ようこそ陰謀論者が荒らす教室へ (みはいるすーす)
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1

 初投稿です。


 

 季節は春、窓外から陽光がバスの車内に差し込む中、バスの中には胸を期待と、あるいは不安で一杯にした制服姿の男女であふれかえっていた。そんな彼ら彼女らの目的地は一つ。

 

 “高度育成高等学校”

 

 この国のエリートが揃う学校である。

 そんな学校のある新入生、長い黒髪の平凡な姿形で、しかし確固たる美貌をもった彼女、関野 暁子もまた、この学校に期待を膨らませている一人であった。

 

 

 

 (これで、○○や○○からの洗脳電磁波からはおさらばだ!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ※関野 暁子は陰謀論者である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 「ここが、高度育成高等学校か...」

 

 暁子は誰にも聞こえないぐらいの音量でそう呟いた。緑溢れる中にも清潔感ある建物が点在しており、学校への通路を行く皆は、総じてこれからの生活に期待していた。

 しかし、高校というには大きく、校舎というには多いその施設群は、そのほとんどが娯楽施設、商業施設なのである。これは、この学校が列島から少し離れた島に位置し、外界から隔離された造り、或いは仕組みとなっているからである。

 

 そう、この学校の一番の特徴は、この遮断性にあるのだ。この高校の生徒である間、生徒は陸にいくことはおろか、外界と電話などでやり取りをすることすら許されない。すべてのショッピング、娯楽などの活動はこの島内で完結するのだ。

 そして、暁子が進学先としてここを選んだのも、この遮断性が大きな要因である。

 

 

 (ここなら○○も○○も洗脳電磁波は送ってこれまい!)

 

 

 一般人の面を下げて悠々と道を行く彼女は、それはもうものすごい陰謀論者なのである。世のありとあらゆる物事を掘り下げて、(正しいかは別)  あらゆる隠された真実を暴き、(正しいかは別) 世の中に数少ない真実(以下略)を知るものとして、この国に生きているのである。

 

 そんな彼女は、洗脳電磁波 (国民を洗脳する電磁波、いろんな組織が国民に向けて日々照射していると暁子は語る) というものを信じて疑わず、じぶんも洗脳されまいと(杞憂)電磁波の届きが弱い(暁子談)それらの組織から遠く隔絶されたこの学校に来たのである。

 

 

 

 

 

 ※ちなみに暁子の被っているキャップの裏には、三菱ア○ミ製のアルミホイルが貼られている。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 「にしても監視カメラが多いね...」

 

 

 暁子は監視カメラの位置に地図で赤く点をうちながら、クラス分けの書かれた掲示板へと歩いていく。

 ちなみにこの行動を説明すると、陰謀論者によればこの国は国民の一挙手一投足を監視カメラやスパイロボット(鳩等の動物の眼球は監視カメラのレンズらしい)などによって監視しており、暁子はそれを警戒しているからである。

 そうして掲示板の前に着いた。

 

 

 「私のクラスは...Aクラスか。」

 

 

 説明しよう!

 この学校のクラスは他になく、実力でクラスを分けている。そしてこんな暁子が最も上のAクラスに分類されたのは、彼女が日々真実(笑)に気づいた者として権力者から消されることを危惧し、優等生で国に従順という外面を下げているからである!(ちなみにもとのスペックはかなり高い。陰謀論者なだけで)

 

 

 しかし、彼女は偶然にもこの学校の隠されたシステムに気づいてしまう。

 

 

 (このクラス分け、実力順だね...)

 

 

 なんと、彼女は奇しくもクラス編成が実力順であるという隠された真実に気づいてしまった。 ちなみにそのときの思考回路は、

 

 

 (この学校は政府が作った学校、しかも先進的とされている。

 そうなればこのクラス分けの理由は一つ !! 将来、世界統一政府がこの世界の人口を10億人までに減らす。そのときに生かされる優秀な人材の選抜の実験だ!!)

 

 

 そう、彼女は本当に偶然に真実を理解した...というか、思考回路は違うとも真実にたどり着いてしまったのだ。陰謀論者である彼女はクラス分けを深読みした。その結果がこれである。彼女は理解なんてしていない、陰謀論者特有の深読みの結果の推測が偶々的中しただけだ。

 ちなみに世界統一政府とは今の世界を牛耳っている組織、らしい。

 

 

 (まあ...私はAクラス、心配はせずとも油断は厳禁かな)

 

 

 こんな感じで、暁子の学校生活は始まっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ※暁子は陰謀論に関することなら、一度確信したことは信じて疑わない。

 

 

 

 

 

 

 




 主人公の名前はフィクションです。特に意図がある訳じゃないのであしからず...


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2

 

 暁子はキャップをとると、再び監視カメラの位置をメモしながら廊下を歩いていった。シンプルな中に美しさが見いだせる清潔なその校舎には、窓外から朝に比べて穏やかになりつつある陽光が床に延びるように入っていた。

 

 

 「おはようございまーす...」

 

 

 暁子はAクラスに着くと控えめの声量で少しだけ挨拶し、席順の紙を見てから席に着いた。ちょうど真ん中ほどの席だった。

 担任を待ちつつ、読書にいそしむ。読んでいる本は川端の『雪国』。...のカバーをつけた新しい愛読書『変容する世界の真実~フリーメーソンはもう古い!!~』。最近買って三度は読破した。現在四週目。

 

 すべての椅子が埋まって少しの時間。そんな中、ほんの少しだけの喋り声が漂っていた教室に扉を開ける音がした。

 

 

 「席に...全員着いてるな。」

 

 

 コツコツと軽快な音をならして入ってきた男は担任だった。暁子はその見た目から彼が体育教師をしているのだろうと見抜いた。(※国語教師)

 担任は自分を真嶋と紹介し、それだけで自己紹介を済ませると早速生徒たちにカードを配った。そして説明を開始した。

 

 

 「今から配る学生証カード。それを使い、敷地内にある施設を利用したり、購入する事が出来る。クレジットカードのような物だ。学校内において、この今から支給するポイントで買えないものはない。ポイントは毎月1日に支給される事になっている。なお、1ポイントにつき1円の価値がある。」 

 

さらに加えて

 

 

 「この学校は実力で生徒を測る。この10万円は君たちにそれほどの価値があるという事だ。なお、このポイントは卒業時に回収される。他人に譲渡する事も可能だ。何か質問は?」

 

 

 真嶋の説明は生徒たちに衝撃を与えた。が、そこで騒ぐ生徒たちではない。もしかしたら支給された10万円と同等のポイントを安く感じる金持ちの子も多くいただけかもしれないが、流石はAクラスである。

 

 そこで挙手する生徒がいた。暁子の後ろで、短い腕を一生懸命上に挙げていた。

 

 

 「ええとそこは... 坂柳か、いいぞ、質問を」

 

 

 坂柳と呼ばれた銀髪の幼女 (に暁子には見えた。) が立ち上がった。

 

 

 「ありがとうございます。先生。では質問ですが、実力で生徒を測り、価値に応じてポイントを渡す、つまり、私たちが来月に受けとるポイントは変動する、と、この解釈であっていますか?」

 

 

 「先ほども言った通り、この学校は実力で生徒を測る。この10万円は君たちにそれほどの価値があるという事だ。」

 

 

 「なるほど、実力で生徒を測ると...。それが答えですか?」

 

 

 「...ああ、そうだ。」

 

 

 これでわからない者はAクラスにはいない。つまりは生徒の実力とその評価がそのままお金、もといポイントに反映されるということ。これは実際に隠された事実であった。この時点からこの事実はAクラスの共通認識となった。

 

 加えて、この意図にいち早く気付き、その事実をクラスに知らせた坂柳の有能性も同時にクラス中にしれわたることとなる。

 

 

 (はえ~そういうことだったんだ。)

 

 

 ちなみに暁子はいち早くは気付いてはいなかった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 その後、ホームルームはつつがなく解散となり、これから始まる入学式に向けて自分の荷物を整理したりなど、各々がこれからの準備し始めた。その中で、暁子は監視カメラの位置をメモした地図をカバンにしまおうと手を掛けようとしたところで

 

 

「あっ」

 

 

「おっと」

 

 

 地図は少し机からはみ出していた状態で置かれていたらしい。その地図が人に当たったようで、パサッ、と床に落ちた。

 

 

 「これは...申し訳ありません。」

 

 

 「いや、大丈夫だよ。こちらこそ机からはみ出ていたしね。」

 (あっ、あの幼女じゃん。)

 

 

 みてみれば、地図にぶつかったのはさっき先生に質問した銀髪の幼女であった。しかし彼女は杖をついており、床に落ちた地図をとろうと足をゆっくり曲げたり腕を目一杯伸ばしたり、端から見ても明確に苦戦していた。

 

 

 「ああ、いいよいいよ、私がとるから。」

 

助け船を出す暁子。根は優しい少女なのである。

 

 

 「すみません、足が不自由なものでして。」

 

 坂柳は足にが不自由であった。そんな彼女は少し申し訳無さそうにしていたが、拾われた地図を一瞥し、周りを見渡した後、少し驚いた様子で地図について聞いた。暁子はその挙動を少し不審に思ったものの、たいして気に止めなかった。

 

 

 「これは...?」

 

 

 「えっこれ? これは...地図だよ。」

 

 

 「...そうですか。」

 

 

 坂柳は少し考える素振りをしたのち、再び暁子に向き合って礼を言った。

 

 

 「そうなんですか。教えていただきありがとうございます。」

 

 

 「いやいや、全然いいよ!、そうだ!不便があったらなにかいってよ!同じクラスの仲間だし、協力しないといけない事も多いだろうからさ。」

 

 

 この時点で、暁子は失念していたのである。

 

 

 「それは...ありがとうございます。しかし、協力とは...?」

 

 

 「え...ほら、他クラスとの競争とかさ、私たちはAクラスだから、追い抜かれないようにしないと。」

 

 

 「えっ」

 

 

 「えっ」

 

 

 「あっ...」

 

 

 そこで暁子はやっと気付いた。クラスが実力順であることは、自分のみが知っていたことであると。やはり暁子は新生活に浮かれていたのである。しかし気づいたところでもう遅い。相手、つまり坂柳はAクラス一の知能を持っているのだ。

 

 

 「なるほど...、あなたはこのクラス分けは実力をもとにしていると、もしかしてそう言いたいのですか?」

 

 

 流石は坂柳、Aクラス一の頭脳にかかれば暁子の言動の裏を読むことくらい朝飯前である。

 こうなれば暁子に逃げ道はない。

 

 

 「ああ、い、いやあくまでも予測というか、勘というか...」

 

 (やらかした!ヤバい!一般人でないとばれたかも!!)

 

 

 理由はともあれ、一般人として振る舞おうと決めている暁子にとってこれは致命傷である。せいぜい勘とごまかすので精一杯だ。

 

 

 「そうですか...」

 

 

 坂柳は少し考える素振りをして、納得したような面持ちで暁子に話しかけた。暁子はさっきから考えてばっかりだな、と思った。

 

 

 「ところで、名前をお教え頂いてもいいですか?私は坂柳 有栖と申します。」

 

 

 「あっ私? 私は関野 暁子だよ。あかつきに子で暁子ね。」

 

 

 「ありがとうございます。では、暁子さんと呼ばせていただいても?」

 

 

 「うん、全然いいよ。私も有栖ちゃんって呼んでもいいかな?」

 

 

 「もちろんです。これからよろしくお願いします。」

 

 

 有栖は微笑みながらそう言った。その実、彼女が暁子と下の名前で呼び、かつ自分の名前呼びに全く抵抗を見せなかったのは、暁子を自分に並ぶ存在として見ているからである。

 最も、暁子はそんな意図は知らないが。

 

 

「では、暁子さん、ごきげんよう。」

 

 

そうして坂柳は去っていき、暁子もいよいよ入学式に足を向けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

坂柳side

 

 「確かに、これは...」

 

 

 私は入学式の会場に続く道で、Bクラス、Cクラス、Dクラスをチラリと見ました。そして確証したのです。

 

 

 やはり、暁子さんの推測は正しい。ということに。

 

 

 関口暁子、彼女が暗示した“この学校のクラスは実力順”という推測、いいえ、事実ですね。確認してみましたが、たしかに他クラスの人たちは全体的に私たちより劣っています。しかも、それはB、C、Dと下がっていくほど顕著になっています。

 本人は勘だと言っていましたが、あの目は確信...いや、盲信ともとれる位には推測を事実であると信じている目でした。

 

 しかし、いつ判断したのでしょうか。皆、新入生ですからほとんどの人はおとなしくしてましたし、一人二人羽目をはずしている人がいたところで、この真実にはたどり着けないはず、私も他人をみる目はかなりあると自負していましたが、この事実には暁子さんから暗示されて初めて気付きました。

 

 

 それだけではありません、彼女は監視カメラの地図を書いていました。

 

 

 私が落ちた地図を見たとき、そこに無数の赤い点を見つけました。1-Aと書かれた四角から地図だということを理解しましたが、赤い点の意図はわかりませんでした。そこで、赤い点の書かれた位置に目をやると、監視カメラがそこにはあるではないですか。

 

 しかし、最も注目すべき点は、あの監視カメラの図、校門から教室にかけて記されていました。この学校は事前に下見をすることはできません。つまり、彼女は最低でも初めて校門に入った時点で、この監視カメラの“異常性”に気付いたということ。

 

 そう、この学校は監視カメラが異常に多い、しかし、私の場合は教室に入って初めて気付いたのです。今時防犯の整った学校は珍しくありませんから。ただ、教室の4隅は流石にやりすぎではないかと。

 ただ、一つ彼女の違った点を挙げるなら、校門から教室に書けてずっと赤い点がつけられていたということ、これはつまり、校門の時点で既に、監視カメラについて

“地図に書き込む程度の価値がある” と見破ったということです。

 

 

 「関野 暁子さん...興味深い方です。」

 

 

 おっと、さっきから独り言を呟くようになっていますね。これは少し...“好敵手”を見つけたことで柄になく興奮しているのかもしれませんね。

 

 

 

 

 

 

 

 こうして勘違いは進んでいく...

 

 

 



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3

 

 暁子は入学式なるイベントのお話やらなんやらをフル無視し、体感1時間程度で入学式をやり過ごした。そして教室に戻った後、真嶋から自由行動を言い渡されると、この後開かれるという部活動紹介にみんなが行こうとしている雰囲気を感じとったので、暁子もその流れにしたがった。

 体育館に入れば、ざわざわと喋り声が暁子の耳を揺らす。適当な場所に適当に座り、あちらこちらを眺めながら始まるのを待つ。

 

 そうして待っていると、司会だという橘と名乗った生徒が進み出て、ステージの前の端に置かれたローズウッドの演台についた。そこからゾロゾロと柔道着、袴、カラフルなユニフォームを纏った上級生たちが歩みでて、新入生の前に整列する。

 

 

 「これから、部活動紹介を始めます。」

 

 

 それからは長かった。暁子は行く部来る部の紹介を適当に聞いていた。どうやら存外つまらなかったらしい。

 

 そうしていると部活動紹介は終わり、入れ替わりで青年が壇上に上がってきた。いかにも理知的で、生真面目さがあふれでている切れ目で眼鏡の青年だった。

 

 青年は壇上に立っても黙ったままだった。それが言いようになく異様で、ひしひしと圧力をかけられているような、そんな感覚を受ける。新入生はみな会話を止めて

彼の閉ざされた口が開かれるのを待っていた。体育館に静寂が満ちる。

 

 

 「はじめまして、生徒会長の堀北学と申します。」

 

 

 新入生たちが黙ってから少しして、彼は名乗った。新入生たちはもう彼の言葉しか耳に入らないようになっていた。部活動紹介のときのざわめきをみると、なんとも変容していると思える。

 しかし、この現象に心当たりのある者もいた。これは一種の演説における手法である。生徒会長が使った手法は聴衆が黙るまでひたすら微動だにせず、静かになってから話し出す。そうして聴衆の関心を最大限まで引き出す手法である。

 この手法はかのヒトラーが使っていたことで有名であり、たいしてマイナーな知識と言うわけではないのでAクラスの生徒になれば大半は気付いていた。ただし、それは彼の雰囲気に飲み込まれずに済んだということではない。彼から滲み出るカリスマ性が一役買っているのだろう。

 ともあれ、わかる人は彼の底知れない実力、カリスマ性に戦慄するわけである。

 そして、ここにも一人戦慄する者がいた。暁子である。

 

 

 (これは...)

 

 

 暁子の脳内で緻密な論理が組み立てられる。今の状況から判断された事実、そして知識、経験則が加わる。次第にその理論は陶冶されていき、遂に一つの結論へと至った。

 

 

 (こいつはナチスの構成員だ!) ※不正解

 

 

 そう、残念なことに、いくら高価な壺でも、ゴミを入れてしまえばそれはもうただのゴミ箱なのである。彼女の高スペック知能から判断された純度の高い分析結果は、見事に陰謀論が加わって、それはもうよくわかんない何かになり果てた。

 

 

 (南米、或いは南極のナチスの構成員がまさかこんなところまで...)

 

 

 とりあえず解説しよう。第二次世界大戦終盤、とてつもない物量のソ連軍がベルリンになだれ込んだとき、一部のナチ党員は南米へ逃げた。これはアイヒマンやコロニア・ディグニアやらから事実であるとわかるが、一部の陰謀論者は、ナチ党が今でも昔と同等の影響力をもって存続している、つまり戦間期から戦時中にかけての勢力を持ったまま、ナチ党は今でも世界に影響を及ぼしている、と主張しているのだ。

 ちなみに南極に逃げたとする人もいる。加えて、世界中で目撃されるUFOはそれらのナチス系の組織が作っていると主張する人もいる。

 

 そんな説が出回っている上で暁子が考えたのが、堀北学=ナチスの構成員説である。ヒトラーやゲッベルスなど、ナチスといえば強力な宣伝、演説力で有名である。そこで暁子はこう考えた。生徒会長である彼ははヒトラーから代々受け継がれる演説手法を教育され、その上でこのような状況を作り出すのを可能にしていると。暁子は圧倒的な雰囲気に呑まれるという経験をしてこなかったのである。

 

 まぁ、少なくとも生徒会長、堀北学は暁子の中でナチスのスパイとして認識された。不憫。

 

 結局、生徒会長の話は短かった。しかし、それでも多くの生徒に絶大な印象を残した。生徒会長の話が終わるとすぐ部活動紹介は終わり、皆は帰路に着いた。暁子はアルミホイルを買いに行くらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 そして数時間後...

 

 

 

 

 「ひえっ」

 

 

 「....おい、そこで何をしている。」

 

 

 「えっえっ...あ...」

 

 

 部活動紹介後、さっきの司会役と生徒会長に警戒される暁子がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ※ちなみに暁子に「それだけじゃ判断材料として不十分すぎるでしょ。」と至極真っ当な正論をぶつけても、「さてはお前もグルだな!!!」と一蹴される。無敵かよ。

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・

 

 「もう一度聞く。そこで何をしていた。」

 

 

 暁子は絶賛事情聴取中であった。聴取されているのが暁子、聴取しているのは生徒会長、堀北学。後ろに怯えながら控えているのは先ほどの部活動紹介で司会を勤めていた生徒会書記、橘茜である。

 

 ここで一旦、暁子の状況を説明しよう。

 

 暁子は部活動紹介後、商業区に出てアルミホイルと今晩の料理を買ったのち帰宅。

しかし暗くなるまで思ったより時間があったので、その後監視カメラのマークを再開するためもう一度学校に来たのだが、彼女の服装が問題だった。

 暁子が電磁波から脳を守るためにアルミホイルを内側に仕込んだキャップをかぶっているのは前に説明した通り、彼女が外をうろつくときの標準装備である。

 しかし、「人に会わないよね...」と彼女が考えたときは、少しだけ装備が進化(笑)する。具体的には、アルミホイルを仕込んだ黒いマスクを着けるのである。少しでも電磁波から脳を守ろうと、暁子は頑張っているのだ。願わくはその努力を別方面で生かしてほしい。

 

 ともあれ、生徒会長と書記が今日の行事の片付けの時にに目にしたのは、キャップに黒マスクの“不審者”だった。

 あと忘れてはならないのは、暁子は堀北 学をヒトラーの演説を教育されたナチスの手先だと勘違いしていることだ。

 

 

 「あ、あのナチ... いや、なんでもないです。」

 

 

 「なち...? いや、何をしていたかは後で聞こう。まずは名乗れ。」

 

 

 (よかった...聞こえてなかった。)

 

 

 しかし、会長の眼光が厳しく光ったまま。ネズミ程度なら目力だけで殺せそうだ。

 

 

 「1年A組、関野 暁子です...」

 

 

 「ほぅ...」

 

 

 A組と聞いた瞬間、生徒会長の目の色が変わった。厳しい眼光はそのままだが、だんだんと興味をその目に漂わせた。

 

 

 「マスクをとってもらえますか?確認します。」

 

 

 少しだけ警戒を薄くした橘が勧告した。手にタブレットを持っており、おそらく生徒会の持っている生徒のデータベースと照合するのだろう。

 暁子は大人しくマスクをとった。

 

 

 「確認できました。本人です。」

 

 

 「そうか、言い遅れたな、俺はこの学校の生徒会長を務める、堀北 学だ。」

 

 

 「書記の橘 茜です。」

 

 

 暁子は二人を知っていたが自己紹介を受け入れ、なんとかなりそうなこの状況に少しだけ安心した。

 

 

 「それで、何をしていた。」

 

 

 (あっ、やっぱ見逃してくれないのね)

 

 

 しかし、さすがに見逃してはくれない。暁子は脳をフル稼働して打開策を考えた。相手はナチスの手先(妄想)、ちなみにパニック状態の暁子の知能レベルは一割程度までに落ちる。もう終わりだね。

 

 

 「あの...地図を書いていました。」

 

 

 「見せてみろ。」

 

 

 逃げ道はなし。暁子はとりあえず嘘はつかないがある程度の事実は隠す、という戦法に出た。しかし堀北 学、ただでは納得しない。彼はすぐさま地図を見せるよう要求し、予言した通り渡された地図を見た。するとやはり坂柳と同様に地図の意図に気づいた。

 

 

 「ふっ、なるほどな」

 

 

 (え...この人なんで笑ってんの...怖)

 

 

 堀北 学の悪いところは言葉足らずなところである。そんなんだからお前の妹は...

 堀北は質問を続けた。

 

 

 「これは誰かに指示されたのか?」

 

 

 「いいえ...そう言うわけでは」

 

 

 「誰から聞いたんだ?」

 

 

 「...何をですか?」

 

 

 「ふっ」

 

 

 「は?」(怒)

 

 

 堀北学の悪いところは言葉足らずなところである。(二度目) 

 ともあれ、堀北は彼女が独力で監視カメラの重要性に気付いた。そして彼女の評価をランクアップする。やったね暁子ちゃん! 評価がふえるよ!

 彼は若干の期待をもってさらに続ける。

 

 

 「そうなれば他の真実にも... 関野といったな?お前はAクラスに選ばれてどう思った?」

 

 

 「それは...まぁ光栄であるかなと。」

 

 

 「ふっ」(二度目)

 

 

 「は?」(怒)(二度目)

 

 

 堀北学の悪いところは言葉足らずなところである。(三度目) しかし、今の会話から堀北は彼女の能力を察知した。Aクラスを「光栄」といったということは、この実力至上主義のシステムに気付いているということ。彼女は数年に一度、いや、もしかしたら数十年に一度の逸材であるかもしれない。彼は彼女をそう評価した。少なくとも堀北が知っているなかで入学初日にここまで気付けた人間はいない。(実際には過大評価なのだが)

 

 

 「よし、端末を出せ。」

 

 

 「え、アッハイ。」

 

 

 「これは投資だ。」

 

 

 「え、何が...」

 

 

 堀北学の悪いところ(以下略)、暁子は端末の残高をみて、100万ppの増加に気付き、やっと彼の言動の意味を理解してから遅れてめちゃくちゃ驚いた。さて、暁子はこの堀北の行動をどう受け取ったのだろう。

 

 

 (これ口封じかな!!??) 

 

 

 おっと、理解できていなかった。やはり「投資だ」という言葉を文面通り受け取れないのが暁子なのだ。見事に彼女は深読みを達成した。口封じと判断したのはそれしか思い付かなかったからである。

 それはともかく、口封じを受け取るのは場合によっては悪手である。暁子はチキンな性分なので、自分の妄想は過信するくせして行動には自信を持てない。そもそも、口封じの対象がこの学校のシステムに関してのことであるならば、この件は既に坂柳に漏らしてしまったのだ。※実際は口封じではないので全て杞憂。

 

 

 (本当に何が狙いなの?! 何で口封じしに来たのこのナチ(風評被害)は?! はっ、もしかして世界統一政府よナチスが結託しているということ!? ともかく、これは断らなきゃ、)

 

 

 「いやいや、こんなの貰えませんって!!、返金させてください!!」

 

 

 暁子はすがり付く勢いで懇願した。堀北は謎の勢いにドン引きした。後ろで空気に徹していた橘は会長のレアな顔がみれてちょっと興奮した。

 

 

 「せ、関野さん、落ち着いてください、、」

 

 

 橘は長く様子を見守っていたが、我慢ならず暁子をなだめに来た。

 とりあえず暁子は、必死に受け取らない理由を考えて、一つの言い訳を思い付く。

 

 

 「あの、これから困る生徒は沢山でると思うんです!私はそういう人にこのポイントは渡してほしいなって...」

 

 

 「関野さん...」

 

 いけそうだ、と暁子は考えた。実際暁子は優しい子ではあるので、本心も少しだけ混じっている。

 しかし、橘にとっては凄まじく思えた。橘もまた優しい子だが、とんでもなくドロドロした心理戦が繰り広げられ、情けより利益というこの学校では、暁子は聖女のようにも思えてしまう。橘はおもわず感動の念を漏らす。

 ちなみに橘の前に立っている生徒会長は打算混じりで次の言葉を考えた。

 

 

 「....そうか、では、お前はその100万円はもっておけ。」

 

 

 「いや、だから私は...」

 

 

 「そして、生徒会に入るんだ。」

 

 

 (???、ちょっと待って、なんの話してんの?)

 

 

 「そのポイントを使って、生徒会ではたらけ。そうすればお前はその理念(・・・)を達成しやすくなるだろう。」

 

 

 「えっ? は?」

 

 

 「会長...」

 

 

 やんぬるかな、堀北は建前を見分けられなかった。つまり暁子は詰みである。そして暁子にもどうやらまだ状況を正しく判断できるだけの脳のリソースはあったらしい。

 

 暁子はあきらめた。活路を見出だせない以上、おとなしく相手の案に乗った上で知らんぷりを通すしかない。

 

 

 「これから、お願いします...」

 (飼い殺しにして私を直に管理する気だ....!)

 

 

 

 

 

 こうして、新たに生徒会役員が誕生したのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・

 

 堀北学side

 

 

 “このポイントは困っている人に”

 

 考えもしなかった。こんな答えが返って来るとは、もといこんな“敗北者にも慈悲を与えよう”とする理念をもっている者がいるとは。どうやら自分はあまりにも殺伐とした環境に閉じ込められていたらしい。

 

 しかし、彼女は信用できそうだ。俺の考えの同志(・・・)として。

 

 俺の目下の悩みは現副会長、南雲雅だ。彼は今、完全に実力主義の学校を作ろうとしている。具体的には、政争に負けた人間があっさり退学させられるような、そんな学校を作ろうとしている。

 そして俺はこの案に反対している。しかし南雲は味方をつけるのが上手い。おそらく今季入ってくる新入生にも目をつけるだろう。だからこそ俺は生徒会の入会希望生を例年より厳しくしようとしている訳だ。吟味せずに入会を認めた者が南雲の味方になってはどうしようもないから。しかし、例えそんなことをしようとも、今もうこの計画を阻止することは不可能だろう。

 

 だからこその彼女。100万ppという誘惑すら跳ね返す断固たる理念を持った彼女なら、きっと南雲には靡かない。南雲が生徒会長になるのは確実な以上、そのストッパーを彼女にしてもらおう。

 

 そうして俺は言った。

 

 生徒会に入れと。

 

 

 

 

 

 



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4

 暁子の見た目って想像しづらいですよね。皆さんそれぞれイメージをもってくれても全然構わないんですが、一応自分はFate シリーズのザビ子の黒髪Verを想定しています。美少女と言えば美少女なんだけどこれといった特徴はない、そんな感じです。
 




 

 入学からまだ一週間というこの日、Aクラスは完全に分裂していた。流石、学園なのに“失脚”とか、そんな表現が使われる学校である。

 

 さて、ではどのように分裂したのか。主要な3グループを紹介しよう。

 

 まずは坂柳グループ。イケイケ改革派である。有利とみれば博打上等、若干ラジカルな面をもつ。有能で便利な人材、橋口や武闘派の鬼頭、弱みを握られたあわれなる神室などが所属している。

 

 次に葛城グループ。葛城こと葛城康平。彼は禿頭の悪逆非道な脳筋の見た目をした慎重系頭脳派である。いったい何人が彼の見た目に騙されただろうか(憤慨)。 名前は見た目どおりなのに...。葛城(かつらぎ)って、これ作者狙って(殴 あっ、でも被ってはいないから逆に(殴(殴

 そんなリーダーなので、グループの特徴としては保守派である。側近的存在は無能こと戸塚がつとめる。

 

 最後に中立派。グループをまだ見極めている者、単純に政争は面倒くさいといった人などがいる。そもそも気付いていない者もいるのだが。ちなみに暁子は後者である。大丈夫かこいつ...

 

 まあ実際には入学から一週間で派閥を形成し始めているのが一般からみたらおかしいのだが。なおご存じであろう通り、この派閥とはいわゆる“クラスカースト”とは別物である。どちらかというと、世界中の政界で繰り広げられているような、そういう感じの“派閥”である。ポイント、或いは卒業後のコネを狙っている人もいるかもしれない。そういう利害が絡みに絡んでトマトスパゲッティのような惨状になっている。ベトベトしてる。

 

 しかし今、暁子が派閥形成に気付いていないという事実に疑問が残るだろう。なんせ暁子は優秀(他人からみた場合)である。何故勧誘の一つもされていないのか。

 

 

 (暁子さんは...いや、彼女は...)

 

 

 説明すると、まず坂柳に関しては単純に悩んでいるのだ。今現在、坂柳は暁子を好敵手とみている状態である。その為、自分の陣営に引き入れて自陣を有利にするか、好敵手として争うか、色々と考えている。さすが血気盛ん系銀髪ロリである。

 或いは暁子が、坂柳陣営にはいった後に関野派として新派閥を形成して独立した場合、坂柳派時代の繋がりを利用して坂柳派から良い人材をヘッドハンティングするのでは?とも恐れている。

 

 

 (関野にアプローチするのは...厳しいか....)

 

 

 次に葛城に関してだが、葛城は単純に自陣に来る可能性が低いと考えている。

 今現在、暁子は坂柳と非常に仲が良い。たいして葛城は数回しゃべったことがある程度。確かに望みは薄そうだ。

 それだけではない。もし仮に暁子が葛城の誘いを断った場合、葛城派は圧倒的不利におかれる可能性がある。なんせ普段でも仲の良い坂柳に一歩リードされるわけである。未だに派閥を決めていない人の多くは、暁子の出方をうかがっている。そんな状況で断られでもしたら、この勢いをどう立て直そうか。

 

 

 

 

 

 ...もうお気づき頂けただろうか。暁子は今、前述の二人に並ぶ実力者としてクラス中に認識されているのである。両陣営の影響力を左右する程度に。

 

 またまたこれも説明すると、話は数日前に遡る。

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 「あいつらみる目ないんすよ!!」

 

 

 「いや戸塚、声が大きい...」

 

 

 入学早々、いざ生徒会に入らんと意気揚々と生徒会室へ出陣した葛城は鮮やかに一蹴され帰って来た。堀北 学は彼の生徒会入会をあっさり断ったのである。

 

 そんな中、A組の開いたドアから暁子を呼ぶ声があった。

 

 

 「関野さん、放課後生徒会の集まりに来ていただけますか?」

 

 

 「アッハイ、わかりました。」

 

 

 顔を出したのは生徒会書記の橘であった。まさかの出来事にクラスは騒然とする。橘が奇抜な格好をしていたとかではない。彼女の話を聞く限り、このクラスに入学早々生徒会役員になったやつがいるというではないか。しかもそいつはあの葛城を差し抜いたときた。当然そいつとは暁子のことなのであるが、このようなやり取りのもと、暁子は冴えない一般生徒から実力未知の強者へとランクアップしたのである。

 ちなみに前話の通り、彼女の出世は全て偶然によっての出来事である。エリコエフダイヤ会も驚きの100%の奇跡による大出世だ。

 

 実際、堀北のもつ生徒会入会への判断材料は南雲の思想に対する耐性があるかだ。これが多くを占めている。だからどれだけ優秀であろうと、南雲に靡きそうなら速攻入会は却下されるのである。しかし、そんなことを知らないAクラスの生徒たちであるので、暁子の実力が葛城より上だった。彼ら彼女らはそう考えた。

 

 

 「すみません、いきなり。この間勧誘(・・・)したときに言っておけばよかったですね。」

 

 

 「あぁ、いえいえ、こっちは全然問題ありませんから。」

 

 

 そうして最後の一撃と言わんばかりに、橘は地雷を残して去っていった。なんと彼女によれば暁子は勧誘された側と言うではないか。まさかのスカウトである。当然こんなの坂柳も受けていない。

 

 

 (関野さんって、あのいつも ぼーっとしてる...?)

 

 

 (勧誘した...?それって生徒会にってこと...!?)

 

 

 時間が経つにつれ、クラスのざわめきは大きくなる。こうして暁子は現在のクラスの評価を得たのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・

 

 4月下旬、3限目の国語の時間、いつもより少ない手荷物で真嶋が教室に入ってきた。古語辞典も、教科書すらもっていない。手にあるのは玉紐付きの茶封筒、何も言わず教卓につくと、紐をほどきつつ話し始めた。

 

 

 「これから、小テストを始める。」

 

 

 皆そんな話は聞いていない。騒ぎはせずとも表情、雰囲気に真嶋への非難が混じるが、真嶋は全て無視して話を続ける。

 

 

 「なお、今回のテストはあくまでも今後の参考用だ。成績表には反映されない。だから安心して受けるといい。ただし不正行為は厳禁だからな。相応の罰を受けることになる。」

 

 

 しかし、こんな説明で安心するAクラスではない。ちなみにこの学校のシステムについてはAクラスの全員が知っている。いつの時点からと言えば暁子と坂柳の初コンタクトなのだが、別に小声で会話していたわけではないので、クラスの皆に知れ渡った。

 被害は皆無とはいえ、クラスの認識的には学校からの回りくどい説明で一度煮え湯を飲まされているわけである。入学後一学期目にして皆の学校への不信感は頂点に達した。こんな学校他にあるだろうか、普通は学校へ不信感を入学早々もつ者なんて普通いない。(ただし暁子は普通でないものとする)

 

 

 

 

 しかし、不信感はあれど反抗するわけではない。皆は真面目にテストに取り掛かり、いよいよ五月を迎える。

 

 

 

 




 


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5

 



 

 「HR前に一つ。お前らなにか質問はないか。」

 

 

 「「・・・・・・」」

 

 

 「そうか、なしか。」

 

 

 早朝、少しだけ早く真嶋は教室に入室した。右手に巻かれた紙を携えて、開口一番いきなり意味深な発言をする。しかし、真嶋はどこぞの生徒会長とは違って言葉はちゃんと足りてるタイプなので、このいきなり過ぎる発言はあくまで前置きみたいなものだ。彼はAクラスの皆がこの学校のシステムに気付いていることを知っている。それ前提で話を進めているのだ。

 

 

 「さて、確かに今日、今月分のポイントが付与された...... お前たちの推測はあっている。」

 

 

 その後、真嶋は右手の巻かれた紙を広げ、ホワイトボードに貼りつけた。

 上から、ABCDの順番でクラスが書かれ、横に3桁の数字がかかれている。最低はDが0で最高はAが960。

 

 

 「このポイントはクラスポイント、クラスの評価を可視化したものだ。毎月の始めに与えられるポイントはこのポイントに100かけた額となる。ちなみにお前らが自由に使えるポイントはプライベートポイントとなる。」

 

 

 真嶋は説明した後、クラスを見渡した。皆いつもと同じ顔だ、驚いてるものなど一人もいない。一息つけて、真嶋はさらにもう一枚の紙を張り出した。

 

 

 「そしてもう一つ、これは先月実施した小テストの結果だ。」

 

 

 最先端の校舎と対照的に、プライベート保護の概念は前時代的だった。上位何名ではなく上から下まで、全ての点数と本人が晒される。

 一番上は坂柳で98点。暁子はどうだって?真ん中だよ真ん中。得点は7割位。

 

 

 「最高点が98点、平均点も例年より高い。さすがだな、今のAクラスは。」

 

 

 真嶋は本当に心の底からそう思った。今のAクラスは間違いなく優秀なのだ。クラス中に暖かな空気が流れる。

 

 

 「しかし、油断はしないようにな。今回の赤点は32点以下だが、本番に赤点をとったら退学になる。もっとも、お前らなら絶対に回避できるだろうが。」

 

 

 全ての締めと言わんばかりに、真嶋は地雷を残していった。クラスに緊張感が戻る。真嶋が退出すると、坂柳が暁子の席に近寄った。

 

 

 「やはり、予想通りでしたね。」

 

 

 「ああ、うん、そうだね。」

 

 

 暁子は内心ほっとしていた。自分の予想に自信がなかったからではない。隠された真実が表にでた今、“真実を知らない一般人”を演じる必要がなかったからだ。こういうのは結構負担が大きく、ミスもおこる。実際に小テスト中、オーストラリアの気候について説明せよという欄に「そもそもそんな国存在しないんですが」と書きたいのを必死に抑え、屈辱の嘘(暁子視点)を書かされたのは非常に堪えた。※暁子はオーストラリア大陸捏造説支持者。

 ともあれ、ひとまずは安心したのだが、中間テストも迫っている。

 

 

 「まぁ、後は中間テストだね。本番で赤点をとらないようにしないと。」

 

 

 「...ほぅ、そうですか。」

 

 

 坂柳は面白さを隠しきれていない瞳を暁子へ向けた。暁子は(有栖ちゃんっていっつも流し目向けてくるよね、やっぱりカッコいい女性を目指してるのかなぁ)と内心ほっこりした。(有栖ちゃん、身長伸びたらいいね。)とも。 確実に思惑がすれ違っている。

 

  

 (しかし、彼女はどうしてこうも実力を隠そうとするのでしょうか。派閥争いにもは興味無さそうです。最初に接触したときも、確証していたのにも関わらず“勘”と言って学校のシステムに気づいたことを誤魔化していましたし。)

 

 

 暁子が平均的な点数をとったり、赤点を視野にいれた話をしていることについて坂柳は不審に思っているようだ。第一印象の時点で自身の勘違いに気付いていないため、坂柳の考える暁子像は満点を取ってもおかしくない、現実と著しく解離した天才になっている。そして坂柳は最初の問いに対していくつかの推測を立てた。

 

 

 (平凡な学生を演じる理由、自身が平凡でありたい? 注目されることが嫌い?、それともこの学校に興味の一つももっていないのでしょうか?)

 

 

 残念。どれも外れである。正解は 「そもそも暁子はそんなに天才じゃない。」である。もうここまでくれば頓着の類いだ。しかも坂柳は、自分の頭脳、人をみる目に圧倒的自信をもっているためなおタチが悪い。

 

 

 (ともあれ、まだ深く詮索する時間ではない。)

 

 

 足踏みするな坂柳!どいつもこいつも詮索を躊躇ったり必要ないと足蹴にしてしまうから、勘違いは加速していくのだ。

 

 そしてここで、暁子が余計な一言を差し込む。

 

 

 「しかし、これからどんな試験があるんだろうね。体育祭とかさ、私苦手だよ。」

 

 

 坂柳に電流が走る。体育祭が試験とは。坂柳にとってこれは盲点だった。坂柳が暁子にぞっこん過ぎて、暁子への推測に脳のリソースの大半を注ぎ込んでいた、というのもあるのだろう。

 しかし、そもそも運動はおろか、足が不自由であるものの常に頂上に立っていた彼女だ。運動神経は見られて来なかった分、やはり坂柳は人を知能レベルで判断する悪癖がある。

 現代人はよく学力だけで人を評価しがちだが、例えば足の早さも、料理の腕も、裁縫の上手さだって十分評価に値する技能なのだ。この学校で運動神経が具体的な評価の対象であっても何らおかしくない。この学校は“実力”でものを視るのだから。

 

 ....もっとも、暁子の考えは上記には関係ないのだが。

 

 

 

 (やっぱり、いかに奴隷として役立つかだよね!)

 

 

 こんな感嘆符をつけながら考える内容ではないだろうが、一旦暁子の考えを整理しよう。

 まずは1話の復習になるが、暁子は、この学校の実力主義なシステムは、将来行われる世界統一政府による人類の選別及び削減に関する実験の一つだと考えている。そこでは、だいたい10 億人程度の選ばれしものだけが残され、余った人口分は削減されるとされる。暁子はこの陰謀論を信じているのだ。

 加えて、今回新たに説明するのは人口削減後の世界についてである。ここでは、少数のユダヤ系資本家が残された人類を奴隷のように働かせる。そして今回の重要なポイント。奴隷に必要なのは運動能力と従順さである。人は存外か弱い生物のため、過酷な労働環境では死ぬ人も表れてくる。だからこその体力などを含めた運動能力が必要になってくるのだ。と暁子は考える。

 ちなみに従順さがいわゆる学力である。暁子にとっての学力とは、いかに支配者が都合のいいように創り出す間違った知識に隷属しているかどうか、なのだ。

 

 こうしてみると、なかなか暁子は過酷な世界(※暁子の脳内に限り)にすんでいるようだ。

 そして、前述の通り、暁子に人をみな様々な分野について褒め称える思想なんてない。あるのは存在しないなにかへの勝手な恐怖と、気付かない人々(実際には正常な人々)への勝手な哀れみだけである。

 

 とにかく、こうした、天文学的レベルの遠回りをした結果、“体育祭も試験”という推測が立ったわけだ。

 

 

 当然、こんな思考回路があるなど坂柳が考えることは不可能である。まぁ...坂柳じゃわからないか、この領域(レベル)の話は。※逆チート

 

 坂柳一人でも、体育祭が評価の対象になり得るくらい考え付いただろう。ただ、ともかく今回もまた坂柳は暁子に先を越されたわけだ。

 

 

 「ふふっ、あはははっ! やっぱり面白いですね、暁子さんは!」

 

 

 「?、喜んでくれて何よりだよ、有栖ちゃん。」

 (なんか喜んでる...?まぁいっか。)

 

 

 坂柳は珍しく、クラスメイトが今まで聞いたこともないくらい大きな声で笑った。そして暁子もまた、坂柳に笑顔で答える。周りのクラスメイト達は、坂柳の今までに聞いたことのない喜色満面な声に振り返させられると、その異常な光景に固まり、固唾を飲んで二人のやり取りを見つめた。

 

 なお、周りには、自分達では理解不能なほどの強者同士のやり取りにしか映らなかったのだが、とんでもなく大きなすれ違いが残った、その実滑稽なやり取りだったということには、だれも気付けなかったのである。

 

 

 

 



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6

 

 体育の始め、全員が運動場に向かって教室を出た頃、最後に教室を出ようとした女子のもとに坂柳はやって来て、周りに誰もいないのを確認してから、声をかけた。

 

 

 「山田さん?少しいいですか。」

 

 

 「あぁ、坂柳さん?どうかされました?」

 

 

 「言い値で構いませんので、昼休憩の時間、食堂で先輩方から過去問2年分を買ってきてください。」

 

 

 「...了解しました。」

 

 

 「そして、ちゃんと小声(・・・)で...。お願いしますね。」

 

 

本番のテスト二週間前、坂柳は早速過去問の存在に気づいた。真嶋がさらりと放った“赤点を絶対回避できる”という旨、坂柳にはこの発言の趣旨がわかったらしい。

 そして、坂柳派の中でも目立たないモブ系の女子を指名し、ちゃんと他クラスや葛城派、そして暁子に知られないように小声という条件をつけて過去問を買いにいかせた。橋本や神室に行かせなかったのは二人が葛城派にマークされているから、そして暁子とある程度仲の良い人達だから。つまり、会話を聞かれることを考慮してだ。当然、今は二人を除いてここにはだれもいない。

 

 

 (こればっかりは暁子さんには譲らせません。それに、今日の昼休憩には“生徒会の仕事がある。”と暁子さんからそれとなく聞き出しました。この交渉がばれることはないでしょう。)

 

 

 昼に生徒会の仕事がある場合、食事は生徒会室で摂ることになっている。当然暁子が昼食だろう惣菜パンを買って来ていたのも確認済みだ。彼女が嘘でもついていない限り、彼女は食堂には来ないはずだ。

 

 

 

 

 

 

 綿密に念入りに、保険に保険をかけて計画は実行に移される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 暁子は食堂にいた。(無慈悲)

 

 

 いや、暁子が嘘をついたわけではない。確かに彼女はいま、生徒会の仕事をしているのだ。もっとも、彼女の仕事とは食堂の使用状況の調査なのだが。

 

 

 (おっ、あれは先輩と...Aクラスの子じゃん。)

 

 

 そして不運にも、目立たない山田(前述のモブ)は目をつけられた。それはなぜか。彼女が接触している先輩は“生徒会”の先輩なのだ。当然、暁子と面識のある。

 そしてそんな生徒会は、生徒会長が暁子からナチ扱いを受けているのもあって、暁子からはとんでもない陰謀の坩堝たる組織だと誤解されている。

 

 さて、そんな生徒会の一員とAクラスの女子が小声(・・・)で話しているのだが...

 

 

 (なにを企んでやがる!)

 

 

 不運に不運を重ね、坂柳の策略は裏目にでた。目立たないよう、時間を指定して行ったのが、全て逆に暁子に気付かれる要因となった。

 

 暁子はなるべく気配を消して、二人の声に耳をすませた。

 

 

 「・・・それで...・・・譲って・・・ますか...」

 

 

 「・・・うん、過去問は送ったから・・・」

 

 

 「・・・わかりました。ありがと・・・ざいます...」

 

 

 (なんだ、過去問を貰ってたんだ、心配して損したじゃん。)

 

 

 哀れ坂柳。バッチリと聞かれた。理解された。失敗した。暁子は過去問の存在なんてミジンコの触手ほども考えていなかったのに。

 

 ただし、山田の名前を暁子は知らない。彼女に「えっと、名前知らないけど過去問を融通してくれないかな。」というわけにもいかないので、暁子は少し過去問を欲しいと思ったものの、次の仕事もあってこの場は諦めた。

 

 しかし昼休憩後、暁子は例の女子が坂柳に「例の物はメールで送りました。あわせて12万ppです。」と声をかけている場面を目撃することになる。なるほど、確かに頭の良い有栖ちゃんなら過去問の存在に気付けるかも、と暁子は考え、例の物とは過去問の事だろう。と目星をつけた

 

 そして帰り際、坂柳に話しかける。

 

 

 「有栖ちゃんって過去問持ってるよね?  ポイントは払うからさ、私にも売ってくれないかな? おねがいっ!」

 

 

 「えっえっ...え?何で知って...!?」

 

 

 

 坂柳は恐怖した。

 

 

 

 

 



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7

 

 坂柳が自分と山田に盗聴器発見器をかざしながら首をかしげている間、葛城派では会議が行われていた。

 

 

 「坂柳はリーダーをするには危険、彼女の思想は急進的すぎる。ただ、それはわかっているんだ。問題は関野、彼女の行動が今まで全く読めていない。」

 

 

 葛城は腕を組み、目をつぶりながらそう放った。

 

 

 「坂柳がプライベートポイントの秘匿されたシステムに気づいたとき、少なくとも彼女はクラス闘争の可能性に言及していた。」

 

 

 プライベートポイントの真実に関しては、坂柳に先を越されただけで葛城自身も実は気付いていた。しかし、暁子が気付いていたという、クラス闘争の件については一切思い付かなかった。

 

 「そして、今最も謎なのは、彼女が何をもってこのAクラスの闘争に一切関わっていないかだ。」

 

 

 間違いなく、暁子にはAクラスのリーダーをするに足りる能力がある。しかし、彼女はリーダーになろうとしていない。更に、どちらの派閥に属する事すらしていない。もし彼女がいずれかの派閥に入れば、これまでの誰よりも厚待遇を受けることができるだろう。

 それでも、現に彼女はこの派閥争いから距離をとっているのだ。

 

 

 「彼女の性格は社交的で穏和、さらに真面目だ。生徒会の勧誘を断らなかったことを鑑みるに、面倒くさくて争いに参加しないという訳ではなさそうだ。」

 

 

 まさか暁子がクラス内闘争に気付いていないという大前提があるなど、彼ら彼女らは知らないだろう。もし疑って指摘するやつがいても、そいつはAクラスに似合わぬ馬鹿としてきっと一蹴りされる。

 

 

 「ともかく、今はまだ危ない。様子を見てからだ、行動に移すのは。」

 

 

 やはり葛城派でも同様、彼女の本当(・・・)には気付けていないようだ...

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「あれだろ、ベーコンだ!」

 

 

 暁子が生徒会が生徒会の仕事で図書館を見回っていたとき、どこからともなくそんな声が聞こえてきた。

 話を聞く限り、定期考査について勉強しているらしいが、高校で習う“ベーコン”と言えばロジャー=ベーコンかフランシス=ベーコンだろう。

 ちなみにどちらかで、暁子の陰謀論者スイッチが入る。

  

 

 「ちげぇよ、フランシス=ベーコンだろ」

 

 

 フランシス=ベーコン。 エリザベス一世期の政治家で、大法官や国爾尚書を勤めたことのある大物だ。しかし、失脚する事も多く、かの有名なロンドン塔に幽閉されたこともある。そんな彼は、世界では西洋近代思想で重要な役割を果たす経験論の祖であるということで有名だ。あと鶏に雪を詰めてたら風邪引いて死んだということも有名。

 

 

 しかし、暁子にとって彼にはもっと語られるべき事がある。

 

 

 (フランシス=ベーコン! 薔薇十字団の一人にして、フリーメーソン黎明期に大きな影響を与えた会員!!)

 

 

 残念かおめでとうなのかは分からないが、どうやらアタリを引いたらしい。見事に暁子の陰謀論者スイッチは押された。

 このままでは暁子の無差別深読みが発動してしまう...という大局、騒ぎが起きた。

 

 

 「ケンカ売ってんのか!!!」

 

 

 揉め事が起きているらしい。見ると、叫んだのは赤髪の不良っぽい見た目をした生徒のようだ。声から察するに、さっきベーコンについて会話していた者の一人のようだ。そして対峙しているのはヘラヘラした男子生徒数人。あと角度の都合で顔は見えないが、黒髪の女子生徒が赤髪をなだめているように見える。

 

 

 何はともあれ、生徒会員の前で騒ぎが起きている。暁子には調停するという義務が発生するのだ。

 

 

 「あの...お静かに...」

 

 

 存外暁子は臆病だった。思ったより情けない声だった。しかし、実際には効果があったらしい。

 

 

 「っ...!? おい、いくぞ」

 

 

 「は、何でだよ。」

 

 

 「みろよ、腕章...」

 

 

 暁子はいま、腕に「巡回中 生徒会」と書かれた腕章をしていた。男子生徒数人はどうやら争いを続けるのは悪手だと考えたらしい。

 

 

 「は!? おい、逃げんのかよ!」

 

 

 最も、赤髪は生徒会とか言う肩書きは気にしていなかったが。

 

 

 「うるせぇな! テスト範囲もろくに知らないDクラスなんかに構ってる暇ねぇんだよ!」

 

 

 そう言い残すと、男子数人は図書室を出ていった。再び沈黙が戻る。

 

 

 「...なんなんだよ、あいつら...」

 

 

 「おいまて、あいつらテスト範囲がわかってないって言ったか。」

 

 

 「えっと...そうだね。」

 

 

 騒ぎは治まったらしいが、赤髪は怒りの矛先をぶつけかねている。そうしていると、茶髪の死んだ魚の目の男子が疑問を口にした。戸惑いつつも言葉を返したのは金髪の...こいつは暁子も知っていた。入学早々Aクラスに突撃してきて、みんなの興味とメルアドを奪っていったコミュ力最強の大泥棒、名前は、確か櫛田だっけ...?

 暁子が自分の記憶に確証できず、陰謀論者スイッチが押されたままなのもあって、電磁波攻撃のせいで記憶力が低下しているのか...?と考えを飛躍させていると、茶髪が黒髪に声をかけた。

 

 

 「どう思う堀北。」

 

 

 この声に暁子の思考は中断された。「堀北」と確かに聞こえたからである。

 

 

 (堀北って...まさか...)

 

 

 「そうね...」

 

 

 堀北が綾小路を見ると、暁子に横顔が見えた。切れ目で真面目そうな顔をした女子だった。

 

 

 (ああ!、君!、完全に生徒会長の妹だね!?)

 

 

 まさか、あのナチの妹が同じ学年にいたなんて。暁子は取り乱した。さっきから暁子の思考はしっちゃかめっちゃかだ。

 

 

 「あっ、そこの君、暁子ちゃんだよね!」

 

 

 「あっ、うん」

 

 

 「えっと、覚えてくれてるかな、櫛田 桔梗だよ。こっちが綾小路君と堀北さん。あとこっちは須藤君と池君、山内君ね。」

 

 

 櫛田の声で暁子は一旦平常運転に戻る。櫛田によるAクラス襲撃事件のとき、もちろん暁子も櫛田に認知された。

 櫛田は自分クラスの仲間達を紹介したあと、暁子に訊いた。

 

 

 「このテスト範囲ってさ、違ってるかな。」

 

 

 「...これ、変更前のじゃないかな。」

 

 

 暁子がみたのは変更前のテスト範囲だった。少し前に定期テストについて配布されたテスト範囲が訂正されたのだが、Dクラスの皆はそれを知らなかったらしい。櫛田の顔が困惑している。

 

 

 「ちょっと茶柱先生のところまでいくわよ。」

 

 

 「おお、そうだな。済まない。迷惑をかけてしまって。」

 

 

 考え終わったのか、ナチの妹(勘違い)がそういうといきなり席を立った。綾小路が同意し、暁子に詫びをいれて後に続く。暁子は無意識に機敏に堀北へ道を開けた。

 

 

 「ごめんね、邪魔して。生徒会の仕事頑張ってね。」

 

 

 櫛田が胸の前で手を合わして申し訳なさそうな顔で謝る。すると彼女の「生徒会」という言葉に堀北が反応した。やはり妹なのか...と暁子は絶望した。

 しかし堀北は、暁子の顔を少しだけ窺った後、また歩みを進めた。他の一行もそのままゾロゾロと図書館を出ていき、妹の件について衝撃を受けたままの暁子だけが取り残された。

 

 結局Dクラスは、喧嘩っ早さとナチの妹の存在を見せつけて去っていったのだ。

 

 

 (Dクラスは危険!!)

 

 

 暁子は脳内メモにそう書き残した。

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 「ねぇ関野さん、さっきは止めてくれてありがとうね。」

 

 

 暁子がDクラスに極力関わらないという意思を胸に秘め、いざ生徒会の仕事に戻ろうとすると、後ろで誰かが肩を叩いてきた。

 

 

 「私は一之瀬帆波。Bクラスだよ、よろしくね。」

 

 

 「あっ、私の名前を知って....?」

 

 

 暁子の肩を叩いたのは、その善人オーラを隠しきれていない女子だった。

 

 

 「うんっ知ってるよ。実は私、定期考査が終わったら生徒会に入ることになってるんだ。まぁ、一度断られたんだけどね。」

 

 

 「あっ、そうなんだ!」

 

 

 暁子は喜んだ。これまでになく喜んだ。こんな善人(第一印象)が、ナチの巣窟たる生徒会に一緒にいてくれるなんて。なんと心強いか。

 

 

 「ねっねっ! これから仲良くしよう!あ、私の名前は暁子でいいよ!」

 

 

 「にゃはは、そんなに喜んで貰えると照れるなぁ...、私も帆波でいいよ。」

 

 

 「うんっ! よろしくね帆波ちゃん!」

 

 

 

 

 

 その日の夕方、仲良くなった暁子と帆波は一緒に帰った。寮の窓から、それを坂柳が見つけるのだが、後にBクラスのリーダー格である一之瀬だと判明すると、またしても彼女の手の早さに坂柳は戦慄するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 




 坂柳単体ばかり戦慄させているのは、周りに知れると坂柳の存在が霞んでパワーバランスが崩れて変なことになっちゃうからです。


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8

 前回の誤字等指摘された方、本当にありがとうございました。


 

 定期テストが終わって数日、暁子は生徒会に呼び出されていた。

 テストについては坂柳による過去問の配布や、そもそもAクラスの人間は優秀ということもあって、特段問題なく終わった。

 呼び出されたのは、それからまもなくの放課後。暁子が生徒会室へ向かっていると、金髪の男とすれ違う。

 

 

 「やぁ、暁子ちゃん。」

 

 

 彼の名は南雲 雅。高度育成高等学校随一のヤ○チンである。(ネタバレ) 

 生徒会では副会長を務め、学校中の女子生徒をマッチポンプ上等のやり口で手中に収めつつも、2年での絶大な影響力を背景に彼に立ち向かう者はいない。

 

 

 (よくよく見るとなかなか可愛いんだよな、こいつ。)

 

 

 南雲はその爽やか系イケメンの顔の下に下衆な思考を隠し、暁子を今日も狙っている。ところであることを思い出した南雲は、暁子に話を振る。

 

 

 「そういえば、1年で暴力事件があったらしいよ。暁子ちゃんも気をつけてね。」

 

 

 「へぇ、初耳です。私も今日堀北会長に呼び出されたんですが、もしかしたらこの事かも知れませんね。」

 

 

 たわいもないやり取り。しかし南雲は暁子の態度に感心する。初耳という割には全くたじろいでいない。女子に暴力事件が同じ学年で起こったと言えば、普通は僅かでも恐れを顔に表すのが常だからだ。生徒会に初めて来たときは、あんなに怯えていたのに。

 

 

 「では、私も気をつけて行って来ます。」

 

 

 そういうと暁子は生徒会室に向かった。南雲は暁子が全く動じなかったのは、一体肝が据わっているのか、それとも彼女はどこかでこういうことに馴れたのか、と思考を巡らす。

 ともあれ、気の強い女は嫌いではない。ヤ○チンは、無意識に自分の唇を舌で湿らせていた。 

 

 ちなみに、暁子が動じないのには訳がある。もちろん暁子の目前で事件が起きる分には彼女は怯えるだろうが、あくまで聞いた程度の話ならば、彼女の盲信する人口削減計画とか、そちらの方が数千倍怖い。それらに比べれば、暴力事件のひとつやふたつ可愛いものである。

 なんなら彼女にとっては、暴力事件とかより生徒会の方が怖い。

 

 

 「暁子です。」

 

 

 生徒会室の前に立つと、暁子はノックしながらそういった。開けると、正面に堀北が座り、橘ががファイルを胸の前で抱えながら側に立っていた。

 

 ちなみに今の暁子は橘の“部下”という扱いである。この“部下”とは、教育係、いわゆる直属の先輩、後輩みたいなものであって、例えば南雲と橘が同時に暁子に異なる指示を出した場合、橘の指示が優先される。そういうシステムが皆から部下と言われているだけだ。

 

 

 「今日呼んだのは、一年で暴力事件が起きたからだ。」

 

 

 堀北がそういうと、橘がおもむろに写真を机の上に出した。暁子には見覚えがある顔がいた。

 

 

 「これ、須藤くんでしたっけ。」

 

 

 「ほぅ、知っているのか。」

 

 

 提示された写真に写っていたのはDクラスの須藤だった。この間、暁子が仲裁にはいった騒ぎを起こしていた赤髪の生徒である。

 

 しかし堀北はそんなことを報告されていないので、彼女が初コンタクトのときに、「困っているクラスの人を助けたい。」という意思を示していた事を思いだし、AクラスなのにDクラスの生徒を知っているということは、ちゃんと下級クラスを助けるために行動を起こしているのか、やはり俺の目に狂いはなかった。と思った。

 別に堀北の目に狂いがあった訳ではない。単純に暁子の仮面が一枚上手だった、というだけである。そりゃそうだ、真実を知ったものは消される、というのを本気で信じている暁子は、文字通り“死ぬ気”で頑張っているのだから。

 

 

 「それで、後日裁判を行うこととなる。詳しくはこの資料を。」

 

 

 資料を少し見ると、どうやら須藤が加害者らしい。被害を受けたのはCクラスの数人。双方の供述として、加害者の須藤は特別棟にCクラスに数人から呼び出され、喧嘩を売られ正当防衛。被害者側はただ一方的に殴られたと、意見は食い違っている。

 

 

 (どっちが正しいのかな...わかんないや。)

 

 

 

 暁子はあまり興味を持てなかったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 明くる日、裁判、もとい審議が開催された。

 

 部屋は高層にあった。木板が貼られた壁と大きなはめ殺しに囲まれて、U字型の巨大なミーティングテーブルが置かれてある。コンクリート打ちっぱなしでダクトが見えてるような教室からすると、高価で、解放感を感じさせる。

 もっとも、雰囲気は対照的に、緊迫感でいっぱいだったが。

 

 

 「これから、審議を開始する。」

 

 

 堀北学がそういうと、暁子が資料を配る。テーブルの上座に堀北学、左右後方に橘と暁子が控えている。入り口側にDクラスの茶柱先生、弁護の綾小路、堀北鈴音が並び、最後に被告の須藤が来る。向かいは坂上先生を筆頭にしてCクラスが並ぶ。

 

 両者の主張は様々だったが、被告の須藤はなかなかに態度が悪いようだ。暁子は須藤が嘘ついてんじゃないの? と蚊帳の外ながらもそう思っていた。

 

 

結局、審議は両者の意見が食い違ったまま、次回へ持ち越しとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「会長、次回の審議については...」

 

 

 「あぁ、その件に関してはもういい。」

 

 

 「え?」

 

 

 「Cクラスが訴えを取り下げた。」

 

 

 「え」

 

 

 一次の審議が終わって数日の二次審議会前日、生徒会室にて急にCクラスの訴えが取り下げられたことを伝えられた。

 暁子は戦慄した。

 

 

 (揉み消された!汚ない手を...)

 

 

 審議には弁護側に堀北鈴音がいた。言うまでもなく堀北学の妹である。暁子はCクラスに圧力がかかったと考えたらしい。上の組織が下の組織に圧力を加えるなど、暁子の脳内では日常茶飯事である。

 実際には綾小路の発想で、監視カメラのシステムを利用してCクラスをだまし訴えを取り下げさせたのだが、暁子はそんなこと知らない。

 

 それよりも重要なことが...と堀北は続ける。

 

 

 「あと、南雲の推薦で今日から新人が入ってくる。」

 

 

 ああ、帆波ちゃんのことか、と暁子は思考を一変する。それは嬉しいのだが、なぜか堀北の顔は優れない。

 

 

 「一之瀬という奴だが、お前とは面識があるそうじゃないか。当分はお前の部下という扱いにする、お前が面倒を見るんだ。頼めるか。」

 

 

 暁子は部下を手に入れた!

 

 当然これには訳がある。堀北は南雲の部下が増えるのを恐れて、生徒会の審査を厳しくしていたのは前に話した通りだが、南雲は可愛くて生徒会に入りたがっている一之瀬の存在を知ると、堀北に悟られないように外堀を埋めてから一之瀬を生徒会に推薦した。そうして南雲の部下候補の一人が増えてしまったのだ。

 しかし、ここで諦める堀北ではない。彼は自分の息がかかった暁子の部下に一之瀬を推薦した。暁子が一之瀬より早く生徒会に入ったのもあって、先輩、後輩の概念は既に出来上がっていた。南雲は既に部下を持っていたので、堀北は南雲に黙って一之瀬に暁子の部下になるように言った。

 

 その結果として、入学一学期目にして部下をもつという、異例な生徒会員が出来あがったのだ。

 

 

 そしてこれにより、Bクラスには自分たちのクラスの纏め役たる一之瀬の上司的存在として、一方AクラスにはBクラスのリーダー格を、生徒会という職務上のみではあるが、部下にした人間ということで、暁子は認識されることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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9

 二度連続で誤字を犯す注意散漫の鑑。本当に訂正ありがとうございます....


 

 夏休み、海上にて、豪華客船を丸々貸しきってバカンスが行われていた。夏休みも学校外にいけない生徒にとっては、この上ない楽しみなのである。

 客船の内部は豪華絢爛、美しいチークの床、マホガニーのカフェテリアにビアンコカララとシャンデリアの食堂、形も深さもさまざまな屋内プールに果てはレンガ張りのエステまで。この学校の生徒の多くがこれまで経験してこなかったような、楽園のような初経験だった。

 

 しかし、不幸にも暁子の初経験は船酔いだった。最新の減揺装置をもってしても、暁子には通じない。

 

 

 「うぅぼぁあ~」

 

 

 おおよそ女子高生の出していい声ではないが、ともかく暁子には船旅は辛いもののようだ。

 

 

 (しかし、こんな船を貸しきるとは...まさかタイタニック号沈没事故のように保険金が私たちにかけられていて...いて....ダメだ、思考が纏まらない。)

 

 

 お得意の深読みもできない、それほどまで暁子は苦しんでいた。今なら胃の中身も自分の真なる思想も全てゲロってしまうかもしれない。暁子はとりあえずベットで横になろうと、ロビーから客室に向かおうとする。

 

 しかし立ちふさがる壁がいた。葛城である。

 

 

 「...大丈夫か、関野。」

 

 

 良い漢の葛城は暁子が心配らしい。しかし、暁子にとってはタイミングが悪かったかもしれないが。

 

 

 「...大丈夫だよ。」

 

 

 「そ、そうか。まぁ、船が到着するまでの辛抱だ。現地に到着すれば、思う存分休めるだろう。」

 

 

 「...そんなわけないじゃん。」

 

 

 「...何だと?」

 

 

 「きっと、何かあるよ。絶対。」

 

 

 ほらゲロった。思わぬ葛城の配慮が邪魔だったこともあって、暁子は少々気が立っていた。加えて船酔いから来る思考の纏まらなさが、彼女がいつも気を付けている演技を忘れさせてしまったのだ。

 そして、実際何があるのかは暁子も知らない。しかし、陰謀論者は“何かある”前提で思考するのだ。陰謀論とは“裏に何かある”という意識から来るこじつけであり、それっぽい回答が思い付けば、それを真理として疑わなくなる。フリーメーソンとの関係があると決めつけてから、検索エンジンでひたすら血眼で自分の求める答えの要素を探す。実際そんなものである。

 

 暁子もまた例にもれなかった。しかし、彼女は今何も考えられる状態ではないので、“何かある”程度にしか言えない。全くもって論も何もないのだ。

 ただ、少々気が立っていた暁子の表情は硬いままだった。しかも、首を曲げるのすら億劫なのか、葛城を微塵も見ていない。しかし、葛城から見たその横顔は、これまでになく真面目な横顔に見えた(節穴)

 葛城は聞き返す。が、

 

 

 「関野、それはどういうこ...」

 

 

 「葛城さん! こんな女の言うことを気にする必要なんてないっすよ。どうせ疑い深い性なんですよ!」

 

 

 思わぬところで戸塚が邪魔に入った。戸塚には暁子の言葉なんてとるに足らない存在であったようだ。どうせ疑い深い性なだけだろ、と。

 

 そして、これまでで一番暁子の本性に迫った発言であった。戸塚は葛城、坂柳はおろか、堀北生徒会長すらも圧倒的上回って、暁子の真実に最も接近したのだ! 

 戸塚有能説がここにきて浮上する。

 

 

 「いや、だがな戸塚...」

 

 

 しかし、戸塚の名推理はいとも簡単にスルーされた。現代のダーウィンである。葛城は戸塚を一旦静かにさせると、再び暁子に話しかけようとした。が、暁子は既にどこかに行ってしまっていた。葛城の会話が戸塚にそれた瞬間、これ幸いと客室に逃げたのである。

 

 

 「...」

 

 

 葛城が言葉の遣り所を見失っていると、途端に船内放送が流れる。

 

 

 『生徒の皆様にお知らせします。お時間がありましたら、ぜひデッキにお集まりください。まもなく島が見えて参ります。暫くの間、非常に意義のある景色をご覧頂けるでしょう。』

 

 

 「意義のある...」

 

 

 やけに引っ掛かる言葉が、暁子の発言と共に脳内で廻る。そして、暁子の話を聞いていたのは葛城と戸塚だけではなかった。

 

 

 「ふぅん」

 

 

 葛城に劣らぬ体格の金髪の男、高円寺 六助が、何故か上裸の状態で少し機嫌良さそうにこちらを見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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10

 

 「これもですか...?」

 

 

 暁子が客室に入ってすぐ、船内放送が流れた。なんか外を見ろだのどうとの言ってはいたが、当然暁子はそんな余裕はないので、横になっていた。

 しばらく経つと再び放送が流れる。島に着いたので点呼を行うらしく、やっとこの苦痛から解放されると覚束ない足でデッキへ向かう。点呼が終わると、島に上陸する前に荷物検査が行われた。

 

 

 「これは...まぁどうだろう、ちょっと待て。」

 

 

 「あっはい。」

 

 

 暁子は荷物検査で引っ掛かっていた。理由は彼女のアルミニウム込みキャップである。島においてスマホや貴重品のような“必要ないもの”は持ち込めないのだが、熱射の下のこの島ではキャップは必要じゃないのか?そういう議論である。

 当たり前だが検査員の真嶋はアルミニウム込みなのは知らないし、まさか日光ではなく電磁波を防ぐためだとも知らない。

 

 

 「...、まあ、持ち込んで良いだろう。」

 

 

 端末でコンタクトをとっていたのか、あるいは何かを確認していたのかは分からないが、とりあえず暁子のキャップは持ち込みが許可された。

 

 

 

 「ありがとうございます。」

 

 

 暁子はそういうと髪を束ね、キャップを被った。黒髪のポニーテールに黒のキャップ、そして何より、そのキリッとした表情が暁子を格好よく魅せる。まだ船酔いから余裕さを得られていないだけだが。

 しかし、Aクラスの連中には見惚れる者もいたが、その表情にこの島への“警戒”が上がる者もいた。これまでにない暁子の表情が、“何かに臨む”姿に見えたのだ。

 

 

 「あっ、あと、このマスクは...」

 

 

 「...それは必要ないだろう。」

 

 

 アルミニウム込みマスクはダメだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 少し時間が経ち、全員島へと上陸したようだ。設置されていたアルミの指揮台に真嶋が乗り、スピーカーに声を乗せた。

 

 

 『これから、特別試験を始める。』

 

 

 一瞬にして場の空気が変わった。しかし、Aクラスのざわめきは目立って小さかった。暁子の「何かある」発言が、皆に広まったお陰だ。葛城は自分の派閥にだけ伝えたが、スパイがいたのだ。スパイの一人や二人、この学校では普通にいる。

 

 真嶋はざわめきを静めるほどの音量にて、試験の内容を伝えた。まずは基本ルール。

 

・無人島では一週間暮らすことになる。

・最初に300ポイントが与えられ、食料品や飲料、その他の娯楽品まで、全てポイントで購入できる。

・環境汚染行為は-20ポイントとなる。

・さまざまな都合による欠席者は、一人につき-30ポイントとなる。毎朝8時の点呼を欠席する場合、一人につき-5ポイント

・余ったポイントは次学期のクラスポイントに反映される。

 

 そして、クラス闘争についてのルールを説明する。

 

・リーダーが一人だけ設定できるが、試験終了まで正当な理由のないリーダーの変更は不可。

・リーダーの持つ“カードキー”によって、学校の指定したスポットを占領できる。ひとつのスポットにつき占領者は一クラスのみで、占領時1ポイントが得られる。スポットは占領したクラスのみ使えて、8時間ごとの占領の更新が必要。

・全クラスは試験終了時、他クラスのリーダを当てる権利がある。当てた人数一人につき+50p、はずした場合は-50p。当てられたクラスは-50pで占領時得られたポイントは没収される。

・他クラスえの暴力、略奪、器物破損行為に関しては、対象者自身のプライベートポイントを全て没収し、対象者の所属するクラスは失格となる。

・本試験のポイントは0を最低値とする。

 

 

『それでは、健闘を祈る。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 「今回は俺に指揮を務めさせてほしい。」

 

 

 真嶋の説明が終わると、開口一番葛城はそういった。特に反対意見はでなかった。今回は坂柳が身体の問題で欠席している。今現在リーダー格とされる者で居るのは葛城のみだ。

 

 

 「そして戸塚、リーダーのカードキーはお前に任せる。」

 

 

 「任せてください!」

 

 

 葛城と戸塚はリーダーを申請しに向かおうとする。そして今回、坂柳が不在なため、坂柳派の纏め役として橋本がくるのだが、

 

 

 「暁子、少し探索しよ。」

 

 

 「うん。」

 

 

 橋本は葛城派の失敗を望んでいる。そのため神室に、暁子を誘導して葛城に近づかせない、という任務を与えた。了承した神室は暁子を連れ出そうとする。しかし、その様子に目敏く気づいた葛城が、暁子を振り返って待ったをかける。

 

 

 「関野、今回の試験、どのクラスを注意すべきだと考える?」

 

 

 葛城は暁子に意見を聞いた。神室が小さく舌打ちする。無闇に暁子に頼っていては葛城派の面子はつぶれるだろうが、質問を抽象化することによって、“あくまでも聞くだけ”という体で体裁を保っている。

 その上の質問で、この答えにより葛城の戦略は大きく変わるのだが...

 

 

 「...Dクラスかな。」

 

 

 暁子が答えた一瞬、時が止まる。誰も予想だにしていなかった答えだ。

 

 

 「お前、適当言うなよ。葛城さん、こんなのに構ってる暇ないですって、行きますよ!」

 

 

 「お、おぅ...」

 

 

 さすがの葛城でも予想外すぎたのか、かなり戸惑っている。普段なら戸塚をいさめているのが、それしきも出来ない。

 

 ここで、両者の解釈の違いについて説明しよう。

 

 

 まず葛城は、クラス闘争において最も点をとる、つまり“今回の試験で最もAクラスに打ち勝つ可能性のあるクラス”として“危険なクラス”を尋ねた。Bクラスの団結力は他クラスも知るところだし、Cクラスは緻密な搦め手で他クラスを陥れようとした。したがってもともとDクラスなど眼中にないのだ。

 

 一方の暁子は少し違う、彼女にとって“危険”といったら“危険”なのだ。葛城は平和な世界に生きている故に、本当の“危険”を意識していない。それに比べて暁子は、陰謀論を前提に生きているので、自分の命すら日々気を付けているのだ。

 だから、彼女にとっての危険とは陰謀、暴力、殺害などになる。クラス闘争の勝ち負けなど“危険”に入らない。葛城とは生きている世界が違う。

 そういった意味で、暁子はDクラスを指名した。暴力事件をナチの妹がいとも簡単に揉み消すのだ(勘違い)。そういうことならDクラスはたしかに危険である。

 

 しかし、この勘違いは解消されず、皆不思議に思ったまま、葛城はリーダー申請へ、神室と暁子は探索に向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 「.....」

  

 

 適当に探索を終わらせた二人が戻ると、坂柳派の鬼頭が一人だけ残っていた。どうやら他は移動したらしく、知らせるために残っていたらしい。

 

 

 「えっ、残ってくれたんだ。ごめんね、ありがとう。」

 

 

 「...いや、いい。」

 

 

 暁子と神室は鬼頭につれられて、葛城が拠点としたらしい洞窟についた。そのあと、葛城がCクラスの龍園と契約を結んだということを橋本が伝えに来た。

 

 

 「ということなんだけど、暁子ちゃんはどう思うよ。」

 

 

 (リュウエンって誰?) 

 

 

 過去に龍園がAクラスに策を仕掛けたことがあった。しかし、このときは坂柳と葛城によって防がれたのだ。当然、どちらの派閥からも距離を置いていた暁子は知るよしもない。しかし、あの暁子ならこのぐらい知っているだろうと皆は思っている。

 

 実際には、彼女がわかる情報は、多分そいつがリュウ・エンという中国人らしいということのみ。(不正解)  

 暁子はそいつについて聞こうとしたが、坂柳派の皆がこちらを注目しているため、聞き出せなかった。なので曖昧なことしか答えられない。でも、中国人といえば暁子には譲れないものがある。

 

 

 「リュウ・エンね...あれだよね、胡散臭いよね。」

 (だって在日中国人の殆どは中共の工作員なんだから!) ※風評被害

 

 

 在日中国人の方に失礼のないようもう一度言うと、全くの風評被害である。

 

 

 「それで、これが契約の内容。言われたことを書き写しただけだから、一言一句同じと言う訳じゃないけどね。」

 

 

 更に橋本は契約内容の走り書きを手渡した。暁子は見るが、途中で面倒くさくなって読んでる振りだけで終わらせた。その時間20秒。

 

 

 「これ絶対穴あるよ!」

 (まぁ中共の手下だからね!)

 

 

 何度も言うが風評被害である。しかし橋本、たった20秒で全文を読み、すぐに結論付けた暁子に舌を巻く。

 

 

 「そうかぁ...」

 

 橋本は少し安心した。橋本的には葛城が失敗すればいいので、暁子にこう言われれば心強い。暁子はこの試験の存在すら気づけたのだから。

 しかし、橋本が気をきかせなかったので、もう暁子の龍園に対する印象は中共の工作員になってしまった。4対6でこの誤解はちょっと暁子の方が悪いが。

 

 

 ともあれ、最終日にこの予想は当たるか。橋本にとってはそれだけが見物なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 夕方、暁子は一人で海に出た。噂のリュウ・エンを確かめるのだ。しかし、よく考えれば暁子は橋本から“そいつは長髪で、バカンスするらしい”としか聞いていない。海にいればいいのだが...

 

 

 「おや...」

 

 

 「うわっ」

 

 

 しかし残念、暁子が遭遇したのは、金髪の筋肉隆々の男だった。半裸で海に浸かり、前髪をかきあげている。

 暁子が言葉に詰まっていると、金髪が話しかけてきた。

 

 

 「おやおやこれは、第六感ガールではないか。」

 

 

 「へっ?」

 

 

 第六感は暁子の信じるところだが、それとこれでは訳が違う。ヤバイやつにあってしまった。と、暁子は後悔する。

 しかし、ここで去るともっと酷いことになりそうなので、とりあえず名前を訊く。

 

 

 「えっと、お名前は...」

 

 

 「私は高円寺六助。高円寺コンツェルンの将来を担う者だ。」

 

 

 (高円寺コンツェルン!?)

 

 

 高円寺コンツェルンと言えば、今や日本の財界を牛耳る、誰でも驚く大物である。

 しかし、やはり暁子はその“誰でも”とは一味違う。

 

 

 (高円寺コンツェルン!! ユダヤの資本家にして、人口削減計画後の世界の管理者の一人!)

 

 

 これだよこれ。暁子にとっての資本家のイメージはこんなもんである。ちなみに、暁子は日ユ同祖論支持者なので、日本人とユダヤ人は大差ないことになっている。

 

 さて、人口削減計画の一翼を担う大悪人が暁子の目の前に!こうなったら暁子のとる行動はひとつ! それは...

 

 

 「それはそれは、本当に凄いことで....」

 

 

 ごますりである! 暁子は将来生き残るため、高円寺に媚を売った!

 しかし、高円寺は一筋縄には行かない。

 

 

 「そんなこと、百も承知だよ。」

 

 

 暁子渾身(笑)のごますりは軽くあしらわれた。暁子は悩む、が、これほどの自画自賛、無敵じゃないか。と彼を切り崩せないでいる。

 しかし、このまま考えても沈黙が増えるだけだ。暁子は話を振った。

 

 

 「えっと、こちらでは何をされて...」

 

 

 「なにを...か、自由を確かめていたんだよ。」

 

 

 「???」

 

 

 暁子は理解できなかった。しかし高円寺は説明してくれる。

 

 

 「例えば、私はいま、この試験を受けるつもりはない。この島を堪能したら、すぐにでも船に戻る。」

 

 

 高円寺は試験を放棄することを選んだ。そう説明した。

 

 

 「おそらく皆は私を咎めるだろうが...」

 

 なるほど、皆が咎めようとも自分の好きなように振る舞う。これが高円寺の言う“自由の確認”なのだ。

 が、ここで暁子の余計な一言が炸裂する。

 

 

 「あっ、意外とそういうの気にするんですね。」

 

 

 「気にする...?」

 

 

 一瞬で高円寺の目が変わる。暁子は不味いと思った。将来人々を奴隷とするような人間がこんな些細なことを気にするのか、と感嘆したのだが、振りかえれば皮肉にしか聞こえない。

 しかし、帰ってきたのは笑い声だった。

 

 

 「ハハッ! そうか、気にしているつもりはまるでなかったが、それならもともと言う必要すらないのか。」

 

 

 高円寺はそういうと、暁子に近づいた。

 

 

 「感謝するよ、第六感ガール。ここまで私を理解したのは君だけかもしれない。本当に、いま自由を確認できた。知らないうちに、気にしないで良いことを気にしていたようだ。」

 

 

 そういうと、いきなり高円寺は海に飛び込んでいった。綺麗なフォームだった。

 

 

 

 

 

 「褒められた...のか?」

 

 

 

 

 

 暁子は一人残された。褒められたのはそうだろうが、暁子は何故かちょっとそれを不名誉に感じた。

 

 

 



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11

 10話でとんでもないミスをしていたので訂正しました。誠にごめんなさい、、

 訂正前 「これ絶対裏切るね、履行されないよ。」 ✕

 訂正後 「これ絶対穴あるよ!」 ○

 あ、あと誤字報告ありがとうございます...




 

 夕方、契約どおりに龍園が物資を渡しに来た。契約の内容は、CクラスはAクラスにリーダーの情報と一週間分の物資を渡す。Aクラスの皆はCクラスに毎月2万ポイントをAクラスに払う。大まかにはこんなところだ。

 

 契約の履行を確認して龍園は帰る。が、その道中、橋本がやって来た。龍園は振り返る。

 

 

 「何か用か?」

 

 

 「俺は、」

 

 

 「知ってる。Aクラス坂柳派、橋本 正義だろ。」

 

 

 ほぉ、と橋本は感嘆した。情報が早い、既にAクラスの内部事情に精通していると見えた。ならば話も早い、と橋本は早速喋りだす。

 

 

 「じゃあわかってるな、うちの姫さんが葛城を落としたいってこと。それで早速提案だが、50万ppでAクラスの情報を買う気はないか。」

 

 

 橋本の提案はAクラスを裏切るものだ。だが、それでいい。今のクラスを率いているのは葛城なので、敵対する坂柳派はどうしても葛城をこの試験で陥れたいようだ。

 

 当然、龍園にもその意図はわかった。

 

 「ククッ、手間が省けて助かるな。ただ、失敗すればどうなる?」

 

 

 「50万ポイントは正解したあとでもらう。失敗すれば払う義務はない。」

 

 

 「ククッ、そうか。」

 

 

 そういうと、龍園は右手を差し出した。橋本がそれに応えて交渉は成立である。

 葛城を失脚させるため、橋本はCクラスに情報を売った。龍園もAクラスの対立は知っているから、安心して橋本の情報を買う。互いに損のない、完璧な契約であった。

 

 交渉は成立したので、あとは帰るだけ。しかし、そうさせなかったのは龍園だ。自らの顔を上げ、顎をゆっくりと撫で、少しずつ橋本に目線を合わせつつ、最初はゆっくりと、橋本に質問する。

 

 

 「にしても...Aクラスの黒幕に誰がいる(・・・・・・・・・・・)?」

 

 

 明らかに空気が変わった。橋本は表情に変わらない笑みをたたえたまま、質問の意図を探る。

 

 

 「どう言うことだ?」

 

 

 「とぼけんなよ、さっき葛城が俺の方を疑心暗鬼に見てたんだ。誰か何かを唆したんだろ。」

 

 

 あちゃー、と橋本には思い当たる節があった。もちろん暁子だ。

 龍園の契約を真っ先に否定したのは暁子である。場所には気を付けていたが、やはりどこかから暁子の疑念は漏れ出ていたらしい。

 

 しかし、橋本には言う選択肢はない。なぜなら....

 

 

 「お前が口をそうやってつぐむのは、そいつが坂柳派か、敵対したくない誰かってことだろ?」

 

 

 図星だ。橋本が望むのは強者につくこと、そしてその甘い蜜を吸うことだけである。どこぞのロリのように、強者を見つけたら挑みたいという好戦的な人物では決してない。

 橋本が微笑んだまま口を閉ざしていると、先にしびれを切らしたのは龍園だった。

 

 

 「まぁいい...こっちは俺の方でやるだけだ。じゃあな。」

 

 

 面倒くさいことになった、と橋本はため息をついた。

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・

 

 

 「ってことだよ。」

 

 

 橋本は、坂柳派の重役と暁子に経過を説明した。面々に暁子が含まれているのは、この試験で暁子に目的があった場合に利害が衝突してそのまま敵対ルートに入るのを防ぐためである。ちなみに...

 

 

 (え、なにそれ、怖い。)

 

 

 暁子は今、Aクラスの派閥争いを知った。記録は3ヶ月と少し、逆RTA大成功である。

 

 そしてもうひとつ、暁子が参加させられた理由は、龍園が暁子のことを探っているということを伝えるためである。龍園について暁子に訊いたとき、暁子は龍園を“胡散臭い”と表現した。良い感情を持っていないのは確かである。そんな奴が、今回は茶々をいれてきそうだ。

 それを以て、橋本はいま暁子に近づいている。派閥に入らせなくとも、今回共闘が可能ではないかと考えた。

  

 

 「暁子ちゃん、さっき言った通りだけどさ、龍園が探ってるんだよ。それでさ、こっちに協力してくれれば、こっちも手を貸すよ。」

 

 

 尤もな提案。坂柳派にとって暁子は味方に付けたい頭脳(笑)だし、暁子はとってもすごい脳(笑)を持っていても使える手が少ない。両者の利益は重なっている。

 さて、暁子はどう答えるか。

 

 

 (え、なんで探られてんの!)

 

 

 おっと、それどころではないようで、暁子は押し寄せる情報をいまいち処理できずにいた。初めてクラス内闘争を知り、よくわからない中共の手下には探られている(誤解)。

 しかし、探られているなら隠れたいのが暁子。答えなんてもともと一つしかない。そうしてやっと、暁子は答える。

 

 

 「お願いします...」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「伊吹、金田、そして石崎。」

 

 

 ところ変わって浜辺、夜中に龍園が3人を前に話している。しかし、3人の体にはあざ、腫れが見受けられた。

 

 

 「あとは金田の作戦通りだ。伊吹から順にD、B、Aに潜り込め。」

 

 

 金田の作戦とは、暴力による痕を残しつつ、他クラスに 『虐められたよー。ぴえん。』 と同情を誘いながら保護を受ける。そうしてクラスに侵入し、リーダーなどの情報を盗む。トロイの木馬~同情Ver~である。

 

 

 「伊吹と金田、必ずリーダーを探し当てろ。いいな? そして石崎、お前はAクラスの(・・・)を探れ。」

 

 

 「「「はい。」」」

 

 

 橋本の予想通り、Cクラスは確かに介入してきた。3者は無線機を持ち、それぞれ山の中へ入る。無線機を持ったまま、龍園はしばらくその森を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 今回は前書きみたいなものです。


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12

 暁子が暁子なりに頑張る回part 1


 

 一報は葛城からだった。

 

 

 「新しく迎える奴がいる。」

 

 

 秘密裏に坂柳派×暁子戦線が誕生し、坂柳派が喜びに湧いた次の日だった。

 

 

 「石崎君だ。Cクラスであったが、龍園に反抗したところ暴力を受けて、居場所がなくなったとのことだ。」

 

 

 そういう葛城は苦虫を噛み潰したような顔だった。自分が組んだ生徒が平々と暴力を振るう人間だったのだ。これは信用に関わる大問題である。しかし、良い漢の葛城は弱いものを見捨てられない。

 

 

 「石崎っす、よろしくお願いします。」

 

 

 よそよそしい態度で石崎は挨拶した。クラスの皆が疑わしい目で彼を見る。が、

 

 

 「安心しろ、既に荷物検査もした。外部とも連絡できないだろう。」

 

 

 クラスの皆はその言葉に安心した。所持品がなにもないなど、実質軟禁である。また、本当に暴力を受けた痕が残っているので、はじめから強く疑う人間もあまりいなかったのだ。

 

 暁子を除いて。

 

 

 (いや、絶対スパイでしょ!!)

 

 

 暁子から疑い深さを取ったら、それはただのちょっと有能なJKである。

 

 

 (MKウルトラ計画の洗脳薬を知らないのか!)

 

 

 陰謀論者として、暁子は一度疑わしいとして噛みつけば、スッポン並みに離さない。MKウルトラ計画は多くが謎のままだが、実際に行われていたと認められている分、余計にたちが悪い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・

 

 「ふぅ」

 

 

 茂みの奥で、石崎は一息ついた。方々には「釣りをする。」といって出ていき、茂みのなかに隠した無線機を手に入れた。

 

 

 「龍園さん、聞こえますか...」

 

 

 『...あぁ、石崎か、潜入したか。』

 

 

 「はい、成功です。」

 

 

 『そうか、予定どおりだ。お前は俺の指示に従え。まずはAクラスと馴染むところからだ。しくじったら承知しねぇぞ。』

 

 

 「はい、わかりました。」

 

 

 『じゃあな。』

 

 

 「はい。」

 

 

 そういうと石崎は無線機の電源を切り、タオルでくるんでカバンに入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 「ごめん、葛城くん、すこしいいかな?」

 

 

 「おう、関野か、どうした。」

 

 

 一方、暁子は葛城に声をかけていた。葛城は半裸でたくましいその筋肉をみせつけていた。更に背中には弓を担ぎ、ほぼケンタウロスである。

 暁子は少し調子悪そうに眉を落とし、葛城に頼む。

 ちなみに、全て演技だ。

 

 

 「お腹痛いんだ、痛み止めを頼めないかな。」

 

 

 「...わかった。無理はするなよ。」

 

 

 暁子の演技が効いたのだろう、早速葛城は痛み止めを取りに行った。この前も言った通り、生活必需品も含めてすべての資源が葛城派に管理されている。しかし、これは暁子にとっても、坂柳派にとっても悪いことだけではない。

 

 この痛み止めも、言うなれば保険である。更に葛城に取らせることに意味がある。

 

 

 

 (私の情報、中共には渡させない。)

 

 

 

 

 

 追い詰められた陰謀論者、暁子は本気である。彼女にとってこれは“クラス闘争”ではない。本気で龍園が中共の手下だと思っている暁子は、龍園に死ぬ気で挑むだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

 「暁子ちゃんは、葛城の味方だけはしてほしくねぇんだ。」

 

 

 橋本の話は簡単だった。葛城の失敗は橋本の裏工作でほぼ確実となった。あとはそれを見守るだけ。

 

 つまり、暁子は葛城の味方さえしなければほとんどの自由行動を許されている。

 暁子は痛み止めをもらうと、トイレにいく振りをして森に入った。

 

 

 「あった...」

 

 

 しばらく奥に行って暁子が見つけたのは、オニドコロというツル植物、今ごろは下垂の花が咲いているはずだったので見つけやすかった。珍しくもない、日本の北から南までどこにでもいる植物だ。暁子はツルを伝って、根っこを掘り出す。出てきたのは、親指程度の芋だった。

 

 

 そして、普通の自然薯も見つけ、キャンプに持ち帰る。

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 ワイワイ騒ぐAクラス。Cクラスからの食料をもとに、豪勢なキャンプが行われている。そんな中、石崎だけはよそよそしかった。

 

 

 「石崎くん!こっちおいでよ!」

 

 

 そんな中、声をかけたのは暁子だった。近くには神室、橋本、鬼頭といった坂柳派の3人が集まっている。石崎は、素直に彼女らの元へ行った。

 ここでの坂柳派と葛城派はお互い距離を取っているのもあって、食事も派閥ごとに摂っている。

 

 

 「いやぁ、災難だったね。」

 

 

 「いやいや、まぁ、大丈夫だよ。」

 

 

 暁子と石崎が会話に花を咲かせる。すると、暁子は横のテーブルからなにか皿を出した。皿の上には、小さなお好み焼きのようなものがのっている。

 

 

 「自然薯があったんだよね。石で擦って、トロロにしたのを鉄板で焼いたんだ。」

 

 

 いわゆるとろろ焼きだ。暁子はソースをかけると、石崎に食わせた。

 

 

 「おぉ、めっちゃ旨い!」

 

 

 「気に入ってくれて何よりだよ。」

 

 

 暁子は微笑む。石崎は気に入ったようだった。その後も色々と食べ進めている。

 

 しかし、石崎は途中でお腹を押さえはじめた。箸を皿におくと、おもむろに立ち上がる。

 

 

 「すまん、ちょっと腹痛くなってきた。」

 

 

 そういうと石崎はお腹を押さえたまま、そそくさとその場を出ていく。残ったのは暁子と3人だけ。

 橋本が口を開く。

 

 

 「なぁ、暁子ちゃん。一体何入れたんだ...?」

 

 

 「...どうゆうこと?」

 

 

 橋本は立ち上がった。

 

 「いやいや、暁子ちゃんが食わせた奴、俺には食うなって言ってたじゃん! しかも、なんか違う芋入れてなかったか!?」

 

 

 「...そうだったっけ。」

 

 

 「いや...」

 

 

 橋本は食い下がりたい気分だったが、下手につつくと何が出てくるかわからないので、さすがに死ぬようなヤバい奴ではないだろうと暁子の良心を信じて詮索をやめた。

 

 

 「あ、ちょっと席を外すね。」

 

 

 なにかを忘れたのか、暁子はそういうと、洞窟に入っていった。

 

 

 

 

 

 ※オニドコロとは、日本の各地に生息する、毒を含んだ芋を根にもつツル科の植物である。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 (どこかな...)

 

 

 BBQはまだ始まったばかり、洞窟の中はもぬけの殻だった。暁子は記憶をたよりに、石崎のリュックを探す。

 

 

 (これか...あった。)

 

 

 暁子が見つけたのはリュックと、中に入っていたのは無線機だった。荷物検査をしたといえども、どこかに隠して後から取れば意味はない。

 Aクラスの皆がここまで疑わなかったのは、龍園の異常(・・・)な戦略を見破れなかったことだ。わざわざ暴力の痕を残してスパイをさせるなど、普通は映画の話ぐらいでしか見ない。

 

 しかし、暁子は違った。暁子は“空想”と“現実”の見分けがつかない。むしろ、“空想”の方を真実として認識しがちですらある。そんな暁子だから、この作戦の異常性(・・・・・)も抵抗なく視野にいれることができたのだ。陰謀論者は、周りが馬鹿にする程度のことを信じたいのだ。

 

 

 「なるほど、アナログ無線機か...」

 

 

 暁子は周波数を確認した。アナログ無線機にはアルゴリズムも秘話コードもないので、周波数だけわかれば傍受は可能だ。この無人島は亜熱帯で大きな木々などが多いため、障害物に強いアナログの方が使用されるだろう、暁子はそう踏んでいた。

 

 勘違いしてはならないのが、暁子は普通にこういう物事には詳しい。確かに電波を洗脳電磁波と決めつける辺り、そういう根本的な科学的事象は多くの誤認識を含むものの、単純な無線機の仕組みくらいならどうとでも知っている。

 

 何せ陰謀論者にとって、無線機のようなアングラな用途のある機械は十分学習の対象だ。

 

 

 (そういや、無線機は物資の中にあったよな。)

 

 

 無線機は迷子に便利なので、葛城もCクラスに要求はしていた。なので物資の中にあるはずだ。これは勝った。傍聴できるぞと、暁子が早すぎる勝鬨を内心で上げていると、不意に暁子の後ろから光が差し込む。

 

 

 「ここは男子が使っている領域だ。何をしている、関野。」

 

 

 葛城だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 陰謀論者ってことを除けば優秀なんですよ、暁子は...


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13

 

 「何をしている。」

 

 

 石崎の腹を下させて荷物を物色する暁子。しかし、その様子は葛城に感づかれてしまう。あまりにも想定外...だと思ったのだが、

 

 

 「あぁ、石崎くんがお腹痛いんだって。それでさ、昼にもらった痛み止め、余った分を石崎くんにあげてたから、それをね。」

 

 

 「何で石崎にあげていた?」

 

 

 「ストレスとかたまったら、胃痛とかなっちゃうでしょ。」

 

 

 暁子はしっかりと言い訳を用意していた。わざわざ昼に痛み止めをもらったのはこのためだ。

 忘れているかもしれないが、もともと暁子のスペックは高い。そこに、命をかけるほどの慎重さを持っている。

 

 

 「わかった、そういうことなら。」

 

 

 「あ、あとさ、無線機をもらえないかな?今日ちょっと迷子になりかけて、念のために持っておきたいんだ。」

 

 

 「わかった、手配しておく。」

 

 

 そう言い残すと葛城は去った。暁子の回避能力の強さが、ここに来て証明される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 「それで、まずはどうすれば?」

 

 

 『とりあえずは、クラスに馴染め。それから積極的に手伝いをして好感度をあげろ。』

 

 

 深夜、石崎は一人起き、洞窟の外に出た。暁子はその気配を察知すると、石崎の無線機から盗み見た周波数に、葛城からの無線機を合わせ、傍聴する。

 

 

 『だがな...』

 

 

 (やべ、音でか!)

 

 

 しかし、音量調整をしていなかった。

 

 

 「う~ん、なに...?」

 

 

 「ひえっ」

 

 

 皆を起こしてしまったか、と暁子は身構えたが、幸いにも起きたのは隣の神室だけだった。神室は目を擦ると、薄暗い中に暁子が何かを手にしていることに気づいた。

 

 

 『...だから....を...』

 

 

 その“何か”からは微細な音声が出ていた。しかしその声は、神室も聞いたことのある声で、

 

 

 (え、暁子盗聴してんの? 盗聴器なんて買えないはずだけど?)

 

 

 

 

 神室はドン引きした。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・

 

 

 『おまえは頭が悪いんだから、俺に従え。まず、』

 

 

 まずい、と暁子は思った。神室にばれたことではない。それに関しては神室に目線を送り、黙らせた。実際、もともと共闘関係を結んでいるのだから、その筋でいくらでも言い訳はできる。若干引かれた視線を感じるが。

 

 暁子が本当にまずいと思ったのは、Cクラスの“何者か”による石崎への指示である。明らかに探りを入れてきているのが分かるのだ。しかも的確な采配だと判断できるほどの指示。このままでは暴かれかねない。

 

 

 (まぁ、いくらでもやりようはあるか。)

 

 

 

 暁子もまだ、全力ではないのだが。

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 「くぉおおおおおー!」

 

 

 数日後、石崎はトイレで暴れていた。お腹が痛すぎる。

 

 

 (これ絶対あのお好み焼きモドキのせいだよな!? )

 

 

 久しぶりにお好み焼きモドキが出て来て石崎はそれを食ったのだが、あの日と同様、腹を下した。もちろん暁子の策略である。哀れ石崎。

 

 

 当然、この時暁子は洞窟に入り、石崎の無線機を操作した。ちょっと周波数を変えてやれば、もう繋がらない。これで石崎は指示を受けられなくなった。

 

 

 『おい... チッ、寝やがったか。』

 

 

 夜中、龍園は非常にいらつきながら無線機にずっと毒を吐いていたとか。

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「なので、Dクラスのリーダーは堀北です。」

 

 

 数日後、Dクラスへのスパイ、伊吹は龍園に報告を済ませた。なんやかんやあって伊吹は堀北が持っていたカードキーを手にいれ、こうしてDクラスのリーダーを特定したのだ。

 

 

 「ククッ、上出来だ。」

 

 

 これには龍園も大満足である。しかし、少しして彼の様子が変わった。

 

 

 「それでな、伊吹。お前にもう一つ任務をやってもらう... 今、Aクラスにいるはずの石崎と音信不通だ。」

 

 

 龍園の瞳に鋭い光が走る。伊吹は思わず息を飲んだ。

 

 

 「何かの策に引っ掛かりでもしたかもしんねえ。だがな、それだけじゃ俺は下がんねぇんだよ。」

 

 

 誰に言い聞かせているのか。対面の伊吹か、Aクラスか、はたまた自分にか。龍園に諦めるつもりなど全くない。

 

 

 

 「自分は石崎と同じ被害者だって言って、石崎と接触しろ。俺が遠目から確認したが、石崎は外に出てたり軟禁されているようすは無かった。無線機が壊されてるかもしれない。石崎にお前の無線機をやってから、リタイアしろ。」

 

 

 「...はい。」

 

 

 

 

 

 まだ続く。

 

 

 

 




 暁子を簡単には勝たせないんだよなぁ...


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14

 もうそろそろ無人島試験も終わるはず....

 そして毎度、誤字報告ありがとうございます!


 

 「あの...」

 

 暁子が石崎の無線機をいじって数日後、石崎のクラスメイトで同じく龍園の被害者であるという、伊吹が接触してきた。

 

 

 「少しだけ、二人きりで石崎と話をさせてほしい。」

 

 

 「...わかった。」

 

 

 「葛城さん!」

 

 

 伊吹は葛城に要求した。それを受け入れた葛城は、戸塚の抗議をものともしなかった。石崎は伊吹と共に洞窟を出ていった。

 

 

 「いいんですか。あんなこと許可して。」

 

 

 「...」

 

 

 葛城は黙ったままだった。見破れなかった龍園の闇が、ここにきてやっと姿を表してきたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 「はい、これ。」

 

 

 伊吹は無線機を石崎にわたすと、石崎の無線機を回収してそのまま帰ろうとする。

 数十分後、龍園から無線がかかる。

 

 

 『よぉ、石崎。』

 

 

 「すんません、龍園さん!」

 

 

 『お前...してやられたな(・・・・・・・・・・・)。』

 

 

 「え...」

 

 

 石崎は龍園の怒号に身構えていたが、返ってきたのは愉快そうな声色と、意味深な言葉だった。

 

 

 『お前の無線機はこっちで確認した。周波数がいじられてやがる。』

 

 

 さすが龍園。今時無線機の周波数なんて知っている高校一年生は、大型店舗でアルバイトしたことある人ぐらいだろう。しかし、龍園はこの道に詳しかったようで、すぐに見抜いた。

 

 

 『それで、周波数がばれてんなら音声も傍聴されただろうな。安心しろ、こいつの周波数は前のとは違う。ともかくだ、こいつの周波数がばれちゃしょうがねぇ。肌身離さず持っとけ。』

 

 

 「は、はい。」

 

 

 石崎には何がなんだか分からなかったが、龍園の指示には忠実であろうと心にとどめた。

 

 

 「でも、無線機があるってことはばれてるんですよね。これ壊されたら意味なくないですか?」

 

 

 『いや、そんなことはねぇ、むしろ、壊されてほしいぐらいだよ(・・・・・・・・・・・・・・)。』

 

 

 「え?」

 

 

 『いや、いい。それとこの周波数は覚えておけよ。』

 

 

 そういうと龍園は最後に、以前に石崎と通話していた無線機に声を吹き込んだ。

 

 

 「おい、お前の正体、暴いてやるからな。」

 

 

 そう傍聴犯に言い残し、龍園は電源を切った。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、傍聴犯の暁子は...

 

 

 「はーい!8ぎり!」

 

 

 「ちょっと暁子ちゃん、そりゃねえぜ!」

 

 

 無線機の電源すらいれずに、大富豪に興じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「え、Cクラスのやつが?」

 

 

 大貧民に落ちぶれ、次はポーカーと息巻いていた橋本は中立派を演じているスパイ、山田から情報を得た。

 

 

 「はい、伊吹という名前ですが、石崎と接触した後、二人きりで話していたとか。」

 

 

 「ふむ、だってよ、暁子ちゃん。」

 

 

 (...ふーん、無線機のこともばれたかもしれないね。)

 

 

 暁子は冷静に考えた。最悪の事態を想定して、石崎が周波数の存在を認知したこと、傍聴がばれたかもしれないこと、正常な無線機になっている、もしくは新しく得ていると、いかなるパターンでも対処可能な方法を考える。

 

 最も、今一番やらせてならないのは、Cクラスから石崎への指示である。

 

 

 

 (肌身離さず持つように指示されてるかもしれない。)

 

 

 

 常に最悪を想定して動くのは、暁子の得意分野だ。

 

 

 「ちょっとその伊吹さんとやらに会ってくるね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「君が伊吹さん?」

 

 

 「そうだけど、何?」

 

 

 「私、関野暁子。よろしくね!」

 

 

 「...」

 

 

 数分後、暁子は伊吹と接触した。伊吹は暁子の自己紹介に怪訝な顔をする。その様子に、どうやら自分はまだ目をつけられていなさそうだと安心する。

 

 

 「よろしくって言ったって、私はもう帰るから。リタイアするの。」

 

 

 「なんで石崎くんはリタイアしないんだろ?」

 

 

 「ッ...知らない、そんなの。」

 

 

 「ふーん。」

 

 

 伊吹の返答にすかさず疑問をぶち込む暁子、その様子から察した。もし、石崎と伊吹の話し合いが被害者同士の馴れ合いなら、伊吹は自身のリタイアも含めて話すはず。しかし、伊吹は少しだけ動揺しつつ、「知らない」といった。

 

 つまり、この話し合いには馴れ合い以上の“ナニか”があるのだ

 

 

 「とどめて悪かったね。あ、これ、お土産に持っていってよ。」

 

 

 「え、いらない。」

 

 

 「そんなこと言わずにさー、ほらほら!」

 

 

 それはそうとして、ちょっと冷たくあしらわれて傷ついた暁子は、在庫処理もかねて自然薯せんべい(オニドコロ入り)をプレゼントしてあげた。石崎は二度目の腹痛以来、暁子を警戒して受け取ってくれなくなった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・

 

石崎side

 

 「川に遊びに行こう!」

 

 

 Aクラスの女、関野暁子が、俺を見つけた途端声をかけた。

 

 

 「おお、いいねぇ。」

 

 

 「わかった。」

 

 

 近くにいた、橋本、神室という生徒も同意する。鬼頭とか言うやつは無言だったが、水着が入っているのだろうバッグをもたされていた。

 

 

 「あぁ、いいぜ。」

 

 

 Aクラスの奴らはみんな真面目で息がつまりそうだ。ちょうど良い気分転換になるだろう。おっと、そういや、龍園さんから無線機を肌身離さず隠し持つように言われたな...

 

 

 あれ、水着でどうやって隠し持てばいいんだ?

 

 

 まぁいいや、リュックにいれて、目の届くところにおいておけばいいか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・

 

 「ほぉーら、石崎!」

 

 

 「ちょ、やめろって、」

 

 

 「おぉー、のり悪いな、神室、鬼頭、加勢しろ!」

 

 

 「え、ちょ待てって、え!?」

 

 

 そして石崎は現在、橋本に水をかけられていた。普通は女同士のキャッキャウフフな様かも知れないが、男二人である。

 更にそこに神室、鬼頭が加わり、石崎は顔面に集中攻撃を食らう。

 

 そしてもちろん。これは暁子の戦略である。暁子は事前に打ち合わせていた。

 

 

 (よし、今のうち。)

 

 

 暁子は石崎が目を開けないでいる間に、石崎のリュックから無線機を見つけ出した。そしてちょこっと、改造を加えた。石崎よ、目が届けばと妥協してはダメなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「くそっ、繋がらない...」

 

 

 「周波数はあってるのに...」

 

 

 「なんでだよ...」

 

 

 夜中、無線機を操作しながらイラついている石崎がいたとか。

 

 

 

 




 
~自然薯せんべい(オニドコロ入り)の作り方~

 1 まずは冷えたご飯を用意します。

 2 醤油で味付けをし、ご飯をパラパラの状態にします。

 3 油をしいた鉄板の上にできるだけ薄く敷き、とろろにした自然薯を薄く掛けます。

 4 少量のオニドコロを加えます。

 5 飯盒など底の平たい金属製の調理器具を熱して油を塗り、プレスします。

 6 恨みのある人間に与えます。




 本当は伊吹には腹痛攻撃を仕掛けない予定でしたが、みんな伊吹の腹を壊したいようだったので壊しました(無慈悲)


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15

  

 「結果発表を行う。」

 

 楽園のような豪華客船から降ろされて一週間、全クラスの生徒が真嶋の前に集まった。Cクラスだけは石崎、龍園だけだったが。

 

 

 「すんません、龍園さん。二度も...」

 

 

 「...チッ、まぁいい。」

 

 

 結局龍園は、葛城に口を出した者を特定できなかった。二度の妨害によって、石崎はろくに行動を起こせなかったのである。

 しかし、それはそうとして特別試験自体には自信があるらしい。石崎の謝罪を軽く流し、真嶋をみる。

 

 そうして真嶋は口を開くのだった。

 

 

 「まずは最下位...0ポイント、Cクラス。」

 

 

 「は?」

 

 

 ここで龍園、あまりの期待はずれに顔を硬直させる。とてつもないアホ面にDクラスの例の赤ゴリラが爆笑しながら煽り立てるも、それすら心に入らない。

 しかし、龍園を残して発表は続く。

 

 

 「そして3位、Aクラス。」

 

 

 「え。」

 

 

 今度は、全クラスに一瞬でどよめきが走った。葛城は目を見開き、他クラスの皆も驚いた表情を浮かべる。坂柳派は裏工作など素知らぬ顔で野次を飛ばす。

 

 

 「葛城ー!どう言うことだ!」

 

 

 「俺はお前を信用して任せたんだぞ!」(嘘)

 

 

 葛城は状況を飲み込めたのだろう。固く唇を結んだきり、下を向いた。

 

 

 「そして2位、Bクラス。そして1位はDクラス。以上だ。」

 

 

 真嶋が言い終わった瞬間、Dクラスで歓声が爆発した。その声は他クラスの連中の鼓膜を大きく揺らしたわけだが、みなそれを気に留めずに呆然としている。まさかあのDクラスが1位とは...

 

 

 (なるほど、こりゃあすげえな。)

 

 

 しかし、様子が違う者もいた。Aクラスの連中である。

 

 

 (暁子ちゃんが最も危険と言っていたDクラスが1位。この最も危険という推察、予言なのか、推理なのか...)

 

 

 橋本は薄く笑ったまま、うなじを伝う冷や汗を感じ取った。ちなみにこの推察は予言でも推理でもなく、暁子の勘違いによる結果である。

 

 

 (いや、俺たちには解らねえ思考回路から導き出した答えだろう。)

 

 

 部分的に正解である。確かに暁子の思考回路を理解できる人間は多分この学校にいない。

 

 

 (恐ろしいな。)

 

 

 「以上で終了する。」

 

 

 ざわめきが静まらぬ中、真嶋が終わりを告げる。

 

 しかし、一人が大きく手を上げた。

 

 

 

 「Aクラスを訴える。」

 

 

 待ったをかけたのは、龍園だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「...説明を願う。」

 

 

 ざわつく生徒を一瞬で鎮めた龍園。真嶋の言葉に返すように、黒い物体を見せつけるように掲げる。

 紛れもない、無線機だ。

 

 

 「こいつをAクラスは破壊したはずだ。この試験の前日に説明されてたよな。“他クラスの器物破損”は失格だって。」

 

 

 龍園が笑った。薄汚れた格好に似合わない、不敵な顔だ。そこにすかさず石崎が援護にはいる。

 

 

 「そ、そうなんすよ!持ってた無線機が二度も繋がらなかったんです!」

 

 

 石崎は教師陣に訴えた。しかし、その言葉に一番反応したのは葛城だった。

 

 

 「なに...どういうことだ?」

 

 

 葛城は厳しい目を龍園に向けた。

 

 

 「ククッ、まぁいい、俺らはお前ら全クラスにスパイを送ったんだよ。伊吹、金田、そして石崎だ。」

 

 

 その言葉には葛城のみならず、皆が驚いた。さらに、石崎がなぜ無線機を持っていたかについても察したのだろう。

 

 

 「石崎にはスパイ用の無線機を渡した。だが、ある時間から使えなくなった。一回目は夜、周波数が変えられていた。そして二度目は昼だ。」

 

 

 そういうと、龍園は電源をつけた。

 

 

 「画面は映る。通信はできないが電池切れではない。そして、裏面のネジが少しだけ潰れていた。きっとドライバーが手に入らなかったから、小さなナイフでネジを開けたのだろう。」

 

 

 「つまり、明らかに改造されてんだ。」

 

 

 Aクラスの皆が息を呑んだ。最下位の悪あがきではない、非常に論理的な根拠に基づく訴えだ。

 

 

 「少し調べさせてもらう。」

 

 

 真嶋が龍園から無線を回収した。ドライバーでふたを開けると、

 

 

 「なんだこれは...」

 

 

 基盤、コード、プラスチックカバーの裏にある金属製のアンテナまで、全てがアルミホイルで包まれていた。

 

 

 「成る程、アルミホイルで電波を遮断したのですね。」

 

 

 Cクラスの悪徳教師、坂上がすかさず解析した。さらに付け加える。

 

 

 「法学的な解釈なら(・・・・・・・・)、改造も器物破損の範疇です。Aクラスの皆さん、これを改造した犯人は誰ですか?」

 

 

 すごく良い顔をしながら坂上は訊いた。回りくどくもない、正面からの問いだ。

 

 

 「こんなのお前らの仕業だろ、坂柳派!」

 

 

 戸塚がキレる。さらに葛城も発言する。

 

 

 「俺は断じて、自分の仲間たちにはこんなことをしろとは言っていない。橋本、坂柳に何か言われたんじゃないのか。」

 

 

 教師陣やら他クラスを放っておいたまま、Aクラス内に論争がまきおこる。しかし、葛城の一声で、坂柳派は圧倒的に不利になった。嘘をつかないことだけは、葛城は皆に信用されていたのだ。

 

 しかし、思わぬ形で形勢は逆転する。

 

 

 「いやいや、それはねぇよ、絶対に」

 

 

 「...なぜそう言える、橋本。」

 

 

 「だってさ、そういう物資はお前らが保管してたんだろ(・・・・・・・・・)。」

 

 

 「...ッ!」

 

 

 「アルミホイルなんて俺らはもらってねぇだろ。お前らしか手に入れられねぇんだよ。」

 

 

 「...そうだな。」

 

 

 アルミホイルは便利なもので、キャンプなどでは蓋にしたり、ホイルの包み焼きもできる。しかし橋本が指摘したように、これらの物資は葛城派が厳重に保管していた。理由は前に述べたとおり、坂柳派からの妨害を恐れてだ。

 

 

 「つまり、アルミで加工した奴らは、お前らのなかにいる。」

 

 

 橋本は前髪をかきあげて、その人差し指を反りたたせるぐらいにぴんと張り、葛城を指差した。葛城は目をつむって険しい顔をしている。しかし、

 

 

 「...おい、改造した奴は正直に手を上げてくれ。」

 

 

 「葛城さん!?」

 

 

 葛城は結局、その矛先を自分の仲間に向けた。戸塚が叫ぶ。実質的に葛城派の過失であると認めたようなものだ。橋本は薄く笑った。

 

 ただその一方で、実は橋本は犯人を知っているのだ。ただし、すべてのトリックは分かってはいないが。

 

 

 (しかし、暁子ちゃんはどこにアルミホイルを隠し持ってたんだ?)

 

 

 皆思いもしないだろう。まさか暁子が陰謀論者で、常に帽子にアルミホイルを忍ばせている(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)など。

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・

 

 

 「誰もいないのか...?」

 

 

 気のせいか、今の葛城は少し小さく見えた。原因は自分の大きすぎる失態か、誰も名乗りを上げないことに対する失望か。

 

 まぁ、実際に改造したのは暁子なので、葛城派のなかにいるわけ無いのだが。

 

 

 「そんなことは後にしようぜ。」

 

 

 そこに急遽、龍園が言葉をねじ込んできた。

 

 

 「この無線機は改造された。つまり器物破損、お前らは失格だ。」

 

 

 ニヤリと龍園が笑う。

 

 

 「そういうことなら、結果が変わりますね。では...」

 

 

 坂上が端末を操作した。そして、操作を終える、瞬間。誰かが坂上の声を遮る。

 

 

 「待ってください。異議があります、先生。」

 

 

 暁子だ。坂上が不審な目を向ける。

 

 

 「なんでしょうか?」

 

 

 「この無線機への処置は、器物破損に当たらないのではないのですか。」

 

 

 「そんなことはありません。れっきとした器物破損です。」

 

 

 坂上は無駄な議論だとばかりに首を振った。目に嘲笑の色が浮かぶ。

 

 

 (生徒会員といえど、所詮はこの程度のディベートしかできないようですね。)

 

 

 「良いですか、関野さん。器物破損とは法学的には改造も含み、ここでの改造には、何かしらを加えて元の状態から遠ざけるという意味を含むのですよ。」

 

 

 嘲笑いながら、わざと子供に言い聞かせるような口調で暁子に反論する。しかし、

 

 

 「先程から法学、法学とおっしゃられていますが、私達は未成年ですよ?それなら私達未成年の責任能力から考えなければならないはずですが。」

 

 

 「...」

 

 

 「少年法の適応者であれば、無知ゆえの責任能力の欠如も議題に上げなければなりません。仮に器物破損という注意に対して改造までを認識できていなければ、無罪として扱われてもおかしくないでしょう。そして、私達は高校一年生なので、むしろ知らない方が自然ですらありますよね。」

 

 

 刑法において、違法性の認識と犯罪の成立は関係ないとされているが、実際には事情を汲んで無罪になった例もある。そして、暁子の主張は、“知らないものはしょうがない。だって、未成年だもの。(あきこ)” というものである。

 

 

 「ッ...」

 

 

 (ふっ、かつて日々レスバに勤しんでいた私に、勝てる道理なんて無いよね。)

 

 

 実際には詰めの甘い論ではあるし、法学士ならばいくらでもこの主張に反論できただろう。しかし、坂上は一介の数学教師である。なにも反論できないようだ。

 それに対し暁子は、元来のスペックの高さに加え、日々5ちゃん○るの国際情勢板でレスバに勤しんだ過去がある。迅速なレスが求められる5ちゃん○るにおいて、何人もの健常者を葬ってきた実力者なのだ。

 

 

 「...確かに、一概に断罪はできないだろう。こちらの説明にも不備はあった。今回は不問にする。」

  

 

 「...チッ。」

 

 

 龍園が悪態を着くが、真嶋は無視して壇上をおりた。残ったのは二度の敗北を喫したCクラスと、蚊帳の外だった他クラス。不祥事を犯した上に暁子にケツ拭きをさせた葛城派(濡れ衣)と、葛城に厳しい視線を送りつつも内心めっちゃ喜んでいる坂柳派だった。

 

 

 



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