……それが、徐々に明らかになっていくと思います。


 ではまず1つ目から。

 タイトルは、
艦娘幼稚園 スピンオフ ~一人前のレディ道~ です。

 タイトルから予想がつくと思いますが、暁が主人公の物語です。
ちっちゃい暁が一人前のレディを目指して奮闘する姿を、まったりとお楽しみください。


 それでは明日の更新を宜しくお願い致します。

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~スピンオフ シリーズ~
暁の場合 ~一人前のレディ道~ 前編


 さて、今回から主人公が交代していくスピンオフシリーズが開始です。

 まず1作目は告知通り、ちっちゃい暁が一人前のレディになるために、鎮守府にいるお姉さんたちに話を聞いていく……というストーリーです。

 はたして、暁は一人前のレディの階段を上がっていけるのか……
はたまた、相変わらずの艦娘たちが暴走してしまうのか……

 ゆっくりまったりでお楽しみくださいっ。

※リクエストにより、扶桑と山城を暁編で登場ですっ!
 今回は山城。そして次回はもちろん扶桑が登場します!


 みなさん、ごきげんようです。本日はお日柄も良く……ってなんだか変な顔をしている気がするんだけど。

 

 あっ、なるほど。そう言えば説明がまだだったかしら。

 

 まずは私の自己紹介からさせて頂くわね。

 

 暁型駆逐艦の1番艦、暁よ。舞鶴鎮守府にある艦娘幼稚園で一番のレディなんだからっ!

 

 妹の響や雷、電も一緒に通ってるけど、あの子たちはまだまだね。だって、密かに狙っているって言う先生を未だに落とせてないんだからっ。

 

 もちろん暁はレディを磨くべく、毎日訓練を欠かしてないのよ。

 

 ……え?

 

 いったいどんな訓練をしているのかって?

 

 しょうがないわね……ちょっとだけ教えてあげるわ。

 

 朝起きたらまずは鏡に向かって「ごきげんよう」と挨拶の練習をするわ。これは熊野のお姉さんから教えてもらった訓練よ。

 

 ちなみに上級者になると「タイが曲がっていてよ」って言ってから、正面に向かい合って直してあげられるのが完璧なレディなんだって。

 

 ちなみにタイって何のことなのかしら? やっぱりお魚の鯛……なのかな?

 

 塩焼きで頂くと美味しいわよねっ。白身でホクホク、プリップリなんだからっ。

 

 あ、でも、暁は鯛焼きも大好きよ。小倉にカスタードにチョコクリーム……どれも甘くて美味しいのよっ!

 

 一人前のレディとしては……あんまりいっぱい食べると良くないって聞いたから、少し我慢してるけど……

 

 ちなみにこれを聞いたのは夕張のお姉さんね。体重が重くなるのをいっつも気にしてるわ。

 

 暁としては、荷物をいっぱい持ち過ぎなんだと思うんだけどね。

 

 他にも色々あるんだけど、今日は暁の一人前のレディ道について、いーっぱい説明してあげるんだからねっ。

 

 えっ……?

 

 べ、別に褒めてほしいからやってるんじゃないんだし。

 

 わ、わわっ!

 

 頭をなでなでしようとこっちに来ないでっ!

 

 もう子供じゃないって言ってるでしょ!

 

 と、とにかく今は戦略的撤退よっ!

 

 後で覚えてなさーーーいっ!

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 幼稚園から帰ってきた暁は、荷物を部屋に置いてからすぐに山城と扶桑お姉さんの部屋にやってきたの。

 

「レディ……ですか?」

 

「そうなの。山城お姉さんみたいに、綺麗で大人の女性になるのはどうしたらいいのかしら?」

 

「き、綺麗だなんてそんな……」

 

 部屋にいたのは山城のお姉さんだけだったわ。聞いたところによると扶桑お姉さんは午前中の出撃で被弾したみたいで、今はドックで入渠しているらしいわ。

 

 ちなみに、艦隊の中で唯一ダメージを負ったのが扶桑お姉さんだったらしいの。さすがってところだけど、もちろん暁はそういうのを見習いに来た訳じゃないのよ。

 

 でもそのせいで、山城お姉さんはすっごく悲しんでたみたい。「やっぱり姉様と一緒に、山城も出撃しなければいけなかったのよ……何度も元帥にお願いしたのに……この恨み、不幸の手紙として大量に送り付けるわ……」と、こんな風にブツブツ呟く山城お姉さんの机の上には、たくさんの便箋があったんだけど……暁は何も見ていなかったことにするわね。

 

 聞いたりしたら、暁の部屋にも手紙が届くかもしれないし……

 

 ………………

 

 べ、別に怖くなんてないんだからっ!

 

 た、ただちょっと、響とか雷とか電が怖くなって、夜にトイレについてきてって言うかもしれないじゃない!

 

 そ、そそ、そんなことになったら、夜にはオバケ……じゃなくてっ、レディに夜更かしは厳禁なのよっ!

 

「暁ちゃんの質問に当てはまるとすれば、それはやはり扶桑お姉様よ。ゆっくりと優雅に舞うような足運び……丁寧な言葉遣い……不運にもめげずに立ち向かおうとする生き様は、まさに淑女そのもの。あぁ、扶桑お姉様は素敵で素晴らしい存在。今すぐ山城を抱きしめて欲しい。でも姉様はドックでお休み中なの……いったいどうすれば……私って不幸だわ……」

 

 キラキラと輝くような笑顔を見せたと思ったら、すぐにどん底の表情へと変えた山城お姉さんを見て、暁はヤバイと思ったわ。

 

「そ、そ……その、だ、大丈夫よっ! べ、別に暫くしたら治って帰ってくるんだから……」

 

「ええ……それまでたくさんの手紙を元帥宛てに書かないとね」

 

「そ、そそそっ、そうねっ! それじゃあ、暁はこの辺で……」

 

 これ以上聞くと、色々と……その、危ない気がしてきたし、早々に退散することにしたの。

 

 あんまり参考になる話は聞けなかったけど、宿舎にはいっぱいお姉さんたちが居るんだから、まだまだ大丈夫よねっ。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 部屋から出た暁は、次はどのお姉さんに話を聞こうかな――と、考えながら廊下を歩いていたの。すると、たまたま部屋から出てこようとする羽黒お姉さんを見つけたので、早速声をかけることにしたわ。

 

「羽黒お姉さん。こんばんわ、なのです」

 

「あっ……暁ちゃん。こんばんわ」

 

 暁はちゃんとお辞儀をして挨拶をしたわ。一人前のレディにとって、これくらいは朝飯前よね。

 

 そういえば、朝飯前の時刻ではないと思うんだけど、こういうときも朝飯前って言っちゃっていいのかしら?

 

 正直よく分かんないんだけど……まぁ、たいした問題じゃないわよね。

 

 でも、それより気になるのは、羽黒お姉さんが出てきた部屋についてだったわ。ここって……摩耶お姉さんの部屋だけど、何かあったのかしら?

 

「ところで、羽黒お姉さんはどうして摩耶お姉さんの部屋から出てきたのかしら?」

 

 気になったら善は急げ。早速聞いてみたんだけれど……

 

「えっ、あ……その……ごめんなさい……」

 

 あわてふためいた羽黒お姉さんは、キョロキョロと周りを見渡してから暁に謝ったの。別に怒っている訳でもないし、そんなに謝らなくてもいいと思うんだけど……

 

「そ、その……さっきの出撃で危ないところを助けてもらったから……お礼を言いに来てたの……」

 

「なるほどね。お礼をちゃんと言うのも、一人前のレディよね」

 

「……え? い、一人前の……レディ?」

 

「そうよ。暁は早く一人前のレディとしてみんなに認められるように、日々精進してるの。今もこうやって、お姉さんたちにレディについて教えてもらってるのよっ!」

 

「へぇ……暁ちゃんって、偉いんだね」

 

「そ、それほどでもないわっ! で、でも……ありがと。お礼はちゃんと言えるし」

 

「偉い偉い」

 

 羽黒お姉さんはそう言って、暁の頭を撫でようとしたの。

 

「あ、頭を撫でるのはダメっ!」

 

「あれ……そうなの?」

 

「そ、そうなのっ。そんなのレディじゃないしっ」

 

「うーん……そうなのかな……?」

 

 羽黒お姉さんは、人差し指を口元に当てながら考え込むように天井を見上げていたわ。折角の機会なんだし、羽黒お姉さんにレディについて聞こうと思ったんだけど、

 

「私に聞くよりかは、姉さんたちに聞いた方がいいんじゃないかな? 暁ちゃんにアドバイスだと……足柄姉さんが適任かな……」

 

「分かったわ。それじゃあ、足柄お姉さんを探してみるわね」

 

「うん、それじゃあ頑張ってね、暁ちゃん」

 

 そう言って、お互いに手を振って別れたんだけど……羽黒お姉さんの顔が心なしか赤くなってたのは気のせいかしら?

 

 いつも恥ずかしそうにしてるけど、暁の前で緊張しなくてもいいのに……って思うんだけどね。

 

 それよりも暁は早く一人前のレディになるべく、足柄お姉さんを探すことにしたわっ。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 そうは言っても、広い宿舎をくまなく探して足柄のお姉さんを見つけだすのは大変よね。

 

 効率よく探すには、情報を得るのが一番なの。索敵を大事にしなきゃ大変なことになるって、赤城お姉さんにも教えられたし。

 

 一人前のレディたるもの、一通りのことはこなさないといけないわ。それが暁のレディ道なの。

 

 そうと決まれば善は急げよ。暁は出来る子ってところを見せてあげるんだからっ!

 

 ………………

 

 ……あっ。

 

 こ、ここっ、子どもじゃないしっ! 出来るレディって言おうと思ってたんだからねっ!

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 ――と、いう訳で暁がやってきたのは、鎮守府にある大きな建物の中でも一番高いところにある部屋よ。

 

「ここが、元帥の指令室ね……」

 

 初めて来る場所にちょっとだけドキドキしてたけど、暁はもう子供じゃないの。一人でお買い物だって出来るんだから。

 

 それに、元帥じゃなくて秘書艦の高雄お姉さんに会いに来たんだから、別に気にすることなんてないはずよね。

 

 ………………

 …………

 ……

 

 すぅ……はぁ……すぅ……はぁ……

 

 と、とりあえず深呼吸をしてるだけよっ。別に深い意味なんてないし、ノックをしようとしている手がプルプル震えてるのも、気のせいなんだからっ!

 

 

 

 ガチャッ……

 

 

 

「外から物音がする気が……あら、暁ちゃんじゃない」

 

「ひゃいっ!?」

 

「こんなところに来て、いったいどうしたの?」

 

「あ、あああっ、あのっ、えっと……」

 

「もしかして、元帥に用事かしら?」

 

「そ、そうじゃなくて……その……」

 

「それじゃあいったい、誰に?」

 

「た、高雄お姉さんに……っ!」

 

「あら……私?」

 

「は、はは、はいっ! ちょっと、聞きたいことがあるのっ!」

 

「そうだったの。それじゃあ、ここで立ち話もなんだから、中に入って下さいね」

 

「あ、ありがとう……ちゃ、ちゃんとおれゃいっ……」

 

「あらあら、そんなに慌てなくても大丈夫ですよ?」

 

「ひゃ、ひゃい……」

 

 うぅぅ……噛んじゃった……

 

 こんなのレディにあるまじき失態よ……なんとか、挽回しなくちゃいけないわっ!

 

 で、でもとりあえずは、高雄お姉さんと言う通りに部屋の中に入ることにしたの。

 

 

 

「ふわぁ……」

 

「あら、どうしたの?」

 

「あっ、えっと……カッコイイ部屋だなぁって……」

 

「ふふ……ありがと。この部屋の模様替えは私がしたのよ」

 

「高雄お姉さんが!?」

 

「元帥って、こういうところは無頓着でね……もう少し気を使って頂ければ嬉しいんだけど……」

 

 高雄お姉さんはそう言ってから、はぁ……と大きなため息を吐いてたわ。

 

「ところで、暁ちゃんは私に用事があるって言ってたけど、いったい何なのかしら?」

 

「あっ、そうだったわ。えっと、足柄お姉さんがどこに居るのか分からないから、秘書艦の高雄お姉さんなら知ってるかなって思って聞きに来たの」

 

「そうだったのね。えっと……今の時間の足柄の予定は……んー……」

 

 そう言って、高雄お姉さんは手に持っていた分厚い本をペラペラとめくっていたわ。たぶん、あの本には凄いことが書かれているんじゃないかしら?

 

 えっ、どんなことかって?

 

 う、うーん……

 

 た、例えば、亡くなったお母さんを錬成する方法とか、書かれてる呪文読むと魔物の子どもが雷撃を放てるとか、関西弁を喋る封印の獣が守っているカードが入っているとか……かしら。

 

 どれも面白い漫画よね……って、そういうのじゃなくてっ!

 

 暁はもう子どもじゃないんだから、ま、漫画なんてそんなに読まないのよ!

 

 ほ、本当よっ! 部屋の中にある漫画は、ぜーんぶ響のなんだからっ!

 

「あぁ、あったわ……これね。足柄は午前の演習を終えた後、艦装整備に向かったはずだから……たぶん整備室に居るんじゃないかしら」

 

 高雄お姉さんはニッコリ笑って暁にそう言ってくれてから、ふと、不思議そうな顔になったの。

 

「ところで、暁ちゃんはどうして足柄に用事があるのかしら?」

 

「それは、暁のレディ道について聞きたいからなの。初めに山城お姉さんに聞いて、その後羽黒お姉さんとお話したときに、足柄お姉さんが適任だって聞いたのよ」

 

「て、適任……? あの、飢えた狼で行き遅れの……っ!?」

 

 もの凄くビックリした顔で驚いていた高雄お姉さんを見て、暁は心配になっちゃったわ。

 

「た、高雄お姉さん……?」

 

「あっ、ご、ごめんなさいっ。ちょっと言い過ぎちゃったかしら……」

 

「え、えっと……よく聞こえなかった……かな?」

 

「それならいいのよ。もし聞こえたとしても、聞こえなかったことにしてくれればいいから」

 

 そう言ってニッコリと笑いかけてくる高雄お姉さんだったんだけど、目が完全に笑っていなかった気がするわ……

 

 これ以上、このことを話したら危ない……って、レディの勘が囁いてたの。

 

「そ、それじゃあ、整備室の方に行ってみるわ。高雄お姉さん、ありがとっ」

 

「はい。それじゃあ、気をつけてね。あと、さっきのことはくれぐれも内緒よ?」

 

「は、ははっ、はい!」

 

 大きくお辞儀をして、指令室から逃げるように走ったの。

 

 レディになるためには、様々な困難があるって思い知らされた時間だったわ……

 

 

 

つづく




次回予告

 羽黒お姉さんから聞いて、暁は足柄お姉さんを探すために鎮守府内を歩き回る。
次に向かう先は整備室。その中に居たのは、足柄お姉さんではなく別のお姉さんだった!?

暁の場合 ~一人前のレディ道~ 中編

 どこかで見たメンツだと思った貴方!
そ・の・と・お・り・ですっ(ぇ


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暁の場合 ~一人前のレディ道~ 中編

 足柄お姉さんを見つけるために高雄お姉さんに話を聞いた暁。
次に向かう先は整備室。その中に居たのは、足柄お姉さんではなく別のお姉さんだった。

 果たして足柄を見つけ出す事が出来るのか?
リクエストにあったキャラクターも登場。今回は扶桑!
振り回されまくる暁ちゃんに、ご注目!



 それから暁は足柄お姉さんに会うべく、整備室がある建物に着いたの。高雄お姉さんが言ってたことが気になったけど、折角ここまで来たんだから勿体ないわよね。

 

 あ、ちなみに高雄お姉さんが言ってたことについてはしっかりと聞こえていたわ。意味は分からなかったけど、雰囲気的に聞こえなかった振りをした方が良さそうだったから、あんな風に答えておいたのよ。

 

 そんなことを考えているうちに、ドックをある場所を通り過ぎて整備室の前までやってきたわ。

 

 入口の扉は……鍵は開いてるみたいだし、入っても良いわよね?

 

「お、おじゃましまーす……」

 

「んっ? あれ、暁ちゃんじゃない。どうしたの、こんなところに来るなんて」

 

「あっ、隼鷹お姉さん、ごきげんよう」

 

「これはこれは、どっかのお嬢様がやってきたってかー?」

 

「えっ!? 暁ってお嬢様みたいに見えるかしらっ!?」

 

「オチビのお嬢様って感じだけどねぇ」

 

「むぅー、暁はオチビじゃないしっ!」

 

「あっはっはー。ゴメンゴメン」

 

 けらけらとお腹を抱えて笑っている隼鷹お姉さんをちょっとだけ睨みながら、足柄お姉さんのことを聞いてみることにしたの。

 

「足柄? ここの使用記録を見る限り、ちょっと前まで居たみたいだけど……私もさっき来たばかりだから会ってないんだよねー」

 

「そ、そうなの? 折角ここまで来たのに……」

 

「ありゃまぁ、そんなに残念がるなんて、なんかあったの?」

 

「色々と探し回っているんだけど、なかなか出会えなくて困ってるの」

 

「あー、入れ違いに擦れ違いってやつかー。そりゃあ大変だよなぁ」

 

「レディ道について、聞きたかったのに……残念だわ」

 

「レディ道?」

 

「そうよ。暁は早く一人前のレディになるべく、色んなお姉さんに大人のレディについて聞いて、訓練してるの」

 

「へぇー、それはまた面白そうじゃない。もし良かったら、お姉さんもいっちょ噛んでやろうか?」

 

「えっ! 暁噛まれちゃうのっ!?」

 

 隼鷹お姉さんの言葉にビックリした暁は、慌てて一歩下がったんだけど、

 

「ぶっ! あ、あははははっ! そうじゃないっ、そうじゃないってっ! あはははははははっ!」

 

「な、なんで急に笑うのよっ! 暁は変なこと言ってないわよね!?」

 

「ひー、ひーーーっ! あー、こりゃダメだっ! 可笑しすぎて止まらないってっ!」

 

「も、もうっ! なんで暁を指差して笑うのよっ! 隼鷹お姉さんのバカァァァッ!」

 

 隼鷹お姉さんは暁のことを見ながらずっと笑っていたから、もう知らないって整備室から出たわ。

 

 あまりに笑われたので思わず大きな声でバカって言っちゃったけど、それは失敗だったわよね。レディとしてあるまじき行為とは分かってるけど……訳が分からないまま笑われたんだし、大目に見ても良いわよねっ!

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 結局整備室に足柄のお姉さんは居なかったし、どこを探せば良いのか分からなくなっちゃったわ。

 

 仕方がないから、同じ建物の中にあるドックの方にやって来たんだけど……

 

「あら、そこにいるのは暁ちゃん……かしら?」

 

 ドックからちょうど出てきた扶桑お姉さんに出会ったの。

 

「こんばんわ、扶桑お姉さん。ごきげんよう、なのです」

 

「あら……ごきげんよう暁ちゃん。いったいこんなところでどうしたの?」

 

「ちょっと、足柄お姉さんを探していたんだけど……全然見つからなくて困ってるの」

 

「足柄……? あぁ、あの大食いの……」

 

「えっ……大食い? 足柄お姉さんが?」

 

「そうよ。普段はそうでもないんだけど……カツを目にしたときは……」

 

「か、カツ……?」

 

 なんだかどんどん足柄お姉さんが、想像するレディ像から掛け離れて行っている気がするんだけど……

 

「まぁ、見れば分かるんじゃないかしら。今の時間だと……あら? もう夕食時を過ぎてしまってるわね」

 

 扶桑お姉さんが壁掛けの時計を見てそう言ったので暁も見てみたんだけど、いつも夕食を食べている時間を大幅に過ぎてしまっていたの。足柄お姉さんを探しているうちに、ずいぶんと時間がかかってしまったのね……と思っていたら、お腹が急にぐぅぅぅ……って鳴っちゃったの。

 

「あらあら、暁ちゃんも夕食がまだだったのね」

 

「あ、あぅ……こ、これは、その……」

 

 レディにはあるまじき失態に、お顔が真っ赤になってしまったわ。暁はなんとかごまかせないかと思ったんだけど、

 

「それじゃあ、一緒に鳳翔さんの食堂に行きましょう」

 

「あ、う、うん。そうね。暁もお腹空いちゃったし」

 

 扶桑お姉さんの提案に、言い訳することも出来ずに陥落した感じになっちゃったの。さすがはレディの貫禄ってやつかしら?

 

「私もぺこぺこよ。帰ってきてからずっとお風呂に浸かってたから……」

 

「そう言えば山城お姉さんから聞いてたけど、もう大丈夫なのかしら?」

 

「ええ。時間はかかったけど、ここのお風呂は優秀なの。私は常連だから……うふ、うふふふふ……」

 

 な、なぜか急に笑い出した扶桑お姉さんを見て、正直暁はドン引きだったわ。

 

「ふ、扶桑お姉さん、ど、どうしたの……?」

 

「元帥にバケツを頼んでもくれないし、装甲強化するための近代化改修も却下されたし、砲塔が重くて肩が凝るし、伊勢や日向にMVP取られちゃうし、違法建築なんてあだ名がついちゃうし……不幸よね、私って……」

 

 怖い怖い怖い怖い怖いっ!

 

 扶桑お姉さんが淑女って言ったの誰よっ!?

 

 これじゃあ、淑女の前に不幸の……いえ、変態がつきそうじゃないっ!

 

「あら? 今……暁ちゃん、変なことを考えなかったかしら?」

 

「ぜ、ぜせぜぜっ、全然そんなこと考えてないわっ!」

 

「そう? なんだか不幸な香りがしたんだ……けど……」

 

 不幸な香りって何ーっ!?

 

「もしそうだったら……髪の毛を一本……」

 

「なななななっ、何に使うのっ!?」

 

「それはもちろん……うふふふふ……」

 

 きぃーーーーゃーーーーっ!

 

 このまま一緒に食堂に向かうのは非常に危ないわっ!

 

「あ、あのっ、暁は用事を思い出したからっ!」

 

「あら、そうなの?」

 

「そ、そうなのっ! 残念だけど、また今度っ!」

 

 暁はそう言って、扶桑お姉さんから逃げるように駆け出したわ。出来るだけ速く、ちょっとでも遠く離れたかったの。

 

「ちっちゃな子どもにまで逃げられる……うふ、うふふふふ……」

 

 後ろから不気味な笑い声が聞こえたけれど、建物から出るまで一切振り返らずに走ったら、息が上がっちゃって大変だったわ。

 

 ふぅ……レディ道も簡単じゃないわよね。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 扶桑お姉さんから逃げ出して、暁はもう一度宿舎の方に戻ってきたわ。お腹は減ってるけど、今食堂に向かうと扶桑お姉さんがいると思うから、時間をおいてからの方が良いと判断したからなの。

 

 でも、正直どこを探したら良いか分からなくなってきて、とりあえず足柄お姉さんの部屋にやって来たわ。

 

 コンコン……

 

 でも、予想通り返事はなし。部屋の中に居る気配はまったく感じられないわ。一体全体、どこをほっつき歩いているのかしら?

 

 ぐぅぅぅ……

 

 お腹から情けない音が鳴って慌てて周りを見回したけど、誰にも聞かれてなかったようでほっとひと安心ってところよね。レディにあるまじきなんだけど、いつもの夕食の時間からはかなり遅くなってるから、もうお腹はぺこぺこで限界なの。身動きを取るのもしんどくなってきたから、何か食べれるものを探しに行くのが最善よね――と思って売店の前まで来たんだけれど、そこに見知った姿を見かけたわ。

 

「あれ、暁ちゃんなのです」

 

「電じゃない。もしかして、牛乳を買いに来たのかしら?」

 

「なのです。毎晩ちゃんと飲んで、もっと身長と……お胸をおっきくするのですっ!」

 

「良い心がけよ。幼稚園の中で一番のレディである暁を見習って、しっかり精進するのよっ!」

 

「その割には、電とあんまり変わらないのです……(ぼそぼそ)」

 

「えっ、今何か言った?」

 

「な、何でもないのです」

 

「そう? なんだか嫌な予感がしたんだけど……」

 

 扶桑お姉さんの言う、不幸の香りってこんな感じなのかしら……って、それだと暁も変態淑女になっちゃうじゃないっ!

 

 暁は立派なレディなのよっ! 更に磨く為に色んなお姉さんから訓練になりそうなのを聞いてまわってるんだからっ!

 

 そ、その割には、あまり良いことを聞けてない気がするけど……今日は調子が悪いだけよねっ。

 

 それに、まだ足柄お姉さんに会えてないし……って、本当にどこにいるのかしら?

 

「暁ちゃん、急に黙り込んだりして、どうしたのです?」

 

「あ、ううん。ちょっと足柄お姉さんを探してるのを思い出したんだけど……」

 

「足柄お姉さんですか? それなら、さっき食堂に行くって言ってたのを聞いたのです」

 

「えっ、それって本当っ!?」

 

「はいなのです。そろそろ時間も良い頃だからって、一人で通路を歩いていたのですよ」

 

 一人で呟きながら歩いてるって……ちょっと可哀相というか、悲しいというか……ま、まぁ気にしないほうが良さそうね。

 

「それじゃあ、売店でパンでも買ってから食堂に向かおうかしら」

 

「それは無理なのです……」

 

 少し落ち込んだ表情を浮かべた電がそう言ったんだけど、どうしてかしら?

 

「売店は、もう全部売り切れてしまったらしいのです……」

 

「えっ……それって、もしかして……?」

 

「はいなのです。また、赤城お姉さんと加賀お姉さんが買い込んでいったみたいなのです……」

 

「少し前に、元帥に陳情したばかりじゃないっ!」

 

「そうなのですが……更に買い貯め出来るって喜んでるみたいなのです……」

 

「改善するどころか悪化してどうするのよっ!」

 

 暁の大きな声が通路に響いちゃったけど、時既に遅しだったわ。

 

 ホント、空母のお姉さんたちには勘弁してほしいわよね……

 




次回予告

 足柄お姉さんの足取りを掴んだ暁は、扶桑お姉さんのことを気になりつつも食堂へと向かう。
果たして足柄お姉さんを発見できるのかっ!? それともまたまた振り回されるのかっ!?
ちっちゃい暁奮闘記? 次回で終結ですっ!

暁の場合 ~一人前のレディ道~ 後編


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暁の場合 ~一人前のレディ道~ 後編

 足柄お姉さんの足取りを掴んだ暁は、扶桑お姉さんのことを気になりつつも食堂へと向かう。
恐る恐る中を覗く暁。そこに扶桑&足柄お姉さんの姿は無く、安心と残念が入り乱れかけたのだけれど……

ちっちゃい暁奮闘記? 今回で終結ですっ!


 それから電とは別れて、鳳翔さんの食堂に向かうことにしたの。まだ扶桑お姉さんが居るかも知れないけど、もはや背にはらは変えられないって感じなのよね。

 

 これ以上我慢すると、お腹の音が鳴り止まなくなってきちゃってるし、足柄お姉さんも別のところに行っちゃうかもしれないし……

 

 あっ、ちなみに電は先生に頼んで一緒にコンビニへ牛乳を買いに行くって言ってたわ。もの凄くウキウキした顔で言ってたんだけど、なんであんなに嬉しそうなのかしら?

 

 まぁ、好きな人と一緒に居られるってのは分からなくないんだけどね。でもそれだったら、さっさと告白するなりして落としちゃえば良いと思うんだけど、まだまだ電には荷が重いかもしれないわね。

 

 やっぱりここは、暁のような立派なレディの出番よね。訓練が済んだら、一発で先生を落としちゃうんだからっ!

 

 ………………

 

 べ、べべべっ、別に先生がどうとかそういうのじゃないんだからねっ!

 

 ちょっと電とか雷に、レディとは何たるかを見せてあげようと思っているだけなんだからっ!

 

 別に深い意味はないのよっ! 本当よっ!

 

 

 

 はぁ……はぁ……

 

 

 

 こ、これはその、焦って息があがっているとかそういうんじゃなくて、興奮しているだけなの……って、それも違うわっ!

 

 ななな、何を言ってるのよ暁ったら! もう、嫌になっちゃうんだからっ!

 

 それもこれも、全部先生が悪いんだし、今度龍田ちゃんにお願いして、変な噂を流しちゃおうかしら?

 

 レディを怒らせると、大変な目にあうのよ!

 

 ……あっ、それとこれは別に、八つ当たりとかじゃないんだからねーっ!

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 そうして、暁は鳳翔さんの食堂の前にやって来たの。入口の引き戸に手をかけてるんだけど、扶桑お姉さんが居るんじゃないかと思うと、額に嫌な汗をかきそうよね。

 

 でもここでじっとしている訳にもいかないし、暁は勇気を出して食堂の中に入ることにしたの。

 

「こ……こんばんわー」

 

 ゆっくりと引き戸を開けて中の様子を伺ってみたんだけど、数人のお姉さんたちが席に座って食事をしているだけで、扶桑お姉さんや足柄お姉さんは居ないみたい。ほっと胸を撫で下ろしちゃったんだけど、結局足柄お姉さんが居ないんじゃあ、目的の半分は達成できないってことよね。

 

 でも、後の半分は夕食を食べることなんだから――って、近くにいた千歳さんにお願いしようとしたんだけど、

 

「あら、暁ちゃん。ずいぶんと遅かったのね」

 

「ちょっと色々と用事があっちゃって……もうお腹がペコペコなの」

 

「うん、話は聞いてるよ」

 

「えっ?」

 

「扶桑さんから、暁ちゃんが来たら上にお通ししてくださいって」

 

「え”っ……」

 

「すっごく心配してたみたいだよ。早く行って、安心させてあげなきゃね」

 

 千歳お姉さんはそう言って、暁の背中をグイグイと厨房の方へと押していったの。このままじゃ危ない気がするって思ったんだけど、暁の力じゃ千歳お姉さんに敵わないし、断っちゃうと扶桑お姉さんにも悪い気がして、仕方なく2階の方へ行くことにしたわ。

 

「それじゃあ、後でオレンジジュースを持って行ってあげるから、このまま上がっちゃってね」

 

 階段の前で千歳お姉さんと別れた後、ゆっくりと暁は2階へ上がっていったの。足を踏み出す度に階段が軋む音が聞こえて、段々と不安が増していく気がしたわ。

 

 でも、ここまで来たらなるようになるしかないわよね。敵前逃亡なんて、レディのすることじゃないんだし。

 

 そうして階段を上がりきった暁は、2階にある広間に入ったんだけど……

 

「な、なにこれ……?」

 

 大きな座卓の上には、たくさんのお皿に大量に盛りつけられたトンカツやビフカツらしき物体が、ところせましと置かれていたの。

 

「あら、暁ちゃん。待ってたのよ~。うふふふふ~」

 

「ふ、扶桑お姉さん……」

 

 ニコニコと笑っている扶桑お姉さんの頬はかなり真っ赤で、右手にはコップが握られていたわ。中に入っているのは透明な液体で、水に見えなくもないけど……たぶんお酒に間違いないわよね。

 

「夕ご飯まだなんでしょう~。早くこっちにいらっしゃい~」

 

 ご指名された以上、飛んで逃げる訳にもいかないし……仕方なく座ることにしたんだけど、

 

「こ、この料理というか、カツの多さはいったいなんなのかしら……」

 

「これは~、今日の幹事さんが作ってくれたのよ~」

 

 扶桑お姉さんはそう言ってから、グビグビとコップの中身を飲み干して「ぷはーっ、いい気持ちよ~」と言ってたわ。どこからどう見ても完全に出来上がっているし、少し離れた場所に行きたいんだけど……

 

 トントントン……

 

 すると、階段を上がって来るリズムの良い足音が聞こえた暁は、ここぞとばかりに立ち上がって千歳お姉さんからオレンジジュースを受けとろうとしたの。だけど、広間に入ってきたのは予想と違うお姉さんの姿だったわ。

 

「あら、暁ちゃん」

 

「あ、足柄お姉さんっ!?」

 

 暁はビックリして大きな声を上げちゃったわ。もちろんその理由はやっと出会えたってこともあるんだけど、それ以上に……

 

「そ、その手に持っているのって……もしかして……」

 

「あ、これ?」

 

 足柄お姉さんはニッコリ笑って暁の目の前に特大のお皿を差し出してくれたわ。もちろん、その上にあったのは……

 

「トンカツビフカツチキンカツの3種大盛セットよっ! これで明日の演習もバッチリなんだからっ!」

 

 目の前の大皿と座卓の皿にあるカツの合計は100枚以上。さすがに暁も目がクラクラしてきたわ。

 

 料理が出来るのはレディの嗜みって言っても、さすがに限度があるわよね……

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

「それじゃあ、明日の勝利を願って……カンパーイ!」

 

 大はしゃぎでコップを高らかに持ち上げた足柄お姉さん。だけど、他のお姉さんたちはすでに出来上がっているみたいで、コップを片手にカツをもしゃもしゃと食べてたの。

 

「んまっ。やっぱ足柄ってカツを揚げるのだけは上手いよなー」

 

 そう言ってお箸で摘んだトンカツを食べてたのは隼鷹お姉さん。座っているすぐ横には一升瓶が3本ほど転がっていたんだけど、これって全部飲んじゃったのかしら?

 

「カツ揚げ魔人と呼んで差し上げますわっ!」

 

 なんで魔人なのかしら……と、高雄お姉さんに突っ込んでしまいそうになったけど、こっちも顔を真っ赤にしてるところからして、完全に出来上がっているみたいね。

 

「それを言うならカツ揚げ狼じゃないかしら~。ねぇ、暁ちゃん?」

 

 いや、暁に振らないでよ……と思いながら、首を左右にブンブンと振って扶桑お姉さんに返しておいたわ。

 

「あら~、違ったのかしら~」

 

 そう言って、またお酒をグビグビと飲んでたわ。

 

 ちなみに隼鷹お姉さんには敵わないけれど、扶桑お姉さんの横にも一升瓶が1本転がっていたの。

 

 みんな飲み過ぎじゃないのかしら……?

 

「んーっ、自分で言うのも何だけど、私のカツは最高よねー。あっ、もし残りそうならカツサンドにするから、そのまま置いといてねー」

 

 そして全く気にすることなく話していた足柄お姉さんも、顔がすでに真っ赤だったわ。

 

 もしかして、カツを揚げながら飲んでたんじゃないかしら……

 

「暁ちゃんお待たせー。オレンジジュースを持ってきたよー」

 

「あっ、千歳お姉さん。ありがと……なのです」

 

「いいよいいよ。それより、夕食の方は大丈夫そう?」

 

 千歳お姉さんはそう言いながら、座卓の上を見て苦笑を浮かべていたわ。

 

「そ、そうね……これは……その……ちょっと厳しいかも……」

 

 さっきも言ったけど、座卓の上にあるお皿には全てカツがのっているわ。

 

 逆に言えば、カツしか無いっていうのが問題なんだけどね。

 

「それじゃあ、カレーでも持ってきてあげよっか? それにカツをのせればカツカレーになるじゃない」

 

 千歳お姉さんの提案に、暁はすぐに手を上げたんだけど……

 

「あっ、それじゃあ私もー」

 

「私も頂きますわっ」

 

「カツカレーも最高よねっ」

 

「カツとカレー……この組み合わせで不幸が消せないかしら……」

 

 お姉さんたちはそう言いながら、全員手を上げていたわ。

 

 お酒とカツカレーが合うのかは、暁には分からないけれど……まぁ、お姉さんたちが食べたいと思うなら良いんじゃないかしら。

 

 確実に、明日の体重計は怖いわよね――と、心の中で呟いておいたのは内緒の話。

 

 その場面を見たら、暁はこう言ってあげるわね。

 

 

 

「バカめっ! と、言って差し上げますわ」――ってね。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 ちなみにこの後も長々とお食事会――と言うか、飲み会は続いたんだけど……

 

「元帥のバカさ加減は何とかなりませんことっ!?」

 

「いやー、あれはもう本能だけで動いてるんじゃないかなー。ぶっちゃけ、真面目な時は惚れちゃいそうになっけどさー」

 

「隼鷹まで元帥を狙ってますのっ!?」

 

「なになに~、飢えた狼を差し置いて幸せになるつもり~?」

 

「一人だけ幸せになるつもりでしたら、不幸の手紙を送りますわよ……山城と一緒に」

 

「いやいや、元帥の真面目な時ってどんなけあるって話にツッコミ入れよーぜー?」

 

「それこそバカめっ! ――って、感じですわ!」

 

「浮気癖と暴走がなければアリなんだけどねー」

 

「足柄もですのっ!?」

 

「もうこの際、元帥に不幸の手紙を全員で送り付けるので良いのでは……」

 

「「「それは嫌」」」

 

「うぅ……扶桑ったら一人だけのけ者なのね……不幸だわ……」

 

 いやまぁ、山城お姉さんが代わりに出してくれてるみたいだけどね……不幸の手紙。

 

 そうこうしているうちに、扶桑お姉さんはダウンしていたわ。

 

「じゃあ、元帥を取っ捕まえて調教しちゃうってのは?」

 

「ちょっ、調教っていったい何をするつもりですのっ!?」

 

「そりゃあ、私がいなきゃ生きていけない……みたいな?」

 

「そ、それは……アリですわっ」

 

「ぶっ! アリなのかよっ! あははははっ!」

 

「みんな飢えまくりよねっ! そういうときはカツでも食べて元気を……」

 

「「いや、もうお腹いっぱいだし」」

 

「ががーん! いったい私のどこがいけなかったのよっ!」

 

「いや、この量は無いわー」

 

「毎回言ってますけどね。言っても全く聞き耳持たずですし」

 

「しくしくしく……」

 

 涙目で落ち込む足柄お姉さんなんだけど、それ以前に暁がいる前で、ちょっ……調教とか、そういうことを言うのが間違っているんだってばっ!

 

 ………………

 

 せ、先生を調教して……暁だけの………………って、何を考えてるのよっ!?

 

 と言うか、レディについて参考になることが全然無いじゃないっ!

 

 羽黒お姉さんの嘘つきーーーーっ!!

 

 

 

 

 

 結局、暁のレディ道はまだまだ完成しないってことだけはわかったわ。

 

 それに色んなお姉さんたちがいるけど、人それぞれに違った才能があったりするんだし、真似をするだけじゃ全然ダメってことよね。

 

 でも、今回のことは良い経験になったと暁は思うの。

 

 

 

 行き遅れるのには、理由がある――ってね。

 

 

 

 艦娘幼稚園 スピンオフ ~一人前のレディ道~ 完

 




 3回に分けての暁編、お楽しみいただけましたでしょうか?
今回にて暁が主人公のスピンオフは終了です……が、シリーズはまだまだ続きます。

 次回はリクエスト1位榛名(子供)が主人公のお話で、なんと舞台が舞鶴→佐世保に変更っ。
榛名が艦娘として目覚め、そして何が起きるのか……
ギャグもシリアスもたっぷり入って、一部のキャラは崩壊しかけっ!?
リクエストで頂いたキャラクターも続々登場!
比叡、ビスマルク、龍驤、五月雨……たっぷり出ます!
独自解釈満載の……全7話でお送りいたします!


次回予告

 艦娘幼稚園 スピンオフ
 榛名の場合 ~榛名の目覚め~ その1

 乞うご期待!


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榛名の場合 ~榛名の目覚め~ その1

 第一回リクエストで選ばれました、榛名(子供)のスピンオフを開始ですっ!

 気がついたとき、私はベットの上だった。
見知らぬ場所、見知らぬ人。そして見知らぬ己の身体。
戦艦だったはずが、艦娘として再びこの世に生まれた榛名の身体は、子どもの大きさだった。

※榛名以外にもリクエストを頂きました、
比叡、ビスマルク、龍驤、五月雨などが登場する榛名編……いざ、参ります!

※今作品は独自解釈並びにオリジナル設定を含みつつ、一部のキャラクターが暴走気味になっている場合があります。暖かい目でご覧いただけると幸いです。

※ご指摘により、明石の詳細部分の勘違いを修正しました。
(艦名の初代と二代目を勘違いしてました……申し訳ありません)


 海。

 

 虚ろな意識が波に漂う。

 

 それは少し気持ちが良く、ほんの少し恐れもある。

 

 ユラユラと揺れる感覚はとても好き。

 

 でも、そればっかりじゃない。

 

 陸からすぐ近くの海に浮かんでいると、空を覆うおびただしい数の飛行機が見える。

 

 私の上空を飛び回り、そしてたくさんの何かを落としていく。

 

 そんな、怖い、恐い記憶。

 

 目を覚ませば、また見てしまうかもしれない。

 

 起きてしまえば、現実を知るかもしれない。

 

 大切な人が消えていく。

 

 最後まで残った私は何度も泣きながら、それでも戦い、そして海の底にたどり着いた。

 

 でも、触れただけ。

 

 最後は私を使って、みんなを幸せにすることが出来たらしい。

 

 そんな、悲しくも嬉しくもあった、私の記憶。

 

 それからずっと波に漂い、海の中でユラユラと揺れているだけだと思っていた。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 気づいた場所は、陸の上だった。

 

 実際には、真っ白なシーツに包まれたベットの上。

 

 見たことが無い天井。見たことが無い壁。

 

 青い空も、雨が降る黒い空も、ここでは見れない。

 

 ドックにいるような屋根でもなく、まるでどこか全く知らない世界に迷い込んだ気分に、私は恐れしか抱かなかった。

 

「失礼するよ」

 

 声が聞こえて、私は身構える。砲身をそちらに向けようと、手を伸ばして振り向いた。

 

 ――手?

 

 なぜ私に手があるの?

 

 驚いた私は伸ばした手を見る。そこには小さな五本の指が綺麗に並び、肘より少し長い白い袖がふわりと舞った。

 

 私はなぜ、どうしてこんな格好を……?

 

「おや、そんなに恐がらなくてもいいですよ。別に危害を加える気は無いのだから」

 

 目の前にいる男性はそう言って、柔らかな笑みを浮かべた。とても優しそうな表情に、私の緊張は無意識に解かれていく。

 

「私は……私はいったい……?」

 

 身体の隅々を見渡して、そう呟いた。

 

「君は海に漂っているところを、私の艦隊が発見したんだよ」

 

「艦……隊……」

 

 聞き覚えのある言葉に、私の身体がピクリと動く。

 

「そう。君が目覚めるずっと前から、私たち人間は突如海に現れた深海棲艦と戦っている」

 

「深海……棲艦……?」

 

 今度は聞き覚えの無い言葉。だけど、なぜか身体が大きく震えてしまう。

 

「君は……いや、君たちは、深海棲艦に唯一対抗できる存在なのだが……」

 

 そう言って、男性は眼鏡を縁を持ち上げて位置を直す。

 

「まさか、私のところにも君のような小さな子が来るとは思っていなかったよ……」

 

「小さな……?」

 

「うむ。普通はすぐに戦える身体として出会うのだが、君の場合は明らかに子どもにしか見えない」

 

「こ、子ども……?」

 

「だが、それも今までに例が無い訳ではない。舞鶴に居る彼なら良くしてくれるだろうが……」

 

 目の前の男性は少しだけ目を逸らすように顔を傾けた後、小さくため息を吐いた。

 

「今この鎮守府は少々厄介な時案を抱えていてね。申し訳ないが、しばらくの間ここで過ごすことになると思うが構わんかね?」

 

 その問いに、私はどう答えていいか分からなかったのだけれど、男性の口調と雰囲気に納得するように頷いた。

 

「うむ。それでは少しの間かもしれんが、よろしくな。榛名くん」

 

 そう。それが私の名前。

 

 金剛型戦艦3番艦、榛名。2度目の目覚めでした。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 それから榛名は、男性に連れられて検査を受けることになりました。この基地では初めてである子どもということで、勝手が分からなくては困るというのも納得は出来ます。

 

 検査をする方も私と同じ艦娘でした。そうは言っても私のような子どもではなく、ずっと大きな方だったのですけど……

 

「うっはー、めちゃくちゃ可愛いんだけどっ! 提督っ、この子貰っちゃって良いのっ!?」

 

「いやいや、さすがにそれはいけません」

 

「ありゃー、それは残念です。明石の部屋にお持ち帰りしたかったんですけどねぇ……」

 

「お、お持ち帰りって……いったい榛名は何をされてしまうのでしょうか……」

 

「そりゃあ、メンテナンスやってから、服装を取っ替え引っ替えして……」

 

「そ、それはその……受け入れられません……」

 

「うーん、そっかー。残念……」

 

 全然残念そうに聞こえない口ぶりで、榛名の身体をチェックし始める明石お姉さんに少し不安を感じつつも、じっと我慢をしてました。

 

「んっと……それじゃあ、服を脱いでくれるかなー」

 

「え、えっと……それは……」

 

 男性の方がおられる前では……と思った榛名でしたが、振り向いてみるとそこには誰もいなくなってました。

 

「あっ、提督なら外で待ってるよ。さすがに服をひんむいちゃうところに同行させる訳にもいかないしねぇー」

 

「そ、それなら……榛名は大丈夫です」

 

「おっけー。じゃあ、ちゃちゃっと脱いじゃってねー」

 

 明石さんに急かされるように、榛名は服を脱ぎました。少し恥ずかしいですけど、部屋の中にいるのは明石さんと榛名の2人だけですし、あまり過剰に反応しても失礼でしょう。

 

「ふむふむー。子どもの大きさってだけで、私たちとほとんど変わらないねぇー」

 

 そう言って、明石さんは榛名のお腹辺りを指で軽く押していきます。それはお医者さんが腹部の触診をするように――なのですが、どうして榛名はこんなことが分かるのでしょうか……?

 

 まだ記憶がハッキリしていないかもしれませんが、それでも榛名が昔の榛名である以上、このような身体になったということは未だに信じられないのです。

 

 でも、目の前にいる明石さんを見て、この方は榛名が戦艦として海に浮かんでいた頃にいた工作艦の明石さんであると、なぜか納得してしまいます。姿形はまるで違うのに、それでも信用できる何かがあるのです。

 

 それが何故なのか、何が理由なのかは榛名には分かりません。でも、そんなことは些細なことであるという気がします。

 

「んーっと、それじゃあ今度はそのまんまベットの方に俯せになってくれるかな?」

 

「あっ、はい。分かりました」

 

 明石さんに指示された通り、榛名はすぐ横にあったベットに上ろうとするのですが……

 

「え、えっと……」

 

 思った以上に高さがあって、榛名の身長では上ろうとするのが難しくって……

 

「あぁ、ごめんごめん。これでイケるかな?」

 

 そう言って、明石さんは小さな土台を置いてくれました。

 

「うん……しょっと……」

 

 土台に足をかけてからベットになんとか登り切ることができ、榛名はちょっと一安心……なのですが、

 

「うはー……やっぱり可愛いなぁー」

 

 目をキラキラとさせた明石さんが、榛名を見守っていました。

 

 それなら手伝ってくれれば良いのに……と思いましたけど、甘えてばかりもいられません。小さくてもお姉様たちに負けないように、榛名は立派な戦艦にならなければならないのです。

 

 ………………

 

 ……お姉様?

 

 今榛名は、お姉様と言いました。

 

 記憶の奥深くにある2人のお姉様と妹の姿が目に浮かび……

 

 そして、榛名が目覚めたのであれば、他の3人も同じように目覚めているかもしれない……と考えたのです。

 

「それじゃあ、背中から調べていくねー」

 

 明石さんはそう言いながら、榛名の背中をゆっくりと押していきました。首の近くから徐々に下がって腰の辺りまで。2本の親指で優しく押されていく感覚に、榛名は心地好さから少し眠たくなりそうでした。

 

「ふむふむ、基本的に問題なさそうだねー。それじゃあこのまま下がっていくよー」

 

 座骨神経部からお尻の付け根、太股から膝裏へと進み、ふくらはぎからアキレス腱を押していきます。今まで感じたことの無い指圧という感覚と、以前は戦艦であった榛名に人と同じような身体があるという奇妙な感覚が合わさります。けれど、それはとても悪くなく、むしろもの凄く気持ち良いと感じられたのです。

 

「それじゃあ最後は内蔵のチェックねー。痛かったら言ってよー?」

 

 明石さんはそう言って、榛名の足の裏をグリグリと押し始めたのですが……

 

「ひゃわっ!?」

 

 とんでもない痛みが榛名を襲い、思わず声を上げてしまったのです。

 

「んー。ちょっと胃の辺りがダメっぽいねぇ。榛名ちゃんって結構神経使ったりする方?」

 

「え、えっと……その……きゃうんっ!」

 

「ありゃー、結構固いねぇー。これは相当ストレス溜まってたのかなー?」

 

 

 

 グリグリグリグリグリ……

 

 

 

「い、いたたたたたたたたっ! あ、明石さんっ、痛いっ、痛いですっ!」

 

「うんうん。こんなに固かったら痛いよねー。でも、もうちょっとだから我慢しようねー」

 

 歯医者さんでよくある「痛かったら言ってね」と同じように、どれだけ痛がっても止めてくれません。

 

 むしろ、痛がっているのを見て楽しんでいるようにも思えましたが、俯せになった榛名にはどうすることも出来ず、されるがまま足裏を攻め続けられてしまいました。

 

「はぁ……はぁ……」

 

「うーん。今日も良い仕事したよー」

 

「ひ、酷すぎです……」

 

「いやいや、ちゃんとした治療なんだからねー。変な噂を流しちゃダメだよー?」

 

 そう言った明石さんの顔の周りには、キラキラと星が輝いているように高揚していました。

 

 これから明石さんのメンテナンスを受けるときは、最新の注意を払った方が良いと思います……と、榛名は思いました。

 

 

 

 

 

 

「これでメンテナンスと一通りのチェックは終了かなー」

 

 明石さんはカルテにボールペンで記入をしながらニッコリと笑いました。榛名はとりあえず一難去ったと思ってホッと胸を撫で下ろしたのですが……

 

「ちなみに榛名ちゃんは胃が少し弱いみたいだけど、思い当たることってあるかな?」

 

 その問いに対して榛名は記憶を思い返します。比叡お姉様に続き、数日後には霧島が沈んだ。それから暫く経って、金剛お姉様が沈んでしまった。

 

 榛名は最後まで戦いました。けれど、お姉様たちや霧島を守れずに、最後の時まで一緒にいることは出来なかった。

 

 その悲しみが、榛名の心を蝕んでいたのは分かっています。明石さんが榛名の胃が悪いと言ったのもそれが理由なのでしょう。

 

「いえ、榛名は大丈夫です」

 

 言って、明石さんに向かって首を左右に振りました。

 

「んー、そっか。まぁ、榛名ちゃんがそう言うなら問題は無いのかもねー」

 

 ボールペンで頭をポリポリと掻きながら、明石さんはニヘヘ……と笑います。たぶん、榛名の考えが分かっていたのでしょう。

 

 榛名は、なぜ明石さんがメンテナンスを担当しているのか分かった気がしました。明石さんは身体だけでなく心までも治療をしてくれるのかもしれませんね。

 

 でも、指圧は気をつけた方が良さそうです。榛名の勘がそう囁いてます。

 

「これで私の仕事は終わりかなー。榛名ちゃんは部屋の外にいる提督に、これからのことを聞いてねー」

 

「はい、ありがとうございました」

 

 榛名は深くお辞儀をして明石さんにお礼を言い、部屋から出ることにしました。

 

 

 

つづく




次回予告

 身体をチェックしてくれた明石さんにお礼を言い、部屋の外に出た榛名。
提督に連れられた部屋に入った榛名に、感動の再会が訪れる。

 榛名の場合 ~榛名の目覚め~ その2

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榛名の場合 ~榛名の目覚め~ その2

 身体をチェックしてくれた明石さんにお礼を言い、部屋の外に出た榛名。
提督と会話をしつつ連れられた部屋に入った榛名に、感動の再会が訪れる。


 余談ですが、やっと大鳳が来てくれました。
でもまだ大和も武蔵もいません。先は長いよー。


 

「お疲れ様ですね」

 

 部屋から出ると、すぐ近くに男性が壁にもたれる感じで立っていました。

 

「お待たせして、すみません……」

 

「いえいえ、これも仕事ですからね。それでは次に行きましょうか」

 

 男性はそう言いながら、通路を歩いて行きます。後に続くと、男性は榛名の速度に合わせるように歩幅を調節してくださいました。

 

「それで、身体の方は大丈夫でしたか?」

 

 男性は前を向きながら榛名に問いかけます。

 

「はい。一通りは問題ないみたいですが、少し胃の辺りを痛めているみたいです」

 

「ふむ……それは大丈夫ですか?」

 

「これについては榛名の経験によるものだと思いますので……」

 

「そうですか……ともあれ、治療が必要ならば明石のところに通うことです」

 

「はい。ありがとうございます」

 

 会話を終えて、再び無言で通路を歩きます。男性は理由について触れることなく、それ以上聞くことはありませんでした。

 

 そうして暫く通路を歩き、角を何度か曲がった後、扉の前で男性は立ち止まりました。

 

「ここが君の部屋です。一人部屋にするかどうか迷いましたが……ここなら間違いはないでしょう」

 

 榛名に向かって微笑みながら、男性はそう言いました。

 

「お心遣い、ありがとうございます。でも、榛名は大丈夫ですから……」

 

「ふむ。若干無理をしている気が感じられますが、まぁ、それも入れば治るでしょう」

 

 治る……?

 

 榛名は本当に大丈夫なのに。

 

 それとも、明石さんはまだ榛名に言っていないことがあるのでしょうか?

 

 あまりにも重大だから、教えてくれていないとか……

 

「ではそろそろ、私は失礼します。少々やらなければいけないことが溜まっているのでね」

 

 言って、男性は手を上げながら通路を歩いていきました。榛名は後ろ姿に向かってお辞儀をしてから、扉をノックします。

 

 

 

 コンコン……

 

 

 

「あ、はい! 開いてますよー」

 

 許しが出たので、ノブをゆっくりと回して扉を開けます。

 

 視界に少し大きめの部屋が広がり、その中心付近に2人の女性の姿がありました。

 

「金剛型戦艦3番艦、榛名です。皆様とは違い、こんな身体ではありますがよろしくお願い致します」

 

 深々と頭を下げて挨拶をする。

 

 そして、頭を上げた瞬間でした。

 

「榛名ーーーーっ!」

 

「きゃっ!?」

 

 急に1人の女性が榛名に抱き着き、がっしりと抱えられたまま部屋の中に連れ込まれてしまいました。

 

 も、もしかして明石さんと同じような方なのではないでしょうか!?

 

 だ、誰か助けてくださいっ!

 

「会いたかったよ榛名ーっ!」

 

「きぃーーやぁーーっ!」

 

 グリグリと顔の至るところを撫で回されて、榛名の視界がほとんどありませんっ!

 

 ここから早く逃げ出さなくては――と、焦りながら手足をばたつかせていたのですが、

 

「比叡姉様、榛名が困ってますけど……」

 

 すぐ近くから聞こえた言葉に榛名はハッとなりました。

 

 今確かに、比叡お姉様と聞き取れました。いえ、間違いなどありえません。だって、その名は榛名の……

 

「比叡……お姉様……?」

 

「お久しぶりね、榛名」

 

 ニッコリと笑いかける榛名を抱いた女性は、初めて見る顔でした。けれど、それは間違いなく比叡お姉様だと確信が持てたのです。

 

「比叡お姉様っ! 会いたかった……本当に会いたかった……っ!」

 

 榛名は比叡お姉様の身体に抱きつきました。短い手では背中の方まで届かないけれど、必死に伸ばして離れないように力を込めました。

 

「あははっ。榛名ったら、子どもみたいに甘えちゃって」

 

「実際に榛名は子どもの身体ですけどね」

 

「そう言えばそうね」

 

 クスリと笑う比叡お姉様。榛名は嬉しさのあまり、目からポロポロと涙が流れてきます。

 

「うぅ……ぐすっ……比叡お姉様……」

 

「あらあら、こんなになるまで泣いちゃって……」

 

 そう言って、比叡お姉様は榛名の頭を優しく撫でてくれました。顔を撫で回すときとは違い、何度も何度も優しく髪を解きほぐすような感じがとても心地好くて、榛名の中にある悲しい記憶が消えて無くなっていくような感じがしました。

 

 男性の方が言ったことがハッキリと分かりました。今の榛名にとって、これは何よりの薬になります。

 

「落ち着いたかしら、榛名?」

 

「は、はいっ」

 

 比叡お姉様の声に榛名は顔を上げ、ニッコリと笑みを浮かべます。もう、胃の方は大丈夫。今の榛名には悪いところなんてほとんどありません。

 

「それじゃあ、霧島にもちゃんと挨拶をしないとね」

 

「え……っ!?」

 

 比叡お姉様の目線に沿うように、榛名は振り向きました。

 

 そこには、眼鏡の縁に指をかけた知的な顔をした女性が立っています。

 

「霧……島……?」

 

「ええ、榛名。お久しぶりね」

 

「そん……な……霧島まで一緒に会えるなんて……っ!」

 

 榛名は比叡お姉様から離れて、今度は霧島の身体に向かって走りだしました。

 

「霧島、霧島ぁっ!」

 

「ふふっ、これではどちらが姉なのか分かりませんね」

 

 座り込んで榛名の身体を受け止めてくれた霧島は、比叡お姉様と同じように頭を撫でてくれました。

 

 榛名は嬉しさがあふれて、何度も涙を流し続けます。

 

 忌まわしき11月の記憶は、涙となって榛名の中から流れ落ちていってくれたのでした。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 それから少しの時間が経ち、榛名は落ち着くことが出来ました。再びこうして2人に会えたことに喜び、榛名はとっても幸せな気分でした。

 

 でも、心の中に引っ掛かっている1つの傷はまだ癒えることが出来ていません。

 

 ――そう、金剛お姉様の姿がないのです。

 

「比叡お姉様、霧島……聞きたいことがあるのですが……」

 

 榛名は2人の顔をしっかりと見つめながら、問いかけました。

 

「改まったりして、何かしら?」

 

「比叡お姉様……ここに金剛お姉様はいらっしゃられないのでしょうか……?」

 

 榛名の言葉に、比叡お姉様と霧島はお互いの顔を見合った後、小さなため息を吐いてから榛名を方へと向き直りました。

 

「金剛お姉様はここには居ないの。だけど、もう少しすれば会うことが出来るはずよ」

 

「そうなの……ですか?」

 

「ええ。提督に聞いた話だと、金剛お姉様は舞鶴鎮守府の方にいらっしゃるの」

 

「そ、それじゃあ、なぜこちらに……」

 

「榛名、それは私たちが一番よく知っているでしょう?」

 

 焦って言葉を畳み掛けようとした榛名を止めるように、霧島が横やりを入れました。

 

「私たちは、姿形が変わっても戦艦です。ならば、所属する場所を変更するにはそれ相応の理由と、転属願いが必要なのは分かりますよね?」

 

「はい。ですがそれはどちらかが行えば、可能にならないのですか?」

 

「ええ。それが通常の状況であれば……」

 

 霧島は言葉を濁すように榛名から目を逸らします。

 

「そ、それってどういうことなのでしょうか……」

 

 余りにも変な行動に、榛名は霧島を問い詰めようと近づきました。ですが、その行動は比叡お姉様のため息を聞き、止まることになりました。

 

「ひ、比叡お姉様……?」

 

「榛名。今、この佐世保基地は非常に困難な状況に置かれているの」

 

 もの凄く真剣な表情を浮かべて、比叡お姉様は榛名に話しかけます。

 

「ここ数日、深海棲艦が佐世保鎮守府近海に現れては、鎮守府に向かって砲撃や魚雷で威嚇攻撃を行っているわ」

 

「そ、それなら反撃すれば……」

 

 榛名の反論に、霧島が直ぐに口を挟みました。

 

「ええ、それはもちろん行っています。ですが、深海棲艦は海中に潜って移動することが多く、私たちを発見するとると直ぐに撤退してしまうの」

 

「そして、部隊が撤退するのを確認したら再び鎮守府に向かって砲撃を開始するわ。もちろん、辺りを哨戒しているときは全く姿を現さない……」

 

 比叡お姉様は凄く不機嫌そうな表情で、親指の爪を噛んでらっしゃいました。

 

 悪い癖……とは言えず、榛名は少し戸惑いながら比叡お姉様と霧島の話を聞き続けます。

 

「それによって、佐世保鎮守府に所属している艦隊の疲労はどんどんと積み重なり、資源も消費していくばかりなの。どうにかしなければならないとは思っているのだけれど、現状において有効な手だては見つかっていないわ……」

 

 ふぅ……と、大きくため息を吐いて、比叡お姉様は右手で目尻を押さえました。よく見てみると、目の下にはうっすらと隈が出来ているようでした。

 

 もしかすると、比叡お姉様はここ数日、ろくに寝ていらっしゃらないのかもしれません。

 

 なのに榛名は、金剛お姉様に会いたい一心で無茶を言ってしまったのだと思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。

 

「それと、もう一つ問題があります」

 

 落ち込んでしまった榛名に気づいたのか、沈黙を破って霧島が喋り始めます。

 

「舞鶴鎮守府におられる金剛お姉様は、どうやら榛名と同じ状況みたいなの」

 

「え……っ!?」

 

 同じ……状況?

 

 それってどういうことでしょうか?

 

 もしかすると、発見されて間もないのか……それとも、榛名と同じ……

 

「そう……金剛お姉様も発見された時点で、子どもの身体だったみたいなの」

 

「そ、それは……」

 

 嬉しい――とは、榛名は言えませんでした。戦艦にとって、この身体はまだ未熟な存在。戦うことが出来るとは到底思えません。

 

「ですが、それ自体は大した問題ではないわね。榛名、霧島」

 

 ニッコリと微笑んだ比叡お姉様を見て、榛名を慰めるようにそう言ってくれたのだと思いました。

 

「比叡姉様の言う通りです。その為に舞鶴鎮守府に幼稚園があるのですから」

 

「よ、幼稚園……?」

 

「ええ。榛名のような子ども身体で見つかった艦娘を育成する施設、通称『艦娘幼稚園』に金剛姉様はいらっしゃるの。そしてそれが意味するのは……」

 

「金剛お姉様の方からは、転属願いの出しようがない……ですね。霧島、比叡お姉様」

 

 その通り――と、2人は頷いてくれました。

 

 ならば、方法は1つしかありません。

 

 金剛お姉様の方から転属願いが出せないのであれば、こちらから出せば良い。

 

 そして何より、榛名の身体は子どもであるということです。これが非常に大きな存在となるのは直ぐに分かりました。

 

「榛名が配属願いを出せば……いえ、出さなくても、舞鶴鎮守府に行くことになりますよね……?」

 

「ええ。その為にも必要なことはただ1つ」

 

「今、この佐世保鎮守府に置かれている危機的状況を打破すれば、その道は開かれるでしょう」

 

 霧島が言い終えると、私たち3人はもう一度頷きました。

 

 明るく、決意を込めた表情を向けながら、

 

 金剛お姉様に会うために頑張ろう――と。

 

 

 

つづく




次回予告

 3人で誓い合った日から数日が過ぎた。
深海棲艦の威嚇は何度も繰り返され、2人の疲労は確実に深まっていた。
榛名はそれを危惧し、どうにかしようと相談しに出かけたのだが……


 榛名の場合 ~榛名の目覚め~ その3

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榛名の場合 ~榛名の目覚め~ その3

 3人で誓い合った日から数日後。
深海棲艦の威嚇は何度も繰り返され、比叡と霧島の疲労は確実に深まっていた。
榛名は2人を心配し、明石の元へと向かうのだが……


 

 それから数日が経ちました。

 

 榛名は比叡お姉様と霧島の部屋に一緒に暮らすことになりました。2人とも優しくしてくださり、榛名はとても快適に過ごすことが出来ました。

 

 ですが、1日に数回は警報音が鳴り、その度に2人は出撃なさいます。その度に顔色が悪くなっていくのを、榛名は見逃せませんでした。

 

「比叡お姉様……大丈夫ですか?」

 

「ええ。比叡はいつでも気合い充分よっ。これくらいのことがこなせなくては、第一艦隊の主力と名乗れないんだからっ!」

 

「で、ですが……明らかに顔色は……」

 

「大丈夫っ。こんなの、気合い、入れて、行けば……なんともないわっ!」

 

 そう言ってニッコリと笑みを浮かべた比叡お姉様ですが、言葉の強さからも疲労の色が伺えます。

 

「ふぅ……霧島、帰投しました」

 

「霧島、おかえりなさい。そちらの方もやっぱり……?」

 

「ええ、比叡姉様。敵艦はこちらを確認するや否や、威嚇砲撃をしつつ撤退しました……」

 

「こっちも同じだったわ。いったい何が目的なのかしら……」

 

「霧島の頭脳を持ってしても……残念ながらまだ……」

 

 2人は大きくため息を吐いて俯いていました。

 

「比叡お姉様……霧島……一度お休みになられた方が……」

 

 顔色は明らかに優れていない。そう伝えたかったのですが、

 

「いいえ、榛名。休んでいる間に襲撃があったら大変なことになるし、ここ数日の間、敵艦の数も徐々に増えてきているわ。深海棲艦の目的がハッキリしない以上、何かしらの対策を取らないと……」

 

 

 

 ウゥゥゥゥゥゥーーーッ、ウゥゥゥゥゥゥーーーッ……

 

 

 

 警報が鎮守府中に響き渡り、みんなはハッと顔を上げました。

 

「比叡姉様!」

 

「霧島、出るわよっ!」

 

 2人は頷きながら立ち上がり、すぐに部屋から出て行きます。

 

 金剛お姉様に会いたい気持ちは大きいですが、榛名は2人の身体も凄く心配です。このまま繰り返し出撃していては、いつかとんでもないことが起こるのではないのかと、榛名は心配になって、おのずと足がある場所へと向いていました。

 

 

 

 

 

「いらっしゃるでしょうか……」

 

 扉を前にして、榛名は深呼吸をします。

 

 身体の治療やメンテナンスはこの方に任せておけば間違いはない。榛名がこの鎮守府で初めて会った男性――いえ、提督の言葉を思い出して、この場所にやってきました。

 

 榛名の胃に関してはもう問題ありません。ですが、足裏のチェックの痛みだけは、未だ忘れられるモノではありませんでした。

 

 扉をノックしようとする手は少し震えていましたが、榛名は比叡お姉様のように気合いを入れて、力強く叩きます。

 

 

 

 コンコンッ

 

 

 

「はいー。開いてるからご自由にどうぞー」

 

 扉の向こう側から許しが出たのを確認して、榛名はゆっくりとノブを回して部屋に入りました。

 

「失礼します……」

 

「あれー、榛名ちゃんじゃない。どうしたのかなー?」

 

 明石さんはそう言いながら、両手の親指を榛名に向けてニッコリと笑います。

 

 うぅ……それは暫く勘弁してほしいです……

 

 視線を指ではなく明石さんの顔に向けながら、榛名は口を開けました。

 

「実は明石さんにお願いがあってきたのですが……」

 

「明石にお願い? それってもしかして、比叡と霧島のことかな?」

 

「はい……やはり明石さんもお気づきになられてましたか……」

 

 さすがは明石さん――と、榛名は感心しつつも不安になりました。

 

 榛名が訪れて直ぐにそのことが分かるほど、比叡お姉様と霧島の容態は良くないということなのかもしれません。

 

「そうだね。でも、何を言っても2人とも聞いてくれないのよねぇ……」

 

「そう……ですか……」

 

「でもまぁ、ドックに入ってるときはマッサージで疲労を和らげるようにはしてるんだよ?」

 

「それは……2人に代わって榛名からお礼を申し上げます」

 

「いやいや、これが明石の仕事だからね。でも、完全に癒すことが出来てないから、正直ヤキモキしてるんだよねぇ……」

 

 明石さんはそう言いながら苦笑を浮かべていました。疲労を抜ききるには休養が1番である。だけど、それが出来ない以上、マッサージを行う以外の方法はかなり難しいそうなのです。

 

「……ということは、方法が無いという訳ではないということなんですよね?」

 

「そうなんだけど、現状において非常に難しいんだよね」

 

「それはいったい……」

 

「ん、それはもちろん、間宮さんのアイスだよね。あれはマジで効くよ。本当に、美味し過ぎてほっぺたが落ちちゃいそうになるからね」

 

 言って、明石さんは想像するように天井を見上げていました。キラキラと高揚するような表情は、もの凄く気持ち良さそうに見えたのですが……ちょっと恐いです。

 

「その……間宮さんのアイスを手に入れる方法は無いのでしょうか?」

 

「うーん……あれはなかなか難しいと思うよ。数が少ないし、提督も困っているみたいなんだよねぇ。それに、ここ最近の鎮守府への攻撃によって海路が安定しないから、補給もマチマチになってるみたいで……」

 

「それが……深海棲艦の狙いということでは……」

 

「それは提督も考えたみたい。でも、それなら輸送船を攻撃するはずなんだけど、そう言った行動は無いみたいなんだよねぇ」

 

 訳が分からない――と言った風に、明石さんはお手上げのポーズをしながらため息を吐きました。

 

 深海棲艦の意図が分からない以上、こちらから打って出ることは難しい。しかも、佐世保基地を襲撃してくる深海棲艦の根城がまだ分かっていないらしく、偵察を行なう部隊も必要とのことで、所属する艦娘たちの疲労はどんどんと積み重なっているらしいのです。

 

 マッサージによって少しでも和らげれるようにと頑張ってくれているのですが、一人では限界があるのが現状であり、提督も頭を抱えながら会議を行って対策を考えているけれど、良い手だてはまだ見つかっていない――というのが、明石さんの説明でした。

 

「榛名に何かお手伝いできることはありませんか?」

 

「そうだねぇ……」

 

 うーん……と、頭をひねりながら考える明石さんは、腕組のポーズをしたまま固まっておられましたが、何かを思いついたように手を叩いてから、

 

「明石のストレスもちょっと溜まってきてるし、榛名ちゃんを着せ替えして遊びたいなぁ~」

 

「それじゃあそろそろ、部屋に戻りますね」

 

「うぅ~、つれないよ……榛名ちゃん……」

 

 明石さんは落ち込んだ榛名を見て、冗談を言ってくれたのでしょう。頭を下げてお礼を言い、榛名は部屋から出ることにしました。

 

 でも、本当に残念そうにしている明石さんを見て、もしかして本気だったのでは……と、冷や汗が出てきたのはここだけの話です。

 

 

 

 ……本当に、冗談ですよね?

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 それから榛名は、何か出来ることがないかと考えながら通路を歩いていました。

 

 比叡お姉様と霧島の身を案じ、何か良い方法が無いかと悩みます。

 

 今度こそは一緒に居たい。

 

 離れたまま、二度と会えなくなるのは御免なのです。

 

「あら、あなたは……噂の榛名ちゃんかしら?」

 

 正面から声がかけられて、榛名はハッと顔を上げます。するとそこには、今まで会ったことがない女性が立っていました。

 

「あ、はい。私は榛名ですが……」

 

「Guten Tag 榛名ちゃん。私はビスマルクよ。よろしくね」

 

「ビスマルクさんですね。よろしくお願いします」

 

 榛名は頭を下げて挨拶を返します。すると、ビスマルクさんはニッコリと笑みを浮かべながら頭を撫でてくださいました。

 

「あ、あのっ、び、ビスマルクさん?」

 

「本当に噂通りなのね。小さいのにしっかりしてて……比叡や霧島の言うのも分かる気がするわ」

 

「比叡お姉様と霧島が……?」

 

「ええ。榛名ちゃんがここに来てから、2人は凄く明るくなったわ」

 

「そ、それは……その……」

 

 榛名はビスマルクさんの言葉を聞いて嬉しくなり、ほんのりと頬を赤くしてしまいました。

 

 ですが、嬉しさとは反面、榛名がここに来るまでのことが気にかかります。

 

「は、榛名が来る前……比叡お姉様と霧島は……」

 

「そうね……私が祖国からこちらに来たとき、2人はとても暗く、心に傷を持っているように見えたわね」

 

「え……?」

 

 なぜそんなことが……あったのでしょうか……

 

 いつも元気な比叡お姉様が、暗い表情をしていたなんて考えられません。

 

 マイペースな霧島が、外見から分かるくらいに暗かったなんて想像もつきません。

 

 榛名が知らない間に、2人はどんな過去があったのでしょう……

 

「でもね……」

 

 表情を暗くしてしまった榛名に、ビスマルクさんは優しく頭を撫でてくれながら話しを続けます。

 

「榛名ちゃんが来てから、本当に気分が楽になったって言ってるわ。部屋に戻ったら榛名ちゃんが居る。その為にも私たちは帰らなければいけない。帰る理由があるから、いつも以上に頑張れるんだって」

 

「……っ!?」

 

「2人は金剛と榛名を置いたまま沈んでしまった。そのことを謝らなければならないんだって、いつも言っていたわ」

 

「そ……んな……」

 

 それは違う。

 

 榛名が守れなかった。

 

 一緒に居ることが出来ず、2人が沈んだという報せだけを突きつけられた。

 

 そして金剛お姉様とも別れることになり、またも榛名は守ることが出来ずに報せを聞いた。

 

 なのに、榛名は最後の時まで残り続けてしまった。

 

 戦いを終えて、ボロボロの身体を復興に役立てることで自分自身を慰めたこともあった。

 

 けれど、やっぱり榛名は、みんなと一緒に居たかった……

 

「榛名……ちゃん」

 

 ビスマルクさんは少し驚いた声を上げました。どうやら榛名は、自分でも気づかないうちに涙を流していたようなのです。

 

「ごめんなさいね。辛いことを思い出させてしまったみたいで……」

 

 ビスマルクさんは謝りながら、榛名の身体を優しく抱きしめてくれました。

 

「榛名は……榛名は……」

 

「2人の前では泣けないときもあるでしょう。私のことは気にしないで、思いっきり泣きなさい」

 

 その言葉を聞いた瞬間、榛名の口から泣き声が溢れ出しました。目から大粒の涙が流れ、ビスマルクさんの身体をギュッと抱きしめながら、何度も何度も声を上げながら榛名は泣き続けます。

 

 涙が、忌まわしき記憶を流しきってくれるように。

 

 そうして、過去の戦いに榛名は本当の意味で終止符を打つことが出来たのです。

 

 

 

つづく






次回予告

 ビスマルクに抱かれて泣き疲れた榛名はいつしか眠ってしまっていた。
起きた榛名に聞こえたのはまたもや警報音。しかも今回は、緊急の放送が含まれていた。
今度は私も何かがしたい。榛名はビスマルクと一緒に作戦会議室へと向かう……


 榛名の場合 ~榛名の目覚め~ その4

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榛名の場合 ~榛名の目覚め~ その4

 ビスマルクに抱かれたまま眠ってしまった榛名は目を覚ます。
優しく微笑むビスマルクだが、そんなときに鳴り響く警報音。
そして緊急の呼びだしに、榛名は一緒に作戦会議室に向かうのだった。


※間違って5話を更新してしまいました。ご覧になられた方に深くお詫びいたします。


 それからどれくらいの時間が経ったのでしょうか。泣き疲れてしまった榛名は、ビスマルクさんに抱きしめられたまま眠ってしまったようでした。

 

「あっ……ご、ごめんなさいっ!」

 

 気がついた榛名は慌ててビスマルクさんに謝ります。

 

「いいえ、良いのよ榛名ちゃん。疲れも溜まっていたんでしょうし、これで元気になれるなら私も嬉しいわ」

 

 そう言って、ビスマルクさんは微笑みかけてくれました。

 

 この恩はいつか必ず返さなければ。そうーー榛名は心に誓ったときでした。

 

 ウゥゥゥゥゥゥーーーッ、ウゥゥゥゥゥゥーーーッ……

 

 再び鳴った警報を聞き、ビスマルクさんは緊張した面持ちで顔を上げました。

 

『緊急連絡。緊急連絡です。全艦娘は直ちに作戦会議室に集まるように』

 

 続けて流れた放送に、今までとは違う何かが起こったのだと気づきました。

 

「ごめんなさいね、榛名ちゃん」

 

 そう言って離れようとするビスマルクさんの手を、榛名はしっかりと握ります。

 

「榛名ちゃん?」

 

「榛名も……連れていってください」

 

 ビスマルクさんは榛名の言葉を聞いた瞬間、ビックリした表情を浮かべました。ですが、榛名の真剣な目を見て頷くと、手を引いてゆっくりと歩き出します。

 

 榛名が行っても、出来ることは無いかもしれない。邪魔になってしまうかもしれない。でも、榛名が居ることで比叡お姉様や霧島が少しでも元気になってくれるのならば、どこにでも出向きましょう。

 

 それが、今の榛名に出来ることなのですから。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 作戦会議室の端っこの方で、榛名はビスマルクさんと一緒に立っていました。部屋には佐世保鎮守府を代表する艦娘のみなさんが揃い踏みで、その中に比叡お姉様と霧島の姿もあります。榛名が部屋に入ってきたときに2人は気づいたようでしたが、何も言わずにニッコリと微笑んでくれたので、ホッと胸を撫で下ろします。

 

 それから暫くすると、提督が部屋に入ってこられ、その後ろに小さな艦娘が続きます。狩衣のような服に黒いスカート、サンバイザーのような帽子を被った姿をしていました。

 

 ただ、気になったのは、子どもである榛名と同じくらいの……その、シルエットだったので、もしかするとお仲間かもしれないと思ってしまったのですが、どうやらそれは榛名の思い違いだったようです。

 

 そ、その……頑張ってくださいねーーと、榛名は元気つけるように心の中で応援しました。

 

「それでは、緊急の作戦会議を行います。みなさんの準備は宜しいですね?」

 

「「「はい!」」」

 

 提督の呼びかけに、部屋の中にいたみなさんは緊張した様子で姿勢を正し、大きな声で返事をします。榛名も同じように姿勢を正して、提督の顔を見つめました。

 

「今回、龍驤の偵察機が深海棲艦の一団を発見しました。いつもより遠い場所に現れましたが、その場所が問題です」

 

 提督はそう言って、ホワイトボードの横にある近海地図に、赤色の丸いマグネットを貼付けました。その瞬間、部屋に居るみなさんがざわめき始めます。

 

「みなさんもお気づきのようですが、この場所は補給タンカーの海路にです。つまり、深海棲艦はそれを狙って現れたのではないかと予想できるのですが……続きは龍驤、お願いします」

 

「よっしゃ、ウチに任せといてっ」

 

 そう言って、龍驤さんはゴホンと咳を吐いてから近くにあった指示棒を持って地図に向けました。

 

「まず、1つ目の問題は深海棲艦が現れた位置やね。ここからすぐに到着出来る距離でもあらへんし、タンカーがそこを通る時間は約4時間後。つまり余裕が無いってことやね。今すぐ出撃しないと間に合わへんと言う訳なんやけど、もう1つの問題は敵艦の数やねん」

 

「そんなに多いのですか?」

 

 霧島が手を上げて質問します。すると龍驤さんは少し不満げな表情を浮かべました。

 

「おおよそ12艦。明らかに今までとは違う数に、ウチも一瞬驚いてしもうたわ」

 

「そ、そんなに……っ!?」

 

 更にざわめきが大きくなり、みなさんの顔色が困惑しているように見えました。

 

「発見した時点で直ぐに偵察機を戻したおかげで落とされずにはすんだけどな。そやさかい、正確な数字は分からんけど……」

 

「どちらにしろ、放っておく訳にはいきませんからねぇ」

 

 提督はそう言ってから大きなため息を吐きました。ざわついていたみなさんも、その様子を見て静まり返ります。

 

 補給タンカーがどれくらいの規模で、どのくらい重要なのか榛名にハッキリとは分かりません。ですが、補給が断たれてしまっては、基地の運営に支障を来すのは分かります。

 

「ただ、数は多いですが、敵艦のメインはどうやら駆逐艦が主体のようです。従って、遠距離攻撃で叩けばそれほど被害は出ないでしょう」

 

 言って、提督は背筋を伸ばし直しながらみなさんを見渡します。

 

「空母及び航戦を主体とした第一艦隊と、護衛の為に重巡及び軽巡で編成した第二艦隊の出撃を命じます。第一艦隊の旗艦は龍驤。第二艦隊の旗艦は摩耶とします」

 

「ウチに任せといて。さぁ、お仕事お仕事ー」

 

「よっしゃ! 摩耶様に任せとけっ!」

 

 気合いを入れるように、旗艦の二人は大きな声を上げました。ですが、提督の命令に不満があるような表情で、比叡お姉様が手を上げました。

 

「提督っ、私たちに出撃命令は……」

 

「君達に出撃の予定はありません」

 

「で、ですが、時間に余裕が無いこの状況なら、高速戦艦の私や霧島が役に立って……」

 

「もう一度言います。君達に出撃の予定はありません」

 

「……っ!」

 

 冷たく言い放たれた提督の言葉に、比叡お姉様はこれ以上何も言うことが出来ませんでした。

 

 霧島は黙ったまま、床を見つめているようです。

 

 榛名はそんな比叡お姉様と霧島を見て、もの凄く心配になると同時に、安堵の気持ちでいっぱいになりました。疲労が溜まりきった2人には休養の時間が必要です。それを、提督は分かってくれたのでしょう。

 

 もしかすると、明石さんが提督に陳情してくれたのでしょうか。そうであれば、明石さんにお礼を言いに行かなければなりません。さっきの一件があるので、ちょっと恐いですけど……

 

 榛名は何も言わず、感謝の気持ちを込めて提督に向かって頭を下げました。

 

 比叡お姉様と霧島を気遣かってくれてありがとうございます。この恩は、必ず榛名がお返ししますーーと。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 それから直ぐに、第一艦隊及び第二艦隊のみなさんは出撃されました。比叡お姉様と霧島は落ち込んだ表情を浮かべながら自室に戻られようとしたので、ビスマルクさんにお礼を言ってから一緒について行きました。

 

「あーあ、せっかく気合い入れてたのにー」

 

 言って、比叡お姉様は両手を頭の後ろで組みながら、ため息を吐いておられました。でも榛名はそうなって良かったと思っています。

 

「ですが、提督の命令は絶対ですからね。少し疲れもありましたし、休息というのも悪くはないでしょう」

 

 眼鏡の縁を持ちながら、霧島は少し笑みを浮かべました。

 

 その笑みを見て、霧島には提督の思いが伝わっているのではないかと思います。

 

「そうねー。しょうがないから、部屋でゴロゴロするしかないかなぁー」

 

「そうですよ、比叡お姉様。たまには休息も必要なのですから」

 

「それじゃあ、ベットで榛名を抱きしめながら、ゴロゴロ転がっちゃおうかなー」

 

「えぇっ!?」

 

 な、なななっ、何をいきなり言うんですか比叡お姉様っ!?

 

 そ、そんな破廉恥なことをされては……は、榛名は……榛名は……っ!

 

「榛名、比叡姉様にからかわれていると自覚してますか?」

 

「え、から……かわ……れ?」

 

「もうー、霧島ったらネタバレ早すぎっ」

 

「しかし、そうでもしないと霧島が榛名を抱いてゴロゴロ出来ませんから」

 

「き、きき、霧島っ!?」

 

「それじゃあ、交代で榛名を抱きしめるで良いんじゃない?」

 

「そうですね。それなら霧島も……ふふ……」

 

 え、笑みがっ! 2人の笑みが恐いですっ!

 

「なーんてねっ、冗談よ榛名っ」

 

「霧島は本気でしたけど?」

 

「も、もうっ! 2人とも知りませんっ!」

 

 そう言いながら、2人から遠ざかるように先に部屋に戻ります。

 

 少しは元気が出てくれた。それだけで、榛名は嬉しくなりました。

 

 ただ……その……抱かれてゴロゴロは……ちょ、ちょっと気になりますけど……

 

 ーーって、榛名は一体何を考えてるのでしょうかっ!?

 

 あうぅぅぅっ! この記憶だけ消去したいですっ!

 

 鏡で見なくても分かるくらい耳まで真っ赤にした榛名は、あまりの恥ずかしさに通路を走ってしまい、自室に急行してしまいました。

 

 うぅぅ……暫く比叡お姉様と霧島の顔を見ることが出来ないかもです……

 

 

 

「ただいまー……って榛名ったら、何してるの……?」

 

 部屋に戻った榛名は、帰ってきた2人に顔を見られないようにと、お布団を被ってベットの上で丸くなっていました。

 

「どうしたのですか、比叡姉様。入口で立ってられては霧島が入ることが……ぷっ……くくくっ……」

 

 霧島の笑い声が聞こえますが、気にしないように更に布団に包まります。

 

「ほらー、霧島が笑うから榛名が拗ねちゃってるじゃないー」

 

「で、でも……くくっ……あははははっ!」

 

 うーっ、霧島ったら、後で覚えておくといいですっ!

 

 榛名はちょっと怒りましたからねっ!

 

「もう……霧島ったら……」

 

 比叡お姉様の呆れた声の後、こちらに近づいて来る足音が聞こえてきました。

 

「榛名も拗ねないで、顔を見せてちょうだい」

 

「いくら比叡お姉様のお願いでも、それは聞けません……」

 

「どうして? もしかして比叡のことが嫌いになったの?」

 

「そ、そういうのじゃ……ないんですけど……」

 

 顔が真っ赤になっていますからーーとは言えず、榛名は困ってしまいます。

 

 それに、比叡お姉様のことを嫌いになるなんて、榛名にはありえないことですから……

 

「それじゃあ、こんなことをしちゃっても良いのかしらー?」

 

「……え?」

 

 比叡お姉様が急に楽しそうな声を上げた途端、ベットと布団の隙間に素早い動きで2本の手が入ってきました。

 

「ふっふっふー♪」

 

「ひ、比叡……お姉様……ま、まさかっ!?」

 

「かーくーごーしなさいっ、榛名っ!」

 

「え、えええええっ!?」

 

 ひ、比叡お姉様の手がっ、榛名の身体に、ち、近づいて……っ

 

「気合い! 入れて! くすぐりますっ! こちょこちょこちょっ!」

 

「きゃあっ! だ、ダメですっ! 比叡お姉っ、ひゃあっ!」

 

「うりうりうりっ! これでも布団から出てこないのかしらっ!?」

 

「ひゃあうっ! こそっ、こそばゆくてっ! あはっ、あははははっ!」

 

 榛名の脇にピンポイントに襲いかかってくる比叡お姉様の指が縦横無尽に動き回って、榛名を無理矢理笑わせました。あまりのこそばゆさに限界を感じ、お布団から逃げるように脱出します。

 

「はぁ……はぁ……っ、ダメっ! ダメですよ比叡お姉様っ!」

 

 肩で息をしながら榛名は比叡お姉様から離れるようにベットから下り、後ずさったのですが……

 

「ふふ……捕まえました。霧島の頭脳を持ってすれば、榛名の逃げるルートを予想することなどお茶の子さいさいです」

 

「ひっ!?」

 

 両肩をがっしりと掴まれ、榛名は冷や汗をかきながら振り返ります。そこには、声の主である霧島がニヤァ……と、不適な笑みを浮かべていました。

 

「ふっふっふ……今度は逃がさないわよ……榛名ぁ……」

 

 比叡お姉様はゾンビのようなゆっくりした動きで、榛名に近づいてきました。ですが、霧島に捕まっている榛名は逃げることが出来ず、ガクガクと身体を震わせることしか出来ません。

 

「覚悟することね、榛名」

 

「きゃあああああっ!」

 

 にぱー……と笑いながら見下ろす霧島と、徐々に近づいてくる比叡お姉様を前に、榛名は大きな悲鳴を上げたのでした。

 

 

続く

 




次回予告

 二人のゴロゴロに放心しかけた榛名。
しかし、無情にも再び鳴り響く警報音。
はたして深海棲艦の狙いは何なのか。そして、榛名と二人きりになった提督は……


 榛名の場合 ~榛名の目覚め~ その5

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榛名の場合 ~榛名の目覚め~ その5

 二人のゴロゴロに放心しかけの榛名と、満面の笑みの比叡&霧島。
しかしそんな3人に対して無情にも再び鳴り響く警報音。
はたして深海棲艦の狙いは何なのか。そして、榛名と二人きりになった提督は……


※昨日の更新では非常にご迷惑をおかけいたしました。
 若干修正し、順序通りに更新いたします。


「も、もうダメです……榛名は……汚されちゃいました……」

 

「「いやいや、そんなことしてないしてない」」

 

 片手を前にして、2人はブンブンと大きく振っていました。

 

 確かにひたすらくすぐられ、抱かれてゴロゴロされたただけなのですが……こそばゆかったり恥ずかしかったりで、ついこういう言い方をしてしまいました……

 

 ですが、比叡お姉様と霧島の顔は、見違えるほど元気に満ちあふれているようです。

 

 榛名がくすぐられたことによって2人が元気になったのならば、やられがいがあったというものです。

 

 ――そう、安心したときでした。

 

 

 

 ウゥゥゥゥゥゥーーーッ、ウゥゥゥゥゥゥーーーッ……

 

 

 

「「「……っ!?」」」

 

 いきなり部屋中……いえ、鎮守府内に大きな警報が鳴り響きました。

 

 時計を見ましたが、第一艦隊と第二艦隊が出撃してから1時間も経っていません。

 

 なら、この警報は――新たな深海棲艦が現れたということなのでしょうか!?

 

「比叡姉様っ!」

 

「ええ、霧島っ!」

 

「は、榛名も参りますっ!」

 

 榛名はいてもたってもいられなくなって、大きな声で2人に叫びます。すると、2人は大きく頷いて榛名の手を取ってくれました。

 

 暖かい手の温もりを感じながら榛名は走りだします。部屋から出て、再び作戦会議室へ。待機していた他の方々も、急いで向かいます。

 

 なぜ立て続けにことが起こるのかと、皆一様に不安な表情を浮かべながら、悪い予感を感じるように……

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

「緊急事態です」

 

 提督の開口一番はこの言葉だった。

 

 一気にざわつき始めた作戦会議室の中で、霧島が手を上げて喋りました。

 

「いったい何が起こったのでしょうか?」

 

 こんな時にこそ冷静さが必要である――と、艦隊の頭脳の立場を分かっている霧島は淡々と提督に問い掛けました。

 

「さきほど第一、第二艦隊が向かった深海棲艦の一団は、おそらく陽動。本隊はこの鎮守府に向かって海中を進んでいるのを設置してある九三式水中聴音機が探知し、すぐ近くまで迫っていることが分かりました」

 

「そ、それでは直ぐに出撃をしなければ……」

 

「その通りですが……問題はそれだけではありません。探知の反応から、敵艦隊にはレ級やヲ級が含まれている可能性が高い……」

 

「「「……っ!?」」」

 

 提督の言葉にざわついていた室内が静まり返りました。

 

「そ、そうすると、おそらく敵は……」

 

「ええ、ほぼ間違いなく、戦闘機による鎮守府への直接爆撃を狙っているでしょう」

 

「た、対空に定評のある艦は……」

 

 霧島はそう言って辺りを見回します。ですが、どの方も俯くように床を見つめ、顔を上げませんでした。

 

「空母は第一艦隊で、摩耶は第二艦隊の旗艦として出撃しています。従って、現在この鎮守府は戦闘機に対する防御力が著しく低いと言えます」

 

 そう言った提督は、眉間を指で押さえながら悩むような仕種をした後、しっかりとみんなを見ながら口を開きました。

 

「タンカーを守らなければならないため、出撃した2つの艦隊をこちらに戻す訳にもいきません。その為、現在の戦力で戦闘機から鎮守府を守りつつ、進行してくる深海棲艦をなんとかしなければなりません」

 

 あまりにも辛く厳しい戦いになることは誰もが予想でき、その説明は、死刑宣告のように聞こえました。

 

「ですが……諦めたらここで終了ですよ」

 

 なのに、最後の言葉を聞いた瞬間、部屋の中にいる誰もがやる気に満ちあふれているような表情に変わります。

 

「気合い! 入れて! 行きます!」

 

 比叡お姉様が自らの頬を力強く叩き、大きな叫び声を上げました。

 

「駆逐艦及び軽巡洋艦はすぐに全装備を高角砲に変更し、戦闘機に備えて鎮守府近辺に待機! 重巡洋艦及び戦艦は三式弾を装備しつつ、戦闘機と進行してくる敵艦を同時に叩くわよっ!」

 

 霧島はみんなに向かって指示を飛ばし、提督に向かって大きく頷きます。

 

「佐世保は絶対に落ちません。なぜなら、私が信頼する君たちが居るからです」

 

 提督はハッキリと、みんなに向かって声をかけ、

 

「最後まで希望は捨てちゃあいけない。それが、私が今まで経験してきたことの答えです……」

 

 大きく、しっかりと頷きました。

 

「「「はい! 佐世保は私たちが守ります!」」」

 

 まるで練習していたかのように、みなさんは同じタイミングで声を上げました。

 

「君達が居て良かった……全艦出撃!」

 

 提督の手が前に振り出された瞬間、部屋にいたみなさんが外へと駆け足で向かいました。

 

 気合いが入った顔を。

 

 燃えるような瞳を。

 

 覇気を纏った姿を。

 

 榛名に見せるように、出撃して行きました。

 

 そして、作戦会議室に残された榛名は、提督の姿を見て思い出したのです。

 

 明るく、元気で、どんなときでも諦めない――私たちのお姉様を。

 

 

 

 

 

 ふぅ……と大きなため息を吐いた提督は、天井を見上げました。その表情がなぜか気になった榛名は、提督に話しかけることにしました。

 

「提督……」

 

「いやはや、榛名くんには無様な姿を見せてしまいましたね」

 

 微笑みながら榛名の顔を見る提督。ですが、その言葉には先程の元気はまったく感じられませんでした。

 

「……私は、提督としてこの佐世保を任されています。ですが、実際には彼女たち艦娘に頼る以外に手段を持ち得ていません」

 

「で、ですがそれは……」

 

 榛名の言葉を遮るように、提督は顔を左右に振って続けて口を開けます。

 

「私はね、臆病な存在なのですよ。昔は戦果をあげるために色々な無茶をしました。その結果、何人もの艦娘たちを潰してしまうことになってしまった……」

 

 まるでそれは、提督の懺悔のようでした。榛名は口を挟むことも出来ず、ただじっと話を聞き続けます。

 

「それから私は無茶も、無理もしなくなった。ですが、それはただの臆病でしかない。それが分かっていながら、提督の立場に居つづけている……」

 

 提督の肩は震え、今にも泣き出しそうな表情を浮かべていました。それはまるで、小さな子どもが親とはぐれたかのような悲しい目を榛名に向けています。

 

「それなのに、彼女たちは私を支え続けてくれます。何の取り柄も無い私なんかを、頼りにしてくれているのです」

 

 提督の拳がギュッと強く握られました。

 

「ならば私の出来ることは何か……それを毎日考えてきました。彼女たちを強く、どんな戦局に立たされても帰ってこれるよう考えました。なのに、私の指示によって、今この佐世保は窮地に立たされている」

 

 自らの罪を自白し、自らを責めんとするように。提督は大きく口を開きます。

 

「それでもなお、彼女たちは私の言葉で戦場に向かおうとしている。それは許されて良いものなのか……私には分からなくなってきました……」

 

 肩の力を抜くように大きくため息を吐いた提督は、もう一度天井を見上げました。

 

「提督……」

 

「………………」

 

 榛名の言葉に、提督は全く反応を見せることはありませんでした。ですが、榛名は続けて口を開きます。

 

「提督は、何のためにここにいるのですか?」

 

「………………」

 

「提督は、みんなを守るためにここにいるのではないのですか?」

 

「………………」

 

「提督は、みんなとここにいたいから頑張っているのではないのですか?」

 

「私は……」

 

「みんながどんな状況にあっても帰ってこれるように。そう言ったのは提督、貴方なのですよ?」

 

「………………」

 

「みんなは、提督のためなら命すら投げ出すでしょう。それが出来るのは、みんなが提督を信じているからなんです。信頼しているからこそ、提督の言葉を信じて戦場に向かうことが出来るのです。それなのに、提督はみんなの……彼女たちのことを信じられないのですか!?」

 

 榛名は提督に向かって叫びました。なぜこんなことを言えるのか、榛名自信にも分かりません。ですが、ここで言わなければ、誰もが後悔してしまう――と思いました。

 

「『佐世保は絶対に落ちません。なぜなら、私が信頼する君達が居るからです』これは提督が言った言葉です。榛名はこれを聞いた瞬間、何があっても大丈夫だと思いました。それは榛名だけじゃなく、みなさんも同じだった筈なのです」

 

 どうにもならないような状況の説明を受けた後にも関わらず、決して諦めたりせずに、後ろを振り返ろうとはしなかった。

 

 それが出来たのは、貴方という存在がいたからこそなんですよ……提督。

 

「榛名……くん……」

 

 気づけば、提督は榛名の目をしっかりと見つめていました。その目に恐れも悲しみもなく、メラメラと燃えているように感じました。

 

「ふふ……ふふふ……」

 

「提督……」

 

「はははっ! 私は今まで、何を迷っていたのでしょう。失敗するのは当たり前なのだと、なぜ気づかなかったのでしょう。失敗したなら取り返せば良い。2点取られたなら、3点返せば良いことなのです!」

 

 希望に満ちあふれた表情で、提督は笑い、声を上げました。

 

「それを気づかせてくれたのは、榛名くん、君なのです。君がここに来た理由は私なんかではない。ですが、君がいてくれたからこそ、私はもう一度提督としてこの場に立つことが出来る!」

 

 提督は、声どころか見た目さえ若返るように覇気を纏い、大きく身体を動かします。

 

「ならばやることは1つ。彼女たちにできる限りの指示を、情報を伝えること。それが私のすべきことだ!」

 

「はい。提督はそれでこそ提督です」

 

 榛名はコクリと頷いて、提督に笑みを向けました。

 

 これでもう大丈夫。榛名も胸いっぱいの勇気を膨らませながら提督に問います。

 

「榛名も、何かお手伝いをさせてください。みんなの力になりたいのです」

 

 榛名も役に立てることがあるのなら……この気持ちはみんなと同じだと思います。

 

 戦場に出ることは出来ないかもしれませんが、少しでも提督の……そしてみんなの力にならせて欲しい。

 

「そうですね。それでは……」

 

 そう言って、提督は金剛お姉様のように手を振りかざしました。

 

「ドックは戦場と化すでしょうから、明石の手伝いをお願いできますか?」

 

 その問い掛けに、榛名は「はい!」と頷きました。

 

 

 

つづく




次回予告

 明石のお手伝いをする榛名。
だが、ドックは少なく、明石の居場所は戦場と化す予想だったのだが……出だしから飛ばしてます。

 リクエスト頂きました五月雨の登場ですが……あれ、ちょっと違う? と思った貴方は大正解。
でも、ちゃんと出番はありますのでお待ちくださいねっ。


 榛名の場合 ~榛名の目覚め~ その6

 最終話までもう少し!
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榛名の場合 ~榛名の目覚め~ その6

 明石のお手伝いをする榛名だが、ドックが足りないならばと、明石のところへ来る艦娘たち。
たちまち大混雑のはずが……明石さんパワーが大炸裂!?

 そしてついに、榛名が恐れていた事が現実となり……

 リクエスト頂きました五月雨の登場ですが……あれ、ちょっと違う? と思った貴方は大正解。
でも、ちゃんと出番はありますのでお待ちくださいねっ。




 

「うーん、お客さん……首から肩にかけてこってるねぇー。なんか無理な方向を向いたまま固定してたんじゃない?」

 

 ここはアレですか? 接骨院か何かですか?

 

 そんな榛名の心のツッコミは声に出さず、忙しなく部屋の中を走り回っていました。新しいタオルの補充をし、空いたベットのメイキングを行います。

 

 明石さんは引っ切りなしに訪れる駆逐艦のみなさんをベットに乗せて、千手観音のような高速の手捌きでマッサージを行っていました。

 

 そして今は、鎮守府に飛来してくる戦闘機を撃墜するため、ひたすら空に向かって砲撃を繰り返していた五月雨さんがマッサージを受けてられたのですが……

 

「そ、そんなに気になります……?」

 

「だねー。疲労が完全に蓄積しちゃってるから、こりゃ簡単にはいかないかなぁ……って、腰もヤバそうだねぇー」

 

 そう言って、明石さんは自らの手首をストレッチするように伸ばしてから、五月雨さんの両脇に手を入れて肩を持ちました。

 

「あ、あの……明石さん?」

 

 戸惑う表情を浮かべた五月雨さんでしたが、明石さんは全く気にすることなく背中の上に乗り、

 

 

 

 ゴキッ

 

 

 

「……っ!?」

 

「うーん、良い音だねー。それじゃあ、こっから……」

 

 更に今度は頭を両手で掴んで思いっきり左右に振りました。

 

 

 

 ゴゴキッ、バキッ……ボキバキッ!

 

 

 

「うわあぁん、痛ぁいっ、痛い痛いっ!」

 

 ベットの上で暴れようとする五月雨さんですが、明石さんはガッチリと固定したまま逃げられないようにします。

 

「ダメだよー。変に動いたら悪化しちゃうんだからー」

 

 そして、片方の肩を持ちながら両足の太ももで五月雨さんの下半身を固定し、上半身を仰向けにするように回転させると、

 

「だ、だって、いたっ、痛いんですよぉ……っ!?」

 

 

 

 ゴキバキボキメリゴリュッ!

 

 

 

「ひあぁぁぁ………………がくっ……」

 

 首がだらん……と、力無く落ちると同時に、五月雨さんの意識も落ちたようでした。

 

「よしよし、これで終了ー。はい、次の人ー」

 

 そんな様子を見て、聞いていたのでしょう。

 

 明石さんが声をかけても、並んでいるみなさんはベットに乗ろうとしませんでした。

 

「んー、後がつっかえてるんだから、早くしてくれないと……お仕置きコースでやっちゃうよ?」

 

 ニッコリと列に向かって笑みを浮かべた明石さん。

 

 その後、ガクガクと震えながらも黙ってベットに乗られていく駆逐艦の方々の顔は、完全に青ざめていました。

 

 明石さんパナイです。榛名の怒らせてはいけない方リストに殿堂入りです。

 

 

 

 

 

「あ、あれぇ……な、なんで……?」

 

 気がついた五月雨さんの開口一番がこれでした。身体をストレッチするように動かしていましたが、全く痛みは無いようで、部屋に来たときと比べても表情は見違えるほど明るくなっていました。

 

「か、身体が軽い……い、今なら行ける気がするっ!」

 

 どこに行くつもりなのかは分かりませんが、気分はかなり高揚しているようです。

 

 改めて言います。明石さんマジパナイ。

 

「ありがとうございましたっ! 五月雨、再び出撃します!」

 

「あいあーい。もうドジ踏んで泣いて帰ってこないようにねー」

 

「も、もうドジっ子なんて言わせませんからっ!」

 

 顔を真っ赤にしながら五月雨さんは部屋から出て行きました。そんな様子を、明石さんはうっすらと笑みを浮かべて見送ってから、ベットの方に視線を移します。

 

「んー。お客さんも肩首がきっついアルネー」

 

 明石さんはいったいどこの出身なんですか……と、またもや榛名は心の中でツッコミながらも、忙しなく部屋を駆け回っているのでした。

 

 

 

 

 

 部屋にくる方の数がどんどん増えてくると同じように、怪我をされている方も増えてきました。ドックの数は限られているので、軽傷であれば先に疲労を抜こうとする方が多いのかもしれません。

 

 しかし、そんな榛名の予想とは裏腹に、大きな音が建物にも響くようになってきました。そして、怪我をされている方の割合が多くなってきます。

 

「うっ……ま、まだ……」

 

「ダメダメ! これ以上出撃するのは明石が許さないよ! あんたはここでドックが空くまで待機すること!」

 

 ベットに横たわっていた駆逐艦の方はどうにかして立ち上がろうとしましたが、端から見ても怪我は明らかに重症……大破レベルでした。

 

「榛名ちゃん! バケツの予備はもう無いのっ!?」

 

「そ、それが、さっきドックに持って行った分で最後でした……」

 

「くっ……思った以上に爆撃が激しいみたいね。この分だと、砲雷撃戦をしている娘たちの分が……」

 

 明石さんはそう言いながら、怪我をしている方に応急処置として包帯を巻きはじめました。気休め程度にしかならないでしょうが、少しでもマシになるのならばと、榛名も一緒に手伝います。

 

 いつしかこの部屋は、疲労を抜くために来るのではなく、ドックには入れないみんなの応急手当の場所になっていました。その数もどんどん増え、明石さんや榛名の体力も徐々に陰りが見えはじめてきたとき、大きな声と車輪が回るような音が聞こえてきました。

 

「あ、明石さんっ! 急患ですっ!」

 

 開きっぱなしの扉から駆け込んできた方はそう言いながら、担架を部屋の中に運び入れます。明石さんは自力で動ける方に指示をしてベットを動かし、受け入れる準備をしました。

 

 そして、部屋の中央に運ばれてきた担架を見て、榛名は愕然としました。

 

「ひ、比叡……お姉様……?」

 

 榛名と色違いの服装はボロボロになり、至るところに焦げ付いた穴が開いていました。体中に大きな痣があり、頭の上からだらりと血が流れ落ちています。

 

 虚に開いた目が、榛名の方に向きました。痛いはずなのに、苦しいはずなのに、比叡お姉様は榛名に向かって笑みを浮かべてくれたのです。

 

「あ……あはぁ……っ、はる……な……」

 

「比叡お姉様っ! 榛名は……榛名はここにいますっ!」

 

 伸ばそうとする比叡お姉様の手をしっかりと握り、榛名は叫ぶように声をかけ続けました。ですが、目はほとんど見えていないように、視線がゆっくりとちぐはぐに動き回ります。

 

 このままでは比叡お姉様が危険だと、榛名は明石さんに声をかけようと振り返ります。ですが、明石さんの悲壮な顔を見て、榛名は声を出すことが出来ませんでした。

 

「急患っ! 急患が通ります! 道を開けてくださいっ!」

 

 更に通路の方から大きな声が聞こえ、車輪の音が響きます。そして入ってきた担架に視線を移したとき、榛名を絶望へと追い詰めるには充分すぎる方が乗っていました。

 

「うそ……霧、島……っ……」

 

 比叡お姉様と変わらないくらいにボロボロになり、トレードマークの眼鏡がひしゃげ、身体の至るところから出血していました。

 

「比叡お姉様っ! 霧島っ!」

 

 榛名は2人に向かって叫び続けます。何度も何度も声をかけ、大粒の涙を流しながら、手を握り締めました。

 

 しかし、2人の反応は鈍く、もうほとんど目が見えていない状態でした。声を出そうとして口から血が溢れ、苦悶の表情を浮かべる様は、榛名の心をズタズタにしました。

 

 

 

 こんなことになるのなら、なぜ榛名は2人に出会ったのでしょう。

 

 こんなところを見るのなら、なぜ榛名はもう一度目覚めたのでしょう。

 

 こんな思いをするのなら、なぜ私たちは艦娘としてここにいるのでしょう。

 

 

 

「………………」

 

 ポロポロと涙を流しつづける榛名の肩に、大きな手が置かれました。暖かくて、ガッシリしたその手は、いつの間にかこの部屋に来ていた提督のものでした。

 

「明石……」

 

「は……い……」

 

「どうにかして、2人を助けることは出来ないのですか?」

 

「………………」

 

 提督の問いに、明石さんは答えませんでした。

 

 それは、無言の返事。

 

 これ以上苦しめることないようにしてあげよう……と、そう言っている風に榛名は考え、大きな声で泣き叫ぼうとしたときでした。

 

「……どうなっても良いのなら、方法が無い訳ではありません。ですが、助かる保障は……」

 

「……えっ!?」

 

 明石さんの言葉に榛名は……いえ、部屋の中にいる誰もが耳を疑いました。

 

 明らかに2人の状態は轟沈と同じ。助かる手だては無いはずで、どんな整備士であっても、どんなに優秀な妖精さんであっても……例え、法外な料金を請求する無許可の名医であっても、治すことは出来ないだろうと思っていました。

 

「構いません。今すぐ2人を助けてあげて下さい」

 

 提督はそれ以上何も聞かず、明石さんに命を下します。

 

 ふぅ……とため息を吐いて明石さんは提督に向き直り、口を開きました。

 

「それでは、応急修理女神の使用許可を願います」

 

「この鎮守府にあるものなら、何を使っても構いません」

 

「分かりました。……榛名ちゃん、手伝ってくれる?」

 

「は……はいっ! 比叡お姉様と霧島が助かるのなら、榛名はどんなことでもやってみせます!」

 

「うん。それじゃあ、今すぐ倉庫から応急修理女神を2つ持ってきて!」

 

「分かりました!」

 

 榛名は大きく頷いて、部屋から出て倉庫へと走り出します。

 

 2人が助かる道があるのなら、泣いてなんていられません。

 

 今、榛名が出来ることをする。後悔するのは後にすればいいのです。

 

 比叡お姉様と霧島のために。そして、3人で金剛お姉様に会うために。

 

 そのときまで、何があっても榛名は大丈夫です!

 

 

 

つづく




次回予告

 それから3日の時が過ぎた。
佐世保はどうなったのか。比叡と霧島は大丈夫なのか。
その答えは、次の更新で……


 榛名の場合 ~榛名の目覚め~ その7(完)

 これで榛名編も最終話!
 そしてこの出来事が、主人公の運命へと関わることに。
 乞うご期待!


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榛名の場合 ~榛名の目覚め~ その7(完)

 それから3日の時が過ぎた。
佐世保大きな被害を受けたものの、第一、第二艦隊の帰還による挟み撃ちで深海棲艦を撃破する。
しかし、比叡と霧島の情報はまだ榛名に伝えられず、埠頭の先で佇んでいた……

 今回で最終話。
そして予想通りの展開に? 本編への足取りは整った……のかな?


 

 それから3日の時が過ぎました。

 

 佐世保鎮守府は大きな被害を受けたものの、タンカーの海路上に現れた陽動艦隊を撃破した第一、第二艦隊が急いで帰還し、挟み撃ちにすることで深海棲艦の本隊を撃破することが出来ました。

 

 現在は大本営からの救援もあり、辺りの警戒を任せることで、怪我をした方々の修復や鎮守府の施設の修復も順調に進んでいます。

 

 全てが前向きに進んでいる。そうであれば、どれだけ榛名は安心出来るのでしょうか。

 

 轟沈寸前だった比叡お姉様と霧島は未だ面会謝絶の状態で、明石さんが詰める特別治療室に入ったままでした。

 

 

 

 

 

「比叡お姉様……霧島……」

 

 埠頭の先端に腰をかけた榛名は、海の先に見える水平線を眺めながらため息を吐きました。

 

 回復しているのか、未だ危険な状態なのか。なんの情報も得れないまま3日の時が過ぎ、榛名の心配する気持ちも限界に近づいていました。

 

 何度も特別治療室の前に立ち、ノックをしようとして思い止まりました。

 

 明石さんの邪魔になっては、2人が助からない可能性がある。

 

 そんな考えが頭を過ぎると、榛名は扉の前で立ち尽くすしかなかったのです。

 

「ふぅ……」

 

 今日何度目のため息でしょうか。もう数えるのも辛くなっていました。

 

 そんな榛名の後ろから、足音が聞こえてきます。

 

「榛名ちゃん」

 

 聞き覚えのある声に榛名はゆっくりと振り向きます。そこには、思っていた通りの方が立っていました。

 

「ビスマルクさん……こんなところに来るなんて、どうしたんですか?」

 

「あら、つれない言葉は吐かない方が良いわよ?」

 

 そう言って、ビスマルクさんは微笑みます。

 

「2人が目を覚ましたから、直ぐに榛名ちゃんを呼んできなさいって提督が言ってるわ」

 

「ほ、本当ですかっ!?」

 

「ええ、本当よ」

 

 そう言って、ビスマルクさんは榛名に向かって手を平げてくれました。

 

「さぁ、一緒に行きましょう」

 

「は……はいっ! よろしくお願いします!」

 

 ビスマルクさんの手をギュッと握り、榛名の足は駆け出したいくらいに速くなります。

 

 比叡お姉様と霧島に会える。その気持ちでいっぱいになり、笑顔が溢れます。

 

 ですが、2人の姿は、榛名が想像していたものとは大きく掛け離れていたのでした。

 

 

 

 

 

「「「………………」」」

 

 部屋に漂う無言の沈黙。

 

 大きく目と口を開いて立っているのは、提督とビスマルクさんと榛名でした。

 

 そして、気まずい表情を浮かべながら後頭部を手で掻く明石さんに、

 

 

 

 小さくなった、比叡お姉様と霧島がニッコリと笑っていました。

 

 

 

「あー、うん。何て言ったらいいのかなー……」

 

 沈黙に耐え切れず、明石さんが口を開きます。

 

「応急修理女神をねー、無理矢理使用することで轟沈を免れないかなーって思ったんだけどさぁ……

 まさか子どもになっちゃうとは思わなかったんだよねぇー。あははははー」

 

 笑いながらそう言った明石さんでしたが、額には大量の汗が吹き出し、明らかに焦っておられました。

 

 そんな状況にも関わらず、比叡お姉様と霧島はニコニコと……にぱーと……えへへと……

 

 やだ……可愛い……

 

 2人が榛名をはじめに見たときの気持ちが分かった気がします。

 

 今すぐ! 榛名は! 抱きしめたいです!

 

 はぁ……はぁ……

 

 しょ、少々興奮してしまいました。

 

 この破壊力は……榛名には危険過ぎます……

 

 そんなことを思っている間、再び部屋には沈黙が漂っていました。

 

 提督の顔は未だ驚いた表情のまま。開いた口が塞がらないとはこういうことを言うのでしょう。

 

 ですが、さすがにこのままではいけないと思ったのでしょう。提督はごほんと咳込んでから、言葉に詰まりつつも喋り始めました。

 

「え、ええっと……明石、これは……その……以前と同じ比叡と霧島なのですか?」

 

「それは間違いないよー。ま、まぁ、かなりちっちゃくなっちゃったけど……」

 

「か、かなり……というか……まるっきり子どもよね……榛名ちゃんと同じ……」

 

 ビスマルクさんのツッコミが的確に明石さんの胸にヒットしたようで、「うぐっ!」と声を上げています。

 

「そ、そうだねー。そうとも言うねー……」

 

「い、いやしかし……助かったのは素晴らしいことなのですが……」

 

「一応、小さくなったこと以外は問題は無いよー。その辺はちゃんとチェック済みなんで……」

 

「そ、そうですか……」

 

 提督はそう言って、眉間の辺りを指で押さえておられました。

 

 たぶん、目眩がしたんだと思われます。

 

 でも、榛名は提督とは違い、嬉しさで胸がいっぱいです。

 

 だって、2人が子どもになったのなら、あの時の約束が完全に守れるじゃないですか!

 

 3人で、金剛お姉様がいる艦娘幼稚園に行くことが出来るはずなのです!

 

「榛名っ」

 

「はい、比叡お姉様っ」

 

「榛名」

 

「はい、霧島」

 

 榛名たち3人は、大きく頷いて笑みを浮かべます。

 

 佐世保鎮守府を襲っていた脅威は終結した。

 

 比叡お姉様と霧島が、偶然にも子どもの姿になった。

 

 ならば、もう榛名たちの心配する問題は全て消えたのです。

 

「ふぅむ……予定通りとはいきませんでしたが、君たちはすでに決めているみたいですね……」

 

 提督が少し呆れたような声を出しながらも、笑みを浮かべています。

 

 ビスマルクさんも、明石さんも、榛名たち3人を見ながら微笑んでくれています。

 

「それでは、以前に2人から聞いていましたが、確認を取りますね?」

 

 提督が問う。

 

「君たちを舞鶴鎮守府に転属させようと思いますが、どうですか?」

 

 榛名たちの答えは、ずっと前から決まっています。

 

「「「喜んで、お受けいたします」」」

 

 いざ行かん、金剛お姉様の元に。

 

 

 

 

 

「あっ、ところで提督、もう一つ言わなきゃいけない事があるんだけど……」

 

 気まずい表情を浮かべた明石さんは、提督に向かっておずおずと口を開けます。

 

「なんでしょうか?」

 

「驚かないで欲しいんだけど……」

 

「これ以上驚くようなことが、あるとは思えないのですが……」

 

「いやー、実はさ、もう1人……その、ドジっ子が馬鹿やっちゃったみたいでさー」

 

「……はい?」

 

 目が点になった提督の額に、ブワッ……と汗が吹き上がります。

 

「戦闘が終わった後にね、気分が高揚しまくってた娘がいてさー。はしゃぎ過ぎて滑って転んで……最後に思いっきり頭ぶつけたらしくて、轟沈寸前だったのよ」

 

「ま、まさか……?」

 

「う、うん。この娘も、一緒に舞鶴に転属させた方が良いんじゃないかなーってさ……」

 

 そう言って、明石さんは部屋から出て、1人の子どもを連れてきました。

 

 青く長い髪をふわりと浮かせ、まあるい目をした可愛い子ども。

 

「て、提督……ホント、私ってば……ドジでごめんなさい」

 

 申し訳なさそうに頭を下げて謝ったのは、明石さんに整体をしてもらって気分が高揚し、

 

 はしゃぎ過ぎた結果、子どもになってしまった五月雨さんの姿でした。

 

 

 

 

 

 艦娘幼稚園 スピンオフ

 榛名の場合 ~榛名の目覚め~ 完

 




 ちょいと長かった榛名編、お楽しみいただけましたでしょうか?
これにて榛名が主人公のスピンオフは終了ですが、シリーズはまだまだ続きます。

 次回は舞鶴に戻って、艦娘幼稚園でのお話。今度の主人公は時雨ですっ!
主人公である先生が、急に佐世保に出張することになる。
その間、幼稚園で繰り広げられる相変わらずの出来事と、時雨の思いが交差する……?


次回予告

 艦娘幼稚園 スピンオフ
 時雨の場合 ~時雨のなんでも相談~ 前編

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時雨の場合 ~時雨のなんでも相談~ 前編

 先生が出張に行くことになった。
そんな先生を見ていた僕は、何故かいつもと違う気がした。
どうしてこんなことを考えるのか。
どうして先生が気になってしまうのか。

 それが僕には分からない。


 僕は白露型2番艦の時雨。

 

 舞鶴鎮守府にある艦娘幼稚園に通う、いたって普通の幼稚園児なんだ。

 

 趣味は読書で、雨が降っている時に窓辺で読むのが1番落ち着くので、梅雨時期は皆が嫌がるほど僕は嫌いじゃない。ただ、本が湿気で傷んでしまう事があるから、そこは気をつけないといけないけどね。

 

 あと、少し前から幼稚園に配属された先生の相談もよく受けているね。

 

 一見頼りなさそうに見えるんだけど、先生としてきちんとやってくれてるし、ここぞというときには頼りになる存在。

 

 ただ、普段はあんまりパッとしなくて、分からないことがあったら愛宕先生や僕に聞いてくるのが多いかな。

 

 その辺のギャップに母性本能がくすぐられる友達やお姉さんたちもいるみたいだね。僕にはまだよくわからないけれど……

 

 でも、この間のコードEのときは……少しドキッとしたかもしれない。それが皆と同じかどうかだけど……まだ僕には早いかな。

 

 今のところ、先生の相談を受けているのが楽しいし。僕は推理小説が好きだからね。

 

 

 

 さて、少し前置きが長くなってしまったけれど、今日はいつもと違うと思っている人もいるかもしれないし、その辺のことを説明してあげるね。

 

 

 

 

 

「出張……ですか?」

 

 お昼寝の時間の後、遊戯室で友達の夕立ちゃんと一緒に粘土を使って造形を楽しんでいる僕は、遠くの方から聞こえてきた先生の声に耳をすませた。

 

「はい~。これが命令書になります~」

 

 愛宕先生はそう言って、先生に1枚の紙を渡す。

 

「……確かに、俺に佐世保まで行くようにって書かれてますけど……これって、どういうことなんですか?」

 

「さぁ……詳しい内容は聞かされていないのですが、元帥と高雄姉さんの考えですから、多分大丈夫だと思いますよ~」

 

「げ、元帥はともかく、高雄さんなら安心は出来るかな……」

 

 先生はそう言って、書類を四つ折にたたんでポケットに入れた。心なしか浮かない表情をしているのは、出張の間、愛宕先生と離れてしまうのが悲しいんじゃないかと僕は予想した。

 

 ――のだけれど、そんな仕種の間にも、愛宕先生の胸の辺りをチラチラと見ているのがバレバレなんだよね。

 

 こういうのがなければ、もう少し進展してもおかしくないんじゃないかなと、僕は思うのだけれど、そうなったら悲しむ友達も多いかもしれないので、複雑な気分になってしまう。

 

 そんなことを考えている僕の胸がモヤモヤしているのは、昼食のカキフライのを食べすぎてしまったからなのかな?

 

 それ以外に、思い当たる節は無いと思うんだけれど……

 

「それじゃあ、明日から2日間頑張って下さいね~」

 

「あっ、はい。わかりました。それと、その間の子供のことなんですけど……」

 

「それは大丈夫ですよ~。私の方でしっかりやっておきますので~」

 

「それなら安心です。すみませんが、よろしくお願いします」

 

「らじゃーで~す。先生は、間違っていつも通りに出勤しちゃダメですよ~?」

 

 愛宕先生はくすりと笑ってそう言い、手を振りながら遊戯室から出ていった。

 

 そんな愛宕先生を嫌らしい目つきで見ている先生が見える。

 

 手を振る度にぽよんぽよんと揺れている胸の辺りを凝視しているし……

 

 うん。やっぱりさっきのモヤモヤはカキフライのせいだよね。

 

 ………………

 

「ふぅ……」

 

「あれ、時雨ちゃんどうかしたっぽい?」

 

「えっ、あ、ううん。なんでもないよ。ちょっと考えごとをしていただけなんだ」

 

「そうなの? 相談なら夕立に言って見るっぽい」

 

「うん、ありがとね。どうしようもなくなったら、お願いするね」

 

「夕立に任せるっぽい!」

 

 夕立ちゃんはそう言って、胸をぽんっと叩いていた。

 

 夕立ちゃんも、僕も、まだ小さい幼稚園児。残念だけど、愛宕先生には敵わない。

 

 やっぱり先生は、胸が大きい方が良いんだよね……

 

 僕も、もっと成長したら……大きくならないのかな……

 

 ………………

 

 あれ、なんで僕はこんなことを考えてるんだろう。

 

 そんな自分に驚きながら、僕はもう一度ため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 次の日の朝。

 

 いつもの時間の朝礼で、愛宕先生から皆に先生が出張で出かけたことを伝えられた。

 

 それを聞いた金剛ちゃんは少し悲しそうな表情を浮かべながら「出張じゃ、仕方ないデース!」と言っていたし、潮ちゃんは今にも泣きそうに震えていた。それに気づいた天龍ちゃんは潮ちゃんの手をギュッと握って慰めていたけれど、自分も寂しいのか、なんとなくふて腐れているように見えた。

 

 そんな中、龍田ちゃんだけはにっこりと笑みを浮かべながら、

 

「あら~、もしかしてやりたい放題じゃないのかしら~」

 

 とんでもないことをつぶやいていた。

 

 先生が帰ってくるまで、注意をしておいた方が良いかもしれない。

 

 多分、危ないのは天龍ちゃんだと思うけど。

 

 

 

 それ以外はいつも通りに朝礼は終わり、朝のお勉強の時間がやってきた。

 

 先生がいないから、愛宕先生が僕たちの分まで見なければならない以上、自習のような感じで画用紙にお絵かきをしていたんだけれど、これはいつもと変わらないと言っても良いと思う。先生が居なくても皆いい子だし、問題を起こそうとするような子は……いないと思ったんだけど……

 

「あ、あの……時雨ちゃん……」

 

 僕が机に向かってクレヨンで絵を描いていると、向かい側に座っていた潮ちゃんが眼に涙を溜めて、ゲージに入れられてプルプルと震える小うさぎみたいに話しかけてきた。

 

「潮ちゃん、どうしたのかな?」

 

「あ、あのね……ちょっと聞きたいことがあるんだけど……いいかな?」

 

「うん、大丈夫だよ」

 

 僕はそう言いながらにっこりと笑みを向けると、潮ちゃんは少し安心したのか、表情が和らいだようだ。

 

「その……せ、先生のことなんだけど……」

 

「先生がどうかしたのかな?」

 

 僕はそう問うと、潮ちゃんは再び泣きそうな表情を浮かべて身体を小刻みに震わせた。

 

 ……もしかしてだけど、先生は潮ちゃんに何かしたんじゃないのかな。

 

 もしそうだったのなら、すぐに愛宕先生と警察……いや、特殊部隊に報告して、至急身柄を拘束させないといけないよね。

 

「先生が出かけたのって……どこなのかな……?」

 

「えっと、確か佐世保だったと思うけど……」

 

「させ……ぼ?」

 

「うん。九州の方にある、ここと同じような鎮守府があるところだよ。先生はそこに用事があって、出張に出かけたって聞いたんだけど……」

 

「そ、その……出張って言うのなんだけど……」

 

 そう言って、潮ちゃんは物凄く悲しそうに言葉を詰まらせた。

 

 先生が潮ちゃんにいたずらをしたんじゃないかという考えは、どうやら思い違いだったみたいだけれど、こんなに悲しそうな表情をさせてしまった責任は、やっぱり先生にあると思う。帰ってきたら、ちゃんと説明して、慰めてあげるように言っておかないと――と、思っていたんだけれど、

 

「それって、実はたてまえ……? とかで、実際はさせ……ん? させられちゃったんじゃないかって……」

 

「え、えっと、それって……建前と左遷……ってことかな?」

 

「う、うん、そう聞いたんだけど……」

 

 ど、どういうことなんだろう。

 

 そんな話を僕は聞いたことがないし、完全に初耳である。

 

 もし、それが本当ならば、僕はいったいどうすれば良いんだろう……

 

「し、時雨ちゃん……」

 

 潮ちゃんの呼びかけにハッとなって、僕は慌てて服の袖で眼をこすった。

 

「ご、ゴメンね……」

 

「ううん、大丈夫だよ潮ちゃん」

 

 僕はそう言って、潮ちゃんに笑いかける。

 

 だけど、胸のモヤモヤは気分が悪くなってしまうくらい、気持ちが悪いものだった。

 

「ところで、その話は誰から聞いたのかな?」

 

「さっきね……天龍ちゃんと龍田ちゃんが話してたんだけど……」

 

 あれ?

 

 もしかしてこれって、僕の思い過ごしなんじゃないかな……

 

「龍田ちゃんがニコニコしながら天龍ちゃんに、『今日の出張って言うのは建前で、愛宕先生にえっちなことをした罰で、佐世保に左遷されたらしいわよ~』って言ってたの」

 

「あー、うん。なるほどね」

 

 やっぱり思い過ごしだったみたいだね。

 

 先生が愛宕先生に手を出すことなんて考えられない。

 

 いや、実際には、先生が愛宕先生に敵う訳がないんだ。

 

 だって、引退したとはいえ、第一艦隊で大活躍していた愛宕先生が、普通の人間である先生に負ける筈がないのだから。

 

「とりあえず、龍田ちゃんの言ったことは間違いだと思うよ」

 

「ほ、本当……!?」

 

「うん。そんな話は聞いたことがないし……って、そういえば天龍ちゃんは?」

 

 ふと天龍ちゃんが座っていた席を見ると、そこには誰もおらず描きかけの画用紙が机に置かれていた。

 

「た、龍田ちゃんの話を聞いて、泣きながら部屋の外に出て行ったけど……」

 

 なるほど。

 

 それで潮ちゃんも、悲しくなってしまったということなんだろう。

 

 しかも、いつも慰めてくれる天龍ちゃんがどこかに行ってしまったのだから、余計に怖がって震えていたんだね。

 

 つまり、心配していたことが、すでに起きてしまっていたということなんだ。

 

 龍田ちゃんの、やりたい放題な2日間の始まりが……

 

 

 

つづく




次回予告

 龍田ちゃんのやりたい放題が色んなところに影響を及ぼしていた。
天龍ちゃんもその一人。まぁ、龍田ちゃんが動けばそうなるのは必然だったかもしれないんだけれど。

 そんな出来事も、幼稚園ではいつものこと。
そう――思っていたはずなのに……まさかあんなことになるなんて……


 時雨の場合 ~時雨のなんでも相談~ 後編

 乞うご期待!


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時雨の場合 ~時雨のなんでも相談~ 後編

 龍田ちゃんのやりたい放題が色んなところに影響を及ぼしていた。
天龍ちゃんも被害を受けた一人。まぁ、龍田ちゃんが動けばそうなるのは必然だったかもしれないんだけれど。

 そんな出来事も、幼稚園ではいつものこと――だと思っていた。
愛宕先生の口からあんなことを聞くまでは……


※別の艦これ小説(短編)を本日更新しましたー。
 よければそちらも宜しくですー。
「ヤンデル大鯨ちゃんのオシオキ日記」
 例の、感想ネタから書いちゃった作品ですー。


 皆と昼食のお弁当を食べた後、お昼寝の時間になった。

 

 僕はいつも通り、夕立ちゃんの隣にある布団でグッスリと眠り、起床時刻より少し早めに起きてしまった。

 

 眼が冴えてしまったし、もう一度寝るのもなんだか違う気がした僕は、皆に迷惑をかけないようにと部屋から出て、ぶらぶらと通路を歩くことにした。

 

 窓から太陽の日差しが差し込み、通路の床を明るく照らす。僕は雨の日が好きだけれど、暖かい日差しを感じるのも嫌いじゃない。毎日が同じ天気というのも面白みがないし、日々メリハリが大事だと思うんだ。

 

 そんな、どうでもいいようなことを考えていた僕だけれど、ふと、視線の先に見えた人影に気づき、僕はそちらの方へと足を進めることにした。

 

 通路の行き止まり。

 

 袋小路になっているその場所には倉庫に入るための扉があるだけで、子どもたちはあまり近づかない場所。

 

 そんな僕たちにとってデッドスペースと呼べる場所に、1人の子ども――天龍ちゃんが座り込んでいた。

 

「あの……天龍ちゃんだよね。こんなところでどうしたのかな? もしかして、具合でも悪いのかな?」

 

 僕の問い掛けに、天龍ちゃんは頭を伏せたまま左右に振っていた。

 

「それじゃあ、いったい……どうしてこんなところで座り込んでいるのかな?」

 

「うぐ……っ、ひっく……」

 

 返事が無い代わりに、天龍ちゃんの泣き声が返ってきた。

 

 僕は咄嗟に天龍ちゃんの頭に手を置いて、優しく円を描くように撫でてあげた。

 

 以前に僕が、先生にしてもらったのと同じように。

 

 上手く出来ているか分からないけれど、天龍ちゃんの泣き声が少しずつ小さくなって来ている感じがしたので、効果はあったのだと思う。

 

「落ち着いたかな……天龍ちゃん?」

 

「う……ん、もう、大丈夫」

 

 そう言って。天龍ちゃんはゆっくりと立ち上がった。

 

 目は真っ赤に充血し、鼻もずるずるとすすっている。

 

 だけど、表情はいつもの天龍ちゃんと同じに見えた。

 

「ごめんな……時雨」

 

「ううん、大丈夫だよ」

 

 僕は首を左右に振ってそう答える。

 

 天龍ちゃんは少し恥ずかしそうに頬を掻いていたけれど、間がもたないといった感じに喋り出した。

 

「その……さ、俺が泣いてたってこと、話さないでくれると嬉しいんだけどさ……」

 

「うん、いいよ」

 

「……即答にも程がないか? ちょっとびっくりしちゃったじゃねーか」

 

「んー、でも、別に他の人に言うつもりもなかったし……」

 

「そ、そっか……まぁ、それなら良いんだけどよ……」

 

 そう言いながら、天龍ちゃんは先ほどと同じように頬を掻く。

 

 僕はそんな天龍ちゃんを見つめながらじっと黙っている。

 

「……うぅ」

 

「どうかしたの?」

 

「い、いや、その……」

 

 口ごもる天龍ちゃんを見ながら、僕はくすりと笑いそうになるのを堪えていた。

 

 何かを言いたい。何かを聞いて欲しい。そんな雰囲気はすぐに分かるほど表情に出ているのに、天龍ちゃんは恥ずかしいのか最後の一歩が踏み出せない感じに見える。

 

 だけど、さすがにそろそろ皆も起きてくる頃だろうし、部屋に戻らないといけない。

 

 僕はさりげなく、天龍ちゃんに話しかける事にした。

 

「それで、なんでこんな場所で泣いてたのかな?」

 

「うっ……それは、その……」

 

「もしかして、先生についてじゃないのかな?」

 

「……っ!」

 

「図星みたいだね」

 

「はぁ……時雨には敵わないかぁ……。

 そうだよ。龍田から先生の事を聞いて、居てもたっても居られなくなっちまって……」

 

 やっぱり、僕の予想した通りだった。

 

 お絵描きの時間に、潮ちゃんから聞いたことが原因だったみたいだ。

 

「先生が、佐世保に左遷されたんじゃないかってことだよね」

 

「……っ! や、やっぱりその話は本当だったのか!?」

 

「ううん、多分だけど、その話は出まかせだと思うよ」

 

「えっ……」

 

「潮ちゃんからその話を聞いたけれど、僕が前日に聞いていた話では、先生が佐世保に行ったのは出張の為で、左遷させられたって話は一つも出てこなかったんだ。だから、天龍ちゃんが龍田ちゃんから聞いた話は、多分だけどウソだと思うよ」

 

「そ、そうなのか……良かったぁ……」

 

「まぁ、直接先生や愛宕先生に聞いた訳じゃないから、実際には龍田ちゃんが言う通り左遷させられた可能性がないとは言えないけどね」

 

「えっ、そ、それって、本当はどっちなんだよっ!?」

 

「それは、まだ僕にも分からないんだよね。でも、先生が左遷させられる理由になった話、龍田ちゃんが言ってたのを潮ちゃんが聞いてたみたいだけど……」

 

「あ、あぁ。先生が愛宕先生にえっちな事をしようとして、こんなことになったって……あっ!」

 

 天龍ちゃんは急に驚きの表情を浮かべて声を上げた。

 

 うん。どうやら天龍ちゃんにも分かったみたいだね。

 

「そうか……龍田から聞いた左遷の理由って明らかにおかしいじゃねえか!」

 

「そうだよね。だって、先生が愛宕先生に敵う訳が……」

 

「あの先生に、そんな根性がある訳ねーしっ!」

 

「………………」

 

 いや、さすがに先生が可哀想だと思うよ。それ。

 

 多分この場に先生が居たら、膝が折れて床にうずくまって、嗚咽を撒き散らしながらのたうちまわると思うんだ。

 

 ――って、僕もちょっと酷いことを思っているのかもしれないね。

 

「あー、良かったー。変な心配しちゃったぜまったくー」

 

 そう言って、表情が一変して笑顔に変わった天龍ちゃんだけど、本人はまったく気付いてないんだろうか?

 

 お絵描きの時間をほったらかして、お昼寝の時間までここで疼くまるほど、先生の事を考えていたってことに。

 

 居なくなってしまった先生を思い、悲しくて悲しくてどうしようもなくなって、こんな場所でずっと泣いていたってことは、それほどまでに天龍ちゃんの中で、先生が大切な存在になっているということなんだって。

 

 それが分かっているから、龍田ちゃんは天龍ちゃんにこんなウソを言ったんじゃないだろうか。

 

「安心したら、腹が減ってきちゃったぜ。そういや昼食の時間ってまだなのかな、時雨?」

 

「え、えっと……もう、お昼寝の時間も終わりそうなんだけど……」

 

「な、なんだってーっ!?」

 

 未確認飛行物体を見つけてしまった編集者のような声を上げた天龍ちゃんは、奇しくもさっき僕が想像してしまった先生と同じ行動を取ってへこみたおしていた。

 

 ――これだけ鈍感なら、気づかないのも無理はないのかもしれないね。

 

 

 

 

 

 それから暫くしてなんとか立ち直った天龍ちゃんをつれて、僕は愛宕先生に会うため洗濯室へとやってきた。お昼寝の時間なら、ここだと踏んだ僕の予想は正しかったようで、せっせと洗濯物を洗濯機から出している愛宕先生の姿が見えた。

 

「あら~、天龍ちゃんったらどこに行ってたの~? お昼ごはんの時に見かけなかったから心配してたのよ~」

 

 そう言った愛宕先生は、大量の洗濯物を抱えながら困ったような表情を浮かべている。

 

「天龍ちゃんの分のお弁当って、まだ残っているかな?」

 

「ええ、ちゃんと残してありますよ~。さすがに先生も、皆の分のお弁当までは食べないわよ~」

 

 そこまでは聞いていないんだけど、もしかして、前例があるのかな?

 

 そう言えば、先生から愛宕先生は結構食べるって聞いたことがあるし、その辺りのことを無意識に弁解しているのかもしれない。

 

 言わなきゃ分からないと思うんだけれど、その辺りが愛宕先生っぽいよね。

 

「そのお弁当はどこにあるのかな?」

 

「スタッフルームのソファーの上に置いてあるけど……」

 

「それじゃあ、それを天龍ちゃんにあげても……大丈夫だよね?」

 

「え、ええ。私はもう少し洗濯をしなくちゃダメなんだけど……時雨ちゃん、お願いしても良いかしら?」

 

「うん、大丈夫だよ。愛宕先生は心配しないで洗濯物をよろしくね」

 

「はいは~い」

 

 愛宕先生はそう言いながら、洗濯物を抱えて外へと出て行った。

 

 ただ、部屋の扉を抜けるとき、ほんの少し悲しそうな表情を浮かべていた気がしたんだけれど、やっぱり食べる気があったんじゃないかなぁと、そんな気がした。

 

「じゃあ天龍ちゃん。スタッフルームの方に向かおうよ」

 

「う、うん……早く飯食いてぇ……」

 

 かなり限界といった感じで、天龍ちゃんはお腹を何度も手でさすっていた。

 

 耳を済ませると、ぐぅぐぅと音が漏れ出していたので、出来るだけ早くお弁当を食べさせてあげないとと思った僕は、早足でスタッフルームへと向かうことにした。

 

 

 

 そうしてスタッフルームに着いた僕は、ソファーの上にあったお弁当を見つけて、さっそく天龍ちゃんに手渡した。限界までお腹をすかせていた天龍ちゃんは、ソファーに座りながら、お弁当をかぶりつくように平らげて、満足した表情を浮かべた。

 

「天龍ちゃん……口の周りにご飯粒がいっぱいついてるよ……」

 

「ん、あ、そうか?」

 

 キョトンとした表情を浮かべた天龍ちゃんは、袖でごしごしと口の周りを拭き始めた。

 

「――って、そんなんじゃ服が汚れちゃうじゃないかっ!」

 

「え……あっ、す、すまん……」

 

 天龍ちゃんはそう言って、しょぼくれた表情に変わった。

 

 ちょっと強く言いすぎたかもしれないね。

 

「いつもは龍田が取ってくれてるからなぁ……あんまり気にしたこと無いんだよなー」

 

 前言撤回。

 

 もう少し自分の事を出来るようにならないと、色々と大変だと思うんだけれど。

 

 あと、龍田ちゃんも天龍ちゃんに優し過ぎるよね。

 

 いたずらも同様に多いけどさ。

 

 その辺のバランスが、2人にとってちょうど良いのかもしれないけれど。

 

「それじゃあ、そろそろ部屋に戻らないと皆が心配しているかもしれないよね」

 

 そう言って、僕は壁にかけてある時計に目をやった。針はすでにお昼寝の時間を過ぎていて、後片付けも終わっていると予想できる。

 

「うー、お腹がいっぱいになったら眠気が……」

 

「天龍ちゃん……マイペース過ぎだよね……」

 

「ん? 別に褒めても何も出ねえぞ?」

 

 いや、全然褒めてないんだけどね。

 

 重度の勘違いと鈍感っぷりだし……

 

 もしかして、先生のことを思っているのも勘違いなんじゃあーーって、さすがにそれは無いかな。

 

「愛宕先生には僕から言っておくから、天龍ちゃんはここで少し寝ておいたらどうかな?」

 

「うん……そうするわかな……ふあぁ……」

 

 天龍ちゃんはそう言いながら背伸びをして、ソファーにゴロンと寝転がった。

 

 ほんと、毎日が楽しくて仕方がないって感じだよね、天龍ちゃんって。

 

 すぐに聞こえてきた寝息に驚きと呆れを感じながら、僕はスタッフルームを後にした。

 

 

 

 

 

 遊戯室に戻った僕は、そこにいた愛宕先生に、天龍ちゃんがスタッフルームで昼寝をしているということを伝えてから、皆と一緒に遊ぶことにした。

 

 夕立ちゃんと積木でどこまで高く積めるかを競い合ったり、天龍ちゃんがいなくて焦っている潮ちゃんと絵本を読んだり、ひたすら壁に向かってボールを投げている龍田ちゃんのキャッチボールの相手をしているうちに、そこそこ時間が経っていた。

 

 そろそろ終礼の時間かなと、時計を見ながら考えていた僕に、本を持った金剛ちゃんが近づき、話しかけてきた。

 

「ハーイ、時雨。ちょっと相談したいことがあるんデスケド、大丈夫デスカー?」

 

「うん、大丈夫だよ」

 

「良かったデース。実は先生のことなんデスケド、最近全然振り向いてくれなくて困ってるデース」

 

「えっと……それって……」

 

 僕は言いかけて少し戸惑った。

 

 金剛ちゃんは、よく先生に向かってタックルのように飛びついている。

 

 攻撃するという意味でやってはいないんだけど、結構先生にはダメージがあるようで、困っていた気がするんだけど……

 

「先生を……恋愛対象としてってことで……良いのかな?」

 

「もちろんその通りデース! 早く私の魅力にノックダウンしてほしいネ!」

 

 そう言って、金剛ちゃんは右手を振りかざすようなポーズを取った。元気があるのはいいことなんだけれど、ちょっぴり僕に当たりそうだったので、もう少し落ち着いてくれると嬉しいんだけどね。

 

 あと魅力は良いとして、ノックダウンさせるって言うと、タックルをしている金剛ちゃんの行動から勘違いをしてしまいそうになって、ちょっぴり怖いんだけどね。

 

「……それで、金剛ちゃんはどうしたいのかな?」

 

「それはもちろん、先生と恋人同士になれれば言うことがないデース!」

 

 金剛ちゃんは、きっぱり言い放った。

 

 その瞬間、なぜか僕の胸に、チクリと針が刺さったような気分になる。

 

「つまり、先生が金剛ちゃんのことが気になる存在になるようにするのは、どうすれば良いかってことかな……」

 

 僕はそう呟きながら良い方法がないかと考えた。

 

 先生が、振り向いてくれる方法。

 

 そんなの……僕が知りたいよ……

 

「……っ!? ぼ、僕はいったい何を……」

 

「どうしたのデスカ、時雨?」

 

「あっ、う、ううん。別にたいしたことじゃないんだけど……」

 

 僕は慌てながら取り繕うように、金剛ちゃんに答える。

 

 だけど、僕の額には汗がにじみ、胸がドキドキと高鳴っている。

 

「なんだか、顔色が優れない気がシマース。少し休んだ方が良いかもしれませんネー」

 

 心配してくれた金剛ちゃんが、僕にそう言ってくれる。

 

 でも、その優しさが、今の僕にはなんだか辛い。

 

「う……うん、ごめんね金剛ちゃん。せっかく相談してくれたのに……」

 

「それはまた、時雨が元気になってからで大丈夫ネー」

 

 金剛ちゃんはそう言って、手を振って離れて行った。

 

 気遣いはとても嬉しい。

 

 なのに、なんでだろう……金剛ちゃんの言葉がこんなにも、僕の心を締め付けるなんて……

 

 まるで自分の身体じゃないような変化に戸惑いを隠せないまま、終礼の時間までを過ごすことになってしまった。

 

 

 

 そして、終礼の時間……

 

 僕は……いや、僕たちは、とても悲しい現実を知ることになる。

 

 暗い表情をした愛宕先生と、同じく部屋に入ってきた高雄お姉さんから、驚愕の事実を突きつけられた。

 

 

 

「……出張に出かけていた先生が、行方……不明になりました」

 

 

 

 その言葉を聞いた瞬間、僕の頭の中は……真っ白になった。

 

 

 

 

艦娘幼稚園 スピンオフ ~時雨のなんでも相談~ 完

 




 これにて時雨編は終了しましたー。
まさかの展開にびっくりした方はおられるのかなっ?
全ては伏線……というか、本編へと続きます。

 ――と、言いながら、次の作品もスピンオフシリーズになります。
次回は、主人公の行方不明の話を聞いて落ち込んでしまった天龍のお話です。
今までとは全く違う天龍と龍田の姿に……あなたはどう思うのか……
前編と後編の2つにて、毎日更新予定でお送りいたしますっ!


次回予告

 艦娘幼稚園 スピンオフ
 天龍の場合 ~天龍の誓い~ 前編

 乞うご期待!

※別の艦これ小説(短編)を本日更新しましたー。
 よければそちらも宜しくですー。
「ヤンデル大鯨ちゃんのオシオキ日記」
 例の、感想ネタから書いちゃった作品ですー。


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天龍の場合 ~天龍の誓い~ 前編

 先生が行方不明になった。
天龍はそれが耐えられなかった。
何度も思い返す先生の姿。先生の顔。先生の思い出。
全部が俺の心を締めつけて、どうしようもなかったんだ……


※注意
 いつもと違ってシリアスメインのお話です。


 

 俺の名は天龍。天龍型1番艦で、龍田の姉でもある。

 

 今回は先生が出張に行ったので、仕方なく俺様が色々と教えてやろうって思ったんだけど、まさかあんなことが起きるなんて夢にも思わなかった。

 

 愛宕先生からそのことを聞いた瞬間、俺の頭の中は真っ白になって何も考えられなくなっちまった。

 

 それから色々と……まぁ、恥ずかしいことがあったりもしたんだけどさ……

 

 でも、その経験によって、俺はずっと強くなることが出来た。やっぱり持つべきものは友達とお姉さんだぜ。

 

 正直、思い返すのはちょっとアレなんだけど……龍田が怖いんでな……まぁ、罰ゲームってやつだ。

 

 それじゃあ、耳をよくかっぽじって聞いてくれよな。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 先生が出張に出かけた翌日の朝。昨日、龍田の嘘に振り回されたりもしたが、数日後には先生が帰ってくるというのを時雨に聞いてから、元気を取り戻した俺の足取りはいつもと変わらなかった。

 

 現金な奴だとは思われたくないが、俺は自分に忠実なんだ。

 

 ただ、先生の前では……ちょっと言い難いことがあっけどさ……

 

 ま、まぁそんなことはどうでもいいんだ。近いうちに先生は出張から帰ってくる。しかも、愛宕先生から聞いた話ではちょっとしたサプライズもあるらしいからな。

 

 そうなると、早く帰って来ないかと浮足立ってしまうんだが、あまりそれを表に出すと龍田がまた拗ねるからな。ちょっとばかり気を使わないといけないんだぜ?

 

 可愛い妹を持つと姉は大変だってな。つくづく感じてるぜ……

 

 え、なんだって!? 今、龍田の方がお姉さんっぽいとか言った奴誰だ!

 

 語尾からして夕立か? それともカモフラージュなのか?

 

 今から龍田を呼んでくるからちょっと待ってろ。すぐに泣いて謝ることになるぜ……フフフ……

 

 

 

 冗談だよ冗談。

 

 そんなことをしたら、また龍田に色々と吹き込まれたりしちまうからな。

 

 俺もちょっとは成長してるんだぜ? ん、龍田を呼ぼうとする段階でダメだって!? 馬鹿な!

 

 と、ともあれ、幼稚園について朝礼が始まったんだけどよ……

 

 

 

 皆が集まる部屋の中で、俺と龍田と潮は体育座りでじっと待ってたんだ。まぁ、これはいつもと同じだから別に説明しなくても良いんだけどな。

 

 すると、いつもと違う表情をした愛宕先生が部屋に入ってきた。ニコニコと笑顔を見せるんじゃなくて、今さっき誰かにフラれたかのような……とても悲しい表情をしてたんだ。

 

 気づいたのは俺以外にも沢山いて、隣に居る潮や龍田も同じようだった。潮は少し身体を小刻みに震わせると、俺の手をギュッと握ってきたんで、優しく握り返してやった。

 

「おはよう……ございます。今日の朝礼を始める前に、皆さんにお知らせしなくてはなりません……」

 

 元気のない愛宕先生の声が部屋に聞こえると、皆の顔が一斉に不安な表情へと変わった。あまりにも辛そうな声。真っ赤に腫れ上がった大きな目。明らかに愛宕先生はさっきまで泣いてたって証拠だった。

 

「姉さん、後は……お願いします……」

 

 そう呼びかけると、扉の方から高雄お姉さんが部屋に入ってくるのが見えた。だけど、その顔も愛宕先生と同じように辛く、悲しみに満ちた表情をしているように見えたんだ。

 

「おはようございます、艦娘幼稚園のみなさん。今日は悲しいお知らせが1つあるのですが……心して聞いてください」

 

 高雄お姉さんはそう言って、ほんの少し俺達から視線を離した。それを見た瞬間、俺はもの凄く嫌な予感がして耳を塞いでしまいたくなったんだけれど、潮が握る手の力が強くなったのと、聞き逃すとそれ以上にダメな気がして、しっかりと高雄お姉さんの目を見ることにしたんだ。

 

「昨日から出張に出かけていた先生ですが……」

 

 先生という言葉を聞き、俺の嫌な予感は更に強くなる。背筋にゾクゾクと冷たいモノが這い上がってくるような感じに、大きく身体を震わせる。

 

「深海棲艦に襲われて……行方不明になりました……」

 

 その言葉が部屋に伝わると、まるで時が止まったかのような感覚が辺りを包み込んだ。

 

 誰も……何も言わない。いや、言えなかったんだ。

 

 金剛も、夕立も、潮も、龍田も、暁も、響も、雷も、電も、他の皆も……

 

 誰一人として、身動きすら出来ずにその場で座っていた。

 

 それはあまりにも衝撃で、

 

 それはあまりにも残酷で、

 

 その現実を直視することが出来なかったんだと思う。

 

 そんな俺達に、高雄お姉さんは続けて口を開く。先生が行方不明になった経緯や、現在捜索している内容などを話していた気がするけれど、正直俺の耳には全然入ってこなかった。

 

 その時、俺が感じていたのは、潮の握る手がもの凄く痛かったのと、

 

 先生の顔がもう見れないのかもしれないという恐怖だけだった。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 高雄お姉さんの話しが終わった後、愛宕先生も先生の捜索に加わるということで、幼稚園は臨時の休園になった。

 

 幼稚園自体は開けてあるので自由に遊んだりすることは出来るのだけれど、正直俺はそんな気分ではなく、ただじっと遊戯室の片隅で座り込んだまま顔を伏せていた。

 

 思い返すのは先生の顔。

 

 笑っていたり、怒っていたり、焦っていたり……

 

 どの顔も、思い出す度に俺を元気づけてくれるような、癒してくれるような、そんな存在なんだ。

 

 ……愛宕先生のおっぱいを見つめているときの顔は思い出したくないけどな。

 

 でも、どんなときも俺達のことを思って行動してくれる先生が、もう帰って来ないかもしれない。会えないかもしれない。

 

 その現実が俺の心を締めつけて、目からボロボロと大粒の涙が何度も流れ落ちてきた。

 

「て……天龍……ちゃん……」

 

 気づけば、潮がすぐ隣に立っていた。目は俺と同じように真っ赤に腫れ、先程まで泣いていたのがすぐに分かる。

 

「だ、大丈夫……かな?」

 

「……別に」

 

 自分も悲しいはずなのに、潮は俺に声をかけにきてくれていた。その気持ちが嬉しいはずなのに、同時にもの凄く嫌な気分にさせられる。

 

「天龍ちゃん、げ、元気だそうよ……せ、先生は、先生はすぐに……戻って来るんだから……」

 

 今すぐここで涙を流しそうになりながら、潮は自らの手を握りしめて俺にそう言った。

 

「……誰が、そんなことを言ったんだよ」

 

「そ、それは……あ、愛宕先生が……」

 

「そんなの推測だろ? まだ現場にも行っていない愛宕先生が言うことなんて、信じられる訳無いじゃんか……」

 

「そ、そんなふうに言ったら……だ、ダメだよ……」

 

「でもそれが現実だろ?」

 

「そ、それは……」

 

 潮は困った顔をして何も言えなくなった。

 

 こんなふうに潮に当たるのは間違いだと自分で分かっている。

 

 でも、今の俺にはこうする以外、何も考えられなかったんだ。

 

「で、でも……先生が死んだって決まった訳じゃ……」

 

「……っ!」

 

 潮の言葉に俺はカチンときて、思いっきり睨みつけてしまった。

 

「ひぃっ!」

 

 そんな俺の顔を見て、潮は一歩、二歩と後ずさる。

 

「……悪い。でも、死んだなんてこと……言わないでくれ……」

 

「あっ! う、うん……ごめんね……天龍ちゃん……」

 

「いや、俺も悪かった……だけど、少しだけ……一人にしてくれると嬉しい……」

 

「わ、分かった……そ、それじゃあまた……ね……」

 

 言って、潮は俺から離れて行った。

 

 大人気ないとは分かっている。いや、実際俺は子どもなんだから……と言い訳するつもりもない。

 

 だけど、先生が死んだなんて……夢にだって見たくもないし思いたくもない。

 

 潮を怒る気はないけれど、今は一人でいたい気分だったんだ。

 

 ……そう、自分に言い聞かせて、俺はもう一度顔を伏せた。

 

 

 

 先生……なんで、なんでいなくなっちまったんだよ……

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 それからどれくらいの時間、こうして伏せたまま居たのだろう。少し前あたりから、お腹からぐぅぐぅと音が鳴っていたけれど、この場から動こうとする気は全く起きなかった。

 

「天龍……ちゃん……」

 

 呼びかけられたのに気づき、伏せ目がちにそちらの方へ向く。

 

 俺を見つめていたのは、悲しそうな表情を浮かべた龍田だった。

 

「なんだよ龍田……どうかしたのか?」

 

「もう、夕ごはんの時間だよ? 愛宕先生が幼稚園をそろそろ閉めるから、外に出るようにって……」

 

「そっか……」

 

 ゆっくりと立ち上がって時計を見る。龍田の言う通り、いつもならば宿舎にある自室に戻って鳳翔さんの食堂に向かっている時間になっていた。

 

「それじゃあ、部屋に戻るとするか……」

 

 そう言って、俺は龍田の顔を見ることなく、スタスタと部屋から出て廊下を歩く。

 

「あっ、天龍ちゃん待ってよっ!」

 

 慌てて龍田は俺を追いかけて部屋から出てきながら声をかける。だけど俺は振り向くことなく、無視するかのようにまっすぐ歩いた。

 

「天龍ちゃん、お昼ご飯食べてないよね? お弁当が余ってたから、そうじゃないかって思ってたんだけど……」

 

「別に……」

 

「ちゃ、ちゃんと食べなきゃダメじゃない……食事を抜いたら、おっきくなれないんだよ?」

 

「別にいいよ……大きくならなくてもさ……」

 

「それじゃあ、ぼっきゅっぼーんも諦めちゃうの……?」

 

「………………」

 

 龍田の問いを無視するように、俺は無言で歩く。

 

 今は一人になりたい。そんな俺の気持ちが、龍田には分からないのだろうか?

 

 ずっと一緒に居たんだから、それくらいのことは分かってくれても良いはずなのに。

 

「……っ」

 

 龍田は何かを言おうとして俺の顔を覗き込んだ途端、急に黙り込んだ。

 

 そうしてくれる方が、幾分か気が楽だ。さすがは付き合いが長いだけはある――と思っていたんだけれど、

 

「なんで……なんでなの……天龍ちゃん……っ!」

 

 龍田は大きな声を上げながら、俺の手を引っ張って歩くのを無理矢理止やめさせようとした。

 

「何するんだよ……龍田……」

 

「どうしてっ、どうして怒らないのっ!? こんなにきつく引っ張ってるのに、痛くないのっ!?」

 

「別にそんなのって、どうでもいいんだよ……」

 

 痛みで先生が帰ってくるんなら、喜んで俺は受け入れる。

 

 でも、そうじゃないんだろ? 引っ張られたって、怒ったって、痛がったって、先生は帰ってこないんだ……

 

「こんなのいつもの天龍ちゃんじゃないっ!」

 

 

 

 パシンッ……

 

 

 

 頬に、鋭い痛みが走った。

 

 次に見えたのは龍田の顔。ポロポロと大粒の涙を流しながら、怒っているのか悲しんでいるのか分からない、もの凄く酷いって言えるくらいの表情だった。

 

 あぁ、そうか……

 

 今の痛みは、龍田に叩かれたんだな。

 

 そりゃそうだよ。こんなにふがいない姉を見てりゃ、叩きたくもなるだろうさ。

 

 でも、正直そんなことはどうでもいい。

 

 頬の痛みなんて、すぐに忘れてしまう。

 

 ……だけど、先生は……先生のことだけは、俺は忘れられそうにないんだ。

 

「気が済んだか……? じゃあ、俺は部屋に戻るぞ」

 

「……っ!」

 

 きびすを返して部屋に帰ろうとする俺の手を、龍田はもう一度きつく引っ張った。

 

「待って」

 

「なんだよ龍田。何度叩かれても変わらねぇぞ」

 

「……せめて、夕ごはんだけでも……食べに行こ?」

 

「………………」

 

 言葉は凄く優しげに。だけど、引っ張っている力は凄く痛かった。

 

 それは有無を言わさないときの龍田の行動だ。こうなったときの龍田には何を言っても、聞く耳を持たないのを俺は知っている。

 

「はぁ……分かったよ。それじゃあ、鳳翔さんの食堂で良いんだよな?」

 

 俺はそう言って、龍田の顔へと振り向いた。

 

「うん。それじゃあ、行こっか……天龍ちゃん」

 

 涙を拭きながら、龍田は微笑むように目を閉じた。

 

 機嫌が治ったときの顔。普段の俺ならホッと胸を撫で下ろす瞬間。

 

 だけど、今の俺にはそれすらも、どうでもよかった。

 

 

 

 つづく




次回予告

 龍田と共に鳳翔さんの食堂にきた天龍。
そこで居合わせた長門の言葉に、天龍は泣きながら走り去る。

※リクエストを頂きました長門(大人バージョン)の登場です!

 まさかの全編シリアスに筆者もちょっぴり驚いた(ぇ
 次回、天龍編終了です。

 艦娘幼稚園 スピンオフ
 天龍の場合 ~天龍の誓い~ 後編

 乞うご期待!

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天龍の場合 ~天龍の誓い~ 後編

龍田と共に鳳翔さんの食堂にきた天龍。
そこで居合わせた長門の言葉に、天龍は泣きながら走り去る。

※リクエストを頂きました長門(大人バージョン)の登場です!


余談ですが……
仕事途中に倒れた際、首上に箪笥落ちてきた。
……頭痛がきついです。マジパナイ。


「いらっしゃーい。天龍ちゃんに龍田ちゃんね。いつもの席が空いてるから、そこで待っててねー」

 

 鳳翔さんの食堂に入るや否や千歳さんにそう言われ、俺は何も言わずに席の方へと歩いていく。食堂の中は約8割の席が埋まっているという客つきで、相変わらずの盛況っぷりだった。

 

 ちなみに、艦娘幼稚園に通っている俺たちの席はあらかじめ決まっている。混雑した際でも回転効率が良いようにと、鳳翔さんがそう決めたらしい。

 

 そんなことを考えながら俺はいつもの席に着く。正直どうでもいいんだけれど、気分転換にはなったのかもしれない。先生のことを忘れる気はないけれど、お腹からぐぅぐぅと鳴り続ける音は、少し止めておきたい気分でもあったからな。

 

「お待たせ、天龍ちゃん」

 

 龍田はそう言って、俺の前にお茶の入ったコップを持ってきてくれた。食事を持ってきてくれるときに一緒にお茶もついてくるんだけれど、落ち込んだ俺を気遣う龍田なりの優しさなんだろう。

 

 ふがいない姉を持つと苦労させてしまう。さっきから何度か考えてはいたけれど、先生のことを思う度にどうでもよくなってしまっていた。だけど、それじゃあいけないんだという気持ちも俺の中にはある。落ち込んだままじゃ何にも進まないし、潮が言っていたように先生が死んだって決まった訳ではない。それならば先生を探しに行こうと考えたこともあった。

 

 しかし、艦娘幼稚園に通う俺たちは、お姉さんと一緒であっても海に出ることを禁じられている。その例外は年に数回ある遠足のときだけしか許されてはいない。

 

 ならば、この食事の後にこっそりと抜けだして先生を探しに行こうか――と考え、龍田に相談しようかと思っていたとき、すぐ近くに見知ったお姉さんが席に座るのが見えた。

 

「ふぅ……やっとあの海域を攻略することが出来たな。これでひとまずは一安心と言ったところだから、今日は飲ませてもらうとしよう!」

 

 そう言って、テーブルの上にあった大きなジョッキを手に持って、ゴクゴクと中身を飲み干していたのはどうやら長門お姉さんのようだった。

 

「ぷはーーーっ! やはり仕事の後の一杯は美味いな!」

 

 その気持ちは分からなくもない。炎天下を走り回って遊んだ後に飲む麦茶の美味しさは格別だしな。

 

 まぁ、長門お姉さんが飲んでいるのは、どうやら泡が出る麦茶みたいだけど。

 

「おっ、そこにいるのは天龍と龍田じゃないか。お前たちも今から夕食か?」

 

「あ……うん」

 

「そうなの~。もうお腹がぺっこぺこなのよ~」

 

「はははっ、それは結構! 子どもは食べるのも仕事だからなっ! 沢山食べて、早く大きくなり、強くなって私たちを助けてくれよ!」

 

「もちろんよ~」

 

 龍田はニッコリと笑って長門お姉さんにそう言った。

 

 だが、俺は長門お姉さんの言葉を聞いて先生を思い出してしまい、悲しくなって何を言えなくなってしまっていた。

 

「ん、どうしたんだ天龍? 何やら元気がなさそうに見えるが……」

 

「あっ、今天龍ちゃんはちょっと……」

 

「友人や好きな奴が沈んだ訳でもないだろう? 落ち込むのは時には必要だが、そればっかりでは周りまで暗くなってしまうから止めた方が良いぞ」

 

 ははは……と、長門お姉さんは苦笑を浮かべてそう言った。

 

 何となしに自分の記憶を思い出して言ったのかもしれない。

 

 だけど、今の俺にその言葉は……重過ぎた。

 

「うっ……うぅぅ……っ……」

 

 止めようがない感情が溢れ出し、ボロボロと涙が目から流れ落ちてテーブルの上に水溜まりを作る。

 

「てっ、天龍……ちゃん……っ!」

 

 俺の向かいに座っていた龍田は、すかさず席を立って俺に駆け寄ってきた。

 

「ど、どうしたのだ天龍っ! わ、私が何か悪いことでも言ったのかっ!?」

 

 慌てふためく長門お姉さんが、オロオロと辺りを見回しながら俺に近づいてくる。そんな様子を見て、他の席にいたお姉さんたちも何事かとこちらを伺っているようだった。

 

「べ、別……に……っ、な、なん……でも……っ、ない……」

 

 さっきまで出撃していた長門お姉さんが、先生のことを知らなかったとしてもおかしくはない。――そう、分かっているつもりであっても、『沈んだ』という言葉を聞いた瞬間、自分でも訳が分からなくなるくらいに悲しくなって、泣くこと以外どうにも出来なくなってしまっていた。

 

「長門お姉さん……実は……」

 

 龍田が長門に耳打ちをして何かを伝えていた。それが何かなんてことは聞かなくても分かる。だけど、そんな龍田の心遣いも、今の俺には苦しみにしかならない。

 

 俺の中にある先生の記憶が何度も胸を締めつける。その痛みに耐え切れなくなり、席から勢いよく立って扉の方へと走り出す。

 

「て、天龍ちゃんっ!?」

 

 龍田が叫ぶ声が後ろの方から聞こえたけれど、俺は逃げるように食堂から出て、無我夢中で地面を蹴った。

 

 どこに行くかなんて決めてはいなかったけれど、俺の足は勝手にある方へと向いていた。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 真っ暗な海が見える。

 

 遠く先にある灯台だけが、ぼんやりと光って見えた。

 

 俺は潮風に吹かれながら、埠頭の一番先端で座り込みながら海を眺めていた。

 

 先生は一体どこにいるんだろう。

 

 先生は沈んでなんかいないはずだ。海に浮かんだ状態で頑張っているかもしれないし、もしかすると陸の方まで泳いで行ったかもしれない。

 

 たどり着いた先が無人島で、こっちに連絡を寄越せてないだけなんだ。

 

 それなら、今すぐにでも助けに行きたい。

 

 だけど、俺にはその力も、装備も、何一つ持っていない。

 

 どうすることも出来なくなり、ただじっと、先生が帰ってくるのをここで待つしかない――そう考えて、俺はこの場で座り続けるつもりだった。

 

「ここに居たのか……天龍」

 

 足音と一緒に、俺の背中に声がかけられた。振り向かなくても分かるその声に、俺は何も言わずに海を見続ける。

 

「先程はすまなかった……許してくれ……」

 

 後ろから艦装が擦れる音が聞こえ、頭を下げたのだと分かった。

 

「長門お姉さんは、先生がどうなっていたか知らなかったんだろ……それなら、仕方ないよ……」

 

 俺は振り向かずにそう言う。

 

 暫く何も言わなかった長門お姉さんは、急にごほんと咳込んだ後、俺の方へと近づいてきた。

 

「隣に座るぞ」

 

「別に……」

 

「ふむ。ならば問題はないな」

 

 そう言って、ドスンッ……と音が鳴りそうなくらいに勢いよく座り込んだ長門お姉さんは、あぐらをかいた状態で、地面に落ちていた白い物を拾い上げた。

 

「これは甲イカの骨だな。さしずめ誰かが釣ったまま放置したか……それとも海鳥が食べたのか……どちらかだろう」

 

 長門お姉さんはどうでもいいウンチクを喋りながら、海に向かってその骨を投げた。

 

 ポチャン……と海に落ちる音が聞こえ、暫くすると目の前のところに波紋が漂ってきた。

 

「先程、高雄から先生のことは一通り聞いてきたが……天龍はどこまで知っているのだ?」

 

「……あまり覚えてない」

 

「ふむ。頭が真っ白になって、聞いていなかった――というところか」

 

 図星を突かれて少し不機嫌になったけれど、言い返す気力はない。そんな俺を知ってか知らずか、長門お姉さんは気にせずに話し続けた。

 

「出張に向かった先生は、輸送船に乗っているところを深海棲艦に襲われたそうだ。相手は1艦だけだったのだが、護衛は不意を突かれて中破した。その護衛を助けようとした先生が何か行動を起こそうとしたらしいのだが、それ以降通信が途切れてしまい、どうなったのかは分かっていない」

 

 淡々と、長門お姉さんは口を開いていく。

 

「敵艦を倒した後、護衛が先生との通信が出来ないことに気づいてすぐに捜索したようだが、輸送船の中に先生はおらず、海面にも姿は見えなかったらしい。もしかすると溺れてしまったのかと思い、我が身の危険を省みずに海中を捜索したが、何も見つからなかったそうだ」

 

 その説明は、もはや絶望的と取れる内容で、

 

「仕方なく護衛は鎮守府に連絡を取り、一旦輸送船を返した後、手が空いている艦娘を連れて再度捜索に向かった。しかし、夜の視界では限界があるので、新たに探照灯を装備した艦娘が数人と護衛を合わせたの艦隊が1時間ほど前に出発し交代するそうだ」

 

 希望言える情報は、ほとんどなかった。

 

「ひっく……」

 

 海を眺めながら、俺の目から涙が溢れ出す。鼻が詰まって息が苦しくなり、口で息をしようとすると流れ落ちた涙が入ってくる。口の中いっぱいに広がったしょっぱい味を感じながら、顔を伏せようとした。

 

「天龍」

 

 長門お姉さんはそんな俺を見ながら声をかけた。その言葉に力強さというか威圧感みたいなものを感じ、俺はハッと顔を上げてそちらに向く。

 

「ぐすっ……な、なに……?」

 

「私が高雄から聞いたのは以上だ。それを知った上で天龍に聞く」

 

 視線がぶつかり合った。あまりの力強さに目を逸らしたい衝動に駆られるも、それを許さないが如く長門お姉さんは口を開く。

 

「天龍はどうしたいのだ?」

 

 その問いに、俺は本心をそのまま声に出した。

 

「先生を……先生を助けに行きたい……っ」

 

 長門お姉さんは決まりを知っているはずだ。つまりそれは、決して出来ることのない願いを俺は伝えたんだ。

 

 その言葉を聞いた長門お姉さんは、ゆっくりとまぶたを閉じて首を左右に振った。

 

「それは無理だ。幼稚園に通っている以上、海に出れないことは知っているだろう?」

 

 もちろん言われなくても分かっている。だけど、微かでも希望があるのならそれにすがりたい。その気持ちを伝えたはずなのに――それはすぐに断られてしまった。

 

「じゃあ……俺が出来ることは……ここで先生が帰ってくるのを待ってるしかないじゃん……」

 

 そう言って、

 

 俺の目からは涙がボロボロと流れ続けた。

 

「俺にはもう、何も出来ることはないんだ……」

 

 海をもう一度眺め、そして顔を伏せた。やれることは何一つない。そんな絶望に満ちた俺の気持ちを閉じ込めてしまうように小さくうずくまった。

 

「はぁ……」と、長門お姉さんのため息が聞こえた。だけど俺にはもう何もする気が起きない。このままずっと、この場所で座り続けながら泣くことしか考えられなかった――はずなのに、

 

 長門お姉さんはそんな俺の胸倉を掴んで、顔と顔がぶつかるくらいにまで無理矢理引き寄せた。

 

「……っ!」

 

 叩かれるかもしれないという考えが頭を過ぎり、ギュッと目を閉じた。龍田の平手打ちはそれほど痛く感じなかったけれど、長門お姉さんの力なら想像もつかないくらい痛いのだろう。

 

 だけど、痛みは襲いかかってくることもなく、俺は恐る恐る目を開けた。

 

「天龍はそれで満足なのか?」

 

 俺の目を見て、長門お姉さんはそう言い放つ。

 

「そ、それは……」

 

「ただメソメソと泣いて待っているだけで、本当に良いのか?」

 

「い、いい……わけ……ないじゃん……。でも……でも俺に出来ることは……もう……」

 

「無い――と言いたいのか?」

 

「だって……だって……っ!」

 

 俺に出来ることはない。それはさっきも分かったはずなんだ。

 

 だけど、長門お姉さんは首を左右に何度も振って、俺に言い聞かせるように口を開く。

 

「出来ることはあるはずだ! ただじっと海を眺めているよりも! 涙を流しつづけるよりも! 天龍には他にもやれることが沢山あるだろう!?」

 

 叫ぶように話す長門お姉さんに押された俺は、大きく目を見開いたまま固まってしまう。

 

「悲しいのは天龍だけではない! 他のみんなも悲しいのだっ! 子供達だけじゃない、艦娘達も泣くのを我慢して先生の安否を心配しているのだ! それなのに天龍、貴様は今まで何をしてきた!? 悲しんでいるはずの友達に励まされたにも関わらずメソメソと泣き、心配してくれている妹の声に耳を傾けることなくウジウジと泣き、そして未だここで、海を眺めつづけながら泣くことしか出来ないだとっ!?」

 

 長門お姉さんの言葉は叫びというよりも、泣き声のように聞こえる気がする。

 

「私はまだ先生とは会ったことが無い。だがしかしどうだ!? お前達は先生が居なくなったことでこんなにも悲しんでいる! 他の艦娘達も行方不明の知らせを聞いて、我先にと捜索に加わっている! ここにいる皆が、先生を思って自分の出来ることを精一杯やっているのだ! それほどまでに影響力を持つ人物が、これほどまでに皆に愛されている人物が、そうそう簡単にくたばるとでも思っているのかっ!?」

 

 思っていた……いや、願っていた思いを言われ、俺は涙を流し続けながら大きく口を開いた。

 

「お、俺だって……俺だって先生が死んだなんて思っても……思いたくもねぇよっ!」

 

 本心を述べる。精一杯の力で、長門お姉さんに向かって、俺は大きく叫んだ。

 

「ならば迎える準備をしろ! 悲しんでいる友達が居るのなら励ましてやるんだ! 先生はまだ死んでいない! いつか帰ってくる! そう信じて、そう考えて、自分たちが出来る精一杯の努力をするのだ! それが先生の望むべきお前達の姿ではないのかっ!?」

 

 長門お姉さんはそう言いきって、俺を掴んでいる手を離した。

 

 俺の足は地面についている。

 

 自らの足で立ち、長門お姉さんの目をじっと見つめている。

 

「もう一度聞く。天龍、お前は何がしたい?」

 

 その問いに、俺はしっかりと答える。

 

「俺は……先生が帰ってきたときに、ビックリするくらい強くなってやる! 悲しんでいる友達が居たなら、同じように励まして、強くなれるように一緒に努力する! それでも先生が帰ってこないなら、強くなった俺が探しに行って、絶対に見つけてやるんだっ!」

 

 悲しい気持ちに押さえ付けられていた思いが、解放されたように言葉となって俺の口から溢れ出す。こぼれる涙はピタリと止まり、真っ赤に腫れ上がっているであろう目で、俺の思いをぶつけるように、長門お姉さんを見続けた。

 

「……うむ。その心意気、確かに受けとったぞ」

 

 そう言って、長門お姉さんは微笑みながら俺に手をさしのべてくれた。その手に自らの意思を力として返すように、ギュッと握りしめた。

 

 先生は必ず帰ってくる。

 

 俺は強くなって、誰もが羨むくらい魅力的になって、帰ってきた先生を驚かせてやるんだから――と。

 

 俺は心に誓いながら、長門お姉さんに頭を下げた。

 

 

 

 

 

 艦娘幼稚園 スピンオフ ~天龍の誓い~ 完




 天龍編は終了ー。
強く、少し大人になった天龍ちゃん。はたしてこれからどうなるのでしょうか。
しかし、長門を書き始めたらカッケー文章ばっかり出てきたんですが、やっぱりビックセブンなんだなぁと。
関係ある?ない? どっちなんでしょうねぇ……(ぇ

 さてはて、スピンオフシリーズも残り3つになります。
次回の主人公は夕立……ですが、完全に主役を乗っ取ったのは、
リクエストいただいた弥生ちゃんです。大人バージョンです。
全2話、前後編でお送りいたします。

次回予告

 艦娘幼稚園 スピンオフ
 夕立の場合 ~夕立と弥生お姉ちゃんの臨時先生~ 前編

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夕立の場合 ~夕立と弥生お姉ちゃんの臨時先生~ 前編

 先生が行方不明になってから2日目の朝。
幼稚園の中には元気な子はほとんど居なくて、みんな沈みこんでいるはずだったんだけど、
天龍ちゃんだけが見違えるようになっていた。

 今日も自習となるはずが、臨時の先生がやってきてさあ大変!?
弥生ちゃんの臨時先生、はっじまっるよー。




 

 ぽいぽいぽぽーいっ。

 

 こんにちわ。白露型4番艦、夕立だよ。

 

 いつもは鎮守府にある幼稚園に通う元気が取り柄な園児なんだけど……

 

 今の幼稚園は大変なことになっていて、出張に出かけていた先生が行方不明になったぽいのっ!

 

 この出来事によって説明できる人がいないらしいから、今回は夕立に白羽の矢が立ったっぽい。

 

 今もまだ先生は見つかってないらしいけど、きっと大丈夫。

 

 幼稚園で大人気の先生が、そう簡単に死んじゃうなんて考えられないっぽい!

 

 それに、先生のことは夕立も大好きだから……絶対に帰ってくるって信じてる。

 

 それまで夕立は良い子にしていて、帰ってきた先生にいっぱい褒めてもらうんだからね。

 

 だから夕立は、悲しい表情なんて見せないっぽい。それが、元気が出る秘訣なんだから。

 

 それじゃあ、夕立のちょっとした幼稚園での出来事を、説明するっぽいーっ!

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 先生が行方不明になったと聞かされてから2日目の朝。昨日に続いて幼稚園の中の雰囲気は暗く、重い感じに見えたんだけど、なぜか天龍ちゃんだけは見違えるくらいに元気になっていた。

 

「潮っ、先生は大丈夫だって! 絶対に帰ってくるんだから、それまで俺達も頑張って強くならなきゃいけないんだぜっ!」

 

「う……うん、そうだね……」

 

 天龍ちゃんに励まされて、潮ちゃんは徐々に表情を明るくしていった。昨日とは正反対な光景に、夕立はちょっとだけ笑ってしまいそうになったけど、それ以上に元気になっていくみんなを見て、嬉しさが込み上げてきたの。

 

 だけど、天龍ちゃん一人では限界がある。昨日に引き続いて捜索に加わるため、愛宕先生は幼稚園をお休みにしていて、みんなを見る人がいなかった。

 

 そんな状況を見て、天龍ちゃんは何を思ったのか先生のまね事みたいなことをやろうと始めたの。初めは夕立も感心していたんだけけれど、無理をしているのは明らかに見て取れた。ただでさえ一人の先生でも大変なのに、みんなと同じ子どもである天龍ちゃんが、代わりを勤められるのは無理を通り越して無茶でしかないっぽい。

 

 今日も幼稚園は休園になるってことはみんなは分かっていると思うんだけど、やっぱり先生が心配だから幼稚園に出来るだけ居るようにしているみたいだった。でもそのことによって、天龍ちゃんの負担はどんどんと大きくなり、限界がすぐそこまで迫っているのはすぐに分かったの。さすがに夕立は見かねて、天龍ちゃんを手伝おうと思ったんだけど……

 

 

 

 ガラガラ……

 

 

 

「ぽい?」

 

 引き戸が開く音が聞こえて、夕立は振り返ってみたの。するとそこには見知ったお姉さんが立っていて、みんなを見渡してから何も言わずにホワイトボードがある前まで歩いて行ってから、

 

「見た顔は何人か居るけど……とりあえず、はじめまして、弥生……です」

 

 そう言って、弥生お姉さんはペコリと頭を下げた。

 

 いきなりの自己紹介にみんなは呆気に取られていたけれど、弥生お姉さんは全く気にする素振りも見せずに、続けて口を開く。

 

「愛宕先生に頼まれて、弥生が来ました。あんまり会ったことがない子ばっかりだけど、気を使わなくて……いいから」

 

 無表情のままスラスラと喋る弥生お姉ちゃんを見て、みんなは不安そうな表情を浮かべていた。

 

 そんな状況を見た弥生お姉ちゃんは……

 

「え、えっと……その……弥生は……別に、怖い人とかじゃ……」

 

 どうしたら良いのだろうとオロオロと慌てながら、みんなを見渡している。

 

「おはようございますっ。弥生お姉ちゃん」

 

「あっ……夕立ちゃん。おはようございます……」

 

「愛宕先生に頼まれたってことは、弥生お姉ちゃんが先生をするっぽい?」

 

「う、うん……そうなんだけど……」

 

「そうなんだっ! それじゃあみんなも、弥生お姉ちゃんにちゃんと挨拶をしなきゃね!」

 

 夕立はそう言いながら、大きく頭を下げて「おはようございます!」と元気良く挨拶したの。それを見たみんなも、こっちに集まってきて弥生お姉ちゃんに向かって挨拶をし始めたっぽい。

 

 そんな中、天龍ちゃんは少し不機嫌な表情を浮かべながら、手を上げて口を開いたの。

 

「えっと、愛宕先生は今日も捜索の方に行ってるんだよな?」

 

「うん。先生を捜索するために指揮をしないといけないからって聞いてる。だから、みんなを見るために弥生が来たんだけど……」

 

「それは助かるんだけどよ……」

 

 少し不満げな表情を浮かべながら天龍ちゃんは目をそらした。たぶん自分が全部やろうと思っていたのに――とか、そういうことを考えているんだろうけれど、それは無茶で無謀だったと思わないのかな?

 

「先生の経験が無いから、ふがいないかもしれないけれど……」

 

 そう言って、もう一度弥生お姉ちゃんはみんなに向かって頭を下げた。それを見た天龍ちゃんも、そんなに言われては仕方がない――といった風に肩を竦めてからその場に座り込んだの。

 

 なんとかみんなも納得したみたいだから、夕立はホッと一安心ってところね。弥生お姉ちゃんのことは前から知っているし、ちょっと表情とか分かり難いところがあるけれど、優しいお姉ちゃんだから安心出来る……と思ってたんだけど、まさかこんなことになるとは想像も出来なかったっぽい。

 

 それは挨拶が済んでから、勉強の時間を始めると言った弥生お姉ちゃんだったんだけど……

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

「それじゃあ、これをみんなに配ってね……」

 

 指示にしたがって勉強用の机をみんなで並べた後、手渡された紙と鉛筆を全員に行き渡るのを待ってから弥生お姉ちゃんはコクリと頷いた。

 

「えっと……まずは計算の勉強から始めようかな……」

 

 そう言って、ホワイトボードに黒いマジックでサラサラと数字やアルファベットを書いていく。

 

「まず、弾道学の基本式についてだけど……」

 

 夕立たちの方には一切向かず、弥生お姉ちゃんはマジックを動かしながらそう言ったんだけど、みんなは呆気に取られた顔でぽかーんと口を開けたまま固まっていた。

 

「発射された砲弾は、空気抵抗と重力の影響を、それに風を考慮して……」

 

 そんな状況を全く知らずに、まるで自分の世界に入り込んだように喋り続けていた。

 

「これがこうなるから……最終的には、こうやって求めるんだけど……」

 

 言って、弥生お姉ちゃんはやっと夕立たちの顔を見る。

 

「……あれ、どうしたのかな?」

 

 状況を飲み込めずに弥生お姉ちゃんは皆に向かって声をかけたけど、固まったまま誰も答えなかった。そんな中、なんとか言葉を振り絞ろうと、天龍ちゃんがプルプルと震えた手を上げる。

 

「あ、あの……さ。弥生……えっと、先生の言ってることが……何が何だかさっぱりなんだけど……」

 

 うんうん……と、一部のお友達は頑張って頷いていた。夕立も同意見なんだけど、弥生お姉ちゃんはみんなの考えていることを全く理解しているように見えず、

 

「でも、これは凄く大事。敵艦に砲弾を当てるには感覚も必要になるけど、基本が分かってなかったら当たるものも当たらない……」

 

 いやいや、さすがに幼稚園児に教える内容じゃないっぽい……と、夕立は思ったんだけど……

 

「くっ! それなら仕方ないぜ……先生に凄くなった俺を見てもらうためにも、頑張らねえとなっ!」

 

 ――と、天龍ちゃんだけが必死な形相でホワイトボードにかかれていた数式を写そうと、鉛筆を動かしていた。

 

 そんな天龍ちゃんを見て、弥生お姉ちゃんはコクリと頷いてからホワイトボードに向き直る。

 

「それから、別に必要な考慮として……」

 

 喋りながらマジックを動かしていく弥生お姉ちゃんは、天龍ちゃん以外の固まっているみんなのことを気にもしていない風に、弾道学の授業を進めていった。

 

 ううぅ……さすがに夕立も、頭が痛くなってきたっぽい……

 

 

 

 それから30分後。

 

 真っ白な灰になって燃え尽きていた天龍ちゃんは、大きく口を開けて天井を見上げていた。

 

 他のみんなも、机にうつぶせになって頭からプシュー……と煙を噴いてたり、目をぐるぐる巻きにして頭が円回転をしていたり、弥生お姉ちゃんの声を子守唄にして寝ている友達もいた。

 

「これで、弾道学の基本説明はだいたい終わったけど……」

 

 そう言って夕立たちを見た弥生お姉ちゃんだけど、予想通りに無表情のまま見渡してから、

 

「……やっぱり、みんなにはまだ早かったかな?」

 

 初めからそう言ってるっぽい!

 

 ――と、心の中で大きく叫んだのは夕立だけじゃないと思うっぽい。

 

 

 

 つづく




次回予告

 私たちには無理っぽい授業でみんなが昏倒!?
 だけど、弥生お姉ちゃんの臨時先生は終わらないっ。
 今度はお外で体育の授業……のはずが、とんでもないことを口走るっ!

 艦娘幼稚園 スピンオフ
 夕立の場合 ~夕立と弥生お姉ちゃんの臨時先生~ 後編

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夕立の場合 ~夕立と弥生お姉ちゃんの臨時先生~ 後編

 私たちには無理っぽい授業でみんなが昏倒したけれど、弥生お姉ちゃんの臨時先生はまだまだ終わらないっ。
今度はお外で体育の授業……のはずが、とんでもないことを口走るっ!


先に言います。古過ぎてごめんなさい。

※ヤンデル大鯨ちゃんの最新作も更新してますっ。


「それじゃあ……勉強はこれくらいにして、今度は運動をしようかな……」

 

 弥生お姉ちゃんはぐったりとしたみんなにそう声をかけると、急に復活した天龍ちゃんが立ち上がった。

 

「そ、それなら大丈夫だぜっ!」

 

 机の上でガッツポーズを決める天龍ちゃん。それはさすがに危ないっぽと思ったんだけど、夕立より先に龍田ちゃんが続けて立ち上がる。

 

「て、天龍ちゃん……さすがにそれは危ないわ~」

 

「あっ、そ、そうだな……机の上じゃなくて椅子の上にすれば良かったか?」

 

「それもどうかと思うけど~」

 

 さすがに苦笑を浮かべる龍田ちゃんだけど、そんな光景を見ていても弥生お姉ちゃんは顔色一つ変えずに頷いてから、

 

「なんとかと煙は高いところにって言う……」

 

「なんだそれ? 龍田、知ってるか?」

 

「今の天龍ちゃんのことよ~。でも、ちょっと弥生先生も言い過ぎじゃないかしら~?」

 

 そう言って、弥生お姉ちゃんに向けて不適な笑みを浮かべた龍田ちゃんなんだけど……

 

「そ、そう……かな。褒め言葉だと思ってたんだけど……」

 

 少し困った表情を浮かべて、弥生お姉ちゃんが焦っていた。

 

 も、もしかして……本気で間違えてたっぽい……?

 

 表情が少し変わっただけで信用度が一気に増して感じてしまうのは龍田ちゃんも同じようで、一転して苦笑を浮かべていたの。

 

 だけど、そんな夕立と龍田ちゃんの心中を知らないまま、天龍ちゃんは大きな声で、

 

「おおっ! 俺って褒められてたのかっ!?」

 

 そうじゃない――って、同じ突っ込みを心の中で入れたと思うっぽい……

 

「なんとかとハサミは使いよう……ってのもあったけど、これも違うのかな?」

 

 そう呟く弥生お姉ちゃんだけど、もしかして国語はダメっぽい……?

 

 愛宕先生ったら、人選を間違えたんじゃないのかな……と思った出来事だった……っぽい。

 

 

 

 そんなこんなで広場に出てきた夕立たちは、軽いストレッチ運動をしてから弥生お姉ちゃんの前に集まったの。

 

「それじゃあ、まずは軽い準備運動でランニングをします。弥生の後についてきてね……」

 

 そう言って、弥生お姉ちゃんは軽い足取りで広場を端を回るように走り出した。

 

「よしっ! かけっこなら俺に任せとけっ!」

 

 天龍ちゃんは元気良く叫んで弥生お姉ちゃんの後に続いていった。みんなもさっきのことがあるから……と不安な表情を浮かべていたけれど、ここでじっとしても意味が無いからと、後に続くことにした。

 

「えっほ……えっほ……」

 

 弥生お姉ちゃんの後ろにピッタリとつくように天龍ちゃんの姿が。そして少し離れるようにみんなが走っている。

 

 まずは1周、2周と広場を大きく回っているけれど、弥生お姉ちゃんは夕立たちを見ることなく、ただひたすら走ることに集中していたっぽい。

 

 そうして、10周を過ぎた辺りで変化が起きた。

 

「うー……」

 

 さすがに飽きてきたような声を上げた天龍ちゃんは、スピードを上げて弥生お姉ちゃんの横について声をかけた。

 

「弥生先生ー、いつまでぐるぐる走るんだよーっ!」

 

 天龍ちゃんの言葉に、弥生お姉ちゃんは「そうだね……あと20周くらいで準備運動は良いんじゃないかな……」と言った。

 

 その瞬間、みんなの口からは、

 

「うげっ……」

 

「ま、まだ走るの……?」

 

「さすがにキツいね……」

 

「……なのです」

 

 こんな風に、口々に不満を呟いていたので、夕立も不安になって弥生お姉ちゃんの横について声をかけたの。

 

「や、弥生お姉ちゃん……さすがにみんな、しんどいっぽい……」

 

「そう……かな? でも、高雄秘書艦のスパルタコースなら、これの10倍以上はあるけど……」

 

「ま、マジでっ!?」

 

 大きく目を見開いて天龍ちゃんが驚いていたけれど、さすがにみんなも同じ心境なのか、後ろから大きなため息がいくつも聞こえてきた。

 

「ゆ、夕立たちには、まだ早いっぽい……」

 

「そ、そうだよなっ! さすがに俺もちょっと厳しいぜ……」

 

 反論する夕立と天龍ちゃんの声に弥生お姉ちゃんもさすがに気づいたのか、後ろを振り返ってみんなを見てから、

 

「それは気合いが足りないだけ……」

 

 ――と、無茶苦茶なスポ根理論を持ち出してきた。

 

 それはちょっと無理があると、夕立は弥生お姉ちゃんに言おうと思ったんだけど……

 

「気合いを入れるためには……歌わなきゃダメ」

 

 そう言って、みんなの方へ顔を向ける。

 

「今から弥生が歌うから、『はい』って言ったら同じように後に続いて……」

 

 有無を言わさずに前を向いて、大きく息を吸い込んだ。

 

「ファミコ●ウォーズがでっ、たっ、ぞー……はい」

 

「「「………………」」」

 

 弥生お姉ちゃんを除くすべてのみんなの目が点になっていた。だけど弥生お姉ちゃんは真面目な顔で、「ちゃんと歌わないと……ダメ」と言って前を向き、もう一度歌い出した。

 

「ファミコ●ウォーズがでっ、たっ、ぞー……はい」

 

「「「ふぁ、ファミコ●……ウォーズがでっ、たっ、ぞー……」」」

 

 戸惑いながら歌い出すみんなの声を聞き、弥生お姉ちゃんは小さく頷いてから更に口を開く。

 

「元帥の手には気をつけろー……はい」

 

「「「元帥の手には気をつけろー」」」

 

「すけこましっ!」

 

「「「すけこましっ!」」」

 

「浮気性っ!」

 

「「「浮気性っ!」」」

 

「いつかは元帥刺されるぞー……はい」

 

「「「いつかは元帥刺されるぞー……」」」

 

 そんな歌を叫びながら、広場をぐるぐると回り続けることになってしまったっぽい。

 

 なんでこんな歌なんだろうと、誰もが気にしながら……

 

 

 

 そんなこんなで、広場を20周くらい走った後。

 

「も、もう……無理……」

 

 ばたんきゅー……と言う効果音がバッチリ似合うように、地面に倒れた天龍ちゃんが息も絶え絶えにそう言っていた。

 

 夕立も、膝に手を付けて肩で息をしながらなんとか走り切ったって感じっぽい。

 

「まだ準備運動の段階なんだけど……」

 

 汗一つかかずにそう言った弥生お姉ちゃんの表情は、やっぱり無表情のままだった。

 

 後ろの方を見てみると、みんなも地面に倒れ込むようにしながら息を整えている。

 

 しかたなく夕立は、弥生お姉ちゃんに進言したっぽい。

 

「や、弥生お姉ちゃん……」

 

「ん、夕立ちゃん。今の弥生はお姉ちゃんじゃなくて先生だよ……」

 

「そ、それはそうなんだけど……その、勉強の時といい、運動の時といい、夕立たちには無茶っぽい……」

 

「え……でも、弥生たちはいつもこれ以上の訓練をしているけど……」

 

「いつもは、夕立たち……こんなことやってないっぽい」

 

「そ、そうなの……?」

 

「そうっぽい」

 

 夕立は弥生お姉ちゃんに首を縦に何度も振って返事をする。

 

「……え、でも、臨時の教官をして欲しいって、聞いたけど」

 

「………………」

 

 弥生お姉ちゃんは……何を言ってるっぽい?

 

「……あれ?」

 

「弥生お姉ちゃん……」

 

「え、えっと……」

 

 夕立の真面目な顔に、弥生お姉ちゃんは少しだけ慌てているようだった。

 

「愛宕先生が言ってたのは、教官としてじゃなくて……幼稚園の先生っぽい?」

 

「………………」

 

 無言になる弥生お姉ちゃんの後ろに、大きなカラスがゆっくりと横切った気がした……っぽい。

 

「……ぽい」

 

「お、怒ってない……よね……?」

 

「怒ってはないっぽいけど……疲れてるっぽい……」

 

「う……うぅぅ……そ、その……ゴメンね……みんな……」

 

 顔を真っ赤にして謝る弥生お姉ちゃんだったけど、やっぱり表情はさほど変わっていなかった。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 こうして、弥生お姉ちゃんの臨時教官……じゃなくて、臨時先生の時間は終わったの。

 

 夕立に指摘されてからは遊戯室で遊ぶのを見ていてくれたりしてたんだけど、広場での運動で疲れきっていたみんなの体力は少なく、手がかかるような状況ではなかったと言うのが実際で……

 

 大きくなったらあれ以上の訓練が待っているんじゃないかと思うと、少し嫌な顔をするお友達もいたけれど、何よりも運動によって先生のことに関する悲しみを少しでも和らげることが出来たみたいで、結果的には良かったっぽい。

 

 そう考えてみれば、もしかすると弥生お姉ちゃんはわざとああいった風なことをしたのかな……と思ったんだけど……

 

 

 

「元帥の手には気をつけろー」

 

「元帥の手には気をつけろー」

 

「元帥の口には気をつけろー」

 

「元帥の口には気をつけろー」

 

「すけこましっ!」

 

「すけこましっ!」

 

「浮気性!」

 

「浮気性!」

 

「いつかは元帥刺しちゃうぞー」

 

「いつかは元帥刺しちゃうぞー」

 

 こんな風な歌が、幼稚園にしばらくの間流行ってしまったのは、防ぎ用がないことだった……っぽい。

 

 もしかすると、高雄お姉さんの差し金じゃないのかな……とも思ったんだけどね。

 

 

 

 

 

 艦娘幼稚園 スピンオフ ~夕立と弥生お姉ちゃんの臨時先生~ 完

 




※ヤンデル大鯨ちゃんの最新作も更新してますっ。

 弥生ちゃん……じゃなくて夕立編は終了です。
いやもうなんか色々とごめんなさい。ネタが古過ぎましたね。
天龍編と正反対のギャグばかり。交互に来ちゃうってことは、次の作品シリアスメインだよっ!


 次回の主人公は響。
先生が行方不明になったことで、雷と電の落ち込み具合が半端ない。
心配になった響は、過去の記憶から徐々に不安が広がっていく。
第六駆逐隊の4人による、涙溢れる? シリアスストーリー。


 艦娘幼稚園 スピンオフ
 響の場合 ~響のキズナ~

 乞うご期待!

 次回は2話構成ではなく一気に1話で終わらせます!
 泣け! 泣くんだジョーッ!(マテ


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響の場合 ~響のキズナ~

※ヤンデル大鯨ちゃんの2話目も更新してますっ。
※後書きに次回情報+α載ってますっ!

 先生が行方不明になってから数日が過ぎた。
雷と電の様子は日に日に悪くなり、もう見ていられなくなっている。
あの時、響は最後まで残された悲しみを知っている。
姉妹だから、そして経験者だからこそ、その苦しみから解放してあげたい。

 そして、みんなで笑えるように。


 やあ、響だよ。

 

 今日はみんなや先生に代わって、響が説明をすることになったんだ。

 

 とは言っても、先生はあれからずっと行方不明のまま。響も心配なんだけれど、日が経つにつれて諦めの気持ちが大きくなってきているんだ。

 

 だけど、愛宕先生や他のお友達はまだ大丈夫だって信じているみたい。そりゃあ、響だって先生のことは嫌いじゃないし、雷や電のことを考えたら帰ってきてくれるのが一番良いんだけどね。

 

 ――そう。

 

 今日、響が説明するのは雷と電の話。

 

 先生が行方不明になってから、2人の様子は日に日に悪くなっている。

 

 原因は勿論、先生が居なくなったこと。生死すら不明の状態のままなので、ずっと心配し続けているらしく、かなり参ってしまっているみたいなんだ。

 

 天龍ちゃんに励まされて少しはマシになったかとは思ったんだけど、それは一時的なものでしかなく、すぐに表情は優れなくなってしまった。

 

 妹である2人をこのまま放って置くわけにはいかない。何か良い方法がないかと、暁に相談することにしたんだ。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

「――と、いうことなんだけど」

 

 夕食を食べて部屋に戻った響は、ベットの上に寝転びながら本を読んでいる暁に、雷と電のことを相談するために現状を説明した。

 

「うーん……そうよね。2人が落ち込んでいるのは暁も知っていたんだけど……」

 

 そう言って、暁は読んでいた本を閉じて本棚に戻した。ズラリと並んだ本棚に入っている本は、どれも暁のお気に入りの漫画で、全て順番通りにきっちりと収められていたね。

 

 ちなみにその中でも響のオススメは、至って普通の商社マンが海賊に誘拐されたのを会社に見捨てられ、傭兵部隊に追いかけられつつも無茶苦茶な方法で撃退し、気づけば水夫として危険な場所で暮らすことになった――というマンガかな。

 

 登場人物に、響と同じような感じに見える人が出てくるのが気になって仕方がなかったんだけど、やっぱりあの国が絡んでいるのかもしれないね。

 

 ――と、話が逸れてしまったけど、暁は少し考え込むように頭をひねった後、響に向かって口を開いたんだ。

 

「やっぱり先生が見つからないことには仕方がないわよね。でも、愛宕先生から何の情報も入ってきてないし……」

 

「そうだね。他のお姉さんに聞いてみたけど、芳しくないみたいだね……」

 

「うーん……そうなると、難しいわよね……」

 

 それからしばらくの間、2人揃って頭を捻りながら考えてみたけれど、良い案は何も浮かばなかった。

 

 先生が行方不明になったのは海の上。輸送船に乗っているところで深海棲艦の襲撃に出会い、いつの間にか姿を消していた。

 

 状況は違うけれど、響にも同じ経験がある。

 

 体がボロボロになって、前にすら進むことも苦しいときに、目の前にいる暁が護衛をしてくれたおかげで命拾いすることが出来た。お姉ちゃんであり、凄く頼りになる存在である大切な暁が、傷を治している響を置いて出撃した後、2度と帰ってくることはなかった。

 

 響はその知らせを聞いたとき、何度も悲しみ、涙を流した。

 

 でも今はこうして響の前に暁はいる。ベットに腰掛けながら、姉妹である雷や電のことを考えてくれている。響にとってこんなに嬉しいことはないんだよ。

 

「……どうしたの、響。暁の顔に何かついてる?」

 

「いや、そんなことはないんだけど……ありがとね」

 

「な、ななっ、何よいきなりっ!?」

 

「なんでもないさ。ただ、ちょっと言いたくなっただけなんだ」

 

「そ、そう……ま、まぁいいけど……」

 

 ちょっぴり顔を赤くした暁は、恥ずかしげに顔をプイッと背けていた。なんだか少し面白くなって、つい笑みを浮かべていたんだけど……

 

「わ、笑わないでよっ!」

 

「別にからかうつもりは無いんだけどね」

 

「むぅーっ、暁は一人前のレディなのよっ! 笑われるようなことなんてしないんだからっ!」

 

 ぷんぷんっ……と、効果音を頭の上の方に浮かび上がらせた暁をなだめすかしつつ、響はもう一度、雷と電について考えていたんだ。

 

 2人は響と同じ思いをしてほしくない。

 

 響以外が海で沈み、一人ぼっちになるのはもの凄く辛いこと。

 

 そんな思いは、ほんの少しであっても感じてほしくないんだ。

 

 雷にも、電にも、暁や響がいる。幼稚園にはたくさんの友達がいる。

 

 先生がいなくなったことはとても悲しいことだけど、2度と会えないと限った訳じゃないんだ。

 

 響はここで、みんなに会うことが出来たのだから、先生とだって会うことが出来るかもしれないじゃないか。

 

 それはとても少ない確率かもしれないけれど、奇跡は起こるから奇跡と言うんだからね。

 

「もうっ、響ったら聞いてるのかしらっ!?」

 

「あ、あぁ、ゴメン。ちょっと考え事をしていたかな……」

 

「……雷と電のこと? それとも先生のこと?」

 

「両方かな。でも、どうすれば良いか、分かった気がするよ」

 

「そっか……それじゃあ、2人は響に任せるわね」

 

「任せてくれて良いよ。不死鳥の名は伊達じゃないからね」

 

 自分に言い聞かせるようにそう言って、暁に笑いかけた。正直、ここで不死鳥と言ってもあまり意味は無いのかもしれないけれど、なんとなく納得できてしまう雰囲気があるんだよね。

 

「……そう。それじゃあ暁は続きでも読もうかなー」

 

 言って、本棚からさっきの本を手に取った暁は、再びゴロンとベットに寝転がった。

 

 端から見れば、お姉ちゃんならもうちょっとなんとか……と、思うかもしれないけど、響には分かっているよ。

 

 2人が悲しんでいる姿を見た響が、過去を思い出して苦しんでいることを暁は分かっているから。

 

 だからこそ、響が2人と話さなければならないって……全部、伝わっているから。

 

「それじゃあ、ちょっと隣に行ってくるね」

 

「うん、いってらっしゃい」

 

 本に視線を落としたまま返した暁の言葉に頷いて、響は部屋から出ることにしたんだ。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 隣にある雷と電の部屋の扉の前に立って、息を飲んだ。どうやって切り出しながら話をすれば良いだろうか。落ち込ませないようにするにはどうすれば良いだろうか。

 

 そんな心配が響の頭をよぎったけれど、それ以上に放ってはおけない気持ちが手を動かし、扉をノックする。

 

 

 

 コンコン……

 

 

 

 乾いた音が聞こえ、1秒、2秒と時間が過ぎていく。返事が返ってこず、心配になってもう一度ノックをしようとしたところに、小さな声が聞こえてきた。

 

「どちらさま……なのです?」

 

 電の声が聞こえて、響は少しホッとしたんだ。

 

「響だよ。ちょっと良いかな?」

 

「はい……なのです」

 

 電はすぐに扉を開けて、響を中に入れてくれた。だけど、その表情は暗く、とても疲れているように見えたんだ。

 

 そして、部屋の中に居た雷も……

 

「………………」

 

 ベットに腰掛けたまま、雷は俯いていた。その手には小さな長方形の紙が握られていて、虚ろな目でそれを眺めているみたいだった。

 

「雷……」

 

 余りにも辛そうな表情をしているので、響は雷に声をかけた。だけど返事は無く、それどころか瞳からポロポロと大粒の涙が溢れ出てきて、どうして良いか分からずにうろたえてしまったんだ。

 

「先……生……どうして……なの……よぉ……」

 

 流れ落ちた涙が手に持った紙に落ちていく。見ればそれは先生が映った写真であり、何度も握りしめたようなシワと、涙で濡れたシミがいくつも見えた。

 

 そんな雷を見て、電も同じように悲しんでいた。吹けば飛ぶような弱々しい姿に堪らなくなって、電の身体を優しく抱きしめてあげた。

 

「響……ちゃん……」

 

 少し驚いた表情を浮かべた電に「大丈夫だから……」と声をかけながら頭を撫でてあげる。

 

「うっ……わぁぁぁ……」

 

 雷の手前、我慢していたんだろう。電の目から涙が溢れて止まらなくなり、響の胸の中で声を上げて泣いたんだ。

 

 そしてまた、響も同じように涙が溢れてきた。大切な妹達が悲しんでいるときに上手く慰めてあげられない自分のふがいなさに、とても悲しくなってしまったから。

 

 もう二度とこんな思いはさせたくない。その為にも響がしっかりしないといけないのだと、何度も電の頭を撫で続けた。

 

 

 

 

 

「響ちゃん……ありがとなのです……」

 

 暫く泣いていた電は、泣き疲れた顔を上げながら響にそう言ってゆっくりと離れた。

 

 離れ際に少しだけ、笑みが零れるのを見れて響は胸を撫で下ろしたんだけど、ベットにいる雷は先ほどと同じように俯いたまま、ずっと涙を流し続けている。

 

「雷……隣に座るよ?」

 

 声をかけてベットに腰掛ける。だけど雷は何の反応もないまま、じっと写真を見続けていた。

 

「雷ちゃん……」

 

 電も雷に声をかけたけど、やっぱり反応は無かった。ぽっかりと心に穴が空いた人形のように、俯いたまま身動き一つしない姿が、とても痛々しかった。

 

 そんな雷を見ているのが我慢できなくなって、ゆっくりと雷の頭に手を乗せて優しく撫でる。すると、一瞬ピクリと身体が反応し、ゆっくりと顔を響の方へと向けた。

 

「先……生……?」

 

 光の無い虚ろな目が響に向けられる。涙で濡らし充血した大きな目を半開きにし、力の無い笑みを浮かべた雷は何度も「先生……」と呟いていた。

 

「……っ!」

 

 響は何も言わずに膝で立って、雷の顔を胸に押し付けるように思いっきり抱きしめた。これ以上悲しまないでくれと、これ以上泣かないでくれと、これ以上心を壊さないでくれと何度も願いながら、強く、強く抱きしめる。

 

「う……ぁ……い、痛いよ……先生……」

 

「先生じゃない……先生じゃないんだよ、雷っ!」

 

「……?」

 

「私は響だ! 雷のお姉ちゃんであり、とても大切に思っている響だよっ!」

 

「ひび……き……?」

 

「お願いだから、そんなに悲しまないで、戻って来てほしいんだ。いつものように元気で明るい雷に……頼むから……」

 

 ポロポロと流れ落ちる涙が、響の頬を伝って雷の頭に落ちていく。そんな響の姿を、電も悲しそうに見つめていた。

 

「響ちゃん……」

 

 溢れ出る涙をグッと我慢しながら近づいてきた電は、響の反対側に回って雷の挟み込むようにし、優しく頭を撫で始めた。

 

「雷ちゃん、早く元気にならないと響ちゃんが大変なのです。このままだと、雷ちゃんを強く抱きしめすぎて痛くなっちゃうかもですよ?」

 

 冗談混じりにそう言った電は、笑みを浮かべながら響を見た。雷を慰めると同時に響も慰めてくれる電に感謝しながら、涙を止めて笑みを浮かべる。

 

「そうだよ雷。このまま泣き続けるんだったら、ベットに押し倒してでも正気を取り戻させるよ?」

 

「……な、何をするつもりなのですか、響ちゃん?」

 

「あっ! ……え、えっと……これはその……言葉のあやなんだけど……」

 

「ほ、本当……なのです?」

 

「べ、別に怪しげなことをするつもりは……」

 

 電のジト目を受けて、あわてふためきながら雷の身体から離れて両手をブンブンと振る。

 

 ひ、響としたことが、ちょっと誤解を招く言い方をしてしまったよ……

 

 海より深く反省しないといけない……けど、本当になんであんな言葉が出てしまったんだろう……

 

「……ぷっ、あはっ、あははははっ!」

 

「「えっ!?」」

 

 急に笑い出した雷に驚いた響と電は、大きな目を見開いた。

 

「な、何それっ! 響ったらなんでそんなに慌ててるのっ!?」

 

「い、雷……?」

 

「電も電よ。大井じゃないんだから、響がそんな変なことをする訳が無いじゃないっ!」

 

 そう思ってくれるのは嬉しいんだけれど、大井については余り触れないほうが良いみたいだね。

 

 ま、まぁ……あんな風に接する気は無いけどね……色々と怖いし……

 

「雷ちゃん……大丈夫……なのですか?」

 

「う……うん。ちょっと心配かけてたみたいだけど……響の慌てる顔を見てたら面白くなっちゃって……もう大丈夫よ!」

 

「良かった……なのです……」

 

「こ、こらっ、泣かないでよ電! そんなんじゃ、雷も……」

 

「そうだね。ここは笑わないといけないね」

 

「笑えば良いと思うよ……なのです?」

 

「「な、なんでここで……?」」

 

 響と雷のツッコミを受けてペロリと舌を出した電を見てクスリと笑う。

 

 たぶん、それは暁のマンガのせいなんだな……と、思いつつも、ちょっとだけ感謝することにしたんだ。

 

 

 

 

 

「心配かけてごめんね」

 

 雷は改まって響と電に頭を下げた。ちょっと恥ずかしげにしていたんだけど、すぐにいつもの明るい笑顔を見せてくれたから、響はほっとしたよ。

 

「雷ちゃんが元気になってくれたから、それで万事おっけーなのですっ」

 

「そうだね。響も嬉しいよ」

 

 帽子の鍔を持って位置を直しながら、雷にそう返した。まぁ、ちょっとばかり恥ずかしかったって言うのもあるんだけどね。

 

「でも……響ちゃんは悲しくないのですか?」

 

 少し不安そうな表情をした電は、ふと、響にそう言ったんだ。

 

「雷や電が悲しんでいる姿を見て、どうしようもなくなってきたから、こうやって会いに来たんだ。

 昔の記憶に、響だけが生き残ってしまった辛い過去がある。あんな思いはもうしたくない。こんな気持ちを雷や電にしてほしくない。

 だから、少しでも癒してあげれるようにって思ったんだけど……」

 

 響は胸の内を2人に話し、本音を打ち明けたんだ。あんな思いはもう懲り懲りだし、姉妹の誰かが同じことにならないように、できる限りのことはしたいと思ってるんだ。

 

 だけど、電は首を左右に振って「違う」と言った。

 

「そうじゃないのです。響ちゃんは、先生が居なくなってしまって悲しくないのですか?」

 

「……え?」

 

 電の言葉を聞いて、思わず声を上げてしまった。

 

 そりゃあ、先生が居なくなってしまったことは悲しい。だけど、2人がそれを悲しんで、壊れてしまいそうになっていたのが、響には耐えられなかった。

 

 だけど、電が言っていることはそうじゃない。

 

 先生が居なくなって、響自身が悲しくないかって聞いている。

 

「そ、それは……」

 

 そう呟きながら、響は思い返してみた。

 

 頭を優しく撫でてくれた先生の笑顔を。

 

 響たち姉妹を、見守ってくれていた先生を。

 

 雷や電のことを思い、コンビニに何度も付き合ってくれていた先生を。

 

 そして……

 

 そんな先生が大好きだった、響自身の思いを。

 

「ひ、響……?」

 

 雷が驚いた表情で響を見ながら声を上げていた。

 

 気づけば、響の目には大粒の涙がポロポロと流れ落ちていたんだ。

 

「響ちゃん……」

 

 電が響の身体を優しく抱きしめてくれた。

 

 その気持ちが嬉しすぎて、響の感情はどんどん高ぶってしまったんだ。

 

「ぅ……うぁ……」

 

「今度は響ちゃんの番なのです。電たちは姉妹なのですから」

 

「そうよね。今度は雷が頭を撫でてあげるわ」

 

「電……雷……ぐすっ……」

 

「だから、いっぱい……いっぱい泣いちゃってもいいのです。響ちゃんがしてくれたように、お返ししたいのです」

 

「うっ……うわあぁぁぁぁぁ……っ!」

 

 姉としてしっかりとしなければいけないというタガが外れた今、響の涙を止めるものは何も無い。心の奥に隠してきた感情が一気に溢れ、嗚咽となって部屋に響き渡っていったんだ。

 

「先生……先生っ! なんで居なくなっちゃうんだよっ! 雷や電や暁……それに響もこんなに心配しているのに、早く……早く帰ってきてよ先生っ!」

 

 雷の胸に抱きしめながら何度も叫んだ。響たちにはどうしようも出来ないことは分かっている。だけど、声にして叫ばないとこの気持ちは押さえきれなかった。

 

 そんな情けない姉を、電は優しく何度も撫でていてくれた。雷も同じように寄り添っていてくれた。

 

 姉妹でいて、そして再び同じ場所に居れることを、なによりも嬉しく思いながら、涙を流し続けた。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

「ありがとう。電、雷」

 

 響は2人に向かって頭を下げた。ふがいない姉という気持ちではなく、純粋に姉妹で良かったという気持ちをしっかりと言葉に詰めて、笑顔を見せる。

 

「どういたしまして、なのです」

 

「たまにはこういうのも悪くないわよねっ」

 

 電も雷も同じように笑顔を浮かべてくれた。目を真っ赤に腫らしながら、涙で濡れた頬を拭いながら、3人は頷きあったんだ。

 

 もう大丈夫。心配することはない。

 

 これで後は先生が帰ってくるのを待つだけだ……と、思えばそれで楽になれたのかもしれない。

 

 だけど、響には一つの考えがあった。

 

「電、雷……ちょっとだけ、響の考えを聞いて欲しいんだけど……良いかな?」

 

「なんなのです?」

 

「全然構わないわよ」

 

 コクコクと頷く2人に今までの響の経験を踏まえた、正直有り得ないだろうという考えを話し出したんだ。

 

「先の戦いで……響は最後まで残ってしまった。とても辛い思いの中、故郷を離れた遠い地で響は沈むことになった」

 

 その言葉を話した瞬間、2人の表情は曇ってしまった。だけど、響は口を閉じずに言葉を続ける。

 

「それまでの間、響はずっと悲しい時を過ごすことになったんだ。響を守ってくれた暁を、消息が不明になった雷を、持ち場を交代した瞬間沈んでしまった電を、何度も何度も後悔しながら思い返していたんだ」

 

「ご、ごめんなさい……なのです」

 

「ううん。謝らないで欲しいんだ電。これは仕方がないことで、響たちには防ぎようがなかったかもしれないのだから」

 

 みんなを攻める気は全くない。それを伝えながら、言葉を続ける。

 

「そんな思いは二度としたくないし、してほしくない。だからこそ、響は自身の思いを胸に秘めたまま、2人を慰めに来たんだけど……」

 

 結果、自分が大泣きするとはね……と少し自虐混じりに言う。

 

 そんな響にクスリと笑いつつも、2人は真面目に聞き続けてくれた。

 

「だけど今、暁も、雷も、電も……姿は変わったけれどここにいるんだ。それは紛れも無い事実で、とても嬉しい奇跡なんだと思っている」

 

「電も同じ気持ちなのです」

 

「雷もよ。みんなにまた会えることが出来て、本当に嬉しかったんだからっ」

 

「うん。もちろん響も嬉しかった。そして……今回先生が行方不明になったことで、こんな考えが頭をよぎったんだ」

 

 それは全くと言っていい程、有り得ないだろう。

 

 だけど、そうなってほしいという気持ちが、言葉となって表れていく。

 

「だけど、まずは現実的な話を先にしておくね。

 先生はまだ行方不明になっただけで、死んだとは決まっていない」

 

「そ、そうなのですっ! 先生はまだ生きているのですっ!」

 

 電は大きな声でそう言った。だけど、その可能性が薄いと分かっているのが表情から読み取れた。

 

 反対に、雷は黙ったままだった。理解しているからこそ、言葉にすることの辛さに耐えられないのかもしれない。

 

「でも、行方不明になってからもう日がかなり経っているにも関わらず、何の情報も入ってきていない。これがどういう意味か……言わなくても分かっているよね?」

 

 言いたくはない。だけど言わなければならない。

 

 言葉に詰まった電。黙ったままの雷。2人はガックリと肩を落とし、俯いた。

 

 そして、響は一番言いたかったことを……2人に告げる。

 

「だけど……響たちが艦娘としてもう一度この世に来れたのだから、先生も戻ってこれる――そんなことは起こらないのかな?」

 

 馬鹿げた考えだと、普通なら一笑されるところだろう。

 

 だけど、実際に私たちはここにいる。再びこうして会うことが出来たのだ。

 

 それは、戦艦だったからなのだろうか?

 

 それとも、人間だとしても同じようなことが起こるのだろうか?

 

 その場合、先生も艦娘に? 生まれ変わって別の人間に?

 

 もしかすると、もの凄いイケメンになって生まれ変わるかもしれない。

 

 もしかすると、もの凄い美人の艦娘になって配属されるかもしれない。

 

「そ、そうだったら……電は先生を目指して牛乳を飲みつづけるのですっ」

 

「雷としては、今よりもっとイケメンになってくれる方が嬉しいわっ」

 

 初めはビックリした表情だった2人も、いつしかそれが本当に起こりえるかもしれないといった風に会話に参加していた。

 

 表情は明るくなり、いつもと変わらない雰囲気で会話を楽しむ響たち。

 

 これが普通なんだ。こうじゃないとダメなんだ。

 

 だから、先生も、

 

 響たちの元に、帰ってきてほしい。

 

 そんな気持ちを胸に秘めながら、響たちは夜更けまで話し続けていたんだ。

 

 

 

 

 

 気がつけば時計の短針は12の数字を越えていた。電の目は虚ろになり、時折カクン……カクン……と、落ちかけていたので、そろそろ寝ようということになり、響は自室に戻ろうとしたんだけれど……

 

「今日は一緒に寝よう……なのです……」

 

 ウトウトしながら喋る電の言葉に、響はニッコリと笑みを浮かべて頷いたんだ。

 

 たまにはそういうのも良い。

 

 いや、どちらかと言えば、今日のような日だからこそ……なんだよね。

 

「それじゃあ、失礼するよ……」

 

 先にベットに入っていた電と雷の間に潜り込む。一人では味わえない温もりが、身体全体を包み込んでくれる。

 

 今ある奇跡を確かめようと、電と雷の手を握る。

 

 うっすらと笑みを浮かべて見つめ合う。

 

 あぁ、本当に……

 

 もう一度出会えて良かったと。

 

 響たちは、そう実感しながら……眠りについた。

 

 

 

 コンコンッ……

 

 

 

「……ん?」

 

 乾いた音が聞こえる。

 

 この音は……扉をノックする音だろうか?

 

 こんな時間に、来客なんて来るのだろうか?

 

 もしそうだとしても、ちょっと常識がなっていないんじゃないかな?

 

 ふぅ……と、ため息を吐きながら起き上がり、扉の方へと向かう。

 

「誰かな……?」

 

「………………」

 

 返事は無い。もしかすると悪戯なのかもしれない。

 

 質が悪すぎるよ……と、もう一度ため息を吐いてベットに戻ろうとしたんだけれど、

 

 

 

 コンコンッ……

 

 

 

「………………」

 

 またも聞こえたノックの音に、少し不機嫌な顔を浮かべながら、扉を開けたんだ。

 

 すると、そこに立っていたのは……

 

「な、なんで戻ってこないのよぉ……」

 

 うるうると泣きながら枕を持った、暁の姿だった。

 

 ………………

 

 ごめん……すっかり忘れてたよ……とは言えないよね。

 

「ごめんごめん……電や雷と一緒に寝ることになってね」

 

「それならそうと言ってよねっ。あっ、べ、別に寂しかったとかそういうのじゃないんだからっ!」

 

「ふふ……そうだね。それじゃあ……暁も一緒に寝るかい?」

 

「そ、そそ、そうよねっ。それじゃあ、お姉ちゃんも一緒に寝てあげようかしらっ」

 

 慌てながらもそう言う暁に少し笑みを浮かべながら、部屋の中へと招き入れる。ここは自室じゃないけれど、姉妹なんだから問題はないよね。

 

 それに、4人が一緒に寝ることも、もの凄く久しぶりのような気もするし。

 

 暁は枕を持ったまま、ベットにいそいそと入り込む。

 

「暁ちゃん……なのです?」

 

「ちょっとだけ……お邪魔するわ」

 

「久しぶりに、4人一緒ね」

 

 眠たいながらもニッコリと笑いながら、布団の中で手をつなぐ。

 

 響も同じように中には入り、温もりを感じながら目を閉じた。

 

 温かい。

 

 ここは、海の底なんかじゃなく、ひとりぼっちでもない。

 

 4人が一緒に居るのが、一番の幸せ。

 

 この時間を大切に、できる限り長く感じていたい。

 

 今ある幸せを噛み締めながら、窓の外を見た。

 

 真っ暗な夜空に三日月が見える。キラキラと小さな星が瞬いている。

 

 先生は、この明かりが見えているのかな……?

 

 いつか、きっと先生は戻ってくるよね?

 

 それまで、響が3人を守るから。

 

 たとえ、生まれ変わっても。たとえ艦娘になったとしても。みんなは先生を笑顔で受け入れるんだよ。

 

 だから、早く帰ってきてほしいな。

 

 それが、今の響の心からの願い。

 

 そして、ここにいる4人の願いでもあると思うから。

 

 いつまでも、いつまでも待っているからね。

 

 

 

 

 艦娘幼稚園 スピンオフ 響の場合 ~響のキズナ~ 完

 




※ヤンデル大鯨ちゃんの2話目も更新してますっ。

 響編、いつもより長かったですが、お読み頂きありがとうございました。
今回の作品はどこかで分けるのではなく、一気に読んでいただきたかったのです。
響の苦しみ、悲しみを。そして、思いやる心を分かって欲しかったのです。
上手く伝わったかどうかは分かりませんが、別れとは辛く悲しいものであり、
またそれが、新たな出会いになる……そんな繰り返しの人生を歩んでいくのが人間なのでしょうね。


 ……って、なんだこの最後までシリアス感たっぷりな後書きはっ!
いつものやつじゃない! ビシッと行きますよ!

 次回はついに本編へ戻り、主人公は先生です。
時間軸では時雨編であった、先生が出張する事が決まった夜からになります。
なぜ先生が行方不明になったのか。そしてどこに辿り着いたのか。
スピンオフで置きまくった伏線が、どのように回収されていくかをお楽しみくださいっ!

 艦娘幼稚園 ~沈んだ先にも幼稚園!?~

 タイトルでもはやバレバレ展開っ! 更に今回はこれっ!

【挿絵表示】


 表紙絵まであるよ!
 なんで表紙かって!? 書籍化したからだってばよっ!(ぇ
 印刷費見てマジ引いた。少数印刷単価やばい。

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~沈んだ先にも幼稚園!?~
その1「準備」


※後書きの文章コピペしたまま書き直すの忘れてたっ!(汗

 スピンオフ終了っ! 先生のターンが戻ってきたよ!
響編でも公開したけど、これが今回の表紙ですっ。

【挿絵表示】


 時間軸は時雨編で、愛宕に出張を言い渡された日の夜のこと。
佐世保に出張する事になった主人公は、自室で荷物をまとめていた。
夜分遅くに聞こえたノックに、扉へと向かう主人公。
やってきたのは、元帥の秘書艦である高雄だった。

 愛宕分が足りなかったから今度は高雄分だっ!
しょっぱなからちょっちエロいけど気にしないっ!


 舞鶴鎮守府にある職員宿舎。

 

 俺はそこの2階にある自室で、荷物をまとめていた。

 

 カーテンの隙間から見える外の景色は真っ暗で、街灯と建物からもれる明かり以外はほとんど何も見えない。残念ながら曇り空の為、月明かりも今日は望めないようである。

 

 まぁ、別に今から出かける予定がある訳でも無いので、問題ナッシングなんだけど。

 

 しかし、こんなことを思いつつも、このような時間に、大きなボストンバッグに着替えや日用品を詰めている俺の姿は、端から見れば夜逃げの準備に思われてしまうかもしれない。

 

 先に弁解しておくけど、出発するのは早朝なので夜逃げとは言わないし、そもそも仕事で遠出をするだけであって、逃げるようなことは何一つやっていない――と思う。

 

 今回の出張というのが、実質的に左遷と言うのならば別の話ではあるが。

 

 そんなことは一切聞いてないし。

 

 だ、大丈夫……だよね?

 

 少々心の中で心配事が膨らみながらも荷物をバックに詰め終えた俺は、固まってしまった体をほぐすために立ち上がって、ストレッチ運動を開始した。身体中からペキポキと音が鳴り、ほどよい気持ち良さが伝わってくる。

 

 一通りの動作を終えて、そろそろ風呂にでも入ろうかと思っていた俺の耳に、扉をノックする音が聞こえてきた。

 

「はいはいー、どちら様ですか?」

 

「夜分遅くに申し訳ありません。元帥の秘書艦、高雄です。少々お時間をよろしいでしょうか?」

 

「あっ、はい。すぐに開けますね!」

 

 俺は急いで扉の鍵を開けてノブを回すと、いつもと同じ格好でキリッとした表情を浮かべる高雄の姿が見えた。

 

「お待たせしてすみません。えっと――散らかってますけど、良かったらどうぞ」

 

 俺はそう言って高雄を部屋に進めたけれど、よくよく考えたらこんな夜遅くにやって来た女性を部屋に連れ込もうとするなんて、元帥じゃあるまいし……と不覚にも思ってしまったのだが、

 

「ありがとうございます。それでは少しの間、失礼いたしますわ」

 

 ニッコリと笑った高雄は、何の躊躇もなく俺の部屋に入った。

 

 ……考えすぎ……なのかな?

 

 それとも、信用されているってことだろうか?

 

 以前の会話ではそれなりに評価はされていたみたいなので、多分大丈夫だと思うんだけど。

 

 も、もしかして慣れちゃってるってことは――さすがに無いか。

 

 いつ見てもガードが固そうだし、“あの“元帥を恐れさせる高雄だもんね。

 

 そんなことを考えながら扉を閉めて部屋に戻った俺の目に、ベットに腰掛ける高雄の姿が見えた。

 

「………………」

 

「あら、どうかしましたか、先生?」

 

 いや、もう何て言うかですね。

 

 これって誘われちゃってるってことですかね?

 

 据え膳食わねば男の恥――って言うし、これで俺も晴れて大人の仲間入りに……

 

「それでは早速用件に入らさせていただきます。明日の先生の出張についてですが、午前7時に鎮守府内第一埠頭においでください」

 

 うん。そういうことだよね。

 

 わ、分かっててやったノリだったんだからねっ!(涙目

 

「あら、先生はどこか痛いのでしょうか? 少々目が潤んでいるみたいですけど……」

 

「あ、いえ……ちょっと目にゴミが入っただけなので……」

 

「それは大変っ!」

 

 急に立ち上がった高雄は、どういう訳か俺の身体をがっしりと両手で掴んだ。正面から抱き合っているカップルみたいな感じなんだけど、もちろん俺は何もしてない。

 

 ……って、何これ?

 

 これってやっぱり誘われて――

 

「結膜炎になる可能性がありますから、少しじっとしていてくださいねっ!」

 

 慌てたようにそう言った高雄は、掴んだ両手に力を込めて体重を後ろにかけようとし、

 

「えっ、あ、ちょ……とおおおおおっ!?」

 

 国会議員にもなったプロレスラーの得意技、フロントスープレックスで見事の放物線を描いた俺の身体が、ベットの上へと叩きつけられた。

 

「ぐえっ!」

 

 か、肩が……高雄の肩がみぞおちにぃぃ……っ!

 

「はいっ、大きく目を開けてくださいっ!」

 

「ちょっ、い、いきなりって……むはあっ!?」

 

 俺の身体にのしかかりながら、指で俺の両目を思いっきり開けて覗き込む高雄に、とんでもない恐怖を感じたのだが、

 

 むにょん……むにょん……

 

「う……はぁ……」

 

 愛宕に負けず劣らずのおっぱいが、俺の胸に押し付けられている感触で、何も言えなくなってしまった。

 

 やばい……これは気持ち良すぎだろ……

 

 マシュマロ……いや、これはもう例えようがない柔らかさだぜ……

 

 生きてて良かったよ……マジで。

 

 そんなことを思いながら、胸の感触を味わう俺に全く気づくことなく、高雄は指を動かして両方の目を調べていた。

 

「先生、どっちの目にゴミが入ったんですかっ!?」

 

「あっ、えっと、右の方ですけど……」

 

「分かりましたっ、もう少しだけ我慢してくださいねっ!」

 

 ぐりぐり……むにょん……ぐりっ……むにむに……

 

 あー、もう俺、死んでもいいわ。

 

 ――と、あまりの幸せ度に昇天しかけていたとき、

 

 

 

 ごりゅっ

 

 

 

「ひぎぃっ!?」

 

「あっ」

 

 両目の視界が塞がると同時に、強烈な痛みが身体中に駆け巡った。

 

「いってえええええぇぇぇぇぇぇぇっ!」

 

「ご、ごめんなさい、先生っ!」

 

「目が、目があぁぁぁっ!」

 

 空中に浮かぶ大きな城から落下数秒前の王族のように、俺は両目を押さえながらベットの上を転がりまくった。

 

 まさに天国から地獄。

 

 自業自得だからしょうがないんだけど。

 

◆   ◆

 

 それからしばらくの間、目の痛みがおさまるまで介抱してくれていた高雄さんに癒されながら、俺はベットの上で横たわっていた。

 

「ふぅ……もう、大丈夫っぽいです……」

 

「ほ、本当にごめんなさい、先生……」

 

「あ、いえいえ、気にしないで下さい」

 

 自業自得なんで――とは、口が裂けても言えないけど。

 

 目にゴミってのも咄嗟の嘘だったし。

 

「それに、ちょっと意外な高雄さんも見れましたし」

 

「……っ!」

 

 何となく言った言葉に高雄は急に顔を赤らめたが、すぐにいつもの表情を取り戻して「もう、先生ったら、この間のお返しですか?」と言った。

 

「そう言うつもりじゃなかったんですけど……」

 

 俺は頭を掻きながら返答する。多分、高雄が言っているお返しとは、コードEを解決した際の報告時にからかわれたことを指すのだろう。

 

 ぶっちゃけると、今の今まですっかり忘れてたんだけどね。

 

「あら、もうこんな時間……あまり長居をしては悪いですね」

 

 壁掛けの時計に目をやった高雄はそう言って、懐に手を入れて大きめの封筒を取り出した。

 

「明日の時間についてはさっきお話した通りなのですが、荷物にこれを加えていただきたいのです」

 

「これは……?」

 

「佐世保鎮守府の安西提督に渡してください。重要な書類なので、絶対に無くさないようにお願いします」

 

「わ、分かりました。ちなみにその安西提督という方はどういった感じの……」

 

 急に真面目になった高雄に少々戸惑いつつも、出会ったときにヘマをしないように特徴を聞いたんだけれど、

 

「少し……いえ、かなり恰幅のよい大柄の男性で、眼鏡をかけた、口ヒゲが似合う方ですわ。指揮力と指導力が高いことで有名で、他の提督や艦娘から尊敬の意を込めて、『先生』と呼ばれることが多いですね」

 

 それどこのバスケ顧問っ!?

 

 心の中で思いっきりツッコミむ俺に気づくことなく、高雄は続けて口を開く。

 

「それと、あちらに着いてからの仕事なのですが、いくつかの質問を受けると思われます。先生のことですから大丈夫だとは思いますが、しっかりと真面目にお答えくださいね」

 

「はい――って、質問されるんですか?」

 

「ええ。佐世保鎮守府の方でも幼稚園を設立するかどうかを考えているみたいなので、経験者の意見が聞きたいらしいのです」

 

「なるほど……それなら確かに、俺か愛宕さんが行くべきですよね」

 

「いえ……本来なら、幼稚園を設立した元帥に行かせるのが一番なんですけど……」

 

 そう呟いた高雄は、俺からそっと目を逸らす。

 

 って言うか、今元帥に対して行かせるって言ったけど……立場弱すぎじゃね?

 

「私の方が少しばかり手が離せない案件を抱えてますし、元帥を一人で出かけさせると鉄砲玉の如く帰ってきませんし、間違ってすんなり帰ってきたら間違いなくトラブルを抱えているのは明白ですし……」

 

 うん。立場弱いってもんじゃなかったよ。

 

 もはや信頼度0じゃん。いや、マイナスかもしれない。

 

 なんであの人でやっていけてんだろ……この鎮守府……

 

「なので申し訳ありませんが、よろしくお願いいたしますわ、先生」

 

「いえ、俺が役に立てるなら本望ですよ」

 

「ふふ、ありがとうございます。それじゃあ……そうですね、先生が無事に帰ってこられたら、ちょっとしたお礼を差し上げますわ」

 

「えっ、お礼……ですか?」

 

 お礼はさっきもらったんだけど――とは言えないし、プラスアルファで目痛も貰っちゃったし。

 

「期待してて、良いですよ?」

 

 言って、人差し指を口元に当てる高雄。

 

 このポーズはヤバ過ぎると警報が鳴ってます!

 

 まさにヤバス! ――って、色々とマズいから自重しておかないと……

 

「え、えっと、ありがとうございます――って、これってさっきのお返しだったりします?」

 

「さぁ、どうでしょうか」

 

 そう言って、高雄は頭を下げると、意味ありげに微笑んで部屋から出て行った。

 

 うーん、やっぱりからかわれてるのかなぁ……

 

 

つづく




※コピペしたまま更新しちゃったっ。ごめんなさいっ。(修正済み

次回予告

 約束通りの時間5分前に埠頭に立った主人公。
目の前にあったのは、提督なら誰もが知っている? あの船だった。
喜ぶ主人公だったのだが、思い違いと知るのはすぐのことだった。

 艦娘幼稚園 ~沈んだ先にも幼稚園!?~ その2「勘違い」

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その2「勘違い」

※1話の後書きで、次回予告の部分をコピペしたまま更新してしまいました。
 現在は修正済みです。申し訳ありません。

 朝の6時45分に埠頭に立った主人公。
目の前にあったのは、提督なら誰もが知っている? あの船だった。
喜ぶ主人公だったのだが、思い違いと知るのはすぐのことだった。


 

「ふあぁぁぁ……」

 

 朝の6時45分。

 

 高雄から聞いた第一埠頭へ向かうべく、俺はあくびをしながら歩いていた。

 

 あれからすぐに風呂に入って眠ろうとはしたのだが、佐世保鎮守府はいったいどんな感じなのか、どんな質問をされるんだろうかと色々考えていたせいで、睡魔が襲ってきたのは日付が変わってから大分後になってしまい、眠たい目を擦りながらの出動になってしまった。

 

 ちなみに一番頭の中を占めていたのは、安西せんせ……じゃなくて提督のことなんだけど。

 

 うーん、久々にバスケがしたいなぁ……

 

 とまぁ、現在の気持ちは期待半分、不安半分といったところで、旅行気分では行けないけれど、知らない土地に行くのは少しばかりワクワクしているといった感じだ。

 

 まぁ、気構えずに気楽に行くのが一番なんだけれどね。

 

 そんなこんなで第一埠頭にたどり着いたのは約束の時刻の10分前。時間前行動はいつもの通り、身に染みてはいるのだが、

 

「でっ……けえ……」

 

 ぽかーんと大きな口を開けて、立ち尽くしている俺が、ここにいた。

 

 通称『ぷかぷか丸』。

 

 司令官クラスの人物の移動に使われる戦艦で、基本的に俺みたいな下っ端が利用できるとは夢にも思っていなかった。もちろん提督になるために勉強してきた俺にとっては、いつかは乗ってやろうと心に秘めていたりはしたものの、幼稚園の先生になってからそんな思いは封印していた。まぁ、実際のところはそんなことを考える余裕も無かったと言うのが本音なんだけれど。

 

 いやはや、元帥と高雄さんに感謝をしないといけないなぁ。

 

 出張なんてイベントがなければ、ぷかぷか丸に乗れる機会なんて無いのだろうし。

 

「先生、おはようございます。昨晩はしっかり眠れましたか?」

 

 そんなことを考えながら見上げていた俺の背中に、聞き覚えのある声がかけられた。

 

「あっ、おはようございます、高雄さん」

 

 俺は振り向いて頭を下げた。もちろん、挨拶的な意味合いもあるが、今回のはお礼の意味の方が大きい。

 

「あら、目の下に少しクマがありませんか?」

 

「緊張して寝付きが悪くって……少し寝不足気味だったりします。いやはや、お恥ずかしい……」

 

「大丈夫ですか? もしあれでしたら、今から愛宕に代わらせても……」

 

「いえ、大丈夫です! 体調管理は自分の責任ですし、それほどきついって訳でもありませんので!」

 

「そうですか……でも、無理はしないでくださいね」

 

「はい、ありがとうございます!」

 

 俺はなぜか、条件反射で高雄に向かって敬礼をした。ぷかぷか丸に乗れるという気持ちが身体を動かしてしまったようだ。そんな気持ちを分かっていたのか、高雄はくすりと笑いながら敬礼を返してくれた。

 

「そろそろ出発の時刻なのですが、忘れ物とかは大丈夫ですか?」

 

 ポケットから懐中時計を取り出した高雄は、俺に向かって言う。

 

「はい、大丈夫です」

 

 昨日の夜の時点で荷物の確認を三回行ったので、忘れ物はまずありえない。それに、高雄から預かった書類以外は忘れたところで、一泊二日の短期間だからそこまで困るようなことは無いだろう。

 

 それじゃあ――と、ぷかぷか丸に乗り込もうと思った俺は、ふと、おかしな点に気がついた。

 

 あれ……どうやって乗船すれば良いんだ?

 

 埠頭から戦艦に乗り込もうにも、かなりの高さの差があって、ジャンプなんかでは到底届くとは思えない。たとえ俺がオリンピックの走り高跳びの選手であっても、如何せん無理だろう。

 

 棒高跳びの選手ならあるいは――って、どう考えても無理に決まっている。

 

 俺は腕組をして考え込んでいると、いつの間にかぷかぷか丸の先端より更に先の埠頭に立っていた高雄が、手招きをしていた。

 

「先生ー、あまり時間が無いですから、早くしてくださーい」

 

「えっ、なんでそんなところに……?」

 

 俺は呟きつつ高雄のいる方へと駆け足で向かうと、ぷかぷか丸の船影に隠れるように泊まっていた小型の船が目に入ってきた。

 

 ……これってもしかすると、とんでもない思い違いをしていたんじゃないだろうか。

 

 違うなら違うと今すぐ言って欲しいんだけど、多分、間違いなくそうなんだろうなぁ……

 

「お、お待たせしましてすみません……」

 

 ぷかぷか丸とはあまりにも貧相に思えた船体に、俺はがっくりと肩を落としながら高雄に言う。

 

「どうしたんでしょうか?」

 

「いえ、勝手に思い込んでいた哀れな男の成れの果てですので、気にしないでください……」

 

「は、はぁ……そうですか……」

 

 高雄は俺の落ち込んだ姿を見て、なんだか申し訳なさそうに返事をした。

 

「それでは、先生に乗っていただく輸送船はこちらになります。少々旧型ですが、小さい分速度は結構速いんですよ」

 

「はぁ……そうですか……」

 

「……やっぱり、愛宕に代わらせた方がよろしいのでは?」

 

「あ、いえ……本当に大丈夫ですから……」

 

 ただ単に、テンションが下がりまくっているだけなんで。

 

 思い出しても恥ずかしい、黒歴史の日記帳に書いちゃうレベルの思い違いだったんで。

 

 つーか、そんな日記帳持ってないしっ。

 

 自分自身にノリツッコミ。イエーイ、関西人デース(ヤケクソ

 

「そうですか……でも、本当にダメそうなら、気にせず言ってくださいね。そうでないと……私……」

 

 高雄はそう言いながら目を伏せた。思い悩むような姿と言葉に、俺は一瞬ドキッとしてしまう。

 

「先生が……先生が居なくなると……」

 

 えっ、何この展開?

 

 これから告白タイムが始まりそうなんだけど、そんなことが起こってしまったら――

 

 

 

 完全に死亡フラグになっちゃうじゃんっ!

 

 

 

 それに、俺には愛宕という素晴らしい人がいるんだから、浮気なんかできないもんねっ!

 

 あ、でも、高雄のおっぱいも素敵だよね。愛宕とどっちが大きいのかな?

 

 いや、いっそのこと、愛宕と高雄の二人に囲まれて……

 

 やべぇ……それってもう天国じゃん!

 

 ――と、これくらい考えとけば、そんなフラグも消し飛んででしまうんじゃ――と思っていたんだけど、

 

「また新しい先生を探さないといけなくなっちゃいますから……」

 

 ですよねー。

 

 吹っ飛んだのは死亡フラグじゃなくて、告白フラグだったですよ。

 

 そう言う展開なんです。いっつもそんな感じなんです。

 

 昨日の夜も思わせぶりってやつなんですよねー(本日二度目のヤケクソ

 

「とまぁ、冗談なのですけど」

 

 と、高雄はニッコリと俺に笑いかける。

 

 とりあえず期待はしないでおきます。もう色々と限界なんで。

 

「あぁ、それとですね、先生に紹介したい艦娘がいるんですよ」

 

「はぁ……艦娘ですか」

 

「漣、こちらに来なさい」

 

 高雄は目を閉じて艦娘の名を呼んだ。

 

 漣といえば、幼稚園にいる潮の姉妹艦だったはずだ。もちろんこの場に呼ぶのだから、幼稚園児ではなく鎮守府所属の艦娘なんだろう。

 

「………………」

 

「………………」

 

 ――が、漣の姿は一向に現れなかった。

 

「はぁ……」

 

 高雄が呆れた顔でため息を吐く。

 

「先生、少々お耳を塞いでおいていただけないでしょうか?」

 

「は、はい……」

 

 先程と変わらないような笑顔を向けた高雄だが、その目は完全に笑っていない。

 

 むしろ今から、殴り込みに行ってきますと言わんばかりに見える。

 

 ヤー×3。気持ち良く歌いましょう。

 

「それでは失礼して……」

 

 そう言って、高雄は大きく息を吸い込んだ。

 

 それを見た俺は、言われたからではなく、人間の誰もが持っていると思われる防衛本能で咄嗟に両耳を手で塞いだ瞬間、

 

「さ ざ な み っ!」

 

「~~~っ!?」

 

 高雄を中心に衝撃波のような円が発せられ、耳を塞いでいたにも関わらず、俺の頭が揺さぶられるように軽い脳震盪を起こす。まるでそれは、荒廃した世界で戦う戦車に装着するSーEのようだった。

 

 爆心地、舞鶴鎮守府、第一埠頭先端。地震に換算すると、おおよそ震度3。ところにより、高波にご注意ください。

 

 そんな緊急速報が流れてもおかしくないくらい、ものすごい破壊力であり、少々離れていても耳を塞がなかった相手にはてきめんだったようで、

 

「ほ、ほい……さっさぁ……漣を……呼びましたか……?」

 

 目をぐるぐるの渦巻き状にした艦娘が、千鳥足ですぐ近くの倉庫の中から歩いてきた。

 

「漣、呼んだらすぐに来るようにと伝えてあったはずですよね?」

 

「あ、あの……えっと、高雄さんが何を言っているか……わ、分かりません」

 

 漣の返答を聞いた瞬間、ビキィッ……という音が聞こえた気がした。恐る恐る覗いてみると、高雄の顔が少年誌で連載されそうなヤンキー漫画の登場人物のような表情になっている。

 

 怖ぇ……高雄さんマジ怖ぇ……

 

 ってか、これ以上やっちゃうと、色んなところから怒られちゃいそうだから止めた方が良さそうだ。

 

「た、高雄さん。漣は喧嘩を売っているんじゃなくて、耳が聞こえてないからそう言ったのでは……」

 

「そうでしょうね。でも、約束していたにもかかわらず、大声で呼ばないと来ないというのは……私の教育が間違っていたのでしょうか?」

 

「そ、それは……その……」

 

 教育現場を見ていない以上、変なことは言えない。下手を打てば、怒りの矛先がこちらに向いてしまう可能性だってある。

 

「あーうー……まだ耳鳴りがすごいです……」

 

 自分の危機的状況をまだ理解していないのか、漣は頭をぽんぽんと叩きながら、高雄の前に立った。

 

「漣、出頭いたしました……って、高雄さん、なんだか怒ってませんか?」

 

 あー、やばい。それは確実に死亡フラグにしか聞こえない。

 

「うふふ……あはははは……」

 

 高雄が壊れたっ!?

 

 ――と、俺は驚いた表情を浮かべた瞬間、

 

「顔洗って出直してきなさいっ!」

 

 どこぞのサイボーグの加速装置を使ったんじゃないかと思ってしまうような高速移動を見せた高雄は、見事な動作で漣の背後に回り込み、投げっぱなしジャーマンスープレックスで、勢いよく海面へと放った。

 

「はにゃあああああああああああっ!?」

 

 漣の身体が放物線を描いて空を飛ぶ。

 

 バッシャーンッ! と、水面に大きな波紋が出来上がる。

 

 えー、ただ今の記録ー、推定、30メートルの飛距離です。

 

 艦娘投げっぱなし競技。高雄さんの記録でしたー。パチパチパチ――

 

 って、ぼけっと突っ立ている場合じゃないって!

 

「た、たたっ、高雄さんっ! いくらなんでもやり過ぎじゃ……」

 

「あら、先生。これくらいのこと、いつもの訓練と変わらないですわ」

 

「……えっ!?」

 

 驚く俺に向かって、高雄はすぐ近くの水面を指差した。

 

 ……あれ、なんだか泡がたくさん浮いてきている?

 

「ぷっはーっ。漣、バッチリ目が覚めましたー」

 

「はい。それじゃあさっさとこちらに上がってきなさい」

 

「ほいさっさー」

 

 何事も無かったかのように埠頭へと戻ってきた漣は、「ちょっと濡れちゃいましたねー。これぞ水も滴る良い艦娘――って、キタコレ!」と騒いでいた。

 

 全然懲りてねぇよ……

 

 多分、元帥の秘書艦や艦隊に所属する艦娘は、これくらいのことが出来ないとやってけないんだろうなぁと思った、午前7時ぴったしの朝だった。

 

 というか、艦娘って一旦沈んでも浮き上がってこれるもんなの……?

 

 

 

つづく




次回予告

 高雄と漣の即興コント(違)を見終えた主人公は出発する事になった。
しかしその途中、主人公に危機が訪れる。

 行方不明になった理由が明らかになります。

 艦娘幼稚園 ~沈んだ先にも幼稚園!?~ その3「初海戦」

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その3「初海戦」

 高雄と漣の即興コント(違)を見終えた主人公は佐世保に向かって出発する。
漣との会話コントをしていた時、大きな轟音が鳴り響く。

 過去と同じような状況に、ある事を思い出す。
そして、最大の危機が主人公を襲った……


 気づけばUAが10万超えてましたっ!
これも皆様のおかげです! ありがとうございます!


 

 怒りがおさまった高雄は漣に任務の通達をし終えると、溜まっている仕事があると言うことで指令室へと戻っていった。ちなみに漣から今回の移動に関する内容を聞かされたのだが、陸に近い海路で佐世保まで行くので、護衛の必要性も無いだろうと思われていたらしいが、稀に見かけるはぐれ深海棲艦と偶然出会うことも無いとは言えないし、それなら最近艦隊に所属することになった漣に、遠征の練習も兼ねて任せようということになったらしい。

 

「つまり、俺って結構いい加減に扱われているってことでファイナルアンサー?」

 

「まぁ、新人同士でってことじゃないですかねー」

 

 そう、漣は俺の問いに答えた。

 

 ちなみに、俺は輸送船の内部にある小さな部屋でくつろいでいる。

 

 なぜ漣と会話が出来るのかと言うと、乗船前に渡された通信機のおかげである。ヘッドマイクセットのような形で、非常に軽く、取り回しが容易である。

 

 一家に一台、便利な通信機。

 

 まぁ、普通の家庭では使うようなことは無いだろうけど。

 

「それよりも先生、船の乗り心地はどうですか?」

 

 小さな窓から見える漣が、ふと、俺に聞いてきた。

 

 海面に水しぶきを上げ、フィギュアスケート選手のような優雅な滑りを披露しながら手を振っている。

 

 そしてそのままトリプルアクセル。いったい漣は何がしたいんだか。

 

「えっと……なんら問題は無いし、ちょっと狭いってこと以外は気にならないけど……」

 

 しかしなんでまた、そんなことを聞くのだろうか。

 

 もしかして、俺がぷかぷか丸に乗れなくて悔やんでいるのを知っていて……?

 

「そうですかー。いやー、漣も一度、船に乗ってみたいなぁって思ってたりするんですよねー」

 

「別に船に乗らなくても、海上の上をスイスイ動けるんだし、必要が無いんじゃ……」

 

「それはそうなんですけど、船旅って憧れちゃうじゃないですかー」

 

 そう言って、漣は辺りを警戒するように、輸送船の前方へと進路を変えた。

 

 船旅ねぇ……

 

 やっぱり、自ら海上を移動するのと、船に乗るのとでは違うのだろうか。

 

 艦娘が船に憧れる……なんだか禅問答のような、難しい領域の思考なのかもしれない。

 

 でもまぁ、漣も年頃の女の子。そう言うのに憧れるのも無理はないのだろう。

 

 艦娘たちが戦わなくてすむ世界になれば、その願いも簡単に叶うのかもしれない。

 

 その為にも、俺は先生として精一杯の努力で、子どもたちを元気にすくすくと育つように頑張らなくてはならないのだ。

 

 もちろん、仕事というだけでなく、自らそうしたいと思っているので、今の俺は非常に幸せだと言える。

 

 まぁ、時には怖いこととか色々あるけどさ。

 

 

 

◆   ◆

 

 

 

 それから船に揺られること3時間。

 

 差し当たって問題もなく、平和な時間が過ぎていった。

 

 時折漣と、暇つぶし的な会話を楽しんでいたんだけれど、

 

「それで、提督とか司令官って呼び方も良いですけど、やっぱりご主人様ってのが漣にはピッタリなんですよ」

 

「なるほど。確かにインパクトは抜群だよね――って、それじゃあメイドさんになっちゃうじゃん!」

 

「いやいや、まだまだ時代は萌えが必要なんですよっ。偉い人にはそれが分からんのですっ」

 

「いやでも君の場合、メイドさんじゃなくて艦娘だよね!?」

 

 そこまで力説されても困るんだけど。でも、個人的にそう呼ばれるのなら、それはそれでアリなんだけど。

 

 通信機よりも一家に一人って感じで、メイドさんは導入したら良いと思います。この際、法律とかで強制的に。

 

 えっ、やっぱり無理? そうだよねー。

 

「だから漣は冥土型駆逐艦、艦娘の第一号としてやっていこうかと」

 

「もう何がなんだかわからないよっ!?」

 

 しかも漢字が間違ってるしっ!

 

 それだと癒しじゃなくて恐怖になっちゃうよっ!?

 

「ちなみに第二号は絶賛募集中です」

 

「誰が絶賛してるのっ!? 自画自賛なのっ!?」

 

「いえ、主に元帥なんですけど」

 

「やっぱりあいつかーーっ!」

 

 元帥なら仕方ない――と言うか、あの人以外思いつかないよねっ!

 

 そんなことばっか言ったりしてるから、高雄さんがキレちゃうんだよっ!

 

 ……もしかして、昨日の俺といい、朝の漣といい、プロレス技が多いのってその辺りが関係してたりするんだろうか?

 

 キレて無いですよ……って。

 

 うん。考え過ぎにも程がある。

 

 とまぁ、ノリツッコミ的会話を楽しみつつ、窓の外の景色を見るのも飽きてきたので、外の空気でも吸おうかなと思って、部屋の扉を開いた時だった。

 

 

 

 ドゴーンッ!

 

 

 

「おわっ!?」

 

 急に大きな音が鳴り響くと同時に、船が大きく揺れ動いた。俺はなんとかこ倒れないように扉のノブをグッと握ってバランスを取ってから、通信機に向かって声をかける。

 

「漣っ! いったいどうしたんだっ!?」

 

「は、はわわわっ! ど、どこから撃ってきたのですかっ!?」

 

 通信機からは漣の慌てた声が返ってきた。どうやら、船の揺れの原因が漣にもわかっていないらしい――って、そんな悠長なことを言ってる場合じゃない!

 

「とりあえず損傷場所の確認から、攻撃位置を割り出せないかっ!?」

 

「あっ! 確かにその通りですっ!」

 

 漣の声が通信機から聞こえると、すぐに大きな波飛沫の上がる音が聞こえた。船の周りを旋回するようにして、損傷場所の確認に向かったのだと信じた俺は、掴んでいたノブを回して扉を開け、急いで甲板へと向かった。

 

「先生! 敵影発見ですっ、キタコレ!」

 

「敵の数は!」

 

「1艦だけです! 敵、深海棲艦イ級! はぐれ駆逐艦だと思われますっ!」

 

「やれるか!? それとも逃げた方が良いかっ!?」

 

「一対一なら、負ける気がしねぇ――って、はうっ!」

 

 バゴンッ! と耳が痛くなるほどの爆音が通信機聞こえ、続けてノイズ音が鳴り響いた。

 

「さ、漣っ! 大丈夫なのかっ!?」

 

「うっくぅー、被弾しちまったぁ……何も言えねぇ……」

 

 かすれながらも聞こえてきた漣の声は、ノリツッコミをしていた会話のときの元気さはまったく無く、今にも泣き出しそうな、悲壮な感じに聞こえた。

 

「くっ……こんなときはどうすれば……っ!?」

 

 通路を駆け足で駆けずり回りながら、俺は必死で打開策を考える。提督になる為に勉強してきた中に、緊急時に取るいくつかの手段があったはずだ。

 

 攻撃をするか、被害を抑えるために退避をするか。基本的なものはすぐに出てくるが、それをする為の取れるべき手段が限られている。

 

「敵は1艦だけで、こっちは被弾した漣と輸送船のみ。攻撃は漣にしか出来ないから、こっちは逃げ回るしか無いが――いや待てよっ!」

 

 咄嗟に閃いた俺は最初の考えと同じ通り、そのまま甲板へと向かう。しかし、慌てていたときの俺と違うのは、ただ外を確認する為ではなく、漣をサポートする為という目的があった。

 

「漣っ! 敵艦の動きはどうだっ!?」

 

「バンバン撃ってきてるから、避けるので必死ですよぉっ!」

 

「それだけ叫べればまだ大丈夫だなっ! もう少し我慢していてくれっ!」

 

「が、我慢してろって、先生1人で何をするつもりですかっ!?」

 

「こっちに注意を引き付ければ、攻撃に転じられるだろっ! 確かこの船には小さいが使える機銃があったはずだ!」

 

「なっ!? そ、そんな危ないことさせれませんっ!」

 

「そんなことを言ってる場合じゃないだろっ! このままだとジリ貧だし、もし漣がやられたら、こっちも成す統べ無しなんだぞ!」

 

 もちろん、俺が今向かおうとしている機銃なんかでは深海棲艦ダメージを与えることは出来るとは思えない。だが、その攻撃によって深海棲艦の意識がこちらに向けば、漣が体制を立て直して反撃することが出来るはずだ。

 

 危険は承知だが、今とれる手段はこれしかない。

 

 そう思い、扉を開けて、甲板へと飛び出した瞬間だった。

 

 

 

 ドゴオォォォンッ!

 

 

 

「……っ!?」

 

 船が、ここ一番の揺れを起こし、

 

 俺の身体が宙に舞った。

 

「しまった……っ!」

 

 まるで風に煽られたビニール袋のように、ふわりと浮き上がった俺の身体が船から離れていく。

 

 目の前には海面が。

 

 そして、急に浮かび上がってくる過去の記憶。

 

 

 

◆   ◆

 

 

 

 炎上する船から緊急用ボートに乗り込んで脱出した俺と弟。

 

 ボートが揺れ、海面に投げだされた俺を助けようとして手を伸ばす弟。

 

 その手を掴もうとした瞬間、水柱が上がり、目の前から消えたあの光景。

 

 最後に聞いた、弟の――声。

 

『にいちゃんっ! 早く、早くこっちに……』

 

 

 

◆   ◆

 

 

 

 その声が、俺の耳に聞こえた気がした瞬間、

 

 現実世界の海面に、顔面から叩きつけられた。

 

「がばぐぼっ!」

 

 口から肺にまで入り込んだ海水で呼吸が出来なくなり、俺はバタバタと手足を動かして海面へと浮かぼうとした。それほど深くは沈んでいなかったので、パニックさえ起こさなければ大丈夫だと冷静になった俺は、平泳ぎの要領で上へと泳ぎ、少しずつ光の強い方へと進むうちに漣らしきシルエットが目に入った。

 

 漣は俺が落ちたことに気づいていない……だけど、それを知らせたら、敵への集中力が落ちてしまう。

 

 それに、漣の近くに浮かび上がれば敵の攻撃が集中しているだろうし、このまま海面に行くのは危険極まりないだろう。ここから少し離れつつ、船に出来るだけ近いところで浮かび上がらなければ――と、思った瞬間だった。

 

 

 

 ゴボォ……ッ

 

 

 

「……っ!」

 

 敵影が、俺の目に入った。

 

 緑色に光る2つの目。人を丸のみに出来るであろう大きな口。

 

 何の知識も無ければ、多分、鮫の新種かと思ってしまう風貌に、俺は無意識に身体を大きく震わせた。

 

 おそらく、それは恐怖。

 

 人が持つ本能が、こいつは危険だと知らせている。

 

 なのに、なぜだろう。

 

 俺の身体が、ピクリとも動かない。

 

 こんなやつに、見とれてしまうなんてことはありえない。こいつらは家族の仇。憎き深海棲艦なのだ。

 

 ――あれ?

 

 ちょっと待て。なぜこいつがここにいる?

 

 漣が発見した深海棲艦は1体だったはずだ。そして、そいつと漣は今現在も戦っている。

 

 なら、ここにいるのは――新手なのかっ!?

 

 今すぐ海面に上がり、漣に情報を伝えなければいけない。無理矢理身体を動かした俺は、急いで手足をばたつかせながら、上へと向かおうとした。

 

 

 

 ギロォ……ッ!

 

 

 

 ――だが、そうは問屋が卸さない。深海棲艦が海中にいる人間に気づいて簡単に見逃してくれる訳が無く、

 

 俺の身体に照準を合わせて身体を翻した。

 

「ぐ……っ!」

 

 何とかして逃げようと、俺は身体をフル稼働させて海面へと急ぐ。しかし、どれだけ人間が頑張ったとしても、水中で出せる速度はせいぜい5km程度だ。

 

 だが、深海棲艦はその速度のはるか上を行く。仮に駆逐艦の速度でも下ほどの30ノットで移動できるとすれば、10倍以上の速度になる。

 

 これはあくまで海面を走る駆逐艦の速度である。だが、それほどの能力があるのならば、海中であっても人間より速く動けるのは明白だろう。

 

 ならば、俺はいったいどうなるのか?

 

 答えは簡単だ。

 

 

 

 ガボォッ!

 

 

 

 やつは、ぐるりと海面側へと回り込み、

 

 逃げ道を完全に塞いでから、

 

 緑の目を鈍く光らせて、

 

 大きな口を限界まで広げ、

 

 

 

 俺を一飲みにした。

 

 

 

つづく




次回予告

 イ級に一飲みされてしまった主人公。
このまま艦娘幼稚園は終わってしまうのか。それとも主人公が交代するのか。
次のタイトル読んだら分かっちゃうね。うん、生きてますよ。

 艦娘幼稚園 ~沈んだ先にも幼稚園!?~ その4「海底での出会い」

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その4「海底での出会い」

 イ級に一飲みされてしまった主人公。
過去の思い出にうなされて、目覚めた所は海の底だった。

 なんで生きてるの? それともここが死んだ先?
焦った主人公は一人でノリ突っ込みをしていたら、とんでもないのが現れたっ!


 俺は昔、とある町に住んでいた。

 

 市内の中では田舎の方だけど、それなりに人もいて、商店もある。

 

 まぁ、コンビニは夜に閉まるというおまけが付いてたけど。

 

 それでも、俺は楽しく元気な子どもとして、有意義な生活を送っていた――はずだった。

 

 あの――忌まわしい出来事。

 

 深海棲艦が初めて人類に被害をもたらした、あの事件さえ無ければ、

 

 それによって救われたこともあったけれど、それ以上に苦しみの方が大きかった。

 

 いや、大きかったからこそ、俺の人生は狂いかけたかもしれない。

 

 

 

「お兄ちゃん、今度の旅行楽しみだねっ」

 

「あぁ、そうだな。船で列島を一周するなんて、俺もビックリしたぜ!」

 

 満面の笑みを浮かべた弟は、俺に向かって何度も同じことを言う。しかし、待ちに待った一大イベントを数日後に控え、同じように期待を膨らませていた俺は、弟の言葉自体が嬉しくて仕方がなかった。

 

「だよねっ! 色んなところに行けるんだよっ。綺麗な景色とか、お兄ちゃんと一緒に見れるんだよねっ!」

 

「あ、あぁ……そうだな……」

 

 とは言え、さすがに弟のテンションMAXの会話に疲れてきた俺は、言葉に力がなくなっていた。

 

「楽しみだなぁ~。まるで僕たちの予行……ふふ……」

 

「い、今……何か言ったか?」

 

「ううん。まだお兄ちゃんは知らなくて良いんだよ?」

 

「そ、そうなのか……?」

 

「だから、楽しみにしていようね、お兄ちゃん♪」

 

 

 

◆   ◆

 

 

 

「はっ!?」

 

 夢にうなされた人間が、どういう目覚め方をして、何がしたくなるのだろうと言う問いがあれば、俺ならハッキリとこう答える。

 

 寝汗びっしょりなんで、今すぐシャワーを浴びたいと。

 

 そして次に思うのは、何故こんな夢を見たのか――だが、これは俺の経験上仕方がない。

 

 家族の仇である深海棲艦にパックリとやられてしまったのだ。それなら昔のことを思い出しても――って、あれ?

 

 

 

 どうして俺は生きているんだ?

 

 

 

 いや、と言うか、ここはどこなんだ?

 

 辺りをキョロキョロと見回してみる。すると、ありえない光景が目に入り、俺は唾をゴクリと飲み込んだ。

 

「な……なんだこれ……」

 

 思わず呟く俺。

 

 多分、俺以外の誰が見ても、同じことを言ってしまうのではないだろうか。

 

 目の前に広がる光景は、

 

 完全に、

 

 海の底だった。

 

「いやいやいや、これはさすがに夢だろう……」

 

 よし、もう一度寝ようと目を閉じる。

 

 グッバイお休みマイサン。残念ながら、この世にはもういないけど。

 

 あ、でも、俺も死んじゃってるんだから会えるのかもしれないね。

 

 こんなに呆気なく死んでしまったのは残念だけど、今更どう足掻いても仕方がない。なるようになるさが今の俺の心境だ。

 

 よし、それじゃあ羊を42.195回数えれば――って、それマラソンだからっ!

 

 と言うか、小数点ってどう数えるんだよっ!

 

 いきなり起き上がりながら、裏拳ならぬ漫才平手で空中にノリツッコミ。よし、今日も関西人だ。

 

 あ、でも、すべての関西人がノリツッコミを出来るなんて思わないで欲しい。

 

 あくまで、出来る人が多いってだけである。推測だけど。

 

 とりあえずもう一度横になって、色々と考えよう。

 

 まずは、悪夢――と言うか、昔の記憶のことからだ。

 

 正直、思い出したくはない場面だったが、それでも今は亡き弟の姿を見ることが出来たのは、嬉しい気がする。

 

 いや、ぶっちゃけると思い出したくはなかったんだけど。

 

 あの場面だけは……トラウマになってるんだ……

 

 どれくらいかって言うと、戦地で友人になったやつと話しているときに、

 

 

 

「俺、この戦いが終わったらさ、幼なじみと結婚するんだ……」

 

 

 

 と言う台詞を聞いたときくらいかな。戦地に行ったこと無いから映画の話だけど。

 

 でもまぁ、船に乗っているときに攻撃されたんだから、あれが初戦地だと言っていいかもしれない。

 

 イエーイ。初戦地ゲットー。

 

 死んじゃったけどね。

 

 しかしなんだ。死んだと言えばあれだけど、以外に落ち着いてられるもんだよね。

 

 しかも深海に沈んじゃってるんだよ? まず間違いなく行方不明者リストに載っちゃうよ。

 

 あー、最後に子どもたちに会いたかったなぁ……

 

 あと、愛宕のおっぱいもみもみしたかった。うん、これ切実に。

 

 そう考えると、まだまだ生きていたかったなぁ……ちょっぴりどころか、非常に残念だ。

 

 深海棲艦にパックリ食われちゃうんだもんなー。そりゃあ、生きている訳……

 

 

 

 あれ?

 

 さっき見えたの海の底だよね?

 

 でも俺、パックリ食われたよね?

 

 それって――

 

 

 

 おかしくないか?

 

 

 

「………………」

 

 俺は恐る恐る目を開ける。

 

 やはり、目の前に広がる光景は海の底。

 

 ならばと次に、俺の身体を見渡してみる。

 

 うん。五体満足っぽい。食われたのに。

 

 もぐもぐされずにそのまま後から出ちゃったとか? なら、身体を存分に洗わないと――って、そういう場合ではないだろう。

 

 もしかして俺――生きてたりする?

 

「気ガツイタヨウダナ」

 

「……っ!?」

 

 頭の上の方から聞こえた声に反応した俺は、すぐさま上半身を起こして振り返る。するとそこには、女性のような姿が立っていた。

 

 この姿は、資料で見たことがある。

 

 そう。深海棲艦のル級だ――って、冷静に分析している状況かっ!?

 

「な、なな……なんですとーっ!?」

 

 イ級ならともかく――って言うか食われちゃったけど、更にその上どころかすっ飛ばした、戦艦ル級が目の前にいるですとっ!?

 

 もうなんの罰ゲームだよっ! どこでカメラ撮っちゃってんの!?

 

 早く出てこいよプラカード! 持ってる奴の延髄蹴るからさぁ!

 

「フム、コノ状況デ落チツイテラレルトハ、人間ニシテハ根性ガアルナ……」

 

 いやいやいやっ! めちゃくちゃパニくってるんですけどねっ!

 

 つーか、どこをどう見ればそう考えられるんだよっ!?

 

「シカシ、偵察ニ行カセテイタ駆逐イ級ガ、マサカ人間ヲツレテ帰ッテクルトハ思ワナカッタゾ」

 

「……え?」

 

「シカモ、口ノ中ニ入レタ状態デダ。普通ナラバ、クッチャックッチャッ……ゴクン、ウマカッタ。ナノニダゾ?」

 

 え、何これ?

 

 ちょっと後半可愛かったんですけど。

 

 ウマカッタ……については保留するけどね。

 

「ト言ウコトデダ人間。ナゼ貴様ハ生キテイル?」

 

「いや、俺に聞かれても分かる訳が無いだろう。どうせ聞くなら、俺をお魚のようにしてくわえてきた駆逐艦を追っかけて聞いてくれ」

 

 イ級=ドラ猫ではありません。

 

 ここは強気に出なければナメられると思い、震える足を抑えながら言い返す。

 

 まぁ、それで機嫌を損ねちゃったら、元の木阿弥なんだけど。

 

「フム、確カニ貴様ノ言ウ通リデハアルガ、ソレハトックノ昔ニ済マセテアル」

 

 じゃあなんで俺に聞くんだよ――と、小1時間問い詰めたい。

 

 怖いからやんないけど。

 

「……じゃあ、その駆逐艦は何て言ってたんだ?」

 

「ソレガ分カレバ貴様ニ聞カヌ。ダカラコウシテ生カシタママデオイタノダ」

 

 そう言って、ル級は砲身を俺に向けてニヤリと笑う。

 

 だが、これはブラフだ。

 

 聞くために生かしておいたと、ル級は俺に今さっき言った。ならこれは、国語の文章問題によくある、簡単な引っ掛け問題に過ぎない。

 

「そ、そそそそそっ、そんな脅しに、ななな、なんちぇ……って噛んじゃったっ!」

 

 だが、怖いのはやっぱり怖い。見事なまでに、俺はテンパリまくっていた。

 

「………………」

 

 うわー。ル級の目がすんごい哀れんでるように見えるんですけどー。

 

 もしかして俺、可哀相な子どもみたいになっちゃってる?

 

「貴様ノ本心ガ良ク分カラヌ。根性ガ有ルヨウデ無サソウダシ、カト言ッテ、タダノ人間ニモ見エン……」

 

 ただの人間には興味が無いのだったら、S●S団にでも言ってくれって感じだ。

 

 とにかく、俺をここから解放してくれ。お願いプリーズ!

 

「マァイイ。ドウヤラ貴様ニモ、イ級ガ生カシテイタ訳ヲ知ラナソウダカラナ」

 

 ル級はそう言って、砲身をゆっくりと下ろしてため息を吐いた。

 

 深海棲艦もため息を吐くとは……ちょっとビックリしちゃったよ?

 

「ソレデハ貴様ニ問ウ」

 

「な、なんだ……?」

 

「今スグココデ食ワレルカ、ソレトモココデ……働クカ。好キナ方ヲ選ベ」

 

「……はい?」

 

 えっと、今ル級は、働くって言った?

 

 もしかしてここ、強制労働施設なの?

 

 借金まみれになった人が地下で働く場所って、もしかしてここだったりするのっ!?

 

 マスクをつけても肺がやられるような環境で、1日の楽しみが仕事終わりの焼鳥とビールで、外出券を買うのに貯めようとしていたにもかかわらず、勢いで豪遊しちゃって反省しまくる顎の尖った青年みたいになりたくはないっ!

 

 挙げ句の果てにサイコロでル級と戦うことになるのかっ!? もし勝ったら、お金なんかいらないから、そのおっぱい揉ましてもらっていいかな?

 

「……ナンダカ、嫌ナ予感ガシタノダガ」

 

 うん、気のせいではないです。

 

「サァ、ドチラニスルカ、早ク答エロ」

 

「……そ、それじゃあ……働く……方で」

 

 命は大事に。これ、俺のモットーなんで。

 

 いくら家族の仇でも、無駄に命は捨てたくない。生きていれば、いつかチャンスはやってくる。

 

「ソウカ。貴様ナラ、ソウ言ウト思ッテイタゾ」

 

 ニヤリ……と笑みを浮かべるル級。

 

 その顔を見て、俺はゴクリと唾を飲み込んでから、こう言った。

 

「コ、コンゴトモ……ヨロシク……」

 

 こうして俺は人間を辞め、悪魔になってしまった。

 

 ……冗談だよ?

 

 

 

つづく




次回予告

 会話で説得され、悪魔として契約してしまった主人公(違
それじゃあル級はデビルサマナー?(だから違

 そんな冗談は置いといて、やっと出てきたちっちゃい奴らっ!
あと、出始めのル級とえらい違いなんですけどっ!?


 艦娘幼稚園 ~沈んだ先にも幼稚園!?~ その5「沈んだ先にも幼稚園!?」

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その5「沈んだ先にも幼稚園!?」

※ヤンデル大鯨ちゃんの新作も公開してますっ。

 会話で説得され、海底で働くことになった主人公。
やっと出てきたちっちゃい奴らっ! ついでにル級が本性を現すっ!
いったいどうする主人公!? 色んなところが危ないよっ!(ぇ


 深海棲艦との契約を交わした俺は、ル級の後をついて歩くことになった。

 

 もちろん口約束なので、逃げれるチャンスがあればさっさと逃げる。契約書に判子は押してないし。

 

 問題なのは、今俺がいる場所は明らかに海底としか言いようが無いことだ。地面はごつごつとした岩場で湿気が多く、周りには水だらけ。どういう仕組みかは分からないのだが、海底の一部分が空気のシェルターのような空間になっていて、酸素もしっかりあるようだった。

 

「ドウシタ。ココガソンナニ珍シイカ?」

 

「珍しいも何も、こんな場所、見たことも聞いたことも無いぞ……」

 

「フム。確カニ人間ハ陸ノ上デ生活シテイルカラナ。貴様ガソウ言ウノモ仕方ガナイノカモシレヌ」

 

「いや、それにしたって、どういう理屈でこうなってるんだ……」

 

 俺はそう言って、海水と空間の境目に手を触れてみた。ふにゃりとした感触が手の平に伝わるが、どれだけ押してみても水中の方には行くことが出来ないようだ。

 

「興味津々ナノハ分カラナクモナイガ、アマリヤリ過ギルト、空間ガ破裂スルゾ?」

 

「マジかよっ!? それを先に言えよっ!」

 

「別ニ我々ニ問題ハ無イカラナ」

 

「いやいやいや、俺が死んじゃうから!」

 

「私ハ一向ニ構ワン」

 

 お前はどこの中国拳法家だよっ!

 

 ――と、心の中で突っ込みつつ、俺は大きくため息を吐いた。

 

 そんな俺の気持ちを全く気にすることなく、ル級はスタスタと進んでいく。岩場に出来た小路のような場所をすり抜け、空気の層で出来たトンネルをくぐって暫く歩いて行くと、急にル級が立ち止まった。

 

「着イタゾ」

 

 ル級はそう言って振り向いた。だが、俺には全くその行動が理解できない。何故なら、ル級の立っている場所は行き止まりにしか見えないし、周りを見ても何かがあるとは思えない。

 

「いや、着いたと言われても、何にも見えないんだけど……」

 

 冷や汗を垂らしながら俺はル級に言う。すると、ル級は不適な笑みを浮かべ、空気の層に手を触れた。

 

「ちょっ、ま、まさかっ!?」

 

 強く押せば空間が破裂すると言ったはずだよねっ!?

 

 ってことは、初めからそういうつもりで連れて来たのであって、もしかしてここは、死体を捨てる場所か何かですかーーっ!?

 

「ククク……マァ、静カニ見テイロ……」

 

「いやぁっ! 止めてっ! 死んじゃうーーっ!」

 

 言葉だけ聞いたらエロいかもしんない叫び声を上げながら、俺は首をブンブンと振った。

 

 ちなみに野郎が言っても全然嬉しくないと思うので、自重しろって話である。

 

 って、突っ込み部分は冷静なのねっ、俺!

 

「フム……ナンダカソノ叫ビ、ソソルモノガアルナ……」

 

 ル級が頬を少し赤くしてるんですけどっ!?

 

 やばいっ! これって貞操の危機っ!?

 

「……ト、話ガソレテシマッタ。マズハ、ココヲ開ケルゾ」

 

「……え、開ける?」

 

 その言葉を聞いた俺は、叫ぶのを止めてル級を見た。空気の層に触れた手がグググ……と押し込まれると、想像もしなかった音が俺の耳に入ってきた。

 

 

 

 ……ガチャリ

 

 

 

「……は?」

 

 目が点になって立ち尽くす俺。

 

 ル級の手が触れていた空間は、水疱のように消えてなくなり、

 

 目の前には20畳程の、大きな空間が視界に広がった。

 

「こ、これって、どういう仕組みなんだよ……」

 

 そんな俺の問いに、ニヤリと笑みを浮かべたままのル級。あと、頬が赤くて視線が厭らしく感じるようになったのは、なんででしょうか?

 

 うーん、本格的にやばいかもしれない。

 

「我々モ、詳シクハ知ラサレテハイナイ。元々存在シタ場所ヲ使ッテイルダケカモナ……」

 

 説明しながら、舌なめずりをするル級。

 

 たーすーけーてー、おーかーさーれーるー

 

 うぅ……初めては愛宕がよかったのに……しくしく……

 

「フム。貴様ガ何ヲ考エテイルノカ、少シズツ分カッテキタ気ガスルゾ」

 

 ちょっ、心の中を読むのは禁止だぞてめぇ!

 

「貴様、サッキカラ私ノ尻ヲ見テ興奮シテイルナッ!」

 

「全くこれっぽっちも見てねえし、興奮なんてしてる訳がねぇ!」

 

「ムウゥ……違ッタノカ……」

 

 何で残念そうな顔をしてるんだよっ! 人間と歩み寄ろうとしてるのかっ!? それともあれかっ、やっぱり肉欲にまみれた日々なのかっ!?

 

 あと、何気に背後霊を出せそうなポーズで言うんじゃねぇ!

 

 どっちにしたって誰か早く助けてお願いぷりぃぃぃぃぃずっ!

 

「分カッタゾ! 尻デハナクテ、コノ胸ノ方ダナ!」

 

 あー、うん。そっちの方は良い感じですね。かなりおっきいし。

 

 ――って、なんでそうなるんだぁぁぁぁぁっ!

 

「マァ、冗談ハコレクライニシテダナ」

 

「色々と心臓に悪いから止めてくれ……」

 

「ナンダ、冗談ハヨシコサンノ方ガ良カッタノカ?」

 

 いつの生まれだよお前はっ!

 

 あ、でも、過去の記憶を持っていたら、それもありえるのか――って、全然無理だよ! 

 

 つーか、そろそろ突っ込み疲れで息も絶え絶えだかんねっ!

 

「ドウシタノダ? 息苦シソウニ見エルガ……」

 

「誰のせいだ誰の」

 

「ハテ、私ト貴様以外ニハ誰モ……ハッ!?」

 

 そう言って、辺りを見回すル級。

 

「マサカ、オッカサンガ……見エルノカ……」

 

「いやもうお前、深海棲艦の面を被った人間じゃねえかっ!」

 

「冗談ハヨシオクン」

 

「もう聞き飽きたよっ!」

 

 ぜぇぜぇと肩で息をする俺を見て、ル級はニコニコと笑っていた。

 

 やべぇ……今まで出会った全ての生き物の中で、こいつが一番やばい気がするぜ……

 

「サテ、ソレデハ本題ニ入ルカ」

 

 今までは準備運動と言わんばかりに、首をコキコキと鳴らしながら開けた空間へと入っていくル級に続き、俺もその中に入る。ゴツゴツとした岩場ではなく、まるでここだけが整地されたような地面が広がり、フットボール位なら余裕で出来そうな広さだった。

 

 そして、その中には、いくつもの影が一塊になっていて、

 

 俺の姿をじっと見つめていた。

 

「オ前タチ、元気ニシテイタカ?」

 

「ヲッ、ヲヲヲッ」

 

「イーッ」

 

「レ、レレッ?」

 

 まるでそれは、深海棲艦の子どもたち。

 

 その様子は、紛れもなく幼稚園。

 

「ウム、奴ガオ前タチヲ見ル人間ダ」

 

 そして、超がつく無茶ぶりを言っているル級。

 

「ヲッヲー」

 

 喜んでいるようなヲ級の子ども。

 

「イイッ、イー」

 

 黒いタイツのやられキャラみたいな台詞を吐くイ級の子ども。

 

「レッレレー」

 

 可愛すぎるレ級の子ども。あと、その発音はドッキリっぽいから止めてほしい。

 

 そして、そんな子どもたちを見た俺は、ル級に対してこう言いたい。

 

 

 

 難易度高すぎ――と。

 

 

 

◆   ◆

 

 

 

「ソレデハ後ハ任セタゾ」

 

「いやいやいや、無理でしょこれはっ! 第一、言葉が通じないもんっ!」

 

「ソノヘンハ、気合イデナントカ」

 

「無茶言うなっ!」

 

「人間ヤレバ出来ル」

 

「どれだけ前向きなんだよっ! ってか、本当にお前は深海棲艦なのかっ!?」

 

「見レバ分カルダロウ?」

 

「中身の話をしてるんだよっ!」

 

 肩で息をしながら叫びまくる俺に、ル級は微笑みながら口を開く。

 

「貴様ハ本当ニ面白イ」

 

「そっくりそのままお前に返すわっ!」

 

 すると、何故かキョトンとした表情を浮かべるル級。

 

「長年オ笑イガマッタクダメナ奴ダト言ワレ続ケタ私ニ何ヲ言ウ……」

 

 いやもう、どう突っ込んで良いのか分かんねぇよ!

 

 つーか、深海棲艦でもお笑いとかあるのっ!?

 

 目茶苦茶気になるんですけどっ!

 

「……ヲ?」

 

 いつの間にか俺の服の裾を掴んでいたヲ級の子どもが、ぐいぐいと引っ張りながら何かを訴える。

 

「えっ?」

 

「ヲヲッ、ヲ?」

 

「あ、いや、その……」

 

「フム。早速気ニイラレルトハ……ヤハリ侮レン」

 

「気に入られてるのっ!? ってか、ここに連れて来たのに侮れないとか意味が分からねぇっ!」

 

「アノ伝説ガ……現実ニナルト言ウノカ……」

 

「伝説って何っ!?」

 

「我ラガ困リシ時、人ノ姿デ現レル。ソノ名ハ、伝説ノ先生ト……」

 

「………………」

 

 突っ込み所が満載過ぎて、限界超えちまったぁぁぁっ!

 

 つーか、名前が先生ってなんだよっ! 深海棲艦なら、深海棲艦でいいじゃんかよっ! なんでわざわざ人に任そうとすんだよっ! そもそも伝説にするほどじゃねぇだろっ!

 

 

 

 突っ込みやり切っちゃったよっ!!

 

 

 

「……ヲ?」

 

「ウム。タマニ変ナ行動ヲ起コスガ、心配シナクテモイイ」

 

「ヲッ、ヲッ」

 

 コクコクと頷いたヲ級を見て、ル級はニコリと笑みを浮かべる。そして、俺の顔を見てから口を開く。

 

「ト言ウコトデ、コノ子ラノ面倒ヲ頼ムゾ」

 

「あー、もう、やりゃあいいんでしょう……」

 

「人間諦メガ肝心ト言ウガ……サスガニ腐ッタ魚ノヨウナ目ハドウカト思ウガ」

 

 誰のせいだ誰の。

 

「マアイイ。暫クスレバ慣レルダロウ」

 

 そう言って、ル級は背を向けて歩き出した。

 

 ――と思っていたのだが、

 

「ソウダ、言イ忘レテイタガ……」

 

「なんだよ?」

 

「興奮スルノハコノ足ノ方ナノカ?」

 

「冗談もほどほどにしろぉッ!」

 

「ククク……ジャアナ」

 

 今度こそ背を向けて、ル級は去った。

 

 目茶苦茶お笑い出来るじゃんっ!

 

 天丼とか高等テクニックだろうがっ!!

 

 そんな心の叫びは、誰に聞かせることも出来ずに水疱のように虚しく消え、俺はがっくりと肩を落とした。

 

 その間、ずっとヲ級の子どもは裾をぐいぐいと引っ張っている。まるで懐いた子犬のように寄り添いながら。

 

「………………」

 

 な、何これ可愛いとか思ってなんかないんだからねっ!

 

 

 

つづく




次回予告

 ヲ級たちを主人公に任せ(おしつけ)て、去って行ったル級。
どうすりゃいいのかと迷っていると、子どもたちは急に走り出す。
鬼ごっとと理解した主人公は、幼稚園と同じようにやってみようとしたのだが……


 艦娘幼稚園 ~沈んだ先にも幼稚園!?~ その6「嘘」

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その6「嘘」

※ヤンデル大鯨ちゃんの最新作も更新してます。宜しくです。

 ヲ級たちを主人公に任せ(おしつけ)て、去って行ったル級。
どうすりゃいいのかと迷っていると、子どもたちは急に走り出す。
鬼ごっとと理解した主人公は、幼稚園と同じようにやってみようとしたのだが……


 え、まさかの展開? 今回最終話?


「えっと……とりあえず、どうするかな……」

 

 呟いてはみたものの、全く良い案が浮かばない。

 

 相手をするのは子どもだけれど、全員が深海棲艦である。家族の仇であり、人類の敵なのだ。

 

「ヲ?」

 

 しかしどうしてだろう。俺を見上げるヲ級の瞳は、純粋無垢な子どもそのものにしか見えない。こんな子が大きくなると、人間に対して脅威になるとは、どう考えても信じられなかった。

 

「イッイー」

 

 イ級に至ってもそうだ。俺が乗っていた船や漣を襲ったイ級とは、姿形は似ていても、全く悪意が感じられない。

 

「レレレッノレー」

 

 ……いや、お前もお笑い担当なのか?

 

 とりあえず言う。古過ぎる。

 

 最近の若い読者には全然通じないんだからねっ!

 

 自分の子どもですら箒で転がしちゃうような大人になっちゃいけませんっ!

 

 ……ふぅ、とりあえず突っ込みきった。

 

 満足満足。

 

「ヲッヲー」

 

「イーッ」

 

「レッレレー」

 

 三人が円になってくるくると回る。その光景は、幼稚園で見ていた園児たちとなんら変わらない。

 

「はぁ……まさか、海の底でも先生になるとはなぁ……」

 

 とりあえず、出来ることから始めよう。

 

 前向きに生きると、決めたのだから。

 

 あと、出来れば突っ込みはほどほどにしたいけど。

 

「よし、それじゃあ何がしたい?」

 

 俺は深海棲艦の子どもたちに問う。

 

「ヲヲーッ」

 

 ヲ級が右手を上げて、俺を呼ぶ。その瞬間、イ級もレ級も俺から離れるように駆け出した。

 

「なるほど、鬼ごっこだなっ!」

 

 ニッコリと笑顔で大きな声を上げる。すると、ヲ級もイ級もレ級も、笑みを浮かべて俺を見た。

 

 ……実際にはイ級の顔の判断がつき難かったけど。

 

 まぁ、言葉が通じない訳じゃないようだ。

 

 それなら何とかやって行けるだろうと、俺は両頬をパチンと叩いて気合いを入れる。

 

「よしっ、俺から逃げられるかなっ?」

 

「ヲッヲー♪」

 

 加減をしつつもしっかりと、俺は海底の地面を蹴った。

 

 

 

◆   ◆

 

 

 

「ぜぇ……はぁ……ぜぇ……はぁ……」

 

「……ヲ」

 

「イーイ……」

 

「レレ……レ」

 

 俺は3人に囲まれるような状態で、両手を膝について肩で呼吸を整えていた。

 

「な、なんつー……体力だよ……」

 

 鬼ごっこをし始めてから約30分。初めの方は、加減をしながら追いかけていたんだけれど、全く追いつく気配がなかった俺は、さすがにやばくないかと考えて、真面目に走ったのだが、

 

「ちょっ……ちょっとだけ……休憩させて……くれ……」

 

 追いつくどころか全く距離が縮まらず、次第に本気になった俺は全速力で追いかけ回した。しかし、3人は笑った顔のままぐるぐると広い空間を走りつづけ、俺から逃げおおせたのだった。

 

 あと、イ級に至っては空中に浮いてます。どういう仕組みかは分かんないんだけど。

 

 よくよく考えてみれば、天龍や龍田の時も俺の足と変わらない速度で走ってたし、艦娘の身体能力は人間の遥か上をいくんだろう。そして、それは深海棲艦も同じのようだ。

 

「ヲッ」

 

 近くにいたヲ級が左手を上げた。頭の上についている大きな楕円の口部分にある触手のようなモノも、合わせて上へと伸びていく。

 

 ブイイイイーンッ

 

「うおっ!?」

 

 すると、急にヲ級の上部から小さな飛行物体が現れて、思わず俺は声を上げてしまった。しかし、ヲ級は気にすることなく何かを指示するように手と触手を振って、ル級が消えて行った方へと飛ばしていく。

 

「ヲッヲ!」

 

 そして、俺に向かってガッツポーズをしたヲ級。

 

 うん、全然分かんない。

 

「ヲヲヲ……」

 

 伝わらなかったことを理解したのか、ヲ級は肩を落としてしょげこんだ。そんなヲ級を慰めるように、レ級がぽんぽんと頭を撫でる。

 

 やだ……可愛い……

 

 ――と、不覚にも思ってしまう俺。

 

 可愛いとは、全ての生き物に共通する感情なのだっ。仕方がないっ。

 

 ゴツンッ

 

「痛っ!?」

 

 痛みに驚いて後ろへ振り返ると、宙に浮いたイ級が俺の頭を突いていた。

 

「な、なんだよいったい……」

 

「イッ、イイー!」

 

「……何が言いたいんだ?」

 

 分からないとジェスチャーで示すと、イ級はため息を吐くように頭を少し下げた後、ヲ級の方へ向き、すぐに俺の頭を何度も突いた。

 

「……もしかして、慰めてこいって言ってるのか?」

 

「イッイー!」

 

「合ってる……って感じだな」

 

 少々腑に落ちないながらも、先生として落ち込んでいる子どもを見過ごすわけにはいかない。ましてや原因が俺にあるらしいので、尚更のことではあるのだが……

 

「問題は、さっきヲ級が何を伝えようとしていたか――だよな」

 

 飛行物体を飛ばした後、俺に向かって何かを伝えようとした。それについては間違いないだろう。

 

 問題はその内容であり、非常に難解な問題である。こちらの言葉は理解しているようなのだが、肝心の、あちらの言葉を俺が理解出来ないのだ。言葉の発音やニュアンスが違うのは何となく分かるのだが、余りの短さに、内容を理解するのは困難を極める。

 

 だが、とりあえず今俺が出来ることをするならば、これしかないだろう。

 

「ヲ級、その……だな」

 

「……ヲ?」

 

「言葉を理解できないのは、本当にすまないと思っている。少しずつ分かるようになるから、それまでは辛抱してくれないか?」

 

 俺はそう言って、レ級と同じように、けれども優しく、ヲ級の頭を撫でてあげた。

 

「ヲヲ……」

 

 俺を見上げるヲ級の瞳が、やんわりとほぐれるように閉じていく。悲しげな表情はすでに無くなり、純粋無垢な子どもの笑顔が俺に向けられていた。

 

 ふと……思ったんだが、俺の撫でているところは頭なんだろうか? 目のような大きいモノがついているし、口みたいに歯が並んでいるし、そこから触手みたいなのが生えてるし……って、近くで見ると、ちょっと怖いんだけど。

 

 でもまぁ、こんなに喜んでくれているのなら、別に良いかなとは思う。

 

「レレッ!」

 

「ん、どうした?」

 

「レッ、レレレッ!」

 

「もしかして、撫でてほしいのか?」

 

「レッ!」

 

 コクコクと頷くレ級。どうやらヲ級の気持ち良さそうにしている姿に、自分も撫でられたくなったらしい。

 

「よし分かった。それじゃあ、こっちの手で……」

 

 俺はそう言って、レ級の頭を優しく撫でる。

 

「レレ……」

 

 なでなで……なでなで……

 

 俺の両手に撫でられて、ヲ級とレ級は気持ち良さそうに立っている。

 

 この光景は、幼稚園でもよくあった。

 

 龍田にからかわれて泣いている天龍を慰めていた。

 

 何もない所で転び、痛がる潮を慰めていた。

 

 おかたづけをした夕立を褒めていた。

 

 バーニングミキサーを回避したら壁にぶつかって泣いた金剛を慰めていた。

 

 天龍をからかうためにと、龍田に脅されて撫でていた。

 

 ――最後辺りはちょっと違う気もするけれど、それでもこの光景は、

 

「ヲッ……」

 

「レッ……」

 

 地上にある幼稚園と変わらない。

 

 もし、この子どもたちを俺がしっかり育てたらどうなるのだろう?

 

 人間を襲わないように。危害を加えないように。

 

 人間と共同生活を送れるように。

 

 そう、育てることが出来たなら、家族も報われるのではないだろうか。

 

 いや、それだけじゃない。

 

 人間と深海棲艦が一緒に暮らせる世界。それこそが、未来のあるべき姿なのかもしれないのでは、ないだろうか。

 

 なら、俺がここに来たことは、

 

 ル級が言っていた、伝説の通りではないのだろうか。

 

 まさかそんなことはと、思う。

 

 でも、実際に俺は海の底でこうしている。

 

 これがもし、奇跡と言うのならば、

 

 俺のやるべきことは、一つだろう。

 

 

 

 この決断は、地上にある幼稚園へ戻ることは出来なくなるかもしれない。

 

 もう二度と、子どもたちに会うことが出来なくなるのかもしれない。

 

 しかしこれが、俺の運命ならば、

 

 喜んで、身を捧げようと思う。

 

 皆の姿を思い浮かべながら、俺は海面がある上へと視線を向ける。

 

 

 

 さようなら……と、俺は目を閉じた。

 

 

 

◆   ◆

 

 

 

 ――と、言うとでも思った?

 

 それじゃあダメだって! 艦娘幼稚園が終わっちゃうよねっ!

 

 それに、俺はまだまだやりたいことが一杯あるんだから、こんなところでは終われない!

 

 そう、愛宕のおっぱいを揉むまではっ!

 

 あー、うん。そんな冷たい目で見ないでください。

 

 ちょっとだけ反省してます。いや、本当にっ!

 

 見捨てないで! お願いしますっ!

 

 ……ごほん。

 

 いや、何と言うかごめんなさい。

 

 ちょっと調子に乗ってました。もうしません。

 

 とりあえず、撫でつづけていた話の続きに戻るんですが……

 

 

 

◆   ◆

 

 

 

 ブイイイインッ

 

「うおっ!?」

 

 ヲ級とレ級の頭を撫でつづけていた俺の背後に、ヲ級が飛ばした飛行物体が近づいて来ていた。

 

「び、びっくりした……って、なんだこりゃ?」

 

 よく見てみると、飛行物体の近くに水玉のようなフワフワとした物が一緒に浮いていた。

 

「ヲッ、ヲヲッ!」

 

 ヲ級もそれに気づき、右手を上げて俺に差し出すような位置へと移動させる。

 

「ヲヲッ!」

 

「えっと……」

 

 目の前にフワフワと浮かぶ水玉。どこかで見たことがあるような物体に、俺は頭をひねって考える。

 

 ――あ、これって宇宙船に乗ってる人が水で遊んでいるときのやつじゃないか?

 

 テレビか何かで見たことがある光景に、ヲ級の言いたいことが分かってきた気がする。肩で息をする位へとへとになった俺に、水分補給をする為に持ってきてくれたんじゃないだろうか。

 

 ヲ級の優しさを感じた俺は、ニッコリと笑みを浮かべて、もう一度撫でる。

 

「貰って良いのか?」

 

「ヲッヲー」

 

「ありがとなっ」

 

 俺はそう言って、ヲ級に感謝しながらパクリと水玉を飲み込んだ。

 

 口の中に広がる水分が喉を通っていき、カラカラになった口内を潤していく――はずだった。

 

「ぶはあっ!」

 

 なんじゃいこりゃああああああああっ!?

 

「ヲ?」

 

「し、しおっ! 塩辛ぇっ! こ、これって海水じゃねぇか!?」

 

「ヲヲッ!」

 

 コクコクと頷くヲ級に、俺はもう一度がっくりと肩を落とす。

 

「ヲッ?」

 

「いや、あの……だな……」

 

 俺は塩っ辛さで舌がヒリヒリするのに耐えながら、人間が海水をそのまま飲むことが出来ないことを説明することになった。

 

 うぅむ……初っ端から前途多難だ……

 

 

 

つづく




 はい。色々とすみません。勘違いしてたらマジごめんなさい。
でもサブタイトルがアレです。ちゃんと先に言ってますよっ(酷)
終わるタイミングを逃したみたいな某漫画みたいにはならないように頑張りますっ。



次回予告

 あえて言おう! ずっとル級のターン!
と言う事で、次回はル級&主人公の過去話。
エロスと化したル級に対して主人公はどう逃げるのか!?
そして、過去に遡ったお話が少しあったりします。


 艦娘幼稚園 ~沈んだ先にも幼稚園!?~ その7「深海棲艦」

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その7「深海棲艦」

 あえて言おう! ずっとル級のターン!

 ヲ級たちの面倒を見終えた主人公は大の字で地面に転がっていた。
そんなところに、声をかけてくるのは……そう、ル級だった。


「ぷはー、疲れたー」

 

 子どもたちの面倒を見終えた俺は、広場の真ん中で大の字になって寝転がっていた。時間にするとたいしたことはないのだが、向こうの言葉が分からない為、理解しようとする労力が非常に大変で、もはや疲労困憊のぶっ倒れ状態である。体力の回復をする為にも、暫くここから動けそうになかった。

 

「ヨッ、オ疲レッ」

 

 そんな俺の隣に、ル級がいつの間にか立っていた。

 

 なんで、仕事上がりのサラリーマンみたいな声の掛け方なんだよ……

 

「冗談ダガナ」

 

「心の中を読んだ挙げ句に、否定するんじゃねぇっ!」

 

「チョットシタ、オ茶目ナ会話ジャナイカ」

 

「ほんの少しの間でどんなけフレンドリーになってるんだよっ!?」

 

「ドンナケー」

 

「伸ばすなっ! そしてお前の性別はどっちになるんだっ!?」

 

 見た目は女性。中身はオッサン。人呼んで戦艦ル級とは、こいつのことだ。

 

「冗談ダ。チナミニ、フレンドリーニ関シテハ別ニ構ウコトハナイダロウ。ムシロソノ方ガ貴様ニトッテ都合ガ良イト思ウガ?」

 

「そりゃあ……そうだけどさ……」

 

 どうにもル級と話すと調子が狂う。まぁ、ギスギスとした感じでないだけマシだとは思うのだが。

 

「マァ、下心ガアルカラナンダガナ」

 

「何のっ!?」

 

「ククク……聞キタイカ?」

 

 言って、舌なめずりをしながら見つめるル級の目が、妖艶な感じにしか思えない。

 

 やっぱり犯されちゃうのかっ、俺!?

 

「冗談……デハ無イケドナ」

 

「そこは冗談だって言おうよっ!」

 

「ソレデハ面白ク無イノデハ?」

 

「お笑いやる気満々じゃねぇかっ!」

 

 頼むから休ませて欲しいのだが、ル級の機嫌を損ねてしまうと本当に危うい気がするので言うに言いきれない。俺は仕方なく、ため息という手段で抵抗することにした。

 

「ドウシタ? モウ泣キ言カ?」

 

「誰のせいなんでしょうねぇっ!」

 

「フム、私デナイコトハ確カダナ」

 

 お前だよっ!

 

 ――と、ボンテージで身を包んだ芸人のように心の中で突っ込みながら、なんとか話を反らそうと、問いかけることにした。

 

「フレンドリーついでに、一つ聞いていいか?」

 

「一回ニツキ一発デ許シテヤロウ」

 

「立場が逆っ!? そしてなんで都市狩人!?」

 

 いや、立場的には俺の方が弱いんだけど、そういうことじゃない訳で。

 

 つーか、説明したくないから想像にお任せします……

 

「マァイイ。気分ガ良イノデ無料デ構ワンゾ」

 

 金取るのかよ……と、もはや突っ込む気力もなく、許しも得たので聞いてみることに。

 

「なんで、お前たち深海棲艦は人間を襲うんだ?」

 

「………………」

 

 その問いを聞いて、ル級はじっと俺の目を見つめてきた。

 

 先ほどのおちゃらけた雰囲気は全くなく、真面目な顔で、今から戦おうとしている風にも取れた。

 

 怖い。けれども、今更撤回することも出来ない。

 

 暫く見つめ合う時間が流れた後、ル級は「フゥ……」とため息を吐いてから口を開いた。

 

「ソノ問イニ答エル前ニ、一ツ聞キタイコトガアル。貴様ハ、ワレワレ深海棲艦ガドノヨウニシテ生マレテクルノカ知ッテイルカ?」

 

「ハッキリとは分かっていないが、過去に沈んだ船の怨念などが実体化したのではないか……と、俺たちは考えているが……」

 

「ソウダナ、アナガチ間違ッテハイナイ。ダガ、全テガソウデハナイシ、ワレワレニモ分ッテイナイコトモアル」

 

「分かっていない……?」

 

「アァ。正確ニハ覚エテイナイト言ノガ正シイノカモシレナイ」

 

「そ、そうか……」

 

 当の本人からそう言われてしまっては、何も言うことが出来ない。今から思い出せというのは酷かもしれないし、多分、今までにも思い出そうとした深海棲艦はいたのだろう。しかし、そのことについて触れないで欲しいと、ル級の口調からハッキリと感じ取れた。

 

「チナミニ私ノ記憶ハ、途切レ途切レデ残ッテイルガ……」

 

 そう言って、ル級は目を閉じた。

 

「空ニモノ凄ク明ルイ光ヲ見タ記憶ダケガ残ッテイル。シカモソレハ一度ダケデハナク、私ガ沈ムマデ繰リ返エサレタ。ソレガ人間ニ対スル憎シミトナリ、フツフツト沸キ上ッテクルヨウナノダ……」

 

 目を見開いたル級。その目は今にも泣きそうな位に悲しげで、儚く見えた。

 

 空に浮かんだ明るい光。一度ではない経験。そして人間対する憎しみ。それらの言葉から、俺は一つの戦艦の名が頭に浮かんできた。しかしそれをル級に話しても良いのだろうか? 記憶が甦ることにより、更に憎しみが増大するのではないだろうか?

 

 そして俺は、もう一つの考えに至ることになる。

 

 深海棲艦が生み出される理由が、人間に対する罰なのではないのかと。

 

 地球という舞台の中で、人はある兵器を産み出した。その兵器はたくさんの人を殺し、形を変えて人の暮らしを支えていった。

 

 しかしその一方で、地球には多大な被害をもたらし続けている。

 それが、人の過ちであると定められ、

 

 その過ちが深海棲艦を生み出すのなら、

 

 地球が人を排除しようとしているのではないだろうか?

 

 そんなことはあってほしくない。だけど、それが一番、簡単に説明が出来てしまう。

 

 ならば人は、滅ぶ定めしか残っていないのか?

 

「ドウシタノダ? 急ニ黙リ込ンダリスルトハ……」

 

「あっ、いや……すまない。少し考え事をしていたんだが……」

 

「モシ不安ナラバ、相談ニノルゾ?」

 

「本当にフレンドリーだよな……」

 

 最初に出会ったときとは凄い違いだよな――と、俺は呆れにも似た、ため息を吐く。

 

 そして、ふと――こんな考えが俺の頭に過ぎった。

 

 人が地球の膿であり、深海棲艦がワクチンとするなら、

 

 膿とワクチンは相容れないのだろうか?

 

 実際に今の俺は、深海棲艦であるル級と会話をしている。ヲ級やイ級、レ級の子どもたちとも触れ合った。捕われの身ではあるものの敵対している訳ではなく、むしろフレンドリーに会話を楽しめてさえいるのだ。

 

 さっきの俺の考えが正しいのなら、今のようなことは起きるとは思えない。人間は反省することが出来る生き物で、それを促すために俺がここに呼ばれたと言うのならば――

 

 やはりル級の言う伝説は、間違いないのかもしれない。

 

 ――って、このままだとまた同じようなエンディング画面に行きそうなので、自重しないと大変だ。

 

 いやいや、エンディング画面ってなんだよ。まだ死なないよ、俺。

 

「貴様ハドウナノダ?」

 

「……えっ?」

 

 ル級の言ったこと場の意図が掴みきれなくて、俺は疑問の声を上げる。フレンドリーに対することなのか、それとも別のことを聞いているのか、ハッキリと分からない。

 

「人間ハワレワレ深海棲艦ヲ襲ウ。ソレハ報復ノ為ダロウト言ウコトモ分カッテイル。シカシ、貴様カラハソレ以外の理由ガアル雰囲気ガ感ジラレル気ガスルノダガ……」

 

「………………」

 

 ル級の言葉に目を見開いた。今までの会話で、心の奥底に秘めていた本心――すなわち、家族の仇と言うことを表に出したつもりはない。それが知られれば、間違いなく俺は海の藻屑になると思っていたのだから。

 

 しかし、ル級は俺の心までも読み取っていた。確かに、考えていることをちょくちょく当てた挙げ句にボケ振りまでしてたんだから、そういう能力があってもおかしくはないんだろうけれども。

 

「マァ、言イ難イコトナラ無理ニデモ言ワナクテモイイゾ?」

 

 気遣いまで出来るル級。もはやどちらが人間でどちらが深海棲艦だか分からないぞ……

 

「いや、それは別にいいんだが……一つ聞いても良いか?」

 

「フム……」

 

 俺の目を見たル級は、何かを言いかけて、すぐに言葉を飲み込んだ。

 

 多分またボケようと思ったのだろうなぁ。

 

 ボケ――だよね? ボケとか突っ込みとかの、お笑い的なやつだったんだよねっ!?

 

「――デ、何ヲ聞キタイ?」

 

 ル級のその言葉を聞いて俺は息を飲んでから、しっかりと目を見つめて口を開く。

 

「今から10年前くらいのことなんだが……客船を襲ったことがあるか?」

 

 俺と、家族が乗っていた、大型の客船を。

 

 ル級はあの時、俺たちを襲ったのか?

 

「イヤ、記憶ニハ無イ」

 

「記憶には……だとっ!?」

 

「正確ニハ、私ガ深海棲艦ト気ヅイテカラ、三年ホドシカ経ッテイナイ」

 

「そっ、そうか……すまない、取り乱しかけた」

 

「イイヤ、貴様ニモ何カ訳ガアルノダロウ。ダガソレハ、聞カナイ方ガ良イノダロウナ」

 

「そう言ってくれると助かるよ……」

 

「ソレハオ互イ様ダ。アノ三人ヲ見テクレテイルダケデ、私トシテモ非常ニ助カッテイル」

 

「……そうなのか?」

 

「アァ。ナンセ、底無シノ体力ダカラナ……」

 

 あー、そうなのね……

 

 やっぱりル級も、子どもたちの面倒を見るのはキツかったのね……

 

 最後の最後にオチがつき、2人揃ってため息を吐いた深海での会話だった。

 

 

 

◆   ◆

 

 

 

 それから明日まではやることが無いと聞かされた俺は、たわいのない会話をル級と暫く楽しんだ後、幾度となく襲ってきた欠伸に負けて眠ることにした。その際、ル級が厭らしい目で俺の身体を嘗めまわしているような気がして身の危険を感じまくった俺は、広場の片隅でガタガタ震えながら命ごいをすることで情けなさを全面に出して呆れさせることに成功し、ホッと胸を撫で下ろしていた。

 

「興ガ冷メテハシカタガナイ。ダガ明日コソハ……ククク……」

 

 そう言ってル級は去って行ったけど、それもボケってことで良いんだよねっ!?

 

 そうじゃないと、数日のうちに襲われちゃうからっ! 助けて愛宕さんっ!

 

 とまぁ、そういう展開は薄い本にでもお願いするとして、俺は地面に寝転がりながら地上にある幼稚園のことを思い浮かべていた。

 

 元気いっぱいに幼稚園の中をはしゃぎ回る子どもたち。俺はいっつも振り回されてばかりだけれど、とても楽しい毎日を過ごしてきた。

 

 もちろん、今この場所が楽しくないという訳ではない。ただ、捕われの身であることと、ガラリと変わった環境では身体を休めることさえ難しい。

 

 ――と言うか、寝てる間にル級に何かされるかもしれないってのが、一番心配なんだけどね。

 

 この際開き直って、身を委ねてみる方がいいのかもしれない。ただ、二度と引き返せなくなる気がしてならないんだけど。

 

 人間諦めが肝心と言うが、まだ諦めたくないんだよなぁ……

 

 そんな、人としてどうよ……と言われてしまいそうなことを考えているうちに、疲れから瞼が少しずつ重くなり、夢の世界へと誘われていった。

 

 

 

つづく




次回予告

 次回サブタイトルマジやばい?
大丈夫。クエスチョンがついてるからねっ!

 またもや出てきた弟の夢。
そして目覚めた主人公。目のあたりにする大惨事!?
更なる悲劇が主人公を襲うっ!?


 艦娘幼稚園 ~沈んだ先にも幼稚園!?~ その8「初夜?」

 乞うご期待!

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その8「初夜?」

 またもや出てきた弟の夢。
そして目覚めた主人公にとんでもない惨事が襲いかかる!?
更に追加されるル級に対し、主人公が取った行動は……


 

「にいちゃん……一緒に寝てもいいかな……?」

 

「なんだ、また怖い夢でも見たのか?」

 

「う、うん……そんなとこ……」

 

「ん? なんだかハッキリしないなぁ……」

 

「あ、あのね……」

 

「どうしたんだ? 一緒に寝るんだろ?」

 

「うん……そうなんだけど……」

 

「じゃあさっさと入れよ。じゃないと、寒いんだから風邪ひいちまうぞ?」

 

「う、うん、ありがと」

 

「………………」

 

「………………」

 

「……で、いったいどんな夢を見たんだ?」

 

「え、えっとね……そ、その……」

 

「あ、すまん。思い出したら怖くなっちゃうか」

 

「ううん、そうじゃないの。ただ……」

 

「ただ……?」

 

「にいちゃんと、初夜を共にできるって思うと……」

 

 

 

◆   ◆

 

 

 

「ぶふぅわあっ!?」

 

 とんでもない夢で目覚めた俺は、上半身を起こして頭を抱えた。

 

 なんつー夢を見るんだよ……封印したと思っていたのに……

 

 脂汗でビショビショになった上着を脱いで、ふと、自分のすぐ側に人影のようなモノが寝転がっていることに気づき、嫌な予感がしつつも視線を向けてみた。

 

 まさかとは思うが、ル級じゃ……ないよな……?

 

 全裸で寝っ転がっていたル級が「昨晩ノ貴様ハ凄カッタゾ……(はあと)」とか言いながら、頬を染めていたりした日には、今すぐ崖からダイブするしかないんじゃないかと思い詰めたのだけれど、

 

「ヲッ」

 

 深海棲艦違いの、ヲ級の姿がそこにあった。

 

「な、なんでここで一緒に寝てるんだ……」

 

「ヲッ、ヲヲ」

 

「うん。全く分からん」

 

「ヲヲヲ……」

 

 がっくりと肩を落とすヲ級。だって、本当分かんないし。

 

「ヲッヲ、ヲヲ……」

 

 身体を横たわらせて、手の甲を頬に当てながら、頬を赤く染めるヲ級が何かを言っている。

 

 ………………

 

 いや、ル級じゃないんだから、マジでそういうのやめてくんないかな……

 

 ただでさえ幼い容姿なんだし、こんなところを誰かに見られたら――ってまぁ、ここは海底だから、知り合いも多くないし問題もないか。

 

 ――と、思っていたのだが、

 

「ソロソロ起床ノ時間ダゾ……」

 

 重なるときは重なるのがお約束である。

 

 バッチリ目と目が重なる俺とル級。

 

「マ、マママッ、マサカ……ッ!」

 

「いやいやいやっ、ちょっと待て! さすがに少し考えれば分かることだから冷静になってくれっ!」

 

 いきなり撃たれてもおかしくない程のル級のうろたえぶりに、俺は両手の平を突き出して大きな声を上げたのだが、

 

「先ヲ越サレルトハナンタル不覚ッ! 各ナル上ハ、三人プレイデ果テヨウゾッ!」

 

「だから落ち着けって言ってるだろうがあァァァッ!」

 

 ルパ●ダイブをかまそうとするル級に、対空技の寝っ転がりハイキックをカウンターでぶち当てた俺は、すぐに立ち上がって追撃に備える。

 

 だが、ル級はそのまま倒れ込み、先ほどのヲ級と同じようなポーズを取りながら、

 

「キズモノニサレルトハ……」

 

「意味合いが全然違うっ!」

 

 更なる突っ込みをすることになってしまったのだった。

 

 朝から突っ込み連打は本当に疲れるから、マジで止めていただきたいです。

 

 

 

◆   ◆

 

 

 

「むぅ……」

 

 子どもたちの面倒を見始めてから数時間経ったくらいで、ふとあることに気づき、声を漏らした。

 

「ヲッ?」

 

 ヲ級は何事かと俺の顔を見上げている。

 

「腹が減った……」

 

 よくよく考えてみれば、捕われの身になってから一度も食事を取った記憶が無い。昨日は――と言うか今日もだけれど、バタバタしていたこともあり、完全に忘れきっていた。

 

 ぐぅぅぅ……

 

 しかし思い出してしまえば、今度は気になって仕方がない。腹の虫はとめどなく流れるが如く、低い鳴き声を上げ続けていた。

 

「レレ……」

 

 そんな俺を見て、レ級が他の2人に呼び掛ける。

 

「レッ、レレーレ」

 

「イー……」

 

「ヲッヲ、ヲー」

 

 何やら相談をしているようなのだが、内容はさっぱり分からなかった。時折こちらの方をチラチラ見てはコクコクと頷いていたので、俺が関係しているとは思うのだけれど……

 

「あー、その……いったい何を相談しているんだ?」

 

「ヲッ!」

 

 俺の呼び掛けに反応したヲ級が右手を元気良く上げた。その動きを見て、イ級とレ級が別々の方向へと動き出す。

 

「お、おいおいっ! いったいどこに行くんだっ!?」

 

「ヲッヲ、ヲヲ」

 

 触手を俺の肩にぽんっと置いて、ヲ級はニッコリと微笑んだ。何故だか分からないけれど、私たちに任せておけ――と言っている気がして、俺は少し不安になりつつも成り行きを見つめることにするため頷いた。

 

 そんな俺を見て、ヲ級も行動を開始する。

 

「ヲッヲ~♪」

 

 広場の隅っこへと駆けて行ったヲ級は、座り込んで何かを拾い上げているように見える。そうしているうちに俺の近くに戻ってきたレ級は、ヲ級に向かって声を上げ、手で抱えてきたモノを地面へと置いた。

 

「これは……木の板か?」

 

「レッ!」

 

 コクコクと頷くレ級。

 

 なんでこんなモノを持ってきたんだろう?

 

 たぶん、昔に沈んだ木製の船の廃材か何かなんだろうけれど、何に使うのか分からないし、役に立ちそうにも思えない。

 

 そうこうしているうちに、ヲ級も何かを持って俺の元へと戻ってきた。どうやら手に持っているのは2つの石ころのようだけれど、やっぱりこれも何に使うのか分からなかった。

 

「レレッ!」

 

「ヲッ!」

 

 2人はお互いの顔を見つめ合いながら頷くと、ヲ級が廃材を両手で持ち、レ級が両手を腰にあてて重心を落とした。

 

 なんだか、見たことがあるような光景なんだけど、これって空手とか武術の演技でよくあるパターンのやつじゃ……

 

「レッ!」

 

 

 

 パキャッ!

 

 

 

 割れたよオイ……

 

 それはもう、モノの見事に真っ二つ。いくら深海棲艦と言えども子どもだからという認識は、拭い去った方が良いかもしれない。

 

「ヲーヲッ!」

 

 ナイス! と言わんばかりのヲ級が、割れた廃材同士を重ね合わせて同じように手で持った。

 

 そして構えたレ級は、素早い動きで回転し、

 

「レレーッ!」

 

 

 

 パッキャーンッ!

 

 

 

 見事な回転蹴りで、またもや真っ二つに廃材を叩き割った。

 

「………………」

 

 その芸術的なキックに見とれてしまいそうになったのだが、それ以上に思えたのは、

 

「……可愛いなぁ」

 

 そう。

 

 身長が低い子ども体型なレ級の回転蹴りは、上段とは程遠い高さにしか放つことが出来ず、ヲ級もそれが分かっているのか、ちょうど大人で言う中段辺りの位置で構えていた。

 

 その結果、何とも言えない可愛らしさをまとった回転蹴りになり、それを見つめる俺の顔も、思わず崩して笑みを浮かべてしまうことになったのである。

 

 威力は十分、可愛いさも十分。

 

 まさに俺得。いや、役得である。

 

「ヲッヲー」

 

 レ級の打撃によって細かく解体された廃材は、ヲ級の手によって回収されると、ひとまとめに地面に置かれることになった。小さな円になるように配置されていくのを見て、ヲ級たちが何をしようとしているのかが分かりかけてきた。

 

「そうか……火を起こそうとしているんだな?」

 

「レッ、レ」

 

 うん――と言う風に頷いたレ級は、先ほどヲ級が持ってきた石ころを両手に持って、カチカチと擦り当てる。しかし、上手く火花が飛び散らず、薪である廃材に火は着きそうになかった。

 

「よし、それじゃあ俺がやってみよう」

 

 俺はそう言って、レ級から石ころを受け取ってしゃがみ込んだ。出来るだけ薪の近くで火花を起こす方が火も着きやすいだろう。

 

 

 

 カチカチッ……カチッ、カチカチッ……

 

 

 

「ヲヲ……」

 

「レレ……」

 

 しかし、どれだけ石ころを擦り当てても、薪に火が着きそうな気配はなかった。よく考えてみれば、直接木に火花を当てたとしても、簡単には燃えなかった気がする。こういうときは、火種になる燃えやすい物が必要なのだ。

 

「ヲ級、レ級。悪いんだけど、紙とかそういった燃えやすい物って無いかな?」

 

「ヲヲ?」

 

「レッ、レー……」

 

 2人はお互いに顔を向けあいながら相談をしているようだったが、すぐに俺へと向き直ると、頭を左右に振って残念だと言わんばかりの表情を浮かべた。

 

「そうか……無さそうか……」

 

 考えてみれば海底であるこの場所に、船の廃材である木の板ならまだしも、紙が都合よくあるとは思えない。俺は他に火種になるような物が無いかと、ズボンのポケットに手を突っ込んでみた。

 

 しかし、手に触れたのはズボンの生地だけで、他には何も入っていなかった。

 

 ん、いや――待てよ。

 

 パッと閃いた俺は、ポケットの隅から隅まで指の腹で擦るように動かした後、人差し指と親指で中にあるものを摘んで外に出した。

 

「ヲッ?」

 

 何かを持っているのかとヲ級は俺の手を見つめてきたが、ソレに気づくことなくがっかりした表情を浮かべて肩を落とした。

 

「おいおい、どこを見てるんだ?」

 

「ヲーヲ?」

 

「これだよ、これ」

 

 俺はそう言って、指で摘んでいた物を落とさないようにヲ級とレ級に見せる。

 

「レレ?」

 

「これは、ポケットの中に入っていたゴミクズだよ。埃とか糸屑とか、そういうのがまとまった物なんだ」

 

「ヲー」

 

「小さくはあるけど、火種になる可能性は十分にあるんだぞ?」

 

「レレッ!」

 

 目を大きく見開いて、レ級はマジマジとゴミクズを眺めていた。俺はニッコリと笑みを浮かべた後、薪の近くにそれを置いて、石ころを擦り当てて火花を散らす。

 

「ヲッヲ!」

 

「レッ!」

 

 暫くすると、ゴミクズから小さな白い煙がプスプスと上がり、真っ赤な炎が着き始め、2人が歓喜の声を上げた。

 

 しかし、上手く行くのはここまでだったようで、薪に火が着くよりも早く、小さなゴミクズが燃え尽きてしまった。俺たち3人は愕然とした表情を浮かべながら、ガックリと肩を落とす。

 

「ヲー……」

 

「レ……」

 

「くそっ! もう少しだったのに……」

 

 地面に向かって拳を叩きつける。痛みよりも悔しさが勝り、何度も繰り返し地面を叩いた。

 

 すると、落ち込んでいる俺たちのすぐ近くに、すっかり忘れてしまっていたイ級が帰ってきた。更にその後ろから、別の影が近づいてくる。

 

「イッタイ何ヲシテイルノダ?」

 

「ル級か……見ての通り、火を起こそうとしてたんだけど……火種がなくなっちまったんだよ……」

 

「火種ダト? ナゼソンナ面倒ナコトヲ……」

 

「面倒って……ライターとかそんな気が利いた物があるわけでも……あっ!」

 

 思い出したように声を上げた俺は、余りの自分のふがいなさに頭を抱える。

 

 ル級がいるということは、もちろん艦装もある訳で、

 

「弾薬ヲバラシテ使エバ、火ナドスグニ着クダロウニ……」

 

 その突っ込みに対する返答は、誰一人として返すことが出来なかった。

 

 

 

◆   ◆

 

 

 

「トコロデ、ナゼ火ヲ着ケヨウトシテイルノダ?」

 

「それは……俺にも分からないんだけど……」

 

 俺はそう言ってル級に見えるように、始めだしたのはヲ級とレ級なんですよ――と、指差した。

 

「フム。ト言ウコトハ、イ級ノ頼ミゴトモ関係シテイルヨウダナ」

 

「頼みごと?」

 

「イーッ」

 

 イ級はコクリと頭を下げ、ル級に向き直る。

 

「コレヲココニ持ッテキテ欲シイト言ワレテナ」

 

 そう言って、ル級はどこに隠し持っていたのか大きな網を前に出し、縛っている口を解いて中身を地面へと放りだした。ドサドサと落ちていくのはどうやら魚のようなのだが、今まだに見たことが無いような姿に俺は驚きを隠せない。

 

 何と言うか……その、凄く……グロテスクなんですが……

 

 目玉がとんでもなく大きい魚から、触手のようなモノがたくさんついている魚。たぶん、これらは全て深海魚なのだろうが……

 

「ヲッヲ~♪」

 

 大量の魚を見て、ヲ級は大喜びといった風に両手を叩きながら踊っていた。それに釣られて、レ級もイ級も同じように喜んでいる。

 

 いったい何が始まると言うのだろう。たき火に魚と言えば、アレしか思い浮かばないけれど、グロテスクな姿の魚をまさか食べるなんてことは……

 

「ソレデハ、串ニ刺シテ塩ヲカケナイトナ」

 

 食う気満々だった。

 

 とは言え、空腹である俺にとってこの出来事は渡りに船。多少……いや、かなりのグロテスクではあるものの、こういうものほど味は旨いと言うし、御相伴に預かれるのはありがたい。

 

 ル級に続いて俺もレ級もヲ級も、魚を串に刺して塩を振る。イ級は……さすがに出来そうに無いので、応援がてらに踊りつづけていた。もしかすると、ヲ級たちがこうやって薪を用意したり、魚を採ってきたりしてくれたのは、俺がお腹を空かせていたのを見たからではないだろうか。そうなのであれば、感謝してもしきれないくらい嬉しいのだけれど、それじゃあなんで昨日の時点で食料がもらえなかったんだろうと、気になってしまった。

 

「ル級、ちょっと聞いていいか?」

 

 俺は魚に串を刺しながら、ル級に問う。

 

「ナンダ?」

 

「これって、俺の飯ってことで良いのかな?」

 

「ソノ為ニ、ヲ級タチガ用意シテクレタノダロウ?」

 

「そうか……そうだよな。ありがとうな、みんな」

 

「ヲッヲヲー」

 

 両手は魚と串で塞がっているので、ヲ級は頭部の触手を上げながら答えた。

 

 器用に使えるんだなぁ……それって。

 

「それともう一つなんだけど」

 

「マダ何カアルノカ?」

 

「なんで昨日、俺の食事無かったの? やっぱり、捕虜って1日1食とかだったりするのかな?」

 

「………………」

 

 ル級はハッとした表情を浮かべながら、俺から目をそらし、ヲ級やレ級の方へと視線を向けた。そんなル級に気づいてか、2人は視線を合わさないように明後日の方へと顔をそらす。

 

「……もしかして、忘れてたとか?」

 

「イ、イヤ……ソンナコトハ無イ……ゾ」

 

 ル級の額から、タラリと一筋の汗が流れ落ちるのを俺は見逃さない。

 

「そうだよな……俺って強制労働させられる、使い捨ての捕虜だもんなー」

 

「ム、ムググ……」

 

 わざとらしく落ち込む俺を見て、ル級は更に汗を垂らした。表情は困惑し、どうすれば良いかと考えているように見える。

 

 しかしまぁ、この手はやり過ぎると逆効果になってしまうので気をつけなければならない。地上の幼稚園でも、天龍にこの手を使った後、龍田から脅されちゃったしね。

 

 ――今思い出しても寒気がする。さすがは幼稚園の裏番長、龍田なだけはある。

 

 えっ、そんなこと初めて聞いたって? そりゃそうだ。今考えたんだから。

 

「シ、仕方ナイ……」

 

 ブルブルと身体を震わせていたル級は、急に俺の顔をしっかりと見つめながら口を開く。

 

「オ詫ビニ、今晩私ヲ食ベテイイゾ」

 

「結局お前がしたいだけじゃねえかっ!」

 

「チッ……バレタカ……」

 

「子どもたちの教育にもよくねえから、あんまりそういうことを口にするんじゃねぇ!」

 

「深海棲艦ニトッテ、コウイウコトハオープンナノダ」

 

「そうなのっ!? すっげぇアメリカンッ!」

 

 いや、それにしたってやり過ぎだと思うけどね。

 

 本当に自重しろって話である。

 

 まぁ、そんなこんなでたわいのない会話をしながら、全ての魚を串に刺して塩を振り、焼く準備が整った。

 

「ヲッヲ」

 

「ウム。ソレデハ弾薬ヲ解体シタ火薬ヲ、薪ニ降リカケテダナ……」

 

 サラサラサラ……と、美味しそうには見えない粉を降りかけていく。

 

 これがアツアツの白ご飯にごま塩だけでも、今の俺なら十分なんだけどなぁ。

 

「ヨシ、後ハ着火サセルダケダ」

 

「レッ!」

 

 嬉々としたレ級が石ころを擦り当てて火花を散らす。だが、なかなか火が着かず、表情が徐々に不機嫌になっていた。

 

「私ガヤッテミヨウ」

 

「レレ……」

 

 しょんぼりとしたレ級から石ころを受け取ったル級は、強く石ころを擦り当てる。しかしそれでも火薬に火が着かず、もしかすると湿気ているんじゃないかと思い、声をかけようとしたのだが、

 

「マドロッコシイノハ苦手ダ……」

 

 ル級はそう言って立ち上がり、石ころを後方へと投げ捨てると同時に砲口を薪に向け、

 

 

 

 ズドーーーンッ!

 

 

 

 あろうことか、実弾を発射した。

 

「「「「………………」」」」

 

 目が点になったまま、俺と子どもたち3人は立ち尽くしていた。

 

 それもそのはずで、薪はおろか魚の姿すら残ってはおらず、見事なまでに四散してしまっている。

 

「馬鹿かてめぇはっ!」

 

「ム、ムゥゥ……」

 

「こんな至近距離で大砲をぶちかますか普通っ!? もうちょっとズレてたら、俺や子どもたちにまで被害が及ぶじゃねぇかっ! 何なのっ、馬鹿なの、死ぬのっ!?」

 

「ヲヲ……」

 

「レー……」

 

「イィー……」

 

 ガックリと肩を落とす子どもたちがル級を見つめる。

 

「ウッ……ソ、ソノ……スマナイ……」

 

 さすがにいたたまれなくなったのか、ル級は子どもたちに頭を下げて謝る。

 

 そして今度は俺に向かって、

 

「コノオ詫ビハ、今夜シッポリト……」

 

「だからそれはいらねぇって言ってるだろうがぁぁぁっ!」

 

 レ級に負けず劣らずの回転蹴りが、ル級の頭にクリーンヒットした。

 

 

 

 結局、食事はまだ先になりそうである。

 

 しくしくしく……

 

 

 

つづく




次回予告

 深海棲艦の子どもたちとも分かりあえてきた主人公。
しかし、たった一つの命令が、全てを変えてしまう事になる。
別れを迎えた主人公に、ル級がとんでもない事を言い出した。


 艦娘幼稚園 ~沈んだ先にも幼稚園!?~ その9「別れ」

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その9「別れ」

 深海棲艦の子どもたちとも分かりあえてきた主人公。
しかし、たった一つの命令が、全てを変えてしまう事になる。
別れを迎えた主人公に、ヲ級とル級が話し合い、更にはとんでもない事を言い出したっ!?


 それから数日の間、深海棲艦の子どもたちの面倒を見るにつれて、意思疎通もなんとか出来るように(と言うよりかは、俺が子どもたちの言いたいことが理解出来なかっただけなんだけど)なった。

 

 その成果によって疲れ具合も徐々に緩和し、体力を温存することが出来るようになってきた。夜の就寝の度に襲おうとしてくるル級もなんとか撃退しつつ、俺は比較的安眠を取れるようになってきた。

 

 舞鶴鎮守府の幼稚園に戻りたいという気持ちは今でも強く秘めてはいるが、深海棲艦の子どもたちの面倒を見るのも俺の仕事だと思い始めていた。

 

 しかし、そんな思いも、たった一つの変化で水疱に帰すこととなる。

 

 

 

◆   ◆

 

 

 

「呼びだし?」

 

「ソウダ。北方ノ姫カラ呼出シガアリ、ココニイル全員ガ北ノ基地ヘ移動ニナッタノダ」

 

「それじゃあ、子どもたちも一緒に行くことになるんだよな?」

 

「ソウナノダガ、問題ガ……アル」

 

 ル級はそう言って、俺の顔を見た。

 

 そう。問題とは俺のことである。

 

「北ノ基地に貴様ヲ連レテ行ケバ、間違イナク問題……イヤ、大問題ニナルコトハ予想出来ル。モチロン、ソノ後ドウナルカハ……言ワナクテモ分カルダロウ?」

 

 ぱっくん、もぐもぐ、くっちゃくちゃ――ですよね。

 

「……なら、俺はどうすれば良い?」

 

「非常ニ残念ダガ……解放スルシカアルマイ」

 

 ル級の言葉に、俺は心底喜ぶことが出来なかった。もし捕まった直後だったら、両手を上げて喜んでいただろうけれど、今の俺には心配なことが一つある。

 

「イー……」

 

 俺とル級の会話を聞いたイ級の子どもが、悲しそうな声を上げた。レ級もヲ級も目に涙をためて、じっと俺の顔を見上げている。

 

「お前たち……」

 

 子どもたちの悲しげな表情を見て、俺もグッと涙があふれそうになる。しかし、ここで俺が泣いてしまっては更に別れが辛くなるので、心を非情にして口を開いた。

 

「そ、そうか……やっと解放されるんだなっ! これで鎮守府に戻れるし、せいせいするぜっ!」

 

 俺は両手を上げて喜ぶ仕種を子どもたちに見せる。

 

 なんてことはない。前に居た場所に戻るだけなのだ。

 

 なのに、なぜ――これ程までに、悲しくなるんだろう。

 

 なのに、なぜ――これ程までに、涙があふれてくるんだろう。

 

「レッ……」

 

 レ級が俺に背を向ける。肩は大きく震え、ズルズルと鼻をすする音が聞こえてくる。

 

「イー……」

 

 イ級はその場でじっと俺を見つめていた。その目からは、雫がポタポタと流れ落ちている。

 

「………………」

 

 しかしヲ級は悲しそうに俺を見上げたまま、じっと立ち尽くしていた。まるで、この時が来るのを分かっていたかのように見つめている。

 

「チナミニダガ、私モ非常ニ悲シイノダゾ?」

 

 そう言ったル級だけれど、視線が俺の顔じゃなくて下腹部に向いていた。

 

 最後までお約束なヤツである。

 

「ヲッヲ……」

 

 すると、ヲ級は何かを決めたような表情を浮かべてから、ル級の側に行って耳打ちをする。

 

「……ナンダト!?」

 

 ル級はヲ級の言葉を聞いて心底驚いたような顔をした。そしてすぐにヲ級の顔を見て、ゆっくりと口を開く。

 

「ソノ意思ハ固イノカ?」

 

「ヲッ!」

 

 頭にある触手と右手を同時に上げたヲ級は、しっかりとレ級の目を見つめながら大きな声を上げた。

 

「シカシ、ドウ言イ訳ヲシテイイモノカ……」

 

「ヲッヲ、ヲヲヲ……」

 

 迷うル級に、ヲ級はもう一度耳打ちをするように話しかけた。

 

 うーん、発音とかほとんど聞こえないから、何を話しているかさっぱりなんだけど、何となく嫌な予感がするんだよなぁ……

 

「ナルホド。確カニソノ手ナラバ、色々ト都合ガイイナ」

 

 話し合いを終えると、ル級とヲ級はお互いに真面目な表情で頷き、俺の顔を見て口を開いた。

 

「スマナイガ、貴様ニ頼ミガアル」 

 

 ほら、やっぱりね。

 

 ――と、そんなことを思いつつ、俺はル級の頼みごとと言うのを聞き始める。

 

 たぶんそれはヲ級に関することなのだろうというのは分かっていたのだが、全てを聞き終えた頃には愕然とした表情で立ち尽くすことになっていた。

 

 まさに一世一代の、大博打の時間である――と。

 

 

 

◆   ◆

 

 

 

「ぐばごぼげっぶばっ!」

 

 い、息が出来ねぇっ! やばいっ、これはやば過ぎるっ!

 

 周りは水。目の前には水泡の嵐。

 

 そう、ここはモノの見事に海中だった。

 

「イッ!」

 

 俺は高速で泳ぐイ級の子どもの背中に何とかしがみつきながら、必死で息を止めて耐えている。

 

「ヲッヲッ! ヲヲッ!」

 

「イーッ!」

 

 ヲ級の声に合わせてイ級が左に進路を変えると、背中越しに勢いよく何かが走り抜けているのを感じた。

 

「ばっぶねべっ(あっぶねぇ)!」

 

 視線の先には数本の長い泡が海中を走っていく。――そう、俺たちを狙って打ち込まれた、当たれば確実にやられてしまうであろう魚雷の潜行跡だ。

 

 なぜ俺たちがこんな危険なことをしているのか。それは、ル級の頼みごとによるものだった。

 

 

 

◆   ◆

 

 

 

「ヲ級を連れて行って欲しいだってっ!?」

 

「ソウダ。ヲ級ハ貴様ト離レルクライナラ、北ニハ行カヌト言ッテイル」

 

「し、しかし……」

 

 俺は非常に迷っていた。まず一つ目に、ヲ級を連れて帰ったとして、鎮守府でどのような待遇が待っているか分からない。二つ目に、ヲ級以外の子どもはどうするのかだ。

 

「レ級モ、イ級モ、貴様ト行キタイト言ッテイルガ、三人同時ニイナクナッテシマッテハ、私ノ責任問題ニ関ワッテシマウ。ソレニ、レ級ニ至ッテハ北ニ知リアイガイルカラ尚更ダ……」

 

 その言葉を聞いた俺はレ級の顔を覗き込んだ。大きな目を真っ赤に腫らしながらも俺に向けて笑顔を見せ、大きく頷いた。

 

 強がりを見せているのは明白だった。こんなに小さい子に、これ以上苦しい思いはさせたくない。そう思った俺は、レ級の頭を優しく撫でてあげた。今出来ることは、これくらいしか思いつかないから。

 

「レレ……」

 

 気持ち良さそうな表情を浮かべるレ級。それは、鎮守府にある幼稚園の子どもたちと全く変わらない。

 

 深海棲艦と艦娘。立場が違うだけで、住む場所も環境も違う。

 

 もし、このような現状を打破する力が俺にあるのなら、今すぐ覚醒でもして馬鹿な支配者共や差別をするクズたちを、一人残らず叩きのめしたかった。

 

 しかし残念ながら、俺はとんでもない力を持った英雄の転成体でもないし、神殺しのスキルを持っている訳でもない。ほんの少し、子どもたちの面倒を見ることが出来るだけの、ちっぽけな人間なのだ。

 

 ならば俺に出来ることは、ヲ級を連れて地上に戻り、深海棲艦と艦娘と人間が接することで、現状を変えることではないのだろうか?

 

 それが俺の役目というのならば――と、ル級に向かって大きく頷いた。

 

「助カル――ト言イタイトコロナノダガ、話ハ簡単ニスムモノデハナクテナ……」

 

「ど、どういうことなんだ?」

 

「貴様ガコノ場ニイルトイウコトハ、他ノ仲間タチモ周知ノ事実。ミスミス見逃シタト言ワレレバ、ヤハリ責任ハ逃レラレヌ……」

 

 非常に気まずい表情を浮かべながら、ル級は更に口を開く。

 

「ソコデ、ソレラノ全テヲ言イ訳ニ出来ル方法ヲ、ヲ級ガ考エタノダガ……正直ニ自殺行為ト言ッタ方ガ正解カモシレヌ」

 

「……ど、どういう考え……なんだ?」

 

「ナアニ、方法自体ハ簡単ダ」

 

 なぜか、ニヤリと笑みを浮かべたル級。

 

 そして、同じようにヲ級も笑顔を見せて腕組みをした。

 

「貴様ガ子ドモタチヲ、誘拐シタトイウコトニスレバイイ」

 

 このときの俺の顔を説明するのならば、こう言おう。

 

 ゴム人間に対して、自分の能力が効かないと分かったときの、雷様の気分だったと。

 

 

 

 ……目ん玉飛び出しちゃうくらいって感じである。

 

 

 

◆   ◆

 

 

 

「レレッ、レッ!」

 

 レ級の呼びかけに振り向いた俺は、イ級の身体をタップするように叩く。急いで進路を変更し、後ろから迫ってきた魚雷をなんとか避けることが出来た。

 

「ぐぼおっ、ごべばあびびばばいっ(くそっ、これじゃあキリが無いっ)!」

 

 後方には大きな影が3つほど見える。最初の攻撃から数えれば減った方ではあるけれど、今のままでは到底逃げられるとは思えない。

 

「いびがっ、ぐぶびい……(息がっ、苦しい……)」

 

 子どもたちは深海棲艦なので、どういう訳か海中でも問題は無いらしいが、俺は普通の人間である。

 

 呼吸が出来なくなれば、ぽっくりそのまま逝ってしまうし、海中に入ってから10分は既に超えている。

 

 それだと人間は生きていれないと思うだろうが、そこの辺りは良い方法があったのだ。

 

 深海棲艦が基地として使っていた空間。この酸素が切れないのはなぜだろうかと不信に思った俺は、移動できる範囲で散策した。残念ながら空間の謎については分からず仕舞いだったのだが、そのときに偶然、水中に潜る際に使う旧式の海中ヘルメットを見つけたのだった。

 

 今回のル級の誘拐作戦を聞き、ヘルメットを使えば海中でも暫くは息が出来るかもしれないと思ったのだが、残念なことに酸素ボンベが無かったのだ。それでも空気が抜けないように被れば少しくらいは息を保てるだろうと思いながら出発したのは良かったのだが、追っ手が迫ってくるや否やヘルメットの中にあった酸素は限界になり、スピードが増したことによって空気がこぼれ出し、今や被っていても意味が無いくらいの状況になっていたのである。

 

「ヲッ!」

 

「レ……? レレッ!」

 

 一緒に逃げていたレ級にヲ級が指示を出す。一瞬何を言っているか分からない感じのレ級だったが、すぐに理解して俺たちから離れた場所へと向かった。

 

「ぼっ、ぼごびびぶんばっ(どっ、どこに行くんだっ)!?」

 

 慌てた俺は大きな声を上げようとするが、ヘルメットの中はすでに海水だらけでぶくぶくと泡しか上がらない。

 

「レレレッ!」

 

 そんな心配を余所に、レ級はすぐに俺たちの元へと戻ってきた。

 

 しかも、何やらグロテスクな固まりを持って――って、それは蛸かっ!

 

「ヲヲッヲ!」

 

「レッ!」

 

 ヲ級の指示によってレ級は俺たちの後ろに回り込み、手に持った蛸をバシバシと叩き始める。軟体動物である蛸にとって、レ級の打撃は対したことは無いのだろうけれど、それでも嫌であることに変わりは無く、

 

 

 

 ブバーーッ!

 

 

 

 計算通りに蛸は大量の墨を辺りに撒き散らし、煙幕の効果となって俺たちの姿を追っ手からくらますように漂った。それを見た追っ手は、こちらからの攻撃と勘違いして魚雷を打ち込んでくる。

 

「ヲッ!」

 

 いまだっ! と叫ぶように、ヲ級の声が俺に響く。

 

 俺はコクリと頷いて、後方へとあるものを投げつけた。

 

 

 

◆   ◆

 

 

 

「――これは?」

 

「小型ノ砲弾ダ。モチロン、中身ハ大量ノ火薬ヲ詰メ込ンデアル」

 

「そんな物騒なモノを俺に持てと……?」

 

「大丈夫ダ。コイツハ見タ目ノ爆発ハ大キイガ、威力ハタイシテ大キクナイ」

 

「それって、あんまり意味がないんじゃ……あっ、そうか!」

 

「分カッタヨウダナ。コレデ、直撃ヲ演出スレバ……」

 

 

 

◆   ◆

 

 

 

 ふわり――と海中を舞うように、砲弾が漂っていく。

 

「ばぼぶ……ばばべぶべっ(頼む……当たってくれっ)!」

 

 こちらに向かってくるであろう魚雷の姿は、蛸墨の煙幕によって俺たちにも見えない。

 

 しかしそれならば、追っ手からも同じ条件である。

 

 ここであの砲弾に魚雷が当たってくれば、直撃して爆発した思わせれるかもしれない。

 

 

 

 シュルルルル……ッ!

 

 

 

「ばびびっ(回避っ)!」

 

「イッ!」

 

 俺の声に合わせてイ級が動く。後方から襲ってきた魚雷は、俺たちから少し離れた位置を走って行った。

 

 

 

 シュルル……シュルルルル……ッ!

 

 

 

 2本、3本と魚雷が近くを通り抜けてくる。煙幕の動きによってなんとか予測出来た俺たちは、回避することに成功した。

 

 だが肝心の砲弾に魚雷が当たらない。

 

 蛸墨による煙幕の効果も薄れ、俺たちの姿が追っ手に見つかってしまうのではと焦り出した瞬間だった。

 

「ヲッ!」

 

 

 

 シュルルルルル……

 

 

 

 遠くから近づいてくる魚雷の走る音。

 

 辛うじてヘルメットに残った空気が振動し、俺の耳に聞こえてくる。

 

 そして、それは願いに沿った形となって、俺の投げた砲弾に当たり、

 

 

 

 ドゴグワアァァァァァンッ!

 

 

 

 大きな爆発を起こした。

 

「ヲッヲー!」

 

「レレッ!」

 

 まるで花火が上がったかのように喜ぶ子どもたち。だが、勝負はまだ決していない。

 

「ばばぶびぶぼっ(早く行くぞっ)!」

 

 イ級の身体をタップして急かせる俺。

 

 そう。後は爆発から出来るだけ遠く離れて、死んだように見せかけないと。

 

 そして――

 

「ばばぶ……びびば……(早く……息が……)」

 

 俺は息をほとんど出来ず、死にかけ5秒前――という感じだった。

 

 

 

 死んだようにでは無く、本当に死ぬ寸前である。

 

 笑い話ですまされないって……マジで……

 

 

 

◆   ◆

 

 

 

 トプン……

 

 海面を浮かぶ丸い球体。

 

 そう――俺が被っているヘルメットの頂点である。

 

「げほっ、ごほっ……」

 

 すぐにヘルメットを脱いだ俺は、咳込みながらも大きく息を吸い込んだ。肺一杯に充満する酸素が、身体の隅々にまで行き渡っていく。

 

 あぁ……なんて旨い空気なんだ……

 

「……ヲ?」

 

 ヲ級は顔だけを海面上に出して辺りを見回していた。

 

「ヲ……ヲヲ……ッ!」

 

「ん、どうした?」

 

「ヲッヲッ! ヲヲ!」

 

「もしかして……海面に出るのが初めてなのか?」

 

「ヲヲッ!」

 

 海面がゆらゆらと波打つ光景も、太陽の光が身体を温める感覚も、反射した光で目がくらむ辛さも、ヲ級にとっては初めての経験なのだろう。海底とは全然違う景色に戸惑いながらも、表情はコロコロと変わり、一喜一憂していた。

 

「……レッ」

 

「……イー」

 

 続いてレ級とイ級も海面に顔を出してきた。2人は浮かない顔で、俺を見つめている。

 

「どう……だった?」

 

「レッレ」

 

「イイ……」

 

 お互いに顔を左右に振りながら俺に答える。

 

 追っ手は大丈夫だ。だけど――浮かない顔の理由はすぐに分かる。

 

「そうか……ありがとな、2人とも」

 

 俺は2人の頭を優しく撫でる。海水でびしょびしょになっている頭を、何度も何度も優しく撫でる。

 

 作戦は成功した。

 

 追っ手の姿は見えなくなったので、先ほどの爆発で俺たちは死んだと思ったのだろう。後は、レ級とイ級が爆発から上手く逃れることが出来て助かった――と、ル級の元に戻れば完了だ。

 

 もちろん、俺とヲ級は爆発に巻き込まれて死んだ……と、ル級が別の仲間に説明する手はずになっている。

 

 これでやれることは全てやり、完全勝利の大成功なのだが、同時に俺たちの別れも意味していた。

 

 海底で決めたことなのに、俺の意思は大きく揺らいでいる。レ級もイ級も、願わくば俺と一緒に行きたいと言ってくれた。

 

 だけど、それをすればル級の立場が危うくなる。3人を誘拐されたとあっては責任は逃れられないだろうし、弁解のためにもレ級とイ級には戻ってもらわなければならない。それに北には知り合いが、レ級の帰りを待っているらしいし。

 

 全てが思い通りになる世界は、とてつもなく下らない世界になるらしい。

 

 誰かから聞いた言葉だけれど、俺は今、そっくりそのまま返してやる。

 

 

 

 下らなくても良いから、俺の思い通りになってくれと。

 

 

 

 無理なことは分かっている。だけどやっぱり、俺は2人と別れるのがとてつもなく悲しいのだ。

 

 出会いがあれば別れがある。

 

 ならば、いつかまた出会えるように。

 

 今度は大手を振って、出会える世界でありますようにと。

 

「レッ……」

 

 波に漂う不安定な身体で、レ級をしっかりと抱きしめる。頬を伝う涙の雫が、何度も何度も海面に波紋を描いた。

 

「イィ……」

 

 イ級の顔を何度も撫でた。涙を我慢し、ぎこちない笑顔を見せるイ級に俺も笑顔で返してやる。

 

「ヲッヲ……」

 

 ヲ級は2人と握手を交わし、ギュッと身体を抱き合った。イ級も我慢できず、ボロボロと涙を流しつづける。

 

 俺の涙腺も限界で、誰からも見られたくないくらいに崩壊しているかもしれない。

 

 だけど、この涙は悪いモノじゃない。他人に誇れる出会いの証なのだと、自慢できるくらい素晴らしいモノなのだ。

 

 最後に俺たちはニッコリ笑って互いに頷き合う。

 

 

 

 ――そして、2人は海底へと戻って行った。

 

 

 

つづく




次回予告

 海面へと逃げ切った主人公とヲ級。
しかし泳いで帰る気力も体力もなく、ほとんど浮かんでいる状態だった。
そんな時に現れた艦娘に、主人公は喜びと焦りを感じるのだが……


 艦娘幼稚園 ~沈んだ先にも幼稚園!?~ その10「帰還」完

 まさかのラストシーンに、どう思われるかマジ心配ですっ!

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その10「帰還」 完

 海面へと逃げ切った主人公とヲ級。
しかし泳いで帰る気力も体力もなく、ほとんど浮かんでいる状態だった。
そんな時に現れた艦娘に、主人公は喜びと焦りを感じるのだが……


 それから俺とヲ級は、遠くに見える陸を目指して泳ぎだした。

 

 しかし、追っ手から逃げるために使った体力はかなり多く、どちらかと言えば浮かんで漂っている感じだった。

 

 せっかくここまで来たのだから、帰りはゆっくりでも構わない。幼稚園や鎮守府のみんなは心配してくれていると思うのだけれど、もう少しだけ我慢してもらおうと思っていた矢先、遠くから波を切り裂くような音が聞こえ、次第にこちらに近づいてきた。

 

 あれは……艦娘かっ!?

 

 俺は手を上げて助けを呼ぼうと考えたが、すぐ側にはヲ級がいる。知っている艦娘ならまだしも、別の鎮守府に所属している艦娘なら、すぐに攻撃態勢に入られてもおかしくないだろう。

 

 どうしようかと迷っているうちに、向こうの方が俺に気づいたようだった。俺は慌ててヲ級に潜るように言ってから、艦娘に向かって手を振る。

 

「海面に人影を発見。状況を調べるため向かいますっ!」

 

 通信で話しているにも関わらず、こちらにまで聞こえる大きな声を上げる艦娘。徐々に近づくにつれて、その姿がハッキリと見えてきた。

 

「いましたっ! 先生を発見ですっ! 青葉発見しちゃいましたっ!」

 

 その声を聞いた瞬間、ホッと胸を撫で下ろす。

 

 姿も声も見間違えようの無いトラブルメーカーだが、この状況では非常に嬉しいストーカー。

 

 ものすごい言い方かもしれないけれど、これくらいのことは良いだろう。

 

 写真という名の過去の過ちは、これで水に流すということで。

 

「先生っ、大丈夫ですかっ!?」

 

「あぁ、うん。なんとか大丈夫」

 

「すぐに救助艇が来ますから、それまで我慢して……」

 

 青葉はそう言って俺に手を伸ばす。

 

「……ヲ?」

 

 その手を、あろうことか浮かび上がってきたヲ級が、しっかりと握っていた。

 

「「「………………」」」

 

 見つめ合うヲ級と青葉の2人。それを愕然としながら声も出せずに佇む俺。1万年も2千年も関係ない。

 

「て、てててっ、敵影発見っ!」

 

「ちょっ、青葉っ、ストップストップッ!」

 

「ヲ?」

 

「ヲ級も『何?』って顔をしてるんじゃねぇっ! 潜ってろって言ったじゃん!」

 

「ヲヲッ!」

 

「今更潜っても遅いって!」

 

「を、ををををヲ級ですっ! 青葉一人じゃヤバすぎですっ! 今すぐ応援をお願いしますっ!」

 

「パニくる前に状況判断してくれお願いぷりいぃぃぃぃぃずっ!」

 

 青葉と俺の絶叫が、だだっ広い海原に向かって放たれていた。

 

 

 

◆   ◆

 

 

 

「ふぅ……」

 

 救助艇の甲板に腰掛けて青い空を眺める。ウミネコが並行して空を飛び、ミャアミャアと鳴いていた。

 

 ここで釣竿でも置いてあれば、それは立派な漁船に早変わり。それじゃあいっちょ、大物でも釣りますかね――と、どこぞの建築会社の社員のように笑いながら竿を振るのも一興だろう。

 

「ヲー……」

 

 ウミネコを見上げながら手を上げたヲ級は、物珍しそうにキョロキョロと辺りを見渡しては辺りを動き回っている。しかし、そんなヲ級を避けるように、船員たちは嫌そうな表情を浮かべながら、離れて作業をしていた。

 

 まぁ、それも仕方がないことだろう。

 

 人間にとって、深海棲艦は敵なのだ。対抗できる手段は艦娘でしか持ち得ない。

 

 それが、自分たちと同じ船の上にいると思えば、生きた心地がしないというのも頷けなくはない。

 

 たとえそれが、子どもと変わらぬ大きさであったとしても――だ。

 

「さて、どうやって説得するか……だよな……」

 

 そう呟いてから、俺は大きくため息を吐いた。

 

 連れてきたは良いものの、どうするかはほとんど考えてこなかった。あの状況でいきなり頼まれて、それからすぐに誘拐犯として行動したのだから、考える暇すら無かったのが本音なんだけど。

 

「あ、あの……先生……」

 

「えっ、あ、はい」

 

 すると、いきなり1人の船員が恐る恐るこちらに近づきながら話しかけてきた。

 

「そ、その……ちょっと聞きたいことがあるんですけど……良いですかね?」

 

 歳のころは30代前半といった感じの、無精髭が伸びた筋肉質の男性だ。

 

「は、はい。なんでしょうか?」

 

「えっと、そのですね……そこにいるヲ級なんですけど……」

 

 男性はチラチラとヲ級を見ながら口を開く。その仕種は、恐怖に駆られて――といった風に見えないんだけれど、

 

「あ、いや、あの子は危険じゃ……」

 

「ど、どうやって捕獲したのか……教えてくれませんか?」

 

「……は?」

 

 いや、捕獲って何だよ。

 

 どうみても自由に動き回ってるじゃん! めっちゃ笑顔で甲板を走り回ってるしっ!

 

「いやいやいや、捕獲なんてしてないですよ。海で出会ってから気に入られたみたいで、ついて来ちゃったんです」

 

「なっ! そ、それは本当ですかっ!?」

 

 嘘は言ってないよ。実際の話だし。

 

「う、う、う……」

 

 ワナワナと奮え出す男性。

 

 えっ、俺なんか悪いこと言っちゃった!?

 

 もしかして、この男性の家族とかが深海棲艦に殺されたとか……

 

「うらやま死刑っ!」

 

 ズビシッ! と両手の人差し指を俺に向ける男性。

 

 ゲッツ! ではなく、ガキ刑事な感じで。

 

 ……古っ。

 

「何だよそれっ! 深海棲艦ファンクラブ人気投票ナンバー1のヲ級たんっ! しかも幼体っ! 羨ましいったらありゃしねぇっ!」

 

「い、いや……あの……」

 

「無いわー。神は我を見捨てたわー。俺ちょっと海に身を投げてくるわー」

 

「いやいやいやっ、何でいきなり自殺宣言っ!?」

 

「だって、そのまま家に持って帰って着せ替えするんでしょう? めちゃくちゃ羨ましいじゃんかー。毎晩ベットでキャッキャウフフなんだろー」

 

「んなことするかボケェッ!」

 

 爆弾発言を放った男性に、問答無用の胴回し回転蹴りが見事に顔面に突き刺さったのは言うまでもない。

 

 ……案外、人間って深海棲艦と仲良くなれそうな気がする。

 

 一部の人間だけかも知れないけど……ね。

 

 

 

◆   ◆

 

 

 

 今俺がいる場所は、舞鶴鎮守府の最高責任者である元帥の指令室のちょうど中心で、隣には連れてきたヲ級、目の前には元帥と秘書艦の高雄、そして周りを取り囲むように愛宕と翔鶴、瑞鶴が立っていた。元帥と艦娘たちの表情は非常に険しく、視線はヲ級に向けられている。しかし、そんな状況にも関わらずヲ級は全く気にせず素振りで、ここに来るまでに渡しておいた、ぐるぐる巻きの大きな飴をペロペロと舐めている。

 

 「――と、言うことなんです」

 

 直立不動の体勢で立ちながら、冷や汗をかきつつ説明を終える。もちろん話の内容は、俺が輸送船から落ちてしまった後の話であり、海底の空間や出会った深海棲艦や幼稚園のことである。

 

 ちなみにル級のボケについては割愛しておいた。説明するのも面倒くさいし、元帥に話してしまうと問題を起こしかねないと思ったからだ。

 

 ちょっと今から深海棲艦を落としてくるね! もちろん恋愛的な意味でっ!

 

 こんなことを、普通に言いかねないしなぁ……

 

 もしそんなことになってしまったら、秘書艦である高雄さんは元より、元帥の恋愛事情に絡む艦娘たちがどんな行動を起こすかはもはや予想がつかない。

 

 そして、その切っ掛けを作ってしまった俺も、どんなお仕置きが待っているのか……

 

 そ、想像するのも恐ろしいので、考えないようにしないと……

 

「ふむ……なんともまぁ、信じられない経験をしてきたんだねぇ……先生は」

 

 元帥は大きなため息を吐いてから、俺に向かってそう言った。正直な話、信じてもらえるかですら不安だった俺は、ひとまずホッと胸を撫で下ろす。しかし、話はまだ途中であり、一番の問題点はここからである。

 

「それで、先生はそこにいるヲ級を……どうしたいんだい?」

 

「……もし、出来ることなら……幼稚園に入園させたいと思います」

 

「「なっ!?」」

 

 翔鶴と瑞鶴は俺の言葉に心底驚いたような表情を浮かべる。

 

 だが、まるで前もって分かっていたかのように、元帥と高雄は表情を崩さぬままため息を吐き、そして愛宕は……

 

「良いんじゃないでしょうか~」

 

「「んななっ!?」」

 

 そんな愛宕の想定外の言葉に、翔鶴と瑞鶴は続けて素っ頓狂な声を上げていた。

 

「な、何を言っているんですか愛宕さんっ! 小さくても深海棲艦なんですよっ!? いつ何時襲ってくるか分からないって言うのに、鎮守府の中ならともかく、幼稚園に入園なんかさせたら子どもたちがどうなるか……っ!」

 

「あら~、幼稚園も鎮守府の中にある施設ですよ~?」

 

「そっ、そういう意味で言ってるんじゃありませんっ!」

 

 瑞鶴は大きな声で叫ぶように抵抗するが、愛宕は全く引くことなく、いつものようにやんわりとした声で返答した。

 

 さすがは愛宕。元、第一艦隊の突撃隊長を張っていただけはある。

 

 ちなみに青葉から仕入れた情報なんだけど、追加でこんな二つ名を聞いたんだよね。

 

 『第一艦隊の裏番長』と。

 

 バレたらお仕置きされるんじゃないかなぁと思ってみたりするんだけど、大丈夫なんだろうか?

 

 まぁ、愛宕にそのことを聞くのも怖いから、伏せてはおきますけれどもね。

 

「げ、元帥はどうなんですかっ!? 鎮守府の中に、深海棲艦を野放しにしても良いって言うんですか!?」

 

「うーん、そうだねぇ……」

 

 非常に迷う――といった表情を浮かべる元帥は、暫く考え込むように目の前の机を眺めていた。固唾を飲むように見つめる他の面々。そして、未だペロペロと飴を舐めつづけるヲ級。

 

 ……そんなに気に入っちゃたんですかね……その飴。

 

「それじゃあ先生と――ヲ級ちゃんに、ちょっと質問していいかな?」

 

「あっ、はい」

 

 急に声をかけられて少し焦ってしまった俺だったが、すぐに姿勢を正して元帥の顔を見る。

 

「そんなに固くならなくても大丈夫だよ。別に取って食おうって訳じゃないんだから」

 

「は、はぁ……」

 

 取って食おうって辺りが少々怖い気もするが、言われる通りに休めの体勢で緊張を解く。俺の行動を見てニッコリと微笑んだ元帥は、ゆっくりと口を開き始めた。

 

「先生から見て、ヲ級ちゃんはどんな感じ?」

 

「どんな感じ……ですか?」

 

 質問が抽象的過ぎてどう答えて良いか分からない。だが、ここで黙ってしまっては前に進まないと、俺は海底でヲ級と触れ合い、思ったことを話すことにした。

 

「ヲ級は……とても優しい子です。俺が喉が乾いたときも……海水でしたけど持ってきてくれました。空腹で困っていたときも焼き魚を作ろうと頑張ってくれました。とても思いやりがあって、仲間意識も高くて、行動力もあって……幼稚園にいる子どもたちと、ほとんど変わらないんです。違うのは艦娘なのか深海棲艦なのかの差だけ……いえ、その差ですら、俺にはあると思えません!」

 

 俺は元帥の目をじっと見つめて答えた。両手を握り締め、何が何でもヲ級を守ると心に秘めて、更に口を開く。

 

「北に行かなくてはならなくなったとき、ヲ級は俺と別れたくない、俺と一緒に地上についてくると言ってくれました。自分たちの仲間がたくさんいる場所よりも、ほんの少し一緒に過ごしただけの敵であるはずの人間に、ヲ級はついてくると言ったんです。そんなヲ級を……見捨てることなんて俺には出来ませんっ!」

 

 俺の答える姿に、元帥や艦娘たちは何一つ言葉を挟まない。

 

「俺は……ル級に深海棲艦はなぜ人を襲うのかって、聞いたんです。すると、あいつはこう答えた。沈んだ時の苦しみや辛さ、恨みなどの記憶しか持っていない。その思いが身体を動かし、無意識に人間を襲ってしまうんだって」

 

「そ……それは……」

 

 翔鶴がぼそりと呟く。しかし今は止まらずに、畳み掛けるように言葉を紡ぐ。

 

「だけどそれは、自制出来るんです。ル級は子どもたちの面倒を見るためにって俺を生かしておいてくれた。自らが深海棲艦として理解していることや、己の生い立ちを、分かる範囲で答えてくれた。もしル級が言うように、人間に対して悪い記憶しか残ってないのなら、勝手に人間を襲うのなら、俺はここに帰ってくることさえ出来なかったでしょう」

 

「そうだね。その通りなら、先生は解放されずに海の底だ」

 

 それは、最悪の結果。

 

 だけども、深海棲艦はそれを当たり前にする存在だと、みんなは思っている。

 

 俺がここでやらなければいけないのはただ一つ。深海棲艦は人と分かり合えるのだと、知らしめなければならない。

 

 それが、ヲ級を幼稚園に入園することが出来、子どもたちと同様に育てられる唯一の方法――だと思っていた。

 

「うん、先生の言い分は分かったよ。それじゃあもう一つの方を良いかな?」

 

「……えっ?」

 

「さっき僕はこう言ったよね? 先生とヲ級ちゃんに質問だって」

 

「は、はい……」

 

「先生の言いたいことは十分に分かった。でもね、肝心のヲ級ちゃんがどう思っているかも非常に大事なことなんだよ?」

 

「そ、それは確かにそうです……が……」

 

 俺が危惧する部分を、元帥はズバッと切り込んできた。

 

 ヲ級は俺たちの言葉を理解できている――と思う。

 

 しかし、肝心のヲ級の言葉は……

 

「それじゃあヲ級ちゃんに質問ね。君は、何故先生についてきたのかな?」

 

「……ヲ?」

 

 ヲ級は一言そう言って、俺の顔を見上げた。

 

 俺は、何となくだがヲ級が言いたいと思っていることを、言葉のニュアンスで分かるようにはなっている。

 

 しかし、元帥や他の艦娘たちは、今この場で初めてヲ級と出会ったのだ。

 

 俺と同じようなことが出来るとは思えないし、表情だけで読み取るのも難しいだろう。

 

 つまりそれは……俺にとってヲ級を守ることが非常に厳しくなった……と言うことだった。

 

「ヲッヲ……」

 

 グイグイと俺の服の裾を引っ張るヲ級。この子が何を言いたがっているかはそれとなく分かっている。だけれど、それを俺が伝えたとしても、意思疎通が難しいと思われた時点で……

 

「ウン、ソウダネ。説明スルノハ簡単ナンダケド、ソノ前ニ別ノ話ヲシテモ良イカナ?」

 

 その言葉が部屋に響いた瞬間、ヲ級を除いた全員の時が一瞬だけ止まってしまった。

 

「……は?」

 

 ちょっ、お前、喋れたんかいっ!?

 

 あまりにも唐突過ぎる事実に呆気に捕われていた俺だったが、実際には部屋にいる誰もがビックリした表情でヲ級を見つめている。

 

 無言の時間が暫く流れた後、正常を取り戻すかのように咳込んだ元帥が、小さく口を開いた。

 

「……あ、うん。別に良いけど……何の話かな?」

 

「マズ、僕ノ生イ立チニツイテシッカリ話ヲシテオカナイト思ッタンダケド……マドロッコシイカラ、代弁シテモラウネ」

 

「だ、代弁……って、誰に……かな」

 

「モチロンココニイル、オ兄チャンニダヨ」

 

「「……え?」」

 

 元帥と俺の声が綺麗にハモった。

 

 しかし、たぶん意味合いはもの凄く違うのだと思う。

 

 だって、今、ヲ級が俺を呼んだ、その名称は……

 

「オ久シブリダネ、オ兄チャン。ソシテ……会イタカッタヨ」

 

 弟が俺を呼ぶ声と、うり二つだった。

 

 

 

◆   ◆

 

 

 

「ま、まさか……そ、そんな……」

 

 有り得ない。

 

 そんなことが、起こるなんて……信じられない。

 

「モシカシテ、僕ノコトヲ忘レチャッタノカナ?」

 

「だ、だって……海底で会ったときに、一言もそんなこと……」

 

「アハハ、僕ガイタズラ好キナノハ知ッテイルデショ?」

 

「いや……こ、これは嘘だっ! だって……だって……っ!」

 

「僕ハアノトキニ死ンダハズ……ダヨネ?」

 

「……っ!?」

 

 そう。

 

 世界で初めて深海棲艦が出現した日。

 

 そして、世界で初めて深海棲艦による被害により、多数の人間が死んだ日。

 

 その中に、俺の家族も……含まれていた。

 

「オ兄チャンガ思ッテイルコトハ間違イナイヨ。僕ハアノ日、アノトキ確カニ死ンダ。深海棲艦ガ放ッタ砲弾ニヨッテ、僕ノ身体ハ海ノ底ヘト沈ンデイッタンダ」

 

 その言葉が俺の心を、強く、厳しく握り締めた。

 

 思い出したくない。でも忘れられない、最悪の記憶。

 

「スグニ真ッ暗ニナッテイク視界ノ先ニ、艦影ガ見エタ。ソレハ本当ニ偶然デ、幸カ不幸カスラ、ソノトキノ僕ニハ分カラナカッタ。タダ、アノトキノ僕ノ意識ニアッタノハ……」

 

 ヲ級の、弟の目が俺を見上げる。

 

「死ンデシマウトイウ苦シミト、叶エラレナカッタ願イニ対スル絶望ダッタンダ」

 

 そして、弟は、

 

 

 

 深海棲艦に生まれ変わった。

 

 

 

◆   ◆

 

 

 

「マサカ、僕ヲ殺シタ深海棲艦ニ生マレ変ワルトハ夢ニモ思ワナカッタヨ。マァ、記憶ガ戻ルマデハ、ノホホント暮ラシテイタンダケド……」

 

 フフ……と大人びた笑みを浮かべるその顔は、昔の弟とそっくりで。

 

「オ兄チャンガ、ル級ニ連レテコラレタトキ、僕ノ記憶ハ完全ニ戻ッタンダ」

 

 その後に見せる小さなため息も、あのときのままだった。

 

「信じ……られるのか…………こんな……こんなことが……」

 

 元帥が、この部屋にいるヲ級以外の言葉を代弁するように呟いた。

 

 俺だって、信じられない。

 

 しかし、目の前にいるヲ級の仕種の一つ一つが、弟のそれと全く同じなのだ。

 

「別ニ信ジテモラワナクテモ問題ナイヨ?」

 

「な……に?」

 

「ダッテ、僕ハオ兄チャント一緒ニイラレレバ何モ問題無イカラネ」

 

 ヲ級は……そう言ってニコリと笑みを浮かべる。

 

 弟と同じ記憶を持っていたとしても、ヲ級が弟の生まれ変わりだとは信じがたい。

 

 いや、それ以上に……

 

 弟の記憶を持っているのなら……

 

「ダッテ、オ兄チャンハ僕ノ……」

 

 いなくなったからこそ、解放された……あの忌まわしき記憶が……

 

 

 

「許嫁ダカラネ」

 

 

 

 再び、俺に訪れたのだった……

 

 

 

 

 

 艦娘幼稚園 ~沈んだ先にも幼稚園!?~ 完

 




 沈んだ先にも幼稚園!? お楽しみいただけましたら幸いです。
ですが……最後のオチはアレですね。怒られそうでかなりドキドキです。
この辺りは独自解釈や設定と言う事で。また、これに合わせてタグも追加しときました。

 そして明日からの更新ですが……ちょっとピンチです。
ストックがもう殆どありません。このまま進むと毎日更新が大ピンチ。
ですが、ぎりぎりまではやっちゃいますっ!

次回予告

 ヲ級の爆弾発言に驚きの声を上げる。
このままではやばいと思った俺は、事の発端を説明する事にした。

 まさかの主人公と弟の過去が語られてしまうお話に、果たして誰が得をするっ!?
そして弟の驚愕の事実が明らかにっ!


艦娘幼稚園 ~ヲ級とみんなの許嫁騒動!?~ その1


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~ヲ級とみんなの許嫁騒動!?~
その1「象」


※今章は前章の~沈んだ先にも幼稚園!?~のラストから続いています。


「ダッテ、オ兄チャンハ僕ノ……許嫁ダカラネ」

 ヲ級の爆弾発言に、部屋にいたみんなが驚きの声を上げる。
このままでは勘違いされてしまうと、俺は昔の話をみんなにする事にした。


 

「「「な、なんだってーっ!?」」」

 

 部屋に居たヲ級(弟)以外の誰もが、驚きの表情を浮かべて大きな声を上げた。

 

「そ、そんな……馬鹿な……っ!」

 

 特に驚いていたのは正面の机に座っている元帥だった。額には汗がびっしょりと溢れ、小刻みに身体を震わせていたんだけど……なんであんたがそこまで驚くのっ!?

 

「はぁ……」

 

 驚きの後、すぐにため息をついた俺は事態を収集すべく手を上げ、返事を待たずに口を開いた。

 

「ちなみに、こいつが言ってるのは嘘ですよ」

 

 そう言い放ったのだが、すぐにヲ級が俺の方へ振り向くと、もの凄く不機嫌な表情を浮かべた後……

 

 

 

 ゲシッ!

 

 

 

「痛ぇっ!」

 

 おもいっきりスネを蹴られた。

 

「嘘ナンカジャナイ! チャント約束シタジャナイカ!」

 

「あれはお前が誘導尋問した挙げ句に、勝手に決めただけだろう!」

 

「オ父サンモ、オ母サンモ、良イッテ言ッテタジャナイカ!」

 

「言ってた年齢と状況を考えろっ! どう考えても子供の戯言にしか思ってなかっただろうが!」

 

「オ兄チャンモ初メハ構ワナイッテ言ッテタ!」

 

「それはお前が……」

 

 言いかけて、ヲ級が震えながら涙を溜めているのが見えて言葉を飲んだ。

 

 昔から口喧嘩をするとこうなるんだよな……と思いつつ、大きなため息を吐いてから頭を撫でる。

 

「あー、もうっ。いっつもこういう終わり方しかならないんだよなぁ……」

 

「ムゥ……」

 

 不機嫌そうに見えつつも、俺の顔を見上げながら撫で続けられるヲ級。

 

 ――そう。幼稚園の子どもたちを撫でているときと同じように。

 

 そして、俺が初めて頭を撫でたときと同じように。

 

「お楽しみのところ悪いんだけど、ちょっと良いかな?」

 

 そんな俺達を見た元帥は、ジト目を向けつつ俺に声をかけた。

 

 別に楽しんでいるわけではないのだけれど、よく見てみると元帥以外も同じような顔でこっちに向いているし、下手な発言は控えておいた方が良いのかもしれない。

 

「え、えっと……はい、なんでしょうか?」

 

「結局のところ、先生と弟……ヲ級ちゃんは、そういう関係なの?」

 

「そういう……ってどういったのか分かりたくもないですが、元帥が思っているのとは全然違います」

 

「そうなの? じゃあとりあえず、気になりまくりなんで説明してくれないかな? もちろん、言える範囲で良いけど」

 

「ええ。このまま誤解されっぱなしってのも色々と大変ですからね……」

 

 特に愛宕には誤解されたくないので、ここはしっかりと説明しておかないといけない。

 

「それじゃあまず、俺と弟の出会いからなんですが……」

 

 そう言って、俺は昔話を語りはじめた。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 とある土地で生まれた俺の家は、そこそこ裕福でそれなりの家柄だった。

 

 まぁ、そうは言っても、結構田舎の方にある地主といった感じだったので、都会に比べれば対したことは無い。そのことは俺も小さい頃から分かっていたので、勘違いすることは無かったんだけど。

 

 俺が小学校の中学年頃に、年下で可愛い女の子が母親に連れられて家にやってきた。長髪の黒く綺麗な髪に真っ赤な大きいリボン。フリルのついた綺麗なドレスに身を固め、どこかのお嬢様が来客したのだと、子どもながらにドキドキしてしまったんだ。

 

 それからすぐに家族会議。この子は遠い親戚筋に当たる家の出なのだが、ある問題を抱えて一家は離散。両親と一緒に暮らすことが出来ないと知った俺の母親が、見兼ねて連れて帰ってきたのだと言う。

 

 すでに養子縁組も済ませてあったと聞けば、もはや反対することすら難しい。

 

 だけど、俺はそんなことはどうでもいいと思えるほど、突然目の前に現れた女の子に目を奪われていたんだ。

 

 整った顔立ちに、完璧にお似合いのドレス。漫画やゲームの中から飛び出してきたのではないかと思った俺は、女の子を見つめることで必死になり、両親の言葉も殆ど聞いていなかった。

 

 こんなに可愛い女の子と一緒に、これから過ごすことになるんだという嬉しさでいっぱいだったんだ。

 

 ――それから事あるごとに、俺は女の子と一緒にいることにした。

 

 初めは少し戸惑っていた女の子も徐々に慣れてきて、数日経つ頃には手を繋いで外に遊びに行くようになっていた。

 

 女の子は俺のことをお兄ちゃんと呼んでくれる。それがとても嬉しくて、俺はこの子の為なら何でもしてあげようって思ったんだ。

 

 そんな俺達を見て、両親もホッとした表情を浮かべていたので、これで良いんだと思っていたんだよな。

 

 ――そう。ちゃんと話を聞いていれば、こんな間違いは犯さずに済んだのだけれど。

 

 それは、小さいながらも思春期を迎えていた俺の、完全に失敗……いや、正解だった出来事なんだ。

 

 

 

 

 

「ふぃー、つっかれたー」

 

 真夏の日差しの下で走りまくった後、自宅に帰って麦茶をゴクゴクと飲み干した俺は、和室の広間の真ん中で大の字になって寝転んでいた。

 

「そうだねー。あんなに走ったら、さすがに僕も疲れたよー」

 

 そう言って、俺の隣にゴロンと寝転がる女の子。額には汗がびっしょりと浮かんでいるのに、服装は綺麗なままだった。

 

 ――って言うか、この真夏の日差しの下で、ゴスロリチックな黒を基調にしたドレスはどうかと思ったんだけど、似合いすぎているのでツッコミを入れることは出来なかった。

 

 いや、正直なところは目の保養になるからそれで良いんだけど。

 

 更に自分の事を『僕』と呼ぶ言い方も含めて、本当に可愛い。可愛過ぎる。何度も生唾を飲んじまったぜっ。

 

 ………………

 

 いや、子どもながらに、この発言は変態ですか?

 

 自重しないと……ジュルリ……

 

「あら、あなたたちったらそんなに汗をかいて……」

 

 廊下を通り掛かった母親が俺達を見て、呆れた顔を浮かべていた。

 

「お風呂入れてあるから、順番に入ってきなさい」

 

「はーい」

 

「ありがとうございます」

 

「もう……そんなによそよそしくしなくて良いのよ。あなたはもう、この家の子なんだから……」

 

「は、はい……あ、ありがとう……お母さん」

 

「うふふ……それじゃあ、早く汗を落としてきなさい」

 

 そう言って、母親は笑みを浮かべながら歩いて行った。足取りは軽く、スキップしそうになってたから、相当嬉しいんじゃないだろうかと思う。

 

 俺としても、女の子に早く家に馴染んでほしいということもあったから、今の言葉は凄く嬉しかったんだけどね。

 

「それじゃあ、風呂に行くかっ」

 

 言って、俺は両足を上げ、勢い良く下ろす反動で立ち上がる。

 

「うん。それじゃあ僕も……」

 

「じゃあ先に入って良いよ。俺は後で入るからさ」

 

 レディファーストだから……と、言おうとしたんだけれど、

 

「えっと……その……さ」

 

 俯き気味に俺を見ながら、両手を後ろに組んでモジモジする女の子。

 

 何これ可愛い……と、思いつつも、悟られないように返事をする。

 

「ん、どうした?」

 

「お兄ちゃんも、一緒に入ろっ」

 

「……えっ!?」

 

「だ、だって……一緒に入った方が効率が良いし……」

 

 何の効率っ!?

 

 そりゃあ、水の消費量は減るかもしんないけどっ!

 

「い、いや、それはその……色々と……まずいんじゃ……」

 

 本音は今すぐ一緒に入りたいんですけどねっ!

 

 でも、優しいお兄ちゃんを演出するためには、ここは血の涙を流してでも……

 

「お兄ちゃんと一緒に入りたいじゃ……ダメ?」

 

 黒髪長髪ゴスロリチックなちっちゃい子の上目遣いアタックに、鷲掴みにされた俺の心は……

 

 敢えて言おう! 俺の良心はカスであるとっ!

 

 どかーんどかーんどかーんっ!

 

 お兄ちゃんの心の要塞、一斉砲撃により陥落いたしましたっ!

 

 もう無理です! 止めるものは何も無いっ!

 

 ロリコン王に、俺はなるっ!

 

 ――そんな問題発言を心の中で叫びながら、顔を真っ赤にした俺達は風呂場へと向かったのであった。

 

 

 

 

 えー、今俺は湯舟に浸かっております。

 

「先に入っててね……」との言葉に音速の速さで服を脱いだ俺は、身体についた汗を流すためにかけ湯をしてから湯舟に入ったのである。もちろん体温調節も兼ねてはいるのだが、ぶっちゃけ興奮しまくりの俺としてはお湯よりも体温が高いのかもしれないので意味が無かったり……って、それだと致死レベルの体温じゃねっ!?

 

 そんな一人ノリツッコミをしながら待つこと数分。風呂場と脱衣所を繋ぐ扉がゆっくりと開かれ、俺は大きく目を見開いた。

 

「ビュ……ビューティフル……」

 

 手ぬぐいと腕で危険地帯は隠しつつ、恥ずかしそうにしながら入ってきた女の子は少し俯き加減でこちらを見る。

 

「そ、その……見つめられると……恥ずかしいよ……お兄ちゃん」

 

「あっ、わ、わわっ! ご、ごめんっ!」

 

 俺は慌てて反対方向へと身体を回転させる。自分でも分かるくらいに顔を真っ赤に紅潮させ、心臓はバクバクと高鳴りを上げていた。

 

 そんな様子の俺を見て、女の子はクスリと笑う声が聞こえてきた。続けてかけ湯をする音が何度か聞こえると、ちゃぷん……と、湯舟に入る音が……って、ええっ!?

 

「お兄ちゃんの背中……おっきいよね……」

 

 気づけば、女の子の両手が俺の背中に触れていた。柔らかい感触がゆっくりと背中全体を撫で回すように動いていく。

 

「そ、そそそっ、そうかっ!?」

 

 裏返りきった声で返事をしてしまい、更に真っ赤になった俺。恥ずかし過ぎて、このまま湯舟に潜りたい。

 

「こんな身体だったら……僕も良かったのかな……」

 

「な、何を言ってるんだ……? 可愛い方が良いに決まってるじゃないか」

 

「そう……かな?」

 

 そう言って、新たな感触が背中に感じられた。

 

 これは手じゃなくて……ふにふにしてて……ほっぺたかっ!?

 

 俺まだこんな歳ですけど、ここまでやっちゃっていいのっ!?

 

 倫理的というか、色んな意味で怒られたりしないよねっ!?

 

「うふふ……嬉しいなぁ……」

 

 すりすり……ぷにぷに……って、うわぁぁぁぁぁっ! やばいっ、これやばいよぉっ!

 

 もう我慢の限界じゃあ! 今すぐ振り返って思いっきり抱きしめてやるけんねぇっ!

 

「お、俺っ!」

 

 口元まで浸かっていた俺はそのまま勢いよく振り返り、女の子の肩を両手で掴んだ。

 

「きゃっ!?」

 

 ビックリした声を上げ、すぐに俯く女の子。そんな仕種に俺も恥ずかしくなり、俯くように湯舟へと視線を向ける。

 

「あ、あぅ……」

 

 俺はそのまま女の子を引き寄せようと手に力を込めようとした瞬間………………って、あれ?

 

 湯舟の……中に……何か……

 

 えっと……あれ? 見間違い……?

 

「………………」

 

「……お兄……ちゃん?」

 

 お股の部分にですね、毎日見るやつがあるんですよね。

 

 おかしいなぁ……これって見間違いだよなぁ……

 

 あ、そうか。水面って揺らいでるから、俺のがこう……反射とかそういうので……

 

「ど、どうしたの……?」

 

「ん、あ、いやいや、ちょっと見間違いしちゃっただけだよ」

 

「見間違い?」

 

「ああ。お前のお股にアレがついてるわけが無いよなぁ……なんて」

 

「アレ……って、これのこと?」

 

 言って、女の子は湯舟から立ち上がる。

 

 そして、目の前には、

 

 

 

 俺より確実に大きな象さんがぶら下がっていた。

 

 

 

 パオーン。

 

 

 

「………………」

 

「……? どうしたの、お兄ちゃん?」

 

 ぶくぶくぶくぶく……

 

「お、お兄ちゃんが沈んでいくっ!?」

 

 真っすぐ垂直に。それはまるでまるゆのように。

 

 俺はそのまま死にたい気分になった。

 

 

 

つづく




次回予告

 慌てた俺は、母親の元へと叫びながら駆け込んだ。
しかし、原因は己にあり。すでに手遅れの状況に、母親までもが暴走するっ!?

 そして、現在の弟……ヲ級の状態が明らかにっ!?

艦娘幼稚園 ~ヲ級とみんなの許嫁騒動!?~ その2「類は友を呼ぶ」


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その2「類は友を呼ぶ」

 慌てた俺は、母親の元へと叫びながら駆け込んだ。
しかし、原因は己にあり。すでに手遅れの状況に、母親までもが暴走するっ!?

 感想板からちょっとした小ネタ、頂いちゃいましたっ。


「どういうことだよ母さんっ!」

 

 とは言えさすがにこの歳で死ぬ訳にもいかず、なんとか湯舟からはい上がった俺は、驚く女の子? を風呂場に残したまま、台所に居た母親の元に駆け込んで大声を上げた。

 

「一体何をそんなに驚いているの? あと、前くらい隠しなさい。粗末なものを見せても母さん嬉しくないわよ?」

 

 いや、息子のを見て喜ぶような母親なんていらねえぞっ!

 

 とは思いつつも、近くにあった手ぬぐいを腰に巻付ける俺。

 

 言葉にされると恥ずかしいものですね。はい。

 

「――って、そうじゃなくてっ! あ、あの子って男だったのかよっ!」

 

「いまさら何を言ってるの? ちゃんと最初に話したでしょ?」

 

「はあっ!? そんなことまったく聞いてないぞっ!?」

 

「ちゃんと連れて来たときに話したわよ。生まれたときからもの凄く可愛かったから、あの子の母親が悪ノリして女の子用の服を着せたら似合い過ぎたから、両親ともにテンション上がりきって『よし、この際男の娘に育てようっ!』みたいな感じになったから現在こんな感じになってるけど、戸籍ではちゃんと男の子だから変な間違いは起こしちゃダメよダメよダメなのよ? って、言ったじゃない」

 

 なんでそこでギャグを入れてたんだよ母さんっ!

 

 初めて出会ったとき、余りの可愛さに夢中になって、両親の話なんて殆ど聞いてなかったし……って、それじゃあ俺が悪いんじゃないかっ!

 

 ――ってかそんな大事なことなら、俺達の様子を見て勘違いしてるとか分かるようなもんだから、言ってくれれば良かったじゃんかよっ!

 

「いやー、端から見てたら面白くなっちゃたわー。母さん失敗失敗っ♪」

 

 ぺろっ……と、舌を出した母親に本気で延髄決めたくなった、子どもの頃の夏の思い出だった――のだが、事はそれだけでは終わらなかった。

 

「お、お兄ちゃん……大丈夫?」

 

「うえっ!?」

 

 声がする方に振り向くと、バスタオル1枚で身を隠した女の子……ではなく、男の娘の姿がそこにあった。恥ずかしそうに頬を赤く染めつつ、濡れた長髪の黒髪を指でねじりながら、柱の影に半身を隠しておずおずと口を開く様は、どこからどう見ても女の子にしか見えないんだけれど……

 

「し、心配になってあがってきたんだけど……ど、どうしたの……?」

 

「な、ななっ、なんでもないよっ!」

 

 今更お前が男だと知らなかったとは言えないし、一体どうすればいいんだよっ! と、心の中で叫ぶ俺。

 

「あらあら、そんな格好じゃ風邪ひくわよ? もう一回お風呂に入って温まってきなさい」

 

「あ、はい……」

 

 そう言って、じっと俺を見つめる男の娘。

 

「な……なんだよ……?」

 

「お兄ちゃんも……一緒に入ろ?」

 

「い、嫌だっ!」

 

 そうと分かったら入れる訳が無いっ! ただでさえパニクってるのに、これ以上はマジ勘弁してくれっ!

 

「ふ、ふえっ!?」

 

 全力拒否したら、急に涙目になった男の娘がプルプルと震え出した。

 

「ど、どうして……お兄ちゃんは僕のこと……嫌いになっちゃったの……?」

 

「そ、そういうんじゃないけど、嫌なものは嫌なんだっ!」

 

「そ、そんな……そんなぁ……」

 

 しくしくと泣き出した男の娘。いやもう、女の子にしか見えないんだけど――って、そういう考えが危険過ぎるんだと思った瞬間だった。

 

「さっさとあんたも、もう一回入るっ!」

 

 

 

 ゴスッ!

 

 

 

「痛ぇっ!」

 

 後頭部に強烈な痛みが走り、頭を抱えながら振り向くと、

 

 包丁を手に持った母親が、悪鬼羅刹の表情で立っていた。

 

「……っ!」

 

 こ、この表情と包丁は……ヤバ過ぎるだろっ!

 

 ヤンデレなんかじゃなく、ただのヤン。言葉を間違えたら、確実に殺されるっ!

 

 つーか、さっきの後頭部の痛みは包丁の峰で叩いたのかっ!?

 

 峰打ちだけどマジ怖いからやめてっ!

 

「弟を泣かすなんて兄のすることじゃないでしょっ! お願いされてるんだから、聞いてあげるのが良いお兄ちゃんでしょうがっ!」

 

「ちょっ、普通に弟って呼んでるじゃんかっ!」

 

「……前々から呼んでたわよ?」

 

「えっ、マジ?」

 

 大きく目を見開いた俺は、母親と男の娘の両方の顔を交互に見る。

 

 コクコクと、間違いなく縦に首を振っていた。

 

「………………」

 

 えっと、これって完全に俺が勘違いしまくってた挙げ句の間違いってやつでファイナルアンサー……?

 

「お、お兄ちゃん……も、もしかして僕のこと……」

 

「えっ、あ、ち、違うんだっ! こ、これはその……」

 

 慌てた俺はなんとか言い訳をしようとしたんだけれど、頭の中は真っ白になりかけて、また泣かしてしまうんじゃないかという気持ちが大きくなりかけていたのだが、

 

「う……嬉しい……」

 

「……は?」

 

「僕のこと……弟じゃなくて……女の子だと思ってくれてたってことだよね……?」

 

 そ、その通りなんですけど、その発言は非常に怖いものがあるんですが……

 

「それじゃあ……僕のこと……お嫁さんに貰ってくれるってことで……良いんだよね?」

 

 なんでそうなるんだああ嗚呼ぁぁぁぁっ!

 

「あらあらあら、まぁまぁまぁ……」

 

 そして包丁片手に頬染めるってどういう了見だよ母親ぁっ!

 

「うふふ……嬉しいなぁ……」

 

「ち、違うっ! それはお前の勘違いだっ!」

 

「お兄ちゃんがお嫁さんっ♪」

 

 立場逆転してるっ!?

 

「よしっ、私が許すっ!」

 

 許してしまうんじゃねぇっ!

 

 もうやだっ! こんな家さっさと出てやるっ! 荷物持ってアイキャンフライだゴルァッ!

 

 谷底だろうと何処だろうと、ここよりは絶対安全なんだあぁぁぁぁっ!

 

 

 

 ガシッ

 

 

 

「……え?」

 

「に・が・さ・な・い・よ、お兄ちゃんっ♪」

 

 ヤンデレ化してるぅぅぅぅっ!?

 

 怖いっ! マジで表情が怖いっ!

 

 誰か助けてお願いぷりぃぃぃぃずっ!

 

「えっと、民法的には血縁関係が無いから結婚は出来るわよね……」

 

 分厚い本をどこから持ち出して、何を調べてるんだ母親ぁっ!

 

 そもそも性別を気にしやがれってんだぁぁぁぁっ!

 

 もうやだこんな家族ぅぅぅぅぅぅぅぅっ!

 

 

 

 

 

「――とまぁ、そんな感じだったんです」

 

 昔話をし終えた俺は、ふぅ……とため息を吐きつつ頭を掻いた。もちろん、風呂の場面とかは掻い摘んで話をし、今後の俺に影響が無い程度に説明しておいたのだが。

 

「それからしばらくドタバタ騒ぎの日々が続いたんですが、家族旅行の際に深海棲艦に襲われて……後はご存知の通りです」

 

 そう言うと、愛宕と高雄は少し俯くように頭を下げた。

 

 ちょっとだけ嬉しいような恥ずかしいような気もしたが、済んだことは仕方がないのだと言って、二人に笑顔を見せる。

 

「そっか……なるほどねぇ……」

 

 元帥はもの凄く考えている素振りで両手を組み、俺の顔とヲ級の顔を交互に見つめていた。

 

「――で、結局のところヤッちゃったの?」

 

「ぶっふうぅぅぅぅっ!」

 

 何言ってんだ元帥はっ!

 

 人の話をちゃんと聞いてたのかっ!?

 

「だって、僕っ子じゃなくて男の娘でしょ? マジレアモノじゃん! 俺ならきっとヤッてる! 絶対絶対ヤッちゃってるもん……」

 

 

 

 ゴスッ!

 

 

 

「げふっ!」

 

 立ち上がって叫んでいた元帥の後頭部を演舞のような回し蹴りで一閃した高雄は、目を閉じながら大きなため息を吐いていた。

 

 うん。今回は本気で自業自得だからねっ! 

 

 そして高雄さんありがとう!

 

 深々と頭を下げると、高雄は右手の平を俺に見せるようして会釈をしていた。

 

 暴走した元帥を止める役も大変なんだなぁ……と、思いつつため息を吐く。

 

 そして元帥に呆れた愛宕、翔鶴、瑞鶴もため息を吐き、

 

「残念ナガラ昔カラガードガ固インダヨネ……オ兄チャンハ」

 

 ――と、同じようにため息を吐くヲ級。

 

 内心それぞれ思いは違うけれど、室内には思い空気が漂っていた。

 

 

 

 

 

「うん。事情は分かったよ」

 

 数分後、ケロッとした表情で起き上がった元帥は何事も無かったかのようにそう話した。

 

 気絶し慣れてるんじゃないのかなぁ……元帥って……

 

「ちなみになんだけど、ヲ級ちゃんに質問していい?」

 

「何カナ?」

 

「以前は男の娘だったんだよね?」

 

「ソウダヨ」

 

 否定しないところが恐ろしい。

 

「じゃあ、ヲ級に転生した今の性別ってどうなってるの?」

 

「……ヲ?」

 

 ……言われれば確かに気になるが、何を考えているんだと思われるその発言に、高雄がまたもや元帥の後頭部に照準を合わし始めていたが、

 

「ソウ言エバ、記憶ガ戻ッタノモ最近ダカラ、アマリ気ニシテイナカッタケド……」

 

 

 

 つんつん……ぷにぷに……

 

 

 

 自らの胸を突くヲ級。

 

 

 

 つんつん……スカスカ……

 

 

 

 自らの下腹部に触れ……る手前で空を切るヲ級。

 

「ナン……ダッテッ!?」

 

「ど、どうしたのかな……?」

 

「自慢ノアレガ無イッ」

 

 男の娘なら気にするんじゃねぇっ! ただでさえトラウマなんだからよぉっ!

 

「じ、自慢だったんだね……」

 

 さすがの元帥も冷や汗たらり……と、呆れ気味だったのだけれど、

 

「ドウヤラ性別ハ女ニナッタヨウダネ……」

 

 言って、ヲ級は俺の顔を見上げる。

 

「コレデ、オ兄チャンガ気ニスル障害ハ完璧ニ消エ去ッタッテコトダネ……フフフ……」

 

 超弩級の爆弾発言に、俺の意識は完全に飛びそうになっていた。

 

 助けて天国のお父さんっ! お母さんっ!

 

 そう、心の中で叫びつつ、

 

「YOU、ヤッちゃいなYO!」と、聞こえた気がしたのは空耳だったということにしておいた。

 

 マジで誰か助けてください……

 

 

 

つづく




次回予告

 なんだかんだでヲ級の入園が決まった。
暴走する元帥を抑え込む高雄。しかしそんな高雄を愛宕がからかって……

艦娘幼稚園 ~ヲ級とみんなの許嫁騒動!?~ その3「とある策士のドッキリ準備」


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その3「とある策士のドッキリ準備」

 なんだかんだでヲ級の入園が決まった。
暴走する元帥を抑え込む高雄。しかしそんな高雄を愛宕がからかって……

 実際な話、主人公ってモテ過ぎじゃないかと思い込む。
そんな思考が大惨事への第一歩……新たな悲劇の階段を着々と上がっていく主人公だった。


 

 とまぁ、そういうことで……ヲ級は幼稚園に入園することが決まり、手続きも順調に進んでいった。正直な話、弟と知っていれば入園なんかさせる訳が無いのだが、知らなかったとは言え、言い出しっぺは俺である以上あの場でいきなり反対することも出来ず、元帥はあっけらかんな表情でOKを出してしまった。

 

 ちなみに、その後のことなんだけど……

 

「そっかー。男の娘から今度は女の子かぁー。先生ったら、恵まれ過ぎだよねー……こんちくしょうっ!」

 

 と、いきなりブチ切れモードに入ったところで、高雄の2回目となる延髄蹴りによって昏倒し、その他の話は元帥抜きで行われた。

 

 ちなみに会話の内容なんだけれど、ほとんどがヲ級の衣食住に関することだった。ヲ級はすぐに俺と一緒の部屋に住むと言い出したのだけれど、それはダメだと高雄と愛宕が猛反対し、相談の結果、愛宕の部屋に住むこととなった。寝泊まりに関しては、元々高雄と一緒に居た2人部屋なのでスペースには問題ないし、食事に関してはしばらくの間混乱を避けるために、鳳翔さんにお弁当を頼むという事になった。

 

 それじゃあ、高雄さんはいったいどこに住んでいるのかと気になって聞いてみたんだけれど……

 

「元帥から目を離すとすぐに脱走してしまいますからね。仕方なく元帥の部屋に寝泊まりしています」

 

「そ、それって、同棲ってやつでは……」

 

「……っ! ち、違いますっ。決してそういうモノではありません! こんなクソ元帥の世話なんて……はっ!?」

 

「そうよね~。毎日お世話が大変なのよね~」

 

「あ、愛宕っ!」

 

「あら~、私今……変なこと言ったかしら~?」

 

「……くっ!」

 

 何やら一触即発のような雰囲気が漂い、焦った俺は2人を宥めようと声をかけたのだけど……

 

「「先生は黙っていて下さい」」

 

「は、はいっ!」

 

 すんごい目で睨まれたので後ずさりながら返事をしてしまった。

 

 うぅむ……情けないぞ俺……

 

 ちなみに元帥は昏倒中、翔鶴と瑞鶴は冷や汗をかきながらの見て見ぬ振り状態だった。

 

 多分アレだ。以前にもあったんだろうね……こういうの。

 

 しかしまぁ俺としても、ヲ級と一緒に住むことになってしまったならば何をされるか分かったもんじゃないので、非常に助かったのだけれど……

 

「オ兄チャンハ、何デソンナニ嬉シソウナノカナ?」

 

 言って、ジト目を向けるヲ級。

 

「べ、別に嬉しくなんか無いぞっ!?」

 

「嘘ダネ。ソノ証拠ニ、鼻ノ穴ガピクピク動イルジャナイカ」

 

「な、なにっ!?」

 

「あら~、本当ですねぇ~」

 

「そうですね。確かにピクピク、ポコポコと……」

 

 ヲ級どころか言い争っていた愛宕と高雄まで加わって、鼻の穴を凝視されるという羞恥プレイに我慢できなくなった俺は、急いで退散することになったのだ。

 

 そして今は、自室のベットの上……ということである。

 

「はぁ……まさか、ヲ級が弟だったなんてなぁ……」

 

 今考えても、ありえる話ではない。

 

 何せ、漫画や小説なんかでしか有り得るはずもない転生というやつなのだ。世の中にはそれが起こってくれれば泣いて喜ぶ人が五万といるかもしれないが、生憎俺にとって弟が転生してきて前に現れるというのは、大手を振って喜べるとは言い難い。

 

 その理由は、元帥の前でも話した通り。ヲ級が俺を好いてくれているということである。

 

 もちろん、兄弟としてならば何の問題もない。それなら俺も、それ相応の愛情で接すれば良いだけなのだ。

 

 だがしかし、ヲ級の……弟のそれは、異性の愛情なのである。

 

 いや、実際には同性だったのだが、男の娘という段階でもはやよく分からない。

 

 ――っていうか、俺よりでかいアレをぶら下げた可愛い子が、金剛のようにラブラブビームを随時送りつつ、好きあらば抱きつこうとするんだぞ?

 

 すでにこれは拷問以外何物でも……って、あれ?

 

 よくよく考えたら今のヲ級は男の娘じゃなくて、女の子になってるんだから……

 

 ………………

 

 姿形は違えども、やってることは金剛と一緒なのか……?

 

 それならば、いっそのこと……

 

 ………………

 

 いやいやいや、待て待て俺。その考えはマズイ。倫理的とかもやばいけど、手を出した段階で憲兵さんに連行されちゃうから。

 

 いくら両者が同意でも、年齢的にアウトである。

 

 ヲ級に加えて、天龍も、龍田も、金剛も、雷も、電も……って、結構好かれてるなぁ……俺。

 

 もしかして、人生で一番のモテ期じゃないのか?

 

 問題はちっちゃい子ばっかだけど。

 

 どうせなら愛宕が良いんだけどなー。おっぱい大きいし。でも、さっきの睨み顔はマジ怖かったけど。

 

 でも、尻に敷かれる生活も悪くは………………ごくり。

 

 物理的な意味でも非常に俺得である。

 

 あっ、そういやル級もスタイルはかなり良かった。中身はオッサンだったけど。

 

 んーむ。やっぱり今が一番モテてるぞ俺。

 

 今を逃したら……もしかしてやばいんじゃないのか?

 

 恋愛するなら……今でしょ――って、天国の両親も言ってくれている気がするし。

 

 間違っても、ヲ級とヤッちゃいなYO! とは言ってない――と、思いたい。

 

 うん、まぁあれだ。今日は色々と出来事が多過ぎた。

 

 まずはゆっくり休んで……明日から幼稚園に復帰しないとな……

 

 そう思いながら、俺はゆっくりと目を閉じていく。

 

 海底で出会ったル級たちは無事に北へ行けたのだろうか。

 

 また、会う日があればいいのにな……と、そこで俺の意識は暗闇へと落ちていった。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 そして次の朝。

 

 以前と同じように出勤しようとしたのだけれど、自室を出ようとした俺の前には愛宕の姿があった。

 

「先生、おはようございます~」

 

「おはようございます愛宕さん。なんか、久しぶりですね……こういうの」

 

「そうですよ~。私ったら、結構寂しかったんですから~」

 

「えっ!?」

 

 そ、それって、俺が居なかったからとかそういうのでしょうかっ!?

 

 やっぱりモテ期きちゃってるよっ!

 

「スタッフルームで1人朝礼は寂しいですからね~。やっぱり挨拶をしないと始まりませんし~」

 

「え……あ……あぁ……そ、そうですね……」

 

 思い違いも数秒で破綻し、ガックリと肩を落とす俺。

 

 うむ。モテ期襲来はただの勘違いでした。

 

 でも、1人で朝礼する愛宕ってもの凄く悲しそうなので、やっぱり俺が居ないとなっ。

 

 前向きな思考に切り替えて、愛宕と一緒に幼稚園に向かうことになったのだが……

 

「先生は裏口から入ってくださいね~」

 

「えっ!? な、なんでですか……?」

 

 別に一緒に幼稚園に来たからといって、噂になるようなことでもないだろうし……って、もしやそんなに俺って嫌われてしまったのかっ!?

 

 そんなことになるんだったら、海底で暮らしていた方がよっぽどマシだったよ! もはや希望は地上には無いんだよっ!

 

「子どもたちにドッキリを仕掛けたいですからね~。先生が急に現れたら、ビックリして大喜びだと思うんですよ~」

 

 言って、両手をポンと叩きながらニッコリと愛宕が笑みを浮かべていた。

 

 なるほど……確かにそれも面白いかもしれないと思ったけれど、多分これは愛宕なりの配慮なのだろう。

 

 昨日の元帥との会話で知ったのだが、俺は船から落ちてからずっと行方不明ということになっていたらしく、幼稚園の子どもたちにもそう伝えられていた。そんな状況で朝からいきなりいつも通りにやってきたら、それはそれでドッキリなんだけれど、収集がつかなくなることも十分に考えられる。それなら皆が一同に集まっている朝礼のときにことを説明しながら入っていけば、驚きはするだけろうけれども手間は1回で済むので俺としても非常に助かるのだ。

 

「分かりました。それじゃあ裏口からこっそり入って、見つからないようにスタッフルームに向かいますね」

 

「はい、それでお願いしますね~」

 

 お互いに笑みを浮かべたまま頷き合い、しばらく談笑しながら幼稚園の近くまで向かうことになった。

 

 あぁ……この平和な時間が非常に懐かしく、本当に嬉しく思えた。

 

 海底での会話や触れ合いもアレはアレで楽しかったけれど、やっぱり俺はこの場所が一番好きだ。

 

 身の危険は……まぁ、少し高まってしまったけれど、それでもこのかけがえのない時を過ごせるのなら、どんな努力も厭わない。

 

 ――そう、思っていたんだけどね。

 

 ことは上手く運ばないから面白いんであって……って、当の本人には非常に迷惑なんだけど。

 

 恐れていたことが起こるのは、それから程なくしてのことだった。

 

 

 

つづく




次回予告

 愛宕の提案によりドッキリを仕掛けることになった主人公。
子どもたちの様子を伺いながら、ヲ級と会話をするのだが……


艦娘幼稚園 ~ヲ級とみんなの許嫁騒動!?~ その4「2つを合わせて読んでみてね」


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その4「2つを合わせて読んでみてね」

 サブタイトルの意味は、龍田のセリフ。

 愛宕の提案によりドッキリを仕掛けることになった主人公。
子どもたちの様子を伺いながらヲ級と会話をするのだが、海底との暮らしの差に怒ったヲ級が……


 家政婦は見たかもしんない。

 

 そんな感じの体勢が今の俺です。

 

 正確に説明すると、愛宕と子どもたちが朝礼をしている遊戯室の扉のすぐ側に立ち、俺は中から見えないように隙間から覗き込んでいた。

 

 その横にはヲ級の姿もあり、俺の顔をジッと見上げている。

 

「……何ダカ、オ兄チャンガ凄ク嬉シソウニ見エルンダケド」

 

「久しぶりに子どもたちに会えるんだから、嬉しいに決まってるだろ?」

 

「フウン……ソウナンダ……」

 

 少し不機嫌そうな声が聞こえたが、今の俺は部屋の中を覗き込むので必死なので気にしないでおく。

 

「おはようございます~。本日の朝礼を始めますよ~」

 

「「「おはよーございます」」」

 

 子どもたちが一斉に挨拶をする声が聞こえてきた。しかし、やはりと言うか、声にいつもの元気が感じられない。

 

 これってやっぱり、俺のことを心配してくれてのことなんだろうか……?

 

 そうだったら嬉しいんだけれど、それならば早いところ皆を安心させたいと焦る気持ちが高ぶってくる。

 

 しかし、そんな俺にヲ級がツンツンと背中を指で突きながら声をかけてきた。

 

「オ兄チャン、チョット言イタイコトガアルンダケド」

 

「ん、なんだ?」

 

 直接そう言われれば無視する訳にもいかない。俺は子どもたちの様子を気にかけつつ、ヲ級の方を向いた。

 

「昨日カラ、愛宕ノ部屋ニ住ムコトニナッタンダケド……」

 

「あぁ、そうなったけど……何か問題でもあったのか?」

 

 少し困惑しているような表情に見えたので、俺は心配になって問い掛けてみたのだが、

 

「ウン。マズ……ベットガ駄目ダネ。アレハヤバ過ギルヨ」

 

「は……? 何が駄目でヤバ過ぎるんだ?」

 

「昔、オ兄チャント一緒ニ寝テイタ時ハ布団ダッタケド……」

 

 その記憶は消してくれ。頼むから。

 

「愛宕ノ部屋ニアッタベットハ、ウォーター……トカ言ウヤツデ、フニャフニョノフニフニデ、凄過ギテヤヴァイッ!」

 

 若干興奮しながらヲ級が語り続けていた。

 

「何アノ気持チ良サッ! 海底ニアンナノ無カッタヨ! 天ト地ホドノ差ニ、恨ミサエ抱イチャッタネ!」

 

 そう言って、何故か俺のスネを蹴りだした。

 

「ちょっ、痛いっ! 何するんだいきなりっ!」

 

「話ハ最後マデ聞クッ!」

 

 いや、お前が急に蹴りだしたんだろうがっ!

 

「次ニ愛宕ガ持ッテキテクレル弁当ッ! アレモヤバイ、ヤヴァスギルッ!」

 

「あぁ……鳳翔さんのご飯はマジで美味いからな」

 

「アンナニ美味シイモノ、海底デハ食ベラレナカッタヨ! 毎日魚、魚、焼キ魚ッ! コノ悲シミ分カル!?」

 

 そう言って、更にスネを蹴りまくるヲ級。

 

 洒落にならない痛みなんだからマジ止めてっ!

 

 あと、俺にいたっては食べる前に1回砲撃で吹っ飛ばされちゃったからねっ!

 

「ソレニ最後ハ愛宕ノ胸。アレハ駄目。魔性スギル」

 

 うん。それについては全く持って否定しません。

 

「ウォータート変ワラナイヨンダヨッ! フザケンナッ!」

 

 ちょっ、お前もしかして触ったのかっ!?

 

 な、なんて羨ましい……って、痛えっ!

 

「アレ僕モ欲シイッ! ドウニカシロ!」

 

 そう言って、スネを蹴りまくるどころか1ゲージ消費の必殺技をかましてくるヲ級に涙目になる俺。スネが真っ赤に腫れ上がってしまい、声を上げそうになるのを子どもたちに気づかれないように我慢しながら、ヲ級を宥めすかせるという復帰早々踏んだり蹴ったりな時間だった。

 

 

 

 

 

「痛てて……」

 

 ズボンをまくり上げてスネを確認。うむ、程よく腫れて洒落にならん。

 

「自業自得ナンダカラッ。プンプンッ」

 

 擬音を口で言うなと心の中でツッコミつつ、俺はヲ級にこれからのことを言い聞かせる。

 

「とりあえず、俺が子どもたちの前に復帰の説明をして、それからお前を紹介する手筈なんだけど……」

 

「ウン、ソレハ愛宕カラ聞イテル」

 

「そこで、間違っても変なことを言うんじゃないぞ。深海棲艦だとか、そういうことはおいおい話していくつもりだからな」

 

「ソレモチャント聞イテルヨ。イキナリ喧嘩ヲフッカケル気ハ無イカラネ」

 

 さすがは愛宕――と言ったところだ。昨日の時点でヲ級に説明をしてくれたみたいなので、俺はホッと胸を撫で下ろす。

 

「……それじゃあ、皆さんにちょっとしたお知らせがあります~」

 

「おっと、それじゃあよろしく頼むぞ」

 

 部屋の方から愛宕の声が聞こえ、それが合図だと悟った俺は、ゆっくりと扉の隙間に手をかけてガラガラと開けた。

 

「みんな、ただいまっ」

 

 ニッコリと笑みを浮かべて部屋に入っていく。愛宕の隣に立ち、座っていた子どもたちを見回してみる……が……

 

「……あ、あれ?」

 

 子どもたちは、呆気に取られたような顔を浮かべたまま固まっていた。

 

「え、えっと……か、帰ってきたよー」

 

 両手を広げてピエロのようなポーズをする俺。端から見れば情けなさ満開であるが……

 

「あ、あの……思っていたのと……違うんですけど……愛宕先生……?」

 

 沈黙に耐え切れなくなった俺は、愛宕の方へと顔を向けた……瞬間だった。

 

「バアァァァァァニングウゥゥゥゥゥゥラアァァァァァァァァァブゥゥゥゥゥゥゥゥッ!」

 

「キョンッ!?」

 

 大きな声と一緒に襲いくる下腹部への強烈な痛みに吹っ飛ばされた俺は、部屋の隅までゴロゴロと床を転がってしまった。

 

 やっぱりきたよ、バーニングミキサー。当社比3倍の威力で目の前が赤く見えます。

 

 そして洒落にならない痛みで悶絶中。ピンポイントクラッシュで泡吹けます。

 

 いやもう無理。痛すぎる。

 

「先生っ! この私をこんなに待たせるナンテ、どういうつもりナンデスカ!」

 

 もんどりうっている俺の身体に乗っかって、金剛は両手を振り回して叩いてくる。それ自体に威力は無いのだが、乗っかっている位置がタックルを受けた下腹部なので、痛みが更に倍増してます。

 

 場所が場所だけにエロいことを考える人もいるかもしれないが、そんな余裕がある訳もなく、もはや息も絶え絶え状態なのだ。

 

「どれだけ皆が心配シタカ……分かってるんデスカッ!?」

 

「ぐほおっ!?」

 

 金剛は両手を振り上げて腹部にダブルハンマーを落とし、俺の意識が吹っ飛んでいく。

 

 見事な……溝尾ちへの一撃だ……ぜ……

 

「あれ~、先生落ちちゃったわよ~?」

 

 そんな龍田の声がうっすらと聞こえながら、意識は完全に闇へと落ちていった。

 

 

 

 

 

「ご、ごめんなさいデス……先生……」

 

 申し訳なさそうに頭を下げる金剛を怒る訳にもいかず、俺は小さくため息を吐きながら頭を撫でてあげた。

 

 心配させたのは俺の方なんだから、こうなってしまったのは仕方がないことなのだ。

 

 少々……というか、かなり痛かったけどな……

 

「自業自得よね~」

 

 ニッコリ笑って毒を吐く。うむ、相変わらずの龍田である。

 

「そうだな。今回のことは本当に心配させたから、俺の方が謝らないといけないよ」

 

「あら~、やけに素直なのね~」

 

 そう言った龍田の頭を優しく撫でると、俺を見上げながら小さく口を開いた。

 

「……りゅ……を……せた……つ……」

 

「……え?」

 

 小さすぎて聞こえなかった龍田の声に耳を澄ますが、上手く聞き取れない。しかし、龍田は気にせずに何度も口を開いていく。

 

「てん……ちゃん……なか……み……」

 

「………………」

 

 口元を見ながらガクガク震える俺。言葉は分からない。だけど、龍田の感情が何であるかは、纏うオーラですぐに分かった。

 

 このままでは殺されるっ!

 

「て、てててっ、天龍!」

 

 俺は慌てて天龍を探しながら大きな声を上げた。

 

「な、なんだよ先生。大きな声を出しちゃってさ……」

 

「そ、そこにいたかっ! す、すまん! 悪かったよ天龍っ、許してくれっ!」

 

「い、いきなりなんで俺にだけ謝るんだよっ!? な、何だか気持ち悪いんだけど……」

 

「べ、別に深い意味は無い! 無いが、このままだと俺の命があやう……」

 

 

 

 シュッ……

 

 

 

 首の後ろに感じる微かな温かさに、俺は冷や汗を垂らした。

 

 これ以上喋れば、確実に……消されるっ!

 

「変なことは言わなくて良いのよ……せーんせっ……」

 

 耳元で聞こえる龍田の小さな声。

 

 それは、死刑宣告を言い渡す裁判官と変わらないように感じられた。

 

 モノの例えだから、実際には聞いたこと無いけどさ……

 

 それくらい、ヤバそうに聞こえたんだよ……

 

「と、とにかく、心配させてすまなかったな……天龍……」

 

「ん、あぁ。心配はしたけど、先生が帰ってくるまでに強くなろうって決めたからさ……」

 

 言って、天龍はニッコリと笑みを浮かべた。

 

 以前とは見違えるような大人びた顔に、俺はビックリして息を飲む。

 

 そして思う。少しだけ……いや、ずいぶんと成長したんだな……と。

 

 気づけば首の後ろに感じていた気配は無くなっていた。代わりに何かを啜るような声が聞こえたのでゆっくりと振り向いてみたのだが、

 

「ええ子やぁ……天龍ちゃんええ子やぁ……」

 

 ハンカチを加えながら、龍田がおかんのように泣いていた。

 

 その反応はすでに子どもじゃねえよ……

 

 そんなツッコミは、心の中で留めておく。

 

 もちろん死にたくないからだけど。

 

「せ、先生……お帰りなさい……」

 

 天龍の横で手を繋ぎながら立っている潮が、涙をいっぱいに溜めながら笑みを浮かべる。

 

「先生ったら遅すぎるっぽい! みんないーっぱい心配してたんだからっ!」

 

 そう言いながらも、笑いかけてくれる夕立。

 

「先生、お帰り。僕はずっと待ってたんだからね……」

 

 涙を浮かべる時雨。凄く嬉しそうに、凄く優しく笑いかけてくれる。

 

「べ、別に暁は心配なんかしてなかったけど……お帰りなさい」

 

 片目を閉じて、恥ずかしげに言った暁。

 

「先生お帰り。響も心配したけど……それ以上に……さ」

 

 帽子の鍔を右手で持ちながら、響は目配りで2人を示す。

 

 そこには、身体を震わせながらポロポロと涙を流し、今にも崩れ落ちそうな雷と電が立っていた。

 

「……ごめんな。待たせすぎちゃって」

 

「先生っ! 雷は……ずっと先生が帰ってくるのを待ってたんだからっ!」

 

 両手を伸ばして走りだし、俺の胸元に駆け込んでくる雷をしっかりと受け止める。大きな泣き声を上げながら、俺の胸元を力強く握り締めていた。

 

「お帰りなさい……なのですっ!」

 

 その後に続いて駆け出してくる電……なんだけど、

 

「……っ!? ちょっ、今雷が……」

 

 俺の前には雷がいて、電を受け止めるスペースは殆どない。――っていうか、このまま突っ込んだら雷の背中に直撃コースなんですけどっ!

 

「え……はわわっ!?」

 

 慌てた俺の声に気づいた電だったが、加速した速度を止めることも出来ず……

 

 

 

 ゴンッ!

 

 

 

「いったぁーいっ!」

 

「ご、ごめんなさい……なのです……」

 

 予想通り雷の背中に頭突きという形で突っ込んだ電は、頭をさすりながら何度も謝っていた。

 

 そんな2人を見ながら皆が笑う。

 

 以前と変わらない幼稚園の光景。

 

 それがとても嬉しくて、笑いながら一筋の涙が俺の頬を伝った。

 

 そして――

 

「……あっ」

 

 すっかり忘れていた扉の向こう側のヲ級が、隙間からもの凄いジト目で俺を睨んでいた。

 

 あの辺一帯に黒いオーラが漂っている気がする。

 

 効果音はもちろん『ヲヲヲヲヲ……』。いや、冗談を言っている場合じゃない。

 

 す、スネのガードだけで……大丈夫かな……

 

 

 

つづく




次回予告

 子供たちとの再会を喜びつつ、ヲ級のオーラに圧倒されていた主人公。
今度はヲ級の紹介だと、焦りながら見守る主人公だったのだが……


艦娘幼稚園 ~ヲ級とみんなの許嫁騒動!?~ その5「修・羅・場❤」

 今章は残り2話!
 そして次章は現在も執筆中……そう、今章も次章へ続いてしまう展開だっ!

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その5「修・羅・場❤」

 子供たちとの再会を喜びつつ、ヲ級のオーラに圧倒されていた主人公。
次のヲ級の紹介を、焦りながら見守る主人公だったのだが、まさかの行動に一同が絶叫するっ!?


「はいは~い。感動の再開も良いんですが、もう一つ皆さんにお知らせがあります~」

 

 愛宕が子どもたちに声をかけ、注目させた。

 

「実は、幼稚園に新しいお友達が増えることになりました~。今日に1人、そして近いうちに4人がきてくれますよ~」

 

 その言葉を聞いて、喜んでいた子どもたちの顔が更に嬉しさでいっぱいになった。どんな子が来るのだろう。自分と関係のある子だろうか? 憶測と希望が入り乱れながら、ワイワイと盛り上がりまくっていた。

 

 そんな状況を見て、少し安心しつつも不安な気持ちが競り上がって来る。

 

 安心したのはヲ級を忘れきっていたのを愛宕がフォローしてくれたことなのだが、不安なのはもちろんヲ級という存在のことである。

 

 艦娘である子どもたちの中に、深海棲艦であるヲ級が入り込めるのか。海底で考えたことや、元帥との会話で大丈夫とは言ったものの、不安であることは変わりはない。ましてや、その中身が弟であるというのならば……更に不安になってしまうのだが……

 

 そうなったらなったで、俺がフォローするしかないんだけど。

 

 守ると決めたのは自分自身だから。

 

 身の危険は元より、もう手を離すのは懲り懲りなんだ。

 

「それでは、入ってきてください~」

 

 愛宕がそう呼びかけると、ゆっくりと扉が開いた。子どもたちの視線が集中する中、全く動じることなく部屋に入ってきたヲ級は歩き出し、そして俺の目の前に立って見上げながらニッコリと笑った。

 

 えっと……もしかしてこれは……スネを蹴られるパターンのやつですか……?

 

 動いた瞬間少しでもガードをしようと、足を上げる体勢を取っていた俺だったのだが、ヲ級は子どもたちの方を全く見ることなく、両手を広げて……

 

「オ兄チャン、ダーイスキッ!」

 

 ギュッと抱きしめられた。

 

「………………」

 

「「「………………」」」

 

 漂う沈黙。

 

 そして漂い出す真っ黒いオーラの数々。

 

「な、なななななっ、何すんだよヲ級!」

 

「何カ問題デモアルノ? オ兄チャン?」

 

 俺はヲ級を無理矢理引きはがしたのだが、頭を傾けながら『なぜ?』という表情を浮かべて再び抱きついてきた。

 

 明らかにこれは態とである。態とでしかありえない。

 

 だって、俺に抱きつき見上げるヲ級の顔は、完全に悪役面だったから。

 

 ………………

 

 明らかに確信犯じゃねえかっ!

 

「ど、どういうことデスカッ、先生っ!」

 

「な、何でいきなり抱きついてるんだよっ! 先生から離れろよっ!」

 

「それより、何で先生をお兄ちゃんって呼ぶっぽい?」

 

「はわわわわっ! 先生をギュッとしちゃってるのですっ!」

 

「あれはちょっと……羨ましいな……」

 

「い、いいっ、雷を差し置いて先生に抱きつくなんて……っ!」

 

「先生~、ちょっと後でトイレの方に来てくれるかしら~?」

 

 一斉に声を上げる子どもたちにうろたえまくった俺は、何とかもう一度ヲ級を引きはがして距離を置いた。しかし、すでに時は遅く……といった風に、子どもたちの表情は明らかに不満そうとは言えるレベルで無いくらいに悪化していた。

 

 だからいらないことを言うんじゃないって予め言っておいたのにっ! ヲ級の馬鹿っ!

 

 こんなのどうやったら収拾がつくんだよっ! あと、龍田の台詞だけ洒落になんないよっ!

 

 お願い助けて愛宕先生っ!

 

 ――と、愛宕の方に振り向く俺。

 

 だがしかし、無言のままこちらを見ていた愛宕の表情は、

 

 ニッコリと笑ったままなのに、悪鬼羅刹のようにしか見えなかった。

 

 

 

 

 

 ガタガタブルブル……

 

 部屋の片隅で命ごいをしながら震える俺の姿がそこにある。

 

 収拾をつけるどころか、全方向から攻撃を喰らった俺は1人四面楚歌状態に陥り、やむなくこうして心を閉ざしていたのである。

 

 とどのつまり、微かに残っていたかもしれない先生としての威厳は粉砕し、惨めな姿を晒すだけになったのだ。

 

 これも全てヲ級のせい……とは言い難いんだけど、余りにも酷い仕打ちに暫く立ち直れそうもなかった。

 

「せ、先生……ちょっと可哀相じゃない……かな……」

 

「少しやり過ぎた……かもしれないね……」

 

 潮と響が俺の方を見ながら呟く。嬉しいんだけど、反応したら他の子どもたちが怖いので、内申点のアップという形で返しておこう。

 

「ところで、本当のところお前はいったい先生の何なんだ?」

 

 天龍は面白くなさそうにヲ級に問い掛けた。その様子を、周りにいる子どもたちも息を飲んで見守っている。

 

「いや、その質問の前に……チョットだけ良いかな?」

 

「ん? なんだよ時雨」

 

「僕の思い違いだったら申し訳ないんだけれど、君ってもしかして……深海棲艦のヲ級……じゃないのかな?」

 

「……へ?」

 

 その問いに天龍が呆気ない声を上げる。

 

 肝心のヲ級は何も答えず、愛宕と俺の方をチラ見した後、ふぅ……と息を吐いた。

 

「深海棲艦に、ヲ級って……あの、お姉さんたちが戦っている……?」

 

 暁がビックリしながら声をかけるが、ヲ級はまだ何も喋らない。

 

「そう……だよね、ヲ級ちゃん?」

 

 時雨が再度問いかける。

 

 これはやばいんじゃないかと思って愛宕の顔を見たが、相変わらずのニコニコ顔である。

 

 頼みの綱は俺しかない。ヲ級を連れてきたのは俺なんだから、全ての責任は俺が取らなければならない。

 

 例え先ほど以上の集中攻撃を喰らおうとも、手を伸ばす弟の手を離さないためには、しっかりと握らなければならないのだから。

 

 ――そう思い、立ち上がろうとした時だった。

 

「ソウダヨ。僕ハ深海棲艦ノヲ級……」

 

 愛宕に頼り、躊躇したのが裏目に出たと焦った俺はヲ級の元に走り出す。

 

 何があっても守らなければ……俺から手を伸ばさなければ……

 

「ソシテ……先生ハ僕ノ大事ナ兄デアリ、許嫁ナンダヨ」

 

「そこまで言うんかいっ!」

 

 大声で叫びながらおもいっきりずっこける俺。顔面スライディングで絨毯をゾリゾリと擦り上げて、反対側の壁まで転がってしまった。

 

「「「………………」」」

 

 完全に固まる子どもたち。ただし表情はさっき以上に険悪になっていた。

 

「おい、ヲ級って言ったよな?」

 

「ソウダヨ。今ノ名前ハヲ級ダネ」

 

「どうして先生がお前の兄になって、許嫁になるんだよ? ハッキリ言って、意味分かんねーぞ?」

 

 ヲ級に向かってメンチビームを飛ばす不良のような天龍の視線に、遠目から見ていた俺が目を逸らしてしまいそうになる状況の中、ヲ級はフッ……と鼻で笑ってから口を開いた。

 

「無イ頭デ考エロ。下等生物ガ……」

 

 火に油注いだーーーーっ!?

 

 既に台詞がラスボス級だぞヲ級っ!

 

「ちょっとストップ! それ以上はマジで駄目っ!」

 

 素早く起き上がってヲ級と天龍の間には入り込み、両手でバツを作って2人に見せた。

 

 このまま放っておいたら、少年漫画みたいに殴り合いの喧嘩に発展しそうだったからねっ!

 

「じゃあ先生が説明してくれよ。いったいどういうことなんだ?」

 

 かなり不機嫌な顔で天龍は俺に問う。

 

「分かった。それじゃあ、俺が佐世保に向かうところから話をするから、よく聞いてくれ……」

 

 言って、俺は子どもたちに分かりやすいように頭の中で整理しながら口を開いた。

 

 

 

 佐世保に向かう途中、はぐれ深海棲艦に襲われて船から転落したこと。

 

 気づいたときには海底にいて、ル級と取引して幼稚園の先生になっていたこと。

 

 ヲ級やレ級、イ級たちを見ながら、人間と艦娘、そして深海棲艦は歩み寄れる存在ではないかと思ったこと。

 

 基地を捨て、北に向かう深海棲艦から解放されるとき、ヲ級が俺について来ると言ったこと。

 

 死に物狂いで協力し、何とか追っ手を振り切って海面まで逃げきったこと。

 

 そして、ヲ級は死んだ弟の生まれ変わりだと知ったこと。

 

 

 

 そのどれもが、信じられないほどの不幸と幸運が重なって起こった出来事であり、俺の考え方を大きく変えたのだと子どもたちに説明した。

 

 初めのうちは余りにも突拍子もない話に、ツッコミを入れまくっていた子どもたちだったが、中盤辺りから固唾を飲むように聴き入り、追っ手から逃げきったときには拍手喝采だった。

 

 ――って、紙芝居や何かじゃないんだけどなぁ。

 

 まぁ、楽しんでいたならそれはそれで良いんだけど……結局のところ、ヲ級のことはしっかりと伝わったのだろうか?

 

「とまぁ、ヲ級は俺の弟の生まれ変わりと知ったのは昨日のことでな……正直まだ信じられない気持ちでいっぱいなんだが……」

 

「ダカラ、本当ダト何度モ言ッタデショ? 一緒ニオ風呂ニ入ッタコトモ、一緒ノオ布団デ寝タコトモ、シッカリ覚エテルンダカラ」

 

「ヒエーーーーッ!?」

 

 金剛が立ち上がりながらムンクのような叫び声を上げて目を回していた。

 

 あと、その台詞は妹のだから取らないようにね。

 

「くっ……これが兄弟の強みかよ……羨ましいぜ……」

 

 やけに聞き分けが良い……と言うか、怒らない天龍にビックリしたんだけど、

 

「………………」

 

 龍田が俺に向かって笑みを浮かべながら、親指を自分の首元に当てて、スッ……と真横にスライドしてるんですが。

 

 それってアレですよね。死刑宣告ですよね。

 

 こーろーさーれーるー……って、マジで冗談で済まないんだからっ!

 

 お願い許してぷりぃぃぃぃずっ!

 

「いやいや、それにしたっておかしいよね、先生」

 

 そんな中、冷静に俺に聞いてきたのは時雨だった。

 

「まず、何で兄弟なのに許嫁なのさ。養子で血縁関係がないならともかく、性別が同じならこの国で結婚できるはずがないよね?」

 

 全く持ってその通りなんだけど、それ以上に時雨の知識が凄すぎる。

 

 そこに痺れる憧れる。艦娘幼稚園の頭脳、名探偵時雨さんである。

 

「時雨の言う通りだよ。許嫁ってのはこいつが勝手に言ってることで、何の根拠もないんだから……」

 

「違ウヨ」

 

「「「……え?」」」

 

 一同が驚いてヲ級を見ると、ニヤリと笑みを浮かべて口を開けた。

 

「確カニ昔ナラ無理ダッタカモシレナイケド、今ハ問題無インダヨネ。ダッテ、昔ノ僕ハトウニ死ンデイテ、ヲ級トシテ生マレ変ワッタンダカラ」

 

「……確かに、血縁関係とかは問題ないだろうね」

 

「ソレニ、性別モ変ワッタカラネ。失ッタモノハ大キカッタケド」

 

 それについてはマジで自重しろ。トラウマもんだから。

 

「つまり、ヲ級ちゃんは昔と変わらず先生のお嫁さんになる……って言ってるんだよね?」

 

「ちょっ!」

 

 時雨の言葉に声を上げて反論しようとしたけれど、ヲ級は俺の服の裾を引っ張って阻止し、更に口を開いた。

 

「話ガ早クテ助カルヨ。ダカラ、邪魔ハシナイヨウニ……」

 

「断る」

 

 言葉を遮ったのは天龍だった。真剣な表情で腕を組み、先ほどと変わらぬ不機嫌な顔をヲ級に向ける。

 

「ナニ……?」

 

 天龍の声にカチンときたのか、ヲ級も不快感をあらわにさせた。しかし天龍は全く気にすることなく口を開いていく。

 

「断るって言ったんだよ。生まれ変わりか何だか知らねぇが、いきなりぽっと出のヲ級なんかに先生を取られちまったんじゃあ、天龍の名が廃るぜ!」

 

「て、天龍ちゃん……」

 

 俺も驚いたが、それ以上に驚いていたのは龍田だった。余りの変わりっぷりに、思わず「天龍ちゃんカッケーーーーッ!」と、叫びたくなったのはここだけの話である――が、

 

「鼻血レベルでカッケーーーーッ! そこに痺れる憧れるぅーーーーっ!」

 

 しっかり叫んでた。しかも俺以上の言葉で。

 

 つーか、龍田までキャラが変わっちゃってるんだけど、俺が居ない間にいったい何があったんだろう……

 

「という感じで先生が心の中で叫んでいるわよ~、天龍ちゃん~」

 

「へっ、そういうことだぜ、ヲ級!」

 

 ………………

 

 前言撤回。いつもの龍田だ。

 

 そして勝手に心の中を読むんじゃねぇ! あと、追加もするなっ!

 

 心の叫びを放った直後、思いもよらない言葉が別の場所から聞こえてきた。

 

「待ってくれないかな」

 

「……え?」

 

 驚き振り向いた俺の視界に入ったのは、先ほどからヲ級を問い詰めていた時雨の、真剣な顔だった。

 

 

 

つづく




次回予告

 時雨の真剣な眼差しと声に驚く主人公。
しかし、天龍は不満げな表情を浮かべていた。
そして時雨が口を開き、事態はさらに悪化する!?


艦娘幼稚園 ~ヲ級とみんなの許嫁騒動!?~ その6「それではみなさんに……」完

 今章は次でラスト!
 そして次章は執筆完了! 続けて更新大丈夫ですっ!
 つまり言いたい事は……今章も次章に続いちゃうよっ!

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その6「それではみなさんに……」完

 時雨の真剣な眼差しと声に驚く主人公。
しかし、天龍は不満げな表情を浮かべていた。
そして時雨が口を開き、事態はさらに悪化する!?

 今章はこれでラスト!
しかしまだまだ続きますっ!


「ん、なんだよ時雨?」

 

 横槍を入れられた天龍は少し不満げに時雨に声をかけた。

 

「僕が喋っている最中だったんだけど……まぁ、いいかな。ここで言えばいいんだし」

 

「……何が言いたいんだ?」

 

 ふぅ……と、時雨はため息をついてから目を閉じ、しっかりと天龍とヲ級を見据えて口を開いた。

 

「簡単な話さ。ヲ級ちゃんなんかに先生は渡せない。先生は……僕のモノなんだから」

 

「「「……なっ!?」」」

 

 時雨の突然の告白に、部屋に居た誰もが驚き、声を上げた。

 

「し、時雨……お前もなのかっ!?」

 

「うん、そうだよ天龍ちゃん。僕は先生が居なくなってから、ずっと考えてたんだ。そして、ヲ級ちゃんが許嫁って言った瞬間ようやく分かったんだよ。僕は先生を……初めて会ったときから好きだったんだって」

 

「へ、へへ……そうか。それだったら仕方ないよな……」

 

 ニヤリと笑みを浮かべる天龍に返すように、時雨も笑みを浮かべた。これからはライバルとして戦おうと、2人は固く誓い合うように――って、なんだこの展開っ!?

 

 俺ってモテモテじゃん! 嬉しいけど、みんな年齢を考えてっ!

 

 手を出したら確実に憲兵さんに連れてかれちゃうからさぁっ!

 

「……フゥ、分カッテハイタケレド、オ兄チャンノライバルガ2人モイルトハネ」

 

 そう言ってもう一度ため息を吐こうとしたヲ級に、更に声がかけられた。

 

「まっ、待つのですっ!」

 

「そうよっ、雷のことを忘れたらダメなんだからっ!」

 

 手を上げながら輪に入ってきたのは雷と電の姿だった。2人は少し頬を染めつつも決意を込めたような表情で、しっかりと口を開く。

 

「電だって、先生のことは好きなのですっ。ヲ級ちゃんに渡すわけにはいかないのですっ!」

 

「先生の傍には私が必要なんだからっ! そうよね、先生っ!」

 

 電が、雷が……俺の顔を見上げつつ、ハッキリとそう言った。

 

 やばい……恥ずかしいのもあるけれど、それ以上に嬉し過ぎて涙が出そうだ。

 

 だけどやっぱり年齢が……完全にアウトである……

 

 先生として本当に嬉しいんだけれど、内容に関しては完全に恋愛対象としてだからなぁ……

 

 これが愛宕だったらどれだけ嬉しいことか……と、ヒッソリ顔を眺めてみたんだけれど……

 

「先生~、私の顔に何かついてますか~?」

 

「あっ、い、いえいえっ、なんでもないですっ!」

 

 バッチリ見破られてしまった。

 

 どうせならここで上手いことを言えば良いのに……と、自分のへたれっぷりを後悔していたんだけれど、

 

「……オ兄チャン」

 

「ん、なんだよヲ……級……」

 

 そう言って、ヲ級の方へと視線を移したとき、完全に失敗してしまったことに気がついた。

 

 ヲ級が、天龍が、時雨が、雷が、電が。

 

 怒りMAXモードの表情で、俺を見上げている。

 

 ――あ、これ死んだわ。

 

 と、死を覚悟したときだった。

 

「チョット待つデス!」

 

 大きな声が俺の背中の方から聞こえ、全員が振り返った。

 

 そこには余裕たっぷりの表情で金剛が立ち、その手には白いシャツが握られていた。

 

「先生を初めて見初めたのは金剛デース! その証に、このシャツを見るのデス!」

 

 ま、まさか……

 

 それってあれかっ! かくれんぼのときのやつなのかっ!?

 

「なんだよそれ。そのシャツがどうかしたのか?」

 

 天龍はマジマジと金剛の握っているシャツを眺めてそう言った。

 

「どこかで見た覚えがある気がするんだけど……どこだったかな……」

 

 時雨は思いだそうと頭を捻っていた。だが、見る機会はほとんど無かったし、思い出せなくても仕方がないだろう。

 

「でも、どこかで見たことがあるような気がするのです……」

 

「そうよね。誰かが着ていたような……あっ!?」

 

 何かを気づいたように雷が俺の方へと振り向き、それに気づいたほかの子どもたちも、同じように振り向いた。

 

 その視線の先は、俺の身体。エプロン姿から見える袖は、金剛が持っているシャツと全く同じ銘柄である。

 

「マサカ……ソンナコト……」

 

 言って、ヲ級が金剛に近づきシャツに顔を近づけた。くんくんと匂いを嗅ぐように……って、お前は犬か何かかっ!?

 

 しかし、金剛にも言っておかなければならないことがある。

 

 ここでそのシャツを持ち込むなんて、火に油じゃなくて火災現場に爆弾だろうがあっ!

 

「……ハッ! コノ匂イハ紛レモナクオ兄チャンノ……ッ!」

 

「「「な、なんだってーーーーっ!?」」」

 

 一同に驚く子どもたち。というか、輪の外からも聞こえたんですけどっ!?

 

「マ、マサカ……貴様……ッ!」

 

 ギリギリ……と、歯ぎしりするヲ級は1歩2歩と後ずさる。

 

 いや、何でそんなに緊張した場面になっちゃってるの?

 

 たまたま……じゃないけど、俺のシャツを持ってただけでそんなに有利になっちゃうようなモノなの?

 

「僕ト同ジヨウニ、オ兄チャント一夜ヲ過ゴシタト言ノカ……ッ!」

 

「なんだってーーーーっ!?」

 

 あっ、これは俺の叫びね。絶叫だね。

 

 ――ってか、なんで俺以外叫んでないのっ!?

 

「くそっ! まさかそんなことが……っ!」

 

 思いっきり悔しがる天龍が床を拳で叩いた。

 

 だから、なんでそんなに悔しがってるんだっ!?

 

 そもそもそれ以上に、ヲ級の言葉に突っ込むべきじゃないのかっ!?

 

 もちろん勝手に隣で寝ていただけですけどねっ! 手なんか出してませんよっ!

 

「くっ……これは1歩……いや、数歩先の場所に立ってるってことだね……」

 

 だーかーらー、なんでそうなるんだよ時雨ぇっ!

 

「フッフッフー。これで私が先生の一番だってコトが分かったでショ? だから、みんなは先生のことを諦めテ……」

 

「だが断るわっ!」

 

「Why!? これ以上の切り札があるとは思えまセーン!」

 

「違うのですっ! そのシャツは先生から貰っただけなのですっ!」

 

「……っ! な、何故それヲッ!?」

 

 いや、金剛の語尾がヲ級と間違えそうになってきたんだけどっ!

 

「電の情報収集を舐めないで欲しいのですっ! 青葉のお姉さんに頼めばこれくらい朝飯前なのですっ!」

 

 それはそれで信憑性無いけどねっ!

 

 つーか、俺心の中でツッコミまくって疲れてきたよっ!

 

「はいは~い。そろそろ先生が限界になってきたのでお終いにしましょう~」

 

 パンパンと両手を叩いて注目を集めた愛宕は、続けて口を開いた。

 

 あ、愛宕先生……あなたは救いの神です……

 

 これ以上のツッコミは……本当にしんどかったですから……

 

「みんなが先生を大好きなのは、よ~く分かりました~。でも、ここでお終いって言っても、すぐにまた言い争いになっちゃうかもしれませんよね~」

 

「……え?」

 

 な、何を言ってるんでしょうか、愛宕さん……?

 

 これで終わらせてくれたら、俺のツッコミは終了出来るのに……

 

「ですから、みんなにはコロシア……じゃなかった、先生の争奪戦をやっていただきます~」

 

 ………………

 

 今、何て言いましたか?

 

 後に続くのは『イ』ですか!? それとも『ム』ですかっ!?

 

 どっちにしたってありえないんですけどっ!

 

「誰が勝っても負けても、恨みっこなしの白熱バトルですよ~」

 

「「「わぁぁぁぁ……っ!」」」

 

 愛宕の声に輪の外に居た子どもたちが一斉に声を上げた。

 

「やった! 久しぶりのバトルだねっ!」

 

「この前のはかなり面白かったからねっ!」

 

「今度は新しくヲ級ちゃんも入ってるし、すごく楽しみだよっ!」

 

 なんか目茶苦茶盛り上がってるんですけどぉぉぉぉぉっ!?

 

 っていうか、バトルっていったい何なんだっ!? 今までに全く聞いたこと無いぞっ!

 

「フフフ……まさかこんな展開になるとはな……ワクワクしてきたぜっ!」

 

「こうなった以上、僕も負けられないね……本気を出させてもらうよ」

 

「先生を頂くのは私デース! みんなには悪いですケド、一網打尽にしてあげマース!」

 

「い、電の本気……見せてあげるのですっ!」

 

「この雷様に敵うと思ってるのかしら……? 最後に笑うのは私なのよっ!」

 

 天龍が、時雨が、金剛が、電が、雷が……そして、

 

「コンナコトニナルトハ思ッテモイナカッタケド……バトルト言ワレタラ引ク訳ニハイカナイネ」

 

 ……いや、なんでお前がバトルのことを知ってるんだ?

 

「クックック……イ級ヤレ級ト食事ヲ賭ケタ戦イヲ百回以上ヤッテキタ僕ニ、敵ウ筈モ無イコトヲ思イシラセテヤルッ!」

 

 最早、盛り上がりきった子どもたちを止めるなんて俺の力ではどう考えても無理な話だった。

 

 もし、この場で何か一つの願いを叶えられるというのならば、こう答えるだろう。

 

 頼むから、平穏な日々を過ごさせて下さい――と。

 

 

 

 

 

「ところで愛宕先生~、テトロドトキシンってあるかしら~?」

 

「うーん、確かロッカールームにあったと思うけど……」

 

「少し分けてもらえると嬉しいんだけど~」

 

「致死量はダメよ~? 本人に後悔する程度で止めないと、後始末が大変だからね~」

 

「は~い」

 

 こっちはこっちでマジ怖いんですけどぉぉぉぉっ!

 

 

 

 艦娘幼稚園 ~ヲ級とみんなの許嫁騒動!?~ 完

 

 

 

 

次回、第一回先生争奪戦! 続きます!




 前章に引き続き、今章も続く引っ張りっぷりにごめんなさいっ。

 まさかのバトル展開に、気づいた人もいるのでは?
そう、少年誌のテコ入れ……と思っても仕方がない?
いえいえ、そんな事はありません。
相変わらずの、ギャグ満載で突っ走りますからっ!


次回予告

 主人公を得るために子供たちでバトルが開催されることになった。
さすがにこれはやり過ぎだと焦る主人公は愛宕に問い詰める。
何故こんな事を……そう言った主人公に、愛宕はまさかの提案をしたのだった。


艦娘幼稚園 ~第一回先生争奪戦!~ その1「賞品、俺、絶対」


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~第一回先生争奪戦!~
その1「賞品、俺、絶対」


※今章も続いておりますので、前章の~ヲ級とみんなの許嫁騒動!?~をご覧になっておられない方は先にそちらをどうぞー。

 続きまして、新章突入ですっ。
テコ入れみたいなバトルが開始っ!?

 主人公の所有権? を得るために子供たちでバトルが開催されることになった。
喜ぶ子供たちに驚く主人公。
さすがにこれはやり過ぎだと焦った主人公は愛宕に問い詰めるが、まさかの提案に更に驚く事になった。


「それでは明日のお昼寝が終わった後、広場にてバトルを開催します~」

 

 愛宕の声に盛り上がった子供達の歓声が室内に響き、その余りの大きさに俺は耳を両手で塞いでしまっていた。

 

「今回の賞品は、そこにいる先生です。参加したい子は、今から明日の朝礼が終了するまでの間に、私に言ってくださいね~」

 

「「「はーいっ!」」」

 

 一斉に手を挙げて返事をする子供達に、俺の心は既に重傷を負っていた。ヲ級がいらないことを言い出してから、俺のことが好きだと言ってくれた子供達。正直凄く嬉しかったのだけれど、続けざまに何人もの子から告白と変わらない言葉を受け、更にヲ級が火に油を注ぐが如く過熱させ、一触即発の雰囲気の中、愛宕が事態の収拾をつけるために言い出したのは分からなくもない。

 

 だが、バトルの賞品が『俺』自身というのは、いささかやり過ぎではないかと思うのだ。例えば、頭を撫でてもらう権利とか……って、別に撫でて欲しいと言われれば撫でるけど、そのような簡単かつ子供達が喜ぶモノにしてくれたら良いと思うんだけど……

 

「フフフ……これで先生は俺の……っ!」

 

「あら~、天龍ちゃんったら鼻血が出てるわよ~?」

 

「なっ! フッ……俺としたことが、ちょっと興奮しすぎちまったぜ……」

 

 鼻血を垂らしたまま壁に手を当てニヒルに決める幼稚園児。すぐに龍田がティッシュをポケットから取り出して、小さく折り畳んでから天龍の鼻に詰めていたけれど、その間全く身動きせずに、俺に向かってポーズを見せようとしているのは正直どうかと思うのだが……

 

「今回ばかりは負けられないね。でも、勝利するのが絶対ではないのかもしれないけれど……」

 

 言って、時雨はブツブツと壁に向かって独り言を呟いていた。

 

 さすがは幼稚園の頭脳と呼ばれる程の時雨なのだが、冷静で大人びた時雨がまさか俺のことを好きだと公言したのは本当に驚いた。時雨とは色々と話や相談事をしたけれど、今までそういった感じの話は一切出てこなかったし、予想すら出来なかった。

 

「こ、今度こそ、先生とチューをするのですっ!」

 

「雷も負けないわっ! 先生のチューを頂いちゃうんだからっ!」

 

 こちらこちらで盛り上がっている電と雷。幼稚園どころか鎮守府内にまで広がり、根も葉も無い噂になってしまった間接キスの再現は、ハッキリ言って勘弁してもらいたいところなんだけれど、今回は間接ではなく直接と言ってるよなぁ……やっぱり。

 

「先生のシャツは充分満足できマスガ……今度は中身も一緒に楽しむデース!」

 

 こっちはこっちでとんでもない事を言いまくっているんですけどねっ!

 

 ついでに中身ってことは『俺=モノ』扱いなのっ!?

 

 金剛が勝ったらいったいどんなことをされちゃうのかマジで怖いんですけどっ!

 

「クックックッ……コレデ誰モガ認メル夫婦ノ仲ニナルンダネ……オ兄チャン……」

 

 それら全てを吹っ飛ばすレベルの発言をしているヲ級に、とりあえずゲンコツ辺りを頭頂部に飛ばしたい。

 

 お前のせいでこんな状況になっちまったんだぞっ!

 

 ――と、大声で叫びたいところなんだけれど、これ程までに白熱している子供達のど真ん中で発言してしまえば、下手をすれば袋叩きにあってもおかしくはない。

 

 いのちをだいじに。

 

 いつものように、作戦はこれ一本である。

 

「それでは、朝礼の時間はとっくに終わってしまっていますけど、いつものように元気で頑張りましょうね~」

 

「「「はーいっ!」」」

 

 最後をまとめるように愛宕が子供達に向かって声をかけ、朝礼は終了となった。気合いを入れて部屋を出ていく子供達を眺めながら、俺はガックリと肩を落とす。

 

 明日の昼のバトルの結果によっては、俺の色んなモノが危うくなる。どうにかしなければ、笑い事では済まされない事態になってしまう可能性があるのだ。

 

 額に汗をかきながら、ふとあることに気がついた。

 

「あれ、ヲ級はどこに行ったんだ?」

 

「ヲ級ちゃんでしたら、天龍ちゃんと一緒に出て行きましたよ~」

 

「……はい?」

 

 ヲ級と天龍って、一触即発の会話をしていた同士じゃないかっ!

 

 もしかして、今から校舎裏かトイレで個別のバトルでも始まっちゃうんじゃないのっ!?

 

「くっ、さすがに止めないとっ!」

 

 入園早々に問題を起こすのは非常にまずい。そんなことになったら、せっかくの特例がおしゃかになってしまう。

 

「先生、どこに行くんですか~?」

 

「ヲ級と天龍を止めないとっ!」

 

 言って、俺は部屋を出ようと扉の方へと走り出したのだが、

 

「どうしてですか? もの凄く仲良さそうにお話してましたけど……」

 

「……え?」

 

「肩を組み合って、親友みたいに歩いて行きましたよ~」

 

 なんでそんな風になってるんだろ……

 

 さっきは喧嘩寸前だったよねっ!? 殴り合った後に友達になるとか、そういう工程すらすっ飛ばしちゃってるよね!?

 

 いやまぁ、仲が良くなるのはありがたいんだけどさぁ……

 

「えっと、それじゃあ……」

 

「はい。次の準備の為、一旦スタッフルームに行きましょう~」

 

 ニッコリ微笑みながら指を立てた愛宕に諭されて、一緒に向かうことになった。

 

 しかし、未だ俺の心は晴れぬまま。それどころかどんどん気分は辛くなっていく。

 

 明日のバトルの結果次第では、一人寂しい逃避行を考えなければならないのかと、俺は重い足取りを引きずりながら部屋を後にした。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

「どういうことなんですかっ!?」

 

 スタッフルームに入った瞬間、俺は愛宕の背中に向かって大きな声で叫ぶ。

 

「どういうこと……とはいったい?」

 

 振り向きざまに不思議そうな顔で聞き返してくる愛宕なのだが、事の重大さを分かっていないと言うのだろうか?

 

 勝利した子によっては、俺の……その、なんだ……貞操的なモノが危うくなってしまうし、もしそうなってしまったのなら、元帥がニッコリ笑って軍刀を振り回しまくってきてもおかしくない。この歳で死ぬ気は無いし、初めては愛宕が良いなぁ……とか思っていたりもするのだが、そんなことを口走れるはずもなく、俺は言葉を選びつつ口を開いた。

 

「なんで俺なんかを賞品にしてバトルを開催するなんてことを言ったんですかっ! そんなことをすれば、一部の子供達が白熱するのは予想できますし、それに……俺の身にもかなりの危険が降りかかるじゃないすかっ!」

 

「でも、あのまま放っておけば収拾がつかなかったでしょうし、取っ組み合いの喧嘩になる可能性だってありましたからね~。その場合はすぐに止めに入りますけど、目を離した隙に繰り返すことも考えられますから、あの手が一番の最善だと思ったんですよ~」

 

 満面の笑みでそう答えた愛宕だが、良く考えて話を解釈すれば俺に人柱となって騒ぎを収めてこいと言っているようにしか思えない。そりゃあ確かに原因は俺にあるのだから、見て見ぬ振りは出来ないし、天龍とヲ級の言い争いの時には止めに入ったのだけれど、あそこまで人数が増えてしまっては俺のキャパは超えてしまっていた。愛宕が言うように、収拾をつけるにはあの方法が最善と言われればそうかもしれないけれど、俺の気持ちを考えてくれても良いんじゃないかと思ってしまう訳で……

 

「………………」

 

 こうなったら、今この場で俺の気持ちを伝えるべきだろうか。

 

 初めて会ったときから好きでした! 俺と付き合ってください!

 

 大声で叫んで思いっきり頭を下げて右手を伸ばす。昔の番組で「ちょっと待ったーっ!」などと横槍が入ることも、この場ではまず無いだろう。

 

「それと、先生が危惧していることに対する対策もちゃんと考えていますよ~」

 

 言って、愛宕は先程と同じように指を立てた。

 

 その言葉によって告白の覚悟を決めようとしていた気持ちが見事に粉砕され、俺は仕方なく聞き返すことにする。

 

「え? そ、それって……どういう……?」

 

「参加するのが子供達だけなら、先生はどれらかの子に所有権が渡ってしまいますけど……」

 

 いや、所有権とかマジ止めて。

 

 すでに人として扱われてないことになっちゃいますからっ!

 

 ちっちゃい子供に飼われる大人の図なんて、ぶっちゃけ誰も見たくないよっ!?

 

 性別反転したらアリかもしんないって? その考え方も怖いわっ!

 

 ついでに元帥が軍刀振り回して、俺のアレがちょん切られて性別を変えざるをえなかったって最悪なシナリオが浮かんじまったじゃねぇかっ!

 

 全くもって誰得な話になっちゃうよっ!

 

 ぜぇ……ぜぇ……

 

 心の中のツッコミも、結構疲れるから止めときたいんだけどなぁ……と思っていた矢先、愛宕が続けて口を開く。

 

「それだったら、先生がバトルに参加して勝利すれば問題ないですよね~」

 

「……はい?」

 

 いったい何を言ってるんですか?

 

 子供達の中に混じって、バトルに参加する……?

 

 それって、やっちゃって良いことなのっ!?

 

「いやいやいや、賞品が参加者になるとか普通ダメじゃないんですかっ!?」

 

「そんな決まりは一切発言してませんよ~?」

 

 確かにそうですけど、普通一般的に考えて……って、人を賞品にする段階でもはや普通じゃないよね。

 

 それに、自分で自分を賞品って言っちゃってるしっ! 慣れって怖いなぁっ!

 

「なので、先生が参加者に入ることは全くもって問題ないのですよ~。ただ、勝利できるかどうかは先生の腕に掛かってますけどね……」

 

 ニッコリ笑う……ではなく、ほんの少し顔を曇らせた愛宕。何故ここで笑ってくれないのかと、かなり心配になってしまうのだけれど……

 

「大人と子供の差……と言いたいところですけど、確かに子供達の身体能力は高いですから、愛宕さんが危惧するのは分かります。でもここまできた以上、俺の立場は完全に追い詰められてますから、負ける気は全く無いですよ」

 

「そうですね~。先生に頑張ってもらわないと私も困りますし~」

 

 え……っと、それはいったいどういう……?

 

 もしかして、もしかしちゃったりするのかな……?

 

「だって、先生が子供達に手を出しちゃったりしたら完全な不祥事ですし、私の監督責任も問われちゃいますからね~」

 

「だったら勝手にバトルの賞品にしないでくださいよっ!」

 

「そう言えばそうでした~」

 

 言って、愛宕はしたをペロッと出しながら、自分の頭をコツンと叩く素振りをしていた。

 

 ………………

 

 ちくしょうぅぅぅっ! その仕草は可愛すぎるだろうぅぅぅっ! 反則過ぎて何も言えねぇぇぇぇぇっ!

 

 惚れてまうやろぉぉぉぉぉっ! 既に手遅れですけどぉぉぉぉぉっ!

 

 とまぁ、心の中で声が枯れるくらい叫びつづけてから、俺はもう一つの気になることを聞こうと口を開く。

 

「それと、バトルについて教えてもらいたいのですが。俺が先生になってから一度も行われてませんから、ルールも何も分かってないんですよ」

 

「あぁ、確かにそうですね。それじゃあ説明しますので、よく聞いてくださいね~」

 

 愛宕は両手をポンッと叩いてから、バトルについて話し始めた。




次回予告

 愛宕から聞かされるバトルの説明。
しかし、その内容に主人公は驚き、自分が不利でないかと焦りだす。
大丈夫だと愛宕が言って、持ち出してきた物は、とんでもないアイテムだった。

艦娘幼稚園 ~第一回先生争奪戦!~ その2「FPSなら基本装備」


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その2「FPSなら基本装備」

 愛宕から聞かされるバトルの説明。
しかし、その内容に主人公は驚き、自分が不利でないかと焦りだす。
大丈夫だと愛宕が言って、持ち出してきた物は、とんでもないアイテムだった。


 

「バトルと呼ばれているのは、一種の戦闘訓練なんですよ~。艦娘として海に出る前に少しでも経験を積ませるためにと、幼稚園を設立した当初から行っているんです」

 

「ふむふむ……」

 

 バトルについて説明を始めた愛宕は、俺に分かりやすいようにとゆっくりと喋ってくれた。

 

「基本的には子供達全員で行うのですが、今回は状況がああいった感じだったので参加者を募る形にしました」

 

「結果、俺が賞品になっちゃいましたけどね……」

 

「あはは~。でもまぁ、それによって収まってくれましたからね~」

 

 笑ってごまかそうとしているようだけど……可愛いから許すっ!

 

「バトルの詳細ですけれど、まずは場所の説明からですね。まだ子供達を海の上でという訳にはいきませんから、幼稚園の敷地内をフィールドにして行います。ですが、後片付けが大変なので建物内は禁止してますけどね~」

 

「そりゃあ、戦闘訓練の一環ですから、建物内だと何かが壊れてしまうことも考えられますよね」

 

「はい、先生の言う通りです。ご褒美に頭を撫で撫でしてあげますね~」

 

 言って、愛宕は俺に近づいて頭を撫でだした。

 

 うむ、久しぶりの撫でられに、ちょっとどころかかなり嬉しいです。

 

 特に目の前にある……おっきいやつがたまらんです。今すぐ押し倒したいんですけど、それはちょっとヤバいですよね?

 

 ぶっちゃけちゃうと、そんな根性無いですけどねっ! 無理矢理とか好きじゃないんでっ!

 

「次にバトルのルールになりますけど、基本的には模擬砲撃戦を行います。ですが、模擬弾を使用してしまうと、実弾では無いにしろ子供達に危険が及ぶ可能性がありますから、専用のペイント弾を使って行います」

 

 愛宕はそう言って、ポケットに入れていた透明のプラスチックで出来たボールを俺に見せてくれた。

 

「この中にペイント液を入れて使用するんですが、簡単に言えばコンビニなどに置かれている防犯用のモノと同じと考えてもらえればオッケーですよ~」

 

「あぁ、なるほど。比較的割れやすいやつで、中に蛍光塗料が入ってるやつですね」

 

「その通りです~。更に撫で撫で~♪」

 

「お、おふう……」

 

 撫でる手が動く度に、目の前でおっぱいが踊ってるんですがっ!

 

 正に至福の時っ!

 

「もちろん使用する方法も色々あって、そのまま投げたりすることもあれば、子供用の専用艦装で打ち出したりも出来ますよ~」

 

「えっ!? そんなモノまであるんですか!」

 

「戦闘訓練の一環ですからね~。全艦種に合わせてバッチリ揃えてありますよ~」

 

「うふふ~」と笑いかけた愛宕だが、その言葉を聞いた俺は唖然とした。身体能力が普通の子供と違うだけでも結構危ういと思っていたのに、そんな装備まであるのなら、大人の俺でも太刀打ち出来ないのではないか思うんだけれど。

 

「あれ……ちょっと待ってください。子供達は良いんですけど、俺の場合は人間であって艦娘じゃないですから、対応出来そうな装備って無いですよね?」

 

「そうですね~。確かに艦装としての装備はありませんけど、使えそうなモノは色々ありますよ?」

 

「例えば……どんなモノが?」

 

 俺の問いに対して、愛宕は「ちょっと待っててくださいね~」と言いながら、スタッフルームの奥の方にあるロッカーを開けて、ガサゴソと中を物色し始めた。

 

「これなんかどうでしょうか~?」

 

 言って、俺の前に持ってきたものは……

 

「……どこからどう見てもRPGにしか見えないんですけど」

 

「正解で~す。もう一度頭を撫でな……」

 

「それってダメでしょうっ! こんなモノでペイントボールを打ち出したら、例え割れやすいといっても怪我くらい簡単に……」

 

「あっ、そういえばそうです。これは本物ですからペイントボールは使用できなかったですね~」

 

 いやいやいやっ! 訓練に使う模擬弾とか発射するやつじゃないのっ!?

 

 本物がスタッフルームのロッカーに入ってるとか、どれだけ無用心なんだよっ!

 

 そんな危険な場所で、毎日着替えしてたのかよ俺はっ!

 

「それじゃあ、他に先生が使えそうなモノと言えば……」

 

 RPGを持ってもう一度奥のロッカーへと向かった愛宕は、ブツブツと呟きながら中を物色し、俺の方へと戻ってきた。

 

「ぱんぱかぱーんっ。このジャベリンなんかどうでしょうか~」

 

 なんでそんなモノが出てくんのっ! 更に悪化しちゃってるよねっ!?

 

 つーか、なんでこんな場所に対戦車装備が仕舞ってあるんだよぉっ!

 

「あれ、気に入らないですか~?」

 

「いや……そもそもそれも、ペイントボールを打ち出せるような代物じゃないですよね?」

 

「はっ! 確かにそう言われればっ!」

 

 気づいて……ないだとぉっ!?

 

 赤外線誘導が出来るジャベリンに、中身が液体しか入っていないプラスチックボールを入れたところで全く意味が無いだろう。仮に撃てたとしてもまっすぐにしか飛ばないだろうし、そもそも発射した時点でボールが粉砕し、砲身の中が液体まみれになるのは目に見えている。それらを全て対応できるペイントボールがあったとしても、そんな危険なモノを子供達に向けて発射する勇気を俺は持ち合わせていない。

 

 と言うか、RPGとほとんど変わらないだろうし。

 

「それじゃあ、これもダメですよね……」

 

 ガックリと肩を落とす愛宕だけれど、訓練の一環である模擬戦に、本物の、しかも高火力な武器を提供しようとするのは如何なモノかと思うのだが。

 

 あと、奥のロッカーは整理するべきだと思います。安心して着替えすら出来ません。

 

 特に、龍田辺りに知られてしまっては、俺の命が危ないかもしれないので。

 

 対戦車武器、ダメ、絶対。

 

 いや、それ以前って話だけどさ……

 

「しかし、これ以外となると……先生の使えそうなモノは無さそうですね~」

 

「そうですか……」

 

 RPGとジャベリンは使えると思ったんだろうか?

 

 それはそれでどうかと思うんだけど、突っ込んだら負けのような気がする。

 

「あっ、そういえば……」

 

「他に何かありましたか?」

 

 思い出したように愛宕が声を上げたので、少し不安になりつつも聞いて見ることにしたのだが、

 

「いえいえ、話が結構逸れちゃいましたね~」

 

「……そ、そうですね」

 

 ニッコリ笑ってそう言った愛宕に、俺は呆れ顔を浮かべながら頷いたのであった。

 

 

 

 

 

「えっと、装備のお話は終わりましたから……次はバトルのルールについての説明ですね」

 

「はい、お願いします」

 

 一番重要になる部分なので、俺はしっかりと聞き逃さないように愛宕の顔を見ながら耳を澄ませた。

 

「フィールド内で参加者同士がペイントボールや専用のペイント弾を使用して戦うのですが、当てられた時点でその参加者はリタイアになります。もちろん復活することは出来ませんから、いかにして当てられないかが重要になりますね~」

 

「ふむふむ……」

 

「逆に、他の参加者を当てた場合は1点のポイントが加算されます。そして、残り時間が0になるか、参加者の残り人数が1人になった時点で終了になります~」

 

「ということは、勝利するにはポイントが一番高くないと?」

 

「その通りですね。もちろん、それまでに当てられてリタイアになったとしても、最終的にポイントが一番高ければ勝利者になりますよ~」

 

「なるほど……」

 

 つまり、生き残ることに重視するだけでは意味が無いということだ。俺の考えでは、戦場から帰ってくることが一番優先しなければならないだろうと思っているのだが、そういった行動を小さい頃からやり続けてしまうと、臆病な性格になってしまう可能性があるということだろう。実際の演習などでは、艦が大破認定を受けた時点で行動不能となるようだが、子供達に怪我を負わせる訳にもいかないので、このルールは最善だと思えたのだが……

 

「開始直後にリタイアする子が出そうですよね……」

 

「さすがは先生、良い読みをしてますね~」

 

 言って、愛宕はまたも頭を撫でてくれた。

 

 揺れる胸をそれとなく見つつ、俺は続けて口を開く。

 

「そうすると、生き残りつつ他の参加者を倒すことが出来るか……つまり、完全なバトルロワイヤルですね」

 

「そうですね~。もう少し慣れてきたらチーム戦なんかも経験させてあげたいのですが、今のところはこのバトル形式でやってます。もちろん、毎回盛り上がってますし、定期的にやってほしいという声も子供達から上がってるんですよ~」

 

 確かに血気盛んな子供もいるから、愛宕の言うことも分かる。だが、今回は俺という賞品がついているだけに、さっきの雰囲気からしても気合いの入り方は尋常じゃないような気がするのだが……

 

「とは言え、負けるわけにはいかないからなぁ……」

 

「そうですね~。先生が負けちゃったら、勝利した子の所有物になっちゃいますもんね~」

 

 勝手に決めた愛宕が言うのかよ……と、さすがに呆れそうになったが、悔やんでいたって過去に戻れる訳じゃない。今考えなければならないのは、いかにして勝利者になれる方法を考えるかが重要なのだ。

 

「でも、そうなったからと言って、その子に手を出すようなことはしちゃダメですよ~?」

 

「し、しませんよっ! だって俺は……その……」

 

 愛宕さんが好きですから……と、言えたら良いのだけれど、俺にはまだその勇気がない。

 

 本当にチキンで申し訳ないです。

 

「それなら問題ないですけど……先生が勝利した場合の利点が無いですよね~」

 

「……え?」

 

 いやいや、俺が勝利すれば身の安全が確保されるってことだから万々歳なんだけど。

 

 まぁ、その後も気は抜けないとは思うけどさ。

 

「言い出したのは私ですから、ちょっとばかり……そうですね。それじゃあ、こういうのってどうですか~?」

 

 言って、愛宕は少し背伸びをしながら耳打ちをしてきた。

 

 そして腕に触れる胸の感触っ! 本日二回目の至福の時っ!

 

「先生が勝利者になった場合は、私がご褒美をあげちゃいましょう~」

 

「ほ、本当ですかっ!? 絶対ですよっ!」

 

「もちろん約束は守りますよ~。それじゃあ、先生も参加するってことでオッケーですね?」

 

「はい! 絶対に勝って、ご褒美を貰いにきますっ!」

 

「うふふ~。そんなに張りきってもらえると、私としても嬉しいですよ~」

 

 ニッコリと笑みを浮かべる愛宕と、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる俺。

 

 こうして、子供達が俺を狙い、俺は愛宕を狙うという思惑を秘めた、幼稚園内バトルロワイヤルが明日の昼に開催されることになったのだ。

 




次回予告

 バトルの説明を聞き、参加を決意した俺は愛宕に頷いた。
明日の朝。参加者が一同に読みあげられ、各自が一言話していく。
そして遂に、俺の出番がやってきたのだが……

艦娘幼稚園 ~第一回先生争奪戦!~ その3「選挙じゃないよ?」


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その3「選挙じゃないよ?」

 バトルの説明を聞き、参加を決意した俺は愛宕に頷いた。
明日の朝。参加者が一同に読みあげられ、各自が一言話していく。
そして遂に、俺の出番がやってきたのだが……


 

「おはようございます~」

 

「「「おはよーございますっ!」」」

 

 いつもの朝礼にいつもの時間。

 

 しかし、この場にいる子供達&俺の声は、いつもと違って元気いっぱいだった。

 

 その理由は、もはや語る必要が無いくらい分かりきっている。大半の子供達は久しぶりのバトルを参加ではなく見れることに興奮しているし、参加する子供達は賞品である俺を目指して気合い充分といった表情を浮かべていた。

 

 もちろん、気合いが入っているのは俺も同じである。昨日交わした愛宕との約束により、今回のバトルで勝利することを心に強く誓っている。

 

 勝利者になれば、愛宕からご褒美が貰えるのだ。ここで興奮しないのならば、男として終わってると言っても良いだろう。想像力の高さを遺憾無く発揮してしまった俺は、興奮しすぎて夜寝るのが遅くなってしまったくらいだからなっ!

 

 別にやらしいことは何一つしていない。そんなのしちゃったらご褒美の時に勿体ないっ!

 

 日頃の溜まりに溜まったこの欲求……全て出さしていただくぜっ!

 

 ――とまぁ、気合い充分なのは分かって頂けただろうが、さすがにそこは子供達の前。普段と変わらない装いで、朝礼の進行を行っていた。

 

「それでは、本日の昼寝の時間が終わった後に、バトルを開催します~」

 

「「「わあぁぁぁっ!」」」

 

 一斉に上がる子供達の歓声に俺の胸が高鳴っていく。しかし、冷静さを失えば勝てる戦いも負けてしまうので、しっかりと自分を保つようにと深呼吸をした。

 

「そして、今回のバトルの参加者ですが……今から読み上げるので手を挙げて意気込みを一言お願いしますね~」

 

 愛宕の言葉に歓声が鳴り止み、ごくりと唾を飲み込むような音が聞こえた気がした。

 

「まずは、エントリーナンバー1番。天龍ちゃんで~す」

 

 右手を天龍に向けた愛宕は、ニッコリと笑って一歩前に出るように促した。コクリと頷いた天龍は、気合い充分な表情で俺を一瞬見つめた後、大きく口を開いて声を出す。

 

「先生は俺のもんだっ! 他のヤツに渡すつもりはねぇってことを教えてやるぜっ!」

 

 天龍はそう言って、右手の拳を天高く振り上げた。その瞬間、周りから大きな歓声と拍手が挙がる。

 

 いや、もう何が何だかって感じなんだけど、言ってる意味を分かって喋っているのだろうか。

 

 恋愛感情による告白とかそんな生易しいものじゃない。完全に俺というモノを所有すると公言しているのだが……色んな意味で問題になりそうである。

 

 特に元帥辺りが思いっきり反応しそうだ。もちろん厄介ごとのおまけ付きで。

 

「はいはーい。天龍ちゃん、ありがとうございました~。

 それでは続いて、エントリーナンバー2番。時雨ちゃんで~す」

 

 さっきと同じように愛宕は時雨に右手で促した。

 

「他のみんなには悪いけど、先生は僕が頂くよ。僕の知識と判断力で、必ず勝利を手に入れるつもりさ」

 

 特別なポーズはせずに、時雨は淡々と喋ってお辞儀をした。俺にはその冷静さが非常に恐ろしく目に映り、思わずゴクリと生唾を飲んでいた。

 

「続きまして、エントリーナンバー3番。金剛ちゃんで~す」

 

「ハーイ! 私の実力で、どんな相手でも一網打尽にしてアゲルネー! それで先生は私のモノになりマース!」

 

 金剛は気合いが入った大きな声で宣言し、右手を振りかざした。

 

「続いてはエントリーナンバー4番。電ちゃんで~す」

 

「せ、先生は絶対渡さないのですっ! い、電の本気を見せてあげるのですっ!」

 

 少し緊張しながら声を上げる電。しかし、その目は気合いに満ちて、俺の顔を見つめている。

 

「その次は、エントリーナンバー5番。雷ちゃんで~す」

 

「先生には私が必要なのっ! だから、誰にも渡さないんだからっ!」

 

 胸を突き出して堂々と言った雷なのだが、今の内容だと俺って相当なダメ人間にしか聞こえないんだけど……

 

「そして、エントリーナンバー6番は、ヲ級ちゃんで~す」

 

「フフ……オ兄チャンヲ誰カニ渡スツモリハ無イヨ。僕ニ立チ向カオウトスル者ハ、誰一人トシテ立ッテイルコトハ出来ナクシテアゲルサ……」

 

 怖い怖い怖いっ! もはや発言がラスボスを超えて裏ボスじゃねぇかっ!

 

 容姿も含めて完全な敵役ぶりに、感嘆してしまいそうになっちまったぞっ!

 

「さぁ、これで全員と思いきや……スペシャルゲストの登場ですっ!」

 

 盛り上げるように叫んだ愛宕に向かって、子供達が驚いた表情で一斉に振り向いた。

 

「エントリーナンバー7番! なんと賞品である先生が最後の参加者で~す」

 

「「「な、なんだってーっ!?」」」

 

 うん。驚くのは分かるんだけど、元帥達とまったく一緒ってのが俺もちょっと驚いたかな。

 

 あと、某編集部っぽいのも追加で。宇宙人とか出てこないけど。

 

「それでは先生、一言お願いします~」

 

 愛宕の声にしっかりと頷き、子供達に向かって視線を向ける。

 

「俺を所有したいって気持ちはありがたいけど、俺は俺の生き方があるんでな。全力で勝たしてもらうことにするぞ!」

 

 もちろん愛宕のご褒美が目当てだけどな! ――とは声に出さず、心の中で叫んでおいた。

 

 これでバトルの参加者は全員揃った。後は時間になるのを待つだけだと思っていたのだが……

 

「と言うことで、先生が新たに参加者として名乗りを挙げましたが、ここで少しルール変更をしたいと思います~」

 

「……えっ!?」

 

 事前に聞いていなかった愛宕の言葉に、俺は驚きを隠せない。しかしそれは子供達も同じようで、ビックリとした表情で固まっている。

 

 つまり、今までのバトルでこんなことは無かったのだろうと予想出来るのだが……

 

「今回は艦娘ではないとはいえ大人の先生が参加しますので、ちょっとしたハンデを設けたいと思います。

 参加者に対して攻撃を当てた場合、点数が1点加算されますが、先生を当てた場合のみ、倍の2点を加算することにします~」

 

「おおおっ! つまりそれって、勝利に一気に近づくってことだよなっ!」

 

「先生を倒せば2人分の点数か……それは確かに有利になるね」

 

「どっちにしたって、全員倒せばオッケーってことデスネー!

 でも、どうせならばっちり狙ってあげマース!」

 

「真っ先に先生を狙うのですっ!」

 

「大丈夫よ先生っ! 雷がきちんと当ててあげるわっ!」

 

「フフフ……オ兄チャンノ悲鳴ヲ聞クノガ楽シミダヨ……」

 

 ………………

 

 なんでいきなり火に油を注ぐようなことを言うんだよっ!

 

 ご褒美をあげる気なんて更々無いってことじゃないですかーっ!?

 

 このままじゃ、確実に真っ先に狙われるのは俺ってことでファイナルアンサー!?

 

「「「イエス、ウィー、キャン!」」」

 

「こんな時だけ息ピッタリに合わすんじゃねぇっ!」

 

 俺の全力の叫びが部屋の中にこだましたのは、言うまでもない出来事だった。

 




次回予告

 まさかの新たなルールに驚く主人公。
しかし、ここで諦める訳にもいかない。頑張らなければならないのだ。

 そして準備する為に参加者たちが集まった遊戯室で、すでに戦いは始まっていた。

艦娘幼稚園 ~第一回先生争奪戦!~ その4「鋼鉄と硝子」


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その4「鋼鉄と硝子」

 まさかの新ルールの追加に驚く主人公。
しかし、ここで諦める訳にもいかない。頑張らなければならないのだ。
自らを守るために、そして愛宕のご褒美をもらう為にっ!

 参加者が準備する為に集まっていた遊戯室にて、すでに戦いは始まっていた……


 

 それから参加者である俺や子供達が待機していたのは遊戯室の中だった。参加しない子供達と愛宕はバトルの準備をするということで広場に出て行ったのだが、午前中の授業などは全てキャンセルになったことを時雨から聞き、改めて驚いてしまった。

 

 どんなに大事なんだよバトルって……と言いたいところだが、賞品として俺自信が関わっている以上、弱音を吐く訳にもいかないし、愛宕のご褒美を絶対にゲットしたいので、全力を尽くすためにも最大限の準備をしておきたかった。

 

 ついでに時雨が教えてくれたのだが、この遊戯室にあるモノはどれを使っても良いことになっているらしい。子供達が使用する専用の艦装もこの部屋に置かれていたし、それ以外にも使えそうなモノがいくつか目に付いた。多分、愛宕が前日のうちに用意しておいてくれたのだろうけれど、これほどの準備を短時間で済ませるとは、やっぱり愛宕は侮れない……と、つくづく感じさせられた。

 

 さすがは俺が先生として配属されるまで、1人で幼稚園を切り盛りしていただけのことはある。さすがは愛宕先生。そこに痺れる憧れる――だ。

 

「ところで先生は、何か良いモノでも見つかったのかな?」

 

 唐突に時雨が俺に話しかけてきた。――が、これは明らかに敵情視察であり、そう簡単に手の内を晒してしまう訳にはいかない。

 

「さぁ、どうだろうな。時雨は艦装があるだろうから大丈夫だろうけれど、俺にはそんな装備はないから、かなり厳しいと思うぞ」

 

「へぇ……そう言う割りには、表情は諦めて無いようだけど?」

 

「そりゃあ、やる前から諦めてたらそこで試合終了だからな」

 

「どこかで聞いた言葉だけど……まぁいいかな。さすがに簡単には喋ってもらえそうにないから、僕はそろそろ集中するためにあっちに行くね」

 

 そう言って、時雨はニッコリと微笑んだまま俺から離れて行った。

 

 ふぅ……やはり時雨は俺の手の内を探りにきていたみたいだな。さすがは幼稚園の名探偵。やることが抜目ない。

 

 俺は他の子供達にもばれないように、手に取ったあるものをポケットの中に忍ばせておいた。これが使える状況が来るかどうかは分からないが、備えあれば憂いなし。仮に使わなくとも、ポケットの中で仕舞えるサイズだから邪魔にもなりにくいしな。

 

 それよりも問題は、ペイントボールの補給方法だった。ここに来る前にいきなり愛宕から聞いたのだけれど、補給する手段はフィールド内にある補給ポイントにペイントボールとペイント弾を設置すると言うのだが、それは余りに問題だろうと、俺は危惧して考えを巡らせている途中なのだ。

 

 補給ポイントに行かなければペイントボールを補給できないということは、逆に言えばそこが一番参加者が集まるポイントということになる。しかも、そこに行くということは、手持ちが少ないと言うことを自ら公言しているのだ。

 

 つまり、絶好の待ち伏せポイントになるのは明白であり、そうそう簡単に補給はさせてもらえないということになるだろう。

 

 それならば、取れる方法は1つ。できる限りのペイントボールを初めから持つのが大事であり、それが出来るアイテム……つまり、鞄のようなモノを手に入れるのが先決である。

 

 もちろん、今までにバトルを経験している子供達は我先にと手に入れていたみたいで、既に身体に装着していた。

 

 天龍や時雨、雷に電は腰に巻き付けたウエストポーチにペイントボールを入れていた。ヲ級は何も持たずといった感じに見えるが、あいつのことだから油断は禁物である。しかし、それ以上に問題だと思えるのは……

 

「フッフッフッ……真っ先に手に入れたこの大きなバッグ! これで私の勝利は間違いないデース!」

 

 かなり大きな肩下げ鞄を持った金剛は、中に大量のペイントボールを詰め込んでいた。

 

 そんなに入れたら、動きが制限されるんじゃないのだろうかと思っていたのだが、金剛は鞄のチャックを閉めた後、全く気にすることなくひょいっと持ち上げた。

 

 鞄の中に50個以上入れてた気がするんだけど、マジかよ……

 

 子供であっても艦娘。しかも戦艦クラスとなればその力も強いのだろう。実際にバーニングミキサーを喰らった経験を何度もしている俺にとっては、納得出来なくはない事実である。

 

 これで、金剛の弾切れの線は薄くなった。他の子供達も何かしらの方法で複数のペイント弾を持っているだろうから、待ち伏せで倒そうとするのは難しいかもしれない。

 

 しかし、そうだからと言って諦める必要はない。弾数が多ければ多いほど有利であるのは間違いないと思うけど、相手に当たらなければ意味が無いのだ。

 

 とは言え、弾数に余裕があれば精神的に安心できるのもまた事実である。俺は余っていたウエストポーチを2つ取って、中身を満タンにしてから腰の両側に装着した。

 

 全員を相手にするには心許ないが、無いよりは全然マシである。それに、艦装を持たない俺としては、基本的にボールを投げる方法しか持ち得ていない訳だしね。

 

 ちなみに、参加者別にペイント液は色分けされている。どうやら自分のペイント液が付着しても、リタイアにはならないらしい。

 

 もしそうじゃなかったら、金剛を倒すのが簡単になったと思うんだけどなぁ。

 

 細い道なんかに罠をしかけて、転んだ拍子に鞄にダイブ。見事自滅でリタイアッ! なんて方法も考えたんだけどね。

 

 そんな棚から牡丹餅な短絡的思考を振り払うように頭を振り、頬を叩いて気合いを入れる。

 

 さて、これで準備は整った。

 

 後は昼寝の時間の後、バトル開始を待つだけだ。

 

 集中力を高め、最高のコンディションで迎えれば良い。

 

 負けは許されない。負ければ大事なモノを失ってしまう恐れがある。

 

 そして、勝利すれば愛宕からのご褒美が。何が何でも勝たなければならない。

 

 その為にも、俺は失敗をする訳にはいかないのだ。

 

 ………………

 

 ……あれ?

 

 そこで俺はふと気づく。

 

 バトルを前にして、子供達はスヤスヤと眠れるのだろうか?

 

 昼食を食べた後だから、おのずと眠気は襲ってくるとは思うのだけれど、バトルを前にすれば緊張したり興奮して、いつものように昼寝なんか出来るとは思えないのだけれど……

 

 

 

「すー……すー……」

 

「むにゃ……うーん……」

 

「ZZZ……」

 

 普段と同じようにグッスリ眠る子供達を見て、もしかすると俺だけが緊張してるんじゃないのかなぁと不安になってしまったのはここだけの話である。

 

 もちろん、今の俺は先生として寝相の悪い子供の掛け布団を直していたりする。

 

 子供達の余りの図太さに、呆れてため息が出てしまいそうになるのだが、逆に言えはちょっと安心したりもする。

 

 いつもと変わらない風景に、地上に戻って来たという実感が俺の心に沸いてくる。

 

 その嬉しさを噛み締めながら、俺はギュッと拳を握って胸に当てる。

 

 

 

 ただいま。

 

 ――そして、

 

 

 

 みんなの心臓には毛が生えてたりするんじゃないよね?

 




次回予告

 さぁ、バトルの始まりだ!
だけど、まずはやる事がある……そう、入場シーンが必要だよねっ!
誰がやるかだって? そんなの決まっているじゃないか!
誰もが認めるトラブルメイカー……あの艦娘が登場だっ!

 そして、戦いの火蓋が切って落とされる……


艦娘幼稚園 ~第一回先生争奪戦!~ その5「口は災いの元」


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その5「口は災いの元」

 さぁ、バトルの始まりだ!
だけど、まずはやる事がある……そう、入場シーンが必要だよねっ!
誰がやるかだって? そんなの決まっているじゃないか!
誰もが認めるトラブルメイカー……あの艦娘が登場だっ!

 そして、戦いの火蓋が切って落とされる……


 

「「「ざわ……ざわざわ……」」」

 

 広場の周りには参加者ではない子供達が、バトル開始を今か今かと待ち望むようにそわそわしながら立っていた。

 

 参加者である俺達は建物から広場へと向かう通路で待機し、広場の状況を覗き込んでいたのだが……なんか目茶苦茶凝りすぎてる気がするんですけど……

 

 まず、今いる通路から広場までの道に、レッドカーペットが敷かれている。

 

 次に、完璧に統率が取れたように、子供達が広場を囲んでいる。

 

 そして、愛宕がいる場所……運動会などで使う設営テントが、いつのまにか立っていた。

 

 しかも、音響関連の機材がフル設置で。用意したのも凄いけれど、よくそんな時間があったよね!?

 

 そんな突っ込みを心の中でしていると、テントの下にいた愛宕がマイクを持って立ち上がった。

 

「はーい、みなさーん。それでは今からバトルを開始したいと思います~」

 

「「「わあぁぁぁっ!」」」

 

「まずは雰囲気を盛り上げるために、いつものアナウンスからお願いしますね~。青葉さん、宜しくです~」

 

「了解しましたっ! 青葉、頑張ります!」

 

 リングアナウンサーまで用意してるのかよ……

 

 あ、でも、リングじゃなくてフィールドで戦うから、この場合はフィールドアナウンサーって言うんだろうか?

 

 まぁ、どっちにしても、懲り過ぎだとは思うんだけどね。

 

「ごほん……それでは……」

 

 言って、青葉はマイクを握りしめながら目を閉じて大きく息を吸い込んだ。

 

 ……ごくり。

 

 まさかとは思うが、変なことを言い出さないのかなぁと少し心配だったりもするのだが、

 

「Ladies and gentlemen, boys and girls. Let's get ready to rumble!」

 

「「「Yeah!」」」

 

 いや、なんで英語なんだよ。わかんない人が出てくるだろっ!

 

 そして子供達もノリノリじゃねぇかっ! マジで今のを理解してるのかっ!?

 

 ちなみに日本語訳にすると『紳士淑女も男の子も女の子も。さあ戦いの準備は出来たか!』だったと思う。あんまり英語は得意じゃないので、間違ってるかもしれないけど。

 

 ちなみにこの場合、boysはいらない気もするが、まさかヲ級を指しているんじゃないだろうな?

 

 一応現在はgirlで良いと思うんだけど、中身は……合ってなくもない。いや、考えるだけ疲れるレベルでややこしいので、気にしたら負けだろう。

 

「それでは、選手入場ですっ!」

 

 あ、ここからは日本語なのね。

 

 ふぅ……良かった。まさか全部訳さないといけないと思ってたよ。

 

「エントリーナンバー1番!

 ドSな妹を持つ姉が、遂に己の恋をかけて全力で戦うっ!

 ちっちゃい子なのに厨二病! 泣き虫だった過去は捨てたっ!

 天龍型1番艦――天龍ちゃんのお通りだーっ!」

 

「先生は俺がいただくぜっ!」

 

 拳を振り上げ広場の中心へと向かう天龍。以前とは比べられないほど成長したんだなあと改めて思ってしまうけれど、感心している場合ではない。

 

 天龍は……いや、参加者全員が俺をゲットすると公言しているのだ。若干嬉しさはあるものの、色んな意味でヤバすぎる。

 

 後、遠目で見える龍田の顔がマジ怖いです。青葉が後でどうなっても知らないぞ……

 

「続いてエントリーナンバー2番!

 幼稚園で断トツの知識を持つ名探偵!

 周りからの信頼も厚い、僕っ子ちゃんが名乗りを挙げたっ!

 白露型2番艦――時雨ちゃん見参っ! 」

 

「僕の知識をフル活用して、必ず先生を……ふふ……」

 

 あ、あの……含み笑いが怖いんですけど……

 

「そして次はエントリーナンバー3番!

 出会ったときから一目惚れ! 私のタックルは『I Love You!』

 前評判では大本命! トトカルチョでも人気集中!

 金剛型1番艦――金剛ちゃんが登場ですっ!」

 

「バーニングラブで先生をイチコロネー!」

 

 ………………

 

 ちょっと待て。

 

 今トトカルチョって言わなかったかっ!?

 

 何! 何なの!? もしかしてこれ、賭けてんのかっ!?

 

「更に続いてエントリーナンバー4番!

 ちょっぴり気弱な姉妹の末っ子! 勇気を出して頑張ります!

 牛乳パワーをナメないで! 邪魔する相手はごっつんこっ!

 暁型4番艦――電ちゃんが突撃だっ!」

 

「はわわわっ、が、頑張るのですっ!」

 

 対して電は代わり映えしない。

 

 まぁ、自分からこの場に出てきただけでも成長してるとは言えるんだけど。

 

 どっちにしても素直に喜べないんだよね……

 

「そして次はエントリーナンバー5番!

 忘れられない間接キス! 今度は直接頂くわ!

 本人素知らぬ特大スキル! ダメ男製造機が今日も行く!

 暁型3番艦――雷ちゃん出陣っ!」

 

「はーい! 先生ゲットで、行っきますよー!」

 

 元気よく走っていく雷だけど、青葉が言った言葉に反論する気は無いんだろうか……?

 

 からかわれているとしか思えないんだけどなぁ。

 

 ――って、よく見ると、青葉を見つめる愛宕の顔色が徐々に黒くなっている気がするんだけど。

 

 これは終わった後に一悶着……というよりかは、悲鳴が上がるんだろう。自業自得だけど。

 

「更に続いてエントリーナンバー6番!

 死んでまでも思いを込めて、姿を変えて帰ってきました!

 お兄ちゃんは誰にも渡さない! 法律は全てクリアした!

 前世は弟、今は深海棲艦――ヲ級ちゃんが抜錨だっ!」

 

「全員倒シテ僕ガ勝ツ……ソレマデ待ッテテネ、オ兄チャンッ!」

 

 ハッキリと言わせてくれ。

 

 性別や血縁に関しては確かに問題が無くなったのかもしれない。

 

 だがそれ以前に年齢があるでしょうがっ!

 

 いったいどうしてそこに注目しないっ! 全員揃って俺を陥れようとしてるのかっ!?

 

「そして今回はゲストが登場!

 まさかの賞品がバトルに参加! 参加者全員の目当てである、園児キラーが初出陣!

 最近人気が急上昇! 第二の元帥――先生がお出ましだーっ!」

 

 ………………

 

 第二の元帥って何だよっ!?

 

 俺はあんな変態じゃねぇぇぇっ!

 

「これで参加者は全員揃いましたっ! それでは愛宕さんにルール説明をお願いしますっ!」

 

 言って、マイクを愛宕に渡した青葉は肩で息をしながら椅子に座った。

 

 ……いや、気合い入れてマイクパフォーマンスしすぎだと思うんだが、後で色々と大変そうなので放っておこう。

 

 もう少し考えてから喋れば良いのになぁ……本当に。

 

「はーい、青葉ちゃんお疲れ様でした~。マイクパフォーマンスはなかなかでしたけど、ちょーーーーーーーーーっとばかり問題があったので、後で反省会をしますから逃げないでくださいね~」

 

 愛宕はニッコリと笑みを浮かべて青葉の顔を見る。その瞬間、青葉がビクリと身体を震わせたのを俺は見逃さなかった。

 

 何と言うか……生きろ。でも自業自得だからね。

 

「それでは改めにルール説明です~。

 各自、専用のペイントボールやペイント弾を使用して、制限時間の1時間以内にできる限り他の参加者を倒してください。

 自分以外のペイント液が付着した時点で、その参加者はリタイアとなりますので、こちらの方に戻ってきてくださいね。もちろん、持ち点はそのままになりますから、逃げてばっかりでは勝利することは出来ません。いかに多くの参加者を倒すことが出来るかが、勝利への道となってま~す」

 

 愛宕が説明している内容は、前日に聞いていたものと殆ど変わりは無い。

 

「ここまではいつものバトルと同じですね。

 ですが、今回は子供達だけではなく先生が参加していますので、特別ルールが追加されます。

 子供同士での戦いで倒した場合はいつも通り1点ですが、先生を倒した場合のみ2点が入りま~す。しっかり忘れないようにメモしておきましょうね~」

 

 いや、勉学の時間だからメモしなくても大丈夫だろ……と思ったけれど、天龍だけはポケットから取り出したメモ帳を使って書き込んでいた。

 

 真面目なのか忘れっぽいのか……どちらにしても抜けてる感じが否めない。

 

 となると、天龍を倒すには正面からぶつかるよりも、ゲリラ戦あたりが有効だと思うのだが……さすがにこの場所では難しいな。

 

 ちなみになんでこんな考えが出来るかと言うと、ゲーム思考があるからである。ウォーゲーム……特にFPSが好きな俺は、こういったバトルに参加するのは初めてではあるものの、実のところ楽しみだったりするのだ。

 

 しかし、賞品として俺自信が関わっている為、気楽な感じで挑めないのが残念である。どうせなら伸び伸びとやりたいんだけどなぁ……

 

「また、反則行為についてですが、ペイントボールやペイント弾以外の攻撃をすることは禁じられています。間違っても実弾を使用したりせず、物理攻撃もしないようにしてください。

 もし、反則を犯した場合は即リタイアとなり、キツーイ罰が待っていますから絶対にしないでくださいね~」

 

 笑みを浮かべてそう言った愛宕だけれど、目は完全に笑っていなかった。ついでに天龍が身体を震わせていたんだけれど、もしかして以前に何かやってしまったんだろうか?

 

「これでルール説明は以上です。

 それでは、精一杯頑張って、悔いの残らないバトルをしてくださいね~」

 

 愛宕が言い終えた瞬間、広場の中心にいた俺以外の子供達が素早く構えを取った。

 

 俺も慌てて構えを取る――が、子供達の視線は完全にこちらを向いている。

 

 ――まずい。この状況は予想していたけれど、非常にヤバイと言えるだろう。

 

 開始直後はほぼ乱戦になることが予想できていたのだが、俺を倒したときの点数だけ倍になるということを聞かされてから、こうなることになるのではと危惧していた。下手をすれば開始数秒で俺はリタイアとなり、勝利もご褒美も無散する。そしてそのまま勝利した子供に俺の所有権が渡ってしまい……

 

 いや、これ以上考えるのは止そう。始まる前から負けることを考えたら、勝てる勝負も勝てなくなる。

 

 まぁ、実際には非常に厳しいのだけれど、丸っきりダメという状況でもない。あくまで開始と同時に攻撃されるだけなのだから、攻撃には転じず、逃げの一手を取れば良いのだ。

 

 いわゆる戦略的撤退というやつである。勝利のためなら取れるべき手段を用いるのが当たり前であり、提督になるために勉強してきたことも無駄ではなかったと実感する。

 

 ――そう、これはバトルロワイヤル。首に爆弾がついている状態で戦うのではないので、そういった心配はしなくて良いんだけれど、一斉に狙われることが分かっているのなら、俺はまず逃げることが先決だ。そして、それを分かっているのは俺以外にもいるはずだ。

 

 俺を狙うのが全員ならば、何も考える必要はない。しかし、それを前もって決めていた訳ではない――と思う。俺を狙う振りだけしておいて、開始と同時に他の参加者を攻撃する。俺に向かって集中している時ならば、これほど簡単に相手を倒せる機会はないだろう。

 

 考えれば考えるほど手段はいくつも湧き出てくるし、それが大丈夫かなんて分からなくなってくる。だが、俺の取れる手段は限りなく少ないし、子供達の方はかなり多くどれを選ぶかが難しいだろう。

 

 まぁ、何も考えないで俺を真っ先に狙ってくるやつもいるだろうけれど、それは置いといたとしてだ。

 

 特に、この中に時雨の存在がいるだけで、他の子供達に対して脅威になっているはずだ。単純な思考の行動では、裏を取られる可能性がある。そんな風に考え出せば、俺にとって非常に好都合な訳である。

 

 とは言え、最終的には出たとこ勝負なのに変わりは無いんだけどね。何せ、初めてのバトル参加なんだし。

 

 色んなことを考えているうちに、愛宕が空砲用のピストルを空に向かって構えているのが横目で見えた。

 

「では、バトルを開始いたしますっ。よ~い……」

 

 心臓の鼓動が大きく聞こえ、両手のひらに汗がにじむ。

 

 大きく息を吸い込んで力を溜めようとした瞬間、乾いた音が鳴り響いた。

 

 

 

 パアァァァンッ!

 

 

 

「……シッ!」

 

 肺の中にあった酸素を吐き出しながら、バックステップで子供達から距離を取る。

 

「……っ!?」

 

 だが、予想に反して俺の方に砲口を向けていた子供は2人だけだった。

 

「ちっ、読まれてたかっ!」

 

 その1人は、まず間違いなく俺を狙ってくるだろうと思っていた天龍で、残念そうな表情を浮かべて叫んでいた。

 

 そしてもう1人は、まさかの金剛だったのだけれど……

 

「撃ちます! Fire!」

 

 俺の方だけではなく、辺り一面に殆ど照準を合わせず、無差別に弾丸を発射したのだ。

 

「ちょっ、マジかっ!?」

 

 誰も弾幕薄いぞとか言ってねえぞっ!?

 

 鳴り響く砲撃音に俺は一瞬慌ててしまったが、やることには変わりは無いと反転し、一目散に後方へと走った。無差別に砲撃しているのなら、金剛を見ながら避けようとするのは難しいし、できる限り安全な場所に早く逃げる方が先決である。

 

 俺は後方に見える建物の裏手に向かうべく、無我夢中で地面を蹴りながら、砲弾に当たりませんようにと、心の中で祈っていた。




次回予告

 開始早々の金剛無双に慌てながらも、何とか窮地を抜け出した主人公。
しかし、魔の手は背後から忍び寄っていた……

艦娘幼稚園 ~第一回先生争奪戦!~ その6「言葉と言葉」


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その6「言葉と言葉」

 開始早々の金剛無双に慌てながらも、何とか窮地を抜け出した主人公。
しかし、魔の手は背後から忍び寄っていた……


「はぁ……はぁ……」

 

 息を切らした俺は、両膝に手をつけて呼吸を整えていた。

 

 まさか金剛があんな手段を取るとは予想だにしていなかったが、肩下げ鞄に大量のペイント弾を入れていたからこそ出来えた手段であり、他の参加者には到底出来る方法では無かっただろう。

 

 とは言え、無差別に辺り一面弾幕を張るということは、弾切れを起こすことは明白である。ここは暫く離れておいて、後々対処すれば良いだろう。

 

 あれだけの砲撃音ならば、近づいて来ればすぐに分かるだろうし。

 

「さて、それじゃあどうするか……だよな」

 

 金剛の砲撃しか見ていないが、子供用の艦装は見かけ倒しでないことが分かった。さすがに実弾と比べてかなり速度は落ちるものの、それなりの距離は飛ばせるみたいだし、ナメてかかると痛い目を見るだろう。

 

「どこかに籠城してって手も考えられるけど……」

 

 待ち伏せしやすい場所があれば、トラップを仕掛けて各固撃破が一番安全だろう。1対1の方が取れる手段も多いし、咄嗟の事態にも対応しやすい。それならばと、良い場所を探すために辺りを見渡そうとした矢先のことだった。

 

「……っ!?」

 

 背後から殺気を感じた俺は、目の前の地面に向かって前方受け身で転がり、すぐに後ろへ振り返る。すると、液体が撥ねるような音が聞こえ、地面がオレンジ色に染まっていた。

 

「今のを避けるなんて……さすがは先生だね。だけど、地の利は僕にある状況で、どう対処できるか見物だよ」

 

 この声は……時雨かっ!

 

 聞こえた方向へ顔を向けるよりも早く、俺は再び地面を転がって場所を変えた。そのすぐ後に篭った様な砲撃音が鳴り、さっきまでいた場所にオレンジ色の液体が溜まりを作る。

 

「あそこかっ!」

 

 着弾点から時雨の位置を割り出した俺は、建物の屋根部分を見上げた。そこには、肩膝をついた状態で構えを取る時雨が、不適な笑みを浮かべて俺を見下ろしていた。

 

「2回の着弾を見ただけで僕の居場所が分かるなんて、先生はやっぱり凄いよね。せっかく音が反射しやすい場所を選んだのに、あまり意味が無かったよ」

 

 感心するように呟いた時雨は俺に向かって砲口を向けようとしたが、居場所が分かれば身を隠すことは難しくない。建物の影に隠れて俺を直接狙えない場所に移動し、時雨に向かって声をかけた。

 

「くっ! 時雨は俺に、こんなに酷いことをするのかっ!?」

 

「それはちょっと違うと思うのだけど……今やっているのはちゃんとしたルールで行っているバトルだからね」

 

「ああ、それは分かっている。だけど、賞品である俺を得るために、俺自身に危害を及ぼす気なのかって聞いてるんだ!」

 

「そ、それは……」

 

 俺の言葉に動揺した時雨は、発射する手を止めて戸惑っているようだった。

 

 しかし、金剛から逃げてこの場所に辿りつく間に、これ程までの準備をしているとは、さすがは時雨と言ったところだ。

 

 改めて敵にまわすと厄介ではあるが、ここは大人の実力を見せてやらねばならぬところである。

 

「言っておくが、フルボッコにされたとしたら、いくらバトルだったとは言えども心証は良くないぞ? もしかすると嫌いになっちゃう可能性だって無いとは言えないかもなぁ」

 

 これぞ口先で子供を騙す大人の図。良い子は真似をしないように。

 

 もちろん言葉は落ち込み気味に言っておいたので、俺の姿が見えない時雨にとっては、俺の表情を頭の中で想像するしか無いのである。

 

「えっ……そ、それは困るよ先生っ! 僕は先生が大好きなんだっ! 先生の言うことならなんでも聞くから、僕を見捨てるようなことはしないでよっ!」

 

 ………………

 

 えっと……だな。

 

 少しばかり戸惑ってくれれば、上手く隙をつく位のことは出来るかなぁと思ってやったんだけど、まさかこれ程の効果が出るとは夢にも思わなかった。

 

 い、いや、まてよ……

 

 実は時雨が喋った言葉自体が罠であって、俺をおびき出そうとしているのかもしれない。その可能性がある以上、簡単に姿を現すことはしないほうが良いだろう。ここは慎重に事を運ぶべきだと考えて、時雨の姿を確認しようとしたんだけれど、

 

「今すぐ下に行くから……っ! 大丈夫! 先生を攻撃したりしないからさっ!」

 

 そう言って、素早く屋根から飛び降りてきた時雨は、両手を上げて立ち尽くしていた。

 

 ……あれ、俺ってもしかして、すんごい悪役になってない?

 

 完全に子供を騙しきっちゃってるよ! 口先八寸で女たらしだよっ!

 

 このままじゃ、マジで元帥2号って言われちゃうよっ!

 

「お、お願いだよ先生っ! 僕……ボク、なんでもするからっ! 先生の言うことなら、どんなことでも叶えてあげるからさっ!」

 

 幼稚園児のヒモになる大人の図。

 

 端から見れば呆れ顔では済まされない事態に、俺の額に冷や汗が浮かび上がる。

 

 で、でも……なぜか胸に沸き上がる、この気持ちは……いったい……

 

「だから、だから……っ! お願いだよ先生っ!」

 

「し、時雨……」

 

 ヤバイとは思ったが、沸き上がる気持ちが抑え切れず、俺の身体が勝手に動きだそうとした瞬間だった。

 

 

 

 パシュッ!

 

 

 

「……なっ!?」

 

「ふふ……ふふふ……」

 

 目を大きく開いた時雨は、満面の笑みで俺を見つめてくる。

 

「先生は僕のモノになるんだから、当たってくれるよね?」

 

 時雨はそう言って、再び俺に向かってペイント弾を発射した。

 

「くそっ! まさかそんな手でくるとはっ!」

 

 時雨が泣き落としをしてくるなんて夢にも思わなかった。しかし、良く考えれば幼稚園内で1番の物知りであり名探偵でもある時雨なら、知将としての能力も高いのだ。

 

 俺の口先作戦を簡単に看破するどころか、それを利用してくるとは……やはり侮れないっ!

 

「あれ……どうして当たってくれないのかな? 先生は僕のモノになるのが嫌なのかな?」

 

 首を大きく傾げてニンマリと笑みを浮かべる時雨だが……って、マジ怖ぇっ!

 

「あ……あの……時雨……?」

 

「あはは……先生は僕のモノだからね。大丈夫。他のみんなも僕がぜーんぶやっつけてあげるから、先生は僕が勝利するまでじっとしていれば良いんだよ?」

 

 目が……時雨の目が怖い……っ!

 

「そうすれば、先生はずっと僕の横に……ふふ……うふふふふふ……」

 

 こ、これは……ヤンデレってるじゃねぇかあぁぁぁぁぁっ!

 

 俺が居ない間に何があったのっ!? マジでいったい何なのさぁぁぁっ!

 

 このままだとマジでヤバイと心が悲鳴を上げ、手に持っていたペイントボールを時雨がいる方向に、かなりの山なりで放り投げた。

 

 分かりやすく言えば、1人でフライのキャッチを練習する時のような感じと思ってくれれば良い……って、説明している場合じゃない!

 

「ふふ……先生ったら何をしてるのかな? こんなにゆっくりなボールなんて、簡単にキャッチ出来てしまうのに」

 

 言って、山なりに投げたペイントボールを片手でキャッチしようとする時雨だが、その考えは完全に悪手である。

 

 まぁ、俺がそうなるように仕向けた訳なんだけど、こんなに上手くいくとは思わなかった。

 

「そしてこっちを時雨に投げるっ!」

 

「さすがに真正面からの投擲なら、避ければ済むだけのこと……あっ!?」

 

 

 

 パキャ……ッ!

 

 

 

 驚いた表情を浮かべた時雨だったが、時既に遅し。俺が後から投げたペイントボールは時雨に当てるために投げたのでは無く、最初に山なりに投げたペイントボールを狙ってのことなのだ。キャッチをしようとしていた時雨はすぐに止めて回避に専念しようとしたが、頭上にあったペイントボール同士がぶつかって割れたことにより、中に入っている液体が辺り一面に飛散し、回避できる場所はどこにも無く……

 

 

 

 ベシャアッ!

 

 

 

 時雨の身体中に、ペイント液が降り注いだ。

 

 2つのボールだけなら時雨の身体能力で簡単に回避できるだろうけれど、飛散する液体を回避することは難しく、上半身がペイント液まみれになっていた。

 

「………………」

 

 時雨は自らの身体を大きな目を見開いて眺めた後、がっくりと肩を落とす――と思ったのだけれど、

 

「ふふ……先生のが僕の身体に……」

 

 ………………

 

 色んな意味でヤバ過ぎるんですけどぉぉぉっ!

 

 この場で待機するのは非常にヤバイ! バトル内でのリタイアの危険は全く無いが、俺の心が悲鳴を上げているっ! 

 

「あ、先生っ!」

 

 呼び止める時雨に振り向きもせず、俺は必死にこの場から駆け去るために足を上げる。

 

「恥ずかしがらなくても良いのに……ふふ……先生ったら……ふふふ……」

 

 後ろから聞こえてくる時雨の声に背筋を凍らせながら、俺は周りに注意を配るような余裕もなく、ただひたすら逃げようと地面を蹴ったのだった。

 




次回予告

 ヤバくなってしまった時雨から逃げ去った主人公。
辿り着いた先は幼稚園の入り口だった。
しかし、相変わらずの運のなさ。ここにも待ち伏せしている参加者が居たのだが……

艦娘幼稚園 ~第一回先生争奪戦!~ その7「直線上のアリア」


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その7「直線上のアリア」

 ヤバくなってしまった時雨から逃げ去った主人公。
辿り着いた先は幼稚園の入り口だった。
しかし、相変わらずの運のなさ。ここにも待ち伏せしている参加者が居たのだが……


 

「ぜーはー……ぜーはー……」

 

 校舎裏から逃げだした俺は、時雨から充分離れたことを確認して、息を整えるためにその場で休むことにした。

 

 開始直後の金剛から逃げるときよりも、息が上がっちゃってるよ……

 

 額についた汗を袖で拭い、ふぅ……と大きく息を吐いた。それから辺りを見回して、他に誰かいないか確かめながらゆっくりと歩き出す。

 

 さっきは屋根の上での待ち伏せだったから、次はどんな手でくるかと予想してみる。そもそも待ち伏せがあるかどうかすら分からないのだけれど、二度あることは三度あるのが定石だし、今までの経験上何かが起こるのは間違いない――と思う。

 

 こういうのは重なることが普通だしね。

 

 周りを見渡しながら俺が今いる場所を確認すると、どうやらここは広場とは正反対の位置である、幼稚園の入口から程近い場所だった。ルール上建物の中には入れないし、幼稚園の外に行くことも禁じられているので、塀と建物の間のにある通路を移動する以外道は無いのだが……

 

 待ち伏せするとしたら間違いなくこの狭い通路なんだけど、はたして誰が出てくるのだろうか。

 

 ぶっちゃけた話、突発的に襲われるよりかは気が楽だ。まぁ、実際にこんな見え見えの場所で待ち伏せするとは考え難いんだけれど……と思ってたら、通路の脇にある茂みから1人の子供が現れた。

 

「ふっふっふっ……待っていたわよ、先生っ!」

 

 通路のど真ん中に立ちながら、両手を組んで踏ん反り返るようなポーズを取っていたのは雷だった。

 

 うーん、ベタベタ過ぎる台詞と展開に、何の驚きも湧いてこないんだけど。

 

 とは言え、ここで驚かないのもなんだか可哀相なので、それとなくリアクションを取ってみる。

 

「くっ! まさかそんなところに隠れてるとはっ!」

 

 ちょっとわざとらしい気もするが、ここはオーバーアクションの方が色々と楽しみやすいだろう。

 

「雷様の頭脳にかかれば、先生を騙すことなんてなんてことはないのよっ!」

 

 勝ち誇ったようにそう叫んだ雷なんだけど、言ってることは特撮番組で1話完結のラストに出てくるボスキャラだ。もちろん、この話の最後にヒーローにやられて爆発してしまう、非常に可哀相なやられキャラである。

 

 うん、予想済みだったけどね――と言ってみるのも面白いかもしれないが、さすがにそれでは呆気なく終わってしまう可能性もあるので、もう少し引っ張ってみようと、乗っかりながら突っ込んでみることにする。

 

「そうか……でも、そのまま隠れておいて俺が脇を通りかかったところを攻撃すればリスクは限りなく少なかっただろうし、余計に驚かせられたと思うんだけどね。さすがにそれだと俺が可哀相だと思って雷は止めてくれたんだよな。ありがとね」

 

 言って、俺はニッコリと雷に笑顔を向けた。

 

「………………」

 

 ぽかーんと口を開けたまま固まる雷。

 

「あれ? もしかして……図星突いちゃった?」

 

 ニヤニヤと笑みを浮かべる俺。

 

 うーん、やっぱり俺って嫌な大人になってるかもしれない。

 

「な、ななっ、なんでそれをもっと早く言ってくれないのっ!?」

 

 ボンッ! と頭の上から蒸気を発しながら、顔を真っ赤にさせた雷は両手を振り上げて抗議してきた。

 

「い、いや……戦略くらいは自分で考えようよ……」

 

「こ、こうなったら……と見せかけてっ、今よ!」

 

 言って、雷は砲撃しようと砲口を俺に向けるが、それも予想済みである。

 

「甘いっ!」

 

 近くにある茂みを盾にしてやり過ごし、砲撃後の隙を突くため身体を回転させつつ避けようとしたのだが、

 

「甘いのは先生の方なのですっ!」

 

「何ぃっ!?」

 

 急に聞こえてきた後方からの声に驚き、大きく目を見開きながら振り向く。そこには砲口を俺に向けて構えを取っていた電の姿があった。

 

 今度は俺の言葉がヤラレキャラっぽい――って言ってる場合じゃなく、まさかバトルロワイヤル形式の戦いで同盟を組んだのかっ!?

 

「かかったわね先生っ! 慌てた振りをしてたのは演技だったんだからっ!」

 

 雷が囮になって、隠れていた電に気づかないようにするとは、何たる不覚っ!

 

 まさかの戦略に一本取られてしまった俺は、焦りながらも上半身を思いっきり反らし、なんとか砲撃を避けようとする。

 

「電、今よっ! 前後同時発射で仕留めるわっ!」

 

「先生、覚悟するのですっ!」

 

 俺に向かってペイント弾を打ち出す2人。砲撃音が同時に鳴り、絶体絶命の状況に身体中からブワッと汗が吹き出した。

 

 しかし、雷と電が立っている場所は俺を挟んで直線上にあり、

 

「うわっ!?」

 

 無理に状態を反らそうとしたことで、少しぬかるんでいた地面に足を取られ、尻餅をつくように俺の身体が地面へと倒れ込んでしまう。

 

「「えっ!?」」

 

 標的が消えたことで発射されたペイント弾は真っ直ぐ進み、

 

「嘘ぉっ!?」

 

「あ、危ないのですっ!」

 

 2人の目前へと迫ったペイント弾は、

 

「きゃあっ!?」

 

「ふにゃっ!?」

 

 見事に2人の顔面に当たって破裂し、ペイント液まみれになってしまった。

 

「「「………………」」」

 

 無言で佇む2人と、濡れた尻を叩きながら立ち上がる俺。

 

 これって、2人ともリタイアってことになるんだろうけれど、なんて声をかけたら良いのだろうか……

 

 雷なんて身体を大きく震わせてるし、もの凄く気まずいなぁと思っていたんだけど、

 

「な、ななな……何をするのよ電っ!」

 

「雷ちゃんこそ、電に当てるなんて酷いのですっ!」

 

 急に怒り出した2人は売り言葉に買い言葉といった風に言い合い始めた。

 

「まさか先生を独占するためにわざとしたんじゃないでしょうねっ!」

 

「い、雷ちゃんこそ、そういうつもりじゃないのですかっ!?」

 

 いきなり発展した姉妹喧嘩に焦った俺は、先生として止めようとするよりも、巻き込まれないように茂みの方へと身を隠した。

 

「一緒に組んで、頑張ろうねって言ったのに!」

 

「雷ちゃんこそ酷いのですっ!」

 

 2人は既にペイント液にまみれているのにも関わらず、頭に血が上りきってしまっているためか、問答無用で両手を振り上げて構えを取った。

 

「こうなったら、どっちが正しいかハッキリ分からせてやるんだからっ!」

 

「い、電が負けるはずないのですっ!」

 

 言い終えた瞬間発砲が始まり、両者の周りに大量の弾とペイント液が散らばっていく。俺はなんとか茂みの中を進みながら2人から距離を取り、安全な場所へと逃げようとする。

 

「今当たったじゃない! 電の負けなんだからねっ!」

 

「雷ちゃんが先に電の弾に当たったのですっ!」

 

 後ろの方で2人が叫び合う声と、引き続き鳴り響く砲撃音が早く聞こえなくなりますようにと、俺はため息を吐きつつ、この場所を後にした。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 それからなんとか安全と思われる場所を見つけた俺は、一息つくために地面に座り込んだ。

 

「ふぅ……ここで少しは休めることが出来そうだな……」

 

 そう呟いた俺は、荷物をチェックするためにウエストポーチのチャックを開けた。

 

「ペイントボールは……割れてないな。数もまだ8個あるし、補充の必要もないだろう」

 

 時雨との戦いで使用したペイントボールは2個だけだし、動き回った割には破損もしていなかった。ポーチの内部にクッション剤が使われていたので、衝撃を和らげてくれたのだろう。

 

「さて……と。現在のリタイアは……」

 

 バトルが開始してから今までに出会った参加者は、時雨と雷と電の3人だ。他の場所でリタイアが出ていなかったとすると、残る参加者は金剛、天龍、ヲ級の3人だが……はたして何人が残っているのだろう?

 

 開始直後に俺を狙おうとしたのは天龍ただ1人。金剛の方は、無差別に砲撃したのでノーカウントとしたが、あの状況ならば天龍がそのままリタイアになっていたとしてもおかしくはないだろう。

 

 何せ、質より量の全弾発射である。弾幕薄いぞ何やってんの!? ――とか言われるような落ち度も感じられないほど、辺り一面に発射しまくっていた。

 

 いくら大きなバックを持ってたとしても、持ち弾が尽きるのはそれ程先にはならないだろうが、あの場所に留まったまま撃ちつづけてるとも思えない。まさか、金剛以外の参加者があの弾幕の中を未だにリタイアせずに対当しているのなら話は別だろうけれど。

 

 まぁ、その考えはまずありえないだろう。実際に、時雨と雷と電は俺と同じように広場から逃げて、建物の裏や入口付近で俺を待伏せていたんだからな。

 

 しかし、そう考えると俺ってことごとく待伏せにあってるんだけど、これはやっぱり点数が倍ってことも影響しているのだろうか? それにしたって、立て続けなのが気にかかるのだけれど……

 

「悪い方に考えるのは良くないんだけどなぁ……」

 

 もう一度ため息を吐いた俺は、地面から立ち上がってズボンを叩く。

 

 休憩は終了。残る参加者を見つけて倒さなければならない。

 

 時雨は倒したけれど、雷と電は自滅だったから俺の点数には追加されないだろう。ということは、現時点での持ち点は1点しかないのだ。

 

 つまり、このまま行けば、俺が最後まで残らない限り勝利は奪えない。逆に言えば、俺が他の誰かに倒された時点でその相手に2点が追加されてしまうから、1点の持ち点では抜かれてしまうことになる。

 

「つまり、俺から仕掛けないと勝利は無いってことなんだよな」

 

 独り言を呟きながら身体をストレッチし、パンッと両頬を叩いて気合いを入れた。

 

 まずは状況を確かめるべく、広場を見渡せる位置に行くべきだと俺は考えて足を動かしていく。

 

 いざ、狙うは勝利のみ。我が身の安全と、愛宕のご褒美を得るために。

 

 後者に胸を膨らませながら、俺は再び広場の近くへと向かったのであった。

 




次回予告

 喧嘩になった雷電を避け、再び戻った広場で驚愕の事実を知る。
だが、ここはチャンスだと気合いを入れた主人公。
しかし、そんな後ろから、またもや魔の手が近づいてきた……


艦娘幼稚園 ~第一回先生争奪戦!~ その8「二番煎じの大悪化」


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その8「二番煎じの大悪化」

 喧嘩になった雷電を避け、再び戻った広場で驚愕の事実を知る。
だが、ここはチャンスだと気合いを入れた主人公。
しかし、そんな後ろから、またもや魔の手が近づいてきた……

※活動報告にて今後の予定をご連絡いたしました。


 建物の影から広場を覗き込んだ俺は、唖然としたままその場で固まっていた。

 

 広場に近づくにつれ、耳に聞こえてくる砲撃音が徐々に大きくなってくることに嫌な予感はしていたのだけれど、まさか開始直後から今までの間、金剛が砲撃しつづけていたとは思わなかった。

 

 いや、実際には見ていなかったのだから俺の想像ではあるのだが、広場一面に散りばめられたペイント液の量を見る限り、その想像はあながち間違いでは無いと思う。

 

 いったいどこにそれだけのペイント弾を持ち込んでいたのか分からないが、金剛は未だに正面を切って立ち向ってくる相手に向かって砲撃を繰り返していた。

 

「Shit! こんなに撃っても、まだ倒れないのデスカッ!」

 

「へっ……弾数が多いだけじゃあ、天龍様を倒すことなんか出来やしないぜっ!」

 

 言って、天龍は金剛に向かって地面を蹴った。艦装による砲撃ではなく、右手に持った長めの棒を振り回しながら、飛んでくる砲弾を叩き落として駆け抜ける。

 

「おいおい、マジかよ……」

 

 子供用の艦装だとはいえ、それなりに速度が出る砲弾に向かって近づいて行く天龍の行動は、端から見ても正気の沙汰とは思えない。ましてや棒で叩き落とす際に割れてしまうペイント弾の液体が、今だ身体に一滴たりとも付着していないなんてことは、奇跡じゃないかと思ってしまった。

 

 しかし、砲弾を避けつづけていた天龍の顔色はあまり良い風に見えなかった。遠距離から襲いかかってくる砲弾は避けることが出来ていたのだが、いざ金剛の近くまで肉薄しようとしても、次の壁が立ち塞がっていたのである。

 

「これ以上は近づかせないヨ! Fire!」

 

 天龍に向かって金剛が叫びながら回転すると、側面に取り付けられた艦装機銃から、小さなペイント弾が連続して発射された。

 

「いやいや、機銃の方までペイント弾って、そんなのアリかよっ!?」

 

 そう叫んでみたものの、実際に発射しているのだから問題は無いのだろう。もし反則ならば愛宕が停止させるだろうし、天龍から抗議の声が上がってもおかしくはない。

 

「ちくしょう……っ! 本当に厄介な装備だぜ……まったくよぉっ!」

 

 天龍はサイドステップとバックステップで機銃の攻撃を上手く避けながら、金剛に向かって1発、2発と砲撃をする。

 

「そんな攻撃、当たるわけないネー!」

 

 金剛は飛んでくる砲弾を避けようともせず、機銃を発射して空中で打ち落とした。

 

 いや、マジでこれ凄くないか……?

 

 やってることは大人の艦娘と殆ど変わらないと思うんだけど。

 

「しかし……この中に乱入して戦うってのはどう考えても無理だよなぁ……」

 

 やってることは既に立派な砲撃戦。海の上ではないので雷撃は行えないけれど、それでも充分に脅威と思える砲弾の嵐の中に身を投じる気は全く無い。

 

 いや、近づいた時点でジ・エンドである。

 

「ならば、俺が取れる方法はこれしかないよなぁ……」

 

 俺は準備の部屋で手に入れていた唯一の武器である大きめのパチンコをポケットの中にあるのを確かめて、建物の屋根の上へと行くために、壁に取り付けてあるパイプを握って登り始めた。

 

 この状況で俺が2人に勝てるとすれば、これしか浮かばない。

 

 高所からパチンコによる遠距離狙撃の一点撃破。相手は2人だが、争い合っている状態で俺に気づいていない今なら、勝てる見込は十分にあるだろう。

 

 しかし問題は、使い慣れていないパチンコを使用して、遠距離狙撃を成功させられるかどうかなのだが、これはもう、ぶっつけ本番でしか無い。仮に失敗したとしても、遠く離れていれば逃げるチャンスは多いだろうし、大きく外れた場合は気づかれない可能性だってある。そうなれば、2度目のチャンスだって訪れてくれるかもしれない。

 

 屋根の上に登りきった俺は陸屋根の特徴である端の段差を利用して、広場見えない位置に隠れながら2人の様子を伺った。金剛と天龍はお互いを睨み合うように距離を取って対峙し、次の手を模索するように牽制しあっている。

 

「完全に相手に注意が向いている今がチャンスだっ!」

 

 ポーチからパチンコを取りだそうとチャックに手をかけた瞬間、時雨の時と同じような予感を察知した俺は、後ろを振り向くことなく左に向かって受け身を取った。

 

 

 

 パシャッ!

 

 

 

 俺がさっきいた場所に小さなペイント液が付着し、冷や汗をかきながらパチンコを構えて振り返った。ちょうど屋根の反対側に立っていた人影は、もはや見間違えるはずがない。今回のバトルにおける俺の最大の敵にして、勝利させてはいけない最も危険な相手、ヲ級の姿だった。

 

「ヘェ……ソンナモノデ僕ニ敵ウト思ッテイルノカナ?」

 

 遠目でも分かるくらいにニヤリと笑みを浮かべたヲ級は、2つの触手を空へと立たせた。空気が振動する音と共に、小さな戦闘機が空中に出現する。

 

「くっ、やっぱりその手で来たかっ!」

 

「フッ……予想デキテイタトシテモ、コレカラ逃ゲラレルトハ思ッテナイヨネ、オ兄チャンッ!」

 

 ヲ級が俺に向けて触手を振りかざした瞬間、戦闘機が一斉にこちらに向かって飛んできた。半数は直接俺に向かってきたが、その機体にペイントボールの様なモノは見えない。

 

「騙されるかっ!」

 

 突っ込んでくる戦闘機はブラフであり、本命は空高く舞い上がった方だと、俺は空中を睨む。

 

「この軌道は……爆撃かっ!?」

 

 斜め45度の角度で飛来してくる戦闘機の底面にペイントボールが設置されているのを視認した俺は、なんとか避けようと前方受け身でその場から離れた。ペイント液が撒かれる屋根の上を転がりつづけながら、着弾音を頭の中で数えてヲ級の方へと近づいていく。

 

 ブラフとして俺に向かわせた戦闘機はそのまま後方へと飛び去って行った。若干気にはなったものの、今は爆撃から身を躱すことが先決であり、集中力を切らす訳にはいかなかった。

 

「危ねぇっ!」

 

 波状攻撃のように戦闘機がペイント弾を落とし、逃げれるポイントを潰してくる。しかし、なんとか乗りきった俺はヲ級のすぐ近くまで迫っていた。そして、数えていた着弾音は9回であったと思い返しながらヲ級を睨む。

 

「クッ……」

 

 その顔からは先ほどの笑みは完全に消え、焦りの表情が浮かんでいる。

 

 戦闘機による攻撃の利点は、距離と威力、そして命中の高さである。自分から遠く離れた位置へ攻撃することができ、操縦者にもよるが高い命中性能を持つ。しかし、全てが良いことだけではなく、1番のネックとしてあげられるのは、弾の補充の問題だろう。

 

 弾切れを起こした戦闘機は、一旦母艦に帰らなければ補充できない。更に言えば、補充を行うには時間がかかってしまうのだ。

 

 もちろん、その間指を銜えて待っているほど俺は聖者ではないし、そこをチャンスと見て反撃するのが定石である。

 

「顔色が悪いみたいだけど、どうしたんだ? もしかして、弾切れでも起こしたのかな?」

 

「マサカ、全弾避ケルナンテコトガ出来ルトハ思ッテイナカッタヨ……」

 

 言って、肩を落とすヲ級。だが、俺は緊張を解かずに周りを見渡す。

 

 弟の性格をよく知っている俺は、最後まで絶対に気を抜かない。何故なら、あいつの性格からして、素直に弾切れしたことを素直に言うなんて事はありえないからだ。

 

 注意深くヲ級の動きを見つめながらじわりじわりと近づいていく。そんな俺の耳に小さな空気の振動音が聞こえ、ハッと空を見上げた。太陽の光に身を隠すようにして現れた一機の戦闘機に気づき、俺はその場で叫ぶように口を開く。

 

「これは……急降下爆撃かっ!?」

 

 その瞬間、ヲ級の笑みが再び浮かび上がる。だが、俺の方も無策でヲ級に近づいたわけではない。幼稚園にいるときはいつも着ているエプロンの紐を外していた俺は、急いで脱ぐと同時に戦闘機に向かって投げつけた。

 

「……ナニッ!?」

 

 これがペイントボールを投げたのであれば、戦闘機の軌道を少し変えれば何も問題は無かっただろうけれど、投げつけたのはエプロンなのだ。空中に舞い広がったエプロンは戦闘機の視点から俺を隠し、盾となって爆撃を防いでくれる。しかし咄嗟の事で避けることが出来なかった戦闘機はエプロンに包まれ、ペイント弾を切り離すことなく屋根の上に落下した。

 

「マ、マサカ……ッ!?」

 

「ふぅ……何かあるとは思ってたけど、こんな手で来るとは思わなかったぞ……」

 

 受け身によって身体中についた埃を叩いて落としながら、俺はヲ級へと近づいていく。ヲ級の顔には既に余裕は無く、今にも泣きだしそうな表情になっていた。

 

 うーん、端から見ると子供をいじめる大人の図にしか見えないよなぁ……

 

 でもまぁ、これもバトルのルール。ヲ級には悪いが、ここはベッタリとペイント液を塗らさせていただこう。

 

 

 

 ベチョッ

 

 

 

 ペイントボールをポーチから取り出して、半分に割ってから中の液体をヲ級の身体に飛ばしたのだが、

 

「ウゥ……オ兄チャンノ液体ガ……」

 

「紛らわしい言い方をするんじゃねぇっ!」

 

「デモドウセナラ顔ニカケテクレレバ良イノニ」

 

「更に酷くなるわっ!」

 

「ソウ、コレゾ顔シ……ムガムゴ……」

 

「言わせねえよっ!」

 

 無理矢理ヲ級の口を両手で塞いで言葉を止める。いやはや、危うくRー18指定になるところだった。

 

 ともあれ、これでヲ級を倒すことが出来たのだし、残った参加者は金剛と天龍だけである。ヲ級は既にリタイアが決まったので、危険は無いだろうと思っていたのだが、

 

「フフフ……バトルデハソウカモシレナイケレド、直接的ニ襲ウノナラ別ニ問題ハ……」

 

「ありまくりだ、この馬鹿がっ!」

 

 抱き着いてきたヲ級をなんとか引き剥がし、広場で睨み合っている金剛と天龍の様子を伺うことにする。

 

 ちなみに放っておいたら何をするか分からないので、ヲ級に急降下爆撃という名のゲンコツを落としておいた。他の園児達なら問題だが、転生体とは言え弟である身内相手ならば、多少のことは許される……と思いたいのだが、

 

「アァ……オ兄チャンニブタレルノモ悪クハナイ……」

 

 頬を赤く染めてウットリするヲ級。

 

 何だか別の意味で危なくなっていた。

 

 なんでいきなりM化するんだよっ!? どんどん悪い方向に走っていってるんですけどっ!?

 

 心の中で大きく叫びつつ、俺は今度こそ広場の方に視線を向けた。

 




次回予告

 トラブルにまみれながらもヲ級を撃破した主人公。
残る相手は天龍と金剛。未だ開始直後から続く戦いに、主人公が攻撃しようとするのだが……


艦娘幼稚園 ~第一回先生争奪戦!~ その9「横槍から牡丹餅」


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その9「横槍から牡丹餅」

※活動報告にて、今後の予定をお知らせいたします。
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 トラブルにまみれながらもヲ級を撃破した主人公。
残る相手は天龍と金剛。未だ開始直後から続く戦いに、主人公が攻撃しようとするのだが……


 

 ヲ級に襲われる前と殆ど変わらないように、金剛と天龍は睨み合いながら牽制しあっていた。

 

「ハーイ、天龍。そろそろ息が上がってきたんじゃありまセンカー?」

 

 そう言って笑みを浮かべた金剛だが、額には汗か浮かび、あまり余裕がなさそうに見える。

 

「フフフ……俺の方はまだまだ大丈夫だけどよ、金剛の方はそろそろ弾切れになってるんじゃねえか?」

 

 かく言う天龍も、身体にペイント液はついていないものの、手に持った棒はボロボロになり、あと数回弾丸を叩き落とせば折れてしまうのではないかと思えた。

 

「さぁて、どうでショウネー。ナンなら、真正面から突っ込んでキマスカー?」

 

「どうすっかなぁ……それも面白いとは思うけどよ……」

 

 2人とも疲れた表情を浮かべながら肩で息をしているので、どうやら睨み合って牽制しているというよりかは、一時休戦による休憩みたいなものなのだろう。だが、あれだけの砲撃戦を行っていたにも関わらず、身体にペイントボールが命中した形跡は無いのは正直ありえないと、感心を通り越して呆れってしまった俺だったのだが、これでまだ子供だというのだから更に驚きも一塩だ。もちろん、砲撃の腕が悪いと言う訳でも無く、天龍の持っているボロボロの棒にはペイント液が大量に付着しているし、当たりそうだった弾丸を何度も払いのけたことが分かる。金剛の方は肉体的な辛さは余り無いのだろうけれど、たった1人の天龍をこれだけの弾数を使っても倒しきれない歯痒さと、手持ちの弾が切れかかってきている為なのか、精神的に追い詰められているように見えた。

 

 とは言え、バトルを開始してから30分近く経っているのにも関わらず未だ決着が付いていないのは称賛を送るべきなのだろうけれど、今の俺にはそれ以上に大切なことがある。

 

 ――そう。勝利しなければ、金剛か天龍のどちらかに俺の所有権が渡ってしまう可能性が高いのだ。

 

 現状の俺の点数は時雨とヲ級を倒した2点だけ。このままどちらかが負けるまで見守っていれば、勝った方に1点が加えられることになるから、最後の戦いで負けてしまえば逆転を許してしまう。だが、ここで俺がどちらかを倒せば、仮に最後まで残れなかったとしても、持ち点は3点だから勝利は確定するのだ。

 

「ここしか……ないっ!」

 

 2人をパチンコで狙撃するなら、肩で息を整えながら睨み合っている今しかない。さっきの砲撃戦よりはバレ易いだろうけれど、ジッとその場で立ち止まってくれている今なら狙いやすさは格段に上がる。もちろん、再び2人が砲撃戦を開始しても、その中に乱入するつもりは全くないし、もし入り込んだとしても瞬く間にヒットされてしまうだろうから、俺が取れる手段はこれしかないのだ。

 

 縁日の屋台にある射的の要領で段差に身体を乗り上げて、全力でパチンコのゴムを引っ張り、ペイントボールを発射するタイミングを探る。さすがに2人を同時に狙うことは出来ないので、どちらを先に攻撃するかが問題なのだが……

 

「もし、気づかれた場合……この場所に砲撃できるのは金剛しかいないよな……」

 

 高所への砲撃は同じ高さへ撃つよりも難しい。だがしかし、金剛の戦艦の大口径艦装ならこの距離であっても届いてしまうかもしれない。反撃されたとしても、段差に身を隠せばやり過ごすことは出来るかもしれないが、次に狙撃できるチャンスは限りなく零に近くなる。

 

 しかし、天龍の方は軽巡の艦装であるからして、小口径の砲撃ではここまで届くとは思えない。砲撃せずにこちらに向かってくるかもしれないが、その間に逃げることは出来るだろうし、広場のような開けた場所でなく細い通路に呼び込めさえすれば、待伏せという形で迎え撃てるので、勝機は十分にあるだろう。

 

 ならば先に狙う相手は金剛しかないっ!

 

「頼む……当たってくれ……っ!」

 

 ゴムが切れそうになるギリギリまで目一杯引っ張った俺は、金剛に向かって照準を合わせて発射した。

 

 

 

 パシュッ!

 

 

 

 勢いよく手から離れたペイントボールが、緩やかな放物線を描いて金剛に向かって飛んでいく。出来るだけ命中するようにと、視覚的に見え難い右半身の艦装部分を狙ったのだが……

 

「……っ!?」

 

 風を切り裂く音に気づいた金剛は、咄嗟に振り向いてペイントボールの存在を察知し、慌てて避けようと身体を捻った。

 

「くそっ!」

 

 まさかあの状況で察知されるとは思っていなかっただけに、悔しさが込み上げる。更に言えば、狙いも完璧だったのだから精神的ダメージも大きい。

 

「誰デスカッ!?」

 

 ペイントボールを避け、こちらの存在に気づいた金剛はすぐに顔を向けた。俺は慌てて位置がばれないように、段差の下に隠れようとした瞬間だった。

 

「俺を相手にしてよそ見をするなんて、甘すぎるぜっ!」

 

 ここがチャンスと踏んだ天龍が、金剛に向かって駆け出した。

 

「……クッ!」

 

 慌てた金剛は捻った身体を無理矢理動かして、天龍に向けて砲撃を放つ。

 

「うりゃあっ!」

 

 持っていた棒で飛んできた砲弾を払いのけ、金剛に肉薄した天龍がここ1番の距離まで間を詰める。

 

「Shit!」

 

 無理な体勢で砲撃を放った金剛は大きくよろめいてしまい、迎撃のために発射しようとした機銃では間に合わないとみるや、片膝をついて天龍を睨む。

 

「ならば、こっちの方で……Why!?」

 

 それならばと先ほど放った大砲を使って迎撃しようとした金剛だったのだが、どうやら最後の弾を使いきってしまったらしく、重い金属がぶつかる音だけが鳴り響き、苦悶の表情を浮かべながらギリッ……と、歯を食いしばった。

 

「どうやらさっきのが最後の弾だったようだなっ! 誰が金剛を狙って撃ってくれたのか知らないけど、ナイスサポートだぜっ!」

 

 そう叫びながら金剛に向かって走ってきた天龍は、棒を地面に突き刺すようにして棒高跳びのように高くジャンプすると、空中で一回転しながら砲弾を発射した。2発、3発と撃ち込まれたペイント弾は、金剛の右足と腹部、それに艦装にまで全弾命中する。金剛は身体がペイント液まみれになったのを確認しながら、うなだれるようにガックリと肩を落とした。

 

「うぅ……私の負けデース……」

 

 金剛は緊張から解き放たれたようにその場で膝をつき、地面に座り込んだ。そんな金剛を見ながら着地した天龍は、勝ち誇ったように拳を振り上げる。

 

「よっしゃっ! これで俺の勝ちだぜっ――へぶっ!?」

 

 勝ち名乗りを挙げようとした天龍なのだが、着地の隙を見逃すほど俺も甘くはない。ましてや金剛が狙撃された直後だというのに、勝ち名乗りを挙げるなんて以ての外だ。

 

「あっ、当たった」

 

「ヲヲ……見事顔面ニクリーンヒットダネ……」

 

「いやぁ……まさかあんなに綺麗に当たるとはなぁ……」

 

 嬉しさでちょっとばかり顔が赤くなっているかもしれないが、まぁ、こんな時もあるだろう。

 

「く、くそぉっ! 誰だこのやろうっ!」

 

 ペイント液まみれの顔をブンブンと振りながら、狙撃した俺の姿を探そうと辺りを見渡す天龍だが、咄嗟にしゃがみ込んで段差に隠れたおかげで、見つかることは無かった。

 

 まぁ、天龍もリタイアしたんだし、別にばれたところで問題は無いんだけどね。

 

「出てこいっ! 卑怯だぞっ!」

 

 叫びつづける天龍を尻目にホッと胸を撫で下ろした俺は、屋根に座り込んで空を見上げた。すると、幼稚園内に空砲音が数発鳴り響き、続いて愛宕の声が聞こえてきた。

 

『はいはーい。生き残った参加者が1人になりましたので、バトル終了です~。皆さんは広場まで集まってきてくださいね~』

 

 その声を聞いた天龍はガックリと肩を落とし、とぼとぼと愛宕がいる方へと歩いて行った。

 

 これでバトルは終了したのだが、ふと、内容を思い返し、げんなりとした顔を浮かべてしまった。

 

「……ドウシタノカナ、オ兄チャン?」

 

「いや……今、思い出したんだけどさ……」

 

「ウン」

 

「結局俺って、参加者全員と戦ってなかったかなってさ……」

 

「………………」

 

 俺を倒した参加者は倍の点数をゲットできるという特別ルールから考えて、開幕時に全員から狙われるであろうという予想をしていたのにも関わらず見事なまでに覆されたのだが、結局のところは、別々に狙われたり巻き込まれてしまったりで同じ結果になったと言えなくもない。

 

 つーか、ほぼ全員を相手にして生き残った俺って地味に凄くね?

 

 まぁ、自画自賛はしない方が良いんだけど。

 

「マァ、ソレダケオ兄チャンガ好カレテルッテ事デ良インジャナイカナ?」

 

 ヲ級が他人の肩を持つなんて珍しいなと思ったのだが、良く考えてみるとそうではない。

 

「その理論だと、参加者全員が俺が好きだから攻撃しようとするヤンデレっ子になってしまう気がするんだけど?」

 

「ソウトモ言ウネ」

 

「否定しろよっ!」

 

「フッフッフッ……オ兄チャンニ安息ノ日々ハマダコナインダヨ。僕ト一緒ニナラナイ限リ……ネ」

 

「断固断るっ!」

 

 結局こういうオチかよ……と苦笑を浮かべつつ、屋根から下りて広場に向かう。

 

 残るイベントは結果発表のみ。

 

 そして、俺の身体は晴れて自由となり、愛宕のご褒美が貰えるのだ。

 

「何ヲニヤニヤシテルノカナ?」

 

「別になんでもないよ。ただ、バトルが終わってホッとしているだけさ」

 

「フウン……」

 

 危ない危ない。

 

 ヲ級にばれたらご褒美がおじゃんになる可能性が高いしね。

 

 顔に出さないように気をつけようと頷きながら、集合場所へと歩いて行く。

 

 隣を歩いていたヲ級が、何度も「顔ニ……」とか呟いていたが、俺は聞こえない振りをしておいた。

 

 マジで止めろよこんちくしょうっ!

 




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次回予告

 バトルは終わった。
最後はあっけない幕切れにより天龍を倒した主人公。
後は、結果とご褒美をもらうだけ。
だけど、何やら不穏な空気? もしかして、もしかしちゃったりするんでしょうか?


艦娘幼稚園 ~第一回先生争奪戦!~ その10「ご褒美の理由」完


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その10「ご褒美の理由」完

※先日より活動報告にて、今後の予定をお知らせいたします。
 非常に申し訳なく思っておりますが、何卒よろしくお願い致します。

 バトルは終わった。
最後はあっけない幕切れにより天龍を倒した主人公。
後は、結果とご褒美をもらうだけ。
だけど、何やら不穏な空気……?
いや、もしかして、もしかしちゃったりするんでしょうか?

 そんな訳無いけどねー。




 

「それではバトルの結果発表の時間です~」

 

 言って、愛宕は手書きのボードを見ながら口を開く。

 

 参加者の殆どは若干不満げな表情を浮かべながら、横並びに整列していた。

 

「まず、金剛ちゃんは0点でしたね~。天龍ちゃんとのバトルは素晴らしかったですけど、最初っから広場で戦いながら勝負が決まらないのでは、点数が全く増えませんよ~」

 

 愛宕は1人ずつ丁寧に的確な指摘を挟みつつ、バトルの内容を話し始めていた。

 

「うぅ……白熱するあまり、本来の目的を忘れてしまったのデース……」

 

 金剛は身体についたペイント液をタオルで拭きながら、ガックリとうなだれ肩を落としている。

 

「次は天龍ちゃんですね~。点数は金剛ちゃんを倒した1点ですけど、それ以外は全く同じですね~」

 

「くそぉっ! なんとか金剛を倒したってのにっ!」

 

「天龍ちゃんったら、肝心なところが抜けちゃってるのよね~。目の前の敵を倒して勝ち名乗りを挙げるなんて、ぶっちゃけありえないわよ~?」

 

 見事なツッコミを入れる龍田の言葉に思いっきりへこむ天龍。

 

 うむ、いつも通りの風景だ。

 

「続いて雷ちゃんと電ちゃんですけど、同士討ちしちゃってますね~。一応点数は1点ずつですけど、ルールに従ってすぐにバトルを止めないとダメですよ~?」

 

「うぅ……ごめんなさいなのです……」

 

「今回は失敗しちゃったけど、次は頑張るわっ!」

 

 対称的な反応を見せる2人だが、さすがに俺の争奪戦をまたやるのは勘弁してほしいから、頑張らないでいただきたいです。

 

「次は時雨ちゃんですけど……残念ながら0点ですね~」

 

「そうだね。上手く先生を騙せたつもりだったんだけど……まさかあんな手でくるとは思わなかったよ」

 

 時雨はやれやれ……と両手を上に向けて呆れた顔を浮かべていた。

 

「えっ、もしかして時雨のアレは演技だったのか……?」

 

「うん、そうだよ先生。さすがにアレはちょっと怖いからね」

 

「だ、だよなぁっ! マジでビックリしたんだぞっ!」

 

 その言葉を聞いて、胸を撫で下ろそうとしたのだが、

 

「ふふ……だから、先生は別に怖がらなくても良いんだよ……ふふふ……」

 

「ちょっ、やっぱり怖いっ!」

 

 演技なのか本当なのかマジでどっちなんだっ!?

 

 ヤンデレ要員が飽和状態で日々を過ごすことになったら、俺の精神が持ちそうにないぞっ!?

 

「続いてヲ級ちゃんも0点でしたね~。場所取りは良かったですけど、相手が一枚上手でした~」

 

「ヲヲヲ……アソコデオ兄チャンガ来ナカッタラ、僕ノ独壇場ニナル予定ダッタノニ……」

 

 しくしくと泣いている風に装っているが、アレは嘘なので構わないことにする。

 

「あれ……ってことは、俺と雷と電が1点で引き分けなんじゃねーの?」

 

 そう言って、不思議そうな顔をした天龍だったが、愛宕は顔を左右に振って口を開く。

 

「違いますよ~。最後に先生の結果が残ってます~」

 

「あっ、そうだった。すっかり忘れてたぜっ!」

 

 いや、俺の争奪戦をやっといて、本人を忘れるってどんなに酷いんだよ……

 

「それでは先生の点数ですが……」

 

 ごくりと唾を飲み込む天龍、雷、電の3人。しかし、単純に考えればすぐに分かると思うんだけど……

 

 俺が誰かにやられたのなら、最低でも2点は入っている。つまり、俺は最後まで残ったのだから……

 

「なんと3点で断トツのトップでした~。おめでとうございますっ、先生~」

 

「いやぁ……ありがとうございます」

 

 頭を掻きながら答える俺。その横で3人はガックリと肩を落としていた。

 

「ちくしょう……同点だったら決勝戦だと思ってたのに……」

 

「残念なのです……」

 

「うぅぅ……って、ちょっと待って。先生が優勝したってことは、賞品はどうなるのかしら?」

 

 雷の言葉に参加者は、一同にウンウンと頷いた。

 

「ということは、もう一回バトルをやるんじゃねえのかっ!?」

 

 いや、しばらくは勘弁してください。マジで疲れるし大変なんです。

 

「違いますよ~。先生が優勝したのですから、所有権が本人に戻っただけです~」

 

 所有権って、ちょっと酷くないですかそれっ!?

 

「えっと、つまり……どうなるのデスカー?」

 

「普通に考えれば、いつも通りってことだよな?」

 

「結局バトルの意味が無かっただけなのです……」

 

「でも楽しかったわよねっ」

 

「うん。久しぶりに僕も楽しめたよ」

 

「月イチペースデヤリタイカナ」

 

 だから、マジで勘弁してください。

 

「それでは今回のバトルはお開きです~。皆さんお疲れ様でした~」

 

「「「お疲れ様でしたーっ!」」」

 

 言って、みんなは笑みを浮かべながら手を上げる。

 

 バトルの参加者も、観客の子供達も、マイクパフォーマンスの青葉……はどこかに消えてしまっているが、楽しんでくれたのだろう。

 

 ただ、トトカルチョについては言及しないでおく。なんだか非常に嫌な予感がするからね。

 

 凄く疲れたけれど、みんなの笑顔を見れたのは良かったかな――と思う。月一ペースはしんどいけれど、賞品が俺自身にならないのならば、今後もやって良いかもしれないと考えを改めながら、撤収作業に勤しむことにした。

 

 

 

 ………………

 

 そして、ふと、新たな考えが俺の脳裏に過ぎる。

 

 そういえば愛宕って全員の戦闘に対して指摘を行っていたけれど、どこで見ていたのだろうか?

 

 見られているような気配は無かったし、それ以上に、全員が固まって同じ場所にいたんじゃないんだけど……

 

「いやいや、まさかそんなことは……」

 

 なんだか嫌な寒気を感じ、俺は気にしないように作業に戻る。

 

 以前にもあった、嫌な視線の感じを思い出さないように……

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

「それではご褒美のお時間です~」

 

「待って……ましたぁぁぁぁぁっ!」

 

「そこまで喜んでもらえると、ちょっと嬉しいかもですねぇ~」

 

 スタッフルームで汚れた服を着替えた俺は、後始末を済ませた愛宕が帰ってきたのを見計らって、ご褒美について聞いてみたのである。

 

「そ、それで、ご褒美とはいったい……っ!?」

 

「うふふ~、とっても気持ちの良いことですよ~」

 

「……なっ!?」

 

 そ、それってアレですかっ!? R指定がついちゃうヤツですかっ!?

 

 良いのっ!? 本当に良いのかなっ!? すんげぇ嬉しいんだけどっ!

 

「それじゃあ、さっそく始めちゃいましょうか~」

 

「ええっ!? まだ外明るいですけど良いんですかっ!?」

 

「大丈夫ですよ~。それじゃあ、あっちのソファーで……」

 

「うっひょーっ!」

 

 愛宕に進められるままソファーに駆けていく俺。念願叶うとあらば、地の果てだって向かいますよっ!

 

「そんなに慌てなくても逃げませんよぉ~?」

 

「い、いやいやっ! もう、楽しみで楽しみでっ!」

 

「うふふ~。そ・れ・で・は、ちょっと目を閉じてくださいね~」

 

「は、はいっ!」

 

 ニッコリと微笑む愛宕にクラクラしつつ、俺はゆっくりと目を閉じた。

 

 

 

 

 

「う……うあ……あ、愛宕さん……もうちょっと優しく……っ!」

 

「あらあら~、先生の中……結構凄いんですねぇ~」

 

「ひあぁぁぁ……ら、らめぇ……これ、気持ちいい……っ!」

 

「そうでしょう~。私のこれ、味わったら病み付きになっちゃうらしいんですよ~」

 

「た、確かに……ふあぁぁぁ……」

 

 うん。めっちゃエロい声けどアレだ。想像しているのとは違うので、安心? してほしい。

 

 今何をされているかと言うと、ベタもベタベタ、耳掃除である。

 

 愛宕の太ももの感触を楽しみながら気持ちの良い耳掃除を味わってしまえば、思わずエロそうな声を上げてしまったとしても文句は言えないのだ。もちろん、勘違いなんかしてないよね?

 

 まさかこんな明るい時間から……うん、泣いてなんか無いんだからねっ!

 

 でも、マジで太ももの感触凄いからっ! ふんわり柔らかだけど、弾力もあって気持ち良すぎだぜっ! あと、ちょくちょくおっぱいが顔に当たってるからっ!

 

 そういう意味ではマジでご褒美でしたっ! ちょっとだけ残念だったけどねっ!

 

 でも、お楽しみはまた今度に取っておく。今度は俺から告白できるといいなぁ……なんて思ってみたり。

 

 死亡フラグにはならないように気をつけつつ、今は愛宕のご褒美を堪能することに集中する。

 

 せっかく帰ってこれた幼稚園なのに、トラブル続きのドタバタ騒ぎだったのだから、ちょっとばかりはこういうのもアリでしょう。

 

 もちろんこの後に悲鳴が上がる落ちなんて待っているはずもない。俺は、この時間を楽しみたいだけなんだからねっ!

 

「んんー、たっぷり取れましたね~」

 

「ふはぁ……ありがとうございます……」

 

「それじゃあ、反対側もやっちゃいましょうか~」

 

「よろしくお願いしますっ!」

 

「はいはーい、良いですよ~。懐が暖かくなったお返しですから~」

 

「……え?」

 

「なんでもありませんよ~?」

 

「あ、はい……そうですか……」

 

 別にオチなんて、無い……と、思うん……だけどね?

 

 

 

 

 

艦娘幼稚園 ~第一回先生争奪戦!~ 完




※先日より活動報告にて、今後の予定をお知らせいたします。
 非常に申し訳なく思っておりますが、何卒よろしくお願い致します。


<補足>
 愛宕は悪くないです。悪いのは元帥です(ぼそり
ヒントはいくつかありましたねー。青葉のセリフに愛宕の言いかけたセリフ……ええ、表向きはアレですが、裏では元帥が暗躍していたりするんです。
もちろん大損したんですけどね。元帥の予想は金剛だったようなので。

 でも、これによって鎮守府のみんなにヲ級の存在と紹介を済ます事が出来たので、結果オーライなんです。やったねヲ級ちゃん。




 以上にて、第一回先生争奪戦は終了となりました。
そして、活動報告にてお知らせいたしました通り、暫く毎日更新並びに暫くの間、小説の更新をお休みさせて頂きます。

 理由は冬のイベントに向けて同人小説本を出してみたいという思いにより、現在長編小説を執筆しておりまして、そちらの方に集中したい為であります。

 続きを楽しみにして下さっている読者の方々には非常に申し訳ございませんが、ご理解いただけますと幸いです。
また、現在の執筆が終わり次第、艦娘幼稚園の続きを再開したいと思っておりますので、是非これからも宜しくお願い致します。

 また、今後の作品についての参考意見等がございましたら活動報告やメッセージ、ツイッターなどにてご連絡頂けると幸いです。

ツイッター↓
「@ryukaikurama」
 是非フォロー宜しくです。

 これからも宜しくお願い致します。

 リュウ@立月己田


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~佐世保から到着しました!~
その1「クロスアタック」


 お待たせいたしました!
艦娘幼稚園の更新を再開いたしますっ!
まだストックが少ないのと、同人誌用の作業があるので不定期にはなりますが、できるだけ早く更新できるように頑張ります!

 今章はタイトルからも分かる通り、あの艦娘たちがついに幼稚園にやってきます!
だけど、実はメインは……あの艦娘っ!?
今回いきなり、子供たちがメインじゃないんだよっ!

 さぁさぁ、これからも宜しくお願い致しますっ!



 

 午後3時15分。

 指定された時刻に、鎮守府内の第一埠頭に出頭せよと言われたのは昨日の事だった。

 

 もちろん今回も夜遅くに高雄が自室に尋ねて来たのだが、以前の記憶と経験上、またもや海底に沈んでしまうのではないかと心配した。だが今回は、俺が船に乗ってどこかに行くのでは無く、どうやら出迎えをする為のようだった。

 

 詳しく聞いてみれば、ヲ級を連れて帰ってくる事になった佐世保への出張を俺が失敗してしまった為、こちらから迎えに行くのでは無く、あちらの方から出向いてくれるという事になったそうなのだ。俺が全面的に悪いのでは無いと思うのだけれど、当事者である事に変わりは無いし、向こうから来てくれる人に顔を会わすのは少しばかり気が引ける。しかし原因を作ってしまった以上、最低限の償いくらいはしなければならないだろうから、俺がこの場で迎えるのもあながち間違ってはいないのだろう。

 

「ふあぁぁぁ……」

 

 あくびが聞こえたのでそちらの方へ目をやると、真っ白い軍服に身を包んだ青年が海を眺めながら大きく口を開けていた。彼は、この舞鶴鎮守府の最高司令官である元帥であり、艦娘幼稚園の設立者である。

 

 その隣には秘書艦である高雄の姿があり、あくびをしていた元帥のお尻を思いっきりつねって、眠気を覚ますように促していた。

 

「た、高雄さぁ……もうちょっと加減して欲しいんだけど……」

 

「あら、これでもかなり手加減したつもりですけれど?」

 

「ひ、ひきちぎれるんじゃないかと思ったんだけど、それでも手加減してくれたんだよ……ね?」

 

 元帥は問いかけるように言ったのだが、高雄は全く素知らぬ振りで海を眺めていたので、仕方なくつねられたお尻をさすっていた。

 

 表情から見ても痛いのが丸分かりなんだけど、如何せん懲りない元帥が悪いと思うんだけどなぁ。

 

 先月に行われた遠足でもしかり、幾度となく高雄にフルボッコにされたにも関わらず、未だ何かが改善したとも思えないし。

 

 まぁ、それでも直らない所が元帥っぽいと言われれば仕方がないのだけれど。

 

「そろそろ時間ですけど……まだ船は見えませんね」

 

 腕時計を見ながら呟くが、目の前に開けた海に船影は見当たらない。深海棲艦に襲われた経験があるだけに、少し心配になってしまうのだが……

 

「いえ、多分あれがそうだと思いますわ」

 

 高雄が前方を指差すが、俺には何も見えなかった。

 

「……えっと、何か見えますか?」

 

「艦娘は僕達と違って目がかなり良かったりするからねー。まぁ、そうじゃなければ砲撃戦とか大変だろうしさ」

 

 言われてみればその通りだと思える元帥の言葉に、俺は頷きながらもう一度高雄が指した先を見る。すると、うっすらと小さな影が見えたような気がした。

 

「確かに何かが見えるような……見えないような……」

 

「あの距離ですと、もう10分もすれば到着すると思いますわ。もしトイレなどを済ませるなら今のうちですけれど……」

 

 そう言った高雄に俺は首を左右に振って大丈夫だと答える。他の鎮守府から来る客を迎えるという大事な役目なのだから、ここに来る前に済ませるのは当たり前なのだが、

 

「よし、それじゃあちょっと行ってくるねー」

 

 言って、元帥はそそくさと近くの建物へと走っていった。

 

 この鎮守府で一番上に立つ人物が全然できていなかった辺りどうなのかと小一時間問い詰めたくなるが、もちろん高雄も同じ考えのようで、大きく深いため息を吐いて目を閉じていた。

 

 

 

 

 

 到着した輸送船から降り立った子供達と、護衛していた艦娘が到着し、俺達の前に佇んでいた。子供達の数は4人で、見た事がある服装に見を包んでいる3人と、長く青い髪の大人しそうな感じの子が俺や元帥の顔を伺っている。しかしそれ以上に目立つのは、長いストレートの金髪で少しきつめの目に、見た事の無い服装をした艦娘の姿だった。

 

「Guten Tag. 佐世保より参ったビスマルクよ。貴方がここの司令官かしら?」

 

 目の前の艦娘はそう言って、あろう事か俺の前に歩み寄って来た。

 

「え、あ、いや……それは、そこにいる方がそうですけど……」

 

 言って、俺は元帥に向けて手で示す。

 

 どこをどう間違ったら俺を司令官と見間違えるのだろう。至って普通の洋服にエプロンを着けている男よりも、真っ白な軍服の男性がすぐ横に立っているのに……だ。

 

「あら、貴方がそうなの? なんだかパッとしない顔をしてるわね」

 

「んなっ!?」

 

「そうなのですわ。どこかへ行ったと思ったらトラブルばっかり抱えてきて、今度は大丈夫かと思えば帰ってこなくなったりで……本当に問題だらけな人なので困っているのですよ」

 

「んななっ!?」

 

 ビスマルクと高雄が元帥を見ながら言いたい放題にモノを言い、元帥はうちひしがれるようにその場で崩れ落ちた。

 

 出会って早々あんな事を言われた挙げ句、身内にまでこっぴどく言われたらそうなっちゃうよね……

 

 まぁ、日頃の行いが悪いのだから仕方ないけどさ。

 

「――と、こんな感じで良かったのかしら、高雄?」

 

「ええ、ぶっつけ本番にしては良かったわ」

 

「あ、あれ、2人はお知り合いですか……?」

 

「ええ、そうよ。高雄とは総合合同演習の時にやりあった仲でね」

 

「そうなのですわ、先生。それ以来、たまに連絡を取り合っていたのですけど……本当に久しぶりね」

 

 2人はそう言って、にこやかに握手を交わしていた――はずだったのだが、

 

「……どういうつもりかしら、高雄?」

 

「貴方こそどういうつもり?」

 

 握手をしている手がブルブルと震え、2人の表情が険しくなっている。

 

 も、もしかして、2人はその……犬猿の仲とかそういうやつなのでは……と、焦りながら様子を見守っていたのだけれど、

 

「それよりビスマルク、僕と一緒に今度デートにでも行かないかな?」

 

 いつの間にか復活していた元帥が、薔薇を口にくわえて2人の側に立っていた。

 

 どこにそんな物を隠し持っていたんだよと突っ込みたくなるが、元帥の事だからいつでも口説けるようにとかそういう理由で、常時用意してそうだ。

 

「「………………」」

 

 ビスマルクと高雄の顔が、ギギギ……と油が切れた機械のようにゆっくりと元帥に向かって動いていく。

 

「良い料理を出す店を知っているんだけどね、是非そこでお酒を酌み交わしながらお話でもどうだろう?」

 

 全くもって空気を読まない元帥は、髪をかきあげてビスマルクに向けてウインクをする。二人はもの凄く嫌そうな表情を浮かべた後に握手を解き、くるりとその場で身体を回転させた。高雄は右回転、ビスマルクは左回転と、同じ速度で合わせるように右手を大きく振りかぶり……

 

「もちろんその後は僕のエスコートで……ぶべらっ!」

 

 見事な右フックと裏拳が、元帥の両頬に突き刺さった。

 

 もちろんその瞬間に元帥の意識は遥か彼方へと吹き飛んでいき、先ほどと同じように崩れ落ちる。そんな姿を全く見る事無く、二人は右手をぷらぷらと脱力させながら、大きくため息を吐いていた。

 

「興が冷めたわね……」

 

「まぁ、いつもの事ですわ」

 

 そう言ってお互いを睨み合う二人を見て、俺は心の中でこう思う。

 

 艦娘って、怒らせたらマジで怖い――と。

 

 

 

 

 

「それでは私は元帥を連れて指令室に戻りますので、後は先生にお任せしても宜しいですか?」

 

「は、はい。ビスマルクさんや子供達の幼稚園案内は俺がちゃんとしますので、高雄さんは元帥を宜しくお願いします」

 

「ええ、それではくれぐれもお願いしますね」

 

 そう言って頭を軽く下げた高雄だったけれど、視線の先は完全にビスマルクを捕えていた。

 

 うーむ、さっきの事と言い、高雄とビスマルクの関係は火に油っぽいよなぁ。

 

 覚えておかないと、後々大変な事になるかもしれない。重々気をつけなければ……

 

「それじゃあ、早速幼稚園に案内していただけるかしら?」

 

「あ、はい。では俺の後に続いてきて下さい」

 

 言って、俺は埠頭から幼稚園のある方へと歩き出す。

 

「高雄は貴方の事を先生と呼んでいたけれど、そうすると、幼稚園に勤務している方って事で良いのかしら?」

 

「その通りです、ビスマルクさん。1年ほど前からこの鎮守府にある艦娘幼稚園で、先生として働いてます

 

「ふうん……なるほどね。あと、堅苦しいのはあまり好きではないから、私の事は別にさん付けしなくて良いわよ」

 

「分かりました。それじゃあ、ビスマルク……で良いですか?」

 

「ええ、構わないわ。その代わり貴方の事も先生と呼ばせていただくわね」

 

 微笑を浮かべてそう言ったビスマルクに、俺は頷いて返事をした。会って早々フレンドリーだとは思ったが、俺の方も堅苦しいのは好きではないのでその方が気楽だし、断る理由も無いだろう。

 

「あの……少し宜しいでしょうか?」

 

「ん、大丈夫だけど、君は……えーっと……」

 

「私は金剛型戦艦の榛名です。お尋ねしたい事はいくつかあるのですが……」

 

 榛名はそう言って、一緒に歩いている子供達と顔を合わしてからもう一度俺を見た。

 

「幼稚園に、金剛お姉さまはいらっしゃるのですよね!?」

 

「うん、金剛だったら幼稚園で元気に過ごしているよ。そうか……君達が金剛の妹である、比叡と榛名、そして霧島だね?」

 

 子供達の服装が見た事があると思っていたのだけれど、良く考えてみれば金剛の服装の色違いである事が分かる。

 

「はい! これから色々とお世話になりますが、宜しくお願いします!」

 

 頭を大きく下げて挨拶をする榛名に微笑みかけ、「こちらこそ宜しくね」と言いながら頭を撫でた。

 

「……っ!? あ、あの……先生はいったい何を……」

 

「あ、あぁ、ごめんごめん。いつも子供達にこうやってるから、癖でつい撫でちゃったんだ」

 

「そ、そうなのですか……ちょっとびっくりしてしまいましたが、少しだけ心地が良かったかもです……」

 

 頬をうっすらと赤く染めながら俺を見上げた榛名はそう言って、恥ずかしげに笑みを浮かべていた。

 

「はいはーい、その辺でストップー。榛名は恥ずかしがり屋なんだから、少し手加減してあげて下さいね」

 

「比叡姉さまの言う通りです。先生も行き過ぎたスキンシップはセクハラ行為に当たるという事を肝に免じてください」

 

「うっ、わ、分かったよ……」

 

 今のがセクハラになってしまうのならば、先生としてどう触れ合って行けば良いのだろうと思うのだが、確かに初対面でいきなり頭を撫でるのもやり過ぎと言われればそうかもしれない。この辺りは、後々仲が良くなってから徐々に馴らしていけば良いだろう。

 

 ――って、馴らしていくとか言っちゃったけど、実際には慣れてからでの間違いである。前者は色んな意味で危うい発言だ。

 

「えっと、ところで君が比叡……で良かったのかな?」

 

「ええ、宜しくお願いしますね、先生」

 

「そして、私が霧島です。姉妹共々宜しくお願い致します」

 

 二人はそう言って、軽めに頭を下げた。警戒しているという感じには取れないけれど、まだ気を許している様子では無さそうだ。

 

「えっと、そして君は……」

 

「あっ、わ、私は五月雨って言います! ちょっと佐世保ではドジっちゃってこんな恰好になっちゃいましたけど……宜しくお願いします、先生!」

 

 元気良く頭を下げた五月雨だけど、長い髪がブンブンと揺れて、くしゃくしゃになっていた。

 

 ……なるほど。こりゃあ天性のドジっ子なんだな。

 

 しかし、佐世保でドジってしまったとか言っていたけれど、いったい何があったのだろうか。高雄からは新しい子供達がやって来ると説明されたが、詳しい事は何一つ聞かされていないのだけれど……

 

「先生のその顔は……もしかして、何も知らないのかしら?」

 

「あー、はい……お恥ずかしながら……」

 

「全く……高雄ったら、いったい何を説明したのかしら。それとも間接的に嫌がらせを……?」

 

「い、いや、さすがにそれは無いと思います! 色々とすみませんっ!」

 

 不穏な空気を感じて、俺はビスマルクに深々と頭を下げた。高雄が絡むと機嫌が悪くなるのは十分に理解しているし、幼稚園を案内する前からこんな調子では先が思いやられてしまうのだけれど……

 

「あら、別に先生が謝らなくても良いのだけれど……潔いのは感心するわね」

 

「は、はぁ……ありがとうございます……」

 

 ニッコリと笑みを浮かべるビスマルクを見てホッと胸をなでおろした……つもりだったのだが、何故か不穏な空気を感じてしまった俺は、素直に喜ぶ事ができなかった。

 

 この感じは……どこかで覚えがあるのだけれど、いったいどこで……?

 




 本当にお待たせしてすみませんでした。

 なんとか同人誌用の執筆も終え、現在修正&編集作業に入っております。
残念ながら知り合いのサークルにお願いしようと思っていたのですが、冬コミに落選してしまい、急遽変更して調整中であります。

 詳しくは決定し次第ご連絡させて頂きます……が、どうやら当日参加できそうな予感ですっ!(イベント参加は10年近くぶりなので今からドキドキです)


次回予告

 佐世保から到着した子供達とビスマルク。
初っ端から元帥が倒れ、主人公一人で幼稚園まで案内する事になった。
そして、ついに金剛姉妹の感動の再会――となるはずが?

艦娘幼稚園 ~佐世保から到着しました!~ その2「全員、敬礼ッ!」


 乞うご期待!

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その2「全員、敬礼ッ!」

 佐世保から到着した子供達とビスマルク。
初っ端から元帥が倒れ、主人公一人で幼稚園まで案内する事になった。
そして、ついに金剛姉妹の感動の再会――となるはずが?


 

 俺はビスマルクと子供達を連れて埠頭を抜け、レンガ造りの建物の側を歩いていた。

 

「改めて聞きたいのだけれど、先生は今回の私たちがここに来た理由について何も知らないと言うのかしら?」

 

「いえ、子供達が幼稚園に編入する事は聞いています。ですが、それ以外は何も……」

 

「……そう。ある意味高雄らしいと言えばそうなのかもしれないけれど、このままじゃ話にならないわね」

 

 ビスマルクはそう言って、小さなため息を吐く。

 

 うーん、俺が悪い訳じゃないのだけれど、結果的にビスマルクの機嫌が悪くなっているのはあまりよろしくないなぁ。

 

 なぜ高雄は俺に詳しい事を言ってくれなかったのだろう。ビスマルクが言うように、間接的な嫌がらせをする為だったのなら、俺は噛ませ犬という立場になってしまうのだけれど。

 

「まず、子供達が艦娘幼稚園に編入するというのは正解よ。だけどその話には続きがあって、まず1つ目に、子供達の中で純粋に子供として見つかったのは榛名だけ。他の比叡、霧島、五月雨については、元は正常な艦娘だったの」

 

「……はい?」

 

 いや、ビスマルクが言っている事がよく分からない。

 

 元は正常という事は、急に子供に縮こまったとでも言いたいのだろうか?

 

「先生の目は完全に疑っている……と言う風に見えるのだけど、その表情が歪む事を考えると……ドキドキするわね」

 

 言って、何故か頬を赤らめるビスマルク……ってなんでやねん。

 

 いったい俺のどこに頬染めポイントがあったのだろう。それに言葉の後半部分がとてつもなくやばい感じにしか思えないし、もしかして高雄に対する鬱憤が俺に向かってきているんじゃないのかっ!?

 

「話は戻るけど、さっき言った3人は、本当に元は私と同じ普通の艦娘の姿をしていたわ。だけど、佐世保鎮守府が深海棲艦の攻撃にあった際、瀕死の重傷を負ってしまって緊急の治療を行ったの。その結果、轟沈は免れたのだけれど……」

 

「まさか、榛名と一緒の小さい身体になるとは思わなかったわねー」

 

「ええ、その通りです。まさか霧島までもが子供になってしまうとは……明石さんの技術は色々な意味で恐ろしいですね」

 

 ビスマルクの言葉に続けるように、後ろを歩いていた比叡と霧島が口を挟んできた。

 

「え……えっと、今の話は本当に……?」

 

 俺はそう言いながら後ろを振り返って比叡と霧島、そして五月雨の姿を見てみるが、どこからどう見ても幼稚園にいる子供達となんら変わっているようには思えない。

 

「そんな嘘を言ったところで、私達に得する事は無いと思うのだけれど?」

 

 しかし、ビスマルクにキッパリとそう言われてしまっては、何も言い返す事ができなかった。

 

「あれ……という事は、別に榛名以外の3人は幼稚園に編入する必要が無いと思うんですけど。艦娘幼稚園は、小さな子供達に艦娘として部隊に入る前に様々な経験を積ませる事によって、様々な効果を試す試験的な施設なのですから、あまり意味が無いような……」

 

「ええ、確かに3人に幼稚園の施設で学ぶことは少ないかもしれないわね。でも、同じ子供の姿でありながら経験を積んでいる子が編入する事は、そちらにとって利点があると思うのだけれど?」

 

「なるほど……そういう事でしたか」

 

 つまり、今の幼稚園の中に新たな存在――艦娘としての経験がある3人を編入させる事によって、他の子供達の刺激にしようという考えなのだろう。その効果がどういった風になるかは分からないけれど、試してみる価値はあるという判断で、今回の編入が決まったのかもしれない。しかしそうであれば、何故俺に詳しく説明が無かったのだろうと気になってしまうのだが……

 

「それに、彼女たちの姉である金剛がここに居るという事が大きいわ。通常の姿の時の比叡や霧島も、こちらに行きたいと転属願いを出していたのよ」

 

「ええ、ビスマルクの言う通り、比叡は……いえ、私達はできるだけ早く金剛お姉様に会いたかったの」

 

「榛名も同じ気持ちですっ!」

 

 生き生きとした声をあげた比叡と榛名、そして笑みを浮かべた霧島がコクリと頷きながら俺の顔を見上げていた。

 

「あ、あの……私は佐世保で一人残るという訳にもいかなかったですから……え、えへへ……」

 

 そんな3人の後ろで申し訳なさそうに言った五月雨は、苦笑を浮かべながら頬を指で掻いていた。

 

「なるほど……事情は分かりました。ですが、それだけでは無い……ですよね?」

 

「へぇ……勘が鋭いのね、先生って」

 

 そしてまたもや頬を赤らめたビスマルク――って、マジで何だろうこの気持ち。

 

 俺はまだ愛宕の事を諦めた訳ではないのだけれど、それとは違ってなぜか嫌な予感がしてしまうのは、何かしらの経験が関係していると思うのだが。

 

「いや、だってさっき、1つ目って言ってましたからね」

 

「あら、そうだったかしら。でも、それを聞き逃していなかった先生も流石よ?」

 

「そ、そこまで褒められると……嫌な気はしないですが……」

 

「素直に褒められるのは嫌いなのかしら? もしかして、先生ってマゾとか……それならやっぱり……」

 

「いやいやいや、そんな事は絶対にありませんからっ!」

 

 そのネタは色々と気まずくなったり嫌な思い出が蘇ってくるから、避けていただきたいですっ!

 

 それにやっぱりってなんですかっ!?

 

「そう、それは残念だわ」

 

 言って、本当に残念そうな表情を浮かべたビスマルクだった。

 

 いったい何が残念なんだよっ! さっきから会話の所々で怖い発言があるんだけれど、真性のSだったりするのっ!?

 

 ――って、それだったら俺、狙われちゃったりするんですかーーーっ!?

 

 そして思い出すこの気持ち……これはまさか、海底でなんども襲われかけたあの忌まわしい記憶が……っ!

 

「本当に……残念……」

 

 ペロリと舌なめずりをして頬を赤く染め、俺を見つめるビスマルクの瞳が……ル級に見えてきたんですけどっ!

 

「じょ、冗談は止してくださいよっ! ほ、ほら、早いところ幼稚園に急ぎましょう!」

 

 俺は貞操の危機かもしれないという思いで、足を早めて幼稚園へと向かう。

 

 お願いだから思い違いでありますようにと心で念じながら、建物の角を曲がったのだった。

 

 

 

 

 

「ところで先生、さっきの話はまだ終わってないわよ?」

 

 背中越しに聞こえてくるビスマルクの声に、俺は背筋が凍りつくような感覚に陥りそうになった。しかしここで黙ったままだと機嫌を損ねかねないので、俺は仕方なく歩きながら半身を振り向かせて返事をする。

 

「え、えっと……冗談話はもう勘弁して欲しいのですが……」

 

「そっちの話じゃないわ。私がここに来た理由についての事よ」

 

「あ、あぁ……その話ですね。榛名を除く3人が元は普通の艦娘だった……って話でしたけど、それ以外にまだあるんでしたよね?」

 

「そうよ。私がここに来たもう一つの理由は、佐世保にここと同じような幼稚園を作ろうかどうかを考えているからよ。突発だったとはいえ子供化してしまうという現象が起こった以上、これからもそうなる艦娘が出てくる可能性があるわ。そして、榛名以外の子供が佐世保近くで発見された場合、こちらまでの輸送の心配も無くなるわよね」

 

「確かに、その通りですね」

 

 深海棲艦に襲われて海底に沈んじゃった人がここに居ますからね――とはさすがに言えないけれど、海路が未だ安定しない以上、毎回護衛をつけての航海は色々とお金がかかってしまう。幼稚園の施設を作るコストも安くは無いだろうが、一度作ってしまえば後は運営費だけで大丈夫だろうから、長い目で見ればそちらの方が良いのだろう。

 

 そんな会話をしているうちにいくつかの角を曲がった俺達は、幼稚園の建物がすぐそこに見えるまでの距離にたどり着いた。

 

「あそこに見えるのが幼稚園の建物です」

 

 俺はそう言って、幼稚園の建物を指差す。

 

「遂に……金剛お姉さまにお会いできるのですね……」

 

「まだ終業時間になってないからね。たぶん中で他の子供達と一緒に居るんじゃないかな」

 

 榛名に振り向いてそう言った俺は、再び幼稚園の方へと視線を向ける。すると玄関の前に2人の人影が見え、こちらに向かって大きく手を振っていた。

 

「……っ、も、もしやっ!」

 

 榛名はそう言って急に走り出した。続いて比叡と霧島も後を追って走り出す。そんな様子を見てから、俺はビスマルクの顔を窺ってみる。すると、優しげな笑みを浮かべて頷いたので、小走りで後を追いかける事にした。

 

「お姉さまっ! 金剛お姉さまっ!」

 

 榛名は大きな声で叫びながら、幼稚園の前に立っている人影に向かって走り、その勢いのまま抱きついた。

 

「ハーイ、榛名! やっと会えたデスネー!」

 

「榛名は……榛名は金剛お姉さまに会う事ができて、とても嬉しいですっ!」

 

 満面の笑顔を浮かべる金剛の胸に顔を埋めて嬉し泣きをしていた榛名は、何度も金剛の名前を呼んでいた。

 

「あらあら、榛名ったらあんなになってしまって……ねぇ、比叡姉さ……ま……?」

 

 そう言って、追いついた霧島が比叡に話しかけたのだが、

 

「な、何をしているのですか……比叡姉さま?」

 

 なぜか金剛と榛名から少し離れた位置で立ち止まった比叡は、その場でしゃがみ込んで片膝をつき、両手の平を地面につける。

 

 それはまるで――陸上選手の短距離走で行う、クラウチングスタートのように見え、

 

「金剛お姉さまーーーっ!」

 

 榛名以上のテンションで叫び、2人に向かって駆け出した。

 

「ちょっ、今の状態でそれはやばいだろっ!」

 

 金剛は榛名の身体を抱き締めながら比叡の声に気づき、顔を前に向けた。しかしすでに間隔は殆どなく、両手を広げて抱きつこうとする比叡の身体が宙に舞う。このままだと比叡は確実に、榛名の背中か金剛の顔面に体当たりしてしまう事になる。子供とはいえ、戦艦級である金剛のタックルを何度も食らっている俺は、その強さを痛いほど良く知っているのだ。

 

「さ、避けるんだっ、金剛、榛名っ!」

 

 大きな声で叫んだ瞬間、全てがスローモーションのように見えた。このままでは危ない。確実に怪我をしてしまう。急いで3人の元へと向かおうと地面を思いっきり蹴るが、とてもじゃないが間に合いそうに無い。

 

「く……っ!」

 

 俺はもうダメだと思いながらも腕を伸ばす。しかしどう足掻いても届かない距離に、歯を食いしばった瞬間だった。

 

 パシン……ッ

 

「……え?」

 

 呆気にとられた声を上げた俺は、目の前で起こった状況に全く理解できずに固まってしまった。

 

「あらあら~。いきなり飛びかかっちゃ危ないですよ~」

 

 いつもと変わらない優しい声が俺の耳に入る。

 

 金剛と一緒に手を振っていた愛宕が、どうやったのかは全く分からないのだけれど、比叡の足首を右手で掴んで逆さ吊りにしていた。

 

 そしてその右手を高く上げた愛宕は、自分の顔と逆さになった比叡の顔が同じ高さになるところで止めて、ニッコリと笑みを向ける。

 

「おいたをしちゃ、ダメですよ~?」

 

「ひっ!?」

 

 声も笑顔もいつもと同じ。だけど、閉じた目と背中の辺りから、明らかにソレとは違うオーラのようなモノが感じられた。

 

「分かりましたか~、比叡ちゃ~ん?」

 

「わ、わわわわわっ、分かりましたっ!」

 

「それじゃあ、ゆっくり感動の再会をしてくださいね~」

 

 言って、愛宕は比叡の身体を両手を使ってクルリと回転させ、両足を地面へ着地させた。

 

 ………………

 

 怖ぇぇぇぇぇっ! 愛宕マジ怖ぇぇぇっ!

 

 完全に今のは脅しじゃないかっ!? 比叡ってちょっと前まで普通の艦娘だったのに、今ので完全に委縮しちゃってるぞっ!

 

 さすがは第一艦隊の裏番長と呼ばれた事のある愛宕……その通り名は伊達じゃないぜ……

 

「先生、お帰りなさい~」

 

「あ、ただいま帰りましたっ!」

 

 俺は叫ぶようにそう言って、愛宕に向かって反射的に敬礼をしていた。

 

「あらあら~、いったいどうしたんですか先生~?」

 

「あ、いや……すみません。なぜか分からないんですが、咄嗟に身体が敬礼を……」

 

「そんな事があるんですかねぇ~」

 

 ――と、不思議そうな表情で呟いていた愛宕だったけれど、金剛も、榛名も、霧島も、五月雨も、そしてビスマルクまでもが、顔を引きつらせて敬礼をしていたのは紛れもない事実だった。

 

 ちなみに、比叡はその場でガタガタと震えて動けなかったみたいだけどね。

 




次回予告

 愛宕の機転? で事なきを得、感動の再会? を終えた金剛姉妹。
それでは幼稚園の案内を……と思っていた主人公だったが、金剛はある事を妹たちに告げるのであった。
 そして更にはビスマルクもが暴走しだして……

艦娘幼稚園 ~佐世保から到着しました!~ その3「暴走+喧嘩=白い目」


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その3「暴走+喧嘩=白い目」

 愛宕の機転? で事なきを得、感動の再会? を終えた金剛姉妹。
それでは幼稚園の案内を……と思っていた主人公だったが、金剛はある事を妹たちに告げるのであった。
 そして更にはビスマルクもが暴走しだして……


 感動の再会? を玄関前で済ませた金剛4姉妹と、五月雨、ビスマルクを連れて、幼稚園の中を案内する事にした。愛宕は俺が抜けている間、他の子供達を見なければいけないという事で別行動となったのだが、その話を聞いた途端に全員が安心した表情を浮かべたのを俺は見逃さなかった。

 

「それじゃあ、中にお入りください」

 

 俺はそう言って、玄関の扉を開ける。玄関ロビーにある下駄箱からスリッパを取り出して、みんなの前に綺麗に並べた。

 

「あら、ありがとう」

 

 笑みを浮かべて礼を言うビスマルク。冗談を言わない時は全くもって問題無いのだけれど――って、これだと元帥と一緒じゃないかなぁ。

 

 そんな事を考えていると、スリッパを履いている子供達が小さな声で話しているのが聞こえてきた。

 

「ところで、金剛お姉さまはこちらの幼稚園でどういった事をされているのですか?」

 

「私は他のお友達と一緒に勉強をしたり、運動をしたり、毎日楽しく過ごしていますネー」

 

「ちっちゃい金剛お姉さまが……ちっちゃい机に向かって勉強を……萌えます……」

 

「やはり、ボール遊びなんかをされるのでしょうか……萌えます……」

 

「な、なんだか比叡と霧島の目がちょっとだけ怖いネー……」

 

「「気のせいですよ?」」

 

「そ、そうなのデスカー……?」

 

 比叡と霧島の返事に少し不安げな表情を浮かべた金剛だったが、それ以上に3人に会えた事が嬉しかったのか、すぐに笑顔を浮かべて口を開いた。

 

「佐世保とここでは色々と勝手が違うでしょうケレド、分からない事があったら気軽に私に聞いてくださいネー」

 

「「「ありがとうございますっ、金剛お姉さまっ!」」」

 

 3人は一斉に金剛に頭を下げて、大きな声で返事をしていた。微笑ましい姉妹愛の会話を聞いた俺は少し嬉しくなって、顔をほころばせる。

 

「Oh、そう言えばひとつ言い忘れていた事がアリマース。ちゃんと聞いてくださいネー」

 

「なんでしょうか、金剛お姉さま?」

 

 すぐに返事をした榛名と、コクリと頷いた比叡と霧島が金剛の声に耳を傾ける。

 

「先生に手を出すのはダメですからネー」

 

「「「「「え……?」」」」」

 

 比叡が、榛名が、霧島が、俺が、そしてなぜかビスマルクまでもが驚きの声を上げる。

 

「この間の争奪戦では負けちゃいましたケド、先生は私の未来のハズバンドになる予定ですからネー」

 

「「「「「「………………」」」」」」

 

 その言葉に完全に固まってしまった俺は、大きな目を金剛に向けたまま、その場に立ち尽くした。さっき声を上げた4人も同じようにしていたが、今度は更に五月雨までもが驚き、真っ赤になって金剛と俺の顔を交互に見る。

 

「そ、そそっ、それってつまり……金剛ちゃんと先生はラブラブってことですかっ!?」

 

「その通りデース!」

 

「「「「「な、なんだってーーーっ!?」」」」」

 

 慌てふためく比叡、榛名、霧島、ビスマルク、五月雨の5人は絶叫にも似た大きな声を玄関に響かせる。

 

「あー、いやいや、ちょっと待ってください。今のは金剛の間違った思い込みで……」

 

「ひ、酷いデース! 今まであれだけ抱き合ってキタのに、まさか私に飽きたって言うのデスカー!?」

 

「人聞きの悪い事を言うんじゃないっ! そもそも抱き合うって言うよりも、金剛が勝手にタックルをかましてくるから受け止めてやってるだけじゃないかっ!」

 

「アレは愛情表現デース!」

 

「過度にも程があるんだよっ! どれだけダメージを負っているのか分かってるのかっ!?」

 

「す、凄いです……これが夫婦喧嘩なんですねっ!」

 

「ちょっ、それは完全に五月雨の勘違いだっ!」

 

「ま、まさか先生がロリコンだったとは……それで私にはときめかなかったという訳ね……」

 

 ガックリと肩を落としたビスマルクは苦悶の表情を浮かべていた――って、なんでそうなるんだっ!?

 

「という事ですカラ、間違っても先生に手を出すのはノーなんだからネー!」

 

「勝手に話を終わらせるんじゃないっ!」

 

「そ、そうですよ金剛お姉さまっ! 榛名は納得ができませんっ!」

 

「もちろん比叡も納得できません! いったいどういう事なんですかっ!」

 

「霧島も同意見ですが……なぜ金剛姉様は先生がお好きなでしょうか?」

 

 眼鏡の縁をクイッと上げて霧島が金剛に問う。

 

「それはもちろん、抱き着きがいがあって、とても優しくて、誰の事も分け隔てなく見てくれるからデース!」

 

 右手を妹達に突き出すように向けて、笑みを浮かべながら今後はキッパリと言い放った。

 

「なるほど……分かりました。比叡姉様、榛名、ちょっとこちらに……」

 

 小さくため息を吐いた霧島は2人を呼び、輪になってコソコソと話し始めた。何を喋っているのか気になってくるが、近づこうとすると比叡が威嚇するように怒った顔を向けてきたので、仕方なく後ずさる。その雰囲気が、まるで小さな犬に吠えられたような感じに思えてしまい、俺は苦笑を浮かべて金剛の方へと視線を向けた。

 

「HEY! 先生ー、こういう事は先にちゃんと言っておかないとダメですヨネー!」

 

「いや、まず情報は正確に伝えないと意味が無いんだけどな……」

 

「それじゃあ先生は、私の事が嫌いだって言うのデスカー?」

 

「そ、そうとは言わないけどさぁ……」

 

 さっき自分で分け隔てなくって言ってたはずなのに……と思いながら、俺は大きくため息を吐く。争奪戦に参加したのだから金剛の気持ちは分かっているつもりだけれど、さっきの説明では完全にロリコン先生のレッテルを貼られてしまうじゃないか……

 

「先生、ちょっと良いかしら?」

 

「え、あ……はい。なんでしょうか?」

 

 声をかけられたので振り向くと、不機嫌そうな表情で俺を見つめていたビスマルクが口を開いた。

 

「金剛ちゃんの言ってる事……どこまでが本当なのかしら?」

 

「どこまで……と言われても何ですけど、俺は子供達を差別する事なく接しているつもりです。そりゃあ、少々過度にアタックしてくる子もいますけど、俺は先生として節度を持って触れ合ってますし、間違いなんて起こした事はありません」

 

 ビスマルクの目をしっかりと見ながら、俺はハッキリと言い放つ。

 

「なるほど……分かったわ」

 

 言って、ビスマルクは微笑を浮かべながら目を閉じた。

 

 どうやら俺の真意をしっかりと汲み取ってくれたみたいである。これで少しは安心だと思ったのだけれど……

 

「やっぱりその目……ゾクゾクするモノがあるわね……」

 

 ニヤリと不適な笑みを浮かべるビスマルクを見て、俺は心の中で思いっきり叫び声を上げた。

 

 海底でも地上でも貞操の危機かよっ!?

 

 

 

 

 

「私達3人は金剛姉様の言葉に従います」

 

 輪が解けた途端に霧島が言った言葉がこれだった。比叡と榛名も不機嫌そうな表情から一転して笑みへと変わり、コクコクと何度も頷きながら金剛の顔を見つめていた。

 

「分かってくれればOKデスネー! 分かってくれて嬉しいデース!」

 

「結局俺の話は誰一人として聞いてくれなかった感じなんだけど……」

 

 ガックリと肩を落として呟く。すると急に服の袖が引っ張られる感じがして振り返ると、五月雨が俺を見上げていた。

 

「わ、私はちゃんと分かってますから……」

 

「そう言ってくれるのは五月雨だけだよ……ありがとな……」

 

「つまり先生はロリコンで金剛ちゃんとラブラブなんですよねっ!」

 

「だから違うって言ってるのにっ!」

 

「あ、あれ……違ったのですか……?」

 

「俺は先生だから子供達に手を出したりしないのっ! 金剛がいっつも俺にタックルをかましてきたりするけど、怪我をしないように受け止めてるだけで、やましいことは何一つしてないんだっ!」

 

「そうだったんですか……という事は、先生はとても優しい方なんですねっ」

 

「え、あ……う、うん……ありがと……」

 

 満面の笑みを浮かべてそう言った五月雨に、俺は少し戸惑いながら礼を言った。そういう風に理解してくれると非常に助かるのだけれど、なぜか五月雨の笑みが神々しく見えてしまって、その顔を直視することができない。

 

 べ、別にやましいことは考えてないんだけどなぁ。

 

 ほ、本当だよ。愛宕のおっぱいに誓って言い切れるよ。

 

 ………………

 

 あ、もしかしてこの考えがダメだったりするのか……?

 

「今、私のセンサーにビビッと何かを感じたのだけれど……」

 

「それは気のせいです」

 

 キッパリとそう言った俺だけれど、内心ドキドキだったりする。

 

 だけどそれ以上に気になるのは、まずビスマルクのセンサーって何だ。電探か何かなのか? そして、何で俺の心を読めたりするんだよ。どれだけ高性能なんだよ……って、よく考えたらヲ級も似たような事をやってくるよなぁ。

 

 もしかして、単純に俺の顔に出ちゃってるのか? それなら気をつけなきゃいけないんだけれど、そもそもそんな簡単に読み取られるほど表情豊かじゃないと自覚しているのだが。

 

「先生ー、今さっきエロい事を考えてませんデシタ?」

 

 読まれてたーっ! もの凄く顔に出ちゃってたーっ!?

 

「やっぱり金剛ちゃんも気づいたの?」

 

「もちろんデース! 先生の事ならなんでもお見通しなんだからネー!」

 

「あら、それは将来有望ね。それじゃあ、今から色々と特訓してあげようかしら」

 

「それは助かりマース!」

 

 いや、頼むからマジやめてください。

 

 さっきみたいな不適な笑みを金剛が浮かべてたら、俺の心が耐えられそうにないですからっ!

 

「と、とにかく、幼稚園の中を案内しますので、俺について来てください!」

 

 話を切り上げてうやむやにしようと、俺は早足で廊下を歩く事にしたのだが……

 

「ロリコン先生なんかについて行きたくありませんね」

 

 蔑んだ目でそう言ったのは、腕を組みながら仁王立ちした比叡だった。

 

「な……っ!?」

 

 さすがにその言い方は無いだろうと思ったが、同じように榛名と霧島も睨みつけるように俺を見ていたので、思わず後退りしてしまう。

 

「金剛お姉様のお願いはちゃんと聞きますけど、榛名も比叡お姉様と同じ意見です」

 

「そういう事です先生。私達3人は、先生の事を認めるわけにはいきませんから」

 

「な、なんで……」

 

 そうは言ったものの、先ほどの話をまとめて考えれば俺の印象は最悪だろう。やっと会う事ができた姉に自分達よりも好意を向けている相手がいて、その相手がロリコンであると知ればその気持ちも分からなくもない。そのロリコンというのが完全に誤解であるのだが、すでに聞き耳持たずの3人に納得させる方法は浮かんでこず、俺は途方に暮れるように立ち尽くしていた。

 

「比叡、榛名、霧島ッ!」

 

「「「……っ!?」」」

 

 急に響き渡った金剛の大きな声に驚いた3人は、ビクリと身体を震わせる。

 

「こ、金剛お姉様……?」

 

 見れば、金剛が怒った顔で3人を睨んでいた。

 

「先生に手を出さないでとは言いましたケド、虐めて良いとも言ってませんDeath!」

 

 ちょっ、語尾が恐過ぎるって!

 

「で、ですが、金剛お姉様に手を出そうとする悪の先生を見逃す訳には……」

 

 比叡はそう言って、俺の顔をチラッと見たのだけれど……悪って何だよ悪って。

 

 なんだか特撮ヒーローにやられてしまいそうな役柄なんだけど、どちらかと言えば恐怖の進学校で素っ裸で戦う正義の味方に倒されそうだ。

 

 想像したら悪くはないので、配役は愛宕でお願いします。おっぴろげジャンプで昇天したいです。

 

 ………………

 

 あっ、この思考が元々の発端……?

 

「Shut up! 聞き分けのない妹達とはもう話したくないデース! 少し頭を冷やしてきてクダサーイ!」

 

「あっ、金剛お姉様っ!」

 

 慌てて榛名が呼び止めるも、金剛は頭の上に蒸気が吹き出しそうな勢いで顔を真っ赤にさせて、ズンズンと通路の先へと歩いていった。

 

「ま、待ってください金剛お姉様ーっ!」

 

 比叡が走り出し、榛名も後を追う。一人残された霧島は、キッと俺の顔を睨んでから3人の後を追いかけていった。

 

「………………」

 

 早々からとんでもない状況になってしまったのだが、これはやっぱり後を追いかけないとダメだよなぁ。

 

「さて、そろそろ幼稚園の中を案内してもらえるかしら?」

 

「今の状況を見てそれを言っちゃいますっ!?」

 

「でも、後を追いかけて話そうとしても、あの子達は全く聞かないと思うわよ?」

 

「そ、それは……」

 

 言葉に詰まった俺に向けて、五月雨もコクコクと頷きながら見上げていた。

 

 まぁ、金剛の後を追っていったのだから迷う心配もないだろうし、暫く時間を置いた方が話し易いかもしれない。冷静になったところで話し合えば分かってくれるだろうから、まずは当初の目的通りにビスマルクを案内する事にしようと、歩き出した。




次回予告

 金剛が怒り、後を追う妹たち。
しかし、しばらくは様子見の方が良いという事で、ビスマルクと五月雨を連れて幼稚園を案内する。

 Q.ところで、これほどまでに情報が行き届いてなかったら、どうなるか分かるよね?
 A.――もちろん。アイツが登場です。

艦娘幼稚園 ~佐世保から到着しました!~ その4「↑X↓BLYRA」


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その4「↑X↓BLYRA」

 金剛が怒り、後を追う妹たち。
しかし、しばらくは様子見の方が良いという事で、ビスマルクと五月雨を連れて幼稚園を案内する。

 Q.ところで、これほどまでに情報が行き届いてなかったら、どうなるか分かるよね?
 A.――もちろん。アイツが登場です。


 俺はビスマルクと五月雨を連れて、幼稚園の中を案内していた。

 

「ここは遊戯室です。子供達が室内で遊ぶ大きな部屋になっていて、積木やボールなどの遊び道具や絵本などの書籍が置かれています」

 

「ふうん……至って普通の幼稚園のようね……」

 

 全くもってその通りなのだが、ビスマルクはこの幼稚園をどんな感じで想像していたのだろう。

 

「基本的に、子供達を元気な艦娘に育てるのが目的ですから、人間が通う幼稚園と同じですよ。よく遊び、よく食べ、よく学んで、成長を見守るのが俺の役目です。もちろんある程度慣れてきてからは、艦娘としての経験を積むカリキュラムも入ってきますけどね」

 

「あら……ちょっとだけカッコイイ事を言うじゃない」

 

「そうですねっ! さっきのロリコン先生とは一味違うように見えます!」

 

「いや、だからロリコンじゃないってば……」

 

 肩を落としながらそう反論すると、ビスマルクと五月雨はドッと笑い声を上げた。

 

「あれ、もしかして俺、からかわれてました?」

 

「さぁ、どうかしらね」

 

「どうだったんでしょうねー」

 

 言って、2人はクスクスと笑いながら俺の顔を見つめていた。このままだと、どんどん悪化するんじゃないかと思った俺は、次の場所を案内しようと歩き出す。

 

「あら、もしかして拗ねちゃったのかしら?」

 

「ビスマルクさんが、からかい過ぎるからじゃないですか?」

 

「それは困ったわね……。でも、あの表情がもの凄く……可愛いのよね……」

 

 俺の後ろから、じゅるりと舌なめずりをするような音が聞こえたんですけどっ!?

 

「さ、さぁっ! 次の部屋はこちらですっ!」

 

 俺は焦りながら早歩きで隣の部屋の前に行って引き戸を開けようとしたのだが、取っ手に触れる寸前にガラガラと開いて、一人の子供が廊下に飛び出してきた。

 

「ヲ?」

 

「びっくりした……ってなんだ、ヲ級か」

 

 俺は素早く横へと避け、ヲ級とぶつかるのを回避する。

 

「「……なっ!?」」

 

「え……?」

 

「ヲヲ……?」

 

 大きな声に驚いて振り返ると、ビスマルクと五月雨が険しい顔で両手を振り上げ、俺達に向かって構えを取る。

 

「な、なななっ、なんでこんなところに深海棲艦が居るんですかっ!?」

 

「う、動くなっ! 動くと命は無いわよっ!」

 

 慌てふためきながら構える五月雨に、鋭い目つきをヲ級に向けるビスマルク。もちろん幼稚園内なのでビスマルクに艤装は無いのだが、もしかして高雄さんはこの事を説明してなかったのっ!?

 

 よく考えてみれば俺に今回の件を詳しく伝えてくれてなかったし、こんな事になる可能性も考えられたはずだ。それなのに俺は何という凡ミスを……っ!

 

「ちょっ、ちょっと待ってください! こいつは決して危ないヤツじゃあ……」

 

「ヲッス。オラヲ級」

 

「………………」

 

「………………」

 

「………………」

 

 なんでこんな状況でネタ振りするかなあぁぁぁっ!

 

 ヲ級以外の全員の目が点になっちゃってるじゃねぇかよぉぉぉっ!

 

「冗談ハサテ置イテ、何ヤラ見ナイ顔ダケド……新人サン?」

 

「なんで店とかで常連が新規バイトを見た感じの喋りになるんだよ……」

 

「ボケニボケヲ重ネルノヲ、天丼ト言ウ」

 

「いや、天丼は基本的に同じネタを使うことを言うんだぞ?」

 

「ヲッス。オラヲ級」

 

「ただ単に言いたいだけじゃねぇかお前はっ!」

 

 全力で突っ込みを入れる俺の姿を見たビスマルクは、冷や汗を額に浮かべながら口を開く。

 

「せ、先生……そのヲ級は……大丈夫なの?」

 

「ええ。話せば長くなりますけど、ヲ級をこの幼稚園に編集させたのは俺なんです」

 

「そ、そんな事ができるんですかっ!?」

 

 驚愕した表情を浮かべた五月雨はその場で飛び上がったのだが、

 

 なんで、イヤミっぽいシェーのポーズなんだろう……

 

「まさか鹵獲艦を手なずけて自らの元に……MではなくSなのね……」

 

 だからなんでビスマルクはそっちの方に考えちゃうのかなっ!?

 

「オ兄チャンハMダヨ?」

 

「余計な突っ込みはしなくて良いからっ!」

 

「しかも自分の事を『お兄ちゃん』と呼ばせてるなんて……」

 

「やっぱり先生はロリコンなんですねっ!?」

 

「だから違うって言ってるでしょうがっ!」

 

 なんでこう、収拾がつかない状況ばっかり続くんだよ!

 

 それになんだかビスマルクは親指の爪をかじりながらゾクゾクするような目で見てくるし――って、これって完全にM的思考になってんじゃん!

 

「ソウデス。オ兄チャンハ紛レモナク変態デス」

 

「お前はいい加減にしろっ!」

 

 俺の絶叫にも似た叫び声は、幼稚園の外まで響き渡ってしまっていた。

 

 

 

 

 

「――という事で、ヲ級は俺の弟が生まれ変わって深海棲艦になり、ちゃっかり海底から着いてきたんです」

 

 俺はヲ級に出会ってから幼稚園に連れてきたまでの経緯を説明すると、2人は構えを解いて聞いてくれた。

 

「そう……それで先生が佐世保に来られなかったという訳ね……」

 

「ええ、輸送船が襲われて海底に沈んでしまってはたどり着くことができませんからね」

 

「せ、先生の悪運の強さは凄いんですねっ!」

 

 先程から尊敬するような眼差しを俺に向けている五月雨なんだけれど、いったい何が原因でこんな風になってしまったのだろうか。そりゃあ、比叡や榛名、霧島のように嫌われるよりかは断然良いのだけれど、理由が分からなければ、それはそれで気になってしまう。

 

「なので、こいつは他の子供達と一緒に幼稚園で暮らしています。もちろん、誰かを攻撃したりすることは無いのですけど……」

 

 2人にそう言ったけれど、俺を狙って襲いかかってくる事に関する説明は省いておいた。もしその事を話せば、またもやロリコン先生と名指しで呼ばれてしまうだろうし、これ以上の脱線とからかいは避けて通りたいからね。

 

「そう……色々と驚く事はあったけれど、ここは先生を信じてみる事にするわ」

 

「ありがとうございます。そう言ってもらえると助かります」

 

 俺は深々とビスマルクに向かって頭を下げた。ニッコリと笑みを浮かべたビスマルクは「本当に礼儀正しいのね……」と呆れにも似た声を上げ、俺は後頭部を掻きながら苦笑を浮かべる。

 

「私も今日からここの幼稚園に通う事になるから、よろしくねっ!」

 

「ヲッ。今後トモ、ヨロシク」

 

 そんな俺とビスマルクのすぐ隣で、五月雨は握手をしようと手を伸ばし、ヲ級はコクリと頷いてそれに応じた。

 

 どうやらこれで一段落ってところだな……

 

 俺はふぅ……とため息を吐いて緊張を解いたのだが、握手をし終えたヲ級が俺とビスマルクの顔を交互に見て、なぜか急に不満そうな表情へと変えた。

 

「あら、私の顔に何かついてるかしら?」

 

「五月雨ハ良イケド、オ前ハ断ル」

 

「なっ、何をいきなり言ってるんだよお前はっ!」

 

 俺は慌ててビスマルクに謝らせようと手を伸ばしたのだが、ヲ級触手を器用に使って払いのけた。

 

「コイツ嫌イッ!」

 

「ヲ級っ!」

 

 せっかく収拾をつけたのに、また混乱させる気かっ!?

 

 何がそんなに気にいらないんだよっ!

 

「……私は貴方に何もしていないと思うけど?」

 

 澄ました表情でそう言ったビスマルクだが、その声は先程とは全く違う不機嫌なモノへと変わっていた。

 

「本能ガ、オ前ヲ野放シニスルト非常ニ危険ダト告ゲテイルッ!」

 

「あら、私も今同じ事を考えているわ」

 

 ゴゴゴゴゴ……と2人の背中に虎と龍が浮かび上がるようなオーラを感じ、俺は思わず後ずさってしまいそうになる。

 

「あ、あわわわ……」

 

 五月雨はその雰囲気に飲まれ、その場で座り込んでガタガタと震えていた。

 

「ちょっ、ちょっと待ってくださいっ!」

 

 俺は何とか勇気を振り絞って2人を止めようと叫び声を上げる。しかし、全く聞き耳を持たずのヲ級とビスマルクは、今にも取っ組み合いの喧嘩を始めようとするくらいに、メンチビームの応酬を繰り返していた。

 

 やばいっ、これは完全にやば過ぎるっ!

 

 同じ鎮守府内ならまだしも、佐世保から来た客であるビスマルクに喧嘩を売ったとあっては、かなりの問題になってしまう。ましてや、子供とはいえ深海棲艦であるヲ級となれば、更に別の問題が発生するのは明白だ。俺にはもちろん監督責任が問われるだろうし、それだけで終わるとは思えない。最悪、軍法会議で俺とヲ級共々極刑にされてしまうかもしれないのだ。

 

 俺は何とか2人を止める為、間に入ろうと手を伸ばそうとしたのだが……

 

「あら~、そこでいったい何をしているのですか~?」

 

 通路の角からこの光景を発見した愛宕は、ニッコリ笑ってそう言って、

 

「とりあえず、少し落ち着きましょうね~」

 

 いつの間にか、ビスマルクの背後に立っていた。

 

「……えっ!?」

 

 つ、通路の角からここまで、10m弱はあるんですけど……

 

「……っ!?」

 

 背後に気配を感じたビスマルクは、咄嗟に振り向こうとしたのだが、

 

「………………」

 

 身体半分を回転させたところで愛宕がその動きを片手で押さえ、ビスマルクの耳元で何かを呟いた。

 

「……くっ、そ、それは……っ!」

 

「……だけど、…………かしら~?」

 

 ニコニコと笑みを浮かべる愛宕に、どんどんと青ざめていくビスマルク。その対照的な顔色に、俺は固唾を飲んで見守っていた――というより、そうする事しかできなかった。

 

「わ、分かったわ……」

 

 心が折れたような表情を浮かべてビスマルクがそう呟くと、争う気が無いという風に両手を広げてヲ級に向けた。そんな姿を見て意気消沈したのか、興味が無くなったかのようにため息を吐いたヲ級は、きびすを返してこの場から離れようとしたのだが……

 

「ヲ級ちゃん、ちょっとお話があるのだけれど~」

 

「ヲ……」

 

 やばい……という風に俺の顔を見上げたヲ級が触手を伸ばしたのだが、自分が撒いた種は自分で拾えと、さっきとは逆の立場で払いのけた。

 

「さぁ、こっちに行きましょうね~」

 

「オ、オ兄チャンノ、ヒトデナシッ! ヲヲヲヲヲーッ!」

 

 ずるずると引きずられていくヲ級は涙目で悲鳴を上げながら、愛宕にどこかへ連れていかれてしまった。

 

「「………………」」

 

 額から頬へと伝う汗を拭きながら、俺とビスマルクは互いの顔を見て頷き合う。

 

 今起こった事は全て忘れよう。何も見なかったし、何も聞こえなかった。テレパシーのように意思疎通をして、苦笑を浮かべてため息を吐く。

 

 そして五月雨の方へと振り向くと――

 

 口の周りを泡だらけにして、その場で倒れ込んでいた。

 

 

 

 愛宕の前で、喧嘩ダメ、絶対。

 




次回予告

 愛宕無双はどこまで続くのかっ! もちろんまだまだ終わらない!

 まさかのお誘いや、今の状況と昔を思いだして苦悩する主人公など、まだまだ1日は終わらない。
 今章の主役、ビスマルクと良い雰囲気になっちゃうのか、それともまたまた悲劇が起きるのかっ。

 もう少しだけ続きますっ。

艦娘幼稚園 ~佐世保から到着しました!~ その5「夕食のお誘い」


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その5「夕食のお誘い」

 愛宕無双はどこまで続くのかっ! もちろんまだまだ終わらない!

 まさかのお誘いや、今の状況と昔を思いだして苦悩する主人公など、まだまだ1日は終わらない。
 今章の主役、ビスマルクと良い雰囲気になっちゃうのか、それともまたまた悲劇が起きるのかっ。

 もう少しだけ続きますっ。



 

 それから五月雨を起こした俺は、未だガクガクと震える身体を心配し、おぶって幼稚園の案内を再開した。

 

 他の部屋にいた子供達と五月雨の顔合わせをしながら幼稚園施設の説明もこなし、一通りの案内をし終えて玄関の前にやってきた時には終業時間を過ぎていた。下駄箱の中には子供達の上履きが入っていて、すでに寮へ帰っているみたいだった。

 

「以上で幼稚園の案内は終了しましたけれど、何か気になる事とかありましたか? もし俺で答えられる事なら、包み隠さず話しますけど……」

 

「いえ、大体は理解したわ。基本的には普通の幼稚園と一緒だけれど、艦娘の身体能力なども考慮に入れた施設もいくつかあったし、参考になるところも多かったわね」

 

 ビスマルクはそう言いながら笑みを浮かべる。

 

「私もお友達がいっぱい増えましたっ! こんな身体になっちゃって不安でしたけど、ここで上手くやっていけそうですっ!」

 

 元気良く声を上げた五月雨なんだけれど、未だに俺の背中におぶられて小刻みに身体を震わせているのは如何なモノだろう。

 

「それじゃあ、五月雨は艦娘寮の方へ案内するけど……ビスマルクはどうします?」

 

「そうね……このまま佐世保に帰っても良いのだけれど、少しお腹も空いたわね。良かったら案内のお礼に、夕食を一緒にどうかしら?」

 

「それは良いですね。オススメの店があるので、そちらでどうでしょう?」

 

「それじゃあ決まりね。先生が五月雨ちゃんを寮に案内する間に、私はここの元帥に報告をしておかなくてはいけないから、どこかで合流というのがベストだと思うんだけど……」

 

「それじゃあ、幼稚園の前で待ち合わせにしましょう。ここから店までそれほど遠くないですし、元帥が居る建物からも迷いにくいですから」

 

「ええ、分かったわ。それじゃあ、今から30分後くらいで良いかしら?」

 

「それで大丈夫です」

 

 俺はそう言って頷いてから、一旦ビスマルクと別れて五月雨を寮に連れていく事にした。

 

 

 

 

 

「ここが五月雨がこれから住む事になる寮の建物だ。部屋は207号室って聞いているから、まずはそこに向かってくれるかな」

 

 寮の前に着いた俺は五月雨を背中から下ろし、ポケットの中に入れていたメモに目を通しながらそう言った。

 

「あれ、先生は中まで案内してくれないんですか?」

 

「そうしたいのはやまやまなんだけど、残念ながら艦娘の寮内は男子禁制なんだよ」

 

「へぇ~、佐世保とは違うんですね」

 

「という事は、佐世保の方では入れたの?」

 

「ええ――とはいっても、入ったところを見た事がありませんけどね」

 

 五月雨はそう言って、少し苦笑を浮かべていた。

 

「そっか……舞鶴でもそうだったら嬉しいんだけどなぁ……」

 

「えっ、それじゃあやっぱり……?」

 

「あ、いやいや、全然疾しい事とかそんなんじゃなくてだな。子供達が寝坊した時とか、起こしに行けなくて大変だったりするんだよ」

 

「ああ、なるほどー」

 

 納得したように頷いた五月雨だけど、さっきの突っ込みはちょっと危なかった。

 

 もちろん本音は愛宕へアタックできるかも――である。そりゃあ、子供達に何かあった時に駆けつけられるのも大事だけれど、大概は他の艦娘が色々とやってくれるしね。

 

 ただ、この間の遠足以降から、どうも愛宕へのアタックがやり辛いんだよなぁ……

 

「それじゃあ先生、これからよろしくお願い致します」

 

「ああ、こちらこそよろしくな」

 

 頭をペコリと下げて挨拶をした五月雨に俺も頭を下げ返し、手を振って寮の中へ入って行くのを見送ってから腕時計に目を落とした。

 

「まだ時間は少し早いけど、遅れる訳にはいかないしな……」

 

 俺はそう呟いて、幼稚園の方へと足を向ける。

 

 赤く染まった空が徐々に黒味を帯び、外灯に明かりがついていく。

 

 お腹の減り具合もそこそこに、今日の食堂は混んでないとありがたいのだけどなぁ……と祈りを込めながら、俺はゆっくりと歩を進めた。

 

 

 

 

 

 約束の時間より10分ほど早めに着いた俺は、携帯電話をいじりながら時間を潰してビスマルクを待った。ニュースサイトを適当に見ていると、世界経済と深海棲艦を絡ませた文章があり、俺はなんとなく目を通す。

 

『現在、世界各国間における海路は未だ不安定で、資源の輸送が課題となっている。自国に資源がある国はそれほど影響は出ないけれど、そうではない国で、かつ、貿易を盛んに行っていた国では経済の破綻の足音に脅える毎日であるが、現状を打開する策はまだ無い』

 

「………………」

 

 俺が先生として子供達を育てているのも、元をたどればこれに当てはまる。しかし、子供達が大きくなり、艦娘として戦場に向かう時の事を想像すると、胸が締めつけられる思いになる。

 

 海で怪我をするかもしれない。もしかすると沈んでしまうかもしれない。仲が良くなればなるほど、もしもを考える度に苦しみが増加してしまうのだ。

 

「分かっちゃいるんだけどな……」

 

 以前は深海棲艦を倒す為だけを考えて生きてきた。それができるのならばなんでもすると言わんばかりに、勉強も運動も精いっぱいやってきた。

 

 海軍関係の試験にことごとく滑りまくったのは運が悪かったのだろうけれど、それがあったからこそここに居られるという思いもある。

 

 ――もし、自分が昔のままならこんな思いはしなかっただろう。

 ――もし、自分が昔のままなら艦娘達の事を道具としか思わなかっただろう。

 

 それは、俺が先生になり始めの時に出会った中将と同じ。あんな考えだけは絶対にしたくない。

 

 それは、愛宕との会話で教えられた事であり、子供たちと触れ合う事で覚えた事である。

 

 どちらが良いかなんて事は分からない。それは客観的に見なければ理解できないだろうけれど、今更そこには戻れない。

 

 ――いや、戻れないのではなく、戻りたくないのである。

 

 泣いて、笑って、悲しんで、楽しんで。

 

 子供達も、艦娘達も、兵器ではなく人間と何ら変わりないのだ。

 

 それに、愛宕に初めて会った時から俺は恋をしているし、いつかは一緒になれれば良いなぁと、ずっと前から思っている。

 

 この間の遠足で愕然とする返事を聞いたけれど、考えようによっては道が閉ざされた訳ではなく、むしろ前向きに進んでいるかもしれないからね。

 

 その辺りは後々語る事があるかもしれないし、本当に良くなってくれるように願いたいのだけれど。

 

 どちらにしても、今の俺の考えはこのままで良い。

 

 願わくば、戦いが無い世界になって欲しい。これは、大多数の人々の願いだけれど、人の歴史を考えれば難しいのかもしれない。

 

 だけど、始まりがあれば終わりもある。ましてや俺は、海底に沈んだ時に一つの思いにたどり着いたのだ。

 

 人と、艦娘と、深海棲艦が暮らす世界。今のままでは難しいけれど、何かしらの方法があるに違いないと思っている。

 

 その一歩として、ヲ級がこの鎮守府に居るのは非常に意味のある事だ。

 

 この前の争奪戦バトルで鎮守府内にヲ級の存在は広がったけれど、高雄や愛宕が手を回してくれたおかげで、今では何の問題も無く過ごす事ができている。

 

 これから徐々にみんなの考え方が変わっていけば、俺の思いは現実となるかもしれない。

 

 その為にも、俺はたくさんの人と、艦娘と、そして深海棲艦とも触れあう事ができればと思う。

 

 ――そんな事を考えながら、ため息を一つ吐いた時だった。

 

「物思いに耽る先生の顔……非常に魅力的ね……」

 

「おわっ!?」

 

 気づけばビスマルクは真横に立っていて、俺の耳に息を吹きかけながら喋っていた。

 

「び、ビックリさせないでくださいよっ!」

 

「ふふ……ごめんなさいね」

 

 ビスマルクは口元に人差し指を当て、不敵な笑みを浮かべていた。

 

 むぅぅ……なんだか可愛いというか、いやらしいというか……

 

 ――って、俺には愛宕という存在があるんだぞっ!

 

「さぁ、それじゃあ食事に行きましょう。結構お腹も減っているから、できるだけ早くお願いするわ」

 

「わ、分かりました。それじゃあ、食堂まで案内しますね」

 

 俺はそう言って向かう方向へと指差して、足を動かし始める。

 

 いつしか、俺の思いが現実になる日が来ますようにと、心の中で祈りながら……

 




次回予告

 ビスマルクと一緒に鳳翔さんの食堂に向かう事になった主人公。
今日には佐世保に帰る為に出発しなければいけないのに、何故かガッツリとビールを飲むビスマルクを見て呆れていると、どんどんおかしな事になってきて……?


艦娘幼稚園 ~佐世保から到着しました!~ その6「酒は飲んでも飲まれるな」


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その6「酒は飲んでも飲まれるな」

 ビスマルクと一緒に鳳翔さんの食堂に向かう事になった主人公。
今日には佐世保に帰る為に出発しなければいけないのに、何故かガッツリとビールを飲むビスマルクを見て呆れていると、どんどんおかしな事になってきて……?


「ぷはーーーっ、Lecker!(ウマイ!)」

 

 ガヤガヤと食堂内に聞こえる艦娘や作業員達の声の中に、ビスマルクの大きな声が響き渡った。

 

「い、今から帰るって言ってませんでしたっけ……?」

 

「なによー、ビールの1杯や2杯くらい飲んじゃっても全然平気なんだからー」

 

「……既にそれ、5杯目なんですけど」

 

 そう呟いた俺の声など全く聞こえていないという風に、ビスマルクはジョッキを片手で持ちあげて、残りをグビグビと飲みほした。

 

 テーブルの上には焼き鳥に枝豆、空いたジョッキグラスにカレイの干物、更には冷ややっこまで置かれている。

 

 ビスマルクってドイツ生まれだったと思うんだけど、もしかして佐世保で完全に日本に染まっちゃってない?

 

「いやー、しっかしここの料理は美味しいわー。うちの鎮守府もなかなかのモノだけど……うー、帰るの嫌になってきたー」

 

「いやいやいや、任務があるでしょうが任務がっ!」

 

「えー、任務ー? めんどくさいー」

 

 だあぁぁぁっ! なんかいきなりテンション下がりまくってるんですけどっ!?

 

 これじゃあ駄々をこねてる子供じゃん! なんだか雰囲気的に、暁を思い出しちゃったよ!

 

「あっはっはー、なんだか先生面白い顔してるわー」

 

「ビスマルクがいきなりそんな事を言いだすからですよっ!」

 

「あー、もうだるいー。先生が代わりに佐世保まで行っちゃってくれれば良いわー」

 

「それじゃあまた沈んじゃうかもよっ!?」

 

「大丈夫、大丈夫ー。そうなったらそうなっただけの事だからー」

 

「ひ、酷過ぎる発言ですけど、完全に酔っぱらってません?」

 

「うんにゃー、よってないにゃよー」

 

「喋り方が可愛過ぎる――って、これは完全にアウトだーーーっ!」

 

 頭を抱えて立ち上がる俺を見ながらケラケラと笑うビスマルク。もうこれは完全に、居酒屋の閉店まで飲み明かしモードに突入しそうな勢いだ。

 

 ビスマルクは今日のうちに佐世保に向かわなければいけないはずだけれど、酔っぱらった状態で航行できるとは思えない。かといって、ここでお開きにしたところで時すでに遅し。もはや遠征失敗の赤文字は画面に表示済みだ。

 

「ところで先生ー」

 

 そんな状況を知ってか知らずでか、ビスマルクはテーブルに両肘をついて両手で顔を支えながらニッコリと微笑み、俺に向かって口を開いた。

 

「な、なんですか……?」

 

 お酒のCMに出てきそうな可愛らしいポーズとほろ酔いの表情に、俺はちょっぴりドギマギしながら返事をする。

 

「先生ってさ、彼女いないのかしらー?」

 

「ぶふーーーっ!」

 

 唐突過ぎて水噴いちゃったんですけどっ!

 

「な、何をいきなり言いだすんですかっ!?」

 

「だって、気になるんだからしょうがないじゃないー」

 

 ビスマルクはそう言って、いつの間にか追加していたビールをグビグビと飲む。

 

「で、どうなのよ、実際のところはー」

 

「そ、それは……いませんけど……」

 

「Gut! それなら私の出番ね!」

 

「……はい?」

 

「だって、先生に彼女はいないんでしょ? なら私が貰っても問題無いわよね」

 

「いやいやいやっ、問題あるとか無いとか以前に、俺の意思はどうなるんですかっ!?」

 

「なによ……それじゃあ先生は、私の事が嫌いだって言うのかしら?」

 

 そう言って、ビスマルクは急に目を座らせた。

 

 ――って、マジでその眼力怖いんですけどっ!

 

「き、嫌いじゃないですけど……」

 

「それじゃあ決まりねっ! これで先生のロリコン性癖も完全に私が治療してあげるから、世間的にも問題無いわっ!」

 

「「「ざわ……っ!」」」

 

 ………………

 

 な、何をいきなり言ってるんだビスマルクはーーーっ!

 

 こんなに大勢がいる中でそんな発言をしちゃうと、間違いなくあらぬ誤解が生まれまくるじゃないかよおぉぉぉっ!

 

「や、やっぱり幼稚園の先生って……ロリコンだったのね……」

 

「でも少し前に、裏番長に告白したって噂を聞いたけど……」

 

 やだぁぁぁっ! やっぱり手遅れになってるぅぅぅっ!

 

 ――ってか、裏番長とか告白とかなんでそんなに広がっちゃってんのっ!?

 

「あっ、でもあれよね。先生はここで幼稚園の先生をしているんだから、佐世保に連れて帰るのは難しいか……」

 

 ビスマルクはそう言って、少し考え込むような素振りを見せた。

 は、反論するならここしかないっ!

 

「そ、そうですよっ! 遠距離恋愛とか大変ですし、思い直した方が……」

 

「Alles klar(大丈夫)! 全然問題無いわ。先生はここを辞めて、佐世保に移ればいいのよ。そしてあっちで新たに幼稚園を作れば万事解決よ!」

 

「なっ!?」

 

「元々そういう案が出てたから、これでそっちも解決しちゃて一石二鳥ね。そういう事で、早速明日から手続きを始めるわよ!」

 

「ちょっ、ちょっと待ってくださいっ! いきなりそんな事を言われても……」

 

 俺は慌ててテーブル越しにビスマルクに詰め寄り、なんとか思い留まらせようと思った途端、

 

「その通りです」

 

「それは見逃せませんね~」

 

「「えっ!?」」

 

 急に声を掛けられて、俺とビスマルクは振り向いた。そこにはキリッとした表情を浮かべた高雄と、ニッコリ笑った愛宕が立っていた。

 

「勝手にそのような話を進められては困りますわ」

 

「そうですよ~。ただでさえ人手が足りないのに、先生がいなくなったら困っちゃいます~」

 

「……あら、とんだ邪魔がきちゃったわね」

 

「……何か言いましたか?」

 

 ビスマルクと高雄が睨み合った瞬間、食堂内に「ピシィッ!」と音が鳴ったような気がした。

 

 いや、気がしたのではない。

 

 周りにいる艦娘や作業員の人達が、そそくさと席から立ち上がったり、身体を小刻みに震わせてこちらの様子を窺っていたりしているのだ。

 

 これは……完全にバトルの気配っ!

 

 ――って、カッコよく言ったけど洒落になんないからっ!

 

「ま、ままま、待ってください2人ともっ! こんなところで喧嘩なんかしたら、他の方に迷惑がかかってしまいますよっ!」

 

「それはもちろん、重々承知しております――が」

 

 高雄は眼を閉じながらそう言って、再び開いてビスマルクを睨みつける。

 

「以前のお返しをできていない以上、このまま引き下がる訳にもいきませんので」

 

「えっ、こ、この前の……お返し……?」

 

 俺の呟きに高雄とビスマルクは答えず、なぜか愛宕がコクコクと頷いていた。

 

「総合合同演習で、2人はやり合った仲なんですよ~」

 

「あ……そういえばそんな事を昼に聞いたような気が……」

 

「佐世保と舞鶴を代表する艦娘で艦隊を組んで演習を行ったんですけどね~。結局勝負がつかないまま終わっちゃったのですよ~」

 

「な、なるほど……」

 

 それで遺恨だけが残ったままなのか……と思ったが、昼にビスマルクがこちらに着いた際に、高雄と一緒に元帥いじめをしたのだから、完全に仲が悪いという訳では無いとは思うのだけれど……

 

「先生を引き抜こうとはいい度胸ですわ。そろそろ、その鼻っ面をへし折ってあげた方が、佐世保のみなさんも安心するのではないでしょうか?」

 

「あら、とんだご挨拶ね。貴方も上司である元帥相手に手を上げまくっているって聞いてるから、そちらの方が危険過ぎると思うわよ?」

 

「ふふふ……」

 

「ふふふふ……」

 

 やばいやばいやばいやばいっ!

 

 すでに一触即発状態じゃないですかーーーっ!

 

 完全に俺がいるテーブルの近くは、周りから隔離されたように誰もいなくなり、遠目から固唾を呑んで見守る視線が突き刺さっていた。

 

「はいは~い。ここで私から提案で~す」

 

 パンパンと両手を叩いて2人に声を掛けた愛宕は、反応を待たずに続けて口を開く。

 

「お2人が勝負したいのは分かりました~。でも、ここで取っ組み合いの喧嘩なんかしちゃったら大変ですから、平和的解決をしちゃいましょう~」

 

 愛宕は満面の笑みでそう言ってから、厨房の方へと振り向き、鳳翔さんに声をかけた。

 

「ここにあるお酒を全部持ってきて下さい~。あ、もちろん請求書は元帥の方にお願いしますね~」

 

「「「ざわ……っ!」」」

 

 愛宕の声が食堂内に響き渡った瞬間、遠巻きに見ていた艦娘や作業員達からざわめきがあがる。

 

「ま、まさか……秘書艦と裏番長が一緒に……っ!?」

 

「こ、これは見逃せないイベントですよ……っ!」

 

 そして気づけば、俺達がいるテーブルは人だかりの輪の中心になっていた。

 

 ……え、なんだよこれ?

 

「あら、これはまたおかしな事になってきたわね」

 

「今更怖気づいたのかしら。なんなら佐世保まで逃げかえっても良いのですけど?」

 

「ハッ、上等じゃない。2人ともまとめて潰してあげるから、覚悟しなさいっ!」

 

「あらあら~。それって私も入っちゃってるって事ですよね~?」

 

 そう言った愛宕だけれど、既にテーブルに置かれていたコップを持っているのを俺は見逃していない。

 

 これは確実に……朝までコースになりそうな予感……っ!

 

 ――って、カッコよく言っても意味無いんだよぉぉぉっ!

 

「お、お待たせしました。ひとまず倉庫にある一升瓶とボトルなんですけど……」

 

 厨房からお盆に乗せて持ってきたそれらを、焦った表情を浮かべた千歳と千代田がテーブルに並べていく。

 

「勝負は簡単。カウントごとに1杯ずつ飲みほして、ダウンしたら負け。それで文句は無いかしら?」

 

「私が勝ったら、先生は佐世保に連れて帰るわよ」

 

「うふふ~、面白い冗談ですね~」

 

「……なんですって?」

 

 ニッコリ顔の愛宕にガン飛ばしモードのビスマルクを見て、周りを取り囲む観客達のボルテージが上がっていく。

 

「それではカウントは青葉が取らさせていただきますっ!」

 

 どっから湧いてきたんだよお前は……

 

「3人とも用意は良いですかー?」

 

「「「何を言っているのかしら?」」」

 

「は、はえっ?」

 

 青葉が確認の声を上げた瞬間、ビスマルク、高雄、愛宕の3人は不機嫌そうな顔で睨みつけた。余りにも唐突過ぎたのと、その眼力の強さに恐れをなしたのか、青葉は涙目を浮かべて悲鳴に近い返事をする。

 

 だが、そこから3人は青葉に向かってではなくーー

 

「「「もちろん先生も参加に決まってるでしょ」」」

 

「……はい?」

 

 そして、俺に向かってコップを突き出す高雄。

 

 いや、なんでやねん。

 

「なんでこの流れで俺が参加しなくちゃならないんですかっ!?」

 

「「「そうじゃないとおもしろくないからねー」」」

 

 息ピッタリにハモらせてるんじゃねぇよっ!

 

 実は仲良し3人組じゃないのかっ!?

 

「なるほどなるほどー。それは青葉も失念しておりました」

 

 両手を組んでウンウンと頷いた青葉は、ニッコリ笑って再度右手を上げる。

 

「それじゃあ、改めてカウントを取りますねー。ほら、先生もこのコップを持ってくださいっ!」

 

「ちょっ、並々と注ぎ過ぎだって! 一杯目から淵まで入れるって完全に潰す気じゃねぇかっ!」

 

「潰れたら私が美味しくいただいてあげるわよ?」

 

 頬を染めたビスマルクがなまめかしい目で俺を――って、こいつ本気だーーーっ!

 

「くだらない冗談はさておいて……さっさと始めますわっ!」

 

「青葉了解です! それでは1杯目……よーい、スタートッ!」

 

「え、えーいっ、ままよっ!」

 

「ドイツの科学力は世界一ぃぃぃっ!」

 

「酒、飲まずにはいられないっ!」

 

「ズビズバーッ!」

 

 一斉にグラスを空けた俺達は、テーブルに勢いよく叩きつけた。その瞬間を見逃さないように、周りの観客達が思い思いの酒を並々と注いでいく。

 

 これは……完全に楽しんでいるときの顔だっ!

 

 ………………

 

 だからこんな風に言っている場合じゃないんだってばよっ!

 

 それともう一つ、言っておきたい事がある。

 

 俺は睨み合う3人の顔を見ながら、冷や汗をかいて思った。

 

 なんでジョジョネタ……?

 




次回予告

 まさかの飲み勝負が始まった。
はたして誰が勝者となり、主人公の所有権を獲得するのだろう。

 そして、ビスマルクが佐世保に帰る時、主人公に向けられた言葉とは……

艦娘幼稚園 ~佐世保から到着しました!~ その7「一度は言われてみたいよね」完


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その7「一度は言われてみたいよね」 完

 まさかの飲み勝負が始まった。
はたして誰が勝者となり、主人公の所有権を獲得するのだろう。

 そして、ビスマルクが佐世保に帰る時、主人公に向けられた言葉とは……


 

「そ、それでは次は98杯目……れ、レディー……ゴーッ!」

 

 カウントをしていた青葉の喉が枯れ、振り上げた右手が疲労にまみれている。それもそのはずで、カウントはもうすぐ3桁に届きそうだし、開始から優に2時間は超えていた。

 

「んぐ……んぐ……ぷはぁ。にゃ、にゃかにゃか……しぶといにゃねぇ……」

 

 ビスマルクったら猫語になっちゃってるよね。

 

「け……けふっ。あ、貴方こそ……さっさと崩れ落ちれば良いものを……」

 

 肩で息をしている高雄さんだけど、そこまで無理をしなくても良いと思うんだけどなぁ。

 

 まぁ、以前の決着がついてないとか言ってたから、自棄になる気も分からなくはないんだけど。

 

 それに、周りのギャラリーも少しは落ち着いてきたとはいえ、まだまだ盛り上がっちゃってるしなぁ……

 

「ふ~……にゃ~……頭が~……ぐるぐる……回ります~」

 

 愛宕も猫語っぽいし、言ってる通りに頭が円運動をしまくってるし。

 

 もうそろそろ止めた方が良いと思うんだけど。

 

 そう思いながら、俺は空いたコップに酒を注ごうとしたのだが……

 

「あれ、この一升瓶……空だな」

 

 テーブルの上に置かれている酒の瓶は、全てが空っぽに成り果てていた。

 

「鳳翔さーん、次のお酒お願いしますー」

 

 俺は厨房に向かって声を上げると、焦った表情を浮かべた鳳翔さんがトコトコとやってきた。

 

「す、すみません……今あるお酒は先生が持っている瓶で最後でして……」

 

「ありゃ、そうなんですか……」

 

 言って、俺はテーブルの上にある他の一升瓶やボトルを見る。モノの見事に空っぽで、残念ながら飲み勝負をこれ以上続けられそうにはない。

 

「「「ざわ……ざわ……っ」」」

 

 俺と鳳翔さんの会話を聞いていた周りの観客は、残念そうな表情をしたり、やっと終わったと安心するような表情を浮かべていた。

 

「や、やっと終わりですかっ! これで青葉の御役目も終了ですよねっ!」

 

 急に元気になった青葉は両手を上げて、食堂内に響き渡る声を上げる。

 

「お酒が無くなったのでここで終了ですっ! 今回も勝負はつかずに引き分けとなりましたが、次回を楽しみにしてシーユーアゲインッ!」

 

 そう言って、青葉はそそくさと食堂から出て行った。

 

 うーん、最初から最後までに賑やかなヤツだったよなぁ。

 

 まぁ、青葉だから仕方ないね。

 

「そ、そうかにゃ……もう終わりかにゃー……」

 

 声だけ聞いたら多摩にしか聞こえないビスマルク。

 

「くけけけけけけ……」

 

 急に奇声を上げる高雄がマジで怖い。

 

「おやすみなのですっ!」

 

 そう言って、器用に空気椅子でテーブルに突っ伏す愛宕。

 

 猫から電っぽくなっちゃったなぁ。

 

「あー、これは完全に潰れちゃったよね……」

 

「そのようですね……」

 

 3人の姿を見た俺と鳳翔さんは大きなため息を吐き、それに合わせて観客達も思い思いに離れていく。

 

「ですが、今日の売上はいつもの3倍になりましたので、非常に嬉しいですね」

 

 ニッコリと笑った鳳翔さんに、俺は苦笑を浮かべながら頬を掻いていた。

 

 ……商魂逞しいですね。

 

 

 

 

 

 潰れた3人をこのまま寝かしておく訳にもいかず、かといって艦娘寮に連れて帰ろうにも俺は中に入れない。他の艦娘に解放してもらう手もあるが、どちらにしても3人を運ぶのは一苦労だなと途方に暮れていたところ、鳳翔さんが2階の広間に寝かせて良いと言ってくれたので、ご好意に甘えてそうする事にした。

 

 まずはビスマルクに肩を貸して椅子から立ち上がらせ、厨房を通って階段を上がる。

 

「うぅーん……もう飲めないにゃー」

 

 どうやら酔っ払うと完全に多摩化するようである。可愛らしいのでどんどん酔っ払っていただきたい。

 

 あ、もちろん寝込みを襲うとかそういうのはしませんので大丈夫。

 

 そもそもチキンな俺にそんな度胸は無い。それに俺には愛宕という女性がいるからね。

 

 本人からはとんでもない返事を聞かされたけど、それについてはまたの機会に。

 

「よっこいしょっと……」

 

 階段を上がりきり、広間の片隅にビスマルクを座らせた。座卓を持ち上げ反対側に置き、鳳翔さんに聞いていた押し入れから布団を3つ取り出して敷いていく。

 

「ビスマルク、布団を敷いたから中に……」

 

「んにゃー、引っ張ってー」

 

 駄々甘えじゃねぇか。

 

 本当に子供だよなぁ……

 

 俺はため息を吐いてからビスマルクの両手を掴み、引きずりながら布団の上に寝かす。

 

「Danke……」

 

「ん……?」

 

「ありがとにゃー……」

 

「はいはい。それじゃあおやすみなさい」

 

「………………」

 

 ビスマルクから返事は無く、代わりに静かな寝息が聞こえてきた。

 

 俺はなんとなく笑みを浮かべながらビスマルクの頭を軽く撫で、高雄と愛宕の元に向かった。

 

 

 

 

 

 それから同じ事を繰り返し、3人を広間に寝かしつけてから再び食堂へと戻った。テーブルの上にあった空瓶はすでに片付けられており、床掃除に勤しんでいる鳳翔さんと、拭き掃除をしている千歳、千代田の姿が見えた。

 

「お疲れ様です、先生」

 

「いえいえ、鳳翔さんや千歳さん、千代田さんもお疲れ様です。何か色々と今日はすみませんでした」

 

 俺はそう言って3人に向かって順に頭を下げた。

 

「大丈夫ですよ。若干トラブルじみた事もありましたけど、結果的に売上が上がりましたからね」

 

「そうそう。それに結構面白かったですし」

 

 鳳翔さんと千歳は俺に向かって笑みを浮かべながら返事をしたが、千代田だけは少し違った表情で口を開いた。

 

「でも、先生1人だけ全然酔ってませんでしたよね?」

 

「あー、まぁそうですね……」

 

「そういえば千代田の言う通りね。他の3人は顔を真っ赤にしてたのに、先生は未だに素面のままって感じに見えるけど……」

 

「千歳姉もそう見えるよね? もしかして先生って、酒豪とかそういう……」

 

「いやいや、そんな大それたものじゃないんです。ただ……」

 

「「「ただ?」」」

 

 千歳、千代田に加えて鳳翔さんまでが俺の言葉を待つように声を上げる。

 

 俺は頬を掻きながら苦笑を浮かべ、口を開いた。

 

「どうやら全く酔わない体質みたいなんですよ。なぜか理由は分からないんですけど……」

 

「「「………………」」」

 

 目が点になった3人は、呆気に取られたように俺の顔を見つめたまま、掃除の動きを止めていた。

 

 実際に、俺は酔うという感じも気持ちも、何一つ分からないのだ。何かを食べながら飲むと酔いにくいとか聞いた事があるけれど、それすら俺には必要が無い。すきっ腹に駆けつけ7杯の梅酒を飲んだ時も、トイレに行ったらケロリとしていたし、試験に落ちて自棄になりながら1人で一升瓶を飲んだ時も、全くなんともなかったのである。

 

 ただし問題は、ホップや炭酸などのシュワッとする飲み物が飲めない事と、甘いお酒しか飲もうとしない。もっと言えば、お酒自体が余り好きでは無いのだ。

 

 酔うという事が分からないのだから、お酒を飲む必要が無い。つまりはそういう事なのである。

 

「そ、それはある意味難儀な身体と言いますか……」

 

「ええ、ですからお金が勿体ないので、進んでお酒は飲まないようにしているんですけどね」

 

 鳳翔さんにそう答え、俺は椅子に座る事にした。みんなの前では言えないが、さすがに3人を連れて2階に上がるという行為はそこそこ疲れたので、少し休憩したい気分だった。

 

「あっ、ちょっと待っててくださいね」

 

 千歳はそう言って厨房へと戻り、お盆に暖かいお茶を入れた湯のみを持って、俺の前に置いてくれた。

 

「すみません。ありがとうございます」

 

 俺は笑みを浮かべて千歳に礼を言い、ゆっくりと湯のみに口をつけた。暖かい緑茶の香りが鼻腔をくすぐり、酒まみれになった喉を潤してくれる。

 

「ところで先生、1つ聞きたい事があるのですけど……」

 

「はい、なんでしょうか鳳翔さん?」

 

 返事をしながらもう一度湯のみに口をつけ、残りを飲み干そうとしたのだけれど、

 

「先生は実際のところ、3人のうち誰がお好きなんですか?」

 

「ぶふぅーーーっ!」

 

 間欠泉のように噴き出したお茶が、テーブルを見事なまでに水浸しにしてしまった。

 

「それは私も気になりますねー」

 

「噂では愛宕さんに告白したって聞きましたけどー」

 

 ニヤニヤと笑みを浮かべた千歳と千代田が、テーブルを拭きながら俺に問う。

 

「い、いやいや、そういう事は……その……ですね……」

 

「この際ハッキリさせた方が楽になりますよ?」

 

 観音菩薩のように柔らかな笑みを浮かべる鳳翔さんだけど、完全に俺を追い詰めようとしている魂胆はみえみえですからっ!

 

「あることないこと喋っちゃいましょうよー」

 

「あの3人以外にお目当てがいるってのもありですよー」

 

「青葉みたいなねつ造問題から、誘導尋問へ移行しようとしているっ!?」

 

「「「さあさあ、さあさあ……」」」

 

「ちょっ、寄ってたかって問い詰めないでーっ!」

 

 今度は観客ではなく食堂の3人の輪に囲まれてしまった俺は、大きな悲鳴を上げてしまったのであった。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

「うー……頭痛い……」

 

 次の日の朝。

 

 昨日の昼にビスマルクを出迎えた埠頭に、俺と元帥、そしてビスマルクが立っていた。

 

「だ、大丈夫ですか……?」

 

「な、なんとかね……」

 

 言って、ビスマルクはどこから取り出したのか、白い錠剤を口の中に放り込んだ。

 

「苦い……」

 

「妙薬は口に苦しですけど、それって二日酔い用の……?」

 

「ええ、念のために持っておいて良かったわ」

 

 キリッとした表情を浮かべたビスマルクだが、やっぱり頭に痛みが走るのか、すぐに表情を崩す。

 

「それではビスマルク、佐世保まで気をつけて」

 

「ええ、元帥。お見送りまでしてもらって、ありがとう」

 

「いやいや、できればこの後にちょっとデートでもどうかと思ったんだけどね」

 

「それは残念だけどお断りするわ。高雄にどやされても知らないわよ?」

 

「あ、あはは……確かにそれは避けたいからね……」

 

 元帥はそう言いながら苦笑を浮かべていたが、両足がガクガクと震えていたのを俺は見逃さない。

 

 いつまで経っても懲りない人だとは思っていたが、やっぱり怖いものは怖いのだろう。

 

 それでも口説きにかかるのだから、つける薬は無いのだけれど。

 

「それじゃあ先生、昨日の話はしっかりと考えておいてね?」

 

「……え?」

 

「あら、忘れたのかしら?」

 

「き、昨日の話って……本気で……?」

 

「もちろんよ。だから……」

 

 近づいてきたビスマルクは俺の肩に両腕を乗せて、抱き着くように身体を密着させる。

 

「えっ、ええっ!?」

 

「よーく、考えてから返事をしなさいよね」

 

 そう言って、俺の左頬に優しく口づけをした。

 

「………………」

 

 顔が真っ赤に染まるのが自分でも分かるくらいに上気し、俺は慌ててビスマルクから離れようとした。

 

「ふふ……やっぱり先生はMっぽいわね……」

 

 笑みを浮かべたビスマルクは右手を振りながらきびすを返し、軽くジャンプをして海面に着水する。

 

「Du bist total mein type」

 

 そう言って、大きな水しぶきをあげながらビスマルクは去っていった。

 

「………………」

 

 俺はその後ろ姿を眺めながら、左頬に手を触れる。

 

「あーあー、また先生に取られちゃったねー」

 

 大きなため息を吐きながら、元帥は俺に向かってジト目を向けてそう言った。

 

「べ、別に取るとかそういうのじゃ……」

 

 元帥は昨日の会話の事を知っているのだろうか?

 

 ビスマルクは昨日、俺に佐世保の幼稚園の先生にならないかと言ったのだ。

 

 その前提に付き合う事というのがあったのは知られたくないが、さっきの行動を見れば明白だろうし、取られたと言っている時点でモロバレなんだけど。

 

 ただ、俺がハッキリと分からないのは、最後の言葉についてである。

 

 残念ながらドイツ語はからっきりだから、全くもって想像がつかないのだ。

 

 ただ、英語に似た部分も聞き取れたので、調べてみれば分かるかもしれないが……

 

「あっはっはー、先生も言うようになったよねー」

 

「い、いや……だからですね……」

 

「最後の言葉、完全に口説かれてたのに?」

 

「……え?」

 

「『貴方は完全に私のタイプです』

 言われてみたいよねー。そういうのってさー」

 

 元帥はそう言ってきびすを返し、両手を頭の後ろで組んで指令室がある建物の方へと歩いていく。

 

 その時、俺の顔は……

 

 完全に真っ赤に染まっていたのだろうと思う。

 

「あ、そうそう。この事を愛宕に知られたくなかったら、ちょっくらお手伝いをよろしくねー」

 

「んなっ!?」

 

「ふっふっふー、先生の弱みゲットしちゃったもんねー」

 

 言って、元帥は後ろ姿のまま俺に手を振り、スキップで去っていく。

 

 

 

 最後の最後で、またまた前途多難になってしまった俺だった。

 

 

 

 艦娘幼稚園 ~佐世保から到着しました!~ 完




 今章はこれにて終了。
皆さんどうだったでしょうか? 楽しめてもらえたら幸いです。

 さて、次章も毎日ではありませんが、引き続き更新していきたいと思います。
ちなみにですが、次回は記念すべき100回目の連載話。
まさかここまで続くとは夢にも思っていませんでした。読んでくださっている皆様方へ感謝感謝でございます。


次回予告

 ビスマルクは佐世保へと帰って行った。
しかし、主人公はすっかり忘れかけていた。比叡、榛名、霧島からロリコン扱いされていた事を。
――そう。この話は、ビスマルクが帰ってからすぐのお話です。

艦娘幼稚園 ~金剛4姉妹の恋~ その1「またもや犠牲者が?」


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~金剛4姉妹の恋~
その1「またもや犠牲者が?」


 艦娘幼稚園100話目になります。

 長々とお付き合い頂いた方々にお礼と感謝を。
そして、これからも宜しくお願い致します。




 ビスマルクは佐世保へと帰って行った。
しかし、主人公はすっかり忘れかけていた。比叡、榛名、霧島からロリコン扱いされていた事を。
――そう。この話は、ビスマルクが帰ってからすぐのお話です。


「断固」

 

「お断り」

 

「致します」

 

 順に発せられた言葉に、俺は肩を落とす。

 

 そんな姿を、比叡、榛名、霧島は不機嫌な表情のまま睨みつけていた。

 

 

 

 

 

 まず、どうしてこんな状況になってしまったのかを説明しよう。

 

 とは言っても、先日佐世保からやってきたビスマルクと子供達を幼稚園に案内する際の事を知ってくれている方なら、大体は理解してくれていると思うのだが。

 

 俺が初めて幼稚園にやってきた日、金剛から急に抱き着かれたのが始まりである。それから毎日のようにタックルをしてくるのに耐えながら、怪我をしないように受け止めてやったのがいけなかったのか、金剛はいつしか俺を未来のハズバンドと呼ぶ事になった。問題は他の子達も俺を好いてくれているらしく、それはそれでありがたい事なんだけれど、子供らしからぬ行動を多々取る事があり、そこにヲ級が編入して余計な事を言いまくったおかげで、俺の争奪戦が行われる事態にまでなってしまったのである。

 

 結果は俺の勝利で終わったのだが、そのおかげで愛宕からのご褒美とヲ級を鎮守府内に紹介する事ができたので、結果オーライといえば聞こえは良い。その裏で何かが行われたような気がするが、それを知ろうとする気は無いし、危険な事にはできる限り触れたくない。

 

 それから金剛は以前と同じようにアタックをしてくるので、何も変わってはいなかった。ただ、その状況を妹達が良しと思わなかったのが問題なのである。

 

 長く会えなかった姉にやっと会えたと思ったら、いきなり彼氏を紹介された。普通に考えればその相手がどんなヤツなのか――と考えるだろう。もちろん俺がその立場なら同じ事を考えるだろうし、そこについて異論を挟む気は無い。

 

 ここでの問題は、金剛の説明による誤解によって俺がロリコンであると認識されてしまった事である。それとハッキリと言っておくが、俺は金剛と付き合っていない。あくまで先生と園児という間柄である。

 

 俺には前々から気になっている女性がいるし、つい先日には他の女性から告白されてしまったのだ。そりゃあ、子供達を見て可愛いなぁと思いながら家にお持ち帰りしたくなる衝動を抑えたりもしているが、決してロリコンではないと断言しておく。

 

 ……本当だよ?

 

 抱きしめて頭を撫で撫でしながら布団の上でゴロゴロしたいとか思ってないよ?

 

 え、説得力が無い?

 

 でもでも、これって普通の可愛いもの好きの思考だよね!?

 

 ………………

 

 ごほん。

 

 話が逸れたので元に戻そう。

 

 つまりはその後、比叡、榛名、霧島に俺がロリコンと誤解されて、近寄りたくないと言われてしまった翌日の事だった。

 

 

 

 

 

「あら~、先生のどこがダメなのかしら~?」

 

 肩を落としてへこんでいる俺を見ながら、愛宕は3人に問い掛けた。

 

「ロリコン先生が私達の担当になったら、翌日には妊娠しちゃうじゃないですかっ!」

 

「ぶはっ! なんつー事を言うんだよっ!」

 

 そんな事を言われては落ち込んでる場合じゃないと、俺は声を荒らげた。しかし比叡は、全く動じないどころか完全無視といった感じで、愛宕に顔を向ける。

 

「金剛お姉様が今まで大丈夫だった事が奇跡なんです! だから私達だけでなく、金剛お姉様もこのロリコン先生の担当から離してください!」

 

「う~ん……そう言われてもねぇ……」

 

 愛宕は困った表情を浮かべながら頭を捻る。これが子供から出た苦情であれば、今までの経験から宥めすかす事もできようが、比叡と霧島は少し前まで普通の艦娘だったのだ。身体的能力は子供になってしまっているが、頭脳に関しては以前のまま。つまり、小さな身体に大きな頭脳。どこぞの名探偵と一緒なのである。

 

「ちょっ、ちょっと待ってくれ。昨日にも話したけど、俺はロリコンじゃ……」

 

「残念ながら裏は取ってあります」

 

 俺の反論を遮るように霧島が言葉を挟んだ。眼鏡のブリッジを指で押し上げる仕種は子供じみたソレではなく、大人の雰囲気を漂わせる。

 

「金剛姉様はともかくとして、天龍、時雨、雷、電、そして以前は弟だったヲ級。この子達は胸を張って先生を嫁にすると言ってます」

 

 旦那じゃなくて嫁なの……?

 

 つーか、その発言は天龍だけじゃなかったのかよっ!

 

「濁してはいましたが、他の子達も先生の事を好いているみたいですね。まぁ、若干歪んだ子もいましたけれど」

 

 言って、霧島は少し目線を逸らした。

 

 歪んでるって事は……龍田辺りだったりするんだろうか。

 

 嬉しかったり怖かったり。ううむ、複雑な気分である。

 

「そんな状況に置かれ、唯一の男性である先生が……一切手を出さないとは考えにくいっ!」

 

 ビシッと俺に向けて、霧島が指を突きつける。

 

「男は狼! 甘い誘惑の言葉を囁きかけて、油断したところをパックリいっちゃうのは目に見えていますっ!」

 

「偏見にもほどがあるっ!」

 

「偏見なんかじゃありません! 国民的アイドルの歌にだって、ちゃんとありましたっ!」

 

 よ……よりにもよって歌からかよ……

 

「ちなみに霧島ちゃんは、どのアイドルの事を言っているのかしら~?」

 

「ピンクとかおニャンとか、これでもかってくらい歌いまくってます!」

 

「「「………………」」」

 

 霧島の言葉に俺達は言葉を失い、ただ呆然と立ち尽くす。

 

「……ど、どうしたのかしら?」

 

「あー、いや、その……さ。ふ、古過ぎないかなって……」

 

「人の趣味にケチつけないでくださいっ!」

 

 大声で怒鳴った霧島は、大きく頬を膨らませて腕組みをした。

 

 なるほど……単に趣味だったって訳ね……

 

 別に悪い事は無いんだけど、愛宕や俺どころか、身内である比叡や榛名まで目を逸らしてるんだけど。

 

「と・に・か・くっ! 先生は非常に危険な存在ですから、金剛お姉様や私達の担当になんてなってほしくありません!」

 

「困りましたねぇ~」

 

 そんな全力ともいえる霧島の訴えを聞いて、愛宕は先ほど以上に頭を捻った。そんな愛宕の顔を、比叡、榛名、霧島が睨みつける。

 

「実は、金剛ちゃんからも要望を聞いてるんですけど、あなた達とは全く正反対なんですよ~。『手を出すのは許さないケド、先生の魅力は知ってほしいデース!』と、是非先生の担当でよろしくって言われてるんですよね~」

 

「こ、金剛お姉様がそんな事を……?」

 

 ビックリした表情を浮かべた榛名がそう呟くと、比叡と霧島は不愉快な顔で小さく舌打ちをした。

 

 ……いやいや、ちょっとマナー的にどうなのかと思うのだが。

 

 仮にも子供の姿なんだから、もうちょっと……ね……

 

「榛名、金剛お姉様がそう言うのは読めていたはずよね?」

 

「で、ですけど……榛名はやっぱり金剛お姉様の意思を尊重する方が……」

 

「その結果、金剛姉様が不幸になっても良いと?」

 

「そ、それは……」

 

 比叡と霧島に説得され、榛名は顔を伏せた。

 

 つーか、2人は言いたい放題だよなっ!

 

 ちょっぴり怒っちゃいそうだぞ、俺っ!

 

「とにかく、ロリコン先生が担当なんて事は、何があっても許す事ができませんっ! もし聞き入れてくれないなら、直接元帥に訴えに行きますっ!」

 

 床を思いっきり踏み付けた比叡が愛宕に告げる。

 

 さすがにその言葉を聞いては、俺も黙ってはいられない。幼稚園の中だけでなく、外部(元帥は幼稚園の設立者だけど)まで影響を及ぼそうとするのを見逃す訳にはいかない。

 

「ちょっとまってくれ……って、え?」

 

 口を開いた俺の目の前に愛宕の手の平が突きつけられ、頷きながら一歩下がる。

 

 ぶっちゃけて情けない姿だけど、上司である愛宕を優先するのは当然である。

 

 面子は……丸つぶれかもしんないけど……ね……

 

「分かりました~。それじゃあこうしましょう~」

 

 愛宕はそう言って、両手をパンッと叩いてニッコリと微笑んだ顔を比叡に向ける。

 

「……ひっ!?」

 

「あれれ~、どうしたんですか、比叡ちゃん~?」

 

 ゆっくり、ゆっくりと愛宕は比叡に向かって歩を進める。

 

 その1歩1歩が地響きを鳴らすかのように感じられ、俺は口の中に溜まった唾を飲み込んだ。

 

「ちゃんと話し合って納得しないといけませんから、2人きりになりましょうか~」

 

「あ、あわわわわわ……っ!」

 

 後ずさる比叡が部屋の片隅に追いやられ、壁に背をつけてガタガタと身体を震わせる。

 

「そんなに震えなくても大丈夫ですよ~。別に取って食う訳じゃないんですから~」

 

 ガッシリと比叡の頭を掴んだ愛宕は、笑みを浮かべたまま俺達の方を見る。

 

「それじゃあ先生、暫く子供達をお任せして良いですよね~?」

 

「は、はいっ! お任せくださいっ!」

 

 俺の返事に頷いた愛宕はコクリと頷いて、比叡の首元の襟を掴んでズルズルと部屋の外へ向かっていく。

 

「た、助けてっ、榛名っ、霧島っ!」

 

 声を上げて助けを求めるが、榛名も比叡も、そして俺さえも、身体をピクリと動かす事ができないくらい固まってしまっている。

 

「さぁさぁ~、久しぶりの指導室ですよ~」

 

「ひ、ひえぇぇぇっ!」

 

 比叡の悲鳴は徐々に遠ざかり、部屋の扉が閉められると同時に聞こえなくなった。

 

「「「………………」」」

 

 重い空気が部屋中に充満し、耐えられなくなった俺は何とか口を開く。

 

「……と、とりあえず……2人が帰ってくるまで、この話は保留という事で……良いな?」

 

「は、はい……分かりました……」

 

 3人はそう言って頷き合い、安心と落胆が混じった大きなため息を吐いた。




次回予告

 またもやこのオチかよと思った貴方! 正解だよ?(ぉ

 いやいや、これで終わらないのはいつものこと。
比叡は尊い犠牲になっちゃったけれど、はたしてどんな状態に?
それは、いきなり語られます……

艦娘幼稚園 ~金剛4姉妹の恋~ その2「ガン見レベル1」


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その2「ガン見レベル1」

 またもやこのオチかよと思った貴方! 正解だよ?(ぉ

 いやいや、これで終わらないのはいつものこと。
比叡は尊い犠牲になっちゃったけれど、はたしてどんな状態に?
それは、いきなり語られます……


「アタゴ先生ハ、素晴ラシイ先生デス」

 

「………………」

 

「アタゴ先……生ハ、トテモ優シイデス」

 

「………………」

 

「アタ……ゴ先生、ハ、綺麗デ、パーフェクトトトトトt」

 

「比叡お姉様ーーーっ!」

 

「比叡姉様ーーーっ!」

 

 

 

 

 

「はっ!?」

 

 目の前には真っ白なシーツがいくつも見え、緩やかな風に吹かれてふわふわと舞っている。

 

 しまった……昼食後の満腹感で、洗濯物を干しながら寝てしまったようだ。

 

 つーか、目茶苦茶器用な事をしたんだけど、褒められる事では無い。むしろ、仕事中に寝てしまうというのは怒られる事だ。

 

「しかし……なんつー夢だよ……」

 

 真っ白になった比叡が部屋の片隅で体育座りをして、ブツブツと呟く様は見ていられなかった。しかも言葉が……その……完全に洗脳レベルだったし……

 

 まぁ、さすがにあれば夢の中だけだろうけれど、指導室で比叡がどうなったのかは未だ分からない。あれから昼食の時間、そして昼寝の時間と、愛宕と比叡は帰ってこなかったのだ。

 

 その間、他の子供達は何の問題も無かったのだが、榛名と霧島については朝と同じ状態であり、仕方なく金剛にサポートしてもらう形で何とか切り抜けた。とは言っても、2人とも思考的には他の子供達と比べて大人びているので、なんでも1人でこなせてしまえるようなのだが。

 

 霧島に至っては少し前まで子供じゃ無かったのだから、それは当たり前なんだろうけれど。

 

 問題はこの事によって金剛の機嫌があまりよろしくない。とは言え、一番活発で俺を敵視する比叡がいないだけマシだとは思うんだけどね。

 

「比叡に対して、そこまでの事はしないと思うけどなぁ……」

 

 指導室に連れていかれた比叡を思い出すが、まさか夢のような状況になるとは思えない。しかし、3人が俺を嫌う点については未だ頭を悩ませる事である。少しばかり大人しくなってくれるならそれもアリだとは思うのだけど、洗脳はさすがにやり過ぎだろう。

 

 いやまぁ、洗脳ってのは俺の想像であって、現実には無いだろうけれど。

 

 ただ、指導室という部屋を俺は知らないし、先生になってから一度も聞いた事が無い。鎮守府内に流れる噂で、汚職を行った人が憲兵に捕まり、専門とする艦娘に尋問を受ける所がある……というのを聞いた事はあるけれど。

 

 ……さすがにそれが幼稚園の中にあるとは思えないしなぁ。

 

 そんな事を考えながら洗濯物を干し終えた俺は、腕時計に目を落とす。時間に少し余裕があるので休憩をしようかな……と、スタッフルームへ足を向けた。

 

 

 

 

 

「あれ、愛宕先生?」

 

 スタッフルームの扉を開けると中に愛宕の姿が見えたので、俺は声を掛けながら中に入った。

 

「先生、お疲れ様です。子供達の方は大丈夫でしたか~?」

 

「ええ、ちゃんと昼食と昼寝は問題なく済ませました」

 

「そうですか~。ありがとうございますね~、先生~」

 

 愛宕はそう言って、俺の頭を撫でてくれた。

 

 うむ。久しぶりの撫で撫でに、ちょっと気分が高揚する。

 

 もちろんバッチリと、胸部装甲を目に焼き付けておいたしね。

 

「ところで……比叡はどうなったんですか……?」

 

 俺はあれからどうなったのか気になっていたので、恐る恐る問い掛けてみた。

 

「比叡ちゃんならおトイレに行ってますよ~」

 

 愛宕の言葉を聞いて俺は頭を捻る。指導室に連れていったのに、トイレに行く際は1人。何だか矛盾している感じに思えてしまうのだが、そもそも幼稚園児を指導と称して拉致監禁するような事をする訳がなく、ちゃんと話し合っていくのが普通なのだ。

 

 ううむ……どうやら先ほどの夢から、どうにも考え方が危ない方向にいっちゃっているのかもしれない。

 

 それとも、鎮守府内に流れる噂を聞いたからだろうか。いやまぁ、あれはあくまで噂だし、現実ではありえないレベルの拷問だからなぁ。

 

「ただいま戻りましたー」

 

 扉を開けて部屋に入ってきた比叡が俺の顔を見た瞬間、驚いた表情を浮かべた。

 

「お帰りなさい、比叡ちゃん~」

 

「う……あ……そ、その……」

 

 比叡は微笑みかける愛宕の顔と俺の顔を交互に見ながらうろたえていた。

 

「比叡ちゃん。さっきお話した事をちゃんとしましょうね?」

 

「は、はい……」

 

 観念するように肩を落とした比叡は、一旦深呼吸をするように大きく息を吸い込んでから、俺の顔をしっかりと見つめて口を開いた。

 

「せ、先生、さっきはごめんなさい……」

 

「あ、あぁ……まぁ、分かってくれたら良いんだけど……」

 

 俺はそう言いながらホッと胸を撫で下ろす。しかし、そうは問屋が卸さないといった風に、比叡は続けて口を開いた。

 

「でも、金剛お姉様が心配なのは変わらないから、先生が本当に変な事をしないかどうか見張る事にします!」

 

 そう言って、比叡はガッツポーズのように左手の拳を握り締めた。

 

 目的はどうあれ、比叡は俺が担当になるという事に理解を示してくれたらしい。そもそも俺は金剛にいやらしい事をしようとは思っていないから、見張られていたとしても問題は無い。後は徐々に誤解を解いていけば、落ち着いて話もできるだろう。

 

 ただ問題は、金剛がいつものようにタックルをしてきた時の対処方法だ。怪我をしないように受け止めればセクハラと言われそうだし、周りに他の子供達が居たりすると避ける訳にもいかない。

 

 ううむ、どうすれば良いのか非常に迷うな……

 

「はい。良くできました~」

 

 そう言いながら、愛宕は比叡の頭を撫で撫でしていた。少し困惑している表情を浮かべていた比叡だったが、暫くすると大人しく撫でられていた。

 

 少し前まで普通の艦娘だったのに……と思ったりもするが、子供の身体に変化した事によってなんらかの兆候が現れたのだろうか。それとも、単純に頭を撫でられるのが好きだったという可能性も考えられる。もしくは、愛宕のゆるふわな雰囲気に飲まれたのかもしれない。

 

 どちらにしても、撫でる方も撫でられる方も幸せな気分になるのだから、問題は無い。

 

 それで良いのだ。どっかのパパも言っていたのだ。

 

「ところで先生は、この部屋に何をしに来たのですか~?」

 

「洗濯物を干す作業が終わったので、少し休憩しようかなと思ったんですけど……」

 

「ああ、なるほど~。私の仕事も色々と押し付けちゃったので、お詫びと言っては何ですけど……」

 

 言って、愛宕は胸元に手を入れてゴソゴソと……

 

 ちょっ、そんな真昼間からっ!?

 

「あ、愛宕先生っ!? こ、こんな時間に、ましてや比叡もいるのにっ!」

 

「……はい? 時間に比叡ちゃんがどうかしたんですか~?」

 

 不思議そうな顔を浮かべた愛宕は胸元から取り出した鍵を持って奥にあるロッカーの前に立ち、鍵を開けて中をガサゴソと物色しはじめた。

 

 ……なるほど。胸元に鍵を入れてたのね。

 

 紛らわしいったらありゃしないっすよぉっ! ――と叫びたくなるが、よく考えれば今回が初めてではない。

 

 ――そう。少し前の遠足で、同じような事を見たんだよなぁ。

 

 色んな思考が入り混じった俺は、大きなため息を吐いて肩を落とす。すると、何やら視線を感じたような気がしたので、ゆっくりと振り向いた。

 

「じーーーーー」

 

「ん、どうしたんだ、比叡?」

 

「い、いえっ! なんでもないですっ!」

 

「そ、そうか。なら良いんだけど……」

 

 そうは言ったものの、未だ比叡の視線が俺の顔面に突き刺さっている気がして、横目で様子を窺ってみたのだが……

 

「じーーーーー」

 

 それはもう、ガン見レベルで観察されていた。

 

 ……もしかして、金剛の近くにいない時もこうやって見られるんだろうか?

 

 青葉の時よりやりにくいんだけど……

 

「はいは~い。先生にはこれをプレゼントです~」

 

 比叡に気を取られている間に戻ってきた愛宕は、両手に持った缶コーヒーの1つを俺に差し出してくれた。

 

「え、あっ、良いんですか?」

 

「頑張ってくれた先生にご褒美です~」

 

「それじゃあ、遠慮無しにいただきます」

 

 そう言って愛宕から缶コーヒーを受け取ると、まるで自動販売機から出てきたばかりのような温かさを手の平に感じた。

 

「あれ、温かい……?」

 

「うふふ~。実は、ロッカーの中に保冷保温ボックスがあるんですよ~」

 

「そ、それは便利ですね……」

 

 ロッカーの中に電源って、一体どうやっているんだろう――と思ったが、以前に対戦車ミサイルが出てきた事もあるのだから、これくらいの事で驚いたらやっていけない。幼稚園のスタッフルームにそんな物がある時点でおかしいけれど、世の中には普通な事ばかりでは無いからね。

 

 ――それにしたって、スティンガーは無いと思うんだけどなぁ。

 

 普通の会社とかにある事務ロッカーの中に置いてあるんだよ? うっかり金剛のタックル回避したら誘爆しちゃわない?

 

 そういや、ロッカーの中に隠れていた時もあったっけ……って、今考えたらマジで怖くなってきたっ!

 

 今度、大掃除とかそういう理由でそれとなく進言しておこう。そうじゃないと安心して着替えもやり辛い。

 

「先生、飲まないんですか~?」

 

「あ、いえっ、いただきますっ!」

 

 プルトップを勢いよく開けると、深みのあるアロマの香が鼻腔をくすぐる。どうやら温かい事で、香りがいつもよりもふんだんに感じられるようだ。

 

 いつもはアイスだから、こういうのもアリだな……

 

 そう思いながら、まずは一口。少し苦みのある味わいと香りが合わさり、身体が少し緊張から解きほぐされるような感覚に酔いしれる。

 

「うむ……旨い……」

 

「美味しいですねぇ~」

 

 いつの間にやらもう一つの缶コーヒーを飲んでいた愛宕も、ニコニコと笑みを浮かべて味わっていた。

 

「じーーーーー」

 

 ただ、比叡の視線はずっと向けられたままであり、非常に居心地が悪い状況に心が折れそうになったのだが……

 

「あら、もしかして比叡ちゃんも飲みたいの~?」

 

 コクコクッ……

 

 何度も首を縦に振って答えた比叡に、愛宕はもう一度ロッカーに戻って缶コーヒーを持ってきた。

 

「ありがとうございますっ!」

 

「いえいえ~。でも、みんなには内緒よ~」

 

 口元に指を立てた愛宕に心がほんわかしながら、俺はもう一口と缶コーヒーに口をつける。

 

 それ以降、比叡の視線が俺に突き刺さることが無かったので、単純にコーヒーが欲しかっただけなのかと思い込んだ。

 

 

 

 ――この時、俺は比叡の視線について本当の意味を理解できていたのなら、もしかするともっと早くに対処する事ができたかもしれない。

 




次回予告

 昼寝後の子供たちの準備にと、主人公はサッカーの用意をしていた。
しかし比叡は引き続きガン見を続け、さすがにいたたまれなくなった主人公は腰を据えて話そうとする。

艦娘幼稚園 ~金剛4姉妹の恋~ その3「ガン見レベル2」


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その3「ガン見レベル2」

※書籍のサンプルを公開しました!
 詳しくは「艦娘幼稚園 遠足日和と亡霊の罠(サンプル)」の方をお読みくださいませ!
(4万文字弱の序盤サンプルと書籍の情報、そしてイベント参加情報が載ってます!)


 昼寝後の子供たちの準備にと、主人公はサッカーの用意をしていた。
しかし比叡は引き続きガン見を続け、さすがにいたたまれなくなった主人公は腰を据えて話そうとする。


 それから暫くスタッフルームで休憩をした後、子供達が昼寝から目覚める時間に合わせて次の準備を行うことにした。

 

「午後は広場でサッカーでもするかなぁ」

 

 今日の午後のスケジュールは広場を使用できる事になっている。洗濯日和の今日のお天気ならば、子供達もはしゃいでくれる事だろう。

 

 倉庫からサッカーボールと折り畳んであるミニゴールを広場に持って、俺は歩幅で長さを計りながらコートを作っていた。そんな様子を少し離れたところからジッと見つめる視線に、微妙にやり辛さを感じてしまう。

 

 もちろん視線を送っているのは比叡であり、物陰から隠れて眺めているのではなく、地面に座りながら露骨にガン見状態だった。スタッフルームの時もそうだったけれど、これがずっと続くのはマジで勘弁して欲しいのだけれど……

 

「比叡ー、そこでぼけーっと座ってないで、どうせなら身体を動かしたらどうだ?」

 

「お断りします。私はあくまで先生を監視しているだけですから!」

 

「そうは言うけど、その監視って金剛と関係がある時だけじゃないの?」

 

「それはそうですけど、お姉様がいない時に変な事を仕込もうとしているかもしれませんっ!」

 

 一体何を仕込むのだと言うのだろう……

 

 サッカーのコートを作っているだけで、落とし穴を掘っている訳でもなく、ワイヤートラップを仕掛ける気も無い。そもそもそんなモノを幼稚園の中に仕掛けるのはありえない事なのだが、バトルの時だけはそれもありになるんだよなぁ。

 

 いやいや、今はバトルと関係ないし、子供達が遊ぶ為の準備をしているのだ。そんな様子を監視したところでやましい事は一つも無いから、別に気にしなければ良いだけの事である。

 

「じーーーーー」

 

 とはいえ、やはりジッと見られているのはどうにも気分が悪い。

 

 俺は一通りの準備を終えてから、比叡の元へと歩み寄った。

 

「あ、あのさ……」

 

「なんでしょうか、先生」

 

「ジッと見つめられるのって結構堪えるから、できれば……もう少し加減して欲しいんだけど……」

 

「ですが、宣言した通り監視するとは伝えましたよね?」

 

「それはそうなんだけどさ……」

 

 モノには限度があると言いたいのだけれど、あまりごねると機嫌を悪くしかねて、俺が担当するのを断ると言い出すかもしれない。愛宕が説得したのだから大丈夫とは思うのだけれど、俺の方からも何かしら対策を取った方が良さそうだ。

 

「それじゃあ、ちょっと話し合わないか? 何だかんだで腰を据えて話した事は無いんだしさ」

 

「……確かにそうですけど、何やら変な事を考えているんじゃないでしょうね?」

 

「変な事って……一体何?」

 

 俺はそう言いながら比叡の隣に座り込んだ。

 

「そ、それは……先生がロリコンですから、金剛お姉様だけでなく私までも毒牙にかけようとするとか……」

 

「何が何でも俺をロリコン扱いしたい訳ね……」

 

 がっくりと肩を落とした俺はふと考える。愛宕に説得されたはずなのに、俺はロリコン扱いされたままだ。そうではないという事を説明されて納得した――と思っていたのだけれど、それでは話の筋が通らない。一体愛宕は比叡にどんな説明と説得をしたのだろうかと考えてみるが、それを比叡に聞いたところで素直に話してくれるだろうか?

 

 頭を捻りながら考えてみるが、簡単に答えは出そうにない。ならば、ここは素直に聞いてみるのが良いだろう。

 

「あのさ……さっきスタッフルームで、愛宕先生から何を説明されたのかな?」

 

「そ、それは……」

 

 言って、比叡は顔を伏せて身体をガタガタと震わせていた。

 

 あ、愛宕は比叡に一体何をやったんだろう……?

 

 確実にトラウマになっちゃってないか……これ……

 

「と、とりあえず、先生の事が気に入らないなら、まずはどんな人物なのか自分で見極めなさいって言われました」

 

「……なるほどね。だから、俺を監視するって言ってたのか」

 

「そう……です。まぁ、他にも理由が……ごにょごにょ……」

 

「ん、今何か言った?」

 

「い、いえっ、何にもありませんよっ!」

 

「そ、そう……?」

 

 慌てて比叡が顔の前でバタバタと両手を振ったのだが、明らかに怪しさ満点の動作が気になって仕方がない。

 

「でもあれだよな。比叡は金剛の事が本当に好きなんだよな」

 

「そ、それはそうですっ! 愛する金剛お姉様の為なら、たとえ火の中水の中っスカートの中っ!」

 

「ははは……って、最後のは止めといた方が良いぞ。それに、元気が良いのは構わないけれど、無茶だけはしないようにな」

 

 そう言って、俺はいつものように撫でようと、比叡の頭に手を置いた。

 

「……っ!?」

 

「好きな事は精一杯やれば良い。ただし、できるだけ他の人に迷惑をかけないようにしないとな。そうじゃないと、いつの間にか一人ぼっちになっちゃうかもしれないんだぞ?」

 

「あ……あうぅ……っ」

 

「やっと姉妹みんなが出会えたんだから、嬉しくなるのは当たり前だ。だけど、あの時ぶつかりかけたのは本当に危なかっただろ?」

 

「は、はい……」

 

「失敗するのは仕方ないし、子供の時はそれが当たり前だけど……って、そういや比叡は元々子供じゃなかったし、なんだかややこしいな……」

 

「あ、あの……先生……」

 

「ん、どうしたんだ比叡?」

 

「ど、どうしてそんなに頭を撫でるんですかっ!?」

 

「あ、あぁ……ゴメンゴメン。どうにも癖みたいで、つい撫でちゃうんだよなぁ……」

 

 言って、俺は比叡に謝りながら撫でていた手を下ろそうとしたのだが、

 

「あ、その……い、嫌ではないんですがっ!」

 

「あれ、そうなの?」

 

「な、なんだかとっても気持ち良くなるって言うか……って、何を言ってるんだろ、私っ!」

 

 先ほど以上に手をばたつかせた比叡は、急に立ち上がって俺から少し離れるように距離を取った。

 

「い、今のは気の迷いですっ! 忘れてくださいっ!」

 

 そう叫んだ比叡は、ダッシュで建物の中へと走って行く。

 

 ……な、なんであんなに慌ててたんだろ。

 

 頭を撫でられて気持ち良くなるのって……当たり前だよな?

 

 それとも、大人から子供になった影響とかが出てるのだろうか?

 

 もしそうだったのなら、愛宕に一度話しておいた方が良いのかもしれないんだけど……ちょっぴりトラウマになっちゃってる感じだしなぁ。

 

 まぁ、比叡の担当は俺なんだし、少しずつ様子を見ながら考えていけば良いだろう。

 

「さて、準備も済んだし……時間もそろそろだから子供達を起こしに行こうかな」

 

 俺はそう言いながら立ち上がり、比叡の後を追うように建物へと入って行った。

 




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次回予告

 サッカー開始っ!
 だけどもちろん比叡の視線は止まらない。
 そして更には別のものまで飛んできて……

艦娘幼稚園 ~金剛4姉妹の恋~ その4「混乱魔法」


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その4「混乱魔法」

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 サッカー開始っ!
 だけどもちろん比叡の視線は止まらない。
 そして更には別のものまで飛んできて……


 

「いっけー、俺様のドライブシュートー!」

 

 天龍の渾身の力を込めたボールはゴールを大きく逸れ、明後日の方向へと飛んでいった。

 

「あら~、相変わらず天龍ちゃんったらノーコンよね~」

 

「勢いだけで蹴るからダメなんだよね」

 

「ぐ、ぐぬぬぬ……」

 

 呆れた表情で龍田と時雨に言われた天龍は、顔を真っ赤にしてからボールを取りに走っていく。

 

「重力と発射角度、それに空気の抵抗を考えればちゃんと飛ばせますのに……」

 

 そう言ったのは霧島なんだけれど、サッカーにそこまでの知識は必要じゃないと思うのだが。

 

 そりゃあ、艦娘として砲撃するには必要になるだろうけれど、さすがにまだ早いだろう。

 

「うぅ……霧島ちゃんの話しを聞いてたら、なんだか弥生お姉ちゃんを思いだしたっぽい……」

 

 言って、頭を抱えた夕立が難しそうな表情を浮かべていた。

 

 弥生お姉ちゃんって……誰?

 

「よし、ボールを持ってきたから、ここから再開だよな!」

 

「いやいや、天龍が蹴ったんだから相手チームのボールで再開だ。つーか、なんでいきなりコーナーすらすっ飛ばして、PKエリアからゴールに向かって蹴ろうとするんだよ……」

 

「えっ、この方が狙いやすいじゃん!」

 

「サッカーはチームで戦うんだし、ルールもあるんだからちゃんと覚えような……」

 

 自分勝手過ぎるのにもほどがあるのだが、今までサッカーを体験した事が無いのだろうか。普通に考えれば倉庫の中にゴールやボールが置かれていたのだから過去にやった事はあるだろうし、ドライブシュートと叫んだ事からも全く知らないとは思えない。

 

 まぁ、ルールよりも元気良く遊べって事で、子供達の自主性に任せていたのかもしれないけどね。

 

 子供達の顔を見てみると結構楽しんでいるようだし、少しずつ教えていけば良いだろう。しかしそれ以上に気になってしまうのは、コートから離れて建物の側に座っている比叡と榛名の姿である。

 

「2人は参加しないのかな? みんなは結構楽しんでいるみたいだけどさ」

 

 俺は2人に近づきながら問い掛けてみると、全く表情を崩さぬまま榛名が口を開いた。

 

「榛名は金剛お姉様のお姿を眺めているだけで結構です」

 

「そうは言うけど……一応、幼稚園の授業な訳だからさ……」

 

「それに、榛名は先生の事を認めた訳ではありません。ですけど、比叡お姉様が先生をしっかりと監視して大丈夫かどうか見極めるとおっしゃってる以上、榛名はそれに従います」

 

 視線を全く俺に合わせようともせず、榛名はコートを見つめながらそう言った。

 

 うーん……どうにも嫌われちゃってるなぁ……

 

 ただ、何となくなんだけれど、無理矢理そう思い込んでいる風にも聞き取れる気がする。どこか本心ではなくて、嫌々言っているような……そんな気がするんだけれど。

 

「まぁ、参加したくなったら自由に入って良いからさ。ただし、人数の調整はきっちりとしなきゃダメだから、どっちのチームには入れるかは状況次第だけどね」

 

「………………」

 

 黙り込んだ榛名は、何度か俺の顔を横目でチラチラと見ているだけだった。ただ、その行動が俺を無視するという事ではないと判断できたので、ひとまずは良しという事にしておこう。

 

「じーーーーー」

 

「……で、比叡はずっと俺の監視を続けるの?」

 

「それはもちろんです。何か不振な動きをしそうになったら、愛宕先生に言い付けます」

 

「そ、そんな話しになってるのかよ……」

 

 監視だけじゃないとなると、少々厄介だと思うのだが。

 

 いやまぁしかし、愛宕に知られて具合が悪くなるような事をするつもりは無いのだから、多分大丈夫だとは思うんだけどね。

 

 問題は突発的な事故――なんだけど、そういうのってどうにも昔から運が無いで済ませれるほど楽観視できないんだよなぁ。

 

 例えば、こうやってコートの方から目を離していたりすると、ちょっとしたトラブルがやってきたりとか……

 

「今デス、テリャーッ!」

 

「何っ、俺様のボールを取るためにスライディングだとっ!?」

 

「ほらほら、天龍ちゃん~。こっちにパスよ~」

 

「よし、龍田に向かってシュートだっ!」

 

「いやいやいや、それは違うと思うんだけど……って、先生危ないっ!」

 

「……ん?」

 

 時雨の叫び声が聞こえて振り向いてみると、大きな丸い白と黒の物体が目の前に迫ってきて、

 

「ごげふあっ!?」

 

 見事なまでに、俺の顔面に直撃した。

 

「あ、先生……悪ぃ……」

 

 天龍の謝る声が聞こえる中、視界はぐるぐると回り、平衡感覚は完全に狂ってしまっている。

 

「あら~、先生がメタパニ状態になってるわね~」

 

「もしくはコンフュじゃないかな?」

 

「テンタラフーでもありじゃないかしら?」

 

 言いたい放題なんだけど、霧島がテンタラフーっていうと……なんとなくブリリアントが出てくるな。

 

 ――って、完全に混乱しちゃってね?

 

「せ、先生、大丈夫デスカー?」

 

「あ、あぁ……なんとか……」

 

 そう言って立ち上がった俺は、右手で顔に触れると同時に違和感に気づいた。

 

「……げっ」

 

 手の平には真っ赤な液体が付着しており、鼻の辺りがズルズルと水っぽくなっている。

 

「せ、先生が流血っぽいっ!」

 

「きゅ……救急車を呼ばなきゃっ!」

 

 慌てた夕立が叫び、潮があたふたとしながら泣きそうな表情を浮かべる。

 

「あー、いやいや。これはただの鼻血だから、そんなに大事にしなくて大丈夫だから」

 

 言って、俺はズボンの後ろポケットから取り出したティッシュを丸めて、鼻の穴にねじ込んだ。

 

「ほら、これで暫くしていれば血は止まるから。さぁ、気にせずサッカーの続きを開始しよう」

 

「ほ、本当に大丈夫デスカー……?」

 

「大丈夫だって。これくらいの怪我はいつもの事だからさ」

 

 そう言った俺は金剛を安心させる為に、頭に手を置いて優しく撫でる。

 

「せ、先生、それは……」

 

「アウトーーーッ!」

 

「先生、それは報告しなければいけない案件です!」

 

「えっ、あ……そ、そうか……」

 

 榛名、比叡、霧島が一斉に指差して声を上げたので、俺は仕方なく金剛から手を離した。むやみに触れてはセクハラ行為に当たると言われているが、やっぱり納得がいかないんだけれど……

 

 それに、比叡に至ってはさっき俺に撫でられてたよね?

 

「むぅぅぅっ、どうしてデスカッ! 何で撫でられるのがセクハラになるのデスカーーーッ!?」

 

「YES,YES,YES……ではなく、金剛姉様の安全を考えれば当然です。ロリコン先生に触れられると、ロリコンが移る可能性があります」

 

 いやいやいや、そんなの移んないしっ!

 

 そもそもロリコンじゃないって言ってるじゃんかーーーっ!

 

「な、なにっ、ロリコンって移るのかよ龍田っ!?」

 

「そうよ~。それはもう、バイオなハザードになっちゃうわよ~」

 

「も、もしそうなると……潮達の大きさで更にロリコンだったら……」

 

「あ、赤ちゃんしかいないっぽいっ!」

 

 それはペドって言います。

 

 ――って、冷静に分析している状況じゃねぇよっ!

 

「いい加減にするデスッ! 私は先生が触れてきても何の問題も無いのデス! むしろ大歓迎なのデスヨッ!」

 

「「「こ、金剛(お)姉様……」」」

 

 頭から湯気を立たせてしまいそうなくらいに真っ赤になって怒った金剛を見た3人は、申し訳なさそうな表情を浮かべながら肩を落とす。

 

「ですが、金剛姉様が気を許した途端に狼に変貌する可能性も無いとは言えないのですよ?」

 

「それならそれで構わないデス! 既成事実でハッピーエンドに直行ルートで完璧デース!」

 

 いやいやいや、ちょっと待て。

 

 手を出すつもりなんか一つも無いけど、その考え方は恐すぎるぞ金剛っ!

 

 もう一度ハッキリ言っておく。

 

 お前は幼稚園児だからなっっっ!

 

「こ、金剛ちゃん……それは色んな意味で危ない発言だと思うんだけど……」

 

「Why? 時雨まで私を否定するのデスカー!?」

 

「あ、あのさ……それをもし先生がやっちゃったとしたら、確実に憲兵さんに連れられて、そのまま帰ってこなくなる可能性が99、999%……だよ?」

 

「そ、それは……困りマース……」

 

「確実に元帥にちょん切られた挙げ句、特別仕置人に拷問されちゃうわよね~」

 

「そ……そんな人が……いるのかな……?」

 

「う、潮っ、だ、大丈夫だからっ、俺がついてるから泣かなくて良いぞっ!」

 

 ガタガタと震えながら涙目になりそうな潮の手をギュッと握ってあげた天龍だけど、自らの足も武者震いのように大きく震えているのを俺は見逃さなかった。

 

 ……うむ、天龍もガチガチに怖がってるよね。

 

「ちなみにそれって、トランペットが鳴り響くっぽい?」

 

 なんでそっちにいっちゃうのかなぁっ!?

 

 確かにシリーズ的に間違ってはないけど、あれは仕事の方だからねっ!

 

「と、とにかくさっきのは言い過ぎたかもしれませんケド、頭を撫でられるのもダメだなんテ、私は納得がいかないデース!」

 

「確かにそうだよね。もしそれで先生が捕まっちゃうのなら、僕たちも撫でてもらえない訳だしさ」

 

「そ、それは困るぞっ!」

 

「先生の撫で撫では気持ち良いっぽい!」

 

「う、うん……潮も……撫でられるのは嫌いじゃないよ……?」

 

「私はどっちでも良いんだけどね~」

 

 金剛、時雨、天龍、潮、龍田が榛名達に面と向かって声を上げた。3人はその勢いにたじろきながら、1歩、2歩と後ずさる。

 

「お、お前達……」

 

 子供達の気持ちが嬉しくて、俺は少しばかり涙ぐみそうになってしまったが、このままでは喧嘩になってしまう可能性があるので、放っておく訳にもいかない。

 

「分かった。分かったから、それ以上過熱するのはストップだ」

 

 両手を広げながら子供達の間に身体を割り込ませ、みんなに向かって大きな声で話す。

 

「みんなの意見はどれもが嬉しいし、かと言って比叡や榛名、霧島が言うのも一理ある。でもまずは俺の顔を立てて、この場を収めて欲しいんだけど……」

 

「せ、先生がそう言うんなら、俺は別に構わないけどよ……」

 

「ありがとな、天龍。とりあえずここは榛名達とちゃんと話したいから、サッカーの方に戻ってくれるか?」

 

「ああ、分かったよ。それじゃあ、続きをやろうぜっ!」

 

「今度は天龍ちゃんがキーパーをやってよね~」

 

「それじゃあシュートできないじゃんかっ!」

 

「ゴールを守らないで前に出れば良いのよ~」

 

「なるほど! さすがは龍田、頭良いぜっ!」

 

 ……いやいや、それってかなりの無茶振りだからね。

 

 そう言ってコートへと向かって行く子供達。金剛は少しこちらの様子を伺っていたが、ボールが蹴られると同時にサッカーへと集中する。

 

「「「………………」」」

 

 無言で立ちながらお互いの顔を見合う3人に、俺は優しく微笑みながら声を掛けた。

 

「朝にも言ったけど、3人が金剛の事を思う気持ちは痛いほど分かる。だけど、当の本人の意思を無視してまで押し付けちゃったら、次第に愛想を尽かされちゃうんじゃないのかな?」

 

「そ、それは……」

 

「3人とはまだ出会って少ししか経ってないけど、その間俺の事を見ていてどう思ったのかな?」

 

「………………」

 

 俺の言葉を聞き、榛名は俯くようにして考え込んでいた。比叡はすぐに声を上げようとしたのだが、何かを思い出したようにビクリと身体を震わせて押し黙った。

 

 その反応って、やっぱり朝の愛宕の……?

 

 しかし、霧島だけは腕組をしながら敵意を剥き出しにしてジッと睨みつけている。

 

「別に今すぐ答えなくても構わない。だけど、金剛の意思と俺の言葉を信用してほしいんだ。俺は間違いなく金剛に悪意を持って手を出したりしないし、3人が思っているようないやらしい事をするつもりはない。もしそれが金剛が望んできたとしても、世間的にも具合が悪いのは重々承知しているから、絶対に大丈夫だと言い切るよ」

 

「せ、先生……」

 

「それに……さ、榛名達はせっかく佐世保からここまでやってきて、念願の金剛と出会えたんだろ。それなのに喧嘩みたいな状態が続いていたら、何の為にやって来たのか分からなくなってきちゃうじゃないか。俺は3人がここで楽しく暮らしていけるようなって欲しいから、悪いんだけど一緒に協力してくれないかな?」

 

 そう言って、満面の笑みを榛名に、そして比叡や霧島に向けた。

 

 そんな俺を見た榛名の表情が、ゆっくりと緊張が解れたように柔らかなモノへと変わり始めた時……

 

「分かりました。ですが、少し考えたい事があるので席を離させていただきますね」

 

 急に霧島がそう言うと、比叡と榛名の手を握って無言のまま建物の方へと向かっていく。

 

「き、霧島っ!?」

 

「ちょっ、どこに引っ張っていくのっ!?」

 

 呆気に取られた俺は何も言う事ができずにその場で立ち尽くし、3人の姿を見送った。

 

 ……まぁ、これで考え直してくれたら良いんだけど。

 

 そんな、前向きな思考が後々自分の首を締めるとは、夢にも思わなかった。

 

 

 

 ちなみに、なぜかヲ級は一切喋らずに遠目で俺の事を見てるんだけど、何か悪い事をしたのかなぁ……?

 




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次回予告

 霧島は2人を連れて去っていった。
この行動が、後に主人公の首を絞める――ことになったのかは不明だが、とある事件が巻き起こる。

 電と暁が探し物をしているのを見つけ、話を聞くうちにだんだんと怒りが溜まってしまい……


艦娘幼稚園 ~金剛4姉妹の恋~ その5「盗難事件発生!?」


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その5「盗難事件発生!?」

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 霧島は2人を連れて去っていった。
この行動が、後に主人公の首を絞める――ことになったのかは不明だが、とある事件が巻き起こる。

 電と暁が探し物をしているのを見つけ、話を聞くうちにだんだんと怒りが溜まってしまい……


 

 サッカーを一通り楽しんだ子供達を着替えさせる為に建物へと戻らせた俺は、折り畳んだゴールとボールを綺麗に洗ってから倉庫に向かう。倉庫の中に道具を戻し終えて腕時計を見ると、子供達の着替えが終わるのはもう少しかかりそうなので、携帯電話のゲームアプリで少し時間を潰してから、部屋に向かう為にゆっくりと通路を歩いていた。

 

「あれ、先生なのです」

 

 角を曲がったところで、何か探し物をしているような感じの電と目が合い、声を掛けられた。

 

「やあ、電。それに暁も一緒に、ここで何をしているんだ?」

 

「ちょっと探し物をしているのです」

 

「暁も一緒に探しているの。だけど、全然見つからなくて困っちゃうわ」

 

「一体何を探しているんだ? もし良かったら俺も協力するけど……」

 

 子供達の着替えが終わるまではもう少し時間があるし、少しくらいなら問題は無いだろう。俺はそう思って2人に問い掛けてみたのだが……

 

「……先生に、協力してもらっても良いのでしょうか?」

 

「そうよね……ちょっと問題があるわよね……」

 

 気まずそうな表情を浮かべた2人は内緒話をするように相談しながら、俺の顔をチラチラと横目で見ていた。

 

 いや、聞こえちゃってるんだけど、俺ってそんなに信用無いのだろうか?

 

 それはそれで悲しくなるんだけど、今までちゃんとやってきたつもりなんだけどなぁ……

 

「でも、先生にも探してもらった方が、早く見つかるかもしれないのです」

 

「そうは言うけど……モノがモノだけに……大丈夫かしら?」

 

「電は先生を信用してるのですっ」

 

「そ、そこまで電が言うのなら、暁は構わないけど……」

 

 相談を終えた2人は俺の顔を見て、真剣な表情で口を開いた。

 

「先生、実はあるモノが無くなってしまったのです!」

 

「あるモノ……?」

 

「そうなの。なんと、愛宕先生のブラジャーが忽然と消えてしまったの」

 

「……なんだと?」

 

「「ひっ!?」」

 

 2人の言葉を聞いた瞬間、腹の中からもの凄い怒りが込み上げてきて、俺はボソリと呟いた。

 

 ――って、なんだか電も暁もすんごい怯えている風に見えるんだけど、どうしたんだろ?

 

「せ、せせせっ、先生の顔が鬼のように見えるのです……」

 

「こ、これが噂に聞く……先生の……怒った顔なの……っ!?」

 

「え、いや、あの……俺ってそんなに怖い顔してる?」

 

「元帥が悪い事をして怒っている高雄お姉さんより怖い顔なのです……」

 

「青葉お姉さんを追い詰める愛宕先生の顔よりも凄いわ……」

 

 ……まじっすか。

 

 確かに凄くムカついたけれど、そんなに顔に出した覚えは無いんだけどなぁ。

 

 ――と言うか、俺の怒った顔が噂になっているって、本当だろうか?

 

 その話をしたのは……確か遠足の時だったけど、結局俺が別の話題を振って逸らしたしなぁ。

 

「そ、そんなに怒らないで欲しいのです……」

 

「あ、あぁ、ごめんごめん。別に2人に対してじゃないから安心して良いよ」

 

「だけど、どうして先生はそんな顔をしたのかしら……?」

 

「そりゃあ、愛宕先生のブラジャーが盗んだ下着泥棒に対して無茶苦茶ムカついたんだけど」

 

「そ、それにしたって……凄い怒りっぷりだったのです……」

 

「そんなに顔に出てたのかなぁ……」

 

 ウンウンと頭を上下に何度も振る2人の様子を見て、気をつけないといけないな……と、俺は反省した。

 

「と、ともあれ、愛宕先生が困っているらしいのです。だから、先生も助けてあげて欲しいのです」

 

「ああ、それなら俺も協力するけど……」

 

「ちなみに、愛宕先生の勝負下着らしいから、早く見つけてあげないと大変みたいね」

 

「ますます許せんっ! 盗んだ奴を拷問しないと気がすまねぇ!」

 

「「ぴゃああっ!?」」

 

 拳を握り締めて叫び声をあげてしまい、電と暁が半泣きになりながら俺から離れるように飛び退いた。

 

「ああっ、ご、ごめんっ! 驚かせるつもりは無かったんだけど……」

 

「せ、先生が……先生が怖いのです……」

 

「を、ヲ級ちゃんが怖がるのも……わ、分かる……わ」

 

 ガクガクと身体を震わせて抱き合う電と暁に謝りながら、笑みを向けて頭を優しく撫でる。

 

 それから2人が落ち着くまで慰めていたが、俺の心の中は表情とは裏腹に、一つの思いでいっぱいになっていた。

 

 下着泥棒、ぶっ殺す――と。

 

 

 

 

 

 それから俺は子供達の元へと戻り、暁と電から聞いた事を話して、みんなに注意するように伝えた。龍田が犯人は俺じゃないかと言ってきたが、たちの悪い冗談は止すようにと真面目な顔で注意すると、やはり先程の暁と電のように子供達は驚き、慌てながら素直に言う事を聞いてくれた。

 

 はて……それ程までに俺の顔が怖くなっているのだろうか?

 

 全く自分としては分からないのだけれど、近くに鏡が無いので見る事ができない。やろうと思えば携帯電話のカメラ機能で写せば良いのだが、それをやった後で自分自身がへこみそうな気がするので、できる限り笑顔でいれば良いだろうと思いながら子供達の面倒を見ていた。

 

 ――そして本日の終業時間になったので、子供達を寮へと帰した後、俺は着替えの為にスタッフルームへとやってきた。

 

「あっ、お疲れ様です~」

 

「お疲れ様です、愛宕先生。今日は色々と大変でしたね」

 

「そうですね~……って、何の事でしょう?」

 

「えっと……暁や電から聞いたんですが、何やら泥棒の被害に遭われたとか……」

 

「あぁ~、先生もお知りになったんですか~」

 

 そう言った愛宕は、少し申し訳なさそうに苦笑を浮かべた。

 

「お恥ずかしながら、私の勝負下着が盗まれちゃいまして……。ここのロッカーに入れていたのですけど、一体何処に消えてしまったのか……」

 

「鍵は掛けていたんですよね?」

 

「それが、ちょっとばかり失念しちゃってまして……掛け忘れてしまったんですよ~」

 

 愛宕は舌を出しながら、頭を自分の拳でコツンと叩いた。

 

 ………………

 

 可愛いなぁ、もうっ!

 

 しかし、泥棒に下着を盗まれたにも関わらず、それ程困っているように見えないのはどうしてだろうか。ましてや勝負下着なら、なおさらの事だと思うんだけど。

 

「ちなみに、盗まれたのはそれ以外に何かあるんですか? ロッカーの中だったら、貴重品とかもあったでしょうし……」

 

「それが、下着以外は何も取られてなかったんですよね~」

 

 言って、不思議そうな顔を浮かべた愛宕は、エプロンを脱いでロッカーの中にしまい込んだ。

 

 ふむ……やはり変だな……

 

 この鎮守府内に不審者が入る事自体難しいのだが、仮に入れたとしても、わざわざ幼稚園のスタッフルームを物色するという事が不自然過ぎる。例えば艦娘の変態マニアが忍び込んで下着をゲットしようと考えたのなら、こんな所ではなくて艦娘の寮に行く方がよっぽど効率が良いだろう。まさかとは思うが、艦娘かつ子供というマニアックにも程がある変態がいたと仮定して、そいつが欲しがる下着を盗ろうとするならば、やはり愛宕の下着を盗むということが考え難い。

 

 という事は、愛宕を狙っての犯行なのか……?

 

 思考を巡らせながらエプロンを脱いだ俺は、愛宕と同じようにロッカーを開けてしまい込もうとした時、ふと中に黒い布切れが入っているのに気づいた。

 

「……ん、なんだこれ?」

 

 そう呟いて、布切れを手に取ってマジマジと見る。

 

「どうしたんですか~?」

 

 俺の疑問の声に気づいた愛宕が近づいて来ると、手に持ったソレを見て、驚いた表情を浮かべた。

 

「あらあら? どうしてそんなところに私の下着があるのでしょうか~?」

 

「……え?」

 

 その言葉を聞いた俺は、何度も手に持った布切れと愛宕の顔を繰り返し見て、恐る恐るソレを両手で広げた。

 

「………………」

 

 大きなまるいレースがついた2つの黒い布に、細い紐が2本ある。何処からどう見ても、それは完全にブラジャーだった。

 

「………………」

 

 凄く大きく、凄くエロイ。

 

 まさに勝負下着と言える、完璧な官能的物体に、思わず鼻血が吹き出しそうになるのを堪えつつ、俺はポケットの中へと捩込もうと……じゃなくてだなっ!

 

「なんで愛宕先生の勝負下着が俺のロッカーに入ってるのっ!?」

 

「あら~、なんででしょうね~」

 

 いやいやいやっ、緊張感が全く無い声を上げてますけど、端から見れば完全に俺が犯人扱いされる場面ですよね――って、何を考えてるんだーーーっ!

 

 身に覚えが無いのに思わず有りもしない罪を暴露しちゃうところだったよっ! これは明らかにパニクっちゃってるよっ!

 

 

 

 バターンッ!

 

 

 

「――っ!?」

 

 大きな音にびっくりした俺は、すぐさま振り向いた。

 

「み、見てください金剛姉様っ! 暁や電が言っていた、愛宕先生の盗まれたブラジャーが先生の手にっ!」

 

「なっ、なんということでしょうー。あんなにまじめだったせんせいが、じつはしたぎどろぼうだったなんてー」

 

 扉を開けて叫ぶように声を上げた霧島が、金剛に様子を見え易いように半身をずらしながら俺を指差していた。そして、見事な棒読みで喋りながら同じように俺を指差した比叡だが、その額には大量の汗が浮かんでいる。

 

「な、な、な……なんで……先生がそんな事をしているのデスカーッ!」

 

「い、いやいやいやっ、こ、これは誰かの罠だっ!」

 

 と言うか、どう考えても霧島の仕組んだことだよねっ!? そうじゃないと、何もかもがタイミング良過ぎるし、比叡の棒読みの理由も簡単に説明できちゃうじゃんっ!

 

 ただ、比叡のリフォーム的なナレーションっぽい喋り方は、ちょっと面白かったけどさっ!

 

「信じられまセーン! 先生が……先生が……ッ!」

 

 愕然とした表情を浮かべた金剛はワナワナと肩を震わせた後、急にきびすを返して「こうしちゃいられまセーン!」と叫んでから、部屋の外へと走っていった。

 

「こ、金剛っ!」

 

 焦った俺は何とか誤解を解こうと金剛を追い掛けようとするが、扉の前を立ち塞がるように霧島が両手を広げた。




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 まさかの展開に驚く主人公。
そして立ち塞がる霧島が叫び声をあげる。
更には下着の持ち主である愛宕がとんでもない事を言い出して……?

 はたして主人公は無事でいられるのかっ!?
今章はこれでラストですっ!

艦娘幼稚園 ~金剛4姉妹の恋~ その6「合計何人?」完


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その6「合計何人?」完

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 まさかの展開に驚く主人公。
そして立ち塞がる霧島が叫び声をあげる。
更には下着の持ち主である愛宕がとんでもない事を言い出して……?

 はたして主人公は無事でいられるのかっ!?
今章はこれでラストですっ!


 

「どこへ行こうというのですっ!」

 

 扉の前に立ち塞がった霧島は、両手を広げて俺に叫ぶ。

 

「飛行石を持って逃げる――じゃなくて、金剛を追い掛ける為だよっ!」

 

「それをさせる訳にはいきませんっ! こんな変態行為をする先生なんかを、金剛姉様に近づけてなるものですかっ!」

 

「――なっ! そ、そもそもこれを仕組んだのは霧島じゃないのかっ!?」

 

「どこにそんな証拠があると言うのですか?」

 

「そ、それは……っ!」

 

 ニヤリと不適な笑みを浮かべた霧島を睨みながら、俺は歯ぎしりをして悔しがる。確かに霧島の言う通り、俺は何の証拠も握っていない。明らかにこれは罠だと分かっているのに、この状況を突然見た金剛に違うと言い切れる証拠が見つからないのだ。

 

 そしてそれは、愛宕に対しても同じ事である。一連の会話で察してくれるかもしれないが、端から見れば俺が怪しいのもまた事実。霧島が俺のロッカーに愛宕の下着を入れる理由を理解していたとしても、やはり俺は男であり、もしかするともしかするのではないかという考えが過ぎるかもしれないのだ。

 

「先……生……」

 

「あ、愛宕先生……っ!?」

 

 戸惑うような愛宕の呟く声を聞いて、俺は焦りながら振り返る。

 

 いつものような明るい笑顔ではなく、かといって怒っている感じでもなく、

 

 むしろ、何かを思いついたような表情で、愛宕は口元に指を当てた。

 

「もしかして、先生は私の下着が欲しかったのでしょうか……?」

 

「そ、それ……は……」

 

 どう答えれば納得してもらえるのか分からず、俺は戸惑いながら口を開こうとするが、言葉は出ない。

 

 そんな様子を見ていた霧島は、勝ち誇ったような表情を浮かべた――のだが、

 

「それならそうと、言ってくだされば差し上げますのに~」

 

 言って、愛宕は頭を傾げていた。

 

「「「………………」」」

 

 唖然。

 

 そうとしか表現しきれない表情を、俺と霧島と比叡は浮かべていた。

 

 開いた口が塞がらない。信じられない言葉を聞いた。天変地異が起こったとしてもありえないだろう。

 

 ――そう心の中で叫ぶ比叡と霧島の声が、なぜか俺の耳へと入ってきた。

 

「な、な、な……」

 

 ガクガクと身体を震わせた霧島が、俺と愛宕に指を向ける。

 

 比叡は顎が外れたんじゃないかと思うくらいに口を開けたまま、氷のように固まっている。

 

 そして俺の脳内では、人生最大のお祭りが行われていた。

 

 だっしゃああああああああああああああああああっっっ!

 

 大声で叫び声をあげた褌姿の俺が、某プロレスラーの如く拳を振り上げて神輿の上で踊っている。

 

 まさに人生最高のハッピーエンド。このまま死んでも悔いはない。

 

 しかし、そんな俺を現実に引き戻す大きな声が、目の前から叩きつけられる。

 

「何を言っているんですかっ! 破廉恥にも程があるでしょう!」

 

 霧島が両手の拳を握り締めながら目をつぶり、俺と愛宕に向かって声を上げた。

 

「仮にも淑女である貴方が、こんな変態ロリコン先生に向かって好意を向けるなんて事が……許されるはずがありませんっ!」

 

「あらあら~、どうして霧島ちゃんは先生の事をそんなに悪く言うのでしょうか~?」

 

「だ、だってそれは……っ!」

 

 金剛姉様の為……

 

 そう、言おうと思ったのだろう。

 

 そんな霧島の手を、いつの間にか後ろにいた榛名が力強く握っていた。

 

「もう……止めてください、霧島……」

 

「は、榛名……」

 

「こんな事をするのは……間違っています。これで金剛お姉様が救われたと……思ってもらえると考えられるのですか……?」

 

「そ、それ……は……」

 

 榛名の真剣な眼差しに押され、目を逸らした霧島は顔を伏せた。

 

 罪悪感に押し潰され、表情は悲しみへと変わり、その目は涙で滲んでいく。

 

「それでも……金剛姉様には幸せに……なってほしくて……」

 

「嘘に塗れた足場の上に立つ金剛お姉様を見て……それでも霧島は笑っていられるの……?」

 

「……っ!」

 

 榛名の言葉に霧島はハッと顔を上げ、ボロボロと大粒の涙を頬に流す。そんな霧島の頭を、榛名は優しく撫でていた。

 

「霧島は本当は優しい妹……だけど、今回はちょっとやり過ぎちゃった。そうですよね……?」

 

「は、はい……」

 

 コクリと頷いた霧島は、もう大丈夫という風に榛名に笑みを向けた。それを見た榛名は、同じように笑みを浮かべて頷き返す。

 

「それじゃあ、ちゃんと……」

 

 ――そう、榛名が霧島に言おうとした瞬間だった。

 

「そうですか~。そうだったんですね~」

 

 榛名と霧島を見つめていた俺の背中越しに、明らかにいつもとは違う声色が聞こえ、俺はビクリと肩を震わせる。

 

「――っ、っっ!」

 

 声にならない声を上げた比叡が、口から泡を吹き出して白目を向く。

 

「いくら子供の姿とは言え、先生を悪者に仕立てようとするなんて……さすがにちょっと許せませんね~」

 

 ニッコリと笑みを浮かべた愛宕は、ゆっくり、ゆっくりと霧島の元へと近づいていく。

 

 それは破滅の足音。

 

 誰もがそれを理解し、指先一つ動かす事ができないくらい、恐怖に身体を縛られていた。

 

「あ……ぁ……ぅあ……」

 

 抱き合う榛名と霧島は、愛宕の姿を見ながら大きく身体を震わせる。逃げなければという思いがあるのにも関わらず、足がすくんで動けない。

 

 そんな姿を見た俺は、首を左右に振りながら愛宕に向かって手を広げた。

 

「あら~?」

 

「ありがとうございます、愛宕先生」

 

 そう言って、俺はペコリと頭を下げた。

 

「俺の為に怒ってくださるのは嬉しいです。ですが、ここは任せてもらえませんか?」

 

「あらあらあら……」

 

 大丈夫ですから……と言う風に笑みを向け、俺は愛宕にもう一度頭を下げた。

 

「……ずるいです」

 

 そんな俺を見て、いつもと同じ声で答えた愛宕。

 

「すみません」

 

 いつものように、礼を言う俺。

 

「先生にそう言われちゃったら、仕方ないですね~」

 

 少し呆れた表情でそう言ってから、愛宕はそのまま部屋から出ていった。

 

「……ふぅ」

 

 肩の力を抜いて、俺は小さくため息を吐く。

 

 こうする必要はあったのだろうか。

 

 愛宕との仲を考えれば、失敗だったんじゃないだろうか。

 

 そんな考えが過ぎったりもしたが、それ以上に見逃す事ができなかった。

 

「さて……と」

 

 そう呟いて、俺は榛名と霧島を見る。

 

「「……ひっ!?」」

 

 愛宕の恐怖からは解放されたけれど、未だ俺の姿はここにある。

 

 一難去ってもまた一難。むしろ二難じゃないだけマシってもんだろう?

 

 そんな、有りそうで無さそうな言葉を頭で考えながら、俺は2人の頭に手を置いた。

 

「「……っ!」」

 

 ビクリと身体を震わせ目をつぶる2人。

 

 今から何をされるのだろうか。

 

 思いっきり叩かれるのではないだろうか。

 

 子供であっても艦娘であり、戦艦である2人でも、やはり自分より大きな相手の手は怖いらしい。

 

 だけど、俺はそんな事はしない。

 

 例え何があっても、子供達に手をあげるような事はしたくない。

 

「「………………?」」

 

 俺は2人に微笑みながら頭を撫でる。

 

 そして、ゆっくりと口を開いた。

 

「別に怒っていないから、怖がる必要はないからね」

 

 俺はそれだけを呟いて、暫く2人の頭を撫で続けたのだった。

 

 

 

 

 

 それから榛名と霧島を落ち着つくまで撫で、泡を吹いて倒れていた比叡を起こして慰めた。

 

 その間、俺は一切3人を怒る事無く笑みを浮かべ、できる限りたわいのない会話を繰り返した。

 

 佐世保であった出来事や、金剛に会ったら何がしたかったなど、徐々に3人は心を開くように話し出し、次第に笑みがこぼれていた。

 

 結局のところ、3人は俺に金剛が取られてしまったのではないかという不安が大きかったのだろうと分かっていた俺は、この会話でそれを確信し、きちんと話をする事でお互いの理解を深めていったのだ。

 

 そうして窓の外は暗くなり、そろそろ寮に帰させないといけない時間になる。俺は3人を送っていこうと声を掛けたのだが……

 

「そこまで甘える訳にはいきませんからね」

 

 ――と、榛名に言われてしまい、苦笑を浮かべながら部屋から出ていくのを見送る事にした。

 

 3人の表情は随分と明るくなり、明日からは大丈夫だろうと思いながら、俺はため息を吐く。

 

 愛宕には少し悪い事をしてしまったと、苦笑を浮かべながら窓の鍵を掛け、スタッフルームを後にしようとしたところだった。

 

 

 

 コンコン……

 

 

 

「ん、誰だ……?」

 

 急にノックする音が聞こえ、一拍置いて扉が開かれる。

 

「あ、あの……先生……」

 

「あれ、金剛じゃないか。もしかして、こんな時間まで幼稚園の中にいたのか?」

 

「そ、そうなんデスケド……そ、ソノ……」

 

 背中の後ろに何かを隠しながらモジモジとしていた金剛は、急に目をつぶって俺に何かを突きつけた。

 

「ぬ、脱ぎたてデース!」

 

「……は?」

 

「受け取ってクダサーイ!」

 

 そう言って俺の手に布切れを無理矢理握らせ、ダッシュで部屋を出ていった。

 

「………………」

 

 その目に映るのは、真っ白な布。

 

 可愛い熊さんの刺繍が入ったふんわりとした布。

 

 ――そして、ほんのり暖かいソレは、

 

 

 

 紛れもなく、金剛のパンツだった。

 

 

 

 いったい俺にどうしろと……

 

 つーか、こんな所を他の誰かに見られたら、確実にロリコン扱い受けるじゃねぇかっ!

 

 せっかく3人と理解を深めたのにさぁっ!

 

 ――そう心の中で叫んだ、幼稚園での一幕だった。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 そして次の朝。

 

 いつものように朝礼が終わり、俺と愛宕の担当別に子供達が分かれてから、遊戯室で事は起きた。

 

「………………」

 

 俺はゴクリと唾を飲み込む。

 

 目の前には比叡、榛名、霧島が仁王立ちし、真剣な表情で俺の顔を見つめている。

 

 あ、あの……昨日あんなに話し合ったのに、まだ何が問題があるんでしょうか……?

 

 さすがにこの状況に気づいた他の子供達も、固唾を飲んで見守っていた。ただし、とばっちりは受けないようにと、少し離れた位置でだ。

 

 ぶっちゃけて酷過ぎると思うが、その中にはヲ級の姿もある。しかし、あいつだけは顔はニヤニヤと笑みを浮かべており、この状況を単純に面白そうだからとか、ライバルが減るとかそういう考えの下で動かないのだろう。

 

 どちらにしても、俺にとってこの状況は好ましくない。せっかく問題が解消したと思っていたのに、次の日になったら元通りとは、ただのぬか喜びである。

 

「な、何をしているんデスカーッ!」

 

「こ、金剛……っ」

 

 すると、朝礼後にトイレに向かった金剛が部屋に入ってくるなりこの状況を見つけ、大声を上げながら俺たちの間に走ってきた。そして俺の前に立つときびすを返し、妹達3人に向かって激情の顔を向ける。

 

「何度言ったら分かってくれるんデスッ!」

 

 大きな声を張り上げて、金剛は両手をいっぱいに広げた。そんな金剛の表情を見て、3人は同時にため息を吐く。

 

「金剛お姉さま、別に私達は先生を認めないと言おうとしているのではありませんっ!」

 

「Why!? それならなぜ、先生の前に立って睨んでいるのデスカ?」

 

「別に睨んでいる訳ではないのです。ただ、少し緊張してしまって……」

 

「「緊張?」」

 

 榛名の言葉を聞いた俺と金剛は、同じように顔を傾げた。

 

「ですが、この前に金剛姉さまがおっしゃった事について、私達はお約束する事ができそうにありません」

 

 メガネのブリッジをクイッと上げて霧島が言う。

 

「な、なんだかよく分からないんだけど……いったい何が言いたいんだ?」

 

「そ、その通りデース。比叡はさっき、先生を認めないとは言わないと……」

 

「ええ。ですから、それとは違う約束について守れないという事なんです」

 

「そ、それとは違う約束って……マサカッ!?」

 

 霧島の言葉に何を気づき、驚いた表情を浮かべた金剛は大きな声を挙げた。

 

「チョット待テ、ソレカラ先ハ、言ワセナイ」

 

「なんで五・七・五で、いきなり入ってくるんだお前は……」

 

「ヲ級の言う通りデス! これ以上言わせてシマッテハ……」

 

 慌てたヲ級は3人に向かい、金剛は俺の耳を塞ごうとする。しかし、それよりも早く比叡、榛名、霧島の3人はニッコリと笑みを浮かべ、タイミングを合わせて口を開いた。

 

 

 

「「「みんなには悪いですが、先生は私が頂きますっ!」」」

 

 

 

「……は?」

 

 呆気にとられた俺は、ぽかん……と口を広げ、

 

「気合、入れて、頂きます!」

 

「榛名は、全力でアタックします!」

 

「艦隊の頭脳で……先生を虜にしてあげますね!」

 

 3人は口々にそう言った。

 

 ――そして、その後すぐに遊戯室内に絶叫がこだましたのは言うまでも無い。

 

 

 

 今日も、賑やかな幼稚園の日々が始まります――ってね。

 

 

 

 ………………

 

 そんな簡単に終わらせられる状況じゃねぇよっ!

 

 

 

 

 

 艦娘幼稚園 ~金剛4姉妹の恋~ 終わり

 




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 詳しくは「艦娘幼稚園 遠足日和と亡霊の罠(サンプル)」の方をお読みくださいませ!
(4万文字弱の序盤サンプルと書籍の情報、そしてイベント参加情報が載ってます!)

 どうぞ宜しくお願い致しますっ!



 これにて ~金剛4姉妹の恋~ は終了です。
どうだったでしょうか。良ければ感想お願い致します。

 さて、次回はいったいどんなお話かといいますと……とあるキャラをメインにした物となります。
題名を見ればすぐに分かる……ええ、それは見事にです。

 不定期更新ですが、宜しくお願いします!


次回予告

 バトルが鎮守府内で放送された事によってヲ級は周知の事実となった。
しかし、幼稚園以外のヲ級はいったい何をしているのだろうか?

 そんな疑問が浮かんだ主人公は、ある休日を使ってヲ級を観察する事にします。
更には、あの艦娘が今章でついに登場しちゃうっ!?


艦娘幼稚園 ~ヲ級観察日記~ その1「コンビからトリオへ」


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~ヲ級の観察日記~
その1「コンビからトリオへ」


 新章開始です!

 バトルが鎮守府内で放送された事によってヲ級は周知の事実となった。
しかし、幼稚園以外のヲ級はいったい何をしているのだろうか?

 そんな疑問が浮かんだ主人公は、ある休日を使ってヲ級を観察する事にします。
更には、あの艦娘が今章でついに登場しちゃうっ!?


 さて、今回の件についていくつか説明しておかなければならない。

 

 ことの発端は、俺が佐世保に向かう途中で深海棲艦に襲われてしまい、まさかの海底旅行をしただけでなく、そこで出会ったヲ級の子供を地上に連れて帰ったのが問題だった。

 

 後から知ったことではあるが、そのヲ級は10数年前に死んでしまった俺の弟の転生体であり、記憶もしっかりと保持した状態だと言われれば驚くほかない。

 

 その結果、普通であれば自由に暮らすこともままならないであろうヲ級の生活は、愛宕の同室という方法によってひとまず様子を見ることになった。しかしその後で、ヲ級は俺の争奪戦という意味不明な幼稚園内バトルに参加し、その光景が鎮守府内に放送されたことにより、存在が明るみになってしまった。

 

 ただ、そこで幸運だったのは、鎮守府内にいるみんながヲ級を敵として認識したのでは無く、幼稚園に通う子供として見てくれたということだ。正直、放送のことを聞いた時には肝を冷やしたが、結果的に俺が望んだ状況になってくれたのは好ましい。

 

 ――しかし、それが本当なのかどうかと問われれば、ハッキリと首を縦に振ることができないのもまた事実なのである。

 

 というのも、幼稚園でヲ級は子供達と一緒にいるのだけれど、俺はその場面しか見ていない。つまり何が言いたいのかというと、幼稚園以外の場所でのヲ級の行動がまったく分からないのだ。

 

 ヲ級が寝泊まりをしている場所は愛宕の部屋であり、それは艦娘の寮である。もちろん俺が中に入ることはできないし、ヲ級の方から俺が寝泊まりする男性寮に入ることもできないのだ。これについては勘のいい人ならば分かるかもしれないが、元帥の女癖が原因である。まぁ、元帥だけが悪いという訳では無いらしいのだが、男女関係のもつれなんかで問題が起こるのは良くあることで、俺がこの鎮守府に来たときにはこのルールはすでに決められていたのだ。

 

 それでも問題はちょくちょく起こっているらしいので、憲兵さんは大忙しらしい。それに、憲兵さんでは手に負えない事態がある場合は、専門の艦娘が動く……という話も聞いたことがあるし。

 

 しかしまぁ、男女関係のもつれといってもお互いの意思が尊重された交際に関しては、一切の制限はされていない。そうじゃないと、色んな意味で危ない事態を起こしかねないというのが上層部の意見だとか。

 

 ――想像はしたくないけれど、多分そういうことが一部ではあるとか無いとか。ウホッとか正直勘弁していただきたい。

 

 とまぁ、話が大幅に逸れてしまったのだけれど、今回お話するのはヲ級がこの鎮守府内で問題なく過ごせているかということと、逆にヲ級が周りに問題を起こしていないかということを調べた結果である。

 

 この行動が、俺の首を絞めた――ということになってしまったけれど、それはまぁ些細なこと――と思いたい。

 

 うん。

 

 思えれば良いんだけどね……

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 休日の朝。

 

 本日は幼稚園もお休みで、曜日で言えば日曜日。疲労が溜まって起きられない人は、太陽が真上に昇るまでお布団でぐっすりしている可能性もあるだろう。

 

 俺の場合、毎日規則正しい生活をしているおかげなのか、休みであっても寝坊なんかをすることなく、いつもの時間にパッチリと目が覚めた。疲労が溜まってないとは言えないけれど、かと言って惰眠を貪らなければいけないという程でもない。逆に寝過ぎてしまうと夜に寝ることができなくなる可能性もあるし、生活のリズムを崩したくないのだ。

 

 俺はいつものように身支度を整える――が、さすがに仕事着ではなく、目立たないように黒色の服装に身を包んで寮の外に出た。もちろんその理由は前もって話していた通りヲ級を観察するためであるが、まずは朝食を取らなければならないと、いつもの鳳翔さん食堂へと向かうことにした。

 

 腹が減っては戦はできぬ。それに、食堂でのヲ級の行動も調べておきたい。愛宕に聞いた話によると、バトルの一件以降はお弁当ではなく、子供達と一緒に食堂で食事を取っているらしい。

 

 それができるのは、それなりにヲ級の存在が認められているということだから喜ぶほかないのだが、俺は逆の意味で怖かったりする。

 

 他の人に迷惑をかけていないだろうか。

 

 自分勝手な行動を取って、今の立場を危うくしないだろうか。

 

 そういった心配が、俺の心にモヤモヤとしてうごめいているのだ。

 

 心配性と言われればそうかもしれないが、やっぱり身内のことは気になってしまうのである。

 

 いくら転生したと言っても、元は弟。襲われるのは勘弁したいが、できることはしてやりたい。

 

 そんなことを考えながら食堂に着いた俺は、扉をガラガラと開けた。

 

「いらっしゃいませー。先生、おはようございますっ」

 

「おはようございます、千歳さん」

 

 中に入った俺をにこやかに迎えてくれた千歳に挨拶を返し、近場にある席に座ろうとしたのだが、

 

「ワオ、先生じゃないデスカー。オハヨウゴザイマース!」

 

「オ兄チャン、オッハー」

 

 見事に目標がそこに居て、バッチリと俺の姿を捕捉していた。

 

「ああ、おはよう。金剛とヲ級も朝ごはんかな?」

 

「その通りデース! やっぱり朝は鳳翔さんの和食セットがサイコーデスネー!」

 

 言って、金剛は納豆ご飯を味付け海苔で巻きながら、パクリと口に放り込んだ。

 

「オ兄チャン、オッハー」

 

「………………」

 

「オ兄チャン、オッ……」

 

「いや、聞こえてるんだが……」

 

「ジャア、何デ返サナイノカナ?」

 

「その挨拶を聞いたのが久しぶり過ぎて、どう返そうか迷っていただけだ……」

 

「オッハー」

 

「いや、もういいから……」

 

 両手だけじゃなくて、触手を使ってダブルでやるなと小1時間問い詰めたい。

 

 しかし……別に良いんだけど、マジで何年前に流行ったんだっけ……?

 

 とりあえずヲ級には軽く手を上げて挨拶を返し、俺はテーブルに置かれているやかんのお茶をコップに入れた。本来監視するべきヲ級の近くで食事を取るのはどうかと思ったが、すでに俺がここにいることはバレているので、今更別の場所に行くのは変に思われてしまうだろう。それなら堂々と、監視ではなく観察をすれば良いだけのことだ。

 

「ウマ……ウマ……」

 

 お箸を使って焼き鮭の身と骨を分けながら、バクバクと口の中に入れていくヲ級。一時は犬食いのようにお皿に口をつけていたのだが、どうやらそれは治ったらしい。

 

 ふむ……その他に気になる点も見当たらないな。食事の作法も問題ないし、お箸もしっかり使えている。

 

 ………………

 

 いやいや、確かにこれも大切だけど、別に食事の作法をチェックしに来た訳じゃないんだけどなぁ。

 

「先生、お待たせいたしました」

 

「ありがとうございます」

 

 朝食セットを持ってきてくれた千歳に礼を言い、ひとまず食事を頂こうと俺は手を合わせた。

 

「いただきます」

 

「ウム、存分ニ食ベタマエ」

 

「なんでお前がソレを言う……」

 

「僕ノ発言ハ主ニ『ノリ』デ、デキテイマス」

 

「このノリでデスカー!?」

 

「ソウソウ、コウヤッテクルット巻イテ、美味シク頂キマス」

 

 そう言って、ヲ級と金剛は同じように海苔でご飯を巻いて食べた。

 

「「ウンマーーーイッ!」」

 

 そして二人で叫びながら立ち上がる……って、何をやってるんだよ……

 

「……ぷっ」

 

「くすくす……」

 

 見れば、周りの艦娘や職員が二人を見ながら笑みをこぼしてるし……

 

「あー……本当にあの二人って面白いよねー」

 

「ホントホント。さすが幼稚園の漫才コンビよねー」

 

 ……すでにコンビ扱いにされてるじゃん。

 

 心配しなくても、目茶苦茶馴染んじゃってるよっ!

 

 朝からもうミッション終了ってことでファイナルアンサー!?

 

「ヘーイ、オ兄チャン。手ヲ合ワセタマンマジャ、イツマデタッテモ食ベラレナイゼー?」

 

「ノンノン。先生ハアアヤッテ、脳内保管で食しているのデース!」

 

「オーウ……マサカ愚兄ガソンナ食ベ方ヲシテルナンテー……」

 

「だから、先生の分はしっかり私達が頂いちゃうのデース!」

 

「「HAHAHA!」」

 

 アメリカンな笑い声を上げながら、俺の目の前にある朝食セットを盗ろうと手を伸ばす二人にジト目を送ると、ピタリとその動きを止めて顔を見上げた。

 

「……ヤッパリ、ダメ?」

 

「食べ物の恨みほど怖いものはないぞ?」

 

「オーゥ……」

 

 そう言って更に眼力を強めると、二人はそそくさと自分の席へと戻っていった――のだが、

 

「ぷっ、あは……あははは……」

 

「や、やばい……先生が入ったことで、更に面白さが加速してる……っ」

 

 ………………

 

 おもいっきり巻き込まれちゃってるじゃんっ!

 

 漫才トリオ結成だよっ!

 

「「フフフ……」」

 

 そして二人とも、親指を立てながらドヤ顔をこっちに向けてるんじゃねぇっ!

 

 昨日はロリコン騒動から酒飲み対決で、今日は朝からお笑い扱いって……なんて日だっ!

 

 ――とまぁ、初っ端から疲れる展開でしたとさ。




次回予告

 観察対象であるヲ級とバッタリどころか、見事なまでに巻き込まれた主人公。
しかし、これだけでは終わらない。ついに……ついにヤツが舞鶴にやってきてしまったのだった。


艦娘幼稚園 ~ヲ級観察日記~ その2「ヤツが来る」


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その2「ヤツが来る」

 観察対象であるヲ級とバッタリどころか、見事なまでに巻き込まれた主人公。
しかし、これだけでは終わらない。ついに……ついにヤツが舞鶴にやってきてしまったのだった。


 今回のネタはDVD見たせいです。分からない人はごめんなさい。

 ちなみにこっちで登場したという事は……ええ、今章終わったら更新します。


 

「ところで先生、ちょっと聞きたいことがあるんデスケド」

 

「ん、どうした?」

 

 食事を食べ終わった金剛は、あったかいお茶を啜りながら俺に声をかけてきた。

 

「今日は幼稚園がお休みダケド、先生の予定は一体どんな感じデスカー?」

 

「あー、うん。今日はちょっと出かける予定があるんだよな」

 

「そう……デスカ。それなら仕方がないデスネー」

 

 肩を落とした金剛はションボリとした表情を浮かべながら再度お茶を啜った。

 

 予想していた通り、俺に予定が無かったら遊ぼうなどと言おうと思ったのだろう。しかし、俺にはヲ級の行動を観察するという目的がある以上、金剛には悪いが付き合うことはできない。

 

 もちろん、予定が何も無ければそれもありなんだけど。

 

 一日中撫で撫でしまくるとか、布団の上で抱きしめながらゴロゴロしたいし。

 

 ………………

 

 おかしいな……最近こんな思考ばっかりじゃないか、俺。

 

「あれ~、なにやら不穏な気配を感じたんですけど~」

 

「……はい?」

 

 急に後ろから声が聞こえて振り返ってみると、長い髪を両側で括り、手提げ鞄を肩にかけた艦娘がキョロキョロと辺りを伺っていた。

 

「う~ん……気のせいですかねぇ~」

 

「え……っと、どうしたんですか?」

 

「実はこの辺りで、ちっちゃい子供に悪事を働こうとする悪い大人が居る気配が致しまして~」

 

「そ、そんなヤツが……この鎮守府に……?」

 

「大体はそれなりの権力を持った人が多いんですけどね~」

 

「は、はぁ……」

 

 ニコニコと笑みを浮かべながらそう言った艦娘は、金剛とヲ級の顔を伺いながらジュルリと舌なめずりをしていた。

 

 ………………

 

 いやいやいや、あんたの方が怖いんですけどっ!

 

 なんで二人に向かってエロそうな目で見てるんですかっ!?

 

「あ、あの……ちょっと……」

 

「かわいいなぁ……ほっぺにスリスリしたいなぁ……」

 

「すみません……言動がもはやアウトなんですが……」

 

 さすがに見ていられなくなったので、艦娘の肩を叩いて気付かせる。

 

「……はっ! え、あ、なんでしょうか~?」

 

 服の袖で口元のよだれを拭き取りながら、艦娘はブンブンと顔を左右に振っていた。

 

「あなたの方が危険だと囁いています。俺のゴーストが……」

 

「……なぜに少佐さん?」

 

 言って、不思議そうな表情を浮かべた艦娘は口元に指を当てて頭を傾げた後、ニヤリと笑みを浮かべた。

 

「ところであなたはいったい、どなたなんでしょうか~?」

 

「俺はこの子達が通う、幼稚園の先生です」

 

「なるほど~。つまり、子供達を育てて自分好みの彼女にしようなんて、発想からしてマッチョですよね。気に入らないですよ~」

 

「「「ざわ……っ」」」

 

 目の前の艦娘がその言葉を吐いた途端、周りの空気が一変するように感じた。横目で見てみると、周りで食事を取っている艦娘や職員達が、固唾を飲んで俺達を見つめている。

 

 ……まさか2日続けてこんなことになるなんてなぁ。

 

「ちょっと今のは言い過ぎデス! どこの誰だか知りませんケド、先生に謝ってクダサーイ!」

 

「ソノ通リダネ。ドチラカト言エバ僕ノ方ガ、オ兄チャンヲ好ミニ育テ上ゲルンダカラ……」

 

 ………………

 

 周りの目がだんだん痛くなってきたんですけど。

 

 ちっちゃい子供の好み通りに育てられる先生ってどんな羞恥プレイだよっ!

 

「ふむふむ、ワイン同様、熟成に時間を要する人間関係もあるってことですね~」

 

「「「………………?」」」

 

 その言葉を聞いた子供二人と周りの人達は、いきなり何を言っているのだろう……と、ぽかんと口を開いて佇んでいた。

 

「少佐からの課長コンボですか……なかなかやりますね」

 

「いえいえ~。それを分かるあなたも、たいしたものですよ~」

 

 そう言って、俺と艦娘は熱い握手を交わした。

 

「……い、いったい何なのデス?」

 

「サスガニ僕ニダッテ……分カラナイコトクライ……アル……」

 

 うん、それは調査班の隊長ね。

 

 しかも、もしかしてワイン繋がりか?

 

「ふむ……どうやら変な雰囲気も消えちゃいましたし、思い違いだったんでしょうか~」

 

「まぁ、そういうこともあるんじゃないですかね。世の中は日々変わっていきますから」

 

「そうですね~」

 

 あははははー……と笑い合う俺達を見て、周りの人達の視線が離れていった。

 

 ふぅ……なんとか落ち着いてくれたようだ。

 

 さすがに2日続けてトラブルは避けたかったからね。

 

「何だか良く分かりませんケド、一件落着ってことデスカー?」

 

「愚兄ハ耳ト目ヲ閉ジテ、口ヲツグンデ孤独ニ暮ラセバ良イノニ……」

 

 そう言って、ヲ級はドヤ顔を俺に向け、

 

「を、ヲ級の言っていることが良く分かりまセーン……」

 

 少し呆れた表情を浮かべた金剛がそう話す。

 

 対照的な二人を見ながら、俺と艦娘はニッコリと微笑んだ。

 

 

 

 ……やっぱり知ってるんじゃねぇか。

 

 

 

 

 

 見知らぬ艦娘とはそれ以降会話もなく、フラフラとどこかへ歩いていった。

 

 俺は引き続き朝食の残りを平らげようとしていると、ヲ級は少し用事があるからと言い、外へと出た。

 

 うぅむ……本来なら後を追いかけたいところなんだけれど、朝食はまだ残っているし、金剛の目もある。ここで急に切り上げて追い掛けようものなら、不審がられる可能性が否めない。

 

 ――となれば、ここは直接後を追って観察するのではなく、他の人から詳しく話を聞いてみることにしようと、俺は心持ち早めに箸を動かしたのだが、

 

「ジーーーーー」

 

「………………」

 

「ジーーーーー」

 

「あ、あのさ……金剛……」

 

「何デスカー?」

 

「なんで俺の顔をじっと見つめているのかな?」

 

 この間の比叡みたいで、落ち着かないんだけど。

 

「愛するハズバンドの顔を眺めるのは、ワイフとしての幸せデース!」

 

「いやいやいや、頼むから周りの人が勘違いするようなことを言わないでくれないかな?」

 

「どうせ近い未来にはそうなる運命なんですカラ、先生は気にしないでおいて良いのデース!」

 

「俺の運命確定しちゃってんのっ!?」

 

「もちろんデスヨー。何が何でも私の思い通りネー!」

 

「傲慢過ぎるのにも程があるっ!」

 

「それとも、私のことが嫌いだって言うんデスカー?」

 

「う……そ、それは……」

 

 キラキラと輝く目で見つめられては、そうじゃないと突っ張ることもできない。かと言ってここで首を縦に振ることもできないし、左右に振れば泣いてしまうかもしれない。今までは幼稚園の中というある意味隔離された場所だったから上手くやり過ごせたけれど、食堂の中には俺以外にもちゃんとした大人の姿があるのだ。下手なことを口走ってしまっては、あらぬ噂が撒き散らされる可能性だって否定できないだろう。

 

 そうなると、取れる手段は脱兎のごとく逃げ去るか、上手く言いくるめるかの二択である。しかしこの状況下で逃げようにも、食事を残してというのは些か抵抗があるので、後者の手段でいくとしよう。

 

「何を言ってるんだよ金剛。俺がお前のことを嫌いになんかなるはずがないだろう?」

 

「ワオッ! それならやっぱり……」

 

「しかしだ。俺はあくまで先生として金剛が好きなんだし、そこのところはちゃんと分かってくれなきゃダメだぞ? そうじゃないと、色々と大変なことになっちゃうからな」

 

「どうしてデスカッ! 好いている同士なら年齢ナンテ……」

 

「だから、あくまで俺は先生としてだな……」

 

 そう――言いかけた途端、背筋に凍るような寒気が襲い、首筋に生暖かいモノがヌラリと触れる感触に気づく。

 

「……っ!?」

 

「……ふむふむ、これは嘘をついている味ですねぇ~」

 

「い、いきなり何をするんですかっ!?」

 

 俺は慌てて立ち上がり、距離を取るように後ずさった。

 

「やっぱり何か気になるなぁと思って戻ってきましたけど……この雰囲気は先生でしたか~」

 

「な、何を……いったい何を言っているんですかっ!?」

 

「それはさっきも言いましたよね~。ちっちゃい子に悪いことをしようとする大人を探しているって……うふ……うふふふ……」

 

 ニタァ……と笑みを浮かべる艦娘に恐怖を感じた俺は、追い詰められるように一歩、ニ歩と後ずさっていく。

 

 やばい……このままでは殺されるっ!

 

 ――そう、俺の本能が察知した瞬間だった。

 

「でもまぁ、どうやら勘違いだったみたいですね~」

 

「………………はい?」

 

「先生は嘘をついてましたけど、私が探している大人ではなさそうです~」

 

 艦娘はそう言って、不適な笑みを崩した。

 

「それに、どうにも食欲が湧かないというか……違う気がするんですよね~」

 

「な、何を言っているのか……さっぱりなんですけど……」

 

「まぁ、その方が先生にとっても良いと思いますよ~」

 

 クルリときびすを返した艦娘は手を振りながら、食堂の扉へと歩いていく。

 

「機会があったら攻めてあげますけどね~。その時は、存分に本音を出させてあげますよ~」

 

 扉をガラガラと開けて、姿を消した。

 

「………………」

 

 呆気に取られたまま俺は息を飲む。

 

 あの艦娘を怒らせてはいけない。世話になってもいけない。関係しないほうが良い。

 

 一部の趣味は合うかもしれないが、多分、間違いなく、分かりあえる存在ではない気がする。

 

 そんな考えが頭の中に過ぎり、俺は大きなため息を吐く。

 

 ただ、この瞬間思えたことは、

 

 命が助かったという喜びが、心の中を埋め尽くしていた。

 

 

 

「……それデ、結局私の話はどうなったのデスカ?」

 

「あー、うん。まぁ、今日は勘弁してくれ……」

 

「オーゥ……残念デース……」

 

 かく言う金剛も心なしか表情は優れず、素直に引いてくれたのであった。

 




次回予告

 ヤツの脅威を感じながらも、何とか命長らえた主人公。
それでは目的をと、厨房で情報収集をしようとするのだが……

 またもや現れたアイツも含めて、主人公が追い詰められる?


艦娘幼稚園 ~ヲ級観察日記~ その3「しっぺ返し」


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その3「しっぺ返し」

 ヤツの脅威を感じながらも、何とか命長らえた主人公。
それでは目的をと、厨房で情報収集をしようとするのだが……

 またもや現れたアイツも含めて、主人公が追い詰められる?


 命の危機? から救われた俺は、安心して食事の残りを平らげていた。少し憔悴してしまった金剛は俺と遊ぶことができないことに残念がりながら「それじゃあ妹達のところにでもいってみますネー」と言って、食堂から出ていった。

 

 うむ、ミッションコンプリート――ではなく、これで安心して調査が行える。

 

 ヲ級が俺の目の届かないところで何をしているのか。それを調べるには、毎日通っているであろうこの食堂の従業員に話を聞くのが手っ取り早い。 

 

 朝食で食堂が混む時間も過ぎ、客も疎らになったのを見計らい、全てを綺麗に平らげた食器を持って厨房の方へと向かい、洗い物をしていた千歳に声をかける。

 

「ごちそうさまでしたー」

 

「お粗末様でした。食器はそこのカウンターに置いといてくださいねー」

 

「了解です。ところで少しお話があるんですけど、お時間取れそうですか?」

 

 ――そう、俺が話した瞬間。

 

 なぜか厨房の中にいた千歳、千代田、鳳翔さんが一斉に顔を上げて俺の顔を見た。

 

「あら……あらあら……?」

 

 ニコニコ……ではなく、ニヤニヤと笑みを浮かべた鳳翔さんの手には、鋭い光を放つ刺身包丁が握られている……って、ちょっと怖いんですけど。

 

「先生に質問なんですけど……」

 

「は、はい」

 

「今のは、誰に向かっておっしゃったんでしょうか?」

 

「誰って……そりゃあ、目の前にいる千歳さんに……」

 

 そう言った途端に、千歳と千代田の顔が赤く染まった。

 

 ただし、表情は完全に互い違いだけど。

 

「ちょっ、先生! 千歳姉ぇを口説くんなら、まずは私を倒してからにしてよねっ!」

 

「な、なんでいきなりそうなるのっ!?」

 

「だって、今から先生は千歳姉ぇを口説くんでしょっ!?」

 

「えええええっ!?」

 

「この間はビスマルクさんに口説いてたのに、今度は私になんて……先生はスケコマシなんでしょうか?」

 

「それはちょっと……見逃すことができませんね……」

 

「い、いやいやいやっ、違うからっ! 完全にみんなの勘違いだからっ!」

 

 鳳翔さんが持っている包丁の先が俺に向いちゃってるしっ!

 

 千代田に至っては憤怒の表情でお皿を投げようと構えてるしっ!

 

 そして何気に千歳は満更でもない表情――って、思いっきり勘違いなんだーーーっ!

 

「コンチワー。青葉の新聞屋さんでーす……って、あれあれー? 何やら修羅場っている感じですねー」

 

「なんつータイミングで顔出してくるんだよ青葉はっ!」

 

「事件あるところに青葉ありっ! 人呼んでトラブルメイカーの青葉とは私のことですっ!」

 

「自ら汚点を認めちゃってるけど、全然かっこよくないんだからねっ!」

 

「何とここにきてツンデレモードな先生っ! これは取材のしがいがありますっ!」

 

「マジでやめて止めてストップーーーッ!」

 

 両手を前につき出して何度もバツを作りながら、俺は必死で目的を伝えようと大きな声を上げた。

 

 

 

 

 

「なるほど……ヲ級ちゃんの行動を調べているんですか」

 

 必死の説明によって落ち着いてくれた4人は、微妙に納得してなさそうな表情をしながらも俺の話に耳を傾けていた。

 

 さっきのタイミングは最悪のパターンだったが、この場に青葉がいるというのは俺にとってマイナスだけではない。青葉の情報収集力は目を見張るものがあるし、俺が知らないヲ級の行動について何か知っているかもしれないのだ。

 

 もちろん、その中には根も葉も無い噂やねつ造が含まれているということに注意しなくてはならないけどね。

 

「ふぅ……先生が千歳姉ぇを狙ってないなら問題ないけど……」

 

「……ちなみに、本当は狙っていたとしたらどうするの?」

 

「サーチアンドデストロイ! しかも、虐殺モード!」

 

「たちが悪いとかいうレベルじゃないっ!」

 

 誰かこいつを止めないと、いつか死人が出ちゃわないっ!?

 

「千代田っちはお姉ぇLOVEですからねー」

 

 そして冷静に突っ込む青葉の言葉に、厨房のみんなはウンウンと頷く……って、今の内容は否定しないのっ!?

 

「今更言われるまでもないからねっ!」

 

「千代田は昔からこういう子だから……」

 

 二人はそう言っているけれど、明らかに千歳の表情は優れていないので諦めが入っちゃってるんだろうなぁ。

 

 ちなみに千代田の表情は満面の笑みです。色んな意味で恐ろしい。

 

「それで話は戻りますが……ヲ級ちゃんの行動でしたよね、先生」

 

「ええ、そうなんですが……鳳翔さんは何かご存知じゃないですか?」

 

「そうですねぇ……この食堂でのヲ級ちゃんは、先ほどの金剛ちゃんと一緒に面白いことを言ったりするくらいで、それ以外は他の子供達と変わりがありませんよ。ですから、先生が心配するようなことはありませんし、むしろ微笑ましいくらいです」

 

「そうですか……それなら良かったです」

 

 鳳翔さんの言葉を聞いて、俺はホッと胸を撫で下ろす。

 

「先生は本当にヲ級ちゃんのことを愛しちゃってるんですねぇ~」

 

 そんな俺を見ながら、青葉はニヤニヤと笑みを浮かべていた。

 

「ちょっ、人聞きの悪いことを言わなくてもっ!」

 

「あれあれー? 青葉はただ、家族愛って意味で言っただけですけど……先生もしかして、変な意味で捉えちゃってませんか?」

 

「んなっ!?」

 

「んっふっふー、これはちょっと取材をしなきゃいけませんねー。

『取材班は見た! 幼稚園に潜む禁断の家族愛!?』

 今度の見出しはこれで決まりですっ!」

 

「ちょっと待てぇぇぇっ!」

 

「さあさあ、そこのテーブルでキッチリと吐いてもらいましょうっ!」

 

 そう言って、青葉は俺の首根っこを掴んですぐ後ろの席を指した。

 

「そんなねつ造取材を真面目に受ける訳がないだろうがっ! それに、俺からも青葉に対して色々と言いたいことがあるんだぞっ!」

 

 俺は必死で抵抗しながらも、前々から言わなければならないと思っていたことを口にすると、青葉は動きを止めて不思議そうな表情を浮かべた。

 

「……はえ? それはいったい何のことでしょう」

 

「天龍に写真」

 

「そ、それはずいぶん前に話し合いを終えた筈じゃ……」

 

「新たに出回っているという噂を聞いたけど?」

 

「ぎくっ」

 

「………………」

 

「あ、あはは……」

 

 額に大粒の汗を垂らしながら、乾いた声を上げる青葉。

 

 ぶっちゃけちゃうとカマをかけたんだけど……まさか本当に増やしていたなんて……

 

「青葉ったら用事を思いだしましたっ! 近場に新しい鎮守府ができたという情報をキャッチしていたので、さっそくそちらに向かうことにしますっ!」

 

「こ、こらっ、待てっ!」

 

「ではではさいならーーーっ!」

 

 足がギャグ漫画である渦巻のように回転させながら高速で走りだした青葉は、入口の扉を閉めようとせずに一目散で逃げていった。

 

「くそ……」

 

 追いかけていっても良いのだけれど、今日の本目的は青葉を問い詰めることではない。そちらの方は後日にでも高雄にお願いして、ギャフンと言ってもらうことにしよう。

 

「……で、実際のところはどうなんですか?」

 

「……え?」

 

 後ろからかけられた声に驚き、俺は振り返って千歳達の顔を見る。

 

「先生のヲ級ちゃんに対する愛に関してですよー」

 

 そう言って、青葉と同じようにニヤニヤと笑みを浮かべる千代田がいつの間にか側に立っていた。

 

「だ、だからそれは兄弟だからであって……」

 

「それにしては、ずいぶんと驚き方が変だったように見えましたけど……」

 

「ほ、鳳翔さんまでっ!?」

 

「さぁ、先生。ちゃっちゃと吐いちゃってもらいましょうかー」

 

 まるでさっきの千歳を口説こうとしたことの仕返しとばかりに、千代田は上目遣いで強烈な眼力を向けていた。

 

 ちょっ、マジで怖いんですけど、そもそも口説こうなんてことはしてないからねっ!

 

「お客さんも殆どいませんし、少し休憩がてらにしっかりと話してもらいましょう」

 

「青葉が去っても脅威は去ってないっ!」

 

「「「さぁさぁ……さぁさぁ……」」」

 

「これじゃあこの前の飲み勝負の後と同じじゃんかーーーっ!」

 

 ――とまぁ、結局あることないことを喋らせられましたとさ。

 




次回予告

 何とか食堂の3人から逃げ出した主人公。
すると目の前に、明らかに挙動不審なヲ級の姿が見えたのだが……


艦娘幼稚園 ~ヲ級観察日記~ その4「The HENTAI」


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その4「The HENTAI」

 今年の更新も最後になりました。
7月末から更新してきましたが、ここまで長く続けられたのは皆様のおかげであります。
 来年も引き続き更新していきたいと思っておりますので宜しくお願い致します。

 また、艦娘幼稚園の書籍の方も、来年1月18日のこみっく★トレジャーで頒布後、BOOTH等で通信販売できるように調整中でありますので、宜しければサンプルと合わせてお願い致します。




 何とか食堂の3人から逃げ出した主人公。
すると目の前に、明らかに挙動不審なヲ級の姿が見えたのだが……


 

 食堂で3人から尋問を受けていた俺は、なんとか上手く言葉巧みにやり過ごすことで難を逃れた。結局のところ、3人はゴシップが好きという感じだったので、ヲ級に関する会話をしながら情報を引き出しつつ、危険なところは元帥ネタをばらまくことで注目する点を上手く誘導した。

 

 その結果、元帥の心証は大破したかもしれないが、これはいつものことだから気にしなくても良いだろう。それに、知り合いの空母繋がりからも色々と聞いていたような感じだったからね。

 

 とりあえず食堂でのヲ級の行動はだいたい分かったのだが、俺が心配するようなことは起こしていなかったようだ。普通の子供達と同じように食事を取り、時折笑いを巻き起こすといった感じらしく、むしろ好印象なのがビックリした。

 

 他のところからも苦情が届いている訳でもないので、ヲ級の観察は必要ないかな……と思いかけていた矢先、少し遠目に見える建物の影に、明らかに怪しそうにコソコソとしているヲ級の姿が見え、俺は気づかれないように見を隠しながら、ゆっくりと近づいてみることにした。

 

 なんであんなに挙動不審なんだろう……

 

 ヲ級から20mくらい離れた、建物と塀の間にある通路脇に生えている木の陰に隠れ、その動きを観察する。どうやら辺りを警戒している風に見えるのだが、ここは鎮守府内であって戦場ではない。むろん、子供であるヲ級がそんな場所に行くはずもなく、バトルの会場でも無い限り戦闘なんかは起こりえるはずも無いのだが……

 

「おっと……」

 

 辺りをキョロキョロと見回すヲ級を見て、俺はできる限り見えないようにと身を屈めた。

 

 しかし、あれ程までヲ級が警戒するとは……何やら怪しい臭いがプンプンするぜぇ……と、ちょっぴり笑みを浮かべそうになった途端、急に大きな声が聞こえてきた。

 

「ヲ級ちゃん、みっけーーーっ!」

 

「ヲヲヲッ!?」

 

 どこからともなく現れた人影に、ヲ級は驚きの表情を浮かべて声を上げた。もちろん、俺もその存在を声が聞こえるまでは気づかなかったのだから、内心はドキドキである。

 

「会いたかったよ、ヲ級ちゃん!」

 

 ニッコリと笑みを浮かべた無精髭のを生やした作業服姿の男性は……って、あいつはヲ級を連れ帰る際に船の上で胴回し回転蹴りを食らわせた変態野郎じゃないかっ!

 

 

 

~~~~~(回想)~~~~~

 

「何だよそれっ! 深海棲艦ファンクラブ人気投票ナンバー1のヲ級たんっ! しかも幼体っ! 羨ましいったらありゃしねぇっ!」

 

「い、いや……あの……」

 

「無いわー。神は我を見捨てたわー。俺ちょっと海に身を投げてくるわー」

 

「いやいやいやっ、何でいきなり自殺宣言っ!?」

 

「だって、そのまま家に持って帰って着せ替えするんでしょう? めちゃくちゃ羨ましいじゃんかー。毎晩ベットでキャッキャウフフなんだろー」

 

「んなことするかボケェッ!」

 

 爆弾発言を放った男性に、問答無用の胴回し回転蹴りが見事に顔面に突き刺さったのは言うまでもない。

 

~~~~~(回想終わり)~~~~~

 

 

 

 うむ、嫌な思い出しかないな。

 

 しかしそう考えると、ヲ級がコソコソとしていたのも頷ける気がする。ヲ級を見かけた早々に、俺に向かって捕獲方法を聞いてきたくらいなのだ。鎮守府内で見かければ、何かしらの接点を持とうとするのは予想できる。

 

 そう考えているうちに両手を大きく広げた男性は、ヲ級に抱き着こうとした。

 

「さぁ、今すぐ俺の胸に飛び込んでおいでっ! そして、今から俺の部屋に……」

 

 くそっ! さすがにこれは放っておく訳には……っ!

 

「ヲッ!」

 

「あべしっ!」

 

 そんな男性の鼻っ面に、ヲ級は少し身を屈めてから放った強烈な頭突きをお見舞いする。見事に吹っ飛んだ男性は、鼻を押さえながら地面の上を転がり回っていた。

 

 う、うわ……あれはマジで痛いぞ……

 

 見れば、鼻を押さえる男性の手の付近から血がボタボタと流れ落ちていた。もしかすると、さっきの一撃で鼻の骨が折れているんじゃないだろうか……

 

「ヲヲ……」

 

 ヲ級は更に畳み掛けようと、男性の腹を踏みつけて動きを止めさせた。脇を締めて両手を腰に据え、空手の正拳突きをお見舞いしようとする。

 

 見てる限り男性の自業自得だけど、それ以上はやり過ぎだっ!

 

 俺は慌ててヲ級を止めようと、木の陰から飛び出そうとした瞬間……

 

「あ、ありがとうございますっ! さぁ、もっとお願いしますっ!」

 

 鼻血を吹き出しながら満面の笑みを浮かべた男性が、キラキラと高揚しながら叫び声をあげた。

 

 あまりの突拍子の無さとその表情に、芸人顔負けのズッコケを披露した俺は、思いっきり鼻を地面に打ち付けてしまう。

 

 どこぞのカツラ刑事の部下並みの……ドMかよ……

 

「………………」

 

 さすがにヲ級も気分を害しまくったのか、顔を引き攣らせながら佇を踏む。

 

「さぁ、もっと踏んで……そして殴って下さいヲ級様ぁっ!」

 

 うわー……あれは無いわー……

 

 一歩、また一歩と後ずさったヲ級は、半泣きの表情を浮かべながらクルリときびすを返し、「ヲヲヲヲヲッ!」と叫びながら、逃げ去るように走っていった。

 

「を、ヲ級ちゅわん……」

 

 そんなヲ級の後ろ姿を悲しそうに、そして嬉しそうに見つめる男性が地面に寝そべりながら腕を伸ばす。

 

 いやいや、なんで嬉しそうに見つめてんだよ……

 

 これは放置プレイとかそういうやつじゃないんだが、どちらにしても言葉が通じそうな相手じゃなさそうだよな……

 

 しかし、このままこいつを放っておく訳にもいかない。ヲ級にとって邪魔である存在は、消さなくてはならないのだ。

 

 それが兄であり先生でもある、俺がしなくてはいけないことだからな……と、ポケットから携帯電話を取り出した。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 少し用事を済ませた俺は、ヲ級の後を追って通路を歩いていた。すると、コンビニ袋を手に提げた雷と電の側にいるヲ級を見つけ、俺は先ほどと同じように様子を伺おうと隠れながら近づいた。

 

「コンビニに新製品のデザートがいっぱい出てたのですっ!」

 

「そうなのっ。とーっても美味しそうだったから、いっぱい買ってきたのよっ!」

 

「ヲヲ……近クノコンビニデ、間違イ無イノカナ?」

 

「そうなのですっ」

 

「分カッタ、アリガトウ。早速僕モ、買イニ行ッテクルヨ」

 

「道は分かるかしら?」

 

「何度カ行ッタコトガアルカラ、大丈夫ダヨ」

 

「では、お気をつけてなのですっ」

 

「ヲッ!」

 

 互いに手を上げあって挨拶した後、ヲ級は正門の方へ、雷と電は寮の方へと向かって歩いていった。

 

 ……今、確かにコンビニに行くって言ってたよな?

 

 ………………

 

 いやいやいや、ちょっと待て。

 

 仮にも人類の敵として認知されている深海棲艦であるヲ級が、単身で外に出るだとっ!?

 

 しかもなんだ、何度か行った事があるとか言ってたけど……俺は一切連れて行った記憶が無いんですけどっ!

 

 いったい誰と一緒に行ったんだよっ! 愛宕か!? それとも単身でかっ!?

 

 でもどっちにしたって、外に出るのはまずいだろうがっ!

 

「早く止めないとっ!」

 

 俺は隠れていた建物の陰から飛び出して、急いでヲ級の後を追いかける。この場所から正門まではそう遠くは無いから、急がないと外に出てしまう。

 

 鎮守府近くに住宅は無いが、それでも一般市民がいないとは限らない。ましてや休日であり、昼前の時間となれば、近くの防波堤で釣りをしようと車で移動している人だっているだろう。そんなところですれ違いでもすれば、たちまち噂になってしまうことも考えられるし、今の時代はスマートフォンという便利な機器があるのだから、その情報はすぐに拡散してしまう可能性が高い。

 

 そうなってしまったが最後、ヲ級は大多数の人に知られることになり、その身柄はすぐに押さえられてしまうだろう。いくら舞鶴のトップである元帥が止めようとしてくれたとしても、その力には限度があるだろうし、今まで通り無事でいられるとは思えない。それどころか、人体実験のようにヲ級を調べ尽くそうと考えだす輩が出てくれば、もう二度と会うことができなくなってしまうかもしれない。

 

「後は……この角を曲がれば……っ!」

 

 建物に沿って直角に曲がる通路を急いで駆け、正門の方へと視線を向ける。しかしヲ級の姿は無く、代わりに目と鼻の先に大きな胸部装甲をお持ちの……愛宕の姿があった。

 

「あら~、先生じゃないですか~」

 

「あ、愛宕先生! 今さっき、ヲ級がここを通りませんでしたかっ!?」

 

 俺はその場で掛け足を続けながら愛宕に問うと、

 

「ええ、さっき急いでそこの門を通って行きましたよ~」

 

 ――と、まったく問題ないという風に笑顔を浮かべてそう答えた。

 

「い、いやいやっ! それって不味くないですかっ!?」

 

「え~、なんでですか~?」

 

「だ、だって、ヲ級は深海棲艦なんですよっ! 一般の人が見たら、大騒ぎになっちゃうじゃないですかっ!」

 

「ん~、でもでも、今までそんなことはありませんでしたよ~?」

 

「……え?」

 

 そんな愛宕の言葉を聞き、俺は呆気に取られて駆け足を止めてしまった。

 

「い、いや……あの……人類にとっての敵として……言われちゃってますよね……?」

 

「確かにそうですけど、ヲ級ちゃんはちっちゃいですしね~」

 

「お、大きさだけで判断されちゃうんですかっ!?」

 

 確かに小さいのより大きいほうが破壊力がでかいけどさっ! ――とは口が裂けても言えないけど。

 

 もちろん、どこを見ながら考えていたとかも言えないよ?

 

「それに、何度もヲ級ちゃんは一人で外に出かけますからね~」

 

「は……?」

 

「あれ、知らなかったんですか~?」

 

「え、ええ……まったくの初耳だったんですけど……」

 

「よく、近くのコンビニに買い物に行ってますよ~。夜に食べるオヤツなんかを買ってきてくれるんですけど……どれも美味しいのばっかり選んでくるので、とっても嬉しいんですよ~」

 

「は、はぁ……そうだったんですか……」

 

 満面の笑みで両手を合わせながらヲ級の事を語る愛宕。その内容を聞く限り、俺の心配はまったくの無駄だったと取れてしまう。

 

「ところで、なんで先生はそんなに急いでらっしゃったのでしょうか~?」

 

「えっと……それなんですけど……」

 

 とりあえず愛宕の話を信じて、俺は今までの経緯を説明することにした。




次回予告

 ヲ級を追いかけた先で愛宕に出会った主人公。
話をしているうちにどうやら心配しなくても大丈夫らしいのだが、ひとまず追いかけことに。
 そしてコンビニに入ったのだが……


艦娘幼稚園 ~ヲ級観察日記~ その5「外出イベントは盛りだくさん」


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その5「外出イベントは盛りだくさん」

あけましておめでとうございます。
今年も小説更新を進めていきますので、よろしくお願い致します。

今年の目標は、書籍同人誌を三冊書く。
さてはて、できるかなー……です。

※BOOTHにて書籍のサンプルがダウンロードできるページを開設しました。
https://ryurontei.booth.pm/items/65076
イベント後に通販出来るように予定しておりますので、宜しくお願い致します!



 ヲ級を追いかけた先で愛宕に出会った主人公。
話をしているうちにどうやら心配しなくても大丈夫らしいのだが、ひとまず追いかけことに。
 そしてコンビニに入ったのだが……


「なるほど~。ヲ級ちゃんの行動をですか~」

 

 俺の説明を聞き終えた愛宕はフムフムと頷いてから、俺の顔を見ながら頭を傾げた。

 

「でもそれなら、一緒の部屋である私に聞いてくれればよかったですのに~」

 

「それは考えたんですけど、愛宕先生の前では猫を被っている可能性がありますからね」

 

「なるほど……ぷっ、あはははは……」

 

 すると突然、愛宕がお腹を抱えて笑い始め、俺は呆気に取られてぽかんと口を開けてしまった。

 

 いや、可愛いんだけど、突拍子が無くてちょっと困っちゃうよっ!?

 

「あ、愛宕先生、い、いったい何がそんなに……?」

 

「あ、あはは……ご、ごめんなさい。ちょっと先生のお話が面白かったので……」

 

 ………………

 

 いやいや、今の会話で一切ボケも突っ込みもしてなかったですし、関西人のノリとか発揮してないよっ!?

 

「だ、だって……その、ヲ級ちゃんが猫を被るって……可愛くて……あはは……」

 

 そ、そっちの猫じゃないんですけどーーーっ!

 

 ――っていうか、それは着ぐるみか被り物をしちゃってるって感じですよねっ!?

 

 ただ、心の中でおもいっきり突っ込みを入れている間にも、俺の目の前には――

 

 ばるんばるんばるんっ!

 

 ――と、今までに無いレベルで、愛宕のおっぱいが大きく揺れまくっていた。

 

 ………………

 

 マジでありがとうございましたーーーーーっ!

 

 

 

 

 

「ど、どうも……すみませんでした、先生」

 

 一通り笑い終えた愛宕は俺に頭を下げながらニッコリと笑みを浮かべていた。

 

 いえいえ、俺も良いモノを見させていただきましたから――とは言えず、愛想笑いを浮かべながら会釈をする。

 

「それで、さっきの話なんですけど……」

 

 そう言いながら、愛宕は人差し指を立てた。

 

「ヲ級ちゃんがそんなに心配になるんでしたら、コンビニに向かっている間を観察したらどうでしょうか~?」

 

「あー……そう、ですね……」

 

 愛想笑いから苦笑へと変える俺。

 

 そもそもその目的の為に走っていたんですけどね……

 

 しかしまぁ、愛宕との会話でそこまで心配しなくても良いということが分かっただけでも安心できた。もしそうじゃなかったら、今頃俺はヲ級を無理やり引き止めていたと思うと……色々と怖いことになっていたかもしれない。

 

 例えば――

 

「僕ノコトヲ心配シテ抱キ締メテクレタンダネッ!」

 

 ――と、そんなことを言いながら真昼間から夜戦をしようとする……なんてことになりかねない。

 

 いやまぁ、夜戦なんてする気はさらさらないけどね。もしするとしたら、愛宕にお願いしたいし。

 

 そう考えれば、ここで立ち止まったのも良かったのかもしれない。それに、かなり良いモノも見れたことだしさ。

 

「あら……気づけばもうこんな時間ですか~」

 

 すると愛宕は、ポケットから取り出した懐中時計を眺めてそう言い、ペコリと頭を下げた。

 

「すみませんが、今から少し用事があるので……」

 

「あ、いえいえ。こちらこそ長々とすみません」

 

「どちらかと言えば私が笑っていただけですけどね~。それじゃあ、また明日にです~」

 

 愛宕は俺の顔を何度も振り返りながら手を振り、通路の角を曲がっていった。

 

 さて……と。それじゃあ、とりあえず愛宕が言った通りにヲ級の様子を伺いに行くとするか。

 

 正直に言えば未だ心配なんだけど、良く考えてもみれば、ヲ級が普通に正門を通れる段階でおかしいのだ。それなのに何度も外に出てコンビニで買い物をしてきているとなれば、何かしらの対策でもしているのではないだろうか。

 

 それこそ猫を被るじゃないだろうが、簡単な変装なんかをしているかもしれないし。

 

 そう考えれば周りの人々がヲ級を深海棲艦だと認識していないかもしれない。それはそれで少し心配になってしまうのだが、それを今から調べに行くのだからタイミング的には問題ない。

 

「そうと決まれば、早いところ追いかけないとな……」

 

 俺は一人で呟いて、正門を抜ける。

 

 なぜか守衛の姿が見えなかったけれど、トイレにでも行っているのだろうと思い、そのまま通り過ぎた。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 ピロポロピロ~ン、ピロポロロ~ン♪

 

 コンビニの入口で鳴るチャイム音が聞こえ、自動扉が開く。俺はヲ級に見つからないようにと警戒しながら、そそくさと雑誌コーナーへと向かった。

 

 雷や電と話していた内容を考えれば、おそらくヲ級がいるであろう場所の目星はついている。俺は雑誌を立ち読みする客を装いながら、チラチラと後ろを振り向いて陳列棚の間からヲ級の姿を探す。

 

「多分あいつは……いや、間違いなくデザートコーナーの辺りに……」

 

 しかし、雑誌コーナーからはどう足掻いても反対側にあるデザートコーナーは見えず、仕方なく持っていた本を戻してゆっくりと隠れながら飲料水コーナーへと向かった。

 

「ここからなら上手く死角に……いたっ!」

 

 ヲ級の姿を発見――したんだけれど、予想していた以上の状況に俺は生唾を飲んだ。

 

 変装――まったくしてないじゃんっ!

 

 そりゃあ、帽子なんかが被れるような大きさの頭じゃないし(そもそもアレが何なのか未だにわかんないけど)、サングラスをかけるのも変だとは思う。しかし、いくらなんでもそのままの格好って――明らかにバレバレだよねっ!

 

 とはいえ、周りにいる客の誰もがヲ級の存在に対して何も言わないって、ちょっと変じゃないか?

 

 ――と、思っていた矢先のことだった。

 

「あーーーっ! ヲ級ちゃん発見ーーーっ!」

 

「ほんとだっ! ブログで見たまんまの姿だよっ! 可愛いーーーっ❤」

 

 気つけば、高校の制服に身を包んだ二人の女の子が、ヲ級を指差して近づいていた。俺は咄嗟にやばいんじゃないかと思ったんだけれど、二人の反応と言葉に引っ掛かり、頭の中で整理をする。

 

 今、ブログって言ってたよな?

 

 それと、明らかに人間じゃないって分かってるのに……可愛いだと……?

 

「ねぇねぇヲ級ちゃん、良かったらお姉さん達と一緒に写真良いかな?」

 

「ヲヲッ。大丈夫ダヨッ」

 

「やったっ! ありがとうね、ヲ級ちゃん!」

 

 女子高生はそう言って、交代でヲ級の横に屈み込みながら互いのスマホで写真を撮っていた。その間ヲ級はこなれた風に様々なポーズを取り、サービス精神旺盛で二人に答えていた。

 

 ……いやいや、なんでやねん。

 

 やってることが芸能人みたいだよっ!

 

 深海棲艦は人類の敵って話、どっかに吹っ飛んでいったんじゃないのっ!?

 

「やった~♪ これでクラスの友達に自慢できるよっ!」

 

「本当にありがとね!」

 

「オ安イ御用ダヨ」

 

 言って、ヲ級は手を振る女子高生に向かって触手を振り返していた。それを見た二人はまたもや黄色い完成をあげ、パシャパシャとスマホで写真を撮りまくっている。

 

 ……いやもう、なにがなんだかさっぱりだよっ!

 

 それに、今からツイッターで「ヲ級ちゃんと一緒なう」ってつぶやくとか言っちゃってるしっ!

 

 これってもう、情報統制が大丈夫ってレベルじゃないよねっ!?

 

 つーか、まずブログってなんなんだよっ!?

 

 突っ込むところが多過ぎて、訳が分からないよっ!

 

 はぁ……はぁ……

 

 心の中のツッコミだけで、すでに息も絶え絶えだよ……

 

「フゥ……ソレジャア、ソロソロデザートヲ……」

 

 そして何事もなかったかのように腕を組みながら暫く考え込み、デザートコーナーの前でひたすらにらめっこをしていたヲ級でした。

 

 

 

 俺の心配はまったくもって無駄だったよっ!

 

 

 

 

 

 

 

「ヲッ。トリアエズ、愛宕ノハコレデ……僕ノハコレニシヨウ」

 

 それから10分ほど経ったくらいでヲ級は一度頷き、触手で二つの容器を持った。一つはティラミスで、もう一つはレアチーズのカップのようだ。

 

「ヲッヲ~♪」

 

 鼻歌交じりで今からスキップでもしそうな雰囲気を醸し出しながら、ヲ級はレジカウンターへと向かっていく。

 

 そこで俺はふと嫌な考えが過ぎった。

 

 確かにさっきの女子高生はブログか何かでヲ級を知っていた。しかし、レジにいるのは……ガタイが少しゴツめの男性で、客商売にも関わらず無愛想な表情で立っている。

 

 これはさすがに……やばいんじゃないだろうか。

 

 可愛いものが好きな女子ならともかく、見た目から判断してはいけないとは言え、少し怖めの男性だ。明らかに人間ではないと見えるヲ級を、不審がってもおかしくはない。

 

 俺は何かあったらすぐに駆けつけようと、できるだけヲ級に近づいてレジでの様子を伺うことにした。

 

「ヲッ。ヨロシクッ」

 

 ヲ級がカウンターに二つのデザートを置く。そして、どこに持っていたのか小銭を手の平の上で数えていた。

 

 そんなヲ級の姿をジロリと睨みつけた男性は、ゆっくりと口を開き……

 

「ヲ級ちゃん、いらっしゃ~い♪」

 

 めちゃくちゃ低い声の、お姉言葉を発していた。

 

 

 

 もちろん、本日二度目のズッコケを披露したのは言うまでもない。

 

 

 

「あら~、さっそく新商品に目を付けたのね~」

 

「ヲッ。デザート好キニトッテ、コンビニハ魅力的過ギルヨ」

 

 言って、ヲ級はカウンターにあるトレイに触手を使って小銭を置いた。

 

 ううむ、何という便利な使い方だ。

 

 しかし、それを見て何も驚かないコンビニ店員って一体……

 

「最近はどんどん新作が出るからね~。それに、ヲ級ちゃんが買ってくれるデザートは軒並み人気になるから嬉しいわ~」

 

 そう言いながらバーコードを読み込んだ店員は、トレイの小銭を受け取ってヲ級の触手にデザートを入れた袋とレシートを渡した。

 

「アリガトネ、店長」

 

 店長だったんかいっ!

 

「いえいえ、こちらこそ~。また気軽にいらしてね~♪」

 

「ヲッ」と手を挙げたヲ級はそのまま自動扉を開けて外へと出る。

 

「アラン・ド●ン不在でした~」

 

 経堂駅前かよここは……

 

 そんなツッコミをしながら少し間を置いて、ヲ級の後を追い掛けようとしたのだが、

 

「おい、あんちゃん」

 

 ガッシリと右肩を掴まれてまったく身動きができない俺。恐る恐る振り返って見ると、そこにはヲ級と会話をしていたゴツイ店員……というか店長が鬼の形相で立っていた。

 

「は……はい、な、何か……?」

 

「さっきからチョロチョロと不審者ばりの行動ばっかりしやがって……いったい何をしてるんだ?」

 

「い、いや、別に俺は何も……」

 

「観察してりゃあ、ヲ級ちゃんに付き纏うストーカーのようにも見えたが……事と場合によっては容赦しねぇぞ?」

 

 なんでいきなりコワモテになっちゃってんのーーーっ!?

 

 お姉言葉はどこいったっ!? キャラチェンジが早すぎでしょうがっ!

 

「ヲ級ちゃんファンクラブ会員10276番! 聖護院薫とは俺様のことだっ!」

 

 なんでいきなり名乗ってんのっ!? しかもバリバリのお嬢様っぽい名前だしっ!

 

 つーか、お姉言葉の理由ってそれなのかっ!?

 

 それと会員数多過ぎじゃねぇっ!?

 

「ヲ級ちゃんに害を成す輩は許しておけんっ! ちょっと奥に来てもらおうか!」

 

「ち、違いますっ! お、俺はヲ級の兄でして……」

 

「………………」

 

「や、ややこしい話になっちゃいますけど、あいつは俺の弟が生まれ変わった……」

 

「もういい」

 

「むぐっ!?」

 

 肩を掴んでいた手で俺の口をガッチリと掴み、言葉を発することができなくなってしまう。

 

 そして、店長は鬼の形相から可愛そうな子犬を見下ろすような目をしながら口を開く。

 

「あんちゃんの気持ちはよーく分かった。しかし、その考えはヤバ過ぎる。明らかに犯罪を侵す一歩手前だ。このまま放っておくと世間様に申し訳ができねぇ」

 

 目尻に少し涙を浮かべながらそう語る店長は……って、なんでそこまで言われなきゃなんないのっ!?

 

「ヲ級ちゃんが世界で一番可愛らしい存在というのは一目瞭然だ。しかし、それを影から見守るこそがファンクラブ会員の勤め……ならば後は言わなくても分かるな?」

 

 言って、口から離した手をもう一度、肩に思いっきり叩きつけるように置いた。

 

「さぁ、今からちょっと舞鶴湾で泳いでみようか」

 

「とんでもないこと口走ってるけど、やろうとしてることも犯罪臭がプンプンしてるからねっ!」

 

 ――って、今のだと俺の行動も犯罪やっちゃってますって言ってるようなものじゃん!

 

「ンだとワレェ……」

 

「ひっ!?」

 

 またもや鬼の形相へと変わる店長の顔に、俺は漏らしそうになりながら後ずさろうとする……が、残念ながら肩を押さえ付けられて逃げることができない。

 

「良い度胸をしているじゃねぇか……カタギにしておくにはもったいないぜ……」

 

 ちょっ、発言が殆どアウトですよっ!

 

「よし……それじゃあ自由に泳がなくても良い方法にしてやるよ。えっと、倉庫に生コンとドラム缶はあったかな……」

 

「嘘ーーーっ!?」

 

 このままでは確実に沈められるっ!

 

 だ、誰か助けてくれ――と、叫ぼうとした瞬間だった。

 

 

 

 ピロポロピロ~ン、ピロボロロ~ン♪

 

 

 

「店長、スプーンガ一ツ足リナカッタンダケド……」

 

 そう言って、袋を掲げて店内に入ってきたヲ級とバッチリ目があった。

 

「「「………………」」」

 

 無言の間。

 

 それは数秒だったにも関わらず、とんでもない時間に感じられた。

 

 ゴツイ店長に肩を掴まれているところを逃げようとする男の図。端から見れば、万引き犯が逃げようとするのを止められている風に見えるかもしれない。

 

 色んな意味で危うい状況に、俺はどう声をかけて良いものかと考えていたのだが、それよりも早くヲ級が口を開いた。

 

「店長、今スグオ兄チャンカラ手ヲ離サナイト、モウココニハ来ナイヨ?」

 

「……え?」

 

「モウ一度言ウネ……」

 

 そう言って、ヲ級はスゥゥ……と大きく息を吸い込み、

 

「サッサトオ兄チャンカラ手ヲ離シンサイッ!」

 

 ――と、コンビニ中に響き渡る大声をあげた。

 

 

 

 

 

「す、すみませんでしたーーーっ!」

 

 ゴツイ店長が入口近くで土下座する図がここにあった。

 

「い、いやいやっ、頭を上げて……って言うか土下座はマジでやめてください!」

 

 下手をすれば恐喝罪になっちゃうんだからさぁっ!

 

「フン……オ兄チャンニ危害ヲ加エヨウトスルヤツニハ、当然ノ報イダヨ」

 

「お前は余計なことを言うんじゃないっ!」

 

 俺はそう言って、ヲ級の頭を軽めに叩く。

 

 周りの目も怖いので、俺は何度も床に頭をゴンゴンと当てて謝る店長さんをなんとか立たせ、本当に大丈夫ですからと言い聞かせるように伝えた。

 

「ま、まさか本当にヲ級ちゃんの兄でいらっしゃるとは……ほ、本当にすみませんでした……」

 

 申し訳なさそうな表情でそう言った店長だが、俺の行動も怪しかったのは事実なのだから仕方ないといえばそうである。

 

 しかしまぁ、ファンクラブに関してはどう考えて良いものか難しくあるのだが。

 

「トリアエズ、今後オ兄チャンニ手ヲ出スコトハ絶対ニ許サナイカラネ」

 

「はいっ! それはもちろん弁えておりますっ!」

 

 ビシッと敬礼をするような正しい姿勢で答える店長さん……って、様になりすぎて怖いんですが。

 

 コワモテで、お姉言葉を発して、力が強くて、時折ヤバ気な発言で、ヲ級ファンクラブ会員。

 

 もう、何がなんやらサッパリだけど、世の中には知らなくても良いことがあると改めて分かった出来事だった。

 

「ア、ソレトモウ一ツ」

 

「は、はいっ、なんでしょうか!?」

 

「スプーンヲ一ツ、入レ忘レテタヨ」

 

「あっ、ゴメンね~、ヲ級ちゃん~」

 

 ………………

 

 デザート部分だけお姉言葉になるんかい。

 

 ――とまぁ、本当に知らなくても良かった部分を知ってしまった俺だった。

 




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次回予告

 ヲ級の助けによってコンビニでのトラブルから何とか脱出することが出来た主人公。
結局観察はバレてしまい、二人手をつないで鎮守府に帰ることになった。

 そして、鎮守府の門前に着いた主人公に、あの時の記憶が呼び覚まされる……?


艦娘幼稚園 ~ヲ級観察日記~ その6「事実は電話で知ることに」完


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その6「事実は電話で知ることに」完

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※本日は昼から用事があるので更新作業を早めにさせて頂きました。


 ヲ級の助けによってコンビニでのトラブルから何とか脱出することが出来た主人公。
結局観察はバレてしまい、二人手をつないで鎮守府に帰ることになった。

 そして、鎮守府の門前に着いた主人公に、あの時の記憶が呼び覚まされる……?


「ヲッヲ~、ヲッヲヲ~♪」

 

 結局後をつけていたことがバレてしまった俺は、その罰ということでヲ級と手を繋いで鎮守府まで帰ることになった。

 

 別に罰じゃなくても手を繋ぐくらい構わないのだけれどなぁ。

 

 ただし、変な事をしないという条件付きではあるが。

 

「結局、オ兄チャンハ僕ノコトヲ心配シテクレテイタンダヨネ?」

 

 上目づかいで俺を見上げながら問うヲ級。俺は少し恥ずかしくもあり気まずさもある表情を浮かべながら、「あぁ……」と呟き頷いた。

 

「ヲッヲ~♪」

 

 そんな俺を見て、ヲ級は鼻歌交じりでスキップしながら進む。

 

 機嫌が悪い訳ではないし、無理難題を吹っ掛けられた訳でもない。ただ単に、兄弟で手を繋いで帰宅する――それだけの話である。

 

 姿形は違うし、種族だって変ってしまったけれど、それでも俺とヲ級は兄弟なのだ。少々困ったことはあったとしても、仲良くやっていけるのは非常に嬉しいし、これからもこういう関係でありたいと思う。

 

「ソレデ、オ兄チャンハ僕ノコトヲ調ベテドウダッタノカナ?」

 

「別に……俺が心配してるようなことはまったくなかったさ」

 

 ただし、変態に襲われそうになったり、いつの間にかブログで紹介されてたり、お姉な店員と顔見知りだったりなど、驚くことは多過ぎたけどね。

 

 特に変態作業員はどうにかしないといけない。その為にも、俺は電話でお願いをしたのだから。

 

「直接聞ケバ、苦労モシナカッタノニネ」

 

「その場合、お前は猫を被ってそうだからな」

 

「フッフッフー。確カニソレハ、アリエルカモシレナイネー」

 

 ニヤリと笑みを浮かべるヲ級。

 

 そんな仕草も昔のまま。

 

 やっぱりこいつは俺の弟なんだな――と、思う瞬間だ。

 

「まぁ、息抜きになったと思えば良いさ」

 

「ドウセナラ、一日中僕ト遊ンデクレレバ良カッタノニ」

 

「ははっ、そうだったかもしれないなぁ……」

 

 俺は真っすぐ空を見つめながら笑みを浮かべる。釣られてヲ級も同じように見上げる。

 

「良イ天気ダネ」

 

「ああ。お出かけ日和だよな」

 

 そう呟いた時、ヲ級の握る手がほんの少しだけ強くなった。

 

「オ兄チャンノ手、アッタカイネ……」

 

「お前の手は少しヒンヤリしてるよな」

 

「深海棲艦ノ特徴、ソノ3……カナ」

 

「ははっ、それって遠足の時のやつか?」

 

「フフ……バレタラ仕方ガ無イネ」

 

 そんな他愛のない兄弟の会話をしながら、俺達は鎮守府に帰ってきた――のだが、

 

「……っ!?」

 

 正門の横には見覚えのある、門衛が一人立っていた。

 

「貴様何者だっ! ヲ級ちゃんの手を握っているとは……まさか誘拐犯かっ!?」

 

 門衛はそう言って、あろうことか俺が初めてここに来た時と同様の動きで拳銃を俺に向けた。

 

「ちょっ、いきなり向けるヤツがいるかよっ! しかもこれ、2回目だぞっ!」

 

「なにっ! 貴様以前にも誘拐をっ!?」

 

「なんでそうなるんだよっ! つーか、鎮守府にいる人間の顔くらい覚えておけよっ! 俺はヲ級の兄で、幼稚園の先生だっ!」

 

 銃口を突き付けられながらも突っ込みを入れる俺。

 

 というか、ル級に初めて会った時と比べたら、そんなに大したことじゃ……なくはないね。

 

 撃たれたらやっぱり死んじゃうし、こっちに向けるんじゃねぇよっ!

 

「何を訳の分からないことを言っているんだっ! 今すぐヲ級ちゃんから離れて地面に伏せろっ! さもなくば撃つぞ!」

 

「だ、だから俺はこの鎮守府にある幼稚園の……」

 

 俺はなんとか自分の所属を伝えようとしたのだが、それよりも早くヲ級は手を解き、スタスタと門衛の前に歩いていく。

 

「ヲ級ちゃん、早く私の後ろに下がって! ヤツはこの銃でコテンパンにやっつてしまうから……」

 

「五月蠅イッ!」

 

 

 

 ドゲシッ!

 

 

 

「あうっ!?」

 

 あろうことか門衛のスネをつま先で思いっきり蹴り、痛みで油断したところを触手を使って拳銃を取り上げた。

 

 あれはマジで痛い。何度も食らっているから良く分かっている。

 

「な、何をするん……ひっ!?」

 

 門衛の襟をもう片方の触手で掴み、ヲ級の目線まで顔を引きずり下ろしてガンを飛ばす。そのあまりの迫力に、門衛は身体を震わせながら愕然とした表情を浮かべた。

 

「オ兄チャンガ言ッテイルコトガ、分カラナイノカナ?」

 

「あ……あわ、あわわわわ……」

 

「お、おいっ、ヲ級、ストップストップ!」

 

 すぐにでも門衛の顔面を殴ってしまいそうなヲ級を止めるべく、俺は急いで傍に駆け寄って宥めすかせることにした。

 

 

 

 

 

「あ、あなたは命の恩人です……」

 

 門衛はペコペコと頭を何度も俺に下げてお礼を言っていた。

 

「そ、それは良いんですが、お願いしますから俺の顔くらい覚えてくださいよ……」

 

「ほ、本当に善処します……」

 

 善処って……覚えますとは言ってくれないんだね……

 

「オ兄チャンモ甘々ダヨネッ! 一度クライ身ヲモッテ思イ知ラセレバイイノニッ!」

 

「暴力でなんでもカタをつけようとするんじゃない。大概は話せば分かって貰えるんだから……」

 

「ダケドコイツハ、イキナリオ兄チャンニ向カッテ銃ヲ突キ付ケタンダヨッ!」

 

 それも2回目なんだけどな――と言ってしまうと更にヲ級が怒りそうなので黙っておく。

 

「まぁ、分かってくれたんだから良いじゃないか。それに、門衛としてヲ級を気遣ってのことなんだし……」

 

「いえ、それは違いますっ!」

 

「……は?」

 

 俺に横やりを入れた門衛は、ビシッと背筋を伸ばした敬礼をして大きく口を開いた。

 

「ヲ級ちゃんファンクラブ会員として、任務を全うした為でありますっ!」

 

 お・前・も・かっ!

 

 今日出会った男性全員がファンクラブ会員かよっ!

 

 いったいどうなってるんだよこの世の中はっ!

 

「更に言えば、新たなヲ級ちゃんの魅力を感じられて感激でありますっ!」

 

 いや……思いっきり睨みつけられたのが魅力に感じるって……

 

 もしかして、ファンクラブ会員って全員Mなの……?

 

「ソレジャア、間違ッテモオ兄チャンノ顔ヲ忘レテ銃ヲ向ケタリシナイヨウニネ!」

 

「必ずやっ!」

 

 断言してるし。

 

 俺の時は善処するしか言わなかったじゃないかよっ!

 

 どんなけ差別するんだよっ! やっぱりファンクラブだからかっ!?

 

「はぁ……もういいです。それじゃあそういうことで……」

 

 げんなりした表情を浮かべた俺は、敬礼をしたままの門衛の横を通り過ぎて鎮守府に入ることにした。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 結論。

 

 ヲ級はドS。ファンクラブ会員はドM。

 

 とりあえずこんなんで良いんじゃね?

 

 ――とまぁ、そんな冗談はさておいて、ヲ級の行動を観察する件は終了した。

 

 色々あったものの、ひとまず俺が心配するようなことは無かったみたいなので少し安心したのだが、知らなくても良かったことが多過ぎた為に心の消耗は激しかった。

 

 とりあえずはこのまま様子を見ていくことにして、何かあればまた対処しようと思ったのだが、ふとあることを思い出して、自室にあるパソコンを立ち上げた。

 

「………………」

 

 起動音が鳴り、OSロゴが表示される。パスワードを入力してログインし、暫くすると操作が可能になった。

 

 俺が気になったのは、ヲ級がブログに載っていたということだ。どこからそんな情報が流れ、誰がブログを作っているのか。まさかとは思うがヲ級本人がやっているとは思えない。

 

 それと、ファンクラブに関しても少し調べておいた方が良さそうである。正直に言えば、見なかったことにしたいんだけど。

 

「えっと……とりあえずブラウザを立ちあげて……っと」

 

 インターネットは寮に完備されているので問題なし。サクサクと画面に表示された検索サイトに、どういった文字を打ち込むか迷ったのだが……

 

「まずはファンクラブから調べた方が早いかなぁ」

 

 そう一人で呟いて、『ヲ級 ファンクラブ』と入力して検索ボタンを押した。

 

「………………」

 

 そこで俺が目にしたのは、紛れもなく言葉のままであるヲ級ファンクラブのホームページが一番上に表示され、

 

 そこを開いた先には、もの凄く可愛らしくデフォルメされたヲ級の絵が所狭しと飾られていた。

 

 あ、頭が……痛くなってきたぞ……

 

 まず配色がドがつくピンク。目がシバシバする。

 

 そして、ちょっとどころではないエロさを醸し出す半裸状態のヲ級の絵が……ってちょっと待てやゴルァッ!

 

 確かにヲ級はいっぱいいると思うけど、いくらなんでもそのうちの一人を弟に持つ俺としてはこの状況を見逃すことができない。つーか、半数以上がエロいやつばっかりじゃねぇかっ!

 

 誰だよこんなファンクラブを経営してる奴は――と叫びながら、ホームページにある管理人のページを開くと、

 

 

 

 ヲ級に頭突きを食らって喜んでいた、作業員の顔写真が載っていた。

 

 

 

 会員番号1番。ファンクラブ会長。

 

 うん。分かった。こうしよう。

 

 とりあえず、ちょっと前に電話をした件を、もう一度しっかりと話しておかなければならない。

 

 俺はポケットの中に手を入れて、携帯電話を取り出そうとした時だった。

 

 

 

 ピリリリリッ、ピリリリリッ……

 

 

 

「うおっ、タイミングがドンピシャだけど……誰だこの番号?」

 

 見覚えが無い数字の羅列に頭を傾げながら、とりあえず通話ボタンを押して電話に出た。

 

「もしもし、どちら様でしょうか?」

 

「やっほー。Guten Tag」

 

「この声に言葉は……ビスマルク!?」

 

「そうよー、愛しのリープスター。元気にしてたかしら?」

 

「え、ええ。一応元気ですけど……いったいどうしたんですか?」

 

「あら、電話したらダメとかそういうこと? 貴方ってそんなに冷たかったかしら?」

 

「い、いやいや、そういう訳じゃないんですけど……」

 

 どうやって電話番号を調べたんだと聞きたいんだけれど、聞いたら聞いたで嫌な予感がするんだよなぁ。

 

「ところで……み、た、わ、よー」

 

「……は?」

 

「ヲ級をコソコソと追いかけて、コンビニ店員に捕まったんですってねー」

 

「んなっ!?」

 

「しかもお姉って……本気で大笑いしちゃったわよー」

 

「な、ななな、なんで知ってるんですかっ!?」

 

「なんでって……今日の舞鶴鎮守府広報にバッチリ載ってるじゃない」

 

「はぁっ!?」

 

 あまりの信じられないビスマルクの言葉を聞き、俺は急いでパソコンを操作してそのページを開いた。

 

「ほ、本日のヲ級日記……?」

 

「あれ、貴方って本当に知らなかったの? てっきり協力して作ってると思ってたんだけど……」

 

「み、見たことも聞いたことも無いんですけど……」

 

「あら、それは勿体ない。せっかくだからキッチリと目を通してみたらどうかしら……うぷぷ……」

 

 電話越しに聞こえるビスマルクの含み笑いに若干気分を損ねながらも、俺は急いでマウスを操作して最新のページを開いてみた。

 

『本日はコンビになう。新作デザートを買いに行ったら、兄がお姉店員にガッチリハグッ!』

 

「………………」

 

 額に汗をかきながら、俺は恐る恐るそのページの下へと目を移す。

 

『女子高生と記念撮影っ☆ 僕の人気も徐々に上昇中♪』

 

「………………」

 

『なぜか後をつけてきた兄が不審者と間違われ、お姉店長に捕まってたYO!』

 

「………………」

 

『門衛に顔を覚えられてなかった兄。さすがに存在感無さ過ぎて凹んじゃう(泣)』

 

「今日一日の外出したこと全部書いてあるじゃねぇかっ!」

 

「そうでしょー。しかも写真もバッチリだし、光景が丸分かりなのよねー」

 

 そう言って、またも電話越しに笑うビスマルク。

 

 少々イライラしてきたんで、切っちゃって良いですかね?

 

「しかも、その都度ヲ級のコメント入りなのよね。正直、ヲ級のことはこの前の一件でいけすかないとは思っているけれど、ここまでやられちゃったら嫌いにはなれないわね」

 

 そんなことを言いながら、ビスマルクは今まで見たブログの内容をペラペラと喋り、何度も笑い声を上げていた。

 

 

 

 

 

「それで……貴方も踏んだり蹴ったりな状況に嫌気がさしているだろうから、早く佐世保に来ないかしら?」

 

「いやいや、そんな毎日でも楽しいんです。それに、子供達を置いてそちらに向かうことはできませんから」

 

「そう……か、残念ね。こっちにきたら、毎日可愛がってあげようと思っているのに……」

 

「か、からかわないでくださいよ……」

 

「あら、からかいなんかじゃないわよ。最後の時も、ちゃんと伝えたじゃない」

 

「うっ……」

 

 そうビスマルクに言われてあの時の事を思い出し、思わず耳まで真っ赤になってしまった。

 

「ふふ……貴方が今、顔を真っ赤にしているところが目に浮かぶわよ?」

 

「そ、それは気のせいですよっ!」

 

「そうかしら?」

 

 ふふふ……と笑う声が耳元で聞こえ、俺は恥ずかしさですぐにでも電話を切りたくなる。

 

「まぁ、その件は気が向いたら連絡して頂戴。この番号なら、戦闘以外は出れるはずよ」

 

「わ、わかりました……」

 

「それじゃあ……そろそろ出撃だから切るわね。名残惜しいけど……」

 

「分かりました。気をつけてくださいね」

 

「ふふ……Danke」

 

 ビスマルクは静かな声でそう言って、プツリと電話を切った。

 

「ふぅ……びっくりしたなぁ……」

 

 いきなりのビスマルクからの電話。ましてやドンピシャのタイミングで、知りたかったヲ級のブログについてのことだったのだ。

 

 もしかして、どこかに監視カメラでもついてるんじゃないだろうな……?

 

 見に覚えが無いという訳ではないだけに、思わず心配になるが……まぁ、それはさすがに大丈夫だろう。

 

 俺みたいなヤツの部屋を監視して何が面白いと言うのだろう――と思ったが、よくよく考えればヲ級の行動が載ったブログの写真をどこの誰が撮ったのかと考えれば、それはなきにしもあらずなのかもしれない。

 

「……とはいえ、誰が撮影したのかは間違いないだろうからな」

 

 そう呟いて、俺はパソコンの電源を落とす。

 

 天龍の件についてもまだ終わってないし、このブログの写真についても少しばかり悪意が感じられる。

 

 というか、明らかにヲ級だけを狙って撮影した訳じゃないし、コメントに関しても脚色されている感がムンムンとしているのだ。

 

 いざ向かうは艦娘の寮へ。入ることはできないが、愛宕と高雄に事情を説明すれば捕まえて渡してくれるだろう。

 

 それに、電話をした件についても追加の話をしないといけないし。

 

 俺はもう一度携帯電話を開いて電話帳を開く。

 

 そうして、最も信頼できる二人にメールを送った。

 

 

 

 

 

 艦娘幼稚園 ~ヲ級の観察日記~ 完




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 今章はこれにて終了しました。楽しんでいただけましたでしょうか?
感想等を頂けると喜びます。宜しくお願い致します。


 さて、次章のお話ですが……ここで変則更新とさせていただきます。
今章にてついに舞鶴へとやってきてしまったヤン鯨。
次回はそのお話となるので……そう、艦娘幼稚園ではなく、ヤンデル大鯨ちゃんのオシオキ日記の方を更新とさせて頂きます。

 次回はなんと全3話構成の章区切り。
1話目は、ヲ級観察日記の2話におけるヤン鯨側の視点をお送りいたします。

※ヤンデル大鯨ちゃんのオシオキ日記終了後は、艦娘幼稚園へと戻ります。


次回予告(ヤンデル大鯨ちゃんのオシオキ日記)

 ある艦娘から連絡を頂いた私は、早速舞鶴鎮守府にやってきたんです~。
まずは打ち合わせをしてたんですが、私の頭の中はこの鎮守府にあるという幼稚園の子供達のことでいっぱいですっ!

 そして、お仕置きする人物を探すべく臭いにつられた私が辿り着いた食堂で……

ヤンデル大鯨ちゃんのオシオキ日記 ~舞鶴鎮守府編 幼稚園児をお助け……です?~ その1「発見! 幼稚園児と先生……の巻」


 乞うご期待!

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~新しい仲間がやってきた!~
その1「言っとくけど、真冬だからね?」


 執筆用タブレットが故障してメーカーに送ることになったので、暫く感想やツイッターの返信が少し遅れる可能性があります。
 きちんと読んで返事いたしますので、ご了解の程よろしくお願い致します。


 新章突入ですー。

 雨が降る前にお菓子を買いに行こうとする先生とヲ級。
ちょっとばかりコンビニ店長には引き気味だけど、あれからは問題もない……と思っていた矢先のことだった。


 

 とある日の夜。

 

 天気はどんよりと曇り空。星が雲の隙間から微かに見えるが、気になるのはこれから降るであろう雨のことである。

 

 最近の天気予報の的中率はかなり高く、今日は夜から雨が降るらしい。それを新聞の天気欄で知った俺は、夜食用のお菓子が切れていたことを思い出し、雨が降る前にコンビニに行こうと決めた。たまたま傍にいたヲ級も会話の流れでついてくることになったのだが、つい先日の事件を思い出して少々戸惑ったものの、弟の頼みとあらば断ることもできず首を縦に振ってあげるのが兄の務めでもある。

 

 もちろん、普段の日常での行動の範囲であることをあしからず。間違っても一緒に寝ようという提案には首を左右に振る。そうでなければ、次の日から俺は暗い地下室で過ごすことになるからだ。

 

 何故そうなるのかと言われれば俺も困ってしまうのだが、最近舞鶴鎮守府では仕置人という人物の噂が広まっているのである。何か悪いことをすれば、その人に酷い目にあわされるらしいのだ。

 

 世話になる気は全くないし、俺から悪いことをしようとも思わない。しかし、例えヲ級からであったとしても世間体的に具合の悪いことであるのは確かなのだ。

 

 いったい何を話しているのだと思う方もいるかもしれないが、ヲ級の一緒に寝ようという提案は完全にエロいこと前提である。

 

 年齢以前に元兄弟。現在は深海棲艦という種族すら変わってしまってはいるが、とてもじゃないがそんな気にはならないし、年齢的にも大問題である。それに、現在の俺とあいつの関係は兄弟だけでなく(性別的には兄妹だが)、先生と教え子という立場でもあるのだ。

 

 それなのに手を出した――なんて誤解が広まっては、間違いなく仕置人とかいう人のお世話になるのは必定。確実に暗い地下室行きなのだ。

 

 

 

 ……こほん。

 

 少し話が逸れてしまった感じはあるが、問題が起こらないことであればヲ級の頼みを聞くのは兄の仕事であるということを理解してほしい。それが、小さい頃に死別してしまった俺のせめてもの償いと考えているのだ。

 

 さて、話を戻そう。

 

 そうして俺とヲ級は鎮守府の正門を通って外に出た。もちろん門衛はしっかりと俺の顔を覚えてくれていたし、拳銃を構えられることもなかったのだが、ヲ級が随時目を光らせる――というかは完全に睨んでいたのが大きかったのかもしれない。

 

 もしかすると、一人で門を通ろうとしたらまだダメなんじゃないかと思ってしまったりもするが、そうであればしっかりと説明して覚えてもらうしかない。その場合、言葉だけでは済まないんだろうけれど。

 

 仏の顔も三度まで……と言うからね。

 

 まぁ、そんなちょっとした冗談は置いといて、それからいつものコンビニへと向かって歩いていた。他愛のない会話をヲ級としながら、手を繋いでいると、本当にこの間のことを思い出してしまうのだが、以前とは違ってヲ級を観察する為に後をつけている訳でもなく、コンビニの店長とも顔見知りになったので問題は起こらないと――思う。

 

 正直に言えば、違うコンビニに行く方が気は楽なんだけどね。

 

 ただまぁ、別のコンビニはここから結構遠いし、品揃えが微妙なんだよな……

 

 それに、ヲ級の目当てであるデザート類はいつものコンビニがベストだそうだ。何やら生クリームのクオリティがかなり良いとか言っていたが、俺にはその違いがイマイチ分からない。

 

 それを一度話したことがあるのだが、その時ヲ級は激怒して、

 

「乙女ニ甘イモノハ必須ナンダヨ! オ兄チャンモ、ソレクライノコトハ分カッテヨネ!」

 

 ――と、大きな声で説教させられた。しかも正座で小一時間。

 

 お前は元男だろうと何度も言いたかったのだが、男の娘だったのだからその考えは間違っていないのか……? ――と、何やらややこしい思考のループにはまってしまい、説教は右耳から左耳へと流れていくだけだったのはここだけの話である。

 

 まぁ、元々そんなに詳しく聞く気もなかったと言えばそれまでなのだが。

 

 そんなことを考えながらいつもの道を歩き、途中にある橋を渡っていた時に小さな鳴き声のようなモノが耳に入ってきた。

 

「ん……なんだ?」

 

 少し高めの小さな声。悲しみに満ちたようなソレは興味を持つには十分であり、ヲ級も同様に不思議そうな表情を浮かべながら辺りを見回していた。

 

 普通に考えれば捨て犬なんかが橋のたもとに段ボール箱に入れられて……と、そんな感じを思い浮かべるんだけれど、残念ながらそれらしき物体は見当たらなかった。

 

 橋のたもとには――なんだけど。

 

「オ、オ兄チャン。川ニ浮カンデイルノッテ……」

 

「ああ……完全に段ボール箱。しかも子犬入りだな……」

 

 それはもうベタベタな展開しか思い浮かばない。

 

 寒空の下、川の中に入れば確実に凍えてしまうような気温。そんな状況下で子犬が今にも崩れてしまいそうな段ボール箱の中にいて泣き声を上げている。

 

 これを見逃すなんてことは、やっちゃあいけないんだろうけれど……

 

 川に飛び込むのは自殺行為だよなぁ。

 

 川の深さもハッキリ分からないし、安全に助ける方法は無いかと俺は辺りを見回した。すると、橋からほど近いところにある壁梯子が目に入り、そこから川の近くへと降りることができそうだった。

 

「よし……俺はあそこから下に降りるから、ヲ級は何か長めの棒とかそういうのを探してくれないか?」

 

「ソレハ良インダケド、僕ノ艦載機ヲ使エバ段ボール箱ヲ引ッ張レルンジャ……」

 

「その場合、犬が驚いて暴れてしまうと川にハマってしまわないか?」

 

「アッ……確カニ……」

 

 ハッと顔を上げた後しょげたヲ級だが、良く考えればこんな会話をしている暇はない。こうしている間にも段ボール箱は流され、手が届かないところまで行ってしまう恐れがある。

 

「とりあえず、今言ったことを頼んだ……」

 

「それじゃあ遅いです!」

 

「えっ!?」

 

 梯子に向かおうとした瞬間、急に後ろから聞こえてきた声に驚いた俺は咄嗟り振り向いた。そこには女子中学生くらいの少し小柄な女の子が、今まさに橋の上から川に飛び込もうと助走をつけ、

 

「どぼーんしてきますっ!」

 

 プールに飛び込むように、勢いよく橋からダイブした。

 

 

 

 ドッボーーーンッ!

 

 

 

「えええええっ!?」

 

 俺は慌てて橋から身を乗り出して川を見る。

 

「ちょっ、沈んだまま浮いて来ないぞっ!?」

 

 ――と、そう言った途端、水しぶきが上がった場所からゴポゴポと泡が浮き上がり、うっすらと影が水面に見えた。そしてその影は素早い動きで流れていく段ボール箱へと近づき、急に水面から空中に浮き上がった。

 

「ぷはーーーっ」

 

 どうやら女の子が段ボール箱を両手で持ち上げていたんだけれど……

 

 いやいやいや、今の気温分かってるのっ!?

 

 確実に風邪ひいちゃうレベルだよっ! ――ってか、今冬だかんねっ!

 

「泳ぎにくいからこっちに来て受け取って下さいっ!」

 

「あ、ああっ! 分かったからちょっと待って!」

 

 女の子の声を聞いた俺は急いで梯子を下り、川に近づいて段ボール箱を受け取った。

 

 その中には脅えるようにブルブルと震えていた子犬が悲しそうな目をしながら、俺の顔を見上げている。

 

「もう大丈夫だからな……」

 

 落ち着かせるように優しく頭を撫でてから後に続いてきたヲ級に段ボール箱を預け、俺は急いで女の子に手を伸ばそうとしたのだが……

 

「よいしょ――っと」

 

 軽々と川から上がってきた女の子は濡れた服をまったく気にせずに額を腕で拭い、ニッコリと笑いながら近づいてきて箱の中の子犬を見た。

 

「うん。元気そうだね! 良かった良かった」

 

「あ、ありがとう。だけど、そんなに濡れていたらこの寒さじゃ……」

 

「ん? あ、全然大丈夫。これくらいいつものことだから!」

 

 言って、女の子は満面の笑みを浮かべる。

 

「い、いや……しかし……」

 

「本当に大丈夫ですって……って、そういえば用事の途中だったんだっ!」

 

「あっ、ちょ、ちょっと、君っ!」

 

「それじゃあねー、先生っ」

 

「……え?」

 

 きびすを返しながら手を振った女の子は、梯子を上がらずにそのまま川に沿って走って行き、見えなくなった。しかし、そのことよりも気になるのは……

 

「俺のことを……知っていた……?」

 

 今確かに、俺のことを先生と女の子は言ったのだ。だけど、俺は女の子を見た記憶は無いし、話したのも初めてだと思う。

 

「………………」

 

 そんな俺にジト目を向けていたヲ級は大きなため息を吐き、

 

「……デ、コノ犬ヲドウスルノカナ?」

 

「……あっ」

 

 俺に、新たな問題がぶち当たったのだった。

 




次回予告

 犬を抱いて三千里……ではなく、コンビニについた主人公とヲ級。
そこで出会った店長に、子犬の飼い主をと聞いてみたのだが……


 艦娘幼稚園 ~新しい仲間がやってきた!~
 その2「ア~ク~ロ~ス~」


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その2「ア~ク~ロ~ス~」

 タブレットが無くなると本当に不便……
執筆も全く進んでないので大ピンチ。ポメラのキーピッチが狭過ぎて効率が……
でもでも、更新は出来るだけ早めに頑張りますっ。



 犬を抱いて三千里……ではなく、コンビニについた主人公とヲ級。
そこで出会った店長に、子犬の飼い主をと聞いてみたのだが……


「う~ん……ヲ級ちゃんの頼みだから聞いてあげたいけど……」

 

 いつものコンビニの入口前。

 

 寒空の下で駐車場と店の周りを掃除していた店長は、残念そうな表情でそう言った。

 

「やっぱりダメですか……」

 

 コンビニで犬を飼うのはさすがに無理としても、店長の家ならどうだろうと淡い期待で持ちながら買い物ついでに聞いてみたのだが、返事は予想に反せず難しいとのことだった。

 

「家で飼うのは問題ないんだけどねぇ……」

 

「ヲ……? ソレジャアナゼ……」

 

「ウチって、猫ちゃんがいっぱいいるのよ~。その中に、犬がどうしてもダメな子がいちゃってねぇ……」

 

「ヲヲ……ソレナラ仕方ガ無イカ……」

 

「本当にゴメンね~」

 

「いえいえ。無理を言っているのはこっちなんでそんなに謝らないでください」

 

 俺とヲ級は店長さんに深々と頭を下げてお礼を言って買い物をしようとしたが、犬を連れたまま店に入る訳にもいかない。俺は犬を持って外で待ち、ヲ級に買う物を頼んで中に入るように伝えた。

 

「ソレデハ、ミッションヲ開始スル!」

 

「うむ。そこまで重要なアレじゃないけど、宜しく頼んだ」

 

 敬礼するヲ級に少し呆れながら手を振ったのだが、そんな光景を店長さんは手持ちのスマホでパシャパシャと写真を撮っていた。

 

 あぁ……またファンクラブのブログとか、舞鶴鎮守府の広報に写真が載っちゃうんだろうか。

 

 どうやら以前の写真も青葉だけでなく、いろんな人からの投稿などで集まっているらしい。つまり青葉をとっちめてもあまり意味が無いらしいのだが、鎮守府の広報という名目上口を出すのも難しく、半場諦めていたりするんだよね。

 

 それよりも、あそこまで大々的に外部に広報しておいて本当に大丈夫なのかと心配になっていたのだが、高雄にそのことを尋ねてみたところ「鹵獲艦の有効活用として申請していますし、あの子をどうこうしようとする輩は全力で排除するように手配してありますので」と、ある意味恐ろしい答えが返ってきた。

 

 全力で排除って……相手がメディアや国の科学研究所とか、どう足掻いても太刀打ちできないレベルもあると思うんだけどなぁ。

 

 舞鶴鎮守府はあくまで国の機関であるからして、上層部から命令が下ればそれに従わなければならないはずである。例え元帥が首を横に振ったとしても、やろうと思えば実力行使に出てくる可能性が高いのだ。

 

 もちろんメディアに関しては数の力なのだが……ブログやこの前の女子学生を見る限り、ちょっとしたブームを起こそうと考える輩が出てきそうなんだけど、それも気配は無さそうなのだ。

 

 まぁ、どうこう考えていたところで、俺ができることはたかが知れている。しかし、全力を持ってヲ級を守ることは兄として当たり前だから、例え世界を敵に回したところで止める気は無い。

 

 何事も無いのが一番だから、今のままで充分なんだけどね……と、小さくため息を吐いた。

 

「う~ん……」

 

 掃除をしていた店長(ゴツイ挙げ句にお姉)が箒の動きを止めて、何やら俺の顔を見ながら唸っていた。

 

「ど、どうしたんですか……?」

 

「なんだか様になっているわねぇ……と、思ったのよ~」

 

「………………」

 

 店長の言葉を聞いて、俺は後ずさった。抱えている子犬の震えも心なしか大きくなり、首を左右に何度も振っている。

 

「……あら。もしかして、変な風に捉えちゃってないかしら?」

 

「おもいっきり捉えています」

 

「あらやぁねぇ~。けど、お兄さんは私の好みじゃないから、安心して良いわよ~」

 

「は、はぁ……そうですか……」

 

 そうは言いつつも、一定の距離を取りつつ店長の動きをじっと見つめる俺。正直常時近寄りがたい雰囲気を醸し出している店長の言動なのだが、良くもまぁこれでコンビニがやっていけるよなぁと思う。

 

 人が寄らなかったら客商売は成り立たないと思うんだけど、それにしてはいつ来ても客は居るんだよな……このコンビニ。

 

 常連である俺がそう言うなと思ってしまったりするが、なぜかふと足が向いてしまうのだ。ヲ級はデザートの品揃えとクオリティが良いからだと言っていたが、俺の場合は鎮守府にある売店で事足りるのに……非常に謎である。

 

「もうちょっとマッチョで角刈りだったら良いんだけどねぇ~」

 

「暫く散髪には行かないようにします」

 

 額から汗が滴り落ちながら言った俺に頷くように、子犬もコクコクと首を縦に振っていた。

 

「あら~、残念ね~」

 

 そう言いながらケラケラと笑う店長は箒を再び動かし始め、広い駐車場の端の方へと向かっていった。

 

「ふぅ……事なきを得た……かな」

 

「クゥ~ン……」

 

 大の大人と子犬が揃って白いため息を吐くという、珍しい光景がそこにはあったのかもしれない。

 

 

 

 

 

「タダイマ、オ兄チャン……ッテ、ナンデソンナニ黄昏テルノ?」

 

 コンビニ袋を持ってスキップ交じりで店から出てきたヲ級は、自動扉の横で座り込みながら空を眺めていた俺を見る。

 

「あ、あぁ……ちょっとな……」

 

 先ほどの店長との会話で傷ついてしまった心を修復していたのさ……なんて、ちょっとカッコ良くも無いセリフを吐く気にもなれず、俺はゆっくりと犬を抱えたまま立ちあがった。

 

「ところで、頼んでいた物は買えたのか?」

 

「ソレハモチロン。僕ト愛宕ノ夜食用デザートニ、オ兄チャンニ頼マレタスナック菓子ト週刊誌。ソレニ、グラビア雑誌ニ、コンド……」

 

「言わせねえし買ってこいとも言ってねぇよっ!?」

 

 俺は慌ててヲ級の口を塞ぎに手を出すが、予想していたと言わんばかりに不敵な笑みを浮かべながら触手で防いだ。

 

「何ヲビックリシテイルノカナ……オ兄チャン。僕ハ買ッテキタ物ヲ言ッテイルダケダヨ?」

 

「後半の二つは俺が頼んだやつじゃねぇっ! しかも最後の二つはどうやって売ってもらったんだよっ!?」

 

「……勘違イモ甚ダシイト思ウケド、最後ニ言オウトシタノハ、今度コノコンビニデ発売予定ノ新作デザートサンプル……ナンダケド?」

 

 そう言いながらも不敵な笑みを崩さないヲ級。

 

 明らかに確信犯じゃねぇかよっ!

 

「くっ……しかし、グラビア雑誌は頼んでないぞっ!」

 

「アァ、コレハ元帥カラ頼マレタンダヨ」

 

 アイツはいったい何をヲ級にやらせてんだよっ!

 

 羞恥プレイとか強制させてんなら今すぐぶん殴りに行くところだけど、ヲ級にとってこんなのは朝飯前だかんねっ!

 

 ――って、そういうことを言っているんじゃねぇよっ!

 

「何ヲ興奮シテイルンダヨ……オ兄チャン……?」

 

 ちょっとばかり嫌そうな目で見つめてきたヲ級だが、俺の心境はそんなことはどうでも良いと言わんばかりに怒りで沸騰していた。

 

 幼稚園児にグラビア雑誌を買ってきてくれと頼む鎮守府最高司令官。

 

 うむ、今すぐあの人に告げ口というメールをしておかないとな。

 

 俺はすぐさまポケットの中に入れてある携帯電話を取り出して、高速で文字を入力する。

 

「オオォ……マルデポケベルニメッセージヲ送ル玄人バリニ……」

 

 いや、例えが古過ぎやしないか……それ……

 

 確かに昔は公衆電話で無茶苦茶早く入力する人いたけどさぁ。

 

 今の人だと大半が分かんないんじゃね?

 

 とまぁ、そんな心の中の突っ込み連打をかましながらもメールを打ち終えた俺は、きちんと送信できたのを確認してからポケットの中へとしまい込んだ。

 

「よし。とりあえず鎮守府に戻るか」

 

「ン……ソウダネ」

 

 まだ少しボケ足りないといった感じの表情を浮かべていたヲ級だが、外の寒さに耐えるのも嫌になったのかコクリと頷いた。

 

 そして来た道を戻って歩いていく。

 

「トコロデオ兄チャン。店長ハダメダッタケド、他ニアテハアルノカナ?」

 

「うーん……とりあえず思い当るところをあたって行こうとは思うけど……」

 

「コノ際オ兄チャンガ飼ッチャエバ良インジャナイカナ?」

 

「それも考えたんだが、寮はペット禁止なんだよなぁ……」

 

「アァ、ソウ言エバソウダッタネ……」

 

 言って、ヲ級は俺が抱えている子犬を見る。少しは元気が戻ってきているのか、子犬はマジマジとヲ級の顔を見返していた。

 

「……名前ハ……『メンチ』ダネ。モチロン非常食デ」

 

「色々と物騒すぎるぞ、それ……」

 

「飼イ主ハ、コトゴトク落トシ穴ニ落チマクル……」

 

「いや、俺の所属しているのは幼稚園であって、秘密結社では無いんだが……」

 

 これもまた少し古いネタである。

 

 本当に大丈夫かなぁと思ったりもするが、良く考えれば今までにそんなレベルじゃない古いネタを振りまくっているのだから、時すでに遅しかもしれない。

 

 ――って、いったい何を考えているんだろう。

 

 そして、この犬を助けた橋にさしかかった。俺は橋を渡りながら川の方を見てみたが、飛び込んだ女の子の姿どころか人っ子一人見えなかった。

 

「サッキノ女ノ子ガ気ニナルノカナ?」

 

「そりゃあ気にならないと言えばうそになるな。この寒い中、川に飛び込んでくれて犬を助けてくれたんだし、お礼も言い足りないだろ?」

 

「マァ、ソウダケド……」

 

 そう呟きながら少し不満げな表情を浮かべたヲ級は、プイッ……と顔を背けて俺の前を歩いていく。

 

 ……いったい何が不満なんだろう?

 

 俺は小さくため息を吐きながら、ヲ級の後に続いて少し早足で歩いていった。

 




次回予告

 コンビニ店長は無理でした。
まぁ、子犬のことを考えたら良かったとは思うんだけど。

 誰か他に飼ってくれる人が居ないかと探した主人公だが、残念ながら見つからず。
今日はもう無理だと判断し、寮に子犬を置いて夕食を食べに行くのだが……


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 その3「まさかのダブル天丼」


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その3「まさかのダブル天丼」

 コンビニ店長は無理でした。
まぁ、子犬のことを考えたら良かったとは思うんだけど。

 誰か他に飼ってくれる人が居ないかと探した主人公だが、残念ながら見つからず。
今日はもう無理だと判断し、寮に子犬を置いて夕食を食べに行くのだが……


 

 それから鎮守府に戻った俺とヲ級は、鳳翔さんの食堂や知り合いの艦娘に会って犬の引き取り手を探したのだが、誰もが難しいと答え断られてしまった。皆は一様に申し訳ないと言っていたけれど、食堂で動物を飼うのは衛生的にも難しいだろうし、艦娘の寮もペット禁止なのだから無理を言っているのはこちらの方なのだ。

 

 かくなる上はヲ級にグラビア雑誌を頼んだ元帥に罪を償わせようと思ったが、鎮守府の最高司令官に子犬を押しつけるというのもまた無茶苦茶だと思い、俺は踏みとどまって肩を落としていた。

 

「いったいどうするかなぁ……」

 

 呟きながら子犬を見る。

 

 小さく返事をするように「クゥ~ン……」と鳴いた子犬は俺を見上げ、キラキラと光っている目を合わせるように見せる。

 

 うむむ……可愛いなぁ……

 

 この際、隠れて寮で飼ってしまうのもアリかもしれない。

 

 ただ問題は、バレた時の事なんだよなぁ。

 

「オ兄チャン。ソロソロ時間モ遅イケド、ドウスルカナ?」

 

 ヲ級に言われて腕時計に目を落とすと、いつもの夕食の時間を少し過ぎていた。これから誰かの部屋に向かおうにも食事を取りに出かけている可能性が高いだろうし、その後に入浴等があると考えると、頼みごとをするのは難しいかもしれない。

 

「そう……だな。今日はとりあえず俺の部屋に隠しながら連れて帰って、明日にまた探すとするか」

 

「ソノ方ガ良イヨネ……」

 

 ――と言ったヲ級の腹部から情けない音が「ぐぅぅぅ……」と鳴り響き、恥ずかしそうに頬を赤く染めた。

 

「それじゃあ、ひとまず寮にこいつを置いてくるから、先に食堂に向かっていてくれるか?」

 

「ウン。ソレジャア先ニ行ッテルネ」

 

 そう言って、駆け足で食堂へと向かうヲ級。

 

 そんなに腹が減っていたのなら、言ってくれれば良いのになぁ。

 

 まぁ、ヲ級も犬のことが心配だったのだろう――と思いながら、俺は懐に子犬を忍ばせて寮へと戻る。

 

「頼むから、鳴かないでくれよ……」

 

 服の上から優しく撫でながら寮の中に入り、ヒヤヒヤしながら通路を歩いていく。階段を上がって2階に進み、自室への通路を歩く間、誰かに会うことも無く自室に戻ることができた。

 

 

 

 バタンッ……

 

 

 

 扉を閉めて大きく息を吐いた俺は、懐から子犬を取り出してベットに乗せ、コップを持って冷蔵庫を開ける。

 

「確か、牛乳はダメだったよな」

 

 子犬に人が飲む牛乳を与えるとお腹を下してしまうと聞いたことがある。俺は冷蔵庫に入っているミネラルウォーターを取り出してからコップに入れ、電子レンジで少し加熱してから差し出してみた。

 

「………………」

 

 少し頭を傾げるような仕草をした子犬は、クンクンと鼻でコップの中を嗅いでから、ゆっくりと舌でお湯を飲み始めた。

 

「美味く……はないだろうけど、身体をあっためる為にもしっかり飲むんだぞ」

 

 そんな俺の言葉に反応するかのように子犬は俺の目を見つめて頷いてから、再びコップへと視線を落とした。

 

「……言っていることが分かるのか?」

 

 だが今度は反応を見せずにお湯を飲むことに必死の様だ。どうやら偶然なのだろうと思った俺は立ちあがり、ヲ級がいる食堂へと戻ることにする。

 

「何か食事を持って帰ってきてやるから、それまで大人しくしているんだぞ?」

 

 俺はそう言って扉を閉め、鍵を掛けてから寮の外へと出る。

 

 残念ながら冷蔵庫に子犬が食べれそうな物は無かったので、食堂で食べ物を持って帰ってくるか、売店で何かを買ってくるしかない。よく考えてみれば、コンビニに行った時にドックフードを買ってくれば良かったと後悔したが、もう一度向かうにはヲ級を待たせてしまうことになるのでそれも難しいだろう。

 

 そして何より、俺の表情を曇らせたのは……

 

「……うわー」

 

 新聞の天気欄で見た通り、ポツポツと雨粒が空から降り落ちていた。

 

「傘を取りに戻るのもめんどいし、走って行くか……」

 

 ため息を吐いてから一人で呟いた俺は、そのまま食堂へと向かっていくことにした。

 

 

 

 

 

「いらっしゃいませーーーって、先生……か」

 

 入口の扉が開く音の条件反射で掛け声をあげたものの、俺の顔を見た瞬間不機嫌そうな表情へと変えた千代田が顔を背けた。

 

「こら千代田。なんて挨拶をしているのっ!」

 

「えー……だって先生ったらこの前、千歳姉ぇに……」

 

「だあああっ! アレは違うって説明したじゃないですかっ!」

 

 なんで食堂に入った途端にこんな状況になっちゃうんだよっ!

 

 つーか、朝と昼にはこんなこと起きなかったのにだよっ!?

 

「……今、先生の不審な気配がしたような」

 

「鳳翔さん、包丁持って忍び寄るの禁止ーーーっ!」

 

「あら、冗談ですよ?」

 

 そう言いながらニッコリ笑う鳳翔さん――だけど、正直心臓に悪いからマジで止めてくださいっ!

 

 それに、ただでさえ噂が広まると具合が悪いんですから……

 

「ひそひそ……また幼稚園の先生が何かやったのかしら……?」

 

「今度は千歳に告白したらしいわよー……ひそひそ」

 

「なにそれ……発情した猿やウサギじゃあるまいし……」

 

「そんなことになっているのなら、私のところに来てくれたら良いのにデス……ヒソヒソ」

 

 うわあああぁぁぁぁぁ……既に手遅れになっているぅぅぅ……って、最後の金剛じゃねぇかっ!

 

 内緒話に加わるどころか悪化させにいっているじゃねぇかよっ!

 

 マジで止めてお願いぷりぃぃぃずっ!

 

 すると、いつの間にか傍に立っていたヲ級は俺を見上げながら、

 

「チッ……愚兄メ……」

 

 ――と、呟いた。

 

 ゴミを見るような目で俺を見ないで――っていうか、助けろよっ!

 

 俺ってなんかヲ級の気に障ることをやったのかっ!?

 

「ハイ。以上デ入リノコントハ終了デス」

 

 そう言って、ヲ級は両手の平を上に向けてかっこいいポーズを決めると……

 

 

 

 パチパチパチ

 

 

 

 なぜか拍手が鳴り始めた。

 

 俺は呆気に取られながらも周りを見ると、席についている艦娘や作業員達がヲ級を見ながら笑みを浮かべ、手を叩いている。

 

「いやー、今日も面白かったよね~」

 

「さすが幼稚園児劇団……もはや玄人の域ですな……」

 

 ………………

 

 え、なに? これってお芝居か何かだったのっ!?

 

 つーかコンビとかトリオじゃなくなって、劇団になっているってどういうことっ!?

 

 一言もそんなこと聞いてないんですけどーーーっ!

 

「そして先生が最後に一人で心の中でツッコミまくる……これはもう、お金を取れるレベルよね~」

 

「そうそう。アレが最後のオチとして最高なのですよ」

 

 俺まで完璧に取り込まれちゃってるよっ!

 

 そしてドヤ顔で俺を見上げながら親指を立ててるんじゃねぇよヲ級っ!

 

 はぁ……はぁ……はぁ……

 

 す、数日分のツッコミをこの場でやった気がするぞ……

 

 マジで思いっきり疲れたじゃねぇか……

 

 俺は満身創痍無状態で近くの席に座り、ガックリと肩を落とした。

 

「お疲れ様です、先生。今日の晩御飯はどうなさいますか?」

 

「あー……はい。それじゃあ今日のお勧めで……」

 

「分かりました。少しだけお待ちくださいね」

 

 千歳はそう言ってテーブルの上にお茶の入ったコップを置き、ニッコリと笑みを俺に向けてから厨房へと戻って行った。

 

 背中の辺りに視線が突き刺さっている気がするのだが、たぶん厨房から千代田が睨んでいるんだろうなぁと思いつつ、俺はお茶を啜る。

 

 さっきのはコントとかそういうのじゃなくて、マジっぽかったもんなぁ……

 

 ちゃんと説明したはずなんだけれど、もう一回話し合った方が良い気がする。そうじゃないと、毎日食べにくる場所でギクシャクするのも具合が悪いからね。

 

 あと、鳳翔さんの包丁ネタはマジで止めて欲しいです。

 

「ヨイショット……」

 

 そして自分のトレイを持って前の席に座ったヲ級は、ニッコリではなくニヤリと笑って食事を取り始めた。

 

 ちくしょう……いつか仕返ししてやる……

 

 そんな、兄として小さい思いを心に秘めながらジト目を送るがヲ級には通用せず、俺はため息を吐いてからもう一度お茶を啜る。

 

「お待たせしました、先生」

 

「あ、ありがとうございます。千歳さん……」

 

 お礼を言いながらテーブルに置かれたトレイを見た途端、俺の意識は一瞬だけ固まってしまい、

 

「ど、どうしたんですか……先生?」

 

「あ、いえいえ。なんでもないんです。なんでも……」

 

 愛想笑いを浮かべながら千歳の顔を見てお辞儀をし、「いただきます」と言ってからトレイに向き直った。

 

 そこには、ご飯に味噌汁、ほうれん草の胡麻和えと筑前煮、そしてメインディッシュは……

 

 

 

 メンチカツだった。

 

 

 

 再び俺の顔を見ながらニヤリと笑うヲ級。

 

 俺は背筋に嫌な汗をかきながら気づかない振りをして、夕食を取ることにした。

 

 

 

 ……非常食……じゃないよな?

 






次回予告

 幼稚園児劇団の舞台、面白かったでしょうか……ではなく、
色々と突っ込みどころが満載の夕食を終えた主人公。

 子犬用の食事を買いに売店へと向かったが、またもや不幸スキルを発動して途方にくれたのだが、まさかまさかの展開で……ついに念願享受となるかっ!?


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 その4「愛宕先生お持ち帰り~♪」


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その4「愛宕先生お持ち帰り~♪」


 題名詐欺だっ!
とは言わないようにw


 幼稚園児劇団の舞台、面白かったでしょうか……ではなく、
色々と突っ込みどころが満載の夕食を終えた主人公。

 子犬用の食事を買いに売店へと向かったが、またもや不幸スキルを発動して途方にくれたのだが、まさかまさかの展開で……ついに念願享受となるかっ!?



 

 それから大した問題が起こることなく夕食を終え、ヲ級や金剛と他愛のない会話を少しだけしてから寮の自室に戻ることにした。もちろんその前に売店に寄って、子犬の食事になりそうな物を買って帰ろうと思ったのだが……

 

「何も無いんですけど……」

 

 どうやらまたブラックホールコンビが夜食の為に買い込んだようだった。売店のおばちゃんはホクホク顔なのだが、こっちは洒落にならないくらいに落ち込んでいる。こうなると、雨の中を歩いてコンビニまで行き、ドックフードを買って来なくてはならないようだ。

 

 俺は売店のおばちゃんに会釈をし、傘を取ってきてからコンビニに向かおうと寮の自室に戻ることにした。

 

「あら、先生じゃないですか~」

 

 寮がすぐ目の前に見えるところで声がかけられ振り返ってみると、愛宕が笑みを浮かべながら手を振っていた。

 

「こんばんわ、愛宕先生。いったいこんなところでどうしたんですか?」

 

「ええ、実はちょっと先生に用事がありまして~」

 

「えっ、お、俺にですかっ!?」

 

 思いもしなかった愛宕の言葉にキョドってしまう俺。こんな時間にこの場所にいるということは……俺に会いに来てくれたと考えるのが普通だろう。

 

 ちなみに携帯電話の番号もメールアドレスも伝えてあるのに、それらで連絡を取ることなく、いきなりの訪問となれば驚いてしまうのは仕方ない。それでもなんとか冷静に判断し、雨が降り注ぐ屋外で会話する訳にもいかないだろうと、俺は愛宕に向かって口を開く。

 

「そ、それじゃあ、鳳翔さんの食堂かどこかで……」

 

「いえいえ、是非先生のお部屋にお邪魔しようと思いまして~」

 

「なっ!?」

 

 ニッコリと笑みを浮かべながらとんでもないことを言った愛宕に対して驚きつつ、内心ドンチャン騒ぎのお祭りが開催されることになる。

 

 いぃぃぃぃぃやっほおおおぉぉぉぉぉっっっ!

 

 ついに……ついに俺の時間が来たんだぜぇっ!

 

 ――とまぁ、こうなっちゃうのも仕方がない。だって、念願のお持ち帰りだよ?

 

 正確にはちょっと違う気もするが、それでも嬉しいことに変わりは無い。俺は急いで愛宕の前を歩いて寮へと先導しながら、入口の扉を開けた。

 

 ちなみに艦娘の寮に男性が入るのは禁じられているが、逆に男性寮の方に艦娘が入っていけないという決まりごとは無い。もしそうだったのなら、元帥の逃走時や出張前の夜に高雄が来室したのは違反行為になっちゃうからね。

 

 まぁ、こういった決まりごとを作ったのが元帥なのだから、それもまた理解できる。自分の良いようにルールを決めるのは、いつだって権力者のすることなのだ……って、なんだか今日の俺の元帥批判は酷い気がするが、まぁいいだろう。

 

 それよりも今は、愛宕を部屋に連れ込むこと先決である。

 

 ――って、この言い方だとちょっとあくどく聞こえてしまうかもしれないが、両者同意だからねー。

 

 ………………

 

 やばい。含み笑いが止まりそうにない。

 

 しかし、そんな顔を愛宕に見せる訳にもいかず、俺は振り向かないまま階段を上がり、不審に思われない程度の会話をしながら自室の扉を開けた。

 

「そ、そ、それじゃあ、どうぞ……」

 

「ありがとうございます~」

 

 愛宕を室内に促して部屋の中に入る。何か飲み物を出すべきだよな……と思った瞬間、ベッドの上でスヤスヤと寝息を起てている子犬が目に入り、一気に汗が引いた。

 

 ………………

 

 わ、忘れてたーーーーーーーっ!

 

 完全に失念してたよっ! ドックフード買いに行かなきゃとか思っていたのに、愛宕に会った時点でどっかに飛んでっちゃってたよっ!

 

 寮はペット禁止です――って、完全に怒られるパターンだよこれっ!

 

 そしてそのまま嫌われて振られちゃうんだよ、うわあああああああぁぁぁんっっっ!

 

「あら……あらあら~」

 

 そしてバッチリ気付かれたーーーっ!

 

 ――と、内心どこかの市会議院のように泣き叫んでいた俺だったのだが、

 

「可愛い~~~♪ この子がヲ級ちゃんが言っていた子犬ちゃんですね~」

 

「………………はい?」

 

 ……え、ヲ級が……言っていた?

 

 ど、どういうこと……?

 

 素早くベッドに近寄った愛宕は屈み込んで子犬の頭を優しく撫でていた。目を覚ました子犬は一瞬驚いたような仕種をしたものの、撫でられる気持ち良さに身を任せて鼻を鳴らし、笑っているような表情を浮かべている。

 

「あ、あの……愛宕先生、いったいこれは……どういうことで……」

 

「川を流れていた子犬を助けたけど、飼い主がいなくて困っているからどうしようかとヲ級ちゃんから相談を受けたんですよ~。それで、一度どんな感じの子なのか見てみたくて来させていただいたんですよね~」

 

「あ、あぁ……なるほど……」

 

 え……っと、つまりは……

 

 お祭り騒ぎが泡となって消えた……ということでファイナルアンサーでしょうか?

 

「ワンッ」

 

 俺の心の問いに答えるかのように子犬が小さく吠え、俺はガックリと肩を落とした。

 

 まぁ、そうだよねー。

 

 いきなり俺の部屋に愛宕が来るとかおかしいもんねー。

 

「んんん~。可愛いし大人しいし人懐っこいし……本当にいい子さんですね~」

 

「そ、そうなんですけど……残念ながら飼い主は見つからなくて……」

 

「大丈夫ですよ~。その辺は私がしっかりと考えていますから~」

 

「……え?」

 

 子犬を撫でながら俺の方へと振り向いた愛宕は、少し自慢げに笑顔を浮かべながら空いた方の手の人差し指を立ててウインクした。

 

 子犬も可愛いけど愛宕も可愛いなぁ。

 

 ほんと、今から押し倒しちゃって良いですか?

 

 ……まぁ、それができないチキンだからこそ、ヤキモキしている訳なんだけど。

 

「さっきも言った通り大人しくて人懐っこいですから、幼稚園で飼うことができそうなんですよね~」

 

「えっ……い、良いんですかっ!?」

 

「もちろんですよ~。子供達の情操教育にも良いと思いますし、明日から幼稚園で住めるように書類の方を作成しておきますね~」

 

「あ、ありがとうございますっ!」

 

「今から幼稚園の方に連れていく訳にもいきませんから、今日だけは先生にお願いすることになりますけど……」

 

「そ、それは大丈夫です。一応……その、ダメだと分かってはいたんですけど、ここで世話をしようと思っていたので……」

 

「正直に言っちゃうとダメなんですけど、明日までの特例ってことで大丈夫でしょう~」

 

「す、すみません。色々と……その……」

 

「いえいえ~。こんなに可愛い子犬ちゃんを外に放っておく先生でしたら、そっちの方が大問題ですからね~。もしそんなことをするのなら、その場で見限って仕置人さんへ一直線でしたよ~?」

 

「えっ、あ……あ、あははは……ま、まさか……そんな……」

 

「うふふ~」

 

 ニッコリと笑みを浮かべたままそう言った愛宕に、俺は一抹の不安を感じつつ愛想笑いを返していた。

 

 ……じょ、冗談……ですよね?

 

「クゥ~ン……」

 

 そんな心の問い掛けに、子犬はなぜか首を左右に振っていた。

 

 

 

 マジで人の言葉を理解してないか……?

 

 

 

 

 

 それから愛宕が持ってきてくれていたドックフードをお皿に入れて子犬に与え、無我夢中で食べているのを見ながら会話を交わしていた。

 

「本当に大人しいですねぇ~。普通だと、食事を取っているときに撫でたりすれば怒ったりするんですけど~」

 

 愛宕はそう言いながら皿まで食べようとする勢いの子犬の頭を撫でている。

 

「生まれて間もないって感じではなさそうですけど、訓練を受けていた感じにも見えませんよね」

 

「そうですね~。単純に性格が大人しいだけかもしれませんね~」

 

 気性が荒く、訓練を受けていない犬は食事時に触れようとすると唸ったり吠えたりする場合がある。これは昔に家で犬を飼っていた経験によるものなのだが、たぶん食事を取られないようにする行動だろうと思う。

 

 しかし、この子犬はそういったことをしないのだが、訓練を受けているようにも見えないのだ。もし受けていたのなら、食事を目の前にしてもがっついて食べる前に待てをするだろう。

 

 まぁ、そんなことをする余裕もなくお腹が減っていたかもしれないということも考えられるのだけれど、きちんと訓練を受けた犬が段ボール箱に入れられて川に流されるなんてことは、普通はしないと思うんだけどね。

 

 犬を飼うなら最後まで面倒見るということを肝に免じて飼わなければならないのだが、世の中には色んな人がいるからなぁ。

 

 これも何かの縁だし、まずは出会えたことを感謝してこれから付き合っていけば良いだろう。

 

「しかし、本当に可愛いですねぇ~。おめめがクリクリしていて、フワフワのモコモコで……」

 

「そうですね……って、この子犬の犬種はいったい何になるんだろ?」

 

「う~ん……柴犬に似ていますけど、色合いと毛並みがちょっと違う感じがしいますよね~」

 

 ウンウン……と頷くが、愛宕の言う通りパッと思いつくような犬種は思いつかなかった。もしかすると柴犬と別の犬種のミックスかもしれないが、それが分かっても分からなかっても別に対した意味合いではないだろう。

 

「はいは~い。綺麗に食べましたね~」

 

 お皿を舐めつくすように綺麗に食べきった子犬は、ちょこんとおすわりをして愛宕に撫でられながら目を細める。

 

「うぅ~ん、本当に可愛いですねぇ~。抱っこしてゴロゴロしちゃいそうになっちゃいますよ~」

 

「あはは……確かにそうですよねー」

 

 ――と、冷静に反応しつつそれを想像してみる。

 

 愛宕の大きい胸部装甲に挟まれた子犬。

 

 更にはベッドの上で抱きしめながらゴロゴロ回転。

 

 ………………

 

 子犬に生まれ変わりてぇぇぇぇぇっっっ!

 

 ちょっと今から舞鶴湾に身投げしてくるっ! 弟がヲ級に転生できたんだから、俺だってできるよねっ!?

 

 そしてそのまま天国気分だ――って、それだと生まれ変わってないっ!

 

 ………………

 

 危ない危ない。ちょっと暴走して危うく命を落とすところだった。

 

 若さ故の過ちには気をつけないといけないな。今までの経験上、大変なことになるのは目に見えているし。

 

「……先生?」

 

「え、あ、はい。な、なんでしょうか?」

 

 愛宕の呼びかけに気づいた俺は慌てて我に返り、視線を向けてみる。

 

「どうかしたんですか? なんだか考え事をしているみたいでしたけど……」

 

「い、いえいえ。なんでもないです」

 

「そう……ですか。もし何か気になることとかがあるなら、気にせずに相談してくださいね?」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 膝の上に子犬を載せてベッドに腰掛けた愛宕は、笑みを浮かべながらそう言った。

 

 その顔を見て、俺はズキリと胸が痛む。

 

 相談したいことはある。

 

 ――いや、相談というよりかは返事を聞かせてほしいという方が正確だ。

 

 だけど、俺はまだその答えを聞く勇気も度胸も未だ無い。

 

 あの時は、無我夢中で叫んでしまったけれど……

 

 冷静になった今、それをもう一度言ってみろと言われても、正直できるとは思えない。

 

 ………………

 

 うむむ……やっぱりチキンだなぁ……俺。

 

 シチュエーションとかは今しか無いってくらい揃っているんだけどなぁ。

 

 告白するなら……今でしょ。なんて言われても、おかしくないくらいなんだよ?

 

 それが分かっていてもできない俺。これはもう、チキン以外の何物でもない。

 

 たぶんそれは、今の環境が自分にとってすこぶる良いものだから。

 

 幼稚園の先生でいられることが、何より生きがいに感じているから。

 

 だからこそ今の状況を、今の関係を壊したくないからなんだろう。

 

 ――そう思い込みながら、俺は言葉を飲み込んだ。

 

 いつしか伝えられる時が来るまで、胸の中に秘めていようと。

 

 まぁ、一度は伝えてしまったんだけれどね。

 

「さて……それじゃあ時間も遅いですし、そろそろおいとまさせていただきますね~」

 

「あ、はい。それじゃあ子犬は明日幼稚園に連れていけば良いですよね?」

 

「ええ、そうしてください。書類の方は今晩中に揃えて、明日の朝一番に姉さんに渡しておきますから~」

 

「すみませんが、よろしくお願いします」

 

 俺は頭を下げて礼を言い、愛宕は微笑みながら子犬を俺に手渡した。

 

「ではまた明日です、先生」

 

「寮の入口まで見送りますよ」

 

「いえいえ。それだと子犬ちゃんが一人っきりになっちゃいますから~」

 

 愛宕はそう言いながら手を振って、部屋の外へと出て行った。

 

 うむぅ……ガードが固いのか、ただ単に普通にそう言ったのか分かりかねるのだが……

 

 どちらにしても、最初の時に想像したようなことは全く起きなかったのである。

 

 まぁ、俺もさっき言葉を飲み込んだのだから、甘いと言われればそれまでなんだけれど。

 

「クゥ~ン?」

 

 腕に抱かれた子犬が、俺を見上げながら顔を傾げる。

 

 つぶらな瞳が可愛くて、思わず力いっぱい抱きしめてしまいそうになるのを堪えながら、就寝の準備をした。

 

 

 

 いつか……もう一度、言えると良いな……

 





次回予告

 子供たちの前に子犬を連れてきた主人公。
そうして幼稚園で飼う事になったのだが、必要なのは小屋だよね。

 ということで、早速日曜大工をする事になった主人公だが、またもやあいつが現れた!


 艦娘幼稚園 ~新しい仲間がやってきた!~
 その5「青葉スレイヤー」

 乞うご期待!

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その5「青葉スレイヤー」

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 子供たちの前に子犬を連れてきた主人公。
そうして幼稚園で飼う事になったのだが、必要なのは小屋だよね。

 ということで、早速日曜大工をする事になった主人公だが、またもやあいつが現れた!


 

「超可愛いじゃねぇかよっ!」

 

「ほんとね~」

 

「さ、触っても……良いかな……?」

 

「フワフワしていてとっても可愛いデース!」

 

「抱っこしたいっぽい!」

 

 うむ。子供達のテンションが上がりまくっているが仕方ない。

 

 可愛いものは正義。そうなっちゃうのも分かるからね。

 

 子犬を幼稚園に連れてきた俺は、朝礼が済んだ後に子供達に見せた。その後は予想通り、子供達は円陣のように集まって子犬を中心にワイワイと騒ぎながら、名前をどうするかとか、どこで飼うのかなど、質問の雨あられ状態になっていた。

 

 しかし、そんな状況にも関わらず、子犬はパニックを起こすこともなく子供達に愛くるしさを振り撒き、これでもかと言わんばかりに可愛さをアピールしまくっていた。

 

「クゥ~ン」

 

「お、わわっ、指を舐めてる仕種が半端ねぇぜっ!」

 

「天龍ちゃんの指を舐めるなんて、お腹を壊しても知らないわよ~?」

 

 ……おいおい。

 

 龍田の言いたい放題も磨きがかかっているのだが、天龍はそんなことはお構いなしという感じで子犬に集中している。潮も同じように手を子犬の目の前に出して、ペロペロ舐める仕種をウットリと見つめているようだ。

 

 そしてだんだんと龍田の表情が黒い感じに変わっていって……って、ちょっとヤバいんじゃないだろうか。

 

 このまま放っておくと、龍田が子犬をどうにかしかねない。ここはちゃんとフォローをしておかなければ……と思った時だった。

 

「はいは~い。子犬が可愛いのは分かりますけど、まずは少し落ち着きましょうね~」

 

 愛宕がパンパンと両手を叩いた途端、子供達は即座に円陣を解散して綺麗に整列し、その場で座り込んだ。

 

 ………………

 

 ……あれ?

 

 なんかもの凄く聞き分けが良くない?

 

 見れば何人かの子供達は愛宕の顔に視線を合わせないように顔を伏せながら、ガタガタと小刻みに震えているんだけど……

 

 比叡なら分かるんだけど、なんでこんな風になっちゃっているんだろうか?

 

 まさかとは思うけど、何人かを指導室に連れ込んだとか……?

 

 ちょっとどころか気になりまくるから、後で時雨にも聞いておいた方が良いのかもしれない――と思いながら、ひとまずは愛宕の声に集中することにした。

 

「この子犬ちゃんは、昨日先生が外出している際に川で流れているのを助けたのです。飼い主の方が見つからないということなので幼稚園で飼おうと思いますが、みんなはどう思いますか~?」

 

「賛成なのですっ! 電がちゃんとお世話をするのですっ!」

 

「もちろん雷も賛成よ!」

 

「響も問題ないよ」

 

「暁に全部任しちゃって大丈夫なんだからっ」

 

 一斉に手をあげた暁、響、雷、電の言葉に周りの子供達もウンウンと頷き、次第に拍手が沸き上がった。

 

 子供達をまとめると共に、自主性まで引き出すとはさすがは愛宕である。

 

 ついでに言うと統率力もなんだけど、何となく嫌な予感がしてならないのは気のせいだと思いたい。

 

「みんなもオッケーみたいなので、子犬ちゃんもこれから幼稚園の一員になります~。はい、みなさん拍手~」

 

「「「わーいっ!」」」

 

 パチパチと手を叩く音と歓声が聞こえ、俺も同じように拍手をする。

 

「それと、子犬ちゃんのお名前を決めたいと思いますので、今日のお昼ご飯までに紙に書いて、この箱の中に入れてくださいね~」

 

「「「はーいっ」」」

 

 愛宕と子供達の笑顔と声を聞き、俺はホッと胸を撫で下ろした。

 

 『メンチ』なんて名前がつくことは避けたいが、この方法なら色んな子の意見が出てくるだろうから、たぶん大丈夫だろう。もちろんヲ級はその名を選ぶかもしれないが、最終的には多数決になるだろうし、可能性はかなり低くなると思う。

 

 ――それでも、ゼロじゃないだけ不安ではあるけどね。

 

 そうして朝礼は終わり、子供達は俺と愛宕の班ごとに分かれる――と思っていたのだが、

 

「あっ、先生。少しお願いがあるのですがよろしいですか~」

 

「はい。なんでしょう?」

 

「この子の家を作っていただきたいのですが~」

 

「い、家……ですか?」

 

 いやいや、さすがに俺は大工さんではないから家なんて建てられないよ……と思ってしまったが、話の流れから考えれば子犬の小屋を作ってくれということだと即座に判断し、俺は愛宕に向かって笑顔を向けて頷いた。

 

「それでは、広場の方に材料と設計図や工具がありますので、よろしくお願いいたしますね~」

 

「分かりました。それじゃあその間、子供達のことを……」

 

「ええ、お任せください~」

 

 愛宕はそう言って笑みを浮かべながらお辞儀をし、部屋の外へと出て行った。

 

 よし……それじゃあ、愛宕の期待に応えるためにも頑張らないとな。

 

 両頬を軽く叩いて気合いを入れた俺は、袖をまくり上げながら広場へと向かったのであった。

 

 

 

 

 

「………………」

 

 広場に佇む男性が一名。

 

 目の前には芝生と土が広がり、幼稚園の建物が見える。

 

 その境目にA4サイズの封筒と、大工さんが持っているような工具の入った金属製の箱。

 

 そして、100本は超えるであろう長さが1m以上の角材が、PPバンドでまとめられて置かれていた。

 

 ………………

 

 ……えっと、その、こういうのって、犬小屋キットとかそういうのじゃないのかな?

 

 どう考えても、一から作れって言われているようにしか見えないんだけど。

 

 途方に暮れそうになったが、とりあえず封筒の中身を見てみようと中身を取りだして目を通してみたのだが、

 

 

 

『設計図(犬小屋)

 

 気合いとフィーリングでなんとかなる! by元帥』

 

 

 

 いや、これは設計図とは言わないんだけど。

 

 つーか、またもや元帥かよっ! オチ要員固定じゃねぇかっ!

 

「はぁ……仕方ない。やると言った以上、断る訳にもいかないしな……」

 

 ――と呟いてみたものの、今までの経験の中で日曜大工なんてものはほとんどやったことがない。仮に封筒の中に正確な設計図があったとしても、角材をどうこうして作らないといけなかったのならば、たぶんろくな物は完成しないだろう。

 

 自慢することではないのだけれど、俺はそれほど器用という訳でもないのだ。

 

 せめて、最初に思っていた組み立てキットのような物であれば、何とかなったとは思うんだけどね。

 

 しかし、このまま途方に暮れていたところで現状は変わらないだろうし、とりあえず紙に書かれている通り気合いとフィーリングでやってみようと、工具を取り出してみたのだが……

 

「むぐぐ……ノコギリで真っすぐ切るのって難しくね……?」

 

「痛っ! 釘じゃなくて自分の指を打っちまったよ!」

 

「カンナで削ったら思った以上にやり過ぎちまった!」

 

 ……とまぁ、こんな感じで脳内の完成予想図とはまったく違うどころか、なんだかよく分からない木製の何かが出来上がっていた。

 

「………………」

 

 命名、近未来的木製建築物『ミライノスキマ』

 

 ………………

 

 かっこよくまとめてみたが、正直ゴミ以外のなんでもないな……

 

 いったいどうすんだよこれ……

 

「とりあえず、これを誰かに見せても恥以外の何物でもないし……一旦バラすか……」

 

 言って、俺は釘抜きを工具入れから取り出そうとした瞬間、嫌な視線と共に現在会いたくない艦娘ナンバー1に出会ってしまった。

 

「……なにやっているんですか、先生?」

 

「……に、日曜大工……かな?」

 

 塀に登って呆れ顔でカメラを構えていた青葉はパシャリと一枚写真を撮ってから、広場に着地してこちらに歩いてきた。

 

「日曜大工というより、抽象的芸術家の作品に見えるんですけどねー」

 

「奇遇だね……俺もそう思っていたところなんだよ……」

 

「もしかして、幼稚園の先生からジョブチェンジなさったとか?」

 

「いやいや、それはまったくない」

 

「そうですかー。まぁ、先生はロリコンですから、辞めるなんてことはありえないですよねー」

 

「……いっぺん本気で怒った方が良さそうに思えてくるんだけど?」

 

「あははー……ちょっと言い過ぎましたねぇ……」

 

 俺のジト目を受けて額に少し汗を浮かばせながら後ずさった青葉だが、すぐに気を取り直してにこやかな笑みを浮かべた。

 

「実は、先生の機嫌をなおしてもらおうと思いまして、今日はやって来たんですが……」

 

 それならいきなり喧嘩を売るような発言は控えた方がいいと思うのだが、性格的に無理なような気がするなぁ……青葉って。

 

「別に機嫌を損ねている訳じゃないけど、確かに問い詰めたいことはたくさんあるよね」

 

「ええ。ですから、そのお目こぼしをしていただくために……これを持ってきたんですよー」

 

 青葉はそう言って、懐から一つの封筒を取り出した。角7サイズ……つまり、B6の紙がちょうど入る大きさのそれを受けとった俺は、少し不信に思いつつも中身を取り出してみる。

 

「……っ、こ、これはっ!?」

 

 その中には一枚の写真が入っていた。それに写っているのは一面の海と、そこに浮かぶ二人の女性のような姿。

 

 それは忘れもしない、海底で出会って恐怖と笑いの渦に巻き込んでくれた戦艦ル級と、ヲ級やイ級と共にいた小さなレ級だった。

 

「佐世保鎮守府の知り合いから送ってもらった写真なんですけど、これって先生が言っていた深海棲艦ですよねー」

 

「た、確かに良く似ている……けど……」

 

 姿形は記憶とまったく同じである。だが、深海で会ったル級や子供のレ級以外の深海棲艦を他に見たことが無い俺にとって、絶対にあいつ等だとは言いきれない。

 

 だが青葉はニッコリと笑みを浮かべながら首を左右に振っていた。

 

「いいえ。これは先生の言っていた深海棲艦で間違いないはずです。確かにル級だけなら判別はつかないかもしれませんけど、レ級の子供なんてモノは、今まで発見されたことが無いですからねー」

 

 青葉の言葉に俺は唾をゴクリと飲み込み、額から汗が流れ落ちるのを感じた。

 

 この写真が撮られたということは、佐世保の艦娘達に発見されたということだ。つまり、ル級とレ級はもうすでに……

 

「先生、もしかして心配になっちゃっています?」

 

「あ、いや……それは……」

 

 俺達人間や艦娘にとって深海棲艦は敵である。しかし俺は、海底でル級を始め、ヲ級やレ級、イ級という存在を目の前にし、家族の仇であるにも関わらず考え方を変えた。そして、願わくは一緒に過ごせる未来を――なんてことを望むようになってきたのだ。

 

 しかし、その考えは鎮守府のみんなにとって危険な思想と取られる可能性が高いのだ。そりゃあ、ヲ級の存在が明るみになって受け入れられたことを考えれば前向きに取れるかもしれないが、未だ反対する意見が無いとも言えないのである。

 

「大丈夫ですよ、先生。この深海棲艦は、偵察機が発見して写真を撮っただけらしいです。その後に部隊が急行した時には、既にどこかに去った後だったみたいですよ?」

 

「そ、そっか……」

 

 それを聞いて胸を撫で下ろしそうになったが、青葉に悟られてはまずいので顔色を変えないように我慢する。

 

 しかし、青葉はニヒヒ……と不敵な笑みを浮かべて俺の顔を見た後、カメラを向けてシャッターを切った。

 

「……明らかに目の前にして写真を撮る時は、一言欲しいんだけど」

 

「それはすみません。でも、結構良い表情をしていたものでー」

 

 悪気のない表情を浮かべながらカメラを下ろす青葉。

 

 俺はジト目を送りながら小さくため息を吐き、写真を返した。

 

「それで、この写真を俺に見せて青葉はどうしたいんだ?

 目こぼしをしてもらいたいと言ったけど、それほど効果があるとは思えないんだけど」

 

「あれれ、そうなんですかね? てっきり先生は、写真に写っていた深海棲艦が無事だと知れば嬉しいのかなーと思ったんですけどねー」

 

「そりゃまぁ、知った奴ではあるから無事だと分かれば嬉しかったりもするけどさ。それでも、俺はあくまで鎮守府に所属する職員として、それ相応の立場であるとわきまえているつもりなんだけど」

「表向きは……ですよね?」

 

「………………」

 

 青葉の目がキラリと光る。それはまるで、刑事が犯人を尋問するかのように。

 

 しかし、俺はあくまでさっき言った通り顔見知りが無事だったということが嬉しかっただけであって、深海棲艦と繋がっている訳でも無い。そりゃあヲ級という存在がいるけれど、その件は元帥や高雄さんを含めた話し合いですでに解決しているのだ。

 

「つまり、青葉は何が言いたいんだ?」

 

 俺はしっかりと目を見つめながら青葉に問う。ここで目を逸らすと確実に押し込められてしまうかもしれないと思ったからなのだが、そんな俺の気持ちを知ってか知らずか青葉は更に不敵な笑みを浮かべ……

 

「この写真のル級って、先生の初めての相手ですよね?」

 

「………………は?」

 

 ぽかんと口を開けたまま固まる俺。

 

 それを見てさすがに青葉はおかしいと思ったのか、少しうろたえながら更に問う。

 

「え、だって、先生は海底で捕虜になって働かされたんですよね?」

 

「あ、うん。深海棲艦の子供達の先生になれって言われたけど……」

 

「そこには子供達以外にル級しかいなかったんですよね?」

 

「いや、見てないだけで……というか、追手に襲われまくったからいたとは思うけど、話したことがあるのはル級と子供達だけだったかな」

 

「それじゃあやっぱり、先生はル級に襲われますよね?」

 

「……何をどう思ってその答えに辿り着いたのか、さっぱりなんだけど」

 

 そう言い返した俺の真剣な顔と言葉に青葉の表情は曇り、頬に冷や汗を垂らす。

 

「……あれ?」

 

「……あれ、じゃねーよ」

 

 そして徐々に後ずさる青葉を塀へと追い詰めるように、俺はじわりじわりと詰め寄った。

 

 もちろん、毎晩ル級に襲われそうになったという事実は伏せてあるし、そのことを表情に出すつもりもない。出せば間違いなく面白半分で突いてくることは目に見えているから、何が何でも弱みを見せる訳にはいかない。

 

「え、えっと……お、おかしいですねー」

 

「何がおかしいのかよく分からないけど、喧嘩を売っているということはハッキリ分かっているよ?」

 

「い、いやいや、勘違いしないで欲しいかなー……なんて……」

 

 思いっきり目を逸らして明後日の方向を見る青葉だが、ここは一気に押し込むべきだと判断した俺は、塀を背にした青葉に両手を突き出して挟み込み、逃げられないようにした。

 

「な、ななな、何をするんですかっ!?」

 

 この状況は、青葉がドックで掃除をしているところに問い詰めに行ったことを思い出す。あの時は写真が原因だったけれど、今回は言葉の脅しである。さすがにそれ以外にも怒る理由はたくさんあるので、ここらで一つ本気で思い知らせないといけないな――と、思った矢先のことだった。

 

「本当ですねぇ~。いったいそんなところで、何をしているんでしょうか~」

 

「「……え?」」

 

 同時にあがった俺と青葉の驚きの声。慌てて辺りを見回してみるが、声の主は見つからない。

 

 ただし、誰が喋ったのは分かっている。この状況を端から見られたら明らかに勘違いされてしまうだろうと俺は焦り、すぐに青葉から離れた。

 

「こ、これは違うんですっ! 青葉がいきなり俺に脅しをかけてきたので……」

 

 叫ぶように声をあげるが、声の主は一向に見つからない。

 

 ちなみに青葉は弁解することもせずにその場でガタガタと震え、目の焦点が定まっていなかった。

 

「ええ、ちゃんと分かっていますよ~。一通りの流れは聞いていましたから~」

 

 その声が聞こえた方向に顔を向けた俺は唖然とし、大きく口を開いたまま固まってしまった。

 

 青葉がカメラを構えて登っていた塀の上に、直立不動のように立ち尽くした愛宕は、まるでどこかのニンジャのように、両腕を組んだ状態で俺と青葉を見下ろしていた。

 

「ドーモ、青葉=サン」

 

「ひいぃぃぃっ!?」

 

 いつもと雰囲気が違う愛宕の声を聞いた瞬間、青葉は両手で頭を抱えながら俺に体当たりをするように駆け出し、広場の反対側へと逃げようとする。

 

「逃がしませんよ~?」

 

 そう言ってニッコリと笑みを浮かべた瞬間、愛宕は俺の視界から消え去る。

 

「えっ!?」

 

 慌てて辺りを見回し、そして青葉が逃げた方を見る。するとそこには、グッタリと糸が切れたマリオネットのように倒れた青葉と、その側に立ち尽くす愛宕がいた。

 

「なっ、は、早過ぎる……っ!?」

 

「さて……と。それじゃあ、ちゃんと指導しないといけませんね~」

 

 地面に倒れた青葉を片手で抱え込み、愛宕はそのままスタスタと建物へと歩いていく。

 

「あ、愛宕……先生っ!」

 

「なんでしょうか、先生?」

 

「え、えっと……そ、その……青葉はこれからいったい……」

 

「それはもちろん、教育的指導を行うんですよ~。前にもちゃんとお話した通り、幼稚園での諜報活動は禁止してありますし……先生にも危害を与えようとしましたからね~」

 

「そ、それは……そ、そうですけど、別に俺は……」

 

「先生、大切なのはルールを守ることなんです。甘い顔で許してしまっては、青葉は付け上がっちゃいますからね~」

 

 そう言って、再び愛宕は建物へと歩き出した。

 

 確かに愛宕が言うことは正論である。だがしかし、このままでは青葉が本当に危うい気がして、俺はなんとかお手柔らかにしてあげるようにとお願いしようとしたのだが……

 

「ふふふ……先生は優し過ぎるのがダメですよね~」

 

 人差し指を口元に当てて微笑んでから「そこまで気にしなくても大丈夫ですから~」と言い、軽い足取りで建物の中へと入って行った。

 

 それ以上俺は何も言うことができず、ただ立ち尽くすだけ。

 

 いや、実際にはその先を言おうモノなら自分の身が危ないかもしれないと、恐怖で固まっていただけなのだが。

 

 俺は肩を落としてため息を吐き、木で作った小屋の出来損ないであるオブジェに目をやった。

 

「とりあえず、バラしてもう一度作り直すか……」

 

 青葉が無事でありますようにと祈りつつ、俺は再び釘抜きを手に持ったのだった。

 




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次回予告

 連れていかれた青葉を心配しつつ、小屋を作り続ける主人公。
何とか形になったのと、子供達のお昼ごはんを用意しないといけないと思ったが、身体についた汚れが気になってスタッフルームへと足を向けた……


 艦娘幼稚園 ~新しい仲間がやってきた!~
 その6「まさかの展開×3」

 乞うご期待!

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その6「まさかの展開×3」

 こみ★トレ25にお越しに頂きました方々に厚くお礼申しあげますっ!

 そして、書籍の通販をBOOTHにて予定しておりますので、暫くお待ち下さいませっ!



 連れていかれた青葉を心配しつつ、小屋を作り続ける主人公。
何とか形になったのと、子供達のお昼ごはんを用意しないといけないと思ったが、身体についた汚れが気になってスタッフルームへと足を向けた……


 

「ふぅ……」

 

 何度も組み立てては解体してを繰り返すこと数回。なんとか犬小屋のような形になったそれを目にした俺は、額に浮かんだ汗を拭いながら一息ついていた。

 

 腕時計に目をやると、お昼ご飯の弁当を用意しないといけない時間になっていた。子供達の世話は愛宕にお願いしているが、さすがに朝から始めて昼間にまで時間を使ってしまったのだから、そろそろ通常業務に復帰しないといけないだろうと、俺は工具を箱にしまって余った木材の上に置いて建物の中へと戻ることにする。

 

「む……結構汚れちゃっているな……」

 

 通路を歩いていると壁に取り付けてある鏡に自分の姿が映り、エプロンや服の袖が木クズ等で汚れているのが見えた。この状態でお昼ご飯を用意したり子供達と触れ合うのは具合が悪いだろうし、一旦スタッフルームに行って着替えるべきだと足を向ける。

 

 そしてスタッフルームの扉を開けた途端、俺の視線に思いもしなかったモノが入ってきた。

 

「申し訳ありませんでした……」

 

 床に頭をこすりつけた格好。つまり、土下座のポーズを取っているのは青葉の姿であり、その前にいるのは愛宕ではなく、なぜか子犬がちょこんとおすわりの状態で佇んでいる。

 

 えっと、どういう状況なんだこれは……

 

 しかも子犬の片方の前足は青葉の頭の上に置かれていた。まるでそれは反省のポーズを取る猿のように見えるのだけれど、言葉からも分かる通り明らかに立場は逆であり、どこからどう見ても子犬に服従する青葉の図にしか見えなかった。

 

 ……うん。やっぱり意味がまったく分からない。

 

 愛宕にならまだしも、なんで子犬に怒られているんだよ青葉は。

 

 情けないったらありゃしないが、たぶん強制されちゃっているんだろうなぁ。

 

 こんな光景を見てしまったらなんとかしてあげたいのだけれど、変に声をかけて情けをかければ愛宕から怒られてしまうかもしれない。そうなれば俺自身が危ないばかりか、青葉を更に追い詰めてしまうことにもなりかねないだろう。

 

 まぁ、これも青葉の自業自得なんだけどね。

 

 俺を脅そうとしたことに変わりはないのだし、ちょっとばかり怒りもある。

 

 そう思えばこの仕打ちも仕方ないとは思うのだが……やっぱり可哀相に思えてしまうんだよなぁ。

 

「ただいまで~す。ちゃんと反省していましたか……って、先生じゃないですか~」

 

「あ、あぁ。愛宕先生、お疲れ様です」

 

 どうしようかと考えていたところに愛宕が帰ってきたので、俺は挨拶を返してから青葉と愛宕を交互に見て口を開いた。

 

「あの……この状況はいったいどういうことなんでしょうか……?」

 

「これと言いますと、青葉ちゃんのことでしょうか~?」

 

「……っ!」

 

 そう愛宕が言った途端に青葉から小さな悲鳴があがり、土下座のポーズのままガタガタと大きく身体を震わせていた。

 

 完全に怯えちゃっているよね……これ……

 

「そ、そうなんですけど、さすがにちょっと可哀相というか……」

 

「あらあら? 先生は青葉ちゃんに脅されていたと思うんですけど、優しいんですねぇ~」

 

「い、いえいえ。そりゃあ確かに少しは怒っていますけど、この状況は何と言うか……やり過ぎな感じが……」

 

「う~ん、そうですかねぇ~?」

 

 笑みを浮かべたままそう言った愛宕に俺は少し戸惑ったが、こんな状況を見過ごして着替えるのも後味が悪いと思い、陳情することにした。

 

「青葉も結構反省していると思いますし、この辺で勘弁してあげた方が……」

 

「そうですねぇ~。まぁ、先生がそうおっしゃるのなら構いませんけど……」

 

「ほ、本当ですかっ!?」

 

 愛宕の言葉を聞いて嬉しそうな声をあげた青葉だったのだが、

 

「……まだ顔を上げて良いとは言ってませんけど~?」

 

「ご、ごごご、ごめんなさいっ!」

 

 青葉は慌てふためきながら、再び床におでこを擦りつけた。

 

 ニッコリ笑って人を斬る……ではないけれど、それと同じくらいの恐ろしさが愛宕の言葉には込められている様な気がする。

 

 だって、今さっきの声を聞いてちょっとだけちびりそうになっちゃったもん。

 

 危うく天龍と同じになってしまうところだった。おねしょじゃないけど、この歳でそれは恥ずかし過ぎる。

 

「それじゃあ、先生に免じてということで終わりにしましょうか~」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 恐る恐る愛宕顔色をうかがいながら立ち上がった青葉は、ピシリと姿勢を正した。

 

「ですけど、今後こういうことがあったら……分かってますよね~?」

 

「は、ははっ、はいっ! 分かっております!」

 

 そしてそのまま愛宕に向かって敬礼する青葉。

 

 なんだこれ。

 

 鬼教官の前で訓練を終えてボロボロになった新兵みたいに見えるんですけど。

 

「それじゃあ、もう行って良いですよ~」

 

「りょ、了解しました!」

 

 青葉は直角90度のお辞儀をし、そして俺の方へと向き直る。

 

「せ、先生っ! 先程はすみませんでしたっ!」

 

「あ、うん。分かってくれたら良いんだけど……」

 

「更には青葉を庇って陳情してくれるなんて……感激ですっ!」

 

「い、いや……さすがにちょっと……見てられなかったと言うか……」

 

 犬に頭を押さえられているってのはやり過ぎだと思うしね――と心の中で付け加えておく。もちろん口にしないのは愛宕に聞こえてしまいそうだからなんだけど。

 

「いえいえっ、本当に青葉は嬉しかったんですっ! 以前のドックの時もそうだったんですけど、実は先生って結構優しいんじゃないかと思っていたりしてまして……」

 

 それならそんな俺に脅しをかけるなよ……と思ってみたりもするのだが、そこはジャーナリストとして黙ってはいられないのだろうか。

 

 ぶっちゃけて迷惑千万なのだが、これに懲りてくれればそれで良いとは思っていたのだが、

 

「それで……その、最近ちょっと先生のことが……その……」

 

 ……あれ?

 

 なんだか青葉の頬が若干赤く染まってモジモジしだしているんだけど、これってどういう状況なのっ!?

 

 え、ここで告白シーン? ビスマルクに続いてモテ期到来確定ですかっ!?

 

「も、もし良かったら……今度……」

 

 青葉が目をギュッと瞑り、意を決して口を開こうとした時だった。

 

 

 

 ダンッ!

 

 

 

「「っ!?」」

 

 

 

 もの凄い音が部屋中に鳴り響き、俺と青葉は驚いてすくみあがった。

 

「あら~、こんな所に大きな虫が~」

 

「「………………」」

 

 愛宕の声に俺と青葉は視線を向ける。そこにはニッコリと笑みを浮かべた愛宕と、その横にはロッカーがあるのだが……

 

 

 

 ちょうど真ん中が凹んでくの字に曲がり、大きくひしゃげていた。

 

 

 

 ガタガタガタガタガタ……

 

 強烈に襲ってくる寒気に身体を震わせ、その場に座り込みそうになってしまった。青葉も俺と同じようで、両手で二の腕を握り締めながら青ざめた表情で愛宕と俺の顔を交互に見ている。

 

 そんな青葉の顔を見た愛宕は笑みを崩し、目を細めて口を開く。

 

「あら……そんなところに泥棒猫が……?」

 

「ひいぃぃぃっ!?」

 

 青葉はその場で飛び上がり、絶叫しながら着地をし、

 

「し、ししし、失礼しましたーーーっ!」

 

 そう叫びながら、スタッフルームから脱兎の如く逃げ去っていった。

 

「………………」

 

 俺は黙ったまま冷や汗を垂らし、ゆっくりと愛宕の顔を見る。

 

「あら、先生ったらどうしたんですか~?」

 

 そこにはいつもと変わらない笑顔の愛宕が立ってはいたが、その横に見るも無残なロッカーの姿。

 

 そして、そのことについて何も言及するなというような愛宕の目が、俺へと向けられていた。

 

 

 

 超怖い。

 

 けど、もしかして俺……愛宕から好かれている……ってことで良いのかな……?

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 その後、俺は愛宕に犬小屋が完成したと伝えて着替えをし、通常業務に戻ることとなった。お昼ご飯の弁当を用意し、食べ終えた子供達を昼寝へと移しから洗濯作業に追われるいつもと同じ時間を過ごしながら、先ほどのスタッフルームのことを思い返す。

 

 やっぱりあの時の愛宕の反応って……俺の思っている通りなんだろうか?

 

 告白しようとしていたであろう青葉? と、それを遮るかのような行動を取った愛宕。ロッカーがひしゃげてしまうほどの力を込めたワンパンチで注意を引きつけつつ、まさかの泥棒猫発言である。

 昔に見た飲料水のCMを思い出してしまったが、あれ以上に恐怖を覚えたのは確かなのだ。しかし愛宕の行動は俺への愛情の裏返しと取れてしまうだけに、思わず笑みがこぼれてしまう。

 

 傍から見ればニヤニヤと笑みを浮かべながらシーツ干す男性。明らかに気持ちが悪いことこの上ない。

 

 だが、そんな風に舞い上がってしまうほど、俺の心は向上してしまっている。

 

 だって、それはそうだろう? 前々からの思い人から好意を向けられていると分かったんだから。そりゃあ確かに怖い……というか怖すぎるところもあるけれど、それらを全部まとめても俺が愛宕を好きだという気持ちは変わらないのだ。

 

 これは完全にモテ期到来。今こそ告白のチャンスだろう。

 

 俺は興奮して荒々しく鼻息を吹き出しながら、今後のプランを練ろうと考えた。しかし、ふと気になることを思いつき、もう一度考え直す事にする。

 

「確かに青葉が告白しようとしていた感じはあったけれど、それを妨害しただけ――じゃあないよな?」

 

 妨害するのは自分が嫌だと思ったから。

 

 そう考えるのは俺が良いように思っているからではないのだろうか?

 

 その以前に、青葉は愛宕にこってりと絞られて土下座していたのである。そんな状況から解放された途端に告白めいたことをしようとしたのなら、反省していなかったとみなしてもおかしくないのではなかろうか。

 

 そうだったのなら、愛宕が俺に好意を向けているというのは俺の思い違いになってしまう。そんな状態で二度目の告白をしても、無残に散ってしまう可能性が非常に高い。

 

「むぅぅ……いったいどっちなんだ……」

 

 シーツを干しつつ悩む俺。

 

 冬空の下で太陽の光が当たりほんのりと身体を温めてくれるのだが、そんな気持ち良さを素直に受け止められるような心境ではなかった。

 

 そして、今まで通りチキンな俺が辿り着く答えは……

 

「もう少し……様子を見てからにするかなぁ……」

 

 ――とまぁ、こういう風に落ちついてしまうのであった。




次回予告

 ドタバタ騒ぎ?を終えて洗濯物を干していた主人公。
作業を終えて、休憩と先ほどの件をそれとなく聞こうと愛宕に会いに行く。

 そして、遂に子犬の名前が確定する……っ!?


 艦娘幼稚園 ~新しい仲間がやってきた!~
 その7「既に確定事項」

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その7「既に確定事項」

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 ドタバタ騒ぎ?を終えて洗濯物を干していた主人公。
作業を終えて、休憩と先ほどの件をそれとなく聞こうと愛宕に会いに行く。

 そして、遂に子犬の名前が確定する……っ!?


 それから全てのシーツを干し終えた俺は少し時間に余裕があったので、先程のことをそれとなく探ってみようと愛宕に会うべく建物の中を探していた。しかし、スタッフルームや子供達が寝ているところには居らず、子犬の姿も見えなかったことから、もしかするとあそこかもしれないと思い、俺は急いで広場に向かった。

 

 そして広場へと出る扉を開け、俺が作った犬小屋を見た瞬間……先程とは違った、別の意味で驚くような光景が視界に入ったのである。

 

「わんわんわんっ♪」

 

「ク~ン、キャンキャンッ」

 

 犬小屋の近くで座り込む愛宕は頭の上で耳を模すように手を動かし、子犬はその周りをクルクルと回っている。

 

「可愛い、可愛い、子犬ちゃん~♪」

 

 満面の笑みで走り回る子犬を見ながら歌う愛宕。子供達と歌を歌っている時と同じなのだが、相手が子犬ということで更に可愛らしく見えてしまう。

 

 広場で青葉に脅された時や、スタッフルームで青葉を怒っていた時の怖さはまったくなく、見ていて笑みがほころぶ微笑ましい光景だった。今まで愛宕を一度も見たことが無い人でもすぐに惚れてしまいそうになるほど魅力的で、胸がドキドキと高鳴りつつも心がほっこりと満たされるだろう。

 

 そしてそれは、それなりに付き合いがあった俺であっても同じことで、今この瞬間に俺は愛宕に魅入っていた。惚れ直し、今すぐにでも抱きつきたいくらいに胸が張り裂けそうで、いてもたってもいられなくて、俺は愛宕のすぐ傍まで近寄って行た。

 

「あら、先生~」

 

 俺の姿に気づいた愛宕は恥ずかしがる様子も無く立ち上がった。そして俺の顔を見ながらニッコリと微笑み、ペコリと頭を下げた。

「こんなに丈夫な犬小屋を作っていただいて、ありがとうございますね、先生」

 

「あ、い、いえいえ。喜んでもらえれば嬉しいです……」

 

 愛宕の仕草で呆けてしまっていた俺は我を取り戻し、若干キョドリながらも返事をする。

 

 あ、危ないところだった。ほとんど無意識に歩いちゃっていたよ……

 

「キャンキャンッ」

 

 子犬は愛宕のから俺の方へとやってきて、先程と同じようにクルクルと走り回る。

 

「この子も喜んでいるみたいで何よりです~。本当に、先生に頼んで良かったですよ~」

 

「い、いや、その……恐縮です……」

 

 愛宕の褒め殺しによって俺は顔が真っ赤に染まっていくのを感じ、思わず頬を指で掻いてしまっていた。

 

 こ、この状況でさっきのことを聞くのは……ちょっと難しいよなぁ……

 

 ぶっちゃけると恥ずかし過ぎる。というか、顔を真っ赤に染まってしまっている時点で、冷静さを失ってしまっている。こんな状態で話を進めてしまっては、自滅してしまうかもしれないだろう。

 

 結局のところ俺の度胸が無いせいなのだが、別のチャンスが来るまでは良いだろうと思ってしまうのだからため息モノである。シーツを干している時とまったく変わらないのなら、頭から期待を持たせるんじゃないと怒られそうだ。

 

 それが誰なのかは分からないけれど、色んな人から言われてそうで凹んでしまう。

 

 まぁ、自分が至らないから悪いんだけどね。

 

「それで、先生はこちらの方に何か用事があったんでしょうか?」

 

「い、いえ。洗濯物を干し終えて時間が空いたので……」

 

「そうだったんですね~。それじゃあ、ちょっぴりコーヒータイムと洒落こんじゃいましょうか~」

 

 両手をパンッ――と軽く叩いた愛宕は、子犬を小屋に取りつけた鎖に繋いでから建物へと向かう。子犬は嫌がること無く俺達を見守りながら、ちょこんとお座りをしながら首元を後ろ脚で掻いていた。

 

「先生、早く行きましょう~」

 

「あ、はい。すぐに行きますっ」

 

 俺は子犬の頭を優しく撫でてから、愛宕の後を追って建物へと入って行く。

 

 

 

 暫くは今のままで良いよな――と、自分自身に言い聞かせながら。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 スタッフルームで束の間のコーヒータイムを楽しみ、他愛のない会話をし終えた俺と愛宕は時間を見計らって子供達を起こしに行った。若干寝ぼけ眼な子供もいたけれど、いつものことだと手軽にこなして全員を遊戯室に集め終える。

 

 そして子供達を俺と愛宕に集中させ、本日のイベントである一つの箱をみんなの目に分かるようにと頭の上に上げた。

 

「はいは~い。朝礼でお話しした通り、子犬ちゃんのお名前をみんなの案から決めたいと思います~」

 

 愛宕の声を聞いて、ワイワイガヤガヤと騒ぎだす子供達。みんなはにこやかに笑みを浮かべながら、どんな名前がでてくるのかを楽しみにしているようだ。

 

「それでは一つ目の案から発表しますね~。まずはこの紙から……ん~と、『メンチ』ですか~」

 

「………………」

 

 いきなりヲ級の案からですかっ!?

 

 箱を持ち上げた時にカサカサ鳴っていたから結構入っていたと思うんだけど、初っ端過ぎるのにも程があるっ!

 

「それでは二つ目の案ですね~。え~と、この紙は……『メンチ』って、同じ案ですね~」

 

「………………」

 

 えええええええええええっっっ!?

 

 まさかの『メンチ』被りかよっ!

 

 ヲ級以外にもその名前をつけようって奴がいたんですかーーーっ!?

 

「更に三つ目も……『メンチ』ですね~。四つ目は『ゲレゲレ』、五つ目は『メンチ』、六つ目も『メンチ』……って、みなさんの案はほとんど同じみたいですね~」

 

 唖然とする俺をよそに、愛宕は中に入っていた紙を全部読み上げていった。その結果、全体の9割が『メンチ』という名であり、他にあったのは『ゲレゲレ』、『タマ』、『ドッグミート』、『資本主義の犬』だった。

 

 ………………

 

 ろくな案一つも無いじゃねぇかっ!

 

 メンチはもとよりドッグミートも非常食っぽいし、違う意味で取っても核戦争を生き抜いたヤツみたいで強そうだけどなんか嫌だっ! ゲレゲレはご存知のⅤだろうけど、せめてボロンゴとかにしようよっ! そしてタマって漢字で書いたら艦娘じゃん! 資本主義の犬に関しては最後の一文字変わったらド変態になっちゃうからなっ!

 

「多数決をするまでも無いですけど、やっぱり『メンチ』で決定ですねぇ~」

 

「ちょっ、本当にその名前にするんですかっ!?」

 

 俺は慌てて愛宕に反論するが、どうしてと言わんばかりの表情を浮かべて俺を見た。そしてそれは子供達も一緒の様で……

 

「なんだよ先生。メンチって名前じゃ嫌なのか?」

 

「あ、いや……嫌いとかそういうのじゃないんだが、なんだか非常食っぽくて……」

 

「あら~、先生はあんなに可愛い子犬ちゃんをそんな風に見ていたのかしら~?」

 

「そ、それは酷いっぽい!」

 

「う、潮……先生を見損ないそう……です」

 

「そうだね。ちょっとそれは酷いかな」

 

 ぶーぶーと、ブーイングをする子供達に押され、俺はたじろき後ずさる。

 

「い、いや、そういう名前の犬がアニメで……」

 

「先生は漫画と現実の区別もつかないのでしょうか? それだとさすがに、榛名は幻滅してしまいます……」

 

「う”っ……」

 

 鋭い指摘に胸が刺される衝撃を受け、俺は更に追い詰められてしまった。

 

「まぁ、そんな先生を私好みに仕立て上げる……ふふ……霧島の頭脳をもってすれば、それも容易いことですよ?」

 

「気合、入れて、調教しますっ!」

 

 爆弾発言飛びまくりーーーっ!?

 

 つーか元は普通の艦娘の二人なのに、この短期間で毒されまくってないかっ!?

 

「色々ト面倒ナ愚兄デ申シ訳アリマセン……」

 

 そして皆に頭を下げるヲ級だが、顔は完全に不適な笑みじゃねぇかよっ!

 

 もしかして、このメンチという名が集中したのはヲ級の企みじゃないのかっ!?

 

 そうは思えど証拠は無い。しかし、朝に子犬を見た子供達の喜びようを見る限り、気に入らない名前を強要されれば嫌がるとは思う。ということは、素直に『メンチ』の名前が気に入っているということだろうか……?

 

 そうだったのならば、俺が抵抗できる方法は非常に難しくなる。一番可能性が高いのは、更にみんなが気に入るであろう名前をあげることなのだが、

 

「それじゃあ逆に聞きますけど、先生はどういった名前がよろしいのでしょうか~?」

 

「そ、それは……」

 

 先を越すように愛宕がそう問い掛けてきたことにより、俺は更なる焦りにまみれることになった。前もって考えていた訳ではないので、そうそう簡単に良い案が浮かぶはずもなく、俺は暫く悩んでからため息を吐く。

 

「良い案があれば是非言ってください~」

 

「ぐっ……」

 

 俺の顔に子供達の厳しい視線が突き刺さり、急かすように問う愛宕の声に耐えられなくなった時点で勝負は決し……

 

「メンチで……良いと思います……」

 

 ガックリと肩を落として、そう言ったのであった。

 

「「「わぁぁぁ……」」」

 

 そして子供達から歓声があがり、子犬の名はメンチと決まる。

 

 この部屋から子犬がいる広場までは少し距離があるはずなのに、なぜか嬉しそうな鳴き声が聞こえてきたような気がした。

 

 

 

 いや、マジでその名前で良いの……か……?

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 幼稚園所属。犬種は不明だが、柴系のミックスだろう。年齢も不明。おおよそ生まれて半年といったところ。現住所は幼稚園無い広場の片隅にある木造平屋建て住宅に住んでいる。瞳がクリクリで可愛く人懐っこい性格であり、吠え癖や噛み癖等の問題もなく、子供達の人気も高い。

 

 そして、名前は『メンチ』――である。

 

 ことの発端は、ヲ級と一緒にコンビニに向かう途中の川。段ボールに入れられて流されていたメンチを助けようとした際、橋から川へと下りようとした俺より早く川に飛び込んだ女子中学生くらいの女の子の活躍により救出された。

 

 驚いたのは、真冬の寒空の下で服を着たまま飛び込んだ女の子であるのだが、メンチを助けて川から上がってもそのことをまったく気にすることなく笑顔を見せて、川沿いを走って去って行った。正直、風邪を引いてもおかしくない――というよりかは、確実に風邪をこじらせるであろう状況なのに、更にそこから着替えようともしないなんて色んな意味で本当に大丈夫なのかと疑ってしまったりもしたのだが、もしかすると寒さにもの凄く耐性がある人かもしれないだろう。

 

 もし今後会うような機会があれば、もう一度お礼を言いたい。メンチは無事に楽しく過ごしているし、幼稚園の子供達も凄く喜んでいると伝えたい。貴女のおかげで一つの命と、たくさんの子供達に笑顔が生まれたのです――と、笑顔で頭を下げたいのだ。

 

 問題は名前すら聞けなかったことであり、出会おうとすればコンビニの行き帰りの時くらいしか思いつかないが、それでもいつかは会える気がする。もちろん不純な動機などは持ち合わせていないけれど、あの笑顔は当分の間忘れそうにないだろう。

 

 終業時間となり子供達を全員幼稚園から帰らせた俺は、そんな思いを馳せながら誰に向けることなく笑顔を浮かべ、小屋の中でウトウトとしているメンチの頭を優しく撫でた。

 

 手の平に温かい体温を感じる。

 

 もしあのまま見過ごしていたのならと思うと、背筋にゾクッと寒気が襲いかかる。

 

 それは、家族を失って一人ぼっちになったときの悲しさが――俺の中に、未だ根強く残っていたからかもしれない。

 

 だけど、今の俺にはたくさんの子供達がいる。

 

 だけど、今の俺にはたくさんの友人がいる。

 

 だけど、今の俺にはヲ級もいる。

 

 だから、今の俺はたくさんの笑顔を浮かべることができる。

 

 だから――その気持ちをメンチにも感じてほしいと、俺は何度も頭を撫でた。

 

 

 

 グゥゥゥ……

 

 

 

「……むっ」

 

 腹部から情けない音が鳴り響き、俺は腕時計に視線を移す。

 

「うぉ……もうこんな時間か……」

 

 気づけば結構な時間が過ぎていた。夕食の時間帯である食堂の混む時間も過ぎ、今から行けばゆったりと食事を取ることができるだろう。

 

 一抹の不安としては、ブラックホールコンビが襲来していなければ――なんだけれど、ここ最近はそういったことも聞かないしたぶん大丈夫だろう。空母の艦娘も時折見かけるが、夕食時は食事を取るよりもお酒を飲んでいることの方が多いからね。

 

「さて、それじゃあ戸締まりをして飯を食いに行こうかな」

 

 メンチの食事はすでに与えたし、水の補充も済んでいる。俺は幼稚園内を一通り回って窓や扉の鍵を確認してから、いつもの鳳翔さん食堂へと足を向けた。

 




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次回予告

 子犬の名前が確定し、色々と考えつつも食堂へと向かった主人公。
だがしかし、安息の時間は未だ訪れず……どころか、完全にモテ期到来しちゃってるっ!?


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 その8「口説かれる場所は決まっているのか?」

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その8「口説かれる場所は決まっているのか?」

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 子犬の名前が確定し、色々と考えつつも食堂へと向かった主人公。
だがしかし、安息の時間は未だ訪れず……どころか、完全にモテ期到来しちゃってるっ!?


 

「へぇ~、あんたが噂の先生ねぇ~」

 

 どういうことだろう。なぜかジロジロと値踏みされているような視線が俺の顔にまとわりついている。

 

 俺は今、鳳翔さんの食堂で席に座り、千代田から受けとったプレートを前にして唾液が止まらないといったところだった。

 

 お箸を持っていただきます。手を合わせてから、どれから食べようかと迷いつつみそ汁を飲む。そんないつものパターンを遮ったのは、気付かぬうちに隣の席に座り、ニヤニヤと笑みを浮かべながらおちょこを片手に酒を飲んでいた艦娘が声をかけてきたからである。

 

 くせっ毛のようなピンとはね上がった紫色の髪の毛が印象深く、更に胸部装甲に目がいってしまう程の豊満さが特徴的な艦娘。頭の中で特徴から導き出したのは、隼鷹という名の軽空母だった。

 

「あ、あの……何か俺に御用ですか……?」

 

「ん~、そうだね。用があるっちゃーあるし、無いといえば無いのかなぁ~」

 

 それじゃあ答えになっていないと内心突っ込みを入れるが、片手に持っているおちょこと頬の染まり具合から見ても、どうやら隼鷹はかなりのお酒を飲んで酔っ払っているようだ。

 

 とりあえず食事を取りたいという気持ちは変わらないので、隼鷹の言動に注意しつつみそ汁を啜る。

 

「そういやこないだ、先生は佐世保から着たビスマルクと元帥の秘書艦に裏番長まで相手して飲み勝ったんだって~?」

 

「……そんな噂がもう広まっているんですか」

 

 返事をしつつ、今度はぬた(ネギと油揚げの白味噌和え)をパクリと一口。ネギのシャキシャキ感に表面をパリパリに焼いた油揚げが白味噌とマッチして、食欲を更に加速させてくれる。

 

「そりゃあそうだろ~。なんせ、秘書艦の高雄に裏番長の愛宕と言やぁ、この鎮守府でも折り紙付きの酒豪だからねぇ~。その2人に勝っただけでも凄いってのに、戦艦のビスマルクまでぶっつぶしたと聞きゃあ一目見たくもなるもんだろぉ~」

 

「たまたまですよ……」

 

「はっはー、酒の飲み勝負にまぐれなんてもんは無いんだよ。強いか弱いか、それだけなんだよねー」

 

 言って、隼鷹は徳利からおちょこに酒をついで、クイッと飲み干した。粋を感じる仕種に見惚れてしまいそうになりながら、俺は箸をメインである豚の角煮へと伸ばす。

 

 脂身の部分に箸を入れ、一口大に解して辛子をつけて口へと放り込む。しっかりと味が染み込んだ肉の旨味、脂身の濃厚なコク、ツンとくる辛子の刺激が口の中で三重奏となり、旨味が脳髄まで響くような感触に酔いしれた。

 

「……んまい」

 

「そりゃそうさ。なんたって鳳翔さんの食事は舞鶴鎮守府一と言っても過言は無いからね」

 

 隼鷹はまるで自分のことのように誇らしげに言って胸を張り、俺の顔を見ながらニヤリと笑みを浮かべる。

 

「でもどうせなら、飯よりも酒が合うと思うんだよね~」

 

 そう言って、隼鷹は俺におちょこを差し出した。

 

「……飲み勝負はしないですよ?」

 

「別にそんなつもりは無いんだけどね~。ただちょっとばかし、先生と飲んでみたいだけなんだ」

 

「そういうことなら……頂きます」

 

 俺は小さく頭を下げてから隼鷹からおちょこを受け取った。

 

「ほい。それじゃあ、私の手酌で」

 

「ありがとうございます。って、とと……っ」

 

 おちょこからあふれそうになる酒を零さないように、俺は慌てて口を近づけ飲み干した。

 

「ふふ……良い飲みっぷりだねぇ~」

 

「いえいえ。それじゃあ、お返しに……」

 

「おっ、ありがたいねぇ~」

 

 隼鷹のおちょこに酒を注ぎ、先ほどと同じようにクイッと飲む。続けて「ぷはーっ!」と声をあげてテーブルにおちょこをコツンと置いた。

 

「美味い。やっぱ酒はこうでなくっちゃね」

 

「まぁ……わからなくもないですけど……」

 

 そうは言ったものの、俺はあまり酒が好きではないのだ。酒よりも飯とおかずを食べる方が断然好きである。

 

「ほら、どんどん飲みなよ~」

 

「おっとっと……」

 

 ただ、こういった雰囲気を楽しめるという点では酒も悪くはないと思えてしまう。あくまで食事ではなく、付き合いという意味合いだけど。

 

「んぐ……んぐ……ぷはー」

 

「良いねぇ~。なんだか惚れちゃいそうだよ~」

 

「ぬはっ!?」

 

 な、何をいきなり言い出すんだっ!?

 

 単純に酒を飲んだだけでモテるんなら、毎日飲んじゃうよ俺っ!

 

 その場合、もちろん愛宕を飯に誘っちゃてのことだけどねっ!

 

「あっはっはー。先生はリアクションも面白いねぇ~」

 

「じょ、冗談はやめてくださいよっ!」

 

「冗談だって決めつけられるとは侵害だなぁ~」

 

「え……?」

 

 呆気に取られた俺を見て、隼鷹はニヤニヤと笑みを浮かべていた。

 

「え、えっと……よ、酔ってらっしゃるんですよね?」

 

 噂を聞いて一目見てみたいと言ったんだから、俺と隼鷹は初めて会ったはずだよな?

 

 それなのにいきなり惚れちゃいそうって……酔っているか冗談以外は考えにくいだろう?

 

「どうだかねぇ~。酔っちゃあいるけど、正常な判断ができなくなっているまでじゃないんだけどねー」

 

「そ、それじゃあやっぱり冗談じゃ……」

 

「先生はあれなのかい。段階を踏まないと、男女の関係はありえないとか思っているのかな?」

 

「い、いや、それは……その……」

 

「酒に酔った勢いで――なんて話も聞くけど、それはどちらかが仕組んだことが多いだろうね。酔った振りをして相手に襲わせたり、完全に酔わせてどこかに連れ込んだりね。だけど、私は別にそんなことをするつもりはさらさら無いんだよね~」

 

 カカカ……と豪快に笑い声をあげた隼鷹は、自分でおちょこに酒を注いで飲み干した。

 

「ははっ。どうやら先生は相当の奥手って感じみたいだね」

 

「な、何をいきなり……っ!?」

 

「さっきも言ったけど、あの三人に飲み勝ったんだろう? それなら一杯や二杯で酔う訳はないだろうに、そんなに顔を真っ赤にさせちゃてるんじゃあ、こっちの話が原因だって言っているようなもんじゃないか」

 

 言って、隼鷹は小指を立てて俺に向ける。

 

「更に言えば、酒の飲み勝負も先生を取り合ってのことらしいじゃないか。それなのに、先生は誰にも手をつけてない。裏番長に告白したとかいう噂もあるけど、付き合っているような感じにも見えないからねぇ~」

 

「ぐ……っ」

 

「どうやら図星って感じだね。そこで、一つ提案なんだけどさぁ……」

 

「て、提案……?」

 

「そう、提案。なあに、単純明快なことだよ」

 

 ニヤリ……と不適な笑みを浮かべた隼鷹は、俺の胸元に寄り掛かるように身体を寄せ、呟いた。

 

「先生、私の男に……なる気は無いかい?」

 

「……なっ!?」

 

 目と鼻の先にある隼鷹の顔。頬は真っ赤に染まり、瞳はうるんだ状態で、上目遣いでそんなことを言われては……転んでしまってもおかしくはない。

 

 だが、俺には心に決めた女性がいる。

 

 その気持ちを裏切りたくはない。裏切りたくは……ないんだ……けど……

 

「どうだい先生……?」

 

 俺の耳側で小さく呟いた隼鷹は、ふぅ……と息を吹きかける。

 

「……っ!」

 

 顔が真っ赤になり、心臓が大きな高鳴りをあげている。

 

 子供達の上目遣いとは比べものにならない威力。そして耳側での呟きは、俺を興奮させるのに充分な威力がある。

 

 酒の勢いでは無いのだけれど、このままでは本当に落とされてしまう……と、思いかけたその時だった。

 

 

 

 パカーーーンッ!

 

 

 

「うひゃあっ!?」

 

 急に隼鷹の頭が俺に向かってきたので咄嗟に避けると、その勢いでテーブルにおでこを叩きつけた。

 

「むぎゅう……」

 

「……は?」

 

 可愛らしい声を上げた隼鷹は、素っ頓狂な俺の声に反応することなく、ピクリとも動かなくなる。

 

「………………」

 

 俺は恐る恐る振り向いてみると、そこにはお盆を持って不機嫌そうな表情を浮かべた千歳が立っていた。

 

「もう……隼鷹ったらまた酔っ払って変なことをしようとするんだから!」

 

「え、あ、あの……千歳さん……?」

 

「先生も先生ですよ。ああいう時はハッキリ言い返さないと、なし崩しにされて痛い目を見ちゃうんですから!」

 

「は、はい……すみません……」

 

「ただでさえ先生は最近注目されているんですから、自分で認識してもらわないとダメなんですからね!」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

「この前だって、私に……」

 

「……はい?」

 

「い、いえ、なんでもないですっ! 今日はちょっと先生に色々と言いたいことがありますから、そこに座ってくださいっ!」

 

「え、いや、その……」

 

 ま、まだ夕食を食べ終えてないんですけど……

 

 それに、隼鷹は完全に気絶しちゃっているし、このまま放っておいても大丈夫なの……?

 

「口答えしないでください! 今日という今日は、先生を小一時間問い詰めるんですからっ!」

 

「な、なんでそういうことになっちゃっているのっ!?」

 

「自業自得ですっ! たまには痛い目見てくださいっ!」

 

「さっきは痛い目見ないようにって言ったのにっ!?」

 

「椅子の上で正座するっ!」

 

「嘘ーーーっ!?」

 

 ――とまぁ、こうしてきっちり小一時間説教されてしまったのだが、どうやら千歳は別のお客さんの付き合いで飲んでいたらしいとのことだった。

 

 顔が少し赤いとは思っていたが、怒りで染まっているんじゃなくて酔っていただけなのね……

 

 つまり、今回の教訓としては、

 

 

 

 酔っ払いには気をつけろ。

 

 

 

 そういうことである。

 

 お後がよろしいようで――という感じで、本日は泣きながら帰途についたのであった。

 

 

 

 しくしくしく……

 




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次回予告

 ちょっとした食堂でのイベントを終えた次の日。
愛宕はみんなにプレゼントがあると言い、主人公は頭をひねる。
そして、久しぶりに登場した人影が、またもや騒動を巻き起こすっ!?


 艦娘幼稚園 ~新しい仲間がやってきた!~
 その9「新しい仲間がやってきた!」完

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その9「新しい仲間がやってきた!」完

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 ちょっとした食堂でのイベントを終えた次の日。
愛宕はみんなにプレゼントがあると言い、主人公は頭をひねる。
そして、久しぶりに登場した人影が、またもや騒動を巻き起こすっ!?


 

「おはようございまーす」

 

「「「おはようございまーすっ!」」」

 

「キャンキャンッ!」

 

 次の日の朝。いつもの幼稚園での朝礼時刻。

 

 元気良く挨拶する愛宕と子供達を見ながら、俺は笑みを浮かべていた。

 

 俺の両手にはメンチが抱かれており、皆の挨拶に合わせるように吠えていた。もちろん子供達の挨拶に驚いたからではなく、自ら理解しているみたいである。

 

 ううむ……賢過ぎるだろ……メンチって。

 

 本当に子犬なのか? もしかして、犬の皮を被った何か別の……って、それは無いか。

 

「今日もみなさん元気で先生嬉しいです。そこで、ちょっとしたプレゼントを用意しました~」

 

 両手を合わせながら笑みを浮かべた愛宕が言った途端、子供達がざわつき始めた。

 

「ぷ、プレゼントって……何かな……?」

 

「全然分かんないけど、期待するぜっ!」

 

「天龍ちゃんは単純よね~。物で釣られちゃうのは子供の証拠よ~」

 

 笑みを浮かべる潮と天龍、そして二人を見ながらからかう普段通りの龍田。しかし、その中で一番そわそわしているように見えるのは龍田なんだよね。

 

「もしかして、広場にある木でできた変なのがプレゼントっぽい?」

 

「あれは……メンチの家じゃないのかな。たぶんだけど……」

 

「ワオッ! あれってそうだったんデスカー? てっきり、どこかの芸術家が作った作品かと思ったデース!」

 

 本当に下手ですみません……

 

 小屋に見えないで芸術作品に見えてしまうって、もはや下手とかそういうのじゃない気もするが……自分でもそう思ったりしただけに反論できないよなぁ。

 

 ………………

 

 ……え、まさか本当にあれをプレゼントって言わないですよね、愛宕先生?

 

 そう思いながら愛宕の方を見ると、ニコニコと笑みを浮かべて両手を二回、パンパンと叩いた。

 

「それでは、みんなに紹介しますね~。どうぞ、入ってきてください~」

 

 愛宕の声に合わせるようにガラガラと扉が開き、みんなの視線が集中する。そこには、見覚えのある顔をした人物が立っていた。

 

「おはようございますっ!」

 

 元気良く挨拶した人物は扉を閉め、こちらの方に歩いてきた。俺の顔を見ながらニッコリと微笑み、愛宕と俺の間に立って子供達を見渡してペコリと頭を下げる。

 

「みなさんはじめまして! 私は潜水空母伊401です。しおい先生って呼んでねっ!」

 

「「「よろしくおねがいしまーす!」」」

 

 子供達は若干驚いていたものの、笑顔のしおいに向かって挨拶を返す。しかし、この中で一番驚いているであろう俺は、挨拶を返すことすら忘れてしまっていた。

 

 見覚えのあるしおいの顔。それは、腕に抱いているメンチを助けるために川に飛び込んでくれた女の子にそっくりで、

 

 

 

「あっ……この子ってあの時の子犬ちゃんですよね、先生っ!」

 

 

 

 まったくもって空気を読まず、そのことを確認するようにしおいは言った。

 

「「「………………」」」

 

「あ、あれ……ど、どうしたんですか……?」

 

 完全に黙り込んだ俺達を見たしおいは、おろおろと見渡しながら焦っている。

 

 そして、今の俺の心境は――

 

 

 

 確実に、修羅場るんじゃね?

 

 

 

 ――だった。

 

 

 

「あら~、また先生が外で彼女を作ってきたわ~」

 

「ちょっ、人聞きの悪いことを言うんじゃねぇよ龍田っ!」

 

 俺は焦って龍田に反論するが、時すでに遅し……というか、これが発端になってしまったようで、

 

「そ、そうなのかよっ!? 俺様に黙ってそんなこと……」

 

「いくらなんでも我慢の限界デース! さすがに堪忍袋の緒がブチ切れデース!」

 

「ちょっとオシオキが必要じゃないのかな……」

 

「い、電は悲しいのです……」

 

「大丈夫よ先生っ! 何があっても雷は許してあげるんだからっ!」

 

 ほらやっぱりーーーっ!

 

 天龍も金剛は顔を真っ赤にして怒っているし、時雨はこの前に食堂で出会った艦娘みたいな恐ろしい雰囲気を醸し出しているし、電は泣きそうだし、雷は……完全に俺ってヒモ扱いじゃん!

 

「比叡姉さま、カレーを作って頂けますか?」

 

「ええ、もちろん。隠し味をたっぷり入れる準備はできているわ!」

「榛名は絶対に許しません……」

 

 こっちはこっちでえらいことになっているんですけどっ!

 

 噂の比叡カレー……しかも隠し味をたっぷりって、食ったら確実に死んじゃうやつだよねっ!?

 

 どこかの田舎町の高校で作ったキャンプでのカレー並みにやばい臭いがぷんぷんするぜーーーっ!

 

 名付けてスペシャル比叡ムドカレー。一口で即死できます――って、パニック起こし過ぎだよ俺ーーーっ!

 

「先生~」

 

 肩に手が置かれ、俺は恐る恐る顔を向ける。そこには、ニッコリではなくニッゴリと微笑んだ愛宕が立っており、

 

「ちょっとスタッフルームでお話しましょうか~」

 

「トイレじゃないだけマシってもんですかーーーっ!?」

 

 死刑宣告とも取れる言葉を、頂戴してしまったのだった。

 

 

 

 

 

「……ということなんです」

 

 土下座をしながらしおいとの出会いとメンチ救出に関することを洗いざらい語る俺。情けないったらありゃしないが、命を守るにはこれしかない。

 

 その間しおいは何度も愛宕や子供達に誤解だと訴えてくれてはいたが、その行動は火に油である。土下座をしながらもチラチラと様子を窺っていたが、しおいが喋るたびに不機嫌な表情をしている人物がいたのに気づかなかったのだろうか……?

 

 もしそうなら完全に空気が読めない子――にしおいは認定されてしまうのだけれど、ことの発端を起こしているだけにすでに認定済みかもしれない。

 

 いやまぁ、普通は分からないと思うけどさ。

 

 特殊過ぎるんだよね……この幼稚園って……

 

「なるほど~。そういうことでしたか~」

 

 愛宕の言葉を聞いて、俺は少しだけ肩の力が抜けた。先程とは違い柔らかさのある声。どうやら怒り心頭……という感じでは無さそうである。

 

 しかし、今ここで頭を上げる訳にもいかなかった。

 

 ――そう。以前の青葉を思い出せば、その理由も分かるだろう。

「つまり、しおい先生はメンチを助けるために川に飛び込んで、先生に預けた……ってことなんだよな?」

 

 しかし、天龍の声はまだ半信半疑という感じだった。

 

「う、うん。この間の夕方なんだけど、お友達と一緒に夕食をしようと出かけていたら先生とヲ級ちゃんが橋の上で騒いでいるのが見えたの。それで気になって川を見てみるとメンチちゃんが流されていたから、私が飛び込んだ方が早いと思って声をかけたんだよね」

 

「それでメンチを助けてから先生に預けたってことなんだね。けどそれじゃあ、服がずぶ濡れだったんじゃないのかな?」

 

 そして時雨は……いつも通りの声なんだけど、何かを内に秘めている様な感じがするんだよなぁ。

 

「別に、しおいは潜水艦だから濡れるのは日常茶飯事だからね。少し走れば渇くだろうって、そのまま川沿いを走ってお店まで行ったんだよね」

 

 ……いや、それでもあの寒空の下はありえないと思うんだけど。

 

「ということは、先生としおい先生が会ったのはその時だけデスカ?」

 

「うん、その通りだよ。たぶん先生はしおいのことを知らなかっただろうけど……」

 

「けど……って、何だか怪しいっぽい!」

 

「別にそういうんじゃないの。ただ、先生って結構……その、有名人じゃない」

 

「「「あーーー……」」」

 

 しおいの声に納得するように、口をそろえて声を上げる子供達。

 

 ………………

 

 いやいやいやっ、なんで納得できちゃうのっ!?

 

 俺ってそんなに有名人じゃないよねっ!?

 

「クーデターを企てていた幹部を一掃する手伝いをしたり、なかなかのマッチョな腹筋写真でファンが増えたり、出張先が海底で深海戦艦の子供を連れて帰ってきたり、バトルに乱入して勝利しちゃったり、佐世保の艦娘に口説かれた挙句に秘書艦と裏番ちょ……じゃなくて愛宕先生を交えた飲み勝負に勝っちゃったりでしょ。今最も注目される舞鶴鎮守府職員No.1だもんね!」

 

「「「ですよねーーー」」」

 

 息ぴったりで相槌を打たないでーーーっ!

 

 色々と恥ずかしくなるんだけど、初耳なことがあるんですけどっ!?

 

「だから、しおいは先生のことを一方的に知っていただけで……その、別に付き合ってとかはないから安心してね!」

 

 ――そう、しおいは皆に向かって言ったのだが、

 

「「「………………」」」

 

 なぜかみんなは黙ったままだった。

 

 顔を上げられないので表情が見にくいのだが、雰囲気でなんとなく分からなくもない。

 

 まさに疑心暗鬼。なんでそうなっているのかは分からないのだけれど。

 

 今の説明なら、納得してくれるんじゃないのかなぁ……

 

「分かりました~。それじゃあ先生、そろそろ顔を上げて立ってくれませんか~?」

 

「あ、はい……分かりました……」

 

 許しを得たので立ち上がりみんなの顔を見る。想像していた通り若干不満げな子がいるものの、ひとまずは落ち着いているようだ。

 

「この件は後でしっかりとお話するとして……」

 

 えっ、さっきちゃんと話したけど、やっぱりスタッフルームでオラオラなんですか……?

 

「実はまだプレゼントは残っているんですよね~」

 

「「「えっ!?」」」

 

 俺と子供達が一斉に声を上げる中、愛宕としおいはニコニコと笑顔を浮かべていた。

 

「お待たせし過ぎも悪いので……どうぞ、入ってきてください~」

 

 しおいの時と同じように愛宕が声をかけると、ガラガラと扉が開く。

 

 そこには大小一つずつの人影が立っていた。

 

「失礼するでありますっ!」

 

 人影は俺が知っているのとは少し違った敬礼をし、ツカツカと部屋の中へと入ってきた。

 

 

 

 

 

 次回「新規配属されました……であります」へ続きますっ!




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 今章はこれにて終了。先生へのオシオキもしておいたのですが……バッチリ次章へ続く流れになっちゃいました。
誰が来たのかは……台詞で分かっちゃいますよねー。

 ということで、次章も続けて更新していきますっ!


次回予告

 しおいにプラスして、新たにやってきた人物の声。
みんなの前に現れたのは、小さな一人の子供と……もう一人。
その極端な差に、部屋に居た誰もが驚いた……?

 艦娘幼稚園 ~新規配属されました……であります~ その1「子供と大人の差」

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~新規配属されました……であります~
その1「子供と大人の差」


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※こっそりとオリジナル小説を更新してたりします。
 宜しければ「プらぽレいしょン」で検索を。

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またまた新章……というか、前章から続きますっ!

<艦娘幼稚園 ~新規配属されました……であります~>


 しおいにプラスして、新たにやってきた人物の声。
みんなの前に現れたのは、小さな一人の子供と……もう一人。
その極端な差に、部屋に居た誰もが驚いた……?


 扉が開いたその場所に、二人の影が見える。

 

「失礼するでありますっ!」

 

 片方の影はそう言いながら敬礼をする。しかし俺が知っている海軍の敬礼とは少し違うことに、まずは驚きを隠せない。

 

 そして更なる驚きは、その影が部屋の中に歩いてきて初めて分かるモノだった。

 

「あきつ丸、ただいま艦娘幼稚園に着任したであります」

 

 そう言って再び敬礼を愛宕、そして俺やしおい、最後に子供達に見せる。落ち着いた口調にキビキビとした仕草。それら全てを目の前にいるあきつ丸が何一つ苦労もなくこなしているのだ。

 

 ――そう。子供の姿なのに――である。

 

 誤解がないように言っておくが、そういった子供が世の中にいるであろうことは理解しているつもりだった。例えば王族や貴族などの子であれば、礼儀作法は小さい頃から叩き込まれているだろうし、あり得ない話ではないだろう。この場所が有名私立幼稚園であり、そういった子がたくさん通っているならそれも当たり前だと感じてしまうかもしれない。

 

 だがここは艦娘幼稚園である。小さな艦娘の教育施設として最低限のマナーなどは教えてはいるが、あきつ丸がやったような敬礼や行進のような歩き方は、艦娘として着任する少し前に教えられるのだ。

 

 つまり、あきつ丸は周りにいる子供達とほとんど変わらないはずなのに、すでにそれを叩き込まれている――ということになるのだろう。もしかすると生まれは貴族という可能性も考えられなくはないだろうが、ここは艦娘幼稚園であるからして、それも限りなくゼロに近いだろう。

 

 それと、気になる点としては敬礼の形である。あれは海軍のモノとは違うはずだが……

 

「あ、あのっ、ま、まるゆも……あうっ!?」

 

 あきつ丸を追いかけて部屋に入ろうとしたもう片方の影が、何もないところで急に躓いて転んでいた。

 

「「「………………」」」

 

 周りを見てみると、あきつ丸の登場と転げたもう片方の人物に驚いたのは俺だけではなかった。子供達だけではなく、しおいまでもが固まり、ぽかんと口を大きく開けている。

 

 いや、この場合は驚いたというよりも、呆れているだけかもしれないが。

 

「あうぅ……ま、まるゆは……な、泣かないもん……っ!」

 

 そう言いながら起きあがるまるゆ。白いスク水のような服装で寒くないのかなぁと思ってしまうのだが、それ以上に気になるのは……

 

 明らかに、子供の大きさではないということだった。

 

 見た目は中学生くらいの女の子。凹凸は……残念ながらだが、しおいと年齢が一緒と言われれば納得できなくもない。

 

 つまり、あきつ丸とは違ってまるゆは普通の艦娘……ということだろうと思うのだが、

 

「あうっ! ま、また転んじゃいました……」

 

 そのあり得ないほどのドジっぷりに、どちらが子供なのだと問いただしたくなる空気が部屋中に充満していたのだった。

 

 

 

 

 

「はい。今日から新しいお友達として、あきつ丸ちゃんが幼稚園に通うことになりました~」

 

 愛宕の声にあわせてあきつ丸が小さく頭を下げる。決して隙を見せないようなその礼は、武道をしている者なのではないかと思わせるようである。

 

「改めましてあきつ丸であります。右も左も分からない若輩者ではありますが、これからよろしくでありますっ!」

 

 頭を上げてからそう言ったあきつ丸。うむ、やはり子供とは思えない言動っぷりである。

 

 しかし、そこは子供達。少し驚きつつもすぐに笑顔を見せ、拍手をしながら「よろしくねー!」と大きな声をあげていた。

 

 そんな様子を見ていたホッとため息を吐く……まるゆだが、なんでここにいるのだろう?

 

 あきつ丸は編入しにきたと分かる。しかし、まるゆは子供では無く普通の艦娘――だと思う。若干自信は無いけれど、躓いてこけたり泣きそうだったりするのは単純に性格や特徴のような気がするんだよね。

 

 ………………

 

 言ってからなんだけど、これで艦娘の任務が務まるのかと思うと凄く心配になるんですが。

 

 その辺はまぁ、元帥辺りがしっかりするんだろうし考えなくても良いことかもしれない。

 

 それより俺が気になっているのは、あきつ丸もまるゆも、俺が提督になる為に勉強してきた艦娘のリストには載っていなかったと思うんだけど……

 

「ちなみにあきつ丸ちゃんは陸軍から編入してきたので、色々と違うところで戸惑うかもしれませんから、みなさんしっかりとサポートしてあげてくださいね~」

 

「「「はーい!」」」

 

「よろしくであります」

 

 愛宕の説明に手を上げて答える子供達。そしてもう一度頭を下げるあきつ丸。

 

 なるほど……そういうことなのか。

 

 陸軍の艦娘というのは初耳だし、勉強していた内容に無かった。過去では陸軍と海軍の関係は良好ではなかったらしいが、現在はそれなりなのかもしれない。そうじゃなかったら、海軍の施設内にある幼稚園に編入させる訳が無いと思うけれど、それならそれで前もって話があるのが普通なんだけど。

 

 しおいとあきつ丸が来ることに関して何も聞かされていなかっただけに不安が募ってしまうが、ただ単に愛宕が驚かせようとしただけかもしれないんだよね。

 

 こればっかりは当の本人しか分からないことなんだし、後で聞いてみることにしよう。

 

「それじゃあ、あきつ丸ちゃんがちゃんと幼稚園に編入できたので、まるゆの役目は終了ですね」

 

 そう言ったまるゆはぺこりと頭を下げて部屋から出ていこうと扉の方へと向かって歩いていったのだが、急にビクリと身体を震わせると俺たちの方へと振り返った。

 

「あ……あの……」

 

 その表情は今にも泣きそうに見え、小さな肩がガタガタと小刻みに震えている。

 

「ど、どうしましたか……?」

 

 俺は驚かせないように、優しく問いかけてみると、

 

「こ、こちらの鎮守府にいる……一番偉い人が居られるところはどこなのでしょうか……?」

 

 ――と、恐る恐る聞いてきたまるゆだった。

 

 ………………

 

 ほ、本当に大丈夫なの……この艦娘……?

 

「まるゆ殿、ここの最高司令官は元帥殿でありますと、さっきも教えたではありませんか。ちなみに居られる場所は、この建物から入り口の正門に向かって道なりに進んで角を曲がったところにある二階建ての建物であります」

 

「は、はうぅっ、そうでしたっ! ありがとうございます、あきつ丸さん!」

 

 言って、きびすを返したまるゆは急ごうと駆け足になったのだが、慌て過ぎた結果足をもつれさせてしまい……

 

「はわわわわっ!?」

 

 すってんころりん……と、効果音が似合う転けっぷりを再度披露し、結局泣きながら部屋を後にしたのであった。

 

「「「………………」」」

 

 もちろんその姿を子供達はしっかりと黙視しており、

 

「ああいう大人……というか、艦娘にだけはならないようにしないとな……」

 

 ――と、無情にも聞こえる言葉を発した天龍だった。

 

 もちろん、この場にいた子供達は、ウンウンと首を縦に振っていたのだが。

 

 なんというか……頑張れよ、まるゆ!

 

 

 

 

 

「それでは先生。しおい先生の教育係と、あきつ丸ちゃんの担当をお願いしますね~」

 

 朝礼が終わり、子供達が割り振られた部屋へと向かった後、残っていた俺に向かって愛宕がニッコリと笑みを浮かべながら言ってきた。

 

「え……と、俺が……ですか?」

 

 それ以前に二人がここに来ることを聞いていなかったんだけど……と言いたくなるのだが、しおいもあきつ丸も俺の顔をジッと見ていたので言葉を飲み込んだ。

 

「本当ならば私がしおい先生に色々と説明をしなければいけないのですが、これから少しやらなければならないことがありまして……」

 

 申し訳なさそうな表情を浮かべた愛宕は、顔の前で両手を合わせて「ごめんなさい」と謝った。

 

 ……そんなことされたら、断れないじゃないですか。

 

 いえ、嘘です。愛宕のためなら火の中でも水の中でも行きますし、海底に沈んで変態戦艦と戦ってきてやりますよ?

 

 ただし、あいつの相手は滅茶苦茶疲れるので、それなりのご褒美が欲しいですけど。

 

「それなら……仕方ないですね。分かりました。俺では力不足かもしれませんけど、精一杯頑張ります」

 

 ――とまぁ、内心で思っていることは伏せておいて、普通に返す俺。二人の手前ということもあるけど、さすがに今の考えは行き過ぎ感があるからね。

 

「いえいえ~。先生もここに着て一年以上経つのですから、もう大丈夫ですよ~」

 

「そ、そうですね。任せてください」

 

 褒めてくれたつもりかもしれないけれど、その言葉は逆にプレッシャーになっちゃいますよ……と、心の中で呟きつつ、しおいとあきつ丸の顔を見る。

 

「それじゃあ、ふがいないかもしれないけれど、これからよろしくお願いします」

 

「こちらこそ、よろしくお願いしますね。先生」

 

「よろしくであります!」

 

 元気よく挨拶をしたしおいと、敬礼するあきつ丸に笑みを浮かべた俺は、担当の子供達が待つ部屋へと案内すべく歩きだす。

 

 内心はドキドキしまくりなんだけれど、顔に出すわけにもいかない。しおいは俺の初めての後輩になる訳だし、無様なところは見せられない。何事も最初が肝心なのだから、失敗しないようにと静かに気合いを入れる。

 

 そういえば、この間も俺の担当として比叡と榛名と霧島が班に入ったのだから――と思ったけれど、全く余裕がない訳でもないし、愛宕は後にあきつ丸をしおいが担当する班へと考えているのかもしれない。そうだったのなら、初めから一緒に行動させる方が良いだろうからね。

 

 さすがは愛宕。先を読んだ行動だと俺は感心しながら通路を歩き、子供達が待つ部屋に入ったのだった。




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次回予告

 しおいの見本となるべく頑張ろうとする主人公。
しかしそんな思いは完全に破壊しようと、みんなが揃ってやっちゃった?

 もうね、新キャラ増えたらお決まりなんですよね。これ。

 艦娘幼稚園 ~新規配属されました……であります~ その2「R-15の嵐」

 乞うご期待!

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その2「R-15の嵐」

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※こっそり書籍サンプルも更新していたりします。
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 しおいの見本となるべく頑張ろうとする主人公。
しかしそんな思いは完全に破壊しようと、みんなが揃ってやっちゃった?

 もうね、新キャラ増えたらお決まりなんですよね。これ。


「よーし、それじゃあみんな集まってくれー」

 

 俺に続いてしおいとあきつ丸が部屋に入ってきたのを確認してから、子供達を集めるために声をかけた。

 

「おっ、早速自己紹介を始めるのかっ?」

 

「ああ、その通りだよ天龍。まずはみんなの名前を覚えてもらわないといけないからな」

 

 天龍との会話を聞いた他の子供達は、にこやかな表情を浮かべて俺の周りに集まってきた。だがその中に一人だけ、ほんの少し不満げな表情を浮かべている子もいるのだが……

 

「よし、これで全員だな。それじゃあまずは……しおい先生、お願いします」

 

「わ、わかりましたっ!」

 

 少し緊張しているのか、しおいは背筋をピンと伸ばしてから子供達に向かってお辞儀をする。

 

「さっきも挨拶はしましたけど、改めまして『しおい』です。元気いっぱいが取り柄だから、みんなも元気よく色々と話しかけてね!」

 

「「「よろしくお願いしまーす」」」

 

 ニッコリと笑ったしおいに向かって、子供達はお辞儀をしてから大きな返事をする。

 

「それじゃあ次はあきつ丸だな」

 

「了解であります。

 陸軍からやってきたあきつ丸であります。こちらには友達と呼べる者は一人も居りません故、仲良くしてくれると幸いであります」

 

「「「よろしくねー」」」

 

 そう言って、あきつ丸もペコリと頭を下げた。

 

 ――えっと、まるゆは友達じゃないんだな。

 

 まぁ、小さいあきつ丸と艦娘のまるゆだから、あきつ丸の方が一線退いているのかもしれない。それでも、同じ陸軍という関係があるのだから、それなりに仲が良いとかはあると思うんだけど。

 

「それじゃあ、今度は……そうだな。天龍から自己紹介をしてくれるか?」

 

「オッケーだぜ先生。

 俺の名は天龍だ。しおい先生と同じで元気いっぱいが取り柄だからよろしくなっ!」

 

「うん、よろしくね。天龍ちゃん」

 

「よろしくであります」

 

 うむ。普通に問題ない自己紹介だ。

 

 それじゃあ次は龍田かな……と思っていると、天龍が何かを思い出したかのようにハッと顔を上げ、

 

「ちなみに先生は俺の嫁だから手出しをするんじゃないぜっ!」

 

 ――と、大問題発言をぶちかました。

 

 もちろん、完全無欠なドヤ顔で。

 

 いや、完全無欠って何だ。

 

 ………………

 

 初っぱなから前途多難過ぎだろうがよぉっ!

 

「なるほど。噂通りの先生ってことですね!」

 

「何の噂っ!?」

 

 しおいの言葉にすぐさま反応した俺なんだけど、一人納得する表情で頷いていても全然分からないんですけどっ!?

 

「……不純であります。これは、憲兵に報告しなければならないであります」

 

「いやいやいや! あきつ丸、はやまっちゃダメだからっ!」

 

 慌てて説明しようとするのだが、さっきの天龍の言葉に不満げな表情を浮かべた数人が前に出て、一斉に右手を突き出してきた。

 

「「「ちょっと待ったーーーっ!」」」

 

 ……え、なにこれ?

 

 どこぞの深夜番組ですか?

 

「天龍ちゃんの発言はいつものことだけど、新しく着た人にはちゃんとした情報を伝えないとダメだよね。

 僕は時雨。先生を嫁にするのは誰が何と言おうと、僕だからね」

 

「ノンノン! 天龍や時雨の言っていることは間違いデース! 先生をお嫁さんにするのは、この金剛って初めから決まってマース!」

 

「金剛お姉さまには悪いですけど、比叡も負けてはいられません! 先生とキャッキャウフフするのは比叡の夢なんですからっ!」

 

「いいえ、榛名も負けてられません! ここは一歩も退かずに全力を尽くして先生をお嫁さんにしますっ!」

 

「ふう……ライバルが多いのは分かっていますが、この霧島を差し置いてというのはどうかと思いますけどね。

 先生を嫁にする……それは私、霧島以外にあり得ませんよ?」

 

 そして一斉に名乗りを上げる子供達。

 

 自己紹介にはなっている。なっているんだけど……

 

 

 

 内容がヤバ過ぎるでしょうがっ!

 

 

 

 あきつ丸の顔が完全にどん引き状態だよっ!

 

 つーか、前にも言ったけど、なんで俺が嫁扱いなのっ!?

 

 しおいは逆に微笑ましく笑っているんだけど、それはそれでなんか怖いし……って、更に怖い顔のヤツがいたーーーっ!

 

「黙レ愚民共ガ……」

 

 ラスボス降臨っ!

 

 ――じゃなくて、暴言吐き過ぎだよヲ級っ!

 

「オ兄チャンヲ嫁ニスルノハ、コノ僕ダッテイツモ言ッテルデショウガッ! 天地ガ砕ケテモ、海ガ真ッ二ツニ割レタトシテモ、コノ事実ハ変ワラナインダヨッ!」

 

 もはや言っていることが神々レベルなんですけどっ!

 

 そしてすでに収拾がつきそうにない状況に俺の心はダウン寸前ですっ!

 

「モテモテですねぇ~」

 

「いやいやいや、そんなに簡単に済まされるとちょっと怖いんだけど、全部子供達が勝手に言っているだけだからねっ!」

 

「あれあれ、そうなんですかー?」

 

 言って、ニヤニヤと笑みを浮かべるしおい……って、意味ありげ過ぎて聞くのも怖いよっ!

 

「これは確実に通報しなければならないレベルであります。今すぐダッシュで憲兵に……」

 

「お願い止めて頼むからっ!」

 

 部屋の外へと飛び出ようとするあきつ丸を止めようと、手をガッチリとつかんで阻止したのだが……

 

「あら~、今度はあきつ丸ちゃんに浮気なのかしら~?」

 

「……は?」

 

 龍田の声に目が点になる俺。

 

 同じく目が点になる天龍、時雨、金剛、比叡、榛名、霧島、ヲ級……そして、あきつ丸。

 

「さて……と。今から修羅場が始まるから、私たちは後ろの方で高みの見物にしましょうね~」

 

 龍田はそう言って、夕立と潮の手を掴んで部屋の隅へと移動し、

 

 言った通りの修羅場が開始されたのだった。

 

「先生……嘘だよな? まさか俺の目の前で浮気をするなんて、ありえないよな?」

 

「て、ててて、天龍っ! 目が据わっているってレベルじゃないぞっ!?」

 

「うふ……うふふふふふ……。そっか、そうなんだね……先生……」

 

「すでに時雨がヤン状態だーーーっ!?」

 

「信じられまセーン! この前ちゃんと脱ぎたてパンツを渡したじゃないデスカーッ!」

 

「更に悪化させることを言わないでーーーっ!」

 

「通報したであります」

 

「いつの間に携帯電話持ってたの――って、それ俺のじゃんっ!?」

 

「ポケットの中に落ちていたであります」

 

「それ落ちていたんじゃなくて入ってたんだよっ! ――ってか、なんでそんなことできるのっ!?」

 

「陸軍スキルであります」

 

「マジかーーーっ!?」

 

 俺は慌ててあきつ丸から携帯電話をふんだくり、「さっきの通報は間違いですからっ!」と大声で叫んでから電源ボタンを押して通話を切った。

 

「まぁ、すべて冗談であります」

 

「心臓に悪いからマジで止めてっ!」

 

「気合い! 入れて! 既成事実っ!」

 

「なんで比叡が半脱ぎになってるんだよっ! つーか、真っ昼間とかそういうレベルじゃなくて、すでにアウトラインをオーバーランッ!」

 

「は、榛名は……そ、そのっ、夜でしたら……」

 

「恥ずかしそうに言ってもダメだからーーーっ!」

 

「大丈夫です。霧島はしっかりと針で穴を開けて……」

 

「何に穴を開けるのかすんごい怖いんだけど、やっぱりアウトラインがオーバーランしまくりだかんねっ!」

 

「コノ際、全員マトメテハーレムルートニ……」

 

「さっきと言っていることが真逆なんだけど、一番怖いエンディングに直行しそうだからーーーっ!」

 

「はっ、確かにヲ級の方法なら全員が幸せになれるのかっ!?」

 

「いやいやいやっ、俺は絶対に幸せになれないからっ! 確実に捕まっちゃって処刑されるのがオチだし、何より天龍はそれで良いのかよっ!?」

 

「むぐぐ……結構悩んじまうぜ……」

 

「ダメよ天龍ちゃん~。そんなことになったら、真っ先に先生のアレを切り落としちゃうんだから~」

 

「やーめーてーーーっ!」

 

 何でこの時だけちゃっかり顔を出してくるんだよ龍田はっ!

 

「な、なんだか……楽しそうだよね……」

 

 潮はそんな俺たちを見ながら呟いたけど、俺は全然楽しくないからねっ!

 

「すでに手遅れっぽい!」

 

 正解ですっ!

 

「あははっ、本当に噂通りで面白いところなんですねっ!」

 

「いやいやいや……マジで違うからね……」

 

 お腹を抱えて笑うしおいに向かって、泣きそうになりながら弁解する俺。

 

 そんな俺たちを後目に、あきつ丸は輪から離れた三人へと向かって歩いていった。

 

「ところで、そこに居られる三人の名前を伺ってもよろしいでありますか?」

 

「私は龍田よ~。天龍ちゃんの妹なの~」

 

「う、潮です……よろしく……」

 

「夕立だよ。よろしくねっ!」

 

「みなさんよろしくであります!」

 

 お互いに頭を下げ合って挨拶をしているのを見て、とりあえず色々とあったけれど自己紹介は終えたのだとホッと胸を撫で下ろし……

 

「とりあえず、夜戦は一週間区切りが良いんじゃないでしょうかっ!」

 

「ひ、比叡お姉さまがそう言うのであれば、榛名は構いませんけど……」

 

「けれど、その場合だと……天龍、時雨、ヲ級、金剛姉さま、比叡姉さま、榛名、そして私でちょうど7人。ええ、完璧ですね」

 

「残念ダケド、ソノ計算ハ問題ガ有ルネ。愛宕ノ班ニ居ル雷ト電ヲ忘レタラ可哀想ダヨ」

 

「そうなると……週に二回は連戦になっちゃいマスネー」

 

「おいおい、なに言ってんだよ。土曜日の夜戦は全員参加だろ?」

 

「そうだね。天龍ちゃんの意見に僕は賛同するよ」

 

「でもそれだったら、九人を六日間で割り振らないといけませんから……」

 

 ――と、榛名がそう言って子供達が一斉に「う~ん……」と唸り声をあげた。

 

 ………………

 

 ちょっと待てよお前らーーーっ!

 

 いつの間にやらハーレムエンド確定で勝手に話を進めてるんじゃねぇよっ!

 

 それになんだっ! 九人で六日間割り振った挙げ句に土曜日は全員参加とか……

 

 確実に一週間も耐えられる訳ねぇだろうがぁぁぁっっっっっ!

 

 そんなん元帥でも発狂するわっ! つーか、確実に逮捕されるようなレベルじゃ済まねぇよっ!

 

 仕置人に処刑確定で、更には晒されて、生きていることを嫌になるくらい拷問されちゃうかんねっ!

 

 はぁ……はぁ……

 

 突っ込みが多すぎて息が絶え絶えに……

 

「ホラ、オ兄チャンガ想像シテ、アンナニ興奮ヲ……」

 

「突っ込み疲れで息が上がってるんだよぉっ!」

 

「マサニ突ッ込ムトコロヲ想像シテ……」

 

「人の話を聞けーーーっ!」

 

 ――とまぁ、初っぱなの自己紹介から前途多難な日になってしまったのでしたとさ。

 




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次回予告

 いやはや、幼稚園でしちゃいけない会話だったね。

 突っ込み疲れの主人公。
自己紹介騒動は何とか終え、午前の授業に入らねばと気を引き締める。
――と、そんな矢先から問題発生。対処すべく一時部屋から離れたのだが……


 艦娘幼稚園 ~新規配属されました……であります~ その3「雨の日は」

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その3「雨の日は」


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 いやはや、幼稚園でしちゃいけない会話だったね。

 突っ込み疲れの主人公。
自己紹介騒動は何とか終え、午前の授業に入らねばと気を引き締める。
――と、そんな矢先から問題発生。対処すべく一時部屋から離れたのだが……


 

 自己紹介の騒動をなんとかした……と言うよりかは半ば諦めた俺は、午前中の予定である算数の授業を開始することにした。

 

 ここからはあきつ丸を子供達と一緒にして、しおいを俺のサポートという形で授業を進めようと思った矢先のことだった。

 

「む……マジックのインクが切れてるな……」

 

 ホワイトボードに薄い黒色の線が描かれるが、かすれてしまって読み難い。これでは勉強に支障をきたしてしまうと、新しいマジックを探してみたのだが……

 

「予備がない……」

 

 近くにある備品棚に新しいマジックは無く、どうやら倉庫に取りに行かなくてはならないようだ。

 

 どうも自己紹介の時と言い、幸先が悪過ぎるんだよなぁ……

 

「どうしたんですか、先生?」

 

 不審に思ったしおいが俺に声をかけてきた。こういう時にサポートしてくれると助かる――と思ったが、今日初めて先生になったしおいに倉庫の場所や、マジックの置き場が分かるかどうかと考えると、自分で取りに行った方が早そうである。

 

「えっと、どうやら新しいマジックも切れているみたいなんで、ちょっと倉庫に行ってきます。その間、子供達を見ていてもらえないでしょうか?」

 

「ええ、分かりました。しおいに任せてくださいっ!」

 

 胸をドンッと拳で叩いたしおいは、胸を張って俺にそう答えた。

 

 うむ。なかなかの気合いっぷりである。これなら任せても心配なさそうだ。

 

 ――まだ先生になったばかりのしおいにいきなり子供達を任せるのも心配ではあるが、倉庫に行ってマジックを取ってくるだけならそれほど時間もかからないだろうから、様子見も合わせて良い機会だろう。

 

 それに、予備のマジックを切らしていたのは俺が悪いのだから、そのことについての失敗が目立ってしまうのも避けておきたい……と、俺はそそくさと倉庫に向かうことにした。

 

 

 

 

 

 ――ということで、さっさと倉庫に行ってマジックを取ってきたのだが、何やら部屋の中ではしおいと子供達がワイワイと盛り上がっているようだったので、気づかれないように様子を伺ってみたのだが、

 

「なるほどねー。先生はおっぱい星人なんだー」

 

 ウンウンと頷くしおい――って、何を話してるんだっ!?

 

「そうなんだよなー。俺にもっとおっぱいがあれば……」

 

「天龍ちゃんがそう言うんだったら、毎日モミモミしてあげるわよ~?」

 

「そ、それは以前にも苦い思い出があるから、遠慮しとくぜ……」

 

「え~、残念~」

 

 あー、うん。色々と大変になっちゃうので、止めていただきたい。以前にも泣き叫びながら助けを求める天龍に、止めに入った俺を睨みつける龍田の目が……滅茶苦茶怖かったからな。

 

「まだ焦る必要はないんじゃないかな。僕達はまだ子供なんだし、大きくなればいずれは……」

 

 そう言って、時雨は胸元を手でさすっていたが……まぁ、小さいのだから仕方ないな。

 

 あ、もちろん、身体が小さいからという意味だからね――って、誰に弁解しているんだよ俺は。

 

「その通りデース! 大きくなってボインになるネー!」

 

「金剛っ、お姉さまはっ、間違いなくボインになりますっ!」

 

「榛名も負けませんっ!」

 

「フフフ……霧島の大きくなった姿……今から見せるのが楽しみです」

 

 そして張り切りまくる金剛四姉妹。未来予想をする金剛と榛名は元より、比叡と霧島は少し前まで大きな姿だったのだから、自分がどう成長するかは分かるのだろう。

 

 それに資料でみた限り、四姉妹は全員大きかったし……って、そうじゃなくてだなっ!

 

 なんでこんな話で盛り上がっちゃってんのっ!? そもそも俺がおっぱい星人だと誰が喋った……って、すでに周知の事実だったな……

 

 考えてみれば、色んな場面で決めつけられてしまっていた。不本意ではあるものの、実際には事実だから仕方がない。

 

 ……いや、そうだったとしても、さすがに授業中に話す内容ではないと思うんだけど。

 

 ここはしっかりビシッと言っておいた方が良いのかもしれない。しおいの教育係でもあるのだから、最初が肝心だからね。

 

 俺は軽く気合いを入れるために頬を叩き、勢いよく扉を開けた。

 

「ただいま戻りました……って、いったい何の話で盛り上がって……」

 

「おや、おっぱい魔神が帰ってきたであります」

 

「星人から魔神に変化しちゃってるっ!?」

 

「やはり盗み聞きしていたでありますな。扉の横の窓から、影がウロチョロしていたであります」

 

「う……ぐっ」

 

 図星を突かれてしまい、言い返せない俺。しかしあきつ丸はドヤ顔などを一切見せることなく、淡々と口を動かした。

 

「マジックを切らしていた挙げ句に新人の先生に我々を任せ、自分ことを噂されていると見るや盗み聞きして怒ろうとするとは……盗人猛々しいであります」

 

「なっ!? べ、別に怒ろうとかそう言うのでは……」

 

「ならばなぜ頬が赤いのでありましょう? それは気合いを入れるために、扉を開ける前に自らから叩いたからではないのですか?」

 

「う”っ……」

 

 あきつ丸の言うこと全てが言い返せない現実に、俺は冷や汗をかきながら黙ってしまう。

 

「自分の失敗を棚に上げてというのは感心しないであります。ただでさえ、憲兵に突き出されてもおかしくないでありますのに……」

 

「だ、だから子供達が言っていたのは……」

 

「それこそ棚に上げてではないのですか? みんなの教育係ならば、それこそしっかりと言い聞かせてこそ役目を全うしていると言えるでしょうに……」

 

「おい、あきつ丸。そろそろその辺でやめにしとかねぇか?」

 

 喋り続けるあきつ丸の言葉を遮るように天龍が一括し、部屋の空気が一変した。

 

「俺は別に先生が悪いとか言っているんじゃないんだ。それら全部をひっくるめて先生が良いからこそ、こういった話ができるんだぜ?」

 

「ふむ……つまりそれは、信頼しているということでありますな」

 

「その通りだ。そりゃあ確かに、情けないところもたくさんあるかもしんないけどよ、いざというときには頼りになる先生なんだぜ」

 

「なるほど。それは失礼したであります。以後、気をつけます故……」

 

 あきつ丸はそう言って、俺と天龍に頭を下げてから席に座った。

 

 こうして、俺を叩くような状況は収まったんだけれど……

 

 ………………

 

 やり辛ぇ……

 

 滅茶苦茶、空気が重いんだけど……

 

 潮は泣きそうな寸前だし、夕立も落ち着かないといった雰囲気でキョロキョロしているし、龍田は俺が追い詰められていた状況が収まって素っ気なくそっぽを向いているし、ヲ級や金剛四姉妹はあきつ丸を睨んでいるように見えるし……って、俺がちょっと部屋を離れている隙にとんでもない状況に陥っちゃてるんですけどねぇっ!

 

 これも、俺が予備のマジックを切らしていたせいと言われれば仕方ないんだけど、しおいに当たるわけにもいかないし、ここは何とかしなければならない。

 

 俺はゴホンと咳払いをして気持ちを切り替え、子供達が仲良くできるような方法を考えながら授業を再開することにした。

 

 

 

 

 

「えっと、つまりカゴの中にリンゴを3つとみかんを4つ入れたんだから、全部でいくつの果物が入っているでしょうかって問題なんだけど……天龍、分かるかな?」

 

「それって途中で食べちゃったりするのは無しだよな?」

 

「何で食おうとするんだよ……」

 

「天龍ちゃんは食いしんぼうだからね~」

 

「とりあえず、リンゴの皮をむいてから食いたいかな」

 

「だから、何で食おうと……」

 

「ぐだぐだになっているであります」

 

 

 

 

 

「それじゃあ気を取り直して……サッカーボールが3つ、野球のボールが4つあるから、これを全部袋に入れた場合に中にボールは何個あるんだけど……夕立、分かるかな?」

 

「えっと……ひい、ふう、みい……ななつっぽい!」

 

「よしよし、正解だ。夕立偉いぞ~」

 

「えへへ~。誉められたっぽい~♪」

 

「ふむふむ、なるほど……こうやって誉めつつ、子供達を落としているんですねっ!」

 

「なんでそっちにいっちゃうのかなっ!? 普通に勉強を教えているだけだよっ!」

 

「やっぱりぐだぐだであります」

 

 

 

 

 

「1+1=2。1+2=3。それじゃあ、1+3=いくつになるかな。それじゃあ……金剛」

 

「もちろん4デース! 私達姉妹の人数と一緒ネー!」

 

「ああ、確かにそうだな。すぐに答えも出てきたし、金剛の暗算力はなかなかのものだぞ」

 

「アリガトウゴザイマース! 暗算力だけじゃなくテ、安産力もバッチリデスヨー!」

 

「突拍子もなく危険なネタを振るのは禁止ーーーっ!」

 

「先生の突っ込み速度もなかなかのものであります。でも結局ぐだぐだであります」

 

 

 

 

 

「……それじゃあ、今日の算数はこの辺でおしまいです」

 

「「「おつかれでしたー」」」

 

 ガックリと肩を落として凹む俺。その理由は言わ無くても分かる通りあきつ丸の突っ込みと、それに対する子供達の顔色だった。険悪とはいかないものの、あきつ丸を見る子供達の表情はあまりよろしくない。一言多いのが問題なのだが、あれは性格的なモノも大きいだろうが、俺の授業の進行が悪いということも考えられるのだ。

 

 ある意味、仲良し同士のお遊戯だったかもしれないと諭されたが、明るく楽しく健康に育てるをモットーとしているだけに、できればこのまま続けていきたいのだが……

 

「うーん……なんだか先生って……その、無能……?」

 

「なにげにズバッと言っちゃうよね……しおい先生って……」

 

「回りくどいのが得意じゃないですからね!」

 

 胸を張って言うことじゃないと思うんだけど、分が悪いのは俺の方だしなぁ。

 

 しかし、しおいの教育係としてこのまま引き下がる訳にもいかない。ちゃんと先輩らしいところを見せて、尊敬されるようにならないと……色々と悲しくなってしまう。

 

 特に無能って言葉は……マジで止めて欲しいからね。

 

 雨の日の大佐じゃあるまいし。

 

「……っと、そろそろ昼だから、お昼ご飯の用意をしないといけないよな」

 

 腕時計を見て時間を確かめた俺は、子供達に準備をするように伝えてからしおいに声をかける。

 

「しおい先生、お弁当の受け渡しがありますので俺についてきてください」

 

「わっかりましたー」

 

 元気よく答えたしおいを引き連れて、部屋の外へと出る。

 

 俺たちが居ない間、あきつ丸と子供達が何かを起こさないと良いんだけどな……と心中穏やかでないまま、ひとまずしおいに昼食時の仕事の流れを教えることにした。

 





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次回予告

 それでは皆さんに、お弁当を配りまーす。

 それはいつもの風景。
 ただし、今日から二人……増えていたのが問題だった?


 艦娘幼稚園 ~新規配属されました……であります~ その4「リナと億泰、そして唯律」

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その4「リナと億泰、そして唯律」


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 サブタイトル見直して思ったこと。どうしてこうなった。



 それでは皆さんに、お弁当を配りまーす。

 それはいつもの風景。
 ただし、今日から二人……増えていたのが問題だった?


 

「結構……っ、量があるんですね……っ!」

 

「子供達と愛宕先生、それに俺としおい先生の分のお弁当だからね」

 

 額に少し汗を浮かべたしおいが、緊張気味に口を開く。

 

 俺達は、みんなの昼食である鳳翔さんが作ってくれたお弁当を持ちながら、子供達が待つ部屋へと向かって歩いていた。俺は両方の手に風呂敷包みを二つ、しおいは両手で一つの包みを抱えている。

 

「でも、しおい先生が居てくれて助かるよ。いつもは二回往復しないと持ちきれなくってさ」

 

「そうですよね。さすがにこの量を一回で運ぶのは……無理ですよっ!」

 

 艦娘は人間よりも力が強いから、そんなことはないだろうと昔は思っていたのだけれど、結局のところ単純に力が強くても持ち運ぶ方法が同じならば、それほど対した差がつくことは無かった。しおいのように両手で抱えて包みを持ち運ぼうとしても、俺が持てる倍の量を運ぼうとするならば高さが増えてしまい、力以外にバランス能力も必要になってくる。もちろん艦娘はバランス能力も優れている者が多いが、落とさないように気をつけて歩くとなると、速度が遅くなってしまうのだから結局あまり変わらないのだ。

 

 まぁ、それでもそつなくこなす艦娘もいるんだけどね。

 

「お待たせみんなー。お昼ご飯を持ってきたぞー」

 

 行儀は悪いが、足で扉を開けた俺は子供達に向かって声をかける。

 

「「「わーーーいっ!」」」

 

 満面の笑みで喜ぶ子供達を見ながら包みをテーブルに置く。

 

「先生、しおい先生、ありがとうございます~」

 

「いえいえ。愛宕先生も、席の準備をありがとうござます」

 

 愛宕に礼を返してニッコリと笑ってから、風呂敷包みをほどいて弁当箱を取り出した。

 

「それじゃあしおい先生、みんなの席にこれを配ってもらえるかな?」

 

「わかりましたっ、任せてくださいっ!」

 

 ビシッと敬礼をしたしおいは、弁当箱を抱えて俺の言った通りに配っていく。俺は先に愛宕が用意していてくれたお茶の入ったやかんを持って、しおいとは反対方向で子供達の席にあるコップに注いでいった。

 

 そうして全員にお弁当とお茶が行き渡った後、俺達先生陣も自分の席に座り、愛宕が両手を合わせながらみんなに声をかけた。

 

「はい、みなさん準備ができましたので、いただきますをしましょうね~」

 

「「「はーい」」」

 

「それでは、今日も鳳翔さんにありがとうございます~」

 

「「「ありがとうございますっ!」」」

 

「ではでは、いただきま~す」

 

「「「いただきまーすっ!」」」

 

 子供達も両手を合わせて小さくお辞儀をしてから、お箸を持ってお弁当のふたをパカッと開けた。その様子を見てから、俺も同じようにして中身を見る。

 

 本日のお弁当は全体の半分がごはんであり、その上が色鮮やかな三色そぼろで埋めつくされている。おかずのスペースには子供達が大好きな甘酢のミートボールが団子状に串に刺さっており、人参のコンソメ煮が添えられている。他にもマッシュポテトとベーコンのマヨネーズチーズソース和え、ミニトマトとレタスのプチサラダなど、バランスも完璧なお弁当だ。

 

「うわぁ……こ、これはすごい……」

 

 俺の心境を語るように、しおいはお弁当のふたを持ったまま呟いた。食堂では各皿に盛りつけられて食べているが、これは子供達のためにお弁当箱に詰めてもらっているので、見た目のインパクトがまず違うのだ。もちろん、お皿で出てくる料理と変わらないのだけれど、お弁当には一つの箱に全てを収めるという美学的なモノがあり、しおいが感嘆するのも分かる気がする。

 

「食べるのがもったいない気がするけど……それ以上に食べたいですっ!」

 

「あー、うん。別に食べちゃだめって言われている訳じゃないんだけどさ」

 

「はっ、そうでしたっ! では早速いただきますっ!」

 

 言って両手をパシンと音が鳴る勢いで合わせたしおいは素早くお箸を右手で持ち、行儀が悪いのだが迷い箸でどれから食べるか悩んだ末、まずは三色そぼろのご飯を頬張った。

 

「うみゅーっ、美味しいーーーっ♪」

 

 うみゅーってなんだ。うみゅーって。

 

 気持ちは分からなくはないけど、いきなり聞くときになっちゃうじゃないか。

 

「甘辛そぼろ肉と卵の相性が最高ですっ。そして桜でんぶの甘さもたまりませんっ!」

 

 ノリノリだなぁ……しおい……

 

 まぁ、鳳翔さんのお弁当を食べたのが初めてなら、分からなくもない。なんせ、俺も最初はハシャぎ過ぎちゃったし。

 

 ………………

 

 はて、そう考えてみれば、もう一人鳳翔さんのお弁当……どころか、料理自体が初めてじゃないかという子が居るはずだが……と、俺はあきつ丸がどんな反応をしているのか気になって、座っている方へと顔を向けた。

 

「………………」

 

 席に座ってお箸を空中にぶら下げたまま固まるあきつ丸。

 

 視線はお弁当に向いたまま。心なしか、手が小刻みに震えているように見えるのだが……

 

「……あきつ丸ちゃん、どうかしたのですか?」

 

 向かいに座っていた電が心配そうな表情で問いかけた途端、あきつ丸は急にお箸を席に叩きつけるように置いて立ち上がった。

 

「ん……」

 

 みんなが注目する中、あきつ丸は小さく呟きながら肩をガタガタと震わせる。

 

「「「ん……?」」」

 

 問い返すように子供達が呟き返し、俺は焦りながらあきつ丸に駆け寄ろうと席を立った。

 

「だ、大丈夫か、あきつ丸!?」

 

 もしかすると、お弁当の中にアレルギーを起こしてしまうモノが入っていたのかもしれない。もしそうだったのならば、早く吐き出させるべきだと思った俺は、ポケットのハンカチを取り出した瞬間だった。

 

 

 

「ん……まあああぁぁぁぁぁっっっいぃぃぃぃぃっ!」

 

 

 

 怒号のような叫び声が部屋中に響き渡り、何人かの子供が反射的に耳を塞ぐ。

 

「何なのでありますかこのお弁当はっ! ミートボールの甘酢の甘みは……まさかの和三盆っ!? 醤油は間違いなく鰹出汁を利かせたオリジナルっ!」

 

 言って、あきつ丸は立ったまま箸を持って人参を口に頬張った。

 

「コンソメ……いや、それはスープでありますからして、これはフォンドボーでありますっ! 丁寧に下拵えをして炙った子牛の骨、それに香味野菜を加えてコトコトと長時間煮て出した出汁を贅沢に使ったこの一品は……もはや三ツ星ホテルの料理長ですら裸足で逃げ出すレベルでありますっ!」

 

 呆気に取られる俺達を気にすることなく、あきつ丸は続けてマッシュポテトとベーコンのマヨネーズチーズソース和えを口に入れた。

 

「蒸かしたジャガイモの舌触りをきめ細やかにするため、綺麗に皮を剥いてから裏ごしするという手間のかかりようっ! 更にマヨネーズソースもほんの少しマスタードを入れてアクセントにっ! そして最後に粉チーズを投入してオーブンで焦げ目を……感動でありますっ!」

 

 お箸を口に加えたまま号泣するあきつ丸を見て、完全に子供達やしおいが固まっていた。

 

 ……もちろん俺はハンカチを持ったまま、あきつ丸のすぐ横で立ち尽くしているんだけれど。

 

 いったいどうすりゃ良いんだ……この状況は……

 

 とりあえず、詳しすぎるぞあきつ丸……とでも突っ込むべきなのか……?

 

「あきつ丸ちゃん~」

 

 ――と、途方に暮れかかっていた俺の意識を呼び戻してくれたのは、自分の席に座ってニッコリと笑みを浮かべていた愛宕だった。

 

「ハッ……ん、あ、なんであります……か……」

 

 あきつ丸も愛宕の声で我を取り戻したのか、なぜか敬礼をして愛宕の方へと顔を向けたのだが……

 

「お食事中は、あまり騒がないようにお願いしますね~」

 

「は、ははっ、ハイッ! 了解でありますっ!」

 

 完全に目だけが笑っていない愛宕に恐れをなしたかのように、あきつ丸は慌てて席に座って姿勢を正し、身体中を小刻みに震わせながらお箸を動かしていた。

 

 ……うむ。未だ愛宕のニッコリ笑ってマジ怒り……は、健在だな。

 

 俺は小さくため息を吐きながら自分の席へと戻る。

 

 もちろん、愛宕のその顔を見た訳であるからして、

 

 バッチリと、この前の青葉に対して怒った場面を思い出したからであり、

 

 両足が武者震いしまくっていたのは、ここだけの話である。

 

 情けないったりゃありゃしないってことですよねー。

 

 

 

 

 

 そんなこんなで昼食を食べ始めて暫く経ち、何人かの子供達はお弁当を空っぽに平らげ終えた頃、ふと天龍が龍田と話をしだした。

 

「本当に鳳翔さんのお弁当は美味しいよな……」

 

「そうよね~。毎日絶品料理に満足よね~」

 

「俺も……いつかはこんな料理が作れるかな?」

 

「天龍ちゃんも頑張れば作れるようになるかもしれないわね~」

 

「そ、そうだよなっ! 美味い料理を作って先生に食わせれば……萌え萌えキュンになっちゃうよなっ!?」

 

「それはどうかしらね~」

 

 目をキラキラさせながら天井を見上げる天龍。たぶん、自分が作った料理を思い浮かべているんだろうが、それ以上に後半の言葉が気になりまくった。

 

 萌え萌えキュンって……なぁ。

 

 メイド服に着替えた恥ずかしがり屋のベーシストじゃないんだぞ……?

 

 間違って両手でハートマークを作ってビームとか出さないぞ……?

 

 ………………

 

 いや……待て。

 

 愛宕が……その格好で……そのポーズを取ったら……

 

 ………………

 

 鼻血……出そうなレベルじゃなく、悶絶死しそうだぞ。

 

 もちろん、幸せすぎてだぞっ!

 

「ごちそうさまであります……が、ちょっとさっきのは納得できないであります」

 

 行儀よく手を合わせてお弁当のふたを閉じたあきつ丸が、天龍に向かってハッキリと言い放った。

 

「ん、どういうことだそりゃ?」

 

 そして不機嫌そうな表情を浮かべた天龍と……ニッコリ笑いつつも目が怖い龍田があきつ丸を見る。

 

「確かに鳳翔さんの料理は美味しい。これは認めるであります。陸軍ではこのような絶品料理どころか、普通レベルの食事すらでなかった始末。ごはんに至っては古米ではなく更にそのまた古米。ぶっちゃけて酷過ぎたであります」

 

「それだったら別に問題ないじゃないかよ。ここでは美味い飯が食える。それでハッピーじゃ……」

 

「あきつ丸が納得できないのは、天龍殿の発言であります」

 

「俺の発言?」

 

 なんだったかな……と言わんばかりに思い出そうとする天龍だが……って、自分が今さっき言ったことを忘れるのはどうかと思うのだが。

 

「あ……もしかして、萌え萌えキュンか?」

 

 そして何でそっちが出てくるんだよ天龍は……

 

 あきつ丸が言おうとしていることは分かる気がする。俺がこの幼稚園に来るときと同じ、深海棲艦を倒すことばかりを考えていたあの時を。

 

 艦娘は深海棲艦に対抗できる唯一の存在。ならば、料理なんかよりもすべきことがあるんじゃないかと。

 

 陸軍からやってきて間もないあきつ丸なら、そのことを問いただすというのは想像できる。ましてや海軍と陸軍の関係性が昔のままだったとすれば、遺恨なども混じった教育がなされていた可能性すらあるだろう。

 

 しかし、俺は愛宕に諭され、子供達と触れあい、深海棲艦とも出会って考え方が変わった。戦うだけが艦娘じゃないということは身に染みて分かったつもりだし、なにより子供達や鎮守府にいる艦娘達のことを戦いのためだけの兵器として見るなんてことはできるはずがない。

 

 それをあきつ丸にも分かってほしい。今すぐ理解できなくても、心のどこかにそういう考えがあると知ってほしくて、俺は口を開こうとしたのだが……

 

「そうであります。しかし、萌え萌えキュンはグラマラスな女性であってこそ栄えるモノであります!」

 

「そっちであってんのかよーーーっ!」

 

「いや、むしろボッキュンボーンであります」

 

「俺が言うのもなんだけど、表現が古いよーーーっ!?」

 

 心配していたどころか、突っ込みを入れざるを得ないあきつ丸の発言に、俺の頭は激しい頭痛に見舞われる。ヲ級一人だけでも突っ込みに疲れるというのに、更にボケ担当が増えるとなると……耐えられそうにない。

 

「くっ……あきつ丸の言うことに否定できねぇ……っ!」

 

「何でそこで悔しがるのっ!?」

 

 握りしめた拳を机に叩きつける天龍は、苦悶の表情を浮かべ、

 

「……確かに、響もそう思うよ」

 

「まさかの方向から同意が飛んできたーーーっ!」

 

 ついには子供達全員を巻き込んだ論争へと発展してしまったのである。

 





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次回予告

 もう一度言おう。どうしてこうなった。

 天龍とあきつ丸から始まった言い合いは止まる事を知らず、
 まさかのメイド服論争へと発展してしまう。

 更には聞き逃せない言葉に反応してしまった主人公によって……


 艦娘幼稚園 ~新規配属されました……であります~ その5「メイド服は多種多様」

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その5「メイド服は多種多様」

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 もう一度言おう。どうしてこうなった。

 天龍とあきつ丸から始まった言い合いは止まる事を知らず、
 まさかのメイド服論争へと発展してしまう。

 更には聞き逃せない言葉に反応してしまった主人公によって……


「異議ありっ! 確かにナイスバディな女性にミニスカメイド服は栄えるかもしれないけど、ちっちゃなつるぺたガールも需要はあるよっ!」

 

 あきつ丸の爆弾発言から開始されたメイド服論争は、白熱した戦いとなっていた。

 

 ……ちなみに大声をあげながら立ち上がって、あきつ丸を指さしたのは時雨の姿である。

 

 ………………

 

 とりあえず言わせてくれ。

 

 時雨に何があったんだっ!?

 

「確かにそれも一理ありますな。しかし、あくまでその需要は全体から比べると些細なもの……であります」

 

「待つのです! その一部を無視するなんて、ダメなのですっ! 大きな塀であっても、小さな傷を無視すればやがて崩れてしまうこともあるのですっ!」

 

 あきつ丸の言葉に対し立ち上がったのは電だった。いつもの弱気な電ではなく、確固たる意志を持って机を両手で叩いた……って、本当に何をやっているんだよおまえ達は……

 

 俺は椅子に座って席に両肘を着き、頭を抱えながら悶絶しかけている。

 

 おかしい。この状況は明らかに変過ぎる。

 

 なんでちっちゃな子供達が揃いも揃って、メイド服に関する論争で白熱したバトルを広げているんだよ……

 

 更に言えば、しおいは面白そうにソワソワしながら見ているし、愛宕も満面の笑みで見守っている。確かに、子供達がこうやって話し合うというのは決して悪いことではないとは思うのだが、それにしたって題材が問題だ。

 

 もうちょっとこう……子供らしい題材とか……無いのだろうか。

 

「デスガ、やっぱり成熟した女性にクラシカルなメイド服は完璧デスネー。私も大きくなったら是非着てみたいデース!」

 

「こ、金剛お姉さまのメイド服……比叡は気合いが入りますっ!」

 

 目をつむって顔を真っ赤にし、両手で机をバンバンと叩く比叡の鼻からタラリと赤いモノが流れているんですけど……

 

 言っても聞かなさそうなので、俺は何も言わずに比叡の後ろに回り込んで丸めたティッシュを鼻に詰めてやった。

 

「あ、ありがとうございますっ!」

 

「は、榛名は……比叡お姉さまが羨ましいです……」

 

「ん、何か言ったか榛名?」

 

「い、いえっ、何でもありません……」

 

 ボソリと呟いたような気がして振り返ってみると、榛名も同じように顔を真っ赤にして俯きながらそう言っていた。

 

 ふむ……白熱しすぎもどうかと思うが、愛宕は未だ動かずって感じだし、とりあえず子供達の様子を見続けることにするかと思っていたのだが……

 

「しかし、あまり男性に媚びを売るのはどうかと霧島は考えます。確かにメイド服は男性趣向に合った服装かもしれませんが、元々は作業用の服であって、それを武器にするようなものでは……」

 

 ――と、霧島が少し不満げに立ち上がって喋った内容を聞き、思わず俺は大きく口を開いてしまった。

 

「異議ありっ!」

 

「「「……え?」」」

 

 一同、俺の顔をガッツリと見る。

 

 そして頬に流れる一筋の汗。

 

 …………………

 

 これは……やっちゃった……?

 

「あ、いや……その……」

 

「先生は……メイド服がお好きなのですか……?」

 

「き、霧島。それは……思い違いというやつであってだな……」

 

「でもそれなら、どうして大声で叫んだっぽい?」

 

「い、いや……俺はそんなに真剣に言ったつもりは……」

 

「あら~。ガチで真顔だったわよ~?」

 

「き、気のせいじゃ……ないかな……?」

 

 冷や汗を背筋にダラダラとかきながら弁解する俺の顔を、ジト目半分、真顔半分の子供達が見つめてくる。ちなみにしおいは、驚いた顔から既に感心したモノへと変えながらなにやらメモを取っているし、愛宕は変わらず満面の笑みのままである。

 

 できれば助けてほしいんだけど……そんな気は無さそうである。

 

 まさに四面楚歌。孤立無援。

 

 やっぱりこの幼稚園はどこかおかしいよっ!

 

「「「………………」」」

 

「………………」

 

 俺と子供達は一歩も動かずに睨み合い、そして1分ほどが過ぎようとした時、時雨が手を挙げた。

 

「愛宕先生。僕に提案があるんだけど」

 

「はい。なんでしょうか~?」

 

「明日から幼稚園の制服として、メイド服の導入を提案したいんだけど……どうかな?」

 

「却下で~す。あなた達の服装は、単なるお洒落の為じゃないのですよ~?」

 

「むぅ……やっぱりそうだよね……」

 

 ガックリと肩を落とした時雨が席に座り、子供達は一同に重いため息を吐いた。

 

 そして、部屋中に沈黙が流れ……って、何だよこの状況は!?

 

 そんなにメイド服が良いのかっ!? そりゃ俺だって好きだけどさっ!

 

 ……って、暴露しちゃっているよ俺。心の中だけど。

 

「確かにみなさんの言いたいことも分からなくはないですけどね~。妖精さんに頼んで、服装の改造ができないわけでもないですし……」

 

 ――と、愛宕が言った瞬間、子供達の顔がパァァ……と明るくなる。

 

 それは火に油を注いでいるのと一緒なんですけどっ!?

 

「でも、もしそうなっちゃった場合、間違いなくやっかいな虫……じゃなくて、元帥とか一部の提督がイヤラシイ目をしながら覗きにきちゃいますよ~?」

 

「「「……うっ」」」

 

 焦った表情や嫌そうな顔を浮かべる子供達。

 

 ……いや、それ以前に元帥とか提督のことを虫って……言ったよな?

 

 色んな意味で恐るべしなんだけど……元帥だから仕方ないね。

 

 まさに日頃の行いが何とやら。身から出た錆である。

 

「とりあえず、みなさんがメイド服が好きな事は、よ~く分かりました。討論もしっかりしていましたけど、一つ忘れていることがあるんじゃないでしょうか~?」

 

 愛宕が右手の人差し指を立ててニッコリと笑みを浮かべながら子供達に問う。

 

 子供達の視線は愛宕の指へ。

 

 愛宕は続けて指を下に向け、机を指差した。

 

 それを見た子供達は愛宕の指の先を見て、そしてゆっくりと自分達の机を見る。

 

 そこにあるのは、お弁当箱。

 

 子供によっては、まだ食べきっていない……お弁当箱がある。

 

 重い沈黙と冷めていく部屋の空気。

 

 何人かの子供達はガタガタと身体を小刻みに震わせながらお箸を取ろうとするが、手がいうことを聞かないのか何度も机の上に落として音を鳴らす。

 

 そんな子供達を見ながら、愛宕は口をゆっくりと開き……

 

 

 

「死にたい船は、どこかしら~?」

 

 

 

 ――と、呟いた。

 

 ………………

 

 いやいやいやっ、それ違う子のセリフですからっ!

 

 ――って、数人の子供と何故かしおいまでもが、天井を見上げながら泡を吹いて気絶しているんですけどっ!?

 

 いったい子供達に何をしたんですかっ、愛宕先生ーーーっ!?

 

 そう心の中で叫びながら、俺は愛宕の顔を見る。

 

 そこには「どうしたのでしょうか?」と言いたげな愛宕が、不思議そうな表情で俺の顔を見つめ返していた。

 

 ………………

 

 何を言ってもヤバイ気がした俺は何も言うことができず、

 

 ただ、愛想笑いを浮かべながら――席に座りなおしたのだった。

 

 

 

 

 

 気絶した子を介抱し、まだ食事が終わっていない子をやんわりと急かして食事を終えさせた後、俺は後片付けに入っていた。

 

 ちなみにしおいは気絶しっぱなしだったのだが、先に子供達の方を済ませるべく放っておいた。酷い風に取られるかもしれないが、慣れない仕事をやり始めて疲れていたのもあるんじゃないかという先輩ながらの心遣いと思ってくれるとありがたい。

 

 まぁ、ぶっちゃけた話をすると、メイド服論争の時に助けてくれなかったお返しなんだけどね。

 

 ううむ。小さいぞ俺。

 

 そんなこんなで食事の後片付けを終わらせた俺は、休憩していた子供達を連れてお昼寝先である大部屋へ連れて行った。その部屋には、俺が食事の後片付けをしている間に布団を敷いてくれていた愛宕が待っていて、子供達に向かって笑顔を向けていた。

 

「お食事の後はちゃんとお昼寝しましょうね~」

 

「「「は、はい……」」」

 

 元気が無い返事をする子供達だが、これは仕方が無いだろう。未だ身体を小刻みに震わせている暁が、愛宕の顔を見ないように俯きながら、そそくさと自分の布団に入って――って、完全に心に傷を負っているレベルじゃね?

 

 本当に何をやったんですか……愛宕先生……と、本日何度目かの心の呟きをしつつ、子供達を布団に寝かしつけていく。

 

「あ、あのさ……先生……」

 

 布団に入った天龍が、俺の顔を見つめながら口を開く。

 

「ん、どうしたんだ、天龍?」

 

「えっと……俺が料理するのって変かな?」

 

「いや、全然変じゃないぞ。それに、自分のやりたいことは気が収まるまでやれば良いんだ。もちろん、それが他の人とかに迷惑がかかることならダメだけど、色んな経験を積むのは悪いことじゃないからな」

 

 そう言って、横になっている天龍の頭を優しく撫でてやった。

 

「うん……そうだよな。別に変じゃないよな……」

 

 呟きながら笑みを浮かべた天龍は、少し恥ずかしそうに頬を赤くさせながら「ありがとな、先生……」と言って、掛け布団を頭のてっぺんまで被った。

 

 うむ。恥ずかしそうにする天龍か。

 

 ちくしょう……ちょっと可愛かったぞ……

 

 だが俺は先生なので、変な気は起こさない。もちろん俺と天龍が喋っている間、ずっと睨みつけるようにしていた龍田が怖い訳ではない。

 

 なんだか他からの視線も刺さっていたような気がしたけれど、周りを見渡してみてもそれらしきモノは見当たらない。まさか青葉が……とも思ったけれど、この前のことを考えれば可能性は限りなく低いだろう。

 

 ともあれ、子供達全員を寝かしつけ終えた俺と愛宕はお互いに頷いて部屋の外に出た。

 

「お疲れ様です、先生」

 

「お疲れ様です。次は洗濯物ですよね?」

 

「ええ。そろそろ一回目の洗濯が終わると思いますので、しおい先生と一緒に干していただけると助かります~」

 

「了解です。それじゃあ、いつも通りに……」

 

 そう言って、俺は洗濯室へと向かおうとしたのだが、

 

「あっ、先生。一つよろしいですか?」

 

「はい、なんでしょうか?」

 

 呼び止められて振り向く俺の視界に、とんでもないモノが現れた。

 

 いつもと変わらない愛宕。ただ、その手には広げた布切れがあり、

 

「先生って、こんな感じのメイド服がお好みなんでしょうか~?」

 

 ――と、問い掛けられたのだった。

 

「い、いや、その……ですね……」

 

 なんで持ってんの?

 

 つーか、いつの間に持ってきたんですかっ!?

 

「実はロッカーの中に色々と~」

 

「心の中を読んだ挙句に返答しないでくださいっ!」

 

「先生は読みやすいですからね~」

 

「ってか、論点はそこじゃないですよねっ!?」

 

 なんでよりによって、超ミニスカタイプのメイド服なんですかっ!? しかも、胸元が露わになっちゃうタイプって……もはやメイド服かどうかも怪しいよっ!

 

「結構似合うと思うんですけどね~」

 

 ……それって、愛宕自身が着たらってことでファイナルアンサー?

 

 ………………

 

 胸部装甲をガッツリ目視しちゃいますよっ!?

 

 やっぱり昔ながらのクラシカルタイプで丈は長い方が好きなんだけど、愛宕が着るなら完全に俺の好み変わっちゃうじゃんそれーーーっ!

 

 つーか、やっぱりメイド服最高っ! 異論は認めないっ!

 

 なんでメイド型艦娘とか居ないんですかーーーっ!?

 

 ………………

 

 あー、いや……そう言えば、一人居たような居なかったような……まぁ、いいや。

 

 あれは漢字がちょっと違った気がするし。冥土だった気がするし。

 

「……で、どうでしょうか先生?」

 

「あ、え、えっと……はい。凄く似合うと思います……」

 

「本当ですか~♪」

 

 満面の笑みを浮かべて喜ぶ愛宕だが、その服を着たところを想像してしまい、恥ずかし過ぎて直視できない。

 

 このままだと、出会ったばかりの状況に戻って、JOJO立ちしなくちゃいけなくなっちゃうよっ!

 

 そんなところを青葉に撮られた日には……生きていけなくなっちまうっ!

 

 暫く幼稚園には近づかないとは思うけど、青葉の鼻を舐めちゃダメだっ! スクープあるところに青葉あり……確実に狙ってやってくるっ!

 

 それを防ぐには……やはりこれしかないっ!

 

「そ、そそっ、それじゃあ俺は洗濯物を干してきますねっ!」

 

 俺は叫びながら通路を走り、愛宕から離れるように逃げ去った。

 

 うぅぅ……色んな意味でもったいなかったよなぁ……

 

 けど、不審者扱いされちゃうのもあれだから……と嘆きつつ、ひとまずしおいを呼びに部屋に向かう。

 

 

 

 もちろん平常時に戻る為、部屋の前で落ち着かせてから……ね。

 




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次回予告

 昼食後のお昼寝タイム。そして洗濯タイムへと。
しおいに仕事を教えながら、俺はいつものように仕事をこなしていた。

 一段落して休憩中。
しおいが昼食中に俺の顔色が変わったことを指摘する。
過去の自分の考えや、今までの出来事を話すうちに……とんでもない情報がもたらされたっ!?


 艦娘幼稚園 ~新規配属されました……であります~ その6「捏造したのはヤツの仕業」

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その6「捏造したのはヤツの仕業」

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 昼食後のお昼寝タイム。そして洗濯タイムへと。
しおいに仕事を教えながら、俺はいつものように仕事をこなしていた。

 一段落して休憩中。
しおいが昼食中に俺の顔色が変わったことを指摘する。
過去の自分の考えや、今までの出来事を話すうちに……とんでもない情報がもたらされたっ!?


 風に舞う真っ白なシーツ。

 

 これは毎日見かける光景だ。

 

 昼寝の時間に子供達を寝かしつけた後、決まって俺がする仕事は選択したシーツを干す作業である。

 

 ただ、いつもと違うのは、

 

「よっと……これで良いですよね、先生」

 

「うん、それで大丈夫。後は乾くまで放っておけばいいから、しばらくは休憩かな」

 

 俺が見本となって、しおい先生に仕事を教えているということだ。

 

 あれから気絶していたしおいを叩き起こした俺は、二人で洗濯物を干す作業をしていた。仕事内容は洗濯物を干すだけの簡単な作業だが、子供達全員分の布団のシーツを洗うとなると、その量は結構ある。そのため、選択をする愛宕と干す作業をする俺に分かれていたが、しおいが加わったことにより、休憩時間が少し多めに取れそうだった。

 

「ふぅ……」

 

 ふわりと舞うシーツを見ながら、俺は段差に腰掛けた。その姿を見たしおいも、俺と同じように隣に座る。

 

「先生、ちょっと聞いても良いですか?」

 

「ん、何かな?」

 

「さっきの昼食の時間のことなんですけど……」

 

 しおいがそう言った途端、俺は思わず頬をかきむしった。愛宕に続いてしおいまでメイド服のことを言ってくるのかと思い、心の中でため息を吐きそうになったのだが、聞こえてきたのは予想外の言葉だった。

 

「あきつ丸ちゃんが天龍ちゃんに納得できないと言ったとき、先生の表情が変に見えたんですけど……何かあったんですか?」

 

「そ、それ……は……」

 

 問いかけるしおいの表情は真剣で、冗談で逃れられるような雰囲気には見えなかった。俺はどうしようかと戸惑っていたが、別に隠す必要があるところは少しだけであり、そこさえ話さなければ大丈夫だろうと思いながら口を開く。

 

「俺は昔……深海棲艦に襲われたことがあってね……」

 

「それって、ヲ級ちゃんを連れて帰ってきたことですよね?」

 

「いや、それより随分前。小さい頃……ここにいる子供達よりかは大きかったけど、家族で旅行に出かけていたときなんだ。

 ここからそう遠くない沖合で、初めて深海棲艦の存在が明らかになった事件。あの客船に……俺は乗っていたんだよ」

 

「は、初めの事件に客船……そ、それって……」

 

 額に汗を浮かべたしおいに向かって俺は頷き、続けて口を開いた。

 

「そのとき、俺以外の家族は犠牲になった。というか、俺以外の生き残りは殆どいなかったんだけどね」

 

「………………」

 

「そして、俺はそれから親戚筋を転々としながら家族の仇を討つべく、ひたすら勉強したんだ。深海棲艦を根絶やしにするため、提督になってやるってね」

 

 俺は苦笑を浮かべながら、言葉を続ける。

 

「そして一昨年に行われた全国緊急採用試験に受かった俺は、ここ、舞鶴鎮守府に提督として配属される――はずだった。

 ふたを開けてみれば、書類のミス……じゃないんだけど、提督ではなく幼稚園の先生として採用されていたんだよね」

 

「そう……だったんですか……」

 

「そこで俺は愛宕先生に怒鳴ってしまったんだ。家族の仇を討つために必死で勉強してきたのに、何で提督じゃなくて幼稚園の先生なんですかって。これじゃあ、深海棲艦を倒すことなんてできないじゃないですかってね」

 

 しおいは黙ったまま俺の言葉に耳を傾け、時折頷く仕草をする。

 

「そんな俺に、愛宕先生はこう言ってくれたんだ。

 その思いを艦娘達に託すのは、同じことじゃないのでしょうか? ――ってね」

 

「………………」

 

「そして知らされた。艦娘に託すのは提督も同じ。なのに俺は、その考えも、思いも持っていなかった。つまりそれは……」

 

「……兵器と同じ」

 

 聞こえるか聞こえないかの呟きが、しおいの口からこぼれ出す。俺は真剣な表情でコクリと頷き、口を開く。

 

「――そう。艦娘を兵器として、道具としてしか見ていなかった。だけど子供達と触れ合うことによって、彼女たちは俺と同じ……生きているんだって実感できた。

 もし、それを知らないまま提督になっていたらと思うと、背筋に寒気が走っちゃうよね……」

 

「いえ、それを分かってくれていない人は……たくさんいます。そして、今もそれは……」

 

 言って、しおいは悲しそうな表情で俯いた。

 

「だからこそ、俺はこの幼稚園の先生として働くことに決めたんだ。一人の人間として、そして何よりも子供達のために、元気よく一人の艦娘として育ってほしいからね」

 

「……うん。そうですよね」

 

 俺の言葉に頷いたしおいは笑みを浮かべる。しかしすぐに「あれ?」と声を上げて問いかけてきた。

 

「でもそれって……先生が変な顔をする理由としては弱くないですか? 確かに天龍ちゃんが料理をすると言ったことにあきつ丸ちゃんが納得できないと言い出したとしても、別にそれぞれの性格を考えれば問題は無さそうに思えるんですけど……」

 

「あー、うん。そうだけど……さ……」

 

 地味に鋭いな……しおいって……

 

 さて、どう答えて良いものか迷うのだが、勘が良いことを考えると、しおいに隠し通すのも難しいかもしれない。

 

 俺は小さくため息を吐いてから、真顔でしおいを見つめながら言葉を発した。

 

「今から……言うことはさ、できれば内密にお願いしたいんだけど……」

 

「え、えっと……な、なんでしょうか?」

 

「これを他の人に知られちゃうと、ちょっとまずいことがあるかもしれなくてさ……」

 

「そ、それって……その……ええっと……心の準備が……」

 

 しおいはそう言って、大きく深呼吸を繰り返した。

 

 内密にとは言ったけど、そこまで緊張することじゃない気がするんだけど……

 

「……よし、大丈夫です。先生の気持ち……聞かせてくださいっ!」

 

「………………」

 

 ……あれ? なんだかしおい……勘違いしちゃってない?

 

 ほんのり頬が赤いし、この表情って……この前の青葉のときのような……

 

「あ、あのさ……しおい先生……?」

 

「は、はいっ!」

 

「か、勘違いしているかもしれないんだけど、今から俺が愛の告白……なんてことはしないからね?」

 

「………………あれ?」

 

「完全に勘違いだからね?」

 

「………………乙女心をもてあそばれましたっ!」

 

「人聞き悪過ぎやしませんかっ!?」

 

 全然勘良くないじゃんっ! ただの思い違いじゃんっ!

 

 

「と、とりあえず話を続けたいんだけど……良いかな?」

 

「うぅ……良くないけど……仕方ないです……」

 

 ウルウルと涙を流しつつ恥ずかしそうにするしおい。いやはや何ともいたたまれないんだけど、そんな勘違いをするような喋り方じゃなかった気がするんだけどなぁ。

 

 とりあえず気分を戻しつつ、俺は話を戻して喋り始める。

 

「俺がヲ級を連れて帰ってきたのはみんな知っていると思うんだけど、その経緯については知らないよね?」

 

「えっと、先生が出張で出かけた際に、深海棲艦に襲われた話ですよね?」

 

「うん。その辺くらいは……まぁ、知っているか」

 

「いえ、詳細もバッチリ知ってますよ?」

 

「……え、なんで?」

 

 それはおかしいだろう。詳しいことを話したのは、ヲ級を連れて帰ってきて真っ先に向かった指令室で、元帥と高雄、それに愛宕に護衛で居た翔鶴、瑞鶴の前だった。もちろん高雄はあのときの話を厳重に口止めしていたはずだから、漏れているような感じは今も無いんだけれど……

 

「だって、青葉新聞で鎮守府内の殆どの人が知ってますから」

 

「……またあいつか」

 

 ――と呟いてから、先日のことを思い出して冷や汗をかく俺。

 

 まさかとは思うけど、その新聞に……あのことは書いていないよな……?

 

「ち、ちなみにその内容について教えてくれないかな?」

 

「えっと……良いですけど……」

 

 そう言ったしおいは、思い出す仕草をしながら口を開き始めた。

 

「先生が佐世保に出張に出かけた際に輸送船が深海棲艦に襲われ、護衛の漣は中破して遠征は失敗。更に漣のフォローをしようとした先生が誤って海に転落し、行方不明になった……ですよね?」

 

「うん……殆ど間違いはないかな」

 

「新聞が出た数日後に漣が一時行方不明になったんですけど……まぁ、これは別に良いですよね」

 

「ちょっと待って。それはまったくの初耳なんだけど?」

 

「え、そうなんですか? 結構有名な話なんですけど……」

 

 鎮守府に戻ってから一度も漣を見なかったのって、顔を合わせるのが気まずいから避けられていると思っていたんだけど、そうじゃなかったのっ!?

 

「そ、それって……やっぱり遠征任務の失敗が原因で……左遷させられたりとか? あっ、でも、一時行方不明ってことは戻ってきているんだから……」

 

「ええ、もちろん今は……普通に任務に就いています。漣のオシオキは高雄秘書艦が地獄の訓練フルコース×一週間で済んだらしいですけど、その後数日寝込んだだけですし。その後なんとか通常任務に戻ったんですけど、任務終了後の空き時間に行方不明になったみたいなんですよね」

 

「……そ、それって大事だけど、ちゃんと戻ってきたんだよね?」

 

「はい」

 

 つまり、高雄のフルコースで心労の末、一時的に逃げ出したのだろうか?

 

 でもそれって、更にフルコースを食らっちゃう気がするんだけど……

 

「やっぱり先生人気って凄いですよねー」

 

「……何でいきなりそんな話になっちゃうの?」

 

「えっ、だって、漣の一時行方不明は、先生ファンクラブ会員が起こした事件って言われてますよ?」

 

「………………」

 

 ちょっと待て、全然それは、知らないぞ?

 

 ………………

 

 つーか、俺のファンクラブってあったのーーーっ!?

 

 驚き過ぎて、またもや五・七・五だよっ! 久しぶりにやっちゃったよ――って、元々ヲ級ネタじゃんっ!

 

「い、いやいや、さすがにそれは考えすぎじゃないかな……?」

 

 俺は苦笑いを浮かべながら言ったのだが、しおいは顔を左右に振る。

 

「もしかして、先生のファンクラブの存在を……知らなかったんですか?」

 

「知らないも何も、今ここで初めて知ったんだけど……」

 

「そうだったんですかー。なるほどなるほど」

 

 両腕を胸下で組んでウンウンと頷くしおいだが、いったい何を納得しているのだろうか。それ以前に、当の本人が知らないファンクラブの段階で問題ありだと思うんだけど、それに対するツッコミなんかは……期待できないよなぁ。

 

「これでハッキリしました。先生は、青葉新聞のことを今までご存じなかったんですね?」

 

「う、うん。そうなんだけど……」

 

 正直、その存在を知ったとしても読みたいとは思わない。まず間違いなく、読んだ時点で発狂してしまうのが想像できてしまうからであるが……放置しておくのも問題だろう。

 

 昨日助けてやろうと思ったこと自体が間違いだった。あの後なぜか変な雰囲気になってしまったけれど、それよりも先に強烈なオシオキをしておくべきだったのだ。

 

 今後悔しても仕方ないが、次会ったときにはしっかりと……言い聞かせなければならないのだが……

 

「ところで、話を戻しちゃって構いませんか? 漣の件で逸れまくっちゃいましたけど……」

 

「あ、うん。よろしく頼むよ。確か……俺が船から落ちて行方不明になったってところだよね」

 

「先生自身がそう言うのも変な気がしますけど……まぁ、いいですよね。

 それから先生は深海棲艦に海底まで連れられて、強制労働させられることになったと新聞に書いてました」

 

「あながち間違っていないかな」

 

 やっぱり変だ。

 

 青葉が書いた新聞という時点で怪しいけれど、書かれていた内容に関して正確性が高い。つまりこれは、あの時の情報が青葉に流れてしまったということになるのだが、いったい誰がそんなことをしたのだろうか。

 

「それから先生は、同じように海底で強制労働させられていた人達と協力しながら、脱出計画を練ることにしたんですよね。少ない食料を分けながら励まし合ってチームを作り、欲望に負けずに我慢の連続……しかし、その行動が深海棲艦の親玉に知られそうになってしまいますっ!」

 

 ………………

 

 いやいや、ちょっと待て。

 

 そんなことは一切無かったし、そもそもどこかで聞いたことがあるような話になってないか?

 

「そこで先生は、自らの身体を使ってその親玉を……その……肉欲で満足させて……注意を逸らします。そして、ついには深海棲艦に洗脳されている人間のリーダーとサイコロを使ったギャンブルで一騎打ちっ!」

 

「完全に作り話だーーーっ!」

 

「えええっ!?」

 

「なんだよそれっ! 俺が自分の身体で深海棲艦の親玉を籠絡させるとか……完全にR18指定になっちゃうじゃんっ! つーか、所々突っ込もうかどうか迷っていたけど、その話って海底じゃなくて地下だよねっ!? 借金まみれでさらわれた顎の尖ったギャンブル狂いの青年がなんとか這い出していく話のパクリだよねっ!?」

 

 この後は高レートのパチンコで勝負なんかやる気ねぇよっ!?

 

「そ、そんな……みんなハラハラしながら読んでいたのに……嘘だったなんて先生の馬鹿っ!」

 

「なんで俺が怒られるのっ!?」

 

 涙目で俺を睨みつけるしおいだけど、完全にお門違いじゃんっ! 悪いのは青葉なんだからさぁっ!

 

 とにかく誤解を解かなくては話にならないと、俺は今にも泣きじゃくりそうなしおいを宥めすかせることになってしまった。

 

 ……踏んだり蹴ったりだよ……俺。

 




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次回予告

 まさかのファンクラブ……しかし、それ以上に驚いてしまった青葉の捏造に怒り、凹む主人公。

 そんな中、話を続けていくうちに、しおいからとんでもない情報がもたらされた。
 

 艦娘幼稚園 ~新規配属されました……であります~ その7「思い出したくなかった人物」

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その7「思い出したくなかった人物」

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 イベント始まりましたねー。
いやもう、執筆に遅れでそうでマジ止めて……とは言えませんが、とりあえず甲クリアは完全に時間とられそうなので、乙で行く事にします。



 まさかのファンクラブ……しかし、それ以上に驚いてしまった青葉の捏造に怒り、凹む主人公。

 そんな中、話を続けていくうちに、しおいからとんでもない情報がもたらされた。


 

「うぅ……すみません。ちょっとだけ、取り乱しちゃいました……」

 

 俺の説得によりなんとか冷静になってくれたしおいは、頭を下げて謝っていた。それでもまだ目の辺りが湿っている気がするんだけれど、こんな場面を他の誰か……特に青葉にでも見られようものなら、またもや状況は悪化しかねないかもしれない。

 

 その場合は、絶対に逃がさないで問い詰めるけど。

 

 容赦は全く無し。かくなる上は、小一時間どころか何時間でも正座させて説教します。

 

「うん、取り敢えず分かってくれたら大丈夫かな。それで、話を修正するんだけど……」

 

 言って、俺は深海で出会った深海棲艦のレ級や子供達のことをしおいに話した。

 

「まさか深海にまでそんな施設があるなんて……」

 

「俺もビックリしたけどね。抵抗して犬死にするよりも、生き延びて脱出の機会を伺おうという点はあながち間違ってはいなかったかな」

 

「そうですよっ! 先生が帰ってこなかったら、ファンクラブの人達が悲しんじゃいますからねっ!」

 

「あー……うん。その件は……しばらく忘れておきたいなぁ」

 

 さすがにヲ級のファンクラブとは違うと信じたいけれど、ホームページで変な写真がアップされてたりしないよね……?

 

「それで、先生は深海で先生になって……どうしたんですか?」

 

「まぁ、こことあまり変わらなかったって言うのが正直な感想かな。深海棲艦の子供が俺に危害を加える……ってことは……うん、あまり無かったけど」

 

「微妙に断言できてないところが怪しいですよね?」

 

「いやまぁ、地上と海底では勝手が違ったってことだよ。向こうでは普通でも、俺にとっては普通じゃなかったから大変だっただけさ」

 

「あー……」

 

 なるほど――と、しおいは苦笑を浮かべながら頷いた。

 

 水を運んでくれたら海水だったとか、食事は殆ど生か焼き魚しか無く、用意したと思ったら粉砕されたとか……説明しなくても言葉のニュアンスで大体は伝わってくれたのかもしれない。

 

 いや、さすがに勘が良くても明確には無理だろうけれど、察してくれている辺りしおいも空気が読める艦娘のようだ。

 

「そんなこんなで数日が経って、深海棲艦が場所を変えることになって……俺は脱出することになったんだ」

 

 この辺りは少し話を変えておかないといけない。レ級に提案されたことなどを素直に話しては、俺が深海棲艦と繋がっていたのではと疑われる恐れがあるからだ。

 

「それで、ヲ級ちゃんを人質にして……恐ろしい子っ!」

 

「いや、そんな酷い人みたいな目で見られるのはちょっと……靴に画鋲が入っていた訳でもあるまいし……」

 

「あはは、冗談ですよ」

 

 ケラケラと笑ったしおいは一息ついてから真顔になり、納得したように頷いた。

 

「確かに先生がおっしゃったのと青葉新聞とは食い違いがありますねー」

 

「いやいや、食い違いどころか完全にねつ造だからね……」

 

「まぁ、みんな面白半分で読んでいますから、信憑性は薄いって気づいていますよ」

 

 じゃあなんでさっきは涙目で取り乱していたんだよ……と突っ込みたくなるが、振り返すのは嫌なので黙っておくことにしよう。

 

「それで結局のところなんですけど、やっぱり先生の顔色が変になったのは理解できないんですが」

 

「あー、そうだね。そこのところなんだけど……」

 

 ごまかす気は無かったけれど、これで一段落にならなかったのは残念だと少し思いながら、深海での出会いによって俺の気持ちが変わったことを、問題が起こらない程度にそれとなく話していく。

 

 海底で出会ったレ級の思考。

 

 人が行ってきた数々の地球への罪。

 

 深海棲艦の子供達との触れ合いで、分かりあえるのではないかと思ったこと。

 

 そしてヲ級がこの鎮守府、そして対外的に情報が流れても問題になっていないと思われること。

 

 まぁ最後のは元帥や高雄が頑張ってくれているかもしれないけれど、そういった考えがあっても良いんじゃないかという風に、あくまで当たり障りがない程度に話した。

 

「………………」

 

 その間、しおいは黙ったまま俺の言葉に耳を傾け、時折頷いてくれていた。

 

 そしてヲ級の件も含め、元帥への感謝の気持ちがあることも伝えておこうと、幼稚園を潰そうとする中将との戦いの話をしていたときだった。

 

「あれ、その中将って……どんな感じの人だったんですか……?」

 

 それまでずっと耳を傾けていたしおいが不意に口を開いた。俺は少し驚きつつも、俺は記憶を辿りに中将の顔や背格好を伝えると、しおいは真剣な表情を浮かべて俯きながら口を開いた。

 

「やっぱり……ううん、でもそれって……」

 

 青ざめた……とは言い過ぎかもしれないが、かなり不安な表情を浮かべたしおいは俯きながら独り言を呟いていた。

 

「もしかするとしおい先生も知っている人かな……って、階級が中将なんだから会ったことくらいはあるか……」

 

 中将の艦隊にしおいが配属されていた……なんてことは無いとは思うけれど、面識くらいはあるかもしれない。どちらにしろ、中将は目的のためなら大破進軍も辞さない考えだったので、今更祈っても仕方ないのかもしれないけれど、そうであってほしくないという思いが頭の中を埋め尽くしていた。

 

「あ、いえ……実は会ったことは無いんですけど……」

 

「そうなんだ。それじゃあ良かった……けど、話が噛み合わなくないかな?」

 

「え、ええ。会ったことは無いのですが、見たことはあるというか……多分ですけど……」

 

「会ったことは無いけど見たことがある? それってつまり……遠目から見たとかそういうこと?」

 

「そういうのでもないんですけど……」

 

 歯に物が詰まったような物言いで喋るしおいに不安を覚えつつ、俺はどうしようかと黙り込んだ。

 

 この先を聞くと、なんだか嫌なことが起きてしまうような気がする。しかし中将は確か、左遷させられたと噂で聞いたことがあるから……それほど危険視するようなことは無いと思うのだけれど……

 

「あくまで……あくまで未確認な情報としてお話します。ですから、できれば他の人には言わないで欲しいのですが……」

 

 しおいは俺の目をしっかりと見つめながらそう言ってきた。ここまできて「じゃあいいです」とも言えず、俺はゴクリと唾を飲み込んでから頭を一度だけ縦に振った。

 

 しおいも同じように頷き、一拍置いてから口を開く。

 

「実は数日前のことなんですが、とある偵察部隊が遠い海域を調べるためにいくつかの写真を撮ってきたのです。その写真には深海棲艦の姿が写っていて……もしかすると先生が海底で出会った子供かもしれない姿もあったのですが……」

 

「それは……うん、昨日青葉が見せてくれたやつかもしれないね」

 

「え、あっ、そうなんですか? あれって結構な機密情報なんですけど……」

 

「ふ、普通に写真を見せられたんだけど……そうだったの?」

 

 そんな物をなぜ青葉が持っていたのだろうと思ってしまうが、その情報をここで話しているしおいも結構危ない気がする。でもまぁ、ここまできたら好奇心もあるし、突っ込むのは無しにしよう。

 

「まぁ青葉ですから、仕方ないと言えばそうなんですが……そこは置いときますね」

 

 しおいはそう言ってゴホンと咳をしてから仕切り直し、再び口を開いた。

 

「先生が青葉から見た写真以外にもいくつかあったのですが、その中に一枚……深海棲艦と一緒に居る男性の姿が写っていたのです」

 

「え……?」

 

「ピントがあまり合っていなくて少しぼやけてはいたんですが、背格好や顔の特徴は……たぶんですが中将ではないかと思います」

 

「い、いや……そ、それは思い違いとか見間違いとか……そういうのじゃ……」

 

 噂では左遷されたはず。

 

 だけど、あくまで聞いたのは噂であって、もしかすると全然違うかもしれない。

 

 例えそうだったとしても、一緒に写っていたということは――

 

「つ、つまり俺と一緒のような……捕虜とか……」

 

 仮に左遷されたとしても、海軍の中では上層部に位置するところに立っていた人物である。すでに見捨てられたてそういう状況になるように仕組まれていたのなら分からないが、もしそうでなかったとすれば海軍にとって汚点になってしまう事実ではないだろうか。

 

 しかし俺の心配は、全く別の方面から突きつけられることになる。

 

「いえ……どうやら、そうでもないみたいなんです」

 

 しおいは大きくため息を吐き、一度目を閉じてから俺に言った。

 

「服装は海軍の物でしたが、色合いが……黒色になっていました」

 

「黒色……?」

 

「正確にはドス黒い色です……」

 

「そ、それって……」

 

 血が変色してそんな色になったのでは?

 

 そう言いかけた口を慌てて閉じる。

 

 想像してはいけない考えが、俺の頭に駆け巡った。自らの血で濡れた軍服。無残に傷つけられて死ぬ寸前であったところを撮影することができた。いくら中将に酷い仕打ちを受けて未だ恨みが残っているとはいえ、そんな状況に陥っていたのだと聞かされれば可哀相にも思えてくる。

 

 しかし、無情にもしおいから放たれた言葉は、俺の想像のはるか上をいくモノだった。

 

「中将……いえ、元中将は……深海棲艦側に就いたと思われます」

 

「………………は?」

 

 しおいの言葉に唖然とし、目を見開いて、口をぽかんと開けたまま。

 

 まさに開いた口が塞がらないとは、この時のことを言う。

 

「い、いや……だって……そんなことは……」

 

「はい。有り得ない……それが普通です。ですけど、先生は海底から……帰ってきていますよね?」

 

 それも有り得ない――と、しおいは目で訴えかけるように見つめてきた。

 

 そして俺の頭に浮かぶのは……海底でレ級が言ったあの時の言葉だった。

 

 

 

「我ラガ困リシ時、人ノ姿デ現レル。ソノ名ハ伝説ノ先生ト……」

 

 

 

 あの時は冗談だと思っていた。

 

 しかし、レ級が言ったことが本当だったのなら。

 

 中将こそが、深海棲艦にとっての先生――いや、提督だったのだろうか。

 

 もしくは先生は俺だったとして、別の伝説があったのかもしれない。

 

 だが、どちらにしても、しおいの言っていることが本当だったとすれば……

 

「俺達……いや、人類や艦娘にとって、最悪の状況じゃ……」

 

 俺が呟いた途端、しおいは苦悶の表情を浮かべながらコクリと頷いた。

 

 つい最近、佐世保鎮守府が深海棲艦に襲撃される事件が発生した。今までにない大掛かりな攻撃により、佐世保は落ちなかったものの大きな被害を受けたという。

 

 そしてその襲撃は、輸送タンカーが狙われているという陽動から開始されたらしいのだ。

 

 もしそれらが、中将が深海棲艦側に就いたことで行われた作戦であったのならば、その責任の一端は――俺にもあるのかもしれないのではないだろうか。

 

 そんな考えが頭を過ぎり、頭痛となって俺に襲いかかってくる。

 

「せ、先生……顔色が悪そうですけど……」

 

「あ、う、うん。ごめんごめん。ちょっと気分が悪くなっちゃったみたいかな……」

 

 大丈夫だとしおいに手を振って答えた俺は、脂汗で滲んだ額を手で拭う。思いのほか纏わり付いた汗の量に少し驚きつつも、ポケットの中に入れていたハンカチで拭いて深呼吸をした。

 

「今言ったことはあくまで推測ですし、未確認の情報が混じっていますから……心配しないでくださいね」

 

 俺を気遣うようにしおいがそう言ってくれたけれど、不安にまみれた心を拭い去ってくれる程ではない。だけど、その気遣いに答えようと俺はしおいに向かって笑みを浮かべて返事をした。

 

「………………」

 

 そんな俺を見て、同じように笑みを浮かべるしおい。

 

 しかし、明らかに気遣かっているのは明白で、

 

 しおいはここまでにしておいた方が良いだろうと、話を切り上げたのだった。

 

「ごめん……話の途中だったのに……」

 

「いえ、私もちょっと失言でした。先生に責任を押し付けるような感じになっちゃったのは……本当にごめんなさい」

 

 あれ……そうだったっけ……?

 

 そこまでは感じなかったんだけれど……って、それは何気に酷くない?

 

「でも、先生がどうしてあの時、変な顔色になったのかは分かりました」

 

「えっ、そうなの?」

 

「はい。先生はあきつ丸ちゃんだけじゃなくて、ヲ級ちゃんや他の子供達……それに私達のことも考えてくれてたんですよね?」

 

「あー……」

 

 改めて言われると恥ずかしくてこの上ないのだが、間違ってはいないだけに言葉が出ない。それに、みんなが同じように暮らせるという思いが少しでも伝わったのならば――それは間違いではないのだから。

 

「やっぱり先生は先生です。そして、みんなの味方なんですよねっ!」

 

 言って、しおいは立ち上がる。

 

 ニッコリと笑った顔で、俺をしっかりと見つめながら――こう言った。

 

「改めて、これからよろしくお願いしますっ!」

 

 大きく頭を下げるしおい。

 

 その姿を見ながら、俺は笑みを浮かべて口を開いた。

 

 

 

「こちらこそ、よろしくね」

 




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※深海提督と称された中将とは、艦娘幼稚園~俺が先生になった理由~ 中、後編で登場したオリジナルキャラです。

 覚えてくれてる人いるかなー?
 あっ、もちろん、感想板の絡みも含んでおりますよー。



次回予告

 まさかの情報を聞いてしまった主人公。
その思いはやがて、自分の心を苦しめてしまう事になるのだろうか……?
だがしかし、主人公にはやる事がたくさんある。子供達に振り回されても、楽しい日々を過ごしていくのだと。

 スタッフルームに戻った主人公としおいは、愛宕から粋な提案を受けて喜び出す。
しかし、どこからか泣き叫ぶような声が聞こえてきて……?


 艦娘幼稚園 ~新規配属されました……であります~ その8「宴前のハプニング?」

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その8「宴前のハプニング?」

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 まさかの情報を聞いてしまった主人公。
その思いはやがて、自分の心を苦しめてしまう事になるのだろうか……?
だがしかし、主人公にはやる事がたくさんある。子供達に振り回されても、楽しい日々を過ごしていくのだと。

 スタッフルームに戻った主人公としおいは、愛宕から粋な提案を受けて喜び出す。
しかし、どこからか泣き叫ぶような声が聞こえてきて……?



 

 会話を終えた俺達は一度シーツの確認をしたけれど、まだ乾き切るのには時間がかかりそうなので、しおいと一緒にスタッフルームに戻ることにした。

 

「子供達のお昼寝の時間は何時までなんですか?」

 

「まだ30分くらいあるかな。それまでにしなければいけない仕事は終わっちゃっているし、ゆっくり休憩すれば良いよ」

 

「なんだかんだでお話している間に結構休んじゃっていましたけど……」

 

「まぁ、それも良いんじゃないかな。初日からバタバタするのもアレだしさ」

 

 苦笑を浮かべつつしおいに言った俺は、スタッフルームの扉を開けて先に中に入る。

 

「あら~、先生としおい先生。お疲れ様です~」

 

「お疲れ様です、愛宕先生。そちらの仕事の方も終わったんですね」

 

「はい~。先生がしっかりやってくださいましたので、助かっていますよ~」

 

 素直に褒められてちょっと嬉しくなるも、できるだけ顔に出さないようにと頭を小さく下げて会釈をした。

 

 俺に続いて部屋に入ってきたしおいも愛宕と挨拶を済ませて、ソファに座ってくつろぎだす。

 

 ふむ、なんだかんだでしおいって図太いよなぁ……

 

 初日からあそこまでリラックスできるのもどうなんだろうと思うけど、面識のある愛宕と一緒ってのが大きいのだろうか。

 

「そうそう。お二人に少し相談があるのですが~」

 

「ん……と、なんですか?」

 

 両手を軽くパンッと叩いた愛宕は、満面の笑みを浮かべながら俺としおいに声をかけた。

 

「今日からしおいちゃんはしおい先生になりましたし、あきつ丸ちゃんも幼稚園に編入したんですから、歓迎会を開きたいと思うのですが……どうでしょうか~?」

 

「おっ、それは良いですね。そういうことなら是非協力しますよ」

 

「わわっ、しおい……凄く嬉しいですっ!」

 

 愛宕の提案に驚いたしおいは、その場で万歳をしそうなくらいの勢いで立ち上がりながら喜びの声を上げた。

 

「ところで愛宕先生、その歓迎会はいつやる予定なんですか?」

 

「それはもちろん早い方が良いですから、今から確認してみます~」

 

 言って、愛宕はポケットから取り出した携帯電話を使ってどこかに電話をかけだした。

 

「あっ、もしもし~。はい、愛宕です~。ええ、そう……この前にお願いしていた件なんですけど……」

 

 にこやかに電話をする愛宕だが、話の内容から前もって連絡していたようだ。

 

 さすがは仕事が速いと感心するが、もし当の本人が嫌だと言ったらどうするつもりだったのだろう?

 

「大丈夫ですか? ええ、うんうん。それじゃあ……はい、お願いしますね~」

 

 話し終えた愛宕は電話を切って、再び俺としおいの顔を見てからニッコリと微笑んだ。

 

「今日の夕方からオッケーみたいなので、子供達に終礼の時に伝えますね~」

 

「了解です。ちなみに場所は……やっぱり?」

 

「はい~。鳳翔さんの食堂の二階を貸し切っちゃいました~」

 

 そこならあきつ丸も文句は言わないだろうと俺も笑みをこぼす。昼食の時にあれほど喜んだのだから、文句どころか歓喜をあげるかもしれない。そんな光景を思い浮かべると、今から楽しみになって少しばかり胸が躍りそうになっていた。

 

「鳳翔さんの食堂で歓迎会……しおい感激ですっ!」

 

 そしてもう一人も目をキラキラとさせて喜んでいたので、愛宕の狙いは完璧に大当りだ。ここまで喜んでくれるのなら、企画した愛宕も嬉しいだろうと顔を見てみると……

 

「うふふ~、今晩はたくさん食べて飲みますよ~♪」

 

 ――と言いながら、口元によだれらしきモノが見えてしまった俺は思わず顔を逸らしたのだが、

 

 

 

 もしかして、単にガッツリ食べたいだけじゃ……ないですよね?

 

 

 

 そう、心の中で呟いたのはここだけの秘密である。

 

 

 

 

「……っ、……っ!」

 

「……ん?」

 

 歓迎会が決まった後、三人で談笑しながらコーヒータイムを楽しんでいた。すると、遠くの方で悲鳴のような声が聞こえた気がしたので、俺は耳を済ませてみる。

 

「どこから……だ?」

 

 部屋中を見回してみるが声の主は見えず、どうやら外の方から聞こえてきているようだった。

 

「どうしたんですか、先生?」

 

「外から……悲鳴のような声が聞こえませんか?」

 

 俺の言葉を聞いた愛宕としおいは両耳に音が集まるように広げた手を当てて、耳を澄ましながら辺りを見回した。

 

「……っ、ぁ……っ!」

 

「ほ、本当ですね。確かに遠くの方から聞こえてきますっ!」

 

 驚いた表情を浮かべたしおいがそう言うと、愛宕は真剣な表情で扉の方へと駆け出した。俺もしおいも遅れないようにと、手に持っていた缶コーヒーを置いてスタッフルームから外へと出る。

 

「……っ、先生、しおい先生、こちらですっ!」

 

 通路に出た愛宕はすぐに声の出先を察知し、俺達に向かって声をかけてから広場の方へと走り出す。

 

「「了解ですっ!」」

 

 偶然にもハモった返事をあげた俺達は同じように通路を走り、通路の角を曲がって先にある扉を抜けた途端、目を疑うような光景を発見してしまった。

 

「うわあぁぁぁぁぁん――でありますっ!」

 

 両手を上げながら泣き叫び、広場をぐるぐると駆け回るあきつ丸。

 

 そして、その後ろから尻尾をパタパタと振って追いかけているメンチの姿が見える。

 

「「「………………」」」

 

 唖然とした俺達三人は、あきつ丸を助けなければいけないということを一瞬忘れてしまい、笑顔を浮かべながら見守ってしまいそうになっていた。

 

 だって、可愛いんだってばよ。

 

 ――と、何故かどこぞの忍者のような口癖になってしまったが、微笑ましい光景をいつまでも見ていたいという気持ちが勝ってしまったせいだと理解していただければなぁと思う。

 

 ……って、そんな状況じゃないよっ!

 

「こ、こらメンチッ! なんであきつ丸を追いかけるんだっ!?」

 

 俺はぐるぐると広場を走るあきつ丸とメンチの移動ルートを即座に読み、すぐに追いつけるポイントへと走って待ち構える。正面から走ってくるあきつ丸を避けて、メンチを捕まえようとしたのだが……

 

「助けてでありますーーーっ!」

 

「なっ!?」

 

 メンチに追いかけられる恐怖に我を忘れたあきつ丸は、避けようとした俺の身体に突進するように抱き着こうとして急に進路を変え、

 

 咄嗟の動きに対応できず、ヤバイと思った瞬間、

 

 見事にその頭が……俺の下腹部へと直撃した。

 

 

 

 ドムッ!

 

 

 

「はうあっ!?」

 

「た、たたたっ、助かったでありますっ!」

 

 あきつ丸はそのままおでこをグリグリと押し付け、更に下腹部への攻撃を追加する。

 

 いや、当の本人はそんなつもりは無いのだろうけれど、被害者の俺にとってはそのダメージは計り知れないものであり……

 

「ひ、久しぶりの……直撃に……追加コンボは………………がく……っ」

 

 白目を向いたまま、その場に倒れ込んでしまったのであった。

 

 

 

 金剛のバーニングミキサー並に……やべぇよ……

 




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次回予告

 久しく食らった下腹部への攻撃。
やはり戦艦でなくてもその威力は……じゃなくて、どうしてあきつ丸はメンチに追いかけられていたのか。
 その謎は、いとも簡単に……?


 艦娘幼稚園 ~新規配属されました……であります~ その9「じゅるり×2」

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その9「じゅるり×2」

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 久しく食らった下腹部への攻撃。
やはり戦艦でなくてもその威力は……じゃなくて、どうしてあきつ丸はメンチに追いかけられていたのか。
 その謎は、いとも簡単に……?


 

「も、申し訳なかったであります……」

 

 肩を落として落ち込んだ様子のあきつ丸は、何度も謝りながら俺の腰をトントンと叩いてくれていた。

 

「い、いや……まぁ、あきつ丸も……怖かったんだから仕方がない……よ……うぐぐ……」

 

「ほ、本当に大丈夫でありますか……?」

 

「う、うん……もう少ししたら……なんとか……」

 

「あの気持ちは私達には分からないですねぇ……」

 

「そうね~。逆に言えば、あそこを攻めれば大人しくなるってことだから、覚えておくといざという時に役に立ちますよ~?」

 

 いやいやいや、それマジで怖いですよ愛宕先生っ!

 

 言葉だけでも洒落にならないからっ! 想像するだけで身が縮こまっちゃうからっ!

 

「なるほど……参考になりますっ!」

 

 参考にしちゃダメーーーっ!

 

 それに、ちょっとばかし頬を染めながらしおいが言うと、俺は何もしてないのにセクハラみたいでなんかヤダーーーっ!

 

 心の中で絶叫しつつ、痛みに慣れてきた俺はなんとか背筋を伸ばして姿勢を正す。

 

 そんな俺の姿を見て、あきつ丸はホッと胸を撫で下ろすように表情を和らげていた。

 

 うむむ……原因であるとはいえ、心配させたのは先生として失格だから申し訳ないことをしてしまった。上手く避けられていればこんなことにはならなかったのだけれど、今更言っても仕方がないだろう。

 

 とりあえず俺はあきつ丸に笑いかけて、気遣かってくれたお礼として頭を撫でてあげたのだが……

 

「キャンッ!」

 

「うわあぁ、でありますっ!」

 

 メンチの泣き声に驚いたあきつ丸は、俺の後ろに隠れるように素早く逃げる。ちなみに声の主であるメンチは愛宕の腕に抱かれ、大きな胸部装甲を枕にするような状態で……羨まし過ぎるぞちくしょうっ!

 

「も、もう勘弁であります……」

 

 あきつ丸は身体中をガタガタと震わせながら、半泣き状態で俺の背中越しからメンチを覗き込んでいる。

 

「……しかし、どうしてメンチはあきつ丸を追いかけていたんだ?」

 

「わ、分からないであります……」

 

「そもそも、メンチの首輪についているチェーンが外れているのもおかしいですよね?」

 

 しおいの言葉に俺と愛宕はウンウンと頷くと、気まずそうな表情を浮かべたあきつ丸は、おずおずと口を開いた。

 

「そ、それは……あきつ丸が外してしまったであります……」

 

「「「……え?」」」

 

 驚いた俺達は一斉にあきつ丸を見る。

 

 その視線に耐えられなくなったあきつ丸は、申し訳なさそうに言葉を続けた。

 

「昼寝の時間に横になっていたでありますが、緊張していたのかなかなか寝付けず、幼稚園の中を徘徊することにしたのであります。しばらく色んな部屋を見て行ったのでありますが、その……メンチの泣き声に気づいて広場にやってきたのであります」

 

「あら~、お昼寝の時間に勝手に出歩いちゃダメですよ~?」

 

「ご、ごめんなさいでありますっ!」

 

 愛宕の声にビクリと身体を震わせたあきつ丸は、すぐさま敬礼をして謝った。

 

 これはやっぱり、昼食の時のトラウマ……なんだろうか。

 

 すぐに謝ったおかげか、愛宕はニッコリと笑みを浮かべて頷いていたので、あきつ丸は小さくため息を吐いて話を続けた。

 

「メンチを見た瞬間、凄く可愛かったのでダッシュで近づいたのであります。頭を撫で撫でしたり、お腹をこそばったりで楽しかったのでありますが、その際に首輪部分に触れてしまい、チェーンのフックが外れてしまったのであります」

 

「あぁ、それで……」

 

 そう言って頷いた俺だが、それだけでは追いかけられる理由にはならないと思うのだが……

 

「でも、すぐにつければ良いと思っていたのでありますが……急にメンチが……あきつ丸の顔にダイブしてきたであります」

 

「えっ、なんでだ?」

 

「そ、それが分からないのであります。

 すぐに立ち上がって振りほどいたのですが、メンチは吠えながらあきつ丸を追いかけてきて……怖かったであります……」

 

 言って、あきつ丸はまたもや泣きそうになりながら、俺の服の裾をギュッと握りしめた。

 

「うーん、どうしてあきつ丸ちゃんを追いかけたんでしょうねー?」

 

「メンチの嫌がることはしてないんだよな?」

 

「し、してないと思うであります。撫でている時も、こそばっている時も、嬉しそうに尻尾を振っていたでありますからして……」

 

 その言葉を聞いてから、俺は愛宕に抱かれたメンチを見た。

 

 両腕に抱かれながらつぶらな目を向けるメンチ。その尻尾は元気良くパタパタと動いている。

 

 まぁ、愛宕に抱かれていたら、そうなっちゃうよなぁ。

 

 絶対気持ち良いもん。まさに至福の時だろうし。

 

 しかし、本当に理由が分からないのだけれど、なぜメンチはあきつ丸を追いかけ回すようなことをしたのだろうか。

 

 犬は逃げる相手を追いかける習性があるけれど、いきなり顔面にダイブするのは不自然だし、あきつ丸が言っていた通りに撫でられたりこそばられたりして喜んでいたのなら……じゃれて飛び掛かったということだろうか?

 

 なんだか腑に落ちない……と、俺が頭を捻った途端、愛宕が急に口を開いた。

 

「ふむふむ、なるほど~」

 

「「???」」

 

 俺としおいは愛宕の顔を見る。

 

 すると、何故か愛宕は匂いを嗅ぐような感じで、鼻をひくつかせていた。

 

 まるで犬のような仕種に、驚きを隠せない。

 

 まさか、メンチを抱いていたことで愛宕が犬化するような状況になったというのかっ!?

 

 そんな馬鹿な話が……いや、待てよ。

 

 犬耳がついた愛宕。口癖で「~ですワン」とか言い出しちゃったりしたら……

 

 悶絶レベルじゃないですかそれーーーっ!

 

 やべぇ! 今すぐ写真に収めなきゃ!

 

 俺の携帯電話のカメラじゃ画素数が少ないし……こうなったら後先考えずに青葉を呼べぇぇぇっ!

 

 そしてすぐに写真を使ってファンクラブホームページの作成に入るんだっ!

 

 愛宕犬化計画発動だーーーっ!

 

「……あたご先生、なんだか先生がやばい雰囲気を醸し出しているんですけど」

 

「男の人ってたまにこうなっちゃうのよ~。こういうときは、そっとしておいてあげるのが一番なの~」

 

「そうですか……しおい、ちょっとだけ幻滅しました……」

 

「……って、ストップストップ! 別に怪しくもなんともないですからっ! ちょっとだけ妄想に耽っていただけですからっ!」

 

 二人の冷ややかな目に気づいた俺はすぐに我に戻って、慌てて弁明をする。

 

「それじゃあ、その妄想って何だったんですか?」

 

「え……っと、そ、それは……その……」

 

 見事なしおいのツッコミに後ずさる俺。

 

 やばい、ここを上手く切り返さないと、俺の信頼が一気にマイナスになりかねない。

 

「言えないってことは、やっぱり疚しいことなんじゃないのですか?」

 

 俺を追い詰めるようにジト目を送りながら詰め寄るしおい。

 

 この場を切り抜けないと……マジでやばいっ!

 

「じ、実は……」

 

「実は、なんですか?」

 

「そ、その、夜の……歓迎会の料理が楽しみだなぁ……なんて……はは、ははは……」

 

 俺の乾いた笑い声だけが辺りに響き、

 

「キャンッ!」

 

 メンチの泣き声にあきつ丸が反応し、服ごと首が後ろに引っ張られた――のだが、

 

「「「じゅるり……」」」

 

「………………」

 

 前方と後方の両側から、全く同じタイミングで舌なめずりをする音が聞こえ、

 

 慌てて口元を拭う、愛宕としおいの姿が見えた。

 

 

 

 

 

「それなら仕方ないですねー。しおいも思わずよだれが出ちゃいましたし」

 

 少し頬を赤く染めながら恥ずかしそうに言ったしおいは、苦笑を浮かべながら後頭部を掻いていた。

 

 な、なんとかごまかすことができたみたいだな……

 

「あきつ丸も凄く楽しみでありますっ!」

 

 そう言って俺の服をグイグイと引っ張っているあきつ丸だが、そんなにすると服が伸びるだけじゃなくて首がマジで痛いんだけど。

 

 さすがにこれ以上は仕事にも影響が出てしまうと思った俺は、止めるようにお願いしようと思って首を後ろに向けた。

 

「あ、あきつ丸。できれば服を引っ張るのは……」

 

 言おうとして、ふと鼻に何かを感じとった俺は言葉を止めた。

 

 何か――ほんの少し食べ物の匂いがするんだけれど。

 

「ど、どうしたでありますか、先生?」

 

「ん……っと、美味しそうな感じじゃないんだけど、何か……匂いが……」

 

「匂い……でありますか?」

 

 頭を傾げたあきつ丸は、先程の愛宕と同じように鼻をひくつかせた。

 

 

 

 クンクン……

 

 

 

 犬のように鼻を小刻みに動かし、左右に首を振って確かめる。

 

「確かに……なんとなく匂いがするであります……」

 

「キャンッ!」

 

「ひっ!」

 

 そう言ったあきつ丸に返事をするようにメンチがまたもや鳴き声をあげ、思いっ切り服を引っ張られた。

 

「うげっ!?」

 

 く、首が……変な風に曲がって……うぐぐ……

 

 あきつ丸は完全にメンチにトラウマレベルの恐怖を感じているようだ。昼食のときは愛宕に、昼寝の時間はメンチに……って、初日から踏んだり蹴ったりである。

 

 これはサポートをしてやる必要があるな……と思いながら首をさすっていると、愛宕が声をかけてきた。

 

「あきつ丸ちゃん、懐の……そう、胸元辺りに何か入れてないかしら~?」

 

「胸元……でありますか?」

 

 そう言って、自分の胸の辺りを服の上から両手でまさぐったあきつ丸は、途端にびっくりした表情を浮かべて「あっ……でありますっ!」と大きな声を上げた。

 

「そ、そうでありましたっ! これのことをすっかり忘れていたでありますっ!」

 

 言って、胸元から小さな紙袋を取り出したあきつ丸は、洞窟に潜って宝物を見つけたトレジャーハンターのように、高々とそれを掲げた。

 

「それは……いったいなんだ?」

 

「これは非常食でありますっ!」

 

 ――と自慢げに笑みを浮かべたあきつ丸に向かって、メンチがいきなり「キャンキャンッ!」と吠えまくった。

 

「こ、こここ、怖いでありますっ!」

 

 そしてすぐに俺を盾にするように隠れるあきつ丸。その動作で紙袋が俺の顔に近づいた際、微かに香っていた匂いが鼻に直接舞い込んできた。

 

「……この匂いは、もしかしてビーフジャーキーか?」

 

「そ、そうであります。陸軍からこちらにくる際に、お腹が減ったときのことを考えて……」

 

「キャンキャンキャンッ!」

 

「はうはうっ!」

 

 メンチの鳴き声に身体をガタガタと震わせるあきつ丸の頭を優しく撫で、俺はなるほど……と頷いた。

 

「つまり、メンチはこの匂いが気になって仕方がなかったんだな」

 

 俺はどうりで愛宕が鼻をひくつかせていた訳だと納得し、小さくため息を吐く。

 

「あっ、なるほど! それであきつ丸ちゃんに飛び掛かっちゃたんだね」

 

「多分それが正解だと思いますよ~」

 

 しおいや愛宕の頷く姿を見てから、あきつ丸は手に持った紙袋と俺の顔を交互に見てからメンチの方へと視線を向けた。

 

「そ、そうなのでありますか……?」

 

「キャンッ!」

 

 返事をするように鳴いたメンチを見たあきつ丸は、少しだけ肩を震わせる。

 

「ほら、あきつ丸。メンチの尻尾を見てみるんだ」

 

「し、尻尾でありますか……?」

 

 愛宕に抱かれたままのメンチは、先程よりも激しく尻尾をバタバタとばたつかせ、つぶらな瞳をキラキラとあきつ丸に向けていた。

 

「は、激しく振っているであります……」

 

「そうだよな。メンチはあきつ丸が持っているビーフジャーキーが欲しくてたまらないと思っているだろうけど……どうする?」

 

 俺はそう言ってあきつ丸に笑いかける。

 

 あきつ丸の身体はいつの間にか震えが止まり、泣きそうな表情から疑問の顔へと変わっている。 

 

「あ、あげても……良いでありますか……?」

 

「ええ、少しだけなら大丈夫よ~」

 

「そ、それなら……」

 

 言って、あきつ丸は紙袋から取り出した一枚のビーフジャーキーの手に持って、愛宕の前へと歩いて行った。

 

「はい、メンチちゃ~ん。お利口さんにしましょうね~」

 

 愛宕の手から地面に下ろされたメンチは姿勢正しくおすわりをし、あきつ丸の顔を見上げている。

 

 ゴクリ……とあきつ丸が唾を飲み込むような仕種をした後、少し震える手でメンチの目の前にビーフジャーキーを近づけた。しかし、メンチは愛宕が言った通り『お利口さんにする』という命令を聞き、じっと動かずに見上げたままおすわりを続ける。

 

 ただし、口の横からは尋常じゃないよだれが垂れてきているんだけど。

 

「え、えっと……食べて良いであります」

 

「キャンッ!」

 

 その声を聞いた瞬間にメンチは一吠えし、あきつ丸の手を噛まないようにビーフジャーキーの端っこにかぶりついた。一瞬ビックリしたあきつ丸だが、ゆっくりと手を離してビーフジャーキーをメンチに預けると、尻尾をバタバタと左右に振って大喜びで食べ出した。

 

「す、凄く嬉しそうに見えるでありますっ!」

 

「そうだな。あきつ丸のおかげだって喜んでいるんだよ」

 

「そ、それは嬉しいでありますっ!」

 

 満面の笑みを浮かべたあきつ丸は、メンチと俺達を交互に見ながらはしゃいでいた。

 

 どうやら、メンチに対する恐怖心は薄れたのだろうと俺は安心し、ニッコリと笑みを浮かべる。

 

 愛宕もしおいも、同じようにあきつ丸とメンチを見ながら微笑んでいた。

 

 

 

 これで一段落ってところかな……と思っていたんだけれど、

 

 

 

「……ごくり」

 

 唾を飲み込むような音に気づいた俺は、愛宕の視線があきつ丸の紙袋に一点集中しているのを見てしまい、何とも言えぬ心持ちになってしまったのであった。

 

 

 

 やっぱり……犬化……?

 




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次回予告

 愛宕犬化計画発動……は、残念ながら致しませんが。

 歓迎会を開くことになった。
喜ぶ子供達と鳳翔さんの食堂へ行く。
更には園児達だけでなく、飛び入り参加も追加して、楽しい宴は続いてく……

 そう、思っていた。


 艦娘幼稚園 ~新規配属されました……であります~ その10「悪夢への序章」(完)

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その10「悪夢への序章」(完)

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※次章について、お願いを後書きに書いてあります。
 非常に申し訳ありませんが、ご理解の程、宜しくお願い致します。


 愛宕犬化計画発動……は、残念ながら致しませんが。

 歓迎会を開くことになった。
喜ぶ子供達と鳳翔さんの食堂へ行く。
更には園児達だけでなく、飛び入り参加も追加して、楽しい宴は続いてく……

 そう、思っていた。


 

 あきつ丸とメンチの仲直りが済んだ後、昼寝の時間を終えた子供達を起こした俺達は、午後の授業に入った。さすがに朝とは違って失敗続きは起こらず、俺はしおいに先生のお手本を見せることができ、胸を撫で下ろしていつもと同じように子供達と触れ合った。

 

 そして、終業の挨拶の時間。

 

 愛宕から子供達に、しおいとあきつ丸の歓迎会を開くことが告げられた。

 

「ひゃっほーーーっ! 鳳翔さんの食堂で歓迎会なんて、目茶苦茶楽しそうだぜっ!」

 

 握りこぶしを高々と突き上げた天龍が大きな声で叫ぶと、他の子供達も同じように歓声をあげた。

 

「ち、ちなみに……空母のお姉さん達は来るのかな……?」

 

「いえいえ~。さすがにブラックホール……じゃなくて、赤城お姉さんや加賀お姉さんは呼びませんよ~」

 

 愛宕の言葉にホッと胸を撫で下ろす潮。

 

 その気持ちは潮だけではなく、他にも数人の子供達が安心した表情を浮かべていた。

 

 もちろん、その中に俺もいるんだけどね。

 

「でも、鳳翔さんの食堂に全員が一斉に入って集まれるスペースってあるんですか? 結構な人数ですし、普通にお客さんも来るでしょうし……」

 

 そう言ったのは五月雨で、比叡や榛名、霧島もウンウンと頷いていた。良く考えてみれば、佐世保から来てそれほど日が経っていない四人が食堂の二階にある広間のことを知らなくても無理はないのかもしれない。

 

「問題ないわ。食堂の二階に大きな部屋があるから、そこを貸し切れば大丈夫なんだからっ!」

 

「そ、そんなところがあったんですかっ!?」

 

「そうよ! 暁はなんでも知っているんだからっ!」

 

 胸を張って自慢げに話す暁に、憧れるように目をキラキラさせる五月雨。

 

 しかし、五月雨はちょっと前まで普通の艦娘だったんだから、子供の暁に憧れるってのは少々変な気がしちゃうんだけど。

 

 まぁ、当の本人が納得しているなら問題は無いだろうけどね。

 

 それに、雷と電辺りはやれやれといった感じに呆れちゃってるし。

 

 これもいつものことと言えばそうなんだけれど、そんな日常が楽しくって仕方ないのもまた事実なのだ。

 

「みなさんは一旦寮に戻って準備をしてから、鳳翔さんの食堂に集合してくださいね~」

 

「「「はーいっ!」」」

 

 愛宕の声に一斉に手をあげて返した子供達は、ニコニコと笑みを浮かべながら頭を下げ、「さようなら~」と言ってから部屋から出て行った。

 

 子供達全員が部屋から出るのを確認し、俺としおいは戸締まりのチェックのために幼稚園内を回り、愛宕は日報のチェックと書類作成のためにスタッフルームに向い、仕事を終えてから寮に戻ることとなった。

 

 

 

 

 

「「「ざわ……ざわ……」」」

 

 先に言っておくが、黒服のサングラスをかけた男性が大勢居る訳でも、特大のパチンコ台に向かっている青年を応援するギャラリー達が居るのではない。

 

 ここは鳳翔さんの食堂の二階であり、以前に入ったことのある広間と、更に隣の広間を区切る襖を取り外して用意された、正に大広間と言える空間である。

 

 大きな座卓を一列に配置し、周りに人数分の座布団が並べられており、子供達は思い思いの場所に座って会話を楽しんでいた。すでに料理は座卓の上にところせましと並べられ、何人かの子供達はよだれが垂れてしまわないようにと必死で我慢しているようだった。

 

「よっと……」

 

 俺は階段に一番近い座卓の場所に座り、一階の厨房と二階の広間を行き来しながら子供達の飲み物を用意していた。幼稚園に通う子供達と俺と愛宕、それに新人であるしおいを含めた人数はかなりのモノで、全てを鳳翔さん達に任せるのは悪いと思って手伝っているのだ。

 

「すみませんね、先生」

 

 千歳が申し訳なさそうに言いながら、俺にたくさんのコップを手渡してくれた。

 

「いえいえ、無理を言って二階を貸し切ったのはこちらですし、通常のお客さんも多く入る時間ですから、これくらいのことはさせてくださいよ」

 

 俺は笑みを浮かべながら千歳に言い、軽く頭を下げてから二階へと向かおうとする。

 

「ありがとうございますね。このお礼は今度にでも……」

 

「そんな、別にお礼なんていらないです……よ……」

 

 首を左右に振ってから千歳に視線を合わせようとした瞬間、少し離れた物陰からこちらを覗き込む千代田の恨めしそうな顔が見え、俺は慌てて階段を駆け上がった。

 

 やばい……あの顔は完全にキレちゃってるよ……

 

 この前のこともあるし、あまり千歳と一対一で話すのは止めといた方が良さそうだ。

 

 小さくため息を吐きながら階段を上がり切り、座卓の上にコップを置いた俺は、先に持ってきていたオレンジジュースを順に注いで子供達にバケツリレーの要領で渡していく。

 

 そして、全てのコップにジュースを入れ終えた俺は、全員に渡り切るのを確認してから愛宕の顔を見て頷いた。

 

「ありがとうございますね、先生~」

 

 お礼を言う愛宕に手をあげて会釈をし、子供達の様子を見る。みんなの視線が俺に向けられて背中がむず痒いように感じたが、今回の主役は俺ではなくてしおいとあきつ丸なのだからと、二人の方へと視線を向けた。

 

「それでは準備ができましたので、しおい先生とあきつ丸ちゃんの歓迎会を始めたいと思います~」

 

 パチパチパチパチパチ……

 

 みんなは一斉に手を叩き、一部の気の早い子はジュースが入ったコップを手に持っていた。

 

「それでは、しおい先生から一言お願いします~」

 

「え、わ、私ですかっ!?」

 

 コクコクと頷く愛宕を見たしおいは少し焦りながらも深呼吸をし、立ち上がってゴホンと咳払いをしてからみんなの顔を見渡した。

 

「えっと、今日から先生になったしおいです。まだまだ一人前にはなれないかもしれませんけど、これからよろしくお願いしますっ!」

 

「よろしくね、しおい先生」

 

「よろしくっぽいー」

 

 時雨や夕立が笑みを浮かべながら返事をし、しおいは少し恥ずかしそうに頬を掻きながら座布団に座った。

 

「はい、ありがとうございました~。それでは続いてあきつ丸ちゃん、お願いします~」

 

「了解でありますっ」

 

 しおいとは打って変わって冷静な感じのあきつ丸は、スクッと立ち上がって敬礼をしてから口を開いた。

 

「このような歓迎会を開いて頂き、不肖あきつ丸、感激でありますっ! これからよろしくお願いするでありますっ!」

 

 そう言って、あきつ丸は20秒ほど頭を下げて固まっていたんだけれど、それは謝罪のときに行う礼の仕方なんだが……まぁ、いいだろう。

 

 そして頭を上げたあきつ丸は座布団に座り、愛宕は頷きながらコップを手に持った。

 

「それでは、これより二人の歓迎会を……」

 

 ――そう、愛宕が宣言しようとした瞬間だった。

 

 

 

「ちょっと待ったーーーっ!」

 

 

 

「ふえっ!?」

 

 可愛らしくビックリした愛宕が視線を俺の方へと向ける。

 

 だが、今の声は俺ではなく、

 

 俺のすぐ後ろにある、階段の方から聞こえてきたのだった。

 

「歓迎会を開くなら、この子も忘れちゃダメだよね」

 

 そう言って現れたのは、真っ白な軍服に見を包んだいつもの姿、元帥この人だった。

 

「あら~、全然お呼びじゃないですけど~?」

 

「ひ、酷っ! 愛宕ったら以前に増してきつくないっ!?」

 

 反論するように声を上げた元帥だが、続けて階段を上がってきた高雄が広間に入りながら、冷ややかな目を向けて口を開く。

 

「それでは以前に増して言っておきますが、日頃の行いが悪いからですわ」

 

「こっちも酷いっ! 姉妹で寄ってたかるなんて、俺泣いちゃうよ?」

 

「「存分に泣いてくださって結構です」」

 

「がっくし……」

 

 見事な愛宕と高雄の返答に床に崩れ落ちる元帥。

 

 その格好は見事に『OTZ』このような形に見えた。

 

「登場してきて早々に崩れ落ちるって、何しに来たんですか元帥は……」

 

 ボソリと呟いた俺に顔を向けた元帥は、袖で顔を拭くような仕種をしてから立ち上がった。

 

 ……今、泣いていたよね……たぶん。

 

「歓迎会を開くと聞いては駆けつけなきゃいけないと思ってさっ!」

 

「だからお呼びじゃないですよ~?」

 

「くっ……だが、ここでめげたら男じゃない……っ!」

 

 そう言って歯を食いしばった元帥に向かって高雄は大きくため息を吐き、目を閉じながら口を開いた。

 

「あきつ丸ちゃんと一緒にこちらに配属になったまるゆも居ますので、一緒に歓迎会に参加させてもらえないかと思ったんだけど……」

 

 ――と、愛宕に目配せをする高雄。

 

「なるほど~。それなら問題ないですね~」

 

 さすがは姉妹。意思の伝達も素早いなぁと思っていたけれど、そんな様子を見た元帥がまたもや『OTZ』こんな格好で崩れ落ちながら完全に泣いていた。

 

 まぁ、子供達も見て見ぬ振りをしているから、放っておいても問題はないのだろう。

 

 頑張れ。この鎮守府の最高司令官。

 

 もちろん、俺も手を差し伸べない。理由は簡単で、ヲ級にグラビア雑誌なんぞを買いに行かせた罰である。

 

 あの時の大変さ……とくと思い知るが良いっ!

 

 ………………

 

 ――って、これだと俺って完全に悪役じゃね?

 

「それでは、まるゆちゃんも参加しての歓迎会を始めたいと思います~。

 皆さんコップを持ちましたか~?」

 

「「「はーい!」」」

 

 へこんだままの元帥を完璧に無視した愛宕はコップを持って声をかけ、みんなが一斉に返事をし、

 

「ではでは……ようこそ舞鶴鎮守府に。これからよろしくお願いしますね~。かんぱ~いっ」

 

「「「かんぱーいっ!」」」

 

 しおい、あきつ丸、まるゆの歓迎会が始まったのだった。

 

 

 

 

 

 それからのことなんだけれど、

 

 一部を除いて大盛り上がりだった――というのが実際のところであり、歓迎会自体は問題無く終わることができた。

 

 少々問題のようなこともあったものの、予想できたはずであるし、対処が足りなかったと言えばそれまでなのだが。

 

 

 

 歓迎会が始まった直後、気合いで復活した元帥はまるゆを口説きにかかるというあまりにも軽率な行動をし、すぐさま高雄の10連コンボで失神した。

 

 まぁ、この辺りはみんなも予想していたのだろう。始めと同じように子供達は見なかった振りをし、お喋りを楽しみつつ食事をしようという感じに思えた。

 

 ここで少しばかり予想外だったのは、料理を一口食べて満面の笑みを浮かべた愛宕と高雄の姉妹がブラックホールコンビを思い出してしまうような食べっぷりを発揮し、座卓の上にある料理をことごとく胃の中へと消し去りにかかったのだ。

 

 唖然とするみんなはお喋りを一旦止めて、目の前にある料理だけは確保しようと焦りだした。もちろん、俺もそうするつもりだったのだが、追加の料理を二階に持って行ってほしいという千歳の要望によって食事を取ることができず、泣く泣く階段を往復することになる。

 

 こうして弱肉強食の空間が出来上がってしまった。しかし、これは予想が全くできなかったということではない。

 

 以前に行われた食事会で愛宕の食べっぷりは知っていたから、もしかすると――という気持ちは持ち合わせていた。それに加えて、あきつ丸やしおいが昼食のお弁当で感動していたから、暴走まではいかないまでも何かしらは起こると思っていたし。

 

 ちなみに、その辺りの会話を思い出してみると……

 

 

 

「「うンまぁぁぁぁぁいっっっ!」」

 

 あきつ丸としおいは同時に叫び声をあげ、自分の太ももをバシバシと叩いていた。

 

「このピザは完璧でありますっ! ミニトマトをオーブンで焼き上げたことによる甘味の増幅! そして三種類のチーズのハーモニーが口の中で奏でられつつ溶けていくでありますっ!」

 

「この若鶏のから揚げ三種ソースも美味しいよーっ! タルタルソースは大きめの野菜がゴロンと入った自家製で、しっかりとした味なのにくどくない! おろしポン酢はサッパリとしていていくらでもいけるし、チリソースは甘辛仕立てでご飯が進んじゃうっ!」

 

「極メツケハコノ小籠包! 中ニ入ッタスープガ噛ンダ瞬間ニ口ノ中デ暴レルガ如ク溢レテ、大火傷確定シテシマウト焦リツツモ……ヤメラレナイトマラナイ!」

 

 最後のはスナック菓子のCMか……と突っ込む前にどこから入ってきたんだヲ級はっ!?

 

 座っていた場所結構離れてたよねっ!? 瞬間移動でもしてきたのかっ!?

 

 

 

 ――と、ツッコミどころ満載だったのはいつものことである。

 

 つまりは、これらも予想できていたこと。

 

 階段の上り下りの途中にちょっとばかりつまみ食いで食べることができたので、むしろこのことが想定外とも言える出来事だったのだが、

 

 最後の最後に、思いもしない言葉を聞いてしまったのである。

 

 

 

 

 

「ふぅー。食った食ったー」

 

「天龍ちゃん、食べてすぐ横になったら豚さんになっちゃうわよ~?」

 

「て、天龍ちゃんが……豚さんに……?」

 

「いやいや、それはあくまで脅し文句なんだけど……」

 

「でも、豚さんになった天龍ちゃんを想像するのって可愛いっぽい!」

 

 子供達がそんな言葉を交わしながら笑い合っている頃。

 

 俺は階段の近くの定位置でみんなの様子を見ながら一息ついていた。

 

 階段の上り下りで多少足が疲れたものの、つまみ食いという手段で食事を確保して心労は溜まらず、良い思いでとなった歓迎会で締めくくるつもりだった。

 

 そんな俺の隣に、少々膝がガクガクしている元帥がやってきた。

 

「お疲れ様、先生」

 

「お、お疲れ様です……」

 

 なんで助けてくれなかったのかと元帥が苦情を言いに来たと思った俺は、引き攣りそうになる顔を押さえながら挨拶を交わした。

 

「みんな楽しそうで良かったよ。無理を言って乱入したかいがあったよねー」

 

「そ、その言葉を元帥から聞けるとは思ってなかったですが……」

 

「あはは。開始早々の盛り上がりは必要でしょ?」

 

 いや、あなたの場合はみんな予想しすぎて呆れちゃっているんですけどね。

 

 ――と、ツッコミを入れることはできないので言葉を飲み込んでおく。

 

 そんな俺を知ってか知らずか、元帥は急に真面目な顔を浮かべて口を開く。

 

「先生、実は話があるんだけど……」

 

「え、えっと……いったいなんでしょうか?」

 

 改めて喋られると何だか気持ち悪いんだけど、こういう感じって変な奴が沸いちゃうからなぁ。

 

 何度も言っておくが、ウホッの展開は勘弁被りたい。

 

「少し言い難いんだけど、この件に関しては先生の協力が必要でね……」

 

 自分から言い出したのにも関わらず気まずそうにした元帥は、一度俺から視線を外し、一拍置いて小さく息を吐いてから、今までに見せたことの無い辛く険しい表情を見せた。

 

 予想だにしていなかった元帥の仕草に、俺は口の中に溜まった唾を飲み込み、真面目な表情で視線を向ける。

 

 そんな俺を見て小さく頷いた元帥は、ゆっくりと、簡潔に、一言だけ呟いた。

 

 

 

 呉が落ちた――と。

 

 

 

 

 

 艦娘幼稚園 ~新規配属されました……であります~ 完

 




※「艦娘幼稚園 ~遠足日和と亡霊の罠~」の通信販売を行っております!
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書籍サンプルの方も更新してたりします。

-----------------

 今章はこれにて終了。
しかし、話はまだまだ続きます。

 ここで一つ皆様に謝らないといけません。
私、リュウ@立月己田は、一章ごとに完成してから更新を行う手法をとってきました。
これは、完成途中で更新をした際に矛盾が発生しないようにとの考えでしたが、次章の完成が現状終わっておりません。

 現在、完成度は約50%でありますが、話数にすると11話まで執筆を終えています。このままの流れだと、20話を超える今までで一番長い章となりますが、完成まで皆様をお待たせするのは忍びないので、完成している話から順次更新していきたいと思います。

 その際、矛盾等には注意を致しますが、おかしな点が発生する恐れがあります。
ご迷惑をおかけいたしますが、ご了解の程、宜しくお願い致します。

 また、もう一つお伝えする事があるのですが、それに関しましては次章が完成してからご連絡いたします。



 それでは、次章の次回予告をどうぞっ!

次回予告

 呉が落ちた。
信じられない言葉を元帥から聞いた主人公。
何故、先生でしかない主人公に元帥がそれを伝えたのか……
そして、何故呉は落ちたのか……

 その謎に迫り、まさかの展開が渦巻き、主人公に襲いかかる次章!
 全ての始まりには終わりがあり、意味がある事を知らされる。
 そして、ついに主人公が一大決心するっ!?


 艦娘幼稚園 ~決戦、呉鎮守府~ その1「思ヒ出ポロポロ」

 乞うご期待!

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~決戦、呉鎮守府~
その1「思ヒ出ポロポロ」


※「艦娘幼稚園 ~遠足日和と亡霊の罠~」の通信販売を行っております!
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書籍サンプルの方も更新してたりします。

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 呉が落ちた。
信じられない言葉を元帥から聞いた主人公。
何故、先生でしかない主人公に元帥がそれを伝えたのか……
そして、何故呉は落ちたのか……

 その謎に迫り、まさかの展開が渦巻き、主人公に襲いかかる次章!
 全ての始まりには終わりがあり、意味がある事を知らされる。
 そして、ついに主人公が一大決心するっ!?



 

 鳳翔さん食堂の二階広間。

 

 しおいが先生として、あきつ丸が陸軍から幼稚園に編入し、まるゆが海軍に配属された歓迎会が開かれている中。

 

 舞鶴鎮守府の最高司令官である元帥が、ちょっとした会話の流れから聞いた声。

 

 

 

「呉が落ちた」

 

 

 

 元帥の口から紡がれた言葉に俺は唖然とする。

 

 いきなりそんなことを言われても、幼稚園の先生でしかない俺が何をできるというのだろう。

 

 それなのに、元帥は真剣な顔で俺に言ったのだ。

 

 つまりそれは――俺にしかできない何かがあるということなのだろうか?

 

 それとも、ただ単に世間話をしたのだろうか?

 

 いや――それはありえない。

 

 だって、初耳とかそういうことじゃなく、洒落にならないことなんだよ?

 

 一つの鎮守府が落ちるなんてことは、普通に考えればあってはならないことなんだから。

 

「まぁ、いきなりこんなことを言ったら驚くとは思うんだけど、歓迎会が終わったら付き合ってもらえないかな?」

 

 普段と変わらない薄い笑みを浮かべた元帥に、俺は頭を縦に振る。

 

 頭の中は真っ白になり、正常な判断ができていない。

 

 こんな状況で、普段と同じような考えなどできるはずもなく、

 

 俺は条件反射で頷いてしまっていた。

 

 

 

 

 

 子供達はすでにお腹いっぱいに食事を平らげていたので、そろそろ歓迎会をお開きにしようと言った愛宕に従い、寮の自室へ帰り支度をした。俺もしおいも子供達に怪しまれない程度に急かして、座卓の上の後始末をする。

 

 そして、広間には俺と元帥、高雄に愛宕、しおいの5人だけが立っていた。

 

「これで全員帰りましたよね……って、そういえばまるゆは?」

 

「子供達と一緒に帰りましたよ~」

 

「そ、それって良いんですか? 今から指令室に向かうんじゃ……」

 

「まるゆは今日配属されたばかりですし、いきなり任務という訳にもいきませんから」

 

 キッパリと言い放った高雄に若干押され気味な俺だったが、秘書艦が言うのだから間違いはないのだろう。そもそも俺は先ほど思った通り幼稚園の先生なのだから、この考え自体が必要無いはずなのだ。

 

「それじゃあ、お手数をかけるけど指令室までご同行願えるかな?」

 

「え、ええ。それは大丈夫なんですけど……」

 

 なんだか今から査問でもされてしまうんじゃないかと思える雰囲気に、俺は額に汗を浮かべて過去の記憶を呼び覚ます。

 

 仕組まれた査問会。

 

 幼稚園を潰そうと企む三人の提督。

 

 しかし、元帥が言ったのはそれと比べものにならないくらい大事件な訳で。

 

 とてもじゃないが、俺なんかが役に立つとも思えない。

 

 そんなことを思い出してしまった原因は元帥の口調なんだけれど、そもそもこんなに真面目な場面ってあんまり見たこと無いんだよね。

 

 大概はエロいことを考えているか、高雄に吹っ飛ばされているかだし。――というか、それがセットで見てきているから仕方がない。

 

 本当にこの鎮守府は大丈夫なのかと考えてしまうけれど、今の真面目な元帥を見る限り、そういった心配はしなくても良いのかもしれない。

 

 理由は簡単で、高雄が真面目な顔で元帥に対して何も言わないからなんだけど。

 

 うむ。見事に元帥の信用度がゼロである。

 

 そんなことを考えているうちに、元帥を先頭に広間から出て階段を下りていく。俺は置いていかれないように後に続き、厨房の鳳翔さん達にお礼を言って食堂から出る。

 

 心なしか、厨房の三人の顔も元気がないように見える。

 

 それは、元帥の言葉が関係しているのか、

 

 それとも単に、作業に終われて疲れていたのか。

 

 正直俺には分からないけれど、焦りを生むのは十分で、

 

 目指す指令室へと足は向いていく。

 

 建物の間にある道を歩き、向かう目的地までは約5分。

 

 その間――誰一人として口を開かなかったことに、俺の焦りは徐々に加速していたのだった。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 元帥の部屋。

 

 中には部屋の主である元帥が中心奥の机にある椅子に座り、秘書艦である高雄が姿勢正しく隣に立っている。

 

 二人に向かい合うような形で俺と愛宕としおいが立ち、元帥の口元に注目していた。

 

「歓迎会の後で悪いんだけど、今から話を始めるね」

 

 俺は小さく頷いて返事をし、元帥は薄く笑みを浮かべた。

 

 しかしその表情には余裕というものが見えず、さらなる焦りを俺の心に生み出していく。

 

「それじゃあ高雄、お願いできるかな」

 

「かしこまりました――では、これより説明に入らせていただきます」

 

 小さく頭を下げて一拍置いた高雄は、机の上にあったバインダーを持ってゆっくりと口を開いた。

 

「昨日のフタサンマルマル、呉鎮守府を目標とする深海棲艦の奇襲が発生しました」

 

「……なっ!?」

 

 分かってはいた――けれど、驚きのあまり思わず声をあげてしまった。あまりにも簡潔に述べられただけに、もしかして冗談なのではと思ってしまったりもするのだけれど、隣に立つ愛宕としおいの表情は真面目なままで、むしろ先程よりも深刻になっていくのを見た俺は、額に汗を浮かべながら高雄の声に耳を傾けた。

 

「明確な被害状況は不明ですが、壊滅的打撃を受けた呉鎮守府は現在すべての機能が失われていると思われます。ですが……」

 

 そう言って、高雄は表情を曇らせ言葉が詰まる。

 

「だが、現在も呉鎮守府からは通常の交信が行われており、その事実は大多数が知らないでいる」

 

 間髪入れずに元帥が口を開いたが、あまりにも信じられない内容に、俺も愛宕もしおいも表情を強張らせて立ち尽くしていた。

 

「それは……いったいどういうことでしょう……?」

 

 しかしそこは経験の差だろうか。

 

 愛宕はすぐに質問を投げかけた。

 

 もちろん俺もしおいも考えていたことは同じであり、その返答を聞き逃さないように耳を澄ます。

 

「この情報は一人の艦娘からもたらされたの。呉鎮守府に所属する雪風が轟沈寸前のダメージを負いながらも、本日の夕方に知らせに来てくれた……」

 

 高雄の言葉に息を飲む。

 

「すぐに雪風を入渠させないと非常に危険だったので端的な情報しか聞けなかったけれど、我々はすぐに呉と連絡を取った――が、交信はいつも通り問題なく行えた。それはもう、余りに普通過ぎて逆に怪しんじゃうくらいにね」

 

 言って、元帥は薄ら笑いを浮かべた。まるで丹念に考え配置した罠にかかった敵の情報を聞いたときの策略家のような表情に、俺は背筋が凍りそうになるほど恐怖を感じてしまう。

 

「なるほど。定期交信のみだった……という訳ですか」

 

「こればかりは元帥の普段の行いが……と言わざるを得ませんね」

 

 愛宕と高雄は二人揃って大きなため息を吐く。

 

 何故そんなに表情を曇らせるのかと俺としおいが驚いているところに、元帥がいつもと同じようなニヤケ顔で口を開いた。

 

「いや~、だって今日の呉の通信担当は瑞鳳ちゃんだからさ。ちょちょいと来週の休みにでもデートに行かないって誘ったんだけど、明らかに反応がいつもと違ってさ~。

 あっ、もちろんいつもは二つ返事でオッケーもらうんだよ? なのに今回は、焦るように言葉に詰まってから断られるなんてありえないじゃない。だから僕はすぐにビビッと……」

 

「「少し黙ってもらえないでしょうか、げ・ん・す・い?」」

 

「は、はい……」

 

 完全ハモリの高雄&愛宕に負けた元帥は、肩を竦めながら小さくなる。

 

 やっぱり元帥は元帥だった。

 

 そこに憧れる気は無いが、いつも通りだったことに少しばかり緊張が解けて、心に余裕ができた気がする。

 

 ――とはいえ、今聞いたのが本当なら事は深刻である。過去に佐世保が襲撃された事実はあるけれど、鎮守府が落ちたことは一度も聞いたことが無い。

 

 つまりそれは海軍にとって致命的失態であり、この国にとって一刻を争う緊急事態であるはずなのだ。

 

 それに、呉という場所が問題である。

 

 現在俺がいる舞鶴の様に、列島の外側ならば納得できなくは無い。

 

 いや、納得したらダメなんだけれど、全く起こりえないと言いきれることでも無いのだ。

 

 艦娘が深海棲艦と戦うために鎮守府から出撃するように、深海棲艦も同じことをすることが考えられる。

 

 だからこそ、鎮守府近くの海域は真っ先に攻略するのが基本なのだ。

 

 しかしそれでも、佐世保が襲撃されたように深海棲艦の脅威が拭い去れたわけではない。舞鶴だっていつだって攻められる可能性はあったのだ。

 

 もちろんそれに対応すべく、艦娘のパトロールや艦載機の偵察、その負担を減らすために鎮守府近くに設備を配置し、万全を期しているのである。

 

 そんな状況にも関わらず、いや――それにしてなお、外周ではなく内側が落ちたということである。

 

 呉は瀬戸内海に面する、列島の内海の鎮守府であり、

 

 懐から攻め入られたと言っても過言ではないのだから。

 

「通信内容の件につきましては後でキッチリと締めますけれど、元帥のおかげで雪風が持ってきた情報の裏付けが取れました。ですので、すぐにでも各鎮守府に情報を伝えようと考えたのですが……」

 

 高雄はそう言って言葉を詰まらせる。

 

 その内容は当たり前のことなのに、なぜそこで詰まるのか。

 

 俺はそれがあまりにも不思議に思い、高雄の顔を伺ってみた。

 

 すると高雄は同じように俺の顔を見つめ、ジッと視線を合わせてくる。

 

 その視線は怒っている訳でも無く、笑っているようにも見えない。

 

 まるで、哀れみと疑心のような……けれど、信頼も含められていると感じられてしまう、複雑な視線だった。

 

「あ、あの……俺の顔に何か……?」

 

「いえ、何もついてはいません。

 そして、見事についていないんでしょうね……」

 

「……?」

 

 高雄の言葉の意味が分からず、俺は頭を傾げる。

 

 そんな俺の様子を見た元帥はごほんと咳払いをし、高雄から一つの封書を受け取ってから俺に差し出した。

 

「これは……?」

 

「呉の雪風ちゃんが持ってきた手紙なんだけどさ……中を読んでみてくれないかな?」

 

「はぁ……わ、分かりました……」

 

 呉には知り合いはいないはずなんだけれど……と思いながら、元帥から受けとった封書を開いて中に入っていた紙を取り出す。三つに折られたA4サイズの和紙に、達筆の文字が書かれていた。

 

「……え?」

 

 普通ならば、パッと見た時点で美しいと思える文字に目を奪われてしまうだろうが、俺にはそれ以上の衝撃が走っていた。

 

「こ、この……文字って……」

 

「正直に申し上げると、先生のことかどうかは分かりかねましたが……」

 

「だけど、可能性としては先生が一番高いだろうからね」

 

 高雄と元帥の言葉が俺の耳に届き、ゴクリと唾を飲み込んだ。

 

 二人はまだ半信半疑だろうけれど、この文字を見る限り俺のことを指しているのは間違いない。ただし、これが分かるのはこの鎮守府において俺しか……いや、もしかするともう一人いるかもしれないけれど……

 

「まぁ、迷っていてもなんだからさ……読んでみてよ」

 

「………………」

 

 俺は言葉にせずに頭を下げることで返事をし、もう一度唾を飲み込んでから文字を見る。

 

 そこに書かれていた一文は――

 

 

 

『伝説ノ先生ヘ』

 

 

 

 ――と、記されており、

 

 俺の頭の中に、あいつの姿が浮かんでくる。

 

 海底で出会い、強制労働をさせられた挙げ句にヲ級を連れて帰ることとなったあの出来事。

 

 その原因として一番大きいであろう、ドがつく変態クラスの深海棲艦。

 

 戦艦ル級の厭らしく笑う顔が、しっかりと思いだせてしまったのだった。

 




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次回予告

 手紙の文字を見た瞬間、ル級を思い出した主人公。
そして、この手紙を持ってきた雪風が入ってくる。

 呉にいったい何があったのか。
その謎を解き明かすべく、雪風は語りだした。


 艦娘幼稚園 ~決戦、呉鎮守府~ その2「繰り返される悲劇」

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その2「繰り返される悲劇」

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 手紙の文字を見た瞬間、ル級を思い出した主人公。
そして、この手紙を持ってきた雪風が入ってくる。

 呉にいったい何があったのか。
その謎を解き明かすべく、雪風は語りだした。


 一枚の紙を持つ手が震える。

 

 それは、読んでしまえば後戻りできないという恐怖心からか。

 

 それとも、ただ単に思い出したくなかっただけなのか。

 

 これ以上動かすことができない己の手を見つめていたとき、思わぬ音が耳に入ってきた。

 

 

 

 コンコン……

 

 

 

「……っ?」

 

 俺は視線を手に持った紙から音のする方へと向ける。そこはこの部屋にある唯一出入りできる扉。

 

 部屋に居る誰もが同じように扉へと視線を向け、すぐに元帥が口を開いた。

 

「入っていいよー」

 

 あまりにも軽い口調に気持ちが削がれてしまうような気がしたが、もしかすると緊張している俺を気遣かってくれたのかもしれない。

 

 もちろん、扉の外にいる人物には中の様子が分からないだろうから、どういう思いを持っているかは不明だが。

 

 ガチャリと音が鳴り、扉がゆっくりと開かれる。

 

「し、失礼します」

 

 そう言って部屋に入ってきたのは、大きな双眼鏡を手にした艦娘だった。

 

「ゆ、雪風、ただいま修復を終えました!」

 

 扉を閉めてから元帥に向かい、雪風は叫ぶように敬礼をする。

 

 

「雪風ちゃん、お疲れ様。ちょうど今、呉について話していたところなんだけど、身体の方が大丈夫なら付き合ってくれないかな?」

 

「は、はい! 雪風は大丈夫ですっ!」

 

 言って、大きく頭を下げ、そして頭を上げる。

 

 怯えと悲しみ、そして怒りが混じったような雪風の瞳が俺の目に映る。

 

 まるで地獄を見てきたような感じに、俺は息を飲んだ。

 

「先生、取り敢えずその手紙は後にして、まずは雪風ちゃんの話を聞くことにするね」

 

「あ、はい。分かりました」

 

 手の震えはいつの間にかおさまっていたけれど、元帥にそう言われればそうする他ない。俺は手紙を持ったまま、雪風と元帥の話に耳を傾けた。

 

「雪風ちゃん。君から聞いた話の通り、どうやら呉に深刻な問題が起きているらしいことが分かった。しかし、向こうからの交信は普段を装っている状態で詳しいことは聞き出せなかったんだ」

 

「普段を装ったって……そ、そんな……」

 

 雪風は信じられないといった表情を浮かべる。それを見た高雄はすぐさま口を挟んだ。

 

「ですが、その装いに私たちは気づきましたわ。だからこそ、正確な情報を聞いて現状を把握するためにも、呉で起こったことを話してくれないでしょうか?」

 

「わ、分かりました。雪風……頑張りますっ!」

 

 思い出すことすら厳しいかもしれない心境であるにも関わらず、雪風は元帥と高雄に向かって大きく頷き、深呼吸をしてから喋り始めた。

 

「異変を感じたのは昨日の夜でした。雪風は次の日の遠征任務のために早めに床についていたのですが、大きな音に気づいて寮から外に出ました」

 

 部屋に居る誰もが雪風の声に耳を傾け、注視する。

 

「夜空に見えたのは深海棲艦の敵機……でした。それもかなりの数が上空に見え、雪風は慌てて艤装を取りに走ったのです」

 

 雪風の肩が小刻みに震えているが、言葉を止めずに口を開く。

 

「周りには雪風と同じように走る者、鎮守府の施設を使い対空射撃を始めている者、そして傷つき搬送される者……すでにそこは激戦地と化していました……」

 

 瞳にうっすらと涙が浮かぶが、それでも雪風は続けていく。

 

「そして雪風は整備室に駆け込み、艤装を装着して再び外に……」

 

 そこで雪風の声が詰まる。

 

 瞳には大粒の涙が。

 

 そして絶望が。

 

 それでもなお、雪風は口を開いた。

 

「地上において雪風達艦娘は艤装の重さに耐えられません。ですから一度海上に出て、防衛しようと空を見上げた途端……信じられないモノを見てしまったのです」

 

 雪風の頬に涙が零れ、

 

 床の上にポタポタと落ちていく。

 

「その……信じられないモノとは……?」

 

 元帥の問いに雪風は息を飲み、ゆっくりと口を開いた。

 

「敵機が……深海棲艦の機体が……鎮守府に向かって落ちていったのです……」

 

 口を閉ざした雪風は、ボロボロと涙を流しながら鼻を啜った。

 

「「「………………」」」

 

 今の言葉だけを聞いただけなら、多分勘違いをしていたのかもしれない。

 

 だけど、これほどまでに泣き、悲しみ、絶望の瞳を浮かべた雪風を見れば、本当の意味を理解するのはそれほど難しいものではなかった。

 

「……特……攻」

 

 悲しみに満ちた表情の愛宕が、聞こえるか聞こえないかの小さな声で呟く。

 

 高雄はその言葉を聞き、部屋中に響き渡るくらいの大きな歯ぎしりを立てた。

 

「雪風は……信じられませんでした。深海棲艦と戦ってきた今までの間、仲間への攻撃を防ぐために身代わりになる者はいましたけれど、自らを犠牲にして攻撃をする者はいませんでしたから……」

 

 そう言った雪風は、どこか遠くを見つめているような目を浮かべていた。それはまるで、過去の記憶を思い出して喋っているかのような姿に、俺の心が思いっきり握り締められたような感覚に陥っていく。

 

 過去の戦いで劣勢に追い詰められ、国のために命を犠牲にしていった者達への思い。

 

 それでもなお、己のみが生き残ってしまった悲しみが――雪風に重くのしかかっているように見えた。

 

「その攻撃に鎮守府の施設は大きな打撃を受けました。ですが、雪風と同じように戦う準備が整った仲間も多くいました」

 

 その言葉に一瞬だけ、俺は救われたような表情を浮かべそうになった。

 

 しかし雪風の表情は晴れるどころか、より悪くなっていく一方で――

 

「夜間のパトロール任務についていた仲間の一人が声を上げました。『電探に反応有! 至急付近に注意して!』って聞こえたんです」

 

 遠距離からの艦載機による攻撃。その後に来るのは砲雷撃戦というのは予想がつく。

 

 あまりにも非情な状況に、あまりにも分かり得た結果に、表情を曇らせる他何一つすることができない。

 

「未だ敵機は上空に見え、更に深海棲艦との砲雷撃戦。私たちが混乱してしまうのも無理は無かったと思います。ましてや指示をする提督の情報も錯綜し、余計に悪化させるだけ。しかも途中から……通信も遮断されてしまっていました」

 

「遮断だって……?」

 

 眉間をピクリと動かした元帥が雪風に問う。

 

「はい。雪風が艤装を取りに走っているときからノイズが混じっていましたが、海上に出た時点で通信は不可能になっていました」

 

 その返答に愕然とした顔を浮かべたのは、元帥と高雄、そして愛宕だった。

 

「奇襲を受けて混乱していましたから、通信電波が混雑してしまったのは仕方ないと思ったのですが……」

 

「いいえ、それは違います」

 

 雪風の言葉を愛宕が遮り、首を左右に振る。

 

「混乱して通信が一時的に使えなくなったりすることはあります。しかし、鎮守府内でノイズが混じり、完全に通信が遮断されたとなると話は別です」

 

 いつもとは違う真剣な表情と口調の愛宕。幼稚園では見られないその姿に、不謹慎ではあるが俺は見とれていた。

 

「恐らく……妨害電波でしょうね。しかも完全に遮断されたとなれば……」

 

 高雄が続けて口を開き、元帥へと顔を向ける。

 

「あぁ……間違いなく、内部の者による工作だろうね……」

 

 苦悶の表情を浮かべた元帥が頷き、雪風の目が大きく見開いた。

 

「え……そ、そんな……ことって……」

 

「完全に断言はできないけどね。だけど、その可能性は十分に考えられる」

 

 机の上に肘をつき、手を組んだ状態で元帥は言う。

 

「そもそも、単純な奇襲だけでそこまで呉鎮守府に深刻な被害を与えられるとは思えないんだ。あそこの防衛施設はここと比べてもそれほど差は無くしっかりしているし、空襲を受けだけで簡単に落ちる訳でもない」

 

 その言葉に高雄が頷き、元帥は言葉を続ける。

 

「たとえ海底を通って深海棲艦が攻めてきたとしても、海中に設置されているソナーが探知する。その時点で奇襲に気づけるはずなんだ。もちろんかなり遠くから海上に出て艦載機を飛ばしたとしても、鎮守府近くに設置された電探がある。それなのに、雪風ちゃんは爆撃の音に起こされるまで寝ていたとなれば……その理由は明らかだよね」

 

 とんでもなく爆睡していた――では無い。

 

 元帥の言葉は、明らかに内部に深海棲艦側の工作員がいて、完全に、完璧に計画されていたことが読み取れた。

 

「それで……あなたはそれからどうしたのかしら?」

 

 元帥の言葉を聞いて身体を大きく震わせていた雪風に、正気を取り戻させるように高雄が声をかける。

 

 ハッと顔を上げた雪風は、慌てながら口を開く。

 

「ゆ、雪風は仲間の声を聞いて周囲を警戒しながら、対空砲撃を行っていました。するといきなり、近くにいた一人が……急に水柱に巻き込まれたんです」

 

「それは……砲撃? それとも雷撃?」

 

「砲撃音は聞こえませんでした。ですから雪風は雷撃だと判断して海面に目を向けたのですが、そこでまた……」

 

 そして大きく身体を震わせた雪風は、その場で崩れ去りそうになる。

 

 俺は慌てて雪風に駆け寄り、身体を支えた。

 

「す、すみません……ありがとうございます……」

 

 俺は返事をする代わりに小さく頷き、軽く頭を撫でてあげた。

 

 一瞬キョトンとした顔を浮かべた雪風だが、薄く笑みを浮かべて頷き、再び口を開く。

 

「見えたのは潜水艦でした。ハッキリとは言えませんが、恐らくカ級だったと思います」

 

「せ、潜水艦が海上から見える位置まで浮上……?」

 

 あまりにも有り得ないと思える行動に俺は驚き、思わず問い返してしまった。

 

 雪風は頷きながら、震える唇を動かして言葉を続ける。

 

「背筋に……凍りつくような寒気が走ったんです。この場所にいたら間違いなく……雪風は沈んでしまう。そう思って、すぐに反転行動を取った瞬間でした……」

 

 俺は息を飲んで雪風の言葉に耳を傾けながら、力強く右手を握り込んだ。

 

「すぐ後ろに、大きな水柱が上がりました。仲間の誰かが巻き込まれた。そう思った雪風は、すぐに振り向いたのです。だけどそこに仲間の姿は無く、なぜ爆発したのかと焦りながら考えました……」

 

 重い空気が室内に立ち込め、言葉が止まる。

 

 誰も何も言わない。だけど、雪風が思っていることを誰もが理解していた。

 

「……っ!」

 

 そんな中、しおいが先ほどの高雄よりも大きな歯ぎしりの音を立て、今にも叫び出しそうな表情で両手を握り締めていた。

 

 あまりにも考えられない戦術。

 

 あまりにも考えたくない戦術。

 

 もし己にその命令が突きつけられたなら、間違いなく頭が真っ白になってしまう、戦術と言ってはいけない方法。

 

 それは敵機が呉鎮守府に特攻していたことから予想できたとはいえ、敵である深海棲艦だからと言い訳することすらできず、それを理解してしまった怒りをどこにぶつければ良いのかというしおいの思いが、俺には痛いほど分かってしまった。

 

 艦娘を兵器としか見ていなかった過去の自分を思い返すように。

 

 その思いを見直し、子供達と触れ合うことにより考え方が変わっただけではなく、

 

 人と艦娘と深海棲艦が手を取り合っていける世界を望んでいただけに、

 

 俺の心の中は、重く闇に閉ざされそうになってしまっていた。

 

「それは……間違いなく……深海棲艦が……」

 

「……もう良いよ。ありがとう、雪風ちゃん」

 

 恐怖で身体を震わせながら歯を食いしばって話そうとする雪風を元帥が止めた。雪風は少し驚いたような表情を浮かべたが、これ以上話さなくても良い、思い出さなくても良いという思いが勝ったのか「ありがとうございます……」と、消え去りそうな小さいな声で礼を言いながら頭を下げた。

 

「ふぅ……」

 

 重い空気に耐えられなくなったのか、元帥は大きなため息を吐き、天井を見上げる。

 

 この部屋の中にいる誰もが、やり場のない怒りと恐怖に拳を震わせ、口を塞いだままだった。

 

 

 

 そして――五分ほど沈黙が流れてから、ふと元帥が口を開く。

 

「先生、雪風ちゃんの話で大体は分かったと思うんだけど、ここでさっき渡した手紙になるんだ」

 

 元帥の言葉を聞いた俺は、手に握っていた紙に目を落とす。

 

 深海棲艦に落とされてしまったであろう呉鎮守府。

 

 そこに、あのル級が居てもおかしくは無い。

 

 ならばどうして、俺なんかにこの手紙を送ったのか。

 

 そして、どうやって雪風が呉から逃げ出す事ができたのか。

 

 その答えは、この手紙の中。そして、雪風に聞くしかない。

 

「雪風ちゃん。その手紙を――誰から、そしてどうやって手に入れてここまで来られたのか――話して貰えるかな?」

 

「分かりました」

 

 頭を下げて雪風は言う。

 

 身体の震えは落ち着きを取り戻し、先ほどまでの辛そうな表情は和らいでいる。

 

 俺は少しだけ安心し、小さく深呼吸をしてから雪風の言葉に耳を傾けた。

 




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 映画を見てたら、ひらパー兄さんって言われた瞬間、全てが崩壊した。
関西に住んでないと分かんないですかね……


次回予告

 雪風は重い口を開けて語った。
呉で起こった惨劇を。そして、深海棲艦の取った戦術を。
それを全て聞くにはあまりにも耐えられない空気に、元帥が制す。

 手紙の話をするには、結局その後の話が必要になる。
雪風は再び呉での記憶を語り、主人公は手紙の中身を読み始めた。


 艦娘幼稚園 ~決戦、呉鎮守府~ その3「拝啓 伝説ノ先生」

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その3「拝啓 伝説ノ先生」

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 雪風は重い口を開けて語った。
呉で起こった惨劇を。そして、深海棲艦の取った戦術を。
それを全て聞くにはあまりにも耐えられない空気に、元帥が制す。

 手紙の話をするには、結局その後の話が必要になる。
雪風は再び呉での記憶を語り、主人公は手紙の中身を読み始めた。


 

「敵潜水艦の……攻撃によって仲間達が次々と倒れていく中、雪風はなんとか体勢を整えようと、この場から少し離れようとしたんです」

 

 話し始めた雪風の表情が一瞬だけ曇ったが、すぐに気を取り戻して言葉を進めていった。

 

「必死で攻撃を避けるように蛇行し、気がつけば鎮守府からかなり離れていました。近くに潜水艦がいるような気配は無かったので、雪風は息を整えようとしたのですが……そこで新たな敵影が見えました」

 

 その言葉に皆は息を飲む。

 

「雪風は慌てて砲撃体勢に入ろうとしました。ですが、逃げる際にかなりの被害を受けていて咄嗟に動くことができず、すぐ傍まで接近を許していて……敵の砲身を突きつけられました」

 

 絶体絶命。

 

 話す雪風の額には汗が浮かんでいて、いやに緊迫していたのかが目に取るように分かった。

 

「なんとか一矢報いなければと思いましたが、恐怖で身体が震えて動かすことができず、もうダメだ……と雪風は目を瞑ってしまいました。

 すると、信じられないことに……声をかけられたんです」

 

「……声を?」

 

 元帥の問いに雪風は頷く。

 

「はい。少し低めの女性の声でした。

 雪風は恐る恐る目を開けてみると、砲身は突きつけられたままでしたが……なぜか撃たれるような気配は感じなかったのです」

 

 それは殺意が無かったのか。

 

 それとも単に雪風を敵とも思わなかった相手だったのか。

 

 だが、この手紙を持ってきたということは――

 

「目の前の深海棲艦は雪風に手紙を持って、舞鶴にいる先生に渡して欲しいと言いました。明らかに雪風の方が不利にも関わらず、命令せずにお願いをしてきたのです。もし無理矢理そうしろと言われたら、雪風は……どうにかしてでも反撃しようと考えたかもしれませんが……」

 

 そう言って、雪風は悔しそうに俯いた。

 

「いや、そんな考え方はしないでくれ。生き残れる方法があるなら、そっちを優先するのが当たり前なんだ。犬死にだけはしないで欲しい」

 

 そう――元帥はハッキリと雪風に言う。

 

 大きく眼を見開いた雪風は顔を上げ、元帥の顔を見た。

 

 真剣な眼差し。ブレることの無い視線が雪風に向けられている。

 

 ほんの数秒の見つめ合いに終わりを告げるように雪風は小さく頷き、

 

「はいっ。雪風は……沈みません!」

 

 ほんのりと頬を染めて笑みを浮かべながらそう言った。

 

「「「………………」」」

 

 落ちた。

 

 誰もがそう思ったのかもしれない。

 

 しかし、話の流れ的に咎めるタイミングを掴めず、高雄は何も言うことができず仕舞であり、

 

 半ば冷ややかな目で元帥を見ることしかできなかった。

 

 ――もちろん俺も、しおいも、愛宕もなんだけど。

 

「ごほん……それで、雪風ちゃんは受け取った手紙をここに持ってきてくれたんだね?」

 

「はい!」

 

 そんな状況に置かれたことを察知した元帥は、咳払いをしながら話を戻し、雪風はまったく気づくこと無く返事をする。

 

「そうか……改めてありがとう」

 

「いえ、雪風は大丈夫ですっ!」

 

 姿勢を正して敬礼をした雪風は、大きな声で答える。

 

 うん、まぁなんだ。元気になったから良いんじゃないかな。

 

 辛そうな表情を見ているのはこちらとしてもしんどいし、後は……高雄さんに任せるしかないよね。

 

 それよりも大事なのは、ついに手紙に話が戻ってきたことだ。

 

 中身を見るのは正直言って怖いけれど、ここでやっぱり読むのは嫌ですと言える雰囲気でも無い。

 

「さて、それじゃあ先生」

 

「……はい」

 

 予想していた通り元帥が俺に言葉をかけ、頷いてから手紙を見る。

 

 達筆で書かれた一文に、

 

 俺は少しだけ顔を歪ませながら、恐る恐る手紙を開けた。

 

 

 

『伝説ノ先生ヘ

 

 拝啓 残寒ノ候、風邪ナド召サレズニオ過ゴシデショウカ。

 平素ハ各段ノゴ厚情ヲ賜リ、厚クオ礼申シアゲマス……』

 

 

 

 ………………

 

 ちょっと待て。

 

 なんだこれ。

 

 なんで深海棲艦が普通に定例文で俺に手紙をよこすんだよっ!?

 

 つーかマジで何なんだっ!? お中元でも送ってくんのかっ!?

 

 そして、こんなことをする奴はあいつしかいねえじゃんかよーーーっ!

 

「あ、あの……先生、大丈夫でしょうか?」

 

「はぁ……はぁ……あ、ええ、すみません。ちょっと心の中でツッコミまくってしまったおかげで息が……」

 

「な、難儀だねぇ……それは……」

 

 心配そうな表情を浮かべる元帥と高雄なんだけど、もしかして中身を見ずに俺に渡したのだろうか?

 

 それはそれで大丈夫なのかと思っちゃうんだけど、信頼してくれてのことなのだろうと勝手に思い込んで、嫌々ながらも続きを読むことにする。

 

『ボケハコノ辺ニシテオイテ……頼ミガアル』

 

「だからお笑いできるじゃねぇかっ!」

 

「ど、どうやら先生は大丈夫じゃなさそうなんだけど……」

 

「あ、いえいえ。これが平常運転ですから~」

 

「そ、そうなの?」

 

 元帥の呟きに答える愛宕……なんだけど、ちょっと酷い言われ様な気もするんですが。

 

 でもまぁ、いきなり大きい声を出した俺が悪いのだからと突っ込まずに読み続ける。

 

『北方ノ姫カラ呼出シガアリ、北ノ基地ヘ移動トナッテ先生ト別レタ後、問題ガ発生シタ。トアル仲間ガ絶望シタ人間ヲ利用シヨウト考エ迎エタノダ。ソノ人間ハミルミルウチニ力ヲ伸バシ、様々ナ戦地デ功績ヲ上ゲタ。シカシソノ一方デ、無謀トモ思エル指揮ニ不満ヲ感ジ、コノママデハマズイト考エテイタ矢先……人間ハ姫ヲ人質ニトッテ我々ニ強要シテキタノダ』

 

 ………………

 

 まず一言良いかな?

 

 滅茶苦茶読みにくい。

 

 ついでに言うと、書く方も大変だと思うんだけど。

 

 ――まぁ、内部事情はもとより、今読んだ内容を皆に分かりやすく伝えてから続きを読む。

 

『ソシテ遂ニ人間ハ逆襲スベキ段階トシテ、呉ヲ落トス作戦ニ出タ。一部ノ好戦的ナ仲間ハコノ作戦ヲ喜ビ狂喜シタ。シカシ、今作戦ニオケル攻撃方法デ、特攻ヤ自爆ヲ強要サレルノハ許サレルコトデハ無ク、カト言ッテ我々ニハ人質ヲ取ラレテイル負イ目ガアル以上逆ラエズ、コウシテ先生ニ助ケヲ求メタノダ。

 

 虫ノ良イ話トイウノハ重々承知シテイルガ、ドウカ助ケテ欲シイ。願ワクバ月変ワリノ深夜ニ、呉近クノ屋代島西端カラ程近イ海域デ待チ合ワセタイ。

 宜シク頼ム。 ル級』

 

 全ての文章を読み終え、皆に伝えてから俺は大きく息を吐いた。

 

 正直に言って信じられないというのが俺の気持ち。

 

 だが、先日の青葉としおいの会話を思い出し、深海棲艦が迎えたという人間というのが誰であるかと察知してしまう。

 

 まさか、あり得ないと言い切りたい。

 

 なのに、どう考えてもそこへ辿り着いてしまう思考を止めることができず、俺はもう一度ため息を吐いた。

 

「高雄……やっぱりあの情報は間違っていなかったってことでいいのかな?」

 

「おそらくは……そうだと思います……が」

 

 言って、二人は俺と同じようにため息を吐いた。

 

 重い空気が部屋を支配し、口を開くのも躊躇ってしまう程の圧力がかかる中、再び元帥が口を開いた。

 

「先生、中将のことは覚えているかな?」

 

「ええ。さすがにあんなことがありましたから、忘れることはできないです」

 

「はは……ちょっと耳が痛いね」

 

 元帥はほんの少し笑みを浮かべてから机の上で手を組み、語り始めた。

 

「あの事件……先生を不正に査問しようとした中将は二ヶ月後に別の鎮守府に異動になったんだ。そこはまぁ……あまり口では言えないところなんだけど、俗に言う左遷ってやつだよね」

 

 ご愁傷様と言うところだけれど、一番の被害者は俺だったのだから憐れむ気持ちは無い。

 

「それから暫くして、その鎮守府が突如消滅した。まぁ、鎮守府と言って良いかどうかの規模だったんだけれど、問題はそうじゃないんだ」

 

 元帥はそう言ってから高雄にタッチするように頷いた。

 

「原因は未だ不明ですが、明らかに戦闘の痕跡はありました。生存者は0の為情報は無く、調査班も諦めてこの件は秘密裏に処理されたのです」

 

「しかしその後、佐世保鎮守府から届いた写真と情報により、深海棲艦の姿と一緒に写る……中将らしき人物が発見された」

 

 立て続けに高雄と元帥が説明し、俺は小さく頷いた。

 

「……驚かないみたいだけど、もしかして先生知っていたりする?」

 

「はい。数日前に……青葉から聞きました」

 

 元帥の問いにそう答えた俺は、横目でしおいの顔を窺って見る。

 

 若干顔が引きつりながら、冷や汗をかいている風に見て取れたけれど、俺の答えに安心したのか、ホッと胸を撫で下ろしているようだ。

 

 ……やっぱり機密事項だったのね。

 

 青葉は……まぁ、いつものことだけど、しおいもちょっと軽率だった感じがあるんじゃないだろうか。でも、俺のことを思って情報をくれたのはありがたいし、今後の付き合いも考えて伏せ

ておいた方が良いだろうと判断した訳だ。

 

 別に恩を売ったとかそういう考えは無いから、変な誤解はしないように。

 

 それこそ青葉の二の舞になっちゃいそうだからね。

 

「また……青葉ですか。一度や二度締めたくらいではダメみたいですね」

 

「この前にしっかり説教タイムをしてあげたんですけどね~。まだ懲りてないのかしら~?」

 

 いや、もう充分過ぎると思うんだけど、ばらしちゃったのは俺だしなぁ。

 

 今度それとなくフォローをしておいた方が良いかもしれない。そうじゃないと、青葉もそろそろ危うい気がする。

 

「青葉の件は秘書艦である高雄に任せるとして……どうやら中将は深海棲艦側についたと言うのが佐世保と僕の意見だったんだけど、先生が受け取った手紙からも分かる通り、その可能性はかなり高くなったよね」

 

 ため息交じりに言った元帥に、部屋に居る雪風以外の誰もがコクリと頷いた。

 

「あの中将は、前々から指揮に関して問題があると報告は受けていたけれど……まさか深海棲艦を使って無茶苦茶やるとは思わなかったね……」

 

「むしろ私達艦娘にその作戦を強要しなかっただけ良かったとは思えますが……敵とは言え、深海棲艦も哀れに思えてきますわ……」

 

 元帥は頭を抱え、高雄は目尻を押さえながら大きく息を吐く。

 

「と、ところで……元帥」

 

 そんな状況の中、俺は恐る恐る元帥に問う。

 

 どちらにしても逃れられない事実ならば、自分から聞いた方が良いだろうと。

 

「何かな、先生?」

 

「この手紙の内容に書いてあることを……信じた上で向かうんですか?」

 

 敵である深海棲艦からの手紙。

 

 これがいきなり何の関係も無いのに送られてきたのならば、気にすることも無いのかもしれない。もしかすると少しは調査するかもしれないが、そうであっても信用の度合いが違うだろう。

 

 だけど、手紙を出したであろうル級とは、俺が海底に沈んでいた間、何度も会話を交わしていたのだ。

 

 それらを知った中将が、罠として利用しようとしていることも考えられる訳であり、

 

 かと言って、手紙に書かれていることが本当ならば、呉の情報を掴むことができる非常に有効な手段である。

 

 つまりは一種の賭け。

 

 場合によっては、命を天秤に賭けなければいけない状況になるところへ向かうとなれば、俺の心配も無駄ではないだろう。

 

 ただし、最終決定権は目の前に居る元帥であり、

 

 俺はその命に従うべきである。

 

 何より、ル級が俺に助けを求めて書いた手紙が本当ならば、見過ごして無視するというのも夢見が悪い。

 

 それに、元帥には中将の件で借りがある。

 

 あの窮地を救ってくれた元帥に、同じ原因で借りを返せるのであれば、

 

 多少の無理くらいは聞いたって問題無いと思っているのだ。

 

 ――まぁ、命を掛けるのはちょっと勘弁願いたいけれど。

 

 それでも、やらなきゃいけないところくらいは分かっているつもりなので。

 

 俺はしっかりと元帥の目を見て、もう一度問う。

 

「もし書いてある通りに向かう場合、それは明日の夜だと思います」

 

『願ワクバ月変ワリノ深夜ニ、呉近クノ屋代島西南端カラ程近イ海域デ待チ合ワセタイ』

 

「明日がその月替わり……月末日。そして日が替わる深夜に屋代島なら、ここからそう遠くないとは言え……」

 

「夕方までには出発しないといけないね」

 

 元帥が俺の言葉に被せるように答えを言い、俺の目をしっかりと見つめた。

 

「それじゃあ、質問。先生は、この手紙が本当であるか嘘であるか……どちらだと思っている?」

 

「本当だと思います」

 

 間を置かずに答えた俺を見て、元帥と俺以外の誰もが驚きの表情を浮かべていた。

 

「罠かもしれないと思ったことは?」

 

「0ではないですけど、それならもっと……怪しまれずに書くと思います」

 

 出だしの定例文とか、正直に言って怪し過ぎるからね。

 

 逆に言えば、ル級の性格を俺が分かっているからこそ、あいつが書いたモノだと分かった訳だから。

 

「命がかかる可能性も0じゃないよ?」

 

「それは誰だって一緒じゃないですか。海で戦う艦娘だって、指揮を行う元帥だって、いつどこで攻撃されるか分かりません。それに、ただ黙って幼稚園に引き籠り、中将の攻撃がいつ襲ってくるかと脅えているよりも、自分から動いた方が断然気が楽ですよ」

 

 元帥に借りがありますからと言うつもりはない。

 

 それにこのまま放っておけば、いつかは舞鶴も攻められてしまう可能性が高いだろう。

 

 ならば、この手紙はこちらから打って出るチャンスなのだ。子供達を守る為にも、これは必要な事であり、

 

 先生である俺と、平和な世界を望む俺と、

 

 少なからずもル級に借りがある俺が、同時に出した結論だった。

 

「………………」

 

 元帥は黙ったまま俺の目をジッと見つめ、

 

 そして――大きくため息を吐いた。

 

「どっちか元帥なのか分かんなくなっちゃいそうだね」

 

「それは確かに。この際、先生に元帥の座をお渡しになった方が宜しいんじゃありませんか?」

 

「……言い出したのは僕だけど、秘書艦の高雄に言われちゃったら立つ瀬が無いんだけどさぁ」

 

「胸に手を当て、日頃の行いを思い返した上で考えれば分かると思いますが」

 

「……しくしく」

 

 涙目になる元帥だけど、たぶん高雄が攻めた理由はさっきの雪風と昨日の通信の件なんだろうなぁ。

 

 後は、この重い雰囲気を考えた上なのかもしれない。ぶっちゃけちゃうと、俺の一世一代の大博打もどこかに飛んでいきそうなんだけど。

 

「まぁ、その件は後でしっかり話し合うとして……先生の意思は固いみたいだね」

 

 そう言った元帥に俺は頷き、

 

「よし、分かった。それじゃあ先生を信じて向かってみようか」

 

「はい。ありがとうございます」

 

 俺は大きく頭を下げて礼を言った。

 

 高雄は半ば呆れ顔に見える表情でため息を吐き、

 

 愛宕はいつもと変わらない笑みを浮かべて俺を見る。

 

 しおいと雪風は俺を見つめながら拳を握り、

 

 そして俺は、心に強く秘めながら息を吐く。

 

 

 

 今度は俺が助ける番だ――と。

 




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次回予告

 まず、皆様にごめんなさい。先に謝ります。
シリアス続きだったので、こう……はっちゃけ過ぎたのは後悔。
温かい目で見守ってくれると助かります。


 決意を込めて主人公は言い、心に誓う。
ル級を助ける。もう一つの思いを胸に秘め。

 そして次の日。
出発するために必要なこと……それは準備である。
朝に通達を受け、主人公は装備品を受け取りに整備室に出かけたのだが……


 艦娘幼稚園 ~決戦、呉鎮守府~ その4「装備品支給と弊害」

 乞うご期待!

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その4「装備品支給と弊害」

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 まず、皆様にごめんなさい。先に謝ります。
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 決意を込めて主人公は言い、心に誓う。
ル級を助ける。もう一つの思いを胸に秘め。

 そして次の日。
出発するために必要なこと……それは準備である。
朝に通達を受け、主人公は装備品を受け取りに整備室に出かけたのだが……


 

 次の日の朝。

 

 ル級の手紙に書かれていた場所へ向かう準備をするため、元帥と高雄と愛宕、そして現地に詳しい雪風はすぐに指令室で会議を開始した。俺も何か役に立てないかと言ったのだが、明日の夜が本番になるから今のうちに睡眠を取っておくようにと言われ、心苦しくも寮に戻ることにしたのである。

 

 ちなみにしおいは高雄に言われて伝達の仕事に就いたらしいが、完全に俺だけハブられている気がするのは気のせいなのだろうか。

 

 そりゃあ、他の皆と違って戦闘経験も殆ど無いし、指揮経験も無い。役に立たないのは分かっているけれど、やっぱり凹んでしまうのである。

 

 とは言え、言われたことをしておくのは当たり前なので、俺は寮に戻ってからすぐに入浴し、早めに布団に入ったのである。

 

 そしていつもの時間に目覚めて、現在に至る――のであるが。

 

「本日早朝を持ちまして、舞鶴鎮守府全体に第二種戦闘配置が発令されました。そのため、先生の幼稚園業務は臨時休業となり、幼稚園自体も休園になります。

 また、本日夕方に呉に向けて出発する予定となっておりますので、その準備のため、先生は朝食を取った後すぐに整備室にいる艦娘の所へ行き、指示に従ってください」

 

 いつぞやと同じように、部屋の中には高雄の姿があり、書類を片手に真剣な面持ちでそう言った。

 

「分かりました。ちなみに子供達への連絡は……?」

 

「すでに愛宕としおいによって伝達済みです。先生は何の心配もなさらずに、今晩の準備をしっかりと整えることに集中してください」

 

 全く笑みを零すことなく、むしろ怒っているのかと思えてしまうくらいの表情で高雄は言う。

 

 もしかして、俺が何か怒らすようなことをしたのではないかと考えてしまうのだが、思い当たる節は無く、恐る恐る聞いてみた。

 

「いえ、別に怒ってはいませんが……むしろ心配で……」

 

「は、はぁ……」

 

 俯き気味にそんなことを言われては嫌な気はしないけれど、むしろ心配具合に恐さを感じてしまう。そりゃあ、敵地になっているであろう呉近海に向かうのだから危険はあるだろうけれど、まさか単身で向かう……って、そんなことはないよね?

 

「その心配は必要ありませんが、先生が重要な鍵を握っているのは間違いありませんわ。

 手紙を寄越したル級と面識があるのは先生だけですし、交渉するなら矢面に出る必要がある。そんなところに先生を連れていかなければならないことを心配している――そう思っていただければ結構なのですが、言葉にすると逆効果でしょうか?」

 

 言って、高雄は今日初めてうっすらと笑みを浮かべた。

 

「ま、まぁ、分かっていたことですし、自分から望みましたから今更撤回する気はありませんけれど……よく考えると危険ですよね……?」

 

「危険という以前だと私は思っていますけれど……それでも先生は止めないのでしょうね」

 

 ………………

 

 いや、これって逃げ道を塞いでないですか?

 

 吐いた唾飲み込むな的思考が感じられちゃうんですけど。

 

 そりゃまぁ、言い出しっぺは俺だから仕方ないけどさ……

 

 こう……もうちょっと……安心させてくれても良い気がするんですけれど。

 

「ですが、今回の作戦が上手くいけば、呉鎮守府を奪回する可能性が高くなると思われます。先生に危険を背負わすのは心苦しいですけれど、何卒よろしくお願いいたしますわ」

 

「わ、分かりました……」

 

 深々と頭を下げた高雄に言われてしまっては、すでに断ることはできず。

 

 むしろ扇動されていた感があるのだけれど、元々止めるつもりは無かったのだから結果的には一緒な訳で。

 

 こちらこそよろしくお願いしますと、俺も同じように頭を下げた。

 

 

 

 

 

 そうして高雄は作戦準備のためだと部屋から去り、俺は洗面所で顔を洗ってから外に出ることにした。

 

 腹が減っては戦はできぬ。いつもの時間にはお腹が空くし、高雄からも朝食を取るようにと言われている。

 

 今から気構えても夜まで持たないだろうし、気楽にいくべきだと考える。

 

 ただ、そうは思っていても身体は正直で、

 

 お腹は鳴るが食べる気力は湧いてこず。

 

 こんな状況で食堂に行ってもなんだかなぁ……と思った俺は、売店であんパンと牛乳パックを買って簡単に済ませることにする。

 

 なんだか張り込みをする探偵や刑事のようなセットだけれど、たまたまこれしか残っていなかっただけで、コンビニまでいくのも億劫だったからだ。

 

 希望としては、クリームパンかジャムパンが欲しかったのだけれど、それらは見事に売り切れていた。

 

 ――というか、どうにも売店の相性が悪い気がするんだけれど、この辺りは持ち前の運の無さが関係しているのだろうか。

 

 もしそうなら、今晩の作戦で発揮しないように、今発動したと考えた方が良いのだけれど、やっぱり気になってしまうのは仕方がないことで。

 

 整備室に向かいながら食べるパンの味が殆ど分からなかったというのが、今の俺の気持ちである。

 

 本当に、何事も無ければ良いのだけれど……

 

 

 

 

 

 高雄に言われた通り整備室に着いた俺は、ふとあることに気づく。

 

「そういや、整備室の艦娘に会えと言われたけれど、名前とか聞いてなかったよな……」

 

 辺りを見回してみると、艤装の整備を行っている艦娘は一人や二人ではない。更には男性整備士も数多く居て、正にごった返している状態だった。

 

「名前も分からずに探すとなると、かなりきついよなぁ……」

 

 この中を歩き回るのは一苦労だし、作業をしている人や艦娘達の迷惑にもなりかねない。

 

 誰に会えば良いのかを高雄に聞きに行くのが良いのではないかと思ったが、肝心の高雄が今どこに居るか分からない。こうなったら多少の迷惑は承知の上で、入口から大きな声をかけてみるのがてっとり早いのではないかと思い、大きく息を吸い込みかけたときだった。

 

「あっ、先生。遅かったじゃないですかー」

 

 いきなり後ろから声をかけられた俺は、少し驚きつつ振り返る。そこには大きなリボンで髪を括り、可愛らしいセーラー服を着たスレンダーな女性――もとい艦娘が、少し不満げな表情を浮かべながら立っていた。

 

「え……っと、もしかして君が高雄……秘書艦が言っていた?」

 

「はい! 夕張型 1番艦、夕張ですっ! 兵装のことならなんでもお任せくださいっ!」

 

 言って、にこやかに笑みを浮かべた夕張は、俺に右手をさしのべてきた。

 

「そ、それじゃあよろしくお願いします」

 

 俺はそう言ってから頭を軽く下げ、夕張と握手を交わす。

 

「ふむふむ。先生ってそこそこ鍛えているんですねー」

 

「……え?」

 

「私、握手をした相手がどんなことをしてきたのか、何となくなんですが分かるんですよー」

 

「へぇ……それはまた凄いね……」

 

 そういう技術というか感覚を持っている人がいると聞いたことがあるが……

 

「でもそれって、実は俺の写真を見たから……なんてことは無いよね?」

 

「ぎく……っ」

 

「……目茶苦茶露骨に顔に出るんだね、夕張って」

 

「あ、あはは……バレちゃいましたかー」

 

 そう言った夕張は申し訳なさそうに後頭部を掻きながら、一本取られたといった風にお手上げのポーズを取った。

 

「いやまぁ、別に良いんだけどさ……」

 

 いったいどこまで写真が広がっているのだろうと焦ってしまうけれど、全く知られていないよりかはマシだろうと思い込み、目的である準備について聞くことにする。

 

「それで、準備っていったい何をするのかな? 呉に向かうことは分かっているけれど、元々は幼稚園の先生をやっているだけだから、こっちの方面はあまり詳しくないんだよね」

 

 提督になるための勉強はしてきたけれど、実践経験は殆ど無い。以前の出張の時も、至って普通の日常雑貨品と書類などの荷物を入れた鞄だけだったし、襲われることを想定しないでいた。

 

 しかし今回は、深海棲艦に占拠されているであろう呉鎮守府の近くまで向かうのである。戦地に向かうための準備は必要不可欠であり、だからこそ整備室に行くように言われたのだ。

 

「先生は元帥と一緒にぷかぷか丸で移動することになりますので、乗船時に必要な装備に加え、いざという時のことを考えて戦闘用装備も追加するように言われています。すでにチェックが済んだ物を用意してありますので、私について来てください」

 

 夕張はそう言って、スタスタと整備室の奥へと歩き出した。俺はその後を追い、艤装の整備をしている艦娘の横を通り抜けながら、周囲を見回しつつ進んで行く。

 

 何人かは話したことがある艦娘が居たけれど、真剣な表情で整備をしているところに声をかけるのもはばかれたので、俺は黙って夕張の後ろを追いかける。

 

 そして整備室の一番奥にある扉の前で立った夕張が振り返り、俺に向かって声をかけてきた。

 

「それでは、この中に一緒に入ってきてください」

 

 言って、俺の返事を待たずに夕張は扉を開けて部屋の中に入って行く。俺も後に続いて中に入ると、どうやらここは更衣室の様だった。

 

 壁に取り付けられた大きな鏡に、スタッフルームにある同じタイプの長細いロッカーが並んでいる。その中の真ん中付近に立った夕張は、こっちに来るようにと手で催促しながら俺を待っていたので、小走りで駆け寄った。

 

「先生の服のサイズは……身長から考えてLですよねー。できる限りの防具を装着させるように言われていますから、これとこれ……それにこれも必要ですかねー」

 

 まるで未来からやってきた猫型ロボットがパニックを起こしたときのように、ロッカーの中から色んな物を投げ渡す夕張に俺は若干の不安を抱えつつ、一通りの装備を受け取った。

 

 その殆どが黒い色で統一されており、見た目はインナーのような薄い生地のようだ。

 

「それじゃあ、早速服を脱いで下にそれらを着てください」

 

 ロッカーを閉じてそう言った夕張。

 

 満面の笑みを浮かべているけれど、それでは少々問題があるのだが……

 

「えっと……着替えはここでするんだよね?」

 

「もちろんそうですよっ! ここは更衣室ですからー」

 

「そ、それじゃあ着替えるけど……」

 

 俺は夕張にそう言ったけれど――全く気にすることなく笑みを浮かべて立ち尽くす。

 

 ……もしかして、分かってないんだろうか?

 

「あー、えっと、その……」

 

「はい、どうかしましたか?」

 

「いや……今から俺、着替えるんですよね?」

 

「そうですよ?」

 

 何を言っているんだ君は――と言わんばかりに不思議そうな表情を浮かべる夕張だが、その顔は俺が浮かべるべきである。

 

「今のままだと……バッチリ見られちゃうんですけど……」

 

「………………」

 

「渡されたやつに着替えるとなると、完全に全部脱がないといけない訳で……」

 

「あー、うん。そうですよね。全部脱がないと着られませんよね」

 

「そうそう。だから、少し外してもらえると助かるんだけど……」

 

「でも、ちゃんと装着できているか確認しないといけませんしー」

 

「………………」

 

「高雄秘書艦に言われていますからー」

 

「き、着替え終わってから確認とかじゃ……ダメなのかな……?」

 

「ダメです。正確に装着しないと効果が半減しちゃう可能性だってあるんですよー」

 

「そ、それは……そうかもだけどさ……」

 

 夕張がそう言うのも分からなくはないのだけれど、やっぱり素っ裸を見られてしまうというのは恥ずかしい訳で。

 

 写真が出回ってしまっている段階で、上半身くらいは構わないとは思っているんだけど、さすがに下の方は……その……ねぇ。

 

「……ジュルリ」

 

「………………」

 

「なんでもないですよー?」

 

「説得力が完全に0なんですけど」

 

「気のせいですよー?」

 

「今さっき舌なめずりしたよねっ!?」

 

「そんなことしていませんよー?」

 

「嘘だっ!」

 

「ユウバリウソツカナイ」

 

「インディアンじゃないんだから……って古過ぎるからっ! 完全においてけぼり食らっちゃうからっ!」

 

「どちらかと言えば深海棲艦ですよねー」

 

「今晩会いに行くんだけどねっ!」

 

 写真を知っている段階で嫌な予感はしていたけれど、まさかこんな状況になってしまうとは夢にも思わなかった。俺はなんとか夕張を説得して外に出てもらい、一人で着替えを済ますことができたのは、それから20分経った後のことである。

 

 

 

 幸先から不安要素が満載なんだけど、本当に今晩大丈夫だよね……?

 




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次回予告

 夕張の視線に焦りながらも着替えを済ませた主人公。
そして更に渡された装備品に、戦場へ向かう現実を突きつけられる。

 更には思いもしなかった発言と暴走に、慌てて主人公は……


 艦娘幼稚園 ~決戦、呉鎮守府~ その5「見つけちゃったっ!」

 乞うご期待!

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その5「見つけちゃったっ!」

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 夕張の視線に焦りながらも着替えを済ませた主人公。
そして更に渡された装備品に、戦場へ向かう現実を突きつけられる。

 更には思いもしなかった発言と暴走に、慌てて主人公は……


 

「んー……そうですね。ちゃんと装着できていますねー」

 

 渡されたインナー装備に着替えた俺は、外にいる夕張を呼んでチェックをしてもらっていた。

 

 ちなみに普通はこの上に普段着を着るのだけれど、装着具合を見るために現在はインナーのみの姿である。上半身はピッチリと張り付くようなTシャツのような感じなのだが、下半身は……スパッツと言えば分かりやすい。

 

 つまりは身体のラインがバッチリ見える下着姿の俺が、年下の女の子に見える夕張にジロジロと見られている状況で、何この罰ゲーム!? ――と思ってしまうくらい、恥ずかしいったらありゃしないのだ。

 

「そ、そんなにマジマジと見なくても分かると思うんだけど……」

 

「何を言っているんですかっ! このインナーは防刃対策として有効なんですから、キッチリ着られているか確認することによって、もしもの事態に備えているんですよっ!」

 

「ま、まぁ、それなら仕方ないんだろうけどさ……」

 

「……ジュルリ」

 

「だからその舌なめずりを止めて欲しいんだけどっ!」

 

「気のせいですよー」

 

「それさっきもやったからっ!」

 

「ちぇー……」

 

 残念……と言わんばかりの表情を浮かべた夕張は立ち上がり、別のロッカーの方へと歩き出した。

 

「それじゃあ今度は、その上から着る装備品を渡しますねー」

 

 言って、またもやロッカーから俺に複数の物を投げ渡す。

 

「えっと……まずは防弾チョッキに防刃ズボン。後は工具セットもあった方が良いですよねー」

 

 俺に問われても正直分からないのだけれど、とりあえず返事をしながら飛んできた物をキャッチする。そのどれもが普段の服装と違って若干の重さがあり、全部を着るとなると結構重労働になりそうだった。

 

「とりあえずこんなところですけれど、防弾チョッキの上から何か羽織ってくださいねー。弾は防いでも、寒さを防ぐには適していませんからー」

 

「えっと、俺がいつも着ている普段やつで良いのかな?」

 

「それでも構いませんけど、どうせなら支給される防寒具にしちゃいます?」

 

「防弾チョッキの上からだと、ちょっとサイズ的に一つ上になっちゃいそうだから、その方がありがたいかな」

 

「了解ですっ」

 

 俺のお願いに頷いた夕張は、反対側にあるロッカーを開けて中を物色し、黒色のダウンジャケットを渡してくれた。

 

 そして渡された装備をすべて装着し終えた俺は、鏡の前に立って確認してみたのだが……

 

「完全に真っ黒だね……」

 

「夜間迷彩としてはバッチリですっ!」

 

「ま、まぁ、確かにお忍びで向かうことになるんだろうけどさ……」

 

 ル級も俺達も、呉に気付かれないように向かうのだから当たり前のことかもしれない。しかし、いくら第二種戦闘配置状態の舞鶴鎮守府内とはいえ、この格好で動き回るというのはいささか変と言うかなんと言うか……

 

「出発するまでは、別の上着を着ていても問題ないかな……?」

 

「それは問題ないですよー」

 

 なぜか別のロッカーを開けて物色している夕張は、俺の方を見ないままそう答えた。

 

 ふむ……それなら大丈夫そうだな。

 

 出発までは時間があるし、昼食は鳳翔さんの食堂で取りたい思いがあったからだ。朝食を簡素に済ませたこともあるけれど、やっぱり一日に一回はあの料理を食べないと力がでない。それは海底に沈んでしまった時に重々思ったことで、気力に大きく影響することが分かった。

 

 ただ、この服装のまま食堂に向かってしまうと、鳳翔さん達には情報が行っているだろうから問題はないだろうけれど、子供達が不審がるだろう。

 

 緊急事態が起こったために、幼稚園が休園していることはすでに伝わっていたとしても、今回俺が呉に向かうということは伝わっていないはずである。しかし、他の艦娘と同じ寮にいる以上、呉がどういう状況であるかは聞き及んでいるかもしれないだけに、俺が同行するのを子供達に感づかれては心配させてしまうことになりかねない。

 

 黙って行くのは白状かもしれないけれど、死にに行く気は毛頭ないし、子供達の先生として心配させるのはもっての他である。

 

 帰ってきてから武勇伝と言わんばかりに、はにかみながら自慢げに話してやることにしようと、昨日の夜から考えていたのだ。その時に怒られてしまうかもしれないが、それでも不安にさせるよりは全然マシである。

 

 ましてや子供達の何人かは血気盛んな者もいる。出発前に知ってしまえば、ついてくると言い出しかねないからね。

 

 ――と、そんなことを考えながらダウンジャケットを脱いだ俺に、いつの間にか夕張が黒い物体を手に持って差し出していた。

 

「……?」

 

「もしもの時のために、これも持っていてください」

 

 そう言って、手の平よりは少し大きめの四角い小型鞄のボタンを外した夕張は、中に入っていた物を取り出して俺に見せた。

 

 それはまたもや同じく黒い物体で。

 

 パッと見た限り、金属かプラスチックなのかは分からないけれど、

 

 形状を見た瞬間、何であるのかはすぐに分かり、思わず血の気が引いてしまうモノ――だった。

 

「こ、これ……は……」

 

「9mm拳銃です。弾丸は9×19mmパラベラム弾で総弾数は9発。全長206mmの銃身長は112mm、重量は約800グラムで……」

 

「いやいやいやっ、そうじゃなくてっ!」

 

 拳銃の詳細をペラペラ喋る夕張にツッコミを入れ、俺は何度も首を左右に振って拒否を示した。

 

「俺は呉に戦いに行く気じゃないんだ。あくまで助けを求めているル級に会いに行く。だから、その銃を受けとる気は……」

 

「いえ、それは困ります」

 

「え……っ……」

 

 今までとは違った低い声で夕張がピシャリと言い放つ。威嚇ではなく、俺の言葉自体を受け取り拒否するような声に驚き、思わず口を止めてしまう。

 

「先生が向かうところは戦地であり、何が起こるかなんて想像がつかないんです。そんなところに武器一つ持たずに向かわせるなんて、できるはずがありません!」

 

 真剣な眼差しで力が篭った言葉を投げかける夕張に押され、立ち尽くす俺。

 

「正直に言って、これが深海棲艦に通用するとは思いません。ですが、何も持たないよりは全然違います」

 

「だ、だけど……それでも俺は……」

 

 なんとか言葉を振り絞り、反論しようとするが言葉は出ず。

 

 人と艦娘と深海棲艦が一緒に暮らす世界を望みたいと、

 

 それを今ここで夕張に伝えることは――難しいと判断してしまった。

 

「それに、これは秘書艦の高雄さんや元帥からも言われているんです。お願いですから、ちゃんと持っていてください」

 

 そこまで言われては仕方がないと、ため息を吐いてから俺は夕張に頷く。

 

 だけど、俺はどんなことがあってもこの銃は使うつもりがないと心に秘め、腰のベルトにホルスターを装着したのであった。

 

 

 

 

 

「ところで先生、一つ私から質問しても良いですか?」

 

 工具セットの入ったウエストバッグと銃の入ったホルスターの位置を整えていた俺に、突然夕張が声をかけてきた。

 

「ん……と、何かな?」

 

「さっきの話の続きなんですけど、先生の身体ってそれなりに鍛えていますよね」

 

「……また写真の話かな?」

 

「いえいえ、そうじゃないんです。確かに写真は見たことがありますけど……握手をしてみてそれなりに相手のことが分かるのも本当なんですよ」

 

「そうなの?」

 

 てっきり冗談だと思っていたけれど、俺に話しかける夕張の顔が、嘘をついているという感じには見えない。

 

「感覚的なモノなんですけど、握手のときに力強さとかを感じられるんですよ。それで、先生が身体を鍛えているってことが確信できたんですけど……」

 

「先生になる前は提督を目指していたんだけれど、勉強だけじゃなくて身体も鍛えた方が良いだろうと思って、走り込んだりしたんだけど……」

 

「んー……でも、それだけじゃない気がするんですよねー」

 

 呟きながら考え込む仕種を見せた夕張は、俺の身体を隅々まで舐めるかのように、視線を纏わり付かせた。

 

「………………」

 

「あ、あの……夕張……さん?」

 

「んー、やっぱり良い身体しているんですよねー」

 

「お、お褒めに頂き、光栄ではあるんだけれど……」

 

 冷や汗を垂らしながら答えた俺だけれど、夕張の口元からちょくちょく見えてしまう舌が気になって仕方がないんですけど。

 

「本当に……美味しそうなんですよねー」

 

「身の危険を感じまくるんですけどっ!?」

 

「何て言うか、男らしさもあるんだけれど……身体の線が細いってところがまた……」

 

「怖い怖い怖いっ!」

 

「よし。折角ですから、女性用の装備品も着てみることにしましょうかっ!」

 

「何が『よし』なのか、さっぱり分かんないよっ!?」

 

 好き好んでもいないのに、誰が悲しくて女装なんかしなくちゃいけないんだよっ!

 

 そんなことしたら、また厄介なやつが沸いちゃうじゃないかっ!

 

「それともこの際、艦娘用の服とか着ちゃいます? 私のスペアならすぐに持ってこられますけど……」

 

「この際ってなんなのーーーっ!?」

 

 一言たりとも女装したいなんて言ってないよっ!? そんな趣味は米粒一つ持ってないからねっ!

 

「あっ、そうだ! 女装した先生を写真に撮って、ファンクラブのホームページに載せちゃいましょう! そうすれば会員数もうなぎ登りで万々歳ですっ! 早速写真担当の青葉を呼びに……」

 

「一番厄介な奴を呼ぼうとしないでーーーっ!」

 

 そんな写真を撮られたら、お嫁……じゃなくてお婿さんになれなくなっちゃうよっ!

 

 そして、それを知った子供達に白い目で見られるような状況にはなりたくはないっ!

 

 つまりそれは、人生が終わったことと同義なんだよーーーっ!

 

「おおっ! 先生の息がドンドンと荒く……興奮しているんですねっ!」

 

「心の中で突っ込みまくって、息切れしたんだよっ! この原因は完全に夕張のせいだかんねっ!」

 

「いやぁ……そこまで褒めなくても良いですよー」

 

「全然褒めてないからっ! どこをどう聞き間違えたらそんな考えに至っちゃうのっ!?」

 

「それはもちろん、先生のファンクラブの一員として、すべて前向きに考えているからですっ!」

 

「ついに見つけちゃったーーーっ!」

 

 しおいに聞いてはいたけれど、俺のファンクラブ会員を発見しちゃったよ!

 

「これから、先生女装化計画を発動しますっ!」

 

「勝手に発動しないでっ!」

 

「すべてはファンクラブ会員のためだと思って、我慢してくださいっ!」

 

「ファン対象である本人に対して、無茶苦茶なことをするんじゃないっ!」

 

 やばいと思った俺は、急いで更衣室から逃げだそうと扉に向かう。

 

「ふっふっふー。逃がしはしませんよー?」

 

 だが、夕張に回り込まれてしまった!

 

「くっ……やはり防御を選んでからキャンセルして、逃げるを選択すべきだったか……」

 

「そんな4みたいな裏技を使おうとしなくても……というか、先生一人だとできないですよ?」

 

「何でツッコミだけはきっちり冷静に対処できるんだ……」

 

「艤装のチェックは冷静でなくてはできませんからねー」

 

「なら俺に対しても冷静に判断しつつ、常識的に考えてよっ!」

 

「そこは……ほら、好きこそ物の上手なれじゃないですかー」

 

「努力しようとする方向性が、完全に間違ってるよっ!? それに、俺を女装させるのが何の上達に繋がるのさっ!?」

 

「んー、何と言うか、私の趣味ですかねー」

 

「そんな趣味につき合わされる人の身になって考えてくれっ!」

 

 俺はなんとか夕張の手から逃れようと、更衣室の外にまで響き渡る絶叫をあげる。

 

「んふふー、逃がしませんよ……って、あれ?」

 

 扉の前で立ち尽くす夕張は不適な笑みを浮かべていたけれど、急に後ろから聞こえてきた音や声に気づいて振り返った。

 

 その視線の先には、不審がる人や艦娘の姿が見える。

 

「あ、あの……えっと……」

 

 もちろんこれは俺の予想通り。

 

 あれだけ大きな声をあげまくっていれば、いったい何が起こっているのかと気になった整備員や艦娘達が扉を開けるのは必定。

 

 そしてこの隙を突いて、俺はダッシュで夕張の横をすり抜けて部屋から出る。

 

「あっ、先生っ!?」

 

 まんまと俺の策に嵌まった夕張は、整備員や艦娘達に静かにするようにと注意され、俺を追いかけることができずに涙目を浮かべて声をあげる。

 

 こうして俺は何とか出発の準備を終え、女装させられてしまうという危機から脱出することができたのであった。

 

 

 

 本当に踏んだり蹴ったりなんだけど、俺って近々死んじゃったりしないよ……ね?

 




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 ここでチラッと現状報告。
やっぱり今章は10万文字、更に20話を超えるようです。

 ……長くなり過ぎましたが、お付き合いくださりますと幸いです。


次回予告

 夕張の魔の手から何とか逃げる事が出来た主人公。
しかし、シリアスが3話続けばギャグも3話……なのだろうか?
いつもの……そして更に進化……ではなく悪化した、あのコンビと出会ってしまう。


 艦娘幼稚園 ~決戦、呉鎮守府~ その6「すでにフラグはいくつかな?」

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その6「すでにフラグはいくつかな?」

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 夕張の魔の手から何とか逃げる事が出来た主人公。
しかし、シリアスが3話続けばギャグも3話……なのだろうか?
いつもの……そして更に進化……ではなく悪化した、あのコンビと出会ってしまう。


 

 整備室から逃げだした俺は、腕時計を見る。

 

 着替えや会話が長引いたのか、時間はちょうどお昼時。お腹の空き具合もそこそこだったので、鳳翔さんの食堂へと足を向けた。

 

 朝ごはんは質素だったから、昼くらいはちゃんとした物を食べたい。それに出発は夕方なのだから、夕食は艦内で取ることになるだろうし、朝と同じように質素である可能性も考えられる。

 

 贅沢は言えないけれど、どうせなら美味しい料理は食べたいのだ。夕食が無理なら、せめて昼食だけでもと思うのは当たり前である。

 

 とは言え、鳳翔さんの食堂に行けば子供達に出会う可能性もある。明らかに普段と違う服装のまま向かうと、何かしら察知されるかもしれないと思った俺は、一旦寮の自室に戻って普段着に着替えてから、食堂に向かうことにした。

 

 

 

 

 

「いらっしゃいませー」

 

 食堂の引き戸を開けて中に入ると、いつも通りの声があがる。以前にヲ級が仕組んだコントに巻き込まれたこともあったけれど、食堂内には見当たらないし、どうやら今日は問題なさそうである。

 

「こんにちわ、先生。今日は何になさいますか?」

 

 席に座った俺の前に、千歳がお茶の入ったコップを置いてくれた。

 

「今日のサービスランチはどんなのかな?」

 

「Aは唐揚げとアジフライの揚げ物定食で、Bは天津炒飯とミニラーメンのセットですね」

 

 むむ……これは非常に迷うな……

 

 唐揚げはいつ食べても完璧で、周りはサクッと中はジューシー。アジフライもフワフワな身が口の中で解れていくのを想像すると、よだれが出る。

 

 しかし、天津炒飯は今まで食べたことが無いだけに、どんな味がするのか気になって仕方がない。名前から想像するに、炒飯の上にかに玉が乗っかっているのだろうけれど、ミニラーメンのセットとなるとボリュームもバッチリだろうから気になりまくる。

 

「ちなみに、千歳さんのオススメはどっちかな?」

 

「私は……Bですね。今回初めてのメニューですけど、味見した時点でこれは定番にした方が良いって思っちゃいましたから」

 

「ほー……そこまで千歳さんが言うなら、是非Bの方をお願いしたいかな」

 

「かしこまりました。それじゃあ、少しだけお待ちくださいね」

 

 ニッコリと微笑んだ千歳はペコリと頭を下げて、厨房へと下がって行った。

 

「うむむ……これは今から楽しみだぞ……」

 

 一人で呟きながら、なんとなく食堂を見回してみる。客の数はまばらで、半分弱の席が空いていた。

 

 一旦着替えに戻ったため、昼食時のピークからズレたからだろう。混雑しているときよりも食事はしやすいし、この方が気楽である。

 

 ――そう、思った矢先のことだった。

 

 

 

 ガラガラガラ……

 

 

 

「こんにちわデース!」

 

「あら、金剛ちゃん……それにヲ級ちゃんも、いらっしゃーい。今日は少し遅かったけど、何かあったの?」

 

「今日ハ幼稚園ガ休ミダッタカラ、朝カラコンビニニ出カケテタンダヨネ。ソシタラ、新作デザートガ目白押シデマイッチャッタヨ……」

 

 そう言って、手にぶら下げたコンビニ袋を千歳に見せるヲ級。明らかにいつもと違う大きな袋には、たくさんのデザートらしき物体が入っているようだ。

 

「ヲ級のデザートに対する観察眼は完璧ですからネー。今日の3時のおやつに友達と一緒に食べる予定デース」

 

 満面の笑みを浮かべた金剛も、ヲ級と同じようにはしゃぎながら千歳に言い、どこの席に座ろうかと食堂内を見渡そうとした。

 

「むっ、この気配は……」

 

「僕ノオ兄チャンレーダーガ探知ッ!」

 

 二人は口々にそう言って俺の姿を発見し、ダッシュでこちらにやってきた。

 

 つーか、オ兄チャンレーダーってなんだよ……

 

 それに金剛も気配を察知していたけど、俺の身体から変な電波でも飛んでいるのか……?

 

「ヘーイ、先生! 一緒にご飯良いデスカー?」

 

「あ、あぁ。別に構わないぞ」

 

「ヘーイ、彼女ー。一緒ニ食事デモドウダーイ?」

 

「俺の性別は男だし、そもそもなんでナンパっぽいんだよ……」

 

「これが最近のネタデース!」

 

「ヲ級ト金剛コンビ! 名付ケテ……ナンダッケ?」

 

「オーゥ、まだ考えてなかったデース」

 

「ソウ言エバ、ソウダッタ!」

 

「「HAHAHA!」」

 

「………………」

 

 また巻き込まれちゃっているぞ……俺……

 

 周りの席に座っている客も、こっちを見ながら笑っているし……

 

 なんでこう、俺を絡ませてくるのかなぁ……

 

「とりあえず漫才はそれくらいにして、周りの邪魔になるから席に座りなさい」

 

「「ハーイ」」

 

 ヲ級と金剛は息もバッチリに返事をして席に座った。そして千歳が持ってきたお茶を受け取って、ゴクリと飲む。

 

「二人とも、相変わらず面白かったよ」

 

「ありがとデース!」

 

「次モ期待シテイテヨネ」

 

 手をあげて千歳に答えたヲ級と金剛は、俺と同じBのランチを注文し、俺の方へと顔を向けた。

 

「ところデ、どうして先生はこんな時間に昼食なんデスカー?」

 

「ん……?」

 

 金剛の鋭い指摘に思わず顔色を変えそうになってしまいそうになるが、夕方から作戦に参加することをしられては心配するかもしれないと、俺は冷静さを取り繕いながら口を開く。

 

「幼稚園で使おうと思っていた荷物が届いたって連絡を受けたから、ちょっと取りに出かけていたんだよ。そこでちょっとゴタゴタがあって、昼食の時間が遅れ気味になってなー」

 

「オーゥ……それはご愁傷様デース。私達のことを思っての作業デスカラ、とっても嬉しいデース」

 

「い、いや……先生として当たり前だしな……」

 

 真面目な顔で金剛から言われてしまっては、心配させないためとはいえ、嘘をついてしまったという罪悪感が胸を締めつけられる思いになる。

 

 しかし、心配させないようにというのが第一目標であるため、俺は揺らぎそうになってしまった心を保ちながら、苦笑を浮かべて金剛と話しを続けた。

 

「それにしても、急に幼稚園が休園になるとは驚きデース」

 

「そうだな。なにやら事件が起きたとかって聞いたけど、俺は詳しく知らないんだよ」

 

「お姉さん達に聞きましたケド、ここから少し離れたところで、大変なことが起こったみたいデース」

 

「そ、そうなのか? それはちょっと怖いな……」

 

 返事をしながら、俺は心の中で冷や汗をかく。

 

 やはり、それとなくだが情報は子供達にも伝わっているようだ。

 

 高雄から子供達へ休園の連絡は伝わっていると聞いた。しかし、事細やかに原因を説明して休みになった――なんてことは言わなくても良いことだし、それくらいのことは高雄だって分かっているだろう。

 

 だが実際に、金剛は正確では無いものの、事件が起こったことを知っている。舞鶴鎮守府内全域が第二種戦闘配置になっていることは、周りの艦娘の様子から分かるかもしれないけれど、それ以外の情報は誰からか聞かなければ知り得ないはずなのだ。

 

 まぁ、盗み聞きをして知ったとなれば、それは仕方がないことなのだろうけれど、お姉さん達から聞いたと金剛が言った通り、その通りなのだろう。

 

 もちろん心配させないようにと、金剛に話した艦娘も、伏せるところは伏せているようだが。

 

 これが――青葉だったら、こうはいかないかもしれないんだよなぁ。

 

 そう考えると、本当に爆弾レベルで危なくない?

 

 今すぐ対処するべきだと判断する。もちろん、個人的な意味合いも含めてだけど。

 

「オ兄チャン」

 

「……ん、どうしたヲ級?」

 

 頭の中で考えを張り巡らしていると、急にヲ級が声をかけてきた。その表情はいつもと若干違うように見え、何だか不審がっているようだ。

 

「透視力ビーーームッ!」

 

「……それ、遠足のときにやったやつだよな?」

 

「アレハ主ニ服ダケ透視スルヤツ! 今ノハ頭ノ中ヲ見ルタメナンダヨッ!」

 

「ワォッ! ヲ級って、そんな特技を持っていたのデスカッ!?」

 

「いやいや、ただのヲ級のブラックジョークだからね?」

 

「ダケド、オ兄チャンガ何カヲ隠シテイルノハ確カナハズッ!」

 

 そう言ったヲ級は、机に身を乗り出して俺の顔に頭突きをするが如く近づいてきた。

 

「うおっ! あ、危ないぞヲ級!」

 

「黙ッテ僕ノ目ヲ見ルッ!」

 

「いや、だからなんでそんなことをしなければいけないんだ……?」

 

「ソレガ嫌ナラ、少シダケ目ヲ閉ジルッ!」

 

「な、なんなんだよいったい……」

 

 そう呟いたものの、ヲ級の言葉に焦った俺はどうするべきかと考える。

 

 嘘を言っていることに気づいた様子ではないだろうが、怪しまれているのは間違いない。ここは一つ、ヲ級の言うことを聞いて上手く逃げるべきだろうか?

 

「サァ、ドッチニスルノッ!?」

 

「む、むぅ……それじゃあ……」

 

 とは言え、今の心理状態で目を合わせるのはちょっとヤバイ気がするので、俺は目を閉じる方を選択する。

 

「これで……良いのか……?」

 

「………………」

 

 視界が闇に閉ざされ、物音しか聞こえない。しかし、ヲ級は何も言わずに、俺の様子を伺っているようだ。

 

 少し間が空いていたとは言え、ヲ級は俺と一番付き合いが長い。もしかすると、俺が知らない何かを察知することができるかもしれないと思うと、気が気でなくなってしまいそうだ。

 

 ――だが、そんな思いとは裏腹に、コソコソと話し合うヲ級と金剛の声が聞こえてきた。

 

「コノ状況……チャンスダヨネ……?」

 

「ハッ! マサカ、ヲ級……っ!?」

 

「シッ! 声ガ大キイヨッ!」

 

「し、しかし、不意打ちでソレハ……ちょっと違う気がシマース!」

 

「ダケド、オ兄チャンノ唇ヲ奪ウチャンスハ……」

 

 ………………

 

 ちょっと待て。

 

 今、聞き逃しちゃいけないことが聞こえたんだけど。

 

 つーことで、ゆっくり目を開けてみる。

 

 そこには、頬を赤く染めた金剛を説得しようとするヲ級の姿が見え、

 

 俺はジト目を二人に向けながら、口を開いた。

 

「二人とも、お仕置き確定でファイナルアンサー?」

 

「「ギクッ!?」」

 

 俺の声に気づいた二人は、ゆっくりと顔をこちら向け、引き攣った笑顔を浮かべている。

 

「嘘をつくのは時と場合によりけりだけど、正直今のは許せないと思うんだが……」

 

「こ、これはその……っ、ヲ級がいきなり言い出したのデース!」

 

「まぁそうだな。確かにヲ級が金剛を説得していたように見えたし聞こえていた」

 

「そ、そうデース! だから私は……」

 

「なら、どうして俺に目を開けろって言わなかったんだ?」

 

「うぐっ! そ、それハ……」

 

 図星を突かれて視線を逸らした金剛は、気まずさで表情が崩れていく。

 

 そして、ことの発端であるヲ級は……

 

「オ、オ願イデスカラ、オ仕置キダケハ勘弁シテクダサイ……」

 

 ――と、机の上に登って、ガチ土下座をしていた。

 

 ちなみに誤解されても何なので説明しておくと、子供達が悪さをしたときに決まりとなっているお仕置きは、一日食事抜きの刑である。

 

 これだけ聞けば、土下座をするほど酷いモノだと感じないかもしれないが、ヲ級にとってはかなり大事なのである。海底で暮らしている間、生か焼き魚ばかりの食事しか取ることができなかったが、幼稚園に編入が決まってからは鳳翔さんの料理を食べることができ、その余りの美味さにスネを何度も蹴られてしまったのが懐かしい。

 

 つまり、ヲ級にとって鳳翔さんの食事を取れないということは、どんな罰よりも苦しく、耐えられないようなのだ。

 

 ――そう。これは、ヲ級に対しても最強の矛。

 

 これがあれば、暴走しかけたヲ級を止めることは容易いのである――のだが、

 

 

 

 ひそひそ……ひそひそ……

 

 

 

 あれ……おかしいな……

 

 なんだか顔に視線が突き刺さっていたり、酷いことを言われている気がするんだけれど……

 

「見てよあれ……教え子に土下座させて喜んでいるって、最悪じゃない……?」

 

「教え子って言うか、確か兄弟だったよね。もしかして、禁断の恋愛関係のもつれとか……っ!?」

 

「えええっ、それって本当なのっ!? それって大スクープじゃないっ!」

 

「青葉とファンクラブ会員が黙っていないわよ! これは一波乱起きそうねっ!」

 

 ――と、ひそひそ話どころか、確実に俺の耳に入るレベルの声が聞こえてきた。

 

 ………………

 

 …………

 

 ……

 

 やっっっべえええぇぇぇぇぇっっっっっっっっっ!

 

 これマジで大惨事コースじゃんっ! 確実に白い目で見られているよっ!

 

「こ、こうなったラ、私もヲ級と同じように土下座をしますカラ……許してクダサーイ……」

 

「ちょっ、ちょっと待った金剛っ! しなくていいからっ! 土下座なんてやらないでいいからっ!」

 

 俺は机の上に登ろうとした金剛を必死で止めようと叫び声をあげる。

 

 しかし、その言葉が事態を更に悪化させることになってしまうのを、焦ってしまっていた俺は考える余裕もなく……

 

「ま、まさかの三角関係がっ!?」

 

「どちらにしても、小さい子に土下座を強要させるなんて……」

 

 いやいやいやっ、強要してないからっ! ちゃんと止めたからっ!

 

「お、お待たせしました……けど……」

 

 そう言って、俺とヲ級と金剛の分のBセットを持ってきた千歳だったが、

 

「先生の分は必要ないみたいですね……」

 

「誤解しちゃ嫌ぁーーーっ!」

 

 完全に俺を汚物扱いするような目で睨みつけた千歳は、ヲ級と金剛の席にだけ料理を置いて、俺の分は持ったまま厨房へと下がって行った。

 

 もちろん、俺が千歳に睨まれている間に、ヲ級と金剛は行儀良く席に座り、

 

 すでにモシャモシャと料理に食らいついていた。

 

「ワォッ! かに玉のフワフワ感と、甘酸っぱいタレが香ばしく仕上がった炒飯に合いマスネー!」

 

「ソレニ加エテ、少シコッテリナ天津炒飯ニ対シテ、サッパリナミニラーメンノ味付ケモ完璧ダネ」

 

「「ウンマァァァイッッッ!」」

 

 ――と、声を合わせて喜ぶ二人に、俺はガックリと膝を折って地面に崩れ落ちる。

 

 周りから向けられる白い目と、中傷される言葉と、食事が取れなかった苦しみで、しばらく立ち直れそうになかったのだった。

 

 

 

 ――本当に、マジで、本気で、死なないよね?

 




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次回予告

 またもや二人の漫才に巻き込まれてしまった主人公。
昼食もろくに食えないまま、出発の時刻がやってくる。

 そこで、またもや驚愕の事実を知ることに……


 艦娘幼稚園 ~決戦、呉鎮守府~ その7「完全無欠の●●フラグ?」

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その7「完全無欠の●●フラグ?」

※活動報告にて今後の予定と、第二回リクエストの募集を開始しました!

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 またもや二人の漫才に巻き込まれてしまった主人公。
昼食もろくに食えないまま、出発の時刻がやってくる。

 そこで、またもや驚愕の事実を知ることに……


 空が真っ赤に染まり、ウミネコが鳴きながら空を翔ける。

 

 朝に高雄から聞いた時刻の10分前に、待ち合わせ場所である第一埠頭に立っていた。

 

 そこには、遠足で乗船したぷかぷか丸が相変わらずの存在感を出しており、すでに準備を済ませて出発するのを待っている艦娘や作業員達の姿も見える。

 

 皆は一様に真剣な表情で、すでに気迫は充分といった感じだった。もちろん俺も、寮に戻って着替えをし、夕張から受けとった装備で身を包んでいる。

 

 心残りがあるとすれば、結局食堂で食事を取ることができず、泣く泣く売店で購入したパンで昼食を終えてしまったことである。しかも、朝と同じあんパンしか残っていなかったので、まさかの朝と全く同じモノだっただけに、残念で仕方が無い。

 

 事情を説明したにも関わらず、千歳は怒ったまま許してくれなかったし、周りからも白い目で見られたままで、本当に踏んだり蹴ったりだ。

 

 何だか朝からずっと調子が悪いので、不安になって仕方がない。まさかとは思うが、映画とかでよくあるフラグじゃないよな……と、気になってしまうのだ。

 

 ここまでくると、むしろフラグを立てた方が良いのかもしれないと、変な思考まで降ってくる始末。この際「俺、作戦が終わったら愛宕に告白するんだ……」なんてことを、言っちゃっても良いのではないだろうか。

 

 その場合、本当に帰ってこられない可能性があるから、やんないけどさ。

 

「ふむ。どうやら皆、揃っているみたいだね」

 

 気づけば俺のすぐ後ろに、元帥と高雄が立っていた。俺は慌てて振り返り、一歩下がって敬礼をしてから元帥の目を見つめる。

 

「うん。休んでいいよ」

 

 元帥は答礼の後そう言って、皆を見渡した。数秒の沈黙の後、敬礼を解いた艦娘や作業員達が緊張を解くように肩幅に足を広げ、小さく息を吐いていた。

 

 もちろん俺もその中の一人ではあるのだが、よくよく考えてみると、出撃する前の元帥を見たのは初めてであり、いつもと違う表情に少しばかり驚いている。

 

 ――まぁ、普通はこうなんだけどね。

 

 まったく知らない人がいつもの元帥を見た後に階級を聞いたら、絶対に不審そうな顔で「嘘でしょ?」と言っちゃうからね。

 

 そんな場面も見たことは無いけれど、想像に難くない。俗に言う日頃の行いがなんたらだが、この場面でそんなことを考えている俺は、まだまだ集中力が足りないんだなぁと、周りに気付かれないようにこっそりとため息を吐いた。

 

「元帥、第一艦隊並びに第二艦隊の全員を確認しました。ぷかぷか丸の乗船員もすでに準備が整っています」

 

「ありがとう、高雄」

 

 元帥は表情を変えずに両目を一度だけ閉じて返事をし、右手を前に突き出して声をあげる。

 

「それではこれから、呉鎮守府偵察作戦を開始する! また、状況によってはそのまま奪回作戦になる可能性があることを、しっかりと頭に叩き込んでおくようにっ!」

 

「「「はいっ!」」」

 

 一斉に聞こえた周りからの声。

 

 しかし、その中で俺だけが、ぽかんと口を開けたまま固まってしまっていた。

 

 そして俺を残して作業員はぷかぷか丸に向かい、艦娘達は埠頭の先から海へと着水する。

 

「……って、先生。なんでそんな呆けた顔で立ち尽くしちゃっているの?」

 

 いつもの雰囲気に戻った元帥が、不思議そうに俺を見つめながら聞いてきた。

 

「あー、えっと……その、ですね……」

 

「何だかすっごい歯切れが悪いんだけど、何か問題でもあったのかな?」

 

「問題というか、聞いていないというか……」

 

「うん?」

 

「偵察はまだ分かるんですけど、いつの間に奪回作戦になっちゃっていたんですか?」

 

 ――そう、俺は元帥に問いかける。

 

「……あれ?」

 

「いやいやいや……あれ? って言われてもですね……」

 

「高雄から聞いてないの?」

 

 そう言った元帥は、顎の先端を人差し指と親指で摘みながら顔を傾げる。

 

「朝に聞いたのは、鎮守府内全域に第二種戦闘配置が発令されたことと、今から呉に出発するのに俺が同行し、ル級と会って情報を得ることです。だから、そのまま攻め入ったりするとは一言も……」

 

「んー、ちょっと話しが足りていない気がするんだけど、奪還作戦については聞いてなかったの?」

 

「奪還と言われても……ル級からの情報によっては呉を奪還できるかもしれないとは言っていましたけど、そのまま攻め入るなんてことは……」

 

「ちゃんと聞いているじゃない。二つの艦隊を動かすのって結構資材を使っちゃうから、コストを抑えるためにそのまま進行ってのはありえる話でしょ?」

 

「そ、それを言われたら、確かにそうかもって思えますけど……」

 

 ル級と会うならともかく、深海棲艦がウヨウヨ居るであろう呉鎮守府に向かうとは考えていなかっただけに、俺の緊張が瞬時に高まっていく。しかし、ここで「やっぱり無かったことにしてください」と言うのはあまりにも情けないし、罠であるかもしれないという可能性も捨てきれない中での同行なのだから、腹をくくっていたのも確かなのだ。

 

「もし、どうしてもダメって言うなら、同行しなくても良いけど……どうするかな?」

 

 決して茶化すような言い方ではなく、真剣に俺の目を見て元帥は問う。

 

 俺は大きく息を吐き、一旦目を閉じて意識を集中させてからしっかりと元帥を見つめ、ハッキリと口を開けて意思を伝える。

 

「俺を……同行させてください」

 

 俺は大きく頭を元帥に下げて、祈るように言う。

 

「もちろんだよ、先生」

 

 俺の視線は地面に向き、元帥の顔は見えないけれど、

 

 ニッコリと――満面の笑みを浮かべているような気が、口調から感じ取れた。

 

 

 

 

 

 ぷかぷか丸に乗船した俺は、元帥に連れられて艦長室に居た。

 

「目的地までは暫くかかるだろうから、ゆっくりしていってよ」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 元帥に進められるまま、近くにあるソファに腰掛ける俺。さすがは艦長室にある家具と言うべきか、座り心地がとても良く、包み込まれる感触に思わず欠伸が出そうになるのを堪える。

 

 しかし、元帥も同じように俺の向かいのソファに座り、周りを全く気にする素振りもなく、背筋を伸ばしながら大きく欠伸をしていた。

 

 ま、まぁ……元帥だから別に良いんだけどね……

 

 周りには俺以外誰も居ないし、考え方を変えれば俺を信用してくれているのだろう。

 

 気を許せる友人……と言ってくれているし、その点については非常にありがたく思っている。 

 

 後は、変な行動を起こさなければ、ほぼ完璧なんだけれど。

 

「さて……と。それじゃあ、これからのことを話しておこうか」

 

 元帥が真面目な顔つきになったので、俺は姿勢を正して頷き、耳を傾けた。

 

「まず、舞鶴鎮守府から出発する艦隊は二つ。前衛は高雄が旗艦で僕の主力級が揃っている。後衛は愛宕が旗艦を務めているけど、こちらも水雷戦隊として一級だと太鼓判を押せちゃうね。そしてその中心に、僕たちが乗っているぷかぷか丸を配置し、周りを囲んでいる状態で呉近くの屋代島に向かうんだけど……」

 

「れ、連合艦隊ですね……」

 

「うん、先生の言う通りだね」

 

 頷きながらそう言った元帥の言葉を噛み締め、俺は額に汗をかくのを感じた。

 

 乗船する前に言われたけれど、状況によってはこのまま呉に殴り込みをかける。それを実現させるため、元帥は連合艦隊の形を取ったのだろう。

 

 つまりそれは、ル級の手紙が罠である可能性が低くはないと思っている――そう言われているようだった。

 

「だ、だけど、まずはル級に会って……話をするんですよね?」

 

「そりゃあもちろんだよ。せっかく先生が決心してくれたんだし、敵側に味方がいるなら心強い。上手くいけば、被害を押さえることができるかもしれないし、そうじゃなかったとしても、内部の情報を得られるってのはかなり大きいんだよね」

 

「確かに……」と、俺は呟きながら頷いた。いくら主力を用いた連合艦隊であっても、攻め入る場所の情報が全くない状態では最大限の力を発揮し難い。

 

 そのためにも、ル級との話し合いを成功させたいのだけれど……

 

「あの手紙が……罠ではないと思うんですが……」

 

「正直に言えば、僕は五分五分だと思っている」

 

 願うように呟いた俺の言葉に、元帥はハッキリとそう言った。

 

 先ほども思ったように、話し合いが無かったとしてもそのまま呉に攻め入るつもりであると、元帥は俺に公言したのだ。

 

 そうなると、艦隊の中心にいるぷかぷか丸は戦火に巻き込まれることになる。ましてや、深海棲艦に通常の兵器が効かない以上、指揮をすることしかできないだけでなく、ぷかぷか丸は水の上に浮かぶただの置物と化してしまう。

 

 しかし、逆に言えば現状を知りながら指揮ができると言い換えられる。ただし、それ相応の危険は付き纏うのだけれど。

 

 まさに一長一短――だが、舞鶴の最高司令官が取るべき手段ではない。これではまるで、一か八かの賭けに出ているとしか思えない。

 

 自分の艦隊を信じきっているのか、それとも俺とル級の交渉が上手くいくと思っているのか。

 

 しかし、後者はすでに五分五分であると言われている。

 

 つまり、元帥はこうでもしなければならないと、追い詰められているのではないだろうか。

 

 考えてみれば、深海提督は舞鶴鎮守府に所属していた元中将なのだ。左遷されたとは言え、責任がどこにあるのかと問い詰められてしまえば、分が悪くなる可能性は高いのかもしれない。

 

 ましてや、国内の鎮守府の一つである呉が落とされてしまったのである。たとえ元帥に責任が無かったとしても、誰かがその後始末をしなければならないとなれば……

 

 様々な思考が頭の中に渦巻き、俺を悩ませる。

 

 そんな俺に気づいたのか、元帥は小さく息を吐いてからうっすらと微笑み、口を開いた。

 

「だけど――僕は今回の作戦に、先生の協力が必須だと思っているんだよ」

 

「……え?」

 

 いきなり聞こえた信じられない言葉に、俺はつい聞き返してしまった。

 

「これは推測の域……いや、直感でしかないんだけれど、先生が一緒にきてくれなかったら作戦は失敗するとさえ思っている」

 

「ちょっ、ちょっと待ってくださいっ!」

 

 俺は驚きながら叫び、ソファから立ち上がる。

 

「か、仮にも元帥が……そんなことを言わないでくださいっ! まだ出発して間もないのに、他の誰かがそのことを聞いてしまったら……っ!」

 

「あー、うん。この部屋は完全防音だからその心配については大丈夫なんだけれど、確かに失言といえば失言だったね」

 

 言って、元帥は視線を落としてから大きくため息を吐いた。

 

「でもね……やっぱり、何度考えてもダメなんだよ。雪風ちゃん言った通り、呉が深海棲艦に落とされて占拠されていたら……まず間違いなく奪還は難しい」

 

「そ、それなら連合艦隊を二つ用意するとか、他の鎮守府に助けを求めるとか、色々方法はあるじゃないですかっ! それに危険だと分かっているなら、わざわざ元帥が現地に向かう必要は……」

 

「失敗すると分かっている作戦に彼女達だけを向かわせて、僕はのんびりと鎮守府であぐらをかいてろって言うのかい?」

 

「そ、それは……」

 

 それは絶対に違う。

 

 それができるなら、元帥は舞鶴鎮守府に幼稚園を作るなんて考えなかったはず。

 

 それができるのは、彼女達艦娘を兵器としてしか見られない者だけなのだ。

 

「そ、それでも、危険な場所に行かなくても……」

 

「でもそれじゃあ、先生とル級を会わせることは難しいよね」

 

 元帥はそう言って、穏やかな笑みを俺に向ける。

 

「勘違いしないで欲しいんだけど、僕は今回の作戦が絶対に失敗するとは言ってないよ?」

 

「それは……そうですけど……」 

 

 元帥は、俺が同行しなければ作戦は失敗すると言った。

 

 逆に言えば、俺が一緒に向かえば成功するかもしれないということ。

 

 だけどその前に、

 

 ル級の手紙が罠である可能性が五分五分と言い、

 

 仮に本物であったとしても、話し合いが上手くいくかは分からないし、情報を得られるかどうかも分からない。

 

 それに、何より俺を驚かせたのは、

 

 元帥が作戦内容を埠頭にいるみんなに話し、俺がぷかぷか丸に乗船するかどうかを迷ってしまったとき、

 

 どうして――あんなことを言ったんですか?

 

 同行しなくても良いなんて――なんでそんなことが言えたんですか?

 

 もし俺があのとき――断っていたらどうするつもりだったんですか?

 

「だからさ……本当に、ありがとう」

 

 元帥は薄く笑みを浮かべながら言い、ゆっくりと頭を下げる。

 

 立場なんて関係なく、友人として接してほしいと言った、あの言葉の通りに。

 

 俺と元帥の二人だけの空間だからこそ、でき得た行動に――

 

 俺はしっかりと元帥を見つめ、口を開く。

 

「いえ、こちらこそ、ありがとうございます」

 

 頭を下げて礼を返し、続けて俺は元帥に言う。

 

「そして――お願いがあります」

 

「……何かな?」

 

「呉に行って、無事……舞鶴に帰ってこられたら……」

 

「うん」

 

「一発、殴らせてもらいますね」

 

「………………良いよ」

 

 一瞬驚いた表情を浮かべた元帥だったけれど、すぐに笑みを浮かべて頷いた。

 

 これで完全にフラグを立ててしまったけれど、後悔する気は毛頭ない。

 

 元帥は俺を友として言ってくれた。

 

 だから俺も、元帥を友として接するためにそう言ったのだ。

 

 気遣かってくれた嬉しさと、だからこそ許せない思いが交錯し、

 

 必ず一緒に戻ってくると――心に誓い、

 

 俺達は笑みを浮かべて、手を握り合った。

 




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次回予告

 舞鶴を発って数時間後。
闇が支配する海の上で、ついにル級と対面する。
主人公の心が危険を察知し、警報をあげた時だった。


 艦娘幼稚園 ~決戦、呉鎮守府~ その8「まるゆをください。できれば大盛りで」

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その8「まるゆをください。できれば大盛りで」

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 舞鶴を発って数時間後。
闇が支配する海の上で、ついにル級と対面する。
主人公の心が危険を察知し、警報をあげた時だった。


 舞鶴を出発してから数時間。

 

 窓から見える外の景色は夕焼けから真っ暗へと変わり、出発してから時折見えていた鳥の姿も今では確認することができない。

 

 壁にかけてある時計の針は日付が変わる少し前を指し、そろそろ屋代島近くに着く予定時刻に迫っていた。

 

「さて……そろそろだけど準備は大丈夫かな、先生?」

 

「ええ。ここまで来て、できていませんとは言えませんからね」

 

「はは……そりゃそうだよね」

 

 クスリと笑った元帥はソファから立ち上がり、艦長室の中心奥にある大きな机の椅子に座る。

 

 机の上には数枚の書類とペン立て、真っ黒のマイクが置かれていた。

 

『第一艦隊旗艦並びに、連合艦隊旗艦の高雄から入電』

 

 艦長室の天井角に取り付けてあるスピーカーから通信士の声が部屋中に響き渡ると、元帥はすぐにマイクの横に取り付けてあるスイッチをオンにする。

 

「通信を通して」

 

『了解』

 

 通信士が返事をすると、すぐに小さなノイズ音が数秒聞こえ、その後バリバリと大きめの音が鳴ってから、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

『高雄より連絡いたします。

 目視にて屋代島を発見。付近に深海棲艦の姿は、今のところ発見できません』

 

「了解。予定通り、ポイントBに向かって低速進行で向かう。各艦は電探とソナーをフル稼働し、付近の警戒を強めるように」

 

『了解いたしました』

 

 高雄の返事が聞こえた後、ブツンと通信が切れるノイズが鳴った。

 

 マイクのスイッチをオフにした元帥は、小さく息を吐きながら俺の顔を見る。

 

「さて、それじゃあそろそろ行こうか」

 

「はい。了解です」

 

 ソファから立ち上がった俺は、元帥に向かって敬礼をする。

 

 元帥も同じように俺に敬礼を返し、俺達は艦長室から甲板へと向かった。

 

 

 

 

 

 闇。

 

 俺の視界に写るのを一言で表せば、この言葉しかない。

 

 艦娘達も、ぷかぷか丸も、全ての明かりを消灯させて、闇に紛れた状態で停止していた。

 

 今、俺の目に映るのは、月夜の光でうっすらと見えるぷかぷか丸シルエットと、遠くに見える本土の明かり。

 

 そして、本当に目を懲らさなければ分からないくらいの島影が、艦首の先の方に見える。

 

 あれが、ル級が待ち合わせに選んだ屋代島。

 

 手紙に書かれていたことが本当であれば、ル級も近くにいるはずなのだが……

 

「まぁ、見える訳はないよなぁ……」

 

 島より小さな深海棲艦を電探も無しに目視だけで、この闇の中から探し出せというのは無茶な話しであり、ただの人である俺には到底無理だ。

 

 夕張から貰った工具セットの中にコンパクトな双眼鏡が入っていたけれど、覗き込んで見ても真っ暗でサッパリ分からなかった。

 

「時間は……そろそろだね」

 

 元帥は左腕の腕時計に目をやり、時間を調べてそう言った。針と数字はうっすらと光っていて、どうやら夜光処理をしているようである。

 

 そして右手には、小さな黒い箱状の物――無線機を持っていた。

 

「相手が交渉を望むのなら、そろそろ何か反応があるはずなんだけど……」

 

 そう言った元帥は、右手を顔に近づけて無線機を使おうとする。

 

 

 

 ガガッ……

 

 

 

「おっと、僕が言おうとする前に通信を寄越すなんて……高雄らしいよね」

 

 俺に苦笑を向けた元帥は、無線機のスイッチを押して通信を開始した。

 

『高雄です。通信を求めます』

 

「こちら元帥。通信は良好。何かあったのかな?」

 

『屋代島付近を偵察していた艦が目標を発見しました』

 

 高雄の淡々とした言葉が無線機を通して、俺の耳にも聞こえてくる。

 

 そして目標発見という言葉に、俺の胸が跳ね上がるように高鳴りをあげた。

 

「目標以外に反応はあるかな?」

 

『いえ、電探に反応はありません。ただ……』

 

「ただ……なんだい?」

 

『先に目標が私達のことを察知し、コンタクトを取ってきましたので……』

 

 申し訳なさそうに言った高雄の言葉に、元帥は一瞬言葉を詰まらせたものの、

 

「それじゃあ向こうが同意すれば、そのままここまで連れて来てくれ」

 

『了解しました。最新の注意を払ってエスコートして差し上げますわ』

 

 ――と、最後にちょっとしたお茶目な部分を見せた高雄が通信を切る。

 

 元帥は鼻で少しばかり笑い、にやけた顔を浮かべながら通信機のスイッチを切った。

 

「だってさ……先生」

 

「ふぅ……了解です。ここからは、俺の出番……ですね」

 

 俺の言葉に元帥はコクリと頷き、真面目な表情に戻す。

 

 後はこれが罠でないことを祈るのみ。

 

 ル級が餌となって俺達を誘いだそうとするのなら、この作戦は完全に終わる。

 

 そして、まず間違いなく、俺が乗船しているぷかぷか丸は真っ先に攻撃されるだろう。

 

 そうならないように、俺は心の中で強く念じ、

 

 ぶっつけ本番でいくしかないと、大きく息を吐いた。

 

 

 

 

 

 ぷかぷか丸の周囲には、辺りを警戒する艦娘達が真剣な表情で待機している。

 

 そして、甲板の上に俺のほかに、複数の人影があった。

 

 その中の一人は真っ白な軍服に身を包んだ元帥で、月明かりに照らされ、あたかも光っているかのように見える。

 

 元帥の近く、斜め後ろで立っているのが俺である。だが元帥とは対照的に、服装は黒で統一されて、周りからは非常に見難いかもしれないだろう。

 

 元帥を挟んで反対側には、長髪で金剛と似た感じの巫女装束に身を包み、大きな艤装が特徴的な艦娘――扶桑の姿があった。

 

 そして、俺達に向かい合って立っている姿こそ――

 

 俺が海底で出会い、今回の作戦の切っ掛けとなった手紙を寄越した、深海棲艦ル級が立っている。

 

 高雄にエスコートされ、単身ぷかぷか丸に乗り込んできたル級。

 

 何を考えているのか全く分からない、無表情といえるその顔に、俺の心が落ち着くことを許さない。

 

 スラッとした身体は、パリで活躍する一流モデルに匹敵するように見え、その身体に似つかわしくない艤装が身体中に取り付けられており、暗闇であってもル級が深海棲艦であることを改めて認知させられる。

 

 そして、ル級の後ろに立ち、砲身を背中に向けたまま微動だにしない高雄が険しい表情で睨みつけていた。

 

 一歩間違えば……いや、指を一つでも間違って動かそうものなら、すぐにでも撃つと言わんばかりに、神経を尖らしているように見える。

 

「………………」

 

 そんな状況を良く思わないのは当たり前なのだが、こうなることをル級は予想していたのだろう。両手をあげて戦う意思は無いことをアピールし、艤装をゴトン……と、ぶっきらぼうに甲板の上へと落とした。

 

「コレナラ納得デキルカ……?」

 

「……少しでも変な動きをすれば、躊躇無く撃ちますわよ?」

 

 真剣な高雄の表情に、低く気迫のある声。

 

 これでメガネをかけていたら、元傭兵のどこぞのメイドさんじゃないかと思ってしまったのだが、今はそんなことを考えている暇は無い。

 

「ソノ気ハ無イ……ト言イタイトコロダガ、何セ相手ガ相手ナノデナ」

 

「……?」

 

 高雄は一瞬何を言っているのか分からないような表情を浮かべたが、すぐに元に戻してル級を睨みつける。

 

 だが、ル級は気にしない風に一歩、ニ歩と前に進み、俺達の方へと歩み寄ってきた。

 

「……っ、止まりなさいっ!」

 

「いや……良いよ、高雄」

 

 元帥は高雄に向かって手をあげて制止させた。しかし高雄は表情を崩さずに、砲身をル級に向けたまま小さく頷いた。

 

「ヤレヤレ……融通ガ利カナイト言ウノモ考エモノダナ……」

 

「彼女はいつも真面目でね。それが良いことでもあって、悪いことでもあるんだけど……許してやってくれないかな?」

 

「別ニ怒ッテイル訳デハ無イ。ムシロ、コウシテ来テクレル可能性ガ低イト思ッテイタダケニ、正直ニ驚イテイル……」

 

「それは奇遇だね。僕も同じ意見だけれど……その礼は、ここにいる先生に言ってくれるかな?」

 

 元帥はそう言って、俺に手を向けた。

 

 ル級はその仕種で俺の顔を見て、ニヤリ……と不適な笑みを浮かべる。

 

 その瞬間、ゾクリと背筋に冷たいモノが走り、

 

 俺は顔を強張らせた。

 

 この笑みは……海底で何度も向けられた顔。

 

 そして、あの目は……完全に……

 

 

 

 やばいモノだと、心が警報を上げた。

 

 

 

 ル級の口がゆっくりと開く。

 

 それがまるで、スローモーションのように見え、

 

 あたかも、この瞬間に命の危機が迫っているような感覚だと認識させる。

 

 手紙は嘘だったのか。

 

 完全に罠にハマってしまったのか。

 

 そんな思いが俺の頭に過ぎる中、ル級がゆっくりと口を開いた。

 

「久シブリダナ。元気ニシテイタカ、従僕」

 

「「「………………」」」

 

 空気が凍りついた。

 

 それはもう、見事なまでに。

 

 言うなれば、体感温度でマイナス3度ほど。

 

 暫く沈黙が続き、

 

 そして向けられる、白い目の数々。

 

 もちろん、周りの艦娘達や元帥の目。

 

 完璧に俺の顔面直撃コースでホールインワン。

 

 とりあえず、言おう。

 

 

 

 どうしてこうなったーーーっ!?

 

 

 

 いや、とにかく今は言い返さなければヤバいだろうと、俺は急いで口を開く。

 

「いつどこで俺が従僕になったんだよっ!?」

 

 うむ、見事なツッコミだ。

 

 ――というか、完全に本心の叫びなんだけど。

 

「ソレモソウダナ。ムシロ私ガ傷モノニサレタノダカラ、立場ハ逆。オ待タセシ過ギタナ、ゴ主人様」

 

「立場が入れ代わっても、敬っている気が全くしないんだけどっ!? それに傷物にされたって言ったけど、意味合いが全く違うからっ! お前が飛び掛かってきたから、寝転がってハイキックかましただけだからねっ!」

 

「ソウトモ言ウナ。ダガ、何モカモガ懐カシク、昨日ノコトニ思エテクル……」

 

「ここにきて悟るのかよっ! 何かの境地にたどり着いたのかっ!?」

 

「主ニSトMノドチラカニ……ダナ」

 

「どっちにしても変態だからねっ! つーか、開口一番に漫才開始って洒落になんないんだけどさぁっ!」

 

「フフフ……嫌イデハ無イ癖ニ……」

 

 言って、顔を少し背けながら、頬を赤く染めるル級。

 

 だからなんで、そんな誤解するような仕種までするのかなっ!?

 

「お前の言い方は、周りに誤解を与えまくるんだよっ! それに、しみじみ語っていたけど、皆に対する俺の印象が急降下だかんねっ!」

 

「……マ、マサカ……ソンナコトガ」

 

 いや、なんでここにきて驚いた表情をするんだ……?

 

 目茶苦茶たじろいで、額に汗まで浮かべているんだけど……

 

「先生ニ、信用トイウモノガアッタナンテ……」

 

「どこまで俺のことを馬鹿にするんだーーーっ!?」

 

 憤怒する俺を余所に、今度はケラケラと笑うル級。

 

 ――そして、そんな俺とル級を見てジト目を向ける元帥と高雄、その他艦娘達。

 

 いや、どちらかと言えば、完全に呆れられているよね……これは。

 

 その中で、扶桑だけは「もしかして先生って、私や山城より……不幸なのかしら……?」と、捨てられた子犬を可哀想に見下ろすような目を浮かべながら呟いていた。

 

 

 

 ――正解ですっ!

 

 

 

 

 

 本日、知り得たこと。

 

 俺のステータスで、運の数値は3くらいじゃないかな。

 

 ………………

 

 

 

 誰か、まるゆを5艦くらい近代化改装でお願いしますっ!

 

 

 

 いや、やらないし、できないし、全く足りないけどね……

 

 

 

 しくしくしく…………

 

 




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次回予告

 やっぱりル級はル級だった。
悲しくも、罠で無かった事に一安心する主人公。
そして、ル級との話し合いが開始する。

 艦娘幼稚園 ~決戦、呉鎮守府~ その9「アクタン・ゼロ」

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その9「アクタン・ゼロ」

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 やっぱりル級はル級だった。
悲しくも、罠で無かった事に一安心する主人公。
そして、ル級との話し合いが開始する。


 

 会っていきなり漫才開始。ぶっちゃけて緊張のかけらも無い再会だったのだが、それでも変わりが無いル級を見れた俺は、少しだけ安心していた。

 

 その理由として、罠で無かったというのも大きいのだけど。

 

 命の危機を瞬間的に感じちゃったこともあるし……って、それは勘違いだったのだけど。

 

 でも良く考えたら、皆に対する俺の信頼はガタ落ちした感じなので、危機に変わりは無いかもしれない……が。

 

「あー、先生。それにル級……さん?

 漫才はそれくらいにして、手紙の要件について話し合いたいんだけど……」

 

「あ、はいっ……す、すみません……」

 

 元帥の呆れ返った声に焦った俺は、慌てて頭を下げたのだが、

 

「コレダカラ先生ハ……」

 

 そんな俺を見たル級が両手の平を上に向けて、やれやれ……といったポーズでため息を吐いた。

 

「お前のせいだろうがっ!」

 

「イヤ、ムシロ先生ノツッコミガ原因ダロウ?」

 

「ツッコミがある時点でボケが存在しているんだよっ!」

 

 俺の見事な返しを受けて、またも笑うル級。そして、周りから突き刺さる冷たい視線がグサグサと俺の心をえぐっていく。

 

 うう……マジで勘弁してくれ……

 

「蔑まれてもツッコミを入れる先生……もしかして、不幸に打ち勝とうとしているのかしら……?」

 

 いやいや、そんな大それたことを考えてはいないんですが。

 

 扶桑の呟きに心の中でツッコミつつ大きく息を吐いた俺は、元帥に向かって頷く。

 

 無言で頷き返した元帥は、そのまま高雄に視線を移してアイコンタクトを取り、攻撃体制を解除させた。

 

「それじゃあ、会談を始めよう。

 ――と、言っても真冬の夜空の下では寒いだろうから、中に入るかな?」

 

「イヤ、気遣イハ無用ダ。我々ニトッテ、寒サハソレホド苦ニハナラナイカラナ」

 

「そうか……」と呟いた元帥は、一拍置いてから頷いた。

 

 ………………

 

 いやまぁ、ル級は良いかもしれないけど、俺達は結構寒いんだよね……

 

 一応、ダウンジャケットを着ているからマシではあるけれど、元帥に至っては軍服の上に何も着てないから、かなり寒いんじゃないだろうか……?

 

 話しが長引くと風邪をひいてしまう恐れもあるし、高雄に言って上着を持ってきてもらった方が良いと思い、視線を向けたのだが……

 

「………………」

 

 バッチリ高雄と視線が合った途端、何故か首を左右に振られてしまった。

 

 えっと……俺の言おうとしたことを予想していたのだろうか?

 

 しかしそうであったとしても、寒さで震える元帥を放置するのは、ちょっとばかし可哀相な気がするんだけれど。

 

 ――と、俺は心配しながら元帥を見たのだが、

 

「とりあえず、簡易だけれど机と椅子、それに飲み物を用意させるから少しだけ待ってくれるかな?」

 

「気遣イハ無用ダト言ッタノダガ、続ケテ無下ニ断ワルノモ失礼ダナ」

 

 ――と、全く寒くなさそうな元帥と、何故か礼節正しいル級が言葉を交わしていた。

 

 ……あれ、俺の気遣いは無用だったのか?

 

 心の中の問いに返す者はおらず、俺は仕方なく小さくため息を吐いて紛らわせることにした。

 

 

 

 

 

「大筋ハ手紙ニ書イタ通リ、我々ノ姫ガ、奴ニ捕ワレテイル」

 

 カチャリ……とティーカップの紅茶を啜ったル級は、受け皿に置いて小さく息を吐く。口元から吐き出される息は白く、真冬で深夜の海上がいかに寒いかを物語っていた。

 

「それで、先生に助けを求めてきた。そういう訳だよね?」

 

 元帥も同じように紅茶を啜り、問いかける。ル級は表情を全く変えることなく頷き、俺の顔をジッと見つめてきた。

 

 吸い込まれるかのような澄んだ瞳は、闇に支配されたこの場所で、異様なまでに光っているように見える。

 

「でも、何故先生になのかな? 深海棲艦である君がわざわざ人間である先生に助けを求めなくても、他に仲間がたくさんいるんじゃないの?」

 

 顎元に右手を添えて元帥が問う。

 

 この質問は、本筋である問い以外にも含むことが多くあり、普通ならばル級は素直に答えないだろう。ありのまま答えてしまえば、今回捕われてしまったという姫以外の情報を俺達に渡してしまうことになりかねない。

 

 さすがは元帥――と言いたいところだが、正直に言って、俺はこういう駆け引きはあまり好きではない。だが、舞鶴を背負って立つだけでなく、人類の未来を見据えた行動と考えれば、それも仕方の無いことなのだろう。

 

 もしくは、元中将が裏切ったことの責任に対処するためかもしれない。言わば、元帥も崖っぷちなのだ。

 

 それらの全てを頭の中で考えていた俺は、ル級の口元に集中し、ゴクリと唾を飲み込んだ。

 

 ほんの数秒の沈黙が流れ、額に汗が浮かぶ。

 

 そしてル級は目を閉じて小さくため息を吐き、見開いた目を元帥に向ける。

 

「恥ズカシイ話ダガ……」

 

 言って、またもや間を置いて……ル級は語り出した。

 

「深海棲艦ニモ、派閥トイウモノガアル。我々ハ北方棲姫様ノ元ニイルガ、連携ガ取レルノハ港湾棲姫様クライシカイナイ。ソノ港湾棲姫様モ、今デハ何モデキズニイルノダ……」

 

 そう答えたル級。

 

 表情は先ほどと同じまま。

 

 しかし、その声は明らかに重みが違っていた。

 

 それは、八方塞がりで自分達ではどうすることもできないからではない。

 

 ル級が俺達に喋ったことは、戦略的に知られてはいけない事柄で、

 

 弱点と言える事実を伝えなければならない心境が、ル級の声を変えさせたのだろう。

 

「………………ル級」

 

 俺は思わず呟いていた。

 

 誰に聞かせるためでもなく、ル級の思いを知ってしまったからこそ、零してしまった言葉。

 

 深海棲艦の仲間を裏切ってしまってでも、北方棲姫を助けたいという気持ちが俺の心を強く打ったのだ。

 

 そしてその思いは、俺だけではなく、

 

 ここに居る元帥や高雄にも、伝わっていた。

 

「それは……何故なんだろうか? 仮にも捕まっている北方棲姫と同じくらいの港湾棲姫が、何もできないというのは信じがたいんだけれど……」

 

「北方棲姫ガ捕マッテイルカラ、手ガ出セナイ。ソレ以外ニ理由ハ無イダロウ?」

 

「いや、それは変だ。何より僕が今回の件で一番引っ掛かっていることは、人間である元中将がどうやって北方棲姫を捕らえることができたのかなんだよ。

 これまでの戦いで分かっている通り、我々人間の兵器では君達に打撃を与えることはできず、艦娘達に頼るしかない。それなのに今、君達が置かれている状況は、余りにも異質過ぎるんだ」

 

 言って、元帥は真剣な表情でル級を見つめた。

 

 その姿を見た高雄が、ほんの一瞬だけ驚いた表情を浮かべるも、すぐに元の厳しい表情へと戻す。

 

 元帥の言葉もまた、伝える必要が無い内容だった。

 

 人間が深海棲艦に対する手だてが無い。

 

 それは、過去の戦いを振り返れば分かる話ではあるが、言葉にすることで意味合いは変わってくる。

 

 考え方によっては、艦娘さえなんとかすれば、人間を制圧するのは容易いと知らせてしまったのだ。例えそれがブラフであるかもしれないとル級が思ったとしても、言葉で伝えてしまった元帥の責任は軽いモノではない。

 

 元帥は、先ほどのル級の言葉に答えたのだ。

 

 あの言葉を信じ、ル級の思いを汲み取ったからこそ、返事をした。

 

 つまり、この瞬間――

 

 初めて、人間と深海棲艦が交渉の場に立ったと、俺は感じとることができたのだった。

 

 

 

 

 

「ツマリ、何故我々ガ人間……元中将トイウ奴ヲ殺シ、北方棲姫様ヲ助ケダサナイノカ。ソウ、聞イテイルノダナ?」

 

 ル級の言葉に元帥は頷く。

 

 俺も、高雄も、扶桑も同じように頷いていた。

 

 余りにも簡単にできるであろう方法を取らず、俺に頼ってきたル級。

 

 そこには確実に、なんらかの理由があるのは明白である――はずなのだ。

 

「ソノ話ヲスルニハ、北方棲姫様ガドノヨウニシテ捕ワレタカヲ、伝エタ方ガ良イダロウ……」

 

 そう言ったル級は、紅茶を一口啜ってから語り出した。

 

「アノ人間ガ我々ノ元ニヤッテキタ話ハ、手紙ノ通リダ。奴ハ我々ニ己ノ指揮ヲ披露シ、取リ入ッタ。ソシテ、多クノ戦績ヲアゲテ、チカラヲツケテイッタ。

 ソウスルコトデ、奴ハ我々ノ中デ発言力ヲ持チ、ツイニハ北方棲姫ノ近クニ居座ルヨウニナッタノダ……」

 

 ゆっくりとル級の口から紡ぎ出される言葉。

 

 それは何の違和感もなく、昔話をしているものと同じように聞き取れる。

 

「ソンナ状況ヲ好マナイ者ト、気ニシナイ者。二ツノ派閥ガ我々ノ中ニ生マレ出シタ頃、奴ハ本性ヲ現シタ。敵ト戦ウタメノ作戦ト称シ、無謀ナ策ヲ使ッテ、奴ヲ好マナイ者達ヲ少シズツ排除シテイッタノダ」

 

 過去にもあったであろう、一部の権力者が辿ってきた道筋。それを、元中将は深海棲艦の中でやってのけた。周りは敵だらけであるにも関わらず、己の力だけでそれをやってのけたのは、ある意味称賛に値するかもしれない。

 

「ソレニ気ヅイタ我々ハ、派閥ニ別レル仲間ヲ説得シ、奴ヲ追イ詰メヨウトシタ。気ニシナイ者達ノ多クハ、勝利デキル喜ビニ酔イシレテイタダケダッタノデ、冷静ニナッテ状況ガ危険デアルコトヲスグニ理解シタ。マァソレデモ、奴ノ方ニツイタ者モイナイ訳デハ無イノダガ……」

 

 そうなれば、独裁者は転落の一歩を辿ることになる。崖から足を滑らせば、後は転がり落ちるだけ――

 

「ダガ奴ハ、我々ヨリモ早ク先手ヲ打ッタノダ。北方棲姫様ヲ捕ラエルトイウ手段ヲ持ッテ……」

 

 言って、ル級は一息つくように息を吐く。

 

「そこまでは分かった。だけど、やっぱり僕が先ほど言った通り、元中将が北方棲姫を捕らえることができたとは思えないんだよね」

 

 元帥の言うことはもっともで、周りの皆は一様に頷いている。

 

 そんな中、ル級だけが表情を曇らせ、口を開いたり閉じたりと、戸惑うような仕種を見せている。

 

 仲間を裏切る言葉を吐いたときでさえ、表情を変えなかったル級が、

 

 まるで、悪いことをした子供が親にばれて叱られているときみたいに、うろたえているのだ。

 

 しかしこのままでは先に進めないと思ったのか、ル級は大きく息を吐き、元帥の顔を見ながら口を開いた。

 

「一ツ……問ウ。北方棲姫様ノ好キナ物ヲ知ッテイルカ……?」

 

「好きな物……?」

 

 問われた元帥は頭を捻り、考えるような仕種をした。

 

 そんな元帥を見つめる高雄と扶桑が、ほんの少し引き攣ったような顔を浮かべている。

 

「想像は……できなくはない。だけど……いや、だからこそ……ありえることなのか……?」

 

 独り言を呟く元帥の額には汗が浮かび、表情が徐々に変わっていく。

 

 それは、驚いたモノではなく――

 

 どちらかと言えば、呆れたモノに――見えてしまった。

 

 そして、その表情は高雄も扶桑も同じであり、それを見たル級は言葉を待たずに口を開いた。

 

「一人以外ハ分カッタヨウダガ……」

 

 何故か、俺の顔をガン見して。

 

「あ……え、えっと……」

 

 ル級の顔にうろたえた俺は、どうして良いのか分からずに、両手をワタワタと動かした。

 

 ぶっちゃけちゃうと、ル級の言った通りである。答えなんか、分かるはずが無い。

 

 だって、触り程度の話を聞いたことがあるだけで、北方棲姫がどんな深海棲艦か全然知らないのだから。

 

 提督になるために勉強した書籍に、その名前は載っていなかった。名前を知っていたのも、食堂で話す艦娘達の会話をたまたま聞いたことがあるだけなのだ。

 

「先生は提督じゃないから知らなくても仕方ないさ。むしろ、知っている方がおかしいんだよ」

 

 俺をフォローする元帥の言葉を聞いたル級は、やれやれと言った風にため息を吐いてから語り出した。

 

「北方棲姫ノ好キナ物。欲シガル物ハ、ゼロ……ナノダ」

 

「ゼロ……?」

 

 聞き返すように呟いた俺に、皆が一斉に頷いた。

 

 こんな状況に置かれると、もの凄く恥ずかしくなっちゃうんですけど……

 

「零戦だよ、先生」

 

「あっ……」

 

 元帥の言葉で理解した俺は、手を叩いて納得する。

 

 でも、なんで零戦なんか欲しがるんだ……?

 

「後ハ言ワナクテモ理解デキルダロウガ、先生ノタメニ、ヒト肌脱イデヤル」

 

 そして何故か、ル級は言葉ではなく自らの服を脱ごうとする。

 

「いや……そういうのはやんなくていいから、さっさと話してくれ」

 

 ジト目を返す俺。

 

 そうじゃないと、周りの目が痛過ぎるんで。

 

「ムゥ……重イ空気ニ飽キテキタノニ……」

 

 若干凹みながら呟いたル級であったが、確かに空気は変わったようだ。

 

 もちろん、悪い意味でだけど。

 

「先手ヲ打ッタ奴ハ、北方棲姫様ニ烈風ヲ見セテ誘イダシ、ドコカニ監禁シタラシイノダ。ソノ場所ハ分カラズ、奴ニ危害ヲ加エテシマエバ、北方棲姫様ガ捕ワレテイル場所ガ分カラナクナル。ソシテ、我々ガ従ワナケレバ北方棲姫様ヲ解放シナイドコロカ、アラユル手段ヲ使ッテ死ニ追イヤルト言イ、無謀ナ作戦ニ付キ合ワサレルコトトナッタノダ……」

 

 そう語ったル級は椅子もたれ、俯くように身体の力を抜いた。

 

 自分にはどうすることもできなかった。

 

 己の未熟さを痛感し、うなだれる姿は人間と同じに見える。

 

 決してわざと、そんな姿を俺達に見せ付けるようにしているのでは無い。

 

 それは、ル級の顔を見れば明らかで――

 

 悲しみと、苦悩に満ちた色が、顔全体に表れていた。

 

「「「………………」」」

 

 誰も、何も言えない。

 

 それは、深海棲艦と自分達が同じだと気づいたから。

 

 それをこの場所に来る前から知っていたのは、俺一人だったと思う。

 

 心の中で秘めていた思い。皆に知ってもらいたかったこと。

 

 ヲ級を連れて帰ってきたときに、しおいと話し合ったときに、何度か伝えはしたけれど、

 

 言葉で伝えても分からないモノは、見て、知るしかない。

 

 そして、この瞬間――皆は知ってしまったのだ。

 

 

 

 人と、艦娘と、深海棲艦は――ほとんど変わりが無いのだと。

 

 




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次回予告

 彼らは考えてしまった――戦う相手が同じではないかということを。
 彼らは知ってしまった――戦う相手も仲間意識があることを。
 ならばどうするのか――と思う皆の耳に、新たな事実が突き付けられる。

 艦娘幼稚園 ~決戦、呉鎮守府~ その10「flagship」

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その10「flagship」

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 彼らは考えてしまった――戦う相手が同じではないかということを。
 彼らは知ってしまった――戦う相手も仲間意識があることを。
 ならばどうするのか――と思う皆の耳に、新たな事実が突き付けられる。


「何て……酷い手を……」

 

 ギリリ……と歯ぎしりをする音が聞こえる。

 

 その音を鳴らしていたのは、ル級の行動を監視するため睨みつけていた高雄だった。

 

 いつも冷静で、元帥が女性関係のいざこざを起こしたときでさえ、なかなかうろたえない高雄が、感情を露わにして怒っている。

 

 それは、元中将の策に対する怒りであり、

 

 非道の手段を取った者に対する憎しみで、

 

 敵や味方という関係ではなく、高雄自身の心の表れだったのだろう。

 

 そして、それは高雄だけではなく、

 

 他の艦娘や、元帥、俺も同じ思いだった。

 

「恥ズカシイ話ダガ、全テハ我々ノ落チ度ダ。シカシ、北方棲姫様ノ行方ガ分カラナイ以上、港湾棲姫様モ奴ニ手ヲ出スコトガデキズ、今ハ従ッテイルヨウニ振舞ッテイル……」

 

 小さく、か細い声がル級の口から紡がれた。

 

 空気が重く、高雄の歯ぎしりと、時折聞こえるため息だけが闇に染まった甲板に響く。

 

 そんな沈黙を破るかのように、紅茶のカップを手に持った元帥は、ル級に問いかけた。

 

「だけど……それでも納得ができないことがある」

 

「……ナンダ?」

 

 ほんの少しだけ顔をあげたル級は、ティーカップを持って問い返す。

 

「それでも何故、君は先生に助けを求めたのかな?」

 

 その問いに、ル級の目が動く。

 

 視線の先は元帥ではなく、俺の顔に。

 

 澄んだ瞳がキラリと光り、俺と視線が合う。

 

 そして――ル級はハッキリと答えた。

 

「先生ガ連レテイッタ……ヲ級ノ『チカラ』ガ必要ナノダ……」

 

 ル級の言葉を聞いた俺は、驚いて大きく眼を見開いた。

 

 今回の作戦に参加する思いの切っ掛けになった元中将。

 

 そして、海底からヲ級を連れて帰った行動。

 

 つまり、今回の呉鎮守府襲撃は全て――

 

 

 

 俺の責任なのではないかと、後悔のようなモノが胸の中に渦巻いたのだった。

 

 

 

 

 

 自分がやったことを思い返しながら、拳を握り締める。

 

 そんな俺を見つめるル級。

 

 その瞳は、ずっと俺の顔に向けられて、

 

 心を見透かすように、キラリと光る。

 

「ダガ、コレダケハ言ワセテ貰ウ。先生ハ何モ悪クナイ」

 

「……え?」

 

 信じられない言葉に、俺は小さく呟いた。

 

 それは周りの皆も同じだったようで、大きく眼を見開いたり、ぽかんと口を開けていた。

 

 深海棲艦が、人間である俺を庇ったという事実に、驚くのも無理は無い。

 

 前例があるとか、そういうのではない。

 

 コンタクトを取ることすらできないと思われていた深海棲艦から、手紙が届いただけではなく、

 

 再開と同時に漫才のような会話を交わし、

 

 状況がそうであったとは言え、話し合いの場が設けられただけでなく、

 

 ル級は、敵である人間――俺を庇ったのである。

 

 それは、以前に顔見知りだったという理由だけでは到底済まされることではなく、

 

 更には、人間や艦娘と同じように、深海棲艦もまた、仲間意識を強く持つことを知った皆にとって、

 

 今までの考えを完全に改めさせるには十分な出来事だった。

 

 ――もし、ル級が今回のことを全て仕組んだとするならば、この作戦は完全に成功であると言える。

 

 だけど、

 

 もしそうだったとしても、

 

 この場でル級に関心を寄せない者は、誰一人よして居なかっただろう。

 

「北ノ基地ニ向カウトキ、ヲ級ノ願イヲ聞キ入レタノハ私ダ。ソノ結果、今回ノコトニ対処デキナカッタトシテモ、ソレハ私ノ責任ナノダ」

 

 ル級の瞳は、ずっと俺に向けられたまま。

 

 怒っている訳でもなく、攻めている訳でもない。

 

 全てを包み込むかのように、母性に溢れるかのように、

 

 言葉と一緒に、俺に向けられている。

 

「ソレニ、ヲ級ガ『チカラ』ヲ持ッテイルコト自体、ホンノ少シ前マデ知ラナカッタノダカラ……」

 

 言って、ル級はため息を吐いて視線を逸らした。

 

「それは……どういった『チカラ』なんだろう……?」

 

「ウム……話ガ少シ長クナルカモシレナイガ、語ルコトニシヨウ……」

 

 

 

 

 

「北方棲姫様ガ捕ワレタコトガ分カッテカラ、奴ニバレナイヨウニ港湾棲姫様ニ連絡ヲ取ッタノダ。心配シテクレタ港湾棲姫様ハスグニ自ラガ捜索シヨウトシタガ、奴ノ監視ノ目ガアル以上ウカツニ動ケズ、比較的自由ニ動ケル者達ニ頼ムコトニシタ」

 

「なるほど……確かに港湾棲姫クラスがうろうろしだしたら、元中将も気づいちゃうかもしれないね……」

 

 元帥はそう言って、表情を険しくする。

 

 普通ならば、俺も元帥と同じように考えるだろう。

 

 しかし、表情を険しくした理由は他にもあることが、俺にも予想することができる。

 

 元中将は人間だ。深海棲艦の中に、仲間と呼べる者がいるのだろうか?

 

 いくら北方棲姫を人質にしたとしても、目が届かない場所で動かれては分かりようが無い。

 

 ならば、港湾棲姫だったとしても、元中将が知らぬところで動けば問題が無いはずなのだ。

 

 だがル級は、奴の監視の目があると言った。つまりこれは、元中将自身の目だけではなく、他の何かの要素があるということになる。

 

 それはつまり、深海棲艦の中に元中将に賛同する者がいるということだ。例え監視カメラなどを利用したとしても、この広大な海ではほんの一部しか調べることができないだろう。

 

 それに、そもそも水中監視カメラの段階でかなり無理がある。

 

 そんな予算を、左遷された元中将が手に入れることは難しいだろうし、そもそも深海棲艦側についた時点で地上との交信は難しいだろう。

 

 ――そう思った俺の頭に、ある考えが浮かんできた。

 

 だが、その思考をまとめる前に、ル級は再び口を開く。

 

「ソコデ、港湾棲姫様ニ命ジラレタ者達ト共ニ、北方棲姫様ヲ捜索シタ。シカシ、奴ニバレナイヨウニ探シ出スノハ難シク、一向ニ成果ハ出ナカッタ……」

 

 言って、大きくため息を吐いたル級は、紅茶で喉を潤す。

 

「ソレヲ伝エタ後、港湾棲姫様ハ思イ出シタカノヨウニ『チカラ』ニツイテ教エテクレタノダ。北方棲姫様ノ気配ヲ感ジ取レル者ガ、居ルカモシレナイト……」

 

「そして、その『チカラ』を持つのが……ヲ級ちゃんだと?」

 

「ソウダ。先生ガ連レテ帰ッタヲ級ハ、成長スレバフラグシップニナル存在ダッタ。マァソレモ、後カラ聞カサレタコトナノダガナ」

 

「そ、そうだったんだ……」

 

 元帥の表情は一変して驚きへと変わり、若干うろたえながら呟いた。かく言う俺も驚きを隠せないのだけれど、ル級の表情を見る限り嘘を言っている感じは無い。

 

 深海棲艦に生まれ変わるだけでは飽き足らず、後にフラグシップになるなんて、弟はチートコードでも使用したんじゃなかろうかと疑ってしまう。

 

 しかし、当の本に聞いたとしても答えが返ってくるとは思えないし、もし明確な返事ができようものなら、それはそれで恐ろしい。

 

 だが、今この場にヲ級が居る訳ではないので、それも無理な話だ。むしろ、居たら居たで厄介なことこの上ない気がするし。

 

 ル級と久しぶりに再会できるのは嬉しいだろうが、それ以上にボケキャラが増えるのは避けておきたい。とは言え、今のル級は真剣そのものなので、そういった心配は必要なさそうではあるが。

 

「しかしそれだと、困ったね……」

 

 元帥は気を取り直し、姿勢を正して紅茶を啜りながら、ル級に言う。

 

「ヲ級ちゃんは今、舞鶴鎮守府に居る。君の言うようにヲ級ちゃんの『チカラ』を使うとなると、一度戻らなければならないんだけど……」

 

 そう言って、元帥は落胆する。

 

 今回、ル級の手紙が罠だったとき、もしくは、話し合いがうまくいかなかった場合は、このまま呉鎮守府に連合艦隊で攻撃すると決めていた。

 

 その理由について元帥は語らなかったけれど、時間が無いことは、まず間違いないだろう。今から舞鶴に戻り、ここに戻ってくるときには夜は明けている。

 

 つまりそれは、呉に夜襲をかけるチャンスが失われてしまうのだ。再度編成し直して日を変えるとなれば、更なる費用や資材がかかってしまうだろうし、何より時間が無いと思われる元帥にとって、その方法は非常に厳しいのだろう。

 

 結果、ル級の頼みを聞くことは難しい。それが元帥の出した答えであり、ル級に伝えようと口を開く瞬間だった。

 

「何ヲ言ッテイルノダ?」

 

「「……え?」」

 

 呆気に取られた元帥と俺が同時に呟いた。

 

 ル級は不思議そうな表情を浮かべ、何故か俺の方へと視線を向ける。

 

 いや、俺は何もしてないぞ……?

 

「ヲ級ハ舞鶴ニ居ルト言ウガ、ソレジャアソコニ隠レテイルノハ一体誰ナノダ?」

 

 言って、俺を指差したル級はニヤリと笑みを浮かべた。

 

 その顔に見覚えのある俺は、ゾクリと背筋が凍り、

 

 更に他の皆の視線も集まって、うろたえてしまいそうになった。

 

 そんな俺を見たル級は、首を左右に振ってから指をクイクイと動かし、

 

「先生デハナク、モット後ロノ方ダ」

 

 ――と、言った。

 

 その瞬間俺は後ろへと振り向き、他の皆の視線もそちらに向く。

 

 そこに見えるのは艦橋の影。

 

 暗くてよく分からないが、ル級は気にせず声をかける。

 

「ジット隠レタママダト疲レルダロウシ、久シブリノ再会ナノダカラ、早ク顔ヲ見セテクレナイカ?」

 

 その言葉が闇に響き、一拍置いた後――

 

 

 

 小さな影が、おずおずと現れた。

 

 

 

 しかも、その数は一つではなく、

 

 まさか六つの影が、俺達の前に現れるとは思っていなかった。

 

「な……なんで……?」

 

 俺はビックリして声をあげる。

 

 ル級を除く他の皆も同じように驚き、口を開けたまま立ち尽くす。

 

 そんな様子を見た影達は、どうして良いか分からずといった風にうろたえながら、その場で止まってしまった。

 

 真っ暗な闇の中でも、俺にはその仕草で誰であるか理解でき、大きくため息を吐きながら、影達に呟く。

 

「……怒っていないから、出てきなさい」

 

「う……うん……」

 

 一つの影はビクリと大きく震えながら返事をし、すぐ近くまでやってくる。

 

 そうして俺の前に現れたのは、幼稚園に居るはずだった天龍だった。

 

「そ、その……せ、先生、ごめんなさい……」

 

 今すぐにでも涙を零しそうな潤んだ目を俺に向けながら、天龍は言う。

 

 続けて後ろから現れてくる子供達は、天龍と同じように謝りながら、俺の周りを取り囲むように集まった。

 

 最初に出てきた天龍は泣きそうで、

 

 その隣に立った潮はすでに泣いていて、

 

 天龍を挟んで潮の反対側に立った龍田は笑みを浮かべ、

 

 同じように悪びれることの無い金剛が右手をあげ、

 

 気まずそうな表情を浮かべる夕立は視線を逸らし、

 

 最後にヲ級が――

 

 

 

 ル級と全く同じように、ニヤリと笑みを浮かべて現れた。

 

 




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 いつもならもう終わっている話数ですが、チラッと前に言った通り……まだ半分です。


次回予告

 ええええええっ、いつの間にっっっ!?
主人公の心の中は大パニック状態。
だけど、良く考えれば思い当たる節はあった。

 そして感動の再会が……恐ろしい悲劇を巻き起こすっ!?

 ……色んな意味で、ゴメンナサイ。


 艦娘幼稚園 ~決戦、呉鎮守府~ その11「我、感動ノ為、戦闘ス」


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その11「我、感動ノ為、戦闘ス」

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 あえて言おう、シリアルであると。


 ええええええっ、いつの間にっっっ!?
主人公の心の中は大パニック状態。
だけど、良く考えれば思い当たる節はあった。

 そして感動の再会が……恐ろしい悲劇を巻き起こすっ!?

 ……色んな意味で、ゴメンナサイ。


 

「ま、まさか……」

 

 驚いた顔で呟いたのは元帥だった。

 

 周りに居る艦娘達も同じように驚きの表情を浮かべ、額に汗を浮かべている。

 

 しかしそんな中、俺だけはすぐに察知し、大きなため息を吐いていた。

 

 昼食を食べに鳳翔さんの食堂に行ったとき、俺は子供達にばれないように、一旦部屋に帰って普段着に着替えていた。

 

 いつものように、カッターシャツにスラックス。上からエプロンを羽織れば幼稚園の先生に早変わりだ。

 

 だけど、あのときエプロンは羽織っていない。つまり、エプロンで隠せるであろう場所が見えてしまう。

 

 普段着には着替えたけれど、下着までは変えなかった。

 

 夕張から受け取ったインナーだけなら、それでも問題は無い。しかしあのとき俺は何を考えていたのか、うっかり防弾チョッキの上からカッターシャツを着ていたのだ。

 

 それを気づいたのは、食事が終わってからのこと。

 

 時既に遅しと焦ったけれど、ヲ級と金剛は気づいたような素振りをしなかったので、安心していたのだが……いや、そうじゃない。

 

 あのときヲ級は俺が何かを隠していると言っていた。俺は咄嗟に嘘をつき、二人の行動に合わせることで逃れたと思っていたのだが、実際はそうじゃなかったのだろう。

 

「サスガニアレハ、バレバレダヨネ」

 

 ――と、主語をぶつ切りにして答えを言ったヲ級に、俺はガックリと肩を落とす。

 

 もちろん、周りの皆は何のことだと頭を捻った。ヲ級もこの辺りは空気を読んでくれたのだろうと胸を撫で下ろしつつ、俺は腕を振り上げた。

 

「「「……っ!?」」」

 

 ヲ級の頭上に振り上げられた俺の腕。それを子供達が見た瞬間、ビクリと身体を大きく震わせた。

 

 さすがのヲ級も表情が変わる。笑みは消え、焦った顔で俺を見上げた。

 

 そして――俺の腕はヲ級の頭へと振り下ろされ、子供達は一斉に目を閉じる。

 

 だけど、俺は先に言った。

 

 怒っていないから――と。

 

 振り下ろした手をヲ級の頭部に置き、ポンポンと軽く叩く。

 

 転んで泣いている子供をあやすように。優しく笑みを浮かべながら。

 

「……ヲ?」

 

 閉じていた眼を開き、頭の感触を確かめながら、ヲ級は俺の顔を見る。

 

「馬鹿……なんでついてくるんだよ……」

 

 嫌がるなんて気は無い。だけど、こんな危険な場所についてきて欲しくは無かった。

 

 その思いが俺の顔を、辛く、悲しいモノへと変えてしまう。

 

「ヲ級は……それに私達も、先生のことが心配だったのデース!」

 

「そ、そう……ですっ。黙って行っちゃうなんて……」

 

「先生ったら酷いっぽいっ!」

 

「そうだぜ先生っ! いくらなんでも水臭いぜっ!」

 

「天龍ちゃんったら、先生に置いて行かれるってヲ級ちゃんから聞いて、悲しくて泣いちゃってたんだから~」

 

「なっ!? た、龍田お前っ!」

 

「あら~。私は別に嘘は言ってないわよ~?」

 

 そんな俺を心配するように、子供達はいつものように喋り出す。

 

 ヲ級を庇いながら、俺を元気づけようと言葉をかけてくれる。 

 

 それは、あのときと同じ。

 

 俺が元中将に仕組まれた査問会への呼び出しを受けたことを知り、心配して元帥に陳情しに行った五人の子供達。

 

 そして今回の鍵となるヲ級を追加した六人が、俺の目の前に居る。

 

 行動理由はまったく同じ。

 

 子供達は、黙って行こうとした俺を心配して、ついてきたのだ。

 

 その気持ちに、俺は耐えられないくらいの嬉しさが胸にこみ上げる。

 

 だけどその思いとは裏腹に、大きな心配が降りかかる。

 

 間もなくこの艦は戦場へと向かう。

 

 そんな危険な場所に、子供達を居させる訳にはいかない。

 

 しかし、今この状況に置いて、子供達だけを退避させるなんてことは難しく、俺にはどうすることもできない。

 

 だけど、この状況はもう一つの可能性へと繋がった。ここに子供達が居るのなら――元帥はどうするのだろう?

 

 子供達まで危険に晒すことを良しとするとは思えない。元帥には時間が無いとはいえ、それはあまりにも不本意だろう。

 

 それに何よりも俺が期待するのは、ここにヲ級が居ることで、ル級の頼みを引き受けられる可能性が出てきたのだ。ならば、無謀な戦いは――避けられるのかもしれない。

 

 これは俺達とル級の双方にとって、願ってもいないチャンスだろう。まぁ、ル級はヲ級の存在を察知していたみたいだけれど。

 

 そして、俺の思いは――元帥へと伝わった。

 

「えっと……凄くビックリなんだけど、結果的にヲ級ちゃんはここに居るんだよね?」

 

「ええ……正直に言って想定外にも程がありますけど……」

 

 俺は子供達の顔を見ながら、苦笑を浮かべて元帥に言う。

 

「つ、つまりは……結果オーライってこと……?」

 

 そう言った元帥は、肩の荷が下りたという風に身体中の力を抜いてため息を吐く――が、

 

「そんな単純なことではないでしょうっ!」

 

「あ、う、うん。それはそうなんだけど……」

 

「これから戦いに行く艦の中に、子供達が居るなんて……どうしてしっかりチェックしてなかったんですかっ!?」

 

 大きな高雄の声がそこらじゅうに響き、子供達が一斉に驚いてしまう。

 

「あ、あのさ、高雄。そんなに大きな声を出しちゃったら、敵に見つかっちゃうからさ……」

 

 慌てた元帥が、高雄を落ち着かせようとしたのだが……

 

「口答えしないで下さいっ!」

 

 完全にプッツン状態の高雄は、急に右足を頭上に振り上げて、

 

「ひえぇっ!?」

 

 ――と、優雅かつ見事な高雄のかかと落としが元帥の鼻っ面を掠め、ビックリ仰天して腰を落としたのは……いつものことだった。

 

 ちなみに元帥に直撃させなかったとはいえ、甲板がベッコリとへこんだのはここだけの話である。

 

 

 

 ……いや、洒落になんないよ?

 

 

 

 

 

「仮ニモ上官相手ニアノヨウナ態度ヲ取ル部下トハ……艦娘ト人間ノ関係ハ不可思議ダナ……」

 

「あー、いや……アレはちょっと特殊なモノで……」

 

 額に汗を浮かべつつ呟いたル級に、控えめに突っ込む俺。

 

 ちなみに子供達は高雄の豹変した姿に、ガチで怯えていた。

 

 どれくらいかって言うと、潮と天龍は隠れていた艦橋の影に戻り、顔だけ出して震えていた。

 

 金剛と夕立は俺の背中に隠れるようにしているけれど、龍田は気にせずニコニコしている。いや、している風に見えているだけで、実際には足がガタガタ震えているけれど。

 

 しかしそんな中、ヲ級だけは高雄の方を見ず、ル級の方へと視線を向けていた。

 

 久しぶりの再開。俺が海底からヲ級を連れて行ってから約半年ほど。その間、ヲ級は地上に出て色んなことを経験しただろうし、ル級の方も元中将の件で大変だったのだろう。

 

 お互いはシッカリと顔を見合い、そしてヲ級がル級へと走り出した。

 

「ル級……ル級姉ェッ!」

 

「ヲ級チャーーーンッ!」

 

 まるで頭突きをするように前傾姿勢で走るヲ級を、ル級は受け止めようと両手を広げる。

 

 いや、それ以前に、なんでル級『姉ぇ』なの……?

 

 ――そう、心の中でツッコミを入れたけれど、それはまだ序の口だった。

 

「……っ!?」

 

 ヲ級の顔を見た俺は、驚きのあまり息を詰まらせた。

 

 あの笑みは……何かを企んでいるときの顔だっ!

 

「後ろ溜めから前プラス強パンチッ!」

 

「甘イッ! ソノヨウナ攻撃ハ回避行動デ楽々ダッ!」

 

 ちなみに説明しておくと、ヲ級がしたのは頭突きである。

 

 ただし、水平に飛びながらなんだけど。

 

 ど、どうやったんだよ一体……

 

「ヲ級ちゃんが……スー●ー頭突きをっ!?」

 

 あー……知っているんですね、元帥。

 

 見事にそれです。それしか思いつきません。

 

 そしてル級に避けられてしまったヲ級は一定距離を飛んだ後、空中で上手く体勢を取って着地し、振り向きざまに……

 

「カーラーノー……超級覇●電影弾ッ!」

 

「何ノッ! オ●チ独歩直伝回シ受ケッ!」

 

 

 

 グワラキーーーンッ!

 

 

 

「「な、なんだってーーーっ!?」」

 

 ――と、大声をあげたのは俺と元帥。

 

 他の皆は、完全に呆れた顔で固まっている。

 

「グヌヌ……マサカコノ技ヲ見切ラレルトハ……」

 

「マダマダ甘イナ……ヲ級ニ技ヲ教エタノハ、コノル級ダゾ……?」

 

「クッ……ダガ、マダ負ケテハイナイ……ッ!」

 

 つば競り合いのように競り合っていた二人は、急に間合いを取るように後退し、新しい構えを取る。

 

「あ、あれは……まさかっ!」

 

「南●虎破龍の構えと……北●龍撃虎の構え……っ!?」

 

「相打ちを狙うつもりか……っ!」

 

 まさかこんな場面を目の前で見られるとは思っていなかったと、手に汗をかきながらグッと握る俺と元帥。この先を絶対に見逃さないようにと真剣にヲ級とル級の動向を見ていると、急に首元をガッシリと握られた感触に驚いた俺と元帥はゆっくりと振り返った。

 

 そこには、ニッコリと笑みを浮かべている高雄が立っており、

 

 真っ黒なオーラを背に纏わせていた。

 

「解説なんかしてないで、早く止めなさいっ!」

 

「「は、はいっ!」」

 

 一括された俺達は慌てて高雄から逃げるように走り、ヲ級とル級の間に立った。

 

「と、取り敢えず落ち着こうね……」

 

「そ、そうそう。久しぶりの再開で、決死の戦いなんてするもんじゃないからさ……」

 

 ヲ級には俺が、ル級には元帥が説得するように立ちはだかり、何とか戦いを止めるように言うと……

 

「イヤ、冗談ダヨ?」

 

「マァ、コレガイツモノ挨拶ダカラナ」

 

 ――と、非常にはた迷惑な行動だと心の中で呟きながら、俺と元帥は大きくため息を吐いたのであった。

 

 

 

 

 

「ふぅ……取り敢えず、落ち着いたみたいですね……」

 

 高雄はジト目で俺と元帥を睨みながら、もう一度大きなため息を吐く。

 

 原因はヲ級とル級にあるんだと思うんだけど、実況解説をしていた俺や元帥にも責任はある。いや……あるとは言え、やっぱり腑に落ちないのは、ヲ級とル級が怒られている俺達を見て、笑みを浮かべているからなんだけれど。

 

 結局のところ、ヲ級のいつものノリはル級から授かったものだと、全くもって必要の無いことを知ってしまった、そこで、ふとあることに気づいた俺はル級に聞いてみることにする。

 

「……ル級、一つ聞いていいか?」

 

「改マッテ、何ヲ聞キタイノダ? 一ツニツキ一発デOKダゾ」

 

「またそのネタ使うのかよっ! つーか、お笑いできないとか言ってなかったか!?」

 

「ソレ自体ガネタダッタノダト気ヅカナカッタノカ……?」

 

 驚きの表情を浮かべるル級に、大きなため息を吐く俺。

 

 やっぱり嘘……と言うか、ネタだったのか……

 

 そうじゃないかとは思っていたけれど、直接言われると凹むモノがあるな……

 

「………………」

 

 そしてまたもや高雄に睨まれる俺。マジで怖いので止めて欲しいんですが……

 

 それに、潮と天龍はまだ艦橋の影で震えているし、高雄にとっても少なからず影響があると思うんだけど。

 

 金剛の方はもう大丈夫そうだけど……と思って見ていると、急に夕立が手を叩いてからル級を指差して、口を開けた。

 

「もしかして、深海棲艦って面白い人ばっかりっぽい?」

 

 そう聞いた夕立の一言に、何故かル級は親指を立てて満面の笑みを浮かべ、

 

 高雄と扶桑は、黙ったまま首を横に振っていた。

 

 

 

 なんでル級はそんなに嬉しそうなんだよ……

 

 




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次回予告

 芸人にとって、面白い人と言われるのは生き甲斐なのです。

 そんな冗談はさておいて、感動? の再開を済ませたヲ級とル級。
北方棲姫を探し出すため、ル級はヲ級に『チカラ』を使ってくれと頼むのだが……


 艦娘幼稚園 ~決戦、呉鎮守府~ その12「ヲ級と先生の目覚め」


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その12「ヲ級と先生の目覚め」

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 芸人にとって、面白い人と言われるのは生き甲斐なのです。

 そんな冗談はさておいて、感動? の再開を済ませたヲ級とル級。
北方棲姫を探し出すため、ル級はヲ級に『チカラ』を使ってくれと頼むのだが……


 

「それで、これからのことなんだけど……」

 

 高雄の顔色を伺いながら、元帥はル級に話しかけた。ヲ級がここに居る以上、ル級の期待する『チカラ』とやらを使用すれば、呉の状況を打開できるかもしれない。

 

 そうなれば、俺達は無謀な戦いに行かなくて済む。子供達だけではなく、艦娘やぷかぷか丸の作業員だって危険な目に合わないのだ。俺は淡い期待を胸に秘めながら、ル級に注目する。

 

「ソウダナ。私ノ望ミデアルヲ級ハココニ居ル」

 

 言って、ヲ級の前に立ったル級は、真剣な眼差しで問い掛けた。

 

「北方棲姫様ガ捕ワレタ話ハ、聞イテイタカ?」

 

 ル級の言葉に、ヲ級はコクリと頷く。

 

「ナラバ、北方棲姫様ヲ助ケルタメ、スマナイガ『チカラ』ヲ貸シテ欲シイ」

 

 頭を下げたル級はヲ級に願う。

 

 しかしヲ級は戸惑った風にキョロキョロと辺りを見渡してから、俺の顔をジッと見つめてきた。

 

 ヲ級の眼が俺に、構わないのか――と、問い掛ける。

 

 今できる方法はこれしかない。後は玉砕覚悟の突撃だけだ。もしかすると成功するかもしれないけれど、こちらの被害も大きいだろう。

 

 だがヲ級が『チカラ』を使えば、最良の結果が望めるかもしれない。その願いを込めて、俺はゆっくりと頭を下げて頷いた。

 

 それを見たヲ級は、ル級の顔を見上げてもう一度コクリと頷く。

 

「ソウカ……助カル……」

 

 安堵の表情を浮かべたル級だったが、ここでヲ級がボソリと呟いた。

 

「ダケド『チカラ』ナンテモノノ使イ方ナンテ、全然分カラナインダケド……」

 

 ヲ級の声が聞こえた瞬間、目の前にいたル級は元より、俺も、元帥も、高雄ですらも……完全に目が点状態だった。

 

 いや、ル級……お前が固まっていたら話にならないんだけれど。

 

「ソ、ソウ言エバ……ソウダナ。イキナリ『チカラ』ヲ使エト言ワレテモ、分カラナイノガ当タリ前カ……」

 

 額から流れ落ちていく汗を拭き取りながら、ル級は苦笑いを浮かべてそう言った。

 

 いや、ぶっちゃけて洒落にならない展開なんですけど。

 

「ソレデハマズ、頭ノ中ニ北方棲姫様ヲ思イ浮カベナガラダナ……」

 

 ル級はヲ級に手取り足取りといった風に、ジェスチャーを交えながら説明し、ヲ級の『チカラ』を引き出しにかかった。

 

 

 

 

 

「コレガ……コレガ……近代化……ジャナクテ、補給……デモナクテ、僕ノ『チカラ』……」

 

 ……とりあえず色々突っ込みたいのだが、状況説明からしておこう。

 

 ル級から10分ほど教えを受けたヲ級は、目を閉じて精神を集中し始めた。すると、いきなりヲ級は身体の周りに薄っすらとした光を纏いだしたのだ。

 

 これには俺や元帥だけではなく、高雄や扶桑、子供達までビックリした表情でヲ級を見つめていた。

 

 その中で一人、凄く微妙な表情だったのは……

 

「な、なんでかな……大きくなったら……私が言おうと思っていた……感じがする……」

 

 ――と、潮が呟いていたので、それは間違っていないよと優しく頭を撫でてあげた。

 

「ウム。コレデ北方棲姫様ノ居場所ヲ、感知スルコトガデキルハズ。名付ケテ、純粋デ優シイ心ヲ持ッタ深海棲艦ガ、激シイ怒リガ切ッ掛ケデ目覚メチャッタパワー……ダ」

 

「僕ハ怒ッタゾ、フ●ーザーーーッ」

 

 いや、待てよお前ら。

 

 完全にパクリじゃねぇかっ! それだったら、超深海棲艦とかで良いんじゃねっ!?

 

 つーか、あんまりやり過ぎると高雄が怖いから、マジで止めやがれこんちくしょうっ!

 

「……トマァ、冗談ハヨシ子サンデダナ」

 

 そして久しぶりに聞いたけれど、やっぱりムカつくな……

 

「ヲ級ヨ、北方棲姫様ノ気配ヲ……感ジルカ……?」」

 

 そう――ル級がヲ級に聞いた途端、元帥が急に手を上げて、口を開いた。

 

「ちょっと、待ってくれないかな」

 

「……ナンダ?」

 

「ヲ級ちゃんが、君の頼みごとの為に頑張るのは構わない。だけど、その後……北方棲姫を助け出せた後の話が済んでいないんだよね」

 

「……確カニ、話シテイナカッタナ」

 

 ル級はそう言ってため息を吐き、あまり興味が無いような表情で頷いた。

 

 そんなル級を見た高雄が、カチンときた風に表情を曇らせる。しかしここで声を荒らげては元帥の立つ瀬が無いと、言葉を飲み込んだようだった。

 

 さすがは秘書艦……と、言いたいけれど、それ以前にヤバいことをやりまくっているんだよね。

 

「我々ハ、北方棲姫様ヲ救イ出スコトガデキレバ、後ハ何モ欲スルコトハ無イ。奴ニ報イヲ与エタ後ハ、スグニアノ基地カラ撤退シ、解放スルコトヲ誓オウ」

 

「その言葉に二言は無いよね?」

 

「ドウセ、アソコニ居座ッタトコロデ、補給ラインガ無イ。取ルダケ無駄ダト、何度モ進言シタノダガ……奴ハ復讐ノタメダト言ッテ聞カナカッタ」

 

「「……っ」」

 

 ル級の言った『復讐』の言葉を聞き、俺と元帥は息を飲む。

 

 俺に対する元中将の復讐とは、査問会でのことだろう。そして、その責任を負って左遷させられたことにより、俺だけではなく元帥にまで復讐の心が強くなってしまった。

 

 だけど、ことの切っ掛けは俺であることに変わりは無いと思っている。

 

 だからこそ、俺はこうしてここまでやってきた。元中将がこんなことを起こしてしまった償いと、ル級を助けるために。

 

「ソレニ、我々ノ大半ハ戦イヲ好ンデイル訳デハナイ。デキルナラバ、静カニ海デ暮ラシタイト思ッテイル者モ、少ナクナイノダ……」

 

 どこか遠くを見つめているような眼で、ル級は言った。

 

 それを聞いた皆は、黙ったままル級を見つめる。

 

 ル級と会話をして何度も、自分達と深海棲艦は変わらないのではないかと、思うことがあったはず。もしかすると、戦っていること自体が間違いではないかと考え始めてしまうほどに。

 

 だけど、立場上それを言うことはできない。言えば、自分以外を巻き込んでしまう。

 

 ここにはそれ程の権力を持っていたり、胸に秘めた思いを持っていた者達が居る。

 

 そこに、一つの切っ掛けが与えられたとするのなら……それは俺が望む世界への希望になるかもしれないのだ。

 

 だけど、今はル級の願いを聞き入れて、北方棲姫を見つけ出さなければならない。これが失敗してしまえば最後の手段として、呉鎮守府に攻め入らなければならなくなる。

 

 もちろん子供達がこの艦に居るのだから、俺は何が何でも反論するけれど、元帥の立場と気持ちを知っている以上、どう転ぶかは分からない。

 

 もし、このまま攻め入ることになれば、俺達は無事で済まないだろう。それに結果がどうであれ、深海棲艦は本土を占拠した敵として、大衆から完全に受け入れられぬ存在になってしまう。

 

 いや、実際に占拠されてしまったのだから、情報が流れれば俺の思いは水泡と帰す。だが、今のうちに全てを終わらせれば、情報が流れる可能性は低いかもしれない。この国にとって非常に大きな事件ではあるけれど、大衆への影響や面子のことを考えれば、大本営がもみ消しにかかるだろう。

 

 だからこそ、ル級の言葉は元帥に取って、非常に嬉しいはず。

 

 表沙汰にならないとはいえ、呉鎮守府を奪回することができれば、責任を問われるばかりか褒められる可能性だってある。

 

 ただし、ル級が言ったことが本当ならば――だが。

 

「信用シロト言ウ方ガ、無茶ナ話デハアルガ……」

 

 当のル級も、そう考えるとは分かっていたのだろう。だからこそ、うやむやのままヲ級の力を引きだし、北方棲姫の位場所を知ろうとしたのかもしれない。

 

 卑怯と取れるかもしれないが、信用を短期間で手に入れられるほど、人間や艦娘達と深海棲艦との間の溝は深いモノなのだ。もし俺が海底に沈み、ル級やヲ級と出会っていなかったら、交渉の場に立とうとは絶対に思わなかっただろう。

 

 だからこそ、ル級の取った方法は理解できる。だけど、俺達にとって見逃せないことであるにも関わらず……

 

「いや……信じるよ」

 

 元帥はニッコリと笑い、ル級に手を差し出した。

 

「………………」

 

 ル級は少しだけ口を開けたまま、元帥の顔と開かれた手を交互に見つめる。そして薄い笑みを浮かべ、小さく息を吐き、その手を握った。

 

「甘イ……ト言ワレテモ、不思議デハ無イノダゾ?」

 

「そうだろうね。でも、何故か信用する気になっちゃったんだよ」

 

 その様子を見ていた秘書艦である高雄と、護衛である扶桑は、呆れた表情を浮かべながらも小さく笑みを作る。

 

 やっぱりそうなっちゃったか……と、言わんばかりなのに、結果を喜ぶかのように二人を見つめ、

 

 俺の願う未来がすぐそこまでやってきているような感覚が、胸の中いっぱいに広がっていた。

 

 

 

 

 

「ソレデ、北方棲姫様ガドコニ捕ワレテイルカ、分カルダロウカ?」

 

 協力することを互いが認め合ったことにより、俺達の望みはヲ級に托されることとなった。

 

 先ほど『チカラ』を使用できるようになったヲ級が、ル級の声に合わせて目を閉じて集中力を高め、北方棲姫を見つけだそうとする。

 

「気配ヲ……感ジル……」

 

「……ッ、ソレハ、ドコ……ダ!?」

 

「ソレホド……遠ク……ナイ……」

 

 ヲ級の言葉を聞き逃さぬようにと、全員が息を飲みながら集中する。

 

 するとヲ級は閉じていた眼を急に開け、触手と手を同じ方向へと向けた。

 

「アッチノ……方ニ……感ジル。ココカラ、島ヲ越エテ……更ニ海モ越エテ……」

 

 ヲ級はまるで、神様からお告げを伝える巫女のように、ゆっくりと言葉を紡いでいく。

 

「ソシテ……地上ニアル……建物ノ……中……。

 辺リハ……破壊……サレテイル……ケド、ソノ中ニ……ヒトツダケ……大キク……無事ナ……」

 

「何……ダトッ!?」

 

 ル級がいきなり大きな声を上げ、周りの皆がビックリした表情を浮かべた。しかしル級は気にすることなく、ワナワナと肩を震わせて怒りをあらわにしていた。

 

「マサカ……灯台モト暗シトハ……コノコトカ……ッ!」

 

「そ、それじゃあ……っ!?」

 

 元帥がル級の様子から察知するように、ヲ級が指した遠方を眺めた。遠目でもうっすらと空に明かりが見えるその場所は、あろうことかル級達が占領していた――呉鎮守府がある地点だった。

 

「奴ハ……元カラ北方棲姫様ヲ目ノ届ク場所ニ……ッ!」

 

「い、いや、だからと言っても、呉鎮守府の敷地は結構広い」

 

「シカシ、ヒトツダケノ大キナ建物ナラバ……」

 

「それでも完全に居場所が分からない以上、迂闊に行動したら元中将にばれる可能性が高いだろう?」

 

「クッ……ソレハ、ソウダガ……」

 

 元帥の言葉に言葉を詰まらせたル級は、歯ぎしりをしながら呉鎮守府の方を睨みつけた。

 

「もう少し詳しい場所までは、分からないのか?」

 

「ココカラダト……遠過ギテチョット厳シイネ……」

 

「そうか……ありがとな、ヲ級」

 

 頑張ってくれたご褒美として、俺はヲ級の頭を優しく撫でる。

 

 嬉しそうに撫でられながら、俺の顔を見上げるヲ級。いつもは羨ましそうに愚痴をこぼす子供達も、今は何も言わずに俺達のことを見守っていた。

 

「それじゃあもう一つ……聞いていいか?」

 

「ン……? 何カナ、オ兄チャン」

 

「どこまで近づけば、北方棲姫の居場所が分かる?」

 

 そう言った瞬間、周りにいた全ての皆が、俺の顔を見て大きく眼を見開いた。

 

「ソ、ソレハ……多分、近ヅケバ近ヅクホド、正確ニ分カルト思ウケド……」

 

「それなら、内部まで入り込めば……大丈夫だよな?」

 

 ――そう。

 

 遠いのなら近づけば良い。

 

 分かる場所まで近づけば、北方棲姫の居場所は分かる。

 

 何てことは無い。単純明快な、答がここにある。

 

 ならば、行けば良いだけだと心で言い、俺は呉鎮守府の方向を見つめる。

 

 

 

 全てを終わらせるために――

 

 




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次回予告

 先生は決意する。
自らの責任を取るために。
それは、必要が無い事かも知れない。だけど、やろうと決めたのだ。

 みんなに別れを言った先生は、ヲ級と二人で呉に向かおうとした矢先、
高雄が何かを察知して、大きな声をあげた。


 艦娘幼稚園 ~決戦、呉鎮守府~ その13「別れと出会い」


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その13「別れと出会い」

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 スピンオフ第二弾の一つ目は……青葉ですっ!

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 先生は決意する。
自らの責任を取るために。
それは、必要が無い事かも知れない。だけど、やろうと決めたのだ。

 みんなに別れを言った先生は、ヲ級と二人で呉に向かおうとした矢先、
高雄が何かを察知して、大きな声をあげた。


 

「せ、先生は馬鹿なのですかっ!?」

 

 俺の言葉に即座に反応したのは、高雄だった。

 

「今、呉鎮守府は深海棲艦で溢れているのですよっ!? そんな中に行こうだなんて、正気の沙汰ではありませんっ!」

 

 高雄の言葉に、元帥や扶桑がコクコクと頷いた。子供達も心配そうに俺を見つめ、フルフルと首を左右に振っている。

 

 だけど、俺はすでに決めている。

 

 一番成功する可能性が高く、皆が最も傷つかない方法は、これなのだと。

 

 それともう一つ、おれにはある確信があるからこそ、この方法を言い出したのだ。

 

「ル級、一つ聞きたい」

 

「ナンダ……?」

 

 返事をしたル級の顔は、少しばかり不機嫌そうに見えた。高雄の言い分を聞けば、気分が悪くなるのもありえる話だが、それだけでは無いのかもしれない。

 

 だが俺は気にせずに、言葉を続けていく。

 

「ル級の考えに賛同する深海棲艦の仲間は、全体の何割なんだ?」

 

「ホボ、全テダト言イタイトコロダガ、奴側ニツイテイル者ガイナイトモ言エヌ。ソノ割合ハ一割程度ダト思ウガ……」

 

「とすれば、九割は味方だと思って良いんだよな?」

 

「し、しかしそれは余りに、楽観的ですっ!」

 

 俺の言葉に、高雄は怒鳴るように声をあげた。

 

 だけど、ル級が本気であるならば、俺の考えは決して無理なことでは無いはずだ。

 

「……先生の考えは分かるけど、その方法は余りにも危険だってことは分かっているんだよね?」

 

 そして、元帥は俺に問う。

 

「ええ。普通ならばこんな方法はありえないでしょうけれど……」

 

 俺はそう言って、ル級を見る。

 

 しっかりと眼を見て、笑みを浮かべながら。

 

「俺も元帥と一緒で、ル級のことを信じていますから」

 

 ハッキリと、俺は皆に聞こえるように、力強く言い切った。

 

「「「………………」」」

 

 皆は何も言わず、ただ、俺の顔を見つめていた。

 

 もしかすると、呆れられてしまっているのかもしれない。

 

 視線の先にいるル級は、目を閉じ、鼻で笑うような仕種を見せ、口を開く。

 

「ソコマデ言ワレテシマッテハ、応エナイトイケナイナ」

 

「できるか?」

 

「不可能デハナイ。タダシ、今スグ全テノ仲間ニ伝エルノハ難シイダロウ」

 

「なら、どれくらい経った後なら大丈夫だ?」

 

「ソウ――ダナ。今カラ一時間後ナラ、アル程度ノ仲間ニ通達ハ可能ダロウ。タダシ奴ノ目ガアル以上、アマリ大事ニモデキヌカラ、ソノ姿ノママ動キマワレルトハ思ワナイコトダ」

 

「そうですっ! もし見つかったりしたら……」

 

「ダガ、対策ガ無イ訳デモナイ……ソコハ任セテ貰オウ」

 

「ああ、期待しているぞ、ル級」

 

 俺はそう言って頷くと、ル級は笑みを浮かべながら同じように頷いた。

 

「よし、それじゃあ一時間後に……」

 

「ま、待ってください! 先生は本当に……っ!?」

 

「ええ、もちろんです」

 

 本気で止めようとする高雄に向かって、俺は言う。

 

「俺とヲ級で、呉鎮守府内に潜入します」

 

 そう言って、俺はもう一度、呉鎮守府の方向を見た――のだが、

 

「オ兄チャン……反応ガアルノハ、モウ少シ……北ノ方向……」

 

「向いている方向だと、別のところに行っちゃうよね……」

 

「ほ、本当に大丈夫なのかしら……」

 

「マァ、ソレモ先生ラシイガナ……」

 

 ――と、周りから大きなため息を吐かれて、顔面中が真っ赤になってしまったのは言うまでもない。

 

 

 

 ここにきて、バッチリ決まらなかったよ、うわぁぁぁぁぁんっ!

 

 

 

 

 

 作戦を伝えよう。

 

 まず、俺とヲ級は海の中を移動し、呉鎮守府へと向かう。そしてヲ級の『チカラ』を使って北方棲姫の居場所を突き止め、可能であれば解放する。無理だったとしても、正確な位置をル級に知らせれば、後は数の力で押し込める。そうすればル級達の弱みは消え、元中将に従う理由は無くなり、呉鎮守府は解放へと進む……はずである。

 

 ここでいくつかの問題は、どうやって鎮守府内を動き回るかだ。ヲ級は深海棲艦の子供だから、多少動き回っても問題が無いのかもしれないが、俺はそういう訳にもいかない。ル級から話を聞いてみたのだが、呉鎮守府にいた職員や艦娘達は一ヶ所に監禁されているらしく、捕虜を装って動き回るのはほぼ不可能らしい。

 

 ならば隠れていた人間を見つけたと言って、ル級に連行されるように潜入するのはどうかと提案したが、ヲ級が感知した大きな建物と監禁場所とはかなり離れているらしいのだ。鎮守府内までは入り込めたとしても、それ以降の行動は難しいとのことである。

 

 しかし、ル級は他に考えがあるらしく、「任セテオケ」と言って、一旦呉鎮守府に戻って行った。余り長い時間持ち場を離れていると元中将にばれてしまう恐れもあるし、他の仲間に作戦の連絡を取って欲しいので、宜しく頼むと言って見送った。

 

 そして今、俺は急遽着替えを済ませて甲板に戻ってきたのである。

 

 真っ黒なウエットスーツに身を包み、酸素ボンベを背負った姿。ぶっちゃけて目茶苦茶重いんだけど、海の中を移動するなら仕方がないだろう。

 

「いやー、なんだかんだで凄いことになっちゃったね……」

 

「凄いで済まされる訳がありませんっ! 今からやろうとしていることは、自殺行為と変わらないのですよっ!?」

 

 俺の姿を見ながら元帥は言う。そこにすかさず、ジト目の高雄がツッコミを入れた。

 

「高雄さんの言い分はわかりますが、それでもこの方法が最善だと思うんです。これが成功すれば、誰一人傷つくことなく呉鎮守府を解放できるかもしれない……」

 

「ですけど、特殊な訓練を受けた軍人さんでもなく、ただの先生がすることじゃないんですけどね~」

 

 そう、俺に投げ掛けられた声を聞き、慌てて振り返った。

 

 一塊になって俺を見つめている子供達の真ん中に、不機嫌な表情で経っている艦娘――俺の上司であり、淡い気持ちを秘めている相手、愛宕の姿があった。

 

「えっ……あ、愛宕……先生?」

 

「そうですよ~。話を姉さんから聞いて、やってきたんですよ~」

 

 間延びした声の感じはいつもと変わらない。だけど、俺を見つめる眼も、表情も、明らかに怒っている感じだった。

 

「こんな無茶な作戦……いえ、作戦と言えるかどうかも分かりませんけど、それでも先生は行くんですよね……?」

 

 愛宕は子供達の頭を優しく撫でながら呟いた。言葉のトーンは一定で、聞かなくても答えを知っているかのように――

 

「はい。仮に皆が止めたとしても、向かいます」

 

「それは……誰のためですか?」

 

「………………」

 

 愛宕の問いに、俺は迷う。

 

 頭の中に、様々な理由が溢れてくる。

 

 元中将という切っ掛けを作ってしまったのは俺だから。

 

 その時に俺を助けてくれた元帥が、崖っぷちまで追い込まれているから。

 

 海底で助けてくれたル級の恩に報いるため。

 

 そして何より――俺の願う未来のために。

 

「誰のためでも無く、自分のためです」

 

「ヲ級ちゃんを巻き込んでもですか……?」

 

「本人が嫌だと言うなら……俺一人で行きます」

 

「ソレハ僕ガ許サナイヨ。オ兄チャン一人デ向カワセルナンテ、天変地異ガ起コッテモヤラセナイヨ」

 

「そう……ですか……」

 

 俺とヲ級の答えを聞いて、愛宕は俯いた。

 

 何を言っても俺とヲ級は引かないだろうと、分かってくれたのだろう。

 

 子供達も同じく理解してくれたようであり、潤んだ瞳を俺とヲ級に向けながら黙って立ち尽くしていた。

 

「だけど、これだけは知っていてください。俺は死にに行く気なんてありません。一番良いと思った方法で問題を解決するために、行こうと決めたんです。だから、俺が帰ってくるまで……待っていてくれますよね……?」

 

 そう言って、俺は皆の顔を見た。

 

「もちろんだよ」

 

 元帥がうっすらと笑みを浮かべて頷く。

 

「ここで先生を置いて帰ると言うなら、元帥を海へ叩き落としますわ」

 

 呆れながらも頷く高雄。

 

「私よりも不幸かもしれませんが……それでも頑張ってくださいね……」

 

 不安になりまくるけれど、励ましてくれる扶桑。

 

「ぜ、絶対……絶対帰ってこいよ……先生っ!」

 

 瞳に涙をたくさん溜めながら叫ぶ天龍。

 

「帰ってこなかったら、ぜ~ったいに許さないんだから……」

 

 いつもの笑みではなく、真剣な表情の龍田。

 

「絶対に……無事に……帰ってきてね……」

 

 天龍と龍田の手を握りながら、泣かずに我慢する潮。

 

「帰ってきたら、皆で一緒に遊ぶっぽいっ!」

 

 前向きな言葉をかけてくれる夕立。

 

「私の未来のハズバンドは、こんな所でくたばらないんだからネー!」

 

 無理矢理笑みを作って送り出してくれる金剛。

 

「先生……」

 

 そして――最後に愛宕が口を開く。

 

 瞳には、小さな光る雫が見え、

 

「必ず帰ってきてください……そして、そのときにお伝えしたい……」

 

 最後まで話そうとする愛宕の口を、人差し指で優しく塞いだ。

 

「それ以上はストップです。そうじゃないと……」

 

「死亡フラグニナッチャウヨネー」

 

 間髪入れたヲ級のツッコミに、周りの人達が苦笑を浮かべる。

 

「そう……ですよね」

 

 愛宕は少し驚いた表情をしたものの、すぐに笑みを浮かべながら俺とヲ級の顔を見る。

 

 そして――いつものように、言ってくれた。

 

「それじゃあ、いってらっしゃい」

 

「いってきます」

 

「イッテクルネ」

 

 別れの挨拶を交わし、愛宕に背を向ける。

 

 ――が、ここで一つ問題があった。

 

「いや、まだ時間までは少しあるんだけど……さ……」

 

 腕時計を見た元帥が呟く。

 

 目を何度もパチパチと瞬きをする俺。

 

 苦笑を浮かべるヲ級。

 

 うむ……目茶苦茶格好がつかないよな。

 

 皆の方に、振り返ることもできなくね?

 

 そんな、どうして良いか分からない空気が漂う中、急に何かに気づいた高雄が声をあげた。

 

「……っ、近くの海中に反応ありっ!」

 

「なにっ!?」

 

 慌てる高雄の声に驚く元帥。

 

「ル級が戻ってきたんじゃ……?」

 

「いえ、これはもっと小さい反応……もうそこまできていますっ!」

 

「ぜ、全艦迎撃体制っ!」

 

 無線で叫ぶ元帥の指示で、甲板に居た艦娘や作業員達が慌てて走り回る中、なぜかヲ級が艦首の方へと歩き出した。

 

「お、おいっ、危ないぞヲ級!」

 

 俺はヲ級を止めようと手を伸ばしたのだが、触手で払いのけられてしまった。気にせず進んだヲ級は艦首に辿り着き、身を乗り出して海面を覗き込みながら、触手をバタバタと振っていた。

 

 何を……やっているんだ?

 

 緊張感のかけらも無いし、それになんでこんな場所に……?

 

 気になった俺は、ヲ級と同じように恐る恐る海面を覗き込んでみる。

 

 そこには、海面に映る丸い月。

 

 そう――見えたのだが、何やら左右に動いている感じがする。

 

 眼を凝らしてみると、それは月ではなく、

 

 確かに見覚えのある小さな顔が――

 

 

 

 ぷかりと浮いていた。

 




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次回予告

 再開を喜ぶ二名。そして不安がる者多数。
だけど大丈夫……。いや、多分大丈夫。
約束を胸に、先生は呉へと向かう。

 しかし、先生は真夜中の海を甘く見ていたのだった。


 艦娘幼稚園 ~決戦、呉鎮守府~ その14「再開、そして出発へ」


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その14「再会、そして出発へ」

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 再開を喜ぶ二名。そして不安がる者多数。
だけど大丈夫……。いや、多分大丈夫。
約束を胸に、先生は呉へと向かう。

 しかし、先生は真夜中の海を甘く見ていたのだった。



「久シブリダネ、レ級ッ!」

 

「レレレッ、レーレレッ!」

 

 甲板の上でじゃれあう二人の小さな深海棲艦。一人はお馴染みのヲ級であり、もう一人は海底でヲ級と一緒に居たレ級だった。

 

 レ級は、俺がヲ級を海底から連れて帰る際に色々と手助けをしてくれた後、北方の基地へと向かうル級と一緒に去って行った。レ級自身はヲ級と同じように俺についていきたいと言ってくれたのだが、様々な理由があって断念し、別れることになったのだ。それ以来連絡する方法は無く、偶然青葉から知らされた写真で無事なことの確認はできていたけれど、音信不通の状態だった。

 

 ――と、そんな感じで考えてはいるが、そもそも深海棲艦と連絡をとれる段階で変なんだけれど。取れたら取れたで、憲兵さんに尋問されてしまうことが確定な状況になりそうだ。

 

「ソレデ、レ級ハドウシテココニ? モシカシテ、ル級カラ何カ聞イテキタノカナ?」

 

「レッ、ソノトーリッ!」

 

 大きく両手をあげたレ級は元気よく答え、俺の顔を指差した。

 

「ヲ級ノオ兄チャン……先生ヲ案内スルヨウニ、言ワレタッ! バッチリ、レ級ニ任セテ、オッケー!」

 

 そう言って、俺を指差した手――ではなく、腕ごとグルグルと勢いよく回している。

 

 うむむ……元気そうでなによりなんだが、あまりのテンションに周りの皆は若干引き気味だぞ。

 

 それと、いつの間にかレ級が言葉を喋れるようになっているんだが、ちょっぴり嬉しかったりしちゃうんだよね。

 

 まるで卒業していった生徒が数年後に会いに来てくれて、成長した様を見せてくれた感じ――と言いたいところだが、俺はまだ先生として一年ちょっとしか経験していないので、余り分からないけれど。

 

 まぁ、どちらにしても、久しぶりに会えたのは嬉しかったりするし、その気持ちに変わりは無い。

 

 だけどそれとは逆に、レ級が俺を案内することについてはどうなのだろう。確かに子供とは思えない腕っ節を持ったレ級ではあるが、俺やヲ級を元中将にばれないように呉鎮守府内に潜入させるとなると……

 

「あ、あのさ……先生……」

 

「は、はい。なんでしょうか、元帥?」

 

「この子に任せて……大丈夫?」

 

「た、たぶん大丈夫だと思います……」

 

 そう答えたものの、元帥の言った通り俺の内心は、ぶっちゃけて心配しまくりである。

 

 とはいえ、ここまできて止めますとも言えない。

 

 それにレ級は子供であるとはいえ、呉鎮守府内部のことを俺達よりは知っているはずだ。

 

 そうでなければ、ル級がここにレ級を寄こすはずがないだろう。もしかすると、何か別の考えがあってのこともかもしれないし。

 

「ソレジャア、早速行コウゼ、カモンッ!」

 

「ラジャーーーッ!」

 

 レ級の声に反応したヲ級が腕を振りあげる。

 

「「海底防衛隊ッ、出発進行ーッ!」」

 

 なんでここだけ流暢に喋るんだよレ級は……

 

 息がピッタリなのは付き合いが長かったからだと納得はできるけれど、元気一杯過ぎて空回りするのは避けて欲しい。

 

 しかし、通常のレ級は微妙に片言だったような気がするんだけど、なぜなのだろうか。

 

 金剛とは違う、何かこう……深夜番組的な要素を感じてしまうんだけれど……もしかして、ル級の仕業じゃないだろうな……?

 

 あいつならやりかねない……が、今はそんなことを考えている暇は無い。夜が明ける前に呉鎮守府に潜入して北方棲姫を見つけ出さないと、ぷかぷか丸や艦隊の皆が見つかってしまうのだ。

 

 そうなってしまえば、確実に戦闘に突入となってしまう。それだけは絶対に避けたいからこそ、俺はヲ級と共に潜入すると決めたのだ。

 

「ソレジャア、オ先ニ下リルヨ、オ兄チャン」

 

 言って、レ級とヲ級はそのまま海へと飛び込んだ。

 

 ドボンッ! ――と、大きな音が聞こえ、海面に漂う二人は俺に手招きをする。

 

「それじゃあ……いってきます」

 

 皆の方へと振り向かずに俺は言い、マスクを被って息ができるか確認した。

 

「ああ、気をつけてね……」

 

 小さく聞こえた元帥の声に頷いた俺は、真っ暗な海へとダイブする。落下していく感覚に身を震わせながら、冷たい海中に入った。

 

「先生っ、絶対……絶対帰ってこいよなっ!」

 

 身体を慣らすために海面に浮かぶ俺の耳に、船の方から天龍の叫ぶ声が聞こえ、次々に子供達の声が続いてきた。

 

 ああ、必ず帰ってくる。

 

 まだ死ぬ気なんて全くない。やりたいことは数え切れないからな。

 

 俺は笑顔を浮かべながら海の中に顔をつける。

 

 そして――俺とヲ級、そしてレ級の三人による、呉鎮守府潜入作戦が開始された。

 

 

 

 

 

 夜の海。

 

 呉鎮守府までの距離は遠いけれど、辺りを偵察している深海棲艦が居ないとも限らないので、明かりは一切付けずに泳いでいる。

 

 ル級に仲間への伝達は頼んでおいたけれど、どこまで伝わっているかは分からない。下手をすれば、出会った瞬間攻撃される可能性もあるのならば、この方法は当たり前だと言えるだろう。

 

「し、しかし……何も見えないぞ……」

 

 先導して泳ぐレ級の姿すら殆ど見えない中、俺はヲ級だけが頼りだと、手をしっかり握っていた。

 

 ちなみに足ヒレはつけているのだけれど、ヲ級の泳ぐ速度が半端無く速いので、泳いでいるよりも引っぱられているという表現の方が正しかったりする。

 

 いくら酸素ボンベを背負っているとはいえ、兄として情けなくなってしまうが、やはり深海棲艦と言ったところだろうか。それに、スキューバの経験も殆どないし……って、言い訳ばかりなのは良くないな。

 

「オ兄チャン、大丈夫?」

 

「ああ、大丈夫だ」

 

 マスクを被っているから、前のように会話ができない訳じゃない。ただ、どうやってヲ級が喋っているのかは、正直分からないけれど。

 

「レッ! コノママ真ッスグ進メバ、スグニ着クヨッ!」

 

「しかし大丈夫なのか? 二人は深海棲艦だから偵察に発見されても怪しまれないかもしれないけれど、俺が見つかったら完全にアウトだぞ?」

 

「ソノ辺ニツイテハ、チャント考エテアルッ! 泥舟ニ乗ッタツモリデ、安心シテ良イヨッ!」

 

 いや、絶対安心できないぞ……それ……

 

 しかし、ここまで来て帰る訳にもいかないし、俺達には時間が無い。ぶっつけ本番でいくことになったとしても、なんとかして作戦を成功させなければならないのだ。

 

「分かった……宜しく頼むぞ、レ級」

 

「レッ! レ級、全力デ頑張ルヨッ!」

 

 そう聞こえた瞬間、ヲ級の引っぱる強さが早くなり、スピードが増した。

 

 真っ暗な海の中だから感覚がよく分からないけれど、この調子だとレ級の言った通りすぐに着くんじゃないかと思った俺は、強く目を閉じながら気合を入れた。

 

 

 

 

 

「静カニ……コノママ、ユックリ沈ンデ……待ッテテ……」

 

「ラ、ラジャー……」

 

 それから10分ほど引っぱられたところでレ級が急に止まり、ヲ級も慌てて停止した。よく目を凝らしてみると前方に小さな光が見え、レ級がヲ級に指示をしているところだった。

 

「オ兄チャン、僕ガ引ッパルカラ、絶対ニ動カナイデネ」

 

 その言葉に俺は頷くと、ヲ級はそのまま海の底へと向かって素早く潜って行く。ヲ級の手を握った俺も、その動きに合わせて暗い海の底へと沈んで行くのだが、余りに何も見えない空間に、背筋にゾクリとしたモノが走る感覚に襲われた。

 

「な、なんだよ……これ……」

 

 ヲ級の手を掴む以外の、身体の感覚がまったく分からない。

 

 視界は完全に閉ざされたように、何も見えないのだ。

 

 泳いでいたときは海面からそれほど深くないところだったので、手を繋ぐヲ級の姿はなんとか見えた。しかし、俺が居る場所ではヲ級の手どころか、自分の身体すら見えないのだ。

 

 そして今は、敵かもしれない者が近くに居る恐怖が俺達の心に不安を呼び、蝕んでいく。ここでもし、ヲ級の手が無かったら――俺は今すぐ叫びながら暴れ出していたのかもしれない。

 

 それくらい、夜の海の底は恐ろしく、何も無いと感じる場所だった。願わくは、二度と来たくは無い。そんな思いが心の中を埋め尽くす。

 

 ル級やレ級やイ級、そしてヲ級と出会った海底の場所とは違い、余りにも人が居られないであろうと思える空間。こんなところに、なぜ深海棲艦は居られるのだろうか。怖くないのだろうか。叫びたくならないのだろうか。

 

 そんな思いが頭の中を駆け巡り、俺はただじっと、ヲ級の手を握り続けていた。

 

「………………」

 

 自分の呼吸の音だけが聞こえ、闇に溶けていく。

 

 冷静になればなるほど、恐怖が俺の身体を包み込む。

 

 もし、ここで敵に見つかったのならば、まず間違いなく生き残れない。

 

 逃げることもできぬまま、あのときのようにパクリと食べられてしまうかもしれない。

 

 そんな考えが頭の中に過ぎったとき、小さな声が聞こえてきた。

 

「モウ、大丈夫。向コウハコッチニ気ヅカナカッタミタイダヨ」

 

 レ級の声が聞こえ、俺は安堵のあまりヲ級の手を握る力を弱めてしまった。

 

「……っ!?」

 

 その瞬間、急に海流が変わったかのように身体が揺さぶられ、握っていた手の感覚が無くなってしまう。

 

「ちょっ、マジかっ!?」

 

 慌てて手を握ったが、ヲ級の手の感覚は伝わってこない。辺りの視界は変わらぬまま、何も見ることができないのだ。

 

「う、ウソだろっ!? ヲ級ッ! レ級ッ!」

 

 俺はパニックになって、周りに大きく叫び声をあげた。海の中ではどこまで声が伝わるか分からないけれど、無我夢中で叫び続けた。

 

 もしかすると、こちらに気づかなかった深海棲艦に気づかれてしまうかもしれない。だけど、それ以上に真っ暗な空間に取り残されてしまったという恐怖が俺を襲い、激しく身体を動かし続ける。

 

 もしこのままヲ級とレ級に会えなければ、俺はどうなるのだろう。これだけ暗い海の中では、海面がどちらなのかも分からない。力を抜いて浮上しようとするのだが、全く感覚が分からずに、動いているかどうかですら不明なのだ。

 

「頼むっ、頼むから……俺を見つけてくれぇっ!」

 

 そう叫んだ瞬間、マスクのレンズにぺたりと何かが貼りついた。

 

「オ兄チャン、見ーツケタッ」

 

 それは、ヲ級の手の平だった。闇の中で微かに白く見えるソレは、まるで天使の羽根ように見え、俺は必死に両手で握る。

 

「ワワッ! ド、ドウシタノ、オ兄チャンッ!?」

 

「よ、良かった……本当に……良かった……っ!」

 

 あまりの嬉しさに俺は涙を流し、ヲ級の身体をギュッと抱きしめた。ウエットスーツの上から感じるヲ級の身体は、海中の冷たさを忘れるくらい温かく、俺を安心させてくれた。

 

「オ、オ兄チャン……」

 

 そんな俺を気遣うかのように、優しく頭を撫でてくれる――かと思いきや、

 

「ソンナコトヲサレタラ、我慢ノ限界ジャーーーッ!」

 

 そう――叫んだヲ級は、急に俺のマスクの上から唇を何度も押しつけてくる。

 

「ちょっ、お前はいきなり何をやってるんだっ!?」

 

「コンナニ激シイハグナンカサレチャッタラ、興奮スルニ決マッテイルデショッ!」

 

「そ、そんなつもりは全く無いっ! 気持ち悪いからさっさと離れろっ!」

 

「サッキマデハアンナニ震エテイタノニ、利用スルダケ利用シテ……コノ鬼畜兄ィッ!」

 

「人聞きの悪いことを言うんじゃねぇっ!」

 

 俺は真っ暗な海の中でもがきながら、必死でヲ級を引きはがしにかかる。

 

 言われてみれば確かにその通りなのだけれど、それにしたってこれはやり過ぎである。まず場所を弁えろ――って、よく考えたら真っ暗だから大丈夫なのか。

 

 いやいやいや、そういうことじゃねーよ……

 

 ここは光の届かない深き海の中。殆ど見えないとはいえ、弟に発情されて襲われる気は毛頭ないし、そもそもそんなことをしている暇なんて無いのだが……

 

「レレ……ッ、コレガ……人間ノ愛情表現ナノカ……」

 

「いやいやっ、絶対違うからねっ! ヲ級が特殊過ぎるかつ、勝手にやっているだけだからねっ!」

 

 何処からともなく聞こえてきたレ級にツッコミつつ、俺は必死でもがき続ける。

 

 それと、ヲ級は一応元人間であって、今は深海棲艦だけど……むむ、ややこしいぞ全く……

 

 そんなことを考えながら、俺はなんとかヲ級を引きはがして冷静にさせようと、奮起することになってしまったのだった。

 

 

 

 地上でも海中でもまったく変わらないって……どういうことなんだろうな……

 

 




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次回予告

 ヲ級はやっぱりヲ級だった。

 色々と疲れたものの、三人は呉への潜入を開始する。
もちろんその方法は、誰もが予想できるアレだった。

 ただし――その効果は別の意味で凄いのだが。


 艦娘幼稚園 ~決戦、呉鎮守府~ その15「最凶のアイテム」


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その15「最凶のアイテム」

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 ヲ級はやっぱりヲ級だった。

 色々と疲れたものの、三人は呉への潜入を開始する。
もちろんその方法は、誰もが予想できるアレだった。

 ただし――その効果は別の意味で凄いのだが。


 

 なんとかヲ級を引きはがし、帰ったら飯抜きの刑を一週間続けるぞというお仕置きをちらつかせることによって、なんとか冷静さを取り戻させることができた。

 

「ヲヲ……飯抜キハ……絶対ニ……嫌ダ……」

 

 ブツブツと呟きながら俺を引っ張るヲ級が若干可哀相に思えてくるが、さすがにさっきのはやり過ぎだったと心を鬼にして、慰めるのはしないでおく。

 

「ヲ級、先生ッ。モウチョットデ、着クヨッ!」

 

 前方から聞こえてくるレ級の声を聞き、気持ちを切り替えるために空いた方の手をギュッと握る。これから向かう場所は深海棲艦が占領している呉鎮守府。一つのミスが命取りになってもおかしくない。

 

 内部でバッタリ深海棲艦に出会ってしまったら、どう転ぶかは全く予想が付かないのだ。レ級が仲間に通達をしてくれていたとしても、そいつがレ級側なのか元中将側なのかの判断がつかないし、仮にレ級側だとしても元中将の目が届く場所ならば、俺達を簡単に見逃すことはできないだろう。

 

 つまり潜入したら最後、誰かに見つから無いように北方棲姫の居場所を突き止めなければならない。これが通常の呉鎮守府というのならば、軍服を着るなどの方法で変装すれば何とかなると思うのだが、周りの殆どが深海棲艦となればその方法は全くもって使えない。更には、内部の状況も地図も何もかもが分からない以上、計画の立てようが無いのだ。

 

 だからこそ案内が居る……のだが、子供であるレ級が内部事情をどこまで知っているのかといえば不安にもなってしいまう。けれど、頼れるのがレ級以外に居ないので祈るしかない。

 

 後は、ル級の根回しがどこまで上手くいっているか……なんだけれど。

 

「レ級ッ! 俺が中に入って動き回れる方法は本当に大丈夫なのかっ!?」

 

「ル級カラチャント方法ハ聞イテルッ。ダカラ安心シテ、潜入デキルヨッ!」

 

「そうか……分かった、頼むっ!」

 

 ル級のことは信じているけれど、あいつの性格を考えると大事な場面でポカをやりかねない……という気持ちが心の中にあるのだが、こればかりはぶっつけ本番でやるしか無い。

 

 後には引けない状況だからだけれど、正直に言えばこんなことはしたくない。それでも、俺はたくさんの借りを返すため……そして、俺自身の願いのためにここまで来た。

 

 だから、この作戦は絶対に成功させる。そして、子供達や皆のためにも、俺は帰らなければならないんだと心に強く誓う。

 

 徐々にヲ級が引っ張る速度が落ち、俺の目にうっすらと浮かんできたのは、海中にある大きな丸いコンクリートの管のような場所。そこには縦に金属の棒があり、鉄格子を思わせるシルエットだった。

 

「これは……」

 

「ココカラ中ニ入レバ、途中マデハ誰ニモ会ワナクテ済ムッ」

 

 そう言ったレ級は、鉄格子の間を通り抜けた。さすがは子供の身体……と、言いたいのだが、この場合俺はどうやって入れば良いのだろう……

 

 酸素ボンベも背負っている状態では、どう考えても通り抜けられるとは思えないぞ……

 

「ル級、コレダトオ兄チャンガ通レナイヨ?」

 

「シーンパーイ、ナイサーーーッ!」

 

 ……え、なんで演劇風?

 

 百獣の王様みたいな喋り方……と、言うか歌い方みたいだけれど、やっぱりこれってル級の仕業なんじゃなかろうか……?

 

 緊迫したシーンとかでやられると、心がポッキリ折られそうなので止めといて欲しいんだけどなぁ……

 

 そんな心の中のツッコミに気づくことなく、レ級は二本の鉄格子を両手で握ると、どこぞの世紀末覇者のような剣幕で力を込めはじめた。

 

 いやいや、さすがにそれは無理じゃ……

 

「ホワッチャーーーッ!」

 

 嘘ーーーっ!?

 

 すげえよっ! 明らかに鉄っぽい棒なのに、何の抵抗もないままグニャリと曲がっちゃったよっ!

 

 深海棲艦パネェッ! 子供のレ級でこれだと、ル級とかどうなっちゃうのーーーっ!?

 

「サスガハ魚人空手有段者ノ、レ級ダネ……」

 

「え……そっちなの……?」

 

 どうやら世紀末覇者じゃなくて海賊の方だったらしい。

 

 いや、それにしたって、有り得ないレベルなんだけど。

 

「レッ、コレデ大丈夫ダヨネッ?」

 

 そう言って親指を立てたレ級は、スィー……と中に入って行った。俺とヲ級も、後を追いかけるために広がった鉄格子をすり抜けて、中へと入る。

 

 暫く続く真っすぐな管の中は、向かいの方から水が流れてくる感じがあったものの、深海棲艦であるヲ級やレ級の前では殆ど意味が無く、何の抵抗も感じぬまま奥の方へと泳いで行けた。

 

 もちろん、俺はヲ級の手を掴んだまま引っ張られていただけなんだけど。

 

 そして、暫く進むと管は左右の直角カーブを何度か繰り返し、大きく開けた場所に着いた。通ってきたモノと同じような管がいくつもあり、それらのちょうど中心に位置する壁に、上方向に続く壁梯子が取りつけられている。

 

 どうやらここは、呉鎮守府の排水施設のようだ。ということは、ここを上って行けば内部に潜入できるということだが……

 

「先ニ上ガッテ、様子ヲ見テクルネ。大丈夫ダッタラ、何カ落トスカラッ!」

 

「ラジャー。気ヲツケテネッ!」

 

 ヲ級の返事を聞いたレ級は水中で手を振ったあと、素早い動きで壁梯を上って行く。

 

 確かにこれから先、いつどこで深海棲艦に出会ってしまうか分からない。子供であるレ級に頼らなくてはいけないというのは少々忍びないが、俺が先に上る方が危険は高い。梯子を上っている間に見張りに見つかっては元も子もないし、失敗できない状況に置かれていることを考えれば仕方のないことだと、俺は唇を噛んだ。

 

 全てが終わったあと、皆にはたくさんの礼をしなければならないな……

 

 その為にも、失敗する訳にはいかない。無事に皆で帰って、祝杯をあげるんだ。

 

 作戦の成功を祝って、人間と艦娘、そして深海棲艦のル級やレ級も一緒に。

 

 俺はゆっくりと足を動かしながら水面近くに浮かび、皆で騒いでいる場面を想像していた。望むべく未来。それはすぐ目の前にある筈なんだ。

 

 ドポン……ッ!

 

「……っ!?」

 

 考え事をしていた俺の耳に大きな水音が聞こえ、慌てて視線を向ける。

 

「オ兄チャン、レ級カラノ合図ダヨ」

 

「あ、あぁ。そうだったな」

 

 上の方を見てみると、レ級が両手で大きな丸を作って大丈夫だと伝えてくれていた。

 

 俺は壁梯子に手を掛けながら足ヒレを外し、上へと上って行く。ヲ級も両手と両足、更には触手を器用に使って俺の後に続き、レ級の待つ壁梯子の終点までたどり着いた。

 

「オ疲レ、二人トモッ! 周リニハ誰モイナイシ、準備ノ方モ大丈夫ダヨッ!」

 

「ああ、ありがとな、レ級」

 

 俺はそう言ってレ級の頭を優しく撫でる。

 

 レ級は嬉しそうに俺の顔を見上げながら、心地よく笑みを浮かべていたんだけれど……

 

「……なんだ、これ?」

 

 レ級のすぐ後ろに置かれていた大きな四角いモノが目に映り、俺は首を傾げながら呟いた。

 

「コレガ、ル級カラ聞イテ用意シタモノダヨッ!」

 

 そう言って、レ級は万歳をして満面の笑みを浮かべている。

 

 しかし、レ級の笑みとは裏腹に、俺の心は不安まみれになっていた。

 

 さすがのヲ級も、俺と同じように引きつった顔で苦笑を浮かべ、固まっている。

 

 俺達が見るそのモノ――

 

 それは、潜入といえばコレだと言えてしまうけれど、実際には確実に無理だと思える『最凶』のアイテム。

 

 側面に大きな『呉鎮守府』の文字がプリントされた、

 

 

 

 人が隠れられるサイズの、段ボール箱だった。

 

 

 

 

 

「こちらスネ……じゃなくて俺だ。周りは大丈夫か?」

 

「ウン、今ノトコロ問題無イヨ」

 

 一応言っておくが、俺は無線なんて便利なモノは持っていない。段ボール箱にある、手で持ちやすいように開けてある穴の部分から外を覗きつつ喋っているだけだ。

 

 つまり、見事に俺は段ボール箱の中に入りながら移動している訳である。頭の当たる上部分はしっかり閉めて、下部分は足で移動するために開けてある。

 

 もちろん、潜水のために使用していた酸素ボンベなどは取り外し、念のために隠しておいた。つまり、現在俺の服装はウエットスーツのみという、所謂全身タイツ男である。

 

 中身は完全に違うけれど、段ボール箱に入って潜入する様はあのスタイルであり、潜入者にとっての最凶装備。これでばれないのが不思議でたまらないのだが……

 

「オ兄チャン、前方ヨリ重巡リ級ガ接近中ッ」

 

「……っ、直ちに停止するっ!」

 

 言って、俺は通路の端の方に置かれている段ボールを装った。

 

 ………………

 

 いや、無理だろこれ。

 

 どう考えても、ばれるって。いくらなんでも、深海棲艦も馬鹿じゃないだろうと思ったのだが……

 

「レッ!」

 

「オヤ、レ級ジャナイカ。ドウシタノダ、コンナトコロデ……」

 

「ヲ級ト一緒ニ、パトロール中デアリマスッ!」

 

「ヲッヲッー」

 

「ハハハ、ナルホド。他ノ邪魔ニナラナイヨウニ、パトロールヲ頑張レヨ」

 

「ラジャーッ!」

 

 ビシッとリ級に敬礼をレ級とヲ級。そんな姿に笑みを浮かべながら、俺の横を通り過ぎていくリ級だった。

 

 ………………

 

 おいおい、マジかよ……

 

 全然ばれてないぞ……これ……

 

 もしかして、本当に段ボールに入っての潜入って有用なのか……?

 

「……ン?」

 

 ――と思った瞬間、リ級が小さな声を出して立ち止まった。

 

 イメージすると、頭の上にクエスチョンマークが浮かび上がった感じである……って、冷静になれる場面じゃないぞっ!?

 

「コノ箱ハ……ナンダ?」」

 

 やっべーーーっ! やっぱり無理じゃんかこれっ!

 

 早速潜入失敗だよっ! これでもう何もかも終わりじゃないかっ!

 

「アッ、ソノ箱ハ……ル級ノ私物ダヨー」

 

「何……ッ!?」

 

 レ級の言葉を聞いた瞬間、リ級の顔に大粒の汗が浮かび上がった……気がする。

 

 箱の穴から見えないので想像でしかないんだけど、それくらい驚いている感じの声だった。

 

「ル、ル級ノ私物カ……ソレハ危ナイナ……」

 

「自動デ移動スルケド、邪魔ヲシタラ自爆スルカラネー」

 

 ――と、レ級が続けて言ったのだが、さすがにその言い訳は無理があるだろうっ!

 

 フォローの仕方に問題が……って、子供であるレ級にはやっぱり荷が重すぎたか……っ!

 

「………………」

 

 リ級の言葉が詰まり、沈黙が流れる。

 

 段ボール箱に手を触れられた瞬間、完全に潜入は失敗だ。最後の手段は、体術でなんとかするしかない。ル級に対空迎撃の蹴りが効いたように、リ級一人なら何とかなるのかもしれない。

 

 俺は唾をゴクリと飲み込みながら、拳に力を込めた――のだが、

 

「ソレヲ早ク言ッテクレッ! ル級ノ私物ナンゾ、触リタクモ無イッ!」

 

 言って、リ級はそそくさと向かっていた方向へ走り去って行った。

 

 ………………

 

 いや、なんて言ったら良いんだろう。

 

 まず、勝手に移動して、邪魔をしたら自爆する私物ってなんなのだ。

 

 そしてそれを信じるリ級……と言うよりも、ル級の信用というか、普段の行いが……その、なんだ……残念過ぎるのだろう。

 

 色んな意味で泣きたくなるし、今度一緒に酒でも飲みながら愚痴を聞いてやる方が良いのかもしれない。

 

 あ……でも、もしかするとル級は分かっていてやっている可能性も……

 

「オ兄チャン……一応、周リニハ誰モ居ナイケド……」

 

「あ、あぁ……とにかく、先に進もう……」

 

 段ボール箱の中で肩を落としながら大きくため息を吐いた俺は、ゆっくりと足を動かして通路を進んで行く。

 

 その後、何度か見廻りや移動している深海棲艦とすれ違ったけれど、同じようにレ級が段ボール箱のことをル級の私物であると言った瞬間に、尽く逃げるように去って行ったのだった。

 

 これは、ル級の日頃の行いが役に立った……ということで済ませておいた。考えるだけ無駄なような気がするからね。

 

 そんな、ドキッ、初めての潜入作戦! ――の出来事でありましたとさ。

 

 

 

 あっ、タイトルっぽいのは冗談だよ?

 

 




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次回予告

 パネェ……ル級の仲間信頼度がマジパネェ……(主人公、心の中の言葉

 ちょっと休憩をはさみつつ、3人は北方棲姫の気配を頼りに呉鎮守府内を捜索する。
そこで出会う深海棲艦の話に、主人公の心が崩壊するっ!?


 艦娘幼稚園 ~決戦、呉鎮守府~ その16「日頃の行いは大事」


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その16「日頃の行いは大事」

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 パネェ……ル級の仲間信頼度がマジパネェ……(主人公、心の中の言葉

 ちょっと休憩をはさみつつ、3人は北方棲姫の気配を頼りに呉鎮守府内を捜索する。
そこで出会う深海棲艦の話に、主人公の心が崩壊するっ!?


「辺リニハ、誰モ居ナイ……カナ?」

 

 排水施設があった建物から出た俺達は、子供二名と段ボール箱という傍から見ても怪しい集団にも関わらず、ル級の日頃の行いのおかげで難なく捜索をする事ができた。

 

 そうとなれば、できるだけ早く北方棲姫を見つけ出すべきだと思っていたのだが、段ボール箱を被って移動するというのはなかなかの重労働であり、足腰が悲鳴をあげてきた俺を心配したヲ級が休憩しようと言い出したのだ。

 

 そうして俺達は近くにあった小さな建物に入ったのだが、どうやらこの建物は電気関係の施設らしく、金網の向こうに大きな配電盤がたくさん並んでいた。奥に行くには南京錠を外さないといけないけれど、休憩が目的なのでその必要性は無く、周りに誰もいないことを確認したレ級のジェスチャーを見て、段ボール箱から出た。

 

「ふぅ……ちょっと休憩だな……」

 

 俺はそう言いながら、地面に腰を下ろす。ヲ級はそんな俺の隣にちょこんと座り、小さなため息を吐いていた。

 

 思いやりを持つ弟で良かったと嬉しくなってしまうけれど、海中での騒動があっただけに、若干褒めにくい。それでも感謝をしているのは間違いないので、優しくいつものように頭を撫でてあげた。

 

「ヲッ……」

 

 頭に手を置いた瞬間は少し驚いた表情を浮かべていたけれど、すぐにリラックスしているように目を細めていた。

 

「……チョット、羨マシイ」

 

「ん、レ級も撫でてあげようか?」

 

「ウンッ!」

 

 ヲ級の反対側に座ったレ級は、笑顔で俺の顔を見上げてくる。俺も笑顔を返し、もう片方の手で頭を撫でてあげる。

 

「手伝ってくれて、ありがとな」

 

「全然ダイジョーブッ! ソレニ、アノ人間、レ級嫌イッ!」

 

「そうなのか……って、もしかして何かされたのか?」

 

「ン……」

 

 言葉を詰まらせたレ級は笑顔を崩す。悲しそうなその顔を見て、俺の頭の中に嫌な考えが過ぎった。

 

 まさか元中将がロリコンで、レ級を手籠めにしようなんてことをしていたら……絶対に許せない。もしそうなら、地獄の果てまで追いかけてやるっ!

 

「レ級、思い出したくないなら別に……」

 

「アイツ、レ級ガル級ト遊ボウトスルト、イツモ文句言ウッ!」

 

「……文句って?」

 

「馬鹿ガウツルカラ、付キ合ウノハヤメロッテ。ソンナノ、ウツル訳無イノニ……」

 

「あー……うん、そう……だな……」

 

 ………………

 

 すっごい返答しにくいのだが、あながち間違っていないような気がするのは……やっぱり日頃の行いなんだろうなぁ……

 

 もしかして元中将って、何気に優しくね?

 

 いや、でもさすがにフルボッコにされたことを思い出すと許す気にはなれない。それに、艦娘を兵器扱いする考え方の段階で相容れる気は全く無い。

 

 だからこそ、仕組まれた査問会という無謀な戦いにも、俺は向かって行ったのだ。まぁ、幼稚園を取り潰そうとする時点で黙ってはいられなかったんだけどね。

 

「ソレニ、ミンナアイツノコトハ嫌ッテル。北方棲姫様ヲ捕マエタッテ、イッパイイッパイ、怒ッテル……」

 

「ああ、そうだな。だから、頑張って北方棲姫を探し出して、あいつを追い出そうな」

 

「ウンッ! レ級ガンバルッ!」

 

「ヲ級モガンバルヨッ!」

 

「ソウダネッ! レ級トヲ級、ソレニ先生モイレバ、全然ダイジョーブッ!」

 

 言って、レ級とヲ級は拳を振りあげる。

 

 俺もニッコリ笑って同じように拳をあげ、頑張るぞと気持ちを込めて二人に頷きかけた。

 

 

 

 

 

「さて、そろそろ休憩を終わらせて、捜索に戻ろう」

 

 そう言って立ち上がった俺に、レ級とヲ級は頷いた。

 

「ところで、北方棲姫の居場所はどれくらいまで感知できているんだ?」

 

「ウーン……近クダトイウノハ分カルンダケド、似タ感ジノ気配ガ多インダヨネ……」

 

 ヲ級は悩むような仕草をしながら、集中するために目を閉じようとする。確かに呉鎮守府内にはたくさんの深海棲艦が居るだろうから、ヲ級が言うように似た気配を感じるのは仕方が無いのかもしれない。しかし、どうにかして居場所を突き止めないと、危険を冒して潜入した意味が無くなってしまうのだが……

 

 そんな焦りが俺の心に生まれ始めたとき、レ級はヲ級の肩に手を置いて、真剣な表情で言葉をかけた。

 

「ヲ級ッ、ココハ一ツ、アレヲ思イ出スンダッ!」

 

「アレ……ッテ、マサカッ!?」

 

「ウンッ、アレダヨッ!」

 

 二人はコクコクと頷き合い、ヲ級はしっかりと目を閉じて、レ級がヲ級の顔の前に手を突き出した。

 

 ……いったい、何をしているんだろう?

 

 何だか見たことのあるような、感じなんだけど……

 

「ヲ級ヨ……考エルノデハ無イ……感ジルノダ……」

 

「ワカッタ……ヤッテミル……」

 

 ………………

 

 いや、あかんて。

 

 これはあかんやつや。

 

 フォ●スじゃなくて、北方棲姫を感じろって言ってるんだよっ!

 

 完全にル級だなっ! あいつの仕業なんだなっ!?

 

 馬鹿がうつっちゃてんじゃねーかーーーっ!

 

「ハッ……コノ気配ハ……間違イ無イッ!」

 

 そして見つけちゃうヲ級。そこに痺れも憧れもしない。

 

 二人揃って教育し直さないと、将来が怖過ぎる。

 

 無事に帰ったら、スパルタ教育で矯正してやるぜーーーっ!

 

「何ダカ、身ノ危険ヲ感ジルンダケド……」

 

「激シク同意。オ兄チャンカラ、黒イオーラガ見エマス……」

 

「き、気のせいじゃないかな……?」

 

 俺は慌てて上がりそうになったテンションを戻し、二人に向かって左右に首を振る。ジト目が少々痛かったけれど、俺は口笛を吹きながら気づかない振りをして、話を戻すべくヲ級に声をかけた。

 

「そ、それで、北方棲姫の居場所は分かったのか?」

 

「完璧ニ……トハ言エナイケド、大体ノ場所ハ掴メタヨッ!」

 

「ヤッタネッ!」

 

 二人はハイタッチを交わして喜び合い、グルグルと俺の周りを走り回った。

 

 ふぅ……これで、先に進めそうだ。

 

 まだまだ油断はできないけれど、進むべき道がある。必ず成功させて皆の元へに帰るんだと強く願いながら、すぐ傍にある段ボール箱に目をやった。

 

 

 

 また……これを被らないといけないんだよな……

 

 マジで足腰が痛いんだよね……

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 ヲ級の『チカラ』によって、北方棲姫が居るであろう場所に目星がついた俺達は、再びレ級の案内によって向かうことになった。

 

 ちなみに、休憩していた建物から出てすぐのところで……

 

「ヤァ、レ級。オ散歩カイ?」

 

「違ウノッ。ル級ノ荷物ヲ搬送中ッ!」

 

「ナ、ナニッ!? ソ、ソレハ……オ疲レダナ……」

 

「ジャア急グカラ、マタネッ!」

 

「アァ、クレグレモ気ヲツケテナ……」

 

 ――と、可哀想な目でレ級を見つめる軽巡ホ級との会話があったり、

 

 

 

「ムッ、君ハ確カ……サラワレタハズノ、ヲ級ジャナイカッ!?」

 

「イエ、僕ハソノヲ級ジャ無イデス。ル級ニヨッテ生ミ出サレタ、新型ヲ級……名付ケテ『超時空要塞ヲ級』デス」

 

「マ、マタ……ル級ガヤラカシタノカ……」

 

 ――と、雷巡チ級が冷や汗をダラダラとかきながら、ヲ級から距離を取っていたり、

 

 

 

「アー……マタ合コン失敗シタワー……」

 

「レレッ、気ヲ落トサナイデ。次ガアルヨッ!」

 

「ダケドコレデ、モウ25回目ナノヨ……」

 

「ヲヲ……ソレハ凹ムネ。デモ、ドウシテソンナニ……?」

 

「良イ感ジニナルト、イツモル級ガ邪魔ヲシテ……砲弾ヲ撃ツノダ……」

 

「ソ、ソレハ……大変ダネ……」

 

「モウ、ル級ト同ジ合コンハ……行キタクナイ……」

 

 ――と、ガチ泣きする重巡リ級が肩を落として通り過ぎて行った。

 

 

 

 ………………

 

 ……いや、もうツッコミどころが満載過ぎて、どうして良いか分かんないよっ!

 

 全てにル級が絡んでいる挙句、ほとんどあいつが悪いじゃねぇかっ! 仲間への伝達が上手くいっているかどうかより、そもそもあいつに仲の良い存在がいるのかっ!?

 

「サスガハ、ル級姉ェ……コンナニ上手ク行クトハ、思ワナカッタヨ……」

 

 そう言ったヲ級は、俺が被っている段ボールを見つめながら感心しているようだけど、正直に言って勘違いだと思う。これが本当にル級の仕組んだことだったのならば、どれだけ前から仕込み作業をしていたのかとツッコミたくなるし、失っているモノが大き過ぎる。

 

 仲間内での信頼度が、すでにゼロ……いや、マイナスになっている。これじゃあ完全に、舞鶴鎮守府内の女性関係沙汰による元帥と同レベルなのだ。

 

 ……って、別に元帥にことを貶すつもりは無いのだけれど、何故か同一視してしまうのは、似ているところがあるのだろう。

 

 もしかするとル級を信用したのって、これが関係しているんじゃないだろうな……?

 

「……ヲッ、ソコノ建物ニ……反応アリッ!」

 

 急に立ち止まったヲ級が指し示した先には、周りよりも一つ背の抜けた建物があり、俺達は急いでそこへと向かう。

 

 その建物の入口には、鎮守府内の一番重要な施設であり、言わば本拠地と言える場所を示す、『呉鎮守府庁舎』の看板が掲げられていた。

 

「ココハ……アイツガ居ルトコロダヨッ!」

 

 レ級がそう言った瞬間、俺は段ボール箱の中で顔を歪ませる。

 

 つまりここは、元中将の目が届く範囲の可能性が非常に高い。北方棲姫を捕えている場所にしているのも頷けるが、できればそうでなかった方が良かったのに……と、ため息を吐きたくなる。

 

「ヲ級、この建物のどこに北方棲姫が捕われているか、分かるか?」

 

「ン……ト、モウ少シ近ヅカナイト、細カイ場所マデハ……」

 

「そうか……ならやっぱり、中に入らないとダメか……」

 

 だが、悔んでいたって仕方が無い。この建物の中に北方棲姫が捕われているのなら、居場所を見つけ出してル級に伝えるまでだ。そうすればル級達の弱みは無くなり、元中将を追い出して呉鎮守府を奪還することができる。

 

 しかし問題は、この建物内部で移動するのに段ボールが有効に働いてくれるかである。今までの状況を見る限り、ル級のことを知っている深海棲艦なら大丈夫そうなのではあるが……

 

「レ級、この中には元中将の息のかかった深海棲艦は、どれくらい居るんだ? あと、監視カメラとかは設置されているか?」

 

「ソレハ……レ級、分カラナイ。ケド、カメラハ……アッタト思ウ……」

 

「ある……か……」

 

 元中将がこの建物に北方棲姫を捕え、隠しているとするならば、息のかかっていない深海棲艦を多く配置するということは考えにくい。となれば、内部に居る深海棲艦に段ボール箱が通じる可能性は低くなるが、監視カメラが設置されているならば、生身の身体で動き回るのは非常に危険だろう。

 

 どちらにしても何かの対策をしなければ、建物の中に入るのは無謀である。かといって、この段ボール箱以外に有効と思えるモノを持っていない俺は、結局これに頼るしかないのだが。

 

「とはいえ、真正面からこんばんわ……ってのは、さすがに無謀だよなぁ……」

 

 せめて裏口があればそちらから入るのだけれど……と、ダメ元でレ級に聞いてみたところ、

 

「ソレナラ、コッチニ別ノ入口ガアルヨッ!」

 

 ――と、答えたので案内してもらうと、見張りどころか鍵もかかっていない裏口を見つけてしまい、拍子抜けしてしまったのであった。

 

 ま、まぁ、俺達にとってありがたいので突っ込む気は無いんだけどさ……

 

 余りにも不用心過ぎないかなと、思っちゃうんですよね……

 

 




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次回予告

 裏口は基本。ただし罠に注意。

 内部に潜入出来た3人だが、予想通りカメラがあった。
どうにかして通りぬけようとするが、思わぬヤツが現れる……!?


 艦娘幼稚園 ~決戦、呉鎮守府~ その17「謎は解けた!?」


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その17「謎は解けた!?」

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 仕事で帰宅が遅れ、更新が遅くなりました。すみませんっ!(><)



 裏口は基本。ただし罠に注意。

 内部に潜入出来た3人だが、予想通りカメラがあった。
どうにかして通りぬけようとするが、思わぬヤツが現れる……!?


「むぅぅ……」

 

 段ボール箱についた取っ手部分の穴から外を見ていた俺は、しかめっ面をしながら呟いていた。傍にはヲ級とレ級が立っているが、俺が心配しているのはそこじゃない。

 

 俺達は警戒が全くされていなかった裏口から庁舎内に侵入し、ヲ級の感覚を頼りに通路を歩いていた。そこで俺が危惧していたモノを見つけ、慌てて止まった訳である。

 

「アソコニ、カメラガアルネ……」

 

 ヲ級が触手で指した通路の天井部分に、監視カメラが取り付けられていた。更に厄介なのは、ゆっくりな動きではあるものの、カメラの向きが左右に繰り返し動き続けていて、死角になる部分が少ないのだ。

 

「この通路を通るのは難しそうだな……」

 

 これが深海棲艦の見張りならば、今までと同じようにレ級の荷物を運ぶためだと言って通り抜ける方法が取れただろうが、相手が物言わぬカメラである以上、映像は鮮明に撮られてしまう。レ級とヲ級は深海棲艦の子供ということでなんとかなるかもしれないが、段ボール箱が独りでに動いているのをモニター越しの相手が見れば、不信感を抱いてしまうだろう。

 

「北方棲姫の気配は上からするんだよな?」

 

「ウン。間違イナク、上カラ感ジルヨ」

 

 触手を天井へと向けたヲ級は、コクリと頷いた。

 

「レ級、この通路の奥にある階段以外にも、上に行く手段は無いのかな?」

 

「アルケド、ココカラダト結構遠イカナ……」

 

「そうか……」

 

 できるならば、庁舎の中を動き回ることは避けておきたい。しかし、監視カメラがあるこの通路を通り抜けるのもまた難しい。更に言えば、ここを上手く通り抜けられても、他にカメラが無いという保証は無いのだ。

 

「急がば回れと言うけれど……か……」

 

 独り言を呟いた俺は、段ボール箱の中で考え込む。どちらの方法を取るべきか悩み、できる限り安全に行きたい……と思っていたのだが……

 

 

 

 ガチャ……ッ

 

 

 

「……っ!?」

 

 扉が開くような音が聞こえ、俺は慌てて段ボールの中で180度反転した。穴の部分から人影らしきモノが見え、慌てて口を閉じて動きを止める。

 

「おやぁ……?」

 

 気づけば、近くにあった扉が開いていた。このタイミングでそれは無いよ――と叫びたくなるが、起きてしまったことは仕方が無い。それよりも問題なのは、明らかに人影がこちらの方に気づいたということである。

 

「ぐふっ、どうして子供なんかがこんなところに居るのかなぁ?」

 

 独り言を呟きながら向かってきた人影の足音が徐々に大きくなり、俺の心臓の音がバクバクと高鳴りをあげる。額に汗がにじみ、タラリとこぼれ落ちていく感触に息を飲んだ。

 

「レッ!?」

 

「ヲヲッ!?」

 

 声に気づき、ビクリと身体を震わせたレ級とヲ級が声をあげて振り向いたようだ。しかし俺には小さな穴から見える部分しか分からず、声の様子で理解するしかない。

 

 くそっ、こんなに簡単に近寄られてしまうなんて……っ!

 

 だが、今動いてしまったら全てが水の泡になる。俺は必死で動き出したくなる衝動を押さえながら、俺は外の声や音を聞き逃さないように耳を澄ます。

 

「おやおや、そんなに驚かなくても良いんだなぁ。別に取って食おうなんて考えていないからねぇ……ぐふっ、ぐふふっ……」

 

 あれ……? この声、どこかで聞いたことがある気がするんだが……

 

 それに、低く籠ったような声は明らかに男性の声だ。つまり人影は深海棲艦ではなく人間であると同時に、なぜこの場所で自由に動き回れているのだろうという疑問が、俺の頭の中に過ぎる。

 

「ア、アノッ……レ級ハコノ荷物ヲ、ル級ニ……」

 

「ル級……?」

 

「ソウソウ。アノ変態ノ、ル級デス」

 

 ヲ級が相槌を打つように答えたが、本人が聞くと怒りそうだよなぁ。

 

「ああ、なるほどねぇ。あのおかしな深海棲艦のことだねぇ……ぐふふっ」

 

 この、口癖のように繰り返す「ぐふっ」という言葉……やはり過去に聞いたことがある。

 

 もしかして、元中将と一緒に査問会にいた、鼻をほじりまくっていた太っちょ提督か……っ!?

 

「そうかそうかぁ……君達は小さいながらも、お手伝いをしているってことだねぇ……ぐふふ……」

 

「ヲッ。ソレホドデモアルカナッ!」

 

「ぐふ、ぐふふっ。その返しは面白いねぇ……さすが平凡な人間の子供とは違って、ユーモアがあるってことかなぁ」

 

 ヲ級の発言に一瞬焦ったが、どうやら子供というのが幸いしたようだ。口調の感じから怪しまれているような雰囲気は無いし、このまま通り過ぎてくれれば何とかなるのだが……

 

「しかし、どうしてこんなところで立ち止まっていたんだろうねぇ?」

 

 その言葉を聞いて、俺は一気に汗が引いた。

 

 カメラが邪魔で通れませんでしたと言える訳が無いし、この場で俺が二人に助言すると聞こえてしまう可能性が高い。小さな穴からジェスチャーをすることも難しく、全てはレ級とヲ級の判断による返事にかかっているのだが、これはマジでやばすぎる……っ!

 

「ソ、ソレハ……」

 

 レ級の言葉が詰まり、一瞬の沈黙が流れた。

 

 それは不信感となり、あらぬ疑いを持たれてしまう。

 

 疑い自体はありまくりなんだけれど……って、そんなことを思っている場合ではない。

 

 何とかして二人に伝える方法がないかと考えるが、変に動けばその時点でばれるだろうと、俺は歯を食いしばった。

 

「それは……どうしたのかなぁ?」

 

 頼む……ヲ級、何とか良い返事をしてくれ……

 

「マァ、単純ニ道ニ迷ッタダケナンダケドネ」

 

「ソ、ソウソウッ。レ級、アンマリココニ、来タコトナイカラ……」

 

 そう言って、二人はコクコクと頷いているようだった。

 

「………………」

 

 しかし男は何も答えない。雰囲気から察するに、レ級とヲ級をジッと睨んでいるようだ。

 

 ヲ級の返し自体は悪くなかった。ただそれが、納得させられたかどうかなんだけれど……

 

「ぐふ……っ」

 

「……ヲッ?」

 

「そりゃあ、そうだろうねぇ。ここに君達がきたのは数日前だし、ましてや子供ならば、覚えるのも大変だろうなぁ……」

 

「ソウナンダヨネ。最近ボケテキチャッタミタイデサ……」

 

 それはちょっと、言い過ぎな感じがするんだけどっ!?

 

「ぐふふっ、君は面白いねぇ。良かったら今度、部屋に遊びに来ないかい?」

 

「僕ヲ口説ク気ナラ、チョットヤソットノモノジャア、難シイカモヨ?」

 

「ぐふっ、ぐふふふっ! 口説くときたかぁ……本当に、面白いねぇ……ぐふふっ」

 

 ……どうやら、言葉のニュアンス的には大丈夫そうだ。しかし油断はできないと、俺は引き続き注意深く耳を済ませる。

 

「それじゃあ、次に会ったとき暇だったら、エスコートしようかねぇ……」」

 

「魅力的ナプレゼントヲ、宜シクネー」

 

「了解した……ぐふふっ……」

 

 そう言った男は移動を開始したのか、通路を歩く足跡がコツコツと俺の横を通り過ぎ、遠ざかって行った。

 

 ふぅ……どうやら何とかなったみたいだ。

 

 よくやってくれたよ……ヲ級……

 

「ヲヲ……サスガニ疲レタ……」

 

「オ疲レダネ……」

 

 二人はそう言って大きなため息を吐き、俺が被っている段ボール箱をバシバシと叩いた。

 

「お、おいおい、何をするんだよっ!?」

 

「オ兄チャンモチョットクライ、サポートシテヨネッ!」

 

「イヤ、サスガニ動イタラ、怪シマレルヨ?」

 

「そ、そうだっ、レ級の言う通りだぞっ!」

 

「アノ男、僕ニ色目使ッテキタンダヨッ! 凄ク寒気ガシチャッタノニ、頑張ッタンダヨッ!」

 

「そ、それは……良くやってくれたとは思うけどさ……」

 

「ダカラ、ゴ褒美的ナ何カヲ、後デ所望スルッ!」

 

 所望って……やけに回りくどいと言うか、難しい言葉で言うよな……

 

 でもまぁ、確かに頑張ってくれたから、後で労ってやっても良いだろう。

 

 ただし海中でのこともあるので、現状ややプラスって感じだけど。

 

「分かった分かった。無事に帰ったら、そのときに何かプレゼントしてやるよ」

 

「約束ダヨ、オ兄チャンッ!」

 

「レレッ! レ級モ頑張ルカラ、プレゼント欲シイッ!」

 

「ああ、それじゃあ二人共、何か用意するよ」

 

「「ヤッターッ!」」

 

 ガッツポーズをして喜ぶレ級とヲ級。

 

 正直に言えば、こんなところで気を抜き過ぎだと言われてしまうかもしれないが、ここまで喜んでいる二人を咎めるのもまた難しい。しかし、目的である北方棲姫の居場所はまだ発見できていないのだからと二人に言い、再び捜索に戻ろうとしたときだった。

 

「……っ! 二人とも、足音だっ!」

 

 再び聞こえてきた通路を歩く音に、俺は小さな声で伝えてから息を潜めた。

 

 足音はどんどん大きくなり、ほんのすぐそこまで近づいてきたと思った瞬間、急に声がかけられた。

 

「ぐふっ、言い忘れていたんだけどさ……そこの通路の奥の階段を上った先にある、三階の総司令官室の隣の部屋には行かない方が良いからねぇ」

 

「ヲ……ヲヲッ? ソコニ行クト、ダメナノカナ?」

 

「中しょ……じゃなくて、君らの提督が怒っちゃうからねぇ。子供と言えども、あの人は容赦しないからさぁ」

 

「ソ、ソウダネ……アノ人、怖イカラ……」

 

「ぐふっ、聞きわけが良い子は賢いねぇ。それじゃあ、気をつけてお使いするんだよぉ」

 

 そう言って、足音は遠ざかって行く。

 

 どうやらレ級とヲ級に注意をしてくれたようだが、査問会のときとは別人だと思えてしまうような心づかいだよなぁ。

 

 もしかして、全く違う人物なのではないのだろうか――と、ヲ級に男の風貌を聞いてみたのだが、

 

「凄イ太ッチョデ、喋ッテイル間、ズット鼻ヲホジッテイタケド……」

 

 まず間違いなく、査問会のときに同席していた、あの鼻ほじり中佐と同じ感じだった。

 

 そして、それは同時に、俺の頭の中に一つの答えが導き出される。

 

 雪風が語った、呉鎮守府が襲撃されたときのこと。

 

 急に襲ってきた深海棲艦の戦闘機。そして始まる砲雷撃戦。

 

 その中で、明らかに不可思議だった現象。

 

 通信の遮断――つまりは、妨害電波の存在。

 

 そしてそれは、内部の者の工作だと元帥は言った。

 

 つまり、この呉鎮守府の中にある官庁の内部で、自由に動き回れている鼻ほじり中佐が――

 

「元中将の工作員……ということか……」

 

 レ級とヲ級に聞こえないように呟いた俺は、ゴクリと唾を飲み込んだ。

 

 己の取った行動で、数多くの艦娘や呉鎮守府の人達に危害を加えた。それを、鼻ほじり中佐は分かっていなかったはずでは無いだろう。

 

 もし万が一、元中将に騙されたりして分かっていなかった場合、レ級やヲ級と先程のような言葉を交わすことなど、できるはずがない。

 

 元中将と同じ、鼻ほじり中佐は人間を裏切った。例えどんな理由があったとしても、それは許されることではない。

 

 怒りが徐々に湧き上がってくる感覚を押さえつつ、俺は冷静になるようにとため息を吐く。

 

 俺達の目的は、北方棲姫の居場所を突き止めること。そして、そのヒントは俺達の手にあるのだ。

 

「よし……それじゃあ、行こうか」

 

「オッケー。モチロン、サッキ聞イタトコロダヨネ?」

 

「ソウダネッ!」

 

 レ級とヲ級、そして俺は同時に頷く。

 

 向かう先は通路の奥。階段を上って三階に行き、総司令官室の隣にある部屋へと。

 

 そこに、俺の考えが間違っていなければ――

 

 

 

 北方棲姫は捕われているのだろう。

 

 




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次回予告

 北方棲姫の居場所が分かった。
主人公達は三階に向かい、鍵の掛った扉の前に立つ。

 最後の試練とばかりに立ちふさがる壁に、新たな特技を発揮する……?


 艦娘幼稚園 ~決戦、呉鎮守府~ その18「大怪盗の末裔?」


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その18「大怪盗の末裔?」


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 北方棲姫の居場所が分かった。
主人公達は三階に向かい、鍵の掛った扉の前に立つ。

 最後の試練とばかりに立ちふさがる壁に、新たな特技を発揮する……?


 

 通路近辺に気配を感じなくなったのを見計らい、俺達三人は監視カメラの動きをしっかりと見極めた。左右に動くことで通路の広範囲を撮影しているのだが、カメラの真下部分は完全に死角となるのを発見した俺達は、上手くタイミングを合わせて乗り切ることに成功した。

 

 そしてそのまま階段を上がった俺達は、鼻ほじり中佐から聞いた総司令官室の隣にある部屋の扉の前に立っている。

 

「ここで間違いないよな?」

 

「ウン。今マデデ一番、気配ヲ感ジルヨ」

 

「父サン、妖気デスッ!」

 

「いや、ボケはいらないんだけどさ……」

 

 残念……といった風に肩を落とすレ級。

 

 ネタの古さから言っても、間違いなくル級の影響が色濃いと思われるので、一度本当にレ級を教育し直した方が良いのかもしれない。

 

 まぁ、そんな機会は……難しいと思うけどさ。

 

「ソレジャア、ル級姉ェニ知ラセナイトイケナイヨネ」

 

「……いや、できれば北方棲姫を確認しておいた方が良いだろう。お前の『チカラ』を疑う気は無いんだが、もし万が一違っていたり、元中将が罠を仕掛けていないとも限らないからな」

 

「ナルホドネ。ソノ可能性ハ、低クナイノカモシレナイネ……」

 

 納得したようにヲ級はそう答えたが、俺としてはヲ級の言った通りにしたかった。

 

 隣の部屋は総司令官室であり、元中将が居る可能性が高く、この場に留まって居るのは非常に危険である。できるだけ早く北方棲姫を見つけて助けだし、危険な場所からおさらばしたいのが本音なのだ。

 

 だが、俺が先程ヲ級に言ったように、ル級をここに呼び出して部屋の中を捜索し、何も出なかった場合、気まずい程度では済まされない。この行動が元中将に露見してしまえば、潜入している俺達に危険が及ぶばかりか、ル級が深海棲艦を裏切ったと決めつけられるのは明白で、逃げ出すことに失敗してしまえば確実に処刑されてしまうだろう。

 

 元中将が呉鎮守府を落とすために使った方法を考えれば、たとえ子供のヲ級やレ級であっても見逃すとは思えない。もちろんル級に至ってもそうだけれど、何より元中将にとって俺という存在は、復讐したい人間ナンバーワンの可能性が高いのだ。

 

 舞鶴鎮守府から左遷された切っ掛けを作った俺という存在を目にしたとき、元中将は間違いなく喜びながら、苦痛を与えようとするだろう。もちろんむざむざとやられる気は無いけれど、周りには味方は殆どおらずに敵だらけのこの場所で、たいした反撃ができるとは思えない。

 

 ならばやはり最初に考えた通り、北方棲姫を救い出してル級に知らせ、元中将が孤立するのが望ましい。

 

 そのためにも、目の前にある扉を開けて中に入らないといけないのだが……

 

「鍵ガ……掛カッテイルネ……」

 

「まぁ、普通はそうだよなぁ……」

 

 さすがに裏口と同じようにはいかないだろうと思っていたが、逆に考えればここに大事なモノが隠されているということが分かる。とはいえ、どこにこの扉の鍵があるのかが分からない以上、変に動くこともできないので、やはりこの手しかなさそうなのだが……

 

「よし。ヲ級は左側を、レ級は右側を警戒しておいてくれるか?」

 

「ソレハ良イケド、オ兄チャンハ、ドウスルツモリナノカナ?」

 

「経験は全くないんだが、こういうモノを持っていてな」

 

 そう言って俺が取り出したのは、舞鶴鎮守府の整備室で夕張から受け取っていた工具セットのポシェットだ。この中にはドライバーや小型のモンキーなど、役に立ちそうなモノがたくさん入っている。

 

 その中から先の尖ったフックと平べったい金属の棒を両手に持った俺は、扉の鍵穴に差し込んでグリグリと動かしていく。

 

 カチャカチャと金属音が静かな通路に鳴り響き、誰かに気づかれてしまうのではないかとヒヤヒヤしながら作業を続けていく。額には大粒の汗が浮きだし、ポタポタと床に流れ落ちていった。

 

「くそ……っ、見よう見まねだと……上手くはいかないか……」

 

 ピッキングの経験も無ければ、説明書なども見たことがない。言わば、完全にゲームやアニメ、映画でやっている感じを真似ているだけなのだから、上手くいく方がどうかしているのかもしれない。

 

 しかし、鍵を探すという危険を冒すことを考えれば、やってみるのも一つの手だと俺は考えたのだ。小さな音が鳴ってはしまうけれど、見張りを立てておけば咄嗟の事態に段ボール箱を被ることもできる。

 

 ただ、問題は成功するかしないかなのだが……正直これはぶっつけ本番でしかなく、案の定というか予想通りというか……全くもって鍵は開かなかった。

 

「オ兄チャン、チョット貸シテミ?」

 

 すると、いつのまにか俺の近くに立っていたヲ級が、手を広げて工具を要求してきた。

 

 見張りはどうした見張りは。

 

 こうしている間に誰かが来たらヤバいだろうがと言いたくなったが、ここで大きな声を出す訳にもいかない。

 

「……いや、なんでそんな言い方なのかが気になるけど、やったことあんの?」

 

「マァ……見テテヨネ」

 

 言って、ヲ級は俺の手から工具を受け取って鍵穴に差し込んだ。代わりに見張りをしておくべきだと思った俺は、段ボールを被って離れようとしたのだが……

 

 

 

 カチャ……ッ

 

 

 

「……は?」

 

 小さな金属音が鳴ったのを聞き、俺は呆気に取られたように振り返る。触手で器用にVサインをしていたヲ級が、ドヤ顔で俺の顔を見上げていた。

 

 ……ちょっとばかり、ウザい顔なんですが。

 

 いや、というか、マジで鍵開いちゃったの?

 

 俺はすぐさま扉のノブを握って捻ってみたが、何の抵抗もなくクルリと回った。少し体重をかけてみると、扉は奥へと動いて開いていく。

 

「マジ……かよ……」

 

 俺は汗を浮かばせながら分からないなりに頑張っていたのに、ヲ級は工具を受け取ってからホンの数秒で……開けちゃったというのかっ!?

 

 もしかして経験アリだというのか……って、ちょっと待てよ。

 

「……この技術、どこで習った?」

 

「黙秘権ヲ行使シマス」

 

 口笛を拭くような仕種をしながら、目を逸らすヲ級。

 

 明らかに疚しいことがありまくりじゃねぇかっ!

 

「凄イネ、ヲ級ッ!」

 

「フッフッフッ……僕ニハ、色々ナ特技ガアルノダヨ」

 

「コノ技ッテ、ル級カラ?」

 

「イヤイヤ、コレハ青……ゲフンゲフン。何デモナイヨ」

 

 ………………

 

 ここにきて、またあいつかよっ!

 

 幼稚園児に何を教えてるんだ青葉はっ!

 

 こんな技を覚えちまったら、俺のプライバシーが無くなっちまうじゃねぇかよぉぉぉっ!

 

「デモ、コレデ中ニ入レルカラ、結果オーライダヨネー」

 

「ぐっ……た、確かに……その通りだ……」

 

 ツッコミと説教をしたくて堪らないが、今はその時間も惜しい。

 

「よし、それじゃあ中に入るが……周りに誰も居ないよな?」

 

 そう言って俺達は辺りを見回しながら警戒し、誰も居ないことを確認してから部屋の中に入った。

 

 

 

 

 

 部屋の中に入った俺は、ポシェットからLEDライトを取り出してスイッチを入れ、内部をぐるっと見回してみる。

 

 鍵付きのファイル用ロッカーがいくつも並び、部屋の隅には無造作に段ボール箱が積まれている。床にも何に使うか分からないような資材が置かれている――というよりかは捨てられているといった感じで、明らかに手入れはされていないように見えた。部屋の奥にある窓にはカーテンが閉じられていて外の景色は見えないが、ライトの光が外に漏れない分、こちらにとって好都合だ。

 

 一通り見てみたが、どうやらここは物置部屋――という感じに見える。ファイル用ロッカーの鍵も開いているところから重要性は低いと見るが、それならなぜ入口の扉に鍵が掛かっていたのだろうと考えてみれば、やはり怪しさを感じてくる。

 

「ヲ級、北方棲姫の気配はどうだ?」

 

「本当ニスグ近クダヨ。多分、目ト鼻ノ先ニ……」

 

 言って、ヲ級は乱雑した部屋の中心に立ちながら、目を閉じて意識を集中させた。

 

「僕ノ……スグ、右ノ方……ニ……」

 

 ヲ級の触手がゆっくりと場所を指し示す。そこには、この部屋には若干不釣り合いな、大きめの旅行用鞄が置かれていた。

 

「これか……?」

 

 俺はその鞄の辺りを注視して見た。

 

 周りにある資材には薄い埃が被っているが、この鞄はあまり汚れていない。更に怪しいのは、ジッパーを開ける持ち手部分に、明らかに不釣り合いに見える大きな南京錠が取り付けられていた。

 

「怪しさ満点だよな……」

 

 俺はそう言いながらポシェットの中にある糸ノコギリを取り出して、南京錠のフック部分を切ろうとする。

 

「オ兄チャン、ソレハ非常ニマドロッコシイカラ、僕ニドライバーヲ貸シテミ?」

 

 いや、だからなんでそんな喋り方なんだ……?

 

 とはいえ、さっきの鍵開けの件もあるので――と、俺はヲ級から言われた通りドライバーを手渡した。

 

「コウイウ鞄ノジッパーハネ、イトモ簡単ニ……」

 

 そう言って、ヲ級はドライバーの先をジッパー部分に押し当てると、グリグリと力を込めて押し始めた。

 

 

 

 グリグリ……グリグリ……ブツッ!

 

 

 

 ……マジか。

 

 ジッパーが力に負けてパックリと開いたんだけど……これって鍵、全く意味無くね?

 

 後は、内部に刺さったドライバーをスライドさせ、見事に全開状態になってしまったのだった。

 

「フフフ……コレデゴ褒美ハ、更ニ増エタネッ」

 

「そういうのは、自分から言わない方が良いと思うんだけどなー」

 

「露骨ニ要求スルノモ、戦術ナンダヨネー」

 

 それをばらしたら全く意味が無いと思うのだが……まぁ、ヲ級だから仕方が無いか。

 

 こいつの場合、昔から大事なのはその場のノリって感じで喋るからなぁ。

 

「ヲ級ハモシカシテ、大盗賊ノ末裔ダッタリスルノカナ?」

 

「ソウソウ。オジイチャンガ、怪盗デス」

 

「ヤッパリッ!」

 

 驚きの表情を浮かべながら喜んでいるレ級なんだけど、さすがにそれは嘘だからね。

 

 俺の親も祖父も祖母も少しばかり裕福なだけで、至って普通の家庭で生まれ育ったのだ……って、よく考えたらヲ級と俺の親は違うから、ハッキリとは分かんないんだよなぁ。

 

 とはいえ、さすがにまさか、そんなことは無いと思う。

 

 思うんだけど……マジで無いよね?

 

「ソレデ、鞄ノ中ナンダケド……」

 

「あ、あぁ、そうだな」

 

 ヲ級は俺にドライバーを返し、中を見るようにジェスチャーをする。

 

 開けたついでにヲ級が中を見れば済むのだが、そこは俺に任せようという気持ちだろうか。

 

 潜入することを言い出した俺への気遣いか、はたまた、何かしらの罠が仕掛けられている可能性があるかもしれないので、人柱になれと言っているのか……

 

 だが、どちらにしても中が気になるし、見なくてはならない。そうしなければ、元中将に占領されてしまった呉鎮守府に危険を承知して潜入した意味が無くなってしまう。

 

 俺は覚悟を決めて息を飲み、LEDライトを口に咥え、開いたジッパーを広げるべく両手を使う。ゆっくりと開いた鞄の中に、ライトの光が当たった瞬間だった。

 

「……アッ!」

 

 レ級が大きな声をあげ、慌てて両手で口を塞ぐ。

 

 しかし、その気持ちは分からなくはない。

 

 俺達の目に映り込んだソレを見れば、レ級が驚いてもおかしくないのだろう。

 

 やっと探し当てた目標は、

 

 鞄の中にスッポリと入り込み、

 

 模型のような戦闘機を両手で大事そうに抱え、

 

 純真無垢な子供のようにスヤスヤと寝息を立てるその姿。

 

 真っ白な肌に、真っ白な服装。

 

 それは紛れもなく、ぷかぷか丸で元帥やル級から聞いた、

 

 

 

 北方棲姫――そのものだった。

 

 





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次回予告

 ついに北方棲姫を見つける事ができた主人公達。
安心したのも束の間、ついに元中将と対面する。

 逃げ場を失った主人公は最後の戦いへと挑むのだが……


 艦娘幼稚園 ~決戦、呉鎮守府~ その19「戦いの行方」


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その19「戦いの行方」


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※今話は殴り合うシーンがあります。
 暴力等が苦手な方はご注意ください。


 ついに北方棲姫を見つける事ができた主人公達。
安心したのも束の間、ついに元中将と対面する。

 逃げ場を失った主人公は最後の戦いへと挑むのだが……


 

 目の前にある旅行鞄の中に、小さな寝息を起てて眠る子供の姿がある。

 

 その名は北方棲姫。見た目とは裏腹に、深海棲艦の中でも絶大な能力を持つと言われ、数々の提督と艦娘達を絶望へと陥れたと聞く。

 

 今回はル級に頼まれた俺達が、元中将が占拠した呉鎮守府に潜入して、居場所を突き止めるミッションの目標となる存在なのだが……

 

「グッスリと言うか……爆睡しているな……」

 

 そう呟いた俺の言葉に、ヲ級とレ級は無言で頷く。

 

 ちなみに、先程から何度か頬をペチペチと優しく叩いているのだが、起きる気配は全くない。確かに、外は完全に闇が支配する真夜中なのではあるが、ヲ級やレ級を見る限り夜が苦手――という感じには見えないのだけれど。

 

「北方棲姫様……ナンダカ、眠ッテイルト言ウヨリ、眠ラサレテイルッポイ……」

 

 レ級は北方棲姫の顔を覗き込みながら、そう言った。

 

 なぜ夕立っぽいのかはさておいて、その言葉に俺は眉をひそめながらも、北方棲姫の身体を鞄から外に出してあげることにする。

 

 いくら小さい身体であっても、鞄の中に閉じ込めておくのは可哀相だ。

 

 ――そう、思いながら北方棲姫の身体を抱き抱えた瞬間だった。

 

「……ッ! オ兄チャン、離レテッ!」

 

「え……うわっ!?」

 

 急にヲ級が服の裾を引っ張ったので、俺はバランスを崩しそうになる。しかし何とか踏ん張って、北方棲姫を抱えながらヲ級へと振り向いた。

 

「い、行きなり何を……」

 

「早ク、鞄カラ離レテッ!」

 

「……え?」

 

 戸惑う俺に構うことなくヲ級は再度服の裾を引っ張って、鞄の近くから離れるように場所を移動させた。

 

「レレッ、何カ……出テル……?」

 

「ウン。アレデ多分、眠ラセテイルンダト思ウヨ」

 

 レ級とヲ級の会話を聞いた俺は、ハッとなって開いた鞄を見た。すると、うっすらと白い煙りのようなモノが、鞄の中から溢れ出しているようだ。

 

「まさか……北方棲姫を眠らせるために、ガスを使っていたのか……?」

 

「成分ガ分カラナイカラ、ハッキリトハ言エナイケド……ネ」

 

 そう言ったヲ級は、ひとまず自分達に害が無かったことに安堵して、肩を落としながらため息を吐いた。

 

 もし、ヲ級がガスに気づかずにいたら……俺も眠らされていたかもしれない。

 

 こんな場所で眠りこけてしまえば、ほぼ確実にアウトである。まさに九死に一生を得た……と思い、同じようにため息を吐こうとした瞬間だった。

 

 

 

 バターーーンッ!

 

 

 

「……っ!?」

 

 急に入口の扉が行き追いよく開き、大きな音が部屋中に鳴り響いた。

 

 その瞬間、過去の記憶がフラッシュバックする。

 

 元中将に殴られかけたあの状況で、俺を助けるために声をあげた元帥の姿。

 

 だが、あのときと全く違うのは、

 

 現れた人物が、逆の立場の人間であったということだろう。

 

「何をしている……?」

 

 聞き覚えのある声。

 

 いや、忘れようもない声。

 

 俺の顔面に何度も拳を叩きつけ、胸倉を掴み、よくわからない奥義を繰り出そうとした人物。

 

 深海棲艦に取り入り、呉鎮守府を占拠し、俺達がここに来る羽目になった張本人。

 

 元中将――現、深海提督の姿が、そこにあった。

 

 

 

 

 

「誰だ……貴様は」

 

 鬼のような形相で元中将が問う。

 

 俺の腕には眠ったままの北方棲姫。左右にはヲ級とレ級が怯えたような表情で立っている。

 

「………………」

 

 俺は答えない。いや、答えられない。

 

 入口は元中将に押さえられてしまった。この部屋に出入りできる場所は窓しか無いけれど、三階の高さを飛び降りて無事でいられるとは思えない。

 

 可能性に賭けるならば、窓を開けて大声でル級を呼ぶという方法があるが、下手をすれば元中将の仲間も呼び寄せるだろう。

 

 運よくル級が来てくれたとしても、ほぼ間違いなく乱戦は必死。そんな状況に、ヲ級やル級を巻き込みたくはない。

 

「もう一度聞く……と言いたいところだが、その顔は……なるほど……」

 

 言って、元中将は急に静かに笑い出した。

 

 低く篭ったような声。まるでそれは、地の底からマグマが吹きしそうな、怒りと歓喜が混じった声。

 

「くくく……そうか、そうか……っ! わざわざ私に会いに来てくれたということかぁっ!」

 

 右手で顔を覆うようにしながら、腹を抱えるように笑い声をあげる。その仕種が余りにも恐ろしく感じ、ヲ級とル級の手が俺の服の裾をギュッと握った。

 

「これで一つ目の恨みを果たすことができる……くくっ、くくく……はははははははっ!」

 

 両手を広げて喜びに胸を踊らせる元中将。だが、俺達の心の中は正反対の気持ちでいっぱいだ。

 

 どうにかして、ここから逃げ出さないといけない。できれば、元中将の大きな声に気づいたル級が、ここに駆けつけてくれれば言うことは無いのだが……

 

「やるしか……無いか……っ!」

 

 俺は北方棲姫の身体を床に置き、ヲ級とレ級の顔を見て頷いた。

 

「オ、オ兄チャン……」

 

「大丈夫だ。昔とは違って、アイツが上司って訳じゃあないからな」

 

 そう言って、俺はヲ級の頭をポンと叩く。ヲ級は俺がいったい何を言っているのだろうと不思議そうな表情を一瞬浮かべたものの、状況を即座に判断し、北方棲姫の身体を元中将から隠すように移動した。

 

「レッ……セ、先生、頑張ッテ……」

 

「ああ、任せていろ!」

 

 ヲ級と同じようにレ級の頭を軽く叩き、自らを鼓舞するように声をあげる。

 

 考え方を変えれば良い。

 

 ここで元中将を倒せば、全てが終わる。

 

 後はル級から深海棲艦達に、北方棲姫の無事を知らせれば良いだけなのだ。

 

 それで万事解決。

 

 それに以前とは違い、階級を気にすることもない。

 

 元中将は今や海軍だけではなく、多数の深海棲艦にとっても敵なのだ。

 

 少しくらいの仲間はいるかもしれないが、俺の方にもヲ級やレ級、そしてル級がいる。

 

 ここで、俺が頑張れば良いだけなのだ。

 

 ――そう、俺は心の強く念じ、構えを取った。

 

「ふん……どうやら、以前のようなど素人という感じでも無さそうだが……私に敵うと思っているのか?」

 

 ニヤリ……と笑みを浮かべた元中将も、大きく腕を振り上げて構えを取る。

 

 それは、査問会で俺を殴ろうとしたときと同じ、よく分からない構え。

 

 だが、以前のときとは違う。

 

 俺には今、元中将に対して反撃することを遮るモノは何一つとして無い。

 

 ここで、全力を出せるのだから……と、拳を振り上げながらステップを刻んだ。

 

 

 

 

 

「ぐふっ!」

 

「くううっ!」

 

 拳が顔面に突き刺さる。

 

 拳が腹部に減り込んでいく。

 

 膝が鼻っ面を捕らえ、

 

 踵が横っ腹に叩き込まれた。

 

「ここまで……やるとは、思わなかったぞ……」

 

「はぁ……はぁ……あんたこそ、さっさと倒れれば……良いものを……」

 

 俺は肩で息をしながら、口元を拭う。

 

 ベッタリと腕に鮮血がつくが、そんなことはどうでもいいと、俺は地面を蹴る。

 

 距離を縮め、左足で床をしっかりと踏み締める。

 

 すでにスムーズな体重移動などできるはずもなく、勢いのまま正拳突きのように右の拳を突き出した。

 

「甘いわぁっ!」

 

 それを待っていたかのように元中将は左の膝を突き上げ、その上に左肘を突き立てた。

 

「ぐあああっ!?」

 

「マ、マサカッ!?」

 

 俺とヲ級の声が同時にあがる。痛みに耐え兼ねた俺は悲鳴をあげ、ヨロヨロと後退してしまう。

 

「アノ場面デ、ハサミ受ケナンテ……有リ得ナイッ!」

 

「ほう……深海棲艦の……しかも子供風情がこの技を知っているとはなぁ……」

 

 言って、元中将は両手をプラプラと脱力させながら俺に近づいてきた。

 

「だが、知っていても……もう遅いよなぁ?」

 

「ぐうっ!」

 

 床に崩れ落ちそうになっていた俺の髪の毛を、元中将は左手で引っ張りながら無理矢理立たせた。更なる痛みを与えられた俺は、苦痛に歪んだ顔で元中将を睨みつける。

 

「この目……あのときから忘れたことは無かった……ぞおっ!」

 

 言い終える瞬間に元中将の拳が俺の顔面に突き刺さり、真っ暗な視界の後に火花が散った。

 

「あぐ……う……ぅ……」

 

「オ兄チャンッ!」

 

「先生ッ!」

 

 床に吹き飛ばされた俺に、ヲ級とレ級が叫ぶ。しかし元中将は気にせずに、倒れた俺の腹部に何度も蹴りを入れた。

 

「あれから私は……貴様のせいで……っ!」

 

「ぐふっ!」

 

「私の経歴が……私の野望が……っ!」

 

「げふあっ!」

 

 爪先が腹部に減り込み、口の中に鉄錆の香りが充満する。何度も蹴られた腹部が焼かれたように熱を持ち、必死に庇おうと両手でブロックしようとした。

 

「そんなもので……防げると思ったかあっ!」

 

「がぁ……っ!」

 

 腹部を守ったせいで、がら空きになった顔面を思いっ切り蹴飛ばされた。床の上をスライドするように飛ばされた俺は、ファイル用ロッカーに叩きつけられて停止する。

 

「モ、モウ止メロッ!」

 

 叫び声と共に、レ級が元中将の方へと走り出す。涙をいっぱいに両目に溜め、両手をグルグルと回しながら殴りにかかる。

 

「レ級……っ、や、止めるんだっ!」

 

「ふんっ!」

 

 元中将はつまらなさそうにレ級を足蹴りし、ヲ級の元へと弾き返した。

 

「アウ……ッ!」

 

「レ、レ級……っ!」

 

 ピヨピヨとヒヨコが頭の周りを飛び回るように、頭を揺らすレ級。

 

 心配したヲ級はレ級を抱き抱え、大丈夫かと声をかけていた。

 

「これも、貴様が悪いのだぞ?」

 

 言って、元中将は悪意を持った笑みで俺を睨みつけた。

 

「あのときもそうだ。貴様を殴っている最中に、ガキどもは声をあげて私の邪魔をした。力が無いにも関わらず、キャンキャンと吠えるしか脳が無い子犬のような存在に、虫酸が走るようだったわっ!」

 

「それ……でも……、皆は……俺を、助けようと……して……っ!」

 

 力を振り絞って、俺は立ち上がる。

 

 今ここで引いたら、全てが無駄になる。

 

 今ここで引いたら、助けてくれた子供達に顔合わせができない。

 

「それがどうした? その結果がこれでは、全くもって意味が無いだろうっ!」

 

 言って、元中将はゆっくりと俺に近づいて来る。

 

 とどめを刺そうと、力を込めた拳を振り上げて。

 

 だけどそれは、余りにもゆっくりで。

 

 俺の姿がボロボロだったからこそ、油断してしまったのかもしれない。

 

 だけど、俺にはもう力は殆ど残っていなくて。

 

 避けるという動作じゃなかったのだけれど、ふらついてしまったおかげなのか、

 

 偶然にも、元中将の拳を避けることができた。

 

 

 

 ガッシャーーーンッ!

 

 

 

「ぐう……っ!?」

 

 元中将の拳はファイル用ロッカーのガラス部分を突き破り、割れた破片が拳や腕を切り刻んだ。

 

 辺りには鮮血が飛び散り、元中将が痛みで苦悶の表情を浮かべている。

 

 今がチャンスと思った俺は、何とか力を振り絞って拳を握り込んだ――のだが、

 

「糞がぁぁぁっ!」

 

 それよりも先に、元中将は傷ついていない左の拳で俺の胸を殴りつけた。

 

「ぐあぁっ!」

 

 またもや俺の身体は吹き飛んでしまい、床にゴロゴロと転がっていく。

 

 痛みは身体中に纏わり付くように広がり、意識が朦朧としてしまう。

 

「ほぅ……」

 

 そんな俺を見るかのように、元中将は声を漏らし、

 

「ア……ッ!」

 

 ヲ級の大きな声が部屋中に響き渡った。

 

「………………?」

 

 俺はその理由を確かめようと、顔を上げる。

 

 膝をついて、床からなんとか立ち上がろうとする。

 

 その間、元中将からの攻撃は無く、

 

 まるで、俺を待っているかのよう状況に、

 

 俺は一抹の不安を覚えながら、真っ直ぐ前を見た。

 

「くくく……」

 

 目に映るのは、勝ち誇った笑みを浮かべた元中将。

 

「ソ、ソンナ……」

 

 少し離れた位置から悲壮な声をあげるヲ級。

 

 そして、元中将の左手には、

 

 

 

 俺の懐に入っていた、9mm拳銃が握られていた。

 

 





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次回予告

 元中将が主人公に向けて拳銃を構える。
まさに絶体絶命の時、何を思い、何を語るのか。

 呉鎮守府での決戦が――ついに終わる。


 艦娘幼稚園 ~決戦、呉鎮守府~ その20「命の重さ」


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その20「命の重さ」


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 元中将が主人公に向けて拳銃を構える。
まさに絶体絶命の時、何を思い、何を語るのか。

 呉鎮守府での決戦が――ついに終わる。


 

 元中将が笑みを浮かべながら、俺を見ている。

 

 その手には、俺が懐にしまっていた9mm拳銃があり、銃口が俺の胸へと向けられる。

 

「これでもう、足掻くことはできん」

 

 勝ち誇ったように言葉を発する元中将。

 

 絶望の表情を浮かべたまま立ち尽くすヲ級。

 

 未だ気絶したままのレ級。

 

 一向に目を覚まさない北方棲姫。

 

 そして――肩で息をしながら、元中将を睨みつける俺がいる。

 

「ふん……こんな状態になっても、そんな目を浮かべるのか……」

 

 元中将は吐き捨てるように言う。

 

 そして、何かを思いついたように話し始めた。

 

「言い残すことはあるか……と聞くべきだろうが、その前にいくつか話せ」

 

「………………」

 

 俺は答えずに元中将を睨む。

 

 そんな俺の様子を見て、元中将は鼻で笑いながら言葉を続けた。

 

「なぜ、貴様はここに来たのだ?」

 

 その問いに俺は答えず、ジッと元中将を睨みつける。

 

「答える気が無いなら……そっちの奴でも良いのだぞ?」

 

 そう言って、元中将は視線をヲ級へと向けた。

 

 ヲ級の身体は深海棲艦だが、子供であるが故にどうなるか分からない。それになにより、ヲ級に被害が及ぶと分かっていて黙っているなんて、兄として失格だろう。

 

「……俺は、あんたの企みをぶち壊しに来た」

 

「まぁ、そうだろうな。私が捕らえておいた北方棲姫を見つけだし、深海棲艦共と分離させようという魂胆だろう」

 

「………………」

 

 それが分かっておいて、なぜ聞いたのだと目で訴える。

 

 すると、元中将はニンマリと笑いながら話を続けた。

 

「貴様等を呼び寄せたのは……まず、奴だろうな。私が指揮を取り始めた当初から口煩かったし、北方棲姫を捕らえたときも一番反抗していた」

 

 それは多分――いや、間違いなくル級のことだろう。

 

 しかし、そのことをばらしてしまう程、俺は馬鹿でも無い。

 

「だがそれでも……だ。深海棲艦である奴の言うことを真に受けて、貴様がここに来ることは予想できなかった。正直に言って驚いたが、同時に嬉しさも込み上げてきたぞ」

 

 それは、俺に復讐するため。

 

 元帥を失態させ、自分が成り代わろうとする元中将の企みをぶち壊した張本人として、誰よりも恨んでいただろう。

 

 その相手が、今、目の前にいる。

 

 自分の手には、圧倒的有利になる拳銃を持ち、

 

 相手である俺は、立っているのも辛い程にボロボロで、

 

 ただ、睨みつけることしかできないでいる。

 

「そして貴様は失敗した。目標を目の前にし、無残にも敗れ去るのだ」

 

 かつて自分がそうなってしまったように。

 

 今度はその気持ちを味わいながら死んでいけ――と、俺の眉間に照準を合わせる。

 

「それでは最後に聞こう。言い残す言葉はあるか?」

 

 笑みを浮かべたまま、元中将は問う。

 

 明らかに慢心しているであろう声で言い、

 

 だけど、しっかりと銃口は俺に向いている。

 

「俺は……」

 

 生まれてから、これで三度目になる拳銃の恐怖。

 

 一度目と二度目は、舞鶴鎮守府の正門。

 

 門衛に向けられた拳銃は、あくまで脅しといった感じだった。

 

 だけど今、俺に向けられている銃口は、

 

 明らかに殺意を持って、真っ直ぐ眉間へと向いている。

 

「人間と、艦娘……」

 

 この状況がどれだけ有利で、どれだけ不利かを分かっている。

 

「そして、深海棲艦が……」

 

 だからこそ、俺はしっかりと元中将に向かって言い放つ。

 

「一緒に暮らせる世界を望む」

 

 俺の願い。

 

 ル級と話して決めた思い。

 

 ヲ級が弟の生まれ変わりだったと知り、それが現実になるかもしれないと思えた世界を、

 

「だからこそ……俺は一歩も引かない」

 

 破壊しようとする元中将に訴えた。

 

「………………」

 

 大きく見開いた目。

 

 驚きの余り、無言のまま、俺を見つめる元中将。

 

 そして、こぼれ出す笑い声。

 

「くくく……はははっ!」

 

 馬鹿にしたような顔で。いや、実際に馬鹿にしているんだろうけれど。

 

 元中将は、俺に向かって笑いながら叫ぶように声をあげた。

 

「そんな世界が、本当に有り得ると思うのかっ!?」

 

「もちろん俺が……いや、皆で創るんだ……」

 

「今から死ぬと言うのにかっ!?」

 

「そんな気は……さらさら無い」

 

「この状況で、そんな口が聞けるとは……くくく……っ……」

 

 血みどろになった手で頭を掻きむしりながら笑い、

 

「片腹痛いとは、正にこのことか」

 

 そして、急に笑みを消し去った。

 

「もういい、飽きた」

 

 そう、言って――

 

 トリガーに指をかける。

 

「オ兄チャンッ!」

 

 咄嗟に叫ぶヲ級の声が聞こえ、

 

 俺は最後の力を振り絞って体勢を落とし、走り出す。

 

「馬鹿が……っ!」

 

 それを読んでいたかのように、元中将は銃口を動かして俺の身体に照準を合わせ、

 

「死ねっ!」

 

 

 

 トリガーを引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大きな音が部屋に鳴り響く。

 

 それは終決の音。

 

 戦いが終わったことを知らせる音。

 

 身体を震わせたヲ級は目を開き、

 

 驚きの表情を浮かべていた。

 

「ふぅ……」

 

 立っているのは俺一人。

 

 拳銃を撃とうとした元中将は鼻から大量の血を吹出しながら、床に転がってノビていた。

 

「ナ、ナン……デ?」

 

 訳が分からないと言った風に、ヲ級は俺に問う。

 

「何でって言われるとアレなんだが、もしかして俺が撃たれた方が良かったのか?」

 

「ソ、ソンナ訳無イデショッ!」 

 

 怒りを露にしたヲ級は叫び、

 

 俺の胸に飛び込んできた。

 

「おいおい……フラフラなんだから、金剛みたいにタックルをするのは止めてくれよ……」

 

「馬鹿ッ! 僕ガドレダケ心配シタノカ、分カッテイルノッ!?」

 

「それはまぁ……すまないとは思っているけどさ……」

 

 俺はそう言って、ヲ級の頭を優しく撫でた。

 

 何度も優しく、いつものように。

 

 泣きじゃくる子供達をあやすように。

 

 笑みを浮かべよう――と思った瞬間だった。

 

「ぐぅぅぅ……っ」

 

「「……っ!?」」

 

 声に気づいた俺とヲ級は、慌ててそちらの方へと視線を向けた。

 

 ノビていたはずの元中将が、血まみれになった顔を押さえながら立ち上がろうとするのが見え、咄嗟に構えを取ろうとする。

 

「な……ぜだ……っ、なぜ撃てんっ!」

 

 元中将の手には拳銃がある。

 

 何度も俺に銃口を向けてトリガーを引くが、銃弾は一向に発射されない。

 

「どうしてっ、なぜっ、弾が出んのだっ! これではまるで、ただの脅しの道具でしか……っ!」

 

 そう言って、元中将は床に向かって拳銃を投げ捨て、大きな金属音が部屋中に鳴り響いた。

 

 それでもなお、拳銃は弾を発することなく跳ね返り、

 

 静かに床へと落ちていった。

 

 

 

 ――そう。

 

 俺は、夕張から拳銃を預かったあのときに決めていた。

 

 絶対に、使う気は無いと。

 

 扱い慣れていないからではない。

 

 命を奪うであろう武器を、使いたいと思わない。

 

 もう二度と、目の前で誰も死なせたくない。

 

 それが、家族を目の前で亡くした俺の気持ち。

 

 あんな思いは、もう懲り懲りなのだ。

 

 だから――俺はコッソリと、誰にも気づかれずに銃弾を抜いておいただけ。

 

 ただ、それだけのことなのだ。

 

「こう……なったら、力ずくで……っ!」

 

 鬼のような形相を浮かべるも、すでに元中将に覇気は無く、

 

 ヨロヨロとふらつきながら、俺の方へと歩いて来る。

 

「やられは……せん……っ、やられは……せんぞぉっ!」

 

「「………………」」

 

 だが、俺もヲ級も構えを取ることはせずに扉の方を見る。

 

「ヒーローハ、遅レテヤッテ来ル……ッテネ」

 

 そこには、シリアスな状況を完全に破壊すべく、悪魔のような笑みを浮かべた――

 

 

 

 ル級が立っていた。

 

 

 

 

 

 声に驚いた元中将が振り返る。

 

 そして、悪魔の使者を見たかのように、驚愕の顔を浮かべながら身体を震わせた。

 

「貴様……ぁ……っ!」

 

「動クナ」

 

 腕を振りかぶろうとした元中将に向けて、ル級が艤装の砲口を突きつける。

 

「ぐぅ……っ!」

 

 拳銃とは比べものにならない大きさの艤装は、脅しに使うには充分過ぎるほど絶大であり、元中将は額に大量の汗を浮かび上がらせながら、一歩も動けずにその場で止まった。

 

「マサカ、目ト鼻ノ先デアル場所ニ北方棲姫様ヲ隠シテイタトハ……正ニ灯台モト暗シダナ」

 

 言って、ル級は床で横たわって寝ている北方棲姫を見た。嬉しそうに安堵する表情を見せた後、再び元中将を睨みつける。

 

「北方棲姫様ノ無事ヲ確認デキタ今、貴様ヲ生カシテオク必要ハ無イ」

 

 ル級の艤装が大きく軋むような音を鳴らし、今にも砲弾を発射させんと構えを取る。

 

 ……って、この状況で元中将を撃てば、部屋の中にいる俺やヲ級、レ級に北方棲姫もヤバいと思うんだけど。

 

「こ……この……っ!」

 

 声はあげれど身体は動かない。小刻みに身体を震わせた元中将の顔は大きく青ざめ、ガチガチと歯を鳴らしていた。

 

「貴様ノ身体ハ塵一ツ残サン。己ノ罪ハ、アノ世デ悔イルガ良イ」

 

「ま……待て……っ!」

 

 血みどろになった手をル級に向けながら、なんとか命ごいをしようとする元中将。しかしル級は気にすることなく、ゆっくりと腕を振り上げようとする。

 

「ル級、待ってくれ……」

 

「……ナンダ?」

 

 構えは解かず、いつでも撃てる体勢でル級は俺に問う。

 

「まず一つなんだが……このまま撃てば、元中将どころか俺達まで危ないんだけど……」

 

「……ム」

 

 俺の言葉を聞いてル級は少しだけ表情を曇らせたが、すぐに言い返すように口を開く。

 

「ソレナラ、今スグ北方棲姫様トレ級ヲ連レテ、コノ部屋カラ出テクレナイカ?」

 

「それもアリと言えばそうなんだが……頼んで良いか?」

 

「……頼ミ?」

 

 ル級は不思議そうな表情をチラッと見せるも、目は元中将をしっかりと捕らえて離さない。

 

「先生ニハ、感謝仕切レナイ程ノ恩ガアル。私ガ叶エラレルコトデアレバ……」

 

「なら……元中将を、殺さないでくれ……」

 

「ナンダトッ!?」

 

 俺の言葉に、ル級は驚きを隠せないといった風に声をあげた。

 

「ソンナニボロボロニナルマデ殴ラレテ、先生ハコイツヲ恨ンデイナイト言ウノカ!?」

 

「そりゃあ、怒りや恨み……その他にも色々と考えはあるさ……」

 

「ナラバ、ドウシテ……ッ!?」

 

 声を張り上げるようにル級が問う。

 

 俺はル級、元中将と視線を向け、最後にヲ級の顔を見る。

 

 そして、ル級の目をしっかりと見つめながら、ハッキリと答えた。

 

「もう二度と、俺達の前で誰かが死ぬところを見たくない」

 

 沈みゆく船に取り残された、両親の顔が浮かぶ。

 

 砲弾によって水柱と化し、そのまま消えていった弟の顔が浮かぶ。

 

 未だ忘れられぬ想い出を、呼び起こすようなことはしたくない。

 

 たとえそれが敵であったとしても、

 

 俺が耐えられたとしても、

 

 ヲ級の前だけは――避けておきたいのだ。

 

「甘過ギル」

 

 ル級は砲口を元中将に向けたまま、顔は俺に向けて口を開く。

 

「ダガ、恩人ノ願イヲ断ル訳ニモイカン……カ……」

 

 そう――言い終えて、ル級は艤装を静かに下ろした。

 

「は……はは……っ、ははははっ!」

 

 それを見た元中将は笑い出し、袖で額を拭いながら声をあげる。

 

「こ、こんなことで、貴様を許すとは……」

 

「黙レ」

 

「う……ぐっ!」

 

 ル級は睨みを利かせ、元中将を黙らせる。

 

「サッサト消エロ。サモナクバ……」 

 

「お、覚えておけっ! 必ず後悔させてやるからなっ!」

 

 ル級の脅しに屈するように元中将は扉の方へと走りだし、捨て台詞を残しながら部屋の外へと駆けて行った。

 

 なんて、テンプレなんだ……と思いながら俺は大きくため息を吐き、部屋の中を見回して、皆の姿を確認する。

 

 

 

 気絶したままのレ級。

 

 

 

 眠ったままの北方棲姫。

 

 

 

 呆れた表情で小さく笑みを浮かべたル級。

 

 

 

 そして、涙を浮かべながら俺に抱き着いてきたヲ級。

 

 

 

 俺は、ヲ級の頭を優しく撫でながら笑みを浮かべ、

 

 こちらの方に歩いてきたル級とハイタッチを交わし、

 

 

 

 作戦の成功を――確信した。

 

 





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https://ryurontei.booth.pm/items/69110
書籍サンプルの方も更新してたりします。

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次回予告

 呉での戦いが終わった。
主人公は自分自身の思いを通し抜き、全てが終わった――かに見えた。

 そう――これではまだ、終われない?


 艦娘幼稚園 ~決戦、呉鎮守府~ その21「望んだ未来の第一歩」完


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その21「望んだ未来の第一歩」 完

※「艦娘幼稚園 ~遠足日和と亡霊の罠~」の通信販売を行っております!
https://ryurontei.booth.pm/items/69110
書籍サンプルの方も更新してたりします。

-----------------

 呉での戦いが終わった。
主人公は自分自身の思いを通し抜き、全てが終わった――かに見えた。

 そう――これではまだ、終われない?



※今回後書きが長くなっておりますが、裏話や小ネタなどをお送りしておりますので、宜しければご覧くださいませ。


 舞鶴鎮守府の指令室の中。

 

 今、俺が置かれている状況は、ヲ級を海底から連れ帰ったときと同じような感じであり、多少違いがあるとすれば、人数の違いであると言えるだろう。

 

 以前と同じように、俺は部屋の中心で立っていて、その隣にはヲ級が居る。向かい合っているのは椅子に座った元帥と、その隣に立つ秘書艦の高雄。元帥を挟んで愛宕が立ち、見た目は両手に花――なんだけれど、内情をよく知っている俺は、苦笑を浮かべそうになるのを堪えるので精一杯だ。

 

 そして、部屋を出入りする唯一の扉のすぐ傍には、ぷかぷか丸でル級と対面する際に護衛として居てくれていた、扶桑が立っている。

 

 ここまでであれば、以前よりも人数が少ないと思ってしまうかもしれない。しかし、まだ数えていない人物が居る。

 

 はたして人物と言って良いのかは分からないけれど、今回の騒動で大きく力を貸してくれた、深海棲艦であるル級とレ級、そして救出することができた北方棲姫の三人が、俺とヲ級のすぐ傍に立っていた。

 

「まずは……みんな、お疲れ様」

 

「お疲れ様でした」

 

「お疲れ様……でした」

 

「お疲れ様でした~」

 

「オ疲レ~」

 

「乙カレー」

 

「オッツカレ~」

 

「……お疲れ様でした」

 

 頭を小さく下げた元帥に向かって、皆は口々に返事をした。

 

 突っ込みたいのはやまやまなんだけど、話の流れを遮ってしまうので我慢しておく。

 

 ちなみに順を言うと、元帥、高雄、扶桑、愛宕、ヲ級、ル級、レ級、俺である。

 

 一人だけ明らかにおかしかったりするけれど……って、突っ込まないと決めた傍からこれだよ……

 

「今回の騒動において、本当に良くやってくれた。正直に言って無理だと思っていただけに、感謝してもしきれないよね」

 

「本当ですわ。遂に元帥も年貢の納め時……と、思っていたのですけれど、しぶとさだけは一人前以上なんですから……」

 

「ここはもうちょっと、喜べる方向でお願いしたいんだけどさぁ……」

 

「無茶な作戦を立てた挙句に、先生とヲ級ちゃんが危険な地に向かうのを止めなかった本人に対する罰ですわ」

 

「む……それを言われちゃったら、返せないんだよなぁ……」

 

 苦笑を浮かべた元帥は、もう一度俺達に頭を下げた。

 

 仮にもこの鎮守府の最高司令官なのだから……と、思ってしまうけれど、こういうときにちゃんと頭を下げられるからこそ、ついてきてくれる人が居るのだろう。

 

 だからこそ元帥であり、だからこその高雄なのだ――と、勝手に納得する俺だった。

 

「それで……だ。約束通り、呉鎮守府を明け渡してくれたことも確認できたし、これで協力関係は終わったことになるんだけれど……」

 

 言葉の語尾を濁すようにしながら、元帥はル級の顔を見る。

 

「アア、ソウダナ。先生ノオカゲデ、北方棲姫様ヲ助ケ出スコトガデキタ。ソシテ約束通リ、呉ノ仲間ヲ全員撤退サセタガ……」

 

 元帥と同じように言葉を濁したル級は、北方棲姫の顔を見た。

 

 すると北方棲姫はニッコリと微笑み、大きく頭を頷かせる。それを見たル級も頷き、再び元帥へと向き直った。

 

「私達ハ仲間ト話シ合イ、一ツノ結論ヲ導キ出シタ。ソノ話ヲ、ココデシタイ」

 

 返事をしたときとは打って変わって真剣な表情のル級に、元帥は姿勢を正しながら頷いた。

 

「うん、それじゃあ――聞かせてくれるかな?」

 

 薄く笑みを浮かべた元帥はル級に言う。

 

 こうして、俺の理想が現実に……と思った途端、やっぱりと言ってしまえる程のル級らしさが表に出てしまう。

 

「イイトモー!」

 

「良かねぇよっ!」

 

 俺は叫びながら問答無用で放った上段回し蹴りを、見事に屈んで避けるル級。

 

「ア、危ナイダロウッ!」

 

「ボケにツッコミは必要なんだよっ!」

 

「ダッテ……真面目ナ空気ハ苦手デ……」

 

「時と場合を考えろぉっ!」

 

 絶叫にも似た俺の声が部屋中に響き渡る中、元帥と高雄は苦笑いを浮かべ、愛宕は若干引きつった笑顔で見つめながら、ヲ級とル級は腹を抱えて笑い出し、なぜか北方棲姫はキラキラと目を輝かせながら俺を見て、そして……

 

「やっぱり先生って……私や山城よりも不幸よね……」

 

 ――と、見事にオチをつけてくれたのであった。

 

 

 

 

 

 その後――

 

 頑張りながら真面目になったル級の話により、北方棲姫と港湾棲姫率いる深海棲艦の一団と停戦を結ぶことになった。

 

 ぷかぷか丸でル級が話していたが、どうやらこの一団は戦いを好む者が少ないらしく、安息できる場所を提供してくれるならばという条件で、話が纏まったのだと言う。

 

 本来ならば、呉鎮守府に大きな被害が出たことによって、大本営が停戦を受け入れない――と、思われていたものの、思いがけない後押しによって話はスムーズに進むことになった。

 

 その理由は、呉鎮守府で被害を受けた本人達……つまり、職員や艦娘達の話であった。元中将の奇襲によって傷を受けた彼らだが、ル級を初めとする深海棲艦の仲間達は、捕虜にするという名目で元中将の目が届かない場所に運び、傷の手当を行ったのだ。いきなり攻撃されたと思ったら傷の手当を受けたという、全く持って何が何だか分からないといった状況に混乱していた彼らだが、元中将のことを深海棲艦から聞いて理由を知り、手当をしながら謝るその姿に心を許したらしい。

 

 その結果、俺の報告も合わせて鼻ほじり中佐の身柄をすぐに確保し、呉鎮守府の復旧作業を進める手筈になっているそうだ。

 

 ここまで話が揃えば、障害は無い。むしろ、戦いが少なくなると両手をあげて喜んだ大本営は、停戦のゴーサインを出した。これが、呉鎮守府が解放されて数時間で纏まったのだから驚愕である。

 

 そうして元帥は、少し前に遠足で行った孤島周辺を深海棲艦に提供するという提案を提示した。あの孤島は舞鶴鎮守府が所有する場所であり、近辺には漁船も立ち入り禁止区域になっている。正にうってつけであると共に、地下資源の採掘や漁業資源の確保を行える仲間が居るというル級の言葉を聞き、停戦どころか交易もできるかもしれないという期待を持ちながら、両方が納得するに至った。

 

 そして細かな約束事を決めるべく、もう一度交渉の場を設ける約束をしてから、俺達は解散することになった。

 

 ここに戻ってくる際にぷかぷか丸の中で休んだとはいえ、まだ体力が回復しきっていない俺にとっては非常に助かる話であり、喜びながら部屋を出ようとしたときだった。

 

「あ……っと、先生。良かったらちょっとだけ、残ってくれないかな?」

 

「え、あ、はい。分かりました」

 

 正直に言えばすぐにでも戻りたいところだけれど、無下に元帥の命は断れない。俺はヲ級に先に寮に戻っているようにと言い、皆が去ってから元帥の方を見る。

 

 部屋の中には元帥と秘書艦の高雄、そして俺が居る。

 

 高雄はいつもと同じように澄ました顔――では無く、何やら少し呆れたような表情で立っている。そして元帥の表情は少し曇り、何だか気まずそうにも見えた。

 

 もしかして何か厄介事があるんじゃないかと思った俺は、ゴクリと唾を飲み込んでから元帥に問う。

 

「それで……いったい何の用なんですか?」

 

「……えっと、もしかして忘れちゃっているのかな?」

 

「忘れている……ですか?」

 

 そう言いながら、俺は何かあったかな……と思い返す。

 

 ぶっちゃけてしまえば、元中将との戦いで心底疲れている俺にとって記憶はあやふやで、思い返すと言ってもなかなか出てこないのだけれど。

 

 というか、顔面は腫れ上がっているし、腹部の打ち身も酷いです。早いところ本格的な治療を受けに、鎮守府内にある診療所に向かいたいんだけどさ……

 

「その顔……完全に忘れちゃっているよね……」

 

「あ……いや、その……」

 

 しどろもどろになりながらも思い返してみたけれど、やっぱり何も浮かんでこない。

 

「ぷかぷか丸で、あんなに真面目に話し合ったのになぁ……」

 

「ぷかぷか……丸で……あっ!」

 

 ――そうだ。思い出した。

 

 ぷかぷか丸に乗船した際、元帥と二人きりで話し、約束したこと。

 

 無事に帰ってきたら、一発殴っていいですかって……言っちゃってたじゃん俺っ!

 

 完全に忘れちゃってたよっ! つーか、殴り合いをしまくった性で、そんな気分じゃないんだけどねっ!

 

「男同士の友情って感じだったのになー……」

 

「そ、そりゃあ確かに、忘れちゃってはいましたけど……」

 

 正直に言えば、元帥にとって俺が忘れていた方が良かったと思うんだけど……もしかしてマゾなんですかね?

 

 それとも俺に一発殴らせといて、反逆罪で始末するとか……そんなことを考えているんじゃないだろうなっ!?

 

 もしそうだったら、殴った時点で終了じゃんっ! 完全に元帥の罠だよっ!

 

「先生、私から一言助言を差し上げますわ」

 

「え……?」

 

 内心焦りながらどうしようかと考えている俺に、大きなため息吐いてから高雄が声をかけた。

 

「思いっ切りぶん殴って下さい。ただし、脇腹の辺りを」

 

「ちょっ、高雄っ!?」

 

 あわてふためく元帥は、椅子から立ち上がって高雄に叫ぶ。

 

「元帥は殴られる前にヘルメットを被る気でいますので、頭部は止めた方が良いでしょう。みぞおちの辺りは分厚い電話帳でガードしていますから、効き目は薄いです。ですから、ここは脇腹がベストですわ」

 

 元帥の声に全く気にする素振りを見せない高雄は、スラスラと俺に言ってから、もう一度ため息を吐いた。

 

「………………」

 

 それを聞き終えた俺は、元帥に向かって冷たい視線を送る。

 

「………………」

 

 冷や汗を額にびっしりと浮かべながら、気付かない素振りで口笛を吹くフリをする元帥。

 

 つまり、準備は万端だった――と、言う訳らしい。

 

 ただ、ここで問題だったのは、それを知っていた高雄が俺に全てばらしてくれたことであり、

 

 男の友情は消え去り、むしろ怒りを増幅してしまう結果となった……とまぁ、そういうことである。

 

「ふぅ……」

 

 俺は大きくため息を吐き、元帥はビクリと身体を震わせる。

 

「だ、だだだっ、だってさぁ! 痛いのは誰だって嫌でしょっ!?」

 

 聞いてもいないことを叫ぶ元帥は、もはや子供と変わらない。

 

 よくもまぁ、これで元帥をやっていけてるよなぁと思ってしまうけれど、それに付き合っている俺や高雄も同じであり、

 

 二人して、再度大きくため息を吐いてから、元帥に言う。

 

「そうですわね。誰でも、痛いのは嫌ですわ」

 

「ええ。でも、俺は元中将と殴り合いをしてきましたからね……」

 

「下の者が頑張ってきたのですから、上の者も頑張らないといけませんわ」

 

「い、いやいやっ、その理屈はどうなのかなっ!?」

 

「そうですねー。確かに理不尽に取れちゃうかもしれませんけど……」

 

「だ、だよねっ! 先生も話が分かって……」

 

「ただ、ここまで準備をしていたら、気分的に……ねぇ……」

 

 言って、俺はニッコリと笑みを浮かべて元帥を見た。

 

 もちろん、笑っているのは表情だけで、できる限りの殺意を込めながら。

 

「ひ、ひぃぃぃぃっ!」

 

「元帥は先生に、友人として接して欲しいとおっしゃっていましたから……どうぞ存分に」

 

「なななっ、なんでそのことを高雄が知ってるのっ!?」

 

「私の諜報能力を軽視なさっては困りますわね」

 

 そう言った高雄の顔を見て、もしかすると青葉が今まで無事な理由って……と、不吉な予感が頭に過ぎる。

 

 だが、それを確かめるのは少し怖い気がするので、気にしない方向で進めていこう。

 

「それでは先生……レッツパーリィィィィッ!」

 

「イエス……って、それどこの大統領っ!? それとも戦国武将っ!?」

 

「どちらにしても、大惨事……でございますわ」

 

「いやいやいや、殺す気満々で元帥は殴れないよっ!?」

 

「あら、良い曲……」

 

「話の脈絡吹っ飛んだ挙げ句に、それ別の艦娘の台詞ーーーっ!」

 

 ――とまぁ、疲れきった身体に鞭打ってやったのは、突っ込みだけだったという悲しい事実でしたとさ。

 

 

 

 ちなみに元帥には「元中将を殴りまくったんで、もう飽きちゃいました」と伝え、貸しにしておくことで話がついた。

 

 まぁ、元から殴る気なんて無かったんだけどね。

 

 ただ単に、自分の命を軽視し過ぎだと伝えたかっただけだから――さ。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 あれから一週間が経った。

 

 停戦の話は順調に進み、ほとんど問題もなく交渉は成立した。こうして北方棲姫率いる深海棲艦の一団は、舞鶴鎮守府の管轄下に置かれるという形で、話は纏まった。

 

 とは言え、ややこしい話は元帥や高雄がすることだし、俺には俺のやることがある。呉鎮守府の騒動が終結したことにより第二種戦闘配置は解除され、艦娘幼稚園も再開されることになった。

 

 ぷかぷか丸に忍び込んでついて来ていた子供達も、怪我一つ無くここに戻った。本当に何事も無くて良かったとは思うのだけれど、元中将との殴り合いで怪我をしてしまった俺は、まだ本調子とは言い難い。

 

 とはいえ、ずっと休んでいる訳にもいかないし、何より身体が鈍ってしまうのは避けておきたい。以前と比べてしおいも先生として加わってくれているのだから、随分楽になる――と思っていたのだけれど……

 

 

 

 どうやら、都合の良い話では済まないようだ。

 

 

 

 

 

「おはようございま~す」

 

「「「おはようございま~す」」」

 

 いつものように、朝の朝礼が始まった。

 

 愛宕の挨拶に子供達が返し、皆はキラキラと笑顔を浮かべている。そんな表情を見て、しおいも同じように笑顔を浮かべている……と、言いたかったのだが、残念ながらそういう訳にもいかなかったらしい。

 

 その理由は、朝のスタッフルームで聞かされたことによるものなんだけれど、正直に言って、正気の佐多とは思えないというのがしおいの本音だそうだ。

 

 ちなみに、俺の意見は正反対で、嬉しいことこの上ない。

 

 もうね、笑みがこぼれまくって仕方がないんですよ。

 

「今日から幼稚園が再開することになりましたが、皆さん元気にしていましたか~?」

 

「「「はーいっ!」」」

 

 元気良く答えた子供達は、思い思いに手をあげる。

 

 その中にはヲ級の姿もあるのだが、完全に浮かれた表情だった。

 

「うんうん、大丈夫そうなのでとっても嬉しいです~。それじゃあ、今日も一日よろしくお願いします~」

 

「「「お願いしま~す!」」」

 

 お辞儀し合う皆に合わせて、俺も同じようにする。

 

 そして、子供達が授業に割り当てられた部屋に行こうと動き出す寸前に、愛宕がわざとらしく声をあげた。

 

「……と、その前にですね~。皆さんにお知らせがあります~」

 

 右手の人差し指をピンと立てて、満面の笑みを浮かべる愛宕。その様子を今までに何度も見てきた子供達は、驚いた表情を浮かべてから歓喜をあげた。

 

「もしかして、また新しい仲間が増えるのかっ!?」

 

「は~い。天龍ちゃんの言う通りで~す」

 

 愛宕の答えに、更に騒ぎ出す子供達。

 

「ワーオッ! それはとってもハッピーネー!」

 

「今度は一体、どんな人なのかしら~?」

 

「すごく……楽しみだね……っ」

 

「この前はしおい先生とあきつ丸ちゃんだったから、今度はメンチと同じっぽい?」

 

 いや、ペットはメンチだけで充分なんだけどなぁ。

 

「順番ずつかどうかは分からないけれど、どちらにしたって仲間が増えるのは嬉しいよね」

 

 時雨の言葉にウンウンと頷く子供達。

 

 ちなみに、未だにしおいは俯いたままです。

 

 まぁ……経験がある以上、その気持ちも分からなくは無いんだけど……さ。

 

「盛り上がってきたところで、そろそろ入場してもらいましょう~」

 

 パンパンと両手を叩いた愛宕は、扉の方に視線を向けた。子供達も同じように顔を向け、ゴクリと唾を飲み込みながら誰が入ってくるのかと集中する。

 

 もちろん、愛宕や俺にしおい、ついでにヲ級は知っているので驚くことは無いのだけれど、確実に一部の子供達はビックリするだろう。

 

 主に、元は通常の艦娘だった、比叡と霧島あたりが。

 

 

 

 ガラガラガラ……

 

 

 

 そうこう考えている間に、扉が開く音がする。

 

 続けて、部屋の中に入ってくる姿が三つ。そのうち二つは子供達と同じ大きさで、真っ白と真っ黒の対照的な色合いが目を引いた。そしてもう一つの姿は愛宕よりも頭一つ背が高く、額にある角と両手が大きな爪のような特徴があり、全体を通して白い服装のように見えた。

 

 それらの姿を見た子供達の表情は豊かに変化し、歓声があがると同時に――

 

「ヒエーーーッ!?」

 

 部屋中に大きな絶叫が響き渡った。

 

 うん、まぁ……分かっていたんだけどさ。

 

「な、なななっ、なななななな……っ!」

 

 驚いて声をあげた比叡とは対照的に、指差す手だけではなく、身体全体をワナワナと震わせる霧島が噛みまくり、

 

「はぁ……やだやだ……信じられない……」

 

 しおいは大きくため息を吐いて、愚痴っていた。

 

「ヲ級、来タヨッ!」

 

「待ッテタヨッ!」

 

 真っ黒のフードのようなモノを着た子供が両手を上げながら笑みを浮かべ、ヲ級も答えるように右手を上げた。

 

「せ、せせせっ、戦闘準備を……むぐぅっ!?」

 

 俺は慌てふためく霧島の口を手で塞ぎ、ニッコリと微笑んであげる。

 

 大丈夫。心配ないから……と、目で訴えたんだけれど、良く考えてみればこの状況はあまり良くない気がする。

 

 傍から見れば、幼女をかどわかそうとする不審者のような……

 

「浮気はイケマセーンッ!」

 

「ごげっふぅぅぅっ!?」

 

 ヤバいと思った時点で時すでに遅し。金剛の高速タックルを横っ腹に受けた俺は吹き飛ばされ、ゴロゴロと床に転がりまくる。

 

「私の目の黒いウチハ、Noなんだカラネーッ!」

 

 プンプンと擬音が頭の上に浮かぶような怒り方をしながら言った金剛を見て、部屋に入ってきた真っ白の子供が冷や汗を垂らす。

 

「コ、コノ艦娘……チョット怖イ……」

 

「大丈夫ですよ~。これは愛情表現ですから~」

 

「ソ、ソウナノ……?」

 

「フム……人間ト艦娘ノ間柄ハ、コンナ感ジナノカ……」

 

 真っ白な子供と大きな爪の女性は、感心しながら俺と金剛を見比べていた。

 

 ……って、初っ端から間違った情報を流さないで下さいよ愛宕先生っ!

 

 ただでさえ、初めての試みなんですからさぁっ!

 

 ――そう。人間にとっても、艦娘にとっても初めての経験。

 

 もちろんそれは、深海棲艦にとっても同じことであり……

 

「それでは皆さんに、ご紹介しますね~。

 今日から新たに幼稚園に通うことになった、レ級ちゃんとほっぽちゃんです~」

 

「ヨロシクネ、ミンナッ!」

 

「ヨ、ヨロシク、オ願イシマス……」

 

「「「よろしくねーっ!」」」

 

 元気一杯のレ級と若干脅え気味の北方棲姫の挨拶に、比叡と霧島を除いた子供達は元気良く挨拶を返した。

 

「そしてもう一人は、新しく先生として幼稚園に来てもらうことになりました、港湾棲姫さんで~す」

 

「今後トモ、ヨロシク」

 

「「「俺様オ前、丸カジリーッ!」」」

 

 なんでそのチョイスをするんだよーーーっ!?

 

 息ピッタシで返す言葉じゃないしっ! 完璧過ぎて、比叡と霧島がガタガタ震えているぞっ!

 

 五月雨に至っては泡吹いて倒れているし……介抱してやらないと……

 

「うんうん、皆さん元気一杯ですね~。それじゃあ、今日も一日頑張りましょう~」

 

「「「はーいっ!」」」

 

 子供達は満面の笑みを浮かべて挨拶をする。

 

 新たに加わった深海棲艦の三人も、思い思いに笑顔を浮かべる。

 

 一部の子供としおいは未だに納得できていないだろうけれど、

 

 それでも、なんとかやっていけるだろうと、俺は確信する。

 

 海底でも何とかやってこれた。

 

 なら、ここだったら問題ないだろう?

 

 元気一杯の子供達に、完全無欠の愛宕が居る。他にも問題はたくさんあるかもしれないけれど、良き理解者は多いのだから。

 

 これから始まる生活は、人間にとって、艦娘にとって、深海棲艦にとって、大きな大きな一歩となる筈だ。

 

 それは、俺が待ち望んでいた未来であり、平和に進む大きな道。

 

 ならば、俺は精一杯歩くのみ。

 

 どんな苦悩が待ち構えていようとも、どんなに高い壁が立ち塞がろうとも、俺は乗り越えて見せる。

 

 

 

 それが――俺の夢なんだから。

 

 

 

 

 

「ところで……愛宕先生」

 

 子供達が部屋に向かう中、俺は愛宕に声をかけた。

 

「はい、どうしたんですか~、先生?」

 

 振り向いた愛宕が俺に問う。

 

 正直に言えば、今から言う言葉は恥ずかしいけれど……聞いておきたいことなのだ。

 

「あのときのこと……覚えていますか?」

 

「あのときのこと……ですか?」

 

 口元に人差し指をあてて、考え込んだ仕草をする愛宕。

 

 もしかすると恍けているだけかもしれない……と、俺は続けて問いただす。

 

「俺が呉鎮守府に潜入する前に、伝えたいことがあるって……言っていましたよね?」

 

「ん~、そうでしたかねぇ~」

 

「……わ、忘れてらっしゃいます?」

 

「んふふ~、どうでしょうか~」

 

 悪戯をするような笑みで、愛宕は言う。

 

 予想はしていたけれど、やっぱり……こうなっちゃうんだよね……

 

「まぁまぁ、めげないで下さいよ……せ~んせっ」

 

「まぁ……良いですけど……って、えええっ!?」

 

 しょげる俺に近づいてきた愛宕は、おもむろに顔を近づける。

 

「んふふっ」

 

「あ、あの……っ!」

 

「ちょっとしたサービスですから……ね」

 

「は、はぁ……」

 

「ではでは、お仕事に参りましょう~」

 

「りょ、了解です」

 

 頭の中が沸騰してしまいそうになりながら、俺は愛宕に返事をする。

 

 そして愛宕が部屋の外に出ていくのを見てから、俺は独り言を呟いた。

 

「……ほっぺに……か。まぁ、俺にはお似合いかもしれないのかな……」

 

 残念なのか、そうでないのかは正直に言って分からない。

 

 だけど、これもちょっとは進んだってことで良いんじゃないかな?

 

 そんな風に前向きに考えて、俺は足を前に出す。

 

 さぁ、これからも頑張ろう。

 

 子供達と、そして愛宕との仲をより深めるために。

 

 そして、俺の夢のために。

 

 

 

 

 

 艦娘幼稚園 ~決戦、呉鎮守府~ 

 及び、艦娘幼稚園 第一部      完

 




 長く続いた今章をお読みいただきまして、誠にありがとうございます。

 気づけば本が1冊できちゃう文字数に驚きでしたが、艦娘幼稚園を書くに至って決めていた大筋をやっと書き終える事ができました。
これも各話ごとに感想を下さっている皆様や、多くの閲覧して下さっている皆様のおかげであります。
 深く感謝致します。

 さて、以前にお伝えいたしました通り、今章が艦娘幼稚園の一部が完結となります。
ですがこれで終わりと言う訳では無く、まだネタは沢山ありますので引き続き執筆していきたいと思います。

 もし宜しければ、これからもお付き合いの程宜しくお願い致します。


 続きまして、次章からはリクエストに応じたキャラクターによるスピンオフシリーズが始まります。

 こちらもお伝えしておりましたが、6月予定のイベントに向けた同人誌の執筆作業と艦これ新規小説の執筆を進めるため、少しではありますが更新速度を遅らせて頂きたく思います。

 現状は1日おきの更新でしたが、次章から2~3日おきのペースでと考えております。

 まだ予定の問題上どうなるかは分かりませんが、できる限り早く元のペースに戻したいと思いますので、暫くはこれにてご了解いただけますようお願い致します。




 さて――今章における裏話をちょっぴり。


●部屋から逃げ去った元中将のその後

 元中将は何とか呉から逃げ出そうと、小さな船を奪って海に出た。
地上から逃げるという考えもあったが、周りに検問が敷かれている可能性があると判断し、仕方無く海に出たのだ。

 ただし、最後の復讐をしようと一丁のライフルを持っていた。
これで建物から出ようとした先生を撃ち殺す。最後に笑うのは私だと、元中将はスコープを覗き込んだ。

 移りこむ呉の景色。しかしそれはすぐに真っ白なモノに埋め尽くされる。
スコープから目を離した元中将の目の前には、港湾棲姫が海面に立っていた。

「ホッポヲ拉致シタ罪ノ重サ……海底デ知ルガ良イ……」

 元中将の乗った小船は大きな爆発を起こし、海底へと沈んでいった。

(余談ではありますが、実際に先生が元中将に撃たれてしまうという終わり方も考えましたが……いくらなんでも酷過ぎるんで、即止め致しました)



 このような感じのシーンは考えておりましたが、艦娘幼稚園において死人を出したくないという制限を設けていた為にカット致しました。
と言う事は……元中将はまだ生きている……のかもしれません。はたしてどうなるかは、今後の展開次第ですかねー。

 ちなみにではありますが、呉に潜入した「その15」でも書き換えたシーンがあります。

 先に梯子を上がって安全かどうか確かめたレ級。下に居る先生やヲ級に知らせるために投げたモノは……人の手足だった。

 これらも制限に引っ掛かる為に止めました。
この場合、呉鎮守府に死人が出ちゃってて、停戦という点も崩れてしまいますからね……

 実は今章の終わり方は最初の予定とは違っていたりするんですが、それは後々に使おうと思っています。
まだ描き足りないネタは沢山ありますし、出していない艦娘も多数おりますので……これからもお付き合い頂けると幸いであります。



 さてはて、長々と後書きを書かせていただきましたが、ここまで読んで頂きありがとうございます。

 そこでちょっとしたサプライズ? では無いかもしれませんが、新規に執筆中の艦これ小説の小ネタを少し。



・全体を通してですが、戦闘シーンが多々あります。

・後半かなりグロくなる可能性が高いです。R-15は確定かもです。

・提督や大本営に所属するオリジナルキャラ(人間)が出ますが、メインは艦娘です。

・違和感がある文章で書いていますが、あえてその手法を取っています。

・艦娘幼稚園の一人称による書き方ではなく、三人称で執筆しております。

・登場艦娘(予定)
 榛名、摩耶、鳥海、千歳、潮、漣、天龍、龍田、暁、響、雷、電……その他多数



 現在はこの様な感じになっております。
進み具合は約40%。おおよそ今章と同じかもう少し長いくらいで、連載作品での予定です。

 それでは以上を持ちまして、後書きを終わらさせて頂きます。

 宜しければ、これからも艦娘幼稚園や新規艦これ小説等をお楽しみ頂けると幸いです。

 それではまた、次章のスピンオフ作品にて、お会いしましょう!



 リュウ@立月己田


 次回予告

 第二回リクエストでまさかの1位となった青葉がスピンオフで登場!
主人公に抜擢された青葉が、とある噂を聞きつけて色んなところへ駆け回るっ!
幼稚園児は少ししか出てこないけれど、ちっちゃい子供が新たに現るっ!?

 あの艦娘が、はたまたあの人物が!
艦娘幼稚園で出てきたキャラクターが大暴れ? しまくるスピンオフ青葉編っ!
まさかの長編でお送りいたしますっ!

 艦娘幼稚園 スピンオフシリーズ『青葉の取材遠征日記』

 乞うご期待!

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スピンオフ ~青葉の取材遠征日記~
その1「早速取材、開始ですっ!」


 第二回リクエストでまさかの1位となった青葉がスピンオフで登場!
主人公に抜擢された青葉が、とある噂を聞きつけて色んなところへ駆け回るっ!
幼稚園児は少ししか出てこないけれど、ちっちゃい子供が新たに現るっ!?

 あの艦娘が、はたまたあの人物が!
艦娘幼稚園で出てきたキャラクターが大暴れ? しまくるスピンオフ青葉編っ!
まさかの長編でお送りいたしますっ!


※第二回リクエストで応募頂きました艦娘&???が大量出演っ!?
 二番煎じだろうがなんだろうが……ギャグ満載の嵐をお届けいたしますっ!


 ども、きょーしゅくです! 青葉ですよー。

 

 呉の方が大変な事になっちゃっていましたが、どうやらひと段落といった感じで青葉も安心しました。

 

 なにやら先生が大活躍したらしいのですが、青葉は取材……じゃなくて、出撃できなかったので詳しくは分からないんですよねー。

 

 もちろん情報を得るために色々と手を回したつもりだったんですが、扶桑さんと会話をするとダークな感じになっちゃいますし、高雄秘書艦や愛宕には……近寄りたくないですからねぇ……

 

 それに今では、深海棲艦との停戦の話が鎮守府内を駆けまわっちゃって、皆はそっちに集中しまくり状態です。正直に言っちゃえば堅苦しいお話なので、青葉としては取材のしがいが無いのです。

 

 ただその関係からか、幼稚園に数人の深海棲艦が通うことになったという、なんとも面白そうなネタが舞いこんできたんですけど、青葉は完全に幼稚園内は出禁扱いになっちゃっていますからねー。

 

 次にばれたら、かなりやばそうなので……暫くは避けておいた方が良さそうなのです。さすがに命は大事にしないといけませんからねー。

 

 と言う事で、残念ながら直接的ではなく間接的に取材を行おうとしたのですが……なにやら、またまた面白そうなネタが舞いこんできました。

 

 まだ未確定な情報なので今から直接出向くんですが、まずは切っ掛けとなったお話を語る事に致しましょうー。

 

 

 

 

 

 今日も青空の良い天気。

 

 午前中の予定を済ませた艦娘は昼食を終え、休憩場所でまったりと過ごしていたり、お昼寝をするのが一般的です。

 

 もちろん青葉は休むよりも、取材の為に鎮守府内を駆けまわっているのが当たり前なんですよ。今もこうして、食堂からどこに向かおうかと考えながら歩いているんですが……

 

「おや……?」

 

 何やら埠頭の方から大きな声が聞こえてきた様な気がしました。普通の人や艦娘なら聞こえなかったかもしれませんけれど、青葉の耳は取材の為に訓練したんですっ。

 

 まぁ、危うく引っぱられてちぎられそうになった事もありますけど……酷いですよねー。

 

 えっ? 約束を破ったり、変な噂を撒き散らしたり、とある人の写真をばらまくからですか?

 

 はて……それは一体何のことでしょう。青葉は良く分かりませんねー。

 

 それよりも、埠頭の方が青葉気になりますっ! どっかの好奇心旺盛な女子高生よりも気になっちゃいますっ!

 

 早速ジャーナリスト魂で、向かってみる事にしますよー!

 

 

 

 

 

「早くっ! ドックの方へ運ぶんだっ!」

 

「手間取っていたら、あの世に逝っちゃうよっ!」

 

 埠頭の方へと向かう最中の建物近くで人だかりができていますが、あまりに多くの人や艦娘がいるせいでハッキリと何が起こっているのか分かりません。ですが、ドックとかあの世とか言っていますし、誰かが重傷を負ったという事で間違いないんじゃないでしょうか。

 

 これはちょっと青葉も心配になっちゃいますけど……艦娘として海で戦う以上、こうした事が起こるのは想定しています。薄情に聞こえるかもしれないですけど、戦場で何が起こってもおかしくはないんですよね。

 

 でも、できるならば怪我を負った艦娘は助かって欲しい。そう思いながら、青葉は取材をしようと思ったんですけど……

 

「今はそれどころじゃないっ! さっさとそこをどいてくれっ!」

 

「は、はいっ。ごめんなさいっ!」

 

 案の定、怒られちゃいました。どうやら本当に切羽詰まった感じみたいです。

 

 これは直接ではなくて、間接的に情報を得た方が早いかもしれませんね……と、青葉はドックのある建物の裏手に回って、整備室の方に向かうことにしました。

 

 

 

 

 

「こんにちわー」

 

「あれ、青葉じゃない。整備室に来るなんてどうかしたの?」

 

 挨拶をしながら入ったんですけど、そこにいた1人の艦娘が青葉に気づいて声をかけてくれました。

 

「そりゃあ、青葉も艦娘ですから艤装の整備くらいはしますよ?」

 

「語尾の段階で怪しさ満点だけどね……。まぁ、開いているところを使えば良いわよ」

 

 そう言ってマスクを被り、バチバチと火花を散らしながら溶接をしていたのは夕張なんですけど……いったい何を作っているんでしょうか?

 

 背中越しに見えるのは、明らかに艤装のそれとは違う気がするんですけど……気になるよりも怖さの方が際立っちゃいますねぇ。

 

 まぁ、触らぬ神になんとやらと言いますし、集中していて話も聞けそうにないですから、夕張の事は放っておいて他の方に話を窺ってみようと整備室内をうろつきます。

 

「うーん、どうやら整備している艦娘はいないみたいですねぇ……」

 

 今は昼食後の休み時間な訳ですから誰かはいるだろうと思っていたんですけど、夕張以外に見当たらないんですよねー。

 

 逆に言えば、休み時間に整備室に籠る時点で特殊って感じなんでしょうか。そう考えたら、やっぱり夕張って……いや、この考えは止しておきましょう。

 

 ああ見えて夕張も勘が鋭かったりしますから、変な言葉を聞かれちゃったら……

 

「不意打ちっ!」

 

「ひゃうっ!?」

 

 く、くくくっ、首元に冷たいモノがっ!?

 

「どう、ビックリした?」

 

「も、もうっ、焦りまくったじゃないですかっ!」

 

 振り返ってみると、いつの間にか夕張が笑みを浮かべて立っていました。右手には缶ジュースが握られていて……これを首元に当てられたんですね……。

 

 もう……心臓が止まっちゃうかと思ったじゃないですかっ!

 

「ゴメンゴメン。ちょっと変な気がしたから脅かしちゃった」

 

「む……ぐ、まぁ、別に良いですけど……」

 

 片手でごめんなさいと会釈をした夕張に向かってそう言いましたけど、やっぱり勘が鋭いです。

 

「と言う事で、これ良かったらどうぞ」

 

 そう言って、夕張は手に持っていた缶ジュースを渡してくれました。

 

「え、あぁ、どうもです」

 

 好意は素直に受け取っておくところなんですが、何だか怪しい気配がします。

 

「……これの見返りとか、請求されたりしちゃいます?」

 

「あらー、やっぱり読まれちゃうかー」

 

「青葉の鼻をなめないで下さいよっ」

 

 ジト目で睨みつつも、缶ジュースのプルトップを引き上げてゴクゴクと飲んじゃいます。何かを企んでいるとしても、さすがに毒なんか入れる訳が……

 

「ぶはーーーっ!」

 

 な、なんですかこれっ! すんごい味がするんですけどっ!?

 

「あれっ、どうかした?」

 

「ど、どうしたもこうしたも……なんなんですかこのジュースはっ!?」

 

「この前外に出かけた時に買ってきた、正●丸ジュースだけど」

 

「な、なんてモノを飲ませるんですかっ!」

 

「え、そんなに不味いかしら? 私は結構いけると思うんだけど……」

 

 そう言って、夕張はポケットから取り出した同じ缶ジュースを開けて、ゴクゴクと飲んでいますけど……

 

「んぐ……んぐ……」

 

 うわ……一気に飲んじゃってますよ……

 

「ぷはーっ! この苦みが良いのよねー」

 

 いや、苦過ぎて美味しさなんてありませんでしたよっ!?

 

「どういう味覚をしているんですか……」

 

「むしろこの苦みが分からないようじゃあ、まだまだよねー」

 

 いや、正直分かりたくないです。

 

 これ以上飲む気は無いので夕張に缶ジュースを返すと、美味しそうに最後まで飲み干していました。

 

 夕張……恐ろしい子っ!

 

 

 

 

 

「それで、実は青葉にお願いがあるんだけど」

 

「……お願い、ですか」

 

 どうやらさっきの缶ジュースはやっぱり見返りを求めての物だったようですが、あんな不味いジュースではとても言うことを聞いてあげようって気にはなりません。ですが、もしかするとドックの情報をゲットできるかもしれないので、ひとまず夕張のお願いを聞いてみる事にしました。

 

「最近先生の良いネタが入ってないかなーって思ったんだけど……どうかしら?」

 

「んー、そうですね。新しい写真がいくつか入ってますよー」

 

「本当っ!? それをぜひ、お願いしたいんだけどっ!」

 

「もちろん、それ相当の報酬が必要になりますよ?」

 

「ええ、それは分かっているわ。1枚いくらかしら?」

 

「いえいえ。今回はコインじゃなくて情報が欲しいんですよねー」

 

「情報……?」

 

 少し不思議そうな表情を浮かべた夕張でしたが、青葉は気にせずに話を続けます。

 

「実はドックの方が慌ただしいみたいなんですけど、その事について何か知らないかなーっと思いまして……」

 

「それっていつ頃の事かしら?」

 

「ほんの少し前です。多分ですけど、午前中の出撃の艦隊か……もしくは昼前に帰ってきた遠征艦隊だとは思うんですけどねー」

 

「うーん……残念だけど、私は何も分からないわ。朝からずっと溶接作業をしていたから、殆ど周りの音も気にしていなかったのよね」

 

「ありゃ、そうですか……」

 

 どれだけすごい集中力なんですか……と、ツッコミたくなりましたけど、夕張の性格を考えればありえそうですよね。

 

「それじゃあ、聞きたい事は無くなっちゃいましたねぇ……」

 

「えー……じゃあ先生の写真はどうなるのかしら……」

 

「仕方ないですねぇ。いつも通りの価格でお売りいたしますよー」

 

「やった! これで新しい先生のデータが手に入るわっ!」

 

 大喜びの夕張からコインを受け取った青葉は、先生の写真を渡してあげました。

 

「おおっ! これは先生のウエットスーツ姿っ!」

 

「つい先日の呉に向かった際に撮られた写真ですよー。残念ながら青葉は参加できなかったので、別の方が撮ってくれたやつなんですけどねー」

 

 誰だとは言えませんけど、青葉には色んな写真家の知り合いがいるんですよねー。

 

 もちろん報酬もお渡ししますし、物々交換もどんとこいです。でも超常現象はどんとこないで下さい。

 

「このピッチリとしたタイツの感じ……この前の下着姿より……良いわよね……」

 

 うっとりとした表情で写真を眺めている夕張がなんだかちょっと怖いんですが、これはいつもの事なので放っておきましょう。

 

「それじゃあ青葉は情報を仕入れるため、別の人に話を聞いてきますねー」

 

「はぁ……これは家宝モノよね……」

 

 完全に一人の世界に入り込んでいるようなので、さっさと行っちゃいますかー。

 

 

 

 

 

 それから青葉は整備室の中を回って暇そうな人はいないかなー……なんて思いながら探していると、作業着姿の男性が天井を見上げながらボケーと座っているのが見えました。無精ひげを生やした30代くらいの方ですけど、どこかで見た事があるような気がするんですよねー。

 

 でもまぁ、思い出せないってことはたいした事じゃないんでしょう。早速話を窺ってみることにしますっ。

 

「どもどもー。青葉ですけど、ちょっとばかり取材良いですかー?」

 

「ん……と、取材?」

 

「ええ、取材です。実はついさっきの事なんですけど、ドックに誰かが運ばれた件について、何か知りませんか?」

 

「いや、何も知らないかなぁ。ついでに言えば、どうでも良いかなぁ」

 

「い、いやいや。さすがにその発言はどうかと思うんですけど……」

 

 仮にも鎮守府で働いているんですから、どうでも良いって発言は少々危ない気がします。

 

 ただ、なんというかこの人……完全に呆けちゃっている感じがするんですが……

 

「だってさぁ……ヲ級ちゃんのファンクラブ会長の座を奪われて、大鯨様のオシオキは最近無いし……生きている意味が無くなっちゃったんだよ……?」

 

 そう呟いた男性は、ガックリと肩を落として大きなため息を吐きました。

 

 あー……そうか、なるほどです。

 

 どこかで見たことがあると思っていたんですけど、どうやらヲ級ちゃんファンクラブのホームページですね。

 

 しかし、会長の座を奪われたって……一体全体、何があったんでしょうか……?

 

「えっと……そのことについてお聞きしても良いんですかね?」

 

「喋った時点で胃に穴が開くから、できれば聞かないで欲しいです」

 

「そ、それは……痛いですよね……」

 

「大鯨様のオシオキならば……痛くても良いんだけどねっ!」

 

 ………………

 

 なにこれ。目がキモイ。

 

 キラキラしながら遠くを見つめて、更に頬染めるとかマジであり得ないですよっ!

 

「ハァハァ……思い出しただけで……」

 

 怖い怖い怖いっ!

 

 これは有害人物リストに確定ですっ! 要注意人物として報告しますっ!

 

 それに近くで話しているだけで寒気がするので、さっさと退散しますっ!

 

「では青葉はこれにてっ! 周りに迷惑かけない程度に頑張って下さいっ!」

 

「え、あ、もしかして放置プレイ!? キタコレッ!」

 

 うわあぁぁぁっ! 完全に変態ですーーーっ!

 

 全国の漣ファンに謝りながら、脱兎の如く逃げるですっ!

 




 次回予告

 変態作業員から逃げた青葉ですが、肝心の情報はゲットできず。
しかし、翌日にある噂を聞きつけて、早速突撃する事にしちゃいましたっ!

 そしてまさかの現象に……暴走が止まりませんっ!

 艦娘幼稚園 スピンオフシリーズ『青葉の取材遠征日記』
 その2「那珂ちゃんのファンやりますっ!」


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その2「那珂ちゃんのファンやりますっ!」


 変態作業員から逃げた青葉ですが、肝心の情報はゲットできず。
しかし、翌日にある噂を聞きつけて、早速突撃する事にしちゃいましたっ!

 そしてまさかの現象に……暴走が止まりませんっ!


 変態作業員から逃げた青葉は色々な場所に行って話を聞いてきたのですが、ドック絡みの話は一向に聞く事ができませんでした。

 

 そして次の日の朝。

 

 いつものように鳳翔さんの食堂で朝食を取っている際にひょんな噂を聞いたので、その真相を確かめるべく艦娘寮のとある部屋の前に立っていました。

 

「……ここですね。名札の方も間違いないです」

 

 扉の横に誰の部屋か分かるようプレートを差し込める様になっているんですが、上から順に川内、神通、那珂の3枚が入っていました。

 

「よし、それではノックをしてみましょう」

 

 コンコン……と、扉をノックすると、間をおいてから扉が少しだけ開きました。

 

「どちら様……ですか?」

 

 隙間から外の様子を窺うようにして話しかけてきたのは神通でした。いつもの雰囲気と同じ様に若干おどおどした感じはあるんですが、なんだかそれだけでは無い気がしますねぇ。

 

 やはりこれは、噂が本当だったという事でしょうか。

 

「どもー、青葉です。実はこの部屋のお一人が大変な目にあったと聞いたんですけど……」

 

 回りくどく聞くのも手なんですが、神通の性格を考えると単刀直入の方が良と判断しました。

 

「も、もうそんな噂が……」

 

 表情を暗くした神通は俯きながら呟きます。この瞬間、噂は完全に本当であると確信しました。

 

「それで、青葉に何かお手伝いできないかなー……と、思ったんですけど」

 

「そ、それは……ありがとうございます。でも……本人がどう言うか……」

 

「良かったら話だけでも聞かせてくれませんか? ご迷惑はおかけしませんのでっ!」

 

 そう言うと、神通は迷うような表情を浮かべてから「少しお待ちください……」と言って、一度扉を閉めました。

 

 うーん……これで上手くいくと良いんですけど、ダメだったら手が無くなっちゃいますよね……

 

 最悪は外壁から窓を伝って中を窺う手がありますけど、ここは三階だからちょっと怖いんですよねー。

 

 そんな事を考えていると、先ほどよりも扉が大きく開き、神通の姿が一望できました。

 

「そ、その……誰にも言わないという約束でなら、大丈夫です……」

 

「了解です! それじゃあ失礼しますねっ!」

 

「あ、あの……できればもう少し声を小さめに……」

 

「あっ、これはすみません。ついついテンションが……」

 

 神通に向かって苦笑を浮かべながら部屋に入いり、中の様子を窺います。

 

 内装はどこの部屋も同じ白を基調とした壁紙で、小さな本棚や化粧台がいくつか置かれているシンプルな部屋でした。部屋の四隅のうち三カ所にベッドがあるんですが、そのうち二つが使用されているようで、布団がこんもりと盛り上がっていました。

 

 目の前に居る神通は起きているんですから、寝ているのは川内と那珂なんでしょう。

 

 今の時間を考えれば、川内はまだ眠っていることが考えられます。出撃や演習があるときは頑張って起きているみたいですけど。

 

 となると、もう一人の那珂が噂の艦娘……と、なるんでしょう。

 

「那珂ちゃん……青葉さんが来てくれましたよ」

 

「うー……那珂ちゃんは布団から出ないんだもん……」

 

 籠った声が聞こえてきますが、何だか変な感じがしました。

 

 何やら少し、声が高い気がするんですけど……

 

「でもさっき、他の人に言わないなら大丈夫って言ったじゃないですか」

 

「やっぱり那珂ちゃん恥ずかしいのっ!」

 

 まるで駄々をこねる子供が布団に包まっていて、慰めるお母さんが困り果てているように見えるんですよね。

 

「えっと、取り敢えずそのままでも良いのでお話ししても良いですか?」

 

「す、すみません……そうして頂けると助かります……」

 

 深々と神通は頭を下げましたけど、那珂の気持ちを考えると出てこない事も理解できますからね。

 

 それでは確認と言うか、誘導尋問と言うか……ちょっとばかり卑怯な気がしなくもないですけど、話を進めてみましょう。

 

 

 

 

 

「青葉が仕入れてきた情報ですが、昨日の午前中に出撃した水雷戦隊の1人である那珂が、戦闘中に敵の雷撃によって大破したんですよね?」

 

「ええ、その通りです。敵空母の艦載機に気を取られてしまった那珂ちゃんは、対空砲撃を行っている際に魚雷を受けてしまいました……」

 

 那珂が包まっている布団の横に座った神通は、青葉の言葉に頷きながら返事をしてくれました。

 

 ちなみにその間、布団が大きく揺れたり呻き声の様な声が聞こえてきたりするんですが……気にしないでおきましょう。

 

「それで慌てて帰還した艦隊は、急いで那珂をドックに搬入した。ここまでは間違っていないですよね?」

 

 無言のまま神通が頷き、青葉は続けて口を開きます。

 

「そこで高速修復材を使用すれば問題ない……と、思われていたんですが、何やら問題が発生した。どうやら轟沈寸前だった事が原因らしいと聞いていますけど……」

 

 ここまでが食堂で聞いた噂話です。ですが、これ以上知っているという感じで話しておかないと、先に進む事ができなさそうなんですよね。

 

「はい……那珂ちゃんの被害は大きく、轟沈しなかったのが奇跡だと言われました。ドックに入っても修復が上手くいかず、高速修復材も効果がありませんでした……」

 

「それで……どうしたんですか?」

 

「周りの人達が諦めそうになっていく中、私はある艦娘から聞いた方法を思い出して川内姉さんにお願いしたんです。元帥にお願いして、応急修理女神を使わせて欲しいと……」

 

「……そ、それで元帥は許可を出した……と?」

 

「はい。大事な部下のためならば――と、言って下さいました。そうしてドックに持ってきてもらった応急修理女神を那珂ちゃんに強制使用したんですが……」

 

 言って、神通は視線を布団の塊へと向けました。中に居る那珂が震えているのか、大きく揺れる布団に嫌な感じを覚え、ゴクリと唾を飲み込みました。

 

 結果的に那珂は助かったという事は分かります。噂ではここまでしか分からず、那珂がどうなってしまったのかを知りたいために青葉はここまで来たんですが……

 

「まさか……那珂ちゃんがこんな風に……」

 

 そこまで言って、神通は言葉を詰まらせました。部屋の空気が重くなり、息をするのもしんどいような気分になった時、布団の一部が少しだけ浮きました。

 

「……あ、あのね。青葉ちゃんは……那珂ちゃんの事を……助けてくれるんだよね……?」

 

「え、あ……そうですよ。青葉はできる限り力になりたいと思って……」

 

「それじゃあ、その……笑わないで……くれるかな?」

 

「そ、それは、大丈夫……ですけど……」

 

 なぜそんな事を聞くんでしょう……と、思いながら青葉は頷きました。すると、布団がゆっくりと中から捲られ……

 

 

 

 予想もしていなかった姿が現れました。

 

 

 

「え……?」

 

「うぅ……そんなにジロジロと見ないでよぅ……」

 

 ベッドの上で立ち尽くした那珂は、恥ずかしそうに頬を真っ赤に染めました。

 

 いや……なんと言うかですね……

 

 ………………

 

 完全に子供化しちゃっていますよっ!?

 

 え、何これっ! 新手の宗教活動ですかっ!?

 

 それともアイドルとして売り出す為の新手の手法とかっ!?

 

 青葉、とっても気になりますっ!

 

「ううぅぅぅっ! やっぱり那珂ちゃん恥ずかしいっ!」

 

 視線に耐えられなくなったのか、那珂は布団に包まって元の様に丸くなっちゃいました。

 

「な、那珂ちゃん……大丈夫だから、ね」

 

「やーだーっ! 那珂ちゃんこんな身体はアイドルじゃないから、やぁぁぁだぁぁぁっ!」

 

「だけど、小さい子供のアイドルもいなくは……」

 

「那珂ちゃんはそんなイロモノ系アイドルじゃないもんっ!」

 

 いや、その発言は一部のファンに対して酷い気もするんですけど……

 

 ですが、このままでは話が進まなさそうなので、ちょっとばかりヨイショをしちゃいましょうか。

 

「でも、那珂ちゃんが小さくなった事で、凄く魅力がアップした感じがしますよねー」

 

「そ、そんな事……っ」

 

「可愛らしさがアップしたって言うんですかねー。ですよね、神通……ちゃん?」

 

「え、あ、う、うん。そ、そうですよ、那珂ちゃん」

 

 いきなり青葉からちゃん付けされた神通は焦りつつも、話を合わせるように那珂に声をかけました。

 

「ほ……本当に……?」

 

「本当ですよー。更なる那珂ちゃんのパワーアーップですっ!」

 

「そ、そうそう。那珂ちゃんは更に可愛くなったわよ」

 

「本当に本当に本当にっ!?」

 

 ガバァッ! ――と、布団を勢いよく捲り上げた那珂は、目をキラキラさせながら神通と青葉の顔を交互に見ました。

 

 よし……計算通り……

 

 ――って、これだと完全に青葉は悪人だと思われちゃいますけど、そんな事は無いですよー。

 

 せいぜい高校生同士が騙し合いをしている程度です。死神とかノートとか全然関係無いですからねー。

 

 これも那珂や神通を思ってのこと。涙を飲んで取材……ではなくて、協力しているんですっ!

 

 それになんと言うか……可愛いってのは本当なんですよねー。

 

 ちっちゃい身体につぶらな瞳。ほんのりと赤く染まった頬がなんとも言えぬ……ジュルリ。

 

 はて……今、変な音が聞こえたような……

 

 湿ったような音は青葉じゃないです。神に誓っても違いますよ?

 

「な、那珂ちゃん……可愛い……」

 

 ほら、ここにこうやって目をキラキラさせて舌なめずりをしているお方が……

 

「あ、あれ……神通ちゃんがちょっと変……」

 

「き、気のせいよ。那珂ちゃん」

 

「そ、そうなのかな……?」

 

 いいえ。気のせいじゃないですよ、それ。

 

 そして、どちらかと言うと青葉も同じ意見でして……

 

「あ、あの……青葉ちゃんも神通ちゃんも……なんで那珂ちゃんの傍に寄ってきているのかな……?」

 

「アイドルである那珂ちゃんの傍に寄りたい気分なんですよ……ハァハァ……」

 

「そうそう。青葉さんの言う通りですよ……ハァハァ……」

 

「な、那珂ちゃんもしかして大ピンチッ!?」

 

 逃げようとする那珂ですが、肩をガッチリと両手で掴んだ神通によって動きを遮られ、身動きする事ができなくなり……

 

「だ、誰か那珂ちゃんを助けてっ!」

 

「そんな人聞きの悪い事を言わないでよー」

 

「そうよ、那珂ちゃん。ちょっとだけ良い子良い子してあげるだけだから……」

 

 両手を構えてワキワキと指を動かす青葉と神通に、涙目を浮かる那珂。

 

「せ、川内ちゃん! 寝てないで助けてようっ!」

 

「うぅ……ん。まだ夜戦の時間じゃない……」

 

「こ、この人でなし……わわわわわっ!?」

 

 川内に叫ぶ那珂の隙をついた青葉はほっぺたをくっつけてスリスリしちゃいますっ。

 

 うわぁぁぁ……プニプニでスベスベで……めっちゃっ可愛いですよぉっ!

 

「では反対側は私が……」

 

「ひゃああああっ! 青葉ちゃんも神通ちゃんも……やめてぇぇぇっ!」

 

「うりうりー、うりうりー」

 

「ぷにぷにで……たまりません……っ!」

 

「誰か那珂ちゃんを助けてーーーっ!」

 

 それから暫く、那珂ちゃんの声が部屋中に響き渡ったのは言うまでもありませんでした。

 

 

 

 あはは……青葉、ちょっとやり過ぎちゃいましたかねー。

 




 次回予告

 ちっちゃい那珂ちゃんいじくりプレイ……ではなく、ちょっとじゃれあった後の事です。
那珂ちゃんの希望によって元に戻る方法を探す事になった青葉は、まず一番にお願いをしなければならない方が居る場所へと向かったのですが……


 艦娘幼稚園 スピンオフシリーズ『青葉の取材遠征日記』
 その3「許可申請の代償?」


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その3「許可申請の代償?」


 ちっちゃい那珂ちゃんいじくりプレイ……ではなく、ちょっとじゃれあった後の事です。
那珂ちゃんの希望によって元に戻る方法を探す事になった青葉は、まず一番にお願いをしなければならない方が居る場所へと向かったのですが……


 

「うー……那珂ちゃん暫く、立ち直れないかも……」

 

 ベッドの上にうつ伏せで倒れる那珂と、満面の笑みでキラキラモードの青葉と神通。傍から見れば憲兵さんに通報されちゃうかもしれませんけど、可愛いは正義ですから仕方ないですよねー。

 

「い、いやはや、青葉ったらテンションがあがり過ぎちゃって……反省反省っ」

 

「ご、ごめんね那珂ちゃん。私ったら、つい那珂ちゃんが可愛過ぎちゃって……」

 

「うぅぅ……那珂ちゃんはそんな言葉に騙されたりしないもんねっ!」

 

 うつ伏せのまま顔だけこちらに向けて、尻尾を踏まれた猫みたいに怒る那珂なんですが、そんな仕草も可愛いんですよねー。

 

 もう一回だけ……いや、何度もプニプニしちゃって良いでしょうか……?

 

「あ、青葉ちゃんの顔が危険な雰囲気を醸し出している気がする……」

 

「き、キノセイデスヨ?」

 

「気のせいじゃないよねっ!?」

 

 即座に立ち上がって指を突きつけられたので、口笛を吹きながら知らんぷりをしちゃいます。

 

「……口笛っぽくしているけど、全然吹けてないよ?」

 

「そう言えば、青葉って口笛吹けないんでしたっ!」

 

「動揺し過ぎですね……青葉さん……」

 

 いやはや面目ない……

 

 しかしまぁ、こんな感じで漫才をしていたら時間がいくらあっても足りませんから、話を戻す事にしましょう。

 

「確認なんですけど、那珂ちゃんは元の身体に戻りたいんですよね?」

 

「もちろんだよぉっ! 那珂ちゃんこのままだったら、アイドルとして活動できないんだからっ!」

 

「残念です……神通はこのままの那珂ちゃんが素敵だと思うんですけど……」

 

「可愛いかもしれないけど、やっぱりダメなのっ!」

 

 神通に向かてプンプンと怒る那珂ですけど、子供の身体でそれはやっぱり反則だと思います。

 

 そう考えると、確かにこのままでは危険かもしれませんねー。可愛過ぎると暴走しちゃいますし。

 

 主に……青葉と神通だけかもしれませんけど、下手をすれば幼稚園の先生も危険な行動をしかねませんし。

 

 口ではロリコンじゃないとか言っていますけど、子供達を見る目が最近いやらしく感じるんですよねー。

 

「だから、どうにかして元に戻る方法を探して欲しいのっ!」

 

「ふむー……まぁ、乗り掛かった船ですから、できるだけやってみますけど……」

 

 そうは言ったものの子供になってしまった身体を元に戻す方法なんて想像もつきませんし、それを探し出すという行為自体に利点が無いんですよねー。

 

 そりゃあ、那珂は同じ鎮守府に居る仲間ですから助けてあげたいって気持ちはありますけど、青葉は取材もありますし……って、この言い方だと何だか薄情過ぎる気がしちゃいますっ!?

 

 うむむ、このままだと青葉のイメージがダウンしっぱなしですけど、取材の時間を削られるのはちょっぴり痛いんですよね……

 

「ご、ごめんね……那珂ちゃん。私があんな方法を使ったばっかりに……」

 

「ううん、そんなこと無いよ。那珂ちゃんはあのままだったら轟沈していたかもしれないんだから、神通ちゃんは悪くないからねっ」

 

 そう言い合った二人は、ベッドの上で優しく抱き合います……って、別にいやらしい意味じゃないですから興奮しないように。

 

 仲睦まじい光景なんです。ただちょっと、身長のバランスがちぐはぐですけど。

 

 これはこれでネタにはなりそうな気がしますが……って、ちょっと待って下さい。

 

 確か那珂が子供の姿になったのは、轟沈寸前だったのを無理やり直そうと応急修理女神を使用したのが原因である……と、考えられていますよね。

 

 でも実際のところ、青葉達が戦闘中に轟沈しかけても問題なく応急修理女神は使用されます。もちろん、子供化なんてしちゃいません。

 

 なのに、那珂がそうなったって事は、やっぱり何か原因がある筈なんですけど……

 

「ちょっと質問しても良いですか?」

 

「え、あ、はい。なんでしょうか……?」

 

「那珂ちゃんに応急修理女神を使用したのって、攻撃を食らった時じゃなかったですよね?」

 

「ええ、轟沈寸前の那珂ちゃんをドッグまで曳航して、高速修復材では回復が見込めないから……無理矢理使用しました」

 

「無理矢理って……そんな事、できるんですか?」

 

「普通は無理みたいですけど、ある艦娘からその方法を聞いた事があって……」

 

「ある艦娘……?」

 

「はい。佐世保に居る、明石さんという艦娘から聞いたのです」

 

 そう言った神通は、小さくため息を吐いてから話を続けます。

 

「本来は使用自体が無理らしいのですが、どうしようもない緊急時にのみこの方法が使えると……」

 

「はぁ……そんな事ができるんですねぇ……」

 

 そう呟きながら、青葉はピンと思いついちゃいました。

 

 そう言えば佐世保から来た榛名を除く比叡達って、元は青葉達と同じ普通の艦娘だったみたいですよね。

 

 もしかすると今回の那珂の件は同じ現象によるモノなのかもしれません。そう考えたら辻褄が合うんじゃないでしょうか。

 

 つまり、これらの件について取材を進めれば、子供化する事について色々な情報を手に入れられるかもしれません。もしそれが上手くいけば……

 

 

 

 自由に子供と大人の身体を行き来できる方法が手に入るかもしれないんですよっ!

 

 そんな事が可能になったったら、青葉は艦娘ノーベル賞みたいなのをゲットできちゃうかもしれません!

 

 いやむしろ、賞なんかよりもっと凄い事が……

 

 仮にその方法が簡単にできた暁には、大儲けできちゃう可能性も……

 

 そうなったら、青葉は一気に大富豪ですっ! もう取材費に悩む必要もありませんっ!

 

 そして、ついには先生に……って、これは別に……その、言葉のあやですっ!

 

 ようしっ、青葉頑張っちゃいますよっ!

 

「分かりましたっ!」

 

「「ふえっ!?」」

 

 勢いよく立ち上がりながら叫んじゃったせいで、神通と那珂がビックリしちゃっていました。

 

「不肖青葉、那珂ちゃんの身体を元に戻す方法を探る為、一肌でも二肌でも脱いじゃいましょうっ!」

 

「ほ、本当にっ!?」

 

「二肌はいらないと思いますが……」

 

 神通のツッコミはスルーしておきますが、那珂は目をキラキラさせて喜んでいるみたいです。

 

「そ、それじゃあ、青葉ちゃん。宜しくお願いしますっ!」

 

「了解ですっ! 青葉にドーンと任しちゃってくださいっ!」

 

 全くアテは無いですけど、こういうのは勢いが大事なんですから……と、青葉は自分の胸を思いっきり拳で叩きました。

 

「……げふぅ」

 

 つ、強く叩き過ぎて……むせちゃいました……

 

「い、一気に那珂ちゃん、不安になっちゃったんだけど……」

 

「き、キノセイデスヨ……?」

 

「本日二度目ですよね……それ……」

 

 さすがに今度の神通のツッコミには、青葉も愛想笑いを浮かべるしかできなかったですよ……

 

 あは、あはははは……

 

 

 

 

 

 ――という事で、神通達の部屋から出た青葉はとある場所へと向かいました。

 

 もちろん真っ先に向かいたいのは佐世保なんですけど、青葉も舞鶴鎮守府に所属する艦娘である以上、無断でお出かけという訳にもいきません。

 

 ならば向かう先は、もうお分かりですね。

 

 舞鶴鎮守府の最高司令官、元帥に佐世保への取材遠征を直談判です。もちろん応急修理女神を使用した件などの話も聞いてみたいですし、幼稚園の設立者ですから何かしらの情報を持っている可能性もありますよねー。

 

 これでいきなり治す方法を知っていると言われちゃったら佐世保への取材がお釈迦になっちゃいますけど、それはそれで手っ取り早く事が済みますから別の取材ができて問題ナッシング。

 

 どちらにしてもそれなりに良いネタは揃いそうですし、あの目的が達成できるかもしれません。

 

 そうなれば、青葉の株とマネーはどんどん増え……明るい未来が待っていますっ!

 

 そして先生との仲も……って、何を考えているんですか青葉はっ!

 

「おっと……危うく目的の場所を通り過ぎるところでした」

 

 考え事をしていた性で、元帥がいつもいる指令室の扉を見落とすところでした。

 

 集中過ぎるのもたまに傷ですけど、こればっかりは仕方ありません。取材には必要ですからねー。

 

 ――と、そろそろ考え込むのは止めにして、元帥にちゃっちゃと話をつけちゃいましょうかー。

 

 

 

 コンコンッ……

 

 

 

「開いてるよー」

 

 扉越しに元帥の許可が出たので、さっそく中に入っちゃいますね。

 

 ではでは、元帥に向かって取材開始ですっ!

 

「失礼しまーすっ」

 

「おや、青葉がここに来るなんて久しぶりじゃないか。いったいどうしたのかな?」

 

「ちょっとばかり元帥にお願いがありまして……」

 

「お願い……? ふむ、まぁ聞いてみようかな」

 

 元帥は椅子に座ったままソファーを指差したので、頭を下げてから座る事にしました。

 

「それで、いったいどんなお願いなのかな?」

 

「それについてなんですが、まず聞きたい事があるんですけど……」

 

 青葉の声を聞いた元帥は考え込むように頭を傾げましたが、何も思いつかなかったのか、青葉に問いかけてきました。

 

「聞きたい事ってなんだろう?」

 

「えっとですね、昨日の那珂についての事なんですが……」

 

「あぁ、アレの事かぁ……。青葉ったらさすがに耳が早いねぇ」

 

「情報戦は青葉の得意分野ですからねー。もちろん、今現在那珂がどうなっているかも確認済みですよ」

 

「なるほどね。それで僕に話を聞きに来たって事か」

 

「そうなんです。ですけど、ただ単に聞きに来た訳でもないんです」

 

「……と、言うと?」

 

「神通や那珂に頼まれたんですよ。子供化した身体を元に戻したいって」

 

「それを……僕に聞きに来たって事?」

 

「単刀直入に言えばそうですけど、元帥はその方法をご存じないですよね?」

 

 青葉の言葉を聞いて苦笑を浮かべた元帥は、小さくため息を吐いてから椅子に腰掛けました。

 

「その通りだね。残念ながら僕は、子供化してしまった艦娘を元に戻す方法は分からないよ」

 

 少し申し訳なさそうに言った元帥が、両手を上げて背伸びをしました。長い付き合いがあるから分かる事なんですけど、この動きは元帥が困っている時にやっちゃう仕草なんですよね。

 

「それで、その事が本命って訳じゃないんでしょ?」

 

「ありゃ、やっぱり分かっちゃいます?」

 

「そりゃあ、そうだろう。僕が那珂を直す方法を知っていたのなら、今現在子供の姿をしている訳が無い。青葉ならそれくらいの事を予想できないとは考えにくいからね」

 

「いやぁ……褒めても何にも出ないですよ?」」

 

「えー、そうなの? ちょっとしたお礼とか言って、新しい写真とか分けてくれると嬉しいんだけどなー」

 

 ニヤニヤと笑みを浮かべながら青葉の顔を見ている元帥ですけど、この人は全く懲りていませんよね。

 

 こういう事を言っちゃうと、後でこってりと秘書艦に絞られちゃうのが分からないのでしょうか?

 

「新作が入ったら優先的にお譲りするのは構わないんですが、元帥にお勧めできるモノは入ってきてないんですよ」

 

「そうなんだ……」

 

 本当に残念そうな表情を浮かべた元帥はガックリと肩を落としてため息を吐いていました。

 

 どれだけ期待していたんですか……この人は……

 

「――っと、話が逸れちゃいましたけど、本命の方へ移っても宜しいです?」

 

「あ、あぁ。構わないよ」

 

 元帥の返事を聞いた青葉はゴホンと咳払いをしてから、姿勢を正してお願いをします。

 

「那珂の身体を治す方法を知るために、青葉に遠征許可を下さい」

 

「おっけー。許可するよ」

 

「早っ!」

 

 さすがに即答されるとは思っていなかっただけに驚きましたけど、そんなに簡単に返事をしちゃって大丈夫なんでしょうか……?

 

 一応青葉も艦娘な訳ですから、遠征とか出撃とか演習とか……色々あるんですけどねぇ。

 

 それとももしかして、役に立たない艦娘のレッテルが既に貼られちゃっているとかっ!?

 

 そうだったら青葉、思いっきり泣いちゃいますよっ!

 

「那珂が困っているのを見過ごせないからね。僕の方でも色々と調べるように、高雄にお願いしていたところなんだよ」

 

「え、あ……そうだったんですか」

 

 言われてみれば、常時元帥の傍にいる秘書艦の姿が見えない事に気づきました。

 

 青葉ったら集中力が散漫になっていましたね。これはジャーナリストとして失敗しちゃっています。

 

「だから、青葉の申し出は非常に嬉しいんだよ。他にも動いてくれる人や艦娘がいれば助かるんだけど、鎮守府の運営上それも難しいからさ……」

 

 そう言った元帥は目尻を指で押さえながら、首をコキコキと鳴らしていました。よく見てみると元帥の目の下は薄らと隈ができていて、あまり寝ていないのではないかと伺えます。

 

 何だかんだと言って、部下の事を良く見て考えてくれている元帥に頭が上がりません。だからこそ慕われているんでしょうけどね。

 

 まぁ、後は女癖が悪いのが治れば言う事が無いんですけどねー。

 

 それはそれで、青葉としても収入源にさせてもらったりしていますから文句は言えません。まだまだ元帥の写真も売れ行きはそこそこありますからね。

 

「青葉に僕からもお願いする。那珂の身体を治す方法を探してくれるかな?」

 

「ええ、もちろんです」

 

 言って、青葉は元帥に笑いかけたんですが……

 

「そこは……イイトモー! って言うべきところじゃないのかなぁ……」

 

「い、いやいや、結構真面目な雰囲気でしたよっ!?」

 

「まぁ、そうなんだけど……、最近の青葉って先生みたいな突っ込み方をするよね」

 

「え、そ……そうですか……?」

 

 い、いきなりそんな事を言われると困っちゃうんですけど……

 

「おやおや? なんだか怪しい雰囲気がするんだけど?」

 

「げ、元帥の気のせいですよっ!」

 

「慌てるところも怪しいなぁ~」

 

 そう言ってニヤニヤと笑みを浮かべる元帥に耐えられなくなってきた青葉は、そそくさと部屋から退出する事にしました。

 

「そ、それじゃあさっそく青葉は取材に行ってきますっ!」

 

「うん、宜しく頼むねー」

 

 元帥の言葉を背に受けながら逃げ去るように扉を開けた青葉でしたが、小さい声で「いつか先生に痛い目を……」と、聞こえた気がしました。

 

 うぅぅ……青葉のせいで先生がちょっとピンチになっちゃったかもしれませんっ!

 

 これはなんとしても那珂の身体を直す方法を見つけ出して挽回しなくては……と、青葉は埠頭に向かって通路を駆けました。

 

 いざゆかん、佐世保へ!

 

 

 

 

 

 そう思った矢先――

 

「通路を走るんじゃありませんっ!」

 

「ご、ごめんなさいっ!」

 

 元帥の元に戻ろうとする高雄秘書艦に見つかって、こっぴどく怒られてしまった青葉でした。

 

 

 

 幸先悪い出発ですよね……くすん。

 





 次回予告

 先生の立場が危うくなってしまった気がしますが、なんとか佐世保への許可が取れました。

 そしてやってきました故郷の土地。
早速、元帥の知り合いである提督と話をし、神通から聞いていた”とある艦娘”に会いに行ったのですが…… 


 艦娘幼稚園 スピンオフシリーズ『青葉の取材遠征日記』
 その4「効果は未知数」


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その4「効果は未知数」

※執筆中の新規小説のスケジュールが大体計算できましたので、今話より更新速度を少しアップします。(2~3日毎更新→1日おき更新)


 先生の立場が危うくなってしまった気がしますが、なんとか佐世保への許可が取れました。

 そしてやってきました故郷の土地。
早速、元帥の知り合いである提督と話をし、神通から聞いていた”とある艦娘”に会いに行ったのですが…… 


 

 ひゃっはーっ! 故郷に帰ってきたですよーっ!

 

 ――って、ちょっとテンションが上がっちゃいました。いやはや、反省反省。

 

 そんなこんなで元帥に許可を貰った青葉は、佐世保鎮守府にやってきました。

 

 天候にも恵まれ、道中に深海棲艦の姿もなく、全てが上手くいっている感じに青葉の気分も高揚しちゃいます。

 

 ですが、あまり羽目を外し過ぎては後々面倒になりますので、やるべき事はちゃんとやっておきましょう。

 

 

 

 

 

 前もって元帥から連絡を入れて貰ったおかげで、佐世保に着いた青葉は何の問題もなく鎮守府内へと入る事ができました。もちろん必要な手続きはしないといけませんから、担当する艦娘に渡されたいくつかの書類にサインをしつつ、お土産を渡して談笑なんかもしちゃいました。

 

 そして次に青葉は必要な情報を得る為、元帥の知り合いである安西提督に会う事になりました。どうやら安西提督は、今現在舞鶴に居る比叡、霧島を指揮し、子供の姿で見つかった榛名を発見した方でもあるようでした。

 

 つまり、比叡達が子供化した事を知っているはずなので、少しは情報が貰えるかもしれません。もちろん、完璧に治す方法は知らないでしょうけれど。

 

 もし知っていたら、子供になった比叡達が舞鶴の方にやってくる必要性が無い――と、思えちゃいますが、幼稚園に長女の金剛が居ますのでどちらに転んでも転属してきたでしょうね。

 

 姉妹なのだから同じ場所に居たいというのは青葉も分かります。ただ、目に余る姉妹もいるようですけど……って、この話は止めにしましょう。

 

 そうじゃないと、何だか嫌な予感がします。なんだか背筋に嫌な気配が……

 

「……大丈夫ですか?」

 

「え、あ、はいっ。すみませんっ!」

 

 危ない危ない。何だかんだで、その提督さんとお話し中である事をすっかり忘れていました。考え過ぎにも注意をしないといけませんね。

 

「少し顔色が悪いように見えますが、長い航海で疲れたのではないですか?」

 

「いえいえ、ちょっとだけ嫌な予感がしただけなので心配ありませんっ」

 

「そうですか。具合が悪くなるようでしたら、気にせずに言って下さいね」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 青葉はそう言って提督に頭を下げました。

 

 うむむ……元帥とはまた違った意味で凄い人ですよね。

 

 口調も丁寧ですし、非常に落ちついた雰囲気に好感が持てます。体格はかなりの大柄で、お歳も結構お召の様ですけど、それが良い感じに見えちゃうんですよね。

 

 ただ、なんと言うかその……バスケがしたくなっちゃうのと、顎下をプニプニしたくなるのは気のせいじゃないと思うんですけどねー。

 

 

 

 

 

「そうですか……そちらでも艦娘が子供化してしまったのですね……」

 

 青葉が簡潔に事の流れを説明すると、安西提督は表情を曇らせながらため息を吐きました。

 

「轟沈しかけていた那珂を助ける為に、応急修理女神を無理矢理使用したらしいです。舞鶴に居る神通は、この方法をこちらに居る明石に聞いたと言っていたのですが……」

 

「ええ、その方法は以前明石が行ったモノと同じでしょう。その結果が、現在そちらの幼稚園に居る比叡達です」

 

「……と、言う事は、やはりまだ……?」

 

「残念ながら、元に戻す方法は見つかっていません。明石がそれについての研究を行っているはずですが……」

 

 そう言った安西提督は、なぜか表情を更に曇らせて視線を逸らせました。

 

「………………」

 

 怪しいです。青葉のセンサーがビビッと感じちゃいましたっ!

 

 安西提督は何かを隠しているか、言いたくないかのどちらかでしょうが……青葉の目と耳は誤魔化せませんっ!

 

「何か……問題でも?」

 

 一拍間をおいてから、青葉は安西提督に問いかけました。

 

「それについては、直接明石に会って聞いてくれる方が助かります。私では如何せん、やり難いもので……」

 

「やり難い……ですか」

 

 なぜその言葉を使ったのかが分かりませんが、明石に直接会うという許可はいただけましたし、その方がこちらとしても手っ取り早いですね。

 

 ちょっぴりダンディーな安西提督とお別れするのは残念ですけど……って、青葉には先生という……でもなくてっ!

 

 うぅ……なんだか最近調子が悪いですっ! こういう時は冷静にならなくてはいけませんっ!

 

「分かりましたっ。それでは明石に会って話をしてみますっ!」

 

「私ではお役に立てなくて申し訳ありませんが、那珂の子供化……そして比叡達の事を宜しくお願いします」

 

 言って、安西提督は深々と青葉に頭を下げてくれました。

 

 提督であるにもかかわらず、他の鎮守府に所属する青葉にここまで頭を下げるなんて……これは頑張らないといけませんねっ!

 

「はいっ! 不肖青葉、頑張って元に戻す方法を探ってみせますっ!」

 

「ありがとう……。ですが、無理はしないで下さいね」

 

 安西提督の優しい言葉にお辞儀をした青葉は、早速明石の元へと急ぐ事にしました。

 

 那珂だけじゃなく比叡達の分まで背負う事になっちゃいましたが、何だか嫌じゃない気分に青葉の調子も元に戻ってきそうだと……思っていたんですけどね……

 

 

 

 

 

「いらっしゃい~。あれ、もしかしてお客さんって学生さん?」

 

 安西提督に聞いた部屋に入った途端、中に居た一人の艦娘がいきなりそんな事を言ってきました。

 

「……確かに服装はセーラー服ですけど、その発言は色んな意味で止めておいた方が良いと思いますよ?」

 

「あっ、やっぱり? 他の子達にも受けが悪くてさ~……って、貴方は一体誰かな?」

 

「誰かも分からずにネタを振るなんて、色んな意味で凄いですよね……」

 

 初っ端から躓きそうなんですが、青葉の情報から察するに目の前に居る艦娘が明石だと思います。

 

 ――というか、明石は艦娘で唯一の工作艦ですし、見た瞬間にそうだと分かっちゃいますよね。

 

「まぁ、冗談だけどね。貴方が安西提督の言っていた青葉で良いのよね?」

 

「ええ、その通りです」

 

 分かっていたのなら、最初から真面目にやって下さいよ……と、思っちゃいますが、こういう性格の人かもしれませんからスルーしておく事にしましょう。

 

 青葉はちゃんと空気が読めるのです。そうじゃないと、修羅場なんて渡ってこられませんからねー。

 

 ………………

 

 なんだか嫌な視線を感じるような気がしますけど、聞く耳持たないのでそれもスルーですよ?

 

「話によると、舞鶴の那珂って艦娘が子供化しちゃったと……まぁ、あの方法を使えば仕方が無いんだけどさ」

 

「その言い方だと、やっぱり初めから分かっていたんですね?」

 

「んー、そうだよ。だから、緊急時以外は絶対にやらないようにって教えたんだけどね」

 

 そう言って、明石はバインダーに挟んだ用紙にスラスラと文字を書き込んでいました。

 

 神通から聞いた限り、那珂が轟沈しかけていた事を考えれば仕方のない事なんですが、もしかすると子供化してしまう件については伝えられていなかったのではないでしょうか。

 

 まぁ、現実に子供になっちゃっているので、ここを突いたところであまり意味は無いんですけどねー。

 

 今知りたい事は、子供になった身体を元に戻す方法なんですけど、先程安西提督がやり難いと言った理由がいまいち分からないんですよ。

 

 確かに明石は開口一番で危うい発言をかましてくれましたけど、これくらいの事は舞鶴は日常茶飯事ですし。

 

 いや、むしろ秘書艦のスパルタ訓練を考えたら優し過ぎますね。元帥への恨みの籠った歌を歌いながらグラウンドでマラソン以上の距離を走るとか、ただの苛めだとしか思えませんし。

 

 おかげで暫くの間、歌が耳に残ってしまって大変なんです。あれは確実に洗脳曲ですよっ!

 

「ところでちょっと良い?」

 

「……はい?」

 

 なぜか明石が指でこっちへ来いって仕草をしていますけど、どういう事なんでしょう?

 

 まさかいきなり羽交い絞めされる様な事はないでしょうけど、一応注意しつつ近づいてみます。

 

「両手出してくれる?」

 

「はぁ……両手ですか?」

 

 言われた通り両手を明石に向けて出しましたけど……

 

「手の平じゃなくて甲を上に向けてくれないかな」

 

「えっと……これで良いですか?」

 

「うんうん、ありがとね……っと」

 

 

 

 メリッ……

 

 

 

「ひぎ……っ!?」

 

「うーわー……こりゃ酷いね。カッチカチに固まっちゃっているもん」

 

「痛っ、いたたたたたっ!」

 

 ちょっ、明石の親指が青葉の親指と人差し指の間くらいにめり込んじゃってますっ! マジパナイ痛みが手から腕にかけて電流の様に駆け巡ってますよぉっ!

 

「あ、明石……さんっ! 痛い痛い痛いっ!」

 

「大丈夫大丈夫。痛みは最初のうちだけで、慣れてしまったら問題無いから」

 

「問題ありまくりですぅぅぅっ!」

 

 あまりの痛さに飛び上がりたい程なのに、全く身体が言う事を聞いてくれませんっ! まるで、椅子に貼りつけられた感じなんですよぉっ!

 

「あー……肩と首こりに眼精疲労、それに全身の倦怠感まであるんじゃないかな?」

 

「今はそんなのより、手と腕の痛みの方が酷いですーーーっ!」

 

「最初は誰もがそう言うのよねー。でも慣れちゃうと、病みつきになるんですよー?」

 

「口調と顔が合ってませんっ! なんでそんなに頬を赤く染めながら息を荒々しくさせて青葉をいやらしい目で見ているんですかっ!?」

 

「えー……だって榛名ちゃんが居なくなっちゃってからは、こうやってツボのポイントをグリグリしながら悲鳴を上がるのを見るくらいしか楽しみが無くて……」

 

「ドSですぅぅぅっ!」

 

「何を今更……褒めないでよー」

 

「褒めてもいませんし、今さっき初めて会ったばかりですよぉぉぉっ!」

 

「そんな事は気にしない気にしなーい」

 

「気にして下さいってばーーーっ!」

 

 それから暫くの間、青葉は明石に身体中のツボを突かれて悲鳴を上げることになってしまいました……

 

 安西提督が言っていたやり難いって話は……こういう事だったんですね……

 

 

 

 

 

「はい、これで完了です。お疲れ様でしたー」

 

 明石はベッドにうつ伏せで倒れこんだ青葉のお尻をペシンと叩くと、椅子に座ってメモを取っていました。

 

 あうぅぅぅ……身体中が痛いですよぉ……

 

「いっぱい押しちゃったから、明日辺りに揉み返しがくると思うからねー」

 

「踏んだり蹴ったりじゃないですかっ!」

 

「大丈夫だって。揉み返しが終わったら、身体中が軽くなる筈だから」

 

「筈……?」

 

「うん。効果は未知数っ! だからねー」

 

「酷いっ!」

 

「冗談冗談っ。ちゃんと加減しておいたから、問題無い筈だよー」

 

「だから筈って……」

 

 そう言って明石を見つめる青葉の視線に、顔を逸らしまくっているのはなぜなんでしょうか……

 

 あ、明日の青葉の身体が滅茶苦茶心配ですっ!

 

「ところでさっきツボを押していた時に気づいたんだけど、青葉って胃痛持ちだったりする?」

 

「え……?」

 

「足裏の時にかなりの悲鳴だったけど、まるっきり榛名ちゃんと一緒だったんだよね」

 

「榛名ちゃん……って、幼稚園に居る榛名ちゃんですよね?」

 

「そうそう、愛しの可愛い榛名ちゃんだよー。マイラブリーエンジェルだよねー」

 

 い、いや……青葉に同意を求められても困るんですけど。

 

 しかし胃痛持ちと言われても、自覚症状とか全く無いし……

 

 そりゃあ、愛宕さんとか秘書艦に睨まれた時は……痛くなっちゃいますけどね。

 

「んー、その顔だと自覚症状は無しかー。まぁ、暇な時にでも精密検査を受ける事をお勧めするよー」

 

「は、はぁ……」

 

 そんな事を言われたら気になっちゃうんですけど……

 

 でも今は、先に那珂の身体を直す方法を調べないといけませんよね。

 

「そ、それで、子供化した身体を治す方法なんですが……」

 

「あー、うん。その件ね……」

 

 そう言った明石はバインダーで顔を隠すようにしているんですけど……

 

「じー」(青葉の見ちゃいました視線アターック)

 

「………………」

 

「じーーー」(青葉の更に見ちゃいました視線アターック)

 

「………………」

 

「じーーーーー」(青葉の完璧に見ちゃいました視線アターック)

 

「……え、えっと」

 

「……分からないんですね?」

 

「う、うん……そうなんだよね……」

 

 あはは……と、乾いた笑い声を上げながら、明石は苦笑を浮かべています。

 

「それじゃあなんで最初っから言ってくれなかったんですか?」

 

「それは……その……」

 

「もしかして、Sっ気出しまくったせいで最近誰も来ないから、のこのこやって来た青葉に狙いを定めたって事ですか?」

 

「……ぎくっ」

 

「つまり、青葉は押され損って訳ですね……?」

 

「い、いやいやっ、それは無いよっ! ちゃんと治療もしといたから……」

 

「……『も』?」

 

「う、うぐ……っ」

 

 黙り込んだ明石は青葉の視線に耐えきれず、バインダーの影に顔を完全に隠そうとしますが……そうはいきません。

 

 渾身の力を込めてバインダーを上から押し付けて、満面の笑みを明石に向けちゃいます。

 

 もちろん、威圧感たっぷりに……ですけどねー。

 

「あ、あの……青葉……さん?」

 

「青葉……ちょっとだけ怒っちゃいました……」

 

「ひいいぃっ!」

 

 さて、どうしてあげましょうかねぇ……

 

「ご、ごめんなさいっ! 悪気は無かったんですよぉっ!」

 

「あってもなかっても、痛かった事に変わりはありませんよねー?」

 

「ち、治療の為なんですっ! ツボ押し指圧は健康に良いんですよっ!」

 

「悲鳴を聞いて優越感に浸っていたんでしょー?」

 

「ぼ、暴力反対っ! もうしませんから許して下さいっ!」

 

「……人聞きの悪い事を言わないで下さい。青葉はそんな、何でもかんでも暴力で済ませる艦娘じゃないです」

 

 愛宕とか秘書艦じゃあるまいし……って、ここだけの話ですよ?

 

「そ、それじゃあ……」

 

「反省しているみたいですから、今ここで仕返しはしないでおきます」

 

「あ、ありがとうございますっ!」

 

 そう言ってペコペコと頭を下げる明石ですけど、ちゃんと青葉の言葉を聞いていたのでしょうか?

 

 今ここでしないだけで、後々何かが起こるかもしれませんよー。

 

 主に、噂とかそういう類ですけどねー。

 

 コノ恨ミ、ハラサデオクベキカ……

 

「……な、なんだか目が怖いんですけど」

 

「気ノセイデスヨー?」

 

「そ、そうなんですかね……」

 

 まだ少し身体を震わせている明石ですが、青葉にはもう用事がありませんのでさっさとおさらばしちゃいます。

 

 背中越しに胸を撫で下ろすようなため息が聞こえてきましたけど、安心しない方が良いですよ……と、思いながら、青葉は部屋を出ていきました。

 

 

 

 さて、どんなネタを撒いちゃいますかねぇー。

 




 次回予告

 悶絶レベルの指圧を食らった後の事なんですが、またもや青葉に危機が迫ってきましたっ!

 なんと今度はかどわかしっ!?
青葉はいったい、どこに連れて行かれるんですかーーーっ!


 艦娘幼稚園 スピンオフシリーズ『青葉の取材遠征日記』
 その5「呑み勝負は致しませんっ!」


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その5「呑み勝負は致しませんっ!」

 悶絶レベルの指圧を食らった後の事なんですが、またもや青葉に危機が迫ってきましたっ!

 なんと今度はかどわかしっ!?
青葉はいったい、どこに連れて行かれるんですかーーーっ!



 明石が居た部屋から出てきた青葉は、通路を歩きながらどんな仕返しをするかを考えていました。

 

「ちっちゃい榛名が大好きみたいでしたが、先生と同じ感じには思えないんですよね……」

 

 ちょっぴり集中し過ぎちゃってブツブツ呟いていますけど、怪しい艦娘ではないのであしからずです。

 

「やっぱり、部屋の奥に隠してあった衣服関連で攻めるべきでしょうか。でも、周知の事実だったらあんまり意味が無いですしねぇ……」

 

 明石が居た部屋の奥には煌びやかな衣服類がいくつもハンガーに掛けられていましたけど、良く探さないと分からない風になっていたんですよねー。

 

 隠してあったという事は、後ろめたい気持ちがあるんでしょうけど……勘だけで決めちゃうはジャーナリストとして二流です。

 

 ここは少し情報収集をした方が良いんでしょうが、那珂の身体の件もありますから余り道草というのも問題ありです。

 

 結局佐世保に来たのに重要な手掛かりは見つからなかったんですから、完全な無駄足になっていますからねー。

 

 このままだと那珂や神通どころか、元帥にも合わせる顔が無くなっちゃいます。ここはなんとしても、ヒントくらいは見つけないと……

 

「あら、貴方は……」

 

「……はい?」

 

 考えながら通路を歩いていた青葉に、ふと声がかけられたので振り向いてみると、そこには見覚えのある艦娘が驚いたような表情を浮かべていました。

 

「あぁ、ビスマルクさんじゃないですか」

 

「ええ、そうよ。そういう貴方は……えーっと……」

 

「そう言えば自己紹介はしていなかったですよね。舞鶴鎮守府所属の青葉です。宜しくお願いします」

 

「そうそう、思い出したわ。榛名ちゃん達を舞鶴に連れて行った際に……」

 

 そこまで話した瞬間、ビスマルクの眉間がキュッと締まったんですけど……これって、嫌な予感が……

 

「あの時の飲み勝負にしゃしゃり出てきた艦娘よね……Ich habe es entdeckt!(発見したわ!)」

 

「え、あっ、ちょっ!?」

 

 な、なんで急に脇に抱えられて運ばれちゃっているんですかっ!?

 

「び、ビスマルク……さんっ! は、離して下さいっ!」

 

「いいからいいから、ちょっとだけ付き合いなさい」

 

「滅茶苦茶ヤバい気がしますっ! 誰か助けてーーーっ!」

 

「あまり騒ぐと38cm連装砲をぶちかますわよ?」

 

「即座に口を塞ぐ所存でありますっ!」

 

「Gut(Good)」

 

 頷いたビスマルクは青葉を抱えたまま、すました顔でズンズンと通路を歩いて行きます。

 

 うぅ……青葉はいったい、どこに連れて行かれるんでしょうか……

 

 

 

 

 

「ぷはーーーっ、Lecker!(ウマイ!)」

 

「いや、前とまったく同じなんですけど……」

 

「……何の事かしら?」

 

「まぁ、別に良いんですけどね……」

 

 青葉が連れてこられたのは、佐世保鎮守府内にある食堂でした。舞鶴にある鳳翔さんの食堂よりも大きく、おおよそ倍くらいの広さがありますねー。

 

 働いている艦娘の数も多そうですし、妖精さん達も厨房で忙しなく動いています。

 

「ほらほら、コップが空いちゃっているわよ。青葉も早く飲みなさいよ」

 

「お、おっとっと……いきなり注がないで下さいよ……」

 

 用事が済んでない挙句に拉致られた側としては呑気にお酒を飲んでいる訳にもいかないんですけど、折角なんで断る訳にもいかないですし、注いで貰ったビールをゴクゴクと飲んじゃいます。

 

「んぐ……んぐ……っ、ウマイッ!」

 

「そうでしょう。これは私の国のビールなの。無理を言って仕入れて貰っているから、是非飲んで欲しかったのよね」

 

「そうだったんですかー。いやはや、口当たりが初めての感じだったのですけど、これは美味しいですねー」

 

「ふふ……青葉も結構いける口みたいね。良いわ。どんどん飲みなさいっ!」

 

「いっただっきまーすっ!」

 

 グラスをコツンと当てて笑みを浮かべてから、残りのビールを一気に飲み干しました。

 

 肴もなかなか美味しいですし、おかわりしたビールもどんどん進んじゃいます。ですが、あまり飲みすぎちゃうと帰りが大変なので、ペースを守って飲まないといけませんねー。

 

「ところで……青葉にお願いがあるんだけど、良いかしら?」

 

「お願いですか?」

 

 気分良くビールを飲んでいたビスマルクが急に真剣な表情で青葉の顔を見つめてきたので、思わず姿勢を正しちゃいました。

 

「実は……その、少し小耳に挟んだんだけど……」

 

 少しばかり小声になったビスマルクが、机に身を乗り出して青葉に近づいてきましたが、酔っているという感じには見えない頬の赤らみが見えるんですが。

 

 あ、あの……これって、どういう状況ですか?

 

 青葉はその……そういう趣味は無いんですけど……

 

 も、もしかして、戦艦の力によって青葉はこのまま手籠めにされちゃうのでしょうかっ!? しかもこんな人や艦娘が多い場所でなんて、公開処刑と変わりませんよっ!?

 

「ビ、ビビビッ、ビスマルクさんっ!?」

 

「……何を慌てているのか知らないけれど、なんだか変な想像をしていないかしら?」

 

 頭を傾げて眉間に皺を寄せたビスマルクでしたが、勘違いさせるような動作をするからですよ――と、大声で叫びたいです。

 

 しかし、こんな場所で注目を浴びちゃうはちょっと避けたいので、止めておきますけどね。

 

「私が青葉にお願いしたいのは、その……舞鶴に居る先生の写真が欲しいのよ……」

 

「写真……ですか?」

 

「ええ。青葉は舞鶴の艦娘だけではなく、提督や元帥、先生の写真まで取り扱っていると聞いたんだけどね」

 

「まぁ……そうですね。確かに写真屋さんまがいな事もやっていますけど……」

 

 そう言いながら、青葉は考えます。

 

 まず一つ目に、佐世保に居るビスマルクにまで青葉の写真屋さんの事が知られちゃっています。一応お客さんには内密にと言っていますが、完璧に塞げるとは思っていませんでした。けれど……いくらなんでも広がり過ぎです。

 

 もう一つは、ビスマルクに先生の写真を販売するかどうかですね。この前の飲み勝負を考えれば分かる通り、先生の事を気になっているのは明白です。

 

 つまりは、青葉と同じ思いを秘めている……って、これはちょっと恥ずかしいですね。

 

 でも、青葉は一歩も引く気はありません。だからと言って、写真を譲らないというのもあり得ませんが。

 

 何だかんだと言っても好きなモノを欲しがるのは当たり前ですし、それを独占するのは不公平でしょう。

 

 その辺は正々堂々としつつ――ですが、断ったら無理矢理にでも奪われてしまいそうという恐怖もありますからねー。

 

「ちなみにですけど、どういった写真が欲しいんですか?」

 

「あー……えっと……その……」

 

 考えがまとまったのでビスマルクに聞いてみたところ、先程と同じように頬を赤く染めながら、恥ずかしそうに視線を逸らし――って、なんですかコレは。

 

 外見に似合わず可愛さ満点じゃないですかっ! さすがは大きな暁と呼ばれるだけはありますねっ!

 

「ほらほら、ハッキリ言ってくれないと全然分からないですよー。それとも、言うのが恥ずかしくなるような写真がお望みなんですか?」

 

「なっ……! そ、それは……むむ……」

 

 更に顔が真っ赤になるビスマルクの反応を見て、あながち間違っていないようだと確信しちゃいました。

 

「なるほどなるほど。そういう事なら、こんな写真があるんですけど……」

 

 そう言って、青葉は懐から数枚の写真をビスマルクに見えるように取り出します。

 

「……っ!?」

 

 その瞬間ビスマルクの目は大きく見開かれ、口がパクパクと開閉を繰り返します。

 

「な、な、な……」

 

「ふっふーん。これは青葉の『特に』お気に入りの数枚なんですよねー」

 

「そ、それを……それを私に譲ってくれないかしらっ!」

 

「んー……どうしましょうかねぇ……。一応この写真は、非売品なんですけど……」

 

「私にできることなら何だってするわよっ! だから、お願いっ!」

 

 ほほう……これはまた大胆な事を言いますねー。

 

 ここまで慕われちゃう先生ですから、早いところ手を打たないといけない気もしますけど……その前に、誰かに刺されそうな気がしませんか?

 

 まるで元帥の幼き頃を見ている様な……って、実際に見た訳じゃないんですけどね。

 

「本当にお願いっ! 後生だからその写真を……っ!」

 

「そうですね……分かりました。その代わり、いくつか聞きたい事があるんですけど……」

 

「私が知っている事なら何でも答えるわよっ! 祖国の機密だって漏らしちゃうんだからっ!」

 

 いやいやいや、それはさすがにダメでしょう……

 

 しかし、その意気は青葉にとって非常に都合が良いですから、ビスマルクが冷静に戻るまでに質問しちゃいましょう。

 

「それじゃあまず一つなんですが、どうして青葉の写真について知っているんですか?」

 

「それは舞鶴に居る元帥の秘書艦……高雄から聞いたわ。情報収集に長けた青葉なら、先生の写真くらい持っているだろうって……」

 

 あー……なるほど。それなら納得です。

 

 何だかんだと言って、高雄秘書艦には色々とお世話になっていますし、裏で手を回して貰ったりしていますから……って、げふんげふん。

 

 今の話は聞かなかった事にしておいて下さい。そうじゃないと、色々と不味いのですよー。

 

「ではではもう一つ。子供化した艦娘を治す方法って知らないですか?」

 

「それって……比叡や霧島の事かしら?」

 

「ええ、そうです。実は舞鶴に居る艦娘も、同じような症状に陥ってしまったようで……」

 

「それは災難ね……。残念だけど、それについて私は何も分からないわ」

 

「そう……ですか。それなら仕方が無いですね」

 

 小さくため息を吐きながら肩を落とす青葉を見て、ビスマルクは焦ったような表情を浮かべていました。

 

「あ、あの……それで、先生の写真は……」

 

「知りたい情報のうち一つは分かりませんでしたから、無料と言う訳にはいきませんけれど……構いませんよ?」

 

 そう言って、青葉は指で価格を表示します。

 

「Danke! 今すぐ払うわっ!」

 

 ビスマルクは満面の笑みを浮かべながら、ポケットから財布を取り出してコインをテーブルに置きました。

 

 躊躇なさ過ぎですけど、ここまで喜んでもらえるとこっちとしても嬉しいですねー。

 

「ではでは、取引成立ですねー」

 

「ふふふ……これを枕の下に敷いて……」

 

 ありゃ……すでに目がおかしくなっている気がするんですけど……

 

「それじゃあ、もう一度飲み直しちゃいましょうかー」

 

「もちろんっ! 今日の私はテンションマックスよーっ!」

 

「ではもう一度……かんぱーいっ!」

 

「Prost!(乾杯!)」

 

 グラスがぶつかる音が食堂に響き渡り、青葉とビスマルクはビールをゴクゴクと飲み干していきました。

 

 結局この後、ベロンベロンに酔ってしまった青葉は舞鶴に戻る事ができず、酔いが醒めるまでお休み状態になっちゃいました。

 

 まぁ、元帥にはいつまでに遠征から帰るとは言っていなかったので、たぶん大丈夫でしょう。

 

 たまにはこういう日もあったって良いですよねー。

 

 あははははー。

 

 ………………

 

 バレない……ですよね……?

 




次回予告

 結局呑みまくって二日酔い状態の青葉……ですが、そろそろ舞鶴に帰らないと怒られてしまうかもという事で、帰路に着きます。

 すんなり帰れれば良かったんですが、トラブルに巻き込まれるのはいつもの事。
何やら怪しい雰囲気を察知したんですけど……

 艦娘幼稚園 スピンオフシリーズ『青葉の取材遠征日記』
 その6「色んな意味でDANGER!?」


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その6「色んな意味でDANGER!?」

 結局呑みまくって二日酔い状態の青葉……ですが、そろそろ舞鶴に帰らないと怒られてしまうかもという事で、帰路に着きます。

 すんなり帰れれば良かったんですが、トラブルに巻き込まれるのはいつもの事。
何やら怪しい雰囲気を察知したんですけど……


「うぅー……頭が痛い……」

 

 佐世保の食堂でビスマルクと呑み交わした次の日の朝。既に青葉は舞鶴へ戻ろうと海を駆けているんですが、さすがに昨日は飲み過ぎたみたいで頭の中にラスト一周半の打鐘音が鳴り響きまくっています。

 

 ……って、例えがマニアック過ぎましたね。どうにも調子が出ませんけど、考え事をしようとすると頭痛が酷いので無心で航行に集中した方が良いみたいです。

 

 ………………

 

 …………

 

 ……

 

 いやいやいや、確かに作者はそれで楽かもしれませんけど、読んで下さっている読者の皆さんに何にも伝わらないですよっ!?

 

 これって完全に手抜きじゃないですかっ! いったい何を考えているんですかっ!

 

 ………………

 

 色々と気が回る青葉ってエライ……と、内心思っちゃったりしますけど、これって色んな意味で崩壊しちゃっているって事ですよね?

 

 うむむ、これは困りました。あまりやり過ぎると、完全に見捨てられちゃいます。

 

 作者に変わって青葉が土下座しますっ! 航行中なので土下座しながらスライドですっ!

 

 傍から見たら恐ろしい光景かもしれませんけど、背に腹は代えられませんっ!

 

 ………………

 

 いや、だから青葉ったら何をやっているんでしょう……

 

 これはアレです。二日酔いのせいなんです。

 

 どうせなら自転車じゃなくてボートにしろって感じです。まだその方が、関連性があるって話ですよ。

 

 ………………

 

 いや、だからなんでそっち方面になっちゃいますかね……

 

 多分、殆どの読者さんがついてこられていないと思うので、そろそろこの話は切り上げましょう。

 

 それに早く帰った方が、青葉の身の安全の為でもありますし。

 

 無理が出ない速度で突っ走っちゃいましょーっ!

 

 

 

 

 

「……おや?」

 

 それから暫く航行し、舞鶴の近くまで帰って来たところで辺りの異変に気付きました。

 

「なんだか波が少し荒れている様な……」

 

 この辺りは小さな島がいくつかありますから、若干海流が複雑だったりしますけど……これは変ですよね。

 

「なんだか嫌な予感がしますけど、電探に反応は……ん?」

 

 すると、青葉の頭にキュピーンと閃くような感じがきちゃいました。もちろん、新しいタイプとかそういうやつじゃないですよ?

 

 これは俗に言う電探の反応です。反応は小さいですから、漁業関連の小型船とかだと思うんですけど……見当たらないですね。

 

「ふむ……水上電探に小さな反応が合って、そちらの方向に何も見えない。これって、深海棲艦が水中から急に出てくる感じと良く似ていますねー」

 

 いやいや、ここは鎮守府からそう遠くない場所ですし、すでにこの海域は深海棲艦から解放済みです。たまーに、はぐれ駆逐艦が目撃されたりしますけど、すぐに逃げ去るのが関の山……

 

 

 

 ガバァッ!

 

 

 

「………………」

 

「………………」

 

 今、目の前に大きな水柱が立ちました。

 

「………………」

 

「………………」

 

 ついでにその中から、真っ黒な身体に大きな艤装がついた戦艦クラスの深海棲艦が目の前に……

 

「ちょっと深入りってし過ぎたって感じじゃないですーーーっ!?」

 

 なんでこんな所に戦艦クラスが出てくるんですかっ!? 迷い込んできて、たまたま鉢合わせとか洒落にならないですよぉっ!

 

「ムッ……貴様ハ……」

 

「ひいっ! お、お助けーーーっ!」

 

 一対一ですけど、状況が悪すぎますっ! ここは一度退避して、体勢を取り戻さないと……

 

「確カ舞鶴ノ艦娘ダナ。先生カラ聞イタ事ガアル風貌ダ」

 

「え……?」

 

 い、今……何て言いましたかね……?

 

 先生とか聞こえたんですけど、空耳じゃ……ないですよね?

 

「……モノ凄ク曖昧ナ表情ヲシテイルガ、コノ場所ノ事ヲ知ラナイノカ?」

 

「こ、この場所って……あっ……」

 

「ココハ現在、舞鶴ト停戦合意シテ許可ヲ貰ッタ深海棲艦ガ暮ラス島ノ範囲ダ。マサカ通達ガ無カッタトハ思エンガ……」

 

「い、いやいや。これは青葉のミスです。完全に忘れちゃってましたっ!」

 

「……潔イノハ好感ガ持テルガ、上ニ怒ラレン様ニナ」

 

「あ、あはは……ありがとうございます……」

 

 深海棲艦に諭される青葉って……色んな意味で大丈夫なんでしょうか……

 

「ソレデハ、私ハソロソロ島ニ戻ルノデ……」

 

「あ、その……ちょっと良いですか?」

 

「何ダ?」

 

「今さっき、先生って言いませんでしたっけ?」

 

「アア、言ッタゾ。私ハ彼ニ大キナ借リガアルカラナ」

 

「それじゃあ、貴方はやっぱり……」

 

 目の前に居る深海棲艦を良く見れば、少し前に写真で見た事がある風貌に青葉の頭にキュピーン……って、これは電探じゃない方ですね。

 

「ヤッパリト言ウ意味ガ分カリカネルガ……」

 

 少し困惑したような表情を浮かべた深海棲艦に、青葉はズビシッ! と指をさしながら倒れそうなポーズをとって言い放ちますっ!

 

「貴方は先生の初めての相手ですねっ!」

 

 ズキューンッ――と、そんな効果音が鳴りそうな決めポーズなんですが……

 

「………………」

 

「あれ……違いました……?」

 

 急に漂う重い空気に、少々気まずさが……

 

「ソウデス。私ガ先生ノ下僕デス」

 

「発見しちゃいましたーーーっ!」

 

「冗談ダケドナ?」

 

「違ったーーーっ!?」

 

「シカシ、付キ合イガ無イ訳デハナイ」

 

「合っているのか違っているのか分かりませんーーーっ!」

 

「マァ取リ敢エズ、ココデ立チ話モナンダカラ島ニ来ルカ?」

 

「ふむ……そうですね……」

 

 深海棲艦が沢山居そうで少し怖いですけど、先生の事や新たな発見が色々あるかもしれませんねー。

 

 これは大きな取材のチャンス……ここで引いたらジャーナリストじゃありませんっ!

 

「それじゃあちょっとだけ、お邪魔しちゃって宜しいでしょうか?」

 

「イイトモー」

 

「ちゃっちゃーちゃらららーん、ちゃーん♪ って、ノリが良過ぎですっ!」

 

「フフフ……オ前モナー」

 

 そう言いながら親指を立ててニヒルに笑う深海棲艦を見て、青葉は思いました。

 

 

 

 こやつ……デキる……っ!

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 という事で、青葉は深海棲艦の後を追ってます。

 

「ところでちょっと宜しいです?」

 

「ナンダ?」

 

「まずは自己紹介をしておいた方が良いかな――と、思いまして。私は舞鶴鎮守府に所属している青葉ですけど、貴方って戦艦ル級で間違いないですよね?」

 

「ソノ通リダ。チナミニ私ノ方モ、貴様ノ事ハ先生カラ色々ト聞イテイル」

 

「そ、それって……どんな感じですかね……」

 

 多分、ある事ない事言われちゃっている気がするんですよねー。

 

 まぁ、自業自得だってのも分かっているんですけど、身体が勝手に動いちゃうのは仕方ないんですよー。

 

「………………」

 

「あ、あれ……どうして黙っちゃうんですか?」

 

「世ノ中ニハ、知ラナイ方ガ良イ事ガ沢山アッテダナ……」

 

「お気遣いは嬉しいですけど、それはそれでグサッときちゃいます……」

 

「聞クニ耐エラレナイ事、コノ上ナイ……」

 

「思っていた以上にザックリ斬られて、心が折れちゃいましたーーーっ!」

 

 一体全体、先生はこのル級に何を吹きこんだんですかっ! さすがに青葉も凹み倒しちゃいますよっ!

 

「マァ……人生ハマダマダコレカラダ……気ニシナクテモ良イ……」

 

 そう言ったル級は、振り返りながら青葉の顔を悲しげに見つめて……一粒の涙を流してました。

 

 いや、本当に凹みまくっちゃうんですけど。

 

「ソンナニ気ヲ落トスナ。島ニ戻ッタラ、獲レタ魚デモ焼イテヤロウ」

 

「うぅ……ありがとうございます……」

 

 大きめの網を手に持ったル級が誇らしげに青葉に見せたんですが、中には沢山のお魚が入っていました。

 

 海中から出てきたのって……漁業資源の確保でもしていたんでしょうか?

 

 ………………

 

 ……え、ル級って仮にも戦艦ですよね?

 

 働かざる者、喰うべからず……なんでしょうか?

 

 でもそれだったら……青葉に御馳走してくれるって……ちょっと待って下さいっ。

 

 その場合、もしかすると食事前に島で強制労働させられちゃうとか……そういう事ですかっ!?

 

 大きい手押しのグルグル回すヤツを泣きながら押すとか、自転車を漕ぎまくって電気を起こすとか、ツルハシ持って山を削って鉱山資源を確保するとか……過酷すぎますっ!

 

「あ、あの……べ、別に、あ、青葉は……」

 

「ドウシタ、顔色ガ良クナイゾ?」

 

「い、いや……ちょっと体調があまり良くないので……」

 

「ムッ、ソレハイカンナ。ナラバスグニデモ、島ニ戻ッテ治療シナケレバナランナ」

 

「い、いやいやっ! そこまでお世話になる訳には……っ!」

 

 両手を突き出してワタワタと振りながら遠慮する青葉なんですが……

 

「気ニスルナ。困ッタ時ハ、オ互イ様ダ」

 

 ガッチリと青葉の腕を掴んだル級は、更にスピードを上げて青葉を曳航しちゃいました……って、助けて下さいーーーっ!

 

「いーーーやーーーっ! さらわれちゃいますーーーっ!」

 

「アマリ喋ルト舌ヲ噛ムゾ。ココハ海流ガ複雑ダカラ……ヘブッ!?」

 

「当の本人が噛んでいます……って、んぎゅっ!」

 

「ダカラ言ワンコッチャ……ングッ!」

 

 涙目で青葉を見るル級なんですけど、口からダラダラと血が流れて……猟奇的ですーーーっ!

 

 こんな状態のル級に連れ去られる状態って、もはや異質だとしか思えませんっ!

 

 誰か助けてお願いぷりぃぃぃずっっっ!

 

 

 

 

 

「………………」

 

「ドウシタ、早ク入ルガ良イ」

 

「は、はぁ……」

 

 殆ど強制連行に近い状態で島に連れてこられた青葉ですが、なんと言うかその……色々とツッコミどころが満載です。

 

 通されたのは島の中心部にある森の中の建物なんですが、この場所は昔に慰安旅行とかで来た事があるんですよね。

 

 至って普通の二階建てコンクリートなんですが、その内部には……

 

「オヤ、コレハ珍シイ来客ダナ。ヨウコソ、我々ノ島ヘ」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 こういった風にフレンドリーな深海棲艦が、私達艦娘と同じ様に過ごしていました。

 

 今まで戦ってきた深海棲艦は何だったんだろうと思ってしまうくらい普通で、敵意も全く見てとれません。停戦したのがつい最近の事なのに、艦娘である青葉が来ても気にしない素振りさえ感じてしまいました。

 

「ル級、オカエリ。狩リノ成果ハドウダッタノカナ?」

 

「ウム。ヤハリコノ辺リノ海域ニハ、マダマダ漁業資源ガ多ソウダ。コノ分ダト我々ノ食事ドコロカ、交易ノ一部トシテ充分過ギルト思ワレルゾ」

 

「ソレハアリガタイ。海中ノ採掘資源モ良イ報告ヲ受ケテイルカラ、当分ハ何モ心配シナクテ良サソウダナ」

 

 ――と、こんな風に仕事の話までしちゃっています。既に地上の社会とまったく変わりがありません。

 

 このままだと私達艦娘の方が地上で取り残されてしまいそうで、何だか肩身の狭い思いがしちゃうんですけど……

 

「トコロデスマナイガ、舞鶴カラノ来客ヲモテナス為ニ、食事ヲ頼メナイカ?」

 

「ヨシ、任セテクレ。腕ニ縒リヲ掛ケテ、美味イ食事ヲツクロウゾッ!」

 

 そう言って、ル級から魚が沢山入った網を受け取ったホ級が張り切って調理場の方へと向かって行きました。

 

 い、色んな意味でパナイです……ここ……

 

「ソレデハ食事ガデキルマデノ間、先程ノ話ニ戻ロウデハナイカ」

 

「あ、はい。そうですね……」

 

「ムッ……ソウ言エバ、体調ガ優レナイト言ッテイタナ……」

 

「い、いえいえっ、大丈夫です。休憩したら落ち着きましたからっ!」

 

「ソウカ……? ナラ良イノダガ、調子ガ悪クナッタラ気ニセズニ言ッテクレ」

 

「ありがとうございます」

 

 うむむ……来客のもてなしまで完璧過ぎるので、もはやネタになるとかそういうんじゃなくなっちゃっているんですよね……

 

 これはこれで凄いんですけど、色んな意味で期待外れと言いますか……

 

 こう……産卵部屋みたいなのがあって、映画のワンシーンの様なのを期待しちゃっていたんですけどねぇ……

 

「デハ、ソコノ席ニデモ座ッテクレ」

 

「はい。どうもです」

 

 ル級が指差した長机に備え付けてある椅子に座り、ホッと一息ついたのですが……

 

「ドウゾ、粗茶デス」

 

「あ……ありがとです……」

 

 間髪いれずに湯呑を持ってきてくれたリ級に、青葉は汗を垂らしながらお礼を言ったのでした。

 

 

 

 や、やっぱり……居辛いですよ……ここ……

 




次回予告

 深海棲艦がおもてなしっ!
ビックリ仰天な青葉ですが、更なる恐ろしさが現れるっ!?
出てきた料理に驚き、逃げる方法を思いつきながら……更に悪化っ!?

 はたして青葉は無事にこの島から脱出する事が出来るのかっ!
そして、那珂の身体の解決法はどうなるのかっ!

 次回も大暴走ですっ!

 艦娘幼稚園 スピンオフシリーズ『青葉の取材遠征日記』
 その7「暖簾に腕押しですっ!」


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その7「暖簾に腕押しですっ!」

 深海棲艦がおもてなしっ!
ビックリ仰天な青葉ですが、更なる恐ろしさが現れるっ!?
出てきた料理に驚き、逃げる方法を思いつきながら……更に悪化っ!?

 はたして青葉は無事にこの島から脱出する事が出来るのかっ!
そして、那珂の身体の解決法はどうなるのかっ!


 

 ………………

 

 やばいです。マジやばいです。

 

 完全に青葉が失敗でした。深海棲艦なめていました。

 

「ドウシタ、食ベナイノカ?」

 

「あ、いや……い、頂きます……」

 

 目の前に置かれた料理の数々……いえ、これを料理と言っちゃって良いんでしょうか?

 

 見た目は完全に黒焦げの魚の様な物体から、未だプスプスと黒い煙が上がっています。他のお皿にはまだマシに見えてしまうお刺身みたいなモノもあるのですが、問題は活き造りなんですよ……

 

 つまり、切り身だけじゃなくて……姿形が丸々残っていて……どんな魚かが分かってしまうのですが……

 

 見た目がマジでヤバいですって! 何ですかこの不細工な顔っ!

 

 ブヨブヨの人の様な感じが洒落になりませんよっ! なんでこんなの食べようとするんですかっ!?

 

 というか、そもそもこれは魚なんですかっ!?

 

「ン……? モシカシテ、コノ魚ガ珍シイノカ?」

 

「は、はい……見た事……ないですね……」

 

「確カニソウダロウナ。コノ魚ハ本来、カナリ遠クノ海域ニ生息シテイル筈ナノダガ……迷イ込ンダ挙句ニ増エタノダロウ」

 

「そ、そうなんですか……」

 

「カサゴ目ウラナイカジカ科ノ魚類デナ。ブロブフィッシュ、ト呼バレテイタ筈ダ。味ハ蟹ニ近ク、ゼラチン質デ甘ミガアル」

 

 そう言いながら、ル級は器用にお箸を使ってパクリと一切れ食べちゃいました。

 

「コノネットリトシタ食感ニ、甘サ加減ガナントモ言エヌ……」

 

 うっとりとした表情を浮かべて次々と口に運ぶ姿を見ると、試してみたくなる様な気持も浮かばなくは無いんですが……

 

 ………………

 

 やっぱり……ジャ●・ザ・ハ●トにしか見えません……

 

 こうなると刺身は遠慮して、焼魚っぽいモノにお箸を伸ばすしかないんですが……どうして鉄板でもないのに、未だ煙が上がっているんでしょう……

 

 しかしこのまま食べないのも悪いですし、ここは腹を括って一口だけでも頂かなければと身を解したんですが……

 

 な、なんで中身まで真っ黒なんでしょうか……

 

 これって、完全に墨化しちゃっていませんか……?

 

「フフフ……ソノ料理ニハ、サスガニ驚イタダロウ。ソレハ我々深海棲艦ニ伝ワル、由緒正シキ調理法ナノダ」

 

「ゆ、由緒……正しき……」

 

「ソノ名モ、黒炭魚ッ! コレデモカト焼キマクッタ魚ハ、見事ニ炭トナッテ燃料ノ代ワリニ早変ワリッ!」

 

「それって食べる気無いですよねっ! 燃料って言っちゃっていますよねっ!?」

 

「ウム……ソモソモ、味ヲ楽シムモノデハ無イカラナ」

 

「なんで来客用に出しちゃうんですかっ!?」

 

「コレガ我々ノモテナシダカラナ。チナミニ先生ノ時ハ、砲弾デ粉砕スル戦場調理法デ……」

 

「粉砕の時点で調理とは言いませんよっ!?」

 

「ハッ……確カニ……ッ!」

 

「気づいていませんでしたーーーっ!」

 

 やっぱりダメですっ! こんなの食べる気なんて起こりませんっ!

 

「ムゥ……ソウカ。コレデハダメナノカ……」

 

 言って、ル級は残念そうに肩を落としていました。調理場の方に居たホ級も心なしか落胆した表情に見えますし、もてなしてくれたのは確かなんですよね……

 

 そう考えると、青葉の態度もちょっと悪かったように思えます。ただ……やっぱり頂くのは遠慮したいですけど。

 

 こうなったら、青葉が一肌脱いじゃうしかありませんねー。

 

「もし……良かったらですけど、調理場をお借りしても良いですか?」

 

「ソレハ問題無イガ……イッタイ何ヲ……?」

 

「折角もてなして貰ったんですから、ちょっとしたお返しをしようと思いまして」

 

「イ、イヤ……シカシ、コレデハ期待ニ沿エナカッタノデハ……」

 

「まぁまぁ、ちょっとだけ待っていて下さいっ」

 

 青葉はル級にそう言ってから調理場に向かい、ホ級に声をかけて隣で見て貰う事にしました。

 

 それじゃあ久しぶりのクッキング……張り切っちゃいましょう~♪

 

 

 

 

 

「お待たせしましたー」

 

 なんだかんだで調理を終えた青葉は、ホ級と一緒にいくつかのお皿をル級の前に持ってきて、机の上に並べました。

 

「コ、コレハ……」

 

 目をキラキラとさせたル級が、口からよだれを垂らさんという勢いで料理を眺めちゃっています。

 

「左から順に鰤の照り焼き、鯖の龍田揚げ、鰯のつみれ煮ですねー」

 

「ナ、ナント……美味ソウナ……」

 

 そう言いながらお皿と青葉の顔を交互に見つめまくったル級が、まだかまだかと言わんばかりに期待の目で見上げてくるんですけど……

 

 傍から見ると待てを命ぜられている犬みたいなので、ちょっと可哀想と言うか情けないと言うか……

 

「と、取り敢えず、皆で一緒に食べましょうか……」

 

「ウェイ!」

 

 ……いや、なんつー返事をするんですかル級は。

 

 深海棲艦の誇りと言うか、そんな感じなモノはどこかにやっちゃったんですかっ!?

 

「ル級ハ欲望ニ忠実ダカラネ……」

 

 ぼそりと呟いたホ級の言葉に納得した青葉は、あまり深く考えないようにしようと思いながらお箸を取って、両手を合わせました。

 

「それじゃあ、いただき……」

 

「先手必勝ッ!」

 

「ル級ノ思イ通リニ、サセルカッ!」

 

 

 

 カカカッ! パシッ! ギュワンッ!

 

 

 

 ………………

 

 いや、お箸で攻防とか……危な過ぎるんですけど……

 

 というか、最後の効果音っていったい……

 

「コ、コノル級ノ箸ヲ捌クダトッ!?」

 

「ソノヨウナ動キナド、恐レルニ足リンッ! 海上ナラマダシモ、ココハ陸ノ上ゾッ!」

 

「クゥッ! セメテ艤装ガアレバ……」

 

 いやいやいやっ、料理を前にして何をするつもりですかル級はっ!

 

 そんな事をしたら、料理が粉砕しちゃって食べちゃうどころか……って、先生と同じ目にあっちゃいますよっ!

 

 そうこうしている間にもル級とホ級の端による攻防は白熱しちゃっていますし、いつの間にか周りにギャラリーも増えてきて……

 

「ナンダアレ……滅茶苦茶美味ソウダゾ……」

 

「見タ事ノ無イ飯ガ……誰ガ作ッタノダ……?」

 

「殺シテデモ……奪イ取ル……」

 

 最後のはマジで勘弁ですーーーっ!

 

 どんなに飢えちゃっているんですかっ! そんなに食糧難じゃないですよねっ!?

 

 だんだん視線が青葉の方に集まって……これは大ピンチですよぉぉぉっ!

 

「モシカシテ、貴方ガ作ッタノカ?」

 

「あ、え、えっと……そうですけど……」

 

 周りのギャラリーの中から1人の深海棲艦が声をかけてきたので返事をしましたけど、これはもしやチャンスでは……っ!?

 

「もし良かったら、作り方をお教えしちゃいますよっ!」

 

「本当カッ!?」

 

「もちろんですっ! だから今すぐ調理場に向かいましょうっ!」

 

「ワ、分カッタ……ッテ、ナゼソンナニ引ッパルノダ……?」

 

「き、気にしなくて大丈夫ですっ!」

 

 もちろん本音はこの場から逃げ去りたいからですけど、それはさすがに言えませんから誤魔化しながら走っちゃいますっ!

 

 いざ行かん、安息できる地……調理場へっ!

 

 

 

 

 

「つ、疲れ……ました……」

 

 椅子に座って肩を落としながらうなだれている青葉の姿は、真っ白に燃え尽きたボクサーの様な感じになっているかもしれません。

 

 あれから調理場で料理を教えるつもりが、ル級とホ級の追加注文を皮切りにギャラリーも食べたいと騒ぎ始め、大量に料理を作る羽目になっちゃいました。

 

 その間、調理場に連れてきた深海棲艦も手伝ってくれたので、なんとか乗り切ったという感じなんですが……もう暫くは料理を作りたくないですね……

 

「ムハー……オ腹ガイッパイデ、満足シタデゴザル」

 

 休んでいる青葉に近づいてきたル級なんですが、もはや原型が留めていない喋りになっていませんか?

 

「キャラが変わっていません……?」

 

「気ノセイデゴザルヨ?」

 

「疲れてなかったら、砲弾をぶちこみたくなるんですけど……」

 

「イヤマァ、冗談ナノダガ……」

 

 そう言いながら、ル級は急に青葉に頭を下げました。

 

「美味イ食事ヲ、アリガトウ。モテナス側トシテハ正直ダメダメダガ、仲間ガ大イニ喜ベタノハ青葉ノオカゲダ」

 

「い、いやまぁ……別に良いんですけどね……」

 

 正直に言っちゃうと、料理と呼んで良いのかどうか分からないモノを食べたくなかっただけなんですから、感謝されるのは筋違いなんですけどね。

 

 それでもやっぱり、嬉しかったりしますから……まぁ、良いでしょう。

 

「コノ礼ヲ何カデ返シタイノダガ、青葉ニ望ミハアルカ……?」

 

「望み……ですか?」

 

 いきなりそんな事を言われても、浮かんでこないのですが……

 

「デキル限リノ事ニハ答エタイト思ウ。モシ望ムナラ……一夜ノ過チデモ……」

 

「……いやいや、それは無いです」

 

「……チッ」

 

「舌打ちされちゃいましたっ!?」

 

「気ノセイダゾ?」

 

「語尾に信頼度が皆無ですっ!」

 

「ムゥ……青葉ノツッコミガ、ダンダン先生ト同ジニ思エテキタナ……」

 

「ここにきて先生の属性が青葉にっ!?」

 

 それってもしかして、踏んだり蹴ったりになっちゃうヤツじゃないですよねっ!?

 

「冗談ハヨシ子サンニシテ、何カ無イノカ?」

 

 ……うわー、その手のボケはツッコミきれないですよー。

 

 しかし、望みと言われても……今、青葉が欲しいのは情報くらいですし……ダメ元で聞いてみますかねー。

 

「それじゃあ、一つ情報が欲しいんですけど」

 

「情報ダト? 私ノスリーサイズカ?」

 

「いや、それは全然興味無いです」

 

「バッサリト斬ラレタ……ガ、悪クハ無イ……」

 

 なんか頬を染めちゃっているんですけど、ル級ってドMなんですかね……?

 

 そんな情報は全くもっていらないんですけど、ちゃんと話をしないと話が逸れまくっちゃいますね。

 

「青葉が欲しい情報は、子供化してしまった艦娘を治す方法なんです」

 

「子供化……?」

 

「ええ、実はこんな事がありまして……」

 

 そう言いながら青葉はル級に事の説明をして、那珂を治す方法が無いかと尋ねてみました。

 

「フムゥ……ナルホドナー」

 

「なんだか、金髪のロボットの様な語尾でしたけど、気のせいですよね?」

 

「気ノセイジャ無イカモシレナイガ気ノセイダ」

 

「どっちなんですかそれっ!?」

 

「全テ気ノセイダ」

 

「もはや良く分かりませんっ!」

 

「ウム。私モ分カラヌ」

 

「ダメダメだーーーっ!」

 

 やっぱり逸れまくっちゃっていますっ! 既に修復できそうにないですよぉっ!

 

「シカシ、子供化シタ者ヲ治ストナルト……生半可デハ済ミソウニ無イナ……」

 

「うーん……やっぱり難しいですか……」

 

 期待はしていませんでしたが、やはりという答えに青葉も少しだけ落胆しちゃいました。

 

 そもそも実例自体が少ない挙句に、初めてだと思われる明石が治せていない状況なんですから、無理があるんですかねぇ……

 

「ダガ、全ク手ガ無イトモ言エナイゾ?」

 

「……はえ?」

 

「トアル知リ合イノ艦娘ナラ、ドウニカシテクレルカモシレンノダ」

 

「か、艦娘が……ですか?」

 

 ル級の言葉に二重の意味でビックリしましたが、これは朗報じゃないでしょうか。

 

「タダ、問題モアルダケニ……難シイカモシレナイト、先ニ言ッテオク」

 

「こ、ここまで聞いて脅されるとは思ってなかったんですが」

 

「イヤマァ、雰囲気モ大事ダロウ?」

 

「……雰囲気だけなんですか?」

 

「ドッチカナー」

 

「………………」

 

 いやもう、このル級をどうにかできる方法ってないんですかね……?

 

 だんだん腹が立ってきたんですけど、腕っ節では勝てそうに無いですからジト目で睨んじゃっているんですが。

 

「ソノ目、ナカナカノ興奮ガ……」

 

 ドMにジト目は禁止ですね。

 

 本当に、もうやだこのル級……

 

「イヤァー、ソレ程デモー」

 

「心の中まで読んで答えないで下さいっ!」

 

「アッハッハー」

 

 ――とまぁ、踏んだり蹴ったりの青葉でした。

 

 

 

 マジで先生と同じになっちゃっている気がして、泣きそうになってきたんですけど……ね。

 




次回予告

 ル級から聞いた『とある艦娘』の居場所へと向かう青葉!
それを発見したのも束の間、やばげなアイテムに驚きですっ!

 そして遂に……アイツが現れるっ!?


 艦娘幼稚園 スピンオフシリーズ『青葉の取材遠征日記』
 その8「独立型艦娘機構……って、なんでしょう?」


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その8「独立型艦娘機構……って、なんでしょう?」

※以前より告知しておりました艦隊これくしょんを題材とした新規二次小説を近日中に公開できると思われます。
 皆様、宜しくお願い致しますねっ!


 ル級から聞いた『とある艦娘』の居場所へと向かう青葉!
それを発見したのも束の間、やばげなアイテムに驚きですっ!

 そして遂に……アイツが現れるっ!?


 

 あの後ル級から『とある艦娘』の話を詳しく聞き、若干不安になりながらも住んでいると言う場所へと向かう事にしました。

 

 深海棲艦の島からそれほど遠くもなく、出発してから1時間程でおおよその場所に辿り着きました。

 

「んーっと、確か小さな島にある崖の裏手に洞窟があるって言っていましたよねぇ……」

 

 それらしき島を見つけたので外周を時計回りで移動してみると、南側に位置する場所にそこそこ高い崖と洞窟が見つかりました……が、

 

「………………」

 

 その崖の頂点近くに、なぜかロープが一本ぶら下がっています。その先端は円の様に結ばれていて、処刑場の様な……いやいや、さすがにそれは無いですよね。

 

 せいぜいここはロア●プラですよ――とか、そういう表現なんでしょう。

 

 ………………

 

 いやいや、それはそれでまずいですって。

 

 あそこは半端じゃない治安の悪い場所ですからっ! 後ろからいきなり撃たれて風穴が開いても不思議じゃないんですよっ!?

 

「と、とは言え……偶然って訳でも無いでしょうね……」

 

 何かの意思表示と捉えるか、はたまた過去に行われたままなのか……どちらにしても不安になる事この上ないです。

 

「でもここまで来て帰るって訳にもいきませんよね……」

 

 恐ろしさもありますが、興味が全く無いと言うのでもありません。好奇心は身を滅ぼすとも言いますけれど、それが無くなってしまったらジャーナリストとして終わりです。

 

 ここは腹を決めて洞窟の中へGoです。まさか入っていきなり襲われる事も無いでしょう。

 

 

 

 ……無い……ですよね?

 

 

 

 

 

「ま、真っ暗で……ですね……」

 

 恐る恐る洞窟の中に入ってみたんですが、思ったより奥が深く、入口から届く光は殆どありませんでした。

 

「ん……っと、これは探照灯を点けないとダメですね」

 

 いつも持ち歩いているポシェットの中から潜入用に入れておいた小型の探照灯を取り出して、手早く艤装に取りつけて点灯しました。

 

「ふぅ……これで視界は大丈夫ですけど……」

 

 左右を見渡しながら洞窟内部を観察していると、なぜか急に背筋に寒い者が走るような感覚に思わず後ろへと振り返ろうとしたんですが、

 

「……Freeze」

 

「ひっ!?」

 

 身体中が凍えてしまいそうな言葉と首元に何かが触れるのを感じ、思わず悲鳴を上げてしまいました。

 

「どうして貴方はここに居るんですか……?」

 

「あ、あのっ……あ、青葉は……そ、その……」

 

「ここがどういう場所か知っていて、入ってきたんですか……?」

 

「あ、ある人に、ここに居る方なら助けてくれるって……聞いたモノですから……っ!」

 

「ある人……?」

 

「そ、その……人と言うか、深海棲艦と言うか……」

 

「あら……それはまた珍しい事もあるんですね。艦娘である貴方が、深海棲艦の言葉を信じるなんて……」

 

 背中越しに聞こえる言葉が鋭くなり、首元にチクリと痛みが走りました。

 

「たっ、助けて下さいっ!」

 

 声は上げられても身体は全く言う事を聞いてくれず、ブルブルと震える事しかできません。

 

「取り敢えず最後まで喋ってもらえますか~?」

 

「は、はひっ!」

 

「その深海棲艦は、私の事を何て言っていたんでしょう?」

 

「と、とある艦娘としか聞いてませんっ! ただ、子供化した艦娘を治す事ができるかもしれないと……」

 

「子供化……?」

 

 その言葉が聞こえた瞬間、首元に感じるモノの感覚が消えました。

 

 ただ、それでも身体が動かないくらい、後ろからの圧力は凄いですが。

 

「んん~……それについて思い浮かぶのは、舞鶴鎮守府くらいしか無いんですけどねぇ……」

 

「あ、青葉はその舞鶴に所属している艦娘ですよっ!」

 

「それくらいの事は知っていますよ? 情報収集ができない者は、この世界で生きていけませんからねぇ……」

 

 その瞬間、またもや強烈な寒気が背筋に走り、全身がガタガタと震えあがってしまいました。

 

「舞鶴鎮守府第二遊撃艦隊所属、青葉型1番艦重巡青葉。趣味は情報収集と言う名のルポライターで、鎮守府内から様々な所に出向いてトラブルを巻き起こしている悪い娘……ですよね~?」

 

「あ、青葉はそんな悪い娘なんかじゃ……」

 

「フフ……ッ。だけど実態は元帥秘書艦の高雄に命ぜられた情報収集を行っている、優秀な人材とも聞いています」

 

「……っ!?」

 

 な、なんでそれを……知っているんですかっ!?

 

 その秘密を知っているのは高雄さんと青葉だけの筈……なのに、この艦娘はどうして……っ!?

 

「あらあら、相当驚いているみたいですね~。首筋に汗がこんなに……」

 

 

 

 れろ……っ……

 

 

 

「ひゃうっ!?」

 

 首元にいきなり生温かい感触が……なんですかこれーーーっ!?

 

「あら~、良い声で鳴くんですねぇ……ちょっとだけ、興味が湧いてきちゃいましたよぉ?」

 

「お、おおおっ、お助けーーーっ!」

 

「このまま連れ帰って、ペットにしちゃいましょうかねぇ~」

 

「そ、そんな趣味は全くありませんーーーっ!」

 

「貴方には無くても、私にはあるんですよぉ~。あぁ……想像しただけで、息が荒く……ハァハァ……」

 

「青葉ついに貞操の危機ですーーーーーっ!」

 

「大丈夫大丈夫~。すぐに良くなっちゃいますから~」

 

「ル級以上に変態さんですよーーーっ!」

 

 逃げ出したい一心で叫んだ途端、なぜか背後の威圧感がピタリと止みました。

 

「……ル級?」

 

「……え?」

 

「今、ル級と言いましたよね?」

 

「あ、は、はい……」

 

「そのル級は……あのル級なんでしょうか……?」

 

「そ、そんな事を言われても、ただの変態であるとしか分かりませんっ!」

 

 もの凄く酷い言い方かもしれませんが、命が掛かっている以上仕方が無いですよねっ!?

 

「それじゃあ……貴方とル級の関係って、どんなのかしら……?」

 

「か、関係って……その、ついさっき料理を振舞ってきただけですけど……」

 

「………………」

 

 う、嘘は……言っていませんし、問題無いですよね……?

 

「そう……それなら仕方無いわ。残念ですけど、ペットにするのは諦めちゃいます」

 

「ほ、本当ですか……っ!?」

 

「ええ。あのル級に間違いないでしょうし、知り合いと言うなら無下にできませんからね~」

 

 その言葉を聞いてホッと胸を撫で下ろそうとしたのも束の間、急に青葉の手が引っぱられました。

 

「えっ! あ、あのっ!?」

 

「子供化を治す方法を聞きに来たんですよね? ここで立ち話もなんだから、家に招待しちゃいますよ~」

 

「わ、分かりましたから、そんなに引っぱらないで……うわわわわっ!」

 

「逃げられちゃったら困りますからね~」

 

「いったい何が困るんですかーーーっ!?」

 

「うふふ~、内緒ですよ~」

 

「誰か助けてーーーっ!」

 

「叫んでも誰も来てくれませんよ~?」

 

「ヘルプミィィィィィーーーッ!」

 

 

 

 ル級に引き続いて謎の『とある艦娘』に連行されてしまう事になってしまった青葉でした。

 

 果たして青葉は無事に日の目を拝む事ができるのでしょうか……って、こんなモノローグを語っている余裕なんて無いんですよーーーっ!

 

 

 

 

 

「初めまして~。私、こういう者です~」

 

 洞窟の奥にあった小さな建物の中へ強制的に連行されたと思ったら、いきなり名刺を渡されました。

 

「は、はぁ……どうもです……」

 

 後ろから威圧されながら首元に何かを突きつけられている時よりは幾分かマシですけれど、それでも今の状況を例えるならば拉致監禁と言えなくもないので、安心できるとは言い難いのですが。

 

「えっと……青葉は名刺を持っていませんでして……」

 

「大丈夫ですよ~。ちゃんと存じておりますから~」

 

 そう言ってパタパタと手を横に振った艦娘は立ち上がり、近くにあった扉を開けて隣の部屋へと消えていきました。

 

 これは……逃げるチャンスでしょうか?

 

 でも、青葉の事をしっかり知っていましたから、ここで逃げても追いかけられる事は予想できます。後腐れを残さぬようにちゃんと話しあった方が良いと思いますし、子供化治療の件についても聞いておきたいですからね。

 

 ただ……ル級の件には触れない方が良いような気がするのはなぜでしょうか。

 

 心の奥底からひねり出すように、警報音がガンガンと頭まで響いてくる感じなんですよね……

 

 まるで本能が避けろと言わんばかりに……って、本当にヤバそうです。

 

「正直に言って逃げ切れるとも思えないですし、興味が無い訳でもないですからね……」

 

 なんとなしに独り言を呟きながら、貰った名刺に視線を落としてみました。

 

「えっと……『独立型艦娘機構 監査&調査員』って書いていますけど、聞いた事がありませんねぇ……」

 

 そもそも艦娘はどこかの鎮守府に所属しているはずなので独立している事自体があり得ないと思うのですが、実際にここで住んでいる様な感じですから嘘ではないのでしょう。

 

「名前は……『大鯨型1番艦潜水母艦 大鯨』ですか。うーん、どこかで聞いた事がある様な……無い様な……」

 

 頭を捻りながら考えてみますが、喉の先に引っかかるような感じはしつつも上手く思い出す事ができません。

 

「お待たせしました~」

 

 そうこうしている間に大鯨が扉を開けて戻ってきました。手には小さなお盆があり、マグカップが二つ乗っています。

 

「コーヒーで良かったですか~?」

 

「あ、す、すみません……」

 

「まぁ、嫌だと言ってもこれしか無いんですけどね~」

 

「あ、あはは……」

 

 引きつった笑い顔を浮かべながらも大鯨からコップを受け取り、気分を落ち着かせようと一口頂いちゃいました。

 

「こ、これは……美味しいですっ!」

 

「うふふ~、ありがとうございます~」

 

 程良い苦みとコク。そしてほのかな甘みの余韻に浸りながら、一心不乱という風にゴクゴクと飲んじゃいました。

 

「ぷはーっ、コーヒーを一気飲みしたのは初めてですよー」

 

「あらあら、それはまぁ……安物ばっかり飲んでいたんですねぇ~」

 

「え、えっと……それってやっぱり、このコーヒーはそこそこお高いって事ですか?」

 

「いえいえ、そんな事無いですよ~」

 

 そう言った大鯨はコップに口をつけてコクリと飲んでから、空いている方の手を広げました。

 

「せいぜい、100グラム1万円位ですかね~」

 

「ちょ……っ、滅茶苦茶高いじゃないですかっ!」

 

「そうですか~? コピ・ルアクですから、それくらいじゃないですかねぇ~」

 

「コピ……ルアク……?」

 

「ええ、フィリピン産のコーヒー豆ですよ~。別名『ジャコウネココーヒー』とも言われていますね~」

 

「はぁ……そうなんですか……」

 

 いまいちピンと来ないのでそう答えましたが、本当に美味しかったので高級と言うのも頷けます。

 

 しかし、初めて出会った青葉にこんな飲み物を出してくれるなんて……ル級の存在っていったい何なんですか……

 

「さて、休憩はこれ位にして、早速本題に入っちゃいましょうか~」

 

「あ、は、はいっ!」

 

 その言葉を聞いてちょっぴり緊張気味になっちゃった青葉は、椅子に座りながら姿勢を正しました。

 

「ル級の紹介でここに来たと言う事ですけど、つまりお仕事の話では無いんですよね?」

 

「お、お仕事……ですか?」

 

 名刺には『独立型艦娘機構 監査&調査員』と、書かれていましたけれど、青葉に監査とかは必要ありません。どちらかと言えば受ける側の立場の方が可能性としては高いですけど、そういうのはできる限り避けておきたいですよね。

 

「ふむ……その反応だと、お仕事について何も知らないと言う感じですねぇ」

 

「は、はい……すみません……」

 

「謝らなくても良いですよ~。普通の人や艦娘には必要のない事ですからね~」

 

「そ、そうですか……」

 

 そう答えはしましたが、なんとなく文面とは違う何かを感じ取れちゃったみたいで、気になっちゃうんですよね。

 

 好奇心は身を滅ぼすと言いますが……こればっかりは仕方無いんです。

 

「ち、ちなみに、そのお仕事と言うのはどういった感じの……?」

 

「気になるんですか~?」

 

「あ、え、えっと……ちょっとだけ……なんですけど……」

 

「なるほどなるほど~。情報通りの好奇心満載な艦娘なんですね~」

 

 そう言った大鯨は、ニンマリと怪しげな笑みを浮かべました。

 

 ……いや、洒落にならない位、怖いんですけど。

 

「でもまぁ、情報通と言われる青葉なら、私の二つ名を聞けば分かるんじゃないでしょうか~?」

 

「二つ名……ですか?」

 

 なんだか中二病患者の様な感じに思えちゃいますけど、面と向かって言われると信憑性が増すと言うか……

 

「そうですよ~。私、大鯨の二つ名は……仕置人です~」

 

「仕置……人……って、まさかあのっ!?」

 

「多分、思っているので合っていると思いますよ~♪」

 

 笑みを浮かべたまま急に振り上げた大鯨の右手には、大振りのバタフライナイフが握られていました。

 

「ひいっ!?」

 

「あはは~。驚かなくても良いですよ~?」

 

「いやいやいやっ! そんな物を見せられたら普通驚きますって!」

 

「そもそも青葉は艦娘だから、斬撃なんて屁の河童ですよね~」

 

「そりゃあ、衣服が破れる位ですけど……って、それでもやっぱり怖いですからっ!」

 

「まぁ、衣服を破るのが目的なんですけど~」

 

「やっぱり貞操の危機ーーーっ!?」

 

「冗談ですけどね~」

 

 大鯨はニヤニヤと笑みをこちらに向けながら、マジックで消したかの様にバタフライナイフをどこかにやっちゃいました。

 

「私のお仕事についてはそんなところですが、青葉のご用事は別件なんですよね?」

 

「は、はい……」

 

 どっと疲れた青葉は大きく肩を落としながらそう答えました。すると大鯨は続けて口を開いて青葉に問いかけます。

 

「子供化した艦娘を治す方法って、言っていましたよね?」

 

「え、ええ。そうなんですけど……やっぱりそんなの、治せませんよね?」

 

「んー、そうですねぇ……」

 

 大鯨はそう呟くと、急に立ち上がって部屋の隅にある本棚へと向かい、何冊かの本に目を通していました。

 

 気になった青葉は少し身体を動かして様子を窺ったんですが、何やら集中しているようで、完全に没頭している感じに見えました。

 

 うむむ……ジッとしているのは性に合わないんですが、変な動きを見せるのは避けた方が良いでしょうからね……

 

 ここは大人しく、今までの流れを振り返ってみる事にしましょう。

 

 事の発端は、出撃任務で敵の攻撃を受けた那珂が轟沈寸前のところを強制的に使用した応急修理女神によってなんとか助かるも、身体が子供化してしまったんです。

 

 そこで、応急修理女神の強制使用を神通に教えたという明石の居る佐世保に向かったのが昨日の事。佐世保で元帥の知り合いである安西提督に出会って話をし、明石に尋ねてみるもツボ押しをされただけで治す方法は分からず、仕返しをすると心に決めました。

 

 その後、以前出会った事のあるビスマルクと飲む事になり、新たな写真屋の顧客をゲットしたまでは良かったものの、二日酔いコースで帰るのが今日に遅れてしまいました。

 

 頭がガンガンしつつも舞鶴に帰ろうとした青葉でしたが、途中でル級に出会って深海棲艦の島に招待され、とんでもない食事を食べさせられそうになるのを避けるために料理を作ったら周りを囲まれ、逃げるように再度調理場に行って大量に作る羽目になりました。

 

 そして今はル級に教えて貰った大鯨が住む島に来て、冗談だと言いつつも貞操の危機かもしれないという、踏んだり蹴ったりでは済まされない程の状況に陥っているんですが……何なんですかこの数日はっ!

 

 既に運が悪いとかで済まされない事態ですよねっ!? これって、先生のパッシブスキルより酷くないですかっ!?

 

 日頃の行いがどうとか言う問題じゃないですっ! これは誰かに仕組まれた感じがしてなりませんっ!

 

 ……いやまぁ、そもそも噂を聞きつけて首を突っ込んだ青葉が悪いんですけどね。自業自得ですよね。

 

 うぅぅ……暫く情報屋さんの趣味はお休みした方が良いんじゃないでしょうかと思っちゃいます……

 

「あっ、これじゃないですかね~」

 

 頭の中で色々と整理をしている間に、大鯨が一冊の本を持ってこちらに戻ってきました。

 

「み、見つかったんですかっ!?」

 

「ええ、多分これでいけると思いますよ~」

 

 そう言って、大鯨は本に目印のしおりを挟んでから渡してくれました。

 

「あ、ありがとうございますっ!」

 

「いえいえ~。困った時はお互い様ですからね~」

 

 どこの口がそう言うんですか……と、思っちゃいましたが、好意的な状況はこちらにとって損ではありませんし、機嫌を損ねるのは命に関わります。ここは素直にお礼を言って、そそくさと逃げ去るのが最良の選択でしょう。

 

「早く治してあげたいので、今すぐ舞鶴に帰る事にしますっ!」

 

「そうですね~。残念ですけど、積もる話は今度にしましょう~」

 

 こっちにはそんな気持ち、全く無いんですけどね……

 

「ではでは、これにて失礼いたしますっ! 本は後ほど返しに来ますのでっ!」

 

「いえいえ、その本は持っていてくれれば良いですよ~」

 

「……え?」

 

「近いうちに、舞鶴に行く事があると思いますので~」

 

「そ、そうですか……で、では、失礼いたしましたっ!」

 

「はいは~い。ではまたです~」

 

 大鯨に向かって大きく頭を下げてから、一目散に建物から出て島を離れました。

 

 もちろん預かった本はしっかりと脇に抱えて持っているんですが、なぜかヒンヤリと冷たい感じがするのは……気のせいですよね?

 

 あまりそういった事は考えないようにしながら、できる限りの速度で舞鶴へと向かいます。

 

 

 

 お願いですから舞鶴に来ないで下さいね――と、本気で願いながら。

 

 うぅぅ……怖かったですよぉ……




※以前より告知しておりました艦隊これくしょんを題材とした新規二次小説を近日中に公開できると思われます。
 皆様、宜しくお願い致しますねっ!


次回予告

 大鯨から本を預かり、やっと舞鶴に帰ってくる事ができました。
ですが、本を読もうとした青葉に更なる悲劇がやってきますっ!?

 そして……貴方はいったい何者なんですかーーーっ!


 艦娘幼稚園 スピンオフシリーズ『青葉の取材遠征日記』
 その9「とある魔術の……」


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その9「とある魔術の……」

※新規の艦これ二次小説を公開開始しております!
 「深海感染」というタイトルで更新していきますので、宜しくお願い致します!


 大鯨から本を預かり、やっと舞鶴に帰ってくる事ができました。
ですが、本を読もうとした青葉に更なる悲劇がやってきますっ!?

 そして……貴方はいったい何者なんですかーーーっ!


 

 舞鶴鎮守府に帰って来た青葉は早速元帥に報告をしようと、指令室を訪れました。

 

「青葉帰投しましたっ。突撃インタビューをしちゃいます?」

 

 初っ端から掴みはオッケー! これで元帥もニッコリと……

 

「あら、お帰りなさい。随分と、遅いお帰りで……」

 

「た、高雄秘書艦……っ!?」

 

「そんなに慌ててどうしたのかしら。私の顔に何かついている?」

 

「い、いえいえっ! なんでもありませんよっ!」

 

 せ、背中にっ、真っ黒なオーラが『ゴゴゴゴゴ……』という効果音と共に沸々と湧き上がっているように見えるんですがっ!

 

 やばいですっ、完全にお怒りモードですっ! 帰っていきなり修羅場直行コースですっ!

 

「ご、ごごごっ、ごめんなさいっ! 色々と調べているうちに遅くなっちゃいましたっ!」

 

「期限は決めていなかったみたいですから、構いませんけどね。それでも連絡くらいは寄こすべきですわよ?」

 

「も、申し訳ありませんですっ!」

 

「まぁ、反省はしているみたいですから不問にしますけど……成果はあったのかしら?」

 

「は、はいっ! 一応、それなりの物は……」

 

 青葉はそう言ってから、高雄秘書艦に大鯨から預かってきた本を差し出しました。

 

「これは……?」

 

「大鯨と言う艦娘から預かってきたんですが……」

 

「な……っ! 青葉はあの大鯨に会ったのですかっ!?」

 

「え、ええ……ちょっとした成り行きと言いますか……なんと言うか……」

 

 その答えに驚愕した表情を浮かべた高雄秘書艦はブルブルと肩を震わせながら、顔を左右に振って本を受け取ろうとしませんでした。

 

「分かりました。青葉は引き続き那珂の治療に専念して下さい」

 

「え……でも……」

 

「これ以上何も言わなくて良いわ。できるだけ早く、その本を持って外に出て行って!」

 

「は、はいっ!」

 

 超強烈なメンチビーム……と、言わんばかりの睨みを受けた青葉は、逃げるように指令室から脱出しました。

 

 い、いったい、大鯨と高雄秘書艦の間には何があったんでしょうか……

 

 青葉、気になります……けど、調べたら最後な気がしてなりませんね……

 

 

 

 

 

 取り敢えず言われた通り那珂の身体を治す方法を調べる為、本が読める場所を探して鎮守府内を歩いていました。

 

 本を読む為にわざわざ場所を選ぶのか――と、お思いかもしれませんが、この本から感じる異様な雰囲気に一人で読むのは危険かもしれないという直感めいた何かを感じちゃっているんですよね……

 

 本来ならば神通や那珂と一緒に読めば良いんですが、まだ治ると確定している訳ではないので、ぬか喜びさせるのも悪いと思ったからなんです。

 

 しかし、そう考えると良い場所ってなかなか浮かんできません。別に友達が少ないからじゃないんですけど、今の時間的に任務や演習を行っている可能性が高いので、寮に戻っても期待できないんですよ……

 

「――となれば、やっぱりあそこが妥当ですかね」

 

 困った時は何とやら――ではありませんが、いつも誰かが居るであろう鳳翔さんの食堂へと足を向けたのでした。

 

 

 

 

 

「こんにちわー」

 

「あら、こんな時間に珍しいじゃない」

 

 入口の引き戸をガラガラと開けて挨拶をした青葉に、すぐ返事をしたのは千代田でした。

 

「ちょっと小腹が空いちゃったんですけど、お願いできますか?」

 

「んーっと、そうね……カレーパンなんてどうかしら?」

 

「おおっ、それはぜひお願いしたいですっ!」

 

「分かったわ。それじゃあ席で待っていてね」

 

 千代田はそう言って、厨房へと向かいました。

 

 食堂の中には数人の作業員と艦娘が居るようで、一人で本を読むよりかは幾分かマシだと思います。カレーパンを待っている間に大鯨から預かった本でも開いてみますかね――と、椅子を引いて座ってから、表紙をマジマジと眺めてみました。

 

 表面は革張りで、箔押しの様に文字や模様にへこみがあります。これだけだと、少し高めのどこにでもある様な本に思えるんですが、問題は模様なんですよね……

 

「これって……明らかに魔法陣ですよね……」

 

 なんだか黒魔術でも唱えられそうな雰囲気に、額に汗が浮かび上がってきます。なのに、本が触れている手の部分はヒンヤリと冷たい気がして……うぅ、怖いですよぉ……

 

 でもでも、このまま中を見ないと言う訳にもいきません。せっかく他の人や艦娘が居る食堂にやって来たんですから、勇気を振り絞って開いてみる事にしましょう!

 

「ごくり……」

 

 大きく唾を飲み込みながら、表紙をゆっくりと開きました。まずは白紙のページがあって、その次のページには……なんですかこれ……?

 

 書かれている文字が英語のアルファベットに見えるんですが、ほんの少し違う様にも見えます。それに、明らかに文法と言うか単語にすらならない様な文字列に、どう読んで良いのかさっぱり分かりませんでした。

 

「むむむ……これはいったい、なんなのでしょう……?」

 

 頭を捻りながら本を傾けたり反対に持ってみたりしてみますが、全くもって意味が分かりません。ペラペラとページをめくって絵が沢山載っているページを発見しましたが、その殆どが見た事が無いモノばかりで理解不能でした。

 

「読めないし理解できないじゃあ、借りてきた意味が無いですよね……」

 

 真ん中くらいのページまで通して見てみましたが、同じ様なページが続いているだけにしか感じられず、大きくため息を吐いて机の上に置きました。

 

「カレーパン、お待たせしましたー」

 

「あぁ、ありがとです……」

 

「どうしたの青葉。さっきと比べて極端に元気が無くなったみたいに見えるんだけど」

 

「いやぁ……ちょっと困った事がありましてですね……」

 

「困った事?」

 

 頭を傾げた千代田に本の事を説明する前に、持ってきて頂いたカレーパンにかぶりつきます。

 

「むぐむぐ……うーん、やっぱり美味しいですねぇ~」

 

「揚げたてだから余計にねー。昨日の残りのカレーを使っているから、味に深みが出ているのよ」

 

「やっぱりカレーは二日目ですねぇ……」

 

 しみじみと答えながら本へと視線を移してみるものの、やっぱり理解はできそうにありません。

 

「なんだかヘンテコな本を読んでいるみたいだけど、もしかして困った事って言うのはこれかしら?」

 

「そうなんですよー。とある艦娘から借りてきたんですけど、中身が全く分からなくて……まいっちゃっているんです……」

 

「ふーん……ちょっと見せてもらって良い?」

 

「どうぞどうぞ」

 

 言って、一旦閉じた本を千代田に渡してみましたが、数ページ開いたところで顔が困惑へと変わり、徐々に眉間にシワが寄った後、頭の頭頂部辺りから白い煙りがプスプスと上がってきました。

 

「………………」

 

「あ、あの……無理しなくても良いんですよ……?」

 

「な、何と言うか……その……」

 

「全然分からないですよね?」

 

「う……うん……」

 

 千代田はげんなりとした表情を浮かべながら青葉に本を返すと、近くの椅子に座って机に俯せになるようにへたり込みました。

 

「うー……あー……」

 

「だ、大丈夫です?」

 

「頭がショートしちゃったみたいで、暫くダメかも……」

 

 そんなになるまで読まなくても良いのに……と、思いながら大きくため息を吐きます。

 

 しかし、どうして大鯨はこんな本を青葉に渡したんでしょうか?

 

 普通に考えれば、本の内容を理解できないのは分かる筈なのに……ですが……

 

「あら~、青葉じゃないですか~」

 

「……え?」

 

 急に真後ろから声が聞こえたので振り返ってみると、すぐ傍に最強の天敵と言えてしまう艦娘……幼稚園のドン……ではなくて、元第一艦隊の裏番長……でもなくて、愛宕が立っていました。

 

「あ、あああっ、愛宕……さんっ!?」

 

「あらあら~、そんなに驚いて、どうしたのかしら~?」

 

「い、いえっ、べ、別になんでもないですっ!」

 

 ニッコリと笑みを浮かべながらそう言った愛宕ですが、完全に声に脅しが入っていました。

 

 近くに座ってへたっていた千代田もそれを察知したのか、そそくさと立ち上がって厨房へと退避し……って、この白状者ーーーっ!

 

「そう? なら良いのですが~……」

 

 明らかに青葉の内心を読み切っている様な口調で答えた愛宕でしたが、手に持っている本に気づいた途端に表情を一変させました。

 

「あらあら、その本……懐かしいですね~」

 

「えっ、愛宕さん……この本を知っているんですかっ!?」

 

「ええ。ちょっと昔に人体錬せ……ではなくて、色々と勉強したんですよ~」

 

「は……はいっ!?」

 

 い、今……とんでもない事を口走った様な気がするんですが、表紙の絵柄にその言葉って……もしかしてこの本は、錬金術的なモノなんですかっ!?

 

 それが本当なら、大鯨はなんで青葉にこんな危険そうなモノを渡したんですかっ!

 

「あれ……でも、その本……私が知っているのとは違うみたいですねぇ~」

 

「え……あ、そ、そうなんですか?」

 

 ……もしかして、青葉の思い違いでしょうか。そうだったら、ホッと一安心と言ったところなんですが。

 

「うん、そうですね~。どうやら私が読んだことのある本よりも、ずーーーっと高位魔術が沢山書かれている禁書みたいですよ~」

 

「なんてモノを渡すんですかあの人はっ!」

 

 禁書ってなんですか禁書って!

 

 そんなモノをむやみに貸し出すんじゃないですよっ! 何かあったらどうするんですかっ!

 

「しかし、どうして青葉がそれを持っているんでしょうか~? 不釣り合いにも程があると思うんですけどね~」

 

 それは青葉も全力で同意しちゃいますっ!

 

 でも今までの会話から分かる通り、愛宕がこの本を知っているのは確かなようです。つまり、内容を理解できる可能性が高い訳ですから……ここを逃す手はありませんっ!

 

「実は、那珂の身体が子供化しちゃった事件について色々と調べていたんですが……」

 

「あぁ、そう言えば先日そんな事がありましたね~」

 

 愛宕がニッコリと笑みを浮かべると、両手を叩いて頷きました。

 

「元帥に許可を貰って佐世保に行ったりしていたんですけど、ひょんな事から出会った艦娘からこの本を借りて来たんです」

 

「ふむふむ、なるほど~。ちなみにその艦娘って、どなたなんですか~?」

 

「大鯨……って名前の艦娘なんですが……」

 

「……ヤン鯨ですか。それなら納得できちゃいますね~」

 

「……えっ!?」

 

「いえいえ、こっちの話ですよ~。そう言う事なら納得がいきますね~」

 

 そう言った愛宕は「あはは~」と笑っていましたけど、一瞬だけガチで怖い顔をしていましたよっ!?

 

 何か確執でもあるんでしょうか……? でも、それを問いただそうとしたら確実に殺られてしまう気がしてなりません……

 

 君子危うきに近寄らず。触らぬ神に祟りなし。

 

 さすがの青葉もここは退かざるを得ません。本音を言えば、愛宕に絡むのは極力避けたいです。

 

 でもまぁ、那珂の身体を治す事が最優先ですし、同じ仲間である以上協力してくれるでしょう。

 

「そ、それでもし良ければ……この本を読んで、子供化した身体を治す方法を調べて欲しいんですが……」

 

「構いませんよ~。それに、是非本の中身を拝見したいと思っていましたから~」

 

「それじゃあ、宜しくお願いしますっ!」

 

 素早く立ち上がって大きく頭を下げてから、愛宕に本を渡しました。

 

 後は愛宕に託すのみ。青葉にできる事は、もうこれしかありません。

 

 ペラペラとページをめくりながら中を拝見する愛宕の動作を見つめながら、青葉はギュッと拳を握り締めました。

 




※新規の艦これ二次小説を公開開始しております!
 「深海感染」というタイトルで更新していきますので、宜しくお願い致します!


次回予告

 愛宕裏番……もとい、先生はいったい何者なんですかっ!
そんな青葉の心とは裏腹に、ついに那珂の身体を元に戻す方法が判明する。

 そして……那珂ちゃんパワーアップ!?

 艦娘幼稚園 スピンオフシリーズ『青葉の取材遠征日記』
 その10「スキャンダル写真?」


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その10「スキャンダル写真?」


※青葉編が次話で終了し、暫く艦娘幼稚園の更新はストップ致します。
 ですが、艦これ二次小説「深海感染」の更新を引き続き行いますので、そちらの方を宜しくお願い致します!
 また、艦娘幼稚園の更新再開は深海感染の前書き&後書きにて告知すると思いますので、宜しければチェック並びにお閲覧をお願い致します。



 愛宕裏番……もとい、先生はいったい何者なんですかっ!
そんな青葉の心とは裏腹に、ついに那珂の身体を元に戻す方法が判明する。

 そして……那珂ちゃんパワーアップ!?


 

 愛宕が本を読み始めて10分程が過ぎた頃。

 

 呟くような声を上げた愛宕が、パタンと本を閉じました。

 

「ふむ~……」

 

「な、何か分かりましたかっ!?」

 

「ええ、子供化した身体を治す方法はありましたよ~」

 

「ほ、本当ですかっ!」

 

「試した事が無いので絶対大丈夫とは言い切れませんけど、多分問題無いかと~」

 

「そ、それじゃあすぐに教えて下さいっ!」

 

「せっかちですね~」

 

 少し呆れたような表情を浮かべた愛宕でしたが、人差し指を立てながらうんちくを話す司会者の様に口を開き始めました。

 

「この方法は錬金術を使用するんですが、必要な材料を大窯に入れてグルグルかき混ぜれば薬ができますよ~」

 

「……え、か、かき混ぜる……ですか?」

 

「そうですよ~。ちなみに材料ですけど、湿地帯のキノコにオオスズメバチの毒針、酸化鋼材の粉末に高純度のボーキサイトが少々。後は深海棲艦の涙が数滴必要ですね~」

 

「……はい?」

 

 い、いやいや、酸化鋼材とボーキは何とかなっても、他の材料ってその辺で買ってこれるモノじゃないですよねっ!?

 

 それに、どうして深海棲艦の涙が必要なんですかっ!? 明らかに怪しさ満点じゃないですかっ!

 

「あ、ちょっと待って下さいね~。これは人間用だから、艦娘に効く薬の場合……材料を追加しないといけませんねぇ~」

 

 ちょっ、更に何か増えるんですかっ!?

 

「えーっと、追加の材料は……ガンガルのプラモがあれば大丈夫ですね~」

 

「なぜそうなるのか意味が分かりませんっ!」

 

「何を言っているんですか~。アレがあれば、空を飛ぶ事ができるバイクを修理する事すら可能なんですよ~?」

 

「だからどうしてそれが艦娘用として必要になっちゃうんですかーーーっ!?」

 

 治療するのは那珂ですっ! 艦娘なんですっ!

 

 ベスパを直すなんて一言も言ってないんですよっ!

 

「取り敢えず、それらがあれば那珂ちゃんを修理する事ができると思いますよ~」

 

「そ……そうですか……」

 

 ニッコリと笑った愛宕を見て、ガックリと肩を落とします。

 

 今聞いた材料を全部集めるなんて……とてもじゃないけど簡単にいきませんよね……

 

 つまりは那珂をすぐに戻すのは無理……そう言う事なんでしょうか……

 

「あらあら? いきなり落ち込んじゃって、どうしたんですか~?」

 

「どう考えたって、今聞いた材料は簡単に集められるような物じゃないですよね……」

 

「んー……そんな事は無いと思いますけど……」

 

 口元に人差し指を当てながら考え込む仕草をしている愛宕ですが、やっぱりどう考えても簡単にいくようには思えません。

 

 特に最後のはレアモノ過ぎます。どこを探せば良いのか、全然分からないです。

 

「今の在庫リストはどうだったかしら~?」

 

「在……庫……?」

 

 何やら気になる言葉を呟いた愛宕ですが、胸ポケットにごそごそと手を突っ込んだ後、取り出したメモに目を通しながら口を開きました。

 

「うんうん。多分ですけど、私の部屋にあるストックで何とかなりますよ~?」

 

「えっ、本当ですかっ!?」

 

「那珂ちゃんの為ですし、ついでに調合もしちゃいましょうか~」

 

「あ、ありがとうございますっ!」

 

 膝におでこがつきそうになるくらいに頭を下げて愛宕にお礼を言いました――が、青葉の頭の中では色んなモノが渦巻いていました。

 

 まず、なんでそれらの材料がストックされているんだという点が一つ。

 

 そして、調合するという事は錬金術を行うという訳で……そんな施設まで持っているのかとツッコミまくりたいです。

 

 もちろん、命が惜しいですから黙ってはおきますけどね。

 

 あと、ついでに気になるのは……

 

 錬金術で大窯……グルグルかき混ぜるって……ヒラヒラの服装を着ながらって事ですかね?

 

 ………………

 

 上手く忍び込んで写真撮れないでしょうか。

 

 マニアに高く売れそうな予感がするんですけど……やっぱり危険ですかねぇ……

 

「それじゃあ、3時間位経った後に幼稚園に来て下さい~」

 

「え……?」

 

「取材じゃないなら入っても問題無いですからね~」

 

「わ、分かりました……」

 

 もう一度愛宕に頭を下げた青葉は、聞こえないように小さくため息を吐きました。

 

 もちろん、幼稚園に入って良いという事になったからではありません。

 

 今さっき愛宕が言った事を考えれば、恐ろしさがこみ上げてくるんです。

 

 だって……幼稚園の中に錬金術ができるスペースと、材料が保管されているって事ですよね?

 

 それって、大丈夫なんでしょうか……

 

 

 

 

 

 それから愛宕は幼稚園へと帰っていきました。

 

 約束の時間までやる事が無くなった青葉は、鳳翔さんの食堂で千代田とお喋りをしながら待つ事にしました。

 

「本当に愛宕さんって、色々できちゃうんだねー」

 

「いやいや、色々できるにも程があると思うんですけど……」

 

 そもそも黒魔術や錬金術を触っている時点でおかしさ満点です。いえ、おかしいと言うか怪しいです。

 

「でも、さっきの材料って本当に凄いわよね」

 

「ですねー。よくもまぁ、あんなのを持っているって話ですよー」

 

「うんうん。それもそうだけど……」

 

 そう言った千代田は少しだけ顔をしかめて頬を掻きました。

 

「……何か、気になる事でも?」

 

「いや……ね。持っているって事は、使うつもりだったっのかなぁと……」

 

「た、確かに……」

 

 千代田の言う事はごもっともですが、それを問い詰める気も調べる気もありません。そんな事をしたら、命がいくつあっても足りませんから……ね。

 

「でも普通に考えたら、黒魔術とか錬金術って……実際にできると思う?」

 

「う、うーん……それは……どうですかね……」

 

 ぶっちゃけちゃうと、正直無理だと思います。

 

 ですが、青葉が頼れるのはこの方法しかないですし、後はなるようになるしかありません。

 

「取り敢えずは……薬ができてからですかねー」

 

「そうよね……。もちろん飲みたいとは思わないけれど……」

 

 苦笑いを浮かべながら呟いた千代田に無言で頷いた青葉は、カレーパンと一緒に持ってきてもらったお茶をズズズ……と、啜りました。

 

 まさかとは思いますが……飲んじゃった後でコロリと逝っちゃわないですよね……?

 

 

 

 

 指定された時間になったので幼稚園へと向かった青葉は、入口で待ち構えていた様に立っていた愛宕から小さな瓶を受け取って、那珂が待つ寮へと向かいました。

 

 ちなみに薬の飲む量を間違えないようにと念を押されましたけど、守らなかった場合どうなっちゃうんでしょうか……

 

 子供化したのを治すんですから、もしかすると大きくなり過ぎたり歳を取り過ぎたり……そう言う事なんですかね?

 

 その場合、一部の艦娘が欲しがりそうな気がしますけど、あまり口外しない方が良さそうです。

 

 最初はこの薬でひと儲け……何て事を考えていましたけれど、材料を聞いた途端にその気は完全に消えちゃいました。

 

 ただ、瓶に入った薬は完全に液体の様なんですが、例のプラモは一体どういう使われ方をしたんでしょうね……

 

 青葉、気になります――けど、聞く勇気はありません。とにかく今は、那珂の身体が元に戻るかが一番大切ですからねっ。

 

 そして寮へと入り、川内や那珂が居る部屋へと向かいます。時間は夕食より少し前で、通路には任務を終えて帰っていた艦娘等と挨拶をしながらすれ違いました。

 

「ふぅ……やっと着きましたね……」

 

 思い返せば、佐世保に行って戻ってくる最中に深海棲艦の島に行き、最後には大鯨が住む島へと、短期間で移動しまくりだった青葉の身体は疲労困憊です。もちろん体力だけじゃなく、精神的にもへとへとなんですよね。

 

 この件が終わったら少しお休みしたいところですが、折角色んな所へと動きまわったんですからレポート的なモノをまとめておきたいですね。

 

 もちろん、最終的には青葉新聞として売り出すつもりですが……それくらいは大目に見てくれるでしょう。

 

 

 

 コンコン……

 

 

 

 扉をノックすると、少し間を置いて返事が聞こえてきました。

 

「どなたでしょう……?」

 

「お待たせしました、青葉ですっ。何とか目的のモノを手に入れたのですが……」

 

「……っ、すぐに開けますっ!」

 

 その言葉とほぼ同時に扉が開き、満面の笑みで神通が迎えてくれました。

 

「ほ、本当に那珂ちゃんを元に戻す方法が分かったんですかっ!?」

 

「ええ、もちろんですよー。既にその薬も完成していますので、中に入っても宜しいです?」

 

「はいっ!」

 

 腕を掴んだ神通は、有無を言わさない勢いで青葉を部屋の中へと連れ込みました。

 

 う、嬉しいのは分かるんですけど、力加減をしてくれないと……痛たたたっ……

 

 でもまぁ、その思いは分からなくもないですから、黙っておきましょうかね。

 

「那珂ちゃん! 元の身体に戻る為の薬を青葉さんが持ってきてくれましたよっ!」

 

「ほ、本当っ!?」

 

 この間に来た時と同様に布団に包まっていた那珂が歓喜の声を上げると、素早い動きで這い出て青葉の前に立ちました。

 

「本当に本当に、那珂ちゃんの身体が元に戻るのっ!?」

 

「完璧に大丈夫とは言えませんけど、この薬で元に戻る筈だと聞いています」

 

 そう言って、那珂と神通に見えるように薬の瓶を差し出しました。

 

「こ、この薬は……いったい誰が……?」

 

「話せば長くなるんですが、とある本に書かれていた内容を元に愛宕さんが作ってくれました」

 

「危険では……無いんですよね?」

 

「正しい容量さえ守れば――と、聞いています」

 

「わ、分かりました……」

 

 頷いた神通に瓶を渡し、愛宕から聞いていた容量を伝えます。神通は部屋の隅にある戸棚からコップを取り出し、瓶から容量分を注ぎました。

 

「那珂ちゃん、これを……」

 

「う、うんっ!」

 

 少し不安げな表情を浮かべてはいるものの、元の身体に戻りたいという一心で薬を飲もうとする那珂でしたが……

 

「う”っ……す、凄い……臭いが……」

 

「な、那珂ちゃん……頑張って……っ!」

 

「な、那珂ちゃんはアイドルなんだもんっ! バラエティに出たら、これくらいの事はしなくちゃダメなんだもんねっ!」

 

 大きく目を閉じた那珂は、プルプルと小刻みに揺れる手でコップを口元に持っていき、勢いよく中身を飲み干しました。

 

「に、苦い……けど、那珂ちゃん……頑張ったよっ!」

 

「うんうん、偉いわ那珂ちゃんっ!」

 

 半泣きになった那珂を励ますように神通が頭を撫で……って、何ですかこのノリは。

 

 ちょっと写真撮っちゃいます? 何気に高値で売れそうな……あれ?

 

「な、那珂ちゃんっ!?」

 

「ふえっ?」

 

 急に那珂の身体の周りにオーラの様なモノが発生したと思った途端、部屋中がまぶしくなる程の光の量が発生し、目を開けていられなくなりました。

 

「わわわっ!?」

 

「な、なななっ、何なのこれーーーっ!?」

 

 ビックリした青葉と那珂の声が響き渡り、部屋中が白に包まれました。

 

「な、何も見えないよーーーっ!」

 

「な、那珂ちゃんっ、だ、大丈夫……っ!?」

 

「うーん……なにこれ……凄く眩しいんだけど……」

 

 布団に包まって寝ていた川内が無理矢理起こされて不機嫌そうな声を上げると、少しずつ光が収まってきました。

 

 そして、目を開けていられるくらいになった部屋には、元の身体の大きさになった那珂が……

 

 

 

 素っ裸で立っていました。

 

 

 

「な、な、な、那珂ちゃん……っ!」

 

「………………」

 

 互いに見つめ合ってから真っ赤に頬を染める神通と那珂。

 

 寝ぼけ眼で二人を見る川内。

 

 そして、青葉はと言いますと……

 

 

 

 パシャリッ

 

 

 

「……っ!?」

 

「ふむふむ……これはナイスな写真が……」

 

「だだだだだっ、ダメーーーっ! こんな恰好の那珂ちゃんを撮っちゃダメーーーっ!」

 

「あ、青葉さんっ! 今すぐそのカメラを渡して下さいっ!」

 

「あー、やっぱりダメですかねー」

 

「「当たり前ですっ!」」

 

 見事にハモった激怒の声を受けた青葉は、泣く泣くフィルムを二人に渡さなければなりませんでした。

 

 

 

 うむむ……折角良い写真が取れたと思ったのに、残念ですねー。

 





※青葉編が次回で終了し、同人誌用の執筆のために暫く艦娘幼稚園の更新はストップ致します。
 ですが、艦これ二次小説「深海感染」の更新を引き続き行いますので、そちらの方を宜しくお願い致します!

 また、艦娘幼稚園の更新再開は深海感染の前書き&後書きにて告知すると思いますので、宜しければチェック並びにお閲覧をお願い致します。


次回予告

 那珂の身体を元に戻すことができました。
写真の方はちょっと残念でしたけど、新聞は発行できそうなので良かったと思っていたんですが……

 まさかまさかのオチの嵐が、青葉を襲っちゃてますっ!?


 艦娘幼稚園 スピンオフシリーズ『青葉の取材遠征日記』
 その11「オチの嵐」(完)


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その11「オチの嵐」(完)

※今話で青葉編が終了し、同人誌用の執筆のために暫く艦娘幼稚園の更新はストップ致します。
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 また、艦娘幼稚園の更新再開は深海感染の前書き&後書きにて告知すると思いますので、宜しければチェック並びにお閲覧をお願い致します。


 那珂の身体を元に戻すことができました。
写真の方はちょっと残念でしたけど、新聞は発行できそうなので良かったと思っていたんですが……

 まさかまさかのオチの嵐が、青葉を襲っちゃてますっ!?


 

 結論から言いますと、色んな方のおかげで那珂の身体は元通りに戻る事ができました。

 

 この結果を受けて青葉は元帥に褒められ、ちょっとしたボーナスを受け取る事もできました。

 

 報酬的には大きくなかったですが、レポートは新聞で発行しても良いという許可も貰ったので、結果的に満足ですね。

 

 できればあの写真を売り物リストに入れたかったですけど、さすがにそれをやったら最後、川内型の三人から地の果てまで追いかけられちゃうかもしれませんし。

 

 ここは新聞の売り上げで懐を温めつつ、薬の方で何かできないかと企もうと思っていたんですが……

 

 

 

「身体を元に戻せる薬があると聞いて来たんですけどっ!」

 

 そう言いながら鼻息を荒くしていたのは、幼稚園に通っている比叡でした。

 

「え、えっと……誰からその話を……?」

 

「那珂ちゃんさんに聞いてきましたっ! ぜひその薬を私にっ!」

 

「霧島にも宜しくお願いしますっ!」

 

 更には比叡の妹である霧島も一緒に居たんですが、確かにこの二人は那珂よりも前に子供化してしまった艦娘でしたよね。

 

 佐世保の明石が神通に教えた『応急修理女神の強制使用』を初めて行った二人ですし、確かに那珂が治ったのならば……と、欲しがるのも無理はありません。

 

 しかし、長女である金剛が幼稚園児である以上、元の身体に戻ってしまえば佐世保から来た意味が無くなるのではないでしょうか……?

 

「そ、それは確かに……金剛お姉様と一緒に居られなくなる可能性がありますけど……」

 

「べ、別に霧島は先生にアタック……いえ、なんでもありません」

 

 ははぁ……なるほどー。

 

 確か佐世保に来た際に先生と一悶着を起こしたと聞いていましたが、最近仲が良くなっていると思ったらそういう事だったんですねー。

 

 うむむ……先生ったら本当に子供達に気に入られ過ぎです。さすがの青葉も呆れ返っちゃいそうですが、それはそれで先生らしいと言えなくもありません。

 

 しかし、元の身体に戻った二人が先生にアタックするとなると、青葉としても見過ごす訳にはいきません。ですが、ここで断るのもまた難しいんですよね。

 

 薬の効果を試したのは那珂だけですし、信憑性を高める為にと考えれば青葉にとって不利益では無い筈です。それにもう一度愛宕に頼めば薬の方は何とかなるかもしれません。

 

 新聞の方にも追加情報が載せられますし、情報量は申し分なしになりますからねー。

 

 まぁ、先生へのアタックの方は、上手く誘導すればなんとかなるでしょう。

 

「分かりました。それじゃあ、この瓶の中身を決まった分量だけ飲んで下さいね」

 

「あ、ありがとうございますっ!」

 

「これで元の身体に戻れば……」

 

 満面の笑みを浮かべた比叡に、眼鏡をキラリと光らせた霧島は、においと苦さに耐えながらも薬を飲み干しました。

 

 そして――那珂と同じ様にまばゆい光を発した後、子供の姿から元の艦娘の姿へと戻った二人が、ビックリした顔で立ち尽くしていました。

 

「きっ、霧島が全裸で不適な笑みをっ!?」

 

「ひ、比叡姉様こそ一糸纏わぬ姿で仁王立ちをっ!?」

 

「「きゃああああっ! いったいなんでこんな事にーーーっ!?」」

 

 ――とまぁ、予想できた結果に青葉は頷きながら、もちろん写真に収めさせて頂きました。

 

 ただ、残念ながら那珂の時と同じ様に、完全ブチ切れモードになってしまった二人にカメラを破壊されてしまいまして……うぅぅ……

 

 自業自得と言われればそれまでですけど、相手は戦艦で二人掛かりですから仕方がないですね。

 

 そうして、全ては丸く収まった……と、思っていたんですが……

 

 

 

 

 

「………………」

 

「………………」

 

「な、なぜなんでしょうか……?」

 

 比叡と霧島が薬を飲んでから一時間後。

 

 二人は青葉の部屋にやってきたんですが、もの凄く怒っている顔で仁王立ちをしながら、青葉を見上げていました。

 

「言いたい事は無いのですか?」

 

「今なら言い訳くらいは聞いてあげますが?」

 

「い、いや……青葉もさっぱりでして……」

 

 冷や汗をかきながらそう言いましたが、正直青葉もビックリしまくっているんです。

 

 だって二人の姿は……その……

 

 

 

 子供の姿に戻ってしまっているんですから。

 

 

 

「どうしてこうなったのか教えて下さいっ!」

 

「だ、だから青葉では全然分からないんですよぉっ!」

 

「薬を持っていたのは青葉なのでしょう? ならば分からない筈がありませんっ!」

 

「ですから、薬を作ったのは愛宕さんなんですってーーーっ!」

 

「ならすぐに理由を問いただしてきて下さいっ!」

 

「わ、分かりました……しくしく……」

 

 ――と、こんな風に問題が発生してしまったのです。

 

 青葉は言われた通り愛宕の所へ行き、二人に説明して欲しいと何度も土下座をして頼み込み、なんとか部屋までご足労を願ったのでした。

 

「あらあら~。見事に縮んじゃって……って、いつも通りなんですけどね~」

 

「そ、それはそうですけど、薬を飲んだ直後は元の身体に戻っていたんですっ!」

 

「それから30分程は問題ありませんでしたが、急に身体が光り出したと思ったら元に……」

 

「ふむ~……そうですねぇ……」

 

 愛宕はそう言って、大鯨から借りてきた本をペラペラとめくりながら二人の姿を見ていました。

 

「ちなみに、比叡ちゃんと霧島ちゃんが子供の姿になったのはいつの頃でしたか~?」

 

「えっと……確か、3ヶ月程前だった筈ですけど……」

 

「明石さんに治療を受けてこの身体になって、意識を取り戻した時からになるのなら、正確には94日と7時間と言うところでしょうか」

 

 二人の性格の差なのか、答えの正確性が極端に違いますけど……霧島はそこまで覚えていたんですね……

 

「あ~……うん、なるほどなるほど~」

 

 すると二人の返事を聞いた愛宕が急に本を読みながら頷きました。

 

「「……?」」

 

 その仕種に少し困惑したような表情を浮かべた二人ですが、すぐに愛宕は苦笑を浮かべて本を閉じました。

 

「タイムオーバーの様ですね~」

 

「は……はい……っ!?」

 

「どうやらこの薬で子供化してしまった身体を元に戻せるのは、変化してから一ヶ月以内なんですよ~」

 

「「えええええっ!?」」

 

「ですから、比叡ちゃんと霧島ちゃんが元の身体に戻るには、この薬では効力が足りてないんですよね~」

 

「そ、それじゃあもっと強い薬を飲めばっ!?」

 

「う~ん……この本にその様な薬を作る方法は書いていないですねぇ~」

 

「そ、そんな……それでは先生に……」

 

「あらあら、どうしたんですか霧島ちゃん?」

 

「い、いえっ、なんでもありませんっ!」

 

 愛宕の問いに慌てふためいた霧島は眼鏡の位置を直す振りをして、冷静さを取り繕っていました。

 

 ふむー……なるほど。薬の効き目は期間が限定されるんですねー。

 

 しかしそれだと、わざと子供化したり大きくなったりする薬を作れたとしても……安定しなかったり期間限定になっちゃうから……危険度が増しちゃうという事でしょうか。

 

 むむむ……どうやらこの薬を改良して一儲けという企みは、止めておいた方が良いかもしれませんね。

 

 問題が起きてしまったら最後、責任を負いきれる自信がありませんし、地の果てまで逃げるのはさすがに嫌ですからねー。

 

 旨い話には裏がある。

 

 やはり、地道に稼ぐのが一番って事ですねー。

 

 

 

 

 

 まぁ、そんなこんなで今回の一騒動は終わった……と、思われていました。

 

 ただ、どうやら青葉は……いえ、皆さんが完全に忘れていた事があったんですよね。

 

 それが分かったのは、次の日の事でした。

 

 

 

「しくしくしく……」

 

 泣きながら青葉の部屋にやってきた一人の子供。

 

 昨日と同じ光景に冷や汗タラタラの青葉なんですが、さすがにかける言葉がありません。

 

 ――そう。比叡と霧島の二人が子供化した事を何人もの人や艦娘と話をしましたが、一向にこの子の事は出てきていませんでした。

 

 青く長い髪の毛が特徴的な、佐世保からやってきた艦娘。

 

 五月雨が……大粒の涙を流しながら青葉に訴えていたんです。

 

「元の身体に……戻れないんですよね……?」

 

「ざ、残念ながら比叡と霧島が薬を飲んだ結果は……今伝えた通りです……」

 

「そ、そうですか……愛宕先生から聞いた通りなんですね……」

 

「もし新しい薬ができたらお伝えしますけど……今のところその予定は無いみたいです」

 

「それじゃあ仕方ないですよね……」

 

 そう言った五月雨は泣くのを止めて、強がる風に笑みを浮かべました。

 

「結果的に戻れなかったんですから、しょげていたって仕方がないです」

 

「そ、そうですよっ! 前向きに生きていれば何とかなる筈ですっ!」

 

「ですよねっ。ドジッちゃっても、凹んじゃダメですよね」

 

 五月雨の言葉に笑みを浮かべながら青葉も頷いたのですが……

 

「たとえ忘れ去られていても、一生懸命頑張れば何とかなりますからっ!」

 

「うぐ……っ」

 

「それじゃあ、五月雨は今日も幼稚園で頑張ってきますっ! 青葉さんどうもでしたっ!」

 

「は、はい。で、ではまた……」

 

 深々とお辞儀をして部屋から出ていく五月雨の背を見ながら、非常に申し訳なく思う今日この頃……

 

 もう少しだけ、周りに目を配った方が良いですよね……と、後悔したのはここだけの話です。

 

 

 

 

 

 あと、余談ではあるんですが、

 

 明石の言葉が気になった青葉は、時間が空いたのを見計らって医務室に行ったんです。

 

「あー……見事に胃に穴が空いているねぇ……」

 

 レントゲン写真を見た艦娘専門医師が苦笑を浮かべながら言ったのを聞き、マジ凹みしたのは胸の内にしまっておく事にしました。

 

 そして身体を休める為に休養申請をしようと考えながら、医務室から出ようと思ったんですが……

 

「うーん……うーん……」

 

 あれ、なんだか奥の方で呻き声が聞こえるんですけど……

 

「あ、あの……奥の方は大丈夫なんでしょうか?」

 

「ん、あぁ。奥で元帥が寝込んでいるんだけどね……全くもって原因が分からなくて困っているんだよ」

 

「……え?」

 

「外傷も無いし内蔵にも問題が無いのに、針で刺されたような痛みや発疹が出るんだけど……なんかの呪いでも受けちゃっているんじゃ無いかな?」

 

「い、いやいや……お医者さんの先生がそんな事を言っちゃったら……マズくないですか……?」

 

「あ、あはは……そうだね。今のは聞かなかったという事にしておいてくれるかな」

 

「え、ええ。青葉了解です……」

 

 言って、医務室から出た青葉の脳裏に浮かんだのは、千代田と食堂で話していたあの言葉……

 

 

 

「でも、さっきの材料って本当に凄いわよね」

 

「ですねー。よくもまぁ、あんなのを持っているって話ですよー」

 

「うんうん。それもそうだけど……」

 

 そう言った千代田は少しだけ顔をしかめて頬を掻きました。

 

「……何か、気になる事でも?」

 

「いや……ね。持っているって事は、使うつもりだったっのかなぁと……」

 

「た、確かに……」

 

 

 

 もしかして、黒魔術で……なんて事はないですよね……?

 

 あは……あはははは……

 

 

 

 艦娘幼稚園スピンオフシリーズ

 青葉の取材遠征日記 完

 





 はい、これにて第二回スピンオフ青葉編終了でございますっ!
いやぁ……色々とやりすぎちゃいましたねー。でも、書きながら笑えてたんで良しとしましょう。

 青葉編では複数のオチを導入し、かつ全部を見破られないように……と、そんな考えを持って構成してみました。
もちろん、青葉が主人公なのでシリアスなんてものは極端に排除し、イケイケドンドンで書いちゃいましたが……温かい目で見守ってくれると嬉しいです。


 さて、以前よりお伝えしました通り、今話を持って暫く艦娘幼稚園の更新は休止させて頂きます。理由は同人誌用の執筆に集中するためです。
より良い作品を目指すため、申し訳ありませんがお待ち頂けますようお願い致します。

 また、現在並行して更新しています「深海感染」の更新は引き続き行います。
既に―ZERO―の完結まで書き終えておりますので、次回の艦娘幼稚園まで繋ぎとして読んで頂けますと嬉しいです。

 艦娘幼稚園の復帰情報も深海感染の前書き&後書き、ツイッター等で告知致しますので、宜しくお願い致しますね。


 確定情報ではありませんが、ここで少しばかり情報を。

 6月中旬に行われます大阪でのイベントで、艦娘幼稚園シリーズの新刊同人誌を頒布できるように段取り中です。進み次第告知させて頂きます。

 艦娘幼稚園の復帰章は、青葉に続いた順位であった「しおい編」を考えてます。

 ではでは、これからも艦娘幼稚園、並びに深海感染やその他の作品を宜しくお願い致します。


 リュウ@立月己田


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スピンオフ ~しおいの潜水艦談話~
その1「久しぶりに集まったのに」



 お待たせいたしましたっ!
1ヶ月のお休みから復帰し、艦娘幼稚園の更新を再開いたします。
まずは第二回リクエスト上位の「しおい編」を数話。
そして、ついに第二部の開始ですっ!


艦娘幼稚園 スピンオフシリーズ『しおいの潜水艦談話』
その1「久しぶりに集まったのに」

 先生になったしおいは、久しぶりの休日に潜水艦の仲間たちと会うことに。
だけど、なんだかみんなの表情が優れない。
気になったしおいは話を聞いてみるんだけれど……


 

 やっほー。みんな、ごきげんよー。

 

 私は伊400型潜水艦二番艦、伊401。気軽にしおいって呼んでね。

 

 しおいはちょっと前まで艦娘として頑張っていたんだけど、今は色々あって、舞鶴鎮守府にある艦娘幼稚園でちっちゃい子たちの先生をしているんだよね。

 

 子供たちは毎日元気にはしゃぎまわっているから、さすがのしおいも疲れちゃうんです。

 

 だから、せっかくの休日は部屋でゴロゴロしよう――なんて思っていたんだけれど、今日は久しぶりに友人と会う約束があるんだよね。

 

 友人とはもちろん、しおいが艦隊に所属しているときの潜水艦たち。みんな個性が強いんだけど、とっても面白くて喋っているだけで楽しいの。

 

 今からどんな会話をしようかと考えているだけで、ドキドキワクワクが止まらなくなってきちゃった!

 

 約束の時間まではまだ少しあるけれど、身だしなみをちゃんと整えとかないとね。

 

 それじゃあ、今回はしおいの休日を少しだけ……お話ししちゃいますっ!

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「よし、大丈夫だよねっ」

 

 自室にあるクローゼットの鏡で髪型と服装のチェックをしてから、軽く頬を叩いた。みんなと会うのは久しぶりなので、いつもよりちょっぴり気合を入れちゃった感じかな。

 

「時間は……そろそろかな」

 

 壁時計に目をやると、針は約束した時間の15分前を指していた。今から鳳翔さんの食堂に向かえば、ちょうど良い感じに到着すると思う。折角の集まりなんだから遅刻しちゃったらみんなに悪いもんね。

 

「それじゃあ、いってきまーす」

 

 誰も居ない自室に向かって挨拶をし、扉の鍵をカチャリとかけた。これだけだと、なんだか寂しいヤツ……みたいな感じに見えるかもしれないけれど、挨拶をちゃんとするのは大事なんだからねっ!

 

 ………………

 

 うん。やっぱり今日のしおい、ちょっとテンションが高いかもしれない。友人と会うのが久しぶりだから、昨日から高揚しちゃっているのかな。

 

 最後に会ったのは、幼稚園の先生になると決まってお別れ会をしてくれたときだから……結構前になるかもしれない。それから食堂で出会うこともなく、少しだけ寂しい思いをしていたこともあったの。

 

 そんな経緯があるんだから、今のしおいの心境も分かってくれると嬉しいんだけれど。

 

 ――とまぁ、こんな感じで色々考えられるくらい、今日の休日が楽しみなんだよね。

 

 

 

 

 

「あら、しおいちゃん、いらっしゃい」

 

「こんにちわー、鳳翔さん」

 

 鳳翔さんの食堂に入って挨拶をし、キョロキョロと辺りを見回してみる。すると鳳翔さんはニッコリと笑って、しおいに見えるように奥の方へ手を向けてくれた。

 

「ついさっき、みなさんが奥の席に座られましたよ」

 

「ありがとうございますっ」

 

 しっかりと頭を下げて鳳翔さんにお礼を言い、奥の方へと進んだの。食堂の中はお昼ご飯のピークが過ぎたこともあって、お客さんの数はまばらだったかな。

 

 これからしばらくの時間はこちらよりも間宮さんの甘味処の方が混むだろうし、その辺りも踏まえた上で鳳翔さんの食堂を待ち合わせにしたんだけれど、実は定食や晩酌以外にも隠れたメニューもあって、なかなかいけちゃうんだよね。

 

 しおいのお勧めは飲茶とかカレーパンかな。甘い物は間宮さんのところで、小腹が空いたら鳳翔さんの食堂って感じで分けているの。

 

「あっ、しおいがきたのねー」

 

「お待たせー。もしかして待たせちゃった?」

 

「ううん、大丈夫でち」

 

「はっちゃんたちも、ついさっきついたばっかりだから」

 

「そうそう。だから、注文もまだしていないわ」

 

 イクが声をかけてくれたのを皮切りに、ゴーヤやハチ、イムヤが手を振ってしおいを迎えてくれた。

 

 以前に会ったときと変わらず、みんなは元気そうだ……と、思っていたんだけれど、なんだかほんの少しだけ違和感を覚えてしまうのはなぜなのかな?

 

「それじゃあ、全員集まったから注文するのー」

 

「そうだね。それじゃあ……鳳翔さーん、注文良いですかー?」

 

「はーい。今行きますからねー」

 

 そう言って注文を取りにきてくれた鳳翔さんに軽食を頼んでから、しおいたちはお喋りを開始した。すると、先ほどの違和感が何であるかがすぐに分かったの。

 

「最近のしおいは忙しいなの?」

 

「んー、そうだね。子供たちは元気いっぱいだから、結構体力を使っちゃうかな」

 

 イクの質問にハキハキと答えると、ハチが急に顔を曇らせたんだよね。

 

「なんだか楽しそうで羨ましいですよね……」

 

「えっと……ハチたちは今、厳しい海域に出撃しているのかな?」

 

「そ、それは……その……」

 

 質問を投げかけると、ハチはさらに顔を曇らせちゃったの。しおいが艦隊にいた頃は、東京急行にみんなで一緒に出撃したりしていたけれど、もしかしてあそこより厳しいのかな……?

 

「あの……ね、しおい。今イムヤたちは、南西諸島方面に出撃しているんだけど……」

 

「南西諸島って……それ程厳しいところじゃないよね?」

 

「う、うん……そうなんだけど……」

 

 ハチと同じようにイムヤが顔を曇らせると、いきなりゴーヤが机を叩いて大きな声をあげちゃったの。

 

「元帥の下で働いていた方が断然マシだったでち!」

 

 顔を真っ赤にして怒っていたゴーヤは、半泣きでしおいの胸に飛び込んできたんだよね。

 

 さすがにこれは変だと思ったしおいは、みんなにどうしてかと尋ねたの。すると、みんなが所属する潜水艦隊が元帥の直轄ではなく、別の提督の指示によって動くことになったらしい。

 

 しおいが艦隊から離れて幼稚園の先生になっている間に、そんなことが起こっていたんだ……って、驚いたんだけれど、実際に想像していた以上に状況は過酷だったの。

 

「くる日もくる日もオリョクルばっかりでち……」

 

「たまにカレクルもあるけどなの……」

 

「はっちゃん……ドックで修復中に読む本の在庫がなくなっちゃった……」

 

 そう話しているみんなの目は、完全に光を失っている。さすがにこれはマズイと思ったので、今から気分転換をしようとみんなを誘ったんだけれど……

 

「残念だけど、もう少ししたらオリョクルの時間なの……」

 

「え……? 今日は休みだって言ってたんじゃ……」

 

「現在発動中の作戦によって、燃料が枯渇しかかっているらしいでち……。だから、休日返上でオリョクル確定でち……」

 

「はっちゃん……もうそろそろ限界かも……」

 

「イムヤも……さすがに疲れ切ってるわ……」

 

 完全にみんなの顔色がおかしくなっている。このまま話を続けたらストレスでどうにかなってしまうんじゃないかと思ったので、話を変えるために自分の代わりに配属された新人について尋ねることにしたんだよね。

 

「そう言えば、陸軍から配属された……まるゆはどうなのかな?」

 

「まるゆ……でちか?」

 

「そうそう。私の代わりに潜水艦隊に入ったんだよね?」

 

「まるゆは最初、イムヤたちと一緒にオリョクルに出撃していたわ。だけど、攻撃能力がないから使えないって言われて……」

 

 イムヤがそう言って、みんなは顔を伏せていた。

 

 え、もしかしてしおい……聞いちゃいけないことを……?

 

「まるゆは今、別任務についているでち……」

 

「べ、別任務って……?」

 

「キス島沖に……出撃しているわ……」

 

「ああ、なるほどねー。練度を上げるために、頑張ってるんだね」

 

「ち、違うなの……。あれは、完全に鬼の戦術……なの」

 

「……え?」

 

 イクがそう言った途端、みんなの目が死んだ魚のように変わったの。

 

「そ、それって……どういうこと……?」

 

「デコイ……でち……」

 

「で、デコ……イ……?」

 

「そうなの……。まるゆは、艦隊にいる他の艦娘に攻撃がいかないように、囮になっているの……」

 

「な、な、な、なによそれっ!?」

 

「だから……鬼の戦術でち……」

 

「そ、そんなことが許される訳が……」

 

「元帥なら、そんなことはしないなの……。でも、暗黙の了解で……他の提督はやっているなの……」

 

「その結果、まるゆはたった1日で改造できるように……」

 

 そう、ハチが重々しく語っていると、後ろの方から小さな足音が聞こえてきた。

 

「み、みなさん……お疲れ様……です……」

 

「あ……ま、まるゆ……」

 

 噂をすれば何とやら。足取りがおぼつかない状態でフラフラとこちらに歩いてくるまるゆを見て、あまりの酷さに目を覆いたくなってしまった。いくらなんでも、正常には見えない。こんなになるまで出撃させられるなんて、ブラックにも程があるじゃない!

 

「つ、疲れが酷そう……なの」

 

「あ、いえいえ……これはちょっと……その……」

 

「ま、まるゆちゃん!」

 

「は、はいっ!?」

 

 しおいは我慢できずに立ち上がって、まるゆの両肩をがっしりと掴んだんだよね。

 

「今から抗議にいこう! さすがにこんなになってまで出撃させるなんて、ありえないっ!」

 

「え、あ、でも……」

 

「どこからどうみてもオーバーワークによる疲労じゃない! こんなんで出撃したら、いつかは轟沈しちゃうんだからっ!」

 

「あ、ち、違うんですっ。まるゆが疲れているのは出撃のせいじゃないんですっ!」

 

「そ、そうなの?」

 

 そうは言うけど、さっきのおぼつかない足取りはどう考えても普通じゃないと思うんだけどね。

 

「じ、実は……最近改造してもらってから、戦艦や空母の方々がやたら近づいてこられるんですけど……」

 

「それって、一緒に出撃している艦隊の?」

 

「い、いえ、違います。よくドックの近くで会うんですけど、扶桑さんや山城さん、それに陸奥さんと……大鳳さんや翔鶴さんが、まるゆを……その……」

 

「ま、まさか虐められているとかっ?」

 

「そ、そうじゃなくて……、なぜかペタペタとまるゆを触ったり、祀り上げられたりするんです……」

 

「なんだか怪しいのね……」

 

「触るって……もしかして禁断の百合……っ!?」

 

「は、ハチの鼻から赤いモノが出てきてるでち……」

 

 ゴーヤに言われたはちは、急いでティッシュを鼻に詰めていた。

 

 うーん……。どうやらまるゆは運の低い艦娘たちに狙われているみたいだけれど、祀り上げられているというのだから心配しなくても良いのかな?

 

「ですから、しおいさんが言うようにオーバーワークではないんです。確かに練度は一気に上がりましたけど、まるゆは感謝しているんですっ」

 

「まぁ、まるゆ自身がそう言うなら大丈夫なんだろうけれど……」

 

「はい! まるゆはもっともっと頑張って、みなさんに早く追いつきたいと思いますっ!」

 

「……追いつかない方が良いかもしれないでち」

 

「そうよね……。強くなったら、オリョクルかカレクルが待ってるからね……」

 

「はっちゃん……恨み辛みをお地蔵さんに語ってこようかな……」

 

 みんなは遠い目をしながら口々にそう言って、「「「はぁ……」」」と、大きなため息を吐いた。

 

 ちなみにお地蔵さんに恨み辛みって……やっぱりトランペットが鳴り響いちゃうのかな……?

 

 それとも、元帥や先生をも震えあがらせたと鎮守府で一時話題になった、噂の仕置人が……?

 

額に汗を浮かばせながらそんなことを考えていると、イクが遂に吹っ切れたのか、「こうなったら……提督にオシオキするのっ!」と、言いながらテーブルを拳で叩いていた。

 

 その目は完全に光が消えていて、時折浮かべる薄ら笑いが非常に怖いんだけど……

 

「ちょっ、ちょっとイクッ! さすがにそれは良くないから……」

 

 このまま放っておけば非常に危ないと思ったんだけれど、イクの言葉に感化されたみんなは「キラーン」という効果音が似合うように目を光らせてから、一斉に声をあげだした。

 

「良い考えね……。こうなったら、提督に静かに近づいて……寝首かっ切ってやるわ……」

 

「そのなのっ、その意気なのっ!」

 

「イクとイムヤの目が光ってるし……」

 

「思う存分ヤっちゃってくだちっ!」

 

 早く止めないとかなりヤバいと思ったしおいは、近くにいたまるゆの顔を見たんだけれど……

 

「な、なんだか面白そう……ですねっ!」

 

 まるゆの顔をよく見てみると、目の下に隈ができているし……って、やっぱりオーバーワークだったんじゃないっ!

 

 これはどうにかしないと、鎮守府内で大惨事が起きてしまう。だけど、すでにみんなの耳にしおいの声は聞こえていないようだし、手に負えそうにない……と、思う。

 

 なんとかこの騒ぎの収拾をつけるため、しおいは急いで席から立ち上がって、ある場所へ向かうために食堂から飛び出たんだよね。

 





 お休みを頂いたおかげで、6月のイベントに向けて執筆していた同人誌が形になってきました。
上手くいけば近いうちにサンプルもアップできると思いますので、是非宜しくお願い致しますっ!



次回予告

 みんなのテンションがかなりヤバいっ!
しおいは慌ててあの人の元に向かったんだけれど、どうやらいつもの出来事が……

 いい加減に学習して下さいよーーーっ!


 艦娘幼稚園 スピンオフシリーズ『しおいの潜水艦談話』
 その2「やっぱりいつもの様子でした」


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その2「やっぱりいつもの様子でした」


 みんなのテンションがかなりヤバいっ!
しおいは慌ててあの人の元に向かったんだけれど、どうやらいつもの出来事が……

 いい加減に学習して下さいよーーーっ!


 

 急いで走ってやってきたのは、舞鶴鎮守府の一番偉い人――元帥が普段居る指令室。しおいが艦隊に所属していた頃は元帥の管轄だったんだから、頼るべきと言えばこの人しかいない。

 

 ただ、色々と問題も多く抱えているから、完全に信頼しきっちゃうとダメなんだけど……。まぁ、その辺りのことは、今は考えなくても良いと思う。

 

 とにかく、みんなの暴走を止めるため、元帥に直接きてもらって説得してもらおうと、扉をノックしたんだけれど……

 

「あれ……、返事がない……?」

 

 何度かコンコンと叩いてみたけれど、一向に返事は戻ってこない。

 

 ただ、中に誰かいるような気配はする……

 

「緊急事態だから……仕方ないよね?」

 

 自分に言い聞かせるように呟いてから、ゆっくりと指令室の扉を開けて中に入ってみたの。

 

 

 

 

 

「キョンッ!」

 

 部屋に入った途端、聞こえてきたのは男性の甲高い声だった。目の前には高雄秘書艦の怒れる姿。左手で真っ白な軍服に身を包んだ男性の首元を掴み、右手を腹部へ何度も叩きつけているさまは、リングに上がるプロレスラーのように見えた。

 

 ……って、冷静に状況を観察しているような状況じゃないんじゃないかなっ!?

 

「ギ……ギブギブッ! 高雄ちゃんやめてーーーっ!」

 

「反省の(ゴスッ)……色が(メキッ)……なって(ゴリュッ)……いませんわ……っ!(ドムッ)」

 

「むごっ……だ、だから……これ以上は……し、死ぬ……」

 

 元帥は真っ青な顔をしながらも両腕で腹部をガードする。すると、高雄秘書艦は左手だけで元帥の顔を引きよせて、今度は両頬に何度もビンタを繰り返したの。

 

 至近距離だから、63214+B(右向き)みたいな感じだよね。

 

「痛だだだだだだだっ!」

 

「この鎮守府だけじゃ飽き足らず、折角復旧してきた呉の瑞鳳にまたちょっかいをかけて……あの泥棒猫っ!」

 

 スパパパパパンッ! ――と、小気味が良すぎちゃうくらいに良い音が鳴り響いているんだけれど、このままじゃ元帥が死んでしまうんじゃないかなっ!?

 

 鳳翔さんの食堂に居るみんなの暴走を止められる人が居なくなっちゃうのは非常にマズイ。高雄秘書艦が怒っている理由は話を聞いている限りすぐに分かるんだけれど、ここはなんとしても止めないといけないよね。

 

「あ、あの……ちょっとだけ……良いですか?」

 

「………………」

 

 そう言った瞬間、高雄秘書艦の半端じゃない眼力による睨みつけを食らって、しおいの腰は完全に抜けちゃったんです……

 

 あわわわわ……っ! こんなに高雄秘書艦を怒らせたのは誰ですか――って、元帥ですよね。

 

 これは洒落になっていません。みんなの暴走を止める以前に、しおいが先に精神的轟沈しそうですっ!

 

「このおぉぉぉっ!」

 

 怒りの声を上げた高雄秘書艦は、連打していた往復ビンタを止めて大きく右手を振りかぶり、元帥の頬に向かって……

 

「ぷげらっ!」

 

 見事、一閃。宙に浮く元帥。

 

「超ー、余裕っチ!」

 

 ――と、高雄秘書艦は吹っ飛んだ元帥に向かって親指を立てた拳を向けました。

 

 いやいやいやっ、それって高雄秘書艦が言っちゃって良いセリフなんですかっ!?

 

 負けるときには衣服が破れて親に謝っちゃうやつですよねっ!?

 

 あ、でも、艦娘だから、衣服が破れるのはデフォだから……あながち間違ってない……って、そんな場合じゃないからっ!

 

「げ、元帥っ、大丈夫ですかっ!?」

 

「は……覇●翔吼拳を……使わざるを……得ない……がくっ」

 

「やっぱりこの人駄目だーーーっ!」

 

 こんなにボコボコになるまでやられちゃったのに、最後までボケるなんて……助けなくても良かったんじゃないのかなっ!?

 

「あら、なぜあなたがこんなところに……?」

 

 きょとんとした顔でしおいを見つめてくる高雄秘書艦ですけど、さっき思いっきり睨みましたよね……?

 

「え、い、いや……、さっきから部屋にいたんだけど……」

 

「そうだったかしら……?」

 

 気づいて……なかった……っ!?

 

 じゃあさっきの睨みは何だったんですかっ! 滅茶苦茶怖かったんですよっ!

 

「それで、いったい何の用があってここにきたのかしら?」

 

「そ、そう、それなんですっ!」

 

 しおいはやっとの思いで、みんなが暴走しかけていると言うことを説明することができたのでした。

 

「……ふむ。それはちょっと危険ですね……」

 

「はい! ですから、ぜひ元帥にきてもらって説得して欲しいと思ったんだけど……」

 

 だけど元帥の意識は完全に落ちちゃっているし、しばらくは起きそうになさそうです。

 

「さっきのコンボだと10分程度で目を覚ますでしょうから、適当に連れていって下さい」

 

「え、えっと……大丈夫なんですか……?」

 

「ええ、もちろん。これくらいのことは、いつもやっていることなんですよ?」

 

「は、はぁ……。分かりました……」

 

 ニッコリと笑った高雄秘書艦の圧力に負けて、しおいは言われた通り元帥を背中に背負って連れていくことになりました。

 

 とてもじゃないけど大丈夫には見えないし、10分やそこらで復帰するとは思えないんだけど……

 

 もしかして体よく回収作業を任されてしまった……なんてことは、ないですよ……ね?

 

 

 

 

 

 ――と、言うことで、しおいは元帥を背中に背負ったまま再び鳳翔さんの食堂へと向かうことになりました。

 

 元帥の意識は未だ戻らず、医務室に連れていった方が良いんじゃないかと思ったんですけど、元帥だから大丈夫だろうと言うことにしておいたの。

 

 ぶっちゃけちゃうと、高雄秘書艦に元帥がボコられるのは周知の事実……ってか、ちょっとくらいは反省して自重して下さいよ……

 

 元帥だから仕方ないね……と、笑っちゃいそうだけど、鎮守府の外で同じようなことをしたら、高雄秘書艦の方が危ないと思うんだけどなぁ。

 

 まぁ、さすがにその辺のことは高雄秘書艦も分かっているだろうし、心配はしていないけどね。何だかんだと言って、2人とも居なくなったら困るんだし。

 

 そんなことを考えながら鳳翔さんの食堂のすぐ傍までやってきたんだけど、入口の前でコンビニにたむろする不良のような4人の姿が見えちゃったんだよね……

 

 辺り構わずメンチビームを飛ばしながらその座り方って……完全にヤバいんじゃないかな……?

 

 イクの目が完全に座っているし、白いダボダボの服を着ていたら完全にアレにしか見えない。更に木刀を持って、近くに単車があったら……これはもう完全にアウトだよねっ!?

 

 早くみんなを説得しなければ――と、しおいは急いで走りだそうとしたの。

 

「ふむ……なるほどなるほど。大きさ自体はそれ程でもないけど、この触り心地は……良いね」

 

 するといきなり背中の方から元帥の声が聞こえ、手がしおいの胸の辺りに……

 

「き、きゃあああああっ!?」

 

「あー、うんうん。これ良いわ。揉みごたえが最高で……」

 

「ひ、飛行機格納筒はあんまり触っちゃダメですよっ!」

 

「えー、別に良いじゃんー。減るもんじゃないし……」

 

「やだやだやだーーーっ!」

 

 あまりにありえない状況に、しおいは慌てて元帥を引きはがそうと手を掴んだ瞬間、

 

「……え、うわあああっ!?」

 

「……あっ」

 

 思いっきり、背負い投げの要領でみんなの方へ投げちゃったんです。

 

「ぐへっ!」

 

「「「………………」」」

 

 イクたちは飛んできた元帥を軽々と避け、冷たい視線で見下ろしているんですけど……

 

「あ、あいたたた……あれ?」

 

 その視線に気づいた元帥はみんなの顔を見上げ、額にびっしょりと汗を浮かばせていました。

 

「あ、あの……いや、今のはだね……」

 

 弁解しようにも、上手く言葉が出てこない元帥。みんなは小さい声でボソボソと相談している。

 

 そして、焦る元帥の横にしゃがみ込んだイクは、ニッコリと笑いながら肩に手を置いて、

 

「イクの魚雷……ウズウズしてるのね……」

 

 不敵な笑み――と、表現するには優し過ぎるようなその顔を見た元帥は、口からブクブクと泡を吹きながら気絶しちゃったんだよね。

 

 まぁ、今回はしおいも怒っちゃっているから、ざまあみろって感じだけどねっ!

 

 セクハラ、ダメ、絶対……だよっ!

 

 

 

 

 

「……と、言うことなんです」

 

 気絶した元帥を介抱して起きたところで、みんなの中では比較的落ち着いているように見えたハチが、現在の待遇状況について説明し終えたの。

 

「……んむぅ。それは……ちょっと酷いなぁ……」

 

「そうでしょ元帥! 毎日毎日オリョクルを最低10回なんて、とてもじゃないけど有り得ないわっ!」

 

「小破してもそのまま出撃しろだなんて、さすがに酷過ぎるの!」

 

 イムヤやイクの言葉に頷いた元帥は、小さくため息を吐きながらみんなの顔を見たんだよね。

 

「分かった。今は僕の部隊じゃないと言えど、さすがにこれを見逃す訳にはいかない。すぐにでも改善するように指示をするから、襲撃するのは止めてくれないかな?」

 

「ほ、本当……でちか?」

 

「うん。僕の命に代えても、君たちを守ってみせるよ」

 

「ふあぁ……なんだか元帥、カッコいいです……」

 

 まるゆは元帥を見ながら目をキラキラとさせていたんだけれど、さっきしおいの胸を触っていたのと同一人物だからね……と、説明したい。

 

 間違っても元帥に惚れちゃったらダメ。後々後悔するだけじゃなく、高雄秘書艦から目を付けられて……

 

 うん。その後の未来がとてもじゃないけど想像できない。分かるのは完全に真っ暗ということだけだよね。

 

 あとついでに言っておくと、まるゆの言葉に反応した元帥がそれとなくニヒルな笑みを浮かべてポーズを取っているんだけど……ぶっちゃけて気持ち悪いよ?

 

「それじゃあ、早速お願いするの!」

 

「ああ、今すぐ提督の元に……」

 

 イクにそう言われて頷いた元帥は、踵を返そうとしたんだけれど……

 

「ま、まるゆ!」

 

「ふええっ!?」

 

 急に大きな声が響いてビックリしたしおいたちは、慌てて振り返ったの。

 

 そこには……この鎮守府には珍しい恰好をした1人の男性が、すごい剣幕で立っていたんだよね。

 





次回予告

 いきなり響いた大きな声に、しおいたちは振り返った。
するとそこには、ここでは場違いといえる人物が立っていた。

 そして、まるゆちゃんが……大ピンチっ!?

 艦娘幼稚園 スピンオフシリーズ『しおいの潜水艦談話』
 その3「庇う理由は人それぞれ」(完)

 まさかのリクエストキャラが新登場!
しおい編はこれで終わりですっ!

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その3「庇う理由は人それぞれ」(完)


 いきなり響いた大きな声に、しおいたちは振り返った。
するとそこには、ここでは場違いといえる人物が立っていた。

 そして、まるゆちゃんが……大ピンチっ!?


 

「やっと見つけたぞ、まるゆ!」

 

 早足で近づいてきた男性はしおいの横を通り過ぎ、まるゆに向かって一直線。いきなり名前を呼ばれてビックリしたまるゆは、身体を硬直させていた。

 

「さあ、今すぐ基地に帰るぞ!」

 

「ふ、ふえっ!?」

 

 まるゆの腕をガッチリと掴んだ男性は、有無を言わさずに来た道へと戻ろうとする。

 

 ……って、このままだとまるゆが連れ去られちゃうんなじゃない!?

 

「ちょっ、ちょっと待つでち!」

 

「そうなの! いきなりまるゆを連れ去ろうとするなんて、そんな勝手は許さないなの!」

 

「ふんっ、何が許さないだ! その言葉はむしろ、私が言うべきだろうっ!」

 

 そう言った男性はゴーヤやイクを睨みつけ、空いた方の手を大きく水平に振りかざしたの。

 

「まるゆは手違いでここに配属されたように思われているが、本来は陸軍の潜航輸送艇として私の基地にくる予定だったのだ! それを我が物のように許さないとは、どういう了見だ!」

 

「そ、そんなの知らないわよっ! 勝手にそっちがミスっちゃっただけじゃない!」

 

「まるゆはもう、はっちゃんたちの仲間です! それでも文句を言うなら、20mm連装機銃が火を噴くわ!」

 

「な、なんだとっ!?」

 

 イムヤとハチも負けじと、男性に向かって声を荒らげたの。

 

 こ、このままじゃ乱闘になっちゃうし、せっかく説得したのが無駄になっちゃうよ!?

 

 それに男性の服の色は完全に……問題を起こしちゃダメな相手だよねっ!

 

「ちょっと待ってくれないかな」

 

 焦ったしおいの心が通じたのか、元帥はスタスタと男性の前まで歩いていったの。

 

「こんなところで喧嘩をされては困るから、話し合いの場を設けたいと思うんだけど……」

 

「あんたは誰だ?」

 

「これは失礼。僕は舞鶴鎮守府に所属する、元帥なんだけどね」

 

「……っ、そ、そうか。それは失礼した」

 

 男性は元帥の階級を聞いた瞬間に顔をしかめ、焦ったような表情へと変えた。

 

 雰囲気とか、そういうので元帥のことを見くびっていたのかもしれないけれど、肩章とか見てなかったのかな……? 

 

 まぁ、今の元帥は真っ白な軍服が所々汚れちゃっているし、頬も腫れちゃって威厳みたいなのは全然ないんだけどね。

 

「私は第二潜航輸送隊を指揮している陸軍大佐だ。ここにきたのは先ほど伝えた通り、手違いでこちらに配属されたまるゆを返してもらうために……」

 

「ああ、それは聞いたから分かっている。ただ、それを証明する物がなければ、話にならないと思うんだけど?」

 

「そ、それは……陸軍本部の方から追って連絡が……」

 

「ふむ。それでは大佐は、命令書や配属書などの書類もなしに独断で先行し、ここにやって来たってことかな?」

 

「……ぐっ!」

 

 普段の元帥とは思いもつかない言動に、しおいや他のみんなもポカーンと口を大きく開けて固まっていたの。

 

「どうやら話にならないようだね。こんな状態なら、話し合いの場を設ける必要もなさそうだ」

 

「し、しかし、陸軍本部からは……」

 

「大佐が陸軍本部からそう聞いたと言われても、僕たちにその情報はきていないんだよ。まさかとは思うけれど、大佐が嘘をついてまるゆを連れ去ろうとしている可能性だって、ないとは言えないからね」

 

「そ、そんなことをするはずがないだろうっ!」

 

「僕はあくまで可能性の話をしただけなんだけど、そんなに慌ててしまうってことは、大佐の身に覚えがあると言うことなのかな?」

 

「そ、そんなことは……」

 

 もはや言い返すこともできなくなった陸軍大佐は、元帥から後ずさるようにたたずを踏んでいた。これで一見落着……と、思いきや、更なる追い撃ちが陸軍大佐の背中に向けられたんだよね。

 

「それでは、この書類でぐうの音も出ない……と、いきましょうか」

 

「……え?」

 

 陸軍大佐が振り返った先には、高雄秘書艦が堂々と立っていた。両腕を組んで、蔑むような目を浮かべながら……って、目茶苦茶怖いんですけどっ!

 

 指令室で元帥に向けていたのとは比べ物にならないくらい半端じゃないよっ! これこそパナイレベルの眼力ですよっ!

 

「あなたが言っていた書類とは、このことでしょうか?」

 

「……っ、そ、そうだ! 陸軍の正式な書類の………………え……?」

 

 高雄秘書艦が突き出した書類に目を通した陸軍大佐は、急に言葉を詰まらせた後に、顔を真っ青に変えていたの。

 

「な、な、な……なんだこれはっ!?」

 

「つい先ほど、こちらに届いた正式な書類ですわ」

 

「そ、そんな……っ! これでは私が聞いた話と……」

 

「違う……と、おっしゃりたいのでしょうか?」

 

 そう言った瞬間、高雄秘書艦の目がキラリと光った気がした。そして、なぜか屋外にもかかわらず気温が急激に下がっていくような感じに、しおいは身体を震わせちゃったんだよね。

 

 それはみんなも同じようで、高雄秘書艦の前に居る陸軍大佐どころか、イクやまるゆたちも小刻みに身体を震わせていたんだけれど……

 

「や、やばい……鬼神が……鬼神が……」

 

 元帥だけが私たちとは比べ物にならない震え方で、なんだかよく分からない言葉を繰り返し呟いていた。

 

 ……き、鬼神って……なんなの……かな?

 

「では、この書類は偽物だと決め付けるわけですね?」

 

 そんなしおいの考えを余所に、高雄秘書艦は陸軍大佐に詰めよっていた。

 

「そ、そうとは言っていない!」

 

「なら、あなたはどうしたいのでしょうか?」

 

「わ、私は……私はただ、陸軍本部からまるゆを取り返してこいと命令されただけで……」

 

「しかし、その件について私たちには何も知らされていないどころか、こういった書類があるのですが?」

 

「そ、それは……私にも……」

 

「分からない……と?」

 

 言って、大きくため息を吐いた高雄秘書艦は、陸軍大佐に向かって軽蔑するような目で威嚇をして、大きく口を開いたの。

 

「お、と、と、い、き、や、が、れ……ですわね」

 

「……っ!?」

 

 大きく目を見開いた陸軍大佐は顔を真っ赤にさせていたけれど、何も言い返すことができずに両手を大きく震わせた後、

 

「し、失礼するっ!」

 

 大きな声でそう言いながら慌ててきびすを返し、逃げるようにこの場から去っていったんだよね。

 

 ちなみに、最後の台詞を言った高雄秘書艦の顔を見た瞬間、火傷が特徴のロシアンマフィアの幹部が頭の中に浮かんじゃったんだけど……気のせいだよね?

 

 うん、きっと気のせいだ。そうじゃないと色々と大変……と、言うか、忘れてしまいたい。

 

 思い出しただけでガタガタ震えそうだし……って、まるゆちゃんがそうなっちゃっているんだけど。

 

「ふ、ふえええええ……」

 

「ま、まるゆ、もう大丈夫でち! 悪い奴は高雄秘書艦がやっつけてくれたでち!」

 

「そうなの! さすがは高雄秘書艦なの!」

 

 満面の笑みでまるゆを慰めているみんなを見て、しおいもホッと胸を撫で下ろしたんだよね。

 

 これで一見落着。いきなり起こった一騒動……じゃなくて、二つも騒動があったけれど、なんとかなったって感じだよね。

 

「……お、おかしいな。僕も最初の方は頑張っていたはずなんだけど……」

 

 ガックリと肩を落としてうなだれていた元帥は、笑みを浮かべているみんなから視線を離していたの。

 

 ちょっとばかり可愛そう……とは思ったけれど、やっぱり背負っていたときのセクハラを考えたら許してあげる気にはならないよね。

 

「ふぅ……なんとかなりましたわ」

 

「あっ、高雄秘書艦。ありがとうございました」

 

 しおいは感謝をこめて高雄秘書艦に頭を下げたの。

 

「いえいえ、これも秘書艦として当たり前ですから」

 

 そう言った高雄秘書艦は、フルフルと首を横に振っていたんだよね。

 

「でも、このタイミングでその書類が出てくるなんて、ビックリですよねー」

 

「ああ、この書類は……元帥が用意した物なんですよ?」

 

「……えっ!?」

 

「情報通の私の部下が陸軍の動きを察知していましてね。その報告を聞いた元帥が、陸軍の知り合いに声をかけて用意させたみたいで……」

 

「そ、そうだったんですか……」

 

 しおいはそう言って元帥の方を見る。さっきと同じようにへこんじゃっているけれど、表情はなんだか嬉しそうだった。

 

 もしかすると元帥は、みんなから少し離れることによって普段通りにできるようにしているのかもしれない。

 

 そう思ったしおいは「ありがとうございます」と、声を出さずに心の中でお礼を言う。そうしないと、なんだかんだと元帥が浮かれちゃうような気がしたからね。

 

 高雄秘書艦も分かってくれているだろうし、さっきの指令室での一件も修復しそうな予感……と、勝手に思っていたんだけれど……

 

「いやー、これで白スクの確保ができたから、みんなハッピーってことだねー。まさにこれこそ、ウィンウィンの関係……なんちゃってー」

 

「………………」

 

 独り言を呟いていた元帥に、冷たい視線を向ける高雄秘書艦。

 

 ああ、たぶんこれは、指令室でもう一悶着ありそうだね……

 

 何があっても懲りないんだなぁ……と、思ったしおいは、大きくため息を吐きながら、ワイワイと騒いでいるみんなに合流することにしたの。

 

 せっかくの休みなんだから、ちょっとくらい……はしゃがないとねっ。

 

 なーんて思いながら、しおいの休日は過ぎていったのでした。

 

 

 

 

 

 追伸。

 

 その後、指令室から大きな悲鳴が何度か上がったんだけど、誰も気にしなかったみたいだね。

 

 まぁ、そんなのは舞鶴鎮守府において普段の日常だし、問題ない。みんなの待遇も改善されたって聞いたから、これでしおいも安心して子供たちを見ることができるかな。

 

 それじゃあ、今日も張り切って頑張っていきましょー!

 

 

 

 終わり

 





 これにて「しおい編」は終了。
そして、最後のスピンオフは同人誌で頒布予定ですっ。

 ということで、6月21日にインテックス大阪で開催されます「我、夜戦に突入す!3獄炎」にて頒布予定の「時雨編」サンプルを次回に公開いたしますっ。
(まだ当落とか決まってないので、確定ではないのですけれども)


次回予告

 ある日、ヲ級ちゃんが持ってきた1枚の紙。
もしかすると、これは宝の地図かもしれない……。
そんな思いが僕たちを動かし、舞鶴幼稚園捜索隊が結成される。

 はたして、僕たちは何を見つけられるのかっ!?


 艦娘幼稚園 スピンオフシリーズ『幼稚園児時雨のお宝事件簿!?』(仮)
 同人誌サンプル編
(現在修正作業中の為、完成時に変更があるかもしれません)

 そしてこの後は、ついに艦娘幼稚園の第二部が開始っ!
 まさかの展開に、驚きの連鎖が貴方を襲う!?

 乞うご期待!

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スピンオフ ~幼稚園児時雨のお宝事件簿!?(仮)~ 同人誌サンプル
その1


※この作品は、6月21日にインテックス大阪で開催される「我、夜戦に突入す!3獄炎」にサークル参加する予定であり、新刊の序盤サンプル(3分割)となります。


 第二回リクエストの上位に入った、唯一の艦娘園児『時雨』。
みんなが困った時に助けてくれる名探偵が、幼稚園で見つけた1枚の紙を持って鎮守府内を探索する!?

 艦娘幼稚園 スピンオフシリーズ『幼稚園児時雨のお宝事件簿!?』(仮)
 同人誌サンプル編
(現在修正作業中の為、完成時に変更があるかもしれません)


■その1 あらすじ

 ある日、ヲ級ちゃんが持ってきた1枚の紙。
もしかすると、これは宝の地図かもしれない……。
そんな思いが僕たちを動かし、舞鶴幼稚園捜索隊が結成される。

 はたして、僕たちは何を見つけられるのかっ!?

※書籍印刷による縦書きと違い、読みやすいように行間処理を行っております。
 書籍のサンプルは別途通販サイトにて後日アップ致しますので、宜しくお願い致します。


 ■ 01

 

 

 

 僕は白露型駆逐艦の時雨。

 

 みんながよく知っているのとはちょっとだけ違う、舞鶴鎮守府に所属する艦娘なんだ。もしかするとすでに知ってくれている人もいるかもしれないけれど、一応説明しておくね。

 

 僕は舞鶴鎮守府にある『艦娘幼稚園』というところで毎日を過ごしている。この施設は小さな艦娘である僕たちが元気良く育つことができるように、舞鶴鎮守府で一番偉い元帥が建ててくれた施設なんだ。

 

 ここには僕と同じような艦娘がたくさんいて、面倒を見てくれる先生も数人いる。この幼稚園ができたときから先生として働いている愛宕先生に、その後入ってきた唯一の男性である先生。そして見習い中のしおい先生と港湾先生の四人が頑張ってくれているんだ。

 

 今、僕が説明した内容に、おかしいな……と、思った人がいるかもしれない。実はこの艦娘幼稚園には艦娘だけでなく、深海棲艦のお友達や先生もいるんだよね。詳しいことを説明すると長くなっちゃうんだけれど、少し前に舞鶴鎮守府と一部の深海棲艦が停戦を結んだおかげでこうなっているらしいんだ。

 

 ヲ級ちゃんに関しては少し違って、先生の弟が生まれ変わったという――とんでもない経緯があるんだけれど、お友達が増えたことは嬉しいし、みんな仲良くやっているから何も問題はないと思うんだよね。

 

 時々ドタバタ騒ぎが起きちゃうこともあるけれど、みんなは楽しんでいるから良いんじゃないかな。なんだかんだと言っても、刺激が欲しい年頃なのかもしれないからね。

 

 さて、こんな感じの艦娘幼稚園なんだけれど、今回ちょっとしたできごとがあったんだ。それはほんの些細な一枚の紙から始まったんだけれど、お友達のみんなにとってはちょっとしたイベントみたいなモノだったかもしれない。

 

 だけど、僕にとってはとても大きくて、とても大切な物語だったんだ。

 

 

 

 全てを話すには少し恥ずかしい気もするけれど、君だけに教えてあげるね。

 

 

 

 ■ 02

 

 

 

 ある晴れた朝。

 

 いつものように幼稚園で朝礼を終えた僕たちは、クラスごとに別れて部屋に向かったんだ。

 

 僕が所属するクラスには天龍ちゃんと龍田ちゃん、潮ちゃんに夕立ちゃん、金剛ちゃんにヲ級ちゃんの合計七人。面倒を見てくれるのはヲ級ちゃんのお兄さんでもある先生なんだけど、時々抜けていたりするのが母性本能をくすぐるっていうのか、ちょっぴり可愛いんだよね。

 

 先生がこの幼稚園にきてからもう一年半ほど経っているから、そろそろきちんとして欲しいって気持ちもあるんだけど、今日も開始早々から失敗しちゃったみたいで……

 

「むぅ……」

 

「どうしたんだ、先生?」

 

 困ったような表情を浮かべていた先生に見かねた天龍ちゃんが、思わず声をかけていた。

 

「いや……実は、授業で使う道具を間違ったみたいなんだ……」

 

「あら~、先生ったらまた失敗しちゃったのかしら~?」

 

「う、うぐぐ……面目ない……」

 

 龍田ちゃんに突っ込まれてへこんだ先生は、ガックリと肩を落としていた。

 

「それじゃあ、どうするっぽい?」

 

「アレが無いと説明しにくいから、今から倉庫に取りに行ってくるよ。少しの間だけ離れるけど……ヲ級、ついてきてくれるか?」

 

「ラジャー。問題ナッシングダヨー」

 

「オーゥ、ヲ級だけなんデスカー? 私も先生のお手伝いをしたいデース」

 

「あー、いやいや。そこまで手が足りないって訳じゃないから大丈夫だよ」

 

「そうデスカ……残念デス……」

 

 寂しそうに答えた金剛ちゃんだけど、たぶん先生がヲ級ちゃんを連れていこうとしたのは人手が足りないという理由だけじゃないと思うんだ。目を離した隙に問題を起こしちゃうヲ級ちゃんだから、それを先生は心配したんだろうけれど、それなら龍田ちゃんも同じ意味で危険なんだよね。

 

 ただ、ここ最近は龍田ちゃんの行動があまり目立たなくなってきているんだけれど、そういうときが一番危ないってことを先生は分かっていないのかもしれない。とはいえ、僕も見て見ぬ振りをするつもりはないから、ちゃんとフォローはするけどね。

 

 そんなことを考えている内に、先生はヲ級ちゃんを連れて倉庫に向かって行った。先生が帰ってくるまで僕たちは自習時間になるけれど、大きく騒がなければ大丈夫だと言わんばかりに、残っていたみんなはお喋りをし始めたんだ。

 

「相変わらず先生は抜けちゃってるよなぁー」

 

「そ、そうだね……。でも、先生らしいとも言えるよね……」

 

「ああ、確かに潮の言う通りだな。まぁ、そんなところが可愛いんだけどよぉ……」

 

「あらあら~。天龍ちゃんったら、ヘタレなクズ男が好みなの~?」

 

「い、いやっ、先生はそんなんじゃねーしっ!」

 

 顔を真っ赤にさせた天龍ちゃんが慌てて否定をしていたけれど、龍田ちゃんはニヤニヤと笑い顔を浮かべながら続けてからかった。

 

「ああいうタイプの男って、優しくしちゃうと図に乗っちゃうのよ~?」

 

「そ、そうなの……か? それじゃあ、優しくしまくったら先生は俺にぞっこん……」

 

「そ、それこそダメ男じゃないのかな……?」

 

 天龍ちゃんと龍田ちゃんの間に座っていた潮ちゃんは、オロオロとしながらも先生をフォローをしようとしていたんだけれど、実際には一番キツイことを言っている気がするんだよね。

 

「先生がダメ男だったとしても、私は全く気にしないネー!」

 

「お、俺だって先生がどうしようもないヘタレだったとしても、全然気にしねえぞっ!」

 

 金剛ちゃんが胸を張って公言しちゃったから、天龍ちゃんも負けじと言い返していた。この二人は以前から先生をお嫁さんにするんだと言っているから周りのみんなも分かっているんだけれど、あまり白熱し過ぎちゃうと色々と問題が起きてしまう訳で……

 

「あら~、もしかしてまた先生の争奪戦が勃発しちゃうのかしら~?」

 

 ――と、龍田ちゃんが導火線に火を点けるような発言をした途端、金剛ちゃんと天龍ちゃんの顔色が険しくなった。

 

「そうデスネ……。そろそろハッキリさせた方が良いかもしれないデース!」

 

「おいおい、金剛。この前の争奪戦で、俺様に負けたことを忘れちまってるんじゃないのか?」

 

「あ、アレはちょっと作戦を失敗してしまっただけデース!」

 

 そう言って真正面から睨み合う二人を見て、龍田ちゃんは笑顔を浮かべながら「あらあら~」と、呟いていた。

 

 いやいや、君の一言が発端なんだけど……と、僕は心の中でツッコミながらため息を吐く。これもいつものことなので仕方ないと言えばそうかもしれないんだけれど、さすがにこのまま放っておく訳にもいかないから、僕は二人に向かって声をかけた。

 

「白熱しちゃうのは分からなくもないけれど、このままここでバトルを始めちゃったら、戻ってきた先生が怒っちゃうと思うんだよね」

 

「そ、それは困りマース……」

 

「それに潮ちゃんがもうちょっとで泣きだしそうなんだけど、天龍ちゃんはそれでも良いのかな?」

 

「よ、良くねえし……って、潮、泣くんじゃねえぞっ!」

 

「う、うん……大丈夫……。でも、喧嘩はしないで……ほしいかな……」

 

 僕の言葉に金剛ちゃんは肩を落としながらしょんぼりとした表情を浮かべ、天龍ちゃんは慌てて潮ちゃんを気づかいながら声をかけていた。

 

 これで騒ぎはひと段落。ちょっとばかり龍田ちゃんが残念そうな顔で僕を見ていたけれど、気づかない振りをして机に戻る。

 

 勝手に二人でバトルを始めちゃった場合、色々と大変かもしれない。普通ならまだしも、ここは艦娘幼稚園。以前に行われた先生の争奪戦で、二人は広場で大立ち回りをしたけれど、あのときは愛宕先生が決めたルールにのっとって行われたので、大きな問題は起こらなかった。だけど今は、僕たちを監督する先生は部屋に居ないため、開始のゴングが鳴った途端に問答無用の喧嘩になってしまう可能性がある。

 

 そうなってしまった場合、先生の監督責任は間違いなく問われてしまうだろう。まさか幼稚園をクビになることはないと思うんだけれど、そうなったら最後、本当に金剛ちゃんや天龍ちゃんの言ったようにダメ男になってしまうかもしれないよね。

 

 まぁ、それでも僕は先生のことを見捨てたりはしないけれど……って、いったい何を考えているんだろう。そりゃあ僕だって先生の争奪戦に参加した身であるから、嘘をつく気はないんだけれど、やっぱりハッキリと言うには恥ずかしいモノがあるよね。

 

 でも、この気持ちに嘘をつきたいとは思わない。だけど、面と向かって言うには恥ずかし過ぎる。もし金剛ちゃんや天龍ちゃんのように振舞えれば……なんてことも思ったりするけれど、僕はまだ子供だから、もう少し先でも良いかな……と、考えていたんだ。

 

「みんなー、お待たせして悪かった。道具を持ってきたから、授業を再開するぞー」

 

 そうこうしている間に先生が声を上げながら部屋に戻ってくると、みんなは途端に静かに席に座って姿勢を正した。

 

「……あれ、なんだか雰囲気が違わなくないか?」

 

「べ、別になんでもないデスヨー?」

 

「そ、そうそう。みんな静かに自習をしていたぜー」

 

 金剛ちゃんと天龍ちゃんは何事もなかったかのように取り繕いながら、先生に向かって笑顔を浮かべていた。先生は少しばかり違和感があるものの、問題がないのならば良いだろうと思ったのか、そのままホワイトボードの前に立って授業を再開しようとしていたんだけれど……

 

「おい、ヲ級。そんなところで突っ立っていないで、早く部屋に入りなさい」

 

「ヲ……ヲヲッ。ゴメンゴメン……」

 

 入口でなにやら考えごとをしていたような顔を浮かべていたヲ級ちゃんは、先生の言葉に気づいてスタスタと歩きながら自分の机へと向かって行く。そんな姿を見た僕たちは明らかにおかしいという気持ちを胸に秘めたまま、授業を再開させた先生の声に耳を傾けていた。

 

 

 

 

 

「はい、それじゃあ勉学の授業はこれくらいにしておこう。次の授業まで少し時間があるけれど、部屋の中でなら自由にして良いからなー」

 

「「「はーい」」」

 

 みんなは先生に手をあげて返事をした後、思い思いの行動を取る――と、見せかけて、ヲ級ちゃんの席を囲むように集まった。

 

「……ヲッ?」

 

 いったい何ごとなんだと言わんばかりの表情を浮かべたヲ級ちゃん。しかし、僕たちの考えていることは共通していて、倉庫から帰ってきたときの不自然な反応についてだった。

 

「ヘーイ、ヲ級ー。何やら隠しごとをしているみたいデスネー?」

 

「ヲヲ……」

 

 完全に逃げ場を失ったヲ級ちゃんだったけれど、表情に焦りの色は見えない。それどころか不敵な笑みを浮かべてさえいる感じに、僕は嫌な予感がしてしまう。

 

「何を隠しているのか知らないけどよ、面白いことならみんなで共有しようぜっ!」

 

「ソレハ構ワナインダケド……今ハチョット止メテオキタインダヨネ」

 

「あら~、どうしてなのかしら~?」

 

「僕ニモ事情トイウモノガアルンダヨ。マァ、ソレ自体ヲ隠スツモリモ無ナインダケレド……」

 

 そう言って、ヲ級ちゃんはなぜか僕の方を睨みつけてきた。

 

「え、えっと……、僕はヲ級ちゃんに何かしたつもりはないんだけれど……?」

 

「ウン、ソウダネ。僕ガ睨ンデイルノハ時雨ジャナクテ、後ロデコソコソトシテイル愚兄ノ方ナンダヨネ」

 

 その言葉に僕たちは一斉にヲ級ちゃんの視線の方へと振り向くと、ファイルバインダーを見ているかのような仕草をしながら、チラチラとこちらの様子をうかがっている先生が見えた。

 

「「「………………」」」

 

「な、何……かな……?」

 

 視線に耐えられなくなった先生は、額に汗を浮かばせながら僕たちに問う。

 

「どうして先生は、夕立たちの会話に聞き耳を立ててるっぽい?」

 

「い、いや……別にそんなつもりはないんだけど……」

 

「ソレニシテハ、耳ガ空飛ブ象ノヨウニ大キクナッテイルンダケド?」

 

「なっ! そ、そんなことがある訳が……」

 

 慌てながら自分の耳を触る先生なんだけれど、それだと明らかに嘘をついていましたと公言していることになっちゃうよね。

 

「アア、嘘ダゼ! ダガ……マヌケハ見ツカッタヨウダナ」

 

「しぶいねぇ……って、ヲ級の罠かよっ!」

 

「さすがにちょっと……幻滅です……」

 

「潮に嫌われたっ!?」

 

「大丈夫だぜ先生っ! どんなにヘタレでも、俺様が嫁にもらってやるからよっ!」

 

「なんでいつも俺が天龍の嫁扱いなんだよっ!」

 

「それじゃあ、私のハズバンドでどうデスカー?」

 

「それはそれで問題あるから、頷けられる訳がないだろうがっ!」

 

「この際、バッサリ切っちゃいましょうか~」

 

「どこを切られちゃうのっ!?」

 

「言っちゃって良いっぽい?」

 

「色んな意味でアウトだからダメーーーッ!」

 

 先生は両手で大きな×を作りながら大声をあげたんだけど、みんなから向けられる視線が更にきつくなったのを見て、愛想笑いを浮かべながら部屋の外へと逃げていった。

 

 

 

 

「フゥ……。本当ニ、アンナ愚兄デ申シ訳ナイ……」

 

「なんだか今日のヲ級ちゃんって、先生に対して酷くないかな?」

 

 ため息を吐いたヲ級ちゃんに僕が問いかけると、パチパチと目を開閉させてから僕を見る。そして口を開こうとした瞬間――なぜかそれより先に、別のところから声が聞こえてきた。

 

「それはアレデース。最近のヲ級は、ドSモードでいこうと決めたからデスネー!」

 

「ど、ドS……モード……って、なんなんだ?」

 

 全く意味が分からないと言った風に声をあげた天龍ちゃんに、ヲ級ちゃんがニヒルな笑みを浮かべて口を開いた。

 

「実ハ最近、寮ニ居ルオ姉サンノ真似ヲシテイルンダケド、コレガナカナカ気分ガ良インダヨネ」

 

「それってどのお姉さんっぽい?」

 

「曙というお姉さんデース」

 

「「「あー……」」」

 

 またもや口を挟んだ金剛ちゃんによって納得した僕たちは、半ば呆れた顔を浮かべながらため息じみた声を吐いた。

 

「少し前のことなんですケド、元帥が曙お姉さんに罵倒されているのにもかかわらず、ニヤニヤしているのを見てしまったのデスヨー」

 

「ソウソウ。ソレヲ見タ僕ハ、コレダッ! ――ト、思ッタンダヨネ」

 

 元帥はいったい、何をやっているんだろう……。

 

 そして、それを見て真似てみようとしたヲ級ちゃんもどうかと思うんだけれど、さすがに僕がこれを止めるのは荷が重過ぎるよね……。

 

 先生には悪いけれど、ヲ級ちゃんがドSモードとやらに飽きてくれるまで待つしかない。それに、聞き耳を立てていた先生にも非はあるからね。

 

「まぁ、そんなことはどうでも良いんだけど、さっきの態度は何だったんだ?」

 

「そうよね~。私もそれは気になっちゃうわ~」

 

「うん……潮も、気になってるかな……」

 

 コクコクと頷くみんなの顔を見て、ヲ級ちゃんは語り出そうとしていたんだけれど……

 

「イヤ、マダココデハ話サナイ方ガ良イノカモシレナイ……」

 

「お、おいおいっ。もったいつけてないで、さっさと教えろよっ!」

 

「ソノツモリハナインダケレド、愚兄ガ……マダ……」

 

 そう言ったヲ級ちゃんが指差した方向を見ると、ほんの少しだけ開いていた扉の隙間に人影らしきモノが見えた。

 

「「「…………………」」」

 

 完全ジト目モードになった僕たちは、扉の方をジッと睨みつける。すると、通路の方で誰かが転んだような大きな音が聞こえてきて、みんなが大きくため息を吐いた。

 

「トリアエズ、モウ少シ後デ話ヲスルカラ、ソレマデ待ッテテクレナイカナ?」

 

「そう……だね。なんだかそういう気分でもなくなっちゃったし、次の機会で良いと思うよ」

 

 僕はヲ級ちゃんにそう言うと、他のみんなも仕方がないといった表情を浮かべながら頷く。

 

 同じタイミングで幼稚園内に授業の終了を知らせるチャイムが鳴り、僕たちは休み時間の間にトイレなどの用事を済ませようと、思い思いに別れることとなった。

 

 




次回予告

 ヲ級ちゃんが隠し通す謎。
僕たちはそれが何かと気になりながら、昼食の時間を迎えることになった。

 そして、いつもの騒ぎが今日も起こる。


 艦娘幼稚園 スピンオフシリーズ『幼稚園児時雨のお宝事件簿!?』(仮)
 同人誌サンプル編 その2

(現在修正作業中の為、完成時に変更があるかもしれません)


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その2

※この作品は、6月21日にインテックス大阪で開催される「我、夜戦に突入す!3獄炎」にサークル参加する予定であり、新刊の序盤サンプル(3分割)となります。


 ヲ級ちゃんが隠し通す謎。
僕たちはそれが何かと気になりながら、昼食の時間を迎えることになった。

 そして、いつもの騒ぎが今日も起こる。


※書籍印刷による縦書きと違い、読みやすいように行間処理を行っております。
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 ■ 03

 

 

 

 午前中の授業が終わり、お昼ご飯の時間になった。その間ヲ級ちゃんは隠しごとについて語ろうとしなかったけれど、先生が近くに居たのだから仕方がなかったのかもしれない。初めのうちはみんなもソワソワとしていたけれど、次第にヲ級ちゃんから言い出すまで待とうという雰囲気になっていた。

 

「は~い、みなさ~ん。お弁当はちゃんと行き渡りましたか~?」

 

「「「はーい」」」

 

 僕たちは並べられた机の前に座り、手をあげながら愛宕先生に返事をする。何人かは我慢ができないといった表情を浮かべて、口元からよだれを垂らしていた。

 

 うーん……、その気持ちは分からなくもないんだけれど、ちょっぴりお行儀が良くないよね。

 

 でもまぁ、これも歳相当と考えれば仕方がないのかもしれないね――と、思いながら、愛宕先生の隣に座っているしおい先生を見たところ、

 

「じゅるり……。まだかな……まだかな……?」

 

 これでもかってくらいにキラキラとさせた目をお弁当箱に向けながら、お箸を構えてよだれをボタボタと机の上に垂らしていた。

 

 仮にも先生なんだから、もうちょっと僕たちのお手本として振舞って欲しいんだけど、鳳翔さんが作るお弁当の魔力には逆らえないのかもしれない。

 

 いや、それを踏まえたとしても、しおい先生の反応は限度を超えちゃっている気がするよね。

 

「それでは、いただきま~す」

 

「「「いただきまーっす!」」」

 

 愛宕先生のかけ声の後に僕たちは一斉に手を合わせてお辞儀をし、お弁当包みの結び目を解いて蓋を開けた。

 

「ワォッ! 今日のお弁当は中華一色デース!」

 

「すっげーっ! こりゃあ、旨そうだぜっ!」

 

 金剛ちゃんと天龍ちゃんが歓声をあげると、他のみんなもワイワイと騒ぎだした。食事のときに大きな声を出すのはあまり良くないとは思うけれど、ここでは日常茶飯事であって、先生たちは注意をしない。僕は以前に気になって一度だけ愛宕先生に聞いてみたんだけれど、みんなが仲良く楽しそうにしているのならばそれに越したことはないという理由から、とがめないらしい。

 

 ただ、それでも例外というモノがあって……

 

「こ、これはーーーっ!」

 

 ――と、僕が危惧していたことが即座に起こってしまい、小さくため息を吐いた。

 

「な、なんということでありますかっ! この唐揚げの味はまさに絶品っ! 一度タレに浸けて冷蔵庫に半日寝かしておいてから衣をつけ、まずはじっくり低温の油で火を通してから高温の油で二度揚げするという手間のかかりようっ! 更にうっすらとかかっているパウダー状のスパイスで食欲を刺激し、噛みしめるほどに溢れ出てくる肉汁はまさに歓喜の極みでありますっっっ!」

 

 突然立ち上がったあきつ丸ちゃんは、ほっぺたに唐揚げを放り込んだまま料理漫画の登場人物顔負けのレビューを熱弁し、言い終えると同時にゴクリと飲み込んだ。

 

「唐揚げも美味しいデスケド、こっちのチンジャオロースも絶品デース! 細切りのピーマンとタケノコのシャキシャキ食感と、片栗粉をまぶして一度揚げた豚肉のジューシーさが合わさっただけでなく、みじん切りにした玉ねぎがアクセントとなってご飯が止まりまセーン!」

 

 あきつ丸ちゃんに触発され、金剛ちゃんも同じように誉め称えながら口へと運ぶと、モグモグと口を動かしながら隣に座っているヲ級ちゃんの方へと視線を向けた。いつもならばここでヲ級ちゃんも乗ってくる……はずなんだけど、やっぱりどこか呆けているというか、考えごとをしているみたいで……

 

「ングング……ングング……」

 

 無言でお弁当を食べながらニヤリと不敵な笑みを浮かべたと思ったら、いきなり難しそう表情に変えるなど、明らかに怪しさ満点だった。

 

 いや、そもそも漫才コンビ――とは言い過ぎかもしれないけれど、一番仲が良くて相方である金剛ちゃんの視線に全く気づかない時点で異常なんだよね。

 

 もしかしたら無視をしているかもしれないけれど、二人の様子が険悪な感じには見えないし、もしそうだったら金剛ちゃんがさっきのように話を振るとは考えにくい。そうなると、やっぱり隠しごとをしている件が大きくかかわっているとは思うんだよね。

 

「あきつ丸ちゃんに金剛ちゃ~ん。お食事中に大きな声を出すのはダメですよ~?」

 

「あ、こ、これは失礼した……でありますっ」

 

「そ、ソーリーデース……」

 

 愛宕先生に注意された二人はしょんぼりとしながら席についたんだけど、これもいつものことだ。いや、いつもと言うのは、毎回鳳翔さんのお弁当を食べる際に感動しまくってしまうあきつ丸ちゃんの方だけで、金剛ちゃんがへこんじゃったのはヲ級ちゃんが原因なんだろう。

 

 どうやらヲ級ちゃんの様子がいつもと違うことは今の反応で他のクラスのみんなも気づいたらしく、お弁当を食べながらチラチラと視線を向けていた。特に先生は先程の授業の時点でかなり怪しんでいたんだけれど、僕たちの冷たい視線による牽制が効いたのか、口を開くのをためらっているような感じだった。

 

「先生~、どうかしたんですか~?」

 

 先生のお箸が止まっているのを不審に思ったのか、愛宕先生が声をかける。

 

「えっ、あ、い、いえっ、なんでもないですっ!」

 

「そうなんですか~? なんだか金剛ちゃんかヲ級ちゃんの方をジッと見ている感じに見えましたけど~」

 

「ワォッ! もしかして先生は、私に熱い視線を送ってくれていたんデスカーッ!?」

 

「ち、違う違うっ、そんなことはしていないっ!」

 

「ガーーーンッ! そこまで否定されるとちょっぴりショックデース……」

 

「あら~、金剛ちゃんが更にしょげちゃっているわ~」

 

「先生ったら酷いっぽいっ!」

 

「あ、う、あ……、そ、その……そうじゃなくてだな……」

 

 龍田ちゃんの声が切っ掛けとなり、数人から一斉に非難された先生は慌てふためきながら言葉を詰まらせる。

 

「大丈夫よ先生っ! みんなが何を言っても、私に頼ってくれれば良いんだからっ!」

 

「……いやいや、それって結局誤解は解けてないんだけど」

 

「別にいつものことだから問題ないじゃない」

 

「ちょっ、それってかなり酷過ぎないかっ!?」

 

「でも実際、先生はもうちょっとデリカシーというモノを学ぶべきだね」

 

 響ちゃんに同調した数人がウンウンと頷き、先生はガックリと肩を落としながら金剛ちゃんの顔を見た。

 

「す、すまん……金剛。さっきは言い過ぎた……」

 

「分かってくれれば良いデース。ついでにほっぺにチューなんかしてくれると完璧デース!」

 

「おいおい、それは聞き捨てならねえぜ金剛。先生のチューは俺様のもんだからよぉ」

 

 金剛ちゃんの言葉に対抗するかのように、天龍ちゃんが席から立ち上がって声をあげた。

 

 ただし、耳まで真っ赤にしながらなんだけど。

 

「天龍の言葉にはいささか問題がありますが、金剛お姉さま一人に先生のチューを独占させる訳にはいきません!」

 

「比叡お姉さまの言う通りです! 榛名も見逃す訳には参りませんっ!」

 

「霧島も先生にチューの要望をしますっ!」

 

「い、電もチューしてほしいのですっ!」

 

 次々に立ち上がって声をあげるみんなの様子を見て、先生がどんどん追い詰められていく。金剛ちゃんや天龍ちゃんだけでも大変なのに、ここまで人数が増えてしまっては簡単に収拾がつくとは思えなかった。

 

 もちろん、僕だって何かアプローチを考えなければ危ないかもしれけれど、それじゃあ更に状況を悪化させるだけなんだよね。

 

 でも、危機感を覚えない訳じゃない。僕だって何かをしなければ本当に危ないんじゃないか……と、思い始めていたんだけれど、

 

「あらあら~、先生ったらモテモテですね~」

 

「あ……愛宕先生……っ?」

 

「ほ~んと、どこかの誰かさんにそっくりです~」

 

「い、いやいや、ですからこれは違うんですよっ!」

 

「そうなんですか~? 子供たちに好かれるのがダメなんですか~?」

 

「だ、だからそうじゃなくて……っ!」

 

 みんなからの猛烈アタックによって気恥ずかしさで赤くなっていた先生の顔が一気に真っ青になり、両手をワタワタと動かしながら愛宕先生に弁明を繰り返していた。そんな様子を見た僕たちは、怒ったりクスクスと笑っていたりするんだけれど、これもいつもの幼稚園なんだよね。

 

 ただ、なんとなくなんだけど、僕はほんの少しの違和感を覚えた。ハッキリとは言えない、いつもと違う何かが僕の心に引っかかったんだ。

 

 とはいっても、未だ無言でお弁当を食べているヲ級ちゃんが変だというのはすぐに分かるんだけどね。

 

 先生と愛宕先生の雰囲気がいつもより親密になっているように感じたのは、気のせいだと信じたかった。

 

 

 

 それから僕たちは、愛宕先生に注意されない程度のお喋りをしながらお弁当を平らげた。あきつ丸ちゃんは一口ごとに声をあげたくなるような仕草をしながら必死に我慢をしていたし、愛宕先生はニコニコしながら凄い速さでお弁当を食べていた。隣に座っている先生はさっきの弁解を繰り返し行い、時折笑顔を浮かべている。

 

 ちなみに後の二人の先生はというと……

 

「うみゅー、相変わらず鳳翔さんのお弁当は美味しいよー♪」

 

「本当ニ、コノ料理ハ素晴ラシイ。コレダケデモ、停戦シタ甲斐ガアッタト、言ウモノダ」

 

 しおい先生も港湾先生も、目をキラキラ――どころじゃなくて、瞳の中にハートマークを浮かべているように見えた。

 

 傍から見ると、お弁当に恋する乙女って感じに見えちゃうんだけど、分からなくもないよね。

 

 それ程までに、鳳翔さんの料理は美味しいってこと。男の人をゲットするには胃袋を掴めって聞いたことがあるけれど、どうやら性別は関係ないのかもしれないね。

 

 僕も今からいっぱい料理の勉強をして、先生の胃袋を掴めばいずれは……何てことも考えたりしたんだけれど、厨房では火を使ったりもするから、もう少し大きくなってからと鳳翔さんに言われてしまった。ちょっぴり残念だけど、他の人に迷惑をかけてしまうのは良くないから仕方ながい。鳳翔さんの言うように、もう少し大きくなってからお願いしようと思っている。

 

「時雨、チョット良イ、カナ?」

 

「……え?」

 

 背中の辺りが引っぱられている気がしたので振りかえってみると、そこにはレ級ちゃんとほっぽちゃんが立っていた。

 

「ど、どうかしたのかな?」

 

 先生のクラスである僕とは違い、港湾先生のクラスであるレ級ちゃんとほっぽちゃんとはそれほど深く話したことはない。二人が深海棲艦だからという理由なんてモノはないんだけれど、接点があまりなかったので、いきなり話しかけられてくるとは思わなかった。

 

「ア、アノ……ネ、ヲ級ノ様子ガ……ナンダカ、変……」

 

「ソウソウ。レ級モソレガ気ニナッテ、仕方ガナインダヨネ」

 

 心配そうに言ったほっぽちゃんに、頷きながら話すレ級ちゃん。いつもの様子とは明らかに違い、黙ったまま食事を食べているヲ級ちゃんのことが気になるのは、同じ深海棲艦として見逃せないんだろうね。

 

「あぁ……そうだね。確かにちょっと変だけど……」

 

 僕は午前中の授業の合間でのできごとを話すかどうか考える。二人は純粋にヲ級の体調が悪くなったのではないかと考えている気がするので、ありのままを伝えるよりも、心配を取り除いてあげた方が良いのかもしれない。

 

「ヲ級ちゃんは何か悪巧みを考えているだけみたいだから、調子が悪いとかそういうんじゃないと思うよ。それにもし身体の具合が悪いんだったら、先生が真っ先に医務室に運ぶだろうからね」

 

「ソ、ソレモソウダネ。ナンダカンダト言ッテモ、先生トヲ級ハラブラブダヨネッ!」

 

「……ソ、ソウ……ナノ?」

 

 笑顔で胸を張りながらレ級ちゃんが言うと、ほっぽちゃんが少しがっかりしたような表情を浮かべていた。

 

 正直に言えば、僕もほっぽちゃんと同じように聞き返したいところだけれど、レ級ちゃんの目には先生とヲ級ちゃんの仲はそう見えているのかもしれない。ただ、傍から見ればどう考えてもそうは思えないんだけれど。

 

 ことあるごとに先生はヲ級ちゃんのコントや漫才に巻き込まれている。自由時間ではヲ級ちゃんが先生をストーキングしているところを見たことがあるし、授業中にちょっかいをかけることも少なくない。つまり、ヲ級ちゃんが一方的に先生にアタックしているのであって、二人が相思相愛だというのは少し語弊があると思うんだ。

 

 それにヲ級ちゃんは転生したとはいえ、二人は元々兄弟だった。読んで字の如く、兄と弟の間柄だったんだと聞いているんだよ?

 

 ただまぁ、先生はヲ級ちゃんの前の姿を……女の子だと勘違いしていたという噂も聞いたんだけどね。

 

 それって、まず間違いなく秋雲お姉さん辺りが暴走しちゃうから、あまり言いふらさない方が良いと思うんだけど、なんとなく時間の問題のような気がする。だけど、わざわざ僕から伝えることじゃないし、先生にも迷惑がかかっちゃうからね。

 

 なんだか少し思考がどうでもいい脇道に逸れちゃったけれど、僕は二人の顔を見てから言葉を続ける。

 

「先生とヲ級ちゃんの間柄は置いとくとして、あまり心配しなくても大丈夫だと思うよ?」

 

「ウ、ウン。時雨ガソウ言ウナラ、問題ナイ……ヨネ」

 

「シンパーイ、ナイサーッ!」

 

 右手をあげて声高らかに……って、レ級ちゃんの行動がいかにもって感じがするんだけど、それ以前に僕の信頼度が高過ぎる気がするのはなぜなんだろう。

 

「え……っと、ところで二人はどうして僕にヲ級ちゃんのことを聞きにきたのかな?」

 

「時雨ハヲ級ト、同ジクラスダカラネ」

 

「ソ、ソレニ……、時雨ハ名探偵ダッテ、ミンナガ言ッテタカラ……」

 

「そ、そうなんだ……」

 

 レ級ちゃんの言うことは分かるんだけれど、ほっぽちゃんの方はどうなんだろう……

 

 お友達や先生、はたまたお姉さんたちから色んな相談を受けることはあるけれど、僕は自分のことを名探偵だと思ったことはない。みんながそう言ってくれるのは嬉しいけれど、過大評価はちょっぴり困っちゃう……かな。

 

 もちろん僕にできることであれば手伝いたいとは思うし、頼られるのは嫌いじゃない。先生から質問されて答えると、頭をいっぱい撫でてもらえるからね。

 

 そう考えると、名探偵というのも悪くないのかもしれない――と、思いかけた矢先、愛宕先生が両手をパンパンと叩いて声をあげた。

 

「はいはい~い。もう少しでお昼ごはんの時間が終わりますけど、みなさんちゃんと食べ終わりましたか~?」

 

「アッ! ホッポ、マダ全部、食ベテ……ナイッ!」

 

 ビクリと身体を震わせたほっぽちゃんは、慌てながら僕に向かって「アリガトウ」と、お辞儀をしてからレ級ちゃんと一緒に席へ戻って行く。そんなほっぽちゃんの仕種が可愛らしくて、僕はつい微笑んでしまった。

 

 深海棲艦であるほっぽちゃんやレ級ちゃんも、何の問題もなく僕たちと一緒に幼稚園で過ごしている。これも先生が頑張ってくれたおかげなんだと、感謝の気持ちを込めながら視線を向けた。

 

「もぐもぐ……うむ、んまい……」

 

 先生がお弁当を食べている姿は、ヲ級ちゃんとそっくりだった。種族や姿形は変わっても、二人が兄弟であることが一目で分かってしまう。

 

 ただ、先生にだけ違うところがあると言えるのは……

 

「………………」

 

 先生がお箸を動かしながらも、チラチラと見つめる視線の先。それは紛れもなく、愛宕先生の胸部装甲の辺りだった。

 

 ニヤニヤと鼻の下を伸ばしている先生の顔は、ハッキリ言って情けないったらありゃしない。さすがに温厚な僕でも少しだけイラッとしちゃうけれど、それでも大好きな先生のことを嫌いになる気はない。

 

 先生にはこんな一面があることも、僕にはちゃんと分かっているからね。

 

 小さくため息を吐きながら食べ終わったお弁当箱の蓋を閉じた僕は、お箸を添えて包み直してから「ごちそうさまでした」と、両手を合わせて小さくお辞儀をした。

 

 

 

 昼食の終了時間を告げるチャイムが鳴ると、愛宕先生はみんなに声をかけた。先生は僕たちが食べ終えたお弁当箱を回収し、しおい先生と港湾先生が机を綺麗に拭いている。清掃くらいは自分でしたい――と、思うんだけれど、僕たちにはこれからやらなければいけないことがある。

 

「それじゃあみなさんは、きちんと歯磨きをして下さいね~」

 

「「「はーい」」」

 

 愛宕先生は微笑んでから立ち上がって扉を開けると、僕たちも後に続いて部屋から出る。昼食を食べ終えた次の時間割は、お昼寝の時間と決まっているんだよね。

 

 途中の通路で愛宕先生は布団を敷きにお昼寝の部屋へ。僕たちは洗面所に向かって自分の歯ブラシとコップを棚から取り出して、お友達と二人一組で歯を磨く。

 

「時雨ちゃん。夕立の歯磨き、大丈夫っぽい?」

 

 口をゆすぎ終わった夕立ちゃんの開けた口内を見ながら、僕は隅々までチェックをする。

 

「うーん……右側の奥歯の辺りが少し残っているかな」

 

「了解っぽい!」

 

 指摘されたにもかかわらず、夕立ちゃんは嫌な顔一つせずに歯ブラシを持ち直してゴシゴシと磨く。僕も鏡を見ながら同じようにしていると、近くの話し声が聞こえてきた。

 

「暁ちゃん、電の歯はちゃんと磨けているですか?」

 

「んー……そうね。パッと見た感じ問題ないわ」

 

「ありがとなのですっ」

 

「暁、響のチェックもよろしく頼む」

 

「うんうん。響も大丈夫よ」

 

「暁ー、私のチェックもお願いするわ」

 

「雷は……前歯の裏の辺りが少し残っているわね」

 

 長女である暁ちゃんに、響ちゃん、雷ちゃん、電ちゃんたちが磨き残しのチェックを頼んでいた。二人一組でチェックすれば効率が良いと思うんだけれど、これはたぶん暁ちゃんを持ち上げるためにやっているんだろうね。

 

「さすが暁ちゃんなのです」

 

「そうだね。さすがレディなだけはあるね」

 

「歯磨きのときは暁が一番ね」

 

 そう言いながらおざなり感がある拍手をしている三人を見れば、そうだとすぐに分かるんだけど……

 

「うふふ……、暁はレディなんだから、これくらいは当たり前なの。もっと私に頼って良いのよ?」

 

 暁ちゃんはまんざらでもないようで、胸を張りながらお嬢様っぽく高笑いをしそうなポーズを取っていた。

 

「……暁、私の台詞は取らないで欲しいんだけど」

 

「レディなのに、大人げないね」

 

「がっかりなのです……」

 

 三人が残念そうな表情で口々に言うと、暁ちゃんが顔を真っ赤にしながら焦っていた。

 

「べ、べべっ、別にそんなつもりは……!」

 

「あれ……、暁ちゃんの前歯が少し汚れているのです」

 

「ええっ!?」

 

 電ちゃんの指摘を受けて鏡を見ながら大きく口を開けた暁ちゃんは、汚れを発見するや否や急いで歯ブラシを手に持ってゴシゴシと磨いていた。そんな姿を見ていた三人は、クスクスと笑いながらも温かい目で見守っている。

 

 うんうん。これもいつもの光景だよね。

 

 僕は一通り磨き終えた歯を鏡でチェックしてから、夕立ちゃんに見てもらって口をゆすぐ。すると、暁ちゃんたちとは反対側の洗面台が空いたところに、ヲ級ちゃんがやってきて歯を磨きだした。

 

「ヲ……ヲヲ……」

 

 ヲ級ちゃんは一人でも問題がないくらい歯磨きが上手だ。右手で持った歯ブラシでゴシゴシと磨く様子は傍から見ても完璧で、チェックの必要がない……と、思えるんだけど、

 

 

 

 ゴシゴシ……ガシガシ……

 

 

 

 問題があるとすれば、もう一つの方かもしれない。

 

 ――そう。ヲ級ちゃんが磨かなければいけない歯は二カ所ある。一つは僕たちと同じで気にすることはないんだけれど、ヲ級ちゃんには頭の上についている大きな口があるんだよね。

 

「ヲッヲ~♪」

 

 それでもヲ級ちゃんは面倒くさそうどころか、嬉しそうな顔を浮かべて楽しそうに歯を磨く。右手と同じように触手で持った歯ブラシで、力が強過ぎるんじゃないかと思ってしまうくらいの音をたてながら隅々まで磨いていた。

 

 ちなみに、ヲ級ちゃんの歯磨きチェックは自分一人で行っている。いつも一緒に居る金剛ちゃんが歯磨きのときだけ離れているのは、頭の上の方が問題だからだ。

 

 えっ、どうしてかって?

 

 それは、チェックをしてみれば分かると思うんだけど……

 

「ヲ~~~♪」

 まずは顔の方の口を大きく開けながら鏡を見てチェックをするヲ級ちゃん。ここまでは全く問題がないし、金剛ちゃんも嫌がらないだろう。

 

「ヲヲ……?」

 

 問題となるのは上の方。頭の上にある大きな口がパックリと開くと、鏡に大きな歯がこれでもかと言わんばかりに映しだされた。

 

 正直に言うと、滅茶苦茶怖い。かわいらしいヲ級ちゃんの本体と違い、頭部の『アレ』は完全に深海棲艦そのもので、大人が対峙してすら怯む程の迫力を備えている。もし、潮ちゃんや天龍ちゃんが目の前で見たのなら絶叫&お漏らしコースは間違いないだろう。

 

 金剛ちゃんが初めてヲ級ちゃんからチェックを頼まれたとき、とんでもない悲鳴があがったことがある。後で半泣きになりながら金剛ちゃんはフォローをしていたけれど、それ以来ヲ級ちゃんは一人で歯磨きのチェックをしている。先生の手が空いているのなら嫌な顔を一つもせずに見てあげるかもしれないけれど、布団を敷くのに忙しいから仕方がないよね。

 

 ちなみに僕は一度だけ見たことがあるけど、その日の晩にうなされてしまったから、できれば避けておきたいかな。

 

 薄情かもしれないけれど、ヲ級ちゃんも分かってくれているみたいだから、みんなの暗黙の了解という風になっている。でも、レ級ちゃんとほっぽちゃんがいるんだから、二人に頼めば良いんじゃないだろうか……?

 

 まぁ、その辺りはヲ級ちゃんが考えることだから、僕がとやかく言うのは筋違いかもしれない。聞かれたときにはちゃんと答えてあげようと思いながら、コップの水を口に含んでガラガラとうがいをした。

 

 





次回予告

 お昼寝の時間。
先生の視線は見当たらない。ならば、今度こそヲ級ちゃんから話を聞けるはず。
そうして僕たちは、ヲ級ちゃんから隠していることを聞くことになる。

 舞鶴幼稚園捜索隊ヲ設立シマス。


 艦娘幼稚園 スピンオフシリーズ『幼稚園児時雨のお宝事件簿!?』(仮)
 同人誌サンプル編 その3(サンプルはここで終了です)

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その3(サンプルはここで終了)

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 お昼寝の時間。
先生の視線は見当たらない。ならば、今度こそヲ級ちゃんから話を聞けるはず。
そうして僕たちは、ヲ級ちゃんから隠していることを聞くことになる。

 舞鶴幼稚園捜索隊ヲ設立シマス。


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■ 04

 

 

 

 幼稚園にある大きな部屋。床一面に規則正しく並べられた布団の中で、僕たちはスヤスヤと寝息を立てている……はずだった。

 

 大半のお友達はお昼ご飯を食べた後だからぐっすりと眠っている。だけど、僕の周りに居るみんなはそうではなく、ある一人の動向を見逃さないように見張っていた。

 

「ヘーイ……ヲ級ー。そろそろお話ししてくれても良いんじゃないデスカー?」

 

 寝ているお友達を起こさないように小さな声で話しかけた金剛ちゃんは、ヲ級ちゃんの布団をユサユサと揺すった。

 

「フム……」

 

 するとヲ級ちゃんは上半身を少しだけ起こして部屋の様子をうかがった後、小さく息を吐いてから頷いてうつ伏せになった。その様子を見た僕や周りのみんなも、同じようにうつ伏せになりながらヲ級ちゃんを見つめている。

 

「オ兄チャンノ気配モ感ジナイシ、大丈夫ダト思ウ。モシ誰カガ部屋ニ入ッテキタラ、スグニ寝テイルフリヲシテネ」

 

 コクリと頷く僕たちを見たヲ級ちゃんは、布団の中でゴソゴソと右手を動かしてから一枚の紙を取り出した。

 

「ん……、それはいったいなんなんだ?」

 

 天龍ちゃんの問いかけにニヤリと笑みを浮かべたヲ級ちゃんは、自慢げに語り出す。

 

「オ兄チャント一緒ニ倉庫ニ行ッタトキ、コノ紙ガ物影ニ落チテイタノヲ見ツケタンダヨネ」

 

 そう言って、ヲ級ちゃんは僕たちに見やすいように紙を広げてくれた。少し古ぼけた感じのA4サイズの紙に、やや茶色がかったインクで書かれている図面のような絵。一見すると落書きがある地図のように見えるんだけれど、なんとなく僕はその紙が気になってしまった。

 

「これがいったいどうしたっぽい?」

 

 夕立ちゃんの言葉に周りのみんながウンウンと頷く。どうやら僕以外のみんなはそれ程興味がなさそうな感じに見える。

 

「フフフ……、コノ紙ノ秘密ヲ聞イテ、最後マデ冷静ニ居ラレルカナ……?」

 

 特撮ヒーロー番組で出てくる悪役のボスみたいなセリフを言ったヲ級ちゃんは、含み笑いをしながらボソボソと語り始めた。

 

「マズコノ紙ノ質ダケド、最近ノ物ジャナイ感ジニ見エルヨネ。少シ古ボケテイルシ、端ッコノ辺リガ黄バンデイル」

 

「確かにその通りデスネー。でも、それだからと言って、別に興味がわいてくるとは思えまセーン」

 

「古イダケジャソウカモシレナイケレド、ココニ描カレテイル図ノ中ニ、気ニナルモノハナイノカナ?」

 

「気になる……モノ……?」

 

 潮ちゃんが首を傾げながら紙を見る。するとヲ級ちゃんは触手を器用に動かして、ある一点を指した。

 

「コノ絵……何ニ見エルカナ?」

 

「うーん……、少し丸みがかかった箱っぽい?」

 

「ソウ。ソノ通リダネ」

 

 ヲ級ちゃんは夕立ちゃんの答えに満足そうに頷いたけれど、まわりのみんなは不満そうな顔で頭を捻っていた。

 

「それがいったいどうしたってんだ? ただの箱が描かれているだけじゃ、何がなんだかさっぱりじゃねえか」

 

 天龍ちゃんの言葉に金剛ちゃんや潮ちゃん、夕立ちゃんがコクコクと頷いた。そんな中、龍田ちゃんだけが少し考えるような表情をしてから、ヲ級ちゃんに問いかける。

 

「もしかしてだけど、それって宝箱か何か……ってことかしら~?」

 

「……え?」

 

 驚いた顔を浮かべた天龍ちゃんの口元に触手を伸ばしたヲ級ちゃんは、静かにするようにと人差し指を立てるジェスチャーをしてから言葉を続けた。

 

「龍田ノ言ウ通リ、僕ハコノ紙ガ宝ノ地図ダト思ウ。ダカラコソ、オ兄チャンニバレナイヨウニ隠シテイタンダヨネ」

 

「それはどうしてデスカー? 先生も一緒に探せば良いと思うんデスケド……」

 

「そ、そうだよね……。人数が多い方が、見つけやすいと思うかな……」

 

「う~ん、それだと分け前が減っちゃうんじゃないかしら~?」

 

「確かに龍田が言うように、分け前が減るのは嫌だよなぁ……」

 

「でもでも、先生一人くらいなら増えても大丈夫っぽい」

 

 みんなが意見を出し合う中、何も言っていない僕にヲ級ちゃんの視線が向けられた。

 

「時雨ハ、ドウ思ウカナ?」

 

「そう……だね……」

 

 僕は呟きながらヲ級ちゃんの顔を見る。ほんの少しだけ釣りあげた口元が、明らかに僕に期待を寄せているのだと分かる。

 

 本来ならば安全を考えた上での発言をするべきだろう。だけどそれ以上に、僕はこの紙に対しての興味がいっぱいだった。

 

 もちろんそれを見越した上でヲ級ちゃんは僕に聞いてきたんだろうし、誘導されている感じは否めない。けれど、わき上がってしまった気持ちを抑えることはできそうになかった。

 

「これを先生に見せた場合、取り上げられてしまう可能性が高いかもしれないね」

 

「えっ、な、なんでだよ……?」

 

「良く考えてみてよ、天龍ちゃん。この絵を描いたのはまず間違いなく大人の人だよね。真っすぐに引いた線で描かれている図面は定規を使っているだろうし、僕たちが描くには難易度が高過ぎる。それに紙の古ぼけた感じとインクが茶色くなっていることから、描かれてから結構経っていると思うんだ」

 

「あー……えっと、それで……どうして先生がこの紙を取り上げることになるんだ?」

 

「これが落しモノなら、まず持ち主を返そうとするよね?」

 

「あ、ああ……。そうだよな」

 

「この紙は明らかに僕たちのモノじゃないと分かるだろうって、言ったんだけど」

 

「あっ、そ、そうか……。なるほど……」

 

 僕の言葉をなんとか理解できたのか、天龍ちゃんは少し迷いながらも頷いた。

 

「この紙は誰かにもらったモノだから大丈夫だと、先生に伝えたらダメなんデスカー?」

 

「それだと最初のうちは大丈夫かもしれないね。だけどその場合、どうしてもらった人にこの紙のことを聞かないのかって言われないかな?」

 

「ムムッ……、それは確かに、言われちゃうかもデース……」

 

「嘘を言っちゃったら、きちんと理由が揃っていないとばれちゃう可能性が高いんだ。ばれちゃったら最後、嘘をついていたことも怒られちゃうからお勧めはできないよね」

 

「せ、先生が怒ると非常に怖いと聞いたことがありマース……」

 

 そう言って、金剛ちゃんは布団を被りながら身体を震わせていた。

 

「この紙が僕たちのモノじゃない以上、先生に見せたら取り上げられる可能性が高い。そうなったら最後、宝探しは完全にできなくなっちゃうんだよね」

 

 僕はみんなにそう話したけれど、一つだけ気になることを言っていない。

 

 それは、この地図が本当に宝物を示しているかどうか――なんだけれど。

 

「ヲ級ちゃんがしていた通り、他の誰にもこの紙について知られない方が良いと思う。できるならば探していることも気付かれないように、こっそりとするのがベストだろうね」

 

「そ、それは……結構難しそう……だよね?」

 

「でもでも、楽しそうじゃないかしら~?」

 

「確かに、楽しそうっぽ……むぐむぐ……」

 

 大きな声をあげそうになった夕立ちゃんの口を慌てて触手で塞いだヲ級ちゃんは、もう一度口元に人差し指を当てて静かにするようにとジェスチャーを見せた。夕立ちゃんも焦った表情を浮かべながら自らの両手で口を塞ぎ、コクコクと頷いている。

 

「僕も楽しそう……いや、面白そうだと思う。だからこそ、この紙は先生に見せずに僕たちだけで探索したいんだよね」

 

 僕はそう言って、みんなを見渡すように顔を動かした。口を塞いだまま大きく頭を縦に振った夕立ちゃん。ニコニコと笑顔を浮かべている龍田ちゃん。ワクワクが止まらないといった感じの天龍ちゃん。少し不安げな表情でキョロキョロとしている潮ちゃん。いつの間にか身体の震えが止まって楽しそうにしている金剛ちゃん。

 

 そして、全て計算通りといったような顔を浮かべていたヲ級ちゃんは、満足げにコクリと頷いた。

 

 

 

 僕たちだけで宝探しをするのは決まったけれど、この紙に描かれている場所がどこだかは分からない。まずは詳しく見てみようといくつかの布団をくっつけた僕たちは、その上で円のように寝転びながら紙を中心に置いて、相談を開始した。

 

「宝箱ノアル場所ガドコナノカ……。ソレガ重要ダヨネ」

 

 ヲ級ちゃんの言葉に頷いたみんなの視線は、宝箱の絵に向けられている。

 

「パッと見る限り、宝箱は紙の下の方にある建物の、左辺りにある部屋の中よね~」

 

「龍田の言う通りだけど、この建物がどこにあるかなんて分かるのか?」

 

「さあ~、今の状況だと全くと言って良い程、分からないわね~」

 

 龍田ちゃんがそう言うと、天龍ちゃんはガックリと肩を落としてうなだれた。だけど、龍田ちゃんが言ったように、この紙をパッと見ただけでは分からなくても無理はないと思う。A4サイズの紙は縦向きで描かれているけれど、方角を示すようなモノはない。更に宝箱の絵がある建物は建築図面の立面図のように内部が描かれているけれど、その他は定規を使っているとはいえ、外周っぽい線しかないんだよね。

 

 つまり、宝箱がある建物が分かれば問題はないんだけれど、そこにたどりつくまでが非常に難しい。しかも、この紙の中心辺りに二本の波線があることから、途中の部分が省略されているのだろうと思う。

 

「どこかにヒントとかないっぽい?」

 

「ウーン、そうデスネー……」

 

 夕立ちゃんの言葉を皮切りに、僕たちは宝箱がある建物から視線を動かして、紙全体を隅々まで調べていく。

 

「……ん?」

 

「ど、どうしたのかな……時雨ちゃん?」

 

「これなんだけど、なんだか社みたいに見えないかな?」

 

「や、やし……ろ?」

 

 なんのことだろう……と、顔を傾げた潮ちゃんに、僕はその部分を指差しながら説明をするために口を開いた。

 

「社というのは、神様を奉ってある神殿や建物なんだ。大きさや材質などは色々だけど、神社の奥の方にあるのを思い浮かべれば分かりやすいかもね」

 

「それって……、木でできた建物みたいなやつっぽい?」

 

「そうだね。他にも石でできた物もあるし、社の手前に鳥居があるこがと多いのも特徴だけど、場所によって様々かな」

 

「でも、その社がどうかしたんデスカー?」

 

「どうしたもこうしたも、僕たちが居る舞鶴鎮守府にも社はあるよね」

 

「……そ、そうだったっけ?」

 

 頭を傾げながら呟く天龍ちゃんと同じように、金剛ちゃんも潮ちゃんも夕立ちゃんも知らないような顔を浮かべていた。

 

 あ、あれ……、もしかしてみんな、見たことがないのかな……?

 

「ああ~。そういえば確かに、鎮守府の端っこの方にあったわよね~」

 

「おっ、さすがは龍田。俺が知らないことでも良く知っているよな」

 

「知らないことは知らないけどね~」

 

 ……どこかの委員長みたいな言葉を返した龍田ちゃんだけど、そこに意識を向ける必要はない。むしろ大事なのは、社を知っているということなんだよね。

 

「ツマリ、時雨ガ言ッタ社ハ……」

 

「うん。紙に描かれているこの絵が社だと仮定して、近くの建物と壁のような線を考えれば……多分だけど、舞鶴鎮守府と同じだと思うんだよね」

 

「そ、それは本当デスカッ!?」

 

「こ、声が大きいよ……金剛ちゃん」

 

「ハッ、つ、つい……。ごめんなさいデス……」

 

 慌てて口を塞いだ金剛ちゃんが小さい声でみんなに謝ると、僕は周りを見渡してから話を再開させる。

 

「絶対にそうだとは言えないけれど、その可能性は高いと思うんだ。この紙に方角は描かれていないけれど、その場合は地図の上の方が北側というのは結構多いんだよね。

 

 それらを考えた上で、僕の記憶とこの紙にある社や塀、そして建物を照らし合わせると……」

 

 僕はそう言って、少し間を置いた。

 

 既に天龍ちゃんや金剛ちゃん、ヲ級ちゃんの目はキラキラと光りながら僕の顔を見つめている。

 

「この絵は舞鶴鎮守府を描いた地図じゃないかと思うんだよね」

 

「さ、さすが……、名探偵時雨デース……ッ!」

 

「あ、ああ……。俺も完全に驚かされたぜ……っ!」

 

 感心しながら袖で額を拭っていた金剛ちゃんと天龍ちゃん。そしてヲ級ちゃんは満面の笑みを浮かべて口を開いた。

 

「ソコマデ推理デキレバ、アトハコッチノモノダヨネ」

 

「ううん。そういう訳にもいかないんだよね……」

 

「えっ……、ど、どうして……かな?」

 

 潮ちゃんは僕の言葉に驚いた表情を浮かべると、龍田ちゃんが両手を小さく叩いて口を挟んだ。

 

「確かに時雨ちゃんの言う通りよね~」

 

「龍田ちゃんは分かったみたいだね」

 

「ええ~。時雨ちゃんが気になっているのは、この波線でしょ~?」

 

 龍田ちゃんがそう言って、紙の中心部分を指差した。そこには左端から右端まで続く、二本の波線が描かれている。

 

「こ、これがどうかしたっぽい?」

 

「この二本の線は、省略を意味するんだ」

 

「しょ、しょうりゃく……?」

 

 先程と同じように潮ちゃんが首を傾げると、天龍ちゃんも同じような仕草をしていた。

 

「そう、省略だね。例えば真っすぐの道があったとして、それが随分と長く続くなら地図で描こうとすると、紙がたくさん必要になっちゃうでしょ?」

 

「う、うん……。そうなるかな……」

 

「それだと、一枚の紙で描ききれないかもしれない。それでは具合が悪いから、必要のない部分をカットするのが省略なんだ」

 

「なるホド……。それだと、地球にも優しいデース」

 

 ここで金剛ちゃんがどうしてエコ活動を持ちだしたのかは分からないけれど、その意識は大切だよね。

 

「社から南に下って行って、二つの建物を通り過ぎた辺りから省略されているんだけれど、再開された地図の部分がどこかが分からないんだ。正直に言って、地図としては問題だとは思うんだけど、推理する側としては面白いよね」

 

 僕はそう言って、ニッコリと笑みを浮かべた。

 

 簡単に分かってしまっては面白くない。そんな気持ちが伝わったのか、僕を見つめるみんなの顔も同じように笑っている。

 

「それじゃあ、もちろん……やるよな?」

 

 天龍ちゃんの言葉にみんなが一斉に頷くと、ヲ級ちゃんが右手を紙の上に突き出した。

 

「デハ……本日ヨリ、舞鶴幼稚園捜索隊ヲ設立シマス」

 

「ワォッ、それは良い考えデース」

 

「ちょっと難しそうな名前だけど……かっこいいよね……」

 

「夕立、頑張るっぽい」

 

「俺に任せておけば大丈夫だぜっ」

 

「時雨ちゃんがほとんど推理をしていたんだけどね~」

 

 みんなは口々に言いながら手を重ねていき、無言で僕の顔を見つめてくる。

 

 賽は投げられた。

 

 はたして、この地図の先に何が待っているのか、僕には全く分からない。

 

 だけど、みんなと一緒に宝探しをやりたくて仕方がない。

 

 わきあがってしまった気持ちを押さえることはすでに無理で、好奇心で胸のワクワクが止まらない。

 

 僕はみんなにニッコリと笑みを向けてから大きく頷き、

 

 誓いを込めた手を力強く重ねたんだ。

 

 

 

 同人誌:艦娘幼稚園 スピンオフシリーズ『幼稚園児時雨のお宝事件簿!?』(仮)に続きます。

 





 これにて艦娘幼稚園 スピンオフシリーズ『幼稚園児時雨のお宝事件簿!?』(仮)
同人誌サンプル編は終了です。

 もしよければ、6月21日のインテックス大阪で開催される「我、夜戦に突入す!3獄炎」や、その後に開始予定の通信販売でお願い致します。


 さてはて、それでは艦娘幼稚園の第二部が次回より開始です。

 時間軸は呉の決戦を終えてから約半年。
舞鶴にある艦娘幼稚園で働いていた先生ですが、何やら不穏な雰囲気が?
それは、いきなり語られます。


次回予告

 いつものようにスタッフルームで会議をしていた主人公。
自分の仕事が割り振られず、何故か指令室に出頭命令が。

 もしかして、俺、クビになっちゃうんですかっ!?


 艦娘幼稚園 第二部
 ~流されて佐世保鎮守府~ その1「舞鶴鎮守府 艦娘幼稚園の皆様へ」

 章タイトルに閃いた方はお仲間です(ぇ


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■第二部 ~流されて佐世保鎮守府~
その1「舞鶴鎮守府 艦娘幼稚園の皆様へ」


 お待たせいたしましたっ!
艦娘幼稚園 第二部 本日より開始ですっ!

 今回も先生が踏んだり蹴ったりになりながら、ラノベの主人公宜しくモテモテになっちゃうのか……それとも……っ!?



 いつものようにスタッフルームで会議をしていた主人公。
自分の仕事が割り振られず、何故か指令室に出頭命令が。

 もしかして、俺、クビになっちゃうんですかっ!?


 舞鶴鎮守府 艦娘幼稚園の皆様へ

 

 

 

 みなさん元気でお過ごしでしょうか。

 

 俺は1ヶ月程前からこちらで働くことになりましたが、何とかやっていけています。

 

 初めの頃はどうしてこんなことになったのかと苦悩していましたが、少しずつその理由が分かってきました。

 

 誰が悪い訳でもなく、むしろ俺じゃなければダメだったのではと思い始めてきましたが、慢心することなく頑張っていこうと思います。

 

 担当していたクラスの子たちがどうしているか少し心配ですが、俺が居なくても大丈夫でしょうか?

 

 この思いが無駄であれば良いのですが、みんなのことだから上手くやっていけているでしょう。まぁ、正直に言えば寂しくもありますが……

 

 そちらに帰るのはもう少し先になるかと思います。ですが、順調にいけばそれ程遠くはないでしょう。その間、他の先生方にはご迷惑をおかけ致しますが、なにとぞよろしくお願いします。

 

 お体に気をつけて病気などなされぬよう……って、みなさんならば大丈夫ですよね。

 

 むしろ俺の胃がやばいことになりそうですが、そこはまぁ、めげずに頑張っていきます。

 

 では今回はこれくらいで。また手紙を送ります。

 

 

 

 追伸

 

 ヲ級が変なことをしていないでしょうか?

 

 もししていましたら、ゲンコツでも落としてやって下さい。

 

 あ、それと別に電話かけてくれても良いですよ。むしろかけて下さい。愛宕先生だとすんごい嬉しいです。泣いて喜びますのでお願いします。絶対絶対お願いします。なかったら毎晩涙で枕を濡らします。

 

 ……ごほん。話がちょっと逸れそうになりました。すみません。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 呉での騒動が終わり、深海棲艦の一団と停戦を締結してから約半年が経った。その間、問題らしいことは起きず、新たに幼稚園に通うことになったレ級やほっぽ、港湾棲姫も騒動になることなく舞鶴鎮守府内で暮らしている。

 

 普通に考えればそれはそれでおかしいのだろうけれど、そこは優秀な秘書艦である高雄の腕が冴え渡ったのだろう。艦娘や鎮守府内にいる人たちにしっかりと情報は伝わり、恐れていた混乱もなくフレンドリーに付き合っているようだ。

 

 その対応にほっぽたちも気を良くしたのか、幼稚園以外でも友達ができたらしい。少し前まで戦っていた艦娘と深海棲艦が仲良くしている光景は、本当に嬉しく思う。

 

 これで、俺の望む夢にも一歩どころじゃないくらい近づいた。

 

 ――そう、思っていた矢先のことだったんだよね。

 

 

 

 

 

 キーンコーンカーンコーン……

 

 幼稚園の建物内に終業のチャイムが鳴り響き、終礼を終えた子供たちは寮へと戻っていった。

 

 そして、俺たちはスタッフルームで集まって、明日の予定について話し合っていたのである。

 

「……と、言うことで、しおい先生と港湾先生は明日の朝に準備の方をお願いしますね~」

 

「分っかりました。しおいに任せて下さいっ!」

 

「了解シタ。明日ハイツモヨリ少シ早メニ、出勤ダネ」

 

 しおいと港湾は大きく頷きながら、コーヒーカップに口をつけている。だが、愛宕が説明した内容に、俺の明日の予定は含まれていなかった。

 

「あ、あの……、愛宕先生。俺は明日の朝に何か準備などを……」

 

「いえいえ。先生はこれから、指令室の方にいって欲しいんですよ~」

 

「え……っと、指令室……ですか?」

 

「はい、そうです~。元帥がいつも居るところですけど、先生は何度かいったことがありますから、場所は分かりますよね?」

 

「あ、はい。大丈夫です」

 

 俺はそう答えたけれど、なぜいきなり指令室に行かなければならないのだろうか?

 

 問題を起こした覚えはないし、呼出しを受ける理由も思いつかない。そうなると、あとは嫌な予感しかないんだけれど、元中将の関係者はすでに居ないはずだから、仕組まれた査問会もない……と、思う。

 

 少しばかり不安な感じにさせられてしまうが、やましいことは何もないので大丈夫だろう。

 

 そう――自分に言い聞かせた俺は愛宕に向かって頷き、カップに入ったコーヒーを飲み干してから指令室に向かった。

 

 

 

 

 

 そして、現在俺は指令室の中に居る。

 

 部屋の中心より少し奥にある大きな机には、両肘をついて指を組んだ元帥が座っていて、どこぞの補完計画を企む司令官のように目をキラリと光らせていた。

 

 まぁ、実際にこの鎮守府で一番偉い人なんだから、そういった動作も必要なのかもしれないんだけれど。

 

 そのすぐ隣には、秘書艦である高雄が澄ました顔で立っている。

 

 いや、澄ましたよりかは、呆れたといった方があっているのかもしれない。

 

 その理由は、元帥のポーズにあるんだろう。さては昨日辺りに、アニメのDVDでも見たんじゃないのかな。

 

 色んな影響を受けまくるのが元帥である。したがって、今回のそのポーズも新世紀的なアニメの影響と見て間違いないだろう。

 

「そ、それで……、俺はどうしてここに呼び出されたんでしょうか……?」

 

 不安半分、呆れ半分といった感じで、元帥に問う。すると、高雄が懐から一枚の紙を取り出して、俺に渡してくれた。

 

 A4のプリント用紙。そこには明朝体のフォントで、ハッキリと書かれていた。

 

 

 

『転勤命令』

 

 

 

「………………へ?」

 

 その文字を見た瞬間、俺の頭は完全に停止する。

 

 転勤……、転勤って何だ?

 

 俺は幼稚園でも鎮守府内でも、問題らしいことは何一つ起こしていないよねっ!?

 

「ど、どういうことなんですかっ!?」

 

 慌てて元帥に問う俺に、元帥はなぜかニッコリと笑みを浮かべていた。

 

 なぜ笑うのか。

 

 正直、俺にとって笑えるような話ではない。

 

 つまりそれは、元帥にとって嬉しいことであって、俺にとっては嬉しくないことなのだ。

 

 もしかして……俺が最近、愛宕と良い感じになっているのを妬んで……!?

 

「お、お願いしますっ! 理由を……、理由を聞かせて下さいっ!」

 

「まぁ……、そうだねぇ……」

 

 勿体ぶるように呟いた元帥は、不敵な笑みを俺に見せる。

 

 まず、間違いない。

 

 これは……俺をおとしめようとしている目だっ!

 

 元帥、貴様嘘をついているなっ!

 

「いい加減にして下さいっ!」

 

「げふっ!?」

 

 あ、今の台詞は俺じゃないよ?

 

 元帥の横に居た高雄が、いつものように元帥の後頭部を強打しただけですから。

 

 ………………。

 

 うん。いつか元帥、死ぬ気がする。

 

「そうやって何度も先生を困らせるようなことをして、何が楽しいのですか?」

 

「そ、それは悪かったけど……、後頭部はマジで洒落にならないよ……」

 

「自業自得です」

 

 痛がる元帥を尻目に、ふん……と、鼻を鳴らしながら高雄は顔を背けた。

 

 まぁ、相変わらずと言えばそうなんだけどね。

 

「あ、あの……それで、俺の転勤についてなんですけど……」

 

 ただ、完全に俺のことを忘れ去られてしまいそうだったので、ここはしっかりと問いただしておく。

 

「原因が俺にあるのなら謝ります。厳罰や給与の査定なら涙を飲みますが、いきなり転勤だなんていくらなんでも酷いじゃないですか。せっかく幼稚園にも慣れ親しんで、子供たちとも上手くやっていけているんです。それなのにここで別れてしまうなんて、俺には耐えられそうにありません……」

 

 幼稚園の危機から子供たちを守るために、元中将と対立して身体を張った。

 

 鎮守府が阿鼻叫喚になったときも、俺は子供たちと共に原因である猫を見つけ出した。

 

 俺を助けてくれた者のために呉まで行き、元中将との戦いに決着をつけた。

 

 それを盾にする気はないけれど、この仕打ちはあまりにも酷過ぎる。

 

 子供たちと別れたくない。愛宕とも別れたくない。

 

 もっと言えば、元帥や高雄だって別れたくないんだ。

 

 俺はこの舞鶴鎮守府が大好きだし、第二の故郷だと思っている。そりゃあ、小さい頃から親戚筋を転々としてきたけれど、今一番落ち着くところはこの場所なんだ。

 

 しっかりと元帥の目を真っすぐ見つめる俺に、高雄が小さくため息を吐いてから口を開く。

 

「先生は勘違いなさっているようなので、私からき、ち、ん、と……ご説明します」

 

 高雄の強調した言葉に耳が痛いのか、元帥は苦笑を浮かべながら肩をすくめている。

 

「実はある鎮守府から助けて欲しいと、先生を指名してきたのです」

 

「え……っ、お、俺をですか?」

 

「はい。ちゃんと先生を名指しで。絶対に先生でないと困るから……と」

 

「は、はぁ……」

 

 全く意味が分からない。俺はこの舞鶴鎮守府以外に知り合いが多い訳ではなく、恩を売った記憶はない。呉での一件もル級を助ける意味合いが強かったので、鎮守府に捕われていた艦娘や作業員たちとはほとんど会うことはなかったし、お礼の言葉も元帥や高雄を通じて受け取ったものばかりだった。

 

 つまり、そこまでして俺を指名する理由は思いつかないのだけれど、向こうがそう言っているのだから嘘ではないのだろう。まさか、呉の絡みで恨みを持った元中将の関係者が俺を罠にはめようとしているのなら話は別なのだが、それなら先に高雄が対処してくれるだろう。

 

 まさかとは思うけれど、俺のことが邪魔になったから厄介払いとして、わざと罠に放り込むなんてことは……ないと思いたいのだが。

 

 元帥は見事に後頭部を殴られていたし、それが演技でないことは今までの経験上充分に分かっている。だからこそ見破れなかった……とは思えないんだけれど。

 

「そういうことだから、悪いんだけど少しの間だけ向こうに行って欲しいんだよね」

 

「そ、それで……、転勤命令ってことですか……」

 

 コクリと頷く元帥に、俺はどうしようかと頭を傾げる。

 

罠ではないと思う。いや、思いたい。

 

 今まで俺は幼稚園に尽くしてきたし、元帥や高雄とも仲良くしてきたはずだ。それが本人たちにとってどんな評価をされているかは分からないけれど、決して悪いものではない……と、思っていたとき、高雄が若干辛そうな顔で呟いた。

 

「それと、先生を指名した相手なのですが……」

 

 俺はごくりとツバを飲み込み、高雄の言葉を待つ。元帥よりも勿体ぶるような間が俺の心をざわつかせ、もうそろそろ耐えきれなくなると思われた瞬間、

 

 

 

「佐世保に居る、ビスマルクの願いなんです……」

 

 

 

 その答えに俺は唖然とし、高雄が大きなため息を吐いた。

 

 ――と、言うことで。

 

 佐世保への転勤は確定事項となりました。

 




次回予告

 指令室で転勤命令を受けた次の日。
俺は舞鶴鎮守府を出て、佐世保鎮守府へとやってきた。
そこで出会う人物たちに、何か違和感を覚えつつ……


 艦娘幼稚園 第二部
 ~流されて佐世保鎮守府~ その2「不可抗力と自業自得」

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その2「不可抗力と自業自得」

※更新が遅くなりまして申し訳ありません。
 契約しているネット会社が障害により、暫く更新ができない状況になっておりました。


 指令室で転勤命令を受けた次の日。
俺は舞鶴鎮守府を出て、佐世保鎮守府へとやってきた。
そこで出会う人物たちに、何か違和感を覚えつつ……


 

 指令室で転勤命令を受けた次の日。

 

 俺は早朝に舞鶴鎮守府を出発し、特急列車を使って新幹線の駅まで移動した。久しぶりの大階段を見ることなくホームを変え、新幹線に乗って九州に到着。それからまた別の路線を使って特急に乗り、6時間半かけて佐世保鎮守府の門前に到着した。

 

 以前にもここに来る予定はあったものの、小型の輸送船に乗っていたところを深海棲艦の襲撃に遭って頓挫した。そのおかげで弟の生まれ変わりであるヲ級に出会えたのだが、そのことについては以前に語ったので置いておくことにしよう。

 

 それらを踏まえた上で、今回は陸路を取った。といっても、特急や新幹線の切符は高雄が用意してくれたのだから、準備は俺の荷物だけだったので苦労することはなかった。

 

 さすがは元帥の秘書艦、高雄様々である。

 

「見た目はそんなに変わらないんだな……」

 

 目の前にある佐世保鎮守府の門は、舞鶴のそれとあまり変わらない。門柱にある看板がなければ、目隠しをされて連れてこられた場合、判断がつかないかもしれない。

 

「しっかし、どうしてビスマルクは俺なんかを呼んだんだろ……?」

 

 ビスマルクとは時折電話をする仲である。用事があればそうすれば良いのに、わざわざ元帥を通す必要はないと思うのだが、それと合わせて転勤の言葉が引っかかる。

 

 つまり、この佐世保鎮守府で俺の力が必要になる案件が発生した。そう考えるのが妥当なのだが……

 

「まさか呉みたいなことが起きた……なんてことはないよなぁ……」

 

 もしそんな状況ならば、門のすぐそばで立っている門衛は何をしているんだと突っ込まざるをえない。どこからどう見ても、舞鶴鎮守府の普段と変わらないような光景である。

 

 ちなみに、元帥や高雄に転勤理由とビスマルクの願いについて聞いてみたのだが、行けば分かるの、一点張りだった。

 

 どう考えても騙されているというか、何かを隠している感じが俺の心を不安にさせてしまうのだけれど、ビスマルクに対して恩があるのも事実なのだ。ヲ級を連れて帰ることになった、出張の失敗を尻拭いさせた礼と考えた上で、俺は命令を素直に受け取った。

 

 すでに目の前に佐世保鎮守府があるのだから、後は中に入るだけである。鬼が出るか蛇が出るか。はたまた虎の穴なのかもしれないけれど、取って食われるとも思えないし、なるようになるだろう。

 

 俺は自分の両頬をパシンと叩き、少しばかり気合を入れて門をくぐろうと足を進め――ようとした途端、門衛が大きな声を上げた。

 

「動くなっ! 止まれ! フリーズ!」

 

 ……三段活用にならない連呼だな……って、おいっ!?

 

 なんでいきなり拳銃を向けられているんですかーーーっ!? どっかで見た光景(3回目)ですよーーーっ!

 

「さっきからジロジロとこっちを見ているようだが、何をしようとしているんだっ! ことと場合によってはこの場で射殺するぞっ!」

 

「むやみやたらに拳銃振りかざすのが門衛のスキルかよっ! それとも俺には門衛に嫌われる属性でもついているのかっ!?」

 

 俺は慌てて転勤命令書を取りだそうと鞄に手を突っ込もうとするが、

 

「なっ! う、動くなと言っているだろうが! その鞄から取り出そうとしているのは……拳銃か!? それともチャカか!? ガンなのかっ!?」

 

「だからなんであんたは同じ意味の言葉を3回も言うんだよっ!?」

 

「これは私の癖だっ!」

 

「癖と分かっているなら直せよっ! そしてなんで今のは1回しか言わないんだよっ!?」

 

「言われると思ったから直したまでだっ!」

 

「そこまで予想できたんなら、最初から言うんじゃねぇっ!」

 

 俺は渾身の突っ込みをしながら、鞄から命令書を取り出して門衛に渡す。ちなみにその間に撃たれる心配もあったが、門衛が構える拳銃がやたら震えていたので根性がないと判断したのだ。

 

 ……まぁ、誤射の可能性がないとは言えないけどさ。

 

 元中将との対決で、俺にも多少根性がついたということだろうか。

 

「……なるほど、あんたが舞鶴から来る先生だったか」

 

「予定を聞かされていたんだったら、いきなり拳銃を向けるのはどうかと思うんだが」

 

「悪いがそれも癖だ。ついでに言うと、親の教えだから仕方がない」

 

「……は?」

 

「我が家の家訓は、怪しい者は撃て……だからな」

 

 あんたの家って物騒過ぎじゃないっ!?

 

 つーか、この国でそんなに危ないことってあんまりないよっ!

 

「ところで一つ質問なのだが」

 

「あー、はい。なんですかね?」

 

「舞鶴に居る、私の従兄弟は元気にしているだろうか?」

 

「い、従兄弟……?」

 

「ああ、そうだ。舞鶴鎮守府で私と同じように門衛をしているんだが……」

 

 俺はこの瞬間、2人ともいつか呪うと心に決めました。

 

 扶桑と山城と一緒に、丑の刻参りだこの野郎っ!

 

 

 

 

 

 門衛を心の中で睨みつけながら鎮守府内に入った俺は、元帥や高雄から聞いていた人物に会いに向かった。

 

 その人はこの鎮守府でもかなり上の方の階級であり、艦娘や他の人からも信頼は厚く、長年提督として頑張っているらしい。

 

 いわゆる古参なのだろうが、元帥が一目置いていると言われると気になってしまう。まさかとは思うが、元帥以上のスケコマシな訳はないと思うのだが。

 

 ともあれ、暫くはここで厄介になるのだから、味方を作っておくにこしたことはない。まずはきちんと挨拶をして、顔合わせをするのは当たり前だろう。元帥から連絡もいっているはずだから、門前払いはないだろう。

 

「ここだな……」

 

 鎮守府の中心に位置する大きめの建物の中。そこの最上階にある指令室の前に俺は立っている。

 

 コンコン……

 

 まずはノックをして暫く待つ。返事があれば入室して挨拶だ。

 

 ………………。

 

 …………。

 

 ……。

 

 返事がない。どうやらただのしかばねのようだ。

 

 ……いやいや、さすがにそれはないだろう。

 

 まさか指令室の中で提督が死んでいる――なんてことがあれば、それはもう大事件。更にこの鎮守府に来たばかりの俺という存在は、怪し過ぎると言って過言ではない。

 

 コンコン……、コンコン……

 

 再度ノックをして返事を待つ。しかし一向に反応はなく、マジで大事件が起こっているんじゃないかと焦ってくる。

 

「到着予定時刻から大きくずれてもいないし、元帥から連絡入っているはずだから問題ないと思うんだけど……」

 

 そう――呟いてみても、返事がないのは変わらない。もしかすると急用ができたとかで部屋に居ないのではないかと思って扉のノブを回してみたが、鍵はかかっていなかった。

 

 これが顔見知りの相手であれば、気になったから入ってみましたで許されるかもしれない。しかし、俺は今さっきここに初めて来たのだから、そんな理由で入室するには理由として弱い可能性がある。もし、万が一俺の考えていたような事件が起こっていたのなら、まず間違いなく容疑者リストのトップに載ってしまうだろう。

 

 そんなことになってしまえば、元帥や高雄に迷惑がかかってしまう。いや、もしかするとそれこそが元帥の策略かもしれない。やはり、愛宕と良い関係になってきたのをねたんで、俺をこの世から抹殺しようとしているのではないだろうか。

 

 つまり、この転勤命令は罠だったのだ。まんまとかかってしまった俺ではあるが、こうなったら反撃するしかないだろう。

 

 俺はブツブツと呟きながら、頭の中でどうするべきかと考える。

 

「ここから舞鶴に戻るとしたら、ちょうど夜か……。夜襲にはもってこいだろうが、すんなり鎮守府に入れるとは思えない……」

 

「おや、どうかしましたか?」

 

「しかし、せめて元帥に一太刀返さなければ、死んでも死にきれない……」

 

「ふむ。何やら物騒なことを呟いていますが……」

 

「くそっ……、どうにかして元帥に泡を吹かせる方法は……」

 

「ほほう。元帥と言うと、舞鶴のですかな?」

 

「ええ、そうです。女ったらしでどうしようもない、あの元帥です……って、あれ?」

 

 何やら言葉をかけられているような感じがして頭を上げると、俺のすぐ後ろに真っ白な軍服に身を包んだ恰幅の良い中年男性が立っていた。

 

「なるほどなるほど。彼は確かに女性にだらしないですから、敵は多いでしょう。しかし、そんなことをしなくても、彼はそれほど脅威にはなりませんよ?」

 

「……と、言うと?」

 

「彼を殺すには秘書艦を使え。最近の情報ではこれで対処できると聞いています。ですが……」

 

 そう言うと、男性はゴホンと咳払いをする。

 

「彼には色々と付き合いがありますので、許してやってはいただけませんか?」

 

「あ、えっと……、その……」

 

 全く知らない人にいきなりお願いされてもどうすれば良いのだろう……と、思ったのだが、そもそもなぜこんなことになったのだろうか。

 

 扉の中で誰かが死んでいるという確認を取った訳でもなく、俺の勝手な思い込みで始まってしまった良く分からない思考は、男性の声で正常へと戻っていた。

 

 そして、目の前に居る男性は明らかに元帥と同じような服を着ていることから……

 

「ああ、そう言えば申し遅れました。私、この鎮守府で提督をしております、安西という者です」

 

 そう――。俺が会いにきた人物とは、この人だったのだ。

 

 俺のやば過ぎる発言を聞いても不審な顔を一つもせず、優しげに笑いながら頭を下げる。本来ならばこちらから挨拶をするべきなのに、先手を取られた形になってしまった。

 

 つまりそれは、俺の第一印象を著しく損なうことになり、

 

 更には、要注意人物と見なされてもおかしくない発言を聞かれてしまったのだ。

 

 結果、俺の味方を増やそうとする思いは、完全に初っ端から頓挫してしまった訳である。

 

 

 

 自業自得による完全な自動左遷状態になってしまったってことで、ファイナルアンサー?

 




次回予告

 第一印象から大問題勃発!?
しかし、安西提督は非常にいい人だった。

 そしてその後、ビスマルクの元へと向かう主人公にとある艦娘が……


 艦娘幼稚園 第二部
 ~流されて佐世保鎮守府~ その3「佐世保の噂」

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その3「佐世保の噂」


 第一印象から大問題勃発!?
しかし、安西提督は非常にいい人だった。

 そしてその後、ビスマルクの元へと向かう主人公にとある艦娘が……


 

「どうぞ、そちらのソファにおかけください」

 

 安西提督に進められるがまま指令室に入った俺だったが、ここで素直に座る訳にはいかない。

 

 もし普通に挨拶ができていれば、少し緊張しつつも座っていただろうが、第一印象は最悪だったのだ。ここはいきなりだけれど、最後の手段にでるしかない。

 

 俺はソファの横で膝を下ろし、両手と一緒に頭を床に擦りつける。

 

「すみませんでしたーーーっ!」

 

 謝罪究極奥義……土、下、座!

 

 マンタン王国ではやってはいけないが、この国なら問題ない。謝罪の態度は一級品なのだ。

 

「な、何をしているのですか……っ! 早く頭をおあげなさい!」

 

「いいえ、俺が悪いんですっ! 勘違いした揚句に上官である元帥を怪しみ、あまつさえ反撃しようなどとおいそれた考えを持ってしまったことはまさに鬼畜の所業! 本来ならば許されるようなことではありませんが、今の俺の気持ちを表すには、もうこれしか……っ!」

 

「まぁ確かに、先程の独り言は褒められたものではありませんでしたが……」

 

「ですので、こうする他は……っ!」

 

「反省するつもりがあるのならそれで良いでしょう。それに、彼の行動を知っていれば、あれくらいのことを思う者などいくらでも居るでしょうからね」

 

「……へ?」

 

「あなたも彼に意中の人を盗られた……。そう言うことなのでしょう?」

 

「え、えっと……」

 

 俺は土下座姿勢のまま顔を少し上げて安西提督を見ると、苦笑を浮かべながらため息を吐いていた。

 

「彼の行動は正直に言って問題が多過ぎます。ですが、その一方で多大な功績を上げているからこそ、あの地位まで上り詰めたのです」

 

 メガネを外した安西提督は、空いた方の指で目尻を押さえながら、ギュッとまぶたを閉じた。

 

「偉業を成し遂げる者に必要なモノは好色である――と、言った人物も居ます。ですが、我々は組織の一員である以上、度が過ぎた行動は目に余る……」

 

「た、確かに……」

 

 ウンウンと、頷く俺。もちろん土下座のままだ。

 

「ですから、あなたが思ったことは決して悪いことではありません。ですが、それは頭の中で留めておく方が良いでしょうね」

 

「そ、それはもちろんですっ! それに、勘違いということも分かりましたので……」

 

「勘違い……ですか。先程から何度か言っていましたが……、まずはソファに座りませんか?」

 

「よ、宜しいのでしょうか?」

 

「ええ、もちろんですよ、先生」

 

 ニッコリと笑みを浮かべた安西提督の顔を見て、俺はホッと胸を撫で下ろす。

 

 そして、見事なまでに俺のことを知っていたようだ。

 

 焦って脱兎の如く逃げなくて良かったと思う、今日この頃である。

 

 

 

「なるほど……、そういうことでしたか……」

 

 俺が元帥の罠だと勘違いした経緯を説明すると、安西提督は納得した面持ちで何度も頷いていた。

 

「いやはや、少しトイレに行っていたため部屋を留守にしておりましたが、これは私の方にも責任がありましたね。申し訳ありません」

 

「い、いえいえっ! 俺が勝手に勘違いしただけなんで、謝らないで下さい!」

 

「ですが、あなたは自らの非を認めた上で土下座までしたのです。私の立場上それは難しいですが……いや、今は秘書艦もいませんから別に問題はないですね」

 

 そう言って安西提督は席を立ち、床に膝をつこうと……

 

「ちょっ、待って下さいっ! そんなことをしては色々と問題が……っ!」

 

「用がない限りここには誰も来ませんから、大丈夫ですよ」

 

「それって言い換えたら、誰か来たときは大問題ってことですよねっ!?」

 

「ふむ……、確かにその通りです。その場合は……あなたが確実に消されてしまいますね」

 

 思い止まるように机に手をついた安西提督は、苦笑を浮かべていたんだけど、

 

 それって洒落にならないんですけどねーーーっ!

 

 上官を土下座させた時点で大問題だけど、それが殺されちゃうことになるのは納得がいかねえっ!

 

 それこそ見せしめに相違なし。ここまで元帥が仕組んでいたんだとしたら、完全に孔明の罠だよっ!

 

「そうですね……。それでは少々心苦しいですが、頭を下げるということで……」

 

「ですから、それも必要ないんですよっ!」

 

 俺はなんとか安西提督を説得し、納得してもらうことができたのはそれから10分が過ぎた頃だった。

 

 そして、やっとここでの滞在についての話を始める。

 

「先生が佐世保鎮守府で寝泊まりする場所として、作業員寮のひと部屋を確保してあります。冷暖房や家財道具は備え付けされていますから、問題はないでしょう」

 

「それは非常に助かります」

 

「もし必要な物があるようでしたら、私か秘書艦に伝えて下さい。できるだけ早く用意させますので」

 

 ありがとうございます――と、頭を下げて、再度お礼を言う。いたせりつくせりな待遇に思わず笑みがこぼれそうになってしまうが、肝心なことはまだ聞けていない。

 

「ところで……、一つ宜しいでしょうか?」

 

「はい、なんでしょう」

 

「俺が佐世保に呼ばれた理由についてなんですが……」

 

「ああ、そのことですか……」

 

 言って、安西提督は椅子の腰掛けに体重を乗せて、顎の辺りを触り始めた。何かを考えているような素振りに見えるのだが、そんなに言い難いことなのだろうか?

 

 しかし、無言のままではまずいと思ったのだろう。安西提督は一度目を閉じた後、俺の顔を見ながら口を開いた。

 

「それについてなのですが、直接ビスマルクに尋ねてもらえると助かります」

 

「そう……ですか」

 

 元帥や高雄に聞いたときと同じ答えに、俺は落胆して肩を落とす。するとそんな俺を見た安西提督は、小さく笑みを作りながら声をかけてくれた。

 

「心配しなくても大丈夫ですよ。あなたは充分に強い。そろそろ自分を信じていい頃ですよ……」

 

「は、はぁ……」

 

 今日会ったばかりの人にここまで言われてしまうと、なんだかなぁ……と、思うはずなのに、なぜか納得できてしまうのだ。

 

 これが安西提督の慕われる理由なのかもしれないが、それ以外の何かが関係している気がする。

 

 こう……もっと、その……なんだ。

 

 バスケがしたい気分なんだよね。

 

 

 

 

 

 

 安西提督からビスマルクの居場所を聞いて、俺はそちらへ向かうことにした。

 

 色々な会話の際に元帥を恨む理由について聞かれたのだが、そもそも俺はあの人に対して個人的にそういった気持ちはない。

 

 独り言で危ないことを呟いてはいたが、罠にかけられてしまったと思いこんだ上での言葉だし、安西提督が言っていたように意中の人を盗られた訳でもない。どちらかと言えば俺の方が盗った側になるのだが、それを話した途端、安西提督は大きく目を見開いて「彼を越える人物とは……、私の目も狂ったな……」と、呟いていた。

 

 なんだか誤解を与えてしまった気もするが、また土下座をされそうになるのも避けておきたいので聞こえない振りをしておいた。まぁ、大丈夫だろう……と、思いたい。

 

 そんなことを考えながら、安西提督が居た指令室のある建物から外に出た俺だったのだが、ふとなぜか妙な違和感を覚えた。門の方から建物に向かう際にも少しばかり気にはなっていたのだが、そのときよりも強さが増している気がする。

 

 そしてそれは、いつぞやの出来事で感じたモノと同じ。

 

 青葉が俺をつけ回していたときの視線に似ているのだ。

 

 しかし、今俺が居る場所は舞鶴ではなく佐世保なのだ。ここに知り合いはほとんど居ないので、青葉のようにつけ回される心配はない――はずなのだが。

 

「うーん……、間違いなく感じるよなぁ……」

 

 明らかに感じる視線。しかもそれは一つではなく、複数あるように感じられる。

 

 舞鶴では子供たちが幽霊の仕業ではないかと疑ったりしていたが、これ程の視線を当時に感じていたら、俺もそのように考えてしまったかもしれない。

 

 だが、その心配もすぐに杞憂となる。

 

 目的地に向かう際にすれ違う艦娘たちが、俺の顔をジロジロと見てくるのだ。

 

 それはもう、不審者を見るような目つきで……と、言うには少し違って、物珍しそうな感じに思えてくる。

 

 確かに俺はここにきたのがついさっきなのだから、不審者として見られる可能性があるのは分かっていた。だからこそ俺の右胸には名札を付け、怪しい人物ではないとアピールしているのだが……

 

 めっちゃ見てるし。名札をガン見した後に、俺の顔まで一直線だし。

 

 なんだこれ。俺自身に変な噂でも立っているかのように思えるんだが。

 

 もしかして、呉での一件が噂となって出回っているのだろうか。あれについては元帥に頼んで情報統制をしてもらったから、俺が関係したことはごく一部の人しか知らないはずだ。

 

 しかし、どんなに口を塞げと言ってもそこは人の性。やるなと言われれば余計にやってしまいたくなるモノである。

 

 もちろん俺は武勇伝を語って良い気になろうとは思っていない。そんなことをすれば、多少は褒めてもらったりすることもあるだろう。しかし、それと同時に妬みを買うこともあるだろうから、結果的に嫌な思いをするのは分かっているのだ。

 

 小さい頃、俺が深海棲艦に沈められた旅客船から生き残った事件。あのときに多くの取材を受け、様々な人から声をかけられた。その中には俺のことを心配し、励ましてくれる人も多かったが、それと同じくらい嫌な思いもしたのである。奇異な目で見る者。一躍時の人になった俺をねたむ者。そして、そんな俺を金蔓と見て強要する親戚……だ。

 

 あんな思いはもうしたくない。だからこそ、元帥に俺がかかわったことを隠してほしいと頼んだのだ。

 

 しかし結果は無残にも、今のような状況である。すれ違う艦娘は俺の顔を見ると、なぜか頷いたり、ため息を吐いたり、ときには頬を染めたりしているのだ。

 

 余りにも謎。見るところまでは一緒なのに、そのあとの行動がバラバラなのだ。

 

「いったい俺が、何をしたんだというんだ……?」

 

 思いは口を伝い、不満の言葉となって外に吐き出される。そんなことを繰り返しながらしばらく歩いていると、一人の艦娘が道を塞ぐように立っていた。

 

「えーっと、キミが……噂の先生かいな?」

 

 陰陽師のような服装に、襟元に赤い勾玉が光る。背丈は小さく、幼稚園にいる子供たちと比べてもそれ程変わらない。その独特なシルエットを見た俺は、目の前の艦娘が軽空母の龍驤であることはすぐに分かった。

 





次回予告

 急に艦娘からかけられた言葉。
そこには、一つ気になることがある。
『噂』という言葉が。

 そう――。とんでもない、噂が。


 艦娘幼稚園 第二部
 ~流されて佐世保鎮守府~ その4「関西弁講座」

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その4「関西弁講座」


 急に艦娘からかけられた言葉。
そこには、一つ気になることがある。
『噂』という言葉が。

 そう――。とんでもない、噂が。


 

 目の前を立ち塞がった軽空母の龍驤と思われる艦娘が俺に問う。

 

「えーっと、キミが……噂の先生かな?」

 

「う、噂……?」

 

 いきなりそんなことを聞かれても分かる訳がないのだが……と、俺は大きく首を傾げて聞く。

 

「ああ、そっか。ゴメンゴメン。いきなりそんなことを聞いても、分かる訳があらへんよね」

 

 龍驤は後頭部を掻きながらそう言った。

 

 しかしなんだ、龍驤の微妙に怪しい関西弁が気になりまくる。昨日まで舞鶴に居た俺としてはそれなりに聞き慣れた言葉だけれど、やっぱり違和感があるよなぁ……。

 

 ツッコミを入れるのは簡単だが、初対面相手にそれはどうかと思う。向こうから話しかけてきたんだし、関西弁を喋る者はノリやすい性質だから大丈夫――なんて考えは、無責任にも程があるだろう。

 

 しかし、関西生まれの俺としては少々見過ごせない。好奇心は身を滅ぼすと言われようとも、気になったことを放置できる大人でもないのだ。

 

 はいそこ、大人気ないとか言わないように。

 

 とりあえずここは一つ、俺も同じようにやってみることにする。

 

「そりゃそうやで。なんにも聞いとらへんのに分かる訳がないやんか。それにあんたアレやで、微妙にイントネーションがおかしいで?」

 

「……え?」

 

「なんや、いきなりけったいな顔してからに。それとも、化けの皮が剥がれてしもうたんか?」

 

「んなっ!? ちょっ、いきなりなに言いはんのっ?」

 

 ……おい。

 

 今のは、関西弁と言うより京都弁だろ。

 

 というか、俺も生粋の大阪生まれでもないし、関西弁の区切りが良く分かっていないのでハッキリと言いきれないけどさ。

 

 まあ別にええけど……って、このまま続けると話が逸れまくるだろうから、今のはなかったことにして、言葉も元に戻しておく。

 

「いやまぁ、冗談ですけどね」

 

「な、なんや……、冗談かいな。怒るでしかし」

 

 やっさんか。やっさんだな。やっさんなんだな。

 

 ついつい三段活用をしてしまったが、このままではダメだ。何をやっても話が逸れてしまう。

 

 自重自重。

 

「それで、俺にいったい何の用ですか、龍譲さん」

 

「いきなり改まられるとそれはそれで怖いんやけど……まぁ、ええか」

 

 ゴホンと咳払いをした龍驤は、ほんのりと頬を染めながら口を開こうとして固まった。

 

「あれっ? なんでキミはうちの名前を知ってるん?」

 

「そりゃまぁ、外見的特徴を見ればなんとなくは……」

 

「それって……、どこを見た上で言ってるんかな?」

 

「そりゃあもちろん……」

 

 そう言って、俺は龍驤の胸部装甲……ではなく、つま先から頭まで視線を動かしていく。俺の視線が胸部装甲の近くを通った瞬間、龍驤の眼力が強くなっていたのは御愛嬌だろう。

 

 いや、愛嬌なんかで済まされないレベルだったかもしれないけど。

 

「特徴的な服装に、被っている帽子ですぐに分かりました」

 

「そっか……なら、かまへんよ」

 

 龍驤は小さくため息を吐いてから微笑んだ。

 

 ちなみに首元にある勾玉も言おうかと思ったが、胸部装甲からほど近いこともあってやめておいた。

 

 好奇心はあれども、危うきに近寄らずは俺のモットーだからね。

 

「話を戻してもかまへんかな?」

 

「ええ、お願いします」

 

 龍驤の問いに俺は頷くが、先に逸らしたのはそっちなんだけどね。

 

「実は……ここに居るビスマルクっつー戦艦が居るんやけど、その彼氏が遥々遠いとっからやってくるって噂が流れてんねん」

 

「ほほう……って、彼氏っ!?」

 

「そう、彼氏。どうせでまかせなんやろうと思ってたんやけど、ところがどっこいビスマルクの機嫌が数日前から快晴になっとってな。こりゃあ、マジもんかもしれんと思ってたところに、キミがやって来たんや」

 

 なるほど。つまりタイミングが被ったってことか……って、そうじゃなくてっ!

 

「いやいやいや、俺はビスマルクの彼氏じゃないよっ!」

 

「あれ、そうなん? ビスマルクから聞いていた感じにそっくりやったから、てっきりそうやと思ったんやけど……」

 

 首を傾げた龍驤は、なぜだろうと言わんばかりの顔を浮かべている。しかし、どんな顔をされても、俺はビスマルクの彼氏ではない。

 

 しかし、ビスマルクの彼氏か……。ちょっとばかり気になってしまうのはなぜだろうか。龍譲曰く、俺と感じがにそっくりだと言っているから、何か特徴が同じなのかもしれないが、それにしたって良い気分ではない。

 

 舞鶴にやって来たときや、ちょくちょく電話をかけてきたときに何度も口説かれていたから、てっきり俺に気があると思っていただけに残念だ。

 

 まぁ、俺には愛宕という女性が居るから、ずっと断っていたんだけれど。

 

 それで痺れを切らしたビスマルクが俺に似た彼氏をつくった。そう考えれば辻褄は合うし、怒る筋合いもない。むしろ祝福してあげるべきだろう。

 

 だが、噂が気になるのもまた事実。俺は龍驤にそのことを聞いてみる。

 

「ちなみにその噂による彼氏って、どんな感じなんだ?」

 

「ちょっと頼りなさそうな感じやけど、芯はしっかりしてるって聞いてるで」

 

「そうか……」

 

 頼りないというのは若干問題かもしれないが、ビスマルクの性格を考えれば良い関係になるのかもしれない。むしろ、その噂を聞いて俺と似ていると思われた方が問題のような気がするが。

 

 とりあえずはひと安心……と、思った矢先、龍驤は続けて口を開いた。

 

「あ、でもアレや。ものごっつう苛めがいがありそうで、磨いたら絶対スケコマシになるとも言っとったな」

 

 何その元帥みたいなの。

 

 そんなやつと俺を間違えるって……、どういう目をしているんだよ龍驤はっ!

 

「いやいや、さすがに俺もちょっと機嫌を損ねるんですが」

 

「そやけど、実際にキミはビスマルクの彼氏じゃないんやろ?」

 

「俺が言っているのは、そんなやつと俺を見間違えたってことなんですよ」

 

「ああ、それは勘忍や。でも、うちが見る限りキミも同じように見えとるで?」

 

「ぶふーーーっ!?」

 

 いきなり吹き出した俺を見て、龍驤はケラケラとお腹を抱えて笑っていた。

 

 こいつ、絶対わざとやってるだろ……。

 

「まぁ、キミ自身が違うって言ってるんやから、うちの勘違いってやつやなー」

 

 そう言って、滅茶苦茶フレンドリーな感じで近づいてきた龍驤は、俺の肩をポンポンと叩いてから「これでも舐めて機嫌直しーや」と、不敵な笑みを浮かべながらポケットから取り出した飴玉を渡してくれた。

 

 こ、こんなんで許すと思わないでよねっ!

 

 ――と、思いつつも、包み紙を取って口の中に放り込む。

 

 程良い甘さが口いっぱいに広がると同時に、ほんのりと心温まるような感じがした。

 

 ………………。

 

 いやいや、ポケットの中からって、完全に大阪のおばちゃんやん。

 

 

 

 

 

 龍驤と別れた俺は、再び安西提督から聞いた場所へと向かって歩き出した。その間も艦娘や作業員からチラチラと名札と顔を見られるのに耐えながら、なんとか目的の場所へとたどり着いたのである。

 

「ここ……かな?」

 

 目の前に見える建物は、真っ白な壁で覆い尽くされて汚れがほとんど見えず、最近建ったのだろうと予想できるほど綺麗な佇まいだった。

 

 ……おや、なんだろう。

 

 なぜだか分からないが、昔にも同じようなことがあったような気がする。しかし、喉元まで上がってきている感じにもかかわらず、正解であろう言葉が出てこない。

 

 ずいぶん前でもないと思うんだけど、いったい何だったのだろうか……。

 

 凄く大切な……いや、大変なことがあったような……?

 

「まぁ、入ってみれば分かることだよな」

 

 ただでさえ艦娘たちの視線を集めているのだから、この場でジッと立ち尽くしていると変質者と間違われる恐れがあるだろう。俺は軽く両頬を叩いて気合を入れ、入口のガラス扉をゆっくりと開けて中に入った。

 

「あら、遅かったわね」

 

 入ってすぐの玄関に、なぜか自慢気な顔を浮かべていたビスマルクが立っていた。

 

「あっ、そうか……」

 

 俺は目の前の光景を見た瞬間、初めて舞鶴鎮守府にやって来て、幼稚園の建物に入ったときのことを思い出した。

 

 あのときは愛宕が立っていて、「ぱんぱかぱーん」の連打に色々と大変な思いをしたんだっけ。

 

 ……まぁ、非常に嬉しいイベントだったんだけど。

 

「そんなところで立ち尽くしてないで、早く入りなさいよ」

 

「あ、あぁ。そうだな……」

 

 俺はそう言って、玄関周りに視線を移す。外観と同様に新築同然の綺麗な内装からは、真新しい塗装の匂いがした。

 

「しかし、この感じは……」

 

「いったい何をブツブツと言っているのかしら?」

 

 独り言を呟く俺を不審そうに見るビスマルクは、首を傾げている。

 

「なあ、ビスマルク。ちょっとだけ……聞いても良いかな?」

 

「あなたの願いなら何でも聞いてあげるわよ?」

 

「い、いや、そこまで大それたことじゃないんだけど……」

 

 言って、俺は息を飲んでからビスマルクの顔をしっかりと見つめ、質問する。

 

「この建物って……、何という名前なんだ?」

 

「よくぞ聞いてくれたわ。ここは2日前に完成した、佐世保鎮守府艦娘幼稚園よっ!」

 

「………………」

 

「あら、どうしたの? 間抜けそうな顔なんかしてたら、即座にさらってお持ち帰りするわよ?」

 

「いやいや、それはさすがに……って、えええええっ!?」

 

 俺の絶叫が建物内にこだまする。

 

 ビスマルクは自慢気に胸を張って笑みを浮かべ、そんな俺を嬉しそうに眺めていた。

 

 

 

 ――そう。

 

 つまり、俺がここに呼ばれた理由とは、佐世保鎮守府に新たに建てられた艦娘幼稚園の先生として、勤務することだったのだ。

 




次回予告

 転勤と呼び出しの理由を知った主人公。
ビスマルクは以前から誘っていたことを、現実にしたのであった。

 しかし、そうなれば問題が。
障害がなくなったビスマルクは、ここぞとばかりに暴走し……


 艦娘幼稚園 第二部
 ~流されて佐世保鎮守府~ その5「逆源氏計画」

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その5「逆光源氏計画」

※6月21日、インテックス大阪で開催される我、夜戦に突入す!3【獄炎】の4号館B37aにて、時雨のスピンオフ同人誌を新刊を頒布予定でありますっ!
 下記アドレスにてサンプルをDLできます。是非、宜しくお願い致します!
https://ryurontei.booth.pm/items/108750


※色んな意味でキャラ崩壊を起こしていますが、あたたかい目で見守って頂けると嬉しいです。

 転勤と呼び出しの理由を知った主人公。
ビスマルクは以前から誘っていたことを、現実にしたのであった。

 しかし、そうなれば問題が。
障害がなくなったビスマルクは、ここぞとばかりに暴走し……


「そういうことだったのか……」

 

 衝撃の告知後――

 

 スタッフルームに通された俺は、ソファに座りながら貰ったコーヒーを飲んで一息つき、ビスマルクの説明に耳を傾けていた。

 

 しかし、驚くにも程がある。

 

 誰に聞いても行けば分かるの一点張りだったのは、まず間違いなく俺を驚かせるためだったのだろう。それにしたって少しばかり性質が悪いと思うんだが、元帥ならまだしも高雄が乗ったのは……ビスマルクとの関係があるからだろう。

 

「……その感じだと、高雄は何も言っていなかったって、ことでしょう?」

 

 ビスマルクはそう言いながら、少しばかり不満気な表情を浮かべていた。

 

 やっぱり高雄とは犬猿の仲らしく、名前を呼ぶ時点で嫌そうだ。

 

 でも、以前に直接会ったときは、そんなに悪い関係でもなさそうでは……あったようななかったような。

 

 まぁ、その辺りは本人たちでどうにかしてもらうことにしよう。

 

「元帥も高雄も……、そして安西提督すら言ってくれなかったよ。舞鶴に居る二人はともかく、安西提督まで隠しているとは思わなかったけど、これってやっぱりビスマルクの差し金なのか?」

 

「なぜ私がそんなことをしなければならないの? 馬鹿なの? 死ぬの?」

 

「ちょっ、それっていくらなんでも言い過ぎじゃね!?」

 

 どこぞのツンデレ魔法使いになっちゃってるじゃねえかっ! それじゃあ何かっ、俺はビスマルクの使い魔になっちまうのかっ!?

 

 あっ、でもそれだったら契約のキスをされちゃって……、もうお嫁にいけないっ!

 

 ………………。

 

 いやいや、ちょっと待て。

 

 内心ノリで言ってみたが、お婿じゃないところはどうしてなんだ。これってやっぱり天龍たちの発言が原因なのか?

 

 それって完全に洗脳されてるってことですよねっ!?

 

 ダメだ! これはどうにかしないと手遅れに……なんて思っていると、

 

「とりあえず、あなたを舞鶴から呼び寄せたのは、幼稚園の運営を手伝ってもらうためよ。だから、これからは私をご主人様と呼びなさい」

 

 あながち間違っていなかったーーーっ!

 

「冗談よ……と、言うつもりだったけれど、あなたの目を見たら本気でそうしようかと思ってきたわ」

 

「いや、マジで勘弁して下さい……」

 

「あら、残念ね」

 

 言葉は軽いけれど、本気で残念そうな顔をしているのは気のせいでしょうか……?

 

 以前から口説かれていたことを考えれば本気と書いてマジなんだろう。

 

 だが、俺には愛宕という最愛の女性が居るのだ。転勤によって離れ離れになったとしても、俺の心は揺るがないぜっ!

 

「せっかく私のフルコースを準備しておいたのに……。これを断るなんて、凄くもったいないわよ?」

 

「え、えっと……、それはどういう……?」

 

「ふふっ、聞きたいかしら?」

 

「いえ、遠慮しておきます」

 

 シニカル過ぎるビスマルクの笑みに恐れをなした俺は、ブンブンと首を激しく振って断った。

 

 フルコースという言葉に騙されてはダメだ。それは間違いなく、料理かなんかではない。

 

 いや、料理という言葉自体は正解かもしれない。ただし、俺がその材料になってしまいそうだけどね。

 

「それ以外に聞きたいことはあるかしら?」

 

 本当に残念そうな顔を浮かべながらため息を吐いたビスマルクは、俺に向かって問いかける。

 

「んー、そうだな……」

 

 色々と聞きたいことは山ほどあるけれど、さっきから攻められっぱなしというのはどうにも良くない。俺はさっきの仕返しとばかりに、尋ねることにした。

 

「そういえば、ここにくる途中で1人の艦娘から聞いたんだけど、ビスマルクって彼氏がいたんだよね?」

 

「ふえっ!?」

 

 俺の言葉を聞いた瞬間、ビスマルクは大きく目を見開いて可愛らしい声をあげた。

 

「いやー、なかなか隅に置けないよなー。ビスマルクって美人さんだし、性格も良いからさぞもてると思っていたら、すでに彼氏持ちとは……いやー、残念だなー」

 

「あっ……、そ、それは……」

 

 顔を真っ赤にしたビスマルクは、どう答えて良いのか分からずにしどろもどろになっている。

 

 こうかはばつぐんだ!

 

 よし、ここは畳みかけるが吉!

 

 俺を困らせた仕返しを、存分にやってやるぜっ!

 

「俺ってまだ独り身だし、そろそろ身を固めても良いかなぁとか思っていたんだけれど……仕方ないかー」

 

「えっ!? そ、それって……」

 

「まぁ、俺も舞鶴に最近良い感じになってきている人がいるから、おあいこと言えばそうだよねー。

 俺、舞鶴に帰ったら、彼女とケッコンするん……」

 

「……待ちなさい」

 

「んがっ!?」

 

 掴まれた。

 

 それはもう、ガッチリと頭のてっぺんを思いっきり鷲掴みにされちゃいました。

 

 つーか、マジで痛ぇっ! このままだと頭がスイカのように割れちまうっ!

 

 艦娘の腕力マジパネェーーーッ!

 

「私が居るのに、浮気をしていたってことかしら?」

 

「い、いやいやっ、なんでそういうことになっちゃうのっ! 別に俺たち付き合っていないよねっ!?」

 

 あ、俺たちとか言っちゃった。

 

 なんだかちょっとだけ恥ずかしい……って、そんなことを言っている場合じゃないほど痛いから……

 

 ………………。

 

 …………。

 

 ……あれ、痛くない?

 

 頭は未だビスマルクに掴まれているけれど、痛みはほとんど感じない。しかし、いつでも握り潰されてしまうような感覚からは、さっさと逃げ出したいところなんだけど……。

 

「お、お、お……」

 

「……おおお?」

 

 なんだかビスマルクの顔が更に真っ赤になって……、身体が小刻みに揺れてませんかね?

 

 できればついでに、頭を掴んでいる手を離してくれるとありがたいんですが……。

 

「お、俺たちだなんて……、そ、そんな……」

 

「……へ?」

 

「あ、あなたが良いなら……、その、私は……えっと……、べ、別に良いのよ?」

 

「……はい?」

 

 ビスマルクはいったい、何を言ってるんだ?

 

 龍譲は俺のことをビスマルクの彼氏だと勘違いしたが、それは間違いだった訳で……

 

「う、浮気の一つや二つくらい……、許してあげなくもないわっ!」

 

「………………」

 

「私は寛大なのよっ! さあ、敬いなさい! そして私を愛するとここで告白しなさいっ!」

 

 なぜかビスマルクの背中辺りに後光が見えるくらい光り輝いている。というか、完全にキラキラ状態だ。

 

 つーか、どれだけ上からなんだろうと思ってもみるが、ビスマルクの顔は真っ赤に染まったままなんだし、結構恥ずかしかったりするんだろうが……

 

「なんでやねんっ!」

 

 あ……、龍譲のがうつっちゃった。

 

 まぁ、出身が近いから時々出ちゃうけど……って、冷静に判断している場合じゃねぇっ!

 

「い、いや……、ビスマルクはいったい何を言っているんだ」

 

「なに? もしかして、私のことが嫌だって言うの?」

 

「突発過ぎてついていけないだけだよっ!?」

 

 そもそもビスマルクには彼氏が居るんじゃなかったのかっ!?

 

 だからこそ仕返しとばかりにやったのに、なんでこんな展開になっちまってるんだよっ!

 

「あ……、そう、そうね。私が間違っていたわ……」

 

 すると、なぜか急に納得したような顔を浮かべ、俺の頭を掴んでいた手をゆっくりと離してくれた。

 

 ふぅ……、助かった……。

 

 どうやらこれは、若気の至りみたいなやつだろう。もしくは恥ずかしさによる照れ隠し。

 

 ビスマルクの表情を見る限り後者のようだが、これ以上からかうのはマズイ気がするので突っ込みは避けておくべきだ。

 

「ご、誤解が解けて……何よりです……」

 

 俺は辺り触りない言葉を呟いてから、大きくため息を吐いたのだが、

 

「誤解? 何を勘違いしているの?」

 

「……え?」

 

「あなたがここに居る間に、しっかりと調教してあげるわ」

 

「………………は?」

 

 ビスマルクは何を言っているんだろう。

 

 俺みたいな至って普通の青年を調教するだなんて……、どういう了見ですかっ!?

 

 ちょっとばかり子供たちに好かれやすいけれど、昔から不幸がまとわりついて踏んだり蹴ったりの日常にも我慢しつつ、なんとか頑張っているだけの俺をそんな……そんな……っ!

 

 ビスマルクに調教されるとか、どんなご褒美……じゃなくて、不幸なんですかーーーっ!?

 

 マジで扶桑が言ってた通り、俺の方が断然不幸に感じてきたよっ!

 

 誰か俺のステータスをマジで測ってくんないかなっ!?

 

「そう……、私好みの従順なドMに……」

 

「大問題発言は禁止ーーーっ!」

 

 何を言っているんですかビスマルクはーーーっ!?

 

 そんな言葉、幼稚園の中で使っちゃいけませんっ!

 

 スタッフルームだからといって、油断したらダメなんだからねっ!

 

 例えば――そう。俺のロッカー内に忍び込んで、カッターシャツをクンカクンカする子供だっているんだからよぉっ!

 

 それに、そんな趣味はひとかけらも持っていませんからっ!

 

 ………………。

 

 …………。

 

 ……たぶんだけどねっ!

 

「これぞ光源氏計画よっ! ついに私もこの国に馴染むことができるのねっ!」

 

「使い方が微妙に違うし、頭に逆がつかなきゃ変だからねーーーっ!」

 

 俺の叫びは新築の幼稚園内に響き渡るどころか、鎮守府に居る大半の人が聞こえていたらしい。

 

 着任早々、新たな噂を作ってしまう俺。

 

 そして、助けを呼ぼうにも舞鶴からは非常に遠い佐世保の地。

 

 どう考えても、枕を涙で濡らさない日々は当分の間訪れないのではないかと思う今日この頃。

 

 これからいったいどんな惨事が起こるのかと思うと、すでに心はズタボロです。

 

 さぁ、久しぶりに、心の奥底で泣きましょう。

 

 しくしくしく……ってね。

 

 

 

 お後はよろしくないよっ!

 




※6月21日、インテックス大阪で開催される我、夜戦に突入す!3【獄炎】の4号館B37aにて、時雨のスピンオフ同人誌を新刊を頒布予定でありますっ!
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次回予告

 大暴走のビスマルクを止めることができず、心の中で泣きまくる主人公。
しかしこのままでは前に進まないのでと、幼稚園の中を案内してもらうことになる。

 そして、子供たちの前に立ったとき、またもやデジャヴが襲い来る……?


 艦娘幼稚園 第二部
 ~流されて佐世保鎮守府~ その6「色んなところが瓜二つ」

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その6「色んなところが瓜二つ」

※6月21日、インテックス大阪で開催される我、夜戦に突入す!3【獄炎】の4号館B37aにて、時雨のスピンオフ同人誌を新刊を頒布予定でありますっ!
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 大暴走のビスマルクを止めることができず、心の中で泣きまくる主人公。
しかしこのままでは前に進まないのでと、幼稚園の中を案内してもらうことになる。

 そして、子供たちの前に立ったとき、またもやデジャヴが襲い来る……?



 心の中で泣きまくったおかげで、俺は何とか落ち着くことができた。しかし、ビスマルクの方は未だ興奮冷めやらぬといった感じであり、俺は何とかしようと言葉巧みに話を逸らしてから、幼稚園における仕事の件に戻した。

 

「俺がここに呼ばれた理由ってのは大体分かったんだけど、肝心の子供たちについては何も理解してないから、色々と教えてくれないかな?」

 

「そうね。確かにそのことも大事だから、しっかりと話さないといけないわね」

 

 納得したように頷いたビスマルクを見て、俺はひと安心だと思いながら肩の力を抜く。

 

 というか、ここまでの話をするのに脇道へ逸れまくりなんだよな……。

 

 そのうちいくつかは俺の言葉が原因なだけに、あまり突っ込めないところなんだけれど。

 

「ここの幼稚園には、それほど多くの子供たちは居ないわ。ただ、先生の経験を持つ者が居なかったから、あなたを呼び寄せたのよ」

 

「なるほど……。確かにその理由なら分かるんだけれど、それ以外の理由が混ざっている訳じゃないよね?」

 

「あら、それをもう一度聞きたいと?」

 

「いえ、聞かなかったことにして下さい」

 

 せっかく落ち着いたのに、ぶり返してどうするんだよ。

 

 考えてみれば、舞鶴で先生をしているのは俺を含めて4人だけれど、幼稚園の主力である愛宕が居なくなる訳にはいかないだろうし、しおいでは力不足かもしれない。ましてや港湾棲姫では、別の問題も起こってしまうだろう。

 

 舞鶴では停戦の認識をしっかりしているから問題は起こっていないが、佐世保でそれを期待するのは難しいだろう。時間をかければ大丈夫だとは思うけれど、ビスマルクは即戦力を期待しているのだから、残った俺に白羽の矢が立ったのは充分に理解できる。

 

 ……まぁ、別の目論見があることも分かったんだけど、その辺りはできる限り意識を集中させて回避していかなければならないだろう。

 

 俺には舞鶴に残してきた、愛宕と言う最愛の女性が……

 

「今、なんだか嫌な気配を感じたんだけれど?」

 

「ビスマルクはエスパーか……?」

 

「それはもちろん、あなたのことなら何でも分かるつもりよ?」

 

「面と言われたら、これはこれで恥ずかしいっ!」

 

 愛宕とは違った積極さ……というか、ここまで押してくる相手も珍しい。もし愛宕と出会う前だったら、俺は完全にビスマルクに転んでいたのかもしれない。

 

 その場合、ほぼ間違いなく首輪をつけられているんだろうが。

 

 場合によっては衣服すらないのかもしれない。

 

 いや、黒い革製のきわどいやつの可能性も。

 

 ……うむ。完全にR-18の世界である。

 

 ………………。

 

 考えていたら、ちょっとは興味がわいて……こないからね?

 

 俺は赤く染まってしまったかもしれない頬を手の甲で擦りながら、再び仕事内容へと話を戻す。

 

「それで、ここの幼稚園に子供たちは何人くらい居るんだ?」

 

「ああ、そう言えばまだ話していなかったわね。百聞は一見にしかずよ。ついてきなさい」

 

 そう言って、ビスマルクは俺の返事を待たずにスタッフルームから出る。強引な感じに思えるが、見方を変えれば引率力が高いのだろう。ビスマルクとの付き合いはそれほど長くないけれど、愛宕とは違った良い先生になれるのかもしれない――と、俺の直感が囁いている。

 

 俗にいうシックスセンスというやつだ。もしくはセブンセンシズかもしれない。

 

 ………………。

 

 いやまぁ、冗談だけど。

 

 そんな能力に目覚めるくらいなら、不幸体質をどうにかしたいです。

 

「先生、何をしているの? 早くついてきなさいっ!」

 

「は、はい、ただいまっ!」

 

 俺は慌てて思考を振り払い、ビスマルクの後に続いてスタッフルームを出る。

 

 返事の仕方がお転婆お嬢様に仕える新人執事みたいな感じに聞こえたかもしれないが、これは気のせいだったということにしておこう。

 

 そうじゃないと、完全にビスマルクの手の平で踊っている……みたいなことになりかねないからね。

 

 

 

 

「へぇ……。何というか、そっくりだよな……」

 

「さすがは先生ね。そう――あなたが思っている通り、舞鶴の幼稚園を参考にさせてもらったわ」

 

 ビスマルクが言ったように、ここの幼稚園は舞鶴のそれと似通っている。いや、そっくりと言っても過言でないかもしれない。壁や天井の色合いは施設の特色から似るかもしれないが、絨毯の材質で同じだとは夢にも思わなかった。

 

「いやはや、1度来ただけで良く覚えていたよね」

 

「まぁ、完全に覚えた訳ではないのよ。それに、舞鶴の元帥にそちらの幼稚園を参考にしたいと言ったら、建築図面のデータを快く渡してくれたわ」

 

「あぁ、なるほどね」

 

 そういうことなら納得できる。元帥と安西提督は昔から付き合いがあるし、データの受け渡しも問題なかったのだろう。これが一個人であれば難しかったかもしれないが、鎮守府間の情報交換と思えばごく当たり前のことかもしれない。

 

 それに、やろうとしていることが同じであれば、建物も同じであった方が色々と楽なんだろうな。

 

 だからこそ、俺がここに呼ばれたんだろうし。

 

「ついたわよ」

 

「了解……って、ここまで同じとはなぁ……」

 

 先導していたビスマルクが立ち止まったのは、遊戯室の扉の前だった。俺が舞鶴の幼稚園に初めて来たときも、子供たちに会ったのは遊戯室だった気がする。

 

 あっ、でも……、良く考えてみればあのときは夕立が愛宕を呼びに、スタッフルームに駆け込んで来なかったっけ?

 

 まぁ、些細なことはおいて置くことにしよう。俺は過去を振り返らない男なのだ。

 

 ………………。

 

 嘘です。めっちゃ振り返ります。そして後悔しまくります。

 

 ちょっとだけ格好をつけたかっただけです。

 

「……何だか、すごく曖昧な表情ね?」

 

「あー、いや。ちょっと昔のことを思い出していただけだから、別に気にしなくて良いよ」

 

「……そう。でも、過去に捕われる男は格好良くないわよ?」

 

「……肝に免じておきます」

 

「あら、素直ね。そういうのって、嫌いじゃないわ」

 

 ビスマルクに褒められた。

 

 ちょっとだけ嬉しかったりするが、今は喜ぶよりも子供たちを見ておきたい。

 

 それと、一言褒められただけで喜んでしまう俺って……、すでに調教されちゃってないか?

 

 もしくは洗脳……いや、この考えは止そう。

 

 それに何となくなんだけれど、ビスマルクとは別の嫌な予感がしているんだよなぁ……。

 

「それじゃあ、中に入るわね」

 

「了解です」

 

 ビスマルクは俺が頷くのを見て、ひと呼吸置いてから扉を開けた。

 

 

 

 

 

「みんな、注目しなさい」

 

 遊戯室に入ったビスマルクが声をあげると、部屋の中にいた子供たちの視線が一斉に集まった。

 

 子供の数は4人。

 

 しかし、どの子も俺の記憶にはない外見をしている。

 

「この前に話してた先生を、舞鶴から連れてきたわよ」

 

 胸を張ったビスマルクは自慢げに子供たちに言う。

 

 直接舞鶴にビスマルクが俺を呼びに来たのではないのだから、言葉が少し違う気もするんだけれど、細かいことを言うつもりはない。せっかくいい気分で話しているんだから、ここは黙っておくのが吉だろう。

 

 それに、もし突っ込みを入れたら、後々大変かもしれないし。

 

 まさかとは思うが、調教と称して拉致監禁――。更にはとんでもないことまでされてしまうかもしれないのだ。

 

 そうなれば最後、俺は日の目を拝むことができなくなるかもしれない。

 

 いや、ビスマルクのことだから命を取るようなことはしないかもしれないが、どちらにしても正常な精神状態ではなくなってしまうだろう。

 

 俺の勝手な想像なのに、なぜかその状況が明確に浮かんでしまう。

 

 うむむ、これはかなりまずい。毒されてしまっている。

 

「さぁ、先生。子供たちに挨拶をお願いするわ」

 

「あ、はい。了解です」

 

 俺はビスマルクに頷いて子供たちを見る。

 

「「「………………」」」

 

 そんな俺の顔を、不審者を見るような目で子供たちが見つめている。

 

 むうう……、なんというやり難さだよ……。

 

 だが、俺も幼稚園の先生になって短くない。こんなことでしょげてしまう男じゃないのだ。

 

 ここはビシッと決まった挨拶をして、格好良いところを見せるべきだ。そうすればビスマルクも俺のことを見直すかもしれない。

 

 やればできる男。調教なんかさせるものか。

 

「や、やぁ。俺は舞鶴にある艦娘幼稚園からやってきた先生だ。それなりに経験は積んでいるから、困ったことがあったら……」

 

 そこまで話したところで、4人の子供たちの中で一回り大きい身体をした艦娘が床から立ち上がった。

 

「……ん、どうかしたのかな?」

 

 挨拶を途中で中断するのもどうかと思ったが、その子供は急に屈み込んで片膝と両手を床につく。

 

「………………?」

 

 なんだか見覚えのある体勢に、俺は首を傾げる。

 

 これは……、クラウチングスタートか?

 

 しかし、なんでこのタイミングで……?

 

 そして、急に背筋に襲いくるゾクリとした感覚。

 

 ま、まさか……これは……っ!?

 

 

 

「ふぁいやぁーーーっ!」

 

 

 

「ごげふっ!?」

 

 やっぱりそうだったーーーっ!

 

 完全に舞鶴と同じじゃんっ!

 

 ――と、内心叫びながら床の上をもんどり打つ俺。

 

 下腹部に襲い掛かった鈍痛と身体中に響く衝撃は、紛れもなく金剛が放った『バーニングミキサー』と、うり二つだった。

 

 だがしかし、俺は何度も金剛の必殺技を喰らい続けた訳ではない。回避こそ上手くいかなかったものの、床を転がりつつ受け身を取って、素早く体勢を取り戻した。

 

「い、いきなり何を……」

 

 俺は下腹部をさすりながらタックルをした子に声をかける。すると、その子はもの凄く不機嫌な顔を浮かべながら、俺の顔を睨みつけていた。

 

 俺はこの子に何もやっていないはずなんだが、なんでこんなに怒っているんだ……?

 

 いきなり怒る訳にもいかず、どう対応して良いのか分かなかった俺を横目に、ビスマルクが憤怒の表情を浮かべて……って、あれ?

 

「………………っ!」

 

 ちょっ、半端じゃない顔なんですけどっ! 拳をワナワナと震わせて、悪鬼羅刹な感じに見えちゃうんですけどっ!?

 

 ビスマルクの背中に『ゴゴゴゴゴ……』って、文字が見えちゃってるんですがーーーっ!

 

 やばい! このままだと艤装じゃなくて背後霊を呼びだしそうだよっ!

 

 もしかして、ここでオラオラですかーーーっ!?

 

「プ、リ、ン、ツ……ッ!」

 

「……は、はひっ!?」

 

「あなたが今やったこと……、どういう意味か分かっているのかしら……っ!?」

 

「だ、だって私……、ビスマルク姉さまの……」

 

 俺にタックルをした子供は、怯えながらも自分の正当性を主張しようとするのだが……

 

「黙りなさいっ! 私の大切な人を攻撃するなんて……、いくらプリンツでも許せないわっ!」

 

 ビスマルクは問答無用と言わんばかりに大きく腕を横に払う。

 

 ブオンッ! と、大きく風を切り裂くような音が鳴って、プリンツと呼ばれた子供は身体を大きく震わせた。

 

 良かった……。これで音が『ガオンッ!』だったらどうしようかと思ったよ。まさかビスマルクが空間を削り取る……じゃなくてっ!

 

「ちょっ、ビスマルクッ!? 大丈夫、俺は大丈夫だからっ!」

 

「あなたは黙ってて! こういうのは癖になったら……」

 

 そう言いかけた途端、なぜかビスマルクの身体がピタリと止まる。

 

 ついでに表情が崩れまくって……って、何これ?

 

「ビ、ビスマルク……?」

 

「ビスマルク……姉さま……?」

 

「い、今……」

 

「「今……?」」

 

「私、先生のことを……あなたって……。うふ、うふふ……」

 

「「………………」」

 

 完全に固まる俺とプリンツ。

 

「いやいやいやっ、スタッフルームでも同じことを言ってたよねっ!?」

 

「あれとこれとは別よ……。だって、さっきのは……あ、な、た……うふふ……」

 

 身体をクネクネと動かしながら、頬を赤く染めて妄想にふけるビスマルク。

 

 こ、これは……、夢に出そうだぞ……。

 

「ビ、ビスマルク姉さまが……、壊れた……」

 

 後ずさりながら額に汗をダラダラと流し続けるプリンツ。

 

 うん、俺も同じ気持ちだから分からなくもない。

 

だけど、こうなってしまったビスマルクにかける言葉も浮かんでこず、俺とプリンツは似たもの同士のように大きくため息を吐いてしまう。

 

 そして、そんな光景を見ていた他の3人の子供たちが、小さな声でボソボソと話していた。

 

「あぁ……、またビスマルクのおかしなとこが始まっちゃったよ、マックス……」

 

「ふうん……。まぁ、いつものことだから仕方ないわね」

 

「あ、あはは……。確かにそうだけどさ……」

 

 そう言って、同じ服装をした2人の子供がため息を吐く。紺色の大きな帽子に同色のセーラー服。そしてスカートは………………あれ?

 

 こ、これは……どうなっているんだ……?

 

 ま、まさかとは思うが、穿いてない……だと……っ!?

 

 ……って、良く考えたら呉に居た雪風と同じだから問題ないね。うん。

 

「レ、レーベ……マックス……。ビスマルク姉さんって……、いつも……そうなの?」

 

 そんな、ちょっぴり不埒かもしれないことを考えていると、2人の近くにいたもう1人の子が問い掛けていた。

 

「いいえ、たまに……よ。ユー」

 

「そう、なんだ……。ユー、分かった」

 

 奥で床に座っていた3人の子供たちは小さな声で話し終えると、ビスマルクと俺の姿を何度も見ながら、深いため息を吐いていた。

 




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次回予告

 狂ってしまった歯車は戻らない。
いや、そもそも元からなのかもしれないが。

 ビスマルクを正気に戻すことができた主人公は、改めて子供たちと挨拶をする。
そして、幼稚園の業務をこなそうとするのだが……


 艦娘幼稚園 第二部
 ~流されて佐世保鎮守府~ その7「手に余る光景の果てに」(完)

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その7「手に余る光景の果てに」(完)

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 狂ってしまった歯車は戻らない。
いや、そもそも元からなのかもしれないが。

 ビスマルクを正気に戻すことができた主人公は、改めて子供たちと挨拶をする。
そして、幼稚園の業務をこなそうとするのだが……



 

 その後、ビスマルクをなんとか正気に戻すことができた俺は、子供たちに改めて自己紹介をする。

 

「ということで、舞鶴鎮守府にある艦娘幼稚園で働いていた先生だ。みんなとは初めて会うけれど、気軽に接してくれるとありがたいかな」

 

「僕の名前はレーベレヒト・マース。よろしくね、先生」

 

「私はマックス・シュルツよ。よろしく」

 

「U-511……、えっと、ユーです。よろしくお願いします……」

 

「ああ、よろしくね」

 

 少し離れて座っていた3人は立ち上がり、丁寧な口調で挨拶を返してくれた。

 

 礼儀正しいレ―べ。落ち着いた感じのマックス。少しおどおどしたユー。3人はいずれも俺の記憶にはない名前だが、どうやらビスマルクと同じ国からやってきたらしい。

 

 ユーのおどおどした感じが舞鶴の潮に似ている気がするが、どこにでも同じような子は居るのだろう。問題は、天龍のように引っぱってくれる子が居れば良いんだけれど、その辺は追々考えていくことにしよう。

 

「………………」

 

 そしてもう1人の子供。挨拶代わりにタックルをかましてくれたプリンツは、挨拶を返さずに俺の顔をジッと睨みつけていた。

 

「あー、えっと……。よろしくね、プリンツ」

 

「私の名を気易く呼ばないで下さい。呼んで良いのは、ビスマルク姉さまと……」

 

 

 

 ゴンッ!

 

 

 

「ふにゃっ!?」

 

 俺から顔をプイッと背けてそう言った瞬間、ビスマルクの容赦ないゲンコツがプリンツの頭頂部に突き刺さっていた。

 

「プリンツ……、私がさっき注意したことを、忘れたとは言わさないわよ?」

 

「で、ですけど……」

 

「先生をけなすようなことをするなら、今後一切私の傍に近寄らせないわよ?」

 

「そ、そんなっ! ビスマルク姉さまに嫌われちゃうっ!?」

 

 プリンツは驚愕した顔を浮かべ、大慌てで俺の方へと向き直り、

 

「私はプリンツ・オイゲンです! よろしくお願いしますっ!」

 

 そう言って大きく頭を下げてから、なぜか俺の傍に近づいてきた。

 

 何やら伝えたいことがあるような表情に、俺はプリンツと視線を合わせようと屈みこんだのだが、

 

「……ですが、ビスマルク姉さまを娶るのは私です。邪魔をしたら、ふぁいやぁーですからね」

 

 ――と、親の仇のを見るような目で睨みつけられながら言われ、俺の背筋に急激な寒気を引き起こす。

 

 か、完全に猫被りをしてやがる……っ!

 

 これは比叡達が初めて舞鶴に来たときに似ているかもしれないが、俺は別にビスマルクの彼氏なんかじゃないんだけどなぁ。

 

 しかしそれを説明しようとすると、ビスマルクの機嫌が悪くなるのは目に見えている。ただでさえ厄介な状況だと思っていたのに、更に面倒な事案があがってしまうとは……さすが俺の不幸体質は全開バリバリだぜっ!

 

 ………………。

 

 格好良く言ってみたが、ぶっちゃけ号泣したいです。マジ勘弁してくれないでしょうか。

 

 まぁ、無理だと分かっているんだけどね。

 

 

 

 

 

 そんなこんなで、俺の佐世保幼稚園勤務1日目が始まった。

 

 挨拶を済ませたことで、子供たちの顔と名前は覚えておいた。建物の構造などは舞鶴と同じなのでやり易いし、設備も殆ど変わらない。プリンツとの関係さえ上手くできれば、それほど苦労しない……と、思っていたんだけれど。

 

 ことは、授業の合間に始まった。

 

「お腹が空いたわね……。ちょっと甘いモノを食べたい気分よ」

 

「あっ、ビスマルク姉さまの案に賛成です! 私、シュトーレンが食べたいですっ!」

 

「良いね。僕も食べたくなってきたよ」

 

「ふうん……。まぁ、少しお腹が減ってきたわね」

 

「ゆ、ユーも……食べたいです」

 

「……は?」

 

 授業中にもかかわらず、いきなり無茶を言いだすビスマルクと賛同する子供たち。

 

「いやいやいやっ! せめて休み時間になってからにしようよっ!」

 

「この渇きを癒すにはビールしかないのよっ!」

 

「さっき甘いモノって言ってなかったっ!?」

 

「うるさいわねっ! あんまり文句ばっかり言ってると、蒼い紐を先生の身体に巻きつけるわよっ!」

 

「いったいどこに巻いちゃうのっ!? そんなことをしても誰も喜ばないよっ!」

 

「私が喜ぶわっ!」

 

「いーーーやーーーっ!」

 

 ……と、先生として全く自覚がない恐ろしさは、まさに想定外だったのだ。

 

 

 

 更に他にも……

 

「そろそろ夕方ね。今日のところはこのくらいで良いんじゃないかしら?」

 

「まだ終業時間まで1時間ほど残ってるんですけどっ!?」

 

「細かい男は好きではないって、前にも言ったと思うのだけれど?」

 

「それとこれとは話が別でしょう! ビスマルクは責任者なんだから、もうちょっとちゃんとして下さいっ!」

 

「えー……、もう私、疲れちゃったー」

 

「ただのおっきい暁じゃねえかっ!」

 

「ビスマルク姉さまの駄々をこねる姿……、可愛過ぎですっ!」

 

「ふうん……。そうなのかしら、レ―べ?」

 

「ど、どうかな……。僕にはそう……思えないけれど……」

 

「ユーも部屋に戻って……、ゴロゴロしたい……です」

 

 ……と、暁には申し訳ない発言をしてしまったのもこれ然り。

 

 完全に佐世保幼稚園は無法地帯と化しており、俺の手には全く負えないレベルになっていた。

 

 こんな状況になるまで放っておいた……と、いうよりかは、完全に責任者の選出が悪いのだと思った俺は、いったい誰がビスマルクに幼稚園を任せたのだと、終業時間後に安西提督に聞きに行ったのだが、

 

「あぁ、それは明石に任せてあるのですよ」

 

 あっけらかに言われ、俺は唖然とした顔を浮かべていた。

 

「しかし、ああ見えてもビスマルクはちゃんとやりますので、しっかりサポートをしてあげて下さいね」

 

 安西提督はそう言ったのだが、俺の前で働いているビスマルクは、とてもじゃないがちゃんとしていない。

 

 まさか、ビスマルクって他のところでは猫を被りまくってるんじゃないだろうな……?

 

 もしそうだったのなら、プリンツの行動もそれを真似て……?

 

 それこそまさに前途多難。2人同時に矯正しないと、安静の日々を過ごせる気がしない。

 

 今からダッシュで舞鶴に帰りたいが、それでは仕事を投げ出すことになる。いくら環境が悪いといっても、改善しようと動かぬうちに逃げ出すのは、格好が悪いだろう。

 

 それに、ビスマルクもプリンツも、根が悪いとは思えないし。

 

 色々な人間関係が彼女たちをそうさせているのかもしれない。その原因が、俺だということも……分かっている。

 

 本音は分かりたくないけれど、これも経験と思って頑張っていくことにしよう。

 

 

 

 そして、成長した俺を……舞鶴に居るみんなに見せたいと思う。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

(手紙の追伸 続き)

 

 

 

 とまぁ、現状はこんな感じです。

 

 追伸が長くなり過ぎましたが、この辺りで止めておきましょう。

 

 正直に言えばまだ書き足りないですけど、会ったときに喋りたいと思います。

 

 問題は山積みですが、舞鶴で幼稚園を設立するときには愛宕先生も大変だったんでしょう。

 

 俺も負けじと、精一杯の力で頑張るつもりです。

 

 

 

 それでは、長くなりましたが今回の手紙はこれにて。少し寂しかったりもしますが、次に会える日まで我慢することにします。

 

 それでは近いうちにまた。

 

 

 

 佐世保鎮守府より、舞鶴のみなさんに愛をこめて。

 

 

 

 ……って、なんだかこの文、恥ずかしいですよね(笑)

 

 

 

 

 

 

 

「……こんなところね~」

 

 舞鶴幼稚園のスタッフルーム。

 

 愛宕、しおい、港湾の先生3人衆は、コーヒーを飲みながら先生の手紙を読んでいた。

 

「なるほどなるほど。先生も大変そうですね~」

 

「人間ニハ、色々トヤルコトガ、アルンダナ」

 

「艦娘も同じと言えば同じですけどねー」

 

「ソウナノカ、シオイ先生?」

 

「しおいが艦隊に居た友達も、この前まで大変だったんですよー」

 

「フム……。私ハアマリ、ソウ言ッタコトハナカッタケドネ……」

 

 そう言った港湾はコーヒーを啜ってから、ふぅ……と、息を吐いた。

 

「ところで愛宕先生。先生の手紙に書いてあった、ここの幼稚園を設立するときって……そんなに大変だったんですか?」

 

「いえいえ~。そんなことは全くなかったですよ~。全て順調で、子供たちもしっかりと言うことを聞いてくれましたから~」

 

 愛宕の言葉を聞いたしおいと港湾は、やっぱり……と、いった感じの顔を浮かべていた。

 

「や、やっぱり、先生って……」

 

「純粋ニ、不運ナノダナ……」

 

「ですよね~」

 

 大きくため息を吐いたしおいと港湾。そして、いつものようにニッコリと笑みを浮かべた愛宕は、ズズズ……と、持っていたコーヒーを楽しみながら会話に花を咲かせていたのだった。

 

 

 

 哀れなり、佐世保の先生――である。

 

 

 

 ~流されて佐世保鎮守府~ 完

 




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 これにて第二部の第一章は終了です。

 もうなんというか……ビスマルクがどうしようもなくなったので後には引けぬ状態。
仕方ないので、更に悪化させていただくことになりました(マテ
温かい目で見てくれると嬉しいです。


次回予告

 踏んだり蹴ったりなのはいつものこと。
それでもがんばる主人公。だけどそろそろ心が持たない!?

 ならば、ここは矯正するべきだ……と、佐世保鎮守府幼稚園の改革に乗り出すことに。
しかし、そんな主人公の頑張りをあざ笑うかのように、暴走した艦娘たちは……

 艦娘幼稚園 第二部 第二章
 ~明石という名の艦娘~ その1「一歩間違えば完全アウト」

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~明石という名の艦娘~
その1「一歩間違えば完全アウト」


※6月21日、インテックス大阪で開催される我、夜戦に突入す!3【獄炎】の4号館B37aにて、時雨のスピンオフ同人誌を新刊を頒布予定でありますっ!
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艦娘幼稚園 第二部 第二章 ~明石という名の艦娘~

 踏んだり蹴ったりなのはいつものこと。
それでもがんばる主人公。だけどそろそろ心が持たない!?

 ならば、ここは矯正するべきだ……と、佐世保鎮守府幼稚園の改革に乗り出すことに。
しかし、そんな主人公の頑張りをあざ笑うかのように、暴走した艦娘たちは……


 

 佐世保鎮守府にある幼稚園に転勤してから、1週間が過ぎた。

 

 その間、俺は幼稚園の責任者であるビスマルクを上司とし、プリンツ、レーベ、マックス、ユーたちをスクスクと成長させるために試行錯誤……しているつもりなのだが、いかんせん要領が掴めない。

 

 まず何が問題なのかというと、ビスマルクの責任感がオブラート並みなのだ。

 

 子供たちと接する場面に関してはそれほど問題視するようなことはない。祖国が一緒ということもあって、ビスマルクの言葉に子供たちは大体従っているし、それなりの信頼もあるようだ。特にプリンツに至ってはご執心とも呼べるような状態ではあるが、それについてはひとまず置いておこう。

 

 俺が気にしているのは、ビスマルクが先生としてどうなのか……である。

 

 以前にも話したと思うが、授業時間をまったく気にすることなく急におやつの時間を始めたり、気分がのらないと言って休みだしたりと、先生としての責任感が全く感じられないのだ。

 

 子供たちは後々艦娘として艦隊に配属される身であり、今のビスマルクを習ってしまっては非常にマズイ。そうなってしまったら最後、幼稚園の存在意義が問われることになってしまうかもしれない。

 

 身体的成長に関しては問題ないだろうが、精神的には……問題がありまくりだ。

 

 ――とまぁ、こういった感じで考えをまとめたのだが、俺のやるべきはいったい何なのだろう。

 

 舞鶴からわざわざ佐世保に呼ばれて先生として働くことになったのは、こういった面の修正も含まれているのではないのだろうか。

 

 ビスマルク本人の意図ではないのだろうが、安西提督はそんなことを考えている気がする。

 

 これが俺の深読みだったら、非常に無駄な考えかもしれない。しかし、現状を放置できる程、俺はぐうたらしていくつもりもないのだ。

 

 経験者として。そして、ビスマルク本人のためにも……である。

 

 

 

 ――と、いうことで、俺は佐世保鎮守府幼稚園の改革に乗り出すことにした。

 

 

 

 もちろん、表立って言うつもりはないんだけどね。

 

 そうじゃないと、ビスマルクがまた面倒なことを言いそうだし。

 

 例えばこんな感じに……

 

「あら、私を調教するなんて、あなたも偉くなったモノね。

 でも、それをするのは私。立場の違いをしっかりと教えてあげるわ」

 

 確実にドMコースまっしぐらである。

 

 全く興味がない……とは言わないけれど、気を許してしまったら最後、確実に元には戻れそうにない。

 

 しかし、こんな風に考えられるようになったのは、やっぱり毒されているんだろうなぁ……。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 厄介な誘惑を振り切り、今後の計画を頭の中で立てながら自室から出た俺は、佐世保鎮守府内でお気に入りの食堂で朝食を取っていた。

 

 さすがに1週間も経てば艦娘や作業員達から向けられる視線も少なくなっていたが、それでもまだ全くなくなった訳ではない。むしろ見方というか、種類が変わってきたように思えてくる。

 

 なんとなくだが、尊敬の眼差しや可哀想な人を見るような感じが入り混じっているんだけれど、やっぱりこれってビスマルクが関連しているのだろうか?

 

 まぁ、色んな意味で分からなくもないんだけどさ……。

 

 俺を調教するとか軽々と言えちゃうんだよ?

 

 ぶっちゃけてありえないと思うんだけど、ビスマルクはアレで普通にしているからなぁ。

 

 もちろん、幼稚園や俺の前以外では猫を被っている可能性もあるかもしれないと考えたんだけれど、そうだったらこの視線の謎は解けない。

 

 つまり、ビスマルクは幼稚園の先生をする前から、今のような感じだったのではないだろうか。

 

 安西提督がサポートをしてくれって言ったのも、こういうことなんだろうなぁ……。

 

 うう……。俺なんかでどうにかなるようなモノなんだろうか。

 

 だがしかし、ここでめげてはいけない。前向きに考えなければ、できることもできなくなってしまう。

 

 俺は朝食を終えて周りの視線を気にすることなく立ち上がり、食堂を出て幼稚園へと向かった。

 

 

 

 

 

 午前中の授業が始まって1時間程が過ぎた頃。

 

 俺はビスマルクと一緒に、4人の子供たちに勉学を教えていた……のだが、

 

「おーなーかー、へーったー」

 

 毎度のこと如く、ビスマルクがぐずりだしたのだ。

 

 もう、完全におっきい暁である。

 

 ちょっとは可愛い……なんて思ったりもしなくもないが、俺には舞鶴に残してきた愛宕という存在のおかげで、何とか冷静さを保つことができている。

 

 さすがは愛宕。そろそろ御神体として、自室にフィギュアを飾っておくべきかもしれない。

 

 名付けて愛宕教……。いや、ぱんぱか教でも良いかもしれない。

 

 挨拶は「ぱんぱかぱーん」。入信者は全て、胸を強調するポーズを取るように。

 

 野郎は間違いなく、腰を少し引かなければならないが。

 

 ………………。

 

 いやいや、俺は何を考えているんだろう。

 

 そんなことより、今はビスマルクを説得しなければならない。

 

「……まだ昼食までは時間があるから、もう少し我慢して下さい」

 

「ザワークラウト、食ーべーたーいー」

 

「可愛らしく言ってもダメですから……」

 

 俺はビスマルクを見ながら呆れながらため息を吐き、どうしようかと考えていると、

 

 

 

「ふぁいやぁーっ!」

 

 

 

 ドムッ!

 

 

 

「ごげふりゃっ!?」

 

 お約束とばかりに地面へともんどり打つ俺。

 

 分かっているなら避けるくらいのことはしろよと思った君!

 

 ちっちゃくても艦娘なプリンツをなめてはいけない。俺はフェイントを加えた回避行動を取ったつもりだが、見事に避け切れなかったのだ。

 

 フェイントの方向へ逃げていたら、避けられていたかもしれないけどね。

 

 ……ちくしょう。

 

「プリンツッ!」

 

「は、はひっ!?」

 

 そして予想通りビスマルクは憤怒し、プリンツに激高した顔を向けていた。

 

「下腹部には攻撃してはいけないと何度も言ったわよね!?」

 

「す、すみませんっ!」

 

「もし先生のモノが使い物にならなくなったら、どうするのかしらっ!?」

 

「そ、そのときは、私がビスマルク姉さまを満足させますっ!」

 

「……良いわね。その意気は認めてあげるわ」

 

 不敵な笑みを浮かべるビスマルク……って、ちょっと待て。

 

 これはもう、お約束というレベルじゃないでしょうがーーーっ!

 

 完全に情操教育は崩壊しちゃってるよっ! 下ネタレベルなんてとんでもねぇっ!

 

 それに、俺のが使い物にならなくなったら……ガチで泣いちゃうからねーーーっ!

 

 はぁ……はぁ……。

 

 心の中の突っ込みでここまで疲れたのは……久しぶりだぜ……。

 

「……ビスマルク姉さま。先生が床に寝そべりながら、呼吸を荒くしているんですが」

 

 そう言ったプリンツの目が、完全に俺を蔑んだ目で……って、それはさすがに酷くないですかね……?

 

 まぁ、いつものことですけど……と、半泣きになりながら思っていたところ、なぜかビスマルクがほんのりと頬を染めながら口を開いた。

 

「ええ。アレは先生の隠れた才能よ。本人は気づいていないかもしれないけれど、心の奥底ではドMの獣を飼っているの」

 

 ……おいおい、さすがにそれは言い過ぎだ。

 

「ま、まさか……そんなことが……」

 

 そして真に受け過ぎだってプリンツ。

 

「狂気が凝り固まって顕在化した闇の獣……。それを調教することができれば私は……っ!」

 

 だからちょっと待てーーーっ!

 

 俺の首筋に烙印もないし、ドラゴンを斬れるでっかい大剣も持ってないし、左腕に大砲も仕込んでないよっ!?

 

「先生がそんなレベルの変態だったなんて……。ますますビスマルク姉様に近づけさせる訳にはいきませんっ!」

 

 プリンツはへこみまくっている俺をまるで虫でも見るかのように睨みつけながら、大声で叫ぶ。

 

 酷い……。これは酷すぎる……っ!

 

 今回俺はビスマルクを止めただけなのに、なぜここまでの仕打ちを受けなければならいなのか。そして、そもそも理由を考えれば俺は全く悪くないはずなのに……だ。

 

 つまりは、ビスマルクを止めるためにはプリンツも一緒に説得しなければならない。そうじゃないと、俺の精神がズタボロになってしまう。

 

 いやまぁ、すでに瀕死の重症だけどね。

 

「ダメよ、プリンツ。ドMの先生に対して罵倒をしても、ただ単に喜ばせるだけってことを知りなさい」

 

「はっ……、確かにっ!」

 

 ビスマルクは、何が何でも俺をドMにしたいのかなぁっ!?

 

 しかし、俺もさすがに黙ってはいられない。ここで言い返さなければ、認めてしまうことになるからなっ!

 

「ちょっと待ってくれ2人とも。俺はドMでもなければ、斬り込み隊長でもない。そもそも、昼食の時間にはまだ早いというのに……」

 

「あら、まさか先生は……私に説教をするつもりなのかしら?」

 

 そう言ったビスマルクの瞳が、キラリと光る。

 

 むぐっ……。かなり怖いが、ここで引く訳にはいかない。

 

「説教以前の問題です。ルールを守るというのは、子供達を指導する先生として……」

 

「プリンツ……Gehen sie!」

 

「ふぁいやぁーーーっ!」

 

「ちょっ、おまっ!」

 

 ビスマルクの掛け声に素早く反応したプリンツが俺にタックルをかまそうとするが、床を素早く転がってなんとか避けることができた。

 

「避けられたっ!?」

 

「そう何度も同じ手を食らう俺ではないっ!」

 

 俺はそう言って立ち上がり、プリンツに向かって決め顔を浮かべた瞬間……

 

「Feuer!」

 

「ぐへえぇぇぇっ!?」

 

 真後ろから襲い掛かってきたビスマルクによって、再び床に転がされた。

 

「これで終わりと……思わないでっ!」

 

「ふぁっ!?」

 

 更に追撃してくるビスマルクを避けようと、俺は床の上で身体を動かそうとするが、

 

「ぐっ……!」

 

 ビスマルクの身体でガッチリと押さえつけられた俺は身動きができなくなり、

 

「フフフ……。これでもう、逃がさないわよ?」

 

「な、な、な……っ!?」

 

 見事なまでに、マウントポジションを取られてしまっていた。見方によっては騎乗……って、まだそんなことを言って良い時間でも場所でもありませんからーーーっ!

 

「この体勢なら完全に私の支配下……。フフ……ククク……ハーッハッハッハーッ!」

 

「ちょっ、完全にキャラ変わってないっ!?」

 

 その笑い方だと、特徴的な髪の毛で闇の炎とか出しちゃって、しかも暴走するやつになっちゃうじゃないですかやだーっ!

 

 そうしたら、見事に喰われる……って、あながち間違ってないですよねっ!?

 

「あああっ! このままだとビスマルク姉様が餌食にっ!」

 

「完全に立場は逆だけどねっ!」

 

「あら、こんな状態でも突っ込めるなんて、先生はまだまだ余裕ってことかしら?」

 

「むしろ突っ込みを入れることしかできないんですけどねっ!」

 

「今から突っ込む側に回るというのに?」

 

「時間と場所と色々弁えてから喋らないと、ワンランク上の規制がかかっちゃいますからーーーっ!」

 

「な、何だか分からないですけど、早く離れて下さいっ!」

 

 プリンツはそう言いながら、明らかに体勢が優位なビスマルクではなく、俺の顔の近くに来た。

 

 少し視線を動かせば、プリンツのパンツが見え……じゃなくてだなっ!

 

「ちょっ、ちょっと待てプリンツ! この状態は嫌な予感しかしないっ!」

 

「問答無用です……っ、ふぁいやぁーーーっ!」

 

 言って、プリンツは大きく足を振り上げて……

 

 

 

 ズドムッ!

 

 

 

「ぶべらっ!」

 

 踵を俺の顔面に叩き落とした。

 

「……っ!」

 

 ビスマルクの息を飲む声が聞こえると同時に、俺の意識は闇の底へと引きずり落ち、

 

 完全に落ちてしまったのだった。

 

 

 

 ……下手したら、死んじゃってね?

 

 




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次回予告

 死なない先生はただの変態だ。

 いえ、冗談です。
プリンツに踏まれるもなんとか助かった主人公。
なんだかんだで手加減してくれたんだろうと思っていると、やっぱりビス子が大暴れ?


 艦娘幼稚園 第二部 第二章
 ~明石という名の艦娘~ その2「自己判断は危険の元?」

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その2「自己判断は危険の元?」


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 死なない先生はただの変態だ。

 いえ、冗談です。
プリンツに踏まれるもなんとか助かった主人公。
なんだかんだで手加減してくれたんだろうと思っていると、やっぱりビス子が大暴れ?


 

「痛っぅ……」

 

 スタッフルームにあるベンチで横になっていた俺は、鼻に詰めたティッシュを取って血が止まっているのを確認してから、ごみ箱に捨てた。

 

「まだ鼻がジンジンするな……」

 

 プリンツの踵によって意識を分断され、両鼻から鼻血を出すという結果になってしまったが、むしろ軽傷であったと思うべきだ。

 

 もしかするとビスマルクの手前ということもあって手加減されていたのかもしれないが、それならそれで背筋がゾッとしてしまう。

 

 踵は人体で一番固いと言われており、ましてやプリンツは艦娘なのだ。本気の一撃なら、俺の首から上は粉砕していたかもしれない。

 

 まさにグロテスク。阿鼻叫喚なんてもんじゃない。

 

「あら、もう大丈夫なのかしら?」

 

 そう言ってスタッフルームに入ってきたビスマルクは、少しばかり不機嫌な表情をしながら濡れタオルを渡してくれた。

 

「ああ、なんとか……って、感じだけどね」

 

 俺はタオルを受け取って顔を拭く。打撲による火照にヒンヤリとした感触が心地よく、思わず息を吐いてしまう。

 

「あなたを気絶させてしまうなんて……、本当に許せないわね」

 

「ま、まぁ……、プリンツも考えがあってのことだろうからさ……」

 

 元はと言えばビスマルクが俺を襲ったのが原因なのだが、ここでそれを蒸し返すのは色んな意味で危うい気がする。むしろ、プリンツが俺を気絶させなかったらと思うと、それはそれで恐ろしいのだ。

 

 いや……、気絶している間に口に出せない状況になってしまったという可能性もなくはないが。

 

 今のところ、鼻以外に違和感はないので大丈夫だとは思うんだけどね……。

 

 どちらにしろ、時間と場所を弁えろって話である。

 

 現在の俺は、ちょっぴり残念そうな顔に見えるかもしれないが、それは気のせいなので勘違いしないように。

 

 ………………。

 

 ほ、本当だからね?

 

「どうしてプリンツはあなたに攻撃をするのかしら……。何度注意をしても、言うことを聞かないのよね」

 

「う、うん……。まぁ……そうだね……」

 

 分かっていないだけにたちが悪いとは、こういうことなんだろう。

 

 プリンツはビスマルクが好き。そして、俺がビスマルクとくっつくのを防ごうとしている。

 

 もはやこれは誰が見ても分かるはず……なのに、当の本人は分かっていない。プリンツにとって、非常に可哀想な状況なのである。

 

 もちろん、俺はビスマルクとくっつくつもりはないし、それをハッキリとプリンツに伝えるべきなのだろう。しかしその場合、耳に挟んだビスマルクがどういう反応を取るかも予想できる。

 

 その後、俺は陽の目を見ることはできないかもしれない……。完全にBADENDコースへまっしぐら。さすがにそれは、嫌過ぎる。

 

 このことに関しては幼稚園に来た当初から考えまくっているけれど、未だに良い答えは出てこない。まさに八方塞がりの状態なのだ。

 

「こうなったらプリンツを一度、しっかりと教育するべきなのかしら……」

 

「……その、教育という言葉の意味が非常に怖いんだけど」

 

「あら、何を思い浮かべたのか知らないけれど、別にたいしたことはしないわよ?」

 

 言って、ビスマルクはどこから持ち出してきたのか、教鞭のようなモノをブンブンと振って空気を切り裂いていた。

 

 う、うぅん……。

 

 普通に見れば、教育熱心な教師みたいに見えなくもなんだけど……。

 

「フフフ……」

 

 ビスマルクの顔が、完全に紅潮しちゃってるんですが。

 

 明らかに変なことを考えている顔である。

 

 南無三! さらばプリンツ!

 

 ……って、さすがに見捨てたりはしないけどさ。

 

「はいはい、ストップね」

 

 俺はそう言って、ビスマルクに手のひらを向けて首を左右に振る。

 

「残念ね……」

 

 本当に残念そうな顔だけに、更に怖さもひとしおです。

 

「ああ、でもアレね。代わりにあなたを……」

 

「それもストップさせてもらうっ!」

 

「……チッ」

 

「反応が凄く違うんですけどっ!?」

 

「冗談よ?」

 

「語尾が怪しいっ!」

 

「実は本気だったわ」

 

「本音を暴露されたーーーっ!?」

 

 何だかんだで、毎回こんな感じである。

 

 一応、俺は怪我人なんですけどねぇ……。

 

「まぁ、冗談はこの辺にして……、怪我の具合もあるだろうから今日はもう帰っても良いわよ?」

 

「いやいや、これくらい何ともないよ」

 

「……それこそ冗談よ。いくら小さいとはいえ、艦娘であるプリンツの踏みつけを食らって……」

 

「よいしょっと」

 

 俺はタオルをソファーに置いて立ち上がる。かけ声がおっさん臭いとか言わないように。

 

「………………」

 

「……ん?」

 

「い、いや……あの……」

 

 ビスマルクは大きく目を見開きながら口をパクパクと開いているんだけど、何をそんなに驚いているんだろうか。

 

「ほ、本当に大丈夫なの……?」

 

「大丈夫だって。プリンツも何だかんだといって、手加減してくれたみたいだし……」

 そうじゃなかったら、俺の頭は粉砕しちゃっていたからね。

 

「そ、そうかし……ら……。アレが……手加減した……踏みつけだと……?」

 

「おいおい、そういう冗談はなしの方向で頼むよ。何だかんだといって、食らった側としては背筋が凍っちゃうからさ」

 

「う、うん……。そう……ね……」

 

 何やら納得がいかないような顔で頷いたビスマルクだが、普通に考えれば分かるモノだろう。

 

 プリンツが手加減してなかったら、俺はもうこの世には居ない。

 

 誰がどう考えても、簡単な公式みたいなモノである。

 

「アレは……本気にしか見えなかったのだけれど……」

 

「んっ、何か言った?」

 

「い、いえ。何でもないわ。何でも……」

 

 そう呟きながらビスマルクは顔を伏せたんだけど、何なんだろ?

 

 普段とは違う感じにドキッとは……してないけどさ。

 

 まぁ、たまにはこういうのも良いかもしれない。

 

 ビスマルクとの会話で痛みも少しはまぎれてきたし、早いところ子供たちのところに戻って授業を再開させないといけない。

 

 壁にかけてある時計の針は昼よりもまだ少しあるので、残った時間をちゃんとしなければ……と、俺はビスマルクに声をかけてスタッフルームから出ることにした。

 

 

 

 

 

「あっ、先生……おかえり」

 

「ただいま。授業を中断しちゃって悪かったな」

 

 子供たちが居る部屋の扉を開けると、いち早く俺に気づいたレーベが声をかけてくれたので謝りながら中に入った。レーベにマックス、ユーは椅子にちゃんと座って俺の方を見ているが、プリンツだけは不機嫌そうな顔で明後日の方を向いている。

 

 俺が気絶している間に幼稚園の外に出て行っていないだけマシだとは思うが、反省の態度は全くないようだ。

 

 まぁ、俺はそんなに怒ってはいないんだけど、暴力的な癖がついてもダメだから注意はしておかなければならない……と、思っていると、

 

「……ふうん」

 

 急にマックスが俺の顔を睨みつけながら、独り言のように呟いた。

 

「ど、どうしたんだ、マックス?」

 

「先生は……大丈夫なの?」

 

「だ、大丈夫って、何が……だ?」

 

「いえ……。ふうん、そう……」

 

 一人で納得するように頷いたマックスは俺から視線を逸らして……って、いったい何なんだ?

 

 もしかして、授業を停滞してしまったことに対して怒っているのだろうか。原因はビスマルクとプリンツにあるのだが、俺も全くの無関係ではないので、無視する訳にもいかないのだが……。

 

「ま、マックス……?」

 

「………………」

 

 完全に顔を逸らされちゃっている。呼びかけても返事もしない。

 

 うーむ、これはマズイ。

 

 幼稚園に来た当初から信頼度は0だったけれど、これはマイナス方向へ振りきっているのかもしれないぞ……。

 

「あ、あの……、先生……」

 

「んっ、どうしたんだ、ユー?」

 

「ほ、本当に大丈夫なの……かな?」

 

「あー、いや……。その、大丈夫って意味が、ちょっと分からないというか……」

 

 俺はなんだか申し訳ない気持になって、後頭部をポリポリと掻く。

 

 舞鶴幼稚園に居る子供たちなら言葉以外の反応から大体は読み取ることができるんだけど、残念ながら付き合いが長くないここの子供たちを理解するには、まだまだ難しいようだ。

 

「「「………………」」」

 

 そして、向けられる視線。

 

 レーベ、マックス、ユーは一様に、俺の顔を大きく開いた目で見つめている。

 

 ついでにプリンツも、驚いた表情に変わっている……ようにも見えたりするんだけれど。

 

 本当に、俺って何に悪いことやっちゃった?

 

「はいはい。驚くのはその辺にして、授業を再開するわよ」

 

 パンパンと手を叩いたビスマルクがホワイトボードの前に立ってみんなに声をかけると、レーベが素早く手をあげて口を開いた。

 

「び、ビスマルク……、本当に先生は大丈夫? 頭を強く打ち過ぎて、分かっていないだけじゃないのかな?」

 

「頭を強く打ったときは、動かさない方が良いと聞いたのだけれど」

 

 そして、同じく手をあげてマックスが言う……って、そういう意味だったの?

 

 別に俺は大丈夫なんだけど、これって心配してくれているってことだよね。

 

「そうね。あなたたちの言う通りよ。だけど、先生は本当に大丈夫だから、心配しなくても良いのよ」

 

「でも、脳内出血をした場合、本人の自覚症状が出にくいときがあるから……」

 

「気づいたら手遅れだった……。なんてことが、あったりするかもしれないわね……」

 

 レーベとマックスは頷きながら言う……って、なんか滅茶苦茶怖くなってきたんですけど。

 

「そ、それじゃあ先生って……死んじゃうの……?」

 

 ユーはおどおどしながら俺を見たんだけれど、勝手に殺さないでくれるかなっ!?

 

「それは大丈夫よ。先生が気を失っている間に、電探でちゃんとチェックをしておいたわ」

 

 電探って、そんな使い方できるのっ!?

 

 超が付くくらい、初耳なんですけどっ!

 

「あ、あうぅ……」

 

 そして、非常に気まずいような表情を浮かべたプリンツがどうしたら良いのかと、俺やビスマルクの顔を伺っていた。

 

「それに、もし先生が大変なことになったら……」

 

 縁起でもないことを言いだしたビスマルクに、俺は止めてもらおうと声をかけようとしたのだが、

 

「介護と称して色んなことができるから、それはそれでアリじゃないかしら?」

 

「「「………………」」」

 

 素晴らしい考えだ……と、言わんばかりに自慢気な顔を浮かべて胸を張るビスマルク。

 

 呆れまくった顔を浮かべる子供たち。

 

 そして、当の本人である俺は……

 

「今すぐ医務室に行って、検査してきます」

 

 そう言って、スタスタと部屋から立ち去ろうと扉へと向かう。

 

「ああっ、私の野望がっ!」

 

「野望じゃねえよっ! 本気だったとしたら、口に出した時点でアウトだよ! ついでに俺としては洒落になんないよっ!」

 

 全くもって理不尽。

 

 まさに外道である。

 

 どっちもどっち……かもしんないけどね。

 

「待って! 授業を放ったらかしにして、どこへ向かうというのっ!?」

 

「一番授業を崩壊させているビスマルクがそれをいうんじゃねえっ!」

 

 俺は大きく叫んでから扉を激しく閉じ、反論するビスマルクの声に全く聞き耳を持たず、脱兎の如く医務室へと向かった。

 





※6月21日、インテックス大阪で開催される我、夜戦に突入す!3【獄炎】の4号館B37aにて、時雨のスピンオフ同人誌を新刊を頒布予定でありますっ!
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次回予告

 ビスマルクの前から逃走した主人公。
やっと安息の時間は訪れる……と、思いきや、またもや惨事が舞い降りる?
更には追加で、やっぱりこうなっちゃうって感じです。

 もうね……、ラノベの主人公ってレベルじゃないんスよ……。


 艦娘幼稚園 第二部 第二章
 ~明石という名の艦娘~ その3「好かれ過ぎるのも問題か?」

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その3「好かれ過ぎるのも問題か?」


※6月21日、インテックス大阪で開催される我、夜戦に突入す!3【獄炎】の4号館B37aにて、時雨のスピンオフ同人誌を新刊を頒布予定でありますっ!
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 ビスマルクの前から逃走した主人公。
やっと安息の時間は訪れる……と、思いきや、またもや惨事が舞い降りる?
更には追加で、やっぱりこうなっちゃうって感じです。

 もうね……、ラノベの主人公ってレベルじゃないんスよ……。




 

「全然問題ないよー」

 

「ふぅ……、そうですか。良かったです」

 

 医務室に居た女性医師にことを説明して検査を受け、レーベたちが言っていたような心配がないと分かった俺は、大きくため息を吐きながら肩の力を抜いた。

 

「しかし、プリンツちゃんの踏みつけを食らって鼻血程度とはねー。正直に言って、先生は人間じゃないと思うんだけど」

 

「いやいや、いくらなんでもそれはないですって。それに、プリンツも手加減してくれたんでしょう」

 

「まぁ、そうだろうね。小さいとはいえ本気で踏まれていたら、大型ダンプに轢かれたくらいの衝撃だろうからさー」

 

「……そ、そうなんですか?」

 

「それはもう、頭蓋骨は粉砕確定。運が悪けりゃ頭部全体が木端微塵って感じだろうさー。あっはっはー」

 

 医師は軽く笑いながら俺の肩をパシパシと叩いてから、カルテに向かってボールペンを走らせた。

 

 いやいや、そうとは思っていたけれど、やっぱり洒落になってないですって。

 

 想像するだけで吐き気がしちゃうんで、考えないようにしておこう。

 

「しかし、どうしてまた先生はプリンツちゃんに踏まれちゃったりしたのかな? もしかして、ロリコン的なセクハラでもしちゃったの?」

 

「そ、そんなことはしませんってばっ!」

 

「だよねぇー。噂では、ビスマルクの彼氏だって聞いたから……」

 

「根も葉もない噂に振り回されないで下さいっ!」

 

「あれれ……、そうなの?」

 

「そうなんですっ!」

 

 俺はハッキリと言いきってから肩を落とすと、女性医師は呆れたような顔を浮かべながらため息を吐いていた。

 

「そっかそっかー。それならそれで、良いんだけどねぇー」

 

「………………はい?」

 

「いやいや、こっちの話。別に気にしなくて良いよー」

 

「は、はぁ……」

 

 パタパタと手を横に振った女性医師は、再びカルテに向かってボールペンを走らせる。もしかすると、今の俺の反応を見て病状などのチェックをしていたのだろうか?

 

 そう考えれば、この女性医師は優秀なのかもしれない。ちょっぴり言葉が軽すぎる気がするけれど、フレンドリーなのは別に悪いことではないからね。

 

 そりゃまぁ、鎮守府内という場所柄を考えればそういう訳にもいかないかもしれないが、わざとしているようにも見えないんだよなぁ。

 

 つまり、女性医師の言動は素なんだろう。

 

 むしろ、これで猫を被っていたら本心が滅茶苦茶怖いんだけどさ。

 

「んーっと、これで良いかな」

 

 言って、女性医師はカルテを机に置いてから俺の方を見る。

 

「それじゃあ、最終チェックだねー」

 

 姿勢を正して真剣な表情を浮かべた女性医師は、なぜか俺にゆっくりと顔を近づかせながら、視線を絡ませるかのように……って、なんだこれ?

 

「フフ……、どうしたのかな、先生?」

 

「え、あ……い、いや……」

 

 気づけば唇が触れてしまいそうな距離になっちゃっているんだけど、身体は全く動いてくれないぞっ!?

 

 なんだこれ……。もしかして、金縛りかっ!?

 

 いくらなんでも有り得なさ過ぎる。寝起きならともかく、今さっきまで普通にしていた俺がこんな状態になるなんて、愛宕=サンを前にした青葉じゃないんだぞっ!?

 

「へぇ……。意外にも落ち着いているように見えるけど、内心はドッキドキ状態だよねぇ?」

 

 おっしゃる通りです……とは、口に出せる状態じゃない。

 

 つーか、急変しすぎて頭がおっついてないだけなんですけどねっ!

 

「このまま私が先生を押し倒しちゃったら、どうなっちゃうと思う?」

 

「そ、そんなこと……」

 

「しないと……思うのかな?」

 

「そ、そう思いますけど……。い、いや……、それ以前に、どうしてこんなことを……?」

 

 冷静に喋っているように見えるかもしれないが、心臓は今すぐ破裂して、身体中から血液を噴水のように吹き出しそうな感じになっている。

 

 だがしかし、俺には愛宕という女性が……っ!

 

「……なるほどね」

 

 俺は目を瞑って「ぱんぱかぱーん」と、言いながら笑っている愛宕の顔を思い浮かべたとき、女性医師が呆れたような声をあげた。

 

「……え?」

 

 目を開けた先には女性医師の顔はなく、机に向かってカルテにボールペンを走らせている。

 

 ……ど、どういうことなんだ?

 

「先生ってさー。押しにめっぽう弱いよねー」

 

「は、はぁ……」

 

 どう答えれば良いのか分からないのだが、肯定しても否定しても負けのような気がする。

 

「つまり、鎮守府内で流行っている噂も、元を正せばそういうことなんじゃないのかな?」

 

 俺の顔を全く見ずに、興味がなさそうな感じで喋る女性医師。

 

 しかしその言葉は的を射ており、俺の胸にグサリと刺さっていた。

 

「どれだけ私や他の人に噂は嘘だと言ってもさ、本丸を攻略しなきゃ意味がないんだよねー」

 

「……そ、それだと、別の意味になっちゃわないですか?」

 

「あれ、そうだっけ?」

 

「聞き方よっては、俺がビスマルクを落とすことになっちゃうんですけど……」

 

「それって、嫌なの?」

 

「い、嫌……では、ないですが……」

 

 本心は愛宕と良い関係になりたい。

 

 だけど俺の心のどこかに、ビスマルクに惹かれている部分があるのかもしれないと思っていたりもする。

 

 多分それが、ハッキリとビスマルクを拒絶できない要因なのだろうが、どっちつかずというのは非常に具合が悪い。

 

 ばれなければ大丈夫とか、そういうのではなく、

 

 一歩踏み間違えば、元帥の二の舞になるのでは……と、思っていたりするのだ。

 

 もちろん、ばれたときに命があるとも思えないけれど。

 

 愛宕はともかく、ビスマルクは確実に俺を調教してしまうだろう。

 

 この間は浮気がどうこうと言っていたが、次は無理だと思うのだ。

 

 つーか、そういう間柄でもないのに……だ。

 

 そしてその後の俺が、どうなるかなんて想像はしたくない。

 

 もしかすると幸せになる可能性もないとはいえないが……、まぁ無理だろう。

 

「決めるのは先生本人だからねー。私にはそれ以上何も言えないよー」

 

「そう……ですね。ありがとうござます」

 

 俺は女性医師に向かって頭を下げて礼を言う。

 

 何だかんだといって、俺がやるべきことをちゃんと教えてくれたんだよな……。

 

 身体だけではなく、心まで見る女性医師。

 

 ……なんだか変な風に捉えてしまいそうかもしれないが、そういう意味ではないのであしからず。

 

「もう少ししっかりと考えてから、行動してみますね」

 

「まぁ、あんまり深く考え過ぎるのもダメだけどねー。

 先生もまだ若いんだから、後悔しない程度に色々やってみなよー」

 

 女性医師はそう言って、ニッコリと笑いながら手をパタパタと振っていた。

 

 俺とあんまり歳は違わないと思うんだけど、やけに重みがある気がするんだが……。

 

 さっきの行動とか……、もしかして経験豊富過ぎちゃったりするのだろうか?

 

 ………………ごくり。

 

 あっ、いやいや、今のは別に深い意味なんかないからねっ!

 

 ほ、本当だよ……?

 

 

 

 

 

 ――と、いうことで、幼稚園に戻った俺は昼食を取り、午後からの授業をしっかりとこなすことにした。

 

 レーベとマックスを予定通り担当し、ホワイトボードにマーカーを走らせながら勉学を教えていく。基本的に2人とも頭は良く、理解も早くて非常に教えがいがあった。時折祖国の言葉が出たりもするが、それはビスマルクも同じことなので問題ないだろう。

 

「先生、ちょっと良いかな?」

 

「ん、どうしたんだ、レーベ?」

 

「実はここのとこなんだけど……」

 

 そう言って、レーベは手に持った本に書かれている文章を指差した。

 

 ふむ、どうやら漢字の読みが苦手のようだ。

 

 俺は分かり易く読みと意味を説明し、どういうときに使うのかも付け加えておいた。

 

「なるほどね……。うん、良く分かったよ。ありがとう、先生」

 

「いやいや、気になったことは聞いてくれれば答えるから、気軽に言ってくれよ」

 

 ニッコリと笑いかけてからレーベの頭を優しく撫でると、一瞬驚くような表情を浮かべるも、嬉しそうに微笑んでいた。

 

「……ふうん。それってどんなことでも良いの?」

 

 すると、そんな俺たちを見ていたマックスが無表情のまま問い掛けてくる。

 

「ま、まぁ、俺が分かる範囲でなら……だけど……」

 

「ふうん……」

 

 マックスは声色を変えずに呟いていたが、なんだか非常にヤバい気がして、思わず後ずさりそうになる。

 

 一瞬だけど、目が光ったような気がするんだけれど……気のせいだよな?

 

 残念ながら予感は見事に的中……と、言わんばかりに、とんでもない質問が飛びこんできた。

 

「じゃあ……先生に質問。ぶっちゃけた話、ビスマルクのことをどう思っているの?」

 

「唐突過ぎるにも程があるんですけどっ!?」

 

「分かる範囲なら構わないでしょう?」

 

「そうとは言ったけどさぁっ!」

 

 剛速球のど真ん中ストレートを顔面に食らってしまったような気分になった俺は、どう答えて良いものかと考える。しかし、よく考えてみれば、小さな艦娘であるレーベやマックスに恋愛話をするなんて、罰ゲームとしか思えないのだが……。

 

 小さくても色恋沙汰に興味があるのは、どこも同じなんだろうか。

 

 レーベは興味ありげな顔を俺に向けて、目をキラキラさせている。

 

 マックスは無表情……だけど、目だけは同じようにキラキラしている。

 

 うむ、これは完全に追い詰められちゃっているよね。

 

 でもまぁ、舞鶴の食堂で千歳たちに囲まれるよりはマシかもしれないけど。

 

 もしくは青葉だが、アレの怖いところはねつ造される部分だけだからね。

 

 人のことは言えないけれど、青葉は押しに弱いところがあるから、少し強気に喋れば何とかなったりするのである。

 

 ……やり過ぎると、後々怖いけどね。

 

「それで、実際のところの話を教えてくれないかしら?」

 

「……いや、それ以前にちょっと質問。2人は俺のことをどう思っているんだ?」

 

 ビスマルクが流したであろう噂に振りまわされているのは分かっている。しかし、俺がここに来て1週間が経つのだから、そろそろ本当のことが分かっても良いと思うのだ。

 

 ビスマルクの行動を見る限り、俺を調教……ではなく、彼氏にしようとしているのは誰が見ても分かるだろう。

 

 だがしかし、俺は全て反抗し、反論しまくっている訳で。

 

 そういうプレイだと言われたらどうしようもないが、そんなつもりは毛頭ない。少しばかり頭が回るのならば、噂とは違うのだと理解できるはずなのだが……。

 

「「……え?」」

 

 なぜか2人は、呆気に取られた顔を浮かべていた。

 

 ……あれ?

 

 その反応は、ちょっと予想してなかったかも。

 

 2人の頭は賢い部類に入ると思うし、マックスの質問は噂の信憑性を確かめるという意味も含まれているかもしれないと思ったんだが……。

 

 いや、それなら目をキラキラさせる必要はないか。

 

 つまりは、俺の思い違い。相手は子供なのだから、もう少しストレートに考えなければいけないのだ。

 

「ま、マックス……。今の先生の言葉って、どういう意味なのかな……?」

 

「そ、それは……、そのままだと……思ったけれど……」

 

 2人は向かい合いながらそう言って、ほんのりと頬を赤らめていたんだけれど……って、ちょっと待て。

 

 なぜここで、そんな反応をするんだろう。

 

 俺は別に、変なことを言ったつもりは……

 

「せ、先生……」

 

「な、何かな、レーベ……?」

 

 俯き気味に話しかけてきたレーベは、恥ずかしそうにしながら俺の方を見る。それは、身長差が有り得ることで発生する、ある意味究極奥義と言われる技。

 

 ――そう。つまり、上目遣いである。

 

 

 

 何これっっっ! 滅茶苦茶可愛いんですけどぉぉぉっ!

 

 

 

 やっべぇぇぇっ! 今から脇に抱えて自室にお持ち帰りして、ベッドの上で抱きながらゴロゴロしても大丈夫ってことでファイナルアンサーッ!?

 

 ――と、ここで暴走しては非常に危険なので自重しようとしていると、レーベそのまま口を開いた。

 

「さ、さっきの質問って……、そ、そういうこと……なのかな?」

 

「そ、そういう……こと……?」

 

 俺は意味が分からずに首を傾げながら問い返すと、マックスが横から口を挟んできた。

 

「つまり、私やレーベが……その、先生のことを……どう思っているかと聞いているのよね?」

 

「……へ?」

 

 2人に聞いたのは、俺がビスマルクに対して恋愛関係を持っていないことは見ていて分かるだろう……と、いうことなんだけれど。

 

「え、えっと……その……、僕は……せ、先生のこと、嫌いじゃ……ないけど……」

 

 そう言って、頬から耳まで真っ赤に染まっているレーベ。

 

「ふ、ふうん……。そ、そう……。レーベも、そう……なの……」

 

 無表情だった顔が崩れまくり、恥ずかしげに俺から眼を逸らすマックス。

 

 ………………。

 

 ……え、何これ?

 

 なんだかどこかで見たことがあるような……って、冷静になっている場合じゃないよっ!?

 

「そうか……、そうだよね……。先生がビスマルクに抵抗していたのって、そういう意味だったんだ……」

 

「ふうん……。レーベの言うこと……、分かった気がするわ」

 

「……え、えっと……、それって……ど、どういう……こと……かな……?」

 

 聞きたくはない。

 

 だがしかし、聞かない訳にもいかない。

 

 答えのおおよそは分かっているけれど、ここで無視ができるほど俺は大それた人間ではないのだ。

 

「つまり先生は……」

 

「小さい私たちが……好きなのよね……?」

 

「やっぱりこうなっちゃったーーーーーーーっ!」

 

 こうして、俺は佐世保でも間違った認識をされてしまったのであった。

 

 もちろん即座に説得し、勘違いをさせてしまったことを謝りながら説明したんだけど……

 

「だ、大丈夫だよ、先生。僕たちは別に、口が軽い訳じゃないから……」

 

「そう……よ。それに私もレーベも、心が広いから……」

 

「だから違ーーーうっ!」

 

 全く伝わってない気がMAXなんですけどーーーっ!?

 

 それどころか、好感度がいつの間に上昇していたんだってくらいに進んじゃっているんですがっ!

 

 このままハーレムルートに突入しちゃうんじゃないですか……って、完全にヤバいからねっ!

 

 

 

 誰か助けてお願いぷりぃぃぃずっ!

 

 

 

 こうして、久しぶりの心の叫びを大声で発した俺であった。

 

 

 

 しくしくしく……

 





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次回予告

 モテモテな主人公は滅べばばいいのです。

 遂にレーベとマックスまで落としてしまった主人公。
本人にはそんな気がなくても、そろそろオシオキ確定--と、思いきや、まさかの事態に陥っちゃう!?

 まぁ、踏んだり蹴ったりはいつものことなんですけどね。



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その4「号泣したのは誰でしょう?」

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 モテモテな主人公は滅べばばいいのです。

 遂にレーベとマックスまで落としてしまった主人公。
本人にはそんな気がなくても、そろそろオシオキ確定--と、思いきや、まさかの事態に陥っちゃう!?

 まぁ、踏んだり蹴ったりはいつものことなんですけどね。



 

 それから必死の思いでレーベとマックスを説得したのだが、何を言っても暖簾に腕押し状態の聞く耳持たずであり、徐々に俺の体力は奪われていった。

 

「ふうん……。世間体的には黙っておいた方が良いから、口外はしないわ」

 

「そうだね。先生との関係は、僕たちだけの秘密ってことだね」

 

「だーかーら、そもそもの時点でおかしいんだってばっ!」

 

「それと……、ビスマルクにばれたら面倒だから、幼稚園の中でもスキンシップはやらない方がいいわ」

 

「うぅ……、それはちょっと残念……かな」

 

「俺たちって、いったいどこまで進んじゃってんのっ!?」

 

 舞鶴幼稚園では子供たちの頭を撫でる程度で我慢していたのに、それ以上のことをしちゃったら限界突破は目の前じゃないかっ!

 

 ……………あれ?

 

 いやいや、それはおかしい。自分で言っといてなんだけど、我慢なんかしてないんだからね。

 

 ……うん、全くしてない。全然してない。断固してない。

 

 嘘じゃないから信用してよねっ!

 

「先生。私たちが艦娘として海上に出て、きちんと成長した暁にはちゃんとケッコンするから、それまでは我慢して待ってて……」

 

「フラグ建設とかそういうレベルじゃないでしょうがーーーっ!」

 

 俺はマックスが最後まで喋りきる前に、大声をあげて妨害した。

 

 これ以上の会話を続けていると、確実に俺の精神が病んでしまう。

 

 下手をすれば、本当に手を出しかねない……って、いやいや、そうじゃないからさぁっ!

 

「ともあれ、俺は2人と付き合うとかそういうんじゃないからっ! あくまで先生と教え子という立場であって、それ以上の関係は……」

 

「……ふうん。そう……なのね」

 

 すると俺の言葉を最後まで聞かず、勝手に納得するマックス。

 

 先に言葉を遮ったのは俺の方だけど、何やら怪しい雰囲気に顔をしかめてしまうのだが……

 

「つまり、そういうシチュエーションが興奮するのね……」

 

「全く分かってなーーーーーーーーーーーーーーーいっ!」

 

 両腕で頭を抱えて絶叫する俺。

 

 すでに俺の精神力ゲージは真っ赤に染まってしまっている。

 

「そ、そうなんだ……。うん。でも、先生が好きなら僕……頑張ってみるよ」

 

「頑張らなくて良いからっ! 頼むから普通にしてくれれば良いだけだからっ!」

 

「なるほど……。すでに先生は世間体を気にして、そういう風に言っているのね」

 

「間違ってないけど、理解の仕方がやっぱりおかしいからねっ!」

 

 どう説得しようが、全く効果がない。

 

 何を言ってもマックスが見事なまでに受け流し、更に悪化させた返事によって俺の心が削られる。そして、話の流れに乗ったレーベが追い打ちを決めてくれるのだ。

 

 まさに完璧なコンビ芸。

 

 ……いや、芸ではないと思うけど。

 

「とにかく、俺は2人に手を出したりするつもりはないからなっ!」

 

 こうなったらハッキリと言いきるしかない。

 

 拒絶し過ぎて泣かせてしまうのは不本意だが、背に腹は代えられないからね。

 

「……ふうん。放置プレイなんて、先生は相当マニアックなのね」

 

「ビスマルクと変わらないって思えてきたんですけどっ!?」

 

「気のせい……よ」

 

 そう言ったマックスだけど、それじゃあなんで目を逸らしているのかなっ!?

 

 しかし、全く太刀打ちできていない俺がこれ以上何を言ったところで、状況を変えられるとは思い難い。

 

 ならば考え方を変えるしかないと、俺は頭を捻りながら流れを整理することにした。

 

 まず、マックスが俺とビスマルクの関係について聞いてきた。それに対して俺が少し分かり難い質問をしたことによって、誤解が生じたのだ。

 

 2人は俺のことを好いてくれている……と、思うのだが、それはそれでありがたい。だけど、あくまで先生と教え子という関係以上に進むつもりはないのだから、過度な期待や行動は勘弁願いたいのである。

 

 そりゃあ、上目遣いのレーベが可愛過ぎて、自室にお持ち帰りしそうになっちゃったけれど……。

 

 その件は水に流して貰いたい。完全に心の中の、言葉の綾というモノだ。

 

 とにかく、その後2人のアタックが始まったのだが、本元の質問に答えていないのが悪いのではないのだろうか。

 

 それならば――と、俺は2人の方へ顔を向けて口を開く。

 

「とりあえずハッキリ言っておくけど、俺はビスマルクと良い関係になりたいとは思ってないか……ら……」

 

 言い終える前に、俺の目に映ったモノ。

 

 それは――、不機嫌な表情で扉の前に居た、ビスマルクの姿だった。

 

「………………」

 

 両腕を抱き、仁王立ちと言わんばかりのポーズで俺を睨みつけるビスマルク。

 

 その身体は小刻みに震え、徐々に表情が崩れていき、

 

「嫌われた……。あなたにに嫌われてしまったなんて……うわああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっんっっっ!」

 

 そのままの体勢で、滝のような涙を流しながら大泣きした。

 

 ついでに、あまりの鳴き声の大きさに耳がほとんど聞こえなくなり、窓ガラスにヒビが入ってしまったのは御愛嬌ということにしておこう。

 

 いや、半端じゃないんだけどね……。

 

 

 

 

 

「うぐ……ひっく……」

 

「わ、悪かったから……。だから、泣きやんでおくれよビスマルク……」

 

「そ、それじゃあ、私のことが嫌いって言わないでくれる?」

 

「だからそれは言葉の綾だったんだって。俺がビスマルクのことを嫌いだなんて、言ったことはないだろう?」

 

「で、でも……、良い関係になりたくないって……」

 

「そ、そりゃあ、子供たちの前では言えないこともあるじゃないか……」

 

「そ、そうよね……。ふふっ、なるほど……ね」

 

「……え?」

 

「つまり、あなたは恥ずかしかった……。そういうことね?」

 

「あー、う、うん……。そんなところかなぁ……」

 

「それじゃあ仕方ないわね。良いわ、許してあげる」

 

「う、うん。ありがとね、ビスマルク」

 

「ええ、これくらいのことは大丈夫よ。なんたって、愛するあなたの彼女ですからっ!」

 

 ――とまぁ、こんな感じでいつも通りのビスマルクに戻った訳ではあるが。

 

 いやいや、だから違うんだって。

 

 いつの間に俺が彼氏というポジションになっちゃったんだよ……。

 

 そんなこんなでビスマルクに何度も慰めの言葉をかけ、話の流れでそう言ってしまったとフォローをして泣きやんだのは、それから1時間以上が過ぎた後だった。

 

 立ち直ったビスマルクがまたもや勘違いをしてしまった感があるものの、あの状況で放っておくことはできないので、やむを得ずの判断である。

 

 もちろん、レーベやマックスに何か言われては余計に話がややこしくなるので、スタッフルームまで連れてきたのではあるが。

 

 ちなみにその際、プリンツが鬼のような形相で俺のスネを蹴りまくっていたんだが、ヲ級のアレと比べたらそれほど痛くもなかったので、半ば無視してビスマルクを連れ込んだのだ。

 

 あ、いや、もちろん連れ込んだという意味に疾しいことは一つもない。

 

 間違っても、勘違いしないように。

 

 そもそも、どうしてビスマルクは俺たちが居る部屋に来たのだろうと思ったのだが、俺がレーベやマックスを説得しているうちに叫ぶことになってしまい、五月蠅くて授業に集中できないとプリンツが怒りだしたからだそうだ。

 

 つまり、結果的に俺が起こした自業自得であり、またもや持ち前の不幸スキルを発揮した……と、いうことである。

 

 唯一の幸運は、ビスマルクが俺を調教しようとしなかったことくらいであるが、大泣きの方も面倒ではあったからね。

 

 うむ。相変わらずなだけに、怒りを向ける矛先が全くない。

 

 ついでに言うと、佐世保に愚痴る相手も居ないので、ストレス発散がし辛いのである。

 

 さすがに安西提督を誘う……なんてことは、いくらなんでもしない方が良いだろう。あの人の性格上断られないような気もするが、提督業で大変なのに愚痴を聞かせるというのは、まさに鬼畜の所業である。

 

 もちろん、ビスマルクをもう少し慰めるという意味で食事誘う手もあるが、それをすると更に悪化しないとも限らない。

 

ただでさえビスマルク誘惑に、プリンツの攻撃、レーベとマックスが名乗りをあげたのだ。

 

 幼稚園にはもう1人のユーが居るが、仲間外れにしては可哀想だろう……なんてことは思ったりしない。今の段階で身体が持たないのに、更に問題が増えるのは本気で避けておきたいからね。

 

「……あら、もうこんな時間ね」

 

 ビスマルクの声に気づいた俺は、スタッフルームの壁時計に目をやってみる。

 

 時間は夕方より少し前。終業時間は30分先である。

 

「なんだかんだで、今日は授業をちゃんとやれなかったよなぁ……」

 

「それじゃあ、今日はこの辺で良いんじゃないかしら?」

 

「いやいやいや、まだ時間残ってるよっ!?」

 

「えー、もう早退で良いじゃないー。早く食堂に行って、ビールを飲みたいー」

 

「やっぱり全く変わってないーーーっ!」

 

 どれだけ泣きまくっても、ビスマルクが変わるようなことはなかったみたいである……と、俺はガックリと肩を落とす。

 

 そこにバシバシと、身体中に響いてしまう平手を叩きつけるビスマルク。

 

 マジで痛いので止めて欲しいところではあるが、泣かしてしまった負い目から言うことができず、俺は仕方なくされるがままだった。

 

 

 

 

 

 結局、押し切られる形で幼稚園は早目に終業となり、ビスマルクは気分良く食堂に向かって行った。

 

 その際、俺は何度も食事に誘われたんだけれど、少し考えるところがあってお断りしたのだ。

 

 このままでは幼稚園の業務はグダグダになってしまう。それを直すには、俺がしっかりと頑張らなければならないのだ。

 

 それにはまず、本元であるビスマルクを落とさなければならない。

 

 ここでもう一度注意しておくが、女性医師やレーベたちが言ったような恋愛的な方法でも、目的を達成できるかもしれないだろう。しかしそれをした場合、舞鶴に残してきた愛宕がどうなってしまうのだろうか。

 

 これが俺の思い過ごしとなれば、それはそれでへこみ倒してしまうことになってしまうのだが、それについては考えなくても良い。

 

 ようは、ビスマルクを一端の教育者に仕立て上げれば良いだけなのだ。

 

 まぁ、それが簡単でないことは重々分かっているけどね。

 

 ぶっちゃけちゃうと、本当にできるのだろうかと不安になってしまうのではあるが……。

 

 それでも俺はやるしかない。どうにかしてビスマルクを教育し、胸を張って舞鶴に帰るのだ。

 

 ここでの教育がビスマルクの調教と同じでないことだけは、ハッキリと言っておく。

 

 俺にはそんな趣味は……ない。

 

 ないと……思うはず……だ。

 

 ………………。

 

 それも……ありなのか……?

 

 いやいや、そうじゃなくて。

 

 それよりも、今度こそ愛宕と一緒になるように……。

 

 ………………。

 

 うむ、素晴らしい。

 

 

 

 それから暫くの間、スタッフルームで1人クネクネと体をよじらせている男性が居たという噂が流れたけれど、聞かなかったことにしておいた。

 

 

 

 まさに、自業自得である。

 




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次回予告

 号泣したのはビス子でした。

 もう先生は変態でいいんじゃないかな。
しかし、ビスマルクを一端の教育者とするにはまだまだダメだ……と、主人公は明石の元へ向かうことにした。

 だが、良く考えれば明石の居場所が分からない。
そんなとき、助けてくれるのはいつもの艦娘。

 ――そう。まな板えもんの登場です(ぉ


 艦娘幼稚園 第二部 第二章
 ~明石という名の艦娘~ その5「憲兵さん、こっちです」

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その5「憲兵さん、こっちです」


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 号泣したのはビス子でした。

 もう先生は変態でいいんじゃないかな。
しかし、ビスマルクを一端の教育者とするにはまだまだダメだ……と、主人公は明石の元へ向かうことにした。

 だが、良く考えれば明石の居場所が分からない。
そんなとき、助けてくれるのはいつもの艦娘。

 ――そう。まな板えもんの登場です(ぉ


 

 さて、ここでもう一度話を整理しよう。

 

 俺が佐世保鎮守府の幼稚園に来たのは、責任者であるビスマルクを一端の教育者に仕立て上げるためと判断した。

 

 なぜそんな風に考えたのかは、幼稚園におけるビスマルクの行動を見ればすぐに分かるだろう。

 

 正直に言って、ビスマルクは大きな子供……いや、暁だ。

 

 しかし、そう考えるとビスマルクについて気になることが出てくる。

 

 本来ビスマルクも佐世保鎮守府の艦娘として艦隊に所属し、いくつもの海戦を経験していたのだろう。

 

 そして、なんらかの理由によって幼稚園の先生となり、今に至るはずである。

 

 安西提督に聞いた話によれば、ビスマルクを幼稚園の責任者にしたのは明石だと言う。おおよそ、レーベやマックス、プリンツにユーと、祖国が同じということで決めたのだとは思うのだが、完全に人材ミスだったと言えよう。

 

 つまりは、人材ミスの原因は責任者としての自覚のなさ。そしてそれは、艦隊に属していたときであっても同じはずなのだ。

 

 ビスマルクは戦艦なのだから、場合によっては旗艦であったかもしれない。そうでなかったとしても艦隊として出撃する以上、何らかの責任を持った上で行動する。

 

 だが、今のビスマルクにはそれが全く感じられない。いくらなんでも有り得なさ過ぎるのだ。

 

 まさか、ビスマルクと同じような艦娘ばかりだったとは考えにくいからね……。

 

 それこそ収拾がつかないレベルじゃなくなるし、安西提督も頭を抱えるしかないだろう。

 

 

 

 ――と、いうことで、俺はビスマルクが幼稚園の先生となる前がどんな感じだったのかを調べることにした。

 

 しかし、佐世保の地ではまだまだ若輩者。ビスマルクに案内してもらう訳にもいかないし、どこに行けば情報を得られるか分からない。

 

 食堂で情報収集というのがベターだろうが、今はビスマルクがビールを飲みに行っているはずなので難しいだろう。

 

 やはり、明石に当たってみるのが一番だろうか。

 

 そうと決まれば善は急げ。明石の元へとレッツらゴー……と、思いきや、

 

「それで、明石はどこにいるのだろう……?」

 

 独り言を呟いてみても、誰も答えてはくれない。

 

 まぁ、周りに誰も居ないから当たり前なんだけれど。

 

 明石の名前から思い出されるのは、工作艦ということだけだ。それなら整備室辺りかと思ったが、未だ慣れぬ佐世保鎮守府。誰かに聞きながら向かうしかないと思ったところに、数少ない見知った艦娘の姿を見つけた。

 

「あれあれ~。どっかで見た顔が歩いとると思ったら、キミかいな~」

 

「こんばんわ、龍譲さん。どこかにお出かけですか?」

 

 俺はペコリと龍驤に頭を下げ、笑みを浮かべながら質問を投げかけた。

 

「出撃から帰ってきたんやけどねー……って、その前に」

 

 そう言った龍驤は、いきなり裏手打ちで俺に突っ込みを入れる。

 

「キミさ、ちょくちょく敬語が混じってるけど、堅苦しいからやめにせえへん?」

 

「えっと……、龍驤さんが構わないって言うなら……」

 

「さん付けもなしで頼むわ。どうにも背中がこそばゆうてかなわんのよ」

 

 そこまで言われたら止めるべきだろう。もちろん、俺としても敬語を使うのはあまり好きではないからね。

 

 理由はボロが出てしまいそうになるからだけど、その辺りは口外しない方が良いだろう。

 

「了解。それじゃあ普通に喋りますわ」

 

 ……って、ちょっとだけ関西弁が出ちゃったんだけど。

 

「実は、ちょっとお願いがあるんだけど……」

 

 俺は龍驤にお願いして、明石の居場所へと案内してもらうことにした。

 

 

 

 

 

 龍驤に先導されて、佐世保鎮守府内を歩いて行く。

 

 空は夕焼けから闇へと変わり、建物の窓から漏れる明かりが少しばかり眩かった。

 

「しかし、なんでいきなり明石のところになんて行きたがるん?」

 

 俺の方へと振り向いた龍驤はそれとなしに質問を投げかけてきたが、隠す必要はないので素直に答えることにする。

 

「実は、ビスマルクの行動が……ちょっと問題かなと思ってね」

 

「あー……、アレやね。なんとなくやけど、分かる気がするわ……」

 

 言って、龍驤は深いため息を吐いた。

 

 せっかくの機会なので、龍驤にも艦隊に居たときのビスマルクについて聞いてみることにする。

 

「分かる気がするってことは、やっぱり……?」

 

「んーっと、そうやねぇ……。ビスマルクは旗艦として優秀やったことは確かやで。ただ、少し融通がきかんかったことがあってな……」

 

「……と、いうと?」

 

「一言で表すならマイペースやね」

 

「あぁ、なるほど……」

 

 それって、今とあんまり変わっていないってことだろうか。

 

 龍驤の顔色も少し気まずそうに見えるし、あまり言いたくないこともあるのだろう。俺としても悪口を聞くというのはあまり嬉しくないので、根掘り葉掘り聞こうとは思わないのだが……。

 

「まぁ、悪いヤツじゃないってことは確かなんやけど、好き嫌いでいうと、仲間内でも結構別れてたかもね」

 

「やっぱりそうなっちゃうか……」

 

 固い性格の艦娘と一緒に組むのなら、ぶつかり合うこともあるだろう。ましてやビスマルクの性格を考えれば、引くとは思い難い。

 

 もしかすると、龍驤の顔色が悪いのは過去に何かあったからかもしれない。

 

 艦娘同士……、更には戦艦なのだから、喧嘩となればただでは済まないだろう。

 

 さすがに轟沈なんてことはないだろうけれど、ドックにお世話になることくらいはあったのかもしれない。

 

 あれ……、ということは、ビスマルクが幼稚園の責任者になったのって……

 

「それより、明石のとこまでは案内するけど、ウチは部屋の中に入らへんしね」

 

 そんなことを考えていると、龍驤は更に顔を不機嫌そうにして俺から視線を外した。

 

 んっ……、それってどういう意味だ?

 

 もしかして、明石と龍驤は相性が悪いとか、そういうことだろうか?

 

 顔色が悪かったり視線を逸らしたりしたのって、ビスマルクのことじゃなくて明石が原因なのか……?

 

「まぁ、キミも明石と話をするときは気いつけてな」

 

「は、はぁ……」

 

「とにかく、明石と話をするのは止めへんけど、絶対に気を許したらあかんで?」

 

 念を押す龍驤だけど、明石っていったいどんな艦娘なんだろう……。

 

 あくまで知識としか知らない俺としては、工作艦であることしか分からない。

 

「気を許すなって言っても、まさか襲われたりする訳じゃないだろうし……」

 

「いやいや、ほんまに襲われたりするんやで?」

 

「……は?」

 

 目が点になる俺に気にすることなく、龍驤は額に汗を浮かばせながら言葉を続けた。

 

「明石はこの鎮守府で一番怒らせたらあかん艦娘って言われてるんや。古参であるのはもちろん、提督勢から絶大な支持を得とる。工作艦としてドックが足りへんときに役に立つし、以前の襲撃の際も大活躍やってん」

 

 以前の襲撃という言葉に、俺は記憶を探り当てた。

 

 確か、比叡や霧島、五月雨が子供化することになった事件であり、鎮守府が深海棲艦に直接攻撃されたという前代未聞の事件だったはずだ。

 

 その後、呉襲撃事件があったせいで大きく報じられることはなくなったが、これが切っ掛けという人も少なくはない。ただ、どちらにしろ現在は、舞鶴と一部の深海棲艦との停戦が結ばれたおかげで、平穏な日々が続いているようにも見える。

 

「まぁ、それ以外にも、一部の提督に喜ばれていることがあるんやけど……」

 

 言って、龍驤はげんなりとした顔を浮かべた。

 

 ……え、何その顔。

 

 そして、濁しまくった言葉は……ま、まさか……

 

 エロイことなんかが行われちゃったりしてるんですかっ!?

 

「いやいや、さすがに外で話して良い内容じゃ……」

 

「……は? い、いきなり何を言うてるん……って、あぁっ!?」

 

 すると龍驤は俺の考えを読みとったのか、真っ赤な顔でガン見してきた。

 

「き、キミ……、さすがにそれはないで……」

 

「あ、えっ、そ、そうなの……?」

 

「い、いくらなんでも、その考えはあかんわ……」

 

「いやぁ……、龍驤がいきなり言葉を濁しまくるから、てっきりそうかと……」

 

 俺は少し頬を赤くしながら後頭部を掻く。思い違いというのは恥ずかしいモノだが、想像したことがアレなだけに余計たちが悪い。

 

「あー、そうか……。それは確かに、ウチも悪かったかなぁ……」

 

 龍驤はそう言って、赤くした頬をポリポリと掻いていた。

 

 うーわー。何これ。凄く気まずい空気なんですけどー。

 

「と、とりあえず、そういったサービスではないんやけど……、確かにベッドを使うまでは一緒やし……」

 

「……へ?」

 

「あ、いやっ、勘違いしたらあかんよっ! 癒しという点では間違ってへんけど、全く違うんやからねっ!」

 

「な、なんだか分かり難いけど、気にはなっちゃうな……」

 

「そ、それって、どっちの意味でっ!?」

 

 耳まで真っ赤にしながら叫ぶ龍驤。

 

 ちょっとだけ可愛いんですが。

 

「いやいや、龍驤が思っているようなことじゃないんでしょ?」

 

「そらそうや……って、なんやうちがエロいことを想像してるみたいやんかっ!」

 

「それって、どういった想像なのかな?」

 

「な、な、な……っ!」

 

 龍驤は俺の顔を指差しながらワナワナと身体を震わせ、

 

「うわあああああんっ! 完全にセクハラされてもうたーーーっ!」

 

「ちょっ、人聞きが悪いことを叫ぶんじゃねえよっ!」

 

「先生に汚されてもうて、もうお嫁に行けへんやんかーーーっ!」

 

 龍驤は大泣きしながら叫びまくり、猛ダッシュで俺から逃げ去った。

 

 やばい……、これはちょっとばかりからかい過ぎただろうか。

 

 どうにも反応が面白かっただけに……って、しまったぞ。

 

 龍驤から明石の居場所について、ハッキリと聞いてなかったんですが。

 

 自分自身の失態に気づいた俺は大きくため息を吐きながら肩をすくめ、空を見上げる。

 

 夜空に光る星々は舞鶴と同じく、キラキラと輝いていた。

 

 ただし、俺の心の中はどんよりと分厚い雲がかかってますけどね。

 





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次回予告

 まな板えもん……ではなく、龍驤と別れた主人公。
なんとか明石の元に辿り着いたのだが、ビスマルクとはまた違った厄介な艦娘であった。

 そして遂に、主人公に最大の試練が舞い降りる……っ!?


 艦娘幼稚園 第二部 第二章
 ~明石という名の艦娘~ その6「絶対絶命先生」(完)

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その6「絶対絶命先生」(完)


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 まな板えもん……ではなく、龍驤と別れた主人公。
なんとか明石の元に辿り着いたのだが、ビスマルクとはまた違った厄介な艦娘であった。



 

 その後、通りかかった艦娘から話を聞いて明石の居場所を知ることができた俺は、ドックや整備室がある建物の中へとやってきた。その際、やっぱりという感じで艦娘が俺の名札と顔をチラチラと見ていたけれど、すぐさま「根も葉もない噂とは違うからね」と、念を押しておいたおかげで、何とかことなきを得た。

 

 龍驤を泣かしてしまったことが新たな噂にならないことを祈るばかりではあるが、アレは完全に俺の落ち度だから仕方がない。問題はビスマルクの耳にその噂が入ってしまい、俺を調教するとか言い出さないと良いんだけれど。

 

 そんなこんなで、明石が居ると聞いた部屋の前にやってきた。龍驤から気をつけろと言われているので、緊張感を持ったままドアをノックする。

 

「はいはーい。開いてますよー」

 

 許可が出たので、俺は扉をゆっくりと開けて中に入る。すると、明石と思われし艦娘は椅子に座りながら、机の上にあるバインダーとにらめっこをしていた。

 

「……失礼します」

 

「はーい、今日はどうされたのです……って、おや?」

 

 俺の顔を見た明石はピタリと止まり、慌てて別のバインダーを手に取った。

 

「お客さん、見ない顔だけど……学生さん?」

 

「いやいや、鎮守府内に学生って……普通は居ないよね?」

 

「うーん、突っ込みは標準……っと」

 

 そう言いながらメモを取る明石……って、何のチェックなんだ?

 

「それで、先生はどうして明石のところに来たのかな?」

 

「な、なんで俺のことを……って、名札を見れば分かりますか」

 

「まぁそうなんだけど、他にも理由はあったりするんだよねー」

 

「……それって噂の?」

 

「違うよー。ちょっと知り合いから先生の写真を見せてもらったからねー」

 

 言って、なにやら不適な笑みを浮かべる明石。明らかに何かしらの意図を感じるのだが、そもそも俺の写真をどこから入手したのだろうか?

 

 普通に考えればビスマルク辺りからだろうが、写真といえば青葉の顔が即座に浮かんでくる。ただ、どちらにしても写真の思い出はあまり良いものではないので、そこの部分は触れないようにしておこう。

 

「結局のところ、先生がここに来た理由って?」

 

「そのことなんですが、ビスマルクについて少々……」

 

「えっ、なになに、妊娠させちゃったとか?」

 

「ぶふぅーーーっ!?」

 

「いやー、いくら明石は工作艦だったとしても、お産の経験はないんだよねー」

 

「なんでそうなるのーーーっ!?」

 

「えっ……、だって先生はビスマルクの彼氏なんでしょ?」

 

「噂に振りまわされてる可能性はあるかもって思ってたけど、いくらなんでも話が飛び過ぎているっ!」

 

「えー、違うのー? つまんないなぁ……」

 

「なんでがっかりされてるんだーーーっ!」

 

 やばい……っ、青葉以上に性質が悪いぞ……っ!

 

「そっかそっか……。つまり先生はDT……と」

 

「何勝手にメモしてるんですかーーーっ!」

 

「情報は大切だからねー」

 

「青葉と一緒のことを言ってても、対処できる予感が全くしないっ!」

 

「やだなー、青葉ちゃんと一緒にしたらダメだよー。明石は工作艦であって、ゴシップライターじゃないんだからー」

 

 な、何気に酷いことを言ってるぞ……。

 

 別の鎮守府に居る明石にゴシップライターと認識される青葉って、いったいどれだけ顔が広くて、どれだけ迷惑をかけまくってるんだ……?

 

 しかし、龍驤から気をつけろと言われていたのにもかかわらず、完全に明石から口で押し込まれてしまっている俺。警戒をしていたのに情けない話ではあるが、正直に言って勝てるとは思えないぞ……。

 

 まぁ、勝つ気なんてないけどさ。

 

「と、とにかく、ビスマルクについて聞きたいことがあるんですけど良いですか?」

 

「うん、良いよー。初対面の掴みはバッチリだし、ストレス発散にもなったから」

 

 おい……。

 

 よりにもよって、これがストレス発散なのかよ。

 

 しかし、これに対して突っ込みを入れたら明石の思うつぼだろう。俺は話を正常に戻すべく我慢をして、ビスマルクについて聞くことにした。

 

「まず、ビスマルクが艦隊に所属していた頃の話を聞かせて下さい」

 

「その辺は安西提督に聞いた方が早いと思うんだけどー」

 

 いきなり否定されたが、明石の言うことはもっともである。艦隊に所属していたのなら、提督に話を聞くのが一番だ。

 

 まぁ、ビスマルクの上官が安西提督であったという確認ができただけでも良しとするか。

 

「でもまぁ、安西提督も忙しいからねー。明石が知っていることなら話してあげなくもないよー」

 

 話をまとめたと思った途端にこれだよ。

 

 明石は単純に、話している相手を怒らせる技術でも持っているのだろうか。

 

 しかし、ここは我慢だ。

 

「それならお願いします……と、言いたいところなんですが」

 

「んっ、どうしたのかな?」

 

 聞いてきた明石の顔は、明らかに何かを企んでいる。

 

 こいつはヤバいと、俺の直感が囁いている。少佐なら確実に私のゴースト……と、言っているだろう。

 

 俺も色んな艦娘や上官と渡り合ってきたのだ。危険察知くらいできなければ、朝日を拝むことはできないのである。

 

 ………………。

 

 いやまぁ、冗談だけどね。

 

「その顔は嘘をついている……ではなく、何かを企んでいますね?」

 

「んっふっふー。やっぱり分かっちゃいます?」

 

 あんたはどこぞの田舎の刑事かよ……。

 

 もしかして、打ち上げ場所を決めるための麻雀大会とかに参加させる気じゃないだろうな?

 

 ビリになったらバニーさんやブルマばっかりのお店で全額払わなければいけないなんていうルールには賛同しねえぞっ!

 

 もちろん興味がないとは言っていないがなっ!

 

「ちょっと先生にお願いしたいことがあるんだよねー」

 

「こ、ことと場合によりけりだけど……」

 

「そんなに構えなくても大丈夫だよー。ちょっとだけ実験台になってくれれば良いんですから」

 

「じ、実験台……っ!?」

 

 その瞬間、この部屋には俺と明石しかいないはずなのに、まわりから「ざわ……ざわ……」と、複数の声が聞こえた気がした。

 

 もちろん俺の顎は尖っていないし、ギャンブルに狂っている訳でもないのだが。

 

「実験台……って、いったい何をする気なんですか……?」

 

「ちょっとしたツボの実験なんだけどねー」

 

「……ツボ?」

 

 意味が分からなくて、俺は首を傾げる。

 

 ツボと聞くと、真っ先に浮かんでくるのはタコ壺だが……、今から漁にでも出かけるのだろうか?

 

「明石は工作艦だから、修理と一緒にツボ押しとか整体もやってるんだよねー」

 

「あ、あぁ……。そのツボね」

 

 俺はなるほど……と、手を叩く。

 

「最近新しい書籍を手に入れたんだけど、疲労回復や身体に良いと言われるツボがたくさん載っていたから、ぜひ試したいと思っていたところなんだよー」

 

「ふむ……」

 

 ニコニコと笑う明石の顔が、如何せん怪しいと思う。だが、俺の身体はビスマルクやプリンツの言動によって疲労困憊となっているのも、また事実なのだ。

 

 上手くいけば渡りに船。しかし、失敗という恐れもないとは言えない。

 

 なので、俺は明石にいくつか質問することにした。

 

「まず……、そのツボ押しの実験台になったら、俺の聞きたいことに答えてくれるかな?」

 

「もちろん、明石の知っていることならなんでも答えてあげるし、今後のケアもサービスしちゃうよー」

 

「今後のケア……?」

 

「明石は艦娘の修理が専門だけど、提督や作業員相手に整骨院サービスも行っているんだよねー。もし先生が実験の手伝いをしてくれるなら、週1ペースのケアを無料でサービスサービス~♪」

 

「……なるほど」

 

 最後の語尾が若干気になったが、そこはまぁ置いといて。

 

 提督や作業員相手に実績があるというのなら、非常に助かる話ではある。もちろん実験台というからには多少危険な恐れもあるかもしれないが、書籍に参考にして行うのならそれほど危険も少ないのではないのだろうか。

 

 もちろん絶対という保証はないだろうし、先程の明石の笑みも気になるところだけれど……

 

「分かりました。受けることにします」

 

 俺は明石にハッキリと頷き、誘いを受けることにした。

 

 

 

 

 

 ベッドにうつ伏せになった俺は、明石から薄手のバスタオルを背中にかけられ、少し緊張した顔を浮かべていた。

 

「それじゃあ始めるけど、ガチガチに緊張していたら筋肉が硬くなっちゃうから、リラックスしてねー」

 

「りょ、了解です」

 

 生まれて一度も整体やツボ押しを経験したことがないだけに、どんな痛みが襲ってくるか分からない。テレビで足ツボマッサージの罰ゲームを受けている場面を見たことがあるが、あそこまでの絶叫はさすがにやらせだと思うのだ。

 

 身体を癒すのだから、痛みを与えてどうするんだ……と、いうのが俺の持論である。もちろん経験したことがないだけに、俺の想像なんだけど。

 

 まぁ、さすがに命までは取られはしないだろう……と、思っていると、

 

「それじゃあまずは、このア●バ流北と……げふんげふん」

 

 ………………は?

 

 今何か、凄く聞き逃してはいけない声が聞こえた気がするんですが。

 

「俺は天才だー」とか言っちゃう、クズ人間の技術を使う気なんかないですよねっ!?

 

「ではでは、開始しますねー」

 

「ちょっ、ちょっと待ってっ! やっぱり今日は……」

 

「問答無用の切り捨て御免ー」

 

 

 

 ごりゅっ

 

 

 

「………………」

 

「んっんー、どうかなー?」

 

「………………」

 

「反応がない。ただのしかばねのようだ」

 

「………………」

 

「それじゃあ実験にならないから……気付けっ!」

 

 

 

 めきゃっ

 

 

 

「ひゃぎゃうごぎぇぇぇっ!?」

 

「うーん、ナイス悲鳴。やっぱこれだねー」

 

 どっかのお菓子CMみたいな……って、言ってる場合じゃなくてっ!

 

「ちょっ、マジでストップッ!」

 

「聞く耳持ちませんー」

 

「嘘ーーーっ!?」

 

「実験台になるって約束したんだから、ちょっとくらい我慢してよねー」

 

「ちょっとってレベルじゃないくらい痛いんですがっ!」

 

「男の子だから我慢しなさいっ」

 

「性別とか関係なしに痛いんですってばーーーっ!」

 

「もうー。五月蝿い先生には……これっ!」

 

 

 

 ぷすっ

 

 

 

「んぎぃぃぃっ!?」

 

「……あれ? なんだか変な反応が……」

 

「あ、あがが……あがががが……」

 

「おっかしいなぁー。このツボは静かにさせるだけなのに……」

 

「かぺ……かぺぺぺ……」

 

「うーん……、なにやら先生の下腹部が凄く痙攣しているような……」

 

「も、もう……無理……」

 

 その言葉を残して、俺の意識は完全に闇へと落ちてしまった。

 

 

 

 

 

 いきなり話は飛ぶが、今の状況は端から見れば非常に危うい。

 

 なぜかと言うと、明石の服装は中破以上の乱れっぷりである。

 

 もちろん、俺がどうこうした訳ではなく、明石が自ら服をはだけさせたのだ。それにはちゃんとした理由があり、その原因は俺にある。

 

 ――とは言っても、元々の原因は明石なのだが。

 

「ありゃー……」

 

 明石は、俺の身体を見ながら気まずそうな顔を浮かべ、大きくため息を吐いていた。だが正直に言って、ため息を吐きたいのはこちらの方である。

 

「……どうしてくれるんですか?」

 

「いやぁ……、本当にどうしましょう……」

 

「笑ってごまかせられる状況じゃないんですよ?」

 

「やっぱり……そうだよねぇ……」

 

 言って、俺の顔から視線を逸らす明石の頭を、俺はしっかり掴んでこちらへと向かせた。

 

「治してください」

 

「そ、そうしたいのはやまやまなんだけど……」

 

「早く治してください」

 

「だ、だから……治したくても方法が分からないというか……」

 

「どうにかして治してくださいよぉぉぉっ!」

 

 俺は絶叫に似た声を明石に浴びせ、大粒の涙をボロボロと零す。気分は――そう、波紋を帯びた糸で腕を斬り落とされた柱の男のように、「あァんまりだァ~」と、泣いてから精神を落ち着かせる感じである。

 

 まぁそれで治るならいくらでもやってみるが、明石の顔色を見る限り無駄なのだろう。

 

「と、とにかく、できるだけ早く治す方法を探してみるからっ!」

 

「本気でお願いしますよっ!」

 

 俺は明石にそう言って、大きく肩をすくめた。

 

 まさか、明石のツボ押しによって、

 

 

 

 俺の……アレが、使い物にならなくなるなんて……

 

 

 

 思ってもいなかったのである。

 

 マジでどうすんだよ……これ……。

 

 

 

 

 

 ――と、いうことで、俺は若くして不能と相成りました。

 

 使う予定がなかったといえば聞こえは良いかもしれないが、それはそれで問題あり。いや、そういう意味じゃなかったとしても、精神的疲労は常時俺を襲っている。

 

 しかし、それが原因で幼稚園を休む訳にもいかず、そもそも気軽に口外できるような症状でもない。俺は引き続きビスマルクへの対処法を考えながら、幼稚園の先生としての業務を行っていた。

 

 結局のところ、ビスマルクが艦隊に居たときのことはあまり分からず、俺は仕方なく路線を変更することにする。

 

 本命が難しいなら外堀を埋めろ。

 

 まずは、レーベとマックス、そしてユーを教育することに決めたのだ。

 

 レーベとマックスは俺に好意を向けてくれているのだから、やり方を間違わなければ上手くいくと思う。

 

 そして、2人の口添えによってユーも籠絡……ではなく、ただしく教育するつもりなのだ。

 

 もちろん、龍驤と話していたときのようなことではなく、幼稚園に通う子供をしっかりと正しい艦娘にするという目的で。

 

 まかり違っても、変なことをするつもりはない。

 

 せいぜいお持ち帰りをして、ベットで一緒にゴロゴロするだけだ。

 

 ………………。

 

 も、もちろん冗談だけどね。

 

 それにどっちにしろ使い物にならないし。

 

 ………………。

 

 だから冗談だってば。

 

 そして早速、ビスマルクに分担で授業を持つことで効率を高めようと提案し、まずはレーベとマックスの授業を固定で受け持つことになった。

 

予定通りちゃんとした教育によって、艦娘としてどこに出しても恥ずかしくないようにするのはもちろんのこと、ビスマルクの不条理な言動に対して反論できるようにするつもりである。

 

 それにはまず常識をここでの教え、艦娘としての活動をしっかりと叩き込む。もちろん幼稚園の本目的である、元気良くスクスクと育てる環境を潰す気はない。

 

 舞鶴で学んだ経験を生かし、最終的には俺が居なくても佐世保幼稚園が円滑に回るようにする。それが、俺がここに呼ばれた目的なのだ――と、自分に言い聞かせることにした。

 

 それに、明石が俺の身体を治してくれるまで、佐世保からは離れられないと思うからね。

 

 ここで舞鶴に帰還命令が出たらマジでどうしようかと思ってしまうが、それまでの間に全てを済ませてしまわなければならない。

 

 教育はなんとかするつもりだけれど、明石の方は……俺ではどうしようもないからね。

 

 まぁ、それでも何かしらの方法がないかと調べてみるつもりだが……。

 

 嘆いていても前には進まない。今やれることをやっていこう。

 

 それは、もう一度自分に言い聞かせて両方の頬をパシンと叩く。

 

 少しばかり力が入り過ぎて、涙目になったのは痛みのせいだろう。

 

 

 

 決して、不能になったからでは……ないと、思う。

 

 

 

 まさに、号泣。

 

 

 

 

 

 ~明石という名の艦娘~ 完

 





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 今章はここで終了……ですが、どうしてこうなった。
まさかの主人公、DTのままEDとなる。
ということは、ハーレムルートはこれで突入不可……?
それとも……まだまだ続いちゃうよっ!



次回予告

 EDになっても教育者としての仕事は辞めない主人公。
明石が治してくれるすべを探してくれるまで、ビスマルクへの対処を進めていく。

 でも結局、やってることは同じなのかもしれないです(ぇ


 艦娘幼稚園 第二部 第三章
 ~佐世保鎮守府幼稚園の子供たち 教育編~ その1「父親の心境」

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~佐世保鎮守府幼稚園の子供たち 教育編~
その1「父親の心境」



※現在BOOTHにて『艦娘幼稚園シリーズ』の書き下ろし同人誌を通信販売&ダウンロード販売中であります! 是非、宜しくお願い致しますっ!
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艦娘幼稚園 第二部 第三章
 ~佐世保鎮守府幼稚園の子供たち 教育編~


 EDになっても教育者としての仕事は辞めない主人公。
明石が治してくれるすべを探してくれるまで、ビスマルクへの対処を進めていく。

 でも結局、やってることは同じなのかもしれないです(ぇ



 

「……であるからして、行動するときは常に互いを信頼することが大切なんだ」

 

 俺はホワイトボードの前に立ち、教科書を開けながら2人の子供に向かって授業をしていた。

 

 この時点では至って普通の幼稚園風景――であるが、俺の内心は全く落ち着いていない。

 

 なぜかと言えば、明石のツボ押しによる後遺症によって、俺のアレは完全に不能となってしまっている。だけどそれを理由に幼稚園を休む訳にはいかないし、ビスマルク1人に任せておくには気が休まらない。

 

 例えインフルエンザにかかって39度の熱があったとしても、這ってでも授業を行う。それくらいの気構えがないと、俺の目的は達成できないのだ。

 

 もちろん、それによって子供たちに病気が蔓延することになるのは避けたいので、きちんと判断をした上で動きはするけれど、不能については……って、どうにも思考がこっち寄りになってしまう。

 

 それくらいへこみまくっている――と、いう訳なのだが、俺は何とか冷静を装いつつ授業を中断しないように気をつけながら言葉を続ける。

 

「艦娘として海上に出るのはまだ先だけれど、気構えをしっかりしていくのは大切だし、普段の行動にも影響する。つまり、みんなで仲良くやっていこうってことだな」

 

「うん。それはもちろんだね、先生」

 

 レーベが俺の言葉に納得するように言うと、隣に座っているマックスもコクリと頷いていた。

 

「……ところで2人に質問なんだが、この鎮守府内に友達はどれくらい居るんだ?」

 

「えっと……、横に居るマックスはもちろんだし、ユーやプリンツもあたりまえだよね」

 

「そうね……。私も同じだわ」

 

「その他には?」

 

「ええっと……、他には……」

 

 レーベは少し難しそうな顔をして考え込むが、どうやら思いつかなかったようだ。

 

「ざ、残念だけど、居ないかな……」

 

「私たちのような子供の姿をした艦娘は、あまり居ないから……」

 

「ふむ……、確かにそうだが……」

 

 おおよそ想像した答えに納得しながら、俺はゆっくりと頷いた。

 

 ここで少しだけ気になったのは、ビスマルクの名前が出なかったことである。

 

 やはり2人ともビスマルクは同じ教える側である艦娘と思っているので、友達という枠で区切ってはいないようである。

 

 まぁ、そうでないと威厳とかがなくなっちゃうんだけど、仲の良い関係であるのもまた大切だ。

 

 決して、俺の名前も出なかったのがへこんでいるという訳ではない。

 

「それじゃあ、この鎮守府に居る艦娘の――お姉さんたちとは話したりしないのかな?」

 

「寮とかでなら話はするけど、そこまで仲が良いって感じじゃないんだよね……」

 

「私も同じよ……」

 

 レーベとマックスは残念そうな顔を浮かべている。

 

 つまり、できるならば歩み寄りたいとは思っているようだな。

 

 ならば答えは簡単だ。自ら動いて現状を変えれば良い。

 

「それなら積極的に自分から話しかければ良いんだよ。向こうが嫌がってなければ大丈夫だし、レーベやマックスは可愛いから無下に断られもしないだろう」

 

「そ、そう……かな?」

 

 ほんのりと頬を染めたレーベが首を傾げながら俺に問う。

 

 初めは誰もが恥ずかしいだろうけれど、勇気を出して一歩を踏み出さなければならないのだ。

 

 だから、恥ずかしがっていては……

 

「さすが先生ね……。ここで口説いてくるとは思わなかったわ……」

 

 そう言って、レーベと同じように頬を染めるマックス。

 

 ……あれ、何やら勘違いされちゃってないですか?

 

「いや、別に口説いてないよ?」

 

「えっ、でも今……可愛いって言ったよね?」

 

「あっ……、そ、それはだな……」

 

 しまった。

 

また勘違いをさせてしまったというのか。

 

 前回もそうだったが、俺は考えなしに喋ってしまって問題を引き起こしてしまうみたいである。

 

 ただ単に本音を言っているだけなのだが、それがどうにも厄介なようで……。

 

「……まさか、先生は私たちに嘘をついたというの?」

 

「そ、そうじゃない。お前たちが可愛いのは事実だし、付き合いは短いけど目に入れても痛くないと思っている。だからこそ、元気にスクスク育つように……」

 

「付き合い……か。ふふっ……」

 

「……なるほど。そうやって私たちを自分好みに育てようとしているのね」

 

 にへら……と、笑みを浮かべるレーベに、恥ずかしげに言ってから視線を少しだけ逸らすマックス。

 

 うむ。またもや、やっちゃったようである。

 

 ………………。

 

 俺って馬鹿じゃね?

 

「それじゃあ、先生好みの艦娘になるように僕も頑張るよ」

 

「いやいやいや、そういうつもりで言ったんじゃなくてだな……」

 

「あら、また先生は嘘をついたと……?」

 

 キュピーン……と、効果音が鳴るような厳しい視線を向けるマックス。

 

 龍田以上ではないにしても、子供とは思えない迫力に、俺は気後れしてしまいそうになる。

 

 ……だが、ここで引いたら男じゃない。

 

「嘘なんかついてないよ。ただ、勘違いをさせてしまったことは謝らないといけないかな」

 

 レーベやマックスが言ったように、俺が子供たちを自分好みに育て上げようとしているのであったら、それはもう完全にビスマルクと同じである。

 

 まさに逆……ではなく、完全に光源氏計画だ。

 

 ついでに訂正するとするならば、ビスマルクは本気だけれど、俺は言葉のあやである。

 

 もちろん、レーベやマックスを俺好みに育て上げるような権利と環境が整っているのなら、どれほど嬉しいことか……って、ちょっと待て。

 

 俺はそんなことをこれっぽっちも思っていないと言いたいところなのに、なぜかそういう思考が渦巻いてしまうのは、心のどこかに欲望のようなモノがあるのだろうか?

 

 それって……かなりヤバくないか?

 

 教育者として、失格というレベルじゃないと思うんだけど。

 

 つまり、犯罪者予備軍の仲間入り。一歩踏み出せば、ニュースや週刊誌にでかでかと載ってしまうようなことを……

 

「……先生の目が、何やら怪しいのだけれど」

 

「ま、まさか僕たちのことを想像して……?」

 

「多分、先生の脳内では私たちがひんむかれて、あられもない姿になっているのかもしれないわ」

 

「そ、そんな……っ! で、でも僕は……それでも頑張るよっ!」

 

「黙ってたら言いたい放題になっちゃっているんだけど、そんな思考はこれっぽっちも持ってないから安心してね……」

 

「……あら、残念ね」

 

「そ、そうなんだ……」

 

 本気で残念そうにしている2人。

 

 うむむ、さっきのとは違うけれど、これは本当にヤバい状況だよなぁ……。

 

 好かれるのはありがたいんだが、度が行き過ぎるのは止めて欲しい。舞鶴のときもそうだったけれど、艦娘って早熟だったりするんだろうか?

 

 確かに一部の艦娘は、見た目の年齢と胸部装甲があっていない者も居るけれど。

 

 いや、別に疾しい気持ちは全くない。ただ、ちょっとだけ目の保養にさせてもらっているだけなので……

 

「今度は嫌な気配が、先生から感じるのだけれど……」

 

「今のは僕にも分かったかな。ちょっと、幻滅しちゃうよね……」

 

 言って、2人は冷たい視線を俺に向けながら、深いため息を吐いた。

 

 見事な好感度ダウン――である。

 

 むぐぐ。想像していることが分かってしまうなんて、やっぱり俺は顔に出てしまうのだろうか。

 

 もう少し気をつけなければいけないのだが、そもそも人前で想像しなければ良いだけなんだよね。

 

 この辺りは無意識でやってしまう癖なので、徐々に直していかなければならないようだ。

 

「と、とにかく、変な想像もお前たちを口説いたりもしていない。ただ少し気になるのは、幼稚園の中だけではなく、他にも知り合いや仲の良い相手を作ったらいいと思うんだ。

 寮に居る艦娘や鎮守府内の作業員、他にも色々な人が居るんだし、交友を広げるのは決して悪いことじゃないんだぞ?」

 

 俺は話を正しい流れに戻して2人に伝える。

 

 もちろんこれは、2人が艦娘としてやっていけるようにとの考えもあるのだが、ビスマルクに対しての手段でもある。

 

 幼稚園という巣から踏み出すための一歩であり、親代わりのビスマルクから旅立つためのモノ。

 

 まだまだ早い気もするが、準備をするのは悪くない。今すぐそれをしろというつもりはないけれど、外堀を埋める作業としてもやっておきたいのだ。

 

 つまりは包囲網。

 

 子供たちのビスマルクに対する信頼度を大きく落とす気はないが、責任感がなさ過ぎるということを知ってもらう必要がある。そうすることでお互いに緊張感が生まれてくれれば、言動も少しはマシになってくれるかもしれないだろう。

 

 これだけで全てが良くなるとは思わないが、やらないよりはやるべきだ。それにどちらにしろ、幼稚園を卒園した後のことを考えれば、やっておいて損はない。

 

 そして一人前の艦娘となり、活躍してくれればいうことはないのだから。

 

 ゆくゆくは艦隊の中でも認められる存在となり、やがて提督に見初められ……

 

 ………………。

 

「貴様のような小童に教え子は渡さんっ!」

 

 鉄・拳・制・裁。

 

 でっかい蟹みたいなロシア軍人並みの拳を叩きつけてやるっ!

 

 何度起き上がってお願いしようが無駄なモノは無駄だっ!

 

 レーベやマックスを幸せにできるのは俺しかいないんだよっっっ!

 

「「………………」」

 

 ふははははっ! そうして俺の周りには、沢山の教え子たちが……って、あれ?

 

「……せ、先生はいきなり何を言っているのかな?」

 

「た、多分これも、妄想だと思うわ……」

 

 ガチで引いちゃってる2人が、ボソボソと相談している姿が見える。

 

 ビスマルクの好感度が下がる前に、俺の方がダメになっちゃってる気がするんですが。

 

 これって……やっぱりマズイよね?

 

「ぼ、僕……、ちょっとだけ自身がなくなっちゃったかも……」

 

「もう少しだけ、考え直した方が良いのかもしれないわね……」

 

 そう言いつつも、俺を可哀想な目で見るレーベとマックス。

 

 だから、人前で妄想するんじゃないって思っていたのに……である。

 





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次回予告

 妄想し過ぎてポカをする。見事なり先生。
だけど、へこんでばかりもいられない。ビスマルク包囲網を完成させるべく、主人公は頑張るのだ――と、気合いを入れようとしたかったのに……。


 艦娘幼稚園 第二部 第三章
 ~佐世保鎮守府幼稚園の子供たち 教育編~ その2「危険な●●●」

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その2「危険な●●●」


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 妄想し過ぎてポカをする。見事なり先生。
だけど、へこんでばかりもいられない。ビスマルク包囲網を完成させるべく、主人公は頑張るのだ――と、気合いを入れようとしたかったのに……。


 

「むぐぐ……、やっちまった……」

 

 スタッフルームにあるソファーに座りながら、ガックリと肩を落としてへこむ俺。

 

 妄想しまくった挙げ句に変な言葉を叫んでしまい、レーベとマックスに不信感を抱かせてしまったのだから仕方がないのではあるが。

 

 ビスマルクをおとしめる気はなくとも、少しは見直してほしいという思いがあるのに、その段階に行く前から計画が破綻してしまいそうである。

 

 しかし、ここで悔やんでいても始まらない。自分が起こした失敗を修復するべく、新たな手段を考えなければならないのだ。

 

「とはいえ、どうするかなぁ……」

 

 子供たちの考え方を正す方法には、俺に対する信頼度が必要だ。先程の発言で大幅に下落した可能性は高いが、全く話を聞いてくれないということはないだろう。

 

 発言した内容を伝えて弁解する方法もあるが、信頼の回復と同時に再び責めてくる恐れもある。

 

 何だかんだと言って、あの妄想はかなり危険なモノがあったからね。

 

「……ん、ということは、今のままがちょうど良いのかもしれないな」

 

 少し距離を開け、恋愛ではなくしっかりとした教育論を教え込む。それを目的としているのなら、今の状態は悪くはないのかもしれない。

 

 信頼度が低いままだというのと、2人が若干引き気味なのは悲しくもあるが、目的のためなら仕方がないだろう。

 

ここは涙を飲んでビスマルクを一端の教育者に仕立て上げることに専念し、俺が居なくても佐世保幼稚園を潤滑に運営できるようになってほしい。

 

 Mな男性が自分好みのSを作り上げるため、自らの身体を差し出しつつも快楽を得る。なんだかそれと同じように思える……って、この思考はマジで止めないといけないんだけど。

 

 つーか、なんでそんなことを知っているのかとか聞かないように。

 

 まぁ、ネタばらしをすると、そういう趣味を持った友人が居ただけである。

 

 学生時代の、数少ない友人の1人であるが……。

 

 ………………。

 

 思い出しただけでへこんできたので、気分転換がてらに缶コーヒーでも買ってくるべきか。

 

 スタッフルーム内にはコーヒーメーカーがある。一時期流行ったカプセル式の物なのだが、どうやらビスマルクの私物らしく、勝手に使うと後が怖い気がするのだ。

 

「あら、私の物を勝手に使うだなんて……、教育が必要ね」

 

 こんなことを言いながら、教育と称した調教を……。

 

 ………………。

 

 だーがーらー、この思考はマジで止めろって思ってたのにー。

 

 ダメだ。完全に毒されている。完全に頭を切り替えないと、無限ループの出来上がりだ。

 

 授業の合間の休憩時間はもう少しあるので、幼稚園の近くにある自動販売機で缶コーヒーを買いに行こうと、俺はスタッフルームを出た。

 

 

 

 

 

「……おや?」

 

 自動販売機から缶コーヒーを買って幼稚園へと戻ってきたところで、玄関近くの通路で話している3人の子供たちが見えた。

 

「レーベとマックス、それにユーか……」

 

 いつも仲良し3人組。プリンツとも仲が良いが、この3人はセットで居ることが多い。

 

「――それでね、先生は他の人たちとも仲良くなった方が良いって教えてくれたんだ」

 

「郷に入っては郷に従え……です」

 

「ユーは難しい言葉を知っているのね」

 

 マックスは感心したような顔を浮かべ、ユーの頭を優しく撫でていた。

 

「え、えへへ……。ユー、褒められた……。Danke」

 

 嬉しそうにニッコリと微笑むユー。

 

 うむ。

 

 滅茶苦茶可愛い。

 

 3人まとめてお持ち帰りしたい。

 

 ひたすら頭を撫でて笑顔にしてから、3人が好きな料理をふるまって、ニコニコしながらまったりしたい。

 

 ……って、別にお持ち帰りしなくても、幼稚園の中ですれば良いだけなんだけれど。

 

 疾しい気持ちは全くないので問題ない。そういうことにしておいてくれ。

 

 そうじゃないと、また厄介なドSが現れちゃうからね。

 

 ………………。

 

 全く気分転換できてないんですけど。

 

「だけど、ちょっと心配なところもあるんだよね」

 

「……え、ど、どうしたのかな?

 

 レーベの呟きにユーが心配そうな顔をしていた。

 

 もちろん、通路を覗きこむ俺もなんだけど。

 

「僕は……その、あまりこの国の言葉が上手く使えていない気がするんだ……」

 

「そ、そう……かな? ちゃんと話せていると思うけど……」

 

「そうね。たまに詰まったりするところはあるけれど、普通に会話はできているわ」

 

「Danke……じゃなくて、ありがとね。2人がそう言ってくれると、心強いよ」

 

 小さく息を吐きながら、レーベは緊張を解すように笑みを浮かべた。

 

 ……ふむ。

 

 確かに、そのことについて気になってはいた。

 

 この幼稚園に居る子供たち、それにビスマルクも、この国の生まれではない。

 

 かなり勉強をしてきたようだが、時折祖国の言葉が出てくるのはあたりまえなのだ。

 

 しかし、レーベはそれを勉強不足と感じ取っているのではないのだろうか。

 

 そんなことを言ってしまえば、舞鶴にはもっとややこしい喋り方をする子も居るし、この国内でも方言があるのだから気にする必要はないと思うんだけどなぁ……。

 

 特にこっちに居る独特なシルエットの艦娘とかは、イントネーションも微妙に変だし。

 

 それでも伝われば問題ない。むしろ気になるのなら、どんどん話して経験を積んだ方が早いのだが……。

 

「一歩を踏み出す勇気……か」

 

 俺にも経験があるのだから分かる気がする。

 

 何ごとも、一つ目が肝心なのだ。

 

 そして、それには大きな勇気が必要なときもある。

 

「何か、俺にできることがあれば良いんだけど……」

 

 レーベが悩んでいるのは、元は俺が言いだしたことが原因だ。子供たちにとって後々役に立つと思ったからだが、心配を取り除いてあげるのは教育者として当然だろう。

 

「……でも、ちょっとだけ祖国が……懐かしく思っちゃうかな」

 

 苦笑を浮かべたレーベが呟くと、マックスもユーも少しだけ悲しそうな顔をしていた。

 

 ………………。

 

 今度はホームシック……だろうか。

 

 俺も過去の事件から家族と別れることになり、自宅を離れて親戚筋を転々としたことを覚えている。

 

 その際、同じような気持ちになったことはあまりなかったが、それ以上の悲しみがあったので分からなかったのかもしれない。

 

「……少し、考えてみるか」

 

 ここで子供たちの前に出て行って慰める手もあるが、どうせならちゃんと準備をしてからしてあげたい。

 

 俺は色々と頭の中でどうするかを考え、子供たちに気づかれないように反対側の通路からスタッフルームへと戻った。

 

 

 

 

 

「あら、お帰りなさい」

 

 スタッフルームに入ると、ビスマルクが俺の姿に気づいて声をかけてくれた。

 

 ちなみにマグカップを持った状態のビスマルクだが、部屋に漂う香りからコーヒーであることが分かる。

 

 ……缶コーヒーを買いに行ったのは早計だったのだろうか。

 

 だが、ビスマルクがコーヒーを飲むかどうかは分からなかったし、勝手にコーヒーメーカーを使うことは許されない。見つかったら最後、調教ENDへまっしぐらだ。

 

「ただいまです」

 

「休憩時間にいったい、どこに行っていたのかしら?」

 

「これを買いに行ってたんだけどね」

 

 俺はそう言いながら買ってきた缶コーヒーを見せると、ビスマルクは不思議そうに首を傾げていた。

 

「わざわざ自動販売機に買いに行かなくても、ここにコーヒーメーカーがあるじゃない」

 

「いやまぁ、そうなんだけどさ……」

 

 勝手に使って恐ろしい目に会うのは勘弁したいから……と、言う訳にもいかず、俺は言葉を濁しながら先程のことを思い出してビスマルクに問う。

 

「ところで話は変わるんだけど……」

 

「ダメよ。まだこっちの話が終わっていないわ」

 

 却下されました。

 

 どれだけ自己中心的なんだと突っ込みたいが、後が怖いので止めておく。

 

 藪をつつくようなことはしないで良いのだ。

 

「つまりあなたはここにコーヒーメーカーがあることを知っているにもかかわらず、わざわざ幼稚園の外にある缶コーヒーを買いに行った。そういうことよね?」

 

「そ、そうだけど、それに何か問題が……?」

 

「ええ、大ありよ。これが問題でなければ、海が真っ二つに裂けてしまうわ」

 

 なんでモーゼなんだよ。

 

 たかが缶コーヒーひとつで海が割れたら、至る所で天変地異が起こりまくるだろうに。

 

「い、いや、いくらなんでもそれは……」

 

「どうしてそう言えるのかしら?」

 

 そう言って腕を組みながら胸を張るビスマルク。

 

 むしろ、そこまで自信たっぷりに言えるのが恐ろしい。

 

「じゃ、じゃあ、あの自動販売機に何か問題でもあるとでも……」

 

「いいえ、そんなことはないわ。あれは何の変哲もない自動販売機よ」

 

「それじゃあいったい……」

 

「まだ分からないのかしら?」

 

 分からないから聞いているんですが――と、思うんだが、そうとも言えずに俺は黙り込む。

 

 一言間違っただけで、ヤバい感じがするんだよなぁ。

 

 早いところこの会話を切り上げて、俺の目的を済ませたいんだけれど……

 

「仕方がないわね。大サービスで教えてあげるわ」

 

 深いため息を吐いたビスマルクは組んでいた腕を解き、コーヒーメーカーの近くを指差した。

 

「アレが見えるかしら?」

 

「アレって……、コーヒーメーカーだよな?」

 

「そうじゃないわ。その隣にある、小さな瓶の方よ」

 

 ビスマルクが言ったように、コーヒーメーカーのすぐ横に白い粉が入った瓶がある。

 

「……砂糖の入った瓶があるな」

 

「それは違うわね。アレはL●Dという、ある薬よ」

 

「………………は?」

 

 いったいビスマルクは何を言っているんでしょうか?

 

 そんなのがコーヒーメーカーの横に置かれていたら、謝ってコーヒーに入れて飲んじゃいますよね?

 

 つーかそもそも、L●Dって何なんだ……っ!?

 

「いやいやいや、なんでこんなところに怪しげなモノがあるのっ!?」

 

「知り合いの憲兵から譲ってもらっただけよ」

 

「憲兵、何やってんのっ!?」

 

 弾幕が薄いとかいうレベルではない。

 

「そ、それで……、その薬はいったい何に使うやつなんだ……?」

 

「……知らないで怒るとはいい度胸ね」

 

「知らない相手に飲ませようとするのも、どうかと思うんですがっ!?」

 

「ふふ……。それじゃあおあいこってことで良いじゃない」

 

 全く良くないんですけどねっ!

 

「まぁ良いわ。折角だからあなたの質問に答えてあげる」

 

 言って、ビスマルクは自分の唇を人挿し指の腹で拭ってから、投げキッスを俺によこしてきた。

 

 むむ……、何やら妖艶な感じに見えて嫌ではないんですが。

 

「L●Dは、幻覚系向精神薬の一種ね。主に洗脳に使用するために……」

 

「何つーモノを置いてるんですかーーーっ!」

 

 誤って飲んで良いレベルじゃない! 完全にアカンやつやっ!

 

 そもそもそんなモノを、いったい何に使うつもりだったんだよぉっ!?

 

「それはもちろん、あなたを調教するためよ」

 

「勝手に心の中を読んでから発言しないでくれぇぇぇっ!」

 

 完全にガチじゃねえかっ! 一寸先は闇だよっ!

 

 やだあぁぁぁっ! 今すぐ舞鶴に帰るぅぅぅっ!

 

 不能のままは嫌だけど、命には代えられないんだからさあっっっ!

 

「……とまぁ、全部嘘だけどね」

 

「性質が悪過ぎる冗談は禁止っ!」

 

「実は本当」

 

「どっちなのか分かんないっ!」

 

「ぶっちゃけた話、私も分からないわ」

 

「収拾をつけるのが不可能になりましたーーーっ!」

 

 絶叫に続く絶叫をあげる俺を見たビスマルクは、お腹を抱えながら大笑いをしていた。

 

 全くもって洒落になっていないのだが、本当に瓶に入っている白い粉が危ない薬なのか砂糖なのかが分からず、俺は絶対にここでコーヒーを飲むものかと心に誓うのであった。

 

 そして、ふと思い出す。

 

 ここに初めてやってきたとき、ビスマルクからコーヒーを受け取って飲んだことを。

 

 ………………。

 

 あ、あのときは何ともなかったから、全て冗談だったってことで良いんだよね……?

 

 それに、俺に薬を飲ませようとするのなら、わざわざバラしたりしないだろうし……。

 

 ほ、本当に……大丈夫だよね……?

 

 何度も頭の中で考えてみるが答えは出ず、肝心のビスマルクは床に転げまわりながら大笑いをしまくっていた。

 

 俺はその間にばれないよう、ビスマルクのコーヒーに少しだけ白い粉を入れてみたのだが、

 

「あら、さっきより甘いけど……どうしたのかしら?」

 

 そう言って、笑い疲れたビスマルクがグビグビとコーヒーを飲み干すのを見て、全て冗談だったことに気づいたのだった。

 

 まさに、踏んだり蹴ったりである――が、

 

 白い粉が薬だった場合、それはそれで問題になると思えばこれで良かったのだろう。

 

 まさか、薬が効いたビスマルクに何かをするなんてことは……ないと思うからね。

 

 ………………。

 

 

 

 ……チッ、残念。

 

 

 

 あ、いや、冗談ですよ?

 





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次回予告

 本当に冗談だったのかはさておいて。
EDになっても相変わらずビスマルクに振り回される主人公だが、めげずに包囲網を完成させるべく、今度はユーとプリンツの授業をするのだが……。


 艦娘幼稚園 第二部 第三章
 ~佐世保鎮守府幼稚園の子供たち 教育編~ その3「どこもかしこも包囲網」

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その3「どこもかしこも包囲網」


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 本当に冗談だったのかはさておいて。
EDになっても相変わらずビスマルクに振り回される主人公だが、めげずに包囲網を完成させるべく、今度はユーとプリンツの授業をするのだが……。


 

 結局ビスマルクにからかわれまくった俺は、休憩時間中に質問をすることができず、仕方なく次の授業に向かうことにした。

 

 今度の担当はプリンツとユー。レーベとマックスに教えた授業と同じ内容なので、面倒なことはない。

 

 どうせなら一度に4人を教えることの方が効率的に良いのだが、目的のためなら仕方がない。それに、子供たちの中でもプリンツは一番の強敵なので、できる限り人数が少ない方がやり易いだろう。

 

「………………」

 

 プリンツは授業中にジッと俺を睨みつけているだけで、タックルをしてくる気配はなかった。

 

 その視線さえなければきちんと授業を聞く良い生徒……と、思えるのだけれど、小さな虫なら黙殺してしまいそうな威力に、俺の胃に大きなダメージを与えてくれる。

 

 さすがに勘弁して欲しいので授業の会話の流れで色々と話をしてみたのだが……

 

「仲間同士の信頼は必要不可欠だ。だから、いつも仲良くしている方が良いんだけれど……プリンツ」

 

「………………」

 

 へんじがない。

 

「おーい、プリンツー」

 

「………………」

 

 ただのしかばねのようだ。

 

「……死んでません」

 

「どうして俺の心を読めるんだよ……」

 

「顔に出ているからです」

 

「い、いや、いくらなんでも……」

 

「先生はド変態ですから、何をやっても顔に出るんです」

 

 冷たい視線を送りながら、淡々と言い続けるプリンツ。

 

 すんごい酷過ぎると思うんだけど、ここで怒ったら水の泡だよなぁ。

 

「………………」

 

 言い返さないでいると、プリンツはぷいっと顔を背けた。

 

 こういった行動は子供らしいのに、俺を責める言葉に関しては一端の大人である。

 

 もし俺がドの付くMならばご褒美と感じてしまうのだろうが、そうじゃないだけに辛いところである。

 

 この際、ビスマルクにしっかりと調教してもらってMに近代化改修してもらえたら、それはそれで幸せな日々を過ごせるのかもしれないが。

 

 まぁ、そんな気はさらさらないので、選択肢から早々に消去しておく。

 

 むしろ初めから選択肢に載せるなよ……と、言いたいところではあるが。

 

 あと、俺は艦娘じゃないから改修は不可能だ。

 

 もちろん、艦おっさんでも艦息子でもない。

 

「あ、あの……、先生……」

 

「ん、どうした、ユー?」

 

 おずおずと話しかけてきたユーは、俺の返事に少し戸惑うような間を置いてから口を開いた。

 

「先生は……ド変態なの……?」

 

「ぶっっっ!」

 

 純粋無垢な瞳を向けながらとんでもないことを口走るユー……って、これは完全に罰ゲームじゃないですかー!

 

「ち、ち、違うからっ! プリンツが言ったことは、ただの冗談だからねっ!」

 

「そ……、そうなの?」

 

「いいえ。先生はド変態です」

 

「え、えっと……、どっちが本当……なのかな?」

 

「だから、俺は変態じゃないからっ!」

 

「ビスマルク姉さまを見つめる目がエロすぎる癖にっ!」

 

「うー……。わ、分かんないよぅ……」

 

 キョロキョロと俺とビスマルクの顔を見ながら不安そうな顔を浮かべるユーなんだけど、何を言ってもプリンツに邪魔をされてしまう。

 

 どれだけ俺のことが嫌いなんだよプリンツは……。

 

 しかしまぁ、ビスマルクを思う気持ちがプリンツを動かしていることも分かっている。

 

 そこを上手く突けば、良い方向に向かってくれるんじゃないかと思っているのだが……

 

「がるるるるーっ!」

 

「なんでいきなり唸りだすのっ!?」

 

「口で言って聞かない先生には、威嚇後即攻撃ですっ!」

 

「暴力反対っ! 仲良くしようってさっき言ったばかりだよっ!」

 

 椅子から立ち上がろうとするプリンツから慌てて離れた俺は、ホワイトボードの後ろに回り込んで身体を隠す。

 

「ま、まだ早いかもしれないけど……、ユーもなんだか、がるるーって言った方が……良い気がしてきた……」

 

 夜の戦いじゃないですってっ!

 

 ユーの呟きに心の中で突っ込みながら、必死でプリンツから逃れなければいけない授業になってしまったとさ。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 今日の授業が全て終わり、終礼を済ませて幼稚園内の戸締りチェックを行った俺は、最後に玄関の鍵を閉めて大きく背伸びをする。

 

 ビスマルクから何度も食事に誘われたが、用事があると言って断った。もちろんこれは嘘ではないのだが、あまり断り続けるのも考えモノだろう。

 

 痺れを切らしたビスマルクが何をするのかなんてことは、想像もしたくない。ついでにプリンツからの攻撃も注意しなければならないからね。

 

 ちなみに用事というのは、とある国に関する本を探すということなのだが、それがどこにあるかは分からない。

 

 ビスマルクに聞こうと思ったけれど、それを理由に食事に強制連行という可能性が高かっただけに避けておいたんだよね。

 

 スタッフルームでからかわれなかったらその場で聞くつもりだったのだが、この際驚かせる方向にしようと思う。

 

 何をするかはお楽しみ。まぁ、すぐに分かることだってばよ。

 

「……と、思ったのは良いものの、全くアテはなかったりするんだよなぁ」

 

 俺は独り言を呟きながら、どこに向かうでもなく鎮守府内を歩き回る。

 

 本がある場所を考えれば図書館が真っ先に浮かぶが、今の時間だと閉館しているだろう。それに、この近辺に図書館があるという情報も俺は知らないのだが。

 

 鎮守府内にも似たような施設――つまり、資料室のような場所はあると思うのだが、どこにあるのか全く知らない。

 

 だからこそ、ビスマルクに聞こうと思っていたんだけどね。

 

「……ん?」

 

 この辺りに居る誰かに聞こうかと思っていたところ、俺の視界に見知った艦娘の姿が見えた。

 

「ちわー。三河屋でーす」

 

「先生はいつの間に転職したっちゅーねん!」

 

 龍驤は見事な素早い返しで裏手突っ込みをし、満足げに笑みを浮かべていた。

 

 うーむ、今日も完璧な関西人だ。

 

 イントネーションは微妙だけどさ。

 

「あかんなー。ギャラリーが少ないと、調子がでえへんわー」

 

「いやいや、見事な突っ込みだったよ?」

 

「どうせなら舞台でやりたいんやけど……、先生のボケはなかなかやし、この際コンビを組んでええかもね」

 

「時間に余裕があるんなら構わないんだけどね……」

 

 残念だけど今はやることがあるのでお断りし、漫才は次の機会に取っておこう。

 

「ところで先生はウチに何の用なん?」

 

「ああ、それなんだけど……」

 

 言って、俺は本がある場所を龍驤に聞こうと思ったのだが、

 

「あっ、そういや一つ聞き忘れてたわ。こないだの明石んとこ、どうやったん?」

 

「そ、それは……」

 

 痛いところを突かれてしまい、俺は言葉を詰まらせる。

 

 とはいえ、龍驤は俺が不能になってしまったことを知っている訳ではないだろうし、ごく一般的な世間話に違いない。ここで変に誤魔化さず、普段を装いながら返せば良いと思ったんだけど……

 

「………………」

 

 龍驤の目が、何やら鋭いんですが。

 

 まさか、不能のことを知っているというのか……っ!?

 

「………………」

 

 いや……、この目は……違うっ!

 

 これは、俺に対して怒っているときの目だっ!

 

「……あっ、そうか」

 

 呟くように放った言葉に、龍驤はピクリと眉を動かした。

 

 そしてまた、俺の目をジッと睨みつけている。

 

「こ、こないだのこと……、まだ怒ってらっしゃるんですよね……?」

 

「せやな……。まだ先生には、セクハラについて謝ってもらってへんしね」

 

「そ、その節は……、申し訳なかったです……」

 

 俺は素直にそう言って、龍驤に深々と頭を下げた。

 

 確かにこないだのはやり過ぎたと思っているからね。

 

 場合によっては訴えられてもおかしくなかったかもしれないし。

 

 この人痴漢ですっ! なんてことになったのなら、確実にヤバいことになっていた。

 

「まぁ、謝ってくれたし……、許さへんでもないんやけど……」

 

 そう言いながら、龍驤はキラリと目を光らせた。

 

 ……な、何やらイヤな予感がするんですが。

 

「どうせやったら、明石にやられたことを聞いておかんとなぁ~」

 

 ニンマリと不敵な笑みを浮かべる龍驤だが、これは完全に仕返しである。

 

 つまりは、全く許してくれてないってことだよね?

 

「そ、そうですね……。でも、この話を聞いたら……マズイ気がしなくもないんだけど……」」

 

 ならば……と、いうふうに、俺は神妙な顔つきで龍驤に言う。

 

「えっ、な、なにそれ?」

 

「いやぁ……。まさか、あんなことが起きるとは思ってなかったんですがね……」

 

 意味ありげに言った俺を見た龍驤の顔が、みるみるうちに焦るような表情へと変わっていた。

 

「え……、な、何があったん……?」

 

「そ、それは……その……」

 

 俺は苦悶の表情を浮かべて、龍驤から目を逸らしてみる。

 

 演技に自信はないけれど、顔を見せないようにすることで、それなりに効果はあるだろうか。

 

「だ、だからあかんって言ったやんっ! 何をされたんかしらへんけど……って、まさかっ!?」

 

 俺の目論見は的中し、何かに気づいたような反応をした龍驤はたたらを踏んで、一歩、二歩と離れて行く。

 

「そ、そんな……。まさかそんなことって……」

 

 愕然とした表情。

 

 ガクガクと震える肩。

 

 いやいや、やり出したのはこっちだけれど、いったいどんな想像をしているんだろうか?

 

 自分から言うつもりはないけれど、不能が露見するのは具合が悪いので、そろそろこの辺りで止めておこうと思ったのだが……

 

「明石に……調教されたんっ!?」

 

「どうして発想がそっちに行くのかなっ!」

 

 もしかして、ビスマルク以外にもそういう属性の艦娘ってたくさん居るのかっ!?

 

「あれ、違うん?」

 

「いや、もしそうなってたら、俺はこの場に無事で立っていないと思うんだけど」

 

「そりゃ確かに、先生の言う通りやね」

 

 そう言って、ケラケラと笑う龍驤。

 

 やっぱり分かっていてやったようだ。

 

 むぐぐ……。騙すつもりが騙されてしまうとは……不甲斐ない。

 

「まぁ、その感じやとたいしたこともされてへんみたいやし、何ごともなくて良かったやん」

 

「……そうだね」

 

 実際には不能になっちゃったんだけどね。

 

 そんなことを言う訳にも行かず、俺はガックリと肩を落として深いため息を吐く。

 

 龍驤はまたもや笑いながら俺の肩を叩き、大粒の飴玉をポケットから取り出して渡してくれた。

 

 

 

 本当に、大阪のおばちゃんだよな……。

 

 





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次回予告

 まな板えもん……ではなく、龍驤と別れた主人公。
目的をすっかり忘れていたことを思い出し、ひとまず夕食を取りに食堂へと向かう。

 するとそこで、新たな艦娘と話をすることになったのだ。


 艦娘幼稚園 第二部 第三章
 ~佐世保鎮守府幼稚園の子供たち 教育編~ その4「裏メニューと裏事情」

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その4「裏メニューと裏事情」


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 まな板えもん……ではなく、龍驤と別れた主人公。
目的をすっかり忘れていたことを思い出し、ひとまず夕食を取りに食堂へと向かう。

 するとそこで、新たな艦娘と話をすることになったのだ。


 

「……忘れてた」

 

 あの後、龍驤は用事があると言い、手を振りながら俺から離れて行った。

 

 その姿を見送ってから本について聞き忘れていたことに気づいても、時すでに遅しである。

 

「……はぁ。相変わらず運がないよなぁ」

 

 悔んでいてもしょうがないが、精神的に疲労してしまったのは事実である。

 

 他の人や艦娘を探し出して尋ねても良いが、休憩がてらに夕食を取りたい気分になってきたので、一度食堂に寄ろうと足を向ける。

 

 ついでに言えば、悪い流れを変えたいという目的もあるんだけど。

 

 食堂でビスマルクに会う可能性もあるが、それならそれでアリだろう。酒飲みに誘われるだろうが、上手に言葉で転がしながら本について聞けば良いのだから。

 

 すでに出来上がって話ができない状態ならば具合が悪いが、そのときはそのときだ。

 

 それに、食堂ならば話を聞くことができる相手くらい、1人や2人、居るだろうからね。

 

 龍驤が言っていたように、調教をしようとする人や艦娘が多い訳でもあるまいし。

 

 ………………。

 

 ……大丈夫だよね?

 

 

 

 

 

 少々心配はしたものの、良く考えてみれば何度も食堂に行って食事を取っていることに気づいた俺は、頭を振って不安を拭ってから扉を開けた。

 

「結構混んでるなぁ」

 

 内部の様子はごった返し……とまではいかないが、作業服の人達や艦娘等が席に座って食事を取っている姿が見受けられた。

 

 ちなみにここの食堂は券売機で欲しいモノのチケットを購入してからのスタイルであり、席を先に確保しないと痛い目を見る場合がある。

 

 俺はキョロキョロと辺りを見回し、空いている席を確保してから券売機に向かう。

 

 本日のおすすめ定食を選択してカウンターのおばさんに渡すと、1分も経たないうちに料理が乗ったプレートを渡された。

 

 近くに置いてコップにお茶を注いで席へと戻る。入口の扉は幾度となく開かれ、どんどんと客がなだれ込んでいた。

 

 少し遅かったら席が取れなかったかもしれない。どうやらタイミングが良かったようだ。

 

 そんなことを考えながら席に座り、お箸を持って合掌する。

 

 今日のおすすめ定食は鯖の味噌煮ときんぴらごぼう、豆腐の味噌汁にもやしの胡麻和えだ。

 

 うむ。見事な和食である。

 

「いただきます」

 

 感謝を込めながら目を閉じて頭を下げると、前の方からガタンと音が鳴る。

 

 ゆっくりと開けた俺の目に映ったのは、1人の艦娘が前の席に料理が乗ったプレートを置いているところだった。

 

「ここ、座っても良いか?」

 

「あ、ええ。大丈夫ですよ」

 

 俺の視線に気づいた艦娘が会釈をするように聞いてきたので、俺はコクリと頷きながら返事をし、それとなく眺めてみた。

 

 紺色をベースにしたセーラー服に、赤色のスカーフリボン。対照的な真っ白のスカートが見る者の目を惹きつけ、むっちりとした太ももがチラリと覗かせる。

 

 ……って、いやいや。別に疾しい気持ちはないんだけど。

 

 合わせて側頭部にアンテナのようなモノが見えた俺は、目の前の艦娘が摩耶であると判断する。

 

「……んだよ、ジロジロと見て」

 

「あっ、い、いや、すみませんっ」

 

 俺は慌てて謝ると、摩耶は驚いた顔をしてから手を横に振った。

 

「あ、悪い。別に怒っている訳じゃないんだけど……な」

 

「いえいえ、俺も見つめ過ぎたのが悪いですから」

 

 しっかりと頭を摩耶に下げ、もう一度謝る。

 

 すると摩耶は俺の胸についているネームプレートを見てから、なぜか恥ずかしそうにしながら頬を掻き、視線を逸らしながら口を開いた。

 

「お前は……アレだよな。ビスマルクの彼氏だっていう……」

 

「根も葉もない噂なんで、忘れて頂けると嬉しいんですけど……」

 

 まだまだ噂は消えていないらしい。

 

 まぁ、人の噂もなんとやら。暫くすれば気にならなくなるだろう。

 

 ……多分だけれど。

 

「ああ、やっぱりそうなんだな。見た目と想像があまりに合わないんで、ビックリしていたんだよ」

 

 摩耶はそう言って、今度はちゃんと俺の顔に視線を合わせながら苦笑を浮かべていた。

 

 ふむ……。噂と摩耶の反応って、何か関係があるんだろうか?

 

 細かく視線を動かたり、なんだか落ち着かないって感じに見えるんだけど……。

 

 摩耶の反応と先程の言葉が気になった俺は、ずばり聞いてみることにする。

 

「ちなみに……、どういった想像を?」

 

「ビスマルクの彼氏になれる男って段階で、相当身体に自信があるヤツか、はたまたドがつくMかと思ってたんだけどな」

 

「あー……」

 

 ビスマルクの現状を見てきた俺としては、摩耶の想像も分からなくもない。

 

 提督になるために身体はしっかりと鍛えてきたつもりだし、幼稚園の業務でも運動量は多い。だが、俺の外見が筋肉モリモリのマッチョマンという訳ではなく、摩耶の言うそれとはかけ離れているのだろうし、後者に至ってはハッキリと否定しておくのだが、

 

「まぁ、お前が相当のMならあたしも納得するけどさ」

 

「いやいや、頼むから納得しないで下さいよ……」

 

「あははっ、冗談だよ冗談。喋った感じで大体分かるからさ」

 

 笑いながら席に座った摩耶は割り箸をパキリと割り、行儀よく両手を合わせて「いただきます」と、頭を下げた。

 

「そ、それなら良いんですけど……」

 

 俺は小さくため息を吐いてから味噌汁を飲む。ここの飯はそれなりに美味いが、鳳翔さんのとは遠く及ばない。

 

 いやまぁ、作ってくれた人には悪いんだけど、食べ慣れた飯が食えないというのは辛いモノなのだ。

 

 連休とか取って、舞鶴に一時帰宅しようかなぁ……。

 

「何を思い耽ってるんだ?」

 

 そんな俺を見た摩耶は、急に不敵な感じの笑みを浮かべて聞いてきた。

 

「あー、いや。ちょっと舞鶴のことを思い出しまして」

 

「それって……コレか?」

 

 摩耶はそう言って、お箸を持った手の小指をピンと立てていたが、微妙に不機嫌そうな顔については触れないようにしておく。

 

 確かにそれもない訳じゃないんだけれど、不能になってしまった俺にとっては苦痛の種にもなりえるのだ。

 

 しかし、そんなことを話せる訳もなく、摩耶に向かって首を左右に振った。

 

「いやいや、違いますよ。舞鶴の食事を思い出したんです」

 

「ああ、なるほどね。故郷の飯は旨い……って、やつかな」

 

 言って、摩耶はガブリと骨付き肉にかぶりつく。

 

 口を動かしてもにゅもにゅと噛んでいるんだが、口の周りに付いた肉汁がハンパない。

 

 というか、めちゃくちゃでかい肉だけど、そんなのメニューにあったかな……?

 

「……ん、どうしたんだ?」

 

「あっ、えーっと……、摩耶さんが食べている肉が凄いなぁと思いまして……」

 

「ああ、これか。これは裏メニューだから、舞鶴から来たばかりのお前が知らないのも無理はないかもな」

 

 そう言いながら、摩耶はこの食堂について色々と教えてくれた。

 

「佐世保にはいくつかの食堂があるけど、基本的にメニューは同じなんだ。だから、どこに行っても味はそれほど変わんないんだよな」

 

「へぇ……。それってどうしてなんですか?」

 

「そりゃあ、管理がしやすいとか……そういうことじゃないのかな」

 

 摩耶は首を傾げながら俺に言う。

 

 ……って、摩耶もハッキリと分かっていないみたいだが。

 

「裏メニューについても基本的には同じなんだけど、食べるには必要なモノがあるんだよ」

 

「必要なモノ?」

 

「ああ。裏メニューの引換券が必要なんだ」

 

 そう言って、摩耶はポケットから紙切れを取り出して俺に見せた。

 

「今食べているヤツの半券なんだけどよ、これがないと注文はできないんだ」

 

「ふむ……。つまり、間宮さんの羊羹みたいなもの……ですね」

 

「おおっ。お前、良い線いっているじゃねぇか」

 

 摩耶はニッコリと笑みを浮かべながら、肉をかぶりつく。

 

 うむむ。凄く旨そうだ。

 

 こう……、ワインと一緒にもにゅもにゅ食べたい。

 

 刑務所内で優雅に暮らしている男が、ショットガンで撃たれた後みたいに。

 

「この券は、前日の功績が良かったヤツに渡されるんだ。あたし等のように艦娘だったら出撃した際のMVPを多く取ったり、鎮守府で働いているヤツなら作業をより良く進めたり……だな」

 

「なるほど……。艦娘だけって訳じゃないんですね」

 

 俺は呟きながら、裏メニューについて考える。

 

 間宮さんの羊羹は、舞鶴でかなり重宝されていた。艦娘の意欲を上げるために元帥がここぞという場面で振る舞ったり、ご褒美として交換券を配っていたりすることもある。

 

 つまり、佐世保において裏メニューの引換券とはそういうモノなのだろう。

 

「ただ、手に入れられる条件などはハッキリしてなくてな。夜中のうちに自室のポストに投函されていることが多いんだが、誰が入れているのかは全く分かっていないんだ」

 

「一種の謎……って、やつですか」

 

「まぁ、深くは考えなくても良いんだけどな……」

 

 言って、摩耶は俺から視線を逸らす。

 

 あれ、もしかして摩耶って……、怖い話がダメなのか?

 

「そ、それで話は戻るんだが……」

 

 摩耶は気まずそうな顔を浮かべていたが、肉にかぶりついた途端に笑みへと変わる。

 

 どれだけ旨いんだよ……、その肉。

 

「裏メニューにハズレはない。半端じゃないほど旨いんだぜ」

 

 うん。それは見ていて簡単に分かります。

 

 摩耶の食べている顔が、幸せ過ぎて面白いからね。

 

「だからあたしたちは出撃や演習を頑張ってこなし、裏メニューの引換券をゲットしようとするんだ」

 

「つまり、ご褒美みたいな感じ……ですね」

 

 俺の言葉にコクリと頷いた摩耶は、骨の周りに付いた肉を歯で削り取るように舐め回している。

 

 ……ちょっとだけエロい感じに見えちゃうのは気のせいだ。

 

 だって、下腹部に反応は全くないし。

 

 ……あ、そもそも俺、不能になってたんだった。

 

 悲しいけどこれ、現実なのよね。

 

「そういうことで、お前も頑張れば裏メニューにありつけるかもしれないってことだな」

 

「なるほど。色々教えてくれて、ありがとうございます」

 

「あっ、いや……。別に良いんだけど……よ」

 

 言って、肉にかぶりつこうとした摩耶が、またもや俺から目を逸らす。

 

 ……なにやら変な反応なんだけど、さっきからちょくちょく見ているので、気にしなくても良いだろう。

 

 案外、摩耶の癖だったりするかもしれないだろうし。

 

 摩耶自身が癖を知りながらも直せずに嫌がっていたら、あんまり良い顔はしないだろうからね。

 

 そんなことを考えていた俺は何度も頷いてから、頭の中で整理をする。

 

 多分、裏メニューは安西提督や他の上官が鎮守府のみんなを活気づけるためにやっているイベントのようなモノじゃないだろうか。

 

 端から見れば、目の前に人参をぶら下げられた馬みたいに思えてしまうけれど、効果的なのは間違いない。

 

 鎮守府にとっても必要経費で落ちるだろうし、意識の高揚を目的とした手段としてよく考えられているのではないだろうか。

 

 つまり、俺も幼稚園で頑張れば食べられるかもしれない。餌に釣られてしまう簡単な人間ではあるけれど、俄然やる気が沸いてくる。

 

 本当に、目の前で裏メニューを食べている摩耶が幸せそうなんだよなぁ。

 

「んぐんぐ……、ぷはー」

 

 満足そうな顔を浮かべた摩耶は、ポケットからハンカチを取り出して口を拭う。お皿の上の肉は骨だけになっており、周りに座っている人や艦娘たちの視線が少しばかり残念そうに見えた。

 

 その気持ち……、分からなくはない。

 

 そしてこの状況が、裏メニューの宣伝効果もかねているんじゃないだろうか。

 

 口コミに加えて他の物が食べているところを見る。あまりにも美味しそうなそれに、自分もいつかは……と、奮起しようとするだろう。

 

 うむむ、この計画は普通に侮れない。

 

 しかしそうであっても、俺のやることは一つだ。

 

 その結果、裏メニューの引換券を手に入れることになったのなら、それはそれでありがたい。

 

 俺は淡い期待を持ちながら、龍驤から聞きそびれてしまったことについて摩耶に尋ねることにする。

 

 その際、摩耶は何度も俺の顔を見たり顔を逸らしたりと大変そうだった。

 

 ほんのりと頬の辺りが赤かったんだけど、熱でもあったのだろうか……?

 





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次回予告

 摩耶との会話を済ませた主人公は、情報を得て目的の物をゲットする。
そして後日、その効果が現れたようなのだが……?


 艦娘幼稚園 第二部 第三章
 ~佐世保鎮守府幼稚園の子供たち 教育編~ その5「結局いつも通り」

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その5「結局いつも通り」

※現在BOOTHにて『艦娘幼稚園シリーズ』の書き下ろし同人誌を通信販売&ダウンロード販売中であります! 是非、宜しくお願い致しますっ!
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 摩耶との会話を済ませた主人公は、情報を得て目的の物をゲットする。
そして後日、その効果が現れたようなのだが……?


 食事を終えた俺は摩耶からあることを聞き出し、食堂を出てからそこへと向かった。

 

 別れる際に少しばかり残念そうな顔をしていた摩耶だったが、教えてくれたお礼をいつかは……と、伝えると、嬉しそうに手を振りながら送り出してくれたので、大丈夫なのだろう。

 

 ちなみに何を探しているのかというと、ドイツに関する本である。

 

 レーベやマックス、ユーたちが廊下で話していたことについて、俺は思うことがあったのだ。

 

 それ以外にも目的があるが、それはまぁ後々で良いだろう。

 

 ついでに不能に関する本も探そうとしたが、貸し出しを申請する際に話しかけなければならない受付が、女性という点に問題あり。

 

 そんな状況で借りようものなら、自白しているのと変わらない。

 

 さすがに俺はそんな趣味を持ち得ていないので――と、そっちに関する本は探すことすらしなかった。

 

 プリンツに顔面を踏まれた際に世話になった女性医師に診察してもらうことも考えたが、やはり相手が相手なだけに、足を踏み出すことができていないのだ。

 

 恥ずかしいのもあるけれど、なんだか嫌な予感がしてしまう。

 

 個人情報だから、周りに吹聴する……なんてことはないと思うが。

 

 なんだか気が抜けない相手なんだよねぇ……。

 

 とりあえず今は、素直に明石が治療法を探してくれることを祈ろう。

 

 そうして俺はドイツに関する本を借り、自室のベッドに転がりながら読んで、次の計画の準備を行ったのである。

 

 

 

 

 

 そして次の日。

 

 昨日と同じようにレーベとマックスの授業を行っていた俺は、会話の中にドイツ語を混ぜてみることにした。

 

「次の問題だけど……レーベ、分かるかな?」

 

「ええっと……、2たす3は……5だよね?」

 

「gut。良くできたな、レーベ」

 

「う、うん、ありがと……って、あれ?」

 

 レーベがゆっくりと首を傾げてから、俺とマックスの顔を交互に見る。するとマックスは小さく頷いてから、俺を見て口を開いた。

 

「先生、今のは……」

 

「ん、ああ。ちょっとばかりドイツ語を混ぜてみたんだけど……」

 

「ふうん……」

 

「あ、あれ。もしかして、発音が悪かったか?」

 

「ううん。少しばかり発音が拙い感じがしたけど、僕にはちゃんと聞きとれたかな」

 

「そ、そうか……。それなら良かったよ」

 

 レーベの言葉を聞いて、俺はホッと胸を撫で下ろす。

 

 昨日借りてきた本だけで完璧な発音は難しいと思ったが、伝えることができたのは何よりだ。

 

 これからちょくちょくドイツ語を混ぜていきたいし、他にもやりたいことがある。

 

 インターネット回線が繋がったパソコンがあれば便利なので、近いうちに安西提督に申請してみようかと思う。

 

 あるとないとでは大きな違いがあるし、調べ物以外にも役に立つからね。

 

 ……不能についても、誰にもばれないで調べられるし。

 

 もちろん履歴は、毎回きちんと消去するけどさ。

 

「……どうして先生は、ドイツ語を取り入れようと思ったのかしら?」

 

 そんなことを考えていると、マックスが俺の顔をジッと見つめながら問い掛けてきた。

 

 ふむ……、どう答えるべきだろうか。

 

 レーベたち3人が通路で話していたのを盗み聞きしていたとは、さすがに言わない方が良いだろう。かといって、他に理由があるのかと問われればないのであるが。

 

 こうなることは分かっていたんだから、先に考えておけよって話だけどね。

 

「そうそう。僕もいきなりでビックリしたんだけど……」

 

「これは何かを企んでいると考える方が……妥当よね」

 

「べ、別に悪いことを考えたりしている訳ではないんだが……」

 

「もちろん、先生のことは信用しているわ」

 

「そ、そうか……」

 

 何気に恥ずかしいことを言ってくれるマックスなんだけれど、なんでそこまで信用してくれるのか分からない。

 

 悪いことではないので問題はないのだが、いかんせん理由が分からないと逆に怪しく思ってしまう。

 

 とはいえ、子供たちを怪しむなんてことは……教育者としてやりたくはないんだけれどね。

 

「ま、まぁ……なんだ。折角みんなが居るんだし、俺も少しは勉強してみようかなと思ってだな……」

 

 辺り触りのない理由をつけるのが一番だと、俺はそう答えたのだが……。

 

「「………………」」

 

 レーベとマックスが、なぜか俺の顔を見ながらキラキラと輝いていた。

 

 ……あれ、なんで?

 

 山盛りの料理とボーキを前にしたブラックホールコンビじゃあるまいし、全くもって理由が分からないんだけれど……。

 

「ねぇ、先生」

 

「ど、どうした、マックス……?」

 

 変わらぬ表情……と、思いきや、マックスの顔が大きく崩れていた。

 

 ついでに頬は真っ赤です。

 

 どうしてこうなった。

 

「つ、つまりそれって……、先生は私たちの生みの親に挨拶を……」

 

「…………は?」

 

「そ、そういうことで良いんだよね……?」

 

「え、えっと……」

 

 両手を背中にまわしてモジモジとする2人。

 

 もう一度言おう。

 

 どうしてこうなった。

 

「先生がそこまで私たちのことを真剣に考えてくれるなんて……う、嬉しいわ」

 

「うん。僕もとっても嬉しいよ……」

 

 そしてキラキラが一段と増す2人。

 

 あかん。これは完全に勘違いってヤツだ。

 

 早く修正しないと、大変なことになってしまう。

 

 いや、すでに取り返しがつかないかもしれないが。

 

「い、いやいや、話が突拍子もないくらい飛びまくってるんだけど……」

 

「「……え?」」

 

 俺の言葉を聞いた瞬間、2人のキラキラが一瞬にして消失する。

 

「そ、その……だな。俺はそこまで深く考えてるんじゃなくて……」

 

「「………………」」

 

 更には2人の頭の辺りに、赤いムンクの叫びのようなモノが……。

 

「せ、先生……に、弄ばれたと言うの……」

 

「が、がっかり……だよ……」

 

「ちょっ、人聞きの悪いことを言わないでっ!」

 

 いくらなんでも落ち込み過ぎじゃないかと思うんだけど、勘違いしたのはそっちだかんねっ!

 

 しかし、切っ掛けを作ったのは俺の方だし、子供たちに文句を言う訳にもいかない。

 

 つーか、やることなすこと裏目に出過ぎじゃないのかなぁ……。

 

「と、とにかく、他にもまだ用意してあるのもあるから……」

 

「……え、えっと、それってどういうことかな?」

 

「まぁ……その、なんだ。もう少し後のお楽しみってことにしてくれないか」

 

「……ふうん。まだ何か考えている……って、感じね」

 

 2人はそう言って、疲労にまみれた顔を元に戻してくれた。

 

 ふぅ……、何とかなったな……。

 

 できればギリギリまで隠しておきたかったのだが、こうなった以上仕方がない。

 

 目的の物はすでに準備をしてあるので、2人には上手く言って焦らしつつ、驚いてもらうことにしよう。

 

 

 

 

 

 それから普通に授業を進め、昼食の時間になった。

 

 食堂から運ばれてきたお弁当箱を子供たちの席に置き、両手を合わせて合掌をする。

 

 この辺りは舞鶴を参考にしたというビスマルクの言葉通りなんだけど、ドイツ式だったとしてもおかしくはないと思っていたんだよなぁ。

 

 まぁ、ドイツ式がどんなのかは全く知らないけれど。

 

 昨日読んだ本にマナー的な部分は書かれていなかったので、想像もつかないんだよね。

 

 やっぱり、食事前にお祈りとかがあるんだろうか?

 

「それじゃあ、いただくわ」

 

「「「いただきます」」」

 

 ビスマルクの声に合わせて俺や子供達も頭を下げる。

 

 うむ。やっぱり舞鶴と同じである。

 

 なんだかちょっとだけホッとする感じだが、こういうときこそ気を抜いてはいけない。

 

 さすがに食事どきにプリンツからタックルを食らう訳はないと思うのだが……

 

「もぐもぐ……」

 

 普通に食べていた。

 

 ご飯を口に放り込み、ほっぺがプックリと膨らみながら食事を進めるプリンツ。

 

 何これ。普通に可愛いんですけど。

 

 他の子供たちを見てみるが、何ら問題があるようには思えない。

 

 ふむ……、変だな。

 

 こういうときって、大概何かしら突っ込まなければならない状況が生まれるモノなのだが。

 

 さすがに毎日問題を起こすのも飽きたということだろうか。

 

 ……って、それだったら意図的にやり過ぎなんだけど。

 

 ううむ。不幸慣れし過ぎて怖い……ぞ。

 

「ぷはーーーっ!」

 

 ――と、子供たちを見ていた俺の耳に、何やら違和感のある声が。

 

 俺はそちらの方へと振り返ってみると、ビスマルクが嬉しそうな顔で口を拭っていた。

 

 ……開いた方の手に、泡の出る飲み物があるんですけどね。

 

「おいこらちょっと待て」

 

「あら、珍しく喧嘩腰ね。私と一戦やろうって言うの?」

 

「勝てる気がしないから戦うつもりはないが、これだけは言わせてもらう。

 昼間っから酒を飲むんじゃねぇっ!」

 

「フフフ……。悪いけどこれ、泡の出るジュースよ?」

 

「なっ、なん……だと……っ!?」

 

「あなたを騙すために用意しておいた甲斐があったわ!」

 

 そう言って、大きく胸を張るビスマルク。

 

 ……いやいや、いったいお前は何がしたいんだ。

 

「さぁ、あなたのさっきの言葉を取り消すには、それ相応の態度が必要よっ!」

 

「騙そうとしている時点で謝る必要はねぇよっ!」

 

「何よっ! 騙された方が悪いんじゃないっ!」

 

「情操教育に悪い発言をしてるんじゃねぇっ!」

 

 戦場ならまだしも、ここは幼稚園。

 

 子供たちの教育に悪いことはできるだけ避けなければならないというのに……、ビスマルクェ……。

 

「むうぅぅぅっ! ああ言えばこういう……っ!」

 

「そっくりそのままお返しするっ!」

 

 俺とビスマルクはいがみ合うように視線を絡ませると、子供たちの方から大きなため息がいくつも重なりあって聞こえてきた。

 

「……これって、夫婦喧嘩……なのかな?」

 

「ビ、ビスマルク姉様と先生はそんな関係じゃないですっ!」

 

「……けど、あの状況はちょっとだけ羨ましいよね」

 

「……見ていて腹が立つわ」

 

 口元に人差し指を当て、考えるような仕草をしているユー。

 

 ユーの言葉に顔を真っ赤にさせて反論するプリンツ。

 

 少し呆れた表情をしながら、指で頬を掻くレーベ。

 

 小さな虫ならコロリと逝ってしまいそうな視線を向けるマックス。

 

 そして……

 

「ふ、ふ、ふ……夫婦……ですってっ!?」

 

 肩を大きく震わせたビスマルクが耳まで真っ赤にして、表情を崩しまくっていた。

 

 あかん。やっぱりこれ、いつも通りや。

 

 

 

 ――そう、心の中で呟いた俺は、大きくため息を吐いたのである。

 




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 結局全然変わっていない状況に冷や汗気味な主人公も、用意しておいたモノを出した途端変わりまくるみんなの姿に笑みを浮かべていた。

 ただ、良く考えていれば、こうなることは予想済みだったはずなのに……。


 艦娘幼稚園 第二部 第三章
 ~佐世保鎮守府幼稚園の子供たち 教育編~ その6「ハーレムルートと思いきや?」

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その6「ハーレムルートと思いきや?」

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 結局全然変わっていない状況に冷や汗気味な主人公も、用意しておいたモノを出した途端変わりまくるみんなの姿に笑みを浮かべていた。

 ただ、良く考えていれば、こうなることは予想済みだったはずなのに……。


「ぴゃあぁぁぁっ!」

 

 待て。

 

 完全に未登場の艦娘が出てきてなかったか?

 

 ちなみにそんな声をあげたのは、やはりというかなんというか。

 

 ――そう、ビスマルクである。

 

「ウマいっ! ウマいわっ!!」

 

 そして手掴みでガツガツと食べる様は、情操教育上止めて欲しい。

 

 しかし、そんなビスマルクと同じように笑顔を浮かべながら黙々と食べている子供たちを見てしまえば、正直どうでも良くなってしまうのだが。

 

「……これは、本当に美味しいよ」

 

「……そうね。懐かしい味ね」

 

「ユー……、いっぱい食べる……です」

 

 レーベとユーはニコニコしながら一つずつ指で摘んで口に入れ、マックスも満面の笑顔とはいえないまでも、チマチマと食べていた。

 

「……くっ! こ、こんなことでお姉さまの仲を認める訳には……っ!」

 

 そしてその隣で、ハンカチを噛みしめながらも器用に口の中に放り込むプリンツが居る。

 

 お前は姑か何かか。

 

 しまいには「この泥棒猫……」とか言い出すんじゃなかろうか。

 

 その場合「お母様っ!?」と、叫ばなければならないんだろうけれど。

 

 いや、何のコントだよ……。

 

「そんなにがっつかなくてもまだ沢山あるから……」

 

 俺はそう言いながら、ビスマルクには無糖のドリップコーヒー、子供たちには牛乳たっぷりのカフェラテの入ったコップを手渡した。

 

 これはスタッフルームにあるビスマルクの私物を借りたんだが、先に許可を取ってあるので問題ない。

 

 ついでにこっそり例の粉は処分しておいた。危ないったらありゃしない。

 

「Danke。ありがとね、先生」

 

「いやいや。これくらいのことは……な」

 

 言って、俺はレーベの頭を優しく撫でる。

 

 上目づかいで見上げてくるレーベが嬉しそうに微笑むと、胸の奥がキュンとしてしまう。

 

 むぅ……。お持ち帰りしてぇ……。

 

 そんな考えを実行に移しては危ないと、俺はみんなが食べているモノに手をつける。

 

 ……って、なんだか言い回しがヤバい気もするが、決してそんなことはしないので安心するように。

 

 俺が手に取ったのは、今朝早くに食堂の厨房の片隅を借りて作った『焼きアーモンド(Gebrannte Mandeln)』である。

 

 昨日、摩耶からありかを聞いて借りてきた、ドイツに関する書籍にあったお菓子の項目。

 

 それには、子供たちに大人気! ――という触れ込みと一緒に、作り方が書かれてあったのだ。

 

 それとなしに眺めていた俺だったのだが、作るのがそれほど難しくなさそうな感じがしたのでやってみたところ、思った以上に良くできてしまったのである。

 

 厨房を借りたお礼に職員の人にもお裾分けしたんだが、非常に好評だった。

 

 これならいけると確信した俺は、昼食の後に振舞った訳である。

 

 目的はもちろん、ホームシック気味の子供たちへの日頃の感謝とご褒美だ。

 

 ついでにプリンツの敵対心が和らいでくれたら一石二鳥と思っていたのだが……

 

「悔しい……っ! でも、手が止まらない……っ!」

 

 号泣しながらバリボリと食すプリンツ。

 

「ヒャッハーーーッ! 新鮮なお菓子だぜーーーッ!」

 

 お前はいったい誰だ――と、言いたくなるくらいテンションが上がりまくっているビスマルク。

 

「アーモンドも良いけど、カシューナッツも美味しいよね」

 

「……そうね。私はくるみも結構好きよ」

 

「ユーは、ヘーゼルナッツが美味しいです……」

 

 マイペースに食べ続ける3人。

 

 みんなは一様に嬉しそうに。いや、プリンツはなんだか微妙な感じだけれど、嫌がっている感じはしないだろうから大丈夫だろう。

 

 作って本当に良かったなぁ……と、俺は心から嬉しくなり、焼きアーモンドのお皿に手を伸ばそうとしたのだが、

 

 

 

 ガシッ!

 

 

 

「……は?」

 

 掴まれた。

 

 それはもう、ガッチリと手首を。

 

 ついでに、肘の辺りと二の腕も。

 

 合計4つの手が俺を掴んでいる。

 

「あ、あの……、これは……いったい……?」

 

 冷や汗を浮かべながら俺は問う。

 

 もちろん、掴んでいる子供たち&ビスマルクに……だ。

 

「これは……あなたが作ったのよね?」

 

 ガチな視線を俺に向けるビスマルク。

 

 ……あ、あれ?

 

 何やら危険な香りが漂っているんですが……?

 

「そ、そうだけ……ど、もしかして……何か問題でも……?」

 

 嫌な予感しかしないが、ここで嘘をついても意味がない。

 

 いや、どこかで買ってきたと言った方が良かったかもしれないが。

 

「……決めたわ」

 

「……は、はい?」

 

 コクリと頷くビスマルク。

 

 そして、同じように俺の手を掴んでいる子供たちも目を閉じて頷いていた。

 

 ちなみにプリンツだけは、俺から視線を逸らして不機嫌そうにしているんだけれど、タックルが飛んでこないだけマシなのだろうか。

 

 ……ただし、これから起こる惨劇を思えば、そっちの方が良かったと思えるのだろうが。

 

 つまり、どういうことかというと、

 

 事態は、より、悪化した。

 

 それだけである。

 

「先生っ! あなたを私の専属メイドに任命するわっ!」

 

「執事じゃなくてメイドだとっ!?」

 

「これから毎日、私のために美味しい料理とお菓子を作りなさいっ!」

 

「教育者の仕事はどうすんだよっ!?」

 

「そんなものはどうだって良いわっ!」

 

「全然良くねぇよっっっ!」

 

 教育者の端くれですらないビスマルクの発言に、本気で回し蹴りをぶちかまそうと思った矢先、

 

「先生……。それじゃあ僕のお嫁さんになってくれれば良いと思うんだ」

 

「ちょっ、レーベまで何を言い出すんだっ!?」

 

「……そうね。私は2号で構わないわ」

 

「マックスの発言の方がヤバ過ぎるっ! ちなみになんで俺が嫁なのっ!? そしてその場合2号はどういう関係になるのか分かんないっ!」

 

 もはや正常な判断などできようもなく、俺は突っ込みを入れることしかできないのだが……

 

「え、えっと……、先生をお嫁さんにしたら……毎日美味しいお菓子が食べられるのかな……?」

 

「い、いや、そんなことをしなくても、ちょくちょく作らなくもないけど……」

 

 ユーが口元に人差し指を当てながら首を傾げる仕草が可愛らしくて、またもや胸が締め付けられる感じに戸惑いを隠せない俺。

 

「ほんと……っ!?」

 

 滅茶苦茶嬉しそうに純粋無垢な笑顔を浮かべるユー……って、可愛過ぎるでしょうがっ!

 

「くっ……、ここに来て新たなライバルが登場だというの……っ!?」

 

「そこでたじろぐビスマルクの心境が分からないっ!」

 

「こうなったら、やっぱり腕にモノを言わせるしか……っ!」

 

 ジリジリと俺の方へと歩み寄るビスマルクは、両手を構えながら鼻息を荒くしている。

 

 いやいやいや、待て待て待てっ!

 

 何度も時間と場所をわきまえろって言っただろうがっ!

 

「なんでそう、力で何でも解決しようとするんだよっ!」

 

「力こそが正義。良い時代になったモノね……」

 

「それどこの世紀末っ!? ついでに最後はビルの上から飛び降りなきゃなんないよねっ!?」

 

 どうせなら俺の精巧な人形を作った上で、どっかに籠っていてくれれば被害は受けないのに。

 

 いや……、それでも背筋に嫌な気配くらいは感じるかもしれないけれど。

 

「仮面の男がたぶらかそうとするから……」

 

「まだそのネタ引っ張るつもりかよっ!」

 

 そいつ絶対ショットガン持っちゃっているよねっ!? 兄より優れた弟などいないとか言いだしそうだよねっ!?

 

 つーか、日本に染まり過ぎなんだよビスマルクはっっっ!

 

「仮面の男って……誰……?」

 

「ユー、ビスマルクの言葉にいちいち反応していたら、身が持たないわ……」

 

「そ、そうなの……? 分かった……」

 

 そこで納得してしまう段階でどうしようもないんだけれど。

 

「フフ……、さすがマックスね。私のことを充分知りつくしているわ」

 

「そこは自慢げにするところじゃないよっ!?」

 

 馬鹿にされているのとほとんど変わらないんだけれど、そっちの方をもっと良く知るべきだと思うのだが。

 

 まぁ、ビスマルクだから無理なんだろうなぁ……。

 

「あら、あなたのその目……。ゾクゾクしちゃうんだけど……?」

 

「いつの間にドSからドMに変貌したのっ!?」

 

「私は日々進化するのよっ!」

 

「頼むからもっと別な方向に進化しろよっ!」

 

「それは無理ね。私の身体の半分は優しさでできているの」

 

 頭痛薬かよっ!

 

「ちなみに残りの半分はいやらしさよ」

 

「全くダメじゃねぇかっ!」

 

 だんだんビスマルクの喋り方が元陸上部のエースで秀才なのに毒舌まみれで体重が軽くなってしまう怪異にかかった女子高生みたいになっているんですけどっ!

 

「あんまりグダグダ言ってると、口の中をホッチキスの針まみれにするわよ?」

 

「やっぱりドSだーーーっ!」

 

 両手で頭を抱えて床に膝まづく俺。

 

 もはや何を言ってもダメな気がする。

 

「むむむっ、ビスマルク姉さまと先生が夫婦漫才を……。許せませんっ!」

 

 そんな中、プリンツだけは俺に敵意をむき出しにした視線を送っていたが、夫婦漫才と言っちゃっている段階でアウトなのでもう少し言葉を選んで欲しい。

 

「プリンツッ!」

 

「は、はいっ!?」

 

 するとビスマルクが真剣な表情で大きな声をあげると、プリンツが咄嗟に姿勢を正してビクリと身体を震わせた。

 

 確かにこのままプリンツを放っておけば、俺にタックルをかましてくる可能性があったけれど……

 

「今の言葉……最高よっ!」

 

 ビシッ! ――と、ビスマルクは親指をたてた拳をプリンツに向け、大きな効果音が鳴ってしまうようなポーズを取った。

 

 ですよねー。

 

 ビスマルクのことだから、プリンツの心境も俺の身の安全も考えないよねー。

 

「はうぅ……」

 

 そして涙目で肩をガックリと落としてうなだれるプリンツ。

 

 可哀想で仕方がないし、肩に手を置いて慰めてやりたいけれど、それをやったらどの方向からも攻撃がきそうで怖過ぎる。

 

 まずはプリンツのアッパーカット。その後は空中コンボでビスマルクの左ストレートが入り、続けてレーベとマックスのエリアルレイヴ。最後は地面に叩きつけられたところにユーの魚雷が襲来する。

 

 まぁ、そんなことはありえないだろうけれど、ビスマルクまでは実際に起こりそうだからマジ怖い。

 

 君子危うきには近寄らず。ここはプリンツに涙を飲んでもらうことにしよう。

 

 薄情だとは……思わないように。

 

 俺だって、自分の身が危ういのだから……。

 

 

 

 結局その後、お菓子の大半はビスマルクが腹の中に収めたが、子供たちにもなかなかの好評だったので、また作ろうとは思う。

 

 ただし、もう少し準備をしてから……だけどね。

 

 もう、踏んだり蹴ったりは勘弁である。

 

 

 

 まぁ、いつものことだけどさ……。

 




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次回予告

 毎回ノリが同じなのでどうにかしたい主人公。
しかし、暴走したビスマルクは止まらない。
更には大問題発言をぶちかまし、強硬手段に出ようとするが……

 遂に……アレがばれちゃったっ!?


 艦娘幼稚園 第二部 第三章
 ~佐世保鎮守府幼稚園の子供たち 教育編~ その7「イケ……メン?」

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その7「イケ……メン?」

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※今話は下ネタ酷過ぎかもしれません。ご注意ください。


 毎回ノリが同じなのでどうにかしたい主人公。
しかし、暴走したビスマルクは止まらない。
更には大問題発言をぶちかまし、強硬手段に出ようとするが……

 遂に……アレがばれちゃったっ!?


 

「ふぅ……」

 

 スタッフルームに入った俺は、大きく息を吐きながらエプロンの紐を解いていた。

 

 もちろん紐は青くないし、背中の方で結んである。間違っても両腕ではないことを断言しておこう。

 

 お菓子イベントを終えてからは大した問題もなく、予定通りの業務を行うことができた。

 

 何よりありがたいのは、ビスマルクと一緒に子供たちを教える状況ではないということであり、この時間はかなり心に余裕が持てるのである。

 

 とはいえ、プリンツの攻撃を避けなければいけなかったり、レーベとマックスの好感度が意味不明なほど高かったりするので、完全に気を抜けるような時間はないのだけれど。

 

 それでもビスマルクが居ないのは非常に楽……って、どれだけ脅威なのかとへこんでしまうのだが。

 

 うむむ、色んな意味でおそるべし……である。

 

「お疲れさまー」

 

「……お疲れさまです」

 

 噂をすれば何とやら。

 

 疲れ切った表情で部屋に入ってきたビスマルクは、エプロンを外すことなくコーヒーメーカーのスイッチを押していた。

 

 どれだけコーヒーが好きなんだよ……と、思ってしまうかもしれないが、ビスマルクの気持ちが分からなくもない。

 

 仕事の後の一服というのは格別であり、できれば俺も飲みたいところなのだが……

 

「あなたも飲むかしら?」

 

「そう言いながら、俺が処分しておいたはずの瓶をなぜ持っているのかを問い詰めたいっ!」

 

「フフフ……。私の辞書に不可能という文字はないのよ?」

 

「理性と常識の文字は確実になさそうだけどね!」

 

「そんなもの、とっくの昔に捨てておいたわ」

 

「大事なんだから捨てるんじゃねぇよっ!」

 

 そう叫びながら、大きくため息を吐く俺。

 

 身の危険もそうだけど、突っ込む体力も必要だから大変だ。

 

 いや、まてよ……。

 

 ということは、突っ込みを入れなければ大丈夫ということか……?

 

「その場合は、問答無用で襲うわよ?」

 

「勝手に心の中を読んだ挙句にボケるんじゃないと何度も言ってるでしょうがっ!」

 

「あら、残念」

 

 全く残念そうに見えない顔で、両手の平を上に向けながら肩をすくめるビスマルク。

 

 俗に言う通信販売のポーズである……って、冷静に状況を見ているだけマシってモノだろうか。

 

 しかし、俺のそんな気持ちもどこへやら。

 

 ビスマルクは腰の両側に手を添えて、胸を大きく張りながら、とんでもないことを口走ったのである。

 

「それじゃあ早速LAN直結するわよっ!」

 

「何が早速なんだよっ! 何度も時間と場所をわきまえろって言ってるよねっ!?」

 

 そもそも俺に、そんな端子はついてないからねっ!

 

「昼間のお菓子のお礼……とくと味わうが良いわっ!」

 

「お礼をするのなら、もう少し相手の気持ちを考えてくれても良いんじゃないかなぁっ!」

 

 襲ってくるビスマルクの腕を素早く払いのけ、バックステップで距離を取る。

 

 捕まったら何もかもが終わりになる。

 

 一瞬も気が抜けないとはこのことだが、元中将と戦ったときより緊張している気がするんだけれど。

 

 それって半端じゃない気がするんだが、つまりビスマルクはそれほどの脅威となり得てしまうのだ。

 

 後、ついでに言えば、毎回こんな感じじゃない?

 

 そろそろマンネリのような気が……

 

「隙ありっ!」

 

「ぐっ!?」

 

 余計なことを考えてしまったせいでビスマルクの強襲を避け切れず、腕を捕まれてしまった俺は簡単に組み伏せられてしまう。

 

「フフフ……。これであなたは私のモノよ……」

 

 ビスマルクはニンマリと不適な笑みを浮かべて俺を見下ろしている気がするが、残念ながら背後に回られているため顔が見えない。

 

「や、やめろっ! こんなことをして何になるって言うんだっ!」

 

「それはもちろん、私が満足できるわね」

 

「俺の意志は完全に無視かよっ!」

 

「大丈夫よ。全てが終われば縋り付いてくることになるわ」

 

 自信たっぷりに言うビスマルクだが、ここで俺はふと考える。

 

 よくよく考えてみれば、俺は現在不能状態だ。

 

 つまり、襲われても最後までは不可能ということになるのだが。

 

 ……これって、俺の不戦勝だろうか?

 

 全く嬉しくないんだけれど……ね。

 

「それじゃあ早速……」

 

「やーーーめーーーてーーーっ!」

 

 そうであっても、やっぱり襲われるのは勘弁願いたい。

 

 俺には心に決めた愛宕がいるし、無理矢理というのはどうにも良くない。

 

 それに、こういうのは両者合意ってもんが道理だろう?

 

「ここまできたんだから、観念しないさいっ!」

 

「そんなことができるか馬鹿野郎っ!」

 

「私は野郎じゃないわ!」

 

「馬鹿女郎!」

 

「くっ、言い換えたところで何になるというの……っ!」

 

 その割には焦っているような表情に変わったのはなぜなのだろうか。

 

 もしかして、女郎の意味が分かっていなかったりするのか……?

 

「またもや隙ありよっ!」

 

「ちょっ、さすがにそこは……」

 

 ビスマルクの手が俺の下腹部へと素早く襲い掛かり、ぶっきらぼうに掴んでしまう。

 

「痛ぇっ!」

 

 俺は慌ててビスマルクを突き飛ばし、何とか距離を取ったのだが、

 

「………………え?」

 

 ビスマルクは目を大きく開き、信じられないといった表情を浮かべていた。

 

「ど、どう……して……?」

 

 ガクガクと肩を震わせるビスマルク。

 

 そして、徐々に顔が赤くなり、憤怒の表情へと変わっていく。

 

「何で勃ってないのよっ!」

 

「時間と場所と言葉をわきまえろーーーっ!」

 

 俺の叫び声がスタッフルームの窓を大きく揺らしたのは、ここだけの話である。

 

 

 

 完全にアウトだからねっ!

 

 

 

 

 

「……と、いうことだ」

 

 俺はビスマルクに明石のツボ押しによって不能になった経緯を説明し、海よりも深いため息を吐いた。

 

 もしかすると深海にまで届いてしまうかもしれないが、例のヤツは舞鶴近くの島に住んでいるはずなので大丈夫だろう。

 

 まさかとは思うが、俺の窮地を察知してここにやって来るようなことはないと思うし。

 

 まぁ、助けに来るよりも笑いに来るというのが正しいだろうが。

 

 ル級のことだから間違いないね。

 

「な、なんて……ことなの……」

 

 そして、俺の話を聞いたビスマルクが愕然とし、床に両手と両膝をついてへこみまくっていた。

 

 こんな感じになるのだったら、襲われる前に口で説明しておいた方が良かったかもしれない。

 

 信じるか信じないかは別にして……、だけどね。

 

「まぁ、明石が治し方を探してくれているから、一生このままってことはないと思うけどな……」

 

 そんなことになったのなら、俺はこの先どうすれば良いのかとマジへこみしてしまうのだが、治ると言い切ってしまうのも具合が悪いと思うので、ビスマルクには濁しておくことにする。

 

 いや、本当に早く治って欲しいんですが。

 

 そうじゃないと大手を振って舞鶴には帰れないし、愛宕に合わせる顔がない。

 

 まぁ……、付き合っている訳じゃないけどさ……。

 

「くっ……、明石が絡んでいる以上、変にことを荒らげる訳にもいかないわね……」

 

 そう言って、親指の先を歯で噛みまくるビスマルク。

 

 あまり宜しくない癖だから、止めた方が良いと思うんだけど。

 

 ついでに明石の名を言った時点でビスマルクが嫌そうな顔をしたのは、過去に何かあったのだろうか?

 

「そういう訳だから、俺を襲ったところでビスマルクの本懐は遂げられないからな」

 

「くぅぅ……っ!」

 

 ビスマルクは悔しそうに拳を床に何度も叩きつけ……って、そんなに俺のことを思ってくれてたの……?

 

 それはそれで嬉しいような悲しいような。

 

 い、いやいや、別にもったいないなぁとか思っている訳じゃないんだからな。

 

 気を許したら最後、骨の髄までしゃぶられるのは目に見えている。

 

 そうして俺の未来は、暗雲立ち込める世界へとまっしぐらなのだ。

 

 後はビスマルクの下僕として、毎日を過ごすことに……。

 

 なんて不幸なんだ……と、思いきや、今とあんまり変わらないような気がする。

 

 多分気のせいだ。

 

 きっと気のせいだ。

 

 ……気のせいだと思いたい。

 

 気のせい……だよね……?

 

「分かったわ……。そういうことなら、私の方でも何とかできるように色々と当たってみましょう」

 

 ゆっくりと立ち上がったビスマルクは、悪い考えを払拭するように頭をブンブンと振って俺を見た。

 

「……え?」

 

「え? ――じゃないわ。

 あなたのためなら一肌や二肌、脱ぐなんてことは朝飯前なのよっ」

 

「ビ、ビスマルク……」

 

 二肌はいらない気もするが、気持ちは純粋に嬉しい。

 

 不能になってしまってへこんだのは事実だし、早く治したいのも嘘ではないのだ。

 

 その結果、またビスマルクから襲われてしまう可能性も高いだろうが……、それはそれでなんとかすれば良いだけの話である。

 

 まずは身体を治すこと。

 

 そうすれば、前向きな考えも進んでいくだろう。

 

「ありがとな……、ビスマルク」

 

「いいえ。あなたのためなら何でもするし、この命だって捧げてみせるわ」

 

「い、いやいや。さすがに命までは……」

 

「何を言うのよ。私が信じるあなたを思う気持ちは、決して嘘ではないのだから」

 

「そ、そうか……」

 

 真剣な眼差しでそう言われてしまえば、もはや返す言葉はない。

 

 つーか、マジでビスマルクがカッコイイんですけど。

 

 やだこれ惚れそう。

 

 なーんてことも、ありえなくもないかもしれない。

 

 ――いや、ないけどね?

 

 いますぐ抱かれたい艦娘ランキング上位に割り込んだりはしてないよ?

 

 ちなみに1位は愛宕です。

 

 2位以下は考えてないけど。

 

 ビスマルクは……5位くらいになったかなぁ……。

 

 ………………。

 

 いや、冗談だけどさ。

 

「しかし、まさか明石が秘孔の使い手だったとはね……。道理で太刀打ちできない訳よ……」

 

「………………は?」

 

 ビスマルクは何を言っているんでしょうか。

 

 仮にも戦艦であるビスマルクが工作艦である明石に勝てないとか、ぶっちゃけてもありえないと思うんだけど。

 

 それとも戦闘以外……と、いうことだろうか?

 

「しかし、私も北斗羅漢撃の使い手として負ける訳には……」

 

「まだそのネタ引っ張るのかよっ!」

 

 明石に至っては偽物の方だったし、羅漢撃の使い手は兄弟の中で最弱だからねっ!?

 

 再度あげてしまった叫び声によって何度目かの窓ガラスが響く中、ビスマルクは舌をペロンと出して可愛らしい仕種をする。

 

 呆れた顔を浮かべた俺は小さくため息を吐いたが、不能となったことを隠し続けていた心の重荷から少しだけ解放されたことで、肩の荷が軽くなったような気がした。

 

 ただ、このとき俺は気づいていなかった。

 

 スタッフルームの出入口の扉から、俺達を伺っている視線があったことを……。

 




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 ビスマルクェ……

 もうね、やり過ぎにもほどがあるんですよ。
でもまぁ、主人公の不能が発覚したことで無理矢理襲おうとするのは治まった……?
そう考えると治らない方が良いのかもしれないが、それすらも問屋は卸さない。

 そう――、視線の相手がいる限り。


 艦娘幼稚園 第二部 第三章
 ~佐世保鎮守府幼稚園の子供たち 教育編~ その8「喧嘩仲裁の果てに」(完)

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その8「喧嘩仲裁の果てに」(完)

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 ビスマルクェ……

 もうね、やり過ぎにもほどがあるんですよ。
でもまぁ、主人公の不能が発覚したことで無理矢理襲おうとするのは治まった……?
そう考えると治らない方が良いのかもしれないが、それすらも問屋は卸さない。

 そう――、視線の相手がいる限り。


 それから1週間が経った。

 

 俺は時折本で調べたお菓子を厨房で作り、子供たちやビスマルクに昼食後やおやつの時間に振舞った。

 

 傍から見れば餌づけにしか見えないかもしれないが、交流を深める方法としては上々であり、剥き出しの敵意を見せていたプリンツの態度が少しばかり和らいだような気がする。

 

 ビスマルクやレーベ、マックスに至っては前と変わらないが、好感を持ってくれているのはありがたいことだ。

 

 ただし、ビスマルクに関しては度が過ぎるけれど。

 

 まぁ、俺の不能がバレたことによって、むやみやたらに襲ってくることは減った。

 

 これは非常にありがたいけれど、なぜか心の中にぽっかりと空いてしまった穴のような感じは何なのだろうか……?

 

 ………………。

 

 いやいや、別に残念がっていないけどさ。

 

 多分あれだ。不能になってしまった辛さなんだろう。

 

 これで教育者という仕事をしていなかったら、本当にどうなっていたか分かんないし。

 

 それに、ユーも最初の頃と比べて大分懐いてくれているし、そろそろビスマルク包囲網の第二段階へと移るべきだろうか。

 

 レーベとマックスは俺への好感度が非常に高いので、まずはここから攻めるべきだろうと思うのだが。

 

 ……って、何だかこの言い方だと、非常に危うい気がする。

 

 ハッキリ言っておくが、俺はロリコンでも変態でもないので勘違いしないように。

 

 間違っても憲兵を呼ばないで欲しい。

 

 捕まったら最後、ビスマルクに調教された方がよっぽど良かったと思ってしまうような事態だけは避けたいからね。

 

 それと、舞鶴で出会ったあの艦娘が頭に浮かんでくるのはなぜだろうか?

 

 オシオキ……とか、言っていたよな……?

 

「……っ、……っ!」

 

「……ん?」

 

 逸れてしまっていた思考を戻そうとしていた俺の耳に、何やら言い争いをしているような声が聞こえてきた。

 

「珍しい……な。どこからだろう……?」

 

 声は建物内から聞こえてきているし、教育者である俺としては見逃すことができない。子供たちがはしゃいでいるのなら危険は少ないが、喧嘩となれば問題である。

 

 俺は声のする方へと急ぎ足で向かい、通路の角を曲がったところで2人の艦娘を発見した。

 

「どうしてなんですかっ!」

 

 両手をギュッと握り締め、大きな声で叫んでいるのはプリンツだった。

 

「……プリンツには関係ないことよ。私のことは放っておいて」

 

 そしてプリンツの視線の先に居たビスマルクは、辛そうな表情を少しだけ逸らしながら呟いていた。

 

 ……ふむ、珍しいな。

 

 逆のパターンは今までにたくさん見てきたけれど、プリンツがビスマルクを押しこめているシーンは初めてのような気がする。

 

 ただ、ビスマルクの発言は教育者として問題がある気がするが、これはいつものことなのでと言って放っておく訳にもいかない。

 

「おいおい、こんなところで言い争いなんて……どうしたんだ?」

 

「……っ!?」

 

 俺の言葉に咄嗟に振り向いたプリンツは、親の仇を見るような目で威嚇してきた。

 

 な、何もそこまで睨まなくても……。

 

「先生には関係ありまくりですが、今はビスマルク姉さまを説得しているので話しかけないで下さい!」

 

「そ、そこまで言うか……」

 

 ちょっぴりへこみそうになるものの、ここで引いたら負けになる。

 

 しかしそれよりも気になるのは、いつもならビスマルクがここでプリンツを言い負かすのだが……

 

「………………」

 

 顔を逸らしたまま無言で立っていた。

 

 しかも、俺にすら視線を合わさない。

 

 ……え、何か俺、嫌われちゃった?

 

「と・に・か・くっ! ビスマルク姉さまが今抱えていることをすぐにやめて下さいっ!」

 

「……それは無理よ」

 

 プリンツが再び叫ぶと、ビスマルクは小さく首を左右に振る。

 

 その仕草がプリンツの激高に触れたのか、顔は真っ赤になって目が潤んできているように見えた。

 

「これだけ言ってもダメなんですかっ!?」

 

「いくらプリンツの願いでも……、これは私が決めたことなのよ」

 

 両手を振りかざしたプリンツにビスマルクが真剣な顔を向け、ハッキリとした口調で言った。

 

 その瞬間、

 

「そ、そんな……、うぐ……っ、ひっく……」

 

 感情の昂りを抑えることができなくなったプリンツの目からは、大粒の涙がボロボロとこぼれ出してしまう。

 

「お、おい……、ビスマルク……」

 

「これは……あなたの為でもあるのよ……」

 

「……え?」

 

 さすがにこれはまずいと思った俺だったのだが、ビスマルクの言葉に呆気に取られてしまってその場で固まった。

 

 そうしている間にもプリンツは顔をくしゃくしゃにし、鼻を啜りながら肩をブルブルと震わせている。

 

「プ、プリンツ……」

 

 ビスマルクがダメなら――と、俺はプリンツに手を伸ばそうとした途端、

 

「ビスマルク姉さまの馬鹿ーーーーーっ!」

 

「うわっ!?」

 

 俺の手を大きく払いのけたプリンツは、ビスマルクの横を走り抜けて通路をかけて行った。

 

「お、おいっ、プリンツッ!」

 

 呼び止める俺の言葉を完全に無視して、プリンツは子供とは思えぬ速さで角を曲がって姿を消す。

 

 俺は後を追いかけようと走り出そうとした瞬間、肩をガッチリと掴まれたので顔を向けると、ビスマルクが先程と同じように首を左右に振っていた。

 

「良いの。放っておきなさい……」

 

「な、何を言っているんだ! このまま放っておいたら……っ!」

 

「あなたの為でもあるのよ……?」

 

「それはさっきも聞いたっ!」

 

「あっ!」

 

 俺はビスマルクの手を払い、プリンツの後を追う。

 

 ビスマルクが俺のことを思ってくれていたとしても、このままプリンツを放ったらかしにはしておけない。

 

 例え、この行動が俺を苦しめるようなことになっても、教育者としての本分を全うするのみだ。

 

 それが、俺がここに来た理由のはずなんだから。

 

 

 

 

 

「待て、待つんだプリンツッ!」

 

「……っ!」

 

 幼稚園の外へと飛び出したプリンツを追いかけ、鎮守府内を走り回る。

 

 状況を知らない人や艦娘からすれば、大泣きしている幼女を全力で追いかける不審者にも見えなくはないのだろうが、今はそんなことを言っている場合ではない。

 

 佐世保に来てからそれなりに経っているし、俺が幼稚園の先生であることもそれなりに伝わっているだろうから、間違っても憲兵を呼ばれることはない……と、思いたい。

 

 焦ったような顔をしながら携帯電話か何かで連絡をしている人を見かけたりするけれど、多分大丈夫だよね……?

 

「追いかけてこないで下さいっ!」

 

「それじゃあ逃げてなんかいないで、幼稚園に戻りなさいっ!」

 

「べ、別に逃げてなんか……っ!」

 

 俺の言葉にカチンときたのか、プリンツは振りかえりながら声をあげる。

 

 しかしその行動が速度を遅めてしまい、俺との距離が徐々に詰まってきた。

 

「こ、こうなったらっ!」

 

 プリンツは逃げ切れないと思ったのか、急に走るのを止めて腰を落とす。

 

 これは……来る……っ!

 

「ふぁいやぁーーーっ!」

 

「甘いっ!」

 

 何度もプリンツのタックルを受け続けてきた俺にとって、走りながらとはいえ避けるのは難しくない。

 

 そして、避ける動作と合わせてプリンツの後ろに回り込んだ俺は、両腕で腰をガッチリと掴んで抱きあげた。

 

「ひゃわわっ!?」

 

「よし、これで捕まえたぞっ!」

 

「は、離して下さいっ! この変態ーーーっ!」

 

「人聞きが悪いことを言うんじゃないっ!」

 

「変態に変態と言って何が悪いんですかっ!」

 

「俺のどこが変態だっ!」

 

「だ、だって、先生は不能なんでしょうっ!」

 

「………………は?」

 

 プリンツの言葉に固まった俺は抱きあげていた腕の力を無意識に弱めてしまい、易々と逃れられてしまった。

 

 しかし、プリンツは再び走りだそうとはせず、俺に向かって声をあげ続ける。

 

「この間のスタッフルームでビスマルク姉さまと話していたこと……しっかりと聞きましたからっ!」

 

「ちょっ、あ、アレを聞いていたのかっ!?」

 

 いつどこで聞いていたのかと焦ってしまうが、プリンツが言っていることは間違いない。多分、ドアの隙間の辺りで聞いていたんだろう……って、そうじゃないからっ!

 

「先生が不能だったらビスマルク姉さまも離れていく……。そう思っていたのに、どうしてなんですかっ!」

 

「ど、どうしてって言われてもだな……」

 

 そして、ビスマルクが走っていくプリンツを追いかけなかったのも、追いかけようとする俺を止めた理由もこれで分かった。

 

 ビスマルクは俺の不能を治す方法を探してくれていた。

 

 それがプリンツにとって許せなかったのだろう。

 

 不能になった俺をビスマルクが見捨てればプリンツは万々歳。それなのに、ビスマルクは見捨てることなく俺を治そうとしているのだ。

 

 治療がうまくいけば、下手をすると俺とビスマルクの仲が急接近してしまう恐れもある。

 

 棚から牡丹餅と思いきや、状況が悪化してしまったと思ったプリンツが怒ってしまうのも無理はない。

 

 運や偶然を味方につけて上手くいくとは、なかなか難しいモノなんだけどさ。

 

 特に、俺の場合は……な。

 

「これ以上ビスマルク姉さまに近づかないで下さいっ! そうじゃないと、私……私……っ!」

 

 顔を真っ赤にしてボロボロと涙を流すプリンツは、その場で崩れ落ちそうになるのを必死でこらえながら俺を睨みつけていた。

 

 私の好きなモノを奪わないで。

 

 子供がおもちゃを奪われたかのように。

 

 だけど、その思いは強い芯が通っていて、紛れもなく本気であることが分かる。

 

 恩人であり、思い人であり、信頼する人であるビスマルクを。

 

 私から奪わないで下さいと。

 

「………………」

 

 そして、俺にはその気持ちが痛いほど分かる。

 

 家族を奪われた苦しみを、人一倍知っているのだから。

 

 だからこそ、俺はプリンツに伝えたいことがあった。

 

「なあ、プリンツ……」

 

「……なん……ですか」

 

 俺を睨みつけたまま呟くプリンツは、止まることのない涙を地面へと落とす。

 

「プリンツの気持ちは、ビスマルクに伝えたのか……?」

 

「そ、それ……は……」

 

 俺の言葉にプリンツは顔を逸らし、辛そうな表情を浮かべていた。

 

「ハッキリと、面を向かって言ったことがあるのか?」

 

「………………」

 

 プリンツは答えない。

 

 ただギュッと、両手の拳を握り締めながら地面を睨みつけている。

 

 そんなプリンツに俺はゆっくりと近づいて行き、

 

 その身体を、優しく――抱き締めた。

 

「……っ!?」

 

 ビクリと身体を震わせたプリンツにニッコリと笑みを向け、優しく頭を撫でてあげる。

 

 もしかすると暴れてしまうかもしれないと思っていたが、プリンツは一瞬だけ不機嫌そうな顔を浮かべてから、俯くように下を向く。

 

「プリンツが1人でできないのなら、俺がサポートをしてやるから……」

 

「どうして……なんですか……?」

 

 俺の顔を見ないまま、プリンツは問う。

 

「どうして……とは?」

 

「先生は……ビスマルク姉様が好きじゃないんですか……?」

 

「そりゃあ……好きか嫌いかと聞かれたら……好きだよな」

 

「それならどうして……っ!」

 

 表情を険しくしたプリンツが素早く俺の顔を見上げてきたが、俺は優しく微笑みかけながら、もう一度頭を撫でた。

 

「俺の気持ちはあくまでLikeだ。だから、プリンツの邪魔をする気はないし、応援して良いと思っている」

 

「……え?」

 

「ただ、俺もプリンツと同じように、ビスマルクに上手く伝えられないでいる。言葉でも態度でも表したけれど、分かってもらうことは難しい」

 

 どれだけ嫌だと言っても、襲うのは止めてくれなかったからね。

 

 まぁ、現状においては無意味なので襲われてないけど。

 

 不能じゃ仕方ないからね。

 

 ……しくしく。

 

「それって……、私と……同じ……?」

 

「ああ、そうなんだよな。だから、できるならプリンツと一緒にビスマルクを説得できればなぁ……と、思っている」

 

「ほ、本当……に……?」

 

「ここで嘘をついてたら、俺は完全に悪人になっちゃうからね。誓って本当のことだと言いきれるよ」

 

「………………」

 

 プリンツは俺の目をしっかりと見つめてきた。

 

 吸い込まれるようなその目に、胸の奥底を締め付けられるような感じがする。

 

 そして、なぜかその感覚は下腹部へと移り……、

 

 ……あれ?

 

 何やら、微妙な感じがするんだが……。

 

 ――と、思ったところで、他の視線が俺の顔に沢山突き刺さっている気がして、顔を上げてみた。

 

「ざわ……ざわ……」

 

 気がつけば、俺の周りに、人影が、

 

 いずれの顔も、怪しげになりて……字余り。

 

 ………………。

 

 いやいやいやっ! ちょっと待ってっ!?

 

 なんか周りから大注目状態なんですけどっ!

 

 凄い目で睨みつけられていたり、不審者を見るような視線が突き刺さっていたりするんですがーーーっ!

 

「ねえねえ、聞いた? 先生って不能になったらしいわよ……」

 

「それなのに教え子に手を出しているなんて、確実に憲兵モノよね……」

 

「あわわわわ……。プリンツちゃんが……プリンツちゃんが……っ!」

 

「変態、殺すべし!」

 

 周りから聞こえてくるヒソヒソ声。

 

 プリンツの大声により俺の不能は完全にバレてしまい、

 

 完全に勘違いされてしまった状況は非常に危ういだけでは飽きたらず、

 

 舞鶴にも居た、変態作業員のような男性職員が歯ぎしりをしながら俺を睨みつけ、

 

 なぜか、真っ赤な衣装に身を包んだヤバそうな人が、大声で叫んでいた。

 

 

 

 完全に洒落になっていないんですけどねっ!

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 あの後、周りに居たギャラリーに状況を何とか説明して事なきを得た俺は、プリンツを寮に送ってから、なんとか自室に帰ることができた。

 

 精神的にはフラフラだったけれど、五体満足の姿があるだけマシである。

 

 それに、プリンツの態度もかなり和らいだようだったし、結果的には良かったかもしれない。

 

 ただ、俺の不能に関しては周知の事実になってしまったのだが。

 

 まぁ……、いずれはバレてしまうだろうし、仕方ないと思って諦めるしかない。

 

 気は持ちようで何とかなるものだ……と、言い聞かせておきたい。

 

 ………………。

 

 その夜、枕がビッショリと涙で濡れまくったのはここだけの話だけどね。

 

 

 

 そして後日。

 

 幼稚園に出勤した俺は、プリンツに謝っているビスマルクの姿を見た。さすがに昨日のまま放置という訳にもいかないと思ったのだろうが、もしかするとビスマルクも少しは成長したのかもしれない。

 

 これで俺も骨を折らなくて済んだと思えば、結果オーライである。

 

 ただ、プリンツがビスマルクに思いを伝えているような気配はなかったので、やはり1人では難しいのだろう。

 

 俺もしっかりと伝えなければいけないので、これについてはプリンツと協力しあえれば……と、思っている。

 

 これで騒動は一見落着。

 

 そう――思っていた時期も、俺にはあったんだけどね。

 

 

 

「先生、少しだけ……聞いても良い……かな?」

 

「ん、どうしたんだ、ユー?」

 

 朝礼が終わり、みんなが勉強をする部屋へと向かおうとする途中、ユーが恐る恐るといった風に質問を投げかけてきた。

 

「あの……ね、小耳にはさんだんだけど……」

 

 言って、ユーは以前と同じように口元に人差し指を当てながら首を傾げていた。

 

 目茶苦茶可愛いのでお持ち帰りしたい。

 

 しかし、ここはしっかりと自重しておかなければ……と、俺は顔に出さないようにしながら、笑顔を浮かべてユーの言葉に耳を傾けた。

 

 だが、次の言葉が余りにも衝撃的過ぎて、俺はキリモミしながら吹っ飛ぶことになる。

 

 いや、まぁ……心境ってことなんだけど。

 

「先生……、不能って……なに?」

 

「………………」

 

 誰だ、ユーにそれを教えたヤツは。

 

 今すぐ首をもぎるから出てこい。

 

 これこそ『変態、殺すべし』だ、この野郎っ!

 

 

 

 ――と、踏んだり蹴ったりはいつものことなので割愛しておくが、このままでは非常に具合が悪い。

 

 周知の事実になったとはいえ、可哀相なヤツを見るような目で常時眺められていては、胃に穴が開くのはそう遠くない未来である。

 

 そうなってしまえば子供たちを教育することができないし、ビスマルクの強制も進まなくなってしまう。

 

 そこで俺は、幼稚園の仕事が終わってから明石の元へと向かったのだが……

 

 

 

 

 

 事態は更に、複雑を極めてしまうのであった。

 

 

 

 ~佐世保鎮守府幼稚園の子供たち 教育編~ 完

 

 そして、次章へと続きます……。

 




※現在BOOTHにて『艦娘幼稚園シリーズ』の書き下ろし同人誌を通信販売&ダウンロード販売中であります! 是非、宜しくお願い致しますっ!
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 今章はこれで終わりと思いきや、まさかの続く流れに吐血モード(違
ええ、そうなんです。実はあまりに長くなりそうなのできりの良いところで分割したつもりなんですが、次章も負けず劣らず……まだ執筆終わってないです(ぉ

 ということで、次章からは以前にお伝えした通り、2日に1回から3日に1回の更新ペースで予定しております。
仕事が過半時期なので、帰宅が遅れて更新時間がずれる場合もありますが、末永くお付き合い頂けると嬉しいです。

 つまり、まだまだ終わる予定はございませんー。


次回予告

 明石の元に向かった主人公。
目に映った光景を前に立ち尽くし、唖然とした表情を浮かべるしかない。

 更に不幸は連鎖して、恐怖のドン底へと叩き落とす……ッ!?


 艦娘幼稚園 第二部 第四章
 ~明石誘拐事件発生!?~ その1「獲物として……じゃないですよね?」

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~明石誘拐事件発生!?~
その1「獲物として……じゃないですよね?」


※前章から続いておりますので、まだお読みになっておられない方は『佐世保鎮守府幼稚園の子供たち 教育編』をご覧になって頂けると幸いであります。


 明石の元に向かった主人公。
目に映った光景を前に立ち尽くし、唖然とした表情を浮かべるしかない。

 更に不幸は連鎖して、恐怖のドン底へと叩き落とす……ッ!?


「………………は?」

 

 扉を開けた途端、呆気ない声が部屋に響き渡る。

 

 俺が居るところは、工作艦である明石が常駐している場所。

 

 EDを治す方法が見つかっていれば良いなぁと思ってやってきたのだが、あまりにも信じられない光景を前に、俺は身動き一つできないでいる。

 

「な、なんだよ……これ……?」

 

 以前見たときとは、あまりにも変わり果てた部屋。

 

 部屋の壁には、至るところに刃物のようなモノで付けたであろう切り傷が。

 

 それは大小複数の刃物から動物の爪痕のようなものまであり、どれだけ争えばこんな傷が残ってしまうのだろうと思う。

 

 明石の定位置であった机や椅子は床の上に転がり、大きくひしゃげて原型を留めていない。

 

 いったいどれほどの力があればここまで形を変えられるのかというくらい、グニャグニャになっている。

 

 そして、床や壁、簡易ベッドのシーツなどに、複数の赤いシミが付いていて、

 

 それらの見た目は明らかに血痕であり、飛び散り、零れ落ち、噴き出し、溜まりを作っている。

 

 もしこれが1人から流れ出してしまったのなら、確実に命に関わる量だろう。

 

 これを見た者たちは、きっとこう言うに違いない。

 

 

 

 何か、とてつもなく大変なことが起きたのだと。

 

 

 

 さすがの俺も例外ではなく、咄嗟に浮かんできたのは、この部屋の主である明石が無事であるかどうかであった。

 

 しかし、俺の視界に明石の姿はない。

 

 変わり果てた身体も、衣服も、パーツでさえも、

 

 ここに居たであろう形跡すら、見つからない。

 

 まるで神隠しにでもあったかのように。

 

 だけど、明らかにこれは誰かが行ったであろう形跡がある。

 

 つまり、犯人が存在することに間違いはないはずなのだが――

 

 

 

 ここにきて、俺の不運は更に加速する。

 

 

 

 

 

「ちょっ、ちょっと、なんなのよこれはっ!?」

 

 急に後ろから聞こえてきた声に驚いた俺は、即座に振り返った。

 

 通路から部屋を覗きこんでいる2人の艦娘。

 

 ポニーテールの髪型をした1人は唖然とした顔を浮かべ、短めの髪をしたもう1人は冷静沈着といった感じに見える。

 

 2人共巫女服をアレンジしたような服装で、俺の頭に伊勢と日向の名前が即座に浮かぶ。

 

 だが、そんなことを考えている余裕はなく、

 

 事態は、完全に悪い方向へと急転していた。

 

「どういうこと……?」

 

「……え?」

 

 言われている意味が分からない――と、俺は言葉を日向に返す。

 

 そんな俺を見た伊勢は、痺れを切らしたかのように睨みつけながら素早い動きで手を伸ばしてきた。

 

「えっ、ちょっ、ちょっとっ!?」

 

 俺は咄嗟に避けようとするが、問答無用とばかりに胸倉を掴んだ伊勢は、無理矢理部屋の中に押し込んでくる。

 

「これはどういうことって聞いているの!」

 

 声を荒らげた伊勢が俺をそのまま突き飛ばし、床に尻餅をついて大きな衝撃が走った。

 

「痛っ!」

 

 受け身を上手く取ることができず、尻から腰に伝わった痛みで苦悶の顔を浮かべてしまう。

 

 しかし、伊勢はそんなことはお構いなしという風に近づいてくると、再び俺の胸倉を掴もうとした。

 

 やばい……、このままだとフルボッコにされてしまう……っ!

 

 俺はなんとか立ち上がって伊勢から距離を離そうとするが、腰の痛みが邪魔をして上手く身体を動かせない。

 

 なすすべなく胸倉を再び掴まれた俺が目を瞑ろうとした瞬間、日向が伊勢の肩をガッチリと掴んだ。

 

「伊勢、待つんだ」

 

「どうしてよ日向!?」

 

「暴力的になるのではなく、まずは話を聞くべきだ」

 

「で、でも……っ!」

 

 言い返そうとする伊勢に向かって、日向がジッと視線を向ける。

 

「……うっ、わ、分かったわよ」

 

 焦ったような顔を浮かべた伊勢は少しだけ肩を落とし、日向から離れるように後ずさった。

 

 ちなみに日向の視線を伊勢の陰から見ていた俺だけれど、あまりの恐ろしさに漏らしてしまいそうになるほどだった。

 

 舞鶴で青葉に怒っていた愛宕と同等……、いや、それ以上かもしれない視線に、俺の背筋はブルブルと震えてしまう。

 

 やばい……。アレは半端ないレベルの眼力だ。

 

 もし、あの睨みを向けられながら尋問されたら、俺は数秒と持たずにゲロってしまうだろう。

 

 根性がないとか、そんなレベルじゃない。

 

 虫を射殺してしまいそうなマックスの視線なんて、本当に可愛いモノである。

 

 ……何てことを考えていたら、日向がいきなり俺の方を向いてきた。

 

「キミが……これをやったのか……?」

 

「か、神に誓ってやってませんっ!」

 

 俺は激しく顔を左右に振る。

 

 余りの勢いに、そのまま首から外れてしまうかもしれないほどであるが、それくらい俺の心に恐怖というモノが植え付けられてしまったのだ。

 

 日向には逆らえない。

 

 例え元帥であっても、まず無理だろう……。

 

 ………………。

 

 いや、その前に口説くかもしんないけど。

 

 その後は……、お約束の高雄秘書艦フルコースですけどね。

 

 もうこれはテンプレだから仕方ない。

 

 その方が、安心して見ていられるからね。

 

「なるほど……。嘘をついているようには見えないが……」

 

「ちょっと、日向っ!?」

 

「だが、このままキミを解放する訳にもいかないな。

 悪いが暫くの間、私たちに付き合って貰うことになる」

 

「……え?」

 

 そう言った日向は俺の肩をガッチリと掴む。

 

 さすがは艦娘。ましては航空戦艦の日向である。

 

 その力は人間である俺では到底及ぶ訳もなく、俺の身体は簡単に拘束されてしまい、

 

 

 

 まるで森の中で狩猟されたイノシシのように、1本の棒に手足をロープでくくりつけられた状態で運ばれていく。

 

 

 

 ………………。

 

 ……いや、ちょっと待て。

 

 なんでこんな状態になっちゃってんのっ!?

 

 これって完全に羞恥プレイですよねっ!

 

 俺ってドMじゃないんですけどーーーっ!

 

 だが、俺の心の叫びは伝わることなく、鎮守府の中を伊勢と日向が棒の両側を持って闊歩する。

 

 吊られた状態の俺は周りに居る艦娘や作業員たちの注目の的……って、ちょっと待ってくれっ!

 

「な、なんでこんな恰好で連れていかれるんですかっ!?」

 

「運びやすいからな」

 

「いやいやいやっ、いくらなんでも酷過ぎやしないですかねっ!」

 

「それじゃあ簀巻きになって担がれる方が良いの?」

 

「そっちの方が幾分かマシですけど……っ!」

 

「その場合、そのまま海にドボンかもしれないぞ?」

 

「冗談じゃねぇぇぇっ!」

 

「冗談だがな」

 

「え、冗談なの?」

 

 日向の言葉に驚く伊勢……って、そこに驚くのかよっ!

 

「やっぱり冗談にして下さいっ!」

 

「うむ。ならば大人しく吊られていろ」

 

「は、はい……」

 

 心の中で思いっきり泣く俺。

 

 どちらにしろ拘束されて運ばれるのは間違いないようだ。

 

 しかし、いくらなんでも問答無用過ぎるのはいかがなものかと思ってしまうのであるが。

 

「というか、手錠だけ掛けて連行するで良いんじゃないですかねっ!?」

 

「その場合、キミが逃げ出さないとも限らないだろう?」

 

「バッチリ顔がバレている段階で逃げようとは思いませんよっ!」

 

 それ以前に俺は何もしていないと言いたいのだが、この場で弁解してもダメな気がする。

 

 それで信じてもらえるのなら、さっきの段階で解放されているだろうし。

 

 それに、時折向けられる日向の睨みつけがマジで怖い。

 

 吊られたままの状態で、ちびっちゃいそうだからね……。

 

 そんなことになったのなら、更に厄介な噂が付き纏ってしまうことになるのだが。

 

『ED先生、今度はお漏らしで注目の的!』

 

 青葉だったらこんな感じでスクープ扱いにして、でかでかと一面を飾る写真と一緒に号外をばらまくだろう。

 

 その後、鎮守府内で大手を振って歩けるような根性を持ち得ていない俺は、確実に引き籠りの人生か脱兎の如く逃げ出すしかない。

 

 明石にEDを治療してもらうこともできず、多くのハンデを背負って生きていくことになる。

 

 もちろん舞鶴にもこのことは知られてしまうことになるだろうし、恥ずかし過ぎて帰ることもできないだろう。

 

 つまり、俺の人生オワタである。

 

「まぁ、このまま大人しくしてれば悪いようにはしない」

 

 そんな俺の気持ちも露知らず、日向は冷静沈着な声をかけてきた。

 

「うぅぅ……、何を言ってもダメってことですね……?」

 

 涙を流しながら哀愁を漂わせ、同情を得ようとしてみるが……

 

「むしろ、あんまりゴタゴタ言ってると、このまま焚火の上に配置しちゃうからね」

 

「ちょっ、それってマジで洒落になってないんですけどっ!」

 

 慌てて叫ぶ俺を見た伊勢はニヤリと笑い、日向は一瞬だけ吹き出しそうになっていた。

 

 俺としては全く笑えないんだけれど、今の状態では身動きすることはできず。

 

 仕方なく、されるがまま連行されることになったのである。

 

 

 

 今から俺、丸焼きにされて食われちゃわないよね……?

 




次回予告

 運悪く犯人扱いされた主人公は、まさかの獲物状態で運ばれる。
そして、辿り着いたのは牢屋の中。
そこでまたもや不幸の星が瞬きまくって大ピンチ!?

 更には、精根果てた主人公が、あろうことかあの艦娘に……


 艦娘幼稚園 第二部 第四章
 ~明石誘拐事件発生!?~ その2「地獄から天国へ……なんだろうか?」

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その2「地獄から天国へ……なんだろうか?」

 運悪く犯人扱いされた主人公は、まさかの獲物状態で運ばれる。
そして、辿り着いたのは牢屋の中。
そこでまたもや不幸の星が瞬きまくって大ピンチ!?

 更には、精根果てた主人公が、あろうことかあの艦娘に……


「……見事に牢屋だな」

 

 視界に映るのはコンクリートの重厚な壁に囲まれた、2畳ほどの小さな部屋。

 

 唯一の出入り口である扉には、小さな窓が付いている。

 

 もちろん、鉄格子がバッチリと取りつけられているんだけれど。

 

「……はぁ」

 

 深いため息が室内に響き渡る中、俺はここに来るまでの経緯を思い出す。

 

 ――といっても、両手両足を棒に括りつけられて運ばれただけなんだけど。

 

 森の中に運ばれて小さなぬいぐるみのような獣人たちに囲まれ、そのまま焚火の上で丸焼きにされるという心配は杞憂に終わったので、ひとまずは安心しておく。

 

 そんな状況に陥ってしまったら最後、金色のロボットは近くに居ないし、特殊能力を使って浮き上がらせることもできない。

 

 そこから敵軍の基地に殴り込みをかけることもできないまま、美味しく頂かれる運命にあがなうこともできず、俺の人生は終えることになるだろう。

 

 ……いやいや、そもそもここは佐世保鎮守府であって、未開の惑星なんかじゃない。

 

 ただ単に、運ばれた方法がちょっと特殊だっただけである。

 

「……完全に羞恥プレイの一環にしか思えなかったけどな」

 

 ぼそりと呟く俺。

 

 牢屋の中で返事をしてくれる相手はいないので、非常に寂しい空気が漂っているが。

 

 これからどうなっちゃうんだろうなぁ……と思っていると、遠くの方からコツコツと歩く足音が聞こえてきた。

 

 誰かがこっちに近づいてきているのか……?

 

 ならば、これは千載一遇のチャンス!

 

 今こそ弁解をして、牢屋から出して貰わないとっ!

 

「お、お願いですっ! 俺をここから出して……」

 

「黙れクソ虫が……」

 

「……ちょっ、いきなり酷くないっ!?」

 

 俺は立ち上がって扉の方へ向かいながら声をあげると、思っていた以上の返答に驚いて固まってしまった。

 

 そんな俺を見るかのように、鉄格子の間から中を覗き込む1人の男性らしき顔が現れる。

 

「グダグダ言わずに、黙ってそこで大人しくしていろ」

 

「い、いや、しかし……」

 

「言っておくが、貴様は捕われの身だ。あまり騒ぐようなら、警棒でぶん殴られても文句は言えんぞ?」

 

「……う”っ。わ、分かりました」

 

 痛いのは勘弁して欲しいので、俺は仕方なくその場に座り込みながら、扉の方に向かって素直に頷いておいた。

 

「……チッ」

 

 なのに、なぜか覗きこんできた男は悔しそうに舌打ちをしながらも、ずっと俺を睨みつけている。

 

 ………………。

 

 え、どういうこと?

 

 もしかして……、オラオラしたいだけじゃないんですかね?

 

 俺を殴りつけてストレス発散したいとか、そういうことですかーーーっ!?

 

「……っ」

 

 慌てて両手で口を塞いだ俺は、できるだけ扉から離れようと部屋の隅へと床を這って移動する。

 

「……ほぅ」

 

 何やら感心する酔うな声が聞こえた気がするけれど、俺は聞こえていない振りをしながらうずくまった。

 

「……良いケツしてんじゃねぇか」

 

「………………」

 

 ちょっと待て。

 

 もしかして……アレか。

 

 外に居る男は俺を殴りつけたいんじゃなくて……

 

「じゅるり……」

 

 やっべぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!

 

 マジで洒落にならねぇよっ! 無実の罪で牢屋に連行させられてオカマ掘られるって、冗談ってレベルで済まないからさぁっ!

 

 誰か助けてお願いぷりぃぃぃぃぃずっ!

 

 

 

 俺はそれから暫く、扉の外に居る男の視線に怯えながらガタガタと部屋の隅で神様にお祈りして命乞いをしていたのである。

 

 

 

 

 

「……ん?」

 

 物音が聞こえた俺は慌てて顔をあげる。

 

 どうやらあまりの精神的ストレスによって疲れてしまい、ぐっすりと眠ってしまっていたみたいである。

 

 ふてぶてしさにも程があるかもしれないが、考え方によっては非常に危うかった気がするのだが。

 

 念のために身体周りを見てみたが、特に気になる点は見当たらないので大丈夫だろう。

 

 ……いや、何かあったら洒落になんないけどさ。

 

 そんなことを考えていると、扉の方から金属音が鳴り響く。

 

 どうやら鍵を開けているようだ……って、ちょっと待ってっ!

 

 も、もしかしてあの男が遂に俺を……っ!?

 

 い、嫌だっ! 誰か助け……

 

「待たせたな。今から尋問室に……って、そんな隅で大きく震えているなんて、どうしたんだ?」

 

 そう言ったのは、俺をここまで運んだ日向だった。

 

 彼女はガタガタ震える俺を不思議そうに見つめていたが、何かを理解したかのように小さくため息を吐いてから、ゆっくりと近づいてきた。

 

「ふむ。どうやら牢屋が苦手みたいだな」

 

 いや、普通は得意なヤツっていないと思うんだけど。

 

 だが今の俺にとって、外に居た男性ではなく日向が来てくれたことは、まさに地獄に仏である。

 

 あまりの嬉しさで目からボロボロと涙を流した俺は、思わず日向に抱きついてしまっていた。

 

「ちょっ、いきなり何をするんだっ!?」

 

「助かった……、怖かったんですよぉぉぉっ!」

 

 中腰のまま日向のおへその辺りに顔を埋めた俺は、大きな声をあげながら泣きじゃくる。

 

 今の俺はあまりにも情けない姿かもしれないが、男性の餌食にならなかったという思いがあまりに大きかったので勘弁して欲しい。

 

「そ、そうか……。それはすまないことをしてしまったな……」

 

 少し戸惑ったような感じの声をしていた日向だったが、気がつけば俺の頭を優しく撫でていてくれた。

 

 柔らかく包まれるような感触に、俺の心が次第に癒されていく。

 

 泣き声をあげ、言葉を吐くことでストレスは発散され、落ち着きを取り戻すまでにそれほどの時間はかからなかった。

 

 その間、日向はずっと俺の頭を優しく撫でていてくれた。

 

 最初に出会ったときの恐ろしい視線は一切せず、俺の身体を聖母のように包み込み、泣きやむまで待っていてくれたのである。

 

 このことについて、俺は日向に非常に感謝をするべきである。

 

 ただし、無罪なのに牢屋に入れられた件は別にしてだけどね。

 

 

 

 

 

「どうやら落ち着いたようだな。そろそろ場所を変えたいが、構わないか?」

 

「……はい、分かりました」

 

 日向に諭された俺は抱きついていた力を緩め、ゆっくりと立ち上がる。

 

 目の前には俺の涙で濡れてしまった日向の腹部が見えた。

 

「……あっ、す、すみませんっ!」

 

「ん、あ、あぁ。別に構わない」

 

「い、いや、しかし……」

 

「服は洗えば済むだけのこと。むしろ、苦手である牢屋にキミを閉じ込めたことを謝らなければならないが……」

 

 言って、日向は少しだけ顔を逸らして考えるような仕草をする。

 

「だが、キミが無実だという証拠が見つからない以上、こうするしかなかったことを分かってくれると助かる」

 

「それは……、仕方ないと思います。俺としては勘弁して欲しいですけど……ね」

 

「理解してくれて感謝する」

 

 日向は小さく頭を下げると、どこからか小さな2つの輪が鎖で繋がれたモノを取り出した。

 

「そして、すまないが……」

 

「そ……、そうですね」

 

 俺は少しばかり悲しげな表情を浮かべながら日向に向かって両手を突き出すと、カチャリと音が鳴って両手首に手錠がかけられる。

 

 不本意ではあるが、先程の礼もあるので素直に従っておこう。

 

 それに大人しくしておかないと、扉の向こう側に居るであろう男が何をしでかすか分からない。

 

 たぶんだけれど、日向の傍に居る方がずっと安心だろうからね。

 

「それじゃあ、少しばかりご足労を願おう」

 

「分かりました」

 

 牢屋に閉じ込められている段階でそれは違うと思うのだが、そこはまぁ、雰囲気に合わせたということにして頷いておく。

 

 日向に誘導されて先に扉を出ると、すぐ傍には例の男が立っていた。

 

 俺は視線を合わさないようにしながら横を通り過ぎると、先程と同じような舌打ちが小さく聞こえたけれど、聞こえない振りをしてそのまま進む。

 

 変に反応をしてしまったら、難癖をつけられたりするかもしれない。

 

 まさかとは思うが、強硬手段に出てくる可能性もないとは言えないからね。

 

「そのまままっすぐ進んで、角を曲がった付き辺りの扉に入ってくれ」

 

「……はい」

 

 俺の後ろにピッタリと張り付いている日向が言う。

 

 この状況から察するに、俺は完全に疑いが晴れたという訳ではないのだろう。

 

 だからこそ牢屋に入れられていたんだし、逃げ出さないように見張っているということではあるが……。

 

「あ、あの……」

 

「なんだ?」

 

「い、いや……えっとですね……」

 

 どうしてそこまで俺にくっついているんだろうか。

 

 俺が逃げ出さないようにするのなら、手錠にロープでも掛ければ良いだけの話である。

 

 しかしそんなモノは一切なく、なぜか日向は俺の背中に身体を密着するが如くなのだ。

 

 それがどれくらいなのかと言うと……、

 

 俺の肩甲骨の辺りにやわらかい2つのモノが、ふよふよと……ふにふにと……。

 

 ……え、何これ。誘ってやってんの?

 

 そう間違えてもおかしくないくらい、密着度が半端ない。

 

 これが日向でなくて愛宕だったのなら、どれほど良かったのだろう……と、へこみたくもなるが、それだと色々と失礼である。

 

 ただ、ここで良かったのかどうかは分からないが、俺のアレは全く反応する気配がない。

 

 さすがは明石のEDツボ。こんなものでは完治しないっ!

 

 ………………。

 

 やばい。マジで泣きたくなってきた。

 

 明石の半裸で視覚は試したが、物理的接触ですらダメだというのだろうか……。

 

 こうなったら、後試すのは……

 

「何をさっきからブツブツと言っているんだ?」

 

「ひゃいっ!?」

 

 いきなり日向の声が大きくなったので慌てる俺。

 

 なぜかと思って振り向こうとすると、ガッチリと頭のてっぺんを掴まれて固定されてしまった。

 

「あ、あの……っ!」

 

「良いから前を向いて歩くんだ」

 

「は、はい……」

 

 俺は日向に言われるがまま歩いて行くが、背中に伝わってくる柔らかい感触は消えるどころか、更に強くなって……

 

「いやいやいやっ、さすがにおかしいでしょうよっ!」

 

「ん、何がだ?」

 

「だって日向さんっ、完全に俺の背中に体重を預けてますよねっ!?」

 

「正確にはおんぶと変わらない状態だが……、何だ、重かったのか?」

 

「そういう訳じゃないですけどっ!」

 

 ここで頷くと色んな意味で失礼だし、下手をすればぶん殴られてもおかしくはない。

 

 とはいえ、今の状況はあまりにも不可思議過ぎるってモノだ。

 

 EDじゃなければ、ほぼ間違いなくヤバいことになっている。

 

 どういう状態かは……察知してくれるとありがたいが。

 

 もちろん、今の俺はピクリとも反応しないけどねっ!

 

「それじゃあ別に、問題はないのだろう?」

 

「いやいやいや、問題ありまくりですって!」

 

 うぶなヤツなら好意を持たれているって勘違いしちゃってもおかしくない状況ですよっ!?

 

 もちろん俺も含めてですけどね。

 

「それともアレか。キミは小さい方が好きなのか?」

 

「いきなり何を問われちゃってるんですかっ!?」

 

「それだと困ったな。私はどちらかと言うと大きい部類に入ってしまうのだが……」

 

 そっちの方が大好きですから問題ないっス!

 

 ――とは言えないので、俺は黙りこくるしかない。

 

「しかしそうなると、キミの勤め先が幼稚園というのはいささか問題が……」

 

「大好きですっ! 俺は日向さんみたいにおっきいおっぱいが大好きですってっ!」

 

「ふむ、そうか。ならば問題はないな」

 

 心なしか嬉しそうに言う日向は……って、問題ありまくりですからーーーっ!

 

 完全に暴露しちゃったじゃん! つーか、言わされた感がMAXですけどねっ!

 

 それでもおっぱい星人って言いきっちゃったから取り返しがつかないよ、うわああああああああああああああんっ!

 

 無実の罪で牢屋に入れられ、看守らしき男からはケツを狙われ、更には日向からセクハラを受けた挙句におっぱい星人であると公言させられてしまうことになったのは、やっぱり俺の不幸体質が原因であると思うしかなかった。

 

 

 

 本当に……、俺はこれからどうなるんでしょうか……。

 




次回予告

 踏んだり蹴ったりはいつものこと。
それでも頑張る主人公は、日向に連れられた先である部屋の中に入る。
そこにいた伊勢から、様々な話をするのだが……


 艦娘幼稚園 第二部 第四章
 ~明石誘拐事件発生!?~ その3「日向=天国+地獄=伊勢」

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その3「日向=天国+地獄=伊勢」

 踏んだり蹴ったりはいつものこと。
それでも頑張る主人公は、日向に連れられた先である部屋の中に入る。
そこにいた伊勢から、様々な話をするのだが……


 

「そこの扉を開けて、中に入ってくれるか」

 

「わ、分かりました……」

 

 日向に胸を押しつけられたまま通路を歩くという、ある意味セクハラと取れてしまう状況にも何とか耐え、俺は言われた通りドアノブを回す。

 

 ちなみに手錠をかけられてはいるが、これくらいのことであればできなくはない。

 

 小さな金属音が鳴り、俺はゆっくりと扉を開ける。

 

 視界に映った部屋は牢屋とは違い、白を基調とした明るい感じだった。

 

 部屋の中央にはいかにもという感じのスチールテーブル。そして3つの椅子が置かれていて、そのうちの1つに何やら意味ありげな顔をした艦娘が座っていた。

 

「伊勢、待たせたな」

 

 俺の後ろに居た日向が扉を閉め、俺の背中を押しながら伊勢の向かい側にある椅子へと座らせる。

 

「……それで、どうだった?」

 

「ふふ、聞きたいか?」

 

 意味ありげな口調で日向が言うと、伊勢は何やら不満げな表情を浮かべた。

 

 ……な、なんだかよく分からないんだけど、嫌な予感がしなくもない。

 

 だが、俺の心配をよそに日向が椅子に座ると、バシバシと肩を叩いてきた。

 

 ……むぐぐ。地味に痛いが我慢しなければ。

 

 しかし、どうして日向はこんなに嬉しそうな顔をしているんだろう?

 

「ちなみに答えだが、伊勢の予想は大外れだったぞ」

 

「ちぇー。意気地がないなぁ……」

 

「……え?」

 

 残念というよりかは呆れた感じの表情を俺に向けた伊勢は、大きなため息を吐いていた。

 

「噂通りだったら、日向を無理矢理押倒そうとかすると思ったのにー」

 

「………………はい?」」

 

 何を言っているんだこの艦娘は。

 

 俺が日向を襲うだって……?

 

 それってつまり……

 

「……日向が胸を押しつけてきたのって、伊勢の仕業?」

 

「ぴんぽーん。大正解ー」

 

 ニコッと笑みを浮かべた伊勢は、右手の指で丸サインをしていた。

 

 それはもう、子供が悪戯をしたようなあどけなさで。

 

 全く悪びれていないし。

 

 ………………。

 

「お前の仕業かよ……って、いったい何を考えてんだよっ!」

 

「先生の噂が本当かどうか確かめたんだよねー」

 

「それならなんで、伊勢自身じゃなくて日向にやらせちゃうのっ!?」

 

「んふふー。ちょっぴり日向を困らせようかなぁと思って……」

 

「私は全く困っていないがな」

 

「あれ、そうなの?」

 

「むしろ、楽しんだふしさえある」

 

「えー、何それ……」

 

 誇ったかのような日向に残念そうな伊勢。

 

 しかし、何より驚いているのは俺なんですが。

 

「それじゃあ、日向は先生に襲われても良いって思ってたの?」

 

 いぶかしげに伊勢が問うと、日向は肩をすくめる。

 

「先生が不能になったという噂も聞き及んでいたから、そんなことはあり得ないと思っていた」

 

「え、何それ? 初耳なんだけど……」

 

 言って、伊勢はビックリした顔で俺の方を見る。

 

 頷きたくはないが、黙っていても仕方ない。

 

 俺は無言でコクリと頭を下げ、小さくため息を吐いた。

 

「もしかして、最初っから私の独りよがりって訳……?」

 

「……まぁ、そうなるな」

 

「何よ日向っ! それならそうと、初めっから言ってよね!」

 

「それだと面白くないからな」

 

 不敵な笑みを浮かべる日向に食ってかかろうとする伊勢だが、このままでは全く話が進まないと判断した俺は、わざとらしく「ゴホンッ!」と、咳き込んだ。

 

「おっと……、すまない。どうやら待たせ過ぎたみたいだな」

 

「いえ。こんな状態なんで、どうこう言える立場ではないんでしょうが」

 

 俺はそう言いながら日向と伊勢に見えるように両腕を机の上に置くと、手錠の鎖がガチャリと音をたてた。

 

「伊勢。先生の手錠を外してくれ」

 

「……どうして?」

 

「どうして……って、さすがにこのままでは可哀想だろう?」

 

「犯人をわざわざ解放するなんて、日向らしくないじゃん」

 

「先生はまだ、犯人だと決まった訳ではない」

 

「それは……そうだけど……」

 

 伊勢は不満げな顔で俺と日向を交互に見る。

 

 どうやら日向と違い、伊勢は俺のことを相当怪しがっているようだ。

 

 確かに明石の部屋の状況を見た状態で俺が1人立って居れば、そう考えるのもおかしくはないのかもしれない。

 

 しかし、俺は神に誓って何もやっていないと言い切れるし、偶然あの場に出くわしただけなのだ。

 

 それに、明石が居なくなってしまったら俺の不能も治らなくなる可能性が高いので、危害を与える気は全くないのだけれど……。

 

 それを説明するしか……ないんだよなぁ……。

 

 ぶっちゃけて恥ずかし過ぎる……が、日向には既に知られているみたいなので、諦めが肝心だと思いながら話すしかないだろう。

 

「ふぅ……、分かったわよ。外せば良いんでしょ、外せば」

 

 日向の視線に折れたのか、伊勢はポケットから取り出した鍵を使って手錠を外してくれた。

 

 両手が解放されたことによる喜びから、拳を握ったり開いたりを繰り返してみる。

 

 どうやら何の問題もなさそうだ。

 

 まぁ、手錠をかけられてそんなに時間が経った訳でもないので、大丈夫だろうけどね。

 

「それじゃあ……、明石の部屋に居たことについて話してくれるかな?」

 

「ええ、分かりました」

 

 日向の言葉に頷いた俺は、隠しだてを一切せずに語ることにした。

 

 

 

 

 

「……と、言う訳です」

 

「ふむ……、なるほど……」

 

 俺は2人に明石のツボ押しによって不能になった経緯から、治療方法が見つかっていないかと思って部屋に行ったことを全て話した。

 

「にわかには信じがたいが……、明石ならやりかねないとも言えるな」

 

「確かに明石なら……ね。でも、その場合別の問題も出てくるよね?」

 

「ふむ……、確かに伊勢の言う通りだが……」

 

 伊勢の言葉に日向が考え込むような仕草をする。

 

「別の問題……ですか?」

 

 だが、俺にはその問題がさっぱり分からず、首を傾げながら2人に問う。

 

「先生は明石によって不能にされちゃったんでしょ?」

 

「え、ええ。そうですけど……」

 

「それじゃあ、先生は明石を恨んじゃってるよね?」

 

「え……?」

 

 伊勢の言葉に固まる俺。

 

 確かに明石に対して怒っているところはあるけれど、恨みがあるとは言う気がない。

 

 しかし、傍から俺の状況を見てみれば、そう思われてもおかしくはないのかもしれないが……。

 

「い、いやいや。確かに明石のせいで不能になっちゃいましたけど、危害を加えようなんて気は……」

 

「本当にそうだと言い切れる?」

 

「は、はい……」

 

「ふうん……。そうなんだ……」

 

 伊勢は俺の顔をジッと見て、怪しむように呟いている。

 

 しかし、俺は何も悪いことをしていないので、疾しいことはないと伊勢の顔を睨み返した。

 

「………………」

 

「………………」

 

 俺と伊勢の視線が絡まり合う。

 

 もちろん、色気なんてモノはないんだけれど。

 

 それでも俺は一歩も引かずに伊勢の顔を見つめ続けていると、横に座っていた日向が大きくため息を吐いた。

 

「そんなに見つめ合っていると、何かが起こりそうだな」

 

「……は?」

 

「んなっ、な、なんてことを言うのよ日向はっ!」

 

「おや、違うのか?」

 

「そ、そんな訳ないでしょっ! どうして私が先生のことを好きになんて……」

 

「ふむ。私は何か……としか、言ってないのだが?」

 

「むぐぅっ!?」

 

 日向の突っ込みに言葉を詰まらせた伊勢は、慌てて明後日の方向へと顔を向ける。

 

「おや、耳たぶが真っ赤に見えるのだが……、どうかしたのか?」

 

「な、ななっ、何でもないわよっ!」

 

 ニヤニヤと笑みを浮かべた日向が、伊勢の顔を覗きこもうとする。

 

 さっきから見ているんだけれど、2人は仲が良いのか悪いのか分かんないよなぁ……。

 

「もしかすると、伊勢は先生のことが好きになったのではないのだろうか?」

 

「ぶふーーーっ!?」

 

 日向の言葉に盛大に吹く伊勢。

 

 いやまぁ、今の発言は俺も驚いたんだけど。

 

「ど、どうして私がそんなことになるのよっ!」

 

「それは……なんだ。雰囲気的な何かだな」

 

「か、勝手に決め付けないでよっ!

 それに、どうして私が不能の先生なんかを好きにならなきゃいけないのっ!?」

 

 ちょっ、それは何気に酷くないっ!?

 

 誰も好き好んで不能になった訳じゃないし、そもそも話が大きくそれちゃっているよねっ!?

 

「伊勢は恋愛に関してあまり得意ではないからな。不能である先生がちょうど良いと踏んだのだろう」

 

 それも普通に酷いんですけどっ!

 

「そ、それを言うなら日向だってそうじゃないっ!

 浮ついた話なんか聞かないし、いつも冷静を気取っているし……」

 

「まぁ確かに……、そういったことはないが……」

 

 言って、日向が椅子から立ち上がり、なぜか俺の後ろに回り込んだ。

 

 ……えっと、何やら嫌な予感がしているんですが。

 

「既に先生には、思いっきり抱きしめられたからな」

 

 後ろからそんな日向の言葉が聞こえた瞬間、

 

 

 

 ふよん……っ。

 

 

 

 もの凄く柔らかい感触と程良い重みが、頭のてっぺんにのしかかってきた。

 

「な、な、な……っ、何やってんのよ日向ーーーっ!?」

 

「おや、どうしてそんなに怒るのだ?

 伊勢は先生のことが好きではないのだろう?」

 

「そ、そう、言ったけど……っ!」

 

「なら、私が先生を頂いても問題はないな」

 

「お、大アリよ大アリッ!

 噂ではビスマルクの彼氏だって言ってるじゃないっ!」

 

「その噂は嘘だったと、摩耶から聞いたんだがな」

 

「そうなのっ!?」

 

「そうじゃなかったら、牢屋で私に抱きつくようなことはするまい」

 

「い、いや……、あれは……その……」

 

 扉の外に居た男がマジで怖かったからなんだけど。

 

 でも実際に抱きついちゃったのは事実だからなぁ……って、色々おかしいですよっ!?

 

 まず何ですかこの状況!

 

 頭の上がパラダイス状態で、ずっとこのままが良いんですけどっ!

 

 柔らかくてふんわりで、最高なんですよーーーっ!

 

「せ、先生もニヤニヤしてるんじゃないっ!」

 

「あっ、ご、ごめんなさいっ!」

 

 憤怒する伊勢の顔が恐ろし過ぎた俺は謝りながら、名残惜しいけれど仕方ない……と、日向から離れようとしたのだが、

 

「伊勢のことなぞ気にしなくても、キミは私に身体を預けていれば良いんだ」

 

 そう言って、俺の身体をしっかりと両手で抱きこむ日向。

 

 その結果、頭の上にかかる圧がとんでもないことになっております。

 

 もうね、素晴らしいとしか言えないんですよ。

 

 どうやらラピ●タは、日向の胸下にあったらしい。

 

 だけど、伊勢の睨みつけが更にきつくなってきたので、さすがにこのままではマズイと口を開いた。

 

「い、いやいや、さすがにこの状況はまずいような……」

 

「なあに、心配することはない。

 それともキミは、この状況が不満だと言うのか?」

 

 いえいえ、全力で嬉しいと言い切れますけどねっ!

 

「むっきーっ! いい加減にしないさいよ日向っ!」

 

「だが断る。

 こんなに面白いおもちゃ……ではなく、先生を離す訳はいかない」

 

 ……おい。

 

 今、おもちゃって言わかなったですかね?

 

 つまり何だ。俺は今、完璧に遊ばれているということでしょうか……?

 

 ………………。

 

 まぁ、普通に考えればそうなっちゃいますよねー。

 

 第一印象が犯人で、牢屋でいきなり抱きついて、更に不能な俺なんかが日向に惚れられる訳がない。

 

「むぐぐぐ……っ!」

 

 一方伊勢は俺を射殺そうとするレベルの眼力で睨んでいるし、状況は完全に詰んでいるんですが。

 

 もうこうなったら、ギリギリまで頭の上の感触と重みを堪能するのが良いんじゃないかな?

 

 現実逃避のような気もするが、何気に日向の抱き締めが強くて動けないんですよ。

 

 だからこれは不可抗力なんです。

 

 間違っても、浮気じゃないですから。

 

 

 

 ……と、舞鶴の方に向いて目を閉じながら祈っておいたのはここだけの話である。

 

 

 

 まさかとは思うけど、バレたりしないよね……?

 




次回予告

 伊勢と日向、そして主人公が言葉のバトルで戦うが、分が悪くなるのは予想通り。
しかし、話を聞くうちにとんでもない状態になってきて……?

 遂に先生、年貢の納め時なのかっ!?

 艦娘幼稚園 第二部 第四章
 ~明石誘拐事件発生!?~ その4「遂に危うし!?」

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その4「遂に危うし!?」


 伊勢と日向、そして主人公が言葉のバトルで戦うが、分が悪くなるのは予想通り。
しかし、話を聞くうちにとんでもない状態になってきて……?

 遂に先生、年貢の納め時なのかっ!?



 余談ではありますが……
今章予定よりもはるかに話数が増えております。
更に別のネタまで降ってきちゃって……楽しいです(ぉ

 ということで、水面下で別の動きもしていますので、後々にでも。
休むとか言ってたけど……、アレは嘘だ(吐血


 

 牢屋から日向に連れだされ、小さめの部屋に入ってからのこと。

 

 ハッキリ言って、今の状況は変過ぎる。

 

「ところで一つ、聞いても良いだろうか?」

 

 しかし日向はそんなことを全く気にする素振りも見せず、俺に向かって話しかけてきた。

 

「は、はい……」

 

 ちなみに頷くことができない俺は、視線を上に向けながら返事をする。

 

 前門の虎に、後門の狼。

 

 とは言っても、恐ろしいのは目の前に居る伊勢の方だけではあるが。

 

 ちなみに後ろの日向は、未だに俺の頭のてっぺんに胸を預けている格好である。

 

 ――そう、ここは楽園です。

 

 おっぱい星人としては、ここで死んでも悔いはない。

 

 例え、これからどんなことが起きたとしても……

 

「キミはDTだよな?」

 

「いきなり何を聞くんですか日向はっ!?」

 

 前言撤回。

 

 さすがにこの質問は恥ずかし過ぎでしょうがっ!

 

「違うのか?」

 

「声のニュアンスが明らかにおかしいって感じに聞こえますけど、俺ってそんな風に見えるんですかっ!?」

 

「私の直感だが……、そうなるな」

 

「直感だけで恐ろしい質問しないで下さいよっ!」

 

「何だ、この質問がそんなに恐ろしいのか?」

 

「そ、それは……その……」

 

 思わずしどろもどろになってしまう俺。

 

 日向の顔を見ることができないが、間違いなくニヤニヤしているのだと予想できる。

 

 この質問に関しては、どう返答しても突っ込まれた時点で負けな気がするんだよね。

 

「………………」

 

 ちなみに前門の虎である伊勢は、未だに俺の顔を睨みつけている。

 

 先程と比べると、ほんのりと頬が赤いのは……気のせいだということにしておこう。

 

 多分だが、俺から突っ込みを入れた時点で負けだと思うから。

 

 つーか、完璧に詰んでんじゃねぇか。

 

「まぁ、キミの反応で答えは分かったようなものだがな」

 

「それじゃあもう、解放して下さいよ……」

 

「それは断る。

 こんなに面白いキミを離すのは、少々勿体ないからな」

 

 完全に遊ばれてるじゃん俺。

 

 やっぱり日向に惚れられているなんて妄想は、早めに切り捨てておいた方が良さそうである。

 

 いや、頭からそんな訳はないと決めかかっていたけれど。

 

「……あのさ。

 そろそろ尋問の方、始めちゃわないかな……?」

 

「ふむ……。そうだな」

 

 背筋が凍えてしまいそうな視線を向けた伊勢に、日向は少し残念そうな声で返事をする。

 

 話が逸れまくっていたので俺としては助かるのだが、頭の感触だけは名残惜しい。

 

 しかし、ここは心を鬼にしてでも無実であることを証明し、牢屋に閉じ込められることは避けなければならないのだ。

 

 そうじゃないと、またあの男が……俺の……うぐぐっ。

 

 マジで勘弁して欲しいですって!

 

「ではそろそろ、本題に入るとするか」

 

 日向の声が聞こえると同時に、頭にかかっていた重みがスッ……と、消えてしまった。

 

 うむむ……、残念だが仕方がない。

 

 身の安全を確保してから、もう一度してもらえるように頼んでみるか。

 

 ………………。

 

 あっ、嘘です。冗談ですよ?

 

 誰に向かってか分からない弁解をしている間に、日向は椅子へと戻って腰を下ろす。

 

 伊勢の大きなため息が聞こえ、俺の尋問が開始された。

 

 

 

 

 

「まず最初に、どうして先生は明石の部屋に居たのかな?」

 

 机に向かい合うように座った伊勢が、真剣な目を俺に向けて問いかける。

 

 イメージとしては刑事ドラマで良くある尋問のような感じ……というか、ガチである。

 

 さすがの俺も、こんな状況は想定外。もう少し柔らかいと思っていただけに、心臓の音がバクバクと鳴っていた。

 

「え、ええっと……、さっきも言いましたけど、俺のEDを治す方法が見つかっていないかなぁと思って会いに行ったんですが……」

 

「ふむ。理屈は通っているが、素直に納得することはできないな」

 

「そ、それはどうして……?」

 

 日向の言葉に、俺は首を傾げながら問い返す。

 

「明石が先生に連絡を取ったとか、前もって約束をしていたのならまだ分かるのだが、そうでない場合、キミが嘘をついている可能性も捨てきれなくなるんだ」

 

「そ、それは……」

 

 日向が言うことも一理あるかもしれない。

 

 しかし、嘘をつく可能性と言われてしまった場合、全てに対して当てはまると思うんだよなぁ。

 

 どれだけ説明しても、嘘だと決めつけられたら怪しく聞こえてしまうのだ。

 

 もちろん、俺は2人嘘を言っているつもりはないし、隠していることもない。

 

 そうしないと牢屋に舞い戻ることになりそうだし、ケツが非常に危うくなる。

 

 ともあれ、どうにかして俺の心証を良くしないと、何を言ってもダメなんだろう。

 

「ここで言い返せない以上、やっぱり先生が犯人なんじゃないっ!」

 

「い、いくらなんでも早計過ぎですよっ!」

 

「それじゃあ他に、あんなことをするヤツがいるってのっ!?」

 

「そ、そんなこと、俺に分かる訳が……」

 

 伊勢の言葉が俺を犯人だと決めつけるように聞こえ、思わず強い口調で言い返してしまう。

 

 しかしこれでは火に油を注いでいるのと同じであり、売り言葉に買い言葉では話は一向に進まないどころか、更に俺の立場を悪化させてしまった。

 

 そして伊勢の顔は更に険しくなり、今にも俺に噛み付こうと歯をガチガチと開閉させて……って、犬かよ。

 

 だが、仮にも伊勢は戦艦クラス。日向の抱きつきからも分かる通り、俺の力では太刀打ちできるとは思えない。

 

「まぁ、そう焦るな。

 伊勢の気持ちも分からなくないが、さしたる証拠がない以上決めつける訳にもいかないだろう?」

 

「だから、それは先生が明石の部屋に居た時点で……っ!」

 

「部屋に居たから犯人だとするのなら、私たちだってその可能性があることになるぞ?」

 

「私たちより先に、先生が居たじゃない!」

 

「犯人は現場に舞い戻るという言葉もあるのだが?」

 

「そ、それじゃあただの水かけ論じゃない!」

 

 今度は日向に噛みつこうとする伊勢。

 

 しかし、伊勢の言った通りこのままだと完全に水かけ論にしかならないのだが、日向はいったいどちらの味方なのだろうか?

 

 さっきは俺を追い詰めようとしていたし、今度は伊勢を追いこんでいる。

 

 尋問を行う側である日向の立場を考えれば、いくら公平にしようと思っても伊勢の方に寄ってしまうはずなのだが……。

 

 いや、むしろ俺としてはありがたいんだけどさ。

 

 なんかこう……、嫌な予感がするのはどうしてだろうか。

 

「とにかく……だ。未だ状況が詳しく分かっていない以上、犯人が誰かと決めつけるよりも先に情報を得る方が大事ではないか?」

 

「そ、それはそうだけど……」

 

 日向の言葉に少し不機嫌な顔を浮かべつつも頷く伊勢。

 

 落ち着きを取り戻してくれたのは何よりだが、少々聞き捨てならない言葉が聞こえた気がする。

 

「あ、あの……。ちょっとだけ良いですか?」

 

「ん、どうした?」

 

「今、状況が詳しく分かっていないって言ってませんでしたか?」

 

「ああ、確かにそう言ったな」

 

「……えっと、俺が牢屋に入れられてから、そこそこ時間が経ってます……よね?」

 

「んー……。時間を見る限り……そうだな」

 

 言って、日向は壁にかけられている時計に眼をやってから、コクリと頷き俺の方へと向き直る。

 

「おおよそ3時間くらい経っているな」

 

「………………」

 

 それを聞いた俺は、2人に向かって大きく首を傾げる。

 

「……何よ?」

 

 不審そうに問い掛ける伊勢だが、これを言ったら機嫌が悪くなりそうなんだよなぁ。

 

 でも、言わない訳にもいかないし、話が前に……進まないんだろうか?

 

 まぁ、なるようになれ……だな。

 

「えっと……、3時間が経って、未だに状況を把握していないってことなんですかね?」

 

「何よ。文句でもあるのっ!?」

 

「い、いや……まぁ、そうなんですけど」

 

「……なっ!?」

 

 目を大きく開けた伊勢はすぐにブルブルと肩を震わせて、怒りを抑えようと……せずに立ち上がった。

 

「あんた自分の立場を分かって言ってるのっ!?」

 

 伊勢は机を思い切り叩き、部屋の中に激しい音が鳴り響く。

 

 そしてそのまま俺の方へと近づいてきた伊勢は、胸倉を掴もうと手を伸ばしたのだが、

 

「待つんだ、伊勢」

 

 日向が低く威圧感のある声で制止させ、伊勢が再度机を叩いてから大きな声をあげた。

 

「なんでよ日向っ! 馬鹿にされたのにどうして怒らないのよっ!」

 

「……どうして馬鹿にされたのだと思うのだ?」

 

「だって、先生は私たちのことを無能呼ばわりに……っ!」

 

「だが、実際のところはその通りだぞ?」

 

「……ぐっ!」

 

 ギリッ……と、強く歯ぎしりをする音が聞こえると、伊勢は俺達から離れるように壁の方へと向かい拳を振り上げた。

 

 

 

 ゴンッ!

 

 

 

 伊勢の拳が壁に叩きつけられ、地震が起きたかのような振動と腹に響くような低い音が襲ってくる。

 

 怖ぇ……。戦艦クラスマジ怖ぇ……っ!

 

 さすがに聞き捨てならないと思って問いただしてみたけれど、日向が止めてくれなかったら俺って死んじゃってたんじゃないだろうか。

 

 いくらなんでもあの拳を俺の顔面に叩きつけられていたら……。

 

 完全にブラックホールのような顔になっちまうじゃねぇか。

 

 俺は悪魔超人にはなりたくないし、普通に死んでしまう。

 

 いくらプリンツの踏みつけを食らって耐えた俺とは言え、今回ばかりは生き残れそうとは思えないぞ……。

 

「伊勢……」

 

「……なによっ!」

 

 未だ拳を壁にめり込ませた伊勢に向かって日向が声をかけると、無茶苦茶不機嫌そうな顔でこちらに振り返った。

 

 その顔はまさに悪鬼羅刹。

 

 子供たち……、特に天龍や潮が見たら、おもらし確定コースである。

 

 立ったまま『じょばーーー』って感じで。

 

 ………………。

 

 掃除、大変だから止めて欲しいです。

 

 いやまぁ、可愛いから許すけど。

 

 ………………。

 

 あれ……、これって、危ない思想じゃ……ないよね?

 

「壁の修理代、請求されても知らないぞ?」

 

「う”……っ!」

 

 俺の思想はさておいて、日向の言葉に顔を青ざめさせる伊勢。

 

 冷や汗を額から頬に垂らしながら、伊勢はゆっくりと壁の方へと顔を向ける。

 

 そこには拳の形をした穴から、いくつものひび割れが広がっており、

 

 どう考えても隠し通せるようなモノには見えなかった。

 

「え、えっと……これは、その……」

 

 背中を向けたままの伊勢の声が完全に焦りまくっているが、なかったことにするなんて無理な話である。

 

「はぁ……」

 

 そんな伊勢の姿を見た日向は大きくため息を吐き、

 

「分かった。こうしよう……」

 

 落ち込んでいた伊勢の肩に手を置いて、優しく声をかけた。

 

「この穴は先生がやったということにしておけば問題あるまい」

 

「あっ……、確かにその通りよねっ!」

 

 驚きながら振り返った伊勢は満面の笑みを浮かべて日向に抱きつこうとする……が、

 

「いやいやいや、ちょっと待ってくれないかなっ!?」

 

「……む、どうしたんだ?」

 

「いくらなんでもそれは無茶苦茶ってもんでしょう! 普通の人間である俺が、どうやってそんな穴を開けられるんですかっ!」

 

「そこはまぁ……、気合論でだな」

 

「無理にも程があるでしょうっ! どう考えても通るとは思えませんっ!」

 

 そう言いながらもなぜか通りそうな気がしてしまうのだが、通っちゃったら通っちゃったらで問題なんだけど。

 

 やってもいないことを俺のせいにするなんてマジで止めて欲しいし、そもそも牢屋に入れられていること自体が間違いなんだから。

 

「別に良いじゃん。どうせこのままだったら軍法会議で処刑されちゃうんだし一緒でしょ?」

 

「納得できる訳ないでしょうがーーーっ!」

 

 全く悪そびれることのない伊勢の言葉にプッツンしちゃった俺は大きく叫んだのだが、

 

 

 

 処刑って……マジですか……っ!?

 

 

 

 ――と、一気に背筋が凍りついてしまった俺は、すぐに冷静さを取り戻すのであった。

 

 これって、完全に大ピンチってやつなんだけど……って、冷静に分析している余裕はないんですけどねっ!

 




次回予告

 まさに絶体絶命。どうなる主人公。
そんな感じの次回予告が明けた後、主人公は牢屋に戻されていた。

 すると、牢屋の外から声がする。
それは敵か味方なのか。それともただの……?


 艦娘幼稚園 第二部 第四章
 ~明石誘拐事件発生!?~ その5「無鉄砲な救世主」

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その5「無鉄砲な救世主」


 まさに絶体絶命。どうなる主人公。
そんな感じの次回予告が明けた後、主人公は牢屋に戻されていた。

 すると、牢屋の外から声がする。
それは敵か味方なのか。それともただの……?


 

「はぁ……」

 

 結局、俺は元居た牢屋に戻されていた。

 

 あれから何とかして伊勢や日向に俺の無実を信じてもらおうと色々話したのだが、処刑という言葉を聞いた途端にしゃべり出したとなれば不審がってもおかしくはなく、無事に解放してもらう目的は果たせなかった。

 

 ちなみに部屋から牢屋に帰る際、俺は日向にどうしても……と、お願いをして、俺を狙っていると思われる男を遠ざけてもらえるように頼み込んだ。

 

 その結果、扉の側から牢屋内を覗き込む男の姿はなく、胸を撫で下ろすことができたのは大きいだろう。

 

 それでも牢屋に捕われているということに代わりはないので、どうにかして解放してもらえるようにしなければならないのだが。

 

「しかし、どうすれば良いんだろうなぁ……」

 

 近くに人の気配はなく、話し相手は望めない。

 

 大きな声で誰かを呼ぶことはできるかもしれないが、例の男が来る可能性もあるのであまりしたくない。

 

 それに、ここから俺を出すことができる人物……となれば、それ相当の権限を持つ人物か艦娘でないとダメだろう。

 

 後者で思いつくのは伊勢と日向だろうが、先ほど話をしたばかりなので再度呼び出すのは難しい。

 

 それに、明石の部屋の調査も進めてほしいところなので、避けておいた方が良いだろう。

 

 部屋の中にはほとんど入っていないので、俺が中に居た痕跡はまずないはずだ。それが分かれば、俺の無実も証明されると思う。

 

 ただし、それとは別に気になることもある。

 

 もし今回の件が、俺を罠にかけようとしたのであれば……、話は変わってくるのだ。

 

 佐世保に着いた当初、俺は元帥が罠にかけたのではないかと疑ったことがあるが、その件について完全に疑いが晴れた訳ではない。

 

 あれから1ヶ月以上経っているので可能性としては低いかもしれないけれど、俺が油断をしたであろう時期を狙ってということも考えられなくはないのだ。

 

「考えすぎかもしれない……が、全くの零でもなし……か」

 

 独り呟く声が牢屋内に響き渡る。

 

 返事をする人物はなく、俺は深いため息を吐く。

 

 頼みの綱は安西提督に陳情することなのだが、外に連絡を取る手段を持ち得ていない以上それも難しい。

 

 なんとかして……と、思っていると、何やら言い争うような声が扉の向こうから聞こえてきた。

 

「ん……、何の騒ぎだろう……?」

 

 床から立ち上がって扉の窓から通路を見る。

 

 突き当たりにある角の辺りに例の男が見え、思わず顔をしかめてしまいそうになるが、何やら様子がおかしいようだ。

 

「喧嘩……か?」

 

 男は激昂した顔で怒鳴っているように見えるのだが、距離があるせいで何と言っているのかハッキリとは分からない。

 

 ただ、どう見ても穏やかでないと思うんだけど……

 

「……っ、…………っ!」

 

 そうこうしているうちに、男が腰元に携帯している警棒に手をかけようとするのが見え、俺は思わず唾を飲み込んだ。

 

 さすがにただ事ではないと思ったけれど、俺ができるのは大声で叫ぶことだけで、それではあまり意味がない。

 

 牢屋の位置は通路の奥であり、日向に連れられて部屋に向かうところまで上へと向かう階段は見当たらなかった。

 

 つまり、ここから叫んで誰かに聞こえるのなら、通路の先にいる男の声が既に耳に入っているだろう。

 

 つまり、俺のできることは何もない……と、いうことなのだが。

 

「……がぁっ!?」

 

 あ……、男が吹っ飛んだ。

 

 壁に激突してピクリとも動かなくなった男の身体は、そのまま床へと崩れ落ちる。

 

 ざまあみろ……と、思ったけれど、これってあまり良い状況じゃない気がする。

 

 男と言い争っていた相手の目的が何なのか。

 

 わざわざ牢屋がある地下室まで来て、見張りをしていた男を昏倒させる必要性を考えれば、

 

 それは、自ずと答が出てしまうのではないだろうか。

 

 つまりそれは、

 

 

 

 暗殺――である。

 

 

 

「……っ!?」

 

 通路の角から人影が見えた俺は、咄嗟に窓から離れて見を隠す。

 

 コツコツと足音が近づいてくるのが聞こえ、俺は慌てて口を両手で塞ぎながら息を潜めた。

 

 俺がここに居ることを知られてはいけない。

 

 もし、あの人影が俺の位置を見つけられていないのであれば、時間は稼げるはず。

 

 その間に誰かが助けに来てくれれば、生き残れる可能性があるかもしれない。

 

 だが、現実は残酷で――

 

 足音は、まっすぐ俺が居る牢屋へと向かってきた。

 

(来るな……来るんじゃない……っ!)

 

 心の中で大きく叫ぶも、声には出さずに我慢する。

 

 しかし、そんな俺の思いも虚しく、

 

 足音がピタリと止まり、扉を叩く音が聞こえてきた。

 

 

 

 コンコン……。

 

 

 

 先ほどの男が吹っ飛ぶような力強さはなく、礼儀正しく中に居る者へと知らせる合図のような音。

 

 しかし俺にはそれが、死へのカウントダウンにしか聞こえない。

 

 返事をすれば男が吹っ飛んだように扉は破られ、数分と経たずに俺は消されてしまうだろう。

 

 だがどちらにしろ、返事をしなくても窓から中を確認すれば俺の姿はすぐに見つかってしまう。

 

 つまり俺の命の灯は、どちらにしても数分である――と、思われた。

 

 

 

 ――だが、俺の想像とは全く違う、聞き覚えのある声が聞こえてきたのである。

 

 

 

 

 

「待たせたわね」

 

「……へ?」

 

 その声に俺は驚き、窓の方へと目をやった。

 

 鉄格子が付いた扉の窓。そこに見えるのは、いつもなら頼りなさ過ぎてどうしようもない艦娘――ビスマルクの顔だった。

 

「ビ、ビスマルク……ッ!?」

 

 予想だにしていなかった登場に、俺は呆気に取られるような顔をしながら扉へと駆け寄る。

 

「あら、そんな顔をしてどうしたのかしら……と、言いたいところだけれど、その表情もそそるモノがあるわね」

 

 言って、ほんのりと頬を赤く染めているビスマルクの顔が見えた瞬間、俺は大きくため息を吐いた。

 

「状況が状況なだけに、笑えないんだけどさ……」

 

「酷いわね。私はいつでも本気なのよ?」

 

 だからこそなんだけどねっ!

 

 いや、良く考えてみれば、これはビスマルクが気を利かせてくれたのかもしれない。

 

 牢屋に閉じ込められて参ってしまっている俺にいつもの姿を見せることで、気分を紛らわそうとしてくれたのであれば……。

 

 何それ。すんごい嬉しいんですけど。

 

 抱かれたいランキングの順位が一つだけ上がった気がしたが、その辺りは顔に出さないでおく。

 

 ビスマルクを調子に乗らせてしまうと色々と大変なことになりそうだし……って、男に危害を加えた時点ですでに大問題な気もするが。

 

「さぁ、それじゃあこの扉をぶっ飛ばすから、部屋の隅へ寄ってくれないかしら」

 

「あ、ああ……って、ちょっと待ってくれ」

 

「待つって……どうしてかしら?」

 

 何を言っているのかさっぱり分からないといった表情で首を傾げるビスマルクだが、ちゃんと考えてから行動したのだろうか?

 

 いや、もしかすると全てを済ました上で……というのであれば問題はないのだが、その場合扉を破壊する必要はない。

 

「一つ質問をさせて欲しいんだが、ここにはどうして来たんだ?」

 

「……あなたが何を言っているのか分かっているのかしら?

 

「もちろんだ。むしろ、ビスマルクの行動の方が気になって仕方がないから聞いているんだけどな」

 

 俺はそう言って、キリリと引き締まった顔をビスマルクへと向ける。

 

 こういうときはハッタリをかますのが一番……って、別に大した意味はないんだけれど。

 

 別に腹の探り合いをしているのではないし、素直に話を聞けば良いだけのこと。なのに、こういった態度を取ってしまった訳は、ビスマルクを調子に乗せてはならないという気持ちがあったからなのであるが……。

 

「ぐっ……、そ、その顔……やるわね……っ!」

 

 何やら顔を真っ赤にさせて、扉をガンガンと叩きまくってるんですけど。

 

 助けに来たヤツが周りにばれちゃうような音を出すんじゃねぇよっ!

 

「両手でハートマークを作って、萌え萌えビームを出してくれないかしらっ!」

 

「出す訳ねーだろこの馬鹿ーーーっ!」

 

 アレはメイド服のベーシストがやってこそなんだよっ!

 

 男の俺がやったところで、ビスマルク以外誰特になるってんだっ!?

 

「と、とにかく、俺の質問に答えてくれ」

 

「質問も何も、私はあなたを助けようとここに来たのよ?」

 

「それは非常に嬉しいけれど、ちゃんとした手続きを取った上で来てくれたんだよな?」

 

「………………」

 

 思いっきり目を逸らすビスマルク。

 

 うん。まぁ、分かってはいたんだけどね。

 

 そもそも男を気絶させた段階で、強行策を取ったのは丸分かり。

 

 本当に、後先を考えないで行動するヤツだよなぁ。

 

 ……嬉しいけどさ。

 

「はぁ……。そんなことじゃないかとは思ってたけど、もちろん後々のことをちゃんと考えているんだよな?」

 

「………………」

 

 窓から俺が見えない位置まで身体を逸らすビスマルク。

 

 完全に無策で来たのかよ。

 

「それじゃあ、ビスマルクにこの扉を破ってもらう訳にはいかないな……」

 

「なっ!? ど、どうしてよっ!」

 

「仮にここから脱出できたとしても、俺もビスマルクも完全に犯罪者扱いだぞ?」

 

「だ、だけどすでにあなたは……」

 

「まぁ、今のところ犯人と思われる人物の一番上……って感じだよなぁ……」

 

「……え?」

 

 なぜかキョトンとした顔で首を大きく傾げるビスマルク。

 

 あれ……、俺って何か変なことを言ったか?

 

「それっておかしいわよね?」

 

「え、えっと……どこがどう、おかしいんだ?」

 

「だって、私はあなたが明石を誘拐してどこかに埋めた犯人として逮捕されたと聞いたから、ここに駆けつけたのよ?」

 

「……はい?」

 

 ビスマルクはいったい何を言っているんでしょうか?

 

 伊勢の方はさておいても、まだ俺の立場は怪しい人物という段階であって、犯人であると決めつけられた訳では……

 

「明日の早朝には公開式の査問会が開かれるから、それまでに何とか助け出さなければと思って……」

 

「な、なんだよそれ……っ!?」

 

 いくらなんでも初耳過ぎるし、そもそも査問会を公開式にする必要性が全く感じられない。

 

 更に言えば、明石が居なくなったことで誘拐されたと思われてもおかしくはないにしても、どこかに埋めたって決めつけられるのはあまりに酷過ぎるだろう。

 

 どこかに――の時点で、まだ見つかっていないことは充分に予想できるが、そんな段階で査問会にかけるということは……

 

「それじゃあまるで、中将のときと一緒じゃないかっ!」

 

 俺は自分が置かれた状況に怒りが沸騰し、思わず壁に拳を叩きつけた。

 

 俺が舞鶴の幼稚園に務めることになってからすぐのこと。

 

 元帥に対立する過激派であった元中将は、幼稚園を取り潰す理由を作るために行動を起こした。

 

 子供たちの前で反抗できない俺を殴り続け、仕組まれた査問会に出席させて一方的に断罪する。

 

 そうして口実を作るつもりだったのだろうが、元帥は既にその動きを察知し、手を打ってくれたことで助かった。

 

 しかし、今俺が居るのは舞鶴ではなく佐世保だ。

 

 ここに元帥はおらず、味方になる人物はそう多くない。

 

 その中の一人が、目の前に居るビスマルクなのだが……。

 

 殴りつけた拳の痛みが治まり、頭の中は冷静さを取り戻した。

 

 ならば、これからどうするべきか――と、考える。

 

 いくつか大きな音を出してしまった以上、騒ぎに気づいた伊勢や日向がここに来る可能性は高い。

 

 その前に、何かしらの方法を取るとするならば……これしかないはずだ。

 

 俺はまとめ上げた思考を組み合わせ、ゆっくりと小さな声でビスマルクを呼ぶ。

 

「……分かった。それじゃあビスマルクに、お願いがあるんだけど……」

 

「ええ、何でも言ってちょうだい。あなたのためなら、例え火の中水の中……よ」

 

 真剣な表情を浮かべながらそう言ったビスマルクに頷いた俺は、小さい声でいくつかの願いを伝えた。

 

 

 

 舞鶴のときとは全く違う、未知なる相手を想像しながら――

 





次回予告

 助けに来てくれたビスマルクにあることを伝えた主人公。
看守が襲われたことを聞きつけた伊勢と日向が再度尋問をし、恐ろしい内容を伝えてくる。
余りにもありえないと思えるそれに、主人公は決心した。

 艦娘幼稚園 第二部 第四章
 ~明石誘拐事件発生!?~ その6「即決即日即処刑」

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その6「即決即日即処刑」


 助けに来てくれたビスマルクにあることを伝えた主人公。
看守が襲われたことを聞きつけた伊勢と日向が再度尋問をし、恐ろしい内容を伝えてくる。
余りにもありえないと思えるそれに、主人公は決心した。


 

「信じられないな……」

 

「ええ、信じられないわね」

 

 床に座り込んだ俺を見下ろしながら、2人の艦娘が呟いている。

 

「どうして……ですか?」

 

「どうしても何も、さっきビスマルクが先生を助けに来たわよね?」

 

「ええ、確かに来ましたけれど……それが何か?」

 

「そ、それが何かって……、本気で言っているのっ!?」

 

 首を傾げながら問い掛けた俺に、伊勢は怒鳴りながら俺の胸倉に掴みかかろうと近づいてきた。

 

「伊勢。何度も言うが、どうしてそんなに先生を攻撃しようとするんだ?」

 

「ど、どうしてって……、言っていることが無茶苦茶だからじゃないっ!」

 

 日向の止めようとする言葉に顔を赤くした伊勢は、右手で俺を無理矢理立ち上がらせる。

 

「ぐっ……」

 

 力強く胸倉を締めあげられて息苦しくなった俺だが、引きはがそうとしても無理なのは分かっている。

 

 ならばここは言葉で抵抗するしかないと、俺はゆっくりと口を開く。

 

「俺の……どこが無茶苦茶なんですか?」

 

「逃げられる状況にあったにもかかわらずにそうしないなんて、どう考えても変じゃないっ!」

 

「だけど、俺がビスマルクと一緒に逃げた場合、2人揃って追われますよね?」

 

「そんなこと、聞かなくても分かることでしょう!」

 

「それじゃあ、あまりにもビスマルクが可哀想じゃないですか」

 

「………………え?」

 

 俺の言葉にキョトンとした顔を浮かべた伊勢は、掴んでいる右手の力を少しだけ緩めた。

 

「な、な、な……」

 

 しかしその力はすぐに元へと戻るどころか、更に強くなって俺の首を締めつけてくる。

 

「何を言っているのよ先生はっ! 自分の立場を分かっているのっ!?」

 

「……いえ、全く分かっていません」

 

「………………は?」

 

 そして再び驚きながら大きく目を見開く伊勢。

 

 そんな様子を見ながら小さい笑い声をあげた日向は、伊勢の肩をポンと叩いてから俺の首元を締めつけている右手を解くように諭す。

 

 伊勢は日向の顔を見てから右手を離し、俺にジト目を向けた。

 

 少しよろめきながら首元を抑え、大きく息を吸って呼吸を正す。

 

 そして、伊勢の顔をしっかりと見つめながら、ハッキリと問う。

 

「俺は明石が行方不明になった件について怪しいという理由で、ここに閉じ込められたと思っています。

 しかし、伊勢の言葉や反応を見る限りそうとは思えないように感じるんですが、説明して頂けませんか?」

 

 いつもとは違う喋り方。

 

 実は元帥を真似てみたのだが、はたして効果があったかどうか……

 

「くく……っ、なるほど。確かにキミの言う通りだな」

 

 言って、日向は先程よりも分かり易いように笑い、何度も伊勢の肩を叩く。

 

 ちなみに伊勢は、完全に固まっているといった感じなんだけどね。

 

「分かった。キミの問いに答えようじゃないか」

 

「ちょっ、ひゅ、日向っ!?」

 

 伊勢は金縛りから解けたように叫び、日向に言葉を畳みかける。

 

「ど、どうしてそんな無駄なことをするのよっ! どうせ、ビスマルクから話を聞いているに決まっているじゃないっ!」

 

「しかし、絶対にそうとも限らないだろう?」

 

「で、でも……」

 

「それとも伊勢は、先生に現状を伝えない方が良いと思っているのか?」

 

「べ、別にそんなつもりは……」

 

「自分が決めたことなのに?」

 

「………………」

 

 日向の問いかけに、伊勢は顔を床に逸らして黙り込む。

 

 明らかに気まずい感じは見て取れるんだけれど、実際には内心ドキドキなんだよね。

 

 まず一つは、伊勢が言ったように俺はビスマルクから現状を聞いて知っている。

 

 しかし、それ以上に驚いたのは、

 

 

 

 伊勢が――俺の処遇を決めたという点であった。

 

 

 

 お、俺って……、そんなに伊勢に恨まれてたの……?

 

 

 

 

 

「それでは、説明をしようか」

 

 日向はそう言いながら両腕を組み、真剣な表情へと変えた。

 

 視線が俺の顔に向けられ、思わずゴクリと唾を飲み込んでしまう。

 

「キミは現在、明石を誘拐してどこかに埋めた犯人として確定し、明日の早朝には査問会にかけられることになっている」

 

「そ、そんな……」

 

 ここまではビスマルクから聞いたのとほとんど同じであるが、一応念のために驚いたフリをしておく。

 

「なお、ことがことだけに鎮守府内の関心も高いだろうと判断して公開式にしておいたが、混乱を避けるためにも簡易的に済ませ、処刑は即日行う手筈となった」

 

「………………は?」

 

 だが、次の言葉を聞いた俺は唖然とし、耳を疑った。

 

「い、いやいや。それって冗談ですよね?」

 

「どうして冗談だと決めつけるのだ?」

 

「だ、だって、いくらなんでもおかしいでしょうっ!?

 ことが露見した翌日には査問会が開かれて、次の日には処刑って……さすがにありえないですって!」

 

「だが、これは既に決まったことだからな。今更変えようとしても私たちには無理だ」

 

「だ、だけど決めたのは伊勢って……」

 

「……私も頼まれたことをしただけだし、準備を開始している以上手遅れよ」

 

「た、頼まれたって……誰にですかっ!?」

 

「そ、それは……言えないわ……」

 

 そう言って、伊勢は俺から大きく目を逸らした。

 

 その表情は明らかに怯えのようなモノが混じり、小刻みに肩を震わせている。

 

 こ、これはいったい……、どういうことなんだ……?

 

 どうして俺はこんなに伊勢に恨まれているのかと思っていたが、どうやらそうではなかったらしい。

 

 しかし、どちらにしても俺を嵌めようとしている誰かが居るのはまず間違いないと思うし、その準備も佳境に入っていると言える。

 

 ――というか、既にまな板の上で切られるのを待っている状態にしか思えないんですが。

 

 もしかして、ビスマルクと一緒に逃げた方が良かったんじゃ……。

 

「ともあれ、キミの今の状況はこんな感じだが……問題はあるか?」

 

「ありまくりでしょうっ!」

 

 即座に叫び声をあげる俺だが、予想していたかのように日向は目を閉じて「うんうん」と、頷いていた。

 

「いくらなんでも、こんなのって無茶苦茶ですっ!

 まるで前もって準備されていたかのようなことの進み方と手際の良さは、どう考えてもおかし過ぎますし、俺を陥れるための罠にしか……」

 

「待った」

 

「……え?」

 

 俺の言葉を遮るように手の平を目の前に突き出した日向は、閉じていた目を細くしながら口を開く。

 

「それ以上は……言わない方が良い」

 

「そ、それって……」

 

 問いかけようとする俺に向かって、日向は「何も言うんじゃない」と、首を左右に振る。

 

 そして伊勢もまた視線を逸らしたまま、ガタガタと身体を小刻みに震わせていた。

 

 まさか、この場所が盗聴されている……とでも、いうのだろうか?

 

 そうだったのなら、ビスマルクと俺の会話も筒抜けだったことになるのだが……。

 

「キミの発言は全て査問会に使用されることになっている。従って、不用意なことは言わない方が良い」

 

「……そ、そうですか」

 

 日向の言葉を聞き、俺はガックリと肩を落としながら顔を見る。

 

 何かを隠しているようには見えないし、怪しい感じもない。

 

 どうやら盗聴されていたというのは思い過ごしだったようだが、日向が言葉を遮ったタイミングがどうにも違和感があるような気がするのはなぜなのだろうか?

 

 伊勢も日向も、どうやら脅されている感じがする。

 

 つまりそれは、自分たちではかなわないのか、逆らえない相手なのだろう。

 

 そんな相手が俺の敵にまわっているのなら、それはもう絶望的に思えてしまうのだが……。

 

「おっと……、そろそろ時間だな」

 

 日向が手首を見る振りをしながらそう言って、牢屋から出て行こうとする。

 

「あ、あの……、一つだけ良いですか……?」

 

「……ん、なんだ?」

 

「ビスマルクのことなんですが……、俺を助けようとしてくれたのは好意から来るものであって、決して悪気はなかったと思うんです。だから……」

 

「ああ、そのことか」

 

 俺が最後まで言い終える前に日向が振り向きながら遮ると、小さくため息を吐きながら言葉を続けた。

 

「ビスマルクが無理矢理ここまでやって来たことは問題だが、既に事情は尋問で確認し、注意をしておいた。

 本来ならば看守を気絶させたことによる罰則があるのだが、被害者である本人がそれを拒否したためたいしたことにはならないだろう」

 

「そうですか……って、拒否……ですか?」

 

「ああ。あの男は……少しばかり問題があってな」

 

 それは大いに存じています。

 

 俺のケツを狙おうとしている時点で大問題なのだから。

 

 つーか、そんな問題のあるヤツを看守にしておくなと小一時間問い詰めたいんだが、それは余裕があるときにしておこう。

 

 そんな機会があれば……だけどね。

 

「真性のドMだ」

 

「………………はい?」

 

「ふむ、これでは分かり難かったか?

 それじゃあ、えーっと……、そう。マゾなのだ」

 

「いやいやいや。それはまぁ、分かりますけど」

 

「そして更に両刀まで付く」

 

「そんなヤツを看守にするんじゃねぇよっ!」

 

 遂に言っちゃったじゃないですかー。

 

「残念ながら、人手が足りなくてだな……」

 

「それにしたって、もう少しマシなヤツくらい居るでしょうにっ!」

 

「ふむう……。他の者だとすると、小太りでサングラスが似合ってガムを常時クチャクチャと噛んでいるくらいしか……」

 

「滅茶苦茶似合うじゃんっ! 映画で間違いなく警棒を手でパシパシしながら鬱陶しく映ってるヤツだよねっ!?」

 

「そ、そうなのかっ!?」

 

「なんでここ一番の驚き方をするのかなっ!?」

 

「私は瑞雲以外のことは、あまり良く分からんからな……」

 

「確かに……、日向ってそういうヤツだからねー……」

 

 完全に目を逸らしっぱなしで呟く伊勢……って、そんなレベルの会話じゃねーよっ!

 

「まぁ、そういうことだから、ビスマルクは口頭注意だけで済んでいる」

 

「そ、そうですか……。分かりました」

 

 言いたいことはまだまだあるが、あまり引き留める訳にもいかないだろうと、俺は頭を下げる。

 

「私たちもこれから準備のためにここから離れる。問題は起こさぬよう、静かにしておいてくれ」

 

 そう言った日向は、ゆっくりとした足取りで牢屋を出る。

 

「人の心配ができるほど、余裕がある訳でもないのに……」

 

 俺を見ずに伊勢が言った言葉が牢屋の中に置き去りにされ、大きな音を立てて扉が閉められ鍵がかけられる。

 

 金属音が鳴り響く中、俺は壁を背にしながら床へと座る。

 

 あまりにも信じられない仕打ちに頭を抱え、そして――俺は意を決した。

 

 

 

 それから30分後、俺の姿は牢屋から消え失せる。

 

 

 

 ビスマルクに頼んで看守から奪った、牢屋の鍵を使用して――。

 





次回予告

 牢屋を脱走した主人公は、夜の佐世保鎮守府を潜みながらある場所へと向かう。
自らの無実を証明するために、約束をしたあの場所へ。

 そして再び出会ったあいつと共に、調査を開始したのだが……


 艦娘幼稚園 第二部 第四章
 ~明石誘拐事件発生!?~ その7「急上昇から大転落」

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その7「急上昇から大転落」


 牢屋を脱走した主人公は、夜の佐世保鎮守府を潜みながらある場所へと向かう。
自らの無実を証明するために、約束をしたあの場所へ。

 そして再び出会ったあいつと共に、調査を開始したのだが……


 

 外に出ると空は真っ暗だった。

 

 仕事の後に明石の部屋に行き、そこで拘束されてから大分と時間が経ったのだからその筈である。

 

 それよりも問題なのは、さっきからお腹がぐぅぐぅと音を鳴らしている点であるが、牢屋に居る間に食事はなかったので仕方がない。

 

 普通ならば差し入れなんかをしてくれても良さそうなのだが、やっぱり伊勢に相当嫌われていたのだろうか。

 

 しかしそこまで嫌われるなんて、身に覚えはないんだけどなぁ。

 

 そんなことを考えつつ、俺は誰にも見つからないように鎮守府内を移動する。

 

 灯りが少ない場所を選び、植え込みや木の影を利用して目的の場所へと向かって行く。

 

 頭の中にはピンク色の豹と全身タイツの大泥棒のテーマ曲が交互に流れているが、そんな余裕は全くない。

 

 まず間違いなく鎮守府内に俺のことは伝わっているだろうから、ひとたび見つかれば騒ぎになってしまうのは明白である。

 

 そうなってしまったら最後、目的を達成することは難しくなり、逃亡の日々が開始されてしまう。迷惑がかかる以上舞鶴に戻る訳にもいかないだろうし、取れる手段はかなり限られてくる。

 

 いや、それどころか、俺という個人が国レベルの相手と渡り合うなんてことは到底無理だろうし、数日と経たずに捕まってしまうだろう。

 

 つまり、ここはなんとしても目的の場所まで誰にも見つかることなく移動し、明石の行方が分かる何かを見つけ出さなくてはいけないのだ。

 

 俺は過去にやったのと同じように両頬をパシンと叩いて気合を入れ、植え込みの影から辺りを注意深く観察しながら移動をし続けた。

 

 

 

 こういうときこそ、段ボールなんだけどなぁ……。

 

 

 

 ……え、違う?

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 ある建物の中に入り込んだ俺は、外を移動するよりも更に注意をしながら移動を続けていた。

 

 夜も更けて人や艦娘が寝泊まりする場所でないとしても、建物内に1人や2人は居るらしく明かりがついている。

 

 こんなところでバッタリと誰かに会ってしまえば簡単に見つかるのは当たり前だろうが、通路の明かりを消す訳にもいかず、壁や床に耳を当てて物音を探りながら人が居ないことを確認し、ようやく目的の場所に着いたときには日が変わる寸前になっていた。

 

「よし、ここだな……」

 

 扉の前で屈んだ俺は、拳を丸めてノックをする。

 

 

 

 コン……コンコン……コン……

 

 

 

 前もって決めていた回数を叩き、中からの返事を待つ。

 

 すると小さく開いた扉の隙間から人差し指で入るようにと促され、俺は黙ったまま素早く部屋に侵入する。

 

 そして扉を静かに閉めて振り返ると、想像していた通りの――艦娘が俺を見下ろしていた。

 

「ふぅ……。遅かったから心配したじゃない」

 

「見つかる訳にはいかないから、慎重に移動していたんだ。おかげで誰にも見つからずに来れたけど……、こっちの方は大丈夫だったか?」

 

「ええ、今のところ問題はないわ。ただ……」

 

 言って、少し俯き気味になったビスマルクは小さなため息を吐く。

 

「この部屋の状況は、どう考えてもおかしいわよね……」

 

「ああ、確かに……な」

 

 返事をしながら、俺は部屋を大きく見渡した。

 

 壁につけられた大きな傷跡。

 

 至る所に見える赤いシミ。

 

 大きく形を変えてしまい、本来の使い方を望めない変わり果てた椅子や机。

 

 誰が見ても正常と判断できるはずもない室内には、息苦しくなってしまうような重い空気が漂っていた。

 

「………………」

 

 無言のまま部屋の様子を伺うビスマルクの額には大粒の汗が滲み出ており、この異質な空間がどれだけヤバいかを物語っているようだ。

 

 しかし、俺の脳裏には別のことが浮かんでいた。

 

 伊勢と日向に捕まる前に見た光景とは少しだけ変わったように見えるのだが、おそらくは調査によって転がった椅子や机の位置が動いたのだろう。

 

 つまり、伊勢や日向は既にこの部屋の情報を得たことになるのだが、それを踏まえてもなお、俺を犯人と仕立て上げる気なのだろうか……?

 

 それって、何も見つからなかったと同義のような気がするんだけれど。

 

 ……ってことは、やっぱり俺、嵌められてないか?

 

「それで、これからどうするのかしら?」

 

「とりあえずは部屋の調査だな。

 反撃をするには少しでも情報が欲しいし、片っ端から調べてみようと思う」

 

「そう……。なら、あなたに従うけれど……」

 

 そう言ってゆっくりと目を閉じたビスマルクは、暫くしてから意を決したように俺を見る。

 

「私は最後まであなたと付き合うと決めたのだから、自らを犠牲にしたり、1人で逃げようとしたりなんてことは考えないでよね」

 

 その目は真剣で――

 

 全く曇りのない綺麗な瞳が俺に向けられていた。

 

「ビスマルク……」

 

 思わずジワリと目尻が熱くなる。

 

 抱かれたいランキングの順位がどんどんと上がってきているのだが、このままいくとトップが入れ替わってしまう勢いである……のだが、

 

「そのまま私と一緒に愛の逃避行……。

 そして安住の地を見つけた後、めくるめく官能の日々が……フフフ……」

 

 うん。見事に台無しである。

 

 そのニヤケまくった笑い顔は、既に放送禁止レベル。子供たちには一切見せられない。

 

 ついでにビスマルクの抱かれたいランキング順位は圏外へ落下していった模様なので、一安心といったところだろう。

 

「考えていたら興奮してきたわっ! もうこの際この場で……」

 

「寝言は寝てから言えっ!」

 

 突っ込みと同時に回転蹴りをビスマルクの頭部に見舞うも、上半身を軽く反らして簡単に避けられてしまった。

 

「フフフ……、まだまだ青いわね」

 

「クッ……。こういうときだけ頼りがいがありそうでも、全く意味がないのに……」

 

 拳を地面に叩きつける……って、何をやっているんだ俺は。

 

 調査をするどころか、周りに聞こえてしまう大声をあげた挙句に漫才をしているって、もはや緊張感の欠片もないんですが。

 

「さて、それじゃあさっさと調査をするわよ」

 

「……ビスマルクに言われるとは夢にも思わなかったけど、突っ込んだら負けだと思うから素直にそうするか」

 

「あら、別に突っ込んでも良いのよ?」

 

「後々面倒なので止めておくよ……」

 

「そう。残念ね……」

 

 本当に残念そうな顔を浮かべたビスマルクだが、俺は無視を決め込んで調査を開始する。

 

 前に来たときは余りの現状に驚いてしまい、ほとんど調べることができなかった。

 

 伊勢や日向たちの調査で重要な手掛かりは失われている可能性があるかもしれないが、それでもやらないよりは良いだろう。

 

 できれば査問会で抵抗できる情報を。

 

 望むべきは、俺が無実であるという証拠を。

 

「まぁ、さすがに高望かもしれないが……」

 

 独り言を呟きながら、傷だらけの壁に触れてみる。

 

 大振りの刃物で斬りつけたような、斜めに入った一直線の傷。

 

 どれだけの力を加えればこんなにも深い傷ができるのだろうと思えるくらい壁紙は破かれ、下地の合板もパックリと裂けていた。

 

 そして近くには血のような赤い液体が付着し、惨劇があったのだと物語る。

 

 どう考えても1人が流せば死に直面する量であるそれは、明石の生存を絶望視させる。

 

 艦娘がどれだけの血を流せば命を失うのかは分からないが、それでもこの量は尋常ではない。

 

「……無事であれば……良いんだけどな」

 

「……あなたを不能に陥れた艦娘なのよ?」

 

「それでも……、やっぱり心配にはなるさ」

 

「そう……」

 

 互いに顔は合わさずに言葉を交わす。

 

 ビスマルクの声は冷たく感じるが、全く心配していないという感じには聞こえない。

 

 以前に聞いたときは明石を苦手であるような感じだったけれど、同じ鎮守府に所属する仲間としては心配しないという方がおかしいのだろう。

 

「……ふむ」

 

 壁を一通り調べてみたが、傷と血のりらしきモノ以外は何も見つからない。これ以上の調査をしても何も得られないと判断した俺は、次に椅子と机の方に向かった。

 

「………………」

 

 目の前にして改めて分かる。

 

 大きくひしゃげた……といえば簡単ではあるが、どうすればこんな形になってしまうのだろうと、首を傾げるしかない。

 

 椅子の中心にある軸は上下を引きちぎるように捻じ曲げられ、背もたれ部分はほんの少しの力を加えただけで折れてしまいそうだ。

 

 実はこれ、アートなんです――と、言われた方が納得できてしまうかもしれないそれに、俺は固唾を飲みながらも調べていく。

 

「……ここにも血のり……か」

 

 座る部分はおろかその裏でさえも、血が飛び散ったような跡が残っている。曲がり切った軸も、背もたれの両側も、どこもかしこも真っ赤に染まっているのだが……。

 

 これって、明らかにおかしいよな……。

 

 調べた内容を頭の中にしっかりと記憶させ、続いて机の方をチェックする。

 

 こちらも椅子と同じように4本の足はグニャリと曲がり、鎮座しているのが凄いと感心してしまえる程だ。

 

 そして、どこもかしこも赤い血のようなモノが付着している。

 

「外見は同じ。ならば、引きだしは……と」

 

 机の天板にある長細い引きだしに手をかけるが、予想通り開かなかった。

 

 そりゃあ、これだけ大きく歪みまくっていたら、引き出しが素直に開くはずもない。

 

 ……となると、伊勢や日向もこの中は調べていないということだろうか?

 

「ビスマルク、ちょっと良いか」

 

「どうしたのかしら?」

 

「この引き出しなんだけど、開けられるかな?」

 

「ええ、任せておいて」

 

 俺は机を指差して引き出しを指定すると、ビスマルクは小さく頷きながら手をかけて腰を落とす。

 

「むぐ……っ」

 

 ギシギシと金属が軋む音がするが、引き出しはなかなか開かない。ビスマルクの身体が小刻みに揺れ、顔が少し赤くなってきた。

 

「ふん……むぅ……っ!」

 

 渾身の力を加えたビスマルクが頬を膨らませる。

 

 ギギギ……と、音がするのと同時に、少しずつ引き出しが開かれてきた。

 

「おお……っ!」

 

 感心する俺の声があがった瞬間、ビスマルクの腕が勢いよく動き、

 

 

 

 ガッシャーーーンッ!

 

 

 

「「……あっ」」

 

 引き出しの中身が、部屋中に散乱してしまった。

 

「「………………」」

 

 それはもう、見事なくらいバラバラに。

 

 ボールペンとかメモ帳とか、カルテが挟んであったバインダーなんかも飛び放題。

 

 現状保存とかいうレベルじゃなくなった光景に、俺は何も言うことができずに立ち尽くしてしまったのであるが……、

 

「こ、こんなサービス、滅多にしないんだからっ!」

 

 頬を赤く染めて、プイッ……と、顔を逸らす歌姫……ではなくビスマルク。

 

 頼んだのは俺であるだけに、文句を言うのは難しいのではあるが……。

 

 

 

 ちょっとくらいは反省して欲しいよね……と、心の中で呟く俺だった。

 





次回予告

 見事に机の中身が散乱し、現場保存は諦めた(ぇ
しかし、後片付けはしておかなければと2人はいそいそと作業をする。
そこであるモノを見つけたビスマルクが、驚愕の顔を浮かべたのだった……。


 艦娘幼稚園 第二部 第四章
 ~明石誘拐事件発生!?~ その8「メッセージカード」

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その8「メッセージカード」


 見事に机の中身が散乱し、現場保存は諦めた(ぇ
しかし、後片付けはしておかなければと2人はいそいそと作業をする。
そこであるモノを見つけたビスマルクが、驚愕の顔を浮かべたのだった……。


※余談ではありますが、現在ツイッターの方でとある艦これ二次小説をまったり連載中です。
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「しかし……、見事に撒き散らしちゃったよな……」

 

 愚痴を言わねばやってられない程ではないものの、黙りっぱなしだと空気が重くなってしまうので、軽めに呟きながら床に散らばった引き出しの中身を集めていく。

 

「ま、まぁ……、こういう日もあるわよね……」

 

 さすがのビスマルクも少しは悪いと思っているのか、申し訳なさそうな顔で俺と同じように拾い集める作業をしていた。

 

 床やベッドの上に散乱したのは大体が筆記用具の類であり、ボールペンやシャープペンシル、消しゴムや筆ペン、メモ帳にバインダーなど、明石の行方に関する物はなさそうに見える。

 

 メモ帳辺りに何か書かれていないかと真っ先に確認してみたが、残念ながら白紙ばかりであり、どうやら徒労に終わった……と、思われたときだった。

 

「……あら、これって何かしら?」

 

 ビスマルクが床から1枚のカードを拾い上げ、気になった俺は視線を移す。

 

 長方形の四角い紙。普通に見れば名刺のようだが……

 

「……っ!?」

 

 何も書かれていなかった面からひっくり返した途端、ビスマルクの顔が驚愕へと変わり、大きく息を飲んだ。

 

「お、おい、どうしたんだビスマルク……?」

 

「な……、なんて……こと……」

 

 明らかに動揺していたビスマルクは大きく身体を震わせ、独り言のように呟き続ける。

 

「まさか……、アイツが佐世保に来たなんて……」

 

「あ、アイツ……?」

 

「え、ええ……」

 

 言って、ビスマルクは名刺のような紙を俺に突き出した。

 

 その顔は余りにも憔悴し、今にも倒れてしまうのではないかと思ってしまうくらいである。

 

 このビスマルクがここまで恐れる相手とは……と、俺は大きく唾を飲みこんでから、紙を受け取った。

 

 そこに書かれていた文字。

 

 それは――

 

『明石の身柄、暫く借り受けます。

 独立型艦娘機構 大鯨』

 

 たった2行。それだけであった。

 

 

 

 

 

「……で、大鯨って誰?」

 

「なっ!?」

 

 俺の言葉に驚きを隠せないといったビスマルクは、あろうことか関西ではお馴染であるお笑舞台の役者のように、見事なズッコケを披露してくれた。

 

「ほ、ほほほ、本気で言っているのっ!?」

 

「え、えっと……本気だけど……」

 

 ビスマルクの慌てかたを見る限り、大鯨という人物は相当ヤバいのだろうか?

 

「ま、まさか鎮守府に属するあなたが大鯨の名を知らないなんて……」

 

 そう言われても知らない仕方がないだろう――と、言いたいのだが、それをも言わさぬビスマルクのリアクションに思わず口をつぐんでしまった。

 

「分かったわ……。私が大鯨について、教えてあげるわ……」

 

 そう言ったビスマルクはベッドに腰を下ろしてため息を吐いてから、一度目を閉じて重たい口を開く。

 

「大鯨はね……、この国で唯一の独立した艦娘であり、自ら独立型艦娘機構という組織に所属していると知られているわ。

 しかしその組織には他に誰も属しておらず、実質大鯨1人で運営しているそうよ」

 

「えっと、つまり……自営業って感じなのか?」

 

「か、簡単に言えばそうだけれど、問題は仕事の内容なの。

 大鯨が行うのは悪事を働いた者を捕まえること……。分かりやすく言えば、憲兵と同じ感じね」

 

「ふむ……。

 でもそれって、別にそこまで驚くようなことなのか?」

 

「それが普通の方法で終わるなら……ね」

 

「……え?」

 

 ビスマルクは含みを持たせた声色を使い、俺の目をジッと見つめてきた。まるで俺の考えを見透かすかのような瞳が、キラリと光っている。

 

「大鯨が恐れられる理由は捕まえた後のことなの。

 悪事を働き過ぎて手がつけられなくなった者は、大鯨によって秘密裏に処分される……。

 これは、私たちが属する鎮守府では有名な話なのよ」

 

「……いやいや、全くの初耳なんだけど」

 

「まぁ、あなたの場合は幼稚園の先生という、ある意味特殊な役職だからかもしれないわね。

 けれど、もし手に余るようなことをしでかしたら……大鯨に捕まるかもしれないわよ?」

 

「……そ、そうか。き、気をつけるよ」

 

 言って、俺はゴクリと口に溜まった唾を飲み込んだ。

 

 余りにもビスマルクが真剣な顔でそう言うので思わず緊張してしまったが、どうにも想像しがたい部分が多い。

 

 いくら独立している艦娘だと言っても、戦艦であるビスマルクがそこまで恐れる理由が分からない。そりゃあ、相手が大和型だと言うのなら分からなくもないが、そうだったとしても同じ艦娘である以上、そこまで性能の差が出るとも思えないんだよね。

 

 もちろん、練度の差が大きすぎる場合はこの限りじゃなかったとしても、相手が1人ならば艦隊を組めば負けるはずがないだろうし。

 

 そんなことを考えていると、俺の思考を読み取ったかのようにビスマルクは呆れた表情で大きなため息を吐き、俺に鋭い言葉を向けた。

 

「全く分かっていないようだから言うのだけれど、仮に私が大鯨と対峙した場合……、1分も立っていられないわよ?」

 

「……は?」

 

「それ程危険な相手……と、言うことなの」

 

 いやいやいや、いくらなんでもそれは有り得ないだろう……と、笑いそうになったけれど、ビスマルクが嘘をついているようには見えず、俺はもう一度唾を飲み込んだ。

 

「そして、何より大鯨が恐れられる理由……。

 それは、処刑方法なの」

 

「しょ、処刑……っ!?」

 

「そう――、処刑。

 悪事を働き邪魔になった者は見せしめとして拷問され、生きていることを後悔してしまう程と言われているわ」

 

「ま、マジ……か……」

 

「その拷問に関する情報の殆どは表に出ず、あくまで噂としか聞かないわ。

 だけど――いえ、そうだからこそ、恐ろしさに輪をかけていると言えるわね」

 

「な、なるほど……」

 

 一通り話を聞いたが、とりあえず分かったことは悪事を働かずに大鯨のお世話にならないようにすれば良いってことだろう。

 

 ……なら、今の俺には何も問題はない……と、思いきや、この紙に書かれていることを考えた場合、俺の余裕は完全に消え去ってしまう。

 

「ちょっ、ちょっと待ってくれ。

 じゃあ、この紙は……」

 

「ええ。それが本物であるとするのなら……、明石の行方は大鯨が知っているということになるわね」

 

「つ、つまりそれって……」

 

「明石は……処刑される運命かもしれないわね……」

 

 ビスマルクは俺から目を逸らし、大きく深いため息を吐く。

 

 その顔は既に諦めの表情であり、自分自身ではもう手が終えないと言いきっているようだった。

 

「ちょっ、ちょっと待ってくれっ!

 どうして明石が処刑されてしまうんだっ!?」

 

「それは私にも分からないわ。

 裏で何か悪いことをしていたのか、それとも……」

 

 ビスマルクはそう言いながら、俯くように視線を下ろす。

 

「そ、そんなっ!

 ビスマルクは明石を見捨てるっていうのかっ!?」

 

「……できれば私だってそんなことをしたくはないわよ。

 けれど相手が大鯨である以上、どうしようもないことなのよ……」

 

「そ、それじゃあ俺の身体は……」

 

 自らの下腹部に視線を向けると同時に、背筋に嫌な寒気を覚えた。

 

 明石が帰ってこない以上、俺の不能が治る見込は薄い。

 

 この紙を見せれば伊勢と日向は納得するかもしれないが、身の安全が確保されたとしても、一生このままだというのは余りに酷過ぎる。

 

「で、でも、あなたの……それが完全に治らないと決まった訳じゃないわ。

 私も色々と探してみるから、諦めないで……」

 

 俺を慰めようとビスマルクが声をかけてくれるのだが、俺は既に諦めの思考でまみれ、ガックリと肩を落としてしまっていた。

 

「それに、最悪の場合……」

 

「………………」

 

 なぜか先程の寒気以上にヤバさを感じた俺は、ビスマルクの方へと顔を向ける。

 

 ……どうしていやらしそうな目をしているんですかね?

 

 もの凄く嫌な予感しかしないんですが。

 

「前に言ったことを実行に移せば良いだけなのよ?」

 

「……ま、前に言ったこと……だと?」

 

 聞きたくないけれど、聞かなければいけないような気がする。

 

 いや、聞いた上で思いっきり否定をしなければ危険過ぎると、察知したのであるが。

 

「ええ、そうよ。

 昼食の後にあなたがお菓子を作って出してくれたときに、ハッキリと言ったでしょう?」

 

「……メイドになる気はないぞ?」

 

 確かあのときはビスマルクだけではなく、子供たちからもそう言われていたんだっけ。

 

 専属メイドとかお嫁さんとか2号さんとか。

 

 カオスまみれで頭痛が半端じゃなかったんだけど。

 

 つーか、どうして執事じゃなくてメイドなのだろう。コックとかでも良い気がするのに。

 

「どうせ使い物にならないソレを叩ききって、性別を変えてしまえば何も問題は……」

 

「ちょっと待てよコラーーーッ!」

 

 さすがにこの発言は有り得なさ過ぎる。狂気の沙汰で済ませられるレベルじゃないし、完全にアウトラインをオーバーランだ。

 

「あなたなら女性物の服も似合いそう……。いえ、むしろ今のままでも……」

 

 言って、頭の中で想像しまくっているビスマルクがニヘラと笑う。

 

「変なことを想像すんじゃねぇよっ!」

 

「なによ。頭の中で考えることくらいしたって良いじゃない!」

 

「ビスマルクの場合、それを実行に移そうとするからマジで怖いんだよっ!

 頼むからもうちょっと普通の艦娘として振舞ってくれないかなぁっ!?」

 

「私は欲望に忠実なのよっ!」

 

「それはただの子供なだけなんだよっ!」

 

 既に何回目か分からない思考であるが、単純に言えば大きな暁である。

 

 ……いや、むしろ暁が可哀想に思えてきちゃうけど。

 

「それじゃあぶった切るのは止めにするから、TSで……」

 

「……そ、それはボイスチャット(Team Speak)という意味で良いんだよな?」

 

「何を言っているの。性転換(transsexual)のことに決まっているじゃない」

 

「結局同じじゃねぇかっ!」

 

「大丈夫よ。薬か魔術を使えば痛みはないから、恐れることはないわ」

 

「そういう問題じゃないですって!」

 

 フフフ……と、不敵な笑みを浮かべながらベッドから立ち上がったビスマルクは、両手を広げて俺の方へジリジリと近づいてくる。

 

「や、やめろ……、来るんじゃねぇッ!」

 

「私に任せておけば万事解決よ。優しくしてあげるから、身を委ねなさい……」

 

「母性が溢れているような言葉だけれど、顔は完全に煩悩まみれだからねっ!」

 

「別に良いじゃない。欲望にまみれた日々も悪くはないわよ?」

 

「完全に悪魔の誘いにしか聞こえないよっ!?」

 

「フフフ……怖いか?」

 

「それ天龍の台詞ーーーっ!」

 

 天龍を悪魔にしてしまうビスマルクも半端ないが、このままでは俺の性別が変わってしまうかもしれない。

 

 ただでさえ明石をどうにかした犯人と思われているのに、味方であると思っていたビスマルクにまで狙われてしまったとなれば、既に俺の逃げる場所は舞鶴しかなくなってしまうのだが……

 

「……その辺にしておきなさい、ビスマルク」

 

「「……へ?」」

 

 唐突にかけられた声に驚いた俺とビスマルクは部屋中を見渡し、

 

 そして、声の主がいつの前にか扉を開けて立っていたことに気づいた。

 

「あ、あなたは……っ!」

 

 驚愕の表情を浮かべたビスマルクは思わずたたらを踏む。

 

 この状況で思いもしなかった人物の登場に、驚くのも無理はない。

 

 しかし、俺にとってこれが吉と出るか凶と出るかは知る由もなく、

 

 

 

 ただ、ことの成行きを見守るしかなかったのだった。

 




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次回予告

 いきなり現れた人物に驚く主人公とビスマルク。
なぜ今更姿を現したのか。そしてその人の言葉に更に驚く2人。

 明石の行方が、明らかに……なる?


 艦娘幼稚園 第二部 第四章
 ~明石誘拐事件発生!?~ その9「信仰とは死ぬことと見つけたり」

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その9「信仰とは死ぬことと見つけたり」

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 いきなり現れた人物に驚く主人公とビスマルク。
なぜ今更姿を現したのか。そしてその人の言葉に更に驚く2人。

 明石の行方が、明らかに……なる?


 

「いやはや、お待たせし過ぎてすみません。

 出張が少し長引いてしまいまして、帰ってくるのが遅れてしまいました」

 

 驚く俺とビスマルクに向けて、優しくゆったりとした声がかけられる。

 

 その声の主は、この鎮守府に居るものならば誰もが知っているであろう人物。

 

 ――安西提督、その人であった。

 

「あ、安西提督……。なぜあなたがこんなところに……っ!?」

 

「おや、ビスマルクは変なことを言うのですね。

 鎮守府内が混乱しようとしているときに、のうのうと過ごしている訳にもいかないでしょう?」

 

「そ、それはそうかもしれないけれど、私が探しに行ったときには……」

 

「ええ。ですから、ことを聞きつけた私は急いで帰ってきたのですよ」

 

 安西提督はそう言ってから、ゴホンと咳払いをして俺の顔を見る。

 

「そして、色々と謝らなければならないことがあります。

 お手数ではありますが、私の部屋まできて頂けないでしょうか?」

 

「え、えっと、それは構わないんですが……」

 

 そうは言ったものの、俺は現在追われる身。

 

 安西提督に捕まったと見なされれば問題はないのかもしれないが、まさかこれが罠という可能性もある

 

 安易な行動はすぐ死に直結する以上、疑うのは当たり前。

 

 だが、この部屋の入口である扉は安西提督に塞がれてしまい、簡単には逃げ出せると思えない。そりゃあ、ビスマルクに頼めば無理ではないだろうけれど、それをした場合は確実に重い罪が加算してしまうだろう。

 

 もちろん諦めた訳ではないのだが、状況はかなり厳しいと言える。

 

 さて、どうするべきなのか……と、俺はビスマルクの顔を伺い見た。

 

「……提督。それはつまり、先生を拘束するという意味かしら?」

 

 鋭い視線を安西提督に向けて威嚇するビスマルク。

 

 まるでここが深海棲艦と対峙する海上であるかのような雰囲気に、俺は恐れと憧れが混じったような思いが胸に沸き上がる。

 

「いえいえ、そうではありません。

 今回のことは……既に終わっていたのですよ」

 

「「………………え?」」

 

 言葉の意味が理解できず、俺とビスマルクは素っ頓狂な声をあげてしまう。

 

 そんな俺たちを見て、安西提督はニッコリと笑みを浮かべながらこう言った。

 

「全ては……私の責任なのです」

 

 

 

 非常に申し訳なさそうに。

 

 そして、辛く悲しい表情で――安西提督は頭を下げた。

 

 

 

 

 

 佐世保に初めてきたときに立ち寄った部屋。

 

 安西提督が普段色々な作業をしている指令室に、俺とビスマルクはやってきた。

 

 部屋の中には既に伊勢と日向がスタンバイしており、その姿を確認した瞬間罠だと思って身構えたものの、安西提督が「2人があなたたちを捕まえるということは一切ありませんので、安心して下さい」と言うのを聞いて、恐る恐る入室した。

 

「………………」

 

 しかし、伊勢の方は未だ納得ができていないという風に俺の顔をジッと睨みつけている。

 

 安西提督に命令されたので仕方なく従っているのだろうが、このままの状態が続くとなると精神的に少しきつい。

 

 そりゃあ、牢屋に閉じ込められた挙句に怪しい男の視線に悩まされるよりかは断然マシではあるが、立て続けに不幸にまみれてしまうと胃の方が心配である。

 

 もちろん、いつものことなので耐性はあるのだけれど、心に余裕がない状態で繰り返されてしまうと穴が開くのも考えられるだけに、そろそろ安心したいところなんだよね。

 

「さて、それでは説明いたしましょう。各自楽にして下さい」

 

 小さく敬礼をした俺たちは、立ったまま休めの体勢を取る。しかし安西提督は俺とビスマルクにだけソファーへ座るように指示し、互いの顔を見合ってからゆっくりと腰を下ろした。

 

 伊勢と日向は立ったままなんだけれど、更に視線がきつくなった気がするんだよなぁ。

 

 とりあえず怖いのでそちらの方に顔を向けないでおく。見なければ分からないと決め込む方が無難だろう。

 

 後々怖いかもしれないけれど、胃に穴が開くことだけは避けておきたいし。

 

 不能に続いて胃潰瘍とは、俺も全く運がない。

 

 ……うん。いつものことだけどさ。

 

「それではまず、先生の件なのですが……」

 

 言って、安西提督はなぜか椅子から立ち上がり、机の上に立った

 

「……は?」

 

 いやいやいや、何をしているんですかね。

 

 行儀が悪いというか、結構高そうな机の上に靴を履いて……いないみたいだけれど、さすがに見ていられなかったのか伊勢と日向がダッシュで安西提督に駆け寄った。

 

「て、提督! な、何をしているんですかっ!?」

 

「さすがにこれはないぞ提督。いくらなんでもやり過ぎだと思う」

 

「いいえ。先生に謝るにはこれしかないのですっ!」

 

 止めようとする伊勢と日向の手を振りほどこうとする安西提督ではあるが、さすがに2人の戦艦級には敵わないのか、殆ど身動きができないようだ。

 

 というか、机の上に登って謝るって……何をするつもりなんだ……?

 

「離しなさいっ! 全身全霊をもってここから床に向かって五体投地で謝罪するしかないのです……っ!」

 

「「「………………はい?」」」

 

 安西提督の叫ぶ声に、俺たちは一様に驚きの顔を浮かべ……って、ちょっと待て。

 

 五体投地って、分厚い教本で軽々と撲殺しちゃうような四角い顔の神官が、毎朝地面に向かって神に祈りをささげている……尋常じゃないアレのことですよね?

 

「「「……いやいやいや、ないない。それはない」」」

 

 そして俺たちは同時に右手を胸の前に立て、高速で有り得ないと振りまくったのがシンクロしたのは、奇跡でも何でもないだろう。

 

 

 

 安西提督があんな感じになったら……マジで怖いんで止めて下さいね……?

 

 

 

 

 

 伊勢に日向、そして俺とビスマルクも加わって安西提督を説得して落ち着かせ、なんとか椅子に座らせたのはそれから15分ほど経った後だった。

 

「ふぅ……ふぅ……。

 いやはや、取り乱してしまい申し訳ありません……」

 

 椅子に座ったまま俺たちに頭を下げる安西提督だが、再度机の上に登らないかと気が気でない俺たちはいつでもダッシュできるように注意を払っていたため、ろくな返事ができなかった。

 

「みんなに迷惑をかける訳にもいかないのでこのまま説明をさせてもらいます……が、既に全てが終わっていたと言えなくもありません」

 

 大きくため息を吐く安西提督の仕草に、俺たちは得も知れぬ不安を感じてゴクリと唾を飲み込んだ。

 

「おそらくみんなが一番気になっているのは、明石がどうなったのかでしょう。

 まずはそれについてお話しいたしますが、驚かずに最後まで聞いて下さい……」

 

 軽く咳払いをした安西提督は、苦悶の表情を浮かべながら両肘を机の上に置いて語り始めた。

 

「明石が現在どこに居るか……。それは私にも分かりません。

 ただし、誰が連れ去ったのかは分かっていますし、許可も出しています」

 

「……許可……ですか?」

 

 伊勢の問いかけに頷いた安西提督は、そのまま言葉を続けていく。

 

「数日前から出張で呉に居た私に、1人の艦娘がやってきたのです。

 彼女はある者の依頼によって、明石の身柄を暫く預からせて欲しいと言いました」

 

「そ、それに対して、提督は許可を出したと……?」

 

「本来ならば出す気はなかったのですが……、この紙を渡された以上、頷かざるを得なかった……」

 

 言って、安西提督は俺たちに見えるように1枚の紙をポケットから取り出した。

 

「「「……っ!?」」」

 

 見覚えのある紙に、俺とビスマルクは驚きを隠せない。

 

 また一方で伊勢も日向も同じように驚き、言葉を失っていた。

 

「『独立型艦娘機構 大鯨』

 我々提督……いや、我が国の鎮守府に属する者にとって何より恐れるべき存在。

 本来ならば出会うはずがない相手ですが、明石はその標的になってしまったのです……」

 

 そう言い終えた安西提督は、目尻を押さえながら大きくため息を吐いて俯いた。

 

 見れば伊勢も日向も、そしてビスマルクさえも視線が合わないように顔を逸らして……って、思い当たるふしがありまくりってことですよね?

 

 そりゃまぁ、俺の不能である原因も明石なんだし、龍驤から聞いていた内容も色々と問題がありそうだったから、どこかで恨みを買ったと考えられる。しかし、そうであったとしても、明石の部屋でビスマルクが言ったように処刑されてしまうのは、いささかやり過ぎのような気もするんだけれど……。

 

「提督……。大鯨が明石を処刑する理由について……お聞きになられたのですか?」

 

 日向の問いかけに首を傾げながら安西提督が顔をあげた。

 

「あ、ああ。少し勘違いをしているようですね」

 

「……?」

 

「私が許可を出したのは、明石の身柄を暫く預かっても良いということです。

 もし処刑と聞いていたのなら、何が何でも止めるつもりでした」

 

「そ、それじゃあ……」

 

「ええ。明石の命までは取らない……と、思われます」

 

「そっか……」

 

 ふぅ……と、ため息を吐いた伊勢は大きく肩を下ろす。だが、完全には安心できていないのか、顔色はまだ少し青っぽく見える。

 

「なるほどね。これで明石の部屋で手に入れた紙の理由が分かったわ」

 

 ニッコリと笑いながら俺に言うビスマルク。

 

 そして、俺を覗く安西提督、伊勢、日向の3人はまたもや驚きの表情でこちらを向いた。

 

 ……空気、完全に読まないよね。

 

 俺は思いっきりわざとらしくため息を吐いてから、ポケットに入れていた紙を取り出した。

 

「そ、それは……、提督が持っているのと同じ……っ!?」

 

「いえ、安西提督が持っている名刺とは違いますけど、内容は似てますね」

 

「ど、どこで手に入れたのですか……っ!?」

 

「明石の部屋にあった机……です」

 

「………………」

 

 伊勢と安西提督は俺に問いかけ、日向は無言でこちらを見つめていた。

 

「つ、机って……、あのボロボロになってたあの……っ!?」

 

「ええ。あの引き出しの中に入ってました」

 

「……な、何をやってたのよ調査班はっ!」

 

「伊勢、そう言ってやるな。彼等は彼等なりに頑張ってくれたんだ」

 

「で、でも後から入った先生たちに見つけられるなんて……っ!」

 

「どちらにしても安西提督から説明を聞けたんだから、よしとするべきだ」

 

「ひゅ、日向は悔しくないのっ!?」

 

 尋問されたときと同じように詰め寄る伊勢だが、日向は全くうろたえることなくマイペースに首を左右に振って両手の平を向けた。

 

「悔しいという気持ちはないな。むしろ、先生が有能過ぎて恐ろしい……と、感じてしまうかな」

 

「……っ!」

 

 伊勢は日向の言葉を聞いて何を言ってもダメだと感じたのか、真っ赤になった顔を俺に向けた。

 

 うおぉ……。滅茶苦茶睨まれているんですけど。

 

「……っ!」

 

 するとその視線に勘付いたビスマルクが、とんでもない顔で伊勢を見る。

 

「……っ、……っ!」

 

「~~っ!」

 

 そして無言の睨み合いが始まるや否や、2人は立ち上がってどんどん近づき、手を伸ばせば触れ合えるくらいの距離になっていた。

 

「あなたのその目……、先生には向けさせないわよ」

 

「何よ……、やる気……っ!?」

 

 メンチビームがぶつかり合い、今にも殴り合いが始まってしまいそうな状況を見過ごせるはずもなく、俺は急いで2人を止めるべくソファーから立ち上がろうとしたのだが、

 

「2人とも……止めなさい」

 

 腹に響くような安西提督の言葉が部屋に響いた瞬間、ビスマルクと伊勢の目が咄嗟に開かれ、額の辺りに大量の汗が噴き出した。

 

 怒鳴った訳でもなく、ただ冷静沈着な言葉であるにもかかわらず、安西提督の声は遠くに居る人にも届きそうに感じる。そして更に俺の頭の中に浮かんだのは、逆らった時点でヤバいことになるのでは……という、恐れのようなモノだった。

 

「……きょ、興が醒めたわね」

 

「ふ、ふん……。今日のところは勘弁してあげるわっ」

 

 そうは言うものの、二人の膝はガクガクと震え、表情は明らかに焦りの色にまみれている。

 

 な、なるほど……。これが安西提督なのか……。

 

 長く提督として佐世保を支えていたというだけのことはあるし、純粋に凄いと思う。

 

 ……なので、俺の膝もガクガクと震えているのはただの武者ぶるいと言うことにしておいて下さいね?

 




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現在1話目も更新し、明日辺りに2話目も更新予定ですので宜しくお願い致します。(まとめもありますので是非フォロー&感想などお願いします)
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次回予告

 伊勢とビスマルクの険悪な雰囲気が解かれた後。
安西提督は主人公にメッセージカードについて問う。

 更には主人公が明石の行方を安西提督に問おうとするのだが……


 艦娘幼稚園 第二部 第四章
 ~明石誘拐事件発生!?~ その10「ひとまずは一見落着か?」

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その10「ひとまずは一見落着か?」

※余談ではありますが、現在ツイッターの方で艦これ二次小説『深海感染―ONE―』をまったり連載中です。
深海感染―ZERO―のその後の話となりますが、宜しければお願い致します。
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 伊勢とビスマルクの険悪な雰囲気が解かれた後。
安西提督は主人公にメッセージカードについて問う。

 更には主人公が明石の行方を安西提督に問おうとするのだが……


 

「ところで先生……、その紙を見せてもらっても宜しいですか?」

 

「え、ええ。これですけど……」

 

 安西提督に机の引き出しにあった紙を渡した。

 

「ふむ……。どうやら私が受け取った名刺とは違うみたいですね」

 

「形などはほとんど同じですが、おそらくはメッセージカードではないかと……」

 

「……なるほど」

 

 文字が書かれている面を見た安西提督の表情が若干険しくなり、小さく息を吐いてから目尻を押さえた。

 

「これが明石の部屋にあった以上、大鯨が連れ去ったと見て間違いないでしょうね」

 

「ど、どうしてそんなことが分かるんですかっ!?」

 

「私が言ったことが本当であると、ここに書かれているのですよ」

 

 安西提督はそう言って、疑問の声を上げた伊勢に文字が書かれている面を向ける。

 

「……っ!?」

 

「私が大鯨から聞いた話と、ここに書かれている内容が一致している以上、先生が無実であるという証拠になります」

 

「だ、だけど、この紙を書いたのが大鯨であるという証拠は……っ!」

 

「それなら、どうやって大鯨が明石の身を預かるということを、先生が知り得られるのですか?」

 

「そ、それは……」

 

「それともう一つ。

 伊勢は先生に対して公平に見ていないと思われますが、何か問題でもあったのですか?」

 

「べ、別に……なにも……」

 

「ふむ……」

 

 安西提督の眼鏡がキラリと光り、伊勢は圧力からか黙り込んでしまった。

 

 うむむ……、安西提督半端ねぇ……。

 

 これは日向の眼力をも超える強さがあるんじゃないだろうか。

 

 そうでなくては提督なんぞ勤まらない……と、言われているようで、なんだかちょっぴりへこんでしまう俺が居る。

 

 まぁ、今の俺には幼稚園の先生としての立場があるので、提督の地位にあまり魅力は感じられないけどね。

 

「そういうことで、先生の無実は証明されました。

 もっと早くに私が帰っていれば牢屋に入ることもなかったのですが……申し訳ありません」

 

「い、いえいえっ!

 俺は大丈夫ですから、頭を上げて下さいっ!」

 

「ですが、先生を牢屋に閉じ込めたのは事実ですし、部下がそれを強制させた以上、私に非があるのは明白です。

 ここで頭を下げなければ……いえ、ここはやはり五体投地を……っ!」

 

「頭を下げるので結構ですからっ!

 お願いしますから机の上に登るのは勘弁して下さいっ!」

 

 慌てて安西提督に駆け寄る俺、伊勢、日向。ビスマルクはソファーに座ったままだったのだが、どうやら無視をしていた訳ではなく、未だに膝が震えていて動きにくかったのだろう。

 

 ……とまぁ、安西提督の謝罪騒動も何とか収まりを見せ、これで一件落着かに思えたんだけれど、俺がそれとなく言ってしまったことによって、話はガラリと変わってしまったのである。

 

「安西提督。一つだけ聞いても宜しいですか?」

 

「ええ、なんでしょう?」

 

 確認を取った俺は、ふとあることが気になって質問を投げかける。

 

 頭の隅に残っていた、あの艦娘のことを――

 

「みんなが恐れている大鯨なんですけど、どんな感じの風貌をしているんですか?」

 

「ふむ、そうですね……」

 

 安西提督は呟きながら天井を見上げ、少し考える仕種をした後に俺の顔を見た。

 

「見た目は普通の女性……ですね。特徴と言えば、エプロン姿に手提げ鞄を持っていることが多い……と、言われていますし、私が出会ったときもそんな感じでした」

 

「なるほど……」

 

 やっぱり、舞鶴の食堂で会った艦娘に似ているんじゃないだろうか?

 

 いや、しかし、他人の空似……というのはどうかとしても、もう一つの特徴を当て嵌めてみればハッキリするだろう。

 

「ちなみに、長い髪の毛を両側で結んでいませんでしたか?」

 

「え、ええ。確かに先生の言う通りですが……」

 

「そうですか……。やっぱり、あの艦娘だったんですね……」

 

 俺は納得するように息を大きく吸い込んでから吐く。

 

 頭の中に引っ掛かっていたモヤモヤが霧となって消え、少しだけスッキリした……と、思っていたんだけれど、

 

「「「………………」」」

 

「……あ、あれ?」

 

 ここ最近で一番大きいんじゃないかというような目の開きっぷりに驚く俺。

 

 それもその筈で、ビスマルクや伊勢はおろか、日向や安西提督まで驚愕した表情で俺を見つめていたのである。

 

「ど、どうしたんですか……?」

 

「ど、ど、ど、どうしたもなにも、先生は大鯨と会ったことがあると言うのっ!?」

 

「い、いやまぁ、そうじゃないかなぁ……と、思うだけなんだけれど……」

 

「で、でも明石の部屋で話していたときは、大鯨を知らなかったじゃないっ!」

 

「舞鶴で会ったのが大鯨だと分からなかったんだけどね……」

 

 おそらくはそうだとしか言えないだけに確証は持てないが、舞鶴にある鳳翔さんの食堂でヲ級や金剛に対して怪しい目を向けていた艦娘が、大鯨だったと思うんだよね。

 

 確かあのときは、小さい子に悪さをする大人を探しているとか言っていたけれど、今思えばそういった奴を処刑するために捜索していたと考えられなくもない。

 

 それ以外には、ちょっとしたアニメのネタとかで盛り上がりかけたけど、少しばかり恐怖も感じたんだよなぁ……。

 

「ま、まさか……信じられないわ……。

 あの大鯨に出会って、生きているなんて……」

 

「い、いやいや、安西提督もつい先日会ってるんだけどっ!?」

 

「処刑対象でない人物ならば大丈夫だろうが、キミの場合は……」

 

「ええ。先生ならば確実に対象になるわよね」

 

「ちょっ、さすがにみんな酷過ぎないっ!?」

 

 ビスマルクはおろか、付き合いも長くない日向や伊勢からも言われるとは何たる心外……ッ!

 

 しかし、よくよく考えてみれば、佐世保に流れている俺の噂を考えるとそれも仕方のないことかもしれない。

 

 正直に言って、俺としては勘弁願いたいんだけど。

 

 ……もしかして、今からでも遅くないとか言いながら、大鯨が処刑に来たりしないよね?

 

「日頃の行いは……大切ですよ……」

 

 そんな俺の気持ちを完全に粉砕する安西提督の呟きが聞こえ、ガックリと肩を落としながら床に跪つきかけたのは、どうしようもないことであったのである。

 

 

 

 日頃の行いと言うか、運が悪いだけなんですけどねっ!

 

 

 

 

 

「さて、時間もかなり遅いですしお疲れでしょう。

 後始末は私の方でやっておきますので、先生はお休みになって大丈夫ですよ」

 

「あ、はい。ありがとうございます……」

 

 あらかた話は終わり、安西提督に促されるように部屋から出ようとしたが、もう一つだけ聞かなければならないことがあるのを思い出して、足を止めた。

 

「えっと……すみませんが、もう一つだけお聞かせ頂きたいことが……」

 

「ふむ、なんでしょうか?」

 

「明石が処刑されないということですけど、今どこに居るのかは分かっているんですか?」

 

「そ、それは……」

 

 俺の問いかけに戸惑うような仕草をした安西提督は、不安げな表情を浮かべてから口を開いた。

 

「先程も言いましたが、どこに居るのかは分かりません。おそらくはここからそう遠くない場所だと予想はできますが、仮に分かったとしても先生に伝えることはできません」

 

「それは……どうしてですか?」

 

「あ、あたりまえじゃないっ!

 さっき私たちが言っていたことを理解していないのかしらっ!?」

 

 横から口を挟んできたビスマルクだが、何も理解せず安西提督に聞いた訳ではない。確かに俺が今の状況で大鯨に会うのは危険かもしれないが、不能の治療法が分からないのも不安なのだ。

 

 それに、明石が無事に帰ってくるという保証もない以上、できることくらいはやっておきたいという心境も分かって欲しいんだけどね。

 

 それに……、ハッキリとは言えないんだけれど、大鯨と会ってもなんとなく大丈夫な気がするんだよなぁ。

 

 話題が合うと言うか、好きなアニメが一緒だったし。

 

 意外に酒なんかを飲み交わしながら語れるかもしれない。まぁ、少量程度で済ませるけどね。

 

「どうして先生は大鯨に会おうとするのですか……?」

 

 俺の顔を見た安西提督が恐る恐る問う。

 

 いや、なんで不安そうな表情なんかが分からないんだけれど、もしかして俺、かなり可哀想な人って感じで見られてない?

 

 どうしてそんな風になるのかは分からない……って、ああ、そうか。

 

 安西提督は数日前から出張に出かけていたのだから、俺についての噂を詳しく知らないんじゃないだろうか。

 

 ……と、いうことは、俺の下腹部について……説明しなければいけないのかなぁ。

 

 ………………。

 

 なんか、すんごい恥ずかしくてへこむんですけど。

 

「提督。先生は……その、明石によって……アレが使い物にならなくなったらしい」

 

「………………あ、アレ……が、ですか?」

 

 なんだかんだと悩んでいる間に、日向が安西提督にそれとなく説明していた……って、余計に恥ずかしくなっちゃったじゃないですかー。

 

「はぁ……なるほど。またもや明石が問題を……」

 

 今日一番の大きなため息を吐いた安西提督は、俺の顔を見ながら本当に可哀想な目で見つめた後、ホロリと一筋の涙を流していた。

 

「重ね重ね、先生には様々な苦労を背負わせてしまい……申し訳ありません」

 

「い、いえ……。もう済んだことですし、明石に治療法をお願いしていますから……」

 

「なるほど……。それで明石の行方を捜したい……と、いうことですね……」

 

 理解が早くて助かります。

 

 ……が、それでも安西提督は首を左右に振って、俺に答えた。

 

「ですがそれでも、大鯨の居場所について話すことができません。

 これは先生や明石を見捨てるのではなく、安全を取った上での行動と思って頂けますようお願いします」

 

「……そうですか。分かりました」

 

 これ以上言っても無理だと思った俺は、安西提督に小さく頭を下げてから部屋を出る。

 

 鎮守府に属する者を守ろうとする安西提督の考え方を否定するつもりはないし、大鯨が明石を連れ去ることを許可したのも、そういったところからなんだろう。

 

 だからこそ、メッセージカードにも処刑でなく身柄を借り受けると書かれていた。

 

 つまり、安西提督と大鯨の間で何らかの契約が交わされ、明石の命までは取らないという約束があるんじゃないだろうか。

 

 多分それは安西提督に取って苦肉の策であっただろうが、そうするしかなかったのだろう。

 

 そう考えれば、みんなが言うように大鯨の居場所を探すのは止めて、自分で不能の治し方を見つけ出すことに専念した方が良い……と、思うのだけれど。

 

「それでも……、やっぱり心配なんだよなぁ……」

 

 一抹の不安を感じてしまった俺は、どうにかして情報を得られないかと考える。

 

 それとなく水面下で動くならば、大した問題も起きないだろう。

 

 ヤバいと思ったら引けば良いし、深入りするつもりもない。

 

 それに、いくつかおかしな点もあることだからね……。

 

 俺は考えをまとめながら通路を歩き、牢屋の固い床で痛みを感じる身体を擦りながら、まずは自室に戻って柔らかいベッドに寝転がろうと思うのであった。

 




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 これでとりあえずは一件落着……?
しかしそこは不運な主人公。通常業務に戻るや否や、いきなりトラブルに巻き込まれるっ!?

 そして遂にあの子が……壊れたっ!?


 艦娘幼稚園 第二部 第四章
 ~明石誘拐事件発生!?~ その11「お久しぶりの幼稚園」

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その11「お久しぶりの幼稚園」

※かなり久しぶりではありますが、ヤンデル大鯨ちゃんのオシオキ日記を先日更新しました。宜しければ是非であります。


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 これでとりあえずは一件落着……?
しかしそこは不運な主人公。通常業務に戻るや否や、いきなりトラブルに巻き込まれるっ!?

 そして遂にあの子が……壊れたっ!?



 

 次の日。

 

 幼稚園の業務は普段通り――と、思っていた。

 

 いくら俺に身に覚えがない罪を被せられようとも、子供たちは変わらずここに居る。

 

 牢屋に捕まったままなら授業を行うことは難しくとも、既に誤解は解けているのだから何も問題はない。

 

 なので、いつもの時間にスタッフルームに来たのだが、そこにビスマルクの姿はなく、置き手紙だけがあった。

 

『ビスマルクの身柄を預かります by日向』

 

「………………」

 

 ……え、どういうこと?

 

 明石に続いて、今度はビスマルクまで巻きこまれちゃったのっ!?

 

 一難去ってまた一難。いつになったら平穏が訪れるんだと叫びたくなるが、ビスマルクが居ないことで騒動が減るのもまた事実……って、さすがに俺はそこまで薄情ではないのだが。

 

 とはいえ、ここで放っておく訳にもいかない俺は、慌てて日向に理由を聞かなければ――と、思ったところ、更に続く文面に気がついた。

 

『なお、理由は看守への暴力行為についての罰として、安西提督から後片付け作業を命ぜられた為である。

 従って幼稚園業務は先生1人なるが、まぁ、問題ないだろう』

 

「な、なるほどね……」

 

 そういうことなら仕方がないだろう。

 

 牢屋に居たとき日向に陳情したが、ビスマルクには口頭で注意をしたと聞いた。

 

 しかし、鎮守府の規律を考えるとビスマルクがやったことを簡単に済ませる訳にもいかないだろうし、安西提督が罰を与えたということも分かる。

 

 もちろん事情等を考慮した上で後片付け作業という軽いモノを選んでくれたのだろうし、その辺りは感謝しなければならない。

 

 まぁ、誤解から始まっただけに、ことを大きくしたくないという思考もあるんだろうけどね。

 

「それじゃあ、こっちの方は俺が頑張らないとな」

 

 2人のときよりも作業量が増えてしまうだろうから時間を無駄にはできないのだが、よくよく考えたらビスマルクが居たことによって作業量が増えていたふしがある。

 

 もしかしてこれ、いつもより楽になっちゃうんじゃないだろうか?

 

 そうだったら俺は今後どうすれば良いのだろう……と、考えながら、とりあえずは目の前にあることを片づけていこうと、両頬を叩いて気合を入れて準備をしたのであった。

 

 

 

 

 

「それじゃあみんな、また明日な」

 

「「「さようならー」」」

 

「う”ー……」

 

 それから色々あって終礼が済んだ。

 

 そうは言ったものの、指し当たって大きな問題が起こった訳ではない。

 

 朝礼の際に、今日はビスマルクが用事のために幼稚園に来られないとみんなに伝えたところ、レーベとマックス、ユーは少しばかり不思議そうな顔をしたもののすぐに頷いたのだが、プリンツだけがそうはいかなかった。

 

 ちなみにそのときの様子はこんな感じであるが……

 

 

 

「ど、どうしてビスマルク姉さまが幼稚園に来ないんですかっ!?

 今まで一度たりとも休んだことなんてないのに……っ!」

 

 半泣きになりながら俺に訴えるプリンツ……だが、その言葉を聞いたレーベたちが呆れた表情を浮かべながらツッコミを入れる。

 

「……そ、そうだったかな?

 寝坊したとかで朝礼が始まらなかったことは1度や2度じゃなかったと思うけど……」

 

「大体は前日に飲み過ぎたらしいわよね。

 まぁ、ビスマルクだから仕方がないのでしょうけれど」

 

「日曜日と間違えて……、全く来なかったときも……あったよね?」

 

「……うぐっ!」

 

 胸にグサリとナイフが刺さったように蹲るプリンツ。

 

 いやいやいや、ちょっと待て。

 

 ビスマルクって、そんなにダメダメだったのか?

 

 俺がここに来てから色々と見てきたが、問題点は多々あってもそこまで酷いのはなかったんだけど。

 

 ………………。

 

 そう思いかけて、即座に否定するような記憶が出てくる俺。

 

 うん。色々と問題が多過ぎた――が。

 

 それはあくまで俺に絡む問題が多かっただけであり、幼稚園に関しては酷さをあまり感じなかったんだけどなぁ。

 

 もしかして、俺という存在がビスマルクを刺激し、教育者としてのやる気を出した……なんてことがあったのだろうか?

 

 でも、良いところを見せようという感じもなかったし。

 

 ……むしろ、完全に子供と変わらなかった気がする。

 

 ………………。

 

 まさにダメダメじゃないか。

 

「やだぁっ! ビスマルク姉さまが居なきゃやだぁぁぁっ!」

 

 そして、遂にプリンツがごねた。

 

 床に寝転がって、両手をジタバタとさせているのである。

 

「「「………………」」」

 

 今までのプリンツではありえなかった行動に、本気で固まる子供たち。

 

 もちろん俺も同じように……って、どうすりゃ良いんだこの状況……。

 

 と、とりあえず、慰めないといけないよな?

 

「プ、プリンツ……。ビスマルクが幼稚園に来られないのは、少しの間だけだから……」

 

「いーやーでーすーっ!

 ビスマルク姉さまが居ない幼稚園なんて、何の楽しみもないんですからぁぁぁっ!」

 

「勉強したりみんなと遊んだり、色々あるじゃないか」

 

「ビスマルク姉さまが居てこそ楽しいんですぅっ!」

 

「な、なんだかちょっと残念だね……マックス」

 

「別に、私は余り気にしないけど……」

 

 苦笑を浮かべたレーベが問いかけると、マックスの顔は言葉と裏腹に明らかに残念そうに見える。

 

 こ、このままでは子供たちの仲まで悪くなるんじゃないだろうか。

 

 それはさすがに見逃す訳にもいかないし、ビスマルクが来られなくなったことが原因ならば、残っている俺がしっかりとしなければならない。

 

 しかし、ここまで駄々をこねているプリンツを宥める方法がパッと頭に浮かぶ訳もなく、いったいどうすれば良いんだと悩んでいると……、

 

「せ、先生……、ちょっと……いい……?」

 

「……ん、どうしたんだ、ユー?」

 

 俺は後ろから服の裾をクイクイと引っぱるユーに振り向きながら首を傾げた。

 

「あ、あの……ね。

 この前プリンツが泣いてたとき……、ギュッと抱きしめて慰めたんだよね……?」

 

「「「……えっ!?」」」

 

「だ、だから……、それをすれば良いんじゃ……ないかな……?」

 

「え、い、いや、あ、あの……だな、ユー。

 いったいそれは、どこの誰から聞いた話なんだ……?」

 

「ええっと、それは……その……」

 

 何やら恥ずかしそうな表情で、俺の顔から少しだけ視線を逸らせるユー。

 

 だが俺はそんなことよりも、ユーが言った内容に心が捕われていた。

 

 

 

 いったい誰が何の目的でユーに告げ口したんだよーーーっ!?

 

 

 

 ただでさえ危うい噂が立ちまくっているのに、踏んだり蹴ったりレベルじゃないですよねっ!?

 

 ……って、もしかしてユーがそれを聞いたのは、噂からってことですかっ!?

 

 それならまだ、言い訳が立たなくも……

 

「ちょっと待ってよ先生」

 

「ええ。ユーの言葉は、聞き捨てならないわ」

 

「……はい?」

 

 若干ドスが聞いたような声に驚きながら振る帰る俺。そこには両腕を組んで若干胸を張ったレーベとマックスが、非常に不機嫌そうな顔を浮かべながら俺を睨みつけていた。

 

「プリンツをギュッと抱きしめた……。ユーはそう言ったよね?」

 

「い、いや、それは……」

 

「これは浮気ね。間違いなく浮気よ」

 

「少しくらいは目を瞑る気だったけれど、このままだとどんどん増えていくんじゃないかな?」

 

「……そうね。いくら私でも2号の座を譲る気はないわ」

 

「いやいやいや、いくらなんでも見過ごせない言葉がたくさん……」

 

「「先生は黙っててっ!」」

 

「は、はい……」

 

 ビシリと人差し指で床を指したマックスに頷いた俺は、仕方なく正座をする。

 

「少しくらいは大目に見ようと思ったけれど、いくらなんでも手が早過ぎるよ先生」

 

「レーベの言う通りよ。ここでしっかり歯止めが効くように言い聞かせないと、後々面倒なことになるわね」

 

「い、いや……、だから……その……」

 

「あれ? どうやら先生は僕たちに言い訳をするつもりなのかな?」

 

「そうみたいね。

 けれど、先生は火に油という言葉を……知っているのかしら?」

 

 全く持ってそんな気はないんだけれど、聞く耳くらい持ってくれたって良いんじゃないかなぁっ!?

 

 そうして始まった俺への尋問は、昨日の夜に伊勢と日向から受けたモノよりも段違いなレベルで行われてしまった。

 

 その後、真っ白な灰のように燃え尽きながら、部屋の片隅でガタガタ震えて命ごいをするという現実逃避をしていた姿をユーに目撃されたようなのだが、俺の記憶には全くないのでなかったことにしておいた。

 

 これこそ、現実逃避なんだけどね。

 

 思い出しただけで膝がガクガクと震えてしまうので、思い出さないようにする所存であります。

 

 

 

 ……ある意味、ビスマルク以上でございました。

 

 

 

 

 

 とまぁ、そんなこんなでなんとか立ち直った俺は、ビスマルクが居ない穴を埋めつつ幼稚園の業務を開始した。

 

 授業を行う際、2つに分けていた子供達の班を1つにし、4人を一同にして授業をする。

 

 元々ビスマルク包囲網として考えた案だったので、今の状況ならばこちらの方がやり易い。

 

 正直な話、ビスマルクが居ない方が断然楽なのだが、それを言うとプリンツが拗ねてしまうので黙っておく。

 

 それよりも、俺には少し気になることがあるのだが……

 

「ユー、ちょっと良いか?」

 

「んっ、どうしたの……先生……?」

 

 勉学の授業を少し早めに終え、自由時間で子供たちがくつろいでいる頃、レーベとマックスから少し離れた場所に居たユーに小声で話しかけた。

 

 もちろんこの状況を見計らったのは言うまでもなく、またもや浮気と見なされないように配慮したんだけれどね。

 

「さっきの話なんだけど、プリンツを……その、ギュッとした……ってやつなんだが、いったい誰から聞いたんだ?」

 

「ええっと……それは……」

 

 ユーは人差し指を口元に当てて可愛らしい仕種で「う~ん……」と、考え込んでから、何かを思い出したように両手を小さく叩いた。

 

「そうそう……、確かあれは……」

 

「あーあー、ゆ、ユーちゃん。少しばかり私と一緒に遊ばないですかっ!?」

 

「え、えっと……?」

 

「お、おいおい、プリンツ。ユーは今、俺と話している最中で……」

 

「ユーと大事な用事があるんですっ! ちょっとだけお借りしますっ!」

 

「な、なんなの……です……っ!?」

 

「え、あ、ちょっ……」

 

 まるで人さらいのようにユーを小脇に抱えて走り去ったプリンツは、俺の制止を聞くことなく部屋から出て行った。

 

「……いやいや、なんだよこれ?」

 

 俺の呟きは風に吹き飛ばされるが如く消え去り、部屋の中にぽつんと取り残される形となってしまった。

 

 もちろんレーベとマックスは居るのだが、時折向けられる視線が恐ろし過ぎて気付かない振りをするしかなかったりする。

 

 もう……、尋問は勘弁したいからね……。

 




※かなり久しぶりではありますが、ヤンデル大鯨ちゃんのオシオキ日記を先日更新しました。宜しければ是非であります。


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次回予告

 久しぶりの幼稚園ではいつも通りの災難続きだった!
でも大丈夫。これが普通だからねっ!

 ということで、幼稚園の業務を終えた主人公。
明石の行方の捜索と周りの視線から逃げるように、ある場所へと向かったのだが……


 艦娘幼稚園 第二部 第四章
 ~明石誘拐事件発生!?~ その12「まな板タイム」

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その12「まな板タイム」

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 久しぶりの幼稚園ではいつも通りの災難続きだった!
でも大丈夫。これが普通だからねっ!

 ということで、幼稚園の業務を終えた主人公。
明石の行方の捜索と周りの視線から逃げるように、ある場所へと向かったのだが……


 色々あって幼稚園の業務を終えたのだが、結局ビスマルクが居ても居なくても俺の不幸は変わらなかった。

 

 とはいえ、このまま夕食を取って自室に戻ってしまうのでは意味がない。あまり目立たないようにしながら明石の行方を探し出し、あわよくば不能の治療法を聞き出したいところである。

 

 しかし、現状において俺の噂はかなり悪化しているようで、初めて佐世保に来たときよりも突き刺さるような視線を辺りから感じている。

 

 正直に言ってかなり居辛い環境なので、食堂には人が少なくなった時間帯を見計らって……というのが本音なのだ。

 

「……となると、暫くはどこかで時間を潰すのが良いんだけど」

 

 人が少ないところ=自室という公式が成立してしまうが、それだと明石の情報が得られない。ある程度の視線は我慢するとして、気軽に話すことができる相手となると……

 

「やっぱり、あいつだよなぁ……」

 

 真っ先に頭の中に浮かんだ艦娘の居場所を考えながら、俺は心持ち早足で歩いて行った。

 

 

 

 

 

「やっぱりここだったか」

 

「おや、どしたん? そんなけったいな顔をして……」

 

 整備室の扉を開けた俺を見たまな板……ではなく龍驤は、少し驚いたような顔をしながら問い掛けてきた。

 

「いや……、ちょっと視線が痛過ぎてね……」

 

「ああ、例の噂絡みかいな。

 何やら踏んだり蹴ったりらしいけど、大丈夫……には見えへんね」

 

 言って、視線は俺に向けたままハサミをチョキチョキと動かしていた龍驤は、長方形の白い紙を見もせずに切っていた。

 

「まぁ、人の噂も七十五日って言うさかい、暫くは我慢することやね」

 

「長過ぎて先に心が折れそうだけどね……」

 

「その辺は仕方ないんとちゃう?

 何だかんだと言っても、日頃の行いがモノを言うんやし」

 

「それって、素直に貶しているよな……?」

 

「いんや、実は褒めてたりするんやで?」

 

「……言葉と表情が全く合ってないんだけど?」

 

「あ、やっぱり?」

 

 ニヤリ……と、不敵な笑みを浮かべた龍驤にジト目を向ける俺。

 

 しかし龍驤は全く気にすることなく「ククク……」と、笑いながら机に向かった。

 

「ひいふうみい……、こんなもんで大丈夫かなー」

 

 飛行機のような形をした白い紙を机の上に並べて納得するように頷いた龍驤は、それらを一まとめにしてからポケットに入れる。そして今度は、大きな巻き物を机の上に広げ、綺麗なハンカチで拭き始めた。

 

「それって、飛行甲板……だよな?」

 

「そうやで。こうやって毎日手入れをしてやることで、ウチの艦載機も気持ち良く飛び立てるんや」

 

「なるほどな……」

 

 俺は腕を組みながら龍驤の動きを見つめ、感心するように息を吐く。

 

「……ところで、わざわざウチを探していたみたいやけど、いったい何のようなん?」

 

「ああ、それなんだけど……」

 

「ハッ! も、もしかしてウチを口説きに来たとか?」

 

「………………」

 

 一瞬驚いたような表情を浮かべた龍驤だが、その目は完全に俺をからかっているのだと分かる。

 

「いやぁ……、ちょっち照れるなぁー。

 でも、そんなことをしたら、ビスマルクや幼稚園の子供たちが黙って……」

 

「そんなの関係ないよ」

 

「………………へ?」

 

 俺は首を左右に振ってから言葉を遮ると、龍驤はぽかんとした表情で固まった。

 

 どうにも龍驤にからかわれたらやり返さないと気が済まない俺は、ここぞとばかりに近づいていって、机の上に少し強めに左手を置いて音を鳴らした。

 

 壁ドンならぬ机ドン。

 

 しかし、まだこれで終わりではない。

 

「え、え、え……っ!?」

 

 うろたえている龍驤の顎に右手で触れ、クイッと俺の顔を正面になるように向けさせる。

 

「ちょっ、こ、これって……、う……ぁっ……」

 

 そして俺は顔を龍驤に目一杯近づけ、肌が触れ合うギリギリのところで止めた。

 

「………………」

 

 何も言わずに、ジッと龍驤の目を見る。

 

 こういうのは言葉を出すより、無言の方が効果あり。

 

 さぁ、どうする龍驤!?

 

 俺をからかいまくったその罪を、とくと味わうが良いっ!

 

「あ、あかん……、あかんてぇ……」

 

 頬どころか耳まで真っ赤になった龍驤は、両眼をキョロキョロと忙しなく動かしている。

 

 そして最後はトドメのこれで……っ!

 

「はわわっ!?」

 

 顎に触れていた右手に力を入れ、ほんの少しだけ龍驤の顔の角度を上向きにした。

 

 ――そう。これこそキスをする寸前の体勢……ッ!

 

 これで焦らないヤツはいないはずっ!

 

 ただし失敗するとセクハラ扱いなる可能性があるが、龍驤ならば関西のノリだと言えば……

 

「う……、うぅぅ……」

 

 ………………。

 

 ……あれ?

 

 龍驤……さん……?

 

「か、堪忍……やぁ……。ホンマ、堪忍やでぇ……」

 

 両目からボロボロと大粒の涙が零れてらっしゃるんですけど……。

 

 これって、ガチで泣かせちゃったってことですかね……?

 

「あああああっ、あのっ、ええっと……!」

 

 焦った俺は即座に龍驤から離れて、両手をワタワタと動かしてしまう。

 

 こ、こういうときはどうすれば良かったんだっけ……っ!?

 

「こ……、こんなんされたら……、もう、お嫁に行けへんやん……」

 

「ええええええええええっ!?」

 

「せ、責任……取って……くれるんやね……?」

 

「い、いやいやいやっ! そこまでのことはしてないよっ!?」

 

「そ、そんな……っ! 酷いっ、酷過ぎやわっ!」

 

 大きな声をあげた龍驤は机の上に両手を伏せるようにして顔を埋め、わんわんと泣きだした……ように見えた。

 

 ………………。

 

 ちょっと待て。

 

 何だかんだで、これって前と同じだよな?

 

 確か以前も、からかい返した俺を龍驤が更に陥れようとした。

 

 そのときは完全に騙されたのだが、今回はそうはいかない。

 

 周りに人気がないのも確認した上での行動なので変な噂が立つようなことはない。ここでガツンとやっておかなければ後々に影響してしまうだろうから、きちんと言いきっておくべきなのだ。

 

「そ、そんな風に泣いた振りをしても……」

 

「ひっく……ひっく……」

 

 ………………。

 

 あるぇー?

 

 龍驤の肩がフルフルと震えて、マジ泣きしているようにしか見えないんですが?

 

 これじゃあ俺って、か弱い女の子を泣かしちゃったガキ大将って感じじゃないですかー。

 

 小学校でこんな状況になったら、周りの女子から言葉攻めにあってトラウマ化するフラグみたいなやつ。

 

 ………………。

 

 ……いや、マジでどうしよう。

 

 幼稚園の子供たちが泣いている場面はいくつかあったが、俺が原因でというのは余りなかったし、半ばとばっちりみたいなモノだった。

 

 しかし良く考えてみれば、今回龍驤を泣かしてしまったのはからかい合いの応酬の果てであり、俺に落ち度が全くない訳ではなく、むしろ責任は重大と言えるだろう。

 

 舞鶴で似たようなことをしたが、相手は青葉であってそれ程大した問題にはならなかったし、変な噂も立たなかった。だが、この状況を他の誰かに見られたり、龍驤自身が怒って言いふらされたりしてしまった日には……

 

 

 

「……やっぱり、己の身をわきまえる為にも調教が必要よ。

 そして、私なしでは生きられないようにしてあげるわっ!」

 

 

 

 ……と、ビスマルクが真っ黒なボンテージに身を包んで登場する可能性があるだけでなく、

 

 

 

「先生……、また浮気をしたんだね……」

 

「ふうん……。これはもう、許し難い事実ね……」

 

 

 

 レーベとマックスが虫を射殺すであろう冷たい視線を俺に突き刺しながら、小一時間では済まない説教タイムが始まることこの上なし。

 

 

 

「ビスマルク姉さまだけでなく、他の方にまで手をつけるなんて……許せませんっ!

 ふぁいやーーーっ!」

 

 

 

 プリンツミキサーが下腹部に直撃し、床にもんどり打つ姿が容易に想像でき、

 

 

 

「やっぱり先生は……、ロリコン……ですって……」

 

 

 

 しまいにはユーからも蔑んだ目で見下ろされる未来が確定してしまうのであった。

 

 

 

 ――と、ここまで想像したところで、両膝がガクガクと震える俺。

 

 これはなんとしても、龍驤を慰めつつ弁解しないといけないのであるが……

 

「……なんや反応がないけど、やっぱり前と一緒やったらひっかからへんかー」

 

「………………え?」

 

「……あれ、なんなんその顔?

 もしかして、ウチの早とちりやったん……?」

 

「え、いや、ええっと……、ソンナコトナイヨ?」

 

「ごっつう怪しい口調に変わってるけど……、自分でばらしてしもうたさかいしゃーないか。

 まぁ、次はもうちょっと凝った感じでやらんと上手く騙せへんなぁー」

 

「………………」

 

 どうやら龍驤は嘘泣きだったらしい。

 

 まさに九死に一生を得たのだが、またもや騙されるところだった。

 

 つーか、いい加減懲りろって話である。

 

 つくづく成長しないヤツだよなぁ……俺って。

 

「……ちょっとだけ、焦ってしもうたけどな」

 

「……え、何か言った?」

 

「い、いや、なんでもないで。なんでも……な」

 

「そ、そうか……。それなら良いんだけど……」

 

 藪蛇を突いても嫌なので、これ以上の詮索はしない方が良いだろう。

 

 今までのことを考えれば、全戦全敗の俺にとって龍驤は天敵と言えてしまう相手なのだ。

 

 これからはからかい合うのではなく、話を逸らしながら本音を探る方向が良いだろう。

 

「あっ、そうや……」

 

 そんなことを考えていると、龍驤がポンッと手を叩いて何かを思いついたように声をかけてくる。

 

「ところで、聞いておきたいんやけど……」

 

「な、なんだ……?」

 

 今度こそは気をつけねばと心構えをしながら聞き返すと、龍驤は人差し指をピンとたててから小さく首を傾げ、

 

「ほんで、ウチにいったい何のようやったん?」

 

 ――と、あっけらかんに言う龍驤に、俺はガックリと肩を落としたのであった。

 

 

 

 いやまぁ、俺が悪いんだけどさ。

 




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 結局龍驤には一歩及ばない主人公。
しかし本目的はそれではない。明石の行方が知りたいのだ。
主人公は龍驤にそのことを尋ねたのだが……

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 ~明石誘拐事件発生!?~ その13「病院送り」

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その13「病院送り」


 結局龍驤には一歩及ばない主人公。
しかし本目的はそれではない。明石の行方が知りたいのだ。
主人公は龍驤にそのことを尋ねたのだが……


 

「実は、明石のことについて聞きにきたんだけど……」

 

「……あ、明石やて?」

 

 その名を聞いた途端に顔色を曇らせる龍驤。

 

 前々から話しをして気づいてはいたが、龍驤って本当に明石が苦手っぽいな。

 

「ほ、ほんで、明石の何が聞きたいん?」

 

「それなんだけど、まずは……今回の騒動について龍驤はどこまで知っているんだ?」

 

「それって、明石によって不能にさせられてしまったキミがブチ切れて、部屋の中で大立ち回りを演じてから誘拐し、樹海まで連れ去った挙句にスコップで穴を掘らせて、生きたまんまドラム缶に詰めて埋葬したってヤツ?」

 

「どこをどうやったらそんな噂が流れるのか、一度本気で調べたくなってきたんだけど……」

 

「まぁ、冗談やけどね」

 

 そうだろうと思いましたけどねっ!

 

 でも、冗談を言っている割に龍驤の顔はぎこちない。

 

 何をそんなに明石のことを苦手としているのか分からないが、不能にされた俺ならともかく、過去に何かあったのだろうか?

 

 気にはなるけれど、掘り返すと地雷のような気がするんだよなぁ。

 

「とりあえず話を戻すけど、キミが明石を誘拐した犯人として捕まったとき聞いたんが昨日の夜。

 そやけど、今日の朝には安西提督からの通達で、誤認逮捕やと知らされたかな」

 

「……なるほど。ということは、一応犯人扱いされる心配はないってことだな」

 

「安西提督の言うことやし間違いはあらへんとみんな納得するはずやけど、こないだの噂もあることやし大人しくしておいた方がええんとちゃう?」

 

「こ、この間の噂って……?」

 

 思い当たる節はありまくるが、念のために聞いておく。

 

 聞けば間違いなく精神的ダメージを受けるだろうが、聞かないでおいて後々苦しむよりはマシだろう。

 

「そりゃあもちろん、幼稚園のプリンツを追いかけ回して抱き締めたロリコン先生ってやつやね」

 

「デスヨネー」

 

 白目になりながら棒読みで返事をする俺。

 

 分かっちゃいたけれど、本当に噂というモノは怖い。

 

 どういう経緯があってそうなったのとか、全くもって考慮されないからだんだんと腹が立ってきた。

 

 一度、全身全霊をもって演説でもしなければならないかもしれない。

 

 俺はロリコンじゃない――と。

 

「……もしかしてさっきのって……、そういうことなんっ!?」

 

「……は?」

 

 するといきなり表情を険しくした龍驤が、頬を真っ赤にしながら両手で脇を抱えて俺から後ずさった。

 

 な、なにやら警戒されまくっているみたいだけれど、さっきのは冗談だってことになってないのかな?

 

 ……あ、そういえば龍驤が嘘泣きをしていたのは分かったけれど、俺が口説いたように振舞ったのはからかう為だったのだと言い忘れていた気がする。

 

 これは直ちに誤解を解かなければ……と、思ったのも束の間、なぜか龍驤は飛行甲板の巻物を広げて……

 

「そういうことなら容赦はせんでっ!

 攻撃隊……発進っ!」

 

「ちょっ、おまっ!?」

 

 超絶至近距離から発進する戦闘機が俺の身体をかすめるように飛び立つと、それほど広くない整備室の中を縦横無尽に飛び回った。

 

「よし、一気に決めるで!」

 

「お前は馬鹿かっ!?

 こんな場所で爆撃なんかしたら、部屋中が大惨事になるだろうがっ!」

 

「うっさいわっ! ウチをそんな目で見てたなんて、許せる訳があらへんやろっ!」

 

「いったいどういう理解をしたのか知らないけれど、早く攻撃を中止して……うわああああっ!?」

 

 何とか止めようと龍驤に向かって叫び声をあげるも、急降下爆撃のように飛来してきた戦闘機が爆弾を雨のように降らせてくる。

 

「こんなの避けれるかーーーっ!」

 

「ウチに喧嘩を売るからこうなるねんっ! あの世で後悔してきぃやっ!」

 

「完全に殺す気じゃねえかぁぁぁっ!」

 

 いくら金剛やプリンツのタックルを避け続けてきた俺だとしても、頭上から雨のように降り注ぐ爆弾を全て回避することは不可能であり、

 

「のわあぁぁぁーーーーっ!?」

 

 爆撃音と共に、呆気なくキリモミ状に吹き飛ぶ俺の姿があった。

 

「よっしゃっ! ざまあ見ろやでっ!」

 

 そして歓喜する龍驤だが、問題はこの後であり――

 

「……えっ!?」

 

 吹っ飛んだ俺の身体が放物線を描いて龍驤へと向かう。

 

「うわあああっ!?」

 

 少しでもぶつかる際のダメージを落とそうと、俺は龍驤の身体に手を伸ばす。

 

 その行動が完全に裏目に出てしまったのは、予想しろと言っても無理であり、

 

 

 

 ドスンッ!

 

 

 

「ふぇえっ!?」

 

「ぐえっ!」

 

 俺が龍驤を押し倒したように、覆い被さってしまったのである。

 

「い、いたたたた……って、なんなんこれぇっ!?」

 

 完全に龍驤を襲っているような状況にしか見えないが、これは不可抗力だと声を大にして言いたい。

 

 そして、最も大事なことは……

 

 

 

 龍驤の胸部装甲? の辺りに俺の右手が、バッチリと添えられているのもやむを得ないのである。

 

「な、なななっ、なにしてはるんっ!?」

 

「い、いや、こ、これはわざとじゃなくてだなっ!」

 

「そ、そんなんええからはよどいて……って、やばっ!」

 

「……え?」

 

 急に顔色を変えた龍驤を見た俺は、咄嗟に後ろへと振り向いた。

 

 そこには眼前に迫った黒い塊が、まるで時を止めたかのように浮いていて、

 

「くそっ!」

 

「ひゃわっ!?」

 

 俺が龍驤の身体を力強く抱きしめた瞬間、大きな音と共に意識が吹き飛んだ。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「そ、その……、ホンマ、堪忍や……」

 

 申し訳なさそうに頭を下げ、上目づかいで俺を見る龍驤。

 

 いつものからかいまくるときとは似ても似つかない姿に、俺の背中がなんだかムズ痒くなってしまう。

 

 とはいえ、包帯でグルグル巻きになった俺はろくに身体を動かすこともできず、背中を掻くのは不可能であった。

 

「いったい何を考えたら整備室の中で爆撃なんかするのかしらっ!

 先生が無事だったから良かったものの、一つ間違えれば死人がでるところだったのよっ!?」

 

「うぅぅ……、何も言い返すことができへんわ……」

 

 ビスマルクが激しく糾弾し、ガックリと肩を落とす龍驤。

 

 しかし全部が全部、龍驤が悪いという訳でもないので、フォローをしておかなければならない。

 

「ま、まぁ……なんだ。俺も誤解を招く発言があったことだし、それくらいにしてあげてくれ」

 

「け、けど……っ!」

 

「それに龍驤も怪我をしたんだから、おあいこってヤツだろ?」

 

「あなたの怪我は龍驤と比べ物にならないくらい酷いのよっ!?」

 

「だ、大丈夫だって。

 これくらいの傷なら、2、3日寝ていたら回復するからさ……」

 

「い、いや、さすがにそれは難しいと思うんだけど……」

 

 俺の言葉に冷や汗を垂らすビスマルクだが、それは重々承知の上だ。

 

 ぶっちゃけて身体は殆ど動かないし、食事を取ることすらままならない。しかし、それを言ってしまえば龍驤はとことんへこんでしまうだろうから、顔にも出さないように注意しておくべきなのだ。

 

 そりゃまぁ、爆撃したのは龍驤だから少しくらいは反省してもらえるとありがたい。だけど、くよくよしている龍驤を見ているのも同じくらい辛いのだ。

 

「ほ、ほんま堪忍や……。このとおりやさかい、許してーな……」

 

 両手を合わせて拝むようにしている龍驤をこれ以上責め立てる訳にもいかず、ビスマルクは大きくため息を吐く。

 

「まぁ、先生がこう言っている以上仕方ないわね……」

 

「ゆ、許して……くれるん……?」

 

「本人から許しが出ているんだから、私がこれ以上言うことではないわ。

 だけど、整備室の中で爆撃をしたことについては安西提督に謝ることね」

 

「う”……っ!」

 

 安西提督の名がでた途端に顔色を曇らせた龍驤は、俺とビスマルクの顔を交互に見てから大きくため息を吐いて肩を落とした。

 

「ば、爆撃したんはウチやし、しゃーないよね……」

 

「しかし、どうして爆撃なんかしたのかしら?

 まさか鎮守府内に深海棲艦が現れた訳でもあるまいし……」

 

「そ、それは……その……」

 

 気まずそうにしながらこちらを見てくる龍驤だが、俺の反応を待たずに目を閉じながら小さく頭を左右に振った。

 

「え、ええっと……、乙女の……秘密っちゅーやっちゃな……。

 なーんて……あは、あははは……」

 

 龍驤の乾いた笑い声が室内に響く。

 

 全くもって言い訳らしく聞こえない内容だが、ビスマルクもこれ以上問い詰めたところで龍驤が口を割らないと見たのか、それとも安西提督に任せておけばよいと考えたのか、もう一度深いため息を吐いてから両手の平を上にして、呆れた表情を浮かべていた。

 

「しかし……、これだと幼稚園の業務は暫く無理よね……」

 

「あー、そ、そうだな……。

 まぁ、少しの間だけ悪いんだけど……」

 

「ええ、任されたわ。

 まずはしっかりと身体を休めなさい」

 

「ああ。ありがとな、ビスマルク」

 

「いいえ、これくらいお茶の子さいさいよ」

 

 そう言って、ビスマルクは小さく手を振って部屋から出て行った。

 

「……ふぅ」

 

 ビスマルクの姿を見送ってからため息を吐いた俺は、龍驤の方を見る。

 

「い、今どきお茶の子さいさいって……、なかなか言わへんで?」

 

「……そこは突っ込むところじゃないんだけどな」

 

「ま、まぁ、アレやん。

 噂が収まるまで引き籠れるんやし、ちょうど良かったと思えば……」

 

「龍驤って全く反省してないよね?」

 

「ちゃっ、ちゃうねんっ!

 今のは暗い雰囲気を明るくしてあげようっていう、芸人気質のノリってやつで……」

 

 焦りながら弁解する龍驤だけれど、その時点で反省してないってことを分かっていないんだろうか?

 

「まぁ、良いけどね。

 どうせ明石が返ってくるまでは治りそうもないし……」

 

 俺はため息を吐きながらぼそりと呟くと、龍驤がこちらを見ながら首を傾げている。

 

「それって、その……、アレのことやんな?」

 

「……そ、そうやってマジマジと顔と下の方を見られながら聞かれるのは拷問に近いんだけど?」

 

「あっ、ご、ごめんっ。堪忍やっ!」

 

 そう言って素早く俺から顔を逸らした龍驤だったが、暫くすると間が持たなくなったのか、ゆっくりとこちらを伺ってきた。

 

「そ、その……、ウチ、どうしたらええんかな……?」

 

「どうしたら……って?」

 

「い、いや、だからさ……。キミに大怪我を負わせてしまったお詫びっちゅーやつを……やね……」

 

「べ、別に気にしなくても良いんだけど……」

 

 恥ずかしそうにされるとこっちもなんだかなぁって感じなのだが、頬を染めながら上目づかいは勘弁願いたい。

 

 ただでさえ……その、幼稚園に居る子供たちと同じ背格好なだけに……って、どうしてこんな考えが浮かんでくるのだろうか。

 

 俺はロリコンじゃないのに……。全くもって、そういう性癖じゃないのに……。

 

「そ、そやけど……、その、助けてくれたお返しも……あるっていうか……、その……」

 

「ん……? あーあー、うん。別にそれも気にしなくても良いんだけどね」

 

 あの時は咄嗟に身体が動いてしまったのだが、仮に龍驤じゃなくても同じことをしていただろう。

 

 それに、あの状況で俺だけ逃げたのなら、龍驤に爆弾が直撃していただろうからね。

 

 ……その前に、龍驤が居たのにもかかわらず爆弾を落としたのって、問題がありまくりのような気がするのだが。

 

 そっちの方が大丈夫なのかと心配になるが、その辺りは俺では分からない関係というのがあるのだろう。

 

「あ、あんな守られ方したら……、気にならへんモノも気になるよね……」

 

「え……っと、何か言った?」

 

「い、いやっ、何でもあらへん。なんでもあらへんにょっ!」

 

 ………………。

 

 うん。めっちゃっ噛んだね。

 

 ぶっちゃけて可愛過ぎです。

 

「うぅぅぅ……。今のは思いっきり恥ずかしいわ……。

 頼むから聞かんかったことにしといてくれへん……?」

 

「えー、どうしよっかなー」

 

「うーーーーーっ!」

 

 初めて龍驤の弱みを見つけた気がしてからかう俺だが、調子に乗るとまた怪我をしかねない。

 

「冗談だよ。誰にも言わないから、安心して良いよ」

 

「そ、そっか……。ならかまへんかな……」

 

 少し不安げながらも胸を撫で下ろした龍驤は、小さく息を吐いてから思い出したように顔をあげた。

 

「そ、それじゃあ、安西提督にも謝りにいかなあかへんし……、ちょっとだけ席離すわね」

 

「うん――って、別に俺の了解なんて取らなくても良いんだけど?」

 

「で、でも、色々と身の世話周りなんかをせなあかんやろ……」

 

「……はい?」

 

 身の世話……って、どういうことだ?

 

「キミの怪我の具合やったら食事もままならへんやろうし、つきっきりで看病せんとあかんからね」

 

「あ、いや、その辺は……ほら、他の人が……」

 

「いやいや、他のモンに任せたらビスマルクがまたキレるさかい……」

 

「そ、そうかなぁ……?」

 

 むしろビスマルクなら率先しそうな感じなんだけど。

 

 でも、幼稚園の業務がある以上それも難しいか。

 

 ………………。

 

 いや、ビスマルクの場合、幼稚園を投げ出してきちゃいそうだよね。

 

「そやから、後でまた来るさかい……待っててや?」

 

「あー、うん。分かったよ……」

 

 どちらにしたってベッドの上から動けないんだけれど……と、言いそうになった言葉を飲み込んで、俺は龍驤に頷いた。

 

 しおらしく頷き返した龍驤は立ち上がり、俺に手を振ってから部屋から出る。

 

 なんだか変な雰囲気だな……と、思いながら、俺は天井を見上げて息を吐いたのだった。

 

 

 

 まぁ、久しぶりにゆっくりできるし、満喫しちゃおうかな……。

 





次回予告

 自業自得による龍驤の爆撃で怪我を負った主人公。
暫くはゆっくりできるのかも……と、考え方を変えようとしたのだが、変な夢にうなされてしまう。

 そして、寝汗で不快な主人公に龍驤が……?


 艦娘幼稚園 第二部 第四章
 ~明石誘拐事件発生!?~ その13「まな板タイム2」

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その14「まな板タイム2」


 自業自得による龍驤の爆撃で怪我を負った主人公。
暫くはゆっくりできるのかも……と、考え方を変えようとしたのだが、変な夢にうなされてしまう。

 そして、寝汗で不快な主人公に龍驤が……?


 

「被告……、先生は前へ」

 

 伊勢の声に従って、俺は言われた通り一歩前に出る。

 

「主文。被告人は有罪。後日、鎮守府内を引き回しの上、銃殺とする」

 

「……え?」

 

 信じられない内容を淡々と読みあげる日向に驚き、俺は愕然としながら声をあげた。

 

「被告人は幼稚園において教育者の立場でありながら、園児に対して過度の接触を行い、身体的、精神的傷害を負わせただけでなく、佐世保鎮守府に所属する工作艦明石を誘拐。治療のミスによって不能になったとはいえ明石に過度の拷問を加え、生きたままドラム缶に詰めて地中に埋めて殺害し、遺体を遺棄したことは誠にもって遺憾である」

 

「い、いや、だからそれは違うって……」

 

「全ては憲兵が調べた調査書による証拠によって明白である。

 これ以上の審議は不必要とし、即刻処刑手続きを取る」

 

「……ふむ、仕方ありませんね」

 

 反論する俺の言葉は誰にも伝わることなく、日向の言葉に安西提督は何の表情も浮かべないまま小さく頷いた。

 

「そ、そんな……っ! ち、違う! これは誰かの陰謀だ……っ!」

 

「往生際が悪いですよ、先生。

 あなたはロリコンで、残虐非道なクズということが証明されたのです」

 

「更に、おっぱい星人であることも付け加えておこう」

 

「なんでソレを足しちゃうのかなぁっ!?」

 

 素早く日向に突っ込みを入れるも、周りの視線は更に冷たいモノとなった。

 

「……本当に残念ね。

 もっと早くに、私があなたを調教していればこんなことには……」

 

「び、ビスマルクッ!?」

 

 後ろから聞こえてくる声に振り返ると、椅子に座って俺を見つめている数人の姿があった。

 

「信じられないよ……。

 僕たちをそんな風に扱っていたなんて……」

 

「そうね……。

 もう少しで騙されるところだったわ……」

 

「れ、レーベ、マックスッ!

 ち、違うんだ……。これは……これは……っ!」

 

「だから私は何度も言ってたんです。

 先生は油断ならない人だから、気をつけるべきだって!」

 

 そう言いながらビスマルクに抱きついたプリンツは、不敵な笑みを浮かべながら俺を見つめていた。

 

「ユー……、先生のことは、すぐに忘れるですって……」

 

 虫を見るような冷たい視線を俺に向けた後、プイッと顔を逸らしたユーが椅子から立ち上がった。

 

 そして、ぞろぞろと歩きだした一同はそのまま遠くへと歩いて行き、暗闇の中へと消えてしまった。

 

「違う……、違うんだ……」

 

 ガックリと肩を落とし、その場で膝をつく。

 

 気づけば俺に手足には手錠がかけられ、首には鋭い棘がついた首輪が巻かれている。

 

「ですけど、処刑の前に自らの罪を認めてもらわないといけませんよね~」

 

「……え?」

 

 いつの間にか目の前に立っていた1人の艦娘が手を動かすと、首に激しい痛みが走り、そのままズルズルと引っぱられた。

 

「ぐ……えっ!?」

 

「未だ認めないお馬鹿さんには、た~っぷりとオシオキしてあげなくちゃいけません~」

 

「ちょっ、ちょっと待っ……ぐうぅぅぅっ!」

 

 手錠がかけられた両手をなんとか動かして首輪を掴むが、艦娘の力は強く、全く抵抗をすることができない。

 

「今度こそは逃がしませんからね~。うふふふふ~、あはははははは~♪」

 

「や、止めろっ! 頼む……っ、助けてくれえぇぇぇっ!」

 

 背筋が凍りついてしまう笑い声を聞いた俺は必死に叫び続けるも、周りに居た者は忽然と姿を消し、俺はそのまま暗闇の中へと引きずりこまれてしまう。

 

 そして暫く引きずられた後、ピタリと止まった艦娘が振り向きざまに問いかけてきた。

 

「それじゃあ……、心の準備はよろしいでしょうか~?」

 

「全然できてないので勘弁して下さいっ!」

 

 艦娘を見上げながら叫び返すが、暗闇のせいで顔がハッキリと見えない。

 

「うふふ~。それじゃあ待ってあげる……なんてこと、有り得ないですよね~」

 

 そう言った艦娘が頭突きをかましてくるように顔を近づけると、俺の眼にしっかりと映り込む。

 

 

 

 舞鶴の食堂で出会った、あの――艦娘の顔が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はっ!?」

 

 咄嗟に開けた目に映ったのは、真っ白な天井だった。

 

 続けて辺りを見回してから寝起きの頭をフル稼働し、ここがどこだかを思い出す。

 

「あぁ……そうか。

 昨日、龍驤の爆撃を受けて、病室送りになったんだな……」

 

 佐世保鎮守府内にある医療施設に運び込まれた俺は、個室という待遇を受けて休んでいた……と、いう訳なのだが。

 

「しかし、とんでもない夢だったな……」

 

 腕で額を拭うと、びっしょりと汗が滲んでいた。

 

 以前にも幾度となく経験したことのある悪夢の感触に、俺は大きく息を吐きながら肩を落とす。

 

 身体を覆う患者衣はびっしょりと汗に濡れ、正直に言って不快極まりない。

 

 しかし身体は思うように動かせず、ベッドから起き上がろうとするのも一苦労。こんな状態では着替えをすることも大変であるのだが……

 

「その前に着替えがない……か」

 

 患者衣の予備や自分の服は辺りに見当たらない。しかし、着替えをしなければ身体が冷えてしまうだけではなく、風邪をひく恐れがある。

 

「仕方ない。ナースコールでお願いするか」

 

 ベッドの頭側にある壁に取りつけられたナースコールのスイッチに手を伸ばそうとするが、ぐるぐる巻きにされた腕が思うように動かせない。

 

「う……くっ……」

 

 指の先端がスイッチに触れるものの、手に収めることができずに歯痒い思いをし、それでも何とかしようと身体を起こそうとした瞬間、背筋に強烈な痛みが走る。

 

「ぐあ……っ!」

 

 息が詰まり、もんどり打ちそうになる身体をベッドに落とす。ナースコールのスイッチがゆらりと動くのを見ながら大きなため息を吐くと、部屋の扉がガラガラと音を立てた。

 

「あれ、何しとるん?」

 

「あぁ、龍驤か……、ちょうど良かった。

 悪いんだけど、ちょっとだけ頼まれてくれないか?」

 

「それはかまへんけど……、いったいどうしたん?」

 

 首を傾げながらも俺の方へと近づいてきてくれた龍驤に訳を話し、着替えを手伝って貰うことにした。

 

 

 

 

 

「そ、それじゃあ……その、脱いでくれるかな……?」

 

「ああ、よっと……んっ、い、いてて……」

 

「だ、大丈夫っ!?」

 

「ちょっと痛むだけだから大丈夫だよ」

 

「そ、そっか……」

 

 背中側に立つ龍驤が心配そうに声をあげるのを気にしながら、痛む身体を動かして紐を解きつつ患者衣を脱ぐ。

 

「うわぁ……。こりゃまた、べっとべとやね……」

 

 背中越しに患者衣を受け取った龍驤はそう言いながら、俺の背中に濡れタオルを当てて拭き始めてくれた。

 

「ど、どない……かな?」

 

「ああ、気持ち良いよ」

 

 ゴシゴシと背中を拭いてくれる龍驤の力加減が心地よく、さっきまで寝ていたというのに眠気が漂ってくるように感じられる。

 

「け、結構……鍛えてるんやね……」

 

「んー、今はそうでもないんだけど、昔はそれなりに筋トレをしてたかな」

 

「そ、そうなんや……」

 

 言って、引き続き背中を拭いてくれる龍驤なのだが、会話が続かずに微妙な間が流れていた。

 

「………………」

 

 うむむ、何だか居心地が悪いなぁ……。

 

 あまりにも重く感じられる空気に、俺はたまらず話題を振る。

 

「そ、そういえば龍驤って、大鯨って艦娘を……知ってるかな?」

 

「……なっ!?」

 

 俺の言葉を聞いた途端、龍驤を手が急に止まった。

 

「な、なんでその名前が急に出てくるんっ!?」

 

「え、えっと……その、明石に関係があるというか……」

 

「な、なんなんそれっ!?

 思いっきり初耳なんやけどっ!」

 

 後ろから聞こえてくる龍驤の声は明らかに動揺していて、タオル越しに感じる手もガタガタと震えていた。

 

「と、とにかくどういうことか説明してっ!」

 

「あ、あぁ……」

 

 失言だったかもしれないという不安があるが、ここまできて実は嘘でしたと言って誤魔化すこともできず、俺は仕方なくぽつりぽつりと明石の事件の真相を龍驤に説明することにした。

 

 

 

 

 

「そ、そっか……。

 仕置人がこの佐世保にもきたんかいな……」

 

 背中越しに感じる龍驤の大きなため息を感じ、やはり失言だったのではないかと不安になる。

 

「まぁ、明石も色々とやり過ぎたってことやな……。

 安西提督が許可を出したんも被害を最小限にするためやろうし、仕方ないっちゅーやつやね」

 

 龍驤はそう言いながら俺の右肩を軽く叩き、「ほら、腕をあげてーな」と言ってから、俺の脇をゴシゴシと拭いてくれた。

 

「しかし、大鯨って本当に有名なんだな……」

 

「そりゃそうやで。

 なんつーても、泣く子……じゃなくて、提督や艦娘も驚き震える仕置人やからね」

 

「そ、それって悪いことをした奴限定……で、良いんだよな?」

 

「基本的には依頼を受けてから判断して、実行に移すらしいで。

 その際に悪い奴と見なされへんかったら、何もせずに立ち去るらしいわ」

 

「そ、そうなのか……。

 じゃあやっぱり、あのときのは……」

 

「んっ、どないしたん?

 そんなけったいな声なんか出して……」

 

「いや、実はさ……。

 舞鶴に居るときに、一度だけ大鯨らしき艦娘に会ったことがあるんだよ」

 

「そ、それって……ホンマなん?」

 

「か、確実に大鯨かどうかって言われるとアレだけど、外見的特徴とかは酷似してたと思うんだよな……」

 

「そ、そうなんや……」

 

 左の脇をゴシゴシと拭かれながら、龍驤の言葉に首を傾げる俺。

 

「何だか反応が微妙に怖いんだけど、何か問題でもあるのか?」

 

「えっと、そう……やね。

 実際に助かった人物ってのを初めて見たさかい、ちょっとビックリしてるんや……」

 

「ん? どういうことなんだ……?」

 

 首を傾げた俺に龍驤は前を向くように指示してきたので、痛む身体を庇いながらベッドの上で反転した。

 

「実際な話、ウチらの中では大鯨に出会った時点でもうおしまい……って、言われてるねん」

 

「……それって、さっきの話と矛盾してないか?」

 

「そうやね。つまりは、出会って助かった奴がおらへんくらい、数少ないってことが本当なんやろね」

 

「……マジ?」

 

「まぁ、全く助かった奴がおらへんのやったら、そもそも何もせずに立ち去るなんて言う噂は多々へんと思うし……、ゼロではないんやろね」

 

「た、確かにそれだと噂が広がり難いだろうな……」

 

「結果的にキミは助かったんやから、もの凄い幸運なんやろね。

 もしくは……凄い不幸かもしれんけど」

 

「お、おいおい……。

 褒めるのか貶すのか、ハッキリしてくれよ……」

 

「あんまり気にせんほうがええんとちゃうかな。

 そやないと、若いうちから禿げてしまうで?」

 

「そ、それは……困るな……」

 

「そやろ? そやさかい……って、ホンマに鍛えてるんやねぇ……」

 

 タオルをゴシゴシと動かしていた龍驤は、俺の腹筋辺りに差し掛かった途端に感心する声をあげた。

 

「い、いやまぁ、今はあんまり鍛えてないけどさ……」

 

 そうやって異性からジロジロと見られると恥ずかしいモノがあるのだが。

 

 例えそれがスレンダー過ぎる龍驤であっても……だ。

 

「……なんや、すんごい嫌な気配を感じたんやけど?」

 

「き、気のせいじゃないかな?」

 

 俺は咄嗟に龍驤から視線を逸らし、キョロキョロと辺りを見回してみたのだが……

 

「……っ!?」

 

 扉の方に妙な違和感を覚えた俺は、ジッとそちらの方を注視する。

 

 小さく開いた扉の向こうに、縦に並んだ赤く光る眼のようなモノが2つ……見えるんですが。

 

 ……えっと、どうやって覗いているんですかね……それ……?

 

 どう考えても、首を90度曲げてないと無理な気が……。

 

 そして、今にも扉の方から『ゴゴゴゴゴ……』と、効果音が鳴りそうな感じがマジで怖いんですけど……。

 

「ん……、どないしたん? そんなけったいな顔なんか浮かべて……」

 

「い、いや……。扉の方に……ヤバいモノが見えるんだけど……」

 

「扉の……方……?」

 

 言って、ぐるりと振り返った龍驤は、赤く光る眼のようなモノを見てビクリと身体を震わせた。

 

「な、なななっ、何やアレッ!?」

 

「わ、わわわわわ、分かる訳……ないだろっ!」

 

「ど、どう考えてもヤバ過ぎへんっ!?」

 

「だだけどここから逃げようにも扉以外には窓しか……」

 

「そ、そうやっ! 窓があったわっ!」

 

「えっ、ちょっ、ちょっと龍驤っ!?」

 

 ベッドから転げ落ちるように移動した龍驤は、窓を勢い良く開けてから飛行甲板の巻物を取り出して大きく広げ……って、何やってんだっ!?

 

「そ、そしたら帰らせてもらうわっ!」

 

「は、薄情にも程があるし、それは漫才師の終わり方だぞっ!?」

 

「ほなさいならーーーっ!」

 

「嘘ーーーっ!?」

 

 そのまま窓から身を乗り出した龍驤は、ハンググライダーのような要領で巻物の両側を持って、ふわりと空を舞って行った。

 

 ……いやいやいや、さすがにそれは無理じゃね?

 

 というか、素早過ぎるってレベルじゃないでしょっ!

 

 それに、俺を完全に置き去りにしたってことは、あの赤い光が……って、あれ?

 

「き、消えた……?」

 

 恐る恐る扉の方を見た俺の眼にあの光は見えず、まるで元からそこに居なかったかのように忽然と姿を消していた。

 

 い、いや、しかし、確かに2つの光は見たはずなんだが……。

 

 俺は何度か視線を扉と別の所へ交互に動かしてみたが、二度と光が現れることがなかった。

 

「気のせいだった……と、いう感じでもなかったよなぁ……」

 

 もしそうだったのなら、龍驤も同じように気づいた時点でおかしいのだ。

 

 つまり、誰かがあそこに居たというのは間違いないはずなんだけれど……。

 

「き、気にしても無駄……なのかもしれないな……」

 

 俺は大きくため息を吐いてから気持ちを切り替え、ゆっくりと窓の方へと視線をやる。

 

 すると、遠くの方から小さな悲鳴が聞こえたような気がしたのだが……聞かなかったことにしておいた。

 

 

 

 俺は何も聞かなかったし、見もしなかった。それで良い……よね?

 





次回予告

 龍驤が去ってからのこと。
診察にやってきたのは例の女性医師。相変わらずつかめない性格に翻弄される主人公。
そして恐るべき能力を発揮し、恐怖のどん底に陥れる……?


 艦娘幼稚園 第二部 第四章
 ~明石誘拐事件発生!?~ その15「威厳や初事」

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その15「威厳や初事」


 龍驤が去ってからのこと。
診察にやってきたのは例の女性医師。相変わらずつかめない性格に翻弄される主人公。
そして恐るべき能力を発揮し、恐怖のどん底に陥れる……?


 

 龍驤が窓から脱走して暫くの後、扉がノックされる音に気付いた俺は、ベッドから身を起してそちらの方を見た。

 

「はいはーい。診察の時間ですよー?」

 

「なんで疑問形で入ってくるのかが気になるんですが、それより先に返事をまだしていないんですけどね」

 

「別にこの部屋には先生しかいないから問題ないんじゃない?

 それとも、怪我人だからとか言って甘えた感じで誰かを連れ込んで、ニャンニャンしてたって訳でもないんでしょ?」

 

「べ、別にしてませんけど……」

 

「なら良いんじゃないかなー」

 

「は、はぁ……」

 

 結局押し切られるようになってしまったが、この女性医師に俺は頭が上がらない。プリンツに顔面を踏まれたときに診察をしてもらってから、どうにも苦手意識があるんだよね。

 

 しかし……、にゃんにゃんってまた古いよな……。

 

「それにさ、世の中には気にしちゃいけないことが沢山あるんだよ?」

 

「だからどうして疑問形なんですか……」

 

「乙女に秘密はつきものなんだよ?」

 

「乙女って歳なんですかね……」

 

 

 

 ヒュンッ!

 

 

 

「……っ!?」

 

「あれれー、手が滑っちゃったー」

 

 無言で固まる俺のすぐ横をすり抜けたボールペンは真っ白な壁に突き刺さり、細かい振動を繰り返していた。

 

「あ……ぅ……」

 

「変なことを言っちゃダメだよー。

 ボールペンだけじゃなくて、たまーにメスなんかも持ち歩いているんだからー」

 

「わ、わわ、分かりました……っ!」

 

 女性医師のオーラに恐れた俺は咄嗟に敬礼をする。包帯でぐるぐる巻きになった腕がズキリと痛んだが、そんなことを言っている場合ではないのだ。

 

「分かってくれれば良いですよー。

 私は乙女。ちゃーんと理解して下さいねー?」

 

 言って、女性医師はベッドの近くにある椅子に座り、カルテを挟んだバインダーを見てから「むぅぅ……」と、唸りだした。

 

「え、えっと……、ど、どうしたんですか?」

 

「書く物がありませんー」

 

「………………」

 

 じゃあ投げるなよ……と、突っ込みたくなったが、さすがに命を縮めかねないので言葉を飲み込んでおき、俺は比較的自由である片方の手で壁に突き刺さったボールペンを掴んだのだが、

 

「……固えっ!」

 

「全力投球だったからねー」

 

「全然そんな風に見えなかったよっ!?」

 

「おおよそ160kmくらいは出てたかもー」

 

「メジャー目指せますよねっ!?」

 

 遂に女性メジャーリーガーの誕生である。

 

 ただし、怒りを買うとデッドボールばかりのような気もするが。

 

 俺は何とか壁からボールペンを抜いて女性医師に渡してからため息を吐く。恐ろしいのは、そんな状態になっても先が潰れていなかったのだが、いったいどういう仕組みになっているのだろう。

 

「実はボールペンに念を込めたんだけどねー」

 

「勝手に心の中を呼んで答えないで下さいって何度も言った気がするんですがっ!?」

 

「言いましたっけー?」

 

「色んな人や艦娘に言ったから、正直どうだか分かんないですっ!」

 

「先生って正直だよねー」

 

 俺の突っ込みにニッコリと笑いながらそう言った女性医師は、ボールペンでスラスラとカルテに何かを書き込んでいた。

 

 ……今の会話で書くようなことってあったっけ?

 

「おおっ、今日の落書きは良い感じですねー」

 

「カルテに落書きをするんじゃねぇっ!」

 

「ほらほらっ、本当に上手に描けたでしょ?」

 

「人の話を全く聞いてないっ!」

 

 満面の笑みでカルテの落書きを俺に見せる女性医師なのだが、その……なんだ……。

 

 どうして落書きがジ●クくんなんですかねぇ……。

 

 も、もしかして……、俺に……死ねと……?

 

「あとはここにこうやって……」

 

 そう言いながら落書きに何かを付け加える女性医師。

 

「じゃじゃーん。完成でーすっ♪」

 

 そして再度俺に見せたカルテには、

 

 

 

『浮気者は死すべし』

 

 

 

 ……と、書かれていた。

 

 俺、今日までの命……なんですかね?

 

 

 

 

 

「まぁ、冗談だけどねー」

 

 女性医師はそう言うが、俺にはその顔が笑っているようには見えません。

 

「それよりも、さっさと診察を済ませちゃいましょうかー」

 

 自らの行動を水に流す言葉を吐いた女性医師は、今度こそカルテに文字を書き込んでいた。

 

「現在、痛みなどはあるかなー?」

 

「う、腕と背中はまだ痛みます」

 

「ふむふむ。その他に何か気になることとかあったら言って下さいー」

 

「……色々あったんで、精神的に疲れてます」

 

 牢屋に入れられたり、ケツを狙われたり、胸倉掴まれて壁パン食らったし、更にはボールペンとか飛んできたからね。

 

「何にもないってことですねー」

 

 おい。

 

 いくらなんでもそれはないと思うんだけど。

 

 でも、口答えをすると後が怖いので止めておく。

 

 命の危機は暫く避けておきたいのだ。

 

「それじゃあ次に……、不能についてはどうですかー?」

 

「……はい?」

 

「未だに治ってないんでしょう?」

 

「え、えっと、その……」

 

 いきなり言われたことで驚いてしまったが、良く考えれば鎮守府内に噂が流れているのだから女性医師が知っていてもおかしくはない。

 

 しかし、いくらなんでも唐突過ぎる気もするんだが……。

 

「その感じだと、まだ治っていないみたいですねー。

 まぁ、あんな状況になっても襲う気配すらなかったですしー」

 

「……へ?」

 

「いえいえー。こっちの話ですよー」

 

 そう言って、カルテに文字を書き込み続ける女性医師だが、今の言葉は聞き捨てならなかったよな?

 

 さっきの落書きの文字といい、見逃してはならない感がもの凄くあるんだけれど……、これって何かの予兆なのか?

 

「あ、あの……、ちょっと良いですか?」

 

「はいはいー、なんでしょうかー?」

 

「さ、さっきの赤い光……っていうか、部屋を扉の方から覗きこんでたのって……」

 

「……先生」

 

「ひっ!?」

 

 ギョロリ……と、女性医師の眼が俺に向けられた瞬間、肝っ玉が縮みあがるレベルでない寒気が俺の全身を襲った。

 

「何を言っているのか分かりませんねぇー」

 

「そ、そそそっ、そうですかっ!

 お、俺の勘違いですっ。変なことを聞いてすみませんっ!」

 

「うんうん。それでおっけーですねー」

 

 ニコニコと笑みを浮かべてカルテに視線を落とす女性医師を見て、俺はホッと胸を撫で下ろす。

 

 な、なんとか怒りは収まった……と、いうことだろうか。

 

 しかし、ちょっとでも言葉を間違った最後、俺の命は蝋燭の火のように簡単に吹き消されてしまう恐れがある。

 

 最新の注意を払うと同時に、どうして女性医師が俺を脅すのかを考えないといけないのだが……。

 

「不能についてですけど、明石から受けたツボ押しの後にそうなったんですよね?」

 

「え、あっ、はい……。そう……ですけど……」

 

「ツボを押されているときに、何か変な感じとかありましたかー?」

 

「激痛しか感じませんでした」

 

「……そうなんですか?」

 

「あと、ア●バ流北斗とか言ってました」

 

「……そうなんですかー」

 

 うわー。今、女性医師の表情が一気に曇ったよねー。

 

「治療の見込みなし……っと」

 

「か、患者の前で口に出しちゃったら具合が悪いと思うんですが……」

 

「物事をハッキリ言わないと、ストレスを溜めちゃうんですよー?」

 

「あー、だから俺って精神的疲労が……って、時と場合を選んで欲しいところなんですけどねっ!」

 

「本音を言えば、先生をからかうと面白いからですけどねー」

 

「ハッキリ言われ過ぎだーーーっ!」

 

 両手で頭を抱えながら悶絶しそうになっちゃう俺。

 

 もちろん女性医師は未だ変わらずにニコニコ顔。

 

 もう、完全に遊ばれている感じがMAXである。

 

「でもまぁ、治療をしようにもツボに関しての情報が必要ですから、明石に聞かないと分かりませんねー」

 

「や、やっぱりそうなっちゃいますか……」

 

「せめて居場所が分かれば良いんですけど、どこに埋めちゃったんですか?」

 

「俺は無実なんですがっ!」

 

 埋めた段階で喋れなくなっていると思うんだけど、そこについては考えないのだろうか。

 

 つーか、安西提督の話はちゃんと伝わってないの?

 

「大鯨が連れ去ったって話ですから、骨すら残ってないかもしれないですけどねー」

 

「悶絶レベルで怖いんですがっ!?」

 

「そういうことですから、触らぬ大鯨に何とやらってことで、スッパリと諦めた方が早いんでしょうけれどー」

 

「医者に匙を投げられたっ!」

 

「依頼を受けちゃった以上、見捨てる訳にもいきませんからねー。

 もう暫くだけ待ってて下さいねー」

 

「……え?」

 

 そう言って女性医師は立ち上がり、俺の肩をポンポンと叩いてから扉の方へと歩いて行く。

 

「そ、それってどういう……」

 

「先生はそれまでしっかりと身体を休めて下さいねー」

 

 女性医師は振り向かずに俺の言葉を遮ると、右手をパタパタと振ってから扉を開けて部屋から出て行った。

 

「………………」

 

 残された俺は唖然としたまま、情けない顔でぽかんと口を開けて固まっている。

 

 知らないところでまた一つ、何かが動いているというのだろうか。

 

 ならば、せめてそれが悪い方向へと向かないように……と、祈りながら、俺はベッドに身体を預けて目を閉じる。

 

 ぶっちゃけて安心することはできないけれど、女性医師の言うように身体を休めるのは大事なのだから。

 

 起きた途端に、絶体絶命になっていなければ良いんだけど……ね。

 




次回予告

 恐ろしき女性医師が退出した後、
主人公はとあることを思い出す。
もしそれがあったのなら、不能も治るんじゃないのだろうか。

 そんな期待をよそに、急展開が主人公を襲う……?


 艦娘幼稚園 第二部 第四章
 ~明石誘拐事件発生!?~ その16「早過ぎる帰還?」


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その16「早過ぎる帰還?」

 恐ろしき女性医師が退出した後、
主人公はとあることを思い出す。
もしそれがあったのなら、不能も治るんじゃないのだろうか。

 そんな期待をよそに、急展開が主人公を襲う……?


「あっ……」

 

 唐突にあることを思い出した俺は、自分以外には誰も居ない病室で声をあげた。

 

「よくよく考えたら、明石って新しい書籍を手に入れたから俺にツボを試したいって言ってたよな……?」

 

 俺の記憶が正しければ間違いない筈だ。

 

 そしてそれを見つけ出すことができれば、ツボについての詳細なども書かれているだろうし、治療に役立つのではないだろうか。

 

「ということは、その本を見つけ出して女性医師に渡せば……」

 

 そう思いながら身体に力を込めてみる。

 

 しかし、未だ痛みは激しく身体を起こすのが精いっぱいであり、立ち上がることすらままならない。

 

「くそ……っ。

 これじゃあ、明石の部屋に向かうのは難しいか……」

 

 ガックリと肩を落としながらベッドに身体を倒す俺。

 

 次なる手は、誰かに頼むしかないのだが……。

 

「しかし、ビスマルクと部屋に入ったときに、本ってあったっけ……?」

 

 明石の部屋を調査するために忍び込んだのだから、それらしきモノがあれば気づいていただろう。

 

 しかし、実際には机の引き出しの中以外に大したモノはなかったから、先に調査をした伊勢や日向が手に入れている可能性が高い。

 

「だとすれば、伊勢か日向に聞いてみる……ってのが一番なんだけど……」

 

 俺は呟きながら2人の顔を思い出すが、どちらも苦手なんだよなぁ。

 

 伊勢は俺を目の敵にしているのか、ことあるごとに文句を言われまくったし、何が何でも犯人扱いしたい雰囲気を感じまくっていた。

 

 日向はセクハラじみた行動に加えて俺を陥れる感じが見て取れたけど、伊勢よりは幾分かマシな気がする。

 

 それに、あわよくば胸部装甲を……。

 

「……いやいや、この思考が悪い方向へといざなうんだよ」

 

 俺は頭を左右に振って煩悩を吹き飛ばしてから、もう一度今までのことを思い出しながら時系列を含めて整理することにした。

 

 

 

 まず、大鯨は明石をなんらかの理由で拉致する為、安西提督に会って告知した。

安西提督は明石の身を案じるがゆえ、命までは取らないという約束の元に許可を出した。

 

 大鯨が佐世保にやってきて、明石の部屋に向かった。

大鯨と明石が部屋の中で争ったのか、大きく荒らされてしまったのだろう。

壁や床には大きな傷や大量の血痕らしきものが付着し、机や椅子がひしゃげていた。

 

 そして、なんらかの方法で明石を拉致した大鯨は、どこか分からぬ場所に連れ去った。

未だ行方は分からぬままだが、安西提督の約束が反故にされなければ命までは取らないのだろう。

 

 しかし、明石がいつ帰ってくるかは分からない。

それが数日後のことなのか、数年後のことなのか。

それを知るすべは、大鯨以外は不可能なのだろう。

 

 ならば、俺が取れる手段はやはり、明石が手に入れた書籍しかないだろう。

あれを見つけ出すことができれば、ツボについての情報が得られるはずなのだが……

 

 

 

「……情報……?」

 

 ふと、あることに気づいた俺は思考を止めた。

 

 明石を連れ去る前に、大鯨は安西提督に告知した。

 

 安西提督が出張していた為に、その情報が佐世保に到着するのが遅れ、俺が犯人扱いされてしまった。

 

 その差がどれ程の時間だったのかは分からない。

しかし、大鯨も艦娘である以上、安西提督の出張先から佐世保までの移動時間は必要になる。

 

 その間に安西提督が佐世保に居る誰かに電話などで情報を伝えていればこんなことにはならなかったのだが、誰かが明石を守ろうとして大鯨の怒りを買えば本末転倒になるのを恐れたのかもしれない。

 

 これについては仕方がなかったのだと考えられるが、妙な違和感を覚えるのはなぜだろうか……?

 

 安西提督は大鯨の行動を知っていた。

 

 大鯨の行動は時間差があるとはいえ、既に告知済みなのである。

 

 ならば、あれはいったい何の目的があって……

 

 

 

 ガラガラガラ……ッ、バンッ!

 

 

 

「……っ!?」

 

 急に扉が開けられる音が鳴り、俺は驚いて顔を向ける。

 

 そこには待ち望んでいた、あの艦娘の姿が――あったのだ。

 

 

 

 

 

「失礼するぞ」

 

「そ、それは良いんですけど、もうちょっと静かに扉を開けてもらえるとありがたいんですが……」

 

 俺はため息を吐きながら扉の前に腕を組んで立っている日向に声をかけた。

 

「まぁ、そう言うな。

 何ごとも雰囲気というのが大切なのだ」

 

「は、はぁ……」

 

 何を言っても上手く話を逸らされてしまうのを経験済みな俺は、これ以上何も言わずにジト目を向けておく。

 

「残念だが、私にその目は通用しないぞ?

 やるなら伊勢にでもしておいてくれ」

 

「……伊勢には効くんですか?」

 

「ああ。おそらく鉄拳が飛んでくるだろうな」

 

「……絶対にしないでおきます」

 

 肩を落とした俺を見た日向はクスリと笑ってから、ツカツカと足音をたてて部屋の中に入ってきた。

 

「まぁ、そう気を落とすな。

 キミにとって大事な者を連れてきたんだからな」

 

「大事な者……ですか?」

 

 俺は日向に首を傾げながら問い掛ける。

 

 すると日向は扉の方へ振り返って手招きをすると、喉から手が出るくらい待ち望んでいた者がひょっこりと扉の傍に現れた。

 

「お、お……、お待たせー……」

 

「あ、明石っ!?」

 

「げ、元気に……してましたかねー……?」

 

「元気も何も、明石は大丈夫なのかっ!?」

 

 驚く俺に対して明石は気まずそうな表情を浮かべながら、おずおずと部屋に入ってきた。

 

「ま、まぁ……、なんとかって感じではありますけど……」

 

 明石の返事は曖昧であるが、怪我をしているようには見えないし、本人がそう言っている以上変に問い詰める訳にもいかない。

 

 むしろ今は、明石が無事であったということを喜ぶべきなのだが……。

 

「痛っ……」

 

「あっ、だ、大丈夫っ!?」

 

「あ、あぁ……。まだちょっと身体が痛むだけで……痛つつ……」

 

 体のあちこちから悲鳴を上げるように痛みが走り、思わず苦悶の表情を浮かべてしまう俺。そんな姿を心配そうにしている明石と、少しばかり不機嫌な顔をしている日向が見つめていた。

 

 念願の再会なのだから暗い雰囲気は避けておきたいと、俺は笑顔を取り繕って2人を安心させようとする。

 

 しかしどうやらこの行動が裏目に出てしまったようで、明石の顔は更に気まずくなってしまう。

 

「む、無理をしちゃダメですよっ!」

 

「だ、大丈夫。大丈夫だから……」

 

 明石が俺の背中を支えようと近づいてくると、急に日向が「ごほんっ!」と、大きな咳払いをした。

 

「……っ!」

 

「……ん? ど、どうしたんだ……?」

 

「い、いえっ、何でもないですっ!」

 

 驚いた明石はビクリと身体を震わせてから振り返り、日向の顔を確認してからもう一度俺の顔を見る。

 

 ……な、なんだか変な感じだな。

 

 まるで、明石が日向に脅されている気がするんだけれど、今までのいきさつを考えれば仕方ないのかもしれない……が。

 

 でもそれって、何だかおかしいような……。

 

「あっ、それでですね、先生の不能を治す方法が分かったんですよっ!」

 

「……えっ、そ、それは本当なのかっ!?」

 

「こ、こっちに戻ってきてから色んな方に情報をいただきまして……。

 すぐにでも治療ができるように器具も揃っちゃってますっ!」

 

「おぉ……って、器具……?」

 

 不能になったのは明石の指によるツボ押しであり、器具なんかは使わなかったと思うんだけど……と、俺は首を傾げる。

 

「そうです。

 ツボ押しでゆっくりと治療することも可能なんですが、それだと結構時間がかかるみたいで……」

 

「そ、それってどれくらい……?」

 

「……お、おおよそ……1年くらいでしょうか?」

 

「長っ!?」

 

 その間不能のままだというのはあまりに酷なので、ツボ押しによる治療は後回しの方が良さそうだ。

 

 だが、器具というのはいささか心配なんだけど……。

 

「ち、ちなみにその器具って……何を使うのかな?」

 

「それはこれですっ!」

 

 言って、明石はごそごそと取り出した小さな薄っぺらいプラスチック製の小箱を取り出して俺に見せてきた。

 

「……な、何これ?」

 

「これは鍼灸用のディスポ鍼と、円皮鍼のセットなんですよ」

 

「……そ、それって……刺すん……だよね?」

 

「その通りですっ!」

 

 フンス……と、鼻息を荒くしながら自慢げに胸を張る明石だが、俺の心中は穏やかではない。

 

 ツボ押しで不能になったのに、更にレベルが上がってしまうだろう鍼灸を受けた場合、下半身不随にまでなってしまうのではないのだろうか?

 

 そんなことになれば幼稚園の業務を行うことすらも困難になるかもしれないので、避けておきたいのだが……。

 

「さぁ、今すぐ治療をしましょう!

 これで先生も不能からおさらばですっ!」

 

「ちょっ、ちょっと待って!

 なんでそんなに明石は焦ってるのさっ!」

 

「べ、べべべっ、別に焦ってなんか……っ!」

 

 俺の突っ込みにうろたえた明石は目をキョロキョロとあらぬ方向へと動かし、額にはビッショリと大粒の汗が吹き出している。

 

 明らかに不審過ぎる。

 

 これは何か、裏があるのではないだろうか……?

 

「何を……隠しているんだ?」

 

「な、何も隠してなんか……っ!」

 

「思いっきり目が泳いでるんだけど?」

 

「き、気のせいですっ!

 それは先生の気のせいですってばっ!」

 

「じゃあなんで視線を合わせてくれないのかな?」

 

「そ、そそ、それは……その……っ!」

 

 返事をする度にボロが出るかのように、明石の顔色は赤くなりつつ焦りの色が濃くなってくる。

 

 もうひと押しで白状するだろうと思ったところで、思わぬところから横やりが入った。

 

「明石の鍼灸治療に関しては安心して欲しい。

 怪しい書籍によるツボ押しなどではなく、正しい使い方で治そうとしているんだ」

 

 妙にドスの効いた日向の声が聞こえた瞬間、明石の焦りが一気に冷めるかのように表情が変わり、背筋がピンと立った。

 

「そ、そうなんですっ!

 これはある方から教えてもらった……」

 

「……明石」

 

「ひいっ!

 あっ、ご、ごめんなさいっ!」

 

 振り返った明石は何度も頭を下げて謝り、日向は目を閉じながら呆れた顔でため息を吐いている。

 

 どう考えても怪しさ満点な行動に、俺の心は焦りにまみれたまま。

 

 そして、なぜ明石がここまで日向に恐れているのかと気にしながら、鍼灸治療についての話をしっかりと聞くことにした。

 




次回予告

 明石が帰ってきて、早速主人公の不能を治そうとする。
しかし問題はその治療法。明石って鍼灸出来たんだろうか?
更には日向の行動も何かがおかしくて、主人公は焦るばかりなのだが……

 艦娘幼稚園 第二部 第四章
 ~明石誘拐事件発生!?~ その17「残鉄剣(誤字じゃないよ?)」


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その17「残鉄剣(誤字じゃないよ?)」


 明石が帰ってきて、早速主人公の不能を治そうとする。
しかし問題はその治療法。明石って鍼灸出来たんだろうか?
更には日向の行動も何かがおかしくて、主人公は焦るばかりなのだが……


 

「つまり先生が不能になったのは、その……下腹部への血流が一部分だけ遮断されたことによるモノなんだよね」

 

「なるほど……」

 

 人差し指を立てつつうんちくを言うように明石が説明をするが、表情はこわばったままなので恰好がついていない。

 

「そこで今から先生にやろうと思っている鍼灸治療は、血流の改善と精力増大のツボを刺激しするために行うんだけれど……」

 

 そして更には気まずそうに曇った表情へと変わる明石……って、不安になりまくりなんですが。

 

「な、なんでそんな顔をするのか……30文字以内で答えて下さい」

 

「……黙秘権を行使します」

 

「そこは答えてよっ!」

 

 俺の突っ込みに対して顔を背けまくる明石。

 

 だが、それはさせまいと日向が口を開く。

 

「明石。何度も手を煩わせるなと言っておいたはずだが?」

 

「わ、分かりました……っ!」

 

 蛇に睨まれた――と、いうよりかは、愛宕=サンに睨まれた青葉のような感じに見える状況に、俺はどう対処して良いか迷ってしまう。

 

 このまま流れに乗っちゃうと、後悔してしまいそうな気がするんだよなぁ。

 

「じ、実は……そのツボというのが、いくつか……その……」

 

 今度は頬を赤らめて話す明石。

 

 コロコロ変わる表情に、妖怪七変化か……と、思う一方で、嫌な予感は増大していく。

 

「ちょっとばかり、刺し難いというか……触り難いというか……」

 

 言って、明石は俺の下腹部へと視線を向けた。

 

 あー、うん。まぁ、そこの治療だからねぇ……。

 

 ………………。

 

 いやいやいやっ、冷静に判断している場合じゃないよっ!?

 

 いったいどこにブッ刺すのっ!? マジで嫌な予感しかしないんだけどっ!

 

「変な勘違いをしてもらっては困るのだが、鍼を刺すところは関元(かんげん)と大赫(だいかく)だ。

 へそから少し下にあるツボで、特に問題がある訳でもあるまい?」

 

「い、いや、だけど……ほら、先生の……その、ヘアー……が……」

 

「そんなに恥ずかしいなら、剃れば問題ないだろう?」

 

「ちょっ、それはそれで恥ずかしいんですけどっ!」

 

 日向の無茶振りに声をあげる俺。

 

 誰が好き好んで剃毛プレ……じゃなくて、そんなことをしなければならないのか。

 

 そりゃあまぁ、手術前なんかにはやるべきことなんだけどさ……。

 

「治療の為と思えば問題はあるまい?」

 

「で、ですけど……」

 

「なんなら私が剃ってやろうか?」

 

「お、お断りしますっ!」

 

 完全にプレイじゃねぇか。

 

 あと、2人してこっそりと頬を染めるんじゃねぇっ!

 

「まぁ、そういうことだから、別に恥ずかしがることではない。

 安心してブッ刺されるが良い」

 

「言い方はどうにもならないんですかね……?」

 

「キミをからかうのが楽しいから、それは無理な相談だな」

 

「ですよね……」

 

 ニッコリと笑う日向を見ながら、心の中で涙を流しつつ肩を落とす俺。

 

 日向には何を言っても無駄だと悟ってしまった方が良い。

 

「そ、それじゃあ……、治療に入っても良いですかね……?」

 

「その前に一つだけ」

 

「な、なんでしょう?」

 

 俺は右手の平を明石に向けてストップをかけてから、一番大切なことを問う。

 

「この治療によって、更に悪化する……なんてことは、ないですよね?」

 

「そ、それは大丈夫です。

 だって、この治療法は正しい鍼灸のやり方だし……」

 

 おい。

 

 それってつまり、この前のは正しくないってことだよな?

 

 まぁ、ア●バ流北斗なんちゃらと言っていた時点でおかしいんだけど。

 

「それに、これを教えてくれたのは大……」

 

「明石」

 

「ひゃいっ!?」

 

「無駄口を叩くと……分かっているだろう?」

 

「ご、ごごごっ、ごめんなさいっ!」

 

 背筋が凍りつくような視線を浮かべた日向の声に、明石は慌てて振り返って何度も頭を下げまくる。

 

 ……やっぱり変だ。明らかにおかしい。

 

 だが、明石と同じように日向の視線にやられてしまった俺は違和感について問い詰めることもできず、流れに身を任せることになったのであった。

 

 

 

 

 

「もう、お婿に行けない……」

 

 両手で顔を覆いながらしくしくと泣く野郎の姿。

 

 そう。今の俺の状況である。

 

「は、鍼を刺すのに邪魔になっちゃいますから……ね。あは、あははは……」

 

 乾いた笑い声をあげる明石の頬は赤く染まっており、日向は不敵な笑みを浮かべている。

 

 何だかんだで毛を剃り落とさなければならなくなったのだが、俺の身体は未だ動かし難く、自分で処理をすることができなかったのだ。

 

 そうなれば、明石か日向のどちらかに任せるしかない。

 

 できれば舞鶴の愛宕に……、なんてことも考えたが、さすがにこれだけの為に呼びよせる訳にもいかないし、恥ずかし過ぎるのにも程がある。

 

 それに、ひょんなことからヲ級あたりの耳に入ったら、余計厄介なことになりそうだ。

 

 舞鶴近くの島に住んでいるル級なら、飛んででもやってきそうな感じはするけどね。

 

 ………………。

 

 噂をすれば何とやら……は、絶対にいらないからね?

 

 そんなこんなで明石が処理をしようとしてくれたのだが、2人揃って恥ずかしまくりで固まってしまい、その状況に見兼ねた日向が……

 

「ふむ。まどろっこしいな……」

 

「し、仕方ないでしょう……っ。こんなの慣れたりする方が……って、何やってんですかっ!?」

 

「何って……、居合だが?」

 

 日向はどこから持ち出してきたのか、日本刀を構えて腰を下ろし……

 

「明石。そこをどけ」

 

「は、はいっ!」

 

「ちょっ、嫌な予感しかしないんですけどっ!?」

 

「気にするな。今動くと、別のモノも斬れるぞ?」

 

「なら、そんな危ない物は下げ……」

 

 

 

 ヒュンッ!

 

 

 

「「………………っ!?」」

 

 風を切り裂く鋭い音が聞こえた瞬間、日向の刀は宙を舞っていた。

 

 そしてそのままカチン……と、刀を鞘に納める。

 

 ガタガタと震えながら下腹部を見る俺。

 

 そこには、サッパリと綺麗になった……肌が……見える。

 

「また……、つまらぬモノを斬ってしまった……」

 

 本当にそうだよねっ!

 

 刀で剃毛とか、何の罰ゲームだよっ!

 

 つーか、マジで生きた心地がしねぇっ!

 

「これで治療に専念できるな。

 では、任せたぞ明石」

 

「は、はい……」

 

 日向を見ながら青ざめた顔でコクコクと頭を縦に振った明石は、震える手で鍼の入った小箱を持ちながら暫く固まっていたのだった。

 

 

 

 

 

 ……とまぁ、そんなこんなで明石による鍼灸治療が開始された。

 

「それじゃあ先生、うつ伏せになってもらえます?」

 

「……えっと、背中を向けるの?」

 

「ええ、そうです。

 まずは背中の方から鍼とお灸をしていくんですよ」

 

「わ、分かりました……」

 

 初の鍼灸治療なので若干緊張気味なのだが、理由はそれだけではない。

 

 不能になったときも同じ体勢だっただけに、どうにも嫌な予感がしてならないのだ。

 

 しかし、俺の身体はベッドから自由に動かすことは難しく、すでにまな板の上の鯉状態。素直に従うしかないのだ。

 

 ちなみに、それじゃあなんで先に剃ったのかと突っ込みたくなるが、順を追っていくのだろうと勝手に納得しておくことにする。

 

「そ、それでは、よろしくお願いします……」

 

「はい。任されました」

 

 少しは調子が戻ってきたのか、明石の声色がマシに聞こえる。

 

 今から鍼を刺すのだから、正常な精神状態でやってもらえる方がありがたい。

 

「ではまず、命門(めいもん)から……」

 

 明石の声が聞こえると同時に、へその裏側辺りに小さな痛みが走った。

 

「む……」

 

「痛いです?」

 

「い、いや。そこまでは……」

 

 なんだか腰に重たさを感じて思わず腰を動かしたくなるが、鍼が刺さっている状態でそれは止めておいた方が良い。

 

「それじゃあもう少し深めにいきますね」

 

「りょ、了解……」

 

 返事をすると、腰にトントンと小さな衝撃と共にチクチクとした痛みと重みが身体中に伝わっていくが、我慢できない程ではない。

 

「続けて腎兪(じんゆ)です。

 腰の障害から生理痛に不妊症。疲労やだるさにも効きますね」

 

「痛……って、前半全く意味なくない?」

 

「生殖器系疾患にも効くから大丈夫ですよー」

 

「そ、そうなんだ……」

 

 俺の突っ込みを見事に返す明石の声がルンルンとしている。

 

 この感じ……、やはりSだな。

 

「それにしても、腰の張りが気になりますねぇ……」

 

「えっ? そ、そうかな……」

 

「多分これは坐骨神経からきてるんじゃないのかなぁ……。

 ちょっとばかり押してみますねー」

 

「ちょっ、嫌な予感しかしないから止め……」

 

 

 

 ごりゅっ

 

 

 

「ひぎぃっ!?」

 

 お尻の辺りに激痛が走った途端、俺の身体が無意識のうちに跳ね上がろうとする。

 

 しかし、いつのまにか傍に立っていた日向が俺の身体を押さえつけ、ベッドに貼りつけられたように身動き一つできないでいた。

 

「鍼が刺さっている間は危ないから、私がしっかりと支えておこう」

 

「おおっ、これは助かりますー」

 

「ちょっ、ちょっと待って2人ともっ!

 どう考えても不能とは別の治療になって……」

 

「まぁ、治療だからな」

 

「そうそう。治療ですからー」

 

「どうして2人とも嬉々した声なんですかーーーっ!?」

 

「気のせいだ」

 

「気のせいだねー」

 

「絶対違うでしょーーーっ!?」

 

 明石に加えて日向もドが付くSだったせいで、治療と称した拷問が暫く続いてしまったことは完全に俺の失態である。

 

 嫌な予感がする前に逃げておけばよかったのだが、ベッドから身動きするのも難しい俺にとってそれは無理な話であり、結局変えようのない出来事だったのだ。

 

 こうして鍼灸以外に指圧による痛みで大声をあげ続け、10分程経った後には精根尽き果てた俺の姿があった。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 ベッドにうつ伏せになって息を荒くする俺を見た明石と日向が、何やらボソボソと呟いている。

 

「そそりますね……」

 

「うむ。これはヤバいな……」

 

「身の危険を感じまくる台詞は禁止っ!」

 

 なんとか顔をあげて突っ込みを入れると、2人は満面の笑みを浮かべて「それほどでもー」と、照れていた。

 

 ちくしょう……。似た者同士め……っ!

 

「というか、不能に関する治療はまだやってませんよねっ!?」

 

「……あ、そう言えば忘れてましたねー」

 

「ついつい遊んでしまっていたな」

 

「遊びでここまでやられると洒落になんないよっ!」

 

「まぁそう言うな。おかげで腰の方はマシになっただろう?」

 

「い、いや、痛いだけ……って、あれ?」

 

 日向の言葉に否定しようと思ったのだが、気づけば腰の痛みは随分楽になって身体が動かし易かった。

 

「ほ、本当だ……。確かに痛みが和らいでいる……」

 

「そうでしょー。

 ちゃんとやれば、私のツボ押しはかなり有効なんですよー」

 

 それじゃあ最初からちゃんとやってくれよ……と、突っ込みたくなるが、今更言っても始まらない。

 

 ならば早いところ不能を治してもらおうと明石に催促をして、治療を再開してもらうことにする。

 

「そ、それじゃあ、仰向けになって欲しいんですけど……」

 

 腰の辺りに刺さっていた鍼を抜いた明石は、恥ずかしそうに言った。

 

「あー、う、うん……。

 宜しくお願いします……」

 

「ふ、ふつつか者ですが……」

 

 そう言いながら俺の下着を少しだけ下にずらし、頬を染める明石。

 

 ……って、なんでその台詞を吐いたんだ?

 

「はっはっはっ。

 なんだその結婚初日の夜みたいな会話は」

 

 明るい声で笑っていた日向は、いきなり腰だめになって刀に手をかける。

 

「……いやいやいや、何をしようとしてるんですかっ!?」

 

「なんだかムカつくので、2人まとめてぶった斬ろうかと思ってだな」

 

「洒落になってねぇっ!」

 

 叫ぶ俺に対し、ガタガタと震えながらその場で座り込む明石。

 

「まぁ、冗談だがな」

 

 そんな俺たちを見て、日向はお茶目に下をペロンと出して笑っていた。

 

 

 

 いや、マジで洒落になってないからね……。

 




次回予告

 なんかもう踏んだり蹴ったりです。

 だけどこれはいつものこと。
さっさと治療を終えて、不能が解消するのかしないのか。それとも新たな問題が?

 しかしそこはやっぱり主人公。
謎には立ち向かわないとダメだよね……?

 艦娘幼稚園 第二部 第四章
 ~明石誘拐事件発生!?~ その18「謎はすべて解け……」(完)


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その18「謎はすべて解け……」(完)

 なんかもう踏んだり蹴ったりです。

 だけどこれはいつものこと。
さっさと治療を終えて、不能が解消するのかしないのか。それとも新たな問題が?

 しかしそこはやっぱり主人公。
謎には立ち向かわないとダメだよね……?


 日向の冗談からなんとか落ち着いた明石は、額に浮かんだ汗を拭いながら不能の治療を再開した。

 

「そ、それじゃあ今から鍼を刺すんですが……、絶対に動かないで下さいね?」

 

「りょ、了解です……」

 

 刺される場所が場所だけに動く気は毛頭ない。しかし、近くで立ってこちらを見ている日向がまたいらないことをしないとも限らない以上、気を許すことができない。

 

「で、では……、まず関元からですね……」

 

 言って、明石はへそから少し下の辺りを指で押しながらツボを探しているんだけれど、耳まで真っ赤になっているのは少々いただけない。

 

 理由は分からなくもないが、治療なんだから割りきって欲しい……と、思いつつも、こんな表情をされると俺としてもなんだかやり難いのだ。

 

 でもまぁ、今の俺は不能状態。

 

 変な反応は起きないもんねー。

 

 ………………。

 

 考えたらへこむだけなので、止めておこう……。

 

「それじゃあ……逝きます……」

 

「何だかニュアンスが違う気がするんですがっ」

 

「き、気のせいです……よ?」

 

 鍼に集中しながら返す明石だが、やっぱり語尾が怪し過ぎる。

 

 とはいえ、これ以上突っ込みを入れて失敗されるのも具合が悪いので、黙っていることにしよう。

 

「い、痛みます……?」

 

「いえ。特に感触はないですけど……」

 

「分かりました……。それじゃあ、合わせて大赫(だいかく)の方もしちゃいますね」

 

「だ、大赫……?」

 

「うむ。大赫とは関元の両側にあるツボだな。主に男性ホルモンの分泌を促す効果があり、新婚さんにお勧めだ」

 

「そ、そうですか……って、詳しいですね」

 

「まぁ、乙女のたしなみだな」

 

 鍼灸やツボがたしなみなのか……。

 

 それはそれでどうかと思うが、役に立つのなら問題はないだろう。

 

 ……動機が不純だったりする気がしなくもないけど、分からなくもない。

 

 ………………。

 

 よし。頭の隅に覚えておこう。

 

「食事にスッポンが出るとなおよしだな」

 

「マムシなんかも良いですねー」

 

「……濁らす気が全くないよね」

 

「それ程でもないな」

 

「それ程でもないですねー」

 

 日向と明石の言葉に突っ込むものの、2人はにへらー……と、笑みを浮かべるだけで全く懲りていないようだった。

 

 うむむ……。俺の突っ込みも効果がないとは……恐るべし。

 

 とりあえず黙って治療を受けることにした俺は、じっとしながら成り行きを見守っていた。

 

 

 

 

 

「これで治療は終わりです。

 後は数日、様子を見て下さいね」

 

「あ、あぁ。ありがとね」

 

 俺は頭を下げて礼を言うと、明石は微笑を浮かべながらへそ下辺りにある燃え尽きたお灸を指で摘んでゴミ箱に入れた。

 

「お灸の後は少し赤くなってますけど、これは仕方ないですから我慢して下さいね」

 

「そこまで痛いとかはないし、大丈夫でしょ」

 

「そうですねー。

 低温やけどと同じなので、暫くすれば綺麗に戻る……はずですから」

 

 微妙に視線を逸らしたのが気になるが、不能が治るのならそのくらいの代償は仕方がない。

 

 ただ気になるのは、火を使うお灸であったにもかかわらず熱さを感じなかったことなんだけど、やはり不能が影響して感覚を鈍らせているのだろうか……?

 

「ふむ……、困ったな」

 

 そんなことを考えていると、日向がいぶかしげな顔をしながら呟いていた。

 

「ど、どうかしたんですか……?」

 

 明石は振り返りながら日向に問う。

 

「いや、ボケをするところが見つからなくてな」

 

「全く必要ないけどねっ!」

 

「……む。相変わらずキミの突っ込みは早いな」

 

「褒められても嬉しくないんですけど……」

 

「まぁ、アレの方が早いのは相手に不満を持たせるから止めた方が良いんだが」

 

「結局ボケてるじゃんっ! 必要ないって言ったのにっ!」

 

「はっはっはっ。

 キミを見ているとどうしてもボケたくなるのはもはや才能だな」

 

 朗らかに笑う日向だが、本気で嬉しくないです。はい。

 

「しかし、そこまで元気があれば大丈夫だろう。

 明石の言うように、数日はここで療養しているが良い」

 

「は、はい。そうさせて貰います」

 

 明石のツボ押しによって大分と楽になったけれど、未だに身体を動かすのは少し辛いので願ったり叶ったりである。

 

 幼稚園の業務が気になるところだが、ここはビスマルクに任せるしか仕方がない。元々俺が居なかったときはそうしていたのだから、なんとかなってくれるだろう。

 

 ビスマルク包囲網については、治ってからってことで。

 

 帰ったら一からやり直し……なんてことになってないと良いんだけど。

 

「それでは私たちはそろそろお暇するとしよう。

 明石も少し休ませないといけないし、後始末も残っているからな」

 

「ええ。ありがとうございます」

 

 俺は日向に礼を言ってから、明石の方を向く。

 

「明石もお疲れのところありがとう。

 色々と大変だったけど、これでなんとか元に戻れるよ」

 

「い、いえいえ。

 元はと言えば私が悪いんですから……」

 

 そう言って頭を左右に振る明石だが、表情は固く曇っていた。

 

 良く見れば膝の辺りが小刻みに震えているみたいだけど……、本当に大丈夫なんだろうか。

 

「では、気分が向いたら様子を見に来ることにしよう。

 間違っても治ったからといって、ハッスルし過ぎないようにな?」

 

「する予定も気力もありませんよ」

 

「それは残念だ。

 さすがはDTだな」

 

「く……っ!」

 

「あっはっはー」と、笑いながら手を振って部屋から出て行く日向の背中にジト目を向けながらため息を吐く。明石も苦笑いを浮かべながら俺に頭を下げ、後を追いかけて行った。

 

 そもそもまだ治ってないからそんなことはできないだろう……と、思いつつ、俺は自分の下腹部を見る。

 

 本当に治ったのか、それともダメだったのか。

 

 背筋に嫌な寒気を感じながら俺は布団を被り、楽しいことを考えながら目を閉じたのであった。

 

 

 

 

 

 結論から言うと、2日後の朝に俺の不能は治っていた。

 

 それはもう見事なまでに元通りで、あまりの嬉しさに絶叫をあげてしまったほどだ。

 

 それが災いしたのかは知らないが、数日後には鎮守府内に不能が完治したことが知れ渡ってしまったらしい。

 

 何やら小っ恥ずかしい気もするが、正直嬉しさの方が勝っているので問題ない。

 

 ただ、知らせてはいけない相手もこの鎮守府には居るんだよね……。

 

 

 

 

 

「治ったのなら、早速調教タイムよねっ!」

 

「ぶふーーーっ!?」

 

 扉が開かれた途端に聞こえてきたビスマルクの大声に、ベッドに座って備え付けのテレビを見ながらお茶を啜っていた俺は見事に吹き出してしまった。

 

「いきなり何を言い出すんだビスマルクはっ!」

 

「あら、嫌なの?」

 

「あたかも俺が望んでいたように言うんじゃねぇっ!」

 

 全力で否定する俺を見て、ビスマルクはお腹を抱えて笑っている。

 

 あぁ……、結局元に戻っただけなのか。

 

 でも、そんな日常が俺には合っているのかもしれない。

 

 それはとても大変だけど、やりがいがあって楽しくもある。

 

 ときには苦しいこともあるけれど、それ以上に得る者が大きいのだ。

 

「大丈夫大丈夫。

 慣れてしまえば問題ないわっ!」

 

「全力で慣れたくねぇんだよっ!」

 

 ……まぁ、これについては正直に言って持て余しているんだが。

 

 どうにかして対処しないとなぁ。

 

 俺はビスマルクを見ながら苦笑を浮かべる。

 

 そして、最後にやらなければならないことを考えながら、大きなため息を吐いた。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「元気そうだな」

 

 扉がガラガラと開けられ、見知った艦娘が部屋に入ってきた。

 

「ええ。おかげ様でなんとかって感じですね」

 

「ふむ。それは良いことだ」

 

 言って、日向はベッドの近くにある椅子に腰かけて腕を組んだ。

 

「……それで、私に用とはいったい何なのだ?」

 

 小さく首を傾げながら俺に問う日向。

 

 そう――。日向は自主的に見舞いに来てくれたのではなく、ビスマルクに伝言を頼んだからなのだ。

 

 その際にビスマルクが「浮気っ! 浮気なのっ!?」と、何度も叫んでいたが、その辺りは後々フォローしておこう。

 

「いくつか確かめたいことがあったんで、お呼びしたんですけど……」

 

 俺はそう言いながら、湯呑に入ったお茶を啜る。

 

 既に熱を失ったお茶は苦味を増しているが、頭を冴え渡らせるのにはちょうど良い。

 

 無言のままの日向の顔を見る。

 

「確かめたいこと……?」

 

「ええ、そうです」

 

 小さく頷いた俺はゆっくりと口を開く。

 

 今回の事件についての真相を、問い詰める為に――。

 

 

 

 

 

「今回の明石誘拐事件に関して、気になることがあり過ぎるんですよ」

 

「ふむ……」

 

 日向は顔色一つ変えないまま、俺から少しだけ視線を逸らして考える仕草をした。

 

「つまりキミは安西提督が通達した内容について、異論があると言うのか?」

 

「異論……と、言えば語弊があるかもしれませんが、謎をそのまま残して終わらせてしまうと気持ちが悪いと思いまして」

 

「つまりキミは完璧主義者なんだな」

 

「いえ、そういうのは全くないんですけどね」

 

 小さく顔を左右に振って、俺は手の平を日向に見えるように向ける。

 

「とりあえず気になったことを言いますので、まずは聞いて下さい」

 

 日向の返事を待たず、俺は指を折りながら質問を開始した。

 

「誘拐当初の明石の部屋……。

 伊勢は俺が犯人だと決めつけてましたけど、日向はどう思っていたんですか?」

 

「現場に立っていたのはキミしか居なかった。

 まずは参考人として話を聞くのが先決だと思い、連行することにした」

 

「その結果が棒に括りつけての連行ですか……」

 

「まぁ、あれは少しからかい過ぎたがな」

 

 日向はそれから「すまなかったと思っている」と続けつつ、苦笑を浮かべている。

 

「過ぎたことは仕方ないですが、謝って貰いましたからよしとしましょう。

 しかし、その時点で少しおかしいことがあるんです」

 

「それは……なんだろう?」

 

「明石の部屋の状況ですよ。

 刃物で切り付けられたような跡に、血糊のようなもので真っ赤に染まった壁や床。

 ひしゃげた机や椅子もありましたけど、どう考えても『ただ』の人間である俺にあんなことはできません」

 

「刃物で壁に傷をつけることは可能だろうし、血のりも争えば出るモノだろう?」

 

「誘拐が目的だとして、そんなことが必要なんですか?」

 

「……あの時点では誘拐だと判明していなかったはずだが」

 

「確かにそうですけど、明石の姿が部屋になかった以上、その可能性も考えるはずでしたよね?」

 

「ふむ……。

 そうとも言えるし、そうとも言えないかもしれないな」

 

 そう呟いた日向は少し俯きながら考え込むような仕草をした。

 

 やはり、これだけでは弱い……か。

 

 ここまでは正直に言って水かけ論に近く、上手く誘導尋問ができればと思っていたが仕方がない。

 

「どちらにしても、あの机と椅子は無理ですよね?」

 

「………………」

 

 その問いに、日向は黙ったまま俺の顔を見る。

 

 俺を心の中を見透かすかのようにジッと向けられる瞳を見ながら、続けて口を開いた。

 

「それ以外にもまだあるんです。

 あんな状態になった机の中に、どうして大鯨のメモが入っていたんでしょうか?」

 

「それは……、キミが見つけた四角い紙のことか?」

 

「『明石の身柄、暫く借り受けます。独立型艦娘機構 大鯨』と書かれていた、あの紙ですよ」

 

 俺は両手の人差し指と親指を使って四角の形を作り日向に見せる。

 

「なぜ、それがおかしいのだろう?

 大鯨は安西提督に前もって告知し、そして佐世保に居る私たちに分かるようにその紙を残した。

 これで何も問題は残らないはずだが……」

 

 そう言った日向の言葉に、俺は内心笑みを浮かべた。

 

 やはり――、間違いないと。

 

「そうですね。

 普通に考えれば問題はないと思うかもしれません。

 ですけど、明らかに順序が逆なんですよ」

 

「順序……だと?」

 

「だってそうでしょう?

 明石を誘拐する為に部屋が荒れたのなら、ひしゃげた机の中に紙を入れる方法がないんですから」

 

「……っ!?」

 

 俺の言葉を聞いた瞬間、今まで殆ど変化を見せなかった日向の顔が焦りにまみれた。

 

「それに、安西提督に前もって大鯨が明石の誘拐を告知していたのなら、そもそも紙は必要ないんです。

 出張に出ていたとはいえ、電話等で佐世保に連絡すればこと足りるんですからね」

 

「し、しかしそれは、大鯨が何かを行う際に必ず残すメッセージカードであって……」

 

「そんな話は聞いたことがないんですが、仮にそうだとしても順序は合いません。

 それに、もし日向が言ったことが本当なら、わざわざ机の中に残さなくとも壁に貼りつけた方が分かり易いですよね?」

 

 『明石の身柄、預かりました』と、壁に突き刺さるカードがあったのなら、俺は何の違和感も持たなかった。

 

 しかしそうだったのなら、一つの問題が出てくる。

 

 あの時点でカードを見つければ、犯人はすぐに誰だと分かる。

 

 それなのに順序を変えてまでそうしなかった理由は……

 

「今回の事件は、明らかに俺を嵌めようとしてますよね?」

 

「………………」

 

 日向は何も言わず、目を合わせようともしない。

 

 つまりそれは肯定であると共に、言えない何かを隠していることになる。

 

「そもそも、荒らされた明石の部屋に俺が入ってからすぐに伊勢と日向がやってきたこともおかしいんです。

 あのタイミングを偶然と済ませるのは納得ができないんですよ」

 

「だが、偶然というモノは起きるからこそ……」

 

「ええ。だから偶然と言われるんでしょう。

 しかし、部屋に入ってからの対応速度も明らかに速過ぎましたよね?」

 

「………………」

 

「あのような状況を発見した場合、俺の身を確保したのは妥当かもしれません。

 ですが、確保した後に現場を調査せず即座に連行したのは、どう考えてもおかしい。

 本来なら俺を含めた上で部屋の状況を調べ、その場で問い詰めるべきのはず……」

 

「つまり……、キミは何が言いたいんだ?」

 

「それはさっきも言いましたよね。

 明らかに俺を嵌めようとしている……と」

 

「それをしたとして、私たちに何のメリットがあると言うのだろう?」

 

「伊勢と日向にメリットはないんだと思います」

 

 ハッキリと答えた俺を見た日向は、一瞬だけ目を大きく見開いた。

 

「な、ならば、私や伊勢がキミの言うような行動を起こす理由は……」

 

「ありますね」

 

「……っ!?」

 

 何とか言い逃れをしようとする日向の言葉を遮り、俺は大きく顔を左右に振る。

 

 そして、俺は日向の顔をしっかりと正面から見つめ直し、口を開く。

 

「だって……、あなたは日向じゃないんですから」

 

 その言葉が部屋に響いた途端、空気がガラリと変わった気がした。

 

 

 

 

 

「……何を言っているんだキミは」

 

 一瞬の間を置いてから、日向がジト目を向けながら言う。

 

 しかし、俺の推理は頭の中で完璧に構成されているので、そんな視線に負ける気はない。

 

「単刀直入に言います。

 あなたは日向に変装した……大鯨ですよね?」

 

「………………は?」

 

 ぽかん……と、口を大きく開けた大鯨? は、呆気に取られた表情を浮かべている。

 

「舞鶴での言葉は、こういう意味だったんですね」

 

「……い、いや、キミの言っている意味が良く分からないのだが?」

 

「誤魔化さなくても良いですよ。

 俺にはもう、全てが分かっているんですから」

 

「………………」

 

 勝ち誇った顔を浮かべて大鯨? を見る俺。

 

 しかし、どうにも反応が悪い気がするのだが、往生際が悪いよなぁ。

 

「……つまり、今の私は日向の仮面を被って変装している……と、キミは言いたいのだな?」

 

「そういうことです。

 まぁ、仮面までは被ってなくても、カツラなどで……え?」

 

 すると大鯨? は急に頭のてっぺんを俺に向けてきた。

 

「ならば、このカツラとやらを取ってもらおうか」

 

「い、いや、えっと……」

 

 いやいやいや、ここは自らが取ることでやられた感を出さなきゃいけない場面ですよね?

 

「さあさあ、キミの言う推理が正しいとならば、存分に取ってみるが良いっ!」

 

「なんでそんなに気合入ってんのっ!?」

 

 大鯨? の声色がルンルンとしていてなんだか気持が悪いんだけど、もしかして簡単にはカツラが取れないように接着しているのだろうか?

 

「それともこれが取れないようにしていると思うのなら……、キミが納得するまで私の身体の隅々を調べてくれても構わないぞ?」

 

 頭を元に戻した大鯨? は、不敵な笑みを浮かべながら俺にそう言って、フフン……と、鼻息を荒くしている。

 

 ……え、何これ?

 

 もしかして、俺の推理が大外れなの?

 

 ついでに、身体の隅々まで調べて良いってことは、ボディタッチもオッケーってことだよね?

 

 ひょんなことで胸部装甲に触れちゃっても問題はない……で、ファイナルアンサー?

 

「ただし、調べた上で問題がなかった場合は、それ相当の仕打ちを受けてもらうがな」

 

「後が怖いので止めておきます」

 

「……なんだ、つまらんな」

 

 露骨に残念そうな顔を浮かべた大鯨? は、大きくため息を吐いてそう言った。

 

 そんなこと言われたら、触るのはマジで怖いじゃないですか。

 

 危ない橋は渡りたくないんですよ……って、大鯨を問い詰めた段階でヤバ過ぎるとは思うんだけどね。

 

 でも、本当に目の前に居るのが本物の日向だったのなら、俺の推理は大外れってことになるんだけれど……

 

「しかし、キミの推理はぶっ飛びまくっていて面白かったぞ?」

 

「い、いやいや、ここでそんな簡単に終わらせられてもですね……」

 

「ふむ。ということは、まだ他にも突きつけるネタがあるのだろうか?」

 

「そ、それは……」

 

 俺の頭の中にないこともないのだが、どれもが決め手に欠けるモノばかりであり、場合によっては墓穴を掘りかねない。

 

 先手必勝とばかりに第一の矢から切り札を出したのに、これが裏目に出てしまうとは……

 

「その感じだとないみたいだな。

 ならば、この話はこれで以上ということだ」

 

「ぐっ……」

 

 今度は俺が歯ぎしりをして苦悶の表情を浮かべてしまう。

 

 勝ち誇った顔をする大鯨? を前に、俺はもう何も言えないのだろうか……?

 

「だが、全てが間違いであったとは言えない……な」

 

「……え?」

 

「面白い推理を聞かせてくれたお返しに、いくつかの真相を教えてやろう」

 

 椅子から立ち上がった大鯨? はニヤリと笑い、腕を組みながら俺に言う。

 

「まず私は本物の日向だ。

 変装している訳でもなく、最初から最後までキミと出会ったままの姿だよ」

 

「……つ、つまり、俺の完全な勘違い……ですか?」

 

「あぁ、そうなるな。

 そして、伊勢もまた変装などはしておらず、本物だ」

 

「そ、それじゃあ最初から俺は……」

 

「いや、変装という点以外はあながち間違ってはいない」

 

「そ、それじゃあ……っ!」

 

 叫ぶように声をあげた俺に背を向けた大鯨……ではなく日向は、右手を振りながらこう言った。

 

 

 

「私も伊勢も、利用されただけなのさ……」

 

 

 

「……っ!?」

 

 ガラガラと扉が開かれ、日向は俺の方を見ないまま部屋を出て行った。

 

 残された俺は日向の言葉の意味を考えながら、ベッドの上で息を吐く。

 

 結局、何が本当で何が嘘なのか。

 

 どこまでの推理が当たっていて、外れていたのか。

 

 それは――、今の俺には分からない。

 

 心のモヤモヤは全く晴れぬまま、俺はもう一度大きくため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 艦娘幼稚園 第二部 ~明石誘拐事件発生!?~ 終わり

 




 今章はこれにて終わり……と言いつつも、謎は全然解けてないっ!
でもでも大丈夫。ジッチャンが出てこない代わりに、謎の殆どを本人が語っちゃう!?

 ということで、二部の序盤はこれにて終了。次章からはスピンオフが続きます。
つまり、この流れから察すれば……。

 誰が主人公か分かる……じゃなくて、こっちにまで浸食してきちゃったよっ!


次回予告

 遂にメインを張っちゃいますっ!
呼ばれて飛び出てぱんぱかぱーん!
誰がメインか分かるよねっ!?

 恐怖の艦娘、見参しますっ!


 艦娘幼稚園 第二部 スピンオフシリーズ
 ~ヤン鯨編~ その1「初っ端から黒幕発覚」


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スピンオフ ~ヤン鯨編~(明石誘拐事件解明編)
その1「初っ端から黒幕発覚」


 今回からスピンオフが発動っ!

 遂にメインを張っちゃいますっ!
呼ばれて飛び出てぱんぱかぱーん!
誰がメインか分かるよねっ!?

 恐怖の艦娘、見参しますっ!



 あっ、余談ですけど次のイベント参加が決まりました。
ある程度まとまり次第追って連絡しますので宜しくお願い致します。


 はいはーい。今回はこっちにメインでお邪魔しちゃった大鯨ですよー。

 

 えっ? 以前に登場しただけじゃ飽き足らず、今度はメインを張っちゃうなんて厚かましい……ですか?

 

 うーん。そんなことを言う人はサックリ刺したいところなんですが、こちらにも事情ってモノがあるんですよねー。

 

 それに、例の件について詳しく聞きたい人も居られるかもしれませんし……。

 

 まぁ私はどちらでも良いので、ダメな方はスルーして下さればー。

 

 あっ、ちなみにですけど、今回はそこまで酷いことにはならない……と思いますよー?

 

 あくまで予定ではあるんですけどねー。

 

 

 

 ――ということで、私は再び舞鶴鎮守府にやってきちゃいましたー。

 

 ここの秘書艦である高雄からこの間の件で目をつけられちゃったのでもうお呼ばれはないと思っていたんですが、結構早めに声がかかりましたよねー。

 

 でもまぁ、私に仕事を持ってきたのは違う方らしいですし、関係がないからかもしれません。それでも秘書艦の影響はあると思うんですけどねー。

 

 もしかするとやむ負えない事情なんてモノがあったりするのかもしれませんけど、私を呼び出してまでの事情となると興味がわいてきます。

 

 私気になります……って感じでぶらぶらーっと立ち寄って、現在通された部屋で待機中なんですよー。

 

 ふかふかのソファーに座りながらテーブルに置かれたお茶を啜っていますけど、まさか睡眠薬とかが入っている訳じゃないでしょうし……。

 

 もしそうだったら全力で仕返ししますけど、以前にも捕まったことがあるだけに要警戒というところでしょうか。

 

 まぁ、生半可な罠だったら軽々と脱出しちゃいますけどねー。

 

 

 

 コンコン……

 

 

 

 ノックされる音が鳴ってから少しだけ間が空き、ゆっくりと扉が開きました。

 

 そして部屋に入ってきた方は……

 

「お待たせしてすみません~。ちょっと幼稚園が立て込んでいまして~」

 

 ゆるふわな口調で喋りながら長い金色の髪をふわりと舞わせ、私の前にあるソファーに座ってニッコリと笑う。

 

 私よりも大きな胸部装甲をたゆたゆと揺らし、青い制服に身を包んだ彼女は高雄秘書艦と同型の艦娘――

 

 

 

 愛宕だったんですよねー。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

「それじゃあ早速ですけど、お話を始めさせてもらっても宜しいでしょうか~?」

 

「ええ、もちろんですよー。

 その為に舞鶴にやってきたんですから、変な気遣い等は無用ですー」

 

 私はそう言ってからお茶を一飲み。さっきも口をつけましたけど、結構良いのを使っている感じです。毒や変な薬も入っていなさそうなので、気にせずグビグビ飲んじゃいますよー。

 

 すると愛宕は私を見ながらニッコリと笑って、仕事の話を喋り始めました。

 

「今回大鯨さんにお願いしたいのは、佐世保に居る明石という艦娘を少しばかり懲らしめて欲しいんですよ~」

 

「懲らしめる……ですか?」

 

「はい、そうです。

 大鯨さんが『いつも』行っている仕事とは少し違っちゃいますけど、大丈夫でしょうか~?」

 

「ふむ……。

 まぁ、内容にもよりますけどねー」

 

 私は言葉を濁らせつつ考え込む仕草をして様子を伺いましたが、愛宕は全く顔色を変えずに話を続けました。

 

「明石は佐世保の提督筋に信頼されているらしく、ある程度の権力を持っているのか色々とやりたい放題をしているようなんです。

 その結果、舞鶴の幼稚園から派遣した先生が明石の手にかかり、少々厄介なことになってしまったんですよ~」

 

「先生というと……普通より少し背が高めで、前髪で目が隠れている男性です?」

 

「んー、確かにそんな感じですけど、それだけでは何とも……」

 

「カッターシャツにスラックスの服装でエプロンをつけていて、頼りがいがなさそうな雰囲気を醸し出しているのにもかかわらず放ってはおけないオーラがムンムンとしている男性ですよね?」

 

「間違いなく先生ですねぇ~」

 

 両手をパンと叩いた愛宕はコクコクと頭を縦に振って答えました。

 

 なるほどなるほど。

 

 この前にここに来たときに食堂で出会った、あの男性で間違いないですねぇ。

 

 結構話があったりしたんで覚えていましたけど、今は佐世保に居るんですかー。

 

「……あれ、どうしてその先生が佐世保に派遣されたんですか?

 もしかして何か問題でも起こしちゃったとか……」

 

 もしそうならオシオキは確定です。前に会ったときに怪しい匂いがしていたんですけど、やっぱり見逃すんじゃなかったですかねー。

 

「いえいえ、そういう訳じゃないんですよ~。

 実は佐世保鎮守府にも幼稚園ができたので、経験がある先生を是非貸して欲しいと頼まれたんですよね~」

 

「なるほど……。そういうことでしたかー」

 

 うーむ。残念ですねぇ。

 

 折角のオシオキの機会がなくなっちゃいました。

 

 あの男性なら、さぞ良い声で鳴いてくれると思ったんですけどねぇ。

 

「……それで、その先生が明石によって厄介なことに巻き込まれた……と?」

 

「ええ、そうなんです。

 うちの鎮守府に所属する艦娘が得てきた情報によると、明石のツボ押しによってあっちの方が不能になっちゃったようで……」

 

「そりゃまた難儀なことですねぇ……」

 

 私にとっては問題を起こす確率が減っただけマシだと思うんですが、当の本人はたまったもんじゃないでしょう。

 

 使えなくなったらぶった切れば良いと思いますし、別の道で生きていけば問題ナッシング。あの顔つきですから、意外に良い線いっちゃうかもしれません。

 

 線は細めですし、バランスも整っていますし……。

 

 ここをこうして、アイラインを引いて、リップも……ふむふむ……。

 

 ………………。

 

 あれ、結構好みかも……?

 

「なるほど。つまり先生のアレをスッパリ切って、性転換してくれば良いんですねー?」

 

「……どうしてそうなっちゃったんでしょうか~?」

 

 さすがの愛宕も笑みを崩して焦った表情を浮かべていましたが、やる気になった私を止められるとは……

 

「そんなことをしたら、地の果てまで追いかけて抹殺しちゃいますよ~?」

 

「……あらら、あなたの口からそんな言葉が出てくるとは思っていなかったですねぇ」

 

「これでも元は第一線を張っていましたからね~」

 

 ニッコリと笑いながらそう言った愛宕の背には、虎のようなオーラが見えた気がしました。

 

 ほほう……。これはまた、面白いじゃないですかー。

 

 あまり正面からぶつかるのは得意じゃないですけど、久しぶりに良いかもしれませんねぇー。

 

「ですが、私の目的は今この場で大鯨さんと戦うことじゃありません。

 あくまでも明石を懲らしめて欲しいということと、もう1つ……」

 

「先生も同じように懲らしめろ……でしょうかー?」

 

 愛宕の言葉を遮るように私が被せると、一瞬だけ眼を見開いた後に口元を少しだけ吊り上げました。

 

「懲らしめろというよりかは、お灸をすえる……が、良いかもしれませんね~」

 

「なるほどー。つまりそれは、直接的ではない方が良いと?」

 

「既に不能というお仕置きを受けていますから、それ以上は可哀想ですし~」

 

「甘いとは思いますけど……、まぁ良いでしょうかねー」

 

 私はそう言ってお茶をグビリと飲み干して、ソファーから立ち上がりました。

 

「了解しました。

 佐世保に居る明石を懲らしめること。

 先生にお灸をすえること。

 その2点をお受けいたしましょうー」

 

「ついでにもう1つ宜しいですか~?」

 

「なんでしょう?」

 

「先生の不能について、治療方法があれば明石に伝えて下さると嬉しいですね~」

 

「……ふむー。それも懲らしめるという一環に値するかもしれませんし、構わないですよー」

 

「ありがとうございます~。

 あっ、それとこれは別件なんですけど……」

 

 そう言った愛宕は、大きな胸部装甲の間から見覚えのある四角いモノを取り出しました。

 

 これは……、青葉に貸した私の本じゃないですか。

 

 いったいどうして愛宕がこれを……?

 

「大鯨さんから借りたと青葉から聞いていたんですが、あの子ではこの本を読むことができなかったので私が預かっていたんですよ~」

 

「ああ、なるほど。そういうことでしたかー」

 

 確かにこの本は特殊な言語で書いてありますけど、愛宕が読めたとは思わなかったですねぇ……。

 

 ちなみに、それじゃあどうして青葉に渡したのかって突っ込みは不要です。読める、読めないは考慮していなかっただけですからねー。

 

「それと、佐世保には青葉が潜伏していますので色々と役に立つはずですよ~」

 

「ふむふむ、了解です。

 あっちに着いたら青葉に連絡を取れば良いってことですね」

 

「ええ、それで青葉の携帯番号ですが……」

 

「それは大丈夫ですよー。

 既に入手済みですからー」

 

 私は愛宕に向かって携帯電話を見せながら言うと、驚くどころか笑みを浮かべて口を開けました。

 

「さすがは大鯨さん。仕事が早いですね~」

 

 うむむ。どうにもやり難い相手……ですねぇ。

 

 高雄は正面からビシバシとやる感じでしたが、愛宕は色んな方面から攻めてきそうな感じがします。

 

 まぁ、それもどうでも良いことなんですけどねー。

 

 私は受けた仕事をちゃんとこなしつつ、オシオキを楽しむだけですからー。

 

「それじゃあ吉報をお待ち下さいー……と言いたいところですが、1つだけ確認を良いですかー?」

 

「なんでしょうか~?」

 

「明石の懲らしめと先生のお灸……。どちらも私の一存で良いんですよね?」

 

「………………」

 

 私の言葉に愛宕は少しだけ迷うような仕草をしてから、コクリと頭を下げました。

 

「ええ。ただし、後遺症が残らないようにお願い致しますね~」

 

「了解しましたー。

 それじゃあ、大鯨出発しまーす」

 

「抜錨じゃないんですね~」

 

 愛宕のゆるふわな突っ込みは置いといて、私は佐世保へと向かいます。

 

 頭の中で、色んなオシオキの方法を考えながら……。

 




次回予告

 とんでもない艦娘が抜錨してしまった……。
いやまぁ、おそらくは予想できていたことなんですが。

 ということで、佐世保へ向かったヤン鯨ちゃん……と思いきや、まずは根回しを行います?
まさかの対面があんな所とは……恐るべしっ!?


 艦娘幼稚園 第二部 スピンオフシリーズ
 ~ヤン鯨編~ その2「個室での交渉」


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その2「個室での交渉」


 とんでもない艦娘が抜錨してしまった……。
いやまぁ、おそらくは予想できていたことなんですが。

 ということで、佐世保へ向かったヤン鯨ちゃん……と思いきや、まずは根回しを行います?
まさかの対面があんな所とは……恐るべしっ!?


 

 佐世保に到着……の前に、1つやっておかなければならないことがありますねー。

 

 そうです。根回しです。世の中汚いですよー……と言うつもりはありませんが、こういったことも時には必要なのですよー。

 

 明石は佐世保の古株。ならば、それなりの認知度もあるはずです。

 

 そんな明石がいきなりオシオキ……じゃなくて懲らしめられちゃったら、他の方々がどういった反応をしてくるか……分かりますよね?

 

 ましてや今回は憲兵=サン絡みじゃないですし、強引に丸めこむ方法も使えません。佐世保の偉いさんが若い女性なら問題ないんだけどなぁー。

 

 残念ながら明石の上官が誰であるかは既に知っていますし、その名を聞けば根回しは必須と判断しました。

 

 さすがにホワイトヘアーデビルと敵対するつもりはありませんし、あくまで懲らしめるってことなのでちゃんと説明すれば良いでしょう。それに、どうやら明石もやり過ぎていることが多々あるようで、提督もちょっとばかり頭を悩ませているという情報も得ていますからね。

 

 そんなこんなで現状報告は終わりー。

 

 早速提督さんに会いに来たんですよねー。

 

 

 

 

 

「ドーモ、安西提督=サン。大鯨デス」

 

「………………」

 

「あれ、このネタ通じませんでしたかー?」

 

「い、いえ。そうではないのですが……」

 

 安西提督は冷や汗をタラタラと流しながら私の顔をマジマジと見ています。

 

 さすがにそんな風に見つめられたら困っちゃいますよー?

 

「こ、ここは男子トイレなのですが……間違ったんでしょうか……?」

 

「いえいえー。

 仮に間違ったとしても、個室の天井から顔だけ出すような行動はしないですよねー」

 

「た、確かにそうですが……」

 

 まぁ、焦るのは当たり前でしょうか。

 

 今私が説明した通り、安西提督は現在個室の便器に座って用足し中。

 

 そんなところに天井の点検口からひょっこり艦娘が顔を出して話しかけてきたら驚くのも無理はありませんよねー。

 

 それでも大声を出して攻撃をしてこないだけマシってもんですけど、逆に言えば大物ってことでしょうか。

 

「そ、それで……こんなところにまでやってくるとは、私にいったいどんな用があるのでしょうか……?」

 

「話が早くて助かりますー。

 実は安西提督に折入って頼みごとがありましてー」

 

「頼みごと……ですか。

 ところでその前に1つ聞きたいのですが、あなたはもしや……」

 

「独立型艦娘機構の大鯨でーす。宜しくお願いしまーす」

 

「………………」

 

 ニッコリ笑って再度挨拶をするも、安西提督の汗は止まることを知りません。

 

 ――というか、更に汗の量が増えちゃっていますよねー?

 

「ま、ま、ま……、まさか私の所に……や、ヤン……鯨が……」

 

「ああ、別に怖がらないで大丈夫ですよー。

 安西提督をオシオキしに来た訳じゃないんですからー」

 

「そ、そうですか……」

 

 私の言葉を聞いた瞬間、安西提督は大きなため息を吐いてから肩の力を抜きました。

 

 そんなに安心するなんて、何やら疾しいことでもあったのでしょうか?

 

 一応色々と調べましたけど、何も出てこなかったんですよねー。

 

 まぁ、何も出ないってところが逆に怪しかったりもするんですけど、嫌な匂いも鼻につきませんからねぇ。

 

 ………………。

 

 べ、別に場所的な意味合いは全くないからあしからずですよ?

 

「話が逸れましたけれど、安西提督にお願い事があるんですよー。

 実は、佐世保に居る明石のことなんですが……ちょっとばかり懲らしめなければいけなくなりましてー」

 

「あ、明石をですかっ!?」

 

 その名前を聞いた安西提督は驚いた表情を浮かべましたが、すぐに難しそうな顔へと変化させました。

 

「ふ、ふむぅ……。それはいったい何故……?」

 

「詳しくは依頼者に関わりますのでお話しできませんけれど、ちょーっとばかりやり過ぎちゃっている感じがしておりましてー」

 

「そ、そう……ですか……」

 

 安西提督は小さく息を吐いてから肩を落とします。

 

 その仕草と表情から察するに、思い当たる点はあるようですねー。

 

「つまりそれは……明石を始末する……。そういうことですか?」

 

「いえ、そうではないんですよー。

 あくまで今回は懲らしめるという依頼なので、後遺症が残らない程度って感じですねー」

 

「明石を許していただけると……?」

 

「許すも何も、私は明石に恨みなんか持っていませんから仕事をこなすだけですよー」

 

「そ、そうですか……」

 

 再び悩むような仕草を始めた安西提督ですが、すぐに私の顔を見ながら頭を下げました。

 

「できる限り明石に痛い思いをさせないで頂きたいのですが……」

 

「それは仕事の内容に関わってしまうので難しいですけど、やり過ぎないようには気をつけるつもりですー」

 

「わ、分かりました……。くれぐれもよろしくお願い致します……」

 

 そう言って私の眼を見た安西提督の顔は真剣そのものでした。

 

 もし明石をやり過ぎた場合、何が何でも仕返しをする……。

 

 そんな風に見えた私は、茶化すような雰囲気でもないので真面目に頷き返しておきました。

 

 これにて根回しは完了ってことで、ここからさっさと立ち去りましょうかねー。

 

 さすがに乙女が入って良い場所でもありませんし……って、それなら最初からって突っ込みはなしですよー。

 

「ではでは、リラックスしているところをお邪魔しましたですよー」

 

「は、はぁ……」

 

 ニッコリ笑って手をパタパタ振ってから安西提督に別れを済ませ、天井裏を通って外へと脱出します。

 

 後は佐世保へレッツラゴー。

 

 オシオキタイムの始まりでーす。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 ――と、そうは問屋が卸してくれないんですよねー。

 

 まず佐世保鎮守府の中にすんなりと入れません。憲兵=サンが絡んでいないので、許可証とか持っていないんですよー。

 

 安西提督に用意してもらえば良かったんですけど、「部下を懲らしめるのに中に入る許可を下さいなー」とまで言っちゃうのもどうかと思いますからねー。

 

 まぁ、手がない訳じゃないので問題はありません。

 

 今はその相手を待っているところなんですが……きたみたいですねー。

 

「え、えっと……、お待たせしてすみません」

 

 鎮守府の外にある植え込み影に隠れている私に向かってきたのは、以前に出会ったことのある艦娘――青葉です。

 

 子供化した艦娘を治す方法を探しに会いにきてくれたんですけど、あのときは色々と面白かったですねー。

 

 ちなみに今回は依頼者である愛宕の命令で佐世保鎮守府に潜伏しており、中に入る手はずを整えてもらっていたんです。もちろん今回先生が被害を受けた事件を調べたのも青葉ですから、ある意味功績は大きいんじゃないでしょうか。

 

 まぁ私にとってはどうでも良いんですけど、オシオキできる機会が増えたのは嬉しいですよねー。

 

 残念なのは軽めって点ですけど……その辺りは上手くやっちゃいましょうかー。

 

「あ、あの……、怒ってらっしゃいます……?」

 

 色々と考えていたせいで返事をしていなかったので、青葉が焦った表情でおずおずと問いかけてきました。

 

「いえいえー。急に呼び出してごめんないさいねー。

 お願いしていた件は大丈夫そうですかー?」

 

「ええ。それはもう、青葉の情報があれば大丈夫ですっ。

 それに青葉もそこをつかって中に潜入しているので、信頼度は抜群なんですよー」

 

 私の返事を聞いて安心した青葉はそう言ってから自分の胸を拳でドスンと叩いたのですが、その後ゲホゴホとむせていた辺りちょっと心配になっちゃうんですが。

 

 まぁ、青葉だから仕方ないですねー。

 

「そ、それでは青葉についてきて下さいっ」

 

「ラジャーでーす」

 

 先導する青葉に続いた私は植え込みの影を素早く進み、鎮守府の塀沿いをひたすら歩いて行きました。

 

 

 

 

 

「到着致しましたっ!」

 

 そう言った青葉が私の方に振り向いてからある点を指差しましたが、そこには塀につけられた鋼鉄製の扉がありました。

 

 どこからどう見ても裏口です。そして明らかに鍵がかかっていそうな雰囲気です。

 

 艦娘である私や青葉にとっては普通の鍵なんか大した障害にはなりませんけど、あくまでそれは力づくで開けるということになりますから後が大変なんですよねー。

 

 ばれた後が大変ですし、証拠は隠滅しなければなりません。あくまで潜入という形なんですから、厄介事は避けておかないと色々と面倒なんですが……。

 

「それじゃあ早速、鍵を開けちゃいますねっ!」

 

 青葉はビシッ……と敬礼をしてから扉へに向かおうとしますが、私は素早く手を伸ばして肩をガッチリと掴みました。

 

「ひょわっ!?」

 

「ちょっと待ってもらえますでしょうかー。

 さすがに鍵を壊すのは感心しないのですよー?」

 

「い、いえいえっ! そんなことはしなくても、この針金を使えば……」

 

 青葉はそう言いながらポケットから2本の針金を取り出しました。

 

「はぁ……。仮にも鎮守府に出入りできる扉の鍵がそんなモノで……」

 

 

 

 ガチャリ……

 

 

 

「開きましたよー」

 

「……はい?」

 

 青葉がドヤ顔をしながら私に向かって親指を立てていますけど、どういうことなんでしょう……。

 

 パッと見ただけでも重厚そうな鋼鉄の扉。そして鍵も安物のような感じには見えません。

 

 仮に針金でどうにかなるような鍵だったとしても、作業に取り掛かってから2~3秒しか経っていなかったですよ?

 

 これはさすがに半端なレベルじゃありません。青葉はすぐにでも艦娘を辞めて、怪盗になれば良いと思います。

 

 いや、むしろ私の助手として手伝わせるのもアリですね。

 

 主にかわいい女の子の部屋に忍び込むときとかに……。

 

 …………………。

 

「あ、あの……、大鯨……さん……?」

 

「うふふ……。そうそう、そうやって……」

 

「な、何やら不吉なオーラと一緒にヤバそうな発言が聞こえるんですけどっ!?」

 

「えっ、あ、はい。なんでしょうかー?」

 

 青葉の声で我に返った私は顔を左右に振ってから微笑みます。

 

 危ない危ない。危うく妄想タイムに入っちゃうところでしたねー。

 

「な、なんでも……ないです……」

 

 冷や汗タラタラといった感じで私から後ずさる青葉ですけど、別に無言の圧力なんかかけたりしていませんからねー。

 




次回予告

 佐世保鎮守府に潜入することができた大鯨と青葉。
まずは下見をしなければ……と、2人は幼稚園に向かう。
ターゲットである先生を見た大鯨は、舞鶴で出会った男性だと確認したのだが……


 艦娘幼稚園 第二部 スピンオフシリーズ
 ~ヤン鯨編~ その3「要注意人物は誰?」


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その3「要注意人物は誰?」

 佐世保鎮守府に潜入することができた大鯨と青葉。
まずは下見をしなければ……と、2人は幼稚園に向かう。
ターゲットである先生を見た大鯨は、舞鶴で出会った男性だと確認したのだが……


 

「それで、いったい大鯨さんはどこに行くんでしょうか?」

 

 佐世保鎮守府内に潜入した私たちは何食わぬ顔で歩きながら会話をしていました。

 

 私たちは艦娘ですから、中にさえ入ってしまえば怪しい行動をしない限り大方は大丈夫でしょう。

 

「とりあえずは先生の状態を知りたいんですよねー。

 愛宕から話は聞いていましたけれど、この眼で見ておいた方が良いですからー」

 

「なるほど……。情報を送った本人としては少しへこんじゃいますけど、仕事をする上で必要とあれば仕方ありません。

 早速先生が居る幼稚園の方へ案内いたしましょうっ」

 

 青葉はそう言いながら私の前に出ると、建物の間にある細い通路に入って行きました。

 

 ふむー。さすがは……というところでしょうか。

 

 既に佐世保鎮守府の内部を知りつくしているとは抜け目ないですねぇ。

 

「あ、あのー……」

 

 ……と思ったら、青葉が苦笑いを浮かべて建物の影からひょっこりと顔を出してきたんですが。

 

「どうかしましたかー?」

 

「いやぁ……、その……ですね……。

 幼稚園のある方向は、完全に逆方向でした……」

 

「………………」

 

 前言撤回……ですね。

 

 ちょっとばかり、オシオキしちゃいましょうか……。

 

「ひいっ!?」

 

 一気に顔が青ざめる青葉ですけど、自業自得ですよー?

 

「ごめんなさいごめんなさいっ! もうしませんから許して下さいっ!」

 

「今度やったら、どうなるか知りませんよー?」

 

「わ、わわわっ、分かりましたっ!」

 

 その場で土下座になった青葉は何度も地面におでこを叩きつけていましたけれど、あんまり騒ぐと周りの注目が集まってしまうので具合が悪いですねぇ。

 

「理解してくれたらおっけーです。

 ほら、さっさと案内して下さいー」

 

「りょ、了解しましたっ!」

 

 素早く立ちあがった青葉は慌てて敬礼をしてから、今度こそ先生が居るという幼稚園の方へと案内してくれました。

 

 

 

 

 

 先導する青葉について歩くこと10分。

 

 辿り着いた先は鉄製の柵で囲まれた平屋の建物で、結構真新しい感じに見受けられます。

 

 柵や植え込みの隙間から内部を伺ってみると、窓から建物内が見えて小さな子たちが授業を受けていました。

 

「こ、ここが佐世保艦娘幼稚園です。

 教師はビスマルクが担当していて、生徒はプリンツ、レーベ、マックス、ユーの4人。

 先生はビスマルクの指導と子供たちの教育を担当するため、1ヶ月ほど前からここに配属されていますが……」

 

「うわぁ……。凄いちっちゃい……。可愛過ぎですよねぇ……」

 

「あ、あの……、大鯨さん……?」

 

「海外からこっちにきたちっちゃい子が……プニプニで……たまらんですよぉ……」

 

「け、憲兵を呼んで良いレベルの発言なんですけど……」

 

「呼んだらオシオキをすっ飛ばして刺しますよー。

 あぁぁ……可愛いなぁ……」

 

「………………」

 

 私の説得に怯えた青葉が少し離れた場所でガタガタと震えていますが、今の私にとってはどうでもよいことです。

 

 この眼に……可愛い子たちを焼き付けなければいけません……っ!

 

 今の私を邪魔する輩が現れたら、四の五の言わずに葬り去ってやる所存ですっ!

 

 ………………。

 

 あっ、もちろん冗談ですよ?

 

 更に青葉の顔がとんでもないことになっていますけど、しっかりと説明しておかなければなりませんねー。

 

 私、ちょっとだけ可愛い子が好きなだけなんですよー……って。

 

「わ、わわわわわ、私は何も見ていませから許して下さいっ!」

 

「まだ何も言ってないんですけどー?」

 

「背中のオーラが既にヤバさを醸し出しちゃってますよぉっ!」

 

「あれれー、酷い言われようですねー」

 

「ひいっ! ご、ごめんなさいっ!」

 

「まぁ良いですけど、あんまり大きな声を出すと周りに気づかれちゃいますから静かにしましょうねー?」

 

「……っ、……っ!」

 

 青葉は私に向かって激しく頭を上下に動かしながら、両手で自分の口を押さえつけていました。

 

 聞きわけの良い子は偉いですねー。

 

 よしよし。ご褒美に頭を撫でてあげましょうー。

 

「~~~~~~っ!?」

 

 ……あれ?

 

 普通はこれで喜ぶと思ったのに、なんで口から泡を吹いて気絶しちゃっているんでしょうかー?

 

 ちょっとばかり傷ついちゃいそうなんですけど……。

 

 まぁ、私の心は鋼鉄製ですけどねー。

 

 ………………。

 

 いや、本音はちょっぴりへこんでいますよ?

 

 だからこのフラストレーションは可愛い子たちを眺めることで解消するんですー。

 

 窓から見えるちっちゃい子供たち……。

 

 うーん……、本当に可愛いですねぇ……。

 

 肌のつやとか半端じゃないですよ……。プニプニスベスベ……、ああ……触りたいなぁ……。

 

 ギュッと抱きしめてから頬っぺたを合わせてスリスリして……、そのまま転がってキャッキャウフフ……。

 

 おっと……、これ以上先は言えません。ついでによだれも止まりません。

 

 あんまりやり過ぎると別のタグをつけなければならなくなりますので、自重しておかなければ……と、頭の中で何かが。

 

 残念ですけど子供たちを見るのはこれくらいにしておきましょう……。

 

 本当に……残念ですけど……。

 

「……そういえば、ターゲットをまだ確認していませんでしたねぇ」

 

 独り言を呟いた私は柵の周りを少し移動して、窓越しに見える角度を変えてみます。すると子供たちが居る部屋に男性の姿を発見しました。

 

 やはり……、舞鶴の食堂で会ったあの男性ですねぇ。

 

 なんという羨ましい環境……じゃなくて、仕事熱心なんでしょうか。

 

 愛宕から聞いた話だと、既に明石から受けたツボによって不能になっているはず。

 

 そんな身体の状態を押してまで授業をするとは……、なかなか見上げた根性です。

 

 私は性別的に言うと女性ですけど、もし似たようなことになったのなら……鬱憤を晴らす為にどこぞの鎮守府の1つや2つ、滅ぼしちゃうかもしれません。

 

 もちろん証拠は一切残さず、可愛い娘も残さずですねー……って、冗談ですよ?

 

 それくらい精神的にきちゃうって例えですから、本気にしないようにお願いしますねー。

 

「……さて、先生の顔も確認できましたし、目の保養もできましたから……そろそろ行きましょうかー」

 

 私はニッコリと笑みを浮かべて青葉の方を見ましたが、未だ泡を吹いたまま地面に倒れているみたいですねー。

 

「……うーん。青葉が居ないと色々と面倒臭いですからねぇ……っと」

 

「ごふっ!?」

 

「あっ、起きましたかー?」

 

「い、今……、わき腹に凄い激痛が……うぅぅ……」

 

 そう言いながら青葉が痛みが走った部分を見ようとすると、そこには私のつま先がー。

 

「ただの気付けですよー?」

 

「………………」

 

「ちょっと鉄板入りの安全靴なだけですよー?」

 

「……酷いっ!」

 

「本気でやったらあばらどころか分断できちゃいますよー?」

 

「ひいぃぃぃっ!」

 

「冗談ですよー?」

 

「ごめんなさいごめんなさいっ! 何も知らないし覚えてませんから許して下さいっ!」

 

「人聞きが悪い気がしますねー?」

 

「い、痛みなんてなかったですぅぅぅ!」

 

「ならさっさと次に行きましょうかー」

 

「はいぃぃぃっ!」

 

 青葉はわき腹を擦りながら半泣きの表情で立ち上がり、私に背を向けて走り出そうとしましたが……、

 

「と、ところで、どこに向かうんでしょうか……?」

 

「そう言えばまだ決めていませんねー」

 

「………………」

 

「とりあえず、ここの鎮守府に所属する憲兵=サンに会いたいですねー」

 

「そ、それは大丈夫なんでしょうか……?

 仮にも青葉たちは無許可で潜入している訳ですが……」

 

「その辺りは大丈夫ですよー。

 佐世保でそれなりに権力のある安西提督に許可はもらってあるのでー」

 

 そう説明した途端、青葉は急に首を傾げました。

 

「……それだったら、堂々と正面から入れたんじゃないんでしょうか?」

 

「残念ですけど非公式なので、許可証とかは出して貰えないんですよー」

 

 さすがに佐世保に所属する艦娘に危害を与える目的で堂々と入るとはいきませんし、安西提督がそれに対して許可を出したと鎮守府内のみんなに知られる訳にもいかないでしょう。

 

 その辺りのケアもしっかりとやる。

 

 これこそ一流の仕置人なのですよー?

 

「ふむぅ……、それなら仕方がないのでしょうか……」

 

 青葉は少し怪訝そうな顔を浮かべたものの、私にそれ以上は何も言わずに頷きました。

 

「それじゃあ、憲兵が居る所まで案内します……」

 

「ええ。宜しくお願いしますねー」

 

 私も同じように頷いてから、先導する青葉の後に続いて歩き始めます。

 

 最後にもう一度、幼稚園に居る子供たちを一目見てから……。

 

 うぅぅ……、可愛いなぁ……。

 




次回予告

 そろそろ本格的な根回しが必要ですねー。
ということで、安西提督の流れから秘書艦に会うことになりました。
明石を懲らしめて、先生にお灸をすえないといけませんからねー。

 ところがどっこい、いきなり険悪な雰囲気なんですがー。


 艦娘幼稚園 第二部 スピンオフシリーズ
 ~ヤン鯨編~ その3「慈悲はない」


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その4「慈悲はない」

※帰宅遅くなってしまい、更新時間が遅れて申し訳ありません。


 そろそろ本格的な根回しが必要ですねー。
ということで、安西提督の流れから秘書艦に会うことになりました。
明石を懲らしめて、先生にお灸をすえないといけませんからねー。

 ところがどっこい、いきなり険悪な雰囲気なんですがー。


 

「それでは私はこれで……」

 

「………………」

 

「………………」

 

「………………」

 

 バタン……と扉が閉まる音が鳴り、部屋の中には重い空気と沈黙が漂っていました。

 

 あれから青葉に先導してもらった私はお願いした通りに佐世保の憲兵=サンに会って話をし、目の前に居る2人を呼び出してもらいました。

 

 そして現在、応接間では一触即発……といった感じの空気が流れているんですけど、なんでなのかなー?

 

「………………」

 

「………………」

 

 私の顔を睨みつけているのは安西提督の秘書艦である日向と、その姉妹艦である伊勢。今までに会ったことはないんですけど、親の仇を見るような目を向けられちゃっています。

 

 うーむ……。別に2人に対して恨みを買ったような行動をした覚えはないんですけど、もしかして知らないうちになんかしちゃっていましたかねー?

 

 それとも今迄にオシオキした相手に仲の良い人とかが居たとか……?

 

「あ、あの……」

 

 そんなことを考えていると、部屋に漂う重い空気に耐えられなくなった青葉がおずおずと口を開きました……が、日向と伊勢の視線が向けられた途端に「ひいっ!?」と小さく叫んでから肩をすくめて後ろへ下がりました。

 

「どうしてそんなに睨みつけるんでしょう。

 私たちが何か悪いことでもしましたかー?」

 

「………………」

 

 私がそう言うと伊勢の表情が一気に険しくなりましたが、日向が宥めるように手を伸ばすと視線を私から逸らします。

 

 ふむふむ、なるほど。

 

 伊勢は短気そうですし、日向は冷静沈着といった感じに見えます。どうやら話をするのは日向の方がし易そうですねぇ。

 

 このままだと一向に前に進みませんから、用件をハッキリと伝えてしまいましょうかー。

 

「まぁ昔に何かあったとしてもどうでも良いです。

 それより今は、私がここにきた理由を話させてもらいたいのですが……」

 

「ふむ……、そちらから話してくれるのはありがたい。

 だが、嘘をついていると判断したら即座に斬るからな」

 

 言って、日向は腰につけた刀に手を伸ばそうとしましたが……、

 

「甘いですねー」

 

「「「……っ!?」」」

 

 私は即座にそれを察知し、懐に忍ばせてあるバタフライナイフを日向の首元に突きつけました。

 

 当の本人である日向はともかく、伊勢や青葉まで驚いていますけど……どうしてなんでしょうかねー?

 

「ひゅ、日向っ!」

 

「あまり動かないで下さいねー。ただでさえ重たいナイフなんですからー」

 

「なっ、なんという速さ……っ! 青葉全く見えませんでしたっ!」

 

 別に普段やっていることをしただけ……って、そんなことを言うと危ないヤツだと思われそうでアレなんですが。

 

 まぁやっていることがことだけに仕方ないのかもしれませんけどねー。

 

「一応言っておきますけど、別にあなた方と敵対するつもりはないんですよー。

 それに、今回の件は安西提督から許可をもらっていますので問題はないと思うのですがー」

 

「な……、なんだと……?」

 

「あ、安西提督の許可ですって……っ!?」

 

 その名を聞いた途端に日向と伊勢は大きく目を見開きました。

 

 やっぱり安西提督効果は抜群のようですし、最初からそう言っておけばよかったですねぇ。

 

「ですから、私に攻撃をするような意思は見せないで頂けると助かりますねー。

 あんまりお痛が過ぎると怒っちゃいますよー?」

 

「………………分かった」

 

 日向はコクリと頷いてから刀にかけていた手を離したので、私もバタフライナイフを懐に締まってニッコリと微笑みかけました。

 

 後ろの方で青葉の大きなため息が聞こえ、少しだけ部屋の空気が軽くなるような気がします。ですが伊勢の目つきは未だに厳しいままで、敵意はむき出しって感じですねー。

 

 グダグダ言ったって始まらないですし、無視して先に進めましょう。あんまりしつこいようだったら、身体で分からせてやれば良いですからねー。

 

「それじゃあ単刀直入に言いますけど、私はとある依頼者からの仕事でここに居る明石を懲らしめにきました。

 この件については先程も言ったように安西提督には了解を得ていますので、あなた達にも協力して欲しいんですよねー」

 

「ちょっと待て……。そのような内容を安西提督が本当に了解したというのか……?」

 

「ええ、もちろん直談判をしての結果です。

 その代わりと言っちゃあなんですけど、明石の命を奪わないことと後遺症が残らないようにすると約束しましたよー」

 

「で、でもそれじゃあ、安西提督は明石を差しだしたことになるじゃないっ!」

 

「んー……、そうじゃないとは思うんですけどねー」

 

 私の言葉を聞いて怒りを露わにした伊勢ですが、先程の脅しが効いているみたいで掴みかかろうとはしないみたいです。

 

「なんでよっ! どこからどう考えても生贄と同じじゃないっ!」

 

「命を奪わない。そして後遺症が残らない。

 この2つを了承した時点でかなりの妥協案だと思うのですがー」

 

 もちろん愛宕との約束でもあるので安西提督が絡んでなくてもそうするつもりではありますけど、物は言いようってことですよー。

 

「そ、そんな物騒なこと、絶対に私が止めるんだからっ!」

 

「つまりそれは、私に楯突くってことですかー?」

 

「……っ!?」

 

 グダグダと五月蠅く叫ぶ伊勢をジロリ……と睨みつけると、大きく身体を震わせて、たたらを踏んでいます。

 

 その程度の根性しかないのなら黙っていて欲しいんですが、協力者が必要なのもまた然り。ここは上手く言葉で転がしておいた方が良さそうです。

 

「まぁ、さっきも言った通りあなたたちと敵対するつもりはありません。

 もちろん鎮守府内に騒動を起こす気もないですし、安西提督に迷惑をかけるようなこともしたくないですから、ぜひ協力して欲しいんですよ」

 

「その……、協力というのは何をすれば良いんだ?」

 

 日向は私の顔をいぶかしげに見ながら問い掛けてきます。

 

「それはもちろん、明石の身柄の拘束と……」

 

 そして私は2人に向かって、ここにくるまでに練っていた作戦を話すことにしました。

 

 

 

 

 

 はいはーい。私は今、ターゲットの明石が居る部屋の扉前にやってきていまーす。

 

 今からバッチリとっ捕まえて懲らしめという名のオシオキタイムに入りたいと思うんですが、さすがに他の人や艦娘がやってこないとも限らないということで攫っちゃうことになりましたー。

 

 この辺りは日向に半ばお願いされたからなんですけど、協力してもらうのですから聞いておくべきなんですよー。

 

 まぁどちらにしてもオシオキし易い環境の方が良いですし、私の狙いにも一役買ってくれそうですからねー。

 

 ということで、第一段階開始ですー。

 

 まずは扉をノックしまーす。

 

 コンコン……

 

「はーい。開いてるから入って良いよー」

 

 許可もバッチリ得ましたので、さっそく中に入っちゃいますねー。

 

「失礼しまーす」

 

「……あれ、聞いたことのない声にその姿……。いったいあなたは、だ……れ……えぇぇぇっ!?」

 

 部屋の奥にある机に向かって座っていた明石ですが、私の顔を見て喋りながらいきなり驚愕しました。

 

「な、なななっ、なんでヤン鯨がここに居るのっ!?」

 

「あれあれー。私のことをご存じな挙句にそっちの名まで知っているとは、なかなかの情報通なんですねー」

 

 今までに明石とは会ったことはない筈なので、写真か何かで知ったんでしょうかねー。

 

「わ、私は何も悪いことしてないからっ! だからここにくるのは間違いって言うか……」

 

「別にオシオキをしにきたとは言っていませんけど、そんなに焦っていると逆に怪しまれますよー?」

 

「ぎくぅっ!」

 

 大袈裟に驚く明石ですけど、身に覚えがあり過ぎにしか見えないですよー?

 

 それに本音を言えばオシオキ目的ですけど、いきなり大声をあげて逃げられるのは避けたいです。

 

 とはいえ、入口は私が抑えていますし、この部屋に窓はありません。脱出経路は見当たりませんから、逃げるのはまず無理でしょう。

 

 もちろん逃がすつもりは毛頭ないですし、そんなヘマはやらかしませんけどねー。

 

「ど、どうしてっ!? 私何もヘマなんかしていないのにっ!」

 

 ……なんですかこのパターンは。

 

 まだ私、明石をそこまで追い詰めちゃったりしてないですよ?

 

 ここは明石の部屋ですし、間違っても崖の先端近くではないです。

 

 犯人がいきなり語りだす刑事ドラマ的な展開は……楽なんで良いですけどねー。

 

「榛名ちゃんが舞鶴に行っちゃってストレス発散ができないから、最近は整体をしにくる提督の激痛ツボで遊んでいただけなのにっ!」

 

「はぁ……。でもそれでやり過ぎて恨まれたりしないんですかねー?」

 

「大半の提督は大丈夫に決まっているじゃないっ。イベント海域で限定艦が出ないからって何十周もしちゃうMばかりだから、むしろ喜んじゃう人も居ますっ!」

 

「需要と供給が合っていれば文句はないですけどねー」

 

「それじゃあやっぱり私にヤン鯨がくるなんておかしいでしょっ!?」

 

「どうですかねー。他にも身に覚えはないですかー?」

 

「そ。それは……、うーん……」

 

 明石は右手を顎の下につけて悩みだすと、頭を何度も傾げながら何かを思い返しているようでした。

 

「この間の中年提督にやった整体も間違って関節外しちゃったけど、その痛みが逆に心地よいとか言って恍惚とした表情を浮かべていたから今更怒られてもって感じだから……」

 

 ……整体師の免許、持っているんですかね?

 

「最近は駆逐艦たちを使って無理矢理着せ替えをするのはやっていないし、その動画もネットに上げたりしていないから……問題ないわよね……」

 

 ……その魅力的なイベントは何なんでしょう。

 

「艤装の装着チェックや修理のときに隠しビデオで撮影しているのも気づかれていないはずだし、ちょくちょくおさわりなんかしちゃっているけど不審な顔はしてなかったし……」

 

 ……職務を利用したセクハラじゃないですか。羨ましい。

 

「修理のときに性欲が徐々に増大するツボを刺激してきたら真っ赤な顔をしちゃった駆逐艦の娘がいたけど、その後用事があったから……って、げふんげふん」

 

 ……明石死すべし。慈悲は無い。

 

 まぁ、私も人のことは言えませんけどねー。

 

「今までのことを聞いている限り、オシオキされても文句は言えないレベルだと思うんですがー」

 

「……はっ!? 図ったなヤン鯨ぃぃぃっ!」

 

「そんな同期の部下に騙されて敵に背後を突かれた将校のような叫び声をあげなくてもですねー」

 

 私はそう言いながら、ゆらりゆらりと明石の元へ近づきます。

 

「ひ、ひいっ!」

 

「大丈夫ですよー。今回のお仕事は命を取らないように約束していますから、安心して下さいー」

 

「そ、それでも痛い思いはしますよねっ!?」

 

「今まで同じようなことをしてきたんじゃないんですかー?」

 

「ち、違うよっ! あれは治療だからっ!」

 

「私の方も同じですよー。あなたのやり過ぎた行為を自制させるための治療なんですー」

 

「や、やだぁっ! 誰か助けて殺され……うぐっ!」

 

「あんまり大きな声を出すと周りに気づかれちゃうじゃないですかー」

 

 私は明石の腹部当て身を喰らわせて言いましたが、既に意識は飛んでいっちゃって聞こえていないようですねー。

 

 これでひとまず明石の身柄は確保できましたので、後は待つだけです。

 

 えっ、誰かがここにくるのか……ですか?

 

 それは、もうすぐ……

 

 

 

 ガチャリ……

 

 

 

「待たせたな……と、既に仕事は終えていたか」

 

 そう言いながら扉を開けて部屋に入ってきた日向の目が半ば疲れたような色になっていたのは、気のせいってことにしておきますねー。

 





次回予告

 明石の身柄を確保したヤン鯨。
そこにやってきた日向は、非常に嫌そうな顔をしつつも手伝っていた。

 そして、明石の部屋の謎がすべて明らかに……?


 艦娘幼稚園 第二部 スピンオフシリーズ
 ~ヤン鯨編~ その5「工作活動」


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その5「工作活動」


 明石の身柄を確保したヤン鯨。
そこにやってきた日向は、非常に嫌そうな顔をしつつも手伝っていた。

 そして、明石の部屋の謎がすべて明らかに……?


 

「タイミングがドンピシャでしたー。さすがは安西提督の秘書艦ですねー」

 

「………………」

 

 お世辞を言ったつもりなんですが、日向は私の顔をチラッと見ただけで視線を逸らしました。

 

 うーむ。そりゃあ不満なことがあるのは分からなくもないですけど、露骨にそういう態度をされるとこっちにも考えがありますよー?

 

 でもまぁ、協力者は必要ですし……。それに日向にオシオキする気分でもないですからねぇ。

 

「……言われた通り道具を持ってきたけど、本当に……やるの?」

 

 日向の後から入ってきた伊勢は少しばかり不安な表情をしていたものの、ウズウズしているといった風にも見えました。

 

「これも仕事の一環ですから、ちゃんとやらないといけませんー」

 

「だが、無実の先生に罪を着せるというのは気が引けるな……」

 

「それじゃあこのまま放っておいて良いと?」

 

「確かにキミが言ったことが本当だったのなら手を打っておく方が良いのは分かる。しかし先生がそれほど悪人だとも、私には思えないんだが……」

 

「確かに見た目からは想像もできないですねー。

 ですが、実際にそう思っていた人や艦娘たちが先生にどんどんと落とされていっているのも事実なんですよー?」

 

「……そこまでスケコマシといった感じには見えないのだが……な」

 

 ふぅ……と、大きくため息を吐いた日向は肩を落とします。

 

 私は日向と伊勢に明石の身柄を確保する話をした後、もう一つの問題である先生について説明しました。

 

「前々から変な噂が鎮守府内に流れていたから、怪しいとは思っていたのよねー」

 

 一方、伊勢は日向と違って乗り気なようで、私の説明には賛成のようです。

 

「先生は舞鶴に居るときから教え子である園児たちと怪しい関係になっているんじゃないかとか、色んな艦娘をとっかえひっかえしているという噂が流れていました。

 そして今度は一時転勤先であるこの佐世保でも、怪しい噂が上がっているんですよね?」

 

「……ああ。幼稚園の園児に手を出したとか、現場監督であるビスマルクとの関係も噂されてはいるが……」

 

「つまり、このまま放っておけば佐世保鎮守府内の風紀は乱れまくるってことになっちゃうんじゃないですかねー?」

 

「し、しかし……」

 

「何を迷っているのよ日向! 大鯨の言う通り、先生を放置しておけば大変なことになっちゃうんだよっ!?」

 

「だがあくまでも今の段階は噂であってだな……」

 

 ふむー。まだ日向は踏ん切りがつかないといった感じですねー。

 

 ならば次の手を取る……ってことで進めましょうかー。

 

「それじゃあ先生を犯人に仕立て上げて逮捕した後に、2人で尋問をしてはいかがでしょうかー」

 

「……なんだと?」

 

「噂が本当かどうかを、取り調べのときに調べれば良いんですよ。

 もちろん露骨に聞くとおかしいですから、上手く引きだす感じで……」

 

「なるほどっ! それは良い考えじゃないっ!」

 

「……ふむ」

 

 両手を叩いて歓喜する伊勢に、考え込む日向。

 

 これはもうひと押しってところですねー。

 

「先生の女癖が本当に悪いかどうか。そして放置しておいて大丈夫かなどは……こういった手で……ごにょごにょ」

 

 私は日向の傍によって耳打ちし、尋問する手はずの案を伝えます。

 

「ふむ……ふむ……。い、いや、しかしこれは……」

 

「……ぶっ! そ、それは……ぷくくく……」

 

 気になって近づいてきた伊勢は私の話を聞くと、日向を指差しながら急に笑い出しました。

 

「こうすれば先生の本質が分かるでしょうし、それからどうすれば良いか考えられると思いますよー」

 

「頑張っちゃいないよー、日向ー」

 

 完全に笑った目で日向の肩をパンパンと叩く伊勢は、面白半分といった風に押していました。

 

 こうなれば折れるのは日向の方……といった風に、肩を落としながらも頷きます。

 

 全ては計算通り……。

 

 それじゃあ続けて捏造作戦ですねー。

 

「それじゃあその方向で進めるとして……、まずはやらなくてはいけないことがありますよねー」

 

 私は2人に向かって笑いかけてからパンッと両手を叩くと、日向はいぶかしげに、伊勢は待っていましたという風な表情を浮かべました。

 

「先程打ち合わせた通り日向がその辺にある物を荒らした後、伊勢は血糊をぶちまけて下さいねー」

 

「……本当に、ここまでしなければいけないのだろうか?」

 

「やるならとことんやらないとダメなんですよー。

 それに途中でばれちゃったら、尋問も行えなくなりますよ?」

 

「そうだよ日向ー。それじゃあ折角の……ぷくく……」

 

「……伊勢。そこまで言うなら私の代わりに……」

 

「それはやだよー……っと」

 

 伊勢は日向の冷たい視線を避けるように移動しながら、持ってきたポリタンクの蓋を開けました。中には私がお願いしていた赤い液体がなみなみと入っていますが、これは動物の血液なんですよー。

 

「うー……。分かっているとはいえ、やっぱり血なまぐさいなぁ……」

 

「偽物を使うとばれる恐れがありますからねー。

 ここは本格的にやらないとダメなんですよー」

 

「……後始末が大変そうだな」

 

「費用はこちらが負担しますから、日頃のストレスを発散するという感じで宜しくどうぞー」

 

 私はそう言ってから部屋の壁に向かい、腰だめをしてから右手を大きく振りかぶります。

 

「素手で解剖してやるぜぁーーーっ!」

 

「……何故その台詞なんだ」

 

「……それ以前に、素手で壁を切り裂く段階で恐ろしいんだけど」

 

「あれあれー? お2人はできないんですかー?」

 

「「無理無理」」

 

 2人は揃って首を左右にブンブンと振ってから、仕事に取り掛かりました。

 

 ふむー。私たちは艦娘なんですから、これくらいのことはできると思うんですけどねぇ。

 

 まぁ、グチグチ言っていても仕方ないので、さっさとやることをやっちゃいましょうー。

 

 私は素手で壁紙を破き、バタフライナイフで壁材を深く切り裂き、あたかも部屋の中で争った感じを演出します。日向はベッドのシーツを破いたり、本棚の中身を床に散乱させたりしていました。

 

 そして最後に伊勢が持った動物の血液を壁やベッドに塗りたくったりぶちまけたりして、惨劇現場を作り上げていくんですよー。

 

 更に私は明石が座っていた椅子の軸を両手で持って……ていっ!

 

 

 

 ギギギギギ……ッ

 

 

 

「よし、こんな感じですかねー」

 

 力任せに軸をグニャリとねじり、更に背もたれを思いっきり曲げ終えた私は、納得した表情で床に転がします。

 

「「………………」」

 

 そんな私を見る日向と伊勢がなんだか恐ろしいモノを見る目に感じましたけど、別に気にしなくても良いですよねー?

 

「はいはいー。手が止まっていますよー?」

 

「……あ、あぁ。すまない……」

 

 一瞬ビクリと身体を震わせた2人は、すぐさま前に向き直って作業を再開させます。

 

 そして隙を見計らった私は、机の引き出しにカードを入れてから……って、なんですかこれは。

 

 何やら気になるディスクが数枚……。これは預かっておきましょう。

 

 そして両手を使って……とうっ!

 

 

 

 バキバキバキ……ッ

 

 

 

 机を両側から圧縮するように挟みこんで引き出しを開けにくくしてから、4本ある足を全てグニャリと曲げちゃいましたー。

 

 もはやこれはアートです。

 

 そう――。この部屋は私の作品なんですよー。

 

 そしてこの部屋が有名になり、はれて私は芸術家に……。

 

「うひゃひゃうひうひ」

 

「「………………」」

 

 ……あっ、ちょっと変な笑い方をしちゃったので2人の視線が痛いですねー。

 

 ここはちょっとばかり、フォローをしておいた方が良さそうです。

 

「精神鑑定は結構ですよ。私はまともですからー」

 

「……狂っているとしか見えないんだがな」

 

「さ、さすがに今の笑い方は……ね」

 

 2人は冷や汗を額に浮かべながら呆れた顔を浮かべ、私から距離を置くようにして作業に戻りました。

 

 うぅ……。いつの世も天才は疎まれちゃうんでしょうか……。

 

 私の……、才能が……、憎いっ!

 

 ………………。

 

 あれ、違いましたかねー?

 

 と、とりあえず作業に集中した方が良いですね。時間もあまりありませんからー。

 

 ということで、頑張っちゃいますよー。

 

 

 

 

 

「ふぅー。こんな感じですかねー」

 

「改めてみると……凄いな」

 

「もはや後始末ができる状況じゃないわよね……」

 

 私たちは息をついて完成した部屋を見渡します。

 

 壁も、床も、部屋にあった家具も、全てが元の形からはかけ離れ、たっぷりの血が撒き散らされています。

 

 どこからどう見ても殺害現場にしか見えません。誘拐事件を捏造するのにやったことですが、ちょっとばかりやり過ぎた感すら漂っています。

 

「ひとまずはこれで完成ってことで、次の段階に移りましょうかー」

 

「あぁ……と言いたいところだが、次はいったい何をすれば良いのだろう?」

 

「そうですねー。お2人は先生の行動を見張って下さればおっけーですよー。

 不能を治療しようと考える先生は近いうちにここを訪れるでしょうし、タイミングを合わせて犯人扱いして下さればー」

 

「そして日向の出番……って訳よね! ぷくく……」

 

「……伊勢。あまりからかうと後が怖いぞ?」

 

「き、気のせいじゃないの? 別に私はからかってなんかないよ?」

 

 そう言った伊勢ですけど、目は完全に逸らしていますよねー。

 

「……まぁ良い。それで、大鯨はこれからどうするつもりなのだ?」

 

「それはもちろん、私の仕事が始まるんですよー」

 

 答えた瞬間、2人は首を傾げながら互いの顔を見合いました。

 

「い、いや……。これも仕事ではなかったのだろうか?」

 

「ええ。もちろんそうですけど、本番はここからですねー」

 

「ほ、本番……」

 

 伊勢が察知したように視線を落としましたが、私は気にせず答えます。

 

「はいっ。明石のオシオキタイムの始まりですー」

 

 そう言った私は2人に向かってニッコリと満面の笑みを浮かべ、明石の部屋を出ることにしました。

 




次回予告

 今からヤン鯨には明石をお仕置きしてもらいまーす。
……と、冗談じゃなくて本当です。
でもあくまでお手柔らかにということなので控えめですが。

 とりあえず用事をちゃっちゃと済ませてしまいましょうねー。


 艦娘幼稚園 第二部 スピンオフシリーズ
 ~ヤン鯨編~ その6「オシオキタイム」


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その6「オシオキタイム」

 今からヤン鯨には明石をお仕置きしてもらいまーす。
……と、冗談じゃなくて本当です。
でもあくまでお手柔らかにということなので控えめですが。

 とりあえず用事をちゃっちゃと済ませてしまいましょうねー。


 ぱんぱかぱーん♪

 

 あれ、何か違うですかー?

 

 気のせいです気のせい。些細なことを気にしていたら、この先やっていけませんよー?

 

 これから何が始まるのか……、お分かりですよね?

 

 そう――。明石のオシオキタイムですよー。

 

 あっ、でもでも大丈夫。依頼者である愛宕からも言われている通り、いつものオシオキは自重です。

 

 残念ではありますけど、これも仕事なんですよねー。本当に社畜って大変ですー。

 

 ……えっ? 私は自営業と変わらないから社畜じゃないですかー?

 

 細かいことは気にしないでって言ったのにー。

 

 このフラストレーションはいつも通り作者を刺すことにすれば良いですけど……

 

「あ、あのー……」

 

 やっぱりそれだけじゃあ物足りないですから、もう少し何か……

 

「えーっと……、どなたにお話しているんでしょうか……?」

 

 ………………。

 

「ひっ!? ご、ごめんなさいっ!」

 

 無言の眼力の勝利ー。

 

 ――とまぁ、グチグチ五月蠅い明石を黙らせたんですが、状況説明はこのくらいにしてとっとと始めちゃいましょうかねー。

 

 あっ、ちなみにここは例の如く地下室で、明石は簡易ベッドの上に寝転がっています。もちろん両手両足は拘束済みですけどねー。

 

 佐世保鎮守府にもちゃんとこういった施設はあるんですねー。憲兵=サンありがとー。

 

「それじゃあ、まずは尋問から始めましょうかー」

 

「じ、尋問っ!?」

 

 明石はその言葉を聞いて身体を大きく震わせましたが、拘束された状態で寝ているので自由には動けません。

 

 まぁ、動けたとしても逃げられませんけど、ことを潤滑に進めるにはこれが一番ですよねー。

 

「それでは1つ目ですー。

 明石は佐世保鎮守府内において、艦娘にあるまじき行動をしていたことを認めますかー?」

 

「え、ええっと、それってどういう……」

 

 焦りながらも白けた表情で問いかけてくる明石に、私ニッコリと笑いながら口を開きます。

 

「ストレス発散をしたいがために、整体と称して激痛ツボを押しまくっていませんでしたかー?」

 

「ぎくぅっ!」

 

「ちっちゃい駆逐艦たちに無理矢理着せ替えをしていませんでしたかー?」

 

「さ、最近はやってないよっ!」

 

「つまり昔はやっていたってことですよねー?」

 

「ぎくぎくぅっ!」

 

「更にその動画をネット上に公開しようとしていませんでしたかー?」

 

「そ、それはしてないよっ!」

 

 大きな声で反論する明石ですけど、額に浮かんでいる汗の量が半端じゃないですよねー。

 

「なるほど……。ネット上には公開していないけど、近いことはやっているみたいですねぇ」

 

 私はそう言ってから、明石の机の引き出しに入っていた数枚のディスクを取り出します。

 

「……あっ!」

 

「おやおやー、どうしたんですかねー?」

 

「そ、そそそっ、それは……っ!」

 

「中身はどうやら動画データの用ですけど……、身に覚えはありますよねー?」

 

「ぎくぎくぎくぅっ!」

 

 もちろん中身はチェック済み。ちっちゃい駆逐艦たちが半泣きになりながらも着替えを明石に強要されているシーンが収められていました。

 

 しかも目の部分だけ黒線が入っているとか、完全に狙っていますよねー。

 

 おそらくは裏のルートで流そうとしていた……と考えられますので、これはきっちりと回収させていただきます。

 

 もちろん帰ってから存分に使わせて……げふんげふん。

 

 今のは言葉のアヤです。気にしないよーに宜しくですよー。

 

「他にも色々あるみたいですけど、何より問題だったのは……先生が被害を被った件ですねー」

 

「え……、せ、先生って……幼稚園の……?」

 

「ええ、そうですよー。

 先生が不能になったおかげで、私に仕事が舞い込んできたんですからー」

 

「そ、それじゃあヤン鯨……じゃなくて、大鯨さんが私にオシオキをするように依頼したのって先生なのっ!?」

 

「残念ですが違いますねー」

 

 もちろん詳しいことを言うつもりはありませんが、依頼者である愛宕のことを考えて発言した方が良いみたいです。

 

 そんなことを考えながらも、明石誘拐事件を捏造して先生を犯人扱いしちゃいましたけどねー。

 

 まぁそこはもう1つの依頼であるお灸をすえるという意味に当てはまりますし、多分大丈夫でしょう。

 

「な、ならいったい誰が……」

 

「そこまで答える筋合いはないですけど、そんなことよりも自分の心配をしなくても良いんでしょうかー?」

 

「……ひぃっ!」

 

 私の会心スマイルをしつつ、背中から湧き上がる黒いオーラをマックスで。

 

 これで震えない相手はそうはいませんが、そんなに怖いんですかねぇ……?

 

 鏡で見ると、とーっても可愛いのにー。

 

 あっ、こんなことを言っちゃっていますけど、決してナルシストじゃないのであしからずですよー。

 

「ではそろそろ、オシオキを開始しちゃいましょうかー」

 

「や、やだやだっ! お願いだから許して下さいっ!」

 

「それは無理ですよー。

 どう考えても悪いことをしまくっていましたし、私も依頼を受けている以上見逃すことはできません。

 それに、溜まりまくったフラストレーションを解消するためにも、生贄になってもらわないとー」

 

「最後の勝手な理由ですよねっ!?

 どう考えても理不尽ですよねっ!?」

 

「でも最初のだけでもオシオキ確定ですよー?」

 

「うぐぅっ!」

 

 どこぞの鯛焼き大好き少女ですか……と心の中で突っ込みながら、ベッドの上に居る明石の身体を無理矢理うつ伏せにしちゃいます。

 

「な、なななっ、何をするつもりなんですかーーーっ!?」

 

「さっきも言った通り、オシオキですよー?」

 

「どう考えても嫌な予感しかしないんですけど、私はどちらかと言えばタチ……ふぎゃあっ!?」」

 

「いったい何を考えているのやらって感じですけど、私が今やろうとしているのはツボ押しですよー?」

 

「そ、それはこの痛みで……ひぎぃっ!」

 

 まずは背中にある沢山のツボの中から、とびっきり痛いところを押しまくります。

 

「痛い痛い痛いっ!」

 

「そりゃあ痛くなかったらオシオキじゃないですよねー」

 

「半端じゃないほど痛いからっ! どう考えても耐えられないからぁっ!」

 

 叫びまくる明石ですが、知ったこっちゃないですねー。

 

 先生を庇うつもりはありませんが、不能になったツボの流れはおおよそ予想がつきますし、同じくらい痛かったと思うんですよねー。

 

 まぁこの辺りは依頼主である愛宕の怒りってことで、暫くは我慢してもらわないといけませんねー。

 

「きぃぃぃやぁぁぁっ!」

 

「うーん。良い声で鳴きますねぇー」

 

 背中から坐骨神経まで下り、更には膝裏の疲労を狙ってツボ押しです。

 

 ぶっちゃけて終わった後は揉み返しがきますけど、その後は楽になるんだから結果オーライじゃないですかねー。

 

 もちろんそれ相当の痛みは伴いますけど、そこはまぁオシオキなんで。

 

 むしろ楽になる方がおまけですからねー。

 

「それじゃあそろそろ本番に行きましょうかー」

 

「ひぎぃ……って、まだ本番じゃなかったのっ!?」

 

「今のは普通の指圧による疲労抜きコースですよー?」

 

「め、滅茶苦茶痛かったんですけどっ! あんなの今まで感じたことなかったんですけどっ!?」

 

「それじゃあ今から押すツボだと、発狂しちゃうかもしれませんねー」

 

「いやあぁぁぁっ! 止めてぇぇぇぇぇっ!」

 

 言葉だけ聞くとエロいですねー。

 

 明石の口から、ハァハァと息が上がりまくりですし。

 

 私のテンションも、ちょっとずつ上がってきましたよー。

 

「ではでは続けて足裏いきますよー」

 

「お願いぃぃぃ……ぎにゃぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

「まずは踵にある坐骨神経ー。更に尾骨と膝&お尻を両側サンドですねー」

 

「踵が痛いぃぃぃぃぃっ!」

 

「ふむふむー。それじゃあこっちの小腸はどうですー?」

 

「ぴぎゃあぁぁぁぁぁっ!」

 

 うーん。本当に良い声ですねー。

 

 あまりに良過ぎるので、ついつい力が入っちゃいますよー。

 

「グリグリするのが痛あぁぁぁいぃぃぃっ!」

 

「オシオキですからねぇ」

 

「お願いだから止めてぇぇぇっ!」

 

「オシオキですからねぇ」

 

「何でもするから助けてぇぇぇっ!」

 

「今なんでもするって……ごほん。オシオキですからねぇ」

 

「ふぎゃあああああぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」

 

 思わず乗りそうになってしまったのを誤魔化すように、明石の両足の人差し指と中指の第一関節裏をゴリゴリと押しちゃいました。

 

 ここは主に目のツボなんですけど、半端じゃないほど痛がっているって……あれ?

 

「ぶくぶくぶく……」

 

「ありゃー。泡を吹いちゃっていますねぇ……」

 

 この程度の痛みなんかで気絶するなんて、根性がないですよねー。

 

 仕方ないので、明石の両肩を担いで上半身を逸らせます。

 

「まだまだ許しはしないですけどねー……っと」

 

 

 

 ゴキュッ

 

 

 

「ぴにゃあぁぁぁぁぁっ!?」

 

「はいはい、気付け完了ですねー。

 それじゃあ続けて前側を逝っちゃいましょうかー」

 

「漢字が既にヤバいんですけどっ!?」

 

「突っ込みを入れられるようなら大丈夫ですよねー」

 

「大丈夫じゃないですぅぅぅっ!」

 

「それじゃあ景気つけに胸部中央のアバラ部分を……」

 

「それ殺し屋でも泣き叫ぶレベルの場所じゃ……~~~~~~~っ!」

 

「はいはいー。ぐりぐりー、ぐりぐりー」

 

「ぎぃ…………っっっっっ!」

 

「おやおやー。声も出ませんかー?」

 

「あが……ぎ……ぃぃぃ……っ!」

 

「それじゃあこっちはどうですかねー?」

 

「も、もう止め……てぇ……っ!」

 

 うふふー。良いですよ良いですよー。

 私ったら興奮しまくってきちゃいましたー。

 

 私が満足するまでの間、明石には頑張ってもらうということで。

 

 もちろん後遺症は残らない程度に。

 

 精神的にはまいっちゃうかもしれませんけど、その辺りは上手く調整していきます。

 

 それじゃあ思いつく限りのツボを、どんどんやっちゃいましょうかねー。

 

 

 

 あははははー♪

 




次回予告

 明石のオシオキを終えた後は、まだやらなければいけないことが残っています。

 ……ということで、やってきましたとある部屋。
顔見知りである者に会い、次の手へと移ることに……。


 艦娘幼稚園 第二部 スピンオフシリーズ
 ~ヤン鯨編~ その7「答え:実はヤン鯨(前章15話のサブタイトル)」


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その7「答え:実はヤン鯨(前章15話のサブタイトル)」

 明石のオシオキを終えた後は、まだやらなければいけないことが残っています。

 ……ということで、やってきましたとある部屋。
顔見知りである者に会い、次の手へと移ることに……。



 夜通し明石のオシオキやりを終えた私は、地下室からとある場所へと向かいました。

 

「ここですねー」

 

 目の前には何の変哲もない白色の扉があり、視線の高さくらいに1枚のプレートが貼られています。

 

 私はそこに書かれている文字を確認してからノックをし、返事を待たずに扉を開けました。

 

「……あれ? まだ返事をしていないんだけ……あっ」

 

「どもどもー。お久しぶりですー」

 

 私は驚いた表情で固まっていた彼女に話しかけながら手を振ります。すると彼女はそんな私を見て、もの凄く落胆したように肩を落としました。

 

「……なんで佐世保にきてんのよ」

 

「それはもちろん、お仕事があったからですよー」

 

「それっていったい……。いや、聞かない方が良いかなー」

 

「いえいえ。別にあなたになら話しても良いんですけどねー」

 

 そう言って私は満面の笑みを浮かべると、彼女は更に嫌そうな顔を浮かべました。

 

 そんな風に邪険に扱わないで欲しいんですけどねぇ……。

 

「それで……、わざわざここにきた理由はいったい何?

 まさかただ会いに……って訳じゃないんでしょ?」

 

「話が早くて助かりますねぇ。

 実はちょっと先生に用事がありましてー」

 

「先生って……、あの幼稚園の?」

 

「ええ、その先生ですよー」

 

「………………」

 

 彼女は私の顔を数秒間ジッと見つめてから、小さなため息を吐きました。

 

「あの子は何も悪いことはしていないと思っているんだけど、それ故に性質が悪い……。

 それくらいのことは調査済みってことだよね?」

 

「もちろん調べてありますし、以前に一度会っていますからねぇ」

 

「……そう……か。なら仕方無い……と言いたいところだけれど」

 

 彼女はそう言いかけると同時に、懐に手を入れようとしました。

 

「勘違いされても困るんですけど、私のターゲットは既にオシオキ済みですよー?」

 

「……それはつまり、手遅れと言いたい訳?」

 

「いえいえー。今回の仕事は明石を懲らしめる……ですからねー」

 

「……本当に?」

 

「ええ。大鯨の名に誓って」

 

「そう……。なら、信じなければならないかー」

 

 言って、彼女は懐に伸ばそうとしていた手を広げ、呆れたようなジェスチャーをしました。

 

「とはいえ、明石がターゲットとはねぇ……。

 まぁ色々とやり過ぎていた噂はあったから、仕方ないのかもしれないけどさー」

 

「それを放置していたあなたにも、問題があると思うんですけどー?」

 

「……やめてよ。もう私は足を洗って真っ当に過ごしているんだから」

 

「真っ当……ねぇ……」

 

 彼女が言うような真っ当とやらがどんなものかは知りませんが、それは難しいと思うんですよねー。

 

 でも、彼女に喧嘩を売るつもりはありません。旧知の仲ってこともありますけど、こんなところでドンパチをやってしまったら仕事に影響しちゃいます。

 

「まぁ、そんなことよりお願いごとを聞いてもらいたいんですがー」

 

「……そうだったね。それで、お願いごとっていったい何なのかな?」

 

「ちょっとばかり服とか色々借りたいんですけどー」

 

「……なにをする気?」

 

 またもやすんごいジト目で見られているんですけど、別にやましいことをするつもりは……ないと思うんですけどねー。

 

 言いきれないところがアレですけど、そこは黙っておきましょう。

 

「だからさっきも言ったように、先生に用事があるんですよねー」

 

「前に一度会っているんだったら、堂々と行けば良いじゃないのかな?」

 

「残念ながらそういう訳にもいかないんですよー」

 

 私がそう答えると、彼女は一度目を閉じてから息を吐きました。

 

「……それも仕事ってこと……か」

 

「そう理解してもらって大丈夫ですよー」

 

「正直に言って、理解しがたいけどね……」

 

「あれあれー、あなたも元は同じだというのにですかー?」

 

「だからもう足は洗ったって言っているよね?」

 

「一線から退いたとしても、私たちの血からは抗えませんよー?」

 

「………………」

 

 ギリィ……と、歯ぎしりをする音が聞こえましたが、私は気にせず言葉を続けます。

 

「あなたも私も、元はおな……」

 

「それ以上は止めて」

 

「目を逸らしたとしても同じだと思うんですけどねー」

 

「……っ」

 

 彼女の歯ぎしりが大きくなったところでこの話を進めるべきではないと思った私は、小さくため息を吐いてから再度問いかけました。

 

「それで、服装とその他一式を……貸してもらえますかー?」

 

「……そこのロッカーに白衣が入っているから、勝手に持って行って」

 

「うふふー。ありがとうございますねー」

 

 私はペコリとお辞儀をしてからロッカーに向かい、中から白衣を取り出して袖を通します。

 

 そして髪にネットをかけてから用意しておいたカツラを被り、ロッカーの扉に取り付けられている鏡を見ながらセットをしていると、彼女が背中越しに声をかけてきました。

 

「これだけは約束してくれないかな……」

 

「……ん、なんでしょうかー?」

 

「先生に……、私のことだけは話さないで」

 

「それはもちろん言うつもりはないですよー。

 あなたにとっても私にとっても、あまり良い思い出ではありませんからねー」

 

「そう……。くれぐれも宜しくね……」

 

 彼女はそう言って、大きくため息を吐きました。

 

 別に知られたところで問題があるとは思えないんですけど、彼女なりの心配があるんでしょうか?

 

 どちらにしろあの事件は既に闇に葬られましたし、先生が知り得るとは思えません。

 

 でも私にはどうでも良いことなので、次の作業に移りましょうかねー。

 

 ということで、身だしなみを整えてから出発でーす。

 

 

 

 

 

 はーい。到着しましたー。

 

 あいもかわらずショートカットです。決して手抜きじゃないのであしからずー。

 

 ちなみに先生の居所は牢屋かと思っていたんですが、昨晩明石にオシオキをしているうちに安西提督が帰ってきたようで、既に解放されていたらしいんですよー。

 

 面倒臭いことをしてくれたなぁと思ったんですが、安西提督も立場上やらなければいけないこともあるんでしょうし仕方ありません。

 

 どっちにしても居場所が分かれば問題なしだったんですが、どうやら先生は怪我を負ったとか。

 

 不能に関しての噂を聞きつけたから診察してあげようって感じで会おうと思っていたんですけど、現在病室で療養中ならその理由すら必要がなくなりました。

 

 まぁ結果オーライなんで問題はないんですけど、一度牢屋に向かった手間がもったいなかった気がします。

 

 このフラストレーションは先生をちょこっとだけいじめれば良いかなーと思いながら病室の前にやってきたら、何やら中の雰囲気が怪しいんですよねー。

 

 少しだけ部屋の扉を開けて様子を伺ってみたんですが、先生の身体を龍驤が拭いているようです。

 

 それだけなら問題はなさげですが、龍驤の表情を見る限りあまり宜しくありませんねー。

 

 結構好みなのに……じゃなくて、愛宕から受けた依頼内容に引っかかりますから、これは止めさせないといけません。

 

 ということで、この隙間から脅し的な意味を込めて……、

 

 

 

 大鯨サーチアイ、発動ー。ペカー。

 

 

 

 説明しよう。

 

 大鯨サーチアイとは、電探などを使わなくても敵艦の位置を割り出すことができる能力を持ち、更には探照灯の代わりにもなる優れた能力なのだ。

 

 もちろんこれを使えるのは優れた才能と努力を惜しまず鍛錬した大鯨のみ。従って、並みの艦娘では使用不可なのだ!

 

 ちなみに色も変更可能で、現在は恐怖を醸し出す為に赤色にしている。まさかの深海棲艦っぽい色合いに、ちっちゃな駆逐艦たちに向けちゃダメだぞっ!

 

 

 

 ……なんだか変な解説が入りましたけど、まぁそういうことですー。

 

 ついでに恐怖感を増す為に、首を思いっきり横に倒して縦の隙間に両目を配置しちゃいます。

 

 これで万事おっけー。あとはわざと気づかれるように、威圧オーラをドーーーン!

 

 なんだか龍驤が私のことを変な感じに話しているので、更に威力を増して……ドーーーーーンッ!

 

「……なんや、すんごい嫌な気配を感じたんやけど?」

 

「き、気のせいじゃないかな?」

 

 案の定すぐに違和感に気づいた龍驤と先生は辺りをキョロキョロと見回しています。

 

 あっ、先生がこっちに気づきましたねー。

 

 サーチアイの光源を更にアップですよー。

 

 ついでに威圧感を更に上げちゃいますー。

 

「ん……、どないしたん? そんなけったいな顔なんか浮かべて……」

 

「い、いや……。扉の方に……ヤバいモノが見えるんだけど……」

 

「扉の……方……?」

 

 先生の言葉に促された龍驤はこちらを見た瞬間、ビクリと大きく身体を震わせました。

 

 表情は完全に驚いていて、慌てっぷりが溜まんないですねぇ。

 

「な、なななっ、何やアレッ!?」

 

「わ、わわわわわ、分かる訳……ないだろっ!」

 

「ど、どう考えてもヤバ過ぎへんっ!?」

 

「だだけどここから逃げようにも扉以外には窓しか……」

 

「そ、そうやっ! 窓があったわっ!」

 

「えっ、ちょっ、ちょっと龍驤っ!?」

 

 完全に怯えきった龍驤はベッドから転げ落ち、窓を勢い良く開けて飛行甲板の巻物を取り出しました。

 

 おやおやー。どうやら逃げるみたいですねぇ。

 

 そうは問屋が卸しません。出る杭は打たなければいけませんよねー。

 

 もちろんこれも仕事のうちですし、ちょーーーっとばかりイラっとしちゃいましたからー。

 

「そ、そしたら帰らせてもらうわっ!」

 

「は、薄情にも程があるし、それは漫才師の終わり方だぞっ!?」

 

「ほなさいならーーーっ!」

 

「嘘ーーーっ!?」

 

 先生の大きな声を背中越しに聞きながら私は隣の部屋に移って窓を開け、龍驤が逃げようとする方へと向かいます。

 

 おそらくは飛行甲板を使ってハンググライダーのようにするんでしょうから、開けた場所に行けば……

 

あっ、きましたねー。

 

 ふわりと空中を漂いながらこちらに下りてくる龍驤に見られないように身を隠した私は、着地を狙って飛びかかります。

 

 3,2,1……ここですねー。

 

「ていっ!」

 

「にょわっ!?」

 

 龍驤の足が地面に着いた瞬間、私は下半身タックルを見事に決めてそのまま植え込みの方へとお持ち帰りー。

 

「なななななっ!?」

 

 慌てふためく龍驤ですが、知ったこっちゃないですよー。

 

「なんなんっ!? いったいこれはなんなんーーーっ!?」

 

「あははー。喚いたって無駄ですよー?」

 

「……っ! ちょっ、あ、あんたはもしや……っ!?」

 

「呼ばれて飛び出て……げふんげふん。

 危うく歳がばれちゃうところでしたー」

 

「た、たたた、大鯨っ!」

 

「大正解でーす。それではご褒美にオシオキターイム♪」

 

「なんでなんっ!? ウチがいったい何をしたんっ!?」

 

「それは自分で考えましょうねー」

 

「か、勘忍やっ! や、やめ……ぐふっ!」

 

 あまり大きな声をあげられちゃうと周りに気づかれてしまうので、腹部にかるーく当て身を一発。

 

 大人しくなりましたので、ちょーっとばかり人気のない所に連れ込んじゃいましょうー。

 

 えっ、いったい何をするのかですってー?

 

 うふふー。乙女の秘密ですよー。

 

 

 

 




 今回はちょっとした余談を。

 女性医師とヤン鯨の関係

 小説投稿サイト『ハーメルン』の感想板で盛り上がって生まれたヤン鯨。
 そして更に続いたヤン鯨大戦。
 女性医師はヤン鯨大戦で登場したヤン鯨のクローンの1人だった……のかもしれない。

 ……と、真相は謎のまま置いときますねー。



次回予告

 龍驤にちょっとOHANASHIをしようと思っていたのに、邪魔が入ってしまいました。
仕方ないので最後の仕事、先生への釘刺しに移りまーす。

 そして、今回はこの辺でお開きでしょうかー。


 艦娘幼稚園 第二部 スピンオフシリーズ
 ~ヤン鯨編~ その8(完)「謎は全て解けましたかー?」


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その8「謎は全て解けましたかー?」(完)

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 龍驤にちょっとOHANASHIをしようと思っていたのに、邪魔が入ってしまいました。
仕方ないので最後の仕事、先生への釘刺しに移りまーす。

 そして、今回はこの辺でお開きでしょうかー。



 

 再び先生が居る病室の前ですー。

 

 ちなみに現在私はプンスカ状態です。すんごい怒っています。

 

 せっかく龍驤を捕まえたのに、良いところで日向に邪魔されてしまったんですよー。

 

 偶然かどうかは知りませんが、「仕事に関係のないことは止めて欲しいのだが」と言って、ジト目を向けてきたんですよねー。

 

 確かに明石と先生に直接関係はないとはいえ、間接的には愛宕の依頼に関わるんですけど……。

 

 風紀的にどうかと持ちだされると、ちょっと立場的に弱いですからねー。

 

 安西提督に許可を貰いましたが、正規でここにお邪魔している訳じゃないですから仕方ないってところでしょうか。

 

 でもやっぱり納得できませんので、先生でフラストレーションの解消をしちゃいます。

 

 ということで、扉をノックしながらさっさと開けちゃいますー。

 

「はいはーい。診察の時間ですよー?」

 

「なんで疑問形で入ってくるのかが気になるんですが、それより先に返事をまだしていないんですけどね」

 

「別にこの部屋には先生しかいないから問題ないんじゃない?

 それとも、怪我人だからとか言って甘えた感じで誰かを連れ込んで、ニャンニャンしていたって訳でもないんでしょ?」

 

「べ、別にしてませんけど……」

 

「なら良いんじゃないかなー」

 

「は、はぁ……」

 

 先生は落ち込んだように肩を落としていますが、どうやら私のことは女性医師だと認識していますねー。

 

 しっかりと変装はしていますし、そもそも彼女と私は殆ど同じですからねー。

 

「それにさ、世の中には気にしちゃいけないことが沢山あるんだよ?」

 

 私の仕事についても、今回の先生の処遇についても、気にしちゃダメなんですよー。

 

「だからどうして疑問形なんですか……」

 

「乙女に秘密はつきものなんだよ?」

 

「乙女って歳なんですかね……」

 

 ……ムカッ。

 

 ちょっと腹立ったので、持っていたボールペンを……とうっ!

 

 

 

 ヒュンッ!

 

 

 

「……っ!?」

 

「あれれー、手が滑っちゃったー」

 

 先生の頬を掠めるように投げたボールペンは、真っ白な壁に突き刺さってビィィィンッと震えています。

 

 うんうん、ナイスストレート。バッチリ三振取れますねー。

 

「あ……ぅ……」

 

「変なことを言っちゃダメだよー。

 ボールペンだけじゃなくて、たまーにメスなんかも持ち歩いているんだからー」

 

「わ、わわ、分かりました……っ!」

 

 先生は慌てて敬礼をしましたけど、身体のあちこちが痛むのか顔を歪ませていますねー。

 

 なんだかその表情がそそるので、ちょっといたずら……は止めておいた方が良さそうです。

 

 後々面倒なのは別に構いませんけど、まずは仕事をちゃっちゃと済ませてしまいましょうー。

 

 ボールペンを先生に取ってもらって、脅しを込めた絵をカルテに描いて、『浮気者は死すべし』って追加しておけば大丈夫ですよねー。

 

 

 

 

 

 それから先生の不能について症状を聞き、明石から聞きだした話と照らし合わせながら原因を考えていきます。

 

 おそらくは下半身への血流阻害でしょうし、それほど難しい治療じゃなさそうです。

 

 医師である彼女に任せる手もありますけど、ここは問題を起こした明石自身に治療をさせるべきでしょう。それに愛宕からもそうするようにと言われていますし。

 

 先生から明石の居場所を問われましたが、上手く言葉で転がしつつ話を逸らしちゃいます。

 

 危うく依頼のことを話しかけちゃいましたけど、どうしてなのかは分かりません。

 

 もしかすると先生のスキルとか、そういうことだったりするんでしょうか?

 

 対面して話していると、何だか引き込まれちゃう感じがしますし……。

 

 これって、魔性とか誘惑の魔法みたいなのがかかっちゃったりしていません?

 

 もしそうだったら危険度Sクラスですけど、さすがに青葉に貸しだした本にも治療法は載っていなかったはずなんですよねー。

 

 まぁ、先生本人が気づいていないうちはそれ程脅威にもならないでしょうし、問題視されるようになったら私の出番になるでしょう。

 

 そうなったときには、オシオキという手段で存分に可愛がってあげますけどねー。

 

 

 

 

 

「……ということで、先生の治療法はこんな感じですー」

 

「は、はい……。ワカリマシタ……」

 

 そうして私は明石の元に戻り、先生の治療方法と今後についてのお話をしました。

 

 日向にも同席してもらって治療の際に問題が起きないようサポートするように伝え、これで仕事はひと段落になりました。

 

「しかし分からんな……」

 

「おやおやー、何がですかー?」

 

「なぜキミが先生の治療まで手を貸そうとするのだ。

 あくまで今回ここにきたのは明石を懲らしめる為と、先生の女癖についてだったはず。

 しかも先生の件についてはキミが言うようなことは……」

 

「なかった……ですかー?」

 

「……全くとは言えなかったものの、危険視する程ではないと感じた。

 だが、心の中に引っかかるものを感じたのもまた事実ではあるが……」

 

 日向はそう言いながら表情を曇らせます。

 

 これは……、何かあったんでしょうかねー?

 

「それが分かっていれば大丈夫だとは思うんですけどねー」

 

「ならばやはりおかしいだろう。

 先生が問題というのなら、不能を治療する必要性は皆無ではないのか?」

 

「ええ。それは正論なんですけど、これも仕事のうちなんですよー」

 

「………………」

 

 なぜ……と言いたそうな顔で私の目を見る日向は、腕を組みながら息を吐きました。

 

「詳しくは言えませんけれど、依頼者の要望に先生の不能を治療するということが含まれているんですよねー」

 

「それはつまり……、先生の彼女とかそういう相手……なのか?」

 

「さぁー。そんな感じには見えませんでしたけどねー」

 

 友達以上恋人未満。

 

 私にはそんな風に見えましたし、先生に告れる度胸があるとも思えません。

 

 あー、でも愛宕が先生を押し倒していたらそうとも言えませんかー。

 

 ……何そのシチュエーション。ちょっと面白そうなんですけど。

 

「……そうか」

 

 すると日向は少しホッとしたようにため息を吐き……って、なんだか怪しいですよ?

 

 でもこれはこれで面白い……かもしれませんし、見なかったことにして放っておきましょうかねー。

 

「それじゃあ後のことは宜しくお願いしますねー」

 

「ああ、分かった」

 

「ワ、ワカリマシタ……」

 

 コクリと頷く日向とガタガタ震える明石に手を振った私は、佐世保の外へと向かいます。

 

 安西提督に挨拶をしても……と思いましたが、また驚かしても可哀想ですから止めておきましょう。

 

 どうせ日向から報告は受けるでしょうし、話すこともあまりありませんからねー。

 

 あとは明石と日向の行動を潜伏中の青葉がしっかりと確認し、愛宕の元に情報を送ればお仕事は終了。

 

 その間やることもありませんし、逃がした魚……じゃなくて龍驤の顔を見るとちょっとだけ気まずいですから、さっさと佐世保から離れるに限ります。

 

 今のところ別のお仕事は入っていませんから、のんびりさせてもらいましょうか……おや?

 

 

 

 ピリリリリッ、ピリリリリッ……

 

 

 

 私のスマホが鳴っているー……っと。

 

「はいはーい。大鯨ですよー」

 

『もしもし。実はちょっと厄介なことが起きたんだけど……』

 

「ふむふむ……。あら、そうなんですかー。

 わっかりましたー。早速向かいますねー」

 

 手が空いた途端に用事ができちゃいましたねー。

 

 お仕事じゃないのでオシオキできそうにないですけど、さすがに見過ごすことができない可能性があるというのは困ります。

 

 おそらくは高みの見物になるんでしょうが、ぶらっと向かっちゃいますかねー。

 

 ということで、今回はこの辺でお開きにしますー。

 

 

 

 ではでは、さよなら、さよなら、さよーならー。

 

 

 

終わり

 




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 これにてヤン鯨編は終了いたしました。
今章は前章の謎解き&ヤン鯨進出となりましたが、今後どういった風に関わるかは不明であります。
 ですが、どこかでまたオシオキをするヤン鯨が……いるかもしれません。

 さて、次回も艦娘幼稚園はスピンオフで進みます。
次のメインは……プリンツ・オイゲン。
ビスマルクを奪い去ろうとする? 先生をどうにかしようと考えていたプリンツですが、どうやら雲行きが怪しい感じに……。

 はたしてプリンツはどうなってしまうのか。
先生の無意識による毒牙に対抗することができるのか。


次回予告

 プリンツ・オイゲン大ピンチ!
先生にビスマルク姉さまが盗られちゃう!

 だから私は先生に対立していたはずなのに……。


 艦娘幼稚園 第二部 スピンオフシリーズ
 ~プリンツ編~ その1「今までの経緯」 


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スピンオフ ~プリンツ編~
その1「今までの経緯」


 今回からプリンツ編が開始ですー。


 プリンツ・オイゲン大ピンチ!
先生にビスマルク姉さまが盗られちゃう!

 だから私は先生に対立していたはずなのに……。


 

 Guten Morgen!

 

 私は佐世保鎮守府にある幼稚園に通っている、プリンツ・オイゲン。元気が取り柄のビスマルク姉さまをお慕いする、ちょっぴりちっちゃな重巡ですっ。

 

 今日も一日頑張ろう……って思うんですけど、最近はちょっと憂鬱気味。

 

 同じ幼稚園に通う友達のレーベやマックスに相談する訳にもいかず、本当に困っちゃっているんです。

 

 まぁ、ユーにはちょっとだけ話しちゃったけど、あれはノーカンってことにしておきたいし……。

 

 はっ! べ、別に嬉しかったとかそういうのじゃなくて……。

 

 い、良い訳なんかじゃないですっ! い、今のは聞かなかったことにして下さいっ!

 

 ………………。

 

 ……え、えっと、その……ですね。

 

 色々……あったりするんですけど……、

 

 ま、まぁ……、結果的には……その……、

 

 

 

 嬉しかった……のかな……?

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 数日前、私はビスマルク姉さまと口喧嘩をして幼稚園を飛び出した。

 

 喧嘩の切っ掛けは先生と交遊を深めるのをやめて下さいと私が言ったからだ。

 

 ビスマルク姉さまの行動は目に余るモノがあったし、これに関しては幼稚園のみんなもそう思っている。

 

 先生が不能になったという噂を聞いてホッとしたのもつかの間だっただけに、私としては本当に我慢がならなかった。

 

 だからこそ私はビスマルク姉さまに面と向かってやめて下さいと言ったのに、断固として頷いてくれず完全に拒否をされてしまった。

 

 そのときにビスマルク姉さまの顔がもの凄く冷たく見えた私は、次第に目に涙が湧き上がり、いてもたってもいられずに幼稚園を飛び出してしまった。

 

 気まずい気持ちと同時に、やっぱりダメなんだという思いが心の中を埋め尽くしてしまったからなんだよね……。

 

 

 

 そして私は海の方へ走り出そうとした。

 

 遠い祖国の方を眺めながら、思い出にふけろうと思ったからだ。

 

 だけどそんな私の気持ちを阻害するように、先生がもの凄い顔で追いかけてきた。

 

 先生は私がどれだけ嫌がっても、捕まえようと走ってくる。

 

 元々は先生が幼稚園にこなかったらビスマルク姉さまはこんなことにならなかったのに……という怒りが沸々と湧きあがり、私はいつものようにタックルをお見舞いしようとした。

 

 半分はやつあたり。もう半分は顔を見るのが怖かったから。

 

 だから私はタックルをする為に反転したとき、先生の顔を見なかった。

 

 目を瞑って声のする方向へと駆け出していく。だけど、そんな攻撃が当たるはずもない。

 

 先生に背後を取られた私は、離して欲しいという一心で叫び続けた。

 

 

 

「は、離して下さいっ! この変態ーーーっ!」

 

「人聞きが悪いことを言うんじゃないっ!」

 

「変態に変態と言って何が悪いんですかっ!」

 

「俺のどこが変態だっ!」

 

「だ、だって、先生は不能なんでしょうっ!」

 

「………………は?」

 

 

 

 言った瞬間、しまったと思った。

 

 正直に言って、先生はビスマルク姉さまを狙う敵。

 

 だけどここ数カ月の間、私は先生の授業を受けているうちに悪い人ではないと気づいていた。

 

 ただ、少しだけ勘違いをさせやすい行動を取ってしまうだけ。

 

 それが問題だということを先生本人は気づいていないようだけど、私にとってプラスになると指摘はしなかった。

 

 結果的にレーベやマックス、それに鎮守府にいる何人かのお姉さんたちの視線が、少しずつ変わってきているみたいだし。

 

 そこからビスマルク姉さまの機嫌が悪くなって、後々先生を見切ってくれればと思っていた。

 

 だから、私はちょくちょく牽制というタックルを放ちつつ、様子を見守っていただけなのに。

 

 言葉にしてはいけないことを、私は言ってしまったのだ。

 

 

 

「この間のスタッフルームでビスマルク姉さまと話していたこと……しっかりと聞きましたからっ!」

 

「ちょっ、あ、アレを聞いていたのかっ!?」

 

 一度言ってしまったら最後、私の口は止まらなかった。

 

 いや、止まってくれなかったのだと思う。

 

 おそらくこれもやつあたり。

 

 ビスマルク姉さまへの思いが空回りし、原因である先生への直接攻撃。

 

 肉体的ではなく精神的に。

 

 私も同じ思いをしたのだから少しでも味わって下さいと言いたげに、私は叫んでしまったのだ。

 

 

 

「先生が不能だったらビスマルク姉さまも離れていく……。そう思っていたのに、どうしてなんですかっ!」

 

「ど、どうしてって言われてもだな……」

 

 

 

 本音をぶちまけた。

 

 先生はうろたえるように、そして困り果てるように頬を掻いていた。

 

 私の頭の中は沸々と湧きあがる怒りと悲しみに染まり、目から沢山の涙がこぼれ出す。

 

 恩人であり、思い人であり、信頼する人であるビスマルク姉さまを私から奪わないで下さい。

 

 その一心で、叫び続けた。

 

 冷静になって考えてみれば、今の私は駄々をこねる子供。

 

 いや、実際に私は子供なんだけれど、ここまで聞きわけがない場合は怒られたって仕方がない。

 

 ましてや先生の不能を大きな声で叫んでしまったのだ。

 

 それも鎮守府内とはいえ、公衆の面前で。

 

 それなのに先生は怒るどころか、真剣な表情で私を諭すように語りだした。

 

 

 

「なあ、プリンツ……」

 

「……なん……ですか」

 

 

 

 私の視線は先生に向けたまま。

 

 本当は先生が怒るべきはずなのに、私の顔はしかめっ面をしていただろう。

 

 

 

「プリンツの気持ちは、ビスマルクに伝えたのか……?」

 

「そ、それ……は……」

 

 

 

 その言葉に私の顔と、心が一変する。

 

 私はビスマルク姉さまにお願いをした。

 

 先生の不能を治す方法を探さないで下さいと。

 

 先生と交遊を深めるようなことをしないという意味で。

 

 面と向かって言った筈なのに、私は本質を一切話していない。

 

 そしてもっと言えば、

 

 

 

 私の本当の気持ちを、ハッキリと口に出して言っていなかった。

 

 

 

「ハッキリと、面を向かって言ったことがあるのか?」

 

「………………」

 

 

 

 それを、先生は私に突きつけるように言い放った。

 

 いや、実際はそうではなかったのだろうけれど、先生の言葉が鋭い矢のように私の心に突き刺さる。

 

 あまりにも的確過ぎたその言葉に、私はその場に崩れ落ちそうになる。

 

 

 

「……っ!?」

 

 

 

 抱き締められた。

 

 先生は優しく、私の身体を受け止めるように抱き締めてきたのだ。

 

 驚きと、そして得もいえぬ不安から、私は先生の顔を見た。

 

 ニッコリと笑みを浮かべた先生は、私の頭を優しく撫でてくれる。

 

 全く怒っていない。

 

 あんなことを言われても、怒りというモノを微塵も見せないような笑顔に、私の目から更に涙がこぼれ出る。

 

 それを見られたくない私は、不機嫌な顔を取り繕って俯いた。

 

 この場にいるのが辛くて。

 

 なのに、先生から離れたくなくて。

 

 私の心はバラバラになったパズルのピースを無理矢理くっつけるように、不可解な行動を取っていたのだ。

 

 

 

「プリンツが1人でできないのなら、俺がサポートをしてやるから……」

 

「どうして……なんですか……?」

 

 

 

 これは本音。

 

 だけど、先生の言う意味は分かっている。

 

 先生自身がビスマルク姉さまと交遊を深める気はないということを、私は分かっている。

 

 交遊ではなく交友は深めようとしているとは思うけれど、押しているのはビスマルク姉さまの方だけなのだ。

 

 一方的な愛情は、誰よりも知っているつもり。

 

 私だって、同じなのだから。

 

 そしてその辛さを知っているからこそ、私は何度もビスマルク姉さまに言ったのだ。

 

 だけど、私とビスマルク姉さまでは根本的に違う点がある。

 

 それは力。

 

 ビスマルク姉さまがその気になれば、先生を無理矢理モノにするのは訳がないだろう。

 

 しかしそれでは意味がない。結局のところ一方方向でしかないのだ。

 

 つまり行き着いた先にあるのは幸せなんかじゃない。それが分かっているからこそ、ビスマルク姉さまも最後の一歩を踏み出さないのだと思う。

 

 ならば、力は必要なのだろうか。

 

 その答えを私は既に知っている。

 

 腕っ節の力なんかじゃなく、心の強さが必要なのだと。

 

 つまりそれは――

 

 今の私に足りないモノだと、先生が諭してくれたのだ。

 

 知っている。

 

 知っていた。

 

 いや――知っていたつもりだった。

 

 だけど面と向かって言われて、私は悟ることができた。

 

 ビスマルク姉さまが好きなのに、いつまでたってもそのことを言えない理由。

 

 それは、私の心の強さが足りないからなんだ……と。

 

 

 

 それから先生は、正直にビスマルク姉さまに対しての気持ちを教えてくれた。それどころか先生は私とビスマルク姉さまの関係を改善し、より深いモノにしてくれるとさえ言う。

 

 それが本当なのかは分からないけれど、先生の目が嘘をついているようには見えなかった。

 

 だからこそ私は信じてみようと思い、しっかりと視線を合わせてみる。

 

 まるで恋人同士が見つめ合うような状況に、なぜか私の胸が高鳴りを上げているような気がした。

 

 ……まぁ、この時点で周りから注目を集めまくってしまったみたいで、色々と大変だったんだけどね。

 

 それからすぐに新しい先生の噂が鎮守府内を駆け廻ったんだけれど、仕方ない犠牲だったのかもしれない。

 

 ともあれ私は一度寮に戻って頭を冷やし、明日にでもビスマルク姉さまにきちんと話をしようと心に決めた。

 

 ただ、そのときに起こったことによって、思いもしなかった展開になっちゃったんだけど……仕方ないよね?

 





次回予告

 先生のことを少しずつ見直すことができたかもしれないのに、ちょっとした発言が大変な事態を巻き起こしてしまう。

 言葉って、本当に難しいですよね……。


 艦娘幼稚園 第二部 スピンオフシリーズ
 ~プリンツ編~ その2「今までの経緯 その2」 


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その2「今までの経緯 その2」

 先生のことを少しずつ見直すことができたかもしれないのに、ちょっとした発言が大変な事態を巻き起こしてしまう。

 言葉って、本当に難しいですよね……。


 

 次の日。

 

 食堂でユーと一緒に朝ご飯を食べていると、すでに周りのお姉さんたちには噂が広がっていたみたいで、先生のことで持ち切り状態だった。

 

 私の肩に手を置いて慰めてくれたり、励ましてくれるお姉さんたちに囲まれちゃったりしたので、ユーがビックリしていたんだよね。

 

「あ、あの、プリンツって、どうしていきなり人気者になったんですか……?」

 

「あ、い、いや……、これはその……」

 

 お姉さんたちは私が昨日の出来事によって落ち込んでいるのだろうと思って詳しい言葉をかけてこなかったので、ユーにとっては分からないことだらけだと思う。

 

 それどころか目をキラキラとさせて羨ましそうに見てくるユーの視線に耐えきれなくなった私は、誤解を解こうと説明をすることにした。

 

「実は……、昨日ちょっとビスマルク姉さまと喧嘩をしちゃってさぁ……」

 

「そうなん……ですか?」

 

「うん……。それで思わず幼稚園を飛び出しちゃったんだけど、そこで先生が追いかけてきて……」

 

「いろいろ……あったんです?」

 

「う、うん……。まぁね……」

 

 その言葉で済ませてしまえばすごく楽なんだけど、ユーの目は未だにキラキラがおさまっていない。

 

 私はため息を吐きたくなる衝動を抑えながら、ことの成行きを話していく。

 

「それで追いかけてきた先生に捕まった私は、ビスマルク姉さまと喧嘩をしたイライラをついぶつけてしまったの。

 先生は何も悪くないのに、言いたくないことも言っちゃったんだよね……」

 

「大変だったん……だね……」

 

 少し申し訳なさそうな表情を浮かべたユーだけど、続きを聞きたいという雰囲気は未だに衰えていない口調だった。

 

「確かに大変だったけど、先生はそんな私を怒ろうともせずに慰めてくれたんだ……」

 

「先生は……優しいから……」

 

「うん。そうだね」

 

 ユーの言葉に頷いた私は、ほんの少し笑顔を浮かべながら言葉を続けた。

 

「それどころか先生は、私とビスマルク姉さまの仲を取り持つって言ってくれたの。更に私が今まで悩んでいたことをちゃんと理解して、どうすれば良いかまで教えてくれたんだ」

 

 なんだか恥ずかしくなってきた私は、頬を掻きながらユーの顔を見る。

 

「感謝……ですね」

 

 そう言ったユーも、ほんのりと笑みを浮かべ……たと思ったんだけど、

 

「ところで……、1つ聞いても良いかな?」

 

「え、えっと、なにかな?」

 

「この間から……たまに聞くんだけど、先生の……不能って……なに?」

 

「……え?」

 

 いきなりとんでもないことを聞かれた私は固まってしまう。

 

 今の説明の中に、その言葉はなかったはずだよねっ!?

 

 さすがにそれは言わない方が良いと思ったから伏せておいたに……どうしてここで出てきちゃうのかなっ!?

 

「周りにいるお姉さんたちが、不能、不能って言ってる……けど……」

 

「あ、あの……、そ、それは、えっと……」

 

「それと、たまに無能ってのも聞こえる気がする……」

 

「そ、それはいくらなんでも酷い気がするんだけど……」

 

 雨の日の大佐じゃあるまいし、先生が無能というのは納得ができない。

 

 だけどさすがに不能に関して詳しく説明するのは具合が悪いと思った私は、何か他の話題がないかと頭の中で模索し、焦りから思いがけない言葉を口からこぼしてしまった。

 

「そ、そうだっ。その、先生に慰めてもらったときなんだけど、ギュッ……って、抱き締めてもらったんだよねっ」

 

「「「ざわ……っ!」」」

 

 その瞬間、食堂内が静寂に包まれた。

 

 そしてそれに気づいた私は、恐る恐る辺りを見回してみる。

 

 向けられる視線は、殆どが可哀想に……という感じに見え、

 

 一部のお姉さんは涙ながらにハンカチを噛んでいた。

 

「え、えっと……」

 

 私の額には大粒の汗がいくつも吹き出し、どうしたら良いのかと戸惑ってしまう。

 

 しかしそんな私の気持ちと、周りにいるお姉さんたちの思いとは裏腹に、ユーは頬を膨らませながらこう言った。

 

「ユー、プリンツが羨ましいです……」

 

 そうして、先生の噂に新たな1ページが刻まれたとか。

 

 

 

 ご、ごめんね……先生。

 

 

 

 

 

 食堂で色々あった後、私とユーはいつものように幼稚園へと向かった。

 

 先生の顔を見た瞬間、申し訳ない気持ちで私は心が締めつけられそうになってしまう。そんな私を見た先生は昨日のように優しく頭を撫でてくれたんだけど、たぶん考えている内容は違うと思うんだよね。

 

 おそらく先生は昨日の件について、私を励ましてくれたのだろう。

 

 だけど私は食堂での1件について悩んでおり、頭を撫でてもらうことによって更に申し訳なく思ってしまう。

 

 とはいえ、これを説明する勇気がない私は黙り込んだまま俯いてしまう。

 

 そんな私を、先生は何度も何度も撫でていてくれた。

 

 ……だけど次に聞いた言葉によって、私の心は打ちのめされてしまった。

 

「あー、実は言い難いんだけど……、今日はビスマルクがお休みだから」

 

「………………え?」

 

「えっと、明石の1件の後始末でちょっと用事があるみたいでな。今日1日は幼稚園に来られないらしいんだ」

 

「う……、嘘……?」

 

「ということで、その、なんだ……。例の件は明日にでも……」

 

 バツが悪そうに後頭部を掻く先生が視線を逸らした瞬間、私の目にジワリと熱い物がこみ上げてきて、

 

「そ、そんな……っ! せっかく勇気を出して言おうと思っていたのに……」

 

「それは……明日にだな……」

 

 言い訳するのもためらうように、先生は申し訳なさそうに言葉を紡ぐ。

 

 その間も私の頭を優しく撫でてくれていたんだけれど、一度決壊してしまった心の壁はそう簡単には直らない訳で……、

 

「やだぁっ! ビスマルク姉さまが居なきゃやだぁぁぁっ!」

 

 その場で床に転がった私は、駄々をこねる子供のようにジタバタと両手を暴れさせてしまったのだった。

 

 ……まぁ実際に私は子供なんだけど、あまりにいつもとは違うことをやってしまったせいで先生だけではなく、レーベやマックス、ユーまでが完全に固まっちゃったんだよね。

 

「プ、プリンツ……。ビスマルクが幼稚園に来られないのは、少しの間だけだから……」

 

「いーやーでーすーっ!

 ビスマルク姉さまが居ない幼稚園なんて、何の楽しみもないんですからぁぁぁっ!」

 

「勉強したりみんなと遊んだり、色々あるじゃないか」

 

「ビスマルク姉さまが居てこそ楽しいんですぅっ!」

 

 先生がどんな言葉をかけてくれても、落胆しきった私は文句を言うことしかできなかった。

 

「な、なんだかちょっと残念だね……マックス」

 

「別に、私は余り気にしないけど……」

 

 レーベやマックスはこんな私を見て冷めた目を浮かべているし……、

 

「せ、先生……、ちょっと……いい……?」

 

「……ん、どうしたんだ、ユー?」

 

 すると困り果てた先生の傍に、なぜかユーが近づいて話しかけていた。

 

 今思えばここで気づいておくべきだったのだけれど、フラストレーションでいっぱいだった私にそんな余裕はない。

 

 そして、ユーの爆弾発言が放たれてしまう。

 

「あ、あの……ね。

 この前プリンツが泣いていたとき……、ギュッと抱きしめて慰めたんだよね……?」

 

「「「……えっ!?」」」

 

 先生にレーベとマックス、そして叫ぶことを止めた私が完全に固まりながらユーを見る。

 

 ちなみに私の顔は一気に青ざめ、背中にはたっぷりの冷や汗が吹き出していた。

 

「だ、だから……、それをすれば良いんじゃ……ないかな……?」

 

 だけどユーはまったく気にも留めず、普段と同じように言葉を続けた。

 

「え、い、いや、あ、あの……だな、ユー。

 いったいそれは、どこの誰から聞いた話なんだ……?」

 

「ええっと、それは……その……」

 

 口元に人差し指を当てたユーは、床で転がったまま固まる私の顔を見て……って、ちょっと待ったぁぁぁぁぁっ!

 

 さすがにこれは非常にまずいですっ!

 

 このままだと新たな噂の発端だけじゃ済まされなくなるじゃないですかぁぁぁっ!

 

 私は急いで起き上がり、ユーの口を塞ごうとしたんだけれど……、

 

「ちょっと待ってよ先生」

 

「ええ。ユーの言葉は、聞き捨てならないわ」

 

「……はい?」

 

 若干ドスの効いた声をあげたレーベとマックスは、先生の顔を睨みつけるように見ながら近づいていく。

 

 その顔は少しばかり不機嫌といった感じに見えるけれど、あれは明らかに怒っている。

 

 付き合いが長い私にならそれが分かるけれど、先生にはまだ経験が浅い為に気づかないようで……、

 

「プリンツをギュッと抱きしめた……。ユーはそう言ったよね?」

 

「い、いや、それは……」

 

「これは浮気ね。間違いなく浮気よ」

 

「少しくらいは目を瞑る気だったけれど、このままだとどんどん増えていくんじゃないかな?」

 

「……そうね。いくら私でも2号の座を譲る気はないわ」

 

「いやいやいや、いくらなんでも見過ごせない言葉がたくさん……」

 

 口答えをしてはいけない状況を分かっていなかった先生は、見事に地雷を踏み抜いてしまう。

 

 そして、完全にお怒りモードになった2人の目は『キュピーン』という効果音と共にぎらついた光を見せ、

 

「「先生は黙っててっ!」」

 

 2人が揃ったポーズを決め、先生を完膚なきまでに黙らせることに成功し、その場で正座させられることになった。

 

 

 

 

 

 それから2人の説教タイムは長々と続き、私はユーの発言が先生の意識から離れたことに安堵する。

 

 だけどそうは問屋が卸さないといった風に、後に解放された先生がユーにそのことを聞こうとした。私は慌ててユーを掻っ攫うかのように先生の元から強奪し、食堂でのことは喋らないようにと念を押してお願いしておいた。

 

 ユーは納得できないような顔を浮かべていたけれど、両手を合わせて拝むように何度も頼みこんだことによって約束を取り付け、なんとかことなきを得たんだよね。

 

 傍から見ればかなり不審だったかもしれないけれど、背に腹は代えられない。

 

 新たな噂の根源と思われるのも嫌だし、先生に嫌われるのも避けておきたいから。

 

 結論として、口は災いの元というこの国のことわざを覚えることができたけど、正直もうやりたくない。

 

 

 

 言葉って本当に、難しいよね……。

 




次回予告

 次の日にビスマルクお姉さまはちゃんと幼稚園へやってきた。
私は先生に言われた通り、ちゃんと話をしようとスタッフルームへ向かう。

 そして、一世一代の告白をするつもりが……。


 艦娘幼稚園 第二部 スピンオフシリーズ
 ~プリンツ編~ その3「メンズーア」 


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その3「メンズーア」

 次の日にビスマルクお姉さまはちゃんと幼稚園へやってきた。
私は先生に言われた通り、ちゃんと話をしようとスタッフルームへ向かう。

 そして、一世一代の告白をするつもりが……。


 

 次の日。

 

 先生が言った通り、ビスマルク姉さまがお休みしたのは1日だけだった。

 

 いつもと同じようにしているビスマルク姉さまだけど、つい先日私と喧嘩をしてしまったせいで視線をあまり合わせてくれなかった。

 

 でもこれは仕方がない。狙いがあったとはいえ、悪いのは私なのだから。

 

 だから、今日こそはきちんと話をする。

 

 そしてビスマルク姉さまに私の本当の気持ちを伝えるのだ……と、気合を入れてタイミングを見計らっていたのだけれど。

 

 気づけば幼稚園の終業時間になってしまったんだよね……。

 

 

 

 

 

「こ、このままでは……マズイ……ッ」

 

 終礼が済み、いつもならば誰かと一緒に寮へと戻る流れ。

 

 だけど私にはビスマルク姉さまと話をするというミッションがあり、このままおずおずと帰る訳にもいかない。

 

 私は何とか勇気を振り絞って廊下を進み、玄関とは違う方向にある部屋――スタッフルームの扉の前に立った。

 

「すぅ……はぁ……」

 

 大きく深呼吸をして気持ちを落ち着かせ、震える手をなんとか動かして扉を叩く。

 

 するとすぐに「どうぞー」と先生の声が聞こえてきたので、私はしっかりと前を向きながら扉を開けた。

 

「し、失礼しますっ!」

 

「や、やぁ。プリンツ……」

 

 出迎えてくれた先生は少し疲れたような顔だった。

 

 朝から夕方までどのタイミングで私がビスマルク姉さまに話しかけるのか心配してくれていたのだとすれば、先生の疲労も溜まっているかもしれない。

 

 悪いことをしたなぁ……と思いながらも、私のことを本当に気にかけてくれたのだと嬉しい気持にもなる。

 

 だけど今、私はビスマルク姉さまに告白をしなければならないので、先生のことは後回しにする。

 

 先生もそれは分かってくれているみたいで、私をスタッフルームの奥――ビスマルク姉さまが座っているソファーへ誘導してくれた。

 

「………………」

 

 ごくり……と唾を飲み込む私。

 

 目の前にはコーヒーカップに口をつけているビスマルク姉さまが居る。

 

 視線は私の顔に向けられ、ほんの少し気まずそうな表情にも見えた。

 

「あ、あら、プリンツじゃない……」

 

「あ、あの……その……」

 

 作り笑いと簡単に見て取れるビスマルク姉さまの顔に、私は一瞬戸惑ってしまう。

 

 なぜこんな顔をするのだろう。

 

 もしかして、先生が今から私が告白すると事前に教えたのだろうか?

 

 いや……、それはない。

 

 断言することはできないけれど、先生がそんなことをするとは思えないのだ。

 

 おそらくビスマルク姉さまは、私と喧嘩をしたことを気にかけてこんな表情をしたのだろう。

 

 ならば私のすることは、まず謝らないといけない。

 

「こ、この間はごめんなさいでしたっ!」

 

 私はビスマルク姉さまに深々と頭を下げ、大きな声で謝罪をする。

 

「べ、別に良いのよ……。そ、その……、私も少し言い過ぎたから……」

 

「い、いえっ。私もビスマルク姉さまの気持ちを考えないで色々と言い過ぎちゃいました。本当にごめんなさいっ!」

 

 私はそう言って、ビスマルク姉さまの顔を伺ってみる。

 

 するとその顔は作り笑いではなく、

 

 頬を少しだけ赤らめた、嬉しそうな微笑を浮かべていた。

 

 その顔はとっても綺麗で、

 

 見とれてしまうほど優しくて、

 

 時折見える凛々しさが私の心を鷲掴む。

 

 そして私は勇気を振り絞って言う。

 

 

 

「私は……ビスマルク姉さまが、大好きです」

 

 

 

 

 

「ありがとう。私もプリンツのことは好いているわよ」

 

 笑みを浮かべたビスマルク姉さまが答えた。

 

 しかしそれを見た私は、顔面蒼白といった感じで立ち尽くしてしまう。

 

 言葉だけを聞けば成就したように思えるだろう。

 

 しかしビスマルク姉さまの視線は私ではなく、

 

 私の後ろにいる先生に向けられていたのだ。

 

「わ、私は……っ!」

 

 だけどここで引きさがるなんてできる訳がない。

 

 私は今度こそ本当の気持ちを……、ビスマルク姉さまに理解してもらわなければいけないのだ。

 

 おそらくビスマルク姉さまは私が言った『好き』という意味を、友人や先生と園児の間柄としてしか思っていないであろう。

 

 ならばちゃんと伝えなければ、サポートしてくれた先生にも申し訳がたたない。

 

 なのに……、それなのに……、

 

 私の口よりも早く、ビスマルク姉さまが言葉を紡ぐ。

 

「でもね……、プリンツ。私がプリンツに向けている好きという気持ちは、あなたと少しだけ違うわ……」

 

 首を左右に振りながら、明らかに見て取れる仕草。

 

「あくまで仲間として……、プリンツのことを好いているつもりよ」

 

 そしてこの言葉で、私の心は砕け散りそうになった。

 

 膝が震え、床にうずくまりそうになる。

 

 それに気づいた先生は急いで私に駆け寄り、手を差し伸べようとしてくれた。

 

 だけどその優しさが、今の私には辛くて……、

 

 言いかえれば、癪に障ってしまって……、

 

 またも、心にもない言葉を吐いてしまう。

 

「……触らないで下さい」

 

「い、いや、だけど……」

 

「お願いします……。私のことは、放っておいて下さい……」

 

 目尻に涙が浮かびあがり、そんな顔を見せないように俯きながら私は言う。

 

 おそらく先生はどうして良いのか分からず、うろたえているのだと思う。

 

 そんな状況にもかかわらず……、ビスマルク姉さまからとんでもない発言が飛び出てきた。

 

「私が本当に好き……いえ、愛しているのは、先生だからね。

 だから、プリンツの気持ちには答えられないわ」

 

 ハッキリと言ったビスマルク姉さま。

 

 私とは違い、何の苦労もなく、

 

 ビスマルク姉さまは淡々と答えてしまった。

 

 その瞬間、私は振られてしまったという気持ちよりも更に大きな挫折を知り、

 

 自暴自棄とも取れる方法を、取ってしまったのだ。

 

「……ら……」

 

「「……え?」」

 

「それ……なら、」

 

 私は顔をあげてビスマルク姉さまを見る。

 

 そして今度は後ろへと振り返り、先生の顔に右手の人差し指を突きつけて、

 

 

 

「それなら、その先生と決闘ですっ!

 私が勝ったら、ビスマルク姉さまを頂きますっ!」

 

 

 

 幼稚園内に響き渡る、大きな声を張り上げたのだった。

 

 

 

 

 

「いやいやいやっ、なんでそうなるのっ!?」

 

 大慌ての先生が両手を前で交差しながら大きく首を振る。

 

 しかし言い出してしまった私は後には引けず、更に言葉を畳みかけた。

 

「ビスマルク姉様がダメなら先生に聞いてもらうしかないんですっ!」

 

「全く理屈が通ってないよっ!?」

 

 全くもってその通りだ。

 

 誰がどう聞いてもおかしいはず。

 

 それを私は分かっているはずなのに、頭より先に口が動いてしまう。

 

「問答無用っ! もしここで逃げるなら、ビスマルク姉さまは私のモノですっ!」

 

「あ、いや、それは……えっと、うーん……」

 

 戸惑いながら考えだした先生だけど、それはちょっと具合が悪いんじゃあ……。

 

「……先生、どうして悩む必要があるのかしら?」

 

「そ、それは……、どうやってこの場の収拾をつけようかと思ってだな……」

 

「それは本当かしら? なにやら不穏な空気を感じたのだけれど……?」

 

「き、気のせいじゃないかな……?」

 

 ビスマルク姉さまからジト目を向けられて焦る先生。

 

 これだけ不甲斐ないのだから、ビスマルク姉さまもさっさと先生を見限ってくれれば良いのに……と、私の心の中で黒いなにかが囁いている。

 

 だけどこれは完全に悪手。

 

 私はビスマルク姉さまが大好きだけど、先生を酷い目にあわせてというのは後味が悪い。

 

 ………………。

 

 ……あれ?

 

 私はどうしてこんなことを思っているのだろうか。

 

 先生が初めて幼稚園にきたときは、さっさと居なくなれば良いと思っていたのに。

 

 これってやっぱり、この前のことが関係して……?

 

「とにかく、プリンツはこうなったら言い聞かせるのは至難の業よ。ここは先生が決闘を受けて頑張るしかないわね」

 

「そ、そんな他人事みたいに……」

 

「それともなに? 私のことなんてどうでも良いから、決闘なんて受けられる訳がないとでも言いたいのかしら?」

 

「そ、そういうんじゃなくて、そもそも教育者と教え子が決闘ってことがおかしいだろっ!?」

 

「あら。私の祖国では珍しいことではないわよ?」

 

「そうなのぉぉぉっ!?」

 

 本気でビックリしている先生が、何やら変なポーズでその場から飛び上がったんだけど……、その、凄く変ですよそれ……。

 

 まるで「シェーッ!?」とでも言い出しそうな雰囲気に……って、なんでこんな言葉が出てきたのだろう?

 

「基本的に決闘は禁止されているけれど、一部地域では未だに残っているところがあるわね。

 あと、議会でも決闘が行われかけたこともあるわよ?」

 

「ま、マジか……」

 

「まぁ、これに関しては途中で撤回されたけれど、祖国では珍しくないと言っておくわ……」

 

「それはその……って、そうじゃなくて、やっぱり俺が決闘を受ける理由がないよっ!?」

 

「グダグダ言っていないで、さっさと受けなさいっ!」

 

「なんて理不尽っ!」

 

 先生はビスマルク姉さまにお尻を思いっきり蹴られ、飛び上がりながら私の前にやってくる。

 

 その表情は明らかに困惑し、どうするべきかと考えている。

 

 それがどうにも我慢できなくなってしまった私は、ビスマルク姉さまの件を別にしてでも決闘をするべきだと思い、重心を落とした。

 

「……っ!?」

 

 私の身体が沈みこんだ瞬間、先生は咄嗟に構えを取る。

 

 幾度となく繰り返してきた、先生への体当たり。

 

 心の中のモヤモヤがいったい何であるかを問い掛けるように、私は足を踏み出していく。

 

 ビスマルク姉さまへの思いとは違う、先生に向けられるなにかを知る為に。

 





次回予告

 無理矢理決めた先生との決闘。
そして放つ、渾身のタックル。
はたしてこの先に何が待っているのか……、私には分かっていたはずなのに。


 艦娘幼稚園 第二部 スピンオフシリーズ
 ~プリンツ編~ その4「先生だからこそ」(完)


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その4「先生だからこそ」(完)


 無理矢理決めた先生との決闘。
そして放つ、渾身のタックル。
はたしてこの先に何が待っているのか……、私には分かっていたはずなのに。


 

「いきます……っ、ふぁいやぁーーーっ!」

 

 私は全身全霊をかけたプリンツタックルを先生にお見舞いしようと駆けだした。

 

 しかし幾度となく繰り返してきた行動は既に見破られており、先生は軽い身のこなしで回避する。

 

「逃げるなんて卑怯ですよっ!」

 

「俺が何でプリンツと戦わなくちゃいけないんだっ!」

 

「決闘を申し込んだからに決まっているじゃないですかっ!」

 

「俺は一切に受けるって言ってないよっ!?」

 

 叫び返す先生に再び駆け出すも、やっぱり避けられてしまう。

 

 フェイントを入れようが、速度を変えようが、なにをやっても当たる気なんてしない。

 

 既に私のタックルは完全に見切られ、勝てる気なんてさらさらなかった。

 

「ビスマルクも黙って見ていないで止めろよっ!」

 

「さっきも言ったけど、プリンツがそうなった以上は口で言っても意味がないわ」

 

「だからなんで俺にやらすんだっ!?」

 

「あら……、あなたのことだからプリンツにタックルされて床に転がりながら、ドMの極みに浸るものかと……」

 

「そんな趣味は微塵も持っちゃいねぇよっ!」

 

 ビスマルク姉さまに突っ込みを入れつつも、私のタックルはきっちりと避ける先生。

 

 しかしさすがに注意が逸れたのか、ほんの少しだけ見えた隙を私は見逃さなかった。

 

「ここです……っ、ふぁいやぁーっ!」

 

「甘いっ!」

 

 決まった……と私は思っていた。

 

 しかし先生は私のフェイントをも見切り、寸前のところで避け切った。

 

 いや、実際には隙自体が罠だったのかもしれない。

 

 だけど想定外だったのは、私の勢いがあまりにも強過ぎたということだった。

 

「……っ!?」

 

 そして目の前に映るのは……、スタッフルームの壁。

 

 コンクリートの壁が、私の顔のすぐ目の前にある。

 

 危ないと思っても勢いがつき過ぎた私の身体を急に止めることはできず、止まることはできそうにない。

 

 いくら艦娘であるとはいえ、私はまだ子供。ましてや勢いがついたタックルのまま顔面からぶつかれば、無事であるとは思えない。

 

 もうダメだ……と思った私は咄嗟に目を閉じる。

 

 暗闇の中に浮かぶビスマルク姉さまの顔の後に、私の頭を優しく撫でながら微笑む先生の顔が浮ぶ。

 

 その瞬間、私はハッキリと気づき、両眼に涙がじんわりと浮かんだ気がした。

 

 

 

 

 

「あうっ!」

 

 襲いかかってくる顔への痛み……と思っていたら、なぜか私の横っ腹に大きな衝撃が走った。

 

「ぐっ!」

 

 私の身体がゴロゴロと床の上を転がるような衝撃が伝わり、やがてゆっくりと止まっていく。

 

 身体を包み込まれているような感触に気づいた私は、恐る恐る目を開けてみた。

 

 目の前には真っ白な布が見える。そして私の身体を優しく抱きしめる感触に、これが何であるかと察知する。

 

「だ、大丈夫か……プリンツ?」

 

 声がかけられて視線を動かす私の目には、心配そうな表情を浮かべていた先生が見えた。

 

 決闘を突きつけて無理矢理巻き込んだ先生に、私は助けられたのだ。

 

 下手をすれば先生の方が危険なはずなのに、自らの身体を顧みず私を助けてくれた。

 

 なぜそんなことができるのか……。

 

 そんな思いが私の心に浮かびあがってくる。

 

 だけどそれ以上に、私は別の思いでいっぱいになる。

 

「良かった……、怪我はないみたいだな……」

 

 先生は私の身体を見渡してから、前と同じように優しく頭を撫でてくれた。

 

 そんな先生の柔らかな笑みを見て、私は顔が真っ赤に染まっていくのを実感する。

 

 どれだけ文句を言っても、どれだけ冷たくしても、どれだけタックルを放っても、先生はプリンツのことを思って行動してくれていた。

 

 なぜもっと早くにこの優しさに気づかなかったのか。

 

 ……いや、そうじゃない。

 

 私は多分、気づいていた。

 

 出会ったときから、分かっていたはずなのだ。

 

「せ、先生……、そ、その……」

 

 すると先生は顔を小さく左右に振ってから、私の身体を優しく立ちあがらせて再び頭を撫でた。

 

 そして立ち上がった私たちの前にビスマルク姉さまが近づいてきて「お疲れさまねっ!」と言ってから、いきなり先生に抱きつこうとした。

 

「ちょっ!?」

 

「逃がさないわよっ!」

 

 慌てて後ろへ下がる先生に、追い打ちをかけようとするビスマルク姉さま。

 

 そんな光景を見ながら、私はハッキリと確信する。

 

 ああ、そうだったんだ……。

 

 これって、嫉妬だったんだ……と。

 

 自分の気持ちをしっかりと受け止めた私は、先生を追いかけてすぐ横を通り過ぎようとするビスマルク姉さまのスネに、

 

「ていっ!」

 

 思いっきり足払いをかけた。

 

「ふにゃっ!?」

 

 可愛らしい声を上げたビスマルク姉さまが床に転び、慌てながらも逆上して立ち上がる。

 

「な、何をするのよプリンツッ!」

 

 私は咄嗟に先生の後ろに隠れ「ちょっと足が滑っただけですよぉっ!」と言いながら、庇って貰おうと顔を見上げた。

 

「ちょっと! 先生まで私に反抗する気なのっ!?」

 

「え、あっ、お、俺っ!?」

 

「プリンツを庇っているじゃないっ!」

 

「い、いや、その……、プリンツはまだ子供なんだし、偶然足が当たっただけかも……」

 

「ていっ! って言ったわよねっ!?」

 

「あれれ、私そんなこと言いましたっけ?」

 

「プリンツッ!」

 

「ま、まぁまぁ、ビスマルクも落ちつけって……」

 

 先生は後ろに隠れる私を庇うようにビスマルク姉さまを宥めすかせる。

 

 たぶん先生は私がわざと足払いをしたのを分かっているはず。

 

 それでも庇ってくれている先生の横顔が私の目に入ったとき、ドキリと心臓が高鳴る感じがした。

 

「プリンツも悪気があった訳じゃないんだからさぁ……」

 

「だけど明らかに今のはわざとじゃないっ!」

 

「いや、むしろいつものように襲いかかろうとするビスマルクを止めようとしてくれたんだぞ?」

 

「なによそれ。どういうことなのよっ!?」

 

「良く考えてくれビスマルク。

 もしこのまま俺がこの場で押し倒されかけた場合、最後の手段に出るしかないんだぞ?」

 

「あら、それってどういうことかしら?

 もしかして、私と力で抵抗するとでも言うつもり……」

 

「いんや。安西提督にチクる」

 

「んなっ!?」

 

 先生の言葉を聞いた瞬間、ビスマルク姉さまはもの凄く驚いた表情を浮かべた。

 

 安西提督って、白髪で恰幅の良い人……だよね?

 

 何度か会ったことがあるけれど、そんなに怖そうに思えなかったんだけど……。

 

「ついでに明石にも話して、色々と考えちゃうぞ?」

 

「な、な、な……、なにをいきなり……」

 

「そりゃまぁ日頃の行いなどを報告して、幼稚園の責任者としてどうなのかを相談しようとだな……」

 

「ひ、卑怯よっ! そんな手を使うだなんて、先生は悪魔なのっ!?」

 

「背に腹は代えられないし、そもそも責任者としての自覚が足りなさ過ぎだろう?」

 

「ぐ……っ!」

 

 先生がビスマルク姉さまを言い負かすというまさかの展開に、私はゴクリと唾を飲み込みながら一部始終を見守っていた。

 

 正直な話、上官にチクるというのは卑怯極まりない気もするけれど、確かに先生が言うようにビスマルク姉さまの最近の行動は目に余っていたかもしれない。

 

 とはいえ、さすがにそれはちょっと可哀想かな……とも思うんだけどなぁ。

 

「……まぁ、これから心を入れ替えてくれるなら俺もやぶさかではないんだけどね」

 

「わ、分かったわよっ! ちゃんとすれば良いんでしょ!」

 

「うむ。そういうことで宜しく頼んだぞ、ビスマルク」

 

 先生はそう言って、ビスマルク姉さまの肩をポンッと叩いてから私の手を引いてスタッフルームから出る。

 

 そして扉を閉めた途端、先生の口から大きなため息が聞こえてきた。

 

「はあぁぁぁ……。危なかったぁ……」

 

「……え?」

 

 これでもかと言えるくらいに肩を落とした先生は、疲れ切った表情で私を見ながら苦笑を浮かべている。

 

「いやぁ……、口から出まかせとはいえ、良く逃げ切れたもんだよなぁ……」

 

「えっ、あ、そ、そうだったんですか……?」

 

 堂々とした態度で言っていたように見えたんだけど、どうやら虚勢を張っていた……ということなんだろうか。

 

 先生らしいといえばそうかもしれないけれど、一歩間違えたらビスマルク姉さまが憤怒しちゃうかもしれない。

 

 だけど、私を助ける為に先生が頑張ってくれたのだと思えば、落胆しては可哀想だよね。

 

「それよりも……、さっきみたいなのはやらない方が良いぞ」

 

「あ……、やっぱり気づいちゃってました?」

 

 先生が私の足を見てからそう言ったのに気づき、舌をペロンと出してから「ごめんなさい」と謝っておく。

 

「まぁ、俺を助けてくれたことになったから、感謝しておくけど……ね」

 

 言って、先生は恥ずかしげに後頭部を掻いていた。

 

 その表情がなんだか可愛らしく見え、私は思わず笑ってしまう。

 

「……ん、いきなり笑うなんて、どうしたんだ?」

 

「恥ずかしがる先生が可愛いなーって思ったんですよー」

 

「お、おいおい。いきなりからかうなよ……」

 

 ほんのりと頬を赤くした先生は私から目を逸らそうと顔を動かそうとする。

 

 私はそれを止めようと先生が着ているエプロンを持って、無理矢理顔を引き寄せた。

 

「うおっ!?」

 

 驚いた先生の顔が私のすぐ目の前にある。

 

 背が低い私を見下ろすように。

 

 背が高い先生を見上げるように。

 

 まるで恋愛漫画のキスシーンのような状況に、胸の高鳴りは激しさを増していく。

 

「それじゃあ、私が変なことをしないように……眼を逸らさないで下さいね?」

 

 私はそう言って、先生の胸に体当たりするように抱きついた。

 

「えっ、ちょっ、どういうことっ!?」

 

 大慌ての先生はどうして良いのか分からずにうろたえている。

 

 私は先生のお胸に真っ赤になった顔を埋めながら、力いっぱい抱きしめる。

 

「い、いや……プリンツ……っ!」

 

「ダメですよー。ちょっとやそっとじゃ離さないんですからー」

 

「そ、そうじゃなくて……、く、苦しい……」

 

 辛そうな先生の声を聞いて力を弱めた私だけれど、この両腕は暫く離さないでおく。

 

 自分の気持ちをしっかりと理解した私はもう迷わないと決めたのだ。

 

 

 

 先生を――この手に収めるのだと。

 

 

 

 

 

艦娘幼稚園スピンオフ プリンツ編

 

終わり

 




 プリンツ編は以上で終わり。
次はレーベ編へと参ります。


次回予告

 僕が先生を好きになった理由。
そんなことを聞いて、何かの足しになるのかな……?
人を好きになる理由なんて、人それぞれなんだから。

 それでも、聞いてくれるなら……。


 艦娘幼稚園 第二部 スピンオフシリーズ
 ~レーベ編~ その1「初めての出会い」


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スピンオフ ~レーベ編~
その1「初めての出会い」


 僕が先生を好きになった理由。
そんなことを聞いて、何かの足しになるのかな……?
人を好きになる理由なんて、人それぞれなんだから。

 それでも、聞いてくれるなら……。


 

 ある日の朝。

 

 僕はいつものようにマックスと一緒に幼稚園へきて、ユーやプリンツと挨拶を交わしていた。

 

 最近の会話はもっぱら先生のことになるんだけれど、その内容は様々で、本当に普通の人間なのかとビックリすることがあるんだよね。

 

 つい先日鎮守府内に流れた噂では、先生の身体が不調になって再起不能になったと囁かれた。僕たちは大きく驚いて心配をしていたんだけれど、先生は何事もなかったかのように幼稚園へとやってきて、普通に授業をしてくれていたんだ。

 

 更に暫くすると、今度は明石というお姉さんが事件に巻き込まれ、その首謀者が先生であるという噂も耳にした。さすがにそれはありえないと思った僕たちは、みんなで相談してからビスマルクにお願いして真相を確かめてもらうことにした。

 

 その後、ビスマルクが牢屋を襲撃して先生を脱走させた……なんて噂が立ったけれど、さすがにこの結果を予想することができなかった。

 

 焚きつけたのが僕たちなだけに、かなり焦ったりもしたんだけれど……。

 

 まぁ結果的に先生が無実であったということが分かったし、すぐに解放されてことなきを得たんだけどね。

 

 ただそこでビックリしたのは、大変だった直後であるにもかかわらず先生は普通に幼稚園へやってきて、授業を取り仕切ってくれたんだよね。

 

 いくらビスマルクが後始末の為に幼稚園にこられなくなったとはいえ、先生も疲れていると思うんだけど……。

 

 本当に先生は凄い人なんだなぁと思う反面、ビスマルクがたまに言う『先生はドM』というのが信憑性を増してきたとも考えられるんだよね。

 

 ……まぁそれでも、僕は先生のことを見放したりはしないけれど。

 

 むしろ先生がここまで僕たちのことを思ってくれているんだと考えれば、嬉しさがこみ上げてくるんだよね。

 

 体調を崩しても、無実の罪で投獄されても、休まずに幼稚園にやってきて面倒を見てくれている。

 

 そんな先生を、嫌いになるはずがないじゃないか。

 

 もちろんそれが理由で先生を好きになったってことではないんだけれど、好感度はどんどんと増していっちゃうよね。

 

 ……え?

 

 じゃあどうして、僕が先生を好きになったかって?

 

 そ、それは……その、ちょっと恥ずかしいけど……。

 

 別に大した理由はないし、話を聞いたとしても面白いことなんて全くないよ?

 

 それでも聞きたいって言うなら……、別に良いけどさ。

 

 本当に大した話じゃないから、期待しないようにお願いするね。

 

 

 

 ……それじゃあ、まずは数ヶ月前にさかのぼろうかな。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 ある日のこと。

 

 佐世保幼稚園に通っている僕とマックス、ユー、プリンツは朝礼の為にビスマルクを待っていた。

 

 そのときはいつものように祖国のことを思い出しながらみんなと話をしていたんだけれど、朝礼が始まったことで大きな変化が起こったんだよね。

 

「喜びなさい、みんな。

 数日後に舞鶴鎮守府にある幼稚園から、1人の男性がやってくるわ」

 

「男性……ですか?」

 

 プリンツが問い掛けた途端、ビスマルクは顔をだらしなく崩しながら頷いて口を開いた。

 

「ええ、そうよ。

 私が榛名たちを舞鶴に連れて行った際、向こうで出会った男性なのだけれど……」

 

 そう言って、にへらにへらと笑うビスマルク。

 

「ビスマルク姉さま……、それってどんな人なんですかっ!?」

 

 焦ったような顔を浮かべたプリンツはビスマルクに詰め寄り、男性について問いただそうと大きく叫ぶ。

 

 おそらくプリンツは嫌な予感がしてそんなことをしたんだろうけれど、僕は全く別のことを考えていた。

 

 男性は舞鶴鎮守府にある幼稚園からくるとビスマルクが言っていた。つまり、その男性とは向こうの幼稚園で僕たちと同じような園児を教えている教育者――つまり、ビスマルクと同じ立ち位置の人ではないのだろうかと思ったんだよね。

 

 僕はビスマルクを遠い祖国からこちらにきた先輩として尊敬しているけれど、慣れないとはいえあまりにも教育者として不甲斐ない行動に目を余していたので、心の中で両手を上げて喜んでいた。

 

 これで佐世保幼稚園も少しはマシになる。

 

 そうなれば、未だ慣れぬ土地でも上手くやっていけるんじゃないか……。

 

 そんな淡い期待を胸に秘めながら舞鶴からやってくる先生に期待をし、マックスやユーと色んな想像をしながらたくさん話をした。

 

 プリンツはビスマルクが先生に盗られるんじゃないかという不安でずっと機嫌が悪かったし、話を振らないようにはしていたけれど。

 

 ……とまぁ、こんな感じで先生がやってくるのを期待しながら待っていたんだよね。

 

 

 

 

 

 そして、数日後の昼過ぎ。

 

 僕たちは昼食後の昼寝を済ませた後、自由時間ということで、マックスやユーと遊戯室でお喋りをしながら過ごしていた。

 

 ちなみにすぐ傍にプリンツも座っているんだけれど、その表情は険しくイライラしているのがすぐに分かる。右手の親指の爪を歯で齧りながら、両足がガタガタと貧乏ゆすりをしているんだよね。

 

 その理由はもちろん、今日の朝にビスマルクから聞かされたことが原因で、待ちに待った先生が舞鶴からここにやってくるからだ。

 

 僕にとってはとても嬉しいけれど、プリンツにとっては招かざる客。

 

 時折ブツブツと呟いている言葉がなにやら怖い感じがするので、到着早々にひと悶着がなければ良いんだけれど……。

 

 そんな心配をよそに、遊戯室の入口にある扉がガラガラと開き、ビスマルクがニコニコしながら入ってきた。

 

「みんな、注目しなさい」

 

 僕たちはビスマルクに言われた通り顔を向け、ジッと言葉を待つ。

 

「この前に話してた先生を、舞鶴から連れてきたわよ」

 

 そう言ってビスマルクが指を刺した先に立つ男性――先生が、少し疲れたような顔を浮かべていた。

 

「や、やぁ。俺は舞鶴にある艦娘幼稚園からやってきた先生だ」

 

 身長はそれほど高くなく、見た目は至って普通の男性だった。

 

 その声も頼りがいがなさそうで、本当に舞鶴で子供たちを教えていたんだろうかと心配になってしまうくらい、不甲斐なく見えてしまう。

 

 だけど――、それなのに、

 

 僕は先生を見た瞬間、完全に目を奪われていた。

 

 理由なんて分からない。

 

 顔も、声も、僕の好みだとは思わない。

 

 ただ、先生から目を離すことが全くと言っていいほどできないのだ。

 

 たぶんこれが一目惚れというモノなんだろう。

 

 それが分かったとき、僕は人を好きになる理由なんてないという言葉が間違いないと思った。

 

 だって、それが僕にも訪れたんだから。

 

 なんの特別性もない先生との出会いだったのだけれど、僕の心は完全に捕われちゃったんだよね。

 

 

 

 

 

 それからプリンツの先制攻撃があったり、ビスマルクがおかしくなることがあったけれど、これらについてはある程度の予想がついていた。

 

 ただ、完璧に誤算だったのは僕が先生に惚れちゃったこと。

 

 プリンツにタックルを喰らって床に転がったときや、ビスマルクに突っ込みを入れているときも、僕は先生から目を離せなかった。

 

 普通ならば劣勢に陥っている先生を助けてあげるのべきはずなのに、なぜか手を差し伸べようとは思わなかった。

 

 いや、少しは思ったはずなんだけれど、途中でなにかが違うと感じたんだ。

 

 それがなんなのかは、ハッキリとは分からないんだけれど……。

 

 とりあえずその件は保留することにして、自己紹介を始めたんだよね。

 

「僕の名前はレーベレヒト・マース。よろしくね、先生」

 

 僕はそう言って先生に微笑みながら頭を下げる。

 

 先生も同じように笑みを返してくれたんだけど、僕はその顔を見た瞬間に心臓の鼓動がもの凄く速くなってしまった。

 

 もしかすると顔が真っ赤になっているかもしれないと、僕は先生に気づかれないように顔を逸らす。

 

 だけど先生は僕の方ではなく、プリンツを見ていた。

 

 タックルをされ、挨拶すら返してもらえない先生。

 

 その表情はなんだか悲しげなんだけれど、それを表に出さないようにと強がっている振りをしているのが可愛く見える。

 

 明らかに歳も背丈も先生の方が上なのに、なぜか放ってけおけない気持ちになる。

 

 頼りなさそうに見えるのが理由なのか、それとも他の要因があるのか。

 

 そのどちらであったとしても、僕にとっては些細なこと。

 

 それよりも気になるのは、ビスマルクが先生をゲットしてしまわないかが心配だ。

 

 パッと見た感じ、先生はビスマルクと付き合うような雰囲気はなさそうに見える。

 

 だけど、これからどうなっていくかなんて分からないし、場合によってはビスマルクが強硬手段に出る可能性もある。

 

 今まで幼稚園で起こしてきた行動を考えればそれくらいのことは予想できるし、鎮守府内でチラホラと聞こえてくる噂の元もビスマルクが流しているらしいからね。

 

 それらを考えれば、このまま放置しておく訳にはいかない。だけど、先生が僕のような小さい艦娘を好いてくれるか分からない。

 

 だから僕は幼稚園が終わってから寮の部屋に戻った後、一番信頼できるマックスに話しかけたんだ。

 

「ねぇ……、マックス。少し相談したいことがあるんだけれど……」

 

 ベッドに腰掛けた僕は机に向かっていたマックスに声をかける。

 

 回転椅子に座っていたマックスは床を軽く蹴ってこちらに身体を向け、僕の顔に視線を移す。

 

「ええ、私も同じく相談したいことがあったのだけれど……」

 

 そう言ったマックスの顔はいつもと違い、考えられないくらいあやふやで、不安ながらもなにかを心に秘めているような感じがした。

 





次回予告

 自室にてマックスとの会話。
それは僕にとっても、マックスにとっても大切なことだった。

 そして僕たちは、行動にでる……。


 艦娘幼稚園 第二部 スピンオフシリーズ
 ~レーベ編~ その2「誓いの挨拶」(完)


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その2「誓いの挨拶」(完)


 自室にてマックスとの会話。
それは僕にとっても、マックスにとっても大切なことだった。

 そして僕たちは、行動にでる……。


 

「それは奇遇だね」

 

「ええ、そうね」

 

 コクリと頷くマックスを見た僕は、どちらから相談をするか決めかねていた。

 

 するとマックスは僕に右手のひらを向け、先にどうぞとジェスチャーをする。

 

「う、うん。それじゃあ、お先に……」

 

 ゴホンと咳払いをしてから小さく息を吸い込み、まぶたを閉じ心を落ち着かせてからマックスに向かって口を開く。

 

「ねぇ、マックス。先生のこと……どう思うかな?」

 

 僕の問いかけにマックスは少しだけ目を見開いた後、いつものように澄ました顔に戻してから「ふうん……」と呟いた。

 

「………………」

 

 なぜか言葉が出てこなくなり、僕たちは無言のまま見つめ合う。

 

 時計の針の音だけが室内に響き、暫くの時間が経った後、僕は推測でモノを言う。

 

「もしかして……、マックスも先生のことを僕に相談しようと思っていたのかな……?」

 

「………………」

 

 無言を貫くマックスだけれど、頬の辺りはほんのりと赤色に染まり、それが間違いないということが分かる。

 

 そして、僕はマックスが同じ思いを持っているとすぐに判断した。

 

 パッと見た感じでは分からないかもしれないけれど、僕とマックスは近い存在であるから分かることがある。

 

 僕も、マックスも、現在進行形で恋をしている。

 

 今日初めて出会った1人の男性に、一目惚れという形で恋心を持ったのだ。

 

 もしこれがマックス以外なら、ビスマルクが先生に迫っていた時のように嫌な気持ちになってしまったのかもしれない。

 

 だけど僕は、マックスが同じ思いを持っていることが嬉しく、心が晴れ晴れとした感じになったんだ。

 

「そっか……。マックスも僕と同じなんだね……」

 

 普通に考えればライバルが増えてしまったはずなのに、僕はニッコリと笑みを浮かべてそう言った。

 

 その瞬間、マックスは緊張が切れたみたいに、澄ました顔をほんの少しだけ崩して小さく息を吐く。

 

「レーベも同じだったとは思わなかったわ」

 

「僕もビックリしたよ。だけど、何だか嬉しいんだよね」

 

「私も同じ……かしら」

 

 僕たちは心が満たされていくような感じを噛みしめるように、互いに頷き合った。

 

 それから、先生の第一印象からどこが好きなのか、どういうところがダメっぽいなのかなど、たがいに質問をぶつけあって色んなことを話し合った。

 

 あまりに会話が白熱し過ぎて、お腹がぐうぐうと音を鳴らすまで夕食を取るのを忘れていたくらいにね……。

 

 

 

 

 

 それから幼稚園で先生と話す度に、どういう人なのかが少しずつ分かってきた。

 

 話をするときはちゃんと目を見ていてくれるけれど、先生自身が追い詰められてくると思わず目を逸らしてしまうことがあるんだよね。

 

 しかも、それは決まって右側の方に。

 

 つまりこれは先生が嫌がっていると分かる訳で、僕たちにとっては非常に有益な情報なんだ。

 

 もちろん喜んでいるときの反応も、注意深く観察した。

 

 恥ずかしくなると頬を掻く癖があるし、鼻の穴が少し大きくなるときもある。

 

 簡単に言えば、先生は非常に分かり易い人間だということが分かった。

 

 だからこそなのか、先生はみんなから好かれ易いみたいで、いつの間にか鎮守府にいる何人かのお姉さんたちからも好意を向けられているみたいなんだよね。

 

 それは僕たちにとって非常に宜しくないことなんだけれど、なにより問題はビスマルクの行動だった。

 

 幼稚園内だということを躊躇することなく、ビスマルクは先生に猛烈なアタックをしている。

 

 どうやら先生は押しに弱いようだし、嫌がっていても相手のことを思いやる性格もある。

 

 つまりは、ビスマルクが本気で実力行使に出てしまえば非常に危ういと思えるんだ。

 

 だから、僕とマックスに残されている時間は少ないかもしれないと判断し、強硬手段に出ることにしたんだよね。

 

 

 

「……いや、それ以前にちょっと質問。2人は俺のことをどう思っているんだ?」

 

 ビスマルクのことをどう思っているかと先生に問いかけたところ、ここしかないという言葉が返ってきた。

 

 これはチャンスだと僕は、マックスにアイコンタクトをして先生にたたみかける。

 

「え、えっと……その……、僕は……せ、先生のこと、嫌いじゃ……ないけど……」

 

 僕はそう言いながら先生に上目づかいをし、ジッと見つめてみる。

 

「ふ、ふうん……。そ、そう……。レーベも、そう……なの……」

 

 マックスもいつもの無表情を頑張って崩し、わざとらしく視線を逸らしていた。

 

「そうか……、そうだよね……。先生がビスマルクに抵抗していたのって、そういう意味だったんだ……」

 

「ふうん……。レーベの言うこと……、分かった気がするわ」

 

「……え、えっと……、それって……ど、どういう……こと……かな……?」

 

 僕とマックスは咄嗟の判断で言葉を紡ぎ、行き着く先へと誘導する。

 

 先生が押しに弱いのなら、この方法で追い詰めれば良いのだから――と。

 

「つまり先生は……」

 

「小さい私たちが……好きなのよね……?」

 

 ――そう。

 

 先生をロリコンという風にしてしまえば、好意を向けているお姉さんやビスマルクから嫌われるかもしれない。

 

 これを切っ掛けにして上手い具合に鎮守府内で噂になれば、後はもうこっちのモノだと思うんだ。

 

 これが成功すれば、後に残る問題は少ないはず。

 

 この時点でプリンツは相変わらず先生を嫌っているみたいだし、ユーは大人しい性格のおかげで上手く思いを伝えられないだろう。

 

「だ、大丈夫だよ、先生。僕たちは別に、口が軽い訳じゃないから……」

 

「そう……よ。それに私もレーベも、心が広いから……」

 

「だから違ーーーうっ!」

 

 叫び声をあげる先生を見て、僕たちは心の中でガッツポーズを取った。

 

 これで準備は万端だ。

 

 後は噂を流すだけ。

 

 そして僕たちはこのチャンスのうちに、半ば強引に胸の内を伝えることに成功したんだよね。

 

 まぁ、それが先生にきちんと伝わったかどうかは分からないけれど。

 

 ……やっぱり、面と向かって言うのは恥ずかしいからさ。

 

 

 

 

 

 だけど、それからも先生は色々と大変だった。

 

 先生がロリコンであるという噂が流れ、大半のお姉さんたちは先生に向かって冷ややかな目で見たり、敵意を持って睨みつけていた。

 

 しかしそれにもかかわらず、一部のお姉さんたちは以前と変わらずに先生と楽しそうに話している。

 

 特に龍驤というお姉さんが良い感じであると聞きつけた僕たちは、先生の後をつけて確認したことがある。

 

 そのときは本当に愕然とした。

 

 だって、お姉さんだというのに僕たちと同じくらいなんだよ?

 

 特に胸部装甲の辺りなんて、下手をすれば僕やマックスよりも小さいかもしれない。

 

 あれで本当にお姉さんなのかと何度も見直していたけれど、残念ながら現実は変えられそうになかった。

 

 それよりもショックだったのは、先生が龍驤と楽しげに話している場面だった。

 

 龍驤の言葉に追い詰められつつも先生は意外にも嫌がっているように見えなかったし、むしろ喜んでいるときもあった。

 

 そしてこれらを見た僕たちは確信する。

 

 先生は真性のMであると。

 

 だから僕たちも、先生に気に入られる為にドSにならなければいけないのかな……と思ったんだよね。

 

 なんだか非常に性質が悪い人に惚れてしまったと後悔しそうになったけれど、今更後には引けそうにない。なにより、惚れた弱みってやつには勝てそうになかったんだ。

 

 先生がどれだけヘタレでだらしがない人であっても、その顔を見る度に僕の胸がドキドキと高鳴りをあげてしまう。

 

 それはつまり、僕には先生しか居ないんだって……無意識に決めつけちゃっているんだよね。

 

 もちろん考えなおせばこの病から抜け出せるかもしれないんだけれど、僕はそれをやろうとは思わない。

 

 こんな考え方をするなんて、僕ってもしかすると先生と同じMかもしれないよね。

 

 

 

 ……笑えない冗談だけどさ。

 

 

 

 

 

 それから僕は何度もマックスと話し合って方向性を決めた。

 

 まず、どんな結果になっても先生を諦めるつもりはない。

 

 これは僕もマックスも同じ気持ちだし、諦めるなんて考えられないんだ。

 

 それよりも、今後どうやって先生を攻めていくかが問題だった。

 

 いつの間にかプリンツと良い感じになっているような噂を聞いたし、実際に幼稚園で2人の雰囲気が変わっていたんだよね。

 

 このままだと幼稚園内だけでもビスマルクだけじゃなく、プリンツまでがライバルになってしまう。

 

 それに、なんだかユーも少しずつ変わってきているみたいだし……。

 

 本当に、厄介な相手に惚れちゃったよね……と、本気で後悔しそうになる。

 

 それでも僕たちは諦めない。

 

 例えどれだけライバルが増えたとしても、僕たちは僕たちの手段を用いて先生を手に入れるんだと心に決めた。

 

 ビスマルクやプリンツとは違う方向から、ちょっとずつ僕たちが気になるように……。そういった感じで攻めようと思う。

 

 それはまるで、弱い毒をジワジワと効かせているみたいな感じに思えてくるけれど、なんだか嫌な気分じゃない。むしろ、これが快感に思えてきそうでちょっと怖かったりもするけどね。

 

 あれ、僕ってMじゃなかったっけ……?

 

 今の台詞じゃ、完全にSっぽいんだけれど。

 

 こんなにコロコロと性格を変えてしまうなんて、情緒不安定なのかな……?

 

 それとも、先生が僕たちを変えてしまっているのだろうか?

 

 それはまるで、魔性という言葉がしっくりくるような……、なんだか少しだけ怖い気がするんだけれど。

 

 それでも、僕たちは前を向いて……。いや、先生を見ながら1歩ずつ進むんだ。

 

 

 

 さて、それじゃあ今日はどんな感じで先生を攻めてみようかな。

 

 僕はマックスと相談しながら幼稚園へと向かう。

 

 ニッコリ笑う僕たちには、ほんの少しだけ歳相応じゃない思いを秘めながら、今日も先生に挨拶をするんだ。

 

 

 

「おはようございます(今日こそ先生を手に入れるから)」

 

 

 

 ――ってね。

 

終わり

 




 レーベ編もこれにて終了ー。
さて次はユー編なんですが……。

 困りました。思いのほか長くなっており、まだ完成していません……orz
更新していく分は問題ないのですが、話の流れが変わらないように気をつけないと……。

 ですが引き続き予定通り進めていきますので、お付き合いの程、宜しくでありますっ。


次回予告

 こ、こんにちわ……。
ドイツ海軍所属、潜水艦U-511です。
今回はユーのお話だそうですけど……、ちょっとどころか、大冒険が待っていたんです。

 は、恥ずかしいですけど……、聞いてくれますよね……?


 艦娘幼稚園 第二部 スピンオフシリーズ
 ~ユー編~ その1「お姉さんたちが……、いっぱい……居ます」


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スピンオフ ~ユー編~
その1「お姉さんたちが……、いっぱい……居ます」



 こ、こんにちわ……。
ドイツ海軍所属、潜水艦U-511です。
今回はユーのお話だそうですけど……、ちょっとどころか、大冒険が待っていたんです。

 は、恥ずかしいですけど……、聞いてくれますよね……?


 

 こんにちわ。

ドイツ海軍所属、潜水艦U-511です。

 

 みんなからはユーって呼んでもらって、とても嬉しいです。

 

 ……ん?

 

 今回はユーのお話……ですか?

 

 べ、別に構わないけど……。

 

 でも、どうしてユーのことを聞きたいのかな……?

 

 もしかして、分かっていて言っているとか……?

 

 ………………。

 

 こ、こういうときって、どう言えば良いんだったかな……。

 

 え、えっと……、確か……、

 

 が、がんばるー、がるるーっ!

 

 ………………。

 

 ……あれ、違った……ですか?

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 今日は幼稚園がお休みの日。

 

 お友達のレーベやマックスはお出かけしているみたいで、どこにも見当たらなかったんです。

 

 仕方なく朝食を取ろうと食堂にやってきて、1人で美味しいごはんを食べていたんです。

 

 プリンツも最近、先生にベッタリみたいな感じですし……、ユー、仕方ないから1人でゴロゴロしていようかなって思っていたんですけど……、

 

「へー、舞鶴の方から潜水艦がきてんのかー」

 

「そうみたいやで。なんでも、結構長い遠征の帰りに立ち寄ったみたいやわ」

 

「ふーん……。それ自体は珍しいことじゃないとはいえ、ここの鎮守府に潜水艦はいないからなぁ」

 

「そやね。佐世保は砲撃戦を重視することが多いさかい、潜水艦が配属されることは……って、1人居ったな」

 

 そんな話をしながらユーの方を見てきたお姉さんたちは、ニッコリと笑いながら隣の席にやってきました。

 

「よっ、元気にしてっか?」

 

「あっ、え、ええっと、オハヨウゴザイマス」

 

「ちゃんと挨拶できるんやね。えらいえらい」

 

 2人のうち、ユーと変わらないくらい小さな身体をしたお姉さんが、ポケットから飴玉を取り出してユーにくれました。

 

「Danke。あ、違った……、ありがとう」

 

「ええでええで。欲しかったら気軽に言うてや」

 

 パタパタと手を振るお姉さんにお礼を言って飴玉を受け取り、ご飯の後に食べようと大事にポケットに仕舞いました。

 

「えっと、確か名前はU-511……だっけな?」

 

 もう1人のお姉さんが、頬をポリポリと掻きながらユーに話しかけてきました。

 

 なんだかその仕草が先生と似ているみたいで、少し面白いなぁって思います。

 

「あ、はい。みんなからは、ユーって呼ばれています」

 

「ほんなら、うちらもそう呼んでもかまへんかな?」

 

「はい。大丈夫……です」

 

 ユーがコクリと頷くと、2人のお姉さんは安心したのかホッとした顔を浮かべていました。

 

 知り合いが増えて、ユーはとっても嬉しいです。

 

 でも2人のお姉さんは、いったいユーに何の用事があるんでしょう……?

 

「ところでユー。さっきあたしらが話していたことなんだけど、気になったりしてないか?」

 

「舞鶴から、潜水艦がきているって……言ってたですよね……?」

 

「そうそう、そないやねんけど、ユーはまだ会ったことがあらへんやろ?」

 

「はい……。ユーはまだこの国にきて、潜水艦の方に会ったことが……ありません」

 

「せやったら、一度会ってみたらええんとちゃうかなって……思ったんやけど……」

 

 小さいほうのお姉さんがそう言いながら、ユーの顔色を伺うようにチラチラと見てきました。

 

 今日はお休みですし、予定もないですけど……。

 

 それに、この国の潜水艦ってどんな方なのか気になりますし……。

 

 そんなことを考えているうちに色んな興味がわいてきて、ユーはお姉さんたちにコクリと頷いていました。

 

「よっしゃ。それじゃあ朝食が終わったら、行ってみよか」

 

「は、はい。お願いします」

 

 そんなこんなで、ユーの休日は色んなお姉さんに会って話をする……という感じになりました。

 

 これが、ユーの未来を大きく変えるだなんて、思っていなかったけれど……、

 

 でも、とっても良かったと思っていますし、後悔はしていません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 食堂を出たユーは2人のお姉さんに連れられて、幼稚園よりもさらに海の方にある建物にやってきました。

 

 ここには入渠施設や整備室など、お姉さんたちがいっぱい居るところらしく、今まで見たことのない方を見かけました。

 

 みんなユーのことを見つけると、笑いながら頭を撫でてくれたり、小さなお姉さんのようにお菓子をくれたりしたので、ユーはとっても嬉しかったです。

 

 おかげでポケットがいっぱいになっちゃって、少し歩き難かったですけど……。

 

 寮に帰ったら、レーベたちと一緒に食べようかなって思います。

 

「ユー、着いたで」

 

 先導していた小さなお姉さんが、ユーに話しかけながら上の方を指さしました。

 

 そこには白いプレートに『ドッグ』と書かれていて、入口には大きめの布が上からぶら下がっていました。

 

 後で聞いたところによると、これは暖簾……っていうやつみたいです。

 

 勢いよく払いながら中に入るのが通だとか、蹴飛ばされた先にあると布なのに跳ね返るとか、なんだかよく分からないモノみたい……。

 

 でも、ときどき風でヒラヒラと揺らめいているのが、なんだか面白いなぁって思います。

 

「今、舞鶴からきている潜水艦は、ここで修復を行っているみたいなんだが……」

 

「噂をすればなんとやら……みたいやね」

 

 お姉さんたちがそう言うと、暖簾が大きく揺らめくと同時に2人の人影が見えました。

 

「ふぅー。ここのドッグも、気持ち良かったのね」

 

「舞鶴とはちょっと違う感じがしたけど、やっぱりゴーヤは温泉が良いでち」

 

「あれは修復ができないけど、疲労は抜けるのねー」

 

 ドッグの中から出てきた2人を見た瞬間、ユーを連れてきてくれたお姉さんが言っていた舞鶴からきている潜水艦であるとすぐに分かりました。

 

 明らかに他のお姉さんとは違って、特徴のある水着のようなのを着ていました。

 

 なんだか凄く動きやすそうだけど、イク……って胸に書いてある方の潜水艦は、水着以外なにも着ていないみたいです。

 

 大きくなったらユーもあんな風になるんでしょうか……?

 

 ………………。

 

 恥ずかしいですけど、が、がんばります……。

 

 ………………。

 

 あと、胸部装甲が羨ましいです。ユーも欲しいです。

 

「えっと、イクたちになにか用なのね?」

 

「違うでち。ドッグの順番待ちをしていたと思うでち」

 

「あっ、なるほどなのね。お待たせしちゃってごめんなのねー」

 

 潜水艦の2人はそう言いながらお辞儀をしたところで、小さい方のお姉さんが首を振りながら話しかけました。

 

「いやいや、違うねん。ちょっと2人に話をしたいと思ってなー」

 

「ゴーヤたちにでちか?」

 

「そうなんだよ。実はうちの鎮守府に潜水艦はこの子しか居なくてだな……」

 

 そう言って、大きい方のお姉さんがユーを指差したんですけど、何だか顔が少し恥ずかしそうに見えるのはなぜなんでしょう?

 

 なんだかユーを目の前にいる潜水艦の2人に会わせてくれるという以外に、なにか考えがあるような気がするんですけど……。

 

 もしかして、ユーをだしに使われた……ってことでしょうか……?

 

 ………………。

 

 でも、別にそれはそれで構わない気もします。ユーも舞鶴からきた潜水艦の2人が気になりましたし、色んな話を聞いてみたいですし。

 

 それに舞鶴と言えば、先生がやってきたところです。

 

 もしかすると先生のことを聞けるかもしれないですから、問題ないですよね……。

 

 ………………あれ?

 

 どうしてユーは、先生のことを知りたいなぁって思ったんでしょうか。

 

 確かに先生は幼稚園でユーのことをしっかり見ていてくれますし、最近はみんなからも信頼されているみたいです。

 

 それどころか、レーベもマックスも、はたまたプリンツまでもベッタリって感じですし。

 

 もしかしてユーは、それが羨ましいって思ったのかな……?

 

 それとも……、他になにか……。

 

 うぅん……。よく分からないです……。

 

 でもでも、先生以外にも聞きたいことは色々ありますから、別に気にしないで良いですよね……。

 

「まぁ、そういうことやさかい、良かったらちょっとお茶でもしばきに行かへん?」

 

「……お、お茶で叩くのでちか?」

 

「あっ、ちゃうねん。そう言う意味じゃなくてやね……」

 

 小さい方のお姉さんは慌てて説明をしていましたけれど、ユーもちょっとビックリしちゃいました。

 

「つまりは、冷たい物でも飲みながら話でもどうだってことだ」

 

「ああ、それなら構わないのねー。イクたちも長距離の移動で疲れてるから、むしろ望むところなのね」

 

「でも、さすがにお酒はダメでちよ?」

 

「任務じゃなかったら飲みたいところなのね……」

 

 胸部装甲が大きい潜水艦はそう言いながら、ガックリと肩を落とします。

 

 ユーはまだ小さいからお酒は飲めないですけど、いったいどんな味がするのかな……。

 

 大きくなったら、一度レーベたちとみんなで飲んでみたいです。

 

 できればビスマルクや……先生とも一緒が良いかな……。

 

 そうこうしているうちに2人のお姉さんが潜水艦を慰め終え、先導しながら歩き始めました。

 

 向かう先は……食堂みたいですけど、それならユーはご飯を食べながら待っていれば良かったんじゃないかと思ってしまいました。

 

 

 

 やっぱり、だしにされた感じがしますけど……、気のせいじゃないですよね?

 




次回予告

 それからみんなで食堂に行き、お話をすることになりました。
イクさんやゴーヤさんは色んなことを教えてくれるんですけど、ところどころで口を濁しちゃうんですよね……。


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 ~ユー編~ その2「潜水艦のお仕事……?」


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その2「潜水艦のお仕事……?」

※11月1日、インテックス大阪で開催される「東方紅楼夢」にて配布する予定の小説同人誌サンプルをBOOTHで開始しております!
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よろしくお願い致しますっ!


 それからみんなで食堂に行き、お話をすることになりました。
イクさんやゴーヤさんは色んなことを教えてくれるんですけど、ところどころで口を濁しちゃうんですよね……。



 

「「「ぷはーーーっ!」」」

 

 ユーの目の前では、2人のお姉さんと2人の潜水艦が一斉にジョッキの中身を飲み干して、テーブルの上に置きました。

 

「やっぱり仕事の後の一杯は格別なのねー」

 

「まだ遠征は終わってないし、そもそもこれはビールではないでち……」

 

「まぁまぁ、ここはノンアルコールビールってことで我慢してやね」

 

「さすがにここまできて失敗する訳にはいかないのね……」

 

「そうでちね……」

 

 落ち込み気味になってきた潜水艦を、2人のお姉さんが慌てて慰めます。

 

 ユーもお話が聞きたいので、なにか楽しくなることを言おうと思ったんですけど……。

 

「えっと……、えっと……」

 

「……ん、どうしたでちか?」

 

 なにを言って良いのか分からなかったユーを見た片方の潜水艦が、不思議そうに顔を傾げました。

 

「あっ、そう言えば自己紹介をしていなかったのね」

 

「ああ、なるほど。それなら納得でち」

 

 2人して頷いた潜水艦は、ニッコリと笑って口を開き始めました。

 

 本当はそうじゃなかったんですけど、確かに名前が分からないので話し難いのは確かです。

 

「イクは舞鶴鎮守府に所属する潜水艦、伊19なのね。気軽にイクって呼んでくれて良いのねー」

 

「ゴーヤも同じく舞鶴鎮守府所属の潜水艦、伊58でち。みんなからはゴーヤって呼ばれているでち」

 

 潜水艦の2人の自己紹介が終わった後、今度は2人のお姉さんが自己紹介を始めました。

 

「うちは佐世保鎮守府に所属している龍驤ってもんや。軽空母やけど、制空権の確保には定評があるんやでー」

 

「それを自分で言う辺りが龍驤っぽいけど……まぁ良いか。あたしの名は摩耶。同じく佐世保鎮守府所属の防空巡洋艦で、対空には自身があるぜ」

 

「なるほどなのねー」

 

「よろしくでち」

 

 互い互いに挨拶を済ませた後、4人のお姉さんたちが揃ってユーの方を見てきました。

 

「それで、この小さな子が……ほら、自己紹介をせんと」

 

「あっ、は、はいです……」

 

 小さいお姉さん……じゃなくて、龍驤さんがユーに声をかけてくれたので、みんなの顔を見てからペコリと頭を下げて自己紹介を始めます。

 

「えっと……、ドイツ海軍所属で、今は佐世保の……幼稚園に通っている、潜水艦U-511です。お友達からはユーって呼ばれていますので、そ、その、宜しくお願いします……」

 

 ユーはそう言い終えてから、もう一度頭を下げました。すると龍驤さんが「ようできたな。えらいえらい」と言いながらユーの頭を撫で、またまた飴玉をくれました。

 

 既にポケットの中は貰った飴玉で一杯なので、お口の中に放り込んじゃいます。

 

 甘くておいしいです。Danke。

 

「それじゃあユーは、遠いところからきたのでちか?」

 

「は、はいです。こっちでお世話になるようにって言われて、やってきました」

 

 ゴーヤさんの問いかけにちゃんと答えながら、コクコクと頷きます。

 

 なぜかイクさんがげんなりした表情を浮かべていますけど、どうしてなんでしょうか……?

 

「ハチが言ってた、遠征のところなのね……」

 

「あの距離を小さな子が1人で……なんてことは、さすがにないと思うでち」

 

「……?」

 

 イクさんとゴーヤさんがボソボソと内緒話をしているみたいなんですけど、ユーは何か変なことを言っちゃったのでしょうか?

 

「キミら、いきなり怪しい話なんかをしてると、ユーが困ってしまうで?」

 

「あっ、いや。なんでもないでちよ?」

 

「そ、そうなのね。ちょっと、ユーの国に行ったことがある知り合いが居ただけで……」

 

「えっ、ほ、本当……ですかっ!?」

 

 ユーはビックリして、バンッ! と机を叩きながら立ち上がってしまいました。

 

 大きな音に驚いた周りの人たちが視線を向けてくるのに気づき、しまった……と、焦っちゃいます。

 

「あー、ゴメンゴメン。ちょっと驚いただけやから気にせんといてやー」

 

 するとすぐさま龍驤さんが立ち上がりながら周りに声をかけてフォローしてくれたので、ざわつきもすぐに落ち着きます。

 

 見た目と違って、頼りになるお姉さん……です。

 

 色々と……、小さいですけどね。

 

「しかし、ユーの国に遠征に行ったって、凄い話だよなぁ」

 

「んふふー。イクたちの潜水艦隊を舐めてもらったら困るのねー」

 

 大きい方の……摩耶お姉さんが両腕を組みながら感心するように頷くと、イクさんが自慢げに胸を叩きながら答えました。

 

「ほんま凄いことやで。ユーの国まで遠征するなんて、確かに並みの艦隊やと上手くはいかんやろうね」

 

「本当に……、凄いです……」

 

 龍驤さんの言う通りなので、ユーも素直に頷きます。

 

 ここにくるまでの間に途中で攻撃を受けたりもしましたから、危険な旅だったんだと思います。

 

 ユーは片道だけでしたけど、色んな人たちが助けてくれたので大丈夫でした。

 

 そんな距離を潜水艦だけで往復するなんて……、本当に、本当に凄いことだと思います。

 

「ど、どうしたの……でちか?」

 

「目が、目がキラキラしてるのね……」

 

 気づけばユーは両手を握りながら、イクさんとゴーヤさんを見つめていました。

 

 ユーもいつかは、ここから祖国までを往復することができるようになるのでしょうか?

 

 大きくなって、いっぱい潜水の練習をして、強くなりたいです。

 

「どうやらユーは、2人に憧れたんとちゃうかな?」

 

「そ、そうなのね?」

 

「凄いですっ。ユーも大きくなったら、イクさんやゴーヤさんみたいに……なりたいです」

 

「………………」

 

 ユーは宣言するように2人に向かって口を開くと、なぜかゴーヤさんが肩を落としながら視線を逸らしました。

 

 あれ、ユーは変なことを言ったつもりはないんですけど……。

 

「できれば……、ゴーヤたちみたいにはならない方が良いと思うでち……」

 

「……えっ、どうして……、ですか……?」

 

「くる日もくる日もオリョクルかバシクル。もしくは長距離遠征を繰り返したいでちか……?」

 

「オリョ……クル? バシ……クル……?」

 

 ユーは聞き慣れない言葉を呟き返すと、イクさんの顔がみるみるうちに青ざめていきます。

 

 あ、あれ……、どうしてそんな顔を……するのかな……?

 

「くる日もくる日も燃料と弾薬を拾って、余裕ができたら今度は任務消化だと言って輸送船を倒しに行くのね……」

 

「永遠ループのオリョクルよりはマシでちけどね……」

 

 2人の顔は青ざめているのに、なぜか頭の上の方にやつれたような真っ赤な丸い感じのモノが見える気がします。

 

 龍驤お姉さんも摩耶お姉さんも、そんな2人を見て、凄く可哀想な目を浮かべていました。

 

「う、噂には聞いてたけど、そんな顔になっちまうほどキツイんだな……」

 

「さ、さすがに可哀想に思えてくるわ……」

 

 みんなは口々に大変そうなことを言っている気がしますけど、ユーには良く分かりません。

 

 オリョクルとか、バジクルとか、いったいどういう意味なのかと聞こうと思ったんですけど、

 

 

 

「「聞かない方がいいでち(なの)」」

 

 

 

 ゴーヤさんとイクさんは、ブンブンと激しく顔を左右に振って答えてくれませんでした。

 

 なんだかユーだけ仲間外れにされている気がしますけど、目上の人の話はちゃんと聞く方が良いのかな……?

 

 

 

 

 

「ま、まぁ、暗い話はこの辺にしといてやね……」

 

 重い空気を吹き飛ばすように、龍驤お姉さんがパンパンと手を叩きながら話し始めました。

 

「実はウチと摩耶も、ちょっと2人に聞きたいことがあるねんけど……かまへんかな?」

 

「それはいったいなんでちか?」

 

 グラスの飲み物をゴクリと一口飲んだゴーヤさんは、首を傾げながら聞き返します。

 

「ちょうど今、こっちの幼稚園に舞鶴からきた先生が居てるんやけど……、知ってるかなーと、思ってなぁ」

 

「先生……って、しおいと一緒に働いている男性のことなのね?」

 

「そう言えばそんな人が居たでちね」

 

 龍驤さんの言葉を聞いたゴーヤさんとイクさんは、互いに顔を合わせながら確認するように話をしていました。

 

「その話様だと、あんまり詳しく知らないって感じに聞こえるけど……、また新しい名前が出てきたな」

 

「しおい……って名前は、聞いたことがあるような気がするねんけどね」

 

 今度は龍驤お姉さんと摩耶お姉さんが向かい合って話します。

 

 ユーは黙って聞いているだけですけど、それでも面白いですよ?

 

「しおいは元々イクたちと一緒の艦隊に居た潜水艦なのねー」

 

「事情があって艦隊から離れた後、幼稚園の先生として働いているでち」

 

「ということは、退役したってことになるんかな?」

 

「そうじゃないでちけど、基本的には幼稚園で働いているでち」

 

「……なんだかややこしいけど、しおいの方が先生について詳しく知っているって感じがするな」

 

 そう言った摩耶お姉さんは、少し残念そうに肩をすくめました。

 

 でもどうして、龍驤さんと摩耶さんは先生にことを尋ねたんでしょう……?

 

 先生なら幼稚園に居るんだから、直接会って話をすれば良いだけだと思うんだけど……。

 

 それよりユーは元々潜水艦で、今は舞鶴の幼稚園で働いているしおいという人がちょっとだけ気になります。

 

「イクもゴーヤも、直接先生に会ったことはないのね」

 

「そうでち。だから、しおいから聞いた話と噂くらいしか分からないでち」

 

「それじゃあ、その話ってのを聞かせてもらうのはかまへんかな?」

 

「それは別に良いでちけど……」

 

 ゴーヤさんはそう言いながら、なぜかユーの顔をチラチラと見てきました。

 

「……えっと、ユーはなにも悪いことはしてないですよ?」

 

「あっ、いや……、そうじゃないでちけど……」

 

「あんまり小さい子には聞かせない方が良いかもしれないのねー」

 

 

 

「「あぁ、なるほどな(ね)」」

 

 

 

 今度は息ぴったりに龍驤お姉さんと摩耶お姉さんが声を合わせ、大きく肩を落としました。

 

 ユー、全然分からないんですけど……。

 

 先生って、なにか悪いことでもしたのか……な……?

 




※11月1日、インテックス大阪で開催される「東方紅楼夢」にて配布する予定の小説同人誌サンプルをBOOTHで開始しております!
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次回予告

 なにやら4人で先生の話をしているみたいですけど、ユーは1人さみしくお留守番……?

 なので、ちょっとだけ楽しもうと思ったんです……。


 艦娘幼稚園 第二部 スピンオフシリーズ
 ~ユー編~ その3「おいしいです」


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その3「おいしいです」


※11月1日、インテックス大阪で開催される「東方紅楼夢」にて配布する予定の小説同人誌サンプルをBOOTHで開始しております!
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次回予告

 なにやら4人で先生の話をしているみたいですけど、ユーは1人さみしくお留守番……?

 なので、ちょっとだけ楽しもうと思ったんです……。


 

 少し離れた場所で龍驤お姉さんと摩耶お姉さん、それにイクさんとゴーヤさんが、ごにょごにょと内緒話をしています。

 

 ユーは完全に除け者になっちゃってますけど、静かにジュースを飲みながらみんなの様子を伺っていました。

 

「そんで……、先生の話なんやけど……?」

 

「ついでに噂についても教えてくれよな……」

 

「問題ないでちけど、ゴーヤたちが喋ったってことは言わないで欲しいでち」

 

「下手にばれちゃうと、裏番長がオシオキにきちゃうのね……」

 

「分かった。それはちゃんと守るさかい、ちゃっちゃと教えてーな」

 

 4人のお姉さんたちが内緒話をしているのって、なんだかちょっと面白いです。

 

 ただ、残念なことに、お姉さんたちの声が徐々に小さくなってしまい、これ以上の話は分からなかったです。

 

 小さい子には聞かせない方が良いとか言っていましたけど、ユーにはまだ早いんでしょうか……?

 

 仕方ないのでユーは食堂のカウンターの方へ行って、ケーキのセットを注文することにしました。

 

 

 

 

 

 それからしばらく経った後、4人のお姉さんたちの輪が解かれて、座っていた席へと戻ってきました。

 

「ユー、お待たせ……って、なんやこれっ!?」

 

「もぐもぐ……。美味しいです」

 

 最後の一口を放り込んでから紅茶を一飲みして、龍驤さんに頷いてから答えます。

 

「ユー、待っている間に食べちゃいました」

 

「そ、それは見て分かるけど、お皿の数が半端ないでぇっ!」

 

「なかなか話が終わらなかったので、いっぱい食べちゃいました」

 

 何度か話しかけても返事がなかったので帰ろうかとも思ったんですけど、しおいって人の話を聞きたかったので我慢してました。

 

 ですから、いっぱいケーキを食べるくらい良いですよね?

 

「あ、あのさ……。それの勘定ってどうしたんだ……?」

 

「ユーはお金を持ってないので、ツケときました」

 

「……い、いやいや。さすがに幼稚園児にツケはきかないよな……?」

 

 恐る恐る問いかけてくる摩耶さんですけど、言われた通り、食堂のおばちゃんはダメって言っていました。

 

 ですからユーは、こうやって一言追加したんです。

 

「龍驤お姉さんを待っている時間が暇だから、ダメですか? って言いました」

 

「な、なん……やて……っ!?」

 

 いきなり龍驤お姉さんの顔が青ざめると、一目散に食堂のカウンターの方へと走って行きます。

 

「ちょっ、それはないでぇっ! 堪忍してぇなっ!」

 

 そして龍驤お姉さんの大きな悲鳴が食堂内に響き渡りました。

 

「あ、あの、摩耶お姉さん……。ユーは、悪いことをしちゃったですか……?」

 

「あー、いや。まぁ、仕方ないんじゃないかな……」

 

 ユーの問いかけに摩耶お姉さんは、頬を掻きながら曖昧な表情を浮かべていました。

 

「小さい子を放っておくと、大変なことになるでち……」

 

「まさに因果応報なのねー」

 

 ゴーヤさんとイクさんは、我関せずといった風に笑っています。

 

 ちょうど良い機会なので、ユーはしおいという人について聞いてみることにしました。

 

「あ、あの……、ユーも質問良いですか?」

 

「なんなのねー?」

 

「しおい……って人のことと、あと……ユーの国に行った潜水艦のお話も聞きたいです」

 

「しおいとハチのことでちか……。しおいについては話せるでちけど、ハチの話は直接聞いた方が分かり易いかも……でち」

 

「確かに、詳しい話ってあんまり聞いてなかった気がするのねー」

 

「そう……なんですか……」

 

 色々とお話を聞きたかっただけに、残念です……と思っていたんですけど、

 

「もし良かったら、イクたちと一緒に舞鶴にきてみたらどうなのね?」

 

「……え?」

 

 イクさんが提案してきたことに驚いて、ユーは固まってしまいました。

 

「それは妙案でち……けど、さすがに小さい子を連れていくのには許可が大変そうでち」

 

「聞いてみないと分からないのねー」

 

「それはそうでちけど……」

 

 ゴーヤさんはそう言いながら腕を組んで考え込み、イクさんはニコニコと笑顔を浮かべています。

 

 ユーが舞鶴という所に行くなんて考えもしませんでしたけど、興味があるのも事実です。

 

 潜水艦のお姉さんたちがいっぱい居るところを見てみたいですし、お話もいっぱいしてみたいです。

 

 それに舞鶴の幼稚園がどんな感じなのかも気になりますから、できるならばイクさんとゴーヤさんと一緒に行けないでしょうか。

 

「はぁ……、散々やったで、まったく……」

 

 すると龍驤さんが小さなお財布を上下逆さまにしながら、落ち込んだ顔で戻ってきました。

 

「今月はピンチって感じを通り越して、極貧生活の始まりやで……」

 

「ま、まぁ……なんだ。こういうときもあるからさ……」

 

「……同情するなら、銭を寄こしてくれへん?」

 

「それは無理だ。なぜならあたしも今月はピンチだからな……」

 

 そう言って、摩耶お姉さんも財布を逆さまにして振っていました。

 

 お姉さんたちも、大変なことってあるんですね……。

 

 

 

 

 

 それからイクさんの提案ができるかどうかを龍驤お姉さんと摩耶お姉さんに話してから、安西提督に会いに行くことになりました。

 

 そして、安西提督の執務室にやってきたんですけど……。

 

「ふむぅ……。ユーくんを舞鶴にですか……」

 

「せやねん。後学の為に潜水艦が多い舞鶴で経験をさせるのも良いと思うし、向こうの幼稚園とも交流できるやろ?」

 

「しかし佐世保から舞鶴となると、危険も伴うことに……」

 

「別に海路を使わんでも移動する方法はいくつでもあるし、その辺りはウチに考えがあるから任しといてくれへんかな?」

 

「……ということは、龍驤が同伴するのですか?」

 

「できれば摩耶も一緒にと思ってるんやけど、かまへんやろか?」

 

「うぅむ……」

 

 ペラペラと喋る龍驤さんの話を聞いて、安西提督は頭を捻っていました。

 

「一応スケジュールも確認してあるんやけど、明日以降のウチと摩耶はそんなに忙しくないねんよ」

 

「そ、そうそう。だから、ユーとあたしらの勉強も兼ねて、ちょっとだけ遠征って感じで……だめかな?」

 

 続けて摩耶さんも安西提督を説得します。

 

 ユーの為にここまでしてくれるなんて凄く良いお姉さんなんだ……と思いますけど、それ以上に必死さが見え隠れしている気がします。

 

 龍驤お姉さんも摩耶お姉さんも、舞鶴に行って誰かのお話を聞きたいんでしょうか?

 

「確かにスケジュール上は問題なさそうですね……。龍驤の言うことも分かりますし、舞鶴には摩耶の姉も居ることですから……」

 

「そ、そうだよな! 久しぶりに姉貴たちに会いたいぜっ!」

 

 摩耶お姉さんは叫びながら、ガッツポーズのように拳を振り上げます。

 

 でも、表情が慌てていたのは、気のせいじゃないですよね?

 

「分かりました。ここ最近、休みもあまり取れていなかったと思いますから、ゆっくりしてきても構いませんよ」

 

「ほ、ほんまっ!?」

 

「やったぜっ! さすがは安西提督だなっ!」

 

 龍驤お驤姉さんと摩耶お姉さんはその場でジャンプをしながら喜び合い、両手を繋いでいました。

 

「ですが、あくまで今回はユーくんを舞鶴に連れていくということで宜しいですね?」

 

「それはもちろんやでっ!」

 

「なら構いません。一応余裕を持って明日から3日間を与えますので、怪我がないように気をつけて行って下さい」

 

「サンキューな、提督っ!」

 

「いえいえ。とりあえず必要経費は今日中に会計に申請し、幼稚園の方にも連絡をしておくようにお願いしますよ」

 

「了解。後はこの龍驤に任せといたら完璧やっ!」

 

 龍驤お姉さんは自慢気に言いながら胸をドンと叩きましたけど、その後盛大にむせていました。

 

 摩耶お姉さんならクッションがあるから大丈夫かもしれませんけど……仕方ないですよね?

 

 さすがは、独特なシルエット……ですって。

 

 

 

 

 

 それから龍驤お姉さんに明日の準備をするように言われたので、ユーは寮に戻って荷物をまとめることにしました。

 

 すると部屋の入口にある扉が開いて、誰かが中に入ってきました。

 

「あれ? どこかにお出かけするの?」

 

 どうやらお出かけしていたプリンツが帰ってきたみたいなんですけど、ユーの姿を見るなり不思議そうな顔で問いかけてきます。

 

「明日から3日間、舞鶴の方へお出かけしてきます」

 

「……えっ! そ、それってどういうことっ!?」

 

「ユー、潜水艦のお姉さんたちのお話を聞いてくることになったんです」

 

「ぜ、全然分からないんだけどっ!」

 

「詳しくは摩耶お姉さんから先生にお話しをしてくれますから、大丈夫です」

 

「だからなんでいきなりそういうことになってるのっ!?」

 

 慌てふためくプリンツに説明する為、ユーは荷物をまとめながら今日のことを話し始めました。

 

 どうやらプリンツは、ユーが舞鶴まで家出をするみたいなことを考えていたみたいで、ビックリしたそうです。

 

 確かに言われてみれば荷物をまとめていましたけど、明日から3日間って言いましたから、分かると思ったんですけど……。

 

 でも、ユーがプリンツの立場だったら、同じようにビックリするかもしれません。

 

「そっか……。それじゃあ、暫くはユーが居ないんだね……」

 

「寂しい……ですか?」

 

「えっ、いや、別に寂しくはないよっ!」

 

「……そうですか」

 

「あっ、その、ユーのことがどうでも良いと思っている訳じゃなくって!」

 

 ユーは落ち込んだように肩を落としてみると、プリンツは慌ててフォローをしてくれました。

 

 何だかんだと言ってもプリンツは色々と面倒を見てくれたり、優しくしてくれたりするので大好きです。

 

 だから、ユーは少しの間プリンツと離れるのが寂しいですけど、それを言っちゃうと舞鶴に行くのが辛くなっちゃうので言わないことにしました。

 

 それに、同じくらい舞鶴にいる潜水艦のお姉さんに会って話をするのが楽しみですから。

 

 ユーも少しは成長したんですし、そろそろ1人でなんでもできるようにならないといけませんよね。

 

 ……舞鶴に行くのは、龍驤お姉さんと摩耶お姉さんも一緒ですけど。

 

 それでも、準備くらいはちゃんとできますから。

 

「き、気をつけて行ってくるようにね」

 

「お姉さんたちも一緒ですから、大丈夫です」

 

「そうだね。でも、過信はしないようにね」

 

「Danke。ありがとです」

 

 ユーはニッコリ微笑んでプリンツに頷きます。

 

 プリンツも同じように頷き返してくれた後、荷物のチェックを手伝ってくれました。

 

 1人でできると言いたいところですけど、やっぱり嬉しいですよ……ね。

 





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次回予告

 しっかり寝たユーは早起きをして、待ち合わせの場所に向かったんですが……。

 あれ、なんだか変じゃないですか……?

 艦娘幼稚園 第二部 スピンオフシリーズ
 ~ユー編~ その4「先生が悪党に染まってきた水夫のような感じに見えるんですけど……」


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その4「先生が悪党に染まってきた水夫のような感じに見えるんですけど……」

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 しっかり寝たユーは早起きをして、待ち合わせの場所に向かったんですが……。

 あれ、なんだか変じゃないですか……?


 

 次の日。

 

「おはよー。おきとるかー?」

 

「はい。大丈夫です」

 

 早朝に迎えにきてくれた龍驤お姉さんに挨拶をしたユーは、寝ぼけまなこのプリンツに「行ってきます」と声をかけてから荷物を持ちました。

 

「うみゅう……。気をつけてね……」

 

「うん。Danck」

 

 手を振ってくれたプリンツは、そのままドサリと布団に突っ伏しました。

 

 ユーはニッコリと笑みを浮かべながら寝息を立てだしたプリンツに手を振って、龍驤お姉さんと一緒に部屋を出ます。

 

「よっ。おはよう」

 

「おはよう……ございます。お摩耶お姉さん」

 

 部屋の外には摩耶お姉さんが待っていてくれたみたいで、挨拶を交わしました。

 

 ユーはしっかり早寝をしましたけど、まだ頭がフワフワする感じがして眠たいです。けれど、龍驤お姉さんも摩耶お姉さんも、全く眠そうに見えないんですよね。

 

 大きくなったら遠征とか出撃とかで夜も戦ったりするらしいですし、これくらいは当たり前かもしれません。

 

 それでもやっぱり、お姉さんたちは凄いんだなぁって思います。

 

「ほな全員揃ったし、そろそろ行こか」

 

 龍驤さんの言葉にユーと摩耶お姉さんが頷いて、みんなで寮から外へと向かいました。

 

 それでは、舞鶴への遠足――始まります。

 

 ……と、思っていたんですけど……ね。

 

 

 

 

 

「摩耶ー、艤装のチェックは一通り済んでるやんねー?」

 

「ああ。あたしのはもちろん、ユーの方もちゃんと調べといたから問題ないぜ」

 

「さすがは摩耶やね。それじゃあユーに装着を……って、どうしたん?」

 

「い、いや……、あの……」

 

 ユーは思いっきり困惑しちゃっています。

 

 お姉さんたちに連れられたのは鎮守府にある埠頭の先端で、今から艤装を取りつけようとしているんですよ。

 

 昨日、安西提督に龍驤お姉さんが「別に海路を使わんでも移動する方法はいくつでもあるし、その辺りはウチに考えがあるから任しといてくれへんかな?」と言っていたので、てっきり新幹線という乗り物で移動すると思っていました。

 

 ユーは初めて乗るので、ちょっとだけ楽しみにしていたんですけど……、どう考えても海から行くみたいですよね……?

 

「ユーたち、舞鶴まで海から行くんですか……?」

 

「せやで。ウチと摩耶が海上で警護しながら進むさかい、ユーは潜水の練習をしながら頑張るんやで」

 

「え、えっと……、ユーはまだ、潜水がそんなに上手じゃないかも……」

 

「それだったら、あたしの背中にでも乗せてやろうか?」

 

「それもかまへんけど、ユーの練習もちょくちょく混ぜた方がええんとちゃう?」

 

「確かにそうかもな。ユーはそれでも大丈夫か?」

 

「が、頑張って……みます……けど……」

 

 あれよあれよという間に話が決まっちゃっていますけど、本当に海から向かうみたいでした。

 

 でも、どうしてなのか、ユーは良く分からないんですよね……。

 

 安西提督は予算を申請……とか言っていましたし、陸から行く方が安全だと思うんですけど……。

 

「龍驤……、これで行き帰りの運賃は丸儲けだよな……?」

 

「しっ! 声が大きいで。誰がどこで耳を立てているのか分からへんさかい、気をつけんと……怒るでしかし」

 

「いや……、なんでやっさんみたいな言い方なんだよ……」

 

 ユーから少し離れたところで2人のお姉さんがボソボソと喋っていますけど、なんだか怪しい感じがします。

 

「おはよう、みんな」

 

「「「えっ!?」」」

 

 するといきなり後ろから声がかけられたので、ユーは慌てて振り返りました。

 

 そこには眠たそうに目を擦りながら先生が立っていて、ユーにニッコリと笑いかけてくれました。

 

「せ、先生。どうして……ここに?」

 

「ユーたちが朝に出かけるのは摩耶から昨日に聞いていたから、見送りをしようと寮に向かってたら姿が見えたんだけど……」

 

「そうだったんですか……」

 

「できれば俺も行きたいんだけど、他の子供たちのこともあるからな……。舞鶴までは遠くて大変だけど、頑張るんだぞ」

 

「先生、Danke……です」

 

 優しく頭を撫でてくれる先生の顔を、ユーは笑みを浮かべて見上げました。

 

「び、ビックリしたやんか……」

 

「ほ、本当だぜ……。驚かせるなよ、まったく……」

 

 2人のお姉さんは胸を撫で下ろしながら息をついていると、先生が首を傾げながら口を開きます。

 

「それは悪かったけど、いったいなにを相談してたんだ?

 言っちゃ悪いけど、かなり怪しい感じがしていたぞ?」

 

「なっ、なんでもあらへんよっ!」

 

「そ、そうだぜっ! 別にあたしらはなにも悪だくみなんかは……」

 

「………………」

 

 慌てたお姉さんたちは何度も首を振って否定していましたけど、先生は半目を浮かべながらなにも言わずにジッと見つめていました。

 

「そ、その目はなんなんっ!?」

 

「あたしらを疑うってのかよっ!」

 

「いや、別にそういう訳じゃないんだけどなぁ……」

 

 そう答えた先生ですけど、口元が少しつり上がっているのをユーは見逃しませんでした。

 

 お姉さんたちも怪しいですけど、先生の顔も怪しい気がします。

 

「まぁ、変なことをしないで、ユーをしっかりと見守ってくれるように頼むな」

 

「そ、それはもちろんやけ……ど……」

 

 額に汗を浮かばせながら答えようとした龍驤お姉さんの方に近づいていった先生は、なぜか耳元に口を近づけてボソボソと喋っているようでした。

 

「運賃がどうとか……聞こえてたんだけど?」

 

「……ぎくっ!」

 

「別に誰かに喋るとか、そういう訳じゃないんだけどなー」

 

「べ、べべべ、別にウチらは何も……」

 

「それじゃあ、俺の気のせいだったのかな?

 そっかそっか。それじゃあ、安西提と……」

 

「ちょっ、頼むわ! それだけは堪忍してっ!」

 

 ボソボソと内緒話をしていたのかと思っていたら、いきなり龍驤お姉さんが大きな声で叫びました。

 

 隣にいる摩耶お姉さんの顔も青ざめている感じですし、先生……なにを言ったんでしょうか……?

 

「まぁ……、……で、……なんだけど」

 

「そ、そんなんで、ええの……?」

 

「ああ。それじゃあ、頼んだぞ」

 

 そして先生は龍驤お姉さんの方をポンと叩いてから離れ、摩耶お姉さんに笑いかけました。

 

 小さい声で聞こえませんでしたけど、先生はいったいなにを言っていたんでしょう……。

 

 摩耶お姉さんも、もの凄く焦った顔を浮かべていますし……、なんだか怪し過ぎますよね……。

 

 

 

 

 

「そ、それじゃあ気を取り直して、そろそろ舞鶴に向かおか……」

 

 少し疲れた顔をした龍驤お姉さんが摩耶お姉さんとユーに声をかけ、艤装を装着してくれました。

 

「あの……、龍驤お姉さん……」

 

「ん、どうしたんや?」

 

「さっきの先生は、なにを言っていたんですか……?」

 

「そ、それは……」

 

 気になっていたので聞いてみたんですが、龍驤お姉さんはさっきよりも険しい感じの顔で、言葉を詰まらせているみたいです。

 

「ちょ、ちょっと先生から、頼まれごとをしただけやで……」

 

「そうなんですか……?」

 

「そ、そうなんや。あは、あはははは……」

 

 乾いた笑い声をあげる龍驤お姉さんでしたけど、どこからどう見ても無理をしている感じに見えます。

 

「どちらかと言えば、遭難って感じだけどな……」

 

「誰が上手いこと言えと言うたんやっ!」

 

 ボソリと呟いた摩耶お姉さんに平手打ちを放った龍驤お姉さんは、テレビで見たことがある漫才コンビのようでした。

 

 でも、テレビとは違って、2人のお姉さんはその後に大きなため息を吐いていたので、まだまだ修業が足りないなぁ……って思います。

 

「……ゴホン。気を取り直して、ほんまに行くで」

 

「その台詞……、2回目ですよ……」

 

「ぐふっ!」

 

「て、的確な突っ込みとは……、ユーもなかなかのやり手だな」

 

 龍驤お姉さんはその場で膝を折り、orzのような感じでうずくまりました。

 

 摩耶お姉さんは感心するような顔でユーを見ています。気になったから言っただけなんですけど、ダメだったんでしょうか……?

 

「ほ、ほんまに、若さゆえの暴走っちゅーのは、怖いもんがあるで……」

 

「過ちと言わないだけマシだよな?」

 

「誰が仮面を被った彗星やねん!」

 

「よく考えたら、先生に仮面を被らせたら良いんじゃね?」

 

「……ロリコンやしな」

 

「「あっはっはー」」

 

 そんなことを言った2人のお姉さんは、互いに笑いながら親指を立てていました。

 

 でも、ユーはどちらかと言えば、四男の末っ子な感じがします。

 

 その、どちらも薄幸っぽいですし……。

 

 あ、でも先生はそんなにイケメンじゃないかも……。

 

「あれ……、どうしたんですか……?」

 

 気づけばさっきの龍驤お姉さんのように、2人揃ってorzの格好になっていました。

 

「い、いや、自分で言うてて、なんやへこんでしもうてな……」

 

「龍驤はまだ良いじゃねぇか……。見た目、ロリなんだし」

 

「な、なんやてっ!? 今どこ見てその台詞を吐いたんやっ!」

 

「そりゃあ……って、言って良いのかよ?」

 

「……言ったら爆撃確定やで?」

 

「なら言わないことにするぜ」

 

「……それはそれでへこむんやけどね」

 

「どっちなんだよ、まったく……」

 

 そうして再び暗い表情をする2人のお姉さんですけど、自爆しまくっている気がします。

 

「……ところで、ちょっと質問良いですか?」

 

「……ん、なんや、ユー?」

 

「いつになったら……出発するんですか?」

 

「「………………」」

 

 このままだったら、全く前に進まないと思います。

 

 こういうときは、ユーが頑張らないとダメ……ですよね?

 

「せ、せやな……。ほんまにそろそろ、出発しよか」

 

「へ、へこんでばっかりもダメだしな」

 

 2人のお姉さんは膝を払いながら立ち上がり、ユーの艤装をキッチリと装着してくれました。

 

 今度こそ。本当に今度こそ、舞鶴に出発です。

 




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 それでは出発です!
……と思ったら、色々と大変なことばかりが起きてしまいました。
それでもなんとか舞鶴に到着したんですけど、着いて早々とんでもないことが……?


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 ~ユー編~ その5「ブチッ……と鳴ったんです」


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その5「ブチッ……と鳴ったんです」

※11月1日、インテックス大阪で開催される「東方紅楼夢」にて配布する予定の小説同人誌サンプルをBOOTHで開始しております!
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 日は6号館G-42a「GROUND-Zero」様のスペースか、4号館あ-05b「一本杭」様のスペースにて売り子をしていますので、お気軽にお越しくださいませっ!



 それでは出発です!
……と思ったら、色々と大変なことばかりが起きてしまいました。
それでもなんとか舞鶴に到着したんですけど、着いて早々とんでもないことが……?


 

「ふぅ……。やっと着いたぜ……」

 

「ほんまに……、疲れたわ……」

 

「へ、へとへと……です……」

 

 ユーたちが出発してから、半日くらいが経った後。

 

 見たこともない景色の中に、佐世保と同じような感じの建物が並んでいるのが見えました。いくつかはレンガ造りのようなモノもありますけど、それ以外は似ている気がします。

 

 空は真っ赤な夕焼けで、ユーたち3人はフラフラです。

 

 それもこれも、佐世保から舞鶴に来る際に、色々あったんですけど……。

 

 

 

 

 

「ウチの艦載機が敵を発見っ! 前方にイ級2艦……、余裕やねっ!」

 

 後ろに続いていたユーは龍驤お姉さんの声を聞いて、急いで潜水を開始します。

 

「そのまま遠距離から爆撃しちまえっ!」

 

「言われんでもやって……って、外してもうたっ!」

 

「ちょっ、し、仕方がねぇ! あたしが砲撃で……、外したっ!?」

 

 ぶくぶく……。これでお姉さんたちが敵を倒してくれるまで待てば安心です……って、上からなにか……?

 

「はぁああん! いっぱい落ちてきました……っ!」

 

 水中でいっぱい爆発が起きていて、すっごく……危ないです!

 

「か、回避だ回避っ! あたしらの後方に早く逃げろっ!」

 

 ユーは急いで後ろに下がって、当たらないように頑張ります。

 

「第二波爆撃機っ! はよう頼むでっ!」

 

「でえぇぇい! 摩耶様の攻撃、喰らえーーーっ!」

 

 ……とまぁ、こんな感じで初めての戦闘を経験したり、

 

 

 

 

 

「……なんか、お腹空かないか?」

 

 太陽が頭の上にあるくらいになると、摩耶お姉さんがお腹を押さえながら話しかけてきました。

 

「時間は……、もう昼やね。予定より随分遅れてるから、このまま航行しながら食べるしかなさそうやね」

 

 確かにユーも、お腹の辺りからぐぅぐぅと音が鳴っています。

 

 そろそろなにか、食べたいんですけど……。

 

「ちっ、しゃあねぇか。非常食は……持ってたっけな?」

 

「あっ、そう言えば、ウチは持ってきてへんわ」

 

「げげっ。あたしも忘れてるみたいだぜ……」

 

 お姉さんたちはガックリと肩を落としてへこんでいました。

 

 でもユーはちゃんと準備をしてきていますから、お姉さんたちにも分けてあげようと話しかけます。

 

「ユー、お菓子なら少しは持っています……けど……」

 

「ほ、ほんまかっ!? 悪いんやけど、ちょっとだけ分けてくれへん?」

 

「良いですよ……って、あれ……?」

 

 防水仕様のポシェットからチョコレートや飴玉を取り出そうと手を伸ばしたんですけど、なんだか変な感じがしました。

 

 嫌な予感がしながらよく見てみると、ポシェットの端っこが破れていて、中身が全部なくなっていました……。

 

「あうぅ……。さっきの戦いで、どこかにいっちゃったみたいです……」

 

「がーーーん!」

 

「ま、マジかよ……」

 

 2人のお姉さんはショックで大きく膝をつき……って、ここは海の上ですから、危ないですよ……?

 

「うわぁっ、危なっ!」

 

「こんなところでへこんでたら、完全に沈んでまうやんっ!」

 

 慌てたお姉さんたちは体勢を元に戻し、額の汗をぬぐいながら「ふぅー……」と息を吐きました。

 

 ……とまぁ、そんなこんなで、色々あったんです。色々。

 

 

 

 

 

 そして話は戻るんですけど、ユーたち3人は埠頭に上がって艤装を外し終えました。

 

 慣れない航行に潜水と疲れましたけど、この国にくる方がもっと大変だったので、ユーはまだまだ大丈夫です。

 

 首をコキコキと鳴らしながらストレッチをしているお姉さんたちの顔も、いつも通りに戻っていました。

 

「とりあえず到着したんだし、まずは挨拶に行った方が良いよな?」

 

「せやね。安西提督から、ここの元帥に頼ればええって聞いたけど……」

 

 龍驤お姉さんはそう言いながら、埠頭の上からキョロキョロと辺りを見渡します。

 

「とりあえずレンガ造りの建物やと聞いてるし、そっちの方へ行ってみよか」

 

「そうだな。後はその辺にいるヤツに聞けば分かるだろ」

 

 お姉さんたちはスタスタと歩きだしたので、ユーもその後に続きました。

 

 埠頭から建物がいっぱいある方へ進むと、ちらほらと人影も見えるようになりました。

 

「……あれって、誰だ?」

 

「うちの鎮守府に所属する艦娘じゃないよな……?」

 

「でも、あのちっちゃい娘、すっごく可愛くないか?」

 

「もしかして幼稚園に入る為に、護衛してきたんじゃないかな?」

 

「おぉ……。また天使たちが増えるのか……」

 

 いつの間にか人の数が増え、ユーの姿を物珍しそうに見てきます。ちょっと恥ずかしくなってきたので、摩耶お姉さんの後ろに隠れようとしたんですけど……、

 

「ほらほら、見世物とちゃうねんから、あんまりジロジロ見んといてーな」

 

 龍驤お姉さんはそう言って、周りにいる人たちを追い払おうと手を振っていました。

 

 見た目はユーと同じでちっちゃいですけど、とっても頼りになるお姉さんです。

 

 ただ、残念なのは……、

 

「……なんだあれ。あのちっこい娘の見た目は悪くないけど、言葉使いがおばさん臭いな」

 

「バリバリの関西弁だけど、いったいどこからきたんだろ……?」

 

「いや、でもイントネーションが微妙に変じゃなかった?」

 

「まさかのエセ疑惑とかっ!?」

 

 ……と、こんな感じでヒソヒソ話が過熱しちゃっていますけど、耳を澄ませなくても聞こえちゃうくらいの音量なんです……よね。

 

「~~~~~~っ!」

 

 もちろんその話は龍驤お姉さんにも聞こえているようで、両手の拳を握りながら、ワナワナと肩が震えて……。

 

「ウチのことをまな板って呼んだ奴はどこのどいつやっ!」

 

 見事にキレちゃったんですよね……。

 

「ちょっ、龍驤! 言ってない! 誰もそんなことは言ってないぜっ!?」

 

「そんなことあるかいっ! 今のは明らかに言うとったわ!」

 

 摩耶お姉さんが龍驤お姉さんを抑えようと羽交い絞めにしますが、収まらないどころか更に暴れ出そうとするみたいで、

 

「心の中で確実に叫んどったわーーーっ!」

 

 真っ赤な涙を号泣しながら、今にも艦載機を発艦させようという風に見えました。

 

「お、おいおい……。これってちょっとヤバくないか?」

 

「いやでも、このタイプは今までになかったよな?」

 

「まな板か……。確かに言い得ているかもしれないよね」

 

「むしろエセ関西弁にフラットな胸部装甲……。マニアック属性としては最強……、いや、最凶だよねー」

 

 

 

 ブチンッ。

 

 

 

「「「……あっ」」」

 

 作業員服を着た男性の一言が聞こえた瞬間、明らかになにかが切れるような音が鳴り、一斉に龍驤お姉さんの方へ視線が向けられました。

 

 ピタリと身動き一つしないその姿に、ユーはゴクリと唾を飲み込みます。

 

 ……これは、非常に危ない……気がしますよね?

 

「りゅ、龍驤……。お、落ちつけ。落ちつくんだ……」

 

 羽交い絞めをしたままの摩耶お姉さんが声をかけますが、その表情は明らかに怯えた色で青く染まり、小刻みに身体を震わせているように見えました。

 

 反比例するように、龍驤お姉さんの顔はどんどんと真っ赤になっていって……、

 

「全員この場でしばき倒したるっっっ!」

 

 そう叫んだ瞬間、身体の大きさに似合わず摩耶お姉さんの腕を力任せに振りほどき、飛行甲板の巻物を広げて艦載機を発艦させちゃいました。

 

 その数なんと、55機。

 

 まさかの全艦出撃です……。

 

「龍驤っ! 止めろ! 止めろって!」

 

「五月蠅いわっ! こいつら全員まとめて、病院送りにしたるねんっ!」

 

 摩耶お姉さんは慌てて止めようと両手を伸ばしますが、龍驤お姉さんはその手を振り払って艦載機に指示を送っていました。

 

「ひえぇぇぇっ! お助けーーーっ!」

 

 周りにいた人たちはビックリした顔で散開し、我先にへと逃げ出します。だけどそんな中、龍驤お姉さんを完全に怒らせてしまった男性が近づいてきて……って、なにを考えているんでしょうか?

 

「ちょっとストップ」

 

「ああ”っ!?」

 

 男性は急に真面目な顔を浮かべて話しかけましたけど、龍驤お姉さんは……凄い顔になっちゃっています。

 

 まるで漫画に出てくる高校生くらいの……、その、マイクチェックみたいな……?

 

 さすがにこれは、描画禁止だと思います……。

 

「なんやねんっ! さっさと喋らんと爆撃するでぇっ!」

 

「だ、ダメだって龍驤っ!」

 

 大きく叫ぶ摩耶お姉さんですけど、有無を言わさず爆撃しないだけマシだと思うのは、ユーの気のせいでしょうか……。

 

 もしかして、龍驤お姉さんって意外に冷静だったり……?

 

 いや……、でも、佐世保ならともかく、遠足にきている舞鶴で問題を起こしちゃったら、やっぱりマズイですよね……。

 

「いやぁー。まさか幼女が艦載機を発艦できるとは思わなくてさー」

 

「「………………は?」」

 

 男性がそう話した瞬間、龍驤お姉さんも摩耶お姉さんも大きく目を見開いたまま固まっちゃいました。

 

「俺もちょっとばかり言い過ぎた感があるから謝るよ。本音を言えばオシオキが欲しいけど、問題を起こすのも具合が悪いでしょ?」

 

「お、お前……、今言ったことの意味……、分かってんのか……?」

 

 ガタガタと身体を震わせた摩耶お姉さんが問いかけますが、男性は首を傾げて「なんで?」と言わんばかりの表情を浮かべていました。

 

「えっと、だから俺、謝ったんだけど……」

 

「……全艦、前方の目標物に急降下爆撃開始」

 

 龍驤お姉さんの腕が小さく振り払われ、上空に飛んでいた艦載機が急上昇を開始しました。

 

「ま、待てっ! このままじゃあたしらも……」

 

「これって……、オシオキの予感……っ!」

 

「ここは今からソロモン海やぁっ!」

 

「嘘ーーーっ!?」

 

 摩耶お姉さんの悲鳴があがるのと、艦載機から爆弾が落とされたのは同じタイミングだったと思うんですけど……、

 

「危ないと思うので、ユーは離れますね……」

 

 ユーは少し離れた場所にいたので、難を逃れる為に建物の影に隠れることにしたんですよね。

 

「止めろ! 止めてくれぇぇぇっ!」

 

「ひゃっはーーーっ! 新鮮なオシオキだぜぇっ!」

 

 逃げまどう摩耶お姉さんに、喜んだ顔で立ち尽くす男性の姿。

 

 そして、悪鬼羅刹のような顔の龍驤お姉さんが、脳裏に焼き付いちゃいました……。

 

 

 

 これってやっぱり、口は災いの元……ですけど、どうして男性は喜んでいるんでしょうか……?

 




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次回予告

 龍驤お姉さんの大暴走によって、ユーたちはある場所へ連れて行かれました。
それは、舞鶴鎮守府で一番偉い人の部屋なんですけれど……。


 艦娘幼稚園 第二部 スピンオフシリーズ
 ~ユー編~ その6「元帥さんと、秘書艦さん」


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その6「元帥さんと、秘書艦さん」

 龍驤お姉さんの大暴走によって、ユーたちはある場所へ連れて行かれました。
それは、舞鶴鎮守府で一番偉い人の部屋なんですけれど……。



 

「………………」

 

「「「………………」」」

 

 ユーたちは今、とある部屋にいます。

 

 横一列に、龍驤お姉さん、摩耶お姉さん、そしてユーが立っています。

 

 その正面には真っ白い服を着ている男の人が、大きな机に肘を置いて椅子に座っています。

 

 そしてその横には、なんだか怖い顔をした青い服のお姉さんが立っていますけど……。

 

 その、なんて言うか……、突き刺さるような視線なんですよね……。

 

 蛇に睨まれた蛙って言葉を聞いたことがあるんですけど、まさにそんな感じに思えちゃうくらい、同じような感じなんです。

 

 龍驤お姉さんの顔はもの凄く気まずそうですし、摩耶お姉さんは額に汗をいっぱい浮かばせています。

 

「それで……、弁解はありますでしょうか?」

 

 青い服のお姉さんが喋り出すと、龍驤お姉さんと摩耶お姉さんがビクリと身体を震わせました。

 

 だけどそれからなにも起こらず、青い服のお姉さんは大きなため息を吐いてから、続けて口を開きます。

 

「黙っていれば済むなんてことは……、思っていませんよね?」

 

「い、いや……、ほんま、すんません……」

 

 龍驤お姉さんは堪らずといった風に、後頭部を右手で掻きながら謝りましたけど、青い服のお姉さんの強烈な視線を向けられた瞬間に、肩を竦めました。

 

「まぁまぁ、高雄。彼女らも反省しているみたいだから、それくらいにしてあげなよ」

 

「ですが元帥。鎮守府内で艦載機を発艦させただけでなく、あろうことか爆撃を行ったなんて……」

 

「日常茶飯事とは言えないけれど、過去にも何度かそういうことはあったよね?」

 

「……確かにありましたけど、その殆どはあなたのせいだということをお忘れなく」

 

 高雄――と呼ばれたお姉さんはそう言いながら、真っ白い服の男性――元帥に向かってジト目を向けました。

 

「たっはー。これは手厳しい返しだなー」

 

「……はぁ。懲りない馬鹿につける薬はありませんわね」

 

「……いや、さすがに酷くない?」

 

「馬鹿に馬鹿と言って、なにがおかしいのでしょうか?」

 

「しくしくしく……」

 

 高雄さんの言葉にへこんでいる元帥さんですけど、その顔はそんなに悲しそうには見えません。

 

 むしろ喜んでいるような感じに見えるんですけど、なんだか先生を思い出しちゃうのはどうしてなんでしょうか……。

 

 もしかして、似た者同士って……やつなのかな?

 

「まぁ、うちの作業員が原因を作ったみたいですから、全ての責を負わせるのはさすがにありえませんが……」

 

「そ、そうだぜ、姉貴。作業服を着た無精髭の男性が、龍驤の悪口をいきなり言うから……」

 

「……摩耶」

 

「は、はひっ!」

 

 再び鋭い視線を向けられた摩耶お姉さんは、大きな返事と共に素早く姿勢を正しました。

 

 完璧な直立不動って感じですけど、身体はブルブルと震えちゃっています。

 

「そういうときは、あなたが止めないといけませんわよね?」

 

「そ、それはそうだけど……」

 

「口答えをする気かしら?」

 

「ぜ、全然、全く、これっぽっちもそんな気は……っ!」

 

「ならば黙って聞きなさいっ!」

 

「はひぃっ!」

 

 半泣きになった摩耶お姉さんはそのまま口を閉ざし、高雄さんからの説教を暫く聞くことになっちゃいました。

 

 後で聞いたところによると、どうやら摩耶お姉さんは高雄さんに頭が上がらないようです。

 

 なんでも高雄さんの方がお姉さんとかみたいですけど、それにしたって上下関係が厳し過ぎる気がするんですよね……。

 

 もしかして、過去になにかがあったんでしょうか……?

 

 

 

 

 

「高雄。小言はそのくらいにして、そろそろ本題に入らないかな?」

 

「……あら。気づけば小1時間程話していましたでしょうか?」

 

「チラチラと時計を見ていたのを、僕は見逃してはなかったと思うんだけどね」

 

「それは気のせいですわ」

 

 ニッコリと笑った高雄さんですけど、目が『それ以上聞かない方が良いですよ?』みたいに見えたのは、気のせいじゃないと思います。

 

 元帥さんは冷や汗を浮かべて、焦ったような顔をしていますし……。

 

 触らぬ神に、なんとやら……ですよね?

 

「とりあえず、今後一切、鎮守府内で危険な行動は慎んでもらえますように、お願い致しますわ」

 

「りょ、了解やで……」

 

 龍驤お姉さんはそう言って、何度も高雄さんに頭を下げて謝りました。

 

 悪いことをしたら謝るのは当然ですし、これで大丈夫だと思うんですけど……、

 

「そ、そういや……、その……、ちょっと聞いてええかな?」

 

「なにか?」

 

「う、ウチが……、爆撃してしまった男性なんやけど……、大丈夫やったんかなぁ……と」

 

「ああ、あの作業員に関しては何も気にしなくて大丈夫ですわ」

 

「せ、せやけど、どう考えても……」

 

 言って、龍驤お姉さんは俯きながら辛そうな顔を浮かべました。

 

 確かにあの男性に艦載機が放った爆弾が直撃して、見事なまでに吹っ飛んでいたのをユーは見ていました。

 

 だけど、キリモミしながらもすっごい笑顔を浮かべていたのは、ユーには理解できませんでしたけど……。

 

「何度も言いますが、あの男性は全くもって問題ありませんわ」

 

「……え?」

 

 大きく息を吐いた高雄さんの顔を見た龍驤お姉さんは、理解しがたいといった感じの表情を浮かべました。

 

「あの男性は、少々……問題がありまして。むしろ今回の騒動で、一番喜んでいるのはあの馬鹿……いえ、男性ですわね」

 

「え、い、いや、あの……」

 

 首を傾げまくった龍驤お姉さんを無視するかの如く、高雄お姉さんは続けて口を開きます。

 

「元から少し問題があったのですが、とある仕置……いえ、艦娘によって教育……というか、手ほどき……いや、これも違いますわね……」

 

「まぁ、その辺りはどうでも良いんじゃないかな?」

 

 どの言葉を選んで良いかといった感じに悩んでいた高雄さんでしたが、横から元帥さんが口を挟みます。

 

 その顔は先程と全く変わらずですけど、高雄さんの方はげんなりと疲れた風に見えました。

 

「とりあえず……だ。龍驤ちゃんが放った艦載機の爆撃によって、大した被害は出なかったってことだよ」

 

「………………」

 

 元帥さんの言葉に龍驤お姉さんはどう答えて良いのか分からず、微妙な顔を浮かべています。

 

 だけど数秒後に沈黙に耐えられなくなったのか、ゆっくりと口を開けました。

 

「そ、それは……、佐世保と舞鶴の関係があるから……ってことやんね?」

 

「あー、いや。そういうのは全くないんだけどね」

 

「そ、それはさすがにありえへんやろ?

 だって、仮にもウチは所属していない鎮守府内で爆撃を行ったんやで?」

 

「普通なら、軍法会議モノですわね」

 

 横から口を挟んだ高雄さんに、龍驤お姉さんと摩耶お姉さんは少しだけ顔を引きつらせました。

 

「まぁ、普通なら……だけどねー」

 

「い、いやいや。その普通ってのがおかしいねん。これじゃあどう聞いても、ここが普通じゃないって言っているようなもんで……」

 

「うん。だから、この舞鶴は普通じゃないってことだよ?」

 

「……へ?」

 

 目を見開いた龍驤お姉さんが言葉を詰まらせると、元帥さんはニッコリと笑いました。

 

「高雄。僕が元帥になってから、鎮守府内の騒動について答えてくれるかな?」

 

「……それは、業務以外について……で、宜しいのでしょうか?」

 

「そっちまで足したら、日が暮れちゃうんじゃない?」

 

「確かに……、そうですわね」

 

 高雄さんはそう言って小さく息を吐いてから、元帥の後ろにある棚から分厚いファイルを取り出して、目を通しながら答え始めます。

 

「えっと……、平常時では艦娘同士のいざこざで砲撃を行ったのが15回。主に整備室が多いですが、他にも……」

 

「あれ? それは整備中の暴発じゃなかったっけ……?」

 

「そういうことになっている……ですわ」

 

「あー、なるほど。それで続きは?」

 

 頷いた元帥さんが高雄さんを急かしますけど、色々と問題がありまくりな気がします……。

 

「空母寮での喧嘩騒動で爆撃により、建物に損害が出たのが28回。艦娘同士の損傷が61回。あと、飛行甲板の殴り合いもありましたわ」

 

「ま、まぁ、それは別に良いんじゃないかな?」

 

「……誰のせいでそうなったのかは分かっているみたいですわね?」

 

「次に行こう。次に」

 

 ジト目を向ける高雄さんから目を逸らすように、元帥さんは明後日の方向を見ながら更に急かしました。

 

「その他には演習場での実弾使用等がありますが……、まぁこれは大して問題はないかと」

 

「……別名、しごきと呼べちゃったりするけどねー」

 

「おや、なんだか部屋の中に大きな虫が……?」

 

「ちょっ、こっちに砲口を向けないでっ!」

 

 慌てて叫びながら席から転げ落ちる元帥さんを見て、高雄さんはクスリと笑ってから龍驤お姉さんの方へ顔を向けました。

 

「……と、いうことなのですよ?」

 

「た、確かに普通やとは思えへんよね……」

 

 納得するどころか、更に疲れたような表情になった龍驤お姉さんは、肩を大きく落としながら頷きました。

 

「そう言えば……、一度だけ先生も爆撃に巻き込まれたよねー」

 

「……確かにありましたわね。あれは飛龍が爆撃を行い、巻雲に損傷がありましたが……、それほど気になることはありませんでしたわ」

 

 元帥さんが思いだしたように言うと、高雄さんは目を閉じながら呆れたような感じで答えます。

 

「いやいや姉貴。さすがに先生は普通の人間だから問題はあるだろ?」

 

「「……普通?」」

 

「な、なんでそこで首を傾げるんだ……?」

 

 摩耶お姉さんの問いかけに『なにを言っているのかね、キミは?』とでも言いたそうな元帥さんと高雄さんですが、なぜか龍驤お姉さんの顔色が気まずいようになっていました。

 

「あの先生が普通の人間だというのなら、横にいる元帥はド変態になりますわね」

 

「滅茶苦茶酷いことを言われてるんですけどっ!?」

 

「そろそろ自覚なさった方が宜しいのでは?」

 

「傷口に塩を塗りたくる発言は止めてっ!」

 

 号泣しながら高雄さんに懇願する元帥さんですけど、ここで一番偉い人なんですよね……?

 

 なんだか威厳とか、そういうモノが全く感じられないんですけど……、どうしてなんでしょうか。

 

「そ、そりゃあ……、先生もちょっとばかり普通じゃないかもしれないけど……よ……」

 

 そして一人で納得しそうになっている摩耶お姉さんと、顔が汗でびっしょりになった龍驤お姉さんが、互いに見合いながら小さく頷きました。

 

 ユーも摩耶お姉さんの言葉には納得できる所があるんですけど……、

 

 

 

 なんだかユーだけ、おいてけぼりみたいな感じですよね……?

 




次回予告

 なんだか1人を除いて皆さんが疲れている中、ユーに声が掛けられます。
そして、さらなる悲劇が……起こることになろうとは……。


 艦娘幼稚園 第二部 スピンオフシリーズ
 ~ユー編~ その7「策士ですらなかったみたいです」


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その7「策士ですらなかったみたいです」

 なんだか1人を除いて皆さんが疲れている中、ユーに声が掛けられます。
そして、さらなる悲劇が……起こることになろうとは……。


 

 龍驤お姉さんと摩耶お姉さん、そして舞鶴で一番偉いらしい元帥さんが疲れたような顔をしている中、おいてけぼりになっているユーに声がかけられました。

 

「ところで、あなたが安西提督からの手紙に書いてあった、独国の潜水艦ですね?」

 

 高雄さんがファイルを片手にユーを見ながら話してきたので、コクリと頷いてから自己紹介を始めます。

 

「はい。今は佐世保鎮守府にある幼稚園に通っている……ユーです。宜しくお願いします……」

 

「私は元帥の秘書艦、高雄です。こちらこそよろしくお願いいたしますわ」

 

 言って、高雄さんは丁寧な挨拶を返してくれたので、ユーも同じようにもう一度頭を下げます。

 

「まだ小さいのにちゃんと挨拶ができるとは偉いですね。本当、どこかの誰かさんに、爪の垢を煎じて飲ませてやりたい気分ですわ」

 

「爪の垢……ですか?」

 

 いきなりそんなことを言われても……と、ユーは頭を傾げながら考えたんですが、汚くはないんでしょうか……?

 

「あー……、ユー、あのな。爪の垢を煎じて飲むってのはこの国のことわざで、優れた人に少しでも似るために……って意味なんや」

 

「へぇ……。なるほど、勉強になりました……Danke」

 

「お礼までちゃんと言えるとは……、改めて飲ませてやりたいですね……」

 

 そう言いながら、ジト目を浮かべてとある男性の方を見る高雄さんですけど、本人は口笛を吹きながら全く違うところを見ているので、効果はなさそうですよ……?

 

 ……あ、でも、目を逸らしているってことは、理解しているってことでしょうか。

 

 そう考えたら、やっぱり舞鶴で偉い人と言うのも納得ができなくも……、

 

「やっぱり……、無理みたいです」

 

「……はい?」

 

「あ、いえ。なんでもないです……。なんでも……」

 

 高雄さんが頭を捻りながら、どうしたのか……という風に、問いかけてきました。

 

 思わず呟いちゃって、危なかったです……。

 

 すると「そうですか……」と不思議そうな顔を浮かべながらも頷いた高雄さんをよそに、いきなり元帥さんがユーの方を向いて口を開きました。

 

「やっぱり先生の教え方が良いんじゃないのかなー……って思うんだけど、佐世保の方ではどんな感じ?」

 

「え……っと、先生は色々と勉強を見てくれたり、知らないことを教えてくれたりで、取っても頑張ってくれています……」

 

「うんうん。なんだかんだで、ちゃんとやってるんだねー」

 

 ユーは思ったことを元帥さんに話すと、納得するように頷いていました。

 

 でも、まだ言い足りないことがあるので……、ユーは続けます。

 

「最近は幼稚園のみんなとも仲良くなってきて、ユーはとっても嬉しいです。

 この前なんて、プリンツをギューって抱き締めてあげたみたいで、すっごい喜んでいました」

 

「………………あれ?」

 

「その他にも、佐世保では先生の噂がいっぱいみたいです……。

 ふのう……って病気から復活した途端に、フラグを立てまくるって言われていますけど……、ユーはなんだかサッパリで……」

 

「ちょっ、ユー! いきなりなにを言うてんのっ!?」

 

「……え? でも、みんな言っているし……」

 

「た、確かに噂ではそうやけど……っ!」

 

「じ、時間と場所を……じゃなくてだなっ!」

 

 なぜか龍驤お姉さんと摩耶お姉さんが、慌ててユーの口を塞ぎにきました。

 

 佐世保のお姉さんたちはいっぱい言っているのに、ユーが喋っちゃ……ダメなんですか……?

 

 やっぱり、ユーはおいてけぼりと言うか……、のけみたいな感じです……。

 

「うぅ……、ごめんなさい……です……」

 

「あっ、ちゃうねん! これは怒ってるんと違って……」

 

「そ、そうだぜっ! その噂はあくまで、先生を盗られないように流したヤツであって……」

 

「ちょっ、摩耶っ! それはあかんっ!」

 

「えっ……? あっ、ああぁっ!」

 

 悲しくて涙が出そうになったユーを慰めようとしてくれたお姉さんたちが、いきなり慌てだしました。

 

 どうしてなのかな……と思っていると、急に背筋の辺りにゾクリとした寒気を感じ、ユーは咄嗟に顔を横に向けてみます。

 

「それは……、どういうことなんでしょうか?」

 

 そこには、ニッコリと笑っているのに、どう見ても怒っているようにしかみえない高雄さんが立っていて、背中の辺りからもう1人の影が見えた気がしました。

 

 あと、なぜか『ゴゴゴゴゴ……』って、地響きのような音も聞こえたような……。

 

 もしかして、ポルターガイストってやつでしょうか?

 

 ユー、ちょっとだけ……、怖いです……。

 

「い、いやっ、姉貴……っ! 今のは、ちょっとした思い違いで……」

 

「そ、そやでっ! 別にウチ等は変なことなんか……」

 

 弁解をするお姉さんたちだけど、高雄さんの顔は全く変わらず、威圧感だけがどんどんと増していきます。

 

「あわ……、あわわわわ……」

 

「か、堪忍やっ! ほんまに堪忍やでぇっ!」

 

「どういうことか……、ちゃんと話して頂けますわよね?」

 

「「ひぃぃぃぃっ!」」

 

 龍驤お姉さんと摩耶お姉さんはお互いに抱き合いながら、今にも泣きそうな顔で座り込みました。

 

 巻き添えになるのは嫌なので、ユーはそそくさとお姉さんたちから離れ、元帥さんの近くに待機することにします。

 

 するとユーに気づいた元帥さんは、苦笑いを浮かべながら話しかけてくれました。

 

「ま、まぁ……、ここは大人しくしておいた方が良いと思うからね……」

 

「そう……みたいです……」

 

 ユーは小さくため息を吐くと、元帥さんも同じようにしていました。

 

 お互いに苦笑を浮かべて頷いてから、お話をすることにしたんです。

 

 

 

 お姉さんたちの悲鳴が、聞こえないように……ですけど。

 

 

 

 

 

「なるほど。そういうことでしたか……」

 

「「………………」」

 

 1人で頷く高雄さんの傍には、真っ白に燃え尽きたボクサーのような姿をした龍驤お姉さんと摩耶お姉さんが、床に座っていました。

 

 ユーと元帥さんは巻き込まれないように雑談をしていたんですが、急に元帥さんが顔色を変えて、問い掛けてきました。

 

「ところで……、ユーちゃんの幼稚園には、ビスマルクが居るんだよね」

 

「はい……です。先生とビスマルクが、ユーたちを教えてくれています」

 

「先生の働きぶりは僕も良く知っているけど、ビスマルクの方はどうなのかな?」

 

「うーん……。あんまり、上手じゃないと思います……」

 

「上手じゃない……?」

 

「勉強とかを教えてくれるのは、先生の方がとっても分かり易いです……。ビスマルクは……なんと言うか、大雑把過ぎる……気がします」

 

「あー……、なんとなく分かる気がするよ」

 

 元帥さんは頬を掻きながら肩を竦めたんですけど、なんだか先生と同じように見えて面白いです。

 

 顔とか声は全く似てないですけど、もしかして親戚とかだったりするんでしょうか……?

 

「それで……、先生とビスマルクはくっついちゃったりしたのかな?」

 

「くっつく……ですか?」

 

「あー、えっと……、どう言えば良いのかなぁ……」

 

 そう言って悩んでいる元帥さんですけど、くっつくってどういう意味なんでしょう?

 

 先生もビスマルクも磁石とかじゃないですし、よく分からな……

 

「小さい子になにを聞いているんでしょうか、元帥?」

 

「ぎくっ!」

 

 いきなり横から低くお腹に響くような声が聞こえ、ユーも元帥さんもビックリしてそっちの方を見ました。

 

 そこには龍驤お姉さんと摩耶お姉さんを問い詰めていたときと同じ……いえ、それ以上の怖い雰囲気をした高雄さんが、元帥を射抜くような視線を向けていました。

 

「い、いや、あの、今のは……その、なんだ……」

 

「弁解を聞く気はありませんが、遺言程度なら話しても良いですわよ?」

 

「問答無用にも程があり過ぎないっ!?」

 

「あら、今までよくもっていた方だと思いますが」

 

「そんなに僕って崖っぷちだったのっ!?」

 

「今更感がMAXでございますわ」

 

「ニッコリ笑って言うことが怖過ぎるっ!」

 

「どうやら遺言もないみたいですね」

 

「へ、ヘルプミィィィッ!」

 

 両手を広げてワタワタと振る元帥さんですが、高雄さんは全く気にせずに近づいて行き……、

 

「ションベンは済ませましたか? 神様にお祈りは? 部屋の隅でガタガタ震えながら命乞いする準備は与えませんけれど」

 

「それすらもダメなんですかーーー……って、あべしっ!?」

 

 大きく叫んだ元帥さんの身体がぶれたと思ったら、瞬間移動したように壁の方へと飛んで行きました。

 

 そして今度は高雄さんの姿も消え……、

 

「壁バウンドからの、追撃10連コンボですわっ!」

 

「ぐはっ! ごふっ! げっふぅぅぅっ!」

 

 ユーの目では分からない連撃が高雄さんから放たれ、元帥さんの顔がみるみるうちに腫れていきます。

 

 そして高雄さんの渾身のアッパーカットが顎を射抜くと、元帥さんの膝がガクリと折れて、うつ伏せに倒れます。

 

「かーらーのー……、サソリ固めですわっ!」

 

「ぎにゃあぁぁぁぁぁっ!?」

 

 足からバキバキと大きな音が鳴り、エビ反りになった元帥さんの口から、真っ白な泡があふれ出てきました。

 

「……がくっ」

 

 そのまま床に顔を埋めた元帥さんは小さな言葉を残し、ピクリとも動かなくなります。

 

「ふぅ……。今日はこの辺で勘弁してあげますわ」

 

 言って、元帥さんの身体から立ち上がる高雄さんが、手をパンパンと叩いて埃を払います。

 

 少し離れたところには、未だ動かない龍驤お姉さんと摩耶お姉さんの姿があり、完全にこと切れたような元帥さんが倒れ込んでいました。

 

 

 

 ユー、3人の死亡を確認……です。

 




次回予告

 ユーは辮髪の王とかいう人じゃないですけど、死亡を確認……したと思ったんですが。
なんだかんだで耐えきっていた龍驤お姉さんに摩耶お姉さんですけど、まだ何かを企んでいるみたいです。

 そしてユーは、舞鶴にくるきっかけとなった人たちに、会いにきたんですけど……。


 艦娘幼稚園 第二部 スピンオフシリーズ
 ~ユー編~ その8「潜水艦のみなさんです」


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その8「潜水艦のみなさんです」


 ユーは辮髪の王とかいう人じゃないですけど、死亡を確認……したと思ったんですが。
なんだかんだで耐えきっていた龍驤お姉さんに摩耶お姉さんですけど、まだ何かを企んでいるみたいです。

 そしてユーは、舞鶴にくるきっかけとなった人たちに、会いにきたんですけど……。


 

「燃えたで……、燃え尽きた……。もう……、真っ白やで……」

 

 扉を開けて部屋から出た龍驤お姉さんが、小さな声で呟きながら大きく肩を落としていました。

 

「相変わらずの……姉貴だったな……」

 

 摩耶お姉さんも疲れ切った表情で言いながら、静かに扉を閉めました。

 

 確かに高雄さんは凄かったですし、お姉さんたちの髪の毛が真っ白に見えちゃう気がするのも不思議はないと思います。

 

 ただ、一番被害が大きかったであろう元帥さんが、3人の中で真っ先に復活し、なにごともなかったかのように振舞っていたのが、本当に凄いなぁって思いました。

 

 パンパンに腫れていた顔も元通りになっていましたし、もしかして元帥はユーたちと同じ艦娘なんでしょうか……?

 

 そうだったら、バケツを使ったらすぐに治っちゃうので納得できます。

 

 まぁ、使っていた場面を見てないですけどね……。

 

「しかし、とりあえずは……や。

 挨拶もこれで済んだし、やることは分かってるやんね……?」

 

「……ほ、本気でやるのか?」

 

「当たり前やん。せっかく佐世保から舞鶴まできたのに、なにもせえへんまま帰るなんて方が正気やないで?」

 

「そ、それはそうだけどよぉ……」

 

 言って、摩耶お姉さんは表情を曇らせながら、両手で肩を抱きました。

 

 なんだか身体が震えているのは、気のせいじゃないですよね……?

 

「なんや。今更怖がってるんか?」

 

「そ、そりゃあそうだろう。姉貴の説教を受けた後なんだぜ……?」

 

 摩耶お姉さんの言葉を聞いた瞬間、龍驤お姉さんは少しだけ目を開きました。

 

 気づけば、両方の膝がガクガクと震えているような……。

 

「な、ななな、なにを言うてるんやっ。あんにゃんで恐れとったら、できることもでけへえんにょうに……」

 

「……滅茶苦茶焦ってるよな?」

 

「うぐ……」

 

 噛みまくりでしたもんね。

 

 ちょっと猫っぽくて可愛かったですけど。

 

「と、ともあれ、目的だけは何とか達成せえへんと……」

 

 気を取り直した風に龍驤お姉さんが呟いたところで、ユーは質問を投げかけます。

 

「あ、あの……。お姉さんたちはこれから、どこかに行くんですか?」

 

「えっ、あー……、そうやねん。ウチらはちょっと用事があるんやけど……」

 

 まるでユーのことを忘れていたかのように龍驤お姉さんが驚いていましたけど、それはさすがにあんまりだと思います……。

 

 すると、それに気づいた摩耶お姉さんが話しかけてきました。

 

「ユーはここに居る潜水艦に会いにきたんだよな?」

 

「はい。そうですけど……」

 

「それじゃあ、待ち合わせの場所まで案内してやるから、早速行ってみるか?」

 

「Danke……。お願いします」

 

 摩耶お姉さんに頷きながらお礼を言って、頭を上げます。

 

 そんなユーを見て、龍驤お姉さんが胸を撫で下ろしていました。

 

 なんだか、怪し過ぎる気がしますよね……?

 

 

 

 

 

「ここが待ち合わせの食堂だな」

 

 摩耶お姉さんが先導して案内してくれたところは、周りにあるのとは少し小さめで、なんだかちょっぴり雰囲気が違う2階建ての建物でした。

 

 入口にはドックの前にあった暖簾がヒラヒラと風に揺れていて、『鳳翔』って文字が書かれています。

 

 佐世保にあるのとはちょっと違う感じなので、ユーはドキドキしちゃっていました。

 

「この中に……、潜水艦のみんなが居るんですよね……?」

 

「ああ。そうだと聞いているんだけど……」

 

 摩耶お姉さんはそう言ってから引き戸を開き、食堂の中に居る人に声をかけました。

 

「あの……、ちょっと良いか?」

 

「はい、なんでしょう……って、摩耶さんじゃないですか。お久しぶりですね」

 

 摩耶お姉さんの姿を見てニッコリと笑ったのは、白いエプロンを纏った女の人でした。

 

 額にバンダナのような物を巻いて、キリッとした感じの目がかっこいいと思います。

 

「ああ、久しぶりだな、千歳。ここに潜水艦の連中が待ってくれてるって聞いてるんだけど……」

 

「ええ、話は聞いてますよ。2階の広間で待っているから、どうぞ上がって下さい」

 

「おっ、サンキューな」

 

 エプロンの人にお礼を言った摩耶お姉さんは、ユーの方へと振り返って口を開きます。

 

「そこにある厨房の奥に階段があるから、それを上がったらみんなが居るってよ」

 

「わ、分かりました……」

 

「そんじゃあ、ウチらは用事があるさかい……、後はユーだけで大丈夫やね?」

 

「えっ、そ、そうなん……ですか……?」

 

 龍驤お姉さんの言葉にビックリしましたけど、少し前に用事があると聞いていたので、仕方ないですよね……。

 

「あたしらも食事を取りたいんだけど、やらなきゃいけないこともあるからな……」

 

「そう……ですか……。分かりました。ユー、1人でも……頑張ります」

 

「まぁ、そこまでいきらんでも大丈夫やって。上には潜水艦が居るし、そん中の1人はここの幼稚園の先生らしいからさ」

 

「確か……しおいって人ですよね……?」

 

 佐世保でゴーヤさんたちと話したときに聞いていたのを、ユーはちゃんと覚えています。

 

「そうそう、よお覚えてたやん。えらいえらい」

 

 言って、龍驤お姉さんは前と同じように、ユーに飴玉をくれました。

 

 いつでも持ち歩いているなんて、飴玉がすっごく好きなんですね……。

 

「一応話はしてあるさかい、後のことは向こうに任せたら大丈夫やと思うわ。

 どうしてもダメになったって言うんやったら、連絡してくれたらええさかいな」

 

「はい。分かりました」

 

「姉貴も声をかけてくれたみたいだから、まず問題は起きないだろうぜ」

 

「……それって、半ば強制力が働いてへん?」

 

「そ、それは、否定できないかもしんないけどよぉ……」

 

 2人のお姉さんはそう言いながら、気まずそうな顔を浮かべていました。

 

 ユーには難し過ぎて良く分からないですが、とりあえず2階に行ってみれば大丈夫だってことですよね……?

 

「じゃあ……、ユー、行ってきます」

 

「ああ、楽しんでこいよな」

 

「せっかくここまできたんやさかい、色んな話を聞いてくるんやでー」

 

「Danke。頑張ってきます」

 

 コクコクと頷いたユーを笑顔で見送ってくれたお姉さんたちに手を振ってから、厨房の方へと向かいます。

 

「あら、可愛い子がやってきましたね」

 

「あっ、は、初めまして。佐世保からきた、ユーです」

 

「あらあら、ご丁寧にありがとうございます。

 私はここの食堂を切り盛りしている、鳳翔です。

 潜水艦のみなさんは2階でお待ちになっていますから、どうぞお気軽に上がって下さい」

 

「Danke……、じゃなかった。ありがと……です」

 

「いえいえ。それではごゆっくり」

 

 ニッコリと笑ってくれた鳳翔さんに頭を下げてから、ユーは言われた通りに階段へと向かいます。

 

 階段の前にある踏み台の周りには靴が置いてあったので、ユーも同じように脱いでから上を見上げます。

 

 少し角度が急ですけど、頑張れば上れなくはないです。

 

 心の中で、「ふぁいとー」と叫びながら、1歩ずつ段を上がっていきます。

 

「えいしょ……、えいしょ……っ」

 

 手摺につかまりながら少しずつ進み、なんとか一番上までくることができました。

 

「……っ、……だね」

 

 右手には襖があって、奥の方から話し声が聞こえてきます。

 

 たぶんここに、潜水艦のみんなが居るはずですよね。

 

 ……うぅ、なんだかちょっと、緊張してきた……です。

 

 だけどここで帰るなんてもったいないですし、色々とお話をしたいから、ユーは頑張ります。

 

「し、失礼しますっ」

 

 中に聞こえるように声をかけてから、ゆっくりと襖をスライドさせました。

 

 照明の光りが目の前に広がり、一瞬だけ眩しくなった後……、

 

「あっ、やっときたのねー」

 

「待ってたでちよー」

 

 目が慣れてきたと同時に聞き覚えのある声が耳に入り、ゴーヤさんとイクさんの姿が見えて、ユーはホッと胸を撫で下ろしました。

 

「お、お待たせしました……です」

 

 ペコリと頭を下げてから部屋の中に入り、襖を閉じてみんなの方を見ます。

 

 畳の床に大きな座卓が2つ重ねられていて、その周りに座布団が置かれており、イクさんとゴーヤさんの他に、4人が座っていました。

 

「あなたがユーちゃんだね。どうぞどうぞ、こっちに座って良いよー」

 

「Danke……、じゃなかった。ありがとう……です」

 

 ユーは手招きしてくれた人の隣にある座布団の上に座ってから、みんなの顔を見てもう一度頭を下げました。

 

「これで全員揃ったでちね。イク、宜しくでち」

 

 ゴーヤさんの言葉に頷いたイクさんがコクリと頷くと、みんなはテーブルの上に置かれているコップを手に取りました。

 

 ユーの前にもオレンジ色の液体が入ったコップがあったので、同じように持って、待機します。

 

「今日も一日、オリョクルとバシクル……、お疲れさまでしたなのー」

 

「「「お疲れさまでしたー」」」

 

「夜の出撃はもうないので、いっぱい食べて飲んで、騒ぎまくるのね。

 それじゃあ……」

 

「乾杯でちっ!」

 

 イクさんが喋っている横からゴーヤさんが声を挟むと同時に、コップを高々と掲げました。

 

「「「かんぱーーーいっ!」」」

 

「ちょっ、横取りされたのねっ!?」

 

「イクの話が長いからでち」

 

 抗議をするイクさんですけど、既に周りのみんなはコップに口をつけてゴクゴクと中身を飲んでいました。

 

「うぅ……、へこんじゃうけど、落ち込んでばかりもいられないなのっ!」

 

 吹っ切れたように言ったイクさんは、コップを上に掲げてから一気に中身を飲み干しました。

 

「ぷはーーーっ、なのっ!」

 

「はい、おかわりをどうぞ」

 

「おっとっと……。ハチ、ありがとなのねー」

 

 金髪のお姉さんがすかさずイクさんのコップに瓶の中身を注ぐと、こぼれないようにバランスを取っていました。

 

 どうやらイクさんの隣に座っている金髪でメガネのお姉さんがハチさんという名前みたいですけど、確かユーの祖国にきたことがある潜水艦がそうだったと思うので、機会を見てお話を聞いてみたいです。

 

「あれれ、ユーちゃんは飲まないの?」

 

 イクさんとハチさんの様子を見ていると、隣に座っていたしおいさんがニッコリと笑いながら話しかけてくれました。

 

「ユーちゃんはまだお酒を飲んじゃダメだから、オレンジジュースにしたんだけど……、もしかして苦手だったかな?」

 

「あっ、いえ。オレンジジュースは……好きです」

 

「それじゃあ、遠慮しないで一杯飲んじゃって良いよ。今回は元帥のおごりだから、気兼ねしないでじゃんじゃんいっちゃおうねっ」

 

 しおいさんはそう言って、自分でコップにお酒を注いでから飲んだので、ユーも続いて飲むことにします。

 

「んぐ……、んぐ……」

 

「おっ、良い飲みっぷりだねー」

 

 喉が渇いていたのもありますけど、口の中に広がる甘酸っぱい味が心地よくて、一気に全部飲んじゃいました。

 

「はい。おかわりを注いであげるね」

 

「Danke。あ、ありがとうございますっ」

 

 頭を下げながらお礼を言うと、しおいさんはフルフルと首を左右に振ってからコップをユーの前に突き出しました。

 

「今回は無礼講だから、気にせず楽しくやろうねっ」

 

「は、はい。ありがとです」

 

 ユーはコップを持って、しおいさんのコップに軽く重ねてから笑みを浮かべます。

 

 

 

 これから楽しい時間が、始まり……ます?

 




次回予告

 食堂の二階でお食事会が始まりました。
みんなで自己紹介をしつつ色んなお話をして、楽しい時間が過ぎていきます。

 艦娘幼稚園 第二部 スピンオフシリーズ
 ~ユー編~ その9「わいわい騒ぎ……です」


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その9「わいわい騒ぎ……です」

 食堂の二階でお食事会が始まりました。
みんなで自己紹介をしつつ色んなお話をして、楽しい時間が過ぎていきます。


 

「そういえば、自己紹介がまだなのねー」

 

 唐突に口を開いたイクさんの声を聞いたみんなが、ハッとした表情を浮かべてからユーの顔を見ました。

 

「あっ、そういえば忘れていたでち」

 

 両手をパンッ……と叩きながらゴーヤさんが答えましたけど、座卓の上に置かれている料理は既に半分くらいなくなっているんですよね。

 

 まぁ、ユーは別に気にしていませんし、しおいさんとも普通におしゃべりできていますから、問題はないんですけど……。

 

 でも、他の方の名前はまだ分かっていないですから、自己紹介はしておいた方が良さそうです。

 

「イクとゴーヤは先に会ってるからいいけれど、他の4人とは初対面なのねー」

 

「そうだったでち。早速自己紹介をするでち」

 

 ゴーヤさんが頷いたのを見て、ユーは小さく手を上げながら問いかけます。

 

「……それじゃあ、ユーから挨拶した方が……良いですよね?」

 

「宜しくお願いするのねー」

 

「分かりました……です」

 

 ゴクリと唾を飲み込みながら立ち上がると、みんなの視線がユーに集中して、胸がドキドキしちゃいました。

 

 でも、ここで黙ってしまったら前に進まないですから、ユーは頑張ります。

 

「えっと……、佐世保鎮守府にある幼稚園に通っている、U-511です。

 みんなからはユーって呼ばれていますので、宜しくお願いします」

 

 ペコリと頭を下げてからみんなの顔を見ると、笑みを浮かべながら拍手をしてくれました。

 

 ユーはホッとひと安心といった風に緊張が解けたので、ゆっくりと座布団の上に座ります。

 

「上手にできたね、ユーちゃん」

 

「いえ。これくらいなら、大丈夫です……」

 

 しおいさんに褒められたのと、恥ずかしいのもあって、ユーはちょっとだけ俯いちゃいました。

 

「それじゃあ、私たちの方もするのねー」

 

「とりあえずゴーヤとイクは佐世保で済んでるから、残りの4人にお願いするでち」

 

 そう言ったゴーヤさんは、隣に座っている赤色の長い髪の方の顔を見ました。

 

「えっ、私から?」

 

 一瞬驚いたような表情をするも、ゴーヤさんが頷くのを見てすぐに立ち上がり、「ゴホン……」と咳払いをしてから頭を小さく下げました。

 

「私の名前は伊168よ。みんなからはイムヤって呼ばれているから、気軽にそう呼んでね」

 

「はい。イムヤさん……ですね。宜しくお願いします」

 

 ユーもペコリとお辞儀を返して、ニッコリと笑いました。

 

 イムヤさんはちょっとだけ気恥ずかしそうに頬を掻きながら座り、イクさんが声を上げます。

 

「それじゃあ次は、ハチにお願いするのねー」

 

「はっちゃんの出番ね……。

 正式名称は伊8。みんなからは、はっちゃんとかハチって呼ばれているから、好きなので宜しくね」

 

「こちらこそ、宜しくお願いします」

 

 ユーはそう言いながら頭を下げると、はっちゃんさんはニッコリと微笑んでくれました。

 

「ちなみに、ユーの祖国に行ったことがあるのが、このハチなのねー」

 

「あ、はい……、覚えています。後で色々とお話を聞きたいです」

 

「はっちゃんで良ければ、いつでも良いですよ」

 

「ダ、Danke。ありがとです」

 

 ユーは嬉しくなって、つい祖国の言葉でお礼を言っちゃいました。

 

 でもはっちゃんさんは微笑んだまま頷いてくれたので、余計に嬉しくなっちゃいます。

 

「それじゃあ次は、しおいの番なのねー」

 

「おっけー。

 さっきから色々と喋っていたけど、改めまして……。伊401、しおいって呼んでね」

 

「はいです……。宜しくお願いします」

 

「しおいは幼稚園で先生をしているから、舞鶴に居る間は気軽に頼ってくれて良いからね」

 

「ありがとうございます」

 

 そう言って、ユーはしおいさんに頭を下げます。

 

「これで全員なのねー」

 

「ちょっ、ちょっと待って下さいっ!」

 

 イクさんが自己紹介を終わらせようとすると、まっ白い水着を着たおかっぱの方が、焦った表情で声をあげました。

 

「ま、まるゆはまだ、自己紹介をしていませんっ!」

 

「あっ……、忘れてたでち……」

 

「そ、そんなぁっ!」

 

 まるゆさんが大きく肩を落として目が潤んできたところで、ゴーヤさんが慌てて「じょ、冗談でちっ!」と、フォローをしていました。

 

「ちょっとしたジョークなのね……」

 

「そ、そうでち。場を和ませるための犠牲でちっ」

 

「そう……なんですか……?」

 

 問いかけるまるゆさんに、イクさんとゴーヤさんは何度も頷きながら声をかけ、なんとか泣きだすのを止めたって感じでした。

 

 でも、犠牲というのもどうかと思うんですけど、まるゆさんは気にしていないみたいですし、大丈夫なんでしょう。

 

「そ、それじゃあ、まるゆの自己紹介をお願いするのね……」

 

 フォローのし過ぎで疲れたという感じのイクさんにまるゆさんが頷くと、立ちあがりながら口を開きました。

 

「え、えっと……、三式潜航輸送艇のまるゆです。みんなからは、まるゆって呼ばれています。

 主に輸送任務についているので、みんなとは一緒じゃないことが多いけど、仲良くしてくれているからとっても嬉しいです」

 

 顔の周りをキラキラとさせながら話したまるゆさんは、満面の笑みを浮かべながらみんなの顔を見ていました。

 

 その視線から逃げるように、イクさんとゴーヤさんが顔を逸らしましたけど……、やっぱりさっきのが少し堪えているみたいですよね……?

 

「一応これで、自己紹介は全員済んだわよね」

 

 代わりにイムヤさんが場を仕切って、ことなきを得たって感じになりました。

 

 やっぱり口は、災いの元ってことですよね……。

 

 

 

 

 

 それからユーは美味しい料理を食べながらみんなから色んな話を聞き、とても楽しい時間を過ごしました。

 

 はっちゃんさんからはユーの祖国の話も聞けましたし、イムヤさんからは魚雷のコツなんかも教わりました。

 

 ユーはまだ移動の艤装だけしかつけたことがないですけど、ちょっとだけ楽しみになっちゃいます。

 

「さて、そろそろ時間も遅くなってきたし、お開きの時間なのねー」

 

 イクさんはそう言って、コップの中に入っていた黄色い泡がでるお酒を飲み干しました。

 

「ふぅ……。いっぱい食べて、一杯飲んじゃったでち」

 

「明日からは少し節制した方が良いかもね」

 

「だ、大丈夫……でち」

 

 お腹の辺りをさすっていたゴーヤさんに、イムヤさんがスマホをいじりながら鋭い言葉をかけています。

 

 ちなみに、ゴーヤさんはよく「でち」という語尾を付けているので、『でっちさん』と呼んだら、すごく嫌そうな顔をしながら首を左右に振って断られちゃいました。

 

 ユーは可愛いと思うんですけど、ダメなんでしょうか……。

 

「どうせ明日もオリョクルが待っているから、大丈夫だと思うけどね……」

 

 はっちゃんさんはそう言いながら少し疲れた表情を浮かべると、みんなの表情も同じようになった気がします。

 

 あっ、でも、しおいさんだけは苦笑を浮かべながら頬を掻いていましたけど、それは幼稚園の先生だから出撃がないってことですよね?

 

「ま、まるゆは明日から長距離の遠征任務です……」

 

「く、暗い話はもう止めにするでち……」

 

 半泣きになったまるゆさんの肩に、慰めるようにゴーヤさんが手を置きました。

 

 ユーはみんなの姿を見て、大きくなって活躍したいって気持ちが揺らいでしまいそうになります……。

 

「どうせ明日は待っていなくてもやってくるから、頑張るだけなのね」

 

 でも、そんな愚痴を言いながらも、どこか嬉しいそうな感じに見えるのは……、なぜなんでしょうか。

 

 ユーにはまだ分からないけど、これが大人の世界なのかもしれません。

 

 いつかユーも……、オリョクルやバシクルに……

 

「それじゃあ、ユーちゃんは私の部屋でお泊まりしよっか」

 

「え、あっ、はい……」

 

 急にかけられたしおいさんの声に振り向きましたけど、ユーは一体何を考えていたんでしょう。

 

 なんだか頭がふわぁ……ってしたと思ったら、よく分からないことを考えていたような……。

 

「ではでは、これにて本当に解散でち」

 

「お疲れ様なのねー」

 

「「「お疲れ様ー」」」

 

 みんなは一斉に声をあげ、笑いながら互いに手を振りました。

 

 そしてユーに声をかけて下さってから、順番に部屋から出て、階段を下りていきます。

 

 最後にしおいさんとユーだけが残り、一息ついて座布団から立ち上がります。

 

「えっと、ユーちゃんはここにくるまで大変だったと思うけど、眠たくなってたりしないかな?」

 

「……んと、少しだけウトウトしますけど、まだ大丈夫です」

 

「そっか。それじゃあ、ゆっくりしおいの部屋に向かおうね」

 

「はいです」

 

 ユーは頷くとしおいさんも同じように返し、部屋から出て階段を下りる後に続きます。

 

 厨房を抜ける際に鳳翔さんや千歳さんにお礼を言って、食堂の外へと出ました。

 

 空は既に真っ暗になっていて、綺麗な半月といっぱいの星がキラキラと浮かんでいます。

 

「寮の方角はこっちだよ」

 

「はい……です」

 

 空を見上げていたユーに声をかけ、しおいさんはゆっくりとした足取りで歩いていきます。

 

 お腹はいっぱいで夜風がとても気持ち良くって、なんだか急に頭がフワフワとしてきました。

 

「あれ、やっぱり眠くなってきちゃった?」

 

「……あぅ、え、えっと……」

 

「あはは。今日は色んなことがあったんだから、疲れちゃったよね」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 ユーは頭を下げて謝ると、しおいさんは首をブンブンと振って「違う違う」と言いました。

 

「怒ってなんかないし、謝らなくて良いんだよ。疲れたら眠くなるのは普通だし、ユーちゃんはまだまだ成長していく時期なんだから」

 

「そう……なんですか?」

 

「うん。だから、いっぱい食べていっぱい寝る。そうやって元気に大きくなって、立派な艦娘として頑張って欲しいんだ」

 

 しおいさんは話しながら、ふと夜空の方を見上げます。

 

「戦うだけが艦娘じゃない……。そして、兵器として見るんじゃない……」

 

「……え?」

 

 小さく呟いたしおいさんの言葉。

 

 ユーの耳には聞こえにくかったけれど、しおいさんの表情からなんとなく大切なことなんだと思いました。

 

「そして先生は……、そんな私たちをしっかりと見るだけじゃなく、深海棲艦のことも考えた行動を取った……」

 

 呟き続けるしおいさんは、まるで悟ったかのような頬笑みを浮かべ、遠い目で月を見ていました。

 

 なんだか邪魔をしたらダメな気がして、ユーも一緒に空を見上げます。

 

 

 

 それから暫く無言の時間が過ぎていきましたけど、なんだかとっても大切なことを学んだ気がしました。

 

 

 

 たまにはこういうのも、悪くないですよね……。

 




次回予告

 宴会が終わり、ユーはしおいさんの部屋へと向かうんですが、気づいたらお布団の中でした。
そこでちょっとした問題が起きちゃったんですけど……、ユー、大ピンチかもです……っ!

 ……あ、変な期待しないでください……ね?


 艦娘幼稚園 第二部 スピンオフシリーズ
 ~ユー編~ その10「昨夜はお楽しみでしたからね……」


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その10「昨夜はお楽しみでしたからね……」


 宴会が終わり、ユーはしおいさんの部屋へと向かうんですが、気づいたらお布団の中でした。
そこでちょっとした問題が起きちゃったんですけど……、ユー、大ピンチかもです……っ!

 ……あ、変な期待しないでください……ね?


 

 それから暫く歩いた後、しおいさんの部屋がある寮の中に入って行きました。

 

 時折通路ですれ違うお姉さんたちが、ユーを見ながら手を振ってくれたりしたので嬉しかったです。

 

 ただ、少しずつだけどまぶたが重くなってきて、ウトウトする感じも多くなってきました。

 

「ありゃ、結構限界がきちゃってるかな?」

 

「あ、あぅ……、だ、大丈夫です……」

 

 首を左右にブンブンと振ってみたんですが、余計に頭が重くなってきて、フラフラしちゃう感じになっちゃいます。

 

「あはは。無理をしなくても良いからね」

 

 そう言って、しおいさんはユーに手を差し伸べてくれたので、ギュッと握ります。

 

「もう少しで着くから、それまで頑張ろうね」

 

「はい……です」

 

 コクリと頷いて返事をしたんですけど、だんだん目の前が真っ暗になって……、その後どうなったかは、分かりませんでした。

 

 

 

 

 

「………………あれ?」

 

 気がついたときには、まっ白な世界にいました。

 

 一瞬何が起こったのか分からなくてビックリしたんですけど、冷静に辺りを見回してみるうちに、どうやら布団の中みたいです。

 

 ただ、ユーの身体が……、動きにくいんですけど……。

 

「うにゅぅ……。もう食べられないよぉ……」

 

 気づけば、ユーの身体がしおいさんにガッチリと抱きつかれていて、なかなか解けそうにありません。

 

「こ、これは……、大変そうです……」

 

 なんとか動かせる右手を使って、しおいさんの身体を揺さぶってみます。

 

「えへへ……、ダメだよぉ……」

 

「えいっ、えい……っ」

 

「ひゃぅ……、もぅ……先生ったらぁ……」

 

「むぅ……、全く起きそうに……ないです……」

 

 しおいさんは寝言を呟きながらにへらにへらと笑っているんですけど、なんだか幸せそうな夢を見ているみたいです。

 

 ……ところで、先生って聞こえたのは気のせいじゃないですよね?

 

「うぅ……、トイレに……行きたいです……」

 

 昨日の夜にいっぱいジュースを飲んだからか、我慢ができなくなってきました。

 

 だけど、ユーの身体はしおいさんに抱かれていますし、抜け出せそうにありません。

 

 このままだと、ここで漏らしちゃうことに……。

 

「そ、それはさすがに……ダメ……です……っ」

 

 頑張ってしおいさんの腕を解こうと頑張りますけど、力を込めれば込めるほど催してきちゃって……、

 

「あ、危ないです……っ」

 

 これじゃ駄目だと思ったユーは、仕方なくしおいさんの頬をペチペチと叩いて起こそうとするんですが、

 

「やだやだぁ……、痛いじゃないー……」

 

 言葉は嫌がっていても、顔はすっごい嬉しそうなんですけど……。

 

 ……って、そんなツッコミを入れている場合じゃないです。

 

「うぅぅぅぅっ、漏れ……ちゃいます……っ」

 

 何度もしおいさんの頬を叩きますが、起きる気配は一向になく……、

 

「こうなったら……、ゴメンナサイ……ですっ!」

 

 仕方なく、ユーの身体を抱いているしおいさんの腕を顔に引き寄せて……、

 

 

 

 ガブッ!

 

 

 

「んにゃぁっ!?」

 

「ふぁふぁぐ……、おふぃて……くだ……ひゃい……」

 

「痛い痛い痛いっ! なに、なんなのっ!?」

 

 大きな声をあげたしおいさんの身体がビクリと震え、ユーは腕から口を離して叫びます。

 

「と、トイレ……、トイレはどこ……ですか……っ!?」

 

「えぇっ!? そ、そこの扉だけど……」

 

「ダ、Danke!」

 

 ユーは必至で弱まったしおいさんの腕を振り解き、布団から転げ落ちながらトイレに向かって駆け出します。

 

 扉を急いで開けて中に入り、なんとか漏らさずに済むことができました。

 

 朝から……、とんだドタバタ騒ぎです……。

 

 

 

 

 

 

「あー……、そうだったんだね……」

 

 トイレから出たユーは、しおいさんの腕に噛みついた事情を説明し、「ごめんなさい」と謝りました。

 

「ううん。しおいが悪かったんだから、謝らないで良いよ。

 それより、こっちこそ抱きついちゃって……ごめんね」

 

 両手を合わせて謝るしおいさんに頷いたユーは、噛みついてしまったしおいさんの腕に目をやります。

 

 ちょっとだけ歯の形がついちゃっているみたいなんだけど、痕になっちゃうでしょうか……?

 

「ほ、本当に……、大丈夫ですか?」

 

「今は痛くないから問題ないよ。それに、艦娘はお風呂に入っちゃえばすぐに治っちゃうからね」

 

「それは……、そうですけど……」

 

 全く気にしていない風に笑いかけてくれるしおいさんは優しいなぁと思いますけど、やっぱりちょっと心配になっちゃいます。

 

「それよりも……さ。今日はユーちゃん、暇なんだよね?」

 

「え、あ、はい……。佐世保に帰るのは明日ですから、今日は1日空いていますけど……」

 

「それじゃあ、朝ご飯を食べたら……、幼稚園に行こっか?」

 

「……え?」

 

 しおいさんの提案を聞いたユーは、ビックリしちゃって固まっちゃいました。

 

 舞鶴にきたのは、潜水艦のみんなからお話を聞くためでした。

 

 それも昨日のうちに終わっちゃって、後は帰るだけだと思っていたんですけど……、

 

「せっかく舞鶴にきたんだし、こっちの幼稚園のみんなと会ってみるのも面白いでしょ?

 それと、夕方からは良いところにも連れて行ってあげようって考えてるんだけど……、どうかな?」

 

「ダ、Danke! ユー、こっちの幼稚園に行ってみたいですっ!」

 

「良かったー。そんなに喜んでくれるなら、提案した甲斐があったよー」

 

 にっこりと笑ってくれたしおいさんにお礼を言い、こっちの幼稚園はどんな感じなのかと想像を膨らませます。

 

 佐世保より人数が多いと先生から聞いていたんですけど、今からとっても楽しみです。

 

「さて、それじゃあ、身支度をしたら朝ご飯を食べに行こっか」

 

「はいですっ!」

 

「あははっ、元気が良いね。

 それじゃあ、今日も一日……頑張りましょうー」

 

「おー……ですっ」

 

 しおいさんと一緒に右手を上に突き出して、元気いっぱいに叫びました。

 

 

 

 でもよく考えてみたら、朝早くからだったので、他の人に迷惑だったりしませんよね?

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 昨日の夜にどんちゃん騒ぎをした食堂に行って朝ご飯を食べた後、しおいさんに連れられて白い建物の前にやってきました。

 

「……あれ?」

 

「ん、どうしたのかな?」

 

「え、えっと……、佐世保の幼稚園と、よく似ている感じがします……」

 

「ああ、それはたぶん、同じように作ったからじゃないかな。

 聞いたところによると、ここの設計図面を使って佐世保の幼稚園を建てたらしいよ?」

 

「そうなんですか……。なんだか、ちょっとだけ……嬉しい感じがします」

 

 建物の屋根や塀などを見渡しても同じ感じがして、思わずユーは笑みを浮かべちゃいました。

 

「それじゃあ早速中に入ってみよっか」

 

「は、はいです……」

 

 似ているとはいえ、初めて中に入るとなると、ちょっとだけ緊張しちゃいます。

 

 だけど1人じゃなくて、ユーの隣にはここの先生でもあるしおいさんがいます。

 

 一緒に手をつないで行けば、怖くなんかないです……よね?

 

 

 

 

 

「おはようございまーす」

 

「おはようございます~」

 

「オハヨウゴザイマス」

 

 扉を開けたしおいさんが開口一番に挨拶をすると、中にいた方々が手を挙げて返してくれました。

 

「あら、あらあら~?」

 

 そしてすぐにしおいさんと手をつないでいるユーの姿を見た青い服を着た人が、ニッコリと笑みを浮かべながら近づいてきます。

 

「この子が姉さんの言ってた、ユーちゃんですね~。

 初めまして、おはようございます~」

 

「お、おはようございます……。さ、佐世保からきた、U-511……、ユーです」

 

「上手に挨拶ができましたね~。えらいですよ~。

 私はここで先生をしている、愛宕って言います~。宜しくお願いしますね~」

 

 そう言った愛宕さんがユーの頭を優しく撫でてくれたんですが、なんだか先生と同じ感じがして、ユーはとっても気持ちが良くなっちゃいます。

 

 すると愛宕さんの後ろの方から近付いてきた方が、小さく頭を下げながら話しかけてきました。

 

「私ハ、港湾棲姫ダ。ミンナカラハ、港湾先生ト呼バレテイル」

 

「ユーです。よ、宜しくお願いします」

 

 港湾先生の両手を見た瞬間に、ユーはビックリしちゃったけど、きちんと頭を下げて挨拶をしました。

 

 なんだか少し愛宕さんやしおいさんとは、雰囲気も見た目も違う気がします。

 

 だけど、なんとなく声が優しそうに聞こえたので、ユーは大丈夫だと思いました。

 

「朝礼の時間まではもう少しあるから、それまではここでお話でもしましょうか~」

 

「そうですねー。それじゃあしおいが、コーヒーの用意をしますね」

 

「宜シクオ願イスル」

 

「ラジャーでーす」

 

 そう言ったしおいさんは、テキパキとした動きで近くに置いてあったコーヒーメーカーを操作していました。

 

「愛宕先生は砂糖が2つにクリープ1つ、港湾先生は砂糖が5つで良かったですよねー?」

 

「ええ、いつも通りで」

 

「ウーム……、今日ハクリープヲ2ツ追加デ頼ム」

 

「クリープ2つですねー。あっ、ユーちゃんはカフェオレで良いかな?」

 

「あ、はい。ありがとうございます」

 

 コクコクと頷くと、しおいさんはニッコリと笑ってカップを置き、ボタンをポチっと押しました。

 

 コーヒーの香りが部屋中に漂い、なんだか目がパッチリとする感じになります。

 

「んん~、良い香りですねぇ~」

 

「コレハ……、豆ヲ変エタノダロウカ?」

 

「ええ、正解ですよ~」

 

「フム。確カニ、イツモノトハ違ッテ、香リガ芳醇ダナ……」

 

 クンクンと鼻を動かす港湾先生が可愛らしく見えて、ユーはなんだか楽しくなってきちゃいます。

 

「言われてみれば確かに香りが違いますけど……、これってどんな豆なんですか?」

 

「知り合いから頂いた貴重なコーヒー豆なのよ~」

 

「へぇー……」

 

 しおいさんは呟きながら、小さな筒をマジマジと見ていました。

 

 それには白い紙が貼られていて、マジックで『コピ・ルアク』と書いてあります。

 

 ユーは聞いたことがない名前ですけど、有名なモノなんでしょうか……?

 

「はい。これでみんなの分が入りましたー」

 

「ありがとうございます~」

 

「ソレデハ、朝ノ一杯ヲ楽シマサセテ貰オウ……」

 

 言って、みんなはカップを持って口を近づけ、ズズズ……と飲み始めました。

 

 ユーも同じように一口飲むと、温かいミルクの甘さと、ほんのり苦い味がマッチした素晴らしい味が、口いっぱいに広がります。

 

「これは……美味しいです」

 

「うんっ、すっごく美味しいっ!」

 

「美味しいですねぇ~」

 

「ヤバイ……、ヤバスギルナコレハ……」

 

 ユーは一心不乱にカップの中身を飲み続け、気づけば空っぽになっていました。

 

 少し残念な顔をしながら口からカップを離すと、他のみんなも同じような表情で小さく息を吐いています。

 

「しおい先生~」

 

「は、はい?」

 

「もう一杯、いただきましょうか~」

 

「はいっ! しおいもそれが良いと思いますっ!」

 

「激シク同意スル」

 

「ゆ、ユーもお願いしますっ」

 

 こうして、しおいさんは再びコーヒーメーカーを操作し、入った分をみんなで飲むという動作を3回続けるとは夢にも思いませんでした。

 

 恐るべし、『コピ・ルアク』ですよね……。

 




次回予告

 舞鶴の幼稚園にやってきたユーですが、ここでいきなりビックリです。
思っていた以上の光景と、なぜか思いっきり睨まれているみたいなんですけど……。


 艦娘幼稚園 第二部 スピンオフシリーズ
 ~ユー編~ その11「やれやれ……です」


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その11「やれやれ……です」


 舞鶴の幼稚園にやってきたユーですが、ここでいきなりビックリです。
思っていた以上の光景と、なぜか思いっきり睨まれているみたいなんですけど……。


 

「「「ざわ……ざわ……」」」

 

 驚きです。

 

 桃の木です。

 

 山椒の木なのです……。

 

 今、目の前にはたくさんのちっちゃな艦娘がユーをじっと見つめています。

 

 ちっちゃなって言ってもユーと同じくらいなんですけど、佐世保の幼稚園では比べ物にならないくらい、すごい人数なんです……。

 

「はいは~い。今日は佐世保幼稚園からお友達が、遠足にきてくれました~」

 

「「「ざわ……っ!」」」

 

 愛宕さんが両手をパンパンと鳴らしてから言うと、急にざわめきが止まります。

 

 ただどうしてなのか、ユーを見る視線が一層強くなったような気がするんですけど……。

 

「それでは自己紹介をしてもらいましょう~」

 

 愛宕さんの声に合わせるように、しおいさんがユーの背中を軽く押します。

 

 振り返って顔を見てみると、「頑張って!」と言うような笑みを向けてくれたんですが、正面に居るみんなの視線が怖くって、ちょっぴり怖じ気づきそうです……。

 

 でも、このまま黙っていたって始まりませんし、ユーは頑張ります。

 

「あ、あの……、佐世保の幼稚園からやってきました、U-511……です。みんなからはユーって呼ばれていますので……、その、宜しくお願いします……」

 

 言って、ユーはぺこりと頭を下げました。

 

 そうして恐る恐る頭を上げながら前を見てみると……、

 

 ………………。

 

 あ、あの……、もの凄く……、強い睨まれ方を……、しているんですけど……。

 

 眼帯をしている紺色の髪の毛をした子が、少し俯きながらユーの顔をじっと見ています。

 

 白っぽい着物のような服を着た茶色の長い髪をした子は、顔を真っ赤にさせながら両手のこぶしを握り締めています。

 

 そしてその中でもひと際怖いのは、頭の左右についている2本の触手のようなモノを空中でウネウネトとさせながら、背中の辺りに変な影を纏わせつつ『ゴゴゴゴゴ……』と、効果音のようなモノが見えちゃう始末で……

 

 ど、どうしてこんな状況になっているんでしょうか……。

 

 ユー、なにか悪いことしましたか……?

 

「……ぁぅ……」

 

 あまりにも威圧的な態度を取られてしまって、ユーは泣き出してしまいそうです。

 

 訳が分からないで怒られるだなんて、どうしてこんな目にあわなければいけないんでしょうか……

 

 

 

 ドンッ!

 

 

 

「「「……っ!?」」」

 

 急に後ろの方から大きな音と地響きのような衝撃を感じ、慌てて振り向きました。

 

 そこには、ニコニコと笑っているのに、どう見ても怒っているような愛宕さんが……、その……、

 

 

 

 右足だけ、足首部分がなくなっていました……。

 

 

 

「「「ざ、ざわざわ……っ」」」

 

 あまりにも衝撃的な出来事に驚いたみんなですけど、良く見てみると、愛宕さんの右足は床を踏みぬいて埋まっています。

 

 ……って、この床は……木じゃないですよね……?

 

「おかしいですね~」

 

「……え、えっと、ユーの自己紹介が……悪かったん……ですか?」

 

「いえいえ、ユーちゃんは全く問題ないですよ~」

 

 言って、愛宕さんはユーの頭を撫でてくれました。

 

 ただ、顔は笑っているはずなのに、勝手に身体が震えちゃうのは……なぜなんでしょう……。

 

「ユーちゃんに挨拶を返すどころか、睨みつけたり敵意をむき出しにしたりする子が居るなんて……、私の教育が間違っていたんでしょうかねぇ~?」

 

 そう言った愛宕さんは、ゆっくりと後ろへ振り向きます。

 

「ひっ!?」

 

 すると視線の先に立っていたしおいさんが、大きく身体を震わせて固まっちゃいました。

 

「ダイジョウブ。愛宕ノ教育ハ、間違ッテイナイト思ウ」

 

 しおいさんの隣に立っていた港湾さんは、首を左右に振りながらそう答えます。

 

 だけど、膝の辺りが小刻みに震えていたのは……、気のせいじゃなさそうです。

 

「そうですか~。それじゃあ、やっぱりおかしいですよねぇ~」

 

 そして今度は子供たちの方を向き……って、みんなが泣き出しそうな顔をしています……。

 

「ど、う、し、て……、ユーちゃんの自己紹介に対して、挨拶をしないんでしょうか~?」

 

 愛宕さんの声が非常に重く圧し掛かるように聞こえた瞬間……、

 

 

 

 ジョバーーーッ

 

 

 

「……?」

 

 なんだか湿った音がいっぱい聞こえてきたんですよね……。

 

 しかも、ユーを思いっきり睨みつけていた眼帯をしている子は、口からブクブクと泡を吹いて……倒れちゃったんです。

 

 その横で同じ髪の色をした子がニコニコしているし、触手を動かしていた子は大きく×を作りながら土下座をしているし……。

 

 この瞬間、ユーは愛宕さんにだけは絶対に逆らってはいけないって感じちゃったんです……。

 

 

 

 先生とは違って、とっても怖いですから……ね。

 

 

 

 

 

「はーい、それじゃあもう一度。

 みなさん、ユーちゃんに挨拶をしましょうー」

 

「「「ようこそ、舞鶴幼稚園へ!」」」

 

 大きな声で一斉に挨拶をしてくれたみんなは、一糸乱れぬ……といった風にお辞儀をしました。

 

 ちなみに、何人かの子たちの顔が半泣きだったり、膝がガクガクと震えていたりしたんですけど、見なかったことにしておいた方が良さそうです。

 

 ですので、ユーはみんなに向かって同じように頭を下げて挨拶を返し、「宜しくお願いします……」と言いました。

 

「うんうん。これでもう大丈夫ですね~」

 

 満面の笑みを浮かべながら両手を合わせた愛宕さんの顔を見たみんなは、ほっとした表情を浮かべて胸を撫で下ろしていました。

 

「それじゃあ朝礼の方はこれにて終了です~。

 ユーちゃんは1日体験ということで、しおい先生の班に入って下さいね~」

 

「あ、はい……。分かりました」

 

「良い返事です~。

 それではみなさん、今日も一日頑張りましょう~」

 

「「「はーいっ!」」」

 

 返事をしたみんなは班ごとに分かれ、思い思いに部屋から出て行きました。

 

 ユーはどの子がしおい先生の班なのかは分からないので、どうするべきかと迷っていたんですが、

 

「そ、それじゃあ……、早速部屋に向かおっか」

 

「はい。宜しくお願いします」

 

 ユーの肩に手を置いたしおいさんに頷いて、後に続こうとしたんですが……、

 

「うぅぅ……、怖かったよぉ……」

 

 ぼそりと呟いたしおいさんの言葉に気づいてしまったユーは、思わず下の方を見てみました。

 

 すると、しおいさんの膝は先ほどの子たち以上にガクガクと震えています……。

 

 更には額にも汗がいっぱい吹き出ていて、かなり焦っているのが見て取れました。

 

「あ、あの……、大丈夫です……か?」

 

「う、うん……。だ、大丈夫……、大丈夫……」

 

 そう答えたしおいさんですけど、どこからどう見ても大丈夫そうには見えません。

 

「あらあら、しおい先生の顔色が良くないですねぇ~?」

 

「ひっ!?」

 

 しおい先生の不審な動作に気づいたのか、愛宕先生がスタスタと近づきながら声をかけました。

 

「もしかして、身体の具合が悪いんでしょうか~?」

 

「い、いえっ、なんともないですっ!」

 

「そうなんですか~? 顔色が青ざめた風に見えますし、汗もびっしょりですし……」

 

「こ、これはそのっ、え、えっと、あの……」

 

「はっ! も、もしかして……、更年期障害とかでしょうか~?」

 

「……イヤイヤ。サスガニコノ歳デ、ソレハナイダロウ」

 

 そう言いながら、港湾さんが両手を広げて『やれやれ……』と呆れたようなポーズを取っていました。

 

「ちょっとした冗談ですよ~?」

 

「あ、あはは……、そうですよね……」

 

 乾いた笑い声をあげるしおいさんですけど、引きつった笑い顔が痛々しく見えちゃいます。

 

「しかし、体調が優れないならお休みした方が……」

 

「だ、大丈夫です。ちょっとだけ、焦っただけなので……」

 

「そうですか……って、どうして焦ってしまったのでしょう~?」

 

「そ、それは……、その……」

 

 またもや言葉が詰まってしまったしおいさんに、愛宕さんは本当に分からないといったような顔をしています。

 

 そんな2人を見ながら、ユーは港湾さんと同じように小さくため息を吐いてしまったんですよね……。

 

 

 

 まさに、やれやれだぜ……って、感じです。

 




次回予告

 朝礼でひと悶着があった後、ユーはしおいさんと一緒に部屋を出ました。
そして、舞鶴幼稚園を体験する班を見た瞬間……、恐れていたことが起こったんです……よね?


 艦娘幼稚園 第二部 スピンオフシリーズ
 ~ユー編~ その12「舞鶴での先生って……ヘタレなんですか?」


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その12「舞鶴での先生って……ヘタレなんですか?」


 朝礼でひと悶着があった後、ユーはしおいさんと一緒に部屋を出ました。
そして、舞鶴幼稚園を体験する班を見た瞬間……、恐れていたことが起こったんです……よね?


 

 挨拶をした部屋からしおいさんと一緒に出たユーは、通路を歩きながらお話をしていました。

 

「あ、あの……、しおいさんの班って、どんな子がいるんでしょうか……?」

 

「んー……、そうだねー」

 

 ユーの問いかけにしおいさんは少し考える素振りをすると、

 

「それは行ってからのお楽しみかなー」

 

 そう言って、ニッコリと笑みを浮かべました。

 

 少し心配なのは、自己紹介をしたときに睨みつけてきた子たちです。

 

 ユーはただ、普通に名乗っただけなんですけど、どうしてあんなに敵意を向けられてしまったんでしょうか……?

 

 正直に理由が分からないんですけど、今から向かう先にその中の誰かがいると、ちょっと不安です。

 

 さっきは愛宕さんが言い聞かせてくれましたけど、目が届かないところではどうなるか分からないですから……ね。

 

「そこの角を曲った先にある部屋が目的地だよ」

 

「あ、はい」

 

 しおいさんに頷いたユーですけど、心の中は期待と不安が半分ずつで、なんだかモヤモヤしている感じでした。

 

 できるならば楽しい時間を過ごしたいですから、極力敵意がない方が助かりますし、お友達になりやすいですからね。

 

 もちろん、ちゃんとお話をすれば大丈夫だとは思いますから、問題はないでしょうけれど……、

 

「はいはーい。今から授業を始めるよー」

 

 先導するしおいさんが扉を開けて部屋に入り、ユーも後に続きました。

 

 そうして目の前に広がった部屋の中には、想像だにしていなかった光景が映ったんですよね……。

 

 

 

 

 

 ジーーーーー。

 

「う……、え、えっと……、あの……」

 

 向けられる視線の数々が、ユーの顔に突き刺さっています。

 

 まさかもまさか。自己紹介のときに睨みつけてきた眼帯の子、白っぽい着物のような服を着た子、頭の左右に触手を付けた子が一同に揃ってユーを見ているんです……。

 

 その他にも部屋の中には別の子も居るんですが、視線の強さはそれほどきつくはありません。ただ、さっきと違うのは、睨みつけると言うほどじゃないんですけど……。

 

「こらこら、ユーちゃんを虐めたらダメだよっ。

 そんなことをしたら、愛宕先生が飛んできちゃうんだからね!」

 

「うっ、そ、それは分かっているけどよぉ……」

 

 眼帯をしている子が焦った表情を浮かべると、他の子たちも嫌そうな顔をしていました。

 

 やっぱり愛宕さんはみんなに恐れられている……で、良いんでしょうか。

 

「それでも、見逃す訳にはいけないことがあるんデース!」

 

 大きな声を上げた白い着物を着た子が、手を横に振り払うようにしていました。

 

 ただ、膝は未だにガクガクと震えているみたいなんですけどね。

 

「それってやっぱり、先生のことかな?」

 

 しおいさんが問いかけると、ユーの視線を向けていた3人がコクコクと頷きました。

 

「なるほどねー。まぁ、分からなくはないんだけど、まずはちゃんと自己紹介をしてからの方が良いんじゃないかな?」

 

「それはそうよね~。このままじゃいつまでたっても、私たちの名前をユーちゃんに知ってもらえないわね~」

 

 3人の後ろから聞こえてきた声の方に視線を向けると、眼帯をしている子と同じ髪の毛の色の子がニコニコと微笑んでいました。

 

「それに、佐世保に居る先生に現状を知ってもらう為にも、必要だと思うわよ~?」

 

「そ、そうなのか……? まぁ、龍田が言うのなら間違いはないと思うけどよ……」

 

「確かに、私たちの自己紹介はまだですカラネー」

 

「そ、そうだよね……。ちゃんと自己紹介はした方が良いよね……」

 

「夕立も、ユーちゃんと挨拶をしたいっぽい!」

 

「むしろここできちんとしないと、不誠実さが先生に伝わってしまうかもしれないからね」

 

「ムグ……。時雨ガソウ言ウノナラ、仕方ナイ……カ」

 

 次々に口を開いたみんなの数は総勢7人。様々な表情を浮かべてユーを見ながら、小さく頭を下げました。

 

 それを見たユーはホッと胸を撫で下ろしそうになりましたけど、まだまだ不安が拭えない感じがしたんですよね……。

 

 

 

 

 

 それからユーはしおいさんのサポートもあって、7人の自己紹介を順調に聞くことができました。

 

 眼帯をしている子が天龍ちゃん。

 

 その妹である龍田ちゃん。

 

 天龍ちゃんの後ろにくっついている潮ちゃん。

 

 おさげの三つ編みが可愛い時雨ちゃん。

 

 元気いっぱいの夕立ちゃん。

 

 それ以上に元気でノリが良い金剛ちゃん。

 

 そして、触手を器用に動かすヲ級ちゃん。

 

 それら7人が、ユーにきちんと挨拶をしてくれました。

 

「うんうん。これでみんなの自己紹介ができたし、問題もなさげだよね」

 

 1人で納得するように胸を張ったしおいさんですが、そこに口を挟むように天龍ちゃんがずいっと前にやってきました。

 

「いや、本番はこれから……だよな?」

 

 そう言って首を横に傾げると、金剛ちゃんとヲ級ちゃん、そして時雨ちゃんが小さく頷きます。

 

 その表情がなんとなく怖い感じがして、ユーの肩がビクリと震えてしまったんですよね。

 

「こらこら。さっきも言ったけど、ユーちゃんを虐めるようなことは……」

 

「そんなつもりはないデース。私たちはただ、先生のことが知りたいだけデース!」

 

 しおいさんの言葉を遮るように金剛ちゃんが口を挟むと、その視線がユーへと向けられました。

 

「……というコトデ、佐世保に居る先生のことを話して欲しいデース」

 

「先生って……、先生のことだよね……?」

 

 どうしてそこまで気になるのかな……って思ったけど、元々はここの舞鶴幼稚園に居たんだから分からなくもないです。

 

 それくらい、先生は人気者だった……って、ことですよね?

 

「ソウ……。オ兄チャンノコトヲ、包ミ隠サズ教エテクレレバ問題ハナイ」

 

「……お兄ちゃん……ですか?」

 

 あれ……、今みんなが聞いてきたのは、先生のことですよね?

 

 どうしてお兄ちゃんという言葉が出てきたんでしょうか……?

 

「ヲ級ちゃん、その辺のことをちゃんと説明しないと、ユーちゃんが混乱しちゃっているみたいだよ」

 

「……ヲ?」

 

 首を傾げたヲ級ちゃんを見た時雨ちゃんは、少しだけ苦笑を浮かべてからユーの方に顔を向けました。

 

「ややこしくなる前に説明すると、実は先生とヲ級ちゃんは兄弟という間柄なんだよね」

 

「え、えっと……、兄弟……ですか?」

 

 先生は人間ですけど、ヲ級ちゃんは……どう見てもそうじゃないですよね……?

 

「色んなことがあって説明するのは難しいんだけど、元はそういう関係だったってことなんだよ」

 

「はぁ……、そうなんですか……」

 

 なんだかユーにはよく分からないけれど、それだけ絆が深いってことで良いんでしょうか。

 

 でもそれだったら、遠く離れている佐世保に居る先生のことが気になるのも無理はないと思います。

 

 ユーも祖国のことが気になったりしますし、寂しくなっちゃうこともありますからね……。

 

「マァ、今デハオ兄チャンヲ狙ウ第一筆頭ナ訳デスガ……」

 

「おいおい、ヲ級は何を言ってるんだ?

 先生を嫁にするのは俺様だって言ってるだろぅ?」

 

「何を言ってるんデスカッ!

 先生をハズバンドにするのは、この私デース!」

 

「それは聞き捨てならないね。

 先生は僕のモノにするんだから、君たちは黙っていて……」

 

「……あれ?

 先生って、ビスマルクと付き合っているんじゃなかったです……か?」

 

 

 

「「「………………え?」」」

 

 

 

 みんなが一斉に喋り出したんですが、その内容があまりに気になったのでユーが口を挟んだんですけど……、マズかったですか……?

 

「ちょ、ちょっと待てよ。それってどういうことだってばよっ!?」

 

「あら~、天龍ちゃんったら、口調が忍者みたいになっているわよ~」

 

 そう言った龍田ちゃんは、長い棒の先に刃物がついた槍のようなモノをどこからか取り出して、ニコニコと笑いながら急に研ぎ始めちゃいました。

 

「え、えっと、ユーは佐世保に居るお姉さんたちから聞いた話を言っただけなんですけど……」

 

「い、いやいや、さすがにそれはアリエナイデース!」

 

「そ、そうだよ!

 あの鈍感度MAXな先生が、あろうことか普通の艦娘であるビスマルクさんと付き合うだなんて、信じられる訳が……」

 

「時雨ちゃんの言う通りっぽい!

 先生はロリコンっぽいから、海が真っ二つに割れるくらい現実的じゃないっぽい!」

 

「そ、そうだよね……。先生がそんな風になるなんて、信じられないもんね……」

 

「アノ愚兄ガ、ビスマルクト付キ合ウナンテコトハ……」

 

「あっ、でもあれ……ですよね。

 レーベとマックス、それにプリンツも良い感じに見えましたし……」

 

 

 

「「「なん……だと……っ!?」」」

 

 

 

 目の前のみんながまるで石みたいに固まりながら、驚愕の顔を浮かべて呟きました。

 

 ……もしかしてユーは、余計なことを言っちゃったんでしょうか?

 

「そ、その……、レーベとかマックス、プリンツって、ど、どういう奴なんだ……?」

 

「え、えっと、ユーと同じ国からきたんですけど……」

 

「そ、そうじゃなくてデスネ……、その、普通の艦娘とか、そういうコトデ……」

 

「それは……、ユーと同じちっちゃい艦娘ですけど……」

 

 

 

「「「やっぱりかーーーっ!」」」

 

 

 

「はうっ!?」

 

 あまりに大きな声が一斉にあがったので、ユーはびっくりしてたたずを踏んじゃいました。

 

「俺様という存在がありながら、先生はまた浮気をしたって言うのかよっ!」

 

「これは一大事デス! 一度本格的に懲らしめないといけまセーン!」

 

「僕が居るのに先生は……、ふふ……ふふふふふ……」

 

「し、時雨ちゃんが危険モードに入ったっぽいっ!?」

 

「み、みんな……、お、落ち着いて……」

 

「ヲヲヲヲヲヲヲヲヲ……」

 

 危険なオーラを纏った天龍ちゃん、金剛ちゃん、時雨ちゃん、ヲ級ちゃんの4人に、あたふたしている潮ちゃんと夕立ちゃん。

 

「やっぱり、ぶった切らないとダメなのかしら~」

 

 そして、大きな槍の刃物部分を完ぺきに研ぎ切った龍田ちゃんが、これ以上ない笑みを浮かべていたのを、ユーは見てしまったんですよね……。

 

 

 

 もしかして、先生の人生は……、終了になっちゃいそうです……か?

 




次回予告

 ユーの言葉で先生が大ピンチ!?
でも、そんな心配をある方からのツッコミでことなきを得た……と思いきや、

 余計に、悪化しちゃってませんか……?


 艦娘幼稚園 第二部 スピンオフシリーズ
 ~ユー編~ その13「先生の役目って、もしかして……?」


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その13「先生の役目って、もしかして……?」

 ユーの言葉で先生が大ピンチ!?
でも、そんな心配をある方からのツッコミでことなきを得た……と思いきや、

 余計に、悪化しちゃってませんか……?


 

「あー……、盛り上がっているところ悪いんだけど、たぶん大丈夫だと思うよ?」

 

 みんなの黒いオーラ圧倒されていたユーでしたが、しおいさんが声をかけてくれたことによって部屋の空気が少しだけ変わった気がしました。

 

「大丈夫って、いったいなにがどう大丈夫なんだよっ!?」

 

 しかし、顔を真っ赤にして怒る天龍ちゃんは、しおいさんに詰め寄りながら大きな声で叫びます。

 

 ですけど、しおいさんはまったく焦ることなく、むしろ呆れたような顔で腰に手を当てながら口を開きました。

 

「実はちょっと前に手に入れた情報なんだけど、先生は佐世保で事件に巻き込まれて……」

 

「「「はあぁぁぁっ!?」」」

 

 話しているしおいさんの声を遮る悲鳴のような声がいくつもあがり、みんなの顔が一斉に驚愕したものへと変わりました。

 

「い、いや、先生が事件に巻き込まれたって……、それってどういうことなのさっ!?」

 

「しおいも詳しくは知らないんだけど、ある艦娘の誘拐疑惑がかけられたらしくて……」

 

「「「ゆ、誘拐っ!?」」」

 

 更に驚いたみんなの目が大きく見開かれたと思うと、打ち合わせをしたんじゃないかと思うくらいにピッタリと声が合わさります。

 

 あまりに完璧すぎたので、ユーは思わず感心してしまいそうになっちゃいました。

 

「い、いやいやいやっ、さすがにそれはありえないって!

 あの先生が誘拐なんて、そんな大それたことができる訳がないじゃんかよっ!」

 

「天龍の言う通りデース!

 もしその情報が本当だったら、地球が真っ二つに割れるどころの騒ぎじゃありまセーン!」

 

「そ、そうだよね……。先生はそんな悪いことはしないよね……」

 

「しないんじゃなくて、できる根性がないっぽい!」

 

「「「ですよねー」」」

 

 またもや息ピッタリに……って、何気に酷いことを言われ過ぎたと思うんですけど、これってユーの思いすごしでしょうか……?

 

 佐世保でユーたちを教えてくれた先生と同一人物だとは思えないくらい、まったく違う人に思えてくるんですけど……。

 

 もしかして、昨日に会った元帥さんが……、みんなの言う先生だったりしないですよね……?

 

「ソレデ、実際ノトコロハドウダッタノカナ?」

 

「……まぁ、みんなの言う通り誤解だったんだけどね」

 

「「「やっぱりねー」」」

 

 ヲ級ちゃんの問いに、呆れを通り越して疲れきったような表情を浮かべていたしおいさんがそう答えると、みんなは納得した表情で笑いながら頷きました。

 

「ただ、それ以外にも問題があって……」

 

「あら~、それってなんなのかしら~」

 

「誘拐疑惑の前に、先生が体調を崩したみたいで……」

 

 そう言ったしおいさんは、言っていいものかどうか迷うような顔で、頬をポリポリと掻いています。

 

 なんだか以前にも似たような光景を見た気がして、ユーは頭の中で振り返ってみました。

 

 確かこれは……、先生が……えっと……、

 

「……あっ、思い……出しました」

 

「……え?」

 

 ユーの声にしおいさんが少し驚いた顔をしましたけど、それよりも早く口が動いちゃって……、

 

「先生が、不能……って病気にかかったって聞いたことがありま……」

 

 

 

「「「な、なんだってーーーーーっ!?」」」

 

 

 

「ひゃうっ!」

 

 今までで一番大きく合わさった声に、ユーはビックリして腰を抜かしちゃいました。

 

 しかし、そんなことはお構いなしといった風に、みんなは一斉にユーの方へ詰め寄ってきて……、

 

「う、ううう、嘘だよなっ!?

 嘘だと言ってくれるよなっ!」

 

 床に座り込んでいたユーの肩をガッチリと掴んできた天龍ちゃんが、すごい力で前後に揺さぶりながら恐ろしいまでの剣幕で問いかけてきました。

 

「い、痛い……です……っ!」

 

 唐突すぎる出来事にユーは思わず泣き出しそうになっちゃいましたが、慌てて駆け寄ってきたしおいさんが天龍ちゃんの手を掴んで引き離してくれました。

 

「こらこら天龍ちゃんっ、乱暴なことはしちゃダメだよっ!」

 

「い、いや、だけど……本当のことなのかどうか、気になるじゃんか……」

 

 怒られて少し冷静になった天龍ちゃんでしたが、それでもまだ納得できないみたいで、ユーの顔をチラチラと伺います。

 

「天龍の言う通り、私も本当のことを教えてほしいデース!」

 

「そうだね……。それを聞いて、はいそうですか……とは、僕も納得できないよね」

 

「あら~、ぶった切る必要がなくなったんだから、別に良いじゃない~」

 

「全然良クナイ。原因ヲ作ッタ奴ハ、皆殺シニスル」

 

「ヲ級ちゃんが、かなりのマジモードっぽい!」

 

 むしろユーは、悪魔かなにかだと思っちゃったんですけど……。

 

「お、落ち着こうよ……みんな……」

 

「そうだよー。潮ちゃんの言う通りだよー」

 

 コクコクと頷きながらみんなに言い聞かせるように声をあげたしおいさんですけど、天龍ちゃんと金剛ちゃん、時雨ちゃんとヲ級ちゃんの様子は一向に変わらないみたいです。

 

 良く考えたら発端はユーの言葉ですし、だんだん申し訳ない気分になっちゃってきて……、

 

「うぅぅ……、ユーが余計なこと……言っちゃったからですよね……?」

 

 なんだか胸が苦しくなってしまって、目の辺りが熱くなり、ポロポロと涙が流れ出ちゃいました。

 

「ゆ、ユーちゃんは、泣かなくて良いんだよっ!」

 

「グスッ……、で、ですけど……、ユーが……佐世保のお姉さんたちの噂を……言わなかったら……」

 

「だ、だからそれは、間違った噂だったんだから大丈夫なんだって!」

 

 

 

「「「……えっ!?」」」

 

 

 

 またもや一斉にあがった声によって部屋の空気が一気に変わり、まるで時が止まったかのように感じました。

 

 そしてまたもや思い出したんですが……、

 

「あっ、そう言えば……、先生自身から、そんなことを聞いたような……」

 

 

 

「「「それを先に言えよっ!」」」

 

 

 

「ひゃあうっ!」

 

 一斉にみんなから突っ込みを受けてしまったユーは、泣くよりも先に驚いてしまって、その場で固まってしまいました。

 

 そして、少し離れた所からぼそりと一言が聞こえたんですが……、

 

「ふ、不能って……、いったいなんの病気なのかな……?」

 

 そう呟いた潮ちゃんなんですけど、ユーも分かってないんですよね……。

 

 

 

 

 

「……とまぁ、そういう訳なんだよねー」

 

 それからしおいさんが先生の病気についてや、誘拐の容疑に関する説明をしてくれたおかげで、白熱していた天龍ちゃんたちは落ち着きを取り戻していました。

 

「ふぅ……、そういうことだったのか……」

 

「いやはや、さすがの僕もちょっとだけ取り乱しちゃったね……」

 

「危うく心臓が止まるところでしたネー……」

 

 大きなため息を吐いた天龍ちゃん、時雨ちゃん、金剛ちゃんたちはお互いの顔を見合いながらホッとした表情を浮かべていたんですが、

 

「……あら~、どうしたのかしらヲ級ちゃん~。なんだか浮かない顔をしているように見えるんだけど~?」

 

 龍田ちゃんの声に気づいたみんなは、一斉にヲ級ちゃんの顔を見ました。

 

「………………」

 

 しかしヲ級ちゃんはみんなの視線を全く気にすることなく、思いつめたかのような顔で俯いていたんですけど、

 

 

 

 ウネウネウネウネ……

 

 

 

 頭の上で繰り広げられる触手の乱舞が、明らかに怪しさ満点だったんですよね……。

 

「ひぅ……」

 

「う、潮っ、泣くんじゃねぇっ!

 あれは別に怖いもんじゃねぇから……」

 

「そう言う天龍ちゃんこそ、膝がガクガク震えてるっぽい……」

 

「こ、これはそのっ、む、武者震いだから問題ないんだよっ!」

 

「あら~、それじゃあ天龍ちゃんがヲ級ちゃんの触手を止めてあげるのね~?」

 

「んなっ!?」

 

 龍田ちゃんの言葉に驚いた天龍ちゃんは、みんなの顔を見てからゴクリと唾を飲み込みました。

 

「い、い、いい、良いぜっ! や、やってやるよっ!」

 

 顔を真っ赤にしながらも後に引けない天龍ちゃんは、震える手をヲ級ちゃんの触手の伸ばそうとしますが、やっぱり恐怖の方が強いようで……、

 

「あ、あう、あうあうあう……」

 

 目尻に涙が溢れてきそうなくらい表情が崩れてきて、さすがに誰か止めてあげた方が良いんじゃないかと思うんですけど……。

 

 ……というか、こういうときこそ、しおいさんの出番じゃないんでしょうか?

 

 仮にも先生な訳ですし、ニヤニヤしながら見守っている場合じゃないですよね……?

 

「て、天龍ちゃん……、う、潮は大丈夫だから……」

 

「い、いやっ、だ、大丈夫っ。お、俺様はこんなところで負ける訳にはいかないんだぁっ!」

 

 さすがに見かねた潮ちゃんが声をかけたんですが、それがかえって天龍ちゃんを後押ししちゃったみたいで、一気に手を伸ばしたんです。

 

 ただ、間が悪いと言うかなんと言うか。

 

 むしろ狙っていたんじゃないかと思えるくらい完璧なタイミングで、ヲ級ちゃんが顔を上げたんですよね。

 

「……ヲ?」

 

「んがっ!?」

 

 そしてみんなよりも大きなヲ級ちゃんの頭が、天龍ちゃんの顎の辺りに見事に直撃し、

 

「痛ってぇぇぇっ!」

 

 床の上でのた打ち回る天龍ちゃんが、もの凄く可哀そうに思えました……。

 

「ヲッ、コレハ申シ訳ナイ」

 

 そして謝るヲ級ちゃん。

 

 だけどなぜだか、テレビにたまに映っているスーツ姿のおじさんたちと同じように感じます。

 

「……見事すぎるタイミングは、まさに神の領域デース」

 

「イヤイヤ、狙ッテナンカナインダケドネ」

 

「またまたー。それこそ嘘じゃないんデスカー?」

 

「「HAHAHA!」」

 

 そしていきなり笑いだすヲ級ちゃんと金剛ちゃんですけど、なんだか龍田ちゃんの顔が徐々に怖い感じになってきたんですけど……。

 

「天龍ちゃん、大丈夫~?」

 

「うぅぅ……、地味に痛ぇ……」

 

「なんなら私が2人に、オシオキしちゃった方が良いかしら~?」

 

「「「……っ!?」」」

 

 ニコニコと笑みを浮かべながら龍田ちゃんが言った瞬間、ピシリッ……と空気が凍った感じが部屋中を駆け巡ったような気がします。

 

 

「い、いや、さすがにそれはやらなくても良いんだけど……」

 

「あら、そうなの~?」

 

「龍田のオシオキって、もはや度が過ぎるってレベルじゃないんだからさ……」

 

「そんなつもりはないんだけどね~」

 

 言って、肩をすくめた龍田ちゃんですけど、良く見てみると背中の方に先ほど研いでいた槍のようなモノが……。

 

 さ、さすがにそれは……、ダメだと思うんですけど……。

 

「い、命拾いしたデスネ……」

 

「コ、ココハチャント、謝ッタ方ガ良サソウダネ……」

 

 ヲ級ちゃんと金剛ちゃんはガタガタと身体を震わせながら、慌てて天龍ちゃんに駆け寄ってから頭を下げていました。

 

 これで一件落着……と思ったんですけど、

 

 

 

 こういうときこそ、しおいさんの出番だったんじゃないんですか……?

 




次回予告

 ヲ級ちゃんの謎行動からトラブルになりかけましたが、なんとかことなきを得たような気がします。
ですけど、その真相が分かってから……更に悪化しているような……?


 艦娘幼稚園 第二部 スピンオフシリーズ
 ~ユー編~ その14「もしかして、あのときの内緒話ですか……?」


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その14「もしかして、あのときの内緒話ですか……?」


 ヲ級ちゃんの謎行動からトラブルになりかけましたが、なんとかことなきを得たような気がします。
ですけど、その真相が分かってから……更に悪化しているような……?


 

「ところで……、さっきヲ級はなにを考えてたんだ?」

 

 場が落ち着きを取り戻したところで、天龍ちゃんがヲ級ちゃんに問いかけました。

 

「ヲ、ヲヲ。実ハ、オ兄チャンガ不能ニナッテシマッタ場合ノ対処ヲネ……」

 

「お、おいおい。それはさっき大丈夫だったって分かったんだから、心配させるようなことを言うんじゃねぇよ……」

 

「イヤ、アクマデソウナッテシマッタトキノ対処ダカラネ」

 

「……対処って、いったいなにを考えたんデスカー?」

 

 頭を傾げた金剛ちゃんがそう問うと、ヲ級ちゃんは口元を釣り上げてニヤリ……と笑みを浮かべました。

 

「フフフ……。モシモオ兄チャンガ不能ニナッテシマッタ場合、新タナル境地ヘ望ミヲ繋グシカナインダヨネ」

 

「を、ヲ級がなにを言っているのか、分からねぇぜ……」

 

「あら~、天龍ちゃんは相変わらず馬鹿なのよね~」

 

「……いや、かなり酷くねぇか?」

 

「気のせいよ~?」

 

「そうとは思えないんだけどよぉ……」

 

 ジト目を向ける天龍ちゃんの視線を素知らぬ振りで避ける龍田ちゃんを見て、おそらくいつまで経っても勝てないんだろうなぁ……って、気づいちゃいました。

 

「……それで、その境地ってやらってのは、いったいなんなのかな?」

 

 少し呆れたような顔で時雨ちゃんが問うと、待っていましたとばかりにヲ級ちゃんが頷きます。

 

「ソレハモチロン……、オ兄チャン女装化保管計画ノ発動ダヨネッ!」

 

「「「………………」」」

 

 大声で叫んだヲ級ちゃんを黙って見るみんなが、完璧に固まっていました。

 

 もちろん、ユーも同じなんですけど。

 

「ソモソモ僕タチハ、オ兄チャンヲ嫁ニスルト決メタトキカラ、コウナル運命ダッタノカモシレナイ……」

 

 そして、なぜかヲ級ちゃんは悟ったように窓の外を見つめました。

 

 正直に言って、ユーはさっぱりって感じだったんですけど……、

 

「……確かに、ヲ級の言う通りデース!」

 

 金剛ちゃんがハッとした表情の後、拳を握り締めてそう叫ぶと、他のみんなも一斉に顔色を変えました。

 

「くっ……、俺様としたことが、ヲ級に言われるまで気がつかなかったなんて……、どうかしていたぜっ!」

 

 そして、天龍ちゃんはものすごく悔しそうな表情で片膝をつき、力強く床を拳で叩きました。

 

「せ、先生が女装……するっぽい?」

 

「そ、それは……、変な気がするんだけど……」

 

 夕立ちゃんと潮ちゃんが不可解な顔をしましたけど、それはユーも同じ気持ちです。

 

「そうか……。先生にメイド服を着せて、ご奉仕させたら……、うふ……、うふふふふ……」

 

 だけど、そんな考えがおかしいかのように、急に時雨ちゃんが不敵な笑みを浮かべながら呟き始めました。

 

 そのあまりの恐ろしさに、潮ちゃんの目尻に涙が浮かんでいるんですけど……。

 

「フム……。私は先生をハズバンドに……と考えていましたケド、メイド服姿を想像すると捨てがたいモノがありますネー」

 

 金剛ちゃんが考え込みながらそう答えると、ヲ級ちゃんの口元がつり上がり、コクリと頷きました。

 

「ツマリ、コレハモハヤ必然。今スグコノ計画ヲ実行ニ移スベキ……」

 

「あの……さ、先生の不能はすでに治ったって説明したよね……?」

 

「タギッタコノ思イヲ止メラレルト、オ思イカッ!」

 

 ヲ級ちゃんが暴走しかけていたところをしおいさんがツッコミを入れて制止させようとしますけど、全然止まる気配がないみたいです。

 

 このまま放っておくと本当に先生の身が危うい気がするんですけど、ユーになにかできる方法は……、

 

 ………………。

 

 ぜ、全然、思いつかないです……。

 

 先生、完全に大ピンチ……?

 

「サアッ、今コソ僕タチガ立チ上ガルベキナンダッ!」

 

「そうだぜっ! ヲ級の言う通りだっ!」

 

「「「ジーク、ヲ級! ジーク、ヲ級!」」」

 

 まるでどこかの独裁者が演説をしているかの雰囲気に、ユーは完全にのまれてしまっていました。

 

 頼みの綱のしおいさんもあたふたしちゃっていますし、夕立ちゃんは肩を落として諦めた顔をして、潮ちゃんは泣く寸前で……。

 

 これはもう、どうしようもない……と思っていたんですが、

 

「……っ!?」

 

 ふと、ユーの背筋に冷たいモノを感じた瞬間、辺りを見回しました。

 

 そして、その原因となるモノを……見つけてしまったんです。

 

「あらあら~、いったいなにを騒いでいるのかしら~?」

 

 勢い良く扉が開けられたはずなのに、全く音は聞こえることがなく、

 

 愛宕さんの声だけが、聞こえてきたんですよね……。

 

 

 

 

 

「「「……っ!?」」」

 

 騒いでいた4人の顔が驚愕に変わる中、愛宕さんは全く気にすることのない素振りでスタスタとヲ級ちゃんに近づいて行きました。

 

 そしてニッコリと微笑みながらヲ級ちゃんの顔を見た後、しおいさんの方へと振り向きます。

 

「しおい先生~、これはいったいどういうことなんでしょうか~?」

 

「ご、ごめんなさいっ! し、しおいが至らないばっかりに……」

 

「反省しているのは良いことですけど、さすがにこれで何度目か分かってますよね~?」

 

「は、はい……」

 

 しおいさんは肩を落としながら憔悴した顔を浮かべて、重々しく頷きます。

 

 そんな様子を見た愛宕さんは、『仕方ないなぁ……』と言わんばかりにため息を吐きながらも、小さく笑みを浮かべてしおいさんの頭をポンポンと叩きました。

 

「失敗するのは新人として仕方ないんですから、そんなにめげないでください。

 先生だって最初の頃は失敗ばっかりだったんですよ?」

 

「で、でも、しおいは……、いつまで経っても上手くできないし……」

 

「それを経験として生かせば問題はないんですよ。

 もちろん、反省する気持ちがなければダメですけど、しおい先生はその辺りのことをちゃんと考えていますから、少しずつ前に進めば良いんです」

 

「あ、愛宕先生……」

 

 愛宕さんの言葉を聞いたしおいさんの表情が明るくなり、目をキラキラとさせながら見上げていました。

 

 この光景を見た夕立ちゃんと潮ちゃんはホッと胸を撫で下ろし、小さく息を吐いています。

 

 これで一見落着……となれば良いんですけど、そうは問屋が卸さないと言うふうに、愛宕さんがヲ級ちゃん達へと視線を戻しました。

 

「それで、この騒動の発端は誰なんでしょう~?」

 

「ソ、ソレハ……、ソノ……」

 

 汗を額にダラダラと浮かばせたヲ級ちゃんが、しどろもどろになりながら口をパクパクと開けますけど、上手く言葉が出せないみたいです。

 

 正に蛇に睨まれた蛙のような状態に、ユーは少しだけ可哀相に思えてきたんですよね。

 

 でも、ヲ級ちゃんの周りにいる天龍ちゃんや金剛ちゃんは、両膝をガクガクと奮わせながら立ち尽くしているだけで、フォローもできそうに見えません。

 

 時雨ちゃんと龍田ちゃんは少し離れた位置で様子を見守っていますけど、その表情は天と地ほどの差があります。

 

 ……というか、龍田ちゃんはいつでも余裕たっぷりでニコニコしている気がするんですよね。

 

「なにやら先生のことをどうこうすると聞こえた気がするんですけど、私の聞き間違いなんですかねぇ……?」

 

「……ウ、ア……ウゥゥ……」

 

 もはや言葉を返せないヲ級ちゃんは、愛宕さんの圧力に負けるように一歩一歩後ずさります。

 

「何度も問題を起こす子はお仕置きと相場が決まっているんですが……」

 

「……ッ! メ、飯抜キハ、勘弁シテイタダキタイ……」

 

「順当ならそうなるんですけど、今回はヲ級ちゃんにピッタリのお仕置きがあるんですよ~」

 

「……エッ?」

 

 両手を合わせながら満面の笑みを浮かべた愛宕さんは、なぜか胸の辺りをゴソゴソとまさぐりはじめました。

 

「ええっと、どこでしたかね~」

 

 そう言いながら、服の隙間から手を入れる愛宕さんの胸部装甲が……その、ええっと……、すごいです。

 

 ………………。

 

 なぜだか分からないですけど、ユーはすっごい悲しくなってきました……。

 

 しおいさんも同じようにガックリとうなだれていますし、同じ思いかもしれません。

 

「ああ、ありました~」

 

 言って、愛宕さんの手にあったのは、1つの紙切れでした。

 

「実は先日、佐世保から方から預かってきたモノなんですよ~」

 

「……さ、佐世保って、ユーと同じですよね?」

 

「そうですよー。ゆーちゃんと一緒に舞鶴にきた、龍驤という艦娘から受け取ったんです」

 

「龍驤お姉さんからですか……?」

 

「ええ、実はこれ、先生からのお手紙なんですよね~」

 

「「「……っ!」」」

 

 その言葉を聞いた瞬間、愛宕さんが部屋に入ってきた以上の驚きが部屋中にあふれました。

 

「そ、それって本当かよ、愛宕先生っ!?」

 

「本当ですよ~」

 

「い、いったいなにが書かれているんデスカッ!?」

 

 鼻息を荒くした金剛ちゃんが愛宕さんに詰め寄りますが、膝のガクガクはおさまったんでしょうか?

 

 パッと見た感じ大丈夫そうに見えますけど、それってやっぱり、先生の手紙で持ち直したということですよね。

 

「う~ん、みんなが期待するようなことは書かれていませんけど、読んじゃいますね~」

 

 そう言った愛宕さんは、なんだか少し寂しそうな顔を一瞬だけ見せた後、小さく口を開きました。

 

『ヲ級へ。

 最近幼稚園で問題ごとを多く起こしていると聞いたので、一言だけ伝えておく。

 あんまりやり過ぎると、本気で怒るからな。 by先生』

 

「……え、それだけデスカ?」

 

「はい、これだけですよ~」

 

「そ、そうデスカ……。残念デス……」

 

 大きく肩を落とす金剛ちゃんと共に、耳を澄ませていた天龍ちゃんや時雨ちゃんも残念そうな顔を浮かべていました。

 

 そして、手紙に書かれていたヲ級ちゃんはと言うと……、

 

 

 

 ガタガタガタガタガタ……。

 

 

 

 あ、あの……、さっきの金剛ちゃんとは比にならないくらい、思いっきり震えちゃっているんですけど……。

 

 両膝どころか、全身が痙攣するくらいに……って、触手がなんだか意味が分からない形になっています……っ!?

 

「な、なんだか、不吉な形っぽい……」

 

「う、潮……、ゆ、夢に出ちゃいそう……かも……」

 

 またもや怯える潮ちゃんは天龍ちゃんに近づいて、手をギュッと握っていました。

 

「オ、オオオ、オ兄チャンガ……、キ、切レタリナンカ……シタラ……」

 

「怖そうですねぇ~」

 

「コココ、怖イモノナンテモンジャ……」

 

「ヲ級がここまで怯えるナンテ、ちょっとだけ気になりマスネ……」

 

「噂では、相当怖いっぽい?」

 

「でも、見たことあるっていうのはヲ級ちゃんだけみたいだし、所詮は噂だけじゃないかしら~?」

 

 龍田ちゃんが変わらずの笑みを浮かべてそう言いましたけど、ヲ級ちゃんは激しく顔を左右に振りながら、絶叫するかのように大きな声をあげました。

 

「ソンナコトナイッ! オ兄チャンヲ怒ラセタラ、数日ハ寝込ムレベルナンダヨッ!」

 

「そ、そんなに……なのか……?」

 

 天龍ちゃんの問い掛けにコクコクと頷いたヲ級ちゃんを見て、周りのみんなの表情も少しずつ変わってきます。

 

 だけどユーは、怒ったときの先生が全く想像できないので、本当に怖いのか分からないんですよね……。

 

 いつも優しいですし、色んなことを教えてくれますし……。

 

 あの先生が、怒るなんてことって……あるんでしょうか?

 

「そういうことなので、これからは大人しくした方が良いと思いますよ~?」

 

「ウ、ウゥ……、分カッタヨ……」

 

「もちろん、これでもダメと言うのなら……、私がしーーーっかりと説教してあげますが~」

 

 そう言いながらニッコリと微笑む愛宕さんを見て、今度はヲ級ちゃんを除いた他のみんなが……、

 

 

 

 ガタガタガタガタガタ……。

 

 

 

 これでもかってくらい、思いっきり震えたんですよね。

 

 しおいさんも同じように……って、やっぱり愛宕さんは幼稚園のボスです……ね。

 




次回予告

 それからユーは幼稚園でお話をしたりして過ごした後、しおいさんや他の潜水艦の皆さんと一緒に温泉へと向かったんです。

 初めての体験でドキドキだったんですけど、温泉ってとっても温かくて気持ちが良いんですが……


 艦娘幼稚園 第二部 スピンオフシリーズ
 ~ユー編~ その15「舞鶴の温泉……です」


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その15「舞鶴の温泉……です」


 それからユーは幼稚園でお話をしたりして過ごした後、しおいさんや他の潜水艦の皆さんと一緒に温泉へと向かったんです。

 初めての体験でドキドキだったんですけど、温泉ってとっても温かくて気持ちが良いんですが……


 

 それからユーは、舞鶴幼稚園のみんなと色んなお話をしたり、広場でかけっこをしたり、かくれんぼを楽しんだりしました。

 

 最初の方は少し距離を取られているような感じもありましたけど、先生のことについて色々と話しているうちに、みんなは笑顔を浮かべてくれたんですよね。

 

 その際、先生を狙っている感じではないみたいだから、大丈夫そう……って言うんですけど、そもそもどうしてそんな風に考えたんですか?

 

 別にユーは、みんなの前で先生が好きですって言っていませんし、そういった態度もしていません。

 

 確かに先生は優しくて色々と世話を焼いてくれますから、好意は持っていますけど……。

 

 ………………。

 

 なんだかユー、先生のことを考えていると、胸がドキドキしてきたような……?

 

「あっ、ユーちゃん。そろそろつくみたいだよー」

 

「は、はいですっ」

 

 しおいさんの声に気づいたユーは、咄嗟に立ち上がっちゃいました。

 

「止まるときは揺れちゃうから、立たない方が良いわよ」

 

「あっ、だ、Danke」

 

 イムヤさんの忠告を受けて、ユーは椅子背もたれについている取っ手を掴んだ瞬間、大きな揺れを感じました。

 

『えー、高雄温泉、高雄温泉前に到着致しましたー。

 お降りの際は、足元にお気をつけて……』

 

「ついたでち。早速降りるでち」

 

「そんなに慌てなくても、さっきボタンを押したから大丈夫なのねー」

 

「電車と違って、バスはそんなに慌てなくても良いよね」

 

「それじゃあユーちゃん、いこっか」

 

「はいですっ」

 

 みんなが一斉にしゃべりながら、座席の間にある通路をゾロゾロと歩いて行き、運転手さんの横にある小さな箱に切符を入れました。

 

 ユーもしおいさんから貰った切符を入れ「ありがとうですっ」と、お礼を言ってからバスから降りました。

 

 運転手さんがニッコリ笑ってくれたので、なんだかユーも嬉しくなっちゃいます。

 

 もちろん、ユーが今笑顔なのは、それだけじゃないんですけどね。

 

 

 

 

 

「ふわあぁぁ……、す、すごいです……っ!」

 

 目の前に広がるのは大きな海……ではなく、いっぱいの湯気がモクモクと上がる、大きな部屋でした。

 

 舞鶴幼稚園の1日体験を終えたユーは、しおいさんや他の潜水艦のみなさんに連れられて、鎮守府からそう遠くない場所にある、高雄温泉というところにきたんです。

 

 一見すれば佐世保鎮守府でいつも入っていたお風呂に近いですけど、大きさは比じゃありませんでした。

 

「それじゃあ早速、ドボーンしちゃいますっ!」

 

 ……と、感心していたユーの横に居たしおいさんが、急に大きな声をあげました。

 

「こ、こら、しおいっ! 他のお客さんに迷惑がかかっちゃうでしょっ!」

 

「今日は平日だし、ピークも過ぎてるから問題ないよっ!」

 

「そういう問題じゃないでち……」

 

「……って言うか、どうしてここにきて水風呂に向かうのね」

 

「せっかく温泉にきているのにねぇ……」

 

 タオルを身体に巻いて走り出したしおいさんを見ながら、他の潜水艦のみんなは疲れたような表情でため息を吐いていました。

 

「それにしても、まるゆがこれなかったのは残念でち」

 

「遠征任務が急きょ入ったから、仕方ないのねー」

 

 ゴーヤさんとイクさんはそう言いながら、同じ間隔で壁に鏡がついたところへ歩いて行き、小さな椅子に座わりました。

 

「それじゃあユーちゃん、まずはイムヤたちと一緒に身体を洗おっか」

 

「は、はいです」

 

 湯船に浸かる前に身体を洗うって教えてくれた通り、ユーもそちらへと向かいます。

 

 ただ、それをユーに言ったのはしおいさんなんですけど、真っ先に走って行っちゃいましたよね……。

 

 

 

「ユーちゃんの髪……、凄く綺麗だし、サラサラしているわよね」

 

「そ、そうですか?」

 

 みんなと同じように椅子に座ると、イムヤさんがユーの後ろにきて髪の毛を洗ってくれることになりました。

 

「シャンプーがいらないんじゃないかって思っちゃうくらいで、羨ましいわ」

 

「ダ、Danke。ありがとうございます……」

 

 備え付けられているシャンプーを泡だてたイムヤさんは、指の腹で優しく頭皮を揉みほぐすように洗い始めてくれます。

 

「海に潜る時間が増えれば増えるほど、髪の毛のダメージは蓄積されちゃうからね……」

 

「や、やっぱり、潜水艦のお仕事って大変です……か?」

 

 泡がいっぱいになってきたので、ユーは目を瞑りながらイムヤさんに問いかけます。

 

「うーん……、大変と言えば大変だけど、やりがいもあるから嫌いじゃないわ」

 

「オリョクルかバシクルばっかりでちけど、燃料をいっぱい持って帰ると元帥が喜んでくれるでち」

 

「たまに昨日みたいに、飲み会を催してくれるから嬉しいのねー」

 

 すると左右の両側からゴーヤさんとイクさんが答えてくれたんですが、なんだか少しずつ近づいてきている気がするんですけど……。

 

「本当でち……。イムヤの言う通り、ユーちゃんの髪の毛がサラサラでち」

 

「これは……、羨まし過ぎるのね……」

 

 明らかに髪の毛を洗う指の数が増えているんですけど、これって完全に3人からゴシゴシされちゃってますよね……?

 

 別に嫌じゃないんですけど、目は開けられないし、なんだか動いちゃいけない雰囲気がして、ちょっと怖いです……。

 

「……みんなして、なにをやっているのかな?」

 

「ユーちゃんの髪の毛がすっごくサラサラなので、みんなで触りながら洗っているでち」

 

「ハチも触ってみるのねー」

 

「言っとくけど、かなりヤバいわよ」

 

 ゴーヤさん、イクさん、イムヤさんは口々に喋っていますけど、ユーの頭をゴシゴシするのは止まりません。

 

 これって完全に、身動きできないんですけど……。

 

「そんなにみんなが言うなんて、はっちゃんも気になってきちゃったかも……」

 

 そして更に頭に触れる指の感覚が増え、暫くの間ユーはされるがままになってしまいました。

 

 

 

 

 

「………………」

 

「………………」

 

 身体中があったかいお湯に包まれる感覚。

 

 顔だけが湯船の外にあり、時折吹く風が心地良く感じます。

 

 そして空を見上げてみると、大きな月と散りばめられた星が、キラキラと瞬いていました。

 

「極楽でち……」

 

「極楽なのね……」

 

 小さく呟くゴーヤさんとイクさんの声以外は、ちゃぷちゃぷと水音が聞こえるだけ。

 

 そして2人の言葉通りのことを、ユーも考えていました。

 

「露天風呂って……、本当にすごいです……」

 

 そう言いながら目を閉じると、ユーの身体がゆっくりと動き出して、水面に浮かんじゃいました。

 

 この感覚は佐世保から舞鶴まで泳いできたのとは違い、なんとも言えない心地良さです。

 

「ふひぃー……」

 

 思わず口からだらしない声が漏れちゃいましたけど、これは仕方ないですよね。

 

 それくらいリラックスができてしまう、とっても良い場所なんです。

 

「はっちゃん……、ここで眠っちゃっても良いかな……?」

 

「溺れなければ、大丈夫でち……」

 

「むしろイクが先に寝るのね……。zzz……」

 

 気づけば周りに居るみんなも同じように水面に漂いながら、目を閉じていました。

 

 まっ白い湯気ではっきりとは判りませんけど、イクさんにゴーヤさん、ハチさんにイムヤさん……あれ?

 

 あと1人、姿が見えないような……気がするんですけど。

 

「はふぅ……。背中にポコポコと当たる水泡が気持ち良いのね……」

 

「……ここは露天風呂でち。ジェット風呂じゃないでち」

 

「あれ、さっきまで……、背中に感じてたのね……」

 

「寝ぼけていたんじゃないでちか?」

 

「うーん……。まぁ、どっちでも良いなのねー……」

 

 そんな他愛のないイクさんとゴーヤさんの会話を聞きながら、ユーもぷかぷかと……あれ?

 

 背中になんだか、変な感触がするんですけど……。

 

 なんだか水泡が当たるような、こそばゆい感じが……。

 

「いったいこれはなんです……て、ひゃわぁっ!?」

 

 急に足が引っ張られて、ユーの身体がお湯の中に沈んでいきますっ!?

 

「ふ、浮上……、しないと……っ!」

 

 慌てたユーは両手を激しく動かしてもがいていると、足を引っ張る感覚がいきなり消えちゃいました。

 

 そして再び身体は浮力を取り戻し、水面へと浮かんで行くんですけど……、

 

「い、いったい……、なんだったんですか……」

 

 ビックリしちゃったユーはお湯の中を見てみますけど、白く濁っていて良く見えません。

 

「大きな声が聞こえたけど、なにかあったのでち?」

 

「あ……、ゴーヤさん……」

 

 水面に顔だけを浮かばせて泳いできたゴーヤさんが、少しだけ心配した顔つきで近づいてきてくれました。

 

「さっきいきなり、足が引っ張られたような感じがしたんです……」

 

「……え、いきなり……でちか?」

 

「はい。右足のスネ辺りを、掴まれて……」

 

「こ、ここは温泉だから、深海戦艦なんか出ないはずでち……」

 

 そう言いながらゴーヤさんは立ち上がり、険しい表情で辺りを見回して、警戒をし始めました。

 

 さすがは毎日出撃しているだけあって、切り替えがすごいなぁと思ったんですが……、

 

「………………?」

 

 ゴーヤさんの背中の辺りにポコポコと水泡のようなモノが浮かびあがってきているんですけど、これっていったいなんなんでしょうか?

 

「ゴーヤさん……、なんだか背中の方に、変な泡が見えるんですけど……」

 

「……ま、まさかっ!?」

 

 慌てたゴーヤさんが振り向こうとした瞬間、水面に見えていた泡が大きくなり、急に水柱が立ち上がります。

 

「お湯の中からこんばんわーーーっ! しおいだよっ!」

 

 ザバーンッ! と大きな音と共に浮かび上がってきたしおいさんが、両手を広げて満面の笑みを浮かべていました。

 

「「………………」」

 

 ユーはさっき以上にビックリしちゃって固まっていましたけど、ゴーヤさんは凄く呆れたような顔を浮かべ、大きくため息を吐いてから、

 

「ゴーヤのセリフをパクるなでちっ!」

 

「えー、しおいたちは潜水艦だから、潜るのが仕事じゃないー」

 

「しおいの今の仕事は幼稚園の先生でちっ! それなのにどうして、子供のユーちゃんを驚かせるようなことをするのでちっ!?」

 

「それは……、その場のノリかなぁー」

 

 そう言ってから「あっはっはー」と笑うしおいさんを見て、更に大きなため息を吐いたゴーヤさんは悪くないと思います。

 

 

 

 ともあれ、温泉に深海棲艦が居なくて良かった……ですよね?

 




次回予告

 しおいさんの暴走? ……も、なんとか終わり、温泉から一度上がりました。
そしてみなさんは一服がてらにドリンクを飲み始めたんですが、どうやら決まった方法があるみたいで……?


 艦娘幼稚園 第二部 スピンオフシリーズ
 ~ユー編~ その16「お風呂上がりの……一杯?」


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その16「お風呂上がりの……一杯?」

※次回の更新はいつも通りであれば3日後ですが、その日は諸事情で帰宅するのがかなり遅くなりそうなので、難しいと判断した場合は次の日に更新いたします。
 

 しおいさんの暴走? ……も、なんとか終わり、温泉から一度上がりました。
そしてみなさんは一服がてらにドリンクを飲み始めたんですが、どうやら決まった方法があるみたいで……?


 

「んぐ……んぐ……」

 

 露天風呂でぷかぷかと浮きながら温もった後、少し湯あたりしかけてきたところで一度上がることにしました。

 

 そして脱衣所にあった冷蔵庫の中から茶色い液体が入った瓶を取り出したゴーヤさんが、お金を払い終えた途端に蓋を開けて、左手を腰に当てながら一気飲みをし始めたんです。

 

「ぷっはー……でちっ!」

 

「完全にやってることが年寄りくさいのね……」

 

「そう言うイクこそ、同じ格好をしてるでち」

 

「イクはそんな変な声は出さないのねー」

 

 そう言いながらペロッと舌を出したイクさんの手には、黄色い液体の入った瓶がありました。

 

 ゴーヤさんの瓶にはコーヒー牛乳、イクさんの瓶にはフルーツ牛乳って文字が見えます。

 

「ユーちゃんはどれを飲むのかなー?」

 

「あっ、えっと……」

 

 しおいさんの呼ぶ声が聞こえたので、ユーは冷蔵庫の方へと小走りで向かい、中を覗いてみました。

 

 ゴーヤさんやイクさんが飲んでいたのと同じモノから、白色の液体が入った瓶もあります。

 

「これなんかどうかな。お勧めだよー」

 

 そう言ってしおいさんが奥から取り出したのは……、緑色をした瓶なんですけど……。

 

「それって青汁オレじゃない……」

 

「その通りだよ。すっごく美味しいんだからー」

 

「はっちゃん……、しおいの味覚が全く分からないわ……」

 

「えー、どうしてそんなこと言うかなー」

 

 イムヤさんとハチさんが冷たい視線を向けながら呟きましたけど、しおいさんは全く気にすることなく緑色の瓶を持って、お金を支払いに行きました。

 

「ユーちゃんもその冷蔵庫の中にあるのを1つ、飲んで良いよー」

 

「ダ、Danke。ありがとうございます……」

 

 どうやらしおいさんがユーの分も一緒に払ってくれたみたいなんですけど、緑色の瓶は避けておくことにしました。

 

 中にあるのを1つって言っていましたし、どれを選んでも大丈夫ですよね……?

 

「それじゃあ……、ユーはこれにします」

 

「コーヒー牛乳ね。まぁ、それが一番無難かな」

 

「はっちゃんはこれにしよっかなー」

 

 ユーが瓶を取った後、イムヤさんとハチさんは冷蔵庫の中から黄色の瓶……フルーツ牛乳を取り出しました。

 

「しおいー。私とハチの分も、一緒に払っといてくれないー?」

 

「えー……、後でちゃんと返してよー?」

 

 ほっぺをぷっくりと膨らせながらも、言われた通り支払いを済ませたしおいさんは、緑色の小さな棒を持ってこっちにきました。

 

「はい、ユーちゃん。これで蓋を取ってね」

 

「は、はい……」

 

 しおいさんから棒を受け取って、マジマジと見てみます。

 

 細いプラスチックのような棒の先には針が付いていて、その周りを丸い枠が囲っています。

 

「………………」

 

 これって、いったいなにに……使うんでしょうか……?

 

「ん、どうしたのかな、ユーちゃん?」

 

「え、えっと……、あの……」

 

 棒と瓶を見比べたんですが、どうしたら良いのか分かりません。

 

 棒の先で蓋を突いてみますけど、丸い枠はふにゃふにゃで押し込めないみたいです。

 

 でも、押し込んじゃったら中身が飲み込みにくそうですし……、上手に蓋をパカッて取れないんでしょうか?

 

「あれ、もしかして……、蓋の取り方が分からないのかな?」

 

「え、えっと……、ごめんなさい……」

 

「あ、べ、別に謝らなくても良いんだよっ!?」

 

「あらら……、しおいがユーちゃんを泣かしちゃった……」

 

「しおいったら先生なのにねー」

 

「べ、別にそんなつもりは……」

 

 イムヤさんとハチさんが更に冷たい視線を浮かべると、しおいさんは両手のひらを交差させながら、あたふたと慌てていました。

 

「可哀そうなユーちゃん……。はっちゃん、ちょっと同情しちゃいます……」

 

「ユ、ユーは泣いてなんか……ないですけど……」

 

「ユーちゃん、泣きたいときは泣いて良いんだからね?」

 

「い、いや、ですからユーは、別に悲しくは……」

 

「なんて健気なの……」

 

「それに比べてしおいは……」

 

 よよよ……と、泣き崩れるイムヤさんとハチさんを見たしおいさんは、からかわれているのが分かったみたいで、

 

「ぶぅーーーっ! なんでしおいを悪者にするのぉーーーっ!」

 

 さっきよりも頬を大きく膨らましながら、ぷんすかと擬音が頭の上に付いちゃうくらいに怒りながら、大きな声を張り上げちゃっていました。

 

 そしてそれを見た2人は笑いながらしおいさんを指差し、更に怒らせることになっちゃったんですよね……。

 

 

 

 

 

 色々あったものの、しおいさんの機嫌が落ち着いたところで蓋を取ってもらうことになりました。

 

「この棒の先に付いている針をプスッと蓋に刺しちゃって……、こうやるんだよ」

 

 ポン……と、小気味良い音が鳴って、瓶の蓋が取れています。

 

「す、凄い……ですっ。こんなの、始めてみましたっ!」

 

「こうやって開けるときに捻りをつけると、良い音が鳴るんだよねー」

 

 言って、自分の分の蓋を取ったしおいさんはニッコリと笑います。

 

「……別に自慢できるほどすごくはないと思うんだけど」

 

「そういうお年頃じゃない?」

 

「そこっ! グチグチ言わずにさっさと飲むっ!」

 

「それじゃあ、その棒を貸して欲しいんだけどねー」

 

「あ、そっか……って、別に端っこを爪で引き揚げてからでも取れるじゃない!」

 

「それだと、蓋が半分にめくれちゃう場合があるのよねー」

 

「あー、それは確かに……」

 

 ハチさんの言葉に納得したかのような仕草を一瞬だけ見せたしおいさんは、これ以上からかわれてはなるものか……というような顔をしながら、棒をポイッと投げ渡しました。

 

「それじゃあ、早速飲んじゃおっか」

 

「は、はいです」

 

 しおいさんにコクリと頷いてから、ユーは瓶の中身を覗き見ます。

 

 茶色い液体がユラユラと動き、ほんのりと甘い香りがしてきました。

 

「いっただっきまーっす」

 

 しおいさんは先ほどのゴーヤさんと同じように左手を腰に添え、右手で瓶を持ちながら一気に持ち上げて口を付けました。

 

「んぐ、んぐ……」

 

 緑色の液体がどんどんと減っていき、しおいさんの喉がゴクゴクと音を鳴らしています。

 

 そして数秒と経たないうちに、瓶の中身は空っぽになっちゃいました。

 

「ぷっはーーーっ! きっくーーーっ!」

 

「………………」

 

 まるでビールのCMみたいな飲みっぷりに、ユーはあっけにとられちゃったんですけど、あの中身って青汁オレ……なんですよね……?

 

 一気飲みできるなんて……、色んな意味で凄いと思います。

 

「あれ、ユーちゃんは飲まないの?」

 

「あっ、い、いただきます」

 

 しおいさんの口の周りが緑色になっているのが気になりましたが、まずは一口飲んでみることにします。

 

 イムヤさんが言っていた通りなら、無難らしいので大丈夫だとは思うんですが……、

 

「……ごくごく」

 

 口の中に入ってくる冷たい感覚が火照った身体に心地良いかも……と思っていた瞬間、ユーは大きく目を見開きます。

 

「あ、甘くて……美味しいですっ!」

 

 祖国で飲んだことのあるマキラッテアトに負けないくらいのミルク感と、程よいでは済まされないレベルの甘さ加減が、ユーの好みにピッタリでした。

 

 フワフワのミルクの泡がたっぷり入った温かいマキラッテアトも良いですけど、お風呂上がりにはこっちの方がお勧めですっ!

 

「おおっ、気に入ったみたいだねー。それじゃあ、こうやってポーズを取りながら一気飲みすると良いよ」

 

「え、えっと……、さっきの……ですよね……?」

 

 腰に左手を添えて、一気に飲む……。

 

 そして「ぷはーーーっ!」って叫ぶんでしたっけ……?

 

「そ、それはちょっと……、恥ずかしいかも……です」

 

「ダメダメ。恥ずかしがってちゃ、なにんもできないよ?」

 

「で、ですけど……」

 

 しおいさんは一歩も引かず、ユーにポーズを取りながら一気飲みをするようにと言ってくるので、誰かに助けてもらおうと視線を動かしました。

 

「……どうかしたでちか?」

 

 すると、焦っていたのに気づいたゴーヤさんが、首を傾げながらこっちにきてくれました。

 

「あ、あの、実は……」

 

 助かった……と思ったユーは、ゴーヤさんに状況を説明しようとしたんですが、

 

「ユーちゃんに、風呂上がりに牛乳を飲むポーズを教えていたんだよねー」

 

「なるほどでち。それは絶対にするべきでち!」

 

「……ええっ!?」

 

 しおいさんの説明に当然だと頷いたゴーヤさんは、ユーにポーズを取るよう勧めてきちゃったんですよね……。

 

「はい、こうやって左手を腰にそえるんだよっ!」

 

「両足でしっかりと地面を踏みしめるでち!」

 

「あ、あぅぅ……」

 

 どうしてそんなにテンションが高いのかが分からないんですが、左右をしおいさんとゴーヤさんに固められてしまったユーに逃げ場はなく、言われるがままやるしかありませんでした。

 

「ええっと……、こうやって……ですよね?」

 

「うんうん。それで瓶を高く持ち上げてー」

 

「さぁ、そこから一気に飲むのでち!」

 

「わ、分かりました……」

 

 コーヒー牛乳の瓶を傾け、こぼれないように口でしっかりと受け止めて、中身を喉の奥へと流し込んでいきます。

 

「んぐ……んぐ……んぐ……」

 

 言われた通り一気に飲まなければと、ユーは頑張りました。

 

「んぐ……んぐぐ……」

 

 口の中はコーヒー牛乳でいっぱいになり、もの凄く甘い感じが広がります。

 

 喉を通って胃に溜まって行く感触が簡単に分かるくらいの冷たさが、なんだか少しだけ気持ちの良いモノとなり、

 

「んぐ…………ぷはーーーっ!」

 

 なんとか飲み干せた達成感と合わさって、しおいさんやゴーヤさんと同じような声をあげちゃったんですよね……。

 

「やった、完璧じゃないっ!」

 

「良い飲みっぷりだったでち!」

 

 そんなユーを見た2人はパチパチと拍手をしながら、ユーを褒めてくれたんですよね。

 

「げ……、げぷ……。ダ、Danke……、ありがとです」

 

 ゲップが出ちゃって行儀が悪い……と思いましたが、誰も全く気にする感じはなかったので、大丈夫だったみたいです。

 

「それじゃあ2本目……、いっとこうかー」

 

「ゴーヤもいっちゃうでちっ!」

 

「ユ、ユーは……、もう少し後で良いです……」

 

 ブンブンと首を左右に振って答えると、しおいさんは少しだけ残念そうな顔を浮かべてから冷蔵庫に向かいました。

 

 お腹はまだ大丈夫ですけど、さすがに一気飲みを続けてやるのはしんどいです……。

 

 それからしおいさんとゴーヤさんが冷蔵庫の中にある青汁オレとフルーツ牛乳を全部飲み干したのは、数十分後のことだったんですよね。

 

 

 

 なにごとも、程々が良いと思います……ですって。

 




※次回の更新はいつも通りであれば3日後ですが、その日は諸事情で帰宅するのがかなり遅くなりそうなので、難しいと判断した場合は次の日に更新いたします。


次回予告

 舞鶴で過ごしたのは少しの間だったですけど、すごく楽しかったです。
でもそろそろ佐世保に帰らないといけないので、お別れの時間……なんですが……。

 お姉さんたちの様子が、おかしいですよね……?


 艦娘幼稚園 第二部 スピンオフシリーズ
 ~ユー編~ その17「改めまして……ですって!」(完)


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その17「改めまして……ですって!」(完)

※今後の更新についてのお願いを活動報告にてお知らせいたします。
 申し訳ありませんが宜しくお願いいたします。



 舞鶴で過ごしたのは少しの間だったですけど、すごく楽しかったです。
でもそろそろ佐世保に帰らないといけないので、お別れの時間……なんですが……。

 お姉さんたちの様子が、おかしいですよね……?


 温泉から舞鶴鎮守府に帰った後、鳳翔さんの食堂でご飯やデザートのアイスを食べてから、昨日と同じように、しおいさんの部屋で寝ることになりました。

 

 就寝前に部屋でお話をしていたとき、龍驤お姉さんと摩耶お姉さんからの連絡が途絶えたらしいと聞いたので、ちょっとだけ心配になっちゃったんですけど、しおいさんは大丈夫だろうって言ってくれたので信じることにして、床についたんですよね。

 

 

 

 そして次の日の朝。

 

 やっぱりと言うかなんと言うか、身体をしおいさんにガッチリとホールドされ、身動きしにくい状態になっていました。

 

 でもそこは経験済みだったので、ちゃんと寝る前にトイレに行っておいたんですよね。

 

 だから焦ることなくしおいさんを起こしてから、身支度を開始します。

 

 そう……。今日は佐世保に帰る日。

 

 舞鶴の皆さんと、お別れしないといけないんですよね……。

 

 

 

 

 

「ちゃんと準備はできた? 忘れ物はしてない?」

 

「はい。大丈夫ですって」

 

 舞鶴に到着したときと同じ埠頭で、しおいさんが心配そうな顔で問いかけてくれています。

 

 幼稚園や温泉ではあまり見せなかった表情に、ちょっとだけ驚いちゃいました。

 

 でもこれって、幼稚園の先生としては当たり前のこと……ですよね?

 

 あと、帰る準備をしていたのはしおいさんの部屋でしたから、何度も確認をしていたのも知っているはずなんですけど。

 

 もしかしてしおいさんは、心配性だったりするんでしょうか……?

 

「あっ、そうだ……。これ、プレゼントなんだけど……受け取ってくれるかな?」

 

「……えっ?」

 

 しおいさんが少し恥ずかしそうに、小さな包みを差し出してくれました。

 

「似合うかどうかは分からないけど……、良かったら着てみてね」

 

「はいっ。ありがとうございますっ!」

 

 大きな声でお礼を言いながらお辞儀をすると、しおいさんはニッコリと笑みを浮かべながら手を上げます。

 

「それじゃあ、気をつけてね」

 

「はい。しおいさんも頑張ってください」

 

「あはは……、そうだね」

 

 ポリポリと頬を掻いたしおいさんにもう一度頭を下げて、さぁ出発……と思ったんですが、

 

「しかし……、あれはちょっと気になるね」

 

 いつの間にか見送りにきてくれていた元帥さんが、埠頭の先の方を見ながら曇った表情を浮かべていました。

 

 なぜ出発前にそんな顔をするのか。

 

 普通ならば不吉な考えとかがよぎっちゃうと、あまりよろしくないような気がするんですけど……、

 

「はぁー……」

 

「うー……」

 

 大きなため息を吐きながら肩を落としている龍驤お姉さんと摩耶お姉さんの姿を見たら、仕方がないって思っちゃいますよね。

 

「あ、あの……、2人とも、大丈夫ですか……?」

 

「あー……、うん。なんとかイケるとは思うんやけど……」

 

「あぁ……、大丈夫……だぜ……」

 

 そう答える2人のお姉さんですけど、全く大丈夫そうに見えないんです。

 

「……具合が悪いなら、帰還は明日以降にした方が良いと思うんだけど?」

 

 さすがに難しいと思ったのか、元帥さんはそう問いかけたんですが、

 

「それはありがたいんやけど……」

 

「むしろここに居る方が……辛いんだよなぁ……」

 

「……え、どういうこと?」

 

「あー、いや、ちゃうねん。別に気にせんといてくれればええんやけど……ね」

 

「……そっか。まぁ、厳しいと思ったら言ってくれれば良いんだけどね」

 

 これ以上はなにを言っても無駄だと思ったのか、元帥さんは肩をすくめます。

 

 2人のお姉さんがどうしてここまで疲れた感じになっているのか分からないんですが、昨日連絡が途絶えたこととなにか関係があるんでしょうか?

 

 ちなみに帰る途中に摩耶お姉さんに尋ねてみたんですけど、

 

「な、な、なにも、なにもなかったよな、龍驤っ!」

 

「せ、せせせ、せやでっ! 別に舞鶴の裏番長とかに喧嘩を売ってなんかしてへんでっ!」

 

 そう言いながら、膝をガクガクと震わせていたんですけど……、結局なにがあったのかは教えてくれなかったんですよね……。

 

 

 

 

 

 2人のお姉さんたちの動きが鈍かったせいか少し移動速度が遅かったですけど、舞鶴に向かうときと違ってトラブルが少なかったこともあり、なんとか今日中に佐世保に帰ることができました。

 

 それから安西提督の元に向かい、舞鶴でのことをしっかりと報告をしたんですよね。

 

 ただ、そのときになぜか安西提督が変な顔をしたり、冷や汗を浮かべていたりしたんですけど……、なにかあったんでしょうか?

 

 もしかすると2人のお姉さんの報告にビックリすることがあったかもしれませんけど、話をしている間にチラチラとこっちの方を見ていたと思うんです。

 

 なんだか分からないことがいっぱい続いて、変な感じです……。

 

 そういえば2人のお姉さんと合流したときも、同じことがあったような……。

 

 

 

 それってやっぱり、気のせい……じゃないですよね?

 

 

 

 

 

 安西提督に報告を終えてから建物の外に出ると、空にはお月さまが出ている時間でした。

 

「それじゃあ……、うちらは部屋に戻ることにするわ……」

 

「あれ……、ご飯を食べにはいかないんですか?」

 

「あー、うん。確かにお腹は減っているんだけど、正直に言って食欲がわかないんだよな……」

 

「そう……ですか……」

 

 龍驤お姉さんも摩耶お姉さんもヘトヘトといった感じで足取りが重く、今にも倒れそうな感じに見えます。

 

「ほな……お疲れさんやでー」

 

「はい、お疲れ様でした」

 

 龍驤さんはこっちを見ずに手を上げながら寮の方へと向かって歩き、摩耶お姉さんも後に続いて行きます。

 

 舞鶴まで移動を共にしてくれたお礼を込めてお辞儀をし、食堂へと向かうことにしました。

 

 

 

「………………」

 

 食堂のテーブルについてご飯を食べているんですが、なんだか様子が変なんです。

 

 物珍しそうにジロジロ見られているような感じがして、初めてここにきたときのことを思い出してしまいました。

 

 でも、どうしてこんなことになるんでしょうか。

 

 もしかすると、いつもの夕食よりも少し遅い時間ということもあって、心配されているのかもしれません。

 

 周りに居るお姉さんたちや作業員の人たちは、食事と併せてお酒を飲んでいますし……。

 

 そんな中に小さい子が1人ぽつんと居るのも、変と言えば変だと思います。

 

 あまり周りに迷惑をかけたくはないので、できるだけ早めに夕食を食べて、寮に戻ることにします。

 

 食べ終わった食器を返したときも、厨房のおばさんの顔が驚いた感じだったのは……やっぱり変な感じでしたけど。

 

 

 

 そうして自室に戻ったんですけど、時計の針は既に寝ている時間になっていました。

 

 もしかするとプリンツは先に寝ちゃっているかもしれないので、起こさないようにゆっくりと扉を開けてみます。

 

「……真っ暗、ですって」

 

 思っていた通り明りがついていなかったので、プリンツはもう寝ていると思ったんですが、

 

「……あれ? ベッドのとこに……居ない……?」

 

 窓のカーテンの隙間から差し込んでいる月明かりで薄らと見えるプリンツのベッドに、誰かが寝ているような膨らみはありませんでした。

 

「もしかして、プリンツはお出かけ中なんでしょうか……?」

 

 舞鶴に向かっている間、この部屋にはプリンツしかいないわけですし、寂しくなっちゃったのかもしれません。

 

 レーベやマックス、もしくはビスマルクの部屋で寝泊まりしているというのも考えられますけど……、

 

「……さすがに先生の部屋に行っている……ってことは、ないですよね?」

 

 ちょっぴり気になっちゃいましたけど、真っ暗な部屋で立っていることで眠気がどんどんと強くなってきました。

 

 舞鶴から佐世保までの移動は大変でしたし、色んなことがあって疲れちゃっていますから……。

 

「うにゅ……、眠たいですって……」

 

 お風呂に入ってからにしたいですけど、もう……限界みたいです……。

 

「おやすみなさい……です……って……」

 

 自分のベッドに身体を傾けた途端、まぶたがゆっくりと閉じていき、完全に真っ暗になってしまいました。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 そして次の日になりました。

 

 目覚めたときにもベッドにプリンツの姿はなく、どうやら誰かの部屋でお泊まりをしたみたいでした。

 

 やっぱり気になっちゃいます……と思ったんですが、ふと壁に掛けてある時計に目をやると、

 

「……っ!?」

 

 明らかにいつもの起床時間よりも大幅に遅れていたことに気づき、慌てて身支度を始めました。

 

「あ、朝ご飯は……難しいですって!」

 

 お腹は減っていますけど、食堂に行ったら確実に遅刻しちゃいます。

 

 それどころか、今から幼稚園に走ってもギリギリですから、急がないといけませんっ!

 

「着替えは……、え、えっと……」

 

 クローゼットの中を見ると、いつもの服がありません。

 

 確か出発前に洗濯をお願いしましたから……、

 

「と、取りに行く時間が……、ないですって……」

 

 洗濯物は寮のお姉さんたちが交代してやってくれているんですが、し終わった物は取りに行かなくちゃいけなかったんです。

 

 時計の針は朝礼が開始するすぐそこまで迫っていていますし、着ている服のまま幼稚園に行くのはちょっと恥ずかしいですから……、

 

「あっ、そういえば……、しおいさんから貰ったやつが……っ!」

 

 舞鶴を出発するときに貰ったプレゼントを思い出し、慌てて包みを解きます。

 

「これは……」

 

 目に映った2枚の衣服を見て一瞬だけ戸惑いましたけれど、時間もないので……と着替えてみたところ、

 

「……な、なんだか、心機一転って感じですって!」

 

 移動の際に焼けてしまった肌が思いのほか服と似合っているんじゃないかと思いながらも、そんなことをしている場合じゃないと気付き、急いで幼稚園へと向かいました。

 

 

 

 

 

 全速力で走り、幼稚園の建物を目に捉え、体当たりをするかの勢いで入口の扉を開き、上履きに履き替えてから、いつも朝礼を行っている部屋の前にやってきました。

 

 おそらく時間はギリギリアウトで、みんなはもう中で朝礼をしていると思います。

 

 扉の前に立ってから息を整え、大きな声をあげながらガラガラと開けました。

 

「お、遅れちゃって、すみませんですって!」

 

 中に居る先生やビスマルクに向かって頭を下げ、怒ってないですよね……と、恐る恐る顔色を伺ってみたんですが、

 

 

 

「「「………………」」」

 

 

 

 みんなはこっちを見たまま驚きの表情を浮かべ、完全に固まってしまっていました。

 

「え、えっと……、そ、その、ごめんなさい……」

 

 もう一度謝って、なんとか許してもらおうと思ったんですが……、

 

「あ、あの……、君は……誰なんだ……?」

 

 先生は戸惑うような顔で大きく首を傾げ、訪ねてきたんです。

 

「誰……って、私のことを……聞いているんですよね?」

 

「そ、そうだけど……」

 

 そう言った先生は本当に分かっていないみたいで、思わずほっぺを膨らませてしまいそうになったんですけど……、

 

「「「………………」」」

 

 レーベもマックスも、ビスマルクも、そして寮で同じ部屋のプリンツまでもが、同じような顔だったんです。

 

 そして私は、姿見を見たときを思い出し、

 

 しおいさんから貰った服と、潜水艦のみんなからつけて貰ったあだ名を頭の中に浮かべてから、大きく口を開けました。

 

「私は……、ユーちゃん改め、ろーちゃんです!

 しおいたちがつけてくれたんですって!」

 

 右手で作ったピースサインを向け、今度はみんなで一緒に舞鶴に行こうって笑いかけました。

 

 

 

 本当に、舞鶴は楽しかったですって!

 

 

 

 

 

艦娘幼稚園 スピンオフ ユーちゃん編

 

終わり

 




※今後の更新についてのお願いを活動報告にてお知らせいたします。
 申し訳ありませんが宜しくお願いいたします。


 これにてスピンオフのユーちゃん編は終了です。
長くなりましたが、以降は元に戻って先生編へと移りますが……、暫くの間お待ちいただけますと幸いです。

 来年になった辺りには戻ってこられるよう頑張りますので、宜しくお願いいたします。




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スピンオフ 元帥編
元帥のとある1日


 あけましておめでとうございます。

 今回の読み切りは突発的に書いたので予定とは違ったりするんですが、挨拶がてらということで宜しくであります。



 ということで、誰得なのか分からない元帥スピンオフがはっじまっるよー。


 

 朝、起きたら身体が女性になっていた。

 

 ――なんて、そんな夢を見た訳でもなければ、そんな願望も全くない。強いて言うなれば、ただ単に思いついただけなのだ。

 

 そもそも、そんなことになってしまったら、いろんな意味で僕は終わってしまうかもしれない。日々の楽しみが失われ、やりたいことができず、苦悩したまま海へと身投げをしてしまうだろう。

 

 だからこそ、僕は今の僕のままで過ごせることに感謝し、考えつくことができることを精一杯やろうと思う。

 

 

 

 ――で、現状はと言うと、

 

 

 

「弁解はありますでしょうか?」

 

「そ、そう……だね。できればその構えを解いてくれると嬉しいんだけれど……」

 

「それはできない相談ですわ」

 

 そう答えたまま右手の拳をスッ……と引いたのは、青い軍服に見を包んだ僕の秘書艦、高雄だった。

 

 ――と、説明じみたことを考え終えた瞬間、高雄の姿がブレて、

 

 

 

 スパーーーンッ!

 

 

 

「あべしっ!」

 

 僕の顔面にとんでもない衝撃が走り、苦痛に顔を歪める間もないまま、ごろごろと床を転がってしまった訳なんだよね。

 

「痛ってぇ……」

 

 痛みに堪えながらゆっくりと身体を起こそうとすると、前方からドシドシと地響きがしそうな足取りで高雄が歩いてくるのが分かる。

 

 このままでは追い撃ちをされてしまう……と考えつくも、僕の力では叶う訳もなく、かと言って逃げきれる訳でもないので、仕方なくされるがままになっちゃうんだけどね。

 

「お祈りは済ませましたでしょうか?」

 

「助けて下さい。なんでもしますから」

 

「常套句は既に聞き飽きましたわ。

 ついでにその台詞の返しを言うつもりはありませんし、そんな展開も御免被ります」

 

「そ、それなら、この辺で勘弁してもらえると……」

 

「それも無理な相談です。自らの罪を認め、多少は後悔をしていただかなくてはなりませんからね」

 

 言って、高雄は右手で僕の首をガッチリと掴み、喉輪の状態で引き上げた。

 

「う、うぐぐ……、く、苦しいよ……高雄……」

 

「それなら解放して……差し上げますわっ!」

 

 その瞬間、僕の身体はいきなり嵐の中に叩き込まれたかのような勘違いを起こしてしまう程の激しさで揺さぶられ、

 

「ひええええええええっ!?」

 

 空高く、放り投げられてしまったんだ。

 

 ――まぁ、地面に落ちて潰れたトマトみたいにはならないように、海の方へと調整はしてくれたみたいなんだけど。

 

 それでも、高速で水面に叩きつけられたら、やっぱり痛いんだよね……。

 

 場合によってはコンクリート並みの硬さと変わらないみたいだし。

 

 ……ってことは、僕って死んじゃうんじゃないのかな?

 

 秘書艦に放り投げられて終える人生。ある意味僕にピッタリなのかもしれないけど。

 

 まぁ、やっていることを考えれば仕方がないんだけれど、これはこれで考えがあってのことなんだよねー。

 

 あ、そんなことを考えているうちに、海が目の前にありましたよ……っと。

 

 それじゃあそろそろこの辺で。始まって早々で悪いんだけど、これにて僕は退散しま……

 

 

 

 バッシャーーーンッ!

 

 

 

「痛ぁぁぁっ!」

 

 顔面から落ちた僕はあまりの衝撃で涙目になりながらも、無意識に手足を動かして水面に漂っていた。

 

「いやいやいや、マジで洒落にならない痛さだったんだけどっ!」

 

 大きな声で叫びつつも、埠頭の先を視界に入れた僕はそちらの方へと泳いで行く。いつもの軍服に身を包んでいるせいで泳ぎにくいけれど、そこは訓練の賜物ってことで、難なくいけちゃうんだよね。

 

 まぁ、速度を出せと言われたら難しいけれど、生存するための泳ぎならば問題はない。そもそも海軍に籍を置く時点で、これくらいのことはできなきゃダメだからさ。

 

 ……できなかった場合、船に乗っている状態で事故や攻撃を受けたら、まず間違いなく助からないでしょ?

 

 つまりはそういうことだから、ある意味一番大切なことなんだよね。

 

 ――とまぁ、そんなこんなで埠頭の先に両手をかけた僕は、グッと力を込めて海から脱出し、地面にゴロンと横たわったんだ。

 

「ふぅー……。なんとか生存できちゃったよねぇ……」

 

 死ぬかと思ったけれど、そうは問屋が卸さなかった。これはまだまだ僕にできることがあるってことなんだろう……と思っていた矢先、それらを全部ひっくるめた挙句にぐしゃぐしゃに丸めて、ゴミ箱へポイッと放ってしまうような状況になっちゃったんだ。

 

「先ほど、なんでもすると……おっしゃいましたわよね?」

 

「え、えっと……」

 

 僕の顔を冷たい視線で見降ろす高雄。

 

 お決まりのパターンはなしって方向だったと聞いた気がするんだけれど、蛇に睨まれた蛙の如く、なにもしゃべることができない僕は、ただ黙って高雄の一挙手一投足に注意するしかない。

 

 ……というか、投げられた場所からここまで結構距離があったと思うんだけど。

 

 いや、考えるのは止めておこう。思考を読まれる可能性だってあるんだし、触らぬ神になんとやらだ。

 

「おっしゃいましたわよね?」

 

「は、はい……」

 

 僕は寝そべった状態から身体を起こし、高雄に頷いた。

 

「なるほど……、分かりました。それでは今日1日、執務室に戻ることを禁止いたしますわ」

 

「……へ?」

 

 なんでそんなことをするのだろう……と、僕は頭を捻りながら考える。高雄が言ったのはつまり、今日の仕事を行えないってことになるんだけれど。

 

 それはつまり、僕にお休みができたってことで良いのだろうか?

 

 ………………。

 

 あれ、これって罰じゃなくて、ご褒美なんですけど?

 

「勘違いしてもらっては困りますが、執務室の天井裏にある配管が傷んでいるので、修理したいからですわ。工事をする為に人の出入りや騒音が出ますから、元帥が居られると邪魔になるんです」

 

「そ、そこまでハッキリ言っちゃうんだ……」

 

「あら、歯に衣を着せて言った方が良かったでしょうか?」

 

「……とき既に遅し、だけどね」

 

「では別によろしいですわね?」

 

「……はい」

 

 言葉では高雄に全くかなわない……と言うか、腕っ節でも無理だから、ここは素直に従っておく方が身のためだ。

 

 つーか、僕は一応この鎮守府で一番偉い元帥なんだけどなぁ。

 

 これってやっぱり、嫁さんの尻に敷かれるってやつなんだろうか。

 

「なんだか嫌な視線を感じるのですが」

 

「き、気のせいじゃないかなー?」

 

 それとなく高雄のお尻に向けていた視線を慌てて逸らし、口笛を吹きながら誤魔化すことに。

 

 突き刺さるような高雄の視線が怖いけれど、合わせなかったら大丈夫……だよね。

 

「……はぁ、まぁ良いですわ。

 そういうことですので、今日1日……ではなく、夜中まで執務室への出入りは禁じます。たまには羽を伸ばされては……と言いたいところですが、」

 

 そう言い終えた高雄は素早い動きで僕の頭を鷲掴みにし、無理矢理視線を合わせてきた。

 

「休日だからと言って、他の鎮守府に居る艦娘にちょっかいをかけた場合……、どうなるかは分かっていますよね?」

 

「う、うん。き、肝に銘じているよ……」

 

「その言葉が本当であることを祈りますわ。

 でも、もし同じことをした場合は……、先ほどとは比べ物にならないお仕置きが待っていますので、ご覚悟を……」

 

「わ、分かった。分かったから、この手を外し……て……、痛っ、いたたたたっ!」

 

 万力で締められていくような頭の痛みに悲鳴をあげた僕は、なんとか外してもらおうと高雄に向かって両手を合わせて懇願した。

 

 

 

 

 

「……では、今日の夜まで、くれぐれも迷惑をかけないように過ごして下さいね」

 

「……はい」

 

 地面に伏せた状態で答えた僕は、高雄の足音が遠ざかって行くまでそのままでいることにした。

 

 実際のところは頭が痛すぎて動けなかっただけなんだけどね。

 

 情けない話ではあるが、そもそも深海棲艦と撃ち合いの末、素手で殴り合うこともある艦娘の腕力に僕なんかが敵うはずもないので、無駄な抵抗をしないに限る。

 

 そうして、高雄の気配が感じられなくなった僕はゴロンと仰向けになり、ちゃんと目でも確認してから大きく息を吐いた。

 

「はぁー……。こりゃあ当分の間、呉の瑞鳳ちゃんとはデートに行けないなぁ……」

 

 空を見上げて肩をすくめる僕。高雄に怒られた原因は良く分かっているけれど、こればっかりは止められないんだよね。

 

 しかし、高雄と約束ばっかりで問題を起こしたら本当にヤバイことになる……のだが、その内容は他の鎮守府の艦娘が対象だ。つまり、今日の休みで舞鶴に居る娘となら、デートをしちゃっても問題ないってことになる。

 

「誰にしようかなー……」

 

 最近仕事が忙しかったせいで、空母のみんなとデートはご無沙汰状態だ。赤城や加賀と食事に行くのは財布が怖いけれど、美味しそうに食べている顔は見合うものがある。蒼龍や飛龍とおしゃべりをするのも良いし、ゆっくりと映画鑑賞も捨てがたい。

 

「とりあえずは、時間が合う相手が居るかだよねー」

 

 高雄のことだから、僕が休みになっていたとしても出撃や演習の指示は出しているだろう。つまり、空母寮に行ってみないことには誰が空いていか分からないし、かと言って執務室に戻れない以上、情報を得るのは難しい。

 

 もちろん、表立って艦娘たちの寮に入ることは禁じられているので忍び込むことになるのだが、前もって打ち合わせをしていないというのは非常に危険である。いくら約束に含まれていないとはいえ、高雄の耳に入ってしまったらどうなるかは分からない。

 

「気分は眼帯の傭兵のように……、段ボールでも被って行こうかなー」

 

 先生が深海棲艦に占拠された呉に忍び込んだ際はそうやったみたいだけれど、ぶっちゃけた話、怪しいったらありゃしないと思う。

 

 それに、寮に入るまでは普通に歩けばいいんだし、忍び込むポイントはいくつもあるからね。

 

 そこは経験がモノを言う。あまり人に自慢できることじゃないけれど、人は欲望には勝てないからさ。

 

 そんなこんなで僕は立ち上がり、早速空母寮へと足を向けたんだ。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 なんだかんだで誰にも気付かれずに空母寮へと忍び込んだ僕は、通路を堂々と歩いていた。

 

 これじゃあ忍び込んだ意味がないじゃないかと思われるかもしれないけれど、あくまで艦娘寮に入ってはいけないというルールは要注意人物が対象な訳であって、僕のように無害な青年は全く問題ない。ただ、堂々と入口から中に入ってしまうと、誰もが大丈夫と思われてしまうのが問題なので、ルールで縛りつつ忍び込んでいる……という訳なんだ。

 

「さて……と。赤城や加賀は居るかなー?」

 

 寮内は目を閉じていても目的の場所へと辿り着けるくらいに慣れているので、鼻歌交じりで2人の部屋へと向かう。

 

「よしよし、到着だね」

 

 扉の真ん中部分にはめられているプレートには、『赤城』と『加賀』の文字が書いてある。仮に間違って別の娘の部屋に入ってしまっても大丈夫だと思うけれど、そこは紳士としてちゃんとノックをしてから入るべきだよね。

 

「………………あれ?」

 

 コンコンと何度もノックをしたけれど、部屋の中からは返事がない。まさか居留守を使うだなんてことはないとは思うが、念のためにと耳を扉に当ててみた。

 

「物音は……してないよね……」

 

 部屋の中に誰かが居るような気配はないので、おそらく寝ているということもないだろう。そうなると、高雄が出撃か演習を命じたのか、休日を割り当てられて別のところにでも出かけているということだろう。

 

「うーん、残念だけど……」

 

 第一目標が居なければ、次の方を当たれば良い。僕は二航戦である蒼龍と飛龍の部屋に向かったんだけど……、

 

「……居ないみたいだねぇ」

 

 扉を閉めて大きなため息を吐く。残念ながら部屋の中はもぬけの殻。鍵がかかっていないのは無用心だけど、簡単に調べられたのはありがたい。

 

 もちろん、部屋の中を隅々まで調べた訳ではないけれど、流石にそれは紳士としてマナー違反だからね。

 

「しかしそうなると、どうするかだよなぁ……」

 

 昨日読んだ資料と、今後の目標から導き出せる指令を考えてみるが、赤城、加賀、蒼龍、飛龍の4人が同時に出撃しているとは考えにくい。おそらくは2人が出撃、残りの2人が演習という可能性が高いけれど、そうなるとしばらくの間寮に帰ってくる可能性は低いだろう。

 

 特に赤城と加賀に関しては、出撃や演習から帰ってきたその足で鳳翔さんの食堂に向かって補給をする可能性が高い。もしくはドッグでのんびりお風呂ということも考えられるし、そうなったら最後、デートをする時間は全くと言って良いほど取れないだろう。

 

「他にいけそうなのは……、うーん……」

 

 残る艦娘のあては五航戦の翔鶴と瑞鶴だが、以前に起こった一航戦との甲板殴り合いバトルの後から、どうにもよそよそしい気がする。普段の任務とかで話す分には支障はないんだけれど、個々で会おうとすると一歩引かれちゃっている気がするんだよね。

 

 僕が怒らせた……ということはないとは思うんだけど、向こうがその気じゃないのに無理矢理ってのも具合が悪いからなぁ……。

 

 僕は顎に手を添え、やや俯き加減で考え込みながらブツブツと呟いて廊下を歩いていると、前方に誰かの気配を感じた。すれ違い様にぶつかったら具合が悪いので、端の方に寄ったんだけど……、

 

「あれあれ~、こんなところで元帥に会うだなんて、こりゃまた変なことが起きちゃうんだねぇ~」

 

 そう言って右手を上げたのは、ピンと跳ねた紫色の髪の毛が特徴の軽空母、隼鷹だった。

 

「あ、あぁ、隼鷹か」

 

「そうだよ~……って、なにやら困りごとでもあったのかい?」

 

「いや、別にそこまで困っている訳じゃないんだけど……」

 

「その割には浮かない顔をしている気がするんだけどねぇ~」

 

 ニヤニヤと不適な笑みを浮かべた隼鷹は、僕の顔をジロジロと見ながら言葉を続けた。

 

「まぁ、別に言いたくないことだったら言わなくても良いけどさ~。

 問題は、なんでこんなところに居るかなんだよねぇ~」

 

「……むっ」

 

「一応だけど、艦娘の寮に部外者は立入禁止だったはずだけど……」

 

「僕は元帥だから、部外者ではないが……」

 

「そりゃあ、元帥は舞鶴鎮守府で一番偉いかもしんないけどさ、寮については少し違うと思うんだけどねぇ」

 

「………………」

 

 僕は無言でジロリ……と、隼鷹の顔を見てみたけれど、全く気にしていないのか表情を崩さずに、続けて口を開いた。

 

「私がちょっとばかり高雄秘書艦にチクっちゃたら……、具合が悪いと思うんだけどなぁ~」

 

「……つまり、なにが言いたいんだい?」

 

「いやいや、別に脅しているつもりはないんだけどさぁ~。ちょーーーっとばかり、飲む相手が不在だったりするんだよねぇ~」

 

 言って、隼鷹はニンマリと満面の笑みを浮かべたんだけど、それが脅すという意味なんだけどね。

 

 まぁ、別にそれくらいのことなら構わないし、デートの相手が現れたと思えば問題もない。おそらく隼鷹は高雄にチクるのが目的ではなく、言葉通り飲み相手が欲しいだけだろう。

 

 そもそも、僕を脅してしまったら最後、どうなってしまうかのことくらい分かっているだろうからね。

 

 ………………。

 

 えっ、なにをするかだって?

 

 別に酷いことを考えている訳じゃないよ?

 

 ただちょっとばかり大変な任務に着いたり、長期遠征に出かけなきゃならなかったりするだけだからさ。

 

 これぞ権力者の特権……って、冗談だよ冗談。ちょっとした元帥ジョークだからね。

 

「まぁ、暇だから構わないけど、どこで飲むのかな?」

 

「そりゃあもちろん、あそこに決まっているじゃんか~」

 

 そういった隼鷹は、クイッと右手を口元に持っていき、お酒を飲むポーズを取った。

 

 確かに、お酒を飲む場所で最適と言えば……、あそこが1番だよなぁ……。

 

 

 

 

 

 隼鷹と2人で空母寮を出て向かった先は、舞鶴鎮守府の中でも人気が高いお食事処、鳳翔さんの食堂だった。

 

「到着到着~。いや~、今からお酒を飲むのが楽しみだよ~」

 

 隼鷹は嬉しそうに独り言を言っているけれど、任務に着いているとき以外はもっぱら飲んでいるイメージなんだよね。

 

 とは言え、若干の弱みを握られている僕としてはツッコミを入れない方が無難である。ここは機嫌よく忘れて貰うに限ると、暖簾をくぐってから引き戸に手をかけた。

 

「いらっしゃいま……敵艦発見っ!」

 

「ちょっ、いきなりなんでっ!?」

 

 ガラガラと引き戸を開けて中に入った僕を見た千代田が、お盆を振りかざして殴りかかろうと……って、流行ってんのそれ?

 

 前にも言ったけど、一航戦VS五航戦のバトル時も飛行甲板で殴り合いだったし、空母って艦載機以外はそうやって戦うのかな……?

 

「サーチアンドデストローーーイッ!」

 

「だからなんでいきなり殺されなきゃなんないのっ!?

 俺ってなにか悪いことでもしたっ!?」

 

 飛びかかってきた千代田を避ける為に後ろに下がろうとしたけれど、続いて入ってくる隼鷹が邪魔で逃げることができない。僕は仕方なく横へと逸れて、半ば無意識で構えを取った。

 

 ――しかし、高雄のときもしかりなんだけれど、艦娘相手に面と向かって勝てるはずもなく、攻撃を避けるしか方法はない。後はどうにかして説得するしかないんだけれど、

 

「千代田っ、いきなりなにをしているのっ!」

 

 スパーンッ! と、小気味の良い音を鳴らして千代田の頭をお盆で叩きつけたのは千歳であり、

 

「ふにゃっ!?」

 

 全く警戒していなかった千代田はぐるりと白目を浮かべて、その場で崩れ落ちてしまったんだ。

 

「「………………」」

 

 僕と隼鷹はあっけにとられてその場で立ち尽くし、千歳は大きなため息を吐いてから裾の埃を叩いて落とすような仕草を取っている。

 

 そして僕の顔を見てニッコリと笑ってから、口を開いた。

 

「こちらにお越しいただくなんて、お久しぶりですね、元帥。

 ところで今日は何用でしょうか?」

 

「え、えっと、食事と飲みに……きたんだけど……」

 

「そうだったんですか。一応言っておきますけど、以前みたいに辺り構わずナンパ行動を取った場合は……、分かっていますよね?」

 

 そう言った千歳の顔は変わらずに笑顔なんだけれど、襲いかかってきた千代田以上に威圧感がたっぷりだった。

 

「い、嫌だなぁ。前のアレはそんなんじゃなくて、ただ単にお話していただけで……」

 

 答えた僕に黙ったままの千歳。そして後ろから突き刺さるような視線は、おそらく隼鷹だろう。

 

 うむむ、本当に誤解なんだけどなぁ。

 

 少し前に佐世保から遠征で立ち寄った艦娘が食堂にきた際、とんでもなく可愛いという噂を聞きつけた僕は真っ先に飛んできて、ここぞとばかりに声をかけていただけなんだよね。

 

 数日後に向こうの提督から苦情がきたときは知らぬ存ぜぬで通したし、食堂に居た他のみんなにはなにもしなかったんだけど。

 

「まぁ、他のお客さんたちに迷惑をかけなければ問題はないですけど、もしもの時は保障できませんからね?」

 

「わ、分かった……よ……?」

 

 コクリと頷いた僕が顔をあげると、たまたま厨房の方に人影が見えたので視線で追ってみた。

 

 するとそこには柱の陰から鳳翔さんが立っていて、

 

 

 

 千歳と同じようにニッコリと笑みを浮かべながら、右手に包丁が握られていたんだよね。

 

 

 

「………………」

 

 めっちゃ無言。完全に脅しモードです。

 

 後、瞳に光が見えません。ヤンデレのデレがないヤツだよね?

 

「お、大人しくしていますので、許して下さい……」

 

 僕は居てもたっても居られずもう一度頭を下げると、鳳翔さんはそのままの体勢でスッ……と、奥へ下がって行った。

 

 そして千歳もまた納得したのか、笑みを浮かべたままぺこりとお辞儀をして僕と隼鷹を近くの席へと促していく。

 

 その間、僕は内心大きな息を吐きながら安堵し、隼鷹はひたすら冷めた目を浮かべていたんだよね。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 それから席に着いた僕と隼鷹は、お酒を飲みながら他愛のない話をし始めた。日頃の鬱憤不満を愚痴ったり、出撃中で面白い出来事などを話していたりした隼鷹は、まるで百面相だと言えちゃくらいにコロコロと表情を変えていたので、全く飽きることなく楽しい時間を過ごすことができたんだよね。

 

 そうして鳳翔さんの食堂に入ってから長い時間が過ぎ、窓の外が真っ暗になっているのに気付いた頃、僕の前に座っている隼鷹は机に突っ伏していた。

 

「うぃー……、もう飲めないー……」

 

「そりゃそうだ。一升瓶を7本と、ワインを5本、焼酎を10本空けたら、普通はそうなっちゃうよね」

 

 そう言った僕は、机の上に置いてあるコップを手に持って中身をグビリと飲んだ。

 

「元帥も私と同じくらい飲んでいるはずなのに……、なんで酔わないんだよぉ……」

 

「んー、そりゃあ、付き合いで飲まなければいけないことが多々あったから、慣れってやつじゃないかな」

 

「それにしたって……、うっぷ……」

 

「おいおい、大丈夫かい?」

 

 みるみるうちに隼鷹の顔が蒼くなってきて……って、これはマジで危ないやつだよねっ!?

 

「ち、千歳っ! 悪いんだけどヘルプーーーッ!」

 

「はいはい、なんですか元帥……って、あー……、隼鷹さんがグロッキーモードに入っていますねぇ……」

 

「れ、冷静なのはありがたいけど、そうも言ってられない状況じゃないのかなっ!?」

 

「こんなのいつものことですから、別に大したことじゃありません……よっと」

 

 隼鷹の後ろに回った千歳は両脇を抱え、掛け声と共に持ち上げてトイレの方へと引っ張って行った。

 

 うーん、さすがは鳳翔さん食堂の接客を担う千歳だけあって、頼もし過ぎるよねー。

 

 とは言え、確かにここは食堂でお酒も出るから、隼鷹みたいに泥酔しちゃったりする艦娘や人が居るかもしれないけど、いくらなんでも慣れ過ぎだと思うのは気のせいだろうか。

 

 いや、むしろ満席になったときには100人近くの客が入れる食堂を、たった3人で切り盛りしているんだから、あれくらいできて当たり前なのかもしれない。

 

 調理のメインは鳳翔だし、接客は千歳と千代田がやっている。もちろん忙しいときは2人のうちどちらかが調理を手伝うんだろうけれど、それにしたって人数が少なすぎるだろう。

 

 誰か別に雇えば良いのに……と思ったりもするが、おそらく鳳翔の眼鏡にかなう艦娘が居ないのが現状かもしれない。そりゃあ空母の中にだったら居るかもしれないけれど、戦力になっている彼女らを引き抜かれるのは痛いので、進言するのは止しておこう。

 

「元帥さん、おかわりはいりますか?」

 

 隼鷹らと入れ替わるようにやってきた鳳翔さんは、お盆に載っていた湯呑を僕の前に置いてから問いかけてきた。

 

「そう……だね。飲み相手の隼鷹がダウンしちゃったし、そろそろ終わりにしようかと思うんだけど……」

 

 僕はそう言ってから湯呑を手に持ち、中身を見る。白い湯気がふわりと上がり、緑茶の良い香りが立ち込めてきた。

 

 これを持ってきてくれたということは、お酒を飲むのを終了しようと考えているのが予測できているんだろう。僕はありがたくその気持ちを受け取りつつ、ゆっくりと口の中にお茶を流し込んだ。

 

「あちち……」

 

「急いで飲んだらやけどをしますよ?」

 

「ゆっくり飲むつもりだったんだけど、美味しくってつい……ね」

 

 僕は苦笑いを浮かべながら半分くらいを飲み、机の上に湯呑を置いてホッと一息ついた。

 

「結構お飲みになったみたいですけど、大丈夫ですか?」

 

「まぁ、このくらいならまだ大丈夫かな。もしよかったら一緒に飲む……ってのは、止めておいた方が良さそうだね」

 

「ええ、お誘いは嬉しいですけど、まだ他にお客さんもおられますから」

 

 そう言った鳳翔は微笑を浮かべながら小さく頭を下げたんだけど、僕が簡単に引いたのは別の理由なんだよね。

 

 だってほら、厨房の方から今にも砲撃を始めますよと言わんばかりの顔でこっちを睨みつけている千代田が見えちゃったし……。

 

 水上爆撃機と機銃掃射でボロ雑巾にはなりたくないので、ここは退散しておくことにする。

 

 それに腕時計に目をやってみれば、そろそろ日が変わる時間になりそうだ。高雄との約束は今日の夜中までだし、執務室に戻っても問題ないだろう。

 

「それじゃあ、そろそろおあいそってことにしてもらえるかな?」

 

「お会計はいつもの通りでよろしいですか?」

 

「うん。執務室に請求書を回してくれればオッケーだね」

 

「分かりました。それではまたのお越しをお願い致します」

 

 ニッコリと微笑む鳳翔に手を上げた僕は、隼鷹の介抱をお願いしてから食堂を出る。

 

 空には満月から少し欠けたくらいの月が浮かび、小さな星がきらめいていた。

 

「うぅぅ……、さすがにこの時間は寒いなぁ……」

 

 万年軍服の僕だけれど、夏服と冬服の違いはちゃんとあって、今は防寒仕様を着ている。しかしそれでも底冷えしてしまいそうな寒さに身体を震わせ、早く温かいであろう執務室へと帰るべく、早足で向かうことにしたんだよね。

 

 

 

 

 

 執務室がある建物に入った僕は、外の寒さよりずいぶんマシなことに感謝しつつ廊下を歩いていた。

 

 時間はもう遅く、辺りの部屋から漏れる光もほとんどない。こんな時間までまじめに働いている人は少なからず居るけれど、夜は極力休むように指示をしているから当たり前なんだよね。

 

 まぁ、それを言っている僕がこんな時間に執務室に向かうというのもおかしな話だけれど、事情が事情なので仕方がない。早いところ用を済ませてしまって、温かい布団で眠りたいところだ。

 

「さて、工事の方は終わっているかな……?」

 

 執務室の扉の前に立った僕は、一呼吸置いてからコンコンとノックをする。

 

 まさかとは思うが、高雄が中で着替えをしていないとも限らない。可能性は劇的に低くはあるんだけれど、過去に一度だけそういうことがあっただけに念には念をである。もちろん、それはそれでラッキーな事件なんだけれど、朝の仕置きを考えれば避けておきたいからね……と思っていたところで、中から聞こえてきた高雄の返事を確認してから扉を開けた。

 

「ただいまー」

 

 ガチャリと鳴ったノブを押して、重厚な扉がゆっくりと動く。

 

 そして目に飛び込んできた執務室の風景に、僕は大きく息を飲んだ。

 

「な、なんだこれ……?」

 

 一言で言えば、賀正一色。

 

 入口の近くに門松が置かれ、板張りの床はいつの間にか畳敷きになっていた。僕がいつも座っている机はそのままなんだけれど、壁紙も和という感じの緑色の唐松模様で、お飾りなんかがかけられている。

 

 そして――更に驚いたのは、

 

「おかえりなさいませ、提督」

 

「おかえりなさい、提督」

 

「おかえりなさいませですわ、提督」

 

「おかえりなさーい、提督」

 

 4人の艦娘――。赤城、加賀、高雄、愛宕が、美しい着物姿になって出迎えてくれたんだ。

 

「え、えっと、これって……どういうこと……?」

 

 あまりにも突然過ぎて、なにがなんだか分からない。頭の中はパニックを起こして、今にもショートフリーズをかましそうな勢いだったんだけれど、

 

「提督、今日は何の日かご存知でしょうか?」

 

「今日って……、あっ!」

 

 赤城の問いかけに気づいた僕は、腕時計に目をやった。時間を示す針ではなく、日付の部分――である。

 

 そこには『31』という文字。

 

 そう――。今日は12月31日。大晦日だったんだよね。

 

「提督、騙すようなことをして申し訳ありません」

 

 そう言った高雄は、少し悪びれた表情で頭を下げた。

 

「天井裏の配管工事というのは嘘です。元帥を驚かせようとみんなで相談し、このようなことをしたのですが……」

 

「うん。すっごく驚いちゃったよ」

 

 僕はそう言って高雄の顔を見る。その瞬間、高雄は少しだけ身体を震わせたような気がしたので、ニッコリと笑いかけたんだ。

 

「まさかこんなサプライズをしてくれるとは夢にも思わなかった。ここ最近忙しすぎて、今日が何日かも分からない状態が続いていたとは言え、自分自身が情けなくなっちゃうよ」

 

「で、ですが、それは元帥が頑張っているからこそ……」

 

「そう……なんだけど、やっぱり自分が元帥である以上、やらなきゃいけないこともあるからね」

 

 言って、僕はしっかりした表情で、4人の顔を見渡した。

 

 もちろん、こんなことを勝手にして――と、怒るようなことはしない。

 

 だって、今日、この日のことを完全に忘れきっていたし、それを周りに分からせてしまうほどダメダメな男だったんだから。

 

「だから、みんなにお礼と……、この言葉を贈りたい」

 

 満面の笑みを浮かべ、感謝をこめて口を開く。

 

「今年一年、お世話になりました」

 

 そして、時計の2本針がピタリと12の数字に合わり、頭を下げながらこう言った。

 

 

 

「そして――、あけましておめでとうございます」

 

 敬礼のような堅苦しさではなく、元帥という役職なんか関係なく、1人の人間として伝えたんだ。

 

 

 

「「「「あけましておめでとうございます」」」」

 

 

 

 そうすると、みんなもニッコリと微笑んで返してくれる。

 

 美しい姿で僕を惑わすかのように、

 

 だからこそ、僕は元帥を辞められないんだよね。

 

 

 

 

 

終わり

 





 改めまして、あけましておめでとうございます。
そして、今年もよろしくお願いいたします。

 この読み切りを書いた理由は最後の文章が言いたかったからであります。
今までの感謝をこめて、そして今後ともよろしくなのですよー。



 ……と、言いたいところなんですが、今年も早々から仕事ラッシュが予定されているのもあって、艦娘幼稚園の続きはもう少し先になりそうです。
 また、リハビリと称してヤンデル大鯨ちゃんシリーズの方を出来次第更新していこうと思っています。
 もしよろしければ、お気に入りしていただけるとチェックしやすいかも……であります。



 それではもう少しお待ちくださいませー。



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~舞鶴&佐世保合同運動会!~
その1「舞鶴からの辞令」



 お休みをいただいておりましたが、そろそろふっかーーーっつ。
不定期更新予定ですが、そろそろ新章を開始したいと思いますっ!



 スピンオフを終えて、やっと主人公の出番だよ!

 ろーが舞鶴から帰ってきた数日後。
掃除を終えて休憩をしていた俺に、帰ってきたビスマルクが安西提督の元へ向かうようにと促した。

 そこで受け取った書類には、待ち望んでいた内容が書かれていたのだが……。


 

 なんだか久しぶりな気がするんだが、そんなことはどうでも良いかもしれない。

 

 現在俺は、佐世保幼稚園で数人の子供たちの教育係として働き、先任であるビスマルクをまっとうな教育者に育てつつ頑張っているが、ぶっちゃけた話をすると、子供たちより手がかかってしまう厄介な相手である。

 

 しかしまぁ、そんな状況も慣れてしまえばどうにかなるもので、なんだかんだ数ヶ月を無事に過ごしてきた。

 

 ……と思ったが、よくよく考えてみれば無事だった気がしない。

 

 明石のツボ押しによって不能になってしまった挙句、それが原因だろうと誘拐犯と決めつけられて牢屋に入れられ、明らかにヤバイ看守に狙われたり、日向や伊勢からセクハラまがいの尋問を受けたり……って、半端じゃないと思うんですが。

 

 それでもなんとか五体満足の身体に戻ることができ、今もこうして幼稚園で働けるのは、色んな人のおかげかもしれない。この感謝を忘れずに、日々精進するべきだろう。

 

 ただ、時折気になるのは舞鶴のこと。

 

 元は舞鶴幼稚園で働く身であり、ここにきたのは佐世保幼稚園の運営を円滑にする為なのだ。

 

 完璧とは言えないものの、最近の佐世保幼稚園は順調であると思えているし、そろそろ役目も終わりかな……と考えたが、それを決めるのは俺ではない。

 

 ビスマルクが進言したとは言え、安西提督から元帥へと話をして移動が決まったのだから、ここで俺が「それじゃあそろそろ舞鶴に帰ることにするねー」ってな感じで気軽に戻れるものでもない。

 

 つまりは元帥の辞令を待たなければいけないのだが、もしかして本当に俺が邪魔になったので佐世保に左遷したんじゃないだろうな……と、疑ってしまったのも一度や二度ではないのだが……。

 

 しかし、そんな心配もどこへやら。

 

 物事が起きるのは突発的であり、たまには期待通りに動いてくれることもある。

 

 ただし、ここで忘れてはいけないことは、唯一つ。

 

 

 

 俺は、本当に運が悪いってことなんだよね……。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 ユー……改め、ろーが舞鶴から帰ってきた数日後。

 

 幼稚園の業務が終わった俺はスタッフルームで休憩しつつ、コーヒーをちびちび飲んでいた。

 

 いつもならばさっさと寮へ帰ってゆっくりするのだが、就業前に安西提督からの連絡によってビスマルクが呼び出しを受けた為、後片付け等の仕事量が増えてしまったのだ。

 

 こういったことは日頃の不運を考えれば些細であり、たいして気にすることではない。むしろビスマルクが居ない方が、仕事をする上で問題は起きにくいと思ったので、普段やらないところまで掃除をしちゃったんだけどね。

 

 そんなこんなで、壁に掛けてある時計の針は夕食の時刻を指している。それはもう、簡単に大混雑が予想できるドンピシャのタイミングだ。

 

「今の時間に食いに行くのは避けたいよなぁ……」

 

 ぼそりと呟いたものの、返事はどこからも帰ってこない。ある意味悲しいが、たまにはこういった時間も有りだろう。

 

 腹は減っているが、落ち着けるのは万々歳。寮に戻れば簡単に手に入るだろうけれど、ここにはコーヒーメーカーがあるんだよね。

 

「何気に色んな豆があるから、飲み飽きないのは助かるんだけど……」

 

 そうは言っても、何杯も飲むと夜眠れなくなりそうで少し怖かったりもする。何事も程々が感じなので、そろそろ終わりにしようと思ったのだが、

 

 

 

 コンコン……。

 

 

 

 ドアをノックする音が聞こえ、振り向くと同時に返事をしようとしたのも束の間、

 

「入るわよー」

 

「いや、返事くらい待てよ」

 

「あら、私に対してそんな口が利けると思っているのかしら?」

 

「どれだけ俺の立場は低いんだよ……」

 

 そう言った俺ではあるが、肩をすくめたり嫌そうな顔は浮かべたりはしない。

 

 こんな会話は日常茶飯事であり、ぶっちゃけた話、飽き気味だったりするんだよね。

 

 それはビスマルクも同じで、普段と変わらない顔をしていると思いきや、

 

「今から安西提督の所に行くわよ」

 

「……へ、今から?」

 

「そうよ。早く準備をしなさい」

 

「あ、あぁ……。分かったよ」

 

 ビスマルクの表情は真剣そのもの……という風に見えたんだが、なぜか瞳の奥に悲しそうな雰囲気が感じられた。まるでこの世の終わりを感じさせる……とは言い過ぎかもしれないが、なぜか気になってしまった俺は、いつの間にか口の中に溜まっていた唾を喉の奥に流し込む為、カップに残っていたコーヒーを飲み込んだ。

 

 エプロンを脱いで自分のロッカーに仕舞った俺は、ビスマルクに玄関で待ってくれるようと言ってから、飲み終えたカップを持って炊事場のシンクに置き、軽くゆすいだ。

 

 玄関に向かう途中で窓の戸締まりを確認しつつ、早歩きで玄関へと向かう。

 

「お待たせ。それじゃあ、行こうか」

 

 待たせておいたビスマルクと合流し、外から鍵をかけて安西提督の元へ向かうことになったのである。

 

 

 

 

 

 そして、今俺が立っているのは執務室の中だ。

 

 何度か顔を合わしていることもあって、以前のような緊張をすることはないのだが、なぜかビスマルクの顔色は優れないと言うか、焦っているように見える。

 

 どうしたのかと尋ねてみたい気もするが、まずは安西提督の話が先だろう……と、俺は言葉を飲み込んだ。

 

「先生、ご足労いただきありがとうございます」

 

「い、いえ、大丈夫です」

 

 安西提督の方が立場も権威も俺より断然上なのに、いつ話しても礼儀正しい。まぁ、舞鶴の元帥みたいにフレンドリーな口調になったらなったで、かなり怖いと思うので、このままで良いとは思うんだけれど。

 

「お呼びだてしたのは、この件についてなのですが……読んでいただけますか?」

 

「は、はい」

 

 返事をした俺は、安西提督からA4サイズのプリント用紙を受け取った。

 

 

 

『辞令

 佐世保幼稚園にて指導中の先生は、以下の期日をもって舞鶴幼稚園に帰還すべし。

 舞鶴鎮守府 元帥』

 

 

 

 書かれている内容は非常に簡潔で、右下には赤いハンコが押されている。

 

 しかし、そんなことよりも真っ先に目に飛び込んできた『帰還』という文字に、俺の心は大きく揺さぶられていた。

 

「こ、これって……、ほ、本当……なんですかっ!?」

 

「はい。舞鶴の元帥から届いた、正式な辞令です。もちろん、うそ偽りがないという証拠に、彼のハンコも押されています」

 

「そ、そうですかっ! そ、それじゃ……」

 

「ちょっと待ってくれるかしら」

 

 喜びの声をあげようとした瞬間、隣に立っていたビスマルクが横やりを入れるかのように遮ってきた。

 

「安西提督。私はこの書類について、納得がいかない点があるのだけれど」

 

「ふむ……、それはどういうことですか?」

 

 ビスマルクの言葉を聞いた安西提督は、右手で自分の下顎を撫でながら少しだけ首を傾げながら問い返す。

 

「まず1つ。

 先生が舞鶴からこちらにきた理由は、佐世保幼稚園が順調に運営できるようにサポートする……だったわよね?」

 

「ええ、その通りです。そして先生は、その役目を充分に……」

 

「いえ、それは違うわ」

 

「「はい?」」

 

 ビスマルクが断言したことで、俺と安西提督の疑問の声が被ってしまった。

 

「確かに先生のおかげで子供たちの教育は順調に進み、スケジュール通りになっているわ。だけど、肝心の問題が未解決なのよ」

 

「はて……、問題らしい問題はなかったように思えるのですが……」

 

 大きく頭を傾げる安西提督と俺。

 

 最近の幼稚園事情を思い返してみても、気になる点はなかったはずだが……。

 

 

 

「いいえ、大アリよ。この私、ビスマルクの教育がまだ済んでいないわっ!」

 

 

 

「「………………は?」」

 

 まるで舞鶴にいる金剛の決めポーズと言わんばかりに右手を振り払ったビスマルクだが、正直なにを言っているのかサッパリ分かりません。

 

「子供たちの教育が済んでも、私が一人前の教育者には未だなっていない!

 それなのに先生が舞鶴に帰るなんて、愚の骨頂じゃないのかしらっ!」

 

「い、いや……、その……」

 

 額から大粒の汗を垂らした安西提督が言葉を詰まらせるが、俺も同じ気持ちなんですよね。

 

 ビスマルク、お前はいったい、なにを言っているんだ……と。

 

「更にもう1つ!

 私の先生のケッコンカッコカリは、まだできていないわっ!」

 

「「………………」」

 

 そう言ったビスマルクは自慢げに胸を張りながら、フンス、フンス――と鼻息を荒くしていた。

 

 うん、前言撤回。

 

 やっぱり教育が必要だわ。

 

 ただし教育者という点だけでなく、倫理とか常識って部分を重点的になるけどね!

 

「……その前に質問なのですが」

 

「なにかしら?」

 

「ビスマルクと……先生は、その……、そういう関係なのですか……?」

 

「もちろんよ!」

 

「もちろんじゃねぇよっ!」

 

 親指を立てて自分を指し示したビスマルクを怒鳴りつけた俺は、ツッコミと言う名のハイキックを放ったのだが、

 

「甘いわね。そんな攻撃、当たる訳がないわ」

 

 ……と、いつものパターンだったせいで、軽々と状態を反らして避けられてしまった。

 

 しかも勝ち誇った笑みを浮かべて、自信満々に顎をクイッと動かしている。

 

 くそっ……、間合いは完璧だったが、攻撃が単調過ぎたせいで簡単に避けられちまったぜ……。

 

 膝をついた俺は床を拳で叩きつけながら悔しがるが、良く考えればそんなことをしている場合じゃない。

 

 まずは安西提督の誤解を解かないと、色々と面倒なことになってしまうのだ。

 

「安西提督、ハッキリ言っておきますが、俺とビスマルクの関係はただの同僚であり、深い付き合いなんかは一切ありません」

 

「なっ、なにを言うのよ先生はっ!?

 私にあんなことやそんなことをした癖にっ!」

 

 大声をあげて思いっきり驚いているようだが、俺には全く身に覚えがない。

 

「ビスマルクが言う、あんなことやそんなことを説明して欲しいんだけど」

 

 それならば――と、俺は問い返してみることにしたのだが、

 

「フッ……、良いわよ。そこまで聞きたいのなら、特別に教えてあげるわ」

 

 ビスマルクは自慢げにそう言いながら……って、どうしてそんな態度を取れるんだ?

 

 あんなことやそんなことと言うのなら、それは明らかに……うん、放送できなかったりするレベルなんだろう。しかし、それを自慢気に語ろうとするビスマルクが俺には全く理解できない。

 

 先に言っておくが、俺とビスマルクがそういった……つまり、大人な関係を持ったことは一度もない。そりゃあ、俺も正常な一般男性であるからして、興味がないと言えば嘘になる。しかし、俺にはずっと前から気になっている相手が居て、いつかはちゃんと告白するのだと決めているのだから、ビスマルクと関係を持つ気は一切ないのだ。

 

 俺側の理由はこれで分かってもらえるだろうが、ビスマルクの方はそうじゃないのだろう。前々から……と言うか、出会った次の日には告白されてしまったし、好意を持たれているのは分かっている。

 

 しかしそうであったとしても、場所も時間もここに居る人物をもわきまえれば、あんなことそんなことと言う内容をべらべらと喋るべきでないというのは、少し考えればすぐに分かることだ。

 

 それなのに、ビスマルクはこうも自慢気に語ろうとするなんて……。

 

 なんなの? 痴女なの? 死ぬの?

 

 ――と、こっちが恥ずかしくて死んじゃうかもしれないんだよっ!

 

 はぁ……、はぁ……。

 

 以上、心の中でのツッコミは終わりなんだけど、そうこうしている間にビスマルクが口を開いたんですが、

 

「まず、佐世保鎮守府内に私と先生が付き合っているという噂を振りまいたわよね」

 

「……うん。俺じゃなくてビスマルクがね」

 

「ぜ、全力の踏みつけを顔面に食らったわ」

 

「踏まれたのは俺だし、踏んだのはプリンツだけどね」

 

「そ、そうだわっ。美味しい手作りのお菓子を振舞ってあげたわよねっ」

 

「アレを作ったのは俺なんだけどなぁ……」

 

「牢屋に閉じ込められたとき、助けに行ってあげたじゃないっ!」

 

「ああ、うん。アレは確かに嬉しかったけどさぁ……」

 

 最後の以外は完全にねつ造だよね。ほとんど反対方面だよね。

 

 つーか、俺の方ばっかりが与えている感じで、ビスマルクからは大したお返しを貰ってなくないか?

 

 別にそうだからってどうこう言うつもりはないが、改めて考えてみると本当にビスマルクってダメな子なんじゃ……。

 

 ………………。

 

 あれっ、と言うことは、やっぱり教育が終わってないことにならないか……?

 

 いやいや、そもそもビスマルクを教育するって時点でおかしいと思うんだが、教育者の経験を積むのなら舞鶴で行った方が効率が良かった気がする。

 

 それなのに俺がこっちにきたのは、すでに幼稚園があったからなんだろうけれど……。

 

 ……うーん。なんだか計画性がなさ過ぎて、最初の段階から破たんしちゃってないかなぁ。

 

「………………」

 

 そんなことを考えつつ安西提督の顔をチラッと見てみたんだが、

 

「………………」

 

 顔面汗まみれで固まっているんですけど。

 

 なんかもう、私からなにを言えば宜しいんでしょうか――と、今にも膝をついて崩れ落ちそうな感じに見えちゃうのは気のせいにしておこう。

 

「と、とにかく、あなたが舞鶴に帰っちゃったらどうしたらいいのよっ!」

 

「いや、俺がここにきてから結構色んなことを教えていたはずなんだけどさぁ……」

 

「確かに教えては貰ったけど……、仲の方は全然……」

 

「えっ、なに?」

 

「なっ、なんでもないわよ、馬鹿っ!」

 

 大声をあげたビスマルクは両腕を組みながら、頭の上に『ぷんすか』と擬音が浮かびそうな感じで怒っていた。

 

 なぜそこまで怒るのかはさておき、色々とトラブルがあったとは言え、ビスマルクに幼稚園の運営手順を教える機会はいくつもあったし、それなりにこなしてきた部分もあったはずだ。確かに完璧とは言えないけれど、俺が居なくてもこっちの幼稚園を運営していくことくらいはできると思うんだけど……、

 

「ふむぅ……。困りましたねぇ……」

 

 やっと言葉を呟いた安西提督は、たぷたぷの二重あごに手を添えながら考え込んでいた。

 

「明石の報告書を毎回読んでいますが、今のところ問題はないと確認していました。その結果を踏まえて舞鶴の彼に連絡を取り、今に至るのですが……」

 

 言って、安西提督は俺とビスマルクを交互に見てから、小さくため息を吐く。

 

「ビスマルクの意見を通すとなると、予定が大幅に狂ってしまうのが問題ですねぇ……」

 

「予定……ですか?」

 

「ええ。先生が舞鶴へ帰還するのとあわせて、佐世保幼稚園の子供たちを舞鶴に連れて行ってもらおうと考えたのですが……」

 

「「…………えっ!?」」

 

 安西提督の言葉を聞いて、俺とビスマルクは大きく目を見開きながら声をあげる。

 

 それは、いったいどういうことなのか。

 

 そして、ビスマルクも初耳だったのか……と、俺はあわせて驚いたんだよね。

 




※復活することはできましたが、まだまだ仕事の過半時期は乗り越えられないようなので、暫くは不定期まったり更新になる予定です。


次回予告

 安西提督の言葉に耳を澄ませる俺とビスマルク。
そこで語られた内容は、予想外のことだった。

 ところが、それ以上の発言がビスマルクから飛び出して……?


 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その2「それ、違います」


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その2「それ、違います」


 安西提督の言葉に耳を澄ませる俺とビスマルク。
そこで語られた内容は、予想外のことだった。

 ところが、それ以上の発言がビスマルクから飛び出して……?


 

「あ、安西提督。それはいったいどういうことなのかしら……?」

 

 ビスマルクは俺よりも早く、安西提督を真剣な目で見ながら問いかけていた。

 

「実は先生の辞令の連絡がきた際に、幼稚園児たちの交流を兼ねた運動会を開かないかと提案があったのですよ」

 

「う、運動会……ですって!?」

 

 驚きの表情を隠さずにたたらを踏んだビスマルク……なんだけれど、どうしてそんな反応を見せるのだろうか。

 

 運動会と言えば教育施設では当たり前の行事。主に春か秋頃がメインだが、別に季節に合わせなければならないという理由はない。

 

 ……と、思ったところで、少し疑問点が湧いてきた。

 

 そういや舞鶴に居ていたとき、運動会ってやったことがないよな……?

 

 身体を動かすスポーツ的なイベントと言えば、バトルしか思いつかないが……。

 

 ………………。

 

 なぜだろう。なんだか嫌な予感がするのは気のせいだよね?

 

「まさか、あの狂乱の宴が始まると言うの……?」

 

「……ビスマルクがなにを言っているのか、全く理解ができないのですが」

 

「大丈夫です安西提督。俺も同意見です」

 

 額を自らの手で鷲掴みにして嘆いているような仕草をするビスマルクに、安西提督はまたしても額に汗を浮かばせ、俺は冷ややかな目を浮かべていた。

 

「だ、だって、運動会なのよ?

 グラウンドと言うエリアの中で行われるのは、コロッセオの闘技場なんて目じゃないほど……」

 

「いったいどういう勘違いをしたらそうなっちゃうのかさっぱり分からないんだけどっ!?」

 

 俺のツッコミにキョトンとした表情を浮かべたビスマルクだが、なにかを悟ったように手を叩くと、肩の力を抜きながら口を開いた。

 

「そ、そうか……。そうなのね……」

 

「い、いや、1人で納得されても困るんだけど……」

 

「ええ、確かにその通りよ。どうやら私の思い違いだったようだわ」

 

「……は、話が見えてきませんね」

 

 大きく首を傾げる安西提督に、ビスマルクは人差し指を立てて説明をし始めた。

 

「どうやら私が知っている運動会と、先生が知っている運動会とは、随分と危険度レベルが違うようね」

 

「き、危険度レベル……?」

 

「私がどうして驚いたのか。それを説明するには、私の頭にある運動会がどんなモノなのかを理解して貰う必要があるみたいね」

 

「は、はぁ……」

 

 なんだか話が複雑になってきたんだけど、ここで話の腰を折ると、ビスマルクの機嫌が悪くなる可能性があるので我慢しておこう。

 

 まぁ、多少は興味が湧いてきたってこともあるんだけどね。

 

「まず、運動会の開始で行われるのは徒競走よ」

 

「……普通、ですね」

 

「確かに、普通ですね」

 

「もちろん、それがただの徒競走なら危険はないわ」

 

「……と、言うと?」

 

 質問する俺の言葉を聞いて、なぜか満足気に頷くビスマルク。

 

 やけに自信たっぷりな表情のおかげで少しばかりイラッとしたけど、無視することにしておこう。

 

「徒競走に参加する人数は特に決まっておらず、走る距離も場所によって様々よ」

 

「な、なんだかすごく曖昧と言うか、あやふやと言うか……」

 

「それにはちゃんとした理由があって、まず場所を確保することが難しいの」

 

「確保……ですか?」

 

 なんだかよく分からないと言うような顔を浮かべた安西提督だが、俺も同じ気持ちである。

 

 運動会を行うんだから、普通はグラウンドでやるはずだよね?

 

 ビスマルクの記憶が古いモノだとする場合を考えれば、昔はグラウンドを使うのが難しかったということだろうか?

 

「ええ。わざわざ私たちが用意するのは面倒だし、かと言って、敵が設置した場所を簡単に占拠できると言うのも稀だったわ」

 

「「………………は?」」

 

 なにを言っているんだ、こいつは――と、俺と安西提督は2人揃って頭を大きく傾げる。

 

「運良く手に入れた地雷原が手に入ればやっと始められる、デッド オア アライブの徒競そ……」

 

「ちょっと待てよコラァァァッ!」

 

「な、なによいきなり、大きな声なんか出したりしてっ」!

 

「いくらなんでも有り得なさ過ぎるだろうがっ!

 それってただの虐めじゃん! へたすりゃ拷問じゃん!」

 

「別に地雷が爆発したって即死する訳じゃないんだし、艦娘だったらバケツで治るから問題はないわよ?」

 

「そういう問題じゃないだろうがぁぁぁっ!

 運動会を行うのは子供たちなんだから、そんな徒競走に参加させること自体が間違いだって言ってんだよぉぉぉっ!」

 

「ええ、だから私も驚いたのよ。

 そんな怖いイベントを行うなんて、有り得ないって」

 

「た、確かにそう言われたら分からなくもないけど……って、普通に考えたら出てこないよねっ!?」

 

「そうかしら?

 舞鶴の元帥が発案者と言うのなら、可能性は無きにしも非ずよ」

 

「いやいやいや、あの元帥なんだから、どう考えても……」

 

 ――と、俺は大きなため息を吐いてから言いかけたところで、

 

「………………」

 

 なぜか安西提督が今までにないレベルの焦りっぷりで、汗をかきまくっていた。

 

 そりゃあもう、床が水たまりになっているレベルで。

 

「あ、安西提督……?」

 

「い、いや、彼はもう大人になったのですから、まさか、そんなことは……」

 

「………………へ?」

 

 え、えっと、安西提督はいったい、なにを言っているんでしょうか?

 

 あの元帥に限って、ビスマルクが言うようなヤバイ徒競走なんてやるはずがないですよね……?

 

「し、しかし、前例がない訳でも……。いや、だからこそ……なんでしょうか……」

 

 なんだかマジでやばい雰囲気が漂っているんですけどぉぉォッ!?

 

 なんなんだこの焦りっぷりはっ! どう考えても、冗談じゃ済まされないんですよねぇっ!?

 

「あ、あの……、安西……提督……」

 

 流石に気になりまくった俺は、恐る恐る安西提督に声をかけてみたんだが、

 

「……はっ、な、なんでしょうか?」

 

「え、ええっとですね……。今さっき、元帥がどうとか……言っていましたよね?」

 

「……き、気のせいではないでしょうか」

 

「は、はぁ……。そ、そうですか……」

 

 ……と、完全に俺から目を逸らして答えたんですが。

 

 ………………。

 

 絶対なにかありますよねぇぇぇぇぇっ!

 

 明らかに動揺しちゃっている顔をしているじゃん! 間違いなくヤバいことがあったってことだよねっ!?

 

「と、とにかくですね。ビスマルクが言うような運動会ではないと思いますので、その辺りは安心して……」

 

「……そう。それなら安心したわ」

 

 そう言ったビスマルクはホッと胸を撫で下ろしながら微笑を浮かべたんだけど……、

 

 そもそも危険な運動会の時点でおかしいからね?

 

 艦娘と言っても、まだ子供である園児たちに危険な目はあわせられないし、そうだと分かっていたら断固反対するのが当り前だ。

 

 しかし、ビスマルクが説明した運動会はそれ以前の問題であり、地雷原を突っ走る徒競走の段階で既にスポーツじゃないし、バケツを使えば問題ないという思考はマジでヤバ過ぎる。

 

 それらのことを考えれば、やはりビスマルクに佐世保幼稚園を任せてサヨウナラと言うのも危険なのではなかろうか。

 

 ――だが、舞鶴に帰れると決まったことは素直に嬉しいし、向こうの子供達にも早く会いたい。

 

 それに、愛宕にも――ね。

 

 ただ問題は、安西提督が呟いていた元帥の件である。

 

 まさかとは思うが、ビスマルクが言うようなレベルではないにしろ、子供達に危険が及ぶ運動会を開催するなら問題なんだけれど……、

 

「……まぁ、それならそれで、高雄さんが止めるよなぁ」

 

 優秀なる元帥ストッパーである秘書艦が随時側に居るんだから、恐れているようなことはまず起きないだろう。

 

 ビスマルクの件はひとまず置いといて、佐世保幼稚園の子供たちを舞鶴に連れていき、交流を深める運動会に参加させるのは教育者として当たり前だと思う。

 

 子供たち同士で仲良くなることは微笑ましいし、運動会というイベントで切磋琢磨するのは、身体的にも教育的にも非常に有効であるだろうからね。

 

 だから俺は、今回の辞令と運動会の開催に至って、なにも問題はないと思っていた。

 

 そりゃあ、多少の不安材料がないとは言えないけれど、それはいつものことだから……と、安易に考えている部分があったんだよね。

 

「それでは今回の辞令と、舞鶴へ子供たちを随伴させて運動会に参加させる点については……問題ないですね?」

 

「そう……ですね。

 少しばかり気になることはありますけど、おおむね問題はないかと思います」

 

「……ま、まぁ、心配し過ぎなのはよろしくありませんからね」

 

「ええ。ですが、思い過ごしであって欲しいという気も……」

 

「は、はは……、ははははは……」

 

 乾いた声で笑い声をあげる安西提督だが、目が完全に笑ってないです。

 

 うむむ、マジで心配になってきたんだけど、大丈夫だよな……?

 

「と、ともあれ、出発は2日後の朝になりますので、準備をしっかりとしておいて下さい」

 

「分かりました。それまでにビスマルクの方もなんとかなれば良いんですけど……」

 

 俺はそう言って、ビスマルクの方を見てみたんだが、

 

「……そうね。そうすれば……だから……。ふふ……、ふふふふふ……」

 

 にやけた表情を浮かべながらブツブツと呟いているんだけど、無茶苦茶不安になってきたんですが。

 

「な、なんとか、頑張ってみます……」

 

「え、ええ……。よろしくお願いしますね……」

 

 俺と安西提督は2人揃って大きなため息を吐き、疲れきった表情を浮かべてしまった。

 

「今度こそ……、今度こそヤツにほえ面を……。うふふふふ……」

 

 なんだか恐ろしい呟きをしているビスマルクに対して、俺がもっと注意をしていれば……と後悔するのは、ずいぶん後のことだったんだけどね。

 




次回予告

 ビスマルクの反応があまりにヤバいと感じた主人公だが、いつものパターンで一緒に食事へ行くことになった。
そこでの会話で誤解が生じ、更には別の艦娘もが加わって……。

 ええ、いつものことなんですが(泣


 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その3「巻き込まれるのはいつものこと」


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その3「巻き込まれるのはいつものこと」

 ビスマルクの反応があまりにヤバいと感じた主人公だが、いつものパターンで一緒に食事へ行くことになった。
そこでの会話で誤解が生じ、更には別の艦娘もが加わって……。

 ええ、いつものことなんですが(泣



 

 安西提督との話しを終えた俺とビスマルクは、お決まりのパターンで食堂に行き、食事を取ることにした。

 

「んぐ……、んぐ……、んぐ……」

 

「……おいおい、飲み過ぎじゃないのか?」

 

「ぷはー……って、なによ。私がビールをいっぱい飲んだからって、あなたに問題が起きるとでも言うのかしら?」

 

「……自覚、ないのかよ」

 

 ボソリと呟いた俺だが、ビスマルクは全く気にしていないのか聞こえていないのか、すでに次のグラスを空けにかかっている。

 

 過去にビスマルクが酔った回数は数知れずで、その度に介抱するのは俺なのだ。しかも性質が悪いことに、酔いがまわったビスマルクは滅茶苦茶絡んでくるので、対応する身にもなって欲しい。

 

「このビールは前哨祝いなのよ! まずはしっかりと勢いをつけて、英気を養わないといけないわ!」

 

「前哨祝いって……、いったいなんのだよ?」

 

「それはもちろん……、う、運動会に決まっているじゃない」

 

 ビスマルクはそう言ってからグラスを持ち上げてビールを全て飲み干し、追加の注文を大声で叫んでいた――のだが、どうして俺から微妙に視線を逸らしたんだろう。

 

 安西提督と話していたときも、なにやらぶつぶつと呟いていたし……、かなり怪しい気がするんだよなぁ。

 

「ビスマルク。ちょっと良いか?」

 

「あら、なにかしら。急に改まったりして」

 

「悪いんだけど、俺の顔をちゃんと見て話しをしてくれないか?」

 

「え……?」

 

 急に驚く声をあげたビスマルクは目をパチパチとさせ、辺りを見回した後に俺の方へと視線を向けた。

 

 その顔はもの凄く嬉しそうな笑顔で、ほんのりと頬か赤らんでいるんだが。

 

 あと、ついでに付近の視線もなぜか俺へと向けられている。しまいには「ヒューヒュー」だの、「遂に告白かっ! 告白なのかっ!?」という声があがって……、

 

「い、いいい、いつでもOKよっ!

 私の心は準備万端なんだかりゃっ!」

 

 いや、思いっきり噛んでますよ、ビスマルクさんや。

 

 うん、ちなみになんだ。

 

 ……なんでこんな雰囲気になってんの?

 

「え、えっと、なにやら誤解が生じまくっているみたいなんだが……、告白なんかしないからね?」

 

「な、なんですって……っ!?」

 

 打ちひしがれたように驚愕の表情を浮かべたビスマルクが椅子から転げ落ちそうになるが、必死で堪えながら大きく口を開いた。

 

「き、期待させまくっておいて、どういうことなのよっ!」

 

「……いやいや、期待もなにも、ちょっとこっち向けって言っただけだからさ」

 

「そんな台詞をいきなり言ったら、告白してくれると思うのが当り前じゃない!」

 

「なんでそうなるのか分からないんだが、そもそもなんで俺から視線を逸らしたんだ?」

 

「そ、それは……、その……」

 

 俺の指摘はビスマルクにとって痛かったらしく、非常に気不味い表情を浮かべながら目をうろたえさせている。

 

 やはりなにかを隠しているようなので、ここはチャンスと踏んだ俺は畳み掛けようとしたのだが、

 

「「ちょっと待ったーーーっ!」」

 

「……へ?」

 

 食堂内に響き渡る2つの声が辺りを更にざわつかせ、俺の脳裏に嫌な予感がよぎりまくった。

 

 これは……、またしても不幸が舞い降りそうな臭いがプンプンするぜぇ……。

 

 ……って、余裕をこいている場合じゃないんだが、そうこうしている間に声の主がこちらの方へとやってきて、

 

「なんや聞き捨てならへんことになってるみたいやけど、ウチを忘れて貰ったらあかんでぇっ!」

 

「そ、その通りだぜ! 勝手に話を進めるなんて、いくらなんでもあんまりだっ!」

 

 2人揃って机をバンバンと叩いてきたのは、独特のフラット軽空母である龍驤と、対照的なシルエットの摩耶だった。

 

 ……いや、つーか、なんでいきなり怒られてんのかな、俺。

 

「あなたたちに聞きたいのだけれど、いきなり乗り込んできてこんなことをするなんて、どういうつもりかしら?」

 

「どうもこうもあらへんわ。安全牌やと思われていたはずが、いつの間にやら告白タイムって、さすがに見逃せる訳もあらへんやろ?」

 

「へぇ……。つまり、私に喧嘩を売ってるってことで良いのよね?」

 

「それはこっちの台詞だぜ。ただでさえ恵まれている環境なのに、こうまでやりたいようにされちまったら、許せないよなぁ」

 

 俺を挟んで両隣に立つ龍驤と摩耶。そして対面で座っていたビスマルクが立ち上がって、ガン飛ばしモードになっているんですが。

 

 完全にメンチ切ってます。阿修羅とか羅刹だとか、そんなやつです。

 

 そしてここから逃げ出そうなんて、言いだせないレベルなんですよぉ。

 

「自分の立場というモノを、しっかりと教えてあげなければいけないのかしら」

 

「ほぉ……。なんや、今すぐここでやろうって言うんか?」

 

「喧嘩上等……、あたし相手に無傷で立ってようだなんて、思わないことだぜ!」

 

 更にヒートアップしてきた3人が、今にも殴りかかってもおかしくない状態に……っ!

 

 誰か、たーすーけーてーーーっ!

 

 ――と、心の中で叫んでみても、周りに居る作業員や艦娘たちは遠巻きに観察しているどころか「よし、そこだ。やっちまえっ!」ってな感じで煽っていて、洒落にならないんですが。

 

 こうなったら止められるのは俺しか居ない。明後日には舞鶴に帰る予定なのに、問題を起こして延期なんてしたくはないのだ。

 

「ちょっ、ちょっと3人とも!

 食堂で暴れるのは周りに迷惑がかかるだろっ!」

 

「あなたが心配してくれるのはありがたいけど、さすがにここまで言われては引けないわ」

 

「なにを勘違いしてるんや?

 先生が心配してくれたんはウチのことやで」

 

「いやいや、残念だけどそうじゃないぜ。どう考えても、あたししか居ないだろ」

 

「ハンッ! 頭の中が沸いちゃうだなんて、可哀想なモノね」

 

「なにを言うてんねん。毎日がお花畑な頭をしよってからに」

 

「……言って良いことと悪いことの区別もつかないのかしら?」

 

 ギロリと目を向けたビスマルクだが、龍驤も肝が据わっているのか微動だにしない。

 

 ――と思っていたら、涙目を浮かばせながら身体中が小刻みに震えているみたいなんですけど。

 

「な、なん、なんやねん。別にそんな顔したって、こ、ここ、怖くなんかあらへんでっ!」

 

 いやいや、ガチでちびっちゃいそうな感じですよ。

 

 そりゃあ、戦艦に面と向かって対抗するのは、さすがに怖いってもんですよねー。

 

 ――って、そんなことを考えている場合じゃないんですけど。

 

「と、ともあれ、ビスマルクの好きなようにさせる訳には……」

 

「だ、だからちょっと待てって!

 こんな場所で喧嘩なんかしたら、どう考えても始末書だけじゃ済まなくなるから、落ち着いてくれよっ!」

 

 摩耶の言葉を遮った俺は、テーブルを強く叩いて3人の意識を向けさせながら大きな声を放つ。

 

 ぶっちゃけて本気で怖いんだけど、ここで俺が引いちゃったら本当にヤバイことになりそうなので、勇気を出さなければならないのだ。

 

「なにが原因なのかさっぱりなんだが、とにかく揉めごとは勘弁してくれ!

 同じ鎮守府の艦娘なんだし、仲良くするのが当たり前だろ!」

 

 言って、俺は3人の顔を見たんだけれど、

 

「「「………………」」」

 

 え、なんですか、その目は。

 

 大きく見開いて、完全に固まっているみたいなんですが。

 

 お、俺……、変なことを言いましたっけ……?

 

「「「「「はぁ……」」」」」

 

 そして、3人どころか周りのギャラリーからも一斉に大きなため息がこぼれたんですが、一体全体、どういうことだってばよっ!?

 

「こ、ここまであなたがダメ男だったとは……、思わなかったわ……」

 

「完全に……、唐変木ってヤツやな……」

 

 更に今度は白い目で見られるって……、マジで俺、悪いことをしちゃったみたいじゃん!

 

「ま、まぁ、あたしはそれでも良いんだけど……よ……」

 

 そう言う摩耶だけど、完全に視線は逸らしちゃってるからねっ!

 

 なんなのこの雰囲気はっ! 全くもって意味が分かんないよっ!

 

「うわー……、最低にもほどがあるよねー……」

 

「これが俗に言う、スケコマシという奴だよなー……」

 

「女性の……、いや、全人類と艦娘の敵でござるな……」

 

 ギャラリーからも、言われたい放題なんですけど……。

 

 ま、周りからの視線が……、痛過ぎる……っ。

 

 今すぐここから逃げ出してぇぇぇっ!

 

「……とは言え、喧嘩を売られたからには受けなければいけないわね」

 

 ――と、話をぶり返すように、ビスマルクが龍驤と摩耶の顔を見る。

 

「だ、だから、喧嘩は……」

 

「ええ、あなたの心配してくれる気持ちは充分にありがたいけれど、さすがに我慢の限界なの」

 

「え、えっと……、どういうこと……なんだ?」

 

「私が何度も言ったことを完全に無視する気なら、少々手荒な事をしてでも思い知らせなければならないってことよ」

 

 そう言ったビスマルクは、少しだけ身を屈めて、

 

 ふわりとジャンプをしたと思った瞬間、俺の後ろに立っていた。

 

「……えっ!?」

 

 そしてガッチリと俺の首を脇で締め、逃げられないようにホールドされてしまう。

 

「これで逃げられないわね」

 

「ちょっ、び、ビスマルクっ!?」

 

「い、いきなりなにすんねんっ! さっさとその手を離しいやっ!」

 

「そ、そうだぜ! 羨ましいったらありゃしねぇぞっ!」

 

 両側から憤怒する2人の声が耳に響くが、ビスマルクは俺の身体を抑えつけたまま、

 

「……黙りなさい」

 

 ――と、一言呟いた途端、辺りが静寂に包まれた。

 

 こ、怖い……。ガチ切れビスマルク、マジで怖ぇぇぇ……っ!

 

「あなたたちからの喧嘩もちゃんと買ってあげる方法を、提示してあげるわ」

 

「そ、それはどういうことなん……?」

 

 顔面が蒼白寸前の龍驤だけど、なんとか聞き返すことはできるようだ。

 

 ちなみに俺の方は洒落にならないくらいビスマルクが締め付けてきて、首がマジで痛いんですけど……、

 

 

 

 ぷに……、ぷよぷよ……、むにゅう……。

 

 

 

 頬に当たる柔らかい感触が凄過ぎて、色んな意味でヤバいんですがぁぁぁっ!

 

「それはとっても簡単なことよ。暴れない方法で喧嘩を買い、先生に仕返し……じゃなくて、思い知らせることと言えば……」

 

 ……おい。

 

 今、仕返しって言いかけなかったか?

 

 ――と、考えるよりも、首が締まり過ぎて大変な……ことに……。

 

 こ、このままだと……、マジで落ちそう……なん……ですが……。

 

 あと、柔らかい感触が……マジで天国なんで……、昇天といっても過言では……な……い……。

 

「お、おい。先生の顔が青くなって……ないか?」

 

「あら、ちょっと締め過ぎちゃったかしら?」

 

 言って、ビスマルクが腕を解いてくれた途端、肺に息を取り込むことができた俺は咽ながらも呼吸をする。

 

「げほ……っ、ごほっ……。はぁ……、はぁ……、やば……かった……」

 

「だ、大丈夫かよ、先生……?」

 

「あ、ああ。ありがと……」

 

 背中をさすってくれた摩耶に感謝をしつつ、俺はビスマルクの顔を見る。

 

「私の胸部装甲はどうだったかしら?」

 

「確信犯かよっ!」

 

 最高でした――とは言えないので、本場のツッコミを入れつつ怒った振りをする。

 

 そうじゃないと、今度は龍驤の視線が痛いからね……。

 

「……それで、さっさとその方法とやらを説明してくれへんかな」

 

 うん。ガチでメンチ切ってる。

 

 さっきのビビり具合が嘘のように、マジ切れモードな龍驤です。

 

「ああ、そうだったわね。

 この方法は非常に合理的で、この場にふさわしいモノよ」

 

「……ちょっと待て。ビスマルクが言おうとしていることは、嫌な予感しかしないんだが」

 

「それは……、あながち間違ってもいないわね」

 

「否定しろよっ!」

 

 大きな声をあげて怒る俺を見ながら、ビスマルクはクスリと笑う。

 

 これは、間違いない。

 

 完全に……、リベンジを狙ってやがる……っ!

 

「なんだかよく分かんないんだけど、説明してくれないか?」

 

「なあに、簡単なことよ。

 今からこの4人で、飲み勝負を行うだけだから」

 

 ですよねー。

 

 そして、その後の始末をさせられるんですよねー。

 

「なるほどなぁ……。ここで暴れられへんなら、その手しかないわなぁ……」

 

 ニヤリと笑みを浮かべる龍驤だけど、そんなにお酒が強いんだろうか?

 

 そもそも飲んで良い年齢には見えないんだけど、憲兵さんとか来ないよね?

 

「……なんや言いたいことがありそうな目をしてるけど、喧嘩売ってるん?」

 

「売ってないんでメンチ切るのは止めてほしいんですが」

 

「そっかそっか。ならかまへんねんけどなー」

 

 頷く龍驤だが、目は完全に笑っていない。

 

 こいつ……、既にやる気モードとなってやがる……っ!

 

「飲み勝負ならあたしも負けてられないぜっ!」

 

 そして摩耶も同じように張り切っているし、これは完全に止められないやつだ。

 

「それじゃあ意見もまとまったところで、注文をしないといけないわね」

 

「い、いや……、俺はやると言って……」

 

「まさか逃げるなんて言わないわよね?」

 

「だ、だから、俺は……」

 

「せやせや。ここで逃げたら関西人の恥やで?」

 

「は、恥でも良いんで逃げさせて……」

 

「つべこべ言うのなら、さっきのにやけていた顔の写真を舞鶴に送っちまっても良いんだぜ?」

 

「やらせていただきますっ! さぁ、どこからでもかかってこいっ!」

 

 こんちくしょうっ!

 

 そんなこと言われたら引けないじゃんかよぉぉォッ!

 

「さて、それじゃあ開始しようかしらっ!」

 

「どっからでもかかってきいやっ!」

 

「完全に全員を潰してやるからなぁっ!」

 

「やけくそだよ、うわぁぁぁぁぁんっ!」

 

 ――とまぁ、まさかまさかの第二回飲み勝負が始まってしまったのである。

 

 

 

 どうしてこうなったんだよ……、マジで……。

 




次回予告

 第二回飲み勝負……が終わった翌日、主人公はいつものように幼稚園で仕事をこなす。
ちなみにビスマルクはと言うと……、うん、察して下さい(泣

 しかし、それらを知らない子供たちは、ビスマルクが居ないことを主人公に聞くのだが……。 


 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その4「いつの間にやらトップ記事?」


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その4「いつの間にやらトップ記事?」


 第二回飲み勝負……が終わった翌日、主人公はいつものように幼稚園で仕事をこなす。
ちなみにビスマルクはと言うと……、うん、察して下さい(泣

 しかし、それらを知らない子供たちは、ビスマルクが居ないことを主人公に聞くのだが……。 


 

 翌日。

 

 俺は幼稚園の朝礼を行う為、いつもと同じように起きてスタッフルームに入り、戦闘服であるエプロン姿に着替えてから遊戯室へと向かった。

 

 開始の合図であるチャイムが鳴り響く5分前には子供たちの姿を確認でき、俺はニッコリと笑みを浮かべながら迎い入れる。

 

 そして朝礼の時間となり、大きな声で挨拶をする。

 

「みんな、おはようございます」

 

「「「おはようございまーす(ですって)!」」」

 

「今日も良い天気ですが、少し気温が低いので風邪をひかないようにしましょう」

 

「「「はーい(ですって)!」」」

 

「そして急きょ決まったことなんだけど、明日から……」

 

「先生、その前にちょっと良いですか?」

 

 手を上げながら俺の言葉を遮ったのは、子供たちの中でも一番背が高く大人びているプリンツだ。その表情は少し不安げで、視線をキョロキョロとさせている。

 

「ん、どうしたんだ、プリンツ?」

 

「ビスマルク姉さまの姿が見えないなぁ……と、思いまして」

 

「あ、あぁ。それなんだけど……」

 

 俺はどう説明したら良いかと、言葉を頭の中で選ぶ。

 

 しかし、それよりも早くプリンツの隣に立っていたレーベが、ため息交じりで話しかけてきた。

 

「どうせビスマルクのことだから、いつもの寝坊とかじゃないのかな?」

 

「で、でも、ここ最近寝坊は少なかったし……」

 

「少なかった……と言っても、2,3日に1度が1週間に変わっただけじゃないかしら」

 

「そ、それは……そうだけど……」

 

 マックスにまで突っ込まれては分が悪いと思ったのか、プリンツはしょげた感じで俯いた。

 

 実際のところはそうではないのだけれど、ある意味寝坊としておいた方が良いのかもしれない。だがその場合、少しばかり問題が出てくるのでどうしたものだろうか……。

 

「あー、いや。ビスマルクは寝坊したから朝礼に出てないって訳じゃないんだけど……」

 

「そ、そうなんですかっ!?」

 

 俺の言葉を聞いて、プリンツは目をキラキラさせながら顔を上げた。

 

 そんなに期待をされては困るのだが、理由が理由なだけに非常に伝え難い。

 

「実は……だな、ビスマルクは少し体調を崩したので、今日は1日休むことに……」

 

 なので、俺は当たり障りのない言葉を選んで、みんなに話したんだけれど、

 

「……っ!?

 そ、それは本当なんですか、先生っ!」

 

「ま、まさか、そんなことがっ!?」

 

「あ、有り得ない……。有り得ないわ……」

 

 ……と、プリンツ、レーベ、マックスが驚いた顔で俺に詰め寄ってきた。

 

「え、い、いや、その……」

 

 いきなり過ぎてビックリしてしまった俺はしどろもどろになり、良い言葉を頭に浮かばせられない。

 

 そもそも、どうしてこんなにみんなは驚いているんだ?

 

「ビスマルクが体調を崩すなんて、どれくらいぶりですって!」

 

 そう言ったろーは、まるで某絵画の叫びのようなポーズで膝をついていた……って、そこまで言われちゃうレベルなの?

 

「あのビスマルク姉さまが不調になるなんて、それこそ1年や2年に1回じゃありませんっ!」

 

「僕の知る限りだと、1度もなかったんじゃないかな……?」

 

「それこそ天変地異が起きてもおかしくないわ……」

 

 あ、あるぇー……?

 

 俺ってば、完全に言葉を間違えちゃったのかなー……?

 

 2日酔いも体調不良な訳だし、間違ってはいないと思うんだけどー……。

 

「佐世保鎮守府の危機、ですって!」

 

 ちょっ、どこからそんな考えになるんだよっ!

 

「いやいやいや、大丈夫っ!

 ビスマルクは大丈夫だから心配しないでっ!」

 

 俺は慌ててみんなの顔を見ながら大きな声をあげて落ち着かせようとしたんだけれど、

 

「……先生。今、この佐世保に起きていることは、安直に考えてはいけないことなんだ」

 

「そ、そうですよっ!

 下手をしたらここだけじゃなく、世界が滅んじゃうかもしれないんですっ!」

 

「今からシェルターを作って引き籠ろうと考えても、助かることができるなんて思わない方が良いわ……」

 

「遂にハルマゲドンがきてしまったですって!」

 

 だからどうしてそんな大層な考えになっちゃうのーーーっ!?

 

 ちなみにハルマゲドンって世界最終戦争のことだから、ビスマルクが体調を崩しただけで起こったらダメなやつだからねっ!

 

「こ、こうしてはいられない……。僕たちがどうにかして、ビスマルクを止めないと……」

 

「……そうね。ビスマルクが暴走してしまう前に身柄を押さえないと」

 

「うぅぅ……。世界のためとは言え、ビスマルク姉さまに手をあげることになるなんて……」

 

 真剣な表情を浮かべるレーベとマックス。そして泣きながら肩を落とすプリンツ……って、どうしてこうなった。

 

「こうなったらろーは、酸素魚雷で一網打尽にしますって!」

 

 鼻息を荒くしながらテンションを上げるろーを見て、俺はもうダメだと思いながら正確な情報を伝えることにする。

 

 それでこの場が収まるのなら、致し方ない。

 

 ……と言うか、そもそも飲み勝負を吹っ掛けた挙句、真っ先にぶっ倒れたビスマルクが悪いのだ。

 

 だから俺は悪くはない。善処はしたし、こうなってしまった以上仕方がないだろう?

 

「ビ、ビスマルクはただの2日酔いだから、みんなが思っているようなことはないか……」

 

「「「……えっ!?」」」

 

 ………………。

 

 いや、どうしてそんなに驚くんですかね?

 

 ハルマゲドンとか言っているとき以上なんですけど。

 

 それはもう、半端なく目を見開いちゃっているんですけど。

 

「ビ、ビスマルク……姉さまが……、2日酔い……っ!?」

 

「あ、あぁ……。昨日食堂で飲み勝負があって……、潰れちゃったんだよね……」

 

 既に限界だった俺は誤魔化そうとせず、ありのままを伝える。

 

「の、飲み勝負って……、誰と……かな……?」

 

「龍驤と摩耶……だけど……」

 

「そ、その3人で勝負をして、ビスマルクが負けたと言うの……?」

 

「あー……、いや、俺も含めて4人……なんだが……」

 

「先生も、勝負したんですか……?」

 

「う、うん。そうだけど……」

 

 子供たちの質問に返していくうちに、なんだか変な感じになってきたんですが。

 

 レーベとマックスが身体を小刻みに震わせているし、プリンツとろーはヒソヒソ話しをしているみたいだし……。

 

 でも俺、一切嘘は言ってないよね……?

 

「せ、先生はさっき、ビスマルク姉さまが潰れた……って、言ってましたよね?」

 

「あぁ。確かにそう言ったけど……」

 

「と言うことは、龍驤お姉さんか摩耶お姉さんが勝負に勝ったんですか?」

 

「いや、その2人もビスマルクが潰れた後にダウンしちゃったかな」

 

「「「えっ!?」」」

 

 だから、どうしてそこまで驚くのかなー……。

 

「つ、つまり、先生は……その、飲み勝負に勝ったってことなのかな……?」

 

「そう……なるけど……」

 

 レーベの問いに俺はコクリと頷いて返事をすると、子供たちは揃った足で後ずさった。

 

「せ、先生。私たちを落ち着かせようとする為だとは言え、嘘をつくのはあまり良くないわ……」

 

「いや、別に嘘は言ってないんだけど……」

 

「いやいや、いくらなんでも有り得ないよ。ビスマルクに飲み勝負で勝てるなんて、人間である先生ができるはずはないんだから」

 

「そうですって!

 ビスマルクは祖国で知らない人は居ないほど、酒豪で有名なんですって!」

 

「そ、そうは言われても、嘘はついてないんだけどなぁ……」

 

 後頭部をポリポリと掻きながら、どうして良いものかと考える俺。

 

 あと、ついでにだけど、どうしてビスマルクはそんなことになっちゃってるんだ?

 

 艦娘として有能だと言われるならともかく、酒豪で有名って……ある意味恥ずかしい気がするぞ……。

 

 居ないところで無茶苦茶なことを言われてしまうなんて、まさに日頃の行いがなんとやらだ。

 

 まぁ、ビスマルクだから仕方がないのかもしれないけど。

 

「そんなに信じられないって言うんだったら、昨日の夜に食堂に居た艦娘や人たちに聞いてみたらどうだ?

 勝負をしていたときのギャラリーは多かったし、すぐに見つかると思うぞ?」

 

「……ほ、本当に、先生が勝ったって……言うんですか?」

 

「あっ、ついでに言っとくと、今回で2連勝になるかな」

 

「「「ええええええっ!?」」」

 

 今日1番の大声を上げる子供たち。

 

 ………………。

 

 い、今のはもしかして、失言だったりするんだろうか。

 

「せ、先生がビスマルクと飲み勝負をしたのは、昨日が初めてじゃないと言うの……っ!?」

 

「し、しかも、2回連続で勝ったってことだよね……っ!?」

 

「う、うん……」

 

「ジーーーーーーーーザスッ! ですってっ!」

 

 両手で頭を抱えてながら跪くろーが大声を上げる……って、そんなポーズを取らなきゃならないことなのかっ!?

 

 つーか、さっきから驚き過ぎだろっ! わざとやってるんじゃないのっ!?

 

「有り得ない……。ビスマルク姉さまが飲み勝負で2回も負けるだなんて……」

 

「これは事件よ……。事件は食堂で起きていたのよ……」

 

「僕たちはこれから、先生の見る目を変えなければならないね……」

 

「明日の新聞一面は、確実に先生ですって!」

 

 団地の公園なんかで行われる、おばちゃんたちの井戸端会議の如く、子供たちは円を作って話し合いをし、

 

「な、なんでそんなことになっちゃうんだ……?」

 

 俺の言葉は完全に……届いていなかった。

 

 

 

 それから10分ほどの話しあいの後、子供たちからひたすら質問攻めを受けた俺は疲労困憊となり、朝礼どころか1日のスケジュールを崩してしまうことになったので、全てビスマルクのせいだと決めつけることにした。

 

 

 

 なお、昨日の飲み勝負の結果についてだが、

 

 ビスマルクがビールを50杯飲んだところでぶっ倒れ、続けて53杯目で龍驤、56杯目で摩耶が降参した。

 

 舞鶴での飲み勝負より少ないと思うかもしれないが、今回はジョッキサイズの為、明らかに量は多かった。

 

 さすがの俺もダメ……と言うより、お腹がタプタプになってしまって、動くのが辛かったんだよね。

 

 ちなみにお勘定は真っ先にダウンしたビスマルクに請求書が行くらしいので、ごちそうさまと書いたメモを渡しておいたけど。

 

 まぁ、暫くは飲み勝負は避けておいた方が身のためだと思う、1日だったということである。

 

 

 

 ……そもそも、巻き込まれただけなんですけどね。

 




次回予告

 それから子供たちの質問攻めにあったものの、舞鶴で行われる運動会のことを知らせて準備をさせることにした。
肝心の帰還について、子供たちに切りだせない主人公だがったのだが、ひょんなことからツッコミを受けて……。


 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その5「一致団結……しちゃいました」


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その5「一致団結……しちゃいました」


 それから子供たちの質問攻めにあったものの、舞鶴で行われる運動会のことを知らせて準備をさせることにした。
肝心の帰還について、子供たちに切りだせない主人公だがったのだが、ひょんなことからツッコミを受けて……。


 

 あれから色々と大変だったが、子供たちに舞鶴で合同の運動会が行われることを伝え、今日のスケジュールを大幅に変更して明日の準備に取り掛かることにした。

 

 運動会自体は1日で終わるものの、実際に開催されるのは2日後である。しかし、佐世保から舞鶴までの移動に半日を要する為、明日の朝から出発して夕方くらいに到着し、向こうで1泊するとなると、帰りのことも考えれば3日間を要することとなる。

 

 俺はそのまま舞鶴に帰還となるが、子供たちはそうではない。着替えなどの必要なモノをきっちりと揃えておかないと、いざとなったときに慌てる羽目になってしまう。

 

 いくら舞鶴に幼稚園があると言っても、全て融通をきかせられるとは限らないし、それらをちゃんとやってこそ教育者である。

 

 本来ならばビスマルクの現状を知る為に様子を見ておきたかったのだが、2日酔いの為にダウンとなると……、やっぱりまだ独り立ちは難しいのだろうか。

 

 それと、ここにいる子供たちに、俺が舞鶴に帰ると言うことをまだ伝えられていないのだが、どのタイミングで切り出せば良いかで迷っているのだ。

 

 正直に言って、別れるのが辛い。

 

 しかし、あくまで俺はビスマルクのサポートとして佐世保にやってきたのだから、いつかは別れのときが来るのは分かっていたはずだ。

 

 だが、そうだとしても、やっぱり辛いモノは辛い。

 

 考えただけで涙が出てきそうになるし、胸の奥が締め付けられるような気持ちになる。

 

 だけど、それを子供たちに悟られないように……と思っていたのだが、

 

「先生……、どうかしたんですって?」

 

 リュックサックに荷物を詰めるように指示をして様子をうかがっていた俺に、ろーが話しかけてきた。

 

「ん、あ、いやいや。なんでもないよ?」

 

「そうなんです……か?

 なんだか悲しそうな顔をしていたみたい……ですって」

 

 そう言って、ろーは俺の目を覗きこむように見上げてきた。

 

 ろーのオーシャンブルーの瞳が俺の心を見透かすかのように見え、思わず目を逸らしてしまう。

 

「……どうして、ろーから目を離したんですか?」

 

「うっ……、そ、それは……、その……」

 

 どう答えて良いものか戸惑う俺。

 

「……どうかしたのかな?」

 

「レーベ、先生がなんだか変なんですって」

 

「先生が……変?」

 

 そうこうしているうちにレーベが近づいてきてろーと話し、いつの間にやら子供たち全員が俺の顔を見つめていた。

 

「べ、別に俺は……、変なんかじゃないぞ?」

 

「そのわりには、額に汗をかいているよね?」

 

「いやー、この部屋暑いなー。ちょっと暖房の温度落とした方が良いかもなー」

 

「私は適温だと思うわよ。ねぇ、レーベ?」

 

「そうだね。暑くもなく寒くもなく……って感じだよね」

 

「そ、そうか……?」

 

 コクコクと頷くレーベとマックスに、怪しむ顔でずっと俺の顔を見るろー。そしてプリンツはと言うと……、

 

「あれ、この紙ってなんですかー?」

 

 俺のリュックサックを、見事なまでに開けていた。

 

「ちょっ、プリンツ!?」

 

「えーっと、なになに……って、えええええっ!?」

 

 驚きながら大きな声をあげたプリンツの手には、昨日安西提督から受け取った辞令書がしっかりと握られていて、

 

「ど、どうしたのかな、プリンツ?」

 

「そんなに驚くなんて、きっと重大なことが書かれているんだわ」

 

「なんて書いてあるんですか?」

 

 他の子供たちが、すかさずその紙を覗きこもうと近づいて行く。

 

「ストップ! ストーーーップッ!」

 

 俺は慌ててプリンツから辞令書を取り返そうと駈け出したが、とき既に遅しであり、

 

「せ、先生が……、先生が舞鶴に帰っちゃうっ!」

 

「「「えええええっ!?」」」

 

 呆気なく、子供たち全員が内容を知ってしまったのであった。

 

 

 

 

 

「い、いったいどういうことなのかな……、先生?」

 

 ゆっくりと歩きながら、レーベが俺に問う。

 

 その足取りはフラフラと危なっかしく、今にも倒れそうな気配がする。

 

 目の光が失われ、その姿はまるで虐待を受けた後のような状態で……って、どうしてこんなことになっているんだっ!?

 

「い、いやいや、それ以前にレーベの方が心配なんだけど……」

 

「僕のことなんかどうでも良いんだよ……。それより、プリンツが持っている紙のことについて、ハッキリさせて欲しいんだ……」

 

 ゆらり……、ゆらり……と、1歩ずつ近づいてくるレーベが、なんだかゲームで登場するゾンビのように見えて、マジで怖いんですが。

 

「さあ、早く答えてよ先生……。どうしてこんなことになっているのかな……?」

 

「そ、それは……だな」

 

 こうなってしまった以上、誤魔化す訳にもいかないのだが、いかんせんレーベの動きが気になってしまい、上手く口が動かせない。

 

「……もしかして、僕たちが嫌いになったから舞鶴に帰ろうとしているの……?」

 

「いや、そんなことはないんだけど……っ!?」

 

 それは違う――と言おうと思った瞬間、レーベの後ろから同じように近づいてくるマックスにプリンツの姿が目に映り、息を飲んでしまった。

 

「どういうことなの……、先生……?」

 

「私たちを置いて逃げようだなんて……、許さないですよ……?」

 

「ちょっ、誰も逃げるだなんて言ってないよっ!?」

 

 両手を前に出して向かってくる姿は完全にゾンビのソレであり、更に俯き気味の顔が恐怖を一層引き立たせている。

 

 これで目が赤く光っていたら、完璧に漏らしちゃうコースだ。いくら大人だからと言っても、この恐怖感はマジパナイ。

 

「……どうしてみんな、こんな格好で歩いているんですって?」

 

 そんな中で、ろーだけはいつも通りなんだけど、今の状況を全く理解してないのはどういうことなんだろう。

 

「え、えっと、ろーちゃんも同じようにやったら良いんですか?」

 

「いや、むしろみんなを止めてくれると嬉しいかなっ!」

 

 大きな声でお願いをしたのだが、ろーは俺と3人の子供たちを何度も見比べた後、なぜか辞令書を手に持った。

 

「辞令……って、良く分からないですけど、先生は舞鶴に帰るんですよね?」

 

「そ、そうなんだけど、今はそんなことを言っている場合じゃ……」

 

 そうこうしている間に、レーベたちの威圧感から部屋の隅に追いやられた俺はどうすることもできず、完全に逃げ場をなくしている。

 

 ゆっくりと近づいてくるレーベ、マックス、プリンツ。

 

 その目は俺の姿を捉え、捕食するかのように手を伸ばす。

 

「た、たすけ……、助けてくれぇぇぇっ!」

 

 大声で叫んだところで3人の動きは止まることはなく、もうダメだ……と思いかけた瞬間、

 

「でもそれって、前から決まっていたことなんですよね?」

 

 ろーが放ったその言葉に、部屋の空気が固まったような気がした。

 

 気づけば3人は足を止め、手をゆっくりと下ろしている。

 

 そして一様に俯いた顔。

 

 その瞳には、大粒の涙がにじみ出ていた。

 

「うっく……、ひっく……」

 

 レーベが肩を震わせ、すすり泣く。

 

「分かっては、いたんだけれど……、やっぱり悲しいわね……」

 

 視線を逸らして呟くマックスの頬に、一筋の涙の痕が見える。

 

「……っ、……っ!」

 

 プリンツは声を殺し、両方の手をギュッと握りながら、ボロボロと涙をこぼしていた。

 

「………………」

 

 そんな3人の姿が、あまりにもいたたまれなくて、

 

 こぼれる涙を見るのが辛過ぎて、

 

 俺は視線を逸らしたくなってしまう。

 

 でも――、そうであっても、

 

 これは、はじめから決まっていたこと。

 

 俺が佐世保にきたのは、あくまで一時的であって、

 

 ビスマルクが独り立ちできれば、俺の役目は終了だと思っていたのに、

 

 辞令が届いた時点で、それはまだ不完全かもしれなくて、

 

 それでも俺は、従わなければならない。

 

 佐世保には、4人の子供たちが。

 

 舞鶴には、もっと多くの子供たちが居る。

 

 そのどちらも、最初のうちは上手くいかなかったこともあった。

 

 それでも、いつしか仲良くなることができ、

 

 気づけば頼り、頼られ、離れたくない存在になっていた。

 

 目の前にいるレーベ、マックス、プリンツが取った行動の意味は、痛いほどよく分かる。

 

 色んな意味で危なっかしい点もあるが、それは舞鶴の子供たちと変わらないはずだろう。

 

 ――だけど、俺はどちらかしか選べない。

 

 いや、選べるのは決まっている。

 

 辞令が届いた以上、それに従わなければならないのだ。

 

 元々俺は舞鶴鎮守府に属しているのだから、元帥の命令をないがしろにすることはできない。

 

 そりゃあ、辞令を断ってクビになり、佐世保で雇ってもらうこともできなくはないのかもしれない。

 

 だけど、それをやってしまえば鎮守府同士の関係にヒビが入る可能性もあるだろうし、なにより舞鶴の子供たちと会えなくなってしまう。

 

 勝手な思い込みでなければ、俺の帰りを待ってくれている子や、仲間が居るはずなのだ。

 

 その期待を裏切ることなんて、俺にはできない。

 

 でも、そうだったら、なおさら――、

 

 佐世保の子供たちとは、どうすれば良いのだろう。

 

 少しだけ、お別れの時間だ――と、説得するべきなんだろうか。

 

 また、近いうちに遊びにくるからと、言いくるめるべきなんだろうか。

 

 それが最善の手。

 

 そうとしか、思えない――としても、

 

 やっぱり、別れるのが辛いのだ。

 

 だからこうして、子供たちは涙を浮かばせ、

 

 俺の目にも、熱い滴が浮き出ていた。

 

「ありがとな……」

 

 俺はニッコリと笑いながら言う。

 

 今生の分かれなんかじゃない。

 

 またいつか、会うことができるのだ――と。

 

「でも、すぐにこっちへ遊びにくるからさ……」

 

「本当……だね……?」

 

 レーベの問いに、俺はしっかりと頷いて「ああ……」と答える。

 

 マックスは小さく息を吐き、「これは仕方がないことだから……」と呟きつつ肩を落とす。

 

 未だ黙ったままのプリンツは俺の方を見ようともせず、ずっと俯いたまま拳を震わせ、

 

 そして――、小さな声が部屋に響く。

 

 

 

「でも、これから舞鶴へ運動会に行くんですよね?」

 

 

 

 首を傾げるろーだけど、完全に空気読んでないよね……?

 

 今はそういう雰囲気じゃないんだけど……って、あれ?

 

 なんか、部屋の空気がガラッと変わったような……?

 

「決めた……。決めましたっ!」

 

 いきなり顔を上げたプリンツが天井に向かって大きく叫び、俺に右手の人差し指を突き出した。

 

「運動会で舞鶴幼稚園をコテンパンにして、先生を奪い取りますっ!」

 

「………………は?」

 

 いや、なにを言っているんですか、プリンツは。

 

 運動会はそういうイベントじゃないし、そもそも俺を奪い取るって……無茶にもほどがあるよ?

 

「良く言ったわ、プリンツ!」

 

「………………へ?」

 

 そしてまたもや大きな声が響いたと思ったら、いつの間にか扉を開けてヅカヅカと部屋に入ってきたビスマルクが、プリンツと熱い握手を交わしていた。

 

 つーか、いつの間にビスマルクは復活したんだよっ!?

 

「そうよ、そうなのよっ!

 舞鶴の高雄や愛宕なんかに、先生を渡すもんですかっ!」

 

「……いやいやいや。一体全体、なに言っちゃってんの……?」

 

「なるほどね……。その手を使えば、先生を舞鶴から奪うことができるんだね、マックス」

 

「そうね……。私としたことが、こんな簡単なことを失念していたなんて……」

 

 そう言ったレーベとマックスの表情はみるみるうちに明るさを取り戻し、完全にキラキラ状態になっていた。

 

「だ、だから、人の話を聞いてくれないかな……」

 

「これで一件落着ですって!」

 

「全くもって解決してないし、そもそもそんな理由で舞鶴に行くんじゃないんだけどっ!?」

 

「前回の恨み……、いえ、前々回の演習の決着も、完璧につけてやるわっ!」

 

「不肖プリンツも、ビスマルク姉さまと一緒に戦いますっ!」

 

「僕も頑張るよっ!」

 

「私も、負けてはいられないわ」

 

「ろーちゃんも、頑張りますって!」

 

 俺を除いた全員が円陣を組み、「エイエイオー!」と大きな声で気合を入れる。

 

「なんで一致団結しちゃってるんだーーーっ!?」

 

 俺の叫びは完全に無視され、愕然としながら床に手と膝をついてへこむことになったのである。

 

 そう――、こんな感じに → OTZ

 

 

 

 久しぶりだよね、これ。

 




次回予告

 舞鶴へ帰還することがばれたと同時に、運動会で決着をつけると言いだした子供たち。
さすがにそれはヤバいと思った主人公は、移動中のうちになんとか説得を試みようと考えたのだが……。

 なんか、滅茶苦茶増えてませんか……?


 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その6「四面楚歌への歩み」


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その6「四面楚歌への歩み」


 舞鶴へ帰還することがばれたと同時に、運動会で決着をつけると言いだした子供たち。
さすがにそれはヤバいと思った主人公は、移動中のうちになんとか説得を試みようと考えたのだが……。

 なんか、滅茶苦茶増えてませんか……?


 

 出発の日の朝がやってきた。

 

 空は見事な快晴で、海鳥の鳴き声が聞こえている。

 

 ただ、それよりも大きな声があがりまくっているおかげで、全くもって風情はない。

 

「さぁ、あなたたち、準備はできているわよね!」

 

「「「ヤヴォール、ヘア ビスマルク!(はい、ビスマルク殿!)」」」

 

「今から私たちが向かうのは舞鶴鎮守府。そこは敵陣の本拠地だけど、私たちの力で全てをねじ伏せてやるのよ!」

 

「「「アインフェアシュタンデン!(了解!)」」」

 

 気温の方はやや低いけれど、目の前にいるビスマルクと子供たちの熱量は半端ではなく、気合充分といった感じである。

 

 問題なのは、みんなの意思が運動会で活躍しようだと思っていないことであり、俺にとっては非常に頭が痛い。

 

 やろうとしているのは、完全に舞鶴への殴り込み。しかも、俺の所有権を奪い取るとか言っちゃっているから、マジで洒落になっていない。

 

 そして更に厄介な風に見えるのは……、

 

「フッフッフッ……。こないだのお返しは、きーっちりやったるからなぁ……」

 

「今度こそ姉貴たちをギャフンと言わせて……、あたしが勝ち取ってやるぜ……っ!」

 

 気合……どころか、どこかの事務所に所属し、カチコミに向かう寸前の顔にしか見えない龍驤と摩耶が、拳を丸めてパキポキと鳴らしていた。

 

 なぜこの2人がこの場に居るのか――だが、それは輸送船の護衛を買って出たからである。子供たちを舞鶴まで安全に移動させるのには陸路の方が良いとは思うのだが、向かう人数がそれなりに居ると言うことで、海路に決まったらしい。

 

 それらのことを考えた上で、ろーと一緒に佐世保と舞鶴を行き来した2人が護衛に着けば安心できる――と決まったらしいのだが、俺の本音を言わせてもらえば不安度はMAXである。

 

 だって、子供たちにビスマルク、龍驤に摩耶までもが、いつでも臨戦できる体勢にしか見えないんだぞ?

 

 向こうについたら完璧にドンパチ確定だし、気が重いったらありゃしない。

 

 しかし、それでも俺がこうやってついてきているのは、子供たちを監督する身であると共に、

 

「みなさんの準備はできたいみたいですね」

 

「あ、は、はい。気合が入り過ぎて少し怖いですけどね……」

 

「ほっほっほっ。元気があるのは良いことではないですか」

 

 いや、限度を振り切っていると思うんですが。

 

 ――と、言葉にできない俺は、グッと我慢しながら心の中で呟いた。

 

 そう――。今、俺と話している相手とは、佐世保鎮守府で1番お世話になったと言っても過言ではない人物。

 

 安西提督、その人である。

 

「私の荷物も積み込みが終わると思うので、そろそろ出発できますよ」

 

 そう言った安西提督の視線の先には、秘書艦である日向と姉の伊勢が「えっさ、ほいさ……」と声を掛け合いながら、輸送船にリュックなどの荷物を運んでいた。

 

 つまり――、安西提督も舞鶴へ同行すると言うのだ。

 

 最初に聞いたときは驚いたが、それ以上に焦ったのは日向と伊勢の存在だ。この2人は明石の事件で色々と痛い目にあっているだけに、あまり顔を合わせたくなかったのである。

 

 とは言え、安西提督の秘書艦である日向が一緒にくるのは当たり前なのだが、どうして伊勢までついてくるのだろう?

 

 護衛人数は充分だろうし、戦艦が3人って……、かなり燃費が気になるんだが……。

 

 まぁそこは安西提督が考えることなので、どうこう言う立場ではない。自分自身ができる精一杯の仕事をしてこそ、1人前と言えるのだ。

 

「ぶっちゃけ、気が重過ぎるんだけどね……」

 

「……なにか言いましたかな?」

 

「いえいえ、ただの独り言ですよ」

 

 そう言った俺は聞こえないようにため息を吐き、子供たちに向かって声をかける。

 

「よし、そろそろ準備も整ったから、輸送船に乗り込むように!」

 

「「「ヤヴォール、ヘア 先生!」」」

 

 指をピンと張った右手を空に突き上げて叫ぶ子供たちの光景がなんとも言えない感じだったけれど、まずは前に進むしかない。

 

 半日近くの航海になるのだから、説得する時間はあるだろう。

 

 舞鶴につく前には子供たちのテンションを元に戻し、修羅場にならないことを祈るばかり……なのだが、

 

「さぁ、私たちも全力で護衛するわよっ!」

 

「了解やっ! 何度も行き来しているさかい、目を瞑ってでも問題ないでっ!」

 

「あたしらに任せておけば、万事解決ってなっ!」

 

「軽空母並の航空機運用力で、索敵も万全よ」

 

「やはりこれからは航空火力艦の時代だな。任せておけ」

 

 こっちの方は、説得できる自信が全くないです。

 

 ビスマルクはもとよりだが、なんでこんなに気合が入っているのかさっぱり分からない。

 

 それに日向に至っては、凄くニヤニヤしながら艦載機を布で拭いている顔がマジで怖いんですけど。

 

「ほら、早くあなたも輸送船に乗りなさい!」

 

「あっ、ああ……。分かったよ」

 

 そうこうしている間に子供たちと安西提督は輸送船に乗り込んでいたようで、鋭い目をしたビスマルクから急かされてしまった。

 

 そんな俺を見ながら笑みを浮かべる他の4人。うむ、結構恥ずかしいぞ。

 

「それじゃあ、先生が乗ったら出発よ!

 戦艦ビスマルク、抜錨するわ!」

 

「うちがいるから、これが主力艦隊やね!」

 

「おう、行くぜ! 抜錨だ!」

 

「航空戦艦伊勢、出撃します!」

 

「航空戦艦日向、推参!」

 

 威勢良く放たれる声が出発の狼煙を上げ、埠頭から輸送船に乗った途端にゆっくりと動き出す。

 

 果たしてこれからどうなるか。

 

 正直に言って、全く分からないんだけれど。

 

 とりあえず、今は子供たちを説得することを考えるしかなさそうだ――と、俺は輸送船の内部に入ることにした。

 

 

 

 

 

「………………」

 

 えーっと、入る場所を間違っちゃったかな……?

 

 俺は部屋を見渡しながら袖で額の汗をぬぐい、心の中で呟いた。

 

 なぜかと言えば、輸送船の中にある休憩などをする部屋に入った途端、ガラリと空気が変わったからだ。

 

 部屋に居るのは子供たち。レーベにマックス、プリンツにろー。安西提督は別室に居るらしいが、同じ部屋でなかったことを幸運に思うべきだろう。

 

 子供たちは壁に取り付けられている少し固めのソファーに座り、黙ったまま俯き気味に前を向いている。その目は明らかに普通ではなく、出撃を控えた艦娘そのものだった。

 

 ……だ、だから、舞鶴には運動会をする為に向かうのであって、殴り込みに行くんじゃないんだけどなぁ。

 

 ここはしっかりと説得し、子供たちに分かってもらわなければならないのだが、

 

「………………」

 

 無茶苦茶、話しかけ辛いんですよねー。

 

 なんと言うか、その、SGの決勝レース5分前みたいな控室にしか見えない。

 

 例えがマニアック過ぎたかもしれないが、見た瞬間にそう思ってしまったのだから仕方がないし、船繋がりということにしていてもらえれば。

 

 もちろん、そんな経験も、控室に入ったこともないんだけどさ。

 

 小刻みに膝を動かすプリンツの貧乏揺すりと、壁に取り付けてある時計の針の音以外は静かのものだが、それが余計にこの部屋の空気を重くしている気がするのだ。

 

 どうにかしてきっかけを作らないと話が難しいと思った俺は、頭の中で何か良い案はないかと考え出した。

 

 今から舞鶴に向かうのだから、その辺りの話題を振るのが妥当だろう。

 

 しかし、レーベやマックス、プリンツは舞鶴に行ったことはないので受け答えが難しいかもしれない。そうなると、唯一の経験者であるろーに話しかけるのが1番楽だと思うのだが……、

 

「下手な言葉をかけたら、逆効果にもなりかねないよな……」

 

 俺はみんなに聞こえない小さな声で呟きながら、当たり障りのない言葉を頭に浮かべて口を開いた。

 

「ろー、ちょっと良いか?」

 

「……ん、なんですって?」

 

 顔をあげたろーは俺の方を見ながら人差し指を口元に当てる。その仕種が可愛い過ぎるので、思わず抱きしめたくなってしまうーーが、自重しなければならないのだ。

 

「こ、こないだ舞鶴に行ったとき、なんか面白いことでもあったかな?」

 

「ん~、そうですねぇ……」

 

 視線を上に向けたろーは、何度も頭を傾げながら思い返していた。

 

 やんわりとしたろーの口調が少しだけ部屋の空気を軽くしたのか、険しさを見せていた他の子供たちの表情が少しばかり和らいだ気がする。

 

「潜水艦のみんなと温泉に行った話はしましたよね?」

 

「ああ、それはこないだ話してくれたな。

 確か鎮守府近くの高雄温泉に行ったんだよな?」

 

「そうですって。

 それなら他には、うーん……」

 

 そう言って、またもや天井を見上げるろー。

 

 うむむ、いちいち仕種が可愛いです。

 

「そう言えば、温泉に行く前日に舞鶴の幼稚園に行ったんですけど……」

 

「……え、そうなの、ろー?」

 

 顔を上げたプリンツが大きく目を見開いていたんだけど、ビックリしたいのは俺も同じである。

 

 どうにかしようと当たり障りのない話を振ったのに、出てきたのはN2地雷並の爆弾だったよっ!

 

 つーか、そんなこと初めて聞いたんだけどっ! 完全に藪を突いて蛇を出すだよっ!

 

「舞鶴の幼稚園って、どんなところだったのかな?」

 

 レーベも気になったようで、顔を上げながらろーに聞いていたんだけれど、ここは止めなければマズイだろう。

 

「た、建物自体は佐世保と変わらないから、別に気になるようなことはなかったよな、ろー?」

 

「そう……ですって。先生が言うように、建物は同じでしたって」

 

 コクリと頷いたろーを見て、ホッと息を吐く俺。

 

 なんとかヤバい局面は乗りきった……と思ったのも束の間、ろーが続けて口を開いた。

 

「そこでろーは、舞鶴の幼稚園に通うみんなとお話したんですけど……」

 

「ろ、ろーちゃん、それはまた今度の機会にしようか」

 

 これだけは絶対に言わせてはならないと、俺は即座に口を挟んだのだが、

 

「……どうして先生は、ろーちゃんに『ちゃん』を付けたんですって?」

 

 キョトンとした表情を浮かべたろーは、頭を傾げながら俺に問いかける。

 

「え、い、いや、な、なんでだろうなぁ……」

 

「……なにか聞かれてはマズイことが、あるのかしら?」

 

 即座に冷静な口調で突っ込みを入れるマックスなんだけど、目がガチで怖いんですが。

 

 細く開けた目が……、洒落にならんとです……っ!

 

「べ、べべっ、別になんでもないよっ!?」

 

「うろたえまくっているのが、無茶苦茶怪しいですね……」

 

「プリンツの言う通りだね。今の先生は、非常に怪しいよ」

 

「ぜ、全然っ、怪しくなんかないからさぁっ!」

 

 更にツッコミを入れてくるレーベとプリンツに向けて両手を広げながらブンブンと身体の前で振りまくる俺だが、みんなの視線は非常に冷たく、鋭いモノになっていた。

 

 説得するつもりが更に悪化してしまうだなんて、不幸のことこの上ない。しかし、俺のツキが悪いのはいつものことだし、ここでめげてしまっては転落する一方だ。

 

「と、とにかく、ろーの話は舞鶴に着いてからってことで……」

 

 無理矢理でも良いので話を変えようと声をあげ、なんとか子供たちの意識を別の方向に誘導しようとしたのだが、

 

「……あっ、そっか。

 先生はあのことを話されるのがマズイって、思ったんですよね?」

 

「あ、あの……こと……?」

 

 両手をポンッと叩いたろーがニッコリと笑ったのを見た瞬間、俺の背中におぞましい寒気が走った。

 

 これ以上、ろーに会話を続けさせてはいけないと、俺の第六感がささやきまくっている。もしここで動かなければ、必ず後悔してしまう――と。

 

「な、なんだかよく分からないけど、そんなことよりもっと面白い……別の話をしようか。

 実はこないだ経験したことなんだが……」

 

 強引過ぎようが、怪しまれてしまおうが、俺にはこの方法しかないと口を開く。

 

 しかし、そうは問屋が卸さないと言う風に、マックスが俺の目の前までやってきて……、

 

「……先生」

 

「な、なにかな……、マックス?」

 

「少しだけ……、黙ってくれるかしら?」

 

 そう言ったマックスはニッコリと満面の笑みを浮かべ――たのだが、うっすらと開けたまぶたの奥に見える目が、完全に脅しモードになっていた。

 

 まるでそれはメデューサに睨まれた戦士のように、俺の身体が石化したかの如く凍りつく。

 

 ただし、全身がこれでもかと言えるくらいにガタガタと震え、奥歯が重なりまくってガチガチと音を鳴らしているのだが。

 

 情けないったらありゃしないが、マックスの脅しは俺を震え上がらせるには充分過ぎる。

 

 あと、一瞬だけ龍田の顔を思い出したけど、それを発言する勇気も気力もない。

 

 とにかく次に口を開いた瞬間、首が胴体からスッパリと離れてしまう光景が頭の中に思い浮かんでしまった以上、俺にはどうすることもできないのである。

 

 つまり、どういうことかと言うと、

 

 

 

 詰んだ――のである。

 




次回予告

 子供たちから責められる主人公。
そう――、これは孤立無援。完全に四面楚歌。
そして更なる不幸が先生を襲い……、

 不幸の連鎖は止まらない。


 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その7「すでに四面楚歌だった」


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その7「すでに四面楚歌だった」


 子供たちから責められる主人公。
そう――、これは孤立無援。完全に四面楚歌。
そして更なる不幸が先生を襲い……、

 不幸の連鎖は止まらない。


 

「先生を……」

 

「嫁にするのは……」

 

「私たちです……か」

 

 えー、現在の状況を説明いたします。

 

 俺は今、レーベ、マックス、プリンツの3人に囲まれた状態で、床の上で正座をしている。3人は一様に半目状態で俺を監視するかのように見つめており、恐すぎて顔を上げられずに俯いたまま身動き1つ取ることができない。

 

「そうですって。しおい先生の班で半日を過ごしたんですけど、ほとんどの子が先生と結婚するって言ってたですって!」

 

 ろーの言葉を素直に聞けば、それほどまでに好かれているのは非常に嬉しい……と、思えなくもない。

 

 もちろん、その場に置かれていた身としては、色々な問題が山積みであることも、気を抜いたら憲兵に連行されてしまうことも、しっかりと理解していたのではあるが。

 

 ただ、現状における問題はそうではなく、周りに居る3人のことだ。佐世保にきてから色々とあったが、舞鶴の子供たちと同じように俺のことを好いてくれている。

 

 同じように――と言ったのは言葉のあやではなく、そのまんまという意味でだ。

 

 つまり、どういうことかと言うと……、

 

「思っていた以上に、ライバルは多いみたいだね……」

 

「そうね。でも、負けるつもりはさらさらないわ」

 

「もちろんです! ビスマルク姉様と誓った通り、舞鶴幼稚園なんか蹴飛ばしてやるんだからっ!」

 

 完全に、火に油を注いだ結果となった訳なんだよね。

 

「しかし、それにはまず……、先生の本心を確かめないとダメだよね?」

 

「……レーベの言いたいことは分かるつもりだけれど、それはちょっと難しいと思うわ」

 

「えっ、そ、そうなのかな……?」

 

 ため息を吐くマックスに、戸惑う様子のレーベ。そんな中、プリンツは俺に視線を合わせようと膝を折り、中腰になった。

 

「それはそうですよねー。優柔不断で移り気の激しい先生ですから、誰か1人に決めるなんてことができるとは思えませんよー」

 

 プリンツはそう言って、俺の顎を右手でガッチリと掴んで顔を動かせないように固定した。

 

「い、痛いっ、痛いって、プリンツッ!」

 

「そりゃあそうですよー。折れない程度に力を込めているんですからねー」

 

「ちょっ、マジで勘弁して下さいっ!」

 

 ニッコリ微笑みながら顔を傾げるプリンツが、どう考えてもヤンじゃっているとしか思えないんですけどっ!

 

「ちょっと待ちなさい、プリンツ。そんなに先生を絞めあげたら具合が悪いわ」

 

「……マックスからそんな言葉が出てくるなんて、ちょっとばかり驚いちゃいますね。

 もしかして、自分だけ点数稼ぎをしようって魂胆ですか?」

 

 笑みを浮かべながらマックスの方を向いたプリンツだが、目がマジでヤバイモードになっている。ついでに締める手の力が徐々に強くなってきて、かなり痛いんですが。

 

「フッ……、そんな考えしか浮かばないなんて、愚の骨頂じゃないのかしら?」

 

「なん……ですってっ!?」

 

 いつの間にか2人の様子が半端じゃないレベルで険悪になっているんだけど、喧嘩が始まる前に俺の顎が砕け散るかもしれない。

 

「た、頼む……からっ、離して……くれぇっ!」

 

「先生の顔……、青ざめてきたですって」

 

「……え?」

 

 ろーの言葉に気づいたプリンツは、俺の顔を見た瞬間に焦った顔へと変え、慌てて顎から手を離してくれた。

 

「ぐ……はぁ……っ」

 

「ご、ごご、ごめんなさい、先生っ!

 気がついたら、力を込め過ぎちゃったみたいで……」

 

 謝るプリンツの顔はいつも通りに戻っていたんだけど、痛みで悶絶しかけていた俺は返事をする気力もなかった。

 

 しかし、そんな俺とプリンツを見たマックスは、「はぁ……」と大きなため息を吐いてから口を開く。

 

「だから具合が悪いって言ったでしょう?」

 

「うっ……」

 

 痛いところを突かれたという風に、プリンツが気まずい表情を浮かべている。

 

「尋問するときはある程度余裕を見ながら攻めないと、すぐに壊れちゃうんだから」

 

「は、反省してます……」

 

 ガックリと肩を落とすプリンツだが、これだけは言わせて欲しい。

 

 マックス、そのツッコミはどうなんだ……と。

 

 

 

 つーかなんで尋問とかの話になっちゃってんのっ!?

 

 

 

 

 

「………………」

 

 現在俺は、輸送船の甲板に出ている。

 

 ぶっちゃけて目茶苦茶寒いんだけど、さっきまで居た部屋に居辛くなってしまった以上、こうやって海を眺めているしかやることがないのだ。

 

 マックスの恐ろしい発言以降、俺の言葉は子供たちに届かず、仕方なく部屋を出ることになった。しばらく間を置けば子供たちのテンションも落ち着くだろうと考えたのだが、問題は行く宛の方だった。

 

 輸送船の中には他にも部屋があるのだけれど、落ち着けるような場所は見当たらない。本人は心やさしく受け入れてくれるかもしれないが、安西提督の部屋でくつろぐというのも気まずく感じてしまうだろうし、船長室やボイラー室などに篭るというのも同じである。

 

 そうなれば、俺が居られる場所は甲板しかないという訳なのだが、冬の海上というのは骨身に染みる寒さがある。いくら厚着をしても肌に当たる風を防ぐのは難しく、使い捨てカイロを使って凌ぐしか手はなかった。

 

『あら、甲板に出てくるなんて、どうかしたのかしら?』

 

 頬にカイロを当てていると、右耳から小さなノイズ混じりの声が聞こえてきた。以前、漣と連絡を取り合ったこともある便利な無線機を、今回もバッチリ装着しているのである。

 

「まぁ、ちょっと訳ありでさ……。ぶらっと様子を見にきたんだよ」

 

『嬉しいことを言ってくれるのね。さすが私が惚れた男なだけはあるわ』

 

 イケメンにもほどがある台詞を吐くビスマルクだが、ドヤ顔を浮かべながらこっちを見ている段階で台なしである。

 

『護衛中やというのに無駄話をするなんて、ビスマルクも偉くなったもんやね』

 

 すると、無線機から別の声が聞こえてきたんだが、特徴のある口調だったので誰の言葉かはすぐに理解できた。

 

『……今の言葉、聞き捨てならないわね』

 

『別に本当のことを言っただけやで?』

 

『喧嘩を売っている……と、判断して良いのよね?』

 

 先導を切っていたビスマルクが龍驤の方へと振り向き、険しい顔を浮かべながら両手を握って構えを取る。完全に後ろを向きながらスピードを落とさずに航行しているんだが、それって無茶苦茶凄くないか?

 

『一昨日の飲み勝負で負けたからって、今度は力づくってことかいな。おお、怖い怖い』

 

 対して龍驤はにやけた顔でそう言いながら、右手の指をブルース・リーのようにクイクイと動かして挑発する。

 

 これじゃあ本当に飲み勝負の前と同じであると焦った俺は、なんとか落ち着かせようと無線で声をかけようとしたんだが、

 

『2人とも止めておくんだ。血気盛んなのは悪いことではないが、今は任務中だということを忘れないようにしろ』

 

 1番後方に居た日向が無線に割り込み、冷静な言葉をビスマルクと龍驤に投げかける。2人はそろって不機嫌な顔を浮かべながら口を開こうとするが、日向の方を見た瞬間にビクリと身体を震わせ、黙り込んだ。

 

 輸送船から少し離れているせいでハッキリとは分からないが、日向の表情が大きく変ったようには見えない。しかしその一方で、日向の周りの空気というか、オーラのようなモノが漂っている気がする。

 

『それと……だ、先生』

 

「……へ?」

 

 いきなり話を振られた俺は、驚きつつも日向を見る。

 

『キミの発言は周りに大きな影響を与えることを、もう少し自覚した方が良いな』

 

「え、えっと……、そう……なの?」

 

 戸惑いながらも答える俺……なのだが、

 

『『『………………』』』

 

 日向を除く護衛の4人が、一斉に目を逸らした。

 

 ……え、どういうこと?

 

 全然、全く、これっぽっちも、訳が分からないんですが。

 

 俺って幼稚園で働くただの先生だし、第一線で活躍する艦娘にどんな影響を与えるって言うんだよ。

 

 ……まぁ、ビスマルクは俺と一緒に幼稚園で働いているから除いておくけど、龍驤、摩耶、伊勢に至っては本当に分からない。

 

 そして、俺に助言をした日向も……って、あれ?

 

『……やはり、困り果てているキミの顔を見るのは、非常に面白いな』

 

 言って、微笑を浮かべる日向が、両手を開いて呆れたジェスチャーをした。

 

 ………………。

 

 これって……、みんなして俺をからかったってこと……なのか?

 

『言いだしっぺである私が影響されてしまっては怒られそうだが、キミはそれほどまでに魅力がある人物ということを理解しておいてくれ』

 

「……いやいや、いくらなんでもからかい過ぎです。さすがにそこまで持ち上げられたら、馬鹿でも気づきますよ?」

 

『嘘偽りのない本心なのだがな』

 

「またまたー。その手には引っかかりませんよ」

 

 俺はそう言って、首を左右に振る。すると日向はなにを思ってか、少し速度を上げて摩耶のすぐ後ろについた。

 

『ふむ、それでは聞くが……』

 

 そう言いながら日向は摩耶の頭をガッチリと右手で鷲掴みをし、俺の方に無理矢理顔を向けさせた。

 

『ちょっ、日向、痛いっ!』

 

『まぁまぁ、少し黙っていろ』

 

『いたっ、いたたたたっ!』

 

 さすがに航空戦艦である日向に力では敵わないのか、摩耶の抵抗も空しくされるがままだった。

 

 いや、だからって、どうして摩耶の顔をこっちに向けるんだ……と思っていたら、

 

『摩耶がキミのことを好いているのは、すでに知っているということだな?』

 

 ――と、とんでもないことを口走ったのである。

 

「………………え?」

 

 俺は呆気にとられて情けない声をあげたが、さすがにそれはないだろう。

 

 いくらなんでもからかおうとするネタが有り得なさ過ぎる……と、摩耶の顔を見てみると、

 

『な、なな、ななななな……』

 

 完全に熟したリンゴのように顔を真っ赤にさせた摩耶が、俺と日向の顔を交互に向きながら、ワナワナと身体全体を震わせていた。

 

 ……そ、それも俺をからかおうとする、仕込み……だよね……?

 

 それにしては……、摩耶の雰囲気がガチみたいな……気がする……けど……。

 

『日向っ、て、てめぇっ!』

 

『ん、どうしたのだ。

 まさか摩耶ともあろうものが、図星を突かれたからと言ってキレたりする訳でもあるまい?』

 

『ブッ……殺す!』

 

 ブチン! という音が鳴ったと思った瞬間、摩耶の右手が大きな弧を描いて日向の顔へと向かっていく。

 

『甘いな』

 

 それを予測していたのか、日向はほんの少しだけ状態を逸らし、摩耶の右フックを軽々と避ける。

 

 しかし、怒りが収まらない摩耶は勢いのまま身体を回転させ、続けてハイキックをお見舞いしようとするのだが、

 

『いい加減にしなさいっ!』

 

 至近距離で大口径の主砲を発射したような大きい音が右耳に聞こえ、俺の頭が大きく揺さぶられたような感覚に陥ってしまった。

 

 目の前はチカチカするし、めまいを起こしたようにふらついてしまう。

 

 どうやら護衛の5人も同じ状態らしく、眉間を指で押さえながら俯いていたり、頭を抱えながら天を仰いでいたりしていた。

 

『護衛の任務をほっぽり出すなと言った本人がなにをしているのですかっ!』

 

『も、申し訳……ありません、提督……』

 

 続けて聞こえてくる声を聞いて、日向は輸送船に顔を向けながらペコペコと頭を下げているのを見ると、どうやら声の主は安西提督のようだ。恰幅は良い方だし、見た目的にも大きな声を出せそうではあるが、いきなり無線機から聞こえてくると、ビックリするでは済まされないと思う。

 

 もし、心臓に持病を持っていたりしたら、ショックであの世に一直線……だった可能性もあるかもしれない。それくらい、爆音だったのだ。

 

『それと伊勢! 日向が場を乱すようなことがあれば、姉である伊勢が止めなければならないはずでしょう!』

 

『あ……、う……、す、すみません……』

 

 お叱りの声を聞いてしょぼんとした伊勢は、大きく肩を落としながら謝っていた。

 

 気づけばビスマルクや龍驤も不安げな顔を浮かべているし、さすがは安西提督だ。艦隊を指揮するべき人物ならば、当たり前かもしれないが。

 

『それと……摩耶』

 

『……っ、は、はいっ!』

 

 不意打ちを食らったかのように驚きの表情を浮かべた摩耶は、背筋をピンと伸ばしてから輸送船の方へと顔を向ける。

 

 しかし、すぐに安西提督の声は無線機から聞こえてこず、少しの間が空いてから、

 

『日向の言ったことは……、本当なのですか?』

 

「『ぶほぉっ!?』」

 

 その言葉に、俺と摩耶が同時に吹き出したのは言うまでもなかった。

 

 

 

 安西提督って、ゴシップが好きだったりするんだろうか?

 

 

 

 ……って、そんなんで済まされるほど俺のダメージは優しくないですけどねっ!

 




次回予告

 日向の言葉によって新たな局面を迎えた主人公。
摩耶の気持ちは本当なのか。それともただ単にからかわれただけなのか。
甲板から逃げるように船内に戻った主人公に、更なる不幸が舞い降りる!?


 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その8「瑞雲師匠」


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その8「瑞雲師匠」

※別の艦これ二次小説『深海感染』の続きである作品『ONE』のツイッター修正版を更新しました。
 宜しければ是非であります。



 日向の言葉によって新たな局面を迎えた主人公。
摩耶の気持ちは本当なのか。それともただ単にからかわれただけなのか。
甲板から逃げるように船内に戻った主人公に、更なる不幸が舞い降りる!?




 子供たちから逃げ、更には護衛の5人と安西提督からも逃げることになった俺は、1人寂しく輸送船内通路の隅で体育座りをしていた。

 

 先ほど摩耶についてのことを無線機で問われるのは勘弁してほしいので、電源を切ってからポケットに突っ込んでいる。これで問い詰められることはないが、代わりに1人ぼっちという状況だ。

 

 わあい、1人ぼっち。俺、1人ぼっち大好き。

 

 そんなことを呟きながら涙を流す俺。舞鶴につく前に心がポッキリと折れるどころか、粉々に砕け散りそうです。

 

「はぁ……」

 

 うずくまりながら大きなため息を吐く。誰かに愚痴を言うこともできず、ストレスが溜まる一方だ。

 

 しかし、他に行けるところと言えば、操舵室かボイラー室くらいであるが、どちらも作業をしている方に迷惑がかかってしまうので、よしておいた方が良いだろう。

 

 暇を持て余している人が居れば、雑談を交わしたりくらいはできるだろうが……。

 

「適当にうろついてみるのもアリなのかなぁ……」

 

 独り言を呟いてみるが、返事がある訳でもなく……と思っていると、

 

「……ん?」

 

 なにやら聞き覚えのある音がした気がするので、俺は顔を上げて辺りを見回してみる。

 

「誰も……居ない?」

 

 左右に見えるのは真っ直ぐ伸びる通路。両方の突き当りには丸い窓があるが、外側の白い波しぶきくらいしか見えない。

 

「気のせい……だよな?」

 

 おそらく輸送船の機械音や他の要因によって鳴ったのだろうと思った俺は、小さく息を吐きながら立ち上がる。

 

 ここはまだ佐世保から出発してそれほど経っていない海上だ。

 

 まさか、舞鶴で何度も酷い目にあわせてくれた情報ねつ造トラブルメーカーが、輸送船の中にいるとは思えない。

 

 まぁ、舞鶴に帰ったら顔をあわすことにはなるんだろうが。

 

 それでも暫く会っていないことを考えれば、懐かしさも込み上げてくるかもしれない……と考えてみたが、やっぱり痛い思い出の方が多かったので避けておきたいところである。

 

「それより今は、この船の中でどうするか……だよなぁ……」

 

 行くあてのない旅……と言っては大袈裟かもしれないし、輸送船はそれほど大きくないからすぐに周りきれそうだが、何もしないままこの場所で居座るよりはマシだろう。

 

 俺はとりあえず左右を見渡し、直感で右を選んでから歩き出すことにした。

 

 

 

 

 

「そういや、日向が言ったことって本当なのかな……?」

 

 通路を歩きながら、ふと甲板でのできごとを振り返ってみる。

 

 おそらくは日向が俺をからかっただけだと思うが、それにしては摩耶の反応が予想外だった。

 

「喧嘩っ早い性格なのは前々から分かっていたけど、問答無用って感じだったもんなぁ……」

 

 頭の中に摩耶の姿が現れると同時に、舞鶴に居る天龍も一緒に浮かんでくる。姿形は違うけれど、なんとなく同じ感じに思えてくるのだ。

 

「……と言うことは、案外摩耶も優しいところがあるってことなんだろうか?」

 

 天龍は妹である龍田や、友人である潮を守ろうと必死になることが多い。普段はぶっきらぼうに喋っているが、そういうこともあって周りの信頼も厚いのだ。

 

 対して、摩耶とは何度か食事をしたことがあるくらいで、多くの会話を交わしたことはない。先日の飲み勝負では完全にビスマルクと険悪ムードだったし、途中から必死のパッチ……と言うか形相だったので、会話らしい会話はしていなかった。

 

 しかし、佐世保にきてあまり仲の良い友人が居なかった俺に、摩耶は普通に接してくれた。言葉使いがフレンドリーなこともあって、すぐに打ち解けたという感じだったんだよね。

 

「そう考えると、悪い気はしないんだけど……」

 

 だがしかし、俺には舞鶴に居る愛宕の存在がある。佐世保に居る間に何度もビスマルクの誘い……と称した様々な障害に対処してきたのも、それがあってのことなのだ。

 

 そして、やっと俺は舞鶴に帰ることになった。あともう少しで愛しの愛宕に会えるのだから、横道に逸れる訳にはいかない。

 

 ……まぁ、付き合っている訳じゃないんだけどね。

 

「……おや、奇遇だな」

 

 そんなことを考えてながら小さくため息を吐いたところで、曲がり角の右の方から聞き覚えのありまくる声が聞こえてきた。

 

「なんで護衛の日向が輸送船の中に居るんだよ……」

 

「その質問に対して私が答えるならば、それなりに長い時間を要してしまうことになるのだが……聞きたいか?」

 

「……いえ、面倒臭いなら言わなくてもいいです」

 

 余りに遠回しな言い方だったので、俺は断ることにしたのだが、

 

「簡単に言えば、安西提督に説教されていただけだ」

 

「単純明快だったよねっ!

 遠回しに言う意味あったのかなっ!?」

 

「それはもちろん、キミをからかう為に決まっているだろう?」

 

「2度あることは3度目もあったよこんちくしょうっ!」

 

 ガッデムッ! と、叫んでもおかしくないくらいに悔しがる俺だが、さっきまで色々と考えていた教訓をなに1つ生かしていなかったのだから、自業自得と言えばそうである。

 

 だが、その件で安西提督に怒られたはずなのに……ってことは、全く反省していないということじゃないのだろうか。

 

「反省はしている。しかし、やめられないのだよ」

 

「勝手に人の心を読んだ挙げ句に開き直られてもっ!」

 

「はっはっはっ。罪な奴だなぁ、キミは」

 

「俺のせいなのっ!?」

 

 そう言って、日向は俺の背中をバシバシと叩きながら高らかに笑っているのだが、俺にとっては笑い話では済まないんだけどね。

 

 でも、なにを言っても聞かなさそうだしなぁ……。

 

「さて、ストレス発散もできたから、補給の方を済ませてこよう」

 

「暴露しちゃったよっ!

 俺で発散されちゃったよっ!」

 

「うむ。キミは非常に良いおもちゃだからな」

 

「隠すつもりが微塵も感じられないっ!」

 

「その通り、私は嘘が嫌いだからな。

 瑞雲に賭けて、ハッキリと言いきれるぞ」

 

「さすがは師匠と呼ばれるだけのことはある……って、別に瑞雲は関係な……」

 

 

 

 ガシッ!

 

 

 

「ふぁっ!?」

 

「……今、キミはなにを言おうとしたのかな?」

 

 いきなり日向が俺の両肩をガッチリと掴んだんだけど、半端じゃなく痛いんですがっ!

 

「え、い、いや、だから、別に瑞雲に賭けなくても良いんじゃないかと……」

 

「……つまりキミは、瑞雲を馬鹿にするつもりなんだな?」

 

 言って、鼻の先が当たるくらいに日向が顔を近づけた挙げ句、半端じゃないレベルで睨みつけてきているんですけどっ!

 

「べ、べべべ、別に瑞雲を馬鹿にするつもりは……っ!」

 

「本当か?

 もし嘘なら、いますぐ海に叩き込むぞ?」

 

「ほ、本当ですっ!

 神に誓って嘘は言いませんっ!」

 

「……ふむ。しかし、その言葉は信憑性に欠けるな」

 

「そ、それじゃあ、どうすれば……」

 

「もちろんそれは、瑞雲に賭けてうそ偽りがないと言ってもらわなくては困る」

 

「………………はい?」

 

 いやいやいや、俺は別にそこまで瑞雲が大事だとかそういうんじゃないんですけどっ!

 

 しかし、日向の力は凄まじく、このままだと肩が砕けてしまうかもしれないくらいに痛いので、この場を乗り切るためには仕方ない……と思った瞬間、

 

「あっ、日向ー」

 

 俺の前方、つまり日向の背中側から声が聞こえてきた。

 

「いやー、安西提督の説教が長引いちゃって……って、なにやってん……の……ぉぉぉっ!?」

 

 声を聞く限り、おそらく伊勢だとは思うのだけれど、日向の顔が真近く過ぎて、俺にはその姿が見えない。

 

 いや、それ以前に、もの凄く嫌な予感がするのだが……、

 

「ななな、なんで日向と先生がキスしちゃってるのっ!?」

 

「やっぱりそういう誤解になっちゃいますよねーーーっ!」

 

 側面から見れば分かるかもしれないが、伊勢が居る位置は日向の背中側。つまり、日向が俺の両肩をガッチリ抱いて、リードをしているという状態にしか見えないのだろう。

 

 ……って、そんなことを冷静に推測している場合じゃないよねっ!

 

「どうしてなのさ日向っ!

 大人しいってレベルじゃないし、そもそも抜け駆けなんて酷くないっ!?」

 

「ち、違うんだよ伊勢っ!

 これはキスをしているんじゃなくて、単に脅されているだけで……」

 

「なっ……!

 先生を脅してキスを迫ってたってことっ!?」

 

「だ、だからそうじゃなくてっ!」

 

 声を荒らげて反論する俺なのだが、日向は一向に離してくれないし、これじゃあ誤解が解けないのも無理はない。しかし、力任せに振りほどこうとしても力では全く敵わないので、こうするほかしかないのだが、

 

「……うむ。

 やはり色恋沙汰は早い者勝ちだな」

 

「なんでこの状況で更に悪化させるようなことを言っちゃうのかなっ!?」

 

「ひゅ、日向の馬鹿ぁぁぁっ!」

 

「ご、誤解だからっ!

 頼むから俺の話を聞いてくれぇぇぇっ!」

 

 大声で叫んだのも虚しく、伊勢はダッシュで通路を走り、気配が完全に消え去ってしまった。

 

「嘘……だろ……」

 

「はっはっはっ。いやはや、愉快痛快だな」

 

「だから笑いごとじゃないんだけどっ!?」

 

「悪い悪い。キミを更にからかおうとするあまり、少々やり過ぎてしまったな」

 

「少々ってレベルじゃないんだけどねっ!」

 

 憤怒する俺に、笑う日向。

 

 ここでやっと肩から手を離してくれたが時すでに遅しであり、伊勢がどこに消えたのかは定かではない。

 

 しかし、このまま伊勢が誤解したままでは、更なる悲劇を呼ぶ可能性があるので、放って置くことはできないのだ。

 

「い、伊勢は一体どこに向かったんだろう……」

 

「おそらくは通路の先にある安西提督の部屋だろう。

 私の説教が終わった後、伊勢も呼出しを受けていたからな」

 

「なるほど……って、それって具合が悪過ぎじゃねっ!?」

 

「どうしてだ?」

 

「今の誤解が安西提督に伝わったら、摩耶の件と合わせても俺の立場がヤバいことになっちゃうよねっ!」

 

「今更な気もしなくもないが……、まぁ、そうなるな」

 

「冷静に言ってるけど、その発端は全部日向だからねっ!」

 

「いやいや、それほどでもないぞ?」

 

「褒めたつもりはないんですけどっっっ!」

 

 全力でツッコミを入れたものの、恥ずかしげに笑みを浮かべる日向にこれ以上なにを言っても無駄だと察した俺は、ダッシュで伊勢を追うことにする。

 

 なんとしても誤解を解いて、安西提督に伝わることだけは避けなくては……っ!

 

「待つんだ、先生」

 

「うおっと……って、なんだ?」

 

 走り出した途端に呼び止められたので、つんのめりそうになったが、なんとかバランスを取って振り返ると、

 

「通路を走るなと教えられなかったのか?」

 

「そんな場合じゃねぇよっ!」

 

 ……と、またしてもニヤニヤと笑みを浮かべて言った日向に叫んだ俺は、今度こそ伊勢を追いかける為に走り出した。

 

 いやまぁ、幼稚園で教育をしている身としてはダメなんだけどね。

 




※別の艦これ二次小説『深海感染』の続きである作品『ONE』のツイッター修正版を更新しました。
 宜しければ是非であります。



次回予告

 勘違いをした伊勢を追いかける主人公だが、まさかの展開が待ち受ける。
恐る恐る声をかける主人公に、驚きの表情を浮かべる伊勢。

 そして、行動が加速して……?


 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その9「誤解の行方」


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その9「誤解の行方」

 勘違いをした伊勢を追いかける主人公だが、まさかの展開が待ち受ける。
恐る恐る声をかける主人公に、驚きの表情を浮かべる伊勢。

 そして、行動が加速して……?


 なんとか伊勢が安西提督と話をする前に追い付こうと思った俺は、通路を全速力で駆けて先にある角を曲る。

 

「……っ、居たっ!」

 

 すると、20mほど先の扉の前で、体育座りをしながら顔を伏せている伊勢の姿を発見し、俺は少し安心しながら近づいて行く。

 

 日向と別れてからそれほど時間も経っていないので、安西提督と話をする時間はなかったはずだ。今のうちに誤解を解けば、二次被害だけは免れるだろう。

 

 ……いや、すでに二次と言えるレベルじゃないとは思うけど。

 

 子供たちから攻められて甲板に行き、日向の爆弾発言で安西提督に余波し、更に船内でからかわれたと思ったら伊勢が勘違い……って、今日だけで何度目の不幸なんだろう。

 

 さすがの俺もへとへとです。この調子のままだったら、舞鶴に着く前にぶっ倒れるんじゃないだろうか。

 

 ――と、色んな意味でへこみまくりながらも伊勢に近づくと、予想だにしていなかった状況になっていた。

 

「うっ……、ひっく……」

 

 ………………。

 

 伊勢が、泣いてるんですが。

 

 扉を背もたれにして座りながら、涙をポロポロとこぼしているんですよ。

 

 頬と耳は真っ赤で、服の袖は涙で濡れてビショビショだし、一体なんでこんなことになってるんだろう。

 

「うぅ……、日向のばかぁ……」

 

 近寄ってきた俺に気づくことなく、伊勢は泣きながら呟いている。その姿があまりにも衝撃的で、声をかけることができなかった。

 

 明石の誘拐騒動があったとき、俺は伊勢から尋問を受けた。未だに思い出しただけで身震いがしてしまいそうになるほど怖かったことを覚えている。

 

 しかし、俺のすぐ前に居る伊勢は、俺の記憶にある姿とは同一人物とは思えないのだ。

 

 目の前で、か弱い女性が床に座って泣いている。

 

 俺がもし元帥だったとしたら、ここがチャンスとばかりに優しい言葉を投げかけるかもしれない。

 

 だけど俺はそうではなく、ただ純粋に慰めてあげようと声をかける。

 

「だいじょうぶ……かな……?」

 

 ぱっと見れば大丈夫じゃないことくらい分かるのだが、気のきいた言葉が頭の中に浮かばなかったのだから仕方がない。ならば、せめて手を差し伸べてあげるだけでも違うだろうと、伊勢の前にゆっくりと右手を伸ばした。

 

「………………」

 

 声に気づいた伊勢は肩をピクリと震わせ、ゆっくりと顔を上げる。

 

 目の前には俺の手が見え、少し考えるように首を傾げた。

 

 そして数秒の後、言葉の意味を理解した伊勢は俺の手を掴もうと手を伸ばして、同時に顔を上げる。

 

「……っ!?」

 

 視線が重なりあった瞬間、伊勢は大きく目を見開くのと同時に、頬を更に真っ赤にさせた。

 

「なななななっ、なんで先生がここに居るのよっ!?」

 

「な、なんでって……、誤解を解こうと思って追いかけてきたんだけど……」

 

「ご、誤解ってなによっ!

 わ、私……、先生が日向とイチャイチャしていたのを見ていたんだからっ!」

 

「だ、だから、それが誤解だって言いにきたんだってば……」

 

 まずは落ち着いてくれと、俺は両手の平を下に向けて上下に揺らす。しかし、伊勢の興奮は冷めることなく、ヒステリーを起こしたかのように叫び続けた。

 

「日向も日向よっ!

 私の気持ちを知ってる癖に、先生とキスをするなんて……っ!」

 

「だからさっきのはそうじゃなくて、日向に怒られていただけだってばっ!」

 

「どうせキスが下手だって怒られてたんでしょっ!」

 

「どうしてそっち方面の思考にしかならないのかなっ!?」

 

「だって、先生と日向があんなに顔を近づけてたら、どこからどう見てもそうとしか思えないじゃないっ!」

 

 伊勢は俺の話を全く聞く気がないのか、何度も手を振り払いながら叫ぶ。目から大粒の涙がボロボロとこぼれているのにも関わらず、なりふり構わないその姿は、まるで幼稚園の中で喧嘩をする子供たちのように見えた。

 

 思い通りにならなかったから。

 

 あまりにも悲しいできごとがあったから。

 

 それに自分が耐えられず、泣き叫びながら訴える。

 

 いつもは仲の良い友達同士でも、譲れないときはある。

 

 例えそれが姉妹であっても。

 

 ………………。

 

 ……あれ?

 

 もし、俺の考えが合っているのなら、

 

 伊勢は何故、俺と日向がキスをしていたという勘違いをして、

 

 どうしてこんなになるまで怒り、泣いているんだろう……?

 

「……あっ」

 

 さっき、伊勢が俺にこう言った。

 

 

 

『日向も日向よっ!

 私の気持ちを知ってる癖に、先生とキスをするなんて……っ!』

 

 

 

 私の気持ちを知っている癖に……と。

 

 つまりそれは、

 

「い、伊勢……?」

 

 俺のことが……、その、なんだ……、

 

「もう先生なんか大嫌いなんだからっ!

 馬に蹴られて豆腐の角に顔面から突っ込んで窒息死すればいいのよっ!」

 

 そう叫んだ伊勢は、何度も空を振り払っていた手をギュッと握り、

 

 

 

 ブオンッ!

 

 

 

「うおっ!?」

 

 見事な右フックを俺の顔面にお見舞いしてきたのだ。

 

「あ、危ねぇっ!」

 

「避けないでよっ!」

 

「よ、避けなきゃ死んじゃうだろうがっ!」

 

「殺す気で殴ったんだから、当り前でしょっ!」

 

 ………………。

 

 いやいやいや、それはさすがにやり過ぎだよねっ!?

 

 いくらなんでも、殺す気だったはないでしょうがっ!

 

 そして同時に、俺の考えが間違っていたことに気づく。

 

 もし俺のことが気になっていたのだったら、殺す気でぶん殴るようなことはしないだろう。

 

 勘違いしなくて良かった……と思うのと同時に、死に直面しかけていたことに身体を震わせる。

 

「と、とにかく、そんな物騒なことは止してくれっ!」

 

「それじゃあ私の気持ちはどうすればいいのよっ!?」

 

 叫びながら繰り出された左ストレートに顔を逸らして避けた俺は、続けさまに襲いくる右フックを屈んで避ける。その度に風を切り裂く音が耳に聞こえ、ゾクリとした寒気が背筋を駆け巡った。

 

 そんな状況なのに、俺の心はそれほど焦っていなかった。毎日ビスマルクを撃退してきたおかげで、回避能力と心の強さが以前と比べ物にならないくらい上達したおかげなのかもしれない。

 

 もし、呉で中将と殴り合ったときにこの動きができれば、無茶苦茶楽だったんじゃないかと思えるくらいだ。

 

「こんのぉっ!」

 

 伊勢の渾身を込めたハイキックを上体逸らしで避けた俺は、バックステップで距離を取って息を整える。

 

 伊勢が身体を回転させる一連の動きの途中で、ちょっとばかり下着が見えてしまったが、これは不可抗力だから仕方がない。

 

 ……白……か。

 

 やっぱり和服には、純白が似合うよね。

 

 あっ、でも、黒と言うのも捨てがたい気がしなくもない……が。

 

 ………………。

 

 いやいや、戦いの途中でなにを考えているんだ俺は。

 

 平常心を保て。そうじゃないと、マジでヤバいことになる。

 

 相手は航空戦艦なんだから、1発当たれば洒落になりかねない。

 

「どうして……、どうしてそんなに避けられるのっ!?」

 

 顔全体を真っ赤に染めた伊勢は、俺の顔を睨みつけながら大きく叫ぶ。しかし、その額には大粒の汗がにじみ、肩が何度も上下するほど呼吸が荒れていた。

 

 今の伊勢は明らかに正常心を失っている。そんな状態では正確な打撃を繰りだすことはできず、コンビネーションもバラバラだった。

 

 今の俺にとってそれらを避けるのはそれほど難しいことではなく、1対1ならば負ける気がしない。

 

 下着について考察していなければ……ではあるが。

 

 あとついでに、俺から攻撃をする気はないので、勝つ気もないんだけど。

 

 ……と言うか、俺ごときの力で伊勢にダメージを与えられるとも思えない。ついでに、もし伊勢が艤装をつけていたら、確実に瞬殺だったろうけどね。

 

 いくら上達したと言っても、さすがに砲弾は避けられない。

 

 むしろ避けたら避けたで、それはもう人間レベルじゃないだろうし。

 

「はぁ……、はぁ……」

 

 何度も伊勢の吐息が俺の耳に届き、それと同時に鋭い視線が突き刺さる。

 

 どうして伊勢は俺をここまで嫌うのだろう。

 

 初めて会ったときから敵視されていた感があるし、尋問も結構酷かった記憶がある。

 

 もちろん恨みを買うようなことをした覚えはないのだが、知らず知らずの間になにかをしてしまったのだろうか?

 

 もしそうだったとしたら、その誤解も解いておきたいと思った俺は、伊勢と間合いをとったまま話しかけた。

 

「な、なぁ、伊勢。

 ちょっとだけ、話につき合ってくれないか?」

 

「話って……なによ?」

 

 鋭い視線はそのままに、伊勢は俺の言葉に耳を傾ける。

 

 疲れているのもあるのだろうが、会話をできることはありがたい。

 

「なんで伊勢は、俺をそんなに憎んでいるんだ……?」

 

「……憎む……ですって?」

 

「あ、あぁ。

 初めて会ったときから凄く敵視されていた感じがするし、今もこうやって殺されかけているんだけど」

 

「そ、それは……、その……、えっと……」

 

 言葉を詰まらせた伊勢は、急に視線をキョロキョロとあちらこちらに向ける。表情を見る限り、なにかを考えている――と言うよりかは、思い出している感じだ。

 

「俺が伊勢と会う以前に、なにか恨みを買うようなことをしたのかな……?」

 

「恨み……、あっ、そうだ……」

 

 そう言った途端、伊勢は急に肩の力を抜いて構えを解いた。あまりにも唐突だったので戸惑いそうになってしまったが、危険でなくなったのならばありがたいことである。

 

「先生を恨むなんてことはなかったわ。

 ただ、噂を聞いた時点で注意しなければならないと思っただけよ」

 

「う、噂……?」

 

「先生が佐世保にくる1週間ほど前から流れた噂なんだけど……、聞いたことはないの?」

 

「お、思い当たる節はあるんだけど……、き、聞いちゃっても良いかな……?」

 

「別に良いけど……、さっきまで戦っていた同士の会話じゃない気がしない?」

 

 そう言って頭を傾げる伊勢なんだけど、一方的に殴りかかってきたのはそっちなんだからね――と叫びたい。

 

 まぁ、それを言ったら事態が悪化しかねないので避けておくけれど。

 

「と、とりあえず休憩ってことで……」

 

「ふうん……。まぁ、良いけどね」

 

 大きく息を吐いた伊勢はその場で腰を下ろし、壁に背を預けて語り出した。

 




次回予告

 座った伊勢は、噂について語り出す。
それは聞いたことのあるモノであり、誤解であることがすぐに分かる。
否定をし、語る主人公だが、いつしか伊勢の行動が……?


 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その10「その嘘、本当?」


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その10「その嘘、本当?」


 座った伊勢は、噂について語り出す。
それは聞いたことのあるモノであり、誤解であることがすぐに分かる。
否定をし、語る主人公だが、いつしか伊勢の行動が……?


 

 一方的なバトルを一時中断した伊勢は、俺が佐世保鎮守府にやってくる前に流れた噂について話し始めた。

 

「1番最初に流れたのは、幼稚園に新しい先生がやってくるという噂だったわ」

 

「それは……、問題ないと思うんだけど?」

 

「ええ。この噂自体にはなんの問題もないし、これだけなら注意もしなかったわね」

 

 伊勢はそう言いながら丸い窓の外を見る。

 

「だけど、その2日後に新しい噂が流れたの。

 どうやらその先生は、ビスマルクの彼氏らしいって」

 

「あー、うん。それについては何度か聞いたことがあるんだけど……ね」

 

 その噂のせいで俺は佐世保についた途端に奇異の目で見られることとなり、興味本位で話しかけてきた龍驤から内容を聞かされた。ビスマルクの彼氏=俺であるという噂だと聞いた俺は即座に否定し、そうではないことを伝えたんだよね。

 

 しかし実際のところ、幼稚園でビスマルクとひと悶着を起こしたことによって色々と判明し、自分の身に起きている恐ろしい状況をそれなりに理解することができた。

 

 つまり、ビスマルクが希望する内容の噂を自ら流したせいで、着任早々障害だらけになってしまった訳である。

 

 もちろん俺はことある毎に否定し、あくまで噂と現実は違うのだと説明したのだが、持ち前の不幸体質のせいで更なる噂を生み出してしまったのは……忘れてしまいたいんだけど。

 

「あれ、でもそれだったら、別に俺のことを注意する必要はない気がするんだけど……」

 

「……それって、本気で言ってるの?」

 

 驚いている……と言うよりかは嫌そうな感じに見える伊勢の表情に戸惑いつつも、俺は「う、うん……」と答えながら小さく頷いた。

 

「あのさ……、あのビスマルクの彼氏って段階で、どう考えても変態しか考えられないじゃない」

 

「……何気に酷いことを言っているって、分かっているのかな?」

 

「別に事実を述べただけなんだけど、先生ってやけにビスマルクの肩を持つわよね」

 

「人として普通のことを言っているだけだよっ!?」

 

 ジト目を浮かべる伊勢の方がおかしいと思うのだが、言おうとしていることは分からなくもない。佐世保で過ごしているうちにビスマルクの評価はある程度分かったのだが、結局のところ日頃の行いが悪かっただけである。

 

 戦艦としての能力は素晴らしい。

 

 ただし艦娘としてではなく、普段の行動が問題だらけだったのだ。

 

 それは幼稚園の中でも変わりがなかった。

 

 責任感の欠片もない。自分勝手に行動する。

 

 つまりビスマルクは、超が付くほどマイペースなのだ。

 

 艦娘たちは、そのほとんどが艦隊で出撃する。最大で6艦編成だが、戦闘でも遠征でも重要なのはチームワークである。

 

 しかし、その1番大事なことをビスマルクは重要視せず、自らが思うがままに行動し、仲間を危険に晒すことが多々あったらしい。

 

 その結果、ビスマルクは艦隊から外され、体よく幼稚園の教育者として働くように命ぜられた……と、明石から聞いた。

 

 それらを考慮すれば伊勢の言葉も頷けなくはないのだけれど、幼稚園で働いているうちにビスマルクの性格がそれなりに分かってきた俺にとっては、突っ込まざるを得なくなる。

 

 まぁ、情が湧いた……と言い換えられなくもないんだけどね。

 

「やっぱり先生って、ビスマルクの彼氏だから……なのかな?」

 

「い、いや……、そうじゃなくて……」

 

 そう言いかけた途端、俺は言葉を飲み込んだ。

 

 窓の外を見ていた伊勢が、いつの間にか俺の方へと顔を向けている。

 

 その目は非常に悲しげで、

 

 ほんの少しの衝撃でこぼれそうなくらい、涙を溜めていた。

 

「い……、伊勢……?」

 

「あ、あれ……、ど、どうしたんだろう……、私ってば……」

 

 俺の声にハッとした伊勢は、素早く服の袖で顔を拭う。

 

 恥ずかしげに笑うその表情が、あまりにも作っていると見え見えで、

 

 目は更に充血し、一筋の滴が頬を伝っていた。

 

「お、おかしいよね……。別に悲しくなんか……、ないはずなのに……」

 

 そう言った伊勢の顔は作り笑いが崩れてしまい、もはや繕える限界を超えていて、

 

 増水した川が決壊したかのように、涙と嗚咽を流し始めた。

 

「うぅ……、こんなんじゃ……、なかったのにぃ……」

 

 伊勢は顔を隠そうともせず、俺を見ながら口を開く。

 

「どうして……、どうして日向は……、先生とキスをしたのよぉ……」

 

「だ、だからあれは……、違うんだって……」

 

 ちゃんと説明をして、誤解であると伝えなければならない。

 

 だけど、目の前で泣き続ける伊勢があまりにも不憫に見え、言葉を続けることができなかった。

 

「先生が……、ビスマルクの彼氏じゃないことくらい……分かっていたはずなのに、気づいたら良い感じになってるって噂が……流れちゃうし……」

 

「………………」

 

「更に……、幼稚園の子供たちと怪しい関係になってるって……」

 

「いや、それは違うから。マジで違うから。絶対違うからね?」

 

 さすがにここは黙っておけないので、ハッキリと言う俺。

 

 最後のだけ語尾が怪しかったのは……、自分でも良く分からないのだが。

 

「挙句の果てに……ヤン鯨まできちゃうし、先生が危ないからどうにかしてあげようって思ったのに……」

 

「……その割には、滅茶苦茶なことをされまくった気がするんですけど?」

 

「あ、あれは……、助けようと思ったんだけど……」

 

「踏んだり蹴ったりな記憶しか残ってない気がするのはなぜなのかなっ!?」

 

 気づけば思いっきりツッコミを入れていたんだけど、泣いている女性相手にするべきではない。

 

「ぷっ、くくく……」

 

「………………へ?」

 

 ――と思っていたら、いつしか伊勢の顔が笑っていて、俺は素っ頓狂な声をあげてしまう。

 

「あは、あははははっ!

 せ、先生ったら、本気にしちゃってる……」

 

「え、えっと……、い、伊勢……?」

 

「先生って騙されやすいと思ってたけどけど、ここまでだとは想像がつかなかったわ」

 

 そう言った伊勢は急に立ち上がり、ニヤリと笑いながら俺を見降ろした。

 

「あー、面白かった。

 日向の仕込みも完璧だったし、話のネタにバッチリよねー」

 

「………………」

 

 俺はなにも言えず、ただ伊勢の顔を見上げるだけ。

 

「そろそろ護衛に戻らないと怒られちゃうから話はおしまい。

 先生も早く子供たちの元に戻りなさいよね」

 

「あ、あぁ……」

 

「それじゃあ先生、またねー」

 

 人差し指と中指を揃えた伊勢は、即頭部の辺りくっつけてから俺に向かって素早く振る。

 

 だけど、その目は未だ充血したままで、浮かんだ涙はポロリと頬を伝っていた。

 

「………………」

 

 俺は去っていく伊勢の後ろ姿をジッと見つめながら、心の中でボソリと呟く。

 

 

 

 嘘が……、下手だよな……と。

 

 

 

 

 

 ここでことが終わればたいした被害はない……と思っていた。

 

 伊勢の気持ちに応えるのは難しいが、少しずつ話していけば良い。

 

 そう――考えながら、この場から立ち去ろうとしたのだけれど、

 

「……っ!?」

 

 急に視線のようなモノを感じた俺は、顔を上げて辺りを見回した。

 

 この感じは以前何度も味わったことのある、恐怖への序章……。

 

 しかしここは佐世保から舞鶴に向かう輸送船であり、青葉が居るとは思えないんだけど……、

 

「おわっ!?」

 

 俺が居るすぐ側にある扉の隙間からうっすらと見えた人影に、俺は大きく驚きながら後ずさる。

 

 すると、扉がゆっくりと開かれ、不適な笑みを浮かべた人物が口を開いた。

 

「安西は見ていたりして……。伊勢とチチクリあっていた先生を……」

 

「完全にキャラが変わっていませんかーーーっ!?」

 

「私、実は昔ベースを弾いてましてですね……」

 

「純粋に音楽を嗜んでいたで良いんですよねっ!?

 間違っても頭部を強打する為の武器じゃないですよねっ!?」

 

 空から襲来するシンカーボールを打ち返すものでもないし、銃弾が発射できたり、ベースに乗って空を飛べたりもしません。

 

「いやはや、以前にお聞きしたときは冗談かと思っていましたが、舞鶴の元帥から女性を奪い取ったと言うだけのことはありますね……」

 

「それとなしには言いましたけど……って、さっきの伊勢とはそんなんじゃないですからっ!」

 

「そうなのですか……?

 私にはどう見ても、恋人同士でじゃれあっているとしか……」

 

「ち、ちなみにどこから見て……なんでしょうか?」

 

 どこから見ていたのかは分からないけれど、伊勢から一方的に攻撃されていた時点で気づいていたのなら、助けて欲しかったのが本音であるのだが、

 

「伊勢が扉を背にして泣いているところへ、先生がやってきた辺りですね」

 

「最初からじゃないですかっ!

 途中からどう考えても伊勢が一方的に殴ってきましたよねぇっ!?」

 

「いやぁ……、初々しいなぁと……」

 

「どこをどう見たら初々しく見えるのか、その根拠が分からないっ!」

 

 まともに食らえば1発で病院送りになってしまうレベルの打撃が繰り出されている段階で、なれ合いで済まされることじゃないんですよっ!

 

「おや、てっきり先生はそういう趣味かと思っていたのですが……」

 

「……はい?」

 

 なにを言っているんだ……と、俺は頭を傾げるが、安西提督は全く気にすることなく言葉を続ける。

 

「先生はビスマルクの彼氏なのですから、相当のドMか……、若しくは変態であると……」

 

「ちょっと待って下さいぃぃぃっ!」

 

 なんだよそれっ!

 

 いつの間に安西提督に対する俺の評価がとんでもないことになっちゃってんのっ!?

 

「俺はビスマルクの彼氏でもなければ、ドMでも変態でもありませんっ!」

 

「またまた、そんな謙遜をしなくても……」

 

「謙遜する必要性がないって言うか、全力で否定させて頂きますっ!

 そもそも先日執務室でお話した通り、付き合うような仲ではないとハッキリと言ったはずです!

 それに、もし仮に俺がビスマルクの彼氏だったとしたら、伊勢とそういう関係になった時点でヤバいことになっちゃいますよねっ!?」

 

「そうですな……。間違いなくビスマルクが憤怒することでしょう」

 

「俺がそんな危険なことをするような人間に見えますかっ!?」

 

「ですから、相当のドMか変態であると……」

 

「ここにきてドンピシャに当てはまりそうだけど、全く違う事実ですからーーーっ!」

 

「まぁまぁ、若いときは誰しも、道の1つや2つくらい踏み外しますから……」

 

 そう言いながら俺の肩をポンポンと叩いて慰めてくれる安西提督だけど、完全に俺の話は素通りしちゃっていますよね……。

 

 優しい目を浮かばせてはいるけれど、今の俺にとってはとんでもなく恐ろしいモノに見えています。

 

 そして、子供たちや伊勢のときもそうだけど、勘違いが多発し過ぎている気がするんですが。

 

 まさかこの状況が誰かによって誘導されたモノ……なんてことは考え過ぎかもしれないけれど、いくらなんでも異常だと思う。

 

 とにかく舞鶴へ到着するまでにどうにかして分かってもらえるよう、俺は根気よく説明していかなければ……と、大きなため息を吐くと共に、肩を落としたのであった。

 




次回予告

 安西提督からまさかの口撃に大きなダメージを受けながらも、なんとか舞鶴に到着した一行。
しかし、子供たちの機嫌は未だ悪いままで、主人公の顔には焦りの色が残っていた。

 更にはちょっとした問題が発生し、新たな仕事が増えてしまったのだが……


 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その11「選択ミスが命取り?」


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その11「選択ミスが命取り?」

 安西提督からまさかの口撃に大きなダメージを受けながらも、なんとか舞鶴に到着した一行。
しかし、子供たちの機嫌は未だ悪いままで、主人公の顔には焦りの色が残っていた。

 更にはちょっとした問題が発生し、新たな仕事が増えてしまったのだが……


 赤く染まった空に小さな雲が浮かび、水平線には夕日が沈んでいくのが見える。

 

 俺や子供たちが乗っている輸送船の動きがゆっくりと止まり、お腹を響かせる大きな汽笛の音が鳴った。

 

『安西提督。舞鶴までの輸送船護衛任務を完了致しました』

 

「うむ、ご苦労様です。

 日向と伊勢は荷物の運搬を手伝い、龍驤と摩耶は輸送船外部チェックをお願いします」

 

『『『了解しました』』』

 

 無線機から聞こえてくる安西提督の声に頷きながら、俺は周りを見渡した。

 

 舞鶴に到着する少し前から子供たちに降りる準備を進めさせ、甲板に集まるように言っておいたおかげで、全員の姿が視界にある。

 

「みんな、忘れ物はないか?」

 

「うん。大丈夫だよ、先生」

 

「大丈夫ですって!」

 

 素直に返事をするレーベとろー。しかし、プリンツとマックスは無言で俺の顔を睨みつけている。

 

 その理由は単純明快で、未だに輸送船での会話内容が気に入らないらしい。安西提督への誤解を解き終えた俺は、続けて子供たちを再度説得することにした。そこでなんとかレーベとろーは納得してくれたものの、マックスは「ふうん……」と呟くだけだし、プリンツは無言で睨み続けるだけだった。

 

 ただ、一応俺の言う通りに動いてくれているので、大きなトラブルにはならない……と思いたいのだが、

 

「舞鶴幼稚園に到着してからが勝負だよなぁ……」

 

「……先生、今なにか言いましたですって?」

 

「あ、いや。なんでもないよ……」

 

 ことの発端はろーの言葉なのだが、それに対して注意や愚痴を言うこともできないので、俺は言葉を飲み込みながら頭を優しく撫でてあげる。

 

「えへへ……」

 

 ろーは嬉しそうにはにかみながら、上目遣いで俺の顔を見上げてくるのがなんとも可愛らしい。

 

 周りの目がなければ自分の部屋にお持ち帰りしたくてたまらない。

 

 だがそれをやると確実に憲兵=サンのお世話になることは明白だし、自重しなければならない……と思っていると、

 

「「「………………(じーーー)」」」

 

 レーベ、マックス、プリンツが羨ましそうな表情かつ、ジト目で俺を睨んでいた。

 

 ………………。

 

 うん、そうだよね。仲間外れはダメだよね……じゃなくってだな。

 

 つーか、そろそろ学習しろよ俺……。

 

 マックスとプリンツの機嫌が悪いことが分かっているのに、どうしてこういうことをやっちゃうのかなぁ……。

 

『先生、なにをしているの。準備ができているなら、早く降りてきなさい』

 

「おっと……、それじゃあみんな、降りるぞー」」

 

 ビスマルクからの通信を受けた俺は、ろーから手を離して子供たちに声をかける。3人は少々不満げな顔を浮かべていたものの、コクリと頷いてから床に置いていた荷物を持った。

 

「それじゃあ、俺の後に続いて一列でついてくるように」

 

「はーい、ですって!」

 

 返事はろーの分だけで、あとは帰ってこなかった。

 

 うむむ、やっぱり機嫌を損ねているよね……?

 

 

 

 

 

 埠頭に降り立った俺は、あとから続いてきた子供たちを数え、問題がないことを確認した。

 

「お疲れさま。船の長旅は大変だったでしょう?」

 

「あー……、まぁ、その……なんだ。色々あったけど……ね」

 

 海から上がって合流してきたビスマルクに返事をするものの、濁らせた方が良いと思える出来事ばかりだったので、ろくに話すことができない。

 

「なによ……。どうにも歯切れが悪いわね」

 

「いやいや。それより佐世保からここまでの護衛、ありがとね」

 

「べ、別に良いのよ。私も幼稚園で働いてるとは言え艦娘なんだから、これくらいのことは当たり前なんだから」

 

 言葉とは裏腹に、恥ずかしげな表情を浮かべたビスマルクが俺から顔を逸らす。とは言え、初めて佐世保にきたときと比べればそれなりに役割を自覚している感じに聞こえるし、護衛に関しても大丈夫だったように思える。

 

 あとは子供たちの引率や教育面に問題がなければ、これで俺の役目も終えることができる……と思うのだが、そこはまぁ、蓋を開けてみるまでは分からないだろう。

 

「ふぅ……、長旅ご苦労様です」

 

「あっ、安西提督。お疲れ様です」

 

 輸送船から降りてきた安西提督が俺たちの姿を確認して声をかけてきてくれたので、返事をする。

 

「うむぅ……。座りっぱなしのせいか、少し腰にきましたね……」

 

「だ、大丈夫ですか……?」

 

「はい……と言いたいところですが、歩くのが少し辛いですね。

 明石に指圧を頼みたいところですが、ここは佐世保ではありませんから……まいりました」

 

 そう言って、安西提督は右手でポンポンと腰を叩く。表情も少し辛そうだし無理をしない方が良いと思うで、俺は舞鶴鎮守府の中にある治療所の場所を伝えることにした。

 

「ありがとうございます。

 ですが、まずはこちらの元帥に到着の報告をしなければなりませんので……」

 

「それなら俺が代わりにやっておきます。

 元帥とは顔見知りですし、色々と話もありますので」

 

「そう……ですか。

 それなら申し訳ありませんが、お願いすることにします」

 

 深々と頭を下げようとする安西提督だが、腰の痛みのせいで難しいのか、苦悶の表情を浮かべていた。

 

「はい、お任せ下さい。

 それより、安西提督は治療所の方へ急いだ方が良いですから……」

 

 俺はそう言いながら輸送船の方に視線を向け、荷物を運んでいる日向の姿を確認して口を開いた。

 

「おーい、日向ー。

 悪いんだけど、安西提督を治療所まで送ってくれないかー?」

 

 俺の声に気づいた日向は荷物を持ったまま、こちらへと近づいてくる。

 

「治療所……だと?

 まさか、安西提督の具合でも悪いのか!?」

 

「いやいや、そこまで酷いという訳ではないのですが……、痛っ!」

 

「これは持病の腰痛が悪化したのか……。

 分かった。すぐに安西提督を治療所に連れて行こう」

 

「ああ、宜しく頼む」

 

「申し訳ありませんが、あとを……お願いします」

 

 そう言って、日向と共に安西提督は治療所の方へと歩いて行ったのだが、後ろ姿を見た瞬間に介護老人とヘルパーさんの様に見えたのはここだけの話だ。

 

 まぁ、あの体格を考えれば腰痛持ちというのも頷けるし、半日座りっぱなしとなれば痛むのも仕方がないだろう。

 

「さて、それじゃあ先生は元帥に報告をしに行きなさい」

 

「そうだな……と言いたいところなんだが、まずは子供たちを幼稚園に届けないとな」

 

 佐世保を出発する時点では、俺とビスマルクが子供たちを連れて幼稚園に行き、顔合わせをする予定だった。今のマックスとプリンツの機嫌を考えるとビスマルク1人任せるというのは非常に怖いし、なにより更なる問題を起こしそうな気がしてならない。

 

 とは言え、安西提督から頼まれた報告をビスマルクに任せるというのも、それはそれで問題がある。受けたのは俺というのもあるが、問題は元帥の秘書艦である――高雄だろう。

 

 ビスマルクと高雄は、簡潔にいって犬猿の仲。これはビスマルクが榛名たちを舞鶴に連れてきたときに充分過ぎるほど身に染みたので、極力会わせない方が良いと思っている。

 

 これらを考えれば、まずはビスマルクと一緒に子供たちを幼稚園に連れていき、問題がないと判断したところで元帥へ報告に行くのがベストであるのだが……、

 

「幼稚園の方は私が子供たちを連れていくから、全く問題はないわよ?」

 

「……そ、そう……か?」

 

「なによその顔は。私のどこに不満があるって言うの?」

 

 今までの行動を振り返ってからもう一度言ってくれ……と言いたいのだが、ビスマルクのことなので普通に同じことを答えるんだろうなぁ。

 

 しかし、ここで食い下がったら後悔してしまう可能性が高いだろうと予想できるだけに、素直に頷くことができないのだが、

 

「……そうね。ここはビスマルクに任せて、先生は報告に行くべきよ」

 

「………………え?」

 

 仏頂面でそう言ったマックスが俺の顔を見ながら、続けて口を開く。

 

「安西提督からお願いされた以上、先生がしなければいけないのは報告じゃないのかしら?」

 

「そ、それはそう……だけど……」

 

「それとも先生は、上官命令を無視してまで私たちを幼稚園に連れて行くということかしら?

 それはそれで私たちのことを思ってのことだと思うから非常に嬉しいけれど、その結果、先生の立場が危うくなるというのなら止めて欲しいところね」

 

「う……む、ぐ……」

 

 マックスの意見はもっともであり、俺はなにも良い返すことができないほど論破されてしまう。

 

 しかし、マックスの喋り方はどこかで聞いたことがあるというか、雰囲気が似ているような……。

 

 ………………。

 

 ……あっ、そうか。時雨に似ているんじゃないだろうか。

 

「そうですね。マックスの言う通りです」

 

「うん、そうだね。先生の気持ちは嬉しいけど、それで危ない目にあうんだったら、悲しくなっちゃうかな」

 

「先生は元帥の所に急ぐですって!」

 

 プリンツ、レーベ、ろーの3人も頷きながら言い、すでに断れるような雰囲気ではなかった。

 

「そういうことよ。私たちのことは心配しなくて良いから、元帥の所へ向かいなさい」

 

「あ、あぁ……」

 

 もはや頷くことしかできない俺は仕方なく折れる。

 

 だけど、心配になっている半分以上は、ビスマルクたちが言う部分じゃないんだけどね……。

 

 願わくは、ビスマルクや子供たちが幼稚園で問題を起こさないように。

 

 俺には祈ることしかできない――と思いきや、ここで空気を変える言葉が耳に入ってきた。

 

「あれ、安西提督はどこ行ったん?」

 

「あっ、龍驤……か。

 実は安西提督の持病が悪化したから、治療所の方に向かっているんだ」

 

「そうなんや……。

 一応、輸送船の外部チェックは済んだから、報告しようと思ったんやけど……」

 

「それなら。荷物を運んでいる伊勢に伝言を頼めば問題ないんじゃないかしら?」

 

「そうやね。そしたら、そうする……」

 

「龍驤、ちょっとだけ頼みたいことがあるんだけど、構わないか?」

 

 ビスマルクの提案に頷いた龍驤が背を向けようとした瞬間、俺はふとしたことを思いついて呼び止めた。

 

「頼みたいこと……って、なんなん?」

 

「実は安西提督から報告の任務を受けたので、子供たちを幼稚園に送ることができなくなったんだ。

 ビスマルクがいるから大丈夫だとは思うんだけど、龍驤は何度かここにきたことがあるはずだから、念のために一緒について行ってくれないかな?」

 

「ははん、なるほどねぇ……」

 

 なぜか不敵な笑みを浮かべながら俺とビスマルクの顔を見比べた龍驤は、腕を組みながら目を閉じて考える素振りをする。

 

「え、えっと、他に用事があるって言うなら、無理強いはしないけど……」

 

 そう言ったものの、俺としては龍驤について行ってもらえる方がありがたい。龍驤の性格を考えれば無理矢理頼み込むより、こういった感じでお願いする方が良いと踏んだのだが、

 

「ええよ、かまへんでー」

 

「おっ、本当か。助かるよ」

 

「一応、今日の予定はそんなにあらへんからね。

 ついでに摩耶も同じ感じやから、2人でついてってやるわ」

 

「えっ、摩耶まで一緒にって……、良いのか?」

 

 本人が居ないところで勝手に決めてしまうのはどうかと思ったのだが、いつの間に話を聞いていたのか「おっけーだぜー」と言う声が聞こえてきたので龍驤から少し視線をずらしてみると、ニコニコと笑みを浮かべながら手を振る摩耶の姿が見えた。

 

「……と言うことやし、問題ないよね」

 

「けど、本当に構わないのか?」

 

「なんや、言い出したのは先生の方やで。

 それともなにか、問題でもあるん?」

 

「い、いや、ないんだけど……」

 

 なぜだか分からないが、すんなりことが進んでいるのがどうにも怪しい気がする。

 

 ……まぁ、日頃が不運続きだったせいもあるのかもしれないんだけどね。

 

「それに、幼稚園にはちょっくら用事もあることやしね」

 

「……ん、なにか言ったか?」

 

「いんや、なんでもあらへんよ。

 せやさかい、先生はさっさと報告に行った方がええんとちゃう?」

 

「そうだぜ。まずはしっかりと任務をこなさないとなっ」

 

「あ、ああ。そうだな」

 

 俺は少しばかり腑に落ちないものの、これ以上考えても仕方がないので2人に頭を下げてお願いし、元帥の元へ向かうことにした。

 

 

 

 ……ちなみに、摩耶の様子はいつもと変わらなかったので、どうやら護衛のときに日向が言ったことは、おそらく俺をからかう為だったのだろう。

 

 そうじゃなかったら、普通はたどたどしい感じになったりするからね。

 

 ………………。

 

 べ、別に悲しかったりする訳じゃないよ?

 

 

 ――と、そんなことを考えながら少し離れたところで振り返ってみたんだけれど、

 

 なぜか、みんなは揃って笑みを浮かべている気がするんだけど、本当に大丈夫だよね……?

 




次回予告

 不安に思いながらも子供たちをビスマルクと龍驤、そして摩耶に任せて執務室に向かう主人公。
元帥に報告をする為中に入った途端、やっぱりというかなんというか……うん、いつものことだよね。



 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その12「最早お約束」


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その12「最早お約束」


 不安に思いながらも子供たちをビスマルクと龍驤、そして摩耶に任せて執務室に向かう主人公。
元帥に報告をする為中に入った途端、やっぱりというかなんというか……うん、いつものことだよね。


 

 一抹どころではない不安を抱えながらも、俺はみんなと別れて元帥が居る執務室へと向かった。

 

 数ヶ月の間舞鶴に居なかったとはいえ、さすがにここは慣れた土地。目を瞑っていても……とは言い過ぎかもしれないが、輸送船を停泊させた埠頭から最短距離を通って目的の建物へとたどりつく。

 

 通路を歩いていると見知った顔を見かけたので挨拶を交わすと、「いつの間に帰ってきたんだよ?」とか、「あれ、飛ばされたんじゃなかったっけ?」など、少しばかりへこんでしまう言葉を聞きながら、愛想笑いで乗り越えていった。

 

 そうして、元帥が常駐している執務室の扉の前――に立っているのだが、

 

「うむむ……、いつここにきても、変に緊張するんだよなぁ……」

 

 おそらくは踏んだり蹴ったりな経験が多いからだろうけれど、良いことも悪いことも含めて、無駄であったとは思えない。

 

 なんだかんだと言っても、俺は元帥に感謝をしているし、秘書艦の高雄にも色々と世話になった。だからこそ素直に佐世保への転勤も受け入れたし、こうやってここに戻ってきたのである。

 

 それでもこうしてノックするのをためらってしまうのは、なにかしらの不安が心の中にあるからなんだろうなぁ……。

 

「とは言え、ここでジッとしていても始まらないからな」

 

 覚悟を決める為に大きく深呼吸をし、右手の拳を握ってドアをノックする。

 

「どうぞー」

 

 間髪置かずに覚えのある声が扉の向こう側から聞こえ、俺は息を飲みながらノブを回した。

 

「失礼します」

 

 部屋に入ってまずは敬礼。そして元帥の方へと視線を向ける。

 

「遅いっ! 今何時だと思っているんだっ!」

 

「………………」

 

 いきなり怒鳴られた。

 

 いつも通りの元帥なんだけど、顔を真っ赤にして机をドンドンと叩いている。

 

「門限はとっくに過ぎているんだぞっ!

 お父さんはお前をそんな風に育てた覚えはないっ!」

 

 いや、門限が何時だとか決められていないし、そもそも元帥に育てられた覚えもなければ、父親でもない。

 

 なので、俺はジト目を浮かばせながら、元帥のすぐ横に立っている高雄に声をかけた。

 

「高雄さん、ツッコミはまだですか?」

 

「最近、このパターンに飽きておりまして……」

 

 完全に呆れた顔であくびをしているところからして、前もって予想していたのか、他の誰かに同じことをやったんだろうね。

 

「あぁ、なるほど。

 確かにマンネリ化してますからね……」

 

「最近はツッコミを入れると夫婦漫才とか言われる始末ですから、正直避けたいのですわ」

 

「じゃあこの際、完全無視の方向で済ませた方が良いですかね?」

 

「そうですわね。その方が疲れることもありませんし」

 

 そう言いながら、俺と高雄はコクコクと頷いた。

 

「うおぉぉぉいっ!

 僕の目の前で滅茶苦茶酷いことを言われてるんですけどぉぉぉっ!」

 

 それを見た元帥は驚いた顔で大きな声をあげたんだけど、

 

「とりあえず……、

 佐世保鎮守府から安西提督、及び子供たちを輸送船にて舞鶴鎮守府に到着。また、辞令により舞鶴幼稚園に帰還したことを報告致します」

 

「承りましたわ、先生。

 ところで、安西提督の姿が見えないのですが、なにか問題でも?」

 

「輸送船での長旅にて持病の腰痛を発症したらしく、治療所へ向かうように進言して俺が報告にきた次第です」

 

「なるほど、分かりました。

 それでは……」

 

「ちょっとちょっとちょっとっ!

 この部屋の主だけじゃなく、鎮守府で一番偉い僕を完全に無視して話を進めないでよっ!」

 

「先生はこの後、子供たちを幼稚園に向かわせるのですよね?」

 

「その件はビスマルクと護衛の2人にお願いしてあります。

 報告を終えた後に向かうつもりなんですが……」

 

「その方がよろしいですわね。

 少々厄介な……艦娘がついておりますし」

 

「あ、あはは……」

 

 ビスマルクの名を出した途端に高雄の表情が曇ったので、俺は愛想笑いを浮かべて誤魔化しておいた。

 

「こらあぁぁぁっ!

 これ以上無視するんだったら、僕にも考えがある……」

 

「五月蠅い……ですわ」

 

「うがっ!?」

 

 あまりにも大声を上げ続けるものだから、さすがに高雄もイラッとしたんだろう。

 

 元帥の頭を見事なまでに右手1本で鷲掴みし、椅子から引っこ抜くようにしてぶら下げた。

 

「痛い痛い痛いっ!」

 

「あら、どこからともなく悲鳴のような声が……?」

 

「目の前っ、目の前に居るからっ!

 あと、掴んでるのは高雄本人だよっ!?」

 

「おかしいですわね……。

 少々大きな蠅しか見えないのですが……」

 

 元帥を蠅扱いする秘書艦とはこれ如何に。

 

 ……まぁ、これもいつものことなんだろうけどね。

 

「えーっと、それじゃあ報告も終わりましたので、俺は幼稚園に向かうことにしますね」

 

「はい、お疲れさまでした」

 

「ちょっ、先生っ! 助けてよっ!」

 

「……俺の力で高雄さんに敵うとは思えないんですが」

 

「別に武力でなくても構わないから……って、いだだだだっ!」

 

「先生、蠅の言葉なんかに惑わされてはダメですわ」

 

 ニッコリ笑う高雄の顔がマジで怖いのでガチ引きなんだけど、このまま放置すると元帥から恨みを買う恐れもあるんだよなぁ……。

 

 しかし、言葉を間違えると更に悪化する恐れもあるし、どう対処したら良いのだろうか……と思っていると、

 

「た、助けてくれないなら、愛宕に先生の秘密をばらしちゃうよっ!」

 

「………………は?」

 

 いきなりとんでもない発言をした元帥に、俺は眉間にしわを寄せながら視線を向ける。

 

 別に愛宕に隠しごとや秘密をした覚えはないんだけれど、元帥はいったいなにを知っているというのだろう。

 

「その……、秘密とやらとは、いったい……?」

 

「ふっふっふ……。僕の情報収集能力によって、先生が佐世保に行っている間の行動は逐一調べべべべべべっ!」

 

 メキメキメキ……と、元帥の頭から嫌な音が鳴っているんだけど、このままだとマジで死んじゃうんじゃないのだろうか。

 

 さすがにヤバいと思うので、俺は高雄に「やり過ぎな気がするんですが……」と言うと、大きなため息を吐きながら元帥を掴んでいる手を離した。

 

「うごごごごご……」

 

 机に突っ伏した元帥はよく分からない呻き声をあげているが、十秒ほど経ったころには掴まれていた頭をさすりながら顔を上げた。

 

「ふぅ……、復活完了」

 

 ……いや、それで復活って、元帥は人間じゃないですよね?

 

 どう考えてもヤバいレベルの音がしてたと思うんだけど、普通だったら病院送りでもおかしくないと思うんですが。

 

「……それで、先生の秘密とやらはいったいなんなのでしょうか?」

 

 急かすように高雄が元帥に言葉を投げかけたんだけど、表情が興味ありげに見えるのはどうしてなんでしょうか。

 

 なんだかんだと言って、やっぱり気になっているんですかね?

 

 ……まぁ、愛宕に対して言われたらマズイということをした覚えはないけれど、噂が流れてしまったという可能性もあるからなぁ。

 

 それらは全て、ちゃんとした否定する材料を揃えてから帰ってきたので、問題はないんだけどさ。

 

 特に、明石の誘拐事件については色々と大変だったけど、今回は安西提督も一緒にきているので、フォローをしてもらえれば問題は……、

 

「佐世保に行っている間に、ビスマルクを籠絡したんだってさ。

 さすがは先生、やることが早いよねー」

 

「……いや、なんでやねん」

 

 素でツッコミを入れる俺。もちろん裏手も込みで。

 

 その噂は、すでに佐世保鎮守府内ではガセ情報だったと、ほとんどの人や艦娘は認識しているんですけどねっ!

 

 ……あっ、そう言えば、安西提督は未だに勘違いしていたみたいだけど、どうしてなんだろう。

 

 しかしまぁ、これに関しては簡単に否定できる材料……が……、

 

「………………」

 

 ちょっと待て。

 

 否定すること自体は簡単だけど、問題のビスマルクがこっちにきているよな。

 

 そして、元帥が愛宕にこのことを伝えたとすれば……、

 

「いやいやいや、いくらなんでもそれはないです」

 

「……先生の目があらぬ方を向いているように見えるのは、なぜなんだろうねー?」

 

 そういった元帥は、もの凄く嬉しそうにニヤニヤしている。

 

 対して、非常に嫌そうな顔をしているのは高雄なんだけど、おそらくこれはビスマルクとの仲を現わしているからだろう。

 

 もちろん俺がビスマルクを落としたという事実はないとしても、当の本人が未だに諦めていない以上、厄介な事態に陥る可能性は非常に高いのだ。

 

 ましてや今は子供たちを幼稚園に引率している状況なのだから、こんなことを現場で言われたら……、

 

「そういった事実は全くありませんけど、収拾がつかなくなるのでマジでやめて下さい」

 

「えー……、どうしよっかなぁー」

 

 ガセ情報を使ってでも脅しをかける元帥だが、本人はどう思っているのだろうか。

 

 隣に、1番危険な艦娘が居ると言うのに……ね。

 

「ふぁっ!?」

 

 先ほどと同じように、ガッチリと元帥の頭を掴む高雄。

 

「いだだだだだだだだっ!」

 

 すでにメキメキという音が聞こえ、更にミシミシとまで鳴っている。

 

「一応言っておきますが、その情報はかなり古いモノですわ。

 先生がビスマルクを落としたというのはガセでしたし、それ以外にも聞き捨てならない噂は流れていましたが……」

 

 仏頂面のままスラスラと話す高雄は、元帥の悲鳴を全く気にすることなく続けていく。

 

「そのどれもが噂でしかなかったと、私の情報網にて調べはついています。

 ただ、誤解を招くような行動も少しはありましたので、噂が流れても仕方がないと思われますけどね」

 

 言って、半分だけ開いた鋭い目を俺に向けた。

 

「ですから、舞鶴に帰還してから羽目を外す……なんてことは、なさらない方が身の為だと思いますわ、せ・ん・せ・い?」

 

「は、ははは、はいぃぃぃっ!

 よく心に刻んでおき、日々精進するでありますっ!」

 

「良い返事ですわ。

 舞鶴鎮守府の一員として、恥ずかしくない行動を取って下さいね」

 

 ニッコリと笑みを浮かべる高雄だけれど、目は完全に笑っていない。

 

 それどころか、元帥を掴んでいる腕が小刻みに震え、それと一緒に……、

 

「ぶくぶくぶくぶく……」

 

 完全に元帥が泡を吹いて気絶していた。

 

 

 

 これって、死んじゃってもおかしくないですよね……?

 




次回予告

 高雄マジ怖い。
まぁ、分かってはいたんだけどね。

 と言うことで、お約束の漫才タイムは終了し、幼稚園へと向かう主人公。
しかし、そうは問屋が卸さない……と、ある艦娘が前に立ちはだかった



 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その13「久しぶりに切れちゃいます」


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その13「久しぶりに切れちゃいます」


 高雄マジ怖い。
まぁ、分かってはいたんだけどね。

 と言うことで、お約束の漫才タイムは終了し、幼稚園へと向かう主人公。
しかし、そうは問屋が卸さない……と、ある艦娘が前に立ちはだかった


 

 結局いつものドツキ漫才(とは言っても、一方的な虐殺レベルではあるんだけれど)を見た後に高雄の脅し……ではなく忠告を受けた俺は、少しばかり膝をガクガクとさせつつ執務室から出た。

 

「ふぅ……。これで報告は完了だな」

 

 扉を閉めてからため息をひとつ。通路に響き渡るのは執務室の中から放たれる元帥の悲鳴だから、目立つようなことはない。

 

 しかし、相変わらずの元帥と高雄だったので、ちょっとだけ安心した。

 

 これでやっと舞鶴に戻ってきたって感じがするんだけれど、これでまだ終わりじゃないんだよなぁ……。

 

 龍驤と摩耶にお願いしたとは言え、ビスマルクと子供たちの様子が気になり過ぎる。まさかとは思うが、到着早々ドンパチを起こす……なんてことを、していないと良いんだけれど。

 

「とにかく、早いところ幼稚園に向かった方が良さそうだな」」

 

 俺は独り言を呟きながら、通路を早歩きで進む。

 

 頭の中で、幼稚園で起こりえる事態を想像し、背筋を凍らせつつ額に汗を浮かばせた。

 

「ろーは以前にこっちにきているから、上手く話をまとめてくれるとありがたいんだけど、たまに導火線に火……どころか、地雷を連続で踏みまくることがあるからな……。

 それに、マックスとプリンツの機嫌もよくないし、ビスマルクの気合も入りまくりだから、龍驤と摩耶がどれだけ頑張ってくれるかなんだけど……」

 

 考えれば考えるほど、やっぱり引き止めておけば良かったと後悔してしまう。

 

 まぁ、今更言ったところで、どうしようもないんだけどさ……。

 

「もし、佐世保のみんなが問題を起こさなかったとしても、安心はできないんだよな……。

 前よりは天龍も大人になったとは思うんだけど、喧嘩っ早いのは確かだし、龍田が煽る可能性もある。

 金剛に関しては他の姉妹たちが佐世保に属していたこともあるだろうし、上手く取り持ってくれるだろうけれど……」

 

 そうは言っても、俺が舞鶴から佐世保に転勤が決まる前の記憶でしかないので、今がどうなっているのかは分からない。ほんの数ヶ月だから……と思ったりもするが、子供たちの成長は目を見張るものがあるだけに、楽観はできないのだ。

 

「たまに怖いときがあったりするが、なんだかんだと言っても時雨は大人だから大丈夫だろう。

 潮も大人しい方だし、夕立はぽいぽいだからな……」

 

 呟きながら、ぽいぽいってなんだよ――と、心の中で突っ込む俺。

 

 なんだか分からないが、『ぽいぽい』は『ぽいぽい』なのである。

 

「1番の問題は……、やっぱりアイツだよなぁ……」

 

 俺の脳裏に浮かびあがってくる1人の子供。

 

 厄介ごとを起こす頻度が高く、更に悪化させる能力は群を抜いている問題児。

 

「ヲ級が、なにごとも起こさないと良いんだけど……な」

 

 俺は肩を落としながら大きく息を吐き、頭を抱えながら階段を下りるのだった。

 

 

 

 

 

「どもっ、青葉でーす!」

 

 執務室のある建物から出た途端、俺の行く手を遮るかのように立ちはだかった艦娘に、俺は足を止めて顔を上げた。

 

「………………」

 

「ろ、露骨に嫌そうな顔をしないで欲しいんですけど……」

 

 そう言いながら頬を掻く青葉だが、片方の手にはしっかりとメモ帳が握られており、首には大きいカメラが紐でぶら下げてある。

 

 どこからどう見ても記者の成りだが、実際は舞鶴鎮守府に正式所属している艦娘だ。しかし、俺が頭を悩ませている子供たちと同レベルで問題視しなければならない相手であり、迂闊な発言は死に直面すると言っても良いだろう。

 

 もちろん死と言っても、社会的に……と前に付くけどね。

 

「今まで俺にしたことを振り返ってから口を開いてくれると嬉しいかな」

 

「振り返る……、ですか?」

 

 ジト目を浮かべる俺に、青葉は全く気付かない素振りで考えるように空を見上げる。

 

「うーん、そうですねぇー」

 

 今度は腕を組んで、頭を捻る。

 

「噂の先生を取材するうちに、ちょっとばかりストーカー気味になっちゃったことはありましたけど、あの件は手打ちになりましたし……」

 

 手打ちとか言うな。色んな意味で怖いわ。

 

「先生の写真を販売したことによって、ファンクラブができたとか……」

 

 その件はいろんな方面から情報を得ることである程度は知っていたけど、やっぱり青葉が原因だったのかよ……。

 

「最近はル級と取引をしているおかげで、深海棲艦側にも広がりを見せていますけど……」

 

 なにそれ、聞いてない。

 

「佐世保での潜入工作はほとんどばれてませんでしたから……って、げふんげふん」

 

 ちょっと待て。

 

 潜入工作って、いったいどういうことっ!?

 

「まぁ、おかげで新聞の販売部数も鰻登りですから、青葉としては万々歳ですけどねー」

 

 メトロノームのように頭を左右に傾かせながら、次々に言葉を並べていく青葉だけど、全くもって聞き捨てならないんだけどっ!

 

「そう言うことですから、振り返ったところで青葉に全くの落ち度は……」

 

「ありまくりなんで、1度本気で怒っていいか?」

 

「またまたー。そんな冗談を言ったところで……」

 

 井戸端会議をしている奥様方のように、手を左右にパタパタと振る青葉に向かって、俺はちょっとばかり大人気ない行動を取った。

 

「………………」

 

「……っ!?」

 

 青葉の身体が一瞬で固まり、呆気にとられた表情を見せる。

 

「………………」

 

「え、あっ、ちょっ……」

 

 そして、顔をみるみるうちに青ざめさせ、膝をガクガクと揺らす。

 

 大人気ないと言っても、別に大したことはない。

 

 ただ単に、無言で青葉に近づいているだけなんだけれど。

 

「ひぃっ!

 よ、寄らないで下さいっ!」

 

「………………」

 

 ただし、ちょーーーーーーっとばかり、表情が怒っちゃっているかもしれないけどね。

 

「ご、ごめんなさいっ!

 もう2度としませんから許して下さいっ!」

 

「………………」

 

 俺はゆっくりと1歩ずつ足を進め、じわりじわりと追い詰める。

 

「おおおっ、お願いしますっ!

 なんでもしますからーーーっ!」

 

 恐怖のあまり地面に座り込んだ青葉は、ガタガタと身体中を震わせながら大きな悲鳴をあげていた。

 

「……本当に、2度と俺に対して問題を起こさないと誓うかな?」

 

 さすがにこれ以上やっちゃうと色々面倒なことになりそうなので、最後に念を押しておくことにする。

 

「は、はいっ!

 不詳青葉っ、先生の為ならどんなことでもやり遂げますっ!」

 

「いや、別に厄介ごとを持ちこまなければ良いだけなんだけれど……」

 

「せ、先生が望むなら……、青葉はどんなことでも……っ!」

 

「そこで顔を赤らめる意味が全くもって分からないっ!」

 

「これだからDTは……」

 

「……なにか言った?」

 

「いいえ、なんでもありませんよー?」

 

 またもや聞き捨てならない言葉を聞いた気がするのだが、小さい声だったせいで分からなかった。しかし、青葉の視線は俺から完全にそっぽを向いているので、おそらくはそういうことなのだろう。

 

「反省の色がなさそうだよね……」

 

 同じ――いや、さっきよりも怒りを込めた表情で、青葉の方へと歩を進める。

 

「ひいぃっ!?」

 

「もう1度聞くけど、俺に対して問題を起こさないと誓うかな?

 

 より怖く、より恐ろしく思わせる為に、声のトーンは低く、一定を保ちながら口を開く。

 

「あわっ、あわわわわっ!」

 

 青葉の顔は先ほど以上に青ざめ、目に涙を浮かばせながら、おたおたしていた。

 

「誓うかな?」

 

「……っ、……っ!」

 

 コクコクと頭を縦に振る青葉だけれど、言葉にしなければ意味がない。

 

「んー、聞こえんなぁー?」

 

 気分は恋人を盾にして刃向かえないようにしつつ、腹部に指を突き刺していく殉星のように。

 

 もちろん誰か口車に乗ったり、騙されたりしていないけど。

 

「ち、ちちちっ、誓いますっ!

 誓いますから許して下さいぃぃぃっ!」

 

「その言葉に二言はないよね?」

 

「はいっ、はいぃぃぃっ!」

 

 悲鳴となんら変わりがないと思えてしまう声をあげる青葉は、その場で両手をつき、何度も頭を下げていた。

 

 俗に言う土下座のポーズであるが……って、これはさすがにやり過ぎた感があるな……。

 

 しかし、青葉相手に気を許すとダメだと言うことを、俺は重々承知している。ここは心を鬼にして、しっかりと言い聞かせなければならないのだ。

 

「もし今後、青葉の悪行が俺の耳に入ってきたら分かっているよね?」

 

「そ……、それはもちろん、先生に関するってこと……ですよね……?」

 

「そんなの当たり前でしょ。

 それと、子供たちに関係することも含まれるから、しっかりと覚えておかないと……」

 

 俺はそう言いながら、土下座をしている青葉の顎を掴んで、グイッと引き寄せた。

 

「~~っ!?」

 

「今度はこんなレベルで済まさないから、肝に銘じておくように」

 

 視線を合わせてから目をカッ……と開き、暗示をかけるように言葉を終える。

 

 青葉はピクリとも身体を動かすことができないまま、顔を真っ赤にさせ、次に一気に青ざめ、そして大量の汗を額に浮かばせた。

 

「分かってくれたら良いんだけどね。

 それじゃあ、早く幼稚園に向かわないといけないから、そろそろ行くよ」

 

 青葉から手を離した俺は素早く立ち上がり、手を振ってからスタスタと歩いて行く。

 

 向かう先は、もちろん舞鶴幼稚園。

 

 願わくは、子供たちが問題を起こしていないように。

 

 あと、ビスマルクが大人しくしていれば、非常に助かるんだけど。

 

 さすがにそれは難しいかもしれないけれど、龍驤と摩耶がなんとかしてくれれば……と、淡い期待を胸に抱きながら足の動きを速めた。

 

 

 

 

 

 ちなみに、後々の話なんだけど。

 

 青葉を説得する為に少々手荒なことをしてしまったおかげで、新たなる噂が舞鶴鎮守府を駆け巡ってしまったのは、完全に予想外だった。

 

 よく考えてみれば、艦娘だとしても女性である青葉に悲鳴をあげさせた挙句、土下座させてしまったんだから仕方ないのかもしれないけれど。

 

 その噂のせいで、更なる悲劇を生んだかどうかは……、想像にお任せします。

 

 

 

 しくしくしく……。

 




次回予告

 結局主人公は自業自得ということを反省しながらも、後々に生かさないからいけないんです。

 ということで、青葉から別れた主人公は幼稚園へ向かう。
嫌な予感がしつつも部屋の中を伺うと、やっぱりというかなんというか……うん、分かるよね?



 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その14「やっぱりあの選択は失敗だった」


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その14「やっぱりあの選択は失敗だった」


 結局主人公は自業自得ということを反省しながらも、後々に生かさないからいけないんです。

 ということで、青葉から別れた主人公は幼稚園へ向かう。
嫌な予感がしつつも部屋の中を伺うと、やっぱりというかなんというか……うん、分かるよね?


 

「ふぅ……。やっと着いた……な」

 

 俺の目の前には、数ヶ月前まで勤務していた場所――である、舞鶴幼稚園の建物が見える。

 

「舞鶴幼稚園か……、なにもかも皆懐かしい……」

 

 様々な困難を乗り越えて帰ってきたことを感動する艦長のような気分に浸りながら呟いてはみたものの、実際には転勤で少しの間離れていただけである。しかし、そうとは言え、初めての職場であり、色々な思い出が詰まった建物を見れば、感動してしまうのも無理はないと思う。

 

 ただ、ここで問題があるとするならば……、

 

「大きな声とか音なんかが、聞こえてはこないよな……?」

 

 先に到着しているはずの佐世保幼稚園組が、ひと悶着どころかカチコミレベルのトラブルを起こしていないかが心配なのである。

 

 前日から佐世保幼稚園で繰り広げられたビスマルク&子供たちの発言を切っ掛けに、輸送船内部で起こってしまった険悪なムードと、俺の不甲斐なさにより説得し切れなかったことが合わさってしまった今、この中で問題が起こっている可能性の方が高いはずなのだ。

 

 もし、トラブルが起きなかったとするならば、それは龍驤と摩耶が上手くビスマルクたちを押さえてくれた場合と、舞鶴幼稚園のドンであり、最強の守護神である愛宕がどうにかしたのかもしれない。

 

 ………………。

 

 そう――、頭の中で考えをまとめていると、ふとあることを思い出した。

 

 ビスマルクが初めて舞鶴にきたとき、確かヲ級を見た瞬間にもの凄く焦っていた。

 

 それはもちろん、艦娘として当たり前のことなのだろうけれど、なにより事前に連絡がいっていなかったことが問題だった。今回はすでにヲ級と顔合わせはした後ではあるのだが、今の舞鶴幼稚園には更に追加されている人員が居る。

 

 しかも、ヲ級よりもレベルと言うか、ネームバリューも半端ない。

 

 なんせ、北方棲姫と港湾棲姫なんだから。

 

 ……これって、完全にヤバくね?

 

 いやでも、停戦&同盟を組んだことは各鎮守府に通達があったはずだし、ビスマルクの耳にも届いているはずだ。

 

 それに、龍驤と摩耶は以前にもここにきているのだから、その辺りに関しての問題は起きないはずなんだけれど……、

 

「それでもやっぱり、ビスマルクはビスマルクだからなぁ……」

 

 呟いてからため息を吐く俺だが、ここで考えているだけではなにも始まらない。

 

 まずは中に入って様子を伺わなければ、なにも分からないのだ。

 

 不安しか出てこない頭の中をリセットする為、ブンブンと激しく左右に振ってから両方の頬をパシンと叩き、玄関の扉を強く押したのであった。

 

 

 

 

 

「………………マジか」

 

 扉を少しだけ開けて、遊戯室の中を覗き込む俺。

 

 とりあえず、結論を先に言います。

 

 完全に、詰んでんじゃん。

 

「「「………………」」」

 

「「「………………」」」

 

 俺の目の前で繰り広げられている状況を簡単に説明すると、遊戯室の中心部分を起点として左側に佐世保幼稚園の子供たちであるレーベ、マックス、プリンツ、ろー、そしてなぜかビスマルクが立ち、右側に舞鶴幼稚園の子供たちである天龍、金剛、時雨、ヲ級が立っていた。

 

 ちなみに愛宕は子供たちの中心から少し離れた場所で、ニコニコと笑みを浮かべたままなにも言わずに様子を見ているだけだった。その近くで龍驤と摩耶が悲壮な表情をしながら今にも倒れそうにフラフラしているんだけれど、こちらの方が俺の予想外の出来ごとなんだよね。

 

 その他には、しおいと潮、夕立、龍田の姿が部屋の隅辺りに見受けられる。おそらくこの面子は見(ケン)に徹すると言う感じだろうが、龍田の表情だけがやけにニヤついていているので、油断をしない方が良いだろう。

 

 この部屋に居ない子供たちは、おそらく別の部屋なのだろう。全員がここに集まっていたら収拾がつかないのは明白であり、多少は安心できる……とは安易に言えないし、気が滅入りそうになる。

 

 なにせ、輸送船内で俺を嫁にする宣言をした面子同士なんだよ?

 

 どう考えても険悪になるのは確実だし、近寄りたくないのは分かってもらえると思うんだけれど、

 

「あら~、噂をすればなんとやらね~」

 

 そう言った龍田が覗き込んでいる俺に向かって指をさし、

 

「「「……っ!」」」

 

 険悪ムードの子供たち&ビスマルクの視線が集中する。

 

 さすがは龍田。完璧なタイミングを分かっている。

 

 そして、こう言おう。

 

 

 

 ちょっとくらいは気を使えよ! うわあぁぁぁぁぁんっ!

 

 

 

 

 

 ――と言う訳で、現在俺は子供たちの中心に位置する場所で正座をし、突き刺さる複数の視線を全身に受けていた。

 

 もうダメです。耐えられません。

 

 針のむしろとか、そんな言葉で済まされるレベルじゃないよっ!

 

「これで当事者も揃ったから、いよいよ修羅場を開始できるわね~」

 

 そして問答無用の言葉を吐いちゃう龍田には、すでに突っ込む気力すらないです。

 

 ……まぁ、俺が言葉を発したら、なにもかもが終わってしまう気がしてならないからなんだけど。

 

 つまり根性がないだけです。ハイ。

 

「「「………………」」」

 

 しかし、子供たち&ビスマルクは俺を挟んで睨み合ったまま、無言で威圧感を出し続けていた。

 

 おそらく、先に動いた方が負ける……的な思考が渦巻いているからかもしれないが、俺としては最悪な状況に変わりがないので、さっさと楽にして欲しい気分である。

 

 どちらにしても糾弾されるなら、早い方が良い。

 

 その理由は分かってはいるけれど、正直に言って理不尽だと思う。

 

 ただ、好かれているというのは悪いことではなく、むしろ嬉しくてたまらない。

 

 問題は、行き過ぎた結果がこうであると言うのならば、やっぱり前もって対処しておかなければいけなかったのではあるが……。

 

「うぅ……」

 

 周りに聞こえない小さな呻き声をあげながら、俺はチラリと愛宕の方に視線を向ける。

 

 本来ならこのような状況になった場合、幼稚園の主として真っ先に止めるべきはずなのに、どうして黙ったままなのだろうか。

 

 ――そう考えながら、愛宕の顔をしっかりと見てみると、

 

「………………(にっこにっこにー♪)」

 

 満面の笑みでした。

 

 ただし、背中の辺りに感じるオーラは、反比例しているとしか思えないけれど。

 

 だって、愛宕の周りには誰も居ないし、明らかに距離を取っている感じにしか見えないもんね!

 

 ちなみに龍驤と摩耶は未だに床で這いつくばっています。暫くは無理っぽいです。

 

 まぁ、人の心配ができるほど余裕もないのだが、半ば諦め気味なんだから仕方がないよね。

 

 ………………。

 

 そもそも、なんで愛宕は怒っているんでしょうか。

 

 限度があるとは言え、子供たちに好かれるのは教育者として悪いことではないはずなのはさっきも思った通りだ。それに愛宕のことだから、俺が子供たちに手を出さないことくらい分かってくれているだろう。

 

 それとも、もしかしてビスマルクの噂がこっちも流れちゃっているとか……?

 

 でもそうだったとしたら、愛宕は嫉妬をしてくれているとか、そう言う感じ……なんだろうか。

 

 それってつまり……、えっと……、喜んで良いってこと……だよな?

 

「………………」

 

 脳内考察を終えた俺は、もう一度愛宕の方へと視線を向けたんだけれど、

 

「………………(ゴゴゴゴゴ……)」

 

 あ、あの……、オーラが半端じゃないんですが。

 

 なんか愛宕の周りだけ空気が淀んでいるみたいに、ぐにゃりと曲っている気がするんですけど。

 

 そして子供たちと愛宕の感覚が更に広くなっているし、誰もそっちの方に顔を向けようともしていないよっ!

 

「ぶくぶくぶく……」

 

 更にしおいに至っては、立ったまま泡を吹いて気絶をしているんですけどっ!?

 

 滅茶苦茶器用なんだけど、褒められるようなことじゃない。

 

 しかし、こうなってしまった以上、俺にはどうすることもできないし、頼みの綱は愛宕だけ。なんとかして助け船を出してもらいたいところなんだが、目を合わすだけで殺されてしまいそうな気がしてならない。

 

 だが、言葉を発することができない俺としては、アイコンタクト以外に方法がない訳で、死を覚悟したとしてもやらざるを得ないのだが。

 

「………………」

 

 俺は口を塞いだまま溜まった唾を飲み込み、勇気を出して愛宕と視線を合わす。

 

「………………(助けて下さい、愛宕先生!)」

 

「………………(あらあら、自業自得にも程があると思うんですけど、泣きごとを言うつもりなんですか~?)」

 

「………………(い、いったい俺がなにをしたって言うんですかっ!? 噂はただの誤解ですし、子供たちに手を出していないことくらい分かっていますよねっ!)」

 

「………………(本当に分かっていないんでしょうか~?)」

 

「………………(わ、分かっていないって……、な、なにをなんですかっ!?)」

 

「………………(………………)」

 

 ほんの少し瞳孔を大きくした愛宕は、口元に右手を当てて考えるような素振りをする。

 

 視線は既に俺とは合わせず、完全に思考モードに入っているようだ。

 

 しかし、愛宕が言う『分かっていない』とは、いったいなにを指すのだろう?

 

 佐世保での出来ごとについて、聞かれてしまってはマズイことなんて……ありまくりにも程があるんだが。

 

 でも結局のところ、そのほとんどは俺の本意ではないし、誤解が多く生じてしまっているのは事実である。それらを分かってくれた上で愛宕が機嫌を悪くすると言うのなら、それはやっぱり……、

 

 嫉妬……なんだろうか?

 

 それはそれで、滅茶苦茶嬉しいんですが。

 

「………………」

 

 ただ、この状況を打開するには少々厄介に働いてしまう訳で、素直に喜べない。

 

 しかし、逆に言うと、この場を乗り切れさえすればバラ色の未来が待っている可能性があるのだ。

 

 そうとなれば、なにがなんでも頑張りたいところではあるが、この緊迫した状況に置いて俺から発言するには、やはり怖いモノがある。

 

 勇気を出して一歩を踏み出した途端、そこは既に地雷原でしたって気分だからね。

 

 ……上手く言ったつもりはないが、事実はあまりにも無常である。

 

 さすがは日々、不幸な俺。

 

 呆れかえりそうになった俺は、小さく口を開いてため息を吐こうとすると、ある子供が緊迫した空気をぶち壊そうと行動を取った。

 

 茶色の長髪に巫女服をイメージした服装の子。

 

 舞鶴に居るときは、日々タックルに怯えながら相手をしていた――金剛が、

 

 それはもう、見事なまでの発言をかましてくれた。

 

 

 

「先生はこの中デ、いったい誰を選ぶと言うんデスカッ!?」

 

 

 

 その瞬間、俺を囲んでいるほとんどの子供たちとビスマルクの頭上に、導火線に火がついた大きな爆弾が現れた気がした。

 




次回予告

 金剛の一声によって、部屋の中に更なる険しさが増す。
追い詰められたかに思えた主人公だったが、ここで本当の気持ちを打ち明けるべきだと思ったのだが……。


 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その15「舞鶴側で荒らすといえば……」


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その15「舞鶴側で荒らすといえば……」

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 金剛の一声によって、部屋の中に更なる険しさが増す。
追い詰められたかに思えた主人公だったが、ここで本当の気持ちを打ち明けるべきだと思ったのだが……。


 無言と重い空気が、部屋中を包み込んでいる。

 

 突き刺さる視線は激しさを増し、指先1つ動かすことすらできない。

 

 頭の中は既にパニックを通り越した為か、ある意味冷静な思考をすることができた。

 

「………………」

 

 それではここで、1つ1つ整理してみよう。

 

 現在、俺は遊戯室の中で、子供たちとビスマルクに囲まれて正座をしている。

 

 基本的には俺のことを好いてくれているみたいだが、度が行き過ぎたせいで、誰を彼女に選ぶのか――的な返答を期待されているようだ。

 

 俺の立場として、子供たちに手を出すなんてことは、あってはならない。

 

 唯一のビスマルクに関しては、向こうが一方的に迫っているだけであり、俺がそういった関係を望んでいる訳ではない。

 

 希望としては愛宕が俺の彼女になってくれることが1番嬉しいのだが……って、待てよ。

 

 もしかして、これはチャンスなのだろうか?

 

 先程から愛宕とアイコンタクトを取っていて分かったことだが、何かしらの誤解があるとは言え、完全に嫌われているという感じではなかった。

 

 今まで俺自信がチキンっぷりを発揮しまくっていたせいで告白できずにいたけれど、ここでハッキリと公言することで、みんなに伝わるのならば……アリなのかもしれない。

 

 結果によっては更に厄介なことになりかねないかもしれないが、それならそれで諦めがつく。もちろん、できるならば成功して欲しいけどね。

 

 本来なら、準備に準備を重ねてから実行するべきなんだけれど、ここで告白することが現在の状況を打破できる唯一の手に思えてきたし、俺の性格を考えれば、勢いに任せてしまわないと、いつまで立っても前に進めないだろう。

 

 そうとなれば、善は急げ。

 

 俺は痺れる足を我慢しながらゆっくりと立ち上がり、愛宕に顔を向けて口を開いた。

 

「じ、実は……俺……っ!」

 

 視界に映る愛宕の顔。

 

 数ヶ月前と変わらない姿は、いつ見ても俺の心臓を高鳴らせる。

 

 初めて会ったその日から、ずっとずっと好きだった。

 

 一目惚れの理由が――どこであるかとは言えないが、今では愛宕の全てが愛おしいと思っている。

 

 だからこそビスマルクの告白を跳ね退け、明石のツボ押しによって不能になってしまったときもめげずに耐え、様々な困難にも立ち向かってきたのだ。

 

 そして今、俺は舞鶴に帰ってきた。

 

 ならば、俺の思いを伝えたっても良いだろう?

 

 それが子供たちやビスマルクにとって辛い現実だったとしても、俺1人の意思を少しくらい尊重してくれたって構わないはずだ。

 

 ただ、そこで問題があるとするならば――

 

「あ……ぅ……」

 

 やっぱり俺は、とんでもないレベルでチキンだったと言うことである。

 

 鏡を見なくても分かるくらい、顔は茹蛸のように赤くなっているだろう。

 

 心臓の音が周りにも聞こえてしまうくらい、大きく早く鳴っている。

 

 視界に愛宕を捕らえている限り止むことはなく、俺の思考は完全にフリーズ状態となっていた。

 

「あら~、先生ったら立ち上がったまま固まるなんて、どうしちゃったのかしら~?」

 

 そんな中、部屋の隅っこで笑みを浮かべていた龍田が口を開いた。

 

「なんだか、愛宕先生の方を見てるっぽい!」

 

「そう……だね。それに、なんだか顔がすごく赤くなってるし……」

 

「もしかして、風邪でもひいたっぽい?」

 

「それはさすがにないと思うけどね~」

 

 そう言った龍田は、ニンマリと不適な笑みを浮かべながらすたすたと俺に近づいてくる。

 

 その意図が全く分からなかった俺や子供たち、そしてビスマルクは、龍田の姿を視線で追いながら様子を伺っていた。

 

 そして龍田は、俺のすぐ目の前に立ち、

 

 俺のズボンをしっかりと握ってから、みんなの顔を見渡しながら大きく口を開く。

 

「ヘタレな先生だから、自分の気持ちもろくに伝えられないだろうし、私が勝手に進めちゃうわね~」

 

「………………へ?」

 

 かろうじて出すことができた俺の呆気ない声をスルーして、龍田は言葉を続けていく。

 

「みんなが先生のことをゲットしたいって言うんだったら、この間と同じことをすれば良いと思うのよ~」

 

「「「……っ!」」」

 

 その瞬間、重かった空気が一気に動き始め、舞鶴幼稚園側の子供たちが一斉に口元を緩めた。

 

「ナイスなタイミングで明日は運動会だから、これって良い機会だと思うのよね~」

 

 そして、龍田の意図を汲み取った佐世保幼稚園側の子供たちも、同じように口元を緩める。

 

「……と言うことで、第二回先生争奪戦の開催を発表いたします~」

 

「「「うおぉぉぉぉぉっ!」」」

 

 まるで、どこぞの独立国家を目指す総統が演説を終えた直後のような盛り上がりを見せた子供たち&ビスマルクが、大きな声とともに右手を突き上げた。

 

 そう――。

 

 結局のところ、俺が愛宕に告白することはできず仕舞いであり、

 

 それどころか、俺の意思を完全に無視して争奪戦が行われることになってしまったのだ。

 

 佐世保側のみんなはそのつもりでこっちにきていたんだけど、龍田の言葉によって完全に舞台は整いを見せ、

 

 もはや、後戻りできない状態になってしまったんだよね。

 

 

 

 

 

 その後、俺はどうにかして子供たち&ビスマルクを説得しようとしたのだが、盛り上がりきったテンションを鎮めることは難しく、それどころか明日の運動会に向けての鍛錬や準備を行うと言って、遊戯室からぞろぞろと出て行った。

 

 部屋の中に残っているのは、佐世保側の子供たちとビスマルク、未だ床でへたれたままの龍驤と摩耶、そして気絶しっぱなしのしおいと、笑顔を絶やすことなく立っている愛宕だ。

 

「フッフッフッ……。

 これで明日の運動会は全力で暴れられるわねっ!」

 

 ビスマルクがキュピーンと効果音が鳴りそうな雰囲気を醸し出しながら子供たちの方へ顔を向けると、レーベとマックス、プリンツが揃って大きく頷いた。

 

「僕たちからどうやって切り出せば良いのかと考えていたけれど、まさかあちらの方から提案してくるとは思わなかったよ」

 

「そうね……。でも、向こうもかなりの気合が入っていたから、油断をするのは少々危険ね」

 

「問題ありませんっ!

 私たちとビスマルク姉さまが全力を出せば、先生の所有権は完全にゲットできちゃいますっ!」

 

 ホッとした表情を浮かべるレーベに、冷静に分析するマックス。そしてプリンツは「ふぁいやー!」と叫びながら、何度も拳を高く上げていた。

 

 完全にやる気モードがMAXです。

 

 俺の言葉なんて、誰も聞こうとしないんだもん。

 

 ちなみに、この中で唯一目的が逸れるろーに至っては、

 

「ろーは楽しかったらなんでも良いですって!

 それより、舞鶴の温泉にまた入りたいですって!」

 

 ……と、こんな風にマイペースっぷりを発揮していた訳である。

 

 こうなってしまった以上、俺ができることは成り行きを見守るしかないのだろうか?

 

 前回の争奪戦は、俺が勝利をすることでことなきを得、更にはご褒美まで頂いた。

 

 しかし、今回は運動会で対決することもあり、主役は完全に子供たちなのである。

 

 ビスマルクが佐世保幼稚園の引率として参加することができたとしても、俺の立ち位置が非常に分かり辛い現在の状況を考えると……、

 

 

 

 俺って、いったいどちらにつくのだろうか?

 

 

 

 帰還命令は受けたんだから、俺の所属は舞鶴幼稚園のはずである。しかし、それを目の前に居る佐世保の子供たちに伝えれば、どういった反応が返ってくるのかは、想像に難しくない。

 

 下手をすればチェーンコンボ発動により、そのまま病室へ直行である。

 

 場合によっては、ビスマルクの暴走が加えられ、お嫁……じゃなくて、お婿に行けなくなってしまうかもしれない。

 

 まぁ、さすがに愛宕の前でもあるので、そんなことが起きるとは思えないけれど、油断をする訳にもいかないのだ。

 

 いや、そもそも俺が舞鶴か佐世保のどちらかについたとしても、勝利した側のチームに俺の所有権が渡されるのだから、どれだけ頑張ったとしても意味がないのである。

 

 そう――考えたところで、運動会についての詳しい情報がないことに気がついた。

 

 安西提督から合同の運動会を行うとは聞いていたけれど、開催日程くらいしか俺は知らないし、どういった内容を行うのかなんて情報は欠片も入ってきていない。

 

 それに、舞鶴と佐世保の幼稚園には決定的な差があることを、ビスマルクたちは知っているのだろうか?

 

 俺の考えが間違っていなければ、佐世保側が勝つなんてことはまずあり得ない。

 

 

 

 だって、そもそもの人数が違い過ぎるだろう?

 

 

 

 佐世保幼稚園の子供は、レーベ、マックス、プリンツ、ろーの4人。仮に俺がこちら側に引率として入ったとしても、ビスマルクを合わせて6人だ。

 

 しかし、舞鶴幼稚園に所属している子供たちの数は、明らかに多い――で済まないのである。

 

 先ほど睨み合っていた天龍、金剛、時雨、ヲ級の4人に加え、部屋の隅に居た龍田、潮、夕立。更に暁、響、雷、電、比叡、榛名、霧島、五月雨、あきつ丸、ほっぽ……など、他にもまだまだ沢山の子供たちが居る。

 

 下手をすれば俺が佐世保に行っている間に増えているかもしれないし、記憶から忘れ去っている子供たちも……居ないとは限らない。

 

 ほんの少しだけ話したことがある……、ちょっぴり怪しげな関係が危ぶまれそうな、2人の子供が居たような……。

 

 ハッキリしないところも多々あるが、つまりはそういうことであり、どこぞの軍人が言っていた「戦いは数だよ兄貴!」が完璧に当てはまってしまうのではないのだろうか?

 

 もしそうであれば、これは合同運動会という生易しいモノではなく、むしろ公開処刑にも似たイベントなのでは……と、疑ってしまえなくもない。

 

 さすがにそんなことをするとは思えないけれど、発案者が元帥だと言うことがどうにも引っ掛かる。秘書艦である高雄が暴走を収めてくれているとは思うのだが……。

 

「うむぅ……」

 

 考えれば考えるほど訳が分からなくなってくるが、こういうときは聞いてみるのが早いだろう。

 

 未だに笑ったままの愛宕が少々怖かったりもするが、情報がないまま突入なんてことは避けておきたいからね。

 

 と言うことで、善は急げ。

 

 俺は愛宕の方に顔を向けて、質問を投げかけようとしたんだけれど……、

 

「それじゃあ先生、ちょっと話があるのでスタッフルームまでお願いします~」

 

 そう言った愛宕は、クルリと身体を反転させて遊戯室から出て行った。

 

 質問をしようとした俺にとって、話をする切っ掛けを与えてくれたことに感謝をするべきなんだけれど、

 

 

 

 完全に、愛宕の目が笑ってなかったんですよ。

 

 

 

 まさかとは思うけど、俺ってこのまま海に沈められたりしないですよね……?

 




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次回予告

 龍田の発言で追い詰められた先生だったが、更に愛宕から恐ろしい言葉が……。
このままだと先生の足が棺桶に突入コースなんだけど、恐る恐る向かいます。

 そしてスタッフルームで、愛宕の言葉攻めが待っている……っ!?


 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その16「密室●●事件!?」


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その16「密室●●事件!?」

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 龍田の発言で追い詰められた先生だったが、更に愛宕から恐ろしい言葉が……。
このままだと先生の足が棺桶に突入コースなんだけど、恐る恐る向かいます。

 そしてスタッフルームで、愛宕の言葉攻めが待っている……っ!?


 

「し、失礼します……」

 

 恐る恐る扉を開けて、俺はスタッフルームの中に入る。

 

 理由は言わずもかな。遊戯室で惨事を終えた後、愛宕から呼び出しを受けたからであるが、そのときの顔が完全に笑っていなかったからだ。

 

 子供たちに注意をするときも、ルールを破って取材に忍び込んだ青葉にお仕置きをするときも、いつもニコニコ笑顔を絶やさない愛宕が――である。

 

 そりゃあ、アイコンタクトをしていたときのように目が笑っていなかったことは何度もあったが、面と向かって話をしているのにあのような顔をされたのはほとんどなかったと思う。

 

 緊迫している状況や、雰囲気が違う場面のときは除くけどね。

 

 ……とまぁ、普段ではありえない状況に置かれた俺にできることと言えば、こうやって恐る恐る様子を伺いつつ、可能な限り愛宕を刺激しないようにするしかないんだけれど……、

 

「は~い。どうぞ入って下さい~」

 

 扉の正面に位置する壁際に設置してあるソファーに座っていた愛宕が、ニッコリと笑いながら口を開いた。

 

 ……あれ?

 

 普通に、笑っていますよね。

 

 もしかして、俺の思いすごしだったりするんだろうか……?

 

「お待ちしておりましたよー、せ・ん・せ・い」

 

「え、あっ、はい……」

 

 遊戯室のときとは打って変わって、満面の笑みを浮かべながら手招きをする愛宕。

 

 もしかすると、殺されるんではないだろうかと心配していた俺にとっては拍子抜けであるが、嬉しいことには変わりがない。

 

「さあさあ、そんなところで立ってないで、こちらのソファーに座って下さい~」

 

 愛宕はそう言いながら俺の方へとやってきて、後ろに回り込んでから急かすように背中を押す。

 

 俺は内心ホッとしながら笑顔を浮かべ、ソファーへと歩きだそうとしたときだった。

 

 

 

 カチャリ

 

 

 

「……へ?」

 

 後ろから聞こえてきた金属音に、俺は振り返りながら声をあげる。

 

 目に映ったのは、扉の鍵から手を離した愛宕が俺の顔を見ながら微笑む様子。

 

 ただし、先ほどとは全く違い、完全に目が笑っていないんだけど。

 

「え、えっと……?」

 

 ゾクリとした寒気が背筋を這い上がり、俺は大きく身体を震わせた。

 

「あれれ~、どうしたんですか~?」

 

 愛宕の口調は以前と同じようにやんわりとした感じなのだが、明らかに別の意味が含まれている気がする。

 

 いや、気がするなんてものじゃない。現に、目がガチなんだから。

 

 あと、背後にやっぱりオーラのようなモノが見える気がします。

 

 それも真っ黒で、『ゴゴゴゴゴ……』と擬音までついているんですけど。

 

「あ、あ、あの……、お、怒って……らっしゃいますよね……?」

 

「はて~、どうしてそんな風に思われるんでしょうか~?」

 

 愛宕は首を傾げながらも、俺の顔へと視線は固定したままで、ゆっくりと1歩ずつ近づいてくる。

 

 俺は恐怖心からか、無意識に足を後退させ、少しでも愛宕から離れようとするのだが……、

 

「……はっ!?」

 

 ふくらはぎに当たる感触に焦りを覚えたものの、愛宕から視線を外せるような余裕が俺にあろうはずもなく、動揺からバランスを崩してしまう。なんとか転げ落ちないように手を伸ばして淵を掴むことで、ソファーに座り込むことになった。

 

「あらあら、そんなに慌ててどうしたんでしょう……?」

 

 愛宕は口元に人差し指を当て、あたかも俺を心配するような口調で話しかけてくる。しかしその言葉とは裏腹に、妖艶にすら見えてしまう笑みを浮かべた愛宕の顔によって、俺は完全に蛇に睨まれた蛙状態になってしまう。

 

「額に汗がびっしょりですし、なにか心配ごとでもあるんですか~?」

 

「い、いや……、そ、その……」

 

 1mにも満たないくらい、顔を近づけてくる愛宕。ほんの少し釣り上がった口元と、その目に浮かぶ怪しげな光が、俺をどんどん追い詰める。

 

「それとも……、なにかやましいことでも隠しているんですかね~?」

 

「う……ぐっ……」

 

 佐世保から舞鶴に帰ろうとするまでは、あくまで身に覚えのない噂や、不幸が重なってしまった出来ごとばかりであり、愛宕に対して言えないことはなかったと思う。

 

 だが、輸送船で移動中に起こったことを話すとなると、やましい気持ちが全くないとも言い切れない。

 

 しかしそれでも、俺が愛宕を思う気持ちにうそ偽りはなく、今もその思いは変わらぬまま。

 

 ここで俺の気持ちを伝えることができたのなら、どれだけ楽なのだろう。

 

 過去に1度だけ愛宕に向けて大声で言ったことがあるものの、あれは勘違いによる勢い的な要素が大きかったのだ。

 

 いくら追い詰められているとは言え、こんな状況になっても口が上手く動いてくれないのは……、我ながらふがいない。

 

「……っ!」

 

 俺はやるせなさと答えることができないチキンっぷりに、思わずギュッと目を閉じてしまった。

 

 真っ暗な闇に閉ざされた視界。

 

 時計の針の音が聞こえ、微かな愛宕の吐息が頬に当たる。

 

 心臓はバクバクと高鳴りをあげ、恐怖で身体がガタガタと震えあがる。しかしそれと同時に、得も知れぬ感覚が背筋を駆け上がるような気がした。

 

「ずっと、我慢して待ってたのに……」

 

「……え?」

 

 本当に小さな声が、耳の中に入ってくる。

 

 ハッキリと聞き取れなかった俺は目を開け、ぽかんとしたように口を半開きにしながら声をあげてしまった。

 

「……いえ、なんでもないですよ~?」

 

 すると愛宕はすぐに顔を左右に振り、さきほどの妖艶なモノとは違う、いつもの笑みを浮かべていた。

 

「そ、そう……ですか……?」

 

「ええ、そうなんですよ~」

 

 ゆるふわな声は変わらぬまま。

 

 しかし、それ以上聞かないようにと念を押しているみたいな力強さを感じ、俺は口をつぐんでしまう。

 

「……まぁ、ちょっとばかり先生をからかうのも飽きてきましたし、そろそろ本題に入りましょうか~」

 

 愛宕は小さく舌をペロッと出し、目と鼻の先まで近づけていた顔を少しだけ下げる。

 

「か、からかって……いたんですかっ!?」

 

「うふふ~。久しぶりにお会いできたので、ちょっとしたいたずら心が芽生えちゃったんですよね~」

 

 そう言った愛宕は両手を後ろにして、クルリと回転しながら距離を取った。

 

「そう……ですか……」

 

 俺は肩を落としながら、大きなため息を吐く。

 

 緊張から解放されたせいか、身体中を覆う疲労感が半端じゃない。

 

 そしてそれと同時に、胸の中にモヤモヤとしたモノがうごめいている感じに気づく。

 

「………………」

 

 本当に、愛宕は俺をからかっていたのだろうか?

 

 いや、それ以上に……この感じは……、

 

 

 

 残念……だったのか……?

 

 

 

 愛宕に眼前まで迫られ、言葉で威圧され、俺は焦りまくっていたはずなのに。

 

 どうして虚無感のような、心にぽっかりと穴が開いた感じになるのだろう……。

 

 どうせなら徹底的に糾弾してくれた方が、どれほど楽だったのか。

 

 そうしてくれた方が、どれほど嬉しかった……って、ちょっと待て。

 

「いやいやいや、さすがにこの考えはマズイ。マズ過ぎる」

 

「……どうかしたんですか~?」

 

「え、あっ、いや、な、なんでもないですっ!」

 

 慌てて返事をしながら首を激しく左右に振るが、愛宕はもの凄く不思議そうな表情で俺を見る。

 

「もしかして、長旅でお疲れだったのに私がからかっちゃったせいで……?」

 

「だ、大丈夫ですから……」

 

「でも……、顔色が少し優れないみたいですよ?」

 

「す、少し休めば、本当に大丈夫ですのでっ!」

 

「う~ん……。そこまで言われちゃうと、仕方がないですねぇ……」

 

 愛宕は両手を腰に添え、少し心配そうな表情で俺を見ながら小さく息を吐く。

 

 そんなことを言うんだったら、子供たちに糾弾されているときに少しくらい助けてくれても良いんじゃなかったのだろうかと思うのはおかしいのだろうか。

 

 そして更に、スタッフルームに呼び出した俺をからかったりするなんて、やっぱりどこか変な気がするんだよね……。

 

「まぁ、少し休憩してから、明日のお話に入ることにしましょうか~」

 

「は、はい……。すみませんが、お願いします……」

 

 俺はソファーに座りながら頭を下げると、愛宕は笑顔を浮かべながら「いえいえ~」と答えてくれた。

 

 その顔は、記憶にあるいつもの笑顔。

 

 なんだかホッとする感じと同時に、なにか物足りない気持が胸の奥に湧き上がる。

 

 やっぱりなにか、おかしい……気がする。

 

 以前とは違う、俺の中に芽生えた感情。

 

 それは、おそらく……、

 

 

 

 ビスマルクのせいなんだと、思うんだよね……。

 

 

 

 佐世保で幾度となく繰り返してきた戦いの末、まさかとは思うが俺の属性が変わってしまったなどとは考えたくもない。

 

 しかし現に、残念がっている気持ちが心の中にあるのは、まぎれもない事実なのだ。

 

 つまりそれは、ビスマルクの調教が効果を発揮していたということになるのだが……って、そんなの受けた記憶がないよっ!?

 

 あくまで言い争いと、パンチやキックの応酬、それに何度かの馬乗り……って、これかーーーっ!

 

 いや、でもそれはすぐに振り払ったし、やましいことはなにもない。

 

 もちろん口では言えないようなことも、全くと言ってよいほどやってないからねっ!

 

「あ、あの……、先生……?」

 

「……っ、は、はい?」

 

「なんだかさっきから、顔色が真っ赤になったり、青くなったりなんですけど……」

 

「き、気のせいですよ……気のせい……」

 

「はぁ……、そうは見えないんですけどねぇ……」

 

 笑顔から心配する表情へと変わってしまった愛宕に「あははははー」と乾いた声をあげた俺は、思わず頭を抱えそうになる。

 

 まさか、俺の属性が……、ドMに変わっちゃったと言うのだろうか……。

 

 そんなこと、希望してないのに……である。

 

 

 

 かくして、佐世保へ出張によって俺が得た経験は、あまりも理不尽な内容となってしまったのだった。

 

 

 

 まぁ、踏んだり蹴ったりなことが多かったからね……。

 

 

 

 あはははは……(血涙

 




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次回予告

 愛宕のからかい? を受けつつ、自らへこみまくる主人公。
しかしそれでもめげずに頑張ろうとするのだが、新たな悩みの種は増える一方で……?


 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その17「アイツの影響がこんなところまでっ!?」


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その17「アイツの影響がこんなところまでっ!?」

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 愛宕のからかい? を受けつつ、自らへこみまくる主人公。
しかしそれでもめげずに頑張ろうとするのだが、新たな悩みの種は増える一方で……?


 

 自分自身の変化にへこみながらも、精神の疲労を癒す為にソファーに座っていたところ、いつの間にか姿を消していた愛宕が近づいてきた。

 

「はい。どうぞ、先生」

 

「あっ、ありがとうございます」

 

 いつぞやと同じように、愛宕は俺に缶コーヒーを手渡してくれた。

 

「あったかい……ですね」

 

「ええ。冷温機のおかげですね~」

 

 ありがたく頂くことにした缶コーヒーの蓋を開け、まずは一口飲んでみる。心地の良い温度により、程よい香りと共に喉を通っていく。

 

「ふぅ……」

 

 小さく息を吐いて、もうひと飲み。ロッカーに設置してある冷温庫と愛宕に感謝をしつつも、頭の片隅で佐世保のコーヒーが淹れたてだったことを思い出す。

 

 そう考えると、味も香りも少しばかり物足りない気がする。

 

 とは言っても、やはり好意を持った相手である愛宕から貰った缶コーヒーなのだから、文句を言うつもりどころか感謝しまくりなんだけど。

 

 料理の隠し味は愛情です――みたいなことを聞くけれど、やっぱり気持ち的な部分も多いのだ。

 

 例えば、高級レストランでフルコースを出されたとしても、元帥より愛宕と一緒に食べる方が格段に違うからね。

 

 ……まぁ、そんな経験は1度もないし、あくまで想像でしかないんだけどさ。

 

 そんなことを考えながら、俺は愛宕と他愛のない話をする。

 

 佐世保へ出張に行っている間、舞鶴の幼稚園ではどんなことがあったのか。

 

 俺が佐世保の幼稚園で教えてきた子供たちや、出会った艦娘のこと。そして、厄介ごとに巻き込まれまくったなど、当たり障りのない程度で伝えていった。

 

 なにもやましいことはしていない……という気持ちもあったんだけれど、それ以上に俺は元気で頑張ってきたんだと言いたかったんだよね。

 

 そんな俺の話を、愛宕は嫌な顔を1つもせずに聞いてくれた。それどころか、的確な助言もしてくれたのだ。

 

 幼稚園の教育者として、どうやって子供たちに触れ合えば良いのか。

 

 転勤先の同僚や鎮守府の一員として、良好な関係を作るにはどうすれば良いのか。

 

 助言を聞いているうちに、できれば佐世保に行く前に教えて欲しかったという気持ちはあったけれど、まず先に経験を積んでから……と、愛宕は俺にそれらを教えなかったのではないだろうかと思う。

 

 やっぱり愛宕には頭が上がらない。なにからなにまで、俺の1歩……、いや、2歩も3歩も先を歩いている。

 

 だからこそ設立当初から舞鶴幼稚園を任せられ、多くの子供たちを育てきたのだ。

 

 俺がここにやってきてから多くの子供たちが増え、しおい、港湾という2人の同僚も配属された。

 

 それでもやっぱり愛宕は幼稚園で1番頼りになり、なくてはならない存在なのだから。

 

 そして、俺が最も好意を寄せる女性なのだ――と思ったところで、スタッフルームの入口である扉が勢いよく開いた。

 

「フゥ……。ヤット休憩ノ時間ダワー」

 

 肩の力を抜きながら小さくため息を吐いて部屋に入ってきたのは、港湾棲姫だった。グルグルと右肩を回しては左手で揉み、いかにも疲れている感を醸し出している。

 

「港湾先生、お疲れ様です」

 

「アァ、オ疲レ……ッテ、ナンダ君ハ?」

 

「なんだ君はってか?

 そうです。私が変な……って、お約束の返しは言わないよ!?」

 

「フム。ソノノリツッコミハ間違イナク、佐世保ニ出張シテイタ先生ダナ」

 

「ただいま帰りましたと言いたいところなんですけど、どうして外見じゃなくて俺の言動から判断しようとするのかなっ!?」

 

 半ば叫びながら問いかけたところ、港湾は露骨に肩を落としながら息を吐き、

 

「ツイ先日、ル級カラ先生ガ帰ッテキタラ、コノ『ネタ』ヲ使エト言ワレテイタカラネ」

 

「あいつのせいかーーーっ!」

 

 やれやれ……と両手を横に広げ、深夜番組の通信販売の如く、アメリカンなジェスチャーを披露した港湾を見て、絶叫をあげる俺。

 

 ネタの古さを考えればすぐに思いつけたはずなのに、暫く会っていなかったから完全に忘れてたよっ!

 

 つーか、あいつは本当に深海棲艦なのかっ!?

 

 ついでに港湾まで、どうしてル級の話に乗っかっちゃうんだよっ!

 

「くすくす……。やっぱり先生は面白いですねぇ~」

 

「いやいやっ、今のは完全にル級のネタ振りをやった港湾先生のせいですよっ!?」

 

「ナニヲソンナニ謙遜スルノダ。芸人潰シノ先生ト言エバ、モハヤ知ラヌ者ハイナイダロウニ」

 

「ちょっ、それは初めて聞いたんですけどっ!?」

 

 驚いた俺は思わずソファーから立ちあがり、右手を振ったんだけど、

 

「……ぷっ!」

 

 いきなり愛宕が吹き出しそうになったので、いったいなぜなんだと思いながらキョロキョロと辺りを見回し、そして俺の右手を見た。

 

 うむ。完全に裏手ツッコミになっちゃってるんですよね。

 

「サスガダナ。正ニ関西人ノ鑑ト言エヨウ……」

 

「なんでやねーーーんっ!」

 

 すでに弁解は無理だと悟った俺は、開き直ってもう一度裏手ツッコミをかまし、スタッフルームに笑いの渦が巻き上がった……かもしれない。

 

 

 

 

 

 その後、疲れた表情でフラフラとスタッフルームに入ってきたしおいを含め、愛宕から明日の運動会についての説明を受けることになった。

 

 そう言えば、しおいって遊戯室で気絶していたような気がするんだけれど、完全に忘れてしまっていた。

 

 愛宕に呼び出しを受けてスタッフルームにきたけれど……、ビスマルクや佐世保の子供たちも放置しっぱなしになっちゃってるよね……。

 

 これって少々どころか、かなり不味くないのだろうか?

 

 まさかとは思うが、舞鶴の子供たちともう1度ひと悶着……なんてことになっていたら、かなり厄介なんだけれど……、

 

「愛宕先生。一応ビスマルクさんたちには昼寝用の部屋を使ってもらうように言っておきましたけど、それで大丈夫ですよね?」

 

「ええ。前にお願いした通りですから、問題ないですよ~」

 

 ……と、俺の心配を解消してくれそうな、しおいと愛宕の会話が聞こえてきた。

 

 しかしそれでも、相手はあのビスマルクである。部屋で大人しくしてくれるのなら、佐世保で苦労なんかしなかった。

 

 今回は安西提督も一緒にきているから、大暴れをしまくるなんてことはしないと思うけれど、それでもやっぱり信用できないところが困ったモノだ。

 

 できるならば近い場所で目を光らせておきたい。だけど、明日の運動会についての説明を受けておかなければ、進行に差し支えが出てしまう恐れもあるだろう。

 

 つまり俺がやらなければいけないことは、可及的速やかに説明を聞き終え、一目散にビスマルクの元へと出向いて自重させるように監視するべきなのだが、

 

「あっ、ちなみにスイッチは入れておきましたよね~?」

 

「は、はい……。侵入者用の防犯システムの……ですよね?」

 

「それならオッケーです~」

 

 ニッコリと笑みを浮かべながら頷く愛宕に、冷や汗をかきながら心配そうな表情のしおいが「本当に大丈夫なのかなぁ……」と呟いていた。

 

 ………………。

 

 ……はい?

 

 侵入者用の防犯システムってなんですかね?

 

 そんなの、俺が佐世保に行く前に設置していませんでしたよ?

 

「あ、あの……、愛宕……先生……」

 

「はい~、なんでしょうか~?」

 

「さ、さっき言っていた、侵入者用の防犯システムって……?」

 

「読んで字の如くですよ~」

 

「は、はぁ……」

 

 それじゃあ説明になっていないんだけれど、読んで字の如くと言われれば考えなければならない。

 

 普通に考えれば、幼稚園の外部から侵入してくる悪意の持った相手を防ぐ為のシステムだと思うのだが……。

 

 それらに当てはまる人物と言えば、真っ先に浮かびあがるのが青葉である。彼女は幾度となく問題を起こしたことによって幼稚園内での取材が禁止されており、業を煮やして設置したと考えれば話は通りそうだ。

 

 また、元帥も対象になりそうな気がするし、以前にチラッとだけ出会ったことのある大鯨も、言動から候補に入れて欲しいところである。

 

 金剛とヲ級を見る目が、ちょっとでは済まないレベルで危なかったし、息づかいも荒いように見受けられたからね。

 

 ……今考えてみれば、思いっきり要注意人物じゃねぇか。

 

 それなのに、ちっちゃい子供に悪事を働こうとする悪い大人を探しているとか言っていた気がする。

 

 それって、かなり矛盾しているような気がするんだが……、本人は気づいていないんだろうなぁ……。

 

「………………」

 

 ……と、考えをまとめていたところで、なぜか俺の顔をジッと見つめる港湾の視線に気づく。

 

「………………」

 

 思い違いかもしれないと思ったが、どっからどう見ても俺の顔に視線が向いているよね?

 

 つーか、表情がきつくなったら睨みつけと変わらない気がするんですけど。

 

「あ、あの……、港湾先生……?」

 

「……ン、ドウシタ?」

 

「い、いや、どうして俺の顔を見ているのかな……と思いまして」

 

「アア、ソノコトカ。

 ナニヤラ自分ノコトヲ棚ニ上ゲテイル輩ガ居ルト思ッテナ……」

 

「……へ?」

 

「マァ、分カラナイナラ気ニシナクテモ良イ」

 

 そう言った港湾は、プイッと俺から視線を逸らした。

 

「そ、そうですか……」

 

 なんだかよく分からないが、気にしなくて良いと言われたのならばこれ以上は聞き辛い。理由も内容もハッキリしないので、問う内容も不明なのだ。

 

 それより今は侵入者用の防犯システムについてなのだが、おおよそは考え尽くしたので聞いてみることにする。

 

「侵入者用ということですから、外部からの侵入を防ぐためのシステムですよね?」

 

「ええ。その通りですよ~」

 

「それを聞いて真っ先に思い浮かぶのは青葉なんですけど、そもそも必要になったりするんですか……?」

 

「青葉相手なら、全く必要がありませんねぇ~」

 

「で、ですよね……」

 

 ハッキリと断言されてしまった俺は、苦笑いを浮かべながら頬を掻く。

 

 どうやらしおいも同じ心境なのか、乾いた笑い声をあげていた。

 

「それじゃあ、元帥がなにかしたとか……?」

 

「それなら真っ先に高雄姉さんが飛んできますから必要ないですね~」

 

「あ、あはは……」

 

 思いっきり想像できてしまうんですが、幼稚園にくる前に執務室でぼこられている場面を見たからだろう。

 

 まぁ、アレは完全に自業自得だから仕方ないけどさ。

 

「そ、それじゃあ、いったいなんの目的で侵入者用の防犯システムを設置したんですか……?

 まさかとは思いますけど、他に幼稚園を狙う輩がいる……と?」

 

「いえいえ。そんな輩がいた場合、高雄姉さんと私がきっちりO☆SHI☆O☆KIしちゃいますよ~。

 それに今は港湾先生も居られますから、ちょっとやそっとの戦力では相手になりません~」

 

「ウム。ホッポヤ子供タチニ危害ヲ加エヨウトスル者ハ、私ガ全力ヲ持ッテ除去スルゾ」

 

「デ、デスヨネー……」

 

 あ、ちなみに頷きながら呟いたのは俺ではなく、白目を剥きながら小刻みに身体を震わせつつ顔を引きつった笑いにしているしおいである。

 

 いったいなにがあったのかは知らないが、色んな意味で精神的ストレスが溜まりまくっている気がするので、リフレッシュさせてやないとやばそうだ。

 

 今度暇があったら、色々と相談に乗ってやる方が良いかもね……。

 

 ………………。

 

 結局のところ、俺の考えは全部的外れになってしまったんですが。

 

 正直これ以上考えても浮かんでこないので、答えを愛宕に聞くしかない。

 

「降参です、愛宕先生」

 

「あらあら~。潔いのは好感が持てますけど、もうちょっと頑張って欲しいですねぇ~」

 

「ソウダナ。早イ男ハ嫌ワレルゾ?」

 

「色々とツッコミどころが満載なんですが、それもル級の入れ知恵ですか?」

 

「……ムッ。先生モナカナカヤルナ」

 

「それほどでもないですけど、続きがなかっただけありがたいと思っておきます」

 

「ツッコミナダケニナ」

 

「続きあるじゃんっ!」

 

「ソウ――。コレガオ約束トイウヤツダ」

 

「ちくしょうっ!

 まんまと一杯食わされたっ!

 まるで目の前にル級がいるようだっ!」

 

「ソウデス。私ガ、ル級デス」

 

「どっからどう見ても港湾先生ですよねぇっ!?」

 

 そして3度目の裏手ツッコミ。

 

 愛宕は鼻を鳴らしてからくすくすと笑い、しおいもいつの間にかお腹を抱えて転げ回っていた。

 

 目的からは遠く離れたが、しおいのリフレッシュはこれでできちゃった感じがする。

 

 これはこれで結果オーライなのか……と思いきや、

 

「フムゥ。コレハル級ノ言ウ通リ、トリオヲ組ムベキナノダロウカ……」

 

「いや、やりませんよ?」

 

「無念デゴザル……」

 

「ツッコミを入れる気力もないですよ……」

 

「3度モヤッタ先生ガソレヲ言ウトハ……」

 

「それは全部ル級のせいですからねっ!」

 

「……見事ナツッコミダゾ?」

 

「またやっちまったよ、うわあああああああああああああんっ!」

 

 ……と、こんな感じで港湾と初のお笑いライブを終えた訳なんだよね。

 

 

 

 いや、冗談ですよ?

 




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次回予告

 ル級の影響を受けてしまった港湾のボケに突っ込み、不幸にまみれる主人公。
しかし、それよりも重大であろうと思える防犯システムの言葉に、主人公は恐る恐る問いかける。

 その真相を聞き、無事でいられると思えるのだろうか……?


 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その18「裏番長の怒り」


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その18「裏番長の怒り」


 ル級の影響を受けてしまった港湾のボケに突っ込み、不幸にまみれる主人公。
しかし、それよりも重大であろうと思える防犯システムの言葉に、主人公は恐る恐る問いかける。

 その真相を聞き、無事でいられると思えるのだろうか……?


 

「それで結局のところ、侵入者用の防犯システムを設置した理由ってなんなんですか?」

 

 港湾との即興漫才は終わらせたものの、本来の目的から大きく逸れてしまったので、俺は愛宕に再度聞くことにする。

 

「先生も色々と考えたみたいですし、お笑いも面白かったので、特別に教えちゃいましょうか~」

 

 愛宕はそう言いながら、胸の辺りで両手を合わせた。

 

 笑って貰えたのならなによりなんだけれど、正直な話、巻き込まれただけなんだよなぁ……。

 

 港湾のせいというよりも、今回は完全にル級の仕業。今度会ったら仕返しをしておかなければならない。

 

 でも、愛宕の機嫌が良くなったのだから、結果オーライな感じはするが……。

 

 うむむ、非常に複雑な気分です。

 

「侵入者用の防犯システムを設置したのは、幼稚園の外部から誰かの侵入を防ぐ為ではないんですよ~」

 

「……それって、全くもって意味がない気がするんですが」

 

「いえいえ、そんなことはありませんよ~?」

 

「え、でも、侵入を防がないなら……って、あれ……?」

 

「うふふ。気づきましたか~」

 

 愛宕は少しだけ頭を傾げながら、満面の笑みを浮かべている。

 

 俺の推測が正しければ、それは本来やってはいけないような気がするんだけれど……、

 

「うぅ……。やっぱり心配ですよ……」

 

 スイッチを入れたしおいがソワソワしながら落ち着かないのを見る限り、間違いがないのかもしれない。

 

「あ、愛宕先生……。まさかとは思うんですけど、侵入者用の防犯システムを……」

 

「ええ、そのまさかですね~」

 

 そう――答えた愛宕の目が、ほんの少しだけキラリと光る。

 

 更にはスタッフルームの気温が、2℃ほど下がった気がしたんだが……、

 

「あぅあぅ……」

 

 しおいが完全にブルってしまって身体中をガタガタ震わせまくっているんだが、いったいどんな防犯システムなのかマジで心配になってきたんですけどっ!

 

「子供たちだけなら必要ないと思うんですが、他に3人ほど問題がありますからねぇ~」

 

「い、いや、そうだとしても、さすがにやり過ぎなんじゃ……」

 

「そうでしょうか~?」

 

「そうでしょうか……って、ビスマルクたちは所属する鎮守府が違うとはいえ、同じ艦娘で仲間ですよねっ!?」

 

「確かに先生の言う通りですけど、何度もちょっかいをかけられたこっちの身にもなって下さいよ~」

 

「……っ!」

 

 愛宕は笑みを絶やさぬまま俺に言う。

 

 しかしその言葉とは裏腹に、愛宕の背には今までと比べ物にならないくらいのオーラがあふれていた。

 

「…………………」

 

 港湾は無言で愛宕から離れるように後ずさり、

 

「……ぶくぶくぶく」

 

 しおいはまたもや口から泡を……って、気絶し過ぎじゃねっ!?

 

 つーか、マジで洒落になってないんだけど、いったい誰がこんなに愛宕を怒らせたんだよっ!?

 

「2度ならまだしも、今回で3度目ですからね~。

 もちろん即刻撃退しましたけど、それだけじゃあ腹の虫が治まりませんから~」

 

「え、えっと……、3度目って……?」

 

「あ~、そう言えば先生はご存じなかったかもしれませんけど、全く関係がない訳でもないんですよ~?」

 

「か、関係……?」

 

「もう~、分からないんですか~?」

 

「……ひっ!?」

 

 愛宕の目がまたもや光り、俺の身体がまるで液体窒素かなにかで急速に冷凍されたかの如く一瞬で強張った。

 

 さすがはあの高雄の妹だけはある……と言いたいところだが、俺は元帥みたいな行動は取っていないはずなんですがっ!

 

「それも先生らしいと言えばそうかもしれませんけど、ちょっとは考えて欲しいんですよね~」

 

「な、な、な、なにを……考えれば良いんですか……っ!?」

 

「それを言っちゃったら、先生の為にはならないんですけどねぇ~」

 

 愛宕はそう言いながら人差し指を口元に当て、「う~ん……」と呟きながら天井を眺める。

 

 しかし俺の身体は未だに微動だにせず。愛宕のオーラがとんでもない威圧感を醸し出していると改めて悟った。

 

 半端じゃないです。マジで洒落になっていません。

 

 ル級と初めて会ったときや、元中将とガチバトルしたときも、味わったことがない恐怖だよっ!

 

「……まぁ、そんなところも含めて……なんですけどね~」

 

「……へ?」

 

「いえいえ、こっちの話ですよ~」

 

「は、はぁ……」

 

 頭の中がパニック状態だったせいで愛宕の言葉が聞き取れなかったんだけど、元々小さい声量だったのだから仕方がないかもしれない。

 

 そして、いつの間にか愛宕のオーラが弱まっていて、身体の硬直も解けている。

 

 どうしてなのか分からないんだけれど、どうやら機嫌は良くなったのだろう。

 

 まさに九死に一生を得た気分である。

 

 これからできる限りは、愛宕の機嫌を損ねないようにしなくては。

 

「ともあれ、先生が心配するようなことにはならないと思いますので安心して下さい~」

 

「そ、そうなんですか……?」

 

「はい。あまりやり過ぎちゃったら、昼寝用の部屋からトイレに行くこともできなくなっちゃいますからね~」

 

「は、はは……。そ、そうです……よね……」

 

 愛想笑いを返す俺だが、内心は滅茶苦茶不安である。

 

 だって、やり過ぎなかったら無理ってことだよね……?

 

 つまりそれって、考え方を変えたら……、

 

 

 

 今のままでも、それなりに危険ってことじゃないんですかね……?

 

 

 

「で、でも本当に、大丈夫……ですよね……?」

 

「ええ。子供たちは、大丈夫ですよ~」

 

「……子供たちは……ですか?」

 

「はい~。重さで判別してますから~」

 

「………………」

 

 いやいやいや、どういうシステムか知らないけど、やっぱり不安なんですけどっ!

 

 重さで子供たちが大丈夫ってことは、ビスマルクや摩耶はどうなるんですかっ!?

 

 あと、どれくらいの数値で設定されているのか分からないけど、身体が小さい龍驤ってどっちに区別されるんですかねっ!?

 

「それに、作動したところで……」

 

「さ、作動した……ところで……?」

 

「髪型がアフロになるだけですからね~」

 

「………………」

 

 それって、ギャグってことじゃないですよね……?

 

「冗談ですよ~?」

 

「じょ、冗談ですか……」

 

「せいぜい、上手に焼けました~……くらいですし~」

 

「アフロより酷くないですかっ!?」

 

「私に喧嘩を売った罰ですから~」

 

「やっぱり洒落にならないくらい怒っていますよねぇっ!?」

 

「冗談ですよ~?」

 

「語尾に信頼性がないですってばぁっ!」

 

 大声でツッコミを入れる俺を見て、愛宕はくすくすと笑っているだけだった。

 

 やっぱり愛宕を怒らせたらダメであり、すぐにでも喧嘩を売った相手を探し出して謝罪させなければと思う俺であったのだが、

 

「ちなみに昼寝用の部屋に入ろうとしても作動するので、注意して下さいね~」

 

「対処のしようがないってことですかーーーっ!?」

 

「明日までの辛抱です~」

 

「誰か本当になんとかしてーーーっ!」

 

 俺の叫びは部屋中に響き渡るも、港湾は未だに引いたままであり、しおいは気絶したままだった。

 

 愛宕に喧嘩、売ったらダメ。

 

 しかりと、頭の中に刻みこんでおくように。

 

 

 

 

 

 ビスマルクや子供たちにどうにかして現状を伝える方法を考えつつも、スタッフルームにみんなが集まった理由である運動会の準備について話し合うことになった。

 

 ソファーには左から順に愛宕、しおい、港湾と座り、俺はパイプ椅子を持てきて正面に位置取る。

 

 しおいを挟んで、愛宕と港湾。

 

 一応ソファーは3人掛けであるが、港湾の身体が大きい為に少し狭く感じる。

 

 その結果、なにが起きるのかと言うと……、

 

「むぅ……、うにゅぅ……」

 

 しおいの頭部側面には、両側から大きな胸部装甲が所狭しと押しつけられるようになっていた。

 

 顔は真っ赤。しかし、愛宕と港湾は全く気付いていない。

 

「く、苦しい……よぅ……」

 

 次第に顔色が青くなってきているんですが。

 

 なにこれ、新手のイジメなのか……?

 

 でも俺としては、完全無欠のパラダイスですけどねっ!

 

 しおい、今すぐその場所を俺に譲ってくれぇっ!

 

「それでは明日の運動会について、班分けをしようと思います~」

 

 そしてニッコリ笑って進行する愛宕に、流石の俺も焦りを感じてしまう。

 

 滅茶苦茶しおいが羨ましいけど、そろそろヤバいんじゃないだろうか……。

 

「ソノ前ニ、シオイ先生ガ死ニカケテイルゾ」

 

「あらあら~、どうしてなんでしょうか~?」

 

「オソラク、私タチノ胸部装甲ガ問題デハナイカト思ウノダカ……」

 

 港湾の言葉に頷きたいしおいだったが、どうやら頭部は完全に動かせないようで、前に伸ばした右手がプルプルと震えているだけだった。

 

 ……と言うか、分かっているならどちらかが退いてあげたら良いんだと思うんだけど。

 

「う~ん。息はできているみたいですし、大丈夫じゃないですかね~」

 

「いやいや、どう見ても大丈夫そうには見えませんよっ!」

 

「そうですかね~?」

 

 愛宕はそう言いながら顔を傾げ、

 

 あろうことか、しおいの方に身体を預けるように傾かせた。

 

 

 

 むにょんむにょん

 

 

 

 そして形を変える大きな胸部装甲。

 

 なにこれ。マジヤバいんですが。

 

「ぐ……ぐるぢぃ……」

 

「うぉぉぉぉぉいっ! 羨まし……じゃなくて、マジでしおい先生が死んじゃいますってばっ!」

 

「あら~。先生ったら本音がこぼれちゃってますよ~?」

 

「しまった……って、今はそんな場合じゃなくってですねっ!」

 

「オヤ、シオイ先生ノ息ガ止マッタ……?」

 

「嘘ーーーっ!?」

 

 俺は絶叫をあげながら慌ててしおいに近づき、右手を引っ張って引きずり出そうとする。

 

 しかし俺の思っていた以上にしおいの身体は圧迫されており、上手く2人の間から脱出させることができなかった。

 

「ふ、2人とも、ソファーから立ちあがって下さいっ!」

 

「そうしたいのはやまやまなんですが、上手く挟まっちゃったみたいで身体が動かないんですよね~」

 

「ウ、ウム……。ソウナノダ……」

 

 愛宕は未だにニッコリと笑ったままなのだが、港湾は気まずそうな表情で俺から目を離す。

 

 まるでそれはなにかを隠すみたいに……って、今はそんなことを考えている余裕なんてないっ!

 

「う、おぉぉぉぉぉ……っ!」

 

 しおいの右手を両手でしっかりと掴んだ俺は、全身の力を使って何度も引っ張り続けた。

 

 その度に愛宕と港湾の胸部装甲が激しく震え、ばるんばるんと効果音が鳴ってしまうような動きに、いつしか俺の鼻から赤いモノが……、

 

「あれれ~。先生ったら、のぼせちゃったんですか~?」

 

「ち、力を込め過ぎたから……だと思いますっ!」

 

 隠しようがないのでとっさにそう言ったが、港湾はいつしか苦笑を浮かべつつチラチラと俺の顔を見る。

 

 そんな余裕があるのなら、ちょっとくらいは手伝えよぉぉぉっ!

 

 ――と思ったところで、しおいの腕がゆっくりと俺の方へと動いてきた。

 

「……よし、もう少しでっ!」

 

 俺は最後の力を振り絞り、思いっきり引っ張った途端……、

 

「うおっ!?」

 

 急に抵抗がなくなり、勢いよく身体が後ろへひっくり返ろうとしたので、慌てて受け身を取った。

 

「あわ、あわわわっ!?」

 

「ぐえっ!?」

 

 なんとか頭部を守ることができたのだが、すぐさま俺の身体にのしかかってきたしおいによって、腹部に強烈な痛みが走る。

 

「痛たたた……って、先生、大丈夫ですかっ!?」

 

「う、うん……、なんとか……ね」

 

 本音を言えばかなり痛いんだけれど、ここで弱音を吐くと色んな意味で恥ずかしい。

 

 こういうときはカッコ良く決められれば一番良いのかもしれないが、あいにく俺は元帥みたいになる気はないので、やせ我慢で済ませておく。

 

「あらあら~。なんだか凄い体勢ですよね~」

 

「……へ?」

 

 愛宕に言われ、現状を確かめてみると、

 

 俺は床の上にあおむけになって倒れていて、

 

 しおいが俺の腹部へ馬乗りになっている。

 

 ………………。

 

 うおっ、これなんかエロいっ!

 

「オヤ、先生ノ鼻カラ赤イ液体ガ凄イ勢イデ……」

 

「うわっ、本当だ……って、ティッシュはどこかなっ!?」

 

 俺の上で慌てるしおいだけど、どうやら今の体勢についてあまり分かっていないのか、恥ずかしそうにはしていないんだけど……、

 

「ぐふっ! し、しおい……先生……っ」

 

 そんなにバタバタしちゃったら、腹部が圧迫されてかなり痛いんですけど……っ!

 

「わわわっ!? せ、先生の鼻からいっぱい血が出てきて、顔がどんどん青くなってますっ!」

 

「サッキノシオイ先生ト同ジダネ……」

 

「あら~。結構危なそうですねぇ~」

 

 更に慌てるしおいと、冷静に状況を分析する2人の声が少しずつ遠くなっていくと思ったときには、俺の視界は暗くなっていた。

 

 あ……、これって懐かしい……感じな……気がする……。

 

 

 

 ……がくっ。

 




次回予告

 久しぶりのラッキースケベなシチュエーションに気絶してしまった主人公。
回復するや否や運動会の説明を受けることになったのだが、いきなり失態を突き付けられたと思い、謝りモードに入るのだが……。



 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その19「争奪戦の対処法?」


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その19「争奪戦の対処法?」


 久しぶりのラッキースケベなシチュエーションに気絶してしまった主人公。
回復するや否や運動会の説明を受けることになったのだが、いきなり失態を突き付けられたと思い、謝りモードに入るのだが……。


 

「ほいや~」

 

「あうちっ!?」

 

 身体に強烈な痛みが走ったと思ったら、目の前にしおいの姿が見えた。

 

「凄い……、流石は愛宕先生ですっ!」

 

「いえいえ~。それほどでも~」

 

 後ろから聞こえる愛宕の声とともに、俺の背中にズキズキとした痛みが残っているのを考えると、どうやら気絶していた俺を気つけしてくれたようだ。

 

「さてさて、先生の意識も戻りましたから、説明に入らないといけませんね~」

 

「ウム、ソウダナ」

 

 頷いた港湾と愛宕はソファーに座る。

 

「えっと、しおいは……椅子を持ってきますね」

 

 さすがにもう1度愛宕と港湾の間に座るのは命の危機と感じたらしく、しおいは苦笑いを浮かべながら部屋の隅にあったパイプ椅子を取りに行った。

 

 俺はまだ少し痛む身体を労わりながら、床からゆっくりと立ち上がる。座っていたパイプ椅子はいつの間にか畳まれた状態で転がっていたので、おそらくはしおいを引っ張った際に倒れてしまったのだろうと考えながら組み立てた。

 

「よいしょ……っと」

 

 そうしている間にしおいが戻ってきてソファーに対面する位置にパイプ椅子を置いて座ったので、俺もその隣に位置取った。

 

「これで準備おっけーですね~」

 

「は、はい。お待たせしてすみません……」

 

 しおいは愛宕と港湾に向かって頭を下げたが、そもそもの原因はその2人にある気がするんだけれど。

 

 それでもなにも言わないのはしおいの性格がそうさせるのか、それとも……、

 

「………………」

 

 うん。しおい、めっちゃ震えてる。

 

 なにも言わないんじゃなくて、なにも言えないみたいだよこれ。

 

 さっきの苦しさで恐怖しているのか、それとも別の要因なのか……、

 

 そのどちらが本当かは分からないけれど、明らかに普通じゃないことは簡単に見て取れる。

 

「それじゃあ、説明を開始しま~す」

 

 だが、全く気にすることなく話を始めた愛宕からなにも聞くなという雰囲気を感じた気がしたので、俺は口をしっかりと閉じて耳を傾けることにした。

 

 ……チキンとか言われようとも、ぶっちゃけこれは仕方ない。

 

 だって、俺が舞鶴に帰ると決まってから幾度となく、死にそうな目に何度もあっているんだぞっ!

 

 しかも帰ってきたらみんなの様子がガラリと変わっているし……。

 

 愛宕って、こんなに怖く感じたことってあんまりなかったんだからねっ!

 

 ………………。

 

 うん、まぁ、なんだ。

 

 怒らせたら怖いというのは重々承知していたけどさ。

 

 ただどうしてなのか、怒っている理由がいまいちわからないんだよなぁ……。

 

「少し前のことなんですが、先生が連れてきてくれた佐世保のみなさんが、かちこんできました~」

 

 そう言って両手をパンと胸の前で叩いた愛宕は、ニッコリと笑いつつも俺の方へ視線を向け……たん……だけど……、

 

「す、すんませんでしたーーーっ!」

 

 俺は即座に椅子から飛び降り、すぐさま土下座モードを発動した。

 

 あかんっ、こりゃあ愛宕はんが完全におかんむり状態やっ!

 

 ……って、思わず関西弁になっちゃったけど、完全に怒りを吹っ切って殺す気満々になっちゃってるじゃんかーーーっ!

 

「あらら~。先生ったら、いきなり土下座なんかしてどうしたんでしょうか~?」

 

「こ、このたびの不始末は全て俺が悪いんですっ!

 どうかっ、どうか怒りをおおさめ下さいっ!」

 

「別に私は怒っていませんよ~?」

 

「「………………」」

 

 頭を下げたままなのでハッキリとは分からないが、しおいと港湾がなにも言わないのは……たぶんヤバいのだろう。

 

「安西提督の代わりに元帥へ報告をしなければならないと分かった時点で、ちゃんと言い聞かせておけばこんなことにはならなかったはずっ!」

 

「……あれ?」

 

「それをちゃんとやらなかったばかりか、舞鶴に何度かきたことがある龍驤と摩耶に道案内などを任せてしまい、結果的に幼稚園のみんなを巻き込んだのは本当に申し訳なく思っていますっ!」

 

「……フム」

 

「本来ならば佐世保から出発する前に、問題は起こさぬようにとしっかり説明しなければならなかったのに……俺の力不足ですっ!」

 

「……あらあら~」

 

 額をゴリゴリと床に押し付けながら叫ぶように弁解しまくったんだけど、なぜかみんなが疑問のような声をあげている。

 

 口先だけでなく本心からそう思ったことを言ったつもりなんだが……、どうしてなんだろうか。

 

「愛宕先生……」

 

「先生ノ発言カラ察スルニ……」

 

「ええ、根本的なところでバグってますねぇ~」

 

「………………へっ?」

 

 3人の言葉に俺は慌てて頭を上げる。

 

「どこか抜けているとは思っていましたけど、ここまでだとは思わなかったですよ……」

 

 そう言って、俺の顔から顔を背けつつ頬を掻くしおい。

 

「先生トノ付キ合イハ長クナイガ、ココマデ無自覚ダトハユメニモ思ワナカッタワ……」

 

 港湾は俺を見降ろしながら、蔑んだ目を浮かべている。

 

「他の艦娘ならともかく……とも言えませんでしたけど、仕事に関することまでこうなっちゃいますと、ちょっと問題ありですねぇ~」

 

 大きなため息を吐きながらブツブツと口元でなにかを呟く愛宕が、呆れた顔で俺を見ていた。

 

 えっと……、どうして俺、こんな感じになっているんでしょうか……?

 

 自分の非を認めて土下座したのに、更に悪化している気がするんですが。

 

 なんでこんなことになっちゃうんだよぉぉぉぉぉっ!?

 

 

 

 ……と俺の心の叫びも空しく、暫くの間、土下座をしたまま黙りこくった俺であった。

 

 

 

 

 

 それから数十分の後、愛宕が独り言を止めると同時に小さく頷いてから「もう土下座はいいですから、椅子に座って下さい~」と言ったのを聞いて、俺はゆっくりと立ち上がった。

 

「さて、それでは気を取り直して話を進めましょうか~」

 

 しおいも港湾も頷くと、再び先ほどと同じようにソファーと椅子に分かれ、みんなが真面目な表情へと戻る。

 

 土下座をしていた俺が1番辛いんだけど、それを口に出すこともできずに黙ってパイプ椅子に座った。

 

「先ほど先生から謝罪がありましたが、それらも考慮したうえで明日の運動会について少し変更をしたいと思います~」

 

「……ト言ウト?」

 

「元々は舞鶴幼稚園と佐世保幼稚園の子供たちで様々な競技を行って競い合う予定でしたが、龍田ちゃんの提案によってまたもや先生の争奪戦へと様変わりしそうなんですよ~」」

 

「……アァ、ソレハ雰囲気デ読メタワ」

 

「うぅ……。しおいは色々と……怖かったですよぅ……」

 

 またもや呆れた表情を浮かべる港湾と、身体を小刻みに震わせるしおいだが、ここで俺がなにかを言うべきではないと判断する。

 

 理由は分からないが、まず間違いなく地雷踏み抜くだろうからね……。

 

「ぐうの音も出ないくらいコテンパンにしようと思って……はいませんでしたが、そうなったら舞鶴幼稚園の子供たちに先生の所有権が渡ってしまうので問題になっちゃうんですよね~」

 

「…………………」

 

 い、色々とツッコミどころが多過ぎるんだが、ここで発言して……って、そんなことを考えてたのっ!?

 

 なんか滅茶苦茶黒い部分がでまくっているんだけど、さすがにそれはヤバいと思うんですけどっ!

 

 いやしかし、舞鶴幼稚園を長く見守ってきた愛宕が物騒なことを考えるだなんてさすがにおかしい気がする。

 

 元帥辺りが影響しているのか、それとも……。

 

 …………あっ。

 

 もしかして、随分前に鳳翔さんの食堂でやった飲み会が関係しているとか……?

 

 あの件によってビスマルクと元々仲が良くなかった高雄はともかく、愛宕までもが根に持ってしまったとすると……、

 

 佐世保幼稚園の面々をギャフンと言わせようと策を練ったとしても、おかしくはないのかもしれない……が。

 

 いや、もしそうだったとしたら、俺が佐世保に転勤すること自体が矛盾している気がするんだけれど……。

 

 ………………。

 

「オヤ、ドウシタノダ先生」

 

「……えっ、な、なにがです?」

 

「ナニヤラ凄イ量ノ汗ヲカイテイルヨウニ見エルノダガ」

 

「そ、それは、その……、ちょっと暑いかなぁ……なんて……」

 

「……フム。適温ダト思ウノダガ……ナ」

 

 港湾は辺りを見回しながら不思議そうな顔を浮かべたが、暫くすると小さく肩をすくめて前を向く。

 

 しかし、俺の心境はかなりと言って良いほどよろしくなく、汗をかくのも仕方がない。

 

 様々な出来ごとを考慮したうえで結論を出すと、俺はすでに舞鶴幼稚園にとっていらない存在なのではないか……と思えてきたからだ。

 

 だがその一方で、それならわざわざ佐世保に居た俺に帰還命令を出すこともないだろうし、愛宕が言うように争奪戦になってしまいそうな運動会に対して対策を練る必要もない。

 

 なにがなんだか分からなくなってきた俺の頭は知恵熱を発し、ダラダラと汗を浮かばせている……といった次第である。

 

 従って、俺が今できることといえば、

 

「そこで、子供たちの人数を調整したチーム分けを行おうと思うんですよ~」

 

 黙って愛宕の話を聞く……だけなのであるが、

 

「ナルホド……。シカシソウナルト、場合ニヨッテハ佐世保側ニ先生ガ渡ッテシマウコトニナラナイダロウカ?」

 

「ん~……、確かにその可能性全くないとは言い切れませんが、そこは先生本人が頑張るってことで解決して貰いましょう~」

 

「お、俺が……ですか?」

 

「そうですよ~。自分が撒いた種くらいは回収して下さいね~」

 

「は、はい……」

 

 愛宕の声色は優しいけれど、言葉の内容は厳しいばかりである。しかし、元を正せば俺に原因があるのだから、首を左右に振れるとは思えない。

 

 ましてや俺の意思は完全に無視とはいえ、またもや起きてしまった争奪戦。譲る気は全くないが、俺自身の所有権を取られるとなれば全力を持って阻止しなければならない。

 

「そ、それで、愛宕先生が言うチーム分けって……どんな感じなんですか?」

 

「それはですね……」

 

 しおいの質問に答えた愛宕の言葉を整理すると、

 

 ●教育者である愛宕、しおい、港湾、俺、ビスマルクの5人をメインとして、子供たちをチームに分けるということだった。

 

 

 

 ・ビスマルク:レーベ、マックス、プリンツ、ろー、霧島

 

 ・愛宕   :暁、響、雷、電、比叡、

 

 ・しおい  :天龍、龍田、時雨、金剛、榛名

 

 ・港湾   :ほっぽ、レ級、ヲ級、五月雨

 

 ・俺    :大井、北上、潮、夕立、あきつ丸

 

 

 

 ビスマルクのチームは佐世保幼稚園の4人に、元佐世保鎮守府所属である霧島を入れた5人。

 

 愛宕のチームは担当する子供である暁、響、雷、電に、人数調整で比叡を入れた5人。

 

 しおいのチームは俺が佐世保に転勤する際に引き継いだ担当の子供たちである天龍、龍田、時雨、金剛に、榛名を入れた5人。

 

 港湾のチームは深海棲艦の絡みもあってか、ほっぽ、レ級、ヲ級に人数調整の為なのか五月雨が入っている。

 

 そして俺のチームは舞鶴幼稚園で担当していた潮や夕立、あきつ丸に加え、大井と北上の5人だった。

 

「なるほどー……。これならバランスも良いですし、愛宕先生の意図にもあってますねー」

 

「私ノチームハ1人少ナイガ、能力ヲ考エレバ問題ハナサソウダワ」

 

「子供たちの性能の差が戦力の決定的差ではないと思いますけど……」

 

「戦イハ数ダト……、先生ハ言イタイノカ?」

 

「い、いや、別に喧嘩を売っているつもりはないので睨みつけないで下さい……」

 

 ちょっとツッコミを入れたかっただけなんだけど、港湾がガチでメンチ切っちゃってるよっ!

 

「はいはい、そこで喧嘩をしないで下さい~。

 それより、このチーム分けで1番大事なことは分かりますか~?」

 

「1番大事な……こと?」

 

 しおいが首を傾げながら呟いたんだけれど、そもそもの趣旨を考えればすぐに分かるはずなんだが……。

 

 俺がそれを答えるのも気が引けるが、原因を作った身である以上言わなければならないだろう。

 

「それはつまり、俺が勝てば丸く収まる……ということですよね?」

 

「ええ、その通りです~」

 

 ニッコリ笑って頷く愛宕。

 

 うむむ……。非常に可愛い仕草なのに、今までのことを考えるとなにか裏があるような気がしてくるな……。

 

 しかし、俺も1度は愛宕に惚れた身。

 

 いや、今もしっかり惚れているんですけどね。

 

 ……未だにハッキリと言えないチキンですけど。

 

「……ああっ、なるほど!」

 

 大きく目を開いたしおいは大きな音を立てて手を叩き、何度も納得するように頷いた。

 

「先生のチームには、嫁にする宣言をしている子供たちが居ませんねっ!」

 

「う、うん……。そうなんだけど……ね」

 

 そうもハッキリと言われるとなんだか恥ずかしい気もするが、しおいの言う通りなのだ。

 

 つまり、俺のチームには争奪戦に参加する子供たちは居らず、所有権は動くことがない。

 

 かくして俺は再び自由の身。お天道様の下で存分に闊歩できるという訳である。

 

「まぁ、その為には全力を出さないといけませんけどね~」

 

「そ、それはそうですけど、もちろん協力してくれるんですよね……?」

 

「ソレハ……、聞ケヌ相談ダナ」

 

「えっ、ちょっと、本気ですかっ!?」

 

「私も港湾先生と同じ意見ですよ~?」

 

「なっ、愛宕先生までっ!?」

 

「だって、私たちが手を抜いちゃったら、子供たちに対して失礼じゃないですか~」

 

「で、でもっ、俺の所有権がかかっているんですよっ!」

 

「自業自得ですよね~?」

 

「自業自得ダナ」

 

「じ、自業自得……ですからね……」

 

 3方向から狙ったかのように突っ込まれた俺は「そ、そうですよね……」と言うことしかできず、心の中で涙を流したのであった。

 

 

 

 こうなったら、なにがなんでも勝つしかない……ってことだなっ!

 




次回予告

 見事に自業自得だと突き付けられた主人公は気合を入れた……つもりだったのだが、佐世保の子供たちやビスマルクが気になったので口に出したところ、いきなり驚かれる始末。

 不安の元である防犯システムもあることから、就寝用の布団を持って様子を見に行くことになったのだが……。


 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その20「不幸の名の元に」


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その20「不幸の名の元に」


 見事に自業自得だと突き付けられた主人公は気合を入れた……つもりだったのだが、佐世保の子供たちやビスマルクが気になったので口に出したところ、いきなり驚かれる始末。

 不安の元である防犯システムもあることから、就寝用の布団を持って様子を見に行くことになったのだが……。


 

 スタッフルームで説明を受け、なにがなんでも負けられないと悟った俺は気合いを入れようとしたのだが、ここでふと別のことを思い出した。

 

「あっ、そう言えば……」

 

 ここまで呟いてからどうしようかと迷う俺。

 

 しかし、そうは問屋が卸さないといった風に、すかさず港湾が話しかけてくる。

 

「ドウシタノダ、先生?」

 

「あー、いや……。佐世保のみんなはどうしているかなぁと思いまして……」

 

 そう答えたのも束の間、港湾だけでなくしおいまでもが目を大きく見開いて固まっていた。

 

「せ、先生は凄いですね……」

 

「……へ、なんで?」

 

 どうして2人が驚いているのか分からない俺としては問い返すしかないのだが、

 

「……ナルホド。敵情視察トハ、先生モ抜ケ目ナイナ」

 

 その答えは港湾によって明らかとなった。

 

「いやいや、そんなことは考えていないんですけど、昨日まで佐世保に居た俺としては必要がないと言うか……」

 

「あらあら~。そんなに余裕ぶっていると、足元をすくわれちゃいますよ~?」

 

「気を抜いている訳じゃなくて、大人しくしているかなぁって思っただけなんですよね」

 

「あぁ、なるほどー」

 

 しおいが呟くと同時に、愛宕も港湾も納得したように表情を和らげて頷いた。

 

 ちなみに本音……というか心配している部分だけれど、別にビスマルクが新たな騒ぎを起こすのではないのだろうかという点ではない。

 

 まぁ、それについては100%安心している訳ではないのだが、俺が気になっているのは、ビスマルクたちが居る昼寝用の部屋近くに設置されたという防犯システムである。

 

 愛宕から身長で判断して作動するとは聞いたけど、万が一にも子供たちに危害が加わるのであれば、どうにかして解除しなければならないと思ったのであるが……。

 

「お布団の用意もしなければなりませんし、明日の会議も終わったので、様子を見に行きましょうか~」

 

「ウム。システムガ作動シテイルトハイエ、完全ニ抑エキレルトモ限ラナイカラネ」

 

「そ、それはどうかと思うんですけど……」

 

 笑顔の愛宕に仏頂面の港湾。そして少し汗を額に浮かばせるしおい……って、システムの信頼度が全く分からないんですが。

 

 港湾の言葉からだとそれほどたいしたモノじゃなさそうだけど、しおいの表情からは真逆としか思えないんだよね。

 

 おそらくこれは、自らの経験による反応の差ではないだろうか。

 

 港湾は深海棲艦の中でもかなり上位に位置する高ランクの姫。その力は非常に強く、耐久度も半端じゃないらしい。

 

 しかし、しおいは潜水艦の中では耐久度が高いとは言え、その数値は駆逐艦と変わらない。戦艦相手では無双であっても、いざ攻撃を受ければ脆い部分も見えてしまう。

 

 それが防犯システムに関わるかどうかは別にしても、艦娘であるしおいが不安に思っている以上、生半可ではないと判断できるのだが……。

 

「ではでは、まずリネン室にお布団を取りに行きましょうか~」

 

「は、はい。分かりました」

 

 そう言われたら動かざるを得ないし、そもそも見に行きたいと思っていたので都合が良い。

 

 愛宕に頷いた俺は先導してスタッフルームから出て、廊下を歩いてリネン室へと向かう。

 

 とりあえず防犯システムの危険性については、現地に到着してから考えるしかない……と、俺は足を進めた。

 

 

 

 

 

「よいしょ……っと」

 

 リネン室から布団を持ち出し、両手で抱えながら通路を歩く。

 

 昼寝用の部屋に居る佐世保の子供たちとビスマルク、龍驤、摩耶を合わせて7人分となると、さすがに1人では持ち切れないので分担するしかない――と思っていたのだ、

 

「こ、港湾先生、重くないですか……?」

 

「コノクライノ重量ナド、力仕事ニモナラナイワ」

 

 そう言いながらヒョイヒョイと腕を上げ下ろしする港湾の手には、7人分の掛け布団と敷布団がしっかりと握られている。

 

 カギ爪のような手では布団を破かないように持つだけでも大変そうだと思うのだが、当の本人は全くそんな素振りも見せず、余裕しゃくしゃくといった感じの表情だった。

 

 ……うむむ。力仕事は俺の役目だっただけに、なんだかやるせない。

 

 おかげで俺が持っているのは7人分の枕だけ。しおいは敷布団用のシーツだし、愛宕は毛布を持っている。

 

 端から見ても、俺ってあんまり役立っているように見えないよなぁ……と思っていると、

 

「うおっ!」

 

 港湾の方を見ていた俺は、持っていた枕のバランスを崩しかけて落としそうになってしまった。

 

「あらあら、大丈夫ですか~」

 

「え、ええ。ちょっと危なかったですが、大丈夫です」

 

 俺は愛宕に答えてから上手く腕を動かし、積み上げた枕の位置を調整する。

 

 綿や羽毛の枕なら両手で挟み込めば7つくらい持てるのだが、幼稚園で使っているのはそば殻である。そこそこ重量もあり、大きさもこじんまりとした物なので、量があると結構持ちにくかったりするのだ。

 

「先生、良かったらしおいが半分持ちましょうか?」

 

「いやいや、港湾先生があれだけ持っているのに、男の俺がこれくらいで音をあげていたらさすがに……ね」

 

「そう……ですか?」

 

「うん。だから、これくらいは頑張らせてもらうよ。

 それと、しおい先生の気持ちはとても嬉しいから……ありがとね」

 

「い、いえっ。別にそんなお礼を言わなくても……っ!」

 

 しおいは慌てるようにブンブンと顔を左右に振り、すぐさま俺から顔を逸らした。

 

「………………」

 

「フム、ナルホド……」

 

「……?」

 

 そんな俺を見た港湾が、愛宕と一緒になにかを呟いていた。

 

 声が小さいから聞こえないんだけれど、一体なにを話しているのだろう。

 

 それに、心なしか愛宕の表情が良くない気がするんだけれど、通路の照明が薄ぐらいせいなのだろうか。

 

 ……っと、あまりよそ見をしていると、またさっきのようにバランスを崩しかねない。

 

 俺は前を向きながら枕を注意深く見つつ、足を進めたのだけれど、

 

「あっ、そろそろ……ですね」

 

「……そろそろ?」

 

 しおいが声をあげたので、俺は立ち止まりながらみんなの顔を見る。

 

「はい。これから先は防犯システムがあるんですよ」

 

「あぁ、スタッフルームで言っていたやつだね」

 

 そう言いながら頷いた俺だが、本目的はそのシステムが本当に大丈夫かどうかの確認である。

 

 俺は再び前を向き、辺りの様子を伺ってみたのだが、

 

「……で、どこに防犯システムがあるのかな?」

 

「ええっと、見た目は分かりにくいですから、スイッチを切った方が早いんですけど……」

 

 しおいは答えながらキョロキョロと顔を動かしているが、その動きは一向に収まらない。

 

「あ、あれ……、お、おかしいな……」

 

「どうしたんですか~?」

 

「そ、その……、システムを作動させるスイッチが見当たらなくて……」

 

「ソレナラ、先生ノ少シ前方ノ壁ニアルヤツデハナイノカ?」

 

「前方って……、あっ!」

 

 小さく叫んだしおいの視線の先には壁があり、そこにはバスの停止ボタンのようなモノが取り付けてあった。

 

 ……というか、まんまそれにしか見えないんだけれど。

 

 丸いボタンの上に『停止します』って書いてあるのが見えるし、まず間違いない気がする。

 

 しかし、幼稚園の通路にバスの停止ボタンって、なんだかシュール過ぎるんだが。

 

 いったいどこに止まるんだって感じだよな。

 

「本当ですね。ちょうど先生の影だったので、見えにくかったのかな……?」

 

「ゴメンね。俺も早く気づいてあげられたら良かったんだけど、スイッチがどんなのか分からなかったからさ」

 

「あっ、いえ。そういうつもりで言ったんじゃないんですけど……」

 

 またもや顔をブンブンと左右に振ったしおいの顔は慌てていたけれど、そんなに気を使わなくても良いんだけどなぁ……。

 

 なんだか以前よりよそよそしい感じがするのは、やっぱり暫く会っていなかったせいだろうか。

 

 せっかくこっちに戻ってきた俺としては、できる限りフレンドリーでありたいと思う訳だし、ここはこっちから歩み寄った方が良いだろうと判断し、行動に移すことにした。

 

「それじゃあ、スイッチに1番近い俺が押すね」

 

 枕で手が塞がっている俺がスイッチを押そうとするなら、おでこで頭突きをするようにすれば良い。

 

 もちろん壊してはいけないので、ゆっくりと触れるように……と思っていたんだけれど、

 

「あっ、先生!」

 

 急に大きな声をあげたしおいに一瞬驚いた俺だったが、動かした足は止まらずスイッチへと向かう。

 

 そして床を踏み締めた途端、カチリという乾いた音が通路内に響き渡った。

 

「……へ?」

 

「う、動かないで下さいっ!」

 

「え、え、えっ?」

 

 俺は慌てながら足元を見てみるが、通路の絨毯以外はなにも見当たらない。しかし心なしか、布ではなく硬さのあるモノが足の裏に感じられるような気がしなくもないが……。

 

「な、なにも見当たらないんだけど……」

 

「その足を浮かしたら、死んじゃいますよっ!」

 

「……はぁぁぁっ!?」

 

 しおいがいきなり物騒なことを叫ぶものだから、俺はなにを言っているんだと思いながら振り返ってみたのだが、

 

「……先生、ぜぇぇぇったいに、動かないで下さいね~」

 

 あ、愛宕の顔がガチなんですが。

 

 ……ど、どういうこと?

 

「TM-46……、対戦車地雷ヲバッチリ踏ミ抜イタネ」

 

「ファッ!?」

 

「う~ん。スイッチを押して解除しようとしても、足を離したら起爆しちゃうでしょうねぇ~」

 

「ちょっ、マジでっ!?」

 

「だ、だから危ないって言ったのに……」

 

「そんなの分かる訳ないじゃんかよぉぉぉっ!」

 

 俺はしおいに向かって悲鳴が混じったツッコミを入れたものの、3人はお互いの顔を見合ってから、

 

「「「はぁぁ……」」」

 

「なんで同時にため息なんて吐くんですかっ!?

 つーか、なんで防犯システムに対戦車地雷なんか使ってるんだよっ!

 しかもなんで解除スイッチの真下に設置しちゃってんのっ!?」

 

「それはもちろん、解除しようとする輩の殲滅を狙ってのことですよ~?」

 

「殺す気満々じゃん!

 そしてどう考えても幼稚園に設置するレベルのモノじゃないですよねぇぇぇっ!」

 

 地雷を踏んだままの俺に向かってニッコリと笑って説明する愛宕に、全力でツッコミを入れる。

 

 もちろん足は微動だにさせないが、生きた心地は全くしませんですハイ。

 

「とにかく、どうにかして解除をしないといけませんねぇ~」

 

「コノ際、起爆シテシマエバドウダロウカ?」

 

「いやいやいや、ちょっと待って!

 それってどう考えても死んじゃうからっ!」

 

「先生のことですから、案外しぶとく生き残ったりしませんか?」

 

「俺はいたって普通の人間なんだから、いくらなんでも無理だって!」

 

「「「………………」」」

 

「なんでここで無言になるのかなぁぁぁっ!?」

 

「子供とはいえ、艦娘の全力踏み付けを顔面に喰らってピンピンしている段階で普通の人間だとは思えないですよ……」

 

「あれって目茶苦茶痛かったし、気絶しちゃったからねっ!?」

 

「気絶程度デ済ム段階デ、人間デハナク全身義体ノ疑イガ……」

 

「脳だけじゃなくて、ちゃんと全身が生身ですからぁぁぁっ!

 有線も無線も繋げませんからぁぁぁっ!」

 

「案外、世界制覇を企む悪の秘密結社に改造されていたという可能性もありますねぇ~」

 

「変身ベルトなんて装着してませんよぉぉぉっ!」

 

「ここでまさかの蒸着……?」

 

「俺の身体に0.05秒でコンバットスーツを蒸着できる訳がないっ!」

 

「ナゼカ先生ノ台詞ガ、ラノベノタイトルニ聞コエルノダガ……」

 

「俺はエロゲが大好きな読者モデルでもないんだからねっ!」

 

「地味にツンデレっぽい言い回しですねぇ~」

 

「乙女プラグインなんか導入していませんからぁぁぁっ!」

 

 久しぶりのボケの嵐に、半泣きになりながら突っ込みまくる俺。

 

 あえて言おう、どうしてこうなった。

 

 そして頼むから、足の下にある地雷をどうにかして下さい……と、心の中で何度も泣き続けたのである。

 

 

 

 それと、どうしてみんなは佐世保での出来ごとを知っているんだろう……?

 




次回予告

 地雷を踏んだ挙句、ツッコミ連打をしなければならなくなった主人公。
どうにかして解除をする方法を模索しているうちに、このタイミングで絶対に会いたくなかったアイツが現れて……。


 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その21「効果は未知数?」


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その21「効果は未知数?」

 地雷を踏んだ挙句、ツッコミ連打をしなければならなくなった主人公。
どうにかして解除をする方法を模索しているうちに、このタイミングで絶対に会いたくなかったアイツが現れて……。


「う~ん、困りましたねぇ~」

 

 立ったままの俺に対し、愛宕、しおい、港湾の3人は、床に引いてある絨毯をめくり、四つん這いになっている。

 

 傍から見ればどういう状況なのか分からない上、下手をすれば滅茶苦茶マニアックなプレイでもしているんじゃないかと思えてしまうのだが、ハッキリとそうではないと断言しよう。

 

「ど、どう……ですか?」

 

「困りましたねぇ~」

 

「い、いや、それはさっきも言ってましたけど……」

 

「困っちゃいましたねぇ~」

 

「ちょっとだけ変わっただけですよねっ!?」

 

「もう~。考えているんですから、あんまり叫ばないで下さい~」

 

「あ、はい……。すみません……」

 

 ちょっぴり不機嫌そうな顔をしながら声をあげた愛宕は、再び俺の脚元に視線を戻して「う~ん……」と呟く。

 

「先生ノ体重ヲ考エルト、起爆シナイ可能性ハナイノダロウカ?」

 

「で、でも、『カチッ』と音が……鳴ってましたよね?」

 

「設定してある体重は確かに微妙なところですけど、音が鳴った以上は危険だと思いますよ~」

 

「フムゥ……。ソウナルトヤハリ……」

 

「解除するしかありませんねぇ~」

 

 愛宕の声に続いて重いため息が3つほど重なる。

 

 できれば俺も同じようにしたいのだが、命がかかっている以上気を抜くようなことはできそうにない。

 

「これってやっぱり、靴を脱ぎつつ重しをかける方法を取るしかないですよね?」

 

「ん~……。その方法はあまりお勧めできないんですよね~」

 

「えっ、どうしてですか?」

 

「単純ニ、成功率ガ高クナイカラネ」

 

「そ、そうなんですか……」

 

 ガックリと肩を落とすしおいだが、俺の気持ちになってくれ。

 

 聞こえてくる会話がどれもかしこも良い方向に向いていないんだよっ!?

 

「液体窒素ヲ起爆装置ニ噴射シテ、凍結サセルノハドウダロウ?」

 

「爆発するまでの時間が少しだけ稼げますし、それが1番妥当ですかねぇ~」

 

「でも、液体窒素って、どこで手に入れてくるんですか?」

 

「それならスタッフルームのロッカーに入ってますよ~」

 

「……そ、そうなんですか?」

 

「そうなんです~」

 

 大きく目を見開いているしおいの心境はよく分かる。

 

 なんでロッカーの中に液体窒素が入っているのか、全くもって分からない。

 

 しかし、以前行われた俺の争奪戦前日に、俺は愛宕と話して驚きまくったことがある。

 

 RPGにシャベリンが、ロッカーの中に保管されているのだ。

 

 しかも鍵はいたって普通のやつである。ヲ級に針金を持たせたなら、数秒で開いてしまうだろうロッカーの中に……だ。

 

 ぶっちゃけて危ないとかそういうレベルではないし、管理体制を疑ってしまうのだが、そもそも幼稚園になんでそんなモノが必要なのかと未だに分からない。

 

 だが、それらはすべて愛宕の私物であり、俺がどうこう言える立場では……って、やっぱりどう考えてもおかしいからねっ!

 

「それじゃあ、液体窒素を使う方向で進めましょうか~」

 

 そう言った愛宕はゆっくりと立ち上がり、俺の顔を見ながらニッコリと微笑んでからスタッフルームの方へと足を向けようとしたのだが、

 

「さっきからなにを騒いでいるのかしら……って、どういう状況なのよ、それ?」

 

 昼寝用の部屋から出てきたビスマルクが俺の方を見た瞬間、もの凄く不機嫌そうな表情を浮かべてこちらに向かってスタスタと歩いてきた。

 

「ちょっ、ビスマルク! ストップストップ!」

 

「なによ。私がきちゃマズイってことっ!?」

 

 更に顔を険しくしたビスマルクは俺の顔に視線をロックオンさせ、どんどんと速度を上げた。

 

「ち、違うんだって!

 今この辺りは防犯システムが作動しているから、動き回ると地雷が作動して……」

 

「そんなモノ、とっくに解除しておいたから問題ないわよっ!」

 

「へ……って、うわぁぁぁっ!?」

 

 叫んだビスマルクは床を蹴って大きく跳躍し、俺の目と鼻その先に着地するや否や胸倉を掴まれた。

 

「ビ、ビスマルクッ! く、苦しい、苦しいって!」

 

「私たちが休んでいるすぐ近くでイチャコラしてるなんて、やっぱり教育が足りなかったみたいねっ!」

 

「イ、イチャコラなんてしてねぇよっ!

 つーか、教育なんか一切受けた覚えもないし、むしろ俺が教えていた側じゃねぇかっ!」

 

「グチグチ五月蠅いわねっ!

 そこまで言うなら、私を納得できるくらい教育してみなさいよっ!」

 

「な、なにを……ぐへぇっ!?」

 

 ビスマルクは俺の胸倉を掴んだまま壁へと押しあて、ギリギリ首を絞めつけてくる。

 

「ぐ、ぐるじぃ……」

 

「こっちに帰ってきた途端に生き生きするなんてあんまりじゃないっ!

 いくらなんでも私たちに失礼だと思わ……っ!?」

 

 カチャカチャと金属が触れ合うような音が背後から鳴り、ビスマルクの表情が一変する。その瞬間に締められていた首の圧迫が弱まり、苦しさが幾分かマシになった。

 

「ソレ以上ハ良クナイ……ワ」

 

 港湾が鋭い目つきを浮かばせながらビスマルクの背後に立ち、起伏のない声を呟きながら大きな手を動かしている。

 

 なるほど……。さっきから聞こえている金属音は、港湾の指が重なる音なんだな。

 

 同じ職場で働く仲間だとはいえ、港湾は深海戦艦の姫である。従って、威圧感は半端ない……と思えるのだが、

 

「あら……。この私に喧嘩を売ろうだなんて、いい度胸じゃない」

 

 掴んでいた胸倉から手を離したビスマルクはクルリと反転し、港湾の顔をギロリと睨みつける。

 

「ホゥ……。タカガ1人ノ戦艦風情ガ、私ニ楯突ク気カシラ?」

 

「ハンッ。言ってくれるじゃないっ!」

 

 拳をバキポキと鳴らしながら、ビスマルクが啖呵を切る。

 

「少シバカリ痛イ目ヲ見ナイト、分カラナイヨウネ……」

 

 同じように港湾が指を激しく動かし、目尻の辺りに血管が浮き出て……って、怖っ!

 

 ちょっ、どこぞのヤンキーマンガ並の表情なんですけど、ガチでヤバいやつじゃないですかっ!

 

 今にも殴り合いのケンカが始まりそうな勢いだから、なんとかして止めなければ……と思ったのだが、

 

「はいは~い。こんなところで喧嘩をするなんて、教育者としてあるまじき行為ですよ~?」

 

 俺より先に動いた愛宕が、2人の間に立って両手で×を作っていた。

 

「邪魔をするなら、あなただって容赦はしないわよ?」

 

「愛宕先生ニハ悪イガ、コイツヲ懲ラシメナイコトニハ腹ノ虫ガ治マラヌ」

 

 ビスマルクと港湾はそう言いながら、止めようとする愛宕をどかそうとするが、

 

「私のお願いが……聞けないってことでしょうか~?」

 

 愛宕がその言葉を呟いた瞬間、急に突風が吹いたかのような気になり、即座にゾクゾクとした寒気が背筋に走った。

 

「「……っ!?」」

 

 即座に顔を強張らせるビスマルクと港湾だが、これは自業自得だから仕方がない。

 

 しかし今日だけで何度愛宕が怒ったのか分からないんだけど、トラブルが起き過ぎじゃないですかね……?

 

「イ、イヤ……、別ニソウイウ訳デハナイノデ勘違イシナイデモラエルト……」

 

 港湾はすぐに手を激しく左右に振り、自分にその気はないことをアピールしたのだが、

 

「ふ、ふんっ! そ、そんにゃ言葉で私を脅しょうなんて、あきりゃるわにぇっ!」

 

 ビスマルクは愛宕に向かって胸を張りながら答えるが、滅茶苦茶噛んだ挙句に膝が完全に震えていた。

 

 ……まぁ、そうなっちゃいますよねって感じだが、啖呵を切れるだけ根性が据わっていると言えるだろうか。

 

 ぶっちゃけた話、無謀すぎると思うけど。

 

 本来なら重巡洋艦の愛宕より戦艦であるビスマルクの方が強いはずなのに、それを全く感じさせないほどの威圧感があるんだよなぁ。

 

 ……いや、それ以前に港湾がビビっている段階でおかしいんだけどね。

 

 姫をも震え上がらせるって、どんなレベルなんだよって話だし。

 

 さすがは裏番長の名は伊達じゃない……か。

 

「あら~、なんだか先生の方から変な思考が……?」

 

「……以前にも言いましたけど、どうして俺の考えが読めるんですかね?」

 

「そんな感じの顔をしているからですねぇ~」

 

「そんなに俺って、顔に出やすいですかね……?」

 

「「「「………………」」」」

 

「………………」

 

 ちくしょうっ!

 

 4人揃って無言で頷かれちまったよっ!

 

 なんて日だ! 今日はいったいなんて日だ!

 

 こんなに不幸だった日は珍しいぞ、ちくしょぉぉぉっ!

 

 ……と心の中で絶叫を上げていると、しおいが首を傾げながら俺を見てなにかを呟いた。

 

「……あれ、なんかおかしくない……ですか?」

 

「……おかしいって、な、なにが……かな?」

 

「えっと、その……、先生ってさっき、ビスマルクさんに締められてましたよね……?」

 

「あー……、うん。そうだけど……」

 

 俺はしおいに答えつつ、チラリとビスマルクの顔を見る。

 

「………………」

 

 無言で愛宕に視線を向けたままのビスマルクだが、未だに膝は震えているところからして、しおいの発言が気になっているという感じではなさそうだ。

 

 まぁ、おそらくは愛宕の一挙手一投足に集中しているんだろうが、自分が撒いた種なのでフォローする必要もない。

 

 ……別に首を絞められてたことを怒っているからとか、そういうんじゃないのであしからず。

 

「それがなにか問題でもあったのかな?」

 

「ふ、普通は戦艦であるビスマルクさんの締めを食らっただけで重症になっちゃう気がするんですけど、そうじゃなくってですね……」

 

 そう言って、しおいが右手の人差し指を床に向ける。

 

 俺の視線はその指を追い、ゆっくりと足元にたどりついたのだが、

 

「先生の足……、浮いちゃってましたよね?」

 

「………………あっ」

 

 しおいの言う通り、俺の足はビスマルクに壁へ叩きつけられたと同時に浮いていた。

 

 更に、足がある位置は地雷の上ではなく、完全に別の場所にある訳であり……、

 

「どうして、爆発しないんでしょうか……?」

 

「ど、どうしてだろうね……」

 

 俺としおいは曖昧な表情を浮かべたまま首を傾げると、急にビスマルクがこっちを向いて口を開いた。

 

「そにょ地雷なら、すでに解除してあるって言ったじゃなひっ」

 

 未だ噛むビスマルクが可愛らしいかもしれない……と思ったりもするが、そういえばそんなことを言っていたような気がする。

 

「え……っと、解除したっていうことは、ここに地雷があるってのを、知っていたってことだよな?」

 

「ええ、もちろんよ」

 

 自慢気な表情を浮かべて頷くビスマルクだが、膝の震えはまだ止まっていない。

 

 うむ。完全に強がりだな。

 

「さすがは舞鶴幼稚園よね。侵入者を撃退するために、対戦車地雷を設置しているとは思わなかったわ」

 

「いやいやいや、普通の幼稚園はそんなモノ設置しないからねっ!」

 

「あら、そうなの?

 それならどうして、今この場所に地雷があるのかしら?」

 

「そ、それは……」

 

 ビスマルクの問いかけに、愛宕から聞いたことをそのまま伝える訳にはいかないよなぁ……と思っていると、

 

「それはもちろん、明日の運動会に参加して貰うために舞鶴まできてもらったんですから、安全に過ごせるように設置したんですよ~」

 

「な、なるほど……。そうだったのね!」

 

 少し驚いたように目を見開いたビスマルクだが、すぐに納得して笑みを浮かべた。

 

「今までいけ好かないとは思っていたけれど、ちゃんと礼儀正しくしてくれるなんて嬉しいじゃない」

 

「いえいえ~。それほどでも~」

 

 同じく笑みを浮かべた愛宕が謙遜するように手を振るが、本当のことを知っている俺としては素直に頷くこともできず、

 

「「………………」」

 

 しおいと港湾は、愛宕とビスマルクから完全に目を逸らして知らないフリをしていた。

 

 君子、危うきに近寄らず。正にその通りである。

 

「でもそれだったら、地雷を解除しなかった方が良かったわね」

 

「い、いやいや。色んな意味で危ないところだったし、俺としては助かったんだけどね」

 

「あら、そうなの?」

 

「ふ、踏んじゃっていたからね……」

 

「別に問題ないじゃない……って、確かにあなたは人間だから無傷では済まないわね」

 

「人間だからって……、あっ!」

 

 俺は思わず口を開き、あることを思い出した。

 

 深海棲艦に人類が作った兵器は効果をなさない。

 

 ならば、深海棲艦に有効な攻撃ができる艦娘は……、

 

「も、もしかして、ビスマルクがこの地雷を踏んでも……」

 

「多少は痛いかもしれないけれど、別にたいしたことはないわよ?」

 

「そ、そうか……」

 

 とどのつまり、愛宕がこのシステムを設置したのは、本気じゃなかったということなのだろうか。

 

 子供たちには感知しない地雷を使用することで万が一を防ぎ、ビスマルクや摩耶が踏んだところでビックリする程度にしかならない。

 

 ある意味ドッキリみたいなモノかもしれないが、問題は……、

 

「いやいや、幼稚園の中に居るのは俺も含まれているって分かっていましたよね?」

 

 俺はそう言いながら、愛宕やしおい、港湾の顔を見てみると、

 

「「「………………」」」

 

 そりゃあもう、完全に目を逸らされましたとさ。

 

 

 

 何気に酷いってレベルじゃないと思うんですけどねっ!

 

 

 

 下手をすれば死んでたんだよっ!? マジで勘弁して下さいよっ!

 




次回予告

 なんとか死の危険から逃れられた主人公。
1つの目的であるビスマルクたちの様子を伺うことができ、布団の用意をすることになる。

 だがここでも、不幸なことに変わりはなく……?


 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その22「地雷の理由」


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その22「地雷の理由」


 なんとか死の危険から逃れられた主人公。
1つの目的であるビスマルクたちの様子を伺うことができ、布団の用意をすることになる。

 だがここでも、不幸なことに変わりはなく……?


 

「よし、それじゃあ用意するかな」

 

 地雷を踏みつけてしまった騒動はことなきを得、ビスマルクたちも大丈夫だったことに安心した俺は胸を撫で下ろし、昼寝用の部屋に入って子供たちに声をかけつつ、持ってきた布団を敷き始めた。

 

「しおい先生。俺がまず敷布団にシーツを被せて配置しますので、その上に枕と毛布をお願いします」

 

「了解ですっ!」

 

 さすがにここはこなれているので、俺もしおいもテキパキと作業をこなす。

 

「さすがは先生ね。私の教育に間違いはなかったわ」

 

 ふふん……と鼻を鳴らしながら腕組をしてふんぞり返るビスマルクだが、どうしてそう事実と全く違う発言ができるのだろうか。

 

「……教えたのは俺の方だし、ビスマルクは未だにこういうのって苦手なイメージがあるんだけど?」

 

「なっ、なによっ!

 私だってやればできるんだからっ!」

 

 そう言って近くに置いてある別の敷布団を手に持ち、シーツを被せようとする。

 

「むっ……、むぅぅ……っ」

 

「言わんこっちゃない……。

 ここは俺としおい先生がやるから、ビスマルクは子供たちを見といてくれ」

 

「くぅぅ……っ!

 こ、これで勝ったとは思わないことねっ!」

 

 顔を真っ赤にしながら逃げ去る様に部屋を出て行ったビスマルクだが、佐世保に居るときに何度も教えたはずなんだけどなぁ……。

 

 いかんせんビスマルクは要領が悪い……というよりも、単純に細かい作業が苦手な感じがする。

 

 それが分かっているからこそ、最初は口しか出さなかったのだろうけれど。

 

 ……そう考えると、少々悪いことをしてしまったかもしれない。

 

 しかし、佐世保に戻ればもう俺は居ないのだから、これくらいのことは1人で出来て貰わないと困るのだが。

 

 うむむ……。不安要素を残したままってのも、心苦しい気がする。

 

 とはいえ、帰還命令はもう出ちゃっているしなぁ……。

 

 ――と、そんなことを考えながら7つの敷布団にシーツを被せ終え、少し間をおいて配置をする。しおいがその上にお願いした通り枕と毛布を置いてくれたので、その間に掛け布団にシーツを被せておいた。

 

「先生、これでオッケーですかー?」

 

「うん。バッチリだよ」

 

「それじゃあ、あとはこの掛け布団を被せて終わりですねー」

 

 しおいはそう言いながらシーツを被せ終わった掛け布団を配置し、7つ全ての布団セットが完成した。

 

「ふぅ……。お疲れ様」

 

「お疲れ様ですー」

 

 別に汗はかいていないのだけれど、普段の癖なのか額を袖で拭う俺としおい。

 

 そしてふと壁に取り付けてある時計を見ると、針は19時前を指していた。

 

「そろそろ夕飯の時刻か……」

 

「そうですね。空もかなり暗くなってますし、お腹もすいてきちゃいましたっ」

 

「確かに……って、よく考えてみたら鳳翔さんの食堂って滅茶苦茶久しぶりじゃんっ!」

 

 俺は大きな声で叫びながら記憶を呼び覚ました途端、腹部から『ぐぅぅぅぅ……』と情けない音が鳴り響いた。

 

「わわっ、凄い音ですねぇー」

 

 開いた手を口の上に当て、ビックリしたような表情でしおいが言う。

 

「あ、あはは……」

 

 さすがに恥ずかしくなってしまった俺は、頬を掻きながら苦笑を浮かべたのだが、

 

「……あれ、そういえば、佐世保のみんなの食事はどうするのかな?」

 

「ああ、それなら愛宕先生が夕食時刻に鳳翔さんの食堂に行くのは大変かもしれないからって、子供たち用にお弁当を発注してましたよ」

 

「なるほど。さすがは愛宕先生だね」

 

「ですねー。

 あっ、でもあくまで子供たちの分だけみたいですから、ビスマルクさんや……えっと……」

 

 しおいはそう言いながら部屋の片隅へと視線を向ける。

 

 そこには体育座りをしている2人の艦娘の姿があった。

 

「………………」

 

「………………」

 

 虚ろな目を浮かばせながら微動だにしないその姿は人形のようであり、その一帯だけ負のオーラが漂っている気がしてしまう。

 

 まるで某不幸戦艦姉妹の部屋みたいな……って、入ったことも覗いたこともないけどさ。

 

「あ、あの2人の分はさすがに用意していないと思いますけど……」

 

「ま、まぁ、ビスマルク等と一緒に食べに行くんじゃないかな……」

 

「そ、そうですよね……。あは、あはははは……」

 

 乾いた笑い声をあげながら、額に汗をかくしおい。

 

 俺が幼稚園にたどりついたときには、すでに2人はあんな調子だっただけになにがあったかは分からない。

 

 しかし、しおいの顔色を見る限り、結構ヤバいことがあったんだろうと思う。

 

 愛宕との会話でも分かる通り、かなり怒っていた感じがあったからなぁ……。

 

 本当に、龍驤と摩耶はなにをやらかしたんだろう。

 

「そ、そういえば、そろそろ愛宕先生と港湾先生の作業も終わりますかね?」

 

 またもや頭の中で考えごとをしていると、急にしおいがそんなことを言い出した。

 

「んー……、防犯システムがどれくらいあるのか俺は知らないし、全部の撤去ってどれくらいかかるか分からないんだけど……」

 

「あっ、そうですね。それじゃあ、しおいが様子を見てきますっ!」

 

 なぜか敬礼のポーズを取ったしおいはクルリと踵を返し、ダッシュで部屋の外へと走って行く。

 

 なんだか焦っていたみたいだけど、なにをそんなに気にしているのだろう。

 

 そう思った俺は、部屋を見回してみたんだけれど……、

 

「………………あっ」

 

 なるほど。そういうことか……。

 

「「「………………(じーーーーー)」」」

 

 めっちゃ見られてる。

 

 それはもう、懐かしき比叡のガン見モードのように。

 

 プリンツ、レーベ、マックスが俺の顔を睨みつけるように、ジッとこちらの方へ視線を向けていたのだ。

 

 そして先ほどのしおいが立っていた位置は、ちょうど俺と子供たちを挟んでいた。

 

 つまり、背中にヒシヒシと視線を感じていた訳で、

 

「気まずく感じちゃうよなぁ……」

 

 俺は肩を落としながら小さく息を吐き、あまりそういうことをしないようにと注意をするべく、子供たちの方へ歩いて行った。

 

 

 

 

 

「さて、どうするか……だな」

 

 子供たちに近づきながら、頭の中で考える。

 

 現状に置いて、子供たちの機嫌はよろしくないはずだ。輸送船の中で説得できなかったばかりか、天龍や金剛たちと睨み合っていたことを考えれば、更に悪化している恐れさえある。

 

 それらを考慮すれば、開口1番に注意をするのは避けておき、それとなくやんわりと伝える方が良いだろう。

 

 なにごともトラブルなく進むのがベストである。

 

 ましてや今日はいつにも増して不幸続きなんで、極力厄介ごとは回避したい。

 

 考えがまとまったところで、俺は子供たちのすぐ目の前にやってきた。ここはいつも通りに挨拶をしてから、それとなく本題に入ろうとしたのだが、

 

「やぁ、みんな。

 今日お休みする布団の用意ができたから……」

 

 

 

 ガシッ!

 

 

 

「……へ?」

 

 いきなり腰の辺りに強い締め付けを感じ、疑問の声をあげながらも子供たちを見る。

 

 プリンツにレーベ、そしてユー……って、1人足りなくないか?

 

「捕獲……完了よ」

 

 そして後ろから聞こえてきた声に、俺は冷や汗を浮かばせながらゆっくりと振りかえる。

 

 そこには残りの1人であるマックスが、不敵な笑みを浮かべながら俺を見上げていた。

 

「あ、あの……、マックス……?」

 

「フフフ……。もう逃がさないわ……」

 

「い、いや……、なんでそうなるの……?」

 

「舞鶴に帰ってきた途端、同僚にうつつを抜かす先生にはお仕置きが必要だから……かしら」

 

「ちょっ、言っていることがビスマルクと変わらないぞっ!?」

 

 俺は慌ててマックスから逃れようとするが、その力は非常に強く、なかなか振りほどけない。

 

 それどころか、更に事態は悪化するようで……、

 

「ナイスですマックス!

 そのまま先生を捕まえておいて下さいねっ!」

 

 そういったプリンツは、見覚えのあるポーズを取って……って、まさかっ!?

 

「ちょっと待てプリンツッ!

 その体勢はまさか……っ!?」

 

「浮気心は……、全部ぶち壊してあげますっ!」

 

「ば、馬鹿っ!

 こんな状態でタックルなんか食らったら……」

 

「問答無用っ! ふぁいやぁぁぁーーーっ!」

 

「マックスまで巻き添えに……って、あれ?」

 

 プリンツが駈け出した途端、腰を掴まれていた感触がふっと消える。

 

「……くっ!」

 

 俺は慌てて右に体重をかけ、ステップで避けようと体勢を取った。

 

「甘いですっ!

 先生の行動は、何度も目で見て……ふえっ!?」

 

「とうっ!」

 

 いつもならばそこから普通に距離を取るか、体重移動自体がフェイントで反対方向に避ける方法を取る。しかし俺は、今までにはやったことがない――垂直ジャンプで、プリンツのタックルを飛び越えたのだ。

 

 呆気に取られたプリンツだが、スピードが乗ったタックルを急に止められる訳がなく、そのまま俺から離れていく。

 

「よし、これでなんとか……」

 

 着地をした俺は膝を曲げて衝撃を逃し、プリンツの追撃に備えて立ち上がろうとしたのだが、

 

「先生って……甘いよね」

 

「んなっ!?」

 

 いつの間にかすぐそばに立っていたレーベにガッチリと肩を抑えつけられ、立つことができずに中腰のまま固まる俺。

 

「……ええ、ベタベタにもほどがあるわ」

 

 そしてその後ろからガッチリと背中を抱きしめるマックス……って、全く動けないんですけどっ!

 

「先生を見事にとったどー……ですって!」

 

 そして右手を高々と上げつつ叫ぶろーだが、君はなにもやってないからね……。

 

「フッフッフ……。さすがはレーベとマックス。私の陽動が見事に功を奏しましたねっ!」

 

 ガッチリと拘束された俺を見ながら悠々と近づいてきたプリンツが、ニヤニヤと笑みを浮かべていた。

 

「……私もろとも先生にタックルをするとは思わなかったのだけれど?」

 

「そ、それは気のせいですよっ!」

 

「あのままだったら、マックスも怪我をしていたと思うんだよね」

 

「て、敵を騙すには、まず味方からですからっ!」

 

「……本当かしら?」

 

「……本当に?」

 

「ほ、ほほほ、本当ですっ!」

 

 レーベとマックスの冷ややかな目と言葉にうろたえたプリンツは、ススス……と視線を逸らしていく。

 

 うむ。アレは完全に嘘をついちゃっている感じだよね。

 

 もちろんそのことをレーベもマックスも感づいているようで、冷ややかな目はそのままにプリンツを見つめながら「はぁ……」と2人揃ってため息を吐く。

 

 結果、俺の顔面と後頭部に息がもろに当たったのだが、そんなことで喜んでいられる場合じゃない。

 

 中腰という力が入りにくい体勢で掴まれているせいで、立ち上がるどころか身体をピクリとも動かせないのだ。

 

 もしこんな状態でアイツに見つかろうモノなら……、

 

 

 

 バターーーンッ!

 

 

 

「呼ばれて飛び出てジャジャジャ……ぷげらっ!?」

 

 嫌な予感がした瞬間、扉が勢い良く開けられてなにかを叫んだ男性が、急にワイプアウトをしたかのように吹っ飛んで行った。

 

「あらあら~。防犯システムを解除していたら、虫が入り込んじゃってました~」

 

 そしてその男性を追いかけるようにゆっくりと歩いて行く愛宕の姿が扉の隙間から見え、

 

「ぎょへえええっ!

 ちょっと待って、マジで変な方向に腕が曲がってるからっ!」

 

「聞く耳持ちません~」

 

「だ、誰か助け……ぎにゃあああああっ!」

 

「ぱんぱかぱーんタイムの始まりです~」

 

 ……と、遠ざかって行く声が消えてなくなるまで、俺や子供たちは完全に固まったまま身動き1つできなかったのであった。

 

 

 

 さっきの男性の声といい、まっ白い軍服といい……、あの人しかいないよね……って、いったいなにをやってんだよっ!

 

 

 

 あと、ビスマルクが入ってくると思った俺の不安は、無駄だったということで。

 

 結果オーライでは……ないけどね。




次回予告

 結局地雷の対象は元帥だったようで……。
さすがに驚く佐世保の子供たち。だがそんなモノでめげないのもまた、佐世保の所以(違

 しかしそれ以上に問題なヤツが帰ってきて……?

※次回、ビスマルクが問題発言をぶっぱなしますが、今更なので……。
 もし駄目だという方は飛ばされる方が良いかも……です。


 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その23「何番煎じ?」


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その23「何番煎じ?」

※今回、今更ではありますがビスマルクが問題発言をぶっぱなします。
 もし駄目だという方は飛ばされる方が良いかも……です。



 結局地雷の対象は元帥だったようで……。
さすがに驚く佐世保の子供たち。だがそんなモノでめげないのもまた、佐世保の所以(違

 しかしそれ以上に問題なヤツが帰ってきて……?


 

 元帥らしき男性が吹っ飛んで行き、追いかけていく愛宕がぱんぱかぱーんタイムを開始するという声を聞いた後、俺は額に汗を流しながら子供たちと話をしていた。

 

「ま、舞鶴って、怖いところだったんだね……」

 

「い、いや、アレは……というか、アレだけは特殊過ぎるだけだから、気にしない方が良いぞ……」

 

 ボソリと呟くレーベに、優しく語りかけるように説明する。

 

「そ、そうなの……かしら……?」

 

「ああ。それに、愛宕先生が始末してくれたから、なにも問題はないさ」

 

 マックスも身体をプルプルと震わせていたので、俺は頭を撫でながら笑顔を見せた。

 

「し、始末……ですか……?」

 

「あー、いや。対処……かな?」

 

 驚いたプリンツの誤解を解くため言いなおしてはみるものの、ぶっちゃけた話、始末で間違いないと思うんだよなぁ……。

 

 ……元帥、南無三。

 

「先生の語尾が……疑問形ですって」

 

「ま……、まぁ。あまり気にしなくても大丈夫だから、怯える必要はないよ」

 

 そして他の子供たちとは違い、全く動じずに頭を傾げたろーが見事なツッコミを入れてきたので、改めてみんなに落ち着かせる言葉をかけた。

 

 ……とまぁ、こんな感じになっていたおかげなのか、レーベとマックスの拘束から逃れることができたのは結果オーライである。

 

 そう考えれば、元帥は無駄死にではない。うん。そうだと思っておこう。

 

 いやまぁ、死んでないだろうけどさ。

 

「ふぅ……」

 

 俺はため息を吐きながら肩の力を抜き、さきほど見たモノはなかったことにして、目的を済ませようと口を開く。

 

「ところでさっきのことなんだけど……」

 

「「「……っ!」」」

 

 俺が言葉を言い終える前に、レーベ、マックス、プリンツの3人が大きく身体を震わせた。

 

「あー、いやいや。扉の向こうのことじゃなくてだな。

 俺としおい先生が布団を用意していたとき、どうしてあんなに睨んでいたんだ?」」

 

 そう問いかけた途端、3人はホッと胸を撫で下ろすかのように息を吐いてから、ジロリと俺の顔を睨みつける。

 

「「「………………(じーー)」」」

 

「そう、それなんだけど……」

 

「「「………………(じーーーー)」」」

 

「い、いや、だからその顔というか……、その……」

 

「「「………………(じーーーーーー)」」」

 

「な、なんでそんなに睨みつけるんだ……?」

 

 ほんの少し前までプリンツとレーベ、マックスの仲がこじれそうな感じだったのに、今ではバッチリな共同戦線を……って、マジで怖いんですが。

 

「「「はぁ……」」」

 

 そして同時にため息を吐きながら顔を伏せる3人。

 

 どうしてそんな態度を取るのか全く分からないのだが、俺って子供たちに対して機嫌を損ねるようなことをしたのだろうか……?

 

「マックスがさっき言ったと思うけど、僕たちが怒っているのはそのことなんだよね」

 

 レーベが口を開きながら両手を腰に添え、いかにも不機嫌ですと言わんばかりの顔をする。

 

 実際に怒っていると言っている以上そうなのだろうけれど、確かマックスが言っていたことって……、

 

 

 

~~~~~<回想>~~~~~

 

「舞鶴に帰ってきた途端、同僚にうつつを抜かす先生にはお仕置きが必要だから……かしら」

 

「ちょっ、言っていることがビスマルクと変わらないぞっ!?」

 

~~~~~<回想おわり>~~~~~

 

 

 

 確か、こんな感じで後ろから捕まえられたんだよな。

 

 ………………。

 

 ……えっと、つまりはなんだ。

 

 俺がしおいと布団を敷いているのを見て、うつつを抜かしたと思われたのだろうか?

 

 別に普通の会話をしながら作業をこなしていたんだけど……。

 

 うーむ……。

 

 もしかして、佐世保に居たころはビスマルクが使い物にならないから、何でもかんでも俺が1人でやっていたせいで、それが普通だと考えていたんじゃないだろうか。

 

 そして舞鶴に戻ってきた俺が、ちゃんと仕事ができるしおいと一緒に作業をしながら会話をしていたので、レーベたちが嫉妬をした……ということか?

 

 それってつまり、ビスマルクがちゃんとしていれば問題は起きなかった訳で……。

 

 あ、でもアレだな。ビスマルクをきちんと教育する立場としては、結局俺が悪いということになっちゃうんだろうけれど。

 

 うむむ……。やはり安西提督の執務室で話していた通り、ビスマルクはまだまだ1人前と見るのは忍びなくなってしまう。

 

 しかしそうなると、もう1度佐世保に行って教育をし直さなければならないしなぁ……。

 

 せっかく舞鶴に帰ってきたのに、すぐにまた出張というのも……色んな意味で悲しいぞ。

 

 ……まぁそれ以前に、明日の運動会で勝たないことには、俺自身がどうなってしまうか分からないんだけれど。

 

 本当に、なんで争奪戦がまた始まっちゃうんだよって話である。

 

 チクショウメェェェッ! って、龍田に叫びたいぞ……全く。

 

「私たちを捨てて舞鶴に戻ることが決まった挙句、目の前でイチャイチャされたら不機嫌になるのも分かるわよね?」

 

「ちょっと待て、マックス。

 俺はお前たちのことを捨てる気なんて全くないし、しおい先生とイチャイチャしていた事実もない」

 

「そんなのウソですっ!

 とっても仲が良さそうに話しながら布団を敷いてたじゃないですかっ!」

 

「そりゃあ、同僚と久しぶりに一緒に仕事ができたんだから、会話をしながら作業くらいするのが普通だろ?」

 

「ビスマルク姉さまとはそんなこと1度もしてなかったじゃないですかっ!」

 

「ま、まぁ、一緒に仕事をしたら、色んな意味で危なかったからな……」

 

「………………あっ」

 

 ポカンと口を開けて固まるプリンツ……って、やっぱり分かっていなかったようだ。

 

 もちろん意味合いとしては、仕事ができないビスマルク……という部分と、隙あらば俺を襲おうとする部分があるが、おそらく後者の方を思い浮かべたんだろうなぁ……。

 

 だって、レーベとマックスも、俺から完全に目を逸らしているし。

 

 つーか、それくらい気づけよ……と思ってみたりもするが、そこはまぁ子供だから仕方がないだろう。

 

 しかし俺は、子供たちが怒った理由の1つにある点について考える。

 

 佐世保から舞鶴に向かう前日。子供たちは俺に帰還命令が出たことを知った際に、悲しみに暮れた顔を浮かべてくれた。

 

 それは俺と離れたくないからという気持ちがあったからこそのことなのだが、結果的に運動会で俺を奪い取るという思考によってしまったのはいただけない。

 

 更に龍田によって幼稚園中が知ることとなった俺の争奪戦が公式なモノとなり……って、本人が許可した覚えはないんだけれど。

 

 しかし、今更声をあげようものならどんな酷い目にあうか分からない俺としては、諦めるしかなかった訳で。

 

 そしてスタッフルームにおける会議で打開策を得、なんとか明日の運動会で俺のチームが勝つように頑張るだけ……だと思っていた。

 

「「「………………」」」

 

 だが、俺の目の前に居る子供たちの悲しそうな表情を見てしまった以上、どんな結果が訪れたとしても誰かが不幸に感じてしまうのではないのだろうか。

 

 仮に俺や舞鶴のチームが勝った場合、佐世保のみんなとは別れることになる。

 

 逆にビスマルク率いる佐世保のチームが勝った場合、俺は舞鶴のみんなと別れることになるのだ。

 

 舞鶴と佐世保は新幹線と電車を使えば半日くらいで移動できるが、どちらかの幼稚園で仕事をしている以上、そうそう気軽に行き来するのは難しい。

 

 貰っている給料は年齢に応じた至って普通な金額の為、交通費を捻出するのにも限界がある。

 

 つまり、佐世保の子供たちと長い時間一緒に居られるのも明日が最後かもしれない……という訳なのだ。

 

 それが分かっているからこそ、先ほどのように怒り、今のように悲しんでいるのだろう。

 

 それを全て理解した上で、俺はどんな行動を取るのがベストなのか。

 

 その答えは――

 

 

 

「戻ったわよっ!」

 

 

 

 いつの間に帰ってきたのか、いきなり大声をあげたビスマルクはこちらの気も知らずにダッシュで近づいてきた。

 

 その手にはどこから持ってきたのか、シーツに包まれた敷布団があるのだが……。

 

「目をかっぽじってよく見なさいっ!

 これでもなお、私が役立たずと罵るのかしらっ!?」

 

 俺に突き付けたその敷布団に目を落とし、全体を見渡してから一言。

 

「シーツが……裏表逆なんだけど?」

 

「んなっ!?」

 

 慌てて敷布団を見るビスマルクの顔が真っ赤に染まり、額に大量の汗がにじみ出す。

 

「しかもチャックが途中で外れちゃっているし、内側の隅にある締め紐も結んでないよね?」

 

「ぐふぅっ!」

 

「佐世保に居るときに何度も教えたはずだけど、ちゃんと覚えていないのか……?」

 

「そ、それは……その……」

 

 赤い顔がみるみるうちに青くなっていくビスマルクは、後悔したかのように両方の肩を落としてうなだれた。

 

「そもそも、この布団をどこから持ってきたんだよ?」

 

「え、えっと、リネン室からだけど……」

 

「鍵……、かかっていたよな?」

 

「………………」

 

 俺の言葉に視線を逸らすどころか、顔を完全に背けているんですが。

 

「どういうことなのか説明を所望する」

 

「……き、記憶にないわね」

 

「今さっきのことだよね?

 それをもう忘れたというのかな?」

 

「……あ、あなたがなにを言っているのか、き……、聞こえないわ」

 

 ビスマルクはそう言いながら耳元に手を広げ、あたかも聞こえませんというジェスチャーをする。

 

 なぜか地味にイラつくのだが、こんな仕草をするときのビスマルクには、なにかやましいことがあるに違いない。

 

「分かった。それじゃあ今からリネン室に行こうか」

 

「……うぐっ!」

 

「なにも覚えていないんだったら、見れば済むだけの話だろ?」

 

「……むぐぐぐ」

 

「それとも、なにか見られちゃまずいモノでも……」

 

 俺はそう言いながら両目を閉じ、腕を組みながら不機嫌そうな顔を浮かべようとしたところ、

 

「隙ありっ!」

 

「ぐへぇっ!?」

 

 下腹部に激しい痛みが襲ったと思ったときには、俺の身体が床へと叩きつけられていた。

 

「ちょっ、いきなりなにをするんだ、ビスマルクっ!」

 

「グチグチ五月蠅いわねっ!

 せっかくカッコいいところを見せて惚れ直させてから、『今ならビスマルクに抱かれても良い……』なんてあなたが言いながら頬を染めたところをこの布団でキャッキャウフフしようと思っていたのにっ!」

 

「色んな意味で問題ありまくり発言をするんじゃねぇぇぇっ!」

 

「もうこうなったら実力行使よっ!

 この場で全部やらせてもらうわっ!」

 

「いったいなにをする気だこんちくしょぅぅぅっ!」

 

「あなたがパパになるのよっ!」

 

「ふざけんなぁぁぁぁぁっ!

 子供たちが居る前でなにを考えてんだよぉぉぉぉぉっ!」

 

 問題発言というレベルではないビスマルクに必死で抵抗する俺は、なんとか身体を捻って逃げようとするも、戦艦級の力の前ではどうしようもなく……、

 

「フッフッフ……。観念しなさい……」

 

 妖艶な笑みを浮かべ、じわじわと俺の身体を引き込むビスマルク。

 

 このままでは……マジでやばいっ!

 

 どうにかして逃げなければ……と思った瞬間、ビスマルクの背後に忍び寄る影を見つけ、俺は息を飲んだ。

 

「てー、てーっ!」

 

「ぐはっ!?」

 

 大きな声が続けてあがり、ビスマルクの頭が大きく揺れる。

 

 ぼふっ……という音が俺のすぐ横で聞こえ、目をやってみると枕が転がっていた。

 

「酸素魚雷って……すっごい!」

 

 ニッコリ笑ってガッツポーズを取るろーだが、さすがに枕は酸素魚雷ではない。

 

 しかし、見事後頭部にぶち当たった枕の衝撃は強く、ビスマルクは未だ目を回した状態であり、

 

 更に後ろから近づいてくる人影が3つ。しかも、全員が両手に枕を持って……である。

 

「さすがに僕たちも、この状況は放っておけないよね」

 

「ええ、その通りよ。いくらビスマルクだからって、やって良いことと悪いことの区別くらいつけて欲しいわね」

 

「さすがにプリンツも、ビスマルク姉さまに激おこプンプン丸ですっ!」

 

 言って、3人は大きく振り被りながらビスマルクの頭部にめがけて……って、ちょっと待って!

 

「ス、ストップだ、みんなっ!

 このままだと、俺にまで被害が……」

 

「「「ふぁいやぁぁぁぁぁっ!」」」

 

「うそぉぉぉぉぉっ!?」

 

 俺の止める言葉もむなしく、子供たちから投げ放たれる枕が宙を舞い、見事ビスマルクの後頭部へと突き刺さったのであった。

 

 

 

 なお、俺の顔面にも2つほど襲来したが、なんとか両手でガードすることができたので大事には至りませんでした。

 

 

 

 ……ただし、腕が痺れるくらい痛かったけどね。

 

 子供とは言え、やっぱり艦娘のパワーって半端ねぇ……。

 




次回予告

 ビスマルクの暴走が子供たちに阻止され、その巻き添えを食らいつつもなんとか難を逃れた主人公。
だが、このまま放置しておく訳にもいかないので……と、食事に繰り出すことにしたのだが……。


 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その24「まさかのバトル!?」


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その24「まさかのバトル!?」


 ビスマルクの暴走が子供たちに阻止され、その巻き添えを食らいつつもなんとか難を逃れた主人公。
だが、このまま放置しておく訳にもいかないので……と、食事に繰り出すことにしたのだが……。


 

「痛つつ……」

 

 子供たちが投げた枕をガードした俺の腕は未だにジンジンと痛みがあり、少しでも早く治れという気持ちでさすりながら鎮守府内を歩いていた。

 

「本当にもう……っ!

 あの子たちったら、いったいなにを考えているのかしらっ!」

 

 俺のすぐ横には頭から蒸気を出さんばかりに怒りがこみ上げているビスマルクが大きな声をあげ、顔を真っ赤にしている。

 

 昼寝用の部屋で攻撃を受けたビスマルクはしばらく昏倒し、騒ぎを聞きつけた愛宕や港湾が部屋に戻ってきて子供たちをなだめすかせてくれたおかげで俺はなんとか腕のダメージだけで済んだ。

 

 しかし、このままビスマルクを起こしてしまうと子供たちに怒鳴り散らすのではないかと危惧した俺は、スタッフルームまで背負って運んだのだ。

 

 案の定ビスマルクは気を取り戻した瞬間に憤怒し、今にも子供たちの元へと走り出そうとしたのだが、そこをなんとか落ち着かせ、夕食を一緒に取ろうという提案によって折れさせたのである。

 

 ちなみにこの件は愛宕にも了承済みで、「状況が状況なだけに仕方がないですね~」と言っていたものの、少しは寂しそうにしてくれても良いんじゃないかと思ってみたりもした。

 

 だが、実際俺が舞鶴に帰ってきてから失敗の連続だったことを考えればこれもまた仕方がないことかもしれないので、まずはできることをやるべきだと判断した訳である。

 

「……ちょっと、私の話を聞いているのっ!?」

 

「え、あっ、いや、悪い悪い。

 ちょっと考えごとをしていたからさ……」

 

「……この私を放置するなんて、あなたも相当偉くなったものね」

 

「いやいやいや、マジでごめん……って、目つきがかなり怖いんだけどっ!」

 

 顎を引きつつ俺にメンチを切るビスマルク。

 

 まかり違っても、子供たちの前でやってはいけないレベルの顔である。

 

 しかしまぁ、ビスマルクの扱いに慣れている俺としては、上手く話を逸らしてこそ一流なのだが。

 

 ……って、なんの一流なのかさっぱり分からないけど。

 

「そもそも、子供たちがいる部屋でビスマルクが俺を組み倒した揚句に……変なことをしようとするから悪いんだろ?」

 

「……あら、その言葉だと、子供たちがいない部屋だったら構わないということかしら」

 

「なんでそういう解釈になるんだよ……」

 

 そう言いつつ、少しオーバーリアクションで肩を落とす俺。するとビスマルクはニヤリと笑い、更に口を開いた。

 

「なんだかんだと言っても、あなたは私のことが忘れられないのね」

 

「……まぁ、色んな意味で記憶から消し去るのは難しいと思うけどね」

 

「そんなに褒めてもなにも出ないわよ?」

 

「全く褒めてねえよっ!

 つーか、どうやったらそんなに良い方へ解釈しまくれるんだっ!?」

 

「それが私――、ビスマルクが高性能という証よ」

 

「人の話を聞かないってのが高性能なんだったら、色んな意味で恐ろしいけどねっ!」

 

「耳がなければ人は長生きするらしいわよ?」

 

「今の話の流れから、どうしてそうなったのかが全く分からない!」

 

 思いっきりツッコミを入れたところで、ビスマルクはお腹を抱えて笑いだす。

 

 うむ。これでどうやら機嫌は治まったようだ。

 

 ただし、俺の気力は一気に削がれたけど。

 

 今日だけでどれだけ消費すれば良いんだよって叫びたいところではあるが、これもまた俺の役目だから仕方がない。

 

 ……いや、そもそも俺は幼稚園の先生であって、ツッコミ役ではないんだけどさ。

 

「おっと、ここを右だったよな……」

 

 そうこうしている間に目的地の近くまできた俺たちは、建物の角を曲って前を見た。

 

「久しぶりね……。本当に懐かしいわ」

 

「そうだな。俺も佐世保に暫く居ていたから、随分前だった気がするよ」

 

 艦娘宿舎の隣にある2階建て。入口は曇りガラスに木製サッシの引き戸で、暗めの色をした暖簾に『鳳翔食堂』の文字が書かれている。

 

「一応聞いておくけど、ここで良いよな?」

 

「ええ、もちろんよ。

 むしろここじゃなかったとしたら、切れても良いかもしれないわね」

 

「ははは……って、面倒ごとを起こすのはマジで勘弁してくれよ?」

 

「………………」

 

「おい、どうして俺から目を逸らすんだ?」

 

「気のせいよ」

 

「どう考えても、そうとは思えないんだけど」

 

「善処するわ」

 

「それなら俺の目を見て言ってくれ」

 

「……なるほど。つまりキスをして欲しいという訳ね」

 

 言って、俺の顔を引き寄せる為に後頭部を掴もうとするビスマルク。

 

「だからどうしてその解釈になるのかが全然分からないっ!」

 

「それはもちろん、私の思った通りに動いてかるからよ」

 

「欲望に忠実過ぎて、人の迷惑を全く省みていないっ!」

 

「電●軍団かしら?」

 

「古過ぎてついてこられる人がいねぇだろうがっ!」」

 

 マジで勘弁してくれという気持ちで叫んだのだが、ビスマルクは口元を釣り上げて俺を一瞥してから扉の取っ手に手を触れ、ガラガラと開いて中に入った。

 

 やっぱり、人の話を全く聞かないじゃねえかっ!

 

 ……と、今度は心の中で涙を流しながら思いっきり叫び、うなだれながら後に続いたのである。

 

 

 

 もうこの際、ビスマルクを放っておいて自室に帰って良いかな……?

 

 

 

 やっぱりダメですよねー。しくしく……。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 ビスマルクの背を追って食堂の中に入ると作業員や艦娘の姿が数多く見え、相変わらず盛況であることが伺い知れる。

 

 そんな中、入口近くでお盆にお皿を載せていた千代田がこちらに気づいて挨拶をしようとしたのだが、

 

「いらっしゃいま……せ………………」

 

 急に言葉を詰まらせ、凍ったかのように硬直する。

 

 唯一動いていた視線が俺とビスマルクの顔を交互に見て、次に大地震が千代田だけの身体を襲ったかのようにガタガタと震わせ……って、なんだこれ。

 

 俺が知っている限り、ビスマルクがこの食堂にきたのは1度だけのはず。そのときに起こったことと言えば……、

 

「ち、ち、ち……」

 

「……ち?」

 

「馬鹿ね。胸部装甲のことでしょ?」

 

「なんでいきなり下ネタを振るんだよっ!?」

 

「あら、どうして今のが下ネタになるのかしら。

 胸部装甲だなんて、普通に言うことだと思うけれど?」

 

「そ、それはそうかもしれないけど……」

 

「むしろ、あなたの下腹部についている……」

 

「そこから先は絶対に言わせねぇよっ!」

 

 俺は絶叫にも似た声をあげながらビスマルクの口を塞ごうと手を伸ばしたが、

 

「フフフ……、甘いわよ」

 

 まるでボクサーのように上半身だけをスウェーしつつ避けるビスマルクに、今度は俺の怒りが収まらない。

 

「ならば……これでっ!」

 

 両手を自分の顎元に当てた俺は、上半身を動かし始めた。

 

「……っ、まさかこれはっ!」

 

 徐々に加速していく俺の動きは∞の字を描き、デンプシーロールを発動させる。

 

「そ、そんな攻撃なんて、私のディフェンス能力にかかれば……っ!」

 

 そう言ったビスマルクはスウェーを止め、軽やかなステップを刻み始めた。

 

 その瞬間、食堂の中で食事やお酒を嗜んでいた人や艦娘たちが俺たちの方に顔を向け、ざわざわとざわめき始めてくる。

 

「ち……、千歳姉ぇ……。

 お酒の用意を早く……って言おうと思ったんだけど……」

 

 ……と、ここでネタばらしが聞こえた気もするが、今更分かったところでどうしようもない。俺が今、しなければいけないのは、ビスマルクの対処であると思ったのだが、

 

「それよりここはトトカルチョよねっ!

 千歳姉ぇっ! 早速みんなに……」

 

「はいはーい。先生が勝つと思う人はこの籠にどうぞー」

 

「ビスマルクが勝つと思う人は私の籠にお願いしますね」

 

 千代田が最後まで言いきる前に、千歳と鳳翔が野菜を入れておく籠を手に持って食堂内をウロウロと回っていた。

 

「さすが千歳姉ぇと鳳翔さんっ!

 それじゃあ私は両者引き分けの人を募集しまーすっ!」

 

「私は先生でよろしくっ!」

 

「俺はビスマルクでっ!」

 

「ここは大穴で引き分けだっ!」

 

「胸部装甲は伊達じゃないっ!」

 

「いやいや、千歳&千代田の胸部装甲もなかなかだぞっ!」

 

「俺は小さい方が好きだなぁ……」

 

「私はもちろん先生でお願いシマース!」

 

「僕モオ兄チャンデオ願イスルネ」

 

「いやいやいや、ちょっと待って」

 

 さすがに聞き捨てならない言葉までもが含まれてきたので、俺は身体の動きを止めてみんなの方へと向いたのだが、

 

「……先生。今更止めるとか有り得ないんでダメですよ?」

 

 いつの間にやら、籠から包丁へと持ちかえた鳳翔さんが、瞳孔を開きっぱなしにした目を浮かばせながら微笑んでいた

 

「ハ……、ハイ……。ワカリマシタ……」

 

 刺される……。ここで止めたら絶対に刺されてしまう……っ!

 

「あら、どうしたの。もしかして怖気ついたのかしら?」

 

 そして俺の表情から心境を読みとったビスマルクが不敵に笑いながら、右手の親指で鼻柱を擦って笑みを浮かべていた。

 

 ぐむむ……。状況が状況なだけに引く訳にもいかないし、そうだと言ってトトカルチョを見過ごす訳にもいかないしなぁ……。

 

 もしこんなことが上層部にでもばれようものなら、どんな罰が下るか分かったもんじゃないし……。

 

「あ、僕はビスマルクが勝つ方で宜しくね。

 先生には何度も苦しめられているから、たまには痛い目にあって貰わないと……」

 

 おいこらちょっと待て。

 

 この鎮守府で1番偉いやつまでもが参加してんじゃねぇよっ!

 

「あら、元帥ったら先生にそんなことをされていたんですか?」

 

「そうなんだよねー。

 ことある毎に僕の彼女を落としにかかってさー」

 

「ああ、なるほど……と言いたいところですけど、その件につきましては元帥の方が悪いと思うので諦めた方が良さそうですね」

 

「ちょっ、鳳翔さんも何気に酷くないっ!?」

 

「そうでしょうか?

 それでなくても、こんなことやあんなことを……」

 

 そう言って、鳳翔さんが元帥の耳元でボソボソと呟いた途端、

 

「えっ、いや、あの……それは……」

 

「秘書艦に聞かれたらマズイことが……、たくさんありますよ?」

 

 満面の笑みを浮かべながら少しだけ頭を傾げる鳳翔さんを前に、元帥はガタガタと震えるしかなかった訳で、

 

「……と言うことで、先生も気兼ねなく戦って下さいね」

 

 そして籠の影からチラリと包丁を覗かせられては、頷くしかできない寸法である。

 

 

 

 かくして、俺 VS ビスマルク in 鳳翔さん食堂が開催されてしまったのであった。

 




次回予告

 まさかの展開に焦る主人公。
トトカルチョまで行われている状況から逃げ出すこともできず、覚悟を決めてビスマルクと戦うことになる。

 それならば……と、自らの特技? を奮いながら戦おうとしたのだが……。


 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その25「言(ゲン)と見(ケン)は拳(ケン)より強し?」


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その25「言(ゲン)と見(ケン)は拳(ケン)より強し?」


 まさかの展開に焦る主人公。
トトカルチョまで行われている状況から逃げ出すこともできず、覚悟を決めてビスマルクと戦うことになる。

 それならば……と、自らの特技? を奮いながら戦おうとしたのだが……。


 

「はーい。そろそろ開始するので、これにて締め切りまーす」

 

 千代田の掛け声が食堂内に響き渡ると、周りに居た人たちのざわつきが止み始め、俺とビスマルクの方へと視線を向けた。

 

「さて、それでは先生とビスマルクさんは、備品を壊さないように大暴れして下さいね」

 

 鳳翔さんがそう言うと、俺の近くに居た人たちが素早い動きで机や椅子を遠ざけ、簡易的なリングのような広場ができあがってしまった。

 

「フフフ……。まさかこんなことになるとは思っていなかったけれど、こういう雰囲気は嫌いじゃないわね」

 

 ビスマルクは口元を釣り上げながら俺に向かって構えを取っているが、完全にやる気モードに入ってしまっているようだ。

 

 対して俺は、正直に言ってやりたくない。しかし、鳳翔さんによる脅しもさることながら、ここまで舞台が整ってしまった以上、逃げてしまったら果たしてどんな目にあわされるか分かったモノじゃないだろう。

 

 それ以前に、トトカルチョが行われてしまったこの状況に置いて、簡単に逃げ出せられるとも思えないけれど。

 

 つーか、本当にどうしてこうなった。

 

「あれれ。先生の方は構えを取ってないけど、もしかして戦意を喪失しちゃったのかなー?」

 

 からかうような声が少し離れたところから聞こえたが、俺は完全に無視しておく。

 

 だって完全に元帥の声だし、トトカルチョを公認にさせた以上、罪は償って貰うつもりだからね。

 

 その方法は少し考えれば分かることだから置いておくが、それよりも今やらなければならないことは……、

 

「先生。1つ私と賭けをしないかしら?」

 

 目の前に居るビスマルクをどうするか――である。

 

「賭け……って、いったいどんなことだ?」

 

 嫌な予感がしつつも聞いてみないことには始まらないので、俺は聞き返してみた。

 

「この勝負に勝った方が、負けた方にどんなことでも1つだけ強制させることができる……で、どうかしら?」

 

「ふむ……」

 

「もちろん、命のやり取りなんてことはするつもりがないから、安心して良いわよ」

 

「それは当たり前なんだが、もし仮にそんなことになったら大問題だからね?」

 

「不慮の事故という可能性が全くないとは言えないわよ?」

 

 言って、ビスマルクの眼力が強くなるが、これは脅しだと判断する。

 

 その理由はいたって簡単で、ビスマルクの眉間がピクピクと震えているからだ。

 

 この癖は佐世保で何度も見たことがあるのだが、これをしているときはほぼ間違いなく嘘をついていたりする。

 

 ということで、ビスマルクが俺を焦らせようとしているのを逆手に取れるように、悲しそうな顔を浮かべながら口を開いた。

 

「つまりそれって、俺を殺したくてしょうがないってことか?」

 

 するとビスマルクが呆気に取られたように口を開いたが、すぐさま元の顔に戻して反論する。

 

「そ、そんなことはないのだけれど、あくまで可能性の一部として……」

 

「そうかそうか。ビスマルクは俺のことをそんなに嫌っていたのかー」

 

 わざとらしく周りに聞こえるように大きな声をあげると、ビスマルクは慌てた顔でブンブンと顔を横に振っていた。

 

「ち、違うのっ! 私は別にそんなつもりじゃ……」

 

「あー、悲しいなー。佐世保での出張で、それなりに仲良くなれたと思っていたのになー」

 

「だ、だから、さっきのは言葉のあやと言うか……」

 

「まさか俺のことがそんなに憎いだなんて、夢にも思わなかったよー」

 

 白々しく両手を左右に広げ、アメリカンなジェスチャーで困った感を表現してみたところ……、

 

 

 

「「「………………」」」

 

 

 

 周りの目が、滅茶苦茶痛いんですが。

 

 さすがに露骨過ぎました。反省しています。

 

「い、いやまぁ、さっきのは冗談だって分かっているけどさ……」

 

 俺は焦りながらフォローを入れると、ビスマルクがハッとした表情を浮かべてから「ごほんっ!」と咳き込んで冷静を装い、両手を腰に当てながら口を開く。

 

「そ、それなら良いのよ。

 本気で戦った場合、もしかすると大事にいたってしまうかもしれないと思っただけなんだからっ!」

 

「あ、あぁ、うん。そうだな……」

 

 虚勢を張るビスマルクだが、頬の辺りが真っ赤になっているのはいただけない。

 

 もちろんギャラリーも分かっているようで、苦笑を浮かべながら様子を見守っている。

 

「それより、賭けの方はどうなのかしらっ!」

 

「賭けって、勝った方が、負けた方にどんなことでも1つだけ強制させることができる……だったよな?」

 

「ええ、そうよ」

 

 コクリと頷いたビスマルクの顔は元の不敵な笑みへと戻り、明らかに主導権を取ろうとしているのが見て取れる。

 

「だが断る」

 

「そう言うと思って……って、えええっ!?」

 

 今度は隠そうともせずに驚きまくったビスマルクだが、俺は気にすることなく言葉を続けた。

 

「どうせ自分が勝ったら、「一生私の言うことを聞くと誓いなさい」とでも言うつもりじゃないのか?」

 

「ぐっ、なぜそれを……っ!?」

 

「……マジだったのかよ」

 

「はっ!? だ、騙したわねっ!」

 

「いや、まさかそんな反応をするとは思っていなかったんだけど」

 

「ゆ、誘導尋問だなんて、なんて卑劣な……っ!」

 

「勝手に喋ったのはそっちなんだけどなぁ……」

 

 なんだか話しているだけで精神力が削られていく気がするんだけれど、戦いはまだ始まっていない……と思いきや、

 

「さすが先生ね……」

 

「まさかビスマルクの言葉にカウンターを合わせるとは……」

 

「さすがは言葉の魔術師と呼ばれただけのことはある……か」

 

「こうやって多数のフラグを建てた挙句、ハーレムを築くとはなんたる所業……っ!」

 

「でもそれを傍から見るのって、本当に楽しいのよねー」

 

 ……と、ギャラリーから次々に声があがっていた。

 

 ………………。

 

 いやいや、ちょっと待って。

 

 最初の2つは間違っていないんだけど、その後は聞き捨てられないよっ!

 

 つーか、なんだよハーレムって! そんな環境がどこにあるんだよっ!

 

 毎日子供たちからタックルによる物理攻撃と、脅しが交じった言葉や露骨に精神を削られるアタックばかりを食らって、更に取材と称して弱みを握ろうとする青葉や、ガチで襲ってくるビスマルクのような厄介な相手から身を守り、1日を終えるころにはヘトヘトになるのがハーレムだなんていうのかっ!?

 

 もしそれが本当にそうなのなら、1度代わってみやがれこんちくしょうっ!

 

 あ、でも、それでも嫌じゃなかったりする部分が、俺の中にもあったりします。

 

 ……やっぱりこれって、Mに目覚めちゃったってことなんですかね?

 

 ………………。

 

 

 

 チクショウメェェェェェッ!

 

 

 

「くっ、バレてしまった以上、仕方ないわね……。

 だけど、この勝負を捨てるつもりはないわっ!」

 

 自ら気合を入れるように叫んだビスマルクは、再び俺を見ながら構えを取ってステップを踏む。

 

「あまり乗り気じゃないんだけれど、ここで逃げる訳にもいかないもんなぁ……」

 

 俺も同じように構えを取るが、これは半ば強制だと言っても良い。

 

 理由は言わずもがな。

 

 未だに鳳翔さんから向けられている包丁の先が、チラチラと見えているからです。

 

 マジで助けて下さい。なんでもしますから。

 

 ということで、いざ神妙に勝負となったのであった。

 

 

 

 

 

 まず聞かせて欲しい。

 

 ガチでバトルになった場合、戦艦級の艦娘に勝てるかどうか。

 

 ましてや、多少は鍛えているとはいえ、俺はただの人間である。

 

 ワンパン食らえば吹っ飛ぶだろうし、下手をすればビスマルクが言ったように命さえ奪われかねない。

 

 さすがにその辺は加減をしてくれるだろうが、精神的に追い詰められたビスマルクほど怖いものはない。

 

 まぁ、それはどんな艦娘や人間であっても、とっさの反応というのは危険な訳で。

 

 従って、俺がビスマルクと1対1で対面し、簡単に勝てるかどうかと問われたならば……、

 

 

 

「Winner 先生!」

 

「「「うおおおおおっ!」」」

 

 俺は千代田に手首を持たれ、勝者が告げられた。

 

 盛り上がるギャラリーを前に、さすがに俺もまんざらではないような気分にさせられる。

 

 俺のすぐ横にはビスマルクが床に横たわり、頭上にピヨピヨと数羽のヒヨコが踊っていた。

 

「くそっ! まさか先生が勝つとはっ!」

 

「やっぱり私のハズバンドは世界一ネー!」

 

「サスガハオ兄チャン。イヤ、ウォニィチャァァァンッ……ダネ」

 

 なぜそこでヲ級が言い直したのかが全く不明だが、それこそ考えたって意味が分からないので放っておこう。

 

 そして本気で悔しがりながら机をバンバンと叩く元帥に一言。

 

 後でこっそり高雄さんにメールしておくから覚えていろ。

 

「いやぁー。まさか先生の手があれほど完璧にハマルとはなぁ……」

 

「先に先生の体力が尽きると思ったから、イケると思ったんだけど……」

 

「まさかわざと隙を見せることで誘っていたとは、まさに天晴れだね……」

 

 そして次々と解説じみた声が聞こえてくるが、バトルの内容を簡単に説明しておこう。

 

 

 

「先生のデンプシロールがキタコレッ!」

 

 ギャラリーからあがる大きな声。

 

 その通り、俺はトトカルチョが始まる前にも行ったデンプシーロールを使い、ビスマルクの攻撃を避けつつ反撃する手を取った。

 

「フフフ……、甘いわね」

 

 しかしビスマルクは俺に向かって攻撃を放とうとはせず、軽やかなフットワークで一定の距離を取り続けた。

 

 だが問題は、簡易的に作られたリングがそれほど広くなかったことであり、俺はゆっくりだがビスマルクにジワリジワリと詰め寄って行った。

 

 ここでの問題は、デンプシーロールを行っている際の体力消費であるが、距離が大きく開いたところで速度を遅めて休憩を取った。もちろんそこを狙ってくる可能性もあるので、完全に動きを止めた訳ではないのだけれど。

 

 それを何度も行うことによって、休憩しているタイミングが攻めどきであると勘違いをさせ、ビスマルクはまんまと罠に引っ掛かったのである。

 

「……そこねっ!」

 

 5回目の休憩と見せかけた速度低下を行った瞬間、ビスマルクは一転して俺との距離を詰めようとダッシュをかけてきた。

 

 その動きは非常に早く、レスリングの試合などで見られる下半身への両足タックルである。

 

 しかしこの動きは佐世保に居る際に何度も受けたことも有り、俺にとっては非常にタイミングが掴みやすく、ましてや誘っていたこともあって、全く焦りは生まれなかった。

 

「シィッ!」

 

 俺は肺に溜まった息を一気に吐き出しながら、デンプシロールを即座に止めて右ステップを繰り出す。ここでタックルを切ろうとしないのは、力では到底勝てないと分かっているからだ。

 

「……っ!?」

 

 目標が移動したことで一瞬の隙が生まれたビスマルクだが、そこは未だ現役を張ることができる艦娘。即座にタックルを止めて、俺が移動した方向へと振り返る。

 

 だが、これこそが完全な悪手。

 

 俺とビスマルクの距離はかなり近く、デンプシーロールの間合いにドンピシャだった。

 

「はぁっ!」

 

 俺は大きな声を出してから両手を顎に付け、頭を屈める体勢を取る。

 

「……くっ!」

 

 焦ったビスマルクは距離を離そうとバックステップをするが、それが俺の狙いだった。

 

 もう一度言う。俺の力がビスマルクに敵うなんて、これっぽっちも思えない。

 

 仮に全力で放ったパンチが幾度となくビスマルクの身体に当たったとしても、おそらくダメージはほとんど与えられないだろう。

 

 ならばどうして、ビスマルクは下がったのか。

 

 おそらくは焦ったことによるものと、場の雰囲気というやつだろう。

 

 数ヶ月に渡ってビスマルクの性格を分析した結果、突発的な出来事に弱いところを何度も見たし、テンションに任せて行動することはしょっちゅうだった。

 

 特に後者について理解をすることができたのは、俺が明石を誘拐した冤罪にかけられて牢屋に捕まった際のことである。

 

 ビスマルクは後先を考えずに俺を助けにきたのだが、見張りに対して有無を言わさず吹っ飛ばしたのだ。

 

 どう考えてもヤバいと思ったが、俺としては色んな意味で危なかったこともあって非常に感謝したんだけどね。

 

 ……とまぁ、そんなこともあって、ビスマルクがどう動くかは予測できていた訳であり、

 

「ていっ」

 

「ひああっ!?」

 

 バックステップで身体が浮いていたビスマルクの足を刈ることはそれほど難しいことではなく、見事に足払いがヒットしたのであった。

 

 ましてや今までボクシングスタイルを取っていた挙句、寸前にデンプシーロールを放とうと見せかけたのもあって完全に不意打ちだったのだろう。

 

 宙を舞ったビスマルクの身体はそのまま床へと落ち、うまい具合に頭を思いっきり叩きつけたのだ。

 

「きゅうぅぅぅ……」

 

 そしてそのまま気絶してしまい、千代田によって勝利が告げられたのである。

 

 

 

 ……と、こんな感じだったんだけど、それから色々と大変だった。

 

 ギャラリーから称賛を浴びたのは嬉しい部分もあったけれど、ビスマルクにどうフォローを入れるべきか心配だったからね。

 

 元はと言えば下ネタに対するツッコミが原因だった訳で、俺もやり過ぎた感があるんだし。

 

 そしてビスマルクが気を取り戻すまで待ったのもあって、食事を取れたのはそれから大分経ってからだった。

 

 若干機嫌も損ねていたので、何度も謝ったり褒めたりしたんだけれど。

 

 本当に、テンションに任せて行動はしない方が良いってことである。

 

 いやはや、反省反省。

 




次回予告

 ビスマルクと一戦後……といってもやましいことではないのであしからず。
食事を終えた主人公は、明日について考えながら部屋への帰途につく。

 いわば今までのまとめをすませ、目覚めた主人公が見たモノは……っ!?


 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その26「ジーパン」


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その26「ジーパン」


 ビスマルクと一戦後……といってもやましいことではないのであしからず。
食事を終えた主人公は、明日について考えながら部屋への帰途につく。

 いわば今までのまとめをすませ、目覚めた主人公が見たモノは……っ!?


 

 空は完全に闇に染まり、三日月と眩い星々が瞬いているのを見上げながら、俺は鎮守府内を歩いていた。

 

 食堂内でのトラブルによって機嫌を損ねていたビスマルクも、うまい具合に言葉で転がしつつ鳳翔さんの絶品料理を口に入れれば、直らない方が難しい。

 

 結局食堂にくる前よりもニコニコと笑顔を浮かべていたビスマルクを幼稚園へと送って行き、男性寮の自室へと帰ろうとしているのである。

 

「ふぅ……、食った食った」

 

 お腹をポンポンと叩きながら歩く姿が、おっさんくさいと言われても仕方がない仕草ではあるが、久しぶりに鳳翔さんの食事を取ったからなので多少のことは見逃して欲しい。

 

 なにより食堂内でのトラブルを乗り切れ、高雄にもメールを送っておいたので、やっと一息つけた……と、言いたいところなのだが、

 

「明日の運動会が、本番なんだよなぁ……」

 

 子供たちにとっては待ちに待ったイベントかもしれないが、今日起こったことを考えれば俺の気が重くなることこの上ない。

 

 以前、舞鶴幼稚園で行われた俺の争奪戦。それが再び、明日の運動会で行われてしまうのだ。

 

 もちろん俺の意思は全くもって無視されているのだが、声を大にして反論しても逆効果にしかならなかっただろうし、命を縮めるようなことはしたくない。

 

 しかし、俺の所有権が誰かに渡るというのは非常にマズイし、色んな意味の危険が孕んでいる。

 

 もし仮にビスマルクにでも渡ろうものなら、暴走特急を素手で止められたとしても耐えられない気がする。

 

 さきほど1対1で戦ったばかりだが、あれはあくまで正面での対決であり、身構えることができたから勝利をもぎ取ることができた。

 

 だが、常時身に危険が及ぶかもしれない……となると、体力以上に精神の方がやられてしまうだろう。

 

 そうなってしまえば、あとは転落の一途を辿ることになるのは明白であり、諦めてしまうことしかできなくなってしまうだろう。

 

 さすがに俺としては勘弁したいし、なにより心に決めた相手がいるのだから。

 

 ………………。

 

 ……ん、待てよ?

 

 今の考えはビスマルクに所有権が渡った場合の話だが、もしも愛宕がゲットした場合はどうなるのだろう。

 

 ………………。

 

 いや、それでは意味がない……か。

 

 もし愛宕がビスマルクと同じようなことをしようとするのなら万々歳だが、そんなことになるのなら、わざわざ所有権を奪い合う必要もない。

 

 だって、俺が気持ちを伝えたらそれで試合終了だよ?

 

 ……まぁ、それができていないからグダグダになっちゃっているんだけれど。

 

 ホッペにキスまではしてもらったんだけどなぁ……。

 

 ………………。

 

 と、とりあえずこの件は置いておくとして、まずは争奪戦に関することをしっかりと考察しよう。

 

 今回、俺の争奪戦に参加する数は明確にされていないが、ろーを除く佐世保の子供たちとビスマルク、そして舞鶴幼稚園の子供たちだと推測できる。

 

 ましてや運動会という舞台で争奪戦が行われる為、参加するのは子供たちがメインになる。つまり、前回のように俺が参加して勝利をするという対策を取るのは難しいと思われたが、愛宕の機転によって子供たちをチームごとに分けることで対処することができた。

 

 そして更に、俺のチームには争奪戦に関わらない子供たちで構成することにより、かすかな希望が見いだされたのである。

 

 つまり、前回同様に勝利をもぎ取れば良い。

 

 ただ問題なのは、メインで競技をするのは子供たちであり、全ての行動を俺自身ができる訳ではないのだ。

 

「チームワークと、みんなの能力を引き立たせる指揮能力が必要……か」

 

 なんだか艦隊を指示する提督のような仕事だな……と思いながら、俺は苦笑を浮かべて頭を振る。

 

 まさか子供たちを使ってそんなことをする訳がないし、そもそもの必要性が感じられない。

 

 俺はまぁ良いとしても、愛宕やしおい、ビスマルクは艦娘だし、港湾にいたっては深海棲艦だ。

 

 そりゃあ、戦闘地域に行けば旗艦として指示を行うことくらいあるだろうが、わざわざ運動会を使ってやらなくても、現場に出れば良いだけの話である。

 

 この考えはたまたま頭に浮かんだだけで、見当違いもはなはだしいと、俺はもっと大事なことを考え始めた。

 

「それより問題なのは、チーム構成なんだよな……」

 

 スタッフルームで受けた愛宕の説明により、大井、北上、潮、夕立、あきつ丸の5人が俺のチームになる。

 

 ここで気になっているのは、大井と北上の存在だ。この2人は愛宕の班に所属していて、会話をしたのは数回程度しかない。

 

 特に覚えているのは、俺が元中将から仕組まれた査問会を受けると決まった当日に天龍たちの行方が分からなくなり、時雨の助言を受けて話をしたときである。

 

 その際、2人は非常に仲が良いという雰囲気を感じたが、その度合いが若干危険な感じもした。仲良し小好しで済ませて良いのかと問われれば、ハッキリ頭を縦に振れる自信がない。

 

 その理由は子供らしからぬ関係のように見えたから……という、なんとも曖昧な意見なのではあるが、さすがにそれはないと思いたい。

 

 まぁ、その点については担当である愛宕が考えているだろうけれど、それ以降はあまり話をした覚えがあまりないのだ。

 

 そんな状態で2人にいきなり俺を信用しろと言っても無茶振りだろうし、かと言って時間もほとんどない。ぶっちゃけてぶっつけ本番なのだが、これを悔やんでいたって仕方がないだろう。

 

 ただ、2人の仲が良いということを考えれば、二人三脚等の息を合わせる競技にはもってこいだと思う。

 

 また、潮や夕立、あきつ丸にいたっては、元々俺が担当する子供たちでもあったので、この3人についてはそれほど困ることはない。

 

 気になるとすれば、潮が少しばかり天龍に依存している部分だが、俺が佐世保に出張をしている間のことはしおいにチェックをしておいて欲しいと伝えてはいたので、改善されている可能性もある。

 

 最終的な判断は会って話をするなり、様子を見ればおおよそは分かるだろう。

 

 潮には個人で行う競技ではなく、みんなで一緒にする競技に力を入れさせれば良さそうだ。

 

 夕立に関しては、俺が幼稚園の先生として働き始めてから今に至るまで、非常に元気な子供という印象が強い。

 

 時雨とよくつるんでいるのを見かけたが、1人で動き回るのも苦手ではなかったし、運動会では活躍できるだろうと思うので、徒競走など速度を生かした競技を任せようと思う。

 

 あきつ丸は……まぁ、なんだ。陸軍仕込みの体力を発揮して欲しいところなんだけど、あまり足は速くないんだよね。

 

 代わりに力が強そうな感じがあるので、そういった競技に出て貰うようにしよう。

 

 ……とまぁ、こんな感じで自分のチームを分析しながら歩いているうちに、男子寮の前まで戻ってきた。

 

 あまりに考察に集中し過ぎた為、歩いてきた道のりの記憶がほとんどなかったのだが、身体のどこかに痛みがある訳でもないので大丈夫だろう。

 

 もしすれ違った人が声をかけてくれていたのだとすれば、悪いことをしたと思うけどね。

 

 明日の結果で俺の人生が変わる可能性もあるのだから、大目に見てくれるとありがたい。

 

「ここに帰ってくるのも、久しぶりだよなぁ……」

 

 呟きながら建物を見渡し、扉をゆっくりと開ける。

 

 久しぶりの寮内はちっとも変わっておらず、懐かしさで思わず感動しそうになった。

 

 靴箱に靴を入れ、上履きに履き替えて通路を歩く。

 

 数ヶ月居なかったとはいえ、自室への道を間違えるようなことはない。

 

 

 

 今日は本当に色々なことがあり過ぎた。

 

 佐世保から輸送船に乗り、なんとか子供たちを説得しようとするも失敗をしまくり、甲板で打ちひしがれているところをからかわれて退散し、船内に戻れば日向、伊勢と続けて絡まれてしまい、挙句の果てに安西提督にまで勘違いされた。

 

 舞鶴に到着してからも、帰還と到着報告の際に元帥と高雄の漫才に巻き込まれかけ、龍驤や摩耶にお願いしたのに子供たちは舞鶴幼稚園へかち込んでしまい、俺の争奪戦が強制的に開催となった。

 

 更に愛宕にまでからかわれたり、しおいや港湾にまで冷たい目で見られたりと、踏んだり蹴ったりな1日だったのだ。

 

 ………………。

 

 今年一番の酷さじゃね?

 

 ある意味、元中将と呉で戦った以上にしんどかったと思うんだけど。

 

 主に体力ではなく、精神の方で疲労しまくりだ。

 

 なので今から風呂に入って、明日の為に体力を回復したい。

 

 そして早めにベッドに入り、ぐっすりと眠って身体を落ち着かせる。

 

 明日の運動会で勝利を掴む為。

 

 俺に平穏な日々が訪れますように……と、目を閉じた。

 

 

 

 もし、俺が考えごとをしながら歩いていなかったら。

 

 もし、少しでも闇に染まった鎮守府内を気にしていたのなら。

 

 あんなにも驚くことはなかったのに……と、思う。

 

 

 

 まぁ、後悔する必要もないけどね。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

「……ん?」

 

 上半身を起こした俺は、パジャマの袖で目を擦ってからパチパチと開く。

 

「なんの……音だ?」

 

 重たい感じのする音が、パン……、パン……と耳に入り、俺は頭を捻りながらベッドから降りた。

 

「定期的に聞こえてくるけど……、まぁ良いか」

 

 寝起きにより判断力が鈍っていたと答えればただの言い訳にしかならないが、そのとき俺はたいして気にすることなく冷蔵庫へと向かい、中に入っているミネラルウォーターを取り出して口に含んだ。

 

「んぐ……んぐ……、ぷはぁ」

 

 冷水が口から食道を通る感覚により、徐々に頭が冴えてくる。

 

 そして止まることなく聞こえてくる同じような音に、俺はやっと不信感を抱いたのだ。

 

「さっきから変な音がしているけど、いったいなんなんだろう……?」

 

 俺は独り言を呟きながら、窓の方へと向かう。

 

 閉じられているカーテンに手をかけて、勢いよく開けた。

 

 眩しい日の光が俺の目を眩ませ、一瞬だけ視界が真っ白になる。

 

 そして徐々に戻ってゆく視力を待たず、窓を開けてしまった。

 

「……へ?」

 

 目の前に広がる景色。

 

 耳をつんざくような大きな破裂音。

 

 明らかに昨日とは違う鎮守府内の様子に、俺の驚きは限界点を軽く超え、

 

「なんじゃこりゃあああああぁぁぁぁぁぁぁっっっ!?」

 

 ジーパンを穿く刑事が身体に銃弾を受けてしまった直後のように、大声をあげてしまったのだった。

 




次回予告

 主人公は焦り、大きな声で叫ぶ。
自らの目に映った光景に、そうすることしかできなかったという風に。
そして恐ろしき思考が頭の中に浮かんでしまい、焦りまくってしまうのだが……。


 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その27「厨二病」


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その27「厨二病」

 主人公は焦り、大きな声で叫ぶ。
自らの目に映った光景に、そうすることしかできなかったという風に。
そして恐ろしき思考が頭の中に浮かんでしまい、焦りまくってしまうのだが……。


 もう1度言う。

 

「なんじゃこりゃあああああぁぁぁぁぁぁぁっっっ!?」

 

 寮の自室にある窓を開けて見えた景色に、俺は叫ばざるを得なかった。

 

 大きな破裂音は鳴りやまず、青空に白い雲をいくつも生み出している。

 

 更には大きな丸い飛行物体がいくつも揚がり、フワフワと漂っていた。

 

 昨日とはまるで違う鎮守府の様子に、俺が叫ぶのも無理はない。

 

 だって、そうだろう?

 

 ビスマルクと鳳翔さんの食堂でトトカルチョまで行われてしまったバトルを繰り広げ、なんとか場が収まってから夕食を取り、幼稚園前送ってから寮に戻るまでの間の道のりに、こんなモノは一切見えなかった。

 

 そりゃあ夜も更けていたので隅々まで詳しく視認した訳ではないけれど、それにしたってあまりにも変わり過ぎてしまっている。

 

 つまり、なにが言いたいか……よりも、目の前にどんな光景が広がっていると答えるならば、

 

 

 

「完全にお祭り状態じゃんっ!」

 

 

 

 ――と、いうことである。

 

 窓から見えるそれなりに大きな道の両側にはいくつもの屋台が並び、芳ばしい匂いと一緒にたくさんの声が聞こえてくる。屋台の内側には見知った顔があるからして、まず間違いなく鎮守府の関係者が店を出しているのだろう。

 

 俺は窓から身を乗り出して正門の方に顔を向けると、続々と人々が鎮守府内に入ってくるのが見えた。遠目でハッキリとは分からないが、衣服の様子から見ても付近に住んでいる人たちではないだろうか。

 

 つまり、現在鎮守府は一般開放されている……と予測できるのだが、こんな話は一切聞いておらず、俺の頭は完全にパニックを起こしてしまっている。

 

「ど、どういうことなんだよ、これは……っ!?」

 

 窓を閉めてから頭を抱え、ベッドに腰を下ろしながら考える。

 

 まさか、俺がぐっすり眠っている間に別世界に転生してしまったとでも言うのだろうか。

 

 いや、しかしそれなら、どうして見たことがある部屋の中で目覚めてしまうのだろう。

 

「こんな感じの話って……、漫画かゲームでなかったっけ……?」

 

 ブツブツと呟きながら思考を張り巡らせると、1つの案が浮かび上がった。

 

「………………」

 

 そして一気に顔面全体に噴き上がる汗。

 

 つい先日まで高校に通っていた主人公が、目覚めた途端宇宙人に侵略されている地球に目覚め、大きなロボットに乗って戦う……なんて、さすがにないってばよっ!

 

「いやいやいや、いくらなんでもこの考えは突拍子過ぎるだろう……」

 

 そうは言いつつも、ぶっちゃけて心臓はバクバクと高鳴りをあげているくらいに焦っているし、いつ後ろから頭をパックリやられてしまうのではないかと、ひたすら背後を伺う俺が居る。

 

 いったいどうすれば良いのかさっぱり分からず、おたおたしながらしばらく時間が過ぎた頃、急に部屋の入口の方から2回続けて音が聞こえてきた。

 

「……っ!?」

 

 コンコンと聞こえるのは、おそらく扉をノックする音だろう。

 

 普段ならば「どちら様ですかー?」と言いながら扉に近づき、鍵を開ければ良い。

 

 しかし、あまりにもテンパってしまっていた俺は、本当に宇宙人が地球を侵略してきており、遂に俺の部屋の前までやってきたのではないかと思ってしまったのである。

 

「ど、どうすれば……、良いんだ……っ!?」

 

 部屋の中には武器になるような物はなく、あってもせいぜいカッターナイフ程度だ。しかしこんな物でも役に立つかもしれないと、俺は右手で持つ。

 

 その間もノックをする音は続き、その間隔は徐々に早くなってきた。

 

 どうやら扉の向こうに居る宇宙人が諦める様子はなく、なにがなんでも俺をパックリと食いたいらしい。

 

「ちゅ、中将やビスマルクと戦って勝ったくらいなんだから、1対1ならなんとかなるか……?」

 

 そうは言ってみたものの、両方とも策略めいたモノが上手く作用したから勝てたのであり、腕力による正面衝突ならばおそらく負けていたと思う。

 

 ましてや今度は完全に未知の生物が相手であり、勝手に決め付けてはいるが、複数居る可能性だってあるのだ。

 

 もしそうだったら俺に勝ち目はほとんどなく、まず間違いなくパックリ食われてゲームオーバー。もちろんコンテニューなんてないのだから、人生オワタ状態である。

 

 こんなところまでゲーム感覚が浮かんでくるのかよ……と凹みながら、ふとあることが頭によぎった。

 

「……あれ?」

 

 俺は頭を傾げてから窓を開ける。

 

 先ほどとほとんど変わらず、多くの人が賑わい、鎮守府内に活気があふれている。

 

「………………」

 

 そして、ここにきて俺自身の考えが突拍子もなかったことに気づき、あまりの恥ずかしさで顔が真っ赤になるのが分かった。

 

「あー、うー、あーーー」

 

 怒りなのかよく分からない感情をどこに向ければ良いのか分からなくなった俺は、頭を壁にゴンゴンとぶつけながら呻くような声をあげる。

 

「ないわー。マジでさっきの考えはないわー」

 

 なんだよ宇宙人が侵略してきた地球に転生したとかって。

 

 じゃあなんで鎮守府内に普通の人たちがあふれ、ニコニコと笑っているんだって話だよ。

 

 どう考えても厨二病です。ありがとうございましたーーーっ!

 

 ……と、ひたすら頭を壁にぶつけまくっていたところ、

 

 

 

 バッカーーーンッ!

 

 

 

「のわあっ!?」

 

 もの凄い音が鳴ったと思った瞬間、白い大きな物体が目の前に飛んできたので慌てて避ける俺。壁にぶつかったソレは勢いそのままに跳ね、室内の真ん中に着地した。

 

「こ、これって……、と、扉か……?」

 

 そう言って部屋の入口を見ると、ものの見事に扉があった部分がぽっかりと穴を開け、代わりに見知った人物が立っていた。

 

 どこからどう見てもしおいです。

 

 だけどなぜか、左手を天井に向けて拳を突き出しているポーズ……って、いったいなにがあったんだ。

 

「せ、先生っ、大丈夫ですかっ!?」

 

 その構えを解かずに叫び、俺の姿を確認するや否や、ダッシュで駆け寄ってきた。

 

「部屋の中から重く鈍い音と一緒に呻き声まで聞こえてくるし、本当に心配したんですよっ!」

 

「あ、あぁ、うん。ごめんごめん」

 

 後頭部を掻きながら謝る俺。

 

 ただし視線は扉の成れの果ての方だけど。

 

 しかしよく見てみたら、拳大の穴が5つほど開いているんですが。

 

 もしかして、正中線五段突きでもぶっ放したのだろうか。

 

 ……スーパーアーツ発動かよ。

 

 というか、しおいって潜水艦の艦娘だよね?

 

 どうしてそんな技ができるんだ。そして、やっぱり艦娘の腕力半端じゃない。

 

「見た感じは大丈夫そうですけど……って、こんなことをしている場合じゃなかった!」

 

 あっ……と驚いた仕草で大きく開いた口を手で隠したしおいは、反対の手を伸ばして俺の腕を掴んだ。

 

「早くきて下さいっ!

 運動会の準備時刻にギリギリですよっ!」

 

「え……って、うわっ!」

 

 壁時計に目をやると、昨日の説明で受けた時刻の5分前だと針が指していた。

 

「ちょっ、マジかっ!?」

 

「大マジですよっ!

 早くしないと愛宕先生が激おこを通り越して、憤怒バーニングファッキンストリームになっちゃいますっ!」

 

「4段階もすっ飛ばしちゃうのっ!?」

 

「それくらい危ないってことですよっ!」

 

 叫ぶしおいは俺の返事を待たずに腕を引っ張り、部屋の外へ出ようとする。

 

「ちょっ、ちょっと待って!

 せめて着替えだけでもさせてよっ!」

 

「そんな時間はありませんから、走りながら着替えて下さいっ!」

 

「無茶苦茶にもほどがあるっ!」

 

「死にたくなかったら全速力でお願いしますっ!」

 

「更に難易度上がっちゃったーーーっ!」

 

 なんとかクローゼットからカッターシャツとズボン、そして幼稚園では必須のエプロンを手に取った俺は、しおいに無理矢理引きずられる格好で幼稚園へと向かったのであった。

 

 

 

 

 

 しおいが言った通りに走りながら着替えをし、鎮守府内を駆け抜ける。

 

 屋台で買い物をしたり、鎮守府の建物を物珍しそうに見ていたりする人たちにそんな状態を見られるのは恥ずかしいと思ったが、あまりにもしおいが急かすので、半ば諦めながら済ませたんだよね。

 

 ……まぁ、愛宕が憤怒バーニングファッキンストリームになるって言われたらなにがなんでも間に合わせなければならないんだけれど。

 

 もし、昨日の怒りっぷりより更にヤバいとなれば、すなわちそれは死を意味する……かもしれない。

 

 そんなことを考えてながら走っていたんだけれど、先導するしおいが幼稚園とは違う方へ向かっているんですが。

 

 まさかあまりに焦っているせいで、道を間違えたというのだろうか。

 

 ここでそんな失態をすれば、遅刻は完全に免れない。

 

 さすがにそれはまずいので、俺は走りながらしおいに声をかける。

 

「し、しおい先生っ、幼稚園はこっちじゃないですよっ!」

 

「今更なにを言ってるんですかっ!

 幼稚園のグラウンドでは小さ過ぎるから、別の場所って説明していましたよっ!」

 

「……え、なにそれ。全く聞いていないんですけど」

 

「3日ほど前に愛宕先生から説明を受けたじゃないですかっ!」

 

「俺が舞鶴に帰ってきたのって、昨日なんだけどなぁ……」

 

「………………あっ」

 

「どう考えても聞けないよね?」

 

「え、えっと、その……って、今はそんなことを話している場合じゃないですよっ!」

 

「露骨に話をはぐらかされたっ!」

 

「と、とと、とにかくっ、さっき説明した通り、幼稚園のグラウンドでは狭過ぎるんですよっ!」

 

「い、いや、狭いって……なんで?」

 

 走りながら頭を傾げ、しおいに向かって問いかける俺。

 

 ぶっちゃけて走り難いが、それ以上に……、

 

「とにかく狭いんですっ!

 詳しくは到着すれば分かりますからっ!」

 

 そう叫ぶしおいは俺の方に顔……だけではなく、身体全体をこちらに向けていた。

 

 つまり、後ろ走りである。

 

 結構マジで走る俺と同レベルの速度で。

 

 ……いやいやいや、どう考えてもおかしいよっ!?

 

 しかし、それこそツッコミを入れてもはぐらかされるのは目に見えているし、愛宕を怒らさない為にもできる限り早く現地へ向かうべきである。

 

 実際にどこへ向かうのかハッキリとは分からないが、幼稚園のグラウンドよりも広い場所となればある程度は絞られる。

 

 ましてやしおいが先導している方向を考えれば、おおよその予想はつく訳で、

 

「それじゃあ、さっさと現地に行ってしまおう!」

 

 そう言って、俺は更に走るスピードをあげた。

 

「え、ちょ、ちょっと先生っ!?」

 

「そんな走り方じゃ俺にはついてこられないぞっ!」

 

 さっきのが全速力だったと見せかけて、実はもっと速く走れるんだぜ……と、カッコ良く見せてみる。

 

 だが実際には長続きできない走法なんだけど。

 

 向かうべき場所が分かればペース配分を考えられるし、大丈夫だからと判断したのだ。

 

「そんなに早く走れるなら、最初っからやって下さいよっ!」

 

「着替えをしながら全速力はやっぱり無理だし、どこに向かうか分からない状態だとスタミナが保つか分からないだろっ!」

 

「それはそう……って、それじゃあ……?」

 

「ああ、向かう先は第二グラウンドだなっ!」

 

「あー……、いえ、違います」

 

「あるぇーーーっ!?」

 

 まさかの大失態をかました俺は、走りながら愕然と口を大きく開ける。

 

「このまま先生が先に走ったらダメなんで、しおいが先導しますね……」

 

「りょ、了解……」

 

 半ば呆れた顔のしおいは頬を掻きながら、余裕の足運びで俺を追い抜き前を走った。

 

 ……ちくしょう。

 

 色んな意味で、こんちくしょうである。

 

 

 

 べ、別に、軽々と追い抜かれたからって訳じゃ……ないよ?

 




次回予告

 しおいの先導で目的地へと向かう主人公。
そしてたどりついたのは全くの見当違いな場所だった。

 焦るしおいが主人公に説明しているうちに、当の本人がやってきて……。


 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その28「憤怒バーニングファッキンストリーム」


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その28「憤怒バーニングファッキンストリーム」


 しおいの先導で目的地へと向かう主人公。
そしてたどりついたのは全くの見当違いな場所だった。

 焦るしおいが主人公に説明しているうちに、当の本人がやってきて……。


 

「到着ですっ!」

 

 先を走るしおいが叫びながら止まったので、俺は慌ててぶつからないように急ブレーキをかけた。

 

「到着って……、ここは埠頭だよね?」

 

「ええ、そうですよ」

 

 普通に頷くしおいだが、俺の頭の中は未だに訳が分からない状態になっている。

 

「え、えっと、今から運動会の準備をするんだよね……?」

 

「はい。それであってます」

 

「も、もう1度聞くけど、ここは埠頭だよね……?」

 

「ええ、そうです……って、話がループしちゃってません?」

 

「あー、うん。そうなんだけど……」

 

 どうやら俺の言いたいことを理解してもらえていないのか、しおいは不可思議な表情を浮かべながら頭を傾げている。

 

「だ、だから、運動会を行うのにどうして埠頭なんかに……」

 

「……って、こんなところで立ち止まりながら話をしている場合じゃないです!

 早く愛宕先生と合流しないとっ!」

 

 しおいは叫びながら身を翻し、勢いよく埠頭に沿って駆け出した。

 

「あっ、ちょっ、しおい先生っ!」

 

「話は後ですっ!

 早くついてきて下さいっ!」

 

 振り返りながら言ったしおいは立ち止まらずに進んで行く。このままここで呆けていたところでどうにもならないので、小さくため息を吐いてから後に続くことにした。

 

「……ん?」

 

 すると、俺の目に今までにはなかったモノが目に映る。

 

 それは埠頭に沿って、たくさんのパイプ椅子や長椅子、更には運動会でよく見る鉄の単管で組み立てられた白い屋根のテントが並んでいた。

 

「こ、これって、端から見たら……運動会っぽいよな?」

 

 ここは海に面した埠頭であり、運動会を行えるような大きい広場はない。

 

 しかし、椅子の配置を見る限り、座る人たちの視線方向は完全に海なのだ。

 

「で、でも、俺は昨日スタッフルームで運動会と聞いたんだけど……」

 

 そう呟いてはみたものの、しおいが言っていたように聞いていないことがまだあるのかもしれない。

 

 だが、まさか運動会自体が間違いで、全く違うイベントなんてことは……さすがに有り得ないだろう。

 

 それに、佐世保のみんなも運動会って言っていたし。

 

 仮に高雄がビスマルクに嫌がらせをする……なんてことをしたとしても、安西提督にまで嘘をつくとは思いにくい。もしそんなことをしたのなら、元帥との関係も宜しくない状態になってしまうだろう。

 

「なんだか、考えれば考えるほどややこしくなってくるんだけど……」

 

 朝からパニックのしっぱなしにより、俺の頭は知恵熱で暴走しかかっているようだ。

 

 しまいには頭のてっぺんから蒸気が吹き出すかもしれないと思ってしまうが、艦娘なら艤装から蒸気を出すことがあったとしても、人間である俺がそんなことをできる訳がない。

 

 まぁ、それくらい大変な状況であるということなのだが。

 

 ………………。

 

 よし、どうでもいいことを考えたおかげで、少しばかり落ち着いたようだ。

 

 もちろん、しおいを追いかけて走ったままなので、それなりに体力は失われているし、心臓の音は速くなっているんだけれど。

 

 ……しかし、なんだかんだで結構走り続けている気がするんだが、まだ着かないんだろうか?

 

 どう考えても寮を出てから5分以上は経っていそうだし。

 

 ……ってことは、愛宕が憤怒バーニングファッキンストリームを発動する可能性も高いってことだよね。

 

 ………………。

 

 に、逃げた方が良いだろうか……?

 

 いやしかし、それをすると更にヤバいかもしれない。

 

 火に油を注ぐ行為となんら変わらないし、場合によっては昨日以上の可能性も……。

 

 ………………。

 

 ど、どんなことに……なるんだろうか……?

 

 ………………。

 

 ちょっ、ちょっとだけ、興味が……。

 

 ………………。

 

 い、いやいや、冗談。冗談だよ?

 

 別に愛宕からキツイお仕置きを受けて喜ぶなんてこと、有り得る訳がないじゃないですかー。

 

 俺はドMじゃないし……って、この思考は以前もやったような気がするんですが。

 

 ………………。

 

 

 ああ、そうだ。結局ビスマルクのせいだってことで納得したんじゃないか。

 

 昨日、昼寝の部屋で押し倒されたりしたせいで、変なスイッチが入りかけたんだろうなぁ。

 

 それでもまぁ、鳳翔さんの食堂でやり返した感じはある。もし完全なMに転落していたら、負けた方が喜べちゃうからね。

 

 ……ということで、俺はいたって普通である。だからなにも問題はないのだ。

 

 うむ。これでバッチリだよね。

 

 ………………たぶんだけれど。

 

「先生、こっちですよ、こっちっ!」

 

「……えっ!?」

 

 急にしおいの声が後ろから聞こえたので慌てて止まる俺。

 

 振り返るとそこには、手招きをするしおいが立っていた。

 

「いったいどこを見て走っているんですかっ!」

 

「ご、ごめんごめん」

 

 俺は素直に謝ったのだが、しおいは両手を腰に当てたポーズで続けて口を開く。

 

「ただでさえ遅刻しそうなのに、行き過ぎちゃったら元も子もないんですよっ!」

 

「あ、あぁ、うん。そうなんだけど……」

 

「そもそも先生が寝坊なんかするからいけないんですよっ!

 もし遅刻しかけたことが愛宕先生にばれちゃったら大変なんですからねっ!」

 

 言って、右手の人差し指を立てながら「めっ、ですよ!」と叱るしおい。

 

「う、うん……」

 

「なんだかそれが少しばかりお年を召した方の叱り方に見えて、思わず笑いそうになったのだが、

 

「ただでさえ愛宕先生が起こったら大変なんですから、本当にしっかりして下さいっ!

 先生が佐世保に行っている間、どれだけ私が苦労したか……」

 

「あ、いや、その……」

 

 なぜか説教癖を発揮しまくるご年配のような感じになっているんだけれど、しおいはどうやら気づいてなさそうで……、

 

「ましてや元帥の秘書艦の妹で、艦隊の元裏番長という通り名もあるように、舞鶴鎮守府内で絶対に怒らせたらダメな艦娘のトップ3に入るんですから……」

 

「あらあら~。いったい誰を怒らせたらダメなんでしょうかね~?」

 

「ひっ!?」

 

 突然聞こえてきた声で、その場から飛び上がりそうになるしおい。

 

 その声の主はしおいの背後から音もなくゆっくりと歩みより、ニッコリと微笑んでいた。

 

 ……まぁ、俺からはもろ見えだったんだけど。

 

 ただ、なにも言わず黙っていろという雰囲気がムンムンと感じていた為、言葉には出せなかったんだけどね。

 

「あ、あああ、愛宕……先生……っ!?」

 

 ギギギギギ……と、油が切れたブリキ人形のように後ろへ振り向くしおい。

 

「は~い。そうですよ~」

 

 満面の笑みを浮かべた愛宕が返事をするが、俺にはどう見ても笑っているようには見えなかった。

 

 昨日に何度も見た、恐ろしいまでの負のオーラが、愛宕の周りを包んでいるかのように……。

 

 ……いや、むしろ昨日以上じゃないだろうか。

 

 つまりこれが、憤怒バーニングファッキンストリーム……っ!

 

「ところでしおい先生~。

 さっきの言葉なんですが~……」

 

「は、はははははっ、はいっ!」

 

「私を怒らせたら、そんなに怖いんですか~?」

 

「そ、そっそっそ、それひゃっ、そにょおっ!」

 

 まるでしおいのみが自身を受けているかのように身体中がガタガタと震え、言葉も噛み噛みになってしまった状態で上手く話せる訳もなく。

 

 このままでは色々と可哀そうだと思った俺は、助け船を出すことにした。

 

「あー、すみません……、愛宕先生」

 

 少し気不味そうな顔を浮かべながら頭を掻き、数歩ほど近づいてから更に口を開く。

 

「しおい先生は俺が遅刻になりそうになっていたところを、わざわざ呼びにきてくれたんですよ」

 

「はぁ、そうだったんですか~」

 

「それに、俺はてっきり運動会は幼稚園のグラウンドでやると思っていたので、しおい先生がきてくれなかったら完全に迷ってしまうところでした。

 更に、2度と遅刻しないようにと説教までしてくれたんですから、褒められるならともかく怒られるのはちょっと可哀想というか……」

 

 そこまで言ってから言葉を濁し、わざと視線を愛宕から逸らす。

 

 しおいではなく俺が悪いということにしつつ、申し訳なさそうにするのがコツなのだ。

 

「せ、先生……」

 

 そんな俺を見たしおいはモノの見事にヒットしたのか、目を潤ませながら感動しているような顔を浮かばせていた。

 

 よし、これならイケる……と思っていたんだけれど、

 

「なるほど~。つまり先生が先日お願いしておいた時間に間に合いそうになかったので、しおい先生が迎えに行ったってことなんですね~」

 

「ええ。そうなんですよ」

 

「でも、さっきのしおい先生の言葉とはどういう関係があるんでしょうか~?」

 

「そ、それは……その……」

 

 笑みを浮かべたまま頭を傾げて問う愛宕。

 

 ぐむむ……。上手く話を逸らせたつもりだったのだが、さすがと言うべきだろうか。

 

 しかしこうなった場合、更に話を逸らすか、もしくは……、

 

「まぁ、その辺りは追々聞くとすれば良いんですけどね~」

 

「「……え?」」

 

 まさか愛宕の方からそんな言葉が出てくるとは思わなかっただけに、俺もしおいも驚きの声をあげながら愛宕を見てしまった。

 

 でも、ちゃんと聞いたら後回しって感じなんだけどね。

 

 おそらく、早いところ運動会の準備をしなければならないからなんだろう。

 

 時間が経てば怒りも冷める。そうなってくれるように祈れば良い……と思っていたら、

 

「それよりも、どうしてしおい先生が先生の部屋に行ったんでしょうか~?」

 

 そういった愛宕の笑みは完全に消え、大きな目がパッチリと開いた状態でしおいを見つめていた。

 

「………………」

 

 しおいは無言のまま、先ほどと同じようにガタガタと身体を震わせる。

 

 後ろ姿なのでハッキリと分からないが、おそらく顔中に汗が噴き出しているのではないだろうか。

 

 それはまるで、蛇に睨まれた蛙。

 

 その言葉がピッタリと当てはまるような構図にしか見えないのだが、愛宕の言ったことを考えれば確かにそうではないだろうか。

 

 俺が集合時間を過ぎても現場に現れなかったから探しにきたのならば普通に分かるのだが、実際にはそうではないのだ。

 

 明らかにしおいは集合時間よりも早く、俺の部屋にやってきた。

 

 なぜ、どうして、しおいは俺の部屋に……?

 

「その辺りのことを、ハッキリと答えてくれるかしら?」

 

 そしていつもの間延びした語尾もなく、まるでメデューサが石化の術を眼から放つかのように、愛宕がしおいとの間を縮めて行く。

 

「あう……、あうあうあう……」

 

 もはや呻くしかできないしおいになす術はなく、観念したように見えたその瞬間、

 

「愛宕先生、高雄秘書艦ガ呼ンデイルゾ?」

 

 愛宕の後ろから急に現れた港湾が、声をかけながら近づいてきた。

 

「あら、あらあら~」

 

 すると愛宕の顔はいつも通りに戻り、辺りの空気が一変するように感じる。

 

「姉さんが呼んでいるんですか~?」

 

「アア。ナニヤラ、先日ノ元帥ニツイテ話ヲ聞カセテ欲シイトカ……」

 

「あ~。昨日幼稚園に侵入してきた件ですかねぇ~」

 

 若干ばつが悪そうな表情を浮かべた愛宕は、「ふぅ……」と小さく息を吐いてからしおいから離れて港湾の方を見た。

 

「分かりました。それじゃあすみませんが、少しの間準備の方をお願いしてもよろしいでしょうか~?」

 

「了解シタ。先生モ到着シタヨウダシ、人手的ニ足リテイルカラネ」

 

「ではでは、よろしくお願いしますね~」

 

 言って、愛宕は手を振りながら港湾の横を通り過ぎ、そのまま歩いて行くと思いきや、

 

「あ、そうそう……」

 

 クルリと振り返って、真顔で一言。

 

「扉の修理はちゃんとしておいて下さいね~」

 

「……は、はいっ!」

 

 ビクリと身体を大きく震わせたしおいは深々と頭を下げ、それを見た愛宕はニッコリと微笑んでから踵を返して歩いて行く。

 

 色々あったとはいえ、なんとか一難去った……ということだろうか。

 

「フゥ……。間一髪トイウ感ジダッタワネ」

 

「あー、やっぱり助けてくれたんですね……」

 

「可愛イ先輩ノ窮地ナラ、助ケナイ訳ニモイカナイデショウ?」

 

「あ、ありがとう……ございます……っ!」

 

 港湾の言葉を聞いてまたもや感動したしおいは目にたくさんの涙を浮かばせるが、俺は素直に笑えなかった。

 

 その理由はいたって簡単だ。

 

 

 

 どうしてしおいが俺の部屋の扉を破壊したことを、愛宕が知っていたのだろうか。

 

 

 

 その謎が当分の間、俺の頭を悩ませることになった……のかもしれない。

 




次回予告

 そうは言っても、前々から怪しい点はあったのですが。
それはさておき、準備にいそしもうとする前に主人公は疑問な点を問いかけることにした。

 しかしそうは問屋が卸さないといった風に、港湾が困った言葉を投げかけまくり……。


 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その29「アイツの影響が濃過ぎるんですが」


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その29「アイツの影響が濃過ぎるんですが」

 そうは言っても、前々から怪しい点はあったのですが。
それはさておき、準備にいそしもうとする前に主人公は疑問な点を問いかけることにした。

 しかしそうは問屋が卸さないといった風に、港湾が困った言葉を投げかけまくり……。



「サテ、ソレジャア早イトコロ準備ヲ済マセマショウ」

 

 港湾は小さな息を吐き、身体を反転させて歩き出そうとしたところで俺が声をかけた。

 

「あ、あの、すみません。ちょっとだけ質問しても良いですか?」

 

「ン……、ドウシタノカシラ、藪カラ棒ニ」

 

「根本的というか、今更って感じかもしれないんですけど、今日の運動会についてほとんど説明を受けていないんですよね……」

 

「説明ッテ……、昨日スタッフルームデ愛宕先生カラ話ヲ聞イテナカッタノカシラ?」

 

「あー、いや、それはしっかりと覚えているんですけど、昨日聞いたのはチーム分けがメインでしたよね」

 

「エエ、ソウダッタワネ」

 

 港湾が頷くのを待ってから再び問いかけようとしたところで、しおいが手をポンッと合わせながら口を挟んできた。

 

「あっ、そういえばそうなんですよっ!」

 

 ……そう言って、なぜか俺と港湾の顔を交互に見るしおい。

 

 ………………。

 

 そして、そのまま固まること数十秒。

 

 ……いや、どうしてなにも言わないんだ?

 

「エット、ナニガ『ソウ』ナノカシラ?」

 

「えっと、実は……」

 

 ………………。

 

 そこまで喋って、またもや固まるしおい。

 

 なんだか古いパソコンみたいに処理落ちをしている感じがするんだが、大丈夫なんだろうか。

 

「えっと、ええっと……」

 

「「………………」」

 

 ブツブツと呟くしおいの声は徐々に小さくなっていき、

 

「な、なんでしたっけ……?」

 

「「………………」」

 

 半泣き状態の顔を浮かべながら、俺に助けを求めてきた。

 

 気づけばしおいの身体が小刻みに震えているし、もしかするとさきほど愛宕から脅され……ではなく、質問攻めを受けた後遺症が発症しているんじゃないかと思えるくらいだ。

 

 ……って、もしそれが本当なら、情緒不安定にもほどがあるんだけれど。

 

 よくよく考えれば、昨日しおいに振りかかった不幸もそれなりモノもがあったもんなぁ……。

 

 佐世保の子供たちから睨まれたり、俺が地雷を踏んで焦っていたり、愛宕と港湾の胸部装甲に挟まれて窒息死かけたり……。

 

 最後のが凄く羨ましいけれど、本人にとっては命の危機だっただけに喜ぶことはできないのだろう。

 

 まぁ、俺に比べたら全く不幸と言えないけどねっ!

 

 ………………。

 

 なんだかへこみまくってきたので、その場でうずくまりたい気分なんですが。

 

「あ、あの、なにか言って下さいよぉ……」

 

「え、あっ、ごめんごめん」

 

 泣きかけ3秒前という感じのしおいにすがり寄られた俺は慌てて現実に戻り、港湾に聞こうと思ったことを話すことにした。

 

「実はしおい先生とここにくる前に話していたんですが、運動会についての詳しい説明は3日前に行われたとのことで、俺はまだ聞いていなかったんですよね」

 

「……アァ、ソウイエバ確カニ、ソノ通リダワ」

 

「てっきり俺は幼稚園のグラウンドで運動会を行うと思っていたんですけど、実際にはそうじゃありませんでしたし……、それに鎮守府内には屋台が並んでいたり、一般市民の方々もこられていたりするみたいで、なにがなんだかさっぱりなんですよ」

 

 急いでここに向かっていた為に聞けなかった内容の全てを港湾にぶつけた俺。

 

 別に攻め立てる気はないのだけれど、これについての説明がないことには、運動会というイベントがどういうモノなのかさっぱり分からないからね。

 

 すると港湾がコクコクと頷いてから腕を組み、

 

「ナルホドナー」

 

「いや、なんでなにかを制圧する兵器みたいな喋り方なんですかね……?」

 

「コレモ、ル級カラ教エラレタ『ネタ』ナンダケドネ」

 

「あいつから教えられたことの全てを記憶から消し去って下さい……」

 

「ン、今ナンデモスルト……」

 

「そのネタもつい先日使われた気がするんですが、そもそもそんな言葉は喋っていませんからね」

 

「ノリガ悪イワネェ……」

 

「いや、時間もないはずなんで、早いところ説明をしてもらえると助かるんですが……」

 

「マァ確カニ、準備ヲ放ッテオイタラ後ガ怖い……ワネ」

 

 言って、港湾はなぜかしおいの方を見たので、俺も釣られて顔を向けると、

 

「………………」

 

 うわー。めっちゃ震えているんですけどー。

 

 目の焦点が合っていないというかどこを見ているか分かんないし、震え方が半端じゃないのでかなりヤバそうだ。

 

 完全にしおいにとって愛宕がトラウマと化しているようです。

 

 本当に、俺が居ない間にいったいなにがあったのかなぁ……。

 

「ソレジャア簡単ニ説明スルト……」

 

 人差し指をピンと立てた港湾が話し始め、俺はしっかりと聞き逃さないように耳を澄ませることにした……のだが、

 

「マズ、今回ノ運動会ハ、子供タチノ観艦式ミタイナモノカシラ」

 

「……はい?」

 

 開口一番から全く聞き覚えのない単語が聞こえ、素っ頓狂な声をあげる俺。

 

 観艦式……って、あの観艦式だよな?

 

 でもそれは鎮守府の士気を高めたり、付近の住民に対して理解を深めてもらったりする為のイベントのはずであり、子供たちではなくきちんと訓練を受けた艦娘たちが行うのが普通である。

 

 それに、もし観艦式みたいなモノ……というのであれば、最初から運動会と銘打つ理由が全く分からないし、そんな大事なことをなにも聞かされていないという段階でおかしな話だ。

 

 ましてや少し前にも考えていたけれど、佐世保のみんなは一様に運動会と言っていた。

 

 つまり港湾が言っていることは、全くかみ合わない……となるんだけれど。

 

「マァ、アクマデ『観艦式ミタイナモノ』デアッテ、実際ニ行ウノハ子供タチガ艦娘トシテノ第一歩ヲ踏ミ出ス為ノ、行事……カシラネ」

 

「え、ええっと、なんだかややこしくてよく分からないんですけど……」

 

 どこが簡単なのかとツッコミを入れたくなるが、それこそ時間を疲弊してしまいそうなので我慢をする。

 

「頭ガ悪イ男ハ嫌ワレルワヨ?」

 

「……ル級のネタ振りは止めて下さいと言っているんですが」

 

「イヤ、今ノハ私ノ意見ナンダケドネ」

 

「なにげに酷いっ!」

 

 呆れた顔で冷たい眼を向けられながら言われると、マジでへこみ倒しちゃうんですよねっ!

 

「冗談ハサテ置イテ……」

 

 冗談だったんですね……と思っていたら、

 

「ハッ、シマッタ!」

 

 いきなり大きな声をあげた港湾は、苦虫をかみつぶしたような顔をしてから、

 

「冗談ト言エバ、ヨシ子サンヲ忘レテイタッ!」

 

「だからル級のネタは忘れて下さいって言っていますよねぇっ!」

 

 ……とまぁ、ツッコミを我慢することができない俺だった。

 

 

 

「サテ、話ヲ戻スコトニシヨウ」

 

「お、お願いします……」

 

 すでに疲労困憊気味な俺としてはありがたいので素直に頷いたが、準備の段階でこんな感じでは今日1日を乗り切れる自信がない。

 

 だがまずは話を聞かねばと、耳を澄ませながらもボケに対してはスルーをする気持ちを強く持つ。

 

「ツマリ今回ノ運動会ハ、子供タチガ海ニ出ル初メテノ行事デアリ、ソレヲ一般市民ニモ見テ貰オウト元帥ガ企画シタノガ発端ナノ」

 

「なるほど……って、素直に頷いてはいけない内容があるんですけどっ!?」

 

「ドウシテカシラ?」

 

「そんな大事なことを全く聞かされていない状態で、子供たちが参加できる訳がないじゃないですかっ!」

 

「………………?」

 

 俺の言葉に首を傾げる港湾だが、そこで疑問に思われたとしても黙っている訳にはいかない。

 

「だってそうでしょう。子供たちが海に初めて出るってことは、それなりの訓練をしなければいけない訳で……」

 

「子供タチハ訓練ヲシッカリシタカラ、問題ハナイハズヨ?」

 

「それも初耳なんですけど、それは舞鶴の子供たちってことですよね?」

 

「エエ、モチロンソウダケド」

 

「でもそれじゃあ、佐世保の子供たちはどうなるんですかっ!

 俺が向こうに行っている間、今回の行事に向けた訓練なんて全くしていないんですよっ!」

 

「アレレ、オカシイワネ……」

 

 更に首を傾げた港湾がしおいの方を向く。

 

「シオイ先生。愛宕先生カラ聞イタ話ダト……」

 

「え、あっ、はい。確かビスマルクさんからの返答では、『全く問題ないから首を洗って待ってなさい! おーほっほっほっ!』だそうです」

 

「ちょっ、それも初耳なんですけどっ!?」

 

 そんな話は聞いた覚えもないし、そもそもなんでビスマルクは高笑いをあげているんだよっ!?

 

 そして、なにげにしおいのモノマネが地味に似ていたんですがっ!

 

 女王様みたいなドS声に、一瞬ゾクゾクしちゃわ……ないよっ!

 

「あ、でも、あれですね。

 ビスマルクさんに伝えたのは、佐世保の子供たちが海に出られるかどうかの質問ですから、運動会についての話はしていなかったと思いますよ?」

 

「……そ、そうなの?」

 

「私もまた聞きなのでハッキリとは分かりませんけど、先生もその質問に関しては初耳なんですよね?」

 

「もし聞いていたらなにかしらの対策はしていると思うし、ある程度分かっていたら昨日の段階で聞いているよね……」

 

「あー、確かにそうですねー……」

 

「それに、今までのことを全部理解していたら、幼稚園のグラウンドや第二グラウンドに向かおうとしないからね?」

 

「あ、あはははは……」

 

 愛想笑いを浮かべながら額に汗をかくしおいだが、俺にとっては簡単にことを収める訳にはいかない。

 

「シカシ、モシモ先生ガ思ッテイル通リナラ、非常ニアリガタイノデハナイノダロウカ?」

 

「……え?」

 

「ダッテソウデショウ。訓練ヲロクニシテイナイノナラ佐世保チームガ勝ツ可能性ガ低クナルシ、先生ノ所有権争イカラ遠ザカルノヨ?」

 

「そ、それはそうかもしれませんけど……」

 

 港湾の言うことはもっともだ。

 

 しかし、そんな不意打ちみたいなことで勝ったとしても良いのだろうか。

 

 いや、それよりも気になるのは、ビスマルクがそんなことを言ったのか……である。

 

「マァ、オソラクソンナコトニハナラナイト思ウケドネ」

 

「で、でも実際に、この行事についての話は初耳で……」

 

「イヤ、ソウジャナクテ……、佐世保ノ子供タチニソンナ心配ハ不必要ッテコトヨ」

 

「な、なんの根拠があってそんなことが言えるんですかっ!?」

 

「ダッテ……、少シ前ニ潜水艦ノ子ガ、普通ニ泳イデキタハズヨネ?」

 

「………………あっ!」

 

 確かに港湾の言う通り、ユーが龍驤と摩耶に連れられて舞鶴に向かったのを見送った俺としては、初耳や忘れましたでは済まされない。あのとき確かにユーは海に入っていたし、無事に舞鶴まで行って帰ってきたのも事実である。

 

 つまり俺が知らないだけで、佐世保の子供たちは海に出られる技術を持っているからこそビスマルクの回答があったのだとすれば……、

 

「そ、そうか。子供たちはすでに……」

 

 一人前とは言えないまでも、艦娘として成長しているのだろう。

 

「ソンナ顔ヲスルトハ……」

 

「や、やっぱり先生は、Mなんですね……」

 

「いやいやいや、なんでそっちの方向に行っちゃうのかなっ!?」

 

「コンナ状況デ不敵ナ笑ミヲ浮カベナガラ想像シテイレバ、ソウダトシカ思エナイデショウ?」

 

「お、俺は純粋に子供たちの成長を……」

 

「あー、なるほど。自分好みに育て上げて快感を得るという、M男の願望ですねー」

 

「全く違うし……って、そんな冷ややかな眼で俺を見ないでーーーっ!」

 

 しおいと港湾の2人が、それはもうゴミ屑を見るような目つきで俺を……。

 

 やばい。これはヤバ過ぎる。

 

 こんな状況が続いた日には背筋にゾクゾク……じゃなくて、舞鶴に居るのがマジで辛くなってしまうじゃないか。

 

 やっと佐世保から戻ってきたというのに、争奪戦に巻き込まれた挙句、なんとか平穏な日常を取り戻そうと頑張ろうとしたら、同僚にまでこんな目で見られるだなんて……。

 

 本当に俺、不幸まみれもいいとこじゃないですかね……。

 

 もうこの際、ドMに堕ちれば良いんじゃないかと思えてきたんですけど。

 

 そうすれば毎日がハッピーかもしれないし。

 

 ただし、色んな意味で終わりのような気もする……が。

 

 ………………。

 

 べ、別にドMが悪いとか、否定している訳じゃないんですけどね。

 

「「………………(じーーーーーー)」」

 

「い、いや、あの……、本当に止めて貰えないでしょうか……」

 

 とは言え、さすがに睨みつけられたままなのは避けたいので、2人に頭を下げてお願いしたところ、

 

「フム。コノ沈黙ト睨ミヲ受ケテ、笑ミヲ浮カベナイトコロカラシテ……」

 

「まだなんとか大丈夫って感じでしょうか……」

 

「……俺の評価がどんどん下がっているんですが」

 

「私ノ先生ニ対スル初期値ハ、最初カラマイナスダッタケドネ」

 

「俺がドMというよりも先に、港湾先生がドS過ぎますよねぇっ!」

 

「イヤイヤ、ソレホドデモ……」

 

「褒めていませんし、ル級のネタは本当に禁止して下さいーーーっ!」

 

 ……とまぁ、こんな感じで朝っぱらからなんども絶叫をあげることになってしまったのは、いつもの不幸だからだと思うしかない。

 

 

 

 本当に、平穏な日々が欲しいです。

 




次回予告

 港湾がおかしくなったのは全てル級のせい。
ということにしておいて、説明はまだまだ続きます。

 運動会について詳しい話を聞く主人公。
港湾の苦言?に耐えながら運動会の切っ掛けなどを聞くうちに、やっぱりと言うかなんというか、全てはアイツが悪かった?


 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その30「言いだしっぺは仕打ち済み」


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その30「言いだしっぺは仕打ち済み」


 港湾がおかしくなったのは全てル級のせい。
ということにしておいて、説明はまだまだ続きます。

 運動会について詳しい話を聞く主人公。
港湾の苦言?に耐えながら運動会の切っ掛けなどを聞くうちに、やっぱりと言うかなんというか、全てはアイツが悪かった?


 

「つまり、今回の運動会は海上で行うってことなんですね?」

 

「エエ、ソノ通リヨ」

 

 コクコクと頷く港湾としおいを前に、俺の内心は何とも言い難い複雑な気分だった。

 

 充分な説明を受けていなかったのは俺だけのようで、ビスマルクや子供たちも、このことについては知っているのだろう。

 

 もちろん舞鶴の子供たちも同じだろうからこそ、昨日幼稚園で睨み合っていた状況が生まれたと予測できる。

 

 つまり、統括的に考えた結果……、

 

 俺って、いらない子のような気がしてきたんだけれど……。

 

 ヤバい。なんだか急に泣き出したくなってきた。

 

「あ、あの……、先生。大丈夫……ですか?」

 

 そんな俺の気持ちを察してか、しおいが優しい声をかけてくれる。

 

 なんだかんだと言っても気遣ってくれるのは嬉しいなぁ……と思っていると、

 

「シオイ先生。別ニ先生ヲ慰メナクテモ問題ナイワヨ?」

 

「……え、どうしてですか?」

 

「ダッテ、自ラヲ悲劇ノヒロイントシテ頭ノ中ニアル世界ニ投影シ、ヨリ一層ノ悲シミヲ背負ウコトニヨッテ、ドMノ本領ヲ発揮シテイルノヨ」

 

「うわー……。さすがにそれは、引いちゃいますねー……」

 

 そう言ったしおいは俺から離れるように後ずさりながら、冷ややかな目を浮かべて……って、ちょっと待て。

 

「なにを勝手に納得しつつ軽蔑した視線を向けてんのっ!?」

 

「それは……、先生が変態だからですよ……」

 

「だからそれ自体が間違いなんだって!」

 

「ソンナニ謙遜シナクテモ、スデニ皆ガ知ッテイル事実ジャナイ」

 

「いやいやいや、謙遜もなにも完全にねつ造だから……って、皆が知っているだとっ!?」

 

「エエ。私ハ何度モソウイッタ先生ノ噂ヲ耳ニシタワヨ」

 

「そんな噂に振り回されないで、ちゃんと現実の俺を見て下さいよっ!」

 

 俺は胸に左手を当てながら大きな声を出し、港湾に訴えかけようと詰め寄る。

 

「アラ……」

 

 すると港湾がほんの少しだけ上半身を後ろにそらした後、なぜか頬の辺りを赤く染め、

 

「奥手ダト思ッテイタノニ、押シガ強イトコロモアルトハ……」

 

「へっ、今なにか言いましたか?」

 

「イイエ。ナンデモナイワヨ」

 

「そう……ですか?」

 

 小さい声が聞こえた気がするんだけど、気のせいだったのだろうか。

 

 しかしまぁ、本人がそう言っているのだから無理に聞く訳にもいかないし、まだ分からないこともたくさんあるので、別の質問を投げかけることにした。

 

「それより、他にも気になることがあるんですけど……」

 

「ナニカシラ?」

 

「昨日、佐世保から輸送船に乗って到着したときには鎮守府内はいつも通りだったんですけど、朝起きたらすでにとんでもないことになっていたというか……」

 

「トンデモナイ……コト?」

 

 言って、港湾はしおいに視線で問いかける。

 

 しかし、俺が聞きたいことを理解できなかったのか、しおいはフルフルと首を左右に振っていた。

 

「えっと、つまり……、正門から通りにかけて屋台などが並んでいたり、ここにくる途中にも色んな催し物があったりしたんですけど、いつの間に用意していたんですか?」

 

「……アア、ソノコトネ」

 

 納得するように頷いた港湾だけど、その表情はなんだか疲れているような、非常にあいまいな感じに見える。

 

「ソレニツイテモ、先生ガ説明ヲ聞クタイミングガナカッタワネ」

 

 港湾は大きくため息を吐き、肩をすくめてから重い口を開いた。

 

 ……って、なんだか嫌な感じがするのは気のせいだろうか?

 

 しかし、今俺が聞いた内容について、厄介ごとが起きるようなことはないと思うんだけれど……。

 

「今回ノ運動会行事ヲ行ウニイタッテ、話ヲ切リ出シタノハ元帥ダトイウノハ理解シテイルワヨネ?」

 

「えっと、舞鶴と佐世保の合同運動会を元帥が企画したと聞いていますので、それくらいの理解ならば……」

 

 ……と、そこまで言ってから、俺の頭にふとあることが思い浮かんできた。

 

 俺が今回の件を安西提督から聞かされたとき、ビスマルクは運動会と聞いた瞬間に全く違うモノを想像していた。更には安西提督も合同の運動会としか言っていなかったことから、このような行事とは理解していなかったのではないのだろうか?

 

 しかしそうなると、それらを全て知った上で明確に伝えなかった者がいるということになり、それをして得をすると言えば……。

 

「もしかして、全部元帥の差し金だったりします……?」

 

「ノミコミガ早クテ助カルワ」

 

 言って、またもや大きなため息を吐く港湾。

 

 その横で立っているしおいも、同じように疲れたような表情を浮かべている。

 

 とどのつまり。

 

「全部元帥が悪いってことでファイナルアンサー?」

 

「「ファイナルアンサー」」

 

 頷く2人を見ながら、俺も同じように頷いて。

 

 そして、そっと心に秘めたるは、元帥への思い。

 

 どこかで機会を見つけて、ギャフンと言わせてやる……と思ったのだが、

 

「デモマァ、ソノ仕打チハスデニ終ワッテイルケドネ」

 

「……へ?」

 

 内心を全て読み切ったかのような港湾の答えに、俺は素っ頓狂な声をあげる。

 

「今回ノ件ハ高雄秘書艦ニヨッテ暴カレ、必要経費ノ全テヲ元帥ガ懐カラ出スト決マッタソウヨ」

 

「そ、そうなんですか……?」

 

 言葉を詰まらせながら問いかけるも、内心はちょっぴりほくそ笑みそうな俺だったのだが、

 

「その予算が、どうやら8ケタ位いきそう……って噂ですけどねー」

 

 死んだ魚のような目を浮かべたしおいが海の方を見ながら呟いているのを聞き、俺は頭の中で計算する。

 

 一、十、百、千、万……。

 

 ………………。

 

 ……マジか。

 

「い、色んな意味で……南無……ですね」

 

「自業自得ダケドネ……」

 

「あははははー……」

 

 このとき、俺達3人は揃いも揃って感情のない顔をしながら、海を眺めていたのだろう。

 

 

 

 俺の給料の……、何ヶ月分なんだろうね……。

 

 

 

 

 

 俺たちは暫く呆けた状態になっていたものの、帰ってきた愛宕を怒らせる訳にはいかないので、急いで準備をすることにした。

 

 そうは言っても、元帥の懐から捻出されたお金によって昨日から夜通しで突貫作業を依頼したおかげもあり、俺たちがする作業は少ししか残っておらず、埠頭に沿ってパイプ椅子を並べる程度である。

 

「ひい、ふう、みい……、よし、これでオッケーですっ!」

 

「ウンウン。予定通リニ並ベラレタワネ」

 

 港湾の指示によってテキパキと作業をすることができ、愛宕が帰ってくる前に準備を終えることができた。

 

 これで後は開催時刻までやることはなく、少しばかり休憩が取れるのでは……と思いたいところだが、いかんせん情報伝達がうまくいっていなかったことを考えると、気を抜くことすら難しいと考えてしまう。

 

 まぁ、俺以外はちゃんと聞いているっぽいけどさぁ……。

 

 なんだか昨日から俺だけ省かれちゃっている気分なんだが、佐世保に行っている間に嫌われてしまったのかなぁ。

 

 もしそうだったのなら非常に困るのだけれど、昨日からのできごとを考えたら、俺の信頼度はガタ落ちどころでは済まないレベルで低下している気がする。

 

 いや、気がするのではなく、実際に下がっているんだけれど。

 

 特に、俺がM的扱いな方面に。

 

 いったい誰のせいだよ、こんちくしょう。

 

 ……もちろん分かっているのだけれど、本人にそれを言ったところで喜ばせるだけだ。

 

 ならば言わない方が良いし、新たな悩みの種を作りたくない。

 

 それよりも問題なのは、これから行われる運動会……とは名ばかりの行事で俺のチームで勝利をもぎ取らない限り、明るい未来が失われてしまう。

 

 昨日のうちにチームのメンバーを考えた上で、どんな競技に参加させるかを考えていたのに、いざ当日本番の少し前になった途端、その考察はほとんどが無になってしまった。

 

 なぜなら、今からするのはグラウンドなどで行う陸上競技ではなく、艦娘としての動作を使った競技なのだ。

 

 それがいったいどんなモノなのか。

 

 俺には全く想像することができず、なんとかして対策を考えなければならないと、近くに居るしおいに聞いてみることにした。

 

「しおい先生、ちょっと良いですか?」

 

「は、はい。なんでしょう」

 

「実はちょっと聞きたいことがあるんですけど……」

 

 そう言って、競技についてどうやって聞き出せば良いかを考える。

 

 昨日のスタッフルームでチーム分けをした際、愛宕と港湾はフェアじゃないという理由から俺に協力をすることを拒むような節があった。

 

 そのときしおいから返答はなかったが、同じような対応を取られる可能性があるので、上手く聞き出さなければならないと思ったのだが、

 

「あ、あのっ!」

 

 いきなりしおいが顔を真っ赤にしながら、思いつめたように声をあげた。

 

「し、しおいは、そ、その……」

 

 視線をキョロキョロと動かしながら言葉を詰まらせ、両手の人差し指をツンツンと合わせながらなにかを言おうとしている感じに見えるんだけど、どうしてこんな態度を取るのだろう。

 

 まさか俺の心境を先読みして断ろうと考えているのか……?

 

 いやしかし、さすがにそれは俺の考え過ぎかもしれない。

 

 それによく考えてみれば、子供たちの行事を進行する側に立場として、どのような順番で競技を行うかなんてことは前もって知っておかなければならないのではないだろうか。

 

 そうじゃないと、チームの子供たちに対して準備すらやらせることができなくなってしまうし、それこそいくらなんでもフェアじゃない。

 

 それなら情報を聞き出すくらいなにも問題がないのだが、そうなると目の前に居るしおいの態度が全くもって理解できないんだけれど……、

 

「え、えっと、その、あの……」

 

「あー、いや。そんなに慌てないで良いから、落ち着いて話してくれるかな?」

 

「あっ、は、はい。すみません……」

 

 俺はしおいに深呼吸をするように助言する。

 

「すぅ……はぁ……」

 

「どう、落ち着いた?」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 言って、ニッコリと微笑むしおい。

 

 こうやって話をしている限り、先ほど思っていたような好感度の下がりっぷりは感じないと思うんだけど。

 

 まぁ、しおいだけは少し違う感じだったからなぁ。

 

 どちらかと言えば、同じような仕打ちを受けているような感じもするし。

 

 ……もしかして、似た者同士なんだろうか?

 

 そうこうしているうちにしおいが落ち着き、大きく深呼吸をしてから俺の顔をしっかりと見てきた。

 

 ……と思った途端に、またもや頬を赤らめて目を逸らされたんですが。

 

 なんだこれ。

 

 なんか変なフラグとか立っちゃってない?

 

 そういえば、しおいが俺を起こしにきてくれた件も曖昧な感じになっていたけれど、なんだか少し気になっているんだよなぁ……。

 

 ………………。

 

 頬染に、目逸らし。

 

 あれ、もしかして、これって……?

 

「せ、せ、せ、先生っ!」

 

「は、はいっ!?」

 

 急にしおいが大きな声をあげたので、俺は背筋をぴんと伸ばして直立の体勢を咄嗟に取る。

 

 目の前に見えるしおいは、深呼吸をする前と同じように恥ずかしげな顔で、両手を腰の後ろで組んでモジモジしている。

 

 うわ……。こりゃあ、マジっぽいぞ。

 

 まさかとは思ったけど、俺の部屋にきてくれたのって、そういうことだったのか……。

 

 なんだかこっぱずかしいけど、嬉しくないと言えば嘘になる。

 

 しかし、やっぱり俺は心に決めた愛宕という存在があり、しおいの気持ちにこたえる訳にはいかないのだが……。

 

「し、しおいは、しおいは……っ!」

 

 ギュッと目を閉じたしおいは、腰の後ろで組んでいた両手を解いた途端、

 

 

 

「先生の希望するプレイはできそうにもありませんっ!」

 

 

 

 ……と、それはもう辺りに響き渡る声量で言い放ってくれた。

 

「………………はい?」

 

 なにを言っているんでしょうか、しおいは。

 

 まず、あれだ。

 

 プレイってなんだ。プレイって。

 

「し、しおいはノーマルですから、先生の好むようなことは……」

 

「いやいや、ちょっと待って」

 

「あ、でも、もしかすると、試してみたら意外にハマるという可能性も無きにしも非ずで……」

 

「だからちょっと待ってってば」

 

「あ、案外それが癖になっちゃって、もう後には戻れないけどそれはそれで……なんてキャーーーッ!」

 

「いったいなんの想像をしているのか分かりたくないけど、止めないと色々と問題が発生しまくった挙句に厄介なヤツが湧きそうだからマジで勘弁してくれぇぇぇっ!」

 

 いきなり両腕で自らの身体を抱きしめながらクネクネしだしたしおいを止めるべく、俺は大声を出しながら両肩を強く叩いた。

 

「ひゃうっ!?」

 

 衝撃にビックリしたしおいは両目を開け、俺の顔を見る。

 

 もちろん両肩を叩いた俺との距離は非常に近い状態であり、

 

「あわっ、あわわわわっ!?」

 

 更に驚いたしおいが耳まで真っ赤にして取った行動は、

 

「ど、どどど、どぼーんしてきますっ!」

 

「ちょっ、いきなりなんでそうなるんだ……って、なんで俺の手を握ってぇぇぇっ!?」」

 

「どぼーーーーーーんっ!」

 

「やーーーめーーーてぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

 

 そのまま2人揃って埠頭から海へ飛び込んだ……という訳である。

 

 

 

 お後が宜しいとかいう以前に、行事が始まる前なんだけどね。

 

 

 

 しくしくしく……。

 




次回予告

 しおいの暴走……珍しいかな?
とまぁ、そんなこんなでずぶ濡れになってしまった主人公。
しかしそんな状態でも運動会について話を聞かなければと港湾に問う。

 そんなとき、とある物についての話を聞いて……


 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その31「七転び八転び」


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その31「七転び八転び」

 しおいの暴走……珍しいかな?
とまぁ、そんなこんなでずぶ濡れになってしまった主人公。
しかしそんな状態でも運動会について話を聞かなければと港湾に問う。

 そんなとき、とある物についての話を聞いて……


「うぅ……。ごめんなさい……」

 

 衣服を全て海水で濡らし、申し訳なさそうに俯きながら謝るしおいが俺の目の前に居る。

 

「ま、まぁ、済んだことだからあんまり気にしなくても……さ」

 

 俺はそう言いながら大丈夫であると手を左右に振ってアピールするが、ぶっちゃけてしまうと無茶苦茶寒いです。

 

 今の時期は完全に冬。もちろん今日の朝も平年通りの寒さであり、艤装をつけた艦娘ならともかく普通の人間が普段着で海に飛び込むなんて正気の沙汰じゃない。

 

 そんなことは誰が考えても分かるだろうが、暴走したしおいに無理矢理引っ張られてしまった俺は、全身ずぶ濡れで水も滴る良い男……とボケ振りをかませるほど余裕もなく、

 

「……ふえっくしゅっ!」

 

 こうして大きなくしゃみをしてしまうくらい、寒気が止まらないのだ。

 

「か、風邪をひく前に早く着替えないと……」

 

「そ、そうだね……。そうしないと、完全に……へっくしっ!」

 

 再度くしゃみをしつつ身体をガタガタと震わせる俺を見て、あたふたと焦りまくっているしおいは大丈夫なんだろうか。

 

 やはり艦娘で潜水艦となれば、これくらいの寒さなんて余裕綽々かもしれない……と思っていると、

 

「……くちゅん」

 

 小さいくしゃみをしたしおいが「ずずず……」と鼻を鳴らした後、俺の顔を見ながら恥ずかしそうに目を逸らした。

 

 なにこれ。ちょっと可愛いんですけど。

 

 これを見られただけで、寒中水泳をしたかいがあったって思えちゃうかもしれないんですが。

 

 ………………。

 

 ……あ、でもやっぱり寒いです。凍え死にそうです。

 

「2人揃ッテ、ラブコメナンカヲシテイルトコロカモシレナイケレド、早イトコロ着替エナイト本当ニ風邪ヲヒクワヨ?」

 

 そんな俺たちを見た港湾が呆れた顔を浮かべながら、ため息交じりに声をかけてきた。

 

「で、ですよね……へっくっしょんっ!」

 

「は、はい……。今すぐ着替えて……くちゅんっ!」

 

 返事もそこそこに、くしゃみをしまくる俺としおい。

 

「ハイハイ。ソンナ状態デ子供タチニ移シデモシタラ本当ニ駄目ダカラ、サッサト行ッテキナサイ」

 

「「りょ、了解です……」」

 

 言葉自体は優しいけれど、港湾の目尻辺りに血管が浮き出ているのが見えた俺としおいは、そそくさと近くにある更衣所へと走ったのであった。

 

 

 

 

 

 それから着替えを済ませた俺としおいは再び港湾の元へと戻り、行事の開始時刻まで暖を取る為に設置していた石油ストーブにあたりながら話を聞くことにした。

 

「ふむふむ。つまり、海上を使った運動会って感じなんですか……」

 

「そうですね。子供たちには艦娘としての基礎を利用して勝負をしてもらうんですよ」

 

「徒競走ノ代ワリニ航行速度ヲ競ウレースヤ、対空射撃ヲ模シタ玉入レニ、魚雷ヲ使ッタ的当テモアルワヨ」

 

「そ、それだと危なくないのかな……と思ったけど、よく考えてみたら前回の争奪戦で艤装を使っていたんだよなぁ」

 

「あー、そういえばそんな話を愛宕先生から聞いてますねー」

 

「大人気ナク先生ガ乱入シテ、勝利ヲ掻ッ攫ッテイッタトイウ……」

 

「そうしなきゃ色々と危なかったんですよ……」

 

 ジト目を浮かべる港湾に反論するも、あまりやり過ぎると怖いので控えめにする俺。

 

 ううむ。やっぱり根性がないよなぁ。

 

「それじゃあ、今回の運動会も先生が乱入するんですか?」

 

「いやいや。さすがに今回俺が参加しようにも、艤装を装着することはできないから海上で立ちまわれないよね?」

 

「ソウ言イ方ダト、デキルナラヤル……ト答エテイルヨウナモノダワ」

 

「俺の未来がかかっていますから、ぶっちゃけてなりふり構っていられないですよ……」

 

「ま、まぁ、先生の気持ちも分からなくはないですけど……」

 

「自業自得ダカラ、仕方ナイネ」

 

 そう言って、しおいと港湾は大きなため息を吐きながら俺の顔を見つめていた。

 

 正直に俺の方がため息を吐きたいんだけれど、今更落ち込んでいたって仕方がない。

 

 今することは、どうにかして俺のチームが勝つ方法を模索しなければならないのだが……。

 

「それで、競技の順番とかはどうなっているんですか?」

 

「それはコレを見ればバッチリですよ!」

 

 ――と言って、どこから取り出したのかA4サイズの紙束を差し出すしおい。

 

 表紙には『運動会のしおり』と書かれていた。

 

「えっと、これって……」

 

「運動会のスケジュールが書いてある、便利グッズですよ?」

 

「い、いや、そうじゃなくて……、なんでこんなモノがあるのかなぁ……と思ったんだけど」

 

「そりゃあ運動会行事をするんですから、用意は万端に……」

 

「………………」

 

「………………?」

 

 先ほどのお返しとばかりにジト目を向ける俺だが、しおいはなにも分かっていないかのように首を傾げてから港湾の方を見る。

 

「………………」

 

 俺も同じように港湾を見ると、モノの見事に目を逸らしてくれたので、俺は大きくため息を吐いた。

 

 ……こりゃあ完全に、一杯食わされたって感じで良いんですかね?

 

 いや、それとも純粋に、しおいの様に分かっていないとか……。

 

 でもそうだったら目を逸らすようなことはしないだろうし、分かっていて黙っていたという可能性の方が高いだろう。

 

 それとも、ほんのついさっきまで気づいていなかった場合もあるが……。

 

「どうして、そのしおりを俺にはくれなかったんでしょうか?」

 

「……あ、本当ですね。でも、どうしてなんだろ?」

 

 言って、ぽんっと手を叩くしおい。

 

 しかし港湾は俺と目を合わせようとせず、明後日の方向を見つめている。

 

「港湾先生は、俺にしおりが渡っていなかった理由を御存じですかね?」

 

「………………」

 

 なにも答えず、ただただ海の方を見ている港湾だが、額からタラリと落ちる汗の滴が見え……、

 

「つまり、わざと黙っていた……ということなんですかね?」

 

「ソ、ソレハ……、違ウノダガ……」

 

「それじゃあどうして俺の目を見て喋ってくれないんですか?」

 

「ウッ……」

 

「あれ……、あれあれ?」

 

 睨みつける俺に顔をも逸らし続ける港湾。そして、そんな俺たちを見て訳が分からないという風にキョロキョロとするしおい。

 

 おそらくしおいは本当に理解していなかったのだろう。だが港湾の方は態度を見る限り怪しさ満点であり、

 

「つまり、意図的にしおりを俺に渡さなかった……ということですよね?」

 

「………………」

 

 問い詰めてはみたものの、港湾は完全にだんまりを決め込んだようだった。

 

「ふぅ……、そうですか……」

 

 俺はわざとらしくため息を吐き、天を仰ぐように顔を上げから呟いた。

 

「港湾先生が答えられないほどの相手から、口止めされているってことなんですね」

 

「……ッ!」

 

 港湾はビクリと身体を震わせ、焦った表情を浮かべて俺の方を見る。

 

 その態度を横眼で確認し、頭の中で考える。

 

 港湾に口止めさせることができる相手とは誰か。

 

 昨日見た感じでは、港湾は愛宕に対してそれなりの尊敬……か、別のナニカを持っているような気がする。

 

 しかし、愛宕がわざわざ港湾に口止めをさせ、俺が不利になるような状況を生み出そうとするとは思えない。

 

 子供たちをチームに分けることで俺の所有権が他の者に渡らないようにと提案したのは愛宕だし、それによってわずかな光を見いだせたのだ。

 

 それなのに、運動会行事の進行が分からないようにするということがそもそもおかしな話であり、やろうとしていることがちぐはぐになってしまう。

 

 つまり、愛宕が港湾に口止めをした犯人ではないということは明白であるからして、それ以外の候補といえば……。

 

 1人しか……、いないよなぁ……。

 

 いやでも、さすがにそれは突拍子過ぎる気が……。

 

「港湾先生、まさかとは思いますが……、これもル級の仕業なんてことは……」

 

「………………」

 

 またもや無言を貫く港湾だが、先ほどと比べて余裕がある様な気がするのは気のせいではないだろう。

 

 だって、額の汗がひいちゃっているし。

 

 こりゃあどうやら、ル級の線はハズレのようなんだけど……。

 

 それじゃあいったい、誰が犯人だというんだろうか。

 

 ………………。

 

 うむー。考えても答えが出ないな。

 

 これ以上港湾を問い詰めたとしても話しそうにないし、あんまりやり過ぎると後が怖いからなぁ……。

 

 仕方ない。別の方向から責めるか。

 

 俺は気持ちを切り替えるように頷いてから、未だにキョロキョロとしていたしおいに声をかけた。

 

「しおい先生はどうして俺にしおりを渡さなかったのかな?」

 

「ええっと、どうしてなんだろう……」

 

 しおいは両腕を胸の下で組んで、「うーん……」と考え込む仕草をする。

 

 その表情にわざとらしい部分は見当たらず、先ほどの考察と同じようにしおいが嘘をついているという感じには見えなかった。

 

「それじゃあ質問を変えるけど、そのしおりを受け取ったのはいつなのかな?」

 

「それは……、昨日の夜ですねー」

 

「昨日の……夜?」

 

「うんうん。昨日先生がビスマルクさんと鳳翔さんの食堂に行くと言って幼稚園を出た後、このしおりが届いたんですよ」

 

「あれ……、それっておかしくない?」

 

「えっ、どうしてですか?」

 

 そう言って、またもや首を傾げるしおいだが、本当に分かっていないのだろうか。

 

「だって、今さっきしおい先生は『そりゃあ運動会行事をするんですから、用意は万端に……』って言ってたよね?」

 

「あ、あー、それですかー」

 

 ポンポンと手を激しく叩きながら頷いたしおいは、なぜかニッコリと微笑んでから口を開く。

 

「それはアレです。このしおりを受け取る際に、渡してくれた人が言ってたんですよ。

 『明日の運動会を円滑にする為にちゃんと用意したんだから、バッチリ読んでおいてよねっ!』って、もの凄いテンションで喋ってました」

 

「………………」

 

 しおいの言葉を聞いて、いきなり頭痛がしまくったんですが。

 

「そ、そのしおりを預かった後、その人はすぐに幼稚園から出て行ったかな?」

 

「ええ、そうですね。なにやらお腹が減ったとかで、鳳翔さんの食堂に向かうって言ってました」

 

「ち、ちなみに、その人の服装って……真っ白だったよね?」

 

「そりゃあもちろん、アレが普段着みたいなものですからー」

 

 そう言いながら「あっはっはー」と笑うしおいだが、俺としてはそんな楽観的になれそうにもない。

 

 だがこれで謎は解けた。

 

 ビスマルクとの一戦のときにも居た、あの人物が犯人で間違いない。

 

 ハッキリとした理由は分からないが、言動を考えれば当てはまる部分は沢山ある。

 

 もちろん食堂の1件は既に報告済みなので仕返し済んでいるのだが、こうなったらもう少しやらないと俺の気がおさまらない。

 

 しかし、あまり公にしようとすると、相手が相手だけに不利益の方が大きくなっちゃうし……。

 

 そもそも、なんでそんな恨みを買ってしまったんだろうという気もするが、それこそ本人に聞かなければ分からない。

 

 まぁ、この件は再度報告するとして、少し対処法を考えておいた方が良いだろう。

 

 それに、どうやって港湾に口止めしたのかも気になるし。

 

「なるほど。ありがとね、しおい先生」

 

「……?

 いえいえ、どういたしましてー」

 

 満面の笑みを浮かべて礼を言うと、しおいは一瞬だけ不可解な顔をしてから首を振る。

 

 そして港湾の方へチラリと視線を配らせるが、本人はいかにも気づいていないという風に顔を逸らしたままだった。

 

 

 

 それじゃあとりあえず、メールをいつものアドレスに送っておこう。

 

 後は野となれ山となれ。なにが起こるかはお楽しみ。

 

 

 

 ……まぁ、おおよその予想はついちゃうけどね。

 




次回予告

 待て、慌てるな、元帥の罠だ。
なんてことも考えたかもしれない主人公は、ある相手にメールを送った。

 そしてついに運動会の開催時刻が近くなる。
雰囲気に違和感を感じたので辺りに目をやると、明らかに変なモノが視界に入り……


 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その32「まずは観艦式」


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その32「まずは観艦式」


 待て、慌てるな、元帥の罠だ。
なんてことも考えたかもしれない主人公は、ある相手にメールを送った。

 そしてついに運動会の開催時刻が近くなる。
雰囲気に違和感を感じたので辺りに目をやると、明らかに変なモノが視界に入り……


 

 携帯電話からメールを送った俺は、石油ストーブの前で服を乾かしながら頭の中で色んなことを考えていた。

 

 もちろん、その間に呼出しがあればすぐに動けるよう待機していたのだが、準備の方は一通り済んでいたこともあって用事らしい用事はほとんどなく、まったりとした時間を過ごしていた……かに思えたのだが、

 

「「「ざわ……ざわ……」」」

 

 俺やしおい、港湾が待機していたテントの近くには埠頭に沿って並べた椅子があり、招待した来賓や運動会を見にきた付近の住民の為に設置した物である。

 

 その数は100を超え、ぶっちゃけてそこまで必要なのかと思いながら並べていたのだが、俺の目の前に映る光景を見る限り、杞憂だったと言えるだろう。

 

 いや、まぁ、なんだ……その。

 

 いつの間にか、椅子に座りきれない人たちが埠頭に溢れかえっているんですが。

 

 更に近くにある建物の窓から海を眺めている人も、チラホラではないレベルで見かけられるし。

 

 つーか、倉庫側の埠頭にも人が一杯なんですけどね。

 

「し、しおい先生。ちょっといいかな?」

 

「は、はい……。なんでしょうか……?」

 

「う、運動会にしても……、見にきた人が多過ぎないかな……?」

 

「き、奇遇ですね……。私もそう思っていたんですよ……」

 

「あ、でもアレか。観艦式も兼ねているとか言ってたっけ……?」

 

「でも、今回の主役は子供たち……ですよ?」

 

「そ、そう……だよね……」

 

 俺としおいは揃って額に大粒の汗を浮かばせながら、引き攣った顔を浮かべて周りを見る。

 

 目に映るのは、人、人、人……。

 

 思い浮かぶ言葉は「まるで人がゴミのようだ」ではないのだが、そんなことがすぐに出てきてしまうくらい、この一帯に人が溢れかえっているのだ。

 

 更には横断幕のような物まで持っている人も居るんだけど、洒落にならないくらい大規模過ぎやしないですかね……。

 

「これってやっぱり、元帥の仕業……なのかな?」

 

「懐から全経費を出していることを考えると、可能性が高いといえばそうですけど……」

 

「それじゃあ、正門から続く道に屋台があったのって、少しでも元を取ろうと考えたからなんだろうなぁ……」

 

「どうやら入場料も取っているみたいですし……」

 

「そ、それって観艦式でやって良いことなんだろうか……?」

 

「うーん。どうなんでしょう……」

 

 言って、俺としおいは似た者同士のように腕を組みながら首を傾げる。

 

「ちなみに先生たちが並べてくれた椅子は、S席になっていま~す」

 

「「え、S席……っ!?」」

 

 後ろから聞こえてきた声に驚きながら振りかえる俺としおい。そこにはニコニコと笑みを浮かべた愛宕が立っており、いつの間にか石油ストーブに向かって手を伸ばしながら暖を取っていた。

 

「さっき姉さんから聞いた情報なんですけど、元帥ったらいろんな方面に情報を流して集客したみたいなんですよ~。

 その結果、他の鎮守府のお偉いさんだけじゃなくて、色んなお客さんが集まったみたいで……」

 

 言葉を詰まらせた愛宕は小さくため息を吐き、辺りを見回すように顔を動かしていく。

 

 埠頭に設置した椅子に座っている中には、元帥と同じ真っ白い軍服を着た人が複数見受けられる。しかしそのすぐ横には、どう見ても鎮守府に所属しているとは到底思えないような服装をしている男性の姿があるのだ。

 

 パッと見れば新撰組のダンダラ羽織みたいな感じの服を着て、頭にはハチマキが巻かれている。

 

 そこに書かれている文字は……、『I LOVE 艦娘!』だった。

 

「「「………………」」」

 

 目が点になる俺としおい。

 

 愛宕のため息が大きくなり、さっきから少し離れた位置で俺を伺っている港湾も呆れた表情を浮かべていた。

 

 えっと、つまり、なんだ。

 

 S席のチケットを取得した人……で、良いんだよな?

 

 いったいその金額がいくらするのか気になりまくるのだが、懐から1千万以上を出した分を回収する為だと考えると、知らない方が良いのかもしれない。

 

「この件については少々やり過ぎのような気もしますけど、付近の住民であるみなさんの理解を得るという点では間違っていませんからね~」

 

 愛宕はそう言いつつも、表情はいつものように明るくない……と思いきや、

 

「まぁ、元帥に対しては姉さんが対処してますので、なにも問題はないんですから気にしないで下さい~」

 

 両手を合わせながらニッコリ微笑む愛宕が、マジパナイと思ったのは俺だけではないと思う。

 

 だって、俺のすぐ横に居るしおいがまたもやガタガタ震えているし。

 

 港湾の視線が思いっきり海の方に向いちゃったからね。

 

「あっ、それと先生~」

 

「え、あ、はい。なんでしょうか?」

 

「姉さんから伝言なんですけど、『了解しました』と言ってましたよ~」

 

「あ、あぁ……。わ、わかりました。ありがとうございます……」

 

 ぺこりとお辞儀をする俺だが、若干元帥が不憫にも思えてきた。

 

 しかしまぁ、やられたらやり返しておかないと気が済まないのも確かだからね。

 

 ……し、死にはしないと思うけどさ。

 

 

 

 

 

 そしてついに、運動会の開始時刻になった。

 

 俺たちが待機している埠頭に並べた椅子は満席になり、倉庫側の方はあまりの人の多さに海へ落ちないかと心配になってしまうほどだ。

 

 パッと見ただけでも数千人は下らない人数が海に視線を向け、ソワソワしているように見える。

 

 なぜそこまで期待にあふれる顔を浮かべているのかと、ある意味心配になってしまうのだが、こうなってしまった以上後に引けないのは昨日の食堂と同じだろうか。

 

 ……いや、人数がまず違うし、緊張感も半端じゃないんですけど。

 

 思わず手のひらに『人』の文字を指で書いて飲み込もうかと思った瞬間、鎮守府内に取りつけられているスピーカーからノイズ音が聞こえてきた。

 

「ジジ……、キーーーン……」

 

 少々耳障りな甲高い音が流れると、辺りの人たちがキョロキョロと顔を動かし始める。

 

『本日は舞鶴鎮守府の観艦式及び、艦娘幼稚園の運動会にお越しの皆様方に、厚くお礼を申し上げます』

 

 お決まりの挨拶が流れ、辺りが少しだけざわついた。

 

 スピーカーからの声は1度だけ聞いたことがあり、コードEの放送を思い出す。

 

 確か熊野という艦娘だったかな……と思っていると、突然口調が変わり始めた。

 

『堅苦しい挨拶はそこそこにして、早速選手の入場ですわっ!

 実況担当の青葉、宜しく頼みましてよっ!』

 

『了解ですっ!

 それでは早速、BGMをON!』

 

 それを聞いた瞬間ずっこけそうになったが、俺はなんとかこらえながら愛宕の方を見る。

 

「………………」

 

 ニッコリと微笑んだまま、ジッと海を見つめる愛宕。

 

 表情を見る限り、怒っているような感じは見受けられない。

 

 事前に進行について目を通していたのか、それとも端から分かっていたのか。

 

 まぁ、元帥のことだから普通にやるとは思っていなかったけどさぁ。

 

 それになんだ。大半の観客たちも笑顔を浮かべているし、悪いようには思えない。

 

 どうせ全責任は元帥にいくんだから、俺はできることをやるべきだ。

 

 勝利をもぎ取らねば、明日の光は拝めないかもしれないのだから。

 

『まずは舞鶴鎮守府における主力、第一艦隊の入場ですっ!』

 

 アップテンポな音楽と共に聞こえてくる青葉の声は非常にテンションが高く、荒い鼻息までもマイクが拾っていた。

 

『正規空母赤城を筆頭に、加賀、蒼龍、飛龍。戦艦の長門と陸奥による空母機動部隊は舞鶴鎮守府を代表する常勝艦隊っ!

 先の世界各国共同で行われた作戦では、一番の功績をあげたことで有名ですっ!』

 

 青葉の実況に合わせて海を走る艦娘たち。白い波飛沫をあげて海面を走る姿に、観客の黄色い声がいたるところから上がる。

 

 佐世保から輸送船に乗って舞鶴まで戻ってくる間、ビスマルクや日向たちの護衛の姿を見ていた俺ではあったが、どこか違う雰囲気を感じて見惚れてしまっていた。

 

 もしこんな俺をビスマルクが見ていたら、色々と厄介なことになってしまったかもしれない……と思ったところで、ふとあることに気づいた。

 

「あれ……。ビスマルクはどこに行ったんだ……?」

 

 辺りを見回してみるが、その姿は見当たらない。

 

 舞鶴幼稚園所属の愛宕やしおい、港湾はここに居るのだが、佐世保幼稚園所属のビスマルクが居ないのはどういうことだろう。

 

 もしかすると、愛宕が気を利かしてくれた可能性もあるのだが、それにしたってある程度目の届く位置にテントなりを設置して待機場所にするのが普通だと思うんだけど……。

 

「うむむ。付近には見当たらないよなぁ……」

 

 そう呟いてはみたものの、埠頭一帯は人であふれてしまっているので見つけられなかった可能性だってある。

 

 まさか、これだけの人が居るところで問題を起こすことはないだろうと思うけれど、ビスマルクがビスマルクであるがゆえにその心配は仕方ないのかもしれない。

 

 ……願わくは、テンションに任せて暴れませんように。

 

 そっと心で祈りつつ、俺は再び海の方を見る。

 

『さて次は第二艦隊の入場ですっ!

 軽巡の川内、神通、那珂を筆頭に、夕張、漣、弥生の水雷戦隊っ!

 夜戦に入れば大暴れ! 潜水艦もお手のもの!

 縁の下の力持ちであるこの艦隊も、他の鎮守府から好評価を頂いてますっ!』

 

 青葉のテンションは留まることを知らず、スピーカーから叫ぶような声が鳴り響く。

 

 そして海を駆ける艦娘たちの姿に更なる声援が上がり、付近のボルテージもどんどん高くなっていった。

 

 川内と神通が綺麗な半円を描き、ぶつかるかぶつからないかギリギリの間隔で交差する。後に続く那珂はマイクを模した探照灯を持って観客に手を振り、漣は海上でトリプルスピンを連発して沸かしていた。

 

 ちなみに最後尾の弥生は無表情で海上をスイスイと動いていたが、これが本当の観艦式での態度なんだよなぁ……としみじみ思ってしまう。

 

「「「那っ珂ちゃーーーんっ!」」」

 

 あと、倉庫側の埠頭に大きな横断幕を持つ人たちから、一斉に応援が飛んでいるし。

 

 ぶっちゃけちゃうと、すでに観艦式かどうかですら怪しいんですが。

 

 更に言えば、メインは舞鶴と佐世保幼稚園の合同運動会がメインですよね?

 

 一体全体、どうなっているのか元帥を問い詰めたいんですけど、これだけ人が多く居たら探すのも一苦労なんだよなぁ。

 

 ……まぁ、俺がこんな風に思っているのだから、高雄が先に手を回しているだろう。

 

『さてさて、それでは今回の目玉である艦娘幼稚園の子供達に出場してもらいましょうっ!』

 

 そしてついにやってきた子供たちの出番に、俺はゴクリと唾を飲み込みながら海上を見る。

 

 昨日幼稚園で針のむしろ状態ではあったけれど、それ以降一切話せなかった子供たちが、上手く海に浮かべるかどうかさえ俺は知らない。

 

 元気いっぱいの天龍が焦って失敗しないか。

 

 泣き虫の潮が怖がってしまわないか。

 

 龍田が天龍をからかおうとして問題を起こさないか。

 

 夕立がドジを踏んでしまわないか。

 

 金剛とヲ級が俺の姿を見て暴走してしまわないか。

 

 他にも多くの子供たちが、これだけ多くの人たちの前で緊張してしまうのではないかと、俺は気が気でない。

 

 だけど、俺の近くに居る愛宕やしおい、港湾は、全く心配するような素振りも見せず、笑みを浮かべながらジッと海上を見つめていた。

 

 そんな3人の顔を見て、俺は胸を撫で下ろしながら小さく息を吐く。

 

 あぁ、たぶん大丈夫。

 

 いや、絶対に大丈夫だ……と。

 

 心の中で頷いた俺は、ゆっくりと目を閉じる。

 

 そして周りからひと際大きな歓声が上がったとき、微笑みながら瞼を開ける。

 

 成長した子供たちを見る為に。

 

 

 

 そう、思っていた……はずなんだけど。

 

 

 

 やっぱりと言うかなんと言うか、やってくれましたよ……こんちくしょうっ!

 




次回予告

 予想通り。というか、やったらあかんやろそれ。
それが主人公である先生の心境。ええ、ヤツがまたしても……なのです。

 ってことで、観艦式(子供たち)バージョンも始まりますっ!

 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その33「死亡フラグ?」


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その33「死亡フラグ?」


 予想通り。というか、やったらあかんやろそれ。
それが主人公である先生の心境。ええ、ヤツがまたしても……なのです。

 ってことで、観艦式(子供たち)バージョンも始まりますっ!


 

「なんでお前が先頭を切っているんだよぉぉぉっ!」

 

 ……と、叫ぶのはさすがに無理だったので、仕方なく心の中で済ませる俺。

 

 今まで姿が見えなかったと思っていたビスマルクが、子供たちを先導しながら埠頭に居る人たちに向かって大きく手を振り、ニコニコと笑みを浮かべて海上を駆けて行く。

 

 これが佐世保の子供たちの前ならば納得できなくもないのだが、俺の目に映っているのは、どこからどう見ても舞鶴の子供たちの先頭なのだ。

 

 主役である子供たちの顔はなんだか浮かない表情をしているのだが、その原因であるビスマルクは全く気づいていないかの如く、観客に向かってアピールをするので必死なようだった。

 

「「………………」」

 

 俺のすぐ側に居る愛宕と港湾が、そんな様子を見ながら目尻の辺りにビキビキと血管が浮かばせている。

 

 その表情は明らかに切れる寸前であり、導火線に火がついているのと同意だろう。

 

 やばい。これはマジでヤバ過ぎる。

 

 下手をすればいきなり砲弾をぶっ放すんじゃないかと思えてしまう剣幕に、俺の膝が独りでにガクガクと震えてしまっていた。

 

 さすがにそれをすれば子供たちに危険が及ぶし、観客の手前もある以上やらないとは思うけれど、この後なにが起こるかは色んな意味で想像がつかない。

 

 良くて惨事。場合によっては大惨事。

 

 今回の総本元の元帥もろとも、ビスマルクが海の底に沈んでしまうんじゃないかと、マジで心配になってくるんですが。

 

『え、えーっと、子供たちを先導しているのは、佐世保幼稚園の教育担当であるビスマルクです。

 そ、そして後ろに続いているのは舞鶴幼稚園の子供たちで、天龍ちゃん、潮ちゃん、龍田ちゃん……』

 

 青葉の声がうわずり、明らかに予定にはなかったことだと伺い知れる。

 

 仮にビスマルクが子供たちを先導するという予定があり、それを俺が知らなかった……という可能性も、もしかすると有り得るのかもしれないと思ったが、それなら愛宕と港湾の顔色が悪化したのはなぜだろうと問われれば返事に戸惑ってしまう。

 

 結局のところ、ビスマルクが先導しているのは勝手にやっているのだろう。

 

 この行動がどういう結末になるのか、全く理解していないんだろうなぁ……。

 

 さすがはビスマルク。テンションとノリだけで動く厄介なヤツだ。

 

 そして、そのビスマルクを教育していた俺の立場は、

 

 

 

 あれ、これって死亡フラグじゃね……?

 

 

 

「お、俺も巻き添えをくらっちゃわないよ……な?」

 

 誰にも聞こえないようにボソリと呟くが、正直気が気でない。

 

 本音を言えば今すぐここから逃げ出したいが、それをやったら確実に立場は悪くなる。

 

 俺ができるのは、このままなにごともなく子供たちの紹介が済み、砲弾や魚雷が発射されないのを祈るのみだ。

 

 願わくは、できる限り己の身に危害が加えられませんように。

 

 そしてムカ着火ファイアーを通り越して、カム着火インフェルノになりませんようにと、心の中で強く念じる。

 

 もし、それがダメだったのなら、せめて元帥に向けられますようにと淡い期待を胸に秘めて、半ば半目状態で見守るしかなかった。

 

 

 

 

 

『こ、これにて舞鶴鎮守府所属の艦娘及び、舞鶴幼稚園、佐世保幼稚園の子供たちの紹介を終わります』

 

 青葉の不安が残る声がスピーカーから流れると、観客から大きな拍手と声援があがり、俺はひとまず胸を撫で下ろす。

 

 砲弾が飛び交うようなことはなく、心配していたような問題は起こらなかったのだが、愛宕と港湾の顔色は未だに変わらずである。

 

 こりゃあ近々血の雨が降る……なんて冗談で済まされるとは到底思えない状況に俺の膝が小刻みに揺れてしまっているが、ここでふと思い立って、しおいの方に顔を向けた。

 

「………………」

 

 しおいの顔は海の方に向いていてハッキリとは見えないが、身体が震えているようなことはない。

 

 今までのしおいだったら、愛宕や港湾の顔を見た途端にガタガタと震えながら涙目を浮かべていると思ったんだけれど、そんな風には感じられないので、少しは成長したということだろうか。

 

 そして成長したといえば、子供たちもまたしかり。

 

 気づかぬうちに子供用の艤装を装着し、海上に出て航行しながら観客に手を振ったりしていた。

 

 何人かの子供たちは表情が緊張しっぱなしでハラハラさせられたけれど、それでも失敗することなく観艦式を終えることができたのは、日頃の訓練の賜物なんだろう。

 

 俺が舞鶴から離れて佐世保に行っている間に、見違えるほど成長してくれた。

 

 それは少し残念だと思ってしまうところもあるけれど、それ以上に嬉しさがこみ上げてくる。

 

 これでビスマルクの件がなければ完璧だったのに……というのは高望みかもしれないが、済んでしまったことは仕方がないのでフォローに回ることにしよう……と思い、しおいに声をかけようとした。

 

「しおい先生、ちょっと良いです……か……?」

 

 しおいの肩をポンと叩いて振り向かせようとしたのだが、なんとなく違和感を覚えた俺は寸前のところで手を止めて、ゆっくりと顔を覗き込むことにする。

 

 声をかけたしおいに反応はなく、未だに海を眺めたまま。

 

 もしかすると、子供たちの成長っぷりに感動して涙を流し、俺の声が聞こえていなかった……なんてことだったのなら、それはそれで仕方がないと思ったのだが、

 

「あぁ、そういうことなのね……」

 

 俺はガックリと肩を落として大きくため息を吐く。

 

 しおいの身体は小刻みに震えているようなことはないし、口から泡を吹いてもいない。

 

 ただ単純に、立ったまま気絶していただけのことであった。

 

「こっちの方が成長していないのって、どうなんだろうな……」

 

 小さい声で呟く俺だが、なんだか自分自身にも言い聞かせているような気がして更に肩を落としてしまう。

 

 それでも前に進まなければ先はないのだと、俺は自ら頬を両手で叩き気合を入れた。

 

 子供たちの紹介が終わった後は、遂に運動会が始まるのだ。

 

 ここで俺のチームが勝利しなければ、未来は闇に閉ざされてしまう可能性が高い。

 

 そうならない為にも、俺は全力を持って運動会に向い合い、子供たちに指示を出さなければならないのだ。

 

 ビスマルクの件は”かなり”気にはなるが、まずは自分の身を守らなければならない。

 

 俺は無言で頷きながら、しおいから貰った運動会のしおりに書かれているチームごとに割り振られたスペースへと向かい、子供たちを迎えることにした。

 

 

 

 

 

「お疲れ様だ、みんな。失敗もなく上手にできていて、先生ビックリしちゃったぞ」

 

 埠頭の先端にある小さめのテントで子供たちを迎え、満面の笑みを浮かべながら褒め称えた。

 

「夕立、ちゃんとできていたっぽい?」

 

「ああ。問題なく航行できていたし、観客のみんなに元気良く手を振っていたな」

 

 俺はそう言いながら夕立の頭に手を乗せ、優しく撫でてあげた。

 

「えへへー。頑張ったっぽいー」

 

 上目づかいではにかみながら嬉しそうにする夕立に思わずドキドキしてしまったが、この辺りは以前とまったく変わっていないな。

 

「あ、あの……先生。潮は……どうでしたか……?」

 

「潮もちゃんと動けていたし、控えめだったけどちゃんと挨拶もできて問題なかったぞ」

 

「そ、そう……ですか。良かった……です」

 

 夕立と同じように頭を撫で撫ですると、恥ずかしそうに俯きながら笑顔を浮かべる潮。

 

 うむ。この仕草も非常に可愛い。

 

 2人揃って今すぐお持ち帰りは……しないけど、この表情を見ているだけで本当に癒されるなぁ……と思っていると、

 

「ふむ……。昨日に引き続いて先生の顔を見たでありますが、相変わらずロリコンっぷりが抜けていないであります」

 

 そんな俺たちを見ていたあきつ丸が、いぶかしげな目を浮かばせながらボソリと呟いた。

 

「ちょっ、いきなり人聞きの悪いことを言わないでくれるかなっ!?」

 

「そうは言いますが、2人の頭を撫でながらにやけた顔をしているその姿は、どこをどう見ても危ない人であります」

 

「こ、これは純粋に、2人の成長を見て感動していただけで……」

 

「ならば、その不敵過ぎる笑みの理由はどう答えてくれるのでしょうな」

 

「べ、別にそんな不敵な笑みなんて……してないよな?」

 

 助けを求めるように潮と夕立の顔を見る。

 

「う、うん。先生の顔は別に、変じゃない……です」

 

「いつものニコニコな先生っぽい!」

 

「だ、だよなぁ……。あは、あはははは……」

 

 2人の返事に笑いながらも、俺は内心ホッと息を吐く。

 

 だが、あきつ丸は納得しないような表情でため息を吐き、両手を広げてやれやれと言わんばかりの仕草をしてから口を開いた。

 

「こうも2人が先生に洗脳されているとは、不肖あきつ丸は困ってしまったであります」

 

 言って、あきつ丸は俺から顔を逸らしたかのように振舞うが、チラチラと俺の方に視線を向けているのがバレバレである。

 

 ……ふむ、なるほど。そういうことか。

 

「ちなみにだがあきつ丸。お前の航行も捨てたもんじゃなかったぞ?」

 

「べ、別に褒めて貰わなくっても……良いであります」

 

 そう答えたあきつ丸だが、さっきとは打って変わって表情が明るくなっているんですが。

 

「本心からそう思ったから言っただけなんだけどね」

 

 俺の言葉にあきつ丸の眉間がピクピク動き、手の動きが忙しなくなってきた。

 

「あっ、ちなみにアレだ。海上での安定感はピカ一だったぞ?」

 

「ほ、本当でありますかっ!?」

 

 あきつ丸はついに我慢ができなくなったのか、ダッシュで俺のすぐそばに寄ってきてキラキラと目を輝かせながら見上げてきた。

 

 その姿がまるでご飯を前にしたメンチのように感じ、お尻の辺りにパタパタと動く尻尾が見えたような気がする。

 

 つまりアレだ。あきつ丸も褒めて欲しかったという訳である。

 

 ということで、期待を込めて上目づかいをしているあきつ丸の頭を優しく撫でる俺。

 

 にへらー……と、嬉しそうな顔と共に、忙しなく動きまくる尻尾が本当に見えてきそうである。

 

 ああ、本当に癒されるなぁ……。

 

 佐世保の子供たちを撫でているときも良かったけど、なにかこう、安心感が違う気がする。

 

 今までに見てきた時間の長さが影響しているのか、それとも別の要因があるのか。

 

 まぁ、おそらくは俺を嫁にする宣言がなく、単純に身の危険を感じないからかもしれないけどね。

 

 そんな風に思いながら3人の頭を順番に撫でていると、少し離れた位置から大きなため息が聞こえてきたので視線を向ける。

 

 そこにはチームだけでなく、俺が先生をしてきた中で一番接点が少ないであろう2人の子供。

 

 

 

 北上と大井の不機嫌そうな顔が、俺の視界にバッチリと映っていた。

 




次回予告

 観艦式もなんとか終えて、やっと運動会と思いきや、またもや不幸はやってくる。
主人公に対して不審な眼を浮かべる2人の子供。
北上と大井が、牙をむくのか否か……。


 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その34「修羅場フラグ?」


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その34「修羅場フラグ?」


 観艦式もなんとか終えて、やっと運動会と思いきや、またもや不幸はやってくる。
主人公に対して不審な眼を浮かべる2人の子供。
北上と大井が、牙をむくのか否か……。


 

 夕立や潮、あきつ丸の頭を撫でながら褒めていたところで、2人が俺を見ながら呟き始めた。

 

「ねえねえ、今の先生の顔ってどう思うかな、大井っち?」

 

「あきつ丸ちゃんが言ってた通り、危険な臭いがしますねー」

 

 俺の耳にしっかり聞こえる声の大きさで話し合う北上と大井は、不審者を見るようにいぶかしげな顔を浮かばせながら、一定の距離を取ろうと後ずさっていた。

 

「そ、そんなことないって。

 俺はただ、みんなが頑張ったことを純粋に喜びながら褒めていたんだぞ?」

 

 非常に気不味い雰囲気を感じ取った俺は、すかさず2人に弁解……ではなく、ありのままを伝えたのだが、

 

「だってさ。大井っち」

 

「ふうん……。そんなことを言う割には、怪しい笑みを浮かべていた気がしますけど」

 

 先ほどのあきつ丸と同じように答えた大井が冷ややかな目を浮かべ、露骨に嫌そうな顔をする。

 

「それこそ気のせいってやつだ。

 怒った顔をしながら頭を撫でられるなんて嫌になっちゃうだろう?」

 

「まぁ……、そりゃあそうかもねー」

 

 俺の言葉を聞いた北上は少し頭を傾げつつも、納得するように頷いたのだが、

 

「北上さん、騙されたらダメですよ。

 あんなことを言いながら私たちの隙を伺って、ここぞとばかりに籠絡しにかかるんですからっ!」

 

 大きな声をあげた大井が、俺から守るかのように北上の身体を両手で身体をギュッと抱きしめて隠そうとする。

 

 うむむ……。これはまた、思いっきり警戒されちゃっているなぁ……。

 

 しかし、2人とはあまり話したことがないのに、どうしてこうも警戒されてしまっているのだろうか……と思ったところ、

 

「お、大井っち止めてよー。そんなに抱きしめたら、苦しいじゃんかー」

 

「我慢して下さい。こうでもしないと、ハーレムフラグ立てまくり魔の戯言先生から北上さんを守れないんですっ!」

 

 ………………。

 

 いや、なにげに酷くね……ってレベルじゃないんですけど。

 

 大井の言葉に半端じゃない悪意が満ちまくりなんだけど、2人に対して酷いこと言ったことも、やった覚えも、微塵たりともないんですけどねぇっ!

 

「むふふ……。北上さんのほっぺ、柔らかくてスベスベで……気持ち良いですー」

 

 なんてことを心の中で叫んでいると、大井がいつの間にか北上の頬に自分の頬を摺り寄せてクネクネと動いているんですが。

 

「あ、あのさ、大井っち。

 なんだか背筋の辺りに嫌な予感がするんだけど……」

 

 さすがに北上も大井の行動がおかしいと思ったのか、額に一筋の汗を流しながら苦言をしたのだが、

 

「それはまさしく、先生が北上さんを視姦しようとしているからなんですっ!」

 

「おいこらちょっと待て」

 

 視姦ってなんだ。視姦って。

 

 いくらなんでも俺が北上に対してそんなことをするはずがないし、もし仮にやろうものなら、立場上確実に職を失ってしまう。

 

 そんな危険を犯してまでやろうなんて気は全くないし、そもそも教え子である子供たちをそういった風に見るなんてことは有り得ない。

 

 万が一。本当に万が一という可能性があった場合、その対象は間違いなく愛宕に……げふんげふん。

 

 危ない危ない。ちょっと話が逸れそうだった。

 

 ここはきちんと気を取り直して、元に戻そう。

 

 さすがに大井の聞き捨てならない言葉に対して反射的にツッコミを入れた俺だったが、この後どのように話せば良いか分からない。

 

 なんせ、俺が声をあげた瞬間に大井がもの凄い剣幕でこっちを見ているし、警戒しているとかそういうレベルじゃなくて、殺意みたいなのがこもっているんだよなぁ……。

 

 そうとはいえ、あくまでこれは子供レベルの話。

 

 いくら艦娘だとしても、いくつもの修羅場を乗り越えてきた俺にとっては、これくらいの視線なんぞ苦にもならない……と思いきや、

 

「あ、あの……。せ、先生の膝が、震えてないかな……?」

 

「うん。思いっきり震えているっぽい」

 

「正直に言って、情けないでありますな……」

 

 さっきまで喜んでいた潮たちの言葉通り、俺の膝はガクガクと震えていた。

 

 そしていつしか、俺を見る3人の目が冷たいモノへと変わっているんですが。

 

「こ、これは怖いから震えているんじゃなくて、さっき海に落ちちゃったせいで身体が冷えているんだよね」

 

「そ、それって、大丈夫なんですか……?」

 

 心配そうな顔で問いかけてきた潮の目があまりにも純粋で、胸にズキリと痛みが走る。

 

「だ、だけど、すぐに石油ストーブで温めたから、もう少ししたら本調子に戻るかもねっ!」

 

「でも、身体が震えているんだったら、風邪をひいちゃっているっぽい?」

 

「今日の気温はかなり低目ですし、油断大敵であります」

 

 夕立やあきつ丸も俺を気づかうように声をかけながら寄り添ってきたので、後には引けなくなってきた。

 

 しかし、正直に心境を伝えていた場合、俺の信頼度は果てしなく下がってしまい、チーム内のテンションは降下の一途を辿っていたかもしれない。

 

 そう考えれば仕方がなかったかもしれないけれど、やはり嘘をつくというのは色んな意味でやりたくないモノである。

 

「あらあら。そんなに体調が悪いんでしたら、先生はさっさと医務室辺りに駆け込んだらどうでしょうか?」

 

 大井がニヤリと不敵な笑みを浮かべながら鼻を鳴らし、北上の頬をプニプニと指で突いていた。

 

「むぅぅ、止めてよ大井っちー」

 

 北上の口調は全く変わらないが、表情は少しばかり辛そうに見える。

 

 おそらくは大井の抱きしめる力が強すぎて、息苦しいのではないだろうか。

 

「どうしてですか、北上さん。私がこうやってほっぺを突くことによって肌の張りを確かめられ、どのスキンケア用品を使えば良いかを考えられるんですよ?」

 

「わ、私にスキンケア用品って、まだ早いと思うんだけどなぁ……」

 

「そんなことじゃ、大きくなったときに後悔しちゃうんですよっ!」

 

「うーん……。足柄のお姉さんならともかくとしても、今の私に必要があると思えないんだよね……」

 

 言って、北上はげんなりとした表情で訴えるが、大井は全くと言って良いほど聞く耳を持っていないようだった。

 

 そんな2人の様子を見た潮たちも、いったいどうすれば良いのか分からずに不安そうな表情を浮かべている。

 

 このままでは完全にチームは2つ分裂してしまい、100%の力を出し切るなんてことは不可能に近いだろう。

 

 そうならない為にも、俺がこの間を取り持って一体感を出さなければならいのだが……。

 

「うふふー。北上さんー。北上さーーーん」

 

 大井の行動は留まることを知らず、もはや暴走と言っても差し支えがない。

 

 色んな意味で止めさせなければならないが、下手な言葉をかけると大井が機嫌を損ねてしまい、チームがまとまらなくなってしまう。

 

 しかし、子供たちを監督する立場の人間としても、このまま放っておく訳にはいかない。

 

 なので、俺は一種の賭けに出ることにした。

 

「……なあ、大井。ちょっとだけ話があるんだけど、構わないか?」

 

「……は?」

 

 手招きをしながら呼んだんだけど、もの凄く嫌そうな顔で返事をされたんですが。

 

 あまりの反応にぶっちゃけ泣きそうなんだが、ここでめげたら前に進まない。

 

 俺はなんとかへこまないように心を強く持ちながら、再度大井に話しかける。

 

「別に俺は誰かに危害を加えようという気は全くなくてだな……」

 

「ご存じないかもしれませんけど、先生の存在自体が北上さんに毒なんですよ?」

 

「ごふぅ……」

 

 今度は毒扱いなんですけど。

 

 つーか、人間ですらないみたいです。酷過ぎです。マジパナイです。

 

 さすがに精神的ダメージがきつ過ぎて、思わずこの場でへたり込みそうになってしまうが、それでもなんとか耐えながら声をかけ続けることにする。

 

「は、話だけでも聞いてくれないだろうか……」

 

「そんな時間があるのなら、北上さんと触れあっていた方が何百倍も有意義ですから」

 

「し、しかし、このままだとチームワークは……」

 

「そんなモノ必要ありません。私と北上さんが居れば、どんな競技だって勝っちゃいますから」

 

「い、いやいや。競技によってはみんなで参加するモノもあるんだぞ?」

 

「私が他の3人分動けば良いことですから」

 

 ふんっ! と鼻息を荒くして答える大井。

 

 あまりの自分勝手さに嫌気がさすように、潮や夕立、あきつ丸の表情もだんだん険しくなってきた。

 

 正に一触即発の雰囲気に辺りの空気がピリピリとし始めたとき、急に北上が顔色を変えて口を開いた。

 

「大井っち。ちょっと黙って」

 

「………………え?」

 

 いきなりの言葉にビックリしたのか、ポカンと口を開けた大井はゆっくりと北上の顔を見る。その表情は真剣そのもので、茶化すような雰囲気は一切なかった。

 

「さすがに今のは言い過ぎだよ大井っち」

 

「えっ、で、でも、私は北上さんのことを思って……」

 

「それで大井っちは良いと思うかもしれないけど、せっかくみんなで頑張って協力しようってときに、チームの輪を乱そうとするなんておかしいじゃないのさ」

 

「だ、だけど、別にチームじゃなくったって、北上さんと私が居れば……」

 

 オロオロしだした大井が慌てて弁解しようとするが、話せば話すほど北上の表情が険しくなっていく。

 

「大井っちには、みんなと仲良く競技に取り組もうって気はないの?」

 

「そ、そんなの、私たちが勝つ為に必要は……」

 

 大井がそう答えようとした瞬間、北上の眉間がピクリと動いた。

 

 そして右手に力が込められ、大井の頬へ向かおうとしたところで、

 

「ストップ……だ」

 

 俺は北上の肩を掴んで動きを止める。

 

 一瞬身体を硬直させた北上だが、「ふぅ……」と大きく息を吐いてから俺の顔を見上げてきた。

 

「あれれ、バレちゃったかな?」

 

「気持ちは分かるが、仲の良い友達を引っ叩くのは少々……」

 

 

 

「汚い手で北上さんに触るんじゃないわよっっっ!」

 

 

 

「ごげふりゃあっ!?」

 

 北上の動きを制止させて諭そうとしたところ、俺の動きを敏感に察知した大井がその場で垂直飛びし、空中で見事なローリングソバットを俺の腹部にお見舞いしてきた。

 

 そのあまりの素早さに対応し切れなかった俺は、受け身を取ることすらままならずに直撃を受ける。

 

 そして水平に吹っ飛んで行く浮遊感と共に、日の光できらめく海面が目の前に迫ってきて、

 

 

 

 バッシャーーーンッ!

 

 

 

 本日2度目の寒中水泳と相成りましたとさ。

 




次回予告

 またもや海に落ちてしまった主人公。
今回もある意味とばっちり。でも不幸だから仕方ないね。

 ここで大井に対する周りの目が厳しいモノとなり、更にチームの輪が乱れまくりそうになり……。


 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その35「大失態」


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その35「大失態」


 またもや海に落ちてしまった主人公。
今回もある意味とばっちり。でも不幸だから仕方ないね。

 ここで大井に対する周りの目が厳しいモノとなり、更にチームの輪が乱れまくりそうになり……。


 

 海へと吹っ飛んだ俺だったが、さすがに2度目となると焦りも少なく、なんとか埠頭に這い上がった。

 

 大井に蹴られた腹部が少々痛むが動けないほどではないので、冷えた身体を早く温める為にテントへ戻ろうとする。

 

 その際、観客から『いったいなにをしているんだろう……』的な目で見られていたが、弁解をする時間がもったいないので小走りで駆け抜けた。

 

 そうしてチームの待機場所であるテントに戻った俺の目には、またもや厄介な状況が映ったのである。

 

「………………」

 

「「「………………」」」

 

 簡潔に説明しよう。

 

 大井、地面に正座。ただし、もの凄くぶっきらぼうな顔。

 

 夕立とあきつ丸が、大井の正面で立ち尽くす。かなりお怒りな様子。

 

 潮、夕立の影に隠れながらも、やっぱり不機嫌そうな顔。

 

 北上、大井の横で腕を組んで立っているが、表情はのほほんとした感じ。

 

 こんな光景を見た俺が思うことは、やり過ぎた大井に対して怒った夕立らが説教をしている……という感じだろうけれど。

 

 その前に、誰か1人でも俺を助けようって考えてくれないのかなぁ……。

 

 なんだか俺、悲し過ぎて涙が出ちゃうよ?

 

 ……まぁ、いつものことと言えばそうだけどさ。

 

「あんなことをしでかしたのですから、弁解くらいはあるのでしょうな?」

 

 あきつ丸が淡々とした冷たい声で問いかけるが、大井は顔をプイッと逸らして口を開こうともしない。

 

「さすがにさっきのはやり過ぎっぽい。

 それに、あんな言い方をされちゃったら、せっかくの運動会が全然楽しめそうにないっぽい!」

 

 夕立はあきつ丸と正反対で、感情を表に出した声で怒鳴るように言う。

 

「………………」

 

 影に隠れている潮は喋ろうとしないが、表情を見る限り怒っているのは明白だ。

 

 そして北上はこの様子を見てから、ジッと大井の方に視線を向けた。

 

「き、北上……さん……?」

 

 視線に気づいた大井が問いかけるも、北上は一切口を開かない。ただし、表情が怒っている訳ではなく、感情を全く出していない……という風に見える。

 

 このような状況を見れば、どう頑張ってもチームワークを取れるというレベルではなく、運動会が始まる前から詰んでしまったのではないか……と、へこんでしまうのだが、こんなところでつまずいてしまう訳にはいかないのだ。

 

 なにがなんでもチームに勝利をもたらし、今回の争奪戦も切り抜ける。

 

 その為には子供たちの仲を取り持って、全力を出せるようにしなければならないのだが……、

 

「あっ、せ、先生……」

 

 どのようにすれば良いかと考えているうちに、俺が戻ってきたことに気づいた潮がボソリと呟く。

 

 そして大井を除いた子供たち全員が、一斉にこちらを向いた。

 

「……え、えっと、ただいま」

 

 いきなり注目を浴びてしまったせいか、気の抜けた返事しかできなかった俺ではあるが、身体の冷えもあるのでストーブへと向かう。

 

 温かい熱を受けながら上着を脱ぎ、絞ってからテントの骨格に引っ掛けて干しておいた。

 

 あとはズボンだが、さすがに公衆の面前なので脱ぐ訳にもいかず、ストーブにギリギリまで近づいて早く乾かそうとするしかない。

 

「先生、大丈夫でありますか?」

 

「ん、あ、あぁ。海に落ちてしまったからずぶ濡れだけど、今回は2回目だから慣れちゃったかな」

 

 あきつ丸に軽い言葉を返して気にしていないという風に答え、できる限り大井への影響を少なくしようとするが、当の本人は未だにそっぽを向いたまま。

 

 全くもって反省の色なし。

 

 しかし、ここは俺が大人の態度を取って、なんとか場を収めないといけないのだ。

 

「大井も俺がいきなり北上の手を掴んじゃったから、驚いちゃったんだよな?」

 

「………………」

 

 返事がない。ただのしかばねのよう……ではないが。

 

 完全にだんまりモードです。ありがとうございません。

 

 やられた側はこっちなんだけどなぁ……。

 

「先生ったら、どうして怒らないっぽい?」

 

「怒るもなにも、俺が踏ん張れなくて海に落っこちたんだから自業自得だろ?」

 

「……ほ、本当にそう思ってるっぽい?」

 

「ちょっと前まで金剛のタックルを受け止めていたのに、俺も鈍ったもんだよなぁ」

 

 そう言って、後頭部をポリポリと掻きながら苦笑を浮かべる俺。

 

 あきつ丸と夕立は呆気にとられたような顔を浮かべ、潮は心配そうにこちらを見つめている。

 

 そして、いつの間にか大井が俺の方を向く……と思いきや、その隣に居た北上が大きなため息を吐いた。

 

「あのさ、先生。こういうときは、ちゃんと怒った方が良いと思うんだけど」

 

「い、いや。大井も俺を海に落とそうと故意に蹴った訳じゃないだろうし……」

 

「それって、本気で言ってんの?」

 

「む……、そ、それは……」

 

 半ば呆れた顔で問いかける北上から、俺は思わず視線をそらしてしまう。

 

 図星にもほどがあるし、教育のことを考えたら叱るべきはずなのだ。

 

 しかし、俺にはそうすることができない理由があるものの、それを子供たちに伝えて良いかを未だに決めかねている。

 

「それじゃあ今度は大井っちの番だね」

 

 言って、北上は顔を大井の方へと向けた。

 

「どうして私が怒っているのか分かってるかな?」

 

「………………」

 

 問いかける北上に対してもだんまりを決め込んでいる大井だが、気まずさから伏せた顔が若干青くなったように見える。

 

「ふうん……。それじゃあ質問を変えるけど……」

 

 目を少しだけ細めた北上は、もう一度ため息を吐いてから口を開いた。

 

「大井っちが先生を蹴った理由は、私を守ろうとしてくれたんだよね?」

 

「……っ、そ、そうなんですっ!」

 

 パッと表情が明るくなった大井は、すぐさま大きな声で返事をしながら顔を上げた。

 

 しかし、北上の表情を見た瞬間、ビクリと身体を震わせる。

 

「き、きた……かみ……さん?」

 

「それじゃあどうして、他のみんなのことを蔑ろにするのさ」

 

「そ、それは、私にとって北上さんが1番だから……」

 

「ふうん……。それじゃあ大井っちは、私以外はどうでも良いって言うのかな?

 幼稚園のお友達や、愛宕先生やしおい先生に、ちょっぴりコワモテだけどとっても優しい港湾先生のことも、大井っちにとっては生きるに値しないってことなんだね?」

 

「………………」

 

 北上の言葉を聞いて、大井は顔を伏せながら黙り込んだ。

 

 そんな様子を見た俺に、少し言わせて欲しいことがある。

 

 なんでそこで黙り込むんだよ……と。

 

 そして、北上の言葉もかなりきついモノがあるんだが。

 

 生きるに値しないって、かなり酷くね……?

 

「黙ってるってことは、そうだって言ってるのと同じなんだよ?」

 

 頼むから否定してくれないかなぁ。

 

「ここに居る先生だって、みんなや大井っちのことを考えた上で、あえて怒らなかったんだよ?」

 

「別に先生がどうなろうと、私には関係ありませんから」

 

 そう言いながら顔を上げ、俺を一瞬だけ見た大井がすぐさま横を向く。

 

 いや、なんで俺のときだけすぐに言い返すんだよ……。

 

 俺って、そんなに嫌われているんですか……?

 

 マジで泣きたくなってきたんだけど、誰か慰めてくれる相手がいないかなぁ……。

 

「あ、あの……、先生。身体がガタガタ震えているみたいだけど……、本当に大丈夫……ですか……?」

 

 そんな俺の心を読みとってか、潮が心配そうな面持ちで裾を掴みながら話しかけてくる。

 

 ちなみに震えているのは未だに寒いからです。

 

 ストーブの熱気にあたっているとはいえ、背中側は暖まり難い。

 

 ……だ、だから別に、悲しくなったからとかそういうんじゃないんだからねっ!

 

「あ、あぁ。ありがとな……、潮」

 

 テンプレ思考は置いておき、もの凄く嬉しくなったので、潮の頭を撫で撫で。

 

「わわっ……、そ、その、ありがとう……ございます……」

 

 恥ずかしそうに頬を染めた潮が俯きながら礼を言い、ジッと俺に撫でられていた。

 

 うむ、可愛い。

 

 そして非常に素直で優しく、良い子である。

 

 このように潮や夕立、あきつ丸たちは懐いてくれているのに、どうして大井は俺を嫌っているのだろう。

 

 やっぱり、俺の班で教えてきたことが影響しているのかなぁ……。

 

 いや、仮にそうだったとしても、別の班であるからといって嫌われる理由にはならないと思うんだけど。

 

「大井っちがそんなんじゃ、私たちのチームが運動会で勝つことなんて無理になっちゃうじゃん」

 

「どうして……ですか?

 私と北上さんがいれば、他のチームなんて……」

 

「どうやってコテンパンにするのさ?」

 

 大井の言葉を遮った北上は、すぐさま言葉を畳み掛けた。

 

「言っとくけど、私と大井っちがどんなに頑張ったって、みんなで協力し合わなきゃ他のチームに勝つことは難しいよ。

 私と大井っちだけじゃ、個人や2人でやる競技なら大丈夫かもしれないけど、全員で頑張る競技だったら数的に不利なのは分かるよね?」

 

「そ、それはさっきも言ったように、私が3人分頑張れば……」

 

「どうやってもそれは無理だよ。

 それに今回の運動会で一番大切なことを、大井っちは全く分かってないよ」

 

 北上は呆れながら顔を左右に振ってから、深いため息を吐いて再度口を開く。

 

「この運動会は、私たちが将来艦娘として海上に出られるかどうかを確かめる為に行うモノだよね。

 そりゃあ、ここでダメだったとしても私たちはまだ小さいからチャンスはいっぱいあるかもしれないけれど、それ以上に大切なのは、チームという括りで艦隊を組むことによって擬似的な演習を行ってるんだよ」

 

 人差し指を立てた北上が目を瞑りながら大井に聞かせているのだが、色んな意味でツッコミどころが多い。

 

 まず1つ。北上って本当に幼稚園児なのか?

 

 どう考えても思考がそれじゃないんだけれど、よく考えてみたら時雨も同レベルかもしれないか。

 

 それともう1つだが、今回の運動会が擬似的な演習というのは初耳だ。

 

 そんな話は誰からも聞いていないし、少し前にしおいから見せて貰った運動会のしおりにも書かれていなかった。

 

 どうしてそれを北上が知っているのかは全くもって不明だが、本人がそう考えた上で話したのか、それとも別の情報網を持っているのか……。

 

 どちらにしても、やっぱり幼稚園児の思考だとは思えないんだけど。

 

「つまり私たち5人はチームであり、1つの艦隊なんだよね。

 それなのに大井っちが輪を乱していたら、勝てるモノも勝てなくなっちゃうんだよ?」

 

「うっ……。そ、それは……、その……」

 

 言葉を詰まらせた大井だが、それ以上に北上の話を理解しきれていないという風に、もの凄く曖昧な表情になっていた。

 

「う、潮ちゃん。今の話、分かるっぽい……?」

 

「え、えっと……、あんまり……分からなかったです……」

 

「それじゃあ、あきつ丸ちゃんは……、あれっ?」

 

「ぷしゅー……、であります……」

 

 あきつ丸の頭から白い湯気が上がり……って、尋常じゃない量なんですけどっ!

 

 つーか、あきつ丸って陸軍の英才教育を受けてきたんじゃなかったっけ!?

 

 今の姿じゃ、完全にギャグキャラ扱いになっちゃってるよっ!

 

 ……と、俺はあきつ丸を解放するべく頭を撫でながら、北上と大井を見る。

 

 ここで良い言葉を投げかけて場をまとめるのが教育者としての仕事だろうが、俺が話しかけると大井が反論する恐れがある。

 

 つまり、様子を伺うしかないんだけれど、やっぱり俺っていらない子じゃね?

 

 すでにチームを監督することも、子供たちを導くこともできていないです。

 

 それどころか、子供たちだけ……というか、北上だけで解決しそうなんだよね。

 

 ダメだ。やっぱりどう考えても、俺にできることがない。

 

 しいて言うなれば、潮や夕立、あきつ丸を慰めるくらいで、後は衣服を乾かす為にストーブにあたるだけ。

 

 いや、むしろ俺が慰められたいんですけどね……と思っていると、

 

「呼んだかしらっ!」

 

「いや、全くもって呼んでもないし、ビスマルクがこの場に現れたら余計に話がややこしくなるのでこっちにくるな」

 

「くっ……、もの凄い言われようねっ!

 けれど見てなさい。後で思いっきり吠え面をかかせてやるんだからっ!」

 

 そう言って、ビスマルクはスタコラと走って行った。

 

 ………………。

 

 マジでなにをしにきたんだよビスマルクは。

 

「偵察でもしにきたっぽい?」

 

「……あっ」

 

 夕立の言葉にハッとした俺は、子供たちの様子を見る。

 

 みんなの表情は困惑し、一様に肩を落としていた。

 

「しまった……。そういうことか……」

 

 今の状況を見たビスマルクは、こう思うだろう。

 

 俺のチームはまとまっておらず、簡単にやっつけられるだろう……と。

 

 ならばどうすれば良いか。

 

 答えは簡単。みんなの意思を統一し、勝てるチームに仕上げれば良い。

 

 だけどそれが1番難しいのだが、やらなければならないのならば……、

 

 

 

 俺がここで踏ん張るしかないのだと意を決し、みんなに向かって大きく口を開いた。

 




次回予告

 まさかビスマルクが偵察をしにくるとは……。
焦る主人公だったが、こうなったらやるしかないと決心して子供たちに争奪戦のことを話し始めた。

 しかし、主人公の思いとは裏腹に子供たちにはすでに知られていたようで……


 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その36「戯言先生」


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その36「戯言先生」


 まさかビスマルクが偵察をしにくるとは……。
焦る主人公だったが、こうなったらやるしかないと決心して子供たちに争奪戦のことを話し始めた。

 しかし、主人公の思いとは裏腹に子供たちにはすでに知られていたようで……


 

 

「みんなに話がある。心して聞いてくれ……」

 

 チームの状態をビスマルクに知られてしまった以上、俺にはこうするしかないと意を決し、最後の手段に出ることにする。

 

 ……とは言っても、やることは現在俺が置かれている状況を包み隠さず話すだけであるのだが、1歩間違えると逆効果になりそうなので、真剣な表情を浮かべて言葉を選ぶ。

 

 さすがに子供たちも俺の顔を見てただならぬ気配を察したのか、少し緊張した面持ちでこちらを注視した。

 

「実は今回の運動会の結果にて、俺の所有権を争うことになっているんだ……」

 

 俺はゆっくりと重い雰囲気を醸し出しつつ話したのだが、

 

「「「………………」」」

 

 目の前で俺の話を聞いている子供たちは、完全に白けた表情へと変わっていた。

 

 あれ、なんでこんな顔で見られちゃってんの……?

 

「先生。それって……、みんな知ってるっぽい」

 

「すでに周知の事実であります。ついでに言うなれば、幼稚園だけではなく鎮守府内全域に広がっているであります」

 

「…………へ?」

 

 あきつ丸の言葉に、今度は俺が呆気に取られてしまう始末。

 

 天龍たちと佐世保の子供たち&ビスマルクの睨み合いが起こった場所が遊戯室だったことから、もしかすると幼稚園の子供たち全員に知られているかもしれないと思ったが、まさか鎮守府内にまでとは……って、ちょっと待って。

 

「いやいやいや、なんでそんなことになってんのっ!?」

 

「そ、それは分からないけど……、寮のお姉さんたちが、いっぱい噂を……してました……」

 

 オドオドと潮が答えてから、俺の視線を避けるように夕立の影に隠れた。

 

「と言うか、運動会の結果をトトカルチョにしてるみたいだよね、大井っち?」

 

「ええ。現在最有力なのは港湾先生のチームみたいですけど、そんな予想は私と北上さんでひっくり返すつもりですよ」

 

 そう言った大井は胸の下で腕組みをし、「ふんっ!」と大きな鼻息を吐く。

 

 全くもって知らない事実に俺は呆れさえ覚えてしまうのだが、前回の争奪戦でもトトカルチョが行われていた噂を聞いたことがあるので、可能性はゼロではないのだろう。

 

 ……いや、子供たちにまで耳に入っているのだから、ほぼ間違いないんだろうけれど。

 

 そしてその発案者は、やっぱり元帥なんだろうなぁ……。

 

 金銭的に窮地に立たされてしまったとはいえ、このようなことを秘書艦である高雄が見逃しているのがどうにも納得がいかないのだが、なにか俺の知らない大きな力が働いているのだろうか?

 

 もしそうだったのなら、変に藪を突くのは危険過ぎるかもしれない。

 

 1歩踏み入れたら毒蛇だらけだった……なんてのは、さすがに洒落にならないからね。

 

「……それで、先生の言いたいことはそれだけなんですか?」

 

 再び不機嫌そうな顔に戻った大井は、敵意に満ちた目を俺に向けて問う。

 

 このまま頷いてしまえば、完全に詰んでしまうことになる。そんなことは絶対に駄目だと、俺は次の手を打つことにした。

 

「あ、いや、これはあくまで前置きだったんだけど、続きを聞いてくれるかな……」

 

 そう言って、俺は再び真剣な表情で子供たちに話しかけた。

 

「今回の争奪戦に参加する人数が多いことから、愛宕先生たちと相談してチーム戦を取ることになった。それによって、勝利チームに所属する者が俺の所有権を得る……という感じになっているんだが、ここで大きな問題があるのは分かるかな?」

 

 俺の言葉に夕立やあきつ丸、潮は頭を少し傾げながら考え込むが、北上がすぐさま頷いて口を開いた。

 

「このチーム分けって、どう考えてもおかしいよねー」

 

「北上は分かるのか?」

 

「少し考えたら……だけど、分からないところもあったりするかなー」

 

 言って、北上は大井の方を向く。

 

 すると大井はニッコリと笑った後、「北上さーん!」と叫びながら抱きつこうとした。

 

「大井っち、今は話している途中だから邪魔をしないでよね」

 

「むぅ……。北上さんのいけず……」

 

 ホッペをぷっくりと膨らませつつも、まんざらではない顔をする大井。

 

 ぶっちゃけ色んな意味で危うい気がしまくるのだが、とりあえずこの件は置いておこう。

 

「とりあえず……なんだけど、私らのチームが勝ったら先生の所有権は誰にも渡らないよね?」

 

「ああ、そうなるな」

 

「だけど、もし負けちゃった場合……、完全にカオス化しそうじゃない?」

 

「そう……なんだよなぁ」

 

 俺はわざとらしく大きなため息を吐き、肩を思いっきり落とした。

 

「え、えっと……、カオス化……って、なんなのかな……?」

 

「うーん……。夕立、分からないっぽい」

 

「カオスとは混沌という意味であります。もしくはギリシャ神話の原初神でもありますが……」

 

 言葉を詰まらせたあきつ丸は腕を組みながら大きく顔を傾げ、暫くの間「うーん……」と唸る。

 

 大井の顔も曖昧な感じに見えるので、どうやら俺と北上以外は分かっていないようだ。

 

 これを理解させ、更に『あること』を追加すれば上手くいくかもしれないと、俺は小さく頷いてから口を開いた。

 

「それじゃあ分かりやすく説明するんだが、しおい先生のチームが勝った場合どうなると思う?」

 

「しおい先生のチームって……、天龍ちゃんに龍田ちゃん、それと……」

 

「時雨に、金剛と榛名っぽい!」

 

「ふむ……。なるほど……で、あります」

 

 おっ、どうやらあきつ丸は感づいたようだ。

 

「その中で俺の所有権を争っているのは?」

 

「天龍ちゃんと……、金剛ちゃん……?」

 

「あれれ、それってどうなるっぽい?」

 

「運動会が終わっても、まだ決着がつかないということになるでありますな」

 

 あきつ丸の言葉に俺と北上がウンウンと頷く。

 

 そんな中、大井がニッコリと笑みを浮かべながら口を挟んでくる。

 

「そうなったら先生の所有権がどちらかに渡るんですから、北上さんの安全が保障されることになるので問題ないですよね」

 

「本当にそうなると……思うのか?」

 

「……え?」

 

 大井が一瞬目を大きく開け、ぽかんと口を開けて固まった。

 

 夕立や潮も訳が分からないという風に、お互いの顔を見合って首を横に振っている。

 

「分かり難いだろうから簡単に説明すると、勝負に勝ったのにご褒美がもらえなかったら……どうなると思う?」

 

「それは……、悲しくなっちゃいます……」

 

「骨折り損のくたびれ儲けっぽい!」

 

「ほほぅ。夕立殿は難しい言葉を使うでありますな」

 

「えへへ。時雨に教えてもらったっぽい!」

 

 自慢げに答える夕立だけど、それって言わない方が良いと思うんだけどね。

 

 まぁ、正直なのは悪くないけどさ。

 

「つまり、勝ったチームによっては更なる争奪戦が起こる可能性があるんだが……」

 

「佐世保のチームが問題なんでしょ、先生」

 

「……あぁ、そうなんだよ」

 

 北上の横やりに戸惑いつつも返事をする。

 

「ちなみに愛宕先生のチームでも同じことが起こるんだが、北上の言ってくれた佐世保のチームで俺の所有権争いに参加しているのは、ろーを除いた全員なんだ……」

 

「そ、それは……」

 

「後で無茶苦茶になるっぽい?」

 

「運動会で争う意味がなくなっちゃうでありますな……」

 

 焦った表情で呟く潮、夕立、あきつ丸。

 

 どうやらことの重大さを分かってくれたようだが、これではまだ押しが足りない。

 

「ちなみに……だ、大井」

 

「……なんですか?」

 

 不機嫌な顔で返事をする大井だが、ここで更に怒らせてみることにしよう。

 

「もし、この争奪戦の内容が俺ではなく北上の所有権だったらどうする?」

 

「もちろん全身全霊をもって他の参加者をコテンパンに叩きのめし、2度と立ち向かおうとする気すら消し去ってあげます!」

 

 いきなり大井が叫ぶように答え、悪鬼羅刹の顔を浮かべた。

 

 ちょ、ちょっとだけビビったのはここだけの話である。

 

 べ、別にチビッてないよ……?

 

「な、なるほど……。だが、ここで俺たちのチームが勝ったとしても、先ほど説明したことが起こった場合、どうなるかな?」

 

「そんなの簡単です。運動会が終わってから同じことをすればいいだけのことですよね」

 

「おいおい、今回は運動会を舞台にした争奪戦だから目を瞑る部分があるかもしれないけれど、そうじゃないときに堂々と喧嘩じみたことしたら具合が悪いんだが……」

 

「北上さんの為ならそれくらいのことは、なんでもありませんから!」

 

「ルールを破ったら、愛宕先生のオシオキが待っているぞ?」

 

「……ぐっ! で、ですけど、それでも私は……っ!」

 

 戸惑いを見せる大井は両手の拳をギュッと握りながら目を伏せる。しかし、膝は……って、なにその半端じゃない震え方はっ!

 

 武者震いとかそんなレベルじゃない気がするんですけど、いったいどういうことなんですかねぇっ!?

 

 大井って愛宕の班だったはずだけど、どんなオシオキをやったんですかーーーっ!?

 

 ………………。

 

 ま、まぁ、アレだな。

 

 ここ数日、愛宕の怖さを色々と知っただけに、なんとなくだが予想がつかなくもない。

 

 主に青葉の件を思い出せば、おのずと……。

 

 が、頑張れ、子供たち……っ!

 

「でもさー、それってあくまで先生の部分が私になっちゃったらの話でしょ。

 それじゃあちょっと話が違うんじゃないかなー?」

 

「……はっ、確かにっ!」

 

 北上のツッコミを聞いた大井が驚きの表情を見せ、すぐさま俺の方を見る。

 

 そしてまたもや怖い顔で睨みつけて……って、どうやら怒りが倍増しているようだ。

 

 ふむぅ……。話の流れから北上はこっち寄りかと思っていたが、どうやら純粋に分かっていないのか、それとも……。

 

 まぁ、ここは最後の手……と言わんばかりに、俺はジョーカーのカードを切り出すことにする。

 

「確かに北上の言う通り、今のはあくまで仮定の話だが……」

 

「ほら見なさいっ!

 さすがは北上さん。危うく戯言先生に騙されるところでしたっ!」

 

 言って、またもや抱きつこうとする大井を身軽に避けまくる北上。

 

 なんだかコントみたいに見えてきたのは気のせいだろうか……?

 

「ふむ。2人は相当仲が良いのでありますな」

 

「だ、だけど、北上ちゃんの方は……、ちょっとだけ嫌がっているような……?」

 

「2人はいつもあんな感じっぽいっ」

 

 そう言って呆れた表情を浮かべる夕立だが、少々声が小さく感じたのは過去になにかあったのだろうか。

 

 大井の言動を見ていたら、隠れたところでなにかやっていそうな気がしなくもないんだけれど。

 

 愛宕に任せておけば大丈夫だとは思っていたが、1度しっかりと話しておいた方が良いかもしれない。

 

 天龍と潮のような感じではないけれど、あまりにベッタリというのも問題だろうし、トラウマ的なこと件もあるからね。

 

「だが、ここで良く考えてくれないかな?」

 

 俺は逸れそうになった話を戻すべく、子供たちに声をかける。

 

 夕立や潮、あきつ丸に北上はこちらを見るが、大井だけは不機嫌な顔を浮かべてそっぽを向いたが、気にせず口を開いた。

 

「現在争われているのは北上ではなく俺の所有権だ。

 それを今から行われる運動会の勝利チームが権利を得る……ということになっているが、先ほど話した通り大きな問題を抱えているのは紛れもない事実なんだ」

 

「そうだねー。私たちのチーム以外が勝利したとしても、争いは終わらないだろうねー」

 

「ああ、その通り。

 そして、その後には……」

 

 俺はここで言葉を止めて真剣な顔で子供たちを順番に見ると、夕立に潮、あきつ丸は雰囲気に飲まれたかのように、少し心配そうな面持ちを浮かべた。

 

「おそらく新たな問題……、争いごとが起こる可能性は十分に高いだろうな」

 

「……ふん。別にそうなったとしても、私や北上さんには関係ありませんよね?」

 

 しかし大井だけは抵抗するように自身の意見を述べたのだが、これはもちろん想定内である。

 

「いや、そうとも言えないんだが……」

 

「そ、そうやって、あたかも危ないという感じで話したとしても、私は絶対に騙されませんからねっ!」

 

「……ふむ。しかし、俺が思っていることが本当に起こってしまった場合、大井や北上にまでどころか、子供たち全員に被害が及ぶ可能性があるんだぞ?」

 

「「「……えっ!?」」」

 

 俺の言葉を聞いた子供たちが一斉に声をあげ、驚いたように大きく目を見開いていく。

 

 さて、それでは始めよう。

 

 

 

 大井が俺につけた『戯言』という名を、本格的に発動しちゃおうかな。

 




次回予告

 言葉巧みに園児たちを騙そうとする……と言えば聞こえが悪いが、背に腹はかえられぬだし、ほとんどは本当だったりするからね。

 ということで、現状をしっかりと子供たちに伝えつつ上手く誘導しようとしたのだが、想像できた未来がとんでもないことになってしまい……?


 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その37「戯言先生 改」


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その37「戯言先生 改」


 言葉巧みに園児たちを騙そうとする……と言えば聞こえが悪いが、背に腹はかえられぬだし、ほとんどは本当だったりするからね。

 ということで、現状をしっかりと子供たちに伝えつつ上手く誘導しようとしたのだが、想像できた未来がとんでもないことになってしまい……?



 

「そ、それって、どういうことっぽい……?」

 

 俺の言葉に驚いていた子供たちが固まる中、真っ先に口を開いたのは夕立だった。

 

「それを説明する前に、今までの話の内容はある程度分かっているかな?」

 

「う、うん。なんとなくだけど……」

 

 そう答えた夕立だが、不安心からか若干声がうわずっている。

 

「もう1度簡単に説明しておくと、今回の運動会で勝利したチームに俺の所有権をゲットできるチャンスがあるということは分かるよな?」

 

「ここでチャンスというところが、先生らしいよねー」

 

 間髪入れずにツッコミを入れる北上が、ニヒルな笑みを浮かべていた。

 

 なるほど……。さっきから理解しているのかどうかがハッキリしなかったが、これで良く分かった。

 

 北上は俺の考えていることをおおよそ理解していて、ポイントになるところで口を挟むようだ。

 

「そりゃあそうだろう。

 俺達たちのチームが勝利できなかった場合、所有権を得られる者は複数になってしまうんだからな」

 

「そして私たちのチームが勝てば、所有権はそのまま先生に残るって訳だね」

 

「ああ、そうだな。

 俺たちのチームには争奪戦に参加を表明している子は居ないから、是非とも勝たなければならないんだ」

 

「なるほど。

 しかし他のチームが勝った場合、それがどうしてあきつ丸たちにまで被害が起こるという訳でありますか?」

 

「そ、そうだよね……。潮たちは争奪戦に参加している訳じゃ……ないんだけど……」

 

 潮がそう言ったところで俺は肩を落とし、落胆する顔を浮かべた。

 

「あっ、そ、その……、潮は先生が嫌いという訳じゃ……」

 

 慌ててフォローをする潮があたふたしていて非常に可愛い。

 

 うむ。なんと優しいんだろう。

 

 もし、通信簿なんかがあれば間違いなく内申点をアップさせてあげるところだが、それは少々やり過ぎだろう。

 

 俺の仕種が潮を焦らせてしまった感はいなめないのだが、これも話をする流れで必要なので、仕方がないことなのだ。

 

「あー、いや、そういう訳じゃないんだが……、ありがとな」

 

 せめてこれくらいは……と、潮の頭を撫でてあげる俺。

 

 本日2回目であるが、これくらいのサービスは良いだろう。

 

「えっと……、その、は、はい……」

 

 気持ち良さそうに撫でられながら頬を染める潮を見ながら、俺は再び口を開いた。

 

「勝利したのが別のチームになった場合、俺の所有権が誰に渡るかは確定しないことになるよな?」

 

「そうだねー。

 だから先生は先ほど、チャンスという言葉を選んだんだよね?」

 

「ああ、その通り。

 そして、それを知った勝者はどう考えると思う?」

 

「せっかく頑張ったのに、どうしてなんだよ……って、考えるだろうねー」

 

 ペラペラと北上が答えるのを聞き、俺は小さく口元を吊り上げる。

 

 順調過ぎる流れ。まるでサポートを受けているかのような感じさえするが、ここは身を任せるべきだと続けることにした。

 

「それじゃあその後に起こることは……、なんだと思う?」

 

 俺はそう言って、夕立の顔を見る。

 

「え、えっと……、どうなるっぽい?」

 

 バトンを渡すように、あきつ丸へ顔を向ける夕立。

 

「それは……、勝者が怒るでありますから……」

 

 そして更にあきつ丸が潮の方を向く。

 

「そ、それって……、つまり……」

 

 言葉を詰まらせながら、潮は視線を大井に向け、

 

「「「………………」」」

 

 他の子供たちも一斉に、大井の顔を注視した。

 

「………………」

 

 少しの間、沈黙の時間が流れ、

 

「はぁ……」

 

 観念したかのように、大井が大きなため息を吐いて口を開く。

 

「勝利チームの権利者で争いが起こるってこと……ですよね。

 そうなったとしても、やっぱり北上さんや私にはなんの影響も……」

 

 大井が疲れたような顔で言い終えるのを前に、俺はここぞとばかりに口を挟む。

 

「まぁ、それが当事者同士だけなら問題はないかもしれないけれど、負けた者までしゃしゃり出てきたらどうなる?」

 

「それはルール違反ですよね?」

 

「確かにそうだけど、運動会で完全に決着がつかなかったら無効だって言い出す可能性があるかもしれないぞ?」

 

「うむむ……」

 

 無言で考える素振りをやりだした大井を見て、俺は内心笑みを浮かべた。

 

 この時点で大井が俺の『戯言』にはまってしまっているということに、全く気づいていないのだから。

 

「そして、幼稚園内で新たな争奪戦が勝手に起こった場合……」

 

「愛宕先生が……、激怒しちゃうかなぁー」

 

「「「う゛っ!」」」

 

 ボソリと呟いた北上の声に、夕立や潮、あきつ丸に大井が表情を曇らせる。

 

 畏怖されるのは必要かもしれないけれど、愛宕って少しばかりやり過ぎている気がするんだよなぁ。

 

 しかし、今は畳み掛けるべき状況。

 

 ここを逃してはいけないのだ。

 

「いやいや、愛宕先生が怒るだけならまだマシなんだけど……」

 

「そ、そんな訳ないっぽい!」

 

「夕立殿の言う通りでありますっ!」

 

「あ、愛宕先生を怒らせるのは……できるだけ避けるべきね……」

 

 ……と、俺の言葉を遮って、子供たちが一斉に声をあげる。

 

 北上は黙ったままニヒルな笑みを浮かべたままだが、潮は半泣きで膝をガクガクと揺らしていて、あとほんの少し驚かせたら完全に漏らしてしまいそうな雰囲気がムンムンとしている。

 

 いやいや、マジでどうなっちゃってんの……?

 

 いくらなんでも恐怖心しか見えないんですが。

 

 以前からそれとなくは分かっていたし、昨日に俺も色々な目にあったけれど、さすがにこれは限度を超えちゃっている。

 

 だが、俺はこのまま突っ走るしかない……と、我慢しながら言葉を続ける。

 

「ま、まぁ、愛宕先生を怒らせるだけでも怖いということはよく分かったが、それ以上に問題なのは、争奪戦が更に大きくなった場合なんだ」

 

「そんなことになる前に、愛宕先生が全部収めちゃうっぽい……」

 

「そ、そうかもしれないけれど、ごたごたが大きくなってしまったら俺や愛宕先生たちの責任問題にもなってしまうんだ」

 

「責任……問題……?」

 

「幼稚園を騒がせてしまった原因は誰にあるのか。

 それはもちろん……」

 

「先生に決まってますよね?」

 

「……大井の言う通り、そうなるな。

 しかし、ことはそれだけで終わらないんだ」

 

 すかさずツッコミを入れる大井に返しをする。

 

「その結果、俺が幼稚園から追放されたと仮定しよう」

 

「せ、先生が……追放されちゃうんですか……?」

 

「まぁ、あくまで仮の話として聞いてくれ」

 

「わ、分かりました……」

 

 更に泣き出しそうになる潮の頭を優しく撫で撫で。

 

 本当に可愛いなぁ、もうっ!

 

「俺が追放された原因が誰にあるか……という考えがみんなに伝わり、その責任を追及しようと動き出したら、更に厄介なことにならないか?」

 

「な、なんだか頭がごちゃごちゃしてきたっぽい……」

 

「つまり、負の連鎖ってことだねー」

 

「……そうだ。俺は幼稚園から追放されて悲しい。

 争奪戦に参加したみんなも悲しくなるだろう。

 そして、その原因が誰にあるかと追求し始めたら、もうなにがなんだか分からない状況になってしまう可能性があるんだ」

 

「そうなってしまったら、手遅れになってしまうでありますな……」

 

「気づけば幼稚園内はぎくしゃくしてしまって、仲が良い友達同士が別れてしまうかもしれないぞ?」

 

「そ、そんなの……、潮は嫌です……っ!」

 

「そしてついに、幼稚園内は世紀末と化してしまうかもしれないんだ……」

 

「せ、世紀末っぽい!?」

 

 大声をあげて驚く夕立。

 

 そしてその驚きは他の子供たちにも伝播し……、

 

 

 

 

 

「ヒャッハーッ! 天龍様のお通りだぜぇっ!」

 

「おトイレは済ませましたか~? 神様にお祈りは~?」

 

「力こそが正義。良い時代になったものだね」

 

「僕ノ名ヲ言ッテミロォォォッ!」

 

「退かぬ! 媚びぬ! 省みまセーン!」

 

 

 

 

 

 ……と、バイク(三輪車)に乗った子供たちがこんな感じで叫びながらグラウンドを駆け回っている光景が頭の中に浮かんでいたかもしれない。

 

 あと、龍田だけ違うヤツなのはどうしてだろう。

 

「ま、まさに……世紀末であります……」

 

 身体中をガクガクと震わせたあきつ丸が崩れ落ちそうになるのをなんとか手で支え、俺は大きな息を吐いた。

 

「分かってくれたらなによりだ。

 だからこそ、どうにかして俺たちが勝利しないと……」

 

「ふんっ! そんな話で私たちを騙そうだなんて甘いですっ!」

 

 大井が叫びながらヅカヅカと俺の方へ歩み寄り、憤怒の表情で見上げながら右手を空で払う。

 

「それに、たとえそうなったとしても、私と北上さんにとっては別にたいしたことじゃ……」

 

「そうは言うけどさー、大井っち。

 もし幼稚園がそんな状態になっちゃったら、ほぼ間違いなく取り壊しになっちゃうんじゃないかな?」

 

「……え?」

 

 その言葉に振り向く大井に、北上は更に畳み掛けた。

 

「無法地帯と化してしまった幼稚園を残しておくなんて意味がなくなっちゃうし、元帥の立場も危ういよね。

 そうなったら幼稚園に通う私たちが離散する可能性だってあるから、大井っちと離れ離れになっちゃうよねー」

 

「そ、そそそっ、そんなこと……」

 

「絶対にないとは言えないよ?

 だって、争奪戦に参加しているのが天龍やヲ級ならまだしも、佐世保までもが加わっちゃってるんだから、愛宕先生が止められなくなる可能性だってあるんだからね」

 

「で、でも、そうなったとしても私は北上さんと一緒に……っ!」

 

「それも絶対にできるとは言えないでしょ?

 元帥に責任がいっちゃって立場をなくしたら、私たちがどうなるかなんて全く予想がつかないんだからさ」

 

「そんな……、そんな……」

 

 サー……と、大井は顔を一気に青ざめさせ、今にも倒れそうにフラフラと身体を揺れ動かした。

 

「まぁ、あくまで可能性の話ではあるけれど、俺たちのチームが勝利しない場合に起こりうる未来……という訳なんだ」

 

 そして俺がここでキッチリと話を締め、わざとらしく大きなため息を吐いた。

 

 北上を除く子供たちは憔悴したかのようになり、若干やり過ぎた感じがしてしまったものの、ここで最後の言葉を投げかける。

 

「だからこそ、今はみんなで協力して運動会で勝利をする。

 そうすれば、これからも幼稚園でみんな仲良く過ごしていけるんだ」

 

 ニッコリと笑みを浮かべ、1人1人の顔を見ながら頭を撫でてあげた。

 

 夕立、潮、あきつ丸。

 

 俺の手が頭に置かれると、子供たちは緊張から解きほぐされたように安心した顔を浮かべる。

 

 そして、最後に大井の前に立つ。

 

 手を頭に伸ばそうとすると、一瞬ビクリと身体を震わせてから俺の顔を見上げてくる。

 

 ここで失敗すれば、全てが台無しになるかもしれない。

 

 頭を撫でるべきか、それとも言葉だけにしておくべきか。

 

 俺は伸ばした手をどうしようかと考えていると、

 

「まぁ、そういうことだからさ……、大井っち」

 

 言って、俺と大井の間に割り込んできた北上が、代わりに頭を撫で撫でしていた。

 

「き、北上さん……っ!」

 

「大井っちも私の不安を取り除く為に、みんなで協力してよ」

 

「わ、分かりましたっ!

 北上さんの為なら、私なんでもやっちゃいますっ!」

 

「うんうん。それじゃあ宜しく頼んじゃうねー」

 

 笑みを浮かべた北上に釣られて、大井も同じように笑顔を浮かべる。

 

 うむむ……。なんだか良いところを北上に持っていかれた気もするが、結果的には万々歳というところだろう。

 

 これでチームもまとまるだろうし、運動会へのモチベーションも上がってくれるはずだ。

 

 あとは勝利を目指すのみ。待っていろよビスマルク!

 

「それじゃあ、みんなで協力して勝利を目指すぞっ!」

 

「ゆ、夕立、頑張るっぽい!」

 

「潮も頑張ります……っ!」

 

「不肖あきつ丸、全力を出すであります!」

 

「頑張ろうね、大井っちー」

 

「北上さんの為、なにがなんでも勝利を掴みますっ!」

 

 子供たちが大きな声で気合を入れ、俺はホッと一安心。

 

 さあ、やっとスタートラインに立った……というところ。

 

 だけど、最初のころとは比べ物にならないくらい前向きな心になっている。

 

 あとは子供たちの頑張りに賭け、争奪戦を乗り切ろうと無言で頷く。

 

 

 だけど、なぜか分からない不安が心の片隅に残っているのを、俺は気になって仕方がなかったんだよね……。

 




次回予告

 戯言が決まってなんとかチームがまとまった。
これはまだ終わりではなく始まりであり、1つ目の競技も始まっていない。
なんとかチームを勝利へ導く為、奮闘しようと思ったのだが……、

 エキシビションマッチって、なんのなさ……?


 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その38「全男性の夢?」


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その38「全男性の夢?」


 戯言が決まってなんとかチームがまとまった。
これはまだ終わりではなく始まりであり、1つ目の競技も始まっていない。
なんとかチームを勝利へ導く為、奮闘しようと思ったのだが……、

 エキシビションマッチって、なんのなさ……?


 

 子供たちへの説得も済み、最初の競技に出場する夕立を送り終えたところで、タイミング良くスピーカーから熊野の声が聞こえてきた。

 

『第1種目に参加する子供たちは待機場所に集合して下さい。

 繰り返します。第1種目に参加する子供たちは……』

 

 青葉とは違って少し品のある口調から、やはりこういった業務連絡などを放送は熊野に任せた方が断然良い。そう思ってしまうのは俺以外にもいるだろうが、当の本人である青葉に聞かせるのは少々酷なので黙っておくことにする。

 

 まぁその代わり実況等で頑張ってくれれば良いんだけれど、あまりやり過ぎちゃうと色んな意味で危ないので気をつけるようにね。

 

 ――そんな風に心の中で呟いていると、まるで察知していたかのように青葉の声がスピーカーから鳴り響いてきた。

 

『みなさま、お待たせしましたっ!

 そろそろ子供たちによる運動会が始まりますが、その前にまずはエキシビションマッチをやりたいと思いますっ!』

 

 放送が観客勢の耳に入った途端、辺りが一気にざわめき始める。

 

 チームの待機場所で競技に参加しない為に残っていた子供たちも、頭を傾げたり手に持った冊子に目を通していたりした。

 

 ちなみに俺も同じく若干動揺している。

 

 それはなぜかと言うと、

 

「せ、先生……、エキシビションマッチって……なんですか……?」

 

「エキシビションマッチってのは、模範的な試合……という感じかな。

 つまり競技を行う前に、観客の人たち分かりやすく説明する意図があると思うんだけど……」

 

 潮に説明しながらも、俺はしおりに目を通してみる。

 

 進行表には競技順や準備などの項目が書かれているが、エキシビションマッチという文字はどこにも見当たらない。

 

 またもや俺にだけ聞かされていないのか……と思ったが、このしおりはしおいから受け取ったモノだから元々予定されていなかったんじゃないだろうか。

 

 なんせ進行を取り仕切っているのは元帥だから、突発的なことをやりかねない節があるし。

 

 それとも純粋に、観客に対して分かり易いように頑張っているというのも考えられなくはないが……。

 

 ぶっちゃけ、元帥だからなぁ……。

 

 俺が言うのもなんだが、元帥の信頼度はゼロを大きく下回っているんだよね。

 

 高雄が居なければ鎮守府が成り立たなくなることこの上ないです。

 

 さすが元帥。そこに痺れも憧れもしないけど。

 

『ではでは、早速エキシビションマッチを開始いたしますので海上をご覧下さいっ!』

 

 青葉の声と共に周囲の観客の視線が一斉に動く。

 

 海上にあらかじめ設置されているスタート用のブイの辺りには、いつの間にか4人の艦娘が浮かんでいた。

 

『まず1つ目の競技ですが、海上に設置されているターン用のブイにタッチをして帰ってくる、単純明快なレースとなっておりますっ!』

 

 うむ。それは非常に分かり易いし、なんの問題もない……と思える。

 

 しかしそれだと、エキシビションマッチを全くといって良いほど必要としないよね?

 

 どうやら観客の方も同じことを考えているようで、頭を傾げていたりしているようなのだが……。

 

『しかし、ここはせっかくのエキシビションマッチ!

 鎮守府を代表する優秀な艦娘たちに、子供たちのお手本となるよう頑張っていただきますっ!』

 

 気合の入った青葉の声に釣られるかのように、観客からパチパチと拍手が上がり始める。

 

 気づけば俺も子供たちも同じように拍手をするのだが、やっぱりなんだか腑に落ちないんだよなぁ……。

 

 スタート位置に居る艦娘は、長門、扶桑、蒼龍と……、浜風だろうか。

 

 扶桑と蒼龍は会話をしたことがあるし、長門は先ほどの観艦式で紹介を受けたのですぐに分かった。しかし、浜風だけは会ったことがないので、外見から推測するしかなかったのだが……。

 

『そして、エキシビションマッチに参加していただく艦娘の紹介を致しますっ!

 まずは第一艦隊所属、ビックセブンの長門っ!』

 

「フッ……。この長門、どんな勝負にも全力を出させてもらうっ!」

 

 長門は目を閉じながら右手を空に突き出し、気合充分といったように見える。

 

『続きまして、こちらも舞鶴鎮守府の古参にて練度も高い航空戦艦の扶桑っ!』

 

「山城、遅れないで……って、今は私だけなのね……」

 

 自虐的にクスリ……と笑う扶桑を見た瞬間、背筋に寒気が走るんですが。

 

『3人目は空母から蒼龍が参加ですっ!』

 

「速度勝負だなんて……、気をつけないと九九艦爆がはみ出ちゃうかも……」

 

 そう言いながら腰の辺りをチェックする蒼龍が、なんだか妖艶っぽいです。

 

『そして舞鶴鎮守府に所属したての駆逐艦、浜風が見参っ!』

 

「周りは有名な先輩方ばかり……。しかしこの浜風、速度勝負なら負けませんっ!」

 

 気合を入れるように自らの両頬をパチンと叩く浜風。

 

 その瞬間、大きな胸部装甲がたゆんと揺れて……。

 

 ………………。

 

 うむ。非常に眼福です。

 

 ありがたや。ありがたや。

 

「あ、あの……、先生……。どうして両手を合わせながら、お地蔵さんに拝んでいるみたいにしてるんですか……?」

 

「あっ、え、いや、これは……だな」

 

 そんな俺にツッコミを入れてきた潮に、どう答えようかと焦ってしまったのだが、

 

「さすがは先生。お姉さんたちが怪我をしないように、祈っているのでありますね」

 

「……あ、ああ。そうなんだよ、あきつ丸!」

 

「そ、そうだったんですか……。分かりました……、潮もお祈りしておきます……っ!」

 

 両手を合わせた潮がスタート位置に居る艦娘たちに向かって合掌し、小さな声でブツブツと祈り始める。

 

 ……ふぅ。助かったぞ。

 

 ナイスフォローをしてくれたあきつ丸の頭を撫で、俺は心の中で大きなため息を吐いて顔をあげる。

 

 視線の先にはスタート位置。

 

 4人の艦娘が合図を待ちながら、いつでも発進できるような体勢を取っている。

 

 海面は穏やかではあるものの、ときおり波に揺られる4人がバランスを取る度に、やっぱり大きな胸部装甲が……。

 

 たゆん……たゆん……。

 

 ………………。

 

 やばい。マジパナイ。

 

 4人が4人とも大きいので、本当にありがとうございますって感じなのだが。

 

 これで更に大きな波が起これば全身全霊の土下座が確定するのだが、さすがに天候から考えてもそれはない。

 

 更に愛宕や高雄が入っていないのが非常に残念ではあるが、両者ともに忙しい身であるから仕方がないだろう。

 

 まぁ、速度の勝負を行うからして、それなりに動きはあるだろうから……。

 

 ………………。

 

 ちょっと今から、青葉にカメラを借りてくるべきだろうか。

 

 いや、写真よりも動画だ。そうでないと、あの動きを保存するのは難しい。

 

 さすがの青葉も実況がある以上撮影をする暇はないだろうから、代わりにやらなくては……と思ってみたものの、子供たちをほっぽり出すこともできず諦める俺。

 

 むぐぐ……、非常に残念です。

 

 しかし、せめて脳内には保存しておくべきだと、まばたき厳禁で注視することにした。

 

『それではただいまより、エキシビションマッチを開始しますっ!』

 

 その瞬間、観客からのざわつきが治まる。

 

 ゴクリと唾を飲み込む音が大きく聞こえるかのような静けさに、辺りが如何にスタート位置に集中しているかが分かった。

 

 そして、心境は違えど同じく集中している4人の艦娘が、真剣な表情を浮かべ……、

 

 

 

 パアァァァンッ!

 

 

 

 スピーカーから鳴り響いたスタートの合図で、一斉に前へと駆け出した。

 

『スタートから飛び出したのは、予想通り駆逐艦の浜風だーーーっ!』

 

「「「ワアァァァァァッ!」」」

 

 観客から一斉にあがる歓声。

 

「いけー!」だの、「そこだー、抜けー!」など、みんなが笑顔を浮かばせながら声援を送る。

 

 子供たちも真剣な顔で4人を見つめ、拳を振り上げながら思い思いの名を叫んでいた。

 

 俺はほんの少し前まで胸部装甲がどうとか考えていたが、今となっては非常に恥ずかしい限りで、穴があったら入りたい気分である。

 

 やましい気持ちは封印し、ここはみんなと一緒に応援しようと思い始めたところで……、

 

『しかし、これでは性能差で決まってしまうレース!

 そうは問屋が卸さない! ここで元帥考案のギミックを発動ですっ!』

 

 ……と、青葉の声が聞こえた途端、いきなり海面に変化が起きた。

 

「むっ!?」

 

「きゃあっ!?」

 

「わわわっ!?」

 

「くっ!?」

 

 突如襲ってきた大波にバランスを取られ、4人の艦娘たちが速度を落とす。

 

 なんとか横転するのは免れたようだが、スピードに乗っていた浜風はかなり危なかったように見えた。

 

『突如襲ってきた大波ですが、海域に出ればこういったこともあり得ますっ!

 経験を生かして、1番にゴールをするのは誰でしょうかっ!?』

 

 実況の青葉の声にも熱が帯び、観客のボルテージも徐々に上がっていく。

 

 当事者である4人の顔色は変わらず、真剣そのものであったのだが、

 

「うぅっ、まだまだ……っ!」

 

 その中で明らかに余裕がなさそうな浜風が、続けて襲ってきた波に足を取られ、大きくバランスを崩した。

 

「「「うおぉぉぉぉぉっ!」」」

 

 そしていきなりテンションマックスの歓声があがり、周りの熱気が凄いことになっている。

 

 それはなぜかと問われたら、単純明快な答えが目の前にあるからだ。

 

 だって、必死な表情で横転しないように頑張る浜風の胸部装甲が、

 

 

 

 半端じゃないほど、揺れまくっているんですからねぇぇぇぇぇっ!

 

 

 

「ひゃほぉぉぉう、最高だぜぇぇぇっ!」

 

「頑張れーーーっ、そこだーーーっ、耐えろーーーっ!」

 

「もっとだっ! もっと大きな波をっ!」

 

 S席に座って見守っていた人たちも急いで立ち上がり、大声で叫びながら拳を振りかざしている。

 

 視線は間違いなくある点を指し、思いは確実に1つだっただろう。

 

 かく言う俺も同じであり、絶対にまばたきをするものかと心に誓いながら凝視する。

 

「おっぱいぷるんぷる~~~んっ!」

 

 そしてひと際大きな声が遠くの方から聞こえた気がするが、そちらに視線を向けるなんてもったいない。

 

 どうせ、ちょび髭を生やした軍服のおっさんが叫んでいるだけだろうからね。

 

「な、なんだか……、周りの人たちがちょっとだけ……怖いです……」

 

「め、目が血走っている男の人が……、たくさん居るであります……」

 

「あー、まぁ、仕方ないんじゃないかなー」

 

「これだから男は……」

 

 俺のすぐ近くで子供たちの声も聞こえたが、やっぱり気にするなんてもったいない。

 

 今はただ、脳内にこの光景を焼き付けることに全てを集中させなければならないからだっ!

 

 今回だけは、本気で元帥を褒めるべき。

 

 そして、この恩をいつかは返さなければと、しっかり胸に刻む俺だった。

 

 

 

 ……あ、ちなみにしおりの件は別だけどね。

 




次回予告

 大荒れ模様のエキビションマッチも、観客にとっては大満足。
しかし、そこは予想通りのオチがつき、やっと子供たちの出番がやってくる。

 遂に運動会が開始です!(遅


 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その39「今度こそ子供たちの出番!」


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その39「今度こそ子供たちの出番!」


 大荒れ模様のエキビションマッチも、観客にとっては大満足。
しかし、そこは予想通りのオチがつき、やっと子供たちの出番がやってくる。

 遂に運動会が開始です!(遅


 

 大波によってエキシビションマッチは完全な大荒れとなり、もはやレースどころではない状況ではあったのだが、さすがはビックセブンと言わしめるだけはある長門が必死の形相でターン用のブイまで進んでいた。

 

 その間、観客からの黄色い声援は留まることを知らず、辺りのテンションはもの凄いことになっている。

 

 もちろん俺も同様に、大きな声援を送っているのだが。

 

 ただし、若干腰は引き気味だけどねっ!

 

「頑張れ長門お姉さんー……でありますっ!」

 

「そ、蒼龍さんも……頑張って下さいっ!」

 

「「………………」」

 

 あきつ丸と潮は純粋に応援しているが、北上と大井は半目を浮かべ、ただただ海を見つめているだけだった。

 

 特に大井の顔が半端じゃないほど不機嫌です。

 

 せっかくチームがまとまったのに、また悪化しちゃわないよね……?

 

 さすがに俺もヤバいと感じ、応援を抑え気味にしながらチラチラと子供たちの様子を見ていると、細かなノイズ音の後に放送が流れてきた。

 

『えー……、観客のみなさまに悲しいお知らせがあります。

 考案者である元帥がフルボッコ……ではなく不慮の事故にあわれ、少々ギミックが激し過ぎて参加している艦娘たちに危険であると判断いたしましたので、エキシビションマッチはこの辺りでおしまいにしたいと思います……』

 

 スピーカーから流れる青葉の声を聞いて、観客はため息交じりで肩を落とす。

 

 しかし、俺はもう充分だった。

 

 そりゃあもう、充分過ぎるほど堪能したからである。

 

 そして、大井の機嫌もこれで直ってくれたら良いなぁ……なんて思っていると、

 

「いやー、やっぱりお姉さんたちは凄いよねー。

 台風のときみたいなあんな大波、私じゃ絶対転覆しちゃってるよね、大井っちー」

 

「えっ、あ、そ、そうですねっ。北上さんの言う通りですっ!」

 

 いきなり北上から話を振られた大井は若干焦ったものの、すぐさまニッコリ笑って返事をしていた。

 

 うむむ……。相変わらず北上は大井にピンポイントで話を振るのが上手いよなぁ……。

 

 まるで俺の心境を悟った上で先を見据えた行動を取っている気がするんだが、どう考えても子供レベルとは思えない。

 

 幼稚園における名探偵が時雨なら、ネゴシエーターは北上ということになりそうだが、完全に俺の出る幕がなくなっちゃいそうだよね。

 

 まぁ、俺はあくまで教育者なんだから、子供達を導いていければそれで良いんだけどさ。

 

「あ、あの、先生……。エキシビションマッチは終わっちゃったんですか……?」

 

「ああ。さすがにこの大波でレースを続けるのは危ないから、中止するんだってさ」

 

「そ、そうですか……。

 ちょっと残念ですけど、お姉さんたちが危ない目にあうのは……嫌ですから、良かったです……」

 

「そうでありますな。

 どんなに強いお姉さんたちだとは言え、さすがに先ほどの波はきつ過ぎるであります」

 

 ホッと安心した潮と、両腕を組んでウンウンと頷き納得する表情を浮かべていたあきつ丸は互いに話し合ってから、再び海の方へと視線を戻す。

 

 いつしか波の勢いは収まり、4人の艦娘の表情も幾分マシになっていた。

 

 代わりに観客の表情は非常に残念そうになっていたが。

 

 そりゃあ、揺れが収まってしまったからからなぁ。

 

 気持ちは分からなくもないが、ずっと繰り返されてもそれはそれで飽きてしまうモノである。

 

 ちゃんと俺みたいに脳内に焼き付けるか、動画で保存しておけって話なのだ。

 

 あ、もちろんビデオ撮影していた方が居たら、ぜひ譲って下さい。

 

 先月の給料がまだ余っているので、多少の出費は大丈夫ですからねっ!

 

「そ、そう言えば……、これからみんなのレースが始まるんですよね……?」

 

「エキシビションマッチが終わったから、そうなるとは思うけど……」

 

「ゆ、夕立ちゃんが出るレースも、さっきみたいに波が起きるんでしょうか……?」

 

 潮はそう言って、もの凄く心配そうに俺の顔を見上げてくる。

 

「いやいや、さすがに子供たちのレースでさっきのギミックを使うことはないと思うぞ。

 まだ海上で航行するのが不慣れな子もいるだろうし、安全面を考慮したら普通に速度を競うだけになるだろうな」

 

 そう答えた俺だが、ギミックを考案した元帥が不慮の事故……ということなので使用されることはまずあり得ない。

 

 おそらく4人の艦娘を選んだのも、元帥なんだろうなぁ……。

 

 長門に扶桑、蒼龍に浜風。

 

 速度を合わせたというのなら駆逐艦である浜風が一歩抜きんでるし、練度を合わせたというのもエキシビションマッチに参加する艦娘の紹介から違うと言える。

 

 浜風は舞鶴鎮守府に所属したての駆逐艦だと紹介されていたし、長門と蒼龍は第一艦隊の主力。扶桑も呉を奪還する際に精鋭部隊の一員として参加していたので、やっぱり浜風だけが浮いてしまっているのだ。

 

 そうなると、やっぱりどう考えても胸部装甲がメインです。

 

 本当にありがとうございました。

 

 元帥の犠牲は忘れません。たぶん、5秒間くらいは。

 

 ……とまぁ、そんなことを考えつつ、潮を心配させないようにニッコリと笑いかけてあげた。

 

「そ、そうですよね……。良かったです……」

 

「うんうん。潮は優しいなぁ……、よしよし」

 

「わわっ、そ、その……、ありがとう……ございます……」

 

 更に念を押す為、俺は潮の頭を撫でまくる。

 

 久しく舞鶴の子供たちを撫でていなかった分、ここで思いっきり堪能させていただくのが本音だったりしなくもないが。

 

 まぁ、なんだかんだで、さっきも撫でまくっていたけどさ。

 

「………………(じーーーーー」

 

「ん、どうした、あきつ丸?」

 

「あっ、いえ、その……で、あります……が」

 

 言葉を詰まらせながらもじもじとしているあきつ丸の態度を見て、俺は笑いながら空いた方の手で手招きをする。

 

 その瞬間、あきつ丸の顔がパァァッ……と明るくなり、飼い主に呼ばれた子犬のように素早い動きでそばに寄ってきた。

 

 なでなで……。

 

「はうぅ……で、あります……」

 

 俺を見上げながら恍惚とした表情を浮かべるあきつ丸。

 

「気持ち……良いです……」

 

「先生の撫で方が……、癖になるであります……」

 

 2人とも嬉しそうにしているのだから大丈夫だとは思うけれど、色んな意味で危ない気がしなくもない。

 

 撫でられることが癖になるのも具合が悪いし、常習性みたいなモノが出てくるのはよろしくないからなぁ……。

 

「「はうぁぁぁ……」」

 

 しかし、これほど気持ちが良さそうな顔を浮かべて撫でられている2人を見ると、これはこれで構わないんじゃないかと思ってしまう俺が居る。

 

 とりあえず今は、俺の撫でまくりたい欲求もあることだから……と、心配は前送りにして楽しむことにした。

 

 

 

 ……って、別にやましい気持なんか持っていないからね?

 

 

 

 

 

『それでは子供たちの準備が完了しましたので、第一種目のレースを開始いたしますっ!』

 

 潮とあきつ丸の頭を撫で続けること数分の後、スピーカーから聞こえてきた青葉の声に顔を上げ、視線を海上の方へと移した。

 

『まずはこのレースに参加する子供たちの紹介から始めさせていただきますっ!』

 

 青葉の声に熱がこもってきているんだけど、以前の争奪戦での紹介で痛い目をあっているのは覚えているんだろうか。

 

 あのときはやりたい放題だったし、その後愛宕にこっぴどく説教を受けたはずなんだけど……。

 

 青葉だからなぁ……で、納得できるだけにどうしようもないんだけどさ。

 

『エントリーナンバー1!

 佐世保幼稚園所属の駆逐艦、Z1ことレーベヒト・マースちゃんですっ!』

 

 紹介を受けたレーベは右手を上げ、観客に向かって小さくお辞儀をする。

 

 さすがはレーベだし、青葉も普通に紹介したので良かった……と思っていると、

 

「先生をゲットする為、ボク、頑張るよ……っ!」

 

 いきなり高らかに叫び、上げていた右手を大きく振りかざしながら他の参加者である子供たちを睨みつけた。

 

 ……って、ちょっと待って。

 

 いきなり爆弾発言が青葉からじゃなくて、レーベから飛び出たんですけどっ!

 

 初っ端から一触即発な展開に、洒落にならない雰囲気が醸し出されているんですがーーーっ!

 

『続きまして、エントリーナンバー2!

 舞鶴幼稚園所属の駆逐艦、暁ちゃんですっ!』

 

「幼稚園の中でもとびっきりのレディである暁が、1番を取っちゃうんだからっ!」

 

 対してこっちは普通です。

 

 なんかもう、すんごく安心できるんですが。

 

『更に続いて、エントリーナンバー3!

 舞鶴幼稚園所属の軽巡洋艦、天龍ちゃんですっ!』

 

「おうおうおうっ!

 先生をゲットするとか抜かしている奴が居るけどよー。

 俺様を相手にして無事にゴールできるとは思わない方が良いぜぇっ!」

 

 そう言って、レーベと完全にガン飛ばしモードに突入する天龍。

 

 両者の間に暁が立っているが、その存在を完全に無視してメンチビームを飛ばしまくっている。

 

 つーか、天龍が世紀末で出てくるモヒカンみたいになっちゃっているんだけど、いったいどういうことなんだよっ!?

 

『そしてエントリーナンバー4!

 舞鶴幼稚園所属の駆逐艦、五月雨ちゃんですっ!』

 

 俺の心配をよそに青葉の声がスピーカーから流れ、紹介を受けた五月雨が深々とお辞儀をする。

 

 他の子たちと違って叫ぼうともせず、緊張した面持ちも見せずにターン用のブイをしっかりと見つめていた。

 

 ……うん。まぁ、これが普通なんだけど。

 

 だけど今の俺は普通の心境じゃないです。もうマジパナイんですよ。

 

 近くに居る観客からは「先生をゲットって言ってたけど、どいつのことなんだよ……」とか、「あんなに可愛いレーベちゃんを独り占めにしようとするやつが居るなんて……っ!」とか、もの凄く厳しい視線が俺の方に向いているんですよね。

 

 そんな中で手を上げる勇気もない俺としては、聞こえないフリをしながらレースを見守ることしかできないので、心の中で大きくため息を吐くことにした。

 

『エントリーナンバー5!

 舞鶴幼稚園所属の駆逐艦、夕立ちゃんで最後ですっ!』

 

「夕立、頑張るっぽーいっ!」

 

 元気良く声をあげながら俺たちが居る待機場所に手を振る夕立だが、状況が状況だけに気張って応援することもできない俺。

 

「夕立殿、頑張るでありますっ!」

 

「ぽっぽぽーい!」

 

 なんだかよく分からない返しをした夕立がターン用のブイを見つめたところで、辺りのざわめきが少しばかり落ち着く。

 

『それでは紹介が済みましたので、間もなく開始ですっ!』

 

 スタート地点に立つ5人の子供たちが一斉に重心を落とし、緊迫した空気が辺り一帯を包み込む。

 

「頑張って……、夕立ちゃん……」

 

 隣に居る潮がギュッと両手を握り、目を瞑った瞬間、

 

 

 

 パァァァンッ!

 

 

 

 大きな空砲とともに、子供たちは一斉に海上を駆け出した。

 




次回予告

 やっと子供たちのレースがスタート!
果たしてだれが勝利するのか……とドキドキする暇もなく、いきなり展開が動き出す!

 まずはレースの前編……、頑張れ子供たちっ!


 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その40「いざ尋常に、勝負開始!」


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その40「いざ尋常に、勝負開始!」


 やっと子供たちのレースがスタート!
果たしてだれが勝利するのか……とドキドキする暇もなく、いきなり展開が動き出す!

 まずはレースの前編……、頑張れ子供たちっ!


 

 空気中を響かせる空砲が鳴った瞬間、5人の子供たちが一斉にスタートを切る。

 

 飛び出しはほとんど同時で、出遅れる子はいない。

 

 コースを考えれば、直線から180度ターンをして元の直線に戻り、スタート地点へ戻る。

 

 つまり、処理に必要なのは最大速度とターンの上手さ……だと思っていたのだが、

 

『おぉぉぉっと!

 スタートはほぼ同時だったのにグングンと速度を上げて先頭に立ったのは、佐世保幼稚園のZ1こと、レーベちゃんだーーーっ!』

 

 青葉の実況通り、他の4人と比べて明らかに速く海上を駆け、後方との差を大きく開けていた。

 

「くっ……、ど、どうしてこんなに差が……っ!?」

 

 天龍が額に汗をにじませながら焦った表情を浮かべた途端、先を行くレーベの引き波に足を取られそうになってバランスを崩す。

 

「うおっ!?」

 

 慌てて両手を動かして横転しないようにした天龍だが、その動きによって横並びになっていた暁や夕立、五月雨との距離も開き、完全にしんがりの位置になってしまう。

 

「ちくしょうっ、俺としたことが……っ!」

 

 天龍は叫びながら必死で速度を上げ、どうにかして前を行く4人に追いつき、追い越そうと気合を入れる。

 

『現在先頭はレーベちゃん! 明らかに他の4人と比べて速度が違いますが、どうしてこんなことになったのでしょうっ!?』

 

 実況の青葉がここで疑問形を投げかけるなよ……と突っ込みたくなるが、間髪いれずに別の声が聞こえてきた。

 

『いやー、これは完全にアレだね。練度の差だよね』

 

 この声は……元帥かっ!?

 

 高雄にフルボッコされていたと青葉が漏らしていたけれど、いつの間にか復活していたのかよっ!

 

『ほほう。練度と言いますと、やはり練習量の差が?』

 

『だろうね。

 ちなみに艦型から大まかに説明しておくけど、暁ちゃんは約38ノット。

 夕立ちゃんと五月雨ちゃんは約34ノット。天龍ちゃんは約33ノット。

 そして先頭のレーベちゃんは約38ノットだから、普通に考えれば暁ちゃんと並行しているはずなんだよね』

 

『確かにそのデータが本当なら、そうなっちゃいますよねっ!』

 

『まぁ、あくまでこれは僕の調べによるものだから違う部分があるかもしれないけれど、それにしたってスタートからターン用ブイの半分くらいの距離だけで大きな差が開くとすれば……、やっぱり練度の違いが大きいだろうね』

 

『なるほど……。さすがは元帥! 舞鶴のトップなだけはありますねー』

 

『いやいや、そんなことは……あるかなー』

 

『『あっはっはーーー』』

 

 ……と、2人揃った笑い声がスピーカーから流れてきたが、周りの観客及び、俺や子供たち一同は半ば白けた表情を浮かべながらスルーしておくことにして、視線をレース中の子供たちへと向けた。

 

「もうっ、どうして追いつけないのよっ!」

 

 暁が必死な形相でレーベの後を追うが、その差は縮まるどころか開いていく一方だった。

 

「ど、どう考えても追いつけないっぽい……」

 

 すでに夕立には諦めムードが漂っているが、それでも速度を落とさないだけマシではある……って、頑張ってもらわないと困るんですけどっ!

 

「さ、五月雨は最後まで諦めませんっ!」

 

 五月雨が叫びながらレーベの引き波を避けつつ速度を上げようとするものの、やはり差は縮まらない。

 

 ……というか、元々五月雨って艦娘として戦場にも出たことがあったような気がするんだけど、練度は充分じゃないんだろうか?

 

 自分よりも最大速度が速い暁と並行しているから、それなりではあるんだろうけど……、やっぱり変な気がするんだよね。

 

「こ、こうなったら、全力を出し……って、うわわわわっ!?」

 

 姿勢を低くしようとした五月雨が急にバランスを崩し、先ほどの天龍と同じように横転しかけそうになったのを必死で耐える。

 

「あ、あぶっ、危なかった……」

 

 なんとか持ち直した五月雨だったが、その間に暁と夕立に置いていかれることとなり、単独の4番手に順位を落としてしまったのであった。

 

「な、なんでぇーーーっ!?」

 

 半泣きで叫ぶ五月雨。

 

 そこで俺は思い出す。

 

 ああ、そうだった。

 

 五月雨は完全に、ドジッ子だったんだ……と。

 

 周りからも生温かい視線が送られていることに気づかない五月雨は、必死に前を向いて海上を駆けたのである。

 

 

 

「ど、どうして、レーベちゃんはあんなに速いのかな……」

 

「やはり、先ほど元帥が言っていた練度の差でしょうな」

 

「そう……なのかな……?」

 

 俺のすぐそばであきつ丸と話していた潮が、いきなり服の裾をクイクイと引っ張ってきた。

 

「あ、あの、先生……」

 

「ん、あぁ、どうしたんだ、潮?」

 

「先生が佐世保に行っていた間……、向こうのみんなはいっぱい訓練をしていたんですか……?」

 

「あー、いや……、それがそうでもないんだよなぁ……」

 

 俺の返事を聞いた潮は、良く分からないといった風に首を傾げる。

 

 しかし、俺には佐世保の子供たちが訓練をしている場面を見た覚えがなく、記録も全くと言って良いほど知らないのだ。

 

 佐世保の授業に海上訓練なんてなかったし、基本的には舞鶴とほとんど同じだったのだから、条件は全く同じだと思っていたのだが……。

 

「……あっ」

 

 もしかして、俺がくるずっと前に……?

 

 いや、それよりも先と言う可能性も有り得るのではないだろうか。

 

「……どうしたのでありますか、先生?」

 

「んーっと、これはあくまで想像なんだけど……」

 

 前置きを言ってから、潮とあきつ丸に考えを伝える俺。

 

 レーベやマックス、プリンツにろー。それにビスマルク。

 

 佐世保のみんなは元々海外からきた艦娘であり、こっちにくる前に祖国で訓練をしていたのなら……、ビスマルクが余裕ぶっていたことの理由になるのではないだろうか。

 

 もしそれが本当なら、俺が佐世保に出張していた期間に舞鶴の子供たちが訓練をしていたとしても、太刀打ちできるレベルまで育っているかどうかは眼の前のレースがものがたっている訳であり、

 

 つまりそれは、圧倒的有利な佐世保チームが勝利するのは明白で、

 

「お、俺の所有権は……」

 

 完全に、詰んでいるんじゃなかろうか……という思考が、俺の頭の中を埋め尽くしたのである。

 

「せ、先生は……、いったいなにを言っているのかな……?」

 

「うむむ……、このあきつ丸にも分からないであります……」

 

 心配そうな表情を浮かべる潮とあきつ丸に見上げられながら、俺はガックリと肩を落とす。

 

 近い未来、俺の行く末が決まってしまう。

 

 所有権は佐世保チームへ。そして、そこから始まる更なる騒動。

 

 ろーを除く4人が新たに争奪戦。気づけばゲームセンターで格闘ゲームを楽しんでいたら、いきなり100円投入の乱入者現る……で、収拾がつかないことになるのは必至の模様。

 

 おそらく考えつく1番辛いかもしれない状況に、俺の身が置かれることになる可能性が高い。

 

 あゞ、悲しきかな、我が人生。

 

 願うのは平穏な日々。だがしかし、それは叶いそうにない。

 

 やはり俺はいつになっても不幸なのか……と、肩を落として諦めようとした俺に……、

 

「まぁ、そんなにめげなくても良いんじゃないかなー?」

 

「「「……え?」」」

 

 背後から聞こえてきた声に振りかえる俺。そして、潮とあきつ丸。

 

 そこに立っていたのは、同じチームの一員であり、大井の騒動に対して園児離れしたフォローをしてくれた北上の姿だった。

 

「そ、それはどういうことなんだ……?」

 

「どういうことって、言葉通りなんだけどねー」

 

 非常に軽い口調で答えた北上は、両腕を頭の後ろで組みながらニヒルな笑みを浮かべる。

 

「このレースを見た感じだと、佐世保のレーベと舞鶴のみんなとでは練度の差は大きいと思うけど……」

 

「い、いや、それだったらやっぱり佐世保チームには……」

 

「普通に考えればそうなっちゃうだろうけど、おそらく先生が心配するようなことにはならないと思うよ」

 

「どうしてそんな風に考えられるのか全く分からないんだが……」

 

「まぁ、その辺りはレースを見ていたら分かるって」

 

 暖簾に腕押しといった風に、あっけらかんと答える北上。

 

「し、しかし……」

 

 納得ができない俺は再度問いかけようとしたのだが、そこで北上と俺の間に割り込んできた大井が、不機嫌な顔を浮かべながら見上げてきた。

 

「北上さんの意見にグチグチと反論しないで下さいっ!

 先生も、ちょっとは信じたらどうなんですか!?」

 

「大井っちったら、良いことを言うよねー」

 

「それはもちろん、北上さんの為ですからっ!」

 

 ニッコリ笑って北上へと振り返り、両手を広げて抱きつこうとする大井。

 

 しかし北上はプロボクサーのような見事なスウェーで回避し、大井との距離を取っていた。

 

「むぅぅ……。たまには抱きつかせて下さいよー」

 

「えー。だって大井っちったら、抱きつくだけじゃ済まさないんだもんー」

 

「そんなことないですよー?」

 

「そこで視線を逸らしているところが大井っちらしいよねー」

 

 半ば呆れ顔の北上が小さくため息を吐くと、大井はその隙を狙ってまたもや抱きつこうとする。

 

「お、おいおい。一応レース中なんだから、夕立の応援をしないとだな……」

 

「そうだよ大井っち。

 ほらほら、頑張れ夕立ー」

 

 両手をメガホンのようにして応援をする北上だが、間延びした口調のせいか逆に気合が抜けそうな感じだ。

 

「……チッ。諦めていた先生が言うセリフじゃないと思いますけど、仕方ないですね」

 

 そう言って、北上と同じように応援し出す大井。

 

「が、がんばって、夕立ちゃん!」

 

「がんばるでありますっ!」

 

 気づけば、潮もあきつ丸も大きな声で声援を上げていた。

 

 さきほどの北上の言葉が気になってしまうが、今は大事なレース中。

 

 俺もみんなと一緒に夕立に向け、少しでも順位を上げられるように大きな声援を送る。

 

 そんな俺たちの声に気づいたのか、夕立の曇っていた表情が少し晴れたように見えたとき、

 

『遂に先頭のレーベちゃんがターン用のブイまでやってきたーーーっ!

 そして2番手の暁ちゃんと夕立ちゃんとの差は、すでに10m以上!

 これは完全に独走状態かーーーっ!?』

 

 青葉の実況が無情にも響き渡った途端、思いもしなかったことが起こったのである。

 




次回予告

 レーベがダントツで1着を取る。
誰もがそう思っていたが、やはり一筋縄でいかないのがあたりまえ?

 油断は足元をすくわれる。
 そして、焦りもまた……。


 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その41「モンキーターンはできないけれど……?」


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その41「モンキーターンはできないけれど……?」

※今回は若干ですが競艇要素が絡んでいます。
※ラストシーンで漣を五月雨と誤表記しておりました。申し訳ありません。


 レーベがダントツで1着を取る。
誰もがそう思っていたが、やはり一筋縄でいかないのがあたりまえ?

 油断は足元をすくわれる。
 そして、焦りもまた……。


 レースは遂に中盤戦。

 

 青葉の実況と共に観客や子供たちから声援が飛び交い、一層の盛り上がりを見せる。

 

 先頭のレーベが折り返し地点であるターン用のブイ前に差し掛かった。

 

「後ろとの距離は充分だから、このターンを決めれば先生はボクのモノに……」

 

 遠目でも分かるくらいに、レーベがニヤリと笑みを浮かべた。

 

 直線での勝負では完全に5人の中で群を抜いている。

 

 ならば、この180度ターンさえ決めてしまえば、勝利は揺るがない……と思ったのだろう。

 

 実際に、俺もレーベが1着を取るだろうと半ば諦めているが、北上が言ったことが微妙に気がかりだったりする。

 

 でも、やっぱりどう考えても、他の4人がレーベを抜くなんてことは難しいと思うんだけどなぁ……。

 

 チームを監督し、勝利を目指す立場の俺としてはなんとも不甲斐ないのだが、俺ができることは夕立を応援するのみであり、目の前の現実は変わらない。

 

 ――そう、考えた矢先のことだった。

 

『おおっと、レーベちゃんが大きな弧を描いてターン用のブイを折り返しているが、ちょっと速度が出過ぎではないでしょうかーーーっ!?』

 

 青葉の実況に観客がざわつき、一斉に視線がレーベの方へと集中する。

 

 しかし、当の本人であるレーベの顔色は変わらず、さっきよりも更に余裕がある風に見えた。

 

「こんな速度で驚くなんて、ヤーパンのレベルも落ちたモノだね。

 僕たちがやってきた訓練を考えればこの程度のことくらい、へっちゃらなんだから」

 

 レーベが身体を傾斜させ、ほとんど速度を落とさずにカーブを続ける。

 

 その動きはフィギュアスケーターのように優雅で、傍から見ればどこも不安視するところがないように見えたのだが、

 

「……っ!」

 

 180度のターンを8割がた終えたところで、急にレーベの身体がグラリと揺れた。

 

「な、なんで……っ!?」

 

 慌ててバランスを取り戻そうとするが、速度が出過ぎていたせいで上手く制御ができないように見える。

 

「くっ!」

 

『おおおおおっと、いきなりレーベちゃんがバランスを崩して危険な状態にーーーっ!

 コースからどんどん離れて、明後日の方向に向かっちゃってますっ!』

 

 スピーカーから青葉の声と共に、バンバンと机を叩いているような音が何度も聞こえてきた。

 

 テンションが上がり過ぎているからだろうけれど、艦娘の力って半端じゃないんだから加減をしろよと言いたい。

 

 そうじゃないと、また高雄や愛宕に怒られる……って、今はそんなことを考えている場合じゃないよな。

 

「ど、どうして……っ!?

 こんなことって……っ!」

 

 青くなった顔を浮かばせたレーベが、わたわたと腕を振る。

 

 いくら敵チームとはいえ、大事な教え子であるレーベが危険な目にあって喜ぶなんて俺にはできないが、かといってアドバイスを送ろうとすれば自分のチームに対する裏切り行為になってしまう。

 

 葛藤が生まれる中、せめて怪我をしないように……と、俺は心の中で強く願った。

 

「こ、こうなったら、速度を落とすしか……」

 

 焦りにまみれた表情をしていたレーベだが、なんとかバランスを取り戻したおかげで冷静になることができ、コースに復帰しようとする。

 

『完全にダントツだったレーベちゃんがまさかのアクシデント!

 いったいこれはどういうことなんでしょうかっ!?』

 

『うーん、これはアレだね。おそらく、エキシビションマッチのときの波がまだ残ってたんだろうね』

 

『……と、言うと?』

 

『あの波は海中にある装置から発生させていたんだけれど、おそらく埠頭部分に当たったせいで反射しまくったおかげで、海上の状態が不安定じゃないかな』

 

『しかしそれだと、最初から影響が出るのでは?』

 

『たぶん、波自体は小さかったから直線では影響しにくかったんだろうね。

 だけど、カーブのときは身体を傾斜させるから、バランスを崩しやすくなった……と考えられるよ』

 

『なるほどっ!

 1番前を走っていたレーベちゃんが、その影響をもろに受けてしまったんですねっ!』

 

『そういうことだろうねー』

 

『『あっはっはー』』

 

 またもやスピーカーから聞こえてきた青葉と元帥の笑い声に、さすがに洒落に済まないんじゃ……と思っていたところ、

 

『結局元帥が悪いんじゃないですかっ!

 ちょっとは反省しなさいっっっ!』

 

『ちょっ、高雄っ!?

 そ、そんな方向に僕の身体が曲がるわけ……ぎにゃあああああぁぁぁぁぁぁぁっ!』

 

 バキボキ……と、なにかが折れるような大きな音が辺り一帯に響き渡った瞬間、観客や子供たち、そして俺の顔が一気に青ざめたのは言うまでもない。

 

 でも実際のところ、元帥が原因なんだから仕方がないですよねー。

 

 俺は1度視線を下に向けてから大きなため息を吐き、再びレースの状況を確認する為に顔を上げた。

 

「今がチャンスねっ!」

 

 レーベの様子を見て判断した暁は、ターン用のブイに差し掛かったところで少し速度を抑えてカーブに入る。

 

 バランスを崩さなければ充分にレーベに追い付くことができ、更には追い抜くこともできるだろう……と踏んだのだろう。

 

 そして、カーブに対して暁よりも外側に並行していた夕立が、海面をチラリと見た瞬間、

 

「……ぽいっ!」

 

 ニヤリと笑みを浮かべながらいつもの口癖を叫び、いきなり速度を上げた。

 

「ちょっ、それは悪手じゃないのか……っ!?」

 

 思わず叫び声を上げる俺と同時に、観客からもざわつきが聞こえてくる。

 

 インにいる暁をカーブで抜く場合、夕立の基本となる手はアウトに少し振ってから速度を落として先に暁を行かせ、膨らんだところでインを突くという『差し』の手が有効だろう。

 

 この手を使えば、速度を落としていた暁よりもカーブを脱出する夕立の方が加速するのが早くなり、直線で追い抜けるはずなのだ。

 

 しかし、夕立の取った手は暁よりも大きく膨らむ速度でカーブを切る。

 

 『差し』だと先に暁を行かせる為、どうしても夕立は引き波を越えなければならない。

 

 そうすると、速度とバランスを失う可能性があるのもまた確かなのだが、レーベのアクシデントを見てこの手を取った夕立の勇気は計り知れないモノがあるだろう。

 

 つまり夕立は、暁の更に外側を高速で追い抜こうとする『まくり』の手を取り、勝負に出たのである。

 

『おおっと、ここで安全策を取った暁ちゃんに夕立ちゃんが襲いかかろうとするっ!

 しかし、これだと今度は夕立ちゃんが大丈夫なのかーーーっ!?』

 

 すぐ横で元帥が懲らしめられているだろうはずなのに、ちゃんと実況をする青葉はなにげに偉いと思うのだが、今はとりあえず放っておこう。

 

「……っ!

 抜かさせない……、抜かさせないんだからっ!」

 

 外側から追い抜いてきた夕立の姿を確認し、カーブ中にもかかわらず速度を上げようとする暁。

 

 元々安定する速度を取っていた為、少しくらいは加速しても大丈夫だと踏んだのかもしれないが、ここでまたもや夕立が不敵ともいえる笑みを浮かべた。

 

「ふふふ……。ソロモンの悪夢じゃないけど、見せてあげる……っ!」

 

「……えっ!?」

 

 思いもしなかった言葉を聞き、一瞬だけ戸惑いを見せる暁。

 

「そ、そんな脅しになんて……って、なんなのよこれっ!?」

 

 大きな声をあげた暁が、自らの足元を見ながら顔を青く染める。

 

 足元への違和感と共に、明らかな速度低下を感じたのだ。

 

「どうして……、どうしてなの……っ!?」

 

 カーブをしながらも加速をしたはずなのに、なぜこんなことが起きるのか。

 

 理解が追いつかない暁はパニック状態になり、声をあげ続けるしかなかった。

 

「こ、これは……、まさかツケマイかっ!?」

 

 そんな状況を見ていた俺は驚きのあまり、絶叫とも言える大声をあげてしまう。

 

 そして更にざわめく観客勢に、そばに居た潮やあきつ丸がボソボソと話し合っていた。

 

「あ、あの……、さっきから先生って、なにを言っているのかな……?」

 

「あ、あきつ丸にも、分からないであります……」

 

 首を大きく傾げる潮に、両手を上に向けながらアメリカンなジェスチャーをするあきつ丸。

 

「先生が言ってるのは、ボートレース用語だねー」

 

「そうなんですか、北上さん?」

 

「主に決まり手を叫んじゃってるけど、ちょっとかじったら分かるレベルのことだよー。

 あ、ちなみにツケマイってのは付けて回るという名称の短縮語なんだけど、抜こうとする相手の外側ギリギリを走ることで引き波を相手のプロペラに直撃させ、速度を落とさせるテクニックなんだよねー」

 

「さ、さすがは北上さん。知識も半端じゃないですっ!

 そこに痺れる憧れまーーーすっ!」

 

「い、いきなり抱きつくなんて、やめてよ大井っちー」

 

 ……とまぁ、こっちはこっちで変わらない感じなんだけど、夕立があまりにも凄いので全くもって目が離せない。

 

 これで暁を抜き、更に加速がついた夕立なら、コースに復帰しようとするレーベを追い抜くことだって、できるかもしれない。

 

 つまりそれは、このレースに勝利するということ。

 

 俺の所有権を争う戦いに、1歩前進することができるのだ。

 

「行けーーー、夕立ーーーっ!」

 

 テンションが急上昇した俺は、更なる大きな声で声援を送る。

 

 そして釣られるように、周りの観客からも歓声と声援が上がり、ボルテージはMAXとなったのであった。

 

 

 

「そんな、そんな……っ!」

 

「ふっふーん。夕立の凄さ、思い知ったっぽい?」

 

 180度のカーブを半分過ぎたところで暁が完全に失速し、夕立が単独の2番手に躍り出た。

 

「……っ!」

 

 そして更にコースに戻ろうとするレーベを夕立が追い抜き、後に続く暁にも先を越されてしまう。

 

 直線では完全に勝利を確信していたレーベが、まさかの3番手に転落。

 

 この結果は当の本人であるレーベだけでなく観客までもが驚き、感嘆の声をあげる。

 

「くっ……、だけどまだ……っ!」

 

 だが、まだレーベは諦めない。

 

 直線では僕が有利なんだからと、2人の後を追う為に加速する。

 

 しかし、更に後ろからなにかがやってくる気配に驚き、ハッと後ろを見た。

 

「やあぁぁぁーーーっ!」

 

 大きく身体を斜めに傾かせ、スピードスケートの選手のように海面スレスレに手を添える体勢でカーブを切っていたのは、4番手についていた五月雨だった。

 

「さ、五月雨だって、元は大きかったんですからこれくらい……っ!」

 

 明らかにオーバースピードに見えるそれも、経験が五月雨の体勢を無理矢理安定させる。

 

 直線では失敗してしまったけれど、ここで挽回するんだという気迫が全身に見え、大きな声をあげていたのだが……、

 

「これでやっと1人抜きで……すぅぅぅっ!?」

 

 だが、またしてもバランスを崩してしまう五月雨。そして今度はカーブにオーバースピード、更には海面の乱れも重なって……、

 

「うあ、あぁぁぁーーーっ!」

 

 体勢が大きく崩れ、片足が海面から離れた瞬間、五月雨の身体がキリモミしながら宙に浮く。

 

 まるでその姿は、フィギュアスケートの男子プロを超える回転で、

 

 

 

 バッシャーーーンッ!

 

 

 

 そのまま見事に海面へと身体が叩きつけられ、大きな水柱をあげてしまったのであった。

 

 レーベの二の舞どころか更に上を行くなんて……、さすがはドジっ子という名を持つ元艦娘。

 

『ここで五月雨ちゃんが転覆ーーーっ!

 救護班はすぐに向かって下さーーーいっ!』

 

「ほいさっさーっ!」

 

「弥生、了解……」

 

 待機していたピンク色と紫色の髪の毛をした2人の艦娘が五月雨の転覆地点へと急ぎ、救護活動に勤しんでいた。

 

 その間、「ウウウゥーーー!」と叫びながら肩の上辺りに両手首を回転させていたのだが。

 

 いや、なんで警●庁24時なんだよ……と、心の中で突っ込んだのは俺だけじゃなかったと思いたい。

 

 つーか、漣はともかくとして、弥生の方はシュール過ぎてなんだか怖いんだけど。

 

「………………」

 

 そして、呆気に取られていたレーベがレースの途中だったと気づいたのは、それから数秒が経ってからだった。

 




次回予告

 見事吹っ飛んだ五月雨。そして驚き固まってしまったレーベ。
レースはまだ終わっておらず、誰が1位を奪取するのか分からない……。

 果たして誰が勝ったのか。そして、実況席の方ではとんでもないことが……?


 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その42「レース終了!」


 乞うご期待!

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その42「レース終了!」

※今後の更新について、暫くお休みさせて頂きます。
 詳しいことは活動報告に記載いたしましたので、申し訳ありませんが宜しくお願いいたします。



 見事吹っ飛んだ五月雨。そして驚き固まってしまったレーベ。
レースはまだ終わっておらず、誰が1位を奪取するのか分からない……。

 果たして誰が勝ったのか。そして、実況席の方ではとんでもないことが……?


 

 五月雨の見事な吹っ飛びっぷりに、海上で固まるレーベ。

 

 そんな状態を見かねたのか、スピーカーから大きな声が聞こえてきた。

 

『コースに復帰しようとしたレーベちゃんですが、ここで更なるアクシンデントが発生かーーーっ!?』

 

「……はっ!?

 こんなところでボケっとしている場合じゃないよね……っ!」

 

 青葉の実況で我に返ったレーベがコースに復帰しようと加速を再開する。

 

「オラオラー、天龍様のお通りだーーーっ!」

 

 だが、五月雨の見事な吹っ飛びっぷりによって呆気に取られていたことにより、最後尾の天龍にまで追いつかれてしまっていた。

 

「レーベのアクシデントに五月雨のリタイヤ……。こりゃあ俺様に運が向いてきたって訳だなっ!」

 

「くっ……、これ以上は抜かせない!」

 

 安定した速度でカーブを切る天龍に、徐々に加速しスピードに乗るレーベ。

 

「へっへーん。お先に失礼するぜー!」

 

 しかし、無情にもレーベは天龍に抜かれてしまい、遂に最後尾を走ることになってしまった。

 

「「「クヴァッチ!」」」

 

 そしてどこからか聞こえてくる重なった叫び声に、レーベの顔色がサー……と青くなる。

 

 聞き覚えがありまくる声だったんで、誰かとは言わないけれど。

 

 うん……。まぁ、なんだ。

 

 こ、これも勝負だから……な。

 

 とはいえ、運動会が終わった後にでも、レーベをフォローしてやった方が良いかもしれない。

 

 ……と、独りで頷いていたんだけれど、

 

「ありゃー。こりゃあマズイねー」

 

 大井に抱きつかれながら冷や汗をかいていた北上が、レースを見ながらボソリと呟いた。

 

「えっ、どうしてですか北上さん。

 夕立が1番になったのに、なにか問題でも……?」

 

「そりゃあ、夕立が暁を追い抜いたから今は1番だけどさー。

 もうちょっとレーベが復帰するのが遅いと思っていただけにねぇ……」

 

 言って、北上は苦笑を浮かべながら頬をポリポリと掻く。

 

「……なるほど。

 ここでレーベちゃんが完全に復帰すれば、勝負はどうなるか分からないということでありますな?」

 

「そういうことだねー。

 先頭でひたすら突っ走るより、追い抜こうとする方が気持ちに力が入っちゃうからさー」

 

「だ、だけど……、あんまり焦っちゃったら、危ないんじゃないかな……?」

 

「確かにそうかもしれないけれど、残っているのは直線だけだからねー。

 まぁ、仮にもう1周することになっても、失敗を1度経験していたら安全策を取るだろうから……」

 

「そ、それじゃあ……」

 

「夕立が逃げ切れるか、レーベが再び追い抜いて1着になるか……微妙なところだと思うよ」

 

「そ、そんな……」

 

 北上の説明を受けて愕然とした顔で落ち込みかける潮の頭に、俺はポンッと手を置いた。

 

「だからこそ、俺たちが夕立を応援しなきゃいけない……だろ?」

 

「せ、先生……、そ、そうですね……っ!」

 

 ビックリした顔を浮かべた潮だが、1度コクリと頷いてから俺の顔を見上げる。

 

 泣き出しそうではなく、頑張らなければという力の入った表情を浮かべたのを見て、俺はニッコリと笑みを返した。

 

「ゆ、夕立ちゃん、頑張ってーーーっ!」

 

「夕立殿、頑張れでありますっ!」

 

「夕立ーーーっ、逃げ切れーーーっ!」

 

 俺たちは一斉に夕立へ向けて声援を送ると、他のチームのみんなも触発されたように、様々な声があがってきた。

 

「暁ちゃん、頑張るのですっ!」

 

「天龍ーっ、負けたら承知しないんだからネー!」

 

「レーベ、気合で追い抜きなさいっ!」

 

 そして更には、周りの観客からも大きな声援があがりまくる。

 

「頑張れ、そこだーっ!」

 

「まだ勝負は終わってないぞっ!」

 

 思い思いに叫ぶ子供たちや観客。

 

 ここに居る全てのみんながレースに集中し、まさに一致団結……だと感じたのだが、

 

「古くても頑張れーっ! 厨二病魂を見せろーーーっ!」

 

「アーッ! 嫌イヤイヤイヤイヤーッ!」

 

 一部で、ちょっと可哀想だろうと思う言葉や、なんだかよく分からない叫び声が聞こえたのは……気にしないでおくべきだろう。

 

 つーか、主にS席からです。

 

 これも元帥の……せいだよな。

 

『観客や仲間からの声援も大賑わいを見せ、リタイヤした五月雨ちゃん以外が遂にターンを終了っ!

 コースの残り半分の直線で、いったい誰が先にゴールするんでしょうかーーーっ!?』

 

『いやー、これは目が離せないよねー』

 

『そうですね……って、とんでもない状況でも解説できる元帥が凄過ぎますっ!』

 

『あっはっはー。コブラツイストをされていたとしても、話すことくらいは余裕で……』

 

『なら、その余裕とやらもへし折って差し上げますわっ!』

 

 

 

 ゴキャンッ!

 

 

 

『ひ……ぎゃあああぁぁぁぁぁっっっ!?』

 

『あわわわわっ!

 げ、元帥の腰が逆側にポッキリとーーーっ!?』

 

『折れている部分がフレームインしないところが、昔の時代劇の手法だよねー』

 

『れ、冷静にコメントできる元帥がすでに人間じゃありませんっ!』

 

『懲りていないようですので、更に追撃ですっ!』

 

『あ、ちょっ、更に首はマジで勘弁……』

 

 

 

 ゴキュッ!

 

 

 

『も、もげたーーーっ!?』

 

『………………』

 

『さ、さすがに首がもげたらコメントできない……って、あれ?』

 

『……なるほど。なにか変だと思っていましたが、偽物でしたか』

 

『ほ、本当ですっ!

 折れた部分からコードや金属片が見えてますっ!』

 

『影武者どころか、こんなロボットのような物まで作っているとは……。

 どうやら本格的にお仕置きが必要みたいですわね』

 

『ほ、本格的に……って、これ以上のことをするんですか……?』

 

『当り前ですわ。

 この程度のことなら、日常茶飯事ですから』

 

『そ、そうなんですか……。

 あ、ちなみに今の会話は全部鎮守府内に流れちゃってるんですけど……』

 

『……えっ!?』

 

『………………』

 

『………………』

 

 青葉と高雄の会話に完全なる間が流れ、辺りの観客もいつの間にやら静まり返っている。

 

 おそらくは、あまりにも元帥が不憫過ぎると思ったのか、それとも高雄の恐ろしさに声援を送る気力もなくしたのか……。

 

 どちらにしろ、テンションはだだ下がり……と思えたのだが、

 

『以上、レース途中でしたけど、元帥&青葉、そして秘書艦の高雄による即興コントでした~。パチパチパチ~』

 

 いきなり割り込んできた声によって一部の観客からどっと笑い声があがり、周りの雰囲気も柔らかくなった感じがした。

 

 ちなみに割り込んできた声は明らかに愛宕だったんだけど、見事なフォローには頭が下がるばかりである。

 

 もし、今の会話の収拾がつかなかった場合、運動会どころではなくなっていたかもしれないからね。

 

 なにはともあれ、これでレースを観戦しながら応援を再開できる……という訳であるのだが、

 

 再び海上に目を向けた俺は、とんでもないモノを見てしまったのである。

 

 

 

「ヤアァァァッ!」

 

「ちょっ、マジかよっ!?」

 

 コースに復帰したレーベが最後尾から急加速を開始し、みるみるうちに天龍の横を目にも止まらぬ速度で追い抜かして行く。

 

「な、なんなんだよ、あの速さはっ!?

 どう考えてもおかしいじゃんかっ!」

 

 大きな声をあげる天龍だが、表情は言葉と違って、怒りよりも驚きの方が大きかった。

 

 元帥によれば元々の最高速度はレーベの方が早いとはいえ、そのあまりの差を見ていた俺たちも開いた口が塞がらずに固まってしまっている。

 

 もはや性能差では説明がつかないのならば、やはり練度だとしか考えられないのではあるが、それにしたって天龍とレーベにそこまでの差があるとは思えない。

 

 しかし、目の前に映るのは現実であり、レーベが今までに努力してきた証しでもあるのだろう。

 

 その表情は焦りもあるけれど、自信にあふれる目がハッキリと先頭を行く夕立の後ろ姿を捉えていた。

 

「この速度を保てば、ゴールするギリギリで抜けるはず。

 だけど僕は……っ!」

 

 目を細めて呟いたレーベは、更に加速しようと屈むように姿勢を低くし、空気抵抗を最小限に抑える。

 

 まるで流星のように……とは言い過ぎかもしれないが、そんな風に勘違いしてしまえるほどレーベの速度は凄過ぎた。

 

「待ちなさいーーーっ!」

 

「待てと言われて待つなんて、レースでは考えられないっぽいー」

 

 レーベの視線の先には、折り返し地点で会心の一撃を放ち1番手に浮上した夕立を、暁が少しずつ追い上げているのが見える。

 

 カーブの脱出時では大きな加速差がついていたものの、直線で最高速度を競い合っては暁の方に分があるようだ。

 

 2人もそれを理解しているようで、暁には笑みが、夕立には焦りの色がハッキリと見て取れた。

 

『現在先頭を行く夕立ちゃんと暁ちゃんが激しいデッドヒート!

 ゴールまでの距離はおよそ半分ですが、ここで後方から凄い追い上げを見せるレーベちゃんがやってきたーーーっ!』

 

「「……えっ!?」」

 

 実況が聞こえた瞬間、暁と夕立は咄嗟に後ろへと振り向く。

 

「う、うそっ。もう追いついてきたっぽいっ!?」

 

「ど、どうやったら、そんなスピードが出せるのよ、もうっ!」

 

 慌てた暁と夕立は前に向き直り、自身が出せる最高速度をなんとか超えようと全力を出そうとした。

 

 暁は顔を真っ赤にさせて、艤装へ力を込める。

 

 夕立はまるで犬のように大げさ過ぎる前傾姿勢を取って、できる限り空気抵抗をなくすようにした。

 

「悪いけど、そんな速度じゃ僕に敵うなんて思わないでよねっ!」

 

 しかし、そんな2人の努力もむなしく、レーベは強引に身体を傾斜させて小さな弧を描く。

 

「そ、そんなっ!」

 

「ありえないっぽいっ!」

 

 2人の間をすり抜けながら追い越して行ったレーベが右手を空高く突き上げて勝利宣言とも取れる仕草をし、観客から大きな声援があがった。

 

『ここで4番手まで転落したレーベちゃんが再びトップに躍り出たーーーっ!』

 

 その瞬間、暁も夕立もガックリと肩を落とし、うなだれるように顔を伏せる。

 

 これほどまでにレーベとの差は大きかったのか……と、憔悴してしまう気持ちは分からなくもないけれど、

 

「夕立っ!

 まだだ、まだレースは終わっていないぞっ!」

 

「……はっ!」

 

 俺の大きな声で我に返った夕立が、顔を上げて前を向く。

 

「せめて……、せめて2着を取るっぽいっ!」

 

 両手で頬をパシン! と叩いた夕立が気合を入れ、再び速度を上げた。

 

「し、しまった……っ!」

 

 同じく我に返った暁だが、夕立よりも1歩遅れてしまったこともあり、

 

「ま、待ちなさいよ、もうっ!」

 

 ゴールまでの距離も残り少なく、暁が夕立に追い付くことはできず、

 

『そしてレーベちゃんがゴールイン!

 続いて2番手は夕立ちゃん、3番手は暁ちゃんになりましたーーーっ!』

 

「うぅぅ……」

 

 再びガックリと肩を落とした暁が、夕立の後ろで嘆いていた。

 

「「「我が祖国の科学力は世界一ィィィッ!」」」

 

 そしてハモッた叫び声が聞こえてきが、ツッコミを入れたら後々面倒なことになりそうなので、無視をした方が良さそうだ。

 

 ちなみにビスマルクチームの待機場所からだけじゃなく観客席の方からも聞こえてきたけれど、おそらくはちょいちょい叫んでいるチョビ髭なんだろうなぁ……。

 

「うーがーーー!

 なんで俺様が最後なんだよぉぉぉーーーっ!」

 

 遅れて天龍が両手を上げながらゴールし、大声で叫ぶ。

 

『そして天龍ちゃんがフィニッシュ!

 五月雨ちゃんリタイヤしちゃったので、第一競技はこれにて終了ですっ!』

 

「あ……、そうか。

 俺がビリって訳じゃなかったんだよな!」

 

 そしてなぜか喜ぶ天龍だが、下から数えた方が早い着順だということは言わない方が良いんだろうな。

 

 まぁ、チームの待機場所に戻ったら龍田に突っ込まれるだろうし、それまでは優しい目で見てあげよう。

 

『なお、この結果により、ビスマルクチームには5点、先生チームには4点、愛宕チームには3点、しおいチームには2点、港湾チームには1点が加算されます。

 最後の競技が終わった時点で1番得点が多いチームが優勝になりますので、子供たちは引き続き全力を出し、観客の皆さんは精一杯応援して下さいっ!』

 

「「「わあぁぁぁーーーっ!」」」

 

 大きな歓声と共に拍手があがり、こうして第一競技が終了したのであった。

 

 1着は逃したものの、まだまだ競技の数はある。

 

 俺は帰ってきた夕立を慰めるのではなく褒め称え、次も頑張ろうね――と声をかけたのであった。

 




※今後の更新について、暫くお休みさせて頂きます。
 詳しいことは活動報告に記載いたしましたので、申し訳ありませんが宜しくお願い致します。

 予定としましては1ヶ月くらいで復帰したいと思っておりますので、暫くの間お待ちいただけると幸いです。
 ご理解のほど、宜しくお願い致します。




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その43「対空砲玉入れ合戦!」

 1か月ほどお休みいただき、今日から復活ですっ!


 第1競技が終わって一息つく主人公。
頭の中でレースを振り返りながら、対策を練る。

 そして、今度は全員参加による第2競技が開始されるっ!


※次回予告タイトルを記入し忘れていました。
 現在は修正済みです。申し訳ございません。


 第1競技のレースが終わり、子供たちを次の競技へ向かわせてから、俺は待機場所にあるパイプ椅子に座って休憩することにした。

 

「ふぅ……。やっと一息つけたって感じだよなぁ……」

 

 朝起きてから今に至るまで、色んなことがあり過ぎたせいか、体力も気力もかなり消費してしまっている。

 

 次は子供たち全員が参加する競技なので、待機場所には俺しか居ないこともあり、ゆっくりとできるのだ。

 

 とはいえ、椅子に座ったまま呆けている訳にもいかないので、俺は運動会のしおりに目を通す。

 

「残る競技は4つ……か」

 

 俺はスケジュール表を見ながら独り言を呟き、しおりを閉じてから目尻を指で摘んでマッサージをする。

 

「とりあえず、第1競技は夕立が頑張ってくれたおかげで2着を取れたんだし、順調に得点を重ねれば勝利できるよな……?」

 

 そうは思えど、気がかりなのはビスマルクのチームだ。

 

 レースで見ただけではあるが、舞鶴の子供たちでは太刀打ちできないほどの差があった。

 

 折り返し地点のターンでアクシデントがなければ、レーベが断トツで勝利していたのは間違いないだろう。

 

 五月雨のリタイヤは……、うん、まぁ、色々あるからね。

 

 ともあれ、佐世保の子供たち全員がレーベと同じ練度であるのなら、厳しい戦いは必至であると思えるのだが……、

 

「隙があるとすれば、やっぱりビスマルク……か」

 

 数ヶ月の間ではあったけれど、性格やその他もろもろの情報を1番知っているのはこの俺である。

 

 それらを集約した上で有効な手立てを考えると、真っ先に浮かぶのがビスマルク。だが、俺には気がかりになる点があった。

 

「あのビスマルクがこちらを偵察しにきたとき、ちょうどチームが揉めていた。

 その情報を鵜呑みにしていてくれれば、非常にありがたいことなんだけれど……」

 

 もし、ビスマルクが自分自身の考えで偵察にきていたのであれば、なにも問題はないだろう。

 

 シンプルイズベストの思考で俺のチームが揉めていると勘違いをし、なめてかかってくれればこっちのモノだ。

 

 しかし、そもそもビスマルクが偵察にきたという時点で怪しい気がしてならない。

 

 おそらくだが、佐世保のチームにおける参謀――マックスの指示によるものではないかと、俺は思うのだ。

 

「もしそうだったとしたら、これが罠であると見抜く可能性も有り得るよな……」

 

 ぶっちゃけてしまうと、あの時点では完全にチームは分裂状態だったので、罠にかけたというのは語弊があるだろう。

 

 上手く引っ掛かってくれればめっけもの。仮にマックスが見抜いたとしても、デメリットはほとんどないんだけれど……。

 

「1番の問題は、純粋な能力の差がどこまであるか……なんだよなぁ」

 

 それを知るには、次の第2競技は都合が良い。

 

 全て子供たちが協力し合って対決するチーム戦――玉入れ競技がそろそろ始まるからだ。

 

「悩んでいたって仕方がないし、できる限り他の子供たちを観察して対策を練らないとな」

 

 俺はしおりをポケットに仕舞いこみ、代わりにいつも持ち歩いているメモ帳を取り出した。

 

 第3競技以降に向けて情報を書き込み、必ず勝利をもぎ取らなければいけない。

 

 全ては平穏な日々を手に入れる為、負ける訳にはいかないのだ。

 

『観客のみなさん、お待たせいたしましたっ!

 第2競技の準備が整いましたので、始めたいと思いますっ!』

 

 気づけば、レースを行っていた際のターン用ブイの姿は消え、代わりに海上に浮かせる為に改造された玉入れの籠が設置されていた。

 

『それでは、各チームの子供たちが入場ですっ!

 みなさん、拍手で迎えて下さいっ!』

 

 辺りから大きな拍手と歓声があがり、子供たちの姿が籠の周りへと集まってくる。

 

 それでは第2競技。

 

 対空砲玉入れ合戦の――始まりだ。

 

 

 

 

 

『さあ、準備はオッケーですかーーーっ!?』

 

「「「おーーーっ!」」」

 

 スピーカーから大音量で聞こえてきた青葉の声に、子供たちが一斉に手を上げて答えた。

 

 海上にある5つの籠の周りに、港湾のチームが4人、他のチームが5人の子供たちで輪になって囲っている。

 

 愛宕のチームは、暁、響、雷、電、比叡。駆逐艦4人に戦艦1人と、対空戦には決して悪くない編成だし、4人の姉妹のコンビネーションも気になるところだ。

 

 しおいのチームは、天龍、龍田、時雨、金剛、榛名。駆逐艦1人に軽巡洋艦2人、戦艦2人と、こちらもバランスが良さそうに見える。

 

 港湾のチームは、ほっぽ、レ級、ヲ級、五月雨。1人少ない編成ではあるものの、個人個人のスペックは計り知れないモノがある。

 

 まぁ、五月雨はドジを発揮しなければ……ではあるけれどね。

 

 俺のチームは、大井、北上、潮、夕立、あきつ丸。軽巡洋艦2人に、駆逐艦2人、そして揚陸艦のあきつ丸。

 

 子供たちの訓練を見ていない俺としては艦娘としての知識だけしか持ちえていない挙句、あきつ丸に至ってはほとんど分からない。

 

 だからこそ、ここでしっかりと調べておかないといけないのではあるが、1番気がかりなのはビスマルクのチームだ。

 

 レーベ、マックス、プリンツ、ろー、霧島。佐世保の4人に霧島が臨時加入しているが第1競技を見た俺としては、1番油断ならないけれど……。

 

「なんか、霧島だけ少し離れていないか……?」

 

 5人が輪になって籠を囲んでいるが、どうにもビスマルクチームの子供たちだけ間隔が均等に見えないのだ。

 

「それに、なんだか霧島の顔が怒っているような……」

 

 遠目ではあるが、霧島の頬や耳が真っ赤になり、表情が険しく見えるのは見間違いではないと思う。

 

 対して、レーベやマックス、プリンツは霧島の方に視線を向けず、まるで無視をしている感じにも見えちゃうんだよね……。

 

 ろーはいたって普通というか、いつも通りニコニコしているけれど。

 

 ………………。

 

 もしかして、ビスマルクのチームって……、揉めちゃっているんじゃないのだろうか。

 

 良く考えてみたら、佐世保のチームにいきなり舞鶴の1人である霧島が臨時加入したのであるが、ろーを除く全員が俺の争奪戦に参加しているはずなのだ。

 

 レーベやマックス、プリンツが、霧島を敵と見なしていると考えれば、チームワークどころの話ではなくなるんだけれど……。

 

「もしかして、付け入る隙が見つかった……ということかな……?」

 

 教育者の立場としてはよろしくない思考だけれど、運動会でチーム戦、更には俺の争奪戦が関わっている以上、背に腹は代えられない。

 

 俺はこのことをしっかりとメモ帳に記入したところで、再び青葉の声が聞こえてきた。

 

『それでは対空砲玉入れ合戦の前半戦を開始する……前に、ちょっとしたルールを説明いたしますっ!』

 

 すぐさま始まるかと思ったら、いきなり引っ掛けかよ……と突っ込みたくなる青葉の言葉に、観客の数人が某新喜劇の芸人みたいにズッコケる。

 

 かくいう俺も危なかったりしたけれど、椅子に座っていたおかげでなんとかなった。

 

『今回の競技は対空砲による玉入れです。

 ですので、艦載機の使用は禁止になりますから注意して下さいねー』

 

「……ヲヲ。仕方ナイネ」

 

 説明を受けたヲ級がガックリと肩を落とす。

 

「大丈夫ダヨ、ヲ級。レ級がイッパイ頑張ルカラサ」

 

 すると、そんなヲ級を慰めるように、レ級が肩にポンッと手を置いたのだが、

 

「見セテモラオウカ。戦艦ナノニ航空戦、砲撃戦、雷撃戦ヲ行エルトイウ、モ●ルスーツノ性能トヤラヲ!」

 

「レ級ハ、モ●ルスーツジャナイヨ?」

 

「イヤ、ココハ、モット、コウ……、ノリヲ大事ニシナイト……」

 

「悲シイケドコレ、戦争ナノヨネッ!」

 

「フッフゥー! レ級分カッテルー!」

 

「「イェーイッ!」」

 

 ……と、金剛と組んでいるときと変わらない漫才をかましてしまう、ヲ級&レ級だった。

 

 あとちなみに、今やっているのは戦争じゃなくて運動会だからねっ!

 

『見事な漫才を披露してくれたところで、そろそろ開始したいと思います!

 それでは、よーい……スタートッ!』

 

 

 

 パアァァァンッ!

 

 

 

 第1競技と同じ大きな空砲が鳴り響いた途端、子供たちが一斉に籠に向かって対空砲を構えた。

 

『なお、子供たちに当たっては危険なので、弾は全てスポンジ製の軽いモノとなっております。

 ですので、どんどん撃っちゃって下さいねーっ!』

 

 観客への説明をしっかりとやりつつ、青葉が実況を続けていく。

 

『さあ、開始早々どのチームが抜け出すかですが……、今のところ横ばいという感じですっ!』

 

 第1競技では元帥(ロボットのようなモノだったけれど)が解説を担っていた……というか、途中から割り込んできたんだけれど、高雄に破壊されてしまったおかげで青葉1人になっている。

 

 確か熊野も放送に参加していたはずなんだけれど、子供たちへの準備連絡でしか聞こえなかったから、おそらくは役割分担をしているのだろう。

 

 そんなことを考えてみたが、今俺がやらなくてはいけないのは別チームの子供たちを戦力分析することだ。

 

「まずは愛宕のチームからだな……」

 

 俺は遠目ながらもしっかりと見据え、声を聞き逃さないように耳を済ませる。

 

「ypaaaaa!(ウラー!)」

 

「さ、流石は響ちゃんなのですっ!」

 

「暁も負けていないんだからっ!」

 

「ってー!」

 

 暁、響、雷、電の4人姉妹は同じようなポーズで籠に向かって対空砲を撃ち、外れた弾を素早く回収しつつ装填し直しているのを見て、ちゃんと訓練を積んでいるのだろうと予想できた。

 

「私、頑張るからっ! 先生……、見ていて下さいっ!」

 

 唯一の戦艦である比叡も気合充分といった感じで対空砲から弾を発射する。

 

 叫んでいる内容がなんともコメントし辛いが、暁たちと同様に、ちゃんと動けているように見えた。

 

「チームワークも悪そうに見えないし、さっきのレースも3着だったから、この競技の順位によっては注意しないといけないな……」

 

 俺はメモ帳にペンを走らせながらもう1度5人を見据え、しっかりと記憶してから別の籠へと視線を向ける。

 

「撃ちます! ファイヤーッ!」

 

「榛名も全力で頑張ります!」

 

「先生……、見ていてね。僕、頑張るよっ!」

 

「オラオラオラオラオラーーーッ!」

 

「あらー。天龍ちゃんったら、スタンド使いみたいになっちゃってるー」

 

 うん。俺も龍田と同意見です。

 

 ……って、そういうことを調べているんじゃないんだけれど、このチームも問題なく動けているよなぁ。

 

 全体的に元気が良いし、参謀役の時雨も頑張っている。龍田の暴走が多少気がかりではあるけれど、主に天龍へと向けられるから心配しなくても良いかもしれない。

 

 ただ、天龍と金剛が弾を発射して一息つく度に、俺の方をチラチラと向いている気がするんだけれど。

 

 チームが違うとはいえ、その行動はもったいない。

 

 ちゃんと見ているから、今は競技に集中しなさいって感じである。

 

『もう少しで前半戦の3分が終了間近っ!

 ここで少しずつ差が出てきたかーーーっ!?』

 

 青葉の実況によって、観客の視線がある1点へと向かう。

 

 しかし、それは俺が危惧していたチームではなく、艦載機の使用禁止というルールによって圧倒的不利と思われていたチームの籠だった。

 




※次回予告タイトルを記入し忘れていました。
 現在は修正済みです。申し訳ございません。


次回予告

 対空砲玉入れ合戦が開始され、前半戦が終了間近に迫ったとき、あるチームが頭1つ抜きんでる。
誰もが想像しなかったかもしれなかった結果は、とある作戦の効果だった……っ!?


 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その44「チームワークの差」


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その44「チームワークの差」


 対空砲玉入れ合戦が開始され、前半戦が終了間近に迫ったとき、あるチームが頭1つ抜きんでる。
誰もが想像しなかったかもしれなかった結果は、とある作戦の効果だった……っ!?



 

 対空砲玉入れ合戦の前半終了時刻が迫ったとき、観客の視線が1つのチームに集中した。

 

『なんと、人数が1人少ない港湾チームが良いペースで籠に溜まっているーーーっ!』

 

 実況する青葉の声に熱が入るのも仕方がない。

 

 他のチームと比べても籠に入っている弾の数にそれほど大きな差がある訳ではないのだが、対空砲で弾を発射している子供の姿があまりに凄くてテンションが上がってしまったのだろう。

 

 かく言う俺も、その様子を見て驚きのあまりペンを走らせる手が止まってしまっている。

 

「ゼロ、ナクテモ、ホッポ……撃ツッ!」

 

「レ級、絶賛フル稼働中ニヨリ、イツモヨリ多メニ発射シテマス!」

 

 北方棲姫は単装高射砲、レ級は連装副砲で、弾をとんでもない速度で発射していた。

 

 確か、艦載機も使用できるはずの北方棲姫だが、禁止されてもなおその凄さは他のチームの子供たちでは到底敵うようなレベルではなく、完全に群を抜いている。

 

 良く考えてみれば、そもそも北方棲姫は他の子供たちと違い、あの姿で一端のボスクラス。ある意味運動会に参加してはいけないのではないかと思ってしまうほどだ。

 

 その代わりにチームの人数が1人少ないというハンデをつけ、バランスを取ったのだと予想していた。事実、北方棲姫だけで団体戦に勝とうとするならば難しいと思う。

 

 もちろんレ級も他の子供たちと比べて頭1つ抜けている感じだが、それ以上に驚いたのは、港湾チームの戦略についてだった。

 

「ホイ、ホイ、ホイッ……」

 

「はい、補充ですっ!」

 

「弾、オイテケッ!」

 

「2人トモ、アリガトネー!」

 

 北方棲姫とレ級は籠に向かって弾を撃ち、ヲ級と五月雨が外れた弾を回収して手渡していたのだ。

 

 こうすることで撃つ方は籠に向かって集中することができ、命中精度は格段に上がる。

 

 回収をするヲ級と五月雨も、やるべき動きが固定できるため、人数が少ない部分をフォローするばかりか、徐々に他のチームとの差を広げられる結果になっていた。

 

 つまりこれは、完全に戦略勝ち。

 

 チームのメンバー全ての能力を見極め、役割分担させた港湾の頭脳がガッチリはまったということだろう。

 

「これは、完全にしてやられたな……」

 

 他のチームの子供たちは弾を撃つことに集中していて、港湾チームの様子に気づいていない。

 

 いや、仮に気づいたとしても、前半が終了するのはもうすぐだから真似をするのは難しいし、誰がどちらを分担するかを決めている時間はなさそうだ。

 

 しかし、まだ後半が残っている以上、今のうちに誰かが気づき対策を練ることができれば変わるかもしれないが……。

 

 

 

 パアァァァンッ!

 

 

 

『ここで前半終了の合図ーーーっ!

 対空砲を撃つのを止めて待機して下さい!』

 

 その声に合わせ、子供たちがゆっくりと肩を落とす。

 

 視線のほとんどは自陣チームの籠の中。そして、次に他のチームの籠へと向けていく。

 

「お、おい。なんか、港湾先生のチームの籠、結構多くないか……?」

 

「あらー、天龍ちゃんの言う通りねー」

 

「ムムムッ! 私たちのチームに比べて、結構差が開いちゃってマース!」

 

「さすが……と言いたいところですが、榛名は諦めませんっ!」

 

「……ふむ。これほどの差が出るなんて、予想していなかったね」

 

 しおいチームの面々が相談し合い、何度も籠を見比べる。

 

「まぁ、ほっぽの強さは半端じゃないから、仕方ねーかな……」

 

「天龍ちゃんったら、泣きごとかしらー?」

 

「そ、そういう訳じゃねーけど、タイマン張っても勝てる気がしないからな……」

 

 天龍よ、それが泣きごとだと言うんだぞ?

 

 いやまぁしかし、仮に天龍が成長して立派な艦娘として出撃したとしても、タイマンで勝てる相手だとは思えないだろうな。

 

 強い相手には艦隊(チーム)で勝つ。協力し合うことが大事なんだということを、この運動会で学んで欲しいところだ。

 

「「「ざわ……ざわ……」」」

 

 同じく、他のチームの子供たちも港湾チームの籠に気づき、焦りの表情を浮かべていた。

 

「ど、どうして暁たちよりもあんなに多くの弾が入ってるのよっ!?」

 

「人数は響たちと比べて少ないはずなのに、これは謎だね……」

 

「こうなったら、後半で盛り返すしかないじゃない!」

 

「い、電も精一杯頑張るのですっ!」

 

 しかし、ここは前向きな子供たちが多く、気合を入れ直す面々。

 

「さすがに深海棲艦の姫をやっていただけのことはありますね……」

 

「なんだかプリンツが、姑にいじめられたから物影に隠れて親指の爪をガジガジと噛んでいるみたいですって!」

 

「ま、まぁ、僕たちよりもかなり多く籠に弾が入っているみたいだからね……」

 

「ふうん……。単純な戦力差……という感じだけじゃない気がするんだけど……」

 

 ビスマルクチームの子供たちは、それぞれが思い思いに考えていたりするみたいだが、ろーの例えが色んな意味で凄過ぎて冷や汗をかきそうなんだけど。

 

 昼ドラとかの影響を受けまくっていそうなのだが、昼寝の時間帯に放送しているのをどうやって見ているんだと、気になって仕方がない。

 

「………………」

 

 ただ、ここでも霧島は4人から少し離れた位置で籠を見上げ、会話には全く参加しなかった。

 

 やはり、完全に霧島だけがチームから孤立しているみたいだが、これは見ていて少し可哀相になってくる。

 

 いくら人数合わせの為とはいえ、どうにかならなかったのかなぁ……。

 

「こ、港湾チームの籠……、す、凄く入ってるね……」

 

「うむむ……。あきつ丸たちの籠とは、雲泥の差であります……」

 

「夕立、結構頑張ったぽいのに……」

 

「いやー。まだ前半戦が終わっただけだから、そんなにめげなくても良いんじゃないかなー?」

 

「そうですね、北上さんっ!

 後半で私たちが頑張れば、あれくらいの差なんて引っ繰り返せちゃいますよねっ!」

 

 そして今度は俺のチームの子供たちだが、北上のフォローによって落ち込み気味だったところをなんとか持ち直せそうだという感じだ。

 

 今回の競技は艦載機が使えないルールが追加されているが、あきつ丸もその影響を受けてしまっているはず。その場合、1番辛いのは俺のチームではないかと思ってしまうのだけれど、嘆いていたって仕方がないからね。

 

「フフフ……。他ノチームハ、僕タチノ戦術ニ敵ワナイミタイダネ」

 

「サスガハ港湾姉ノ案ダヨネー」

 

「オ姉チャン、サスガナノ……ッ!」

 

「そ、そうですよね……。いい感じで差がついちゃってますもんね……」

 

 喜ぶ3人に対し、五月雨だけは曖昧な笑顔で返答する。

 

 まぁ、自分以外が深海棲艦という状況だと、色々と気づかいも必要なのかも知れない。

 

 とはいえ、幼稚園で何度も顔合わせもしているだろうから、それなりにコミュニケーションは取れるはずなんだけど。

 

 ………………。

 

 あっ、もしかして、戦場でのトラウマ……とか?

 

 でもそれだったら、どうして五月雨をこのチームに入れたんだろうか。

 

 チームの振り分けをしたのは愛宕だったはずなんだけど、そういった情報を加味していないとは思え難いんだけどなぁ。

 

『さてさて、そろそろ休憩時間も終わりますが、子供たちの準備は宜しいですかーっ!?』

 

 青葉の声を聞いて、再び籠へと照準を合わせる子供たち。

 

 未だ他のチームの子供たちは港湾チームの戦略に気づいた様子はなく、このままではどんどんと差が開いてしまうだろう。

 

 もし、ここで作戦タイムが取れるのなら、俺は子供たちを呼び寄せて情報を伝え、なんらかの対処を考えるべきなのだが、それができない俺としては歯がゆくて仕方がない。

 

 唯一伝えられる方法としては大声で叫ぶ手しかないのだけれど、それをすればすべての子供たちに聞こえてしまうだろうし、それだけだと動揺の方が大きくなってしまう。

 

 港湾チームの戦略を真似しようとしても、子供たちだけで役割分担を即座に決められるとは思えないし、それらをすべて指示したとしても、やっぱり上手くいくとは思えない。

 

 なによりルール違反でないにしろ、勝ちにこだわり過ぎる行動を取ってしまうと、後々厄介なことになりかねない恐れもある。

 

 つまり、今俺にできることは……、

 

「夕立、潮、あきつ丸、北上、大井!

 後半で頑張って盛り返すんだーーーっ!」

 

「……うん。夕立頑張るっぽい!」

 

「う、潮も頑張ります!」

 

「不肖あきつ丸、少しでも差を縮めるであります!」

 

「あいよー、任されたよー。

 まぁ、大井っちと組めば、最強だよねー」

 

「……っ、もちろんですとも北上さんっ!

 酸素魚雷で海の藻屑にしてやりますっ!」

 

 気合を入れる子供たち……だが、テンションが上がり過ぎた大井がとんでもないことを口走ったせいで冷や汗モノなんですが。

 

 つーか、対空砲での玉入れ合戦なのに、魚雷を使う必要性は全くないからね……?

 

 しかしまぁ、これで子供たちの気持ちも前に向いてくれたみたいだし、後半戦も頑張ってくれるだろう。

 

 港湾チームにはかなわないまでも、他のチームより少しでも順位を上げることができれば次へと繋がるのは間違いない。

 

 1位が取れなければ2位がある。パンがなければケーキを食べれば良いとは言わないが、できることを全力尽くしてやらなければならないのだ。

 

 それは、俺の所有権を争う争奪戦の勝利だけではなく、チームの子供たち、そして他の子供たちにも頑張るということをしっかりと学べるように。

 

 そんな気持ちが、俺の心の中に強く、大きくなっている。

 

『ではでは、対空砲玉入れ合戦の後半戦――スタートですっ!』

 

 

 

 パアァァァンッ!

 

 

 

 大きな空砲が再び鳴り響き、子供たちが一斉に対空砲を発射する。

 

 港湾チームの子供たちは前半戦と同様に役割分担をしっかりとやり、他のチームとの差を大きく広げていった。

 

 途中、マックスがその戦略に気づいたのだが――、

 

「ふーん、そう……。なるほどね」

 

「え、どうしたの、マックス?」

 

「港湾チームの戦略が、分かったわ……」

 

 言って、マックスが砲撃を止めて港湾チームの方へと指をさす。

 

「……っ、そ、そうかっ!

 役割分担をすることで、砲撃と弾の回収を早めていたんだねっ!」

 

 驚いたレーベが声をあげたせいで、プリンツやろーにも伝わってしまった。

 

「こ、こうなったら、プリンツたちも同じ手を使いましょう!」

 

「で、でも、誰が弾の回収担当をするのかな……?」

 

「ろーちゃんは砲撃が大変ですから、担当を任されたですって!」

 

「それじゃあ、それでお願いしますっ!」

 

 上手くプリンツがまとめたものの、いきなり回収担当になったろーが上手く立ち回れるはずもなく、

 

「ろ、ろーちゃん、早く補充をお願いっ!」

 

「ひゃあっ!?

 弾が上手く拾えないですって!」

 

「こ、こうなったら僕も回収担当に……、うわぁっ!」

 

 焦りまくったろーの動きが酷いことになり、サポートに回ろうとしたレーベもミスを連発し、完全にペースが落ちてしまったのであった。

 

 そして更に、近くの愛宕チームがレーベたちの騒ぎに気づき、そこから港湾チームの戦略を知って動揺し、ビスマルクチームまでとはいかないもののペースを落としてしまった。

 

 恐れていたことが物の見事に的中し、改めて叫ばなくて良かったと思う所存であり、

 

 

 

 パアァァァンッ!

 

 

 

『ここで試合終了でーすっ!

 子供たちは砲撃を止め、待機して下さーい!』

 

 ガックリと肩を落としたビスマルクチームと愛宕チームの子供たちが、なんとも哀れに見えてしまった。

 

 対して、満面の笑みを浮かべた港湾チームの子供たちは勝利を確信し、

 

 結果、

 1位は予想通りに港湾チーム。

 2位は俺のチーム。

 3位はしおいチーム。

 4位は愛宕チーム。

 5位はビスマルクチームとなった。

 

 第1競技に引き続き、2位を奪取できたので良かった……と思うべきなのだろう。

 




次回予告

 港湾チームの作戦勝ち!
 とぼとぼと帰ってくる潮やあきつ丸を出迎え、慰めの言葉をかける主人公。
だけど、トータル的に見れば……と、北上が説明をし始めた。

 そして、第3競技の準備が整ったけれど……?


 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その45「相乗効果は半端じゃない」


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その45「相乗効果は半端じゃない」


 港湾チームの作戦勝ち!
 とぼとぼと帰ってくる潮やあきつ丸を出迎え、慰めの言葉をかける主人公。
だけど、トータル的に見れば……と、北上が説明をし始めた。

 そして、第3競技の準備が整ったけれど……?


 

 俺が待機しているテントに、第2競技の対空砲玉入れ合戦を終えた子供たちが帰ってきた。

 

「せ、先生……、ただいま帰りました……」

 

 おずおずと声を出した潮の表情は暗く、後ろに続くあきつ丸と夕立も同じようだ。

 

「うう……。不肖あきつ丸、恥ずかしながら帰還したであります……」

 

「港湾チームには、全然敵わなかったっぽい……」

 

 2人はそう言いながらガックリと肩を落とす。

 

「まぁ、そう言うけど、私たちもそこそこ頑張ったんだから、悪くはないっしょー」

 

「そうです!

 勝負には負けましたが、私と北上さんの友情はより一層深まりましたっ!」

 

 いや、それは運動会に全く関係ないんだけど……とは言えず、俺は小さなため息を吐きながら苦笑を浮かべ、慰めの言葉をかけようと口を開いた。

 

「いやいや、みんなはよく頑張ってくれたよ」

 

「で、でも……、1位は取れませんでした……」

 

「そうであります……」

 

「夕立がもっと頑張れたら……っぽい」

 

 しかし、3人は消沈したままで、明らかに覇気がない。

 

「おいおい、そんなに落ち込んじゃったら、次の競技に影響してしまうぞ?」

 

「そ、それはそうですけど……」

 

「このまま1位が取れなかったらと思うと、先生が不憫であります……」

 

 心配してくれるあきつ丸の言葉に、おもわずジーンと胸が熱くなってしまう俺。

 

「せっかく舞鶴に帰ってきたのに、また佐世保に行っちゃうっぽい……」

 

 だが、次に口を開いた夕立の言葉に、その本質を見いだせた。

 

「………………」

 

 潮、あきつ丸、夕立の暗い顔を、俺は数日前にも見ている。

 

 それは、俺が舞鶴に帰還するようにという指令書を見つけた、ろーたちと同じ顔。

 

 別れを感じた子供たちが落ち込む姿に、俺の胸が強く握り締められる。

 

 佐世保の子供たちも、舞鶴の子供たちも、この運動会が終わった後に俺と別れてしまうのではないかと危惧してしまっている。

 

 その切っ掛けによって、俺の所有権を奪って確保しようとする佐世保の子供たちのボルテージは非常に高くなったのだが、俺のチームの子供たちは続けて1位を取れなかったことによって一気に低下してしまったのだ。

 

 いや、しかし……、ちょっとばかり勘違いをしちゃっている節があるよね?

 

 ……ということで、ちゃんと説明をしようとしたんだけれど、

 

「あー、落ち込んじゃってるみたいだから言っちゃうけどさー。

 私たちのチームって、現在1位なんだよねー」

 

「「「「……えっ!?」」」」

 

 北上のツッコミに驚く、潮、あきつ丸、夕立と大井。

 

 ……って、なんで落ち込んでいなかった大井まで驚いているんだろう。

 

 俺の所有権とか、佐世保に連れていかれることに関して全く興味がないからかもしれないが、それはそれでちょっとへこんじゃうよねー。

 

 いやまぁ、分かっちゃいたけどさ……。

 

「各競技の順位によって点数が割り振られるんだけど、私たちのチームは連続して2位だったから、合計得点では今のところ1位なんだよ?」

 

「そ、そうなん……ですか……?」

 

「詳しく説明しておくと……、

 ビスマルクのチームは第1競技が1位で第2競技が5位だから、5+1で合計6点。

 愛宕先生のチームは第1競技が3位で第2競技が4位だから、3+2で合計5点。

 しおい先生のチームは第1競技が4位で第2競技が3位だから、2+3で合計5点。

 港湾先生のチームは第1競技が5位で第2競技が1位だから、1+5で合計6点。

 そして、私たちのチームは2回連続で2位だったから、4+4で8点なんだよねー」

 

 人差し指を立てながら説明していた北上は、最後にニヤリと笑みを浮かべながらそう言った。

 

「ということで、今の調子で頑張れば優勝も夢じゃないんだけど……って、あれ?」

 

「ぷしゅー……、であります……」

 

 またもやあきつ丸が頭から大量の湯気を立たせながら地面でうつぶせになっているんだけど、どれだけ計算が弱いんだよ……。

 

「つまり、今のところ夕立たちのチームが1位っぽい?」

 

「そうだねー。2つの競技では1位は取れなかったけど、総合点では頭ひとつ抜けちゃってるんだよー」

 

「そ、それじゃあ……、このままいけば……」

 

「みんなが心配している、先生が佐世保に連れていかれるのも阻止できるんじゃないかなー」

 

「そ、それは朗報でありますっ!」

 

 北上の言葉を聞いたあきつ丸が腕立て伏せをする要領で身体を浮かしながら大きく叫ぶが、その格好は疲れないんだろうか。

 

「もちろん、この後の競技の結果次第ではあるんだけど、今のところ調子は悪くないと思うんだよねー」

 

「別に私は先生がどうなろうと気にしませんけど、北上さんの為にも、この後の競技でも負けるつもりはありませんからっ!」

 

 言って、大井は俺からプイッと顔を背けていた。

 

 まぁ、なんだかんだと言っても順調にことが進んでいるのは間違いなく、心配そうにしていた潮、あきつ丸、夕立の表情も明るくなっている。

 

 説明しようとした俺の出足を見事に払ってくれた北上だが、大井の絡みを考えれば、これで良かったのだろう。

 

「……まぁ、そういうことだから、この後の競技も頑張ってくれよ」

 

「は、はい。わかりました……っ!」

 

「夕立も、全力で頑張るっぽい!」

 

「あきつ丸も、全身全霊で立ち向かうであります!」

 

 大きく頷く3人に、マイペースで手を振る北上。

 

 そして大井は無言ながらも小さく頷くのを見て、チームの気合は十分だと理解できたのであった。

 

 

 

 

 

『ぴんぽんぱんぽーん。

 続きまして、第3競技に参加する子供たちは集合場所に集まって下さーい』

 

 スピーカーから流れる声を聞き、周りの観客から少しざわめきが起こる。

 

 ……ってか、なんでチャイム音みたいなのを声でやっちゃうんだろうか。

 

 なんだか青葉と元帥の実況解説のときもそうだったけど、地味にクオリティが下がってきている気がするんだよなぁ……。

 

「さて、続けてあきつ丸の出番でありますなっ!」

 

「う、潮も……、頑張ってきます」

 

「ああ。2人とも怪我がないようにするんだぞ」

 

「了解であります!」

 

「は、はい。ありがとうございます、先生」

 

 陸軍式の敬礼をするあきつ丸と、大きなお辞儀をした潮が2人揃って集合場所へ向かうべくテントから出て行った。

 

「えーっと、次の競技は大玉転がしだったよねー」

 

「そうなんです、北上さん!

 この糞先生ったら、せっかくの2人競技なのに私と北上さんに任せないなんて、天罰が落ちれば良いと思うんですっ!」

 

「お、おいおい……。

 いくらなんでもそれはないぞ……大井……」

 

「そうだよ、大井っち。

 それに先生は、私と大井っちのコンビが第4競技で栄えると思ったんだろうしさー」

 

「ま、まぁ、北上さんがそういうなら我慢しますけど、私としては2人競技の全部を任せて貰っても良かったんですよっ!」

 

「あははー。それは頼もしい限りだけど、あんまり出過ぎたらしんどくなっちゃうよねー」

 

 北上は首を左右に振りながら苦笑を浮かべて答えてから、俺の方へと顔を向けた。

 

「ちなみに……先生、次の競技はどうしてあの2人に任せたのかな?」

 

「そりゃあ、大玉転がしという競技を考えたら力がある方が良いと思ったからだけど?」

 

「それはそうだけど、雰囲気的にこの競技は潮に合わないとか……思わなかったのかな?」

 

「そう……、思うのか?」

 

 北上の問いに俺は口元を少しだけ釣り上げ、そう答えた。

 

「……あれ? なんだか意味ありげな仕草だよねー」

 

「北上さんと喋っているのに見下した顔をするなんて……、もう1回海に叩き落としますよっ!」

 

「ちょっ、別に見下すなんて気はまったくないから、さすがにそれは勘弁してくれっ!」

 

 飛びかかろうとする大井に向かって両手を広げ、俺は降参の意を示す。

 

「それじゃあどうして、そんな顔をしたんですかっ!?」

 

「それは……、その……だな……」

 

「まぁまぁ、大井っち。

 先生もなにか考えがあるみたいだから、まずは競技の方に集中しようよ」

 

「で、ですけど……って、北上さんっ!?」

 

 不満げな顔を浮かべた大井だが、北上に服の裾を引っ張られたことによって機嫌が一気に良くなった。

 

「ほら、そろそろ始まるから、ちゃんと応援しないとねー」

 

「わ、わかりましたっ!

 頑張りなさい、2人ともーっ!

 負けたら先生を2度と浮上できないようにコンクリートの重しを両足に巻きつけてから海に叩き落としますからねーーーっ!」

 

「しゃ、洒落にならねえ発言がヤバ過ぎるんですがーーーっ!」

 

「せ、先生が確実に死んじゃうっぽいっ!」

 

 俺と夕立は2人揃って両頬に手を添え、ムンクの叫びのように疲労度MAXの表情を浮かべたのである。

 

 ちなみに、まだ出場する子供たちは海上に現れておらず、どこに向けて叫んだんだよって話なんですけどね……。

 

 大井、マジパネェ……。

 

 

 

 

 

 そうこうしている間にスピーカーからノイズのような音が聞こえてくると、今度は熊野と違う声が聞こえてきた。

 

『みなさまお待たせいたしましたっ!

 第3競技の準備ができましたので、子供たちの入場を開始しますっ!

 拍手でお迎え下さいませーーーっ!』

 

 テンションが高過ぎる気がするんだけど、青葉になにかあったのだろうか……?

 

 そんな心配をよそに観客から多くの拍手が上がり始め、続々と参加する子供たちの姿が海上に見えた。

 

『それでは参加する子供たちの紹介と参りましょう!

 まずはビスマルクチームより、プリンツちゃんと霧島ちゃんの2人ですっ!』

 

 実況に合わせて手を高々と上げて振るプリンツと霧島。プリンツの方は笑顔なんだけれど、霧島の顔は不機嫌そうにしか見えなかった。

 

『続きまして、愛宕チームより雷ちゃんと電ちゃんの2人ですっ!』

 

 それに対して、雷と電の顔はにこやかで、まさに満面の笑みといった感じに見えた……のだが、

 

「この競技で勝利を収め、先生に頼られまくっちゃうんだからっ!」

 

「はわわっ!?

 雷ちゃんったら、大胆なのですっ!」

 

 まったく恥ずかしげもなく叫ぶ雷に、自分の発言でもないのに顔を真っ赤にする電。

 

 そして、俺の方には観客から浴びせられる冷たい視線が……マジパナイ……。

 

『更に続いて、しおいチームより金剛ちゃんと榛名ちゃんの登場ですっ!』

 

「先生に向かって、バーニングラァァァブゥゥゥッ!」

 

「ば、ばあにんぐ……、ら、らぶですっ!」

 

 またもや恥ずかしげもなく両手でハートマークを作り、俺に向けて大声で叫ぶ金剛。そして、電以上に耳まで真っ赤にした榛名が、金剛と同じような格好で控えめな声をあげていた。

 

 そして背中に突き刺さる多数の視線。

 

 もうなんか、心臓までえぐり取られそうな感じなんで、海の方しか見られません。

 

『次は港湾チームより、レ級ちゃんとヲ級ちゃんの登場ですっ!』

 

 そして、この2人の名を聞いて嫌な予感しかしないと思っていたら、

 

「流派、北方不敗ハッ!」

 

「王者ノ風ヲッ!」

 

「全新!」

 

「系列!」

 

「「天破侠乱!」」

 

「「見ヨ! 北方ハ赤ク燃エテイルッ!」」

 

 見事にぶちかましてくれちゃってんじゃんかよぉぉぉっ!

 

 つーか、なんでそのチョイス!?

 

 この流れだと、俺に向けて爆弾発言するのが普通でしょぉぉぉっ!?

 

 ……って、それはそれでしんどいから止めて欲しいけど。

 

 そして、観客勢から大きな拍手が上がりまくっているのは、気のせいじゃないですよねぇっ!?

 

『そして最後は、先生チームよりあきつ丸ちゃんと潮ちゃんの2人ですっ!』

 

「あきつ丸、いっきまーーーす……でありますっ!」

 

「が、頑張りますっ!」

 

 どこぞの出撃シーンのようなあきつ丸と、控えめにも気合を見せる潮が最後に登場したが、いかんせん港湾チームのインパクトの後だと目立ち難かったものの、2人とも頑張ったのは褒めてあげたい。

 

 いや、ネタ振りはもういらないんだけどね……。

 

 

 

 ということで、第3競技に参加する全ての子供たちが海上に揃ったのである。

 




次回予告

 ヲ級とレ級、やり過ぎです。

 そして始まる第3競技……の前に内容の説明をして、やっとこさ開始と思いきや……。
またもや発生した問題を乗り越えて、子供たちは頑張れるのかっ!?


 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その46「ぶっつけ本番だから仕方がない?」


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その46「ぶっつけ本番だから仕方がない?」


 ヲ級とレ級、やり過ぎです。

 そして始まる第3競技……の前に内容の説明をして、やっとこさ開始と思いきや……。
またもや発生した問題を乗り越えて、子供たちは頑張れるのかっ!?



 

『それでは第3競技のルール説明です!

 子供たちよりも大きな運貨筒を2人で転がして速さを競うんですが、運動会で良くある大玉転がしを想像していただければ分かり易いです!』

 

 競技に参加する子供たちや俺なんかは事前に内容が分かっているから大丈夫なんだが、お客さんの中には説明が必要なのだろう。

 

 しかしまぁ、子供たちの前にはすでに運貨筒が配置されているし、パッと見ただけでおおよその予想はつきそうなモノではあるんだけれど。

 

『ただし、陸上の大玉転がしと違う点は、後ろから押して運ぶだけではないというところでしょう!

 運貨筒は本来えい航して運ぶ物ですが、方法は各チームに委ねられています!』

 

 力強く説明する青葉の声に、観客の方から納得するような言葉や頷く仕草が見受けられた。

 

 つまり、子供たちの背丈の倍近くもある大きな運貨筒を、押して転がす以外の方法でも構わないと言っているのだが、普通に考えれば無理だろうと思ってしまう。

 

 だがそこは小さくとも艦娘。その力の怖さを俺は重々知っているので、生半可な眼で見るようなことはしない。

 

『押して良し、引いて良し。更には上に乗ってサーカスのように運んでも全く問題ありませんっ!』

 

 その言葉と同時に観客からどっと笑い声が上がったものの、本気でそれをやったら色々と危ないから止めて欲しいというのが俺の本音である。

 

 この競技に参加する子供たちの中で、そんなことをしようと考えるのは……、

 

「ナルホド。上ニ乗ッテ転ガストイウ手モアルンダネ!」

 

「安定ハシナイト思ウケド、ソレデオ兄チャンガ注目シテクレルナラ……アリカモシレナイッ!」

 

 そう言ってグッと拳を強く握りしめたヲ級だが、少し考える素振りをしてから首を左右に振った。

 

「マァ、ソレデ失敗シチャッタラ元モ子モナインダケドネー」

 

「ヲ、ヲ級ガ真面目ニ考エテル……ッ!?」

 

「オイオイ、ジョニー。僕ハイツダッテ真面目ダゼ?」

 

「ソウイエバソウダッタネ!

 真面目ナヲ級トイエバ、知ル人ゾ知ル有名人ダッタヨ!」

 

「ブログデノ人気モ鰻登リダカラネ!」

 

「「HAHAHA!」」

 

 通信販売でよくあるテレビ番組顔負けのアメリカンな笑い声を上げるヲ級とレ級を見て、俺はガックリと肩を落としていたのだが、

 

「ぷぷぷ……。やっぱりあの2人って、いつ見ても面白いよねー」

 

「そうですね、北上さん。ヲ級と金剛のコンビ芸も良いですけど、漫才ならレ級の方が1ランク上だと思いますっ!」

 

「いやー。たぶんこのまま腕を上げたら、最年少で上方漫才に加入できそうじゃないかなー」

 

「舞鶴幼稚園始まって以来の快挙ですけど、私と北上さんじゃないのがちょっぴり悲しいです!」

 

 叫びつつも悲しそうな表情を浮かべる大井だが、北上と漫才をしているところが全く思い浮かばないのはなぜなんだろう。

 

「たぶん、抱きつこうとするばかりでネタ振りをしなさそうっぽい……」

 

「だろうなー……って、どうして俺の考えを的確に察知できたんだっ!?」

 

「先生の考えてることは、顔に思いっきり出るっぽい!」

 

「力強く断言されただけに心へのダメージが半端じゃねぇっ!」

 

 まるで心臓にグッサリと刃物が刺さったような感覚に襲われ、膝を折ってその場に倒れ込む俺。

 

 つーか夕立にまでそんなことを言われてしまったら、俺を癒してくれる相手が本当にいなくなってしまうんじゃないのだろうか。

 

『えー、お約束の漫才も終わったようなので、更に説明を続けます。

 コースは第1競技とまったく同じで、直線を進んだ後にターンブイを折り返してスタート地点に戻ります。

 直線は速さを。折り返しでは正確さを求められる内容になっていますねっ!』

 

 説明を聞いた瞬間、観客一同がうんうんと頷いた。

 

 まぁ、レーベや五月雨のトラブルを見たことを考えれば、非常に分かりやすい説明だったのだろう。

 

『さて、それではそろそろスタートしたいと思いますが、みなさん準備はオッケーですかーーー!?』

 

「「「はーい!」」」

 

 各チームの子供たちが一斉に手を上げ、元気良く返事をした。

 

 うむ。こういうシーンは非常に心が癒される。

 

 少しだけど、HPが回復した感じがするな。

 

『それでは全力で頑張って下さいっ!

 レディー……』

 

 青葉の声に子供たちの表情が一変し、運貨筒に手を添え、いつでもスタートを切れるように体勢を取った。

 

 ほんの少しの間が長く感じ、子供たちの緊張がひしひしと伝わってきたような気がした瞬間、

 

『ゴーーーッ!』

 

 青葉の叫び声と同時に乾いた空砲が鳴り、観客から盛大な歓声が上がる。

 

 そしてほぼ同時に子供たちがスタートを切った……かに思えたのだが、

 

「ふぁいやー……って、あれれれ?」

 

「はわわわ……、重いのです……」

 

「むぐ……ぐぐぐぐぐ……」

 

「ヲ……ヲヲ……」

 

 必死に運貨筒を押そうとする子供たちが顔を真っ赤にしているのだが、前に進むどころか回転すらほとんどしていない。

 

『は、始まった途端にアクシデント発生かーーーっ!?』

 

 実況する青葉もなにが起こったのか分からないようで、とりあえず思い浮かんだことを口走ったような感じであったのだが、その後小さい声で話し合っている声が聞こえてきた。

 

『ちょっと、どういうことなんですかっ!?

 運貨筒が全然動いてないですよっ!』

 

『あの運貨筒を準備したのは元帥でしたけど、またなにかやらかしたのかしら……』

 

『冷静に喋っているように見えますけど、顔面に汗がびっしょりですよねっ!?』

 

『こんなことになるのなら、首をもぐんじゃありませんでしたわ。

 まさか自分自身に馬鹿め……と言わざるを得ないなんて……』

 

『いや、そんな自分を貶めなくても良いですから、この状況をどうにかしないことには……』

 

 ……とまぁ、思いっきり焦りまくっているのは明白であり、またもや元帥が原因だったんだと判明するも時すでに遅し。

 

 このままでは第3競技はどうなるんだと観客からも不安の声が聞こえてくる中、少しずつではあるが子供たちが押している運貨筒に動きが見えた。

 

「どっせーーーい……でありますっ!」

 

 あきつ丸の必死な声が聞こえ、徐々に押している運貨筒が回り出す。その横にいる潮も顔を真っ赤にしながら押し続け、徐々にその動きが加速していった。

 

「わ、私たちも負けてられまセン!

 榛名、頑張りマスヨーーー!」

 

「は、はい、金剛お姉さま!」

 

 あきつ丸と潮の運貨筒が動き始めたことによって周りの子供たちにもより一層の気合が入り、同じように回転し始める。

 

『おっと、ここであきつ丸ちゃんと潮ちゃんの運貨筒が少しずつ進みだしているーーーっ!』

 

 その様子を見たのか、少し安心した様子の声がスピーカーから流れ、観客から大きな声援が飛び始めた。

 

「がんばれー! 負けるなー!」

 

「気合があれば、なんでもできるぞー!」

 

「諦めんな! 諦めるんじゃないっ!」

 

『そして観客の皆さんからも大きな応援が飛び交い、他のチームも徐々に進みだしたぞーーーっ!』

 

「い、電だって、頑張ればできるのです……っ!」

 

「こ、こんな重さくらい……雷には大丈夫なんだからっ!」

 

 プルプルと両腕を震わせながらも、前に進もうと必死に頑張る電と雷。

 

「ファイトー!」

 

「イッパーツッ!」

 

 緊張感の欠片どころか、ここぞとばかりにネタを投下し、ちゃっかり運貨筒を前に押し出すヲ級とレ級。

 

 しかしそんな中、まったく運貨筒に動きが見えないチームが1つだけあった。

 

「なにをしてるんですかっ! ちゃんと押して下さいよっ!」

 

「霧島はちゃんとやってますっ! そっちこそ手を抜いてるんじゃないんですかっ!?」

 

 運貨筒を押すどころかいきなり言い争い始めたビスマルクチームの2人が、今にも取っ組み合いの喧嘩になりそうな雰囲気になっている。

 

 第2競技のときから大丈夫なのかと思っていたが、このままだと非常にマズイのではないだろうか。

 

『おおっとここで、プリンツちゃんと霧島ちゃんのようすがおかしいぞーーーっ!?』

 

 実況する青葉も気づいたのか、喧嘩を止めようと明確に声にして2人を制止させようとしたのだろう。

 

「「……っ!」」

 

 それに気づいたプリンツと霧島は辺りをキョロキョロと見回し、大きなため息を同時に吐いてから面と向かい合った。

 

「ここはハッキリさせたいところですけど、今は競技中ですから仕方ないですっ!」

 

「それはこっちの台詞です……が、負けては元も子もありませんからね」

 

 そう言った2人は「フンッ!」と大きく鼻を鳴らしてから運貨筒に向き、両手を添えて力を込め始めた。

 

「むぐぐ……っ!」

 

「せぇぇぇいっ!」

 

 まるで怒りを力に変換したのか、運貨筒がゆっくりと回り出して前に進む。

 

 こうして全てのチームのスタートが切られ、遂にレースが動き始めたのである。

 

 

 

 

 

 運貨筒の重さのせいで動きが鈍かったものの、1度回転し始めればスピードも出るらしく、勢いがついてレースらしい状況になってきた。

 

『真っ先に動き出したのは先生チームのあきつ丸ちゃん&潮ちゃんコンビ!

 その後を追うのはしおいチームの金剛ちゃん&榛名ちゃんですが、徐々に差を詰めてきているぞーーーっ!』

 

「私たちの力はまだまだこんなもんじゃないネー!

 榛名、どんどん押しますヨー!」

 

「はい、金剛お姉さまっ!

 榛名、全力で頑張りますっ!」

 

 大きな声を上げる金剛と榛名がグイグイと両手で運貨筒を押す。

 

「こ、金剛ちゃんたちに追いつかれちゃいそうです……」

 

「あきつ丸たちも必死で押すでありますよっ!」

 

「う、うん……っ!」

 

 声に驚いて振り返った潮が、焦りながらあきつ丸と互いに声を掛け合って押し続けた。

 

 しかし、金剛たちのスピードが徐々に勝ってきたのか、その差はほとんどなく並列状態になっている。

 

「か、完全に勢いが負けているであります……たぶんっ!」

 

「た、たぶんじゃなくて、追い抜かれちゃいます……」

 

『ここで遂に戦闘が入れ替わったーーーっ!

 あきつ丸ちゃん&潮ちゃんコンビが2位に転落っ!

 そして更に後ろから漫才コンビもやってきているぞーーーっ!』

 

 いつの間にやら勝手な名前がつけられていたヲ級&レ級コンビがスピードを増し、あきつ丸たちのすぐ後ろを追いかけていた。

 

「誰ガ漫才コンビヤッチューネンッ!」

 

「怒ルデシカシッ!」

 

 かけてもいない眼鏡の位置を直すフリをする段階で認めてしまっているようなモノなんだけれど、2人とも芸人気質なんだから仕方がないのだろう。

 

 ……って、俺までもが完全に認めちゃっているよね。

 

 まぁ、あれだけボケとツッコミをかましまくってたら自業自得だけどさ。

 

 それに本人たちも嫌じゃないみたいだろうし、放っておくことにしよう。

 

 つーか、やっぱりレ級のネタは古過ぎですよ?

 

「くぅぅ……、このままでは抜かれてしまうでありますっ!」

 

「う、潮、頑張っているんですけど……っ」

 

 必死に頑張るあきつ丸と潮だが、その努力もむなしくヲ級とレ級のコンビに差を縮められ、遂には追い抜かれてしまった。

 

『出だしこそ好調だったあきつ丸ちゃん&潮ちゃんコンビがまたしても順位を落としてしまったーーーっ!

 先頭は金剛ちゃん&榛名ちゃんコンビ、そして続くヲ級ちゃん&レ級ちゃんコンビ、そして必死に頑張るあきつ丸ちゃん&潮ちゃんコンビですが……』

 

 ……と、いきなり青葉が言葉を詰まらせたかのように実況を止めた。

 

 またもや元帥辺りが問題を起こしたんじゃないだろうかと心配しそうになったが、実況席には高雄も居ることから大丈夫だろう……と思ったのも束の間、俺の視界には予想していなかった状況が映ったのであった。

 




次回予告

 青葉の実況が詰まり、主人公の目に驚きの光景が映る。
主人公のチームは劣勢に……どころか、忘れ去られそうな勢いにっ!?

 そして、完全に勘違いしていたことが発覚し、焦ったところで時すでに遅し……。


 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その47「地上と海上の差」


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その47「地上と海上の差」


 青葉の実況が詰まり、主人公の目に驚きの光景が映る。
主人公のチームは劣勢に……どころか、忘れ去られそうな勢いにっ!?

 そして、完全に勘違いしていたことが発覚し、焦ったところで時すでに遅し……。


 

「「どっせーーーーーいっ!」」

 

 仲違いからスタートが遅れ、完全においてけぼりを食らったかのように思われていたプリンツ&霧島コンビが、大きな叫び声と共に怒涛の追い上げを見せていた。

 

『なんとここで最後尾に居たプリンツちゃん&霧島ちゃんコンビがいつの間にか4位に浮上ーーーっ!』

 

「はわわわわっ! 抜かれちゃったのですっ!」

 

「なにようもうっ! 雷も電も全力を出してるのにっ!」

 

 悲鳴に似た声をあげながらも運貨筒を押し続ける雷と電。しかしプリンツ&霧島のコンビとの差はどんどん開き、みるみるうちに大きく離されてしまった。

 

 出だしで全く動きが見られないほどの重い運貨筒だっただけに、このレースに必要なのは純粋な力であると思ってはいたんだけれど……、

 

『恐ろしいまでの速度に雷ちゃん&電ちゃんコンビでは太刀打ちできないーーーっ!

 そして更に、序盤から順位を落としているあきつ丸ちゃん&潮ちゃんコンビにも襲いかかろうとしているぞーーーっ!』

 

 単純に考えれば姉妹艦という括りがあるとはいえ、子供たちごとに馬力は違うだろう。そうなると、この競技には戦艦クラスの子を採用するのが最適であると思ったのだが、困ったことに俺のチームには夕立と潮の駆逐艦と、北上と大井の軽巡洋艦、そして陸軍からの揚陸艦であるあきつ丸の5人だったのだ。

 

 この中から2人を選んだとしても、おそらく他のチームに勝てる見込みは薄いかもしれない。しかし、陸軍仕込みのあきつ丸に期待しつつ、もしかすると……と思って潮を採用したのだが……、

 

「あ、あきつ丸……ちゃん。後ろから……また……っ」

 

「こ、これ以上順位を落とすのは避けたいでありますっ!」

 

 焦る2人であるが、プリンツ&霧島の運貨筒がとてつもない速度で近づいてくる。

 必死で押し続けるあきつ丸と潮のコンビネーションは悪くないものの、いかんせん出だしの加速以外は目を見張るものがない。

 

「ちょっと、そんなにそっちにばっかり力を込めたら、変な方向に曲がっちゃうじゃないですかっ!」

 

「それならそちらがもっと押せば良いことでしょう!

 それともこの程度があなたの限界だというんですかっ!?」

 

「い、言いましたねーーーっ!

 ふぁいやーーーーーっ!」

 

 対して、全くといってよいほどコンビネーションが取れてないプリンツ&霧島コンビであるが、運貨筒の速度は群を抜いて速く、今のところ真っ直ぐに進んでいた。

 

「わぷっ!?

 水がいっぱい顔にっ!」

 

「グダグダ言う暇があったらもっと押しなさいっ!」

 

「さ、さっきから、うるさいですよぉっ!」

 

 このように喧嘩と変わらない言い合いをしまくっていても、速度は更に上がっていく。

 

 そして気づけばあきつ丸たちの運貨筒と横並びになり、なんの問題もなく追い抜き去ってしまったのだった。

 

『ここで遂にプリンツちゃん&霧島ちゃんコンビが3位に浮上ーーーっ!

 そしてスタート時にトップだったあきつ丸ちゃん&潮ちゃんコンビがまさかの4位に転落ーーーっ!』

 

「うぅ、不甲斐ないであります……反省っ!」

 

「あ、あきつ丸ちゃん……、落ち込んでないで、頑張って押さないと……」

 

「そ、そうでありましたっ!」

 

 潮に促されて再び運貨筒を押すあきつ丸だが、速度は思うように上がらない。それどころか、最下位に転落していた雷と電のコンビにさえ、追いつかれてしまうのではないかという状況に陥っていた。

 

「ど、どうしてなんだ……。あきつ丸の力があれば、それなりに速度が出ると思っていたのに……」

 

 あまりに予想できなかった展開を見た俺は、額に汗を浮かばせながら思わず呟いてしまう。

 

「……ん?」

 

 すると、背中の辺りをツンツンと突くような感触を覚え、後ろへ振り返ってみた。

 

「あのさー、先生。ちょっと勘違いしちゃってないかな?」

 

「か、勘違い?」

 

 いきなりそんな言葉をかけられても……と思ったが、今までの北上の行動や思考から導き出せば、先ほど呟いた言葉ではないだろうかと察しがつく。

 

「それって……、あきつ丸の力についてのことか?」

 

「うん、その通りなんだけどさー……」

 

 そう言った北上は人差し指を口元に添え、あきつ丸と潮が押す運貨筒を見ながら呟いた。

 

「先に聞きたいんだけど、先生はこの競技について1番必要な能力がなにかを考えたんだよね?」

 

「そ、そりゃあちゃんと考えたぞ。

 大玉転がしには力と体力が必要だから、陸軍仕込みのあきつ丸なら任せられるだろうって……」

 

「それってさ、陸上でのことだよね?」

 

「……あっ!」

 

 北上に突っ込まれた瞬間、俺の頭が真っ白になる。

 

 チーム分けを聞いたのは昨日のスタッフルームでのこと。そして食堂でビスマルクとひと悶着を起こした後、寮への帰り道で子供たちをどんな役回りで担当させるかを考えていた。

 

 しかし、当日の朝になって知ったのは、グラウンドではなく海上での運動会。子供たちは専用の艤装を装着し、艦娘として海の上に立っている。

 

 そうなれば、俺が知っている子供たちの能力は陸のモノであり、海上とは違うかもしれないということを頭の中に入れていなかったのである。

 

 ……まぁ、あまりに突発過ぎて考える暇がなかったとも言えるんだけど。

 

 いやしかしそうであったとしても、そこまで大きな差が出るとも思えないんだけれど……。

 

「ちなみに説明しておくとさ、海上で必要になる馬力の数値で1番小さいのは、あきつ丸だかんね?」

 

「………………え?」

 

「ぶっちゃけちゃうと、潮の3分の1にも満たないよ?」

 

「ちょっ、ちょっと待ってくれ。

 あきつ丸は幼稚園でも無類の体力を発揮しまくっていたことがあるんだぞっ!?」

 

 ビーフジャーキーを目当てのメンチに追いかけられていたことなんだが、相当走りまわされたらしい。

 

「だから、それはあくまで陸の上のことであって、海上で速度を出せるのはやっぱ馬力だよ?」

 

「じゃ、じゃあ、どうしてうちのチームの運貨筒が1番最初に動き出せたんだ?」

 

「おそらくは上半身というか単純な腕力だと思うけど、いざ海上で動き出しちゃったら馬力がモノを言うよねー」

 

 そう言って、北上はなぜか自慢げな顔で「ふんっ」と鼻息を荒立てた。

 

「さすがは北上さんっ!

 物知り過ぎて惚れちゃいそうですっ!」

 

「えっへっへー。

 褒められるのは嬉しいんだけど、そんなに抱きつかれたら苦しくなっちゃうよ……」

 

「それは我慢して下さいっ!

 私は今、北上さん分を補給しているんですからっ!」

 

「き、北上さん分ってなにさ……」

 

 ボソリと呟いた北上だが、大井は全く気にする素振りもなく抱きつきまくっている。

 

「結局、いつも通りっぽい……」

 

 小さな夕立の呟きが耳に入ってきたものの、俺の頭の中では完全に失敗してしまったことに対する後悔だけがグルグルと回り廻っていた。

 

 確かに北上の言う通り、俺があきつ丸をこの競技に押した理由は幼稚園での動きを見たからだ。

 

 しかし、今行っているのは海上でのことであり、陸とは違う能力が必要となるのは当たり前だろうし、艦娘としての能力を1番に考えなければならなかったはずなのにどうして俺は……。

 

「……くそっ!」

 

 あまりにも不甲斐ない自分を戒めるように、自らの頬をパシンと叩く。

 

 それでも気が済まない俺は、どうすれば良いかと頭の中で考えていると……、

 

「まぁ、そこまで落ち込まなくても良いと思うよ、先生。

 佐世保から帰ってきたのは昨日なんだし、考える時間も少なかっただろうからねー」

 

「し、しかし、俺が失敗してしまったことでチームの勝利が遠のいてしまったことには変わりないんだぞ……」

 

 そしてそれは、俺自身の所有権を失いかねないということにもなる。

 

「そうは言うけどさ、単純に性能だけで勝ち負けを決めるのも良くないと思うんだよねー。

 それに、チームを指揮する先生がそんな感じになっちゃったら、数少ないチャンスすら見逃しちゃうかもしれないよ……っと」

 

 北上はそう言ってから海の方へと顔を向け、「ほらほら、まだまだレースは終わってないんだから、頑張って行こーーーっ!」と叫ぶように応援をする。

 

「あきつ丸ちゃん、潮ちゃん、頑張れっぽいーっ!」

 

「少しでも巻き返しなさいっ!

 そうじゃないと、ここに居る先生を海に叩き落としますよーーーっ!」

 

 2人も北上と同じように応援し……って、どうして大井は俺を海へ落としたがるのかなぁっ!?

 

「ほら、先生。

 ちゃんと応援してあげないとね」

 

「あ、あぁ。そうだよな」

 

 振り返った北上に促された俺は、みんなに負けないように両手をメガホンのように口に添え、

 

「頑張れー、負けるなー、力の限りーーーっ!」

 

「……なんだか、色んなところに引っ越しするっぽい?」

 

「部下の方が偉そうなんだよねー」

 

 ……と、ボケをする気は全くなかったのだが、思いついた言葉が駄目だったようだ。

 

 うむむ……、反省。

 

 

 

 

 

『現在トップは金剛ちゃん&榛名ちゃんコンビ!

 そして2位はヲ級ちゃん&レ級ちゃんコンビだが、ジワジワと差を縮めているプリンツちゃん&霧島ちゃんコンビが襲いかかるかーーーっ!?』

 

 あきつ丸と潮を必死で応援する中、観客の視線は先頭集団へと向けられていた。

 

「2位との差は今のところ大丈夫そうですケド、霧島の方が気になりマスネー」

 

「追い上げてくる速度がかなり凄いです。さすが霧島というところでしょうか……」

「もしものことがありますカラ、ちょっとでもリードを取れるように頑張りマスヨー!」

 

「はい、金剛お姉さまっ!」

 

 金剛と榛名は持ち前の馬力を生かして運貨筒を押し、大きな水しぶきをあげながら折り返し地点へと進んでいく。

 

「ムゥ……。差ガ少シズツ開イテイルヨネ、ヲ級?」

 

「オーゥ……。単純ナ馬力デハ敵イソウニナイデスネー」

 

「ドウスル?」

 

「処ス? 処ス?」

 

「ドウヤッテ処ス?」

 

「ソレハ考エテナイカナー」

 

「ダメジャン、ヲ級……」

 

「アイヤー。僕モマダマダアルネー」

 

 一方2位の港湾チームは、訳が分からない漫才をやりつつも金剛たちを追っていた。

 

 ……真面目にやっていたら、もう少しなんとかなりそうな気がするんだけどなぁ。

 

 いや、あの2人だからこそ、あれで力が出るのかもしれないけれど。

 

 色んな意味で訳が分からない。つーか、レ級と絡んでいると弟としての影が薄くなっちゃっていないか?

 

 これはたぶん、ル級の影響が大き過ぎるんだろうなぁ……。

 

「わわっ! ちょっとこっち側に押し過ぎですよっ!

 もう少しバランスを考えて下さいっ!」

 

「そっちがちゃんと押せば良いだけのことでしょうっ!」

 

「むむむっ、そっちがその気だったら……、てりゃーっ!」

 

 互いにバチバチと火花が散るように睨み合いながらも、器用に運貨筒を押し続けるプリンツと霧島。

 

 その速さは遅くなるどころか更に加速し、遂にヲ級とレ級の港湾チームに追いつこうとしていた。

 




次回予告

 チームワークは最悪。だけどなぜか滅茶苦茶早いプリンツ&霧島コンビ。
このままヲ級&レ級コンビは抜かれてしまうのか、それともなにか逆転の手が……ってマズイ気が

 そして更にはある子供が策を練っていて……?


 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その48「待て、慌てるな、それは……」


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その48「待て、慌てるな、それは……」


 チームワークは最悪。だけどなぜか滅茶苦茶早いプリンツ&霧島コンビ。
このままヲ級&レ級コンビは抜かれてしまうのか、それともなにか逆転の手が……ってマズイ気が

 そして更にはある子供が策を練っていて……?


 

『最下位からスタートしたプリンツちゃん&霧島ちゃんコンビが、ついに3位のヲ級ちゃん&レ級ちゃんコンビに追いついたーーーっ!』

 

 白熱する青葉の絶叫が響き渡り、観客からも多数の声が湧きあがる。

 

「いけー、そこだーっ!」

 

「ヲ級ちゃん、抜かれないでーーーっ!」

 

「チクショウメェーーーッ!」

 

 相も変わらず1人だけ変を通り越しているのだが、そこは気にしないでおく。

 

「前を抜いたら、あとは金剛姉さまのチームだけですっ!」

 

「言われなくても分かってますよーだっ!」

 

 応援によってプリンツと霧島に気合が入った……というよりかは、単純にいがみ合っているだけなんだけれど、どうしてそんな状況でも運貨筒を進ませ続けられるかが不思議でたまらない。

 

 しかし、現実に眼の前でヲ級とレ級の運貨筒を苦にもせずに抜き去るプリンツと霧島を見ては、納得しざるを得ないだろう。

 

「ハッヤッ! ナニアレ、メッチャハヤイヨッ!?」

 

「オオゥ……。アレニハサスガニ、敵ワナイカナ……」

 

 ガックリと肩を落としつつも運貨筒を押し続けるヲ級とレ級。

 

 ヲ級の諦めが良過ぎる点がなんとも怪しいし、こういうときはなにかしらの妨害行為をするかもしれないと思っていただけに、なんとも期待外れというのが俺の心境である。

 

 さすがに言い過ぎかもしれないが、ヲ級の性格を1番分かっているだけに正直驚いているんだよね。

 

「マァ、触ラヌナントヤラニ祟リナシッテネ」

 

「……ソレッテ、ドウイウ意味?」

 

「ヤバイ相手ハ、スルーニ限ルッテコトダヨ」

 

「ンー……。デモ、レ級トヲ級ダッタラ、勝テナクモナインジャナイ?」

 

「ドウヤッテ?」

 

「処ス」

 

 そう言ったレ級は、いきなり運貨筒から手を離して前を行くプリンツと霧島に向けようとする。

 

「イヤ、砲撃スルノハ駄目ダヨ」

 

「コレダッタラ手ッ取リ早イヨ?」

 

「愛宕ト港湾カラ怒ラレルケド、イイノ?」

 

「ウグッ、ソレハ……困ルカナ……」

 

 レ級は顔をひきつらせて再び手を運貨筒に添えた。いやはや、これはヲ級のナイスフォローだ。

 

 もしここで砲撃なんかをしてしまえば運動会どころじゃなくなるところだし、これだけ多くの観客が居る前では言い訳なんかできようもない。

 

 そうなってしまったら最後、幼稚園にヲ級やレ級、ほっぽに港湾の居場所がなくなるどころか、場合によっては同盟関係も崩れてしまうかもしれないだろう。

 

 それらを考えれば、本当にヲ級は良く止めてくれた……と思うのだが、そもそもこの競技に関してのルールというか、やって良いことや悪いことの区別をしっかりとレ級に教えていないのだろうか?

 

 本来ならばチームを監督する港湾の役目なんだが、忘れていたなんてことはさすがになさそうなんだけどなぁ……。

 

『プリンツちゃん&霧島ちゃんコンビがここで2位に浮上ーーーっ!

 3位に転落したヲ級ちゃん&レ級ちゃんの踏ん張りもむなしく、その差はどんどんと開いていくーーーっ!』

 

 そうこうしているうちにヲ級たちの運貨筒を軽々と抜いていったプリンツたちは、先頭を行く金剛と榛名の背中をロックオンするかのように目を光らせた。

 

「あとは金剛姉さまのチームだけですねっ!」

 

「言われなくても、分かってますよーだっ!」

 

 全くもって関係が改善しそうにないプリンツと霧島のコンビも、運貨筒の速さだけはとてつもない。

 

 しかし、実況で状況を判断していた金剛と榛名は焦ることなく運貨筒を押しながら、チラリと後方を伺っていた。

 

「フム。さすがは霧島と言いたいところですケド……、分かってますネ、榛名ー?」」

 

「は、はい、金剛お姉さま。榛名は大丈夫ですっ!」

 

 榛名は金剛に顔を向けてコクリと頷き、少し体勢を傾けて運貨筒の側面から前方を見据え、折り返し地点であるターン用のブイの位置を確認する。

 

「残り100メートルほど前方ですっ!」

 

「オッケーですネー!」

 

 叫ぶように答えた金剛がニヤリと笑みを浮かべると、榛名はもう1度頷いて運貨筒から手を離した。

 

 そしてそのまま運貨筒の側面を這うように移動し、進行方向の真横に着いた途端に手を添える。

 

「いきます……っ!」

 

 気迫のこもった表情を浮かべ、榛名が思いっきり運貨筒を押す。すると進んでいる方向が45度ほど斜めに変わった。

 

『おおーっと、先頭を行く金剛ちゃん&榛名ちゃんコンビの動きがいきなり変わったぞーーーっ!?』

 

 気づいた青葉は真っ先に実況し、観客もその動きに注視する。

 

 そして先頭を追いかけるプリンツと霧島もまた、運貨筒の側面から覗き込むように前方を見た。

 

「どうしていきなり方向を変えたのかしら……」

 

 眉間に小さくシワを作り、考え込むような表情を浮かべる霧島。

 

「なんだかよく分かりませんけど、これってチャンスですよねっ!」

 

 一方、プリンツはここが攻め時だと判断したのか、運貨筒を押す力を更に込めた。

 

「ちょっ、いきなりなにをするんですかっ!?」

 

「うるさいですねっ!

 前がトラブルを起こしている今が、追い抜けるチャンスでしょうっ!」

 

「そのようには見えますが、これが罠だという可能性も……」

 

「そんなの、私にかかればなんてことはないですよーだっ!」

 

 イケイケモードになってしまったプリンツに対して焦った霧島は、バランスを取る為に力を強めて進行方向を真っ直ぐに保とうとする。

 

「くっ……、このぉっ!」

 

 なんとかこらえた霧島だったが、プリンツが不敵な笑みを浮かべていたのが見えてしまい、表情を更に不機嫌なモノにした。

 

「そっちがその気だったら……、せえぇぇぇいっ!」

 

「わわっ!?

 な、なにするんですかっ!」

 

 霧島がわざとプリンツが居る方へ意図的に力を込めたのか、運貨筒がグラリと揺れるようにバランスを崩した。

 

「先に喧嘩を売ってきたのはそっちですから、これでおあいこですよね!」

 

「わ、私がそんなので負けると思うんですかっ!?

 反撃ですっ!」

 

 そうしてまたもや繰り返されるいがみ合い。しかし、力の込め具合がちょうど均一になったのか、大きく揺れた運貨筒の動きが安定した。

 

 競技が始まったときからずっとこうなんだけれど、それでも運貨筒が真っ直ぐに進んでいるのは最早奇跡じゃないのだろうかと思ってしまうんだよね。

 

 ヲ級やレ級の漫才もそうだけど、いったいどうしてこのような結果になるのかが全く分からない。

 

 普通は目的とするモノに集中するからこそ、順当に進むはずなんだけどなぁ……。

『先頭の金剛ちゃん&榛名ちゃんコンビの動きを見てここをチャンスと見たのか、2位のプリンツちゃん&霧島ちゃんコンビが勝負に出たーーーっ!』

 

 結果的に更に速度を上げたプリンツと霧島が真っ直ぐに進んだことにより、斜めに方向を変えた金剛と榛名との距離はコースの上では更に縮まることになる。

 

 このままいけば先頭が代わるのは必至。しかし、そんな状況になっても金剛の表情が曇ることがなかった。

 

「フフフ……。思った通りになりましたネー」

 

「はい、金剛お姉さまの作戦勝ちですっ!」

 

 いつの間にか榛名は元居た場所に戻っていたので、運貨筒の向きはコースから大きくそれることにはならなかった。

 

 しかしそれでもターン用のブイに向かって直線に進んでいるのではなく、大回りをしていることには変わりがないし、どう考えても距離的に不利には思えてしまうのだが……。

 

『プリンツちゃん&霧島ちゃんコンビが怒とうの追い上げにより、先頭を捉えにかかったーーーっ!』

 

 そしてついにコース上で2つの運貨筒が横並びになったとき、金剛が大きく口を開ける。

 

「今デス!」

 

  金剛が運貨筒から手を離し、先ほど方向を変えた榛名とは正反対の位置へと移動して力強く押す。

 

「「「……っ!?」」」

 

 その瞬間、プリンツと霧島、そして俺もが大きく目を見開いて驚きの表情を浮かべた。

 

「まさか……、ぶつける気かっ!?」

 

 大玉転がしでの見どころといえば、ぶつかり合いというのも1つではある。しかし、重量がかなりある運貨筒が衝突してしまったら、無事であるとは思えないっ!

 

「や、やめ……」

 

「あー、なるほどねー。普通に考えたらそうだけど、更に煽ってきたかー」

 

 俺が必至で叫び声を上げようとしたとき、いつの間にか隣に立っていた北上がボソリと言葉を零した。

 

「そんなに慌てなくても大丈夫だよ、先生」

 

「え、いや、でも、しかし……」

 

「ぶつかりはしないから大丈夫だって。

 ただまぁ、ぶつからないだけ……だと思うけどねー」

 

「へ……?」

 

 そう言った北上が指を金剛たちへ向け、俺は釣られるように視線を動かした。

 

 そこには金剛が片手で運貨筒を押しながら、空いた方の手を使って下まぶたを引っ張り、あっかんべーをしながらプリンツと霧島を煽っていたのである。

 

 そして、それを見た2人はというと、

 

 

 

 ビキィ……ッ!

 

 

 

 ……いや、あのですね。

 

 目尻の辺りに血管を隆起させるのはヤンキー漫画だけで良いと思うんですよ。

 

 トラブルを起こした青葉を前にした愛宕じゃあるまいし……って、もしかしてそれが原因なんじゃないだろうな……?

 

 と、ともかく、子供がそんな顔をするのはよろしくないと思うのだが、とき既に遅しであって……、

 

「フ、フフフ……」

 

「こ、金剛姉さまでも、さすがに今のは……」

 

 顔を伏せながら肩を揺らすプリンツと、なぜか眼鏡がガタガタと震える霧島の背中からは、真っ黒なオーラのようなモノが見えた。

 

 完璧に煽り成功です。

 

 だけど、正直に言って火に油を注いだのと同じだよねっ!?

 

 

 

「「うおりゃああああああああああっ!」」

 

 

 

 心の中で突っ込みを入れた瞬間、プリンツと霧島が大きく叫び、運貨筒の回転速度がとんでもないことになった。

 

「Wa●nsinn!

 Wa●nsinn!!

 Wa●nsinn!!!」

 

 プリンツが何度も同じことを叫びまくりながら運貨筒を押し続けるが、子供が使っちゃいけない言葉だかんねっ!

 

 いやまぁ、大人でも使わない方が良いんだけど……って、そういう場合じゃなくてだなっ!

 

 このままだと方向を変えた金剛たちを狙う可能性すら出てきたんだけれど、北上が言うように大丈夫なのかと振り向いてみると、

 

「うっわー。見事なまでに引っ掛かっちゃってるよねー」

 

 ……と、滅茶苦茶冷静に現状を呟く北上なんだが、額に浮かぶ汗がなんとも言えぬ恐ろしさを感じる始末である。

 

「でもまぁ、これで作戦はほぼ成功……なんだろうねー」

 

「さ、作戦……?」

 

 またもや気になる言葉を呟いた北上に問いかけてみると、先ほどと同じように金剛たちへ指を向けた。

 

『遂にプリンツちゃん&霧島ちゃんコンビが、金剛ちゃん&榛名ちゃんコンビの運貨筒に並んだーーーっ!』

 

 そして絶叫と変わらないレベルで実況する青葉の声がスピーカーから聞こえ、観客が多いに湧き上がる。

 

 しかしそれでも、金剛の表情は変わるどころか……、

 

 

 

「かかった……デスッ!」

 

 

 

 あくどいとさえ言えてしまうような不敵な笑みを、これでもかというくらいに浮かべたのであった。

 




次回予告

 金剛の煽りが見事なまでにHITし、憤怒するプリンツと霧島。
そして金剛の行動を理解した時にはすでに手遅れと思いきや、まさかの手を取った子供とは……。

 遂に、あのテクニックが……ここにっ!?


 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その49「頭文字S」


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その49「頭文字S」


 金剛の煽りが見事なまでにHITし、憤怒するプリンツと霧島。
そして金剛の行動を理解した時にはすでに手遅れと思いきや、まさかの手を取った子供とは……。

 遂に、あのテクニックが……ここにっ!?


 

 金剛たちが押す運貨筒が大きくカーブを描き、プリンツ達の運貨筒に向かう。

 

 見ている者のほとんどがぶつかってしまう……と思っていたところで、

 

「榛名、今デスッ!」

 

「はいっ!」

 

 金剛の合図によって榛名が大きく返事をし、顔が真っ赤にしながら力を込めた。

 

「えぇぇぇいっ!」

 

 榛名の大きな叫び声と同時に、またもや金剛たちの運貨筒の動きが変わる。カーブの角度が緩やかになり、このままいけばプリンツたちとぶつからないだろう。

 

 しかし、それならいったい最初の金剛が起こした動きはいったいなんだったのだろう。

 

 元々ぶつける気はなく、角度がつき過ぎたから修正したというなら分からなくもないが、金剛の合図を聞く限り狙ってやったように感じるのだけれど……。

 

「はんっ! ここにきて引くなんて、先生クラスのチキンっぷりですねっ!」

 

 金剛のあっかんべーによって煽られ、ブチ切れモードに入っていたプリンツが怒った表情のまま言葉を吐き捨てる。

 

 ……そう。これもまた同じく理解がしがたい点。

 

 運貨筒同士をぶつける気もなく、更には理由もなしにプリンツたちを煽ることが必要だったのだろうか?

 

 北上が先ほど作戦と言っていたが、これらを統括して導き出されるモノとは……の前に、プリンツが何気に酷いことを言っているよねっ!?

 

『遂にレースは中盤戦っ!

 最大の難関である折り返し地点のターン用ブイに2つのチームが到達しましたが、プリンツちゃん&霧島ちゃんコンビはスピードが出過ぎじゃないのかーーーっ!?』

 

「「「……っ!」」」

 

 頭に血が上っていたプリンツと霧島が顔を上げ、レースを見守っていた観客たちもある1点に視線を集中させた。

 

 目と鼻の先にターン用のブイが見え、青葉の実況通り運貨筒の速度はとてつもなく早い。

 

 このままいけばカーブを描いている金剛たちよりも早く、プリンツたちの運貨筒がターンに入る。しかし、この速度で曲ろうとすれば……、

 

「だ、第1競技と……同じかっ!」

 

 俺は反射的に叫び声を上げ、北上の方へ顔を向ける。

 

 ニヤリと笑みを浮かべた北上は俺の目を見ながら頷き、

 

「だから金剛の作戦だって言ったでしょ?」

 

「ま、まさか、金剛がこんな手を取るとは……」

 

 自らはターンをしやすいように大回りをし、追いかけてくるプリンツと霧島を挑発することによって冷静さを失わせて速度超過を狙う。

 

 金剛は最初からこの折り返し地点を勝負どころだと読み、見事罠にはめたのだろう。

 

 おそらくこの作戦は第1競技でレーベと五月雨がターンを失敗したことから思いついたのかもしれないが、それを完璧な手順で実行したのは頭が下がってしまいそうになる。

 

 俺は額に汗を浮かばせながら再びレースへと視線を戻し、口に溜まった唾をゴクリと飲み込んだ。

 

「フフフ……。青葉のお姉さんの説明を聞いて気づいたとしても、時既に遅しデスネー」

 

「さ、さすがは金剛お姉さま……。味方にすれば頼もしいですが、少しばかり霧島が不憫に思えてしまいます……」

 

「ですケド、勝負に情けは禁物なのデスヨー?」

 

 そう言った金剛はプリンツと霧島の驚いた顔を見ながら口元を少しだけ釣り上げ、速度を落としながら安全にターンをしようとした。

 

 これで後は失敗することなく折り返しを決め、プリンツと霧島の追撃から逃げ切ればトップは確実だろう。

 

 油断をする気はないが、自らが勝利をする姿を想像すれば思わず笑みがこぼれてしまうのも分からなくはない。

 

 だが、それでもゴールをするまではなにが起きるか分からないのがレースであり、

 

 罠に陥れた相手が元は第一線で戦う艦娘であったことを、金剛は失念していたのである。

 

 

 

 

 

「ど、どどど、どうしましょうっ!?」

 

 慌てるプリンツはうろたえ、キョロキョロと顔を動かしながらスピードを落とそうとする。

 

 しかし、大玉転がしの難点は転がす者よりも大きく操作し難いからこそ競技として成り立ち、見ている側にとっても楽しめるのだ。

 

 ましてや転がしている大玉は特殊な運貨筒であり、動き始めるまで時間がかかってしまうほど重い物。

 

 スピードを落としたいからと言って簡単にできるのであれば金剛の作戦は全くの無意味なのだが、それができないからこそ成功だと言える。

 

 つまり、プリンツは完全に金剛の手の上で踊らされる状況に陥ってしまったのだが、隣に居る霧島は違ったのである。

 

「くく……、くくくく……っ!」

 

「……っ!?

 な、なんでいきなり笑いだすんですかっ!」

 

 半ばパニックを起こしたプリンツは、霧島の不気味な笑い声で一層顔をこわばらせながらも問いかけた。

 

「まさか……、まさか金剛姉さまがこのような手を取ってくるとは……、夢にも思いませんでしたね……」

 

 霧島は勝利を確信しかけた金剛以上に口元を釣り上げ、歓喜にあふれた表情を浮かべながら口を開く。

 

「……ですが、この霧島を前にして、艦隊の頭脳を名乗らせる訳には……いきませんっ!」

 

 そう叫んだ霧島はいきなり顔を空に向け、運貨筒に手を添えたまま両足を大きく広げた。

 

「プリンツッ!

 すぐに運貨筒の右側に回りなさいっ!」

 

「は、はえっ!?」

 

 いきなり命令をされたプリンツは素っ頓狂な声を上げて固まってしまう。

 

「早くっ! 早くしなさいっ!」

 

「な、なんで霧島なんかに命令されなきゃ……」

 

「勝ちたかったら霧島の言うことを聞きなさいっ!」

 

「……っ! わ、分かりましたよーだっ!」

 

 両目を大きく開けて怒鳴る霧島に恐れをなしたのか、それとも勝ちたいという言葉に釣られたのか、プリンツはしぶしぶ言われた通りに運貨筒の右側へ移動した。

 

 その姿を見た霧島は一瞬だけ目を閉じ、そして気合を込めた声を上げる。

 

「至急錨を下ろしますっ!

 衝撃に備えなさいっ!」

 

「え、えええっ!?」

 

 いきなりそんなことを言われてもどうすれば良いのかと更に焦ったプリンツだが、とりあえずふっとばないように重心を落として両足に力を入れた。

 

 そしてその瞬間を狙っていたかのように霧島が装着している艤装の左側から錨が放たれ、金属のこすれ合う音が大きく響き渡る。

 

「金剛姉様は勝った気でいるでしょうが、相手が悪かった……と言っておきましょう」

 

 言って、霧島は目を閉じ、口元を小さく動かして秒読みを開始した。

 

「1……2……3……」

 

「こ、これからどうしたら良いんですかっ!?」

 

 踏ん張ったままのプリンツが、うろたえながら大きな声で霧島に問う。

 

「4……5……6……」

 

 しかし霧島は答えず、時間を計ることだけに集中していた。

 

「も、もうっ! なにか言ってくださいよぉっ!」

 

 叫ぶことはできれど、どうして良いか分からない。仕方なくプリンツはそのままの体勢のまま、霧島からの指示を待とう……と思った瞬間、

 

「7……8……今っ!」

 

 カッ! と大きく目を見開いた霧島は身体を大きく右へと反らし、両手を水平ではなく縦に添えた。

 

「行くわよ……っ!」

 

 霧島が叫んだのと同時に、鳴り響く金属音が止まる。

 

 錨が海底に到着し、その反動で霧島の身体が大きく左側に引っ張られる形となった。

 

「戦艦ドリフトォォォォォッ!」

 

 霧島は運貨筒にガッチリと添えた手を離さず、強引過ぎる方法で進行方向を変える。

 

「はえっ? わわわわわーーーっ!?」

 

 予想もしていなかった動きにプリンツは悲鳴に似た声を上げつつも、なんとか運貨筒から手を離さないように必死で堪えていた。

 

『い、いきなりプリンツちゃん&霧島ちゃんコンビの運貨筒が急激な方向転換ーーーっ!

 スピードをほとんど殺さずにカーブを切るその様は……まるで峠を攻めるスポーツカーだぁぁぁっ!』

 

「Why!? そ、そんな、マサカッ!」

 

 作戦の成功を確信し、安全を期してスピードを落としたことでプリンツたちに先頭を譲った金剛が、信じられないといった表情で声を上げた。

 

 それもそのはずで、実況の青葉はもちろん、この競技を見ているほとんどのギャラリーが同じように驚いていたのだ。

 

 霧島がやっていることは無茶以外のなにものでもない。しかし、俺の頭の中にはとある技術が浮かんでいた。

 

 秋津洲流戦場航海術。

 

 停泊中に空襲を受けたとき、錨を片方に偏らせて錨鎖を伸ばしておき、敵機が襲ってきたタイミングを見計らって前進すると、艦が急速に動いて回避できるという方法だ。

 

 霧島は運貨筒を押しながらこの手を行い、見事な高速180度ターンを決めてしまったのである。

 

 その姿は青葉が実況した通り、まさに峠を攻めるスポーツカー。

 

 第1線で経験を積んでいたが故にできたのかもしれないが、それにしたって色々と無茶をし過ぎである。

 

 結果的に成功したから良いものの、失敗していれば第1競技の五月雨レベルでは済まされない。

 

 場合によっては暴走した運貨筒が他のチームの子供達にぶつかるかもしれないし、埠頭の方に向かってきたらギャラリーにだって被害が及んだかもしれないだろう。

 

「これが霧島の本当の力……。いえ、まだまだ序の口というところですけどね」

 

 プリンツたちの運貨筒が大きな水しぶきを上げながらターンを終え、直線に戻ると同時に霧島が錨をパージし負荷をなくす。

 

 そうして進行方向を真っ直ぐに正してから、ニッコリと微笑んだ霧島がプリンツに向かって口を開いた。

 

「さぁ、残り半分は直線ですから、なにも問題はありませんよね?」

 

「……は、はい。そうですねっ!」

 

 一瞬表情を強張らせたプリンツも、勝利をほぼ手中にしたことを確信したのか嬉しそうに大きく頷いた。

 

『霧島ちゃんのとんでもないテクニックで超高速ターンが成功ーーーっ!

 スタートからトップを走っていた金剛ちゃん&榛名ちゃんコンビも、プリンツちゃん&霧島ちゃんコンビの怒涛の追い上げの前にむなしく順位を落としてしまったーーーっ!』

 

「Shit! 私の作戦は完璧だったはずなのに……」

 

「さ、さすがは霧島……。これはいっぱい食らわせられましたね……」

 

「うぅぅーっ! 先生に良いところを見せようと思っていたのにデースッ!」

 

 悔しがる金剛たちはガックリと肩を落として表情を曇らせる。

 

 折り返しのターンで速度を落としてしまった以上、全チームで最速を出せるプリンツたちを追い抜ける方法は既になく、完全に手詰まりになってしまった。

 

 トップに残されたのは直線のみ。第1競技のように変速した波もなく、さしたるトラブルがなかったのならば結果は見えてしまったと言っても過言ではなく、

 

『ターンが決まれば向かうところ敵なしっ!

 2位以下に大きな差をつけて、プリンツちゃん&霧島ちゃんコンビが断トツでゴールだぁぁぁーーーっ!』

 

 競馬ならば電光掲示板に『大』の文字が浮かび上がってしまうほどの圧倒的結果で、第3競技の運貨筒転がしは終了したのであった。

 

 ちなみに全チームの結果はというと、

 

 結果、

 1位は断トツ圧倒勝利のビスマルクチーム。

 2位はしおいチーム。

 3位は港湾チーム。

 4位は俺のチーム。

 5位は愛宕チームとなった。

 

「はぁ……、はぁ……。

 な、なんとか最下位にならなくて……、良かったであります……」

 

「う、うん……。潮たち、頑張った……よね……」

 

「うー……、雷たちが最下位なんて……、暁どころか先生にまで笑われちゃうじゃない……」

 

「い、電も頑張ったのです……けど……」

 

 ゴールをした途端に大きく肩で息をするあきつ丸、潮、雷、電。

 

 必死に4位と5位を争い、ギリギリ俺のチームであるあきつ丸と潮のコンビが先にゴールラインを割ることができたのだ。

 

 北上の言うように、馬力では完全に負けていた試合。しかし、あきつ丸の陸軍仕込みである持ち前の気力と潮の頑張りによって、4位を確保できた。

 

 最下位とブービーとはいえ、1点と2点の差はかなり大きい。

 

 総合点で勝利を目指すだけでなく、競技に対してまじめに取り組む姿に感動した俺は、残念そうな表情を浮かべる2人に対して、笑顔で拍手をしながら迎えたのであった。

 




次回予告

 第3競技が終わり、午前の部が終わった。
これから昼休み。食事タイムと思いきや、とあるイベントが催されることになった……のだが、それは番外編へと向かうようです(ぇ

 ということで、第4競技へと続きます。


 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その50「閑話休題……にはならなかった?」


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その50「閑話休題……にはならなかった?」


 第3競技が終わり、午前の部が終わった。
これから昼休み。食事タイムと思いきや、とあるイベントが催されることになった……のだが、それは番外編へと向かうようです(ぇ

 ということで、第4競技へと続きます。


 

『ぴんぽんぱんぽーん。

 本日は舞鶴鎮守府観艦式、及び艦娘幼稚園の運動会にお越しいただき誠にありがとうございます。

 午前中の予定である第3競技が終了し、子供たちは一旦お昼休みになりますので、この時間を利用してお食事や鎮守府内の観覧をお勧めいたしますわ』

 

 あきつ丸と潮を迎えたところでスピーカーから熊野の声が聞こえ、観客の方から残念がるようなため息が漏れた。

 

『なお、ただ今から30分後、鎮守府内にある第2体育館にてとあるイベントを催します。

 もしよろしければ、足を運んでいただけますと楽しめるかもしれませんわ』

 

 そんな内容を聞かされては……と、多くの観客たちが様々な表情を浮かべて顔を上げる。

 

 ……が、俺はそんな様子を見て、ぽかんと口を開けたまま固まってしまう。

 

「第2体育館でイベントって……、全く聞いてないぞ……?」

 

「せ、先生、どうしたんですか……?」

 

 かろうじてボソリと呟くと、潮が近づいてきてズボンのすそをクイクイと引っ張りながら不安そうな表情を浮かべている。

 

「あ、いや、ちょっと初耳だったんでな」

 

「初耳って……、なにがですか?」

 

「今、熊野が放送でとあるイベントを催すって言っていたけど、俺はそんなことを誰からも……」

 

「あっ、先生!

 こんなところでボーっとしているなんて、なにを考えているんですかっ!」

 

「……へ?」

 

 いきなり呼びかけられた俺は驚きながら声がした背後へ振り返る。

 

 するとそこには、今日の朝と同じように拳を空高く掲げたポーズをしながら、焦った表情を浮かべるしおいが立っていた。

 

 ……って、なんでスーパーアーツの硬直後みたいになっちゃってんの?

 

「そんな素っ頓狂な声を上げている暇なんてないですよっ!

 はやくしなきゃ、また愛宕先生が激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリームになっちゃいますって!」

 

「いやいや、ランクが上がり過ぎてとんでもないことになっちゃっているんだけど……」

 

「いいから早くきて下さいっ!

 これ以上お仕置きされたら、しおいはもう立ち直れないかもしれないんですからっ!」

 

「子供たちの食事とかもあるし……って、そんなに手を引っ張らないでよっ!」

 

 問答無用と言わんばかりに俺を連れて行こうとするしおい。なぜそんなに焦っているのか分からないんだけれど、それよりも聞き捨てならない言葉があったよね?

 

「早く……、早くお願いしますってばぁっ!」

 

「だ、だからなんでそんなに焦ってるのっ!?

 それに、さっきお仕置きされたらって言っていたけど、それって愛宕先生にってこと?」

 

「そ、それは……、そ、その……」

 

 ツッコミを受けたしおいの引っ張る力が弱まったので、説明してくれるのかと思いきや、

 

「ナ、ナナ、ナンデモナイデス……。愛宕センセイハ、トテモイイカタデスカラ……」

 

「眼が死んだ魚みたいになっちゃってるんですけどっ!?」

 

 完全に光が消えて、意識がなくなっちゃっている風にしか見えないんですけどねぇっ!

 

「し、しおい先生まで……愛宕先生の餌食に……」

 

「あれ、潮ちゃんは知らないっぽい?」

 

「……え?」

 

「しおい先生って結構ミスが多いから、終礼の後にちょくちょく怒られているっぽいよ?」

 

「そ、そうなの……?」

 

「あんな眼をしてるくらいだからねー。相当絞られちゃってんじゃないかなー?」

 

「北上さんとはあまり関わりがないですけど、ちょっと可哀想にも思えてきますよね……」

 

「あ、あきつ丸は……、もう勘弁であります……」

 

 ……と、口々に小さく呟く子供たち一同。

 

 いやいや、君たちはいったいなにを言っているんだ……

 

「ヒィッ!?

 し、しおいはそんな悪いことはしていませんっ!

 だ、だから許してくだいよぉっ!」

 

「し、しおい先生っ!?」

 

 いきなり涙目になりながらガクガクと震えだしたしおいを見かねた俺は、慌てながらもギュッと身体を抱きしめて大きく口を開いた。

 

「だ、大丈夫。大丈夫ですからそんなに怯えないで下さいっ!」

 

「え……、あ……ぅ……はっ!?」

 

 力強くしたせいか、それとも呼びかけが効いたのか、しおいの眼に光が戻り、キョロキョロと辺りを見回してから現状に気づき、

 

「わ、わわわっ!」

 

「良かった……。正常に戻ったんですね」

 

「し、しおい、先生に抱きしめられちゃってますっ!」

 

「あっ、ご、ごめんっ!」

 

 俺は慌ててしおいから離れ、ペコペコと頭を何度も下げたのだが、

 

「あー……、これはマズイっぽいよねー」

 

「また愛宕先生に、勘違いされちゃうっぽい……?」

 

「え、えっと、そうなの……かな……?」

 

「まぁ、私はどうでも良いですけどね」

 

「ぷしゅー……であります」

 

 半ば呆れた顔を浮かべる北上、夕立、大井に、理解が追いついていない潮、そしてなぜか顔を真っ赤にして頭から大量の湯気を吹き立たせるあきつ丸たちが、じっと俺を見つめていた。

 

 うむむ……、ちょっと軽率な行動だったかもしれないな。

 

 それと、過去にも覚えのある背中に突き刺さるような視線はいったい……?

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

「いやー、さっきの試合は本当に凄かったでありますっ!」

 

「そうかしら……。ギリギリで勝利って感じでしたけど?」

 

「そうは言うけどさ……大井っち。あの状況では仕方なかったと思うよ」

 

「先生、滅茶苦茶頑張っていたっぽい!」

 

「そ、そうだね……。あそこまで頑張る先生って、初めて見たかもしれない……かも……」

 

 ……と、こんな感じで待機場所に集まった俺のチームの子供たちがワイワイと騒いでいる。

 

 しかし、その話の中心である俺は……、

 

「あらあら、そんなところで真っ白に燃え尽きたボクサーのコスプレなんかしても、全然面白くありませんよ?」

 

「コスプレをしている気はないんだけど、今は少しでも体力を回復させたいから休ませてくれないかな……」

 

 大井の苦言&ジト目に対して大した反論もできず、椅子に座ってへこたれていたのである。

 

 ちなみに俺がこんな状態になってしまったのは昼休みのイベントが原因なのだが、正直語るのもしんどいので別の機会にしようと思う。

 

 あわよくば番外編で。

 

 つーか、これだとただの番宣です。

 

 ………………。

 

 ま、まぁ、なんだ。

 

 つまり、昼休みに行われたイベントを見ながら食事を取ることになった子供たちだが、色んな意味で大盛り上がりだったおかげか配布されたお弁当にほとんど手をつけていなかったようだった。

 

 そこで昼休みの残り時間で昼食を済ませてしまわなければ……と、ヘトヘトになりながらもチームの待機場所に戻って子供たちを急かそうとしていたのだが、体力も精神力もとうに限界を超えていたということなのだ。

 

 しかし、さすがに子供たちもお腹が減ってはなんとやら。第4競技が始まる前に空かしたお腹を膨らませようと、自主的にお弁当を食べつつ会話を楽しんでいるのだから問題はないのだろう。

 

 ということなので、俺はもう少し休ませてもらうことにします。

 

 

 

 

 

『ぴんぽんぱんぽーん。

 もうすぐお昼休みが終わりますので、第4競技に参加する子供たちは準備を済ませて集合場所に集まって下さい』

 

 それから20分くらいが経ったところで、熊野の声がスピーカーから流れてきた。

 

「おっと、それじゃあそろそろ行ってくるかなー」

 

「そうですね、北上さんっ!

 私たちの完璧なコンビネーションを、みんなに見せつけに行きましょう!」

 

 お弁当を食べ終えていた北上と大井が立ち上がり、軽くストレッチをしてから待機場所から出て行った。

 

「残る競技は……、あと2つっぽい?」

 

「う、うん……。夕立ちゃんの言う通り……かな」

 

「第3競技はあきつ丸が不甲斐ない結果を出してしまったゆえ……、北上殿と大井殿には頑張って欲しいでありますっ!」

 

 あきつ丸は両手で自分の頬をペチペチと叩いて気合を入れ、海の方に向かいながらいつでも応援ができるような体勢を取る。

 

「あ、あの、あきつ丸ちゃん……。競技の開始時間はもう少し後だから、まだ早いと思うんだけど……」

 

「いやいや、さっきの失敗を少しでも取り戻していただけるよう、ここは全力で応援するでありますよ!」

 

「今からそんなに張り切っていたら、本番で疲れちゃうっぽい……?」

 

「そ、そんなことはないでありますっ!

 あきつ丸の体力を持ってさえすれば、応援をし続けることくらい容易いはず……」

 

「あきつ丸が気合充分なのは感心するが、この後の第5競技は全員参加なんだから体力は残しておいてくれよ……?」

 

「……はっ!

 そ、そこまで頭が回っていなかったであります!」

 

 言って、焦った表情を浮かべながら頬を掻くあきつ丸。

 

 色んなところで抜けちゃっている感が否めないが、それはそれで可愛いところでもあるんだよなぁ。

 

 しかし、俺があきつ丸に注意したこともまた事実である。ましてや第5競技で運動会の競技が全て終わるのだから、失敗して貰っては困るのだ。

 

 責めるつもりはないけれど、あきつ丸が言った通り第3競技で4着になってしまった結果、ビスマルクのチームに総合得点で抜かれてしまっているのが現状であり、次の第4競技と最後の第5競技でなんとしても抜き返さなければならないのである。

 

 もし、それが失敗してしまったら俺の身が危うくなるのはもちろんのこと、北上が言ったように幼稚園が無法地帯と化してしまうかもしれない。

 

 子供たちを教育するべき立場の俺が原因となって幼稚園がなくなってしまったとなれば、悔やんでも悔やみきれない……では済まされないのだ。

 

「とは言っても……だ。みんなの応援で北上と大井を奮い立たせて、ぜひとも1位を取らないとな」

 

 俺はあきつ丸のそばに行き、優しく頭を撫でながらみんなに言う。

 

「うんっ! 夕立、いっぱい応援するっぽい!」

 

「潮も……頑張りますっ!」

 

「不肖あきつ丸、全身全霊で応援しつつも、第5競技に向けて準備をするでありますっ!」

 

 陸軍式の敬礼をしたあきつ丸はアキレス腱をストレッチすべく足を伸ばし、両手を手に添えていつでも応援をできるようにしていた。

 

 いや、だから、なんかこう……、空回りしまくっているせいか、どう突っ込んで良いか良く分からなくなってきたぞ……。

 

『さて、それでは第4競技に参加する子供たちの準備ができましたので、お昼の部を始めたいと思いますっ!』

 

 そうこうしているうちに青葉の声が辺り一帯に鳴り響き、まったりとしたムードだった観客席の面々の表情が一変する。

 

 頑張る子供たちを応援しようと、メガホンを持つ男たち。

 

 子供たちの雄姿を写真に収めようと、超大型の望遠レンズを装着したカメラを構える男たち。

 

 その他、なぜか一升瓶を片手に飲んだくれている男や、言動が怪しいチョビ髭なんかが居たけれど、未だに疲れが酷かった俺は突っ込む気力もなく待機場所の椅子に座りこんでしまうのであった。

 




次回予告

 第4競技の説明が始まった……と思いきや、またもやあの人が絡んだ模様。
しかし主人公としては諸手を上げて喜びたいところだったのだが、だんだんとやり過ぎ感がしてくることに。

 いやまぁ、やっぱり自業自得だから仕方ないね。


 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その51「尊くない犠牲?」


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その51「尊くない犠牲?」

 第4競技の説明が始まった……と思いきや、またもやあの人が絡んだ模様。
しかし主人公としては諸手を上げて喜びたいところだったのだが、だんだんとやり過ぎ感がしてくることに。

 いやまぁ、やっぱり自業自得だから仕方ないね。


『それではまず、第4種目に出場する子供たちの紹介ですっ!』

 

 元気いっぱいの青葉の声が響き渡り、ちょっぴり頭がガンガンする。スピーカーの音量ではなく、昼に行われたイベントが原因だと分かっているだけに、余計に疲れてしまう気がしてしまっているのが現状だ。

 

 これも全ては元帥が悪い。

 

 いつか仕返しをしなければならない……と、頭の中で模索しつつも、準備を終えて海に浮かぶ子供たちの方へと眼をやった。

 

『まずはビスマルクチームから、マックスちゃんとろーちゃんの登場ですっ!』

 

「さて……、後半戦に勢いをつける為にも、ここで頑張らないといけないわね」

 

「ろーちゃん、頑張りますって!」

 

 立ったまま前を向き、クールに決めるマックス。その横で右手を空高く掲げながらジャンプをする、元気いっぱいのろーが観客席にウインクをした。

 

 その瞬間、S席に座っていた男たちの表情が一変し、だらしがない笑みを浮かべたのだが……まぁ、それは仕方がないのかもしれない。

 

 だって、ろーってマジで可愛いし、そのまま部屋に連れて帰りたくなっても不思議ではない。ただ、それをやったら幼稚園に関係する全員がガチで止めにかかり、最後は仕置き人の手にかかることになるだろうが。

 

 ある意味魔性の女の子。それがろーなのである。

 

 ……って、なんか俺、滅茶苦茶なこと考えている気がするんだけど。

 

 疲労が蓄積し過ぎて思考回路に問題が起こっちゃっているのかなぁ。

 

『続きまして、愛宕チームからは暁ちゃんと響ちゃんの登場ですっ!』

 

「今度こそ、暁が1人前のレディであることを証明しちゃうんだからっ!」

 

「暁の言い分はもとより、午前中の競技は散々だったからね。ここはなんとしても上位を取らせてもらうさ」

 

 こちらもビスマルクチームと同じような組み合わせなんだが、姉妹である分チームワークに期待ができそうな感じに思える。

 

『次はしおいチームから、龍田ちゃんと時雨ちゃんの登場ですっ!』

 

「あら~、私の魚雷……うずうずしてる~」

 

「酸素魚雷……か。うん、詰んだ感じは悪くないよね」

 

 不敵な笑みを浮かべた龍田が薙刀のような棒を振り回し、時雨は太ももに装着している艤装に顔を向け、眼を細めながら見つめていた。

 

 ……こっちは両方がクールって感じだけど、色んな意味で怖いんですが。

 

 今から殴り込みに行きそうな龍田に、準備を完璧に済ませる為にナイフを研ぐ時雨のような光景が目の前に浮かびそうで、勝手に膝が震えているんですが。

 

 なお、恰好は完全な暴走族なレディース衣装。どうしてこうなった。

 

『な、なんだか少し怖い気もしましたが……大丈夫でしょうっ!』

 

 青葉も同じ気持ちかよ……と、少し安心しつつもため息を吐く俺。

 

『さて、続きましては港湾チームより、レ級ちゃんと五月雨ちゃんの登場ですっ!」

 

「レ級、リベンジノマッキッ!」

 

 両手を高く上げてガッツポーズをしながら、なぜか次回予告をするレ級。

 

 脳内イメージは忍者とチクワ大好き犬がセットです。

 

「さ、五月雨、今度こそは失敗しないように、がんばりまひゅっ!

 

 そして、気合が空回りして噛んじゃう五月雨は……、うん、まぁ頑張れ。

 

『ラストは先生チームより、北上ちゃんと大井ちゃんの登場ですっ!』

 

「はーい。ほどほどに頑張っちゃうよー』

 

「北上さんが居れば、この大井……負けるはずがありませんっ!」

 

 超がつくマイペースな北上が軽い感じで右手を上げ、隣では大井が鼻息を荒くして気合を入れていた。

 

 うむ。この2人に任せておけば、第4競技は間違いがない。

 

 疲労で動きが鈍けれど、今回ばかりは助言もなにも必要なさそうだからね。

 

 なぜ、それほどまでに余裕が持てるのかと言うと、その理由は……言わなくても分かるだろう。

 

 北上と大井は、成長すれば雷巡になる艦娘。たとえそれが子供であっても、いかんなく発揮してくれるはずだ。

 

『出場する子供たちの紹介が終わりましたので、今度は競技の説明に移りたいと思いますっ!

 第4競技は午前とは少し違い、艦娘らしい種目で競い合って貰いますっ!』

 

 張り切る青葉の声が一旦止まると、倉庫がある方からキコキコと音が鳴り始めた。

 

『艦娘と言えば砲雷撃戦!

 水雷戦隊の華と言えば魚雷!

 今回の子供たちの艦種からも分かる通り、雷撃合戦を行いますっ!』

 

 その説明に、観客の方からざわついた声が上がり始める。

 

 おそらくは、子供たちがちゃんと魚雷を発射できるのか、また安全なのかどうかを心配しているのだろう。

 

 しかし、第1回の争奪戦に巻き込まれてしまった俺としては、その辺りの不安はない。あるとすれば実弾を使っているんじゃないよね……? という心配だが、さすがに高雄や愛宕が監修しているだろうから問題はないはずだ。

 

 ま、まぁ、第3競技で明らかなリハーサル不足があったことも事実なだけに、100%とは言えないけどさ。

 

『ルールは簡単!

 各チームは2人1組で魚雷を発射し、的に当てた数を競い合ってもらいます!

 1人が持てる魚雷の数は5本で、合計10本を発射することができるのですっ!』

 

 青葉が事細かに説明してくれているおかげで、観客は一同にウンウンと頷いている。

 

『ここまではいわゆる普通の艦娘による魚雷演習と発射できる数に限りがあること以外ほとんど変わりませんが、それじゃあ運動会の競技としてはイマイチです!

 そこで、よりゲーム性を持たせる意味合いと、色々な大人の事情が入り乱れ……って、あ、はい。これは喋らなくても良い?』

 

 ……おい。裏方との会話まで聞こえちゃっているぞ、青葉よ。

 

 色んな意味で抜けているのは五月雨だけじゃないけれど、青葉だから仕方がないよね。

 

『……ごほん。ちょっとばかり打ち合わせ不足でしたことを謝りつつ……、もちろん止まった的に当てても面白い訳がありません!

 そこで、こういったものをご用意いたしました。子供たちが向いている前方に注目して下さいっ!』

 

 大きく叫ぶ青葉の声を聞いて、観客は一斉に指定された方へと顔を向けた。

 

 そこには、先ほどから聞こえてきたキコキコという音と一緒に、どこかで見たことのあるフォルム……って、あれは公園の池とかに浮かんでいる白鳥の姿を模した足こぎボートだよな……?

 

 なんだか白鳥の頭部分に5つのパトランプが並んでいるけれど、これってやっぱり競技用に改造したからだろうか。

 

 いや、それよりも気になるのは、運転席に座っているのって……元帥だよねっ!?

 

 顔がボコボコになっているけど、あの服装と雰囲気から元帥で間違いないと思う。しかし、昼のイベントではあそこまで酷くなかったと思うんだけど、時間が経って腫れてきたってレベルじゃないよね……?

 

 ま、まぁ、午前中の流れから考えれば高雄に言われて半ば強制的にって感じなんだろうけれど、昼のイベント参加だけじゃ怒りが収まらなかったんだろうなぁ……。

 

 そして、それに巻き込まれてしまった俺も……。うむ、今日も不幸で間違いない。

『あそこに見えたるは動く的!

 そう……、子供たちはあの白鳥に向かって魚雷を発射し、点数を競い合って貰うのですっ!』

 

 その説明に、またもやざわつく観客一同。

 

 そりゃそうだ。だって、乗っているのが元帥だもの。

 

 仮に元帥だと分からなかったとしても、人間が乗っていることに変わりがない。

 

 そして子供であることを踏まえたとしても、艤装から発射される魚雷が直撃すれば白鳥ボートが危険であると思えてしまうのは当たり前。ましてや午前からの競技で子供たちの性能を見ている以上、なめてかかるような観客はいないだろう。

 

 つまり、普通に考えれば元帥の犠牲はほぼ確定なのだが、さすがにそんな公開処刑を運動会で行うことはしないと思う。

 

 ……思うんだけど、まさかってことはないですよね?

 

『もちろん魚雷がHITしたことが分かるように、白鳥の頭についているパトランプが光るように改造してあります!

 ビスマルクチームが青、愛宕チームが赤、しおいチームが黄、港湾チームがピンク、先生チームが緑のランプに対応しています!』

 

 だが、そんな心配を全く気にすることなく青葉は説明を続けていく。

 

『光った数をこちらで集計し、最終的に合計得点を競技終了時に告知します!

 なお、同点の場合は先に魚雷を撃ち尽くしたチームが上位となります!』

 

 ふむふむ……、なるほど。

 

 説明は非常にありがたいのだが、聞きたいことはそれじゃない。

 

『ただし! 的である白鳥ちゃんは移動を行うので、もしかするとまったく当たらない可能性もあります!

 先に撃ち尽くした方が有利になるとは一概に言えないかもしれませんね!』

 

 今度は子供たちに向かって助言を行う青葉だが、そろそろ本題に入ってくれないだろうか。

 

『あ、ちなみに子供たちが発射する魚雷は爆発しないように火薬は入っていませんので、気にせず狙って下さいねー』

 

 ……と、やっと心配していた内容が聞けたことで、ホッと一安心というところなのだが、

 

「あら~。それじゃあ、当てても面白くないじゃない~」

 

 いやいや、龍田よ。それマジで洒落にならないからね?

 

 いくらなんでも舞鶴で1番偉い元帥を沈めたとなれば、色んな問題が山積みになってしまう。

 

 まぁ、そんな競技に参加した段階でどうなんだと問われれば言葉に詰まるかもしれないが、おそらく強制的にやらされているだろうから、ややこしくなることには間違いないだろう。

 

「あっはっはー。さすがに僕も爆発に巻き込まれるのは勘弁して欲しいからねー。

 でもまぁ、練習も兼ねて競技を盛り上げる為にも、バッチリ狙って……」

 

『あ、はい。え、あ、そうなんですか……?』

 

 元帥が龍田に向かって話しかけていた途中で、若干戸惑っているのが伺える青葉の声がスピーカーから聞こえてきた。

 

『えー、追加情報です。

 魚雷は爆発しませんが、白鳥ちゃんに多くの衝撃が与えられると、内蔵された爆弾が爆発してドクロマークの煙が上がる……だそうなので、元帥は必死で逃げて下さいだそうですー』

 

「ちょっ、マジでっ!?」

 

「あら~。それだったら問題ないわね~」

 

「いやいやいや、問題ありまくりだって!

 足こぎボートに爆弾設置って、どう考えてもおかしいよねっ!?」

 

『それくらいしないと、元帥はサボりそうだから必要設備……だそうです!

 そ、そういうことなので、子供たちも元帥も、全力で頑張って下さいねっ!』

 

「「「はーいっ!」」」

 

「はーい……なんて、返事ができる訳が……」

 

『それでは第4競技を開始します!

 魚雷発射よーい……ゴーーーッ!』

 

「ぼ、僕の話を聞けよぉぉぉっ!」

 

 悲鳴を上げる元帥だが、ジッとしていては非常に危険だと即座に判断したのか、必死で足こぎを開始し始めた。

 

「舞鶴の元帥に恨みはないけど、これも先生を手に入れる為よ……」

 

「尊い犠牲……ですって!」

 

「暁がレディであることを、証明するんだからっ!」

 

「ypaaaaa!」

 

「あはははは~。発射するわよ~」

 

「僕の酸素魚雷……、存分に味わってよね」

 

「元帥、処ス!」

 

「あ、あの、その……、ごめんなさいっ!」

 

「元帥に恨みはないけどさー、自業自得だよねー」

 

「女の敵……、悪、即、斬ですっ!」

 

「ぎにゃああああああああああああああっ!」

 

 ……とまぁ、気合充分な子供たちの声と元帥の悲鳴が一斉に上がり、第4競技が開始されたのであった。

 

 

 

 俺の仕返し、こんなところで叶っちゃった……?

 




次回予告

 元帥の悲鳴が響き渡るも、これは完全なる公開処刑。
これで良いのか舞鶴鎮守府。このままで良いのか観客&その他大勢。
まぁ、それでもなんとかなるのはいつものことなんだけど。

 ところでもう1人、処刑されるべき者が居るとすれば……?


 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その52「必殺仕置……人?」


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その52「必殺仕置……人?」

※先月中旬から時間が取れなくて執筆が進まない状況が続いており、ストック分がなくなった場合更新が不定期になる場合があります。
 申し訳ございませんがご理解いただけますと幸いです。



 元帥の悲鳴が響き渡るも、これは完全なる公開処刑。
これで良いのか舞鶴鎮守府。このままで良いのか観客&その他大勢。
まぁ、それでもなんとかなるのはいつものことなんだけど。

 ところでもう1人、処刑されるべき者が居るとすれば……?


 

「誰か助けてぇぇぇっ!」

 

 足こぎボートをフル稼働しながら叫ぶ元帥の悲鳴が辺り一帯に響き渡るが、誰も助けに行こうともしない。

 

 まぁ、今までやってきたことを考えれば自業自得だろうし、観客の視線も元帥ではなく子供たちの方に向いているからね。

 

 つまり、まさかの公開処刑。昼のイベントに続いて、踏んだり蹴ったり感が半端じゃない。

 

 俺以上に不幸が舞い降りるとは、なかなか元帥もやるじゃないか……と、内心ほくそ笑むことにする。

 

 それくらい怒っているのだ。うむ、俺は悪くない。

 

「むむっ、ちょこまかと動き回られたら、なかなか当たりませんね……」

 

 放った魚雷が避けられてしまった大井は、親指をガジガジと噛みながら白鳥ちゃんを睨みつけた。

 

 その表情はかなり不満げで、嫁姑戦争まっただ中って感じに見える。

 

 ……いやまぁ、例えがあれだったかもしれないけれど、なんとなくそう感じちゃったのはなぜだろう。

 

 愛宕や俺が担当する子供たちと違い、なんとなく雰囲気が違うんだよなぁ。

 

「うーん、こりゃあ難しいねぇー……」

 

 大井の隣で魚雷を放った北上も、白鳥ちゃんのすぐ横を通り過ぎて行く航跡を見て力なく肩を落としている。

 

「私の魚雷だけでなく、北上さんのまで避けるなんて……、元帥許すまじっ!」

 

 眼力MAXで白鳥ちゃんに乗っている元帥睨みつける大井だが、他の子供たちも残念そうな顔で悔しがっているところを見ると、なかなかに難易度が高そうだ。

 

 さすがは腐っても元帥……と言いたいところだが、そもそもこんな状況に遭うこと自体がおかしいよね。

 

 

 

 キュインッ!

 

 

 

 そんな中、いきなり白鳥ちゃんの頭にあるパトランプの1つが光り、大きな甲高い音が鳴り響いた。

 

「ひいっ!?」

 

 驚いた元帥が悲鳴を上げ、身を乗り出してパトランプを見た後、海面より下にある白鳥ちゃんから側面へと顔を向けた。

 

『おおーーーっと、遂に的である白鳥ちゃんに魚雷がヒットーーーッ!

 パトランプの色が黄色ですから、しおいチームの龍田ちゃんか時雨ちゃんだーーーっ!』

 

 解説を聞いた観客たちが「おおっ!」とざわめき、元帥の顔色がサー……と青くなるのが遠目でも分かる。

 

 果たして、あと何回魚雷を受けてしまうと爆発するのか。明確な数が分からない元帥としては、気が気でないだろう。

 

 いや、そもそもそんなに怖いんだったら白鳥ちゃんから飛び降りて逃げれば良いんじゃないかと思うんだけれど、それならそれで高雄からのお仕置きが待っているのは明白だし、すでに詰んでいると言っても良いのかもしれない。

 

 唯一助かる方法は、子供たちから放たれる魚雷から逃げることのみであり、当たった場合は爆発しないことを祈るしかない。

 

「やっと私の魚雷が当たったわ~」

 

 龍田がニッコリと微笑みながらクルリとその場で回転する。すると、その動きに他の子供たちが感化されたのか、一斉に魚雷を発射した。

 

「……っ!」

 

 ヤバい感じを察知した元帥が急いで足を動かし始めると、白鳥ちゃんの後方から泡と波が起きて前方へと進みだした。

 

「ふむ……、そうだね。その感じだと、この角度かな……?」

 

 その動きをしっかりと見てから、龍田の隣で様子を伺っていた時雨が右足を前に出し、タイミングを計るように呼吸を止めて集中する。

 

「うおりゃあああっ!」

 

 元帥は迫ってきた魚雷を避けようと大きく叫びながら足を動かし、ハンドルを捻って進む方向を大きく変えた。

 

「ああっ! また避けられちゃったじゃないっ!」

 

「くっ……。さすがの響も、あの動きは読めないかな……」

 

 自らが放った魚雷が外れ、またもやガックリとうなだれる暁と響。他の子供たちも同じように残念そうな表情を浮かべ、恨めしそうに白鳥ちゃんを見つめていた。

 

 しかしそんな中、タイミングを見計らっていた時雨が眼をキラリと光らせた瞬間、

 

「……ここだね」

 

 ――そう、小さく呟いて艤装から2本の魚雷をほんの少しだけタイミングをずらして発射した。

 

「またきたかっ!」

 

 最初に発射した魚雷は白鳥ちゃんへと真っ直ぐに進み、すぐさま察知した元帥が回避行動を取るべく足をフル稼働する。

 

 発射直後に起こる航跡から迫りくる魚雷の角度を判断し、ハンドルを捻る元帥。子供用かつ模擬魚雷とはいえ、酸素を使っている為に視認しにくく、この方法しかない。

 

 しかし、その方法で子供たちが放った多くの魚雷を避けまくっている元帥は、やっぱり色んな意味で凄いと思う。

 

「フフフ……ッ。さっきの直撃は失敗したけど、今度はそうはいかないよっ!」

 

 白鳥ちゃんのすぐ後ろに魚雷が走って行く音を聞いたのか、元帥は勝ち誇ったかのような表情を浮かべながら大きく叫ぶ。

 

 だが、まるでそれを予想していたかのように、時雨は口元をほんの少し釣り上げた。

 

「おわっ!?」

 

 ガクンと白鳥ちゃんが揺れ、元帥が咄嗟にハンドルを握って転落を免れようとする。

 

 

 

 キュインッ!

 

 

 

「ちょっ、マジッ!?」

 

 鳴り響く甲高い音と、同時に光る黄色のパトランプ。同じくして観客がどよめきたち、すぐに歓声が上がった。

 

『またもや、しおいチームのパトランプが点灯ーーーっ!』

 

 

 

 キュインキュインッ!

 

 

 

「うふふ~。この隙はちゃ~んと狙わないとね~」

 

「嘘ーーーっ!?」

 

 満面の笑みで薙刀のような棒を頭上でクルクルと回し、喜びを表現する龍田が優雅に舞う。

 

「やばいやばいやばいっ!」

 

 対して大慌ての元帥は額に大量の汗をかきながら、足を動かしつつ子供たちの海面に視線を向けて魚雷の角度をなんとか判別しようと必死な顔を浮かべていた。

 

『続いて龍田ちゃんの魚雷が2連続でヒットーーーッ!

 このままだと、他のチームが置いてかれちゃいますよーーーっ!』

 

「ちょっ、青葉、煽るんじゃないよーーーっ!」

 

『これが青葉の仕事ですからねー』

 

「この裏切り者ーーーっ!」

 

 叫ぶ元帥はもとより、実況解説の青葉が返答するのはあまり良くないと思うのだが、これはまぁ、仕方がないことかもしれない。

 

 だって、青葉だし……で、納得してしまう俺が居る。

 

 おそらく子供たちや高雄も同じ考えなんだろうなぁ……と思っていると、

 

「くっ、このままではマズいわ……」

 

「ろーちゃん、今度こそ当てますって!」

 

 ……うん、バッチリ煽られていた。

 

「1人前のレディは、失敗を続けないのよっ!」

 

「今度は……やるさ」

 

 やる気満々の暁に、クールながらも胸の内に秘めた気合を表に出す響の眼がちょっとだけ怖い。

 

「スーパー魚雷タイム、突入ッ!」

 

「え、えっとレ級ちゃん、それってなんですか……?」

 

「魚雷群ガ走ルト、激熱ッ!」

 

「……え、え、えっ?」

 

 両手を上げつつ魚雷を発射しまくるレ級に対し、なにを言っているのか全く分からない五月雨。

 

 つーか、レ級はなんでそんなネタを持ちだすんだよ……って、これもル級のせいだろうなぁ。

 

 ………………。

 

 子供にギャンブルネタとか仕込むんじゃねぇよっ!

 

「はいはい。ちゃっちゃと当てちゃいますよ~」

 

「さっさと沈めば良いのよ……」

 

「……大井っち、なんか言った?」

 

「あ、いえ、なんでもないですよー?」

 

「ふうん……。まぁ、良いけどさー」

 

 そして俺のチームの2人は、あいも変わらずマイペースな北上に、かなりヤバげな発言をしている大井だけれど、未だ1度も当てれていないというのは少々どころか非常に心配なんだよな。

 

 この2人だったら大丈夫だと思っていただけに、これはかなりヤバいかもしれない。

 

 第3競技に続いて第4競技も上位が取れないとなると、優勝の目が遠のいてしまうのだが……。

 

「いや、こういう時だからこそ応援しないといけないよな……っ!」

 

 指揮を取るべき俺がマイナス思考になってしまったら、完全に詰んでしまうことになる。

 

 まだ競技は始まってからそれほど経っていないし、魚雷の残りもあるはずだ。

 

「北上ー、大井ー!

 諦めずに頑張るんだーーーっ!」

 

「そうでありますっ!

 まだまだ勝負は終わっていないでありますよーっ!」

 

「2人とも、頑張るっぽいー!」

 

「が、頑張んばって……下さいっ!」

 

 俺が応援をし始めると、チームの子供たちも釣られるように大きな声を出した。

 

「うぅー、なんだか少し恥ずかしい気もするけど、いっちょやったりますかー」

 

「そうですね、北上さんっ!

 大井、酸素魚雷20発、発射ですっ!」

 

 気合を入れ直した北上に大井。

 

 だが、初期の段階で魚雷は10発しかないはずだから、その数を発射するのは無理なんだけど……。

 

 まぁ、それも気合の表れってことで良いんじゃないかと思っていたら……、

 

「ああっ!

 もう魚雷の残数がありませんっ!」

 

「そりゃあ、一気に発射しちゃったらそうなっちゃうよね……」

 

「くぅっ! 私ったら、なんて失敗を……」

 

 ガックリと肩を落とす大井……って、ちょっとそれマジで洒落にならないんですけどーーーっ!?

 

「あ~、もうやっちゃいましょー」

 

 そして、まったくやる気のない言葉が北上の口からこぼれたんだけどっ!?

 

 諦めるの早過ぎだってっ! まだ北上の方は残数があるんだからちゃんと狙おうよねぇっ!

 

「とりあえず、この辺に撃っときゃ当たるかなー?」

 

「まったくやる気が微塵も見えねぇぇぇぇぇーーーっ!」

 

 ほんの少し前まで頑張る雰囲気見せていたじゃん! 一体全体、どうしてそんな風になっちゃったのさーーーっ!?

 

「こ、これは……、ちょっと不味そうな感じであります……」

 

「感じじゃなくて、本当にヤバいっぽい……」

 

「だ、大丈夫……じゃなさそう……だよね……」

 

 北上と大井の様子を見ていたあきつ丸、夕立、潮は、かなり不安な表情を浮かべながら呟いていた。

 

 もし、この競技でビリになってしまったら……。

 

 それはつまり、俺の所有権がほぼ確実に――失われてしまうということになる。

 

 この競技の結果にもよるが、下手をすれば次を待たずしてBADEND直行ルートへ進んでしまう。それだけはどうにかしてでも避けなければいけないと思った俺は、藁にもすがる思いで大声を上げた。

 

「が、頑張れっ! 北上だけが頼りなんだーーーっ!」

 

「「「なっ!?」」」

 

「……え?」

 

 視線の先に居る北上と大井。そして俺の周りに居るあきつ丸、夕立、潮。更には付近の観客どころか、いたるところから視線が向けられているんですが。

 

「え、えっと……、ど、どうしたの……かな……?」

 

 身体中が凍りつくような感覚が襲い、冷や汗をかきながら周りを見る。

 

「せ、先生は今、告白をしたでありますか……?」

 

「いやいや、なんでそういうことになっちゃうのっ!?」

 

 小さい声で呟いたあきつ丸にツッコミを入れる俺だが、付近からの冷たい視線は止むことなく、更に強くなった気がした。

 

「んぁー、いきなりそんなことを言われちゃうと……、ちょっち恥ずかしいよねー」

 言葉とは裏腹に、そんな素振りをまったく見せない北上ではあるが、問題はその隣に居る大井であるのだが、

 

「あ、あれ? 大井はどこに行ったんだ……」

 

 キョロキョロと海上を見渡してみるが、その姿はどこにも見えない。

 

 さっきまで北上の横で大きく肩を落としていたはずなんだけれど、魚雷の補充はできないからその場に居るしかないのだが……、

 

「先生……、知ってます……?」

 

「……っ!?」

 

 いきなり背後から声が聞こえたので振り向こうとするも、腰の辺りになにかが突き付けられた感触によって身体が固まってしまい、身動き一つできなかった。

 

「九三式酸素魚雷って……、冷たくて、凄いんですよ……?」

 

「な、なんでそんな話をここで……?

 そ、それ以前に、さっきまで北上の横に居たんじゃ……ひっ!?」

 

「北上さんにまとわりつく虫は、全て消さないといけないからじゃないですか……」

 

「い、いやいやっ!

 俺にそんな気はまったくないからっ!

 さっきの言葉は、ただ単に応援しただけだからっ!」

 

「本当……ですか……?」

 

「か、神に誓って、間違いないですっ!」

 

「そう……。なら、良いんですけど……」

 

 耳のすぐそばから聞こえてくる大井の声が遠ざかり、腰のあたりの感触が消えたことで俺はホッと胸を撫で下ろそうとしたのだが、

 

「でも……」

 

「……え?」

 

「勘違いするような発言は……、しないで下さいよねっ!」

 

 いきなり大井が叫んだことによって驚いた俺は、無意識のうちに身体が硬直してしまい、

 

「のわあっ!?」

 

 続けて襲いかかってきた衝撃をまともに食らったせいで、俺の身体は大きく宙に浮いてしまった。

 

「み、見事な……、ドロップキックであります……」

 

 ……と、あきつ丸の声が聞こえたときには時すでに遅し。

 

 俺の身体は海へと叩きつけられ、3度目の水泳と相成りましたとさ。

 

 

 

 2度あることは3度ある。でも、正直止めて欲しいです。

 




※先月中旬から時間が取れなくて執筆が進まない状況が続いており、ストック分がなくなった場合更新が不定期になる場合があります。
 申し訳ございませんがご理解いただけますと幸いです。


次回予告

 またもや海へドボンな主人公。そして焦りまくる元帥。
この世は地獄か、それともある意味天国か。
そんなことを考えつつも、第4競技は終了です。

 そして結果を知った主人公が考えついた先に、いったいなにがあるのだろうか……。


 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その53「追い打ち連打」


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その53「追い打ち連打」


 またもや海へドボンな主人公。そして焦りまくる元帥。
この世は地獄か、それともある意味天国か。
そんなことを考えつつも、第4競技は終了です。

 そして結果を知った主人公が考えついた先に、いったいなにがあるのだろうか……。


 

「あぅー……。また外れちゃったぁ……」

 

 放った魚雷が白鳥ちゃんに当たらなかったことを悔やんだユーが残念な顔を浮かべながら肩を落としたところで、パァァァンッ……と空砲が鳴った。

 

『子供たちの魚雷が全て尽きましたので、第4競技を終了します!

 今からパトランプが光った回数を集計しますので、発表までしばらくお待ち下さい!』

 

 説明を聞き終えた観客からは子供たちに向かって大きな拍手をし、多くの声援を投げかけている。

 

「良く頑張ったぞー!」

 

「ナイスファイトー!」

 

「元帥、避けるんじゃねぇよ!

 子供たちが可哀想だろうが!」

 

「大嫌いだ!」

 

 ……とまぁ、後半は元帥への苦情だったのだが、避けなければ死んでいたかもしれないとなると仕方がないはずなのだが。

 

 もしかして舞鶴鎮守府内どころか、別の所でも嫌われちゃっていたりするのだろうか?

 

 俺としては多少の貸しはあるものの、昼休みのイベントと今回の的役によって多少は気が紛れたので、そこまで非道にはなれないんだよね。

 

「ともあれ、お疲れさまだったぞ、北上、大井ー」

 

 俺も観客と同じように北上と大井を見ながら拍手して声をかけるが、2人の顔色はあまりよろしくない。

 

 それもそのはずで、大井の魚雷は全て外してしまったし、北上の方も数えるほどしか当てられなかったのだ。

 

 本人たちからすれば、1番活躍できるだろうと思っていた競技で結果が出せなかったのだから、その気持ちは分からなくはない。

 

 ……しかしまぁ、大井の方は弁解し難いだろうけれど。

 

 つーか、わざわざ俺を海に突き落としにきたのは、競技にまったく関係なかったからね。

 

 それを自覚しているのか、それとも未だに怒っているのか、大井は俺の方に顔を向けようとはしない。北上の方は若干気まずそうにはしているものの、大きく堪えているようには見えなかった。

 

 また、他のチームの子供たちも同じような感じであり、いかに第4競技が難しかったかが簡単に見て取れた。その理由は言わずもかな、元帥が原因ではあるけれど。

 

 ……って、この考えをしていると思考が完全にループしてしまいそうなのだが、結局のところ1つのチームを除いて結果は散々だったということで間違いないだろう。

 

『さて、そろそろ集計が終わったみたいですが……、ふむふむ、なるほどー』

 

 そうこうしているうちに青葉の声が流れてきたが、1人で納得されてもこちらにはまったく分からないんですが。

 

 観客勢はソワソワしているみたいだし、あんまり引っ張ると元帥への苛立ちが青葉の方に向かう可能性もあるんだけれど。

 

『はい、それでは発表いたします!』

 

 しかし、俺の心配は杞憂だったようで、すぐに発表されると思いきや、

 

『ダン、ダラララララ……』

 

 なぜかドラムロールが始まってしまったのだが、それ以前に問題ないのは録音された効果音や現物を鳴らしているのではなく、どうやら熊野が自らの口で真似ているようだった。

 

 ……いや、それくらいは用意できたんじゃないんだろうか。

 

 でも、なんかちょっと想像してみると、可愛い気がしなくもない。

 

 ちょっぴり恥ずかしがりながらもドラムロールを口ずさむ熊野。

 

 ………………。

 

 うん。これは罰ゲームだ。

 

 そんな状況を観客たちに見られなかっただけマシだと思うしかないが……、

 

『ダダンッ! 第1位は……しおいチーム!

 龍田ちゃんと時雨ちゃん、おめでとうですわっ!』

 

 そんな熊野の声は元気いっぱいどころか、ノリノリだったりするのは完全に俺の想定外だった。

 

 罰ゲームどころか、進んでやっていたっぽい。

 

「……なんだか先生に取られちゃったっぽい?」

 

「気のせいじゃ……ないけど、心の中を読まないで欲しいなぁ」

 

 すぐそばで首を傾げた夕立にツッコミ返す俺。さっき海に落ちたばかりだが、額に汗がにじんでいるのは気のせいだろう。

 

『20発の制限のうち、まさかの13発ヒットは断トツの1位でしたねー』

 

『ま・さ・に、ありえませんわ!

 あれほど避けるのに必死になっていた元帥ですけど、その先を読んで的確に当てる時雨ちゃん。そして、焦ったところを見逃さない龍田ちゃんのコンビネーションはまさに完璧と言っても過言ではありませんことよ!』

 

 青葉の質問形式に、これでもかと早口で答える熊野。おそらく元帥が居ない代わりなんだろうが、半ばテンションが高い為か少し聞き取り辛かった。

 

「あらあら~。私たちが1位なんですって、時雨ちゃん~」

 

「うん、そうだね。結構上手く当てることができたけど、先生は僕の活躍を見ていてくれたかな……?」

 

「ちゃんと見ていてくれたんじゃないかしら~。

 もし見ていなかったら、お仕置きしちゃえば良いのよ~」

 

「お、お仕置きって……、そんなこと、僕にはまだ早過ぎるよ……」

 

 そう言って、なぜか頬を赤くしながら海上で座り込む時雨。

 

 いや、なにを想像したのかまったく分かんないけど、嫌な予感しかしないんですが。

 

 ただでさえ第1回目の争奪戦から雰囲気が変わったんだし、これ以上悪化して欲しくないんだけどなぁ……。

 

『さて、それでは続いて2位の発表です!』

 

『ダラララララララ……』

 

 ま、毎回ドラムロールを言っちゃうんだね……。

 

『…………ダンッ! 2位は愛宕チーム!

 暁ちゃんと響ちゃんの姉妹コンビですわ!』

 

 引き続いてノリノリの熊野が発表すると、周りの観客から「おぉ~……」と歓声とため息が入り混じった声がいくつも聞こえてきた。

 

『1位のしおいチームには敵いませんでしたが、6発ヒットで第2位です!

 龍田ちゃんと同じタイミングで当たることがあったので、運も味方したみたいですねー』

 

「な、なによもうっ!

 暁はちゃんと狙って当てたんだから!」

 

「いや、運も実力のうちと言うからね。

 響もそうやって生き延びたこともあるんだよ」

 

「そ、それは、まぁ……そうだけど……」

 

 響の説得に納得しきれていないながらも頷く暁だが、これではどっちが姉なのか分からない。

 

 まぁ、そんなところも含めて、雷と電も合わせての4人姉妹だが、案外ああいう感じで上手くいっているのだから問題はないんだよね。

 

『更に3位の発表です!』

 

『ダラララララララ……ダンッ! 3位は港湾チーム!

 レ級ちゃんと五月雨ちゃんのコンビですわ!』

 

「ムゥ……。思ッテイタヨリ、当タラナカッタ……」

 

「ま、まだ次の競技もありますし、頑張りましょう!」

 

「セメテ、赤魚雷群ガ出レバ良カッタノニ……」

 

「あ、赤……?」

 

 肩を落とすレ級の言葉がさっぱり分からなくて、五月雨の頭の上には『?』のマークがたくさん浮かび上がっている……気がする。

 

 まぁ、あくまでそんな感じという比喩だけど、それ以前にギャンブルネタを引っ張り続けるのはやめにしなさいと注意した方が良さそうだ。

 

 なお、赤はかなりアツイんで嬉しいんですが。

 

『そして第4位は……』

 

『ダラララララララ……』

 

 そんなことを考えているうちに、ついに4位までやってきてしまっていた。

 

 できるだけ上位に食い込んで欲しいという俺の願いは叶わなかったが、せめてここで呼ばれて欲しいところである。

 

 第3競技で4位の結果になった以上、ここでも点を取れないとなると優勝はかなり難しいどころか不可能な場合もあるのだけれど……、

 

『…………ダンッ! 4位はビスマルクチーム!

 マックスちゃんとろーちゃんのコンビですわ!』

 

「……不甲斐ない結果だけど、ビリだけは避けられたみたいね」

 

「あぅぅ……。失敗しちゃったですって……」

 

 少し表情を曇らせながらもクールに呟くマックスに、大げさに身体全体で気持ちを表現するろーがため息を吐いた。

 

「マジ……かよ……」

 

 そしてこの瞬間、俺のチームが最下位だということが判明し、目の前が真っ暗になってしまいそうになる。

 

 ちゃんと計算していないのでハッキリとは分からないが、この結果によって全チームの中でもかなり順位を落としたかもしれない。

 

 つまりそれは、俺の所有権争いから逃れるすべをなくしてしまったということ。

 

 恐れていたことが現実になる可能性が高く、場合によっては幼稚園が取り壊しなる未来すら考えられてしまうのだ。

 

 それだけはなんとしても避けなければならないが、今の俺にできる手段は思い浮かばず、ただため息を吐くことしかできなかったのだが……、

 

「せ、先生……。げ、元気を出して……下さい……っ!」

 

「そ、そうでありますっ!

 まだ最後の競技が終わっていないのに、諦めるなんて先生らしくないでありますっ!」

 

「潮ちゃんやあきつ丸ちゃんの言う通りっぽい!

 夕立たち、最後の最後まで諦めないっぽいっ!」

 

「み、みんな……」

 

 落ち込んでいた俺の周りを取り囲むように3人が集まり、元気が出るように励ましてくれている。

 

 運動会の競技に出るのは子供たちで、俺は指示をしているだけの存在だった。

 

 そりゃあ頑張ってくれるように応援もしたが、頭の中を大きく占めていたのは争奪戦で勝利し、俺自身を守ろうとすることに集中し過ぎていたのだ。

 

 ことある毎に何度もそうじゃないと考え、子供たちが運動会で楽しめるように精一杯努力しようと思っていたのに、悪い結果が出た途端に元の思考に舞い戻ってしまっていたのである。

 

 それを潮やあきつ丸、そして夕立は俺に気づかせてくれ、自分たちも苦しく悲しいはずなのに励ましてくれているのだ。

 

「お、お前たち……」

 

 大切なのは勝つことだけじゃない。

 

 いかにして運動会というイベントを楽しむか。

 

 そして、艦娘として成長する為に訓練してきた成果を、今ここでみんなに見せる為に頑張ってきたんじゃなかったのか。

 

 改めてその思いが頭の中を駆け巡り、自分の不甲斐なさを受け止めているうちに目頭が熱くなってくる。

 

「せ、先生……」

 

 眼に滲んできた涙に気づいた潮は、オロオロとしながら俺に声をかける。

 

「あ、いや……、すまんすまん」

 

 指で両眼を擦ってから立ち上がり、3人の顔を見てからニッコリと笑いかけた。

 

「そうだな……。まだ次の競技が終わっていないのに、諦めるなんておかしいよな」

 

「そ、そうでありますっ!」

 

「うん……。潮たちも頑張るから、先生も応援を……して下さい……っ!」

 

「夕立、全力でぶっ飛ばすっぽい!」

 

 な、なにをぶっ飛ばすんだ……と、一瞬焦ってしまったけれど、夕立は気合充分であることを表現する為にその言葉を選んだのだと理解する。

 

 そして、俺はいつものように子供たちの頭を撫で、満面の笑みを浮かべたのだ。

 

 諦めるなんて、俺らしくない。

 

 家族から引き裂かれたとき、俺は復讐の為に苦難を乗り越えて生き延びた。

 

 努力を重ねて試験を受け、舞鶴の幼稚園に配属されることになる。

 

 それは、復讐という思いを達成することができないところではあったけれど、俺が新たな未来を見つけられる切っ掛けを多く与えてくれたのだ。

 

 そして、まさか死んだ弟と海底で再開し、ひょんなことから占領された呉の奪還作戦を行い、更には新たな幼稚園を作る為に佐世保で働きもした。

 

 いろんな場所で、いろんな人や艦娘、そして深海棲艦とも出会ってきた。

 

 それらは全て俺の中で経験としていきづき、楽しい毎日を過ごさせてもらっている。

 

 そりゃあ刺激があり過ぎたりもするけれど、飽きがこないと言えるのだろう。

 

 だからこそ、この環境を壊したくない。

 

 だからこそ、俺は諦める訳にはいかないのだ。

 

 これはいがみあった争いではなく、楽しいイベントとして受け止める。

 

 そして、みんなが喜びあえる未来を描く為に……、俺は諦めず前に進むのだ。

 

 もの凄く臭い言葉を選びまくっているかもしれないけれど、これが本心である。

 

 さぁ、それじゃあ始めよう。

 

 最後の第5競技に全力で立ち向かい、最高の未来を勝ち取る為に。

 

 

 

 

 

「あの……さ、先生……」

 

「……え?」

 

「なんか、1人頭の中で盛り上がっているみたいだけどさ、すっごく顔が気持ち悪いことになっちゃってるよ……?」

 

「……ぶっちゃけ、そのまま海に沈んで欲しいレベルですね」

 

 競技を終えたとき以上に表情を曇らせた北上と、まるで嫌いな虫なんかを見るような眼を浮かべた大井が、いつの間にか戻ってきていた。

 

「あ……、これは、その……だな……」

 

「まぁ、私たちが不甲斐ない結果を出しちゃったから仕方ないっちゃあ、仕方ないんだけどさー」

 

「その点についてはなにも言えない立場ですけど、キモさ加減は限度を超えちゃってますもんねー」

 

「た、確かに、少しばかり変な顔では……ありますな」

 

「そ、そう……なのかな……?

 別に、潮は気にならないと……思うけど」

 

「う、潮……」

 

 唯一俺寄りな言葉をかけてくれた潮に泣きそうになったのだが、

 

「夕立は、別に先生の顔がどうなっても平気っぽい!」

 

「……ごふっ」

 

 夕立の一言で、完全に轟沈してしまったのはここだけの話……ではない。

 

 見事に、胸に突き刺さるナイフのようでした。

 

 

 

 最後の競技を前向きに……、頑張れる……よね?

 




次回予告

 夕立の追い打ちで瀕死の重傷を負った主人公。
しかし次の競技は待ってくれない。最終競技が始まります。

 まずはパン食い競争……開始!


 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その54「泣いても笑っても」


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その54「泣いても笑っても」

 夕立の追い打ちで瀕死の重傷を負った主人公。
しかし次の競技は待ってくれない。最終競技が始まります。

 まずはパン食い競争……開始!


 心に大きな傷を負ってしまった俺だけど、子供たちを次の競技へと向かわせることだけはしっかりと済ませてから椅子に座る。

 

『さて、次が最後の競技ですが、少しばかり準備に時間が必要になりますので、完了するまでの間はトークタイムと参りましょうー』

 

『どんどんぱふぱふー……ですわー』

 

 いきなり始まった青葉と熊野のトークタイムに耳を寄せる観客一同。

 

 未だにノリノリな熊野に、どうしてそうなった……と聞きたくもあるのだけれど、放送席に向かう気力も体力もがないので休んでおくことにする。

 

『それでは熊野に聞いてみましょう。

 今までの競技を振り返って、なにか思いつくことはあるでしょうか?』

 

『そう……ですわね。

 速度勝負の個人レースから始まって、全員参加の対空玉入れ。そして今度は運貨筒転がしに続き、「ドキッ! 元帥に向かって魚雷命中! もしかすると爆発しちゃうかも!?」が終わりましたが、どの競技も子供たちが精一杯頑張って、取っても見栄えがありましたわ!』

 

『そうだよねー。

 子供たちの頑張りがとっても良かったんだけど……って、どうして最後のだけ深夜番組みたいな感じなの?』

 

『確かにそれは青葉も思いますねー。

 ……で、いつの間にか戻ってきた元帥ですが、まずはお疲れ様でしたー』

 

『お疲れ様ですわ、元帥。

 ちなみに第4競技だけタイトルっぽいモノをつけたのは、ただの戯れですわ』

 

『あ、そうなんだ。

 てっきり僕になにか恨みでもあったのかと……』

 

『あら、それならたっぷりありますけど、今更って感じがしますわよねぇ……』

 

『酷っ!』

 

 絶叫する元帥の姿が簡単に想像できてしまうのか、話を聞いていた観客からドッと笑い声があがった。

 

 まぁ、この辺りはいつものことなので、俺としては半ば白け気味なんだけど。

 

 ちなみにこの後のパターンは、秘書艦である高雄から物理攻撃が飛んでくるのだが……、

 

『青葉も煽るような実況をしていたし、そんなに僕って恨まれているのっ!?』

 

『『そりゃあ……ねぇ……』』

 

 青葉と熊野の完璧と言える返しに更に観客が盛り上がり、スピーカーからドンガラガッシャーン! と、大きな音が流れてきた。

 

 おそらくこの音は元帥が椅子から転げ落ちて、ついでに機材を巻き込んだって感じだろう。

 

『あーあーあー!

 こんな無茶苦茶に荒らしちゃったら、進行に差し支えちゃうじゃないですかー!』

 

『し、仕方ないでしょ!

 あまりに酷い対応をされたんだからさぁっ!』

 

『普段の行動が悪いのが原因ですから、それこそ自業自得でしてよ?』

 

『更に追い打ちって、マジでへこんじゃうんだけどさぁ……』

 

 しょげこむ元帥に笑う青葉と熊野。

 

 もはや完全にトリオ芸となっているのだが、観客の楽しんでいる顔を見る限り、空き時間の余興としては悪くないようだ。

 

『しかしそれにしてもですね……、あ、はい。分かりましたー』

 

『おっ、そろそろ準備ができたって?』

 

『へこんでいたと思ったら、ちゃんと話は聞いているのですね』

 

『そ、そりゃあ、それくらいのことはできないと、解説は務まらないからさ』

 

『あら、解説は熊野が承りましたから、放送席の隅っこの方で存分にへこんでいてよろしくてよ?』

 

『どこまで僕を追い詰めたら気が済むのさぁっ!?』

 

『それは……、立ち直れないくらいでしょうか』

 

『あ、あはは……。

 さすがにそれは酷過ぎる気もしますが、準備ができたと連絡が入ったので元帥の件はスルーしておいて、早速競技説明に入りましょう!』

 

『青葉の対応が一番堪えるんですけど!』

 

『ツッコミを入れるのは構いませんが、後ろの方で怖ーい秘書艦が睨んでいるのをお忘れになって……?』

 

『………………』

 

 熊野の言葉に少しだけ無言の間が流れ、小さな唾を飲み込む音が聞こえてきた。

 

『……さて、元帥も静かになったところで進めちゃいますね!

 それではまず今回の運動会の最終競技、全ての子供たちが参加する障害物リレーの説明ですっ!』

 

 青葉の言葉が流れると一斉に子供たちが海上に現れ、所定の位置へと進んで行く。

 

『読んで字の如く……というか、海上に並んでいる障害物の数々を見れば一目瞭然ですねー』

 

『1人が1つの障害物をクリアしていくリレー式のレースですけど、誰がどの障害を担当するのかが勝負の分かれ道となりそうですわ』

 

『その辺りはチームを指揮する手腕見せどころ!

 最後は本当の意味で全員参加の競技となっているんです!』

 

『まさに締めくくるにはふさわしい……ということですわ!』

 

 青葉と熊野の説明を聞き、観客から感心する声が聞こえてくる。

 

『それでは子供たちも所定の位置に到着しましたので、各ポイントの説明を致しましょう!』

 

『まずは第1ポイント。

 障害物と言えばそうかもしれませんけど、いきなりこれとはビックリですわ』

 

 熊野の言葉に何人かの観客が頷くが、俺も同じ気持ちである。

 

 だって、1発目からこれって……、ねぇ……。

 

『なにも言わなくてもおわかりですね!

 横に張られた紐にぶら下がる5つのパン!

 そう、これは定番中の定番、パン食い競争です!』

 

『普通はこれだけで1つの競技が成立してしまいそうですけど、色んな意味で面白くなりそうですわ』

 

『青葉もそう思いますねー。

 それでは、このポイントに参加する子供たちの名前を紹介しましょう!

 まずはビスマルクチームから、ろーちゃんです!』

 

「今度はバッチリ、決めますって!」

 

 両手を胸の前でしっかり握り、フンッ! と鼻息を荒くしてろーが気合を入れる。

 

『愛宕チームからは電ちゃんが、しおいチームからは天龍ちゃんが出場ですわ!』

 

「が、頑張るのですっ!」

 

「へへっ、早食いなら俺様に任せておきなって!」

 

 同じく両者ともに気合十分。しかし、天龍の言葉が少しばかり気になるのは俺だけじゃないと思うのだが。

 

 パン食い競争は早く食べるのが目的じゃなくて、いかにして釣られているパンを口にくわえてゲットし、ゴール地点にたどりつくかなんだけどなぁ……。

 

『続いては、港湾チームからヲ級ちゃん、先生チームからは夕立ちゃんが出場です!』

 

「ハラヘリヘリハラー」

 

「パン食い競争は初めてだけど、頑張るっぽい!」

 

 右手を上げるヲ級の言葉に突っ込むのはめんどくさいからパスにして、ここは夕立ちを応援することに集中しよう。

 

 頑張ってくれよ、夕立!

 

『以上で子供たちの紹介は終わりですが、ここでちょっとした補足です。

 今回のパン食い競争に使われるパンは、紐を持ってくれている赤城と加賀の2人がチョイスし、1つだけ元帥が追加したモノになるそうです』

 

『なるそうです……って、なにか怪しい雰囲気ですわね?』

 

『これは食べてからのお楽しみだそうですけど、果たして大丈夫なんでしょうか!?』

 

『嫌な予感がしますけど、ちょっとした刺激も必要ですわね』

 

『まぁ、問題があれば高雄秘書艦が絞めてくれるので大丈夫でしょう!』

 

 いやいや、そう言う問題じゃないんだけれど。

 

 まぁ、さすがに元帥も子供たちに危険が及ぶことはしないと思うから、そこまで心配しなくても良いのかなぁ……。

 

 でも、そう考えておいて、危ないこともあったようななかったような……?

 

『第1ポイントの説明はこの辺で終了ですが……、時間も押しているのでスタートしちゃいましょう!』

 

『そうなると、第2ポイント以降の説明はどうするんですの?』

 

『そこは随時説明を挟んでおくということで、良いんじゃないでしょうか!』

 

『なんだか、ぶっつけ本番みたいな感じで少し怖いですわね……』

 

『説明ばかりだと中だるみにもほどがある……だそうです!』

 

 完全に大人の事情じゃねぇか。

 

 確かに青葉の言うことも分からなくはないし、後々の競技はどんなのだったか忘れてしまう場合もあるからね。

 

 ……って、この思考こそいろんな事情が絡みまくっている気がするが、大目に見てもらえると助かるかな。

 

『ではでは、そろそろ準備はよろしいですかーーーっ!?』

 

 青葉の一言が聞こえた瞬間、第1ポイントを前にした子供たちの表情がガラリと変わる。

 

 その雰囲気に飲まれたのか、観客たちのざわつきも収まった。

 

 スタートの合図が鳴るまでの間、緊張が辺りを包み込み、張りつめた空気が漂っているのが分かり、俺はごくりと唾を飲み込んだ。

 

 これが、最後の競技。

 

 泣いても笑っても、全てが決まってしまう。

 

 チームの子供たちをポイントに割り振り終えた俺にできることは、精いっぱいの応援をするのみだ。

 

 たとえどんな結果になっても後悔したくないからこそ、できることの全てをする。

 

 そりゃあ、優勝するに越したことはないけれど、全力を出し切って負けてしまったのなら仕方がないだろう?

 

 それを気づかせてくれたのはチームの子供たちだし、この前向きな思考を持ってすればこれから起こるかもしれない苦難だって乗り越えられるはず。

 

 だから……、だから今は、チームの子供たちだけでなく、

 

『位置についてー……』

 

 運動会に参加する全ての子供たちに、声援を送るべきなのだ。

 

『よーい……』

 

 感謝の気持ちを込めて、元気いっぱいの大きな声で。

 

『……スタートッ!』

 

 

 

 パァァァンッ!

 

 

 

「行けぇぇぇ、みんなぁぁぁーーーっ!」

 

 空砲が鳴った瞬間に叫んだ俺は、5人の子供たちが海上を駆ける姿をしっかりと眼に焼き付けようとする。

 

『スタートの合図と同時に一斉にスタート!

 最初に飛び出すのは……いったい誰でしょうか!?』

 

『熊野は第1競技で活躍した夕立ちゃんが気になりますけれど、他の子供たちも侮れませんわ』

 

『確かにこの競技ではスピードも大事ですが、パンを空中でゲットできる身軽さも必要です!

 果たして5人の子供たちの中で、真っ先にお魚を咥えられるのは誰なんでしょう!』

 

『……いや、なんで国民的アニメのオープニングなのかな?』

 

『おっと、いきなり復活してきた元帥がツッコミを入れましたが、ここはスルーして実況に集中します!』

 

『ひ、酷いよ青葉ェ……』

 

 しくしくとすすり泣く声が聞こえてくるが、誰も全く気にしない。

 

 今、大事なのは子供たちの活躍で、ギャグ担当の元帥は必要ないのだから。

 

「最初っから、飛ばすっぽい!」

 

 そうこうしているうちに5人の中で頭一つリードし始めたのは、熊野が予想した通り夕立だった。

 

「第1競技では負けちまったが、同じことを繰り返す天龍様じゃないぜっ!」

 

 夕立のすぐ後ろにつけた天龍が、プレッシャーをかけるかのように笑みを浮かべながら声をかけていた。

 

「電も負けていられないのですっ!」

 

「ろーちゃんも、いっぱい頑張りますって!」

 

 続いて電は水上を走り、ろーは水面に顔を出した状態で進んでいるが、差があるのかどうかが分かり難いところである。

 

『おおっと、ここでヲ級ちゃんだけが少し遅れているぞーーーっ!』

 

 そんな中、最後方につけていたヲ級だけが徐々に4人から離れだした。

 

『空母の特性上、やや速度が遅い……ということでしょうか?』

 

『むむむ、そうなると港湾チームには痛い出だしとなっちゃいますが……、まだまだ序盤ですから分かりませんっ!』

 

 青葉と熊野の実況解説に多くの観客が思い思いの声を上げ、大きな盛り上がりを見せる。

 

 先頭を行く夕立を応援する者や、遅れたヲ級を励ます者。

 

 それらはみんな笑みや真剣な表情を浮かべ、まるで自分のことみたいに白熱していた。

 

 艦娘だろうと、深海棲艦だろうと、人間だろうと差別なく。

 

 俺の目指す場所が、すぐ目の前に広がっていたのだ。

 

 

 

 ……って、なんだか終わりそうな雰囲気だけど、まだ第5競技が始まったばかりだからね?

 




次回予告

 最後の競技が始まった。
まずはパン食い競争……のはずが、なんとなく嫌な予感がするのは気のせいではないそうです。

 そりゃあ、だって……ねぇ。
 あのコンビがやらかします。


 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その55「一航戦の誇りは地に堕ちた……?」


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その55「一航戦の誇りは地に堕ちた……?」


 最後の競技が始まった。
まずはパン食い競争……のはずが、なんとなく嫌な予感がするのは気のせいではないそうです。

 そりゃあ、だって……ねぇ。
 あのコンビがやらかします。


 

「夕立、1番乗りっぽい!」

 

 直線を戦闘で走り、パンが釣られているポイントに到着した夕立がジャンプをしようと両足に力を込める。

 

「ていーーーっ!」

 

 狙いを定め、大声を上げて空を舞う。水上スケートのような動きに回転はつかないが、夕立の口はパンに向かって一直線……に思われた。

 

「はむ……って、えええっ!?」

 

 大きく開いた口を閉じた瞬間、ゲットできたと思っていたパンは夕立の頭上に浮き、愕然とした表情を浮かべながら水面へと着地する。

 

『真っ先にパンへと到着した夕立ちゃんですが、まさかのゲットならずーーーっ!』

 

「ど、どうしてっぽい!?」

 

 夕立は慌てて後ろへ振り返り頭を上げる。そして今度はパンを浮かせる為に両側を持つ艦娘、赤城と加賀の顔を交互に見た。

 

「……ふふ。そう簡単に取らせる訳にはいきませんよね?」

 

「赤城さんがそう言うなら、従うべきだわ」

 

 ニヤリと笑みを浮かべる赤城に、澄ました表情でジッと前を見続ける加賀。そんな2人を見て、夕立は抗議の声を上げる。

 

「そんな邪魔をしたら、競技にならないっぽい!」

 

「あら、こういったアクシデントも海上では付き物なんですよ?」

 

 首を傾げる赤城に納得できず不満な表情を浮かべた夕立は、更に講義をしようと口を開けようとしたのだが、

 

『夕立ちゃんが戸惑っているうちに、天龍ちゃんと電ちゃん、そしてろーちゃんも到着だーーーっ!』

 

「……っ!

 こ、こんなことをしている暇なんてないっぽい!」

 

 焦る夕立は赤城からパンへと視線を移し、再びジャンプをしようと体勢を屈めた。

 

「おりゃーーーっ!」

 

 しかし、そんな夕立よりも1歩早く空へと飛び上がった天龍が、パンを加えようと口を閉じたのだが、

 

 

 

 ヒョイッ

 

 

 

「んなぁっ!?」

 

 夕立とまったく同じように空振りとなってしまい、ビックリした表情で着水する。

 

「はわわわわっ!

 と、取れないのですっ!」

 

「パ……、パンが上下に動きますって!」

 

 先にジャンプをした夕立や天龍を見た電とろーは、スピードを落としてタイミングをはかりつつパンをゲットしようと宙を舞ったのだが、赤城と加賀の紐使いには歯が立たず、悔しそうな顔を浮かべていた。

 

『ここでいきなりのアクシデント発生ーーーっ!

 子供たちがパンをゲットできずに、ピョンピョンと飛び跳ねちゃっているーーーっ!』

 

『心がピョンピョンしちゃいますわ……とは言いませんけど、この光景は可愛過ぎますわね』

 

『しかし、これはなんとも大人気ない気がしますよ?』

 

『確かに、いくらなんでも難易度が高過ぎる気がしますわ……』

 

 そしてこの状況を解説していた青葉と熊野も想定外の展開だったらしく、若干不安げな声で放送をしている。

 

 てっきり赤城と加賀の行動は元帥の差し金だと思っていたのだが、それなら高雄がサクッと絞めて止めさせているだろうし、そうじゃないのならどうしてなんだろうと考えて視線を向けてみると、

 

「なんと言われようとも、このパンを制限時間まで守り切れば私たちのモノに……」

 

「……お腹が空きました」

 

 ぐきゅるるる……と、大きな音を腹部から鳴らしながら、よだれを口元からあふれさせる赤城と加賀の姿が遠目からでもハッキリと見え、俺は大きなため息を吐きながら頭を抱えてしまう。

 

 つまり、このコンビは運動会を円滑に進める気がまったくないということが良く分かり、その被害を被っているのが子供たちだということである。

 

 つーか、飲食物が絡む競技なんだから、完全に人選ミスだよねぇっ!

 

 責任者は誰だ……って、どうせ元帥なんだけれどっ!

 

 この場で叫びたくなる衝動を抑えつつ、俺は放送をしているところへ抗議をしに行こうと椅子から立ち上がったところ、

 

「……ナルホドネ。コレハチョット、普通ジャ骨ガ折レルカナ」

 

 最後尾を走っていたヲ級がパンを釣っている紐の近くまでやってきたのが見え、俺はふと走り出すのを止めた。

 

「コノ手ハ最後ニト思ッテイタンダケレド、四ノ五ノ言ッテイル場合デモナサソウダカラ……」

 

 言って、ヲ級は頭部の艤装……つまり、大きな歯のついた口をパックリと開けた。

 

「奥ノ手ヲ、出サセテモラウヨ……ッ!」

 

 そして発艦する複数の艦載機が風を切り、大きく空へと舞って行った。

 

 ………………。

 

 いや、それって大丈夫なのか……?

 

 アクシデントが発生したとはいえ、やっていることはパン食い競争。

 

 どう考えても艦載機を使用する必要性は感じないけど……って、まさかっ!?

 

 第3競技の際にレ級が砲弾を撃とうとしたことがあったのを思い出した俺は、焦った表情を浮かべながら艦載機を視線で追う。

 

 今までの競技で港湾チームが1位を取ったのは対空砲玉入れだけであり、総合順位の方は良い結果であるとは言えないはず。

 

 ヲ級のことだから無茶はしないと思うけれど、もしもの可能性がゼロではない。艦載機を放って自らが突撃という、どこぞの航空戦艦のような戦術を取り入れて被害を出そうものなら、運動会が最悪の結果になってしまうかもしれないのだ。

 

 これは、ヲ級が人間のときだったころを良く知っている俺だからこそ気がかりになる部分。

 

 あいつは俺と同じように、キレたらなにをするか……分からないのだ。

 

『おおっと、ここで最後尾のヲ級ちゃんがパンに近づくと思いきや、手前で立ち止まってから……艦載機を発艦ーーーっ!?』

 

『そういえば第2競技で艦載機の使用は禁止していましたけど、この競技におけるルールはどうでしたかしら?』

 

『基本的には禁止していませんねー。

 なので、危ないことをしなければ無問題な訳ですが……』

 

 そう言って、青葉も熊野も黙りこむ。

 

 おそらく艦載機を眼で追っているのだろうが、解説がそれでは具合が悪いと思うんだよね。

 

「……今ダッ!」

 

 そしてヲ級が叫び声を上げた途端、艦載機のエンジン音が大きく鳴る。

 

「「……くっ!?」」

 

 音がする空へと顔を上げる赤城と加賀だったが、ちょうど太陽の光が目に入ったのか眩しそうな表情を浮かべ、空いた方の手を額に当てた。

 

「赤城さん、直上っ!」

 

 焦った加賀は額に当てた手を背中へと回すが、艤装を装着していないために空を切る。

 

「まさか……、急降下爆撃っ!?」

 

 とっさにそう判断した赤城だが、紐を持った手を離すべきかどうかを迷ったせいで空白の時間ができてしまった。

 

『ヲ級ちゃんの艦載機が紐を持つ赤城へ急降下ーーーっ!

 これは危険! もの凄く危険ですよーーーっ!』

 

 青葉の実況に周りの観客たちもざわつき始め、完全に艦載機へと視線が集中する。

 

 このままでは非常に危ういと思った俺は、今すぐ止めるように叫ぼうとした瞬間……、不敵な笑みを浮かべるヲ級の顔が眼に映った。

 

 この顔は……、どこかで見たぞ……?

 

 確か、そう……だ。第1回の争奪戦だ!

 

 ペイントボールを装着した艦載機を連続で飛ばしてきたヲ級は、最後の最後に急降下爆撃という手を使って俺を倒そうとした。

 

 しかし、今回はいきなり初手から使い、赤城に攻撃をしかけている。第3競技のときはレ級を止めたはずなのに、いきなり問答無用だなんてヲ級らしくもない。

 

 これは……、なにかほかに手が……あるんじゃないのだろうか。

 

 そう思った瞬間、俺は艦載機を放ったヲ級の姿を思い出した。

 

 大きく口が開き、複数の艦載機が発艦した。

 

 ………………。

 

 ……複数?

 

 今、空高く舞い上がって急降下しているのは1機の艦載機。

 

 見た目は急降下爆撃の体勢だが、その姿に爆弾もペイントボールも見当たらない。

 

 ならば、なぜヲ級は艦載機をこのように操っているのか。

 

 それは、争奪戦のときを思い出せば……、おのずと答えは見つかった。

 

「赤城さん、逃げてっ!」

 

 加賀が大きく叫ぶが、赤城は未だ身体を硬直させて空を見上げている。

 

 もしこれが戦場ならば、おそらく被害は免れない。

 

 しかし、今ここで行われているのは子供たちが活躍する運動会。

 

 危険なことは禁止しているのであれば、ルールを守っている限り被害が出ることは……ないはずだ。

 

「……これは、ブラフッ!?」

 

 それに気づいたのか、それとも急降下をしてくる艦載機の姿がハッキリと見えたのか、赤城は大きく眼を広げて叫び声をあげた。

 

 しかし、気づいたのはもう遅い――と、ヲ級はニンマリと笑みを浮かべて速度を上げる。

 

 向かう先はチームの仲間が待つ第2ポイントへ。

 

 その口――、実際には頭にある艤装の大きな歯の部分に、丸いパンが咥えられていた。

 

『技ありぃぃぃぃぃぃぃーーーーーっ!』

 

『いえ、これは完全に1本ですわっ!』

 

『急降下させた艦載機は完全にブラフッ!

 赤城と加賀が焦る中、その隙をついて別の艦載機がパンをゲットする高等技術を見せたーーーっ!』

 

 絶叫する実況と同時に観客から大きな歓声が上がる。

 

「ま、まさか……、そんな手を使うとは思いませんでした……」

 

 そして、全てを知った赤城がガクリと膝を折り、意気消沈となってしまった。

 

「今がチャンスっぽい!」

 

「この隙を逃したら負けだぜっ!」

 

「ゲットなのですっ!」

 

 パンを釣っていた紐の高さが下がり、夕立や天龍、電がここぞとばかりに口でキャッチする。

 

「あ、赤城さんっ、ひ、紐っ!」

 

「あぅぅぅ……。索敵を誤ってしまった為に……、パンを取られて……」

 

「だ、だから、落ち込んでしまっては……」

 

「ろーちゃんも、ゲットですって!」

 

 そして最後のパンをろーが取り、全てのパンが子供たちに行き渡った……のだが、

 

「ぴゃあああああああっ!?」

 

「「「……っ!?」」」

 

 いきなりろーが悲鳴を上げ、付近に居る全ての眼が一斉に向く。

 

「か、かかか、辛いですってーーーっ!」

 

 パンを手で持って口から離し、中身を見るろー。舌は真っ赤になり、眼から大量の涙をボロボロとこぼしていた。

 

『こ、これはいったい、どうしたんでしょうか……?』

 

『な、なんなのですの……?』

 

 訳が分からないといった風に戸惑う青葉と熊野。観客は更にざわつき、いたるところからろーを励ます声が上がっていた。

 

『あー、そっかそっか。ろーちゃんがアレを食べちゃったかー』

 

 そして聞こえてくる元帥の声。

 

 多少気まずそうに小さめなところが怪し過ぎる。

 

『あ、アレ……と言いますと?』

 

『いやぁー、ちょっとした遊び心というか、トラップ的なアレでさー』

 

『た、確かパンを1つチョイスしたと聞きましたが、まさか元帥……』

 

『うん、そうそう。激辛カレーパンを選んだんだけど……』

 

 

 

『天誅ーーー! と言って差し上げますわーーーっ!』

 

 

 

『ぎょへぇぇぇぇぇっ!?』

 

 響き渡る元帥の悲鳴。そして、大量の打撃音。

 

 10連コンボとかそんな生易しいモノではなく、原形を留めるかどうか怪しくなる程度に痛めつけられた……となるのだろう。

 

 正に自業自得。しかし、全くもって慈悲はない。

 

 

 

 俺も同じく、激怒しているんだからね。

 




次回予告

 元帥の悲鳴が上がったのは置いといて、ヲ級の技ありによってパンをゲットできた子供たち。
残りは第2ポイントへ向かうだけなのだが、観客背でもひと悶着があったようで……?

 それでは続いて、第2ポイントの説明です。


 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その56「エキサイトな水上バイク?」


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その56「エキサイトな水上バイク?」


 元帥の悲鳴が上がったのは置いといて、ヲ級の技ありによってパンをゲットできた子供たち。
残りは第2ポイントへ向かうだけなのだが、観客背でもひと悶着があったようで……?

 それでは続いて、第2ポイントの説明です。


 

『パンをゲットした子供たちが第2ポイントに向かって爆走中!

 先頭からヲ級ちゃん、夕立ちゃん、天龍ちゃん、電ちゃん、ろーちゃんと続いておりますっ!』

 

『最後尾のろーちゃんは激辛カレーパンを食べてしまって、少し遅れてしまってますわ!』

 

『涙目でも頑張るろーちゃんが健気で応援したくなりますねー』

 

『安心して下さい。観客の心は1つですわよ!』

 

 熊野がそう言うや否や、観客から一斉にろーちゃんへ向けて応援する声が上がった。

 

「がんばれ、ろーちゃーん!」

 

「元帥の罠なんかに負けるなー!」

 

「もう少しで第2ポイントだぞー!」

 

「うう……、口の中は痛いけど、ろーちゃん頑張りますっ!」

 

 お礼の意味を兼ねて観客に向い手を振るろー。その仕草が可愛らしく、健気さも相まって大盛り上がり……となったのだが、

 

「おっぱいぷるんぷ……って、ろーちゃんはなかったな……」

 

 ……と、またもやどこぞのチョビ髭の声が聞こえてきた瞬間、頷いたり少々顔を曇らせたり「それが良いんじゃないか!」と叫ぶ観客の反応に、若干の不安を感じた俺。

 

 そんなことを言っていると、おそらくあの艦娘が反応するんじゃ……、

 

「天誅やでぇーーーっ!」

 

「ぐへぇっ!」

 

 ……あ、遅かったか。

 

 佐世保から護衛の為についてきたフラット軽空母RJの声と共に爆撃音が聞こえたが、これは気づかなかったことにする方が良いだろう。

 

 俺も色々と被害を受けたことがあるし、チョビ髭も自業自得だからね。

 

 ただまぁ、観客に向かって爆撃は少々やり過ぎというか……大丈夫なんだろうか?

 

 仮にもS席、更にいえば偉いさんが集まっている場所なんだけど。

 

 まぁ、その辺りは元帥が全て責任を取るから別に良いけどさ。

 

 それより、子供たちの方はどうなんだろうと視線を向けてみたのだが、

 

「モグモグ……」

 

「ぽいぽい……」

 

「んぐんぐ……」

 

「はぐはぐ……」

 

 ヲ級、夕立、天龍、電の4人は第2ポイントへ向いながら、パンを食すのに必死だった。

 

 ……ってか、夕立は口癖なんだけど。

 

 色んな意味で謎過ぎる。だが、それ以上に問題なのは、

 

「僕のパンハ、クリームパンカ……。

 ドウセナラ、オ兄チャンノクリー……」

 

「言わせねぇよっ!」

 

 第1回争奪戦のときと同じネタをするんじゃねぇぇぇっ!

 

 とりあえず最大級の叫び声で防いだつもりだが、観客とかに聞こえなかっただろうな……?

 

 今のところ敵意とかそういう視線はなさそうだし、大丈夫だとは思うけど。

 

「夕立のはあんパンっぽい!」

 

「俺のはジャムパンだなぁ」

 

「電のパンはホイップ入りメロンパンなのです!」

 

「うおっ、それマジで美味そうじゃねぇか!

 

「一口食べるのです?」

 

「良いのか!?

 サンキューな、電!」

 

「夕立も欲しいっぽい!

 少しずつ交換するっぽい!」

 

「ヲヲ……。良カッタラ僕モ、オ願イスルヨ」

 

「大丈夫なのです!」

 

 俺の心配をよそに、パンを一口大にちぎって渡しあう子供たち。

 

 ………………。

 

 非常に和気あいあいなんですが。

 

 一応これ、レースなんですけどね?

 

 そんな様子を見ていた観客勢も落ち着きを見せているし、どうやら爆撃はなかったことになったようだ。

 

 やはり、可愛いは正義ってことで間違いないね。

 

『いやー、これはほんわかする光景ですねー』

 

『心がピョンピョンしちゃいますわ! ピョンピョンしちゃうんですわ!』

 

『なぜ2回言ったのかは不明ですが、その気持ちは分からなくはないです!』

 

『うんうん。僕も同じ気持ちかなー』

 

『コブラツイストをかけられながら会話に入ってくる元帥は、もはや人間じゃないと思うんですよ……』

 

『まぁ、元帥ですから……で、納得できてしまいますわ』

 

『納得しちゃって良いんでしょうか……』

 

 青葉と熊野が額に汗を浮かばせながら呟く姿が容易に想像できるが、元帥に関する思考はあまり深く掘り下げない方が良いと思うんだよね。

 

 仮にも艦娘である高雄の打撃を受けまくってもなんとか生きているし、そうかと思ったらすぐに復活しちゃうし、首がもげたと思ったらロボットによる身代わりだったし。

 

 考えるだけ無駄な気がしまくるので、そういう生物だと思うしかないです。

 

 ぶっちゃけ、酷過ぎることを思っていたりするが、それくらいの扱いをしておかないとこちらの心がもたないのだ。

 

『おおっと、そうこうしている間に先頭のヲ級ちゃんが第2ポイント前に到着間近!

 あとはチームメイトにタッチをして選手交代だーーーっ!』

 

『そう言えば、第2ポイントの障害はいったいなんですの?』

 

『進行をする側としては知っているはずですが、説明タイムを導入する為のナイス発言、ありがとうございます!』

 

『普通はそういうことは言わない方が良いと思うんだけどさぁ……』

 

『ま、まさかの元帥が真面目な発言を!?』

 

『し、信じられませんっ!』

 

『さっきからちょいちょい、酷い発言しまくりだよね……』

 

『コブラツイストが解けたと思ったらキャメルクラッチに移行してもなお、平然と会話に参加してくる元帥ほどじゃないと思います』

 

『酷いとかそういう話じゃなくないっ!?』

 

『まぁ、このような会話自体がマンネリ化しているのですけどね?』

 

『やっぱり酷いよーーーっ!』

 

 スピーカーから悲鳴が上がるが、観客は誰1人として気にしない。もちろん俺も、子供たちに視線を向けて完全無視である。

 

『さて、元帥のマイクスイッチをOFFにしましたからこれで雑音は入らないですし、そろそろ第2ポイントの説明を致しましょう!』

 

『ここから見る限り、第3ポイントまでの間にあるのは……斜めになった台が3つありますわね』

 

『はい、その通りです!

 第2ポイントの障害も単純明快、ジャンプ台になっております!』

 

『なるほど。あの斜めになった台はジャンプ台ですのね。

 そういえば、古いゲームであんな感じのモノを見たような……』

 

『おそらくそれはバイクに乗ってタイムを競うレースゲームのようなヤツじゃないでしょうか!』

 

『そうそう、それですわ。

 シンプルなのに奥が深い、なかなかのゲームですわね』

 

 熊野がそう言うと、なぜかスピーカーから電子音で奏でられる曲が流れてきたんだけど。

 

 なにげに凝っているというか、変なところに力が入っているよな……。

 

 ちなみにクラッシュするとバイクから投げ出されちゃうんだけれど、ボタン連打で早く戻れるエキサイトなバイクゲームだ。

 

 俺も昔は最高タイムを出そうと、滅茶苦茶やり込んだ記憶があるんだよなぁ……。

 

『説明をしている間にヲ級ちゃんが先頭で到着するぞーーーっ!』

 

 懐かしんでいる俺の耳に青葉の声が聞こえたので、顔を上げて海へと向く。

 

「レ級、次ハ任セタ!」

 

「ラジャー!」

 

 ヲ級がレ級とハイタッチを交わし、一目散に加速する。

 

「お待たせっぽい!」

 

「次はあきつ丸に任せるであります!」

 

 続いて2番手の夕立も到着し、待っていたあきつ丸に声とタッチをして選手交代を済ませた。

 

『続々と到着する子供たちですが、ここで第2ポイントの参加者を紹介しましょう!』

 

『ビスマルクチームからはプリンツちゃんが。

 愛宕チームからは響ちゃんが。

 しおいチームからは榛名ちゃんが。

 港湾チームからレ級ちゃんが。

 先生チームからはあきつ丸ちゃんが出場です!』

 

『そしてここで3番手の天龍ちゃんが榛名ちゃんと交代!』

 

「悪い、待たせたな!」

 

「いえ、榛名は大丈夫です!」

 

『更に4番手の電ちゃんも響ちゃんと交代ですわ!』

 

「ご、ごめんなさいなのです!」

 

「大丈夫。後は響に任せて」

 

『そして少し遅れて最後尾のろーちゃんが涙を浮かばせながら頑張っているーーーっ!』

 

「頑張って、ろーちゃん!

 ふぁいやー、ふぁいやーですよっ!」

 

「が、がんばりますって言いたいですけど、まだ舌がヒリヒリしますって……」

 

 水面から顔を出し、真っ赤になった舌を風に当てて少しでも痛みを紛らわせようとするろーが震える手を伸ばしてプリンツに向ける。

 

「プリンツ、後はお願いしますって!」

 

「任されました!

 全力で頑張る!」

 

『これで第1ポイントに参加する全ての子供たちが交代を完了!

 続いて第2ポイントのジャンプ台によって、どう順位が入れ替わるかが見ものですっ!』

 

『2つのジャンプ台はそこそこの高さですから、着水でバランスを崩さないかが重要になってきますわね』

 

『もちろん大事に備えて救急隊も待機しておりますが、事故がないよう頑張って欲しいところです!』

 

『艦娘として海に出れば大波を受けることはたくさんありますけど、少々子供たちにいきなりな感じが否めませんわ……』

 

『そ、それは……、若いうちの苦労は買ってでもしろ……と言いますし……』

 

『本当に事故がなければ良いんですけどねぇ……』

 

 そう言って大きくため息を吐く熊野……だが、不吉な発言をわざわざしなくても良いと思うんだよね。

 

 第1競技のカーブで五月雨が吹っ飛んだように、絶対に大丈夫とは言い切れない。しかし、子供たちの経験を得るという意味では間違いだとも言えないのだ。

 

『ま、まぁ、どちらにしても、問題があったら元帥のせいってことで良いんじゃないでしょうか!』

 

『ちょっ、またもや酷くないっ!?』

 

『あれ、おっかしいなー。なんだか雑音が混じったような気がしますー』

 

『ちゃんと聞こえているよね!?

 なんでそんな無視なんか……、ぐへええええっ!』

 

『バキボキと効果音が鳴っておりますが、これも雑音なので気にしないでおきますわー』

 

 何番煎じか分からない漫談を終えた青葉と熊野は、一呼吸置いてから再び解説へと戻った。

 

『さて、先頭はレ級ちゃん、続いてあきつ丸ちゃん、榛名ちゃん、響ちゃん、プリンツちゃんの順になっております!』

 

『1位から4位までの差はそれほどありませんが、最後尾のプリンツちゃんだけは少し差が開いてますわ!』

 

『果たしてこの差をどれだけ縮められるのか、こうご期待です!』

 

『それでは次回、お楽しみに……ですわ!』

 

 ……とまぁ、完全にいったん終了的な発言をされても困るのだが、切りが良いのでこの辺で……だそうだ。

 

 ともあれ、第2ポイントのジャンプ台でもひと波乱が起きそうな感じがムンムンとしていたのであった。

 

 

 

 嫌な予感が的中しなければ良いんだけどね。

 




次回予告

 第2ポイントへ突入した子供たち。
そこでいきなりあの子が爆走し始める。
全ては勝利の為。そして、報酬の為……なのだが、少々やり過ぎじゃないですかね……?


 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その57「プリンツ無双」


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その57「プリンツ無双」


 第2ポイントへ突入した子供たち。
そこでいきなりあの子が爆走し始める。
全ては勝利の為。そして、報酬の為……なのだが、少々やり過ぎじゃないですかね……?


 

「レッレレノレー!」

 

 言葉が通じなかった海底での出会いの際、ちょくちょく言っていた懐かしい口癖を叫びながら海上を駆けるレ級。

 

 ちなみに箒を持ったおじさんが掃除をしている方が浮かんだ場合も間違っていないので大丈夫。

 

 ……いや、なにが大丈夫かは分からないが、とりあえずレ級はいつも通りだということだ。

 

「申し訳ありませんが、抜かせてもらいますっ!」

 

「くっ……、流石に直線では敵わないでありますか……っ!」

 

 後方にいた榛名に追い抜かれ、歯噛みしながら悔しそうな表情を浮かべるあきつ丸だが、完全に諦めているという感じではなく、どこか余裕があるようにも見える。

 

 単純な速度では明らかに分が悪いというのは分かっているし、このポイントでは少々難しいとも思っていた。しかし、あえて俺がこのポイントにあきつ丸を採用した理由を、どうやら本人はちゃんと理解しているようだ。

 

『先頭を走るのは変わらずレ級ちゃん!

 後に続くあきつ丸ちゃんが榛名ちゃんに抜かれて3位に後退ーーーっ!』

 

「今がチャンスだね……。行くよ!」

 

『その後ろからも響ちゃんがあきつ丸ちゃんとの差をドンドンと縮めていますわーーーっ!』

 

 実況解説の青葉と熊野にも熱が入り、観客からの声援も大きくなる。

 

 そんな中、どこからともなく誰かの驚く声が聞こえた途端、周りから大きなどよめきが上がった。

 

「ふぁいやあああああぁぁぁぁぁぁぁーーーっ!」

 

「な……っ!?」

 

 あきつ丸を追い抜こうとしていた響のすぐ横を、大きな水しぶきをあげながら高速で駆け抜けていく1人の子供。

 

 最後尾にいたプリンツが、怒とうの追い上げで響とあきつ丸をごぼう抜きにしていた。

 

『なんとここでプリンツちゃんがとんでもないスピードで2人抜きーーーっ!』

 

『第1競技でのレーベちゃんもそうでしたけど、ビスマルクチームの子供たちの性能は化け物ですわっ!』

 

 感嘆が混じる声を上げた熊野に観客一同も頷き、更に応援に加速がかかる。

 

 そして、遠くにある別のテントからは……、

 

「おーっほっほっほ!

 さすがはプリンツ。これで私のチームに優勝が転がり込んでくるわっ!」

 

 ――と、どこぞのきわどいボンテージ風の衣装とマントを身にまとった魔法使いとか、骸骨の形をした石を盗み出そうとする泥棒みたいな高笑いが聞こえてきた。

 

 ぶっちゃけ、あまりに想像できてしまったせいか頭痛が酷い。

 

 なにげに似合いそうだけにたちが悪いし、おっちょこちょいなところも含めてピッタリなんだよね。

 

「くっ……。ですが、榛名は負けません……っ!」

 

 振り返った榛名は後ろから迫ってくるプリンツを一瞥し、更に加速をしようと前傾姿勢を取りながら表情を強張らせた。

 

 前方に見えるレ級の背を追うよりも、プリンツの方が脅威と判断したのだろう。何度もチラチラと後ろを見ながら、自らの身体で航路をブロックしようと小さく蛇行し始めた。

 

「フッ……、甘いですね!」

 

 そんな榛名の様子を見たプリンツは小さく笑みを浮かべながら重心を右側に倒し、スピードスケート選手がコーナーを曲るかのような体勢を取った。

 

『おおっと、ここでプリンツちゃんが急に方向転換!?』

 

『直線だというのに、いきなり右方向にカーブだなんて……どういうことですのっ!?』

 

『まさか運貨筒転がしのように、体当たりをするつもりでしょうか!?』

 

『しかしあれは、金剛ちゃんのブラフだったですわ!』

 

 プリンツの動きを見た青葉と熊野が憶測を交えた声を上げると、観客からも様々な意見が飛び交い始める。

 

「プリンツちゃんの勢いでダンプしたら、いくら榛名ちゃんでもやばいんじゃないかっ!?」

 

「いやいや、いくらなんでも体当たりはヤバいだろっ!」

 

「だけど、最後尾からごぼう抜きをするなら、その手もありなんじゃないかっ!?」

 

「おいおい、これは運動会……ましてや子供たちなんだぜ?

 そんなに危ないことをやらせちまったら……」

 

「おーっほっほっほっ!

 行きなさいプリンツ! やっておしまいーーーっ!」

 

 観客に交じってビスマルクが煽りまくる発言をし、俺の頭痛が更に悪化する。

 

 このままだとビスマルクの両隣に「アラホラサッサー」とか叫び出す男性が増えたりしないだろうな……。

 

 そのあまりの酷さに、頭を抱えながら海にドボンしたくなっちまったぜ……。

 

 まぁ、さすがに4回目はやりたくないけど。

 

 あとついでに言っておくが、ダンプとは体当たりをして進路を確保する競艇テクニックの用語だ。

 

「ビスマルク姉さまの応援……っ!

 プリンツ、頑張ります。ふぉあいやあああああぁぁぁぁぁぁぁーーーっ!」

 

 そして見事なまでに鼓舞されてしまったプリンツがとんでもない速度を出しながら、弧を描いて榛名に向い水上を駆けて行く。

 

「そ、そんな大きな声を上げても榛名は………………ひっ!?」

 

 榛名が焦りながらも距離をはかろうと後ろへ振り返った瞬間、プリンツの身体が眼と鼻の先に見え、驚きの表情を浮かべながらビクリと身体を震わせた。

 

『あ、危ない! ぶつかっちゃいますーーーっ!』

 

「さ、避けるんだ榛名ちゃーーーん!」

 

「ぶっ飛ばしなさい、プリンツーーーッ!」

 

「ウソダドンドコドーーーン!」

 

 青葉が、観客が、ビスマルクが思い思いの声を上げ、視線が2人に向けられる。

 

「やめろーーーっ!」

 

 そして俺もプリンツへと叫び声を上げた瞬間、少しだけ釣り上がる口元を見て大きく眼を見開いた。

 

 プリンツは身体を更に低重心にするべく、大きく屈んだ体勢を取る。

 

 それはまるで、佐世保幼稚園で俺に向かって放ちまくった、プリンツミキサーの予備動作。

 

 これは本当に榛名が危ないと思ったのも束の間、プリンツはとんでもない行動を取ったのだ。

 

「とりゃあああぁぁぁぁぁーーーっ!」

 

『と、飛んだーーーーーっ!?』

 

 榛名とぶつかる寸前、プリンツは両足に溜めていた力を解放してバネのように足を伸ばした。

 

 タックルの場合は水平方向に。しかし、今プリンツが行ったのは、上方向へなのだ。

 

 結果、スピードが乗っていたことによって大ジャンプとなったプリンツは宙を舞い、カーブを描いていた慣性も重なって身体がクルクルと回転をする。

 

『そ、そしてなんと空中で1、2、3……4アクセルですわーーーっ!』

 

 バッシャーーンッ! と大きな水しぶきをあげたプリンツだが、完璧といえる着水と同時に加速を再開し、ほとんど速度を落とすことなく先頭を見据えていた。

 

『なんとまかさかの記録達成ーーーっ!?』

 

『これが女子フィギュアスケートでしたら、ギネスはもとより大ニュースになりますわーーーっ!』

 

『子供ながらに4アクセル!

 これでこの国のフィギュアスケート界は安泰ですーーーっ!』

 

 ウオォォォッ! と、観客も大盛り上がりを見せまくるが、そもそもプリンツは艦娘であるし、舞台は氷の上じゃなくて海上なんだけど。

 

 もはやなんでもありの状態だが、確かにやったことは半端じゃないし、騒ぎ立てるのも無理はない。

 

 ただ、こんな中で俺が最も問題だと思ったのは、

 

「なによ……。せっかくのチャンスだったから、空の彼方まで吹き飛ばしたら良かったのに……」

 

 ……と、こんな風に愚痴をこぼすビスマルクの声が聞こえ、問答無用のハイキックをかましたくなったのは仕方がないことだろう。

 

 つーか、ビスマルクって榛名と面識あったよね?

 

 それと観客の叫び声に、ちょっとしたヒーローが混じっていなかったか……?

 

 

 

 

 

「あ、あのような抜かれ方をされてしまっては、榛名には太刀打ちできません……」

 

 ガックリと肩を落としてうなだれる榛名だが、更に後ろから聞こえてくる声に気づきハッと顔を上げる。

 

「ま、負けないでありますっ!」

 

「ypaaaaa!」

 

 最下位を争っているあきつ丸と響がすぐ近くに迫っており、ここで抜かれては非常にマズイと、榛名は焦りながら加速を再開した。

 

「これ以上は……抜かせませんっ!」

 

「なんのっ! あきつ丸も、全力で走るであります!」

 

「響だって負けてはいられないさ……っ!」

 

 速度が乗っていたあきつ丸と響が、榛名との差をドンドンと縮めていく。しかし榛名も高速戦艦であるという自負があるのか、真剣な表情で前を向きながら速度を上げていった。

 

『プリンツちゃんに抜かれてしまったものの、3位から5位の三つ巴争いがデッドヒートッ!』

 

「第1ポイントで頑張ってくれた電……、そしてチームのみんなの為に負ける訳にはいかないさ!」

 

「うぅ……っ!」

 

 ビリを争っていたあきつ丸と響だが、ここで徐々に差が開いてしまう。

 

 真剣な表情で榛名の背を見つめる響。そして、悔しそうな表情を浮かべながらも決してあきらめないあきつ丸。

 

「あなたたちの頑張りは認めます……。ですが、榛名にだって負けられない理由があるんです……っ!」

 

 しかし、その2人を置いていくかのように、加速しきった榛名が響との差を少しずつ開けていった。

 

「くっ……。だが、ここで諦める訳には……っ!」

 

「あきつ丸に……、あきつ丸に力を……っ!」

 

 できる限り空気抵抗を抑えて速度を上げようとする響きが前傾姿勢を取ったが、その後ろを追いかけるあきつ丸はなぜか両手を空に高々と上げた。

 

 ……え、なんだそれ。元●玉でも溜めているのか?

 

 この状況でそれは……、笑いにしかならないんだけれど。

 

「ああっ、しまったでありますっ!」

 

 予想通り響との差がみるみるうちに開いてしまったあきつ丸は、大慌てで手を下ろし、真面目に後を追いかける。

 

『現在3位は榛名ちゃん、4位は響ちゃん、5位はあきつ丸ちゃんになっています!』

 

「がんばれー!」

 

「まだまだ諦めるなー!」

 

 盛り上がる観客の応援が飛び交い、子供たちもそれに答えるように真剣な表情を浮かべていた。

 

 

 

『そして2位のプリンツちゃんが、レ級ちゃんに襲いかかろうとしていますわっ!』

 熊野の実況を聞き、今度は視線をトップ争いへと向けた。

 

「あと1人抜けば……、私の勝ちです!」

 

 ニヤリと笑みを浮かべたプリンツだが、その気持ちも分からなくはない。

 

 榛名を飛び越えてから更に速度を上げ、レ級との差がかなり縮まってきているのだ。

 

「レレッ! ソウ簡単ニ、イケルカナー?」

 

 顔を半分後ろに向けたレ級がプリンツに向かってそう言い、同じようにニヤリと笑みを浮かべる。

 

「……むむっ。その顔は挑発してるんですねっ!」

 

 眉間にしわを寄せて返したものの、レ級はまったく聞こえないといった風に前を向いた。

 

「……っ!」

 

 その仕草が癇に障ったのか、プリンツはムッとした顔で前傾姿勢を取り、更に速度を上げようとする。

 

 レ級との差は10mもない。あともう少しで追い抜けるはず。

 

 そして振り向きざまに挑発をやり返し、勝ち誇ってやるんだ……と、プリンツが決意を込めたように小さく頷いた。

 

 レ級の前方には斜めになった台――第2ポイントのメインとなるジャンプ台があり、着水時には必ず速度を落とすはず。

 

 プリンツは先ほどの大ジャンプでやった通り、ミスさえなければ追い抜くチャンスは何度もある。

 

 つまり、どう考えてもレ級よりもプリンツに分がある――と、思っていた。

 

 もちろん青葉や熊野、そして観客も同じ考えだったかもしれない。

 

 だが、俺たちの目の前で繰り広げられた光景は、想像を絶するモノだったのである。

 




次回予告

 無双状態のプリンツに立ちはだかるレ級!
果たして2人はジャンプ台を無事に乗り越えられることができるのか……。
それとも、またなにかをやらかしてしまうのだろうか……。

 全ては、色んなヤツのせいでこうなってしまったのである。


 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その58「カットバックド●ップターン」


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その58「カットバックド●ップターン」


 無双状態のプリンツに立ちはだかるレ級!
果たして2人はジャンプ台を無事に乗り越えられることができるのか……。
それとも、またなにかをやらかしてしまうのだろうか……。

 全ては、色んなヤツのせいでこうなってしまったのである。


 

『さぁ、ついに第2ポイントの目玉であるジャンプ台にレ級ちゃんが突入!

 このギミックでいったいどういう展開になるのか、大・注・目でーーーすっ!』

 

 大絶叫な青葉の実況解説で周りのボルテージは更に上がる。

 

 それについては構わないんだけれど、なんだかギミックという言葉を聞くと嫌な予感が更に高まるのは気のせいだろうか。

 

 種のある特殊なモノとか、手品の仕掛け……、解釈の仕方によっては策略という意味になるんだが。

 

 この第2ポイントも元帥が絡んでいた場合、そういったことが含まれている可能性も無きにしも非ず。

 

 その場合は高雄がきっちり締めてくれるだろうが、子供たちに危険が及ぶのは止めて欲しいんだよなぁ……。

 

「レレレッ!

 ソレジャア、イックヨー!」

 

 俺がジャンプ台を不安視している間に、レ級は体勢を屈めてジャンプ台へ足をかけようとしていた。

 

 頼む……。なにごとも問題が起こらないでくれ……っ!

 

 心の中で強く念じながら一瞬だけ眼を閉じ、そしてレ級の姿を確認しようとまぶたを開けようとした瞬間、熊野の大きな声が耳に響いたのだ。

 

『な、なんですのーーーっ!?』

 

 驚いた俺は咄嗟にまぶたを上げ、なにが起こったのかと必死にレ級を探す。

 

 ジャンプ台の辺りにはレ級の姿はなく、もしやと思い視線を少し上に向けてみたところ、

 

『ダンプ台から高々と上がったレ級ちゃんが、横回転をしながら飛んでいるーーーっ!』

 

『さ、更にグラブテクニックまで披露していますわーーーっ!』

 

 ………………は?

 

 いや、レ級、なにやってんの?

 

 青葉と熊野の実況通り、レ級は素早い横回転をしながら右手で足の艤装を掴んでいる。

 

 その姿を見た瞬間、俺の頭の中では4年に1度冬に開かれるオリンピックの競技、モーグルやエアリアルが思い浮かんだ。

 

『レ級ちゃんの横回転は……1、2,3、4回転ーーーっ!』

 

『先ほどのプリンツちゃんと同じ回転数ですが、グラブの分を合わせると高テクニックですわーーーっ!』

 

「「「ワァァァァッ!」」」

 

 煽る実況によって観客は大盛り上がりの大盛況。ただしこれによって、余計に厄介なことになりそうなんですが。

 

「くぅ……っ!

 まさかこの私の前でテクニックを披露するなんて……、喧嘩を売っているのと同義ですっ!」

 

 そして完璧に頭に血が上ったプリンツが、レ級に負けじと体勢を低くした。

 

 うん。やっぱり。

 

 これ、あかんやつや。

 

「見せてあげましょう。Admiral Hipper級……重巡プリンツ・オイゲンの実力を……っ!」

 

『そして2番手のプリンツちゃんがレ級ちゃんを追いかけてーーー!』

 

「ふぁいやあああああぁぁぁぁぁぁぁーーーっ!」

 

『飛びましたわーーーっ!』

 

 青葉が、プリンツが、熊野が叫ぶ。

 

 ジャンプ台から空高く舞い上がったその姿に、観客の視線が集中した。

 

「ちょっ、マジかよっ!?」

 

 俺はその光景を見ながら無意識に声を出す。

 

 同じように観客からもどよめきが上がっていた。

 

『プ、プリンツちゃんの身体は空中にですがーーー!』

 

『ま、まさかの横回転だけではなく、縦回転まで入ってますわっ!』

 

 プリンツがジャンプ台の先端を飛び出した瞬間、身体を横に捻りつつ縦回転も加え、空中で身体が斜めを向いた状態でクルクルと2度回って着水した。その間、右手はレ級と同じようにしっかりと偽装を掴み、グラブテクニックも入れていたから驚くしかない。

 

『こ、これは……、スノーボード競技で言うところのフロントサイドダブルコーク1080だーーーっ!』

 

『雪上ではなく海上のジャンプ台で行うなんて、信じられませんわーーーっ!』

 

 さきほどのレ級も凄かったが、あれは横のみの回転だった。後から技を放ったプリンツは縦を含める回転を入れる高テクニックを披露し、みごとに実況解説の2人だけではなく、観客の心も鷲掴みにしてしまったのである。

 

「すげえぇぇぇっ!」

 

「ド、ドイツの技術……いや、艦娘は化け物かっ!?」

 

「プリンツちゃん最高ーーーっ!」

 

 いたるところからわき上がる歓声に気分を良くしたのか、プリンツはレ級を追いかけながらも観客に向かって手をブンブンと振る。

 

 ぶっちゃけ、第2ポイントはジャンプ台をクリアすれば良いだけであり、本目的は速さを競うはずなんだけど……、こうなってしまった以上他の参加している子供たちにプレッシャーがかかってしまうことになるのは明白であり、

 

「こ、こうなったら榛名も……えいっ!」

 

『3番手の榛名ちゃんはバックフリップだーーーっ!』

 

『綺麗に前に向かっての後方宙返りですわーーーっ!』

 

 レ級やプリンツに対して派手さはないモノの、やっていることはなかなかの高難度。更に着地も綺麗に決まったので、高得点は間違いないだろう。

 

「不死鳥と呼ばれる響の技……見せてあげるよっ!」

 

『4番手の響ちゃんも大飛行ーーーっ!』

 

『右手で艤装を掴みつつ、ふわりと浮いた身体が横向きに3回転ですわーーーっ!』

 

 響も滞空距離が長く安定した回転――720(セブントゥエンティ)を着水も含めてしっかりと決めた。

 

「あ、あきつ丸も行くでありますっ!」

 

 そして最後尾のあきつ丸は焦りにまみれた表情を浮かべていたが、無理して事故るのだけはするんじゃないぞ……と思っていたところ、

 

『あきつ丸ちゃんは上半身と下半身を捻って反対の動きを2回するダブルツイスターを披露してくれましたーーーっ!』

 

『スキーモーグルなどで見かける技ですけど、これも安定した良い動きでしたわ!』

 

「ふぅ……、なんとかできたであります……」

 

 ……と、危険度が低い技でなんとか乗り越えてくれたので、ホッと胸を撫で下ろすことができた。

 

 いや、しかしと言ってはなんだけれど、普通に難しいはずなんだけれど。

 

 やっぱり子供だと思っていても、艦娘って半端じゃない身体能力を持ち合わせているんだよね。

 

 あと何度も言うようだけど、第2ポイントは技の難易度などで競うんじゃなくて、純粋にリレーをしているはずなんだけどなぁ。

 

 ただまぁ、みんながみんな楽しんでいるのならそれを止める訳にもいかないと思っていたところ、

 

「プリンツちゃん最高ーーーっ!

 俺とケッコンしてーーーっ!」

 

 観客の中から1人の男性がマジな表情で叫んでいた。

 

 ………………。

 

 うん。こういった輩が続出されると厄介なので、やっぱり止めさせた方が良いよね。

 

 そうじゃないと、またとばっちりを受けなくも……

 

「答えはNeinです!

 私には、先生が居るから駄目なんですよーーーっ!」

 

 

 

「「「ざわ……っ!」」」

 

 

 

 ざわつく観客。

 

 そして向けられる痛過ぎる視線。

 

 うん。分かっていた。

 

 こうなるパターンは……読めていたぜ、こんちくしょーーーうっ!

 

 叫びたいのはやまやまだけど、多数に無勢ではどうしようもない。

 

 俺はできる限り視線から逃れられるようにもの影に隠れて縮こまりながら、リレーの様子を伺うしか手がなかったのであった……。

 

 

 

 チキンとか……言わないでよね……。

 

 

 

 

 

『2つ目のジャンプ台ではレ級ちゃんがダブルバックフリップーーーッ!』

 

『なんの、プリンツちゃんはスイッチバックサイド1260ですわーーーっ!』

 

「ムムッ、ナカナカヤルネッ!」

 

「そっちこそ、思っていた以上にできますね……っ!」

 

 レ級とプリンツが平行に競り合いながら視線を絡ませ、最後のジャンプ台に向かって火花を散らす。

 

 完全にリレーはそっちのけで、どれだけ難易度の高い技を繰り出して成功させるかに意識がもっていかれていた。

 

 その結果、なにが起こるかといえば、

 

『先頭集団が素晴らしいテクニックを披露して観客を沸かせていますが、3位以下の子供たちとの差が縮まっているぞーーーっ!』

 

「……エッ?」

 

「……えっ?」

 

 青葉のツッコミを受けて振り返る2人。

 

 するとすぐ後方には2人を見据えて追いかけてくる榛名の姿の他に、それほど離れていない距離に響とあきつ丸の姿も見えた。

 

「榛名は……、もうすぐ追いつけますっ!」

 

「逃がすつもりはないよ……。ypaaaaa!」

 

「あ、あきつ丸も……、なんとか追いつくで……ありますっ!」

 

 全速力を出す榛名、響。そして必死な形相で頑張るあきつ丸が口々に叫びながら全速力を出している。

 

「レレッ! マサカコンナニ差ガナクナッテイルナンテッ!」

 

「ゆ、油断してしまったということですか……っ!?」

 

 いや、油断というよりかは、完全に目的を失念していただけなんだけれど。

 

 ちなみに煽りまくっていた青葉と熊野も同罪だけど、盛り上げるためには仕方がない……と折れるべきだろうか。

 

 どちらにしろ、リレーなのにエアテクニックを披露しまくるのは間違いだったということに気づいたのが遅かったという訳だ。

 

『1位から5位までの差はほとんどなく、このままだと大混戦は必至ですわ!』

 

『そしてすぐ先には最後のジャンプ台!

 ここを乗り越えれば第3ポイントは間近ですっ!』

 

「コウナッタラ仕方ガナイ!

 スピード優先デ……、イ、行クシカネェ……ッ!」

 

 そういったレ級は、ジャンプ台に向かって一目散に駆ける。

 

 しかし、レ級は分かっているのだろうか。今喋った言葉は、フラグであるということを。

 

「レ、レ級ーーーッ!

 逝ッチャダメダーーーッ!」

 

 大声で止めようとするヲ級だが、完全に漢字が間違っている。

 

 い、いや、むしろわざとなのか……?

 

 ル級の教えを受けたレ級なら、こういうときこそやっちゃいそうなパターンだが……って、そんな悠長に構えている場合じゃなくてだなっ!

 

「レ級、早まるなっ!

 無茶と無謀は違うんだぞーーーっ!」

 

 さすがにヤバいと思った俺は声をかけるが、すでにジャンプ台に足をかけていたレ級には一足遅かったようで、

 

「アイ、キャン、フラーーーイッ!」

 

『レ級ちゃんが今日一番の大飛行ーーーっ!』

 

「かー、らー、のー……」

 

『し、しかも空中でなにかをやらかしそうですわっ!』

 

 レ級は空中で縦回転に向きを変え、急に落下し出して……

 

 

 

「カットバックド●ップターーーンッ!」

 

 

 

 ちょっと待てーーーーっ!

 

 なんでこのタイミングでそれをやるんだっ!?

 

 しかもなんだ。空中にトラパーの波が崩れる場所というか、そもそもそんなモノは存在していないんだぞ!

 

 それなのに、どうしていきなり方向転換なんかできるんだよーーーっ!?

 

 

 

 ……と、内心叫びまくる俺のツッコミはどこへやら。

 

 レ級はそのまま海面に一直線に落下して、

 

 

 

 バッシャーーーンッ!

 

 

 

『な、なんとまさかのカットバックド●ップターンが炸裂ーーーっ!?』

 

『で、ですが、レ級ちゃんは大丈夫なんですのっ!?』

 

 特大の水柱を見れば一目瞭然。

 

 どう考えても事故発生です。まったくもってありがとうございません。

 

『し、至急、救急隊を……っ!』

 

『あ、青葉! お待ちになって……ですわっ!』

 

 熊野が制止する言葉を上げ、視線が水柱の方へと集中する。

 

 するとそこには、海面にスー……と浮かび上がってくるレ級の頭が見えた。

 

「オーゥ。失敗シチャッタデース」

 

 いや、なんでいきなり金剛風なんだよ……。

 

『ど、どうやらレ級ちゃんは無事のようです……が……』

 

『そうこうしているうちに、プリンツちゃんや他の子供たちがジャンプ台をクリアーですわー!』

 

 レ級の上を飛び越えて行く4人の姿を見て、レ級は慌てて海面へと立ち直す。

 

「コ、コウシテイル場合ジャナイッテバヨッ!」

 

 だからなんで今度は忍者っぽいんだ……?

 

 必死に後を追うも、停止状態から加速したレ級が追いつけるはずもなく、第2ポイントにて最下位に落ちてしまった港湾チームだった。

 

 

 

 身体を張ったボケは、時に身を滅ぼしかねないってことだよな……。

 




次回予告

 最後のジャンプをミスしてしまったレ級を除き、子供たちが第3ポイントへと向かう。
そして毎回の如く説明に入る青葉と熊野……だが、なにやら不穏な雰囲気が。

 え、まさかの交代ですか……?


 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その59「放送事故?」


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その59「放送事故?」


 最後のジャンプをミスしてしまったレ級を除き、子供たちが第3ポイントへと向かう。
そして毎回の如く説明に入る青葉と熊野……だが、なにやら不穏な雰囲気が。

 え、まさかの交代ですか……?


 

『レ級ちゃん以外の子供たちは無事に最後のジャンプ台をクリアし、第3ポイントで待つチームメイトに交代すべく爆走中ですっ!』

 

『現在先頭はプリンツちゃん、2位は榛名ちゃん、3位は響ちゃん、4位はあきつ丸ちゃん、そして少し離れて最後尾にレ級ちゃんとなっておりますわ!』

 

「ここまできたんだから、先頭は絶対に譲りませんっ!」

 

 レ級のカットバックド●ップターンを見たプリンツはジャンプ台でトリックを決めるのを止め、安定した飛行の後に着水を決めて水上を駆けながら後方を伺っていた。

 

「そのような勝手は……、この榛名が許しませんっ!」

 

 後に続く榛名が気合を入れながらプリンツを追う。

 

 しかし、やはり練度の差が響いてきたのか、徐々にその差が開いてきた。

 

「そういう割には、追いつけないみたいですねー♪」

 

「くっ……。しかし、榛名はまだ……っ!」

 

 歯噛みする榛名を見て、勝ち誇ったように笑みを浮かべるプリンツ。

 

 そして榛名を追う響は問題がなかったものの、あきつ丸の方にも性能の差が出てきてしまっていた。

 

「ぐむむ……。自身の鈍足が恨めしいであります……」

 

 榛名と同じように歯噛みするあきつ丸だが、それでも諦めようとはせずに食らいつこうと必死の形相を浮かべている。

 

 結果は芳しくないものの、この気持ちがあるからこそ、あきつ丸を起用して良かったと思える瞬間だ。

 

 ……まぁ、チームの中でジャンプをした際に安定するのは誰かと考えた際、真っ先に浮かんだというところもあるんだけれど。

 

 踏ん張りが大事というか、なぜかドシンと構えれそうな気がするんだよね。

 

「ムキーッ!

 コノ差ヲチョットデモ縮メナイト、ミンナニ合ワセル顔ガナイアルヨー!」

 

 そして最後尾を駆けるレ級の口調が、またまた変わったことに突っ込まざる得ないといころではあるものの、正直精神的に疲れるので止めにしたい。

 

 ある意味元帥レベルで厄介です。

 

 その理由の大半は、おそらくレ級ではなくル級によるものだろうけれど。

 

 一度本気で締めたいところだが、ミイラ取りがミイラになるのが見えているだけに非常に厄介だ。

 

 誰かマジで対処方法を知ってないかなぁ……。

 

『先頭のプリンツちゃんが独走状態になり、第3ポイントも間近ですよーーーっ!』』

 

『そう言えば、次はいったいなにが待ち受けているんですの?』

 

『またもや説明の振り、サンクスです!

 それでは早速、第3ポイントのギミックを皆さんにお伝えしましょうっ!』

 

 お約束な展開で会話を進めて行く青葉に熊野。

 

 まぁ、この辺りは毎回やるんだろうけれど、たまには捻りが欲しいところではあるが……。

 

 いや、この考えは止した方が良いかもしれない。

 

 青葉に元帥、そして先ほどからちらほら頭に浮かんでくるル級というフラグが立ちつつある今、更なる厄介ごとが増えないとも限らないからだ。

 

『さて、次の第3ポイントのギミックは……、ずばり飴玉探しです!』

 

『……あら。これはまた、障害物競走で良くあるやつですわね』

 

『お約束にして、ボケるポイントとして名高いギミックとして定評です!』

 

『別にボケる必要はなくってよ……?』

 

『あれれ、熊野がそんなことを言うなんて珍しいですねー。

 てっきり期待しているのかと思っていましたよー』

 

『わたくしだって真面目に実況解説をすることもありますし、あまりマンネリはしたくありませんの。

 それに、元帥が先ほどから発言できない程度にお仕置きされたんですから、心の平穏も必要なのですわ』

 

『ま、まぁ、分からなくもないですけど……』

 

『それに、この第5競技は運動会を締めくくる最後の競技。

 子供たちの頑張りを見られるのもお終いなのですから、精一杯応援したいのですわ!』

 

『な、なんという模範解答的発言を……』

 

『フフフ……。これで熊野の評価も鰻登りでしてよ?』

 

 そう言った熊野がもの凄く自慢げな顔をしていそうな光景が目に浮かぶが、最後の発言をしたら全てが台無しになっちゃうんですが。

 

 さすがは青葉と組んで実況解説をできるだけのことはある。これからは青葉と同等に扱うべきになりそうだ。

 

『そ、それよりも今は、飴玉探しについての説明ですね!』

 

『あら、そんなに慌てなくてもよろしくてよ?』

 

『べ、別に慌ててなんかいませんけど……』

 

『そんなことを言いながら目が泳いでいるところを見ると、青葉も少しは好評価を得たい……という考えがあるのでしょう?』

 

『そ、そんな……ことは……』

 

『そこで言葉に詰まるのがなによりの証拠でしてよ?』

 

『む……ぐぐ……』

 

 な、なんだか放送席の雰囲気が徐々に悪くなっている気がするんだけれど。

 

 喧嘩にまでは発展しそうになさそうなものの、険悪な感じに思えてきちゃうよね……。

 

 これはちょっとばかりマズイだろうし、誰かサポートに入れないかと思っていたら、

 

『はいはい。険悪ムードはそれまでにして、ちゃんと仲良く説明をしちゃおうねー』

 

『げ、元帥っ!?』

 

『た、高雄秘書艦に締められて、落ちていたんじゃ……』

 

 いつの間にやら復活してきた元帥の声に驚く2人。

 

 もちろん俺も驚いたが、Gのようにしぶとく、不死身じゃないかと思えるくらい軽々と復活してくるのはいつものこと。

 

 ちなみに観客の方からは舌打ちっぽいモノが聞こえた気がするが、気づかなかったことにしておきます。

 

『元帥がそれを言うのはどうかとは思いますが、実況解説の2人が喧嘩をしては進行に差し支えてしまうのは明白ですわね』

 

『そ、それは……』

 

『そ、そう……ですわね……』

 

 続いて高雄の言葉を受けて力のない言葉を漏らす2人だが、ここまでテンションが下がってしまうと色々とマズイのではなかろうか。

 

 なんだかんだと言っても、青葉と熊野の掛け合い的な実況解説が競技を盛り上げているのもまた事実だし、それが失われてしまったら高雄の言葉通り進行に弊害が出ちゃうんだけど……。

 

『まぁ、このままだと気持ちの整理もつかないだろうし、ここらでちょっと僕たちにタッチ交代をしちゃおうか』

 

『僕……たち、ですか……?』

 

『うん。僕たちだよ』

 

『つ、つまりそれって、元帥と……』

 

『もしかして、私、高雄も含まれる……ということでしょうか?』

 

 驚いた青葉と熊野に、戸惑う高雄が問いかける。

 

『なにを驚いているんだい?

 2人のテンションを下げちゃったのは高雄なんだから、ちゃんと責任を取らないとねー』

 

『え、そ、それは少々違うと思うのですが……』

 

 明らかにいつもとは違う高雄の反応に、周りから様々な声が上がってきた。

 

「お、おいおい……。あの高雄秘書艦が戸惑いまくっているって、初めてじゃないか……?」

 

「そ、そりゃあ、あの鬼軍曹と名高い高雄でも、一応は女性だからなぁ……」

 

「珍しいこともあるモノね……。でも、焦る高雄秘書艦も素敵……かも」

 

 思わぬ展開にざわつきまくっているんだけれど、子供たちのレースはまだ続いているんですが。

 

 ちなみに順位は変わらずで、1位のプリンツと2位の榛名の差が少し開いた感じです。

 

『なにを今更なことを言っちゃってんのー。

 はいはい。青葉と熊野、そこの席を交代、こうたーい』

 

『は、は、はいっ!』

 

『ほ、本気なんですのっ!?』

 

 1人テンションが高い元帥に押し切られるような感じの会話が聞こえ、なにやらドタバタと雑音が聞こえてきたかと思うと急に静かになった。

 

 そして暫くしてから、マイクのノイズ音が流れ……、

 

『はいはーい。

 ここからは青葉と熊野から変更して、元帥の僕とー……』

 

『その秘書艦である高雄が、実況解説をお送りいたしますわー♪』

 

 ……と、滅茶苦茶テンションMAXな高雄の声が流れ、今日1番のどよめきがいたるところから上がったのである。

 

「お、おい……、どういうことなんだ……?」

 

「あの型物で有名な高雄秘書艦の語尾が、ちょっぴり可愛かったじゃねぇか……」

 

「ま、まさか元帥が、なにやヤバい薬でも盛ったんじゃないの……?」

 

「いやいや、さすがにそれは……」

 

 憶測が飛び交い、不安が伝播しまくる観客たち。

 

 その大半は舞鶴鎮守府に関係する人たちや艦娘なんだけど、S席にいる何人かも汗をダラダラとかきながら焦りの表情を浮かべている。

 

「ま、まさかあの姉貴がぶりっ子っぽい口調を出すだなんて……。

 し、信じられねぇっ! まさか、これは夢なんじゃねぇのかっ!?」

 

 そして、どこからともなく聞き覚えのある声も……って、明らかに摩耶ですよね。

 

 まぁ、その気持ちは分からなくもないし、俺や他の人たちも戸惑っているのだから、おかしなことが起きているのは間違いない。

 

『さて、高雄。

 次の第3ポイントのギミックは飴玉探しなんだけど……』

 

『ええ、そうですわね。

 ここは皆さんの誰もが知っている、あの飴玉探しなんですね!』

 

『ふむふむ。

 つまり、子供たちは小麦粉が大量に敷き詰められた台の中に顔を突っ込んで、口だけで飴を探し出してから第4ポイントに向かうってことで良いんだよね?』

 

『その通りですけど、このギミックを指定したのは元帥ですから知っているはずじゃないですかー』

 

『ごふ……っ!?

 た、確かにそうなんだけど……って、ツッコミがちょっときついよ高雄……』

 

『あらあら、そんなに力を込めてなんていませんよー?』

 

『げふぉっ!?』

 

『あら?

 机に突っ伏したままじゃ、実況解説なんてできませんでしてよー?』

 

『だ、だったらそのひじ打ちを止め……ごふっ、ぐふっ!』

 

「「「「「………………」」」」」

 

 テンポ良く聞こえてくる打撃音と元帥の悲鳴が聞こえ、観客一同白目で立ち尽くしている心境です、はい。

 

 まぁ、若干高雄の声が棒読みな感じだったから、なんとなくやっつけ気味なのかなとは思っていたが。

 

「……ふぅ。やっぱり姉貴はいつも通りだったな」

 

 そして安心する摩耶と同じように、舞鶴鎮守府に関係する人たちから多くのため息が聞こえてきた。

 

 結局はいつも通りってことで。

 

 でもまぁ、実況解説は一旦交代ってことになりそうってことで。

 

 

 

 ……一体全体、どうなっちゃうんだろうね。

 




次回予告

 まさかの実況解説が交代も、やっぱり元帥と高雄はいつも通りだった。

 そして競技は第3ポイント。
飴玉探しが始まるが、なにかが起きるのがデフォ状態。

 お約束の展開なのか、それともなにかが起きるのか……?


 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その60「飴玉探し」


 乞うご期待!

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その60「飴玉探し」


 まさかの実況解説が交代も、やっぱり元帥と高雄はいつも通りだった。

 そして競技は第3ポイント。
飴玉探しが始まるが、なにかが起きるのがデフォ状態。

 お約束の展開なのか、それともなにかが起きるのか……?


※諸事情により、次回の更新から少し遅めになるかもしれません。



 

『さて、それでは続きまして、第3ポイントに参加する子供たちの紹介を致しますわ』

 

 元帥にツッコミという名の仕返しをしたおかげなのか、高雄の口調がいつも通りに戻っていた。

 

『現在1位のビスマルクチームからは霧島ちゃんが。

 2位のしおいチームからは龍田ちゃんが。

 3位の愛宕チームからは暁ちゃんが。

 4位の先生チームからは潮ちゃんが。

 5位の港湾チームからはほっぽちゃんが出場です。

 みなさま奮って応援して下さいね』

 

『お、応援宜しくおねが……ぐふぅ』

 

 つつましい感じで締めた高雄だが、時折聞こえてくる元帥の呻き声で全てが台無しになっているのでどうしようもない。

 

 しかし、それを突っ込もうにも突っ込めない雰囲気が会場全体に広がってしまい、元帥の存在はなかったことにした方が良いという思考で埋め尽くされていた。

 

『そろそろ先頭のプリンツちゃんがチームメイトと交代をするべく、手を上げて備えました』

 

「霧島ーーーっ!」

 

「ビリから一気に先頭とは、想像以上の出来……」

 

 勢いよく駆けてきたプリンツのタッチを右手で受けた霧島は、満足げな笑みを浮かべながら加速を開始する。

 

「後はお願いしますっ!」

 

「ええ。これから先は、この霧島に任せて下さいっ!」

 

 コクリと頷いた霧島の背を見送って、プリンツも同じように笑みを浮かべながら額の汗とかかった水を払い落している。

 

 第3競技の運貨筒転がしではもの凄く険悪な感じだったんだけれど、いつの間やら仲が良くなったのか、ギクシャクした感じは見受けられなかった。

 

 前向きに進んだことを喜ぶ半面、チームワークが改善されてしまったことによって勝利が余計に遠退いてしまったことに不安を覚えるが、今はただ自分のチームの子供たちを応援することに集中すべきだろう。

 

「龍田さん、お願いします!」

 

「もちろん、後は私に任せてね~」

 

 2位につけていた榛名も続けて到着し、龍田とタッチをして交代を終える。

 

「さ~て、前にいるのは霧島ちゃんね~。

 どうやって料理をしちゃおうかしら~」

 

「な、なにやら背後から寒気がしたような……?」

 

 先頭を走る霧島が急にビクリと身体を震わせて後方へ振り返ると、加速を始めた龍田と眼があった。

 

「うふふ~。逃がさないわよ~?」

 

「……っ!

 き、霧島の危険察知電探が最大アラートをっ!?」

 

 ぶわぁ……っと、額どころか顔中に汗をふきだした霧島は、即座に前を向いて全速力で飴玉が入っている台の方へと向かう。

 

 かくいう俺も龍田の恐ろしさが分かっているだけに霧島の気持ちは痛いほど良く分かるが、これも勝負の定めと思って頑張るしかない。

 

 見捨てるつもりは毛頭もないけれど、正直俺にできるのはなにもない……というか、後のとばっちりがマジで怖いのだ。

 

 ……って、結局見捨てている可能性が高い気がするが、それは気のせいだということにして置いて下さい。

 

 龍田、マジで、怖い。

 

「暁……、すまない」

 

 そして榛名の後に続いて3番手で到着した響が、暁にタッチをして肩で息をしながら謝っていた。

 

「大丈夫よ響。

 これくらいの差なら、暁にとってへっちゃらなんだからっ!」

 

 しかしそこは長女……というよりかは、いつも通りに1人前のレディだと自慢げに言おうとしたところ、

 

「あらあら~。この私をそう簡単に追い抜けると思っているのかしら~」

 

「ぴぎゃあああああっ!?」

 

 暁の方へ振り返った龍田が笑みを浮かべながらドスの効いた声を発した途端、即座に漏らしてしまいそうな驚きっぷりを見せる暁。

 

 これは完全にビビります。トラウマレベルは間違いない。

 

 つーか、龍田の脅しは半端じゃないんだよぉっ!

 

「だ、だだだ、大丈夫……っ、暁は怖くなんかないんだからっ!」

 

 涙目を浮かべながらも前に進もうとする暁だが、チラチラと振り返ってくる龍田の顔が見える度に身体をビクビクと震わせているので、これは相当厳しそうだ。

 

「う、潮殿……。待たせ過ぎて申し訳ないであります……っ!」

 

「う、ううん。あきつ丸ちゃん、ナイスファイト……です」

 

 そして4番手で到着したあきつ丸は、響と同じように潮とタッチしてからその場で崩れ落ちそうになる。明らかに疲弊しているのが見え見えだが、観客からは多くの拍手が鳴り響いていた。

 

「あきつ丸ー!

 良く頑張ったぞー!」

 

「こ、この声は……先生であります……っ!」

 

 俺も同じように拍手をしながら声をかけたところ、辛いにも関わらず顔を上げて小さく手を振り答えてくれた。

 

「そ、それじゃあ、潮……頑張りますねっ!」

 

「よ、宜しく頼むでありますっ!」

 

 あきつ丸が加速し始めた潮の背に向かって声をかける。すると潮は真剣な顔でコクリと頷き、先を行く3人の姿をしっかりと見た。

 

「ここで頑張らなきゃ先生が……」

 

 いつものような弱々しい感じはなく、芯の通った眼を浮かべた潮が真っ直ぐ前を向き、「行きます……っ!」と小さく叫んで急速に速度を上げた。

 

『子供たちが次々と交代している中、最後尾のレ級ちゃんがもう少しで到着いたしますわ』

 

「レ級、早ク、早クッ!」

 

 交代場所でピョンピョンと飛び跳ねる北方棲姫がレ級に向かって手を振ると、今度は拍手ではなくパシャパシャとカメラのシャッターを切る音や、呆けた息を吐く声が聞こえてくる。

 

「ちくしょう……。アレはマジで反則だぜ……」

 

「駆逐艦も良いが、北方棲姫の可愛さはマジでパナイからな……」

 

「あぁ……。お持ち帰りして思いっきり愛でてぇよぉ……」

 

 犯罪臭がもの凄いんだけど、それらの声はほとんどがS席から聞こえてくるんですよね。

 

 あそこにいる大半は海軍関係者……というか見た目が明らかに提督だし、それ以外にはカメラ小僧みたいなのとかも居るけれど、どう考えても問題がありまくりにしか思えない。

 

 この国の未来……、マジで大丈夫だろうか……?

 

 まぁ、可愛いは正義だから、その気持ちは分からなくもないんだけどさ……。

 

「オ待タセシテ、ゴメンナサイッ!」

 

「大丈夫! 後ハホッポニ任セテ良イヨ」

 

「オ願イシマスッ!」

 

 ハイタッチをして選手交代を済ませると、北方棲姫が急いで4人の後を追う。その背中を見送ったレ級は、まるで犬のように身体を半回転させまくって水分を飛ばしていた。

 

 しかし、レ級が北方棲姫と話す際はヲ級と違って若干言葉を選んでいるように思えるのだが、やはり身分の差……というモノが関連しているのだろうか。

 

 幼稚園で一緒に暮らしているのだから、できればそういった関係はなしだと嬉しい……と思ったものの、人間社会でも様々な弊害やしがらみがあるんだし、変に助言しない方が良いのかもしれない。

 

 それよりも今は、以前は敵同士であった艦娘と深海棲艦が肩を並べあって運動会に参加していることを嬉しく思い、精一杯することが重要だ。

 

『さあ、これで全チームの子供たちが第3ポイントに移行した訳ですが、今度のギミックである飴玉探しをセッティングした元帥に展開を予想していただきましょう』

 

『え、あ……、そこをいきなり僕に振っちゃうわ……げふっ!?』

 

『無駄口は叩かずに、聞かれたことだけをおっしゃっていただければ結構ですわ』

 

『そ、それって、実況解説ではない気が……』

 

『なにか言いまして?』

 

『ナ、ナンデモナイデス。ハリキッテ、ハナサセテイタダキマス……』

 

 深海棲艦みたいな喋り方に変わってしまった元帥だが、どうせ蛇に睨まれた蛙の如く、高雄の眼圧に屈したのだろう。

 

『まず、先頭を行く霧島ちゃんと2位の龍田ちゃんとの差は少し開いていますが、これはどのように影響してくると思いますでしょうか?』

 

『そ、そうだね……。

 単純なスピード勝負なら龍田ちゃんに分が悪いと思うけれど、飴玉探しで引っ掛かる可能性はどの子供たちにもあるだろうし、全員にチャンスがあると言って良いんじゃないかな』

 

『……なるほど。つまり、いかに早く飴玉を探し出せるかが鍵になる……ということですわね』

 

『まぁ、大概の飴玉探しはそうなんだけど……って、タンマタンマタンマッ!』

 

『飴玉が入っている箱には小麦粉が敷き詰められていて探しにくいのは当たり前。

 ですが、やはりそれは先に到着した子供の方が有利であることは間違いないはずですわ』

 

『そ、それは……いて、いててててっ!』

 

『後になるほど飴の数が減ってしまい、数撃てば当たる方式も使えなくなってしまう以上、やはり最初の差は大きいはず……』

 

『そ、そうなんだけど……、お、折れるからそれ以上は引っ張らないでーーーっ!』

 

 ギリギリ、ミシミシと鈍い音と悲鳴がスピーカーからひっきりなしに聞こえてきても、観客の誰ひとりとして気にしないところが恐ろしい。

 

 慣れって、本当に怖いよねー。

 

 まぁ、マンネリし過ぎってこともあるんだけれどさ。

 

『……ふむ。観客のみなさんのノリもあまり宜しくありませんし、元帥をいたぶるネタはそろそろ控え見にした方が宜しいでしょうか……?』

 

『こ、これって、ネタだったの……?』

 

『半分はそうですけれど、もう半分はストレス発散ですわね』

 

『キッパリ答える高雄が怖いっ!』

 

『今更なにをおっしゃっているのでしょう……』

 

『あっ、それは……無理ーーーっ!』

 

 ゴキャッ! と、大きな音の後にブツンとマイクの接続が切れるノイズが流れ、辺りからは大きなため息が漏れる。

 

 高雄が言った通り、会話の流れは完全に飽きられているみたいである。

 

 元帥の身体を張ったボケ? も空しく、新たな掴みを探さなければならないのだろう。

 

 そして暫くすると同じようなマイクのノイズ音が聞こえ、放送が再開された。

 

『そうこうしている間に、先頭の霧島ちゃんがそろそろ飴玉が入っている台に到着したみたいですわ』

 

 高雄の言う通り、霧島がスピードを落として台に近づき、枠に手を添えて小麦粉が敷き詰められているところに眼を落した。

 

「見た感じでは……、簡単にいきそうにありませんね」

 

 パッと見る限り、小麦粉は均一に敷き詰められている為に飴玉がある場所はまったくと言って良いほど分からないようだ。

 

「後ろとの差は少しありますけど、悠長なことは言っていられませんし……」

 

 振り向きざまに龍田との距離を確認するが、おそらく10秒ほどで追いついてくるだろう。

 

 もし飴玉を発見することに手間取ってしまえば、せっかくプリンツが奪ってくれたリードをふいにしてしまうかもしれない。

 

「ならば、ここは意を決して……いきますっ!」

 

 そう言った霧島は、大きくのけぞるように背中を逸らしてから、まるで頭突きをするかのごとく台に向かって顔を落とした。

 

『おおっと、先頭の霧島ちゃんが大胆に顔から小麦粉へダイブですわ!』

 

「あ、飴玉はいったい……ごほっ、ど、どこに……ぶほぉっ!?」

 

 霧島は顔を左右に動かしつつ口で飴を探してみるものの、なかなか見つからないようで何度もむせている。付近には白い煙のように小麦粉が舞い上がり、若干視認がしつらい状態になってきた。

 

「だ、台が大き過ぎて……、ごほごほっ、な、なかなか見つかりません……っ!」

 

 5人の子供たちが一斉に探し始めた際にスペースが足りなくなるのを防ぐ為か、霧島が言う通りに台のはかなり大きく見える。

 

 もしこれで、人数分の飴玉しか入っていなかったら……と思うと、かなり厳しいんじゃないだろうか。

 

 まぁ、さすがにそんなことはないとは思うけど、元帥がセッティングしただけに気は抜けないんだよなぁ……。

 

「だ、駄目です……、い、一度息を整えないと……げほごほっ!」

 

 さすがに息切れしたのか、霧島は頭を上げて大きく深呼吸をしようとする。しかし、へんなところに小麦粉が入り込んだのか、何度も咳を繰り返していた。

 

『先頭で到着した霧島ちゃんですが、なかなか飴玉を見つけることができずに参っているようです。

 そして、そろそろ2位以下の子供たちが近づいてきましたが、いったいどうなるのでしょうか!?』

 

「……くっ、せっかくのリードでしたのにっ!」

 

 ギリギリと歯噛みをした霧島は、咳を無理矢理抑えて再び台へと顔を落とす。

 

「うふふ~。龍田、到着いたしました~」

 

 そこにマイペースな口調でやってきた龍田が、霧島の様子を見ながら台の反対側に位置取った。

 

「あ、暁だって、負けてられないんだからっ!」

 

「う、潮も、頑張りますっ!」

 

 遅れて到着してきた暁と潮も、空いているスペースに入り込んで台に手を添える。

 

 こうして、4人の子供たちによる飴玉探しが行われたのだが、

 

「げほっ、ごほ……っ!

 あ、飴玉はいったいどこにあるんですか……っ!?」

 

「あらあら~。小麦粉ばっかりで……けほっ、見つからないわ~」

 

「ど、どこに飴玉があるの……ふえっくしゅんっ!」

 

「で、できれば……、早く見つかって……ごほっ、ごほっ……」

 

 まったくもって飴玉は見つからず、付近一帯に白い幕ができあがってしまうほど小麦粉が舞い上がってしまっていた。

 

 

 

 ……これって、飴玉が見つからないじゃなくて、入っていないなんてことは……ないよね?

 




※諸事情により、次回の更新から少し遅めになるかもしれません。
 なにやらスケジュールがとんでもないことになりそうな予感ですが、まったりとお待ちいただけると幸いです。



次回予告

 飴玉が見つからない子供たちを前に、観客たちがざわつき始める。
またもや元帥がやらかしたのか、それともただ単に運が悪いだけなのか。

 その理由を知ろうとしたところ、思わぬ展開が待ち受けて……?


 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その61「下手をすれば大事故になりかねなくも……?」


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その61「下手をすれば大事故になりかねなくも……?」

※諸事情により、更新が不定期になるかもしれません。
 執筆の進み具合によったり、別件の状況にもよりますが、できる限り間が空かないように進めていきたいと思いますので、宜しくお願い致します。


 祝 300話目になっちゃいましたっ!


 飴玉が見つからない子供たちを前に、観客たちがざわつき始める。
またもや元帥がやらかしたのか、それともただ単に運が悪いだけなのか。

 その理由を知ろうとしたところ、思わぬ展開が待ち受けて……?



 

『こ、これはいったい、どういうことなんでしょう……?』

 

 子供たちの様子を実況する高雄の声が、少しばかり焦っているように感じられる。

 

 もちろんその理由は、飴玉探しを行っている4人の子供たちが小麦粉の中に顔を突っ込んでいるのに、まったくと言って良いほど見つからないからだ。

 

 さすがにこの状況はおかしいと思ったのか、周囲の観客からもざわつきが起こり始める。

 

「おいおい、まさかと思うけど、飴玉が入っていないとかそういうんじゃないだろうな?」

 

「さすがにそれはないと思うが、セッティングしたのが元帥といわれると……なぁ」

 

「有り得ないことをやってのける男としては昔から有名だが、そんなことをやっちまった日には……死を覚悟の上ってことになるぜ?」

 

「……うむ。間違いなく血の雨が降るな。

 もちろん、我々の手によって……だが」

 

 いつの間にやら険悪なムード……では済まされないレベルの雰囲気に、俺の背筋にゾクゾクとした冷たいモノが駆け上がってくるのを感じた。

 

 元帥マジでヤバい。ただでさえ高雄にフルボッコ状態なのに、このままだと観客から集団リンチが確定になってしまいそうだ。

 

 いくら恨み辛みがあろうとも、さすがにそれはいただけない。なんだかんだと言っても舞鶴鎮守府で最高責任者である元帥が、そのような目に遭うのを見過ごす訳にもいかないだろう。

 

『いったい、どうなっているんですか、元帥?』

 

 さすがにこの空気を感じ取った高雄も、なんとかしようと元帥に声をかける。

 

『うぅ……』

 

『席に座りこんでへたっていないで、ハッキリと答えて下さいませんか?』

 

『い、いや……、僕がこうなったのって、高雄のせいなんだけど……』

 

『あら、全ては私のせいと……おっしゃるのですか?』

 

『………………』

 

『………………』

 

『返事がないようですわね?』

 

『ありますありますっ!

 ちゃんと答えるから、これ以上は勘弁してってばあっ!』

 

 声を聞くだけで完全降伏している元帥の状況が目に浮かぶようだが、その程度の会話内容を聞いたとしても、観客の雰囲気は収まりそうにない。

 

 ここはしっかりと、原因を追究した上で判断しなければならないのだ。

 

『じ、実は……』

 

 そして答え始めた元帥の言葉を聞き逃さぬよう、周囲の誰もが耳を傾けようとしたとき、いきなり事件は別の場所で起こったのである。

 

 

 

 ボフンッ!

 

 

 

「「「……っ!?」」」

 

『い、いったい、どうしたんですのっ!?』

 

 いきなり聞こえてきた大きな音に驚いた一同は、慌てて辺りを見回し現場がどこであるかを確認しようとする。

 

 俺も同じようにキョロキョロと顔を動かしてみたところ、子供たちが囲んでいる台の辺りが、完全に真っ白な霧のようなモノに包まれていた。

 

「な、なんなんだ、いったいっ!?」

 

 指をさして大きな声を上げた為、周囲の観客もこぞって視線をそちらへと向ける。

 

 ざわめきはどんどん大きくなり、様々な声が上がり始めてきた。

 

「お、おいっ!

 さっきまであんな感じじゃなかったよなっ!?」

 

「こ、子供たちは大丈夫なのかっ!?」

 

「いったいなにがあったんだよっ!?」

 

「オンドゥルルラギッタンディスカー!」

 

 悲鳴じみた声まで上がり……って、最後はまったく関係ない気がするのだが、それほどまで周囲に混乱が満ちている。

 

「も、もしかして、元帥の罠か!」

 

「な、なんだと!?」

 

「こ、子供たちに何度も罠を仕掛けるだなんて、許される訳がありませんっ!」

 

 遂には子供たちの競技を観戦していた舞鶴鎮守府のスタッフらしき人物たちからも怒りの声が上がり、収拾がつかなくなってきたのだが、

 

「あ、あれを……見ろっ!」

 

 S席に居た男性が指をさしながら大きな声を上げると、真っ白な霧のようなモノの中から1人の子供が第4ポイントの交代地点へ向かって駆け出していた。

 

 あ、あれは……、北方棲姫かっ!?

 

『い、いつの間にか最後尾を走っていたほっぽちゃんが、単独トップに躍り出た……のでしょうか!?』

 

 元帥への追及と、突発的に動き出した状況に、まったくと言って良いほどなにがなんだか分からなかった高雄は推測でしか実況することができず、完全に語尾が疑問形になっている。

 

 まぁ、俺も同じであるし、未だに白い霧のようなモノが充満している以上、仕方がないのだろう。それに、下手をすれば参加している子供たちですら同じような境遇によって、現状を理解できていないかもしれない可能性があるだろう。

 

 それほどまでに視認できない状態なのだが、いったいどうしてこんな風になってしまったのだろうか。

 

「げほっ、ごほっ……」

 

 実況や観客勢が理解に苦しんでいるうちに、いつの間にか他の子供たちも咳込みながら霧の中から現れた。

 

 ただし、それらの姿は完全に真っ白だったんだけど。

 

「し、視界が……」

 

「もうっ、なにも見えないじゃないっ!」

 

「あらあら~。みんな揃って真っ白よ~」

 

「た、龍田ちゃんも……同じだよ……?」

 

 霧島は眼鏡を取り外してレンズを指で拭き、暁は身体全体で不機嫌さを表現している。龍田は真っ白な顔のままニコニコ……と笑っている感じに見え、潮は相変わらずオドオドしているのだが……。

 

 ぶっちゃけ、背丈もあまり変わらない4人が真っ白になっちゃうと、ほとんど判別がつかないよね。

 

『ほ、ほっぽちゃん以外も霧の中から出てきましたが、いったいなにがあったのでしょう……?』

 

『それなんだけど、僕は見ちゃったんだよねー』

 

 どう解説して良いのか分からないといった高雄が戸惑っていると、横から口を挟む1人の男性が……って、元帥だよね。

 

 そういや高雄に問い詰められていて危ない状況だったんだけれど、大きな音と共に霧が発生したおかげで難を逃れた……ということだろうか。

 

『見ていた……ということは、状況が分かっているのですか?』

 

『霧が起きた理由までは、だけどねー』

 

 そう言って「フフン……」と鼻を鳴らす元帥。明らかに自慢げな様子が目に浮かぶが、あんまりそういうことをやっていると、さっきの二の舞になるんじゃないだろうか。

 

『あ……、いや、べ、別に調子に乗るとかそういうんじゃ……』

 

『それなら、さっさと解説をしていただきますでしょうか?』

 

『わ、分かったから、僕の胸と腹部に指を突き立てるのは止め……ぎゃひぃぃぃっ!?』

 

『はいー? 聞こえませんわー』

 

『な、南斗はダメェェェーーーッ!』

 

 なにやらズブズブと肉に減り込むような音がするが、まったくもっていやらしい感じじゃないので注意しておこう。

 

 ただの、胸から腹部にかけて星座の模様が刻まれているだけです。たぶん。

 

『さあ、さっさと解説しませんと、他の指も突き立てますわよ?』

 

『わ、分かった!

 分かったから、これ以上は……』

 

 元帥は荒い息を整えるために少し間を置いてから、辛そうな声で解説し始めた。

 

『じ、実は……、台に到着した4人の子供たちが飴を探していると、最後尾のほっぽちゃんが遅れてやってきたんだよね』

 

『まぁ、そこまでは予想ができますわ』

 

『そのまま台に近寄って空いているスペースから飴を探すのかなと思っていたんだけれど、他の子供たちの様子をしばらく見ていたかと思ったら、いきなり深呼吸を始めたんだよ』

 

『深呼吸……ですか?』

 

『うん。それもかなり特大の……というか、今から絶叫をあげる準備をしているんじゃないかと思えるくらい、おもいっきり肺に空気を吸い込んだんだ』

 

『も、もしかして、霧の原因とは……』

 

『……そう。ほっぽちゃんが台に向かって、吸い込んだ空気を一気に吐き出したんだよ』

 

『それで飛び散った小麦粉が霧になったと……』

 

『それから先は見えなかったから分からないけど、おそらくは台の上には……』

 

 元帥がそこで言葉をわざとらしく止めたので、観客たちは揃って誘導されるように台の方へと視線を向けた。

 

 すると白い霧が徐々に消え、飴玉と小麦粉の入っていた台の姿が見えた。

 

『……なるほど。元帥がおっしゃった内容に嘘はありませんわね』

 

『さ、さすがにこの状況で嘘を言う必要がないと思うんだけど、そもそもどうしてそんな考えにいたるのかなぁ……』

 

『それは、日頃の行いを全て見てきている私だからですわ』

 

『は、ははは……』

 

 元帥の乾いた笑いがスピーカーから流れるが、観客は完全スルー状態であり、今1番気になっているのは、子供たちがちゃんと飴玉をゲットできたかどうかなのだが、

 

『ま、まぁ、アレだよ。

 粉塵爆発が起きなかったから、良かったなぁ……と』

 

『そういった、縁起でもないことをおっしゃらないで下さいっ!』

 

『ぎゃぴぃぃぃーーーっ!』

 

 口は災いの元――を、まったくもって理解していないのか、それとも懲りていないのか。

 

 毎度お馴染みの元帥ぼこられタイムが発動する中、体中にまとわりついた小麦粉を払い終えた子供たちが、ほっぽの後を追いかけ始めたのであった。

 

『……そういえば、結局どうして子供たちは飴玉を見つけるのに時間がかかったのでしょうか?』

 

『こ、拳を僕のお腹に減り込ませつつ、そんなに冷静に聞けるもんなのっ!?』

 

『……あら。もっと強めが良いとおっしゃるのでしょうか?』

 

『ち、違う違うっ!

 こ、子供たちが飴玉を見つけられなかったのは、ただ単にサイズが小さかっただけだよっ!』

 

『小さい……ですか?』

 

『か、簡単に見つけちゃったら面白くないから、直径5ミリくらいで……』

 

「うぅ……。暁は、ハッカ味があまり好きじゃないんだけれど……」

 

「あら~。私は結構好きなんだけれど~」

 

「霧島の飴もハッカ味でしたが、どうやら全部同じみたいですね」

 

「う、潮のも……同じ味でした……」

 

『飴玉の色も白かったから、見つけるのはかなり難しかったかと……』

 

 子供たちが追いかけながら話す内容に、元帥の暴露を聞いた高雄が取った行動は……、

 

 

 

 まぁ、聞かなくても分かりますよね?

 

 

 

『元帥の血は何色でしょうか……』

 

『い、いや、こ、これでも反省して……』

 

『まぁ、すぐに分かるんですけれど……ね』

 

『ま、待って高雄っ!

 もうしないっ、もうしないからさぁっ!』

 

『そんな言葉で許されるとでも?』

 

『だ、だから、以後は厳重に注意するんで……』

 

『そんなのでは、念仏を唱える時間すらも与える気にはなりませんわね』

 

『か、仮にも僕は元帥なんだけ……』

 

『聞く耳持ちませんわーーーっ!』

 

 

 

『あべしーーーーーっ!』

 

 

 

 大きな悲鳴と共に上がる爆音。

 

 おそらく高雄が放ったのは打撃ではなく、堪忍袋の緒が切れたと同時に砲弾が飛んだのだろう。

 

 ぶっちゃけ、それはかなりヤバいと思うのだが、なんだかんだで周りも気にしないのが舞鶴鎮守府です。

 

 つまり、いつも通りってことで。

 

 何度目なのか正直数えたくないけれど、今日も元帥と高雄は変わらずでしたとさ。

 




※諸事情により、更新が不定期になるかもしれません。
 執筆の進み具合によったり、別件の状況にもよりますが、できる限り間が空かないように進めていきたいと思いますので、宜しくお願い致します。



次回予告

 さようなら、元帥。

 冗談はさておき、再びトップへ躍り出た港湾チーム。
それを追う4人の子供たちは、果たして追いつけることができるのだろうか?

 ……と思ったら、またもや和気あいあい? なんですけど。


 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その62「楽園?」


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その62「楽園?」

※諸事情により、更新が不定期になるかもしれません。
 執筆の進み具合によったり、別件の状況にもよりますが、できる限り間が空かないように進めていきたいと思いますので、宜しくお願い致します。



 さようなら、元帥。

 冗談はさておき、再びトップへ躍り出た港湾チーム。
それを追う4人の子供たちは、果たして追いつけることができるのだろうか?

 ……と思ったら、またもや和気あいあい? なんですけど。


 

 元帥の悲鳴と高雄の叫び声の後、なにかを引きずるような音が遠ざかって行くのが聞こえてから、青葉の声がスピーカーから流れてきた。

 

『えー、結局のところ、元帥は高雄秘書艦にどこかへ連れられて行ったので、再び青葉と熊野が実況解説をさせていただきますね……』

 

 若干テンションが低い声で説明だが、おそらく元帥の哀れな姿を見て引いている……というところだろうか。

 

『それでは、再び子供たちの様子を見て行きますわ!』

 

 逆に熊野の方は未だにテンションが高いんだけれど、自分の出番が戻ってきて嬉しいのだろうか?

 

 まぁ、どちらにしても進行が居た方が分かり易いことも多々あるんだし、元帥と高雄に関しては忘れた方が良さそうである。

 

『現在先頭は第4ポイントの交代場所へ爆走中のほっぽちゃん!

 2位との差はおおよそ30メートルと、なかなかのリードを保っていますねー』

 

『後を追う霧島ちゃん、暁ちゃん、龍田ちゃん、潮ちゃんは団子状態!

 速度の差はあまりなさそうですので、ホッポちゃんだけが独走状態になるのでしょうか!?』

 

『しかし結局のところ、子供たちみんなが飴玉をゲットできたことが確認できませんでしたが……』

 

『あの小麦粉の霧では判断のしようがありませんでしたから仕方がないでしょうし、全ては元帥が悪いってことで、このまま進行いたしますわ!』

 

『い、良いんですかねぇ……』

 

 半ばごり押しの熊野に、未だ歯切れの悪い青葉だが、小さな飴玉を口に含んでしまったとなれば溶けてなくなることは必定であり、今更確認しようにも不可能であることは少し考えれば分かるはず。

 

 だからこそ誰も文句は言わないし、元帥に罪をなすりつければ万々歳……ということになったのだが、本当に運がないと言わざるを得ない。

 

 俺自身の不運は自慢できてしまうレベルだが、今日の元帥はそれを超える勢いであり、少しばかり可哀想にも思えてきた。だが、そのほとんどが身から出た錆や自業自得なので、運だけとも言えないのだけれど。

 

 まぁ、元帥は不死身なんだから大丈夫だろう。

 

 それよりも、子供たちのレースの方に集中しなければ……と、再び視線をそちらへと向ける。

 

「ホッポ、1番前……ナノ!」

 

 先頭を行く北方棲姫は、ニコニコと笑みを浮かべながら海上を駆け、ときおり嬉しそうにジャンプをしていた。

 

「うおぉ、あの仕草は可愛過ぎるな……」

 

「まったく、ほっぽちゃんは最高だぜ……」

 

「アレが敵で出てきたときは絶望すら感じるのにな……」

 

「馬鹿野郎。それを愛で乗り越えてこそ、1人前の提督だろうが!」

 

 そして観客の方から聞こえてくる声なんだけど、主にS席からです。

 

 やっぱりこの国の行く末が心配過ぎるんだが、可愛いは正義だから仕方ないね。

 

 それに、深海棲艦の一団と同盟を組んだからこそ、こうやって一緒に運動会ができるんだから、むしろ喜ぶべきなのだ。

 

 ただまぁ、先ほどの発言の1部は憲兵を呼ばなければならなかったりもしそうだが。

 

「うぅ……。眼鏡の小麦粉が静電気で取れません……」

 

「あら~、それは大変ね~。

 もし良かったら、コレを使ってくれれば良いわよ~」

 

「ハンカチは分かるんですが、なぜその棒を……?」

 

「金属製だから、静電気を放電できるから~」

 

「ま、まぁ、それはそうかもしれませんけど、リレーでどうして持っているのかが気になりまして」

 

「うふふ~。それは、乙女のナ・イ・ショ……よ~」

 

「……っ、わ、分かりました」

 

 口元に人差し指をつけた龍田がそう言ったのが、眼が完全に脅しモードだったので、霧島が一瞬顔を強張らせてからハンカチだけを受け取っていた。

 

 やっぱり龍田は怖いです。これは、紛れもない事実なんです。

 

「ま、まだ口の中がスースーしちゃうんだけど……」

 

「あ、暁ちゃん。良かったら、潮が持っているキャラメル……食べるかな?」

 

「本当っ!?

 あ、でも、暁は子供じゃないんだから、キャラメルなんて……」

 

「あ、それじゃあ私が貰うわね~」

 

「う、うん。どうぞ、龍田ちゃん」

 

「ありがと~。

 んふふ、おいしーい♪」

 

「あの……、霧島も1つ良いでしょうか?」

 

「うん。まだいっぱいあるから、良かったら……」

 

「ありがとうございます。

 ……もぐもぐ、やはりキャラメルは美味しいですね。

 ハッカ味の後に食べると、口直しにもピッタリだと思います」

 

「そ、そうだよね……。

 キャラメルって、甘くておいしいよね……」

 

 そう言って、龍田、霧島、潮が口をモゴモゴさせながらキャラメルを味わっていると、暁の表情が悲しそうになったり、泣き出しそうになったり、悔しそうになったりと、1人百面相のようにコロコロと変えていた。

 

 もちろんそれに気づかぬ潮ではなく、少し戸惑った表情を浮かべつつも、もう一度問いかける。

 

「あ、暁ちゃんも、良かったら……」

 

「べ、別に暁は……」

 

「ハッカ味が苦手だったんだから、口直しに……良いよ?」

 

「そ、そうっ!?

 それじゃあ1つ……いただくわ!」

 

 言い終わる前に手を伸ばした暁は潮からキャラメルを貰い、即座に口の中へと放り込む。

 

「もぐもぐ……もぐもぐ……。

 う~ん、甘くておいし~いっ!」

 

 満面の笑みを浮かべながら幸せそうにしている暁を見て、ホッと一息つく潮。

 

 なんとも微笑ましい光景なんだけれど、これって競争中なんですよね。

 

 一応、俺の争奪戦も関わっているんだし、もうちょっと緊張感を持って欲しいところなんだけどなぁ……。

 

 しかし、そうは言ってもそれを伝えようと口を挟めば恨まれることは必至。

 

 その理由は言わずもかな。観客の方から聞こえてくる会話を聞けば、一目瞭然である。

 

「エデンだ……。楽園が今、目の前にある……」

 

「親方、海上に女の子が!

 完璧に俺たちを萌え殺しにやってきているよっ!」

 

「ラ●ュタは海上にあったんだ!」

 

 ……と、会話内容がカオス化しそうな状態になっていたので、俺は耳と目を閉じ、口をつぐんで孤独に暮らしたくなってしまいそうな心境になってしまんですが。

 

 いやまぁ、しないけどさ。

 

 類は友を呼ぶじゃないけれど、本当に観客席は憲兵を呼ぶレベルだぞ……。

 

 この際、運動会が終わったくらいに到着する感じで通報しておくべきだろうかと、ポケットの中に入れてある携帯電話を取り出そうとしたところ、

 

「そんなことをしなくても良いですよ~?

 どうせ、私がぜーんぶチェックしておきましたから~」

 

「……へ?」

 

 急に後ろから声が聞こえたので振り返ってみたが、そこには誰も居ない。

 

「い、今の声って……、どこかで聞いたことがあったような……」

 

 若い女性の声で、ちょっと間延びした感じは、確かに覚えがあるんだけれど。

 

 思い出したくても思い出せないのか、それともなにかが引っ掛かっているのか……。

 

 まるで本能が拒否をしているような感じがあるので、無理に思い出さない方が良いのかもしれない。

 

「ま、まぁ、用事があるなら姿くらい出すだろう……」

 

 独り言のようにボソリと呟いてみるが、返事は帰ってこない。

 

 俺は一抹の不安を胸に感じながらも、再び子供たちへ視線を向けることにした。

 

 

 

 

 

『先頭のほっぽちゃんが依然リードを保ったまま、第4ポイントの交代場所まであと少しです!』

 

 青葉の実況に観客から熱気のある歓声と、萌え死にかける声が上がる。

 

『ところで、第4ポイントのギミックはなんなのですの?』

 

『またもやフリをありがとうございます……と言いたいところですけど、前と同じようになりたくないのでツッコミは無しの方向でお願いしますね?』

 

『ええ、それはもう重々承知しておりますわ』

 

 言って、青葉と熊野の2人が「あはは……」と乾いた笑い声を上げながらも、説明を開始した。

 

『次のギミックですが、またもやありがちかつリレーに入れるのか……と、突っ込みたくなる内容です!』

 

『そ、それはいったいなんですのっ!?』

 

『聞けば単純明快!

 なんと、借り物競走です!』

 

『……ほ、本当にリレーで導入する意味が分かりかねますわね』

 

『飴玉探しからの流れとは思えなくなっちゃいますが、これも一種のサプライズだと元帥から聞いております!』

 

『はぁ……、なるほど。

 まぁ、また高雄秘書艦に絞られる理由が増えたということですわね』

 

『そ、その点に関しましてはノーコメントで参りますが、第4ポイントに参加する子供たちの紹介へと移りましょう!』

 

 嫌な予感がしたのか、即座に話を切り替える青葉。

 

 高雄の声は聞こえなかったし、近場から威圧されたという感じでもなかったんだけど。

 

 でもまぁ、高雄の情報収集能力も目を見張るものがあるので、その辺を青葉も警戒しているのかもしれない。

 

『現在先頭の港湾チームからは、五月雨ちゃんが。

 そして、ビスマルクチームからはレーベちゃんが。

 愛宕チームからは比叡ちゃんが。

 しおいチームからは時雨ちゃんが。

 先生チームからは大井ちゃんが出場です!』

 

『ちなみに借り物競走ですから、指定されたモノを探してこなくてはなりませんわよね?』

 

『はい、もちろんその通りです!

 第4ポイントから第5ポイントの中間地点の海上には、防水加工された封筒がいくつも浮かんでおり、その中に指令書が入っています!』

 

『なるほど……。つまり、その指令書に書かれているモノを観客のみなさんや付近から手に入れて第5ポイントへ向かうということですけど、それって大丈夫ですの?』

 

『……と、言うと?』

 

『今回のギミックも、元帥がお決めになったんですわよね?』

 

『ええ、モチのロンです』

 

『そうすると、指令書の内容に問題がありそうでなくって?』

 

『………………』

 

『下手をすれば、子供たちの眼に入ってはイケナイモノ……なんてことも、有り得るんじゃないかしら?』

 

『そ、それはさすがに……、ないと思いますけど……』

 

『私もそう思いたいですが、相手はあの元帥でしてよ?』

 

『う、うぐぅ……』

 

 タイ焼きをかじりそうな呻き声を上げた青葉が言葉を詰まらせる中、観客からどよめきが上がり、嫌な予感が沸々とわき上がる。

 

 まさかとは思うけど、今日1番の厄介ごとが起きたりはしないよね……?

 

 

 

 そんな俺の心配を知ってか知らずか、当の本人である元帥の声は未だに聞こえてこなかった。

 




※諸事情により、更新が不定期になるかもしれません。
 執筆の進み具合によったり、別件の状況にもよりますが、できる限り間が空かないように進めていきたいと思いますので、宜しくお願い致します。



次回予告

 なんか聞いたことがあるような声が聞こえたかもしれないけど、気にしないでね?(白目

 遂に最終協議も第4ポイントへ突入かと思われた。
北方棲姫は五月雨と交代し、後を追う子供たちも気合を入れる。

 そんな中、1人の子供の行動がまたしても先生を不幸へと陥れたばかりか、とんでもないことをしでかした!?


 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その63「鍼治療でそうなった訳じゃないよ?」


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その63「鍼治療でそうなった訳じゃないよ?」

※諸事情により、更新が不定期になるかもしれません。
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 なんか聞いたことがあるような声が聞こえたかもしれないけど、気にしないでね?(白目

 遂に最終協議も第4ポイントへ突入かと思われた。
北方棲姫は五月雨と交代し、後を追う子供たちも気合を入れる。

 そんな中、1人の子供の行動がまたしても先生を不幸へと陥れたばかりか、とんでもないことをしでかした!?


 

『と、とにかく今から中断という訳にもいきませんし、なにかあったら元帥が全て責任を取ってくれますから大丈夫でしょう!』

 

 半ばやけくそで青葉が答える中、先頭を行く北方棲姫が第4ポイントの交代場所に到達した。

 

「五月雨、任セタ!」

 

「りょ、了解ですっ!」

 

 北方棲姫が身軽にジャンプをして、五月雨の手にハイタッチで選手交代。

 

「お、おふぅ……。やっぱりほっぽちゃんは可愛いなぁ……」

 

 そんな様子を見ていた観客から呆けた声が上がってくるが、気にしていたらこちらの身が持ちそうにないのでスルーをしておくことにする。

 

『先頭のほっぽちゃんがすでに五月雨ちゃんと交代を済ませましたが、2位以下は混戦状態のまま、少し間が空いていますわ!』

 

 そう熊野は言うものの、北方棲姫を追いかける4人は競争をしているというよりも、仲良く一緒に並んでいたはずなのだが、

 

「先に交代した方が有利になるのは明白です!

 この霧島、ここで勝たなければなりませんっ!」

 

「1人前のレディである暁の前に、行かせる訳にはいかないんだからっ!」

 

「う、潮は……、そ、その……、頑張ります……っ!」

 

 いつの間にやら先頭モードに切り替わっていた子供たちは、真剣な表情を浮かべながら最大速度で海上を駆けていた。

 

 なお、その中で1人だけ表情がいつもと変わらないのは、

 

「あら~。みんな揃って私に勝つつもりなの~」

 

 ……と言いつつ笑顔を振りまきながら、棒を頭上でクルクルと回す龍田。

 

 言動と表情が合っていないだけでなく、その言葉に含まれる恐怖感が半端じゃない。

 

 なにせ、龍田がそう言った途端に潮と暁の表情が青ざめ、霧島の額にはビッショリと汗がにじんでいるんだからね。

 

 つーか、霧島って元は普通の艦娘だったはずなのに、子供の姿である龍田の言動に対してこれほどまでに反応するなんて、いったいどういうことなんだろう。

 

 考えられるのは、なんらかのトラウマを霧島が持ってしまっているのか、それとも龍田の潜在能力が半端じゃなさ過ぎるのかなんだけれど……。

 

「あれれ~?

 なんだかあちらの方から、嫌な気配がするわね~」

 

 するといきなり龍田が俺の方へ顔を向けるや否や、頭上で回していた棒をしっかりと右手で持ち、まるでやり投げのようなポーズを取った途端、

 

「変な思考は、身を滅ぼしちゃいますよ~?」

 

 

 

 ブオンッ!

 

 

 

 風を切り裂くレベルの振りかぶる龍田の動きに眼が追いつかないばかりか、

 

 

 

 ガキーーーンッ!

 

 

 

「んなぁっ!?」

 

 待機場所の椅子に座りながら子供たちを見ていた俺のすぐ横にあるテントの支柱に、龍田が投げた棒が突き刺さっていた。

 

「………………」

 

 棒は支柱のど真ん中に刺さり、途中で止まっている。

 

 ちなみに、支柱は鉄製です。素手で殴れば手がやられます。

 

 どう考えてもおかしいのだが、いくらなんでも有り得ないだろうと、龍田の方へゆっくりと視線を向けてみるが、

 

「うふふ~♪」

 

 右目をパッチリ、ウインクされました。

 

 普通に見れば可愛いんですが、やられた側はたまったもんじゃないです。

 

「は、ははは……」

 

 ただまぁ、あまりの恐怖を感じたとき、人間は乾いた笑い声を上げてしまうんだなぁと、つくづく思い知らされた出来事だった。

 

 しかし、もしこの場に子供たちが居た場合、完全にトラウマ化しただろうと考えれば、俺だけの被害で良かったのかもしれない――が。

 

 

 

 いや、やっぱりやっちゃいけないことなんだが、注意をして命を粗末にできる根性もないんだけどさ。

 

 やっぱりチキンだよな……、俺って。

 

 

 

 

 

『後を追う霧島ちゃん、暁ちゃん、龍田ちゃん、潮ちゃんは横並びのまま交代場所に到着寸前っ!

 このままだとひと悶着が起きそうですが、はたして大丈夫なんでしょうか!?』

 

 龍田の追撃に恐れてビクビクしながら展開を見守っているうちに、第3ポイントは終わりに近づいていた。

 

 しかし、ひと悶着が起きそうだと実況をするのはいかがなものかと思うのだが、青葉だから仕方がないね。

 

「負けられない……、負けられないんだから……っ!」

 

「速度と火力で霧島に勝とうだなんて、思わないで下さいねっ!」

 

「う、潮でも……、みんなのお役に立てるはず……ですっ!」

 

 暁が必死の形相で我先にと駆けるものの、他の子供たちも譲らないといった風に一進一退を見せる。

 

「あはは~。

 砲雷撃戦、始めちゃおうかしら~?」

 

 そんな中、またもや龍田だけが危険な言葉を発しているんだけど、誰かが止めなきゃマジでヤバいんじゃないかなぁ。

 

 レ級と言い龍田と言い、どうしてそんな攻撃的な行動を取ろうとするのか分からない。そもそも運動会で砲弾を使用したのは第2競技の対空砲玉入れだけだったし、あれは特殊なモノだったから当たってもそれほど被害は出ないはずだ。

 

 それに第2競技以降は必要がないからと全ての砲弾を回収したはずなので、簡単に手に入れられるものでもない以上、龍田の言ったことが現実に起こりえるはずがないと思うんだけれど。

 

 ………………。

 

 いや、しかしアレだ。

 

 先ほど棒の件があった以上、甘い考えは止めておいた方が良いのかもしれない。

 

『4人が一進一退の状況に、交代を待つ子供たちもどうしたら良いのか焦っているみたいですわ!』

 

 誰か1人が前に出れば、それを追い抜こうと他の子供たちが必死なる。

 

 その結果、順位がころころと入れ代わり、子供たちだけではなく応援する観客の顔までもが一喜一憂していた。

 

「がんばれー、そこだー!」

 

「後ろからきてるぞ! 抜かれるんじゃないー!」

 

「今こそ末脚を見せろー!」

 

「ニトロターボを点火するんだ!」

 

「超時空ワープで切り抜けろ!」

 

 ……とまぁ、こんな感じで応援が入り乱れているんですが、後半色々とおかしくね?

 

 つーか、運動会で使う手じゃないよね。明らかに大問題が発生しちゃうよね!?

 

 仮に使えたとしても、子供たちに危険が及ぶのは明白なんでマジで止めて下さいでしょうがっ!

 

「霧島、早く!

 ここで抜かれちゃったら、みんなにあわせる顔がないよ!」

 

「私の計算ではこんなはずでは……。

 しかし、最後まで諦める気はありません!」

 

 ちなみに子供たちの方は観客の変な声が耳に入らないのか、それとも完全スルーしているのか、真剣な表情で集中力を発揮しつつ、順位を競う熱い戦いを繰り広げていた。

 

「暁ちゃん!

 1人前のレディなら、ここが踏ん張り所ですっ!」

 

「わ、分かっているわよっ!

 暁は絶対に負けないんだからっ!」

 

 比叡の発破をかける声に応えた暁は、姿勢を低くして少しでも空気抵抗を減らそうと頑張っていた。

 

「潮!

 北上さんと私のために……、そしてぶっちゃけるとどうでもいいですけど、先生のためにもうひと踏ん張りしなさいっ!」

 

「……っ、わ、私が……、潮が頑張らなきゃ、先生が辞めちゃうかも……っ!」

 

 なにげどころではない言葉をかける大井に、嬉しいことを言いながら頑張ってくれる潮に涙を流しそうになりながら、俺は何度も大きな声で応援し続けていたんだが、

 

「龍田ちゃん。

 このままだと混戦のまま交代になっちゃうけれど、天龍ちゃんのためにもう少し本気を出してくれないかな?」

 

「あら~。天龍ちゃんのためなの~?」

 

「龍田ちゃんだって、天龍ちゃんの喜ぶ顔が見たいよね?」

 

「それはそうね~。

 それじゃあ、ちょーーーっとばかり、リミッター解除をしちゃおうかしら~」

 

 ………………はい?

 

 いや、時雨と龍田の会話がイマイチよく分からないんですが。

 

 まずなんだ。リミッター解除って、映画とかゲームでよくある能力制限を解除するってことか?

 

 しかしあれは、元々とんでもない能力とかを持っていて、それを発動しちゃうと周りに危険が及んだり、制御できなくなったりしちゃうから制限しているってやつだよね。

 

 目からビームが出ちゃうから特殊なサングラスをしているとか、元の力を発動させちゃうと世界が滅んでしまうかもしれないとか、ぶっちゃけてあり得ないからね?

 

 もし、そんなモノが龍田に備わっていたら、それはもう太刀打ちできるとかそういうレベルじゃない。ただでさえ眼力だけで周りの子供たちはおろか、俺ですらチビッてしまいそうになるのに……、

 

「えいっ♪」

 

 

 

 ギュワンッ!

 

 

 

「「「……え?」」」

 

 霧島、暁、潮が眼を点にしながら、呆気ない声を上げた。

 

 そして観客から上がっていた応援もピタリと止まり、実況解説の青葉と熊野も、なにひとつ言葉を発しない。

 

 それもそのはずで、龍田の姿は霧島たちから少し離れた前方にあり、時雨とすでにタッチを交わしていたのだった。

 

 いや、そればかりではなく、もっと驚くべき事柄は、

 

「あ、あれ……、俺の眼って、おかしくなったのかな……?」

 

 まさか、龍田の身体が大きくなったというか、子供ではなく大人……、つまり普通の艦娘に見えたなんてことは、ただの眼の錯覚としか思えない。

 

 だからこそ、こうして両目を手でグリグリと押さえ、マッサージをしてから再び龍田の姿を確認してみると、

 

「うふふ~。時雨ちゃん、後はよろしくね~」

 

「うん。任されたよ」

 

 普段と同じ子供の姿で、時雨と交代を済ませている龍田の姿が見えた。

 

「お、おい……、今さっき、龍田ちゃんの姿が一瞬だけ、大きくならなかったか……?」

 

「……は?

 いったいお前は、なにを言っているんだ?」

 

「あ、あれ……、気のせいかな……?」

 

 近くに立っていた2人組……、おそらく舞鶴鎮守府のスタッフだと思われる男性が、ボソボソと会話をしているのが聞こえてきた。

 

 確かに俺も、1人の男性が言っているように見えたと思ったが、もう1人の男性は気づかなかったようだ。

 

『お、おかしいですね……。今、青葉の眼に変なモノが映り込んだような……』

 

『なにを言っているんですの?

 私には気になることはありませんでしたけれど……』

 

 青葉と熊野も別々の意見を言い合っているが、どうにもハッキリとしないようだ。

 

 ただし、これだけは分かることなんだが、

 

『と、ともあれ、龍田ちゃんが単独で2位に踊り出たーーーっ!』

 

「……っ、し、しまった!」

 

 青葉の実況に驚いた霧島は、即座に我に返って加速を再開させる。

 

「こ、これ以上は抜かさせないんだからっ!」

 

 同じく暁も急いで後を追うが、残された潮だけが未だ固まったまま小さく口を開く。

 

「さ、さっきの……って、龍田……ちゃん……だよね……?」

 

『霧島ちゃんと暁ちゃんが慌てて後を追う中、潮ちゃんだけが未だに加速をしていないぞーーーっ!?』

 

「……っ!」

 

 やっと我に返った潮は、あたふたとしながらも足を動かして交代場所へと急ぐ。

 

 近くにいたからこそハッキリと見えたのか、驚きを隠しきれていない表情を浮かばせながら、潮は何度もブツブツとなにかを呟いていた。

 




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 龍田がなんか……変化した?
果たして見間違いだったのか、それともまたまた元帥の罠なのか。
訳が分からないまま競技は進み、第4ポイントへと向かう子供たち。

 しかしまたしても、問題が発生したのだが……、これは……、うん、予想できなかったよね。


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 舞鶴&佐世保合同運動会! その64「ドジというレベルじゃない」


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その64「ドジというレベルじゃない」


 龍田がなんか……変化した?
果たして見間違いだったのか、それともまたまた元帥の罠なのか。
訳が分からないまま競技は進み、第4ポイントへと向かう子供たち。

 しかしまたしても、問題が発生したのだが……、これは……、うん、予想できなかったよね。


 

「よし、このリードがあれば、このまま第5ポイントまでいけそうですっ!」

 

 単独で先頭に立つ五月雨が気合を入れた声を上げながら、借り物競争の指令書である封筒が浮かべられた場所のすぐ近くまでやってきた。

 

『2位争いに視線が集まる中、いつの間にか先頭を行く五月雨ちゃんがこんなところまでやってきたーーーっ!』

 

 青葉の実況によって五月雨へと視線が向けられると、観客の方からため息にも似た声が漏れ出してきた。

 

「おいおい、これだけの差が開いちまったら、いくらなんでも追い抜くのは難しくないか……?」

 

「いや、しかし今の港湾チームの選手は五月雨ちゃんだからな……。

 第1競技と同じようにトラブルを起こしてしまったら、どうなるかは分からないぜ?」

 

「それにあれだろ。

 さっき実況解説が話していた通り、このポイントも元帥が仕切っているんだったら……」

 

「いったいどんな罠が仕掛けられているか分からないわね。

 もし子供たちが酷い目に遭うようだったら、高雄秘書艦だけに任してはおけないわ」

 

「確かに、おそらく高確率で厄介ごとを持ち込むのは予想できる。

 だが、第1競技が始まる前に行ったエキシビションを思い出してみると……どうじゃ?」

 

「「「……はっ!」」」

 

 なにやらS席の端っこの方で話し合っている集団が、一斉に顔を上げる。

 

 ちなみに全員が元帥と同じ白い軍服を着込んでいるところから、ほぼ間違いなく別の鎮守府に属する提督なのだろう。しかし、その衣服以外はてんでバラバラであり、小太りの中年男性から茶髪のチンピラ風に、サングラスをかけた筋肉質なおっさん、モデル体系のすらっとした長身女性に、真っ白な髭をたくさん蓄えた初老の男性と、まったくもって共通点が見当たらない。

 

 だが、ここに居るS席の観客は、おそらく観艦式と子供たちを見にきた人たちであり、提督という立場と共に共通点があるのだろう。

 

 俺のこの考えが間違いであればどれほど嬉しいかとも思ったが、その考えは次の会話で見事に打ち砕かれる。

 

「ま、まさか、子供たちに卑猥なお使いをさせるとでも……っ!?」

 

「もしそうだったのなら、元帥のアレを力任せにブチ切るわよ!」

 

「いやいや、さすがの元帥もそんなことはさせんじゃろうが、それとなしにアクシデントを誘発させることも考えられるのう……」

 

「くっ……、さすがは元帥。

 子供たちに酷い目を合わせるのは許せないが、アクシデントなら仕方ないぜ……っ!」

 

「ちくしょう……。ポロリもあるよ的な展開とは……ヤルじゃねぇか……」

 

 そう言って、初老の男性とモデル体系の女性を除く男性3人が、ジュルリと鳴らしながら口元を袖で拭いていた。

 

 おいこら、ちょっと待て。

 

 いくらなんでも、子供たちを前提にして変な想像をするんじゃない。

 

 さすがに俺にも立場というものもあるが、それを除いたとしても聞き捨てておけるほど人間ができちゃいないんだぜ?

 

 片やどこかの鎮守府の提督勢。そしてこちらは幼稚園に所属する教育者。

 

 立場を比べればとてつもなく低い位置には居るが、子供たちを思う気持ちは誰にも負けないつもりなんだからな!

 

「ともあれ……じゃ。

 今は子供たちを応援し、ことを見守ることが先決じゃろう」

 

「まぁ、そうね。

 いつでも元帥を襲撃できるよう準備は済ませてあるから、今のところ問題はないわ」

 

「そうだな。

 それじゃあ俺は、五月雨ちゃんを見守りながら応援するぜ」

 

「ふふふ……。

 私の比叡ちゃんに対する愛の応援に、敵うとでもお思いか?」

 

「おいおい、それって俺に喧嘩を売ってるってことで良いんだよな?」

 

「……ほぅ。

 青二才が一丁前に言葉を話すとはなぁ」

 

「んだと、コラァ!」

 

 プッツンしそうになったチンピラ風と小太りが一触即発の雰囲気になった途端、モデル体系の女性が即座に立ち上がり、

 

「……私のレーベちゃんに対する応援の邪魔をするなら、先にブチ切ってあげても良いのよ?」

 

 そう言いながら、2人の頭を鷲掴みにして凄んでいた。

 

 なお、その眼は過去に何人もの人を殺してそうな感じです。

 

 ある意味龍田より怖い。マジパナイ。

 

「わ、分かってるって……。

 冗談だよ、冗談……」

 

「あ、あんたに言われなくても分かって……って、痛いでゴザルーーーッ!」

 

「私に逆らおうなんて、馬鹿なのかしら……?」

 

「そ、そんな気はないから、マジで勘弁ーーーっ!」

 

 モデル体系の女性がガン決まりの視線を向けて手の力を更に込めると、小太りの男性から悲鳴とミシミシと鈍い音が頭の方から聞こえてくるんだけど、いったいどんな握力をしているんだよっ!?

 

 つーか、このままだとマジでヤバイんじゃないかと思ったところで、初老の男性が小さく口を開いた。

 

「多少の馴れ合いは構わんが、そろそろお目当ての子の出番がくるんじゃなかろうかのぅ?」

 

「……っ、私としたことが、少し頭に血が上ってしまったようね」

 

「ひ……ぃ、ひぃ……、いて、いてて……で、ゴザル」

 

 手を離したモデル体系の女性は自分の椅子へと戻って済ました顔を浮かべ、小太りの男性はその場でうずくまりながら両手で頭を抱えていた。

 

 なお、チンピラ風の男性は早めに引いたので助かったようだが、椅子の上で小刻みに身体を震わせていたので、トラウマになっちゃってしまったんだろうなぁと思う。

 

 あと、なんで語尾がゴザルなんだろうね……。

 

 

 

 

 

 そうこうしている間に、3位以下の3人が次々と交代場所に到着した。

 

「お待たせし過ぎてすみません!

 レーベ、後はお願いします!」

 

「了解したよ、霧島。

 先頭との差はそこそこあるけど、これくらいなら抜けない距離じゃないね」

 

 気まずそうな表情を浮かべる霧島に対し、交代したレーベは余裕を浮かべていた。

 

「暁ちゃん、早く早く!」

 

「もうっ!

 そんなに叫ばなくても、分かっているってばぁっ!」

 

 暁はそう言いうものの、表情は焦りにまみれている。必死になって伸ばした手で比叡タッチをすると、その場で崩れ落ちそうになるのを必死にこらえながら、肩で大きく息をしていた。

 

「後は比叡に任せて下さい!

 気合、入れて、行きます!」

 

 暁を心配する声をかけてから加速を始めた比叡は、真剣な顔で前に居るレーベの背中を見つめている。

 

「ここで勝たなければ、先生の所有権が手に入りません!」

 

 自分たちのチームの総得点がかなり後れを取っているのを理解してか、比叡の気合の入り方が半端じゃない。

 

 できればこれが俺に関して居なければと思うのだが、今更なのでへこむのは止めにしておこう。

 

「潮、早くしなさいっ!」

 

「う、うん、もう少し……っ!」

 

 そして少し遅れて最後尾の暁が大井とタッチを交わし、交代を済ませたのだが、

 

「お、大井ちゃん……、ご、ごめんなさい……」

 

「謝っても現実は変わりません……。

 ですけど、最後まで頑張ったことは褒めてあげます」

 

 そう言って、大井は潮の頭を軽く撫でてから前を向き、急加速で4人を追い始めた。

 

「お、大井ちゃん……」

 

 泣き出しそうな潮は服の裾で顔を拭い、大井の背中を見る。

 

「後は……、お願いします。

 頑張って……、そして、先生を……」

 

 小さく呟きながら眼を閉じ、祈るように天を仰ぐ潮は、暫くその場で立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 

『さて、これで全ての子供たちが第3ポイントを終えました!』

 

『先頭は港湾チームの五月雨ちゃん。

 2位はしおいチームの時雨ちゃん。

 3位はビスマルクチームのレーベちゃん。

 4位は愛宕チームの比叡ちゃん。

 そして最後尾は先生チームの大井ちゃんになっていますわ!』

 

『先頭の五月雨ちゃんは2位以下を大きく引き離し、その距離はおおよそ100メートル以上!』

 

『2位の龍田ちゃんと3位以下の差も50メートルほどありますので、先頭と最後尾の差はかなりありますわね』

 

『だがしかし、これから拾う封筒の中身によっては、これだけのリードがあったとしても油断は禁物!』

 

『もちろん今回も元帥が考案したギミックですから、なにが起こるかなんて、まったく分かりませんわーーー!』

 

 熊野が締めくくったところで観客から大きな声が上がったんだけど、その大半はブーイングという結果に、少々可哀想な感じになってきた。

 

 あ、もちろん可哀想だと思った対象は子供たちであって、元帥じゃないです。

 

 自業自得に関しては気にする必要がないからね。

 

『今、頑張っているのは子供たちです!

 ですので、皆さんは精一杯応援してあげて下さい!』

 

『苦情などは後で元帥が身を持って答えてくれますので、それまで我慢しておいて下さいですわ!』

 

『え、ちょっと、聞いてないよそんなことっ!?』

 

 ……あ、生きていたっぽいな。

 

『元帥!

 まだオシオキが終わっていないんですから、口出ししないで下さい!』

 

『ちょっ、まだ終わってないのっ!?』

 

『当り前でしょうが!

 これから両足にコンクリートブロックをくくりつけて、海にダイブするんですよ!』

 

『それって間違いなく死んじゃうやつだよねっ!?』

 

 ……うん。確実に処刑ですよ、それ。

 

 まぁ、どうせいつも通りの不死身スキルを発揮するんだろうから、ちゃっかりどこかで沸いてくるんだろうけれど。

 

『ヘルプ!

 ヘルプミィィィィィ………………』

 

 そして元帥の声が遠のいていくが、やっぱり誰も気にしないようです。

 

 高雄のことだから、寸前のところで止めるだろうし大丈夫だと思っているんだろうね。

 

 かくいう俺も同じように思っているし、気にするだけ無駄ってことなんじゃないかな。

 

 ……と、そうこうしている間に、先頭の五月雨が速度を落として身を屈め始めるのが見えた。

 

「い、いっぱい封筒がありますけど、どれを選んだらいいのかな……?」

 

 五月雨の周りには防水加工をされた封筒が無数にあり、あまりの多さに迷ってしまっているようだ。

 

「五月雨!

 迷ッテイナイデ、早ク、早クッ!」

 

 すると港湾チームの待機場所の方からレ級の急かす声が聞こえ、五月雨は慌てて近くにあった1つの封筒を拾い上げた。

 

『あ、ちなみになんですが、封筒を開けたら変更は不可になっちゃいますので肝に銘じて下さいねー』

 

『ただし、あまりに酷い内容とこちらが判断した場合のみ、変更は可能になっていますわー』

 

 ドンピシャのタイミングで青葉と熊野の説明が入り、封筒の封を切ろうとした五月雨の手が止まる。

 

「こ、これで本当に、良い……のかな……?」

 

 焦る五月雨の耳には観客から多くの歓声と、レ級の急かす声が入り混じり、眼がグルグル巻きのようになってしまいそうなくらいに混乱していたものの、

 

「で、でも、このままジッとしていたら追いつかれちゃいますし、開けるしかないですよね……っ!」

 

 そう言って、五月雨は勢いよく封筒の上部をビリリと破る。

 

 そして中に入っていた紙を広げた途端、首を傾げて固まった。

 

『……五月雨ちゃんが固まっていますが、どうしたんでしょうか?』

 

『も、もしや、恐れていた卑猥な内容が……っ!?』

 

 その言葉に戸惑う観客勢からざわつきが上がるが、それらを解消する言葉が五月雨の口から発せられた。

 

「あ、あのぅ……、五月雨……、腕時計をしていないんですけど……」

 

「「「「「………………」」」」」

 

 みんなに見えやすいようにと、広げた紙を頭の上でヒラヒラと振る。

 

 そこには確かに、腕時計と書かれていたんだが……、

 

「持っていない場合って、どうなるんですか……?」

 

 その言葉に、観客全員の目が点になった。

 

 ……いや、おそらく観客だけでなく、ここに居る全てで間違いないだろう。

 

「あ、あれ……。

 五月雨、なにか変なことを言いました……?」

 

 そう、つまり――

 

 

 

 五月雨は、借り物競走をちゃんと理解していなかった……ということである。

 

 

 

 さ、参加が決まった時点で、ちゃんと聞いておこうよね。

 





次回予告

 天性のドジっ子だからって、いくらなんでもヤバ過ぎだよ!
……と思った港湾チームの面々だったかもしれないが、競技は続きます。

 青葉と熊野の助言によって、ルールを理解した五月雨。
しかし、その隙を逃さないと他の子供たちもやってくる。
借り物競走で誰が出し抜くのか……、それはまだ分からない?


 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その65「指令書、ゲットだぜ!」


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その65「指令書、ゲットだぜ!」


 天性のドジっ子だからって、いくらなんでもヤバ過ぎだよ!
……と思った港湾チームの面々だったかもしれないが、競技は続きます。

 青葉と熊野の助言によって、ルールを理解した五月雨。
しかし、その隙を逃さないと他の子供たちもやってくる。
借り物競走で誰が出し抜くのか……、それはまだ分からない?


 

『あー……、五月雨ちゃん。

 このポイントで行っているのは借り物競争なので、近くにいる人に借りてくれば良いんですよー』

 

「ええっ!

 そ、そうなんですか……っ!?」

 

 あまりの固まりっぷりにヤバいと思った青葉が助言をした途端、五月雨が大きく口を開けたのを手で隠すようにしながら、大きな声を上げた。

 

『で、ですので、観客席に居る方々や、チームのメンバーとかに借りてきてから、次の交代場所へ向かえばよろしいんですよ……?』

 

 続けた熊野の声も、心なしか元気がない……というよりかは、道端で段ボール箱に捨てられている可哀相な子犬を見て、手をさしのべているような優しさが感じて取れる。

 

 しかし、五月雨は子供の姿だといっても、元は佐世保鎮守府に所属していた艦娘。とある事情で小さくなってしまったのだが、知識までもが幼くなってしまったはずではないんだけれど。

 

「さ、五月雨、またしてもドジっちゃいましたぁっ!?」

 

 大慌ての五月雨は指令書を持ったままバタバタと手を振り、どこに向かうべきかと顔を激しく動かして辺りを見回している。

 

 そんなことをしているうちに時間は刻一刻と過ぎていき、後を追いかけてきた時雨が海に浮かぶ封筒の1つを手に取っているのが見えた。

 

「さて、いったいどんな指令が書かれているのかな……?」

 

 中を見てしまえば代えが効かないと分かっているはずだが、時雨は戸惑うことなく封を破る。

 

 さすがは幼稚園一の頭脳を持つ時雨。ルールに恐れていてはなにも始まらないということくらい、簡単にお見通しという訳だ。

 

 そして中に入っている紙を広げて目を落とすと、小さく口を開けて呟いた。

 

「ふむ……。鉢巻きを借りてくれば良いってことなんだけど、誰か持っている人がいるのかな……?」

 

 そう言って、時雨はキョロキョロと辺りを見渡す。

 

 封筒が浮かんでいる地点から観客がいる埠頭までの距離はすぐ近くであり、その中から鉢巻きをしている人物を探しているのだろう。

 

 運動会といえば応援団――と真っ先に浮かんでくるのだが、あいにく幼稚園にそのような組織やクラブはない。しかし、観客の中には応援団と変わらない人物も居るようで、

 

「おっと、あそこの辺りが良さそうだね。

 それじゃあ、手早く済ませてしまおうかな」

 

 少しだけ口元を吊り上げた時雨は指令書をポケットにねじ込んで、倉庫がある方向へと加速を始めた。

 

「あああっ!

 いつの間にか追い抜かれちゃってますっ!?」

 

 時雨が倉庫の方へと向かうのを見た五月雨は更に慌て具合が増し、手に持った指令書を食い入るように読み直す。

 

「やっぱり書かれているのは腕時計だけですし、青場さんや熊野さんが教えてくれた通り、誰かに借りに行かなきゃいけませんよねっ!」

 

 なんとか自分のやるべきことを理解しきった五月雨は、もう1度キョロキョロと顔を動かしてから大きく頷いた。

 

「ひ、ひとまず、チームの待機場所に行ってみます!」

 

 言い聞かせるように叫んでから加速を始めてみるものの、

 

「わわっ!?」

 

 急加速でバランスを崩しかけた五月雨が、両手をワタワタと激しく動かしながら転倒しないように頑張っていた。

 

 うぅむ……。第1競技の時といい、五月雨は懲りないタイプなんだろうか?

 

 いくらドジっ子だとしても、経験があればそれなりにサポートできるはずなんだけどなぁ……。

 

 ましてや元は第一線にいた艦娘のはずなのに……と、内心ため息を吐きそうになったが、明日以降にちゃんと教えてあげれば良いだろうということで納得しておくことにする。

 

 ……まぁ、今日の結果次第では、どうなるか分からないけどね。

 

 今のところ、俺のチームメンバーである大井は最下位にいるし、ここから大逆転をしなければ望みはかなり薄くなる。

 

 ならばこそ、ここは1つ大井に向かって大きな声援を送らなければならないのだ。

 

 俺は両手をメガホンのように口元に添え、「大井、頑張れーーーっ!」と声を上げた。

 

 その後、「いちいち言わなくても分かってます!」と言い返され、涙目になってしまったのは、少々酷い気がするんですが。

 

 

 

 

 

『現在、五月雨ちゃんと時雨ちゃんが指令書をゲットし、指定されたモノを探しに向かっております!』

 

『残るは3人ですが、レーベちゃんと比叡ちゃんがそろそろ封筒が浮かんでいるポイントに到着しそうですわ!』

 

『しかし、最下位の大井ちゃんもそれほど差は大きくなく、どうやら混戦になりそうな予感です!』

 

『第4ポイントに入った時点で先頭だった五月雨ちゃんも、今では時雨ちゃんとの差はほとんどないか、抜かれてしまった模様!

 借り物をゲットするタイミングによっては順位がどうなるか、全く分かりませんわね!』

 

 青葉と熊野の説明を聞き、俄然観客たちの応援が大きくなる。

 

 ある者は目当ての子供を応援し、ある者はみんなに向かって声を上げていた。

 

 そして、それらを耳に入れた子供たちの表情にも気合いが表れ、追いかける気力もどんどんと高くなる……はずなのだが、

 

「……よし、ここに浮かんでいる封筒のどれかを拾えば良いんだよね」

 

 比叡よりも少し早く到着したレーベは、辺りを見回しながらどれを拾おうかとスピードを落とした。

 

「この距離なら逆転は十分可能です!

 ここは選ぼうとはせず、一番近い封筒をゲットすれば……」

 

 すると後ろから追いかけてきた比叡がレーベの姿を見て呟き、前方に見える封筒へと手を伸ばそうとしたところ、

 

「ふふ……、残念だけど、これは僕がいただくね」

 

「ひえぇっ!?」

 

 レーベはまるで比叡の邪魔をするかのように狙いをつけていた封筒を奪い去り、ビリビリと封を切った。

 

「むむむっ!

 今の動きは、私に挑戦を叩きつけたんですねっ!」

 

「……さぁ、どうだろうね。

 たまたま目に入った封筒を取ろうとして、それが被っただけかもしれないでしょう?」

 

 そう答えたレーベだが、表情は明らかに不適な笑み……と表現できるくらい、いやらしさが見て取れた。

 

「……くぅっ!

 し、しかし、ここで時間を取られる訳にはいきませんっ!」

 

 タイムロスは避けたいと、比叡は少し離れた場所に浮いていた封筒へ目掛けて走り出す。

 

 それを見たレーベは更に口元を吊り上げながら、封筒の中に入っている紙を広げてみたのだが、

 

「………………」

 

 なぜか、いきなり固まるレーベ。

 

 その変化は遠目でも明らかで、全くと言って良いほどピクリとも動かない。

 

『おやおや、今度はレーベちゃんの方に怪しげな雰囲気が感じ取れますが、いったいどうしたんでしょうか……?』

 

『ま、まさか、ついに元帥の罠が発動したんですのっ!?』

 

 バタンッ! と机を叩く大きな音と熊野の声が聞こえ、続けて遠くの方で男性の「ギャアアア……ッ!」という悲鳴のようなモノが聞こえた気がした……が、気にしないでおく。

 

「ど、どうしよう……」

 

 そして、やっと動いたレーベは悲壮な顔をしながら、ボソリと呟いた。

 

「私に対して嫌がらせなんかをするから、そういう目に遭うんですよ!」

 

 そんな様子を見ていた比叡は、拾った封筒の中に入っている指令書を開けて笑みを浮かべる。

 

「そして、この勝負は……私の勝ちです!

 目指すは先生の所有権。気合い、入れて、いただきます!」

 

 大きく叫んだ比叡は両手をパンッ! と胸の前で叩き、即座に加速をし始めた。

 

「こ、こんなことになるなんて……。

 で、でも、これってどうしたら良いんだろう……?」

 

 苦虫をかみつぶしたような顔をしたレーベは、大きなため息を吐きながら再び紙へと視線を落とす。

 

 残念ながら遠目では内容が見えず、それは青葉たちにも同様なようで、

 

『ど、どうやら、卑猥な感じには見えなさそうですが……』

 

『いいえ、元帥のことですから、どんな嫌がらせを仕込んでいるか分かったもんじゃありませんわ!』

 

 熊野がそう言うと、再び遠くから悲鳴が上がる。

 

 もちろん誰も気にしていないし、そんな必要もないんだろうけれど。

 

「と、とにかく行動しなきゃ、どうにもならないよね……っ!」

 

 五月雨と違い大きく慌てなかったレーベは紙を持ったまま加速をし、俺が居る方向へと走り始めた。

 

 

 

 

 

「私以外はすでに指令書を手に入れたみたいですね。

 先生を助ける気はさらさらないですけど、北上さんの為には頑張らないといけませんし……」

 

 またしてもへこみそうな言葉が聞こえた気がするが、毎回落ち込んでいたらキリがない。

 

 つーか、なんで呟くレベルでいい内容を、俺の耳にまで聞こえる声量で言っちゃうのかなぁ……。

 

「さきほどの青葉さんと熊野さんの会話を聞いていると、元帥がなにかを仕込んでいる可能性はゼロじゃありませんし、なにより北上さんから聞いたヒントになるようなモノがどこかに……」

 

 キョロキョロと海上を見渡しながら封筒をチェックしていく大井だが、なにやら不振な内容を言っていた気がするんだけど。

 

 北上から聞いた、ヒント……って、いったいなんなのだろうか。

 

 まさかとは思うが、北上が元帥の思考を読んで罠があると判断し、更に封を開けずとも中身が分かるようなヒントがあると想像していたのなら、それはもう半端じゃないほど想像力に長けているというか、子供ながらでは済まされないレベルなんだよね。

 

 先に行動をした時雨でさえ、そういった仕種は見受けられなかったし、もし北上の考えが合っていたのならば、人外の為せる技と言ってしまってもおかしくないのかもしれない。

 

「……っ、時間に余裕もありませんし、これにしておきましょう」

 

 遠くなっていく別の子供たちの背を見た大井は、妥協するような言葉を吐きながら素早い動きで1つの封筒を拾い上げた。

 

「えっと、中に入っている指令書は……」

 

 封を破って中に入っている紙を広げ、マジマジと読む間もなくポケットへねじ込み、顔を左右に向ける。

 

「………………」

 

 埠頭を端から端まで見回していた大井が急に眼をキラーンと光らせると、「よしっ!」と気合いを入れるように叫んでから、急加速を開始した。

 

 残念ながら紙に書かれている文字は見えず、どんな内容だったのかは分からない。

 

 ただ、なんともいえない嫌な予感と、これから起こってしまう不幸の臭いが、生暖かい空気と共に感じたのは気のせいであって欲しい。

 

 まさかとは思うけれど、またしても海に落とされる……なんてことは、もう勘弁したいからね。

 

 でも、明らかに大井が向かって来ているのは、こっちの方向なんだよなぁ……。

 

『さて、どうやら5人の子供たちは全員指令書を手に入れ、思い思いに走り出していますねー』

 

『今のところ分かっているのは、五月雨ちゃんの腕時計と、時雨ちゃんの鉢巻きでしたわよね?』

 

『ええ、その通りです。

 残念ながら、他の3人の指令書は不明ですが……』

 

『せめて、元帥の罠でなければ良いのですけれど……』

 

『『はぁぁぁ……』』

 

 2人揃って大きなため息を吐き、スピーカーを通して辺り一帯に響き渡る。

 

 一応、実況解説なんだから、そういったことはしない方が良いと思うんだけど、色々と心労も溜まっちゃっているんだろうなぁ。

 

 これが最後の競技だし、ポイントも次でおしまいだから仕事も残り少ないはず。終わった後に少しばかりねぎらってあげても良いのかもしれない。

 

 ただし、青葉の言動に対して問題もあったので、どちらかと言えば説教の方が大きくなるかもしれないけれど。

 

 ……それに、俺だけじゃないかもしれないけどさ。

 

 まぁ、これも元帥と同じで自業自得なところがあるし、青葉だから仕方がないよね。

 

『そ、それでは、各子供たちの様子を伺いながら、実況していきましょう!』

 

 そんな俺の思考を読み取ったのか、それとも高雄辺りに脅されたのか、突如焦ったような青葉が話し始めた。

 

『今、行動を起こしている子供たちの中で、大きな動きがありそうなのは……』

 

『どうやら時雨ちゃんが、倉庫側の埠頭に近づいているようですわ!』

 

『なるほど。

 それでは早速、様子を見てみましょう!』

 

 

 

『『それでは次回、時雨ちゃんの借り物競争でお送りいたします(わ)!』』

 

 

 

 ……いや、なんで次回予告っぽいんだ?

 

 なんてツッコミも、心の中で済ませておけるくらい、慣れてしまった俺だった。

 




次回予告

 借り物競走によってばらける子供たち。
まずは先頭の時雨の様子を伺おうとしていると、なにやら不穏な空気が漂って……?

 那珂ちゃんのファン VS 時雨

 レディー、ファイトッ!


 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その66「時雨の底力」


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その66「時雨の底力」


 借り物競走によってばらける子供たち。
まずは先頭の時雨の様子を伺おうとしていると、なにやら不穏な空気が漂って……?

 那珂ちゃんのファン VS 時雨

 レディー、ファイトッ!



 

『さて、子供たちはそれぞれ思い思いに散らばってしまいましたので、1人ずつ様子を見ていくことにいたしましょう!』

 

『まず最初に見ていくのは、予告通り時雨ちゃんですわ!』

 

 青葉と熊野の元気過ぎる会話が流れると、おのずと観客たちの視線が時雨の方へと集まっていく。

 

 なぜここで最初に時雨を選んだかなのだが、次回予告をしたという理由よりも、単純に動きが見られそうだという雰囲気があったからだろう。

 

 実際に先頭だった五月雨はドジっ子特性をフルに発揮したせいで、追い抜いた時雨が第4ポイントを最速でクリアすると予想できるのだ。

 

『それでは現在の時雨ちゃんの様子ですが、倉庫側の埠頭にそろそろ到着しそうですねー』

 

『時雨ちゃんの指令書といえば、確か鉢巻きでしたわよね?』

 

『ええ。時雨ちゃんが話していた通りであれば、それで合っていたと思いますが……』

 

『あの辺りで鉢巻きをしている方が居るとなると……』

 

『『………………』』

 

 途端に青葉と熊野の会話が止まる。

 

 そして、観客たちの視線が向かう先に見えた一団を確認するや否や、深いため息が聞こえてきたような気がした。

 

『し、時雨ちゃんの考えは間違っていないと思いますが……』

 

『も、問題は、素直に貸してくれるか……ですわね……』

 

 スピーカーからは焦りというよりも悲壮感が漂う会話が流れ、更に辺りの空気が重たくなる。

 

 それはいったいなぜか……と問われれば、一見すればすぐに分かるモノなのだが、

 

「それを、時雨が予測できなかったとは思えないんだけど……」

 

 思わず呟いてしまった俺は、無意識にため息を吐く。

 

 視線の先は倉庫が立ち並び、その埠頭の先端に、横断幕を持った7、8人の集団が居る。

 

 それらは全てピンク色の鉢巻きにハッピを着込み、子供たちの運動会最中であるにも関わらず、ある1人に対して応援を行っていた。

 

 見れば一目で分かる風貌は、アイドルを追いかける応援団のようであり、

 

 

 

「「「那珂ちゃーーんっ!」」」

 

 

 

 名前を呼ぶ声と、鉢巻きに書かれている『那珂チャンLOVE』の文字で、即刻理解できてしまう一団だった。

 

 ………………。

 

 時雨よ……、難易度が目茶苦茶高いぞ……、それ。

 

 

 

 

 

「おい、お前ら!

 もっと大きな声を出して、那珂ちゃんが出てきてくれるように願うんだ!」

 

「うぃっス、ボス!

 喉が枯れるまで那珂ちゃんの名前を呼んで、是非とも召喚するっス!」

 

「「「那珂ちゃーーーんっ!」」」

 

 メガホンを持ち、海に向かって那珂の名を呼び続ける応援団。

 

 ぶっちゃけ那珂は海上に居ないだろうし、おそらく観艦式を終えて休憩をしているか、屋台を見回ったり子供たちの活躍を観戦しているのかもしれない。

 

 それくらい考えれば分かると思うのだが、それでも呼び続けるというのは根性があるというか、それとも……まぁ、人それぞれだと思っておこう。

 

 それよりも、そんな一団が居る埠頭に向かっていた時雨はスピードを少し落とし、先ほどボスと呼ばれた男性を見つめてから近寄っていく。

 

 そして、ボスの目の前……というよりかは、埠頭の上と海上とは少しばかり高低差があるが、手を伸ばせばなんとか届きそうな位置に時雨が立ち、小さく頭を下げてから話しかけた。

 

「お兄さんたち、こんにちわ」

 

「那珂ちゃーん……って、ビックリしたっ!」

 

 応援に必死だった男性たちは時雨が近づいてきたことに気づいておらず、いきなり視界に入ってきた姿を見て心底驚いたような表情を浮かべている。

 

「応援をしているところ申し訳ないんだけれど、少し僕のお願いを聞いてくれないかな?」

 

「お、お願い……?」

 

 そう言って、首を傾げるボス。

 

 どうやら時雨に気付かなかったばかりか、現在進行している競技の内容も頭に入っていなかったようであり、

 

「うん。実は今、僕は借り物競争の競技に参加しているんだけど……」

 

 時雨はボスに向かって言葉を投げかけながら、ポケットの中に入れていた指令書を取り出して、良く見えるように広げてみせた。

 

「こういったモノを借りてこなくちゃならないんだけれど、あいにく僕の知り合いには持ってなさそうでさ……。

 それで、お兄さんたちが見えたからお願いしにきたんだよ」

 

「え、ええっと、つまりそれって、俺達がつけている鉢巻きを貸してほしい……ということなのか?」

 

「うんうん。その通りなんだけれど、さすがはお兄さんだね」

 

「え……、な、なんでいきなり褒められたんだ……?」

 

「だって、僕が言おうとしていることを全て聞く前に理解してくれたんだから、凄いと思うのが普通じゃないのかな」

 

「い、いや、これくらいのことは、普通なら……」

 

「そんなことないよ。

 お兄さんがやったことは、想像力と判断力のどちらかでも欠如してしまっていたら、導き出せないはずなんだ。

 だから、胸を張って誇っても良いことなんだよ」

 

「そ、そうかなぁ~」

 

 ……なるほど。

 

 時雨の言葉と手振りを見る限り、これは褒め落として鉢巻きを借りようとする魂胆だろう。

 

 実際にボスと呼ばれている男性は恥ずかしげな表情を浮かべながらも満更じゃなさそうだし、このままいけばゲットできなくもなさそうだが……、

 

「そこで再度お願いなんだけれど、賢くてカッコイイお兄さんに、是非その鉢巻きを僕に貸してほしいんだよね」

 

「か、賢くて……、カッコイイ……っ!?」

 

 まるで稲妻が落ちたような衝撃を受けたボスは、眼を大きく見開き、体をブルブルと震わせた。

 

 もう一押しでイケると感じたのか、時雨はもう1度お辞儀をしてから「お願いだよ、カッコイイお兄さん」と言って微笑んだ。

 

「う、うむぅ……。

 しかし、それは……その……」

 

 時雨の可愛さにやられそうになったのか、一瞬頷きそうになったボスだったが、背後に突き刺さる視線を感じて即座に振り返る。

 

 じーーー……。

 

 ボスに向けられる男性陣の顔は、完全に半目状態で威圧感がたっぷりと含まれている。

 

「う、うぅ……」

 

 答えを間違ったら最後、いったい自分はどうなってしまうのか。

 

 そんな恐れを抱いたボスが、時雨に対して頭を縦に触れるはずもなく、完全に言葉が詰まってしまった。

 

「ダメ……なのかな?」

 

 しかし、一方の時雨は攻撃の手を緩めることなく、上目遣いをしながら、祈るように胸の前辺りで両手の指を絡ませながら問い掛ける。

 

「そ、その、この鉢巻きは那珂ちゃんファンの証であり、応援団の魂と言えるもので、おいそれと貸す訳には行かないのであって……」

 

「……そっか。それじゃあ、しょうがないよね」

 

 するとどういう訳か時雨はあっさりと諦めるように肩を落とした。

 

「す、すまんな……。

 君には悪いが、これはやむを得ないことなのだ……」

 

 そんな時雨の顔を見たボスは時雨に謝りつつも、なんとか耐えきったという風に小さくため息を吐く。

 

 後ろに控え、半目状態でボスの様子を伺っていた他の団員も、ホッと胸を撫で下ろした……ように見えたのだが、

 

「残念だね。

 カッコイイお兄さんなら、僕のファンになってくれると思ったのに……」

 

「「「……え?」」」

 

 ボソリと呟いた時雨の言葉に、呆気に取られるボスと団員たち。

 

 いったいなにを言っているんだと頭を傾げたり、訳が分からず固まってしまったりする中、時雨は続けて口を開いた。

 

「こんなにカッコイイお兄さんだけじゃなく、さっきから元気良く応援を続けていた他のお兄さんたちが僕のファンになってくれたら、どれほど良いかと思っていたんだけどね」

 

 言って、時雨は残念そうな表情を浮かべながら、男たちに向かって無理矢理な感じを醸し出しつつ微笑みかけた。

 

「「「……っ!」」」

 

 再度起こる稲妻の数々。

 

 男たち全員にとんでもない衝撃が走り、全身をガクガクと激しく震わせた後、

 

「な、な、な……」

 

「……ん、どうしたの?」

 

 ボスがなにかを言おうとするが、上手く言葉にならないのを見た時雨が再度問い掛ける。

 

 しかし、その目の色は心配しているというよりも、なにか作為的なモノが感じられ、

 

「那珂ちゃんのファンを辞めて、君のファンになるよっ!」

 

「ああっ、ボスずるいっス!

 俺もおんなじことを考えていたのにっ!」

 

「俺も俺も!」

 

「那珂ちゃんより、この子の方がよっぽど可愛いしなっ!」

 

 ……と、完全に時雨の虜になった男たちは、ハッピと鉢巻きを脱ぎ捨て、空高く放り投げた。

 

「さぁ、可愛い君!

 是非名前を教えてくれたまえ!」

 

「ふふ……、そうだね。

 でもその前に、お願いしていた鉢巻きを貰うね」

 

「そんなモノなら、もういらないっス!」

 

 ハッキリと断言した男性の鉢巻きをキャッチした時雨は、ニッコリと笑いながら男たちに頭を下げ、クルリときびすを返した。

 

「ああっ、ぜひ、ぜひ名前をーーーっ!」

 

「僕の名前は時雨だよ。

 それじゃあ、ありがとね、カッコイイお兄さんたち」

 

「「「時雨ちゃーーーんっ!」」」

 

 目をハートマークにして叫ぶ男たちは、那珂の名を呼んでいたとき以上に大声を張り上げ、応援を続ける。

 

 かくして、時雨は目的である鉢巻きをしっかりと入手し、不適な笑みを浮かべながら第5ポイントの交代場所へと走り出したのであった。

 

 

 

 なお、この様子を見ていたのか、那珂の絶叫がどこからともなく聞こえてきたのは、予想するに難しくない。

 

 おそるべし幼稚園児、時雨。

 

 いつしかロリコンキラーという名が付いたとか付かなかったとかは、また別の話である。

 

 

 

 

 

 ――時は少し遡り、

 

 時雨が那珂の応援団と会話をし始めた頃、別の子供たちの動きが見えたらしく、青葉と熊野の声がスピーカーから流れてきた。

 

『時雨ちゃんの様子も気になりますが、ここで比叡ちゃんの方に動きが見られたようです!』

 

『どうやら向かっている先はビスマルクチームの待機場所から少し離れたところみたいですけど、誰か目当ての人物でも居るのかしら……?』

 

『ここからはハッキリと分かりませんが、どうやら観客の方へと向かっているみたいですねー』

 

『問題は、比叡ちゃんの指令書に書かれていた内容ですけど、いったいなんなのでしょう?』

 

『こればっかりは青葉にも分かりかねますし、暫く様子を伺ってみることにしましょう!』

 

 そう断言した青葉は口にチャックをしたように黙り込み……って、実況解説がそんなことをしては意味がないと思うんだけど。

 

 しかし、比叡の動きが気になるのもまた事実なので、ここは青葉のいう通りに視線を向けてみる。

 

「ええっと、確かこの辺りにおられると思うんですが……」

 

 比叡はそれなりの速度を出し、埠頭に沿って観客の顔を調べるように駆けていく。

 

「……あっ!」

 

 すると見知った顔を見つけたのか、大きく口を開けて驚きの表情を一瞬だけ浮かべた後、嬉々としながら声をかけた。

 

「日向さん!

 ちょっと、聞きたいことがあるんですが!」

 

 そう言った比叡の視線の先には、俺が佐世保にいる間だけでなく、輸送船で移動しているときまでも荒らしに荒らしてくれた日向の姿が見えた。

 




次回予告

 時雨はまんまとハチマキを手に入れた。

 次の子供は比叡。
いったい指令書に何が書かれているかは分からないが、誰かを探している様子のところで、日向に声をかけた。

 主人公を幾度となくどん底に陥れた相手に対して、果たして比叡は目的のモノをゲットできるのだろうか!?


 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その67「火に油」


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その67「火に油」


 時雨はまんまとハチマキを手に入れた。

 次の子供は比叡。
いったい指令書に何が書かれているかは分からないが、誰かを探している様子のところで、日向に声をかけた。

 主人公を幾度となくどん底に陥れた相手に対して、果たして比叡は目的のモノをゲットできるのだろうか!?


 

 借り物競争で比叡が向かっていた先は、ビスマルクチームの待機場所近くにある観客席辺りであり、そこで見かけた日向の姿を確認するや否や、嬉々として話しかけていた。

 

「日向さん、実は……」

 

「私を呼ぶ際に『さん』を付けるなんて、なにを水臭いことを言うんだ比叡は。

 子供の姿になったとはいえ、同じ佐世保鎮守府に所属し、安西提督の元で働く艦娘だったはずなのに、少し会わないだけで私との友情は消えてしまったのか?」

 

 比叡が喋ろうとするのを手の平を向けて遮った日向は、逆につらつらと言葉を紡いでいる。

 

 途中で話を遮られた為なのか、それとも内容が問題なのか、比叡の表情は見る見るうちに気まずそうな感じになっており、徐々に肩が落ちていった。

 

「そもそも比叡は舞鶴に異動が決まってから今日まで、なに1つ連絡を寄越さなかったからな。

 それらを考えれば、私との友情なんぞすでに失われていたという可能性も考えられたが、それでも懐かしき再会を交わすことで元に戻るのではないかと思っていたのは、どうやら思い違いのようだ……」

 

 更に畳みかける日向だが、表情と言葉が全くもってちぐはぐである。なんせ、言葉は重たく感じるのに、表情は完全に遊んでいるような笑みを浮かべているからだ。

 

 つまり、日向は比叡になにをしているかと言うと、

 

「ああもうっ!

 こうなるかもしれないと分かっていたから一瞬迷ったのに、やっぱり失敗でしたっ!」

 

「ふむ……、なにが失敗なんだろうか?」

 

「会う度にからかってくるのはお見通しなんですけど、今は借り物競走の競技中だから自制してくれるかも……と思った私が馬鹿でしたよっ!」

 

 言って、比叡は駄々をこねる子供みたいに、海上で起用に地団駄を踏んでいた。

 

 バシャバシャと上がる水しぶきに、比叡の衣服が濡れていく。

 

 そして、そんな様子を見ていた観客たち(主に男性)が、幸せそうな表情で見つめている。

 

「はー……、ちっちゃい比叡ちゃんが、駄々をコネてるなぁ……」

 

「やべえ……、これは、可愛過ぎるだろう……」

 

「お持ち帰りしてぇ……」

 

 若干頬を染めつつ語る男性陣。それなりに歳がいっている風貌なので、ぶっちゃけて気持ち悪さが半端じゃない。

 

 なにより問題なのは、それら全員が白い軍服――つまり、提督らしき人物たちということだが、これも今までと同様に見飽きているので、気にしない方が無難なのだろう。

 

 そして、怒る比叡の姿を見て更に笑みを浮かべた日向を見れば、からかっていたのは明白だ。

 

 これは勝手な想像なんだけれど、2人の様子を見る限り昔からあんな感じだったんじゃないだろうか。残念ながら比叡が舞鶴に来てから俺が佐世保にいったので、そういった場面を見た訳じゃないから言い切れないんだけどね。

 

「しかし、こんなところで立ち止まりながら、時間を無駄に使って良いものなのか?」

 

「誰のせいですか誰のっ!

 日向が私の質問にちゃんと答えてくれてたら、なんの問題もないんですよっ!」

 

「そうは言うが、その質問とやらを私はまだ聞いていないのだが……」

 

「それを言う前に遮ったんでしょうがーーーっ!」

 

 完全に憤怒状態の比叡が叫び声を上げると、日向はカラカラと笑いながらお腹を抱えている。

 

 そしてまたもや、ほんわかとした表情で比叡を見つめる観客たち……だが、もうこれは見なかったことにしておきます。

 

「おやおや、そんな声を上げていったいどうしたんですか……?」

 

 すると、観客たちの後ろから間をすり抜ける……というよりかは、無理矢理隙間に身体を捩込んで前に出てきた恰幅の良い男性が、自分の顎を右手でさすりながら現れた。

 

 ……って、どこからどうみても安西提督です。

 

 昼休みのイベント後から姿が見えないと思っていたけれど、こんなところで観戦していたか……。

 

「あ、安西提督!」

 

「これはこれは、お久しぶりですね、比叡」

 

「はい、お久しぶりです!」

 

 ビシッ! と安西提督に向けて敬礼をする比叡の姿は非常に様になっており、さすがは元佐世保鎮守府の艦娘といえる。

 

「ところで比叡は今、借り物競走の真っ最中のはずですが……」

 

「あっ、そ、そうなんです!

 そのことで安西提督を探していたんですよっ!」

 

 そう答えた比叡は、チラリと日向の顔を見る。その視線は鋭く、少しばかり敵意が含まれているような気がした。

 

 だが、その一方で日向は全く気にすることなく、大きなあくびを手で隠しながらボケー……と突っ立っている。

 

「私を探していた……というと?」

 

「実は、指令書にこういったモノが書かれていましてですねっ!」

 

 比叡は急いでポケットの中に入れていた紙を、安西提督に見やすいように広げた。

 

「なるほど……。それで私に」

 

「はい、是非とも安西提督の眼鏡をお貸し下さい!」

 

「分かりました。

 私の眼鏡が役に立つのなら、喜んでお使い下さい」

 

 そう言った安西提督は快く眼鏡を外し、比叡に差し出そうとしたのだが……、

 

「あ、あの、安西提督……?」

 

 戸惑う比叡だが、無理もない。

 

 安西提督が眼鏡を差し出している方向には、比叡ではなく日向が立っているのだから。

 

「私に眼鏡をかけろとは、安西提督は新たなフェチに目覚めたということだろうか?」

 

「いやいや、実は私、眼鏡を外すと全く見えないモノでして……」

 

 首を傾げながらそう言った日向に説明する安西提督だが、さすがにそれはないと思うんですが。

 

 喋っている最中から比叡の立っている場所は変わっていないし、声の方向からでもおおよその位置は分かるはず。更には全く見えないレベルの視力って、そんな状態になるのが分かっていながら眼鏡を貸そうとしちゃうところがおそろし過ぎるぞ。

 

 色んな意味で凄い人物だと思う半面、ちょっと抜けちゃっている感じが否めないが、怒らせると怖いことは昼休みのイベントで重々承知している。

 

 それらを分かった上で、日向がフェチの話をしたのは色んな意味で根性があるなぁと思えるんだけどね。

 

 まぁ、それについてツッコミを入れなかった安西提督が大人なだけなんだろうけれど。

 

「それと日向。

 私は眼鏡フェチではなく、外したときに目が3の形になるのが好きなんですよ」

 

「そういえばそうだった。

 いやはや、私としたことがこのようなことを忘れるとはふがいないな」

 

 ハッハッハッ……と、2人揃って笑うのを見て、比叡の肩が更に低くなる。

 

 というか、完全にげんなりした表情になっちゃっているよね。

 

「ともあれ、この眼鏡を持って早く向かった方が良いでしょう」

 

「あー、はい……。

 アリガトウゴザイマス……」

 

 完全に疲れきった感じの比叡だが、安西提督が伸ばした手から眼鏡を受け取り、大きく頭を下げた。

 

「それでは競技の間だけですが、お借りします」

 

「ええ。それでは頑張って下さいね」

 

 ニッコリと笑う安西提督にもう一度頭を下げた比叡はクルリときびすを返し、眼鏡をかけて加速を始めたのだが、

 

「うわっ!?

 こ、これ、度がキツ過ぎて視界がサッパリ分かりませんっ!」

 

 叫びながらヨロヨロとふらつく比叡が、速度を少し落としながら第5ポイントの交代場所へと向かって行った。

 

 ………………。

 

 いや、眼鏡を外したら見えなくなるって言っていたんだから、それくらいのことは想像できるよね……?

 

 それに、別にかけなくても良いと思うんだけどなぁ……。

 

 

 

 

 

 ――またまた少しばかり時は遡り、

 

『どうやら比叡ちゃんは、佐世保鎮守府から応援にきている日向と話をしているみたいですねー』

 

『ですが、なにやら比叡ちゃんの様子がおかしく見えますわよ?』

 

『元は比叡ちゃんも佐世保鎮守府に所属する艦娘ですし、積もる話もあるんじゃないでしょうか』

 

『一応は競技中なんですけど……』

 

『あ、あはは……』

 

 青葉が汗をにじませながら頬をポリポリと掻くのが手に取るように分かってしまうが、どちらもありえる話だけに仕方がない。

 

 まぁ、実際には日向にからかわれた為に足を止めざるを得なくなってしまった比叡が可哀相だということなんだけれど、俺にとってはありがたいので黙っておくことにする。

 

『さて、それでは他の子供たちを見ていきたいところですけど、どんな感じなんでしょうかー』

 

『そうですわね。

 残るはレーベちゃん、五月雨ちゃん、大井ちゃんですが……』

 

 熊野の言葉によって、観客の視線が3人の方へ向けられる。

 

 現在五月雨は自分が所属する港湾チームの待機場所へ。

 

 そしてレーベがこちらに向かって近づいており、更にその後ろには大井の姿が見える。

 

 なぜレーベと大井がこちらに向かってきているのかが少々気になるが、変に身構えるのもおかしな話。

 

 子供たちには立場だけではなく、できる限りサポートしてあげなければならないので、むしろ胸を張って出迎えたいところではあるのだが……。

 

『なんだか、レーベちゃんの表情が気になりますね……』

 

『やっぱり、元帥の罠ではなくって?』

 

『指令書を見ていないからなんとも言えませんが、もしそうだったとしたら粛正は免れそうにありませんね!』

 

 若干怒っている声に変わった青葉に賛同するように、周りの観客たちがウンウンと頷く。

 

 哀れなり元帥。しかし、自業自得にも程があるから助ける気は更々ないけど。

 

『ともあれ、もしどなたかがレーベちゃんの指令書を確認でき、明らかに具合が悪いと思った場合は知らせて下さいねー』

 

「「「応っ!」」」

 

 まるで300人というちっぽけな人数で侵略してくる大群に立ち向かう屈強な戦士たちのように、観客たちは一斉に声を上げる。

 

 これってアレだ。元帥完全に詰んじゃっているパターンの奴や。

 

 ちなみにさっきから元帥の悲鳴らしき声は聞こえてこないので、既に瀕死状態かもしれないけどね。

 

『そうこうしている間に、注目のレーベちゃんが埠頭の近くに到着しそうですわ!』

 

 熊野の実況に合わせてみんなの視線が集中し、

 

 続けて俺の背中や顔に突き刺さる。

 

 あまりに居心地が悪過ぎる状況に思わず逃げ出したくなってしまうのだが、先ほど自分が決めたルールには従うべきだし、まだそうと決まった訳ではない。

 

 あくまでレーベはこちらの方に向かってきているだけで、俺に用事がある訳では……

 

「先生っ!

 お願いだから、助けてよっ!」

 

 ……残念ながら、そんな淡い期待は完璧に霧散した。

 

 更に視線が強くなり、ナイフで俺の身体中をえぐってしまうんじゃないかと勘違いしそうになるが、ここで引いては男が廃る。

 

「おいおい、またあの先生だぜ……」

 

「ちくしょう……。ただでさえ羨ましい役職についているのに、自分のチーム以外の子供まで……」

 

「先生とやらのアレ、ぶち切った方が良さそうね……」

 

 最後のヤツが半端じゃないほどヤバいんですけどーーーっ!

 

 つーか、ゴザルと叫ぶ提督らしき人物の頭を万力のように締め上げていたモデル体型の女性だよねっ!

 

 そんな握力なら、マジでやられそうじゃないですかーーーっ!

 

「はぁ……はぁ……」

 

 久しぶりに心の中で絶叫をあげまくった為、少々息があがりそうになってしまったのだが、

 

「お、おい……、レーベちゃんに話し掛けられた途端に、息が荒くなってねぇか?」

 

「やばいな……。アレは完全に変態の目だ」

 

「憲兵がくる前に、私が処すべきのようね!」

 

 ちょっ、モデル体型の女性が椅子から立ち上がって、こっちに向かってきそうなんですけどっ!?

 

「こぉぉぉ……はぁぁぁ……」

 

 そして、どこぞの暗黒面に落ちた騎士みたいに、黒い仮面から聞こえてくる呼吸音がマジ怖ぇぇぇっ!

 

「……ん、なんだ。電話か?」

 

 ……と思ったら、急にモデル体型の女性がポケットの中からスマートフォンを取り出して、通話をし始めた。

 

「もしもし……、うむ。

 なにっ、そ、そう……なのか」

 

 すると急に驚いた声を上げ、俺の方をチラリと見てから悔しそうな表情を浮かべながら肩を落とし、

 

「分かった……。大人しくしておこう」

 

 そう言って、通話を切ったモデル体型の女性は大きなため息を吐いてから椅子に座り戻し、腕組をしながら不機嫌そうな表情へと変えた。

 

 ……ど、どうやら助かった……という感じなのだが、いったいなんの電話だったんだろう?

 

 なんだか通話の際に俺をチラチラと見ていた気がするし、無関係じゃないような気がするんだけれど……。

 

「先生、先生っ!

 僕の話、聞こえてるかなっ!?」

 

「え、あっ、ああ……」

 

 そんな思考もレーベの声によって掻き消され、俺はとっさに顔を向けた。

 

 埠頭のすぐ側の海上にはレーベが立ち、悲壮な顔で俺に訴えかけている。

 

「お願いだから、僕を助けてよっ!」

 

 必死で叫びながら頼み込むレーベがポケットから指令書を広げた途端、俺は愕然とした表情で固まってしまったのであった。

 




次回予告

 悲壮な顔で訴えるレーベを前に、主人公は激怒する。
その理由は言わずもかな、指令書に書かれていた内容だった。

 なんとか対応する主人公だが、それ以上に驚いてしまうモノを見てしまい……、


 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その68「驚愕の事実」


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その68「驚愕の事実」

※近く、臨時の仕事が舞い込む予定が入った為、執筆が厳しくなりそうです。
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 悲壮な顔で訴えるレーベを前に、主人公は激怒する。
その理由は言わずもかな、指令書に書かれていた内容だった。

 なんとか対応する主人公だが、それ以上に驚いてしまうモノを見てしまい……、


 

「………………」

 

 目の前にはレーベが俺に見えやすいようにと指令書を広げて立っている。

 

 その表情は悲壮という言葉が似合うレベルであり、本心で困っているという現れだろう。

 

 広げられた指令書に書かれている文字はたった2つ。

 

 ただし、どこからどう考えても悪意が感じられてしまい、これこそ元帥の罠であると言えるだろう。

 

 そして、それをハッキリと理解した俺が取った行動は……、

 

「なんじゃいこりゃあぁぁぁっっっっっ!」

 

 両足を広げて踏ん張り、頭上から落ちてくる大きな石を受け止めるが如く。

 

 そして両手を大きく広げ、おもいっきりアピールできるように。

 

 それはもう、露骨過ぎるほどの大袈裟な演技なのだが、こういった場面では非常に有効な訳で、

 

「お、おい……、いったい先生とやらは、どうしたんだ……?」

 

「あ、あそこまで驚くだなんて、指令書に書かれていたのは、相当な内容だったんじゃないのか……?」

 

「それってまさか、やっぱり卑猥な……」

 

「元帥、殺すべし。慈悲はない」

 

「私のレーベちゃんに……許せないわっ!」

 

 ……とまぁ、こういった感じで、周りを煽ることができてしまうのである。

 

「せ、先生がそんなに驚くだなんて……、やっぱり相当に難しいのかな……」

 

 そう言ったレーベの顔は、悲壮から焦りへと変わっていた。

 

 そして広げた指令書をもう1度読んでみるが、困った風に頭を傾げる。

 

「うぅ……、やっぱり僕には読めないや……」

 

 肩を大きく落として落ち込むレーベだが、それは仕方がないと思う。

 

 俺も一目見た瞬間、フリーズしてしまいそうになったくらい難しい2つの漢字。

 

 

 

『檸檬』

 

 

 

 ――そう、書かれていたのだ。

 

 ………………。

 

 子供が読めるレベルの漢字じゃないでしょうがっっっ!

 

 これはどう考えても元帥の罠……というか、嫌がらせの部類だよねっ!

 

『なにやらレーベちゃんが広げた紙を見た方々の様子が変な風に見受けられますが、やはり嫌な予感が的中したんでしょうか……』

 

『そうなりますと、元帥のオシオキカウントダウンが待ったなしは間違いないですわね』

 

『まぁ、実際には既に高雄秘書艦によるフルボ……げふんげふん』

 

『別に濁さなくても、周知の事実でしてよ?』

 

 ですよねー。

 

 周りの観客も頷いているが、表情の険しさは半端じゃない。

 

 レーベを酷い目に……というか、実際に競技が進行できなくなるレベルの問題を導入した元帥が悪いんだから仕方がないんだけれど。

 

 もちろん、観客と同じように俺も怒っているのだが、それよりも迷うことは……、

 

「……けど、指令書は1度見ちゃったら変更できないルールだし、これを読める人をなんとかして探さなくちゃいけないんだよね」

 

 再度ガックリと肩を落とすレーベを無視できようモノだろうか。

 

 いくら敵チームであり、俺の争奪戦という関係があるとはいえ、教え子であるレーベをこれ以上哀しませることができる訳もなく、

 

「レーベ。

 その漢字はレモンと読むんだが、ドイツ語では……ええっと……」

 

 俺はしゃべりながら頭の中にある記憶を呼び覚まし、対応する単語を探し出す。

 

「確か……そう、ツィトローネだったはずだ」

 

 佐世保に居たとき、ホームシック気味になった子供たちを元気つかせようと、ドイツのお菓子レシピを探したり、ドイツ語を勉強したりしたことがあったのが役に立った……と、俺は小さく息を吐きながら微笑を浮かべる。

 

「そ、そうなんだ!

 これって、Zitrone……レモンのことだったんだね!」

 

 顔をパアァ……と光らせるように笑みを浮かべたレーベは、大きくお辞儀をして「Danke schOn! ありがとう、先生!」と、わざわざ日本語に言い直してくれた。

 

「あっ……でも、先生はレモンを持って……いないよね?」

 

「あー、そうだな。

 だけど、ありそうなところなら分かるぞ?」

 

「え、本当っ!?」

 

 驚きのあまり大きく口を広げたレーベは、慌てて両手で隠すようにしてからもう1度問う。

 

「そ、それはどこにあるのかなっ!?」

 

「ここから埠頭に上がって大通りへと続く道の途中に、確かミックスジュースの屋台があったはずだ。

 そこの店員に理由を言って頼めば、快く渡してくれると思うぞ」

 

「わ、分かったよ、先生!

 本当に、本当にありがとねっ!」

 

 レーベは俺に向かって2回、3回と何度もお辞儀をした後、左右をキョロキョロと見回して段差を見つけ、すぐにそちらへ移動して艤装を付けたまま埠頭へと上がった。

 

「それじゃあ、ちょっと行ってくるよ!」

 

 ガシャガシャと金属音を鳴らしながら陸上を走るレーベに手を振って見送った俺は、ホッと一息ついて肩を下ろす。

 

 これで元帥の罠は消え失せた……と思ったけれど、まだ指令書の中身が分からない子が2人居るのだから安心はできないし、大井もこちらに向かってきているのが不安なんだよね。

 

 だから、まだ気を抜かないようにしなければと考えていたところで、付近にいる観客の声が耳に入ってきた。

 

「お、おい……、さっきの……見たか……?」

 

「あ、ああ……。俺の見間違いじゃなければ、驚愕の事実だぜ……」

 

 そう話しているのは、モデル体型の女性たちと一緒に居た提督らしき人物だ。

 

 また俺に敵意のある目を向けるんじゃないだろうな……と、焦りそうになるモノの、どうやらその気持ちはこちらではなく向こうにあるようで、

 

「練度が低い艦娘の場合、艤装を付けて走るのは結構辛いって言っていたのを聞いたことがあるんだが、レーベちゃんの顔はいたって普通だったよな……?」

 

「どこからどう見ても、余裕しゃくしゃくって感じだったでゴザルよ……」

 

「さ、さすがは私が愛するレーベちゃんね。

 第1競技から子供とは思えない能力を発揮していたのも、頷けてしまうわ……」

 

 額に大粒の汗を浮かばせる提督たち。

 

 あのモデル体型の女性ですらも、信じられないといった表情を浮かべているところを見れば、どれほどレーベがありえないことをしているのかが分かってしまう。

 

 もちろん、レーベが装備している艤装は身体に合わせた特注品だし、普通の艦娘用とは重量や性能が違う可能性も考えられるのだが、

 

「ガシャガシャって、大きな音を鳴らしながら走っていたもんなぁ……」

 

 艤装の擦れあう金属音を聞く限り、レーベにはそれなりの負担がかかっていたと思う。

 

 それをものともせずに地上を走るレーベは、やっぱりとんでもないことをしている気がするんだよね。

 

 提督たちが驚いてしまうのは仕方がないことなのかもしれないが、それにしたって、いったいどんなことをすればあれほどまでに鍛えられるのだろうか?

 

「ま、まぁ、アレだな……。

 実はやせ我慢をしていたということも考えられるんだしさ……」

 

「そうでゴザルな……。

 先生とやらの手前、カッコイイところを見せたかったかも……」

 

「私のレーベちゃんが……、私のレーベちゃんが……ッ!」

 

 取りあえずそういうことにしておきましたという風に会話を終えた提督たちなんだけど、モデル体型の女性が俺を睨みつけながら繰り返し呟いているのがマジで怖いんですけどっ!

 

 一歩間違えなくてもヤバい思考の持ち主だよ!

 

 このままだったら、刃物で刺されてもおかしくないんじゃねっ!?

 

「し、しばらく、背中に気をつけた方が良いのかもしれないな……」

 

 得に夜道を歩くときには……だけど、先ほどの握力等を考えると、正面を切ってこられても勝てる気がしない。

 

 いくらビスマルクとタイマンを張った俺だとしても、こういった手合いはマジで勘弁願いたいところである。

 

『どうやらレーベちゃんは地上に上がって、何かを探しにいったようですねー』

 

『指令書に書かれていたものを探しに……でしょうか?』

 

『卑猥なことが書かれていなかったら良いんですけど、先ほど先生が驚いていた様子を見る限り、大丈夫そうでもありませんでしたし……』

 

『できれば情報を知りたいので、連絡を寄越してくださいませー』

 

 ……いや、一応実況解説というか、運動会の運営も任されているんだったら、そういったことはそっちで動いて欲しいところなんだけれど。

 

 俺の立場としては、運動会に参加している1つのチームメンバーである訳だし、あまり運営側と話すというのもよろしくない気がするんだけどなぁ……。

 

 とはいえ、このまま放っておくと他の観客たちに分かりにくいだろうし、最低限の情報は送っておく方が良いだろうと判断して、青葉に電話で話しておくことにした。

 

 ……って、実況解説中の本人に電話をするってのも、どうかと思うんだけどね。

 

 

 

 

 

『情報提供者によって元帥のオシオキ待ったなしの状態になりましたが、今は他の子供たちの様子を見て行きましょう!』

 

『新たな動きが見えるのは……、五月雨ちゃんのようですわ!』

 

『なるほど!

 それでは、レッツ、五月雨ちゃんターイム!』

 

 元気良く叫ぶ青葉に応じるように、観客の中から拳を振り上げて返事をする人たちがチラホラいるところを見ると、五月雨の人気もそこそこな感じだ。

 

 まぁ、人気がどうとかよりも、今は競技の状況に集中するべきなんだけどね……と、五月雨の行方に視線を向けることにする。

 

「す、すみませーんっ!」

 

 ちょうど五月雨が自分のチーム……つまり、港湾チームの待機場所に到着したところであり、そこで待機していた港湾棲姫に声をかけていた。

 

「ドウシタノダ、五月雨。

 指令書ノ内容ニ、ナニカ不備デモアッタノカ?」

 

 どうやら港湾棲姫も元帥の罠を疑っていたようで、五月雨もレーベの二の舞になったのではと考えたのだろう。

 

「い、いえ、そんなことはないんですけど、これって持ってますかっ!?」

 

 そう言って、五月雨は指令書を広げて港湾棲姫に見せる。

 

「フム……、腕時計カ……。

 残念ダガ、私ハ持ッテイナイガ……」

 

 キョロキョロと辺りを見回す港湾棲姫。

 

 すると、付近の観客たちが口々に声を上げだした。

 

「あー、俺も腕時計はしてないなぁ……」

 

「今時、時間を調べるのってスマホの方が楽なんだよねー」

 

「安物だと海風にやられたりしちゃうからなぁ……」

 

 首を左右に振ったり、手で×マークを作っていたりと、観客たちは持っていないことをアピールしていた。

 

 それらの表情を見る限り、貸すのが嫌で嘘をついているという感じではなく、本当にそうなのだろう。

 

 そんな様子を見た五月雨は、残念そうな表情を一瞬浮かべるも、すぐに笑顔へと変え、

 

「そうですか……。

 でも、みなさんも探してくれて、本当にありがとうございますっ!」

 

 そう言って、深々と観客たちに向かって頭を下げていた。

 

「ええ子や……。ほんまに、ええ子やでぇ……」

 

「こんな子を泣かせる訳にはあかんで。

 おい、誰か今すぐ腕時計を買ってくるんや!」

 

「あっ、いえ、そういう訳には……」

 

 関西弁丸出しの観客が口々にそう言うと、五月雨は慌てて制止する。

 

 いくら競技のためとはいえ、お金を負担して欲しくはないと思ったのだろうか、真剣な顔で訴えていた。

 

 しかし、借り物競走で必要な腕時計が手に入らなければ、次のポイントへと進めない。

 

 その気持ちが徐々に五月雨を焦らすことになり、心配そうに俯きかけたそのとき、

 

「それでは、これを持って行ってくれれば宜しいですよ」

 

 観客をかき分けながら現れた人物の姿を見た瞬間、辺り一帯に驚きと緊張が走ったのであった。

 




※近く、臨時の仕事が舞い込む予定が入った為、執筆が厳しくなりそうです。
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次回予告

 国籍がどうとかいう前に、子供に読めないのは既にアウトだよね。

 ひとまずレーベの件は落ち着いたが、今度は五月雨が詰まった感じに。
しかしそんな中、1人の艦娘が現れる。
果たして何を話すのか。そして、どのような不幸が……。


 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その69「尊くない犠牲」


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その69「尊くない犠牲」



 国籍がどうとかいう前に、子供に読めないのは既にアウトだよね。

 ひとまずレーベの件は落ち着いたが、今度は五月雨が詰まった感じに。
しかしそんな中、1人の艦娘が現れる。
果たして何を話すのか。そして、どのような不幸が……。


 

「た、高雄秘書艦……っ!?」

 

 五月雨が驚愕の顔でそう叫ぶと、付近の観客から大きなざわつきが上がった。

 

「お、おい……、高雄秘書艦って、確か元帥にオシオキをしていたはずじゃ……」

 

「あ、ああ。確かにそのはずだが、すでに終えた後の可能性も……」

 

「い、いや、仮にそうだったとして、なんでこんな場所に現れたんだ……?」

 

 観客たちは口々にそう言いながら、高雄から距離を取るように離れていく。

 

 まるでそれはモーゼが海を開いたかのように、高雄を中心として人の波が避けていた。

 

「ど、どうして、こんなところに……?」

 

「あら、私が競技を観戦しているのがそんなにおかしいのでしょうか?」

 

「い、いえ、おかしくは……ないですけど……」

 

 そう答えた五月雨だが、本心は先ほど観客が言ったのと同じ、元帥のオシオキ中じゃないんですかと聞きたいのだろうが、ニッコリと微笑む高雄の視線の前に、まるで蛇に睨まれた変えるの如く、思い通りに言葉を紡ぐことができないのだろう。

 

 そして、そんな様子を見ていた俺の頭の中には、同じように微笑む愛宕の顔が思い出されてくる。

 

 子供たちが騒ぎ立てた際、静かにさせるときに浮かべる微笑みと同じ。

 

 さすがは姉妹……。本気で半端じゃない威圧感です。

 

 気づけば、五月雨が少しばかり涙目になってきているし、このままだと立ったまま漏らしてしまうかもしれない。

 

 さすがに元艦娘だからそれはないだろうと思いたいが、それほどまでに高雄の微笑みが怖く感じてしまうのだ。

 

 言い換えれば、視線だけで完全に五月雨の動きを掌握してしまっているのだが、そんなことが果たして本当にできるのかと問われれば……、

 

「う、うぅ……」

 

 ガクガクと身体を小刻みに震わせる五月雨を見れば、その答えはおのずと分かるだろう。

 

「おいおい、まさか五月雨ちゃんがなにかをやったっていうのか……?」

 

「まさか……。運動会が始まってから逐一見ていたけど、悪いことなんて全くやってなかったぞ……」

 

 観客たちが内緒話という感じで言い合っているが、声量が大きすぎて丸聞こえなんだよね。

 

 あと、五月雨を逐一見ていたって言っているが、それっていろんな意味で怖いんだけれど。

 

 いくら運動会の競技を観戦しているとはいえ、多くの子供たちがいる中で五月雨だけを注視するというのは、仮にファンだからとしても尋常じゃない気がする。

 

 まさかとは思うが、後にストーカーなんてことにならないだろうな……?

 

 だが、そんな俺の不安をよそに、高雄は五月雨に向かって握った右手を伸ばしてから口を開いた。

 

「これが必要なんでしょう?」

 

「……え?」

 

 高雄が右手の握りこぶしを開くと、そこには1つの腕時計が見える。

 

「早くしないと、他の子にどんどん抜かれちゃいますよ?」

 

「えっ、あ、そ、そうですけど……」

 

 戸惑う五月雨は、何度も高雄の顔と腕時計に視線を向ける。すると高雄は満面の笑みを浮かべながら「気にせずに持って行きなさい」と優しげに言ったのを見て、五月雨は申し訳なさそうに受けとった。

 

「わわっ、なんだか高そうな腕時計ですけど……、本当に良いんですか……?」

 

「ええ、構いませんよ」

 

 軽く頭を傾げる高雄に向かって深々とお辞儀をした五月雨は、「ありがとうございます!」と大きなお礼を言ってから、きびすを返す。

 

 そして、急ぎ足で第5ポイントへと向かう五月雨の背を見ながら、高雄が再び微笑みを浮かべる中……、

 

「さ、さっきの腕時計って、スイスの……高級なやつじゃなかったか……?」

 

「あ、ああ、確かアレは、フランク……なんちゃらとかいうヤツだった気がするぞ……」

 

「そ、それって、目茶苦茶高いヤツだよね……っ!?」

 

 驚きと尊敬の目が観客から向けられると、高雄は急に独り言のように口を開き、

 

「あら……、そうでしたか。

 てっきり元帥の私物でしたから、安物の腕時計だったと思っていたのですが……」

 

「「「………………」」」

 

 途端に辺りが静まり返り、辺りの気温が急激に下がった気がする。

 

 もちろん、俺も驚いている側の1人であり、少しばかり元帥が哀れに思えてきた。

 

「まぁ、ろくに働きもせずに高給を受け取っているんですから、それくらいは大丈夫でしょう」

 

 全く気にしない風に呟いた高雄は、クルリときびすを返して観客の中へと入って行く。

 

 ……ち、ちなみになんだけど、俺の予想が間違っていなければ、フランク・ミュラーの時計って50万くらいはしたと思うんだけど。

 

 高いモノになれば100万を超えたりもするし、それをあの五月雨が持って行ったとするならば……、

 

「あ、あわわ……っ!」

 

『おおっと、腕時計を受けとった五月雨ちゃんが、急遽発生した波に足を取られてバランスを崩しているーっ!』

 

『付近に船が移動した形跡もありませんのに、どうしていきなり波が発生したんですの……?』

 

『もしかすると、第1競技のエキシビションのときに使用された装置が稼動したんじゃないでしょうか?』

 

『そ、それって、大丈夫ですの……?』

 

 不安げな声を上げる熊野だが、全く大丈夫とは思えません。

 

 更に言えば、どうしてその装置がまたしても稼動したかってことが問題なんだけど、なんだか嫌な予感がしまくるんだよなぁ……。

 

『んー……、今のところ付近を見る限りですが、それほど大きな波が立っているように見えませんねー』

 

『それなら大丈夫……っぽいですわね』

 

 ホッと一安心するように胸を撫で下ろす熊野だが、俺の不安については気づいていないようだった。

 

 いきなり高雄が登場したといい、それに合わせて波が起ったことといい、なんだか意図したモノを感じるんだよなぁ……。

 

 

 

 もしかしてだけど、これも元帥へのオシオキ……なのかなぁ……。

 

 

 

 

 

『あと残っているのは大井ちゃんですが、もう少しで埠頭の近くへ到着しそうですねー』

 

『このまま行くと、どうやら自チームの待機場所がありますけど、目当てのモノはそこにあるんですの?』

 

『残念ながら大井ちゃんの指令書になにが書かれていたのかは分かっていませんが、向かう先から考えると、またしてもあの人物が関わりそうな気がしますねー』

 

『さすがは園児キラーと名高い、先生だけのことはありますわね……』

 

 おいこらちょっと待て。

 

 青葉と熊野の視線は感じないが、俺に向けてられているのが見え見えだ。

 

 もちろん、俺としてはそのようなつもりはないのだけれど、事実を考えると否定しにくいところである。

 

 ついでに周りの観客からも強過ぎる視線が集中して、またしても居心地が悪くなってきたんだよね。

 

 まさに針のむしろ状態なんだけれど、大井が俺を目当てに向かってきているのならば、ここから離れる訳にもいかないしなぁ……。

 

「勝手なことばっかり言ってるようですけど、私は先生に会いに行くために向かっているのではなく、たまたまこちらの方向だっただけなんですからね!」

 

 すると大井は、青葉と熊野の会話に業を煮やしたのか、放送席の方へ振り返ってから大きな声で叫ぶ。

 

 そして不機嫌そうな顔で再び前へ向くと、今度は埠頭にそって平行に移動し始めたのだ。

 

「さて……、それっぽい人はいるでしょうか……?」

 

 大井は品定めをするように、埠頭にいる観客たちに視線を向ける。

 

「ふむ……、この辺りには居なさそうですね……」

 

 そう言って少し肩を落とすと、今度はS席の方へと向かって行く。

 

『大井ちゃんはいったいなにをやっているんでしょうか……?』

 

『おそらく指令書に書かれているモノを探しているのでしょうけれど、それがいったい何なのかが分からないと解説し辛いですわね……』

 

 青葉も熊野も困り果てたようなため息を吐くと、そのまま無言が続く。

 

 だから何度も思っているんだが、実況解説が黙っちゃったら色んな意味で具合が悪いよね……?

 

「この人でもない……、この人も……違う……」

 

 しかし、そんな状況を大井は気にすることなく品定めらしき行動を続け、S席の端の方にたどり着いたとき、

 

「……っ、居ましたっ!」

 

 驚きと歓喜が混ざった表情で声を上げた大井は眼をキラーンと光らせ、その場で急停止した。

 

 視線の先には、埠頭に並べられた椅子に座る1人の男性。

 

 付近に居る真っ白い軍服とは違うばかりか、その顔つきは明らかに他国の……って、運動会中に何度も叫び声を上げていたチョビ髭だよね。

 

「ん……、なんだ?」

 

 大井の視線に気づいたのか、チョビ髭は腕を組みながら何事かと頭を傾げる。

 

「よいしょ……っと」

 

 すると大井は海上から埠頭の地面部分に両手をかけ、腕の力だけで登りきった。

 

「「「………………」」」

 

 そんな様子を見たチョビ髭や観客、そして俺もが、目を点にしながら固まってしまう。

 

 レーベのときもそうだったけれど、艤装を装備した状態で、どうしてそうもすんなり動けるのだろうか?

 

 いくら艦娘だといっても大井はまだ子供であり、艤装があろうがなかろうが、自分の目線より少し高い位置にある部分に手をかけただけで、登れること自体が凄すぎると思うんだよね。

 

 そして俺の考えが間違っていないということは周りの観客たちの反応からも分かるし、一体全体、幼稚園の子供たちはどういう身体能力を持っているのだろう。

 

「ふむふむ……、やっぱり私の目に狂いはありませんでした」

 

 椅子に座ったままのチョビ髭の顔に手を伸ばせば余裕で届いてしまうくらいに近づいた大井は、なにかを納得するように笑みを浮かべながら頷いていた。

 

「………………?」

 

 しかし、チョビ髭の方は全く分からないといった風に、更に頭を傾げている。

 

 もちろん観客も俺も、サッパリ分からないんだけれど、

 

「それじゃあ、指令書に書かれているモノが必要なので……」

 

 そう言いながら、大井はペコリとお辞儀をしてからチョビ髭に笑いかけ、

 

「ていっ!」

 

 勢い良く叫びながら、右手を振りかぶり、

 

 

 

 チョビ髭の髪の毛をむしり取ったのであった。

 

 

 

「………………」

 

「うんうん。これでオッケーですね」

 

「………………」

 

 前言撤回。

 

 大井がチョビ髭の髪の毛をむしり取ったではなく、カツラを奪い取ったの間違いだった。

 

 ………………。

 

 えっ、ヅラだったのっ!?

 

 

 

「アンポンターーーンッ!?」

 

 

 

 大井が掴んだカツラを見て、なにが起きたのかを察知したチョビ髭は訳が分からない叫び声をあげながら両手で頭を隠すが、完全に時既に遅し。

 

 周りの観客たちは吹き出しそうになったり、チョビ髭の顔を見ながら哀れみの目を向けていたりしていた。

 

「それでは、しばらくの間ですけど、お借りしますねー」

 

 再度ニッコリと笑った大井はお辞儀をし、素早い動きで半回転をしてから海へとジャンプをする。

 

 バッシャーン! と、海面から大きな水柱が上がるが、大井はその勢いのまま加速をして、そそくさとこの場から立ち去って行った。

 

「大っ嫌いだーーーっ!」

 

 怒りによってそうなったのか、真っ赤にした頭を抱えたチョビ髭は、大井の背に向かって大声をあげる。

 

 しかし、大井が居るところは既に手が届くような距離ではなく、虚しい空気が辺り一帯に立ち込めるだけであった。

 

『え、えっと、どうやら大井ちゃんも指令書に書かれたものはゲットしたようですが……』

 

『な、なんと言って良いのか、難しいところですわね……』

 

 さすがにコメントし辛いと思ったのか、青葉と熊野は言葉を濁しながらも解説をする。

 

 こういうときこそ腕の見せ所と言いたいところなんだけれど、これは難易度が高すぎるよなぁ……。

 

『と、ともあれ、これで5人の子供たち全員が、借り物をゲットできたということですが……』

 

『果たして誰が真っ先に交代場所に向かえるのか、まだまだ分かりませんわ!』

 

 結局見なかったこと……というか、スルーという方向で進めることにしたのか、少しやけっぱちな感じがある声をあげる熊野。

 

 勢いは大事だけれど、無理矢理感は否めない。

 

 もちろんそれは観客も同じようで、イマイチ盛り上がりにかけているのだが、

 

『さ、さぁ、みなさん!

 ここからは純粋な速度勝負となりそうなので、奮って応援をお願いいたします!』

 

 この手しかないというように青葉が叫ぶと、観客たちも徐々に盛り上がり始めた。

 

 

 

 ……もちろん、チョビ髭を除いてだけどね。 

 

 

 

 さすがに、ちょっと可哀相だよなぁ……。

 





次回予告

 ヅラだったんか―――っ!?
どこかの悪魔超人っぽいネタはさておいて。
5人の子供たちが借りものをゲットできたので、後は交代場所へと急ぐだけ。
デッドヒートが繰り広げられる中、今度はあの子が煽るような……?
 

 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その70「駆け引き」


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その70「駆け引き」

※作業が立て込み倒している為、今週より更新ペースが若干遅くなります。
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 ヅラだったんか―――っ!?
どこかの悪魔超人っぽいネタはさておいて。
5人の子供たちが借りものをゲットできたので、後は交代場所へと急ぐだけ。
デッドヒートが繰り広げられる中、今度はあの子が煽るような……?


 

『5人の子供たちは全員目的のモノを手に入れ、第5ポイントの交代場所へと向かっていますっ!』

 

『同じ場所から向かっている訳ではありませんので順位が分かりにくいですけれど、今のところ時雨ちゃんがトップみたいですわ!』

 

 熊野の言う通り、子供たちが向かっている場所は同じであるが、現在の位置はかなり散らばっている。1番近いので俺の近くにきたレーベと大井なんだけれど……って、いつの間にレモンを手に入れて海上に出ていたんだろう?

 

「露店を探すのに手間取ったけど、後ろとの差は充分だね。

 むしろ問題は、向こうに見える時雨だけど……」

 

 レーベはおでこに左手を水平に当てて日光を遮り、細めで時雨との距離を計る。

 

「少し先に行かれている感じはあるけど、僕の速度を考えれば余裕で追い抜けるよね……っ!」

 

 言って、レーベは左手を下ろして体勢を低くすると、もの凄い勢いで速度を上げた。

 

『ここでレーベちゃんが急加速ーーーっ!

 子供とは思えない速度は第1競技でも見せたが、半端じゃないぞーーーっ!』

 

「……くっ。あの速さには目を見張るものがあるけれど、僕だって負けてはいられないよっ!」

 

『対して時雨ちゃんも体勢をできるだけ低くして、空気抵抗をできる限り削っているみたいですわ!』

 

 手に持ったハチマキがバタバタと揺れ、如何に時雨の速度が速いかを物語っている。

 

 そんな2人の様子を見ていた他の子供たちも、必死な顔を浮かべながら頑張っていた。

 

「さ、五月雨も負けられませんっ!」

 

「先生をゲットする為にも、気合い、マックスで、行きますっ!」

 

「北上さんに喜んでもらうには、勝つしかないんですっ!」

 

 波に煽られながらも、なんとかバランスを取る五月雨。

 

 両頬をパチンと叩いて更に加速する比叡。

 

 北上の姿を探しながら駆ける大井……って、前を向かなきゃ危ないってばっ!

 

『どうやらこのままですと、トップは時雨ちゃんとレーベちゃんの一騎打ち!』

 

『3位争いは五月雨ちゃんと比叡ちゃん!

 そして少し遅れて大井ちゃんになりそうですわっ!』

 

 向かう地点が同じなので徐々に子供たちの位置が近づいていき、その差も明確になってきた。

 

 今のところはまだ時雨の方が先頭っぽいが、レーベの速度を考えると交代場所に到着するのはどちらが先だとは言いにくい。

 

 五月雨と比叡の速さはそれほど変わらず、まさに一進一退の攻防だ。そんな2人よりも最後尾にいる大井の方が若干速そうにも見えるけれど、第4ポイントに入った時点で開いていた差が響いているのか、追いつくにはかなり難しそうだった。

 

『目が離せない状況が続きますが、ここで第5ポイントの説明をいたしましょう!』

 

『次が今競技の最後ポイントになり、これで完全に決着がつきますわ!』

 

『泣いても笑っても、本当に最後の勝負!

 5人の子供たちには、速度で競い合っていただきます!』

 

『交代場所からまずは倉庫側の埠頭に沿って進み、続けて放送席の前を通ります。

 そして正面スペースであるS席のすぐ側の直線を越え、スタート地点に戻ればゴールになります!』

 

『ゴールテープは再び一航戦の赤城&加賀コンビですけど……、今度は遊ばないようにお願いいたしますわ!』

 

 熊野は念のためにと、ゴール地点でテープを持って待機している2人に声をかけたのだが、

 

「失礼なことを言わないで下さい。

 アレはほんの少し戯れただけですよね……、赤城さん」

 

「もぐもぐ……」

 

「あ、赤城さん……?」

 

「あっ、え、えっと、なんですか、加賀さん?」

 

「………………」

 

 頬にパンの食べカスをくっつけた赤城が慌てて顔を上げると、半ば呆れた表情を浮かべた加賀が大きなため息を吐いた。

 

「ちゃ、ちゃんと加賀さんの分も避けてありますよ……?」

 

「……後でいただきますので、残しておいて下さい」

 

「もちろんですとも」

 

 言って、コクコクと頷く赤城だが、加賀が目を逸らした途端、悔しがるように肩を落としたのを俺は見逃さなかった。

 

 ……さすがはブラックホールコンビの片割れにして、食欲旺盛な赤城なだけはある。

 

 頼むから、ちゃんとゴールする子供たちを迎えてやってくれと願うばかりだが、信用性は皆無に等しい。

 

 つーか、なんでこの人選なんだろうかと、改めに元帥に問い正したいよね。

 

『そうこうしている間に、子供たちの距離がどんどんと縮まっています!』

 

『先ほどの予想通り、先頭は時雨ちゃんですけど、すぐ後ろにレーベちゃんが迫ってきてますわ!』

 

『2人の速度はレーベちゃんの方が若干速く、交代場所までの距離を考えると、どちらが先に到着するかは全く分かりません!』

 

「……くっ!」

 

 徐々に縮まっていく差を確認し、時雨が振り返りながら焦った表情を浮かべている。

 

 対してレーベはまっすぐに時雨を見据え、不適な笑みさえ浮かべていた。

 

「このままいけば追い抜けるよね……っ!」

 

 そう言って、レーベは全力を出すべく、これでもかというくらいに前傾姿勢を取る。ただでさえ低い体勢だったのに、顔が海面スレスレになるくらいなんだから、見ているこちら側にとっても冷や冷やモノだ。

 

 しかしその甲斐あってか、更に時雨とレーベの距離が縮まり、今にも追いつきそうだったのだが、

 

「抜かせは……しないよっ!」

 

 時雨はレーベの重心を見極めながら、進行方向をブロックするべく斜行する。これが競馬なら違反行為だが、この競技では立派な戦術として使用できるのだ。

 

 もちろん危険な行為はできる限りしてほしくはないけれど、いざ海に出ることを考えれば、これもまたやむを得ないのだろう。

 

「邪魔をしないでよねっ!」

 

「甘いよ。これも立派な戦術なんだから」

 

「そっちがその気なら……、てえぇぇぇいっ!」

 

「くう……っ!」

 

 レーベが後方から体当たりをかまし、時雨の顔が苦痛に歪む。

 

 白熱した戦いはすぐに決着が付かず、観客のボルテージもかなり高くなっていた。

 

「行けー、レーベちゃーーーんっ!」

 

「負けるな、負けるな、時雨ちゃーーん!」

 

 S席からモデル体型の女性が叫び、倉庫側の埠頭からは時雨の応援団と化した男性たちから声が飛ぶ。

 

「五月雨ちゃんも負けるなーーー!」

 

「比叡ちゃーん、気合いだ、気合いだ、気合いだーーーっ!」

 

 至るところから応援と歓声があがり、どこもかしこも白熱した戦いが……と思いきや、

 

「………………」

 

 最後尾の大井だけには応援らしいモノはなく、本人もそれが分かっているのか、俯き気味で速度も遅い。

 

 チームを監督する俺としてこんな状況は見逃す訳にもいかず、こういうときこそ大声を張り上げるんだと思ったのだが、

 

「そ、そう言えばさっき、応援した途端に文句を言われちゃったんだよなぁ……」

 

 更にテンションを下げてしまうかもしれないと考えてしまった為に、声を出すことができなくなってしまう。

 

 しかし、このままでは最下位はほぼ確実で、争奪戦の行方も本気でマズイことになるだろう。

 

 第5ポイントが残っているとはいえ、交代までに大きな差がついてしまったらチャンスすら得られなくなるし、なんとかしなければ……と焦っていたところ、

 

「んーーー、こりゃあちょっちマズイよねー……」

 

 第5ポイントの交代場所で立っていた北上が、顎に手を添えながら考える人のようなポーズを取り、大井の姿をじっと見つめていた。

 

「このままじゃあ、大井っちのテンションはだだ下がりだし、先生の応援にも期待できないからねぇ……」

 

 俺の考えを見透かしたかのように呟く北上は……って、結構距離が離れているのに聞こえるレベルってのは、ある意味酷いと思うんだけど。

 

「これはちょっと、一肌脱いじゃおっかなー」

 

 そう言った北上は、なぜか上着をはだけさせるようにスカーフを緩め、

 

「あっついわー。これじゃあ、大井っちがくる前に熱射病になりそうだよー」

 

 右手でパタパタと首元に風を送る仕種をし、大井の方へ流し目を送る。

 

 ちなみに現在の気温はそれほど高くないし、熱射病にかかってしまいそうな直射日光もきつくないのだが、

 

「き、北上……さん……」

 

 どうやら大井は北上の言葉が本当だと思ったらしく、愕然とした表情で立ち止まった。

 

 ……って、早く交代場所に行かなくちゃいけないのに、止まっちゃったら意味ないじゃん!

 

 これじゃあ北上の作戦は失敗で、完全に詰んでしまった……と思いきや、

 

「だ、だだだ、大丈夫ですか、北上さーーーーーーーーーーんっ!?」

 

 大きく目を見開いた大井がとんでもない速度で加速したかと思うと、前方で競り合っていた五月雨と比叡のすぐ横を高速で追い抜いていった。

 

「ふえっ!?」

 

「ひえぇぇぇっ!?」

 

 なにが起きたのか全く分からず、悲鳴のような声を上げる2人。

 

 しかし、そんなことはお構いなしに、大井はひたすら北上の元へ急ごうと更に速度を上げた。

 

『先頭争いを繰り広げている時雨ちゃんとレーベちゃん!

 もうすぐ交代場所に到着しそうですが、いったいどちらが先に……って、なにか後ろからとんでもない速度で追いかけてくる姿が見えるんですけどっ!?』

 

『こ、これは、大井ちゃんですわーーーっ!』

 

 驚く青葉と熊野の声を聞いた時雨とレーベは、牽制をしながらチラリと後方を伺い見る。

 

「北上さーーーんっ!

 今すぐ行きますから、倒れないで下さーーーい」!

 

「「えええっ!?」」

 

 ほんのさっきまでハッキリと姿を見ることができないくらい差があったはずの大井が、なぜかすぐ後ろにいる。

 

 それだけでも脅威なのに、更に2人を驚かせてしまう出来事が視界に入っていた。

 

「な、なんで鼻血を出してるのっ!?」

 

 レーベが目をパチパチと開閉し、見間違いでないことを確認しながら大きく叫ぶ。

 

「こ、これは……、そ、そうか、なるほど……、そういうことだったんだね」

 

 時雨はすぐに原因を察知し、交代場所にいる北上の姿を見てから小さくため息を吐いた後、決意を込めた目を浮かべた。

 

「こうなったら、作戦を変更するしかない……か」

 

 前を向いた時雨はレーベの進路を防ぐことを止め、大きく姿勢を低くする。そして、ただ前につき進むことに集中し、一気に加速をした。

 

「……っ、しまった!」

 

 いきなり現れたと思えば鼻血を出している大井に驚く中、急に時雨が妨害を止めたことに対する反応が遅れたレーベは一瞬だけ身体が硬直してしまい、完全においてけぼりを喰らってしまった。

 

「北上さーーーーーーーーーーんっ!」

 

 更にはその隙を突いた訳ではないにしろ大井にまで抜かれてしまい、余計に焦りが生じて加速行動に遅れが出る。

 

「今がチャンスですっ!」

 

「先生は、渡しませーーーん!」

 

 そして今度こそ隙を突いた五月雨と比叡がレーベに襲い掛かり、時雨とトップを争っていたレーベが、まさかの最後尾にまで落ちてしまった。

 

「そ、そんな……っ!?」

 

 レーベの心中はあわてふためき、周りからの歓声や応援も耳に入らない。

 

「レーベ!

 早く加速して、追いつきなさい!」

 

 ヒステリーを起こしそうな勢いでビスマルクが叫ぶも、レーベは完全にフリーズ状態に陥り、完全にリタイアか……に思えたのだが、

 

「レーベはもう……、諦めるのかしら?」

 

「……え?」

 

 周りの声に掻き消されてしまいそうな小さな声が、微かに聞こえた気がした。

 

「先生を手に入れるのが望みだったんでしょう?」

 

「……っ!」

 

 聞き覚えのある声にハッと顔を上げたレーベは、前方に立っている姿をしっかりと見つめる。

 

「それとも、レーベの気持ちはその程度だったのかしら?」

 

 マックスが呼んでいる。

 

 姉であるレーベの気持ちを誰よりも一番知っているであろうマックスが、諦めるなと言わんばかりに声をかけているのだ。

 

「そんなことは……ないよっ!」

 

 端を発するように叫び声を上げたレーベは水面を思いっきり踏み込むことで気合いを入れる。

 

 バッシャーン! と大きな水柱が上がり、続けてレーベの身体がもの凄い速度で走り出した。

 

「やれば……できるじゃない」

 

 レーベの様子を見たマックスはゆっくりと目を閉じ、口元をほんの少しだけ吊り上げて笑みを浮かべる。

 

『まさかのフリーズでレーベちゃんが最下位まで落ちたものの、怒涛の追い上げを見せているーーーっ!』

 

『現在先頭は時雨ちゃん、そしてとんでもない速度で追い抜こうとする大井ちゃんは顔を負傷している模様ですわっ!』

 

『負傷というよりかは、興奮による鼻血にも見えますけど……この際、どちらでも良いでしょう。

 そして続くのは五月雨ちゃんと比叡ちゃんの3位争いに、レーベちゃんの追い上げがどこまで届くのかーーーっ!?』

 

『ついに第4ポイントは終了!

 最後の勝負はどうなっちゃいますのーーーっ!?』

 

 

 

『『次回、熱闘運動会は……この後すぐっ!』』

 

 

 

 こうご期待……って、いつの間にそんなタイトルがついていたんだろう……。

 




※作業が立て込み倒している為、今週より更新ペースが若干遅くなります。
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次回予告

 第5ポイントへの交代をする為、必死に走る子供たち。
いつも通りの展開に呆れながらも、このまますんなりいくと思いきや……、

 いや、今回で何回目なんだろうね。



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 舞鶴&佐世保合同運動会! その71「転覆王+α」


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その71「転覆王+α」


 第5ポイントへの交代をする為、必死に走る子供たち。
いつも通りの展開に呆れながらも、このまますんなりいくと思いきや……、

 いや、今回で何回目なんだろうね。


 

 第4ポイントも佳境に入り、先頭の時雨が交代を待つ子供たちのすぐ近くまでやってきた。

 

『ついに先頭の時雨ちゃんが交代場所に到着!

 しかしすぐ後ろには大井ちゃんもやってきているぞーーーっ!』

 

 未だに鼻血を出し続けながらとんでもないスピードで駆ける大井だが、最後尾からではさすがに追いつけることができないようだった。

 

 しかし、それでも順位を3つ上げたのは非常に喜ばしいし、最後の第5ポイントで1位を取れる可能性も出てきた。上手くいけば争奪戦の行方も良い方に進むかもしれないと思うと、無意識に頬が釣り上がりそうになる。

 

「時雨、こっちデスヨー!」

 

 ブンブンと大きく右手を振る金剛を見て頷いた時雨は、後方をチラリと伺って大井との差を確かめる。

 

 そして再度前を向き、しっかりと金剛の位置を確認した時雨は無駄のない動きで近寄ってハイタッチを交わす。

 

「金剛ちゃん、後は頼んだよ」

 

「任せるネー!

 ここでしっかりとトップを維持して、先生をゲットするヨー!」

 

 自信満々な笑みを浮かべた金剛はそう言って、時雨に手を振りながら加速をし始める。さすがは高速戦艦というだけあって、みるみるうちに目を見張るような速度を出していた。

 

「北上さーーーん!

 大丈夫ですかーーーっ!?」

 

「あー、うん。私は大丈夫なんだけど、大井っちの方がそうは見えないよ……?」

 

「わ、私のことを心配してくれるだなんて、さすがは北上さんですっ!」

 

「い、いや、たきつけたのは私の方だけど、ちょっと怖くなっちゃうかな……」

 

 鼻血をボタボタと垂れ流しながら笑顔を振り撒く大井の様子は、下手をすればホラーと間違えてしまいそうな感じであり、さすがの観客たちも心配そうな表情を浮かべていた。

 

「と、とにかく後は私に任せて、大井っちは鼻の治療に行ってきなよ」

 

「なにを言うんですか北上さん!

 そんなことよりも、熱中症の方は大丈夫なんですかっ!?」

 

「う、うん。少し休んでたら治ったみたいだから、心配しなくて良いんだけど……」

 

「ダメです!

 熱中症は治ったと思っても安心はできないんですから、今すぐ一緒に医務室へ行きましょう!」

 

「い、いやいや、ここから離れちゃったら、競技はどうなっちゃうのさ……」

 

「そんなことより、北上さんの身体の方が大切ですから!」

 

「そ、それはさすがにダメだって……」

 

 断固として引かない大井に、北上は冷や汗をかきながら焦った表情で困り果てている。

 

 せっかく順位を上げたのに、ここでまさかのリタイアなんていくらなんでも勘弁してほしいのだが、大井の方も頑固だからなぁ……。

 

 いや、というか、こんなところで止まっている場合じゃないんだけど。

 

 早くしないと、1位の金剛を追い抜くどころか、五月雨や比叡にまで追いつかれちゃうってばっ!

 

『おおっと、なにやら2位の大井ちゃんがトラブルを起こしているんでしょうかー?』

 

『あれはいつもの通りに戯れているだけに見えますけれど、今は競技中ということを忘れているんじゃなくって……?』

 

『あー……。まぁ、いつものことですからねー』

 

『正直、少々目に余るものがないとは言いませんけれど……』

 

『あ、あはは……』

 

 ボソリと呟く熊野の一言に、思わず濁そうとする青葉の乾いた笑い声が上がる。どうやら大井の調子は通常運転と見られているようなんだけれど、愛宕はこのことに関して注意とかしなかったんだろうか……。

 

「なんだか前の方がトラブっているみたいなので、今がチャンスですねっ!」

 

「金剛お姉様に追いつくためにも、ここは見逃せませんっ!」

 

 そうこうしている間に五月雨と比叡がやってきて、俺の恐れていたことが現実になってしまった。

 

 このままではマジでヤバいから、なんとかしてくれよ北上ーーーっ!

 

「ほらほら、北上さーん。

 一緒に医務室へ向かいましょうよー」

 

「あー、もう、大井っち!

 ちょっと良いから手を貸して!」

 

「はっ、それはお手々を繋いでランランラン……ってやつですねっ!」

 

 感極まった声を上げながら喜ぶ大井が、即座に北上に向けて手を伸ばす。

 

「はい、これでタッチは完了。

 それじゃあ行ってくるね、大井っち」

 

「あああっ!

 北上さーーーん!?」

 

 大井の手に触れた北上は即座にきびすを返して加速を初め、大井は愕然とした顔でその背を見送ったのだが、

 

「……あっ、なるほど。

 こんなに人がいる前だと、恥ずかしいって訳ですねー。

 そんなこと考えなくても良いですのにー。うふふふふー」

 

 自分の両頬に手を当てた大井は、目を閉じてなにかを妄想するようにクネクネと動いていた。

 

 ……うん。ぶっちゃけ、ちょっと気持ち悪いです。

 

 でもそれを言葉にしたら、またドロップキックが飛んできそうなので言わないけどね。

 

 ともあれ、なんとか2位という順位で第5ポイントに入ることができたし、北上が頑張ってくれればトップを取るのも難しくないかもしれない。

 

 あとはレースの展開次第だが、可能性は0でなくかなり大きくなったと思えば応援する身にも力が入る。

 

「北上ー、頑張れーーーっ!」

 

 ここが最後の踏ん張りどころだと自分にも言い聞かせるように叫んだ俺に、北上は小さく会釈をするように手を振って答え、金剛の背を追いかけて行った。

 

 

 

 

「あああっ!

 もうちょっとで追いつけそうだったのに……」

 

「それでも距離はかなり縮められたはずっ!

 この調子でいけば、必ず逆転できますっ!」

 

「そ、そうですね!」

 

 3位争いを繰り広げていた五月雨と比叡は、お互いに頷き合いながら前を向く。

 

 戦いながらも仲が良いように会話ができるのは、元佐世保鎮守負の艦娘だったおかげなのか、それとも競い合うことによるライバル心が良い方向に影響したのだろうか。

 

 どちらにしても教育者としての立場で言えば、嬉しいことこの上ない。運動会によって子供たちが成長しているのだと考えれば、このイベントも成功だったのだろう。

 

 ……ただし、いろんな被害はあっただろうけれど。

 

「五月雨、早ク、早ク!」

 

「私に交代すれば、後は全部任せちゃって良いのよ!」

 

 2人は交代場所に立っているチームメンバーのヲ級と雷が手を振って呼んでいるのを見て、再度気合いが入り直したようだ。

 

『現在2位の大井ちゃんまで交代が済み、残っているのは3位争いの五月雨ちゃんと比叡ちゃん!』

 

『しかしその後ろから、レーベちゃんがとんでもない速度で追いかけてきますわ!』

 

 青葉と熊野の解説を聞き、五月雨と比叡が後ろを伺い見る。一時は茫然自失状態であったレーベの表情は気迫に満ちており、2人を焦らせるには十分だった。

 

「さっきは簡単に抜かされちゃったけれど、今度はこっちの番だよ……っ!」

 

 更に畳みかけるようにレーベが叫ぶと、五月雨と比叡は慌てて前に向き直し、必死で交代場所へと急ぐ。

 

 しかしそれでも速度に大きな差があるのか、徐々にその差が縮まっていった。

 

「こ、このままじゃあ、追いつかれちゃいます!」

 

「その前に、早く交代しなければっ!」

 

 2人のすぐ目の前には交代場所で待つヲ級と雷がいる。レーベに追いつかれる前になんとか交代しようと、出せる全ての力を振り絞って前へと進んだ。

 

「ここまできて、逃がすわけにはいかないよ!」

 

 そしてレーベもまた、次の選手であるマックスにできる限り早く交代しようと最高速度を出す。自分のミスで順位を落としてしまった落ち度を返上するため、限界ギリギリまで力を込めた。

 

『3位争いの五月雨ちゃんと比叡ちゃんがデッドヒート!

 そして5位のレーベちゃんの速度が半端じゃない!』

 

『誰が先に交代できるのか、全く分かりませんわ!』

 

 並行して走る五月雨と比叡に、2人よりも明らかに速い速度で追いかけてくるレーベを見て、観客の盛り上がりも激しくなり多くの歓声がいたるところから聞こえてきた。

 

「五月雨ッ!」

 

「比叡!」

 

「レーベ!」

 

 交代を待つ3人もチームメンバーに向けて声をかけながら、いつでも加速ができるように体勢を整え、タッチをしやすいように後ろに手を伸ばした。

 

「やぁーっ!」

 

「せやぁーっ!」

 

 大きく叫んだ五月雨と比叡は、並んで待つヲ級と雷の間をすり抜けるようにしてタッチをする。

 

 そして、あとのことはチームメンバーに任せるために声をかけようと振り返った瞬間、

 

「「……あっ!」」

 

 五月雨は右足を、比叡は左足をつんのめらせた2人は、見事にシンクロした感じで身体を空中へと浮かせ、そのまま海面へと落下した。

 

 

 

 バッシャーーーンッ!

 

 

 

『五月雨ちゃんと比叡ちゃんが揃って転倒ーーーっ!』

 

『至急、救護班は向かってくださいーーーっ!』

 

「あいあいさー」

 

「……了解」

 

 青葉と熊野が叫ぶよりも早く動き出していた救護班の漣と弥生が、第1競技と同じように両手を上に向けて「ウウウーーー」と言いながら現場に急いでいた。

 

「五月雨……、君ノ犠牲ハ忘レナイヨッ!」

 

「別に死んだ訳じゃないと思うんだけど、その方が気合入っちゃうわね」

 

 嘘臭い涙を見せるヲ級と、呆れながらジト目を浮かべた雷は、転倒地点を見ながら加速を始める。

 

「わっぷ……って、勝手に殺さないで下さいよぉっ!」

 

「私のことは大丈夫ですから、後はよろしくお願いしま……ぶくぶく……」

 

 半泣きでヲ級に突っ込む五月雨はバタバタと両手を動かしながら沈まないようにし、比叡は雷に頑張ってもらおうと……って、結構沈んじゃってないかっ!?

 

「アイルビー……ぶくぶくぶく……」

 

 右手の親指を立てて海中へと消えていく比叡がなんか言っていたけど、楽観視できる状態じゃないよねっ!?

 

「わわわわわっ!?

 ひ、比叡さんっ、沈んじゃダメですーーーっ!」

 

 すぐ側で頑張っていた五月雨は慌てて比叡の手を掴み、なんとか沈まないように引き上げようとする。

 

「お、重いです……」

 

 自分だけでも厳しい状況だったのに、更に比叡を抱えて浮かび上がることは難しい。

 

 さすがにこの状況はマズイと思ったのか、加速し始めたヲ級と雷が助けに向かおうとしたとき、

 

「救護班到着しましたー!」

 

「あとは弥生たちに任せて、2人は競技に戻って……」

 

 言って、ヲ級と雷の肩をポンと叩いた五月雨と弥生が、五月雨と比叡が転倒したところへと急ぐ。

 

「……分カッタ。ヨロシクオ願イスルヨ」

 

「2人のこと、よろしくね!」

 

 コクリと頷いたヲ級と雷が漣と弥生に声をかけてから、金剛と北上を追おうとした……のだが、

 

「お先に……失礼するわ」

 

「「……っ!?」」

 

 いつの間にかレーベと交代を済ませていたマックスが2人のすぐ横を通り過ぎ、一気に加速して行った。

 

『転倒した五月雨ちゃんと比叡ちゃんを心配している間に、マックスちゃんが3位に浮上ーーーっ!』

 

『勝負では、ときに情け無用なんですわーーーっ!』

 

 どよめきと歓声が入り乱れ、観客のボルテージも一気に加速する。

 

「コ、コウシチャイラレナイッ!

 早ク追イカケナケレバ……ッ!」

 

「わ、わわわ、私に任せちゃっていいって言ったばかりなのにーっ!」

 

 焦る2人は慌てて加速を再開し、マックスの背を追いかけようと必死に体勢を低くした。

 

『これで全ての子供たちが第5ポイントに突入しました!』

 

『現在トップは金剛ちゃん。

 2位は少し離れて北上ちゃん。

 3位はマックスちゃんで、ヲ級ちゃんと雷ちゃんが4位を争う形になりそうですわ!』

 

『果たして最後の第5ポイントで、どのような展開が待ち受けるのでしょうか!?』

 

『まだまだ見逃せない場面がありそうで、全く目が離せませんわね!』

 

 煽りに煽った青葉と熊野により、どよめきは消えて歓声だけが辺りを覆いつくす。

 

 トップの金剛は、高速戦艦である速度を活かしてゴールへと逃げる。

 

 2位の北上は、時雨並の頭脳による作戦を実行するかもしれない。

 

 3位のマックスは、目を見張る強さを発揮する佐世保組の実力を発揮できるのか。

 

 4位を争うヲ級も抜け目ないところがありまくるし、雷もただでは転ばないだろうと思う。

 

 どちらにしても、これが最後の勝負。

 

 俺の争奪戦の行方も、ここでついに決着がついてしまうのだ。

 

 願わくは北上が勝ってくれるとありがたいのだが、こればかりは願うほかない。

 

 だから俺は精一杯できることをやり切ろうと、北上に向かって大きな声援を送った。

 




次回予告

 ついに勝負は最後の第5ポイントへ。
単純明快な速度勝負だが、素直に考えればビスマルクチームが大有利?
だけどそこで作戦を練るのも、また1つの戦術なのである!

 まずは後ろから……やっちゃいますっ!?


 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その72「共同作戦」


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その72「共同作戦」


 ついに勝負は最後の第5ポイントへ。
単純明快な速度勝負だが、素直に考えればビスマルクチームが大有利?
だけどそこで作戦を練るのも、また1つの戦術なのである!

 まずは後ろから……やっちゃいますっ!?


 

『現在トップの金剛ちゃんが、埠頭方向へ向かって爆走中!』

 

『2位の北上ちゃんとの差はおおよそ30メートルほどありますが、決して安心できない距離ですわー!』

 

「「「ワアァァァッ!」」」

 

 最後のポイントは単純明快な速度勝負。見ただけで状況が判断できるため、盛り上がりかたもひと塩だ。

 

「後ろにいる北上の速さはそれほどでもなさそうネー。

 これなら気を抜かなければ、私のトップは間違いなしデース!」

 

 後ろをチラチラと伺いながら、金剛は何度も含み笑いを浮かべている。おそらく勝利した後のことを考えているんだろうが、その油断が命取りになることを理解していないのだろうか。

 

 もちろん俺としてはチームの勝利が1番なので、金剛にはその調子で油断しまくって欲しいところなんだけれど、以外に抜目ない部分もあることを知っている。ただ、2位を走る北上と金剛の差があまり変わっていないところから、このまま何事もなければ順位が入れ代わる状況は生まれないだろうが……、

 

「んー……、前をどうにかしなきゃいけないんだけど、その前に後ろかなぁ……」

 

 俺は期待を向けた眼差しで北上の方を伺ったところ、右手を顎元に当ててなにかを考えるように呟いていた。

 

「ヲ級や雷はともかくとして、マックスがこのままきちゃったら追い抜かれるのは確実なんだよねー……」

 

 言って、大きく首を傾げる北上。

 

 正直、競技中の行動とは思えないほど考え込んでいるが、作戦を練っているように見えるので、あまり口を挟まない方が良いだろう。

 

「おそらく前はたぶん………………だろうし、ひとまず妨害を……しておこうかな」

 

 小さ過ぎる北上の呟きが聞き取れなかったが、どうやら考えはまとまったようだ。

 

 考える素振りをやめた北上は顔を上げ、後ろにいるマックスの位置を確認しながら、急に蛇行をし始めた。

 

『おおっと、2位の北上ちゃんの動きに変化がありましたが……』

 

『なにやら蛇行を繰り返しているようですけど、もしかして艤装にトラブルでもあったんですの……?』

 

 心配する熊野の声に、観客たちからどよめきが上がる。

 

 しかし当の本人である北上の表情は焦っている様子もなく、むしろ笑みさえ浮かべていた。

 

「フッフフーン、フーンフーン♪」

 

 鼻歌交じりに蛇行を繰り返す北上。いくら順位が上位とはいえ、争奪戦の行方がかかっている俺としては、もうちょっと気迫がこもった行動というか、頑張りを表に出して欲しいんだけど。

 

『北上ちゃんの表情を見る限り、トラブルが起こったようには見受けられませんねー』

 

『そうなると、わざと蛇行を繰り返しているということですの……?』

 

『うーん、そうなるんですかねぇー』

 

 疑問の声を上げる青葉と熊野に、観客たちの中にはよく分からないといった風に首を傾げる者もいた。

 

 しかしそんな中、S席の端っこにいる俺に敵意を見せていたモデル体型女性たちの集団が、感心するように頷き始める。

 

「なるほど……、ここでその手を取るとはね」

 

「どうやら北上ちゃんは、ガチでトップ取りに集中しているでゴザルな」

 

「……は?

 あの蛇行を見て、どうしてその考えに行き着くんだ?

 ぶっちゃけ、意味がないどころか完全にタイムロスじゃねぇの?」

 

「これだから低脳は……」

 

「ああっ!?

 いくらあんたでも、言って良いことと悪いことくらい……」

 

 ジロリ……ッ!

 

「……あ、なんでもないです。なんでも」

 

 ……弱っ!

 

 チャラそうな外見同様に、中身まで軽いのかよこいつは。

 

 そんなんでよく提督をやっていられるな……と思ってみたりもするが、モデル体型の女性が飛び抜けて怖いんだから仕方がないかもしれない。

 

「まぁまぁ、こんなところで言い争っていても始まらんじゃろう。

 あの蛇行の意味があるとすれば……、ほれ、あそこを見てみい」

 

 言って、初老の提督が左手で自分の髭を撫でながら、右手で北上の後方を走るマックスを指した。

 

「なんだか前を行く北上が変な動きをしているけれど、差は徐々に縮まっているわね……。

 コースはまだ序盤だし、このままの調子でいけば十分にトップは確実だとしても、後ろの2人……得にヲ級は気が抜けない相手だから……」

 

 ブツブツと呟くマックスは、前を走る北上よりもヲ級の方に意識を向けている様だった。前日の幼稚園でどんなひと悶着があったのかは見ていない俺としては分からないのだけれど、ヲ級が取るであろう行動を考えれば想像するのはそれほど難しくはない。

 

「………………」

 

 それに加えて、今のヲ級はなんというか、負のオーラみたいなモノをまとっているように感じられたりする。雷と4位争いをしているのにも関わらず、一切口を開かずに前を向いて走っているなんて、どう考えても怪しさ満点なのだ。

 

「……な、なんだか、ヲ級の雰囲気が変……よね」

 

 1番近くいる雷もそれが分かっているのか変に行動を起こし辛いらしく、額に汗を浮かばせながら戸惑っているようだった。

 

 そしてその様子を見ていたマックスの視線は完全にヲ級に向けられたままであり、前方に注意を払わなかった結果……、

 

「……っ!?」

 

 急にマックスの身体がグラリと揺れ、大きくバランスを崩したのだ。

 

『あ、危ないですわっ!』

 

『いきなり3位のマックスちゃんにトラブル発生かーっ!?』

 

 マックスは慌てて前を向き、転倒しないように両足を少し広げる。

 

「な、なんなのっ!?」

 

 大きな声を上げながら自分の艤装を確認し、どこに問題があるのかをチェックし始めた。しかし故障しているような箇所は見つからず、ホッと胸を撫で下ろそうとため息を吐こうとした瞬間、

 

「……っ、ま、またっ!?」

 

 またもや大きく身体が傾いたマックスは、慌てて視線を下へと向けた。

 

「艤装に問題はない……。だけど、こんなにバランスを崩すということは、他に問題が……」

 

 マックスはそう言いながら、視線を少し前へと向ける。前方に見えるのは北上の背だが、なぜか大きく蛇行を繰り返し続けている。

 

「どうして北上はあんな行動を取っているのかしら……?

 もしトラブルが発生したのなら、もっと焦った表情をしてもおかしくないはず……」

 

 頭を傾げつつ必死にバランスを取るマックスは、続けて海面へと視線を向けた。

 

「蛇行を繰り返すなんて、速度勝負には不必要……。それなのにあんな行動を取るってことは、やっぱりトラブルが起きた以外に……はっ!」

 

 またもや大きく身体が揺れたのを感じ、同時に複数の小さな波が自分の足に触れるのを確認したマックスは大きな声を上げながら北上を睨みつけた。

 

「そうか……、これを狙って……っ!」

 

「フッフーン。どうやら気づいたみたいだけれど、ちょっとばかり遅かったんじゃないかなー」

 

 ニヤリと笑みを浮かべた北上がマックスの方に顔を向けた後、右手の人さし指をクイクイと揺らす。それを挑発だと受け取ったマックスは不機嫌な顔を浮かべようとしたものの、突如後ろから聞こえてきた水切り音に気づき、慌てて振り返った。

 

「やっと追いついたわよっ!」

 

「……っ、し、しまった!」

 

 マックスのすぐ後ろには、4位争いをしていた雷とヲ級の姿がいる。マックスが北上の蛇行による波に足を取られてバランスを崩している間に、距離を縮めていたのだ。

 

「………………(ニマァ」

 

「……っ!?」

 

 そして雷の横を走るヲ級が顔を上げた瞬間、不敵と表現するだけでは生易しいレベルの笑みを浮かべ、マックスが身震いをするように身体を震わせる。

 

「ココデ会ッタガ100年目……。

 アノトキノ恨ミ、ハラサセテモラウヨ……ッ!」

 

 ヲ級が叫んだ途端、身体の周りからブワリと黒いオーラが放出された……ような気がした。

 

 そしてヲ級により近くにいるマックスにはその影響は色濃いらしく、顔中が汗にまみれて緊迫した表情を浮かべている。

 

 い、いったいなにが起きたのかは分からないが、ヲ級がなにかをしたのは間違いないようだ。

 

 まさかとは思うが、違反行為に手を染めたりしちゃっていないだろうな……?

 

『マックスちゃんがトラブルに巻き込まれている間に、4位争いをしていたヲ級ちゃんと雷ちゃんが強襲ーーーっ!』

 

『これによって3位争いが大白熱ですわーーーっ!』

 

「「「うおぉぉぉっ!」」」

 

 第5ポイントのコース序盤に関わらず、北上の作戦によっていきなりの展開にテンションが上がりまくる実況解説の2人と観客たち。

 

「マーーーックス!

 そんな2人に手間取っていないで、さっさとトップを取りなさーーーいっ!」

 

 一方別チームの待機場所から上がった大きな怒号が辺り一帯に響き渡り、マックスが再度身震いをした。

 

 もちろん声の主はビスマルクなんだけれど、こういうときは応援するべきだと思うんだけどなぁ。

 

 今のはどう考えても叱っている感じにしか聞こえないし、萎縮しちゃったら元も子もないんだけれど。

 

 しかし、俺の思いはどこへやら。マックスは一瞬だけビスマルクが居る待機場所の方に視線を向けると、小さなため息を吐いてからヲ級と雷を交互に見つめた。

 

「……そう言われても、まずはこの2人をなんとかしなきゃ、前に行くことは難しそうね」

 

「クックック……。

 コノ僕ヲ相手ニ、ナントカデキルト思ッテイルノカ………………ウワァッ!?」

 

 マックスの言葉に反論しながら笑みを浮かべたヲ級だったが、北上が起こした波によって足を取られ、大きくバランスを崩しかける。

 

「い、いったいなんなのっ!?」

 

 同じく雷も焦った表情を浮かべて転倒しないように体勢を低くし、海面に発生した波を見つめて驚愕していた。

 

「そうか、これが原因で……っ!」

 

 北上の動きと足元の波を交互に見て理由を察知した雷は、巻き込まれないようにと少し左側へ進路を変える。マックスも同じ方法を取ろうと、雷とは反対方向である右側に逃れようとしたのだが、 

 

「ドコニ行コウト言ウノカネ?」

 

「……くっ!」

 

 その動きを察知していたのか、ヲ級はマックスの右側に回り込んで進路を妨害する。

 

 それ自体は戦略だから問題はないとして、どうして言葉使いが空中に浮かぶ都市で追いかけっこをする王族みたいなんだ……?

 

「雷!

 ココハ僕ニ、協力スルンダッ!」

 

「きょ、協力……?」

 

「マックスニ真ッ向カラ速度デ勝負ヲスルノハ具ノ骨頂!

 ソレナラ今ノチャンスヲ利用シテ、最下位ニ落トスベキナンダヨッ!」

 

「な、なんだってーーー!?

 ……って、いったいどうするのよ?」

 

 なにげにノリが良かった雷がどこぞの編集部みたいな驚きっぷりをしてから、首を傾げてヲ級に問う。

 

「マックスノ位置ハ、僕ト雷ノ丁度中間……。

 ソコマデ言エバ、アトハ分カルヨネ?」

 

 言って、ニンマリと笑みを浮かべたヲ級を見た雷は、ハッと気づくように顔を上げた。

 

「なるほど!

 そういうことね!」

 

 理解を示して嬉々とした雷は、再度進路を変更する。その方向はもちろん左ではなく右……つまり、マックスに向かってだ。

 

「くっ……、このままでは……っ!」

 

 状況を理解したマックスだが、北上が起こしつづける波に足を取られた状態ではバランスを取るだけでも難しく、妨害してくるヲ級から身を守るだけで精一杯だった。その間に雷が移動を終えてマックスのすぐ左隣に並行し、3人による単縦陣が完成した。

 

「フフフ……。コレデモウ、取レル手段ハ1ツダケダネ……」

 

「……っ」

 

 なんとかこの場から逃れて波の影響を受けない場所へ移動したいマックスだが、そうは問屋が卸さないとヲ級と雷がキッチリとブロックをする。

 

「よしよし。見事なくらいに作戦がハマったねー」

 

 そんな状況をしっかりと見ていた北上は、マックスだけに波の影響が濃くなるように蛇行の幅を狭めた。

 

「……っ、くぅぅ……っ!」

 

 バランスが大きく崩れるも逃れることができないマックスは、ギリリ……と歯ぎしりをして苦悶の表情を浮かべる。

 

「ホラホラ、ドウスルノカナ……?」

 

「さ、作戦とはいえちょっと可哀相な気もするけれど、仕方ないわよね?」

 

 愉悦に入ったヲ級と、少しばかり気まずい表情を浮かべる雷。

 

 だが、これも勝負事では起こりうること……なんだけれど、危険度はかなり高めなので止めるべきかどうか迷うところ。

 

 しかし、実況解説の青葉と熊野や運動会を取り仕切っている高雄からなにも通達がない以上、ギリギリセーフと見なされているんじゃないだろうか。

 

 一応、ヲ級や雷がマックスと直接ぶつかっている訳じゃないんだし、北上も蛇行による波を起こしているだけなんだよなぁ。

 

 仮に危険だからと言って乱入しようものなら、妨害工作と取られてしまう可能性が高過ぎる。もしそんなことになってしまったら、せっかく北上が2位に居たのにと言われるだけではなく、大井からどんな仕打ちを受けるのか分かったモノじゃない。

 

 今日だけで何度海中水泳したのか覚えていないし、もうあんな思いは懲り懲りだからね。

 

『トラブルに見回れていたマックスちゃんが、ヲ級ちゃんと雷ちゃんに挟まれ大ピンチーーーっ!』

 

『まさに絶体絶命ですけれど、どうやってこの局面を乗り切るんですのーーーっ!?』

 

 青葉と熊野が煽り、観客たちが子供たちに声援を送る。

 

「な、なるほど。そういうことだったのか……」

 

「見事な作戦、そしてそれに反応したヲ級ちゃんと雷ちゃんも見事でゴザルな」

 

「マックスちゃんには悪いけれど、ああなったらかなり厳しいわね……」

 

 S席の端にいる提督たちが感心の混じった会話をしながら、周りと同じように思い思いの子供たちに向けて声援を送っていく。

 

 

 

 そして、完全に不利な状況に陥ってしまったマックスが少しだけ目を閉じた後、小さなため息を吐いて顔を上げた。

 




次回予告

 北上の作戦に賛同する形でヲ級と雷が加わった。
さすがのマックスも3対1では不利と見込んだのか、一度下がろうとしたのだが……。

 なにやら、色んな思案が入り組んでいる予感……?


 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その73「自己犠牲なのか否か」


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その73「自己犠牲なのか否か」


 北上の作戦に賛同する形でヲ級と雷が加わった。
さすがのマックスも3対1では不利と見込んだのか、一度下がろうとしたのだが……。

 なにやら、色んな思案が入り組んでいる予感……?


 

「こうなったら、引くしかない……ようね」

 

 ボソリと呟いたマックスは、落胆する顔を浮かべながら大きく肩を落とす。

 

 そして急ブレーキをかけるように速度を落とすと、ヲ級と雷の後方へと下がって行った。

 

『ついにマックスちゃんが後退ーーーっ!』

 

『表情から察するに、非常に悔しい思いをしているんでしょうけれど、あの状況では下がるしかありませんですわね……』

 

『まさに作戦的撤退というところでしょうが、ここで最下位に転落は非常に痛手ですねー』

 

 青葉と熊野の会話を聞いた一部の観客たちは、マックスの後退を見て残念そうな顔を浮かべたり、悔しそうに座り込んで拳で地面をバシバシと叩いたりしている。

 

 一方で、北上から始まりヲ級と雷が加わった作戦を褒めたたえる観客もいて、まさに最後の勝負といった盛り上がりを見せていた。

 

「ヒトマズハ勝ッタ……ト言イタイトコロダケレド、コノママ放置シタラ意味ガナイヨネ」

 

「え……?」

 

 後退するマックスを見ながらヲ級が呟くと、雷が首を傾げながら不可解な顔を浮かべる。

 

「北上ガ波ヲ起コシテ僕ト雷ガ挟ミコムコトデ、マックスヲ妨害スルコトガデキタ。

 ダケド、後ロニ下ガレバ波ノ影響ヲ受ケナイ場所ヲ走行デキルカラ、追イツカレル可能性ハカナリ高インジャナイカナ?」

 

「そ、それは確かにその通りね……」

 

 言って、雷は後ろを振り返りながらマックスを見る。

 

「………………」

 

 俯き気味に無言で走るマックスは、波に足を取られないように意識をしているように見える。

 

 もちろんマックスの両隣は誰もおらず、大きめに左か右へ移動すれば妨害する波だけではなくヲ級と雷の航行跡に出る引き波も回避できるのに、それをしようとしないのだ。

 

「……っ!」

 

 明らかにおかしいと思った瞬間、マックスの視線が一瞬だけ雷の目に映る。意気消沈することもなく、今はただ欠けてしまった牙を研いでいるように、背筋を凍らせてしまうような気迫が目の奥に浮かび上がっているような気がした。

 

 おそらくマックスは、ヲ級や雷、そして北上を油断させようと不利な状況に置かれているとアピールしているのだろう。しかしその狙いはすでに看破されてしまったのだが、それがマックスにとって大きな問題にはなりそうになかった。

 

「フゥ……。仕方ガナイ……カ」

 

 大きなため息を吐いたヲ級は、なぜかいきなりさきほどのマックスと同じように急ブレーキをかけて後退をし始める。

 

「えっ、ど、どうしてっ!?」

 

「マックスヲコノママ放置シテオクコトガデキナイ以上、誰カガコウシナキャナラナイノナラ、僕ガスルシカナイト考エタカラサ」

 

「で、でもそれじゃあ……っ!」

 

「別ニ勝利ヲ諦メタ訳ジャナイヨ。

 チョットバカリ厄介ナ相手ニ、ギャフント言ワセテカラ追イカケルダケナンダヨネ」

 

 フッ……と、ニヒルな笑みを浮かべたヲ級が、人差し指と中指をおでこに当てて会釈をする。

 

 まるで今から戦闘機に乗って戦場に向かうパイロットのようだが、ぶっちゃけると死亡フラグにしか見えないのは気のせいじゃないと思うんだよね。

 

「サアテ……、パーティーヲ始メヨウカ……ッ!」

 

 ヲ級はマックスの行く手を遮るように、両手を広げて威嚇をする。

 

「ふうん……。今度は一対一で勝負する気なのかしら?」

 

 マックスはキッと鋭い目をヲ級の背に向け、即座に体勢を低くした。

 

「サァ、行クンダ雷ッ!

 僕ノ分モ一緒ニ、前ヲ行ク北上ト金剛ニブツケテヤレーーーッ!」

 

「……っ、分かったわ!

 ヲ級の願い、雷に全部任せて良いのよっ!」

 

 目尻に少しの涙を浮かばせた雷は、大きく叫びながら急加速をする。

 

 まずは未だ蛇行を繰り返す北上を抜き、そして先頭の金剛を追い抜くために。

 

 自分とヲ級の願いを込めて全力で勝利をもぎ取ろうと、雷の顔は気迫に満ちていた。

 

 

 

 

 

「行ッタ……カ」

 

「あら……、なにやら表情が不敵に見えるんだけど?」

 

「後ロカラドウシテ僕ノ顔ガ見エタノカガ気ニナルトコロダケレド、ソンナコトハドウデモイイカナ」

 

「ふうん……。なにやら裏がありそうって感じに見えるわね」

 

「サアテ……、ソレハドウカナ……ッ!」

 

 マックスをブロックしていたヲ級が急ブレーキをかけ、身体同士がぶつかりそうになる。

 

「くっ!」

 

 慌てて進路を右に変えて回避しようとするマックスだが、ヲ級はそれを察知していたかのように再加速をし、ガッチリとブロックし直した。

 

「こんなことをしていたら、どう考えても1位を取ることはできないわよ?」

 

「確カニソウカモシレナイケレド、僕ガ絶対ニ1位ヲ取ラナケレバイケナイ状況デモナインダヨネ」

 

「それって、どういう……」

 

「簡単ナコトダヨ。

 トップノ金剛ヲ追イ抜クヨリ、マックスヲ抑エタ方ガ有効ダト考エタカラサ」

 

「だけどそれじゃあ、私と一緒に共倒れになってしまうのくらい分からない訳じゃないわよね?

 ましてやトップの金剛が所属するチームは総合特典でも1位のはずだから、私を抑えられたとしても優勝することは……」

 

「サァ……、ソレハドウカナ?」

 

 そう言ったヲ級はマックスへと振り返り、ニヤリ……と不敵過ぎる笑みを浮かべる。

 

「あなた……まさかっ!?」

 

「オット、コレ以上無駄話ヲシテ油断ナンカシチャッタラ、元モ子モナイカラネ……ッ!」

 

 ヲ級は再度急減速と急加速を続け、マックスの進路を防ぎながらバランスを乱そうと妨害を繰り返した。

 

 2位の北上は未だ蛇行をやり続けるどころか、その動きを広げることで波の幅を増加させていたせいで、マックスの逃げ場がどんどんなくなっている。もちろんそれはヲ級にも影響があるのだが、マックスのように焦った表情は見せず、苦にもしないように妨害し続けていた。

 

『4位争いを繰り広げているヲ級ちゃんとマックスちゃんの戦いが熱いーーーっ!』

 

『執拗にブロックしつづけるヲ級ちゃんのテクニックに、マックスちゃんが完全に翻弄されてますわーーーっ!』

 

「「「うおぉぉぉーーーっ!」」」

 

 観客からは歓声ばかりかドンドンパフパフと鳴り物の音まで飛び出して、子供たちを必死に応援しているのが伺える。

 

 そのあまりの盛り上がり方にスピーカーから流れる青葉と熊野の声が聞こえにくいほどで、ヲ級とマックスの会話がほとんど聞き取れなくなってしまう。

 

 現状を見る限り、笑みを浮かべるヲ級がマックスの前でブロックし続けることで上位のビスマルクチームが不利になるのはありがたいのだが、それだけではまだ足りない。

 

 トップを行く金剛がおそらく総合得点では第1位のはずだから、なんとしても北上には追い抜いてほしいところなんだけれど……、

 

『おおっと、4位争いが激化しているうちに、3位の雷ちゃんが2位の北上ちゃんに近づいてきたぞーーーっ!』

 

 その声に気づいた俺はとっさに顔を動かし、視線が集中する方へと見る。

 

 そこには未だに蛇行を繰り返す北上に、気迫のこもった顔で全速力を出す雷が襲いかかろうとしていた。

 

「てりゃーーーっ!」

 

「ありゃー、もうここまできちゃったかー」

 

 叫ぶ雷の姿を確認した北上だが、まったく焦りが見えない普段通りの表情と口調で呟くと、蛇行していた動きを止めて真っすぐに進路を取る……と思いきや、

 

「はいはい。私は引き続き蛇行して妨害してるから、先に行っちゃって良いよー」

 

「……へ?」

 

 右手を前に振ってお先にどうぞとジェスチャーをする北上。

 

 いやいやいや、それじゃあこの勝負が負けになっちゃうじゃんっ!

 

「ど、どうしてなの?」

 

「どうしてと言われても、今一番やらなきゃいけないことをしているだけなんだよねー」

 

「そ、それってやっぱり、マックスを妨害しないとってことよね……?」

 

「そうだよー。

 前半のうちにコテンパンにやっちゃわないと、いつ追いつかれちゃうか分かったもんじゃないからねー」

 

 そう言った北上は肩をすくめながらマックスがいる後ろへと振り返る。

 

 そこではヲ級がマックスをブロックしながら、北上が起こす波を利用して転倒を狙おうと必死な形相を浮かべていた。

 

「で、でもそれじゃあ、私が先に行くのはなんだか悪い気もするんだけど……」

 

「んーーー……、まぁそれは別に良いんじゃないかなー。

 あくまで私は戦略的に考えた作戦を実行しているだけなんだし、雷は雷で自分の思った通りにすれば良いんじゃない?」

 

「………………」

 

 少しおどけた風に北上が言うと、雷は戸惑うようにしながら無言で考え込んだ。

 

「それに……、雷には先に行ってもらわないと困るからねー」

 

「……えっ?」

 

「あー、今のは別に聞こえなくても良いんだよー。

 ただの独り言だから、気にしない気にしないー」

 

「そ、そう……」

 

 余計に困惑してしまいそうになる雷だが、トップを走る金剛の位置を見た瞬間、タラリと汗がおでこから頬に伝わった。

 

 現在の雷と北上のいる場所から金剛までの距離は、おおよそ30メートルほどだろうか。まだ第5ポイントは始まってからそんなに経っていないとはいえ、これだけの差が開いてしまったら余裕がある状況だとは思えない。

 

「分かったわ……。それじゃあ私は、先に行かせてもらうわね!」

 

 決断した雷は自分に言い聞かせるような大きい声を北上に出し、両手の拳をギュッと握りこむ。

 

「おっけー。それじゃあ、頑張って金剛を抜いちゃってねー」

 

「ええ、頑張るわ!」

 

「ああ、それとついでにお願いなんだけどー」

 

「……なにかしら?」

 

「金剛を抜いたら、ついでにちゃちゃっと妨害しちゃってねー。

 そうしてくれた方が、ヲ級も私も追いつきやすいだろうしさー」

 

「それは……、約束できるかどうか分からないけど……」

 

「まぁ、できたらで大丈夫なんだけどねー。

 マックスの妨害を終えてからでも、一応追い抜ける段取りは考えているからさー」

 

 言って、北上はニッコリと笑みを浮かべた顔を雷に向ける。

 

「そ、そうね。そうじゃないと、ここまで頑張ってきた意味がなくなっちゃうわよね」

 

「まーねー。

 さすがにこれでドンケツだったら、チームのみんなにも申し訳が立たないからさー」

 

 北上は自分の顔の前でパタパタと右手を振った後、蛇行の動きにメリハリをつけるように大きく身体を動かした。

 

「………………。

 そ、それじゃあ、お先に……」

 

「うん。頑張ってねー」

 

 北上に速度を合わせていた雷は加速をし、すぐにその差を大きくする。

 

 そんな雷の背中に再度「がんばってねー」と声をかけながら手を振った北上は、何度も両足を開いたり閉じたりを繰り返して波を荒いモノにしていた。

 

『ここでついに雷ちゃんが北上ちゃんを追い抜いたーーーっ!』

 

『激しい戦いどころか、なにか話し合っているだけに見えましたけど……』

 

『もしかすると、北上ちゃんは雷ちゃんを鼓舞していたのかもしれませんねー』

 

『でもそれじゃあ敵に塩を送るだけで、勝負を放棄したことになりませんこと?』

 

『完全に放棄していたのなら、マックスちゃんへの妨害行動の説明がつきませんからねー。

 おそらくですけど、まずは1番の脅威を排除しようと考えているんじゃないでしょうかー』

 

『なるほど……。

 しかしそれだとトップの金剛ちゃんはなんの障害もなく走れていますし、断トツなのは確定になるんじゃあ……』

 

『ところがどっこい、そう簡単にことは上手く運ばないみたいですよー』

 

『あら、そうですの……?』

 

 疑問の声を上げた熊野がそう言うと、観客たちの視線もおのずとトップの金剛へと向けられる。

 

 するとそこには、誰もが呆れてしまいそうになってしまうような状況が、簡単に見てとれたのであった。

 




次回予告

 金剛にいったいなにがあったのか。
それはあまりにもありがちで、空いた口が塞がらなくなってしまいそうだった。
更にお約束の言葉も飛び出して、一気に転落すると思いきや……?


 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その74「トップ争い」


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その74「トップ争い」


 金剛にいったいなにがあったのか。
それはあまりにもありがちで、空いた口が塞がらなくなってしまいそうだった。
更にお約束の言葉も飛び出して、一気に転落すると思いきや……?



 

 後方の子供たちが戦略を練り、様々な手を取っている間、トップの金剛は悠々自適にゴールを目指している。

 

 ――そう、観客や熊野は思いながら視線を雷よりさらに前へと向けた。

 

「むふふふ……デース」

 

 2位の北上は蛇行を繰り返してマックスを妨害し、なんの影響も受けなかったはず。だけど、北上を追い抜いた雷と金剛の差は、第5ポイントに入ったときとあまり変わっていないのだ。

 

 それは何故か。

 

 雷がとんでもない速度で追いかけることで、一気に差を縮めたのだろうか?

 

 答えは否。雷の速度はヲ級と並行していたのを見たので、佐世保チームのようなレベルではないと思う。

 

 それでは、金剛になにかトラブルが発生したのだろうか?

 

 そう――としか考えられないのだが、その答えは金剛を見ることですぐに判明することになる。

 

「このまま行けば、先生は私のモノ……」

 

 俯き気味に金剛は口元に手を当てながら、肩を上下に揺れ動かしていた。

 

 その姿は、ドラマか何かで悪巧みをしている小物のようであり、下手をすれば死亡フラグが立ったと思えてしまうレベルのテンプレ行動だ。

 

「今から笑いが止まりまセーン。

 頭の中で妄想がひしめいてマスネー……」

 

 手で隠しきれていない部分から、ニヤニヤと笑みを浮かべる金剛の顔が見えてしまう。

 

 これはもう、完全に油断ってやつです。

 

 そして、こういったことをしているうちに追い詰められてしまうのもパターンみたいで、

 

「こ、金剛お姉様!

 後ろっ、後ろーーーっ!」

 

「why……?」

 

 後ろからオバケが迫ってくるまで気づかないコントのような、下手をすれば宇宙人に忍び寄られてパックリやられてしまうオペレーターのような。

 

 つまり、見事なくらいテンプレな行動をしちゃっていたって訳なんですよね。

 

「てりゃーーーっ!」

 

「ヒエーーーッ!?」

 

 雷の姿と大声に驚いた金剛は、妹である次女の口癖を奪うどころか「シェーッ!」と叫びながら変なポーズをして飛び上がり、パニックを起こしたのかワタワタと両手を動かして着水する。

 

「い、いいいっ、いつの間にこんな近くに……ッ!?」

 

 慌てて前を向きながら加速を開始するも、速度に乗った状態の雷に勝てるはずもなく、みるみるうちに追いつかれてしまった。

 

「こ、こうなったらっ!」

 

 圧倒的有利だったにもかかわらず、自分が油断をしていたせいでトップを奪われてしまう訳にはいかないと、金剛は雷に体当たりをしようと考えたのだが、

 

「甘いわっ!」

 

 ヲ級がマックスを妨害していたのを目の前で見ていた雷は、その行動をしっかりと予測していたようにヒラリと避けた。

 

「……し、しまったデース!」

 

「油断した挙げ句に追い詰められて焦った後の行動なんて、私には全部お見通しなんだからっ!」

 

「だ、だけど、ここで諦めるわけにはいきまセーン!」

 

 勝ち誇ろうとする雷に向かって、再度体当たりをする金剛。少しは冷静さを取り戻したのか、体重移動や速度が乗ったこともあり、雷もうかうかしていられる状況ではないことが分かったようで、表情に緊張感が伺い見られる。

 

「セリャーッ!」

 

「そ、そんな攻撃、当たんないわよっ!」

 

 避けながら叫ぶ雷だが、自分から金剛に攻撃をしかける様子は見えない。

 

 おそらくは、駆逐艦クラスの雷が体当たりをしても、戦艦クラスである金剛には敵わないと思っているのだろうか。

 

『今度はトップ争いが一気に激化し始めましたねー』

 

『圧倒的に有利だった金剛ちゃんが、追いかけてきた雷ちゃんに幾度となく体当たりを見舞ってますわー』

 

『今のところ雷ちゃんは上手く避けてますけど、そのせいなのか速度が少し落ちてきてますねー』

 

『このままだとせっかく追いついたのに、追い抜けなくなるんじゃなくって……?』

 

『そうですねぇ……。なにか有効な手を考えないと、雷ちゃんとしては厳しくなっちゃいますねー』

 

 2人の様子を的確に判断して伝える青葉と熊野だが、この内容については俺も同意見だ。

 

 金剛の体当たりを避けているだけでは雷に勝機は見えないし、かといって一度落ちてしまった速度を上げてやり過ごさせてくれるほど甘くもないだろう。

 

「エイッ、ヤアッ、ファイヤーッ!」

 

「うっ、くぅ……っ!」

 

 そしていつしか金剛の体当たりを避け切れなくなった雷が、苦痛の表情を浮かべながら両腕を使ってガードをする。なんとか直撃だけは免れているが、これで完全に雷の方が不利な状況になってしまっただろう。

 

『おおっと、ついに金剛ちゃんの体当たりが雷ちゃんにヒットー!』

 

『厳しい状況に追い詰められた雷ちゃんですわー!』

 

『ですが、直接攻撃によって雷ちゃんが転倒してしまうことがあれば、金剛ちゃんにペナルティーが課せられるので気をつけましょうねー』

 

「ウムム……、それはちょっと困りますネ……」

 

 釘を指す青葉の言葉に躊躇したのか、体当たりをする金剛の動きが一瞬だけ止まった。

 

「……っ、今よっ!」

 

 その隙を見逃さないと、雷が一気に加速を開始する。

 

「逃しはしませんヨー!」

 

 しかし、今度はこちらが読み切っていたと言わんばかりの笑みを浮かべた金剛も急加速をし、並走状態で競り合っていた。

 

「やっぱり、純粋な速度はあまり変わらないわね……」

 

「フッフッフ……。高速戦艦の名は伊達ではないネー!」

 

 歯ぎしりをしながら悔しがる雷に、さきほどとは真逆に勝ち誇った様子の金剛。

 

 こうなると雷に勝機は訪れない……と思いきや、油断をしまくっていた金剛がなにかをしでかす可能性が全くないとも言えないが、

 

「さっきは油断しちゃったケド、もうそんなことはしないデスヨー?」

 

 面と向かって言い放った以上、雷に対して油断をすることはないのだろう。

 

 金剛はしっかりと雷を視界の中心に見据え、一挙手一投足を見逃すまいと目を光らせている。

 

 完全に詰んだ状況に追い詰められ、成すすべがない雷。

 

 一度後方に下がって体勢を整えるか、それとも意地を張って金剛と戦い続けるか。

 

 引けば少しは楽になる。しかし、マックスを抑えるために頑張っているヲ級や北上の気持ちを蔑ろにすることもできないのだろう。

 

「……それなら、正面からぶつかるのみよっ!」

 

「その心意気……、褒めてあげますネー!」

 

 2人は叫び合ったと同時に身体を大きく傾ける。

 

 左側を走っていた雷が大きく左へと弧を描き、右側を走っていた金剛は大きく右へと弧を描く。

 

 そして勢いをつけた両者は相手に向かって走り、グッと脇を締めてぶつかり合った。

 

『雷ちゃんと金剛ちゃんが大激突ーーーっ!』

 

『あまりの激しさに、艤装がぶつかり合う大きな金属音が鳴り響いてますわーーーっ!』

 

 激化する状況に驚きと歓声が上がり、合わせて心配する声も至るところから聞こえてくる。

 

「行けー、金剛ちゃーんっ!」

 

「負けるな雷ちゃん!

 がんばれ、がんばれーーーっ!」

 

「怪我だけはするんじゃないぞーっ!」

 

「中破して脱げるのは大歓げ……ぶへらっ!」

 

 なにやら少々聞き逃せない声が上がったと思いきや、埠頭から1人の観客が海へと放り投げられた……というよりも、蹴飛ばされてそのまま落ちて水柱が立った様子を見て固まってしまう俺。

 

「あれあれー、誰か落ちちゃったんですかー?」

 

 そして近くの埠頭に立っている見知った艦娘らしき姿が視界に映り、一気に冷や汗が身体中に吹き上がった。

 

 す、少し前に声が聞こえた気がしたんだけれど、やっぱり来ていたんだな……。

 

 お、おそるべし、ヤン……いや、この名を出すのは止めておこう……。

 

 なにが切っ掛けでスイッチが入るか分かったもんじゃないからね。

 

 

 

 雷と金剛が激しくぶつかり合うと、艤装から火花が散り、耳をつんざく音が響く。

 

 始めの1、2回は両者ともに互角と見えていたのだが、5回目の衝突が起こったところで雷の体勢が大きく崩れた。

 

「くぅ……、でもまだ……っ!」

 

「思った以上に耐えますネー。

 それじゃあ、これならどうデスカー?」

 

 離れて助走をつける動きをせず、金剛がそのまま雷に向かって押し込むように身体を寄せる。

 

「うぅ……っ!」

 

 踏ん張りきれない雷は苦悶の表情を浮かべながら金剛に押され、進路が左へと傾いていった。

 

 ガリガリと艤装が擦れ合い、更に雷の表情が辛いモノへと変わる。観客たちはその様子を見て声援を送るものの、状況は明らかに金剛が有利になっていた。

 

「おっと、このままじゃあ少々危ないデスネー」

 

 雷の限界が近いと見たのか、金剛は一旦押し込んでいた力を抑え、少し間隔を空ける。やり過ぎてしまえば雷が転倒するおそれがあるし、ペナルティを課されてしまうのは避けたいのだろう。

 

「はぁ……、はぁ……」

 

 身体への負担がなくなり、大きく肩で息をする雷。俯きながらも金剛の方に視線を向けるその目は、まだ諦めているようには見えなかった。

 

「フムー、まだ心は折れていないって感じみたいデスネー。

 もう少し疲労させて、追いかける気力を削ぎたいところなんデスケド……」

 

 言って、金剛は雷の頭からゆっくりと足元へ視線を流して様子を伺う。

 

 表情は険しいものの、未だに気迫は失われていない。しかし、腕のところどころが赤くなり、膝にいたってはガクガクと震えて限界が近いように見える。

 

「下手にぶつかれば、そのまま吹っ飛んでしまう可能性がありますネ……。

 転倒させてしまったら、ペナルティは確実でしょうシ……」

 

 雷から目を離さずに考え込む金剛は、うむむ……と小さく唸り声を上げた。

 

 自分から仕掛けて相手を転ばせるとペナルティを受ける。それならば、相手から攻めさせれば良いのではないのだろうか。

 

 しかし、雷はすでに満身創痍寸前の身体なので、その方法はなかなかに難しい……と思ったところで、金剛は自分の手を合わせてポンッと音を出した。

 

「これだけ疲労していたラ、速度はあまりでませんよネー?」

 

「……っ!」

 

 雷の驚く表情を見て、金剛はニヤリと笑みを浮かべる。

 

 なんてことはない。すでに雷はダメージを受けているので全力を出せないのだから金剛には敵わないはず。それならば、雷のことは無視してゴールに向かえば良いだけのことなのだ。

 

 考えがまとまった金剛は雷から目を離し、笑みを浮かべたまま加速をしようとした。

 

「行かせ……ないわっ!」

 

 しかしそれを阻止しようと、雷は痛む身体を動かしながら金剛へ体当たりをしようと助走を取る。

 

 そして脇をガッチリと締めて肩を金剛に向け、持てる力を振り絞ってぶつかろうとした。

 

「かかった……デスネ!」

 

「え……っ!?」

 

 口元を吊り上げた金剛はスッ……と重心を落とした。その瞬間、雷は金剛に嵌められたことに気づいたものの、すでに引き返せるような状況ではない。

 

 対して金剛は重心を落とした状態から突っ込んでくる雷を肩でカチ上げようと、タイミングを計っていた。

 

 こうすることで自己防衛の末に雷が返り討ちに遭ったと見なされれば、金剛がペナルティを受けることはない。

 

「しまった……っ!」

 

「いまさら気づいても、もう遅いデスネー!」

 

 絶体絶命の状況に置かれた雷は悔しさのあまり目をつむり、その後に襲ってくる衝撃に少しでも耐えられるようにと息を吸い込んだところ、

 

「おっまたせー」

 

「えっ……、わわわっ!?」

 

「why!?」

 

 雷の左手が何者かに引っ張られ、大きく進路が変わることで衝突を免れることができた。

 

「いやー、ここまで粘ってくれるとは思わなかったよー。

 さすがの北上様でも、これは予想外だったなー」

 

 まったく驚いていない口調で言う北上に、ぽかんと口を上げて固まる雷。

 

「き、北上が追いついてきてるなんて……予想外デース!」

 

「そりゃあ、あんなにぶつかり合ってたら速度も出ないだろうし、追いつくのも苦労はないよねー。

 あ、それとなんだけど、私だけが追いついたとは思わない方が良いかもねー」

 

「そ、それってどういう……」

 

 言いかけたところで北上が指を後方に向ける仕種をすると、金剛は冷や汗を額に浮かばせながらゆっくりと顔を動かしていく。

 

 そして視界にそれらが映った瞬間、金剛は辺りに響き渡ってしまうほどの大きな歯ぎしりをギリギリと鳴らしたのであった。

 




次回予告

 油断大敵ってレベルじゃない?
まぁ、やっぱりというかなんというか、金剛も子供だからね。

 追いついてきた北上の指摘によって振りかえった金剛に新たなる壁が立ちふさがる。
はたして最後の第5ポイントはどうなってしまうのか。
そろそろ終わりも近い……はずっ!


 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その75「最終兵器」


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その75「最終兵器」

 油断大敵ってレベルじゃない?
まぁ、やっぱりというかなんというか、金剛も子供だからね。

 追いついてきた北上の指摘によって振りかえった金剛に新たなる壁が立ちふさがる。
はたして最後の第5ポイントはどうなってしまうのか。
そろそろ終わりも近い……はずっ!


 

「フッフッフ……。主役ハ遅レテヤッテクルッテネ」

 

「やはり……きたデスカッ!」

 

 悪役面という言葉がすぐに浮かんでしまうほどの表情を浮かべたヲ級が北上の背後から現れ、それを見た金剛が叫ぶ。

 

 どうやらマックスを抑えていたヲ級も同じように追いつき、先頭集団は大混戦となっていた。

 

「ところでヲ級ー、マックスの方はちゃんと対処できたのー?」

 

「転倒シナイ程度ニ妨害ハシテオイタケド、完全ニ心ヲ折ルコトハ難シカッタカナ……」

 

 そう言ったヲ級は、右手の人差し指を後ろへと向ける。4人が集まる先頭集団からおおよそ40メートルほど後方に、必死に海上を駆けるマックスの姿が見えた。

 

「正直ニ言ッテ、アノ根性ハ目ヲ見張ルモノガアルヨネ」

 

「ヲ級がそこまで褒めるとは、相当なんだろうねぇ……」

 

 北上は「はぁ……」とため息を吐いてからもう1度マックスの姿を確認してから、金剛に向かって口を開いた。

 

「ぶっちゃけこのままだとマックスがいつ追いついてくるか分かんないんだけれど、まだぶつかりっこを続けるのかなー?」

 

「私はまだまだ体力的には大丈夫ですケド、確かにマックスを放置する気にはなりませんネ……」

 

 言って、金剛はチラリと雷の顔を見る。

 

 どうやらその視線を雷は気づいたようだが、反論や威嚇はしないようだ。

 

 まぁ、見た感じ結構疲労しているみたいだし、無駄な体力は使いたくないというのが本音かもしれない。

 

 しかしそうなると、この後の展開にもよるだろうが、雷は相当に不利になったと思えてしまうのだが……。

 

「関係……ないわ……」

 

「……え?」

 

「そんなの関係ないって言ってるの。

 マックスが私たちの中で誰よりも早いだろうってことは分かっているし、前半はその脅威を押さえつける為に北上とヲ級が頑張っていたことも知ってるわ」

 

 雷は啖呵を切るように3人に向かって手を振りおろしながら言葉を続ける。

 

「だけどね、コースも残り少ないこの状況で後ろから追いかけてくるマックスに怯えて策を練るんだったら、私は全力でゴールに向かう方がよっぽど気持ちが良いと思うのよ」

 

「……へぇー」

 

 その言葉に北上はほんの少し口元を釣り上げて息を漏らす。ヲ級は無表情のまま無言を貫き、金剛は大きく眼を見開いて雷を見ていた。

 

 1番疲労しているだろう雷が、どうしてそんな言葉を吐けるのだろう――と、金剛は思ったのかもしれない。ヲ級も同じことを考えているからこそ喋らないのか、それとも他になにか考えを持っているのだろうか……?

 

「私はこの勝負に勝って、先生を手に入れたいの。

 だからさっきまで金剛と正々堂々とぶつかり合っていたし、それを続けるのなら止める気なんてないわ」

 

「勇敢だねぇ……と言いたいんだけれど、これ以上続けちゃうと怪我をしちゃうだけじゃ済まないかもよー?」

 

「それならそれで別に構わないわ。

 もちろん負ける気はないけれど、好きな人を手に入れる為なら、なんでもするのが当り前じゃない」

 

 雷はそう言い終えてから笑みを浮かべた。傍から見れば疲れきっているような顔なのに、その笑みはなんとも清々しく見える。

 

「……ソコマデ言ワレチャッタラ、引キ下ガル訳ニモイカナイネ」

 

「むしろ、ここで引いたらその時点で負けでしょー」

 

「勇敢な雷に、応えるのが私の役目デスネー」

 

 3人は感化されたように1度頷いてから笑みを浮かべ、次々に口を開いた。

 

「……まぁ正直に言っちゃうと、これ以上は勘弁して欲しいけどね」

 

 雷が肩をすくめて疲れたように息を吐くと、3人はクスリと笑いながらも重心を落とす。

 

「それじゃあ希望通り、スピード勝負と参りましょうかー」

 

「手加減はナシの方向でお願いするネー」

 

「ソロソロ本気ヲ出シタイト思ッテイタトコロダカラネ。

 色ンナ鬱憤不満ヲ、ココデ晴ラサセテモラウヨッ!」

 

「全力でお相手するわっ!」

 

 4人は一斉にスピードを上げ、大きな水しぶきを上げる。

 

 こうして、やっと子供らしいと言えるであろう正真正銘のかけっこ勝負が始まったのだった。

 

 

 

 

 

『気づけばコースも中盤を越え、残るはS席がある埠頭前の直線を進んでゴールへ向かうのみ!』

 

『いつの間にか先頭の4人が放送席の前を素通りして、わたくしちょっとだけショックですわー!』

 

『現在先頭集団の4人はひと塊となって爆走中!

 そしてその後には最後尾のマックスちゃんが、必死に追いかけていますっ!』

 

『一時は40メートル近くの差が開いていたマックスちゃんですが、持ち前の能力を発揮してジワジワと縮めていますわーっ!』

 

『このままいくと誰が1着になるのかまったく分からないレース展開っ!

 さぁみなさん、盛大な拍手と応援を子供たちにお願いしますっ!』

 

「「「ワアァァァッ!」」」

 

 拍手が、声援が、そして足を踏み鳴らす地響きすら心地好く聞こえるこの空間で、俺は立っている。

 

 舞鶴の子供たちが、佐世保の子供たちが、そして一部の深海棲艦たちが目標に向かって走り続け、それを応援する人や艦娘がいる。

 

 これは俺が望んでいた世界。命を奪い合う戦いではなく、スポーツマンシップにのっとり競い合う舞台は美しくもあり、非常に魅力的だった。

 

 まぁ、子供らしからぬ戦略などもあったけれど、それも合わせて成長を喜ぶべきなんだろう。

 

 みんなは笑い、怒り、悲しみ、そしてまた笑い合う。

 

 ほんの少し前は――、いや、今もどこかで醜い争いは起こっている。

 

 それは艦娘と深海棲艦であったり、人同士であったり、様々な組み合わせがあると思う。

 

 だけど今、俺の目の前ではいつまででも見ていたい光景が広がっているのだ。

 

 これは俺1人の努力でなしえたことじゃない。

 

 みんなが力を合わせ、知恵を振り絞り、より良い未来を描こうとした結果で実現した。

 

 だからこそ、観客たちは揃って声援や拍手を送り、子供たちもそれに応じようと必死に駆けている。

 

 一部にいたっては理由が違うかもしれないが、それでもその姿が美しく見えるのは変わりない。

 

 ならば、なればこそ、俺はこれからもできる限り精一杯子供たちを見守り、笑顔が浮かばせられるように努力しなければならないのだ。

 

 そのためには、やっぱり……争奪戦の行方が大事になってくるんだけれど、

 

『先頭争いの4人は未だ誰も脱落しないデッドヒートッ!

 ほぼ横並びの状態でゴールに向かって一直線!』

 

『もはや最後は気力勝負!

 根性が1番ある子が、勝利をもぎ取るのですわ!』

 

 子供たちの頑張りに青葉と熊野の実況にも熱が入り、それに合わせて観客の反応も色濃くなる。その大きさは生半可なモノではなく、騒音レベルで例えるならば警察に即刻苦情が入ってもおかしくないだろう。

 

 おかげで時折実況が聞こえにくいときがあるが、子供たちの様子は目で追えるので問題ない。

 

 それよりも俺として気になるのは、やっぱり結果な訳なのだが、

 

「やっと……追いつけそうね……」

 

『おおっと、ここで最後尾から必死に追い上げてきたマックスちゃんが先頭集団を射程圏内に収めてきたーーーっ!』

 

 いつのも無表情のまま……だけど、目にメラメラと燃えるような炎を秘めたマックスが、4人から10メートルほど後方まで迫ってきていた。

 

「ヤハリ……キタカッ!」

 

「うーん、思ったより早かったねぇー」

 

 緊迫した表情を浮かべたヲ級と、相変わらずマイペースな北上が振り返ってマックスとの距離を図る。

 

「誰がきたって、私は負ける気なんてさらさらないネー」

 

「その通りよ。

 正々堂々と、勝負してあげるんだからっ!」

 

 フンス……と鼻息を荒くしながら気合いを入れる金剛に、5人の中で1番疲労しているであろう雷が右腕をグルグルと肩で回しながら叫んでいた。

 

『先頭集団が向かうゴールまでの距離はおおよそ200メートル!

 4人の中から誰が1番に飛び出すんでしょうかっ!?』

 

『最後尾のマックスちゃんが、4人をごぼう抜きする可能性もありますわよっ!』

 

『目が離せない展開は、まさに最後の勝負に相応しいですっ!』

 

『ここで瞬きをしたら、一生後悔しちゃいますわっ!』

 

 若干大袈裟過ぎる気もするが、観客たちを最大限に盛り上げるにはこれで良いのかもしれない。

 

 まぁ、実際には青葉と熊野の声も歓声に紛れて聞こえにくかったりするんだけれど。

 

「ココシカ……ナイッ!」

 

 いきなりヲ級が叫び声を上げると、空気抵抗を極力減らすために低くしていた体勢をいきなり崩した。

 

 その結果、若干だが4人の中から置いていかれるように、少しずつ後方へ下がっていく。

 

「ヲ級!?」

 

 驚いた金剛がヲ級を見ようと振り返ろうとするが、雷と北上の動きも気になってしまったのか、一瞥するだけに留めたようだ。

 

『最初の脱落者はヲ級ちゃんかーーーっ!?』

 

 観客たちはそんなヲ級の姿と青葉の声にどよめき、いたるところから応援と悲鳴が上がっていた。

 

「がんばれ、ヲ級ちゃーーーんっ!」

 

「最後まで諦めるなーーーっ!」

 

「ウソダドンドコドーン!」

 

 しかし、そんな声も虚しくヲ級はどんどんと下がっていく。

 

 先ほど叫んだ言葉を聞いた限りではまだまだ行けると思ったのだが、あれはやせ我慢だったのだろうか?

 

 なんだか少しばかり怪しい気もするんだけれど……と思いながらヲ級の姿を目で追っていると、最後尾のマックスと並びかけた途端に、ほんの少し口元を吊り上げるのが見えた。

 

「マタ、会ッタネェ……」

 

「……っ、今度はなにをするつもりかしら?」

 

「別ニ邪魔ヲスル気ハナインダケドネー」

 

「その言葉を信じろって言うの……?」

 

 フン……と鼻を鳴らしたマックスは、それ以降ヲ級と会話をせずに無視をし、さっさと追いていこうと速度を上げる。

 

「……っ!?」

 

 しかし、ヲ級はそんなマックスとまったく離れることなく並走し、ニンマリと笑みを浮かべていた。

 

「やっぱり、なにかをするつもりなのね……っ!」

 

「サッキモ言ッタケド、邪魔ヲスル気ハ全クナイヨ」

 

 言って、なぜかヲ級はクルリと身体を半回転させて、後ろ走りの体勢になった。

 

「……は?」

 

 さすがに意味が分からないマックスは、目を点にして素っ頓狂な声を上げる。同じくヲ級を見ていた観客たちも、ぽかんと大きく口を開けて固まっていた。

 

『い、いったい、ヲ級ちゃんはなにをやっているんですの……?』

 

『さ、さすがの青葉も、分からないことも……ある……んですけど……』

 

 戸惑いまくる実況解説に、観客たちからは「諦めたんじゃないのか……?」と残念がる言葉が聞こえてくる。

 

 しかし、当の本人であるヲ級の顔は笑みを浮かべたままで、全く諦めているといった様子は伺えなかった。

 

「タダシ、結果的ニ巻キ込マレル可能性ハナキニシモアラズ……カナ」

 

 ヲ級がそう言った途端に顔から笑みを消し、両足を大きく広げて重心を落とした。

 

 端から見れば、今から四股を踏むような相撲取りの体勢であり、どう考えても速度勝負をしているようには見えない。

 

 ましてや後ろ向きで走っているところを考えても、半端じゃないことをやっているのは明白なんだけどね。

 

「5……」

 

「な、なにを……?」

 

「4……」

 

「い、いったいなにをするつもりなの……っ!?」

 

 あまりにも訳が分からないっぷりに、マックスは怯えたように表情を曇らせて肩を震わせる。

 

 しかしヲ級は返事をするどころか、いきなり頭の上についている大きな艤装の口をパックリと開けた。

 

「3……」

 

「……っ!

 な、なぜここで艦載機を……っ!?」

 

「2……」

 

 驚いたマックスはヲ級から距離を取るために進路を変えようと重心を傾ける。しかし、ヲ級は全く気にすることなくカウントダウンを続けた。

 

「1……」

 

 そして遂に次の言葉が最後となる……と思われたとき、ヲ級の頭についている艤装の口の奥がぼんやりと光り始め、

 

「0……ッ!」

 

 そう叫んだ瞬間、急にヲ級を中心とした激しい光が発生したのであった。

 




次回予告

 いったいなにが起きるんだってばよっ!?

 ヲ級の艤装が口を開け、激しい光が発生する。
それはいったいなにを意味するのか。そして、これがどういった結果になるのか。

 良い子は真似をしないでね。


 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その76「ワイルドスピード?」


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その76「ワイルドスピード?」

 いったいなにが起きるんだってばよっ!?

 ヲ級の艤装が口を開け、激しい光が発生する。
それはいったいなにを意味するのか。そして、これがどういった結果になるのか。

 良い子は真似をしないでね。


 

 カウントを終えたヲ級の頭にある艤装の口から激しい光と音が出現する。

 

「な、なんなの……っ!?」

 

 驚いたマックスは光で目が眩まないように手で視界を遮り、至近距離で鳴り響く大きな音に聴力をやられたのか、何が起こっているのかサッパリ分からないようだ。

 

『な、なんなのですか、この光と音はっ!?』

 

『眩し過ぎてなんにも見えませんわーっ!』

 

 少し離れた場所にいる観客たちも光や音に驚いてあたふたとしており、どうやら実況解説の青葉と熊野も同様らしい。

 

「ニトロブースト……起動ッ!」

 

 そんな中、この現象を起こしているヲ級の声が聞こえた瞬間、辺り一帯に広がっていた光が収束し、まるでジェット機のエンジンが稼動しているような音と同時に、ヲ級の身体が後ろ向きでとんでもない速度を出していた。

 

 足は海面から少し浮いた状態であり、どう見ても飛んでいるように見える。

 

 ヲ級の艤装の口からは青白い炎が吹き出し、どうやらこれが速度を上げることができた理由なんだと思ったのだが、

 

『い、いったいヲ級ちゃんになにが起こったんですかーーーっ!?』

 

 なんとか捻り出した……というよりかは、心境をそのまま口にした青葉の言葉に頷く観客一同。

 

 ぶっちゃけ俺も同じ気持ちなんだけど、そもそもこんな能力? なんて、全く知らなかったんだよね。

 

 ……って、冷静に考えている場合じゃなくて、これってとんでもないことだよなっ!?

 

「うっ、くぅ……」

 

 ヲ級が進む方向とは反対にいるマックスが、苦悶の表情を浮かべていた。身体中に激しい風が叩きつけられ、必死に転ばないようにバランスを保とうと必死になっている。

 

 おそらくヲ級の艤装から噴出する激しい光と炎による風かなにかが、直線上に立っているマックスに直撃しているのだと思われるが、どこからどう見ても危険以外のなにものでもない。

 

 どうにかして止めさせないと……と思ったものの、俺では海の上に立つこともできず、声を張り上げるしかないのだが、

 

 ゴオォォォォォッ!

 

 爆音が鳴り響き過ぎて、俺の声がほとんど届かないんですが。

 

 つーか、マジでなんなんだよ、こんちくしょおっ!

 

『ヲ級ちゃんの艤装から、じぇ、ジェットエンジンのような炎が出てますっ!?』

 

『と、とんでもない速度でヲ級ちゃんが飛んでますわーーーっ!』

 

「な、なんなんだよあれはっ!?」

 

「鳥か、飛行機か……っ!?」

 

「いや、スーパー……ヲ級ちゃんだっ!」

 

 観客からは様々な憶測が混じった声が上がっているんだけれど、最後の詰まり方ってちょっとおかしくないか……?

 

 聞き方によっては金色のオーラを纏った伝説の……になりそうだけど、よく考えたら呉鎮守府での一件であったル級とのやり取りでもやっていた気がする。

 

 ということは、今のヲ級って、本当になにか目覚めちゃったパワーとかが影響しているんじゃ……?

 

 ……なんてことを考えているうちに、ヲ級は一気に先頭集団との差を縮めていく。

 

「こ、この音はなんなのデスカッ!?」

 

「ヲ級が後ろ向きで飛んできてないっ!?」

 

「うーわー……。さすがにアレは、ありえないわー」

 

 驚く金剛と雷に、額に汗を浮かばせながら飽きれ声を上げる北上。

 

 端から見ていてもおかしいレベルを超えちゃっているのに、そんなヲ級が迫ってきている3人の心境は半端なモノじゃないだろう。

 

「コレガ僕ノ本気ダーーーッ!」

 

 そして後ろ向きで叫ぶヲ級だけれど、正直前って見えてんの?

 

「ちょっ、このままだと危なくないデスカッ!?」

 

「よ、避けた方が良いわよね……」

 

「でもそうすると、ヲ級にトップを譲ることになっちゃうねぇ……」

 

「そ、それは……マズイデース……」

 

 言って、金剛はヲ級と前方を見比べながら、焦った表情を浮かべている。

 

 おそらく先頭集団の3人からゴールまでの距離は100メートルほど。ここでヲ級に抜かれてしまったとなると、逆転は難しいだろう。

 

 いきなりジェットエンジンのような爆音と光を出し、とんでもない速度を出している時点で未知にもほどがあるのだが、これがいつまで続くか分からない以上、間違った選択は即負けを意味する……と、金剛は考えたのかも知れない。

 

 ヲ級はすぐ後ろにいる。ここでなにか手を打たなければ、今までの苦労が水の泡と消えてしまうだろう。

 

 考えをまとめ終わったのか、金剛の表情は焦りではなく真剣そのもので、しっかりとヲ級を見つめていた。

 

「おそらくヲ級は私たちをしっかりとは見えていないはずデス……」

 

「そ、そうだったとしても、あんな速度を出されちゃったら……」

 

「追いつかれないようにするのはまず不可能デスガ、妨害ならできるハズッ!」

 

「そうは言うけど、ヲ級の足が水面に触れていない以上、波を起こしたって意味がないかもよ?」

 

「確かに北上の言う通りデスケド、アレほどのスピードが出ていれば、横から少し力が加わると……」

 

「ははーん、なるほど。

 無理矢理軌道を変えるためにってことだねー」

 

「で、でも、それって非常に危険なんじゃ……」

 

 そう言った雷は、後方にいるマックスの姿を見る。ヲ級の艤装から放たれている強い風に吹かれてしまって思うように進むことができないばかりか、バランスを取るのが精一杯で進路を逸らすことすら難しいようだ。

 

 それほどまでの力を持つヲ級相手に横からの力を加えるなんて、本当にできるのだろうか?

 

 戸惑う雷は、頬を伝う汗を拭わぬまま金剛と北上の顔を見る。しかし、少し前に自分が言ったことを思い出し、大きく顔を左右に振った。

 

「いえ、そうじゃないわね。

 私は正々堂々と、正面から戦うわ」

 

「……まぁ、それも1つの手だよねー」

 

 雷の眼を見た北上は、小さく肩を竦めながらため息を吐くように言う。

 

「それならそれで良いデース。

 私は勝利を確実なモノにするために、ヲ級に立ち向かいマース!」

 

 自らに気合いを入れるため叫んだ金剛は、両頬をパシンと叩いてから身体を後ろに向けた。

 

「勝負は一瞬……。

 すれ違い様に、タックルを合わせることができれば……」

 

 大きく深呼吸をしながら、しっかりとヲ級の姿を見る。

 

「んー、そうなると……このあたりかなー……」

 

 集中する金剛と迫りくるヲ級の姿を見ていた北上は、ボソボソと呟きながら雷の手を引っ張った。

 

「えっ、ちょっ、なにをするのよっ!?」

 

「良いから良いから。

 巻き込まれたくなかったら、私の言う通りにした方が良いよー」

 

「わ、私は正々堂々と戦うんだから、変な小細工なんかするつもりは……」

 

「まぁまぁ、別に誰かの邪魔をするって訳じゃないんだからさー」

 

 そう言った北上は半ば無理矢理に雷を引っ張り、金剛から少し右側の方へ間隔を取る。

 

「さぁ、かかってくるデスッ!」

 

「ソノ声ハ……金剛カッ!」

 

 ヲ級はそう叫ぶものの、艤装の向きを変える訳にはいかないので顔は動かさない。

 

 おそらく金剛はそれが分かった上で声をかけ、ヲ級に少しでも隙を作らせようと考えたのだろう。

 

「ここが勝負の分かれ道!

 どっちが勝っても、恨みっこなしネー!」

 

「ソノ意気ヤ良シ!」

 

 金剛の言葉を聞いて嬉しそうに笑みを浮かべたヲ級は、なぜか両手を頭の艤装を両側から挟み込むように添えた。

 

 まさかここで艤装を外して正々堂々と戦う訳でもあるまいし、スピードが出ている以上変な行動は危険だと思ったのだが、

 

「ナラバ、ココデ更ナル奥ノ手ヲ出サセテ貰ウッ!」

 

 言って、ヲ級は両手を使って艤装を時計回りでクルリと180度回転させた。

 

 その瞬間、動力の方向が正反対になったことでヲ級のスピードは急激に落ちて停止しそうになる。

 

「……へっ?」

 

 なにが起こったのか分からなかった金剛は呆気ない声を上げて大きく眼を見開いたが、その気持ちは俺も同じ。

 

 頭の艤装でとんでもない速度を出せるばかりか、回転までできるってなんでもありかよっ!

 

「ココダ……ッ!」

 

 心の中で突っ込む俺の気持ちも露知らず。ヲ級はタイミングを見計い、今度は身体を同じように回転させて前を向く。結果、またしてもヲ級の身体は強烈な動力を受け、足が宙に浮く速度で金剛に襲い掛かった。

 

「コレガ僕ノ本気、パート2ダーーーッ!」

 

「whyーーー!?」

 

 前を向いたことでしっかりと視界を確保したヲ級に隙が生まれるはずもなく、金剛の目論みは完全に夢散してしまう。

 

 もはやこうなってしまった以上、できることと言えば二者択一。

 

 引くか、それとも攻めるかであるが、後者は完全に悪手であり、冷静になればどちらが良いかなんて分かるはずなんだろうけれど、

 

「あーあ……。これで金剛も負け確定かー」

 

「……ッ!?」

 

 明らかに金剛の耳へ届くように、わざとらしく北上が呟いていた。

 

 しかも自分は関係ないといった風に両手を頭の後ろで組み、全く興味がなさそうな口調で、

 

「これだからいつまでたっても先生をゲットできないんだろうなー」

 

「な、ななな……ッ!」

 

「恋は当たって砕けろなんだし、障害があるなら立ち向かってなんぼでしょうよー」

 

「い、言いましたネーッ!」

 

 顔を真っ赤にした金剛は北上に向かって大きく叫び、そしてあろうことかヲ級に向かって走り出した。

 

 そう――、つまり逆走ってやつなんだけど。

 

「私だっテ、本気を出せばヲ級くらい……ッ!」

 

「エッ、アッ、チョ……ッ!?」

 

「先生への思いを胸に……ッ、ばあぁぁぁにんぐぅぅぅらあぁぁぁぁぁぶぅぅぅっっっっっ!」

 

「オ、脅シニ屈シナイドコロカ、キュ、急ニ正面カラッテ、イキナリ進路ヲ変エラレルハズガ……ッ!」

 

 まるで金剛とヲ級が強力な磁石で吸い寄せられるように、2人は正面から向かい合い、

 

 

 

 ドッカーーーーーンッ!

 

 

 

「Nooooooooooo!」

 

「グワラゴグワキーーーンッ!」

 

 金剛とヲ級の悲鳴とともに、2人の身体が大きく宙に舞う。

 

『ヲ級ちゃんと金剛ちゃんが正面衝突ーーーっ!?』

 

『あの衝撃では非常に危険ですわっ!

 救護班は今すぐ出動して下さいーーーっ!』

 

 それはもう見事というしかないくらい綺麗な放物線を描く吹っ飛び方に、実況解説の青葉と熊野の声にも緊張が走る。

 

 ヲ級の勢いが大きかったのか、空を舞う2人の方向は前方――つまりゴール地点に向かっている。

 

 騒然と化した観客たちからどよめきと悲鳴が上がる中、俺は即座に椅子から立ち上がって落下地点辺りに向かい走り出した。

 

「ありゃりゃ、思ったのとはちょっち違う感じだけど、このままじゃマズイかなぁ……」

 

「ま、マズイもなにも、2人は完全に吹っ飛んじゃってるじゃないっ!」

 

 北上が掴んでいる手の力が弱まったのを見計らい、雷は叫びながら振りほどく。そして、空を飛ぶ2人の姿を眼で追いながら速度を上げた。

 

「勝負の途中だけど、こんな状態を放っておく訳にはいかないわっ!」

 

 おそらく大きな衝撃を受けた2人の意識はなく、海面に叩きつけられてしまえば沈んでしまうかもしれない。第4ポイントで比叡と五月雨が転覆しかけたときは救助が間に合ったけれど、現在の位置から救護班が出発する場所を考えると、非常に危険だと思ったのだろう。

 

「海に落ちたら助けられない……。

 それなら、空中にいる状態でキャッチするしかないわよねっ!」

 

 雷はいきなり北上に顔を向けながらそう言うと、返事を聞かずに前へと走る。

 

「それってつまり、手伝えってこと……か」

 

「はぁぁぁ……」と大きなため息を吐いた北上は、ヲ級と金剛の姿を確認してから肩を竦め、雷の後を追っていく。

 

 空を舞うヲ級と金剛。海面を必死に走る雷とそれを追う北上。そして最後尾を走るマックス。

 

 ゴール地点へもう間近というところで起こったアクシデントによって、もはや競技どころではない状況に中止を進言する声が上がった途端、

 

 

 

 思いもしなかったところから、大きな叫び声が聞こえてきたのであった。

 




次回予告

 いやもう中止が妥当だと思うんですが。
そんな主人公の気持ちもどこへやら、レースはまだ続いている。
それどころか、とある叫び声によって更に激しい展開が予想され……?

 やりたい放題だよ、こんちくしょうっ!


 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その77「決着ッ!」


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その77「決着ッ!」


 いやもう中止が妥当だと思うんですが。
そんな主人公の気持ちもどこへやら、レースはまだ続いている。
それどころか、とある叫び声によって更に激しい展開が予想され……?

 やりたい放題だよ、こんちくしょうっ!


 

「マダダ、マダ終ワランヨッ!」

 

 衝突によって宙に浮いていたヲ級が、あろうことか平泳ぎをするような仕種で空中を漕ぎながら叫んでいた。

 

『あれほどの衝撃を受けながらも、まだゴールに向かうつもりなんですのっ!?』

 

 ヲ級に意識があるどころか、まだ勝負を諦めていなかったことに熊野が驚きの声を上げる。そして観客たちもそのことに気づき、心配する声と共に拍手喝采も飛び交っていた。

 

「ほ、本当に大丈夫なのかっ!?」

 

「本人がそう言っているんだから、最後までやらせてやれよっ!」

 

「だけど、あんな高さから海面に落ちたらさすがにヤバいんじゃ……」

 

「だからこそ、そのための救護班が向かってるんだろ?」

 

「さすがはヲ級ちゃん!

 決して諦めない心意気に痺れる憧れるぜっ!」

 

 賛否両論の論争が起こっているが、ボルテージは確実に最高潮といった感じではあるんだけれど、やはり危険なのは間違いない。いくらヲ級が深海棲艦であるとはいえ、まだ子供の身体なのだからあの勢いのまま海面に叩きつけられたら無事では済まない……と思いきや、

 

「僕ノ本気……パート3!」

 

 そう叫んだヲ級は、就職試験で面接官を前にした緊張する学生のように、両肩を少し上げてピッタリと両手を太ももの側面に添えた。

 

 空中であんな格好をするということは、おそらく空気抵抗をできる限り減らすためだろうが、それだけならわざわざ『本気』だなんて叫ばないはずなのだが、

 

「最後ノニトロヲ使ウ……ッ!

 イッケェェェーーーーッ!」

 

 ヲ級の向きとは正反対のままだった頭にある艤装の口部分から光が発生し、またもやジェットエンジンのような音が聞こえたのも束の間、すぐに反応が薄くなる。

 

「……クッ!

 残量ガホトンドナイカッ!」

 

 しかしそれでも空中にいるヲ級の速度が少しばかり速くなったようであり、放物線を描いていた軌道が変化してゴール地点へ一直線に向かっていく。確かにこの調子で行けば、海面を走る雷や北上よりも早く到達するかもしれないが……、

 

「どうしてヲ級の速度が早くなったのっ!?」

 

 衝突した2人を助けようとしていた雷は落下地点へと急ぐことに集中していたためか、ヲ級が速度を早める行動をしたことに気づいていなかったようだ。

 

 もしこのまま雷がヲ級を助けようとし、落下地点でキャッチをしようモノなら大惨事は免れない。ただでさえあの高さから落ちてくるのに、速度まで増したとなれば衝撃の大きさは生半可ではないだろう。

 

「このままじゃ、私が落下地点に到着するよりも早いじゃないっ!」

 

 雷は助けるべき相手をヲ級へと絞り込み、更に速度を上げた。

 

 これでは完全に雷の行動はから周りになってしまい、更に衝突の可能性が高くなってしまう。

 

「雷、違うんだっ!

 ヲ級はまだ諦めては……」

 

「「「ウオォォォォォッ!」」」

 

 俺はなんとか雷に現状を理解させようと必死に叫んだのだが、それ以上の声が周りから上がってかき消されてしまった。

 

「な、なんなんだいったいっ!?」

 

 声を上げる観客たちは、皆空を見上げながら驚いたり喜んだりする表情を浮かべている。

 

 釣られて視線を向けてみると、空中からゴールを目指していたはずのヲ級が、まさかの状態になっていた。

 

『な、なんとヲ級ちゃんがいきなり回転しはじめたーーーっ!』

 

『あ、あれではまるで、とてつもなく大きな亀の怪獣の飛び方じゃありませんことーーーっ!?』

 

 熊野の言う通り、見た目は完全にガメラだった。

 

 ただし、手足から炎が飛び出しているという訳ではなく、艤装の口部分から不規則に光が出ているのだが。

 

「イ、イキナリ艤装ガ暴走ヲーーーッ!?」

 

「完全にミスってんじゃねーかっ!」

 

 俺はほぼ無意識でツッコミの声を上げたものの、それ以外に取れる方法は見つからない。

 

 ヲ級の身体が水平に回転しまくっていることで若干速度は落ちたように見えるが、助けようとする雷には余計に状況が悪化してしまったといえるだろう。

 

「こ、今度はヲ級が回転してるのっ!?」

 

 さすがにこの騒ぎで雷も気づいたようだが、それでも助けようとする気持ちが変わることはないどころか、

 

「あんなの、放っておいたらどうなるか分かったもんじゃないじゃないっ!

 ヲ級は絶対に私が助けるんだからっ!」

 

 余計にやる気を出してしまったらしく、海面を走る雷の速度が更に速くなっていた。

 

 もちろん、その間俺は何度も大声を上げて説明しようとしたのだが、雷の耳には全く届かず失敗に終わる。

 

 こうして、絶体絶命の危機がすぐそこまで迫ってしまった……と後悔しそうになったとき、ヲ級と雷を捉えていた視界の隅に1つの影が入り込んできた。

 

「はぁ……。

 どうやらここは、私が頑張るしかなさそうだねぇー」

 

 けだるそうな表情を浮かべながらため息を吐き、右腕をグルグルと回す北上がヲ級の真下へと移動する。

 

 北上の頭とヲ級が飛んでいる高さの差はおおよそ2メートルほど。急に軌道が変われば北上に衝突してしまうかもしれない状況に、辺りからも驚く声が上がっていた。

 

『き、北上ちゃんがヲ級ちゃんの真下に移動しましたけど、大丈夫なんですのっ!?』

 

『ど、どう考えても危険としか思えないですけど……』

 

『緊急事態に備えて、救助隊は早く現地へ向かってくださいーーーっ!』

 

 熊野の叫びに救助隊の漣と弥生が応えたかどうかは分からないが、まだ近くには到着していないらしい。

 

 どちらにしろ、ほんの少しの動きが変わっただけでなにが起こるか全く分からないのだが、

 

「それじゃあ、ちょいと踏ん張りますよー」

 

 そう言った北上は、海面を走りながら座り込むようにスクワットの体勢を取った。

 

 パッと見た限りだと、北上がヲ級にぶつからないように姿勢を低くしたかのような感じである。しかし、もしその考えならば、わざわざヲ級の真下に移動しなくても良いだろう。

 

「よいしょ……っと」

 

 すると北上はいきなり180度回転し、後ろ走りになったのだ。

 

 しかも、座り込んだままの状態で。

 

 他の子供たちも同じようなことをやっていたけれど、正直に言ってやっていることが半端じゃない。

 

「失敗しないように、しっかりと狙いを定めてー……」

 

 北上はその姿勢のまま顔だけを上に向け、ヲ級の位置をしっかりと確かめた後、

 

「反対に向いたから、コマンドは逆になっちゃうんだよねー」

 

 謎な言葉を吐いた途端、北上の膝がスッと伸びた。

 

『き、北上ちゃんがいきなりジャンプを……っ!?』

 

『あ、危ないですわーーーっ!』

 

 その瞬間、至るところから悲鳴が上がる。

 

 空中で回転するヲ級に向かって特攻をするかのように突っ込む光景を見れば、それは分からなくもない。

 

 実際にフワリと浮いた北上は右腕をヲ級に伸ばし、吸い込まれるように向かっていく。

 

 どう考えても大惨事は確定……と思えてしまう状況なのに俺はなぜかどこかで見たかのような北上の動きに見とれてしまっていた。

 

 そして、ヲ級と北上が衝突する寸前に、

 

 

 

「しょーりゅーけんっ!」

 

 

 

 いつものやる気がない北上とは違い、気迫のこもった叫び声が口から放たれ、

 

 

 

 パッカーーーンッ!

 

 

 

「アベシッ!?」

 

 

 

 回転しまくっていたにも関わらず、北上の拳は見事にヲ級の顎へとヒットしたのであった。

 

「フッ……、決まった……」

 

 見事な対空技を決めた北上が、空中でパッツンな前髪を左手でかき上げる。

 

 自慢げな表情は分からなくもないが、やっていることは色々と問題がありまくりな気がします。

 

「ど、どうしていきなりヲ級の回転が縦に変わってるのよっ!?」

 

 そしてまたもや驚く雷が叫び声を上げていたが、今回も見ていなかったのね……。

 

 ついでにその横で飛び上がっている北上には突っ込まないのかと聞きたいんだけれど、相も変わらず周りが騒がし過ぎて声が届かないだろう。

 

『飛びあがった北上ちゃんの拳がヲ級ちゃんにヒットーーーッ!』

 

『ヲ級ちゃんが凄い回転で浮き上がっちゃいましたけど、大丈夫ですのーーーっ!?』

 

『それも気になりますけど、これってこのまま落下したら北上ちゃんの妨害行為が認められてしまうんじゃないんですかね……?』

 

『元々金剛ちゃんとの衝突から始まった訳ですから今更感が否めないですけど、どうなんでしょう……』

 

 戸惑いながら会話をする青葉と熊野に、周りの観客から賛否両論の声が飛び交いだす。

 

「今のはどう考えても直接攻撃だろっ!」

 

「だけど、あのまま放っておいたら雷ちゃんが危なかったんだぜっ!」

 

「いやいや、そもそも元から危険過ぎたんだから止めなきゃ駄目だったんだってばっ!」

 

「しかしヲ級ちゃんはまだ諦めていなかったんだぞっ!」

 

 すでに言い争いと化していた観客勢から不穏な空気が流れだし、子供たちだけではなくこちらもヤバいかもしれないと思っていたところ、

 

「……でもさぁ、ヲ級ちゃんってまだ諦めていないよな?」

 

「「「……え?」」」

 

 ボソリと呟いた1人の観客の声に、多くが首を傾げながらヲ級を見る。

 

 すると、縦回転をしまくっていたヲ級がいつの間にかゴールの方へ向き、金剛とぶつかって吹っ飛んだときと同じような体勢に戻っていた。

 

「チャンスハ最大限ニ生カス……、ソレガ僕ノ主義ダ……ッ!」

 

 そう叫んだヲ級だが、横回転をしていたときよりも勢いはない。

 

 その結果、ヲ級を助けようとしていた雷が落下地点を再度予想して先に回り込んだところ、

 

 

 

 パアァァァンッ!

 

 

 

 大きな空砲が鳴り、観客たちがなにごとなのかと一斉に辺りを見回している。

 

「……?」

 

 同じく雷も1度ヲ級から視線を外してキョロキョロと左右を見回すと、傍には赤城と加賀が立っていた。

 

 

 

『ゴォォォォォォォォォルッッッ!』

 

『色んなことがありましたが、雷ちゃんが1着でゴールしましたわーーーっ!』

 

「え、えっ、えっと……?」

 

 訳が分からないといった風にパニックを起こしかけた雷は、加賀の方に向かって顔を傾げる。

 

 その横を、対空技からいつの間にか復帰した北上が通り過ぎて行った。

 

『そして2着は北上ちゃんだーーーっ!』

 

『さっきの技が妨害行為になるかはまだ不明ですけど、まずは健闘を称えますわーーーっ!』

 

「ふぃー、なんとか2着は取れたかー」

 

「あれ、あれあれ……?」

 

 額を袖で拭いながら速度を落とした北上に、未だに理解できていない雷。

 

 そして、完全に雷が目を離していたおかげなのか、

 

「トドメハ超級覇●電影弾ダーーーッ!」

 

 

 

 ドッポーーーンッ!

 

 

 

 ゴールラインのすぐ前に落下したヲ級が、大きな水柱を上げて着水した。

 

 最後までネタに生き、そしてネタで終わったヤツだったな……。

 

「コラッ、僕ハマダ死ンデナイゾッ!」

 

 俺の心を読むかの如くツッコミを上げるヲ級だが、そう言えば深海棲艦なんだから水中に落ちても問題なかったのね……。

 

 まぁ、多少の衝撃を受けたらしく顔面をさすってはいるものの、どうやら大事には至っていないらしい。

 

「な、なんとかゴールできたわね……」

 

『そして4着には最後尾のマックスちゃんだーーーっ!』

 

『ヲ級ちゃんの本気に巻き込まれた形となりましたが、1つ順位を上げましたわーーーっ』

 

 熊野の言葉に周りから少しばかりパチパチと拍手が上がり、若干は落ち着きを見せたのかと思いきや、

 

「……そういえば、あと1人残っていなかったっけ?」

 

 またもやボソリと呟いた観客の声に、皆は「あっ!」と驚きの表情を浮かべ、

 

 

 

「Nooooooooooo!」

 

 

 

 バッシャーーーンッ!

 

 

 

 ヲ級に引き続いて2つ目の水柱が、ゴール地点より少し先に上がったのであった。

 




次回予告

 全ての子供たちがゴールラインを越えた。
それは順当ではなかったけれど、なんとか競技は終わったんだけれど……、

 結果を聞く前に、なんか色々起こっちゃってるよね?


 艦娘幼稚園 第二部 
 舞鶴&佐世保合同運動会! その78「嵐の前の恐怖……?」


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その78「嵐の前の恐怖……?」


 全ての子供たちがゴールラインを越えた。
それは順当ではなかったけれど、なんとか競技は終わったんだけれど……、

 結果を聞く前に、なんか色々起こっちゃってるよね?


 

「わっぷ……わっぷ……デース!」

 

『さ、最後の金剛ちゃんがそのまま海面に落下ーーーっ!』

 

『は、早く救護班は……』

 

 溺れそうになっている金剛の様子を見て焦る熊野が声を上げようとしたところで、水柱に向かう2人の艦娘が現れる。

 

「救護班弥生、到着しました……」

 

「漣もいるよー。ほいさっさー!」

 

 正反対だがいつも通りのテンションで、どこに向けているのか分からない敬礼をした2人は、すぐさま金剛の救出を開始した。

 

 しかし、ヲ級と正面衝突をしたせいで高く浮かび上がった金剛がかなりの距離を吹き飛ばされてしまい、そのまま海面に叩きつけられて大きな水柱を立てたものの、溺れまいと手足を動かしているところを見ると、大怪我をしているという感じはなさそうだ。

 

 ヲ級といい、金剛といい、艦娘って本当に丈夫だよなぁ……と、つくづく思う。

 

 まぁ、その辺りは今までにも身をもって知っている俺が言うのもなんだけれど。

 

「……大丈夫。まだ沈んでないから」

 

 1番近くにいる弥生も金剛の様子がしっかりと分かっているようで、そんなに焦っている風にも見えない。

 

 このまま任せておけば、おそらく大事にはいたらないだろう……と思っていたのだが、

 

「この程度のことなら、高雄秘書艦に投げられたよりマシですからねー」

 

「………………」

 

 ケラケラと笑いながら救出活動を進める漣の言葉に、いつもは無表情な弥生の額から頬にタラリ……と一筋の汗が流れ落ちる。

 

「漣……、あんまり下手なことは言わない方が……良いかも」

 

「どうしてです?」

 

「わ、分からないなら……別に良い……」

 

 ボソリと呟いた弥生はそれ以上話さず、金剛の救出に集中することにしたらしい。

 

 だが、その気持ちを知ってか知らないでか、漣は続けて口を開く。

 

「それに漣は高雄秘書艦のスパルタ訓練より更にキッツイのを受けましたから、今となっては他の艦娘がハードだか言うレベルのだったら耐えるのは余裕ですよー」

 

「………………」

 

「いやー、さすがに先生のファンクラブが私を集団で取り囲んだ挙げ句に拉致ったときは焦りましたけどねー。

 でもまぁ仕置人にオシオキされることを思えば、天と地ほどの差が……」

 

 漣は自慢げに胸を張りながら喋り続けており、金剛の救出する手があまり進んでいない。

 

 それに不満を感じたのか、弥生は少し不機嫌そうな表情で漣を見ようとした瞬間、ピタリと手が止まった。

 

「それに比べれば同じくらいの相手にぶつかって吹っ飛ぶ程度じゃ、そうそう簡単にくたばっちゃう訳は……」

 

「漣……、黙って」

 

「はえ?」

 

 弥生の言葉に驚いたのか、漣は首を傾げながら視線を向けた。

 

「どうしたんです、そんな顔をして……?」

 

「命が惜しければ、黙って手を動かした方が……良い……」

 

「なにをそんなに驚い……て……、え……?」

 

 漣から見て弥生がいる方向の先。ちょうどそこには埠頭があり、金剛が救出される様子を見守っている観客たちが立っている。

 

 ただ、少しばかり前によろしくない発言をした観客が埠頭から海に転落した場所であり、

 

「あらあら~。

 なんだか、オシオキされたい方の匂いがするような~?」

 

 手提げ袋を持ってニコニコと笑みを浮かべるヤン……じゃなくて艦娘が、観客たちに混じっているのが見えた。

 

「……ひぎっ!?」

 

 外部的要素を一切受けていないはずである漣の身体が飛び上がり、直後に急速冷凍されたかのように硬直する。

 

 そして漣の額どころか顔中のいたるところに大粒の汗が浮かび、全身がガクガクと痙攣し始めた。

 

「……分かったなら、気づいていないフリで救出作業に集中した方が良い」

 

「あわ……、あわわわ……」

 

 すでに半泣きではないレベルで顔面が崩壊してしまっている漣にどんな言葉をかけてもフォローすることはできなさそうで、弥生は小さくため息を吐いてから1人で頑張ることにする。

 

「オシオキ……、オシオキされちゃうよぉ……」

 

 その間、漣は完全に縮み上がってしまったようで、完全に使い物にならなくなっていた。

 

 

 

 

「任務……完了。

 もう大丈夫だよね、金剛ちゃん?」

 

「ハイ……、ありがとうございマース……」

 

 海面に立つ金剛を見た弥生は、うっすらと笑みを浮かべながらコクリと頷く。しかし、当の本人である金剛は浮かない表情で、肩を落としながら何度もため息を吐いていた。

 

 

「どうしてそんなに落ち込んでいるの……?」

 

「それは……、せっかくチームの皆が頑張ってくれたのに、私のせいで最下位になってしまったからデース……」

 

 言って、またもやため息を吐く金剛が、泣き出しそうな顔で弥生を見る。

 

「それでも金剛ちゃんは、精一杯頑張ったんでしょ……?」

 

「そ、そうですケド……」

 

「それじゃあ落ち込んじゃダメだよ。

 失敗をしても取り返しがつかないことじゃないんだから、次に生かせば良いんだよ」

 

「で、でも……、先生の所有権も手に入らなくなっちゃいましたシ……」

 

「それは……まぁ、まだチャンスがない訳じゃないと思うよ……?」

 

「そう……なんデスカ?」

 

「結果はまだ出ていないんだし、借りに今回がダメだったとしても、諦めるつもりはないんだよね?」

 

「……っ、その通りデース!」

 

 弥生の言葉を聞いてハッと顔を上げた金剛は、コクコクと頷いてから大きな返事をした。

 

「それじゃあ、まずは結果発表を聞かないとね」

 

「そうデスネ!

 弥生お姉ちゃん、ありがとうございマース!」

 

「……ううん、どういたしまして」

 

 弥生はフルフルと顔を左右に振ってから、金剛の頭を優しく撫でる。

 

 端から見ればほんわかしてしまう光景に観客の一部も微笑ましく見ているようだが、弥生の言葉を聞く限り、俺としてはちょっとばかり困る内容もあった訳で。

 

 あと、未だに震えたまま固まっている漣が少々可哀相なんだけど、これってやっぱりヤン……じゃなくてあの艦娘がジッと見ているからだろうなぁ……。

 

『金剛ちゃんの救出も一段落が済み、そろそろ結果発表へ参りたいと思います!』

 

 そんな中、頃合いという風に青葉の声がスピーカーから流れてきた。

 

『それでは各チームの順位を……と言いたいところですが、その前に第5ポイントにおける子供たちの行動について議論いたしました内容をお伝えいたしますわ』

 

 すると、熊野の言葉を聞いた観客がざわつき始める。

 

「それってやっぱり、金剛ちゃんとヲ級ちゃんの衝突の件だよな……?」

 

「それに、北上ちゃんの対空技の件もあるんだろうな……」

 

「もしかして、マックスちゃんの順位が一気に繰り上がる可能性が微レ存……?」

 

「いや、しかし雷ちゃんの1着は変わらんだろう!」

 

「それより、ヲ級ちゃんの艤装って問題にならないのかな……?」

 

「あれは確かに……、子供で扱うには危険過ぎるよな……」

 

「あれって、ヲ級ちゃんの能力なんだろうか……?」

 

「も、もしかすると、またしても元帥の罠かもしれないぜっ!」

 

「元帥殺すべし、慈悲はない!」

 

 徐々に盛り上がる討論……というか、完全に元帥抹殺コールへと変わりそうな雰囲気に若干冷や汗モノなんですが。

 

 確かに元帥なら面白そうだからという理由だけでヲ級の艤装を改造したなんてことはありえなくもないけれど、いくらなんでも証拠もなしに決めつけるのは良くないと思う。

 

 ただまぁ、今までやってきたことがことだけに、そう思われてしまっても仕方がないんだけどね。

 

「フムフム……、ちっちゃなヲ級ちゃんを危険な目にあわせたのは元帥なんですか~。

 それはいけませんね~……」

 

 そしてどこからともなく聞こえてくるヤン……艦娘の声に、俺の背筋に冷たいモノが走る。

 

 あかん。これ完全に、元帥オワタ……だ。

 

 さらば元帥。色々あったけど、死ぬ運命を前にしたら少しばかりは悲しくなっちゃうよ……。

 

「でもまぁ、あれですねー。

 さっきのヲ級ちゃんが爆走したのは艤装にニトロを積むという行為ですから、多少の知識と技術がないとできませんよねぇ……」

 

 そう言ったヤン……艦娘は、なにかを思いついたようにポンっと手を叩き、

 

「この舞鶴鎮守府で艤装をいじると言ったら彼女でしょうから、まずは尋問……じゃなくてO☆HA☆NA☆SHIをしに行きましょうか~」

 

 ニコニコと満面の笑みを浮かべて、大通りの方へと向かって行った。

 

 ………………。

 

 艤装……、いじる……、艦娘……。

 

 も、もしかして……、夕張……だったり……するんだろうか……?

 

 ………………。

 

 に、逃げろ……、夕張ぃぃぃっ!

 

 

 

『えー、静粛に……、静粛にお願いいたしますっ!』

 

 異様なまでに観客たちが盛り上がってしまったため、落ち着かせようと青葉の声がスピーカーから流れてきた。

 

 しかし、それでも元帥への恨み節は止まらず、このままでは収集がつかないのではないかと焦りだしたところ、

 

『今から子供たちの行為について議論したことをお伝えしようと思うのですが、あまり騒ぐと主砲をぶち込みますよ?』

 

 ……と、熊野の口調とは似ているけれど明らかに違う声が聞こえ、一瞬のざわめきの後に辺り一帯が静けさに包まれた。

 

「お、おい……、今の声って高雄秘書艦だよな……?」

 

「あ、あぁ、間違いないはずだ……」

 

「げ、元帥ならともかく、高雄秘書艦だけは絶対に怒らせちゃダメだからな……」

 

「戦艦クラスですら瞬殺する、人呼んで殺戮艦娘(キリングカンムス)か……」

 

「そ、その名は呼ばないほうが良いぞ……。仕置き人と一緒で、下手をすれば………………っ!?」

 

「……お、おいっ、どうした?

 ど、どこに消えたんだっ!?」

 

 男性の悲壮な声が聞こえた途端、またもや観客たちが急にざわつき始めるも、スピーカーから「……ごほんっ!」と咳込む音が聞こえ、ピタリと喋り声が止んだ。

 

『静かになったので、それでは皆様にお伝えいたしますわ。

 青葉、熊野、後はよろしくお願いしますわね』

 

『は、はいっ、了解でありますっ!』

 

『あ、後は私たちに任せてくださいませっ!』

 

 放送席で高雄に向かってビシッと敬礼をする青葉と熊野の姿が用意に想像できてしまうことに呆れつつ、俺は「はぁ……」と大きく息を吐く。

 

 お約束な流れもそうだったけれど、今の俺はそれ以上に夕張のことが心配で、無事であることを祈りながら目を閉じる。

 

 そしてそれと同時に、ついに全ての競技が終わり、俺の争奪戦の行方がハッキリしてしまうのだと、胸が締めつけられる思いでいっぱいになった。

 

 果たしてどういう結果になったのか。

 

 下手をすれば2着に入った北上が失格になり、俺の未来だけではなく、幼稚園そのものが危機に陥ってしまうかもしれない。

 

 そう考えると気が気でなくなりそうで、思わず耳を塞ぎたくなる。

 

 しかし、それでも俺はこの結果を聞かなければならないのだと、心を強く持ちながらゆっくりとまぶたを上げた。

 




次回予告

 なんか今話ってヤン鯨回だった気がする。

 それはさておき、遂に最終結果が発表される。
果たしてどうなったのか。主人公の未来は明るいのかそれとも……?


 艦娘幼稚園 第二部 その79「結果発表!」
 舞鶴&佐世保合同運動会! 


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その79「結果発表!」

 なんか今話ってヤン鯨回だった気がする。

 それはさておき、遂に最終結果が発表される。
果たしてどうなったのか。主人公の未来は明るいのかそれとも……?


『それでは改めまして、子供たちの行動についての議論した結果をお伝えいたしますっ!』

 

 色々あったが仕切り直しとなった発表に、観客一同は固唾をのんでスピーカーの方へと視線を向ける。

 

 もちろん俺の今後が決まる大事な内容なので、一字一句聞き逃さぬようにと集中した。

 

『さて、それではまず、議論をする理由となったポイントですね』

 

『ことの発端は第5ポイントの後半戦、ヲ級ちゃんが艤装を使った超加速を行ったことですわ』

 

 説明を聞くうちに、ヒソヒソと観客から内緒話をしている声が聞こえてくる。堂々とではなく小さい声で話しているところが、如何に高雄の影響力が高いかを物語っているだろう。

 

 まぁ、さきほどの反応を見ていたらすぐに分かっちゃうけどね。

 

 本当に、姉妹揃って恐ろしいったりゃありゃしない。

 

 ……そんな妹に惚れちゃっている俺もどうかと問われれば、言葉を返し難かったりするんですが。

 

『これにつきましては、直接他の子に妨害をするために艤装を使用した訳ではないということで、ペナルティは科されないとなります』

 

『発動時にマックスちゃんが少し影響を受けましたが、回避できなかった訳ではありませんからですわ』

 

 この発表を受けて、1部の観客たちが喜びの声を上げた。おそらくヲ級のファンと思われるが、対して不機嫌そうな顔を浮かべているのはマックスのファンだろうか。

 

『続いて、超加速を行ったヲ級ちゃんにぶつかった金剛ちゃんですね』

 

『これに関しては明らかに正面から向かいましたし、妨害しようとした意思が見受けられましたわ』

 

 すると今度は、観客からそこそこ大きなざわつきが上がる。

 

「お、おいおい、まさか金剛ちゃんが失格なんてことになっちまうのか……?」

 

「確かに直接妨害しようとしたのは丸分かりだったからなぁ……」

 

「し、しかし、ここまで頑張ってきて失格ってのは、さすがに可哀相じゃない……?」

 

 徐々に金剛を擁護する声が大きくなり始め、またしても高雄が切れるんじゃないか……と不安になりそうになった途端、タイミングを見計らったように青葉の声がスピーカーから流れてきた。

 

『みなさん、ご安心下さい。

 金剛ちゃんの行動は議論でも問題視されましたが、着順が最下位だったことも考えて失格という判断にはいたりませんでした』

 

『最後の競技だったのでこういった結果にはなりましたけれど、次の機会で同じことをすれば十分に失格になり得るということはご理解下さいませ』

 

「「「おぉぉ……」」」

 

 観客たちは安心したように大きなため息や声を漏らし、ホッと胸を撫で下ろす。

 

 金剛は敵チームではあるものの、俺もこれについては同意見であり、失格にならなかったことは素直に喜びたいところなんだけれど、

 

「そうなると、順位的にはどうなるんだろう……?」

 

 金剛が所属するしおいチームは第4競技を終えた時点で暫定トップだったはず。いくら最後の競技で最下位になったとしても、それまでに貯めた順位ポイントを考えると、俺のチームが優勝するのはかなり厳しいものになるんじゃないだろうか。

 

 それに、さらなる不安がもう1つ、

 

『そしてその後、北上ちゃんの行動なんですが……』

 

 ――そう、俺のチームである北上は、空中にいたヲ級に対して対空技を見事にかましちゃっているんだよね。

 

 つまりは、どう考えても詰んじゃっているってことで。

 

 俺の未来、絶体絶命。

 

『空中にいるヲ級ちゃんに対して直接攻撃を加えたとして、妨害行為に及んだ……と議論いたしましたわ』

 

 そして熊野が続けた言葉を聞いた瞬間、俺の身体から力が抜けてしまって、その場で膝をつきそうになってしまう。

 

『金剛ちゃんと違う点は、両者痛み分けという感じになった訳でもなく、一方的に北上ちゃんが攻撃をしたと見られた』

 

『しかし、北上ちゃんがこの行動を取ったことで、他の子供たちへの被害が少なく済んだ……とも取れたのですわ』

 

「え……っ!?」

 

 思いもしなかった言葉を聞き、俺はハッと顔を上げる。

 

『金剛ちゃんと衝突したヲ級ちゃんですが、吹き飛ばされてもなお諦めずに艤装を使ってゴールを目指しました。

 しかし、途中で艤装が暴走をした為に危険な状態へとなり、そのまま放置すればヲ級ちゃんを助けようとした雷ちゃんにまで危険が及ぶと考えられたのです』

 

『それをその場で察知した北上ちゃんが緊急的手段として、ヲ級ちゃんの勢いを弱めるべく対空技を放った……というのが、議論して導き出したのですわ』

 

「「「ざわ……ざわ……」」」

 

 考えもしなかった答えに驚く観客たち。

 

 その中で1番衝撃を受けているのは俺なんだろうけれど、これってつまり……、

 

『その結果、北上ちゃんの対空技は妨害行為ではなく、緊急手段として認められました』

 

『それらをまとめた上、最終的な着順を発表いたしますわ!』

 

 首の皮が繋がった……ということになっちゃうのかなっ!?

 

『第5競技の1着は、愛宕チームの雷ちゃんです!』

 

「わ、私が勝っちゃったんだ……」

 

「「「うお……おぉぉぉぉぉっ!」」」

 

 唐突だった展開に戸惑う雷と観客たちだが、すぐに理解したらしく一気に盛り上がり始めた。

 

「な、なんだか拍子抜けって感じだけれど、勝利したから結果オーライよね!」

 

 ゴール地点で胸を張る雷が、右手を高々と上げて観客たちにアピールする。

 

『続けて2着は、先生チームの北上ちゃんですわ!』

 

「フフフ……、これがハイパーな北上様の……計算どーりだねー」

 

 全く子供らしからぬ言葉と仕種も観客たちを盛り上がらせるのには一役買っているらしく、歓声が人一倍高くなった。

 

 しかし、その言葉が本当ならば、1着を狙ってほしかったんだけど……と突っ込みたくもなっちゃうんだけど。

 

 仮にも優勝できなかったら幼稚園が崩壊してしまうかもしれないという予想をした本人だったのなら、もう少し考えて行動して欲しかったよなぁ……。

 

 それとも、なにか他に別の思惑が……?

 

『そして3着は、港湾チームのヲ級ちゃんです!』

 

「「「ヲ級ちゃーん、ナイスファイトーーーッ!」」」

 

「結果ハ満足デキナイケレド、マァ仕方ナイカナ」

 

 言って、雷と同じように右手を上げ、ついでに触手をブンブンと振るヲ級。

 

「キャーッ!

 ヲ級ちゅわーん、カッコカワイイーーーッ!(≧▽≦)」

 

 少し離れた観客の中から野太く高い声が聞こえたんだけど、もしかしなくてもコンビニ店長です。

 

 最近見なかったんで記憶から消え去ってしまうくらい薄れていた存在だったけど、ちゃっかり見にきていたのね……。

 

『4着は、ビスマルクチームのマックスちゃんですわー!』

 

「ふがいない……、ふがいない結果だわ……」

 

 海面に立ち尽くして俯きながらブツブツと呟くマックスが、なんだか病んでいるようで怖いんだけど。

 

『そして残念ながら最下位となったのは、しおいチームの金剛ちゃんです!』

 

「オーゥ……、非常に残念な結果デース……。

 だけど、弥生お姉ちゃんに言われた通り、先生のことを諦める気は全くないですカラネー!」

 

 大声で叫んだ金剛は、右手を拳銃のような形にして俺に向け「バキューンッ!」と言った。

 

 ついでに右目でウインクした後に、左手で投げキッス付き。

 

 それを見た瞬間、付近の観客たちから殺意の篭った視線がぁぁぁ……。

 

「元帥もアレだけど、そこにいる先生もやっとくべきじゃないのか……?」

 

「ああ、正直に言ってうらやま……げふんげふん。

 子供たちに危険が及びそうだからな」

 

 し、視線だけじゃなくて、ヤバすぎる会話まで聞こえてくるんだけど。

 

 争奪戦の結果前に、命を落としてしまうんじゃないんだろうか……。

 

「やっぱり早めにオシオキしておいた方が良いんですかね~?」

 

 ……なんてことを思っていたら、1番ヤバい相手からとんでもない言葉が飛び出してきたーーーっ!

 

 つーか、さっき夕張のとこに行くって言ってたんじゃなかったのっ!?

 

「ちょっぴり脅したらすぐにゲロしちゃいましたから帰ってきちゃいました~」

 

「心の中を呼んで返答しないでーーーっ!

 ついでに夕張は大丈夫なんですかーーーっ!?」

 

「2、3日ほど寝込めば大丈夫ですよ~?」

 

「それって大丈夫じゃない気がするんですけどーーーっ!」

 

 ニコニコと笑みを浮かべながら答えるヤン……艦娘に突っ込みを入れつつも、背中はビッショリと冷や汗をかきまくる俺。

 

 これって1歩間違ったら本当に消されてしまうんじゃないかと思うんだけど、マジで今日が俺の命日なんじゃ……。

 

『さて、これにて全競技が終了し、総合得点から優勝チームが決まりますっ!』

 

『果たしてどのチームが勝利したんですのっ!?』

 

 いや、お前も知らないんかい!

 

 ……と、突っ込みを入れたくなるような熊野の言葉に、近くにいた観客数人が裏平手をかましていた。

 

 ただまぁ、それによってなのかは分からないが、ヤン……艦娘の姿がいつの間にか見えなくなっており、俺の近くにも居る気配はない。

 

 もしかすると命の危機は過ぎ去った……とは早計かもしれないけれど、少しは心に余裕が持てそうだ。

 

『それでは、全チームの競技結果と得点を発表いたしましょう!』

 

『泣いても笑っても、これでおしまいですわーーーっ!』

 

「「「うおぉぉぉぉぉっ!」」」

 

 煽る熊野に乗りまくる観客。

 

 俺の内心は冷や汗まみれで同じようには盛り上がれないが、それでも心のどこかで楽しみな部分もあるのだろう。

 

 胸の高鳴りは早くなり、次の言葉が待ち遠しくなっていた。

 

『まずはビスマルクチームの結果です!

 第1競技は1着。

 第2競技は5着。

 第3競技は1着。

 第4競技は4着。

 そして第5競技は4着になります!』

 

『その結果、5点、1点、5点、2点、2点の合計で、15点となりましたわー!』

 

「「「おおおぉーーーっ!」」」

 

 5つの競技の合計が15点ってことは平均3点になるんだから、ビスマルクチームはなかなかの検討だったといえるのだろうか。

 

 1着が多いと見せかけて4着や5着も取っているので、不安定なチームといえなくもない。

 

 まぁ、メンツがメンツだからムラがあるって感じなんだよね……。得に教育者であるビスマルクがさ……。

 

『続いて愛宕チームの結果です!

 第1競技は3着。

 第2競技は4着。

 第3競技は5着。

 第4競技は2着。

 そして第5競技は1着になります!』

 

『その結果、3点、2点、1点、4点、5点の合計で、15点となりましたわー!』

 

「な、な、なんですってーーーっ!?」

 

 結果が流れた瞬間、遠くの方から聞き覚えのある叫び声が……って、ビスマルクだよね。

 

 おそらく勝利を確信していたんだろうけれど、いくらなんでも気が早過ぎるだろうに。

 

 しかし、愛宕チームの前半は厳しい展開だったものの、よくぞ後半でここまで盛り返したよなぁ……。

 

『続きまして、しおいチームの結果です!

 第1競技は4着。

 第2競技は3着。

 第3競技は2着。

 第4競技は1着。

 そして第5競技は5着になります!』

 

『その結果、2点、3点、4点、5点、1点の合計で、15点となりましたわー!』

 

「あらあら~、どうやら他のチームと同じ点数みたいですね~」

 

「私が最後で失敗しなければ……。

 本当に申し訳ないデース……」

 

「げ、元気を出して下さい、金剛お姉様!

 最後まで結果は分かりませんし、そうじゃなくてもまだチャンスは……っ!」

 

「そ、そうですよネ!

 いざとなったら、力こそ正義で頑張りマース!」

 

 愛宕チームの待機場所とゴール地点の金剛とで会話を交わしているんだけれど、それってそれどこの世紀末なんだよ……。

 

『次は港湾チームの結果です!

 第1競技は5着。

 第2競技は1着。

 第3競技は3着。

 第4競技は3着。

 そして第5競技は3着になります!』

 

『その結果、1点、5点、3点、3点、3点の合計で、15点となりましたわー!』

 

「ナルホド……、可モナク不可モナクナ結果ニナッタワネ」

 

「これって、4チームで同点ってことですよね……?」

 

「ソレジャアツマリ、先生チームノ結果次第ッテコトダヨネ」

 

「クッ……、僕ノ本気ガ完璧ニ決マッテイレバ……」

 

 対して港湾チームは落ち着いているようだが、最終走者のヲ級だけは悔しそうに海面をバシャバシャ叩いていた。

 

「「「ざわ……ざわ……」」」

 

 そしてこれらの結果を受けて、観客たちのざわめきが非常に大きくなってくる。

 

「い、今まで4チームの結果が出たけどさ……」

 

「ぜ、全チームが同点だよな……」

 

 まさかの展開に驚きを隠せないのか、ほとんどの観客が顔色を曇らせていた。

 

 ………………。

 

 いや、なんでそうなるんだろう。

 

 別に子供たちの運動会の結果が出ただけで、己の運命が変わる訳じゃないよね?

 

 まぁ、俺の場合はそうでもないですけど。

 

 おもいっきり人生がかかっちゃってますからーーーっ!

 

『さあ、これが最後のチームの発表です!』

 

『先生チームの結果で優勝が判明いたしますわーーーっ!』

 

 そして更に煽り立てる熊野の声で、付近の観客が両手を組んで「アーメン……」と祈り始めたと思いきや、

 

「お、大穴の先生チームに注ぎ込んだんだ……。

 頼むからきてくれ……っ!」

 

 ………………。

 

 ……おいこらちょっと待て。

 

 

 

 やっぱりトトカルチョが絡んでいたのかよぉぉぉーーーっ! 

 

 

 

 そういえば元帥の財布が崩壊したとか聞いたような気がするし、以前のことを考えればこの答えが導き出されてもおかしくはない。

 

 しかし、やっぱり子供たちの運動会を賭けの対象にするのはどうかと思うんだよなぁ……。

 

『それでは最後、先生チームの結果です!

 第1競技は2着。

 第2競技は2着。

 第3競技は4着。

 第4競技は5着。

 そして第5競技は2着になります!』

 

『その結果、4点、4点、2点、1点、4点の合計で、15点となりましたわー!』

 

「「「え……、ええええええええーーーっ!?」」」

 

 結果を聞き、盛り上がるどころか辺り一帯に大絶叫が響き渡る。

 

 おそらくこれらは全て、賭けをしていた者たちってことですよね……?

 

『つまり全チームが同点っ!

 まさかの展開に、青葉もビックリですっ!』

 

『あまりにも出来過ぎた展開に、なにかの力を感じてしますわーーーっ!』

 

 同じく絶叫レベルの声で放送する2人と、半ば阿鼻叫喚状態の観客たちが落ち着くのはしばらく経ってからのことだった。

 




次回予告

 全チーム同点なんですが。
予想がついていたならナイス読み。次回で今章、第二部が終了です。

 そして同点の結果、先生の立場とか色んなモノはどうなっちゃうのか……次回で判明?


 艦娘幼稚園 第二部 その80「ハッピーエンド……?」(終)
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その80「ハッピーエンド……?」(終)

※今後の更新についてを活動報告にてお伝えしております。
 宜しくお願いいたします。


 全チーム同点なんですが。
予想がついていたならナイス読み。次回で今章、第二部が終了です。

 そして同点の結果、先生の立場とか色んなモノはどうなっちゃうのか……今話で判明?


「「「ざわ……ざわ……」」」

 

 観客たちがざわめくのも無理はない。

 

 競技を終えた結果が全チーム引き分けだなんて、おそらく予想もしなかったことだろう。

 

 もちろんそれは俺にとっても同じことだが、観客たちはそうはいかない。

 

 なぜなら、ここにいるほとんどがどれらかのチームが勝利するというトトカルチョに関わっているらしく、落胆した表情を隠しきれていないのだ。

 

「くそっ……、まさかこんな結果になるだなんてっ!」

 

「俺は固くビスマルクチームに賭けたのに、これじゃあ大損じゃねぇか……」

 

「人数が少ないから港湾チームの倍率が高かったし、狙い所と思ってたのになぁ……」

 

 そして、俺の耳に届いてくる愚痴の嵐。

 

 このままだと不満が溜まり過ぎたことによる暴動が起こりかねないんじゃないだろうか……?

 

『えー、まさかの展開となりましたが、これにて舞鶴幼稚園&佐世保幼稚園の合同運動会は終了と相成ります』

 

『頑張った子供たちに、盛大な拍手をお願いいたしますわっ!』

 

 熊野の言葉に反応する観客たちは少なく、締めくくりには少しばかり寂しい拍手がパチパチと上がる。

 

 事情は分からなくもないけれど、さすがにこれでは子供たちが可哀相だと思い、俺は必死に手を叩いて盛り上げようとしたところ、

 

『えっと……、は、はい、分かりました』

 

 小さな声で青葉が誰かと話している声が漏れ聞こえてきた途端、またもや厄介ごとが起きたんじゃないのだろうかと一抹の不安が頭を過ぎる。

 

 まさか暴動が起こる前に高雄が釘を刺すか、それとも元帥というイケニエを観客たちの中に放り込むか……って、後半はなにげに酷い案だよね。

 

『ただいまより放送席の隣にある臨時テントにて、特製アイスクリームの販売をいたします!』

 

 なぜかテンションが高い青葉の声に、思わず頭を傾げる俺。

 

「特製って……なんなんだ?」

 

「どうせ、トトカルチョに負けた俺たちから更に搾り取ろうって魂胆じゃねぇの?」

 

「おいおい、マジかよ……。いくらなんでも、それはひど過ぎやしねぇか……?」

 

 しかし観客たちは疑問よりも先に不満を向ける矛先へと変換しかけているようで、非常に危うい状態へとなりそうだと思っていたところ、

 

『なお、実は第3競技で使用した運貨筒の中に材料を入れ、子供たちが転がしたことで完成した特製アイスクリームなんですわ!』

 

 

 

「「「なん……だと……っ!?」」」

 

 

 

 観客たちが揃いも揃って声を上げた瞬間、目がキラーンと光って一斉に放送席の方へと視線が向いた。

 

「それってつまり、子供たちのお手製ってことじゃねぇかっ!」

 

「ぷ、プリンツちゃんのアイス……、アイスだっ!」

 

「ヲ級ちゃんとレ級ちゃんのダブルだぞっ!」

 

「ア、アイスの材料に潮ちゃんのおっぱ………………げふうっ!」

 

 なんだか危険な声が聞こえた瞬間、1人の観客が空を舞って海にダイブしたけれど、見なかったことにしておこう。

 

 正直に言って聞き捨てられない言葉だけれど、俺が動かなくても仕置き人が潜んでいるからね……。

 

『ちなみにですが、トトカ……げふんげふん、ハズレ券を持っている方は無料で1つをお渡しいたしますので、是非是非よろしくお願いいたします!』

 

『お詫びという訳ではありませんけれど、せめてものお気持ちだと理解してくれれば結構ですわ!』

 

 ………………。

 

 うーわー。

 

 露骨過ぎるのにもほどがあるんだが、対象となるほとんどの観客たちはというと、

 

「「「うおぉぉぉっ!」」」

 

 競技中の応援以上に白熱しまくった顔を浮かべ、ハズレ券と思われる紙切れを拳に握りしめながら高々と空に向かって突き上げ、ダッシュで放送席の方へと向かう。

 

 ただ、余りに人が多過ぎるため、全くといっていいほど動いていないんだけどね。

 

「アイスだっ! 子供たちが作ったアイスが食べたいっ!」

 

「雷ちゃんと電ちゃんの姉妹アイスーーーッ!」

 

「金剛ちゃんと榛名ちゃんアイスもあるんだぞっ!」

 

「今すぐ幼女分を補給だーーーっ!」

 

 危険な発言が飛び交い、ついでにいたるところで観客が空を舞い、それでもなおアイスを欲せんと進み行く。

 

 まるでそれは夏と冬に開かれる大型イベントの会場前のような、もしくは内部に入って空のシャッター前のような……、いや、この考えはやめておこう。

 

 とりあえず、この様子を見た子供たちがどのような反応をするかが気になるところなんだけれど、

 

「ワーオ!

 私たちのアイスが大好評みたいデスネー!」

 

「は、榛名はちょっと恥ずかしいです……」

 

「せっかく電と作ったアイスだもの。みんなに食べて欲しいわよね」

 

「はわわわ……、人がゴミのようなのです……」

 

「ちくしょう、俺様も第3競技に出ていれば……っ!」

 

「あの人数だと足りないだろうから、今からみんなで一緒に作っちゃう~?」

 

「ふむ、それも良いでありますな」

 

「追加分ハ更ニ特別料金ヲ上乗セシテ、ガッポリ稼ガナイトネー」

 

「サスガハヲ級! 金ノ亡者ダネ!」

 

「それって、褒めてませんよね……?」

 

「私はパスの方向でー。

 最後の競技で疲れたからちょっち休むわー」

 

「それじゃあ一緒に休みましょう、北上さんっ!」

 

「霧島の頭脳で導き出される計算は……、ええっと、2割ほど割り増しで……」

 

「1つ目は少なめにして、2つ目以降を割り増しで良いんじゃないかな?」

 

「気合い、入れて、儲けます!」

 

「う、潮も、頑張ります……」

 

「夕立もガンガン作るっぽい!」

 

「一人前のレディである腕前を、存分に発揮してあげるんだからっ!」

 

「アイスを作るのは……嫌いじゃない」

 

 ……と、嫌がる素振りどころか、商魂たくましい発言が飛び交いまくっていたんだけれど。

 

 まぁ、本人たちがそれで良いなら構わないんだけどさぁ……と思っていると、今度はビスマルクたちの声が聞こえてきた。

 

「まさか、引き分けに終わるなんて……」

 

「ご、ごめんなさいビスマルク姉様っ!

 プリンツがいたらないばっかりに……」

 

「残念だけど、負けじゃないだけマシじゃないのかな……?」

 

「そう……なると、争奪戦の結果はどうなるのかしら……」

 

「引き分けだから、ノーカウント……ですって?」

 

 

 

「「「ざわ……っ!」」」

 

 

 

 先ほど特製アイスについての説明を受けた観客と同じように、今度は子供たちが一斉に俺の方へと視線を向ける。

 

 え、えっと、これってもしかして……、かなりヤバイ状況じゃ……?

 

「へ、へへ……、引き分けだったら、そうなるよなぁ……」

 

 俺の顔をしっかりと見つめてくる天龍との距離は結構あるのに、半端じゃないほど威圧感みたいなモノを感じるんですがっ!

 

「弥生お姉ちゃんが言ってたのは、こういうことだったんデスネー!」

 

「ノーカウントならチャンスはまだまだあるってことです!

 今度こそ先生をゲットしちゃいますよー!」

 

「プリンツにそうやすやすと先生を渡すつもりはないけれど、チャンスが訪れたことには大賛成だね」

 

「フフ……、レーベと私が本気を出せば、必ずやり遂げられるはずよ……」

 

「なにを言ってるのっ! 先生は雷のモノになるんだからっ!」

 

「電も負けてはいられないのですっ!」

 

 か、完全に火に油をそそいじゃった状態になっているじゃんかよぉぉぉっ!

 

「さすがに次は失敗できないから、今度は完璧な策を練って先生を手に入れさせてもらうよ」

 

 時雨にいたってはヤンっぽい雰囲気を醸し出してきているし、マジで怖いからやめてぇぇぇっ!

 

「気合い!」

 

「入れて!」

 

「いただきます!」

 

 そして比叡、榛名、霧島が3人揃って合唱をしながら叫ぶんじゃえぇぇぇっ!

 

「マァ、愚兄ニ平穏ガ訪レルトハ思ッテナカッタケドネ」

 

 やれやれ……という風に両手を広げただけじゃなく、触手まで使って呆れた表情を浮かべるんじゃねぇよヲ級ーーーっ!

 

「結局、イツモドオリ……ナノ?」

 

「ソウトモ言ウネ!」

 

 そして落ちをつけたほっぽとレ級の言葉にガックリと肩を落とした俺だったが、

 

「それじゃあ早速、ばぁぁぁぁぁにんぐぅぅぅ……」

 

「……っ、プ、プリンツも負けていられません!

 ファイヤー、ファイヤーーーッ!」

 

「や、やべぇっ!」

 

 金剛とプリンツが俺に向かってクラウチングスタートの構えを取ったのを見た瞬間、待機場所であるテントから颯爽と飛び出して左右を見渡す。

 

 子供たちから逃げられる場所は……、埠頭からぐるっと回って鎮守府の大通りに行くしかないっ!

 

「おいっ、先生が逃げるぞっ!」

 

「捕まえて、フルボッコ……ですって?」

 

 それはマジで勘弁してくださいーーーっ!

 

 ろーの言葉に内心突っ込みを入れながら、俺は全力で地面を蹴る。

 

 引き分けに終わったことで平穏な日々が訪れると思いきや、結果はまさかの大惨事手前の状況に、俺の背中は冷や汗でビッショリだ。

 

「あらあら~、競技が終わったのにみんな元気ですね~」

 

「なんだか面白そうですし、しおいも走っちゃおうかなっ!」

 

「遊びじゃないんだし、ちょっとは助けてくださいよぉぉぉっ!」

 

「あら、私はもちろん遊びじゃないわよ?」

 

「いきなり現れて加わってんじゃねぇぇぇっ!」

 

 更にしおいやビスマルクまで加わって、もはや収拾がつかないのは明白で、

 

 それからしばらく鎮守府内を走り回ることになったのは、避けられない運命だったのである。

 

 

 

 マジで誰が助けてよぉぉぉぉぉっ!

 

 

 

 

 

 子供たちに追われて逃げまくる先生を見ながら、真っ白な軍服を着た2人の男性が話し合っていた。

 

「ふむ……、なんというかまぁ、楽しそうですね……」

 

「あれがいつも通りなんだから、本人にとっては大変かもしれませんけどねー」

 

 1人は舞鶴鎮守府における最高司令官、歩くトラブルメイカーこと元帥。

 

 もう1人は佐世保鎮守府所属で、今回ビスマルク率いる子供たちと一緒にやってきた安西提督だった。

 

「この様子なら、一緒にやっていけそうですね」

 

「そのようですね。まぁ、先生がいればなんとかなるとは思っていましたけど、あそこまで気に入られているのを見るとちょっと悔しい気がしちゃうんだよなぁ……」

 

「おやおや、秘書艦に自身の艦隊である空母勢だけではなく、まさか子供たちまではべらそうと思っているのですかな……?」

 

「い、いやいや、そういうつもりはないんで睨みつけるのは止めにしてもらえませんか……?」

 

 元帥が冷や汗混じりに手を振ると、安西提督は表情を崩して息を吐く。

 

 2人にどのような過去があったのかハッキリとしないが、どうやら元帥は安西提督に頭が上がらないように見える。

 

「まぁ、冗談はさておきですね……。

 予定通り進めるという方向で宜しいですね?」

 

「ええ、そのつもりでお願いいたします」

 

「そうですか……。

 少し寂しくもありますが、子供たちにとってもそれが1番でしょう」

 

「先生には少々酷かもしれないですけどねー」

 

 おどけたように手の平を上に向けたジェスチャーをした元帥を見て、安西提督は笑みを浮かべた。

 

 

 

 こうして、第1回舞鶴&佐世保幼稚園合同運動会は締めくくられ、

 

 

 

 舞鶴幼稚園と佐世保幼稚園が合併し、舞鶴で一緒に暮らすことになりましたとさ。

 

 

 

 

 ということで、先生の不幸はまだまだ続く……かも?

 

 

 

 

 

 艦娘幼稚園 ~舞鶴&佐世保幼稚園合同運動会~

 

 そして 舞鶴幼稚園 第2部 完

 




※今後の更新についてを活動報告にてお伝えしております。 宜しくお願いいたします。


 これにて艦娘幼稚園 舞鶴&佐世保合同運動会! と、長かった第二部が終了いたしました。
まずは長々とお付き合いいただいた読者の方々にお礼を。そして、今後ともよろしくお願いいたします。

 さて、今後の予定ですが、一時的に更新をお休み致します。
詳しくは活動報告の方でお伝えいたしますが、内容は去年と同じです。

 そして復帰後は今章の裏話や別視点を色々と書いていこうと思っていますので、実質第二部はまだ続いてしまったりするんですけどね。

 それでは次にお会いするまで、少しの間お休みさせていただきます。

 今後ともよろしくお願いいたしますっ!


リュウ@立月己田



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~元帥スピンオフ~
僕が運動会を計画した理由 その1「よし、運動会をしよう」


 長くお待たせいたしました。
艦娘幼稚園の最新話を更新いたします。
前回まで続いておりました、運動会の番外編となります『元帥スピンオフ』を数話ほど更新する予定です。


あらすじ

 なぜ舞鶴&佐世保合同運動会が行われることになったのか。
その理由を、僕ーー元帥が語ろうと思う。
なんだか毎年年始だけ出番がある気がするのは気のせい……だよね?


 

 やあ、久しぶり。

 

 僕が語るのなんておそらく1年ぶりくらいだろうけれど、たまにはこういった趣向に付き合ってくれるとありがたい。

 

 一応自己紹介をしておくと、僕は舞鶴鎮守府で一番偉い元帥だ。しかし、ここ最近は秘書艦の高雄にやられっぱなしだけでなく、佐世保鎮守府にいる安西提督から頼まれて左せ……じゃなくて異動を命じた先生の影響があるのか、僕の影が薄い感じなんだよね。

 

 呉にいる瑞鳳ちゃんや雪風ちゃんの方に集中しすぎたのは僕がいけなかったんだけれど、せっかく頑張って作った舞鶴鎮守府ハーレムが消えてしまうなんてことは、なにがあっても回避しなければいけない。いや、いっそのこと先生がいないこのチャンスを利用して拡大を狙おうじゃないか。

 

 そうと決まれば前は急げ……なんだけれど、あまり露骨にやり過ぎると高雄にフルボッコされてしまうのは目に見えている。呉ならなんとかなっても、膝元である舞鶴では高雄の目は至るところにあるといっても過言じゃないからね。

 

 それじゃあ、高雄が演習に出ている間にしっかりと策を練ろうと思っていたところで扉の音がノックされたのに気づき、僕は「どうぞー」と声をかけたんだ。

 

 

 

 

 

「失礼しまーす」

 

「おや、青葉じゃないか。

 どうしたんだい、こんな時間に」

 

 新規写真が手に入った場合、交渉などは高雄が夕食を食べに行く時間と約束してあるのだけれど、今の時間は昼を少し過ぎた辺り。更には青葉の表情が若干気まずそうに見えることから、嫌な予感が僕の背筋にヒンヤリと這うように襲ってくる。

 

「いやー、実はちょっとばかりお願いがありましてー」

 

「僕にとって都合が悪いお願いならば、聞きたくないんだけれど」

 

 そう言って両手で耳を塞ぐジェスチャーをすると、青葉は懐から数枚の写真をちらつかせてきた。

 

「その代わりと言ってはなんですけど、新しい写真を無料でお譲り致しますよー?」

 

「そういうのはいつもの時間でお願いと言っているだろう」

 

 僕は真面目な顔で青葉を諌めつつ……、

 

「……で、どんな写真が入ったのかな?」

 

 気になるのは隠しきれないので、小さめの声で問い掛けた。

 

「それは見てのお楽しみってことで、青葉のお願いを先に聞いてほしいんですよねー」

 

「まぁ、聞くだけならタダだから良いけどさ」

 

「いやいや、ちゃんと実行してくれなければ写真は譲りませんよ?」

 

「それはお願いの内容次第だよねー」

 

 軽い口調で答えつつ青葉の顔を見つめると、どうやら根負けといった風に両手を広げて大きなため息を吐いた。

 

「わかりました。

 それじゃあとりあえず話しますけど……」

 

「だが断る」

 

「まだ何も言ってないんですが……」

 

「だって、嫌な予感しかしないんだもん」

 

「じゃあ、写真はいらないってことで良いですね?」

 

「それも断る!」

 

「気合いの入り方が全く違うんですけど!」

 

「僕は欲望に忠実だからね!」

 

「堂々と言える元帥が恐ろしいです!」

 

「高雄の前では言えないけどねー」

 

「その辺りも含めて元帥らしいですよね……」

 

「まぁ、色々と懲りてるし」

 

「それじゃあ話くらいちゃんと聞いてくださいよ……」

 

 ガックリとうなだれる青葉に愛敬笑いを振り撒いてから、僕は耳を傾けることにした。

 

 ちなみにお願いというのは青葉からだけではなく他の艦娘たちからの要望も含まれていると前置きを聞き、僕の不安が大きくなる。そしてその内容を耳にした途端、僕の口から重たいため息が流れていくことになった。

 

 

 

「……以上のことから、一部の艦娘と幼稚園にいる園児たちの士気が低下しています」

 

「とどのつまり、先生を佐世保から舞鶴に復帰させろってことだよね?」

 

「簡潔に言えばそうなりますね」

 

「ちなみに心を込めて言うとどんな感じ?」

 

「さっさと先生を戻さないと、元帥の悪い噂を流しまくりますって言ってるのが数人いますねー」

 

「どんな噂か知らないけれど、それって懲罰覚悟ってことでファイナルアンサー?」

 

「それは本人でない私に聞かれても分からないんですけど……」

 

「噂を流すのが得意な青葉に、そんなことを言われてもなぁ」

 

「私の場合は取材が得意なだけであって、噂を流すのは別なんですが……」

 

「その言葉、僕の目をしっかりと見ながら言ってみて?」

 

「ワ……、ワタシ、ナニモシラナイデスヨー」

 

「動揺し過ぎにもほどがあるんだけど……、まぁ良いか」

 

 言って、僕は再度大きなため息を吐きながら腕組みをする。

 

 先生を佐世保に異動させてから数ヶ月。密かに活動しているという先生のファンクラブから苦情が出るだろうとは思っていたけど、青葉を介して僕の耳に入ったのはどういう魂胆なのだろう。

 

「と、ともあれ、このまま放置しておくとあまり良いとは思えないんですが……」

 

「まぁ確かに、先生の異動は一時的なモノだと考えてはいるんだけれどねー」

 

 安西提督との約束もあるので、それじゃあすぐに戻ってこいとも言えない。まずは佐世保の状況を判断しつつ僕のハーレム拡大計画も念頭にいれないと、せっかくのチャンスを不意にしてしまうことになりかねないからね。

 

「とりあえず青葉のお願いについては理解したけれど、異動先になる佐世保の担当者である安西提督と話をしないことには首を縦に振れないなぁ」

 

「その辺りについても青葉がどうこうできることではないですから、元帥にお任せするしかありませんね」

 

「やけに聞き分けが良いんだけれど……、他になにかあったりする?」

 

「いえいえ。

 ただ、良い返事が聞けるまでは写真をお渡しできないだけです」

 

「……むう。

 それはちょっと残念だけど、そもそもその写真は本当にお宝レベルなのかな?」

 

「ええ、それはもちろんです。

 なんたって、呉にいるとある軽空母の中破写真ですからねー」

 

「………………」

 

 ……あれ、僕の耳がおかしくなったかな?

 

 今さっき、青葉がなにか変なことを言っていた気がするんだけど。

 

「ちなみに、物凄く幸運な駆逐艦が珍しく魚雷を受けて半泣きになっている写真もありますよ?」

 

「……ど、どこからそんな情報が漏れ……じゃなくて、手に入れたのかな?」

 

「その辺については、秘書艦に聞いてみると良いと思われますねー」

 

 そう言って含み笑いを浮かばせる青葉から目を逸らした僕は、今日一番のため息を吐くのであった。

 

 これ、既に詰んじゃってるんじゃないのかな……。

 

 

 

 

 

 さて、非常にまずいことになった。

 

 呉の情報が漏れていた(というよりも、よくよく考えると元々僕が無意識に喋っていた気がする)ことにより、高雄からの圧力は今まで以上に厳しいものとなるのは予想するに難しくなく、なんとか状況を改善できる手を考えなければならない。

 

 そこで悔しいのだけれど、青葉からのお願いを聞くことにした。すんなり受け入れては圧力に屈したと思われるかもしれないが、そもそも青葉が他の艦娘から聞いたという段階で高雄の耳にも入っていると考えられるのだから、それらを解決させるのは鎮守府を治める元帥としての役割であり、そうすることで周りの評価が良くなる可能性を見越してなのだ。

 

 先生が帰ってくることによって舞鶴鎮守府ハーレム拡大計画に支障をきたすかもしれないが、それをする前にフルボッコを受けては意味がない。ましてや高雄が警戒している状況を生み出してしまえば、僕の計画を即座に察知して阿修羅のごとく破壊するだろう。

 

 しかし僕としても、はいそうですか……と言うには釈なので、なにかしらの理由と共に新たな計画を考える。そして頭の中でしっかりと構築してから、帰ってきた高雄に提案することにした。

 

「……運動会、ですか」

 

「そう、運動会。

 先生が佐世保に行って向こうの幼稚園運営を安定させたみたいだから、交流をかねたイベントをどうかな……と思ったんだ」

 

「なるほど……。

 元帥にしては珍しくまともな計画を立てましたわね……」

 

 いぶかしげな目を僕に向けながらブツブツと呟く高雄だが、そんな視線でボロを出すなんて失敗はしない。少しばかり背筋に嫌な汗をかいているが、これは気のせいなんだろう。

 

 ちなみにこの計画を立てるに至って真っ先に安西提督に連絡を取り、現在の佐世保幼稚園における運営状況を確認しておいた。どうやら先生は苦労しつつも奮闘しているらしく子供たちの成長は著しいようで、安西提督に運動会の計画を伝えると二つ返事で了解を得ることができたのだ。

 

「すでに先方には連絡も済んでるし、後は設営の準備を進めれば問題ない。

 この機会に先生をこっちに戻して舞鶴幼稚園に復帰させることで、寂しがっていた子供たちも喜ぶだろうね」

 

「ええ、何人かの子供たちが落ち込んでいると愛宕からも聞いていましたし喜ぶことでしょう……って、そこまで考えているとはますます怪しい気が致しますわ」

 

 威圧感が増した視線がガッツリと僕の顔につき刺さり、独りでに身体がガクガクと震えてしまう。背中はすでにビッショリと汗にまみれ、気持ち悪いったらありゃしない。

 

「そ、その辺は僕も色々と考えててさ……。

 時折部下から先生が帰ってこないのかと聞かれたりしたし、向こうの話を聞いたら頃合いだと思ったからだけ……だよ?」

 

「そう……ですか。

 まぁ、どういう企みがあったにしろ、先生をずっと佐世保に置いとく訳にもいきませんわね」

 

 そう言った高雄は小さく息を吐きながらも納得するように頷き、鎮守府運営のスケジュール表をペラペラとめくる。

 

「運良く再来週の週末が空いているようですし、ここで運動会を催すのがベストですわ。

 ただ、日程は良くても予算の方は……」

 

「ああ、それについてなんだけれど、同時に観艦式も開こうかと思うんだよね」

 

「観艦式も……ですか?」

 

「うん。

 来月予定の観艦式を早めるのは可能だし、その予算を使えば一石二鳥でしょ」

 

「し、しかしそれでは、観艦式にお招きしている他の鎮守府の方々に運動会を見せることになるのですが……」

 

「それも問題ないでしょ。

 観艦式の後に運動会をやって、全部見てもらえば子供たちのアピールにもなるし、ついでに地域住民も呼んじゃってお祭り騒ぎにしちゃえば良いと思うんだ」

 

「ほ、本気で言っているのですか!?」

 

「そんなに驚く方が僕としてはおかしいと思うんだけど、運動会って親御さんたちが見に来るイベントだし、観艦式も似たようなもんでしょ。

 同時にやれば予算の削減になって、更に屋台も並べれば収入もゲットできちゃうんじゃない?」

 

「………………」

 

 信じられないといった風に、あんぐりと口を開けたまま固まる高雄。おそらく僕の考えた案に驚いているのだろうが、やるときはやるんだって所を見せることができて若干満足だ。

 

「し、信じられませんわ……。

 まさか元帥がこれ程までに鎮守府の運営を考えているなんて……」

 

 ふふふ……、もっと驚きつつ褒めたたえるが良い。

 

「ま、まさか目の前にいるのは元帥の皮を被った別の生き物ではっ!」

 

「いやいや、さすがにそれはないって」

 

 僕は顔の前で手の平をパタパタと振りつつ、ふとあることを思いつく。

 

 僕の皮を被った別の……か。

 

 それって、面白そうだよね。

 

「いいえ、いくらなんでもこんな案を計画するなんていつもの元帥ではありません!」

 

「どこまで僕の評価が低いのさ!

 たまには良いところを見せるべきだと思って頑張ったのに!」

 

「それは日頃の行いが悪いからですけれど……」

 

 高雄はそう言いながら僕の方に近づいてきて、右手の平をピタリと僕のおでこにつける。

 

「熱は……ありませんわね」

 

「至って体調は普通なんだけれど」

 

 さっきの仕返しとばかりに、いぶかしげな目を高雄に向ける僕。

 

「むしろ、死んでいるんじゃないかと思えるくらい体温が低いのですが……」

 

「いや、さすがにそれはないと思うんだけどさ……」

 

 そう返したものの、なんとなく寒気がするような……。

 

 もしかして、さっきたっぷりとかいてしまった背中の汗で、体温が低くなってしまったとかだろうか?

 

「あら、少しずつ熱が上がってきていますけど……」

 

「低すぎるよりは良いと思うんだけど……へっくしょん!」

 

 くしゃみと同時に鼻水が出てしまい、ズルズルと必死に吸おうとするが急に頭痛が襲ってくる。

 

「うぐ……、頭が痛い……」

 

「これは……、明らかな風邪の症状ですわね」

 

 冷静な声と裏腹に、高雄の表情は心配しているように見える。

 

「運動会と観艦式の同時開催についての計画は私の方でまとめておきますので、元帥はすぐに部屋に戻って休んでください」

 

「そ、そうするよ……と言いたいところなんだけれど、なんだか身体がぎこちないから連れていってくれないかな?」

 

「はぁ……、やっぱりいつもの元帥ですわね……」

 

 呆れたようにため息を吐く高雄だが、心なしか嬉しそうにも見える。

 

「あ、ついでになんだけど、一緒にベッドへ入って温めてくれたら思いっきり感謝するんだけ……」

 

「ええ、分かりましたわ」

 

「え、マジで!?」

 

「ベッドに転がした後、みぞおちに肘を落とせばよろしいのですね?」

 

 ニッコリ笑ってエグいことを言う高雄に「やっぱりいいです……」と答えた僕は、しょんぼりしながら部屋に戻ることにした。

 

 

 

 まぁ、そんなことを言いながらもしっかり部屋まで送ってくれた高雄には感謝してもしきれないんだけどね。

 

 




次回予告

 次の日、僕はいつものように復帰して執務室に戻ると、なんだかんだと言いながらしっかりやってくれた高雄に礼を言いつつある場所へと向かう。
僕もしっかりできることはやっておかなければならないんだけれど、なんだか色んな意味でレアな人物だったんだよね……。

 艦娘幼稚園 第二部 番外編
 僕が運動会を計画した理由 その2「祭りといえば、アレなんだけど……」


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僕が運動会を計画した理由 その2「祭りといえば、アレなんだけど……」


 次の日、僕はいつものように復帰して執務室に戻ると、なんだかんだと言いながらしっかりやってくれた高雄に礼を言いつつある場所へと向かう。
僕もしっかりできることはやっておかなければならないんだけれど、なんだか色んな意味でレアな人物だったんだよね……。


 

「困りましたわね……」

 

 次の日の朝。

 

 朝食を終えた僕はいつものように執務室にやってきたんだけれど、机に突っ伏した高雄が覇気のない声を漏らしているのをしっかりと見てしまったんだよね。

 

「ん、どうしたの?」

 

「役にも立たないクソ元帥が珍しく良い案を出したと思えば、どう考えても予算が足りない現状に悲観してへこんでしまっても仕方がないことですわよね」

 

「ものすごい言われようでこっちがへこみそうなんだけど、状況は良く分かったよ……」

 

 僕は肩を落としながら高雄のそばにある資料に目を落とすと、真っ赤な数字がズラリと並んでいるのが見えて目眩を起こしそうになった。

 

 観艦式の予算はどうにか足りているけど、運動会で必要な道具や飾り付け、それに広報で使用するチラシやポスターの印刷代などのお金が足りないにも程がある。その総額は約1000万円を超えちゃいそうなんだけれど、この金額を臨時支出とか言って大本営に頼んでもすんなりと出してはくれなさそうだ。

 

 まぁ、そもそも舞鶴に幼稚園を設立する際に僕がごり押し気味にやったこともあるので、関連する運動会のイベント経費を申請しても間違いなく無理だろうけれど。

 

「ふむ……、これじゃあ確かに難しそうだね」

 

「どれだけ経費を削ろうとしても赤字になってしまいます。

 やはり運動会を観艦式と合わせるというのは、難しいのでは……」

 

「高雄の言う通り、舞鶴鎮守府の予算を使うのは間違いなく無理っぽいね。

 まぁ、ある程度は分かっていたけどさ……」

 

「……分かっていたのなら先に言っておいて欲しいのですが」

 

「いやぁ、だってどれくらいの赤字か知っておきたいじゃん?」

 

「このクソ元帥……」

 

「さ……、さっきから高雄が曙っぽくなってない?」

 

「そうだとすれば、私の発言は褒め言葉になってしまいますわね」

 

「どういう理論でそうなっちゃうのかサッパリなんだけど、良く考えてみたら高雄は僕のことを完全にけなしちゃっている風に取れるんだ」

 

「それこそ今更ですわね」

 

「しくしく……、秘書艦が酷いよぉ……」

 

 その場でガックリと膝をついてうなだれる僕だが、この程度のへこみっぷりで高雄が優しくしてくれないのは分かっている。むしろ普段なら追い撃ちすらありえるだけに……と思っていたんだけれど、

 

「………………」

 

「……あれ、高雄?」

 

 無言の間に気づいた僕が立ち上がると、机に突っ伏していた高雄の目が閉じられ、小さな寝息を立てているのが見えた。

 

「寝ちゃってる……のかな?」

 

 タヌキ寝入りの可能性があるので、試しにこの場でダンスを披露してみる。

 

 両手、両足をクネクネと動かすこのダンスは、ディスコなどでゴーゴーとか言われていたような覚えがあるが、ぶっちゃけて言えばタコ踊りだ。

 

 鏡で自分の動きを見たら泣いてしまうかもしれないが、生憎この部屋にそんなものはないので大丈夫だろう。

 

「ふむ……、起きないね」

 

 もし高雄が寝ていなかったら僕のダンスを止めようと不沈艦ラリアット辺りを放ってきそうだけれど、そのような動きは微塵も見られない。

 

 いや、場合によっては机の上から雪崩式ジャーマンスープレックスの可能性すら有り得ちゃうかもしれない。

 

 ちなみに過去最大級で痛かったのは、トーキックスプラッシュマウンテンだ。胃と後頭部にとんでもない痛みが走り、3時間も寝込むことになってしまったからね。

 

 そんなことを考えている僕の視線の先には、未だ寝たままの高雄の姿。夜の間に観艦式と運動会の予算を必死に計算してくれたのが、目の下の隈から見て取れる。

 

「普段だったらちょっとした悪戯なんかをしたくなっちゃうけど、今日は止めておこうかな」

 

 呟いた僕は上着を脱いで高雄の背中から被せた。

 

 ゆっくり休んでおいてね……と心の中で思いながら、僕は執務室から出て扉に外出中のプレートをかけ、とある場所へ向かったんだよね。

 

 

 

 

 

 さて、僕がやって来たところは舞鶴鎮守府から徒歩でそれほど遠くないコンビニだ。向かう前に電話をしておいたので到着早々にスタッフルームへ入り、椅子に座ってから出されたコーヒーを飲む。

 

「屋台の用意と人員の確保ねぇ……」

 

 僕と同じようにコーヒーを飲んでから腕を組んだ大柄の男性……このコンビニの店長である聖護院薫は、いぶかしげな表情で首をひねった。

 

「しかしなんでまた、私なんかに相談を?」

 

「この辺りでテキ屋をあげるなら誰……と聞いたら、真っ先にあなたの名前が出てきたんですよ」

 

 そう答えた僕だけど、正直に言って内心は複雑だ。なんせ、目の前にいる店長の見た目と声のトーンや口調が全くもって合ってないからである。

 

 僕ってコンビニのスタッフルームにいると思うんだけど、いつの間にかオカマバーにテレポートしちゃったんだろうか……ってくらい、オネエ言葉が心につき刺さってくるんだよね。

 

「どこで調べたのか分からないけれど、確かにこの一帯を占めてるのは私のトコだから頼まれればやってあげるわ。

 それにヲ級ちゃんの運動会となれば、是非サポートもしてあげたいし……」

 

 そう言った店長はチラチラと流し目を送ってくる。

 

 マジで止めて欲しいんだけど、気を悪くされても困るので愛想笑いを浮かべるしかないのかなぁ。

 

「さすがに貴賓席などに招待するのは難しいですけど、運動会を観覧できる良いポイントの席は確保できるように取り計らいますよ?」

 

「………………その言葉に二言はねぇな?」

 

「え、ええ……」

 

 急に凄みの……というかドスの効いた視線を向けられ、思わずケツが椅子から浮きそうになるのを堪える僕。

 

 さすがはテキ屋をまとめるだけはあると思える一方、どうしてコンビニの店長をやっているのかは謎のままだ。

 

 ついでにオネエ言葉はもっと謎。でも突っ込む気力はまったくない。

 

「おっしゃあ、分かった……わ。

 大船に乗ったつもりで任せてくれれば良いわよん!」

 

 バンッ! と机を激しく叩いた店長は椅子から立ち上がり、ズボンのポケットからスマートフォンを取り出してタップしまくる。おそらく通信アプリで連絡を取っているんだろうけど、目に痛いほどのデコレーションされたスマートフォンのインパクトが強すぎて呆気に取られてしまった。

 

「ああ、そうそう。

 ちなみに人員の確保はどれくらいが必要かしら?」

 

「一応こっちの方でも手が空いている者にはサポートもさせられるし、できるだけ費用は押さえたいんだよね」

 

「ふむふむ……。

 それだと屋台一つに一人で問題なさそうね。

 その場合だとマージンはこれくらいでイケそうだから……」

 

 なんか一部の発音が気持ち悪いがしたが、その辺りも突っ込む気はない。

 

「こんな感じでどうかしら?」

 

「んー、そうだね。

 今回予算が限られてるから、屋台の売上が結構重要なんだけど……」

 

「そこまで切羽詰まっているって少し怖いけど、屋台の種類はなんでもアリかしら?」

 

「風営法に引っ掛からなければ大丈夫だけど……」

 

「それじゃあヲ級ちゃんグッズ専門店も出しましょう。

 ついでにファンクラブ会員もゲットできれば、一石二鳥よ!」

 

「ま、まぁ、別に良いんだけどさ……」

 

 満面の笑みを浮かべる店長が身体をクネクネとさせながら妄想に耽っている姿を見て吐き気が催しそうなのを堪えながら、僕はひたすら乾いた笑い声をあげるのが精一杯だった。

 

 

 

 

 

「これで屋台の方は大丈夫……っと。

 予算の方は厳しいままだけど売上の一部で賄えれば助かるし、なんとかなって欲しいんだけれど……」

 

 高雄が夜通し計算をしてくれたんだから、朝に見た書類に書かれていた必要経費を更に削ることは難しいだろう。その分は僕のポケットマネーで一時的に賄うしかないんだけれど、運動会を終えて赤字にするつもりは毛頭ない。

 

「必要なのは一般のお客さんをたくさん呼んで売上をあげること。

 だけどそれは不安定だろうし、いくつかの手を取るとすれば……やっぱりアレかなぁ」

 

 前回はかなり痛い目にあったし、正直に言えばあまりやりたくはない。結果次第では大赤字からの破産もありえるのだが、成功すればリターンも大きいのがギャンブルなんだよね。

 

 そう――、つまりはトトカルチョ。

 

 以前幼稚園で行われたバトルでかなりの被害を出してしまっただけに止めておきたい所なんだけど、やり方次第ではどうにかなるかもしれない。

 

「そのためにはちょっとした工作が必要だけど、果たして乗ってくれるかどうか……」

 

 僕の頭には打算があるし、成功確率は決して悪くないはずだ。褒められた手ではないだろうけれど、背に腹は変えられない状況でもあるからね。

 

「それにはやっぱり、先生の存在が必要になってくるか……。

 なんだか考えてることとやってることがちぐはぐだよなぁ……」

 

 先生を舞鶴に戻すことを条件に、愛宕に協力を求める。上手くいけばトトカルチョの結果を操作できるだろうし、ウィンウィンの関係が組めるはず。

 

 それに僕が破産しちゃったら幼稚園も厳しい状況になってしまうかも……と言えば、協力せざるをえないだろうからね。

 

 うーん、なんだか僕って非常にあくどいキャラになってる気がする。権力者はこういう感じなイメージがあったりするけれど、できればクリーンな方向で進みたいなぁ。

 

「あまり考えすぎても辛いだけとはいえ、もしもの手も取っておくべきだよね……」

 

 僕はポケットからスマートフォンを取り出して……って、なんだかさっきの店長と同じような感じは避けたい気がする。

 

「佐世保のあの子に連絡……っと」

 

 電話帳から目的の艦娘を探し出し、間違いがないことを確認してから電話をかける。コール音が数回鳴った後、明るい声がスマートフォンのスピーカーから聞こえてきた。

 

「もしもーし」

 

「お久しぶりー。

 今ちょっと大丈夫ー?」

 

「今はお客さんの治療をしている最中ですけど、もう少しで終わりますから大丈夫ですよ……っと!」

 

 その後にゴキャッ! と鈍い音が鳴り、それから男性の悲鳴のような声が聞こえたけれどこれはいつものことだから気にしないで良いだろう。

 

「はいはーい、これで終了ですよーって気絶しちゃってますねー。

 まぁ、この後の予約は少し空きがありますからそのまま寝ちゃってても大丈夫ですよー」

 

「相変わらずっぽいけど、気絶するってあまりよくないんじゃないのかなぁ……」

 

「そんなことないですよー?

 顔は恍惚とした風に見えますし、本人が喜んでいるんだから良いんじゃないですかねー」

 

「本人がそう思っていることを祈っておくよ……」

 

「本気でそう思ってます?」

 

「その人が女性だったらって付け加えておいてくれる?」

 

「やっぱりそうですよねー」

 

 そう言った相手は「あっはっはー」と笑ってから口調を変えた声を出す。

 

「それで、用件はなんですか?」

 

「それなんだけど、ずいぶん前にお願いしていた件を覚えてる?」

 

「んー、それってもしかして……アレですか?」

 

「そう、例の特殊兵装のアレ……だけどさ」

 

 もしもの際に使えれば良いと思って以前に依頼していた件のことを伝え、鎮守府へ帰る道を歩きながら話し合ったんだよね。

 




次回予告

 屋台の手配も済んだ僕は、ある艦娘に連絡を取った。
その後、多少の問題はあったけれど、運動会の準備は着々と進んでいく。

 そしてついに前日になったんだけれど、佐世保からやってきた安西提督が少々腰をやらかしたようで……。

 艦娘幼稚園 第二部 番外編
 僕が運動会を計画した理由 その3「治療という名のサブミッション」


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僕が運動会を計画した理由 その3「治療という名のサブミッション」


 屋台の手配も済んだ僕は、ある艦娘に連絡を取った。
その後、多少の問題はあったけれど、運動会の準備は着々と進んでいく。

 そしてついに前日になったんだけれど、佐世保からやってきた安西提督が少々腰をやらかしたようで……。


 

 それから運動会の計画を一気に進めることができた。

 

 必要な経費に関して頭を悩ませていた高雄だったが、僕がポケットマネーから全額を捻出したことによって安心してくれたと思い気や、

 

「また何や良からぬことを考えておられるのではないですか……?」

 

 そう言って、細めた目で僕の顔をガン見してきたので若干焦ったけれど、コンビニ店長に屋台の手配をして売上の一部をまわしてもらえるようになったことや、トトカルチョを開催すれば損どころか儲けが出るかもしれないというゲスっぽい考えを説明したところ、ため息を吐きながら納得してくれたようだ。

 

「子供たちのイベントを賭け事の対象にするのは毎度のことながらためわれますが、背に腹は変えられませんからね……」

 

「そんなことを言っている高雄も、演習の度に胴元をやってるって話を小耳に挟んだこともあるよ?」

 

「……どこからそんなことを聞き付けたんでしょうか?」

 

 先ほどのガン見レベルじゃない視線と威圧感が僕に叩きつけられ、半端じゃなく身体が震えちゃうんですが。

 

「い、いや、ちょっと小耳に挟んだだけで……」

 

「その会話を、いつ、どこで、誰がしていたのですか?」

 

「ちょっ、高雄、顔が近いって!」

 

 目と鼻の先に高雄の顔があるので、口を突き出せばすぐにキスができてしまう状況だ。しかし、そんなことをすればすぐに怒涛の連続コンボが僕に放たれるだろうし、まだ命が惜しいのでやらないでおく。

 

「早くおっしゃってくださらないと、身体に聞くこととなりますが?」

 

「問答無用にもほどがあるよね!?」

 

「私にそのような疑いがかけられることは我慢がなりません。

 この際、しっかりと厳戒れ……ではなく、規律を正すべきです」

 

「それってつまり、噂じゃなくて現実ってことじゃ……」

 

 

 

 ガシッ!

 

 

 

「いだだだだだっ!」

 

「何か言いましたでしょうか?」

 

 高雄の右手が僕のこめかみにぃぃぃっ!

 

「め、めりこんでるからっ!

 マジで痛くて洒落にならないからっ!」

 

「それならまだ余裕があるってことですわ」

 

「いやいやいや、これ以上締め付けられると頭が割れちゃうって!」

 

「どうせ数時間もせずに復活するのですから、割れたところで問題ありませんよね?」

 

「それってどう考えても人間じゃないからっ!」

 

「それこそ今更な感じなのですが……」

 

 眉間にシワを寄せながら右手の力を弱めた高雄に胸を撫で下ろしそうになった僕だけれど、

 

「質問の答えはまだお話になっておりませんわ」

 

 言って、再び悶絶しそうになる頭の痛みによってあることないことを喋りまくった僕は、息も絶え絶えで椅子にもたれてガックリとうなだれてしまったんだよね。

 

 

 

「なるほど……、やはり青葉が情報源でしたか……」

 

 ちなみに僕の話を聞いてから半端じゃない目の座りっぷりを見せた高雄は、耳に入った途端に全身が震え上がってしまうほどの冷たい声で呟きながら、扉を開けてどこかへ向かって行った。

 

 

 

 青葉……ごめんよぅ……。

 

 

 

 

 

 多少のイケニエと僕の懐が真冬になったことはさておいて。

 

 なんだかんだといっても長年秘書艦を勤めてくれている高雄の優秀っぷりを説明する必要もないくらい完璧に準備を進め、開催の前日を迎えることができた。

 

 佐世保から帰ってきた先生から報告を聞く際に少しばかりボケが甘くて失敗しちゃった感じはあったけれど、以前と変わらない雰囲気に見えた。舞鶴にいない間に先生のスケコマシ度がアップしていたら本格的に手を打たなければならないと思っていただけに、これについては一安心。あとは今後の動きに注意しつつ、裏の計画を邪魔しないように釘を刺しておけば良いだろう。

 

 ちなみに運動会の準備と合わせて秘密裏に僕のハーレム計画も進めている。あまり表立ってやっちゃうと高雄にばれちゃいそうだけど、今のところは大丈夫っぽい。

 

 あとは当日の本番で僕が活躍しまくれば、一気に人気ランキングトップに復活することができ、言い寄ってくる艦娘の数もうなぎ登りになるだろう。そのために少し前から身体を鍛え直していたからね。

 

 ――ただ、1つだけ気掛かりではない報告を受けた僕は心配になって、医務室にやって来たんだよね。

 

 

 

「いたたたた……」

 

「だ、大丈夫ですか……?」

 

 僕の視線の先――、医務室のベッドに俯せで寝ている恰幅のよい男性は佐世保鎮守府所属の安西提督だ。現在の階級は僕の方が上だけれど、海軍に入った時のころから目をかけてもらっていることもあり、尊敬する人物でもある。

 

「いやはや……、歳には勝てないというのは言いたくありませんが、腰痛だけはどうにも太刀打ちができません……」

 

「余りに酷いようでしたら痛み止めの注射を用意させますが……」

 

 僕はそう言って安西提督を気遣うが、本音はマジで勘弁してほしい。

 

 明日の本番における計画で、安西提督は非常に重要な役回りをお願いしているのだ。これで動けませんでは、僕1人で立ち向かわなければならなくなる。

 

「いやいや、それにはおよびません。

 数時間後には佐世保から明石がやってくる予定ですので、針治療を受けられれば問題ないでしょう」

 

「それは朗報……ですが、一緒の船ではなかったのですか?」

 

「ええ。

 なにやら用意があると言っておりましたが……」

 

「ああ、なるほど」

 

 首を傾げる安西提督だが、僕は納得して頷いた。どうやら前に電話で話したモノを間に合わせるため、明石はギリギリまで調整してくれているのだろう。

 

「それなら安心しました……と言いたいところですが、針治療を受けた身体で全力を出すのは難しいのでは?」

 

「短時間であれば問題はないでしょう。

 それに、有望な若者に直接指導できるとなれば多少の無理を押してでもやるべきでしょう」

 

 そう言った安西提督は遠い目をしながら自らの顎をサスリと撫でる。

 

「それと……、彼女にも目をかけるように言われておりますからね」

 

「彼女……というと?」

 

「仕置人……と言えば分かりますかな?」

 

「……なっ!?」

 

 安西提督の言葉を聞いた僕は驚きの余り声を上げ、無意識に後ずさってしまっていた。

 

「未だに信じられないのですが、彼女が目をかけるなんてことは聞いたことがありません」

 

「ま、まさか先生がそんなことに……」

 

 触らぬ神に祟りなしと称される仕置人こと『ヤン鯨』に目をつけられるのではなく、かけられるなんてことはあって良いのだろうか?

 

 しかしそれが本当であれば、計画を進めると僕の命が危うくなっちゃうんじゃ……。

 

「ですがまぁ、今回のことで仕置人が怒ることはないでしょうし、むしろ喜ぶかもしれませんね」

 

「そ、それなら良いんですが……」

 

 僕の心配を察知したのか、安西提督は優しげな声をかけてくれる。

 

 ただ、時折唇が震えて尋常じゃない汗が額に吹き出しているのが見えるのは気のせいじゃないよね……?

 

「ですので、私の身体を心配する必要はありません。

 もちろん私が明日の準備について心配する必要もないのでしょうが……」

 

 言って、安西提督は少しばかり気掛かりなことがあるように表情を曇らせながら僕の方を見る。

 

「不安視するとすれば……、その、誠に恥ずかしいことなのですが……、ビスマルクの方ですね……」

 

「彼女が……何か?」

 

「実は、未だに……いや、全く成長していない節がありまして……」

 

「せ、先生では役に立てなかった……と?」

 

「むしろ、頼れる彼がそばにいたことで悪化したかもしれません……」

 

「ぎゃ、逆効果でしたか……」

 

 僕と安西提督は揃って「はぁ……」と大きく息を吐く。

 

 おそらく安西提督の方はビスマルクについて嘆いているんだろうけれど、僕の方はそうじゃない。

 

 できれば先生が佐世保にいる間にてごめにされてしまい、僕のハーレムを侵食することがなければ良いなぁという淡い期待が砕かれてしまったからなんだけど。

 

「そこで申し訳ないのですが、以前に相談しておりました幼稚園の合併案を進めていただきたいと思うのです」

 

「ええ、それはもちろん。

 こちらこそよろしくお願いしたいとは思っているんですけど……」

 

 問題は舞鶴と佐世保の幼稚園に通う子供たちの相性がどうかなんだけれど、こればっかりは会わせてみないと分からない。

 

 おそらく顔合わせ自体は済んでいるだろうし、明日の運動会で親睦を深めてしまえば自ずと合併は進められるだろう。

 

「ひとまずは明日の結果次第……というところでしょう」

 

 僕の言葉に安西提督はうっすらと笑みを浮かべながら頷き、視線を離した。

 

「全ては、もうすぐかもしれません……」

 

「ええ、それまでにできる限りのことをやるつもりです……」

 

 言って、僕も安西提督が視線を向けている方を見る。

 

 そこにはなんの変哲もない壁掛けのカレンダーがあり、

 

 

 

 しばらく先になる月の数字に、赤い丸が書かれていた。

 

 

 

 

 

 あ、ちなみにその後のことなんだけど、

 

「うわー、これはまたずいぶんと悪化しちゃってますねぇ……」

 

 遅れてやってきた明石が駆けつけてきて、安西提督の腰痛治療を開始していたんだよね。

 

 普通ならば退席するのが筋かもしれないけれど、明石の方に用事があったり、針治療がどんなものなのか気になったりしたので、見学させてもらうことにした。

 

「明日の昼までに治さなければいけないのですが、なんとかならないでしょうか……?」

 

「正直に言えば絶対安静なんですけれど、ずいぶんと楽しみにしていたのを知っていますから……できるだけやってみましょう!」

 

 明石はそう言いながら鞄から小箱を取り出し、中身を机の上に広げていく。その表情は非常に嬉しそうに見えるんだけど、なんだか別の意味が含まれているように思えるのは気のせいじゃないよねぇ……?

 

 しかし、さっきもチラッと言ってたけど、安西提督も明日のイベントは楽しみにしていたみたいだ。

 

 腰痛が治れば久しぶりに鬼神の姿が見られるかもしれないと思うと、僕も同じく童心に帰ったようにワクワクしちゃうんだよね。

 

「それじゃあまず、いつも通りにツボを刺激していきますねー」

 

 明石の手には長細い針を入れた透明なチューブがあり、安西提督の腰にトントンと打ちつけていく。

 

「痛みはどうですかー?」

 

「少しは和らぎましたが、まだ完璧と言うほどでは……」

 

「やっぱりですかー……。

 それじゃあ、電気も通していきましょう」

 

 机の上に置かれていた弁当箱くらいの装置から伸びた細い線を持ち、その先についているクリップのような物を腰に刺した針の上部に取り付けた。

 

「徐々に電流を強くしていきますので、ちょうど良いという所で言ってくださいねー」

 

 そしてつまみを回していく明石。

 

 少しずつ安西提督の腰がピクピクと動いていくのは、電流が流れて筋肉が反応しているからだろう。

 

「………………」

 

「………………あのー」

 

「どうしたましたか……?」

 

 怪訝そうな声で呟いた明石に対し、安西提督が疑問の声を上げる。

 

「すでに電流がマックスなんですよね……」

 

 そう言った明石の表情は心配しているのが半分であり、残りの半分はというと……、

 

「ふむ……、まだ余裕があるのですが……」

 

「でしたら、やっぱりアレしかありませんよね!」

 

 大声で立ち上がった明石は満面の笑み……というか、物凄く悪巧みをしている悪役の顔なんですが。

 

「アレ……ですか。

 久しぶりですので緊張しますが、明石を信用していますので大丈夫でしょう」

 

 そう言いながらも脂汗を浮かばせているところを見ると、僕としては心配しちゃうんだけど。

 

 

 

 

 

 まぁ、その後なにがあったのか、かい摘まんで話しておくと、

 

「ここをこうやって……、どうですかー?」

 

「うごぉぉぉ……」

 

 ベッドに俯せで寝ている安西提督の両肩を明石が掴み、キャメルクラッチのように引っ張り上げたり、

 

「それじゃあこれなんてのは、どうでしょうー?」

 

「ぐぎぎぎ……」

 

 どう見ても卍固めにしか見えないサブミッションを受けて顔を真っ赤にする安西提督に対し、明石はニコニコと笑いながら力を込めてたりしている。

 

「どうにも重症みたいなので、極めつけはこれですねー」

 

「ごがががが……」

 

 悲鳴にしか聞こえない声を上げる安西提督の顔が見えない体勢は、どう考えても大丈夫だとは思えない。

 

 なんせ明石は今、安西提督が重症を負っている腰を痛め付けるサブミッション技、テキサスクローバーホールドを完璧に決めているのだ。

 

 説明すると、俯せになった安西提督の背中辺りに座った明石が両足をしっかりと抱え込み、顔から胸がベッドに押し付けられている以外は宙に浮くくらい海老反り状態になっている。さらには抱え込んだ両足までもクロスさせて締めつけるというおまけつき。

 

 ゴキゴキと鈍い音が鳴っているのはどう考えても痛めつけているとしか思えないのだが、当の本人である安西提督はと言うと……、

 

「ぐふぅぅぅ……、効いてきましたよぉぉぉ……っ!」

 

 声のトーンが上がり、それとなく元気があるように聞こえてくる。

 

「うんうん、今日の明石のサブミッショ……じゃなくて整体治療も絶好調ですから、バリバリやっちゃいましょうー」

 

 ……うん、僕はなにも聞いてないし、知らないからね?

 

 安西提督が文句を言わなければ僕としても止める理由はないから、とりあえず放っておいて良いだろう。

 

 明日のイベントにちゃんと出られさえすれば、問題はないんだからね。

 

 まぁ、おそらく腰の持病の原因はサブミッションだろうけどさ。

 

 ――ということで、僕はこのまま医務室から去ることにする。

 

 明石と話し合わなければならないことはあるけれど、正直今は少し外の空気を吸いたい気分だからねー。

 




次回予告

 明石に頼んでいたモノを目に前にした僕は大いに喜んだ。
これで勝つる……と思っていたのに、結果はまぁ……ご存知の通り。

 そして運動会が終わった後、さらなる悲劇が僕を襲う……?



 艦娘幼稚園 第二部 番外編
 僕が運動会を計画した理由 その4「全てを崩したのはやっぱり高雄」(完)


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僕が運動会を計画した理由 その4「全てを崩したのはやっぱり高雄」(完)

 明石に頼んでいたモノを目に前にした僕は大いに喜んだ。
これで勝つる……と思っていたのに、結果はまぁ……ご存知の通り。

 そして運動会が終わった後、さらなる悲劇が僕を襲う……?



 安西提督の治療が終わった夕方頃。とある場所に明石を呼びつけた僕は、目の前に立っているモノを見て感嘆の声を上げていた。

 

「おお……、これが……」

 

「ご希望に沿えた性能を要しているはずですけど、テストはまだ完璧じゃないのでパーフェクトだとは言えませんけどねー」

 

 そんな僕を見ながらニヤニヤと笑みを浮かべつつ、自慢げに明石が言う。

 

 もしもの時にと思って依頼しておいた特殊兵装を佐世保から持ってきた明石は、僕の目の前で披露し説明してくれているのだ。

 

「強度は人間とは比べものにならないレベルですし、仮に象に踏まれたとしてもびくともしません。

 まぁ、元々深海棲艦と戦うことができる兵装を目指して作られていたものを改造したんですから、それくらいは当たり前なんですけどねー」

 

「それでいて、端から見たら人間にしか見えない……というか、僕が分裂しちゃったのかと思えちゃうくらいの外見はマジで凄いよ……」

 

「その辺りは兵器として必要が無い点なんですけど、ご希望もありましたしちょっとばかり調子に乗りましたねー」

 

 てへっ……と舌を出してお茶目っぷりを見せる明石がなんとも可愛く見える。

 

 後でちょっとばかり口説いてみるのも良いかもしれない。

 

「遠隔操作はもちろんできますが、まだ試作レベルということもあって距離は約500メートルくらいまでです。

 ちなみに操作方法は2種類用意したんですけど……」

 

 言って、明石が僕に弁当箱くらいの大きさのモノを差し出してきた。

 

「その1つがこれなんですけど、どうでしょうか?」

 

 黒っぽい色をした箱に、2本の棒がついている。左側の棒には縦に空間があり、右側の棒には左右の空間が……って、なんだか古めかしいデザインだなぁ。

 

「これって、ラジコンとかで使うリモコンに見えるんだけど……」

 

「ええ、そうですね。

 それを元に自作してみました」

 

 明石はそう言ってから2本の棒をグリグリと動かす。すると、目の前の僕にそっくりな特殊兵装がウィーン、ウィーンと音を鳴らしながらぎこちなく動き出した。

 

「………………」

 

 そして即座に無言になる僕。

 

 見た目は完璧なのに、動きは完全にロボットです。

 

 しかも安っぽい感じ。完全に見た目だけじゃんかよ、これ……。

 

「うーん、やっぱりこっちの操作は難しいですねぇ……」

 

 はぁ……とため息を吐いた明石は、興味がなくした子供のようにリモコンをポイ捨てし、地面に落ちて大きな音を立てた。

 

「い、いやいや、いくらなんでも大雑把過ぎやしないっ!?」

 

 いくら失敗だったとしても、破損しちゃうようなぞんざいな扱いはダメだと思うんだけど。

 

「まぁこれは予備の方ですし、面白みも無かったので良いんですよー」

 

 僕の言葉を全く気にすることなく、明石はもう1つの操作方法だと言って大きな球体のようなモノを取り出した。

 

「こ、これは……っ!」

 

 それを見た瞬間、僕は驚愕の顔を浮かべて声を上げる。

 

 パッと見た感じはヘルメットにしか見えないが、操作方法だと言ってこれを出したとなれば思いつくのは1つしかない。

 

「ふっふっふ……、気づいたようですねぇ……」

 

「なるほど……。

 予備のリモコンを先に出した理由が今分かったよ」

 

 ニヤリと笑みを浮かべた僕に合わせるように、明石も口元を吊り上げる。

 

 時代劇でよくある越後谷と悪徳代官のワンシーンのように悪巧みをしまくった後の笑い声をあげた僕たちは、夜が更けるまで熱い会話を続けたのであった。

 

 

 

 

 

 そして次の日。

 

 観艦式と運動会当日を迎えた僕は、執務室の窓から鎮守府内を見渡してホッと胸を撫で下ろしていた。

 

 高雄に命じておいた準備は深夜のうちに終え、完璧と言っても過言ではないレベルで完成している。

 

 もちろんコンビニの店長に頼んでおいた屋台も通りにズラリと並び、祭で感じられる雰囲気をまとっていた。こちらも昨日の夜から突貫でやったとは思えないくらい、様々な種類が勢揃いだ。

 

 更には空に漂うバルーンの下に、大きなたれ段幕に『舞鶴鎮守府観艦式&舞鶴、佐世保幼稚園合同運動会!』の文字がでかでかと書かれ、遠くからでもしっかりと読み取れるだろう。

 

 もちろん当日にいきなり告知されてもお客さんは来ないので、今回の企画予算を確定した数日後から鎮守府に近い商店街や通りの電柱などにポスターを貼り、チラシの手渡しやポスティングも済ませてある。

 

 その成果があってか、観艦式が始まる1時間以上前にも関わらずお客さんの入りは上々で、屋台が並ぶ通りは人であふれかえっていた。

 

「いやぁ……、どうなることかと心配していたけど、この感じだと問題はなさそうだね」

 

「準備はしっかりとしましたし、宣伝にも費用をかけましたからこれくらいは当たり前ですわ」

 

「あはは……、さすがは優秀な秘書艦なだけあって、僕も鼻が高くなっちゃうよ」

 

「あら……、今更お気づきになられたんですか?」

 

「いやはや、面目ない」

 

 僕は苦笑を浮かべつつ視線を向ける。するとつられたように高雄が笑みを浮かべたんだけれど、壁にかけられた時計を見た途端に表情を曇らせた。

 

「そろそろ埠頭に向かう時間ですわね」

 

「ああ、もうそんな時間か……」

 

 大まかな準備は終えているが、統括する高雄が現場に前もって入っておかなければ何が起こるか分からない。

 

 まぁ、僕の方は大した仕事もないのでゆっくりで良いんだけれど、例の準備もしておいた方が良いだろう。

 

「私は先に向かいますけれど、間違っても遅刻なんてことはしないでくださいね?」

 

「うん、肝に銘じておくよ」

 

 コクリと頷いた僕を見た高雄が「今日に限ってえらく素直なところが気になりますが……」と小さく呟きながらも執務室から出て行った。

 

 扉がバタリと閉められ、数秒置いてから「はぁぁ……」と息を吐く。

 

「危ない危ない。

 感づかれるところだったよ……」

 

 独り言を呟きながら、僕は机の影に隠しておいたモノを取り出し頭に被る。

 

 それはもちろん、昨日明石から受けとった特殊兵装を操作する機械だ。

 

「スイッチをオンにして……と」

 

 小さな駆動音が聞こえ、目の前にある透明なカバー部分に英文やグラフがパラパラと表示されていく。そしてしばらくすると『準備完了』の文字が大きく表示され、見覚えのある景色が映し出された。

 

 特殊兵装を置いてある場所だと確認できた僕は、次に頭の中で身体を動かす想像する。

 

「まずは歩くことだけを考えて……」

 

 白衣を着た金髪の女性を思い出しながら呟いた僕は、続けて「歩く……歩く……」と頭の中で考えた。

 

 視界が少しずつ動き、それに合わせて首を動かしながら頭の中で次の動きを想像する。

 

 昨日のうちに明石と話しながら練習をしたおかげで、動きは比較的スムーズ……というより、思った通りに進めている。

 

「よし、問題ないみたいだね」

 

 先ほどとは違い、安心して息を吐いた僕は肩を下ろしてからひと息つく。

 

 だけど、まだ練習することは多いのでリラックスする訳にはいかない。

 

「これを上手く使いこなせることができたら、昼のイベントでは僕の独壇場になるはずだからねー」

 

 僕はニヤリと笑いながら、時間ギリギリまで練習を繰り返した。

 

 僕の人気を復活させ、さらなる高みに至るためには昼のイベントで先生を打ちのめすのが1番だ。

 

 そのために、この努力は欠かせない。

 

 舞鶴鎮守府の人気ナンバーワンの座を不動のものとし、僕のハーレムを拡大させるのだ。

 

 その場面を想像するだけで笑みがこぼれ、思わず高笑いをしてしまった。

 

 胸の奥にある熱い高鳴りが、すぐ前にあるであろう楽園に触発されて更に大きくなる。

 

 全ては僕の計画通り。

 

 ――そう、思っていたのに。

 

 その数時間後、僕の心は完全に打ち負かされることになってしまったのだ。

 

 

 

 

 

 運動会が始まって第1レースの途中、僕は練習をかねて現場に特殊兵装で実況解説席にいたところで、まさかの事態に会ってしまった。

 

 

 

 ゴキャンッ!

 

 

 

『ひ……ぎゃあああぁぁぁぁぁっっっ!?』

 

『あわわわわっ!

 げ、元帥の腰が逆側にポッキリとーーーっ!?』

 

『折れている部分がフレームインしないところが、昔の時代劇の手法だよねー』

 

『れ、冷静にコメントできる元帥がすでに人間じゃありませんっ!』

 

 うん、あまりに唐突過ぎたために自分でもなにを言っているのか良くわかんない。

 

 だけど高雄の追い撃ちは止まるどころか、更に酷いものとなってしまった。

 

『懲りていないようですので、更に追撃ですっ!』

 

『あ、ちょっ、更に首はマジで勘弁……』

 

 

 

 ゴキュッ!

 

 

 

『も、もげたーーーっ!?』

 

『………………』

 

『さ、さすがに首がもげたらコメントできない……って、あれ?』

 

『……なるほど。なにか変だと思っていましたが、偽物でしたか』

 

『ほ、本当ですっ!

 折れた部分からコードや金属片が見えてますっ!』

 

『影武者どころか、こんなロボットのような物まで作っているとは……。

 どうやら本格的にお仕置きが必要みたいですわね』

 

 

 

 ……とまぁ、こうして明石に頼んで作ってもらった特殊兵装は完全大破となり、僕の計画は文字通り音を立てて砕けてしまったんだ。

 

 もちろんこのことによって高雄の機嫌は非常に悪くなってしまい、踏んだり蹴ったりな目に会っちゃうんだけど。

 

 昼のイベントは大惨事だったし、第4競技では的にされちゃうし、最後の最後までボロボロになっちゃった。

 

 それでもまぁ、なんとか最低限の目的である運動会は最後までやることができたし、幼稚園の合併も滞りなく進められた。

 

 あと、トトカルチョの収益は非常に美味しかったので懐もホクホクになり、これだけでもかなり有意義なイベントとなった。ハーレム拡大計画は失敗してしまったけれど、このお金があれば新たな計画を企てることができるだろう。

 

 全ては裏工作が生きたおかげだ。さすがは愛宕。先生の帰還を早める代わりに、順位操作を完璧にこなしてくれるとは思いもしなかった。

 

 全チームが同点になる予想はほとんどなかったし、賭けた客はたった1人。もちろんそれは僕なんだけど。

 

 その結果、純粋なトトカルチョの胴元利益にプラスして掛金の総取りという100%の利益が出てしまった僕の気分は最高潮と言って良いだろう。

 

 これで一見落着。全てハッピーで幕閉め……と思っていたんだけれど、

 

 

 

「はい、これが特殊兵装の請求書になります」

 

「………………は?」

 

 佐世保に帰る前に明石が執務室に立ち寄り、僕に1枚の紙を差し出してきたので目を通したところ、とんでもない数字が並んでいたんだよね。

 

「いち、じゅう、ひゃく……って、なんだかゼロがとんでもないんだけれど」

 

「総額で1億ですねー」

 

「いやいやいや、いくらなんでも高すぎないっ!?」

 

「そりゃあまぁ、特殊兵装ですからー」

 

「それは分かってるけど、最初の話では2千万くらいだったよね!」

 

 その金額でも厳しいけれど、僕の貯金と鎮守府運営予算の裏が……げふんげふん、があればなんとかなるという計算だっただけに、不満は爆発だ。

 

「最初はそうですし、本来ならば2千万でいけたんですけどねー」

 

 言って、明石はチラリと高雄の方に視線を向けた。

 

「あくまで今回は試作品だったので、改良を重ねて完成させるつもりだったんです。

 それなのに修理できないレベルで大破させられちゃったら、また1から作り直さなきゃならないじゃないですかー」

 

「そ、それはそうかもしれないけど……」

 

 明石が言うことも分からなくはない。しかし、だからといってこの金額をはい、そうですかと首を縦に振るには大き過ぎる。

 

 僕はどうするべきかと考えながら、助言を求めようと高雄の方に視線を向けたところ、

 

「………………」

 

 思いっきり目を逸らされたんだけど。

 

 心なしか額に汗が浮かんでいるし、気付かないふりをして書類に目を落としていてもごまかせないんだよ?

 

「じー……」

 

「じー……」

 

 明石が僕と心を通わせたかのように、高雄の顔を見つめまくる。

 

「………………」

 

 それでも無言を貫く高雄だったが、さすがに沈黙し続けるのは辛いと感じたのか、大きなため息を吐きながら目を閉じ、僕の方を向いた。

 

「払えば良いじゃないでしょうか」

 

「……いやいや、いくらなんでも金額が大き過ぎるよ?」

 

「トトカルチョで得た利益があるでしょう」

 

「そりゃあ、無いと言えば嘘になるけどさ。

 これは今後の鎮守府運営にも必要だし、他にも計画が……」

 

 そう言いかけて慌てて口を閉じる僕。

 

「どんな計画かは分かりませんが、払う代わりに条件をつければよろしいのではないでしょうか?」

 

「「条件?」」

 

 僕と明石の声がハモり、同じように首を傾げた。

 

「提示した金額をお支払いしますので、更なる強化を求めれば良いのです。

 1から作らなければならないと言っても設計図などは残っているはずなので、必要なお金が5倍になることは有り得ませんからね」

 

 高雄の言葉を聞いた明石は「あちゃー……」と呟きながら苦笑を浮かべ、観念するように大きく息を吐いた。

 

「ばれちゃったら仕方がないですけど、今後の予算が必要なのは分かっていただけますよね?」

 

「ええ、もちろんですわ……と言いたいところですけど、騙して金銭を得ようとすることは詐欺になりますわ」

 

 ギラリ! と高雄が目を光らせた瞬間、明石の全身が大きく震えて飛び上がりそうになる。

 

「あ、あは、あははは……。

 ちょ、ちょっとした冗談じゃないですかー」

 

「そうですか。

 それでは冗談のついでに1つだけ……」

 

 言って、高雄はわざとらしくゴホン……と咳込んでから、

 

「次に同じことをやろうとしたら、あなたを対象とした依頼をある人物に致しますので、良く肝に銘じておいて下さいね」

 

 完全に目が笑っていない顔で、明石を見つめていた。

 

 まぁ、その時点で口から泡を吹いた明石がたったまま気絶したのは笑い話ということにしておこう。

 

 ……ともあれ、イベントで得た大きな利益は次の日に水泡と化した。

 

 正直に残念で仕方がないのだけれど、なぜ僕は断る理由を無くしていた。

 

 この気持ちがなんなのかはこの時点で分からなかったけれど、

 

 これが後に、大きな切っ掛けとなるのはもう少し先の話だったんだよね。

 

 

 

 僕が運動会を計画した理由 完

 




 これにて運動会が行われることになったいきさつとなる元帥編が終了しました。
子供たちの出番がほとんどなかったですが、次回からの番外編は少しくらい……あるはずです。うん、たぶん(ぇ


次回予告

 運動会の昼休み。
チームのメンバーである子供たちと一緒にお弁当を食べる……と思っていたんだけれど、いきなり呼出しを喰らってしまう。

 いったい何なのかと呼びに来たしおいに尋ねてみると、とんでもない答えが帰ってきた。



 艦娘幼稚園 第二部 番外編
 燃えよ、男たちの狂演 その1「強制参加とご褒美と」


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~番外編 昼休みのイベント~
燃えよ、男たちの狂演 その1「強制参加とご褒美と」


 評価や感想、お気に入りなど、ありがとうございます。
久しぶりではありますが、先日皆様のおかげで日間ランキングに入ることができました。
これからも宜しくお願い致します。


 さて、番外編第二弾……なのですが、先に行っておきます。
正直、誰得なお話なのかサッパリです。
過去に登場したオリキャラ、そして名前しか出てこなかった艦娘がチラリと登場するシーンもありますが……、本当に誰得なんだろう(ぇ


 運動会の昼休み。
チームのメンバーである子供たちと一緒にお弁当を食べる……と思っていたんだけれど、いきなり呼出しを喰らってしまう。

 いったい何なのかと呼びに来たしおいに尋ねてみると、とんでもない答えが帰ってきた。

(今章は、運動会編における昼休みに行われたイベントのお話になります)


 運動会の昼休み。

 

 あの時は余り語らなかったが、しばらく経った今なら構わないかもしれない。

 

 いや、正直に言えば思い出したくないんだけれど。

 

 それでも聞いてみたい……と思う危篤な方がいるのであれば、話さざるを得ないだろう。

 

 誰得なんだと言える、最凶最悪のイベントを……。

 

 

 

 

 

「呼びだし……?」

 

 第3競技が終わり、子供たちに鳳翔さんお手製のお弁当箱を配り終えたところで、俺の待機場所にしおいがやってきた。

 

「はい。

 先生は至急、第2体育館の方に向かって下さいとのことです」

 

「予定ではなにもなかったはずだけど、至急ってことは突発的になにか起こったのかな……?」

 

「その辺りは行ってみれば分かると思いますよ」

 

 そう答えたしおいの表情がなにやら楽しげに見えるんだけど、イマイチよく分からない。

 

 でもまぁ、さすがに競技が全部終わっていない段階で変なことを起こすことはしないだろうし、単純に手が足りていないだけというのもありえるだろうと思い、俺はコクリと頷く。

 

「それじゃあ早速行きましょう。

 みんなも一緒についてくるよね?」

 

「もちろんであります!」

 

 ビシッとしおいに敬礼をするあきつ丸に合わせ、潮もコクコクと頭を下げ、夕立も「はーい!」と叫ぶように声を出しながら右手を上げる。

 

「それじゃあ私たちも行こうよ、大井っち」

 

「北上さんが言うなら、私は火の中だろうが水の中だろうが、どんなところへでも向かいます~」

 

「あははー。

 今から行くのはそんなに危ないところじゃないよー」

 

 そう言って、仲良く手を繋ぎながら歩き出す北上と大井。

 

「……私たちは、だけどね」

 

「ん……?」

 

 北上が何かを呟いたような気がしたので視線を向けてみたが、不振な点は見当たらない。

 

 なんだか嫌な予感がするんだけれど、ただの思い過ごしだよな……?

 

 そんなことを思いながら、俺はしおいに続いて第1運動場へと向かう。

 

 これが地獄への1歩だったと後に後悔することになるのだが……、残念ながら今の俺には知るよしもなかった。

 

 

 

 

 

「……ナニコレ?」

 

「珍●景ではないですねー」

 

 俺の質問に対してボケるしおいはカラカラと笑うが、俺は目の前の光景を見て立ち尽くしたままだ。

 

「あきつ丸たちは早速席に行っているであります!」

 

「そ、それじゃあ、頑張ってください……」

 

「先生、頑張るっぽい!」

 

 そしてあきつ丸と潮、夕立がそんな俺を気にすることなく……どころか、なぜか意味不明に応援してから歩いて行った。

 

 ちなみに北上と大井はすでに姿を消しているが、おそらくあきつ丸たちと同じだろう。

 

「それじゃあしおいも同じく、観客席に向かいますのでー」

 

「いやいや、ちょっと待って」

 

 俺は手を振り別れようとするしおいの肩をガッシリと掴んで逃がさない。

 

 いくらなんでも説明なしにこの場で捨て置かれるのは、いくらなんでもあんまりだからね。

 

「ああ、そうでした。

 先生はあっちにある待機場所に……」

 

「いやだから、なんで体育館に格闘技をするようなリングが設置されていているのかをまず説明してくれないかな」

 

「説明もなにも、今からプロレスが始まるからじゃないですか」

 

「………………は?」

 

「もちろん先生はそれに参加される訳ですから、早く待機場所に向かって準備をしないといけませんよね」

 

「だ、だから、そんな話は聞いていないんだけど?」

 

「またまたー。

 ちゃんと前日に渡された運動会のしおりに書いてあったじゃないですかー」

 

「しおい……先生……。

 今回の運動会について、俺に説明がほとんどなされていなかったことを……覚えてます……?」

 

「……あれ、そうでしたっけ?」

 

 ああ、ダメだ。

 

 朝の段階であれだけ話して揉めていたのに、すっかり忘れ去られちゃっているよ……。

 

「まぁ、そんなことはどうでもいいんですよ!」

 

 いや、どうでもよくねぇよ。

 

「せっかく子供たちも楽しみにしているんですから、ここまできて参加しないという選択はないですよ!」

 

「そ、そんなことを言われても……」

 

 俺はそう言いながら後頭部をボリボリと掻く。

 

 いきなりプロレスに参加しろと言われて、はいそうですかと答えられる訳がない。しかし、子供たちが楽しみにしていたとなれば話は別だ。

 

 長い間佐世保にいた身としては、少しでも舞鶴の子供たちが喜ぶようなことをしてあげたい。

 

 だが、プロレスをやったことがあるかと聞かれれば即座に首を横に振れるし、練習もなしにできるはずがない。そんな状態でリングに上がったところで、グダグダになるのは目に見えている。

 

「とにかく、早く行かないといつまで経っても始まりませんから、早く向かってください!」

 

 そう言って俺の背をグイグイと押すしおいに、俺は小さくため息を吐いて肩を落とした。

 

「と、とにかくどうなるかは分からないけど、待機場所に行ってみるからそんなに押さないでよ」

 

「本当にちゃんと行ってくれますか?」

 

 するとしおいはスルリと俺の前に回り込み、上目遣いで問い掛けてくる。その瞳はウルウルと涙を流す寸前のように……って、どうしてこんなことになっちゃってんの!?

 

「い、いや、なんでいきなり泣きそうに……?」

 

「せ、先生が早く待機場所に行ってくれないと、しおいは……、しおいは……」

 

 そして肩どころか、身体全体を震わせるしおい。

 

 これって、朝にも見たような気がするんですが。

 

「また愛宕先生に怒られちゃうじゃないですか!

 もう憤怒ファッ●ンガム宮殿は勘弁してほしいんですよぅ!」

 

 正確には憤怒バーニングファッキンストリームね。

 

 しおいが言うやつだと、デスメタルとかになっちゃいそうだ。

 

 しかし、本当に俺が佐世保に行っている間に、愛宕はしおいになにをやったんだろう……。

 

 こんなに震えるしおいは今までに見たことがないんだけどなぁ……。

 

「ですから、音速を超えて向かってください!」

 

「無茶ぶりにもほどがあるんだけど!?」

 

「問答無用です!

 四の五の言うようでしたら、放り投げてでも向かわせちゃいますよ!」

 

「わ、分かったから!

 向かうから無茶なことはやらないで!」

 

 俺を背負い投げしようと構えるしおいに両手を突き出して防いでから、急いで待機場所がある部屋へダッシュすることになってしまったのだった。

 

 

 

 

 

「あら、やっとこられたのですね」

 

「た、高雄さん……?」

 

 待機場所があるという部屋の中に入った俺を迎えたのは、元帥の秘書艦である高雄だった。どうしてこんなところにいるのかと思ってしまうが、まさか高雄もプロレスに参加するのだろうか……?

 

 その場合、やっぱりコスチュームとかは女子プロレスみたいな感じだったりして、レオタードとかそういうのだと強調される胸部装甲が……。

 

 やばい、マジで見たい。

 

 そして願わくは、高雄&愛宕の2人タッグで相手をしたい!

 

 その場合は間違いなく死ぬだろうが、すでに天国に召された状態なので満足できるだろう。

 

 ……ということで、カモン!

 

「なにやら変なことを考えているような気がするのですが……」

 

「き、気のせいじゃないですかね……?」

 

「そうですか……。

 先生の顔が元帥と同じに見えるなんてことは、ないと思いたいのですが」

 

 そう言って、ギラリと光る視線を俺に向ける高雄。

 

 あ、危ない危ない……。危うく元帥みたいにボコられるところだったぜ……。

 

「まぁ、良いですわ。

 それよりもうすぐ試合が始まるのですが、その前にお伝えしたいことがあるのです」

 

「伝えたいこと……ですか?」

 

「ええ、そうです」

 

 コクリと頷く高雄の顔は、笑みを浮かべていたんだけれど。

 

 ……なにこの流れ。

 

 以前にも似たようなイベントがあった気がするんだけど、その時って目をやられたような……。

 

「時間もないので単刀直入にですが、昼休みのイベントは2対2のタッグマッチですわ」

 

 いや、マジでちょっと待って。

 

 本当に俺の願いが叶うってことなのか!?

 

「そして先生の相手となるのは何を隠そう……」

 

 勿体つけるように高雄が間を取り、俺の心臓がバクバクと高鳴りを上げる。

 

 セクシー衣装に身を包んだ高雄と愛宕にタッグ技をくらうなら、そのまま死んでも構わない!

 

 舞鶴に帰ってきて、本当に良かったぞおぉぉぉっ!

 

「……元帥になりますわ」

 

 ………………。

 

 前言撤回。

 

 今すぐチームの待機場所に戻って、お弁当を食べたいです。

 

「そこでお願いなのですが、先生には元帥をこれでもかと言えるくらいにぶちのめしていただきたいのです」

 

「か、仮にも秘書艦である高雄さんが言って良いことだとは思えないんですが……」

 

「普段の行いがちゃんとしていればそうなるのでしょうけれど、元帥にそれを望むのは酷というものでしょう?」

 

 大きくため息を吐く高雄は両手を広げ、やれやれとジェスチャーをする。

 

 この話を聞いていた時点で元帥の精神ダメージは計り知れないものがあると思うんだけどなぁ……。

 

「まぁ、身代わりにするつもりだった擬体の方はすでに処分してありますので、元帥は本体で出てくるしかありません」

 

 そして本体って表現もどうなんだろうか。

 

 いやまぁ、間違いではないんだけどさ。

 

「従いまして、元帥の奥の手はすでに封じてある……と言いたいところなんですが……」

 

 歯切れが悪い言葉を完全に詰まらせた高雄は、俺から視線を逸らす。

 

 その仕種は俺を不安にさせるだけなので、できればやめて欲しいんだけどなぁ。

 

 なんかさっきから俺に対して悪いことしか聞けてないのは気のせいじゃないよね……?

 

「もう1人の相手が問題なのですわ……」

 

「そ、その、もう1人というのはいったい……?」

 

「先生のよく知る人物……安西提督、その人ですわ」

 

「………………へ?」

 

 ぽかーんと口を明けたまま固まる俺。

 

 どうしてそんなことになったのかと思う以上に、なぜ高雄が不安げな表情をするのか分からない。

 

「え、えっと、安西提督って、佐世保から一緒に着た安西提督ですよね?」

 

「ええ、間違いありません」

 

「で、でも、安西提督は昨日の移動で持病の腰を痛めたらしいですから、プロレスなんてできるような状態じゃあ……」

 

「あら、そうなのですか?

 それなら先生にも勝てるチャンスが……あるのでしょうか?」

 

 いや、それを俺に聞かれても分かる訳がないんだけれど。

 

 しかし元帥と安西提督がタッグを組んで俺と戦うことになるだなんて、いったいどうすれば良いのだろう。

 

 いくらイベントだとはいえ、天と地ほどもある階級差の相手2人に怪我を負わしたとあれば不問で済むとは思えない。

 

 まぁ、元帥の方は高雄から許可が出ているんだけど、安西提督に手をあげるのもなぁ……。

 

 色々と恩もあるし、いくらプロレス"ショー"だといえども怪我をしないように気遣うのは難しい。

 

 そもそも、どうして俺の知らない間にプロレスに参加させられている段階でおかしな話なんだけどさ。

 

「不確定要素に頼るのは難しいでしょうから、私から言えることは1つだけですわ」

 

 そう言って、高雄は口元に人差し指を立てて内緒話というようなポーズで俺のすぐ側に近づいてきた。

 

「安西提督からは距離を置いて、元帥をボコボコにしてください。

 それで10カウント……つまりノックアウトを取れば先生の勝利になりますから」

 

「わ、分かりました。

 善処……してみます」

 

 コクコクと何度も頷く俺だが、こればっかりは仕方がない。

 

 だって、高雄の胸部装甲が俺の腕にちょくちょく当たっちゃっているんだもん。

 

 これでは断る方が酷ってものだけど、どうせなら愛宕の方が良かった……かなぁ。

 

「良い返事ですわ。

 あ、ちなみにですけれど、私の指定通りにできましたら愛宕からもご褒美をするように言っておきますから、よろしくお願いいたしますね」

 

「全身全霊で勤めさせていただきます!」

 

 現金にもほどがある俺だが、夢が叶うとなれば気合いが入るのは必然だろう。

 

 

 

 ……しかし、ここで俺は考えるべきだった。

 

 高雄が気にしていた、安西提督を危険視する訳というものを。

 

 




 今章は、結構長いですよ……(ボソリ

次回予告

 依頼は受けた。
そういやタッグを組む相手は誰だっけ?
過去に登場した男性キャラといえば……。

 え、そんな感じだったっけ?

 艦娘幼稚園 第二部 番外編
 燃えよ、男たちの狂演 その2「ここにも影響が?」


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燃えよ、男たちの狂演 その2「ここにも影響が?」

 依頼は受けた。
そういやタッグを組む相手は誰だっけ?
過去に登場した男性キャラといえば……。

 え、そんな感じだったっけ?


 

 説明を終えた高雄が待機場所から離れて行くのを見送ってから、俺は一息ついた。

 

「ご褒美に乗せられたとはいえ、まさかプロレスに参加するとはなぁ……」

 

 ましてや相手は元帥と安西提督なんて、冗談にもほどがある。

 

 あまりの展開に身体よりも心がまいってしまいそうになった俺は、近場にあった椅子に座って一服しようと思ったのだが、なんとなく背後に違和感を覚えたので振り返ってみた。

 

「………………(じー)」

 

「おわっ!?」

 

 すると俺のすぐ背後に1人の男性が立っていたのだが、どこかで見覚えがあるような……。

 

「も、もしかしてヲ級を追いかけ回していた作業員……っ!?」

 

「その件については忘れてくれ。

 俺はもうヲ級ちゃんを卒業し、今は崇めるべき女神についているんだ」

 

「は、はぁ……」

 

 遠い目を浮かべた作業員が空を見上げて大きく息を吐くが、いろんな意味でツッコミ所の多い言葉だったような気がする。

 

 まずヲ級を卒業したとか言っていたが、確かこいつはファンクラブの会長をしていたはずだ。さらにはヲ級に対してかなり危険な行動を取っていたのを目撃したことがあるので、高雄に連絡して対処してもらったのを覚えている。

 

 その結果、ヲ級に対する熱意が失われた……ということなのかもしれないが、問題はそのあとの言葉だよな。

 

「崇めるべき女神……ですか?」

 

「ああ、俺はもうあの方しか見えない。

 ヤン鯨様は、俺の心の拠り所なんだ……」

 

「ぶふぉおっ!」

 

 その名を聞いた瞬間、俺は吹き出してしまう。

 

 鎮守府に関係する人にとって、最も畏怖する存在。

 

 悪を滅ぼす仕置人といえば聞こえは良いが、その手段が余りにも残虐であるという噂がはびこっているため、良い顔をする人はいないだろう。

 

 ちなみに俺は過去に数回会っているみたいなのだが、その時あの人物がヤン鯨だったとは知らなかった。だからこそ助かったのだといろんな人や艦娘に言われたが、悪いことをした覚えがない俺にとって仕置きをする理由がないからだったのだろう。

 

 まぁ、全くの被害がなかったとは言えないんだけれど。

 

 ついでに、話自体は合うかもしれないと思ったこともある。

 

 しかし、いくらなんでも作業員みたいに崇めるなんてことは考えない。どちらかといえば恐怖を感じる方が大きいからね。

 

「今回、お前とタッグを組むことになったのはヤン鯨様に間接的ではあるが恩を返せると聞いたためだ」

 

 そう言ってニヒルに笑う作業員。

 

 ううむ、完全にキャラが変わっている気がするんだが。

 

「まぁ、元帥と佐世保の安西提督という、赤鬼と青鬼が相手というのも楽しみではあるのだがな」

 

「あ、赤鬼と青鬼……?」

 

「……ん、お前は2人の異名を知らないのか?」

 

「異名って……、全く持って初耳なんだけど……」

 

「そうか、なるほどな……」

 

 またしても遠い目をする作業員。

 

 いや、勝手に納得されても困るんだけど。

 

「話をしてやるのが筋だろうが、残念ながらタイムリミットのようだな」

 

 作業員は腕時計を一瞥してからそう言って、建物の入口と反対方向にある通路へと歩き出す。

 

「おい、なにをしている。

 客はすでに待っているんだぞ?」

 

「あ、あぁ……」

 

 四の五の言わずについて来いという視線を受けた俺は、仕方なく頷いて後を追う。

 

 正直すでに頭がパニック状態なんだけど、誰も助けてくれないよね……。

 

 

 

 

 

「あっ、先生。

 お待ちしてましたよ!」

 

 待機場所から作業員の後に続いて歩いていると、長い通路の先にある扉の前で立っていた1人の艦娘が右手をブンブンと振りながら笑顔で声をかけてきた。

 

「えっ、ゆ……、夕張!?」

 

「お久しぶりです!

 長い間会えなかったから、さみしかったですよー」

 

 夕張はダッシュで近づいてきたと思ったら、俺の右手を両手で掴んでギュッと握る。

 

 そしてニッコリと笑いながら俺の頭からつま先まで流し見て、ウンウンと頷いていく。

 

「ふむー、お変わりなく……とはいかないみたいですねぇ」

 

「……へ?」

 

「以前と比べて上半身の筋力がアップしてるみたいですよ」

 

「あー……」

 

 俺は苦笑を浮かべながら後頭部を掻きむしる。

 

 筋力が上がった理由は主にビスマルクを撃退しまくっていたのせいなんだろうが、まさか鍛えられていたとは思わなかった。

 

 あの時は純粋に身の危険しか感じなかったからなぁ……。

 

「夕張殿」

 

「はいはい、作業員さんもお変わりないようですねー」

 

「うむ。

 今日は宜しく頼む」

 

 少ない言葉を交わして頷く作業員と夕張……って、2人は顔見知りなのか。

 

 良く考えれば夕張は艤装を扱っているんだし、作業員も整備を生業としているんだから、顔を合わせるくらい普通なんだろう。

 

 ただ、なんとなくそれだけじゃない雰囲気が感じられるのと……、

 

「と、ところで夕張はなんでここに?」

 

「それはもちろん、セコンドにつくためですよ!」

 

「せ、セコンド!?」

 

 それって格闘技とかの試合で戦う選手をサポートする人のことだよな。

 

 今回はあくまで昼休みのイベントだって聞いているけど、セコンドなんか必要なのか……?

 

「相手はあの赤鬼と青鬼がひさしぶりに組むと聞いたら黙ってなんていられませんよー。

 作業員さんは元より、先生に関しては未知数な所が多いですからサポートは必要だと思って立候補したんですよ!」

 

「夕張殿がセコンドについてくれるのは申し分ない。

 ひさしぶりに大暴れさせていただくことにしよう」

 

 またもやニヒルに笑みを浮かべる作業員がなんだか斬鉄剣を持っている泥棒みたいに見えてきそうなんだけど、それ以上に赤鬼と青鬼のことが気になって仕方がないんだが。

 

「翔ぶが如く……翔ぶが如く!」

 

 いや、むしろ斬馬刀の方かもしれない……。

 

 しまいに二重のなんちゃらとかやりそうだよなぁ。

 

「気合い充分なのは良いことですけど、本番まで取っておいてくださいよ?」

 

「ああ、分かっている」

 

 コクリと頷く作業員を見て納得した表情を浮かべた夕張は、続けて俺の方へと視線を向ける。

 

「それじゃあ、先生も準備はよろしいですね?」

 

「いや、全くもって出来てないんだけど……」

 

「……あ、あるぇー?」

 

 完全に出足をくじかれたように呆気に取られた夕張が情けない声を上げるが、プロレスに参加することをついさっき知らされた俺がすぐに準備なんて出来るはずがない。

 

 ましてや聞いたこともない異名だとか、舞鶴鎮守府において注意すべき人物にリストアップしていた作業員とタッグを組むなんて、想像することすら有り得ないとさえ言える。

 

「し、しかし、もう開始時刻は迫っている訳で……」

 

 首から下げたストップウォッチを手に持って時刻を調べた夕張が怪訝な顔を浮かべ、焦ったように作業員を見る。

 

「ふむ……。

 少しは見所がある男だと思っていたのだが、俺の思い違いか……」

 

 そう言って、作業員が視線を合わす。

 

 その表情は真剣で、瞬き一つしなかった。

 

「それとも、今回の試合で得られる報酬を知らないからなのか……」

 

「……報酬?」

 

 高雄から聞いた話が実現するなら、元帥に勝てば愛宕からご褒美がもらえるはずだ。その会話を作業員が聞いていたかどうかは定かでないにしろ、俺が知らないという前提の内容ならば説明されていないことなのだろう。

 

「この試合は舞鶴だけでなく、全国にある鎮守府に同時中継されている」

 

「なにそれ、初耳なんだけど」

 

「それほどまでに注目を集めている試合なのだ」

 

「いやいや、これって観艦式と運動会の昼休みにやるちょっとした余興だよね!?」

 

 いくらなんでも有り得ないだろうと声を上げた俺に、作業員は小さく首を左右に振る。

 

「なにを馬鹿なことを言っている。

 この舞台に立つために流した多くの血と汗は、相当の数ということを忘れるな」

 

「いや、だからあんたが言っていることが全く分からな……」

 

「残念ながら入場時間です!

 扉を開けますよ!」

 

「え、いや、だからその……」

 

 夕張が俺と作業員の間に手を入れて強引に会話を終了させてから、クルリと後ろに振り返る。

 

 そして扉のノブに手をかけて重心を前に倒した瞬間、明るい光りと共に大きな歓声が耳に入ってきた。

 

 

 

 

 

「「「ワアァァァーーーッ!」」」

 

『まずは青コーナーの入場です!

 拍手、歓声を大にしてお迎えください!』

 

 鼓膜が破れてしまいそうになる声援に負けじと、アナウンスの声が響き渡る。

 

 もちろん声の主は運動会の実況でもお馴染みの青葉だ。

 

『先日行われた鎮守府所属格闘大会でオール1本勝ちを収めたニューフェイス!

 過去にはヲ級ちゃんのファンクラブ会長をしていましたが、今は引退して優秀な整備作業員として活動中。

 しかし一度リングに立てば、不死身に最も近い男として大活躍!

 ザ・ゾンビ作業員の登場ですわーーー!』

 

 続けて熊野のアナウンスが響き、作業員が目を閉じながら右手を上げる。

 

 その行動に合わせて大きな歓声が上がり……って、リングの周りにある観客席が満員どころか、立見まででちゃっているんですけど……。

 

『そしてもう1人!

 舞鶴では誰もが知っている有名人!

 普段は舞鶴幼稚園で子供たちを教えているものの、一度仮面を外せば辺り構わず女性を落とす大・悪・人!

 出張先の佐世保から舞鶴に帰ってきたら、お手付きをはべらせ大満足!

 小さい娘も、大きい娘もなんでもござれ!

 元帥二世と呼び名もかかる大型新人!

 ザ・レディースキラーの先生が登場です!』

 

「「「ワアァァァーーーッ!」」」

 

 そして今度は青葉が俺を……って、ちょっと待てやこらあぁぁぁぁぁっ!

 

 身に覚えのないことを並べまくって観客を煽るなんて、いくらなんでもひど過ぎるぞ!

 

「くたばれ、女の敵ーーー!」

 

 ほらぁ……、観客の男性陣からブーイングが上がっているじゃんかよぉ……。

 

「先生ー、カッコイイーーー!」

 

 ……と思ったら、女性の声で応援がチラホラ聞こえるんだけど、どうしてそうなった。

 

 いやまぁ、嬉しいにこしたことはないんだけどさ。

 

「さぁ先生、行きますよ」

 

 夕張に背を押されて仕方なくリングに向かって歩く俺。ちなみに作業員はすでにリングの側に立っていて、危険な物を持ち込んでいないかとレフェリーっぽい格好をした女性に身体をまさぐられていた。

 

「……おふぅ」

 

 ………………。

 

 なんで恍惚とした表情を浮かべているんだよこいつは。

 

 やっぱり変態なのは変わっていないんじゃないのだろうか。

 

「はい、大丈夫ですよー」

 

 しかし俺とは違ってレフェリーは気にしていないのか、作業員の尻をパシンと叩いた。

 

「ん、今の感じは……いや、まさかな……」

 

 一瞬眉間にシワを寄せた作業員だが、小さく肩を落としてリングに上がる。

 

「はいはーい。

 先生もボディチェックをしちゃいましょうねー」

 

「あ、は、はい……」

 

 なんだかハイテンションなレフェリーだなぁ……。

 

「ふむふむー。

 今日は嫌な臭いがしませんねー」

 

「……へ?」

 

「いえいえ、こっちの話ですよー。

 はい、チェック完了です。

 リングにお上がりくださいー」

 

「はぁ……」

 

 同じように尻をパシンと叩いたレフェリーがリングに沿って反対側に歩いていくのを見送った俺は、なんとなく嫌な予感がしつつもリング横の階段を上がる。

 

「はい、先生。

 これで入りやすいですよね」

 

「あ、ああ。

 ありがとね、夕張」

 

 ロープの間に身体を入れて隙間を広げてくれた夕張に礼を言いながら、俺はリングに立つ。

 

『さてはて、次は赤コーナーの入場です!

 皆様、大きな声援と拍手をよろしくお願いします!』

 

「「「ワアァァァーーーッ!」」」

 

 青葉の声が響き、歓声が上がる。

 

 そしてついに、俺達の相手である元帥と安西提督の姿が向かい側の扉から現れたのであった。

 




次回予告

 青葉ェ……。
相変わらずの紹介に突っ込みつつも、今度は赤コーナーに移っていく。
登場するのは元帥と安西提督。その恐ろしさが、明らかになると思いきや……、

 なんか、もう1人いるような? 

 艦娘幼稚園 第二部 番外編
 燃えよ、男たちの狂演 その3「デンジャラスゾーン」


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燃えよ、男たちの狂演 その3「デンジャラスゾーン」

 青葉ェ……。
相変わらずの紹介に突っ込みつつも、今度は赤コーナーに移っていく。
登場するのは元帥と安西提督。その恐ろしさが、明らかになると思いきや……、

 なんか、もう1人いるような? 


 

 扉が開かれ、男性2人の姿が現れた。

 

 そしてさらに歓声が大きくなり、地面が揺れているような感覚に陥ってしまう。

 

 俺がいるリングに向かって歩いてくる2人はいつもと同じ真っ白な軍服を着込んでいるのだが、雰囲気は恐ろしいほどまでに緊迫し、辺り一帯の風景を歪ませてしまうかのように見え、思わず生唾を飲み込んでしまう。

 

「さすがは……赤鬼と青鬼だけはあるな……」

 

 いつのまにか俺の横に立っていた作業員も、額に汗を浮かばせながら険しい表情を浮かべている。

 

 未だにその異名の意味が分からないけれど、今からその2人を相手にする俺にとって良い方に転ぶとは到底思えない。

 

 いや、そもそもなんで俺が戦わなきゃならないのだろうか。

 

 リングに立ってしまった以上いまさらって感じもするけれどね。

 

『赤コーナーからまず1人目の紹介です!

 佐世保鎮守府に所属し、いつぞやの深海棲艦襲来を退けた功績者!

 見た目はバスケ部の顧問のようで先生と呼ばれることも多々あるが、一度戦場に出れば昔の血が騒ぎ出す!

 過去、唯一ステゴロで深海棲艦を倒した男――、赤鬼こと安西提督の登場ですーーーっ!』

 

「「「ドワアァァァァァッ!」」」

 

 青葉の解説が終わるや否や、観客からの声援が半端ではないほど大きくなり、鼓膜が破れそうに感じで思わず苦悶の表情を浮かべてしまう。

 

 しかし、それ以前に青葉の説明にツッコミどころがあるんだが。

 

 ステゴロって、あれだよな。素手で殴り合ってやつだよな?

 

 それで深海棲艦を倒したって、いくらなんでも観客を盛り上げるための冗談だよね!?

 

「伝説は未だ破られず……か。

 しかし、いつかは俺も……」

 

 ……と思っていたら、安西提督を見る作業員の目に尊敬が混じっている気がするんですけど。

 

 完全にキャラが変わっていることよりも、俺の心配が肯定されそうな言葉を吐くのは勘弁してほしいなぁ。

 

「赤鬼の伝説を見せてくれ!」

 

「ぽっと出のすけこましなんてやっちまえー!」

 

 沸き上がる歓声の大半は男性の声なんだが、その大きさたるや半端じゃない。

 

 あと、すけこましって俺のことじゃないよね……?

 

『そしてもう1人ですわ!

 舞鶴鎮守府の最高司令官なのに、至るところでトラブルを巻き起こす問題児!

 日夜ハーレム拡大を目指して秘書艦にぼこられまくるものの、すぐに復活する様は吸血鬼なのでしょうか!?

 しかし、昔は海軍の中ではその人ありと言われた完璧頭脳!

 もちろん腕っ節もそんじょそこらとは訳が違います!

 青鬼こと――、元帥の登場ですわーーーっ!』

 

「「「ワアァァァァァッ!」」」

 

 こちらも同じようにエグいレベルの歓声が上がり、俺はたまらず両耳を塞ぐ。

 

 本人である元帥は気分良く両腕を上げて観客にアピールするが、

 

「キャー!

 元帥、頑張ってーーーっ!」

 

「死ね、女の敵!」

 

「青鬼の頭脳を見せてやれ!」

 

 ……と、歓声7割、怒号3割といった感じだった。

 

 安西提督の方はほとんど歓声だったし、それに比べると少しばかり悲しくもなる。

 

 しかし、俺のときは半々だった気がするので共感できないが。

 

 つーか、なんで俺には文句が多いんだろう……。

 

「赤鬼の武力に青鬼の頭脳……。

 まさかこれらを同時に相手にできるとは、願ってもいないが……」

 

 そう言って、膝をガクガクと震わせる作業員……って、完全に戦う前から負けちゃっていないか!?

 

「作業員さん!

 リラックス、リラックス!」

 

 さすがにマズイと思ったのか、セコンドについた夕張から声が飛ぶ。すると作業員はハッと目を見開いてから両手で自らの頬を叩き、気合いを入れ直してから息を吐いた。

 

「ふぅ……。

 まさかこの俺が飲まれてしまうとは……情けない」

 

「ドンマイ、ドンマイ!

 ほら、先生も気合いを入れてください!」

 

「え、いや、気合いを入れろって言われても……」

 

 元々戦う気なんてほとんど無かった俺にどうしろって感じなのだが、愛宕からのご褒美をゲットするためには元帥を倒さねばならない。

 

 いくら2人に異名があるといっても、同じ人間なんだから太刀打ちできないということはないだろう。

 

「それにまぁ、ル級やビスマルクとも戦った経験もあるしなぁ……」

 

 本気ではないにしろ俺も深海棲艦と艦娘の戦艦クラスと素手でやり合ったことがあるのだが、あの時は身の危険が半端じゃなかったから普段以上の力が出ていた気がする。

 

 しかし普段から時間があるときには身体を鍛えているし、情けない結果で終わることだけはなしにしたい。

 

「先生、頑張るでありますよー!」

 

「頑張るっぽいー!」

 

 気づけば観客席の方から子供たちの応援も聞こえてくるし、ここは1つ期待に答えてやろうじゃないか。

 

「っしゃあ!」

 

 作業員と同じように両頬をパシンと叩き、俺は前を見る。

 

 リングの対角線上にはボディチェックを終えた安西提督と元帥がすでに待機しており、準備万端だと思いきや……、

 

「「………………」」

 

 あれ?

 

 どうして2人とも顔色が悪いんだ?

 

 なんだか顔中に脂汗が浮いているように見えるし、真っ青になっちゃっているんだけど。

 

「ど、どうして……レフェリーになってるんだよ……」

 

「ま、まさか再び会うとは思いませんでした……」

 

 なんだか2人とも小さい声でブツブツと呟いているけど、上手く聞き取れないなぁ……。

 

 でもまぁ、相手が勝手に弱ってくれるのはありがたいので文句を言う気もない。

 

『両チームの選手がリングに上がりましたので、まずは顔合わせです!』

 

 いつの間にかリングの中央に立っていたレフェリーが頷くと、両方の手で俺たちと元帥たちを呼び寄せる。

 

「両チームとも、こっちに来て下さいー」

 

 俺も同じく頷いて作業員と横並びになって歩いていく。するとレフェリーを挟んで俺の前には元帥が、作業員の前には安西提督が向かい合う形となった。

 

 さすがにこうなっては弱気な顔を見せられないのか、前の2人の表情が元に戻っている。

 

 そして両方を見比べたレフェリーがニッコリと笑いながら口を開いた。

 

「それではルールを説明しますねー」

 

 言って、イヤホン付きのマイクセットの電源を入れてから続けてしゃべる。

 

「この試合は30分1本勝負で、ダウンしてから10カウント以内に立ち上がれない場合と、関節技等によるギブアップを宣言した時点で負けになっちゃいますー。

 金的と目つぶし以外はオールオッケーですけど、やり過ぎはダメですねー。

 タッグマッチなので、基本的にタッチをしない限り2人同時にリングに上がるのはダメですけど、流れの中で協力技をしたり、身体の一部が一時的に入っちゃったりするのはオッケーとしますー」

 

 ふむふむ……と頷きながら頭の中で考える。

 

 つまり、よくあるプロレスの試合と変わらないってことだろう。

 

 ちなみに流れの中で協力技をするってことは、自陣コーナー近くでタッチをした場合、少しの間だけ2人がリング上にいても大丈夫ということになる。

 

 また、関節技や絞め技を受けている仲間をロープの外側から助けること――、つまりカットは可能とみて良さそうだ。

 

 ただ、ここで普通のプロレスと違うのは、ショーではなくガチっぽいってことなんだよなぁ……。

 

 本格的というのはアレだけど、プロレスで基本的な3カウントではなく10カウントノックダウンシステムを採用しているし。

 

 これってもしかして、総合格闘技のタッグマッチっぽくないか……?

 

「ちょっとした予定外はあったけど、先生には少しばかり痛い目にあってもらわないとねー」

 

「ひさしぶりの戦場に胸が熱くなりますね……」

 

 その場で軽くステップを踏む元帥は完全に俺を敵視しているし、落ち着いた風にドンと構える安西提督も表情にやる気が見て取れる。

 

「我が力……、全てを出し切らせてもらおう!」

 

 同じく作業員もやる気満々に声を上げているけど、どうにもやり難いなぁ。

 

「ほら、先生も何か言いましょう!」

 

「え、あ、そうだな……」

 

 セコンドの夕張に言われて考え込む俺。

 

 変なことを言えば観客から文句が上がりそうだし、世話になった安西提督のことをけなすつもりもない。

 

 しかし、元帥に関しては何故なのかと問いたいくらいにガンを飛ばされちゃっているので、ここは場を盛り上げるため、ちょっとばかり乗ってみるのもアリだろう。

 

 そこで俺は元帥に向かって「異議あり!」と叫ぶようなポーズを取ってから、

 

「元帥、悪いが今日は勝たせてもらう!」

 

 ……と、自信満々な顔で言ってみた。

 

 もちろん、演出のためにやったんだけど。

 

 ………………。

 

 どうして観客や実況解説の声がピタリと止んで、場が静まり返っちゃうんですかね……?

 

「むぐ……、むぐぐぐぐ……」

 

 そしてなぜか、元帥の顔が真っ赤になって俺を睨みつけている目がさらに険しいものになっちゃっているし。

 

 安西提督もポカーンと口を開けたまま固まっているように見えるんだが。

 

 いや、演出ですよ、演出。

 

 別に怒らす気はあまりないんだけど、どうしてそんなに怒って……、

 

『ここで先生から、まさかの世代交代宣言ですわーーーっ!』

 

「「「ウオォォォォォーーーッ!」」」

 

 絶叫にも似た歓声。

 

 そして鳴り響く足踏み連打と地響きに、リングが大きく震えている。

 

「フフフ……。

 そうか、お前もとうとうやる気が満ちたのだな……」

 

「え、えっと、そ、そんな気はないんだけど……」

 

 作業員が俺の肩をポンポンと叩いてニヒルな笑みを浮かべる。

 

「ここまで言われちゃあ、痛い目にあってもらわないとダメだよねぇ」

 

「若き芽を潰すのは気が引けますが……、仕方ありませんね」

 

 対して元帥と安西提督の顔は澄んだかのように無表情となった。

 

「「……っ!?」」

 

 その代わりに恐ろしいまでの威圧感が俺の身体に降り注ぎ……って、普通の人間ができるやつじゃないよ!?

 

 作業員の顔も一気に笑みが消えちゃっているし、膝の震えも復活しちゃっているんですが。

 

 どうしてこうなったのかサッパリ分からないんだけれど、俺って変なことを言っちゃったのか!?

 

「お互いに準備万端みたいですねー。

 それじゃあルールに乗っ取って、頑張っちゃいましょうー。

 あ、もちろん私が見えてない場合はなんでもアリですけどねー」

 

 いや、それはマズいにもほどがあるでしょうに。

 

「それじゃあ時間がもったいないのでゴングといきましょうかー。

 両チームとも、1人はコーナー外に向かってくださいねー」

 

 レフェリーはそう言って両手の人差し指をコーナーに向けたが、打ち合わせを全くしていないのでどちらが先に出るか決めてないんだけど。

 

 元帥、安西提督共に険しすぎる表情だし、できれば最初は作業員に任せたいんだが……。

 

「最初は俺が行こう」

 

「よし、任せた!」

 

 その言葉を聞いた瞬間、俺は即座に返事をして颯爽とコーナーに引いてロープの外側に出た。

 

 余りの速さに作業員が冷たい目を向けてきた気がしたけど、見なかったことにしておこう。

 

「青コーナーは作業員さんー。

 赤コーナーは安西提督ですねー」

 

 そしてなぜか説明したレフェリーが解説席のある方を向いてコクリと頷く。

 

『それでは試合開始のゴングですわ!』

 

『了解です!

 レディー……』

 

 熊野の声、そして青葉の溜める声が聞こえ、俺はゴクリと唾を飲む。

 

『……ゴーーーッ!』

 

 

 

 カアァァァァァンッ!

 

 

 

 頭に痛いくらいの高い鐘の音が鳴り響き、試合が開始された。

 




次回予告

 ついに鳴り響いたゴング。
まずは作業員と安西提督だが、いきなりなんだか嫌な予感……?

 いや、なにやってんだよお前らェ……。

 艦娘幼稚園 第二部 番外編
 燃えよ、男たちの狂演 その4「筋肉イェイイェイ」

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燃えよ、男たちの狂演 その4「筋肉イェイイェイ」

 ついに鳴り響いたゴング。
まずは作業員と安西提督だが、いきなりなんだか嫌な予感……?

 いや、なにやってんだよお前らェ……。


『ついに始まりました、舞鶴鎮守府プロレス祭!』

 

『実況は私、熊野と青葉がお送りいたしておりますわ!』

 

『ゴングが鳴って早々に、両コーナーの選手が歩き始めています!』

 

『青コーナーは作業員、赤コーナーの安西提督がゆっくりと相手に向かっていますわ!』

 

「「「ワアァァァーーーッ!」」」

 

 盛り上がる観客たちが、席に座ったまま大きな歓声を上げる。

 

 その視線はリング中央へと向かっている2人で、青葉と熊野の言う通りお互いが視線を合わせたまま瞬き一つせずに距離を縮めていく。

 

『飛び技を使えばすでに射程圏内ですけど、どちらが先に手を出すのでしょう!?』

 

 プロレスで飛び技と言えば、まず浮かぶのはドロップキックだ。助走をすればリングの端にいたとしてもすぐに攻撃できるだろう。

 

 しかし2人は一切手を出そうとせずに歩き続け、お互いがぶつかってしまうくらいまで近づいて歩を止めた。

 

『おーっと、これは睨み合いかーーーっ!?』

 

『まずは挨拶代わりのガン飛ばしモードですわーーーっ!』

 

 まるでヤンキーのタイマンが始まってしまうのではないかと思えてしまう状況に、歓声を上げていた観客たちが息を飲む。

 

 一瞬の静寂が辺りを包み、いったいどちらが先に手を出すのかと、瞬き厳禁の雰囲気が漂っていた。

 

「………………」

 

「………………」

 

 しかし期待とは裏腹に、作業員と安西提督は睨み合ったまま微動だにしない。

 

 俺の背にも緊張伝わり、思わず唾を飲み込んだ音が漏れてしまうんじゃないかと思った瞬間、ほんの少しの変化が訪れた。

 

 ドンッ!

 

 唐突に作業員が自らの胸を叩いた。

 

 するとそれに応じたかのように、安西提督が小さく頷く。

 

「………………シィッ!」

 

 上下の歯をくっつけたまま勢い良く息を吐き出した作業員が、いきなり背伸びをするように両腕を上げた。

 

『先手は作業員だーーーっ!』

 

「「「うおぉぉぉっ!」」」

 

 青葉の実況が響き渡り、静寂を打つ破るように観客がざわめく。

 

 だが、一方の安西提督は防御体制を取ることなく作業員を見つめている。

 

『おや、これは……なんですのっ!?』

 

「フンッ!」

 

 熊野の驚く声に合わせ、作業員の両腕が真横に伸びる。そして肘を曲げ、身体中が震え出した。

 

『ま、まさかのマッスルポーズだぁぁぁっ!』

 

「「「おおおぉぉぉぉぉっ!」」」

 

 激しく盛り上がる観客……なんだけど、意味が分からない。

 

 作業員がやったのはいわゆるボディビルダーのポーズなんだけれど、腕を振ったら当たる距離でなぜか作業員は安西提督に向かって筋肉を誇示し始めたのだ。

 

 ………………。

 

 いや、なんでやねん。

 

 どう考えたらこの状況でそんなポーズを取るのかサッパリ分からない。

 

 俺が安西提督なら無防備な作業員のみぞ落ちを狙って拳を叩き込むだろう。

 

 腹筋が固いかもしれないことをふまえれば、少々汚い手だろうが金的をするのもアリかもしれない。

 

 それくらい隙だらけなのに……、

 

「その意気や良し……。

 まずは肉体言語で語り合いましょう……っ!」

 

 そう言った安西提督は、全くもって不必要であると思える行動を取った。

 

 なんか違う気もするが、当事者でない俺が突っ込むのもためらわれる。

 

 ……いや、ぶっちゃけ関わりたくないだけなんだけど。

 

「ふんむぅっ!」

 

 大きい丸太を抱えるかのように、安西提督が両腕を丸めつつ下腹部近くに下ろす。

 

 白い軍服がパツパツになるまで腕の筋肉が膨れ上がり、観客たちを大きくざわつかせた。

 

「す、すげえっ!

 さすがは赤鬼だぜ!」

 

「しかし、作業員の大胸筋も負けていないぞ!」

 

「こりゃあ、どっちの筋肉が勝ってもおかしくねぇ!」

 

 ……うん、なんでこんな風になっちゃってんの?

 

 一応これ、ボディビルの大会じゃなくてプロレスのはずなんですけど。

 

「作業員さん、こうなったら奥の手です!」

 

 さらにはセコンドの夕張が意味不明なことを言い、作業員が小さく頷く。

 

「ふんがあああっ!」

 

 作業員が腕を腰に当てたポーズに変えて絶叫を上げると、さらに大胸筋を盛り上がり着ているツナギのジッパーがミチミチと音を立て始めた。

 

「ほほう……、やりますな。

 それではこちらも本気と参りましょう!」

 

 安西提督が対抗心を燃やすかのように目をぎらつかせ、作業員と同じポーズ取る。

 

『2人の筋肉が唸りをあげるーーーっ!』

 

『男臭さがマックスですわ!

 でもなんだか、嫌いじゃないですわーーーっ!』

 

 青葉と熊野の実況にも熱が入り、観客から大きな声援が飛び始めた。

 

 しかし、俺はしっかりと再度言おう。

 

 今はプロレスをやっているのであって、ボディビルの大会をしているのではないんだぞ!

 

 あとついでに、熊野って暑苦しいのが好きなの……?

 

「むぐうううううっ!」

 

「ふん、ふんっ、ふんむぅっ!」

 

 真っ赤な顔。

 

 ほとばしる汗。

 

 そしてなぜか歪み出す空間……は言い過ぎだろうか。

 

 しかし2人が立っている付近のリング床は、すでに水溜まりのようになっている。

 

 ううむ、あそこで転ぶのだけは勘弁したいなぁ。

 

 でも完全にリング中央だし、プロレス技をする以上触れないってのは難しそうだぞ……。

 

 あまりにむさ苦しい空間を見た俺は、正直胸やけを起こしそうなくらいげんなりとしている。

 

 向かいのコーナーにいる元帥も同じようで、あまり視線をリング中央に向けようとはしていない。

 

 しかし俺の横にいる夕張は、手に汗握るといった風に表情を明るくしながら右手を上げた!

 

「いけーーー、作業員さんーーーっ!」

 

 夕張の声援が飛ぶ。

 

 そして、それに呼応した作業員は今日1番の声を上げ、

 

「ぬがあああああああっ!」

 

 

 

 ブッツーーーンッ!

 

 

 

 ツナギのジッパーがはじけ飛び、下着のシャツがビリビリに破れて舞い散った。

 

「「「うおぉぉぉぉぉっ!」」」

 

『作業員の大胸筋が炸裂ーーーっ!』

 

 いや、炸裂って何だよって感じなんだが。

 

 暑苦しさが一段階上がりました。ぶっちゃけ帰って良いですか?

 

「ふんむうぐおぉぉぉっ!」

 

 

 

 バリバリバリバリーーーッ!

 

 

 

 対抗する安西提督も、両腕の筋肉に耐え切れず袖が粉砕して吹き飛んだ。

 

 いやもう、何が何だか分からない。

 

 肌が露出しても全く嬉しくない状況です。

 

 どうせなら愛宕や高雄のような胸部装甲が露出するイベントとかないんですかねぇ!

 

『そのツナギと軍服、誰が縫うんでしょうかーーー!?』

 

『お決まりの台詞ですわね。

 でも、嫌いじゃないですわーーーっ!』

 

 そして青葉と熊野のテンションも良く分からない。

 

 もはやここ一帯の空間がおかしなことになっているんじゃないのかなぁ……。

 

「ぐむぅ……。

 どうやら筋肉は同等と言うべきか……」

 

「ならば、次に語るのはなんなのか……、分かっていますね?」

 

 悔しがる作業員に、安西提督は澄ました顔で言う。

 

 すると口元を吊り上げた作業員は「……応っ!」と叫び、大きく右腕を振りかぶった。

 

「ふんっ!」

 

 作業員の右拳が、安西提督のみぞ落ちにグサリと刺さる。

 

 鈍く低い音が響き渡り、安西提督の身体から大量の汗が飛び散った。

 

「「「ウオォォォッ!?」」」

 

 やっと始まった本当の攻撃に、観客たちが席から立ち上がって大声を出す。

 

『ついに作業員のパンチが炸裂ーーーっ!』

 

『みぞ落ちをえぐる鈍重のボディーブローは想像するだけで脂汗が吹き出てしまいますわーーーっ!』

 

 熊野の言う通りで、俺の口の中がすっぱい感じになっていた。

 

 明らかに作業員の拳はピンポイントにみぞ落ちへと減り込んでいるように見えるし、勢いや体重の乗りも申し分なかった。

 

 いくら安西提督の腹部がぽっちゃりとしていても、あれだけの打撃を受けてノーダメージということはないだろう……と思っていたのだが、

 

「この程度……ですかな?」

 

「な、なん……だと……っ!?」

 

 ケロリとした表情で問う安西提督に、当事者でない俺の方が驚愕の顔を浮かべてしまっていた。

 

 ここからだと背中しか見えない作業員も、おそらく驚いているに違いない。

 

「ふむ……、これでは少々期待ハズレというところですが……」

 

 安西提督は左手で顎を摩った後、コキコキと首を鳴らしてから脇を締めるように右腕を引いた。

 

「……っ!」

 

 危険を察知した作業員が息を飲み、防御体制を取ろうと殴った右拳を引き寄せようとする。

 

 刹那、俺の目に映り込んだ安西提督の笑みによって、背筋に恐ろしいまでの寒気がゾクゾクとはい上がってきた。

 

「……な、なにっ!?」

 

 作業員の右拳が、安西提督のみぞ落ちから離れない。おそらく腹筋を締め、逃さないようにしているのだろう。

 

 笑みの理由を知った俺は「逃げろ!」と叫びたくなるが、その言葉が無意味であると、本能が勝手に口を閉す。

 

「それではこちらの番です……よっ!」

 

 そして安西提督の叫び声が響き、引いていた右腕が霞んだかのようにブレる。

 

 

 

 シュ……パァァァーーーンッ!

 

 

 

 空気が切り裂かれ、続けて何かがはじけ飛んだような音が鳴った。

 

「がぁっ!?」

 

 作業員の悲鳴が上がり、まるで強力な磁石に引き寄せられたかのように俺のいる青コーナーにふっ飛んでくる。

 

「うわっ!」

 

 慌てた俺はセコンドの夕張を庇おうとするが、それよりも速く作業員の背中がコーナーポストに打ち付けられた。

 

「ごふっ!」

 

 そしてゆっくりと作業員の身体がリングに崩れ落ちる。

 

 ドサリと音が響き、足元が少しだけ揺れた。

 

「「「………………」」」

 

 その光景を目の当たりにした観客たちの声が消え、時間が完全に停止したかのような感覚に陥っていく。

 

 リング中央に立つ安西提督の姿は、空手家が正拳突きを放った後のようなポーズのままだ。

 

『あ………………』

 

 息をすることすら忘れてしまった観客たちが固まったままの状況に耐え兼ねたのか、スピーカーから青葉の声が聞こえ、

 

 

 

『赤鬼……いえ、安西提督のパンチが作業員に炸裂ーーーっ!』

 

『まともに喰らった作業員が、コーナーポストまで吹っ飛ばされてダウンですわーーーっ!』

 

「「「ドワアァァァァァァァーーーッ!」」」

 

 時が動き出したかのように、大歓声が上がったのであった。

 




次回予告

 崩れ落ちる作業員。
 平然とする安西提督。
 そして唖然とする先生たちだが、まだ終わりではなかった。

 艦娘幼稚園 第二部 番外編
 燃えよ、男たちの狂演 その5「罠」

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燃えよ、男たちの狂演 その5「罠」

 崩れ落ちる作業員。
 平然とする安西提督。
 そして唖然とする先生たちだが、まだ終わりではなかった。


 

 鳴り止まぬ歓声の中、未だ拳を突き出したままの安西提督が前を見たまま固まっている。

 

 視線の先には青コーナーの前で倒れ込む作業員。

 

 そして驚きのあまり身動き一つできなかった俺の隣から、震える声が聞こえてきた。

 

「ま、まさか今のは……、マッハ突き……っ!」

 

「し、知っているのか夕張!?」

 

「うむ……」

 

 ハッとした俺は慌てて振り向きながら問い掛けると、なぜかいつもと違う返事をする夕張。どこぞの塾に通う学生みたい感じたとしても、それは気のせいだということにしておこう。

 

「別名、音速拳と言われる正拳突きです。

 身体中の関節を加速させて放つこの技は、赤鬼……いえ、安西提督の秘技だったはずなのに、まさか初っ端から使ってくるなんて……」

 

「そ、そんな技を使える安西提督が凄すぎるんだけど、それをまともに喰らったってことは……」

 

「す、すでに戦意どころの話じゃあ……」

 

 つまり、安西提督はいきなり大技を繰り出してきたのを作業員が見事に喰らってしまったことになり、俺のチームに敗北がすぐそばまで忍び寄ってきたのだ。

 

 痛い目をあう前に勝負が決まるというのはありがたいが、高雄との約束もあるし、観客席にいる子供たちが残念がってしまう可能性があるのもいただけない。

 

 そんな俺の気持ちをよそに、青冷めた顔をした夕張はロープの間から作業員の様子を伺おうと身を乗り出す。その手にはタオルを掴んでおり、いつでもリング内に投げ込める状態だった。

 

「……っ、夕張、待ってくれ!」

 

「え……っ?」

 

 俺はそんな夕張を制止させるために声を上げる。

 

「……ぐっ、が……ぁ……」

 

「作業員さん!?」

 

 苦しそうに呻きながら、作業員の顔が少しだけ浮いた。両手をリングにつけて腕立て伏せのように身を起こし、鼻血を垂らしながら安西提督の方を向けている。

 

 未だ作業員の戦意は喪失していない。正直に言って、この状態から起き上がらせて戦わせるのは鬼の所業だろうけれど、なにもそうする必要はない。

 

「こっちだ!

 速く手を伸ばせ!」

 

 タッチをすれば作業員と交代ができる。バケモノじみた安西提督とタイマンを張るなんてやりたくはないけれど、このまま負けを受け入れるよりかはマシだろう。

 

「………………」

 

 俺の言葉に作業員がほんの少し反応してこちらを見るが、すぐに顔を前に戻して首を振る。

 

 そして何とか立ち上がってから、右腕の袖で鼻血を拭いた。

 

「お、おい……っ!」

 

「……悪いが、ワンパンを喰らって即座に交代するなんて、さすがに格好が悪すぎるだろう」

 

「ば、馬鹿な!

 そんなダメージを受けて、戦えるはずが……」

 

 俺がそう叫ぶと、作業員はこちらに顔を向けてニヤリと笑みを浮かべる。

 

「……え?」

 

 ぽかんと口を開けて固まる俺。

 

「どうやら、まだいけそうですね。

 次は気をつけてください!」

 

「ああ、今度はちゃんと防御をするさ」

 

 そんな俺を尻目に、夕張と作業員が会話を交わす。

 

 そして再びリング中央へと向かう作業員に、俺はボソリと呟いた。

 

「は、鼻血が……止まった……?」

 

 

 

 

 

『安西提督のパンチを受けた作業員ですが、起き上がって再び相見えようとリング中央へ向かっています!』

 

『あれだけ激しく吹っ飛ばされたというのに、何という体力なんですの!?』

 

『さすがは不死身に最も近いと呼ばれた男!

 すでに回復も済んでいるようで、まだ期待できそうです!』

 

「「「ウオォォォーーーッ!」」」

 

 盛り上がりまくる実況の2人と観客たち。

 

 しかしリングの上にいる作業員と安西提督は対照的に、非常に冷静な表情で向かい合っていた。

 

「追い撃ちをしないで待っていてくれるとは、なかなか意気なことをしてくれるんだな」

 

「せっかく久しぶりの戦場だというのに、たった1発のパンチで終わらせては楽しみがいがありませんからね。

 それに、追い撃ちをしようとしたらセコンドも巻き込んでしまう可能性もあるでしょう?」

 

「これはまたお優しい考えだが、それが命取りにならないとも限らないぞ?」

 

「なあに……、そうなったらそうで、楽しめるじゃないですか。

 それに、不死身に近いと言われるあなたのことだ、タヌキ寝入りをしていたということもありえますからね」

 

「………………シッィ!」

 

 安西提督の言葉に作業員は答えず、代わりに左腕を大きく円を描くように振った。

 

『またしても先に手を出したのは作業員だーーーっ!』

 

「「「おおおっ!」」」

 

 周りから歓声と疑問が混じりあう声が上がる。

 

「お、おいっ!

 さっきのことを全く学んでいないのかっ!?」

 

「大丈夫ですよ先生!

 今度のパンチはメインじゃありませんっ!」

 

「め、メインじゃない……?」

 

 俺は言葉の意味がハッキリと理解できず、首を傾げながら攻防を見る。

 

 安西提督は「ふむ……」と呟きながら、ほんの少しだけ身体を斜め後ろに倒して作業員の左フックを避けようとした。

 

 するとその動きを読んでいたのか、作業員の左腕が安西提督の面前でピタリと止めたまま、急に頭を低くする。

 

「うおりゃあっ!」

 

 止めた左手を大きく広げて安西提督の視界を奪い、頭を腹部へぶつけるようにタックルを繰り出す作業員。右手を使って足を払おうとしているところから、片足タックルを狙ったようだ。

 

「タイミングはバッチリです!」

 

 嬉しそうに夕張が声を上げると、作業員の顔に少しだけ笑みがこぼれた。

 

 ……だがその瞬間、安西提督が小さく呟く。

 

「甘いですねぇ」

 

「がぁ……っ!?」

 

 タックルをしかけた作業員の頭が跳ね上がり、赤い液体が注を舞う。

 

「ひ、膝か……っ!」

 

 そして再び作業員が頭を落としたところで、右膝を上げた安西提督の姿が見えた。

 

 真っ白な軍服には赤い斑点が付着しており、おそらく作業員の鼻から血が吹き出したのだろう。

 

 血の量からして、下手をすれば鼻の骨が折れているかもしれない。最初のマッハ突きで受けたダメージを考えれば、どう考えてもこれ以上は無理……だと思ったのだが、

 

「まだ……だっ!」

 

「……む?」

 

 崩れ落ちかけていた作業員はなんとか踏み止まり、前屈みなった勢いのままタックルを再開する。

 

「うおぉぉぉっ!」

 

 左足に目標を変えた作業員が、大声で叫びながら右肩を激しくぶつける。

 

「……くっ!」

 

 膝蹴りによって右足を上げていた安西提督はとっさに回避行動を取ろうとするが、時すでに遅し。

 

『膝蹴りを受けながらも作業員がタックルを繰り出し、ついにテイクダウンですわーーーっ!』

 

「赤鬼がダウンしただとっ!?」

 

「すげえ!

 ついにやりやがった!」

 

「だが赤鬼はあくまで倒されただけだから、ダメージはほとんどないはずだ!」

 

「代わりに作業員の方は2回も顔面に喰らっている!

 ここからうまく攻められるとは……なにぃっ!?」

 

 観客から驚きの声が上がったが、それも無理はない。

 

 安西提督から苦労の上テイクダウンを取った作業員は、苦しそうな表情どころか嬉々とした顔を浮かべながらマウントポジションに移行しようとしていたからだ。

 

「……させません!」

 

 しかし、そこは赤鬼と呼ばれる安西提督。

 

 作業員がマウントポジションを取ろうとするのを防ごうと、大柄な身体に似合わない機敏な動きで回避し続け、目まぐるしい寝技の応酬が繰り広げられている。

 

『作業員がマウントポジションを狙うも、安西提督が見事なパスガードでそれを回避しています!』

 

『一気にいくのは無理と悟ったのか、サイドポジションを取りましたわーーーっ!』

 

 安西提督の左側面に移動した作業員は、体重をしっかりと押し付けて動きにくくしながら脇腹にパンチを繰り返す。

 

「ちっ、これは効きそうにないな……」

 

 見れば、作業員のパンチが脇腹に減り込んでも腹部の脂肪が揺れるだけで、安西提督の顔色は変わらない。

 

 寝技の攻防で打撃をしても、立っているときと比べて威力は格段に落ちる。1番最初に放った作業員のパンチがほとんど効かなかったことを考えれば、手数を増やしたところでたいしたことはないのだろう。

 

「ならば……、これはどうだっ!」

 

 すると今度は安西提督の側頭部に膝蹴りを見舞おうと、作業員が足を上げた。

 

「……ふっ!」

 

 しかし、安西提督はこの隙を見逃さない。

 

 押さえ付けられていた体重が軽くなったと見るや、リングの上を滑るようにして距離を取ろうとし、作業員から距離を取ろうとする。

 

「逃がすかぁっ!」

 

 だが、作業員もその手を読んでいたらしく、膝蹴りを中止して再度体重を預けていく。そしてそのままマウントポジションを取るべく、激しい攻防が繰り返された。

 

 純粋な格闘技として、素晴らしいと言っても良い戦いが目の前にある。

 

 いつしかこの光景に捕われていた俺は、拳を握りしめながら作業員に何度も声をかけていた。

 

「いけ、そこだ!」

 

「作業員さん、安西提督の右手に注意です!」

 

 セコンドの夕張も的確なアドバイスを送り、作業員の攻勢は揺るがない。

 

 安西提督が有利と見ていた観客たちも、想定外の展開に大きな歓声を上げていた。

 

「くっ、さすがに上手い……っ!」

 

「いやはや、ここまでやるあなたもたいしたものですよ」

 

 いくら上になっているとは言え、少しでも隙を見せれば攻守が変わってしまうのも寝技の魅力の1つである。

 

 攻めている作業員の顔は険しく、守っている安西提督の顔は冷静なのは、おそらく余裕の差なのだろう。

 

「おかしい……ですね……」

 

「……へ、何が?」

 

「いくら安西提督が強いといっても、防戦一方で下になっていると体重を乗せられてしまってスタミナを削られます。

 もちろんそれも狙っての攻撃もしているはずなんですが、いくらなんでも危機感が無い表情ですよね……」

 

「そ、それは……、安西提督にはまだ余裕があるからじゃないのかな?」

 

「余裕があるなら、攻勢に出られるはずです」

 

「そこは作業員が上手くいなしているから、それができないんじゃないの?」

 

「それならやっぱり、少しくらいは嫌そうな顔をするはずなんですけど……」

 

 言って、夕張は頭を傾げながらもアドバイスを作業員に送る。

 

 たしかに夕張が言ったことを考えてみれば気にはなる。しかし、他人の頭の中を覗き込むなんて俺にはできないし、格闘技の専門家でもないので夕張以上のアドバイスをかけられないのだけれど……、

 

「………………えっ?」

 

 サイドポジションからマウントポジションへ移行しようとする作業員の胸板を肘打ちで跳ね返し、安西提督が距離を取ろうとした場面を見た瞬間、俺はあることに気がづいた。

 

 何度も繰り返してきた寝技の攻防により、いつの間にか2人の位置がリング中央から赤コーナーの方へ移動していたのだ。

 

「ふんっ!」

 

 安西提督が再び作業員から距離を取ろうと、右手を振りかぶった。

 

 それは今までとは違い、肘打ちではなく大振りの右フック。

 

「……っ!

 作業員さん、そこで右手を取ってください!」

 

「……応っ!」

 

 大きな隙だと判断した夕張は即座にアドバイスを送り、作業員もそれに答える。

 

 左腕で安西提督の右フックをガードした作業員は、ニヤリと笑みを浮かべて言葉を漏らした。

 

「勝機……っ!」

 

 端から見れば、たしかにその通りなのかもしれない。

 

 だが、俺からすればこれは完全なる罠。しかし夕張と作業員はそのことに気付かず、マウントポジションを取ることだけを考えている。

 

 そして同じように気づいていない観客たちも、大きく展開が変わるかもしれない状況に驚きと歓声を上げた。

 

「ダメだ、引けーーーっ!」

 

 俺が大声で制止させようとするも、作業員は気付かない。

 

 隣にいた夕張が驚いたように目を見開いて俺を見るが、すでに手遅れだった。

 

「取った……っ!」

 

 安西提督の胸上に乗り、完全なるマウントポジションを取った作業員が喜びの声を上げる。

 

 同じくして激しい歓声が観客から上がり、

 

『ついに作業員がマウントポジションを奪取ーーーっ!』

 

 青葉の歓声が頭の中に響き渡った瞬間、

 

 

 

「……かかりましたね」

 

 

 

 安西提督の……、いや、元帥の罠が発動した。

 




次回予告

 安西提督が呟いた瞬間、元帥の罠が発動した。
怒りにまみれた作業員を制した先生が、ついにリングに……立つ?

 艦娘幼稚園 第二部 番外編
 燃えよ、男たちの狂演 その6「生きているって何だろう?」

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燃えよ、男たちの狂演 その6「生きているって何だろう?」

 安西提督が呟いた瞬間、元帥の罠が発動した。
怒りにまみれた作業員を制した先生が、ついにリングに……立つ?


「なんだ……ぶへっ!?」

 

 安西提督が呟いた言葉に疑問を抱いた瞬間、作業員が再び水平に吹っ飛んでいく。

 

「ぐへえっ!」

 

 そしてそのまま対角線上にある青コーナー、つまり俺の目の前までやってくると、そのままコーナーポストに背中をぶつけた。

 

 なにからなにまで最初と同じなんだけど、今回違うのは攻撃をした相手である。

 

『作業員にマウントポジションを取られて大ピンチになったと思われた安西提督ですが、ここで元帥が見事なカットーーーッ!』

 

『ロープを利用した反動で顔面にドロップキックを見舞うとは、いつもの元帥からは想像もできませんでしたわーーーっ!』

 

「「「ウオォォォーーーッ!」」」

 

 大きなどよめきと歓声が上がる中、裾を払いながらゆっくりと起きた安西提督が元帥に話しかける。

 

「いやはや、助かりました」

 

「なにをおっしゃっいますか。

 悟られないように寝技の攻防を繰り返し、ここまで誘導する安西提督には脱帽しちゃいますよ」

 

「いえいえ、それほどでも……」

 

 執務室で談話をするように語り合う2人だが、こちらの方にそんな余裕があるわけではない。

 

「ぐ……ぅ、くそぉ……っ!」

 

 顔面をさすりながら元帥を睨みつける作業員は頭に血が上っているらしく、今にも走り出して殴り掛かりそうに見える。

 

 罠に気づかなかっただけでなく、至近距離からまともにドロップキックをくらったのだ。安西提督のパンチよりも威力はマシみたいだが、精神的ショックが大きいのだろう。

 

「こうなったら……」

 

 下半身に重心をおき、一気に距離を詰めようとする作業員の方に手を伸ばす。

 

「おい、交代だ」

 

「……はぁ!?」

 

 急に捕まれて驚いたのか、それとも自分の思うことを邪魔されたからなのか、半ギレ気味の顔で振り返った作業員に俺は若干焦りつつも、続けて口を開く。

 

「距離が開いた状態で突っ込むのは余りに無謀すぎるだろ」

 

「だからって、何で交代なんだ!」

 

「それはあっちを見れば分かるだろう?」

 

「……あっちだと?」

 

 俺が指を差す赤コーナーへ向き直った作業員は意図するものを確認し、大きく肩を落とした。

 

「チッ……、あちらも交代したのか……」

 

「ああ、そういうことだ。

 やられっぱなしは悔しいだろうが、一旦休憩しておいてくれ」

 

「そう……だな。

 そうさせてもらおう……」

 

 作業員は大きくため息を吐いてから俺の手にタッチをし、ロープの間からリング外へ出る。

 

 頭に血が上っている状態だったので揉めるかもしれないと思ったが、すんなり受け入れてくれたよな。

 

 最悪の場合は夕張にもフォローしてもらおうと思っていたが、その心配は杞憂だったようだ。

 

「先生、頑張ってください!」

 

「ああ。

 どうなるかは分からないけれど、精一杯やってくるよ」

 

 そう言って、今度は俺の番だという風に、青コーナーのポストに上ろうとロープに足をかける。

 

『ここで赤コーナーの安西提督が元帥と交代っ!』

 

『そして青コーナーの作業員も先生と交代しましたわっ!』

 

 ここで青葉と熊野が状況を説明し、観客からも声援が飛び交いだす。

 

「青鬼ー、やっちまえー!」

 

「先生、頑張るっぽいー!」

 

 元帥に活を入れる男性の声。

 

 そして今のは夕立だろうか。

 

 他の子供たちも俺を応援するため大きな声を上げてくれていた。

 

「元帥ー、負けたら簀巻きで海に放り出しますよ!」

 

 どこぞのブラックホールが少々きついことを言うと元帥が苦笑を浮かべながら頬を掻く。

 

「私のために、頑張ってクダサイネー!」

 

 金剛の応援に嬉しさが込み上げながらも、その後から「このロリコン野郎!」と罵倒する声が聞こえたのは気のせいだろう。

 

 どちらにしろ、今の俺には1つの目的だけ。

 

 元帥を倒して10カウントを取り、愛宕のご褒美をゲットすることしか頭にないのだ。

 

 俺は2本目のロープに足をかけ、青コーナーのポスト頂点に上ろうとする。

 

 やろうとしているのは、コーナーポストからジャンプしてかっこよく着地をする。これで子供たちが喜んでくれればなによりだし、愛宕も見ていれば褒めてくれるかもしれない。

 

 だからこそ失敗することはできないが、夕張は俺がしたいことを理解してロープを安定させるためにしっかりと押さえてくれているから、よほどのことがない限り問題は……、

 

「ウォニィイチャアァァァァァーーーンッ!」

 

「なんでいきなりテリー&ドリ……うわあっ!?」

 

「せ、先生、危ないっ!」

 

 ヲ級らしきボケにいつものノリでツッコミを入れてしまった俺はポストの頂点から足を滑らせ、そのまま顔からリングへと真っ逆さまに落ち、

 

「ごへえっ!」

 

 ゴキリッ! と首から大きな音を立てながら、そのままリングに倒れ込んでしまったのであった。

 

『………………』

 

『………………』

 

 青葉と熊野の実況が完全に停止し、キーン……とノイズ音だけがスピーカーから流れている。

 

「「「………………」」」

 

 同じく観客たちも時が止まったかのように静まり返った後、ボソボソと呟く声が漏れはじめた。

 

「い、今の音……、やばくないか……?」

 

「完全に首が曲がっていたよな……」

 

「せ、先生、大丈夫……かな……?」

 

「う、潮、泣くんじゃねぇ!

 俺が今からなんとかしてやるから、待ってろよ!」

 

 観客席から立ち上がった天龍が、慌てながらもリングに駆け寄り上がって来ようとする。

 

「あらあらー、部外者は立入禁止ですよー?」

 

「……ひいっ!」

 

 するとそれを即座に察知したレフェリーが止めるために声をかけると、天龍は身体全体を飛び上がるように大きく震わせ固まってしまった。

 

「おいたをする子は、オシオキしちゃいますよー……じゅるり」

 

「ご、ごごご、ごめんなざああああいっ!」

 

 悲鳴を上げながらダッシュでレフェリーから遠ざかり、座っていた席へ戻る天龍。

 

「て、天龍ちゃん……、だ、大丈夫……?」

 

「あ、ああ、あた、愛宕先生と、お、同じくらい……やべぇ……っ!」

 

 椅子の上で三角座りをしながら俯き、ガタガタと震え続ける天龍を気づかう潮はいつも通りだ。

 

「天龍ちゃーん、いくら怖かったからって漏らしちゃダメだよー?」

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 

「あらー、精神が崩壊しかかってないかしらー?」

 

「そ、それって危ないんじゃ……ないかな……」

 

「しょうがないわねー」

 

 言って、龍田は天龍の横に回り込んで、耳打ちをする。

 

「ごにょごにょ、ごにょ……」

 

「……ぇ、あ……うぅ?」

 

「……ごにょ、……でしょ?」

 

「……はっ、そうか!

 それならしかたねぇぜ!」

 

 納得したかのように顔を上げ、何かを叫ぶ天龍。

 

 龍田が何を言ったのかサッパリ分からないが、元気になったのなら良いんだけども。

 

「それより、先生が倒れたままってのは良くないわよねー?」

 

「龍田の言う通りだぜ!

 先生、頑張れー!

 復活しろー!」

 

「が、頑張ってください、先生……!」

 

 天龍が、そして隣にいた潮も同じように俺を応援してくれている。

 

「自滅なんかで負けちゃったら、いくらなんでもふがいないデスヨー!」

 

「頑張れ、先生ー!」

 

「頑張るであります!」

 

「もっと、もーっと頑張っていいのよ!」

 

「ファイトなのです!」

 

「気合い、入れて、くださいっ!」

 

「ファイヤー、ファイヤー!」

 

「がるるー、ですって!」

 

 周りから多くの子供たちが俺に声をかけてくれると、他の観客からも声援が上がりはじめた。

 

「まだ倒れるには早いぞ!」

 

「世代交代のチャンスを無駄にするんじゃない!」

 

「先生の腹筋は、見せかけなんですか!」

 

「私の攻撃を何度も避け続けたあなたが、こんなところで終わるはずがないわよね!」

 

「さっさと起き上がって、やっちまえよ先生!」

 

「そうやで!

 あんたの力、ここで見せてみいっ!」

 

 知っている声がたくさん聞こえてくる。

 

 俺を立たせようと、頑張らせようと、多くの声をかけてくれる。

 

 ここで立たなきゃ、どこで立てば良いのだろう。

 

 そんな思いが俺の心の中にフツフツと沸き上がり、身体を震わせながら立ち上がろうと力を込めた。

 

『自滅した先生ですが、何とか立ち上がろうとしています!』

 

『生まれたての小鹿のように、プルプルしてますわ!』

 

『それでも頑張る先生に、大きな拍手と声援をお願いします!』

 

「「「わあああぁぁぁぁぁっ!」」」

 

 俺の背を後押ししてくれる声と多くの拍手により、徐々に身体の力が戻ってくる。

 

 首の痛みはまだあるが、動けないほどではないだろう。

 

 病は気からと言うのだから、多少の怪我くらい何とかなる……と自分に言い聞かせて、方膝をつきながら腰を上げようとしたところ、

 

「立テ、立ツンダ、ジョォォォッ!」

 

「だからお前の言葉が1番の原因なんだよっ!」

 

 ……と、ツッコミを入れたらすんなりと立ち上がれることができた。

 

『ついに、先生が立ったーーーっ!』

 

『次は歩くことだけを考えて……ですわね!』

 

 それだと、どこの汎用人型決戦兵器だよって話なんだが。

 

「サスガハヲ級ダネ!

 1発デ先生ヲ起コシタヨ!」

 

「コレガダメダッタラ、ガンバレ♡ ガンバレ♡ ヲ使ウシカナカッタケドネ」

 

 いや、それはヲ級がやるより愛宕にやってほしいなぁ。

 

 できればチアリーダーの服装で、ポンポンを持ってお願いします。

 

「先生、いけますかっ!?」

 

「ちょっとばかり首は痛いが……、ここで下がると惨めってレベルじゃないからね」

 

 俺はセコンドにいる夕張に苦笑を浮かべながら返事をし、前に立つ元帥の姿を睨みつける。

 

 ニヤリと笑みを浮かべながらステップを踏む姿を見ながら、腕を上げて構えを取った。

 

「いつの間にか多くの観客を味方につけるなんて、やっぱり先生は侮れないね……」

 

「そういう元帥こそ、人気があったんじゃないですか」

 

「そりゃあ僕は舞鶴の最高司令官だし、仲の良い子は多いからさ」

 

「そんなんだから、高雄さんに怒られちゃうんですよ」

 

「ははは……。

 耳が痛いけど、それくらいのことができなかったら男じゃないよ」

 

「俺の価値観とは正反対ですけど、人それぞれですもんね」

 

「……先生がそれを言うのかって感じなんだけど」

 

「いやいや、元帥よりはマシだと思いますよ?」

 

『いえ、どっちもどっちですよねー』

 

『やめて差し上げましょう。

 本人たちは気づいてないのですから……』

 

「「あ、あるぇー……?」」

 

 青葉と熊野のツッコミに首を傾げる俺と元帥が、同じように声を上げる。

 

「はいはい、似たもの同士はさっさと戦ってくださいねー」

 

 そして呆れた顔で戦えと言うレフェリーに頷き、俺は元帥に向かって駆け出した。

 

 さあ、今度は俺の番だ。

 

 愛宕のご褒美をもらうため、いざ尋常に勝負……っ!

 




次回予告

 自滅しない先生はただのボンクラだ(ぇ

 ついに始まる本番ーー、先生VS元帥の火蓋が切って落とされる。
思った以上に良い試合が繰り広げられていると思っていたら、なにやら変な視線が。

 あの艦娘がーー、ついに登場?


 艦娘幼稚園 第二部 番外編
 燃えよ、男たちの狂演 その7「ある意味最強の敵」

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燃えよ、男たちの狂演 その7「ある意味最強の敵」

 自滅しない先生はただのボンクラだ(ぇ

 ついに始まる本番ーー、先生VS元帥の火蓋が切って落とされる。
思った以上に良い試合が繰り広げられていると思っていたら、なにやら変な視線が。

 あの艦娘がーー、ついに登場?


 

「さて、どうするか……」

 

 赤コーナーの前でステップを踏む元帥に向かって駆け出したものの、どういった手を取るか決めかねていた。

 

 元帥のすぐ後ろには安西提督がいるので組技はおそらくカットされるだろうが、コーナーを背にしているというのは格闘技において逃げ道を絶つことになるので、打撃の方が有効だと思う。

 

 問題は作業員をしっかりと罠にはめたことであり、今も明らかに誘っていると見えるところに突っ込むのは気がひけるんだけどなぁ。

 

『一気に距離を詰める先生を待ち受ける元帥!』

 

『いったいどんな攻防が繰り出されるのか、注目ですわーーーっ!』

 

「「「うおぉぉぉっ!」」」

 

 観客からの視線も分かるくらいに伝わってくるし、自爆の汚名を返上しなければいけないとこだ。

 

 元帥までの距離はあと3歩。このまま駆ければ体当たりが一番やりやすいが、堂々と正面からぶつかるのはさすがに悪手だろうし、フェイントとしてやってみよう。

 

「おりゃあ!」

 

『先生がそのまま突撃ーーーっ!』

 

『コーナーにいる元帥に逃げ場はありませんわーーーっ!』

 

「たしかに熊野の言う通り、左右に逃げるのは手遅れかもしれないけどね」

 

 元帥は余裕の笑みを浮かべたまま軽く後ろにジャンプすると、両足を一番下のロープに乗せる。

 

「とうっ!」

 

 そして反動を利用した元帥が俺の頭上を飛び越えようと、高く舞った。

 

『と、飛んだーーーっ!』

 

 なぜかどこぞのヒーローのように右手を前に突き出したポーズを取る元帥だが、ぶっちゃけて恰好をつけたいだけなんだろう。

 

 そして元帥がいたコーナー後ろに控えていた安西提督が、ロープの間から俺に向かって前蹴りを繰り出してくる。

 

『そしてまたもや元帥の罠ですわーーーっ!』

 

「せ、先生、危ないデース!」

 

 観客席から聞こえてくる金剛の悲鳴にも似た助言よりも早く俺は急ブレーキをかけた俺は、クルリと反転して空中に舞う元帥の姿を視界に捉えた。

 

「むっ!?」

 

 後ろから安西提督の声が聞こえるが、今は気にしなくて良い。

 

 若干背中に風圧のようなモノが感じられたけど……って、もしかしてギリギリだったのか?

 

『辛うじて踏み止まった先生が安西提督の前蹴りを回避ーーーっ!』

 

『そうすると、空中にいる元帥が無防備になるのではありませんことーーーっ!?』

 

 すでに元帥の身体は浮力を失い、リングに向かって落ちている。

 

 あと1秒もしないうちに着地できるだろうが、後ろを取った俺が有利になるのは間違いない。隙を狙うのは定石であり、ミスをしたのは元帥なのだ。

 

「いけー、先生ーーーっ!」

 

 今度は天龍の応援が聞こえ、俺の背中を後押しする。

 

 非常に嬉しいけれど、おもらしをしていたんだったら着替えに行った方が良いぞ?

 

『青鬼こと元帥が大ピンチ!

 ついに世代交代の瞬間が訪れるんでしょうかーーーっ!?』

 

 青葉の熱がこもった実況で観客たちの視線が集中する中、俺は元帥の背に向かって走り出した。

 

 急ブレーキから加速をつけるために、おもいっきり踏ん張った左足が力強くリングを蹴る。

 

 大きく跳躍した俺は元帥との距離を縮め、あと2歩ほどで射程圏内に入るだろう。

 

 空中にいる元帥は、未だ俺の姿を視界に捉えていない。着地と同時に振り返ったところを強襲できれば、まず間違いなく優位に立てる。

 

 タックルをかましてテイクダウンを奪い、打撃を与えつつマウントポジションを取る。作業員はまんまと元帥の罠にかかってしまったが、安西提督は俺の後方側にいるので誘導は難しいはずだ。

 

 サブミッションを習得している訳ではないけれど、佐世保で何度もビスマルクに襲われた経験を持ってすれば善戦はできるだろう。

 

 思い返しただけで寒気がするくらい、恐ろしい攻防を何十回とやったからな……。

 

「……っと、こんなことを考えている余裕は……っ!?」

 

 戦いの最中だというのに考えごとをしてしまい、元帥から視線を逸らしてしまったことに気づいた俺はとっさに顔を上げた。

 

「………………っ!」

 

 元帥が顔を半分こちらに向けているのが見える。

 

 そしてすぐさま空中で身体を捻り、大きく足が泳いだ。

 

「そう来ることは……読めてたよっ!」

 

「くそっ!」

 

 突如放たれるローリングソバットによって、俺の背中に一瞬で嫌な汗が吹き出しまくる。

 

 すでにタックルの体制に入ってしまっていたために回避することは難しく、両足を刈るために伸ばしかけていた両手を顔の前に出した。

 

 

 

 ゲシィッ!

 

 

 

「くう……っ!」

 

『なんと元帥が空中でローリングソバットを放ったーーーっ!』

 

『まさかの逆襲によって、先生が苦悶の表情を浮かべていますわーーーっ!』

 

 なんとかガードはできたものの、俺自身の勢いがついていたこともあって威力が増大しており、両腕がジンジンと痛む。

 

「とうっ!」

 

 対して、ローリングソバットを放った元帥は俺の腕を踏み台にする形で再度空中を舞い、無駄に1回転してからリング中央辺りに着地した……と思ったら、

 

「おわっ!?」

 

 

 

 ゴンッ!

 

 

 

 足を滑らせた元帥はリングの上でも見事な1回転を披露し、綺麗に後頭部を叩きつけた。

 

「ぐおおおおお……」

 

「………………」

 

『………………』

 

『………………』

 

「「「………………」」」

 

 完全に固まりまくる空気、そして観客、選手とセコンドに実況の2人。

 

 ついさっき、俺が同じ感じのことをしていたと思うと、今になって赤面しそうなんですが。

 

 ちなみに自爆した元帥は頭を抱えてのたうち回っているんだけれど、よく見れば辺りがベチャベチャに湿っていた。

 

 あー、あれか。

 

 作業員と安西提督がボディビル合戦をした際にあふれ出た、触れたくない汗だな。

 

 着地した足がそれで滑って、見事なまでに転んだということなんだが、これって追い撃ちしちゃって良いんだろうか……?

 

『え、えーっと……、今度は元帥が自爆しちゃいましたねぇ……』

 

『で、ですけど、今回のは先生のタックルに対して元帥がローリングソバットをした際に足を痛めた可能性もあるんじゃなくって……?』

 

『ふむう……、そうなるとここはチャンス……ですよね?』

 

 疑問を投げかける青葉なんだけど、本当にどうしたら良いんだろう。

 

 とりあえずセコンドの夕張の方を見てみたが、両手を上に向けてお手上げというポーズを返されちゃったし、作業員は目を合わせようともしなかった。

 

 それならば……と、レフェリーに向かって問い掛けようとしたところ、

 

「はぁはぁ……。

 観客席にいる幼女ちゃんが可愛いですねぇ……」

 

 おいこらちょっと待て。

 

 お前はどうして試合を見ずに、観客席を物色しているんだよっ!

 

 つーか、今の台詞は完全に不審者じゃねぇか!

 

 憲兵さん、こっちです! 早くこのレフェリーを逮捕してください!

 

「……とまぁ、冗談は置いときまして。

 今の私は観客席を物色するので忙しいから、リング上は何も見ていませんよー?」

 

「………………」

 

 それはそれで大問題なんだけど、つまりやっちゃって良いってことでファイナルアンサー?

 

「オーディエンスでお願いしますー」

 

「いや、心の中を読んだ挙げ句に答えるのを放棄するのは、なしですよね……」

 

「どうしてですかー?

 プロレスはショーなんですから、観客のみなさんが楽しんでこそですよね?」

 

「もはやグダグダすぎて、ショーかどうかも分からない状況なんですけどね……」

 

 とはいえ、レフェリーが言おうとしていることも一理あるのだが、未だに固まったままの観客席から大きな声が上がるはずもなく、俺は仕方なく肩を落とす。

 

 さっき俺が自爆したときは追い撃ちをくらわなかったし、元帥が回復するまで休憩するしかないよね。

 

 ……と思った数秒後、

 

「フハハハハ!

 僕、ふっかーーーつ!」

 

 重力を無視したかのように何の反動もつけないで急に起き上がった元帥に唖然とした顔を浮かべながら、俺は深いため息を吐く。

 

『あー……、元帥が復活したみたいですね……』

 

『さすがは元祖、不死身の名を持つ元帥ですわ……』

 

「「「お……おぉぉ……」」」

 

 テンションが低すぎる実況と観客の声を聞き、やる気が完全に消沈しそうになるのをこらえながら構えを取った。

 

「追い撃ちをしないとは見上げた根性だ!

 だけどその油断が身を滅ぼす可能性だって……」

 

「ていっ!」

 

「ある……うぇい!?」

 

 自慢げに胸を張りながら喋り続けられるのは勘弁願いたいので、俺はダッシュで元帥の両足を刈ってグラウンドに持ち込んでいく。

 

 もちろん汗にまみれたリングの上は嫌なので、勢いをつけて青コーナー側に押し込んだんだけど。

 

 これで安西提督からかなり離れたことになるし、元帥に救助が入る見込は薄いはずだ。

 

「や、やめろジョッカー、ぶっとばすぞうっ!」

 

「今から改造人間にする気もないし、俺はジョッカーでもないですからね」

 

 冷めた感じで突っ込みつつ、元帥の抵抗をかい潜ってマウントポジションへ移行しようとする。

 

 高雄との約束はフルボッコによる10カウントだったけど、ギブアップ勝利でも問題ないだろう。

 

『起き上がって元帥の隙を狙ってタックルを放った先生が、見事なグラウンドを披露していますっ!』

 

『戦闘能力が未知数でしたけど、この動きを見る限りグラウンドも期待できそうですわっ!』

 

 グラウンドにおける絶対的な優位地――、つまりマウントポジションで上になれれば勝利が見えてくるのだが、ビスマルクを相手にしていた時はそんな状況はありえなかった。

 

 基本的に俺が行っていたのは、いかにマウントポジションを取られないかであり、現在における元帥の立場なのだ。

 

 つまり、俺としては初めて攻撃側に移るという訳なのだが、ほんの少し考え方を変えれば良いのである。

 

「ていっ」

 

「ごふっ!?」

 

『おおっと、先生の小さなパンチが元帥の横腹をえぐっていますっ!』

 

『い、いやらしいですわ!

 とんでもなく、いやらしいですわーーーっ!』

 

 なんだか誤解のある叫び声に聞こえるんだけど、気のせいだということにしておこう。

 

「ほらほら、殴られるのが嫌だからってガードをしていると、今度はこっちがヤバいですよ?」

 

「ちょっ、先生ったら手慣れすぎてないっ!?」

 

 痛みに耐え兼ねた元帥がガードの手を伸ばしてきたらマウントポジションへの移行を進め、それを防ごうとすればまたしても打撃を加えていく。

 

 もちろん単調にならないように脇腹ばかりではなく、みぞおちや太ももなんかにもパンチを散らしておいた。

 

「ぐうっ、く、くそっ!

 なんでこんなに上手いんだよ!?」

 

「そりゃまぁ、毎度毎度ビスマルクが襲ってくるのを防いでいたら慣れちゃいますし」

 

「なにそれ!

 そんなに羨ましいことを毎日やってたのか先生は!」

 

「いや、当の本人である俺はマジで勘弁してほしかったんですけどね……」

 

 襲われる身にもなってみろって感じなんだが、こればっかりは経験しないと分からないだろうなぁ。

 

 ……とまぁ、こんな感じで嫌がらせも含めつつ元帥をチクチクと攻めていたんだけれど、

 

「あっ、良いねそのポーズ!

 その角度、動かないでー……、お、そこも良いね!」

 

 いつの間にかリングの側に鼻息を荒くした艦娘が、スケッチブックを持ってペンを走らせているんですが。

 

「ちょっと待って、資料用に写真を撮りたいから……、青葉こっちに来てお願い!」

 

『いやいや、青葉は実況で忙しいから無理ですよー』

 

「そんなっ!

 こんなに良いパースを逃したら、次の同人誌に影響が出ちゃうじゃん!」

 

 愕然とした表情で顎が外れるくらいに口を大きく開け、悲鳴を上げる艦娘。

 

 つーか、なんでいきなりスケッチしていたり、写真を撮ろうとしていたりするんだよ……。

 

「大丈夫ですよー。

 私がこのスパイカメラで、ちゃんと撮影していますからー」

 

 言って、胸元に取りつけたマイクっぽい物体を指差すレフェリー……って、なんですとぉぉぉっ!?

 

「おおっ、それはナイス!

 お礼に牛缶あげるから、後でよろしくっ!」

 

「了解ですー」

 

 勝手に了解しているんじゃねぇよ、レフェリィィィィィッ!

 

『青葉も何枚かお願いしますねー』

 

『ああっ、こっちにも宜しくお願いしますっ!』

 

 ついでに青葉とセコンドの夕張も乗っかるんじゃねぇぇぇっ!

 

「……っ、今だ!」

 

「はっ、しまった!」

 

 心の中で絶叫している隙に元帥が素早く俺の手から逃れ、大きく距離を取ってから立ち上がる。

 

「ふぅ……、危ない危ない」

 

「くそっ、何たる不覚……っ!」

 

 俺は悔しすぎてリングを握りこぶしで叩きながら立ち上がり、スケッチをしていた艦娘を睨みつける。

 

「うっひょひょ~、有りだね、その表情っ!」

 

 俺の視線に懲りもせず、艦娘はサラサラとペンを走らせてから、

 

「あっ、スケブいる?」

 

「いらねぇよっ!」

 

 悪びれた顔を一切見せず、ニッコリと笑ってスケッチブックを俺に向けてきた。

 

 あれ、何だかその絵……、どこかで見たような……。

 

 

 

 もしかして、鳳翔さんの食堂で千代田が持っていた……同人誌の……?

 




次回予告

 やっと秋雲を出すことができました。

 厄介な邪魔によって元帥を逃してしまった先生。
バトルは激しさを増し、遂に終結の時が近づいていく。

 艦娘幼稚園 第二部 番外編
 燃えよ、男たちの狂演 その8「一か八か」

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燃えよ、男たちの狂演 その8「一か八か」

 やっと秋雲を出すことができました。

 厄介な邪魔によって元帥を逃してしまった先生。
バトルは激しさを増し、遂に終結の時が近づいていく。


 

『元帥が圧倒的不利な状況から脱出ーーーっ!』

 

『先生が気を抜いた瞬間にやられちゃいましたが、あれって大丈夫ですの……?』

 

 熊野の言葉に観客席からいくつかの野次が飛ぶが、レフェリーはニコニコと笑ったまま何も言わないし、当の本人である

スケブを持った艦娘――、おそらく秋雲は姿を消してしまっている。

 

 いまさら何を言っても始まらないし、そもそも俺が油断をしたから元帥を逃がしてしまったのだ。仮に抗議をしたとして、場の空気が冷めてしまうのは気まずいからね。

 

「ふぅ……、これでリセットと言いたいところだけど、先生がこんなに腕を上げているなんて思わなかったよ」

 

「元帥の前で戦った記憶はないですし、どこで調べていたのかは分かりませんが……、俺だって成長しているんですよ」

 

「ヒュー……、カッコイイ台詞を吐いちゃうねぇー。

 僕が女の子だったら、今晩辺り抱かれちゃうかもしれないなぁ……」

 

「そういう台詞は止めてください。

 ただでさえ厄介な奴が湧いていたんですから……」

 

 そう言って観客席を見渡してみるが、やっぱり秋雲の姿は見当たらない。スケッチを取るなら近場の方が良いはずだけど、いったいどこに潜んでいるのだろうか。

 

「ね、ねぇ……、今の元帥の言葉を聞いた……?」

 

「キャーッ!

 やっぱりあの同人誌はノンフィクションだったのね!」

 

「これは次の新刊が楽しみね!

 間違いなく人気が出るだろうから、何が何でもゲットしなきゃ!」

 

 代わりに黄色い悲鳴じみたヒソヒソ……していない会話が聞こえてきているし、内容が半端じゃないからマジで勘弁して欲しいんだけど。

 

『くぅ……っ、先生×元帥の新刊ですの……っ!』

 

『これは手に入れなければいけませんねぇ……』

 

 実況席の2人からも、厄介な声が聞こえてくるし。

 

「なーなー、龍田ー。

 今の話ってどういうことなんだ?」

 

「うふふー、天龍ちゃんにはまだ早いから、気にしなくて良いのよー……じゅるっ」

 

「あ、あれ……、なんだか龍田ちゃんの頬っぺたが……赤くなってるよね……?」

 

「あらー、そんなことないわよー?」

 

 子供達への影響もよろしくないし。

 

「う、浮気は許さないって言ったけど、ちょっとだけ気になるわね……」

 

「ウチとしては手に入るんやったら、1度くらいは見てもええかなぁ……」

 

「先生が前ってことはやっぱり……、そうなんだよな……?」

 

 ビスマルクに龍驤、摩耶までもが……って、マジで止めてよ、お願いだからさぁっ!

 

「はいはーい、なんだか微妙な空気になっちゃってますけど、試合はまだ終わっていませんよー?」

 

「いや、1番の問題行動を起こした直後のあなたが言うことじゃないと思うんですが……」

 

「あれれー、レフェリーである私に歯向かうんですかー?」

 

「そ、そういうつもりじゃありませんけど……」

 

 それならちゃんとレフェリーの仕事をちゃんとしろって言い返したいんだけど、嫌な予感がしまくるので止しておく。

 

 どうにもやりにくいんだよなぁ……、この人。

 

「せ、先生って怖いもの知らずだよね……」

 

「……ん、何か言いましたか?」

 

 気づけば元帥の膝が小刻みに揺れているが、どうでも良いことなので放っておこう。

 

「さあさあ、ちゃんと戦わないとそのケツを蹴飛ばしちゃいますよー?」

 

「「………………」」

 

 間延びした声を上げるレフェリーを白い目で見つつ、構えを取る俺と元帥。

 

 なんで今の言葉に対して、浣腸のポーズを取るのかが全く分からないんだが。

 

 どちらにしても良い気はしないので、素直に試合へ戻った方が良いだろう。

 

『い、今のレフェリー……って、やっぱりそういうことですの……?』

 

 疑問の声を上げる熊野に、周りから聞こえる黄色い悲鳴。

 

 考えるだけ無駄……というか、怖い気しかしないので、本当に聞こえなかったことにしておいてくださいねっ!

 

 

 

 

 

「せいやあっ!」

 

「甘いっ!」

 

 俺がハイキックを見舞い、元帥が屈んで避ける。

 

「これでどうだっ!」

 

「うおっ、危ねぇ!」

 

 立ち上がりながら顎を捉えようとするアッパーカットに対してギリギリ身を引いて躱し、バックステップで距離を取った。

 

『今度は打撃の応酬戦!

 一進一退の攻防は目が離せませんねー』

 

『安西提督と作業員の打撃戦は一方的でしたけど、こちらは拮抗した感じで見応えがありますわ!』

 

「「「ウオォォォッ!」」」

 

 テンションが上がった熊野の言葉に、盛り上がりまくる観客たち。

 

 当事者である俺と元帥もいつしか表情に笑みが混じり、この戦いを楽しんでいた。

 

「むぅ……、俺だけ言われ放題だが……」

 

「ど、ドンマイですよ、作業員さん!

 まだ挽回するチャンスはありますから……」

 

「だが、それも良い!」

 

「……へ?」

 

「卑下たる視線に放置プレイ!

 久しぶりに興奮してきたでゴザル!」

 

「………………」

 

 一方、青コーナーからは不穏な空気とドン引きしている夕張が唖然としながら作業員から距離を取ろうとしているし。

 

 つーか、元に戻っているじゃねえかよ作業員!

 

 これはすぐに高雄へ電話を入れなければいけないが、今は戦いの途中だからさすがに無理だぞ!

 

「あらあらー、調教したはずなのに悪い癖が出てますねぇー」

 

「……っ!?

 こ、この視線は……っ!」

 

「……っ、っ、っ!?」

 

 ……と思ったらレフェリーが何か注意しに行ったみたいなんだけど、試合もちゃんと見てくださいね?

 

 あとついでに、夕張は関係ないから許してあげるようによろしくなんだけど……、

 

「よそ見をしているここがチャンス!」

 

 つい視線を元帥から逸らしてしまったばかりに、先手を奪われてしまう。

 

「ぐお……、ま、まだまだ!」

 

 距離を詰めて放ってきた元帥のミドルキックをなんとか寸前でガードできた俺は、我慢しながら体制を低くして突っ込んでいく。

 

「せいやあっ!」

 

「なんのっ!」

 

 軸足を狙ったローキックをジャンプで躱す元帥だが、俺はそのままの勢いで回転して裏拳を放つ。

 

「空中なら避けることはできないはず!」

 

「ところがどっこい、それも予想済みなんだよね!」

 

 そう言った元帥は空中で器用に身体を捻り、俺の放った裏拳の腕に両足を絡みつけ、

 

「とうっ!」

 

 足を伸ばして踵で俺の顎を狙う。

 

「ぐっ!」

 

 顔を引いてなんとか躱したものの、元帥は俺の拳を両手でしっかりと握ったまま体重を後方に反らし……って、これはマズイ!

 

『こ、これは、飛びつき腕ひしぎ逆十字ーーーっ!』

 

『裏拳を躱しつつなんて、凄い高等テクニックですわーーーっ!』

 

「く、くそっ!」

 

 一気に腕が重くると同時に激しい痛みが襲いかかってくるが、俺は倒れないように必死で耐える。

 

 このまま倒れてしまったら完全に決まってしまい、ギブアップするしかないのだ。

 

「へぇ……、この状態で耐えるとはさすがだねー」

 

 余裕の笑みを浮かべる元帥がぐいっと両手を引き、さらに痛みが増していく。

 

「うぐぐぐ……」

 

「「「ワアァァァッ!」」」

 

 攻める元帥に耐える俺。そんな姿を見た観客が大きな声援を上げまくるのだが、

 

「キャアーーーッ!

 今度は元帥が攻めよ、攻め!」

 

「リバよリバッ!

 でもこれはこれでアリよねーーーっ!」

 

「えー、私はやっぱり先生が攻めの方が良いなぁ……」

 

 こういった耳にしたくない艦娘らしき声が聞こえてくると、途端に力がヘナヘナと抜けてしまいそうになってしまう。

 

「ほらほら、どうしたのー。

 もうちょっとで完璧に決まっちゃうよー?」

 

 だが元帥はそんなことはお構いなしに、力を込めて痛みを与えてくる。

 

 このまま耐えるだけではジリ貧だし、なんとか手を打たなければ……かなりヤバい。

 

「くそ……、こうなったら……っ!」

 

 俺は一か八かを狙い、元帥が絡み付いている腕に思いっきり力を込めて浮かしていく。

 

『おおっと、ここで先生が強引な手に出ましたよー!』

 

『まさか拳を元帥ごとリングに叩きつけるつもりですの!?』

 

「す、すげぇ!

 先生って、そんなに力があったのかよ!」

 

「さすがは先生デース!

 伊達に私のタックルを受けてないでデスネー!」

 

「先生、頑張れっぽい!」

 

「気合い、入れて、ぶん投げてください!」

 

「榛名も応援しています!

 頑張ってください!」

 

 子供たちから受ける応援によって、更に力が増していく気がする。

 

「先生の力は私の想像以上ですが、しかしそれでも……」

 

 そんな中、霧島のボソリと呟く声が聞こえてきた。

 

 内容に関していえば縁起が悪いとか、何で不吉なことを……と思うだろう。

 

 だが、その読みは間違っていない。いくら子供たちから声援を貰って火事場のクソ力を発揮できたとしても、俺と同じくらいの体格である元帥が絡みついている状態を腕1本で持ち上げきるのはさすがに無理だ。

 

 ならば、いったい俺は何をしたいのか。

 

 その答えは、すぐにでもやるつもりだ。

 

「ふっ!」

 

 俺は大きく息を吐いて、腕の力を抜く。すると重力に逆らっていた抵抗は失われ、元帥の身体ごとリングへ真っ逆さまだ。

 

『持ち上げ切ろうとした先生だが、ここで限界かーーーっ!』

 

『このまま元帥の勝ちで決まってしまいますのーーーっ!?』

 

「諦めるなー!」

 

「青鬼、やっちまえー!」

 

 怒声にも似た大きな叫び声が上がる中、俺の視界はスローモーションのようにゆっくりと進む。

 

 この手はタイミングが命。ミスをすればそのまま1本負けになってしまう。

 

「……勝った!」

 

 元帥の笑みに勝利の色が混じり、俺の腕に変化が訪れた。

 

「……ここだっ!」

 

 油断によって元帥の力が一瞬だけ緩んだのを見逃さず、俺は掴まれていた拳を強引にグルリと270度回転させて肘を引いた。

 

「……っ!?」

 

 驚く元帥が再び拳を掴もうとするが、もう遅い。

 

 ここからできることは、あと1つ。

 

 引いた肘によって俺の親指はある一点の上に位置している。

 

 服の上からなので幾分かは勘になるが、当たって砕けろだ。

 

「くらえっ!」

 

 

 

 ドスンッ!

 

 

 

 元帥の身体がリングに着地するのに合わせ、できる限りの力を親指に乗せた。

 

 

 

 ゾブブ……ッ!

 

 

 

 親指の先に、減り込むような感触が伝わる。

 

 これは……、成功したか……っ!?

 

 俺は元帥の顔に視線を向け、どういった反応が現れるかを注視した。

 

 もし、俺が思っていた効果が現れなかった場合、腕ひしぎ逆十字が再び決まってしまう可能性は高く、ギブアップする運命から逃れるのは不可能に近い。

 

 そして仮に目論見が成功したとしても、元帥に効かなかった場合も同じなのだが……、

 

 

 

「ぎ……」

 

 

 

 それは、元帥の口から語られるという結果となった。

 




次回予告

 先生の一か八かが決まったかどうか。
その答はすぐに分かる。

 そして決着がついた後、天国か地獄が忍び寄る……?

 艦娘幼稚園 第二部 番外編
 燃えよ、男たちの狂演 その9「決着」(終)

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燃えよ、男たちの狂演 その9「決着」(終)

 先生の一か八かが決まったかどうか。
その答はすぐに分かる。

 そして決着がついた後、天国か地獄が忍び寄る……?


 

「ぎゃあああああああああああああああっ!?」

 

『『………………ひっ!?』』

 

「「「………………っ!?」」」

 

 元帥の大絶叫が響き渡り、実況の2人や観客たちが一瞬で静まり返る。

 

 当の本人はリングの上で仰向けになりながら両手両足をばたつかせ、まさに七転八倒な状態だ。

 

 ちなみに未だ俺の親指は元帥の腹部に減り込んでいるのだが、ここで簡単に説明しておこう。

 

 俺が一か八かで使った手というのは、親指を元帥のへそにぶち込んだのである。本来人間というのは母親の体内にいるときへその尾で繋がれて栄養を貰っているのだが、生まれ出たあとは使用されない部位である。

 

 しかもこのへそというのは隠語で心臓と言われてしまうところであり、人体の急所なのだ。

 

 腹筋を鍛えていれば親指で突いたところで大した効果はない。そりゃあ、鍛えまくった指で肉を突き刺す格闘家や、暗殺拳の使い手で骨ごと切り裂く者がいたような気もするが、それは例外と言って問題ないだろう。

 

 ただし腹筋をどれだけ鍛えていても、へそだけはどうしようもない。だって、ぶっちゃけて穴なんだし。

 

 へその奥には腹膜があり、すぐに内蔵へと達してしまう。そんなところに親指を突き刺せばどうなるかは……元帥が体言しているので分かっていただけるだろう。

 

「ぶくぶくぶくぶく……」

 

『げ、げげ、元帥が泡を吹いて気絶してます……っ!』

 

『こ、これはどういうことですの……っ!?』

 

 実況席からは見にくいのか、2人にはどういう状況か分からないようだ。

 

 立っているのならまだしも、俺も元帥もリングに横たわっている状態だから仕方がないね。

 

「あらー、これはこれは……」

 

 いつの間にかすぐ横で立っていたレフェリーが元帥の顔をジロジロと見つめた後、俺が突き刺している親指を見てコクリと頷く。

 

「しばらくは復帰不可能ですねぇー。

 王大人、死亡確認ですー」

 

「「「ウオォォォォォーーーッ!」」」

 

 レフェリーの宣言で息を吹き返したかのように観客が大盛り上がりを見せたんだけど、元帥はまだ死んでないからね?

 

 身体が時折ビクン、ビクンと痙攣しているし、肺の辺りが上下しているから大丈夫だ。

 

 まぁ、元帥の場合、マジでヤバイと思っても放っておけばすぐに復活するだろうけれど。

 

 つーか、なんでいきなり王大人って名乗るかも謎なんだけどさ……。

 

「やりやがった……、ついに先生があの青鬼を……っ!」

 

「赤鬼は作業員に圧倒していただけに、ちょっともったいない結果となっちまったな……」

 

「それがタッグマッチの怖いところさ。

 でもまぁ、これはこれで面白い試合だったよ」

 

 観客たちは口々に感想を言いながら、大きな拍手を上げてくれる。

 

 俺は大きく息を吐きながら親指を元帥のへそから抜き、ゆっくりと立ち上がって観客たちに手を振った。

 

「キャー、先生ー!」

 

「ナイスファイトー!」

 

「いけ好かない奴だけど、試合は良かったぞー!」

 

 いつしか罵倒の声はほとんどなくなっており、自然に笑顔が浮かんでくる。

 

『いやー、まさかの結果になりましたが、どうだったでしょうかー?』

 

『ここまで良い試合をするとは思いませんでしたけど……、考えてみたらプロレスって感じではなかったですわね』

 

『確かに、総合格闘技みたいでしたねぇ……』

 

『それでも、結果的に見応えのある試合が見られたので良しとしますわ!』

 

『それでは皆様、もう1度大きな拍手を選手たちにお送りください!』

 

「「「ワアァァァァァーッ!」」」

 

 周りに応えるようにもう1度手を振り、頭を下げる。

 

 作業員も青コーナー付近で立ちながら小さい会釈をしているが、安西提督との戦いは散々だったのであまり大きくはし辛いのだろう。

 

 ちなみに元帥はレフェリーに引きずられながら救護室に連れていかれた。片足だけを持った状態だったので、完全に頭部が地面に擦られる形だったんだけど、元帥だから大丈夫だよな。

 

 セコンドの夕張も観客に向かって元気良く手を振って応え、こうして昼休みのイベントは終わった……と思っていたのだが、

 

「……あれ、安西提督の様子がおかしくないか?」

 

 ふと赤コーナーの方を見ると、安西提督はポストの頂点に両手をついたまま微動だにしない。勝負に負けたからと言って不満げな表情を浮かべながら拗ねている訳はないと思うのだが、いったいどうしたのだろう。

 

 不信に思った俺は試合後の挨拶もかねて近寄ることにしたのだが、

 

「小刻みに……震えている……?」

 

 よく見れば、安西提督の全身がガタガタと痙攣するように震えていたのだ。

 

 まさか負けた怒りで文字通りの赤鬼となった……という可能性も危惧したが、顔色を伺ってみると赤いどころか青くなってないか……?

 

「あ、あの……、安西提督?」

 

「お……おぉ……、ぅ……」

 

「だ、大丈夫……ですか……?」

 

 話しかけてもうめき声を上げるだけ。さすがにこれはマズイと思って誰かを呼ぼうとしたのだが、

 

「ありゃー、やっぱりこうなっちゃいましたかー」

 

「そ、その声は……明石!?」

 

 リングの下から安西提督の背中を見つめるように立っていた明石の姿を見つけ、俺は驚きながら問い掛ける。

 

「こうなっちゃったって、どういうことなんだ?」

 

「実は昨日、持病の腰痛が悪化したって聞いたので治療したんですけど、完璧に治った訳じゃないから無理はしないでくださいねって言ったんですけどねー」

 

 言って、リングの端に上った明石は安西提督の腰に手を添えて触診を始めた。

 

「そ、そういえば舞鶴に着いたときに腰が痛むって言っていたけど、やっぱり治っていなかったのか……」

 

「私としてはドクターストップをしたかったんですけどねぇ……」

 

「それなのにどうして……」

 

「そりゃあ、この試合を誰よりも楽しみにしていたのは安西提督ですからねー」

 

「そ、そうなんだ……」

 

 懐から治療用の針を取り出して安西提督の腰に刺した明石は「あとは私がなんとかしますので、先生は控室の方に戻って良いですよー」と言って手を振る。

 

 安西提督の腰が気にはなるが、俺がここにいたところで邪魔にしかならないだろうと思い、頭を下げて青コーナー側からリングを下りることにした。

 

 すでに夕張と作業員の姿はなく、おそらく控室に戻ったのだろう。観客席も人影はまばらで、すでに解散しているみたいだし。

 

 子供たちもお弁当を食べたいだろうから、俺も控室で食事を取ることにしようかな。

 

 

 

 

 

 ……と、思っていた時期が俺にもありました。

 

 良く考えたら、お弁当はチームの待機場所であるテントに置いたままだし、誰かが気をきかせて控室に持ってきているなんて都合の良い出来事なんてない。

 

 それどこか夕張も作業員もこれからやることがいっぱいあるからと言って、そそくさと後始末を終えて控室を出て行ったし、いくらなんでもそっけないと思うんだけど。

 

 こうなってしまった以上、ここに居座る必要は何もない。

 

 さっさと戻ってお弁当を食べよう……と思ったところで、控室の扉をノックする音が聞こえてきた。

 

「先生ー、ちょっとよろしいですかー?」

 

「あ、はい……って、愛宕先生!?」

 

 ガチャリと扉を開けて入ってきた愛宕の姿に、俺は慌てながら身嗜みを整えようとする。

 

「あらあら、そんなに慌ててどうしたんですかー?」

 

「い、いや、試合の後なんで髪型とかが乱れていないかとか……気になっちゃいまして」

 

「うふふ、大丈夫ですよー」

 

 そう言ってニッコリ微笑む愛宕。

 

 うむ、ほんわかな雰囲気に天使のような笑顔。これを見るだけで癒されるってもんだぜ!

 

「今日の試合、お疲れ様でしたー」

 

「あ、どうも。

 見ていてくれたんですね」

 

「ええ、もちろん見ていましたよー。

 どうなることかとハラハラしていたんですが、見事な勝ちっぷりでしたー」

 

「いやいや、一か八かの手を取るしかできなかったんですけどね……」

 

 俺は恥ずかしげに頬を掻くが、内心は目茶苦茶嬉しいです。

 

「でもまさか、先生がおへそを狙うとは思っていなかったですよー」

 

「一応急所ですし、あの状況で狙うのも若干気が引けたんですが……、まぁ元帥だったら大丈夫かな……と思いまして」

 

「そうですねぇ……。

 普通の人に使っちゃうと、大事になっちゃう可能性がありますからねー」

 

 腕を組んでウンウンと愛宕が頷く度、大きな2つの胸部装甲が大きく揺れているんですが。

 

 久しぶりの眼福タイムに、俺の頬がおのずと綻んでしまう。

 

「それでですね、姉さんにも言われたご褒美と思いましてー」

 

「……へ?」

 

 ご褒美という言葉に反応した俺は、胸部装甲に向けていた視線を愛宕の顔に向けようとした途端、

 

 むぎゅっ。

 

「わぷっ!?」

 

 愛宕の両手が俺の頭を押さえつけ、あろうことがさっきまで注視していた胸部装甲へと押しつけたのだ。

 

「え、えっ、ええっ!?」

 

「折角なんで、今日は最大級のなでなでをしちゃいますね~」

 

「ふ、ふおおおおおおっ!」

 

 左手で後頭部を掴んで引き寄せ、右手で頭頂部を優しく撫でる。

 

 もちろんその間、俺の顔面は柔らかいモノで包まれまくっており、幸せ過ぎる状況によって頭に血が上りまくっていた。

 

「なでなで~」

 

 むにょん、むにょん……。

 

「ふおお、ふぉおおおおっ!」

 

 心地好い撫でられ感と、柔らか過ぎる胸部装甲があぁぁぁっ!

 

「さらに、ぎゅっ、ぎゅーーーっ」

 

 むにゅうぅぅぅ……。

 

「むぐ、ぐむぅぅぅ……っ!」

 

 息ができないくらい押しつけられる柔らかさに、俺の意識がどこかへ飛んでいきそうになる。

 

「はい、おしまいです~」

 

「ぶは……あっ!」

 

 ……って、本当に死にかけていたらしく、息が絶え絶えになっていた。

 

 いやしかし、仮にさっきので死んだとしても悔いはなかったんだけど。

 

 本当に、本当に幸せな時間だったぜ……。

 

「喜んでいただけましたかー?」

 

「それはもちろん!」

 

「うふふー、それは良かったですー」

 

 過去最大級のご褒美を受けとった俺は大満足であり、大きな返事と満面の笑みを返した。

 

 愛宕の方も喜ぶ俺を見て嬉しそうに頬をほんのりと赤く染めているんだけれど、これってやっぱり恥ずかしかったとかそういうことだろうか。

 

 いや、それよりも、いくらご褒美とはいえ積極的過ぎるにも程があるが、もしかして佐世保に出張をして会えなかったのが影響しているとか……?

 

 少々前向きすぎる予想だけれど、もしそうだったとしたら今が告白のチャンスなのではないだろうか。

 

「あ、あの、愛宕先生!」

 

「はい、どうかしましたかー?」

 

 思い立ったが吉日。

 

 今ここで、俺はもう1度告白するのだ……っ!

 

「お、俺と、そ、その………………うぇっ!?」

 

「はい?」

 

 勇気を振り絞って言おうと思った瞬間、愛宕が入ってきた扉の隙間から2つの光る物体が視界に入り、俺は素っ頓狂な声を上げてしまった。

 

「コノウラミ、ハラサデオクベキカ……」

 

「だ、誰だ!」

 

「ビルノタニマニ、ヒソムカゲー」

 

「その返しは……ヲ級かっ!?」

 

「残念でしたー!」

 

 バターン! と大きな音を立てて扉を開けて入ってきたのは、全身を真っ白な軍服に包んだいつも通りの元帥だった。

 

「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーーーんっ!」

 

「「………………」」

 

 目が点になる俺。

 

 笑ったまま無言の愛宕は振り向きもしない。

 

「ちくしょう、滑ったじゃないか!

 なんて日だ!」

 

 いや、それはこっちの台詞なんだけど。

 

 人の告白を邪魔するんじゃねぇよっ! なんて日だ!

 

「さっきの試合について物申しに来たよ!」

 

 ビシッと、どこかの弁護士のように俺の顔に指差す元帥だが、人様に向けてそんなことをしちゃいけません。

 

 とはいえ、そんなことを言っても聞かないのが元帥なので突っ込まないことにするけどね。

 

「物申す……ですか?」

 

「その通り!

 先生はレフェリーが説明したことに対して違反行為をしちゃったじゃないか!」

 

「違反行為……?」

 

 おれはそう言って頭を傾げる。

 

「そう言われても、何を違反したのかわからないんですけど……」

 

「それじゃあ僕が説明してあげるよ!

 耳をかっぽじって、よく聞いてよね!」

 

 人の話を聞かない元帥がその台詞を吐くのかよ……という突っ込みも、面倒臭いから言わない方向で。

 

 すると元帥はなぜか咳払いをして、身体をクネッとさせて口を開く。

 

「この試合は30分1本勝負で、ダウンしてから10カウント以内に立ち上がれない場合と、関節技等によるギブアップを宣言した時点で負けになっちゃいますー。

 金的と目つぶし以外はオールオッケーですけど、やり過ぎはダメですねー。

 タッグマッチなので、基本的にタッチをしない限り2人同時にリングに上がるのはダメですけど、流れの中で協力技をしたり、身体の一部が一時的に入っちゃったりするのはオッケーとしますー。

 ……って、言ってたよね!」」

 

 うわ……、地味に似ていて何かウザい。

 

 いや、しかし……、それのどこか問題なんだろうか。

 

「これを聞いても分からないっていうのかい!」

 

「ええ、まったく」

 

「ズコーーーッ!」

 

 某、関西のお笑い劇場並にずっこける元帥だが、これは以前に見ていたのでやっぱりスルーだ。

 

「ここまで先生の理解が悪いとは思わなかったよ!

 押すなよって言ったら、押せっていうのが普通でしょ!」

 

 いや、お笑いをする気はないので、そんなお約束は通じないんだが。

 

「レフェリーはちゃんと、やり過ぎはダメって言ってたじゃないか!」

 

「まぁ……、確かに言っていましたけど……」

 

「へそなんて急所を突くなんて、どう考えてもやり過ぎだよね!

 僕じゃなかったら、死んでいたかもしれないんだよ!」

 

「あー、ソウデスネー」

 

「なんだい、その反応はっ!

 どうでもいいような棒読みをするなんて、いくらなんでも酷いじゃないか!」

 

 どうでもいいというよりも、元帥じゃなかったら死んでいたかもしれないという考えの方がどうかと思うんだけど。

 

 つまり、元帥自信が普通じゃないってことを理解しちゃっているんだよなぁ……。

 

「どうかんがえても今回の決まり手は違反なんだよ!

 だから、今回の試合は無効ってことで……」

 

「ええ、良いですよ」

 

「……へ?」

 

 きっぱりと応える俺に驚いた元帥は言葉を詰まらせ、ピタリと固まった。

 

「だから、無効試合で良いですって言ったんです」

 

「え、いや、でも……」

 

「そもそも今回の試合をすること自体、寸前まで知らなかった訳ですし、どっちが強いかとか、世代交代なんてあまり興味がないんですよね」

 

「そ、そうなの……?」

 

「もちろん、俺も男ですから強さに憧れることもありますけど……、それ以上にこの鎮守府、そして幼稚園で働けることの方が大切ですから」

 

「せ、先生……」

 

 俺の言葉を聞いてなぜか瞳を潤ませる元帥だが、ぶっちゃけて気持ちが悪い顔なんでやめて欲しいです。

 

「分かった!

 それじゃあそういうことで、早速情報統制に走ってくるね!」

 

「「………………」」

 

 再び白目を浮かべる俺に、未だ固まったままの愛宕。

 

 つーか、堂々と情報統制とかいう時点でダメな気がするんですが。

 

 大きな音を立てて閉まった扉を見ながら、おれは大きなため息を吐いて肩を落とす。すると愛宕は笑顔を崩しながら、かすかに首を傾げて問い掛けてきた。

 

「良かったのですか?」

 

「ええ、別に問題ないです。

 それに……まぁ、どうなるかも予想できますし」

 

「やっぱりそうですよねー。

 それでもまぁ、念のために進言はしておきますねー」

 

 言って、ポケットから取り出したスマートフォンを操作する愛宕を見ながら、おれはもう1度ため息を吐く。

 

 今から告白し直すのは、ちょっと無理だよなぁ……。

 

 雰囲気が崩れちゃった感じがするし、何となくそういう気分じゃない。

 

 なにより、元帥への対応と反応がいちいち面倒臭くて、どっと心が疲れちゃったし。

 

「はい、これでオッケーですね。

 それじゃあ、そろそろ戻りましょうかー」

 

「そう……ですね。

 お昼ご飯を食べないと、第4競技までの時間も余りありませんし……」

 

 壁掛け時計の針を見ながら頷き、俺と愛宕は部屋を出る。

 

 やっと佐世保から帰ってこられたのだから、おそらく機会は訪れてくれるだろう。

 

 俺は淡い期待を胸に抱きながら最上級のご褒美を思い出しつつ、笑みを浮かべて子供たちが待つ待機場所のテントへ向かって歩いて行った。

 

 

 

 ……ということで、第4競技の的に元帥が選ばれたのは愛宕が高雄に連絡を取ったからなんだろう。

 

 慌てまくる元帥を見て、ほんの少し気が晴れたのはここだけの話なんだけどね。

 

 

 

 艦娘幼稚園 番外編

 燃えよ、男たちの狂演 終わり

 




 これにて運動会の番外編は終了です。
お試し的な要素も入れてみましたが、お付き合いありがとうございました。

 さて、それではお待ちかね?
子供たちがいっぱい出て……くるかどうかは分からない艦娘幼稚園の本編、第三部に戻ります!


次回予告

 運動会を終え、後片付けも済ませた教師達はスタッフルームで休むことに。
そこで新たな事実を知り……って、幼稚園の合併なんですが。

 しかしそこで、気になる会話が始まった。
先生の仕事、どうするんでしょうか?

 艦娘幼稚園 第三部
 ~幼稚園が合併しました~ その1「チョロ先」

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■第三部 ~幼稚園が合併しました~
その1「チョロ先」


 運動会を終え、後片付けも済ませた教師達はスタッフルームで休むことに。
そこで新たな事実を知り……って、幼稚園の合併なんですが。

 しかしそこで、気になる会話が始まった。
先生の仕事、どうするんでしょうか?


 

「ふぅ……、疲れた……」

 

 運動会の締めくくりに子供たちだけでなく色んな艦娘たちにひたすら追いかけ回され、なんとか落ち着かせたと思いきや後片付けの作業が残っていた。

 

 ひとまず子供たちを幼稚園に送り終えてから作業に入ったのだが、観客席の椅子は非常に多くあり、全ての作業を終わらせた頃には空が真っ暗になっていた。

 

 ちなみに屋台などの撤去作業は元帥の指示で行われているそうだが、何度か近くのコンビニ店長の姿が見えたのは気のせいだろう。

 

 やることも終わったから解散を……と思っていたところ、休憩がてら話をしようと言い出した愛宕に頷いた俺を含む幼稚園の教師一同は、スタッフルームに戻ってきたのである。

 

「お疲れ様です~」

 

「オ疲レ様ー」

 

「お疲れ様でしたー」

 

 まずは愛宕、港湾棲姫、しおいと定例の挨拶を済ませ、ホッと胸を撫で下ろすように息を吐いて一安心。

 

 しかし、最後の1人だけは非常に顔色が……というよりは機嫌が悪い様子だ。

 

「……お疲れ様ね」

 

「お疲れ様です……と言いたいところなんだけど、なんでビスマルクはそんなに仏頂面を浮かべているんだよ?」

 

「そんなの当たり前じゃない。

 私のチームが圧倒的強さで勝利してあなたを手に入れる予定だったのに、結果は全チーム引き分けだったのよ」

 

「確かにそうなんだが……」

 

 どこかの元帥みたいに苦情を言いまくったところで結果が覆るわけもないのだが、どうにもビスマルクは納得できていないようだが、俺としては身の安全が確保されたので一安心なんだけど。

 

 まぁ、より一層悪化したとも言えなくはないんだけどね……。

 

「まぁまぁ、ひとまず運動会を無事に終えることができたんですから、乾杯といきましょう~」

 

 そう言った愛宕の手に2つのマグカップがあり、俺とビスマルクに差し出してくれた。

 

「ありがとうございます」

 

「本当は勝利の美酒としてビールが良かったけれど、勝てなかったのだから仕方がないわね……」

 

 なんだかんだと言いながらマグカップを受け取ったビスマルクが、香りを確かめるように顔へ近づける。

 

「あら、これはなかなか良いじゃない……」

 

「ええ、知り合いに頂いた豆なんですよ~」

 

「へぇ……、これは……うん、気に入ったわ」

 

 気づけばビスマルクの表情から不機嫌はどこかへ吹き飛び、ニコニコと笑みを浮かべていた。

 

「それでは改めまして、運動会お疲れ様でした~」

 

「「「お疲れ様でしたー(オ疲レ様デシター)」」」

 

 マグカップを持ち上げながら声を上げ、コクリとひと飲みする。芳醇な香りが鼻を突き抜け、味わったことのない旨味が口から喉へ流れていった。

 

「おぉ……、確かにこれは美味い……」

 

「ですよねー。

 しおいもこの豆に変わってから、毎日頂いているんですよー」

 

「ウム。

 本当ニ、コノコーヒーハ美味シ過ギルワネ」

 

「さすがはヤン……知り合いがくれた豆ですねぇ~」

 

「……はい?」

 

 今なんか、愛宕が言おうとした名前がもの凄く気になるんだけれど。

 

「どうしたんですか、先生~?」

 

「あー、えっと……、いえ、なんでもないです」

 

 問い掛けようと思って愛宕の顔を見た瞬間、無言の圧力という名の笑みを向けられていることに気づいた俺は、即座に撤回する。

 

 ちなみにしおい、港湾棲姫の2人は俺から完全に目をそらしていたので、さすがの処世術と言わんばかりであるが、同じようにしていたビスマルクにビックリした。

 

 まぁこの場合、本能で察知している感じなんだろうけれど。

 

 触らぬ神に祟りなし。

 

 危うきに近寄らずがモットーなのだ。

 

 とは言え、この空気のままコーヒーを飲むのも辛いものがあるので、俺は話題を変えるために質問を投げかける。

 

「ところでなんですけど、愛宕先生の話っていうのは……?」

 

「ああ、それはですねぇ~」

 

 圧力が薄まった笑みに戻した愛宕は、もう一度コクリとコーヒーを口に含んでから一息吐き、なぜか胸元に手を伸ばした。

 

「実はこんなものを渡されたんですけど……」

 

 そう言いながら愛宕は服の隙間に手を入れて……って、どう考えても胸の谷間に突っ込んでいますよね!?

 

 以前にも似たようなことやっていたけど、視線を向けにくくて気まずいじゃないですかー!

 

「……先生ノ視線ガ集中シマクリダネ」

 

「……おっぱい星人ですからねー」

 

「何よ!

 私の方をもっと見なさいよ!」

 

 白い目を浮かべる港湾棲姫としおいに、なぜか逆ギレをするビスマルクが胸を張る……って、あるぇー?

 

 視線をそらしているつもりなのに、なんでそんなことを言われちゃうのかなぁ……。

 

「うふふ~。

 見られるくらいは別に良いんですよ~」

 

 まったく気にするどころか嬉しそうな愛宕に、思わず心の中でガッツポーズをしちゃうんですが。

 

「うぅ……しおいも、もう少し大きかったら……」

 

「気ニシナクテモ良イ。

 ソレハソレデ需要トイウモノガアルシ、大キ過ギテモ肩ガ凝ルカラネ」

 

「そ、そうですよね……。

 しくしくしく……」

 

 自分の胸をさするしおいを慰める港湾棲姫だが、残念ながらどう考えてもとどめを刺しちゃっているにしか見えないんだけれど、当の本人は全く気づいていないようで、首を傾げながら眉間にシワを寄せていた。

 

 頑張れしおい。

 

 だけど俺は、大きい方が好きなんだよね!

 

「だから私を見なさいってば!」

 

「ちょっ、ビスマルク!

 急に押しつけてくるんじゃねぇ!」

 

「あなたのことだから喜んでくれると思ったのに、その態度はおかしいわよ!」

 

「そういう考えに至る経過がサッパリ分からねぇんだよっ!」

 

 俺の頭をガッチリと掴んで胸元に抱き寄せようとするビスマルクを必死で剥がそうと抵抗しながら、俺は大声で叫ぶ。

 

「あらあら、何だか楽しそうですねぇ~」

 

「いやいや、楽しくなんかないですから、ちょっとは助け……て……」

 

「あれあれ~、どうしたんですか~?」

 

「あ、そ、その……、た、助けて……欲しいかな……って……」

 

「助けて欲しいんですか~?」

 

「い、いや、その……」

 

 愛宕の……威圧感が……ガチでヤバい……。

 

 顔はニッコニコなのに、目は閉じられているはずなのに……。

 

 洒落にならないレベルのオーラのようなモノが、半端じゃないほど感じられるんですけど。

 

「……ぶくぶくぶく」

 

 そして真っ先に気絶するしおい……って、こっちもお約束かよ!

 

「……ぶくぶくぶく」

 

「つーか、お前もかよビスマルクッ!」

 

「……ガクガクガク」

 

「ちょっ、港湾先生まで!?」

 

 さすがに口から泡は吹いていないけれど、全身を半端じゃないほど震わせながら固まる港湾棲姫を前にした俺にできることは、土下座をしながら愛宕に謝罪の言葉を続けるしかなかったのであった。

 

 

 

 

 

「それでは皆さんに、ご報告をいたしまーす」

 

 完全謝罪モードを終えることができ、なんとか立ち直ることができた港湾棲姫と一緒に気絶した2人を起こしたところで、愛宕の言葉が再開された。

 

 なお、胸の間から出てきたのは1枚の書類なんだけど、そこってポケットか何かなんだろうか?

 

「主文。

 被告は免許皆伝を受けた忍者より、イヤァァァの刑と処す……って、この紙じゃなかったですねぇ~」

 

 そう言って、それを丸めてゴミ箱にポイッと投げ入れる愛宕。

 

 内容がとんでもなく気になりまくったが、突っ込む気力はすでに失われてしまっているので残念無念。

 

 まぁ、先ほどと同じく無言の圧力を感じた俺たちに取れる行動は聞かなかったフリをするだけなんだけれど。

 

 なんだか舞鶴から佐世保に行っている間に、色んなモノが大きく様変わりしちゃってないですかね……?

 

「ああ、ありました。

 これですね~」

 

 今度は胸の谷間から少し下がったところ……、つまり下乳と呼ばれるところに手を突っ込んで紙を取り出した愛宕だが、しおいがそろそろ白い灰になりそうなんで勘弁してあげて下さい。

 

 ちなみに俺は歓喜を上げたいところなんだけど、土下座を再開するのは勘弁したいので自重しておく。

 

 しかし、さっきの紙っていったい誰に宛てられた文章なんだろう……。

 

「それじゃあ読みますね~。

『現在、舞鶴と佐世保にある幼稚園を合併することとする。

 なお、これによって全ての園児と教職員はこのまま舞鶴鎮守府に所属となり、佐世保にいる関係者も時期を見て異動となる。

 詳細は後の書類にて説明があるが、幼稚園の統括は引き続き愛宕に任せるものとする。

 

 舞鶴鎮守府 元帥

 佐世保鎮守府 安西提督』

 以上になりますね~」

 

 読み終えた愛宕はニッコリと笑い、きちんと紙を四つ折に畳んでから再び胸元に入れる。

 

「………………はい?」

 

 しかし俺としては完全に寝耳に水。

 

 これじゃあ、何のために運動会で必死に策を練りまくったのかと……、

 

「Gut,gut,gut!

 今日はなんて最高の日なの!」

 

「ぐへえっ!?」

 

 またもや唐突に俺の頭を掴んで胸元に抱き寄せるビスマルク……って、お前は少しくらい学べよコンチクショウ!

 

 このままじゃ、また愛宕が威圧感MAXのオーラを吹き出して気絶&怯えまくるじゃねぇか!

 

「はいは~い。

 浮かれるのは分かりますけど、まだ話は終わっていませんよ~?」

 

「う゛っ、そ、そうね……」

 

 案の定、睨みを聞かせた愛宕の言葉によって即座に反応したビスマルクは、残念そうな顔を浮かべながら俺から離れていく。

 

 頬っぺたに感じる柔らかい感触が去ってしまって少々残念だが……って、そんなことは微塵も思っていないよ?

 

「この指令書によって、2つの幼稚園が合併することになりましたので、ビスマルク先生とプリンツちゃん、レーベちゃん、マックスちゃん、ろーちゃんは舞鶴に所属することになります~」

 

 両手を合わせて可愛らしく言う愛宕に、ビスマルクは無言でガッツポーズを決める。しおいも少しばかり疲れたような表情をしながら、ウンウンと頷いていた。

 

 ろーは1度、龍驤と摩耶に連れられて舞鶴に来たことがあるし、しおいに面倒を見てもらっていたと言っていたよな。

 

 その結果、大人しかったユーがろーと改名し、元気いっぱいになったんだけどね。

 

 ……そのついでに、大きな爆弾を何度も爆発させてくれたけど。

 

 今となったら笑い話……ではやっぱり済まされないんだけれど、舞鶴の子供たちまで巻き込んじゃったりしないよね……?

 

「愛宕先生、少シ気ニナルコトガアルノダガ、良イダロウカ?」

 

「はい、港湾先生~。

 どうかしましたか~?」

 

 控えめに右手を上げた港湾に対し、胸を張りながら愛宕が問い返す。

 

 その際、大きな胸部装甲がプルンプルンと揺れたのを、俺は脳内にしっかりと焼きつけておく。

 

「2ツノ幼稚園ガ合併シタノハ分カッタガ、子供タチノ班ト担当ハドウナルノダロウカ?」

 

「ああっ、確かにそうですよねー。

 しおいは先生が佐世保に行った際にそのまま班を受け継ぎましたけど、戻ってきたんだから……どうなるんでしょう?」

 

 そう言ったしおいが顎に人差し指をつけて「うーん……」と悩むように呟き、首を徐々に傾げていく。

 

 その角度がドンドンときつくなっているんだが、そのままだと90度くらい曲がっちゃうんじゃないだろうか。

 

「私がこっちにきたとは言え、佐世保の子供たちをバラバラに分けるのは賛成しないわよ?」

 

「ええ、もちろんそんなことはしませんよ~。

 せっかく担当していた子供たちを分けちゃうと、また1からやり直さなければならないことが増えちゃいますからね~」

 

「ソウダナ……。

 シカシソウナルト、先生ガ余ルノデハナイノダロウカ」

 

「………………へ?」

 

 唐突に呼ばれた俺は疑問の声を上げたが、余る……ってどういうことなんだろう。

 

「確かにそうなりますね~。

 まぁ、運動会の状況から見れば分かるとは思うんですけど、別の班を作って先生に任せるのも少々問題があると思いますから~」

 

「…………………………え?」

 

 あ、あれ、おかしいな……。

 

 なんだかその言い方だと、俺が役立たずって聞こえる気がするんだけれど……。

 

「ですので、先生には今後……」

 

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

 俺は慌てて愛宕の言葉を遮るように叫び、必死な形相を浮かべた。

 

「それじゃあまるで、俺が戦力外ってことじゃないですか!

 やっと舞鶴に帰ってこられたのに、いくらなんでもそれはないですよっ!」

 

「……ほえ?」

 

 すると愛宕は、地球すらワンパンチで割ってしまう力を持つ小学生くらいの小さな最強ロボットのような声を上げ……って、可愛いぞコンチクショウ!

 

「い、いや……、いきなりそんな声を呟かれてもですね……」

 

「いえいえ、先生がいったい何を言っているのかサッパリでして~」

 

「日本語が通じていなかったっ!?」

 

 両手で自分の頭を抱えて膝をつきたくなる衝動にさいなまれながらも、何とか耐えようとしていたところ、

 

「そうじゃなくて……、先生は勘違いをなさっているんじゃないでしょうか~?」

 

「か、勘違い……ですか?」

 

「はい、そうです~。

 私がさっき言おうとしたのは、

 先生は今後、各班をサポートする担当になってもらおうと思っているんですよね~」

 

「さ、サポート……ですか」

 

 どうやら首ではなかったことに安堵の表情を浮かべたくなるが、少し考えてみると楽観視できることでもないような気がする。

 

 つまり、俺は以前と同じように複数の子供たちを見る班を担当するのではなくなったということで、実質降格してしまったのではないのだろうか?

 

 元帥の命令で佐世保に行き、必死の思いで頑張ってきたのに、いくらなんでもそれはないと思うんだけど……。

 

「そ、それはもう、決定ってことなんですか……?」

 

 できればそれは避けたいところ。

 

 未だに適当感が丸出しのビスマルクよりも下の立場だなんて、正直に言って嫌過ぎる。

 

「できればそうして欲しいなぁと思うんですけどね~」

 

「あ、愛宕先生のお願いは聞きたいところですけど、俺も色々と頑張ってきた訳ですし……」

 

「先生のサポート能力を買ってのことなんですけど……、ダメですか~?」

 

 俺の方にゆっくりと近づいてきた愛宕は、神に祈るシスターのように両手の指を組みながら、ウルウルと潤ませた瞳を浮かばせながら訴えてきた。

 

「え、えっと、そ、その……」

 

「ダメ……ですか~?」

 

 上目遣いで……、そ、そこまで言われては……、

 

「先生には期待しているんですけど……」

 

「そ、それは嬉しいんですが……って、ふおおおお……っ!?」

 

 愛宕の両脇が絞まったことで、大きな胸部装甲をより一層際立たせ、そりゃあもうパナイ状況が目の前にぃぃぃっ!

 

「子供たちもその方が喜んでくれると思いますし~」

 

「そ、そうですかね……」

 

「私たちも助かりますから、みんながハッピーになると思うんですよね~」

 

「そ、それなら……、ふぐっ!」

 

 組んだ手を左右に振ることで、胸部装甲がむにょんむにょんと大きく形を変える。

 

 それはもう、想像することができない神秘の世界。

 

 それが今、俺の目の前にあるのである。

 

 そんな状況に置かれた俺が、奇跡を起こし続けている愛宕からの頼みを断れるはずもない。

 

「お、ね、が、い、し、ま、す。

 せ~ん、せ~?」

 

「りょ、了解しました!

 僭越ながら、愛宕先生のお願いを全身全霊で勤めさせていただきますっ!」

 

 俺は愛宕に向かって敬礼をし、大きな声で宣誓する。

 

「チョロイナ……」

 

「先生、チョロ過ぎです……」

 

「チョロ先ね……」

 

 そんな俺に港湾棲姫、しおい、ビスマルクが白い目を浮かべながら呟いていたが、愛宕の胸部装甲に集中していたので全く持って気づかない。

 

 いや、気づいていないフリだったけれど、これはもう仕方がないよね!

 




次回予告

 各班のサポート役として頑張ることになった先生。
まずはしおい班。以前は自分が受け持っていただけに、思い入れもあると思っていたら……。

 はい。お約束のシーンですよー。

 艦娘幼稚園 第三部
 ~幼稚園が合併しました~ その2「帰ってきたよ!」

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~しおい班サポート編~
その2「帰ってきたよ!」


 各班のサポート役として頑張ることになった先生。
まずはしおい班。以前は自分が受け持っていただけに、思い入れもあると思っていたら……。

 はい。お約束のシーンですよー。


 

 愛宕の胸に惑わされたりとか、あだ名がチョロ先だとか言われたりもしたが、俺は各班の担任をサポートする遊撃部隊のような役回りをすることになった。

 

 舞鶴幼稚園にやってきてからしばらくは愛宕の下についていたのだから、元に戻ったと言えば聞こえは良い。しかし、実質的に降格とも思えてしまうのは、いささかいただけない気分になってしまう。

 

 しかし良く考えてみれば、運動会における子供たちのテーマが俺の争奪戦だったことを考えると、1つの班を持つと危険とかもしれない。ましてや結果が全チーム引き分けだったので、下手をすれば子供たちが再加熱をしてしまうということもありえるだろう。

 

 それらを踏まえた俺は納得することにし、気分を一新して舞鶴と佐世保が合併した幼稚園の初日を迎えたのである。

 

 そして今日は、しおいの班のサポートをすることになったのだが、

 

 

 

「バーーーニングーーー、ラアァァァァァブゥゥゥゥゥーーーッ!」

 

「うおっ!?」

 

 授業を行う予定の部屋に入った途端、懐かしい叫び声が襲いかかってきたのである。

 

 しかし、伊達に何度も佐世保でプリンツのタックルを受け続けてきた訳じゃない。久々に戻ってきたとはいえ、もしかすると……と予想していただけに、ちゃんと身構えていたのだ。

 

 とはいえ、扉を開けてすぐという状況に避ける動作は少々やり辛い。さらに言えば、俺の後ろにはしおいが続いているので、変に避ければ巻きこんでしまうかもしれないのだ。

 

「ふんっ!」

 

 そこで俺は、真正面から金剛を受け止めることにする。子供とは言え艦娘。普通の人間とは思えない力を持っているのは重々承知しているが、コツさえつかめば何とかなる。

 

「……ナッ!?」

 

 まともに全身で受けるのではなく、金剛が直接ぶつける部分――、つまり頭のてっぺんを両手で止め、勢いを殺す。そして素早く横に回ってから、金剛の身体をギュッと抱きしめた。

 

「よし、これで捕まえたから、もうタックルはできないぞ。

 残念だったな、金剛」

 

「ホ……、why!?

 いったいぜんたい、どういうことデスカー!?」

 

 過去に見せたことのない動きでバーニングタックルを封じた俺に、金剛は全身をワナワナと震わせて驚愕の表情を浮かべている。

 

「俺も佐世保で少しは学んだってことだよ。

 そうじゃなかったら、元帥とサシでやって勝てる訳がないだろう?」

 

 少しばかりドヤ顔を浮かべて金剛を見る。

 

 すると金剛の頬がみるみるうちに真っ赤となり、耳まで染まった。

 

「ほ……、ほ、ほ……」

 

「ほ……?」

 

 なにやら金剛が同じ言葉を呟いているが、何を言いたいのだろうか……と思っていたところ、

 

「惚れ直してしまうデェェェェェスッ!」

 

「うおっ、耳が痛ぇっ!」

 

 すぐ側で大声を叫ばれてしまい、思わず耳をふさごうと両手を離す。すると金剛は真っ赤になった顔を背けて、猛ダッシュで離れて行ったのだが、

 

「あら~、金剛ちゃん~。

 そこは『惚れもうしたーーーっ!』の方が良いわよ~?」

 

 そう言いつつ、なぜか龍田が振りかぶるような素振りを見せていた。

 

 あれ、このポーズはどこかで見たことがあるような……。

 

 ああ、そうだ。確か、中将が幼稚園にやってきた際に、ボールを投げたときの……、

 

 

 

 ドムッ!

 

 

 

「あがっ!?」

 

 うおおおおおおおおおおおおおおおおいぃぃぃぃぃっ、超絶痛えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!

 

 なんか下腹部に刺さったんですけどーーーーーっ!

 

「せ、先生に……、龍田ちゃんが投げたボールが……」

 

「やった、クリーンヒット♪」

 

 ちょっと待てぇぇぇぇぇっ!

 

 なんで龍田が俺に向かってボールを投げているんだよぉぉぉぉぉっ!?

 

「なんだか投げたい気分だったのよね~」

 

「こ、心の中の……叫び声を読みながら……返事をするんじゃ……な……い……」

 

 そこまで言い終えた俺の意識は痛みで分断されてしまい、その場で倒れてしまうことになったのである。

 

 

 

 

 

「先生、大丈夫かな?」

 

「あ、あぁ……。

 なんとか痛みも和らいできたよ……」

 

 部屋の片隅で前屈みになっている俺に、時雨がポンポンと腰の辺りを叩いてくれていた。

 

「龍田……、さすがにさっきのはやり過ぎだぜ」

 

「そうですよ龍田ちゃん。

 いくらそういう気分になったからといって、先生に全力でボールを投げちゃうのは危ないと思います」

 

「ゴメンね~、ちょっぴり反省しちゃうわ~」

 

 天龍と榛名に言われた龍田は申し訳なさそうな顔を一切見せず、ニコニコとしながら呟いていた。

 

「龍田ちゃんは先生に久しぶりに会えて嬉しかったかもしれないけど、みんなが言うように危険なことはしちゃダメだからね」

 

「は~い。

 気をつけます~」

 

 注意をするしおいだが、懲りていないのが明白だ。

 

 だが、なんとなく龍田の耳のてっぺんが赤く染まっている気がするのは……気のせいだろうか?

 

「さっき龍田が先生に投げたボールなんだけど、これってあんまり見たことがないような……」

 

 俺の下腹部につき刺さったボールを手に持った天龍が、首を傾げながらマジマジと見る。

 

「それって、野球のボールっぽい」

 

「確かに似ているけど、柔らかいゴムのやつじゃないよな?」

 

「そういえば、赤い紐みたいなものがついているっぽい……」

 

「そ、それって、硬式野球で使うボールじゃないかな……」

 

 俺の後ろから顔を覗かせた時雨が、ボソリと呟いたんだけど……って、ちょっと待って!?

 

「こ、硬球って、まさかそんな……」

 

 俺はそう言いながら天龍の持つボールを見るが、時雨の言う通りで間違いなさそうだ。

 

 中将の後頭部を的確にヒットした際、悲鳴を上げながら驚きまくっていた威力を持つ龍田のスローイング。それを硬球でやったとなれば、喰らった俺の下腹部って……マジでヤバくないだろうか……?

 

 え、またしてもED疑惑が発生ですか?

 

 もしかして、今度こそ治療不可なんですかね……?

 

 そんなの、マジで勘弁して欲しいんですけどーーーっ!

 

「でもなんかさ、これって表面がツルツルしてるよなー」

 

「えっ、ツルツルしてる……?」

 

 疑問に思った時雨は俺の腰を叩くのを止め、天龍に近づきボールを受け取って調べだした。

 

「……なるほど。

 これは硬球に似せたプラスチック製のボールだね」

 

「あっ、そうなのか。

 だからそんなに軽かったんだな」

 

 納得したように顔をほころばせた天龍に、ホッとした感じで胸を撫で下ろす時雨。

 

 同じく安心したように潮や金剛も息を吐く姿が見えたけれど、未だに痛いのは取れていないんだよね……。

 

「当たり前でしょ~。

 さすがに硬球を先生に向かって投げないわよ~」

 

「そうだよなー。

 いくら龍田でも、さすがにそんな危ないことはしないよなー」

 

「もちろんよ、天龍ちゃん~。

 だけど、オイタをし過ぎちゃったら……どうなるかは分からないけどね~」

 

「……ひっ!?」

 

 そっぽを向いて怖いことを呟く龍田の顔が見えてしまった潮が、身体をビクリと大きく震わせる。

 

 気づけば天龍の膝もガクガクと小刻みに震えているが、全くもって冗談で済まされないんですが。

 

 プラスチック製のボールでこの痛み。

 

 硬球だったら確実に死んじゃっていますもんねー。

 

 あっはっはー……って、洒落になんねぇよコンチクショウッ!

 

 

 

 

 

「はいはーい。

 先生が心配なのは分かるけど、授業の時間は始まっているんだからねー」

 

 パンパンと手を叩いたしおいが机の上に置かれた本を手に持つと、ペラペラとページをめくり出す。

 

「みんなも席に座って、早く本を開きましょうー」

 

「「「はーい」」」

 

 口々に返事をした子供たちは、しおいに言われた通り席に着くため歩き出す。

 

 さすがに若干酷いような気もしなくはないが、俺のせいで授業が遅れるのも具合が悪い。痛みも和らいできたので、無理をしなければ大丈夫だろう。

 

「先生、悪いんだけど僕も行くね」

 

「あぁ。

 ありがとな、時雨」

 

 申し訳なさそうに言う時雨に振り向いた俺は、優しく頭を撫でてあげながら痛みに耐えて笑顔を浮かべる。

 

 ニッコリと微笑んだ時雨は「うん」と言いながら頷き、席へと向かって行く。

 

 初っ端からトラブルに見舞われてしまったが、こうして舞鶴に戻って初めての授業が開始されたのであった……のだが、

 

「はい、それではこの前の続きを読んでいくよー。

 おじいさんとジェノサイダーおばあさんは大きなパイナップルボムを割ろうとチェーンソーのエンジンを点けたんですが……」

 

「しおい先生ー、そのページはすでに読み終えたっぽいー」

 

「あれ、そうだっけ?」

 

「ちなみになんだけれど、今日の授業で読むのは『桃・ザンギ・太郎の活躍劇』じゃなくて、『浦島青年タイムスリップをしてロトの1等賞を当てちゃったけど、周囲の人たちが妬みまくったので海に逃げてきた』じゃなかったかな」

 

「あー、そうだった、そうだった。

 うっかりしちゃって間違っちゃったよー」

 

 そう言って、机の中から本を取り出そうとゴソゴソ漁るしおい。

 

 なんだか頼りない気がするんだけど、それ以前に読む本のチョイスがなんか凄くない……?

 

 タイトルだけで半端じゃないB級臭がすると同時に、子供たちが読むような内容じゃないと思うんだよね。

 

「あれー、見つからないなぁ……」

 

「おいおい、またかよしおい先生ー」

 

「ま、まぁ、しおい先生だって1つのミスくらいはしちゃうでしょうし……」

 

 からかうように言う天龍に、若干気まずそうな顔を浮かべながらフォローをする榛名だが、

 

「前の授業でも同じことしていたっぽい」

 

「毎回なにかしらのミスをしちゃってマスネー……」

 

「う゛っ……、そ、そんなことは……ないと思うんだけど……」

 

 夕立と金剛の言葉を受けて焦った声を上げるしおいだが、肝心の本はまだ見つからないようだ。

 

「おかしいなぁ……。

 用意して机に入れといたはずなんだけど……」

 

「先生、良かったら僕の本を使うかな?」

 

「えっ、でもそれじゃあ、時雨ちゃんの読む本が……」

 

「僕は大丈夫。

 夕立ちゃんと机を並べて一緒に読むから、気にしないで受け取ってよ」

 

「そ、そう……?

 それじゃあお言葉に甘えさせてもらおうかなっ」

 

 時雨から本を借りたしおいは、机に戻ってページをめくる。

 

「えーっと……、浦島青年はビルの屋上から転落した途端、腕時計の針が逆回転してタイムスリップし、60年代のアメリカマンハッタンに……」

 

「しおい先生、そこだと前の章を飛ばしちゃってるぜー」

 

「えっ、そ、そうだっけ……?」

 

「あら~、もしかしてしおい先生ったらボケちゃったのかしら~?」

 

「そ、そんなことはないよっ!」

 

 頬っぺたを膨らませて抗議の声を上げるが、その仕種が可愛らしくて子供たちがクスクスと笑っている。

 

 ううむ、これはまずいな……。

 

 完全にしおいがミスをしまくって浮足立っている。このままだと完全に子供たちにからかわれてしまうだろうし、そうならなかったとしても授業が円滑に進まないだろう。

 

「けれど、なんだか先生が幼稚園に来たときと同じ感じに見えマスネー」

 

「……いや、さすがにあそこまでは酷くなかったと思うぞ?」

 

「そうかしら~。

 どっちもどっちな感じだけどね~」

 

「「酷っ!」」

 

 龍田の言葉に反応する俺としおいの声が、見事に丸被りしてしまう。

 

「ほらね~。

 似たもの同士じゃない~」

 

 最後の締めと言わんばかりに龍田が煽ると、子供たちから爆笑が上がる。

 

 しおいは頬を真っ赤に染めながら恥ずかしそうに俯き、俺は頬をポリポリと掻きながら乾いた笑い声を上げることになってしまったのだった。

 

 

 

 これはちょっと、考えないといけないかなぁ……。

 




次回予告

 教育者としてのしおいがダメな点について。
ーーということで、特訓することに決めました。

 夕食前の時間に2人幼稚園で居残り特訓。
 そんな状況になったら、どうなるかって……ねぇ。

 艦娘幼稚園 第三部
 ~幼稚園が合併しました~ その3「お約束?」

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その3「お約束?」

 教育者としてのしおいがダメな点について。
ーーということで、特訓することに決めました。

 夕食前の時間に2人幼稚園で居残り特訓。
 そんな状況になったら、どうなるかって……ねぇ。


 

「それでは、お疲れ様でしたー」

 

「ウム、オ疲レ様」

 

「お疲れ様でーす」

 

 本日の授業を全て終えた俺を含む教員一同は、以前と同じようにスタッフルームで明日の打ち合わせを済ませてから挨拶を交わし、幼稚園を後にする。

 

 後は寮の自室に帰ったり、早めの夕食を取りに行ったり、はたまた鎮守府から外出してコンビニに行くこともあるだろう。

 

 しかし、今日の俺は用事がある。もちろんその許可もすでに取っており、相手も了承済みなんだけれど、

 

「くぅ……、やっぱり納得ができないわ!」

 

 ビスマルクがハンカチの端を噛みながら、俺の方を睨みつけている。

 

「いや、だからさっきも説明した通り、居残りしなきゃいけないんだって」

 

「それじゃあ私も残らせてよ!

 そして人目がないのを見計らって、キャッキャウフ……」

 

「はいは~い。

 お邪魔虫は私と一緒に食堂へ行きましょうね~」

 

 またしても厄介なことを言おうとしていたビスマルクの襟を後ろから掴んだ愛宕が、ニコニコとしながら扉の方へ引っ張ろうとしていた。

 

「ちょっ、ちょっと待ちなさいよ!

 あなたもこんなのって、嫌じゃないの!?」

 

「先生はちゃんと考えた上で行動しているので大丈夫なんですよ~」

 

「だけど、私の目が届かない状況で密室なんかになったら……」

 

「そこにビスマルク先生が居た方が、先生にとって良くありませんからね~」

 

「どうしてよ!」

 

「どの口が言うんでしょうか……と言いたいところですけど、今から鳳翔さんの食堂で乾杯するメンツも欲しいじゃないですか~」

 

「くっ、そんな言葉に惑わされる私、ビスマルクじゃ……」

 

「チナミニ今日ハ、飲ミ仲間ノ隼鷹モ含メテ2階ヲ借リテイルノダケレド」

 

 ボソリと港湾棲姫が呟いた途端、ビスマルクの顔色が即座に変わる。

 

「なん……ですって!?」

 

「たまたま予約が取れたんですから、ご一緒したいですよね~」

 

「シカモ、特製料理マデ用意デキルラシイカラネ」

 

「と、特製料理……」

 

 じゅるり……と、ビスマルクの口からよだれが垂れてきたんだけれど。

 

 いや、ちょっとくらい拭くとか、そういう行動はないのだろうか。

 

 仮にも良い歳をした大人……の風体なんだから、もう少し色々と気を使おうよ。

 

「………………」

 

 そんな俺の心配はお構いなしに、しばらく考えこんだビスマルクは唐突に手を叩き、コクリと頷いてから口を開く。

 

「仕方ないわね

 今日のところは引き下がることにするわ」

 

 キリッと決め顔でそう言ったビスマルクが俺の方を見るが、よだれが垂れた状態では全くもって締まらない。

 

 しかし、ここでツッコミを入れたら気が変わるかもしれないと思った俺は「俺も行きたいけれど、今度の機会にするよ」と言って、愛宕、港湾棲姫、ビスマルクを見送った。

 

「うぅ……、鳳翔さんの特製料理かぁ……」

 

 そんな俺の後ろから、ビスマルクと同じようによだれを垂らしながら悲しそうな顔を浮かべたしおいが肩を落としていたんだけれど、目的を忘れちゃっていないよね?

 

「ほらほら、せっかく居残り特訓の許可が出たんだから、早くやろうよ」

 

「美味しい料理に……、美味しいお酒……」

 

 首を上げて天井を見つめるしおいがブツブツと呟きながら目をキラキラと光らせているんだけれど、いったい脳内でどんな様子が繰り広げられているのだろう。

 

 ……まぁ、鳳翔さんの特製料理って聞いたら仕方がないかもしれないけどさ。

 

 しかしそうとはいえ、せっかくの時間を無駄にする訳にもいかない。ここは心を鬼にして……ではモチベーションを保つことができないかもしれないので、ちょっとした餌を撒くことにする。

 

「この特訓をちゃんと終わらせた後に、食べに行けば良いでしょ?」

 

「でもそれって、すでに料理は無くなっていますよね……」

 

「まぁ、あの3人がガチで食べたら残らないだろうけどさ……」

 

 ブラックホールには届かないかもしれないが、ハラペコの名を持つ愛宕に港湾棲姫、そして佐世保で何度も見てきた酒豪のビスマルクも、飲みだけではなく食べる方も凄いのだ。

 

 おそらくしおいが言うように特製料理は残らないだろうが、普段の食事を取ることくらいは大丈夫だろうし、次の機会を匂わせれば良い。

 

「しおい先生がちゃんとできるようになったら、俺から鳳翔さんに頼んで特製料理を作ってもらうようにするよ」

 

「ほ、本当ですかっ!?」

 

「もちろん、そのためにはしっかりと頑張らないとダメだけどね」

 

「分かりました!

 しおい、全力で頑張りたいと思いますっ!」

 

「うんうん。

 それじゃあ早速、教室の方に向かおうか」

 

「はい!」

 

 右手をビシッと上げて元気良く返事をしたしおいを見た俺は、にこやかに頷いてスタッフルームを出ることにした。

 

 

 

 

 

「それじゃあまず、座学の授業を想定してやってみようか」

 

「は、はい。頑張ります」

 

 教室に入った俺は子供たちが座っているように机と椅子を並べ、その1つに腰掛ける。

 

 そうしている間に、しおいは教壇の方に立って本を開けているが、面持ちが少々緊張じみている気がするのは気のせいではなさそうだ。

 

「これはあくまで練習なんだし、緊張しなくても大丈夫だよ?」

 

「そ、それは分かっているんですけど……」

 

 言葉を詰まらせたしおいがチラチラとこちらを見ているんだけれど、何かおかしなことでもあるのだろうか。

 

「えっと、なに……かな。

 もしかして、俺の顔に何か変なモノでもついちゃっていたりする?」

 

「あー、いえ。

 別に何もついては………………あっ!」

 

 急に驚いた顔を浮かべたしおいが、なぜかゴホンと咳をする。

 

「すいません、間違えました」

 

「……ま、間違えた?」

 

「はい。

 先生の顔には何もついてはいないんですが……」

 

 徐々に声を小さくしていくしおい……って、なんでそんなことをするのだろう。

 

「実は……その……」

 

「う、うん……」

 

「先生の顔……と言うか、頭の後ろの方にですね……」

 

「うし……ろ……?」

 

 そう言われると振り向きたくなるものだが、なぜか嫌な予感がして戸惑う俺。

 

 更にしおいの表情が怪談話をする中年男性の雰囲気を醸し出しているみたいに感じ、背筋に続々と寒気がはい上がってきた。

 

 時刻は夕食前であり、空も赤から黒に変わっている。

 

 そしてこの部屋には俺としおいの2人だけ。しかも、言葉を溜めているかのようにしおいが間を取っているので、聞こえてくるのは息づかいと時計の針の音だけだ。

 

「あ、あの……、しおい……先生……?」

 

「………………」

 

 半目で俺の顔……いや、先ほど言った頭の後ろ辺りに無言で視線を送るしおいに、俺の心臓がバクバクと高鳴りを上げ始める。

 

「い、嫌だなぁ……。

 冗談もほどほどに……」

 

「先生には……」

 

「え……、お、俺には……?」

 

「憑いているんですよ……」

 

「つ、憑いて……って、ま、まさか……、は、はは……」

 

 俺は乾いた笑い声を上げたのだが、しおいはハッキリと否定するかのように首を小さく左右に振る。

 

「………………」

 

 そして半目を閉じ、再び口を閉ざすしおい。

 

 気づけば俺の額には冷や汗が浮かび、ガタガタと無意識のうちに貧乏揺すりをしていた。

 

 エアコンは稼動しているはずなのに、室温がやけに低く感じてしまう。

 

 時計の針の音が加速し、音まで大きくなっている気がする。

 

 ずいぶんと前に子供たちと一緒にやった、夏の怪談話をしていたときの雰囲気では到底敵わないほどの空気が、この部屋一帯に漂っているのだ。

 

「……ごくり」

 

 唾を飲み込む音が頭の中に異様なほど大きく鳴り響き、息をするのもためらってしまうほどの緊張が俺の身体にまとわりついたと感じた瞬間、

 

「……っ!?」

 

 すぐ目の前に、いつの間にかしおいが立っていた。

 

「し、しおい……先生……?」

 

 椅子に座っている俺にとって、しおいの顔はやや上方向にあるので、おのずと顔を上げざるを得ない。

 

 そして視界に入ったその顔は、お面を被ったかのように無表情で、死んだ魚の目を浮かべながらゆっくりと口を開き出した。

 

「見えるんです……」

 

「な……、なに……が、見えるの……かな……」

 

「先生の後ろには……」

 

「う、後ろに……は……」

 

 

 

「深海棲艦のル級が見えるんですっ!」

 

 

 

「ぎゃあああああーーって、ル級かよ!」

 

 俺は大きな声を上げつつ即座に後ろへ振り返るが、誰の姿もない。

 

 ちなみに驚いた感じの声だったのは、しおいが急に大きな声を出したからであって、恐怖に震えた訳ではない……と思う。

 

「……って、誰もいないんだけど?」

 

 俺は再びしおいへと顔を向け、ジト目を浮かべながら問い詰める。

 

「そういう風に青葉が言えって聞いてたんですよねー」

 

「また青葉かよ!

 ル級が出てきたから、てっきりあいつの仕業かと思ったのに!」

 

「あっ、でも青葉が言うには、ル級に会ったときにお願いされたとか……」

 

「合っていたじゃん!

 やっぱりル級の罠だったよ!」

 

 港湾棲姫だけでは飽き足らず、今度は青葉を介してしおいにまで侵食してくるとは、本気で許されることではない。

 

 近いうちに苦情を言うべく、あの島に向かわなければならないな。

 

 いやしかし、それこそがル級の狙いという可能性がなきにしもあらず。

 

 なにをどうやってもアイツの不適な笑みしか浮かんでこないし、どうにかして記憶から抹消したい気分である。

 

「いやー、青葉の言う通り、見事にハマりましたねー」

 

 しおいがお腹を抱えてカラカラと笑うが、俺としては不本意だ。

 

「ハマったというか、それ以前にさ……」

 

「はい?」

 

「これから特訓をしようっていう時に、こういうのはやらない方が良いと思うんだけどね」

 

「………………」

 

 さっき以上のジト目を浮かべ、しおいの顔をジッと見つめる。

 

「えー、えっと、その……」

 

 今度はしおいの額に汗がビッショリと浮かび上がり、気まずい表情で立ち尽くす。

 

 時計の針がカチカチと音を鳴らし、無言の室内に響き渡る。

 

 今度は別の意味で室温が寒いって感じだけれど。

 

「ご、ごめんなさい……」

 

「分かれば宜しい。

 ただし、次同じようなことをやったら、さすがにペナルティを与えるからね」

 

「ぺ、ペナルティ……ですか?」

 

 サァ……と、しおいの顔が真っ青になった。

 

「う、うぅぅ……」

 

 両肩を抱き、ガクガクと身体を震わせるしおいの頭の中では、いったいどんなモノが浮かんでいるのだろう。

 

 まぁ、おそらく愛宕に叱られたとか、そういう感じだろうけれど。

 

「だ、だめ……っ、そ、そんなオシオキは……、無理ですよぉっ!」

 

 ……って、いつの間にかしおいの目に涙が浮かんで、半端じゃないほど震えているんですけどっ!?

 

「ちょっ、しおい先生!?」

 

 さすがにこのまま脳内思考にダイブしっぱなしではマズイと判断した俺は、しおいの身体を揺さぶって現実に戻してやる。

 

「……っ、せ、せん……せい」

 

「だ、大丈夫、しおい先生?」

 

「あ、はい……。

 す、すみません、取り乱しちゃったりして……」

 

「い、いやいや、俺もペナルティとか言っちゃって、申し訳なかったよ」

 

 しおいが正気を取り戻したのを見て、俺はホッと胸を撫で下ろす。

 

「………………」

 

「……ん、どうしたの?」

 

 するとなぜかしおいは俺の顔を見たまま、またしても立ち尽くしていた。

 

「でも先生の場合って、愛宕先生のオシオキとは違って……ごにょごにょ……」

 

 そして何やら小さい声で呟いているんだけれど、どうして顔が赤くなってきているんでしょうか。

 

「しおい……先生……?」

 

「そして先生が……そ、そんなことになったら……、きゃあぁぁぁ……」

 

 両手で赤面した顔を隠しながらそっぽを向くしおいに、どう声をかけたら良いのか迷ってしまう俺。

 

 いったいどうしろって感じなんだけど。

 

 それと、特訓する時間が削られまくっているんだけどね。

 

 

 

 しくしくしく……。

 




次回予告

 しおいの暴走が止まりません。


 艦娘幼稚園 第三部
 ~幼稚園が合併しました~ その4「お約束 パート2」

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その4「お約束 パート2」

 しおいの暴走が止まりません。

●艦載機の件でご指摘を受けました通り、天龍と龍田は偵察機を装備できないことをすっかり失念してました。
 現在は修正済みです。申し訳ありませんでした。


「さて、それじゃあ特訓を始めようか」

 

 しおいを正気に戻した俺は、再び椅子に座ってから本を開いた。

 

「とりあえず、座学の授業の流れを見たいから、いつもの通りにやってくれるかな?」

 

「は、はい。

 分かりました」

 

 緊張した面持ちで教壇の上に本を開いたしおいは、ペラペラとページをめくる。

 

「えっと、それじゃあ今日は32ページから始めていきましょう」

 

 そう言って、しおいは本を手に持ちながら文章を読み始めた。

 

「海上において偵察は非常に大事であり、軽視していると非常に危険です」

 

 ちなみにしおいが持っている本は、子供たちが後に成長して戦う際にためになる内容が多く載っており、愛宕が戦術書を分かりやすくまとめた本である。

 

 どうやら俺が佐世保にいる間に導入したらしいのだが、しおいから聞いた話によると、子供たちの受けはあまり良くないようだ。

 

「偵察には艦載機を使って妖精さんに偵察をしてもらったり、目視でやったりするんですが……」

 

「しおい先生、質問です」

 

「あ、はい。

 なんでしょうか?」

 

「目視……とは、いったい何でしょうか?」

 

「え……」

 

 俺の問い掛けに固まるしおい。

 

 うむむ、こういった質問は授業であり得るだけに、すぐに答えられないとスムーズに進めることができなくなるのだが……、

 

「せ、先生……、目視って知らないんですか……?」

 

「……いやいやいや、そうじゃなくて」

 

 思わず椅子からズッ転びそうになるのをこらえた俺は、顔の前で右手を大袈裟に振りながら言葉を足す。

 

「子供たちが質問してくるかもしれないのを想定した訳であって、俺が目視を知らないってことじゃないからね?」

 

「あ、あぁ、なるほど。

 そういうことでしたかー」

 

 後頭部をポリポリと掻いたしおいは苦笑いを浮かべながら、額に浮かんだ汗を拭き取って口を開く。

 

「目視はですねー、えっと、そのー……そう、目で見ることです」

 

「なるほど」

 

 若干詰まったが、その辺りは慣れていけば良いだろうし、質問を想定して答えを用意しておく経験にもなるだろう。

 

 しかし、ここで終わってはもったいないので……と、俺はさらに質問を投げかける。

 

「それじゃあ、艦載機で妖精さんに偵察をしてもらうって言っていたけど、班の子供たちが装備できるのはいったいどんなものか……答えてよ」

 

「えっと、それは……ですね……」

 

 いきなり応用を振られて焦ったのか、しおいは本を見ながら顔中に大量の汗を吹き出し始めた。

 

「まず、班にいる子供たちは、天龍、龍田、潮、夕立、時雨、金剛、榛名だよね?」

 

「あっ、はい。

 そ、そうです……」

 

 返事をするものの、視線は完全に本へと向けられている。

 

 しかし、その答えが32ページ付近に書かれていないのは調べ済みであり、しおい自信の知識が必要になってくるのだが……、

 

 いや、そもそもしおいって幼稚園で教師をする前はちゃんと艦娘として活動していたんだよね?

 

 それなら普通に知っているはずだし、これくらいのことは艦娘として当たり前だと思うんだけど。

 

 ちなみに答えは駆逐艦の潮、夕立、時雨、それに艦載機を搭載していない天龍、龍田を除いた、金剛、榛名が装備できる水上偵察機であり、これは潜水母艦でもあるしおいも装備できたはずだ。

 

 この辺りの知識は提督を目指していた俺にとって何度も勉強した内容であるから、今も忘れてはいないんだけど。

 

「分からないのかな、しおい先生?」

 

「そ、それは、その、うーんと、ええっと……」

 

 しおいの顔色が赤くなったり青くなったりと、色んな意味で危ない感じに見えるのだが。

 

 これはどうにも焦ったらダメになるパターンみたいだけれど、よくもまぁ今までやってこられたと感心してしまう。

 

 ……いや、今日の授業を見ていた限り、全くダメだったから特訓を開始したんだけどさ。

 

 子供たちもダメダメだって言っていたし、しおいに早いところ一人前になってもらわないといけないんだよな。

 

「あっ、そうです!

 晴嵐さんは索敵も爆撃もできて、とーっても頼りになるんですよ!」

 

「いや、晴嵐は水上爆撃機であって、水上機母艦か航空戦艦、航空巡洋艦、それに潜水空母でしか装備できないよね?」

 

「えっ、あ、そ、そうでしたっけ……?」

 

 いや、おい、ちょっと待て。

 

 いくらなんでもその返しはないだろう。

 

 仮にも艦娘なんだから、それくらいはちゃんと頭に入れておこうよ!

 

 ……と、叫びたいところだが、ここでそんなことをしたらしおいがまたしても焦ってしまうだろうので、やらないでおく。

 

 ここは優しく諭してあげて、自信に繋がるようにしてやらないとな。

 

「駆逐艦や艦載機を積めない天龍や龍田は無理だけど、戦艦である金剛、榛名は水上偵察機を積めるでしょ?」

 

「え、えっと……確かに、先生の言う通りです!」

 

「こういったことは質問がなくても、文章を読んだあとに予備知識として追加してあげるとためになるから、本にメモをしておくことをお勧めするよ」

 

「す、凄いです……っ!

 まるで先生が賢いみたいに見えてきました!」

 

 ……おい。

 

 それじゃあ何か。

 

 俺は今まで、賢くないって思われていた訳ね?

 

 さすがに今のは、ちょっとへこむところがあったけれど、これで怒り出すのも大人気ない。

 

 ここはしっかり教育者の先輩として、できる男なんだと理解してもらう方が先決だろう。

 

「それじゃあ追加で質問だけど、水上偵察機以外に索敵を効率良くすることができる装備はあるかな?」

 

「それって、子供たちが装備できるっ……てことが前提ですよね?」

 

「うん、そうだね」

 

「それなら、えっと……」

 

 首を傾げながら考えるしおいだが、焦ってしどろもどろになるより断然良い。

 

「主砲や副砲は違うし、酸素魚雷は積みたいけど索敵には使えないですよねー。

 それ以外に装備ができる物っていったら……」

 

 首をメトロノームのように左右に傾げたしおいは、腕を組んで「うーん……」と唸る。

 

 しかし、数分経っても答えは出てこず、それどころか……、

 

 

 

 ぐうぅぅぅ……。

 

 

 

 大きな腹の虫が、しおいから鳴り響いてきた。

 

「………………」

 

「………………」

 

 微妙な空気が流れ、無言になる俺としおい。

 

 気づけばしおいの頬が若干赤くなっているし、これはあまり顔を見ない方が良いだろうか。

 

「おにぎり……、戦闘糧食は違いますよ……ね?」

 

「あれは……、違うよね」

 

「ですよねー……」

 

 苦笑を浮かべながら乾いた笑い声をあげるしおいのお腹から、またしても「ぐぅ~」と鳴り響く。

 

 窓の外はもう暗くなっているし、時計の針は夕食の時間をとっくに過ぎている。

 

 原因は言わずもかな。特訓をする前にしおいがボケをかましてくれたからなのだが、ここで止めては句切が悪いのでもう少し頑張ってもらうことにしよう。

 

「答えは電探だね。

 駆逐艦と軽巡洋艦は小型電探で、戦艦は大型電探も積めるから覚えておいてね」

 

「りょ、了解です!

 しおい、しっかりと本にメモをしておきますね!」

 

 目をキラキラとさせてメモを取りつつ、時折俺を尊敬の眼差しで見てくるしおいに若干恥ずかしくもなりながら、特訓を続けることにした。

 

 

 

 

 

 それから、俺としおいは空腹に耐えながら白熱した仮想授業を繰り返していった。

 

「ここはこうやれば良いから、どーんと……」

 

「違う違う。

 子供たちに想像させるのは良いけれど、より効率よくするには手振りだけじゃなくてホワイトボードに絵を描くことをお勧めするよ」

 

「なるほど、分かりました!」

 

「ちなみにホワイトボードのマジックは黒と赤だけじゃなくて、青や緑なんかも使ってより分かりやすくするようにね」

 

「おおー!

 4色もあったなんて、しおい驚きです!」

 

 知らなかったのは元より、この程度で驚かれても困るんだけど。

 

「もちろん、しおい先生が身振りで子供たちに伝えるのも大切だし、少し大袈裟気味にやるのも良いかもね。

 なんだかんだと言っても、子供たちも楽しいことが大好きだからさ」

 

「確かにその通りですよね。

 それじゃあしおい、もっともっと頑張ってみます!」

 

「うんうん。

 あ、でも、あんまりやり過ぎちゃって、怪我とかしちゃったらダメだよ?」

 

「その辺は大丈夫です。

 しおいは艦娘なんですから、ちょっとやそっとの衝撃くらいでは怪我なんてしないです!」

 

 そう言って、なぜかしおいはクルクルとその場で回転し始めた。

 

「……な、なにやってんの?」

 

「フィギュアスケートの真似です!」

 

「いや、だからなんで……?」

 

「ノリです!」

 

「………………」

 

 そっかー、ノリだったら仕方がないねー。

 

 なんて言うとでも思ったか!

 

「いや、マジで危ないからすぐに止めて!」

 

「あははー、大丈夫ですよー」

 

 ケラケラと笑ったしおいは、それから1分ほど回り続け、

 

「ほら、言った通りでしょ?」

 

 ピタリと止まってから、俺にニッコリと笑いかけた……んだけど、

 

「……ありぇ?」

 

「うおっ、危ない!」

 

 急によろめいたしおいを助けるべく、俺は慌ててしおいに駆け寄り倒れないようにする。

 

 ただ、あまりに咄嗟だったのと慌てたこともあってか、俺の両手はしおいの肩を掴んで支えようとしたのに目測を誤ってしまって、

 

 

 

 むにょん。

 

 

 

 しおいの背中を――、つまり、向かい合ってギュッと抱きしめる形となってしまったのであった。

 

「わわっ、ご、ごめんっ!」

 

 俺は慌ててしおいから離れ、何度も頭を下げて謝る。

 

「い、いえ……、先生はしおいを助けてくれたんですから、謝らなくても……」

 

 そう答えたしおいは頬を真っ赤に染め、チラチラと上目遣いで俺の顔を見て……って、なんだこれ。

 

 なんだか一昔前のラブコメみたいな雰囲気なんですけど、いったいどうしてこうなった。

 

 どうせだったら愛宕とだったら良かったのにと思うけれど、なんだかそれはしおいに悪い気がする。

 

 しかし、この空気は少々どころではなく気まずい感じがするので、話を切り替えないといけない。

 

「そ、そろそろ切りも良いし、お腹も減ったから夕食を取りに行こうか……な?」

 

「そ、そう……ですね。

 それじゃあ早速、鳳翔さんの食堂にでも……」

 

「う、うん、そうだね。

 もしかすると、愛宕先生や港湾先生、それにビスマルクもいるかもだし……」

 

 そう言ったものの、どうせ食事は残っていないだろうけれど。

 

 それどころか、下手をすればできあがったビスマルクを解放しなければならないかもしれないと思うと、若干気が重くなる。

 

 ただそれでも、今の空気のまま特訓を続けるのは色んな意味で危ういと思うので、早いところ向かった方が良さそうだ。

 

「も、もしかして、特製料理が残っているかも……?」

 

「うーん、それは行ってみないとどうにも……」

 

 ほぼ100%無いと思って良いけどね。

 

 ともあれ、今日の特訓はここまでにしようと強引に切り上げて、後片付けを済まることにした。

 

 

 

 もしこの時、少しでも違和感に気づいていたら……と思うと、悔やんでも悔やみきれない。

 

 

 

 完全に、事故だったのに……ね。

 




次回予告

 朝っぱらからなにやら視線が痛い。
しまいには罵倒されたり……って、いくらなんでもおかしいと思うんだけど、理由はすぐに分かりました。

 ……慈悲はない。

 艦娘幼稚園 第三部
 ~幼稚園が合併しました~ その5「暴走の果てに」

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その5「暴走の果てに」

 朝っぱらからなにやら視線が痛い。
しまいには罵倒されたり……って、いくらなんでもおかしいと思うんだけど、理由はすぐに分かりました。

 ……慈悲はない。


 

 次の日の朝を迎えた俺は身だしなみを整えてから、いつものように朝食を鳳翔さんの食堂で取るため、寮を出て鎮守府内を歩いていた。

 

 よく考えてみれば、明るい時間にまったりとこの道を歩くのも久しぶりだ。

 

 佐世保から帰還し、報告がてらに元帥と高雄の漫才を見る。それから幼稚園でひと悶着というには少々厳しすぎたトラブルに巻き込まれ、運動会の結果で俺の所有権を争うバトルに発展し、さらには教職員一同から白い眼で見られつつ……って、相変わらずの不幸であった。

 

 しかしまぁ、それも何とか乗り切ったといえなくもないが、舞鶴と佐世保の幼稚園が合併したことにより、さらにカオス度が増したとも思えるのは気のせいにしたい。

 

 何より問題なのは、子供たちだけではなくビスマルクもついてきた点なんだけれど。

 

 現在、気を許してはいけない相手ナンバーワン。佐世保では何とか乗り切ってきたが、舞鶴の子供たちも加わることを考えると、よりいっそう注意した方が良いだろう。

 

 そんな不安じみたことを考えてはいるが、何も悪いことばかりではない。

 

 舞鶴には愛宕がいる。それだけで、俺の心は晴れやかになるのだ。

 

 ――まぁ、帰ってきたと単に心象は最悪だったかもしれないけれど。

 

 それでも、ご褒美とか色々と良いことをしてもらったし。

 

 もしかすると、俺の春は非常に近いのかもしれないのだが……、

 

「………………」

 

 なぜだろう。

 

 周りの視線が、妙に痛々しいんですが。

 

 佐世保鎮守府に初めて足を踏み入れたときと同じ不審者を見る目つきを浮かべた人や艦娘が、ガッツリと俺の顔に視線を向けている。

 

 おかしい。いくらなんでもおかしいぞ。

 

 まさかとは思うが、出張で佐世保に行っていた間に、俺の顔を忘れたなんてことはさすがにないはずだ。

 

 ましてや昨日は運動会だけではなくプロレスまでやらされることになったんだから、認知度的には以前より高いだろう。

 

 それなのに、敵意をむき出しにした視線が間違いなく俺に向けられているのは、どう考えてもおかしいし、理屈に合わない。

 

 むしろ評価されても良いはずなのに――どうしてこんなことになっているんだ?

 

「あの……」

 

 俺はいたたまれなくなって、近くを歩いていた男性職員に話しかけてみたんだが、

 

「寄るんじゃねぇよ、スケコマシが!」

 

「……えっ!?」

 

 一喝されて戸惑う俺に、男性職員は地面に唾を吐きながら歩いて行く。

 

 な、何でいきなり怒られたんだろう……?

 

 まったくもって意味が分からないが、周りの視線は収まるどころかさらに酷くなっている気がする。

 

「こ、このままだと……、かなりやばい……よな……」

 

 早いところこの場を離れた方が良いだろうと判断し、俺は鳳翔さんの食堂へ駆け足で向かったのだった。

 

 

 

 

 

「いらっしゃいませー」

 

 食堂の引き戸をガラガラと開けた俺は素早く中に入り、客の注文した料理を運んでいる千代田に声をかけた。

 

「おはようございます、千代田さん。

 朝ごはんのAセットを……」

 

「スケコマシに提供する料理はありませんので、とっとと帰ってくださいー」

 

「……へ?」

 

 まったく視線を合わせてくれない千代田がそういうと、そそくさと厨房へ下がろうとする。

 

「い、いやいや、なんで朝ごはんが食べられないのさ!」

 

「スケコマシにこれ以上話すことはありませんので」

 

「ちょっ、いくらなんでも冷たすぎやしない!?」

 

 あまりに酷い仕打ちに心が折れそうなのだが、腹が減っているのも事実である。

 

「こら、千代田!」

 

「あっ、千歳ねぇ……」

 

 振り返った千代田に、千歳はお盆を振り下ろす。

 

「ふぎゃっ!?」

 

見事に顔面を捕らえ、痛みでうずくまる千代田だが、千歳も容赦がないなぁ。

 

「ダメでしょ千代田!

 お客さんである先生にそんな態度をとるようじゃ、鳳翔さんに怒られるわよ!」

 

「だ、だけど千歳ねぇ、先生ったら昨日に……」

 

「どうせ青葉の新聞を見て真に受けたんだろうけれど、あんなのいつものことなんだから気にする方がおかしいわよ!」

 

「そ、それはそうだけどさぁ……」

 

 千歳は赤くなった顔をさすりながら立ち上がった千代田の頭を強引に掴み、俺に向かって下げさせる。

 

「すみません、先生。

 千代田には良く聞かせておきますから、許してあげてください」

 

「い、いや、それは良いんだけど、ちょっと聞きたいことが……」

 

「はい、なんでしょうか?」

 

「さっきからスケコマシって言われるのは、やっぱり……青葉の新聞が?」

 

「ええ……って、まだお読みになっていなかったんですか?」

 

 俺は嫌な予感がしつつも頷くと、千歳は入り口近くに置かれている新聞の束から1つを持って差し出してくれた。

 

 一般的な新聞紙と同じように書かれた『青葉新聞』の文字。

 

 そして、見出しの写真が紙面の3分の1を占めているのはスポーツ紙のような感じなのだが、

 

「な……、何じゃこりゃあああああぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

「ちょっと、先生ったら五月蝿いっ!」

 

「千代田の言い方はちょっと気になるけど、少し声を抑えてくれると助かりますね」

 

「あ、う、うん……、すみません」

 

 怒りっぽい千代田に、冷静にいう千歳に謝りながら心を鎮めようとするものの、やっぱりこれは冷静になるのは難しい。

 

 だって、見出しに載った大きすぎる写真は、

 

 

 

 俺としおいが、抱き合っている場面だったのだから。

 

 

 

 しかも、なぜかしおいだけ眼の部分に黒線が入っちゃっているし。

 

 俺の方はばっちり顔が写っています。

 

これはもう、紛れもなく俺ですよね。

 

 そして見出しの一文は、

 

 

 

『夜間の幼稚園で逢引! 帰還翌日から本格始動!』

 

 

 

 ――と、書かれていた。

 

「………………」

 

 完全に固まる俺。

 

 まさか昨日の夜、あの場面を写真に撮られていたとは……。

 

「ほらぁ、千歳ねぇ。

 先生も黙っちゃってるし、やっぱり本当だったんじゃあ……」

 

「い、いやいや、違うって!

 昨日のアレは完全に事故っていうか、しおい先生が転びそうになったのを助けてあげただけで!」

 

「そうよ、千代田。

 先生が不運なのは鎮守府内で周知の事実だし、そもそもこんなことを進んでできるほど根性もないって言っているじゃない」

 

「ごふっ……」

 

「だ、だけどさぁ……、続きに書いてある文面を読んだら、本当っぽく思えちゃうし……」

 

「それってこれでしょ?」

 

 言って、千歳は俺が持っていた新聞を奪い、口を開ける。

 

「佐世保から帰還した先生は、運動会を終えた翌日の夕刻に同僚とみられる伊4●1と2人きりで密会。嫌がる伊4●1の身体を強引に回転させて目を回し、フラフラになったところで抱き寄せるという暴挙に出た……って書いてあるけど、本当かどうか怪しいわよね」

 

「で、でも、写真にバッチリと写っているし……」

 

「あのね、千代田。

 さっきも言ったけど、先生にそんな根性があるなんて思っているの?」

 

「そ、それは……、ないと思うけど……」

 

「ぐふっ……」

 

 2本目の矢が俺の心臓へ見事に突き刺さるんですが。

 

 あと、写真に写っているしおいの目に黒線がかかっているとはいえ、名前の伏せ字に悪意がある気がするのはどうなのだろう。

 

 ぶっちゃけて、もろばれなんですが。

 

 つーか、なんで俺の方は顔も伏せ字もないのかなぁ……。

 

「なにより、もし新聞の通りのことが本当に起こっていたのなら、間違いなくファンクラブ会員がしおいさんを拉致ると思うけど、さっき普通に朝食を食べていたでしょう?」

 

「そういえば……、そうだったような……」

 

 千代田は両腕を組んで考え込む仕種をしばらくした後、大きくため息を吐いてから、げんなりとした表情を浮かべた。

 

「あーあ、今回の青葉新聞もガセネタかー」

 

「今までに本当だった記事の方が少ないくらいだからね。

 それよりも、まだお客さんは多いんだから、油を売ってないで仕事をしなさい」

 

「はーい、千歳ねぇー」

 

 腕を解いて肩を落とした千代田は、お盆を持ち直しておずおずと厨房へ下がる。

 

「……ということで、千代田が色々とご迷惑をかけちゃいまして、申し訳ありません」

 

「あー、いえいえ、それは良いんですけど……」

 

 むしろ、根性がないって言われた方がきつかったんだけどね。

 

 まぁ、それを言えない俺だからこそ、図星をつかれてへこむんだけど。

 

「それで、今日の朝ごはんはAセットで良かったんですよね?」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

「かしこまりました」と言って近くの椅子を引いてくれた千歳は、いつの間にか用意していたお茶をテーブルに置き、新聞を畳んで元の場所に戻してから厨房へ向かう。周りに聞こえないように小さくため息を吐いた俺は、椅子に座りながら温かいお茶をすすり、そっと心に誓う。

 

 青葉、許すまじ。慈悲はない――と。

 

 

 

 

 

 それから食堂で朝食を取ったが、新聞の影響はそこまで酷いものじゃなかった。

 

 ちょくちょくここで顔を合わせる職員と話してみたが、青葉の新聞を真に受けるヤツはそれほど多くはないし、こういったことは日常茶飯事だそうだ。

 

 ただ、色恋沙汰関係の記事は真偽がどうであれ人気があるのもまた事実。それを妬むヤツが喧嘩腰になるのも良くあるらしい。

 

 被害者の俺としては勘弁願いたいが、こればっかりは有名税として諦めろと笑いながら言われてしまった。

 

 芸能人でもないんだから有名税は関係ないだろうと反論したが、先日の運動会で行われたプロレスイベントで俺の認知度が非常に高くなってしまったらしく、これもまた元帥の罠……だと考えるのは思い過ごしだろうか。

 

 まぁ、その件は的になってもらうという形で逆襲は済んだんだけど。

 

 それでもやっぱり、なんとなく腹が立つなぁ。

 

 ……とまぁそんな感じで、しばらくすればみんなも忘れるだろうと軽々しく思っていたのだが、そもそもの間違いだったと気づくのはすぐ後のことだった。

 

 

 

 

 

「この浮気者ーーーっ!」

 

「ぶべらっ!?」

 

 朝食を終えて幼稚園に向かい、スタッフルームに入るや否や顔面に強烈なストレートを叩きつけられて吹っ飛ぶ俺。

 

 そのまま壁にぶつかって背中を打ち、バウンドで跳ねる俺に追い撃ちをしようとするビスマルクの姿が見えたので、慌てて体制を整えつつ回避行動を取りながら叫ぶ。

 

「ちょっ、いきなり何をするんだよっ!」

 

「うるさいわね!

 こっちにきた途端にこんなことをするなんて、浮気以外の何物でもないじゃない!」

 

 目くらましのように俺に向かって新聞を投げつけてから、ビスマルクが体重の乗った左フックを見舞う。しかし、何度も拳を交えている俺としてはすでに予想済みであり、即座に身を屈めて避けてからサイドステップで距離を取った。

 

 むぐぐ……、顔面と背中が痛い。

 

 不意打ちでストレートを喰らっただけに、ダメージは結構深刻だぞ……。

 

「逃げないで、私の拳を受けなさい!」

 

「誰が好き好んで喰らわなきゃなんねぇんだよ!

 戦艦レベルの打撃をまともに喰らったら、ただじゃ済まないんだぞ!」

 

「……普通ノ人間ナラバ、頭蓋骨ガ粉砕シテモオカシクハナイナ」

 

「そこで不吉なことを言わないでください!」

 

「事実ナノダガ……」

 

「そうですねぇ~。

 本気の打撃なら死んじゃいますよねぇ~」

 

 呆れた目で俺を見る港湾棲姫と、ニコニコ顔で眺めている愛宕。

 

 いやいや、どっちでもいいから助けてくれないですかねぇっ!

 

「心配しなくても大丈夫よ!

 死なない程度には手加減している……はずだから!」

 

「全くもって安心できねぇ台詞を聞いて、余計に心配になるわ!」

 

 幾度となく繰り返したビスマルクとのバトルだが、今回の理由は間違いなく青葉の新聞が切っ掛けだろう。この内容はガセであり、しおいとそんな関係にはなっていないと俺が説明したところで納得するとは思えない。

 

 青葉かしおいのどちらかがこの場にいれば誤解も解けるのだが……と思いながら辺りを見渡すと、部屋の隅でしおいが体育座りをしているのが見えた。

 

 ……え、何その顔。目茶苦茶青ざめているんですけど。

 

 しかも、尋常じゃないくらい震えちゃっているよね?

 

 し、しかし、この状況を打破するにはしおいの言葉が必要だから、なんとかしてもらわないと!

 

「し、しおい先生!

 そんなところで座っていないで、説明してくださいよ!」

 

「あーるーはれたー、ひーるーさがりー、いーちーばーへ……」

 

「ちょっ、なんでいきなり歌ってんのーーーっ!?」

 

「ダメです……、しおいはもうダメです……」

 

「なんかトラウマ的な部分をえぐられちゃっている感じなんですけどーーーっ!」

 

「どかーん、どかーん!」

 

「両手を高々と上げて叫ばないでーーーっ!」

 

 自爆してしまうマスコットのような感じのしおいを見て血の気が引きそうになった俺は、ビスマルクの打撃を避けつつ現状を打開する案を考えるのであった。

 




次回予告

 暴走の果てに、灰と化す。
そしてさらなる暴走のビスマルクも、同じく……。

 ーーと思ったら、まだ終わりじゃなかったです。

 艦娘幼稚園 第三部
 ~幼稚園が合併しました~ その6「連鎖と収束」

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その6「連鎖と収束」

 暴走の果てに、灰と化す。
そしてさらなる暴走のビスマルクも、同じく……。

 ーーと思ったら、まだ終わりじゃなかったです。


 

「………………」

 

 あえて言おう。

 

 どうしてこうなった。

 

 無言で佇む俺のすぐ側には、床でぶっ倒れているビスマルクの姿。

 

 そしてその横でニコニコと笑う愛宕に、ガタガタと震える港湾棲姫としおいがアヒル座りで固まっている。

 

「あまり騒いでいると、朝礼の時間に間に合いませんからね~」

 

 いや、だからといって、ビスマルクを気絶させるのもどうかと思うんですけど。

 

 助かったのは間違いないが、後頭部にワンパンって結構危ない気がするんだよね。

 

 しかも、愛宕の腕の動きが速過ぎて、ほとんど見えなかったし……。

 

 倒れたビスマルクはピクリとも動かないんだけれど、本当に大丈夫なんだろうか。

 

「とりあえずこっちの介抱はやっておきますので、先生はしおい先生をお願いいたしますね~」

 

「あ、はい。

 わかりました……」

 

「ああ、一応言っておきますけど、新聞に書かれているようなことはダメですよ~?」

 

「そんなことをするつもりはない……というかですね、そもそも記事自体がほとんど捏造ですから……」

 

「それはしおい先生に確認を取ったので分かっているんですけど、万が一ということもありえますから~」

 

 何だか俺、信用ないなぁ……。

 

「まぁ、先生のことですので、そんな根性もないと思いますが~」

 

「分かっているなら、言わないでくださいよ……」

 

 二重の意味でへこんでしまうだけに、本当に勘弁願いたい。

 

 つーか、鳳翔さんの食堂でも同じことを言われただけに、俺ってそこまでヘタレだと思われているんだろうか。

 

 プロレスでは結構頑張ったつもりなんだけど、まだまだ汚点は拭い切れていないのかなぁ……。

 

 ガックリとうなだれつつ、俺は言われた通りにしおいを介抱すべくソファーへと誘導する。

 

「港湾先生、それじゃあ足の方を持っていただけますか~?」

 

「ウ、ウム。

 シカシ、ビスマルク先生ヲドコニ連レテイクノダロウカ?」

 

「かる~く脳を揺さぶっただけですから、冷たい水をぶっかければすぐに目を覚ましますよ~」

 

「………………」

 

 なかなかに物騒な発言が聞こえた気がするが、ツッコミを入れたら命が危ないと思うので気にしないでおこう。

 

「それでは先生。

 朝礼までによろしくお願いいたしますね~」

 

「は、はい……」

 

 愛宕がビスマルクの頭を、そして港湾が足を持ってスタッフルームを出て行ったのを目で追ってから、俺は小さくため息を吐く。

 

 せめて、担架で運んであげても良いと思うんだけどなぁ。

 

 そんな助言を発言する勇気すら出ないのだから、根性無しだと言われても仕方がない。

 

 目の前のしおいを早く立ち直らせて、朝礼に間に合わせなければ……と、小さく気合いを入れたのであった。

 

 

 

 

 

 結論。

 

 しおいの介抱はすぐに済みました。

 

 ――というのも、恐怖の対象であろうと思われる愛宕がスタッフルームを去ったことで、しおいは勝手に復帰したんだよね。

 

 ただし、しおいに何があったのかを聞くことは難しく、完全にトラウマ化していたので触れないようにしておいたけど。

 

 まぁ、聞かない方が身のためだとも思うし。

 

 それでも俺は愛宕が好きだけどな!

 

 ……と、公言できればどれだけ楽になれることか。

 

 そんな、根性なしである俺ですが、昨日の目的はまだ終わっていない。

 

 しおいの特訓は未達成のままなので、今日の授業でどこまでできるかを見極めつつ、対策を考えないといけないのだ。

 

 ということで、昨日に引き続いてしおい班の授業時間になったのだが、

 

 

 

「浮気者は許しまセーーーンッ!」

 

 授業をする部屋に入った途端、またもや襲いくるバーニングミキサーも、ちゃんと予測していたので問題ない。

 

 素早い動きで横に避けつつ、安全な位置へ逃げようと思ったのだが、

 

「はい、捕まえた~」

 

「……へ?」

 

 腰の辺りに圧迫感を覚え振り返る俺。そこにはニコニコと笑みを浮かべつつも、愛宕に負けるとも劣らないオーラを背に纏わせた龍田がいた。

 

「天龍ちゃ~ん」

 

「おうっ!」

 

 呼びかけに答えた天龍が野球のピッチャーのように振りかぶり、何かを投げようと……って、ちょっと待てぇぇぇっ!

 

「ちょっ、それ、龍田がたまに振り回している棒ーーーっ!」

 

「そうだぜ先生!

 龍田に借りた、正真正銘の棒だぜ!」

 

「しかも今日は、先っぽが研いであるわよ~」

 

「嘘ーーーっ!?」

 

 そんなのを喰らったらマジで洒落にならないだろうがーーーっ!

 

「天龍!

 さすがにそれはマジでやばいからストップだ!」

 

「残念ながら答えはノーだ!

 浮気者の先生には、お灸を据えろって龍田が言っていたんだぜ!」

 

「どう考えてもお灸レベルじゃなくて、死んじゃうから!」

 

「大丈夫、大丈夫。

 多少の怪我だったらバケツで治るからさ!」

 

「俺は艦娘じゃないよーーーっ!?」

 

 ガチで絶体絶命のピンチなのに、龍田の拘束から逃れなれない俺は本気で大慌て。

 

 このままでは命にかかわる……と思った瞬間、天龍が振りかぶった棒に1つの手が添えられた。

 

「そうだよ、天龍ちゃん」

 

「んがっ!?」

 

 負荷がかかったことでバランスを崩した天龍はつんのめり、慌てて振り返りながら口を開ける。

 

「な、何をするんだよ時雨!」

 

「何……って、もちろん天龍ちゃんが投げようとする棒を止めただけさ」

 

 そう言った時雨はニコリと笑い……もせず、真顔で俺の方を見る。

 

「先生は、い・ち・お・う、人間なんだから、後遺症が残らない程度に懲らしめないとダメなんだよね」

 

「………………え?」

 

 いやいやいや、時雨まで何を言っちゃってんの?

 

 俺はれっきとした普通の人間だから、ささいなことでも大怪我とかしちゃうんですよ……?

 

 それ以前に、時雨まで俺を懲らしめようだなんて……、

 

「それじゃあいったい、時雨はどうすれば良いっていうんだよ?」

 

「それはもちろん、先生が浮気をしないように身をもって知ることが大切だから……」

 

 言って、ポケットから何かを取り出す時雨。

 

 ………………。

 

 いや、なんですかね……、それ。

 

 どう見ても、小さい魚雷のようなんですが。

 

「僕たちが練習用に使う模擬魚雷を使って、ギャフンと言わせなきゃね」

 

 ギャフンって、また古いなぁ……。

 

「そんなもんで先生をギャフンと言わせられるのか?」

 

「うん、もちろんだよ」

 

 答えた時雨は、模擬魚雷を持つ手を振る。すると、小さな振動音とともにプロペラ部分が回転をし始めた。

 

「この回転するプロペラを先生に近づけて……」

 

「洒落にならないくらい、切れちゃうんですけどぉぉぉっ!」

 

 完全にヤン化しているじゃねぇかっ!

 

 ガチで流血沙汰になるから、誰か止めてぇぇぇぇぇっ!

 

「……というのは、冗談だけどね」

 

 てへっ、と舌を出しておどける時雨。

 

 な、なんだ……、冗談か……。

 

 俺はホッと胸を撫で下ろしつつ、額に浮かんだ大量の汗を袖で拭き取ろうとする。

 

「だけど、この振動する魚雷を使って先生を虜にすれば……」

 

 ………………。

 

 え、えっと、それはどういう意味なのかなー?

 

「振動……?

 虜……?」

 

「天龍ちゃんには、まだ必要がないわよ~」

 

「そうなのか……?」

 

 頭を傾げる天龍に、いつの間にか俺から離れていた龍田。

 

 拘束から逃れられたが、まだ安心することはできない。

 

「だけど、その模擬魚雷をどうすれば先生を虜にできるっていうんだよ?」

 

「それはね、この模擬魚雷を先生の……」

 

「アーーーーーッ!

 これ以上の会話は禁止ーーーっ!」

 

 嫌な予感では済まされない時雨の危険発言を止めるべく、俺は大声で叫んだのだが、

 

「凝り過ぎた肩を、解すために使うんだけどね」

 

「あ、なるほど。

 マッサージ機ってヤツかー」

 

「………………」

 

 そ、そういうことね……。

 

 俺は再度胸を撫で下ろし、ガクリと肩を大きく落とす。

 

「はいはい、授業の時間になったから、ちゃんと席についてねー」

 

「「「はーい」」」

 

 そして、しおいに授業の特訓をさせる前に、まず俺を助ける行動を教えなければいけないなぁと反省するのであった……。

 

 

 

 

 

 席に戻った子供たちに、俺はしおいと一緒に昨日の出来事と新聞のガセ情報について説明したところ、

 

「やっぱり、そういうことだったんデスネー」

 

「まぁ、そんなことだろうとは思ったけどよぉ……」

 

「だ、だから潮は……、そうじゃないかって言ったよね……」

 

「あら~、そうだったかしら~」

 

「ちゃんと言ってたっぽい!」

 

 ウンウンと頷く金剛に、呆れ顔の天龍。そして気まずそうに声をかける潮と、全く悪びれた様子のない龍田に少し怒り気味の夕立が騒いでいた。

 

 ……新聞の記事がガセだって分かっていたら、さっきのような危ないことは止めておいて欲しかったんだけど。

 

「榛名は止めたのですが……」

 

「まぁ、先生も無自覚で色々と起こしちゃうんだから、少しくらい僕たちの気持ちを伝えるべきだと思って行動に移したんだよね」

 

 ……とまぁ、こういう風に言われてしまっては叱ることもできず、俺が折れることになった。

 

「とりあえず理解はしたけど、危険な行動はできる限り避けるようにな」

 

「「「はーい!」」」

 

 返事だけは元気で素直なんだけど。

 

 まぁ、ここにヲ級がいないだけマシだと思えば、少しは気も晴れるかな。

 

「……ふむ」

 

 そこで、ふと考えてみる。

 

 なんだかんだといって、頭の回る時雨と龍田。そして元気いっぱいの金剛に天龍と夕立。ちゃんとした常識を持つ潮と榛名と、信頼がおける子供たちであることは間違いないと思う。

 

 だからこそ、色々と頼りがない部分も多いしおいがやってこられたというのであれば、方向性を変えてみればどうなのだろうか。

 

「それじゃあ、そろそろ授業を始めるよー」

 

 子供たちに声をかけて教壇に立つしおいを見ながら、俺は時雨に近づき1つのお願いをすることにした。

 

 

 

 

 

「今日の授業では、海上における行動について勉強するよー」

 

 言って、しおいは教本を開けながら読み始めた。

 

 この内容は昨日の特訓で練習したところだから、しっかりと覚えていれば問題なく進めることができるだろう。

 

「え……っと、海上に出たらまずは偵察が大切になるんだけれど、どういう風にするか分かるかな?」

 

「そりゃあもちろん、バランスを取ることが大事だよな」

 

「う、うん。

 天龍ちゃんの言う通り、海上に波がたっていたら危ないからね」

 

「でもそれって、海上に出れるようになっていたらできるはずっぽい」

 

「た、確かに、ちゃんと練習を積んでから出撃するんだけど……」

 

「敵の気配を察知すれば良いのよ~」

 

「そ、それは、かなり難しいんじゃないかな……」

 

「あれ~、私は簡単にできちゃうんだけどなぁ~」

 

「う……、うぐぅ……」

 

 次々に返答が帰ってくるが、しおいの処理が追いつかないため、どんどん顔色が悪くなっている。

 

「時雨、頼む」

 

「うん。

 分かったよ、先生」

 

 合図を出した俺に時雨は頷き、手をあげながら口を開いた。

 

「しおい先生。

 質問して良いかな?」

 

「え、あっ、う、うん」

 

 戸惑いつつも返事をするしおいに、時雨は1つの咳払いをしてから息を整えるように間を置いた。

 

「僕たちが海上に出てから、偵察をどうすれば良いのかを話しているんだよね?」

 

「うんうん」

 

 コクコクと頷くしおい。

 

 どうやら時雨が一息つく間を作ってくれたことで、良い塩梅になったようだ。

 

「それだったら僕はまず、目で周りを見渡そうとするかな」

 

「そう……だね。

 でも、もしそれで何も見つからなかったら、どうしたら良いと思うかな?」

 

「うーん……。

 僕たちがいくら艦娘だったとしても、目で見れる距離に限界はあるから……」

 

 そう言った時雨は無言になり、考えるような素振りをする。しかし、その目はチラチラと俺の方に向けられており、答えて良いかどうかを確認しているようだ。

 

 ここで時雨が全部答えると、あまり良い結果にならないと思う。

 

 授業を円滑に。かつ、しおいに自信を持たせるのならば、ここは時雨に答えさせないのが最良だろうと、俺は首を小さく横に振った。

 

「何か、良い方法があれば良いんだけど……分からないかな」

 

 時雨は両手を上に向けてお手上げのポーズを取り、静かに席へ座る。

 

「時雨に分からないことがあるなんて、珍しいこともあるんデスネー」

 

「それじゃあ、その答えをしおいがみんなに教えてあげるね。」

 

 金剛が驚いたように声を上げると、しおいは嬉しそうな顔でみんなに顔を向けてから話し始めた。

 

「目で見えない距離の場合、艦載機で偵察する方法があるんだよね。

 他にも電探を使って敵を索敵したり、海中にいる潜水艦を探す場合はソナーを使ったりするんだけど……」

 

 まるでずっと私のターンという風に、しおいはペラペラと話し続ける。

 

 どうやら昨日の特訓でメモを取ったことだけでなく、ちゃんと予習もしていたようだ。

 

 気づけば子供たちもしおいの言葉に耳を傾け、ノートにメモを取り始めている子もいる。

 

 騒ぎ立てる感じもなさそうだし、今のところ良い感じだろう。

 

 しおいの顔を見れば少しは自信を持てたみたいだし、こういった風に何度か繰り返せば、おのずと良い方へ向かうだろう。

 

「時雨、ありがとうな」

 

「ううん。

 こんなことで良ければ、僕に任せてよ」

 

 子供らしくない言葉を返す時雨だが、俺を見上げてくるその顔は期待に満ちている。

 

「ああ、これからも頼むな」

 

 そう言って、俺は優しく時雨の頭を撫でながら、しおいの授業を見守っていった。

 

 

 

 これで、一仕事は完了……ってことかな。

 




次回予告

 しおいのターン……ではなく、サポートは終わりました。

 ということで、次は愛宕班のサポートに入った先生だけど、しおいとは比べものにならないくらいキッチリとした授業に、やることはあるんでしょうか?

 艦娘幼稚園 第三部
 ~幼稚園が合併しました~ その7「うっかりな汚点」

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~愛宕班サポート編~
その7「うっかりな汚点」


 しおいのターン……ではなく、サポートは終わりました。

 ということで、次は愛宕班のサポートに入った先生だけど、しおいとは比べものにならないくらいキッチリとした授業に、やることはあるんでしょうか?


 

 しおいのサポートを2日間終えた次の日。

 

 いつものように朝礼前のスタッフルームで教員同士の打ち合わせを済ませた俺に、愛宕が声をかけてきた。

 

「それじゃあ先生、今日はよろしくお願いいたしますね~」

 

 ニッコリ笑う愛宕。

 

 うむ、今日も眩しく目に映るぞ……。

 

「えっと、それで……俺は何をしたら良いんですか?」

 

「もちろんサポートをお願いいたします~」

 

「は、はい。

 分わかりました」

 

 そう言われても、愛宕にサポートが必要なのか……と思ってしまう。

 

 以前と比べて子供達の数は増えているけれど、俺たち教員の数も同じく増えているのだ。俺が幼稚園に所属する前は愛宕が1人で幼稚園を切り盛りしていたことを考えれば、サポートなんて必要ないんじゃないかと思うんだけど。

 

「いやいや、何を考えているんだ俺は。

 せっかく愛宕と一緒に居られるチャンスじゃないか……」

 

「……?

 先生、今何か言いましたか~?」

 

「い、いえ。

 何にも言ってないですよ」

 

「そうですか~」

 

 頭の上にクエスチョンマークを浮かばせているような顔をする愛宕が、「う~ん」と呟きながら俺を見る。

 

 ああ、もう……たまらないなぁ……。

 

 子供たちと違って、愛宕独特の可愛さが目の前にある。今が夜で2人きりなら襲い掛かってしまうかもしれないほどの威力に、膝が砕けてしまいそうだ。

 

 いやまぁ、そんな根性はないけれど。

 

 今日も相変わらずのチキンっぷりに、思わず涙がこぼれそうだぜ。

 

「まぁ、そこが先生の良いところでもありますけどね~」

 

「……え?」

 

「いえいえ、何にもないですよ~」

 

 そして再度ニッコリと笑う愛宕。

 

 もしかして、俺の心が見透かれちゃっているとか……?

 

「ほらほら、先生。

 早くしないと朝礼が始まってしまいますよ~」

 

「あ、はい。

 すみません!」

 

 やんわりと注意しながら歩く愛宕を追いかけて、朝礼を行う部屋へ向かうのであった。

 

 

 

 

 

 いつものように朝礼を終え、愛宕に頼まれた道具を倉庫に取りに行ってから教室に到着する。

 

 扉をノックしてから中に入ると子供たちは大人しく席についており、愛宕が本を持ちながら音読をしているところだった。

 

「先生、ありがとうございます~。

 その道具は後で使いますので、子供たちの後ろ側でサポートをお願いしますね~」

 

「了解です」

 

 言われた通り愛宕が立つ教壇の反対側に立った俺は、子供たちの背中を見る。前を向いて左から、暁、響、雷、電、北上、大井、比叡、霧島の順に座っており、騒ぎ立てる様子もなく静かに授業を受けていた。

 

「私たち艦娘が海に出るのは、海の安全を脅かす脅威を排除するだけではありません。

 輸送船を警護する遠征や、他の鎮守府にいる艦隊と演習をすることもありますね~」

 

「愛宕先生、質問を良いかな?」

 

「はい。

 なんでしょうか、響ちゃん~」

 

 コクリと頷く愛宕の返事を聞いて、響は席から立ち上がった。

 

「輸送船を警護するってことは、敵に襲われる可能性があるってことだよね。

 寮のお姉さんから聞いた話だと、遠征任務につくことが多いのは響たちと同じ駆逐艦が主らしいけど、どうしてなのかな?」

 

「確かに電たちのような駆逐艦だと、強い敵に出会った場合厳しいかもしれないのです……」

 

「それでも雷は頑張るわ」

 

「暁は駆逐艦だけど、一人前のレディとしてしっかりと遠征任務をこなすわよ」

 

 響の言葉に納得し、少し強張った顔を浮かべながら呟く電。いつもと同じ前向きな雷に、口癖のように一人前という暁が自慢げに胸を張る。

 

「酸素魚雷が撃てればどうでも良いんだけどさー。

 大井っちはどう思うー?」

 

「私は北上さんと一緒に出撃できれば、なんでもこいです!」

 

 問い掛けた北上に、フンス! と鼻息を荒くして拳を握る大井。この2人も相変わらずだが、残る比叡と霧島は無言で席に座ったままだった。

 

「みんなの気持ちはよーく分かるけど、それにはちゃんと理由があるんですよ~」

 

「理由……というと?」

 

 愛宕の言葉を聞いて、響は首をクイッと傾げる。

 

「そうですね~。

 霧島ちゃん、答えてくれますか~?」

 

「ふむ……、分かりました。

 霧島の頭脳、とくとご覧にいれましょう」

 

 ブリッジに指をかけて眼鏡の位置を直すと、キラーンとレンズが光る。眼鏡=賢いという方程式が、果たして霧島に当てはまるのか……、見せてもらおうとしよう。

 

「確かに響さんが危惧する通り、護衛任務中に敵艦と戦闘になることがあります。もちろんその際は護衛対象を守ることが必須になりますので、普段と戦闘とは一味違ったものになりますね」

 

「それだったら、やっぱり戦艦などの方が……」

 

「いいえ、必ずしもその戦いで勝たなければならないということはありません。

 必要なのは護衛対象を無事に目的地へ到着させることなんですから、敵艦を追い払うことさえできれば問題がないのです」

 

「ふむ……、なるほどね」

 

「もちろんそれ以外にも理由があります。

 私や比叡姉様のように戦艦が護衛につく場合、どうしても燃費的な面で駆逐艦などに劣ってしまいます。

 せっかく輸送任務を終えたというのに、トータルでマイナスになってしまったら元も子もありませんからね」

 

「うーん……。

 なんだか色々と難しいけど、要は頑張って任務を達成できれば良いってことよね?」

 

 雷の言葉に少し呆れたような表情を浮かべた霧島だが、すぐに笑みへと戻して口を開いた。

 

「もちろんその通りです。

 私たち艦娘は司令官から任務を命じられて始めて海に出るのですから、そのためには日々の訓練が大事になることをお忘れなきように……ですね」

 

 最後にもう一度ブリッジをクイッと上げてから、霧島はドヤ顔気味に席へ着いた。

 

「は~い。

 霧島ちゃん、ありがとうございました~。

 内容に問題もなくお手本通りだったので、みんなで拍手をしましょう~」

 

 パチパチパチパチ……。

 

 俺も子供たちと同じく拍手を霧島に送り、感心しながら何度も頷いていた。

 

 さすがは戦艦で頭脳派というだけのことはある……と思ったが、良く考えてみれば元は佐世保に所属していた艦娘だったのだから、これくらいのことは当たり前なんだろう。

 

 周りから一斉に拍手を受けることになった霧島は、ドヤ顔ながらも少しばかり頬が赤いように見える。

 

 なんだかんだといっても嬉しいのか、それとも若干気恥ずかしいのか。

 

 どちらにしても、俺が思うところといえば、

 

 

 

 すんごい、ちゃんと授業になっているんですよねー。

 

 

 

 ビスマルクの授業や、しおいの特訓前と比べると、天と地ほどの差があるのは、やっぱり愛宕の班なんだよなぁ……と感心してしまう。

 

 何より凄いと思うのは、愛宕が説明するだけでなく、子供たちに考えさせ、答えられる子に話をさせるという点だ。今回は経験がある霧島の言葉によって、よりリアリティのある内容が聞けたことは他の子供たちにとって非常に有意義になるだろう。

 

 うむむ、俺もこれくらいの域に達する授業をできるようになりたい。

 

 さすがは愛宕。そこに痺れる憧れる……だ。

 

 そしてさらにもう1つ。

 

 

 

 やっぱり俺のサポートって、いらなくね?

 

 

 

 ……ってことだった。

 

 実際、今のところ何かをやった記憶がない。

 

 愛宕の説明と霧島が答えるのを教室の後ろで聞いていただけで、言い方を悪くすればサボっているのと変わりがないのではなかろうか。

 

 そんな風に、思っている時期が俺にもありました。

 

 ええ、問題が起きるのは、いつだって突然なんですよね。

 

 

 

 

 

「………………ん?」

 

 霧島への拍手が終わり、愛宕が再び授業を進めていると、ふと俺の目にあるモノが映った。

 

「……ひそひそ」

 

「……ひそひそ」

 

 なにやら大井と北上が話し合っている気がする。そしてさらに、何かを手渡ししたような……?

 

「大井っち」

 

「はっ、危ない危ない……」

 

 そしてチラリと俺の方に視線を向けた北上が何かを制し、大井が一瞬だけ焦った顔を浮かべた。

 

 ふむ……。

 

 ひそひそ話にあの反応。そして、手渡しとくればアレしかない。おそらく大井か北上のどちらかが、誰かに手紙を回そうとしているのではないだろうか。

 

 小中学校、いや、もしかすると高校の授業でも見る風景であり、授業に差し支えがないのならば教師も見て見ぬ振りをする場合もある行動だが、いったいこれはどうするべきなんだろう。

 

 あまり細かいことを言うと小さい男だと見られてしまうかもしれないが、授業中にやって良いことだと問われればそうではない。あくまで授業中は勉強に集中する時間であり、手紙を回すのは休み時間にするべきだ。

 

 しかし、子供たちはまだ幼稚園児。頭ごなしに叱るというのも、それはそれで気が引けてしまう。

 

 ここはゆっくりと気づかれないように近づいて、やんわりと注意するのがベストではないだろうか……と思っていたところ、

 

「あらあら~。

 これはいったい、何でしょうか~?」

 

「……っ!」

 

 大井から北上と渡った手紙らしき小さな紙切れが、床の上に落ちていた。北上が浮かない表情をしているのでどうやら落としてしまったらしい。

 

 愛宕がメモを広い、北上と大井が咄嗟に目を逸らす。

 

 その反応で自分たちが犯人であると公言しているようなモノだが、愛宕は気にすることなくメモを開き、

 

「ぷっ、くすくす……」

 

 小さく吹き出し、笑い始めたのである。

 

「……うおっ!?」

 

 その瞬間、衝撃的な現象を見た俺は大いに驚いた。

 

 愛宕が口元に手を添え、これ以上大きな声を出さないように耐えている。ツボに入ってしまったのか相当に我慢しているらしく、肩が大きく揺れているのだ。

 

 そしてその振動は身体中に伝わり、ある1点をさらに揺らす。

 

 ――そう。愛宕の胸部装甲だ。

 

 もしこれを擬音で表すとするならば、間違いなくこういうだろう。

 

 

 

 ばるんばるん……と。

 

 

 

 あ、やべぇ……、鼻血が出てきちゃった!

 

 すぐティッシュを詰めないと、床にボタボタと流れ落ちてしまうじゃないか。

 

 俺はポケットに手を突っ込んでティッシュを取り出し、1枚を半分に切って小さく丸める。それを鼻血が出てきた左の穴に入れ、首の後ろをチョップでトントンと軽く叩いた。

 

「せ、先生……っ、そ、それは……」

 

「あ、いや、これはですね……」

 

 俺の行動に気づいた愛宕が、顔を真っ赤にしながら問いかける。

 

 やばい。さすがにこのタイミングで鼻血が出てきたことがバレてしまっては、心証はかなりよろしくない。

 

 先日スタッフルームで「見るくらいなら別に良い」と言われていたとしても、さすがに授業中ということを踏まえたら、子供たちにも悪影響を与えてしまうとみなされるだろう。

 

 せっかく愛宕の評価が良くなってきたかもしれないと思っていただけに、ここでマイナスのイメージは避けておきたいのだが……、

 

「ぷぷっ……、くっ、あははははは……っ!」

 

「え、えええっ!?」

 

 大爆笑をし出した愛宕はお腹を抱え、床に転げ回りそうな勢いで大きく身体を揺らしたのだ。

 

「あはははっ!

 せ、先生、そ、それっ、それは……卑怯過ぎます……っ!」

 

「え、え、えっ!?」

 

 いきなり愛宕が笑い始めたことで子供たちに不安が過ぎり、驚愕した表情をしながら見守っている。しかしそんな中、大井と北上は俺の顔を見るや否や、

 

「「ぶふぅーーーっ!」」

 

 思いっきり吹き出し、そして愛宕と同じように大爆笑と相成ったのだ。

 

「ちょっ、先生、それはいくらなんでもなさすぎだって!」

 

「ひ、卑怯、卑怯すぎですよ……っ、あははははっ!」

 

 椅子から転げ落ちそうになりながら笑う大井と北上の言葉に、子供たちも俺の方を見た。

 

「あれ?

 先生、鼻血が出ちゃったんですか……?」

 

「あ、あぁ。

 ちょっと……のぼせちゃったのかなぁ」

 

 電の問いかけに咄嗟にそう答えたが、本当のことは言えないよね。

 

 しかし、愛宕や大井、北上は大爆笑なのに、他の子供たちはそんなに笑っていないんだけど……。

 

 一体全体、何が切っ掛けで3人は笑っているのだろう?

 

「……ん?」

 

 ふと愛宕の足元を見ると、先ほどのメモが落ちている。愛宕はこのメモを見てから笑い出したし、これを書いたのは大井か北上のどちらかだ。

 

 おそらくこのメモが原因だろうと思った俺は、床から拾い上げてメモを開こうとする。

 

「あっ、そ、それは……」

 

 俺の動きに気づいた北上が笑いすぎによる涙目で訴えるが時すでに遅し。

 

 そうしてメモの中身を視界に入れた俺は、目を点にして固まってしまった。

 

「………………」

 

「先生、どうしたのかな……?」

 

「あ、いや、別に何でもないよ」

 

 響の声で我に返った俺は、メモを握り込んでから首を左右に振る。

 

「そう……?

 なんだか凄く、不安そうな顔をしているけれど……」

 

「い、いやいや。

 別に大丈夫だから、気にしなくて良いからね」

 

 言って、俺は右手の甲で鼻をゴシゴシと擦りながら答えたのだった。

 

 そんな姿を見ながら愛宕と大井、北上はさらに笑い、

 

 他の子供たちは全く訳が分からないという風に首を傾げる。

 

 俺の頬は……いや、耳の端まで真っ赤になっているのは鏡を見なくても分かってしまう。

 

 それは、あまりにも恥ずかしい現状に気づいたからだ。

 

 拾ったメモに書かれていた文字。

 

 

 

『先生の鼻なんだけど、右側の穴から毛が1本出ちゃってるよね? by北上』

 

 

 

 ここ数日で最大の汚点を指摘されてしまい、恥ずかしさとふがいなさでへこみまくることになるのは、仕方がないことだった。

 

 

 

 結局、俺のイメージはマイナス方向に行っちゃったってことですよね……。

 




次回予告

 愛宕班のサポートをするはずが、結果的に邪魔をしている状態に?
ひとまずトイレに行って身だしなみを整え終えたと思ったら、ある子供がやってきて……。

 さらに、厄介ごとを発見しちゃいました。

 艦娘幼稚園 第三部
 ~幼稚園が合併しました~ その8「連日の犯行」

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その8「連日の犯行」

 愛宕班のサポートをするはずが、結果的に邪魔をしている状態に?
ひとまずトイレに行って身だしなみを整え終えたと思ったら、ある子供がやってきて……。

 さらに、厄介ごとを発見しちゃいました。


 

「これで……よしっと」

 

 へこみまくっても鼻毛は出っ放し。さすがにそれはまずいので、一度教室を出てトイレにやってきた俺は、手洗い場に設置してある鏡を見ながら小さいハサミを使って鼻毛をカットし終えた。

 

 教室に戻った途端、愛宕や子供たちが笑い転げるのを避けたいので、念のために髪型や服装のチェックをしてみるが、おかしなところは見つからない。

 

 メモに書かれていたのは鼻毛だけだったので、おそらくもう大丈夫だろう。ただ、このまま帰っても恥ずかしいだけなので、何かしらの対策を考えておきたいのだが……と、悩みながらトイレを出たところで、

 

「あら、先生」

 

「ん、霧島か。

 どうしたんだ、こんなところで?」

 

「どうしたって、ちょっとお花を摘みにきたんですが……」

 

 言って、霧島が恥ずかしげに女子トイレの入口を指す。

 

「あ、あぁ。

 そういやそうか……、悪い悪い」

 

「いえ、それでは………………あっ」

 

「ん?」

 

 霧島が俺とすれ違おうとしたところで、小さな声を上げて足を止めた。

 

 なんだろう。

 

 トイレに行くといったのに立ち止まるなんて、もしかして漏らしたんだろうか?

 

 もしそうだったら、俺と話をしたことが原因になるかもしれないので、少し悪いことをしてしまったなぁと思ってしまうのだが。

 

「先生、申し訳ないのですが、少しお時間をよろしいでしょうか?」

 

「ん、あぁ。

 漏らしちゃったのなら、着替えないといけないもんなぁ……」

 

「……んなっ!?

 そ、そんな、霧島は漏らしてしまったのではありません!」

 

「いやいや、そんなに恥ずかしがらなくても大丈夫だよ。

 小さい子は誰もが1度や2度くらい漏らしちゃうし、気にしなくても……」

 

「き……、霧島は少し前までちゃんとした艦娘だったんですから、そんなことをする訳がありません!」

 

「……あっ、そういえばそうか」

 

 耳まで真っ赤にした霧島が怒った顔で俺の顔を見上げるが、いわれてみればその通りだよな。

 

 いやはや、こりゃあまた悪いことをしちゃったなぁ……。

 

 反省、反省。

 

「……なにやら先生から不穏な雰囲気を感じるのですが」

 

「いや、別に気のせいじゃないかな?」

 

「……はぁ、そうですか」

 

 呆れた顔をされました。

 

 うむむ、またしても俺の好感度がダウンしちゃったかもしれない。

 

「ともあれ、少しお話したいことがあるのですが、その……、もよおしているのも事実なので……」

 

「う、うん、分かった。

 ここで待っていれば良いかな?」

 

「ええ、よろしくお願いいたしますね」

 

 言って、霧島はそそくさと女子トイレに入って行く。

 

 しかしまぁ、霧島のことを考えればここから少し離れてあげるべきだろうか。

 

 他の子供たちをトイレに連れてくるときはこのままでも良いのだけれど、元は淑女であった霧島となれば、音が聞こえる場所にいるのはマナー違反というやつだ。

 

 ちなみに幼稚園にあるトイレのほとんどはウォシュレットや洗浄音が鳴るといった機能が付いているものではなく、昔からある和式タイプの便座である。

 

 したがって、音が気になるのなら水を流しつつ用を済ます方法しかない。もちろん俺はそのような音を聞いて興奮する変態ではないので、全く問題はないんだけれど。

 

 ただし、それはあくまで俺の立場であって、トイレに入っている子の気持ちは別物だから、こういった行動をしておくのが1番だろう。

 

 ……とまぁ、そんなことを考えながら、俺はトイレから少し離れた通路で立っていたところで、ふと窓の外に気になるものが見えた。

 

 幼稚園の境を成す塀の上。

 

 なにやら、髪の毛のようなモノが見えるんですが。

 

 明確にいうと、アホ毛です。

 

 ええ、もちろん見覚えがあるんですけどね。

 

「また、青葉かよ……」

 

 しおいとの特訓中によるトラブルを激写し、あろうことかありもしない出来事をねつ造して新聞にした怨みは、未だ忘れていない。

 

 ここであったが100年目。

 

 今すぐ取っ捕まえて、少々説教をしておきたいところなのだが……、

 

「しかし、ここを離れたら霧島との約束を破ってしまうことになるからなぁ……」

 

 霧島がトイレに入ってから1分も経っていないが、青葉を捕まえに行けばおそらく待たせてしまうことになるだろう。先ほど呆れられているだけに、心証は余計に悪くなってしまうだろうが、

 

「しかし、ここで青葉を放置するのも具合が悪いよなぁ……」

 

 以前に何度も問題を起こした青葉は、幼稚園を出入り禁止になっている。現在の位置を考えれば幼稚園の外にいるのだが、塀の上から写真を撮ろうとすることは重大な違反行為に当たる訳なので、気づいていない振りをすることもまた無理なのだ。

 

「誰かを呼んでくるのがベストなんだけど……」

 

 今は授業の時間。しおいも港湾もビスマルクも、各部屋で子供たちを教えているのだから、手が空いているとはいえない。たまたまトイレに来たところで気づいたのだから、俺が対処をするべきなのだ。

 

「……って良く考えたら、霧島に一声かければ良いだけじゃないか」

 

 ここを離れる事情を伝えれば霧島も分かってくれるだろうし、トイレの入口から声をかければ……と思ったところで、アホ毛が塀の下に隠れてしまった。

 

 しまった。気づかれただろうか。

 

 先日の新聞で俺が青葉を探していると予想はついているだろうし、警戒心が強まっているのも分かる。もしかすると、俺の殺気……とまでは言い過ぎだが、それとなく雰囲気を察知したのかもしれない。

 

 まぁ、未然に防げたと思えばそれもまた良しなのだが、青葉を捕まえたいという気持ちもあるだけに、複雑な心境であるのもまたしかり。

 

 これは、またの機会に持ち越せば……と思った途端、またもやアホ毛が塀の上に見えたので、俺はとっさに屈んで身を隠す。

 

 窓は俺が立った状態から腰の位置よりやや高いところにある。したがって、こうしていれば塀の上からこちらの方を伺おうとしても、青葉からは見えないはずだ。

 

「……いったい、何をしているのですか?」

 

「おわっ!?」

 

 慌てて振り返る俺。

 

 するとそこにはハンカチで手を拭きながら、いぶかしげな顔で俺を見る霧島がいた。

 

「通路で屈みながら息を潜めているだなんて……、ま、まさか……」

 

「あ、あぁ。

 霧島も気づいてくれたのか……」

 

「私がトイレに入っているところを、覗き見しようとっ!?」

 

 両肩を抱いてドン引きする霧島が大声をあげる……って、ちょっと待って!

 

 さすがにそんな性癖は持っていないから、勘違いしないでくれぇぇぇっ!

 

「い、いやいや、違うから!

 今そこに、変な人影が見えたんだって!」

 

「人影……ですか?」

 

 俺は屈んだまま窓の外を指差すと、霧島は恐る恐る爪先立ちをする。

 

「気づかれないようにしてくれよ」

 

「わ、分かりました……といいたいですけど、本当なんですか……

?」

 

「あぁ。

 あのアホ毛はおそらく、いや、間違いなく青葉のはずだから……」

 

「……なるほど。

 性懲りもなく、またやってきたんですね」

 

 呆れた感じで言いつつも、霧島の表情はどこかウキウキとした感じに見える。おそらくちょっとしたスパイ映画のような感じに身を置いたと考え、楽しんでいるのかもしれない。

 

 そうこうしているうちに、アホ毛の根本――つまり頭のてっぺんが見え、青葉の目が塀の上にきたところでピタリと止まる。

 

 両目が左を向き、通路に誰もいないことを確かめる。

 

 次は右へ。こちらも同じように確認するが、なぜか青葉のアホ毛がピョコピョコと上下に動いているのはなぜなんだろう。

 

 なんだかちょっとだけ可愛い気もする。

 

 だが、出入り禁止を喰らっている青葉にとって、今の行動は完全にアウトだからね。

 

「かなり警戒しているみたいですね……」

 

「そりゃあまぁ、出禁を喰らった身で侵入か盗撮を企てているんだろうから、見つかったらただじゃおかないことくらい、分かっていると思うんだけどね」

 

「それでも懲りないというのは、諦めが悪いというか、なんというか……」

 

 大きくため息を吐く霧島だが、追加をするとすれば青葉は昨日も同じことをしているのだ。普通に考えれば俺が警戒をしていることくらい分かりそうなモノだが、おそらく授業中の時間を狙って忍び込み、安全な場所に潜みながら……とでも考えているのかもしれない。

 

 ところがどっこい、残念ながら青葉の策は崩れ果てた。たまたまトイレにきた俺に見つかったのが運の尽き。中に入ってきたところを捕まえれば万事解決で、後は怖いお仕置きが待っている。

 

 ねつ造したネタで一面を飾った新聞の恨み、今ここで晴らさせていただくと……って、あれ?

 

「……なんかさ、青葉の頭が震えていない?」

 

「……確かに、アホ毛も一緒にプルプルしていますね」

 

 霧島と互いに見合って頷いてから、再度青葉の方へ視線を向ける。

 

「「……っ!?」」

 

 視界に入ったモノを見て、俺と霧島は息を飲んだ。そして無意識にガクガクと身体中が大きく震える。

 

 それはなぜかと問われても、見たものが恐ろしいとしか言えない。

 

 いや、声にすることすらためらってしまう状況を前にすれば、仕方がないことなんだけれど。

 

「あ、あ、あた、あたた……、あた……」

 

 すでに霧島は隠れようともせずに、窓の外を指差しながら震える声を上げようとするも、上手く言葉になっていない。

 

 勢いがあったのなら、ちょっとした世紀末覇者のかけ声に思えてしまうかもしれないが、言いたいことは分かるので間違えることはないんだけどね。

 

 まぁ、ここまで引っ張るのもなんだから言っちゃうと、

 

 

 

 いつの間にか塀の上に現れていた愛宕が、屈んだ状態で青葉の顔にアイアンクローをかましていたって訳なんだけど。

 

 

 

「あらあら~。

 出入り禁止な青葉がどうしてこんなところにいるんでしょうか~?」

 

「い、いだだだだっ!

 あ、青葉の顔に激痛がぁぁぁぁぁっ!」

 

「そんなに力を込めていませんよ~?」

 

「し、死ぬ死ぬ!

 死んじゃいますってばぁぁぁぁぁーーーっ!」

 

 青葉が悲鳴を上げながら手をバタバタとさせているが、愛宕は全く動じずにアイアンクローを続行している。

 

 悲鳴の度合いに、青葉の真っ赤になった顔。

 

 どう考えても、やばそうにしか見えないんですが。

 

 ……でもまぁ、自業自得なんだよなぁ。

 

「そ、そもそも、ここはまだ幼稚園の敷地内じゃないですから、問題はないいいいいいいいいいいいいっ!」

 

「屁理屈を言う余裕があるなら、死にはしませんよねぇ~?」

 

「お、おおお、折れます!

 青葉の頭蓋骨がグシャアッ! って鳴っちゃいますーーーっ!」

 

 効果音をリアリティがありげに言うのは、やっぱり余裕があると思うんですが。

 

「どちらにしても、入ろうとしていたのは間違いありませんよね~?」

 

「い、いえいえっ、決して中に入ろうとしていた訳ではなくうううううううっ!」

 

 ………………。

 

 青葉がしゃべる度に力を込めている気がするのは、勘違いじゃないような。

 

 でも、そのまま耐えるってのも地獄だろうし……、詰んじゃっているよね。

 

「こ、ここからちょっと、先生の写真を撮ろうとしていただけなんです!」

 

「どうしてまた、先生の写真を……?」

 

「そ、それは……その、ふぁ、ファンクラブの会員から、新しい写真が欲しいと依頼がありまして……」

 

「なるほどなるほど。

 佐世保からやっと帰ってきたんだから、分からなくもないですねぇ~」

 

「で、ですよね!

 だからここは、ちょっと見逃してもらえるとおぉぉぉぉぉーーーっ!」

 

「でもそれだったら幼稚園に入るんじゃなくて、就業後の先生にお願いしたら良いんじゃないでしょうか~?」

 

「そ、それだとリアリティが……」

 

「そのために、出入り禁止の約束を破ったわけですか~」

 

「う、うぐ……っ!」

 

「さらに言えば、新聞の写真についても問題がありますし~」

 

「ぐ、ぐふ……っ!」

 

「やっぱりちょっと、ちゃんとしたO☆HA☆NA☆SHIが必要ですねぇ~」

 

「ぶくぶくぶく……」

 

 あー、いや、愛宕さん。

 

 すでに青葉が痛みで気絶して、泡を吹いちゃっているんですけど……。

 

「ちょうど良く静かになりましたし、お仕置き部屋に行きましょうか~」

 

「………………」

 

 青葉の返事が無い。すでに屍のようだ。

 

「それでは早速……、イヤァァァーーーッ!」

 

 グワァーーーッ……と叫ぶ者はいなかったけれど、どうしてその言葉を選んだのかサッパリ分からないんですが。

 

「うぅぅ……。

 今日もまた、お仕置き部屋から悲鳴が上がるんですね……」

 

「………………」

 

 隣で震えながら漏らした霧島の声に、俺は無言でいるしかできなかったのであった。

 

 

 

 数日前にスタッフルームで愛宕が間違った、被告は免許皆伝を受けた忍者より、イヤァァァの刑と処す……って紙は、もしかして……?

 




次回予告

 ニンジャ、ニンジャナンデ!?

 そんなこんなではあるものの、霧島のお願いを聞くことになった。
だが、そこにたどり着くまでにも先生の不幸は……?

 艦娘幼稚園 第三部
 ~幼稚園が合併しました~ その9「スタッフルームは危険が一杯?」

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その9「スタッフルームは危険が一杯?」

ニンジャ、ニンジャナンデ!?

 そんなこんなではあるものの、霧島のお願いを聞くことになった。
だが、そこにたどり着くまでにも先生の不幸は……?


「………………」

 

「………………」

 

 不法侵入及び、盗撮疑惑の青葉を連行していった愛宕が消えてからも、俺と霧島は廊下で佇んでいた。

 

 まぁ、正確には妙な疲れを感じたために動けなかったんだけど。

 

 ――とはいえ、現在も未だ授業中。そんな中で愛宕が現れたのはどういうことなのかと気になってしまうが、それを本人に聞く気力も度胸も、俺は持ち合わせていない。しかし、この場で佇み教室へ戻らないというのもダメなので、重い口を開いて霧島に声をかけた。

 

「ま、まぁ……なんだ。

 色々とあったけれど、教室に戻ろうか……」

 

「え、ええ、そうですね……」

 

 非常に重苦しい空気をまといつつ、霧島はゆっくりと首を縦に振ったところで、約束していたことを思い出した。

 

「……あ、そういえば、霧島の話ってなんだったんだ?」

 

「そのことなんですが……」

 

 言って、霧島は目を伏せながら口を閉ざす。

 

 なんだろう……。深刻な悩みでもあるのだろうか。

 

「どうしたんだ?

 困ったことがあったのなら、俺が相談に乗るよ?」

 

「え、ええ……。

 そのつもり……だったんですけど……」

 

「言い難いことだったら時間や場所を変えても良いけど、それほど深刻な……悩みなのか?」

 

「そう……ですね。

 ただ、その悩みの元は私ではなく、比叡姉様ですので……」

 

「比叡が……?」

 

 頷く霧島は小さく息を吐き、口に溜まっていた唾をゴクリと飲み込むような仕種をする。注視してみれば、身体が小刻みに震えているようで、余裕なんてものは微塵も感じられなかった。

 

 ……ううむ。これはちょっと、マズイのかもしれない。

 

 トイレに行く際に指摘を受けた通り、霧島は元、佐世保鎮守府に所属する一端の艦娘だった。ある事情によって身体が子供化してしまったと聞いたけれど、心は元のままなのである。そんな霧島が自分のことではなく、姉の比叡に関して悩みを持ち、さらにここまで怯えるなんてことは、普通ではありえないといえるのではないだろうか。

 

「なるほど、分かった。

 それじゃあ……そうだな、今日の終礼が終わった後にでも相談に乗るけど、時間は大丈夫か?」

 

「はい。

 それでしたら、比叡姉様も大丈夫だと思われますので、よろしくお願いいたします」

 

「ああ」

 

 俺は頷きながら薄く笑みを浮かべ、安心させるために霧島の頭を優しく撫でる。

 

「……あっ」

 

 一瞬、目を大きく見開き驚いた霧島だったが、俺の意図を汲んだのか、ほんの少し口元を吊り上げて緊張していた表情を崩した。

 

「先生は……その、優し……過ぎます……」

 

「そりゃあ、俺も幼稚園の教員だからね」

 

「もぅ……、そうじゃありませんのに……」

 

「……ん、何か言った?」

 

「いいえ、なんでもありません!」

 

 プイッと顔を俺から背けた霧島だったけれど、頭を撫でるのを振り払おうとはしなかったので、そこまで怒っていない……ということだろう。

 

 でもなんで、急に態度が変わったのかなぁ……?

 

 

 

 

 

 それから霧島と一緒に教室に戻り、何食わぬ顔で授業を進めていた愛宕を見て冷や汗をかきつつ授業に復帰した。順調に授業は進み、それほどたいした問題も起きず、サポートの必要性に疑問を感じながらもできることをやり、本日の授業は全て終わり、子供たちの終礼とスタッフルームで教員の打ち合わせを済ませてから、ふと――あることに気づいた。

 

 そういえば時間は決めたけど、霧島にどこで待ち合わせるか、話してなかったよね。

 

 もしかすると幼稚園内部で待っているかもしれないと思った俺は、今日の戸締まりを確認する担当だった愛宕から請け負うことを伝えたところ、

 

「あら~、よろしいんですか~?」

 

「ええ。

 今日の授業でサポートらしいこともできませんでしたし、途中で少し抜けさせてもらいましたから……」

 

「別に気にしなくて良いですのに~」

 

「いやいや、せめてこれくらいのことはやっておかないと」

 

「そうですか~。

 今日はちょっと行きたいところがありましたので、お言葉に甘えさせていただきますね~」

 

「はい……って、何か用事でもあったんですか?」

 

「ちょっと野暮用がありまして~」

 

 ――と、そこまで言って口を閉ざす愛宕。

 

 いつも通りのニコニコ顔だが、これ以上は聞かないでくれといったような雰囲気を醸し出しているので、話を打ちきった方が良いと判断したのだが。

 

 も、もしかして、誰かと会う……なんてことはないよね?

 

 しかもその相手が男性で、俺が佐世保へ出張に行っている間に、いつの間にか『付き合っていました~』なんてことになったとしたら……。

 

 ………………。

 

 悲しすぎて、舞鶴湾に身を沈めたい所存です。

 

 青葉をイヤァァァ! する愛宕はマジで怖かったけれど、それでも俺の思いは変わらない。

 

 俺が居ない間に愛宕を奪うだなんて、盗人猛々しいとはこのことだ!

 

「許さねぇ……。

 絶対に許さねぇぞ……」

 

「はい?

 何が許さないんですか~?」

 

「え、あっ、いえ、な、なんでもないですよ?」

 

「はぁ……、そうですか~」

 

 疑問符を浮かばせるように頭を傾げた愛宕の仕種が可愛すぎる……と心の中で思いつつ、愛想笑いを浮かべて冷や汗を拭う。

 

「ナンダカサッキノ先生ッテ、怒ッテイタ風ニ見エタワネ」

 

「確かに、ちょっと眉間にシワが寄っていましたし……」

 

「もう少しで金髪に染まりそうだったわね」

 

「オラは怒ったぞー、って言いそうね」

 

「あはは、確かに」

 

 カラカラと笑うしおいに、両脇を締めてやや上を向くビスマルク。

 

 いやいや。いきなり怒りに目覚めて超人間みたいにはならないよ?

 

 それにそのネタ、ヲ級が以前にやった気がするし。

 

 ……でもその時って、港湾もしおいもビスマルクもいなかったよなぁ。

 

「『エロ』ヤカナ心ヲ持チナガラ、激シイ『エロ』ニヨッテ目覚メタ伝説ノ先生……」

 

「ぶっ!」

 

「ちょっと、それじゃあエロしかないじゃない。

 でもまぁ、あながち間違いでもなさそうね」

 

 吹き出したしおいは元より、肯定するビスマルク……ってちょっと待て。

 

 なんで港湾が伝説の先生なんて単語を知っているんだ!?

 

 いや、それ以前に、完全にからかっていますよねぇ!

 

「い、いくらなんでもひど過ぎやしませんかね……?」

 

「あら、そうかしら?」

 

「先生ノイメージハ、ソンナ感ジダケドネ」

 

「そうですねぇ~。

 先生って、結構目がエロいですし~」

 

「ちょっ、あ、愛宕先生までっ!?」

 

「私のここばっかり見てますからねぇ~」

 

 そう言って、両手をヘソの下辺りで組む某グラビアアイドルの決めポーズを取る愛宕。

 

 もちろんそれによって、大きな胸部装甲は最大限に誇張される。

 

「………………」

 

 やべぇ、鼻血が出そう。

 

「ほら~。

 間違ってないですよね~」

 

「ガン見、シテルワネ……」

 

「見て……ますね」

 

「……チッ」

 

 ジト目を浮かべる教員勢。

 

 完全に、アウェーな状況です。

 

「は、謀ったな、シ●ア!」

 

「あら~。

 いくら私でも、さすがに普通の3倍速度は出ませんよ~?」

 

 うん。服も青いですし。

 

「先生ハ坊ヤダカラネ……」

 

 グラスを傾けているようなポーズで言われても……って、それじゃあ俺死んじゃってない!?

 

「うぅ……、先生の馬鹿ぁ……」

 

 自分の胸元を押さえながら涙を流すしおいは……、まぁその……がんばれ。

 

「ハートブレイクショーーーット!」

 

「問答無用で心臓打ちをするんじゃねぇ!」

 

 ビスマルクから発せられた殺気を即座に察知した俺は、ギリギリで避けつつ間合いを取る。

 

 つーか、これって以前にも似たようなことをやりましたよね!

 

 数日に1回、お約束のパターンなんですかね!?

 

「2度アルコトハ3度アル」

 

「冷静に心を読みつつ突っ込まないでーーーっ!」

 

「さっさと殴られて、私のストレス発散に貢献しなさい!」

 

「問答無用にもほどがありまくりだぞ!?」

 

「大きいバルジなんて、もげればいいんです……」

 

「夢を砕くようなことを言わないでーーーっ!」

 

「ぱんぱかぱーん!」

 

「さらに強調しちゃってるーーーっ!?」

 

 女性しか居ない島に漂流した主人公の如く鼻血を吹き出してしまった俺は、その隙をついたビスマルクのコークスクリューによって壁に叩きつけられ、しばらく気を失うことになってしまったのであった。

 

 

 

 

 

「お待ちしておりました、先生」

 

「あー、うん。

 待たせて……ごめんね」

 

 結局のところ、気絶してしまった俺が戸締まりのチェックをできるはずもなく、原因であるビスマルクを手伝わせて愛宕と一緒に済ませたそうだ。その後、2人がスタッフルームに戻ってきたところで気がついた俺は、霧島と比叡が教室で待っていることを聞き、急いでやってきたのであるが……、

 

「………………」

 

「………………」

 

 スタッフルームに引き続き、今度は霧島と比叡からジト目を向けられています。

 

 何なの今日は。完全なる厄日なのか?

 

 あ、でもこれっていつも通りかもだ。毎日が不幸だから仕方がないね……って、納得できる訳がない。

 

「その……、怒って……るかな?」

 

「いいえ。

 先生には明日の打ち合わせという大切なお仕事がありますし、その際にちょっとしたトラブルによって気絶してしまうことなんて良くあることですから、これっぽっちも怒ってなんかいません」

 

 冷静な口調で淡々と並べられたら、それはもう怒っていると同義なんだけど。

 

 つーか、その間ずっとジト目で睨まれ続けたら、いくらなんでも分かるというのに。

 

 ちなみに比叡は未だに無言だけど、霧島に任せたって感じでガン睨みモードを継続中。舞鶴幼稚園に編入してきたときのような視線は懐かしみがあるが、ぶっちゃけると胃に穴が開きそうな勢いなんで止めてくれると嬉しいなぁ……。

 

「ま、まぁ……なんだ。

 色々あって気絶したのは間違いないんだけれど……って、それを知っているってことは……」

 

「……ええ。

 ビスマルクに聞きました」

 

 ああ、そういうことね。

 

 霧島と比叡はここにくる前からビスマルクと佐世保で一緒だったってことで付き合いがあるだろうし、戸締まりのチェックをしていたときに会ったのならば話を聞いているだろう。

 

「あろうことか、『あの』ビスマルクを手籠めにしようとするなんて……」

 

「……はい?」

 

「噂では聞いていましたが、先生のことだから有り得ないと思っていました。

 しかし、当の本人から聞いてしまった以上、もうこれは疑いようもない事実ですね」

 

「いやいや、ちょっと待ってくれるかな」

 

 何がどう伝わってそうなったのか分からないけれど、いくらなんでも信憑性が薄すぎやしないだろうかと、小1時間くらい問い詰めたい。

 

「一体全体、ビスマルクとどんな話をしていたんだ?」

 

「それは……」

 

 霧島が口を開いたところで、比叡がズイッと手を伸ばしながら俺との間に割り込み、殺意を込めたような目で見上げてくる。

 

「スタッフルームで明日の打ち合わせを済ませた後、今日の戸締まりチェックを担当するビスマルクに先生が背後から襲い掛かったんでしょう!?」

 

「………………」

 

「色々と噂が絶えない先生ですが、ライバルが多いことから罠だと分かっていましたけれど、いくらなんでも今回の件は見逃すことができません!

 両者同意ならまだしも、まさか女性であるビスマルクに対して背後から『お前がママになるんだよ!』なんて台詞を吐きながら襲いかかるなんて、どう考えても変態のやることです!

 金剛お姉様から初めて先生を紹介されたときは言いくるめられてしまいましたけれど、今度はぜーーーったいに許しませんからっ!」

 

 一気に喋りまくった比叡が銃を模した手でビシッと俺を指差すと、霧島は両腕を組みながらウンウンと何度も頷く。

 

 どうやら完全に勘違いをしているらしいが、原因は間違いなくビスマルクだろうなぁ。

 

 俺を殴っただけじゃ飽きたらず、根も葉も無い話をでっちあげて比叡と霧島に聞かせるとは何たる所業。

 

 これじゃあ青葉と一緒じゃないか。

 

 1度、本格的に言い聞かせないといけないんだけれど、下手をすれば腕っ節で反抗してくるからなぁ……。

 

「ですから、今ここで先生をギャフンと言わせ、悔い改めていただきます!」

 

「不肖霧島も、涙を飲んでやらせていただきますね!」

 

 左側に立った比叡が右手を、右側に立った霧島が左手を前に構え、まるで双子が同時に襲い掛かってくるかのように重心を落とした。

 

「……ちなみに1つ質問を良いかな?」

 

「いまさら言い訳なんて、女々しいです!」

 

「言い訳というか、事実を伝えたいだけなんだけど」

 

「そうやって、他の子供たちを洗脳しようとするのはさすが……というところでしょうが、残念ながら幼稚園の頭脳と呼ばれた霧島には効きませんよ?」

 

 いや、それはどちらかといえば時雨だと思うんだけど、洗脳は言い過ぎじゃないかなぁ。

 

「相手の言い分も聞かずに問答無用で攻撃するってことは、それ相応の証拠があるってことだよね?」

 

「襲われたビスマルク本人から聞いたのが、何よりの証拠です!」

 

「その……ビスマルクがどうして無事で、襲ったはずの俺が気絶していたのかな?」

 

「それはビスマルクが反撃したからに決まっています!」

 

「じゃあその後、どうして俺は憲兵に突き出されなかったんだろう?」

 

「それは………………えっと、その……」

 

 俺の問いに答えられない比叡は、慌てながら霧島を見る。

 

「体裁を考えてのことではないでしょうか。

 幼稚園から犯罪者を出すと設立者である元帥の沽券に関わりますし、まずはお伺いを立ててから……と考えたのでしょう」

 

「そ、そうです!

 その通りです!」

 

 キラーンと眼鏡を光らせた霧島の言葉に、比叡は水を得た魚のように大声を上げた。

 

「続けて聞くけど、それじゃあどうして元帥に確認を取るまで俺を拘束していなかったのかな?」

 

「むむっ、それは……」

 

「その結果、俺は比叡と霧島の前にいる。

 もし俺がそのような悪人だったのならば、どちらかを人質にして脱出しようと考えるかもしれないよね?」

 

「……なっ!

 そ、そんなことを考えていたんですか!?」

 

「いや、ものの例えだよ。

 でも実際に、可能性としては十分に考えられるだろう?」

 

「た、確かに……」

 

 驚く比叡はさらに顔を険悪にし、霧島は少し身を引きながら考え込む。

 

「まぁ、あくまでそれはビスマルクの話が本当だったのならばだけど、ハッキリと言わしてもらうと全部嘘だから」

 

「そ、そんな戯言を信じると……」

 

「比叡はそうかもしれないけれど、霧島はどうかな?」

 

「……え?」

 

 驚いた比叡が横を向く。すでに構えを解いていた霧島は、顎に手を添えてブツブツと何かを呟いていた。

 

「確かにビスマルクの身体に異変や襲われたような形跡もありませんでした……。

 先生が言うように拘束していないのも腑に落ちませんし、直後に戸締まりのチェックをするのも考えてみれば違和感が丸出しですね……」

 

「き、霧島……?」

 

「そもそも良く考えてみれば、チキンで根性無しと定評がある先生がビスマルクを襲う度胸なんてあるはずもありません。

 それをすっかりと忘れ、ビスマルクの言葉に踊らされてしまうとは……」

 

 ………………。

 

 何気じゃないレベルで酷いよ霧島……。

 

 あまりの言葉に、両肩がもげそうなくらい肩を落としちゃったんですが。

 

「……なるほど、良く分かりました。

 どうやら私たちは、ビスマルクの嘘に騙されていたということみたいですね」

 

「わ、分かってくれて……嬉しいよ……」

 

 あれ、なんだか目から水が流れているんだけれど、気のせいにしておこう……。

 

 その方が、ちょっとは心が耐えられそうだから……ね。

 




次回予告

 なんとか誤解が解けたので本題へ。
比叡のこととはなんなのか。それは、ある意味予想できたことかもしれない。

 ただし、すんなりと解決できるかどうかはさておくが。

 艦娘幼稚園 第三部
 ~幼稚園が合併しました~ その10「比叡の悩み」

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その10「比叡の悩み」

 なんとか誤解が解けたので本題へ。
比叡のこととはなんなのか。それは、ある意味予想できたことかもしれない。

 ただし、すんなりと解決できるかどうかはさておくが。


 

「さて、誤解も解けたところで本題なんだけれど」

 

 現在、放課後の教室で集まっているのは霧島から相談を受けたからであり、決してやましいことをしようと企んでいる訳ではない。

 

 ビスマルクによって2人に誤解を与えられ、糾弾される一歩手前だったことは何とか避けられたものの、目的はまだ達成できていないのだ。

 

「そうですね。

 余計な時間を使ってしまいました」

 

 そう言って窓の外を見る霧島。すでに空は赤から黒色へと変貌し、鎮守府内にある照明の光が塀越しから分かる。

 

 ちなみに余計な時間を使ったと言われても、俺には何の落ち度もない……と思いたいのだが、ビスマルクを押さえきれなかった責任と問われれば頷かざるを得ないかもしれない。

 

 ううむ……、本当にどうにかしないと身体が持たないなぁ……。

 

 なんだか最近というか、舞鶴に帰ってきてから不幸の頻度が半端じゃない気がする。

 

「それで、先生に相談したいことなんですが……」

 

「うん。

 気軽に相談してくれたら良いんだけれど……」

 

 霧島がチラリと比叡の様子を伺ったので、俺も同じく視線を向ける。すると、さきほどまで勘違いから俺に激怒していた比叡の顔はみるみるうちに青くなり、今にも泣き出しそうに見えた。

 

「………………」

 

 さらに、身体が小刻みに震えちゃっているし。

 

 膝なんてもう、武者震いってレベルじゃないですよ?

 

「あうあうあう……」

 

 いやいやいや、これって尋常じゃない状況ですよね!?

 

 今すぐ医務室に連れていった方が良いんじゃないかと思うんだけど……、

 

「比叡姉様。

 気を確かに持って下さい」

 

「き、き、き、霧島ぁ……」

 

 涙目で今にも抱きつかんとする比叡に、俺の心配はMAXだ。

 

「霧島では手に負えない以上、きちんと先生に説明しないといつまでたっても進展は致しませんとお伝えしたはずですよ?」

 

「で、でも……、話してバレちゃったら……」

 

 言葉を詰まらせながらチラチラとこちらを見る比叡を安心させようと、俺はニッコリと笑みを浮かべる。

 

「心配するな、比叡。

 俺にできることだったら精一杯頑張るし、他言無用なことは絶対に漏らさないからさ」

 

「う、うぅ……」

 

「先生もそう言っておられますので、軽々と口を滑らすとは思えない……と言いたいところですが、100%信じられない気持ちも分かります」

 

 おい。

 

 何気に霧島って、冷たいよね……。

 

「ですが、この幼稚園において比叡姉様の問題に対処できるのは、先生以外にいないと霧島は思います」

 

 ……と思った途端、持ち上げてこられた。

 

 なんだか浮き沈みが激しいんだけど、喜んで良いのかなぁ。

 

「良く考えて下さい。

 しおい先生も、港湾先生も、比叡姉様以上に怖がっているのは日々の様子から明白です。

 先日佐世保からやってきたビスマルクでさえも、愛宕先生には全くといって良いほど太刀打ちできなかったでしょう?」

 

「そ、そう……だけど……」

 

「その点、先生だけは違います。

 何度失敗してもへこたれず、隙あらば胸部装甲をガン見する精神は呆れながらも感心してしまいますし、対等でないにしても話をすることができているのですよ」

 

「た、確かに……」

 

 ……うぉい。

 

 持ち上げた分以上に落とされまくっているんだけれど、すでに地平線を超えて地下深くまで潜っちゃっているよね……?

 

 あまりの言われっぷりに、塩辛い水が目からこぼれ落ちそうだよ……。

 

 いやしかし。

 

 さっきから2人の会話を聞いていると、比叡が怖がっているのってもしや……、

 

「あの……さ、1つ聞きたいんだけれど良いかな?」

 

「はい、なんでしょう?」

 

「比叡が怖がっている相手っていうのは、その……、愛宕先生のことか?」

 

「「……なっ!?」」

 

 驚愕の事実を突きつけられたように、比叡と霧島がオーバーリアクションを取る。

 

「ど、どうしてそれを……っ!」

 

「今までの会話を聞いていれば、それとなしに分かると思うんだけど……」

 

「ま、まさか先生の頭脳がそこまで進化しているとは思いませんでした。

 幼稚園の頭脳と呼ばれた霧島も、見解を改めなければいけませんね……」

 

 ………………。

 

 もうそろそろ、泣いても良いかな……?

 

 進歩ならまだしも、進化って……俺が劣等種だったみたいな感じじゃないか……。

 

「しかし、そこまで分かっているのなら助かります。

 比叡姉様が恐れる愛宕……先生を、なんとかしていただけないでしょうか」

 

「なんとかっていわれても、いったいどういうことなのかさっぱりなんだけれど……」

 

 俺はそう言って、右手で後頭部を掻く。すると2人はげんなりした顔で見上げて……って、なんでだよ!?

 

「分かっていたんじゃなかったんですか……?」

 

「さきほど感心したのは早計でした。

 やっぱり先生の頭脳は最低ラインすら超えていないみたいですね……」

 

「そんなにしょぼくれた顔をしているけどさ、そうしたいのは俺の方なんだよね……」

 

 めちゃくちゃ言われまくったせいで、俺の心はズタボロです。

 

 今まさに手と膝を床につけて、ガックリとうなだれたい気分だよ。

 

「仕方がありません。

 不肖この霧島が、干からびた脳を持つ先生でも分かり易いよう説明いたしましょう」

 

「う、うん……」

 

 もはや突っ込む気力すら失ってしまった俺は、肩を落とす動作に合わせて頷いたのであった。

 

 

 

 

 

「簡潔にまとめると、幼稚園における愛宕先生の行動が時折恐すぎるだけじゃなく、比叡が目の敵にされている……ってことか?」

 

「ええ、その通りです。

 さすがは幼稚園の頭脳と言われた霧島にかかれば、先生でも理解していただけるんですね」

 

「………………」

 

 自慢げに胸を張る霧島を見て、俺は白目を浮かべつつ吐血したい気持ちを抑えながら、愛想笑いを浮かべる。

 

 あまりに酷い言われようなんだけれど、一応霧島も俺の争奪戦に加わっていた1人だったよね……?

 

「うぅ……」

 

 ちなみに霧島の説明を聞いている間、比叡は悲壮な顔で震えながら俺の方を見ていた。いつもと違いすぎるその仕草に、この話が嘘ではないと判断できるのだが、

 

「しかし、本当に愛宕先生は比叡を目の敵にしているのか?」

 

「……正直に言うと、霧島もその辺りがハッキリしません」

 

「いやいや、そこが一番大切だと思うんだけど……」

 

 言って、俺は霧島から比叡に視線を移す。

 

「そ、その……、愛宕……先生はことあるごとに睨んでくるんです……」

 

「睨む……って、どういうときに?」

 

「授業中とか、昼食の時間とか……、主にみんなが騒ぎ立てたら……うぅぅ……」

 

 比叡の震えがさらに強くなり、顔色が真っ青になってきた。

 

 これ以上の話をさせると具合が悪いだろうと思い、優しく微笑みながら頭を撫でてあげた。

 

「あ、あぅ……」

 

 一瞬驚いた比叡は俺の顔を見上げてくるも、ほっとした表情を浮かべる。青色から赤色に変化した顔色が若干気になるが、さっきよりはマシだろうから良しとしよう。

 

「むむ……、少しばかり羨ましいですね……」

 

「ん、そうか?

 それじゃあ、霧島もこっちにおいで」

 

 おいでおいでと手招きをすると、霧島も同じく恥ずかしげにしながらトテトテと近づいてきて、期待する眼差しを浮かべた。

 

「よしよし、霧島は偉いよな」

 

「……?

 どうしてですか?」

 

「だって、比叡を気づかって俺に相談を持ちかけるんだから、姉思いの立派な妹だろう?」

 

「……っ!

 そ、それはその……、し、姉妹としては当たり前のことですから……」

 

「いやいや、そう思っていたとしても実行に移すのは難しいんだよ。

 恥ずかしかったり、周りの目を気にしたり、はたまた自分自身が素直なれなかったりでさ」

 

 特に龍田の辺りがな……と思ってみたが、アレはある意味真っ直ぐなのかもしれない。

 

 ただし、俺に向けての悪意が半端じゃない気もするが。

 

 現在、幼稚園における一番危険な園児かもしれない。

 

「あ、ありがとね、霧島。

 そ、そして、色々と迷惑をかけたりして……その、ゴメン……」

 

「い、いえ……。

 ですが、そんなに言われては……、す、少し恥ずかしいですね……」

 

 俺に撫でられながら、互いの顔を見合う比叡と霧島。

 

 表情を見る限り落ち着いているようだし、少しは気も紛れたのではないだろうか。

 

「ふむ……」

 

 しかし、根本的な解決にいたってはない。

 

 霧島が言うように、愛宕が比叡を目の敵にしているというのはどうにも信じがたいところがあるのだけれど、火のないところに煙は立たないのだから、何かしらの原因があるのだろう。

 

 おそらくは、勘違いとかそういうモノが。

 

 もしくは、比叡自身に問題があるという可能性もゼロではないのかもしれないが……。

 

「それじゃあ明日辺りに、愛宕先生に直接聞いてみるか」

 

「……っ!?」

 

 ボソリと呟いた途端、比叡が大きく目を開きながら驚いた顔をする。

 

「ん、どうしたんだ?」

 

「あ、あの、そのときは……私の名前を出さないで欲しいんですが……」

 

「いや、それだと話にならないんじゃ……」

 

「だ、ダメです!

 それで私が先生に告げ口したと思われてしまったら、いつもよりもっと酷く睨まれてしまうことになるじゃないですかっ!」

 

「そ、そう言われてもなぁ……」

 

 比叡の名前を伏せてそれとなしに愛宕に話をしても、すぐにバレちゃうと思うんだけど。

 

 なんだかんだで勘が鋭いし、どこで目を光らせているんだって思うときもあるからね。

 

 ……本当に、愛宕の情報網は化け物じみていると思うときがあるんだよなぁ。

 

「先生、難しいとは思いますが、霧島からもお願いいたします」

 

「うーん、どうすれば良いのかなぁ……」

 

 2人からお願いされたとなれば、無下に断ることも難しい。元は普通の艦娘だったとしても、今は舞鶴幼稚園に所属する園児であり、俺の教え子なんだからね。

 

 だが一方で、お願いの難易度が非常に高いだけでなく、愛宕に嘘……をつかないまでも、だまし討ちをする必要性が出てくるのは避けておきたいのだけれど。

 

 ……いや、むしろ2人に分からないようにして、直接愛宕から話を聞いてみるのもありなんじゃないだろうか。

 

 あくまで俺の予想でしかないんだけれど、比叡を睨みつける必要性があるとも思えないんだよなぁ……。

 

「……まぁ、そうだな。

 とりあえずだが、それとなく愛宕先生と話してみることにするよ」

 

「お、お願いします……」

 

 ペコリと頭を下げる比叡だが、今の考えだと騙してしまっていることになるんだよなぁ。

 

 比叡を取るか、愛宕を取るか。

 

 どちらかをイケニエに捧げてしまう訳ではないにしろ、少しばかり良心が痛んでしまう。

 

「それじゃあ、話をすることは決まったんだけど、もう少し詳しく聞くことは構わないかな?」

 

「……と、いうと?」

 

「比叡が愛宕先生から睨まれるとき状況とか、できる限り理解しておいた方が俺としても話をし易いだろう?」

 

「な、なるほど……」

 

「確かにその通りですね。

 やはりさきほどの先生はちょっとしたお茶目を発揮しただけであり、秘めた頭脳を隠し持っていた訳ですか」

 

「いや、別に隠していたつもりもないんだけどさ……」

 

 今度は持ち上げてきたんだけれど、霧島の考えがサッパリ分からない。

 

 飴や鞭でないにしろ、俺を気分良くさせた方がお願いごとをするのもスムーズに進むと思うんだけど。

 

「それで、比叡が愛宕先生に睨まれるときの話なんだけれど……」

 

「そう……ですね。

 じ、時間帯とかはバラバラなんですけど、良く感じるのは班の子たちが騒いだりするときが多い気がします……」

 

「ふむ……」

 

 俺は悩むポーズを取りながら、午前中の授業を思い返す。

 

 北上と大井がメモを渡している際、比叡と霧島は静かにしていたと思う。そのときに震えていたような気はしなかったが、果たしてどうだったのだろうか。

 

「それじゃあ今日の授業でちょっとした……ことがあったけど」

 

「ああ、先生の鼻毛騒動ですね」

 

「あー、うん……。

 そうなんだけどさ……」

 

 濁しながら話していたのに、霧島がバッチリ言葉にする。

 

 幼稚園の頭脳というのなら、もう少し空気を読めるようになった方が良いと思うぞ?

 

「そのときって、やっぱり愛宕先生は比叡を睨んでいたのか?」

 

「あの授業中は……、あまりなかったと思います」

 

「なるほど」

 

「あ、でも……」

 

「でも?」

 

「私の方じゃなくて、どちらかといえば先生の方を睨んでいた気もします……」

 

「……へ?」

 

 素っ頓狂な声を上げる俺。

 

「確かに睨みとまではいえないと思いますが、霧島も同じように感じましたね」

 

「そ、そうだったかなぁ……」

 

 そんなことを言われても、まったく身に覚えがないんだけれど。

 

「そんなに睨まれていたっけ……?」

 

「そう……感じましたけど」

 

「まぁ、気のせいだとは言い切れないレベルでしたね」

 

「そんなつもりはなかったんですけどねぇ~」

 

「うーん。

 愛宕先生が俺を睨んでいた……かぁ……」

 

「ま、まぁ、私の思い違いという可能性もありますけど……」

 

「しかしそれなら、霧島も同じように感じたというのがおかしくなりますね」

 

「私は先生の上司になりますから、子供たちと同じようにチェックする必要があるからそう感じただけじゃないでしょうか~?」

 

「なるほど……。

 それなら納得できますね」

 

「そうでしょう~」

 

 うんうん。

 

 やっぱり睨んでいたのは比叡の勘違いで、俺の行動をチェックしていただけなんだろう。

 

 そのことを本人から聞けたのだから、嘘をついていない限り違いは……って、あれ?

 

 部屋の中には、俺と比叡と霧島の3人。

 

 そして途中から1人分増えたような……?

 

「私は別に比叡ちゃんを睨んでいた訳じゃなくて、心配だったからチェックしていたんですよね~」

 

 ハッキリと聞こえるその声に、俺は即座に振り返る。

 

 部屋の扉の隙間から、愛宕の姿がバッチリと目に映っていた。

 

 ………………。

 

 ……いや、なんでまた、家政婦は見た的なポーズなんでしょうか。

 

「あ、あっ、あた、あた、あたご……せんせいっ!?」

 

 そしていきなり慌て出す比叡が、全身をガクガクと震わせながら今にも気絶しそうなくらいに口から泡を吹き出し始めた。

 

 あまりにも半端じゃない状況に俺もどうして良いのか分からず、あわてふためいていたところ、

 

「とうっ!」

 

「はうっ!?」

 

 ドサリ……。

 

 比叡が前のめりに倒れ、その背後に愛宕が立っていた。

 

「「………………へ?」」

 

 信じられないといった顔を浮かべる俺と霧島。

 

 そんな中、愛宕はニッコリと笑いながら人差し指を立て、

 

「比叡ちゃん様子が良くないと思ったので、眠ってもらうことにしました~」

 

 ……と、愛宕の瞬間移動? を目の辺りにし、黙ったまま頷く俺であった。

 

 

 

 やっぱり愛宕、マジパネェ……。

 




次回予告

 愛宕先生マジパナイ。
しかし、この状況だと完全に会話内容は聞かれていた……?
うん。そうだったら、比叡の運命はこれにて終了……と思いきや、

 マジで、ヤバいかもしれない。

 艦娘幼稚園 第三部
 ~幼稚園が合併しました~ その11「お願い、死なないで比叡!」

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その11「お願い、死なないで比叡!」

 愛宕先生マジパナイ。
しかし、この状況だと完全に会話内容は聞かれていた……?
うん。そうだったら、比叡の運命はこれにて終了……と思いきや、

 マジで、ヤバいかもしれない。


 

「え……っと、どこから話を聞いていたのでしょうか……?」

 

 非常に気まずい顔を浮かべながら、おずおずと愛宕に問い掛ける霧島。

 

「そうですねぇ~。

 比叡ちゃんが私に睨まれていると思っているところからですね~」

 

「つまり、最初からってことですね……」

 

 そう言って、霧島が「はぁ……」と大きく息を吐きながら肩を落とし、俺の顔を見てきたので頷き返した。

 

 比叡と霧島は愛宕に黙っていて欲しかったようだが、それらの会話をほとんど聞かれてしまった以上しかたがないと思ったのだろう。

 

 ここから隠す方が、より一層不快感を与えそうだからね。

 

 ……問題は、今の愛宕が怒っているかどうかなんだけれど。

 

「どうかしましたか、先生?」

 

「い、いえ。

 なんでもないんですが……」

 

 俺の視線を察知して、即座に問い掛けてくる愛宕。

 

 見た感じはいつも通りのニコニコ顔。威圧感のあるオーラもなさそうだし、素直に聞いてみるのが1番だろう。

 

「比叡と霧島の話を聞いて、愛宕先生はどうお思いですか?」

 

「そうですねぇ……」

 

 右手の人差し指を顎元につけ、視線を天井に向けながら「う~ん……」と考え込む愛宕。

 

 その様子を見て、相変わらず可愛いなぁと思った俺は悪くないはずだ。

 

 ついでに言えば、右腕が胸部装甲を押し上げるようになっているので、より一層際立っていてですね……。

 

「……先生、鼻の下が伸びきっていますよ?」

 

「なぬっ!?」

 

 霧島の指摘を受け、慌てて視線を逸らしながら冷静を保つ俺。

 

 それとなく見ていたはずなのに、どうしてばれたんだろう……。

 

「先生の視線はいつものことですから気にしていませんけど、比叡ちゃんがそんなことを思っていたとはちょっぴり悲しいですね~」

 

「ですが、実際に比叡姉様は愛宕先生に怯えていまして……」

 

「う~ん、やっぱりあのときのことが問題なんでしょうか~」

 

 今度は胸を支えるかのように腕を組んだ愛宕だが、それによってさらに強調され……って、何番煎じになるんだよ、これ。

 

 もちろんおっぱいが大好きな俺としては見逃すなんてことはできないし、いつものことだから気にしていないと言われたのなら凝視しても問題ないだろうと、ガン見してみる。

 

「………………はぁ」

 

 うわ。霧島が白い目を浮かべてため息を吐いちゃっているんだけれど。

 

 ダメだぞ、ちっちゃい子がそんな態度を取ったら。

 

「誰のせいですか、誰の」

 

「いや、俺は何も言っていないんだけど……」

 

「言葉にしなくても、顔に書いてありますので」

 

「またまた、そんなことが……」

 

「そうですよね~。

 先生は喋らなくても考えていることがすぐに分かりますし~」

 

「えっ、マジですか!?」

 

 愛宕にまで言われてしまってはさすがにマズイ。

 

 ここは仕方なく、自重しなければならないのだろうか。

 

 ………………。

 

 むぐぐ。これほどまでに至福の光景が目と鼻の先にあるというのに、視線を逸らさなくてはならないとは……。

 

「……いまさらな感じであるというよりも、すでに手遅れではないのでしょうか?」

 

「いえいえ~。

 先生はこれで普段通りですから~」

 

「そ、そうなのですか……。

 その、少しばかり先生のことを考え直さなければならないかもしれません……」

 

「あらあら。

 霧島ちゃんは、先生を諦めるんですね~」

 

「……そ、そうとは言っていません!」

 

 急に怒り出した霧島はキッと睨みを効かせたが、対する愛宕はのほほんとした感じの笑みを浮かべたまま微動だにしない。

 

「先生が大きなおっ……ではなく、胸部装甲好きは誰もが知るところですが、それくらいのハンデなんて霧島の頭脳でクリアして見せます!

 そして、いつかは先生を更正させて、超絶なイケメンに変えるのが霧島の夢なんですから!」

 

「うふふ~。

 頑張ってくださいね~」

 

「くっ……、そのような余裕を見せられても、霧島は絶対に諦めませんからっ!」

 

 霧島は愛宕にビシッと指を突きつけ、続けてこちらを見る。

 

 だがしかし、俺は言いたい。

 

 俺の性癖……、周知の事実だったの……?

 

 それと、霧島の夢って具体的過ぎるとかそういうレベルじゃなくて、色んな意味で怖いんですが。

 

 そして愛宕は愛宕で、どうして霧島を煽るようなことをするのかなぁ……。

 

 プロレスの後にご褒美をくれたことを考えたら、相思相愛に近くなってきていると思っていたんだけど、勘違いだったのだろうか。

 

 うぅ……、非常に残念無念だぞ……。

 

「さて、その点はひとまず置いておきまして、比叡ちゃんのことなんですが~」

 

 俺としては置いておかれてもへこむのだが、本目的である以上無碍にもできないか。

 

「私が比叡ちゃんを睨んでいたというのは、おそらく勘違いだと思いますよ~?」

 

「勘違い……ですか」

 

 俺の言葉に愛宕はコクリと頷き、続けて口を開く。

 

「授業や昼食時に子供たちの様子をチェックするのは教師として必要ですし、危ないことをしていないかと目を光らせておかなければいけません。

 たぶんですけど、そのときの視線が比叡ちゃんを怯えさせていたと思いますね~」

 

「し、しかし、そんなことで比叡が悩むほど怯えるとは思えないんですけど……」

 

 潮のように元が怖がりならまだしも、比叡は霧島と同じように元は佐世保に所属する艦娘だったのだ。海上で深海棲艦と幾度と泣く先頭を繰り返して渡り合ってきたはずだし、愛宕のチェックする視線が少々厳しかったとしても、俺に相談するくらいになるとは思えない。

 

「もちろん、普段であればそうはならないと思います。

 でも、比叡ちゃんは舞鶴にきたときに、ちょーーーっとだけ、教育しちゃっていますからねぇ~」

 

「教育……って、あっ!」

 

 言われて思いだした俺は、とっさに声を上げた。

 

 愛宕が言う通り、比叡、榛名、霧島が舞鶴にやってきたとき、金剛の行動に納得できず、俺に食ってかかってきたんだよな……。

 

 それらの行動が少しばかり目に余るからと言って、愛宕が比叡1人を別室に連れていって……何をしたのかは分からないが、ずいぶんと大人しくなったのだ。

 

 それから比叡は愛宕に絶対服従……とは言わないまでも、反抗するようなことは一切しなかった。

 

 それらを考えてみれば、比叡の心に愛宕に対するトラウマ的なモノが刻まれてしまっていてもおかしくはないかもしれないが……、

 

 

 

 いやいや、愛宕先生。いったい何をやったんですかって話になるんだけれど。

 

 

 

 しかしそれを聞く勇気は全くないし、やらない方が身のためだ。

 

 そうとはいえ、その点を踏まえた上で対処をしなければならないこともまた事実であり、比叡の誤解を解くために必要だろう。

 

 ……誤解かどうかは、愛宕と比叡のみが知る訳なんだけどね。

 

「とりあえず、比叡ちゃんとしっかりお話しなければいけませんねぇ~」

 

「そ、それは分かりますが、その、あまり比叡を追い詰めるのは……」

 

「もちろん分かっていますけど、先生ったら酷いですよ~」

 

「あ、いや、そういうつもりではないんですがっ!」

 

「うふふ~、嘘ですよ~。

 先生が子供たちを思う気持ちは分かっていますから、気にしていませんからね~」

 

 そう言って、満面の笑みを浮かべた愛宕だが、

 

「あ、あの……」

 

 何やら悲壮な声が聞こえてきたので、俺と愛宕が振り返る。

 

 するとそこには、前のめりに倒れたままの比叡に寄り添った霧島が、青い顔を浮かべてガタガタと震えていたのだが……いったいどうしたんだ?

 

「ひ、比叡姉様が……、い、息をしていないんですが……」

 

「………………は?」

 

 いやいや、いくらなんでもそんなことは……、

 

「あら~、本当ですね~」

 

「ちょっ、そんな軽い口調で言うことじゃないですよねーーーっ!?」

 

 ことの重大さに気づいた俺は、大声をあげて比叡の側にダッシュをする。

 

「お、おい、比叡!

 だ、大丈夫かっ!?」

 

 両肩を抱いて起こしてみたが比叡の反応はまったくなく、人が切れた人形のように手足がだらりと力無く揺れる。

 

 どう考えても大丈夫ではない状況に、俺の顔が青くなっていくのが鏡で見なくても分かってしまう。

 

「せ、先生……っ!」

 

「……っ!

 い、今すぐ医務室に連れていかないと!」

 

 霧島の声に気を取り戻した俺は、比叡を抱いたまま立ち上がろうとする。

 

「先生、ちょっと比叡ちゃんをこちらに渡してもらえますか~」

 

「し、しかし、ことは一刻を争う……」

 

「いえいえ、これくらいのことならモーマンタイですよ~」

 

 無問題と書いてモーマンタイ。中国の広東語でそういうらしいが……って、そんなことを考えている場合じゃないのだが。

 

 俺としてはすぐに医務室に連れていって治療を受けるべきだと思うのだが、艦娘のことは艦娘が1番良く分かるだろうし、ここは愛宕に任せるべきかもしれない。

 

「そ、それじゃあ……」

 

 俺は恐る恐る比叡を愛宕に預け、大きく息を飲む。

 

「はい、預かりました~。

 少しばかり、待ってくださいね~」

 

 愛宕は比叡の身体を体育座りをさせるように床に置く。首はだらりと力無く落ち、明らかに意識が戻っていない。もちろん背中に動きも見られないことから、今も息をしていないのは明白だった。

 

 いつの間にか口の中に貯まったたくさんの唾を、俺はゴクリと飲み込んだ。気づけば手にはビッショリと汗がにじみ、小刻みに震えている。

 

「それじゃあ、よいっしょっと~」

 

 そんな俺の気持ちも露知らず。愛宕は変わらぬ口調で比叡の背中が話に回り込んで右膝を当て、

 

「えいっ!」

 

 

 

 ゴキャッ!

 

 

 

「……ひっ!?」

 

 あまりの大きな音に、固唾を飲んで見守っていた霧島が驚いて声を上げた。

 

「ご………………かはっ!」

 

「ひ、比叡姉様!?」

 

「これでオッケーですね~」

 

「ごほっ、ごほ……っ!」

 

 むせて咳込む比叡に霧島は急いで寄り添い、意識があるのを確認してからホッと胸を撫で下ろした。

 

「良かった……、本当に良かったです……」

 

「泡を吹いて前のめりで倒れたことで、気道が閉じちゃったみたいですね~」

 

「な、なるほど……」

 

 結局それって愛宕のせいなのでは……と突っ込みたいけれど、それをさせないオーラが見えたような気がして、俺は即座に口を閉ざす。

 

 比叡が怖がっていた視線というのは、案外これだったのかも知れない……と、俺は心の中で呟くのであった。

 

 

 

 な、なにはともあれ、比叡が死ななくて良かったと思うべきだよね……?

 




次回予告

 比叡はなんとか助かりました。
そして治療のためにと連れられていったのだが、このまま何もやらなくて良いのだろうか?

 否、ここは一肌脱ぐべきだろう。

 艦娘幼稚園 第三部
 ~幼稚園が合併しました~ その12「久しぶりの宴」

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その12「久しぶりの宴」

※一部文章にプロット文が混じっていました。
 現在は修正済みです。


 比叡はなんとか助かりました。
そして治療のためにと連れられていったのだが、このまま何もやらなくて良いのだろうか?

 否、ここは一肌脱ぐべきだろう。


「それじゃあ比叡ちゃんの治療に向かいますので、後はよろしくお願いいたしますね~」

 

「は、はい……」

 

 にこやかに手を振る愛宕に返事をすると、真っ青な顔をした比叡を連れて部屋から出て行った。

 

「こ、これで良かったのでしょうか……」

 

「確かに、悪口とも取られかねない会話を聞かれてしまった後に連れていかれるのは少しばかり心配にはなるかもしれないけれど、ここは愛宕先生を信じるべきだと思うぞ?」

 

「そう……、思いたいのですが……」

 

 霧島はゆっくりと息を吐き、ズレていた眼鏡を直すためにブリッジに指をかける。表情は普段とあまり変わっているようには見えないが、手が小刻みに震えているところを見る限り、心境は思わしくないのだろう。

 

 そりゃあまぁ、比叡が怖がる当の本人の愛宕に連れていかれたとなれば、心配になるのは当たり前だが。

 

 しかし、治療と言われたら断ることもできないし、少しの時間とはいえ息が止まっていたのだから大事に越したことはない。艦娘と人間の違いを明確には分からないけれど、後遺症の可能性があるのならしっかりと調べてもらいたいのだ。

 

 ……そういえば、俺が佐世保でプリンツに踏まれた際、しっかりと検査をした記憶がないんだけれど。

 

 治療所の女医さんに簡単なチェックと問診を受けて大丈夫だと言われたが、本当にそうなのだろうか……?

 

「……どうしたのですか、先生。

 何やらさきほどから、頭の後ろ辺りをさすっているようですが」

 

「あー、いや。

 なんでもない。なんでもないよ」

 

 霧島に手の平を見せて大丈夫だと伝え、肩を落としながら微笑んだ。

 

 いまさら気にしたとしても後の祭り……とはならないだろうが、あれからだいぶんと時間も経っているけど身体に不調はないし、心配のし過ぎだろう。

 

「さて、それじゃあこれからだけど……」

 

「そうですね……。

 比叡姉様がいない以上話を続けることもできませんし、そもそも愛宕先生本人にバレてしまったのですから対処のしようがなくなりましたので、完全に手詰まりとなってしまいました」

 

「いやいや、そんなことはないよ」

 

「……え?」

 

 素っ頓狂な声を出し、俺の顔を見上げてくる霧島。

 

 仮にも幼稚園の頭脳と自称するくらいなのだから、もう少し考えてほしいところなんだけれど……というのは少々酷だろうか。

 

 ……いや、もっと言うのであれば元は普通の艦娘だったのだから、他の子供たちより賢いのは当たり前だけどね。

 

「今から取るべき手は十分にあるし、ちょっと調べておきたいこともあるから、手伝ってもらえないかな?」

 

「霧島が……ですか?」

 

「ああ。

 比叡を救うため……になるかどうかは分からないけれど、助けてくれると嬉しいかな」

 

 俺はそう言って、ニッコリと笑みを浮かべて霧島の目を見た。

 

「……っ!

 わ、分かりました。

 せ、先生にそう言われては、断れるはずもありません……」

 

 なんだか嫌そうな口調で返された挙げ句、顔を背けられたのはちょっぴりショックだったりして。

 

 でもまぁ、嫌だとは言われてないので大丈夫だろうと、俺は愛想笑いを浮かべながら説明を始めた。

 

 

 

 

 

 霧島にお願いごとをしてから幼稚園前で別れ、玄関扉の戸締まりを確認してから寮へ戻る途中に携帯電話を操作してメールを送る。

 

 自室に入った俺は必要になるのであろうノートと筆記用具を入れた小型の鞄を準備したが、メールの返信によっては予定を変えなければいけなくなるので内心ハラハラだ。

 

 それじゃあ先に連絡を入れて確認してから霧島に話をすれば良かったんじゃないかと思えるが、いまさらそんなことをいっても始まらない。

 

 最悪の場合、別の場所を確保する手段を考えなければ……と思っていたところで、携帯電話の着信音がポケットから聞こえてきたので取り出してみる。

 

「ん……、この番号は……?」

 

 ディスプレイに写る番号と一緒に、名前が表示されていない。つまりこれは、電話帳に登録していない番号からだということが分かる。

 

 高校生活に至るまでほとんど友人らしき人物がいなかった俺にとって、登録されている番号は数少ない。逆にいえば、俺の番号を知っている人物も少ないということであるが。

 

 ……なんか、いまさらながらに涙が出てきそうになってきたんですが。

 

「おっと……、へこみそうになっている場合じゃないよな」

 

 負のループにはまりそうだった俺を着信音が呼び覚まし、半ば反射的に通話ボタンを押してしまったので、携帯電話を耳に当てた。

 

「も、もしもし……?」

 

「いきなりの電話、失礼いたします。

 こちらは先生の携帯電話で良かったでしょうか?」

 

「は、はい。

 そうですけど……」

 

 とっさに答えたのが良かったのかどうかと心配すると同時に、何やら聞き覚えのある声なんだけれど。

 

「メールの件についてお返事しようと思ったのですが、今の時間はよろしいでしょうか?」

 

「メールの……って、ああっ!」

 

 寮に帰ってくる途中に送ったメールを思い出すが、その相手の声ではない。しかし、俺の頭の中に浮かんだ1人の顔と声が一致した途端、思わず大きな声を出してしまった。

 

「この声は鳳翔さんですか!」

 

「あっ、これは失礼いたしました。

 名乗る前に質問をしてしまい、申し訳ございません」

 

「い、いえいえ。

 ご丁寧にありがとうございます……」

 

 どう返していいのか分からない俺はとりあえず思いついた言葉を並べ、返事を待つことにする。

 

「それで、千歳に送っていただいたメールの件なのですが」

 

「あ、はい。

 いきなりお願いをして申し訳ないのですが、どうでしょうか……?」

 

「実は……」

 

 俺の問い掛けに鳳翔さんの口調が重たくなり、思わず唾をゴクリと飲み込んだ。

 

 むむ……、やっぱり当日にお願いしても、難しいよなぁ……。

 

「今日の予約は入っていませんので、2階の大部屋は空いていますので大丈夫ですよ」

 

「ほ、本当ですかっ!?」

 

「ただ、急遽になりますのでコース料理などをご用意することはできないのですが……」

 

「い、いえ、それは大丈夫です!

 食事をしながら話をできる場所をお借りしたいだけなので、まったく問題はありません」

 

「そうですか。

 それなら今からでも大丈夫ですので、お待ちしておりますね」

 

「ありがとうございます!」

 

 電話越しに聞こえる鳳翔さんの声を聞き、いつもの笑みを浮かべているのを想像しながら俺は頭を下げて終話ボタンを押した。

 

 ふぅ……、これでなんとかなったな。

 

 後は霧島が、班のみんなを集めてくれれば言うことがないのだが。

 

「呼び出した俺が遅れる訳にもいかないし、心配していたって始まらないからな。

 早速鳳翔さんの食堂に行って、みんなを待つことにするか!」

 

 嬉しさで思わず独り言を大きな声で喋りながら、準備していた鞄を持って自室を出る。

 

 足が無意識に早くなって久しぶりのスキップをしそうになるのを抑えながら、日が暮れていく鎮守府内を進むのであった。

 

 

 

 

 

「それじゃあ、かんぱーい!」

 

「「「かんぱーい!」」」

 

 鳳翔さんの食堂にある2階の大部屋に、俺と子供たちの声が響き渡る。

 

 霧島に頼んでいたお願いは完璧に実行され、大きなテーブルを囲むように座っていた。

 

「いやー、先生も粋なことをするよねー」

 

「そうですね、北上さん。

 運動会のときはいけ好かない……と思っていましたけど、少しくらいは認めてあげても良いかもですね」

 

 嬉しそうにオレンジジュースを飲む北上は良いとして、大井は俺のことをそんな風にとらえていたのか……。

 

 霧島といい、大井といい、なんか俺の評価がボロクソなんですが。

 

 いったい何がいけないのか本気で分からなくなりそうなんだけれど、この機会に少しでも良い方向へ進んでくれればと思う。

 

「あれれ、先生のコップが空いているじゃない。

 雷が注いであげるから、持ってくれるかしら」

 

「おっ、ありがとな」

 

「ううん、良いのよ。

 もっと、もーーーっと雷に頼って良いんだから」

 

「雷ちゃんずるいのです。

 電のジュースも、飲んでほしいのですっ」

 

「分かった分かった。

 雷が注いでくれたジュースを飲んだら電にお願いするから、よろしく頼むな」

 

「はいです。

 うれしいのですっ」

 

 ニッコリ微笑んで嬉しそうに頷く電に、俺はホッと胸を撫で下ろす。

 

 まぁ、ジュースの1杯や2杯くらい、余裕だから大丈夫だろう。

 

「それじゃあ先生、響の分も受けてくれるかな」

 

「……え?」

 

 気づけば響がすぐ横にいて、いつの間にか2リットルのペットボトルを持って待ち構えていた。

 

「響ちゃんもなのですか!?」

 

「雷と電が先生に注ぐのなら、響の分も受けてくれるよね?」

 

「あ、ああ。

 もちろんだけど……」

 

 そう答えた俺の視線は、響よりもその後ろに向いてしまう。

 

 ソワソワした感じで同じようにペットボトルを持った暁が、恥ずかしそうな表情でチラチラと俺の方を見ているのだ。

 

 こ、これは、4人から注いでもらわないといけないよね……。

 

 コップのサイズはジョッキとまではいかないものの、結構大きめなんだけど。

 

 とはいえ、ここで1人だけ仲間外れはよろしくない。ここは気合いを入れて飲み干さねば。

 

「ゴッ……ゴッ……ゴッ……」

 

「す、すごいのです!

 先生の飲む勢いが半端じゃないのです!」

 

 2番手の電からジュースを注いでもらい、続けて一気に飲み干していく。

 

「……よし、次は響にお願いするよ」

 

「う、うん……って、そこまで喉が乾いていたのかな……?」

 

 少し心配そうな顔で響が呟きながらも、なみなみと注いでくれた。

 

 も、もう少し少なめでも……と言う訳にもいかないし、頑張って飲んでいくが……、

 

「ごふ……、ぐ、げふぅ……」

 

「なんだか先生が苦しそうなのです……」

 

「い、いや、大丈夫だ。

 ちょっと勢いよく飲み過ぎただけだから、心配しなくていいよ」

 

「しんどくなったら、雷に頼ってくれたら良いのよ?」

 

「ああ、ありがとな」

 

「響もできることならするから、気軽に言ってくれれば良いから」

 

 ペットボトルをテーブルに置いた響は、なぜか俺の方に身体を向けて正座をし、ポンポンと自分の太ももを叩いた。

 

 えっと、それって……、そこに頭を置けってことなんだろうか。

 

 つまり、ひざ枕をしてくれるってことで、ファイナルアンサー?

 

「先生をひざ枕……、キライじゃない」

 

「ひ、響ちゃんが大胆なのです!」

 

「雷も負けていないわ!

 先生、雷の太ももに寝てくれて良いのよ!」

 

 いやいやいや、なんでやねん。

 

 ジュースを注いでくれる流れから、どうしてひざ枕をする方向に進むんだよ。

 

「べ、別に、暁はそんなことをするつもりなんてないし、ジュースを注がなくても平気なんだから……」

 

 そしてそんな俺達を見ながら、ふて腐れている暁がブツブツと呟いている。

 

「……げふっ、お、おーい、暁ー。

 せっかくペットボトルを持っているんだから、注いでくれないかー」

 

「……へっ?」

 

 仲間外れは良くないからと、俺は必死になってコップを開けてから暁にお願いする。

 

「みんなから注いでもらったジュースがなくなっちゃったし、暁のも飲みたいんだけどなー」

 

「……っ、しょ、しょうがないわね。

 1人前のレディのジュースを、味わって飲むのよ!」

 

 そう言って嬉しそうに俺のコップにジュースを注ぐ暁の顔を見たら、頑張りも無駄ではないと思えてくる。

 

 べ、別に、響や雷のひざ枕が残念って思っている訳じゃないんだからね!

 

 ……とまぁ、久方振りのテンプレ思考をジュースで流し込みながら、楽しい夕食の時間は過ぎていく。

 

「先生……、目的を完全に忘れてしまっているような気がするのですが」

 

 そんな俺の状況を見かねた霧島が、大きなため息を吐いて苦言を申したとしても、仕方がないことだったのかもしれない。

 

「ま、まぁなんだ。

 忘れていた訳じゃないんだけどさ……」

 

「それなら良いですけど、せっかくですし」

 

 言って、俺にペットボトルの先を向ける霧島に、げんなりとしそうになったのは言うまでもなく。

 

「あ、ありがとう……、いただくよ……」

 

 若干呆れながらも、ほんのりと嬉しそうな笑顔が見られたのだから良しとするしかないよね……?

 

 

 

 胃の中は、ジュースでタッポンタッポンだけどさ……。

 




次回予告

 ちょっとしたトラブルも乗り越え、夕食会も終わりが見えた……と思いきや、何やら様子がおかしいようです。

 謎なアイテムに、お約束……?
 いや、マジパナいよ?

 艦娘幼稚園 第三部
 ~幼稚園が合併しました~ その13「楽しい夕食会?」

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その13「楽しい夕食会?」

 ちょっとしたトラブルも乗り越え、夕食会も終わりが見えた……と思いきや、何やら様子がおかしいようです。

 謎なアイテムに、お約束……?
 いや、マジパナいよ?


 鳳翔さんの食堂2階にある大広間で開催した愛宕班の子供たちとの夕食会。ジュースで乾杯の後は千歳や千代田に持ってきてもらった食事を楽しく平らげ、腹八分目もそこそこに、まったりとした空気が漂っていた。

 

「ふぃ~、食べたねぇ~」

 

「お腹が一杯ですね、北上さん」

 

 ポンポンとお腹を叩く北上に寄り添う大井がニッコリと笑う。小さいながらに夫婦みたいな雰囲気をかもしだしているのは、少々問題がある……と思うべきなのだろうか。

 

「ふぅ……、ごちそうさま」

 

「暁もごちそうさまね。

 鳳翔さんの料理はおいし過ぎちゃって、ついつい食べ過ぎちゃいそうになっちゃうわ」

 

 響と暁は行儀良く両手を合わせ、お箸を揃えてテーブルに置いた。

 

 この辺りは幼稚園で教えている甲斐があって、マナーも問題なさそうだ。

 

「はぐはぐ……」

 

「もぐもぐ……なのです」

 

 姉の2人は終えたが、妹である雷と電の2人は未だ食事中。どう見ても食べ過ぎのような気がするのだが、大丈夫なのだろうか。

 

「な、なんだか今日は、多く食べているんじゃない……?」

 

「そうだね。

 少し食べ過ぎのように見えるけど、大丈夫かな……?」

 

 心配になった姉の2人が声をかけるが、雷と電は気にせず食べ続ける。その勢いたるやお弁当を食べる昼食の比ではなく、表情も若干苦しそうに見えることから、無理をしているのは明白なんだけれど。

 

「こ、これくらい……も、問題ないわ……」

 

「そ、そうなのです……。

 もっといっぱい食べて大きくなって、先生好みになるのです……」

 

 そう言った2人は余った料理に箸を伸ばそうとするものの、

 

「げ、げふ……」

 

「く、くるしい……のです……」

 

 手がプルプルと震え、どう考えても限界ギリギリだ。

 

 これ以上食べようとすれば間違いなく危険だろうし、早く止めなければいけない。

 

「こらこら。

 そんなに無理をしてまで食べなくてもちゃんと成長するんだから、それくらいで止めておきなさい」

 

「で、でも……」

 

「い、電は早く大きくなりたいのです……」

 

 首を左右に振ろうとする2人だが、徐々に顔色が青くなってきた。

 

 どう考えてもリバース寸前です……って、そんな余裕をかましている場合じゃなくてだなっ!

 

「お、おい、大丈夫か!?」

 

 俺は慌てて辺りを見回し、受け皿にできそうな物を探す。

 

「あー、なんだかやばそうな雰囲気になっちゃってるねぇ~」

 

「もう……、せっかくいい気分だったのに……」

 

 雷と電の様子に気づいた北上と大井が、けだるそうに寄ってくる。ポケットをゴソゴソとあさって小さな筒状の物を取り出した北上と同時に、大井がテーブルにあったミネラルウォーターをコップに注いで2人に渡した。

 

「はい、これ胃腸薬。

 高速修復材が含まれているから、グイッといっちゃってー」

 

「ただしものすごく苦いですから、水で流し込んでくださいね」

 

 一瞬ためらいそうになった雷と電だが、さすがにこの場でリバースするのは……と思ったのか、すぐに両方を受け取って口に含む。

 

「……っ!」

 

「苦いのです……っ!」

 

「ほらほら、さっさと水で流し込まないと、もっとやばいよー」

 

「「んぐ……んぐ……」」

 

 2人は涙目を浮かばせながらコップの水を一気に流し込み、全部を飲みきった。

 

「ぷはぁ……」

 

「……なのです」

 

 カンッ! と大きく音を立ててコップがテーブルに置かれ、なぜか頭の中に発泡酒のCM映像が浮かび上がる。

 

 だがしかし、俺は炭酸が飲めないので美味しそうだなぁとかは思わないんだけれど。

 

 気づけば雷と電の顔色は良くなり、吐き気を催している感じはない。北上は胃腸薬に高速修復材が含まれていると言っていたが、万能過ぎて声も出ないぞ。

 

 ……って、普通はドッグで破損を修復する際に使うはずなんだけど、飲んじゃっても大丈夫なんだろうか?

 

 なんか別の意味で怖くなってきたんだけれど、今のところ雷と電に問題らしいところは見受けられないが……。

 

「ふぅ……、助かったわ」

 

「ありがとなのです」

 

 2人は揃って北上と大井にお辞儀をする。

 

「良いって良いって。

 困ったときはお互い様だからねー」

 

「北上さんの神聖なるご好意に感謝しまくってくださいね」

 

 気軽に手をパタパタと振っている北上は問題ないが、大井の発言は色んな意味で怖い。

 

 下手をすれば北上教みたいな名前の宗教を立ち上げそうで、気が気でないんだけれど。

 

「あ、あはは……」

 

 困った表情ながらも笑みを浮かべる雷に、どうして良いのか分からないといった風な電だが、俺も当事者だったらそうなっちゃうんだろうなぁ。

 

 しかしまぁ、これでなんとか危機は去ったと言えなくもない……と思っていたところで、あることを思い出す。

 

 北上に大井、暁と響は食事を終え、雷と電もこれ以上食べられないだろう。

 

 これで全員だと思いきや、もう1人忘れているような気がするんだけれど。

 

「もぐもぐ……、もしゃもしゃ……」

 

 なにやら可愛らしい声とともに、箸と皿が触れる音が時折流れ、テーブルの上に残っていた料理が消えていく。

 

「………………」

 

 どこからどう見ても、霧島の姿です。

 

 そして霧島の付近に積まれている皿の数は、明らかに他の子よりも多いんですが。

 

 目視でおおよそ倍……。いや、下手をすれば3倍か。

 

 いくら元は普通の艦娘だとはいえ、現在は子供の大きさのはずなのに。

 

 いったいどこに、それらの料理がおさめられているのだろうか……。

 

「……ふむ。

 お腹具合はちょうど半分というところですけど、あまり料理が残っていませんね」

 

 キョロキョロとテーブルの上を見回し、霧島はゆっくりと立ち上がる。

 

「き、霧島、どこに行くんだ……?」

 

 食事中にトイレへ行くのはお行儀が悪いぞと言いたいところだが、

 

「追加の料理を鳳翔さんにお願いしようと思うのですが、他の方々はどうされますか?」

 

「い、いや……、俺はもうお腹がいっぱいだけど……」

 

 冷や汗をかきながら左右を向き、他の子供たちに視線を配る。

 

「「「………………」」」

 

 揃いも揃って、首を左右に振りました。

 

 ええ、もちろん引きつった笑い顔を浮かべながらね。

 

「そうですか。

 それじゃあ3人前程度で大丈夫そうですね」

 

 言って、霧島はスタスタと歩き、階段へ続く襖を開けるや否や、

 

「鳳翔さーん。

 3人前の料理を追加でお願いしますー」

 

 大きめの声で、注文していた。

 

 ……うん。行儀が悪いので厨房に下りてから言いなさい。

 

「鳳翔さーん、千歳さーん、千代田さーーーん……」

 

 だが霧島は叫ぶのを止めない。

 

 むしろ徐々に声が大きくなってきているんですが。

 

「………………」

 

 ……黙っちゃったね。

 

 なにや眉間にシワが寄って、頭の上に怒っているマークのようなモノが見えそうな感じなんだけれど。

 

 これって、やっぱりマズイ……よな?

 

「すぅーーー……」

 

 大きく息を吸っているだけだと深呼吸に見えるが、これはどう考えても……、

 

「マイクチェックの時k」

 

「ちょっと待ってストーーーーーップ!」

 

「もがっ!?」

 

 俺は慌てて霧島に近寄って後ろから羽交い締めにし、両手で口を塞ぐ。

 

「大声を出したら厨房のみんなに悪いだろ。

 俺が行ってくるから、霧島はテーブルについて待ってれば良いよ」

 

「も……、もがもが……」

 

「……って、ああそうか。

 俺が口を塞いでいたら返事もできないよな」

 

 これは失敗失敗。

 

 俺は苦笑を浮かべながら両手を離し、後頭部を掻いたのだが、

 

「せ、せ、先生っ!

 こ、こういうことは、あまり……その……」

 

 振り向いた霧島が顔を真っ赤にして恥ずかしげに……って、なんだこれ?

 

「今のは羨まし……ではなくて、ちょっと問題だね」

 

「あ、一人前のレディである暁は別に気にしないんだから!」

 

「ちょっと先生!

 雷の前で浮気なんて、すこーしばかり許せないんだけど!」

 

「ず、ずるいのです……」

 

 そして背中に突き刺さる声と冷たい視線。

 

 ヤバいと思いながらも、ギギギギギ……と音を立てるかの如く振り返ってみるが、

 

「あーあー。

 また先生がやっちゃったねー」

 

「完全に性根が悪いのよ……。

 あ、いえ、なんでもないですよ?」

 

 白い目を浮かべた北上と大井も加わり、完全にアウェーな感じになっちゃっているんですが。

 

 これは……その、久しぶりに詰みってやつですよね……?

 

「うーん、やっぱ難しいよねー、この空気」

 

 北上がやれやれといった風に両手を広げて上に向け、首を振ったところで膝から崩れ落ちてしまった俺だった。

 

 

 

 

 

「ところでそろそろ、本題に入った方がよろしいと思うのですが」

 

 3人前の追加を食べ終えた霧島が俺に問う。

 

 なお、俺は他の子供たちによる糾弾により、身も心も朽ち果てかけていた状態で正座をしているんだけれど。

 

 特に雷と電から半泣きになりながら両手をグルグルと回すパンチを喰らい続けたために、身体中が痛いんだよね。

 

 端から見たら可愛らしく思えるかもしれないが、子供だといっても艦娘。普通の人間よりも半端じゃないほど威力が高いです。

 

「本題……って何かな?」

 

「今日、ここで夕食会を開いたのは理由があるということです」

 

 響の問いに霧島が手を合わせ、ごちそうさまをしながら答えた。

 

「なるほどねー。

 いきなり夕食会に誘われるなんて何だろうと思っていたけれど、そういうことねー」

 

「私は北上さんと一緒にご飯を食べられればどこでも良いと思っていましたけど……って、まさか!?」

 

「ひっ!?」

 

 大井が俺のすぐ前に来て、ダムッ! と大きな音を立てた足踏みをする。

 

「こ、こら。

 ここは2階で、下には厨房やお客さんがいる食堂なんだから、そんなに音を出したら……」

 

「うるさいです!

 私や北上さんを集めて嫌らしいことを企む先生に、鉄槌を食らわせてやるのだから問題はありません!」

 

「い、いやいやいや!

 そんな考えなんて、微塵も持ってないよっ!」

 

「それじゃあどうしてさっき、霧島を羽交い締めにして手込めにしようとしたんですか!」

 

「あれは大声を出そうとしていた霧島を止めるためであって、やましい考えなんかは……」

 

「問答無用です!」

 

「うおっ!?」

 

 急に大井が俺の顎を狙って蹴りを繰り出したが、なんとか身を引いて避けることに成功した。

 

「ちょこざいな!」

 

「ま、待て、大井!

 これ以上は足が痺れて……」

 

「つまり好機ってことですね!」

 

「嘘ーーーっ!」

 

 大井は蹴り上げた足を下ろして床を踏み締め、身体を捻って重心を移動する。おそらくこれは俺の顔面を狙った横蹴りだが、今の体制では避けることは難しい。

 

 このままではクリーンヒットが確実で、下手をすれば昏倒もやむなし……と思ったところで、

 

「落ち着きなよ、大井っち。

 なんか良いことでもあったのかな?」

 

「き、北上さんっ!?」

 

 横蹴りを繰り出そうとした大井の手を引っ張った北上が、ニッコリと笑みを浮かべていた。

 

「ど、どうして止めるんですか!?」

 

「もし大井っちが先生の顔を蹴っちゃったら、本題について聞けないじゃん」

 

「そんなの、北上さんにいやらしいことをしようとするに決まっています!」

 

「いやいや、それだったら先に霧島が止めるだろうし、分かっててみんなを集める訳がないでしょ?」

 

「そ、それは……、そう……かもしれませんけど……」

 

 表情が曇った大井は横蹴りの体制を崩し、不満げにしながら俺の方を見る。

 

「き、北上の言う通り、俺にそんなやましい考えはないから、話を聞いてくれると嬉しいんだけど……」

 

「………………」

 

 大井はいぶかしげに俺の顔をジロジロと見つめ、「はぁ……」とため息を吐いた。

 

「……分かりました。

 北上さんの顔を立てて、話だけは聞くことにします」

 

 話『だけ』というのは気になるが、蹴られるよりは随分とマシである。

 

「それじゃあ改めまして、お聞かせいただけますか?」

 

「それは構わないんだけれど、どうして霧島は助けてくれようとしてくれなかったのかな……」

 

「それは……色々と理由があるんですが」

 

 言って、霧島は一呼吸を置き、

 

「比叡姉様を助けるために必要だからとみんなを集めましたけど、なぜそうするのかの理由を聞かされていませんでしたので」

 

「………………」

 

 ああ……、そういえば言っていなかった気がする。

 

 でも、助けてくれるくらい、良いと思うんだけどね……。しくしく。

 




次回予告

 大井をなんとかなだめ、子供たちに本題の話をする。
愛宕のことをどう思っているのか。そして、それらは比叡に関係があるのか。

 打ちのめされたり、話が逸れそうになるのを修正しつつ色々と聞いているうちに、なんだか嫌な予感がしてきたんだけれど……?


 艦娘幼稚園 第三部
 ~幼稚園が合併しました~ その14「有り得たかもしれない現実」

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その14「有り得たかもしれない現実」

 つい先日ですが、久しぶりに日間ランキングにのることができました。
これも皆さんの評価、感想のおかげであります。
これからも、よろしくお願いします




 大井をなんとかなだめ、子供たちに本題の話をする。
愛宕のことをどう思っているのか。そして、それらは比叡に関係があるのか。

 打ちのめされたり、話が逸れそうになるのを修正しつつ色々と聞いているうちに、なんだか嫌な予感がしてきたんだけれど……?


 

 ひとまず大井からの攻撃は止んだので、今のうちに子供たちを食事と同じ場所に座らせ、本題へ入ることにした。

 

「今日ここに集まってもらったのは、みんなに聞きたいことがあるんだ」

 

 ゴホンと咳払いをし、両肘をテーブルにつけて指を組む。少し前に元帥がやっていたモノと同じだが、いわゆる司令官的なポーズである。

 

 そんな様子を見てか、いつの間にか霧島が俺の後ろ隣に立つ。サポートをしてくれるつもりなのか、それともポーズに合わせての行動なのかは……定かでない。

 

「ねぇねぇ、先生ー。

 この場合って、蝋燭と水を張ったバケツを用意した方が良いのかなー?」

 

「いや、別に地下にある基地に敵が侵入して、設備を稼動できない状況じゃないからさ……」

 

「そっかそっかー。

 パターン青じゃないんだねー」

 

 両手を頭の後ろに組む北上に、よく分からないといった風の大井がいぶかしげな顔を浮かべていたが、これだといつものように脱線してグダグダになりそうなのでポーズを解いた方が良さそうだ。

 

 とりあえずテーブルの上にあるコップに持ってひと飲み。喉を潤してから気を取り直して口を開く。

 

 ちなみにぬるくはなかったです。念のため。

 

「まず質問なんだけれど、ここにいるみんなの中で、おかしなところがあるのは分かるかな?」

 

「もちろんそれは、比叡姉様が居ないことですわ」

 

「そ、そうだな……」

 

 即座に後ろから帰ってきた霧島の言葉に、出足をくじかれた感じに耐えつつ頷いた。

 

 いやいや、一応みんなを集めた当事者側になるんだから、そこは他の子供たちから返事がくるのを待とうよ……。

 

「そういえば……そうなのです」

 

「うん。

 響も気づいたときからおかしいなと思っていたけれど、誰も言わなかったから黙っていたんだよね」

 

「あ、暁は最初から分かっていたわよ?」

 

「何か用事があったから集まれなかったってことなのかしら?

 それならそうと、雷に頼ってくれれば良かったのに……」

 

 暁の語尾が上がっているところが怪しいが、ここで突っ込んだら脱線は確実なので避けておく。

 

「みんなが思っている通り、この場に比叡は居ない。

 実はそれに理由があるんだが、聞きたいことと関係があるんだよ」

 

「ふーん。

 それっていったい、なんなのさ?」

 

「比叡から直接聞いたんだが……」

 

 俺は言葉を詰まらせつつ、チラリと霧島の顔を見る。

 

「………………」

 

 少し迷った表情を浮かべたものの、俺の意図を理解したのかコクリと頷いたのを見て、再び口を開いた。

 

「愛宕先生との関係が思わしくない……というか、比叡の方が極端に怖がっているようなんだが、みんなは知っているかな?」

 

「「「………………」」」

 

 俺の問い掛けに対し、子供たちの口は一切動かない。

 

 まるでこの大広間に重しをかけられたかのように、空気がどんよりとなった気がする。

 

「ここで話したことを口外するつもりは一切ないし、俺達だけの秘密だ。

 だから、怖がることなく話して欲しいんだけど……」

 

 俺はそう言って、子供たちを安心させようとすると、子供たちが揃って互いの顔を見合せる。

 

「べ、別に暁は愛宕先生のことが怖い訳じゃないんだけれど……」

 

「そうだね。

 問題を起こさなければ、まったく問題はないんだけどね」

 

「それでもやっぱり、怒らせたら大変なのです……」

 

「い、雷も、怒ったときの愛宕先生は勘弁したいわね……」

 

 声は小さいが耳を懲らして話を聞く限り、子供たちが愛宕をどう思っているのかはそれとなく分かる。

 

 愛宕が昼食時に騒ぎ立てる子供たちを静かにさせる行動を目にしたことは多々あるので、この辺りは予想の範疇だけど。

 

 それでもやっぱり、比叡の怖がり方は尋常ではないと思うんだけどなぁ……。

 

「……まぁ、愛宕先生のお仕置き部屋に入ったら、そうなっちゃうよねー」

 

「き、北上さんっ!

 そのことはあまり言わない方が……」

 

「別に良いじゃん、本当のことなんだからさ」

 

「うっ……、そ、それは……その……」

 

 普段通りの口調で話す北上に、明らかに動揺している大井だが、お仕置き部屋とはいったい……?

 

 お仕置き……、お仕置き……。

 

 過去にその言葉を聞いたことがあるような、ないような……。

 

「あれ、先生は経験したことがないのかなー?」

 

「経験って……、愛宕先生のお仕置きをか?」

 

「うん、そうだよー。

 あれだけ愛宕先生の胸部装甲をガン見しているんだから、1度くらいは怒られちゃったことがあるんじゃないの?」

 

「んー、なかったと思うんだけど……」

 

「へー………………、そうなんだー」

 

 無茶苦茶棒読みで返された。

 

 しかも、かなり酷いレベルの白い目で。

 

 なんだか今日、ことごとくみんなの好感度が下がりまくっている気がするのは、勘違いじゃないですよね?

 

「それじゃあ、ヲ級辺りから聞いたりしてないの?

 色々と問題を起こしたりしているから、何回かお仕置き部屋に入ったことがあるはずだよー」

 

「え、そうなのか?」

 

 俺は頭を傾げながら思い返してみる。

 

 現在は艦娘寮でレ級と相部屋のヲ級だが、舞鶴にやってきた当初は監視の意味も込めて愛宕の部屋に同居していた経歴がある。

 

 そのときに色々と話を聞いたことがあるけれど、確か愛宕が寝るのはウォーターベッドだったことや、胸部装甲が凄いから欲しいと言っていた。

 

 ………………。

 

 柔らかいモノばっかりじゃないか。

 

 なんていうか……羨まし過ぎるぞ、こんちくしょう。

 

「舞鶴にきた当初は、愛宕先生の部屋に寝泊まりしていたのは知っているんだけれど、お仕置き部屋に関しては聞いたことがないなぁ……」

 

「ふーん、そうなんだ。

 ヲ級もやっぱり、隠すところは隠すんだねぇ……」

 

 遠い目を浮かべた北上がシミジミと呟くが、なんだか年老いた人が縁側でお茶でもすすっているような雰囲気が醸し出されているような気がする。

 

「ヲ級ちゃんが幼稚園にきてバトルが始まって、それから色々とあったわよね?」

 

「休み時間にちょくちょく現れて、先生を狙う輩はミナゴロシと言って威嚇していた覚えがあるかな」

 

「ちょっとだけ怖かったのです……」

 

「でも、結局数日したら大人しくなったのを覚えているわ」

 

 暁たちが「うん、うん」と頷きあって懐かしむ顔を浮かべるが、俺の知らない間にヲ級は何をやっていたんだよ……。

 

 バトルを終えて他の子供たちと仲良くなったと思っていただけに、この事実はちょっぴりショックである。

 

 しかし雷が言った、数日したら大人しくなったというのは、やっぱり……。

 

「さすがに愛宕先生も放っておけないとかで、お仕置き部屋に連行したらしいからねぇー。

 しかも、1度や2度じゃなかったみたいだし、ヲ級も頑張るなぁとは思っていたけどさー」

 

「確か……3度目が終わった辺りから、見違えるように大人しくなったのを覚えてますね、北上さん」

 

「そうそう。

 でも、お仕置き部屋に入った他の子と違って、あんまり怯えた風じゃなかったんだよねー」

 

 ……ふむ。

 

 結果的に大人しくなったのだから、ヲ級もちゃんと更正した……ということじゃないんだろうか。

 

 いやでもそれだったら、俺への行動がもう少しマシになっても良かったと思うんだけど、思い返してみたら人間だった頃よりかは落ち着いているのかもしれない。

 

 小さい頃は、目が覚めたらいつの間にか横で寝ていたからなぁ……。

 

 別々の部屋で寝ていて、さらに扉の鍵はかけていたはずなのに……だ。

 

 あの頃から年齢に合わない行動をしていたけれど、死なずに人間として成長していたら、いったいどうなっていたのだろうか……。

 

 ………………

 …………

 ……。

 

 あかん、これ、あかんやつや……。

 

「どうしたのー、先生ー。

 なんだか顔色が、すっごい青くなってるんだけどー」

 

「あ……、あぁ、うん。

 だ、大丈夫、大丈夫……」

 

「ふーん、そう?

 まぁ、そういうなら別に良いんだけどさー」

 

 方をすくめた北上を見て、しばらく黙っていた霧島が唐突に口を開いた。

 

「ところで先生。

 この話は比叡姉様に何の関係があるのでしょうか?」

 

「ん、あ、そういえばそうだったな」

 

「そういえば……って、もしかして忘れていたんですか!?」

 

「あ、いや、そういうことじゃないんだけれど、あまりにも厄介な想像をしてしまったおかげで、ちょっと頭が空白になってしまったというか……」

 

「そ、それはつまり、比叡姉様に危険が……っ!」

 

「いやいや、そうじゃないんだけれど……」

 

 弟がヲ級になって本当に良かったと思っただけなので、比叡にはまったく関係がない。

 

 でもこの考えは見方を変えれば、弟が死んでくれたので助かったになっちゃうんだけど。

 

 それって、いくらなんでも良くないよなぁ……。

 

「そ、それじゃあ、結局比叡姉様は……」

 

「あー、うん。

 今までの会話で予想できることなんだけれど……」

 

 言って、俺は顎元に手を添えながら考え込むポーズをして、頭の中でまとめたことを披露していくことにした。

 

「佐世保からビスマルクと一緒に比叡、榛名、霧島の3人が舞鶴幼稚園にきた際、金剛が間違った発言をしたせいで俺と対立しちゃったことがあるだろう?」

 

「……ええ。

 先生のロリコン疑惑が確定した出来事でしたね」

 

「それがそもそもの間違いなんだけれど、そこを突っ込むと話が逸れちゃうから後回しにしておくね……」

 

 霧島の発言に心の中で泣きつつ、今は本題を進めていこう。

 

「そのときに比叡の行動がちょっとばかり行き過ぎていたことがあって、1度愛宕先生に連れていかれたことがあったのを思い出したんだよな」

 

「そう……でしたね。

 それから帰ってきた後、随分と消沈していたのを覚えています」

 

「多分、比叡は愛宕先生と一緒にお仕置き部屋に入った。

 そこで何が行われていたのかは分からないんだが、比叡の心にトラウマ的なモノが刻まれた可能性が高いんじゃないかな?」

 

「確かに先生が言う通りだとは思うのですが……」

 

 最後の辺りで言葉を詰まらせた霧島が、眉間にシワを寄せる。

 

「んー、それってちょっとおかしい気がしないかなー」

 

「……え、どうしてだ?」

 

 横槍とばかりに北上が手を挙げながら発言するが、この考えが間違っているというのだろうか?

 

「いくら小さくなったとはいえ、比叡と霧島って、元は大きいお姉さんだったんでしょー?」

 

「え、ええ……、そうですけど……」

 

「それじゃあ、そこまで怯えるなんてちょっと変じゃないかなーって思うんだけどさー」

 

「………………」

 

 北上の問いに考え込んだ霧島が黙り込んだのだが、ここで別の思いが頭を過ぎる。

 

 それを知っている北上が、タメ口で霧島に話すのはいかがなものかと思うんだが。

 

 いやまぁ、仲が良いってことで済ましてしまえば問題はないんだけどね。

 

「それについては、おそらく……思い当たる節があります」

 

「思い当たる……節?」

 

 問いに対して俺が聞き返すと、他の子供たちが一斉に霧島へ視線を向けた。

 

「確実にそうとは言いきれないのですが、可能性は高いかと……」

 

 言って、顔を上げる霧島。

 

 真剣な表情に連れられてか、子供たちの何人かが口に溜まっていた唾を飲み込むかのように喉を動かした。

 

「そ、それはいったい……?」

 

「今から3年と少し前のことになるのですが、国内にある鎮守府間で行われた、合同総合演習での出来事なんです……」

 

 またもや聞いたことがあったような気がする言葉に、俺も思わず唾を飲み込む。

 

 

 

 背筋の辺りに感じる嫌な汗と、部屋に漂う独特な空気が勘違いだと思いながら……。

 




次回予告

 嫌な予感がしながらも、霧島の言葉に耳を傾ける。
3年前にあった、総合合同演習の出来事を。

 まずは、昼での戦いです。

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その15「佐世保VS舞鶴」


 嫌な予感がしながらも、霧島の言葉に耳を傾ける。
3年前にあった、総合合同演習の出来事を。

 まずは、昼での戦いです。


 

「合同総合演習って、ビスマルクも参加したっていう……」

 

「ええ、先生のおっしゃる通り、私とビスマルク、比叡姉様、龍驤、摩耶、五月雨の6人が佐世保の代表として参加しました」

 

 それらの名前を聞いてすべての顔が浮かんでくるあたり、濃いメンツだなぁと思ってしまうのはいかがなものか。

 

 しかし、その中に伊勢と日向の名前がないのが若干気になるが、どうしてなんだろうか。

 

「先生のその顔は……おそらく、安西提督の秘書艦である日向と伊勢のコンビが参加していないことが気になっているのでしょうか?」

 

「……ま、まぁ、そうと言われたら頷くしかないんだけれど」

 

 どうして分かったんだろう……。

 

 顔に出やすいと言われることの多い俺であるが、表情だけで2人の名前が出てくるなんて想像がつかないのだが。

 

 しかしまぁ。

 

 そんな俺の考えも余所に、霧島は気にせず話を続けていく。

 

「伊勢はともかく、日向の方が乗り気でなかったために霧島と比叡姉様が代わりに参加しました。

 このときの演習は、きたる大きな作戦を想定したものであったため、戦艦が3人以上必要とされていました。

 他にも指定があり、それに合わせて編成を組んだ結果、このメンバーになったということです」

 

「なるほど……。

 つまり、この演習の出来事で比叡にトラウマが刻まれた……ということなのか?」

 

「おそらくは……」

 

 そう答えた霧島が俺から視線を逸らし、両手で自らを抱きしめる。見れば身体は小刻みに震えており、比叡だけではなく霧島にとっても思い出しただけで恐れてしまう出来事だったのだろう。

 

 そんな記憶を思い出させるのは、さすがに少々酷だろうか。

 

「あのさ……、霧島。

 もし思い出すのがしんどいようだったら……」

 

「いえ、心配には及びません。

 それに、あの出来事は未だにハッキリとしていない部分もありますので、先生にも聞いてほしいのです」

 

「そ、そうか……」

 

 話すことで気が少しでも楽になるのなら、聞いてあげるべきだろう。

 

 しかし、今の言葉の中になんだか違和感があったような、なかったような。

 

 まぁ、話を聞いていればそれも分かってくるだろうし、今は聞くことに集中しよう。

 

「それでは聞いてください……。

 3年前の総合合同演習――絶望の5分間を」

 

 

 

 

 

<<以下、霧島視点>>

 

 

 

 総合合同演習当日。

 

 この演習では、近く行われる予定の大規模作戦を想定したものとして、舞鶴鎮守府から少し離れたところにある島を深海棲艦泊地とし、霧島たち佐世保鎮守府の艦隊が防衛側、そして舞鶴鎮守府の艦隊が攻撃側に分かれていました。

 

 さらにこの演習には編成条件がつけられていて、空母を旗艦とし、戦艦を3人以上要するというものでしたので、霧島たちは旗艦に軽空母の龍驤、そして戦艦として霧島と比叡姉様、ビスマルクが参加しています。

 

 舞鶴鎮守府の艦隊メンバーは知らされていなかったため、霧島たちは事前に考察を練り、防空の要として摩耶を、そして潜水艦の襲撃に備えてソナーと爆雷を装備した五月雨を編成しました。

 

「……よし、停泊地の確認は完了だ。

 これで準備は大丈夫だぜ」

 

「了解や。

 それじゃあ早速、偵察の時間やねー」

 

 先に島に到着していた摩耶が付近の偵察を終え、報告をするために戻ってきたところを出迎えます。

 

「そしたら予定通り、ビスマルクは3時、霧島は6時、比叡は9時の方向に偵察機を飛ばしたってや」

 

「「「了解」」」

 

 龍驤の指揮によって、私たちは言われた通りに偵察機を飛ばしました。続けて前もって決めていた陣形を取るため、各自が移動を開始します。

 

「今回はウチらが深海棲艦の役で舞鶴の代表を迎え撃つんやけど、作戦はしっかり頭に入ってるやんね?」

 

「ああ、もちろんだぜ。

 あたしは敵の艦載機を片っ端から落としまくれば良いんだろ」

 

「相手さんの編成は分からんけど、こっちはウチしか空母がおらへんから防空に不安があるさかい、しっかり頑張ってや」

 

「まかせとけって。

 防空巡洋艦の力を見せつけてやるから、あたしの後ろに隠れてな!」

 

 お気楽にニカッと笑った摩耶でしたが、その力はメンバーの誰もが認める対空性能を有しています。多少の爆撃機なら直上にくる前に落としてくれるでしょうから、心配はない……と思っていました。

 

「戦艦の3人はウチを囲むようにして、あとは五月雨やねんけど……」

 

「わ、私は潜水艦の襲撃に備えて、しっかりと海中を睨みます!」

 

 少し緊張した面持ちで両手を握り混む五月雨に、龍驤は安心させるように笑いかけます。

 

「頼んだで、五月雨。

 そやけど、あんまり張り切り過ぎて転んだりせえへんようになー」

 

「だ、大丈夫です!

 大事な演習でドジなんて踏みませんからっ!」

 

 気合いが空回りしているようにも見えましたが、龍驤はコクリと頷きます。すると五月雨は陣形から少し離れ、ソナーを使って潜水艦を見逃さぬように偵察を開始し始めました。

 

「これで準備は完了やね。

 相手さんも本気でくるやろうけど、こっちも負けてられへん。

 返り討ちにして、一泡吹かせたるでーっ!」

 

「「「了解!」」」

 

 こうして、佐世保VS舞鶴の演習が始まったのです。

 

 

 

 

 

「6時の方向から敵艦載機を確認!」

 

「早速きたみたいやね。

 ほな、ウチの艦載機も発艦や!」

 

 偵察機からの通信を受けて報告し、私たちは即座に対空防御の姿勢を取りました。

 

「艦載機のみんな、お仕事お仕事ー!」

 

 龍驤の巻物艤装からお札が浮かび、艦載機の姿となってプロペラが風を切り裂き、エンジン音を鳴らしながら空に舞い上がります。それらが充分な高度に上がったところで、摩耶から「きた……、やるぞぉぉぉっ!」と叫び声が上がると同時に対空砲から火が噴きました。

 

 遠目の空には多数の敵艦載機が見え、摩耶の発射した砲弾が飛んでいきます。距離はまだ遠いですが、いくつかは命中したようで、小さな黒煙が所々に浮かんでいるのが見えました。

 

「摩耶は全弾を撃ち尽くすつもりで!

 戦艦のみんなは三式弾を発射!

 五月雨は敵艦載機の攻撃に気をつけつつやけど、潜水艦への注意を逸らしたらあかんで!」

 

「「「了解!」」」

 

「りょ、了解です!」

 

 各自が気合いの篭った声を上げ、対空防御に全力を向けます。

 

 これからしばらくは敵艦載機の襲撃が続きましたが、霧島たちの奮戦もあって大きな被害もない……と思っていたのですが、

 

「あかんっ!

 1匹逃したっ!」

 

 龍驤の焦る声に気づき、霧島は空を見上げます。するとそこには被弾してきびすを返す艦載機の間をすり抜け、急降下する1つの影が見えました。

 

「くっ、太陽で目が……っ!」

 

 風を切り裂く鋭い音が近づいてくるのが分かり、背筋に嫌な汗が吹き出します。しかし霧島の視界は直射日光により使い物にならず、どちらに回避して良いのか分からず固まってしまいました。

 

「き、霧島!」

 

 比叡姉様の声が聞こえ、霧島は反射的にそちらの方へ身体を傾けたのですが……、

 

「そっちはあかんでぇっ!」

 

 龍驤の叫び声と同時に、体温が一気に低下するのが分かりました。

 

 このままでは直撃してしまう。

 

 下手をすれば大破となり、みんなの足を引っ張ることになる。もしこれが演習ではなく実践だったのなら、轟沈すらありえるかもしれない。

 

 とてつもなく嫌な考えが頭いっぱいに埋め尽くし、思わず吐き気をもよおしてしまいそうになった途端、

 

「……シィッ!」

 

 ガキンッ! と大きな音がすぐ側から聞こえ、耳鳴りのような嫌な感じが頭に響き渡りました。しかしここで目を閉じてしまえばさらに状況は悪化してしまうかもしれないと思った霧島は、恐る恐る音のする方へ視線を向けたのです。

 

「ビ、ビスマルク……!?」

 

「気をつけなさい。

 相手の熟練度は相当のものよ」

 

 そう言って、ビスマルクは元の配置に戻りながら空を見上げ、三式弾を発射していました。

 

 気づけば右手の甲が赤みを帯び、うっすらと煤のようなモノが付着しているのが分かります。おそらくビスマルクは、私に着弾する寸前の爆弾を素手ではじき飛ばしたのでしょうが……、

 

 いやいや、とんでもなくありえないんですけど。

 

 爆発させないで吹っ飛ばすなんて、いったいどうやればできるんでしょうか。

 

 しかし今は、そんなことを考えている暇なんてありません。

 

 私は気を取り直して空に向き直り、再び対空防御に全力を傾けました。

 

 そうして、しばらく空を見つめ続ける時間が過ぎていったのですが……、

 

 

 

「な、なんとか……撃退できたみたいだな……」

 

「はぁ……、はぁ……。

 ウチの艦載機……、もう打ち止めやでぇ……」

 

「ひぇぇ……、上ばっかり見ていたせいで、首がぁ……」

 

「ひ、被害の方は……どうなのでしょうか……?」

 

 へとへとになりながら、霧島は周りを見渡します。

 

 龍驤、摩耶、比叡姉様は疲れた表情を浮かべているものの、対した被弾箇所もなく大丈夫そうでした。

 

「ふん……。

 この程度なら、別になんともないわね」

 

 大きく息を吐いたビスマルクが空から視線を戻し、こちらに顔を向けたところで霧島は頭を下げます。

 

「さきほどは、ありがとうございました」

 

「別に気にしなくて良いわ」

 

 言って、ビスマルクは右手をプラプラと振り、プイッと顔を背けました。

 

 ほんのりと頬が赤く染まっているように見えましたが、空が赤らんでいる影響なのか、それとも恥ずかしくなったのかは不明でしたが、どちらにしても思わず笑みを浮かべてしまいそうになります。

 

 なぜなら演習時刻はすでに半分を大きく過ぎ、残るは夜戦のみ。

 

 今までの攻撃から、舞鶴の編成はおおよその予想がつくからです。

 

「龍驤……、相手は次にどうすると思う……?」

 

「そりゃあ、夜戦しかない……と思うんやけど……」

 

「だろうな。

 しかし、その場合だと自殺行為としか思えない……が」

 

 龍驤は考え込むように視線を落とし、摩耶がいぶかしげな顔をします。

 

「何を心配しているのかしら。

 相手はおそらく空母中心の編成。

 夜戦に入ったところで、対したこともできずに終わるわよ」

 

「そう……だと良いんだけどな……」

 

 ビスマルクの言うことはもっともで、霧島も同じ考えでした。

 

 ですが、油断は禁物。摩耶の表情も気になりますし、慢心するにはまだ早いでしょう。

 

「……ところで、1人足りない気がするんだけど」

 

「……あっ」

 

 ……と、比叡姉様の呟きに顔を上げた龍驤が、キョロキョロと辺りを見回して見たところ、

 

「うぅぅ……、被弾しちゃいました……」

 

 しょぼくれた顔に涙を浮かべた五月雨が申し訳なさそうに、霧島たちから距離をおいて肩を落としていたんですよね……。

 

「ま、まぁ……、小破程度で済んだんやから、良しとしよ……な?」

 

「ふえぇぇぇ……、すみません……」

 

 五月雨に声をかけて慰めながら、霧島はホッと胸を撫で下ろします。

 

 霧島たちの被害は五月雨の小破以外はたいしたことはなく、潜水艦の反応もなし。夜戦に入っても空母が全力を出すことはできませんから、勝利は近いでしょう。

 

 もちろん舞鶴側が夜戦を行わないというならばそれもありですが、今回の演習で防衛側に被害が少ないとなれば攻撃側が負けになりますので、その選択を取ることは考えにくい。

 

 さらにこちらは龍驤以外が夜戦で大暴れできますから、それらを踏まえれば多少笑みをこぼしても許してもらえますよね。

 

 

 

 ――そう思いながら、水平線に夕日が沈むのを見守っていたのです。

 




次回予告

 それほど被害もなく、佐世保の艦隊は夜戦に入った。
相手はおそらく空母編成であり、気を抜かなければ負けるはずがない。

 決して油断はせず、迎え撃とうと思ったのですが……。

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その16「絶望の5分間」

 それほど被害もなく、佐世保の艦隊は夜戦に入った。
相手はおそらく空母編成であり、気を抜かなければ負けるはずがない。

 決して油断はせず、迎え撃とうと思ったのですが……。


 

 夕日が沈み、月と星の明かりが空に瞬きます。

 

 これから夜戦を行わないのならば月見酒としゃれ込みたいところでしたが、そうもいきません。

 

「それじゃあ、夜戦の確認をするで。

 陣形は変わらず輪形陣で、配置も変更なしや。

 侵入はおそらく6時方向やろうから、探照灯を装備した五月雨が先頭に立って、敵を見つけ次第逃げまくるんやで」

 

「わ、分かりました!」

 

「五月雨の探照灯に敵影が映ったら、霧島の出番や」

 

「照明弾を発射して敵の頭上を照らし、即座に砲撃を行います」

 

「そや。

 あとは戦艦と摩耶がありったけの弾をぶち込めば、夜戦は終了って手筈やね」

 

「昼の攻撃を考えれば、おそらく舞鶴の編成は空母中心でしょうし、夜戦で一気に勝負を決められますね!」

 

「それでウチらの勝ち。

 S勝利が確定やね」

 

 月明かりでうっすらと見える龍驤の口が吊り上がります。

 

「おそらくそれで大丈夫だとは思うけれど、油断をする訳にはいかないわよ」

 

「ええ、もちろんです。

 この霧島、夜戦の恐さはしっかりと分かっていますからね……」

 

 霧島はそう言って目を閉じると、過去の記憶がフラッシュバックします。探照灯の明かり。照明弾の光。飛び交う砲弾により大破し、徐々に沈んでいく感覚は未だに思い出したくありません。

 

 そして、そのとき一緒いた、何人もの仲間の姿が……、

 

「……電探に反応あり!」

 

「……っ!?」

 

 比叡姉様の声で我に返った霧島は、すかさず顔を上げて五月雨のいる方へと向きます。

 

「五月雨!

 電探の反応がある方向に探照灯を照射や!」

 

「は、はいっ!」

 

 眩しいほどの明かりが五月雨から放たれると、一拍をおいて敵側も同じように探照灯でこちらを照らしてきました。

 

「霧島ぁっ!」

 

「そこですっ!」

 

 龍驤から言われる前に霧島は照明弾を発射しています。もちろん狙う先は敵が放つ探照灯の明かり頭上。これでその付近は闇に紛れることができなくなり、霧島たちの砲弾から逃げることはできないでしょう。

 

「敵影発見ですっ!」

 

「今や、撃ってまえーーーっ!」

 

「Feuer!」

 

「撃ちます!

 当たってぇっ!」

 

「全門斉射!」

 

「うおりゃあーっ!」

 

 霧島たちは目に映った敵影に一斉発射。砲口から轟音と火花が走り、一直線に飛んでいきます。

 

 しかし、敵もその場でじっとしているはずはありません。探照灯を照らしながら砲弾を避け続ける様は、見事だと感心してしまうほどでした。

 

「くっ、当たらない……っ!」

 

「比叡姉様、副砲を合わせましょうっ!」

 

「……了解っ!」

 

 主砲を一旦止め、霧島は右から、比叡姉様は左から副砲を乱射します。

 

「……っ!?」

 

 探照灯の光が大きく揺らめいたのを見て、敵が動揺したと思った私は再び主砲を発射するため照準をしっかり合わせようとしたのですが、

 

「歯痒いわね……っ!」

 

「ビ、ビスマルク!

 いきなり飛び出て、なにするつもりやっ!」

 

「アイツに突撃するから、私に当てないように援護射撃をしなさい!」

 

「な、なんやてぇっ!?」

 

 龍驤が止めようと声を上げる前にビスマルクは全速力で前進し、闇の中へと消えて行きました。

 

「くっ、こんなときに無茶苦茶やりよってからに……っ!」

 

「ど、どうするんだ、龍驤!?」

 

「どうもこうもあるかい!

 こうなったら言われた通りビスマルクに当たらんように、援護射撃をやったらんかいっ!」

 

「ちょっ、本気かよっ!?」

 

 ありえないといった表情を浮かべた摩耶でしたが、霧島も比叡姉様も同じ気持ちでした。

 

 照明弾の明かりと五月雨の探照灯があるとはいえ、視界がハッキリとしない夜戦で先行したビスマルクに当てないように砲弾を放つというのは無理があります。

 

「どうせ当たっても模擬弾や!

 旗艦の命令を無視して突っ込んだビスマルクごと、撃ってまえ!」

 

「ど、どうなっても知らないぜっ!」

 

 すでにプッツンしてしまった龍驤に何を言っても無駄だと判断した摩耶は、敵の探照灯へと砲口を向けようとした……そのときでした。

 

 

 

 ズドンッ!

 

 

 

「あうっ!」

 

「「「……っ!?」」」

 

 至近距離から鈍い音と五月雨の悲鳴が聞こえ、霧島たちは一斉に視線をそちらに向けます。するとそこには探照灯を抱えたままうずくまる五月雨の姿がうっすらと見えました。

 

「さ、さみだ……ぶへっ!」

 

「ま、摩耶っ!?」

 

 驚いた摩耶が叫んだ瞬間、大きく上体が後ろに反り返ります。

 

 なぜいきなり五月雨がうずくまったのか。

 

 摩耶にいったい何が起きたのか。

 

 状況がまったく分からないまま、闇の中で霧島の目に映ったものは……、

 

「うふふ、夜の戦い……私、得意なの~」

 

 小さい声が霧島の耳に入り、青い影がすぐ前を横切ったところで頭の大きな衝撃が走り、テレビの電源が切れたかのように意識が寸断されてしまったのです。

 

 

 

 

 

<<霧島の回想終わり。以下、鳳翔さんの食堂に戻ります>>

 

 

 

「………………」

 

「………………」

 

 霧島の語り口が閉じ、俺や子供達は神妙な顔を浮かべながら黙りこくっていた。

 

 部屋は重苦しい空気に包まれ、言葉を発するのをためらってしまうほど。だけど黙っていたって仕方がないと、俺は意を決して口を開く。

 

「えっと……つまり、霧島はそこで気を失ったってことで良いんだよな……?」

 

「……はい、その通りです」

 

 苦虫を噛み潰したかのような顔で大きな歯ぎしりをした霧島が頷くのを見て、どれほど悔しかったのかが分かる。

 

 そしてそれと同時に、霧島の心に恐怖も刻まれていることが身体の震えとして現れていた。

 

「し、しかしそれじゃあ、比叡やビスマルクがその後どうなったのかは分からず仕舞いなんだけど……」

 

「それについては気がついてから聞いたのですが、霧島が気を失った直後に砲撃を受けた比叡姉様と龍驤は大破判定となりました。

 その間――、おおよそ5分。

 正直にありえないと思いますが、これは紛れも無い事実です……」

 

 そう言った霧島の震えは止まず、それでも口を開き続ける。

 

「その後、霧島たちから離れていたビスマルクは敵の探照灯を追いかけて舞鶴側の旗艦である高雄と対峙し、砲弾を撃ち尽くした後に殴り合いに発展したところで強制的に演習が終了したそうです」

 

「な、殴り合って……、マジかよ……」

 

 そうは言ったものの、ビスマルクと初めて会ったときに高雄と険悪だったことを思い出せば納得がいく。ほぼ間違いなく霧島が参加していた演習で2人は対峙したのだろうが、それより気になる点といえば……、

 

「ち、ちなみになんだが、霧島を倒した相手っていうのは……?」

 

「残念ながらその姿をハッキリと見た者はいませんでしたし、治療のために時間を使ってしまったため、相手と顔をあわすタイミングもなく……」

 

「そう……か」

 

 つまり、直接は会っていないという訳だ。

 

 まぁ、ビスマルクのことを考えたら頭が冷えるまで離しておいた方が良いと思ったのかもしれないが。

 

 だがそれでも、霧島や比叡、摩耶、龍驤を倒した相手がおそらく誰なのかは予想がつく。

 

 ビスマルクは探照灯の相手を追いかけて高雄と対峙した。その間に五月雨、摩耶、霧島、比叡、龍驤の5人を立て続けに倒した青い影。舞鶴鎮守府において裏番長と呼ばれていた艦娘で、ビスマルクと高雄の因縁を俺に教えてくれたのは、

 

 愛宕――、その人である。

 

 霧島もまた、それを分かっているからこそ、この話を語ったのだろう。

 

 そして子供となった比叡と霧島は舞鶴幼稚園で愛宕と再開し、対面することでトラウマが再発したのかもしれない。

 

 ………………。

 

 ……ふむ。

 

 しかしこれは、まいったぞ。

 

 子供たちから話を聞き、比叡のトラウマ解消と、場合によっては愛宕の好感度アップができる良い案を出そうと考えていたのに、状況は悪化の一途を辿ってしまったのではないだろうか。

 

 それどころか、比叡だけでなく霧島にまでトラウマが刻み込まれていることが分かったんですけど。

 

 ……いや、それでも他の子供たちが演習で霧島たちを倒したのが愛宕であると理解した訳では……、

 

「ねえねえ、大井っち。

 今の話から予想するに、夜戦で大暴れしたのって愛宕先生だよね?」

 

「多分そうでしょうね。

 以前の舞鶴で夜戦の鬼といえば元帥の秘書艦である高雄お姉さんと、裏番長と呼ばれる愛宕先生くらいですから」

 

「だよねー」

 

 いつものように軽い感じで喋る北上に、若干恐れを抱いているような表情を浮かべる大井が、みんなに聞こえる声で話していた。

 

 ……うん。こりゃダメだ。

 

 すでに手遅れっていうか、簡単に予想できたみたいです。

 

「スパシーバ。

 さすがは愛宕先生だね」

 

「そうよね。

 暁も早く、愛宕先生みたいな1人前のレディになりたいわ」

 

「い、電も愛宕先生みたいに大きくなって、先生を……」

 

「雷だって負けてられないんだから!」

 

 ………………。

 

 あるぇー?

 

 子供たちは恐れるどころか、尊敬のこもった目を浮かべているような気がするんですが。

 

 唯一大井だけが子供らしい反応をしていたんだけれど、俺の考え方がおかしいのかなぁ……?

 

「だけどやっぱり納得がいきませんね。

 夜戦と言えばやっぱり酸素魚雷を撃ちまくらないと……」

 

「………………」

 

 前言撤回。

 

 大井はどうやら、愛宕の攻撃方法に文句があるようです。

 

 やっぱり艦娘なんだなぁ……とは思いたくねえよ!

 

 普通はちょっとくらい怖がるもんでしょう!

 

 少しは霧島みたいに部屋の隅じゃないけどガタガタ震えて命ごいくらいやってみなさいよぉぉぉっ!

 

「先生……。

 霧島は別に、吸血鬼とグールの軍団から襲来を受けた訳ではないのですが……」

 

「なんで俺の心が完全に見透かされちゃっているの!?

 つーか、この場合は愛宕先生が地下で待ち受ける流れになっちゃうかも!」

 

「それじゃあやっぱり、執事は港湾先生かなー」

 

「素手で切り裂きそうですけどねー」

 

「しおい先生は婦警役よね?」

 

「どちらかと言えば、ビスマルク先生じゃないかな?」

 

「確かに、大砲を撃ちまくりそうなのです……」

 

「最終的にはデンド●ビウムみたいになるわよねー」

 

 いやいやいや、なんでここまで話しが広がっちゃっていんの……?

 

「なるほど……。

 すると、先生の役といえば……」

 

 するといきなり、霧島が小さなため息を吐いてから他の子供たちに問い掛けると、

 

 

 

「「「ペン●ッド卿」」」

 

 

 

 ……と、練習でもしていたかのように、ピッタリと合わせて言い放ったのである。

 

 ………………。

 

 わーい。俺、男の中の男だー。

 

 ただし、その前に無能って付くけどね……。

 

 ……しくしくしく。

 

 

 

 

 

 とまぁ、そんなこんなで夜もふけ、夕食会は終わりを告げる。

 

 あまり遅くなってしまうと子供たちに悪い影響があるので、早めに寮に帰らせることにした。

 

 そして2階の広間では簡単に後片付けをしようとしていた俺と、霧島だけが残っていたのだが、

 

「……結局、先生はこの夕食会で何がしたかったのでしょうか」

 

「………………」

 

 ジト目で見られると答え辛いなぁ……。

 

 いやまぁ、良い案が浮かぶどころか霧島のトラウマを掘り返しただけになっちゃったので、その気持ちは分からなくもないんだけれど。

 

 だがここで答えない訳にもいかないし、まったく成果がなかったのでもない。比叡と霧島は直接愛宕と戦ったうえで強さに恐れを抱き、子供たちは武勇伝として聞いたことによって尊敬を持った。

 

 百聞は一見に如かず――とは言うけれど、実際に体験した者がどういった気持ちを抱くのかは人それぞれだ。比叡も霧島も、もしかすると龍驤や摩耶にも当てはまるかもしれないが、夜戦という状況で撃破されてしまったのだから、見えない恐怖が多くを占めているのだろう。

 

 人は未知に対して想像を働かせる。そしてその先入観ともいえる気持ちを抱いたまま愛宕と触れ合うことになったのなら、比叡のようになるのも分かる気がするのだ。

 

 ……まぁ、実際に愛宕が怒ったときはマジで怖いからね。

 

 しかしそれでも随時怒っている訳ではないし、ちゃんと叱らなければいけない場面でしかその姿は見せないはず。普段は優しくほんわかとした空気でなごませてくれる、尊敬できる先輩でもあり……、

 

「いつかは……なんだけどなぁ……」

 

「……何か言いましたか、先生?」

 

「あ、いや。

 なんでもないよ」

 

 俺は慌てて両手を振って答え、考え込むようなポーズを取る。

 

 愛宕に対する比叡と霧島のトラウマを解消させてあげるべきで、それが今の俺の役目であるサポートなんだろう。

 

「……さて、食器もまとめられたし、そろそろお開きとするかな」

 

「霧島の問い掛けに対する返事がありませんでしたが、色々とありましたので先生もお疲れでしょうから仕方がありませんね」

 

「あー、うん。

 ゴメンね、霧島……」

 

 ポリポリと頬を掻きながら苦笑いを浮かべるが、ジト目はまったく緩んでいません。

 

 完全に無能扱いです。雨の日の大佐じゃないんだけどなぁ……。

 

 ……あ、俺ってペン●ッド卿だったっけ?

 

 それじゃあ、仕方ないね。あっはっはー。

 

「い……、いきなり目の前で泣かれても困るのですが……」

 

「い、いや、これは目から汗が出ただけだから、気にしなくても良いよ……」

 

「なんという言い訳ですか……まったく……」

 

 霧島はそう言って俺に近づき、手を精一杯伸ばして俺の背中をポンポンと叩く。

 

「これでも霧島は先生のことを……その、期待しているのですから、落ち込まないで下さい……」

 

「う、うん……、ありがとね、霧島」

 

 自信のふがいなさに呆れながら、苦笑を浮かべる俺。

 

 その様子を見ながら同じように呆れた顔をした霧島が、クスリと笑う。

 

 だが、1つだけ言わせてくれ。

 

 

 

 今回、俺を追い込んじゃっているのって、大半が霧島なんだけどね……と。

 

 

 

 おあとはよろしくないけれど、今日はこの辺にしておくよっ!

 




次回予告

 霧島だけでなく、他の子供たちにもへこまされてしまった主人公。
これもまたいつものことなんだけれど、根本的解決はなっていない。

 ところが翌日、目を疑うようなことに出くわして……?

 艦娘幼稚園 第三部
 ~幼稚園が合併しました~ その17「グッバイ前髪?」

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その17「グッバイ前髪?」

 霧島だけでなく、他の子供たちにもへこまされてしまった主人公。
これもまたいつものことなんだけれど、根本的解決はなっていない。

 ところが翌日、目を疑うようなことに出くわして……?


 

 そして次の日。

 

 夕食会で得られた物は少なく、代わりに失った物は非常に多かった気がするけれど、それでも日はまた昇り、俺は幼稚園へとやってくる。

 

 もちろん、比叡や霧島のことを放っておく訳ではなく、何をしてあげたい気持ちはある。しかし、過去に起こった出来事をなかったことにするなんて俺には不可能で、他人の記憶を弄れるどこぞの能力者や、それこそゲームの世界なんかに出てくるマッドサイエンティストがいれば……という考えこそ楽観的であり無茶苦茶だ。

 

 それらを踏まえて俺ができることは、比叡と霧島のトラウマを少しずつでも癒していけるように努力するべきなのだろうが、その方法もまた頭に浮かばず、いつものように授業が始まる前に教室へとやってきたのだが、

 

「おはようございます、先生」

 

 扉を開けて中に入った途端、比叡がニッコリと笑って俺を出迎えてくれた。どうやら昨日の後遺症なんてものはなさそうに見えるし、新たにトラウマを抱えているという風でもない。

 

「ああ、おはよう比叡。

 昨日はあれから、大丈夫だったか」

 

「大丈夫……ですか?」

 

 頭を傾げて眉間にしわを寄せた比叡に、なんだか違和感がフツフツと沸き上がってくるんだけれど。

 

「……先生、ちょっと良いでしょうか?」

 

「ああ、霧島か。

 おはよう」

 

「おはようございます。

 少し話しがありますので、廊下の方に……」

 

「え……っと、それは構わないんだけれど……」

 

 言って、俺は比叡の顔をチラリと見る。

 

「昨日……、なにかありましたっけ……?」

 

 両腕を組んで「う~ん……」と唸りながら考え込む比叡だが、これってもしかして……?

 

「授業が始まる前に、お願いします」

 

「わわっ!?

 わ、分かったから、裾を引っ張るのは……っ!」

 

「それならシャキシャキとこっちにきてください」

 

 急かす霧島に焦りながら、俺は言われた通り廊下へ出ることにした。

 

 

 

 

 

「比叡姉様の、昨日の記憶がまったくないんです」

 

「………………は?」

 

 開口一番に霧島が放った言葉に、今度は俺が頭をおもいっきり傾げた。

 

「記憶がないって、いくらなんでもそれはないんじゃないか?」

 

「しかし実際に、比叡姉様と話をしても何も思い出せないらしいのです」

 

「思い出せないって……、そんな馬鹿な話が……」

 

 小さく息を吐いて考えてみるが、霧島が嘘を言っているような顔でもないことはすぐに分かるので、真面目に考えてみよう。

 

 昨日、比叡のことについて相談があるという霧島の願いを聞き、幼稚園が終わってから教室で待ち合わせて話をした。その際、トラウマが発動した比叡を押さえるため……という名目で愛宕が当て身をかましたところ、運悪く呼吸が止まってしまい、愛宕が治療のために連れていったということまでは分かっている。

 

 それから何が起きたのかはまったく不明ではあるが、愛宕のことだから比叡に危害を与えるなんてことは……、

 

「愛宕先生に昨日の話を聞かれていたのに、比叡姉様を任せてしまうなんて……霧島の落ち度です……」

 

「いやいやいや、いくらなんでも、愛宕先生がそんなことをするなんて……」

 

「しかし、実際に比叡姉様は昨日の記憶をなくしてしまっているんですよ!」

 

「だからって、それが愛宕先生の仕業とは言えないだろう?

 比叡の呼吸が一時的に止まってしまったことによる、後遺症と考えられなくも……」

 

 そこまで言って、俺はハッと息を飲む。

 

 霧島の顔が、一気に青ざめてしまったからだ。

 

「あ……、いや、今のはその……軽率過ぎた」

 

「……いえ。

 可能性としては……、十分に考えられますから……」

 

 明らかに強がっているのが分かるくらい、霧島の身体が小刻みに揺れていた。

 

 俺の失言が切っ掛けでこうなってしまった以上なんとかしなければと思うのだが、下手な言葉をかけたら余計に悪化することも考えられる。

 

 なにはともあれ、まずは比叡の状態がどうなのか。それをハッキリさせてから、話をした方が良いと思うのだが……、

 

「大丈夫ですよ~」

 

「………………へ?」

 

 唐突に聞こえてきた声で後ろへ振り返ると、そこには元凶……と言って良いのかは分からないけれど、ことの発端である愛宕がニッコリと笑みを浮かべて立っていた。

 

「ど、どうしてここに……っ!?」

 

「どうしてって、授業が始まるので教室にやってきたんですが~」

 

「あ……」

 

 見れば、ここは教室に入る扉がすぐそばにある廊下。

 

 そりゃあ、すぐに見つかるって訳である……って、馬鹿なのか俺は。

 

「今の話の流れから先生と霧島ちゃんは、比叡ちゃんのトラウマについて心配なさっているようですけど、昨日の治療ついでに対処しておきましたから~」

 

「た、対処……と言いますと……?」

 

 その言葉に戦慄を覚えてしまいそうになりながら、恐る恐る愛宕に問う。

 

「その辺りは直接話せば分かると思いますので、呼びだしちゃいましょうか~」

 

 そう言って、愛宕は扉を開けて中に入り比叡を呼ぶ。

 

「比叡ちゃ~ん、ちょっとお話があるのできてくれますか~?」

 

「私にですか……?

 了解です!」

 

 ビシッと敬礼をした比叡が小走りでやってくると、愛宕に向けて大きくお辞儀をする。

 

 確かに、愛宕に対してトラウマを持っているような雰囲気はないし、表情に無理をしている感じも見当たらない。昨日は愛宕のことを考えるだけで身体が小刻みに震えていたのに、たった1日でここまで変われるものなのだろうか。

 

「ひ、比叡……姉様……?」

 

「ん、どうしたの、霧島。

 私の顔に、なにかついている?」

 

「い、いえ、そうじゃないんですけど……」

 

 信じられないといった風に目を見開いて驚いた表情を浮かべた霧島は、何度も比叡と愛宕の顔を交互に見る。

 

 俺も同じ気持ちだが、現に比叡のトラウマは治っているようなのだが……、

 

 

 

 うむむ……。やっぱり何か、違和感を覚えるんだよなぁ。

 

 

 

 どう言って良いのか分からないけれど、何かがおかしいのだ。

 

「比叡ちゃんに質問で~す」

 

「はい、なんでしょうか?」

 

「比叡ちゃんは、私のことが怖いですか~?」

 

「私が愛宕先生のことを怖がっている……ってことですか?」

 

 キョトンとした顔で愛宕を見る比叡。

 

 純真無垢な子供が、予備知識のない物を初めて見るようなその様子に、なぜか背筋にゾワッとした寒気を感じる。

 

「そんなことはありません。

 私、愛宕先生のことを、非常に尊敬しているんですよ!」

 

「うふふ~。

 ありがとうございますね、比叡ちゃ~ん」

 

 ニッコリ笑って比叡の頭を撫でる愛宕。

 

 端から見れば微笑ましい光景に、思わず笑みをこぼしてしまいそうなのだが……。

 

「………………」

 

 やはり何かがおかしい雰囲気に、俺は無意識に愛宕の顔を見つめていた。

 

「あっ、失敗しました~」

 

「……え?」

 

「ちょっとスタッフルームに忘れ物をしたので、取りに行ってきますね~」

 

「そ、そうですか。

 それじゃあ戻ってくるまで、俺が子供たちを……」

 

「いえ、実はちょっとお願いしたいこともあるので、先生もついてきてくれますか~?」

 

「え、えっと……、はい。

 分かりました」

 

 頷きながら返事をし、手招きをしてから歩き出す愛宕の後を追う……前に、

 

「それじゃあ霧島と比叡は、俺達が戻ってくるまで教室で大人しくしておいてくれな」

 

「わっかりました!」

 

「は、はい……」

 

 元気良く応えた比叡に、未だに心配そうな顔の霧島が頷いたのを見て、スタッフルームに向かうことにした。

 

 

 

 

 

 スタッフルームの扉を開けて中に入った俺に、愛宕からの言葉が飛んでくる。

 

「なんだか私を見る目が情熱的でしたけど、いったいどうしたんでしょうか~?」

 

「やっぱり、その話をするために呼んだんですね……」

 

 会話の声が漏れないように扉を閉めたのを確認してから、しっかりと愛宕の顔を見る。

 

「あの場でお話するのはあまり良くないと思いましたので~」

 

 そう言った愛宕の顔は、やはりいつもと変わらずニッコニコ。

 

「……いったい、愛宕先生は比叡に何をしたんですか?」

 

「それはさきほど言ったように、対処をしただけですよ~」

 

「だから、その対処というのは……」

 

「簡単です。

 トラウマになった記憶を、忘れさせてあげただけですから~」

 

「忘れ……させた……?」

 

「はい~」

 

 愛宕が満面の笑みで拍手をし、再び口を開く。

 

「先生は霧島ちゃんから3年前の総合合同演習のことを聞いたと思うので割愛しますけど、比叡ちゃんは私のことを恐れていましたよね~」

 

「え、ええ……。

 霧島は、おそらく夜戦で戦った相手が愛宕先生だと言っていましたが……」

 

「おそらく……ってことは、ハッキリと分かっていなかったんですねぇ~」

 

 人差し指を口元に当て、少し顔を傾げて視線を上に向ける愛宕の仕種は可愛らしいが、話の内容と不釣り合い過ぎて素直に喜べない。

 

「まぁ、それについては大きな問題にならないですので構いません。

 やっかいだったのは、夜戦に恐怖を感じていた比叡ちゃんが私と再開した後、ちょ~~~っとしたお話からトラウマが再発してしまったんですよね~」

 

 これについては子供たちとの夕食会で話していた予想通りであり、間違っていなかったようだ。

 

 ただ、ちょっとしたお話というのが引っ掛かるけれど、この辺りも北上が言っていたお仕置きとの兼ね合いを考えれば……おのずと答えは出る。

 

「それから比叡ちゃんは私のことを見る度に震えていましたので、どうにかしないといけないなぁと思っていたんです。

 そこで知り合いからとある治療法を学んできまして、昨日の治療時にちょちょいと……」

 

「ちょ、ちょちょいと……ですか?」

 

 いったい何をやったんだと聞きたいところだが。

 

 聞いたら最後、二度と日の目は見られないなんてことはない……よね?

 

「ちょっとした針治療で、トラウマなどの心的要因を取り除く方法なんですよ~」

 

「そ、そんなことができるんですか……?」

 

「できるんですよ~」

 

 両手で小さい音をパンッと鳴らし、優しく俺を見る。

 

 怒っている風には見えないし、威圧感もない。

 

 しかし針って聞くと、どうにも下半身の辺りに嫌な感じがゾワゾワしちゃうんだよなぁ……。

 

「ち、ちなみに、その方法で比叡の身体に不具合が出たりとかはしないんですか……?」

 

 得に不能になったりしないよね……という心配は、比叡が男性じゃないから杞憂だと思うんだけれど。

 

 それでも他の要因が現れるのであれば、極力避けてほしいよね。

 

「そうですねぇ~。

 得に問題は起きないと思うんですが……」

 

 考える素振りをした愛宕は、可愛らしく「う~ん……」と悩んだ後、

 

「たま~にですけど、前髪が抜けちゃう場合があるとかないとか……」

 

「どこのモデル兼、殺し屋から教えてもらったんですか……」

 

 若くして禿げるとか、マジで可哀相過ぎるので勘弁してあげて下さい……。

 

 あとそれって、著しく成長を疎外した気がするんだけど。

 

「大丈夫ですよ~。

 今のところその兆候は見られませんし、教えてくれた方からのお墨付きも貰っていますので~」

 

「そ、そうですか……」

 

 そこまで言われたら頷かざるを得ないし、愛宕がすることだから俺がやるよりは大丈夫なのだろう……と思っておく。

 

 正直にいって様子を見ないことには、まったく分からないからね。

 

「それじゃあ、納得していただいたところで教室に戻りましょうか~」

 

「え、ええ。

 早く授業を行わないと、遅れてしまいますもんね……」

 

 お互いに頷き合い、この話は終わりとなった。

 

 これからどうなるかは、神のみぞ知るではないけれど。

 

 不幸な出来事だけは、起きないで欲しいと願う俺だった。

 

 まぁ、毎日が不幸まみれな俺が願ったところで、無理かもしれないけどね。

 

 

 

 

 

 ……とまぁ、そんなこんなで愛宕班のサポートは順調に進んだと言える。

 

 むしろ、俺がいなくてもまったく問題はなかったんだけど、授業を進める上で参考になったことが多くあったのはプラスであり、今後の役に立ちそうだ。

 

 気になるのは比叡の様子だが、ひと通り見る限りは問題なく過ごしている。

 

 ただ、霧島だけは未だにいぶかしんでいるようだったけれど。

 

 この場合、比叡と同じようにしてあげた方が良いのか、それとも今のままが良いのかは分からないが、どちらにしても言えることは、

 

 

 

 愛宕がすることは本当に予想がつかず、俺の想像を遥かに超えるってことなんだけど。

 

 

 

 それと、知らない間に俺も記憶が消されている……なんてことは、ない……よね……?

 

 なんだか非常に怖くなってきたんだけど、考えれば考えるほど気分が落ち込みそうなので、忘れることにする。

 

 

 

 それじゃあ次は、港湾先生のサポートに向かおうとしましょうかー。

 




次回予告

 愛宕班のサポートは終了。
次は港湾棲姫の班なんだけど、嫌な予感がしています。

 だって、ヲ級が居るんだよ……?

 艦娘幼稚園 第三部
 ~幼稚園が合併しました~ その18「そんなことをやってたの!?」

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~港湾班サポート編~
その18「そんなことをやってたの!?」


 愛宕班のサポートは終了。
次は港湾棲姫の班なんだけど、嫌な予感がしています。

 だって、ヲ級が居るんだよ……?


 愛宕班のサポートを終えた次の日。

 

 いつものように教員がスタッフルームで集まり、打ち合わせをした上、今日の仕事は港湾班のサポートをすることになった。

 

 その際、ビスマルクはブツブツと文句を言っていたが、佐世保では嫌というほどサポートをしてきたのだから理解をしてくれよと思う。

 

 ……まぁ、未だにビスマルク1人では放っておけない気持ちもどこかにあるのだが、それを言葉にしてしまったら最後、またしても厄介ごとに巻き込まれるのは必死。

 

 だから俺は喜々として港湾班が授業を行う教室へと向かい、中に入ったのだが……、

 

「みんな、おはよう」

 

「アッ、先生ダ!」

 

「オ、オハヨウゴザイマス、先生……」

 

「おはようであります!」

 

「おはようございますっ!」

 

 席に座ったまま挨拶をする子供たちの中に、1番厄介な奴がいないことに気づいた。

 

「レ級にほっぽ、あきつ丸に五月雨………………で、ヲ級はどこに行ったんだ?」

 

「ヲ級ナラ、モウ少シスレバ来ルト思ウヨ!」

 

「そう……か。

 なら、良いんだけど……」

 

 トイレにでも行っているのだろうと思えばそれまでなのだが、あいつが厄介ごとを持ち込むのはビスマルクに匹敵するくらい当たり前のことであるだけに、気にならないといえば嘘になる。

 

 ちなみにこの班のことだが、港湾が担当しているだけあって、深海棲艦であるレ級やほっぽが所属している。元は人間で弟であるヲ級もレ級と面識があるのでこの班なのだが、あきつ丸と五月雨は人数合わせという理由ということを聞き、若干可哀相にも思えてきたのだが、

 

「ところでレ級どの。

 この前にお貸しした、陸軍の挨拶術についての本はどうでありましたかな?」

 

「アレハナカナカ面白カッタヨ!

 声ヲ出セナイトキニ使ウジェスチャーッテノガ、漫才デ使エソウダヨネ!」

 

「そうでありますか。

 漫才にとは盲点でありましたが、役に立ったのなら良かったであります」

 

 漫才……って、やっぱりヲ級とコンビを組んでいるのだろうか……?

 

「五月雨……、コノ間ホッポニクレタ、ゼロ紙飛行機ッテマダアル……ノカナ?」

 

「あれならすぐに作れますし、明日にでも持ってくるね」

 

「アリガトウ……、ナノッ!」

 

 キラキラと目を光らせたほっぽが、五月雨と仲良く会話をしているのだが、ゼロ紙飛行機っていったいどんな物なんだろう。

 

 とまぁ、こんな風に和気あいあいといったところを見る限り、問題ないどころか良い感じなので、俺の心配は杞憂のようだ。

 

 あきつ丸は陸軍時の固さが若干取れ切れていない気がするとはいえ実直な性格が良い方向に向いているし、五月雨は運動会で港湾チームに所属していたのだから大丈夫なのだろう。

 

 これもまた俺が目指していた夢が現実になった状況だし、無性に嬉しくなるのは仕方がない。あとは何事もなく授業が進み、サポートをしていければ……と思っていたのだが、

 

 キーンコーンカーンコーン……。

 

 授業開始のベルがスピーカーから鳴っても、未だにヲ級はやってこない。それどころか、港湾棲姫まで遅れているのはどういうことなのだろうか。

 

「仕方がない、探しに行くか」

 

 港湾棲姫に代わって授業をしても良いが、俺の役目はあくまでもサポートだ。何かトラブルがあって遅れているのなら、そこをフォローするべきであるのだが、

 

「オ待タセー」

 

 扉を開けて入ってきた港湾棲姫の姿を見て、胸を撫で下ろして良いのかどうか複雑な気持ちになる。

 

 まぁ、探しに行く手間が省けたと思えばそれで良いんだけれど。

 

「……ん?」

 

 見れば、港湾棲姫の後ろを追いかけてくるようにヲ級が教室に入ってきた。

 

 もしかすると港湾棲姫が遅れてきたのは、ヲ級が関係しているのかもしれないと思った俺は、小さなため息を吐きつつ肩を落とす。

 

 愛宕班の子供たちから聞いた話に、ヲ級が色々と面倒ごとを起こしていた事実を知った。俺の方も少しばかり予想できた部分もあったけれど、問題児扱いの一歩手前だったことには驚いたし、それを矯正した愛宕にも色んな意味で一目置いたのだが、港湾棲姫の手を煩わすようなことをしていたとあれば、未だに治っていないといえるのではないだろうか。

 

 ここは1つ、ビシッと叱るべきかもしれない……と思っていた俺は、授業の合間か終わったあとにどんな言葉をかけようかと考えていたところ、予想外の出来事が目の前で繰り広げられた。

 

「ハイ、ソレデハ授業ヲ始メマス」

 

「いやいや、ちょっと待て」

 

 あとから入ってきたヲ級が教壇側に立ち、あろうことか港湾棲姫が他の子供たちと同じように椅子に座ったのだ。

 

「イキナリツッコミヲ入レルナンテ、オ兄チャンハドウイウツモリナノサ?」

 

「つっこみもなにも、なんでお前が授業をする流れになっているんだよ」

 

「ナンデッテ……昨日ノ授業デ、ソウ決マッタンダケド」

 

「………………は?」

 

 意味が分からない。

 

 まったくもってサッパリなので、俺の顔は45度を超えて傾げまくっている。

 

 そんな話は朝のスタッフルームで港湾棲姫から聞いてはいないし、そもそも子供であるヲ級が授業を行うこと自体が……、

 

「アア、ソウイエバ先生ニ、今日ノ授業内容ニツイテ話ノヲ忘レテイタワネ」

 

 おーい。

 

 いくらなんでも、そりゃないよ港湾ちゃ~ん。

 

 ……と、なぜか頭の中でもみあげが長い大泥棒みたいな口調になってしまったが、大事なことはちゃんと言っておいてくださいよね。

 

「実ハココ最近、私タチ深海棲艦ハ舞鶴鎮守府ノ近クデアレバ外出シテモ良いイコトニナッテネ。

 ソレデ街中ノ行動ニツイテ、事前ニチャント勉強ヲシテオコウトイウコトニナッタノヨ」

 

「またしても初耳過ぎて、驚いちゃうんですが……」

 

 授業の内容を伝え忘れた以上に、とんでもない発言ですよね、それ。

 

 ファンクラブなんかで半ば世間に浸透してしまっているヲ級はともかく、港湾棲姫や北方棲姫、レ級の情報はそこまで伝わっていない……と思う。

 

 そんな中、いくら舞鶴鎮守府から近いところまでとはいえ外出を許可されるっていうのは、いくらなんでも早計過ぎるんじゃあ……、

 

「オ兄チャンハ心配症ダカラ言ッテオクケド、港湾先生モ、ホッポチャンモ、今ジャチマタヲ騒ガス人気者ダカラネ?」

 

「そりゃあ騒ぐのも無理は……って、人気者?」

 

「ウン、ソウダヨ。

 グラマラスナボディニ、チョッピリオチャメナ手ガアクセント。

 最近デハ那珂チャントコラボヲシテ歌ヲ動画サイトデ発表シタラ大爆発シチャッタ、港湾先生ナンダヨネー」

 

「イヤァ……、ソレホドデモ……」

 

 ヲ級の説明に照れながら頬を掻く港湾棲姫だが、その爪で切ったりしないんだろうか。

 

 いや、それ以前に色々と突っ込みどころが満載なんですが。

 

「ホッポチャンモ動画ニ出演シタトコロ、踊リガ可愛イッテ評判ガ伝ワッテ、大ブレイクシタンダヨネ!」

 

「ソウソウ。

 次ノ動画デ港湾棲姫ト一緒ニ歌オウカッテ話ガ浮上中ダカラ、閲覧数ガ加速装置並ニ待ッタナシハ確定ダロウシ、広告収入ガッポガッポデ羨マシイナァー」

 

「ホ、ホッポ、恥ズカシイケド、ゼロガ買エルノナラ……頑張ルッ!」

 

 レ級とヲ級の説明に、ほっぽも握りこぶしをギュッと……って、マジでちょっと待ってくれるかな。

 

 俺が知らない間に、動画サイトでビューしちゃってんのっ!?

 

 しかも広告収入が入るレベルって、半端じゃない数だよねぇっ!

 

「しかしそれを言うなら、ヲ級殿やレ級殿も負けてはいないであります」

 

「………………は?」

 

 横から口を挟んできたあきつ丸に、完全に目が点になる俺。

 

 いや、これ以上にいったい何があるというんだ……?

 

「おふたりは某スポンサーが開催した漫才動画で1番を決めるキャンペーンで1位を取ったコンビではありませんか。

 確かあの賞金は1000万円だったと思うのですが、そろそろ振り込まれているのでは?」

 

「ぶふーーーっ!?」

 

 ちょっ、1000万円ってマジかよ、おいっ!

 

「アレ、ソウナノ?」

 

「………………」

 

 驚く俺に気にもせず、レ級は頭を傾げながらヲ級を見る。

 

 対してヲ級は、ガチで目を逸らしながら口笛を吹け……ていないんだけど。

 

「ヲ級。

 レ級ハソンナ話、一言モ聞イテナイヨ?」

 

「ソノ件ニツイテナンダケド、悲シマセタクナイカラ黙ッテイタンダヨネ……」

 

「ドウイウ……コト?」

 

「僕タチハ舞鶴鎮守府ニ所属シテイル訳デ、収入ナドハ……ソノ、一度全部ソッチノ方ニイッチャウンダヨ……」

 

 そう言って、ヲ級はガックリと肩を落とす。

 

 ああ、なるほど。確かにそれはありえる話だな。

 

 ヲ級を筆頭に、ここにいる深海棲艦のみんなは舞鶴鎮守府の庇護の下で生活している訳であり、収入などは元帥や高雄さんが管理しているのだと思う。

 

 日々の生活に必要なお金はゼロじゃないし、それらは全部鎮守府の予算で賄っているはずだ。収入があった場合、全てとはいわないまでも、何割かは徴収されてもおかしくはない。

 

 まぁ、それでもヲ級とレ級の2人にまったく渡されないというのであれば問題だが、あまり多過ぎるお金を持たせるのも問題だろうからね。

 

 ……特に、ヲ級は何をしでかすか分からないし。

 

「フウン……。

 マァ、レ級ハ別ニ、オ金ガ欲シクテヲ級トコンビヲ組ンデイル訳ジャナイカラネー」

 

「ナンテ泣カセテクレル相方ナンダー!」

 

「HAHAHA!

 ソレガコンビッテイウモノダヨネ!」

 

「ソレジャア儲ケノ取リ分ハ、8:2トイウコトデ……」

 

「いくらなんでも、がめつ過ぎでしょうがっ!」

 

「オーゥ……」

 

「ナイスツッコミダヨ、先生!」

 

「HAHAHA……って、笑うわけないよっ!」

 

「「「アルェー?」」」

 

「2人揃ってどころか、全員でハモって俺を見ないでぇっ!」

 

 つーか、授業はどこにいったんだって話なんだけど。

 

「と、とにかく、初耳なことがたくさんあり過ぎて頭がパンクしそうだけれど、今日の授業は外に出る際に気をつけることを学ぶってことで良いんだよな……?」

 

「ソノ通リダヨ、オ兄チャン」

 

「その答えを聞くまでに、どれだけ寄り道をしたんだか……」

 

 授業開始から10分も経たないうちに、心の疲労度が半端じゃないぞ。

 

「デモ、ツッコミヲ入レタノハ先生ダヨネ?」

 

「先生ハ、ツッコマナケレバ生キテイケナイ身体ダカラネ……」

 

「難儀な身体でありますなぁ……」

 

「ちょっと、港湾先生!

 変なことを子供たちに吹き込まないでくださいよっ!」

 

「ダガ、事実デショウ?」

 

「関西人の血が恨めしいっ!」

 

「ソノ返シノ段階デ、既ニ手遅レダヨネー」

 

「ソウトモ言ウネ!」

 

「「HAHAHA!」」

 

「だから漫才に持っていこうとするんじゃねぇぇぇぇぇっ!」

 

 結局叫ぶことになったのはいうまでもなく。

 

 つーか、これ自体がツッコミなので、港湾棲姫が言っていることはあながち間違ってもいないんだけれど。

 

 いや、それを認めてしまったら最後、俺は芸人として生きなければならない……訳ではないのだが。

 

 ううむ……。どうにもヲ級と面と向かってしゃべるのは久しぶり過ぎる気がして、上手くいなせていない気がする。

 

 これはちょっとばかり、気を引き締めないと飲まれてしまいそうだよなぁ……。

 

「五月雨ー。

 今ノ様子ヲチャント録画デキテル?」

 

「あ、はい。

 大丈夫……だと思います」

 

「……いや、ちょっと待って。

 いつの間に授業風景を録画しちゃってんのっ!?」

 

「コレモマタ、ファンクラブノサイトニアップスル訳デアリマシテ……」

 

「それは完全にアウトだ!

 いくらなんでも、それは色んな意味でヤバいぞ!」

 

「大丈夫ダヨ。

 オ兄チャンハ目ノ部分ダケ黒イ線ヲ入レテオクカラ」

 

「それって逆にやましい感じにしか見えないから止めてーーーっ!」

 

 ……とまぁ、そんなこんなで港湾班のサポートは初日からグダグダになってしまった訳でしたとさ。

 

 

 

「……ネェネェ、五月雨。

 目ノトコロニ黒イ線ッテ、ドウイウコト……ナノ?」

 

「そ、それは……その……」

 

「それはでありますな。

 主に男性が好む書籍に多く使われている手法でありまして……」

 

「あきつ丸も明確に説明しなくて良いからーーーっ!」

 

 

 

 はい。最後の最後まで、グダグダです。

 




次回予告

 グダグダ過ぎてどうしようもない。
でもまぁ仕方ないね。先生にヲ級だもん(ぉ

 ということで、ヲ級の授業が始まる訳ですが、

 艦娘幼稚園 第三部
 ~幼稚園が合併しました~ その19「ハモりフレンズ」

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その19「ハモりフレンズ」

 グダグダ過ぎてどうしようもない。
でもまぁ仕方ないね。先生にヲ級だもん(ぉ

 ということで、ヲ級の授業が始まる訳ですが、


 

「横槍ガ入ッタケレド、時間ガモッタイナイカラ、サッサト始メルネ」

 

 グダグダな空気が漂う中、ヲ級が伸縮棒でホワイトボードをペチペチと叩きながら、みんなに声をかけた。

 

 なお、視線は主に俺の方で、ジト目を浮かべているところからして怒っている……というよりかは、呆れている感じだけれど。

 

 しかし、俺としては聞いていなかった授業内容を確認するのはサポート役として必要なことだし、収拾をつきにくくしたのはヲ級の方だと思うんだよね。

 

 そうとはいえ、それを突っ込んでしまうとまたしても授業が進まない。俺は仕方なく悪役側に周り、素直に待機しているとしよう。

 

「僕ガミンナニ教エルコトハ、鎮守府ノ近クニアル店デ買イ物ヲスルトキニ気ヲツケル点ダヨ」

 

 ヲ級はそう言って、教卓の下から取り出した踏み台を利用してホワイトボードに文字を書き始めた。

 

「コレハ一例ダケド、シッカリ覚エテオクト役ニタツシ、是非実践スルヨウニ」

 

 ヲ級が握るマジックが、キュ、キュッとリズムを刻む。

 

「マズ、コンビニヘ行ッタラスルコトハ、新作ノスイーツヲチェックダヨ」

 

 ……おい。ちょっと待て。

 

 この話は鎮守府の外に出たら気をつけることであって、コンビニのお得情報とかそういうものじゃないんだけれど。

 

「季節ゴトニ登場スル新作ハ、旬ノ果物ヲ使ッタ美味シイモノガ多イカラ、見ツケタラ有無ヲ言ワサズゲットスルヨウニ」

 

「ふむふむ、ためになるであります……」

 

 何度も頷き、メモを取るあきつ丸。

 

 なんで深海棲艦じゃないお前が、一番納得しているんだよって感じなんだけど。

 

「チナミニ、賞味期限ガ近ヅイタ商品モチェックスルト良イカナ。

 タダシ、包装ノ中ニ水分ガ多ク付着シテイル場合ハ、フヤケテイタリスルカラ気ヲツケテネ」

 

「ヲ級ー。

 モシ見タ目ガ、大丈夫ソウナ場合ハ?」

 

「賞味期限ノ日付ヲ見テ、食ベルタイミングガ大丈夫ナラ、好ミニ合ワセテゲットスベシ……ダネ。

 値段ガ割引シテイルカラ、オコヅカイガピンチナトキノ大キナ味方サ」

 

「ナルホド……ナノッ」

 

 あきつ丸と同じように頷いて微笑むほっぽを見ると、ヲ級の授業も無駄ではない……のだろうか?

 

 いや、それにしたって、ヲ級自信の趣味が大きく含まれている内容であることと、コンビニ限定な情報なんだよなぁ……。

 

 あ、でもあれか。スーパーとかのお惣菜コーナーや、生鮮食品でも時間によって割引されたりするし、まったく無駄という訳でもなさそうだから、フォローしておこうかな。

 

「ちなみにヲ級が言っているのはコンビニの話だけれど、スーパーマーケットなどでも同じように割引された商品が並ぶことがあるぞ」

 

「あれもお得感がいっぱいですよね。

 五月雨も佐世保にいるときに、ちょくちょく利用してました」

 

「うんうん。

 それを狙ってお惣菜コーナーから少し離れたところで、割引シールが貼られるのを待っているのが楽しいんだよな」

 

「そうなんですよね!

 でも気を抜いちゃうと、同じく待ち構えていたおばちゃんとかが一気に持って行っちゃて……」

 

「あー……。

 あの手の人らは、凄い勢いだからなぁ……」

 

 過去の記憶を思い出し、しみじみと語り合う俺と五月雨。

 

 ……が、ジト目をさらに強くしたヲ級が伸縮棒をビシッと俺に向けて、大きく口を開いた。

 

「オ兄チャン!

 僕ノ授業ヲ邪魔スルノガ、ソンナニ楽シイノッ!?」

 

「い、いや、そういうつもりじゃなくて、サポートしてやろうと思ったんだが……」

 

「ソレハ僕ガシャベッタ後ニシテヨネ!」

 

「うっ……、そ、そうだな……。

 すまんすまん……」

 

 怒られちゃいました。

 

 サポート役の俺としては、ヲ級の言葉に付け加えることによって少しでもレ級やほっぽ、港湾棲姫の助けになればと思ったんだけど。

 

 しかしまぁ、五月雨と盛り上がってしまった点については失敗した感じがあるので、ヲ級の言う通り授業の最後にフォローをする形ならば文句は出ないだろう。

 

「邪魔ガ入ッタケド、続キヲ言ウネ」

 

 邪魔とか言うな。ちょっとは傷つくだろうが。

 

「次ニ目的ノモノヲゲットシタ後ハ、レジニ行ッテオ金ヲ払イマス。

 間違ッテモ、ソノママコンビニカラ商品ヲ持ッテ、外ニ出ナイヨウニネ!」

 

「欲シイモノニハ対価ヲ払ウ。

 コレハドコニ行ッテモ一緒ヨネ」

 

 やはり港湾棲姫の方は、ヲ級の授業を受けなくてもしっかり分かっているようだ。まぁ、そうじゃなければ教員の仕事はできないし、当たり前のことなんだけれど。

 

「燃料ヤ弾薬ヲ手ニ入レルノハ大変ダッタシ、防衛スル人間ヤ艦娘ト戦ッテ勝タナケレバナラナイトキモアッタワ……」

 

 遠い目をしながら窓の外を見る港湾棲姫……って、それはなんか違うからっ!

 

「………………ぁぅ」

 

「が、ガクブルものであります……」

 

 五月雨とあきつ丸が涙目で俺の方を見ちゃってますからっ!

 

 完全に怯えちゃって、椅子に座っているのに生まれたての小鹿並に震えまくっていますからぁぁぁっ!

 

「マァ、今ハソンナコトヲシナクテモ……ッテ、ドウシタノカシラ、先生?」

 

「い、いや、ちょっと一部の子供たちが怯えちゃっているので、そういったことは避けておいた方が良いかなと思いまして……」

 

「アラ……、本当ダワ」

 

 あきつ丸と五月雨の怯えっぷりを目にした港湾棲姫は、肩を落としながらニッコリと微笑み、

 

「今ノハ随分ト昔ノ話ダシ、仕方ナクヤッタコトダカラネ。

 ソレニココデハソンナ必要ハマッタクナイシ、戦ウノハモウコリゴリダワ」

 

「そ、それなら……い、良い……のかな……?」

 

「な、なにはともあれ……、仲良くしたいであります……」

 

 港湾棲姫の言葉に、少し表情を和らげた五月雨とあきつ丸が息を吐く。

 

「ホッポハ、喧嘩トカシタク……ナイノ」

 

「レ級モ遊ビデヤル以外ハ嫌カナー」

 

 ほっぽもレ級も戦うことは好まないと答え、俺も胸を撫で下ろそうとしたのが、

 

「ソレジャア、狩リゴッコナラドウカナ?」

 

 なぜかいきなり意味不明な発言をしたヲ級がニヤリと笑う。

 

 すると子供たちと港湾棲姫は、お互いの顔を見合ってから、

 

 

 

「「「ワーイ、楽シーイ!」」」

 

 

 

 笑いながら一斉に同じ言葉を言ったんだけど、君たちはハモるのが大好きなフレンズなんだね……って、ここはジャパ●パークじゃないんだぞっ!

 

 

 

 

 

「サテ、チョット横道ニ逸レチャッタケド、授業ニ戻ルネ」

 

 逸らした本人が言うべきことじゃないが、ツッコミを入れたらまた怒られそうなので黙っておこう。

 

「レジデオ金ヲ払ウトキダケド、細カイノヲ出シテアゲルト喜バレルヨ」

 

「確かにそうでありますが、その場合は財布の中に多くの小銭を入れておかなければならないため、重くなりがちでは?」

 

「ソウイウトキノ為ニ、カードニチャージスル手モアリダヨネ」

 

「なるほど。

 それならカード1枚で買い物ができるであります」

 

「でも、そのカードを入れておいた財布を落としちゃったら……」

 

 そう言ってしょんぼりとした顔を浮かべる五月雨だけれど、財布を落とした時点でかいものはできないからね?

 

「チナミニカードヲ持ツ場合、種類ニヨッテハ年齢制限ニ引ッ掛カルカラ、ソウイウトキハ仲ノ良イオ姉サンニオ願イシテネ」

 

「ナンダカチョット、メンドウダネ……」

 

「ホッポノカードハ、港湾オ姉チャンニオ願イスルノ」

 

「アッ、ソレナラレ級モー」

 

「ウン。

 ソレジャア今度、2人ノカードヲ作リニ行コウネ」

 

「「ワーイ!」」

 

 喜ぶレ級とほっぽだが、港湾棲姫が保護者でカードを作ることが可能なのかが分からない。いや、そもそもヲ級のカードを作る際に俺は立ち会った記憶はないし、いったいどうやって手に入れたんだろう。

 

 前にヲ級がコンビニに行って美味しいデザートを買ってきてくれると愛宕から聞いたことがあるから、可能性としては1番高いとはいえ、俺を選ばなかったという点については少しへこむところがあるなぁ……。

 

 まぁ、鎮守府に所属する艦娘と分かれば信頼できるんだろうし、俺よりも審査とかが楽なのかもしれない。でも、俺も一応幼稚園の教員なんだから、舞鶴鎮守府の所属扱いなんだけれど。

 

「カードノコトハコレクライニシテ、次ニ注意スベキコトヲ教エルネ」

 

 なんだか落ち込みそうな思考を頭の中で張り巡らせている間に、ヲ級が次の話に進んでいた。

 

「ミンナモ世間ニ顔ガ売レテキテイルカラ、場合ニヨッテハ写真ヲ一緒ニ撮ッテホシイト言ワレルコトガアルト思ウンダケド……」

 

「ヲ級殿はファンクラブがあるくらいでありますし、港湾先生やレ級殿、ほっぽ殿も動画サイトで知る人ぞ知る存在ですから、あると思います……であります」

 

 確かにあきつ丸が言う通り、その可能性は高いかもしれない。

 

 しかし、なぜ最後に詩吟っぽいしめ方だったのかは分からないんだが。

 

「ソノ場合ハ、ニッコリ笑ッテ応ジテアゲルノガ良イヨ。

 ソウスレバソノ写真ガSNSニ流レ、サラニ人気ガ上ガル可能性ガアルカラネ」

 

「サスガハヲ級、抜ケ目ナイネ!」

 

「フッフッフ……。

 僕ノ頭脳ハ、タダ者ジャナインダヨ」

 

 そう言って胸を張るヲ級を見るや否や、いきなりレ級が立って右手を振り上げた。

 

「見タ目ハ子供!」

 

「頭脳ハ大人!」

 

「「人呼ンデ、深海コンビノヲ級トレ級!」」

 

「よっ、大統領……であります!」

 

「カッコイイ……ナノッ」

 

「ヒュー……ヒュー……って、上手く口笛が吹けません……」

 

 決めポーズをしたヲ級とレ級に、盛り上がる他の子供たち。

 

 だが、あえて俺は言いたい。

 

 横道に逸らしているのは、お前たちの方だからね……と。

 

「ダガココデ、マタシテモ注意ガアリマス」

 

 そんな俺の悲しい呟きもなんのその。ヲ級は決めポーズをしたまま話を続ける。

 

「話シカケテクル人ニヨッテハ、応ジナイ方ガ良イトキモアルヨ。

 エアコンガ効イテイルコンビニノ中ナノニ、ヤケニ油ギッシュデカメラヲ構エテイル男性トカ、気ヲツケナイトイケナイネ」

 

「ドウシテ……ナノ?」

 

「全部ガソウジャナイケド、写真ダケジャ我慢デキナクナッテ、強引ニ迫ッテクル輩ガイルンダヨネ」

 

「ソ、ソレハ……怖イナノ……」

 

「大丈夫。

 ソノ場合、私ガ即座ニ駆ケツケテ、粉々ニ切リ刻ムカラ」

 

「サスガハ、オ姉チャンナノ!」

 

「いやいやいや、さっき戦うのは嫌だとか言ってましたよねぇっ!?」

 

 さすがにマズイと思った俺は即座に突っ込んだが、ほっぽならば港湾棲姫に頼らなくても十分に撃退できるんじゃないのかなぁ。

 

「ソレハ、トキト場合ニヨルワ」

 

「それでもやっぱり、他人に手をあげるどころか殺しちゃったら色々とマズイですから!」

 

「フムゥ……。

 シカシソウナルト、イッタイドウスレバ……?」

 

「それはもちろん、やり過ぎない程度にですね……」

 

 可愛い子供たちに手をあげるような輩は痛い目にあえば良いし、俺が港湾棲姫の立場じゃなくても気持ちはおおいに分かる。しかしそれでも、切り刻むのはさすがにやり過ぎだと思うんだよね。

 

「オ兄チャンノ言イ分モ分カルケド、実ハモット良イ方法ガアリマス」

 

 いや、なんでそこで言い分という言葉を使うのかな……。

 

 なんだか俺がごねているような感じがして、すごくちっぽけな存在に思えてきちゃうんだけど。

 

「ソウイッタ場合ハ、大キイ声デ助ケヲ呼ベバ良インダヨネ。

 モシ防犯ブザーヲ持ッテイタラ、思イッキリ引キ抜イテ鳴ラシチャオウゼ!」

 

 新しい決めポーズを決めるヲ級に興味はないが、その方法は確かに賢い。それなら不貞を働こうとした輩はビックリして逃げるだろうし、仮に逃げなかったとしても周りの人が助けにきてくれる可能性もあるだろう。

 

 人の目があれば大それた行動にも歯止めがかかりやすいし、まさに最良の手と言える。ヲ級にしては非常に良い案と褒めたいが、図に乗りそうなので止めておくが。

 

「ヲ級ニシテハ、ズイブン優シインダネ。

 テッキリ同ジ考エヲ2度ト起コサナイヨウニ、徹底的ニ思イ知ラセルンジャナイカト思ッタノニ……」

 

「ウンウン。

 レ級ノ言ウノハモットモナンダケド……」

 

 いや、そこは否定しろよ。

 

 せっかく怪我人が出ない方法という最良の手を提案したはずなのに、そこを肯定しちゃったら意味がないんじゃ……、

 

「助ケヲ呼ンダラ、真ッ先ニ店長ガ飛ンデクルカラ大丈夫ナンダヨネー」

 

 ありませんでしたとさ。

 

 うん。あの店長が飛んできたら、少々の輩くらい軽々とやっつけちゃうよね。

 

 下手をすればドラム缶に詰められて、そのまま海に……なんてこともありえるし。

 

 実際にやられかけた身としては本当に洒落にならないんだけれど、ごついガタイに坊主頭、さらにお姉言葉で身体をクネクネさせるところを思い出しただけで、吐き気をもよおしてきたんだが……。

 

「……トマァソウイウコトデ、買イ物ヲスル際ハ近クニアルコンビニガベストナンダヨネー」

 

「「「ナルホドナー」」」

 

 なぜか聞いていた子供たちと港湾棲姫が美少女ロボットのような口調を返し、ヲ級が教卓から離れて自分の席へ戻って行く。

 

 パチパチと拍手が上がったので俺も同じようにしておいたが、今回の内容って為になる話だったのだろうか。

 

 まぁ、俺がフォローをしておけば……と思ったところで、今度はレ級が席を立って教卓の方へ歩いて行った。

 




次回予告

 ヲ級の授業がおわり、今度はレ級の番が来た。
とはいえ、これは授業と言って良いのだろうか……と思いながら、様子を伺っていたのだが。

 まさかの乱入者、あらわる?

 艦娘幼稚園 第三部
 ~幼稚園が合併しました~ その20「地獄耳」

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その20「地獄耳」

 ヲ級の授業がおわり、今度はレ級の番が来た。
とはいえ、これは授業と言って良いのだろうか……と思いながら、様子を伺っていたのだが。

 まさかの乱入者、あらわる?


 

「ソレジャア今度ハ、レ級ノ番ダネ!」

 

 元気良く右手を上げたレ級が、ヲ級と同じように踏み台の上に乗って話し始めた……んだけれど、

 

「え……っと、その前に1つ聞きたいことがあるんだけど、構わないかな?」

 

「ンッ?

 ドウシタノ、先生?」

 

「今日の授業では、鎮守府の外にでかける際、気をつけなきゃいけないことだよな?」

 

「ウン、ソウダヨ!」

 

「ヲ級は以前から外出許可があったからコンビニとかに行っていたけれど、レ級はまだ外に出たことがないよね?」

 

「ウウン、外ニ出タコトハアルヨ?」

 

「え……?」

 

 ブンブンと首を左右に振って答えるレ級だが、それってどういうことなんだろう。

 

「オ兄チャンガ心配シテイルミタイダカラ言ッテオクケド、今マデハ愛宕ヤ寮ノオ姉サント一緒ナラ外ニ出ルノハ問題ナカッタンダヨネ」

 

「つまり、今回許可が出たのは単独で外に行っても良いってことか?」

 

「ソウイウコトダネ。

 ダカラコソ、気ヲツケナキャイケナイコトヲ、シッカリト覚エヨウッテ授業ヲシテルンダヨ」

 

「なるほど、分かったよ。

 そういうことなら……って、やっぱりちょっと待ってくれ」

 

 納得しかけた俺だが、やっぱりこれはおかしい気がする。

 

「それならなんでレ級が授業をするんだ?

 今まで単独で外に出たことがないのなら、みんなに教えられることって少ないんじゃ……」

 

 俺は少し首を傾げながらみんなを見渡し、最後にレ級の方に顔を向けた。

 

「ダッテ……、ヲ級ガ授業ヲシタンダカラ、僕モヤリタイシ……」

 

「………………あっ」

 

 気づけばレ級が俯いて、目が潤みを帯び、じわじわと涙らしき雫が。

 

 あれ、これって俺、完全に悪役じゃ……。

 

「オ兄チャン!

 ナンデ、レ級ヲ泣かカスヨウナコトヲスルノカナ!」

 

「い、いや。

 そんな気は毛頭もないんだけど……」

 

 そうとは言え、現にレ級は今にも泣き出してしまいそうな表情で、プルプルと身体を震わせている。

 

 そんな姿を見た俺がレ級を放っておくことなんてできる訳がなく、早足で近づき慰めようと手を伸ばしたのだが、

 

「ナンチャッテー!

 嘘デシター!」

 

 してやったりな顔を浮かべながら、両手を上げてガッツポーズをするレ級に、俺はポカーンと素っ頓狂な顔で固まってしまう。

 

「引ッ掛カッタ、引ッ掛カッター!

 サスガ、ヲ級ノネタダネ。

 見事ニ先生ガ釣レチャッタヨ!」

 

「ネエネエオ兄チャン、今、ドンナ気持チ? ドンナ気持チ?」

 

 2人は俺を囲むようにクルクル周りながら、にやけた顔で聞いてくる。

 

 そんな様子を見ていた五月雨は気まずそうに頬を掻き、あきつ丸は悩むように腕組をし、ほっぽは何事なのかと何度も頭を傾げていた。

 

 そんな中、俺からの視線に気づいた港湾棲姫は目を閉じながら小さく息を吐き、小さく頷く。

 

 よし、許可は取った。

 

 今回の首謀者はヲ級なので、とりあえず黙らせよう。

 

「とうっ!」

 

「フギャッ!?」

 

 ゆっくりと上げた手を握ってグーにし、ヲ級の頭頂部に振り下ろす。

 

 俺を煽ることに集中し過ぎていたヲ級は避ける暇もなくクリーンヒットしてしまい、ゲンコツを喰らった部分に触手を伸ばしながら涙目を浮かべ、俺の顔を見上げてきた。

 

「イ、イキナリ叩クナンテ、酷イジャ……」

 

「………………」

 

 講義するヲ級の顔を、俺はジッと見つめる。

 

 ただしいつも通りの顔じゃなく、少しだけ目を細めてだ。

 

「……ァ……ゥ」

 

 うめき声を漏らしながら、1歩、2歩と後ずさるヲ級。

 

 既にその顔は余裕がなく、泣きそうなフリをしていたレ級よりも激しく、身体を震わせていた。

 

「どうした……。

 何か言いたいことでもあるのか?」

 

「イエ……、ナンデモナイデス……」

 

 激しく顔を横に振りながら、ヲ級は即座に自分の席へと戻る。レ級も空気を読んだのか、そそくさと教卓の方に戻って踏み台の上に乗った。

 

「それで良し。

 授業の内容から逸れるのは、もうこりごりだからね」

 

 そう言ってレ級に笑いかけると、これでもかというくらいに頭を縦に振っていた。

 

 うんうん。聞き分けの良い子は偉いぞ。

 

 俺は納得しながら元の場所である教室の後ろ側へ戻り、腕を組みながら授業を見守ることにする。

 

 なぜかほっぽやあきつ丸、五月雨の顔に悲壮感が漂っていたように見えたんだけど、気のせいということにしておこう。

 

 今回はヲ級がちょっとやり過ぎたことに対して、注意しただけだからね。

 

「せ、先生が怒ったら怖いという噂の片鱗を……見てしまったであります……」

 

 そう言ったあきつ丸がチラリとこちらを見ては震えているけれど、本当に怒ってなんかいないんだけどなぁ……。

 

 

 

 

 

「ソ、ソレジャア、レ級ノ授業ヲ始メルネ……」

 

 覇気のない声を出すレ級だが、ヲ級と違ってマーカーは持たず、どうやら言葉のみで進めるようだ。

 

 しかし、先ほど俺が気になった点について明確な答えは聞けないままだったので、どういった授業内容になるのかサッパリなんだけれど。

 

「レ級カラ言エルノハ、空気ヲ読ムッテコトナンダヨネー」

 

 ……ほう。

 

 これはまた、難しいところに目をつけたんじゃないだろうか。

 

 人間同士でさえ空気を読むのは難しいときがあるし、人や艦娘によっては全くダメなやつもいる。

 

 身の回りで当てはまるのは、人間であれば元帥、艦娘であれば青葉だよな。

 

 元帥の方は秘書艦である高雄が手綱を握っているおかげでどうにかなっているし、真剣モードのときはちゃんとしている。むしろやっかいなのは青葉の方なんだけれど、幼稚園が絡めば愛宕がどうにかしてくれるのだが……、

 

 いや、それにしたって、なんで空気を読むことをここで話すんだろう。

 

「空気を読む……でありますか。

 自分はこっちにくるまで堅物だったため、それはありがたいのでありますが、レ級殿はそれを簡単にできる方法を知っているというのでありますか?」

 

「簡単ジャナイケド、注意深クシテイレバ、ナントナク分カルトオモウンダヨネー」

 

「ふむぅ……、そういうものでありますか」

 

 納得し切れていないあきつ丸だが、まずはしっかり聞くべきだと鉛筆を持ってスタンバイ。五月雨も同じようにノートを開いたけれど、元々は子供じゃなかったはずなんだけれど。

 

 まぁ、空気を読むのが下手……という可能性もあるので突っ込まない方が良いか。

 

 端から見る限りは大丈夫だと思うんだけどね。

 

「レ級ハイツモ、晩御飯ヲ食ベニ鳳翔サンノ食堂ニ行クンダケレド、ソノトキニ色ンナオ姉サンニ会ウンダヨネ。

 ソコデイッパイオ話ヲシテイルウチニ、ドウスレバ良イカガ分カッタンダヨ」

 

「ソレハイッタイ、ドンナコトナノ……?」

 

「マズハ、チャント挨拶ヲスル。

 コレッテ基本ダケド、大切ナコトダヨネ」

 

 うんうん。それは間違いないな。

 

 毎日幼稚園の朝礼で、まずは挨拶を行うことを重点的にやっているし、それが役に立っていた……と考えれば誇らしく思えてくる。その結果、子供たちは幼稚園だけじゃなくても出会ったときにちゃんと挨拶をしてくれているから、レ級もそこからちゃんと学んでいたようだ。

 

「食堂ニ入ルト、千歳オ姉サンヤ、千代田オ姉サンガ『イラッシャイマセー』ッテ挨拶ヲシテクレルカラ、レ級ハ『イラッシャイマシター』ッテ返スンダヨネー」

 

 ……それは、どうなんだろうか。

 

「ソウシタラ、食堂ニイル他ノオ姉サンヤ、作業服ノオジサンタチガ笑ッテクレルンダヨー。

 コノトキヲ級ト一緒ダッタラ小ネタヲ挟ンデミルノモアリナンダケド、コレハテクニックガイルカラ、ミンナニハ難シイカナー」

 

 両手を腰に添えて胸を張るレ級。

 

 自慢げにしているのは分かっているが、色んな意味で突っ込みどころが満載な気がするぞ……。

 

「ネッ、ヲ級」

 

「ン、ア、ウン……」

 

「アレレ、ドウシタノ。

 ナンダカイツモノ調子ジャナイヨネ?」

 

「エ、エット……、ソノ……」

 

 ヲ級はヲ級の返答に困りながら、俺の方を伺い見る。

 

 またしても厄介なことをしないようにと、クワッ……と目を見開いて威嚇しておこう。

 

「……ッ!」

 

 ビクッ! と肩を震わせたヲ級は即座に前を向き、レ級に激しく顔を左右に振る。するとレ級も俺の視線を感じたのか、無言で頭を縦に何度も振って頷いていた。

 

 うんうん。これで良し。

 

 授業が横道に逸れるのは防げたし、引き続きレ級の話を聞くとしよう。

 

「ソレカラゴ飯ヲ注文スルンダケレド、ココデ注意シナイトダメタコトガアルンダヨネ」

 

「注意……でありますか?」

 

「ウン……。

 鳳翔サンノ食堂ノゴ飯ハトッテモ美味シイケド、タマニレ級ノ苦手ナ『ピーマン』ガ入ッテルトキガアルンダヨ……」

 

「どうしてでありますか?

 ピーマンは栄養が豊富で、とても美味しいでありますよ」

 

「ホッポハ……、チョットダケピーマンガ苦手……ナノ」

 

「五月雨は好きですよ?」

 

 確かに子供たちの中でもピーマンが苦手な子がいるのは知っているが、レ級やほっぽがそうだったとは思わなかった。対してあきつ丸と五月雨は大丈夫そうだが、もしかすると深海棲艦は苦手であるという共通点があったりするんだろうか?

 

「オ姉チャンハ、ピーマン……好キ?」

 

「ウーン……。

 私モ少シ、苦手カナ……」

 

 どうやら俺の予想はあっていたようです。

 

 でもまぁ、少しずつ食べていけば慣れることもあるし、年齢を重ねるうちに味覚が変わって美味しく感じる場合もあるだろう。

 

 かく言う俺も、小さい頃は苦手だった。しかし高校生になったくらいで中華料理店のランチを頼んだ際、チンジャオロースを食べた途端好きになったんだけれど。

 

 濃い味付けというのも関係していたし、調理方法によって食べられる子もいるから、この辺のことは鳳翔さんと相談してみようかな。

 

「………………」

 

 そんなことを考えていたが、ヲ級は会話に加わることなくいまだに黙ったまま席に座っていた。

 

 どうやら発言をすると俺に睨まれると思っているようで、随分と大人しくなっている。

 

 さすがにちょっとやり過ぎたかも知れないと思ってしまうが、ここで気を抜いたら派手なことをやらかしそうなだけに、声をかけるのは止めておこう。

 

「ところでレ級殿。

 苦手なピーマンが入っていることで、いったい何がダメなのでありますか?」

 

 問い掛けるあきつ丸。

 

 その質問をするってことは、あきつ丸に苦手な食べ物はないってことだろうか。

 

 苦手なもの、嫌いなものを前にすると、子供というのはどうにもならないときがある。もちろんそれは子供だけではなく、大人であっても同じではあるのだが。

 

「エット……ネ。

 ピーマンガ入ッテイルト、美味シイゴ飯ダケド食欲ガナクナッチャウンダヨ……」

 

「それならば、克服すれば良いのであります。

 気合いがあればなんでもできるでありますから、行けば分かるさバカヤロー……であります」

 

 なんだか関節技が得意なプロレスラーみたいな考え方だが、レ級は素直に頷けないようだ。

 

 苦手なものを口に入れても噛めなかったり、思わず吐き出してしまったりすることもある。さらに強要するとトラウマになってしまうことも考えられるから、無理をさせるのは避けなければならないんだよね。

 

「ソ、ソレニツイテハ、レ級ナリニ頑張ッテミルツモリダケド、教エタイ内容トハ違ウンダヨ」

 

「それは……なんでありますか?」

 

「嫌イナピーマンハ、絶対オ皿ニ残シチャダメナンダ……」

 

「「「………………?」」」

 

 レ級の言葉に頭を傾げる子供たち。

 

 ついでに港湾棲姫や俺も、同じように傾げている。

 

「お皿に残さないのであれば、どうすれば良いのでありますか……?」

 

「うーん……。

 他の誰かに食べてもらうとかかな……?」

 

「ホッポハ、オ姉チャンニ食ベテモラウノ」

 

「ホ、ホッポハチャント食ベラレルヨウニ……ナロウネ」

 

 港湾棲姫が逃げた……と思いつつも、レ級の言葉を理解するため頭の中で考える。

 

 苦手なピーマンを食べられない。するとお皿には残したピーマンが乗っていることになる。ここから導き出せる結論は……、

 

「もしかして、千代田から怒られる……のか?」

 

 思いついたことを投げると、レ級は急にブルリと身体を震わせた。

 

「千代田ノオ姉チャンナラ、ソレホド怖クハナイ……カナ……」

 

 そう答えるが、視線は俺から随分と遠いところへ逸れている。

 

 どうやら図星のようだが、それ以上になにか他の要因がありそうなのは気のせいなんだろうか……と思っていたところ、レ級が遠い目をしながらボソリと呟いた。

 

「ムシロ、鳳翔サンノ方ガ……」

 

 

 

「こんにちわー」

 

 

 

 レ級の呟きを遮るかのように扉が開かれた途端、挨拶をしながら1人の艦娘が教室に入ってくる。

 

「あれ、鳳翔さんじゃないですか。

 こんな時間に、いったいどうしたんです?」

 

「授業中にお邪魔をして申し訳ありません。

 実は急に予約が入ってしまって、お弁当を早く作らないと間に合わなくなってしまったんです」

 

 見れば鳳翔さんの両手には大きな風呂敷包みがあり、おそらくその中身はお弁当なのだろう。

 

「いつもの時間に取りにきてもらっても応対ができない可能性がありましたので、私と千歳で持ってきたんですが……」

 

「そういうことでしたか。

 わざわざ持ってきてもらって、すみません」

 

「いえいえ、こちらの都合ですから……」

 

 深々と頭を下げる鳳翔さんにお礼を言い、風呂敷包みを受けとる。

 

「残りの分は千歳がスタッフルームに届けさせましたので、よろしくお願いいたします」

 

「はい。

 分かりました」

 

「それでは失礼いたしますね」

 

 微笑みながら再度頭を下げ、教室から出ていこうとする鳳翔さんが、ふと足を止めた。

 

「レ級ちゃん」

 

「ハ、ハイッ!?」

 

「今日のお弁当にピーマンは入っていないけど、早く食べられるようになりましょうね?」

 

「……ッ、……ッ!」

 

 これでもか……と言わんばかりに頭を縦に振りまくるレ級。そのあまりの速さにヘビメタのライブ会場が思い浮かびそうになるが、気にする部分はそうじゃない。

 

「それじゃあ本当に……、失礼いたしました」

 

 ニッコリと微笑んだ鳳翔さんが、日本舞踊を舞うような動きで扉を開けて出て行った。

 

「「「………………」」」

 

 教室にいる全員が無言になり、重苦しい空気が流れている。

 

 おそらく、頭の中で呟いているのだろう。

 

 

 

 いつの間に、聞いていたんだろう……と。

 

 

 

 お残しは危険。苦手なものは食べられるようにしましょう。

 




次回予告

 鳳翔さんも怖かった。

 レ級の番が終わり、今度はほっぽが前に立つ。
そこで気になることを話し始めたんだけれど、今度は港湾棲姫が……?

 艦娘幼稚園 第三部
 ~幼稚園が合併しました~ その21「最終形態は恐すぎる」

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その21「最終形態は恐すぎる」

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 鳳翔さんも怖かった。

 レ級の番が終わり、今度はほっぽが前に立つ。
そこで気になることを話し始めたんだけれど、今度は港湾棲姫が……?


 

 レ級の出番が終わり、今度は五月雨とあきつ丸の出番がきた。

 

 2人は協力し、外に出る際に気をつけるべきであることを色々と説明したんだけれど、差し当たって問題がある訳でもなく、言ってしまえば普通だった。

 

 ……まぁ、それが授業としては当たり前だし、参考にすることも多かったので良かったと思う。

 

 むしろ気になるのは、この後に出番となるほっぽなんだけれど、はたしてどんな内容になるのだろうかと気にしながら、耳を傾けることにした。

 

「ソレジャア、今度ハホッポノ番……ナノ」

 

 踏み台に乗って教卓からギリギリ顔を出すほっぽに、なんだか癒されてしまうんだけど。

 

「ホッポハ外ニ出タコトガナイケド、艦娘ノオ姉サンタチト、イッパイ仲良クナッタノ」

 

 言って、にこやかに笑みを浮かべるほっぽ。

 

「それは良いことでありますな。

 ここの鎮守府に居るお姉さんたちはみんな良い方ばかりで、あきつ丸もお世話になりっぱなしであります」

 

「元は同じだった五月雨ですけど、みんな優しくしてくれています」

 

「レ級モ、色々ト助ケテモラッタコトガアルヨ!」

 

「ウンウン。

 僕モ青……イヤ、トアルお姉サンニ、役ニ立ツテクニックヲ教シエテモラッテルネ」

 

 ……おいこらちょっと待て。

 

 ヲ級の言葉だけは見逃せない。教えてくれている相手が明らかに嫌な予感しかしないから、身の危険度が一気に上がった気しかしないぞ。

 

 過去には俺の部屋に入るために鍵を開ける技術を学んだとか言っていたし、本当に洒落にならないんですが。

 

 ……ただまぁ、そのおかげで難所を乗り越えられた訳でもあったんだけど。

 

「デモ……、タマニホッポノ近クデ、変ナ感ジガスルトキガ……アルノ」

 

 話を続けていると、急にほっぽの声と顔色が変わり、疑問を抱えた俺は即座に問い掛ける。

 

「変な感じ……って、どういうのなんだ?」

 

「ソレハ……、エット……」

 

 考え込んだほっぽが言葉に詰まるが、俺の頭には再度青葉の顔が浮かんでくる。

 

 幼稚園内での取材が禁止されているが、そこ以外ならやりたい放題である青葉がほっぽを追いかけ回している可能性があるんだよね。

 

 停戦を結んだと通達されているとは言え、以前は戦いあった敵同士。それが身近にいるのであれば、自他ともに認めるトラブルメーカーとしてのジャーナリスト魂に火がつくのは簡単に想像できてしまうのだ。

 

 ……って勝手に想像していたけれど、その考えが正しかったのならば、本人がトラブルメーカーだと認めている時点で修正しろよって話なんだが。

 

 いや、もしかするとあいつのことだから、分かっていてそのままにしているかもしれない。

 

 今までもそうだったけれど、本当に厄介だ。しかしその一方で、非常に高い人気を持ち得ているのもまた事実。

 

 類い稀なる諜報能力によって得てくる写真の数々は、多くの提督や関係者にとって喉から手が出るほど欲しがる物。それらを有効に活用することによって、一部の場面で使用できる大きな権力を持ち得ていると言っても過言ではない。

 

 かく言う俺も痛い目にあわされつつも、お世話になったことがあったりする。特に親愛なる愛宕のしゃ……っと、これ以上は良くないな。

 

 口にしないとはいえ、あまり不審な思考を頭の中で張り巡らせるべきではない。ただでさえ顔に出やすいらしいので、どこでどうばれるかなんて、まったく分からないのだから。

 

 もしそうなったら、行き着く先は異様なまで食事に執着する貿易商からアームロックを食らい、折れる寸前まで痛めつけられることは必死。片言の店員が助けてくれなければ、寸前では済まされないかもしれないのだ。

 

「ナンダカオ兄チャンガ、口煩イコックノヨウナ店主ニ見エタ気ガスルンダケド……」

 

「いやいや、俺はいたっていつも通りだし、そもそも料理なんてできないぞ?」

 

「ソンナ雰囲気ガシタ……ンダケド、マァ別ニイイカナ」

 

 そう言って、俺から目を逸らすヲ級。

 

 ……ふぅ。危ないところだった。

 

 さすがはヲ級。俺の人生で両親を除けば最も付き合いが長いだけがある……って、あまりに明確過ぎる指摘に冷や汗ダラダラだよっ!

 

「ホッポ、気ニナッタコトガアッテ、偵察機ヲ飛バシタコトガアルンダケド……」

 

「北方棲姫様ノタコヤキハ、凄イカラネ!」

 

 目をキラキラさせたレ級が叫ぶと、ほっぽは恥ずかしげに頬を染める。

 

 だが、ひとこと言わせてもらえるなら、鎮守府内で艦載機を使用するのは特例を除いてダメなんだけど。

 

 しかしまぁ、過去に舞鶴で飛龍、佐世保では龍驤から実害を受けている俺としては、そんなルールはあってないようなモノなんだけどさぁ……。

 

「偵察機ガ怪シイ影ヲ見ツケタラ、スグニ逃ゲチャッタノ……」

 

 ガックリと肩を落とすほっぽ。その表情はとても残念そうで、少しばかり同情してしまいそうになったのだが……、

 

「それはちょっと気になるな。

 鎮守府の中だから外部の人間ではないと思うけれど、逃げた影の特徴とかは分からなかったのかな?」

 

 おそらく……というか間違いなく青葉だろうが、証拠がなければ問い詰めにくい。ならば逃げた影が青葉であるという証言がほっぽから聞ければオッケーだと思っていたのだが、開かれた口から出てきた言葉は予想とは違うものだった。

 

「エット、頭ノ上ニ、角ミタイナノガ生エテ……タノ」

 

「角……?」

 

「角でありますか」

 

「角って……」

 

「角ッテイッタラ……」

 

「………………」

 

 俺や子供たちは小さな声でつぶやきながら、ある1点を見つめる。

 

 椅子に座り、ほっぽの授業をシッカリと聞いていた、港湾棲姫の席へだ。

 

「……ワ、私ジャナイワヨ?」

 

 ボタンを押した途端に施設内が停電してしまった際の技術者のような、はたまたどでかい大柄のコメンテーターみたいな口調で、プルプルと小さく顔を左右に振って否定する港湾棲姫。

 

 表情を見る限り嘘をついている雰囲気はなく、焦りは微塵も見えなかった。

 

「オ姉チャンジャナイト思ウノ。

 角ハ2本ダッタシ、爪モナカッタシ……」

 

「ふむ……。

 それじゃあいったい、誰なんだろう……?」

 

 俺はそう言いながら頭の中で青葉の姿を思い浮かべてみる。

 

 頭に角は生えていないし、カメラ持ち上げた格好で構えていたとしても2本の角のように見えるとは思えない。

 

「ちなみになんだけど、2本の角以外にはなにも見えなかったのかな?」

 

「ンート、他ニハ……」

 

 言って、頭をひねったほっぽが考え込むが、なかなか良い情報は出てこない。それどころか表情がどんどん落胆に色にまみれてしまい、可哀相な気持ちでいっぱいになってしまう。

 

「思イ出セナイ……ノ……」

 

 しまいには目に涙を浮かばせ始めたのが見え、港湾棲姫が側頭部に血管を浮き出させて俺の方に顔を向けてきたので、慌ててフォローをする。

 

「ご、ごめんごめん。

 そうだよな。簡単に姿を見せるようなら、すぐに捕まえられるし、それこそすぐに爆撃できちゃうもんな」

 

 そう言ってほっぽを慰めると、港湾棲姫の表情が少しだけ和らいだように見えた。

 

 ……ふう。なんとかなったか。

 

 俺は別にほっぽをいじめるつもりはないし、それくらいのことは港湾棲姫も分かっているとは思うんだけれど。それでもやっぱり、怒った顔で俺を見るのはマジで止めてほしいです。

 

「ホッポニ仇ナス輩ハ、消シ炭ニシテアゲルカラネ」

 

「ウン。

 アリガトネ、オ姉チャン」

 

「いやいやいや、いくらなんでも物騒過ぎますよっ!?」

 

「次ニホッポガサラワレタラ、コノ鎮守府ヲ破壊シツクシテモ探シ出スワ」

 

「だから、危険過ぎる発言は止めてくださいよっ!」

 

「港湾棲姫先生ガホッポチャンヲ思ウ気持チハ、トテモ凄イカラネー」

 

 明るい口調で言うレ級だけれど、視線は完全に別のところへ向いているのは気のせいじゃない。

 

 しかしまぁ、港湾棲姫の気持ちも分からなくはないんだよね。

 

 以前、一時的に呉が占領されたのは、例の中将が深海棲艦の指揮権を奪い取ったからだ。その際中将はほっぽをさらうことで港湾棲姫が手出しできない状況を作り、歯痒い思いをしたのだろう。

 

 だからこそ、2度とそんなことが起きないように考えるのは仕方がないのかもしれないが、それにしたって発言が恐ろし過ぎるんだよね。

 

「……ん?」

 

 港湾棲姫をどうやって落ち着かせようと思いながら窓の外に視線を向けたところ、幼稚園の敷地を囲む塀の上部分に尖ったなにかが見えた。

 

「おいおい……、またかよ」

 

 つい先日も潜入を企もうとして愛宕にお仕置きを受けたはずなのに、青葉はまったく懲りていないのだろうか。

 

 授業中かつ港湾棲姫の心境を考えると、ここから離れるのはあまり良い手とは言えない。しかし、それ以上に青葉を放置することの方が危険だと思う。

 

 外から写真を撮るだけならまだマシ。それなら授業をしている風景しか写らないだろうし、きわどい写真を撮られることもないだろう。

 

 だが、青葉が幼稚園の内部に侵入し、隠しカメラなんかを仕掛けてしまえば、子供たちだけでなく俺たち教員のプライバシーも侵害されてしまうのだ。

 

 さすがに入渠中のような状況はないものの、幼稚園にはトイレがある。まさかそんなことはしないとは思っていても、可能性がゼロじゃない限り安心することはできないだろう。

 

「話の途中で悪いんだけど、ちょっと野暮用ができた」

 

「野暮用……でありますか?」

 

「ああ。

 別にたいしたことじゃないんだけれど、放置しておくのも具合が悪いからさ」

 

 俺は苦笑を浮かべながら右手を上げ、子供たちが心配しないように言ったつもりなんだけれど、

 

「先生ノ野暮用ッテ、ナンナノカナ……?」

 

「チョットダケ……気ニナルノ……」

 

 レ級やほっぽがクエスチョンマークを浮かばせるかのように、大きく頭を傾げた。

 

「とりあえず……そうだな。

 みんなはほっぽの言う影について、色々と考えてみてくれるかな。

 それでなにか手がかりが見つかったら、港湾先生がメモをしておいてくれますか?」

 

「……エ、ア、ソウネ。

 分カッタワ」

 

 俺の言葉を聞いて我に返ったのか、港湾棲姫は目をパチパチとさせてから俺に顔を向けて小さく頷き、机の上にメモとペンを置いた。

 

 ちなみに、その2つを取り出したのが胸の谷間からだったというなんとも嬉しい……ではなく恐ろしい出来事に、俺の身体が一瞬だけ固まってしまう。

 

「……オ兄チャン。

 鼻ノ下ガ伸ビテルヨ」

 

「な、なんのことかなー?」

 

 ジト目で見てくるヲ級から視線を逸らし、そそくさと扉の方へ歩こうとするが、

 

「下ノ方モ大キクナッテルシ……」

 

「なってねえよっ!

 これっぽっちも反応してないからねっ!」

 

 さすがにこれは否定しなければ色々と厄介なので、振り返りながらヲ級に大声をあげる。

 

 その前に下を向いてちゃんと確認したし、大丈夫だったから問題はないからね……って、なんで言い訳しているんだよ俺ぇ!

 




 活動報告にて今後の予定をご連絡いたします。
申し訳ございませんが、よろしくお願いいたします。



次回予告

 ヲ級の対処は元より、青葉の方をどうにかしないと。
そう考えた主人公は、教室を出て外から回り込むことにする。

 しかしそこにいたのは、思いもしない人物だった……?

 艦娘幼稚園 第三部
 ~幼稚園が合併しました~ その22「ストーカー?」

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その22「ストーカー?」

 前回の更新時に活動報告でお伝えしましたが、今章の更新をもって少しの間お休みさせていただきます。詳しくは活動報告をお読みくださいませ。


 ヲ級の対処は元より、青葉の方をどうにかしないと。
そう考えた主人公は、教室を出て外から回り込むことにする。

 しかしそこにいたのは、思いもしない人物だった……?


 教室から出た俺は、廊下を渡って玄関へと急ぐべきか、青葉が塀を乗り越えたところで捕まえるかを迷っていた。

 

「安全を取るなら待ち伏せなんだけれど、愛宕に捕まったことを覚えていたら素直に塀をよじ登って侵入しようとは考えないだろうが……」

 

 それならまず、侵入自体を避けるだろう……と思わせておいて、まさかの行動を取ったのだろうか。

 

 どちらにしても、懲りない青葉の根性は目を見張るものがあると言わざるを得ない。

 

 それをもっと、別の方に向けたら良いのにと思うのだが、だからこそ青葉なんだろう。

 

「まぁ、どちらにしてもばれた段階でアウトなんだけどね」

 

 俺は呆れ顔を浮かばせ、侵入される前に捕まえようと決めた。

 

 廊下を走ってはいけませんと叱る側の俺だが、ここは緊急事態ということで。

 

 もちろん授業中の子供たちや他の教員に迷惑がかからないよう、両手を上に向けて「ウゥゥゥー……」とサイレンのように叫びながら走る訳でもなく。

 

 つーか、そんなことをしたら真っ先に感づかれるって話だよな。

 

 とりあえず心の中でツッコミながら玄関で外靴に履き替え、幼稚園から出て塀沿いを小走りで進む。

 

 先ほど尖ったモノを見かけた場所は、次の角を曲がった辺り。現場に近づく手前で速度を落とし、極力足音を起てないようにする。

 

 そうして角の近くに来た俺は、ゆっくりと塀の角から顔を前に出して様子を伺った。

 

「さて、青葉はなにをしているのかな……」

 

 想像できるのは塀をよじ登ってカメラを構えている場面だが、それなら非常に捕まえやすい。間違いなく意識は幼稚園内部に向けているし、視線も同じくカメラを通して顔の前だ。

 

 後ろから近づいてくる俺に気づく可能性は低いので、腰の辺りをガッチリと掴んでしまえば逃げられることもないだろう。

 

 暴れるようなら、そのまま後ろに身体を反らしてジャーマンスープレックスを放てたりもするが、さすがにそれは可哀相だ。

 

 禁止されていることをしているといっても、青葉も1人の女性であるのだから、できるだけ紳士的に優しくしてあげなければならない。

 

 ……まぁ、捕まった後に愛宕からどんな仕置きを受けるのかはさておくけどね。

 

「………………ん?」

 

 角から覗き込んだ先に、1人の人影が見える。

 

 その人物は塀に向かい、顎に手を添えて俯き気味に「うーん……」と唸っていた。

 

「あれって、どう見ても青葉じゃないよな……」

 

 幼稚園に不法侵入しようとする=青葉であるといった脳内法則のせいで決めつけてしまっていたが、どうやら今回はそうじゃなさそうだ。

 

 悩んでいる女性の姿を見る限り、ほぼ間違いなく艦娘だろう。長い黒髪に赤い瞳。白と黒を基調とした服装に、素肌の多くを露出するその姿。

 

 それらから導き出せる、艦娘の名前といえば……、

 

「長門型戦艦、1番艦の長門……だろうな」

 

 ここ、舞鶴鎮守府において主力の航空戦隊と対をなすビッグセブン。噂だけでも半端じゃないほど強いらしいと聞く長門が、どうして幼稚園の塀に向かって悩んでいるのだろう。

 

「たまたま通り掛かったところで悩んでいた……なんてことも考えられなくはないけれど……」

 

 それならやっぱり、塀に向かっていることの理由がつかない。

 

 そしてあの悩み詰めたような表情は、相当重大であると思えてしまうんだけれど……、

 

「………………あれ?」

 

 そこで、俺はふとほっぽの言葉を思い出した。

 

 

 

「オ姉チャンジャナイト思ウノ。

 角ハ2本ダッタシ、爪モナカッタシ……」

 

 

 

 長門の頭には、角のような突起が4本ある。

 

 小さな2本は眉間のやや上辺りから水平に。残る2本は大きく、鬼の角のような感じで斜め45度を向いている。

 

 数は合わないかもしれないが、逃げる影の特徴を瞬間的に見たというのなら、大きい方を覚えていたとしてもおかしくはない。

 

「もし、ほっぽの怪しい感じというのがストーカーで、その正体が長門だったとしたら……?」

 

 なぜそんなことをするのかまったく分からないし、堂々と正面から会えば問題ない……と思ったところで、ある考えが頭を過ぎった。

 

 ほっぽの正式名称は北方棲姫。つまり、深海棲艦だ。

 

 そして長門は舞鶴鎮守府を代表する艦娘。様々な海域に出撃し、多くの深海棲艦と戦ってきただろう。

 

 いくら同盟を締結したといっても、以前は敵同士だった相手が幼稚園にいる。それを長門が危惧したとすれば、あのように悩んだとしてもなんらおかしくはない。

 

「つまり、長門はほっぽが悪いことをしないか、監視していたということか……?」

 

 そう考えてみたけれど、これはあくまで俺の想像だ。実はまったく違うかもしれないし、正解かもしれない。

 

「本人に直接聞けば早いんだけれど、果たして本当のことを答えてくれるかどうか……だな」

 

 長門の身近な者ならともかく、俺の立場はほっぽを教育する側の人間だ。俺からほっぽに漏れてしまうのではと勘繰られてしまったら、本当のことをしゃべってはくれないだろう。

 

 しかし、ここで放置するのも問題だ。さっきの港湾棲姫を思い返せば、おのずと答えが出る。

 

 もし、長門の行動を港湾棲姫が知ったのなら。

 

 そして、港湾棲姫の思考が悪い方へと進んだなら。

 

 下手をすれば一触即発。ビッグセブンの長門と港湾棲姫が正面からぶつかりあうなんて、冗談でも想像したくない。

 

 鎮守府内で暴れでもしたら大きな被害が出てしまうだろうし、ことが露呈すれば停戦が即時破棄なんてことも有り得てしまう。

 

 せっかく仲良くなってきたみんながいがみあうなんて、あってはならない。

 

 そしてその結果、俺が望む未来は崩れ去ってしまうことになる。レ級やほっぽだけでなく、ヲ級も迫害の対象になる可能性も高いのだ。

 

 厄介だとはいえ、生まれ変わったとはいえ、ヲ級は俺の弟であることに間違いない。たとえ戸籍がどうであっても、そのことを捩曲げる気なんてさらさらないのだから。

 

「そうとなれば、ここで騒ぐのも具合が悪いよな……」

 

 港湾棲姫に気づかれないよう、場所を変えて話をする。もちろんそれには長門の同意が必要だが、そこはなんとか納得してもらうしかない。

 

 それにはまず、長門に警戒心を与えてしまうことがないようにと、言葉を選びながら近づこうとした俺の耳に、想像だにしなかった言葉が入ってきた。

 

「うぅぅ……。

 どうしてほっぽちゃんはあんなに可愛いんだろうか……」

 

 そう呟き、にへら……と頬を緩ませる長門。

 

 ………………。

 

 おい、ビッグセブンはどこに行ったんだ。

 

 そんな俺の心のツッコミに、誰も答えることはなかったのであった。

 

 

 

 

 

「とりあえず、ここなら大丈夫でしょう」

 

 俺はそう言って、コーヒーをひと飲みする。

 

 ちなみに今いるところは、いつもの食事処である鳳翔さんの食堂。予想だにしていなかった呟きを聞いてしまった俺だが、長門の姿を港湾棲姫に見られてしまうと厄介になりかねないのは同じなので、幼稚園から距離があってゆっくりと話を聞ける場所といえばここが真っ先に浮かんだからである。

 

「う、うむ……と言いたいところなのだが、やはり先ほど呟いたことは……その……」

 

「え、ええ。

 まぁ、その、聞いてしまいました……」

 

「そ、そうか……」

 

 耳まで真っ赤にした長門は、コーヒーカップを手に持ちながら気まずそうに視線を逸らした。

 

 そりゃあまぁ、分からなくもない。

 

 クールで頼りがいのあるビッグセブン……と噂される長門が、あんな言葉を呟いていたと流されてしまえば、今までのイメージが崩落してしまうと思ったのだろう。

 

 もちろんそんなことはしないつもりなんだけれど、ほとんど顔をあわせたことがない俺のことを信用できるのか……と考えれば不安が勝るのも無理はない。もし俺が長門の立場だったのなら、間違いなくそう思って気まずい表情を浮かべるはずだ。

 

 こればっかりはちゃんと話して信用を勝ち取らなければならないが、俺には先にやらなければならないことがある。それはもちろん、ほっぽについてだ。

 

「とりあえずさっきのことを口外するつもりはありませんけれど、それよりも1つ、聞かせて欲しいことがあるんです」

 

「そ、それは……なんだろうか?」

 

「もちろん、ほっぽのことですよ」

 

 その瞬間、長門の顔が苦悶へと変わる。

 

 ふむ……。言い方がまずかったのかな。

 

「勘違されても困るので説明しますけれど、俺が聞きたいのは『なぜ』ほっぽにストーキングしていたのかです」

 

「ス、ストーキング……だと!?」

 

 両目をカッと開いた長門が、コーヒーカップをテーブルに叩きそうな勢いで置く。

 

「そんな輩は即座に41cm砲で抹殺するぞ!

 いったい誰なのだ!

 先生、教えてくれ!」

 

 長門がバンッ! と両手でテーブルを叩き、頭突きをされてしまうんじゃないかと思ってしまうような速度で俺に顔を近づけた。

 

 その表情は激昂しており、今にもプッツンしそうな感じなんだけれど、俺の言葉をちゃんと聞いていなかったんだろうか……?

 

 つーか、どう考えてもさっきの港湾棲姫と同じです。

 

「さぁ、早く言うのだ!

 それとも、先生では口にすることができない相手なのか!?」

 

「いやいや、そんなことはないんですけど……」

 

 俺はさっき、ほっぽをストーキングしていたのはどうしてなのかと聞いたんだが、おそらく長門は頭に血が上ってしまっているんだろうなぁ。

 

「ひとまず落ち着いて話を聞いてくれませんか?

 そんなに興奮したら、ちゃんと……」

 

「なぜ先生は平気な顔をしてそんなことを言えるのだ!

 自分の教え子が危険な目にあおうとしているのに、心配にならないのか!?」

 

「……ですから、心配の種があなただってことなんですよ」

 

「………………は?」

 

 眉間にシワを寄せて頭を傾げる長門。

 

 その目は点……というより、顔全体がハニワのようになってしまっている。

 

 イメージでいうとこんな感じだ。 ⇒ ┌|∵|┘

 

「えーっと……、先生はなにを言っているのか……」

 

「ですから、なぜ長門さんがほっぽをストーキング……つまり、つけ回しているのかを教えてくださいと言っているんです」

 

「………………」

 

 再び固まる長門に俺は大きなため息を吐いてから、再度コーヒーに口をつける。

 

 思考回路がショートしたのか、長門の頭から白い煙がモクモクと……上がらないけれど。

 

「ほっぽから聞いたんですが、ここ最近変な気配を感じて偵察機を飛ばしていたらしいです。

 その際、2本の角がある影を見つけたと言っていたんですけど、さっきの呟きと長門さんの特徴を考えれば……分かりますよね?」

 

「うっ……、そ、それは……」

 

 ビクリと肩を震わせた長門は再び視線を逸らしながら、コーヒーカップを持つ。

 

 しかしその手はガタガタと震え、明らかに動揺しているのが見えるところから、まったく自覚がなかったという訳でもなさうだ。

 

「一応言っておきますけど、ストーカー行為は犯罪ですよ?」

 

「ぐ、ぐふ……」

 

「ついでに、港湾棲姫先生もお怒りですよ?」

 

「わ、私は別に……、ストーキングをするつもりは……」

 

「それなら、ちゃんと説明をしてもらえますよね?」

 

 先ほどの長門のように、俺は顔をズズイと近づけて無理矢理目を合わせながら言う。

 

「………………う、うむ」

 

 観念した長門はうなだれるように首を落とし、ポツリポツリと語り始めたのであった。

 




次回予告

 久しぶりに登場したのは長門でした。
ただし、以前とは違ってながもんですが。

 長門の悩みを聞いた先生の取った行動は……。

 艦娘幼稚園 第三部
 ~幼稚園が合併しました~ その23「ながもんの憂鬱」

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その23「ながもんの憂鬱」

 前回の更新時に活動報告でお伝えしましたが、今章の更新をもって少しの間お休みさせていただきます。詳しくは活動報告をお読みくださいませ。


 久しぶりに登場したのは長門でした。
ただし、以前とは違ってながもんですが。

 長門の悩みを聞いた先生の取った行動は……。


 

「私がほっぽちゃんと始めて出会ったのは、北方AL海域に出撃したときだった……」

 

 少し気まずそうに、だけど真剣な雰囲気を帯びたまま、長門は俯き気味に口を開いていた。

 

「圧倒的な航空戦力。

 戦艦をワンパンさせてしまうほどの攻撃力。

 そして……、あの愛くるしさは私を虜にした」

 

「前半は脅威ってことで理解できるんですが、最後の辺りがよく分からないんですけど……」

 

「なぜだ。

 あの小さな身体に詰まった恐ろしいまでの力に、心を引かれはしないのか?」

 

「100歩譲って可愛いから引かれるならともかく、敵対する相手が強いのは避けたいところだと思うのが普通の感覚だと思いますよ」

 

「……ふむ。

 そういう考えもあるのか……」

 

 言って、腕を組み小さく息を吐く長門。

 

 今の会話から察するに、長門は強者に引かれ、戦うことに喜びを感じる性格だということだろうか。

 

 しかしそれだったのなら、可愛らしい部分に引かれたのはどうしてなんだろう……。

 

「先生ほどの強者なら、私の考えを理解してくれると思ったのだがな」

 

「いやいやいや。

 俺は強者ではありませんし、普通に可愛い方が好きですよ」

 

「なにをそんなに謙遜するのだ。

 あの青鬼とタイマンで渡り合うどころか、悲鳴を上げさせ最後には気絶させるほどの実力があると言うのに……」

 

「あー……。

 あれはなんといいますか……、まぁ、偶然……ですかね」

 

「それが謙遜だと言うのだ。

 私としては青鬼の元帥を倒した後、続けて赤鬼退治も見たかったのだがな」

 

「やめてください、死んでしまいます」

 

 運動会の昼休みに行われたタッグマッチに半ば強制的に参加させられた俺だけれど、なんとか勝利を収めた結果となった。青鬼と呼ばれる元帥を反則ギリギリの手で気絶させることができたのだが、あれは半分以上がマグレであり、長門が言うような実力が俺にあるとは思えない。

 

 さらに腕っ節を見れば元帥以上の実力者である赤鬼こと安西提督と続けて戦えだなんて、それはただの拷問以外のなにものでもないぞ。

 

 まぁ、安西提督は腰を痛めていたせいで後半は動けなかったし、あの状態なら勝てたかもしれないけれど。

 

 どちらにしても、2度と戦いたくはない相手だよ……、うん。

 

「とりあえずプロレスの件は置いといてですね……。

 そんな北方棲姫……というか、ほっぽが幼稚園に編入したことで、長門さんがストーカーになったと」

 

「い、いや、だから私はストーカーではないのだが……」

 

「でも、ほっぽの後をつけ回していたり、幼稚園の周りをうろついていたりするのは、どう考えてもストーカーのそれですよ?」

 

「む、むぐぅ……」

 

 うめき声をあげた長門は、そのまま顔をテーブルにふせた。

 

 俺としては長門をいじめるといった気持ちはないんだけれど、港湾棲姫の手前もあるので言い聞かせるに越したことはない。しかし一方で、可愛らしいほっぽの姿を見たいと思う気持ちも分からなくはないのだ。

 

 実際、ほっぽは幼稚園の中だけでなく、動画サイトでも人気がでていると聞いたばかりだからね。

 

「確認をしたいんですが、長門さんはほっぽちゃんに危害を与える気はないんですよね?」

 

「そ、それはもちろんだ。

 ほっぽちゃんが大好きだからこそ、私は……その……、見守っていただけなのだからな」

 

「そう言うわりには視線が泳いでいる気がするんですが」

 

「……ぐっ」

 

 ふむ……。どうやら長門は、嘘がつけない性格なんだろう。

 

 しかしまぁ、この返答を聞く限り対処方法はそれほど難しくもなさそうだ。

 

「分かりました。

 それじゃあ、こういうのはどうでしょう」

 

「ん……?」

 

 俺はニッコリと長門に笑いかけ、人差し指をピンと立てる。

 

 長門の願いを叶え、港湾棲姫を怒らせることなく、子供たちが怖がらない方法を提示するとしよう。

 

 

 

 

 

「せ、先生。

 これで良いのだろうか?

 ちゃんと着られているだろうか?」

 

「ええ、ちゃんと後ろもチェックしましたから、問題ないですよ」

 

 心配し過ぎな長門が自らの身体を見回し、忙しなく肩紐をチェックするために手をかけていた。

 

「それよりも早くしないと子供たちがやってきますから、手伝いをお願いできますか?」

 

「あ、あぁ。

 分かっているのだが……」

 

 そう答えつつも、気になる素振りをしまくっているんだけれど、なんでそんなに心配しちゃうのかなぁ。

 

 ちなみに今、俺と長門がいる場所は幼稚園の食堂だ。昼ご飯の時間が迫ってきているので、鳳翔さんの食堂から届いたお弁当をテーブルの上に配置しようとしているのである。

 

 そのため、長門にはエプロンを着てもらうことになったのだが、ちゃんと着こなせているのかが心配なのか、さきほどから忙しなくチェックをしている訳である。

 

「そんなに気にしなくても大丈夫ですって」

 

「い、いや、しかしだな……。

 もし私の姿を見たほっぽちゃんが笑いでもしたら、恥ずかし過ぎて自決してしまうかもしれん……」

 

「幼稚園の中でいきなり物騒な発言はしないでくださいよ……」

 

 笑われただけで自決するって、意味が分からないんですが。

 

「私にとって、それほど大切なことなのだ……」

 

「いやいや。

 今から普通に昼食を取るだけですよ……?」

 

「だ、だが、ほっぽちゃんと面と向かって話すのは始めてであって……」

 

「それで笑ってもらえるなら本望じゃないですか。

 気難しい顔で無視されるより、よっぽど良いと思いますけど」

 

「はっ!

 た、確かに……、先生の言う通かもしれないな!」

 

 そう言った途端、急に長門の表情がパッと明るくなった。

 

 いやはや、現金というかなんというか。

 

 しかしまぁ、これで作業がはかどるならオッケーなんだけど。

 

「せっかくお膳立てしたんですから、ちゃんと仕事はしてくださいよ?」

 

「うむ、分かっている。

 先生の心意気、大切にさせてもらおう」

 

 コクリと頷いた長門は真剣な表情を浮かべ、俺から弁当包み受け取ってテーブルに置く作業をし始めた。

 

 なぜ、こんなことをしているのかというと、すぐに思い浮かぶかもしれないけれど説明しておこう。

 

 長門はほっぽが可愛すぎるため、気になって仕方がない。その結果、ストーカー紛いの行動を取ってしまい、ほっぽが恐れる事態になりそうだった。それを聞いた港湾棲姫が危険な発言をしていたことを考えると、すぐにやめさせるべきだと結論づけられる。

 

 しかし、それをそのまま突きつけてやめさせたとしても、長門の気持ちは解消されない。下手をすればフラストレーションが貯まり、危険な行動へと走ってしまうことすら考えられるのだ。

 

 舞鶴鎮守府を代表する戦艦である長門が、そんなことをするはずがない。――そう考えるのは簡単だけれど、もしものことを踏まえておくのが教員である俺の役目。それに、ストーカー紛いの行動の段階でかなり危険だと思えるので、放置だけは絶対にすることができない。

 

 ならば、どうすれば良いか。

 

 答えは簡単で、直接会って話をすれば良いだけである。

 

 敵同士ならまだしも、今は停戦に合意した間柄。ましてやほっぽは幼稚園に通っているのだから、ひょんなことで出会ったとしても問題はない。

 

 しかしそれだけでは弱いので、もっと大きな切っ掛けを……と思いついたのが、長門に臨時の手伝いとして幼稚園にきてもらうということなのだ。

 

 もちろんこれについては愛宕に了解を取った。これで合法的に……って、別に違法でもなんでもないんだけれど、なんら問題なく会話をすることができる。

 

 まぁ、さきほどのテンパり具合から見るに、暴走してしまうんじゃないだろうかと心配してしまう部分もあるけどね。

 

「よし、これで以上だな」

 

「そうですね。

 あとは、子供たちが来るのを待つだけです」

 

「ふふ……、胸が踊るな……」

 

 ニッコリと笑みを浮かべた長門の頬はほんのりと赤く染まり、ほっぽがやってくるのを今か今かと待ちわびているように見える。

 

 そんな様子を見た俺としては切っ掛けがどうであれ、長門をこの場に誘って良かったなぁと思っていたところで食堂の扉が開き、ぞろぞろと子供たちが入ってきた。

 

「腹減ったー……って、なんで長門お姉さんがここにいるんだよっ!?」

 

「あら~、本当ね~」

 

「こんにちわっぽい!」

 

「こ、こんにちわ……です」

 

 愛宕班の子供たちが入ってくるや否や、長門の姿を見つけて驚きながらも挨拶をする。

 

「あ、あぁ、こんにちわ……だな」

 

 すると長門も右手をあげて挨拶を返したと思いきや、やけにギクシャクしているんですけど……。

 

「先生、どうして長門お姉さんがいるのかな?」

 

「えーっと、それはだな……」

 

 時雨が唐突に聞いてきたため、俺は言葉に詰まってしまう。

 

 しまった。そういった質問がきたときの返事を考えていなかったぞ……。

 

 適当に答えても良いんだけれど、相手が時雨なだけに下手な返事はしない方がいいだろうからなぁ。

 

「そういえば、どうして長門お姉さんはエプロンなんかしているんだ?」

 

「こ、これは……だな……」

 

「あら~、天龍ちゃんったら、相変わらず馬鹿なのね~。

 エプロンをして食堂にいるんだから、先生のお手伝いに決まっているじゃない~」

 

「なるほど……って、俺を馬鹿扱いするんじゃねぇよ龍田ぁっ!」

 

「きゃ~」

 

 両手をあげて怒る天龍に、逃げる龍田。

 

 これはもうお決まりのパターンではあるけれど、今のタイミングでは非常にナイスだと言えなくもない。

 

「なるほど、そうだよね。

 長門お姉さんがエプロンをしてここにいるってことは、お手伝いをしているって分かるんだけど……」

 

「うんうん、そうなんだよ」

 

「でも、それならどうして長門お姉さんなのかな?」

 

「「……え?」」

 

 時雨の問い掛けに俺と長門の声がピッタリとハモる。

 

「だってそうでしょ。

 今まで幼稚園にほとんど関係を持たなかった長門お姉さんが、急に先生と一緒に食堂で準備をしているだなんて、どう考えてもおかしいよね?」

 

「い、いや、別におかしくは……」

 

「そうやって先生がごまかそうとしているのって、僕たちに知られちゃマズイってことだよね?」

 

「ま、マズイって……、そんなやましいことは考えていないぞ……?」

 

 俺は長門の望みと港湾棲姫の暴走を抑えようと思っただけで、今の言葉にうそ偽りはない。しかし、そのことを詳しく説明するとほっぽや港湾棲姫の耳に入った場合厄介なことになりかねないので、黙っておいた方が良いと思うのだが……、

 

「ふうん……。

 そう……、そうなんだね……」

 

 言って、なぜか時雨は俺と長門の顔を交互に見る。

 

「い、いったいなにがそう……なんだ?」

 

 嫌な予感が過ぎり、額に汗が浮き出てきた。

 

 ぶっちゃけると聞きたくはないが、ここで時雨を放置するのも危険極まりないと思った俺は、恐る恐る問い掛けてみたのだが、

 

「つまり先生は、長門お姉さんに手を出そうってことでしょ?」

 

「ぶふぅーーーっ!?」

 

 その言葉に吹き出してしまったが、それだけではない。

 

 目のハイライトが消えた時雨の顔が、とてつもなく怖いモノに見えたんだけど。

 

「な、なん……だと……。

 まさか先生は、私に手を出そうとしているのか……?」

 

 そして吹き出した俺を見た長門が、驚愕した表情を浮かべていたと思いきや、

 

「い、色恋沙汰が目的だったとは……。

 この長門、少々戸惑いはしたものの……嫌いでは……ない」

 

「いやいやいや、なんでここで肯定っぽい発言をしちゃうのかなぁっ!?」

 

「そういう流れだと思ったのだが……」

 

「火に油を注いだだけですからーーーっ!」

 

 ――そう叫んだ俺であったが、どうやら見通しが甘かった。

 

 気づけば時雨の後ろにはいつの間にか他の班の子供たちが立っており、

 

 

 

 背後霊のようなモノやオーラみたいな威圧感を醸し出しながら、俺を睨みつけていたのである。

 

 

 

 あぁ、結局こうなっちゃうのね……。

 

 内心で涙を流し続ける俺に誰も優しい言葉をかけるはずもなく。

 

 昼食前に孤立無援、四面楚歌モードに突入することになったのでしたとさ。

 

 

 

 しくしくしく。

 




次回予告

 いつものように勘違いを起こさせてしまってフルボッコを食らった先生。
しかし、今回の目的だけは達成しようと思っていたら、あることに気づいたんです。

 あれ、弁当が1つ足りない……?

 艦娘幼稚園 第三部
 ~幼稚園が合併しました~ その24「策士でもなかった」(完)

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その24「策士でもなかった」(完)

 いつものように勘違いを起こさせてしまってフルボッコを食らった先生。
しかし、今回の目的だけは達成しようと思っていたら、あることに気づいたんです。

 あれ、弁当が1つ足りない……?


「あとは……任せた……ぞ……」

 

「うむ……。

 先生は安らかに眠るが良い……」

 

 床に倒れ込む俺に、長門が小さく頷いて背を向ける。

 

「あとの作業はこの長門……いや、幼稚園のビッグセブンがすべて受け持たせていただく!」

 

「「「わあぁぁぁっ!」」」

 

 長門が覇気のこもった声でそう言い、子供たちが盛り上がったものの、突っ込みどころが満載過ぎてどうしたら良いのか分からない。

 

 まず1つ目。俺、死んでない。むしろ今の言葉で殺された節さえある。

 

 次に2つ目。幼稚園のビッグセブンって、強さ的なモノが弱まっちゃってないかなぁ。

 

 さらに3つ目。俺を完膚なきまでにズタボロにした子供たちが、盛り上がってどうするねんと。

 

 ……あまりの突っ込み具合で久しぶりに関西弁っぽくなってしまったが、それくらいどうしろって話なのだ。

 

「はいはーい。

 盛り上がっているみなさんには悪いですけど、そろそろお昼ご飯の時間ですよ~」

 

 倒れたままへこみまくっている俺に気にすることなく、愛宕がパンパンと手を叩きながら食堂に入ってきた途端、

 

「「「………………」」」

 

 いつもと同じ定位置である席へ即座に向かった子供たちが、一言も発さず大人しくしていた。

 

 すげぇ……。やっぱり愛宕はパネェぜ……。

 

 そして長門よ。お前までさっきのノリをすべて投げ去って、同じように席に座っているんじゃねぇよ……。

 

「先生もそんなところで寝ていないで、早く起き上がってください~」

 

「は、はい……」

 

 そう言われても、子供たちから集中砲火を食らった俺は体力、精神力共に瀕死の状態なんだけれど。

 

「早くしないと、先生の分を食べちゃいますよ~?」

 

「そ、それは勘弁してくださいよ……」

 

 言って、俺は力を振り絞って立ち上がる。

 

 しかし、愛宕ならマジでやりかねないだけに笑えないんですが。

 

 これだけズタボロにされて、さらに昼食まで食べられないとなってしまったら、昼の授業どころではなくなってしまう。

 

 それだけは本当に勘弁してほしいし、昼食後のお昼寝時間になれば休憩もできるので、ここは気合いで身体を動かすしかないだろう。

 

「………………あれ?」

 

 準備の方はすでに長門と一緒に終え、あとは『いただきます』の合唱をするだけだ。

 

 だからこそ、俺はいつもの定位置である自分の席につこうとしたのだが、少しではない違和感に冷や汗を流す。

 

「あらあら、どうしたんですか~?」

 

「あの……、えっとですね……」

 

 俺の弁当が見当たらないんですが。

 

 さきほど愛宕は、早く立ち上がらなければ俺の分を食べてしまうと言った。

 

 だから俺は気合いで立ち上がり、席に座ろうとしたんだよね。

 

 なのに、どうして用意したはずの弁当がここにないのだろうか?

 

 キョロキョロと辺りを見回すが、俺の弁当は見当たらない。

 

 もしかするとさきほど集中砲火を放っただけでは飽き足らず、俺の弁当を奪い去ろうとした子供がいることも考えられなくもないが、そこまで酷い仕打ちをするとも思えないんだよね。

 

 しかし、そうだったとしたら。

 

 いったい、俺の弁当はどこに行ったというのだろう。

 

 念のためにヲ級に厳しい視線を向けてみたところ、焦った表情を浮かべて目を逸らしただけだった。

 

 あいつが悪巧みをしていた場合、今の反応は薄い気がする。過去の経験上それが分かっているだけに、ヲ級は白だろう。

 

 天龍は少し不機嫌そうな顔をしているが、嘘をついている風には見えない。隣の龍田はいつも通りのニコニコ顔で、ポーカーフェイスとしては完璧だけれど、直感的に犯人ではないと思う。

 

 ……まぁ、変につつくと蛇どころではないモノが飛び出してきそうなんで、突っ込みたくないんだけどね。

 

 ならば次に考えられるのは、ビスマルク辺りだろうか……と思ったが、やつの場合は面倒臭い手段を使わず、もっと直接的に攻めてくるだろう。

 

 もちろん、ビスマルク班の子供たちも同様だし、そもそも疑うこと自体が間違いなのだが……。

 

「どうして、俺の弁当だけなくなっているんだよ……」

 

 ボソリと呟き、肩を落とす。

 

 気づけば潮が俺を不敏に思ったのか、オロオロとしながら声をかけようかどうか迷っているように見えた。

 

 うむむ……。騒ぎ立てると心配してくれる子供もいるんだし、あんまりことを大きくしない方が良さそうだよな。

 

 しかしそうであったとしても、昼ご飯が食べられないというのはかなり厳しいんだけれど。

 

「先生、早く席に座ってくれないと、合掌ができませんよ~」

 

「あっ、はい……。

 すみません……」

 

 俺は仕方なく席に座り、ひとまず弁当の捜索を打ち切ることにする。

 

 早く弁当を食べたい子供たちもいることだし、不機嫌になって集中砲火を再び受けるのも勘弁したいからね。

 

「それではみなさんが席につきましたので、お昼ご飯にしましょう。

 いただきます~」

 

「「「いただきまーす!」」」

 

 みんなが一斉に合掌をし、一目散に包みを開ける。そして思い思いのおかずにお箸を伸ばし、頬を膨らませながら笑顔を浮かべていた。

 

 むぐぐ……。腹が減った……。食いたいぞ……。

 

 どうして俺の弁当だけ、消えてしまったのだろうか……。

 

「あ、あの……、せ、先生……」

 

「ん……、潮か。

 どうしたんだ?」

 

 気づけばすぐ横に潮が立っていて、手には弁当包みを持っていた。

 

「先生のお弁当……、ないんですよね……?」

 

「あー、うん。

 そうなんだけど、どうしてなんだろうな……」

 

 俺は苦笑いを浮かべながら頬を掻く。

 

「そ、その……、良かったら一緒に食べ……ませんか……?」

 

「……え?」

 

 そう言った潮は俺の返事を待つことなく弁当をテーブルの上に起き、包みを解き始めている。

 

 そしていつでも食べられる状態にしてから、「席に……座ってください……」と言った。

 

「い、いや、しかし……」

 

 弁当を分けてもらうにしても、俺が席に座ってしまったら潮はどうするんだろう。

 

「早く……座ってください……」

 

「あ、あぁ……、分かったよ」

 

 なんだかいつもと違って強めの口調に驚いた俺は、言われるがまま席に座る。

 

 すると潮はなにを思ったのか、俺のふとももに手をかけて「よいしょ……」と声を出しながら膝の上に乗った。

 

「………………へ?」

 

「こ、これで……一緒に食べられます……」

 

 恥ずかしげに振り返りながら、ニッコリと笑みを浮かべる潮。

 

 ……え、なにこれ。いったいどういうことなん……

 

 

 

「「「ちょっと待ったーーーーーっ!」」」

 

 

 

 突如上がる叫び声の数々。続けてガタガタと席を立つ音が聞こえ、一斉に俺の方へ近づいてくる子供たち。

 

「う、う、う、潮っ!

 い、一体全体、どうしたってんだよ!」

 

「天龍の言う通りデース!

 いつのまに潮は、そんな大胆になったんデスカー!」

 

「コトト場合ニヨッテハ、実力行為モジサナイヨ!」

 

 驚きの表情を浮かべ、大きな声で潮を問い詰めようとする天龍と金剛とヲ級。

 

「せ、先生の膝に乗るなんて、なんて羨ま……い、いえ、なんて不埒な!」

 

「霧島……、本音が漏れてますよ……?」

 

「そう言う榛名こそ、なんでそんなに先生の膝を見ながらソワソワしているの?」

 

「そ、それは……その……」

 

 眼鏡のブリッジを押し上げる指がプルプルと震える霧島に、比叡からの突っ込みを受けた榛名が耳を真っ赤に染める。

 

「う、羨ましいなのです……」

 

「せ、先生!

 良かったら私の膝の上に乗らないかしら!」

 

 はわはわ言いながらジッとこちらを見る電に、無茶を言う雷がペシペシと自らの膝を叩いていた。

 

 もう1度言う。なんだこれ。

 

 なんでこんな状況になっているんだよぉぉぉっ!?

 

「だって……、お弁当がない先生が……可哀相でしたから……」

 

 そして俺の膝の上でしゅんとした顔で落ち込む潮を見ると、キュンと胸が締めつけられてしまう。

 

 潮は俺のことを思って弁当を分けようとしてくれた。その気持ちは非常に嬉しいものだし、膝の上に乗ったのも悪いことじゃない。

 

 ただ、少しだけ空気というか、状況を読めていなかっただけなのだ。

 

 長門との関係を勝手に想像され、集中砲火を放った子供たち。それらを受けてズタボロになった俺に、こんな優しい行動をしてくれた潮を、無下にできるはずがない。

 

 だから、だからこそ俺は、潮の頭を優しく撫でながら詰め寄ってきた子供たちに口を開く。

 

「その……、まぁ、なんだ。

 潮は俺のことを思って弁当を分けようとしてくれたんだから、問い詰めるようなことをしないでくれよ」

 

「デ、デスケド、いくらなんでも膝の上で一緒に食べるなんて、ズル過ぎマース!」

 

「それじゃあ明日の昼は、金剛の番にするか?」

 

「ふえっ!?」

 

 俺は頭を傾げながら金剛に言うと、顔中を真っ赤にさせてボン! と頭の上から蒸気を噴出させた。

 

「霧島や榛名もしてほしそうだったから、順番で良ければやってあげるよ?」

 

「ほ、ほ、ほ、本当ですかっ!?」

 

「は、榛名は……そ、その……恥ずかしいですけど……、感激ですっ!」

 

「せ、先生っ!

 ひ、比叡もぜひっ!」

 

「電もなのです!」

 

「雷もお願いするわ!」

 

 一斉に子供たちが手をあげ、自分もお願いすると声を上げる。

 

 そんな中、少し離れたところから俺を見つめる天龍とヲ級に、龍田が声をかけた。

 

「あら~、天龍ちゃんも先生にお願いしないのかしら~?」

 

「お、俺は……その……、恥ずかしいというか……なんというか……」

 

「あれあれ~、天龍ちゃんらしくないわよね~」

 

「だ、だってさ……、膝の上って……なぁ……」

 

「ソウダネ……。

 ソンナコトヲシタラ、間違イナクオ兄チャンニオk」

 

 

 

「言わせねぇよっ!」

 

 

 

 超弩級の爆弾発言をしかけるヲ級を察知した俺は、即座に大声を出して阻止に成功することができた。

 

 危ない危ない。危うくR指定が1ランクアップしてしまうところだったぜ……。

 

 まぁ、とりあえず。

 

 ヲ級には睨みつけるという技によって、もうしばらく静かにしてもらうことにしよう。

 

「あの……さ、先生。

 ちょっと良いかな?」

 

「ん……、どうしたんだ時雨?」

 

 俺は一抹の不安を抱えながら、近づいてきた時雨に聞き返す。

 

 ついさきほど時雨の言葉から始まった集中砲火が、またしても行われてしまうのではないかという心配なのだが、さすがに連チャンは怖いので言葉をしっかりと選ぼうと、注意深く耳を傾けようとする。

 

「先生のお弁当がないことについてなんだけれど……」

 

 そう言って、時雨はクルリと後ろに振り返った。

 

 視線の先には長門の姿。

 

 ニコニコしながら弁当をつついているが、その顔は主にほっぽへと向いている。

 

 ……まぁ、幸せそうだから良いんだけれど、あまりやり過ぎると港湾棲姫が切れたりしないかと心配なんだよね。

 

「今日は長門のお姉さんがお手伝いにきてくれているから、お弁当の数が足りていないんじゃないのかな?」

 

「………………あっ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、俺の頭上に豆電球が浮かび上がった気がした。

 

 お昼ご飯の準備の際、弁当の数はしっかりと数えた。

 

 今日は鳳翔さんの食堂に予約が入ったため、早めに持ち込んでくれたという違いはあったけれど、数はいつもの通り間違いことを確認済み。

 

 ただし、食べる人数に変更があったことを、俺は完全に失念していたんだよね。

 

 そして、それを前もって分かっていたとしても、鳳翔さんに連絡をして増やしてもらうことは難しい。

 

 そう――、つまり弁当の数が、最初から足りないってことなのだ。

 

 切っ掛けを作ったのは俺であり、その責任を負うべきなのも間違いない。

 

 すべては俺の思い違い。いや、突発的に決めたのだから、仕方がないといっても良いんだけれど。

 

「嬉しそうに食べている姿を見ていたら、怒るに怒れないからな……」

 

 弁当が美味しい以上に、ほっぽの近くに居られる方が上なんだろうけれど、長門の顔を見れば怒りも湧いてこない。

 

 それに潮が勇気を出して膝の上に乗り、弁当を分けてくれると言ってくれたんだから。

 

「せ、先生……、食べ……ないんですか……?」

 

 少し悲しそうな表情を浮かべようとした潮に笑いかけた俺は、ニッコリと微笑みながら頭を撫でる。

 

 悔しそうな顔を浮かべる子もいれば、後日の約束を想像してニコニコと笑顔になる子もいる。

 

 思いつきで約束しちゃったけれど、これはまぁ……アリってことで良いんじゃないだろうか。

 

 長門の目的もそれなりに達成できているみたいだし、結果オーライってことで。

 

 量は足りないかもしれないけれど、胸がいっぱいになりそうな昼食をいただきましょうかね。

 

 

 

 

 

 ……ってことで、すんなり終わってくれなかったのは、ここだけの話。

 

「もちろん私の順番もよろしく頼むわよ?」

 

「いや、なんでビスマルクを膝の上に乗せて弁当を食う流れになるんだよ……」

 

「なによ!

 子供たちは良くて、私はダメだって言うの!?」

 

「時間も場所も風紀も色々と守りやがれよこんちくしょうっ!」

 

「あらあら~。

 それじゃあ私の順番もお願いしないとダメでしょうか~?」

 

「ちょっ、愛宕先生!?」

 

「あれれ~、しおい先生は予約をしないんですか~?」

 

「え、え、えっと……、そ、それは……」

 

「フム……。

 コノ流レダト、私モ……?」

 

「いったいなんなのこの流れっ!

 いつの間にか世界線とかが狂っちゃったのっ!?」

 

「電子レンジは稼動していませんよ~?」

 

「マァ、冗談ダケドネ」

 

「そ、そうですよね……。

 冗談ですよね……」

 

 頭を傾げる愛宕に、ふぅ……と息を吐く港湾棲姫。そしてガックリと肩を落とすしおい……って、なんで残念そうなんだろう。

 

「私は冗談じゃないわよ!

 さぁ、今すぐ先生の膝の上に……」

 

「断固お断りのローキックだぁぁぁっ!」

 

「甘いわ!

 下段を捌きつつ、片足タックルよ!」

 

「なんのっ!

 タックルを飛び越えつつローリングソバット!」

 

 ビスマルクとの激しい攻防が開始されるのはいつものこと。

 

 いやまぁ、ぶっちゃけ勘弁願いたいんだけれど。

 

 今日も1日、平和でしたとさ。

 

 

 

 

 

 ……あ、ビスマルク班のサポートはないからね。

 

 だって、ちょっと前まで佐世保でサポートしていたんだし、必要ないだろう?

 

「この人でなしっ!」

 

「その言葉を吐く前に、自らの行動を直しやがれっ!」

 

 もう少し大人しくなってくれたら、良いんだけどさぁ……。

 

 

 

 艦娘幼稚園 ~幼稚園が合併しました~ (完)




 活動報告にてお知らせしておりました通り今日の更新後、しばらくお休みさせていただきます。

 少しの間、体力、気力回復に勤め、また復活できるよう頑張りますので、よろしくお願いいたします。


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〜子供たちの料理教室!〜
その1「ある休日のお呼び出し」


 非常に遅くなりましたが、艦娘幼稚園再開です!
ストック少ないので不定期ではありますけど……(汗


 とある日、時雨からの質問に答えた先生。
それから数日後の休日に、突如襲来者が現れて……?


 

 舞鶴と佐世保の幼稚園が合併し、俺がサポート役に回ってから数週間が経った。

 

 小さなことは色々と起こったけれど、今のところ順調に運営はできている。つまり俺の出張は完全に終了し、通常に戻った……と思っていた矢先のことだった。

 

「そう言えば先生、好きな料理ってあるのかな……?」

 

 きっかけは、時雨からの言葉。

 

 昼食のお弁当を食べ終え、まったりとした時間の中、時雨が俺に質問してきたのだ。

 

「好きな料理……か。

 まぁ、なんでも食べるんだけど、強いてあげるならラーメンかな」

 

 俺は視線を天井に向けながら答える。

 

 ちなみに平静を装って……というのは大げさだが、実際はラーメンが大好きであり、時折鎮守府を出て近場の店を巡っている。

 

 仮に、朝昼晩の3食ラーメンが1週間続いても、同じのでなければ全く持って問題がないほどに。

 

「ふうん……、そうなんだ。

 僕もラーメンは好きだけど、鳳翔さんの食堂ではあんまりないよね」

 

「そうなんだよなー。

 たまにお昼の定食であると聞くんだけど、平日はここでお弁当だから食べられないしなぁ……」

 

「あはは……」と苦笑を浮かべた時雨が頬を掻くが、以前と比べて少しばかり大人びた感じに見えるのは気のせいだろうか。

 

 まぁ、子どもたちも成長する時期なんだし、それを喜ぶべきなんだろうけれど。

 

 そういった感じで時雨との会話を終えたのだが、ここで気づかなかったのが問題だったのかもしれない。

 

 そうーー。何人かの子どもたちが、キラリと目を光らせていたのを。

 

 

 

 

 

 コンコン……コンコン……。

 

「……んぁ?」

 

 ドアをノックされる音に起こされた俺は、寝ぼけ眼を擦りながらベッドから起き上がった。

 

 今日は休日。今日は少しゆっくり目に起きようと思って目覚まし時計をセットしていなかったんだけれど、時間を見ればすでに昼前になっている。

 

「うわ……。

 流石にこれは、寝過ぎちゃったかなぁ……」

 

 少々もったいないことをしたと思ったが、たまの休みなんだからこんな日もいいだろう。

 

 ちょうど昼食の時間だし、ぶらっと出かけて行ったことのないラーメン屋に入ってみようかな……。

 

 コンコンコン、コンコンコンコンコンッ!

 

「……って、ノックされていたのを忘れてた!」

 

 俺は慌ててドアの方に向かおうとしたが、その前に姿見の前で身だしなみをチェックする。寝癖は酷くないので手櫛で整え、着崩れを軽く直した。

 

 ちなみに寝間着はTシャツに短パン。軽く外に出かけてもおかしくない服装だと思うので、このまま出迎えても大丈夫だろう。

 

「はいはい、今行きますので、ちょっと待って……」

 

 

 

 バッカーーーン!

 

 

 

「どわあっ!?」

 

 ドアを開けに行こうと思った瞬間、木片が飛び散っているんですが。

 

 何これ、デジャヴ?

 

 運動会のときも同じことがあったよね!?

 

「な、なんでいきなり扉をぶっ壊すんですか!」

 

 俺は叫びながらドアがあった方へと視線を向ける。そこには前回同様しおいの姿があった。

 

「いやぁ……、なんだか最近、癖になっちゃいましてー」

 

 照れながら後頭部を掻くしおいだが、洒落にならないのでマジやめてほしいです。

 

 つーか、癖ってなんだ。そして、なんで照れるんだ。

 

 あと、前回は愛宕にこっぴどく怒られたんじゃなかったっけ?

 

「よいしょっと」

 

 ……と思ったら、替えのドアを取り付けているしおいがいた。

 

 壊す前提とか、マジで信じられないんだけれど。

 

「とりあえずさっさと直しちゃいますから、ちょっとだけ待ってくださいね」

 

「……いやいや、壊さなかったらその手間は必要ないと思うんだよね」

 

「……はっ!

 た、たしかにっ!」

 

「気づいてなかったのかよ……」

 

「いやぁ……、それほどでも……」

 

 そしてまたもや照れるしおいだが、もはや突っ込む気力はすでになし。

 

 俺の休日は早々に踏んだり蹴ったりの予感がしまくっているが、逃げ道はすでに防がれているため、仕方なくしおいがドアを直し終えるのを待つことにした。

 

 

 

 

 

「ふぅー、修理完了です!」

 

 腕で額の汗を拭ったしおいを見ながら、俺はやっと本題に入ることにした。

 

「それで、どうして休日に俺の部屋にきたのかな……?」

 

「あっ、そうです。

 それなんですよ!」

 

 大きく口を開けて驚くしおい。

 

「もうこんな時間じゃないですか!

 はやく一緒にきてください!」

 

「こんな時間って、しおい先生がドアを壊さなかったら変に時間を……ってうわっ!?」

 

 問答無用で俺の手を引っ張るしおいだが、ちょっと待って欲しい。

 

「ストップ、ストップです、しおい先生!」

 

「急いでください!

 子どもたちが待っているんですから!」

 

「……子どもたちが?」

 

 今日は休みなんだから幼稚園は閉まっているし、別途予定を入れていた訳ではない。だからこそ昼前まで寝ていても問題はなく、ゆっくりするつもりだったのだが。

 

 それに何度も言うけど今の出来事って完全にデジャヴってやつにしか思えないんだけれど、プロレスの第二弾が始まる訳じゃないんだよね?

 

「楽しみに準備して待っているんですから、早く行きましょう!」

 

「わ、分かった、分かったから。

 せめて着替えだけでも済ませたいし、ちょっとだけ待ってくれないかな?」

 

「ま、まぁ、それくらいなら良いですけど……」

 

 言って、しおいは俺に視線を向け、頭の先からつま先まで見下ろしてから、

 

「ラフな先生も……いい感じですね」

 

 若干頬を染めながら照れるしおい……ってなんだこれ。

 

「え……っと、その、あ、ありがと……」

 

 なんとなく気まずくなってしまった俺は言葉を詰まらせながらクローゼットに向かい、服を持って洗面所へ。

 

 そそくさと着替えて身だしなみを整え、しおいに連れられてある場所へと向かうことになった。

 

 よく考えたら、しおいがドアを修理している間に着替えを済ませておけって感じだよね。

 

 反省、反省。

 

 

 

 

 

 早足で鎮守府内を歩き、やってきたのは白い壁の建築物の前。幼稚園からはそれなりに遠く、普段は付近に寄る必要もない場所なので、来たことのある覚えはない。

 

「到着しました!

 中で子どもたちが待っていますので、早速入りましょう!」

 

「それは良いんだけど、この中で一体何が行われるのかな……?」

 

 俺は恐る恐るしおいに問う。まさかプロレスの第二弾が始まるのでは……という懸念があったものの、目の前にある建物はそれほど大きくはなく、リングがあるように思えない。

 

 しかしそれでも、念には念を。もし、呼び出しの理由に元帥が絡んでいたら全速力で逃げたいが、子どもたちらしいので無下にはできない。

 

「それは入ってからのお楽しみです!」

 

 しかし、しおいから帰ってきた言葉によって懸念は晴れず。

 

 でもまぁ、ここまで来て引き返すというのもなんだか癪だし、本当に子どもたちが俺を必要としているのであれば悪いもんなぁ……。

 

「さあさあ、行きましょう!」

 

 しおいに腕を引っ張られて建物の中に入った俺は、ロビーを抜けて通路を歩きながら付近を見る。

 

 真っ白な壁と定期的な窓が設置されているのが鎮守府内にある他の建物と似通っているが、それだけではなんの目的で建てられているのか分からない。

 

 おそらく寮のような居住場所でないだろうけれど、ほとんど特徴がないんだよなぁ。

 

「もう少しで着きますよ!」

 

 言って、グイグイと腕を引っ張るしおい。

 

 休日にもかかわらずテンションが高いけど、何か良いことでもあったのだろうか。

 

 もちろん俺の服装はアロハじゃなくタバコも吸わないので、嫌らしい口調で煽るように言うつもりはない。

 

「ここです!」

 

 しおいが俺に振り返って満面の笑みで言う。

 

 金属製のドアと、その上部分にプラスチックのプレートがある。

 

 そして、そこに書かれた文字は……『調理準備室』だった。

 

「……えっと、ここが目的地?」

 

「はい、そうです!」

 

「ここって、調理準備室って書いてあるんだけど……」

 

「その通りです!」

 

「この中に、子どもたちが待ってるんですか……?」

 

「それはもう、張り切って準備していますよ!」

 

 そう言ったしおいは、ドアのノブに手をかけて押し開け入っていく。

 

 未だに状況が掴めないけれど、この場で呆けながら立ち尽くす気はないので、後を追って中に入ることにした。

 

「失礼しまーす……って、おお……」

 

 部屋の中にはすでに子どもたちが待機していて、俺を出迎えるように並んで立っていた。

 

「遅いぜしおい先生ー」

 

「ごめんごめん。

 先生が着替えるのを待っていたせいで、遅れちゃったー」

 

 天龍の言葉を聞いて、てへへ……と後頭部を掻くしおい。しかし、どちらかと言えばドアの修理の方で時間がかかっていた気がするんだけれど。

 

「まぁまぁ、ちゃんとお願いしたとおり先生を連れてきてくれたんだから、良いじゃないかな」

 

 そう言って天龍をなだめる時雨がニッコリと笑っている。

 

「むしろ、先生が来た今から本番なんだから、頑張らなくっちゃ!」

 

「そ、そうなのです。

 電はしっかりと準備できていますので、いつでも大丈夫なのです」

 

「もちろん私もオッケーネー!」

 

「フフフ……。

 今日コソオ兄チャンニ、吠エ面ヲカカセテアゲレルネ……」

 

「私も、気合、入ってます!」

 

「この霧島も、準備万端ですね」

 

 他にも雷、電、金剛、ヲ級、比叡、霧島と横に並んでおり、口々に元気な言葉を発していた。

 

 いやしかし。

 

 やっぱりこの状況って、未だに何だか分からないんだけれど。

 

 強いて言うなら、この部屋が調理準備室ということが関係していそうなんだよなぁ。

 

 そして何より子どもたちの格好が全員、エプロン装着済みなんだよね。

 

「おっ、どうしたんだ先生?

 もしかして俺様のエプロン姿に見惚れちまったか?」

 

「あー、うん、そうだな。

 普段見ない格好だから、新鮮な感じがするよ」

 

 へへへ……と喜びながら人差し指で鼻の下をこする天龍がなんとも可愛らしい。

 

 一応補足しておくが、見惚れてはいないけれど目新しいことに間違いはないんだよね。

 

「ドウセダッタラ服ヲ全部脱イデ、エプロンダケデヤリタカッタンダケドネー」

 

「ワーオ!

 ヲ級ったら、大胆過ぎマース!」

 

「そ、それはちょっと恥ずかしいのです……」

 

「でも、先生が望むなら雷は頑張るわよ!」

 

 順に頬を染めていく子どもたち……って、色んな意味でアウトだからやめていただきたい。

 

 つーか、そんな状況になったら間違いなく青葉が潜入してきて写真を撮り、明日の一面に乗っちまうじゃんかよぉっ!

 

 完全に俺の悪名が轟き、憲兵さん待ったなしである。

 

「なるほど……。

 先生の性癖に裸エプロンを追加……ですね」

 

 そして懐から取り出したメモ帳に記入する霧島に、流石に俺の我慢も限界だった。

 

「いやいやいや、いくらなんでもないから。

 どう考えてもヲ級の捏造による情報操作なんだから、みんなは惑わされないでね」

 

「そ、そうなんですか?」

 

「……いや、なんで疑問系で返すのかが分からないんですが」

 

「だって……先生ですから……」

 

「えぇー……」

 

 いくらなんでも、そりゃないよしおい先生……と叫びたくなったものの、

 

「うんうん、そうだよな。

 先生だもんなー」

 

「まぁ、先生だから仕方ないね」

 

「先生だから……なのです」

 

「そんな先生だとしても、雷は見捨てないわよ」

 

「せ、先生が望むのなら、頑張りマース!」

 

「ちょ、ちょっと恥ずかしいですけど……先生のためなら……」

 

「霧島の頭脳で先生の性癖をピンポイントに刺激するには……ぶつぶつ……」

 

 うん、こりゃダメだわ。

 

 すでに俺の話を聞いちゃいない。

 

 そしてヲ級よ。

 

 俺に向かって親指を立てた挙句、ドヤ顔するんじゃねえよぉぉぉぉぉっ!

 

 

 

 ということで、とりあえず兄弟というフィルターの乗った教育的指導という名のゲンコツを頭のてっぺんに落としておきましたとさ。

 

 

 

 うーん。休日も踏んだり蹴ったりな始まりだよね……。しくしく。

 




次回予告

 あいもかわらずヲ級から弄られてしまった先生。
しかし、ここに呼び出された本題には入っていないが、なんとなく予想はつきそうで……。

 艦娘幼稚園 第三部
 ~子供たちの料理教室!~ その2「ラーメン試食会」


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その2「ラーメン試食会」

 あいもかわらずヲ級から弄られてしまった先生。
しかし、ここに呼び出された本題には入っていないが、なんとなく予想はつきそうで……。


 休日の朝……というよりかはもう昼前だったが、いきなり部屋に押しかけてきたしおいに連れられて、やってきたのは調理準備室。

 

 そこでは俺を出迎えてくれた天龍、時雨、雷、電、金剛、ヲ級、比叡、霧島の8人がいて、エプロン姿に身を包んでいた。

 

 もちろん、ヲ級が言うような裸エプロ……は断固拒否。どうせなら愛宕にやってもらいたい……って、自重しろよ俺。

 

 そんなこんなでひと息つけたところで、現在の状況を説明してもらうことにした。

 

「それで、今日は一体どういうことなんだ?」

 

 俺が問いかけたのは、幼稚園の中でもとびきり優秀な時雨だ。

 

「少し前のことなんだけど、僕が先生に質問したことがあったのを覚えている?」

 

「少し……前?」

 

 質問に質問を返されてしまい悩む俺。

 

 両腕を組みながら頭を捻り、うーん……と唸っていると、ソワソワし始めた天龍が口を開いた。

 

「こないだの夕食のことだよ先生!

 好きな料理は何かって聞かれたじゃねーか!」

 

「……あぁ、そういえば確かに、時雨から聞かれた覚えがあるな」

 

「そうだね。

 そして先生が好きな料理がラーメンだと分かった僕たちは、色々と勉強して食べてもらうことにしたんだよ」

 

「食べて……もらう?」

 

 言って、俺は子どもたちの姿を流し見る。

 

 なるほど。だからこそのエプロン姿なのか。

 

 そして今いる部屋は調理準備室。壁に見える扉はおそらく調理室に続いていて、子どもたちの料理が今か今かと出番を待っている……ということだろうか。

 

 ふむ……。なんともまぁ、泣かせる話というか、めちゃくちゃ嬉しいところではあるんだけど。

 

 ちょっとだけ気になったことがあったので、質問してみよう。

 

「ところで……なんだが、今日は休日だよな」

 

「うん、そうだね」

 

 コクリと頷く時雨に釣られて、他の子どもたちも同じように頭を下げる。

 

「ついさっきまで俺は部屋にいて、しおい先生が呼びに来てくれたんだけどさ」

 

「おう。

 俺様がお願いして、先生を呼びに行ってくれたんだぜ!」

 

「……それじゃあ、もし俺がたまたま出かけていたら、どうするつもりだったんだ?」

 

「「「………………あっ」」」

 

 俺の問いかけに大半の子どもたちとしおいが、大きな口を開けて固まった。

 

 つまりはまぁ、そういうことなんだよね。

 

 例えばなんだけれど、俺が前日から外出していたりしたら、子どもたちはどうするつもりだったのだろうか。

 

 準備を終えて、さあ俺を呼びに来たら居ませんでしたじゃ悲しすぎる。

 

 運良く俺は出かけていなかったので良かったものの、もしそんなことになったら色んな意味で辛いんだけど、

 

「それは大丈夫ですね、先生」

 

「……ん?」

 

 そんな中、眼鏡のブリッジを指で押し上げて位置を整えた霧島が小さく口を釣り上げた。

 

「先生の行動や予定は全てこの霧島が把握しておりますので、危惧されている点につきましては全く持って問題ありません」

 

「………………はい?」

 

 いや、それってどういうことだ?

 

「寮内はともかく外出するには門での記帳が必要ですし、それをチェックすれば確認が取れますので」

 

「な、なるほど……。

 でもまぁ、そんな面倒くさいことをしなくても、昨日とかに予定として言っておいてくれれば安全だったんじゃあ……」

 

「ソレジャア、オ兄チャンヲ驚カセルコトガデキナイカラネー」

 

「驚かせることが前提なのかよ……」

 

「まぁ、仮に出かけていても、どこにいるかくらいはすぐに分かるんだけどね……」

 

「「……え?」」

 

 時雨の呟きに隣にいた天龍と俺が声を上げた。

 

「先生の行動は逐一ファンクラブのメンバーから情報板に流されているし、カメラマンのAお姉さんも頑張ってくれているからね」

 

「おおっ、さすがは時雨だぜ!」

 

「い、いやいやいや、ちょっと待って!」

 

 時雨のとんでもない発言に、いくらなんでもスルーできない事案がありまくりである。

 

 まず、どうして俺の行動が逐一ファンクラブに流されちゃってんだよ!

 

 そしてAお姉さんって、ほぼ間違いなく青葉のことだよねぇっ!?

 

「いくらなんでも嘘だよな、時雨!」

 

 俺はそうであってくれという願いを込めて時雨に問いたのだが、

 

「世の中には……知らないことの方が多いんだよね……」

 

 そう言って、俺から視線をそらしてしまった。

 

 そ、それならそれで、そういったことを言わないで欲しかったんですけど……。

 

 というか、完全にプライバシーの侵害だよね!?

 

「まぁまぁ先生。

 そんなことを気にしてたら、この鎮守府ではやっていけないよー」

 

「……この状況下において現れること自体が謎なんですけど」

 

 背後から聞こえてきた声に振り返りながら白い目を向ける俺。

 

 そこには扉を開けて仁王立ちする、元帥の姿があった。

 

 あえて言おう。

 

 なんでここにいるのかと。

 

 つーか、話がややこしくなることこの上ないので、さっさとお帰りください。

 

「なんだか先生は心の中で、僕に対して非常に酷いことを言っている気がするんだけれど?」

 

「気のせいじゃないので、お帰りください」

 

「堂々と言われちゃった!」

 

 叫ぶ元帥だが表情は明るく、むしろ楽しんでさえいる。

 

 なんでそんな顔ができるのか全く持って分からないけれど、俺の気分は最悪なので本当に消え去って欲しい。

 

 できればニフラムなんかで。

 

 つまり、雑魚ってことです。

 

「更に酷くなっている気がするけど、僕も先生と同じように呼び出された口なんだよねー」

 

「呼び出された……ですか?」

 

 俺は思いっきり首を傾げながら元帥を見た後、ゆっくりと振り返る。

 

 すると子どもたちはウンウンと頷いて、本当であると知らせてくれた。

 

「ほらね。

 僕の言っていることは嘘じゃないでしょ?」

 

「そう……みたいですけど、どうして元帥がここに呼び出されたんだろう……」

 

「そりゃあもちろん、僕の人気は子どもたちにまで広がっているってことだよねー」

 

 ニコニコと笑っていそうな声が後ろから聞こえてくるが、目の前にいる子どもたちは一斉に首を左右に振る。

 

「どうやら違うみたいですけど?」

 

「あ、あるぇー?」

 

 振り返りながらそう言った俺に、ガックリと肩を落としてへこむ元帥。

 

 ざまあみろって感じだが、元帥がここに呼び出された理由は未だに分からない。

 

 なので俺はてっとり早く済ませるために、質問してみることにする。

 

「とりあえず元帥は、誰からここに来るように言われたんですか?」

 

「そりゃあもちろん高雄からだよ。

 子どもたちが人手を必要としているから、暇を持て余している僕に行ってこいってね」

 

「いや、暇を持て余しているって……、普段の仕事とかがあるでしょうに……」

 

 俺や子どもたちは休日でも、鎮守府の長である元帥がそうだとは限らない。そりゃあまぁ、毎日仕事をし続けるのには限界があるだろうし、今日が休みだった可能性は無きにしもあらずだけれど。

 

「日常業務なんかは、ほとんど高雄がやってくれてるからねー。

 特別な事案が発生したときくらいしか、僕の出番はなかったりするんだよ」

 

「それが本当なら、確かに暇を持て余していそうではあるんですが……」

 

 ぶっちゃけ、元帥必要ないじゃん! とは流石に言えないので自重しておくが、それで良いのか舞鶴鎮守府は。

 

「そういうことで、僕も参加するからよろしくねー」

 

 気づけばへこんでいたはずの元帥はニコニコ顔に戻り、近くにあったテーブルに備え付けられている椅子に腰掛ける。

 

「えっと、これで皆が揃ったってことでいいのかな?」

 

「うん、そうだね。

 それじゃあしおい先生、進行をお願いするね」

 

「うんうん。

 まっかせといてー!」

 

 1人で「おー!」と言ったしおいは拳を振り上げ、元帥の横にある椅子を引いて俺に座るようにと促した。

 

「先生と元帥はここに座って、少しだけ待っていてくださいね」

 

「はーい」

 

「わ、分かりました」

 

 元気よく返事をする元帥と、未だに納得しきれない俺。

 

 そんな俺たちを見ながら子どもたちは小さく頷くと、一斉に壁にある扉に向かって歩きだす。

 

 おそらく向かった先は隣の部屋。そしてそこは、調理室だろう。

 

 時雨から聞いた内容が正しければ、俺が好きだと言ったラーメンを作っているという。

 

 その気持ちは嬉しいし、今日は昼から鎮守府を出て近くのラーメン屋に行こうと考えていた。

 

 ならば今から起こることは予定とあまり変わらず、子どもたちの気持ちも受け止められるので一石二鳥というところだろう。

 

 まぁ、隣に元帥がいるのが若干不安だけれど。

 

 なんだか、嫌な予感しかしないんだよなぁ……。

 

「さてさて、どんなラーメンが出てくるのかなー」

 

 ニコニコ笑って待っている元帥は鼻歌を歌いながら腕組なんかをしちゃっているし、俺の気持ちなんか微塵も分かっちゃいない。

 

 しおいも期待した表情を浮かべているので、ここは同じように子どもたちを待っているべきだろうか。

 

 時雨に天龍、雷に電、金剛にヲ級、比叡に霧島。

 

 8人の子どもたちが、どんなラーメンを持ってくるのか。

 

 流石に店で食べられるレベルを子どもたちに期待するのは酷ってものだろうが、それでも少しは心が踊る。

 

 それはおそらく、俺がラーメン好きであると同時に子どもたちの気持ちが嬉しいからだろう。

 

 どんな種類のラーメンか。どんな具材を使っているのか。

 

 果たしてそれは美味しいのか。失敗せずに作れるのか。

 

 考えれば考えるほど気になってしまい、思わず立ち上がって調理室に向かいたくなる。

 

 しかしここは子どもたちのことを尊重し、俺はジッとここで待ち続けるのが一番だろう。

 

 そうーー、このときはそう思っていた。

 

 少しでもあの噂を知っていればと思うと、今でも後悔しっぱなしである……。

 

 

 

 

 

「待たせたな、先生!」

 

 そう言って勢い良く扉を開けた天龍が、お盆を持って現れた。その後ろに続く時雨も同じようにお盆を持ち、上にはどんぶりが乗っている。

 

「僕と天龍ちゃんのラーメンが先にできたから、置かさせてもらうね」

 

 そうして俺と元帥の前に並べられるラーメン。どうやら2つとも同じものらしく、見た目はほとんど一緒だった。

 

「俺様と時雨の激ウマラーメン、おまちどおさまだぜ!」

 

 天龍の言葉に理解する俺。つまりこの2人はコンビであり、一緒に1つのラーメンを作ったということだ。

 

 どんぶりから立ち上がる湯気に、濃厚な香りが部屋中に広がる。鼻腔をくすぐられる感じに、お腹からはぐぅぅ……という音があがる。

 

「お箸とレンゲも用意してあるから、伸びないように早く食べてね」

 

「ああ、そうだな。

 それじゃあ、いただき……」

 

「いっただっきまーーーすっ!」

 

 俺が合掌して言い切る前に、元帥は叫びながらお箸を持って勢い良く食べ始めた。

 

 ……なんか、すんごいムカつくんですけど、元帥だから仕方ないね。

 

 

 

 ということで、次回から実食です。

 




次回予告

 まずは天龍と時雨のラーメンから。
見た目からして想像できそうなラーメンに、先生は食べ始めてみたのだが……。


 艦娘幼稚園 第三部
 ~子供たちの料理教室!~ その3「いざ、実食1&2」


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その3「いざ、実食1&2」


 まずは天龍と時雨のラーメンから。
見た目からして想像できそうなラーメンに、先生は食べ始めてみたのだが……。



 

 隣でずぞぞぞっ……と勢い良く麺をすする元帥はさておいて。

 

 一応、ラーメンは色々と食べ歩いてきた俺にとって、少々なりともこだわりがある。

 

 まずはスープを一口頂いて、それから麺や具に行きたいところだが……、

 

「………………」

 

「どうしたんだよ、先生。

 早く食べないと麺が伸びちまうぜ?」

 

 思わず固まってしまっていた俺に、天龍が急かそうと声をかける。

 

 しかし、俺の気持ちも分かって欲しい。

 

 なぜなら、目の前にある丼の中身は、

 

 

 

 とんでもない量のもやしとキャベツ、その上に背脂がふんだんにかけられており、脇に刻みニンニクらしきものが見える。

 

 

 

 うん、これはどう見ても二郎系ラーメンだ。

 

 初っ端からこれって結構きついんじゃないかと心配になってしまうものの、せっかく作ってくれたんだから食べない訳にもいかないし、なにより朝飯を抜いて空きっ腹の昼時間帯と考えればどんとこいである。

 

「よし、それじゃあ改めて……いただきます」

 

 まずはレンゲでスープをすくいたいところだが、具が多すぎてなかなかに難しい。それでもなんとか縁の方からかき混ぜるようにレンゲを丼に入れ、スープを口に入れた。

 

「ふむ……、この香りは魚介系……。

 それに豚骨を合わせたダブルスープに大量の背脂か」

 

「なっ!

 たった一口で当てるなんてマジかよ!?」

 

 俺の言葉に驚きを隠せない天龍だが、それなりにラーメンを食べてきた俺にとってそれほど難しいものでもない。

 

「次は麺……といきたいところだが、たっぷりの具があるから先にいただこうかな」

 

 お箸でキャベツともやしを掴み、スープにくぐらせてから食す。

 

 茹でた野菜が濃厚なスープに絡み、甘みと旨味が口の中に広がった。

 

「キャベツともやしは茹でつつも食感を残し、まぶした刻みニンニクがアクセントになっているな。

 そして多めに入ったぶ厚目のチャーシューが一層食欲をかきたたせるが……」

 

 肝心の麺はどうなのかとお箸を突っ込み、具材をかき分けながら空気に触れさせる。

 

「ふむ、麺は極太の縮れ麺。

 量も多いところから、おそらく少し固めに茹でてあるな」

 

 麺を口に入れひと噛みする。モッチモチの食感が口の中でダンスを踊るようで、なんとも素晴らしい。

 

 そんな俺を見て、時雨が狙ったかのように口を開く。

 

「さすがは先生だね。

 だけど、それだけじゃ……」

 

「なるほど。

 麺にチーズを少し練り込んである訳か」

 

「……っ!?」

 

 隠し味として仕込んだのだろうが、そうは問屋が卸さない。

 

 二郎系ラーメンを食べた経験はそれほど多くはないものの、素材の味を判別する味覚はそこそこ鍛えているつもりなんだよね。

 

「ちなみにスープの魚介はおそらく鯖節。

 豚骨はオーソドックスだけれど、時間をかけてしっかりと煮込んだ本格派だな」

 

「ま、まさか、それをこんなに早く看破されちゃうだなんて……」

 

 膝から崩れ落ちた時雨は地面に膝と手を着き、ガックリとうなだれる……って、なんでそんなにへこんじゃってんの?

 

 しかしまぁ、思っていた以上に出来が良く、普通に美味しいので食す方に集中する。

 

 ずるずる……もぐもぐ……ずるずる……ぱくぱく……。

 

「うまっ、うまぁっ!」

 

 ゆっくりと食べる俺に、叫びながら食べる元帥。

 

 麺、背脂、スープ、背脂、野菜、背脂、チャーシュー、背脂……。

 

 うん。美味しいんだけど、ちょっと背脂が多い気がする。

 

 やっぱり初っ端のラーメンからこの油っこさはきつい気がするなぁ……。

 

 でも普通に美味しいし、気づけば丼の中身はほとんど残っていない。

 

「ふぃー、おいしかったーーーっ!」

 

 そして隣の元帥はスープの一滴も残さずと言った風に丼に口をつけて完食し、大きな音を立ててテーブルに置いた。

 

 気持ちは分からなくないが、もう少しお行儀良く食べたほうが良いと思うんだけど。

 

 よく見たら元帥の真っ白い軍服にスープが飛び散っちゃって、完全に汚れてしまっているのはどうなんだろうか。

 

 2回目だけど、元帥だから仕方ないね。

 

「しかし……、このラーメンを本当に2人で作ったのか?」

 

 俺はテーブルの向かいに立つ天龍と時雨に問う。

 

「うん。

 色々と鳳翔さんに教えてもらって、一通り頑張ったつもりだよ」

 

「最初は失敗したけど、なんとかできるようになったぜ!」

 

 2人はそう言いながら、少し自慢げに胸を張った。

 

「いやはや、このレベルを数日で完成させるなんて、思ってもみなかったよ……」

 

 感心しつつ、残っていたチャーシューを頬張る俺。柔らかい肉の塊が口の中に解け、油と肉の旨味が放出される。

 

 うむ、やっぱり美味い。スープや麺もさることながら、このチャーシューが非常に良い味を出しているんだよな。

 

「うんうん、そうだよねー。

 いくら鳳翔さんに教えてもらったとは言え、ここまでのラーメンを作れるのは1つの才能じゃないかな」

 

 俺と元帥の言葉を聞いて、天龍はガッツポーズで喜び、時雨もにこやかな表情を浮かべている。

 

 初っ端から重たすぎるラーメンだったけれど、非常に満足できる一品でした。

 

「うぅ……、美味しそうだなぁ……」

 

 そして元帥とは反対側に立っていたしおいから、よだれを垂らしながら物欲しそうにしている視線を感じた。

 

 やばい……、すっかり忘れていたぞ……。

 

「あー、え、えっと、しおい先生の分はあったりするのかな……?」

 

「残念だけど、2人分しか作ってないんだよね……」

 

 時雨のすまなさそうな声を聞いて、ガックリと肩を落とすしおい。

 

「も、もし良かったら、少ないですけど俺の残りを……食べますか?」

 

「えっ、良いんですか!?

 食べます!

 ぜひ食べさせてくださいっ!」

 

 俺の返事を待たずに丼とお箸を奪ったしおいは、少しだけ残っていたラーメンをガツガツと食べ始めた。

 

「おいしーーーっ!

 結構コッテリだけど、すんなりいけちゃいますっ!」

 

「だよねー。

 僕も最初はそう思ったけど、魚介の感じが程よくて一気に食べれちゃったよー」

 

「先生の食べ残しってスパイスも効いて、しおい感激です!」

 

 ………………はい?

 

 いやいや、流石にそれはないと思うんだけど。

 

 そしてなぜか俺にジト目を向ける天龍と時雨……って、なんでやねん。

 

 椅子に座っているのに針のむしろで正座させられている感じに、いかんせん辛い状況でしたとさ。

 

 

 

 

 

「それじゃあ次は雷たちの番よ!」

 

 しおいが俺のラーメンを食べ終えたところで、雷と電がお盆に丼を乗せて隣の部屋からやってきた。

 

「電たちも頑張ったので、ぜひ食べてほしいのです」

 

 そう言って、俺と元帥の前に並ぶラーメン。どうやら天龍や時雨と同じく、2人1組で作っているようだ。

 

「どれどれ……」

 

 さっきのラーメンは非常に出来が良かっただけに、雷と電の方も期待してしまう。もちろん過度にするつもりはないけれど、違った味が楽しめるのならば……と、思わずよだれが口の中にあふれてきた。

 

 丼からはたくさんの湯気が上がり、視界が遮られている。しかし徐々に霧が晴れていくかのように現れたラーメンは、天龍と時雨のとはかなり違ったものだった。

 

「ほぅ……。

 これはまた、オーソドックスにきたな」

 

「見た目は醤油ラーメン……いや、これは中華そばと言った方が良いのかなー?」

 

 元帥の見解は的を得ている。立ち込める湯気を鼻で吸い取り匂いを確かめると、昔懐かしい感じが胸の中いっぱいに広がってきた。

 

 黄金色のスープに浮かぶ麺。そして刻みネギにメンマ、薄めのチャーシューにナルト。

 

 更には丼の縁に竜の絵と四角い渦巻きの雷文柄が、いかにもという感じを醸し出していた。

 

「さあさあ、のびないうちにどうぞ!」

 

「早く食べて、感想を欲しいのです」

 

 期待する目で見られては断ることもできず。というか、ここでお預けなんか食らったらへこむことこの上なしなので、ぜひ頂きたいです。

 

「それでは……いただきます」

 

「いっただっきまーす!」

 

 例によって俺はまずスープから。元帥はすでに麺を啜っているが、ここは個人の好きにということで放っておく。

 

「ふむ……、香りからして予想はついていたが、これは鰹と……煮干しかな?」

 

「はわわ!

 さ、さすが先生なのです!」

 

「スープを一口飲んだだけで当てるなんて、本当に先生はラーメンが好きなのね!」

 

 そう言った雷だが、まだ何かが残っていると言いたげな瞳が俺に向けられていた。

 

 ほほう。時雨に続き、俺をためそうと言う訳か。

 

 さっきも余裕で看破しちゃったが、手加減するつもりは全くないぞ?

 

「魚介の他に、少し癖のある感じがあるな……」

 

「はふはふ……うまうま……」

 

 考察している俺の隣で、全く気にすることなく食べ続ける元帥。

 

 とりあえず無視。放っておこう。

 

「ネギの香りが感じるが、これはあくまで少量だ……」

 

 ほぅ……と言わんばかりに電が小さく口を開けるが、雷の表情に変わりはない。

 

 だがその余裕、一気に崩させてもらうぜ!

 

「これはおそらくキノコ系……、干し椎茸を戻さずに直接スープに投入したんだな」

 

「……っ!」

 

「す、凄いのです!」

 

 少し目を開いた雷に、驚く電。

 

 だが、まだまだ甘いぞ?

 

「そしてもう1つ。

 隠し味に……日本酒を少しだけ入れているか」

 

「なっ……!?」

 

 愕然とする雷がたたらを踏み、様子をうかがっていたな時雨までもが大きく目を見開いていた。

 

「完全なる和風という感じだから、これもおそらく鳳翔さんから教えてもらった感じだろう」

 

「なるほどねー。

 和食に調理酒とか入れたりするから、隠し味に使ってたのかー」

 

 そう言った元帥の丼にはスープ以外ほとんど何も残っていない。更には両手で丼を持ってズゾゾゾゾ……とスープを一気飲みしていた。

 

 ……いやまぁ、食べ方は人それぞれだけどさぁ。

 

 レンゲもあるんだから、もう少し行儀よくしようよ元帥。

 

 というか、お偉いさんたちの会食とかで問題にならないのだろうか?

 

「ストレートの細麺はたしかにこのスープに合うし、このナルトが中華そばって感じをより一層高めてくれているな」

 

 心の中で呟きながら、俺は麺をすする。サッパリとしつつも味わい深いスープに浸かった麺は程よい硬さの食感を醸し出し、しっかりと主張していた。

 

 もちろん具もしっかりと味わう。白い部分のみを使った刻みネギは肉厚で、代わってチャーシューは脂身の少ない薄切りだ。メンマも濃すぎず少し甘みを感じる味付けで、柔らかく仕上がっている。

 

 ラーメン全体がシンプルだからこその出来に、一体感という旨味が何とも言えない幸福感を俺に与えてくれた。

 

 やっぱり日本人に生まれたからには、古き良き中華そばも捨てがたいよね。

 

 うどん屋とかでいなり寿司と一緒に食べると、非常に満足できちゃいます。

 

「うん、美味しかった。

 ごちそうさま」

 

「ごちそうさまー」

 

 すでに食べ終えていた元帥も両手を合わせて雷と電にお辞儀をする。

 

 スープを看破されて落ち込み加減だった雷だが、俺たちの食べっぷりに機嫌を戻したようだ。

 

「お粗末さまでした」

 

「ふぅ……、良かったのです」

 

 胸を撫で下ろした電も、嬉しさのあまり笑顔を浮かべている。

 

 しかしまぁ、天龍と時雨のラーメンがこってりだったので、この組み合わせはかなり良かった。

 

 同じタイプが続くと、いくら好きだと言っても飽きがきちゃうしなぁ。

 

「うぅ……、お腹が空いたよぅ……」

 

 あと、さっきに続いて完全にしおいの分を忘れていた。非常に残念そうな顔をしているので、次は多めに分けてあげた方が良さそうだ。

 

 

 

 いやはや、反省反省……って、本日2回目だったりするよね。

 




次回予告

 天龍&時雨、雷&電のラーメンは思っていた以上に美味しかった。
続けてヲ級&金剛が作るラーメンにも期待を寄せる先生と元帥だが、はたしてどうなるか。

 そして、最後には……。

 艦娘幼稚園 第三部
 ~子供たちの料理教室!~ その4「お約束はあるのでしょうか?」


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その4「お約束はあるのでしょうか?」

 長くお休みさせていただきましたお詫びも兼ねて、プレゼント企画を開始いたしました。詳しくは活動報告にて、よろしくお願いします。


 天龍&時雨、雷&電のラーメンは思っていた以上に美味しかった。
続けてヲ級&金剛が作るラーメンにも期待を寄せる先生と元帥だが、はたしてどうなるか。

 そして、最後には……。



 

「ソレジャア次ハ、僕タチノ出番ダネ」

 

「イエース!

 全力投球でまいりまショウ!」

 

 雷と電のラーメンを食べ終わったところで、ヲ級と金剛が隣の部屋からやってきた。

 

 立て続けに2杯を食べたとはいえ、中華そばのサッパリとした感じに胃の中が厳しい感じはない。それどころか少しお腹が減ったんじゃ……と思えてくるのはどうしてなんだろうか。

 

「うーん、このサッパリ感がたまらないですよねー」

 

 スープのみが残った丼にレンゲを落とし、味わっているしおいが感想を言う。

 

 笑顔ながらも若干涙目が見えるのはかなり辛いものがあるので、次こそはちゃんと分けてあげられるように自重しておかなければならない。

 

 ……というか、子どもたちもどうして2杯分しか作っていないんだろうか。

 

 この際、元帥に食べさすんじゃなくて、しおいにあげちゃったほうが良いんじゃないかなぁ。

 

「ヨイショット」

 

「こぼさないように、運ばないとネー」

 

 お盆を持ちつつこちらへ向かってくる危なっかしい2人の様子に、少々嫌な予感がするのは気のせいだろうか。

 

 まさかとは思うが、テーブルに丼を置く寸前につまずいたりして、中身をぶちまける……なんてことは勘弁願いたい。

 

 ……ただし、元帥に向かってなら両手を上げて喜ぶが。

 

 でもまぁ、せっかく作ってくれたラーメンをふいにするのはもったいないので、やっぱり無事に到着してほしいです。

 

「さてさて、次のラーメンはどんなのかなー」

 

 俺の気も知らずにウキウキ気分の元帥だが、ここで少し気になることがある。

 

 今から食べるラーメンも、おそらくヲ級と金剛の2人1組で作ってきたのだろう。

 

 1杯目のラーメンは天龍と時雨だったが、鳳翔さんから教えてもらったこともあって非常に美味しい出来だった。更には時雨という完璧超……じゃなくて園児が作ったと考えれば納得できてしまう。

 

 2杯目のラーメンは雷と電。姉妹のコンビネーションに、こちらも鳳翔さんから教えてもらって作ったということから、充分な出来だったことも分かるのだ。

 

 しかし、この2人はどうなのだろう。まず、ヲ級が人に教えを請うということをあまり聞いたことがない。小さい頃を知っている俺は、ヲ級が料理をしていたという記憶が全くないのだ。

 

 更に偏見も混じってしまうが、金剛の方にも気がかりがある。まず、金剛が料理好きだとか上手いだとかは聞いたことがない。それを言えば子どもたちの大半に当てはまってしまうかもしれないのだが、ヲ級とのコンビという点が不安感を煽っているのだ。

 

 そんなことを考えているうちに、テーブルの上に2杯の丼が置かれた。

 

「ほほー、これはこれは……」

 

 元帥が前のめりでラーメンに視線を向けると、俺の鼻に磯風味の香りが漂ってきた。

 

 いや、これは風味ではなく、明らかにこれは魚介のはず。

 

 それも、かなりの特濃で。

 

「オ待タセー」

 

「ヲ級と金剛の合作ラーメンが登場デスヨー!」

 

 その言葉を聞き、俺は前に置かれた丼に視線を落とす。

 

 スープの色は黄金色。野菜とエビ、イカ、ホタテなど魚介類の具がドッサリと真ん中に重鎮し、真っ白な湯気を立たせている。

 

「うんうん、これもなかなか美味しそうだねー」

 

 元帥は我慢できないとばかりにお箸を持ち、真ん中の具を口の中に入れた。

 

 せめて頂きますくらい言えば良いのに……。

 

 ジト目を向ける俺だが、元帥は気にせず食べ進める……と思いきや、

 

「……ん?」

 

 頭の上に疑問符を浮かばせながらも、元帥は麺をすすっていく。

 

「こっちは……うん、大丈夫……だよね。

 でも、ん、んー……これは……その……」

 

 徐々に曇っていく表情に先程の嫌な予感が実現してしまったのかと思いながらも、食べないで感想を言う訳にもいかないとスープを口にしてみた。

 

「……ふむ」

 

 色と香りから想像できる通り、これは塩ラーメンだ。

 

 魚介のエキスがたっぷりと染み込んだ出汁に、玉葱らしき甘みが感じられる。これだけならなんの問題もない……と思えるのだが、口の中に感じる雑味がなんとも言えなくさせてくれた。

 

「これは……おそらくこれか……」

 

 俺はつぶやきながら真ん中にドッサリと乗った具を箸でつかむ。白菜にもやし、キクラゲにエビやイカなどを炒めたもので、ちゃんぽんの具と言えば想像しやすい。

 

 それらをまとめて口の中に入れて咀嚼する。塩コショウなどでシンプルに味付けしてあると思いきや、素材の味が感じられない。それどころか、とてつもなく食感が最悪なんだけど。

 

 言っちゃあ悪いが、具が完全にラーメン全体をダメにしてしまっている。これは流石にいただけないのだが、どうしてこうなったのだろうか。

 

「こ、この具はどうやって調理をしたんだ……?」

 

「それは私が担当したデース!」

 

 ふんぞり返るくらいに胸を張って答える金剛を見て、なぜか待機している時雨からため息が聞こえてきた。

 

「えっと、金剛……。

 この……具は、味付けをどうしたのかな……?」

 

「料理の好みは人それぞれデース!

 だからもちろん、味付けはナッシングネー」

 

「そ、それじゃあ、調理方法は……?」

 

「生は寄生虫とかが危険デスから、あつーいお湯で茹でまくりましたデース!」

 

「な、なるほど……」

 

 焦げ目がついていなかったから焼いていないと思っていたが、茹でるにしたって限度がある。

 

 これは金剛の今後を考えて、助言をしておいた方が良いんじゃないだろうか。

 

 ヲ級から冷たい視線を浴びせられているのにも構わず、「私の料理で先生が喜んでくれたら、ハッピーハッピーデース!」と叫びながら目を閉じ身体をクネクネさせているのは色んな意味で恐ろしい。

 

「あぁ、そっか……」

 

「ど、どうしたんですか、元帥?」

 

「金剛ちゃんってさ、イギリス出身……だったよね」

 

「そ、そういえば、確かに……」

 

 俺と元帥は納得しつつ大きなため息を吐く。

 

 油で揚げたおすとか、食感を気にすることなく茹でるとか、そういうことなら聞いたことがあったかもしれない。

 

 これは、要練習……といったところだな。

 

 思わず2人揃ってため息を吐く。そんな反応を見て、ガックリとうなだれるヲ級。

 

 想像するに、麺とスープはヲ級が作って、具を金剛が担当したということなのだろう。

 

 そして最大の失敗は、味見していなかった点だろうか。

 

 スープだけなら、十分美味しいとは思うんだけどね……。

 

 

 

 

 

「あー……これはそのー……」

 

 お腹が減っていたしおいだが、俺から受け取ったラーメンを一口食べてから冷や汗をかき、一向にお箸が動く気配が見えなかったため、ここで金剛とヲ級のラーメンは断念となってしまった。

 

 その様子を見た金剛が「それはいくらなんでもあんまりデース!」と叫んだが、元帥から「味見はしてみたのかな……?」との指摘を受けて一口食べたところ、首を左右に振った。

 

 ……まぁ、ヲ級がしていないんだったらそうなるよね。

 

 ということで金剛に俺の残したラーメンを渡したところ、「ワーオ! 先生と間接キッスデース!」と訳が分からないことを言いながら一気に口へ放り込む。

 

「………………ホワイッ!?」

 

 すると途端に青冷めた表情を浮かべた金剛がプルプル震えだしたので、これはマズイと思って吐き出させようとしたのだが、

 

「誰デスカ!

 こんなマズイラーメンを作ったのハ!?」

 

「ドコノドイツダーイ……ッテ、オ前ダヨ!」

 

 見事なヲ級の飛び蹴りが金剛にクリーンヒットし、突っ込みが完成してしまった。

 

 ううむ……。さすがに暴力はマズイんだけれど、ヲ級の気持ちを考えるとやむを得なく……って、やっぱりダメである。

 

 それに、これが切っ掛けで2人の中が悪くなってしまったらと思うと……、

 

「ワーオ!

 ここでヲ級がそのツッコミをするなんて、想像していなかったデース!」

 

「フッフッフ……。

 ドルフィンキック&SMボンテージノダブルコンボガ決マッタネ」

 

「「HAHAHA!」」

 

 うん。前言撤回。

 

 そんな心配、全くしないで良かったです。

 

 ……というか、ドルフィンキックってプロレスとか……だよね?

 

 間違っても、は◯ぴーとかじゃないよねぇっ!?

 

「さて、ついに私たちの出番ですね!」

 

 別の意味で心配しまくっていた俺を救うかの如く、隣の部屋から現れた比叡が元気よく声をあげた。続いてきた霧島がお盆に乗せた2杯のラーメンをテーブルの上に置き、こほんと咳払いをする。

 

「お待たせいたしました。

 これが霧島のラーメンになります」

 

 立ち込める湯気にスパイシーな香り。

 

 ………………。

 

 スパイシー?

 

「これは……カレーかな?」

 

 俺と同じように丼を覗き込んでいた元帥から出た言葉に、霧島がコクリと頷く。

 

「ご名答です。

 それではのびないうちに、お召し上がりください」

 

 小さく笑みを浮かべた霧島に、なぜかゴクリと唾を飲む俺。

 

 先程のラーメンが少々残念だっただけに、今回は美味しければ良いんだけれど。

 

 しかし、なんだろう。

 

 とてつもなく、妙な予感がしているのだが。

 

「へえー、カレーとラーメンだなんて珍しいねー」

 

「確かに鎮守府近くのラーメン屋にはありませんし、メジャーという感じではないですが……」

 

 俺はそう言って、注意深くラーメンを見る。

 

 スープは紛れもなく黄色で、とろみがあるようだ。

 

 そして元帥も俺と同じように、珍しくお箸を持たずにマジマジと丼を見ている。

 

 珍しいこともあったもんだ……と言いたいが、やはり金剛とヲ級のラーメンが尾を引いているのだろう。

 

 しかし、元帥の額には大粒の汗が浮かんでいる。表情は明らかに固く、戸惑いが隠しきれていない。

 

 いくらなんでも変な気がするんだけれど、これっていったい……?

 

「ほほぅ……。

 スパイシーなスープに合わせて縮れ麺を使っている点は好感が持てるな」

 

 とりあえず元帥のことは放っておいて、俺はラーメンに箸を入れた。麺をほぐしながら具材が何かを確かめる。よくある家庭でのカレーに入っているじゃがいもやにんじんは見えないが……、

 

「……なるほど。

 丼の真ん中に鎮座する刻みネギとチャーシューだけと思いきや、他の具材をミキサーにかけてスープと一体化させているんだな」

 

「さすが先生ですね。

 おっしゃったとおりです」

 

 霧島は驚きつつも嬉しそうな表情を浮かべていたが、もう1人の比叡は少し残念がっているようだ。

 

「さあさあ、冷めないうちにズズイッと食べてください」

 

「うん。

 それじゃあ、いただきます」

 

 俺はお箸を持ったまま合掌をし、丼を持ち上げてスープをすすろうとする。

 

「………………」

 

 だが俺の隣からジッと見つめてくる視線に、なんだか食しにくいんですが。

 

「元帥……、食べないんですか?」

 

「あー、う、うん。

 少しばかりお腹が膨れてきたかなー……なんて」

 

「がっついて食べるからそうなるんですよ……」

 

「そ、そうだねー。

 あ、あははは……」

 

 歯切れの悪い言葉に乾いた笑いを上げる元帥の顔は、やっぱりどこかおかしい気がするんですが。

 

 まぁ、そんなことは置いといて、早く食べないと麺が伸びるからな。

 

 さっそくスープからいただくとしよう。

 

 箸で麺をほぐしきった俺はレンゲを持ち、とろみのあるスープを救って口に近づける。

 

 ズズズ……。

 

 ………………。

 

「……むっ!」

 

「せ、先生、大丈夫!?」

 

「こ、こ、こ……」

 

「やばいと思ったらすぐに吐き出し……」

 

 

 

「これは美味いっ!」

 

 

 

「………………へ?」

 

 あまりの美味しさに思わず叫んでしまった俺だが、すぐに箸を動かして麺へと向かう。

 

 掴んだ麺を勢い良く吸い込み、歯で噛み切ってからゴクリと飲み込んだ。

 

「スープに絡みやすい中太縮れ麺はやや固めに仕上げてあり、熱々のスープと相性がグッドだ!」

 

 素晴らしいバランスの取れたカレーラーメンに、俺は感嘆の涙を流しそうになりながら霧島に感想を述べ続けた。

 

「刻みネギがアクセントになりつつ、厚めのチャーシューを炙ってあるとは何たる所業!」

 

「せ、先生……?」

 

「なによりこのスープのスパイシーさが泣けてくる!

 辛さの中にもほんのりと感じる甘さ!

 そしてこの刻みネギは……九条ネギだな!」

 

「さすがですね、先生。

 おっしゃる通り、新鮮な九条ネギを刻んでたっぷりと入れました。

 ですので、見た目を気にせず全部を……」

 

 キラリとメガネを光らせた霧島の言葉を待たずに、俺は箸で麺をガッチリと掴んでネギに被せ、丼内全てをかき混ぜる。

 

「こうすることで完璧になる!

 凄い、凄いぞこのカレーラーメンは!」

 

 ズゾゾゾゾ……と麺をすすり、レンゲを使ってスープを飲む。刻んだ九条ネギが新たなアクセントになって、口の中から胸いっぱいに幸せが舞い込んできた。

 

 先程の元帥をクドクド言う資格なんて俺にはないという風に、俺は一心不乱に食べる。ものの数分経たずに、丼の中は空っぽになってしまう。

 

「……ふう。

 ごちそうさまでした」

 

 お箸を置いて顔の前で合掌する姿は、どこぞの探偵のような感じかもしれない。しかし、そんなことはどうでもいいと、俺は満足しきっていた。

 

「せ、先生の顔が……菩薩のように見えちゃいます……」

 

「あ、あの食べっぷりを考えると、大丈夫なんだよねぇ……?」

 

 しおいが何かブツブツと言っている横で、首を傾げながら迷う元帥。

 

 そして好奇心に負け、ゆっくりと箸を進めたところ、

 

「うまっ!

 何これ、うまっっっ!」

 

 大きく目を見開いた元帥も一気に麺をすすり始め、俺よりも早いペースで完食していた。

 

「ぷっはー、ごちそうさま!」

 

「お粗末さまでした」

 

 スープを飲み干した元帥が丼をテーブルに勢い良く置くと、霧島が満足そうに笑顔を見せた。

 

 ただ、その隣でやっぱり浮かない顔をしていた比叡がいたんだけれど、どうしてなんだろう……?

 

「いやー、このラーメンならもう2、3杯はいけちゃうねー」

 

 ポンポンと自分の腹を叩く元帥だが、さっきと言っていることが間逆なんですが。

 

「うぅ……、しおいも食べたいです……」

 

 そしてガックリと肩を落とすしおい。

 

 しまった。さっきに続いて、また食べ損ねてしまっている。

 

 ヲ級と金剛のラーメンは断念していたから、ほとんど食べられていないよなぁ……。

 

「ねえねえ、霧島ちゃん。

 もし材料が余っていたら、私の分も作ってもらうなんてことはできないかな……?」

 

 しおいのことを心配してか、それとも分けてあげなかったことに良心が傷ついたのか、元帥が霧島に問いかけた。

 

「え、えっと、それは……ですね……」

 

 元帥の頼みに顔をしかめる霧島が、どうしようかと迷っている。

 

 すると、さっきまで浮かない顔をしていた比叡の顔がパアッと光り、右手の拳で胸をドンと叩いた。

 

「それでしたら大丈夫です!

 早速用意いたしますね!」

 

「うんうん。

 よろしく頼むよー」

 

「あっ、今度はしおいの分もお願いね!」

 

「い、電も食べたいのです!」

 

「雷の分もお願いするわ!」

 

「ヘーイ、比叡!

 私のもよろしくネー!」

 

「俺様の分も頼むぜ!」

 

「それじゃあ、僕のもお願いね」

 

 俺と元帥の食べっぷりを見ていたしおいや子どもたちも便乗し、比叡にお願いする。

 

「わっかりました!

 この比叡にお任せください!」

 

 やっと出番がきたという風にテンションを上げた比叡が、満足げな表情で隣の部屋に向かう。

 

「そう言えば、先生は追加を頼まないの?」

 

「あー、そうですね。

 なんだかんだで4杯も食べちゃうと、お腹がいっぱいですし……」

 

 実際には3杯とちょっとだけれど、続けて食べると流石にちょっと厳しいよね。

 

 それにどう考えてもカロリーオーバーだし、いくら美味しかったと言っても5杯目はきつい。

 

「あわ、あわわわ……」

 

 そして何故かうろたえまくっている霧島が、あたふたとしていたのはなんでだろうか。

 

 まぁ、俺はここまでにしておいて、みんなが幸せになってくれればいいかな……なんてね。

 

 

 

 

 

 それ後のことなんだけど。

 

 なんというかまぁ、大惨事という言葉がよく似合う状況になってしまったのは想定外だった。

 

 比叡が満面の笑みで作ってきたラーメンは、俺と元帥が一気に食べてしまったものとは全く違っていたのである。

 

 後で霧島から聞いた話によると、比叡が作ったスープなどはかなりやばかったらしい。そこで危険を察知した霧島が比叡を上手く言いくるめたらしい。

 

 つまり、俺と元帥が美味いと言って食べていたラーメンはすべて霧島が作ったもので、比叡はノータッチだった……ということだ。

 

 そしてその後に出てきたラーメンは全て比叡産。それはもう、どう言葉で表現していいのかわからないレベルの出来だった……らしい。

 

 なにせ、隣の部屋から比叡がラーメンを持ってきたところ、頭にとんでもない痛みが走る匂いにやられた俺は、座ったまま気絶しちゃったんだよね。

 

 その後、何が起きたかは不明瞭のまま。子どもたちやしおい、そして元帥は一切語らず、聞かないでほしいと言われてしまった。

 

 そして、時を同じくして全員がラーメンとカレーを控えたとか。

 

 おそろしき比叡の料理にムドという言葉がなぜか付け加えられたのは、仕方がなかったのかもしれない。

 

 

 

 お後はよろしくないけれど、これにて休日のちょっとしたイベントはお終いでしたとさ。

 

 

 




 長くお休みさせていただきましたお詫びも兼ねて、プレゼント企画を開始いたしました。詳しくは活動報告にて、よろしくお願いします。


次回予告

 舞鶴鎮守府にパスタの国から視察がくると聞いた先生。
その中には小さな子どもがいるということで、白羽の矢がたったのだった。

 そして当日、出迎えに向かう先生の前に見知った艦娘が現れて……。

 艦娘幼稚園 第三部
 ~パスタの国からやってきた!〜 その1「出迎えは忠犬と共に」


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〜パスタの国からやってきた!〜
その1「出迎えは忠犬と共に」


 長くお休みさせていただきましたお詫びも兼ねて、プレゼント企画を開催中です。詳しくは活動報告にて、よろしくお願いします。


 舞鶴鎮守府にパスタの国から視察がくると聞いた先生。
その中には小さな子どもがいるということで、白羽の矢がたったのだった。

 そして当日、出迎えに向かう先生の前に見知った艦娘が現れて……。


 大惨事比叡ラーメン事件からしばらく経った、ある日のこと。

 

 体調を崩していた子どもたちやしおいも随分と良くなり、普段通りの幼稚園生活に戻っていた。俺は今まで通りサポート役として奔走していたのだが、大した問題はなく安定した感じだったと言える。

 

 天龍の調子が悪いせいで龍田の機嫌がよろしくなく、俺の目が届かないところで色々と厄介事を起こしていたりしたが、それはまぁ……いつも通りということにしておきたい。

 

 他にも、不調な金剛と霧島を助けようとする榛名が非常に可愛らしかったのだが、そこに加わろうとする比叡を見た途端に3人が顔を青ざめさせて逃げる始末。

 

 おかげで比叡がふさぎ込んでしまったが、自業自得なので仕方がない。しかし流石に放置という訳にもいかないので、まずは鳳翔さんに頼んで料理を覚えさせようと模索している。

 

 まぁ、そんな感じでいつも通り。うん、本当にいつも通りだ。

 

 ……たぶん、普通の人とはかなり違うかもしれないが、これが舞鶴にある艦娘幼稚園の日常である。

 

 ただ、こういった平和? と思える日々はそう長く続かない訳で。

 

 そりゃあまぁ、たまには刺激があれば……なんて思わなくはないんだけれど、苦労ばかりは勘弁願いたい。

 

 もちろん、これから起こることを予知できる能力はない。

 

 だからこそ、人生であって。

 

 面白いかどうか、楽しいかどうか。

 

 そんなことは2の次……だと思っておこう。

 

 

 

 

 

「明後日……ですか?」

 

 終礼を済ませて子どもたちを寮に帰し、教員一同は後始末を終えてスタッフルームに集まっていたところで、愛宕から指示を受けた。

 

「はい、そうなんですよ〜。

 明後日の朝に、海外から舞鶴鎮守府の視察を兼ねた方々がやってくるんですが、その案内を先生にお願いしたいんですよね〜」

 

「はぁ……、それは良いんですけど、なんで俺なんですか?」

 

 疑問の声をあげながら、愛宕から聞いた話を考察する。

 

 元帥と交友がある鎮守府の提督から、一度舞鶴鎮守府を見たいという依頼を受けたらしい。

 

 うむ。ここまでなら見事なまでに簡潔なのだが、ここから元帥らしさが光ってくる。

 

 その相手というのが女性提督であり、どうやら色恋沙汰が絡んでいる……と秘書艦の高雄は睨んだのだろう。二つ返事でOKを出したと言った元帥をいつも通りオシオキしたのは即座に理解できたが、既にお断りを入れることはできない状況であり、視察はそのまま行われることになったという。

 

 しかしそれならば、普通は高雄か部下である艦娘が視察に来る相手の案内をするのが普通である。なのに、どうして俺なんだろうか。

 

「視察に来る方に、ちっちゃな子がいるらしいんですよ〜」

 

「なるほど……。

 それで俺に白羽の矢が立ったということですか」

 

 ちっちゃい子なら存分に任せて……と言うつもりはないが、これも幼稚園におけるサポート役の仕事と思えば頷けなくもない。

 

 佐世保におけるビスマルク班の子どもたちを教育してきた経験も考えれば、教員の中で一番適任であることも分かる。

 

 もちろんこれが以前のように別の鎮守府に飛ばされてしまうのならば断固として反対だが、向こうからやってくる子の相手をするだけならば問題はない。

 

 若干気になるとすれば言葉の壁だが、レーベやマックス、プリンツにユーたちのこともあるのだし、なんとかなるんじゃないだろうか。

 

 視察に来るんだから、少しくらい日本語も勉強しているだろう。最悪の場合はジェスチャーでどうにかなる。

 

「せっかくのお休みで申し訳ないんですけど、私も別の仕事が入っていまして……。

 どうか、お願いできないでしょうか〜?」

 

「分かりました。

 それじゃあ明後日の案内は、俺に任せて下さい」

 

 俺は胸を拳でドンと叩き、愛宕に格好良いところを見せようとアピールする。

 

 これで愛宕の高感度が上がれば儲けものだ。明後日の休日に予定はなかったし、ラーメンはしばらく控えようと思っていたからね……。

 

 

 

 

 

 当日の朝。

 

 目覚まし時計でいつもより余裕を持って起きた俺は、いつもより入念に身だしなみを整え、少し早めに鳳翔さんの食堂で朝ごはんを済ませてきた。

 

 そして到着予定時刻に余裕を持って埠頭で待とうと思っていたところ、向かっている最中に見覚えのある艦娘と出会う。

 

「あら、先生じゃないですか」

 

「あっ、おはようございます、赤城さん。

 これから出撃ですか?」

 

「いえいえ、今日は非番だったのですが、少し用事ができてしまいまして……」

 

「奇遇ですね。

 実は俺も同じなんですよ」

 

 俺は後頭部を掻きながらそう言うと、赤城がハッとしたような顔を浮かべて手をポン叩いた。

 

「ああ、なるほど。

 先生が担当なさるんですね」

 

「担当って……あ、そういうことですか」

 

 赤城の言葉を理解した俺は小さく肩を落として笑みを浮かべる。

 

 なるほど。つまり赤城は俺と同じ場所に向かうらしい。

 

「それじゃあ、おしゃべりしながら向かいましょうか」

 

「ええ、そうですね」

 

 俺と同じように笑みを浮かべた赤城と一緒に、ゆっくりとした歩で埠頭へ向かう。

 

「私はてっきり愛宕さんが来ると思っていたのですが、先生なら適任ですね」

 

「そう……ですかね?」

 

「小さい子なら、先生が一番だと皆さん思っていますから」

 

「い、色んな意味で肯定しにくいような気がするんですが……」

 

「あら、そうでしょうか。

 子どもの面倒を見れる男性というのは、非常に頼りになるんですよ?」

 

 言って、赤城は口元に人差し指をつけながら片目でウインクをする。

 

 なんとも大人らしい魅力を感じる一面を見られたが、これが愛宕だったらどれほど嬉しいか……と思わなくもない。

 

「後はお腹を一杯にしてくれるほどの財布か、料理を作れれば完璧なんですけどね」

 

「あ、あははは……」

 

 思わず乾いた笑い声を返す俺。

 

 赤城にとってはそちらの方が重要なんだろうなぁ。

 

 ついでに、ブラックホールの片割れである加賀も同じだと思うけど。

 

 まぁ、どちらにしても金銭的に支えられる自信は全くないし、そもそも赤城と一緒に食事をしようと思ったら、それは戦争と変わりがないのだ。

 

 俺はもう、2度とあの場に立ちたくはないぜ……。

 

 いやまぁ、実際には座って食べるんだけど。

 

 食べるんだけど、食べられない。

 

 まさにあそこは、戦場なのだ……。

 

「どうしたんですか、先生?」

 

「あ、いや、なんでもないです」

 

 思いにふけっていたところで赤城に声をかけられ、我に戻る俺。

 

 危ない、危ない。思わぬところでトラウマスイッチを押しかけちまったぜ……。

 

 しかしこのままだと再び思考が食事系へ向かいそうなので、俺の方から話を振ることにする。

 

「そういえば、今日ここに視察でやってくるのはどんな方なんですか……?」

 

「高雄秘書艦からの話によると、元帥の知り合いで海外の鎮守府に所属する提督の艦娘だそうですよ」

 

「……ということは、ビスマルクたちの国と近いのかな……」

 

「そうですね。

 結構近いとお聞きしていますので、話が合うかもしれません」

 

「ふむふむ……。

 それなら話題にも困らなそうですね」

 

「ええ。

 それに、向こうの食事も美味しいと聞きますから、今から楽しみなんですよ」

 

「は、はぁ……」

 

 ジュルリとよだれを拭く赤城。

 

 あれ……、おかしいな。

 

 せっかく食事から話題を遠ざけたつもりが、元に戻っちゃったんですが。

 

「本場のパスタにピッツァが食べられると思うと……」

 

「し、視察に来る艦娘がこっちで料理をするとは限らないのでは……?」

 

「そこは元帥からお願いしてもらえば、なんとかなるかと」

 

「なんとかなるんですか……?」

 

 あかんわこれ。問いかけてみたけれど、赤城の目には想像による飯しか映っていないぞ。

 

 これじゃあ視察に来た艦娘を案内する前に、強引にでも料理を作らせるんじゃないだろうか。

 

 完全に人選ミスだと思うんだが、もしかして高雄は元帥への復讐とかを考えて、わざとやったんじゃないよね……?

 

 元帥はともかく、鎮守府間を悪化させるのはどうかと思うんだけどなぁ……。

 

「やっぱりオリーブオイルは必須なんでしょうか……」

 

「ど、どうなんでしょうね……」

 

 下手なことを言えば悪化しかねないと悟った俺は、工程も否定もしない方が良いと判断した。

 

「あぁ……、お腹が空きました……」

 

 赤城のお腹から『ぐうぅぅぅ……』と大きな音が鳴る。

 

 腕時計を見ると、針は午前10時より少し前を指している。

 

 まさかとは思うが、赤城が朝ごはんを抜いた……なんてことはありえないだろうし、おそらく想像したことによってお腹が空いたのだろう。

 

 さすがはブラックホール。名に恥じない腹ペコっぷりだぜ……。

 

 思わず額に浮かんだ汗を拭った俺だが、赤城はそんな気持ちも知らずにお腹を鳴らしまくっていた。

 

「ダメです……、もう限界が……」

 

「……へ?」

 

「お腹が空きすぎて……歩けません……」

 

「いやいやいや、いくらなんでもそれはないでしょう!?」

 

 さっきまで普通に歩いてたじゃん!

 

「うっ……、幻覚が見え……て……」

 

「なんでそんな深刻になっちゃってんのっ!?

 お腹減っただけで、幻覚なんて見えるわけがないですよね!」

 

「禁断……症状……で……す……」

 

「なんじゃそりゃーーーっ!」

 

 赤城にとって食事っていったい何なのさっ!

 

 つーか、普通は禁断症状なんて出ないからねっ!

 

「もうダメです……」

 

「ちょっ、地面に寝ようととしないで下さいっ!」

 

 前のめりに倒れ込もうとする赤城の腕を持って必死に支えるが、思った以上に重くて耐えられる自信がないぞ……っ!

 

「私が死んだら……加賀さん……に……」

 

「不吉なことを口走らないでーーーっ!」

 

「最後に……お腹いっぱい……パスタとピッツァを……食べた……かっ……た……」

 

 俺の頑張りも虚しく、がくり……と倒れ込む赤城。

 

 理由が理由なだけに放っておきたいが、流石にそういう訳にもいかない。

 

 それに赤城にとって、お腹が空くというのは死活問題なのかもしれないし。

 

 いや、仮にそうだとしても、ちょっとくらいは我慢して欲しいところではあるが……。

 

 仕方がないので、俺は大きなため息を吐きながらズボンのポケットに手を突っ込んで、ある物を取り出した。

 

「赤城さんが……死ん……だ……」

 

「………………」

 

 とりあえず確認のために呟いてみたが、反応はない。

 

 まぁ、肺の動きがあるのは確認済みなので、実際に死んではいないのだが。

 

「そっか……、残念だな。

 たまたまポケットに、これがあったんだけど……」

 

「………………」

 

 俺の手にあるのは、チョコレートでコーティングされた棒状のお菓子である。中にピーナッツやキャラメルが入った甘いやつだ。

 

 パッケージにある切り込みに指をかけ、ゆっくりと開封する。

 

「………………(ぴくり)」

 

 ほんのりと甘い匂いが漂い、赤城の鼻がピクピクし始めた。

 

「ちょうど2つ持ってたから、一緒に食べながら行こうかなぁと思ったんだけどなー」

 

 そう言って、赤城に向かって見せびらかすようにしたところ、

 

 ガバッ!

 

「食べますっ!

 ぜひ頂きますっ!」

 

 勢い良く起き上がった赤城がお菓子に噛みつこうとしたので、俺はさっと回避しながら腕を空高く上げる。

 

「ああっ!

 お、お菓子が……っ!」

 

 少しばかり俺の背が赤城より高いおかげで、ぴょんぴょんとジャンプをしてもギリギリのところで届かない。

 

「も、もう少しなのに……っ!」

 

 必死で俺からお菓子を奪おうとする赤城の表情は必死で、とてもこの鎮守府を代表する第一艦隊の旗艦には見えなかった。

 

 はたから見れば、和服の可愛いお姉さん。

 

 しかしその正体はブラックホールコンビの片割れで、とんでもない食欲により財布と食料在庫を枯渇する艦娘。

 

 エンゲル係数の上昇が待ったなし。

 

 一航戦の雰囲気は……皆無なんだぜ……。

 

「お菓子っ、お菓子っ!」

 

 とまぁ、このままこうしていると予定時刻に遅刻してしまいそうなので、意地悪をしないでお菓子を赤城に渡そう……と思ったんだけど、

 

「待て!」

 

「……っ!」

 

 なんとなくノリで叫んでみたら、なぜか赤城の動きがピタリと止まったんですが。

 

「……っ、…………っ!」

 

 更には半泣きの目を俺に向け……って、滅茶苦茶悲しそうな表情なんですけどっ!

 

「え、えっと……」

 

「うぅ……、うぅぅ……」

 

「わ、わわっ!?」

 

 ついに泣き出してしまった赤城の姿に、焦った俺はパニックを起こしてしまい、

 

「お、お、お、おすわりっ!」

 

 あろうことか、とんでもない言葉を放ってしまった。

 

「わんっ!」

 

「………………は?」

 

 い、いや、どういうこと……?

 

 目の前にいる赤城が、女の子座りで地面に腰を下ろしているんですが。

 

「あ、あの……、あ、赤城……さん……?」

 

「ハッ、ハッ、ハ……って、あああっ!?」

 

 我に返ったという風に両目を大きく開けて焦りまくる赤城。

 

 そして顔中を真っ赤にさせて、バタバタと手を振りまくる。

 

「ち、違うんです!

 い、今のはちょっとしたお遊びで……っ!」

 

「お、お遊び……?」

 

「そ、その、空母のみんなでトランプゲームをした際に、負けた罰ゲームで……そ、その……」

 

「は、はぁ……、な、なるほど……」

 

 恥ずかしそうに両手で顔を隠しながら弁解する赤城だが、ぶっちゃけあんまり耳に入ってきません。

 

 だって、どう見てもさっきのは……その……ねぇ……。

 

 何だか良心がもの凄く痛むんだけど、今のは見なかったことにするのが1番だ。

 

 うん、そうしよう。

 

 俺は何も見なかった。

 

 例え後日、青葉の新聞に写真が掲載されたとしても。

 

 そして、俺が赤城の躾をしていた……なんて記事になっていたとしても……だ。

 

 ………………。

 

 

 

 青葉あぁぁぁぁーーーっ!

 




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次回予告

 相変わらずの不幸っぷりな先生もいつものこと。

 視察の到着時刻に見えた輸送船。そして現れるパスタの国の艦娘。
あいさつもそこそこに案内をするつもりだったのだが、なにやらトラブルが起こったようで……?

 艦娘幼稚園 第三部
 ~パスタの国からやってきた!〜 その2「正反対な姉妹」


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その2「正反対な姉妹」

 長くお休みさせていただきましたお詫びも兼ねて、プレゼント企画を開催中です。詳しくは活動報告にて、よろしくお願いします。


 相変わらずの不幸っぷりな先生もいつものこと。

 視察の到着時刻に見えた輸送船。そして現れるパスタの国の艦娘。
あいさつもそこそこに案内をするつもりだったのだが、なにやらトラブルが起こったようで……?


 

 なんだかんだあったが埠頭に着いた俺は、赤城と一緒に視察に来る艦娘を待ちながら佇んでいた。

 

「あっ、来たみたいですよ」

 

 手をおでこに当てて日差しを作る赤城が声をあげる。かなり遠くの方に小さな粒のようなものが見えるが、おそらくそうなんだろう。

 

 さすがは艦娘。ましてや空母となれば、その目の能力は尋常じゃない。

 

 うん、さっきは何もなかったんだ。俺の隣にいる赤城は、鎮守府を代表する一航戦の赤城なんだから。

 

 自分に言いきかせた俺は、小さく息を吐いて携帯電話取り出し画面を見る。時刻は予定時間の5分前。おそらくここに到着するのはピッタリなんだろう。

 

「さて、いったいどんな子が来るのかな……」

 

「ふふふ……、先生ったら、凄く目がキラキラしていますよ?」

 

「えっ、そ、そうですかね……」

 

 唐突に言われて驚いたが、別にやましいことじゃないから大丈夫だ。

 

 ビスマルクたちとは違う国の小さな子。どんな姿なのか、どんな性格なのか、気にならない方がおかしいってものだろう?

 

「やっぱり先生は小さな子が好きなんですね」

 

「いや、その言い方だと完璧に危ないヤツに聞こえますから、マジで止めて下さい」

 

「あら、褒めたつもりなんですが……」

 

 キョトンとした顔で答える赤城が首を傾げるが、どうやら本当に分かっていないのだろうか。

 

 1歩間違えたら社会的に死んじゃう言葉なんだけど。リーチ一発死んじゃうツモなんだけど。

 

 ただでさえ色んな噂がドラみたいに乗っちゃっていて大変なんだからさぁ……。マジで勘弁してくださいよぉ……。

 

「けれど、実際に先生は非常に嬉しそうでしたから」

 

「そりゃあ、初めて会う子ですからね……」

 

「そうして新たな被害者を増やしていくんですね」

 

「いやいやいや、とんでもない発言は止めてくださいよっ!

 というか、これってさっきのお返しだったりするんですかっ!?」

 

「いえいえ、そんなことはありませんよ?」

 

「それじゃあなんで視線を逸らすのかなぁっ!」

 

「ふー……ふぅー……」

 

「口笛吹けてないしっ!

 むちゃくちゃ下手だしっ!」

 

「ふーんふーんふーん、ふっふふーん、ふっふっふーん♪」

 

「なんで暗黒面に落ちたジェ●イの登場曲を鼻歌で歌うんですかーーーっ!」

 

 絶叫する俺を尻目に、赤城は含み笑いをしながら海を見つめる。

 

 気づけば小さな粒はそれなりの大きさになっており、到着するのはすぐだと知らせてくれていた。

 

 

 

 

 

 埠頭にゆっくりと横付けする小型の輸送船。そしてその前に、先導してきたのであろう艦娘が備え付けられているはしごを使って上がってくる。

 

「おぉ……」

 

 ウエーブがかった金髪を後ろにまとめ、真っ白なカチューシャがアクセント。肩を露出しつつも白い袖が腕を包み、胸元の赤、白、緑を使った3色のネクタイがキリッと全体を締めているような服装。

 

 大きな艤装にはたくさんの砲塔があり、重圧感とともに信頼を寄せられる。こちらもネクタイと同じように3色のカラーで染めており、どこの国に所属しているのかがすぐに分かった。

 

「Buon giorno!」

 

 ニッコリと笑って俺と赤城に手を振る艦娘が近づいてくると、握手を求めてくる。

 

「ど、どうも」

 

 俺も笑みを浮かべながらその手を握り、小さくお辞儀をした。

 

「ワタシはパスタの国からやってきました、ヴィットリオ・ヴェネト級戦艦2番艦、リットリオです。

 本日は無理なお願いをきいていただき、本当にありがとうございます」

 

 おぉ……、無茶苦茶流暢な日本語じゃんか……。

 

 開口一番が向こうの言葉だったから若干焦っていたけど、これなら普通に会話ができそうだ。

 

「私は元帥の部下で第一艦隊の旗艦を務めさせていただいています、一航戦赤城です。

 本日の視察では私が鎮守府を案内いたしますので、よろしくお願い致しますね」

 

 赤城も同じく自己紹介をし、ニッコリと笑みを浮かべた。

 

 さっきとは全く違う雰囲気だけれど、これは猫を被っているんだろうなぁ。

 

 それともう1つ。小さいながらも、お腹から音が鳴っていますよ赤城さん。

 

 さすがはブラックホールだね!

 

 ……と、先ほどやり返せなかった分を心の中で呟いていると、赤城が俺に手を向ける。

 

「そしてこちらが、舞鶴鎮守府にある艦娘幼稚園の先生です」

 

「あ……ど、どうも、よろしくお願いいたします」

 

 唐突すぎて若干どもてしまった俺だったが、なんとか挨拶をしようと再び頭を下げた。

 

「あなたが聞いていた先生ですね。

 早速、同伴してきた子を紹介したいのですが……」

 

 そう言って、船の方へ顔を向けるリットリオ。

 

 小型船から出てきた作業員らしき人たちが、埠頭へタラップを設置し終えている。

 

「………………」

 

 しばらく待つリットリオ。

 

「………………」

 

「………………」

 

 無言で佇む俺と赤城。

 

「………………あれ?」

 

 いつまで経っても誰も降りてくる気配はなく、リットリオの表情が少しばかり焦っているように見える。

 

「おかしいですね……」

 

 さすがにこのまま待っていてもダメなのかと思ったのか、リットリオが小型船へ歩を進めようとしたところ、

 

「……っ、………………っ!」

 

 なんだろう。なにか言い争いをしているような感じの声が聞こえてくるんだけれど。

 

「Oui……?

 また、何かあったのでしょうか……」

 

 頭の上に疑問符を浮かべるように傾げたリットリオは、タラップを進んで小型船へと入っていく。

 

 気のせいでなければ、『また』という言葉が聞こえたんだけれど、それってどういう意味なんだろうか。

 

 もしかして、やってきた子どもたちはちょっとした問題児とか……?

 

 そんなの、うちの園児たちとかち合ってしまったら……ヤバイじゃないか!

 

 こっちにはヲ級や龍田、それにビスマルク……は園児じゃないけれど、厄介どころが満載なんだ。

 

 もし仮に気でも合ってしまったら最後、俺の平穏は完全に消え去ってしまうじゃんかよぉーーーっ!

 

 ………………。

 

 まぁ、既に手遅れ感はあるけどね。

 

 それと、今日は幼稚園が休みなので出会う可能性も少ないのが助かるってところかな。

 

「遅い……ですね……」

 

 赤城も心配になったのか、少し緊張した面持ちで小型船を見つめながら呟く。

 

 するとしばらくして、リットリオがタラップを降りてくるのが見えた。その後ろには2人の子供がいて、金髪でウエーブがかった子供が、もう1人の手を繋いでいるんだけど……、

 

「ザラ姉さま〜、そんなに〜引っ張らないで〜ください〜」

 

 なんだろう。手を引っ張られているグレーでウエーブの掛かった髪の子は、もの凄くフラフラしているように見えるんだけれど、頬の辺りが真っ赤で、律が回っていないみたいなんだが。

 

「なんだか夜の鳳翔さん食堂にいる、隼鷹みたいに見えるんですが……まさかですよね?」

 

 そうーー俺に問いかけてくる赤城だが、俺に分かる訳がない。

 

 うん。本当に分からないが、見た感じは間違いなく……酔った状態ですよね、あれ。

 

 ………………。

 

 いやいやいや、見た目からして子供だよね?

 

「あんまり引っ張ると〜、酔いが回っちゃいますよぉ〜」

 

 それって船酔いってことだよねっ!

 

 お酒が入っちゃっているって訳じゃないんだよねっ!?

 

「うぅ……、なんだか暑くなってきちゃいました……」

 

「こらっ!

 こんなところで服を脱ごうとしないの!」

 

「ええ〜、でも暑いですし……」

 

「言うことを聞かないんだったら、手じゃなくてほっぺを摘むわよ!」

 

「そ、それはイヤですぅ〜」

 

 ブンブンを激しく顔を振りまくるグレー髪の子。

 

 そしてその動きの後、余計に酔いが回ったかのように「おぇぇ……」って下を向きながら顔を青くしている。

 

 うん。これ、あかんやつや。

 

 完全に、酔いどれです。だって、足がおぼつかないというより、千鳥足なんだもん!

 

 パスタの国ってまさか、本当に子供の頃から飲酒がOKなの!?

 

 俺の心配をよそに、埠頭に降り立った3人が近づいてくる。もちろんグレー髪の子は半ば強制的に連行されている状態なんおだが、突っ込んだら負けな気がするので黙っておく。

 

「お待たせしてすみません。

 この2人が一緒に連れてきた子なんですが……」

 

 リットリオがそう言って視線を向けると、金髪の子が俺を視界に入れ、グレー髪の子を引っ張っていた手を離し、おへその辺りで組んでからペコリと頭を下げた。

 

「Bu……Buon Giornov!

 私はザラ級重巡の1番艦ザラです。

 よ、よろしくお願いいたします!」

 

 元気よく挨拶をすると笑顔を浮かべたザラ。リットリオと同じく流暢な日本語で驚きつつ、俺と赤城も同じように頭を下げて「よろしくね」と挨拶を返す。

 

「………………」

 

 そしてなぜか間が空く。

 

「………………?」

 

 無言で俺を見るザラの顔が、徐々に険しくなってきた。

 

 はじめは眉間にシワが寄り、続いて頬が赤くなり、しまいには両目を閉じて拳を握り込み……、

 

 どう見ても完全にお怒りモードである。

 

 しかし、俺も赤城もザラを不機嫌にさせるようなことはしていないのだが……と思ったところで、視線をずらした。

 

 あー……、うん、そういうことね。

 

 俺が理解したところで、ザラが我慢の限界といった風に顔を後ろに向ける。

 

「くぅー……すぴー……」

 

 そこには、漫画くらいしか見ることができない大きな鼻提灯を作ったグレー髪の子が、立ったまま眠っている。

 

 す、凄いな。

 

 立ったまま眠っているのって、初めて見たかもしれない。

 

「あ、あらあら……」

 

 赤城も気づいたようで、微笑ましいような、気まずいような、なんとも言えぬ顔を浮かべていた。

 

 なんとなく分かっていたんだけれど、船から降りてくるのが遅かったのはこの子が原因なんだろうなぁ……。

 

「ポーオーラーーー!」

 

「……ふにゅうっ!?」

 

 ザラに鼻を引っ張られて起こされたグレー髪の子が、涙目になりながら声を上げる。

 

「ザッ、ザラ姉さま、痛い、痛いっ!」

 

「どうして挨拶しないで寝ているのっ!

 第一印象が大事なんだから、ちゃんとしなさいって言ったじゃない!」

 

「うぅ……、分かりましたよぉ〜……」

 

 これ以上怒られるのは勘弁したいという風に、グレー髪の女の子が俺の方に向かってジロジロと顔を見ると思いきや……、

 

「………………」

 

「………………」

 

 うん。目がトロンとしているね。

 

 こりゃあ、数秒後に寝てしまうのは間違いないぞ。

 

「ポオラァァァァァーーーッ!」

 

「ひゃわっ!?」

 

 眠るのを阻止しようとザラが耳を引っ張って自らの口元に引き寄せ、大声で怒鳴りつけた。

 

「ザ、ザラ姉さま……、なにをする………………う”っ」

 

「………………」

 

 両腕を組んでガンを飛ばすザラに気圧されたようで、観念した風にガックリと肩を落としながら俺に顔を向ける。

 

「ザラ級重巡三番艦……ポーラです……」

 

 そう言って頭を下げるが、まだ眠たいのか右手で目をこすっていた。

 

「きょ、今日はよろしくね」

 

 苦笑を浮かべながら挨拶を返す俺に、隣の赤城も笑いながら頭を下げる。

 

 様子をうかがっていたリットリオに表情を見て判断した赤城は、「これで挨拶は済みましたし、それじゃあ行きましょうか」と言ってぽんっと手を叩き、先導する形で歩き出すことになった。

 




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次回予告

 挨拶を済ませた一行は案内に。
途中、リットリオや赤城と別れ、ザラとポーラを連れて練り歩く。
お腹が減ったらもちろん、あの食堂へ。

 艦娘幼稚園 第三部
 ~パスタの国からやってきた!〜 その3「案内とご飯」


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その3「案内とご飯」

 長くお休みさせていただきましたお詫びも兼ねて、プレゼント企画を開催中です。詳しくは活動報告にて、よろしくお願いします。


 挨拶を済ませた一行は案内に。
途中、リットリオや赤城と別れ、ザラとポーラを連れて練り歩く。
お腹が減ったらもちろん、あの食堂へ。


 

 赤城の案内で埠頭から鎮守府中心部へと進み、各施設を案内しながら元帥の執務室がある建物の前にやってきた。

 

「それでは先生、私とリットリオさんは元帥のところへ向かいますので、子どもたちをよろしくお願い致しますね」

 

「はい、お任せ下さい」

 

 俺は軽く胸を拳で叩きながら大丈夫だとアピールし、2人の子どもたちに笑顔を向ける。

 

 ザラはそんな俺を見て少し恥ずかしげに微笑んだが、ポーラはキョロキョロと辺りを見回していた。

 

 ぐむむ……。ちょっと残念と言うかなんと言うか。

 

 まぁ、会ってまだ少ししか経っていないんだし、初めてくる場所ってこともあるから仕方ない。むしろザラが笑みを返してくれた分、良好と捉えられるだろう。

 

「ザラ、ポーラ。

 私はここの元帥に用事があるので2人と別れますが、その間はしっかりと先生の言うことを聞いてご迷惑をおかけしてはダメですよ」

 

「はい、分かってます」

 

 真面目な顔でしっかりと頷くザラ。

 

「ほ〜い」

 

 それに対してポーラはマイペースに返事をし、視線はあっちこっちへ向いたままだ。

 

「………………」

 

 思わず眉間辺りを指で摘み、頭痛を我慢する仕草をするリットリオ。

 

 そんな様子を見て、俺と赤城は苦笑を浮かべるしかなかったんだけれど。

 

「それでは時間ですので、そろそろ……」

 

「は、はい。

 分かりました」

 

 そう言って、リットリオはポーラに厳しい視線を向ける。

 

「ほわ〜……。

 ここの鎮守府はポーラたちのとこと全然違いますねぇ〜」

 

「ポーラ」

 

「はいは〜い。

 ちゃんと分かってますよぉ〜」

 

「はぁー……」

 

 ポーラのやる気のない返事にリットリオは深いため息を吐いたが、時間が押しているので仕方なく肩を落としながら赤城と一緒に建物へと入っていく。

 

 まるで佐世保にいる俺と同じような境遇だな……と思いつつ、その背を見送る。

 

 そして、子どもたちに向かって一言発しようとしたところ、

 

「ポーラ!」

 

「ひゃいっ!?」

 

「こっちに来るときにちゃんとしなきゃダメって何度も言ったでしょ!」

 

「痛い痛い痛い!

 ザラ姉さま、そんなにやったらちぎれちゃうーーーっ!」

 

 ザラがポーラの真正面に立ち、悪鬼のような表情で両方の耳を引っ張っていた。

 

「ちょっ、そ、それ以上はやばいって!」

 

 涙目で悲鳴をあげるポーラがあまりにも痛がっているし、なによりザラの表情が半端じゃない。このまま放っておけば耳に怪我を負ってしまいかねないので、すぐに止めるよう言ったのだが、

 

「ダメです!

 ポーラにはこれくらいしなきゃ、お仕置きにならないんです!」

 

「し、しかし、本当にこのままじゃ……っ!」

 

 ポーラの顔から耳が分離しかねないと思った俺は、ザラの後ろから両手を掴む。

 

「邪魔をしないで下さい!」

 

「邪魔もなにも、ポーラが大怪我しちゃうんだぞ!」

 

「そうですよザラ姉さま!

 このままじゃ、ポーラの耳がー」

 

「そんなに言うんだったら、耳じゃなくてこっちです!」

 

 耳から手を話したザラだったが、今度は両頬をつねって思いっきり引っ張った。

 

「むにょおおおおおーーー!?」

 

 ポーラのびろーんと頬が伸び、再び大きな悲鳴があがる。

 

「いい、ポーラ!

 ちゃんと反省したの!?」

 

「そ、それもダメだって!」

 

 俺は慌てて止めさせようとザラの両手を掴むも、とんでもない力で歯が立たない。

 

「は、はんしぇいしましゅたっ!

 だひゃら、はにゃしてーーーっ!」

 

「本当に、本当に反省したの!?」

 

「みょうかっふぇなこちょひゃ、しましぇんかりゃーーーっ!」

 

 駄々泣きしながら反省の弁を述べるポーラに納得したのか、それとも自らのストレスが発散できたのか、ザラは大きく息を吐いてから再び強く睨みつけ、手を離した。

 

「痛い……痛いですよぉ……」

 

「ポーラの自業自得でしょ!

 これに懲りたら、自分勝手な行動は慎みなさい!」

 

「うぅぅ……」

 

 ガックリとうなだれたポーラが涙目で俺の方を見ると、メソメソとしながら口を開いた。

 

「か、勝手なことをして、ごめんなさい……」

 

「い、いや、俺は大丈夫だからさ……」

 

 さすがにいたたまれなくなった俺はポーラを慰めようと、頭に手をのせて優しく撫でる。

 

「ほわ……」

 

 続けて引っ張られていた頬に触れ、癒やすようにナデナデと。

 

「ほわわわ……」

 

 さっきまで泣いていたのが嘘かのように、ほんわかとした表情を浮かべだすポーラ。

 

「なんだか先生の手が……気持ちいいです〜」

 

 喜んでいるみたいなので、もう少しだけ続けてみよう。

 

「ほわわわわ〜ん……」

 

 ナデナデナデナデ。

 

「なんだかぶどうジュースを飲んだ後のように気持ちいいですねぇ〜」

 

 ポーラはそう言って、リラックスしきったかのように力の抜けた表情を浮かべている。

 

 ただ、なんというか、今の言葉はどうなんだろう。

 

 ぶどうジュースを飲んで、気持ち良く……なっちゃうのか?

 

 それって、アルコールが入っているんじゃないんだよね……?

 

 間違っても、すでに飲酒を嗜んでいるってわけじゃないんだよねぇっ!?

 

「も、もう、先生!

 あまりポーラを甘やかさないで下さい!」

 

「わわっ!?」

 

 ちょっとばかり撫で過ぎたのか、ザラが苦情を言いながら俺とポーラの間に割り込んできた。

 

「せっかく気持ちよかったのに……ザラ姉さまったら〜」

 

 頬をプックリ膨らませたポーラがザラにジト目を浮かべ、音量を控えて愚痴を言う。

 

 ……が、それを聞き逃さなかったザラは、キッと厳しい視線をポーラに向け威嚇した。

 

「……ひっ!」

 

 慌ててポーラが俺の背に隠れ、覗き込むようにザラの方を見た。

 

「うぅ……、ザラ姉さまが怖いです……」

 

 ガクガクと膝を震わせるポーラがそう言うと、ザラは再び大きなため息を吐く。

 

「もういいです……。

 先生、案内をお願いします」

 

「あ、あぁ……」

 

 不機嫌そうに俺とポーラからプイッと顔を背けたザラが歩き出すのを見て、非常に前途多難な案内が始まってしまったと、ため息を吐きそうになった。

 

 

 

 

 

 案内するとはいえ、2人は子どもだ。だとすれば、鎮守府の施設を視察する場所は限られており、真っ先に浮かんでくるのは幼稚園である。

 

 しかし今日は休日。幼稚園に子どもたちはいない。できれば授業を行っているところを見せたかったが、ザラとポーラは今日中に舞鶴を発つらしいので、その願いは叶いそうにない。

 

 それならばと、俺は愛宕に許可を貰って鍵を預かり、幼稚園の中を案内した。教室で座学の授業をしているとか、休み時間は遊戯室で遊んでいる子どもたちがいるとか、大部屋で布団を敷いて全員が揃って昼寝をしているとか、色々と説明しながら回っていく。

 

 最初の方は想像するのが難しかったザラやポーラも、次第に表情が楽しそうになっていった。幼稚園のいたるところを回り尽くし、案内が終わる頃には2人とも残念そうにしていたので、少しばかり心が痛みそうになる。

 

 ならば……と、今度は別のところへ行く。ちょうど時間もピークを過ぎて良い頃合いだろうと、入り口の引き戸を開けて中に入った。

 

「わぁ……」

 

 ポーラが嬉しそうな顔を浮かべ、ポーラは今までどおりキョロキョロと辺りを見回す。

 

「いらっしゃいませ、先生。

 それと……初めましてかな」

 

「あっ、ど、どうも、初めまして。

 パスタの国から来ました、ザラです。

 よ、よろしくお願いいたします!」

 

 出迎えてくれた千歳にペコリとお辞儀をするザラ。初めて会ったときと同じように礼儀正しく、良くできた子……なんだけれど、

 

「こっちから良い匂いがします〜」

 

「こ、こらっ、ポーラ!」

 

 フラフラと厨房の方へ歩いていこうとするポーラを見つけたザラが、急いで止めようと腕を掴んで阻止する。

 

 こちらも同じというか、反省の色が全くないんだけれど。

 

 これじゃあまた、ザラの雷が落ちちゃうんじゃないかなぁ……。

 

「あはは。

 ここは料理を作っているから、そうやって入っちゃいそうになるのも仕方ないよね」

 

 千歳は慣れたようにポーラの前に行って屈み込むと、ニッコリと笑って言葉を続ける。

 

「そこの椅子に座って待っていてくれれば、とっても美味しいのを作ってあげられるから、我慢できるかな?」

 

「美味しい料理ですか〜?」

 

「うん」

 

 間を置かずに頷いた千歳を見て、ポーラは人差し指を口元につけながら「う〜ん……」と考え込む。

 

 そしてパンッと手を叩くと、満面の笑みを浮かべて口を開いた。

 

「それじゃあポーラ待ちます。

 それと〜、ぶどうジュースを一緒にお願いできますでしょうか〜」

 

「ぽ、ポーラ……」

 

「ええ、ぶどうジュースね」

 

 怒り出そうとするザラより早く頷いた千歳は姿勢を戻し、厨房へと向かっていく。

 

「はぁ……、スミマセン……」

 

 厨房に消えた千歳に謝ることができなくなったザラは、俺に向かって謝罪する。

 

「大丈夫、大丈夫。

 千歳さんに任せておけば問題ないよ」

 

 俺はそう答え、ザラとポーラを座らせるために椅子を引く。2人とも大人しく席に着き、しばらく談笑することにした。

 

 

 

「ここではやっぱり、和食が食べられるんでしょうか〜」

 

 早速と言うかなんと言うか。ポラーは目をキラキラと光らせながらテーブルに置かれたお品書きを手に取り、色々と目を凝らしている。

 

「鳳翔さんの食堂は色んな料理が食べられるけれど、その中でも和食は絶品だな。

 昼食はランチメニューがあって、日替わりや決まった定食が人気なんだ」

 

「ふむふむ〜」

 

「日替わりは中華だったり洋食だったりと色々だけど、和食が良いなら単品も頼めるんだが……」

 

 俺はそう言いつつ厨房の方を見る。すると千歳が両手を使い丸を作ってくれたのを確認できたので、ニッコリと笑いながら2人の方を向いた。

 

「今日は2人のために特別メニューを頼んでおいたから、もうちょっとだけ待ってくれるかな」

 

「特別メニューですか?」

 

「ああ。

 ザラやポーラの口に合うかどうかは分からないけれど、たぶん気に入ってくれると思うぞ」

 

「それは楽しみですねぇ〜」

 

 首を傾げながらも期待するザラに、嬉しそうな顔で頭を動かして小さな円を描くポーラ。

 

 俺はこの日のためにと鳳翔さんに連絡を取り、スペシャルランチセットをお願いしておいたのだ。

 

 料理の内容はおまかせだが、基本的には和食メインで頼んである。せっかくこの国に来たのだから、思い出に残る料理を食べて欲しいよね。

 

 もちろん俺もお腹が減っているので、同じものを食べられるという期待もある。いったいどんな料理が出てくるのか、正直楽しみで仕方がない。

 

「もうちょっとでできるから、先にこれを飲んで待っててね」

 

 すると千歳がお盆に載せた3つのコップと1本のジュースを持ってきた。どうやらポーラがさっき頼んだ、ぶどうジュースのようだ。

 

「あっ、すみません。

 ありがとうございます」

 

 わざわざ椅子から降りて頭を下げるザラに、千歳はニッコリと笑いながら首を左右に振り答える。ザラが席に戻ったのを確認してからコップを置き、ジュースを注いでから厨房へと戻っていった。

 

「それじゃあまずは、コレで乾杯といくか」

 

「わーい。

 ぶどうジュースですぅ〜」

 

「もう、ポーラったら……」

 

 即座にコップを持ったポーラを見たザラは、呆れながらも肩を落とし俺に苦笑を向ける。

 

「えーっと、初めての出会いに……かな」

 

「そう……ですね」

 

「ポ〜ラは〜、ぶどうジュ〜スが飲めればなんでも良いですぅ〜」

 

 飲んでもいないのに呂律がまわっていない気がするんだけれど、もしかして匂いだけで酔っちゃったのか……?

 

 いや、それ以前になんでジュースで酔うって話なんだが……。

 

「じゃあ、乾杯」

 

「乾杯」

 

「乾杯です〜」

 

 チーンとコップをぶつけ合った俺たちはジュースに口をつけ、ホッと一息……と思いきや、

 

「んぐ、んぐ、んぐ……」

 

 ポーラだけが、完全に一気飲み状態なんですが。

 

「ぷはー、もう一杯〜」

 

 そして即座にジュースをコップに注ぎ、またしても一気にあおっていた。

 

「ふぃ〜、良い気持ちです〜」

 

「ちょっと、ポーラ!

 そんなに一気で飲んじゃったらダメじゃない!」

 

「大丈夫ですよ〜ザラ姉さま〜。

 これくらいじゃ酔いませんってぇ〜」

 

「そういう意味じゃないってば!」

 

 怒ったザラがコップを取り上げようとするが、ポーラは素早い身のこなしで逃げる。それどころかジュースの瓶まで奪い去ろうとしたのだが、収拾がつかなくなるのは勘弁してほしいので、先読みしていた俺がしっかりと確保した。

 

「はわっ!

 ポーラのぶどうジュースが……」

 

「はっはっは。

 残念だけど、料理がくる前からガバガバ飲んじゃったら食べられなくなっちゃうだろう?」

 

「うみゅぅ……。

 それくらい飲んでも、大丈夫なのにぃ……」

 

 ガックリと肩を落とすポーラ。

 

 そしてなぜかザラが尊敬の眼差しみたいな視線を俺に向けていたんだけど、すぐに戻ったから気のせいだよね?

 

 

 

 ……とまぁ、そんなこんなで料理がくるまで、もうちょっとだけ待つことにする俺たちだった。

 




 長くお休みさせていただきましたお詫びも兼ねて、プレゼント企画を開催中です。詳しくは活動報告にて、よろしくお願いします。


次回予告

 鳳翔さんの食堂で昼食を取る3人。
先生は遠い国からやってきた2人にプレゼントとして、スペシャルなランチを予約していた。

 おいしい料理に舌鼓で、うまくいったと思いきや、やっぱり何事も起きないなんて保証はなく……?

 艦娘幼稚園 第三部
 ~パスタの国からやってきた!〜 その4「新たな火種?」


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その4「新たな火種?」


 長くお休みさせていただきましたお詫びも兼ねて、プレゼント企画を開催中です。詳しくは活動報告にて、よろしくお願いします。


 鳳翔さんの食堂で昼食を取る3人。
先生は遠い国からやってきた2人にプレゼントとして、スペシャルなランチを予約していた。

 おいしい料理に舌鼓で、うまくいったと思いきや、やっぱり何事も起きないなんて保証はなく……?


 

「お待たせしました。

 ご予約いただいてました、スペシャルランチセットになります」

 

 ぶどうジュースを飲みながら待っていたところで、千歳がお盆に乗せた3つの大きなプレートを持ってきて、テーブルの上に置いた。

 

「ほわ〜……」

 

「す、すごい……」

 

 四角い形の大きなプレートは凸凹があり、ご飯やおかずがところ狭しと並べられている。それら見たポーラとザラが、目を真ん丸にさせて驚いていた。

 

「見たことのない料理がたくさんありますねぇ〜」

 

「ど、どれも美味しそう……」

 

 ポーラの口からジュルリとヨダレがたれてきたが、料理に集中しているためか全く気づいていない。こういうときはザラが怒る場面だろうけれど、どうやら同く料理に目を奪われているようだ。

 

「それじゃあごゆっくりお召し上がり下さいね」

 

「はい。

 ありがとうございます、千歳さん」

 

「いえいえ。

 ジュースのおかわりが必要でしたら、またお声掛け下さい」

 

 言って、千歳は頭を下げてから踵を返し、厨房へと戻っていった。

 

「う〜ん……、どれから食べるか……迷っちゃいますねぇ〜」

 

「………………」

 

 両手を胸の下で組み、メトロノームのように頭を左右に動かしながら考えるポーラ。

 

 大してザラは真剣な表情で料理を見つめながら、こちらも考えているようだ。

 

「考えるのは分からなくもないけれど、冷めちゃう前に食べた方が良いと思うよ」

 

「はっ、そうでした!」

 

 俺の言葉に我を取り戻したザラが顔を上げたのだが、

 

「もぐもぐ……。

 う〜ん、美味しいですねぇ〜」

 

 気づけばポーラがすでに食べ始めており、それを見たザラが大きなため息を吐きながら、拳をテーブルの上でプルプルと震わせていたのはお約束だった。

 

「それじゃあまぁ、いただきます」

 

「い、いただきますっ!」

 

 苦笑を浮かべつつお箸を持った俺は、そのまま合掌して食べ始める。

 

 同じようにザラもお箸を持ち、いくつもある料理に目移りしてからだし巻き卵を選んだ。

 

「……っ!」

 

 口に入れてひと噛みした瞬間、ザラの目が大きく開かれる。

 

「こ、これは……すごい……っ!」

 

 ザラの反応に思わず釣られた俺も、だし巻き卵を口に入れた。

 

 ふっくらと柔らかい食感。ひと噛みすると溢れ出す大量のだし。鰹と昆布の香りが鼻腔をくすぐり、口の中いっぱいに解けていく卵の欠片。

 

 まさに至高の一品といえる出来に、毎日ここで食事を取っている俺であっても感動してしまう。

 

「ザラ姉さま〜。

 この四角いお肉、と〜っても美味しいですよぉ〜」

 

「四角いお肉……って、これね」

 

 そう言って、ザラがお箸でつまんだ豚の角煮を口に入れる。

 

「……っ、な、なにこれ!」

 

 再び驚くザラ。モグモグと口を動かすにつれ、非常に嬉しそうな顔になっていく。

 

「ものすごく柔らかくって、口の中でとろけていく……。

 味付けはちょっと濃いめだけれど、ライスと一緒に食べたらたまらないです!」

 

 角煮、ごはん、角煮、付け合せの大根、ごはん……と、次々に口の中に入れて満面の笑みをこぼすザラ。

 

「この濃い味がぶどうジュースと非常に合いますねぇ〜……グビグビ」

 

 そしてポーラはご飯の代わりにジュースを……って、

 

「コップじゃなくて、瓶を持って一気飲みしてるーーーっ!?」

 

 行儀が悪いとかそういうのじゃなくて、完全にやってることが酒飲みと変らないよっ!

 

「このお魚も独特な風味だけど、とっても美味しいです!

 これはライスが進む……って、もう残りが少ない……」

 

「本当ですぅ〜……って、ジュースが切れました〜。

 おかわりお願いします〜」

 

「あ、私もライスのおかわりをお願いします!」

 

 2人はサワラの西京漬けをパクパク食べながら、ザラはライスを、ポーラはついにジュースのおかわりを頼みだした。

 

 ……うん。分からなくはない。

 

 だって、鳳翔さんの料理はどれも絶品だからね。

 

 特製のスペシャルランチという、普段出ていない予約料理を初めて食べたとなれば、こうなってしまっても仕方がない。ある意味俺の狙いは間違っていなかったんだけれど、ここまで喜んでくれているというか、大騒ぎになってしまうとは思わなかった。

 

 あと、ついでなんだけれど、2人ともお箸の使い方が上手いよなぁ。

 

 ……とまぁ、現実から目をそらすかのような思考が頭によぎりながら、俺は苦笑しつつプレートの料理を食べていく。

 

 だし巻き卵に豚の角煮、さわらの西京漬けと筑前煮。わかめと豆腐の味噌汁。これらの和食が揃っているだけではなく、プレートにはまだ他の料理が並んでいた。

 

「このお肉とピーマンに……シャキシャキしたお野菜みたいなのが入ったのも、すごく美味しいっ!」

 

 それはチンジャオロース。中華料理の一品だ。

 

「マカロニをマヨネーズで和えたサラダも、ジュースが進みますぅ〜」

 

 たしかにポーラが言う通り、マカロニサラダも美味い。粗挽きの黒胡椒に細かく刻んだチーズ、人参とタマネギのスライスが調和して、見事な完成度を醸し出しているな。

 

「鳥を揚げたものに3つのソースだなんて、なんて贅沢なんですか!」

 

 マヨネーズにチリソース、大根おろしポン酢の唐揚げ3種盛り。これはマジでご飯が進んじゃう美味さだ。

 

「野菜を細切りにした甘辛い味のやつも、絶品ですねぇ〜」

 

 それはきんぴらゴボウだな。若干味が濃い目なのは豚の角煮と同じだが、ご飯のお供には完璧すぎる一品なんだぞ。

 

 そういえば昔、戦時中の捕虜にごぼうの料理を出したら木の根っこを食べさせられたという虐待行為だというのがあったが、どうやらザラもポーラも大丈夫みたいだ。ごぼうは日本以外であまり食さないらしく、漢方に使うだとか。

 

 さすがは鳳翔さんの料理だぜ……と再認識したが、ザラとポーラのテンションは一向に冷めやまない。まぁ、美味しい料理を前にした幼稚園の子どもたちを見てきている俺にとっては、あまり驚くことでもないんだけれど。

 

 他のテーブルに料理を運んでいる千歳も2人を微笑ましく見ているし、あまり大きく騒がなければ問題はないだろうと、俺もを楽しむことにした。

 

 

 

 

 

「………………」

 

 前言撤回させてもらってもいいだろうか。

 

 ザラの前には料理があるが、その横には空にしたプレートとどんぶり茶碗が積まれている。

 

 計算すれば、プレートは5枚。どんぶり茶碗はすでに8杯にいたっていた。

 

 対してポーラの前には空にしたプレートもどんぶり茶碗もない。しかし代わりに、ぶどうジュースの瓶が7本あり、ビールの小瓶が5本立っていた。

 

 明確にはビールじゃなく、こどもびーるなんだけれど。

 

 それにしたって、食べ過ぎ&飲み過ぎでしょうが!

 

 気づけばザラの正面には青い袴の一航戦である加賀が、対抗するかのごとく食べ終わったお皿とどんぶり茶碗を積み重ねているし、ポーラの飲みっぷりに感銘を受けたかのように隼鷹や那智が現れて飲み始めているんだけれど、いったいどうしてこうなったのかと改めて問い詰めたい。

 

「美味しい……美味しいです!」

 

「子どもなのにこの食べっぷり……、これは負けられません」

 

 まるで大食い競争のように食べ続けるザラと加賀。

 

「ふぃ〜、まりゃまりゃ飲めまゃすよぉ〜」

 

「ひゃはははっ!

 このお嬢ちゃん、良い飲みっぷりだなぁ〜」

 

「うむ。

 大きくなったら、さぞ楽しい飲み会ができるに違いない」

 

 真っ赤な顔でこどもびーるを飲むポーラに、一升瓶を片手に笑う隼鷹。そして何度も頷きながらお猪口で日本酒を飲んでいる那智。

 

 完全に溶け込んじゃっているのは悪いことじゃないんだけれど、それにしたってやり過ぎじゃないんですかねぇ!?

 

 それとポーラ、マジでそのジュースにアルコールは入っていないんだよな……?

 

 完全に呂律がまわっていないし、今にもぶっ倒れそうに見えるんだけど!

 

「すみませーん。

 ライスのおかわりをお願いしますー」

 

「……末恐ろしい子ね。

 だけど、ここは譲れません」

 

 ザラと加賀が2人揃ってどんぶり茶碗を持ちながら千歳を呼ぶ。すると厨房から申し訳なさそうな顔をした鳳翔さんが現れた。

 

「すみません……。

 申し訳ないのですが、ご飯が無くなってしまいました。

 新しいのもまだ炊けていなくて……」

 

 そう言って、両手を合わせながら頭を下げる鳳翔さん。

 

「そう……ですか……」

 

「まだ食べられますが、それなら仕方がないですね……」

 

 残念そうに肩を落とすザラと加賀に、鳳翔さんはもう1度頭を下げた。

 

 しかしまぁ、それもそうだろう。

 

 俺がザラとポーラをこの食堂に連れてきたのは、昼食のピーク時間を過ぎてから。つまり、ランチタイムを見据えた飯の在庫は少なかっただろうし、ザラがここまで食べるとは夢にも思っていなかったのは俺だけではないだろう。

 

 ましてやそこにブラックホールコンビの片割れである加賀が加われば、ご飯が枯渇してしまうのはもはや必須。今までよく保った方だと、厨房の3人を褒めても良いのかもしれない。

 

「まぁでも、お腹もそこそこ膨らみましたから大丈夫です。

 それと、美味しい料理をごちそうさまでした!」

 

 椅子から立ち上がったザラは、鳳翔さんに深々と頭を下げてお礼を言う。

 

「いえいえ、お粗末さまでした。

 今度はしっかりとご飯を炊いておきますので、また来て下さいね」

 

「はい!

 今度はいつ来られるかわかりませんけど……、よろしくお願いします!」

 

 ニッコリと答えるザラに、鳳翔さんの顔もほころぶ。

 

 なんだかんだあったが、良い昼食になった……と俺は胸を撫で下ろしたんだけれど、

 

「………………あれ?」

 

 ふとポーラのことが気になって顔を向けたところ、全く姿が見えないんですが。

 

 あれかな。トイレにでも行っているんだろうか?

 

 テーブルの上には2桁になるジュースの瓶があるし、よくもまぁ飲めたもんだと呆れるどころか関心さえしてしまう。

 

 これが全額俺のおごりだったらと思うと背筋が凍ってしまいそうだが、今回は視察なので費用は全部元帥持ち。

 

 そうーー高雄から聞いたと愛宕が言っていたので、俺は全く気にしなくても大丈夫だよね。

 

「ふぅー……」

 

 鳳翔さんが厨房に戻っていくのを見送ったザラが席に座り、お茶のコップに口をつける。改めて積まれているプレートとどんぶり茶碗の数を見ると、これで満腹じゃないのかと冷や汗が出るのだが。

 

 食べるザラに飲むポーラ。パスタの国の艦娘は、胃袋が特殊なんだろうか。

 

 そうなると、2人を連れてきたリットリオもやっぱり……?

 

 ………………。

 

 まさか、両方だったりするのだろうか。

 

 うむむ……。想像すると色々と怖いので、考えない方が良いんだけれど……、

 

 だけどリットリオは今、赤城と一緒にいるんじゃなかったっけ……?

 

 ………………。

 

 …………。

 

 ……。

 

 元帥の財布、轟沈確定じゃね?

 

 まぁ、自業自得だから仕方ないよね。

 

「……あれ?」

 

「ん?」

 

 ふと声を出したザラがキョロキョロと辺りを見回す。

 

「あの……先生。

 ポーラはどこに行ったんですか?」

 

「これだけいっぱいジュースを飲んだんだから、トイレだと……思うんだけれど」

 

 俺はそう言いながらトイレの方を見る。するとちょうど1人の女性が、トイレのドアを開けて中に入っていった。

 

「……え?」

 

 鳳翔さんの食堂は男女別のトイレがある。しかしそのどちらもが1人しか入れない小さな個室型であり、女性が中には入れたというのであれば……、

 

「トイレじゃ……ない?」

 

「えっ、そ、それじゃあポーラはいったい……?」

 

 慌てだしたザラが席から立ってポーラを探し始める。食堂内に人や艦娘はまばらで、パッと見渡せば姿を見落とすことはないはずだ。

 

 俺も同じくポーラを探すが、姿は見当たらない。

 

 これってマズイ……よな。

 

「じゅ、隼鷹!

 さっきまでこの席にいた小さな子どもを見なかったか!?」

 

「んあー?」

 

 俺は慌てて隼鷹にポーラの居所を聞く。しかし、かなり出来上がっているのか、隼鷹の目はとろんとしていて呂律もまわっていない。

 

「そういえば〜……いなくにゃってりゅねぇ〜」

 

 言って、手に持った一升瓶に口をつける隼鷹。

 

 あかん。これ完全に酔っ払いや。

 

 こんな状態じゃあ、ろくな情報も……

 

「さっきの子なら、ジュースの瓶を片手に食堂から出ていったぞ?」

 

「そ、それは本当ですか!?」

 

 クイッとお猪口に入っている日本酒を飲み終えた那智が、俺の方を向きながら教えてくれた。頬が少し赤いものの、言葉はハッキリとしているので信憑性が高そうだ。

 

「それじゃあ、ポーラは1人で外に……っ!?」

 

 那智の言葉が聞こえていたのか、驚いたザラが俺に駆け寄ってくる。

 

「くそっ、どうして勝手に……っ!」

 

 俺はザラの手を掴むと、急いで入り口へと走り出す。

 

「鳳翔さん、千歳さん、ごちそうさまでした!

 伝票は元帥の方へお願いします!」

 

「ええ、分かってますよ」

 

「またいらして下さいね」

 

 俺の背に声をかけてくれた鳳翔さんと千歳に手を振り、引き戸を開けて外へと出る。

 

「ちょっと、千代田にはなんの言葉もないのっ!?」

 

 なにやら苦情らしき声が聞こえたけれど、気にしないでおこう。

 

 どうせ夕食のときにでも会うんだろうし。

 

「ポーラ……」

 

 それよりも、今はポーラを探すことが先決である。

 

 心配そうな顔を浮かべるザラの手を引きながら、できるだけ早く見つけなければと鎮守府内を駆け回り始めるのであった。

 




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次回予告

 いつの間にか居なくなっていたポーラに驚いた先生とザラ。
2人が鎮守府内を駆けずり回って探そうとしたところで、またしても新たな火種が……?


 艦娘幼稚園 第三部
 ~パスタの国からやってきた!〜 その5「エンカウント」


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その5「エンカウント」

 長くお休みさせていただきましたお詫びも兼ねて、プレゼント企画を開催中です。詳しくは活動報告にて、よろしくお願いします。



 いつの間にか居なくなっていたポーラに驚いた先生とザラ。
2人が鎮守府内を駆けずり回って探そうとしたところで、またしても新たな火種が……?


「どこだ……、どこにいるんだ……っ!」

 

 ザラの手を掴んだまま鎮守府内を走り、何度も辺りを見回した。しかし、目当てのポーラは見つからず、少し疲れも感じてきたので足を休めようと立ち止まった。

 

「先生、ごめんなさい……」

 

 すると背後から小さな声が聞こえてきたので振り返り、視線を落とす。

 

「ザラが悪い訳じゃないよ」

 

「いえ、私が先生にポーラのことをちゃんと伝えてなかったのが悪いんです……」

 

 目を伏せ、今にも泣き出しそうになるザラ。

 

 そんなザラを放っておくことはできるはずもなく、俺は頭のてっぺんを優しく撫でた。

 

「………………」

 

 ザラは上目遣いで俺を見る。そして小さく深呼吸をしてから口を開き始めた。

 

「ポーラは放浪癖があって、いつも大変なんです……。

 気づいたらどこかに行っちゃってるとか、目を盗んでぶどうジュースをいっぱい飲んじゃうとか……、色んな人にご迷惑をかけまくっちゃって……。

 今も先生に大変な思いをさせてしまい、本当にごめんなさい……」

 

 肩を落とすザラに俺は言葉をかけず、微笑みながら頭を撫で続けた。

 

 落ち込まなくて良いんだよ。ポーラは俺が絶対に探し出すから。

 

 その気持ちを目に込めて、ザラに投げかける。

 

「………………ありがとう、ございます」

 

 するとザラはボッ……と頬を赤くしたと思ったら、いきなり視線を逸しながらそう言った。

 

 あれ……?

 

 もしかして、なんか違う意味が伝わっちゃっていないかなぁ……?

 

 ザラは背中に両手を隠し、モジモジとしているような感じなんだけれど。

 

 まるで天龍が隠し事をしているような、金剛がバーニングミキサーを放つ少し前の行動のような。

 

 非常に嫌な予感ではないと思うが、あまりいい感じではない……気がする。

 

 いや、しかしだ。

 

 今はポーラの行方を探すのが1番であり、このままだとザラが可哀相かつ俺の立場が非常に危うい。

 

 完全に監督不行届は確定で、減俸どころかクビって可能性もあり得るのではないだろうか。

 

「まずい……、まずいぞ……」

 

 ザラに聞こえない大きさで呟いた俺は、どうにかしてポーラの行方を探し出さなければと頭の中で色んなことを考えた。

 

 必要なのは、目撃者を探すこと。ポーラは舞鶴に普段いないから、見かけた人や艦娘なら記憶に残るはずだ。ならば、その目撃者を1人でも探し出すことができれば、ポーラがいる場所に1歩近づくはずである。

 

 しかし、ここで俺の不幸がフルで発揮されているのか、鎮守府内を駆けずり回っていてもほとんど誰にも会わないのだ。

 

 時間帯を考えれば休憩はまだ少し先なので、多くは建物内にいる可能性が高いだろう。だが、ポーラがその建物の中に入っていない限り、見かける可能性は限りなく少ないはずなので、効率的には悪くなってしまう。

 

 だからこそ、俺は鎮守府内で大きい道を選び走っていたのだが、ここまで誰にも会わないってのは……やっぱり不幸なのかなぁ。

 

「先生、大丈夫……ですか?」

 

 無意識に肩を落としていたのか、ポーラが心配そうに俺の顔を見つめてきた。

 

「あ、あぁ。

 ポーラの居場所を探し出す方法を考えていたんだけれど、良い案が浮かばなくってさ……」

 

「うぅ、ごめんなさい……」

 

 再び悲しそうな顔になるザラに、俺はしまったと顔を覆いたくなった。

 

 せっかく慰められたのにと思ったのに、すぐ悲しませてしまうなんて、なんて俺はバカなんだ。

 

 穴があったら入りたい。いや、むしろ自分で自分を殴りたい……と思っていたところで、いきなり聞き覚えのある声がかけられる。

 

「アレ、オ兄チャン……ドウシタノ?」

 

「この声と呼び方はヲ級……か?」

 

 声がした方に視線を向けると、予想通りの姿が目に映った。

 

 小さな身体に似合ぬ大きな頭の艤装。間違いなくヲ級だ。

 

「ヲッス、オラヲキュ……ン?」

 

 いつぞやに聞いた挨拶をしようとしたヲ級が、急に言葉を止める。

 

 そして視線は俺から少し逸れ、ザラの方へと向けられた。

 

「コノ子……誰?」

 

「ひっ!?」

 

 おいおいおいっ、なんでザラにいきなりメンチを切っているんだよ、お前は!

 

「ヲヲヲヲヲ……」

 

 しかもスタンドを出しそうなポーズを決めながら移動して……って、どうやってるんだよ!?

 

「コレゾ、ヲ級立チ!」

 

「勝手に人の心を読んだ挙句、意味の分からない答えを言うんじゃない!」

 

「アベシッ!」

 

 当然ながらのツッコミと、膝が震えて怯えるザラが可哀想ということで、艤装の上から拳骨を1発御見舞する。

 

「マダダ、マダ終ワラン……」

 

「教育的指導!」

 

「フギャッ!」

 

 2発目の拳骨を放ったところでヲ級が涙目を浮かべ、ポーズを解除する。

 

 そんなヲ級の頭をガッシリと掴み、ザラに頭を無理やり下げさせた。

 

「謝りなさい」

 

「ナ、ナンデ……」

 

「初めて会う子にメンチ切って怯えさせたお前が悪い」

 

「ダ、ダケド、オ兄チャンガ、マタ新シイ子ヲテゴメニ……」

 

「事実無根な発言は控えるべきだが分かっているのかな?」

 

「ヴッ……」

 

 ヲ級の顔を覗き込み、ガン見モードになった俺。

 

「ゴ、ゴメンナサイ……」

 

 うんうん。これで一見落着だ。

 

 ただ、なんというか、ザラの怯える目が俺の方に向いていた気がするけれど、気のせいだということにしておきたいです。はい。

 

 

 

 

 

「……ソレデ、オ兄チャンハソノ子トイッタイ何ヲシテイタノ?」

 

「あっ、そ、そうだった!」

 

 ヲ級に言われてポーラのことを思い出した俺とザラは、無意識のうちに辺りを見回してみる。

 

 ………………。

 

 やっぱり、この付近にポーラの姿は見当たらない。

 

 ヲ級が現れたことで時間をロスしてしまった。ポーラがウロウロと動き回っていたのならば、距離が離れてしまった可能性が高いかもしれない。

 

「あ、あの……」

 

 焦る俺の横にいたザラが、恐る恐るヲ級に問いかける。

 

「私と同じくらいの背で、グレーの髪色をした子を見かけませんでしたか……?」

 

 膝を少し震わせながらもポーラの居場所を聞こうとする姿に、ある意味感動すら覚える。

 

 だが、しかし。

 

 相手は、残念ながら、ヲ級なのだ。

 

「ソレッテ、オ兄チャンノ新シイ……ナンデモナイデス」

 

 半ば予想していた発言内容に、俺は眼力という名の威圧感で黙らせながら、ヲ級の頭をポンポンと叩く。

 

 さっき指導したばかりなのに、本当にヲ級は懲りないやつである。

 

 まぁ、分かっていたからこそ言葉を途中で遮ることができたんだけれど。

 

「ザラと同じ服を着て、髪はウエーブがかかっている子だ。

 鳳翔さんの食堂までは一緒だったんだが、気づいたらどこかにいなくなってしまってな……」

 

 俺はザラの言葉に追加する形で、ヲ級に問う。

 

「ウーン、僕ガココニ来ルマデニ、ソンナ子ハ見カケナカッタケド……」

 

 腕を組むヲ級はしばらく考え込んだあと、急にポンと手を叩いた。

 

「モシ良カッタラ、探シテアゲヨウカ?」

 

 そう言ったヲ級だが、なぜ俺の方を見ながらニヤニヤしているんだろうか。

 

「本当ですか!?

 ぜひお願いします!

 それじゃあ今から手分けして……」

 

 ザラは驚いた後、喜ぶ顔をしながら今にも走り出そうとせんとしたところで、

 

「イヤイヤ、ソノ必要ハナイヨ」

 

「ふえっ!?」

 

 触手をザラの前に伸ばし、動きを強引に止めた。

 

「マァ僕ニ、任セテオキナヨ」

 

 ヲ級が両手を広げて万歳をすると、ブイイイン……と駆動音を立てる小さな艦載機が頭上に出現する。

 

「わ、わわっ、凄いです……」

 

「お、おい、ヲ級!」

 

 ザラの動きを止めた触手をそのままに、慌てて止めようとする俺へヲ級が手を突き出す。

 

「鎮守府内ニオケル偽装ノ使用ハ禁ズル……デショ?」

 

「ああ、その通りだ。

 だからお前が出した艦載機を使うのは……」

 

「問題、ナイサーーーッ!」

 

 いきなり大声をあげるヲ級……って、いや、なんで大◯ライオン?

 

 ちなみにそれ、過去にレ級もやってたよね?

 

「僕ハ特別ニ許可ヲ貰ッテイルカラ、艦載機ヲ使ッテモ平気ナンダヨネー」

 

「………………は?」

 

 そんな話、初耳なんだけど。

 

 俺にそんな嘘を言って、誤魔化そうとしているんじゃないだろうな……?

 

「ソノ疑心暗鬼ミタイナ目デ何ヲ考エテイルカ丸ワカリダカラ言ッテオクケド、チャント高雄オ姉サンカラ許可証モ貰ッテイルヨ」

 

 そう言ってヲ級が懐から出した紙を受け取った俺は目を通す。

 

『許可証

 ヲ級の艦載機を鎮守府内で使用することを許可する。

 使用目的は主に偵察。元帥の暴走行動が見受けられた際、即座に秘書艦である高雄、もしくは幼稚園の愛宕に連絡すること』

 

「………………」

 

 確かに……、許可を与えられているが……。

 

「………………マジか」

 

 高雄さん……、そして元帥ェ……。

 

 色んな意味でツッコミどころが満載だが、今はこれが役に立ちそうということなので、目をつむっておくしかないのかなぁ……。

 

 いや、一応舞鶴鎮守府のトップである元帥の秘書艦が許可を出しているんだし、俺がどうこうできる話じゃないんだよね。

 

 つーか、1番与えたらダメなやつに許可を出しちゃってるってことを、高雄は理解しているんだろうか。

 

 ………………。

 

 俺のプライバシー、完全に無くなっちゃっているんじゃないのか……?

 

「ソレジャア、偵察機ヲ発艦サセルネ」

 

 それについて非常に気になるものの、今はポーラを探すことが先決だ。

 

「ああ、よろしく頼む」

 

 ならばヲ級がやる気になってくれている内が勝機だと、俺はコクリと頷く。

 

「チナミニ確認ナンダケド、ウエーブカカッタグレー色ノ髪デ、僕タチト同ジ子供ナンダヨネ?」

 

「ええ、その通りです。

 ポーラは私の妹ですから、服装も同じです!」

 

 そう言ったポーラが、アピールするように両手を広げた。

 

「フムフム……、スタイルハ普通……ト」

 

「うえっ!?」

 

「お前はいったい何を考えているんだよ……」

 

「イヤ、見ロッテ言ワレタラ見ルデショ?」

 

「時間と場合を考えてから行動しろよな……」

 

「何ダカ金剛ト同ジコトヲ言ッテイル気ガスルケド、マァドウデモイイカ」

 

 いや、よくねえよ。

 

 心の中で突っ込んだ俺をよそに、ヲ級が艦載機を発艦させようと触手を構える。

 

「ヲッ、ヲッ、ヲッ、ヲヲヲー、ヲヲーヲヲッヲ、ヲー、ヲヲー、ヲヲヲー、ヲヲヲー……」

 

 鼻歌を歌いながら空を見つめるヲ級だが、どこかで聞いた感じの音楽だなぁ。

 

 結構古い洋画で流れていたような気がするが、どちらかといえば最近聞いたような……?

 

「パンツァー、フォー!」

 

 言って、頭の艤装から艦載機が飛び立っていった。

 

 ………………。

 

 うん、分かった。

 

 さっきの曲は、女学生が戦車で戦ったりするアニメの曲だ。

 

 でもどうして自分が関係している戦艦とかの方向じゃなかったのかと気になってしまうのだが、今は捜索に集中させるためにもツッコミは避けた方が良いだろう。

 

 ちなみに俺はそのアニメが大好きで、映画の方もバッチリ見たんだけれど。

 

 ただし、初見は最終話です。色んな意味でへこんじまったぜ……。

 

「ヲッ、発見シタヨ」

 

「本当ですかっ!?」

 

 若干落ち込み気味だった俺だが、ヲ級が艦載機を発艦させて数分もしないうちに発見したようだ。

 

 珍しく有能だが、明日は雨が降るんじゃなかろうかと思ってしまう。

 

「そ、それで、ポーラはどこに!?」

 

 ポーラが問いかけると、なぜかヲ級が眉間にシワを寄せながらこちらを向く。

 

 そして、ゆっくりともったいぶるように口を開くのであった。

 




 長くお休みさせていただきましたお詫びも兼ねて、プレゼント企画を開催中です。詳しくは活動報告にて、よろしくお願いします。


次回予告

 ヲ級の力を借りて最初に見つけた者はどうでも良かったりしたが、なんとかポーラを発見する。
ただし、その状況はあまりにも……であった。


 艦娘幼稚園 第三部
 ~パスタの国からやってきた!〜 その6「怠惰の嵐」


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その6「怠惰の嵐」

 ヲ級の力を借りて最初に見つけた者はどうでも良かったりしたが、なんとかポーラを発見する。
ただし、その状況はあまりにも……であった。


 ヲ級が発見したと言い、ゆっくりとこちらを向く。

 

 そして眉間にシワを寄せ、もったいぶるように口を開いた。

 

「ンー……ト、アッチノ方ニアル建物ノ裏手ニ木ガアルンダケド、ソコデロープニ吊ラレテイルヨ」

 

「吊ら……れ……て……?」

 

 何を言っているのかよくわからないといった風に、首を傾げるポーラ。

 

 大丈夫、俺もサッパリ意味がわからない。

 

 つーか、なんでポーラはそんな状況になってんのっ!?

 

「両足ヲククラレテ逆サニナッテルケド……ッテ、コレヨク見タラ元帥ダネ」

 

 

 

「「ズコーーーッ!」」

 

 

 

 てへっ、と舌をペロリと出しておちゃらけるヲ級に、思わずズッコケてしまった俺とポーラ。

 

 というか、いくら話で聞いただけとはいえ、どうやったら元帥とポーラを間違えるんだよぉっ!

 

 そして元帥! なんでそんな状況になっちゃってんのっ!?

 

「ナオ、元帥ノ側ニハ青葉オ姉サンモ釣ラレテマス」

 

「……たぶんそれは自業自得だから放っておけ」

 

「ラジャー」

 

 俺の言葉に戸惑うことなく返事をしたヲ級は、再びポーラの捜索を再開する。

 

「こ、ここの鎮守府で1番のはずである元帥が、ロープで逆さ釣りになっているのに放置されちゃうの……?」

 

 そしてザラが信じられないという感じの表情で俺を見ていたが、詳しく説明すると舞鶴の恥を晒すことになるので、黙っておくことにした。

 

 しかし……だ。

 

 確かリットリオは赤城と一緒に元帥のところへ向かったと思うんだが、どうしてこんな状況になっているのだろう?

 

 いくつか想像がつくが、1番可能性が高いのは……、

 

 リットリオに、色目を使ったんだろうなぁ。

 

 いつもの通りに高雄がお仕置きという名のプロレス技。そして今回は赤城もセットだろうから、手数は倍以上になっているはずだ。

 

 そして見せしめにロープで吊られている。

 

 うん、おそらくこれで間違いないだろう。

 

 どうせなら簀巻にされて建物の屋上辺りから吊られれば良いのに。

 

 更には逃げる元帥が飛行甲板の代わりに、大きなハンマーを持った赤城に追い回されれば良いのに。

 

 デフォルメされたカラスが飛んでいるのが頭の隅っこで浮かんだが、それくらいやってこそ元帥だと思うんだよね。

 

 どうせバズーカで撃たれてもピンピンしてそうだからさ。

 

「ヲ……?」

 

「ん……、どうした?」

 

 ちょっとばかり思考が逸れていたところで、ヲ級が小さな声をあげる。

 

 首を傾げて曖昧な表情をしているが、またしても元帥絡みじゃないだろうな……?

 

「ナンカ幼稚園ノ近クニ、ソレッポイ子ガイルンダケド……」

 

「それはポーラだよな?

 また元帥と間違っちゃったりしていないよな?」

 

 念のために強く問う俺に、ヲ級は視線を逸らさない。

 

 表情も変わっていないし、おそらく嘘をつこうとはしていないだろう。

 

「聞イタ特徴ト合致シテイルカラ、大丈夫ダト思ウンダケド……」

 

 ヲ級にしては珍しく戸惑っているような口調に、俺は別の意味で不安を感じてしまう。しかし、ここで話を打ち切るわけにもいかず、続きを促した。

 

「ナンデ……コンナ時間カラ、地ベタデ寝テイルンダロ……?」

 

「………………寝てる?」

 

「それはたぶんポーラです!」

 

 ヲ級と同じように首を傾げた俺の隣から、強い口調でザラが叫ぶ。

 

 しかし……なんだろう。それだけでポーラと想像できてしまうのは色んな意味でどうかと思うのだが、今まで見てきたことを踏まえてみると納得できなくもない。

 

 ただまぁ、ザラにとっては身内の恥をヲ級にも晒してしまっていることになるんだけれど、すでに手遅れかもしれない。

 

 だって、ヲ級は艦載機を通して見ているんだからね。

 

「周リニ瓶ガイッパイ転ガッテイルケド、深夜ノ飲ンダクレタサラリーマンノヨウニシカ見エナイノハ気ノセイジャ……」

 

「100%ポーラに間違いありません!」

 

 断言しちゃいました。ええ、それはもう、ハッキリと。

 

 さすがのヲ級も困惑したままで、俺の方をおずおずと見てきた。

 

 うん……。お前が言おうとしているのは分からなくもない。

 

 だが、おそらくザラが言う通り、地べたで寝ているのはポーラの可能性が高いだろう。

 

「………………」

 

 俺のアイコンタクトを理解したのか、ヲ級は納得しきれない表情ながらも頷いた。

 

「幼稚園の近くですね。

 ありがとうございますっ!」

 

 そして深々と頭を下げたザラが、急に駆け出して行く。

 

「お、おい、ザラ!?」

 

 さっき幼稚園に行ったとはいえ、ここから迷わずに向かえるのか!?

 

「すまんヲ級、助かった!」

 

「ヲッ、別ニ良インダケド……オ兄チャン」

 

「ん……、どうした?」

 

「コノオ礼ハ、今度ヨロシクネー」

 

「分かった。

 コンビニスイーツでOKだな?」

 

「3ツデヨロシクー」

 

「む……、分かったよ」

 

 若干欲張りな気もするが、ポーラが見つかったので良しとしよう。

 

 ……いや、本当に幼稚園近くにいるかどうか怪しいが、流石に嘘はつかないと思うし。

 

 それより早くザラを止めなければと、俺はヲ級に会釈をしてから走り出した。

 

「ザラ、ストップ、ストーーーップ!」

 

 急に走り出したザラを追いかけながら、俺は大きな声で呼び止める。

 

「ダメです!

 早くポーラのところに行って起こさないといけませんから!」

 

 しかしザラは俺の方へと振り返らず、走る速度を落とさない。

 

 若干距離が離れてはいるが、見失うほどではない。いきなり道を逸れて建物の影に隠れられたらヤバイかもしれないが、幼稚園に向かうという目的があるのだから、そんなことはしないだろう。

 

 とはいえ、俺もこのままザラを放っておくことはできないし、追いかけっこを続ける気もない。

 

 なぜなら、いまザラが走っている道は、幼稚園から離れてしまうルートな訳で。

 

「おーい、ザラー。

 このまま走っちゃうと、幼稚園から遠ざかるんだけどー」

 

「え……?」

 

 あ……、止まった。

 

 そしてゆっくりと俺の方へと振り返るザラ。

 

「えっと、こっちの方向じゃないんですか……?」

 

「うん。

 このまま行くと埠頭の方に出ちゃうよね」

 

「あ、あうぅ……」

 

 ザラは恥ずかしそうに頬を染め、涙目を浮かべながら両手で顔を覆う。

 

「今日始めてここに来たんだから仕方がないって。

 俺がちゃんと連れて行ってあげるから、ほら……」

 

 言って、俺はザラに手を差し伸べる。

 

「え、えっと……、お、お願いします……」

 

 耳の先まで真っ赤にしたザラが俺の手をそっと触れるのを確認してから優しく握り返し、幼稚園へと足を向けた。

 

「はぅ………………」

 

 なぜかザラの方から小さな声が聞こえた気がするんだけれど、おそらくポーラを心配しているからだろう。

 

 

 

 

 

「………………」

 

「………………」

 

 最短ルートを使って幼稚園にやってきた俺とザラの視界に、なんとも言い難い光景が広がっていた。

 

 幼稚園を囲う塀。そして中に入る玄関へと続く門の前で、仰向けになりながらスヤスヤと眠るポーラ。

 

 頭の下には枕代わりのジュース瓶。周りにも複数の瓶やペットボトルが散乱している。

 

 ちなみに銘柄は違えど、それら全部にぶどうに関係する文字が書かれていた。

 

 ……どんだけ好きなんだよとツッコミを入れたい。

 

 そして、この光景はヲ級の言う通り、完全に飲んだくれた深夜のサラリーマンだ。

 

 まさしく終電を逃してしまって眠りこける図。ついでにヅラが外れ落ちていたらフルコンボである。

 

 ……なお、現在の時刻はおよそ14時。完全な昼で、ぶっちゃけあってはならないんだけれど。

 

「………………」

 

 そして冷静に状況を見ていた俺の隣で、両手を強く握りしめたザラが全身をプルプルと震わせている。

 

 ……うん、その気持ちは痛いほどよく分かる。

 

 そしておそらく、これがザラやポーラにとって日常茶飯事じゃないのかなぁとも思ってしまうわけで。

 

「ポーーオーーラーーーーッ!」

 

 激昂したザラが寝ているポーラの耳を掴み、大声で叩き起こし始める。それはもう、埠頭で出会ったとき以上の音量だ。

 

「スヤァ……」

 

 しかしそれでも起きないポーラは……って、マジか。

 

 至近距離で絶叫レベルの声を上げられているのに、そのまま眠り続けられるのってある意味才能じゃないだろうか。

 

 ただし、決して褒められるとは思わないけど。

 

「でへへ……。

 もう飲めませんよぅ……」

 

 寝言を呟いたポーラが、転がっていた瓶を両手で掴んで抱き寄せる。

 

 ううむ、完全に酔い潰れたダメ人間……いや、ダメ艦娘の子どもか。

 

 更に言えば、周りに転がっている飲み物の容器は全てアルコールは入っておらず、なんでこんな状態になっているのかサッパリなんだけれど。

 

「むうううう、こうなったら……っ!」

 

 するとザラは意を決したように締まった表情を浮かべ、懐をゴソゴソと探り始めた。

 

「この手は使いたくなかったですけど、仕方ありません!」

 

 そうして取り出したのは、小さいサイズのペットボトル。自動販売機でよく見ることができる、グレープ味の炭酸飲料っぽいのだが……。

 

「これをこうして……」

 

 蓋を捻ってパキリと鳴り、飲み口をあらわにする。

 

「ん……?」

 

 すると大声を出しても起きなかったポーラが、鼻をヒクヒクとさせながら頭を揺れ動かした。

 

「くんくん……この匂いは……」

 

「ほーら、ポーラの大好きなウェノレチだよー」

 

「ウェノレチッ!」

 

 大声を上げて即座に起き上がるポーラ。

 

 いや、まだ飲む気なのかポーラは。

 

 散らかったままじゃ具合が悪いと思った俺は転がっている瓶とペットボトルを集めていたけど、かれこれ20本近くあったんだが……。

 

 どう考えてもお腹がパンパンになるどころか、どうやって飲んだんだって感じなんだぜ……?

 

 飯を食わせたら舞鶴のブラックホールコンビ。ジュースを飲ませたらパスタの国のポーラ……というところだろうか。

 

 ジュースには糖分も多いから、糖尿病とか大丈夫なのかな……?

 

 せめてゼロカロリーのとかにすればと思うんだけど、ああいうのって数があまり多くないからなぁ……。

 

「ウェノレチ〜……ウェノレチィ〜……」

 

 目をトロンとさせながらザラが持つペットボトルに迫ろうとするポーラだが、半ば眠っているのかフラフラとした足取りがなんとも怖い。

 

 これじゃあ夢遊病状態か映画とかで見るゾンビみたいなんだけれど、色んな意味で他人に見せられないよね……。

 

 ザラが使いたくない手と言った意味がハッキリと分かります。ええ、そりゃもう、見ているこっちも恥ずかしい気がするもん。

 

「うぅ……、ぶどう分が足りません……」

 

 そして禁断症状に陥った患者のように、膝を着いて苦しそうにするポーラ……って、なんでやねん。

 

 もはや病院直行コースじゃないかと思えちゃうんだけど、本当に大丈夫なんだろうか……。

 

「ブドウ糖も良いけど〜……やっぱりぶどうが良いんです〜……」

 

 寝言は寝て言えではないけれど、それって全く別物だからね。

 

「はい、ポーラ。

 ゆっくりと飲みなさい」

 

 ふぅ……と息を吐いたザラはポーラにペットボトルを渡す。

 

 そんな中、俺はふとザラの口元が少しだけつり上がったのを見逃さなかった。

 

「ウェノレチ〜♪」

 

 ペットボトルを受け取ったポーラはそのまま飲み口を咥え、手を離してから頭をクイッと後方に反らして一気に飲む。

 

 お、おいおい……、死ぬぜアイツ……。

 

 そんな言葉が頭の中によぎってきたが、これって本当に大丈夫なんだろうか。

 

 小さいとはいえ、ポーラが飲んでいるのはウェノレチではなく、パッケージに書かれているのはどう見ても有名な炭酸飲料じゃあ……

 

 

 

「ぶふーーーっ!?」

 

 

 

 うわ、ペットボトルが吹っ飛んで、口から噴水のように吹き上がったぞ……。

 

 どう見ても大丈夫じゃないです。

 

 炭酸飲料を一気飲みとか、マジで危険ですからねっ!

 

「げほっ、げほげほっ!」

 

 咳き込みまくるポーラだけど、まぁそうなるな。

 

「ザ、ザ、ザラ姉さま!

 これウェノレチじゃないっ!」

 

 そして怒るポーラは涙目ながらもパッチリと空き、憤怒した表情を浮かべている。

 

「無果汁は嫌いって、いつも言っているじゃないですかーーーっ!」

 

 両手をグルグルと回して抗議するポーラが可愛い……じゃなくて、無果汁ってところが問題なのか……?

 

「起こしても起きないポーラが悪いんでしょっ!」

 

「ザラ姉さまのバカバカバカッ!」

 

「こんな時間からジュースばっかり飲んで眠っちゃうポーラの方がバカなんだからっ!」

 

「バカって言ったザラ姉さまがバカなんですーーーっ!」

 

「先に言ったのはポーラでしょーーーっ!」

 

 

 

「「ムキーーーッ!」」

 

 

 

 そして始まった姉妹喧嘩。

 

 両者ともにグルグルパンチを放っているのがなんとも微笑ましく思ってしまうが、流石にこのまま放置できるはずもない俺は急いでなだめすかせることになったのであったとさ。

 

 

 

 

 

 ……とまぁ、そんなこんなで2人が落ち着いた後、時間も頃合いということでリットリオの元に送り届けようと思っていたところ、

 

 ピリリリリ……。

 

「ん……?」

 

 携帯電話が鳴ったのに気づいた俺は、ズボンのポケットから取り出して画面を見る。

 

「この番号は……いったい誰だ?」

 

 見たことのない番号の羅列だけで、相手の名前が入っていない。登録をしていない番号からなんだけど、出ないわけにもいかないよな……と、通話ボタンを押した。

 

『先生、聞こえますか!?』

 

「この声は……赤城さんですか?」

 

『ええ、そうです!

 すみませんが、視察のお子さんを連れて至急元帥の執務室に来て下さい!』

 

「は、はい。

 分かりました」

 

 明らかに焦っている声で急かされた俺は、急いで2人を連れて執務室へと向かう。

 

 いつも冷静に見える赤城があんな声を出すなんて……と一抹の不安を感じながら。

 

 

 

 まさか執務室であんなことが起きているなんて、このときには夢にも思わなかった。

 




次回予告

 赤城からの電話で呼び出された先生が執務室に到着する。
するとそこでは、とんでもない状況が繰り広げられていた……?


 艦娘幼稚園 第三部
 ~パスタの国からやってきた!〜 その7「まさかの展開」


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その7「まさかの展開」

 赤城からの電話で呼び出された先生が執務室に到着する。
するとそこでは、とんでもない状況が繰り広げられていた……?


 

「なんだ……これ……っ!?」

 

 赤城から電話で呼び出された俺は、ザラとポーラを連れて執務室にやってきた。ノックをしたが返事はなく、恐る恐る扉を開けて中に入った途端、信じられない光景を目にしたのが今の俺である。

 

「あれあれ〜、これはいったい、どういうことなんですかねぇ〜」

 

 この場の状況を分かっていないポーラは、疑問を俺にぶつけてくる。

 

 しかし、言わせて欲しい。

 

 俺もサッパリ分からないと。

 

「……あっ、せ、先生!」

 

 部屋に入ってきた俺たちに気づいた赤城が、急いで近づいてきた。

 

 しかしその表情は……なんというか、悔しさみたいなものにまみれている気がする。

 

「あ、赤城さん。

 こ、これはいったい……」

 

「お呼びだてしたのは、これが原因なんです……っ!」

 

 言って、赤城は執務室の中央奥に鎮座する、元帥の机を指す。

 

「は〜い、元帥。ミルクたっぷりのカフェラッテが入りました〜」

 

「えへへへ……。

 ありがとねー、リットリオちゃん」

 

「いえいえ〜、元帥のためならコレくらい、なんでもありませんよ〜」

 

 そこには、なぜか元帥の秘書艦のように振る舞うリットリオと、ニヤニヤというよりデレデレという感じで不抜けた表情をしていた元帥がいた。

 

 そして、更に問題なのは、

 

 

 

 部屋の中央に、高雄がうつ伏せで倒れていたという事実である。

 

 

 

 な、なんというカオスな空間なんだよこれは……っ!

 

 つーか元帥! 秘書艦である高雄が倒れているのに、どうしてデレデレなんかしていられる状況なんだよっ!

 

 更に言えばそれ以前に、木に吊られてたんじゃなかったっけ!?

 

「い、いったいこの部屋で、何が起こったっていうんだよ……」

 

「全てを説明するには時間がかかりますが……」

 

 額に汗を浮かばせながら呟く俺に、赤城はぼそりぼそりと話し始めた。

 

 

 

 

 

「リットリオさんと一緒に執務室を訪ねたのですが、元帥はお留守でした。

 中には高雄秘書艦が元帥の机でデスクワークをしていて、非常にお忙しそうでした」

 

「なるほど……」

 

 赤城の言葉にとりあえず相槌を打った俺は、チラリと視線を横に向ける。

 

 そんな高雄は今、床に倒れたままピクリとも動かない。

 

「前日のお話ではリットリオさんをここに案内し、元帥と対談と、いくつかの書類にサインなどをお願いしてから鎮守府の各施設を視察する予定でした。

 しかし、その元帥が居られないというのはどうしてかと高雄秘書艦に訪ねたところ……」

 

『元帥は今、ちょっとした用事があって席を外していますわ。

 ですので対談はキャンセルし、書類にサインを頂いてから視察を行って下さい』

 

「……と言われたので、そうしようかと思っていたのですが、いきなりリットリオさんが……」

 

『それはおかしいですね……。

 ここに来る前に元帥と連絡を交わしていたので、席を外すなんて考えにくいんですけど?』

 

『あら、そうでしたの?

 しかし現に、元帥は今ここにおられませんので……』

 

『へぇ〜。

 どこかの誰かさんが、隠しているんじゃないですかね〜』

 

『………………』

 

「いきなり高雄秘書艦とリットリオさんが睨み合い始め、ギスギスした空気になってしまったのです……」

 

「な、なんでそんなことに……」

 

 今までの話を聞く限り、いきなりリットリオが高雄に喧嘩を売った……というのだろうか?

 

 初めて会ったときには、そんな雰囲気は微塵も感じられなかったんだけどなぁ……。

 

「正直、私もサッパリ分かりません。

 埠頭から執務室の間、短い会話しかしていませんでしたが、いきなり豹変するような方には見えなかったんですけれど……」

 

 どうやら赤城も俺と同じく、リットリオの変化に驚いたようだ。

 

 想像でしかない俺と違い、すぐ側で見ていた赤城が言うのだから間違いはないだろう。

 

「しばらく2人の睨み合いが続いていましたが、このままの空気に耐えられなかった私は、ひとまずソファーに座りませんかと提案したんです」

 

 そうして一旦は落ち着いた……ということらしい。

 

「高雄秘書艦はリットリオさんと私のお茶を用意してくれたんですが、ギスギスした感じは一向に晴れませんでした。

 このままここに居るのは辛いですが、仕事をほっぽりだすこともできず、針のむしろ状態を我慢し続けていると、だんだんと……その……」

 

 いきなり赤城の表情が曇りだし、何事かと焦る俺。

 

 元帥とリットリオは、未だ俺たちに気づかず2人の世界に浸っている。

 

 そして倒れたままの高雄。このまま放っておいて良いものではないと思うんだが、赤城が俺に電話をかけてきたことを考えれば、すでに救急隊に連絡をしているのだろう。

 

 つまり、次に赤城から語られる言葉が今の状況を生み出したと思われる内容であり、深刻に受け止めなければいけないのだと、俺は真剣な表情で息を呑む。

 

 妙な緊張が俺に襲い、ザラとポーラの表情も心無しか固いものに変わった。

 

 ごくり……と誰かが唾を飲み込んだ音が聞こえ、タイミングもバッチリと思われた時、

 

 そんな空気は、赤城からの音で一気に変わる。

 

 

 

 ぐぅぅぅ……。

 

 

 

「うぅ……。お腹が……空きました……」

 

「「「………………」」」

 

 俺、ザラ、ポーラの顔が、瞬間に冷めた。

 

 強いて言うなら白目。そして石化だろうか。

 

 しかしまぁ、あれだ。朝のことを思い返せば、分からなくもない。

 

「………………あー、うん。そうでしたよね」

 

 埠頭に向かう際にもあったが、赤城は朝ごはんを食べたにも関わらず空腹で倒れたんだった。その際は持っていたお菓子で事なきを得たが、それから今の時間まで何も食べていないとなると……、

 

 あれ? それって、赤城が昼ごはんを抜いたってことになるんじゃあ……。

 

 

 

 ぐきゅるるるるるるる……。

 

 

 

「うぁぅ……、め、めまいが……」

 

 いつの間にか赤城の顔が真っ青になって、今にも倒れそうなんですけどっ!

 

「ちょっ、赤城さん!

 大丈夫ですかっ!?」

 

「も、もうダメです……限界です……」

 

「傷は浅いぞ、しっかりしろ!」

 

 衛生兵を呼びたくなるが、ここでそれを叫んでも意味がない気がする。

 

「私が死んだら……加賀さん……に……」

 

「そのネタ朝もやったから!

 もう流石にめんどくさいからっ!」

 

 なにげに酷い気もするが、状況が状況なだけに仕方がない。

 

 確か、朝にあげたお菓子以外にも……とポケットを探る。

 

 がさごそがさごそ。

 

 今日はザラとポーラが来るということで、念のためにお菓子を色々と用意して持っていたのだ。

 

 朝の段階で大半を赤城にあげてしまったが、まだ残りはあったはず。

 

 おっ……発見。

 

「赤城さん!

 これでひとまず……」

 

 俺は声をかけながら、お菓子の箱についているフィルムを剥がす。

 

「……っ!

 こ、この香りは……1粒300メートル!」

 

 がばっ! と身を起こした赤城は、目を光らせて俺が持っているお菓子の箱を凝視した。

 

 いや、なんでフィルムを取っただけで香りが分かるんだろう。

 

 色々とツッコミたいが、ここは我慢……だよな。

 

「と、とりあえず1粒どうぞ……」

 

「いただきますっ!」

 

 俺からお菓子を受け取り、素早く口に放り込む赤城。

 

 

 

 もっちゃもっちゃもっちゃもっちゃ……ごくん。

 

 

 

「せ、先生!

 追加をお願いします!」

 

「早っ!

 舐めるんじゃなくて、めっちゃ噛んでたよこの人!」

 

 お腹が減っていたことを考えれば分からなくもないが、いくらなんでも速すぎやしないだろうか。

 

 しかし、目が血走っている赤城に逆らうのはちょっと怖いので、箱に残っている分を全部渡す。

 

「これは……もちゃもちゃ……すごく……もちゃもちゃ……甘いです……」

 

 箱に入っていた残りの全部を口の中に放り込み、口を動かしながら感想を語る赤城。

 

 正直行儀が悪いので黙って食べなさいと言いたい。

 

 だが、これだけだと喉が渇きそうだと思った俺は、先ほどからどうして良いのか分からないといった風に佇んでいるザラとポーラに声をかける。

 

「ちょっと質問なんだけれど、飲み物を持っていたり……しないかな?」

 

「私はもう全部飲んじゃいましたねぇ〜」

 

 両手を広げてアメリカンなジェスチャーをするポーラ。

 

 そりゃあまぁ、幼稚園の前であれ程の飲み物容器を散乱させてりゃ、そうなるわな……。

 

 つーか、あの量をどこに隠し持っていたんだよ。

 

「ポーラ用のトラップならいくつかありますけど……」

 

 そう言って、ザラはポーラを起こすために使ったぶどう味の炭酸飲料を俺に渡してくれた。

 

 トラップだったんかい。

 

 というツッコミは心の中でしておき、ありがとうと礼を言ってから赤城に差し出す。

 

「ほら、赤城さん。

 喉を詰まらせないようにこれで……」

 

「もちゃもちゃ……ごくん。

 ありがとうございますっ!」

 

 俺が言い終えるよりも速く、炭酸飲料を奪った赤城がキャップを開けた。

 

「あっ、それは炭酸ですから一気飲みは……」

 

「んぐっんぐっんぐっんぐっ……」

 

「ちょっ、俺の話を全く聞いていない!」

 

「んぐっんぐっんぐっんぐっ……ぷはーーー、もう一杯!」

 

「完全に一気飲みだーーーっ!」

 

 あえて言おう。2リットルのペットボトルであったと。

 

 つまりそれを一気飲みしたってことは、間違いなく……、

 

 ………………。

 

 …………。

 

 ……あれ?

 

「あ、赤城さん。

 大丈夫なんですか……?」

 

「何がですか?」

 

「い、いや、2リットルの炭酸飲料を一気飲みしたら、普通はその……」

 

 ゲップが……、しかも、特大レベルで……出るはずなんだけど。

 

「先生。私をいったい、誰だと思っているんですか?」

 

「それは……その、赤城さんですよね?」

 

「ええ、そうです。

 舞鶴鎮守府で第一艦隊の旗艦を務める、一航戦の赤城ですよ」

 

「それは存じてますけど……」

 

 どちらかと言えば、ブラックホールの片割れという方が大きい気がするが。

 

「そんな私が2リットル程度の炭酸飲料を一気飲みした程度で、はしたない姿を人前で晒してしまうなど……」

 

 ……と言ったところで、赤城の言葉がピタリと止まる。

 

「………………?

 あ、赤城……さん」

 

「………………」

 

 な、なにやら、プルプル震えている気がするんですけど。

 

「だ、大丈夫……ですか……?」

 

「………………え、ええ……、だいじょう……です……」

 

「いや、どう見てもそうは……」

 

「……けぷっ」

 

「………………」

 

 あるぇー?

 

 何だか今、可愛らしい声が聞こえた気がするんですけどー?

 

 そしてめっちゃ我慢している表情と一緒に、頬の辺りが赤く染まってきたんですけどー?

 

「い、今のは、そ、その、気のせいで……けぷっ」

 

「………………」

 

 ジト目を浮かべる俺だが、内心では「何これ可愛い」と連呼しまくってます。

 

 やばいこれ。ビデオかなんかで動画に撮りたい。

 

「い、一航戦の……けぷっ、ほ、ほこり……けぷっ」

 

「ぷ……ぷぷ……」

 

「こ、こら、ポーラ。

 それは失礼に……ぷぷっ」

 

「ザ、ザラ姉様こそ……うぷぷ……」

 

 顔を真っ赤にさせながらも弁明しようとする赤城に、ザラとポーラが笑い出しそうになるのを必死でこらえていた。

 

 もちろん俺も、同じく笑わないようにと我慢しているわけで。

 

 だがしかし、あえて言おう。

 

 

 

 完全に話が、逸れちゃっています。

 

 

 

 リットリオと高雄がどうなったのか、未だに分かっていないんですけど。

 

 とりあえず赤城が一航戦の誇りとやらを取り戻せるまで、待つしかないのかなぁ……。

 




次回予告

 話が逸れていましたが、なんとか戻しまして。
赤城から詳しい話を聞き、自体を把握した一同。
そこである人物から、1つの提案がなされたが……。
 


 艦娘幼稚園 第三部
 ~パスタの国からやってきた!〜 その8「切り札」


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その8「切り札」

 話が逸れていましたが、なんとか戻しまして。
赤城から詳しい話を聞き、自体を把握した一同。
そこである人物から、1つの提案がなされたが……。


「本当に……その、失礼……しました……」

 

 赤面しながら頭を下げる赤城に、俺やザラ、ポーラは苦笑いで首を左右に振る。

 

 炭酸飲料一気飲みによる一航戦の誇り崩壊危機をなんとか脱した……というか、どう考えてもダメだった気がするけれど、赤城の心境が持ち直したということで結果オーライ。

 

 話を元に戻してもらうことになったのだが、どこまで聞いたんだったかな……?

 

「ええっと、話は確か……リットリオさんと高雄秘書艦が険悪になっているのに耐えられず、ソファーに座ろうと提案したところでしたよね?」

 

「たぶん、そんな感じだったと思います」

 

 思い返しながら頷き、そこから再開してもらう。

 

「ソファーに座りながらお茶を飲んでいたのですが、リットリオさんと高雄秘書艦はずっと睨み合いをしていました。

 書類にサインをする時も、お茶を飲んでいる時も、2人の表情は険悪のまま。

 あまりにギスギスした空気にやられたのか、私の胃がキリキリと痛み出し、このままでは食事を取れなくなってしまうのではないかと焦っていた時でした……」

 

 そう言って辛そうな表情を浮かべながら胃の辺りを右手で擦る赤城。

 

 しかし、あえて言いたい。

 

 めっちゃ、お菓子食ってたじゃん。

 

 おもいっきり、炭酸飲料を一気飲みしていたじゃんと。

 

 ただまぁ、そんな状況から席を外すこともできず、昼食を取れなかったという意味では間違っていないけれど。

 

「そんな中、いきなり扉が開いて元帥が帰ってきたんです。

 しかもなぜか、激おこプンプン丸の様子で……」

 

 うわまた古い。

 

 でも、ちょっと前にも聞いたことがあるような気がします。

 

「ちょっと高雄!

 なんでいきなり僕を逆さに吊って放置するのかな!

 ……と言いながら、ズンズンと私たちの方に向かって歩いてきたんです」

 

「……ぷっ」

 

 いきなり元帥の真似をした赤城だが、地味に似ていて思わず吹いてしまう。

 

 しかし、逆さに吊られていたってことは、ヲ級にポーラを探してもらっている最中に見つけた時のことだろうか。

 

 そしてついでに青葉も一緒だったはずだけれど、それらを考えたらまっさきに浮かぶ犯人は高雄か愛宕だよなぁ……。

 

「するとリットリオさんが、元帥の言葉を耳にして険悪な表情を更に悪化させました。

 そしていきなり、ひとこと……こう言ったんです」

 

『元帥に手を出したのは……あなたですね……?』

 

 またしても赤城がリットリオの真似をするように口を開く。しかし、その時俺は上手いとか下手とかそういうのではなく、赤城の口調に背筋を凍らせた。

 

 明らかに、リットリオには殺気があった。

 

 真似を聞いただけにもかかわらず、すぐさまそれを感じることができたのだ。

 

 ならば、実際その場にいた赤城や高雄、そして元帥はどう感じたのだろうか……?

 

「リットリオさんの質問に、高雄秘書艦は答えませんでした。

 けれど代わりに、小さく息を吐きながら微笑を浮かべた瞬間に……」

 

 赤城の身体がブルリと震える。

 

 そして視線は倒れたままの高雄の身体に。

 

 放置しっぱなしというのは未だにどうかと思うのだが、触れてはいけない何かがあるような気がして、そのことを口にできない俺が居る。

 

 その時、何があったのかは、想像しかできない。

 

 だけど、おおよその予想は……つくだろう。

 

 実際、ザラとポーラは怯えた表情で俺を見つめており、時折リットリオへと視線を移していた。

 

「それから……高雄秘書艦は倒れ、リットリオさんは元帥に……その、抱きつきました……」

 

「ま、まぁ、今の状況を見ればなんとなく想像はつきますけど……」

 

 なんで、よりにもよって元帥なのかと小一時間問い詰めたい。

 

 いやまぁ、元祖スケコマシとか言われているから、あり得なくもないのだろうが。

 

 それに今回のリットリオやザラ、ポーラの視察だって、元帥が発端な訳なんだし。

 

 何らかの方法でリットリオと元帥が連絡を取り合い、恋仲にいたっていたというのは充分に考えられるんだろうね。

 

 ……あと、元帥の方に元祖という単語がつく理由については、問わないでいただきたい。

 

 俺は、決して認めていなんだけれど……ね。

 

 

 

 

 

 しかしまぁ、そうは言ってもだ。

 

 未だイチャラブ状態の元帥とリットリオを放置しておく訳にもいかず、どうにかしないといけないのは分かっている。

 

 だからこそ赤城は俺に連絡をよこして、ザラとポーラを呼んだのである。

 

 しかし、いきなり子どもである2人に頼むより、俺が先に動くのがあたりまえなんだよね。

 

「とりあえず、俺がまず説得してきます」

 

「申し訳ありませんが、お願いします……」

 

 赤城の言葉を背に受けながら、ゆっくり元帥とリットリオがイチャついている机に向かって行く。

 

「あははははー」

 

「うふふふふー」

 

 目の前ではなぜかお花畑が浮かびそうな、妙な空気に包まれていた。

 

 なにこれ、凄くウザい。

 

 ちょっと幼稚園まで行って、ロッカールームからジャベリンとか持ってきてぶっ放して良いかな?

 

「………………」

 

「………………え?」

 

 なんだか変な気がして振り向いてみたが、何も見えない。

 

 なんとなく、倒れている高雄が右手を少しだけ上げて、親指を立てていたような気がするんだけど。

 

 気の……せいだろうか?

 

 うーん……。

 

「う……っ」

 

 悩みながら前を向くと、リットリオが凄い形相で俺を睨んでいた。

 

 ちょっと、マジでこれはヤバイ。ガチで殺す気満々な目なんですけど。

 

 リットリオと元帥から半径数メートルの空間が絶対領域だと言わんばかりに、威圧感マシマシでぶつけられている気がします。

 

 もしかして、さっきの内心……読まれてたりするんでしょうか。

 

 ……いや、しかしだ。

 

 例えそうだったとしても、ここで引き下がるのはダメな気がする。

 

 単なる正義感とかそういうのではなく、リットリオとは別の脅威があるような、ないような。

 

 何を言っているのか分からないが、俺もサッパリだ。

 

 ただ、なんとなく。

 

 そうーー、なんとなくなんだけれど。

 

「元帥、ちょっといいですか?」

 

 むしゃくしゃしたとか、そういうんじゃない何かを感じたんだよね。

 

「んー、なにかな先生?

 僕は今、リットリオちゃんとラブラブするので忙しいんだけどー」

 

 元帥は気だるそうな顔を浮かべたが、俺の方を見ようともしない。そんな仕草にイライラとした気持ちが胸の中に充満する。

 

「イチャつくのは勝手かもしれませんが、1つ言わせて下さい。

 秘書艦である高雄さんが床で倒れているというのに、なんで放っておいているんですか?」

 

 俺の言葉にリットリオの威圧感が更に増す。

 

 だけど俺は元帥から視線を逸らさず、睨みを効かせた。

 

「説明して下さい。

 いくらなんでも、こんなのは元帥のやることじゃありません」

 

「ふうん……」

 

 目を細めた元帥は、やっと俺の方を見る。

 

「そりゃあまぁ、気にならないと言ったら嘘になるけどさー。

 さっきまで僕は高雄のお仕置きだと言われて木に吊るされていたし、毎日フルボッコな感じで殴られているんだよ?

 さすがにそんなのが続いたら僕だってちょっとばかりストレスを貯めちゃうし、たまにはこういった感じで発散させてもらわないとねー」

 

 言って、元帥はリットリオの方を向きニッコリと笑う。

 

「そうですよねー。

 元帥は今、私とラブラブするので忙しいんですからー」

 

 同じくリットリオも笑みを見せるが、チラリと俺の方へ視線を向けた。

 

 その目は決して笑ってはおらず、先ほどと同様に殺気に満ちている。

 

 これ以上近づけば、どうするか分からない。

 

 これ以上口を開けば、どうするか分からない……と。

 

 そのような意思がひしひしと感じ、俺は小さくため息を吐く。

 

 あまりのイライラ度合いに、虫唾が走るかのように。

 

 本当にジャベリン辺りをぶっ放したい。

 

 そんな怒りがこみ上げきて、頭より先に身体が動いてしまいそうになった時、

 

「先生……、ありがとうございます」

 

 俺の背に小さな声がかけられ、間を置いて肩に手が置かれた。

 

 赤城からの合図。それを感じた途端、俺は肩の力を落として振り向く。

 

 そしてコクリと頷き、元帥たちから離れることにした。

 

 

 

 

 

「やはり、先生では説得することは難しいみたいですね……」

 

「すみません……」

 

 落ち込み気味の口調で言った赤城に、俺は深々と頭を下げる。

 

「もともと先生にそこまで期待をしていた訳では……と言うとなにやら弊害がありますね」

 

「いえ、自ら言って出たのに、不甲斐ない結果で申し訳ないです……」

 

 赤城の言いたいことは分かるが、言葉にされるとやっぱり凹む訳で。

 

 でもまぁ、本来はリットリオと一緒に来たザラとポーラに頼みたいというのが赤城の気持ち。しかし、いきなり子供たちからというのは気が引けたので、俺が先に説得しに行ったのだが。

 

 結果は惨敗で、不甲斐ないったらありゃしないけどね。

 

「リットリオを説得できるのは一緒にきた子どもたちしか無理だと思います。

 勝手なお願いではありますが、お願いできないでしょうか……」

 

 気まずそうにザラとポーラを見ながら頼んできた赤城だが、内心思うところがあるのだろう。

 

 赤城もまた、元帥を慕う艦娘。秘書艦の高雄ならともかく、ぽっと出のリットリオといイチャついているに黙っていられる訳がない。

 

 しかしそれでも自ら向かわないのは、リットリオの強さを目の当たりにしたのか。

 

 それとも他に、理由があるのかもしれないが……。

 

「ザラ、ポーラ。

 今までの話を聞いて分かると思うんだけど、2人でリットリオを説得してくれないかな?」

 

 俺はすまないという気持ちを全面に出しながら、2人に頭を下げてお願いをする。

 

「うーん、それはその……分かるんですけど……」

 

 だが、ザラの反応はイマイチで。

 

「そうですねぇ〜。

 正直に言えば、難しいと思います〜」

 

 ポーラは首を横に振り、お手上げだと手を上にする。

 

 なんという無情……と、赤城は肩を落とす。

 

 しかし、それは仕方がないことだ。いくらリットリオと同郷で一緒に来たとはいえ、2人はまだ子どもなんだから。

 

「リットリオはポーラほどではないけれど、結構マイペースなんです。

 今までにも似たようなことがあったんですが、ザラが説得してもどうにもならなくて……」

 

 その言葉を聞き、赤城は小さく息を吐く。

 

 だがここで、ポーラが口を開いた。

 

「ねえねえ、ザラ姉様。

 あの方を呼べばいいんじゃないでしょうか〜?」

 

 ポンっと手を叩き、それが最善だと言うようにニッコリと笑みを浮かべると、ザラが少し驚いた表情を見せた。

 

「た、確かにそうだけど、今から呼んでも来るのは随分先になっちゃうと思うし……」

 

「ものは試しですよ〜」

 

 ポーラとは正反対の、少し気まずそうなザラ。

 

 いったいなんの話をしているのか分からないが、リットリオを説得できるのであればやってもらいたいところだ。

 

「先生、ちょっと電話を貸していただけないでしょうか〜」

 

「電話……って、コレでいいか?」

 

 ポーラの要望に答え、ポケットから携帯電話を取り出した俺は、開けてから受渡す。

 

「ぴぽぱぽぴ〜」

 

 なぜダイヤル音を口に言うのか分からないが、今は突っ込まない方が良いだろう。

 

「とぅるるるる〜、とぅるるるる〜」

 

 だから、なぜに口で言うのか。

 

 でも地味に可愛いから許すけど。

 

 むしろ全力で。

 

 もっとやって下さい。

 

「あっ、繋がりましたね〜。

 もしもし〜、ポーラですよ〜」

 

 ポーラは電話越しの相手と挨拶を交わし、なにやらゴニョゴニョとしゃべり始めた。

 

「はい〜、そうですね〜。

 でもポーラは、ぶどうジュースなんかで酔わないですよ〜?」

 

 それは嘘だと叫びたいが、必死で我慢する。

 

 ザラも同じ気持ちなのか、ジト目を浮かべていた。

 

 ううむ。気苦労の多い姉だよなぁ……。

 

 この件が落ち着いたら、少し相談に乗ってあげた方が良いかもしれない。

 

 でも、ザラもポーラもすぐに帰っちゃうから、それも難しいか……。

 

「ええ、そうです。

 そういう感じで、よろしくですよ〜」

 

 少しばかり考えていると、どうやらポーラは電話を終えたようだ。

 

 電源ボタンを押して通話を終了させ、俺に携帯電話を返しながら答える。

 

「バッチリおっけーみたいです〜」

 

 満面の笑みで、右手でピースサインを作るポーラ。

 

「運良く遠征で近くにいるみたいで、こっちに向かってきてくれるみたいです〜」

 

「えっ、そうなの!?」

 

 驚くザラに、ドヤ顔を浮かべたポーラはゴソゴソと懐を探り、

 

「それじゃあ待っている間、ぶどうジュースで晩酌です〜」

 

 晩酌って言っちゃってるんですけど。

 

 ……というか、まだ夜になっていないので、その言葉は間違っているんだけどさぁ。

 

 まぁ、ポーラの言う通り少し待ってみるしかないみたいなので、仕方がない。

 

 俺はザラと赤城に顔を合わせ、苦笑いをした。

 




次回予告

 ポーラの策が功をそうするかどうか。それは、呼んだ相手が来ないと分からない。
そしてやったきた待望の艦娘は、初っ端からかましてくれちゃいました。

 更には、すっかり忘れ去られていた艦娘まで大暴れで……?


 艦娘幼稚園 第三部
 ~パスタの国からやってきた!〜 その9「新たな争奪戦?」


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その9「新たな争奪戦?」

 ポーラの策が功をそうするかどうか。それは、呼んだ相手が来ないと分からない。
そしてやったきた待望の艦娘は、初っ端からかましてくれちゃいました。

 更には、すっかり忘れ去られていた艦娘まで大暴れで……?


 

 俺たちに少しだけ待ってほしいと伝えたポーラは、懐から取り出したぶどうジュースを片手に晩酌? を開始し始め、早2時間。

 

 その間、リットリオと元帥のイチャつきは止まることなく続けられ、正直考えるのも面倒くさくなってくる。

 

 もうこの際、放っておいて退出したら良いんじゃないだろうかと思ってみたものの、赤城のお願いを無視する訳にもいかないのでそれはできず。

 

 更に言えば、未だに高雄が倒れたままなんだけど、マジで大丈夫なんだろうか。

 

 でも、何か触れてはいけないような雰囲気がするんだよなぁ……。

 

 それがリットリオの威圧感なのか、それとも別のモノなのかは分からないけれど。

 

 ……まぁ、赤城が黙っている以上、俺から何かをするのは止めておいた方が良いと思う。

 

 とまぁ、そんな感じで時間を持て余しつつ、ポーラから少しばかりぶどうジュースを分けてもらったりしていたところで、急に扉が開いた。

 

「失礼するわ」

 

 やや低めの声が聞こえ、女性が部屋に入ってくる。舞鶴鎮守府で見たことのない姿だが、リットリオによく似た服装をしているところから、ポーラが呼んだであろう艦娘なんだろう。

 

 ただ、気になるのは……、

 

 

 

 ドオォォォンッ!

 

 

 

 

 艤装を装備したままなんですが……って、いきなり砲弾発射したんですけど!?

 

「うひゃあっ!?」

 

 リットリオとイチャついていたところ、いきなりすぐ側に放たれる砲弾。爆音と共に大きな穴とひび割れが壁にできる。

 

 そして大声をあげた元帥と、驚愕した面持ちで固まるリットリオ。

 

 もちろん、俺と赤城も同じように固まっているが、なぜかザラとポーラは若干呆れぎみ表情を浮かべていた。

 

「姉さん、いったい何をしているのかしら?」

 

「ろ、ろ、ろ、ローマ!

 ど、どうしてここにいるの!?

 と言うか、なんでいきなり撃ったの!?」

 

「どうせ話しかけても気づかないだろうと思ったからよ」

 

「「………………」」

 

 固まるリットリオの口は開いたままで、元帥も身動き一つできないでいる。

 

 もちろん先ほどと同様に俺や赤城も同じだが、1つ言わせてくれ。

 

 問答無用にもほどがあるんですけどーーーっ!

 

 つーか、自分が所属している鎮守府ならともかく、いきなり他所……どころかここの最高司令官である元帥の真横で砲弾をぶっ放すなんて、正気の沙汰じゃないぞ!?

 

 そして、「やれやれですねぇ〜」とお手上げのポーズを取っているポーラも、分かっていたのなら止めるくらいのことはしてくれないかなっ!

 

「とりあえず何だか分からないけど、妙にむしゃくしゃするから全弾発射して良いかしら?」

 

「それはマジでヤバイので勘弁して下さい!」

 

 このままでは本当に元帥が死んでしまうかもしれないので、俺は慌てて暴走しようとする艦娘を止めようと声をあげた。

 

「……なに?

 私に用でもあるのかしら?」

 

「こんな状況で用事がないって方がおかしいでしょうがーーーっ!」

 

 いつ俺に向けて砲弾が飛んでくるか分からない状況にビクビクしながら止めに入ったところで、艦娘の眉がピクリと動く。

 

「とにかく、物騒な艤装を構えず、話を聞いて下さい!」

 

「………………」

 

 俺の言葉に艦娘はすぐに返事をせず、なぜか頭から爪先まで見下ろした後、

 

「仕方ないわね……。

 良いわ、話してちょうだい」

 

 気だるそうな顔をしながら腕を組んだところで、俺はホッと胸を撫で下ろした。

 

 

 

 

 

「なるほど。そういうことだったのね」

 

 赤城から聞いた経緯を話し、ついでに簡単な自己紹介をしたところ、目の前の艦娘がリットリオの妹であるローマだと知った。

 

 そんなローマは俺の説明を聞いて組んでいた腕を解き、眉間のシワを右手の指で摘みながら深いため息を吐く。

 

「つまり姉さんは視察と言いながら、実際は元帥に会いにきた。

 そしてひと目で惚れ、秘書艦の高雄さんをぶちのめして、その座を奪ったと」

 

「う”っ……」

 

「視察という言い訳を成立させるため、ザラとポーラまで巻き込むなんて、何を考えているのかしら……」

 

「そ、それは……その……」

 

 明らかに気まずいです……といった風にローマから視線を逸らそうとするリットリオ。しかし、ローマの眼力の前にそれも叶わず、ビクビクと身体を小刻みに震わせることしかできないようだ。

 

 ただし、元帥の身体に抱きついたまま。

 

 地味に羨ましいと思ってしまうが、状況が状況なだけに心の中に秘めておくしかできない。

 

「弁明はあるのかしら?」

 

「え、えっと、うーん……」

 

 言い訳が浮かばないのか、リットリオは頭を捻りながら何度も元帥とローマの顔に視線を行き来させる。

 

 しかし一向に言葉は出てこず、ローマが「そう……」と言って、もう1度ため息を吐いた。

 

「姉さん、いっぺん……死んでみる?」

 

「……っ、……っ!」

 

 とんでもないローマの発言に、激しく首を左右に振りまくるリットリオ。

 

 実際のところ、開口より先に砲弾をぶっ放しているローマを見た俺にとっては、本当にやりかねないと冷や汗ダラダラだ。

 

 ちなみに元帥はリットリオに抱きつかれいる力が強まったのか、場所が悪いのか、首がだらんとなって気絶中。口から泡を噴いているのはいつものことだから大丈夫だろう。

 

 しかし……なんだ。

 

 簡単な自己紹介だったので想像も絡むのだが、姉であるリットリオに対して妹のローマが圧倒的に強すぎるというのは、いったいどういうことなのだろう。

 

 俺の横でやや疲れ気味な表情を浮かべているザラと、緊張感なくぶどうジュースを飲みながらくつろいでいるポーラとの姉妹とは、正反対の立ち位置というのは、色んな意味で面白いと言うかなんと言うか。

 

 ………………。

 

 でもまぁ、親交があるとはいえ、いきなり他国の鎮守府……ましてや最高司令官の元帥がいる執務室で砲弾をぶっ放すなんてことは、軍法裁判待ったなしだと思うんだよね。

 

 ………………うん。

 

 やっぱりこれって、マジでやばくないか……?

 

 あ、でも、秘書艦の高雄を救うためと言えばなんとかなるかもしれないけれど。

 

 いやしかし、その場合はリットリオが裁判行きか。

 

 ………………。

 

 どっちにしても、詰んでいるとしか思えないんだが。

 

「ふぅ……」

 

 そんな俺の気を知ってか知らずか、ローマは何度目か分からないため息を吐く。

 

 そしてなぜか、俺の方に顔を向けた。

 

「姉さんがマイペースなのはいつものことだから、どうでも良いのだけれど」

 

「……へ?」

 

 俺に向けられる真剣な眼差し。そのまま歩み寄ってくるローマ。

 

「え、え、え……っ!?」

 

 狼狽えているうちに、目と鼻の先に立ったローマが俺に視線を合わせる。

 

 身長差はほとんどなく、水平に絡み合う視線。これが恋愛沙汰ならまだしも、つい先ほど砲弾を発射した艤装を装着したままのローマなのだから、怖いったらありゃしない。

 

「あなたが……先生ね」

 

 不機嫌そうな顔で、ローマが俺に問う。

 

「は、はい……。そ、そうですけど……」

 

 思わず答えたが、俺はローマと面識がない。それなのに、なぜ俺のことを知っているのだろうか?

 

「この前の試合、しっかりと見させてもらったわ」

 

「し、試合って……まさか……」

 

「ええ、そう。

 観艦式の合間に行われた、鎮守府最強トーナメントの決勝戦よ」

 

「………………え?」

 

 あれってただのお遊びだったんじゃ……。

 

 あっ、そういえば変態作業員が、なにやらごちゃごちゃと言っていた気もしなくもないけれど……。

 

 いや、しかしそうだったとしても、初戦が決勝ってどういうことなのさ!?

 

「………………(ぶくぶく)」

 

 問い詰めようと思って元帥の方を見たが、未だ気絶しっぱなし。

 

 普段なら即座に復活するはずなのに、リットリオに締め続けられているからなんだろうか。

 

 いくら不死身だと言われていても、ちょっとばかりヤバイ気もしなくもないのだが。

 

 ……まぁ、元帥だから別に良いか。

 

「あの試合、本当に見ごたえがあったわ。

 人間同士とは思えない戦いに、思わず血潮がたぎったもの」

 

「は、はぁ……。ありがとう……で良いのかな……?」

 

 どう反応して良いのかわからないけれど、褒められたとは思うので小さく頭を下げよう……と思った瞬間、

 

 

 

 ブオンッ!

 

 

 

「うおっ!?」

 

 唐突に嫌な感じがした俺は、半ば無意識に体重を後ろに倒してローマから距離を取る。

 

 下から上へ、目の前を過ぎ去っていく一筋の線。それは、ローマのつま先だった。

 

 そして俺の視界には、めくれ上がったスカートの中身が……。

 

 ………………。

 

 純白だった。

 

「この程度の蹴りなら余裕で避けるとは、さすがね」

 

「いえいえ……って、謙遜とかそんな場合じゃなく、なんで蹴ったの!?」

 

 叫んではみたものの、気づけば俺の身体は構えを取っており、軽くステップを踏んでいた。

 

 これもまた、ビスマルクとの闘争が身に染み込んでしまった弊害。マジでいったい、どうしちまったんだよ俺は。

 

「もちろんそれは、先生の実力を知るためよ」

 

 言って、ローマもまた構えを取る。

 

「なんでいきなりバトルを起こす気満々なんですかっ!」

 

「そんなことも分からないのかしら?」

 

 小刻みなステップを刻みながら、ローマは小さく息を吐き、

 

「私より強い相手を……探しているからよ」

 

 そして、一気に俺との距離を縮めるため、足に力を込めた……が、

 

「はあっ!」

 

「ぐうっ!?」

 

 いきなり横方向へ吹っ飛ぶローマ。

 

「………………えええっ!?」

 

 そして驚く俺。同じく固唾を呑んで見守っていた赤城やザラ、ポーラの目が大きく見開かれ、完全に固まっていた。

 

「ふぅ……。狸寝入りも楽じゃありませんわね」

 

「た、高雄……さんっ!?」

 

 執務室に入ってきてからずっと床に倒れていた高雄が、いつの間にか復活していて首をゴキリと鳴らしながら、元帥とリットリオの方を見る。

 

「元帥がどういう態度を取るのかをしばらく観察するつもりでしたけれど、気絶しているだけで面白くもなんともありませんでしたわ」

 

「そ、それじゃあ気絶していたフリだったんですか……?」

 

「リットリオのラリアットは少々効きましたが、アレ1発でノックアウトする方が馬鹿め……という感じですわ」

 

 視線を強めてリットリオを見ていた高雄だったが、まずはやらなければいけないことがあるという風に、吹っ飛んだローマの方へと向かう。

 

「……くっ」

 

 痛みに顔を歪ませたローマが立ち上がろうとしているが、どうやら身体が思うように動かないようだ。すぐ横の壁には激突した衝撃で大きなヒビが入っており、高雄の攻撃がどれほど凄いものだったかを物語っている。

 

「しかしそれでも、さすがはパスタの国の戦艦と言うだけはありますわ。

 私の一撃を受けてもなお、気絶しないのですから」

 

 フンッ……と鼻で笑った高雄は、ローマの胸元を掴んで無理やり起こす。

 

 今回の原因を作ったのはリットリオだが、ローマもまた元帥に向かって砲弾を発射した艦娘。まずは脅威を排除しようとしたのは分からなくもないけれど、高雄も同じく問答無用って感じだよね!?

 

「元帥に直撃させなかったのは残念ですが、先生に危害を与えようとするのはいただけません」

 

 ……と思ったら俺のためだったらしい。

 

 なんだかちょっと嬉しいけれど、元帥の立場はどれだけ弱いのだろうか。

 

「まだ……やりますか?」

 

「……当たり前でしょう。

 不意打ちを食らって寝ていられるほど、私はそんなに……」

 

 

 

 ゴッシャアッ!

 

 

 

「〜〜〜〜〜ッ!」

 

 再び吹っ飛ぶローマが、壁に背中を激しく叩きつけた。

 

 先ほどよりも大きなヒビが生まれたが、それ以上に俺が驚いたのは、

 

「い、いったい高雄は、何を……」

 

 見えなかった。

 

 高雄がローマにはなった攻撃が、いったいなんであったのか、サッパリ分からなかったのだ。

 

 プロレスの時、安西提督が放ったマッハ突き。

 

 元帥に幾度となく叩き込まれた10連コンボ。

 

 今まで見てきたいくつもの打撃より速く、そして強烈だった。

 

 そして……高雄は再びローマの胸元を掴み、無理矢理起こす。

 

「まだ……やりますか?」

 

「……も、もう……さすがに……」

 

 そりゃそうだ。

 

 ローマのダメージが大きいのは一目瞭然。

 

 いくらなんでも、その状況から再び戦おうなんて……、

 

「……っ!?」

 

 無理だーーと思っていた俺の視界に、ローマの動きが映り込む。

 

 もはや瀕死と言っても過言ではないのに、高雄に一矢報いようと、

 

「やられたままじゃ、いられないわっ!」

 

 目を光らせ、渾身のアッパーカットを放つ。

 

「……で、しょうね」

 

 ……が、それも無駄に終わっていた。

 

 まるで興味がないといった風な表情で、ほんの少し顔を左に逸らす。

 

 たったそれだけで、ローマのアッパーカットは空を切っていた。

 

「……っ!?」

 

 更には、ローマの身体がビクリと大きく震える。

 

 見れば、高雄の拳はローマのみぞおちに吸い込まれており、

 

 

 

 ……ドサッ。

 

 

 

 そのまま、床へと倒れ込んでいた。

 

「これで、ジ・エンドですわね」

 

 肩をすくめ、ため息を吐く高雄。

 

 気絶した元帥は怯えて震えるリットリオに抱かれたまま。

 

 俺も赤城も、ザラもポーラも、身動きできずに固まっている。

 

 これが舞鶴鎮守府の最高司令官である元帥の秘書艦、高雄の実力なのか……。

 

 ほんの少しの戦いを見ただけで、絶対に歯向かわないでおこうという気持ちが心に刻まれた瞬間であった。

 

 

 

 あと、元帥の顔が真っ青なんだけど、マジで死んでないよね……?

 

 

 

 

 

 後の話。

 

 騒ぎを起こしたリットリオ、そしてそれらを更に大きくしてしまったローマの両名は裁判に送られることもなく、まさかの無罪放免だった。

 

 高雄曰く、お仕置きは済みましたからとのことだが、早々に執務室から退出させられた俺たちに何があったのかを知る由もない。

 

 気絶したローマ、怯えたままのリットリオ、そして気絶しっぱなしの元帥に、鬼神の高雄。

 

 それらがいったい、あの後の執務室でどうなったのかは想像することすらおぞましい。

 

 ザラとポーラも怯えまくってしまった為、さすがに視察を進めることができずじまい。お腹が減りまくっていた赤城と一緒に、やや早めの夕食を食べに鳳翔さんの食堂へ行くことになった。

 

 昼食に引き続いてだったものの、美味しい料理を食べれば怯えも少しは解消できるもの。ザラは中華セットに夢中となり、ポーラは完全におつまみとぶどうジュースの打ち上げモードに浸っていた。

 

 ただ、赤城の食べっぷりを見た2人が、別の意味で怯えていたのは仕方がないことだったのだが。

 

 少しは自重しろと、ブラックホールに言いたい。

 

 たぶん……無理だけど。

 

 その後、2人を宿泊予定場所である艦娘寮に連れていき、赤城とタッチ交代。

 

 寮内に俺は入れないとはいえ、赤城の側に近寄りたがらないザラとポーラが、すがるような目を向けていたのは少々悪い気がしたんだよね。

 

 視察の予定は1泊2日。

 

 後になって分かったとはいえ、リットリオとポーラがどうなるか不明だった以上、場合によっては子どもたちを先に帰すことになるかもと思われていたのだが……、

 

 

 

「不本意だけど、舞鶴鎮守府に所属することになったわ」

 

 

 

 次の日の朝。自室がある建物から出たところで、いきなり現れたローマが腕を組みながら鋭い目つきでそう言った。

 

 なんで、そんなことになっているのかさっぱり分からない。

 

 詳しく聞いたところ、今回の騒ぎを聞きつけたパスタの国の提督が命令を下したらしい。

 

 その内容は、負けた相手をギャフンと言わせるまで帰ってくるな。

 

 そしてその原因を作ったリットリオもまた、同じく帰還できないという。

 

 つまりそれは、一緒について着たザラやポーラも同じであり、

 

 結果、艦娘幼稚園に通うことになったのである。

 

 

 

 ……マジか。

 

 

 

 新たなる火種が、ばら撒かれたって感じじゃね……?

 

 

 

艦娘幼稚園 〜パスタの国からやってきた!〜 完




次回予告

 執務室の人悶着があった翌日、ローマから知らされた状況により、新たな問題に直面する。

 ザラとポーラ、どの班に入れたら良いんだろう?
そして2人を子どもたちに紹介したら、案の定という訳で……。


 艦娘幼稚園 第三部
 ~ザラとポーラはどの班に?〜 その1「新たなイベントもいつも通りに」


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〜ザラとポーラはどの班に?〜
その1「新たなイベントもいつも通りに」


 執務室の人悶着があった翌日、ローマから知らされた状況により、新たな問題に直面する。

 ザラとポーラ、どの班に入れたら良いんだろう?
そして2人を子どもたちに紹介したら、案の定という訳で……。


 

 リットリオの秘書艦強奪事件の翌日、幼稚園へ出勤しようとした俺の前に現れたローマから舞鶴鎮守府に所属することとなった説明を聞き、非常に驚いた。

 

 まず、あれだけの問題を起こしたリットリオ、ローマの両名は、高雄秘書艦の計らいもあって処分なし。ぶっちゃけありえないと思うのだが、後から聞いた話だと、お返しはしたので大目に見てあげます……だそうだ。

 

 まぁ確かに、ローマは高雄から受けた複数の打撃によって昏倒したので、お返しと言えばそうかもしれない。しかし、リットリオの方はどうなったのか、未だに分からないままである。

 

 そして、リットリオ、ローマの2人が所属していた鎮守府の提督は、2人の不甲斐なさに怒ったのか、帰還を許さなかったらしい。

 

 曰く、『負けた相手をギャフンと言わせるまで帰ってくるな』だそうだが、それってつまり、永久に帰れない可能性すらあるのではないかと、色んな意味で可哀相に思えてしまう。

 

「もちろん私もこのままおずおずと帰るつもりなんてないから、この命令はありがたかったわね。

 そういう訳で、しばらくこの鎮守府で厄介になるから、挨拶にきたの」

 

「は、はぁ……。

 それはまぁ、ご愁傷様ですと言うか、なんと言うか……」

 

 いったいどう答えれば良いのか、サッパリ分からないのだけれど。

 

 俺の言葉を聞いたローマが不快感を露わにしていないから、たぶん大丈夫なんだろう。

 

「そういう訳で、姉さんが一緒に連れてきたザラとポーラも幼稚園に通うことになったわ。

 悪いんだけど、よろしくお願いするわね」

 

「そういうことなら、任せて下さい」

 

「そう。

 良い返事ね」

 

 ふぅ……と、小さく息を吐いて肩の力を抜いたローマは、ほんの少し口元を釣り上げる。

 

「それと、もう1つ……」

 

「言っておきますけど、高雄さんの弱点を教えろっていう話なら無理ですよ?」

 

 恩のある高雄を売ることはできないと、俺はローマに前もって言っておく。

 

 ……まぁ、本音を言えば高雄の弱点なんて全く思いつかないのだが。

 

 だがしかし、元帥の弱点ならいくらでも教えてあげるけどねー。

 

「そんなつもりは全くないわ。

 仮にアイツの弱点を知ったとしても、正面から正々堂々と戦って勝たなければ納得できないもの」

 

 言って、ローマは敵意を込めた視線を執務室がある建物へと向ける。

 

 その言動は、下手をすれば戦闘狂。いわゆるバーサーカーってやつだが、ローマから感じる威圧感も伴って、思わず冷や汗をかいてしまう。

 

「そのためには、今までよりもハードな訓練が必要よ」

 

「はぁ、そうですか……」

 

 できるだけ危ないことからは避けたい俺は、半ば力のない返事をしたものの、

 

「だから、先生には訓練の協力を頼もうと思っているわ」

 

「………………はい?」

 

 いったい何を言っているんでしょうか。

 

 全くもって理解できません。なんでそんな危なっかしそうな訓練を俺なんかに頼むんだろう。

 

 ローマは艦娘であるからして、人間である俺がちょっとばかり手伝ったところで、邪魔にしかならないと思うのだが。

 

「なによ、その目は」

 

「いや、だってそうでしょう?

 俺なんかがローマの訓練を手伝ったところで、足手まといにしかならないでしょうに……」

 

 更に言うなれば、ビスマルクで懲りているからやりたくないんだけどね。

 

 まぁ、流石にこれを声にすれば厄介事が舞い込みかねないので、固く口を閉ざした訳だが。

 

「そういうことなので、訓練の協力は……」

 

「何を言っているのかしら。

 あなたは少し前に行われた、鎮守府最強トーナメントの優勝者でしょう?」

 

「いやいや、だからあれはたまたまというか、半ば強引に出場させられただけであって……」

 

「私の前で謙遜なんかしなくて良いの。

 現に昨日、私の攻撃を見事に躱したじゃない」

 

「それは……なんというか、そのですね……」

 

 つい数ヶ月前からほぼ毎日、ビスマルクの襲来に対応していましたなんて言ってしまったら最後、間違いなく訓練に連行されてしまいそうだ。

 

 しかし、ここはどんな言い訳で逃げれば良いんだろうか……と思っていたところ、

 

「………………あっ!」

 

 腕時計の針が、ヤバイところまで回っている。

 

 これはつまり、久しぶりに……遅刻の危機じゃん!

 

「す、すみません!

 幼稚園の出勤時間が迫ってきているっていうか、すでにギリギリなので!」

 

「あっ、ちょっと待ちなさいよ!」

 

 腕を伸ばして捕まえようとするローマをかいくぐり、俺は急いで幼稚園へと駆け出す。

 

「チッ……、仕方ないわね。

 けど、まだ諦めた訳じゃないんだから……」

 

 なにやら嫌な予感しかしない言葉が背後から聞こえてきたけれど、それよりも朝の会議に遅刻をしてしまう方がヤバイと思った俺は、久しぶりに鎮守府内を全力疾走することになってしまったのであった。

 

 

 

 

 

「さてはて、どうしましょうかねぇ〜」

 

 スタッフルームで行う朝の会議になんとか間に合ったものの、新たな問題に直面していた。

 

 もちろん議題はザラとポーラが幼稚園に通うことなのだが、悩む点はそれじゃない。

 

「2人ヲ、ドノ班ニ入レルベキナノカ……」

 

「普通に考えれば海外から来たんですし、ビスマルクさんの班ですよねぇ……」

 

「私は別に構わないわよ」

 

 ビスマルクは全く悩む素振りを見せず、普段通りに言う。

 

 しかし俺を含む他の教員は、揃って頭をひねらせていた。

 

「いや、もうちょっとよく考えるべきですよね。

 俺が考えるに、ザラとポーラに相性が良い子がいる班がベストだと思うんですが……」

 

「前もって入園が決まっていたなら、下調べをしておくんですけど……」

 

「聞イタノガツイ先ホドダカラ、仕方ナイワネ……」

 

「しおいも同じく、ここにきてから知りましたし……」

 

「だから、私の班で良いじゃない」

 

 なぜそんなに迷うのかしら……? と、若干不満げな顔のビスマルクだが、確かにしおいが最初に言った通り、ザラとポーラはパスタの国の艦娘。距離が近いことを考えれば、ビスマルクの班に入れるのが妥当だとは思えるのだが、やっぱり不安は残るのだ。

 

 もちろんその理由は、教員の中で1番信頼が薄いからなのだが。

 

 そりゃあもう、底辺レベルを直進中。場合によっては更に下へ潜りかねない。

 

 なんでそんなビスマルクを教員として採用したのかと問われれば、ぶっちゃけ答えに詰まってしまうのだが、佐世保幼稚園のころから担当している以上、無碍にクビを切るなんてこともできないんだよね。

 

 まぁ、元帥と安西提督の関係もあるだろうし。

 

「それじゃあ……そうですねぇ〜。

 こういうのって、どうでしょうか〜」

 

 しばらく考え込んでいた俺たちに向かって、愛宕が人差し指を立ててニッコリと笑い、説明をし始める。

 

「先ほどから色々と考えていましたけど、1番大切なのはザラちゃんとポーラちゃんが伸び伸びと楽しく暮らせるかどうかだと思うんですよね〜」

 

「確カニ、気ヲ使イスギテ窮屈ニ暮ラスノハ可哀相ダカラネ」

 

「その通りですね〜。

 それにはやっぱり、2人と相性の良い子が誰なのかを調べる必要がありますけど、それをする時間がほとんどありません」

 

「そんなの、ぶっつけ本番でやれば良いじゃない。

 合わないなら合わないで、面と向かってやりあえば良いだけの話よ」

 

 過激な発言をするビスマルク。

 

 だからお前はダメなんだ……と言いかけたところで、愛宕がパンッ! と両手を合わせた。

 

「ええ。

 ですから、試してみれば良いと思うんですよ〜」

 

「「「「……へ?」」」」

 

 俺と港湾、しおい、それにビスマルクの4人が、ぽかーんと口を開いて固まるが、愛宕は気にせず話を続ける。

 

 いや、それ以前に、言い出したビスマルクまで固まるってどういうことだよ。

 

「当たって砕けろではないですけど、分からないなら試してみる。

 サポートで頑張ってくれている先生と一緒に、各班にお試し加入をしちゃえば良いかと思うんですよ〜」

 

「ナルホド……。

 ソコデ相性ノ良イ子ヲ見ツケツツ、ドノ班ガベストナノカヲ調ベルノネ」

 

「港湾先生、大正解で〜す」

 

 ぱちぱちぱち〜と言いながら、拍手をする愛宕が満面の笑みを浮かべる。

 

 確かに愛宕が説明した通り、ぶっつけ本番ではあるものの、実際に試してみれば相性は分かる。それに、ザラとポーラの2人に面識がある俺が一緒についてフォローをすれば、いきなりやってきた幼稚園という不安も少しは紛れるのではないだろうか。

 

 それには俺の頑張りが必要不可欠ではあるが、ビスマルクの班に放り込むよりかは断然マシだ。

 

「若干腑に落ちない点はあるけれど、それなら納得できるわね」

 

 そして珍しくすんなりと受け入れたビスマルクに、少しばかり関心しかけた俺だったのだが、

 

「つまりそれって、私の班にも先生がサポートに来るってことよね?」

 

 言って、目をキラーンと光らせるビスマルク。

 

「………………」

 

 あー、うん、まぁなんだ。

 

 ビスマルクの班だけ、やらなくても良いんじゃないかな?

 

「もちろん愛宕が言った通り、全部の班を試すのよね?」

 

「ええ、そうですよ〜」

 

「……くっ」

 

 まるで俺の心を見透かしていたかのようにビスマルクが愛宕に問い、思わず苦悶の表情を浮かべてしまう俺。

 

「マァ……ナンダ。

 頑張レ、先生」

 

「……はい」

 

 港湾に肩をポンと叩かれた俺は、大きなため息を吐きながら肩を落とすのであった。

 

 

 

 

 

 ……と、いうことで。

 

 ザラとポーラをどの班から試すかよりも先に、やらなければいけないことがある。

 

「みなさん、おはようございます〜」

 

「「「おはよーございまーす」」」

 

 元気良く挨拶をする子供たち。

 

 そう、今は朝礼の時間。幼稚園にきた子どもたちが一同に集まるのは毎日の日課であり、様々な連絡をする時間でもある。

 

「今日は少し曇り空ですが、みなさんには良いお知らせがあります〜」

 

 そう言った愛宕が笑ったのを見た天龍が、真っ先に声をあげた。

 

「おっ、このパターンは……アレじゃねえか!?」

 

「新しい子がきたんですかネー?」

 

「この前は佐世保からプリンツちゃんたちが一斉にきたから、今度は1人か2人くらいっぽい?」

 

 盛り上がる子どもたちに思わず俺も嬉しくなる反面、若干の不安が心のよぎる。

 

「はいは〜い。

 嬉しいのは分かりますけど、話を聞きましょうね〜」

 

 パンパンと手を叩く愛宕の合図とともに子どもたちの声がピタリと止み、話が再開された。

 

「今回はパスタの国から2人のお友達がやってきてくれました〜。

 みなさん、仲良くしてあげて下さいね〜」

 

「「「はーい!」」」

 

 子どもたちは一斉に手を上げ、にこやかに返事をする。

 

 しかしその中に、少し浮かない顔をしている1人の子ども。

 

 やはり、俺の嫌な予感は的中してしまうのだというのだろうか。

 

 いや、まだ分からない……が。

 

「それでは早速、部屋に入ってきて下さい〜」

 

 愛宕が合図を送り、部屋に入る扉がゆっくりと開く。

 

 そうして入ってきたザラとポーラが俺の前を通り過ぎ、愛宕の隣に立とうとした時に……事件は起こった。

 

「アッ!

 アノ2人ハ昨日ノ……!」

 

 頭についた2本の触手が天井に向かって伸び、表情を険しくするヲ級。

 

 やはり、こうなってしまうのか……。

 

「おいおい、知ってるのかよ、ヲ級?」

 

「ウム……。

 オ兄チャンニ色目ヲ使ッテイタノト、ソノ……昼間カラ飲ンダクレテイタ2人ダネ」

 

 いつぞやの夕張のように。はたまた、どこかの塾に通う物知り学生のように、ヲ級は低いトーンで話したところ、

 

「なっ!?

 ザラは、先生に色目なんか使っていませんっ!」

 

「ポーラは飲んだくれじゃないですぅ〜」

 

 ザラとポーラが反論し、一気に子どもたちがざわつき始めた。

 

「また先生が新しい子に手を出したのかな……?」

 

「飲んだくれって、鳳翔さんの食堂にいる髪の毛がトゲトゲのお姉さんみたいな感じ……?」

 

 またしても勝手に広がっていく俺の悪評に凹んでしまいたくなるが、隼鷹の扱いもある意味可哀相な気がする。

 

 いやしかし、ほぼ毎日食堂で飲み明かしている隼鷹を見る機会は多いから、それもまた仕方がない。それに、ポーラも食堂で隼鷹たちと一緒に飲んだ挙句、幼稚園の前で酔っ払ったサラリーマンのようにぶっ倒れていたのは間違いないからね。

 

 ただし1番最初のやつ、それはダメだ。

 

 俺はザラに手を出してなんかいないし、そもそも教員としての立場をちゃんと弁えているからね。

 

「くっ……、また先生は新しい女を作ったっていうのかよ……っ!」

 

「佐世保から連れてきたのもそうでしたケド、ちょっと最近お痛が過ぎますネー……」

 

「これは少しばかり、釘を刺したほうが良いんじゃないかな……」

 

「イザトナッタラ、僕ノ触手羅漢撃デ……」

 

 おいおいおいおい、死ぬぞ俺。

 

 一部の……というか、いつもの子どもたちである天龍、金剛、時雨、ヲ級が、なにやらヤバイことを言いまくっているんですが。

 

 そしてヲ級よ。マジで怖いから頭についている触手をウネウネさせるのを止めなさい。

 

「……マックス、どう思う?」

 

「先生の節操なしはいつものことだけど、いくらなんでも目に余るわね」

 

「しかも今回は私たちと同じ海外の……。

 このままじゃあ、私の威厳が無くなっちゃいます!」

 

 そしてビスマルク班の子どもたちも感化されてか、俺とザラを交互に睨みながら半端じゃない威圧感を放っているんですけどっ!

 

「ところで、プリンツに威厳って……ありましたっけ?」

 

「ろーちゃん酷い!?」

 

「そうですって?」

 

 ある意味空気を読まないろーのおかげで若干雰囲気が緩まったものの、このままでは本当にやばいんじゃないだろうか。

 

 ザラとポーラをどの班に入れるかの段階よりもまず、俺が今日という日を無事に過ごせるかを考えなきゃいけないんじゃないですかねぇっ!?

 

「なんだか先生って、とんでもない人に見えてきちゃった気がする……」

 

「ポーラは最初っから、怪しいと思っていました〜」

 

 いやいや、ちょっと待って。

 

 ポーラにそんな素振りは全くなかったと思うんだけど、今の言葉ってマジなのか!?

 

「あらあら〜。

 みんな元気ですねぇ〜」

 

 そしてそんな子どもたちを微笑ましく見つめる愛宕……ではなく、明らかに禍々しいオーラが見を包みだし、

 

「でも、今は朝礼の時間ですよ〜?」

 

 その言葉が放たれた途端、部屋の中が静寂に染まったのはいつものことで。

 

 

 

 ……と、踏んだり蹴ったりな俺が内心凹みっぱなしで朝礼は終わったが、幸先が悪すぎる1日の予感に胃がキリキリと痛んでいましたとさ。

 




次回予告

 いつもの朝礼ざわざわタイム。
ついでに愛宕の力を見せつけて、ザラとポーラの臨時加入を開始する。

 さあ、果たして無事に授業が進むのでしょうか……?


 艦娘幼稚園 第三部
 ~ザラとポーラはどの班に?〜 その2「愛宕班の通信授業」


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その2「愛宕班の通信授業」

 いつもの朝礼ざわざわタイム。
ついでに愛宕の力を見せつけて、ザラとポーラの臨時加入を開始する。

 さあ、果たして無事に授業が進むのでしょうか……?


 朝礼の後、再びスタッフルームに戻った俺は、愛宕にザラとポーラを各班に臨時加入させるという予定を変更するべきだと提案した。

 

 もちろんその理由は、ヲ級の言葉によってほとんどの子どもたちがザラとポーラに偏見とも取れる目を持ってしまったのではないだろうかということなのだが、

 

「その必要はありませんよ〜?」

 

「い、いやしかし、今の状況ではザラとポーラに威圧的な子どもが……」

 

「先生の気持ちは分からなくもないですけど、大丈夫だと思います〜」

 

「佐世保の子どもたちが来た時より随分とマシって感じがしますもんね〜」

 

「い、いや、あの時は人数も多かったですし……」

 

「ムシロ、身カラ出タ錆ッテコトデ、先生自信ノ心配ヲシタ方ガ良イノデハ?」

 

「うぐ……」

 

 愛宕に加えて、しおいや港湾にまで反対意見を言われてしまえば、これ以上の太刀打ちは難しい。

 

「港湾の意見に賛成……と言いたいところだけれど、それよりもっと良い案があるわよ」

 

 そんな中、いつもとは違って静かにしていたビスマルクが言う。

 

「……良い案?」

 

「ええ、そうよ。

 あなたの心配が全て解消され、なおかつ私も納得できる素晴らしい案……」

 

「却下の方向で」

 

「なんでよ!?

 まだ何も言ってないじゃない!」

 

「ビスマルクが勝ち誇ったような表情で自慢げに言おうとした時点で、嫌な予感しかしない」

 

「そんな横暴なんて、許されないんだからっ!」

 

 そう言って重心を落としたビスマルクを察知した俺は、そそくさと距離を取る。

 

「むうううぅっ!」

 

 先読みされて怒ったビスマルクは、その場で地団駄を踏む。ぶっちゃけ子どもと変わらないというか、すぐに暴力で訴えようとする癖をまず直して欲しいところだ。

 

「ところで、ビスマルクさんが言う良い案って、いったいなんでしょう……?」

 

「ドウセ、先生トビスマルクガ結婚スレバ、文句ヲ言ウ者ガイナクナル。

 ……ト、ソンナ感ジジャナイカシラ?」

 

「それは……言いそうですね」

 

 あはは……と苦笑いを浮かべたしおいが、ジト目でビスマルクの方へ顔を向ける。

 

 港湾は呆れ顔で、愛宕は相変わらずニコニコ笑顔だが、若干の威圧感的オーラが出てきているような気がしなくもない。

 

 そしてそんな状況にいるにもかかわらず、ビスマルクは全く気にしていないかのごとく、怒り心頭だった。

 

 まぁ、ビスマルクだから仕方ないんだけどさ。

 

 

 

 

 

「ということで、1時間目はみんなと一緒に授業を受けるからな」

 

「よ、よろしくお願いします」

 

「お願いします〜」

 

「「「はーい、よろしくねー」」」

 

 1時間目の授業が始まり、俺は子どもたちにザラとポーラの臨時加入の説明をし終えると、元気の良い返事が帰ってきた。

 

 ちなみに先ほど俺の案は却下されたものの、熱が上がった子どもたちがいるのも確かなので、比較的安全であろうと思える愛宕班から始めることになり、幾分かはマシだろうと胸を撫で下ろしていた。

 

 これが初っ端から天龍たちが居るしおい班や、プリンツを筆頭にした海外組であるビスマルク班だったら、血を見ていたかもしれない。

 

 言い過ぎかもしれないが、実際に経験してきた俺だから分かるのだ。

 

 特にビスマルク班に関しては、子どもたちだけじゃないからな……。

 

「今日の授業は通信機の練習をします〜。

 予習は前回にしましたけど、ちゃんと覚えていますか〜?」

 

「もちろんよ!

 雷は寮に帰ってから、ちゃんと復習もしたんだから!」

 

「電もちゃんとしたのです」

 

「暁は別に復習なんかしなくても、ちゃんと覚えてるんだから」

 

「そうは言うけど、4人で復習をしていて狼狽えていたのは誰だったかな……」

 

「そ、それは……」

 

 相変わらず暁4姉妹の和気藹々っぷりには、思わず笑みが零れそうになるな。

 

「私と北上さんも、ちゃんと復習しましたから問題ありません。

 ねー、北上さん」

 

「そうだねー、大井っち。

 でも、なんでわざわざ一緒の布団に入って本を読みながらだったのかな?」

 

「その方が覚えやすいからじゃないですかー」

 

「そうかなぁ……。

 横になりながらだと、ウトウトしちゃうんだよね……」

 

 そう言って肩を落とす北上に、なぜかジュルリと舌なめずりをしている大井。

 

 色んな意味で危うい発言が混じっていたんだが、このまま放置していて大丈夫なんだろうか……。

 

「通信機の練習なら慣れたものですから、全然問題ないです!」

 

 両脇を締めて手の拳を握る比叡が、元気良く声を上げる。

 

「元々私たちは海上に出ていた訳ですから、自慢できることではありませんけど……」

 

 そんな比叡を冷ややかな目で見る霧島。しかし、眼鏡がキラーンと光り、どこかしらに頼っても良いのよ? 的な雰囲気が感じられるのは姉妹揃って同じに見える。

 

「ですので、存分に頼ってくれて構いませんっ!」

 

「艦隊の頭脳と呼ばれた霧島に、任せておいて下さい」

 

 確かに経験者ではあるのだから、戸惑う子どもが出てきた場合役に立ってくれるだろう。

 

 それよりも俺が心配するのは、今回臨時で加入するザラとポーラだ。2人は今日初めてここにきたのだから、予習なんてできるはずもない。

 

「2人は通信機の練習とか、訓練は受けたことがあるのかな?」

 

「それなら大丈夫だと思います。

 自国で充分に訓練を積んでいましたから、通信機の使い方に大きな違いがなければ問題ないかと……」

 

「なるほど。

 それじゃあ大丈夫そうだな」

 

「ちなみにポーラは、訓練の後に冷えたぶどうジュースを一気に飲むのが大好きです〜」

 

「いや、そういうのは聞いていないんだけど……」

 

「えぇー。

 ちゃんとできたご褒美とか、ないんですかー……?」

 

「そりゃあまぁ、優秀だったら頭を撫でてあげるくらいはしても良いとは思うけどさ」

 

「ほほぉー……」

 

 なんとなく答えた言葉を聞いたポーラが、なぜか霧島よりも鋭い光を目から放つ。

 

 あれ……。 なんか俺、ミスっちゃった感じがする……?

 

「電……、今の聞いたかしら……?」

 

「ば、バッチリ聞いちゃったのです……っ!」

 

「先生のナデナデか……。

 これはちょっと、本気を出さないといけないね」

 

「あ、暁は頭をナデナデしてほしくないんだから!」

 

 先ほどよりもテンションが上がる、暁4姉妹。

 

「大井っち、練習が上手くできたら先生が頭を撫でてくれるんだってー」

 

「それって罰ゲームじゃないですか」

 

「あれ、そうなの?

 先生に頭を撫でられると、良いことが起きるって聞いた気がするんだけど」

 

「私がもし先生に頭を撫でられたりしたら、虫唾が走って吐いちゃうかもしれません」

 

「そ、そうなんだ……」

 

 ひ、酷ぇよ大井……。いくらなんでも、吐くはないだろう……。

 

「気合、入ります!」

 

「これはサーチアンドデストロイな案件ですね……」

 

 両手を勢い良く合わせて大きな音を立てる比叡に、恐ろしい発言をする霧島。

 

 つーか、通信機の練習でサーチアンドデストロイって……何をするつもりなんだよ。

 

「はいはーい。

 やる気があるのは良いことなんですが、あまり騒がないようにしましょうね〜」

 

 パンパンと手を叩いて子どもたちを静かにさせた愛宕が、ニッコリと笑いながら俺の方を見たので小さく頷き、用意していた箱に手を入れる。

 

「それでは早速、先生から通信機を受け取って下さい〜」

 

 そして子どもたちに1つ1つ通信機を渡し、全員に行き渡ったところで再び愛宕の方へ顔を向けた。

 

「通信機は海上における情報伝達に重要な機器です。

 これは訓練用ですけど、壊さないように扱いましょうね〜」

 

「「「はーい!」」」

 

 気合が入りまくっている子どもたちが一斉に手を上げたが、大井だけはそっぽを向いたまま。

 

 理由はさっき公言した通りだから仕方ないとはいえ、練習はちゃんとしないとダメなんだけど。

 

 まぁ、運動会でもそこそこに優秀だったはずなんだから、授業に関して手を抜くようなことはしないと思うけどね。

 

 ……と思ったけれど、大井に対しての記憶って、蹴られたことくらいしか出てこないんだけど。

 

 うーん、思いっきり嫌われちゃっているよな……。

 

「さて、それじゃあまずは、私と先生の組に分けようと思うんですが〜」

 

 そう言って、愛宕は子どもたちを指差しながら考える仕草をする。

 

 元々は愛宕が旗艦の役割で、子どもたち全員に通信を送りながら練習をするつもりだった。しかし、ここにザラとポーラが臨時加入したため、人数が多くなりすぎたのだ。

 

 暁、響、雷、電、北上、大井、比叡、霧島、それにザラとポーラ。合計10人で一斉に旗艦から通信を送るのは可能だが、戻ってくるのを聞き取るには少々難しいかもしれない。

 

 なので、子どもたちを2組に分け、愛宕を旗艦として5人、俺を旗艦にして残りの5人を受け持てば、ちょうど6人編成というキリの良い艦隊が出来上がるという寸法である。

 

「私を含めた5人と、先生を含めた5人に分かれ、通信の練習をします〜。

 そこで、組分けは……」

 

「はいっ!」

 

「あら、雷ちゃん。

 どうしたんですか〜?」

 

 愛宕が説明をしている途中で、いきなり雷が元気よく声を出しながら右手を上げた。

 

「雷は絶対、先生の班にして欲しいわ!」

 

「抜け駆けはずるいのです!

 電も同じでお願いしたいのです!」

 

 突拍子もなく言い出した雷に感化され、電も同じように声を上げる。

 

 いや、俺が優秀だったら頭を撫でるというご褒美を提示してしまったから、こういうことになってしまったのだろうが。

 

 気合が入るのは良いんだけれど、これでまた騒ぎが大きくなってしまったらと思うと、少々マズイよなぁ。

 

「それじゃあ響も、一緒が良いな」

 

「あっ、暁は別に先生のことはどうでも良いんだけれど……、4人姉妹でやりたいし……ごにょごにょ」

 

 2人手を上げれば後は芋づる式に、4人姉妹が一斉に揃う。

 

 しかしこうなった以上、他の子どもたちも黙っていない訳で。

 

「もちろん比叡も先生と同じ組ですよね!」

 

「ずるいですね、比叡姉様。

 霧島も先生と同じ組を希望します」

 

 更には比叡と霧島も手を上げ……って、これじゃあ人数がオーバーしちゃうんだけど。

 

「ほぇ〜。

 先生って、人気があるんですねぇ〜」

 

「朝礼の時に気づいてたけど、どうしてこんなに……」

 

 間延びした感じで驚くポーラに、少し不機嫌そうな感じで呟くザラ。

 

 どうだ。俺って人気があるんだぜ。

 

 なんて言葉を吐く気はないが、嬉しくない訳がない。

 

 だけど、これは時と場合によりけりであり、授業を円滑に進めるのには少々困ったことになってしまっている。

 

「あらあら〜。

 みなさんの希望には添えたいですけど、これじゃあ1人多いですねぇ〜」

 

「そうだぞ。

 みんなの気持ちは嬉しいけれど、6人で1組が決まりなんだからな」

 

 ルールを守るのもまた、艦娘として大事なことである。

 

 それをしっかりと教えるのも、教員である俺の役目なのだ。

 

 サポート役の俺が騒ぐ切っ掛けを作ってしまったので、ぜひともここで挽回しないといけない……と思っていたところ、

 

「それじゃあ組を決めるために決闘ね!」

 

 上げていた右手を胸の辺りに下ろした雷が、グッと握りこぶしを作る。

 

 いやいやいや、いきなり何を言っちゃってんの!?

 

 決闘って何!? 組を分けるだけで、そんなの必要ないからねっ!

 

「い、雷ちゃんが燃えているのです……っ!」

 

 電の言う通り、雷の背後には炎の壁が立っているような気合を感じるものの、この状況は厄介でしかない訳で。

 

「雷のこの手が真っ赤に燃えているわ!」

 

 どこのガ◯ダムファイターだよ。

 

「雷ちゃ〜ん」

 

「……はっ!?」

 

 1人盛り上がっていた雷が、呼び声に気づいて視線を向ける。

 

 そこにはニッコリと笑みを浮かべながらも、雷とは対称的に青く燃え盛る炎をまとっているような愛宕が立っており、

 

「今は授業中であって、決闘をする時間ではありませんよ〜?」

 

「は、はわわわわ……」

 

 まるで電のように慌てふためいた電が愛宕の威圧感に負け、その場でへたり込むのは当然であり、

 

 ついでに若干漏らしたのは……仕方がないことかもしれない。

 

 

 

 授業中は騒がないように。そして、愛宕は絶対に怒らせちゃあいけない。

 

 

 

 これ、幼稚園では大事なことだからね……と、ザラとポーラに伝えておくのは……、

 

「「………………」」

 

 うん。ガタガタ震えたまま黙っちゃっているし、必要ないかもしれないね。

 




次回予告

 2話続けて怯える子どもたち。
それでもめげずに授業は進む。しかし、先生に対するある子どもの行動は目に見えて……?

 2度あることはなんとやら。


 艦娘幼稚園 第三部
 ~ザラとポーラはどの班に?〜 その3「好感度は0」


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その3「好感度は0」

 2話続けて怯える子どもたち。
それでもめげずに授業は進む。しかし、先生に対するある子どもの行動は目に見えて……?

 2度あることはなんとやら。


 

「あの威圧感は、ローマを倒した高雄秘書艦と同レベルに見えたわね……」

 

「愛宕先生を怒らせるのは、止めた方が良いってことが分かりました〜……」

 

 うん。間違っていないけど、初っ端から愛宕の高感度が下がりまくっている気がするぞ。

 

 とまぁ色々あったが、愛宕のおかげでおとなしくなった子どもたちがもめることもなく、素直に指定した組分けで納得したようだ。

 

 ちなみに俺の組は、北上、大井、霧島、ザラ、ポーラの5人。北上と大井は運動会のときにある程度の対処方法は分かっているつもりだし、霧島の落ち着きと知識の高さは目を見張るものがある。

 

 まぁ、元々艦娘として働いていたのだから、当たり前ではあるんだけれど。

 

 その経験を活かしつつ、他の子どもたちの参考になれば良いと思うんだよね。

 

「それじゃあ通信の練習をしたいと思います〜。

 混線しないように、組別の周波数をちゃんと合わせましたか〜?」

 

「「「はーい」」」

 

 子どもたちが一同に手を上げて返事をしたのを確認した俺は、通信機のスイッチをオンにした。そして班の子どもたちから少し離れ、部屋の隅へ移動する。

 

 子どもたちもスイッチを入れ終えたようで、俺に視線を向けて小さく頷く。

 

 ただしその中で、やっぱり大井だけはそっぽを向いているのだが。

 

 うーん……。

 

 運動会の時もそうだったけれど、俺ってなぜか大井に嫌われているんだよなぁ。

 

 凹みそうになってしまうが、今は授業中。班には他の子どももいるのだから、大井にだけ構う訳にもいかないのだ。

 

 ただでさえ、さっきも子どもたちを騒がせてしまうような発言をしたのだから、これ以上の失敗は避けておきたい。愛宕から何も言われていないとはいえ、普通に考えれば心象を損ねていてもおかしくない。

 

 なので、ここはちゃんと授業を進め、できるところを見せなければ。まずは、通信がちゃんとできるかを確認しよう。

 

「あー、テストテスト。

 みんな、ちゃんと聞こえているかー?」

 

「ほいほーい。

 聞こえてるよー」

 

 間延びした声を返してきた北上だが、手を上げなくても良いんだけれど。

 

 まぁ、は通信の邪魔にならなければ問題はないし、それもまた子供らしいと思えばそうなのだが。

 

「北上の感度は良さそうだな。

 それじゃあ次は……」

 

 他の4人はどうなのかと視線を動かそうとしたところで、いきなり何かが俺の方に走ってくるような影が見えた。

 

「この不敬者おぉぉぉーーーーっ!」

 

「ぐべふっ!?」

 

 突然跳び蹴りをかましてきた大井に反応が遅れてしまった俺は、腹部に直撃を食らって悶絶する。

 

「ぐ……おぉぉぉ……」

 

 なんとか倒れ込まずに耐えたのだが、大井は着地の隙をキャンセルするかのごとく小ジャンプをして、更に追い打ちをしようと右手を振りかざした。

 

「ちょっ、なんでいきなりっ!?」

 

 連続コンボを受けてはゲージが赤く染まってしまうので、俺は慌ててバックステップをして距離を取る。

 

「チッ、ちょこざいな!」

 

 しかし大井は逃げる俺を追いかけ、またもや跳び蹴りを放った。

 

 だが、流石に同じ技を何度も食らう俺ではない。

 

 左足を引き、半身になって大井の蹴りを避け、ドンピシャのタイミングで左腕を伸ばす。

 

「なっ!?」

 

 飛んできた大井の身体を救うように左腕でキャッチ。見事な釣り具合に、他の子どもたちから「おぉ〜」と感心するような声が聞こえてきた。

 

「は、離して下さいっ!」

 

「それより先に聞かせてくれ。

 なんで大井は、いきなり俺を蹴ったんだ?」

 

 俺は大井に問いつつ、とりあえず開放する。

 

 もちろん次の攻撃を喰らわないように、細心の注意をしながらだが。

 

 だが、いくらなんでも問答無用にも程がある。

 

 俺は通信のチェックをしただけで、大井が怒るようなことはしていないつもりなんだけれど……。

 

「そんなの当たり前じゃないですか!」

 

 しかし、大井の方はそうじゃないみたいで、顔を真っ赤にさせながら頭の上に蒸気が噴出する勢いで怒っていた。

 

 いやいや、マジでそこまで怒る理由が分からないんだけれど。

 

 別に俺、悪いことなんかしていないよね?

 

「北上さんに向かって、あろうことかあんな言葉をかけるだなんて……っ!」

 

「あんな言葉って……俺、変なこと言ったっけ……?」

 

「この期に及んで白を切るつもりなんですか!?」

 

「いや、本当に何が何だか……」

 

 思わず首を傾げた俺に、大井は『ビシッ!』という効果音が似合うような指をさすポーズを取る。

 

「北上さんに、か、か、か……」

 

 そしてなぜか、更に顔を真っ赤にさせてゆでダコのように変化していく……って、なにやら嫌な予感がするんですが。

 

「か、か……感度が良いだなんて、なんて卑猥なセリフを……っ!」

 

「………………は?」

 

 いったい大井は、何を言っているんでしょうか?

 

 他の子どもたちも同じように、首を傾げて固まっている。

 

 うん。普通はそうなるよな。

 

 そして、大井が言おうとしている意味合いは分かる。

 

 分かるのだが、それを説明してしまうほど、愚かな人間ではない。

 

 ……まぁ、ビスマルク辺りならやりかねないかもしれないけれど。

 

 つーか、大井はまだ子どもなんだよねぇっ!?

 

「……はぁ」

 

 心の中で叫びながら、ため息を吐いてしまう俺。

 

「そんな態度を取るなんて、まったく反省していないですよね!」

 

「……いや、反省も何も、俺は通信機の感度をチェックした上で発言した訳であってだな」

 

「言い訳はいりません!

 北上さんを辱めた責任は、死をもって償っていただきますっ!」

 

 過激すぎる発言の方が止めさせなきゃいけないんだけど、ここで発言したら火に油だろうなぁ……。

 

 しかし、このまま大井を放置するのは余計に悪手。授業が進まないどころか、愛宕の心象もよろしくない訳で。

 

 ……いや、こちらの騒動に気づいた愛宕の背中辺りには威圧感が漂っているのが傍目で見ても分かるから、早いところ収拾をつけないとヤバイんだけれど。

 

「ひっ!?」

 

「は、はわ、はわわわ……」

 

「ぶくぶくぶく……」

 

 近くにいる雷や電が震えまくっているからね!

 

 そして暁にいたっては既に泡を吹いています。マジでヤバイ。

 

 今日でもう3回目なんだけれど、俺の心象も完全にマイナスに振り切っているんじゃないだろうか。

 

 今日の終礼後が、非常に怖いです……。

 

「大井、ストップ」

 

「止まれと言われて、止まる馬鹿がどこにいるんですかっ!」

 

 そう叫んだ大井は回し蹴りを放とうとしたのか、左足を軸に体重を移動させた。

 

 だが、この距離でそれはいくらなんでも甘い。回転が終わるまでに、距離を潰せばこっちのものである。

 

「じゃあ、強引に止めるぞ」

 

「ふえっ!?」

 

 回転途中だった大井の頭を右手で抑え、中腰になって俺を蹴ろうとした足に左手を伸ばす。

 

 これで大井の動きを封じたし、視線の高さもちょうど良い感じだ。

 

「な、なにを……っ!」

 

「いいから話を聞け」

 

「……っ!」

 

 若干強めの視線を大井に向け、俺はゆっくりとした口調で話す。

 

「俺は北上に通信機のチェックをしただけで、やましいことは全くしていない。分かるな?」

 

「そ、そんな言葉を信じられる訳が……」

 

 いや、だから通信機の感度をチェックできたと言っただけで、どうしてそこまで意地になって俺を悪者にできるんだろうか。

 

 まぁ、大井の反応は十分予想できていたので、次の手に移るんだけれど。

 

「信じられないというのであれば仕方がないが、このまま騒いでたら間違いなく愛宕先生に怒られるが……良いのか?」

 

「そ、それは……」

 

 俺の言葉で状況を察知したのか、大井はチラリと愛宕の方を見た。

 

 そしてビクリと身体を大きく震わせ、額に汗を浮かばせる。

 

「言っておくが、俺1人で愛宕先生を止められるとは思わないよな?」

 

「………………」

 

 沈黙は肯定だと言わんばかりに、大井はガックリと肩を落とす。

 

 不甲斐ないセリフだったと自覚しているが、この場の収拾をつけるには1番だったろう。

 

 正直に言って、愛宕をこれ以上怒らせる訳にはいかないからな。

 

 子どもたちのためにも、俺自信のためにもだ。

 

 ……ということで、大井が大人しくなったから授業を再開しようかなと思っていたのだが、

 

「やっぱり噂は本当だったんだ……」

 

「先生って……変態さんだったんですねぇ〜」

 

 ザラとポーラの視線が、非常に冷たいものに変化していたのは、どうしてなんでしょうか。

 

 

 

 完全に、風評被害なんだけどねっ!

 

 

 

 

 

 大井が静かになってくれたことで、やっと授業に専念できるようになった。

 

 チラリと愛宕の方を伺ってみたところ、禍々しいまでの威圧感はなさそうで、周りにいる子どもたちに大きな影響は出ていないようだ。

 

 ……まぁ、怯えらしき感情はなんとなく分かっちゃうけど。

 

 なんか、その……ごめんよぅ。

 

「やれやれ。

 先生の授業って、円滑に進んでいない気がするわよね」

 

「ザラ姉様の言葉が難しい気がしますけど、つまり先生は無能ってことでしょうか〜」

 

 とりあえずは当初の予定通り、北上以外のマイクチェックを済ませようとしたのだが、ザラとポーラが冷た過ぎる。

 

 愛宕の心象もそうだが、出会って2日目で既に信頼度は皆無に等しいよ!

 

 いったい誰のせいなんだと八つ当たりをしたくなるが、できるのはせいぜい元帥くらいなので今は無理だ。

 

 非常に悲しくなってしまったが、諦めたら負けなので頑張ろうとする俺。

 

「あー……、通信機のチェックを再開するけれど、他の4人はどうだー?」

 

「……問題ありません」

 

「大丈夫ですねぇ〜」

 

 ザラとポーラの通信旗艦度は良好っと。

 

「霧島の通信機も大丈夫です。

 ちなみに感度も良好です」

 

 グッと親指を立てる霧島だが、先ほどの大井が発言した影響なのか、なんだか卑猥な感じに聞こえなくもないような気がしてきた。

 

 ……って、いやいや。いったい俺は、何を考えているんだか。

 

 今は授業に集中だ。チェックが残っているのは、大井だけだが……。

 

「……チッ」

 

 言葉どころか、舌打ちで返されたんですが。

 

 ちょっと俺、トイレの個室で泣いてきていいかな……?

 

 そうは言ってもここを離れる訳にもいかず、俺は心の中で泣きながら授業を進めていく。

 

「全員チェック完了だ。

 それじゃあ早速、通信で指示を送るから動いてくれよ」

 

「ほーい」

「……了解です」

「ラジャーですよ〜」

「了解しました」

「………………ウザッ」

 

 班の子供たちから返事を聞いた俺は、旗艦の役目として5人の子どもたちに指示を与える。

 

「まずは俺を先頭にして、単縦陣の陣形を組んでくれ」

 

「ほーい」

 

 返事をしたのは北上だけ。後の3人は動いてくれるものの、何人かから突き刺さって心をえぐられそうなレベル視線を感じているので辛いんですが。

 

 しかしまぁ、授業はなんとか進んでいる。だからこそ泣きたいのだが。

 

「そ、それじゃあ今度は、俺を中心に輪形陣を……」

 

「ほっほーい」

 

 相変わらず北上の返事だけ。そして俺を囲む子どもたち。

 

「「「………………」」」

 

 あ……、これ、あかんやつや……。

 

 冷たすぎる視線が、グサリグサリと顔や胸に突き刺さっています。

 

 特に大井、それに少しマシな程度だが結構辛いザラのジト目。

 

 他の3人は問題ないけれど、どんどん精神力が奪われていく感じだぞ……。

 

 さすがにこれはマズイと思った俺は、次の陣形に移ろうと新たな指示を出す。

 

「つ、次は単横陣に……」

 

「「「………………」」」

 

「えっと、聞こえなかったのかな……?

 次は単横陣なんだけど……」

 

「「「………………」」」

 

 あれ……?

 

 子どもたちが、動かないんですが……。

 

「あ、あの……、単横陣に、変更を……」

 

「「「………………」」」

 

 返事がない。ただのしかばねではないようだ。

 

 い、いや、冗談はともかく、なんで大井とザラ以外まで黙ったまま動かないんだ……?

 

 もしかして、俺があまりに不甲斐ないため、遂に見限られてしまったというのか……っ!?

 

「ん……?」

 

 冷や汗混じりの額を拭い、あまりの辛さで倒れてしまいそうになった時、ふとヘッドホンからノイズ混じりの非常に小さな声が聞こえてきたような気がする。

 

 そして子供たちの口も小さく動いているような……。

 

 もしかして……と思い、俺は周波数を少しばかりいじってみる。すると、ヘッドホンからいくつかの声が聞こえてきた。

 

「北上さん、動いちゃダメです。

 そうすれば、間宮さんのデザートがゲットできちゃうんですよ」

 

「それって本当なの、大井っち?」

 

「パスタの国にすら噂になっていた、マミーヤのデザートが……」

 

「それって、ぶどうジュースと合うんでしょうかねぇ〜」

 

 ……どうやら、非常に近い周波数で俺に内緒の話をしているのだろうか。

 

 聞こえた内容を整理すると、大井が俺を貶めようとしている雰囲気がありまくりなんだけれど、どう考えても先ほどの仕返しだとしか思えない。

 

 しかしそれでも、ここで大井を叱るのはよろしくない。そんなことをすれば愛宕がまたしても怒りだし、向こうの班にいる子どもたちが怯えてしまう。

 

 更には俺の評価も悪くなり、良いことが1つもない。

 

 だからここは叱るのではなく、諭すのがベストだろう……と思ったのだが、

 

「そもそも周波数を変えているんだから、俺の通信って聞こえてないんじゃ……?」

 

「……っ!」

 

 そう呟いた途端、大井の表情が驚きに塗れる。

 

「周波数を変えたはずなのに、どうして先生の声が……!?」

 

 ああ、そうか。子供たちの声が聞こえたのなら、俺の声も通信機に流れる訳で。

 

 つーか、そもそもこの周波数って、いつの間に共有したんだろう……。

 

「はいはい。

 お遊びは結構だが、授業はちゃんとしなくちゃダメだぞ。

 輪形陣は終了して、次は単横陣に変更だぞー」

 

「だってさ、大井っちー」

 

「くっ……!」

 

 苦笑を浮かべた北上は俺の指示に従い移動を開始し、ザラとポーラも同じようにする。

 

 大井は歯ぎしりをしながら俺を思いっきり睨みつけ、悪態をつくように舌打ちをしながら視線を逸して、嫌々ながら歩き出した。

 

 うむ、これで一見落着……とは言えないが、授業の進行はちゃんと再開できた。

 

 あとは大井のフォローをちゃんとして、ザラとポーラの誤解も解かないとな。

 

 ……やることが多くてめげそうになるが、放置をしておくのは非常にマズイ。

 

「よし、単横陣もオッケーだな。

 それじゃあ、次は……」

 

 まずは1つ1つ、やっていくべきことを消化していこうと思いながら、子供たちに指示を送っていった。

 





次回予告

 ザラとポーラのお試し愛宕班は終了し、次の班へ行くことに。
こう班にはヲ級という天敵が。それだけでも嫌な予感しかしないのに、初っ端から固まったザラとポーラを見た先生は、冷や汗まみれになりまがら……。

 同盟を組んだ深海棲艦が居るのは知っているよね……?


 艦娘幼稚園 第三部
 ~ザラとポーラはどの班に?〜 その4「エンカウント」


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その4「エンカウント」

 ザラとポーラのお試し愛宕班は終了し、次の班へ行くことに。
こう班にはヲ級という天敵が。それだけでも嫌な予感しかしないのに、初っ端から固まったザラとポーラを見た先生は、冷や汗まみれになりまがら……。

 同盟を組んだ深海棲艦が居るのは知っているよね……?


 

 ザラとポーラのお試し愛宕班は終了し、次の班へ行くことに。

 

 結局大井の風評被害という誤解を解くことが上手くできず、若干距離を置かれてしまっているのを感じるのが非常に辛い。

 

 だがしかし、だ。

 

 ここでめげたら俺じゃあない。今まで色んな問題に立ち向かい、なんとか乗り越えてきた経験を活かそうではないか。

 

 次にザラとポーラを臨時加入させるのは、港湾が担当する班だ。

 

 ここには朝礼時に子どもたちが騒ぐ切っ掛けになった、超危険生物であるヲ級がいる。生まれ変わりとは言え、自分の弟に超危険生物なんて単語を付けるのはどうかと思うのかもしれないが、今までの経緯を考えれば仕方がないことだ。

 

 問題なのは、ヲ級の性格やその他諸々だ。昨日ポーラを探している最中にヲ級と出会った際、ザラと俺がくっつかないかを危惧していたのは既に朝礼で分かっている話であるものの、以前から言っている通り、俺は子どもたちに手を出すなんて全くもって考えていない。

 

 このことは耳にタコができるくらい説明しているはずなのだが、未だに誰1人信じてくれていないのはどういうことだろうか。そりゃあ、子どもたちに好かれるのは幼稚園の教員にとって非常に喜ばしいことであるからして、嬉しくないはずがない。

 

 ……とまぁ、これらは随分と前から俺を悩ませている問題なのだが、そもそもザラとポーラに出会ったのは昨日だ。一目惚れならまだしも、2人にそういった雰囲気がないどころか、朝礼以降好感度がだだ下がりしている状況は少々辛いものがある。

 

 しかし考え方によっては、この機会を利用すればヲ級も分かってくれるのではないだろうか。

 

 つまり、今がチャンスだと思いながら、次の授業に向かった訳なんだけれど……、

 

 

 

 

 

「「………………」」

 

「「「………………」」」

 

 えー、現状を報告すると、ザラとポーラを教室に連れて入ったところで完全に立ったまま固まっているという感じです。

 

「い、いったい、どうしたんだ……?」

 

 俺はザラとポーラ、そして港湾たちの方へと顔を何度も行き来しながら、冷や汗混じりに問いかける。

 

「イヤ、私タチモ分カラナインダケド」

 

 港湾はそう答え、首を左右に振った。ほっぽやあきつ丸、五月雨も首を傾げた状態でこっちを見ている。

 

 しかし、一向にザラとポーラは反応がない。流石に心配になった俺は、ザラの両肩を掴んで軽く揺さぶりながら「大丈夫か?」と聞いてみたところ、

 

「……はっ!?」

 

 我に返ったのか、目をパチパチさせてから見上げ、俺と視線を合わすザラ。

 

「なんだか立ったまま気絶していたみたいだったけど、調子が悪いのか?」

 

「い、いえ、そ……、そうじゃないんですけど……」

 

 ザラはそう言って、俺から視線を逸し港湾たちの方を見る。

 

「………………」

 

 そしてまたしても無言になったザラに心配する俺だったが、今回はその間もそれほど長くはなく、ギギギギギ……と軋んだ音が鳴りそうな感じで首を後ろに向けてから、ポーラに話しかけた。

 

「ポ、ポーラ……、あれってやっぱり、間違いないよね……?」

 

「朝礼の時に気になっていましたけど……、間違いなさそうです……」

 

 コクコクコク……と、何度も頷くポーラ。そして、額にビッショリと汗をかくザラの身体は小刻みに震えている。

 

 近くで見る限り、2人は何かに怯えている感じがするのだが、いったい何が原因なのだろう。

 

 教室にいるのは港湾、ほっぽ、ヲ級、レ級、あきつ丸、五月雨。前の授業で臨時加入した愛宕班との違いは深海棲艦である4人がいることだが、これについては前もって話が済んでいるので問題ないはずだ。

 

 いや、しかしそうだったとしても、目の前にすれば恐怖がこみ上げてきた……というのも考えられなくはない。同盟が組まれ、舞鶴鎮守府では既に日常として受け入れられているものの、パスタの国が同じだという保証はどこにもないのだから。

 

 艦娘にとって、深海棲艦とは戦うべき相手。ここにいる港湾やほっぽ以外の深海棲艦とは未だに戦闘が繰り広げられているので、そのことをリットリオやローマから聞いていたとすれば、ザラとポーラが恐怖を感じるのも仕方がないのだろう。

 

 くそ……。こういう状況になり得るかもしれないってことは思いつけたはずなのに、なんて馬鹿だったんだよ俺は!

 

 自分自身の不甲斐なさに心が締め付けられるのを感じながら、どうにかして2人の恐怖を取り除いてあげられるのかと、頭の中で考えを張り巡らそうとしたところ……、

 

「……っ!?」

 

 いきなりザラが俺の手を跳ね除け、港湾たちの方へ走り出した。ポーラも後に続くが、とっさのことに慌ててしまった俺は、反応が遅れてしまう。

 

 ま、まさか、恐怖に駆られて攻撃に……っ!?

 

 いくらなんでもそれはダメだ!

 

 俺は2人を止めようと両手を伸ばしながら追いかけるが、既に港湾たちとザラの間隔はほとんどない。それならばと、大きな声で静止を求めようと口を開けた瞬間……、

 

 

 

「「大ファンです! サイン下さい!!」」

 

 

 

 ダッシュからのジャンピング土下座で港湾の前に着地したザラとポーラに、今度は俺が完全に固まってしまったのであった。

 

 

 

 

 

「実は動画サイトで見た、歌って踊る港湾先生とほっぽちゃんに一目惚れしちゃいまして……」

 

「そうなのです〜。舞鶴で会えれば良いなぁと思っていたら、まさか幼稚園に通えることになったので……とても嬉しいんですよね〜」

 

 間宮で甘味を食す艦娘のように、顔の周りをキラキラとさせたザラとポーラが満面の笑みで説明してくれた。

 

 ちなみに2人の手にはサイン色紙があるのだが、いったいどこに持っていたんだろうか。

 

 しかしまぁ、なんだ。2人は恐怖を感じていたんじゃなくて、嬉しかったのね。

 

 俺はホッと胸を撫で下ろしつつ、以前サポート担当になって港湾班の授業にきた際、動画のことを言っていたのを思い出した。

 

 那珂とコラボをして歌を動画サイトにアップしたら人気が出た港湾に、ほっぽがダンスを踊って同じようにブレイクし、いつの間にか有名になってしまったとか。

 

 そんなことがあって、一般市民にも深海棲艦でも怖くないのがいるよってことが広まったのは嬉しいことなのだが、まさかザラとポーラにも伝わっていたどころかファンだったなんて思いもしなかったよ……。

 

 いやしかし、考えようによっては2人を加入させる班の有力候補になったのではないかと思いつく。ヲ級の初見はともかく、ザラとポーラが港湾やほっぽを慕っているのであれば、上手く行く可能性は高いのではないだろうか。

 

 そんな風に安心しかけた俺だったのだが、ふと視線の隅に人影が映った。

 

 この班で1番の要注意人物こと、ヲ級である。

 

 しかもなぜか、そのヲ級がドヤ顔気味に2人に近づいてきているのだ。

 

 俺は一抹の不安を感じながらも、様子を伺ってみることにする。

 

 もちろん、すぐに対応できる距離でだ。

 

「ソレダッタラ、僕トレ級ノ漫才モ見テイルハズダヨネ?」

 

 言って、触手で持ったマジックを空中でスラスラと動かしていたが、ザラとポーラは首を傾げた。

 

「えっと、漫才……ですか。

 ポーラ、知ってる?」

 

「いいえ、全然知りませ〜ん」

 

「ゴフ……ッ!」

 

 胸を押さえ、よろめくヲ級。同じようにレ級も手で口を押さえて吐血しているようなポーズを取っていた。

 

 ナイスなリアクションだな……と感心しつつも、気を許してはいけない。

 

「……それよりも、あなたって私が先生を狙っているとか言っていましたよね?」

 

「ポーラもちゃんと聞いてました。

 飲んだくれじゃないですよ〜」

 

 先ほどとは打って変わって、険悪な表情になるザラとポーラ。

 

「オ兄チャンニ頼マレテ探シテヤッタノニ、ナンテ言イヨウダヨ!」

 

「ポーラを見つけてくれたことには感謝してますけど、それとこれとは話が別です!」

ポーラは飲んだくれじゃありません〜!」

 

 売り言葉に買い言葉。ヲ級も険悪になり、睨み合う3人。

 

 せっかくいい感じだと思っていたら、いきなり転落しちゃったよ!

 

 やっぱりヲ級がいると、こいうなっちゃうのかなぁっ!

 

「そもそも、なんで私と先生が付き合うみたいな話になってるんですか!?」

 

「ナッ……!

 ソンナコト言ッテナイデショ!

 僕ハ、オ前ガオ兄チャンヲ狙ッテイルンジャナイカッテ……」

 

「それがおかしいって言ってるんです!

 教師と生徒が付き合うだなんて、漫画のお話じゃないですか!」

 

「甘イ、甘イネ!

 今ヤ漫画ノ世界ハ現実ニ存在シテルノダヨ!」

 

 ズビシッ! と、効果音が背中に浮かび上がっているかのごとく、ヲ級が触手と手を合わせて決めポーズを取る。

 

 しかし言わせてくれ。

 

 どう見ても、悪役のそれにしか思えないことを。

 

「ポーラは飲んだくれなんかじゃありません〜!

 ちょっとぶどうジュースが好きなだけの、美少女戦士なんです〜」

 

 いや、なんか後半色々とおかしいんだけれど。

 

 自分に美少女と付けるのもアレだが、戦士ってなんだ。

 

 なんか惑星の名前が付いちゃったりする、アニメか何かのやつなのか!?

 

 それと、ポーラが飲んだくれて幼稚園の前で寝ていたのをしっかりと見ている俺としては、前半の発言も見逃せないんだけどね!

 

「何ダカ、白熱シチャッテルノ……」

 

「青春でありますなぁ……」

 

「こ、これって、青春なのかな……?」

 

 ヲ級とザラの言い争いに、遠目で見ていたほっぽやあきつ丸、五月雨がボソリと呟く。

 

「トックニ授業時間ハ始マッテイルンダケレド、コレヲ見ルノモ楽シイワヨネ……」

 

 そう言って、椅子に座りながらほっこりと眺めている港湾棲姫。

 

 それを聞いてすっかり忘れていたけれど、今って授業時間じゃん!

 

 そして普通はそれを止めるべく、俺というサポート役がいるんですけどね!

 

「ストップだ、ストップ!

 これ以上の言い争いは止めなさい!」

 

「ナンダヨ、オ兄チャン!」

 

「そうですよ!

 元はと言えば、先生がちゃんと否定してくれないからこんなことになっているんじゃないですか!」

 

「いやいやいや、俺もちゃんと否定したよっ!」

 

「ポーラの飲んだくれについて、否定してくれませんでした〜」

 

「それは本当だから仕方ないよね!」

 

「なっ!?

 先生までポーラに酷いことを言うんですか〜!」

 

「あっ、いや、今のはなんと言うか……その……」

 

 しまった。つい勢いで本当のことを言ってしまった……。

 

「こうなったら仕方ないです……。

 ポーラが飲んだくれじゃないことを、今ここで証明するしかありません〜!」

 

 そう言ったポーラが、どこに隠し持っていたのか大きな瓶を取り出して蓋を開けようとする。

 

「こ、こら!

 今は授業中なんだから、ジュースを飲もうとしない!」

 

「は〜な〜し〜て〜く〜だ〜さ〜い〜!

 ポーラは今、ぶどうジュース分が足りないんです〜!」

 

 いや、それってただ単に飲みたいだけじゃんっ!

 

「ポーラ!

 なんであなたはいつもいつも、ぶどうジュースを隠し持っているの!」

 

「やめて下さいザラ姉様〜!

 早くぶどうジュースを飲まないと、手がプルプル震えてくるんですよ〜!」

 

 いやもうそれ、禁断症状と一緒だよねっ!?

 

 つーか、その瓶の中身って、本当にぶどうジュースなのかっ!?

 

 変なクスリとか入ってないですよねぇーーーっ!

 

 

 

 ……とまぁ、港湾班の臨時加入も、初っ端から踏んだり蹴ったりだった。

 

 結局騒動を止められなかった俺が、1番悪いってことなのかなぁ……。

 





次回予告

 ヲ級を止められないどころか、ザラやポーラまで白熱しちゃったよ……。

 しかしまぁ、まだ授業は始まったばかり。どうなるかは分からない。
港湾とほっぽのファンだと言うし、可能性はまだあるはず……と思っていたら?


 艦娘幼稚園 第三部
 ~ザラとポーラはどの班に?〜 その5「機密事項」


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その5「機密事項」

 現在仕事が忙しすぎて執筆時間が取れにくいため、更新速度が遅くなる可能性があります。申し訳ありませんが、気長にお待ちいただけますと幸いです。


 ヲ級を止められないどころか、ザラやポーラまで白熱しちゃったよ……。

 しかしまぁ、まだ授業は始まったばかり。どうなるかは分からない。
港湾とほっぽのファンだと言うし、可能性はまだあるはず……と思っていたら?


 

「うぅ……。

 どうしてポーラはこんな目にあっているんでしょうか……」

 

 ポーラの暴れっぷりがどうしよもなく、仕方なく1口だけだという条件付きでぶどうジュースを飲んでいいと許可したものの、その1口が瓶1本を丸々飲み干すという暴挙に出たので、現在教室の後ろで立たされている状態です。

 

 正直可哀想ではあるものの、ここで許してしまうと図に乗りかねないと、俺は心を鬼にして我慢する。

 

 ちなみにザラはまったく気にしないどころか、それが当たり前だというような目でポーラを一瞥した後、開いている席に座っていた。

 

「ソレジャア、授業ヲ始メルワヨ」

 

 ホワイトボードの前に立つ港湾が、マジックを片手に絵や文字を書く。あの爪でよく握っていられるなぁと感心しつつ、俺はポーラの側で目を光らせつつ子どもたちの様子をうかがった。

 

 あきつ丸、五月雨、ほっぽ、レ級の4人は行儀よく席に座り、港湾が書くホワイトボードに視線を向けている。

 

 問題であるヲ級も授業が始まれば静かなもので、真面目に授業を受けている姿にホッとする。

 

 ただし、ときおり頭の艤装についている触手がウネウネと動いたり、急にあさっての方向を指すような仕草をするのはなぜだろうか。

 

 まるで、なにかを察知しているような感じに、嫌な予感しか湧いてこないんだけど。

 

「サテ、今日ノ授業ハコレナンダケド……」

 

 そうこうしているうちに、港湾がホワイトボードに複数の絵と文字を書ききったようだ。遠目ながらに見てみたところ、なにやら人型のような絵があるんだが……、

 

「マズハ軽巡ホ級ニツイテダネ。

 コイツハ5inch単装高射砲ト、偵察機ヲ装備シテイテ、駆逐イ級ニ比ベテ耐久ガ1.5倍近ク高イカラ、舐メルト痛イ目ニ遭ウワヨ」

 

 どうやら今日は深海棲艦についての知識を高めるようだ。同盟を組み、舞鶴鎮守府に所属しているとはいえ、自分自信が深海棲艦である港湾にとってある意味辛い立場であるにもかかわらず、真面目に取り組んでいるのには頭が下がる。

 

「ナオ、ホ級ノ多クハ顔ヲ艤装デ隠シテイルケド、美人比率ガ高イワヨ」

 

 なにそれ、超絶初耳なんですけど。

 

「チナミニ、同ジク隠レテイル胸部モ豊満デアッタ」

 

 なんで過去形!? それってどこかの道場にいるカラテの訓練を積んだ人じゃないのっ!?

 

 いやしかし、これは重要な豆知識として脳内のメモ帳にしっかりと書き込んでおこう。

 

「ソレト、頭ノ上ニタクサンノ砲塔ガアルケド、チョウド中心ノ部分ヲ攻撃スレバ駆動ニ影響スルカラ、マズハココヲ狙ウベキネ」

 

 ………………。

 

 うん。これも初めて聞いた。

 

 一応俺も教員の端くれだし、提督になるため色々と勉強してきたが、書籍などで目にしたことはないんだけれど……、

 

「……アッ、良ク考エテミタラ、コレッテ機密事項ダッタカシラ?」

 

 おいおいおいおいおい。

 

 色んな意味で危うすぎる発言だけど、マジで大丈夫か港湾よ。

 

「マァ、痛イノハ私ジャナイカラ、別ニ良インダケドネ」

 

 他人事のように言いながら、港湾は次の絵へ進む。

 

 ところで、機密事項ってやっぱり、深海棲艦側の……ってことだろうなぁ。

 

 つまりそれって、場合によっては港湾の持つ情報欲しさに、大本営が動き出す可能性があるんじゃないだろうか?

 

 いくら同盟を組んでいるとはいえ、港湾とほっぽは深海戦艦の一部でしかない。未だ世界各地の海域で戦闘が行われている以上、港湾が持つ機密事項は喉から手が出るほどの価値を持つはずだ。

 

 だがしかし。

 

 よくよく考えてみれば、地上とはいえ港湾を相手にして力任せに情報を得ようとするのも難しい訳で。

 

 そりゃあ、薬か何かで自白させれば不可能ではないかもしれないけれど、下手に怒らせる方が危険だろうし、なによりそういったことは元帥や高雄が上手くやってくれていると思う。

 

 ヲ級の時もそうだったし、なんだかんだで数多くの皆が守ってくれているんだよね。

 

 ……まぁ、動画サイトで人気が出るほど周知されているのは、色んな意味でどうかと思うのだけれど。

 

 これもまた、悪いことではないので止める必要はないのだが。

 

「次ハ戦艦ル級ニツイテダケレド……」

 

 それっぽい絵を赤いマジックで囲った港湾が、なぜか俺の方を見る。

 

 ……なんだか、嫌な予感がするのですが。

 

「コイツニツイテハ、先生ガ説明スル方ガ良インジャナイカシラ?」

 

 港湾の発言を聞いた子どもたちが、一斉に俺へ視線を向ける。

 

 いや、ちょっと待って。マジで勘弁して欲しいんですが。

 

 俺は全力でお断りだ! と言わんばかりに首を思いっきり左右に振るが、

 

「ソレデハ、先生ノッ、時間ダヨー」

 

「なんで歌のお兄さんっぽく言うですかっ!?」

 

「モチロン、ソノ方ガ面白イカラヨネ」

 

「ル級の影響を受けた港湾マジパネェッ!」

 

 裏手で突っ込みを入れるも、そこは空気であって誰もいない。

 

 そして向けられる多くの冷ややかな目に、俺の背筋は冷や汗まみれである。

 

「冗談ハサテ置イタトシテモ、実際ニル級ト会ッタコトノアル先生ダッタラ、アル程度ノコトクライ分カルデショウ?」

 

「会ったことがあるとはいえ、あの変態はどう考えても特異個体としか思えないですから!」

 

「アー……、マァ、確カニ……ソウネ」

 

 そこで納得する港湾に一言以上申したい。

 

「デモマァ、先生モサポートラシク働イテモラワナイト」

 

「サポートという名にかこつけた、全振りですよねっ!?」

 

「ソンナコトハナイワヨ?」

 

「首を傾げて可愛らしく言ってもダメですからーーーっ!」

 

「ジャア……コレナラドウカシラ?」

 

 そう言って、港湾は両手をおへそ辺りに置きつつ前傾姿勢に。

 

 いわゆる、だっちゅーのポーズである。

 

 つまりそれは、胸が強調されまくる訳で。

 

 ぱ、パネェ……ッ!

 

「チッ……、愚兄ガ……」

 

「さすがは先生。

 おっぱい星人ならぬ、おっぱい魔神の名は廃れていないであります」

 

「あ、あはは……」

 

 ヲ級の突き刺さる視線に、あきつ丸の問題発言。そして苦笑を浮かべた五月雨。

 

「レ級ノ胸……ペッタンコダネ……」

 

「ホッポモ同ジ……ペッタンコ……」

 

 なぜか2人でガックリと肩を落とすレ級とほっぽ。

 

「はぇ〜。

 先生の変態さんレベルは、とんでもないみたいですねぇ〜」

 

「さっきの授業もそうだったけど、先生ってどうしようもない人にしか見えない気が……」

 

 そしてポーラとザラの好感度は、既に底辺へと落ちきっていた。

 

 ……うん。今回ばかりは自業自得だから仕方ないね。

 

 

 

 ちっくしょーーーーーうっ!

 

 

 

 

 

「気ヲ取リ直シタトコロデ、先生ノ時間デス」

 

 パチ……パチパチ……。

 

 子どもたちから数少ない拍手を受け、俺は仕方なくホワイトボードの前に立った。

 

「あー、えっと……、取りあえず戦艦ル級についての情報というか知識なんだけれど……」

 

 港湾からバトンを強制的に渡されたが、授業を進めるため投げる訳にはいかない。

 

 しかし、いったいル級の何を伝えれば良いのだろうか。

 

 まずは提督になるため勉強していた知識から、当たり障りのない基本的なデータを書いていくか。

 

「艦種が戦艦だから、基本的にかなり強い深海棲艦だ。

 16inch三連装砲に、12.5inch連装副砲、それに偵察機を装備していて、射程は長いな」

 

「ほほぅ……。

 この情報は陸軍にいた時に学んだのと、同じでありますな」

 

 感心したような眼差しを浮かべたあきつ丸の声が聞こえ、俺は少しホッとしながら言葉を進める。

 

「戦艦ル級より強いエリートや、フラグシップ、改造したフラグシップも確認されていて、後半になるほど固くて強い。

 気をつけなければいけないのは、制空権を奪われると2回攻撃を行ってくることがあるから、編成は空母が重要になるぞ」

 

「うんうん。

 制空権は本当に大事ですよね!」

 

 何度も首を縦に振った五月雨が、目をキラキラとさせながらメモを取っていた。

 

「ちなみに戦艦ル級は鎮守府近海でも見かけられるので、偵察任務だからと気を抜かないようにな。

 それと対空値もかなり高いから、生半可な艦載機では落とされる危険性があるぞ」

 

 俺はそう言いながら、ヲ級を見る。

 

 この班の中で唯一の空母はヲ級だけ。まぁ、艦載機を発艦できるという点で言えば、レ級やほっぽ、あきつ丸に港湾といるのだが。

 

「オ兄チャンノソノ目……、何ガ言イタイカ僕ニハ分カルヨ」

 

 コホンと咳払いをし、席を立つヲ級。

 

「艦載機ハ、タコヤキマシマシ。

 モシクハ赤オーラデ、バッチコーイ」

 

 言って、触手をブンブンと振り回したが、俺が言いたいことは全く伝わってなかった。

 

 あとついでに言っとくと、イベント時のトラウマだからマジで勘弁して下さい。

 

 特に空母おばさん。マジで出てくんな。

 

「フムフム。

 先生モ何気ニ、知ッテイルノネ」

 

 心の闇を出しかけていた俺に、港湾が頷きながら俺の横に立った。

 

「デモマダマダ甘イワ」

 

「……と、言うと?」

 

「戦艦ル級ノ特徴ハ、ソレダケジャナイワヨ」

 

 港湾はそう言って俺から赤色のマジックを奪い、ホワイトボードに描かれた絵の一部を円で囲う。

 

 その場所は……、

 

「戦艦ル級ハ、軽巡ホ級ヨリモ胸部ガ豊満デアッタ!」

 

「だからなんで胸ばっかり強調するんだよっ!?」

 

「ダケド私ニハ、敵ワヌノダワ!」

 

「人の話、聞いてなーーーいっ!」

 

 全力で叫ぶも糠に釘。だが、ここで諦めたら授業は脱線するばかりである。

 

「そ、それじゃあ次の絵だ!

 これが分かる子はいるかな?」

 

「はい、であります!」

 

 話を逸らすために問題を投げかけた途端、あきつ丸が元気良く手を上げた。

 

「あきつ丸、答えてくれ」

 

「その絵はもちろん、井戸の中からコンニチワ!

 恐怖のホラー映画、リンg……」

 

「違うからそれ以上は止めて」

 

 確かに髪型とか似ているから間違えるかもしれないけれど、今は深海棲艦の授業だからね!

 

 つーか、言葉にされた途端、夜の海が怖くなっちゃったじゃないかよぉっ!

 

「そ、それじゃあこれは……分かるかな?」

 

 ダメだ、このままでは悪い流れになってしまう。

 

 どうにかして真面目な授業にしようと、俺は黒いマジックで新たな絵を描いて問題を出したのだが、

 

「闇堕チシタ那珂チャン」

 

「ブッブー!

 これは軽巡棲鬼でーーーすっ!」

 

 答えたヲ級に間髪入れず、ツッコミを入れてしまった俺。

 

「闇堕チシタ神通オ姉サンカナ?」

 

「確かにそれも、軽巡棲鬼ですけどっ!」

 

 レ級まで感染してしまい、マジでやばくなってきた。

 

「悪雨《わるさめ》……でありますか?」

 

「駆逐……棲姫って言うんだよ……覚えようね……」

 

 あきつ丸まで……。いやもう、本当にちゃんとした授業になってくれよぅ……。

 

 間違いじゃ……間違いじゃないんだけどさぁ……。

 

「サテ、先生ガ程ヨク凹ンダトコロデ、オサライナンダケレド」

 

 ホワイトボードの前でうずくまりかけた俺をよそに、港湾が子どもたちへ声をかける。

 

「ブッチャケタ話、最モ強イノハ誰カシラ?」

 

 その問いに、子どもたちは……、

 

「……愛宕ダネ」

 

「愛宕先生カナァ」

 

「あ、愛宕先生であります……」

 

「や、やっぱり、愛宕先生かな……?」

 

「港湾オ姉チャンモ、強イケド……」

 

「いやいや〜、高雄さんも強かったですよ〜?」

 

「昨日のアレは……凄かったわよね……」

 

 とまぁ、全員一致にならずとも、おおよその答えは揃っていたようで。

 

 

 

 愛宕と高雄、マジパナイってことでまとまりましたとさ。

 





 現在仕事が忙しすぎて執筆時間が取れにくいため、更新速度が遅くなる可能性があります。申し訳ありませんが、気長にお待ちいただけますと幸いです。


次回予告

 港湾班の授業が終わった。
正直、ザラとポーラは港湾班で良いと思うのだが、朝に決めた通り次の班に臨時加入させなければいけない。

 そうーー、これからが本番である。


 艦娘幼稚園 第三部
 ~ザラとポーラはどの班に?〜 その6「しおい班へ向かいましょう」


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その6「しおい班へ向かいましょう」

 港湾班の授業が終わった。
正直、ザラとポーラは港湾班で良いと思うのだが、朝に決めた通り次の班に臨時加入させなければいけない。

 そうーー、これからが本番である。


 

 港湾班の授業が終わり、次はしおい班へと向かう。

 

 つまり、何が言いたいか。

 

 ここからが、本番である。

 

 正直に言って、俺の心境はかなりしんどい。だって、天龍に金剛、時雨までが俺のことを嫁にする宣言をしている状況に、朝礼でひと悶着起こしてしまったザラとポーラを加入させるんだよ?

 

 どう考えても平穏な時間が過ぎていくとは思えない。

 

 港湾班での2人はいい感じっぽかったから、もうこの際決まりで良いんじゃないかなぁ……。

 

 それに、次の授業が終わっても、その先も控えているんだぜ……?

 

「なんだか先生の顔色が悪くないですかね〜」

 

「さっきの授業で疲れたんじゃないかな。

 色々と大変そうだったし」

 

 ポーラの答えは大正解。港湾班の子供たちによるボケラッシュに全てツッコミを入れてしまった俺の体力は、大幅に減ってしまっているのだ。

 

 それじゃあツッコミをするなよと思った君。それは間違いだ。

 

 関西人は目の前でボケられたら、黙って見過ごすなんてことはできないんだよ。

 

 ……とまぁ、冗談はさておいて。

 

 そろそろしおい班が授業をする部屋に到着するので、気を引き締めないといけない。

 

「ところで先生、ちょっと良いですか〜?」

 

「ん、どうしたんだ、ポーラ?」

 

 背中を指先でツンツンと突きながら声をかけてきたポーラに振り返り、返事をする。

 

 愛宕班の授業で下がりきった好感度により嫌われてしまったのではと思っていたが、話しかけるくらいのことは大丈夫のようだ。

 

「次の班には、先生を好きって言ってる子どもたちが大勢いるんですよね〜?」

 

「あー……、うん、まぁなんだ……」

 

 まったくもってオブラードに包まない問いかけに戸惑ってしまう俺。

 

 しかしだ。教員として好きと言われるのは悪くないので、ここは素直に頷いておく。

 

「なるほど〜。

 そして先生はロリコンさんですから……」

 

「いやいや、ちょっと待って。

 子どもたちに好かれているのは肯定するけど、ロリコンってのは全否定だよ!」

 

「あれ〜。

 先生本人が気づいていないんですかねぇ〜」

 

「変態は、変態だと認めないから変態なのよ、ポーラ」

 

「なるほど〜。

 さすがザラ姉様ですねぇ〜」

 

「だから風評被害を真に受けて勝手にロリコンや変態扱いしないでーーーっ!」

 

「またまた〜。

 実際のところは、分かっているんでしょ〜?」

 

「違うから!

 本当に、俺は普通の人間だから!」

 

「「………………」」

 

 いや、なんで2人は急に黙り込んでジト目を浮かべているんですかね……?

 

「ローマの攻撃を避けていた時点で、普通じゃないですよねぇ〜」

 

「それどころか、悪名高き戦艦ビスマルクを手玉に取っていたのにね……」

 

「後者はともかく、ローマに関しては偶然だからね!」

 

「「またまたー」」

 

 2人は揃って右手をパタパタと振りながら、半ば呆れた笑顔を浮かべていた。

 

 いや、マジでいったいなんなのさ……。

 

 

 

 

 

「………………」

 

「………………」

 

 あえて言おう。

 

 予想通りの展開により、胃が痛すぎる。

 

 しおい班の授業が行われる教室の扉を開けた途端、集中する視線。もちろんそれらは中にいた子どもたちからなのだが、明らかに敵意を持ったそれに、思わずたたずを踏みかけたほどだ。

 

 しかしそれでも中に入らなければならないので、俺はなんとか勇気を振り絞る。

 

 いや、それ以前に、教室に入るだけでなんでそんな心境になるのか不思議でたまらないが、原因が俺自身であるがために文句を言うことができない。

 

 結局のところ、しおい班の子どもたち……特に、天龍、金剛、時雨は、ザラとポーラが俺を狙っていると勘違いしているのだ。

 

 だからこその視線。

 

 だからこその敵意が、この教室に充満している。

 

 そんな中、俺はザラとポーラを誘導するために教室にあるホワイトボードの前に立つ。そして、開口一番に子どもたちを落ち着かせようと思った時だった。

 

 ギロリ……ッ!

 

「うおっ!?」

 

 ホワイトボードの近い席に座った天龍がいきなり机の上に勢い良く足を乗せ、明らかな不良の態度を取りながら俺を睨みつける。

 

「おうおう、浮気者の先生が登場だじぇ……って、噛んじまった!」

 

 ………………。

 

 いや、そこで噛んだら、完全にアウトじゃん。

 

「あらー、ダメじゃない天龍ちゃん。

 ここは一発メンチを切って、先生をビビらせてからワンパンでしょー」

 

「そうですヨ天龍ー。

 そして悶絶する先生を私が解放シテ、ハッピーエンドになるつもりだったんデスヨー」

 

「ちょっ、そんな話聞いてねぇぞ!?」

 

 驚いた天龍が後ろの席に座る金剛に振り向きながら立ち上がり、抗議の声を上げた。

 

「どういうことだよ金剛!

 ここはみんなで先生を虐めつつ、ザラとポーラにギャフンと言わせるんじゃなかったのかよ!」

 

「そんなことをしたラ、先生が可哀相じゃないデスカー!」

 

「そりゃあ俺だってコンナことはしたくねぇよ!

 だけど、こうすれば先生が俺のことを……ごにょごにょって、龍田が……」

 

「あらあらー、天龍ちゃんったら色々と漏らしちゃってるわよー?」

 

「えっ、ど、どこだよ!?

 俺は別に漏らしてなんか……」

 

 天龍は慌てながら自らの下腹部を見る。

 

 もちろん、天龍が漏らしているはずもなく、意味合いが違うんだけど。

 

 まさにぐだぐだ。本能寺レベルである。

 

「だからこんな茶番は止めようよと言ったんだけどね……」

 

 そして悟ったかのようなすました表情で座っていた時雨がそう言ってからため息を吐くと、パンパンと手を叩く音が聞こえてきた。

 

「はいはい。

 お遊びはこれでおしまいだよー」

 

 言って、しおいが子どもたちに声をかけたのだが。

 

 子どもたちの策略というか、やろうとしていたことが分かっていたのなら、先に止めてくれたら良かったのになぁ。

 

「いやー、それじゃあ面白くないですしー」

 

「俺まだ何も言ってないよねっ!?

 心の声なんか漏れてないよねっ!?」

 

「なんだよ。

 漏らしたのは俺じゃなくて先生なのか……?」

 

 そう言った天龍が俺の下腹部をジロジロと見る。

 

「だから意味合いが違うってば!」

 

「あれ……、漏れてないよな?」

 

 天龍の手が俺の下腹部……というか、股間を叩く。

 

 しかも、下から上に。

 

「きょんっ!?」

 

「あっ、やべえ。

 ちょっとキツめに叩きすぎちまったか……?」

 

 ぐ、ぐおおおおお……。激痛がぁ……。

 

 子どもとは言え、艦娘のパワーは相変わらずパネェよ……。

 

「せ、先生がうずくまっちゃったけど……大丈夫かな……?」

 

「あれってかなり痛いっぽい?」

 

「さあ〜。

 私たちには分からない痛みじゃないかしら〜」

 

 焦る潮に、首を傾げながら俺を眺める夕立。それに答える龍田は間違いないが、もう少しなんと言うか慰めて欲しいところなんだけど。

 

「でも、さっすが天龍ちゃんだわ〜。

 さっきのを挽回するどころか、見事な直撃をかましちゃうなんて〜」

 

「お、そうか?

 龍田に褒められると、何だか照れちまうぜ……」

 

「イヤイヤ、そんなに軽視できる状態じゃないですネー!」

 

「そうだよ。

 今ので先生が使い物にならなくなったら、大変じゃないか……」

 

 悲壮な顔をした金剛と時雨が俺に駆け寄ってくるが、未だ悶絶して床にうずくまり中。

 

 と言うか、龍田は狙ってやったんじゃないだろうな……?

 

 それと時雨よ。今の言葉の意味合いは色んな意味で気になりまくるので、返事に困るんだが。

 

「ありゃー……。

 これはちょっと、先生がダメっぽいですよね……」

 

「今日の先生を見ていると自業自得っていう感じがしなくもないけれど、ちょっとだけ可哀相に思えてきた……かな」

 

 そして相変わらずの間延びしたポーラと、少しばかり好感度が上がった気がしなくもないザラの言葉が聞こえつつも、意識が遠のいていく間隔に慌てて立ち上がろうとする。

 

「ふぐっ……おぉぉ……」

 

 痛みに耐えつつ、生まれたての子鹿のようにプルプルと震える俺。

 

 元帥とリングの上で戦った以上の辛い現状だが、ここで倒れては授業にならないのだ。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 ホワイトボードの端を手で持って身体を支え、なんとか立つことができた。

 

「はいはーい。

 いつものコントはこれくらいにして、授業を始めちゃうよー」

 

 そしてしおいが子どもたちに声をかけるが、ちょっと待ってくれ。

 

 この痛みはいつもに増して、マジで洒落にならないんだけれど。

 

 強いて言うなら、金剛のハリケーンミキサーとプリンツタックルを足して1で割ったくらい。

 

 ……あ、それって結局いつもの倍じゃん。

 

 つまり、天龍の叩きはタックルよりも強いってことか……?

 

 いや、的確すぎたからと言うべきか。

 

 ………………。

 

 つーか、まだ昼にもなっていないのに、どれだけシモの話をするんだよってことなんだが。

 

 それともう1つ。しおいってちょっと冷たくないか……?

 

「ぶふー!

 しおいは全然、冷たくないですよーだ!」

 

「……いや、だからなんで俺の心が読めちゃっているんですか?」

 

「そんなの、先生の顔に全部出てるからじゃないですかー!」

 

「いやいや、そんなことある訳が……」

 

 そう言いつつ苦笑を浮かべた俺だったのだが、

 

「「「………………」」」

 

 ……え、なんでみんな揃って俺から視線を逸らすんだ?

 

 近くで立っているザラやポーラまで同じようにしているし、マジでそんなことが……。

 

「……って、やっぱり何も書いてないですよ?」

 

 俺は内心焦りつつも、ポケットから取り出した携帯電話のカメラを起動して顔をパシャリ。そして画面を見てみたが、やっぱり文字らしきモノは見当たらない。

 

「……先生って、天然さんですよね〜」

 

「……うん。

 今のはちょっと、破壊力が高すぎたかな……」

 

 呆れるどころか、白い目を浮かべるザラとポーラ。

 

 そして心配そうにしてくれていた金剛や時雨も、大きく肩を落として哀れみの目を浮かべている。

 

 ……いや、マジでどうしてこうなった。

 

「まぁ、これが先生だから、仕方ないよねー」

 

「「「ですよねー……」」」

 

 そして一斉に子どもたちがため息を吐き、おずおずと自分たちの席に座る。

 

 本音を言えば俺こそため息を吐きたいんだけれど、部屋の空気がそうさせてくれない。

 

 まぁ、なんと言うか、今の状況を省みて1つ。

 

 

 

 ……本当に、俺って不幸だよね。

 




 現在仕事が忙しすぎて執筆時間が取れにくいため、更新速度が遅くなる可能性があります。申し訳ありませんが、気長にお待ちいただけますと幸いです。


次回予告

 バーニングミキサーじゃなかったよ……。

 手痛い打撃を受けたが授業をせねば教員として廃る。
そう思っていたはずなのに、時雨の一言から自己紹介が始まって……。


 艦娘幼稚園 第三部
 ~ザラとポーラはどの班に?〜 その7「乙女回路かマヌーサか」


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その7「乙女回路かマヌーサか」

 バーニングミキサーじゃなかったよ……。

 手痛い打撃を受けたが授業をせねば教員として廃る。
そう思っていたはずなのに、時雨の一言から自己紹介が始まって……。


 

「さあさあ、今度こそ本当に授業を始めちゃうよ!」

 

 俺の回復を待つことなく、しおいは子どもたちに声をかける。

 

 色々と抗議したいところではあるが、授業が遅れるのは具合が悪い。なので、ここは我慢しつつ黙っておこうと思ったのだが、

 

「しおい先生、僕からちょっとお願いがあるんだけれど」

 

「時雨ちゃんがお願いって珍しいよね。

 いったい何かな?」

 

 首を傾げたしおいが問う。

 

「今から始める授業って、ザラとポーラが臨時加入するんだよね?」

 

「うん。

 そうだよー」

 

「でもそれって、僕達とわだかまりを持ったまま行えることなのかな?」

 

「えっと、それは……その……」

 

 時雨に問い返されたしおいの表情が曇り、なぜか俺に視線を投げかけてくる。

 

 どう見てもその目は困っている。

 

 だがしかし、つい先ほど冷たくしてくれたしおいに対して、俺としてはちょっとばかり怒っているのだが。

 

「どうせなら授業を始める前に、僕達のことをよく知ってもらった上、ザラとポーラのことも色々と教えてもらうのが一番順当だと思うんだ」

 

「それって……、自己紹介ってこと?」

 

「そうだね。

 だけど、名前だけを交換するんじゃなくて、色んな会話で情報交換をして、もっとお互いのことをよく知った上で授業をする。

 こうすれば円滑に進むと思うんだけど、どうかな先生?」

 

 言って、俺に顔を向けた時雨がニッコリと微笑んだ。

 

 一見すればなんの変哲もない顔。

 

 しかし、今この状況を考えるに、嫌な予感がしない訳ではない。

 

 だがその一方で、時雨が言うこともまた事実。互いのことを知り合った方が、仲良くなりやすいとは思うのだが……、

 

「それならまぁ……、良いと思うんだけど」

 

「決まりだね」

 

 俺の心配を他所に、しおいが頷いてしまった。

 

 サポート役である俺の立場としては、ここで口を挟むのは可能ではあるものの、時雨の案に明確な否定意見はない。

 

 あくまで嫌な予感がするだけ。その理由で止める訳には……いかないよなぁ。

 

 とりあえず、様子を見ておくことにするか。

 

「それじゃあ早速、僕から自己紹介をさせてもらうね」

 

 言い出しっぺの時雨はそう言って席から立つ。

 

「僕は白露型駆逐艦の時雨。

 幼稚園には古くから居て、色んなお友達から相談事を受けたりしているかな」

 

 まぁ、当たり障りのない自己紹介だ。

 

 これなら挨拶という点でも問題ないし、心配は杞憂に終わった……と思いきや、

 

「ちなみに僕が先生の好きなところは、優柔不断だけれど時折見せる格好良さかな。

 普段は頼りないんだけれど、ここぞの時には頼りになるんだよ」

 

 なぜか一言追加された。

 

 いやもう、マジで勘弁して下さい。

 

 背中がこそばゆいと言うか、毛恥ずかしいと言うか。

 

 だがそれ以前に、朝礼の嫁宣言からの自己紹介で先制攻撃は、やっぱりヤバイと思うんですが。

 

「ほほ〜。

 先生って、そういう感じなんですか〜。

 ちょっぴり意外ですねぇ〜」

 

 時雨の言葉を聞いたポーラが、ジロジロと俺の顔を見る。

 

 更には時雨の周りから「ヒュー、ヒュー」と茶化すような声が上がっているが、既に嫌な予感はマックスだ。

 

「時雨がそれを言うんじゃあ、俺様もやらないといけないよな」

 

 時雨の自己紹介が終わったと見るや、今度は天龍が席から立つ。

 

 これはもう止めさせた方が良いだろうと思う一方、時雨だけ自己紹介を済ませたのに、他の子はダメなのかと問われたら返す言葉がない。

 

 そして授業を進めるべきしおいは黙ったまま立っており、どう考えても期待はできないし……。

 

 これがもう、針の筵を覚悟するしかないのかもしれない。

 

「俺様の名は天龍。

 天龍型1番艦の軽巡洋艦で、先生を嫁にする宣言第1号だぜ!」

 

 ……うん、もう何も言うまいよ。

 

 天龍は勢いで喋る子だって、俺はよく知っていたからね。

 

 ……と、白目を浮かべながら放心しかけるが、この際意識を失っておいた方が良いんじゃないだろうかという気さえする。

 

「ちなみに俺の先生が好きなところってのは、ずばりヘタレ度だぜ!」

 

「ヘタレ……度?」

 

 親指を立てた天龍の言葉に、ザラが首を傾げた。

 

「おっと、この間隔が分からないってようじゃあ、まだまだ子どもだぜ!」

 

「むっ!

 ザラはもう子どもじゃないですよ!」

 

 そう言ってムキになるのが子どもなんだけれど。

 

 まぁ、突っ込んだら後が面倒なので止めておくが、本音を言えば既に心が辛いです。

 

「とどのつまり、先生の不甲斐なさが乙女心をくすぐるってやつじゃないでしょうか〜」

 

「おっ、ポーラの方は分かっているようだけど、ちょっとは見込みがあるんじゃねぇか?」

 

「いえいえ〜、それほどでも〜」

 

 頭をポリポリと掻きながら嬉しそうにするポーラに対し、余計に表情を不機嫌にするザラ。

 

 しかしそんな様子もお構いなしに、今度は金剛が席から立った。

 

「私は金剛型1番艦の金剛デース!

 先生の好きなところは、私のどんなアタックでも正面から受け止めてくれるところネー!」

 

 親指をビシッ! という効果音が聞こえてきそうな勢いで立て、金剛はザラとポーラにドヤ顔を向ける。

 

「ふむふむ……。

 なんだか最初のクラスとは違って、先生の好感度がバリ高ですねぇ〜」

 

「先生をお嫁さんにしたいって言っているんだから、普通はそうなると思うんだけど……」

 

 3人の自己紹介を聞いていたザラとポーラは、2人で話し合いながら俺の方を見る。

 

「でもどうして、先生がお嫁さんなのかしら……?」

 

「普通は、お婿さんですよね〜?」

 

 いや、それについてはこっちが聞きたいんだけれど。

 

 いつの間にか子どもたちが言い出したことであって、俺に原因はないと思いたい。

 

「「………………」」

 

 だが俺の気持ちは全く伝わらず、ザラとポーラは疑惑を含んだような目で俺を見る。

 

 もちろんM属性を持ち得ていない俺にとって、そんな視線は苦痛でしかなく、マジで勘弁してほしいんだけど。

 

 しかし、ここで視線から逃れようとするのも大人としてどうなのだろうか。子どもに言い負かされた訳でもなく、ジッと見られただけで逃げるというのは、いくらなんでも不甲斐ないだろう。

 

 なので、ここは平静さを装いつつ我慢しながら立つ。こうしていれば、ザラとポーラも少しは俺のことを見直してくれるかも……と、淡い期待を持っていたところ、

 

「……なんとなくですけど、分からなくもない気がしますねぇ〜」

 

「ポーラもそう思っちゃう?

 よく分からないんだけれど、先生ってお婿さんよりお嫁さんって感じだよね……」

 

「いやいやいや、君たちまで何を言い出すのかなっ!?」

 

「だって〜、そんな気になっちゃうんですよねぇ〜」

 

 流石に黙っていられなくなった俺はツッコミを入れたものの、「あっはっはー」と笑ったポーラは理由を教えてはくれない。

 

 俺としてはすぐにでも理由を聞き、すぐに直してもっと頼りがいのある大人になるために頑張りたいのだが。

 

 そうじゃないと、遠い未来で尻に敷かれる俺があくせくと働く姿が想像できてしまうかも……。

 

 ………………。

 

 いや、その相手が愛宕だったら別に良いんだけどね。

 

「……ザラ姉様。

 何だか今、先生の顔を見ていたらイラッとしたんですけど」

 

「ポーラも?

 ザラも同じ気持ちになったんだよね……」

 

 そう言った2人は俺の顔をジト目で見つめ、

 

「さっき先生が浮かべた顔は、浮気心を噴出した時ネー!」

 

 ……と、怒った表情を浮かべる金剛が、腕組しながらほっぺたを膨らませていた。

 

「お、俺は別に、浮気心なんか……うひゃっ!?」

 

 いきなり手の甲にねっとりとした柔らかいものを感じた俺は視線を向ける。するとそこにはなぜか俺の手を舌で舐める龍田の姿があった。

 

「あら〜。

 この感じは、嘘をついている味ね〜」

 

「お、おい、龍田!

 いきなりなんで俺の手を舐めたりするんだ!?

 というか、どっかで聞いたことがあるようなセリフだぞ!」

 

「ジッパーを付けたりするのとかはできないわよ〜?」

 

「とかってなんだよとかって!

 つーかそれ以前に、俺の手を舐める必要なんて全く無いよね!?」

 

「天龍ちゃんのために、ちょっとだけ頑張っちゃいました〜」

 

「だからいったい何をどう頑張ったんだよっ!?」

 

「うふふふふ〜」

 

 含み笑いを浮かべながらクルクルと回り、自分の席に戻っていく龍田。

 

 いやもう、心臓に悪いからマジで止めてくれないだろうか……。

 

「ちくしょう!

 また先生が浮気したっていうのかよ!」

 

「頭の中でちょっと考えただけで浮気に扱われちゃうのは理不尽だよ!?」

 

 机をバンバンと叩いて悔しがる天龍にツッコミを入れれば、

 

「確かに普通ならそうなんだけど、先生の場合は露骨に出ちゃうからね……」

 

「なんでそんな簡単に判別されちゃうのっ!?」

 

 冷静に言ってからため息を吐く時雨に、心の叫びを放ってみれば、

 

「先生は先生だから、仕方ないですよね!」

 

「しおい先生の言葉は答えになっていないですからーーーっ!」

 

 連鎖的にことが起きるのはいつものことであり、

 

「潮の自己紹介って、いつにすればいいのかな……?」

 

「もうちょっと落ち着くまで、待つしか無いっぽい?」

 

 未だ自己紹介ができていない潮が悲しそうな顔を浮かべ、呆れた夕立が肩を落としていた。

 

「榛名は……忘れ去られた存在なのでしょうか……?」

 

 そして席の後ろに座り込み、涙を流しながら視線を送ってくる榛名を見て、本当にすまないと思ったから許してほしい。

 

 俺……関西人だから……ツッコミを入れないと気がすまないですねん……。

 

 なんて馬鹿な思考はここまでにして、真面目に自己紹介をやらなくてはいけないと、気を引き締めるために両頬をバシンと叩く。

 

「あら〜、遂に先生がMに目覚めたのかしら〜?」

 

「だからツッコミを入れやすいボケを言うんじゃねぇよ!」

 

 ……と、叫んだのは心の中だけにしておいて、俺は冷静な表情を浮かべながら子どもたちに視線を送って微笑んだ。

 

「あら、あらあら〜?」

 

「ほらほら、まだ潮と夕立、それに榛名の自己紹介が終わっていないんだから、静かに席に着くんだぞ」

 

「Why!?

 先生がいつもとちょっとだけ違うデース!」

 

「な、なんだかちょっとだけ大人っぽいぜ……」

 

 額に汗を浮かばせ驚く金剛と天龍だが、俺は元々大人なんだけれど。

 

「おかしいわね〜。

 先生ったら、授業の前に何か変な物でも拾い食いをしたんじゃないのかしら〜?」

 

「おいおい、龍田。

 俺はそんなに意地汚いやつじゃないぞ。

 それに腹が減ったのなら、鳳翔さんの食堂に行けばいいだけじゃないか」

 

 俺はそう言いながら、ナルシストっぽい仕草で髪をかきあげる。

 

 あくまで冷静沈着に。これで自己紹介を進められるだろうと、潮の方を見てみたが、

 

「………………ふぇ」

 

「………………へ?」

 

 なんか潮が……、目に涙をいっぱい溜めているんですけど……。

 

「せ、先生が………………壊れ…………ちゃった……?」

 

「お、おいおい、俺は別に普段通りだ……」

 

「ふええええええんっ!

 先生が精神的苦痛によって心が崩壊しちゃって別人になっちゃいましたあぁぁぁぁぁっ!」

 

「ちょっ、いきなり滑舌が良くなった……っていうか、ガチ泣きしちゃってるーーーっ!?」

 

 潮の変貌っぷりに慌ててしまった俺は取り繕うのも忘れて叫んでしまったが、今はそれどころではない。

 

 泣き虫だったとはいえ、潮が大きな声を上げるなんてことは滅多にないどころか、初めてなのだ。

 

 これが天龍や金剛がいつものようにボケるのであれば我慢ができただろうが、こればっかりは無理だぞ。

 

「ありゃ〜。

 先生が教え子を泣かすなんて、どうなんでしょうねぇ〜」

 

 そしてポーラの心象も更に悪い方へと進んでしまうし、本当に今日はなんて日だ……と思っていたら、

 

「そう思うでしょ、ザラ姉様?」

 

「………………」

 

「あれ……、ザラ姉様……?」

 

「………………」

 

 ポーラの問いかけに返事がないザラに、俺も気になって視線を向けたところ、

 

「………………尊い」

 

「「「………………は?」」」

 

 他の子どもたち、しおい、俺、そしてポーラが一斉に素っ頓狂な声を出す。

 

 そして視線はザラに集中するが、当の本人は気にすることなく、ただ一言。

 

「先生……尊すぎるでしょ……」

 

「「「ええええええええっ!?」」」

 

 ザラから想像もできなかった言葉にいつの間にか潮も泣き止み、全員が一斉に絶叫の声を上げたのであった。

 




次回予告

 ザラが壊れた。
うん、完全におかしいけれど、類は友を呼ぶ……って言うからね……。

 ところで、自己紹介はまだ終わっていないんだけど。


 艦娘幼稚園 第三部
 ~ザラとポーラはどの班に?〜 その8「萌え、尊い、バブみ」


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その8「萌え、尊い、バブみ」

 ザラが壊れた。
うん、完全におかしいけれど、類は友を呼ぶ……って言うからね……。

 ところで、自己紹介はまだ終わっていないんだけど。


「ザ、ザラ姉様が……壊れた……」

 

 ワナワナと両手を震わせ、愕然とした表情を浮かべるポーラ。

 

 その他の子どもたちも軒並み信じられないといった感じの顔でザラを見つめているが、当の本人は……、

 

「尊死……しちゃいそう……」

 

 俺を見つめながら、目をキラキラとさせ、うっとりとしている。

 

 原因は分かっているが、言わせてくれ。

 

 どうしてこうなった。

 

 俺はただ、下がりきってしまった好感度を少しでも元に戻すべく、ちょっとばかりできるところを演出しただけなのに。

 

「お、おい……、あれってどう考えても普通じゃないよな……?」

 

「あらあら〜。

 あれは間違いなく、恋する乙女の顔ね〜」

 

「なっ、マジかよ龍田!?」

 

 そして言わなくても良いことを龍田が発してしまったことにより、一部の子どもたちが表情を一変させた。

 

「ちょっと待つデース!」

 

 真っ先にザラへ近づいた金剛が肩に手を置き声をかけたのだが、

 

「萌え萌え……きゅん……」

 

 ザラは金剛の手に全く気づいていないのか、俺の方をじっと見つめながら呟く。

 

 いや、メイド姿のベーシストを見たギターとドラムじゃないんだが。

 

「クッ……!

 そんな言葉に負けやしないデスヨー!」

 

 そして金剛よ。なぜ今ので、ダメージを受けたかのような表情と仕草をしているんだ……?

 

「はぁ……。

 先生に……バブみを……感じる……」

 

「「ゴッハァ……ッ!」」

 

 そして今度は金剛とポーラが同時に、口から血を吐いた……って大丈夫かっ!?

 

「お、おい、金剛、ポーラ!?」

 

「ダ、大丈夫……デース……。

 ちょっとダケ、ダメージを受けたダケネー」

 

「ザ、ザラ姉様が……、完璧に……壊れて……グフッ……」

 

 よろよろと立ち上がる金剛だが、ポーラはそのまま床にドサリと倒れ込む。

 

 いやいや、マジでヤバイんですけど。

 

 とりあえずポーラを救出して、医務室に駆け込まなくては……と思いきや、

 

「でもそんなザラ姉様も……ありっちゃあ……ありですよね……」

 

 床で倒れたポーラの表情はなぜか笑顔で、口から吐いていたと思われていた血は、どうやらぶどうジュースのようだった。

 

 ……なにこれ。心配して損してってことか?

 

 だがしかし、根本的な原因はまだ対処がしきれていない訳で。

 

「バブみ……バブみ……」

 

 こっちを向きながら、ブツブツと呟くザラがマジで怖いんですが。

 

 と言うか、バブみって……なに……?

 

「ちょっと待つですヨ、ザラ!

 確かに先生にバブみを感じることはあっても、そうは問屋が卸さないデース!」

 

 いやだから、バブみってなんなのさ……。

 

「いや、むしろ先生には僕達にバブみを感じさせる方が良いと思うんだけど……」

 

 時雨まで話に加わってきたんだけれど、やっぱり説明はない訳で。

 

「よし、先生!

 俺様にバブみを感じやがれ!」

 

 そう叫んで親指を立てる天龍だが、マジでサッパリ分からないんですけどねぇっ!

 

「あら〜。

 天龍ちゃんったら、完全に間違った方向にいっちゃってるわ〜」

 

 ニコニコとしながら言う龍田は少し離れて見つめているだけ。

 

 高みの見物で済ませようと考えているんだろうけれど、藪を突いて蛇を出す気はないので黙っておこう。

 

「せ、先生が壊れたと思ったら……今度はザラちゃんが……」

 

「こんなのよくあることだから、そんなに心配しなくても大丈夫っぽい」

 

 なお、潮は完全にガクガク震えて涙目状態だが、夕立がフォローしてくれたおかげなのか、ガチ泣きからは少しマシになっているようだ。

 

 泣かせた原因の大半が俺にあるので、後で慰めておかないとな。

 

 ……で、夕立の台詞は色々とツッコミたいところなので、こっちも後でフォローの予定。

 

 こんなのがよく起こっていたら、マジで身体がもたないからね!

 

「うーん……。

 先生にバブみを感じるザラちゃんや金剛ちゃんと、自分自身にバブみを感じさせようとする時雨ちゃんに天龍ちゃんかー……アリだね!」

 

 そして勝手に納得するしおいだけれど……って、ちょっとは収拾をつけてくれよっ!

 

「……でも、先生の場合はどっちかと言えば、ヘタレ具合が良いと思うんだけどなー」

 

 おぉぃ……。

 

 なんでしおいはそこで、更に悪化させるような発言をするんだろうか。

 

 どう考えても嫌な予感しかしない。ただでさえ、子どもたちが加熱しそうな状況なのに……、

 

「ちょっと待ったーーーっ!」

 

「うえっ!?」

 

 いきなり扉が開き、大声が部屋に響き渡る。

 

 驚いて扉の方に振り向くと、そこには見知った姿が……。

 

「……いや、なんで夕張が幼稚園にいるんだよ」

 

「ちょっと発注を受けた荷物を届けにきていたら、気になる会話が聞こえてきましてー」

 

「いくらなんでもタイミングが良すぎやしない!?」

 

 ツッコミを入れた俺に、てへへー……と笑う夕張。しかし、時既に遅しとばかりに子どもたちが騒ぎ立て始める。

 

「やっぱり先生は、へたれた感じの状態が一番良いんだって!」

 

「いやいや。

 天龍ちゃんの言うことも一理あるけれど、やっぱり先生は頼りないところと、たまに見せる格好良いところの間がちょうなんだ」

 

「私のタックルを正面から受け止めてくれるのが一番良いネー!」

 

 天龍、時雨、金剛が持論を並べていけば、

 

「先生がナルシストでバブみ飽和のオギャりモードで……」

 

 ザラが全く訳の分からない発言をして、

 

「違う違う。

 先生の凄いところは、なんと言っても鍛えた肉体と、ほんのり匂わせる女性らしさの線よ!」

 

 いつしか夕張も加わってしまい、

 

「ボコられても起き上がる根性だけは認めるんだけどね〜」

 

 非常に怖い発言をする龍田がいれば、

 

「せ、先生は……潮のことを……ちゃんと見てくれてるし……」

 

 ちょっぴり嬉しい潮の発言も聞こえてきたり、

 

「先生はなんだかんだで頼りになるっぽい?」

 

 なんでそこで疑問系なんだよ夕立ェ……。

 

「もうちょっとぶどうジュースを飲ませてくれたら、良い人なんですけどねぇ〜」

 

 ポーラはいつの間に復活していたんだろう……。

 

 そしてこの状況で言えることは、

 

 

 

 自己紹介どころか、完全に授業が崩壊しているってことですよね……。

 

 

 

 

 

「とりあえず、ザラちゃんも先生LOVE勢に加わったってことでファイナルアンサー?」

 

 時雨の言葉に、ザラは恥ずかしげにコクコクと頷いていた。

 

「チッ……。

 やっぱりこうなっちまったか……」

 

「あら〜、不貞腐れちゃう天龍ちゃんも可愛いわ〜」

 

「予想できていたことだけど、やっぱり少々不安になっちゃうかな……」

 

「時雨は甘いデース!

 どれだけライバルが増えても、最後に勝つのはこの私ネー!」

 

 口々に言い合う子どもたちだが、流石にこれ以上放置はできないので、手を叩いて視線を俺に集中させる。

 

「はいはい。

 自己紹介はまだ終わっていないんだから、これくらいにしておこうな」

 

 原因が俺なだけに言いにくいが、しおいが全く役に立っていないので仕方がない。

 

「次は潮の番だけど、大丈夫か?」

 

「う、うん。

 大丈夫……です」

 

 言って、潮は席を立ってから深呼吸をし、気持ちを落ち着かせて口を開く。

 

「わ、私は綾波型駆逐艦の……潮です。

 先生のことは……その、頼りになる……人だと思います」

 

 ペコリと頭を下げ、恥ずかしそうに席に座る潮。

 

 うぅ……、なんて良い子なんだ……。

 

 他の子どもたちももう少し潮を見習って、大人しくなってくれたら良いんだけどなぁ……。

 

「それじゃあ次は夕立だな」

 

「了解っぽい!」

 

 俺の言葉に手を上げて応えた夕立が、ニッコリと笑って席を立った。

 

「白露型駆逐艦の夕立だよ。

 先生のことは、初めて幼稚園にきた時、肩車をしてくれたことが思い出深いっぽい!」

 

 言って、席に座る夕立。

 

 ああ、確かにそんなことがあったなぁ。

 

 あの時は確か、潮のボールが木の上に引っかかってしまい、それを取ろうとした天龍が危ないって言いに来てくれたんだよな。

 

「先生の肩車……だって?」

 

「うん。

 道案内をする夕立を、先生が肩車してくれたの」

 

「そ、それは……ちょっとばかり羨ましいぜ……」

 

 悔しがる天龍が机を拳でバシバシと叩いているが、別にそれくらいやってあげても良いんだけれど。

 

 でもまぁ、それを今ここで言ってしまったら最後、またしても火に油を注ぐことになるだろうから止めておこう。

 

「先生の肩車デスカー。

 でもどうせだったら、お姫様抱っこでランデブーしたいネー」

 

「くっ……、それも惹かれるじゃねえか……」

 

 いや、流石にそれはやらないよ?

 

 やったら最後、確実にロリコン呼ばわりされちゃうし。

 

 あ、でも、ほとんどの子どもたち認定されちゃっているから、既に手遅れかなぁ……。

 

 ………………。

 

 心が痛い。

 

「僕の希望としては、先生と一緒にお外に出てデートをしたいかな……」

 

 そして時雨の台詞はいたって普通だが、やっぱりそれも問題があるんだよなぁ。

 

 でもまぁ、普通に子どもたちと出かけて買い物なんかは別に良いとは思うんだけどね。

 

 実際、雷と電とは一緒にコンビニに出かけたことがあるんだし。

 

 その後に変な噂が立ったことは……まぁ、思い出したくなかったけれど。

 

「ザラとしましては、先生が雨の日に傘もささず、捨てられた子犬を抱きかかえながらトボトボと歩いて帰ってきたところで私と偶然出会って、ニッコリ微笑みながら髪をかき上げつつ斜め30度の角度でポーズを取ってくれると完璧です」

 

 指定が多すぎるって言うか、どんな少女漫画なんだよ……。

 

「でもそれって、メンチを連れて帰ってきたときに似ている感じっぽい?」

 

「……いやいや、あの時川に飛び込んだのはしおい先生であって、俺は濡れていなかった覚えがあるんだけれど」

 

「あら〜、それってつまり、しおい先生はずぶ濡れなのに、先生は高みの見物をしていただけってことかしら〜」

 

「言葉が悪いけど、龍田の言うことはあながち間違っていないだけに言い返せないっ!」

 

 ガックシと肩を落としつつ龍田に負けてしまった俺。

 

「やっぱり先生って、昔からヘタレ度が高い感じなんですねぇ……」

 

「だけど、そこが良いんだって言ってるだろ?」

 

「うーん……、ポーラにはよく分かりません……」

 

 天龍とポーラの会話にツッコミを入れる気力はなく、うなだれる俺なんだけれど、自己紹介自体はちゃんと終わらせたので問題は……、

 

「……あっ」

 

 1人、忘れていた。

 

 潮以上の涙目を浮かべて俺を見る視線に、グサリと心をえぐられながら。

 

「あ、あの……、榛名も……自己紹介を……」

 

「う、うんうん。

 もちろんびっしりばっしり、やってもらおうかなっ!」

 

 半ばテンパりつつ頷きまくる俺にホッと胸をなでおろした榛名。そんな姿を見て、俺もまだまだ不甲斐ないと思いつつも視線を有る方向に向けてみたのだが、

 

「すぴー……くかー……」

 

 椅子に座ったままうたた寝をしていたしおいに呆れ返りながら、もう一度教育し直さなければならないと心に強く秘める俺だった。




次回予告

 榛名を忘れちゃいかんぜよ……。

 なんだかんだでしおい班の授業は終わり、ラストは鬼門のビスマルク班。
果たして無事に授業を終えることができるのか。否、無理に決まっておろう!


 艦娘幼稚園 第三部
 ~ザラとポーラはどの班に?〜 その9「土曜と日曜の昼放送」


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その9「土曜と日曜の昼放送」

 榛名を忘れちゃいかんぜよ……。

 なんだかんだでしおい班の授業は終わり、ラストは鬼門のビスマルク班。
果たして無事に授業を終えることができるのか。否、無理に決まっておろう!


 

「………………」

 

 なんだかんだでグダグダ感がMAXだったしおい班も終え、最後の鬼門であるビスマルク班の時間を迎えてしまった。

 

 なお、現在ザラの視線は大半が俺に向けられており、キラキラと光らせては「ほぅ……」とため息を吐く始末。

 

 そしてその横でそんなザラを見ながら、同じように溜め息を吐きまくるポーラ。

 

 2人の気持ちは間違いなく正反対なんだろうけれど、正直に言えば俺も一緒にため息を吐いていたい。

 

 しかし、この原因の大半……というか、切っ掛けは間違いなく俺にある以上、ここでめげる訳にはいかないし、修正もしなくてはいけないだろう。

 

 だが、それよりも問題なのは次の授業の時間。

 

 しおい班では、俺を嫁にすると公言しているのは天龍、金剛、時雨の3人。

 

 しかしビスマルク班は、プリンツ、レーベ、マックスの子どもたち3人に加えて、教員であるビスマルクも含まれてしまうのだ。

 

 先ほどのしおいの使えなさも問題だったが、今度はほとんどが敵にまわると言っても過言ではない状況。

 

 そんな中で今のザラが教室に入るというのは、野獣の群れがいる檻の中に投げ込むのと同意に近いものがあるのだ。

 

 どう考えても始まる前から詰んでいます。

 

 ぶっちゃけて今すぐ逃げ出したい。だけど、そうもいかないんだよなぁ……。

 

 ついさっきまでの考えを全否定しかけたが、ここは踏みとどまりつつ策を練る。

 

 どうにかしてザラとポーラを授業に参加させ、平穏無事に終わらせられることができるのか。

 

 ………………。

 

 …………。

 

 ……。

 

 あかんわ。なにも浮かんでこねぇ……。

 

 そして気づけば授業を行う部屋は目と鼻の先。時間もギリギリなので、ここで立っている訳にもいかない。

 

 こうなったら、ぶっつけ本番。

 

 なるようになれ……と祈りながら、部屋の扉を開けて中に入ろうとしたのだが、

 

「………………」

 

 扉のノブに手をかけつつ、上を見る俺。

 

「………………」

 

「………………」

 

 同じくザラとポーラも、ある一点に視線を集中させている。

 

 少し開いた扉の隙間。枠の最上部と扉の間に、黒板消しではなくホワイトボードのクリーナーが挟まっている。

 

 なんというトラップ。使い古されつつ、お決まりなコレをどうするべきなのだろうか。

 

「……ふむ」

 

 気づかなかったフリをして、頭のてっぺんに直撃するイメージを想像してみよう。

 

 挟まっているのはホワイトボードのクリーナー。見た目は黒板消しのアレと似ているが、消す相手がマーカーなので若干硬さがある。

 

 つまり少々痛いかもしれないってことだが、くると分かっていればそれほどでもない。

 

 まぁ、笑いを提供するならワザとかかっても問題ないだろう。

 

 しかし、後ろに続くザラとポーラは既に気づいている。

 

 そんな状況でクリーナーに直撃する俺を見れば、若干なりとも呆れられてしまうんじゃないのかなぁ……と。

 

「先生、先生」

 

「……ん、どうしたポーラ?」

 

「これが俗に言う、関西人のノリってやつなんでしょうか〜?」

 

「いや、それはどうなのかなぁ……」

 

 愛想笑いを浮かべる俺。

 

 確かに教室の中にヲ級がいるというのであれば、それもあり得る話である。

 

 しかし、そうじゃない。

 

 相手はビスマルク率いる佐世保班。関西人とはまったく関係がなく、そういったノリというのはないと思うのだが……。

 

 まぁ、悪い意味で染まったという可能性も、ゼロじゃないか。

 

 特に、ヲ級が絡んでいたら……ね。

 

「先生の頭にクリーナーが直撃……。

 よろめきながら、頭から流血しつつもにこやかに微笑み、決め台詞を……はうっ」

 

 そしてなぜか鼻から血を出しかねないほどに頬を上気させたザラが、ブツブツと呟きつつ頭をグルグル回していた。

 

 ……うん。こりゃあ一種の病気じゃなかろうか。

 

 今すぐ医務室に連れていきたい。そして治療している間寄り添ってあげれば、授業に出なくても済みそうだ。

 

 よし、そうと決まれば善は急げ。ザラを小脇に抱えてさあ行こう……、

 

「敵前逃亡は良くないと思うんですけどねぇ〜」

 

 ポーラのジト目とつぶやきに、ピタリと動きを止める俺。

 

「あとついでに言っとくと、ザラ姉様を誘拐するように見えるので、憲兵さん待ったなしですよ〜?」

 

「……なんで俺の考えていることが分かるのか、本当に教えて欲しいんだけど」

 

 更に言えば、まだザラの身体に触れもしていないのだが。

 

「せ、先生がザラを誘拐……っ!?」

 

 ハッと驚き手で口を押さえるザラ。

 

 やばい。これは、とんでもない思い違いを……、

 

「ザラと先生の逃避行……っ!

 辺り一面に舞い散る花びら……っ!」

 

 フラフラ……どさり。

 

 頭に手を当てつつ床に倒れ込むザラが、「よよよ……」と言いながら目をキラキラとさせてこっちを見ていた。

 

 ………………。

 

 いや、だからなんでやねん。

 

 完全にザラの頭の中は少女漫画と言うか、お花畑が広がっているとしか思えないんだけれど。

 

「ザラ姉様の愛読書は、日本の少女漫画ですからねぇ〜」

 

 そして俺の心を簡単に見透かされてしまうのか、本気で分からない。

 

「まぁ、ポーラはぶどうジュースが飲めればなんでも良いんですけどね〜」

 

 そう言って、懐からジュースを取り出しゴクゴクと飲むポーラ。

 

 さっきの授業前にも注意したはずなんだけれど、まったく懲りていないよなぁ……。

 

「はい、没収」

 

 てれってれってーん。

 

 人形が吸い込まれていく効果音を脳内で流しつつ、心を鬼にする俺。

 

「ああっ、ポーラのぶどうジュースが……っ!」

 

 半泣きで抵抗するポーラが没収したぶどうジュースを取り返そうとぴょんぴょん跳ねるが、ここは甘やかしてはいけない。

 

「先生……恐ろしい子……っ!」

 

 そして目を真っ白にしながら驚きのポーズを取るザラよ。

 

 なんでそのシーンを再現したのか、マジで分からないから勘弁して下さい。

 

 靴に画鋲なんて、入れてないからねっ!

 

 

 

 

 

「「「………………」」」

 

 じとーーー……。

 

 向けられるジト目の嵐。

 

 なにコレ、デジャヴ?

 

 ただし問題は、さっきのしおい班と違って、教員であるビスマルクも加わっていることなんだけれど。

 

 本当に、大人げないぞコイツ。

 

「あー……、一応説明しておくが、この授業ではザラとポーラを臨時加入させ……」

 

「ちょっと待ちなさい」

 

 言葉を遮ったビスマルクが、ズビシ! と効果音を背に指を俺に突きつける。

 

 色々とツッコミを入れたいが、あとが面倒くさいので聞くことにしよう。

 

「どうしてあのトラップを回避したのかしら」

 

 ………………。

 

 えっと、クリーナーをしかけたのって、ビスマルクなのか……?

 

「バレバレ……だったからな」

 

「それでもなお引っかかってウケを狙うのがあなたでしょう!」

 

「いやいや、なんで漫才やコントみたいなことをしなくちゃいけないんだ……?」

 

「な……っ!?」

 

 俺の言葉に狼狽えたビスマルクは、1歩、2歩と後ずさる。

 

 なぜそこまでの反応ができるのかサッパリなんだけれど、嫌な予感しかしないよなぁ……。

 

「せ、先生は生粋のカンサイジーンだと聞いていたのに……っ!」

 

 いやまぁ、確かに京都生まれの京都育ちなんだが、時間と場所はわきまえるよ?

 

 そして、誰からそのことを聞いたのか教えて欲しいんだが。

 

 特にその、イントネーション辺りを。

 

「やっぱりボケにはツッコミが必要ということね……っ!」

 

 小指の爪を噛みつつ、俺を睨みつけるビスマルク。

 

 そして気づけば班の子供たちやザラとポーラも、俺に視線を集中させていた。

 

 しかし俺はあえて言う。

 

「ちょっと待て、ビスマルク」

 

「……なによ」

 

「なんでこの状況で、こんな話になっているんだ?」

 

「………………?」

 

 首を傾げつつ、頭の上にクエスチョンマークを浮かばせているが、そうしたいのは俺の方だ。

 

「会って早々じゃあるまいし、なんだかんだで短い付き合いでもないのに、どうして今このタイミングで関西人だの、ボケとツッコミだの、授業に関係ないことをやろうとしているんだよって話をしているんだよ!」

 

「………………っ!」

 

 図星を突かれたかのように、両腕で自分の身体を抱きしめながら狼狽えまくるビスマルク。

 

 イメージとしては、裁判で大きなダメージを食らった女性検事な感じだ。

 

 ただし、もちろんの如く鞭は持っていない。

 

 むしろ持っていたらマジで怖いが、ビスマルクはそんなものがなくても危険極まりないからなぁ。

 

「ま、まさか……、あなたからそんな言葉が出てくるだなんて……」

 

 いや、これは普通だと思うんだけれど。

 

 なのにどうして、子どもたちは一同に首を縦に振っているんだろうか。

 

「ましてやさっきの長文は、滅多にない現象……。

 これは明らかに、何かあるに違いないわ!」

 

「………………」

 

 ビスマルクからの意味不明な発言に、俺はジト目を通り越して死んだ魚の目を浮かべる。

 

「……はっ!?

 これはまさしく、無の境地!」

 

 水を得た魚のように言葉を畳み掛けてくるのを聞き、頭の中に1つの答えが浮かんできた。

 

「………………」

 

「カンサイジーンの中でも、玄人と呼ばれる者にしかできないという技を、あなたは持っているのね……っ!」

 

 そうか。

 

 そういうことなのか。

 

 つまりこれは、俺からある1つの言葉を出したいだけではないのかと。

 

 そうと分かれば、ビスマルクの無駄な会話に付き合う義理はない。

 

 必要なのは、今のこの時間を有意義に使うことであり、ちゃんとした授業を行うことが俺の義務である。

 

「よし、それじゃあそろそろ、授業を始めるぞー」

 

 ということで、ビスマルクはガン無視することにした。

 

「……ちょっ、それってどういうことよっ!」

 

「どういうことって、普通に授業をするだけなんだが」

 

「なによそれ!

 それじゃあ意味がないじゃない!」

 

「意味ってなんだよ?」

 

「そっ、それは……」

 

 問い詰める俺に目を逸らすビスマルク。

 

 どうしてこんなことをしているのかは分からないが、意図が分かった以上付き合うつもりはまったくない。

 

「あーあ……。

 これはビスマルク姉様の負けですねー」

 

「やっぱりビスマルクには荷が重かったんじゃないかな……」

 

「先生も何気に、頑固なところがあるわよね……」

 

 そしてプリンツ、レーベ、マックスが呆れ顔を浮かべながら口々に言い、教科書を開けていた。

 

 フッフッフ……。これで俺の勝利は決まったようなもの。

 

 いったい何を競い合っていたのかはサッパリだが、ビスマルクに一泡吹かせたというのは少しばかり気分が良い。

 

 ……とは言っても、普段から負けたという感じはないんだけれどね。

 

「……くっ!

 しかしここで負けても、第二、第三の私が……」

 

 いや、何人いるんだよ、ビスマルクは。

 

 しかしここもあえて突っ込まない。

 

 というか、突っ込んだら負けなのだ。

 

「あの有名なビスマルクを手玉に取る先生……。

 やっぱり普通の人間じゃなさそうですねぇ〜」

 

 そして感心しながら、いつの間にかプリンツたちと同じように席に座っているポーラ。

 

「ローマやビスマルクに負けない先生……。

 これはもう、尊さを通り越して神レベルに……」

 

 おーい、ザラよ。頼むから帰ってこーい。

 

 キャラが崩壊どころか、ブレブレ感が凄いぞー。

 

「結局のところ、今回の勝負って先生の勝ちですって……?」

 

「そうだね、ろー。

 まぁ、僕はそうなると思っていたんだけれど……」

 

 ろーとレーベの会話に、やはりという気持ちが強くなる。

 

 俺の勝ちというのはおそらく、ビスマルクにツッコミを入れなかったことだろう。

 

 それがいったい、なにを意味するのか。そして、まったく授業に関係なかったことが残念でならないが。

 

 ……まぁ、ビスマルクがすることだから、仕方ないんだけれどね。

 

 でも結局のところ、俺が関西人とかそういうことについて、誰が言い出したのか分からなかったよなぁ。

 

 どうせ、ヲ級辺りが変な嘘でもついたのが切っ掛けなんだろうが……、

 

「やっぱり、青葉お姉さんの新聞って、ガセネタばっかりですって!」

 

 ………………。

 

 …………。

 

 ……。

 

 

 

「予想に反して青葉が原因かよーーーっ!」

 

 

 

「「「あっ」」」

 

「………………あっ」

 

 ……しまった。

 

 突っ込んじまったよ、こんちくしょう。

 

 

 

 つーか、この時間ってなんだったんだ……?





次回予告

 関西では土日の昼間に新喜劇がテレビでやってます。

 そんな先生の苦難もいつものこと。恐怖?のビスマルク班授業はまだ続く。
しかし、なんでこんな授業内容になっているのか。その答えとは……?


 艦娘幼稚園 第三部
 ~ザラとポーラはどの班に?〜 その10「カンサイジーン」


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その10「カンサイジーン」

 関西では土日の昼間に新喜劇がテレビでやってます。

 そんな先生の苦難もいつものこと。恐怖?のビスマルク班授業はまだ続く。
しかし、なんでこんな授業内容になっているのか。その答えとは……?


 

 ガックリとうなだれ、床に膝を着く男がいた。

 

 実はそれ、俺だった。

 

 ビスマルクの狙いを回避したと思いきや、ろーの発言によって見事なまでに突っ込んでしまったことにより、蓄積されていた精神的ダメージが限界を超えてしまったからである。

 

 ……まぁ、これもいつものことと言えばそうなのだが。

 

「結局のところ、ビスマルク姉様は勝負に負け、ろーちゃんが勝ったってこと……?」

 

「そうなるんじゃ……ないかな」

 

「ろーのひとり勝ちですって!」

 

「くっ……!」

 

 勝ち名乗りを上げたろーを見ているビスマルクが、非常に悔しそうな表情で小指を噛んでいるが、どう考えても教育者の態度じゃないです。

 

 というか、それ以前に……だ。

 

 授業が完全に、放置されまくっているんだけれど。

 

 さすがにこのままでは問題があり過ぎなので、俺は歯を食いしばりながら立ち上がり、みんなに声をかける。

 

「どうしてこんなことをしていたのかはさておくが、授業の時間はとっくに始まっているんだ。

 無駄な時間を過ごさないために、今から教科書を……」

 

「先生、それは違うわ」

 

 マックスが手を上げ、俺の言葉を遮る。

 

 ……ふむ、珍しいな。

 

 俺が真面目な会話をしている時、マックスが口を挟んでくるのは滅多にないんだけれど。

 

「どうしたんだ、マックス?」

 

 俺は少し考えてから話を聞いてみようと問いかけると、マックスはゴホンと咳払いをしてから口を開いた。

 

「どうやら先生は勘違いしているようだけれど、ビスマルクがやっていたことは一種のお手本よ」

 

「お、お手本……?」

 

 いったい何が、お手本だったというのだろうか。

 

 ドアにホワイトボードのマーカーを挟むことなのか、俺に突っ込まさせることなのか、それとも自爆することなのか……。

 

 どれを取っても良い大人の手本にはなりえないと思うのだが、冷静沈着に話してくれたマックスが嘘をついている風にも見えない。

 

 ………………。

 

 ううむ、考えてみたけれど、まったく分からない。

 

 仕方ないので聞いてみようと思ったところ、俺の考えを表情から汲み取ったのか、マックスが再び喋り始めた。

 

「そう……お手本。

 ビスマルクは私たちに、先生がツッコミを入れる状況を作り出そうとしていたの」

 

「いや、だからなんでそれが、お手本なんだよ……」

 

 やっぱり意味が分かりません。

 

 まず、ツッコミを入れさせようとすることが意味不明だ。

 

 その次に、それをなぜ授業にするのだろうか。

 

 そして最後は、根本的に意図が読めない。何がしたいのかサッパリなんだよね。

 

「それはもちろん……」

 

 そんな俺の思いをよそに、マックスはなぜか間を大事にするかのような話し方をする。

 

 それはまるで、テレビで見た落語家のような身動きに思えてしまい、俺は目をゴシゴシと擦る。

 

 椅子に座っているはずのマックスの手に、なぜか扇子のような物があって……って、あれ?

 

 本当に、扇子……だよな、あれ。

 

「ふぅ……」

 

 いつの間にか開いて、パタパタと仰いでいるし。

 

 ………………。

 

 つーか、間が……長くね?

 

 パシンッ。

 

 あ……、マックスが扇子で机の上を軽く叩いて、少しばかり口元を釣り上げたぞ……?

 

「これは、お笑いの授業なのよ」

 

「………………」

 

「………………」

 

「「………………」」

 

「「「………………」」」

 

 マックスが、俺が、ザラとポーラが、そしてビスマルクを含む他の子どもたちが、無言だった。

 

 ただし、俺とザラとポーラは、一瞬だけ白目を剥いていた気がするけれど。

 

「イヤイヤ、ナンデヤネーン」

 

「ツッコミが甘いわね」

 

「はぁ……」と、肩を落としたマックスが落胆した表情を浮かべて俺を見る。

 

 しかし、敢えて言わせてくれ。

 

 いくらなんでも、難易度が高過ぎやしないだろうかと。

 

 そしてやっぱり、

 

 

 

 まったくもって、意味が分からないんですけどね!

 

 

 

 

 

「催し会……?」

 

「そう……今月の末に、舞鶴鎮守府の体育館で行われるイベントよ」

 

 意味不明のまま固まっていた俺とザラ、ポーラに分かるよう、マックスが色々と説明をしてくれた。

 

「つまり、その催し会にみんなが出るから、そのお手本としてビスマルクが変なことをしていたってことだな?」

 

「ええ、その通りよ」

 

 なぜか満足げなマックスがコクリと頷き、開いていた扇子を閉じる。

 

 なんか……それ、気に入っているみたいだな。

 

「ちょっと待ちなさい。

 なんかさっきの言葉に、違和感があるんだけれど」

 

「それは気のせいだから、黙っていていいぞ」

 

「なによその態度!

 なんだか冷た過ぎやしないかしら!」

 

「それは気のせいじゃないけど、黙っていていいぞ」

 

「ムキー!

 どう考えても、面倒臭いから無視をしているって感じじゃない!」

 

 癇癪を起こしているビスマルクだが、まったくもってその通りである。

 

 絡めば絡むほど厄介になるんだからってことも理解してくれると、助かるんだけどなぁ。

 

「やっぱり先生が相手じゃ、ビスマルクには荷が重たいみたいだね」

 

「さすがはカンサイジーンですって。

 本場の人には、簡単に勝てないですって!」

 

「でもろーちゃんは、先生にツッコミを入れさせたじゃない」

 

「そこはろーも、ビックリでしたって!」

 

 そう言いながらも胸を張る、ろー。

 

 一緒に話をしていたレーベとプリンツは、パチパチと手を叩きながら笑顔を浮かべている。

 

 ただまぁなんと言うか、関西人のイントネーションだけはなんとかして欲しいんだけれど。

 

 みんな、いつも通りの日本語だったら問題なく発音できるはずなんだけどなぁ……。

 

「私はこれを見れば分かると思うけれど、催し会に落語で挑もうと思っているわ」

 

 言って、マックスは少し開けた扇子をピシャリと閉じ、自信満々な笑みを浮かべた。

 

「なるほど……。

 しかしそれでも……だ」

 

 色々と言いたいことはあるけれど、まずはこれを言わなければ気が済まない。

 

 なので、少々どころかかなり面倒くさいが、ビスマルクの方へと顔を向ける。

 

「なんで催し会に関係することを授業でやろうとするんだよ!」

 

「………………へ?」

 

「いや、何を言っているのか分からないと思うがって感じの顔で、頭を傾げるんじゃねぇよ!」

 

「別に私、スタンドの攻撃を受けた訳じゃないわよ?」

 

「その返しができるんだったら、さっきの態度は必要ないよね!?」

 

「いや……だから、あなたの言っていることがおかしいと思うから、首を傾げたんだけど」

 

「あるぇー……?」

 

 ダメだ。どうやらビスマルクには、日本語が通じていない。

 

「失礼ね。

 ちゃんと通じているわよ!」

 

「喋ってもいない俺の心を読めるんだったら、ちょっとくらいは空気を読みやがれ!」

 

「なによ!

 ちゃんと読んでいるじゃない!」

 

「どこのどいつがそんな口を聞いているんだよぉぉぉっ!」

 

「どこのドイツって言われても、私の生まれ故郷だから問題ないじゃない!」

 

「なんでそんな話になるのか、まったくもって分からない!」

 

「そう!

 これが俗に言う漫才よ!」

 

「だーかーらーーーっ!」

 

 えっへんと胸を張るビスマルクに、本気でど突き漫才という名のツッコミをかましたい。

 

 しかしそれをやったら完全に俺の負けな気がする。

 

 だからここは、グッと堪えて話を進めなければ……っ!

 

「先生、もう1つ良いかしら?」

 

「………………はい?」

 

 またしても横槍を入れてきたマックスに、今度は俺が頭を傾げる。

 

「さっきと同じく、先生は勘違いをしていると思うのだから言うけれど……」

 

 パシャリ……と再び机を扇子で叩いて音を鳴らし、マックスは言う。

 

「催し会には幼稚園の子どもたち全員が出るのだから、そのための授業は当たり前じゃないかしら?」

 

「………………Why?」

 

 マックスの、言ってる意味が、分かりません。

 

 字余り。

 

「……いや、なんで英語なのかしら」

 

「す、すまん。

 どうやら俺は今、スタンド攻撃を受けたのかもしれない……」

 

「なるほど……。

 それなら仕方がないわね」

 

 なぜか納得するマックス。

 

「ここでビスマルクが振ったネタを自分のものにするなんて、さすが先生だね……」

 

「カンサイジーンは、奥が深いですって!」

 

 そして同じようにレーベとろーも、納得しまくりに頷いていた。

 

「くぅっ!

 まさか、私のネタを奪い取るどころか、子どもたちを感心させるだなんて!」

 

 ギリリリリ……と小指を噛むビスマルクは悔しそうな顔で俺を睨みつけると、

 

 

 

 ブオンッ!

 

 

 

「ちょっ、いきなりハイキックを繰り出すんじゃねぇよっ!」

 

「これが私のツッコミなのよ!」

 

「嘘つけ!

 どう考えても殺す気で放っているじゃねぇかっ!」

 

 ビスマルクの重心が一瞬だけ低くなったのを見逃していたら、屈んで避けられなかったぜ……。

 

 そう思いつつ、距離を取る俺。

 

 もちろん追撃を受けないための行動だが、どうやらこれは読まれていたよう……で?

 

 ………………。

 

「フッフッフ……」

 

 いや、なんでビスマルクは、ハリセンみたいな物をも持っているんでしょうか……?

 

「そ、それをどうするつもりなんだ……?」

 

「もちろんこれは、あなたの顔面をぶっ叩くため決まっているじゃない」

 

 そう言ったビスマルクは、プロ野球選手も顔負けなスイングを披露してみせる。

 

「どう考えても全力だよね!?」

 

「当たり前じゃない。

 ど突き漫才は全力でやらないと、意味がないって聞いたわよ!」

 

「艦娘で戦艦のビスマルクが全力を放ったら、いくらハリセンでも俺の首が吹っ飛ぶだろうがっ!」

 

「大丈夫大丈夫。

 あなたのことだから、首が吹っ飛んでも生きているんでしょう?」

 

「そんな訳があるかよぉぉぉぉぉーーーっ!」

 

 全力で叫びながらツッコミを放っている時点で俺の負け。

 

 だがしかし、ビスマルクの攻撃だけはマジで避けなければ命がないので、必死で回避行動を取りまくる。

 

「……くっ、ちょこまかと五月蝿いハエねっ!」

 

「いやもう、どこをどう突っ込んで良いのか分かんねぇよ!」

 

 殺す気だな! 絶対ビスマルクは、俺を殺す気だよっ!

 

「はぁ〜。

 先生って、やっぱり凄いですねぇ〜」

 

「紙一重で避けまくる先生……尊い……」

 

「ポーラはザラ姉様の心境がまったく分かりません〜」

 

 やれやれ……と肩をすくめるポーラが大きなため息を吐くのが聞こえてくる。

 

「まぁどっちにしろ、先生が普通の人間じゃないってことは、よ〜く分かりましたけどね〜」

 

「いやいやいや、俺は普通の人間だよ!」

 

「……ビスマルクの攻撃を避けながらツッコミを入れられる人が、普通だとは思えませんけど〜」

 

「こ、これはその……、慣れだよ、慣れ!」

 

 そう叫んだが、ポーラは首を左右に振って俺の言葉を全否定していた。

 

 ついでに、ザラを除く他の子どもたちも同じ感じだったのは、ちょっぴり泣きたい気分になる。

 

 

 

 本当に……納得できないんだけどね。

 




次回予告

 結局ビスマルクが絡むとこうなっちゃうんだよなぁ……。

 ということで全班への臨時加入は終了。
ザラとポーラはどの班に……と思っていたら、新たな展開が!?


 艦娘幼稚園 第三部
 ~ザラとポーラはどの班に?〜 その11「悪魔のプレゼント?」


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その11「悪魔のプレゼント?」

 結局ビスマルクが絡むとこうなっちゃうんだよなぁ……。

 ということで全班への臨時加入は終了。
ザラとポーラはどの班に……と思っていたら、新たな展開が!?



※年末年始にいくつかの不幸が重なって時間が取れない状態で、現在も進行中です。
非常に申し訳ありませんが、諸事情により次章以降の更新を暫くお休みさせていただきます。
復帰でき次第戻ってきますので、今後ともよろしくお願いいたします。


 

 なんだかんだでザラとポーラを連れて各班の授業が終わり、本日の予定を全て終わらせてから子供たちを帰し、後片付けを済ませてスタッフルームにやってきた。

 

「今日も1日、お疲れ様でした〜」

 

 そして始まる教員たちによる終礼と報告の時間は、愛宕の挨拶から始まるのだ……が、

 

「お疲れ様でーす」

 

「オ疲レ様ー」

 

「お疲れ様ね」

 

「お疲れ……さま……です……」

 

 疲労困憊の俺、すでに倒れそうです。

 

 ちなみに他の教員である、しおい、港湾、ビスマルクはピンピンしている。特にしおいに関しては、授業中に寝ていればそりゃあ体力も有り余るってわけだ。

 

 色々とツッコミたいところだが、この場で報告するのは少々可哀相な気がする。なんたって、しおい<<<超えられない壁<<<愛宕という公式が分かっている以上、後で酷い目にあわされる可能性が高いのは明白なのだ。

 

 ここでガツンと怒られて、反省すれば話が早いだろう。しかし、過去にしおいを教育してきたのは俺なのだから、ちゃんと責任を負うべきであると考えているのである。

 

 ……まぁ、俺に対する愛宕の評価が下がって欲しくないというのもあるんだけれどね。

 

 とにかくここでは報告せず、別の機会でしおいの再教育を……と思っているのだ。

 

「ところで先生、ザラちゃんとポーラちゃんの編入する班についての意見を伺いたいのですが〜」

 

「あ、そうですね……」

 

 しおいへの考えをまとめ終えたところで、愛宕から話を振られたので思考を切り替える。

 

 今日の1日で愛宕班、港湾班、しおい班、ビスマルク班と順に臨時加入させて様子を見てきたが、得られたのはいくつかあった。

 

 まぁ、失ったものも多かった気がするし、ザラにいたっては色んな意味で危うい気がしたんだけれど。

 

 その辺りはひとまず置いておくとして、それぞれの子どもたちの性格から、ザラとポーラらの相性を考えた上、導き出せる結論は……、

 

「ザラとポーラと相性が良いと感じたのは、港湾班の子どもたちだと思います。

 ヲ級に関しては先日ザラと面識があったこともありますけど、他の子どもたちとも比較的仲良く話をしていたように見受けられましたね」

 

「ふむふむ、なるほど〜」

 

 ニッコリ笑って頷く愛宕。

 

 無言で同じように頷いている港湾が胸の下で腕を組んでいたが、胸部装甲が強調されすぎて目に毒です。

 

 もちろん愛宕の方も同じだけどね!

 

 どっちも凄いよヒャッホォォォイッ!

 

「………………」

 

 ……と、そんなことを考えていたら、なぜかしおいから睨まれているんですが。

 

 おかしいな……。港湾や愛宕に視線を釘付けにしていた覚えはなく、あくまでチラ見程度だったんだけれど……。

 

「………………はぁー」

 

 続けてしおいから盛大なため息が。俺の顔から愛宕、港湾と見ていたので、危険度がマジパない。

 

 いやしかし、絶対にバレたというわけではないと思うが……。

 

「………………(チラッ」

 

「うーん……」

 

「………………(チラチラッ」

 

「いや、気にし過ぎかなぁ……」

 

「ちょっと!

 さっきから視線を送っているんだから、少しは気にしなさいよ!」

 

 そう叫びつつ放ってきた上段回し蹴りを屈んで避ける俺。

 

 もちろん攻撃してきたのはビスマルクであるのだが、

 

 ……なんで、港湾と同じように胸の下で腕を組んだまま蹴りを放ってきたんだろう。

 

 どう考えても、無理がある体勢にしか見えないぞ……?

 

「気にするとか以前に、何かあったらまず攻撃ってのを止めて欲しいんだが……」

 

「別に良いじゃない!

 何度やっても当たらないんだから、問題ないでしょう!」

 

「痛いのが嫌から避けているんだよ!

 普通に考えて、ビスマルクの蹴りなんかまともに食らったら、病院送りをすっ飛ばして首がもげるだろうがっ!」

 

「首を出せい!」

 

「なんでいきなり殺す気満々な台詞を叫ぶんだよ!

 つーか、完全に暗殺教団の初代首領じゃねえか!」

 

 叫び返しつつバックステップを取り、ビスマルクの間合いから離れたのだが、

 

「元気なのは良いことですけど、今は会議中ですよ〜」

 

「………………え?」

 

 いつの間にやら背後に立っていた愛宕に気づいたビスマルクが、後ろへ振り返ろうとするものの時すでに遅し。

 

「最近ちょ〜っとばかり手を出すのが早いと思うので、教育的指導をしちゃいましょう〜」

 

「えっ、いや、ちょ……」

 

 慌てるビスマルクが必死に逃げようとするが、

 

「覚悟はよろしいですね〜?」

 

 すでに愛宕の両腕はガッチリとビスマルクの腰を掴んでおり、

 

 愛宕が一気に後方へ体重を逸らすことで放たれる技……つまり、バッグドロップである。

 

「淑女のフォークリフトーーーッ!?」

 

 叫ぶビスマルクの頭は、放物線を描いて床へと吸い込まれていく。

 

 もちろん床はコンクリート製で、表面の床材と薄っぺらい絨毯しか無い。

 

 そんなところに頭を直撃したら最後、下手をすれば脳震盪だけでは済まないのでは……と考え終わる前に、

 

 

 

 ゴスッッッ!

 

 

 

「星が見えたスター…………がくっ」

 

 鈍い音と謎な言葉を残して、ビスマルクは昏倒してしまったのであった。

 

 頭が粉砕したりしなかっただけ、マシってことですかね……?

 

 

 

 

 

「痛たたた……」

 

 それからビスマルクが頭をさすりながら起き上がったのは、愛宕のバッグドロップを受けて3分後のことだった。

 

 ……いやいや、早いよ。

 

 思わずツッコミを入れそうになったけれど、よく考えたら愛宕が手加減したってことなのだろうか。

 

 人間でも大事になることは間違いないだろうけれど、艦娘同士のプロレス技。普通に考えたらドッグ送りは確定だろうと思っていたが……。

 

「お目覚め早々で悪いんですけど、会議に戻ってもよろしいでしょうか〜?」

 

「え”っ、え、ええ。

 だ、大丈夫よ……」

 

 ビクリと身体を震わせて頷いたビスマルクの表情は固く、目が完全に怯えきっている。

 

 そりゃあまぁ、あんなのを喰らえば仕方ないと思うけれど。

 

 ついでに、港湾としおいも身体を小刻みに震わせつつ固まっているし。

 

 愛宕を怒らせたらダメってことは、重々に承知しているからこそなんだろうが。

 

「それと先生〜」

 

「は、はいっ!?」

 

 いきなり声をかけられて、みんなと同じように条件反射で身体をビクリと震わせてしまう。

 

「鈍感すぎるのも、ダメなんですよ〜?」

 

「ど、鈍感……ですか……?」

 

「はい〜」

 

「は、はぁ……」

 

 とりあえず頷いておくが、言葉の意味がちょっと分かり兼ねちゃうなぁ……。

 

 鈍感……、鈍感……。

 

 ううむ、一体何のことだろう。

 

 ………………。

 

 も、もしかして、さっきしおいがため息をついたのと関係が……?

 

 つまり、俺が愛宕と港湾の胸部装甲をチラ見していて、怒っちゃったってことですかーーーっ!?

 

「ブッブー。

 はずれですね〜」

 

 愛宕が胸の前で両腕を使い✕のマークを作る。

 

「あ、あの、俺は何も喋っていないんですけど……」

 

「顔に出てますから〜」

 

「そ、そんなに明確に分かるもんなんですかね……?」

 

「ええ、もちろん〜」

 

「ワカリヤスイッタラ、アリャシナイワヨ」

 

「うんうん。

 分かっちゃいますよねー」

 

「未だに気づいていないことに、呆れ返るほどよ」

 

 愛宕、港湾、しおい、ビスマルクは一斉に首を縦に振る。

 

 ……いや、マジで、どうしてこうなってった感じなんだけど。

 

 そんなに顔に出やすいのかなぁ……俺って。

 

 まぁ、以前から言われまくっている気がするけど、本当に自覚できないんだよなぁ……。

 

 

 

 

 

「それでは、ザラちゃんとポーラちゃんは、ひとまず港湾先生の班でお願いすることにしましょう〜」

 

 パチパチと愛宕が拍手をし、俺も釣られるように手を叩く。

 

「分カッタワ」

 

 港湾は嫌な顔一つせず頷いて、この件は終わった……と済ませてはいけない。

 

「では今日の会議はこの辺りで終了に……」

 

「いえ、ちょっと待って下さい」

 

 俺は手を上げ、愛宕の返事を待つ。

 

「はい、先生。

 他に何かありましたでしょうか〜」

 

「ええ。

 実は、ビスマルクの班で聞いた話なんですけど、今月の末に催し会があるとか……」

 

「確かにありますね〜」

 

「そのことについて、俺はまだなんの情報も聞いていなかったんですが……」

 

「あらあら〜?」

 

 俺の問いかけを聞いた愛宕は、人差し指を口元につけながら頭を傾げて悩む素振りをする。

 

 そして視線を港湾に向けるが、

 

「………………(ブンブン)」

 

 首をゆっくりと左右に振る港湾に、愛宕の頭が反対側に傾く。

 

 そして今度はしおいの方へ視線が動くと、

 

「………………(ガクガクガク)」

 

 あるぇー?

 

 しおいの身体が無茶苦茶震えて、顔中が汗でまみれちゃっているんですけどー。

 

 これってまさか、この前の休日ラーメン会と同じく、デジャヴなんじゃないかなぁ……?

 

「しおい先生ー?」

 

「アッ、ハイ」

 

「先生に催し会のことをお伝えしてくれなかったんでしょうか〜?」

 

「そ、それは、その……」

 

「忘れていたんでしょうか〜?」

 

「そ、そそそそ、そのですね……っ!」

 

 じわりじわりと詰め寄る愛宕にパニックを起こし始めたしおいが、顔を激しく左右に振る。

 

 授業中に寝ていたことと言い、俺に伝達すべき情報を忘れていたことと言い、

 

 ちょっとばかり、失敗が続きすぎているのだから仕方がない……とは思うけれど。

 

「ま、まぁまぁ、愛宕先生。

 ここで催し会の話を聞ければ問題ないですから……」

 

「あら〜、そうですか〜?」

 

「ええ、ですからしおい先生の指導は後……と言うか、俺にお任せして下さい」

 

「「「えっ!?」」」

 

 ………………。

 

 ……いや、なんでこのタイミングで俺以外の全員が驚くんだ?

 

「……ソレハツマリ、先生ガ教育的指導ヲ行ウト?」

 

「いやいや、別にスパルタなことをするつもりはありませんよ。

 授業の仕方とかも気になることがあるので、もう1度指導をしておこうかなと思いまして」

 

「あらあら〜、それは良いことですねぇ〜」

 

「……それって、変な意味があるというわけではないのよね?」

 

「ビスマルクの言う変な意味ってのは分かりかねるが、普通に教育者としての心構えを見直しいてもらおうかと思っているだけだが……」

 

「そう……、それなら良いのだけれど……」

 

 言って、ビスマルクはジト目を浮かべつつ俺の顔を見る。

 

 意味ありげだな……という思考を通り越して、不信感丸出しの視線は止めてほしいんだけど。

 

 まぁ、ビスマルクのことだから放っておけば良いのだが、

 

「せ、先生に……教育的指導をされちゃう……っ!?」

 

 当の本人であるしおいの顔が、さっきから真っ赤になったり青くなったりと、何だか面白いことになっているんですが。

 

 いや、と言うか、ちょっとは自覚してくれないかなぁ。

 

「色ンナ意味デ、末恐ロシイワネ……」

 

「えっ、何か言いましたか、港湾先生?」

 

「イイエ、ナンデモナイケレド、ヤッパリ……鈍感ネ」

 

「は、はぁ……?」

 

 両手を広げた港湾が、やれやれ……と呆れたポーズを取る。

 

 なんでそんな仕草をするのかサッパリなんだけれど、今すべきことは催し会の情報を聞くことなので、話を戻そうと愛宕に問いかける。

 

「それで、催し会のことなんですが」

 

「ええ、それについてなんですけど……」

 

 こうして俺は、しおいから聞くはずだった月末の催し会について、詳しい話を聞くはず……だったのだが、

 

 

 

「先生は来週から、出張に出向いてもらいます〜」

 

 

 

「……はいっ!?」

 

 愛宕の口から放たれた言葉に、大きな声を上げてしまうのであった。

 

 

 

 艦娘幼稚園 第三部

 ~ザラとポーラはどの班に?〜 完




※年末年始にいくつかの不幸が重なって時間が取れない状態で、現在も進行中です。
非常に申し訳ありませんが、諸事情により次章以降の更新を暫くお休みさせていただきます。
復帰でき次第戻ってきますので、今後ともよろしくお願いいたします。


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〜番外編〜
番外編「背後の音」


間があき過ぎたのでリハビリです。

まだまだ忙しかったり体の不調があったりで更新するのが難しいですが、なんとか生きております。

なお、本当にリハビリなのでいつもと文章が違うばかりか、艦娘の出番も少ないです……はい。ごめんなさい。


 

 チャリンと後ろから音が鳴る。

 

 それはとても小さく、耳を澄ませなければ分からないくらいだ。

 

 音は1度鳴るとしばらく間が開く。

 

 そして忘れた頃に、また背後からチャリン……。

 

 気にしないでおこうとすると、ふとした拍子に聞こえてくる。

 

 それがもう、数日ほど続いているのだ。

 

 

 

 

 

 初めて音を聞いたのはいつの頃だっただろうか。

 

 思い返してみたけれど、ハッキリと出てこない。

 

 しかし、何かを考えていることで音が聞こえなくなるのならば……と、無理やり頭を動かしてく。

 

 

 

 唐突だけれど、僕にはガールフレンドが複数人いる。

 

 まぁ、深い付き合いがあるとかそういうのではなく、あくまで仲が良い友人みたいなものだ。

 

 もちろん立場上、彼女らは僕の部下になるわけだし、有効な関係を築くのは色々な意味で必要なことなのだ。

 

 確か数日前といえばガールフレンドの1人と一緒に、鎮守府の外に出かけて夕食に出かけたはず。

 

 もちろんご飯だけじゃなく、ちょっとしたショッピングに喫茶店でコーヒーを飲みつつ軽い談笑などもした。

 

 仕事やプライベート。様々なことを他愛なく話し合い、良い時間だったと思う。

 

 夕食の時間が近づき、僕は予約していた店へ車で向かった。

 

 到着し、お願いしていた個室に入る。プライベートとはいえ何が起こるか分からないので、密室された空間というのは便利なものだ。

 

 次々と運ばれてくる料理とお酒に舌鼓を打ち、向かい合った彼女と僕は上機嫌になっていく。

 

 ときおり話を挟み、そしてお酒を飲む。料理を食す。

 

 どれだけ楽しい時間だったろうか。

 

 どれだけ幸せな時間だったろうか。

 

 この時のことはすぐに思い出せる。

 

 おそらく、酔っていなかったからだろう。

 

 しかしまぁ。若気の至りというかなんというか。

 

 この後なにがあったのか、あまり……覚えていないのだ。

 

 

 

 次の日の朝。

 

 僕はいつもどおり仕事に精を出す。

 

 とはいっても基本的に指示を出すだけで、後は秘書艦が全てやってくれる。

 

 僕の仕事は現状からどうするべきかを考えて指示を出し、その結果を聞いたり、たまに秘書艦のお尻をタッチしたりだ。

 

 まぁ、その後思いっきり殴られたりしちゃうけれど、アメとムチだと思えば良いだけのこと。

 

 そうしていつもどおりの日常は過ぎ、仕事を終えてプライベートな時間を過ごす。

 

 たまには秘書艦と一緒に鳳翔さんの食堂へと思ったが、体よく断られてしまった。

 

 まぁ仕方ない。どうやらお尻へのタッチがしつこかったのだろう。

 

 僕は机の上にあるリストの中から一緒に食事へ行けるガールフレンドを探し出そうとしたところで、小さな物音に気づいた。

 

 

 

 チャリン……。

 

 

 

 それはとても小さな音。

 

 部屋に僕以外は誰もおらず、他に聞こえてくる音もない。壁時計は小刻みに秒針が動くタイプだから、カチカチ鳴ったりしないのだ。

 

 だからこそ聞こえたのか。それとも、たまたま耳に入ったのか。

 

 ああ、そうだ。初めて聞こえたのはこの時だ。

 

 ……いや、初めて気づいたというべきかもしれない。

 

 ともあれ、小さな音に気づいた僕は、ハッと後ろへ振り返る。

 

 しかしそこには誰もいない。

 

 床を見ても、なにも見つからない。

 

 ただの気のせいだ。そう……その時は思っていた。

 

 そして僕はリストに目を落とし、スマートフォンで連絡を取る。

 

 

 

 しかしまぁ、運が悪い時は重なるもので。

 

 時間が空いているであろうと思ったガールフレンドたちは、僕の誘いに頷いてくれなかった。

 

 どうやらすでに予定が入っていたそうなんだけれど、申し訳なさそうな声を聞いちゃうと僕も無理に押し通すのも辛い。

 

 だから仕方なく、1人でぶらっと車で出かけてみようかなと思って駐車場に向かったのだけれど……、

 

 なぜか僕の駐車スペースに車がなかった。

 

 赤く、そこそこ高価なスポーツカー。

 

 トランクに荷物も載せられる、結構便利なやつなんだけど。

 

 どうして無いのか思い出せない。

 

 色々と考えてみると、ふとあることに気がついた。

 

 そういえば、車検が近かったような気がする。

 

 そんな話を、少し前に秘書艦から聞いた覚えがあった。

 

 だとすれば僕の車は車検に出され、ここにはない……ということだろう。

 

 なんだか違う気もしなくはないが、さすがに盗まれたという可能性は低いはずだ。

 

 だって、ここは鎮守府の駐車場。出入り口には警備が24時間体制で配置されているし、車には盗難用の装置も取り付けてある。

 

 だから盗難はまずありえない。頭になにかが引っかかるが、気にしないでおこうと僕は駐車場から踵を返す。

 

 その時、またしてもチャリンと音が鳴ったような気がした。

 

 振り返っても、誰も、なにも見当たらない。

 

 気のせいだ。

 

 うん。ちょっと過敏になっているのだろう。

 

 頭の中のモヤみたいなものを感じながら、僕は一人で鳳翔さんの食堂へと向かった。

 

 

 

 そして数日が経った今。

 

 僕の背後から、チャリンという音が聞こえている。

 

 もちろん音の出処であろう背後には誰もおらず、なにかが落ちているわけでもない。

 

 気にしていると、聞こえてこなくなる。

 

 あくまで聞こえるのは、音への意識を離してからだ。

 

 しかし、そうだからといって、そればっかりを考えているわけにもいかない。

 

 僕には多くないとはいえ、職務というものが存在するのだから。

 

 机に向かって書類に目を通し、必要な指示を考えながらため息を吐く。

 

 しばらくすると、またしてもチャリンと聞こえてくるが、僕は気にしないぞと念を込めるように目を閉じ、万年筆に手を伸ばそうとした時だった。

 

 コンコン……。

 

 部屋の扉をノックする音が聞こえ、僕は「入っていいよ」と返事をして促す。

 

 中に入ってきたのは僕の秘書艦である高雄だった。

 

「失礼します。少しお耳に入れなければいけないことがあるのですが……」

 

 真剣な目をして言う高雄に一抹の不安を感じながら、僕はゆっくりと頷いた。

 

 

 

 高雄に連れられ向かった先は、鎮守府にある駐車場近くの埠頭先。

 

 そこには大きなクレーン車が1台鎮座し、海に向かってワイヤーを伸ばしていた。

 

 数人の艦娘が海の上からクレーンを操作している作業員に向かって声をかける。

 

 しばらく見ているとワイヤーが海から引き上げられていき、大きな赤い物体が海の底から浮かんできた。

 

 ドクン……と胸が高鳴りを上げる。

 

 なぜか額や手に汗が吹き出し、今すぐここから逃げ出したくなる衝動に駆られてしまう。

 

 それをなんとか我慢していると、赤いスポーツカーが海から引き上げられ宙吊りになる。

 

 扉や窓の隙間から大量の水が流れ出す。

 

 外見に大きな傷は見当たらない。しかし水没してしまった車を再び動くようにするには、莫大な費用と時間がかかってしまうだろう。

 

 さすがにこれは廃車か……と少々落ち込んでいたところで、あるところに目が止まった。

 

 

 

 トランクが……開いている。

 

 

 

 その瞬間、胸が強く締め付けられた。

 

 どうして、開いているのだろう。

 

 しっかりと鍵は閉めたはず。

 

 強引に開けた形跡もなく、中から鍵を開けることは難しい。

 

 ならばどうして。

 

 どうして開いている……?

 

「元帥……?」

 

 隣に立っている高雄がなにか言っているが、僕の耳には届かない。

 

 その代わりに、背後からチャリンと音が鳴った。

 

 それも、今までにないくらいの大きな音が。

 

「……あら、これは?」

 

 横目に高雄が屈み込む姿が写った。そしてなにかを手に持って、僕に問いかけてくる。

 

「これは今引き上げた元帥の車の鍵ですよね……?」

 

 僕は小刻みに体を震わせながら、ゆっくりと視線を高雄へ向けた。

 

「先程までここに鍵は落ちていなかったと思うのですが。

 それに、なぜかビッショリと濡れているようですけど……」

 

 それは間違いなく、僕の車の鍵。

 

 高雄が言うように、引き上げられた車に使う鍵だ。

 

 

 

 …………チャリン。

 

 

 

 またしても、背後から音が聞こえる。

 

 今度は少し小さく……遠いというべきか。

 

 僕は後ろへ振り返らない。

 

 いや、振り返ることができないのだ。

 

 

 

 ……チャリン。

 

 

 

 またしても聞こえる。

 

 少し大きく、近くなっていた。

 

 僕が使っていた車の鍵に、いくつかのものを付けていた。

 

 キャラクターが印刷された金属製のプレート。

 

 プラスチックでできた小さなフィギュア。

 

 鎮守府内でたまに使う扉の鍵。

 

 

 

 チャリン。

 

 

 

 大きく背後から聞こえる音。

 

 そして、次に聞こえてきたのは、

 

 

 

「ヤット、見ツケマシタヨ……」

 

 

 

 首筋に触れる冷たい感覚。

 

 ビッショリと濡れた手のようなものが僕の首に纏わりついたが、やはり振り返ることができない。

 

「トランクニ詰メルナンテ、酷イ人デスヨネ……」

 

 しっかりと、ハッキリと聞こえた瞬間、僕の意識はプッツリと落ちた。

 

 

 

 

 

「とまぁ、そこで目が覚めたわけなんだけれどね」

 

 そう言って、元帥は目の前に立てたろうそくの火に息を吹きかけて消す。

 

「僕の怪談はどうだったかな。

 怖かった? それとも面白くなかった?」

 

「怖いはまだしも、面白かったら怪談じゃないですよね……」

 

「まぁそりゃそうか……って、なにやら天龍ちゃんがガタガタ震えているんだけれど」

 

 元帥の言葉を聞いて俺は視線を横に向ける。

 

「あわ……あわわわわ……」

 

 あー、うん。これは間違いなくマジビビリってやつですね。

 

 しかもなんか床の辺りが水っぽいし。だから参加するのは止めておけって言っておいたんだけどなぁ……。

 

 俺はため息を吐きながら天龍の頭を撫でつつ慰め、ふとあることに気づいて元帥の方を向く。

 

「ちなみに質問なんですけど、今の話はどこまでが本当なんですか?」

 

「んー、最後に言ったとおりなんだけどなー」

 

「その割には目が泳いでいるんですが」

 

「……うーん、やっぱバレちゃうかー」

 

 言って呆れた顔を浮かべる元帥だが、場合によっては大問題である。

 

「いやー、実はこの話、先生が言うとおり一部は本当なんだよねー」

 

 これほどまでにリアリティのある話はできないだろうと思っていた俺の推測は当たっていたようだ。

 

「でもまぁ心配しなくても、音が鳴ったりだとか、車のトランクに誰かを詰めていたとかは、全くもって事実と異なるからね」

 

「それが本当だったら、この世には生きていないですもんね」

 

「うんうん。深海棲艦は信じても、霊とかは信じてないからねー」

 

 あっけらかんに話す元帥の顔を見る限り、どうやら嘘はついていないようだが。

 

「でもまぁ食事に行って帰ってくる際に、酔っ払っちゃって海に車を落としちゃったのはまじで凹んじゃったよねー」

 

 そう言いつつ、ガックリと肩を落とす。

 

 うん、なるほど。よく分かりました。

 

 結論、この人飲酒運転でアウトです。

 

 

 

 ということで霊を恐れない元帥は後日、憲兵に連れられて行ったのは肝が冷えたとか。

 

 

 

 飲酒運転、絶対ダメだよ。

 




色々不幸が続いたり、自身の手術とかで全く更新できなくてごめんなさい。
もうしばらくお休みになりますが、気が向いたり何か書ければ更新できるかも……気長に待ってくれると嬉しいです。



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番外編「私、※※さん」

なんかリハビリ執筆していたら書けたので投稿です。
今度の語り手はどうやら先生のようですが……あれ、聞いたことがあるような?


 

 元帥の怪談ホラ話を終えたわけだが、予定されていた時間はもう少し残っている。

 

 ひとまず漏らしてしまった天龍を着替えさせ部屋に戻そうとしたが、本人が手をずっと離さないでいたので仕方なく元に戻ってきた。

 

「天龍ちゃんがそんな感じだと、怪談はやめた方が良いかな?」

 

「べ、べべべ、別に大丈夫だし!

 まったく怖くねえし!」

 

 そうは言うが、さっきから手がブルブルと震えまくっているので本音はもう限界だろう。

 

 しかしここで切り上げと言っても素直に引き下がらないだろうので、ここは1つ怖くない軽めの怪談を披露するのが良いのではないだろうかという結論に至った。

 

「それじゃあ、今度は俺が話しますね」

 

「おっ、先生の怪談か。

 こりゃあ期待できるかなー」

 

「そうですねぇ〜。

 先生って色々と不幸な目に会いまくっていますから、怖い話を1つや2つくらいストックしていることでしょう!」

 

 そうしてハードルを上げまくる元帥に青葉……って、いつの間に参加していたの!?

 

「記事にできそうな雰囲気を察知して、バッチリ潜り込んじゃいました!」

 

「いや、俺はなにも言っていないんだけど……」

 

 相変わらず心の中を読まないでほしいなぁと思っては見たものの、どうせ言ったら言ったで「分かりやすい顔をしていましたからね〜」とか答えられるんだろうだろうし、ここは素直に無視しておくことにしよう。

 

「ごほん。

 気を取り直して話しますね。

 あれは確か、少し前のことなんですが……」

 

 俺はそう言って部屋の明かりをリモコンで消し、火を着けたろうそくを持ちながら語りだした。

 

 

 

 

 

「ある休日の昼下がりだったかな。

 ちょっと市内に出かけていた俺は、用事を済ませて鎮守府に帰ってきたんですよ」

 

 いつものように門番に引き止められたが、さすがに慣れたもので拳銃を取り出そうとする前に門をくぐる。

 

 そうして真っ先に寮の自室に戻ってきた俺は、市内に出かけていた戦利品を整理していた。

 

 それはアニメのDVDで、少しばかり懐かしい物だ。実はこれ、とある切っ掛けで見直したいと思っていたところ中古ショップで並んでいたのを偶然発見し、格安で手に入れちゃったんだよね。

 

 あまりの嬉しさに、共通の趣味を持つ知人に自慢しちゃったくらいなんだが、返事が帰ってこなかったので少々がっかりした。まぁ、忙しいやつなので仕方がないだろう。

 

 ちなみにこの原作本は少しばかり卑猥なシーンがあったりして実家に置いてきた。改めて買い直すということも考えたが、幼稚園の教員という立場上避けておいた方が良いだろうという結論に基づき、我慢しているところである。

 

 ましてや、なぜか存在する俺のファンクラブや、ヲ級が勝手に部屋に忍び込んでいることを考えれば、そういった危険を犯すのは愚の骨頂。

 

 とまぁそういうことなのだが、さすがに地上波でやっていたアニメなのだからさすがに大丈夫。

 

 さっそく今から購入したDVDをプレイヤーにセットし、のんびりした休日を過ごそうと思ったんだけど、

 

 

 

 ピロン〜♪

 

 

 

「……ん?」

 

 ポケットに入れていた携帯電話からメールの着信音が鳴ったので、画面に表示させてみる。

 

「私、※※さん。

 今※らそ※※に※※いま※ね」

 

「……なんだこれ。

 メールが文字化けしちゃってるよなぁ」

 

 最近調子が悪いと感じていた携帯電話だが、ここまで酷いとは思っていなかった。

 

 これはさすがにまずいと思ったが、電話が通じれば仕事の方はなんとかなるし、機種変更をする時間よりもまずはDVDを見ておきたい。

 

 それに携帯電話の故障は確か申請すれば新しいものに変えてもらえたはずだから、費用も負担しなくていいし。

 

 メールの相手も返信がなければ電話をかけてくるだろうとたかを括り、プレイヤーのリモコンの再生ボタンを押した。

 

 しばらくするとオープニングが流れ、覚えのある音楽が鳴り響く。懐かしさに胸がこみ上げ、ウキウキとした気分が収まらない。

 

 そして始まった第1話。久しぶりということもあって覚えていなかったシーンを見直し、若干感動をしていたところで再び携帯電話が着信音を奏でた。

 

「私、大※※ん。

 今は※鶴※※埠※にい※※」

 

 またしても文字化けだ。

 

 さすがにちょっと気持ち悪いなぁと思った俺は、アニメを一時停止状態にしてから送ってきた相手のメールアドレスを見る。

 

「むぅ……、誰だよこれ……」

 

 携帯電話に登録されていない、見知らぬメールアドレス。アルファベットと数字がグチャグチャと並んでおり、推測すら難しい。

 

 返信をした方が良いだろうか?

 

 いやいや、今はアニメが見たい。

 

 せっかくの休みなんだから、ゆっくりまったり過ごしたいのだ。

 

 重要な用事があるのならば電話をよこすだろうし、気にせずにしておこうと再生ボタンを押して一時停止を解除する。

 

 そうしてしばらくアニメに見入り、1話を終えてエンディング曲が流れている最中に、またしてもメールが届いた。

 

「私、※※さん。

 今※の入※※立※い※す※〜」

 

 相変わらず読めない文章に、俺は大きなため息を吐く。

 

 タイミングとしてはちょうど良く、2話のオープニングも合わせればそれなりに時間はあるが……。

 

 何度もメールを送ってきているのだから、さすがに返事をした方が良いのかもしれない。

 

 いやしかし、相手が送ってきた文章がほとんど分からないのだから、どう返せば良いのだろう。

 

 普通に考えれば文字化けしているので、電話をしてくださいという感じかな。

 

 とりあえずそのようにメールを送った俺は、テレビ画面に視線を向ける。

 

 そろそろ2話に入るぞ……と思ったところでメールではなく、『ピリリリリ……』と電話の着信音が鳴り始めた。

 

 どうやら俺のメールが通じたようだ。

 

 これでメールの差出人が誰だか分かるだろう。

 

 そして用事を済ませれば、今度こそアニメに集中することができると思い、通話ボタンを押す。

 

「もしもし」

 

「………………」

 

「……もしもし?」

 

 返事がない。

 

 なにか少しばかり雑音というか、音楽のようなものが遠くに聞こえている気がする。

 

 そう……思っていたところで、小さな女性らしき声がゆっくりと聞こえてきた。

 

「私、※※さん……」

 

「……はい?

 ちょっと音が遠いみたいで、聞き取りにくいんですけど……」

 

「今、あなたの部屋の前にいるの」

 

「……へ?」

 

 突然告げられた言葉に呆然とし、固まってしまう俺。

 

 すると扉の方から、ガチャ……と音が聞こえてきた。

 

 い、いやいや、待て待て待て。

 

 扉の鍵はかけていたはずなんだが、どうして開いちゃったんだ!?

 

 そ、それ以前に、誰が一体なんのために、俺の部屋に入ってこようとするんだよ!

 

 

 

 ピリリリリ、ピリリリリッ。

 

 

 

「……っ!?」

 

 

 

 またしても鳴る電話の着信音に、俺は視線を扉の方から手元に向ける。

 

 ハッキリとは覚えていないが、先ほどかかってきた番号と同じはず。

 

 俺は背筋に続々とした寒気を感じながら、再び扉の方に視線を向けつつ通話ボタンを押した。

 

「も、もし……もし……?」

 

 

 

 しばらくの間。

 

 返事は……ない。

 

 

 

 どれくらいの時間が経ったのか分からないくらい緊張していた俺の額に大粒の汗が浮かび、その1つが目に入ってしみた時だった。

 

 

 

 

 

「私、ヤン鯨さん。

 今あなたの後ろにいるの」

 

 

 

 

 

「「ぎょえええええええええええええっ!」」

 

 突如部屋に響き渡った悲鳴に驚き、俺は語るのを止めた。

 

 ちなみに声を上げたのは元帥と青葉の2人な。ちなみに青葉の方は泡を吹いてぶっ倒れているのはなぜだろうか。

 

 なお、俺の手を握っていた天龍の震えも収まっておらず、どうやら俺の目論見どおりとはならなかったようだけれど……どうしてこうなった。

 

「こ、怖っ、マジで怖っ!」

 

「いやいや、なんでそこまで怖がっているんですか……?」

 

「だ、だって、ヤン鯨だよ!

 出会った時点でゲームオーバー確定のラスボスなんだよ!」

 

「えっと、そうなんですか……ねぇ?」

 

 オレは元帥の言葉に疑問を持ちながら頭を捻っていると、ポケットの中にある携帯電話が鳴りだした。

 

「ひっ!?」

 

 急な音に驚いた天龍が手をギュッと握ってくるが、俺は大丈夫だという意味を込めて頭を撫で、通話ボタンを押す。

 

「あー、はい。もしもし……。うん、そうそう。

 …………へ?」

 

「い、いったい……誰……なのかな……?」

 

 冷や汗ダラダラの元帥が恐る恐る俺に声をかけてくる。

 

 その言葉が非常にタイミング良く、俺はニッコリと笑いながら通話したままの状態で携帯電話を差し出した。

 

「元帥、電話の相手が変わってくださいって言ってます」

 

「ぼ、僕に……?」

 

 大きく狼狽える元帥だが、俺が表情を変えないことに観念したように受け取り携帯電話を耳に当てた。

 

「も、もし……もし……?」

 

 

 

 

 

「私、ヤン鯨ちゃん。

 今あなたの後ろにいますよ〜」

 

 

 

 

 

「…………………」

 

 ゆっくり、ゆっくりと後ろへ振り返る元帥。

 

 そこには俺以上にニッコリと微笑んだヤン鯨……もとい大鯨が顔面ドアップになるように中腰で座っていた。

 

「………………がくっ」

 

 ばたりと横倒れになる元帥。

 

「ちーん。

 ヤン鯨ちゃん、死亡確認で〜す」

 

「いやいや、死んでない死んでない。

 ただの気絶なだけでしょうに」

 

「あら〜、そうなんですかね〜」

 

 いや、もし死んでたらマジで大事だからね。

 

「……で、今日はいったいどうしてこんな夜更けにきたんです?」

 

「この間のアニメ視聴会でお願いされていたDVDを持ってきたんですよ〜」

 

 大鯨はプンプンと頬を膨らませつつ、俺にディスクを差し出してくる。

 

「おおっ、これがセカンドシーズンのDVDですか!」

 

「そうで〜す。

 ファーストシーズンだけしか見ていないなんて、そんなもったいないことはダメなんですからね〜」

 

 そう言って再び笑みを浮かべた大鯨からディスクを受け取り頭を下げた。

 

 

 

 しかし、どうして青葉と元帥は気絶しちゃったのかなぁ……なんてね。

 

 




本編はまだまだかもですが、気分が乗ったら何か書ければ良いなぁと。
やっぱりモチベーションは大事ですよね。


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