FE転生 レフカンディの侯子 (レフカンディのエテ侯)
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レフカンディの侯子

先日完結したトラキア二次を読んでFE熱が再発したので発作的に書きだしました。


 アカネイア五大貴族の一つレフカンディ侯カルタスには自慢の孫がいる。

 

 掌中の珠たる末の娘――その溺愛のほどは他家へ嫁に出さずに婿を取らせて実家に住まわせている事実から察して欲しい――が産んだ男子である。その時点で愛さずにはおられないのに、この孫ときたら眉目秀麗で頭脳明晰、音楽や詩文の方面でも光るものが見受けられる。なにより性状温和で少しく控えめな所があるが、そんなところもいじらしく思われるのだ。

 この子はきっと王国の歴史に名前を刻む傑物になるに違いない。

 そんなことを常々吹聴している。

 聞かされる人間はたまったものじゃないだろう。なにせその未来の大偉人というのは、今年でようやく五歳になったばかりの幼児なのだから。

 とんだ爺馬鹿である。

 王家の次に尊い、五大貴族の当主が言う事を否定できる人間は多くない。侯爵がそう言うならば、侯子は神童、万能の天才なのだ。やることなすこと皆が褒め称える。

 これは歪む。アカネイア貴族なんて人間のクズがデフォだが(偏見)、このまま育てばそんなクズの中でも飛びぬけた勘違いクズが産まれるところだった。

 

「仮に歪まず育ったとしても、ドルーア帝国に族滅されるんだけどね」

 

 これが絶望の未来か。助けてマルス仮面さま!

 

 くっそう。なんでよりにもよって王朝の命数が尽きた時期のアカネイア貴族なんかに生まれ変わってしまったんだ。それもお家騒動とかいうしょうもない理由で動けなかったレフカンディとかラング以下じゃん。

 

 時にアカネイア歴595年。

 ドルーアにて地竜メディウスが復活する二年前の事である。

 

 

 三年が経過した。

 つまりボクが前世の記憶を思い出してから三年経ったと言うことだが、今年ついにドルーア帝国が再興された。

 どれほど原作知識なる物が全部自分の妄想であってくれれば良いのにと願ったことか。

 記憶の中の年表通りになるならば、再来年、暗黒戦争が勃発する。そしてさらに二年後には――つまり598年現在から見て四年後の602年ということだが――アカネイア王国が滅亡する。

 戦争の到来自体は薄々と誰もが察していたが、同時に誰もが甘い見通しで行動していた。

 軍人たちは武功を得る好機と逸り、神官たちは化外の地の蛮族など神聖なる王軍の威光の前に鎧袖一触と勇ましいことを言っている。

 貴族と豪商の間で目下評判となっているのは戦後切り取った土地でどう儲けるかという皮算用。百年前に一度負けたことをどう考えているのか問い質したくなるほどの楽観論が蔓延っている。

 実際に矢面に立ち血を流すのは藩屏たるアリティアとグラの両騎士団だが、彼らが報いられることはないだろう。

 そんなんだからグラの国王も裏切るんだ。

 そんなこともないか。アリティア憎しで凝り固まったアレ、作中屈指の暗君だったっけ。

 ともあれ、開戦からわずか二年で王国が滅びるとは誰も思っていなかった。

 ボクも口にはしなかった。

 臆病な子供が縁起でもないことを言っているだけだとしか思われなかっただろうし、詳しく語るならば、メニディ、ディール両侯の戦死やラングらの裏切りにまで踏み込まざるを得ない以上、彼らの不興を買うだけだろう。

 なにより祖父からの信頼を失う恐れがある。お家騒動に揺れるレフカンディは何もできませんでした。言えるわけがない。

 長年温めて来た計画を実行に移す前にそうなったらとても困る。

 と言う訳で。

 明くる599年。

 九歳になったボクは、始まりの地、タリス王国を訪れていた。

 今から更に追加で五年後のアカネイア歴604年。この島国タリスから英雄王マルスは兵を起こすことになる。

 ボクの計画は単純だ。タリス王家とやがて亡命してくるマルス王子と親交を深め、彼が蜂起する際に資金や物資の援助をする。

 つまりスポンサーだ。

 顧みられることもない辺境ゆえに安全なタリス王国で(ガルダの海賊のことは考えないものとする)、暗黒戦争と英雄戦争の両戦役をやり過ごす。

 完璧な計画だ。

 

 

 タリスに居を移してから三年後。

 アリティアから王族が亡命して来たという話を聞いたボクは、ついにこの時が来たのだなと感慨深く思いながら、タリス王宮に登城した。

 物見高い廷臣や豪族たちの間を縫って、謁見の間まで歩を進める。

 どうやら、ちょうど良い頃合いに間に合ったらしい。

 玉座から立ち上がったタリス王モスティンが、友邦アリティアからはるばる落ち延びて来た貴人の手を取り、その身を襲った災難と長旅の労とを慰撫していた。

 ここまでは良い。感動的な場面だ。

 

「噓でしょ」

 

 目の前が真っ白になった。

 問題なのは彼女が、そう彼女だ、明らかに女性である。彼女が王子ではなく王女だということだ。そして十四歳には見えない。もう三つか四つは上だろう。

 

 悲報。マルス王子ではなく姉のエリス王女が落ち延びて来た。



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飛んで行く

 少し時計の針を巻き戻そう。

 ああ。この表現もこの世界では通じないんだよなあ。機械式の時計がないので。こういう所でちょくちょく元の世界を思い出してしまってダメージを受けるんだ。まあ良いや。話を戻そう。

 

 ボクがタリスに行くと言い出した時の話だ。

 家中、蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。

 想像してみて欲しい。日本の東京で生まれ育った小学生(低学年)が、突然、南極に行ってそこでペンギンと暮らすんだと言い出したような物である。発展途上国ですらない。それくらいタリス島は秘境と思われている。

 祖父には散々反対されたが、説き伏せる成算はあった。

 と言うのもボクの存在がお家騒動の種だったからだ。

 母が末っ子であることは以前に語った。その息子であるボクも継承からは遠い存在である。順当に行けば母の長兄、祖父の嫡男である伯父へとレフカンディ家の家督は引き継がれる事になる。

 当然のことだ。しかし、そうは考えなかった者もいる。

 現当主カルタスが見せる末姫とその息子への度を越した寵愛が一門内の非主流派に誤った希望を抱かせた。ボクを担ぎ上げて実権を得ようと画策する者たちが現れた。

 まさかレフカンディのお家騒動の原因が自分だとは思いも寄らなかったな。もっとも、ボクも母もゲーム中には一切登場しないので、事実この通りなのか、ボクたちがいなくても別の名目で起きていたのかは定かではない。

 まあ、後者だとは思うが、都合が良いので利用させてもらった。

 

「お爺様と離れて暮らすのは心細く寂しいですが、このままではボクの存在がお家を割ることになってしまいます。お爺様やお婆様、母様の身に何かあったらと思うと、我が身が引き裂かれてしまいそうです。王都を、いいえ王国を離れることをお許しください」

 

 涙ながらに訴えかける。なんていじらしい子供だろうか。

 気分は悲劇俳優である。それとも喜劇だろうか。

 警戒しているのが伯父とその派閥の暴走ではなく、ドルーア帝国とグルニアの黒騎士カミュ将軍だという違いこそあるが、家族の身を案じる気持ち自体は嘘ではないので、我ながら真に迫った物だったと思う。

 実際、この行動によってお家騒動が沈静化し、レフカンディ家の領軍が対帝国戦に専念できるようにならないかと期待する気持ちもあった。

 祖父もこのままではまずいと考えてはいたのだろう。

 最後には渋々とではあったが受け入れた。

 

 てこずったのは母の説得である。

 

「どうしてアナタがそんなテニスとかいうよく分からない人外魔境の辺土に送られなければならないの」

「タリスです。母様」

「どっちでもいいわよ。化外の蛮地の名前なんて」

 

 心の底から理解できないという表情で言われた。今生の別れとなってもおかしくないのだから、母の言い分が全面的に正しい。ボクだって前の人生で幼い子供が家の都合でそんな目に合えば憤って児童相談所に通報しただろう。

 

「悪いのは一部の不心得な家臣どもでしょう。お父様とお兄様に叱っていただきましょう」

 

 それで済んだらお家騒動は起きないんですよ母様。蝶よ花よとこの世の悪意から隔離されて育てられた彼女には、下剋上や骨肉の争いという概念が欠如していた。

 祖父と同じ理屈で言いくるめるのは不可能。

 それなら手口を変えるまでだ。

 

「母様、本当はボク、アドラ1世に従って国土を平定した御先祖様や、神剣を求めて試練に挑んだ勇者アンリのような冒険がしてみたいんです」

「あら。そうなの」

「はいっ! そうなんです。えへへ。お爺様には秘密ですよ」

「あらあら。まあまあ」

 

 まだまだ子供ねと言いたげな視線を向けられる。

 そうともボクは英雄に憧れる男の子。

 羞恥心は投げ捨てる物。子供の武器を活用することに躊躇いはないぞ。

 

「知っていますか母様。タリスという島はほんの二十年前まで蛮族たちが群雄割拠する未開の土地だったって」

「そうなの? なんて野蛮なのかしら」

 

 母は震えあがった。彼女の頭の中では食人部族が闊歩する禍々しい空想のタリス島が描出されているに違いない。きっとますますもって行かせられないと思っているだろう。

 

「二十年前まではです。とある部族にモスティンという若者が現れて、またたく内に乱れた島を統一して、今の平和なタリス王国を築き上げたのです。どうですか、規模こそ違えどまるでアドラ王のようではありませんか」

「そう言われると。なんだか凄く思えて来るわねえ」

 

 よしっ! 夢見がちな彼女にはこの手が効くと思ったんだ。

 

「でも、それとこれとは話が別じゃないかしら」

 

 さすがに誤魔化されてはくれなかったかあ。でも最初の取り付く島もない状況からは軟化した。

 

「ボクはそんな現代を生ける英雄たるモスティン王にお会いしてみたいのです」

 

 問答の末、移住の条件として、母もついてくることになった。

 これを認めるか否かでまたしても祖父と母の間ですったもんだとあったのだが、最終的に、祖父が折れたとだけ言っておく。

 

 

 

 

 タリスに向かう許しは得たが、では今から出発しますねとは行かない。

 事前に使者を派遣して、お互いに長々とした美辞麗句を交えた書簡の遣り取りを繰り返した後、ようやく動き出せる。

 まずアカネイアの貴族がいきなり三桁からなる騎士や兵士、使用人の一団を引き連れて島に上陸したら、侵略に来たと勘違いされかねない。

 

「タリス攻めかあ。正直、可能っちゃ可能そうなんだよなあ」

 

 あの規模の海賊団にあわや占領されかけた国だ。その気になればボクら母子に付けられる護衛の戦力だけで容易に平らげられる。無血開城すら可能かもしれない。

 レフカンディ家の侯子という立場から見ればそれも悪くはないのだが、マルス王子の好感度を稼ぐという第一義からすると、やる意味がどこにもない。

 なにより貴族と言う生き物は格式を食べて生きている。一にも二にも作法が全てだ。どれほど内心で蛮族と見下していようとも、外交プロトコルを疎かには出来ない。

 また現地で滞在する屋敷をどうするかも重要だ。カルタスは馬小屋に娘と孫を住まわせたと噂されようものなら、そのダメージは計り知れない。

 なぜなら政敵たる他の五大貴族に隙を見せることになるからだ。王家もまた常に諸侯に掣肘を加えんと目論んでいる。

 

 伝令の天馬騎士が王都パレスとタリスを幾度も往復した。

 

 タリスはどんな土地だったかと尋ねれば、揃って苦笑を浮かべながら、とんでもない田舎でしたと返してくる。その割に嘲る風でもないので重ねて尋ねると、住民の性情は温和で善人揃いだとまた皆揃って称賛した。

 

「特に王女のシーダ姫は素晴らしい方でした。いまだ幼くていらっしゃいますが、聡明かつ真っ直ぐな御気性の持ち主で誰からも愛される姫君です。また大変に筋がお宜しい。長じれば大陸有数の天馬騎士と成られるでしょう」

 

 使節団の長を務めた騎士が口を極めて褒め称える。

 天馬騎士はエリート兵科であり、本人たちも貴族とそれに準じる身分の出自である。貴婦人令嬢は見慣れた彼女らが、すっかり篭絡され切っている。

 戦慄を禁じえなかった。これが魔性の人誑し、ヘッドハンター・シーダの実力か。

 同時にこれなら上手くやっていけそうだなと安心した。彼女はタリスにおけるレフカンディ家の騎士隊の隊長職が内定している。現地民を侮って騒動を起こすことはないだろう。

 

 

 半年ほどの準備期間を置いて、ついに出立の日がやって来た。

 荷造りなどはすべて家臣がやってくれるので心構え以外はやることがなかった。

 しいてやったことを挙げるなら、目に焼き付けるために屋敷中を何度も歩き回ったくらい。あと画家に屋敷の絵を描かせたか。

 英雄戦争が終わって、大手を振ってパレスに帰れるようになったとしても、この屋敷は失われているかもしれない。よしんば残っていたとしても、祖父亡き後、ボクたち親子がこの屋敷に迎えられることは恐らくない。

 手持無沙汰ゆえか益体もないことが泡沫のように浮かんでくる。少し感傷的になっている。やはり慣れ親しんだ屋敷から離れるのは覚悟していても心寂しく思われるなあ。

 対照的に母は意外なほど気にしていないように見えた。今も見送りに来た姉妹たちと楽しそうに話し込んでいる。伯母たちの顔に一抹の後ろめたさと安堵がないまぜになった表情が浮かんでいると感じるのは穿ち過ぎだろうか。

 そうするうちに祖父が部屋に入って来た。

 我が家に仕える賢者の老爺を従えている。杖魔法の達人でボクの教育係の一人でもあった。今回ボクたちは彼が振るう杖を使って移動する。

 ワープの杖。

 対象を好きな場所へ瞬間移動させる魔法の籠められた杖だ。『暗黒竜と光の剣』および『紋章の謎』では射程は無制限だったが、後のシリーズでは使用者の魔力の半分までとされた。

 これはたぶんだけど、後の作品でも弱体化されたのではなく、この時代の戦争が小規模なために、発動に足る最低限の魔力があれば、戦場のどこにでも送り込めるということなんだろう。

 その証拠にこの世界でも、転移距離は使用者の魔力に比例するらしい。

 なのでパレスからタリスまで一回の魔法で移動するのは不可能である。そこでどうするか。駅伝のようにワープを繋いで移動する。すでに杖の使い手たちがそれぞれ所定の位置に配備されているらしい。なんていう贅沢な使い方だろうか。ワープの杖を何本も用意できるレフカンディ家の財力には改めて驚かされた。

 アリティア軍なんて全編通して二本か三本しか手に入れられなかったぞ。

 

「騎士団を動員するよりは安くつく。それに大軍勢の武装した者たちに領内をうろつかれてはサムスーフ侯も良い気はすまい」

 

 なるほど。その視点は欠けていたな。祖父の説明に納得する。

 王国の北部。レフカンディとタリスとの間にはサムスーフ侯の領地が広がっている。

 母とボク、小間使いの使用人、そしてそれらを守る護衛の騎士たち。輜重隊も随行する。山賊の禍が猖獗を極めるサムスーフの悪魔の山を安全に通行できる規模の兵を動員するのは、ほとんど戦争を起こすも同然か。

 実のところボクはパレス生まれのパレス育ちで、侯爵家の本領であるレフカンディ侯国には行ったことがない。この機会に一度見てみたかったのだが、そういうことならば仕方がないだろう。

 

「では行きますぞ。転移はほんの瞬きの間に済みまする。お気を楽にしてくだされ」

 

 賢者が杖を掲げて祈念する。

 本当に「あっ」と言う間もないくらい呆気ない現象だった。

 杖を持った中年のシスターに声を掛けられたことで転移の完了に気づいた。

 これが転移か。酔い的な物もない。

 そしてまたワープを繰り返し飛んで行く。

 何度目かの転移の後、天馬騎士たちが整列して待ち構える海岸へと到着した。ここから先は彼女たちの出番である。

 

 

 十を超える天馬騎士が協同して運ぶ空飛ぶ輿に載って海を越えた。



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王女エリス

 マルス王子を待ってたら、エリス王女がやって来た。

 オマケにジェイガンたち王宮騎士団や軍師のモロドフ伯爵も居ないとのこと。

 え? マジで言ってる? シーダとエリスだけじゃガルダの海賊ガザック一味も倒せなくない? 海賊に敗れた高貴な美女二人とか、それ完全に薄い本の導入なんだけど。

 いやいや。

 頭に浮かんだ不埒な考えを振り払う。

 

「お父君のことお悔やみ申し上げます」

「ありがたく存じます。侯子様」

 

 まずはお互いに王侯貴族らしい腹の探り合いから……いや、もう単刀直入に行くべきだな。

 

「その。不躾なことをお聞きしますが、アリティアには王子殿下もおられたと聞き及んでいるのですが、マルス様はご一緒ではないのですか」

「お気遣い感謝いたします。ですが問題ありません」

 

 気丈に振舞っている。じゃないな。これは警戒か。

 それも当然か。故郷を遠く離れた落ち延びた先で、縁も所縁もない外国の貴族が、いきなり面会を求めれば、何事かと思うだろう。

 本当はボクもこんな性急に事を進めたくはないのだが、この質問への回答如何で、するべき行動がまるで変わってくるのだから仕方がない。

 

「弟はオレルアンの地にて王弟ハーディン殿下と共に戦っています」

「御健在なのですね! それはなによりです」

 

 あ。よかった。思わず最悪の事態を想像してしまったが、全滅したわけではないんだ。

 演技でなく素で快哉を叫んだ。唐突な奇行に面食らったのか、エリス王女は少し目を丸くしている。同時にボクが本心から弟の生存を喜んでいると理解したようで、ほんの少しだが愁眉を開いてくれたように見えた。

 

「ボク……私は昔から勇者アンリの伝説が大好きで、その子孫であるアリティア王室の皆様、特に年も近いマルス王子に勝手に憧れと親近感とを抱いていたのです」

 

 ボクのマルス王子への思い入れは前世から持ち越された筋金入りです。現時点ではこの世でもっとも王子を評価しているまである。

 

 極言するとファルシオン自体は、ユグドラル大陸における神器と聖戦士の関係と違って、誰にでも使えるはずなので、マルス王子がいなくても構わないと言えば構わないのだが、では誰に振るわせるのかで大揉めに揉めるのが目に見えていた。

 

 魔竜討ちし英雄アンリの再来。戦後を見据えればあまりにも魅力的な雷名だ。

 自家と同格だったはずの相手が上に立つのをみすみす見逃せる貴族はいない。必ずや足の引っ張り合いが起こっただろう。

 神剣の正統なる担い手が健在なのはあらゆる陣営にとって福音であると言える。

 

 エリス王女から続けて彼女の逃避行の話をうかがう。

 

 失陥するアリティア王宮から脱したエリスら姉弟はまずオレルアン王国へと落ち延びた。両国の立地を考えると原作でも通過した可能性はある。ではなぜこの歴史ではマルス王子はオレルアンに残留したのか。

 どうやら正史と違って、レフカンディ侯国軍が正常に機能した結果、帝国軍の戦力がそちらに割かれたことで、グラ王国のアリティア攻めの勢いが僅かに鈍った。

 その分だけ脱出にも余裕があり、原作で囮を務めたフレイと彼が率いる部隊も健在であり、また原作ではナレ死したリーザ王妃も生き延びている。

 こうなると大分状況が変わってくる。

 

「つまり。母君リーザ王妃を旗頭に糾合されたアリティア騎士団の生き残りたちが、オレルアン王国の狼騎士団と合力し、またその陣には私の祖父であるレフカンディ侯カルタスも轡を並べていると」

「その通りです」

 

 やるじゃんジッジもといお爺様。

 

「それはとても良い話を聞かせていただきました。戦争が始まってからは天馬騎士を伝令に飛ばすのも惜しまれるようで、本家からの便りも途絶え、母と共に一族の安否を案じておりました」

 

 本当にありがたい。

 

 けど、そっかー。ほとんど口実に使っただけだったんだけど、ボクの行動がこんなに影響を与えるなんて、なんだか嬉しいなあ。

 これはもしかするとサムスーフ侯も裏切らないんじゃないかな。

 彼と彼の領国に関しては、正直、いたしかたない面があると思うんだ。地図を見てもらえば分かるけど、レフカンディが帝国に吞み込まれると、途端にサムスーフは陸の孤島になる。

 後背に山賊と海賊――北から海を越えて侵入する異民族も含む――の脅威を抱えながら、ドルーアを正面から迎え撃てというのは無理難題と言う物だ。

 立地的に戦局に大きな影響は与えないと思うが、単純に敵の戦力が減って味方の戦力が増えるのは喜ばしい。

 

 でも喜んでばかりもいられないのか?

 シーダ王女がマルス王子と絆を深めないと、彼女の従軍はなく、そうすると当然傭兵オグマとサジマジバーツの参戦もない。レナとジュリアンはナバールに切り殺されるし、そのナバールも遠からず山賊の用心棒として野垂れ死ぬだろう。死ぬかな? アイツは死なない気がするな。そのまま普通にマルス王子の敵対陣営に雇われて血の雨を降らしかねない。

 ロレンス将軍も彼女の説得がなければ、最後の踏ん切りがつかず、そのまま陣没してしまう可能性がある。そうなればユミナ・ユベロのグルニアの双子を匿う相手がいなくなり、彼女らも生き残れないかもしれない。

 

 禍福は糾える何とやら。何かが上手くいけば何かが上手くいかなくなるものだなあ。何か考えないといけないな。

 

 その後、しばらく談笑してから、ボクはエリス王女の前から辞去した。



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シーダ

 エリス王女は王宮内に一室を与えられ当面はそこで過ごすことになった。

 ただし、我が家の侍女が廷臣から仕入れて来た話では、城下に離宮を用意する計画が立ち上がっているらしいので、完成すればそちらに引っ越すことになるのだろう。

 商家等の既存の家屋を改装するのか一から建てるのかは分からないが「その際には資金援助を申し出ておいて」と指示する。王宮が情報を流して来たのもそういう下心あっての物だろうしね。

 しかし離宮か。

 島の東に砦を与えられて、そこで麾下の宮廷騎士団の面々と鍛錬と雌伏の日々を過ごしたマルス王子とは随分と様相が違っている。

 まあ、これについては、かよわい王女一人と騎士団を引き連れた王子との違いか。

 王都のそばに異国から流れて来た武装集団を置いておきたくなかったのだろう。理解はできる。なんなら中間にある残る二つの砦の役目はアリティア軍への備えだった可能性すらある。

 それで手薄になった所を海賊に襲われて王宮を占拠されかけたのはどうかと思うけど。もっともこれは後知恵か。逆に、タリスのさらに東辺にアリティアの戦力が温存されていたから、海賊を駆逐できたのかもしれないし。

 

 馬車に揺られながらそんなことを考えていた。

 ほどなくレフカンディ家のタリス本邸に到着した。

 王都郊外に立地するレフカンディ屋敷は回廊付きの中庭を四つの棟が『回』の字型に取り囲む堅牢な屋敷である。規模は王宮に次ぐ島内で二番目に大きな建造物だ。王宮を越えないように配慮したとも言う。

 周囲には葡萄園をはじめとする農園が付属する。開墾から日が浅いので育ち切るにはまだまだ年月の積み重ねを必要とする未熟な農園だが、アカネイア貴族の理想とする典型的な荘園だ。

 本邸と称するのはタリス島内に他にも幾つかの別邸を確保しているから。あとボクを当主とするタリス・レフカンディ家の本宅という含みもある。だから実のところボクの公的な身分は母が侯爵令嬢なだけの地主でしかないのだ。

 なぜかみんなして侯子と呼ぶけどね。

 

 

 

 馬車から下りると、すっかり見慣れた天馬が馬丁の手で甲斐甲斐しく世話をされているのが目に入った。シーダ王女の天馬だ。王宮で見かけなかったので多分そうだろうと思っていたが、やはり今日も遊びに来ていたか。

 どうも入れ替わりになったようだ。居るのは母の所だろうか、それとも隊長の所だろうか。

 兵舎の方から剣戟の音が聞こえる。

 そちらに視線を向けると、察した使用人が、模擬戦が行われている旨教えてくれた。

 なるほど。そちらか。ボクは一つ頷くと、足を向けた。

 

 練兵場で一組の男女が向かい合っていた。男は剣士で女は槍を構えている。長剣と短槍。得物の相性では槍の方に分がある――らしい――が、その攻防は互角に見えた。つまり素の実力は剣士の方が一段上手なのだろう。

 

「先生とオグマ、どちらを応援するべきか迷ってしまいます」

 

 とはシーダの弁。

 傭兵オグマと天馬騎士ウーナ。最終的に勝負の行方は体力に優るオグマが競り勝ったが、下馬した状態で、タリスの勇者と良い勝負をできる我が家の騎士隊長、だいぶ強いな。聖天馬騎士(ファルコンナイト)の名は伊達じゃない。

 ゲーム的になぞらえれば、彼女はボクにとってのジェイガンポジということになるのだろうか。まだ若いので『聖魔』のゼトや『蒼炎』のティアマト並みの活躍を期待したい。

 

「おつかれさま二人とも。白熱した勝負だったね」

「これは侯子殿。いや、隊長殿が天馬に騎乗した状態だったら、結果は逆だったでしょう」

「何を言われますかオグマ殿。もし私が愛馬と共にあったとしたら、勝負の形はまったく違った物になっていた。貴殿のことです、身を捨てて、一気呵成に攻めに攻め、人馬諸共斬り伏せにかかったはずだ」

「その時にはアンタもそんな短い槍でなく、天駆ける騎兵に特有の長槍を握っているだろう。そう簡単には行かせてもらえんさ」

 

 両人互いの技前を称え合う。

 ボクは武術はからっきしなので、そうなのかあとしか思えないのが、ちょっと寂しいかもしれない。

 一方で興奮しきりのシーダ姫はと言えば、遥か高みにある二人の試合を反芻しているようだった。見取り稽古って奴かな。

 一息ついたところで熱狂を抑えきれなくなったのだろう、隊長に向かっておねだりをする。

 

「先生! お疲れでなかったら、私にも一手指南してもらえないでしょうか」

「分かりました。問題ありません。おい。私と王女の槍を持て。では、侯子、危険ですのでお下がりください」

 

 了承すると、従者に命じて天馬騎士用の槍を持ってこさせる。

 これは確かに長いので事故を避ける為にも下がっておくのが吉だろう。オグマと一緒に距離を取る。

 

「いまさらだけど。シーダ王女もウチの隊長に懐いたものだね」

 

 この三年の間で、すっかり師弟関係が構築されていた。

 ボクたちに見守られながら、シーダ王女は形稽古から天馬を駆っての実地訓練まで一通りの教えを隊長から受けた。傍目にも厳しい修行によく喰らいつくものだ。

 

「同性かつ天馬騎士の先達として学ぶことが多いのでしょう。俺では天馬騎士の技は教えて差し上げられないですからね」

「妬ける?」

「お戯れを……と言いたいですが、そうですね、本音のところではいささか」

「やっぱり!」

 

 ボクたちは男二人で笑い合った。

 

 

「おつかれさま。シーダ姫はすごいね。ボクにはとても真似できないや」

 

 降りて来たシーダ王女を慰労する。

 汗を拭う布を手渡す。気分は運動部のマネージャーだ。するとさしずめ彼女はコーチに扱かれるエースだろうか。他愛もないことを考えて、ふふっと笑ってしまった。

 

「どうかされましたか。侯子」

「なんでもないよ。強いて言えば思い出し笑いかな」

 

 前世のだけどね。

 

「けど良いのかい。君ってば三日にあげずウチに来てるけど、モスティン王はお怒りになられないだろうか」

 

 十二歳と十三歳(彼女の方が半年上だ)。アカネイア大陸の感覚ではお互いにもう子供とは言えない年齢になって来た。男の家に女が来る。あまり褒められた行為とは見なされない。

 すると、王女は「はてな」という風に首を傾げた。

 

「侯子と私は婚約者の間柄ではありませんか」

 

 屈託のない笑顔が眩しい。

 そうなのだ。シーダ王女とボクは婚約をしている。王侯貴族の常としてこの縁組は親同士が決めた物で、そこにボクたちの意思は介在していないが、自惚れでなければ憎からず思われている。はずだ。

 

 事の起こりは母がシーダを気に入ったことにある。

 今では実の息子であるボクよりも彼女のことを可愛がってるんじゃないかと思うくらいに猫かわいがりをしている。

 タリスに来てすぐの事だ。当初、母はタリス王宮のあまりのショボもとい質素さに衝撃を受け、恐ろしささえ感じていた。こんな所に暮らす王の娘とは、どんな恐ろしい蛮族の娘だろうかと戦々恐々としていた所に現れたのが幼き日のシーダ王女だった。

 天真爛漫でいて気品のある当時九歳の美少女に、我が母君はコロリとやられてしまった。

 出会ったその日のうちに、この子をウチのお嫁さんにしようと決めてしまった彼女は、驚くべき行動力を発揮した。方々に手紙を書きまくり、面会し、またたく間に根回しを済ませてしまった。

 彼女にとっては幸いなことにモスティン王とレフカンディ侯も互いに乗り気だった。

 前者はアカネイア最大貴族との縁戚関係を、後者は辺境とはいえ王の称号を得られるwin-winの契約だと考えたのだろう。

 と言うよりも、元々、書簡を交わし合っていた時点で計画自体はあったのだと思う。

 公言した上で破談となれば双方傷がつくので、実際に会わせて相性を確かめようとしていたのではないかなあ。そして問題なさそうだと判断された。

 あれよあれよという間に、お膳立てが整えられて、ボクの立場は、アカネイアのレフカンディ家からタリス王家に婿入りするためにやって来た侯子様となった。

 

 本音を言うと。貴種流離譚の主人公たるマルス王子が落ち延びて来て、レフカンディの本家が没落すれば、この縁組は自然に消滅すると思っていた。

 覚悟を。そう覚悟を決める時期が来たのかもしれないな。

 

「そうだね。シーダ」

 

 その日、ボクは初めてシーダのことを王女ではなくシーダと呼んだ。




もともとシーダをヒロインにする予定は一切なかったんですが
書いてるうちに「これ。双方の立ち位置的に婚約関係にないとおかしいな」と思い至って結果としてこうなりました。
二話を書いた時点では「エリスルートなのか?」とフラフラし、一話を書いてる時点では「タイムスリップしてきたギム子(ポンコツ)とかどうだろう」なんて考えてたんですけどね。
これはもしや「カチュアさん大勝利!」ルートなのか?(マルス様と結ばれる的意味で)

そして三話目にして未だに名前が出てこない主人公
隊長と母親も含めて、原作に登場しないキャラは名前なしで行こうかなと思ってたんですが、でも、そうするといつまでも「侯子、隊長」と身分職位で呼ぶ他人行儀なシーダとか生まれちゃうんですよね。
悩ましい。

追記
その後数話先で隊長の名前が決まったのでこの話にも加筆しておきました


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ありがたくない風物詩

 蛮族という兵種がある。

 それは兵種なのかというツッコミはもっともなのだけど、ファイアーエムブレム的には斧を使って戦う兵種の一つなのだ。古のRPGではエルフやドワーフがそのまま職業扱いだったりしたので、これもそういうものなのだと思って欲しい。

 主に敵として登場するが、作品によっては味方が蛮族に成ることもできた。

 蛮族になるってなんだ?

 頭の中の宇宙空間に猫の顔が浮かんでくるな。

 

 まあ要するに異民族である。出稼ぎ感覚で略奪に来る。地球の歴史で言えば騎馬民族やヴァイキングが近いのではないかと思う。剣ではなく斧を持ってくるのもそれっぽい。普段は地元で農業に従事しているのだろう。

 

 タリスでは彼らは海を越えて北からやって来る。

 大陸中原で行われるアカネイアとドルーアの覇権戦争とは、ほぼほぼ無関係のありがたくない風物詩である。

 気になって蛮族出身の商人に尋ねてみたことがある。ある程度時期が決まっているのは農閑期の副業だからかと。するとその通りだと返って来た。同時にそんなことを気にするアカネイア人(南蛮人)は珍しいとも言われた。

 

 上陸した蛮族たちは集落や修道院を襲い、略奪し、人を攫って行く。ノルダの奴隷市場の商品の出所だったりするのが頭の痛い所だが、そういう時代なのだと言う外はない。何の慰めにもならないが、アカネイアで売り買いされるだけマシですらある。

 

「もちろん攫われないようにするのが一番なのは言うまでもないことだ」

 

 当たり前だが、農奴や小作人を連れ去られて喜ぶ農園主はいない。自ら武装したり傭兵を雇って自衛する。ボクたち母子に与えられた騎士隊も普段は農園を巡邏している。

 

 ボクが所有する荘園の一つに蛮族が襲来した。

 運の無いことだ。騎士隊長のウーナが率いる班に当たるとは。空中から飛来した天馬騎士の一当てに、狼狽え騒ぐ最中へと矢が雨と射掛けられ、騎兵たちが突撃した。蹂躙の一言。騎士たちは傷一つ負わずに略奪者たちを殲滅した。

 

 ボクは屋敷の執務室で報告を受けていた。

 働いてくれた騎士たちを褒め、文官から提出された被害を受けた村への補償の案に許可を出し、裁判権を有する地主として犯罪者たちに科す刑罰の執行を命じる。

 最初は凄惨な報告に聞くだけで気分が悪くなったが、もう慣れてしまった。すでに日常となった光景だった。

 

 ただし今日は一つ珍しい客がいた。

 

「それで捕えてきたと。珍しいね。キミたち戦って死ぬのが最高の名誉なんじゃなかったっけ」

 

 典型的な蛮族の格好をした男が一人、縄を打たれて跪いている。

 タリス人の盗賊の場合は割と素直に捕まってくれるのだが、北方から来る蛮族の場合、宗教的な情熱に由来する敢闘精神を発揮して、死ぬまで戦いを止めないのだ。

 だから本当に珍しい。

 

「ああ。喋ってくれて構わないよ。ていうか、こっちの言葉分かる?」

「直答を許すと仰せだ」

 

 ボクの言葉にもまだ躊躇う様子で怯えた顔をウーナに向けたが、彼女の言葉に意を決したと見えて、ボクの目を見ながら語りだした。

 

「へへへっ。こりゃどうも」

 

 腕が動けば頭でも掻いていそうな男の口から、少し訛りはあるが実に流暢なアカネイア語が流れ出す。いや流暢というかこれは母語か? すると訛りじゃなくて方言か。

 

「それがですね、お坊ちゃん、あたしはこんな恰好(ナリ)してますけどね、アカネイア人なんでさあ。あんな戦争狂いのアッパラパーどもと一緒にされちゃ迷惑ってんですか? あっ! すいやせん、すいやせん、お貴族さまに偉そうな口を。どうか命ばかりはご勘弁を」

 

 立て板に水。目を見てきたことといい、意外と度胸があるのか、それかテンパりすぎて必要以上に口が滑らかになっているのか。聞いてもいないことまで喋りはじめる。

 聞けば元はサムスーフの住人で、北の蛮族に攫われた後農奴として働かされていたが、口八丁で取り入って船の漕ぎ手に成りおおせ、略奪の旅にも同行を許されるようになったのだと言う。

 

「いや、あたしも、なんとか逃げ出そうとしてたんですがね、やっこさんたち、オツムの弱そうな顔して目ざといのなんの。逃げる隙なんてありゃしない。だから、だからですね、あたしもまあ心苦しくはあったんですが、生きてくために仕方なく。はい。やむにやまれぬ仕儀だったんです」

 

 思わず苦笑した。

 これは何人かヤッてるな。

 

「縛り首が妥当なところだけど」

「ひぃぃっ! なにとぞ、なにとぞ、命ばかりは!」

 

 悲鳴を上げて這いつくばる。後ろ手に縄を状態でそんなことしたら。あ、顔から突っ込んだ。すごい音したな。

 

「早合点だね。だけどって言ったでしょう」

「へっ。じゃ、じゃあ」

「キミさ、口で成り上がったって言ったよね。話せるの? 蛮族の言葉」

「はっはい! カタコトですが日常会話くらいなら行けやす! 覚えろとおっしゃるなら、死ぬ気でもっと上手くなりやさあ!」

 

 必死の形相で赤べこになる。

 

「いいね。奴隷としてとはいえ現地に滞在した経験のある言葉の分かる人間」

 

 数年は先の話だが、マルス王子たちは蛮族の盤踞する北の大地に軍を進める。

 この男が知っているのはその中の一部族の言葉でしかないが、それを取っ掛かりとして、北の民への理解を深められれば、それは必ずや、マルス王子の助けとなるだろう。

 

「キミの経歴には同情するべき点もある。情状酌量の余地はあると思わないかい。ウーナ」

 

 騎士隊長に話を向ける。感心しかねるという表情をしているが、異を唱えるつもりはないようだった。

 

「決まりだ。キミには通訳兼語学教師になってもらう。最低限の給金も出そう。詳しい仕事の内容は、後で人を送るからその指示に従ってよ。っと。そうだ名前を聞いていなかったね。いつまでもキミというのも不調法だ。名前を教えてもらえるかい」

 

 男は心底安堵した様子で満面に愛想笑いを浮かべながら名乗った。

 

「へい。ゴメスと申しやす」




なぜぽっと出のゴメス(原作2面ボス)がこれまでで一番台詞の多い登場人物に。
北の蛮族(氷の部族想定)がヴァイキング的な生き方をしていて、タリス他に対して、週末のお父さんたちが車で買い出しに行くショッピングセンターみたいな認識だというのは独自設定です。

あと騎士隊長の名前はウーナに決まりました。
名前の由来は、原作ゲームでキャラをロストしまくると救済で補充される志願兵ユニットがドイツ語の数詞の名前なので、それを参考にしつつ、1(unus)の女性形unaとしました。


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神寵満てる略奪者たち

 勧められた麦酒を干す。

 一瞬、前世の倫理観が頭をよぎったが、もっと幼い頃からワインを飲んで育ってきたのだ。そこにビールが追加されたとして何程のことがあるだろう。

 なにより王の手ずから酌まれた酒杯を傾けないのは非礼というものだ。

 それにしても。酒のチョイスにボクは内心でクスクスと笑った。

 供されるのがワインではないところに、アカネイアとの文化的差異を感じるなあ。もしもボクが転生者ではなく生粋のアカネイア貴族だったら侮辱されたと感じたかもしれない。

 

「いかんな。失念しておった。アカネイアの御仁は麦の酒は好まぬのであったな。無理強いてしまったか。すまぬ」

 

 ボクの逡巡を、ビールへの嫌悪感と解釈したモスティン王が詫びを言う。

 

「とんでもないことです陛下。初めて口にするのでほんの少しだけ躊躇したまでのこと。確かに飲み慣れない味ではありましたが、滋味深い芳醇な味わいに感銘を受けました。これまで飲まず嫌いをしていたのが勿体ないくらいです」

 

 前世で飲んでいたラガービールとは異なった味なので、飲み慣れないのは本当だが、これはこれで悪くない。もっとも母が聞いたら卒倒するかもしれないな。蛮族の飲み物という偏見があるので。

 

 タリス王宮。その最奥。王の私的な部屋にボクは招かれていた。

 ボクと王とは将来の婿とその岳父という関係ではあるが、シーダと母とのそれとは違って、親しく部屋に招き招かれる間柄ではない。コミュ力の化身のようなあの二人と比較するのがそもそもの間違いかもしれないけど。

 

 なんにせよ異例のことである。

 それだけ王もまたこの会談を重視してくれているのだろう。人払いの願いも叶えてもらった。

 

「さて。侯子よ。儂に具申したいことがあるとのことだが」

 

 しばらく酒を酌み交わし、とりとめのない話で舌の根を潤した頃合い、モスティン王が切り出した。許可を得てボクは告げる。

 

「はい。率直に申します。騎士団の創設を。タリスは今のままでは滅びます」

「ドルーアかね」

「いいえ。アカネイアです」

 

 予想外だったのだろう。王の顔に僅かに驚きが浮かぶ。

 

 タリスの王モスティン。その風貌は白髪白髯、絵に描いたような老王である。

 ゲーム画面を眺めていて随分と年の離れた親子だなと思ったのも懐かしい。現実になった今もシーダと二人並べば祖父と孫のように見える。

 ただし、深い皺の刻まれた顔はいかにも老人然とした物だが、実際にはまだ四十半ばと聞いて驚いた。島の統一に前半生を捧げた英傑だ。若い頃に相当の苦労を重ねたのだろう。

 老臣の語る所によれば統一戦争の最中に最初の妻と後継者だった息子を相次いで亡くしたという。シーダの母となる女性を妃に迎えたのも、国を纏めて王に即位した後の話だ。

 

 政戦両略に通じる王だと言える。

 その彼になくてボクにあるのがファイアーエムブレムのプレイ体験。つまり将来に起こる戦争の知識だ。

 暗黒戦争が終わり、英雄戦争が始まる。痴情の縺れと死んだはずの――そして実際に死んでいる――ガーネフの暗躍という超常現象が絡まり合って起きる最低の戦争だ。

 こんなもの実務に長ける現実主義者ほど予想がつかない。

 

 原作において二度の戦役にタリス本島が巻き込まれることはなかった。

 この世界でもそうなる可能性はある。しかしそうはならないのではないかとボクは不安に感じている。

 

 アカネイア王に即位したハーディンはアカネイア王国を一度は建て直したとされる。

 ではその財源はどこから出てきたのだろうか。恐らくは対帝国との戦争に協力しなかった諸侯から特権を取り上げ、所領を没収し、王室財産としたと見るのが妥当だろう。公平性の面から見ても協力した者たちとの差を付けねば誰も納得しないだろう。

 特にレフカンディはハーディンの本領たるオレルアンとパレスの間の土地。優先的に解体されたはずだ。英雄戦争以降、その名を聞くことがないのは、つまりそういうことだろう。

 

 推論に推論を重ねた空論だが、そう間違ってはいないのではないかと思う。

 

 だがこの世界では事情が異なる。

 レフカンディ侯カルタスは緒戦から兵を動員し、今もハーディンと轡を並べて戦っている。その領地を没収することはどれほど欲しくとも無理筋である。

 

 ではどこを狙うか。戦争に非協力的だった国だ。港町ワーレン、各地の異民族系の小都市国家、そしてタリス。

 

「アカネイアは近隣諸国からの収奪に拠って成り立つ国。略奪に来る蛮族となんら変わらぬ存在です」

「それをアカネイア貴族の其方が申されるか」

 

 恐ろしいことを聞いたと顔を顰める王。

 

「事実ですので」

 

 ボクにとっては頼りになる優しいお爺ちゃんなレフカンディ侯も、平民や奴隷からすると普通に極悪な腐敗貴族である。当然、潤沢な財力も元をただせば彼らからの収奪の下に成り立っている。

 弓騎士ジョルジュのメニディ侯爵家、聖騎士ミディアと彼女の父オーエン伯が属するディール候爵家もその実情はそれほど変わらないのではないかなあ。

 

 彼らの性情が特別に邪悪なのではなく制度自体がそうなっている。こんなこと言うボク自身がその恩恵に浴しているわけだが。

 

 仮に闇のオーブに侵されず、暗黒皇帝に成らなかったとしても、遠からず英雄戦争に類する戦争は起きていただろう。他国からの収奪によって成り立つ経済。五大貴族を頂点とする既存の国体自体が詰んでいるのだ。

 

「神の恩寵満てる神聖王国。アカネイアとはそのような国家と思っておったがな」

「仮にそうであったとしても神意を得たのはアドラ1世だけでしょう。なんなら一度滅びました。次なる神寵よろしき人がいたとすれば神剣を授かった英雄アンリになるはずです。違いますか」

 

 ボクが発した暴論に虚を突かれたのか、王はしばし唖然として凍りついた。

 

「儂は侯子のことを見誤っておったらしい。それとも五大貴族とは皆、そういうものなのかね? 儂の様な田舎者には思いもよらぬことだ」

 

 盗賊アドラの真実を知る転生者だからでしょうね。当然、口には出せないけど。

 

「しかし、そうか。タリス騎士団か。良い響きだ」

 

 王は嬉しそうにその言の葉を、舌の上で飴玉のように転がす。彼もまた夢想したことはあったのだろう。だが、実現していないのには相応の理由がある。

 

「我が国、我が王宮にそのような(つい)えはない」




シーダの生母が後妻とか、タリス統一の過程で最初の妻子を無くしているとかは独自設定(捏造)です。


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商館と商人

「我が国、我が王宮にそのような費えはない」

 

 モスティン王はそう言った。

 予想された回答ではある。問題がなければ新参のボクが言うまでもなく存在している。

 もちろんタリス王家が明日の食事にも事欠く困窮した生活を送っているわけではない。

 島民の暮らし向きも穏やかで、アカネイアの一般的な庶民たちよりも良い暮らしをしている。時折襲い来る蛮族や海賊たちの脅威はあるが、それにしたところで、アカネイアの農村や漁村も常に賊の危険に晒されている。

 ただし、同時にそれは騎士団に相当する常設の軍隊が存在しないからで、タリス全島をまともに防衛できる規模で組織しようとすると、今の生活環境は維持できないだろうとも試算されている。

 装備や糧食に掛かる費用も膨大だが、単純に働き手が減るので生産される富が減る。

 タリスの王府としては、騎士団の設置など到底許容できない話だ。

 

 もっとも。実際の所、ボクには比較対象への体験的な知識が伴っていないので、全て家臣からの伝聞の域を出ないのだけれど。

 王都パレスでは箱入りの生活をしていたので、アカネイア王国における庶民や奴隷階級の生活に関しては無知も良い所なのだ。

 いずれ王位に就くことになる主人に対して、アナタの未来の領民たちは幸せですよとゴマをすっている可能性は捨てきれないが、そこまで疑っていてはキリがない。

 

「侯子が裕福なのは存じておるが、さりとて騎士団を維持できるほどではあるまい。違うかね」

 

 その通りだ。傭兵を集めて一戦二戦するくらいならば何の問題もない。一年でもまあ行けるだろう。だが、ではそれを五年十年維持できるかと問われれば答えは否だ。

 

「また其方であれば承知おきの事かとは思うが、儂は王と呼ばれてこそおるが、その実は島内諸部族の族長たちの代表者でしかない」

 

 知っている。

 モスティン王は港町を押さえる島内最有力部族の族長ではあるが、その勢力は他に隔絶するものではなかった。二位と三位が手を組めば、あるいは中堅諸部族の幾つかがそっぽを向けば、その場で瓦解するような薄氷の王権だ。

 何なら一部の豪族たちはボクのこともレフカンディ族の族長くらいに認識している節がある。

 王が外に婿を求めたのも、王権を強化し、シーダの産む子に滑らかに王位を継承させるのが目的だろう。それが原作ではアリティアのマルス王子で、現世ではレフカンディのボクだったのだ。

 

「王の名の下に騎士団をあるいは国軍を建軍する旨布告したとしよう。諸族はこう考えるであろうな。『王は武力をもって我らを支配する気だ』とな。よしんば認めたとしても、戦士を送ってくることはあるまい。彼らも集落を守らねばならない」

 

 タリス王国を守るために戦士を差し出して、それで手薄になった所を襲われて、部族を滅ぼしては元も子もないという話。それで集まった戦士たちも忠誠心の矢印は出身部族に向いているだろう。

 これもまた真っ当な話である。

 アカネイア王国でも同じだ。レフカンディの騎士団はレフカンディ侯爵を主君とする騎士たちの集まりである。主君の主君は主君ではないのだ。

 

 以上がモスティン王が述べるタリス騎士団が実現不可能な主たる理由である。

 金銭面と豪族――即ち他国における領主層、騎士団の構成員たるべき当人たちの反発。

 ここまでは現状の確認である。

 ここからがプレゼンの時間だ。

 

「先日召し抱えた男が面白いことを聞かせてくれました。北の蛮族に連れ去られ、彼の地にて奴隷として過ごしていた男です」

「ふむ?」

「どうも北方の蛮族。いえ北の民たちと申しましょう。なんでも中原の戦乱に難儀をしているのだそうです」

 

 

 

 

「あれがその『商館』と言う物なのですか」

「うん。蛮族――北の民の居留地と交易所をまとめたものだよ」

 

 王との会談から一月ほど経過したある日、ボクはシーダを誘って建設現場の視察に訪れていた。我ながらなんとも無粋なデートスポットだなとは思った。

 王女として見ておいて欲しいと思ったのだ。幸いにシーダは、彼女の父親が領するとある港町の一角に現れた、見慣れぬ施設を興味深そうに見学していた。

 ただ現時点では見るべきものはそれほどない。

 簡素なものである。北方民族の船が停泊できる船着き場と倉庫、交易所を兼ねる宿泊施設。それだけだ。

 

「壁で囲まれているのですね」

「お互いの安全のことを考えるとどうしてもね」

 

 商館と港町は区切っておく必要がある。

 今はまだ木の柵と麦藁で編んだ土嚢を並べただけだが、順次石壁に入れ替えられて行く予定である。

 

 壁の中に築かれた外国人居留地と一体となった商業施設。

 これ自体はなんら目新しいアイディアではない。この世界にも普通に存在している。オレルアン王国では絹馬貿易に類似した異民族との取引が行われているそうだし、外の大陸に開かれたワーレンの港町には多種多様な人種の人間が暮らしている。

 

 従前、北方民族たちは川を利用してアカネイアの内陸まで交易にやって来ていた。毛織物や毛皮、生薬や香木、装飾品などを船に積み込み、王都パレスの城下町ノルダや大陸最大の貿易港ワーレンまで運んでは、そこで必要な物と交換して帰って行く。

 

 それが中原で激化する戦争の影響で交易に出られなくなった。

 農作業をさせる奴隷は必要なので、サムスーフやタリスには変わらず人狩りに来るが、ドルーアとアカネイアとがぶつかり合う地域へは危なくてとても近づけない。

 そう主人たちが愚痴っていたとゴメスが言っていた。そして人を派遣して探らせるとどうやら事実であることが分かった。

 戦争の開始以来ワーレンを訪れる北方民族がほぼほぼ消滅してしまった。

 

 北方の民たちはワーレンまでの海上航路を持たず、ワーレン商人が大船を走らせるのは割に合わない。

 

「あっ! 分かりました。北方とワーレン、二つの間にタリスがあるのですね」

「正解! ちょうど好い場所にタリス島があるんだ」

 

 北の産物の集積地。つまり中継貿易だ。

 皮算用だが、一度軌道に乗ればこのルートは戦争が終結しても維持される見込みが高い。主としてワーレンの側の希望で。

 北方の民たちは家族や集落単位で『交易』に出かける。つまり纏まった量が入ってこなかった。そこに集積地を噛ます意義は大きい。蛮族の側から見ても行き帰りの時間が短縮されるのは魅力的だろう。

 

「さて、そろそろ行こうか。押しかけてきておいて勝手な言い草だけど、あまり工事現場に長居するものじゃないからね」

 

 怪我したら嫌だし、なにより王女と侯子に怪我をさせたら、作業員たちの首が飛ぶ。最悪物理的に。理不尽だとは思うがそうなのだ。

 

「おや。あれは」

 

 まだ扉のはまっていない居留地の門から外に出る。

 するとそこに面識のある人物の姿があった。美人だが胡散臭い雰囲気のある黒髪の異民族。

 相手も気づいたようで、近づいてくると、商人が貴人と対面する際の作法に叶った礼をする。

 ベリーダンサーあるいは『くるみ割り人形』のアラビアの踊りの演者が着る衣装のような服を着て、頭からベールあるいはチャドルめいた薄衣を(かず)いた異国情緒に溢れる姿は、タリスの辺鄙な港町からは著しく浮いていた。

 

「やあ。ララベル。キミが一番乗りだ。耳が早いと感心すべきか、気が早いと呆れるべきか。迷ってしまうね」

「小身の自分が大店の旦那様方にも勝れる唯一の武器が、この機敏さであると自負しております。それに侯子様のなさること。必ずや上手く行く物と確信しております」

 

 フットワーク軽いなあ。それに追従と圧力を同時に掛けて来る面の皮の厚さよ。キミ、いつもはもっと雑な口調してるでしょ。

 

「シーダ。紹介するよ。彼女の名前はララベル。ワーレン商人だ」

 

 二人を引き合わせる。

 同時にボクがかつて抱いた疑問を質問した蛮族出身の商人その人でもある。ただし、いわゆる北の蛮族とはまた別の出自であるらしい。たしかカダインにほど近い砂漠の出だったかな。

 元々、パレス時代からの母気に入りの出入り商人だったのだが、レフカンディの王都本邸からタリスに居を移した後も、律儀に御機嫌伺いに顔を出す。

 

「こんにちは。ララベルさん」

「はじめて御目文字いたします。侯子の許嫁であられるシーダ王女様でいらっしゃいますね。ララベルでございます。御紹介に与りましたようにワーレンで小さな商いをさせていただいております」




ララベル
シリーズ伝統の女道具屋。アンナさんほどシリーズの顔はしてない。

今回、当初は前半の会話相手はタリス王、後半はゴメスだったんですが
あまりにも華がないので、シーダとララベルを登場させる方向で書き換えました


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天来の石火矢

 さて、これで騎士団創設に立ちふさがる資金の問題は解決した。

 北方異民族とワーレン商人を繋ぐ中継貿易。万事解決、万々歳だ!

 と言い切るのは気が早すぎるけど、この辺境の島国に富を呼び込む為の橋頭保を築いたのは間違いない。

 ララベル。ひいてはその後ろにいるワーレンの商人たちが興味を抱いたのがその証拠だ。利があるうちは彼らは心強い協力者になってくれるだろう。

 

「単純な話だけど。男手が兵隊に取られることで富が減るのが問題なら、兵隊がそれ以上の富を産み出せば良いんだ」

「兵士たちが産む富ですか」

 

 シーダが首をかしげる。

 もちろん兵士とその集合体が直接何かを産み出すことはありえない。もちろん略奪とかでもない。一種の比喩だと思って欲しい。

 

「あら。軍隊は巨大な消費を産んでくれますわよ」

「キミたち商人の立場からするとそうだろうね」

 

 女商人がからかうように茶々を入れる。ララベルさあ。たしかにその通りではあるんだけど、それは次の段階の話なんだって。需要と供給が両端にあってもそれを結びつける金がない。

 

「シーダ。君は海賊と聞いて何を想像する?」

「海賊ですか。哀しいです。彼らは港町を襲って人を攫って行きます」

「そうだね。じゃあ、ララベル、キミはどうだい?」

「なるほど。ふふ。海賊ですわね。通行料を徴収し、船の荷を奪い、人質を取って身代金を要求する。水先案内人を自負している方たちも居ないことはありませんけど、まあ、厄介な方たちですわ」

 

 ララベルの答えにシーダは目を丸くした。

 

「ぜんぜん違います」

 

 奴隷目当ての人狩りと身代金目当ての営利誘拐。

 海賊の間にも北の海と南の海とで経済格差があるというのはせちがらい話だ。

 シーダが知るガルダの海の海賊たちと、ララベルの語るペラティの海の海賊たち。これらは一口で海賊と言ってもだいぶ有り様が異なっている。

 これまでタリス島に南の海から海賊が襲撃してくることはほとんどなかった。それは単純に奪う物がろくになかったからだ。タリスを襲うくらいなら、アカネイアの町々や、ワーレン商人の船を襲って荷を奪い、通行料を取った方が遥かに儲かった。

 タリス・ワーレン間を航行する船が少なすぎたのもある。

 シーダには聞かせられないが、モスティン王がこれまで諸部族の反発を名分に敢えて軍隊を整備しなかったのは、海賊のもたらす被害と防衛のコストが釣り合わなかったからだろう。

 

「けど、これからは違う」

 

 輸出と輸入の船が行き交うことになる。

 また貿易によって島に持ち込まれた富は、いずれ島中に行き渡る。瘦せこけた子鼠のようだった寒村が、丸々と肥えた豚に変わる。

 これをタリスは守って行かないとならない。

 

「つまり。海賊退治だ」

 

 その日、ボクは兵を率いて出陣した。

 

 

 

 囁くように詠唱し、祈りを込めて呼び起こす。

 

 魔道の書を通して破壊の力が顕現する。

 曇天を割り火球が大地に降り注いだ。

 隕石に擬せられる天変地異の大魔法メティオ。

 天来の石火矢は地を均した。十人抱えの破城槌と百の火矢とを一つに纏めて更に数十倍にしたような大破壊。質量を持つ魔道の火が丘陵ごと砦を叩き崩した。

 火の手が上がり天を焦がす。

 空もただでは済んでいない。魔法の余波で雲が消し飛んだ。大熱量によって雲を形作る水と氷の粒が一瞬で蒸発してしまったのだ。燃えた草木に含まれていた水分も合流して、そのうち更に大きな雲と成り、大雨を降らせることになるだろう。

 

「重火器並みの射程と威力で反動が存在しないっていうのも反則だよなあ」

 

 たとえどれほどの強弓でもけして届かない超々遠距離からの砲撃さながらの一方的な蹂躙。炎上する海賊の砦を船上から遠目に戦慄する。

 我ながら恐ろしい威力の魔法を使ってしまった。初めて使うわけではないが、何度見ても新鮮な驚きがある。

 単純な威力だけならこれを凌駕する魔法も無いわけではないが、影響範囲と構造物に対する破壊力という点では最大級だろう。

 これが英雄戦争の終盤には戦場を乱舞するんだよなあ。敵軍から味方に向かって。

 いよいよ両戦役に深入りすまいという思いを強くする。できればシーダにも出て欲しくない。ただ、どっちも無理なんだろうなあ。

 

 と。今は目の前の海賊の相手だ。

 ちょうど最初の一人が這い出してきた。

 

「矢をつがえろ」

 

 舷側に並ぶ弓手たちに指示を出す。

 

「頃合いだね。放て!」

 

 一斉に構えた長弓から矢が放たれる。放物線を描き幕が落ちるように降る矢の雨が、崩れ行く(ねぐら)から慌てふためいて逃げ惑う海賊たちに追い打ちを掛ける。

 メティオの齎した地揺れに煽られ、係留されていた船もあらかた転覆してしまっているので海に逃げることも許されないまま、一人、また一人と倒れて行く。

 頃合いを見て陸上戦力を送り込み、完全に制圧する。

 悪党以外に用のない砦だ。放っておいたらまた別の海賊に利用されるだけなので、後腐れなく破却する。最後にもう一度メティオを発動し、丘陵ごと根城の洞窟砦を叩き壊した。

 

「これはまた……凄まじい魔法でございますな」

 

 船長が畏怖するようにボクを見る。この規模の魔法を目にするのは初めてらしいので無理もない。使った当の本人であるボク自身が畏怖を覚えるのだから。

 タリスに軍船なんて気の利いた物は無いので、ワーレン商人からの傭船である。船長もまたワーレンの冒険商人だった。

 

「畏れながら、魔法など見慣れたつもりでいましたが、とんだ思い上がりであったようです。これを使えば敵船など一撃で海の藻屑だ」

 

 それとも自分たちが撃たれた場合を想定するべきか。なんてことを興奮と恐怖の入り混じった複雑な顔をしてブツブツ呟いている。

 

「動いている船に狙って当てるなんて神業、できっこないよ」

 

 なにより、ファイヤーやブリザーのように魔道士を起点に放たれる魔法と違って、空中という無関係な固定された位置から火球を落下させる魔法だ。よほど空間を把握する能力に優れた魔道士が使わなければ、無関係な海面を蒸発させるのが関の山だ。

 リンダやマリクのような本物の天才たちなら可能かもしれないが、少なくともボクには無理だ。

 

 

 

 

 タリス・ワーレン間のとある島に砦を作って商船を襲う厄介な海賊の一党がいた。

 天然の洞窟を活用した堅牢な砦であった。ワーレンの商人たちも手を焼いていた。

 それがこの日、消えてなくなった。

 ボクとタリスの軍兵が消した。

 タリス王国は航路を守る意志と力を有することを広く示した。

 

 ひとまずワーレンへのメッセージはこれで十分かな。




Q.後半になったら大量に使い手が湧いてくるメティオが大魔法なの?
A.『紋章』だとオーラ、エクスカリバーと同格の武器レベルBの魔道書なんですよね。
 これを超えるのはガーネフのマフー(A)だけ。


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波紋を起こす

 唐突だが戦士が一番に欲する物とは何だろうか。

 

 類稀なる名馬。手に馴染む優れた武器。それとも得難い好敵手だろうか。

 あるいは金が第一、勝利の後の略奪が何よりの楽しみだと(うそぶ)く者もいるだろう。

 ボクが見るところ彼らが共通して求めてやまぬ物が一つある。

 

 高踏に言えば、栄光ある戦い、子々孫々まで歌い継がれる武勲(いさお)(うた)

 卑俗に言えば、度胸試し、仲間内でデカい顔ができる武勇伝(ヤンチャ)

 

 すなわち名誉だ。

 

 

 

 海賊の討伐に参加した兵士たちは一人の例外もなく勇者として迎えられた。

 英雄たちの凱旋を一目見ようと島中から人が集まったことで、タリス唯一の海港は、季節の大市にも劣らぬ活況を呈していた。

 

 

 白馬に跨る若武者の凛々しい姿を見ろ! アレこそ聖王国から来られた公達(きんだち)、我らがシーダ姫さまのお婿さまだぜ。ありがたや。ありがたや。おい知ってるか。若君がお腰に佩いていらっしゃる剣。ありゃあレピアーっつうお貴族さまの武器なんだぜ。へへん。俺なんてもっと詳しいもんね。その剣を留めてるベルト、シーダさまがお贈りになった物だって噂だぜ。そりゃあ知らなかった。仲よき事は美しき哉。タリスは安泰だな。

 

 周囲の立派な鎧の騎士さまたちもカッケーなあ。大岩が動いてるみたいだ。それにあの大きな剣! あれに掛かれば海賊なんてイチコロなんだろうなあ。

 

 おい見ろよ。あのドヤ顔で行進してる浮かれ返った色男。樵夫(きこり)のバーツじゃないか? 本当だ。てーと。いたいた。やっぱりサジとマジの二人も一緒か。相っ変わらずどっちがどっちか分かんない奴らだな。あたしは分かるよ。あのガチガチに緊張して手と足が同時に出てるぶきっちょさんがサジだよ。そうかあ? 俺にはあっちがマジに見えるがなあ。どっちでもいいよ。おーい! よくやったサジマジバーツ!

 

 おや。あの禿頭の爺様は薬師のリフさんじゃないかい? 薬師って言うなよ。癒しの杖魔法を修めた高徳のお坊さんだぞ。そうだったの。腹下したり頭が痛い時に薬くれる親切な爺さんだとばっかり。まさかだよな。杖ついてる割には健脚だなあとは思ってた。お前たちなあ。リフ師は王宮でシーダ様やアリティアから逃れて来たお姫様に杖魔法の教授もされている偉い御方なんだぞ。王宮!? そう聞くとなんか後光が差してる気がしてきたな。

 

 猟師のカシムもいるぞ。はは。(やっこ)さん服に着られてやがる。けど立派なもんじゃないか。ずっと幸薄そうな面してると思ってたが、どうしてどうして、こうやって見ると、なんだ、思慮の深そうな顔に見えてくるな。この後、王さまからお褒めの言葉がいただけるんだろ? お袋さんもさぞ鼻が高いことだろうよ。

 

 

 沿道の人々が思い思いに喋り倒す。

 想像以上の盛り上がりに、これならサクラを仕込んでおく必要もなかったくらいだなとボクは鞍上でそう思った。ちなみに分かるかもしれないが「聖王国から来られた公達」と言ってたのはとりあえずサクラである。声に聞き覚えがある。

 大根め。まず普通のタリス島民は聖王国とか公達とか使わないんだよなあ。

 危うく微笑が失笑に変じるところだった。

 

 今日の演目は美々しい貴公子と彼に率いられた勇士たち。

 清潔感のある揃いの衣装を用意して、儀仗の剣を全員に持たせた。制服(ユニフォーム)の力は前世の世界のお墨付きである。三割増しで男前に見せてくれる。

 僧侶リフは当人がやんわりと拒絶したのと、元から登城に耐える法服を所持していたので、それを着てもらっている。

 甲冑騎士(アーマーナイト)たちも鎧姿の方が映えるだろうという判断でそのまま。

 

 それでお前は魔法使いの癖にどうして剣なんて持って馬に乗ってるのかって?

 こっちの方が大衆のウケが良いから。よく分かんない呪い師より白馬の王子の方が好かれる以上、当然、そっちを選びます。王侯貴族っていうのは人気商売だからね。

 

 今回の海賊退治にオグマとウーナには遠慮してもらったのも、同様のこすっからい計算に拠るものだ。

 タリス最強の勇者として絶大な尊敬を勝ち得ているオグマ(美丈夫)と有角の天馬に騎乗する凛々しくも美しい女騎士という目を引く要素しかないウーナの二人がパレードに参加すると、最悪、観衆の印象と注目が全部そっちに持っていかれて、オグマとウーナとその他大勢になってしまいかねない。

 それは困る。割と切実に。

 有能で人気のある臣下に嫉妬して遠ざける暗君ムーブはあるあるだが、実際自分がその立場になると、なんでそんなことをするのか実感として理解できちゃうな。気を付けよう。

 脇道にそれた。

 

 そう。人気だ。

 ボクとモスティン王は、この農夫と樵夫、漁師と狩人から成る二十余名のちっぽけな烏合の衆を人気者にしないとならない。無辜の民草が憧れ、身分ある戦士たちが誇りを満たせる栄誉ある戦士団に育て上げる。

 その第一歩として、今日これから、この張り子たちに虎の毛皮を被せる。

 

 第二部の舞台は王宮のバルコニー。

 群衆の見上げる中、タリス王モスティンは海賊討伐に参加した勇者たちを迎え入れた。顔を合わせて一人一人に声を掛け、手ずから短剣を下賜した。

 短剣が手渡される度に群衆は歓声を上げ、目を輝かせ痛く感動する平民の戦士たち。

 純朴だなあ。

 彼らを利用している自覚があるので、良心が痛む。ただこれを感じなくなった時がお仕舞いなので、甘んじて受け入れるべき痛みだ。

 最後に討伐軍の代表としてボクがお言葉を頂戴する。

 そして今回はそれだけで終わりではない。スペシャルなゲストが居るのだ。

 侍従の合図に応じて一人の中年男性が進み出る。例の傭船の船長だ。バーツ以下の志願兵たちが顔に疑問符を浮かべている。あれは「やべ。このオッサン、なんか偉いさんだったのか?」って顔だな。うん。船長が偉くないわけないでしょ。平民の中でも普通に上層市民だよ。

 とはいえ。商船の船長は王宮の式典に呼ばれる身分ではない。また、船を使わせてくれた協力者という点でまったくの部外者という訳でもないが、今回の式典の趣旨的に出席は御遠慮願いたいのが実際の所。

 

 これは彼がとある役儀を帯びているからだ。

 ワーレン商人は王に向けて最敬礼すると高らかに述べた。

 

「ワーレン総督並びに評議会の名代として陛下に御挨拶申し上げます」

 

 というわけ。特使。外交官である。志願兵たちも観衆もいまいちピンときてないっぽいけど、外交的にはむちゃくちゃ偉い人だからね。

 

 タリス王とワーレン総督の連名で、ボクたちは両国間の航路を脅かす海賊団討伐の武功を顕彰された。これによってこの即席の戦闘集団は二ヶ国の元首から承認を受けたことになる。

 

 最後に、特使が「ますますの活躍を期待します」的な言葉を贈り、それを受けたモスティン王が語りだす。

 

「ワーレンの特使殿に感謝を。勇敢な若者たちに祝福を。さて、目出度き席に何を言い出すのかと思われるかもしれぬが、中にはここ最近の急激な動きに不安を感じている者もいるかと思う」

 

 静かな語り口だった。怯える民衆を慰撫せんとする意思が察せられる優しい声だ。

 

「グルニアのロレンス殿を覚えているだろうか。そうだあの時代を生きた人間が忘れられようはずもない。彼の御仁の協力なくしてタリスの統一はならなかったであろう。それほどの名将であった。将軍の知遇を得られた事。我が畢生の僥倖である」

 

 グルニア王国第一の将星ロレンスは若き日の遍歴騎士の時代に、部族長モスティンと友誼を結び、タリス統一の事業に参画した。モスティン王のお膝下である王都で彼を知らない者はいないだろう。

 

「我が娘シーダの許嫁である侯子殿はアカネイアのレフカンディより参られた。北方異民族の商人と南方ワーレンの商人とを我がタリスで結びつける施策は彼の発案に拠る物である。気宇壮大なる若者を婿に迎えられる事、余は誇らしく感じている」

 

 次にボクのことを誉めそやす。

 ロレンス将軍とボクと。共通点は外からやって来て島を変えたことだろうか。

 

「タリスは小さい。これは何も面積だけを指してこう言っているのではない。ロレンス殿、侯子殿、どちらもたった一人の外から来た男だ。それが為した事業の何と大きいことだろうか。だがそんな彼らですら、大陸にあっては砂場で遊ぶ幼い子供に過ぎない。それだけ大陸は大きいのだ」

 

 いきなり褒めると思ったら、どうもだしに使われたらしい。

 

「聞いてもらいたいタリスの民よ。大陸は動乱の季節にある。秋の霜が花を蝕み散らせるように、花の如き国々が無惨にも散って行く時代だ。散り落ちた花が水面に刻んだ波紋は、ついには恐るべき高波となって今にも我が国を飲み込まんとしている」

 

 殊更に脅しつけようとする声色ではない平坦な語り口が、かえって真に迫って聞こえるのだろう。喧騒がシンッと静まり返った。

 

「嵐が鎮まるまで国を閉ざせば良い。我が国は永らく内に閉じ籠って来た。十年一日の変わらぬ社会だった。ならば無理に変わる必要は無いのではないか。多くの者がそのように考えているのではないだろうか。だがそれは本当だろうか。余はそうは思わない」

 

 ボクもまた老王から発せられる気に圧倒されていた。

 

「二十余年の昔を知る者は思い出せ。知らぬ者は知って欲しい。かつてタリスは麻の如く乱れていたではないか。今の平穏は如何なる仕儀に拠る物か。余が全島を統一したからか? 否である。それは結果に過ぎない。すべてはアカネイアの文物を取り入れたが為だ。島が豊かになって、我らはようやく分かち合う事が出来るようになった。あの時代に立ち戻ってはならない」

 

 モスティン王は声も高らかに綸言(りんげん)を発した。

 

「余はタリス戦士団の創設をここに宣する」



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兵種と訓練

 タリス戦士団の発足から早くも二ヶ月が経過した。

 

 その間、国王から褒められたことで増長した一部の馬鹿が街で騒ぎを起こしたり、海賊退治に不参加だったオグマを侮った末に喧嘩を売ってコテンパンにされるような頭の痛い事件もあったが、それらを加味しても順調に戦士団は成長していた。

 

 基地として与えられた砦に寝起きしながら、王宮のベテラン兵と我が家の騎士たちを教官として、団員たちは訓練の日々を過ごしている。

 王都にほど近いこの小さな砦は、タリスがまだ無数の小邑に分かれていた時代に、後に王都となる集落を守るために築かれた出城だった。若き日のモスティン王はここを拠点にして兵を起こし、近隣の部族を併呑した。

 統一戦争時代の偉大な遺産である。

 数ある中でこの砦を選んだモスティン王の心境はいかなるものであろうか。それだけキミたち戦士団に期待しているんだと訓示する。

 まあ、実際のところは分からない。ただ単に王都から一番近くて、現在は使われてないから、遊ばせておくよりは良いと選ばれただけかもしれない。

 

 当初は鮮烈なデビューを果たしたことが忘れられず、すぐにも次の実戦を求める声が上がっていたようだが、模擬戦等を通して地力と練度の差を分からされた結果、今では真面目に取り組んでいるという話だ。

 純粋に成長するのが楽しいというのもあるだろう。

 同じ釜の飯を食う同年輩の仲間たちと一つの宿舎で起居を共にしながら、訓練を通じて汗を流す。まだキッチリとした規則などはないふんわりとした集団なので、士官学校というよりは男子校のノリが近いだろうか。

 あまりやり過ぎると排他性と選民意識を生む懸念もあるが、競い合うことを通じて練度を深め、仲間意識を育んで欲しい。

 ボク自身が宿舎に足を運ぶことはあまりないので伝聞だが、なかなか面白おかしく過ごしているらしい。先日はフットボール的な球技の大会を開いたとか聞いている。楽しそうで結構なことだ。

 

 そういう話を聞くと、同格の友人を持てる彼らが時折、無性に羨ましくなる。まあ、ボクは体育会系は苦手なんだけどね。

 

 専業の正規軍が兼業の民兵集団に勝る最大の理由は訓練に十分な時間を割けることにある。海賊討伐に名乗りを上げた当時は村の力自慢に毛が生えた程度だった戦士たちは、本格的な訓練を通じて長足の進歩を遂げた。

 ゲーム的に表現すればレベル一つ二つ上がった状態。

 

 中でも図抜けた成果を見せたのがバーツである。きこりの仕事で培った斧捌きと恵まれた体格が生んだ膂力は元より一級品であったが、今ではそこに足捌きや間合いの勘所、技の深みが備わりつつある。

 今はまだ、力任せに叩き込むことしか出来ていないが、ここに練り上げられた技が加われば、無双の斧戦士となるだろうと期待されている。

 

 同じく体格と器用さを見込まれたサジは斧と盾とを同時に扱う訓練を受けている。教官から上げられる報告によると、仲間意識が強く、良い意味での鈍感さがある彼は、重装歩兵への適性があるのではないかという話だ。

 後のシリーズで言うところのアクスアーマーだね。

 

 その他の戦士たちも負けてはいられないぞと訓練に励み、それぞれ腕前を上げている。

 また訓練の過程で全員が一度は弓を触ったことで、カシムの弓の冴えに誰もが一目を置くに至った。

 

 意外な才能を発揮したのがマジだ。

 団員全員を対象に行った検査で、彼には強大な魔力が眠っていることが発覚した。検査を担当した魔道士が「このまま埋もれさせるのはあまりにも惜しいです」と興奮しながら伝えてきた。曰くパレス魔道宮にもそうそういないレベルだとか。

 

 もっとも『新・暗黒竜』をプレイした人にとっては驚くべきことではないかもしれない。

 

 たしかマリクと同格なんだよなあ。

 

 マジの成長率が魔力と魔防とが伸びやすく設定されているのは有名な話。ダークマージに兵種変更した彼を指して『ダークマジ』なんていう渾名まであったくらいだ。

 各人の成長率なんてとても覚えていないが、マジについてだけは、あまりの意外性とそのキャッチ―な響きでよく覚えている。

 あるいは『マジ』なんて名前の時点で必然だったのかもしれない。

 なんならこの検査自体が、この世界のマジに魔道の才能があるか確認するために行わせた面が大きい。もしそれで他にも逸材がいれば儲け物と思ったんだけど、流石にそう都合良くはいかなかったね。

 

「ダメで元々で期待してなかったけど。そんな逸材がねえ。何事もやってみるもんだ。マジだっけ? 屋敷に来るように伝えてもらえるかい」

 

 検査員にマジを屋敷に来させるように命じた。

 本当は自分から砦まで向かいたいところだが、彼我の身分と立場を考えると、それは許されない行動だ。面倒くさいと思うけど、権威はボクの武器だから、自ら毀損するわけにはいかない。

 

「そう仰せられるかと思って、待機させております」

 

 家令の許可を得て、出入りの商人などを入れる部屋で待機させているとのこと。

 これは気が利くのか、ボクが分かりやすいのかどっちだろうね。

 

「応接室に通すように」

「畏まりました」

 

 側仕えに指示を出す。執務室を出て応接室に移動する。

 服はこのままで構わないよね。

 

「よろしいかと」

「よかった」

 

 割と距離がある廊下を歩きながら、人を迎えるのに致命的な問題がないか確認してもらう。

 ボクが到着した時にはすでに客人は応接室に通されていた。

 

「お待たせ。キミがマジだね。こうして会うのは王宮での式典以来かな」

 

 呼び出されたマジは相当戸惑っていたが、斟酌せず直球で用件を告げる。

 

「魔法を学んでみる気はないかい?」

「まほー?」

 

 ボクの言葉がよほど予想外だったのだろう。最初何を言われているのか分からない様子だった。無理もない。彼のこれまでの人生に魔法は無縁だったし、将来設計にも欠片も存在しなかったはずだ。

 目を白黒させるマジに説得の言葉を畳みかける。

 まあ。問いの形を取っているけど、彼は命令と受け取っているだろうし、実際にそうだ。貴重な魔道士の素質のある人間を逃がす気はない。

 

「つまり……ああ、その、なんだ。俺にも侯子様みたいに空から火の玉を降らせることができるようになるってことですか?」

「ああ。メティオか! ははっ。そうだね」

 

 ようやくのことで絞り出されたマジの言葉にボクは笑った。とんでもないことを言い出すなと思ったが、そうか彼にとっての魔法というのはアレになるわけだ。

 

「修行を積めばと言ってあげたいが正直に言おう。ボクが言うのもなんだけど、実際あれはかなり高位の魔法だ。使える魔道士は限られている。それにとても稀少な部類に入る魔道書だからね、使いこなせる技量があっても、おいそれと使わせてはあげられない」

 

 一般の魔道士の家系なら家宝として伝えられてもおかしくないレベルの魔道書だ。

 ボクは割と嘘つきだが、ここは本音で対するのが礼儀だろう。

 

「そうっすか」

 

 ほっとした様子だった。あの力を振り回す自分の姿に恐怖していたのだろう。だが同時にちょっと残念にも思っているな。

 

 だがそれはあくまでも一般論である。ボクには当てはまらない。

 

「けど。そうだね。もしキミがメティオを使いこなせるだけの魔道の境地に至れたならば、プレゼントしても構わない。どうだい?」

 

 ギョッとした顔でこちらを見た後、マジはおずおずと頷いた。

 

「うっす。頑張ります」




 作者はアーマーナイトの中で『蒼炎』『暁』のチャップが一番好きです。次点はヘクトル(アーマー?)。
 ちなみに主人公も教官も知らないことですが、サジをアーマーナイトにして育成すると速さと魔防の成長率が0になるそうです。すごいですね。


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世界の終わり

 パレスが落ちた。

 

 その報せに母は失神し、ウーナは「つまらん冗談はよせ」とペガサスを走らせて来た同輩の胸倉を掴み、憤怒の表情で怒鳴りつけた。

 ボクもまた激しく動揺していた。

 倒れた母を介抱する使用人たちの姿を呆然と眺めていた。頑丈だな。それとも幸運か。母が倒れる時にテーブルから落下した茶器が割れていないことに場違いな感心をする。

 永遠の都パレス。中原の光華。それが失われた。

 聖王国の藩屏グラが裏切り、勇者の国アリティアが落ちた時点で定められた未来であったのだろう。

 分かっていたはずなのに、世界が終わったような恐れに全身が苛まれる。心臓が激しく脈打ち、口の中が激しく乾いた。心の片隅で、レフカンディ健在のこの世界ならば、何もかもが上手く行くのではないかと甘いことを考えていたのだと思い知らされた。

 深呼吸をして心を落ち着ける。

 

「ウーナ。少し下がってくれるかな」

「申し訳ございません。醜態を晒しました」

 

 我に返ったウーナが後ろに下がる。

 彼女が元の同僚に「すまなかった」と詫びを入れるのを眺めながら、侍女が差し出す水を口に含む。果実と香草の風味にほっとする。少しだけ気力が回復した。

 

「いや。いいよ。君が代わりに怒ってくれたような物だ。さもなくばボクが罵倒していたかもしれない。そうなれば彼女も立つ瀬がないだろう。それくらい信じがたい、嘘のような話だからね。ああ。すまないね。こういう言い方は、急使のキミを軽んじる物だな」

「あるまじきことです。こうして玉梓(たまずさ)の任を言付かり、果たし終えた今でも、小官自身、これは何かの間違いではないかと思えてなりません」

 

 折り目正しく(こうべ)を垂れる天馬騎士。

 よく見れば鎧のあちこちに傷が入っている。鎧下の布地にも拭い難い血の汚れが目立つ。激しい戦いを生き残った歴戦の勇士だ。

 最後に一言「ウーナ卿からは後で何か埋め合わせてもらいます」と軽口を添える。それを聞いてばつが悪い顔をする騎士隊長の姿が面白くて思わず笑ってしまった。

 

「はは。こういう時でも人間というのは笑えるものなんだね。気分が上を向いたように感じるよ。質問して構わないかい」

 

 御意のままにと使者は応じる。

 

「王家の皆様。ことに陛下とお妃様、ニーナ王女はどうなされたのか分かるかい?」

「申し訳ございません。我らレフカンディ軍の本隊は王都とは遠く離れたオレルアンの地にて戦っておりましたので確たることは何も。南の三侯の御家中であれば何か掴んでおられるやもしれませんが」

「そうか。御無事であれば良いのだが」

 

 我ながら薄ら寒い言葉だ。原作では王女ニーナを除いてアカネイア王族は全滅する。そしてボクはニーナ姫にどうか死んでいてくれと願っている。現時点では、彼女自身には何の咎もないのに。

 

「お爺様はオレルアンの戦陣。伯父上とその一家はレフカンディの本領に。王都にいたのはお婆様とお父様、それと伯母上方とその子女たちか」

 

 王都の屋敷を差配する女主人たる祖母。王宮の官僚を務める父。他家に嫁いだ伯母らとその子の従兄弟たち。又従兄弟(はとこ)や分家も含めれば三桁の数の一族が王都で暮らしている。

 

 こうなると知っていて見捨てて逃げて来た自分にそんな資格はないかもしれないが、どうか無事でいて欲しい。

 そう強く願った。

 

 一応、疎開を勧める手紙を送ったりはしてたんだけどね。パレスを離れるのを嫌って効果は無かった。

 愚かとは言うまい。王都が一番安全だという認識もあったんだろう。

 ボクだって前世知識の千里眼がなければ、堅固な防壁に囲まれた王都から、タリスの辺境まで移住しようとは思わなかったはずなので、偉そうなことは言えない。

 

 その後、ボクと意識を取り戻した母とが返信をしたためる間、わずかに休息すると、暇を請うた天馬騎士はそのまま戦場に戻って行った。

 その際、自分もまた幕下に合流するべきではないかと逡巡するウーナの内心の葛藤を見透かすように「卿には姫様と侯子様とをお支えする使命があるだろう。そうあれかしと候は望んでおられる」と叱咤して去った。

 

 

 

 それから数日が経過した。

 もう少し詳しいパレス陥落とその後についての情報はワーレン商人経由で齎された。

 

 驚天動地の話の後も、タリス島内ではなんら変わらぬ日常が続いていた。ボク自身、この件で何かできることがあるわけではない。いつも通りに荘園の運営をして日々を過ごしていた。戦士団と商館についてはあくまでも王家の事業だ。幸いどちらも順調である。既に現時点で例年にない税収が見込めると王宮の財務官僚たちは大喜びだ。

 母は心労で寝込んでしまった。幸いシーダの見舞いもあって段々と気力を取り戻しつつある。

 タリス・レフカンディの騎士隊は、半ば代償行為染みた熱心さで訓練に取り組んでいる。オーバートレーニングにならないかとちょっと心配だな。

 

 書簡を広げる。

 軽く通読し、あらためて頭から精読して行く。

 

「なるほど」

 

 文面に混乱が現れている。パレスの失陥は百戦錬磨たるワーレンの豪商たちにとっても寝耳に水の出来事だったことがうかがえる。

 

 この速報を既知の情報と併せて頭の中で整理する。

 

 当初、アカネイア軍は侵略者を相手に互角以上に戦っていた。

 グラの地を橋頭保に攻め寄せる帝国軍をレフカンディの騎士たちは正面から受け止めた。

 侵攻序盤のアリティアを落として意気上がる敵の勢いを、ここで食い止められたのは非常に大きく、それによってアカネイアの誇る重装騎士たちが間に合った。

 そして配備を終えた聖騎士団に場を引き継ぐと、レフカンディ侯は麾下の騎士団を率いて北方に転戦した。選抜した騎兵と天馬騎士のみから成る高速部隊を先行させる念の入れよう。

 突如として参戦したカダインの魔道兵とグルニア騎士団の混成部隊に苦慮するオレルアン王国への救援である。

 オレルアンを抜かれると北からレフカンディを侵されるので、領内を戦場にしない為の純粋に自家の都合ではあるが、救援を得たオレルアン王国の面々が喜んだのも確かであろう。

 騎士の鑑よと賞賛を受け、吟遊詩人たちはその武勲詩を歌って回った。ボクをそれを聞いて、詩人に金を握らせて歌わせたんだろうなと思った。

 

 その後、アリティアの残党が合流して、オレルアンの地で戦い続けているのは、以前に語った通りである。

 

 またアカネイアの南部。つまりレフカンディ以南の王都パレスと三侯国が占める地方だが、その地では西方諸侯の旗頭メニディ侯ノア様と南方の盟主ディール侯シャロン様がそれぞれ侯国の騎士団を率いて勇戦された。

 マケドニアの竜騎士団が現れればノア様の御子息であるジョルジュ卿の独擅場となる。『大陸一の弓使い』の誉れも高き聖弓パルティアを預かる彼の率いる弓騎士隊は、まさしく空を飛ぶ者たちの天敵だった。

 弓騎士ジョルジュ。ゲームでは名前倒れのあまり振るわないユニットだった。

 ボク自身が前世では「大陸一(笑)」と令名にそぐわぬ彼の平凡な腕前をネタにしていた口だが、今世では考えを改めた。ボク自身が同じことをしているので分かるのだが、たとえ作られた風評・名声であっても、勇者に率いられる部隊は強い。なにより戦後にはアカネイア弓騎士団を任せられる男だ。もともと指揮官として優れているのだろう。

 

 そのような形で両軍の戦力は拮抗し、戦場は膠着状態に陥って早くも数か月に及んでいた。

 識者たちの見るところ、戦争はこのまま長期化するが、最後には地力に勝るアカネイア側が勝利するだろう。そう考えられていた。ワーレン商人たちも大方がそう考えていたと書き記している。

 

 均衡を崩すに至った事件は三つ。

 

 カダイン最高司祭とアカネイア魔道宮祭司長を兼務し、戦争ではアカネイア側に立って戦っていた大司祭ミロアが、カダインを乗っ取った魔王ガーネフに敗れた。

 たしか娘のリンダを庇ってマフーの直撃を喰らったんだっけ。あれ、それとも、これは二次創作の話だったかな。どっちだろう。

 ともあれ、アカネイアの魔道士の最高位者が死亡したのが一つ。

 

 次にアカネイア軍の総司令官オーエン伯が陣中で謎の怪死を遂げた。暗殺が囁かれている。意思決定者を急に喪失した軍団の指揮系統はほんの僅かな乱れを生じ、その蟻の一穴を黒騎士カミュは見逃さなかった。

 一気呵成の猛攻に聖騎士団は壊走した。これが二つ目。

 

 最後の決め手となったのはアドリア侯ラングがマケドニアの竜騎士団と内応したこと。それまで領地で穴熊を決め込んでいたラングが突如として兵を起こし、友軍を装ってメニディ侯に近づくと、これを奇襲して殺害してしまった。

 そこへ襲いかかる竜騎士の群れ。半壊した弓騎士隊になす術はなく、飛竜を駆る騎士たちは地上を歩くしかないできない歩兵の群れを、悠々と刈り取って行った。

 ほどなく主と軍主力を失ったメニディ侯国は占領された。

 

 正直なところ、なぜこの状況でラングが裏切ったのかが分からない。その点は文通相手も不思議に感じているようだ。

 極端なことを言えば、ミロア司祭の死と聖騎士団の壊滅は、結局はアカネイア王の直轄領の話でしかない。王都パレスは陥落するかもしれないが、五大貴族が健在ならば、巻き返す目は十分にあった。

 それとも外部からはうかがい知れない何らかの必然があったのか。疑問は尽きない。

 

 ともあれラングは裏切った。

 

 一人残されたディール侯に出来ることはもはや無かった。

 最後まで奮戦するも、衆寡敵せず、陣没を遂げた。

 

 グルニア、マケドニア、グラ、そこにアドリアを加えたドルーア帝国の軍勢が王都パレスを襲った。

 攻城戦は記録的な短時間で終わったと言う。

 

 王宮の最奥に隠れ潜んでいたアカネイア王は、王都の中央広場に引きずり出され、恐怖する群衆の眼前で有無を言わさず首を刎ねられた。

 王家の一族もまた死を間近に控えた老人から生まれたばかりの赤子まで、そのことごとくが殺し尽くされた。

 もともとアカネイアの王族は、百年前の第一次ドルーア戦争でも族滅の憂き目に合っており、現在の王家はそこから唯一生き残った王女アルテミスの血統から始まる脆弱な一族だった。数が回復しきっていない。

 皆殺しにするのは容易だったろう。少なくとも全員行方知れずになっている。書簡の中でも全員死んだのではないかと推測されている。

 

「原作だと。ニーナ王女が黒騎士カミュに匿われているはずだけど、果たしてこの世界ではどうなっていることか」

 

 本音を言うと、一人だけ生き残らせるとか面倒なことをしてくれやがって、全員殺すか全員助けろよって理不尽な怒りを感じている。

 もっとも。原作ではあらかた粛正が終わってから着任したカミュに怒るのは筋違いなのは分かっているし、仮に優秀とは言えただの一将校でしかない彼にそんな権限は元からないだろう。権限があれば秘密裏に匿ったりせず、堂々と助命しているはずだ。

 

 だからこれはただの八つ当たりである。

 

 不愉快な話の続く中に朗報もあった。

 お婆様を始めとするレフカンディの一門は健在。屋敷は接収され、別邸の一つに一族纏めて軟禁状態に置かれてこそいるが、すぐに殺されることはないだろうと目されている。

 北の地で大軍を維持するお爺様や、国主代行の伯父上、お婆様の御実家のさる貴族家への人質として有意と判断されたようだ。

 原作において聖騎士ミディアが囚われていたのも同様にディール家への牽制だったのではないかと思う。たぶんこの世界でも捕虜になっているんじゃないかなあ。

 またその判断には、少なからずアドリア侯ラングの働きかけも影響があったという。

 額面通りに人質として有効で、同時に、もしもドルーア帝国が敗戦した場合に備えて、諸侯に恩を売っているのだろう。「蛮族の群れから同胞を守るためにやむなく裏切ったのだ」言い分としてはそんなところか。はなはだ遺憾な話だが、分かっていても、感謝せざるを得ない、厄介な男だ。




大きく世界が動きました。でもタリスは動きません。田舎なので。


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飛んで来た

今回はシーダ視点の一人称的三人称です。


 今日は朝から王宮中がそわそわしています。

 いつも王様のお仕事でお忙しいお父様も、美味しいご飯を作ってくれるお母様も、なんだかとっても上の空です。

 これはお誕生日会かお客様がやってくる日の空気です。でも変だなとシーダは思いました。お誕生日会なら誰のお誕生日でしょうか。私の十歳の誕生日は再来月なので違いますし、お父様とお母様でもありません。

 そうするとお客様があるのでしょうか。

 首を傾げて、はてなと頭を捻っていると、お城の外からワァッというざわめきが飛び込んできました。

 それを聞いたお父様は椅子から立ち上ると、お母さまと顔を合わせて頷き合い、バルコニーへと歩きだされました。お母様も後を追います。その際、愛娘の肩にそっと手を添えられて、着いて来るようにとうながされました。

 

 なあにあれっ!

 

 いけない。思わず王女らしくない叫び声を上げてしまいました。慌てて口をふさぎます。傅役(もりやく)のばあやが聞いていたら、ガミガミお説教が待っています。

 ですがそうはならなかったでしょう。なぜなら、ばあやも大きく口を開いて、あわわわわとはしたない驚き声を出していたからです。

 落ち着いた姿を見せていたのは王様であるお父様だけでした。お母様も驚いて目を丸くされていましたし、お城の兵士たちもみんな驚いていました。

 

 空の向こうからそれは来ました。

 

 十数頭のペガサスが見事な隊伍を編んで南西の空から天翔(あまがけ)て来ました。

 よほどに訓練を積んだ騎士たちが御しているのでしょう。高さは一定の高度が保たれ、天馬同士の間隔も微動だにしませんでした。

 

 外から聞こえて来た音の正体は、それを見たタリスの島民たちが驚き慌てて立てた物だったのです。

 

 シーダも天馬を駆けさせる訓練を少し前から始めていたので、それがいかに大変なことかよく分かりました。

 

 なにより驚くべきは、仲間たちに囲われて中央を飛ぶ五頭のペガサスの妙技です。

 馬車の車室(キャビン)を思わせる豪華な箱状の物を吊るして運んでいます。それも、まるで魔法でもかけられたように小動(こゆるぎ)もしていませんでした。

 

 彼らは。ペガサスナイトの一団ですから彼女らと呼ぶべきでしょうか、箱を運ぶ天馬騎士の集団はそのまま王宮の上まで飛んでくると、お城の中庭に箱を降ろしました。

 下馬した騎士の一人が、箱の側面の扉をうやうやしく開きました。

 すると中から人が出て来たではありませんか。

 この人がお客様なのでしょうか。いいえ、そうではありません。その中年の男の人は、シーダの知る限りだと王宮の侍従のじいやに似た雰囲気を持っていました。

 彼は、バルコニーに立つお父様に向けて、優雅な仕草でお辞儀をしました。

 

「よくぞ遠路参られた!」

 

 お父様が大きなお声で出迎えの言葉をかけられます。

 

 シーダはたまげました。

 こんなお客様の登場は前代未聞のことです。

 

「それ。皆の者、お客人を丁重にお持て成しせよ」

 

 お父様が王様のお顔で侍従と侍女たちに命じます。

 

「二十に迫るペガサスか。あれだけで我が城など容易く攻め落とせような」

 

 パタパタとお城の使用人たちが駆けて行く音に紛れるように呟かれた、絞り出すようなお父様の言葉がシーダの耳に残りました。

 

 

 シーダから見たお客様の第一印象は「変な子」でした。

 アカネイアの貴族。それも五大貴族と称される権門中の権門の出身だと聞いているのに、ビックリするくらい物腰が柔らかいのです。

 

「お初にお目にかかります。シーダ王女」

 

 以前にお父様であるモスティン王に連れられて赴いたアカネイアの王都パレスでは、何度も不愉快な目に合わせられたので、どんな嫌な子が来たんだろうと心配していたのですが、絵物語に出てくる王子様のように優雅な少年でした。

 青い瞳は夢見るようにキラキラと輝き、瑞々しい桃色の頬に、ほどよい長さに整えられた金色の髪がお人形のようでした。

 年齢はシーダと同じくらいでしょうか。

 シーダはもうすぐ十歳のお姉さんです。この子もそれくらいかなと思いました。聞けばちょうど半年違いでシーダがお姉さんだと分かりました。ちょっとだけ年下です。

 

 もちろん、それだけならば「素敵な人」であって、シーダも変だとは見做さなかったでしょう。

 

 この人、私じゃなくて、なんだか遠い所を見ている。

 

 シーダはピンと来ました。この男の子は自分を見ているようで見ていないと。なんだかとてもムカムカしました。一瞬でも素敵と思ったのはトンデモないことでした。パレスで出会った意地の悪い貴族の子供たちよりもよっぽど失礼な人です。

 それに見た目は子供なのに大人と話しているような感じがして不気味でした。

 プンプン怒ったシーダは大人たちに訴えます。「あの子変よ」と。けれども、ばあやも侍女たちも大好きなお母様でさえも取り合ってくれません。

 

 お父様に至っては信じられないことを言い出す始末です。

 

「あの少年がお前の婿となるレフカンディの若殿だ。シーダよ。好きになれとは言わん。ひとまずは新しくできた友人だと思って接してみなさい」

 

 お婿さん!

 

 それはつまりお母様にとってのお父様と言うことです。シーダはビックリしました。なんてことあの男の子と私がそうなるの。そんなことを言われても困ってしまいます。

 

 それから何日かして、シーダは男の子のお家に遊びに行くことになりました。

 王妃様であるお母様が、男の子のお母様であるレフカンディの侯女様にお茶の席へお呼ばれしたのです。

 

 馬車に乗って王都の郊外にあるレフカンディのお屋敷に向かいます。

 そんな所にそんな物があるだなんてシーダは知りませんでした。不思議に思って聞くと、しばらく前に完成したのだそうです。

 御者の老人が楽し気に話すことには、島中から大工さんと人足が集められて、工事現場はまるでお祭りのようだったという話です。

 

 そうする内に到着したお屋敷は、お城の次くらいに大きなとても立派な建物でした。

 

 シーダは緊張してきました。よく考えると、お客様をお持て成しする経験はありましたが、お友達のお家にお招きされるのは初めてです。

 

 お屋敷の召使いに案内されて、お屋敷の中にお邪魔します。

 玄関広間に、あの男の子とよく似たとても綺麗でかわいらしい女の人がいて、シーダと王妃様を出迎えてくれました。このお屋敷の女主人であるレフカンディの侯女様です。

 

 彼女は人好きのする笑顔で二人に近寄ると、お母様の手を握って「ようこそいらっしゃいました」と歓迎しました。

 それに応じて「お招きありがとうございます」と王妃様もお礼を言います。お母様に続いてシーダもご挨拶をします。

 

「お招きありがとうございます。タリス王モスティンが息女シーダです」

 

 緊張しながらもどうにか教えられた通りのお作法をきっちりとやり遂げました。ところが、終わった所で油断して、えへへっと頬を緩めてしまいます。

 

「まあ。お可愛らしいこと」

 

 天真爛漫。百点満点の笑顔です。

 生粋のパレス貴族の侯女から見ると、シーダのそれは落第点も良いところでしたが、そんなことまるで気になりませんでした。

 

 王都を遠く離れた土地に来て、彼女も開放的になっていたのかもしれません。ここで言う王都とはアカネイアの王都のパレスと言う意味です。

 

 そこにするりと入って来たシーダの笑顔をたちまち気に入ってしまいました。

 

 和やかな空気の中でお茶会が始まりました。

 はじめて食べる素敵なお菓子にシーダは魅了されっぱなしです。

 その微笑ましい様子を見守りながら二人の貴婦人は話に花を咲かせます。

 

「それじゃあ。王妃様は母と面識がおありだったのね」

「はい。何年か前に夫に付き添ってパレスに赴いた折に、王太后様が主宰されたサロンの席で、レフカンディの奥方様とお話しさせていただく機会がありました」

「まあまあ。なんてこと。お母様ったら教えておいてくれたら良いのに」

「二言三言言葉を交わさせていただいただけですから、覚えておられなくとも何もおかしくありませんわ」

「それでも! 本当に、お母様ったらもったいのないこと。王妃様もシーダ姫もこんなに素敵な方たちなのに。そうだ、手紙を書くわ」

 

 その後、侯女は本当にその日のうちに母親に宛てたお手紙をしたためるのですが、その時にはもうすっかりとシーダを気に入った彼女は、息子の婚約者にするべきだと熱弁しました。

 

 茶飲み話も落ち着いた頃、女主人の息子が王宮から帰って来ました。

 シーダたち母子が侯女に持て成されていたように、レフカンディの侯子はタリスの王宮で王から歓待を受けていました。

 その帰りです。

 侯女は帰宅した息子を呼びつけると、お茶会に一緒に参加しなさいと言いつけました。

 

「ごきげんよう。王妃様、シーダ王女、数日振りですね」

 

 にこやかに挨拶します。相変わらずお人形さんのような男の子です。

 

「あらためて紹介するわね。私の息子です。仲良くしてあげてちょうだいね」

「はい」

 

 第一印象があまり良くなかったので、シーダは内心でちょっと嫌だなあと思いましたが、失礼にならないように愛想良く振舞います。

 

「この子ったらモスティン陛下を尊敬しているんです。タリスに行きたいと言い出したのもこの子なのよ。私は知らなかったのだけど、陛下が一代でこの島を統一なされたのですって」

「はい。そうです。お父様と廷臣の方たち、それとお友達のロレンス様が力を合わせて、タリスを統一されました」

 

 シーダは誇らしげに応じます。勇者アンリの冒険にも負けない偉業だと信じていました。それを尊敬していると言われて、おやっと思いました。もしかして、良い子なのかしら。

 

「どこで知ったのか、それをこの子ったら、まるでアドラ一世のようだ、現代の生ける英雄だってはしゃいじゃって、陛下にお会いしてみたいと言ってきかなくて」

 

 くすくすと笑う母親に、からかわれた息子は恥ずかしそうに頬を赤らめました。

 

 お父様を褒められてシーダはとても嬉しい気持ちになりました。それになあんだあと思いました。なるほど。この子ってば私の向こうにお父様を見ていたのね。子供っぽいところもあるんじゃないか。そう思うと、途端にかわいらしく思えてきたのでした。

 

 そんなこんなで、お婿さんは分かりませんが、お友達にはなっても良いかなと思ったのでした。




もちろん主人公がシーダの向こうに見ていたのはお父様じゃなくてマルス様です

はじめて描写される主人公の外見(ただし9歳の頃)。
色合いに特に深い意味はなく、ニーナと同じ金髪碧眼にしただけです。
決めてから、思い至りましたが、同じアカネイア高位貴族のジョルジュおよび平民出身のアストリアも金髪なので、アカネイア人には多い色なのかもしれませんね。
マルス様やシーダと同じ青系のミディアとかもいますが。


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家族

 パレス陥落の日から半年が経った。

 変わらずタリスには平和な時が流れている。

 そして大陸の情勢もこのところは落ち着いているようだった。王都が陥落し、王族がすべて行方知れずとなったことで、南北で睨み合う両軍は自然と休戦状態になっていた。

 

 北部を占めるオレルアン・レフカンディ・アリティアの連合軍は旗頭を欠き、それぞれが目指す目標のズレが目立つようになって来ているようだった。

 

 開戦以来絶えていた、天馬を伝令に走らせる余裕が侯国軍に生まれたことで、あらためて情報が入って来るようになっていた。

 レフカンディに都合の良い視点で編集されているので、額面通りに受け取るのはまずいが、情報の入手経路が増えるのは助かる。

 

 整理しよう。

 

 現状国土の防衛が上手く行っているオレルアン。

 本領こそ守り抜いたが、一族の多くと膨大な財産を王都に残しているレフカンディ。

 祖国を占領されたアリティア。

 オマケで開戦以来半ば蚊帳の外に置かれているサムスーフ。

 

 流石に即座に空中分解するということはないだろうが、紋章の盾を掲げたアカネイア王族でも現れない限り、纏まるのは無理なんじゃないだろうか。

 

 業腹だが、王女ニーナの生存と、一日も早い降臨を願わずにはいられない。

 

 一方のドルーア帝国。彼らは彼らでけして一枚岩というわけではない。

 こちらは主にワーレンの商人たちから提供された情報になる。

 

 構成員の大半が生粋の竜族マムクートであった第一次ドルーア戦争におけるドルーア帝国と異なり、今回の暗黒戦争こと第二次ドルーア戦争における新生ドルーア帝国は、その構成員の圧倒的多数を人類が占める。

 

 その人間たち。地竜の王にして暗黒竜たるメディウスを信奉する者たちを除けば、ただただ反アカネイアで集まった者たちである。

 だからこそ、パレスを落とし、王族の族滅を果たしたことで、継戦の意欲が著しく減退していた。戦争には勝ったし、領土も分捕った、北伐など敢えて危険を冒さずとも、今ある分で満足するべきではないか。そんな風な声が日増しに増えている。

 帝国に参与する各国の王たちも、併呑した領土の経営に専念したがっている様子が、傍目にもあからさまであった。

 

 マムクートたちもその声は無視できないのではないかと商人たちは推測している。

 多分だけど実際にはメディウスの完全復活まで時間を稼いでいるだけなんじゃないかなって気はするな。それさえ成ればすべてひっくりかえせると思っているのだろう。

 

 各地で占領軍の将校による軍政が始まった。

 中には虎の如く苛烈な物もあったが、その大半はほどほどに真っ当な統治が行われていた。中には一番の圧制を敷いているのがラングだという笑えない話も混ざっている。

 

 またグラ国王ジオルに至っては、ただただアリティアのコーネリアス王を討ちたかっただけではないかとさえ囁かれている。

 パレスが落ちるやさっさと帰国し、新しく手に入れたアリティアというオモチャを大喜びで弄りまわしている。

 

 こんなところだ。

 

 レフカンディからの情報をワーレンに渡し、ワーレンからの情報をレフカンディに渡す。そんな情報のハブをここ数か月続けている。

 手紙を読んで手紙を書き。また手紙を読んで手紙を書く。読んで書いて読んで書く。眼精疲労と腱鞘炎になりそうだ。

 元よりボクは転生者で真っ当な十二歳児ではないが、我ながら小学六年生相当の子供がやる仕事じゃないよなあ。

 

 あ。

 そうそうボクも十二歳になりました。シーダに追いついた。やったね。

 まあ、当たり前の話だけど、もうちょっとしたらまた彼女の誕生日が来るので、元の木阿弥なんだけど。木阿弥は違うか。

 

 現実逃避気味に馬鹿なことを考えていると、小間使いの使用人が入って来た。

 

「侯子様。馬車の御用意が整いました」

「ありがとう。もうそんな時間か」

 

 礼を言って立ち上がる。あのままだと書斎の椅子にお尻から根が生えかねないところだった。

 

 変わらず時が流れていると言ったが、かといってタリスにもまったく変化がないわけでもなかった。戦火を逃れて疎開してくる人間が見られるようになっていた。

 さっきの小間使いの少女もそうだ。

 たしか名前はクライネだったかな。

 元は母と親交のあった貴族の家に仕えていたが、戦禍の影響で困窮した主人から雇い止めに合い、退職金代わりに持たされた紹介状を携えて我が家の門を叩いた。

 なかなかのガッツの持ち主だよね。

 

 

 王宮に着いた。

 顔見知りの役人たちと声を掛け合いながら、勝手知ったる城内を闊歩する。

 目的地は礼拝堂。そこでリフ司祭から杖魔術と薬学について学ぶことになっている。傷薬。他のゲームだとポーションやエリクサーと呼ばれるような霊薬、魔法の薬の類だ。

 教え子はボクとシーダ、王家の家臣の中で見込みがあると判断された人たち。

 

「侯子様。先日もまた手紙をお届けいただき、ありがとうございました」

 

 そしてエリス王女だ。顔を合わせるなり、毎度、律儀にお礼を言ってくれる。

 タリス・レフカンディ間のペガサス郵便。エリス王女も熱心な利用者だった。戦地に残った母と弟と毎回、分厚い手紙を遣り取りしている。

 

 ところで。エリス王女に絡んで気になっていることがあった。それはこの世界では復活の杖オームの扱いはどうなっているのかと言うことだ。

 エリス王女がタリスに亡命しているこの歴史だと、もしやオームの杖もタリスに来てるんじゃって思ったんだ。

 まさか本人にオームの杖はどうしたのかと聞くわけにもいかない。直接尋ねるのはあまりにも不自然なので、世間話の中でそれとなくオームの杖を話題に出して探りを入れるのに、軽く一年くらいを要した。

 

 なにせ僧侶リフを教師に迎えての杖魔術の鍛錬の日くらいしか接触機会がない

 

 結論から言えば、エリス王女はオームの杖を持っていなかった。もっと言えば、死者を蘇生させる杖だなんて、御伽噺の中の誇張された伝説ではないかと考えている。

 

「そうですね。もし本当にそんなことが可能なら父に蘇って欲しいです」

 

 亡き父を想う娘の切なる願いだった。またそれは同時に戦地で苦労をしている母と弟を思いやっての物でもあったのだろう。

 

 でも、そうか、コーネリアス王の復活。その手があったか。盲点だったな。なにもファルシオンを振るうのはマルス王子でなければいけないという法もない。

 

 同時に「なんでエリスの逃亡をガーネフが見逃したんだ」という疑問に答えが出た。

 

 と言うのも、旧作ではガーネフにエリスが攫われたのは、彼女がガトーから授けられた復活の杖オームが欲しかったからという筋立てになっていた。

 ところが、リメイク版である『新・紋章』だと、杖はドルーアの復活の神殿で発見されたことになり、エリスを連れ去ったのもオームの使用条件が王家の血を引く女性だから、王族であるエリスを必要としたという話に変わっていた。

 入手場所もエリスの初期装備から祭壇の横の宝箱だったかな。

 

 王族の女性なら誰でも良いので、原作のガーネフは、たまたま手に入ったエリスをこれ幸いと攫ったけれど、逆に言えば無理にエリスにこだわる必要もないということだろう。

 もっとも。あの邪悪な魔道士ならば、勇者の国アリティアの王女に無理強いて使わせるのが面白いくらいは考えてた可能性はあるか。

 

 だが、これは危うい話でもある。

 オームを使える王家の血を引くの女性というのはシーダにも当てはまるのだ。なぜ由緒も何もない一代で国を建てたモスティン王の娘であるシーダに使用可能なのかは分からないが、少なくとも原作ゲームでは使用可能だった。

 

 ガーネフへの対処なんてボクの手には余るぞ……!




主人公はカタリナまでは覚えていますが、彼女の『孤児院』での名前がアイネだったり、妹分にクライネがいたりした諸々細かいことは覚えていません。


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他愛もない話

 魔道士が操る風を帆に受けた大船が波を切る。

 

 船長が誇らしげに語るところによるとワーレンでもっとも足の速い船だと言う。

 船に明るくはないので、地球の歴史で言う何々に似たとたとえることはできないが、確かに普段タリスに入港する船とは形が違うように思われた。

 船体が細長くて帆の形も少し違うのかな。魔道による追い風を前提とした設計なのだろう。

 

 原作は戦争を題材としたゲームだったので、一部の杖に割り当てられた解錠や燈火のような少数の便利魔法を除くと、武器としての攻撃魔法と回復魔法くらいしか登場しなかったが、現実にこの世界で生きていると、色々な所で魔法が使われているのに遭遇する。

 それこそ今回の風の魔法を船の推力に利用するような。

 風の魔道を修めた船員は稀少かつ航海中に本人が倒れれば使えなくなる欠点もあるが、魔道の助けを借りた帆船は安定した船足を実現していた。

 

 特別仕立ての快速船の旅は快適だった。

 もっともこれはボクが船酔いをしない体質だから言えた話かな。同行者の中にはずっと寝込んでいる人もいた。

 考えてみれば、タリスへの道程はほぼワープの魔法でショートカットしたので、旅らしい旅というのは生まれて初めてだな。船旅に限定すれば前世を含めても初の体験だ。

 海賊退治で乗った船は軍事行動なのでノーカウントで。

 ワクワクしてきた。羽目を外しても許されるのではないだろうか。

 

 風を操るところを見学させてもらう。

 

「風を生み出しているのではなく、向かい風や横風の流れに干渉して、疑似的に追い風を作り出しているのか」

 

 感心した。直接帆に風を吹き付ける力技かと思いきや。ボク自身が使う機会はあんまりなさそうだけど、熟練の技術は参考になるなあ。あと単純に見ていて面白い。

 

「はい。ですので完全な無風になってしまうと、もう地獄ですね。力を振り絞って延々風を起こす羽目になる」

「それは大変だ」

「額に汗する肉体労働が嫌で魔道使いを志したのに、仲間と力を合わせて櫂を漕いでいる方がマシなんじゃないかって苦行が待っています」

 

 この船に櫂はないですがと笑って締める。

 今回の船旅では幸運にも風に恵まれて余裕のある様子の風魔道士から話を聞く。

 聞けばバレンシア大陸の出身だと言う。道理で魔道書を使っていないと思ったんだ。HPの消費が激しそうだ。

 どうしよう。今回のワーレン行では他の大陸から来た人間や異民族と出会えるかなと密かに期待していたのだけど、早速叶ってしまった。

 オマケにアカネイアの物とは異なる魔道に触れられた。

 興が乗ったので、お邪魔ついでに随員から魔道の使い手を招集して、魔道談議に花を咲かせた。議題はアカネイアとバレンシアの魔道の違いについて。また魔道の戦以外での活用方法。

 この道に踏み入れたばかりの初学者かつ一人だけ体格が明白に大きいマジが少しばかり居心地を悪そうにしていたのには、申し訳ないが少し微笑ましく笑えた。可哀想な気もするが、後学のためにも受け入れて欲しい。

 

「この船は優れた仕組みだけど。それでもまだ改善点があると思われた」

 

 風模様と何より個人の職人芸に頼っている。もっと操作難易度を下げれば、この形式の船を増やせるのではないだろうか。

 

「たとえば。そうだね。魔法武器という物があるよね」

 

 振るえば雷を落とす『サンダーソード』が有名だが、ユグドラル大陸には風の魔法剣『かぜの剣』が存在する。

 これがどういうことかと言うと、つまり魔道の心得がない剣士でも風の魔法を発動させられる魔法の道具が実在するということだ。

 その技術を応用すれば、殺傷力のない強風を起こせる魔法の道具も作れるのではないだろうか。それと風を操る魔道士の技を組み合わせれば、動力船の誕生だ。

 

「それならば、こういうのはどうでしょうか」

 

 ある魔道士が言った。

 

「陸上帆船。あるいは帆車でしょうか。馬車に帆を張って魔道で風を当てれば、馬が不要で、なおかつ高速で移動できるのではないでしょうか」

 

 いいね。面白い。

 

「もういっそ風車をくっつけて車輪を直接動かしちゃいましょう!」

 

 自動車だ!

 

「大きな凧を用意すれば空を飛べるかもしれませんね」

 

 飛行かあ。そう言えばこの世界のペガサスやドラゴンはどうやって空を飛んでいるんだろうか。魔法の力か。世界の理自体が地球とは異なるのか。

 

 そんな机上の空論めいた他愛もない話を楽しんだ。

 むろんこんなものは、製造にかかる技術や採算を度外視した与太話だ。話の種類としてはSFの類である。スペキュレイティヴ。サイエンスならぬソーサリーなフィクション。

 

 もっとも。この世界は二千年後もほとんど生活の水準が変わっていない世界なので、そう簡単には動力革命は起こりそうもないのんだよなあ。魔道に限定しなくても、火事場の炉に石炭が使われていて、鋼より頑丈な『銀』があるので、金属加工の技術さえ育てば、蒸気機関も産まれうるはずなんだけどね。

 

 船上での日々はこうして愉快なディスカッションと共に流れて行った。

 同時に重大な示唆を得た。

 

 生活を豊かにする魔道の利用。

 攻撃魔法よりは平和な使い方だと思うのだけれど、魔道は選ばれた者の特別な力だと思っている人種にはウケが悪いかもしれないな。

 果たして、人間に魔道を教えた大賢者ガトーあたりはどう思ってるのだろうか。あの神竜族は神竜族で宗教の皮を被せて精神の修練を義務付けたくらいなので、あまり好ましくは思ってくれないかもしれない。

 

 ボクの思考はだいぶ商人寄りというか、産業化された資本主義社会を念頭に考えている嫌いがある。これは前世のせいでどうしようもないが、気を付けないと他人の思惑を読み違えたり、逆に周囲を置き去りにする危険があるなあ。




 お待たせしました。
 原作を確認してたらとんでもないことが分かりまして。

 ワーレンの位置がですね。
 SFC『紋章の謎(第一部)』とDS『新・暗黒竜』とで違ってたんですよ。

旧紋:アカネイアの南東部 大陸東端にある突き出た部分 ペラティ南西の対岸
新竜:アカネイアの北東部 ガルダの港町の湾を挟んだ南 ペラティ北西 対岸と言うには遠い

 ペラティに寄るか寄らないかの影響が大きそうですね。
 もしかするとFC版では新竜と同じ設定だったのが、紋章の謎でペラティ行きが削除されたのに伴いワーレンの位置も変更されて、その後、新・暗黒竜でペラティのステージが復活した結果、元の位置に復したのかもしれません。

 あと同じくSFC版では削除されてた「13章 グルニアの木馬隊」。これによると、グラ王国のある島の東端にメニディ砦があって驚愕しました。

 本作では、ワーレンはSFC版準拠の立地、メニディ砦もグラ島内には存在しない、ということでお願いします。


 ちなみに。ランドヨットという帆に風を受けて陸上を走る乗り物は実在します。
 また石炭ですが、『Echoes』作中、鍛冶屋の炉を調べると石炭を燃やしていると明言されています。


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籠の鳥

「こいつぁ。とてつもない街だ」

 

 誰かが言った。甲板に集まった人間たちは大騒ぎだった。なんて大きい街だろうか。

 山を背に海を臨む天然の良港。海から見るワーレンは目路遥かに街並みの広がる巨大都市であった。

 

 船の旅も終わりが来た。

 

 灯台の小島を横切り泊地に入る。この灯台が海と港湾とを区切る境界である。物の本によると灯台を建てるために築かれた人工島であると言うその島を突端にして二つの釣り針形の堤防が港を囲んでいる。

 船はそのまま防波堤の中の穏やかな水域を進み、ほどなく石造りの岸壁に接岸する。

 

「タリスの港じゃ、小舟を使って船まで行き来したが、ここはすげえなあ。こんなバカでかい船が直接乗りつけられるのか」

 

 感嘆しきりといった様子のサジ。渡り板を御機嫌に歩きながら船と岸壁を交互に見る。

 

「おい。気を付けろ。調子に乗ってると落っこちるぞ」

「言ってくれるじゃないかバーツ。俺の見る所お前もだいぶ浮かれてるみたいだが」

 

 いまにもスキップしそうな友人の足取りをからかう。反撃を受けたバーツはチェっと決まり悪さを誤魔化すように舌打ちした。

 

「たしかに凄いね。タリスにも欲しいや」

 

 タリスの港にはこの規模の大船を接岸させられる施設がないので、船は沖合に停泊した上で、艀を使って人と貨物を輸送している。

 

 でも今ある港は水深が浅いんだよなあ。

 大掛かりな浚渫工事をして水深を深くするか、逆に十分な水深のあるところまで埋め立てて港を拡張する必要がある。あるいは長い桟橋を作るか。前二つは非現実的だし後者もメリットが少ない。別の場所に新しい港を造るのが現実的だろうなあ。

 どちらにせよ十年、二十年は先の話だろう。

 

 タリス人御一行様はワーレンの港に上陸した。

 

 アカネイア最大というのも頷ける立派な港だ。

 美しさではパレスに軍配が上がるが、活気ではこちらが上かもしれない。

 様式も様々な船が停泊し、大量の人間と荷が行き交い、各所で荷揚げ・荷積み用の木造クレーンが稼働をして……。

 

「奴隷が回す謎の装置だ!」

 

 前世で有名なミームの実物に遭遇した興奮で変なテンションになって思わず叫んでしまう。周囲の「は?」という怪訝な視線が痛い。

 

 いや、だって、しょうがないんだ。

 複数の人間が力を合わせて棒を押しているのを見たら、ボクと同じ転生者なら絶対同じリアクションするはずだから。

 もちろんギャグとして使われる無意味な苦役ではなく、キチンとした意味のある行動である。クレーンのロープを巻き上げて荷を積み下ろししている。

 

「ははは。侯子、あれはクレーンを動かしているのです」

 

 世話役の軍人が笑って教えてくれる。

 

「そうだったんですね。読んだ書物の挿絵に描かれていたのですが、何をしているのか説明がなく、ずっと不思議だったのです」

 

 助け舟をこれ幸いに無知を装う。

 

「そうでしたか。本は良い物です」

 

 神妙な顔で金髪の傭兵隊長はうなずいた。

 

 彼に先導されて、ボクたちは今度は運河に浮かぶ高瀬舟に乗り込んだ。

 喧騒を背に水路を遡り、タリスではお目に掛かれない五階建て、七階建ての高層建築が立ち並ぶ市街地を通過する。実際に高いんだけど、運河の水面という地面より低い場所から見上げると、とてつもない高さに感じるなあ。

 二十一世紀の地球を知る自分でも大都会と呼ぶのを躊躇しない繁栄を極める人界の華。同行するサジマジバーツらは圧倒されて言葉もない様子だった。

 

 ワーレンはいわゆる『自由都市』である。

 自治都市とも言う。すなわちアカネイアの聖王に直接臣従する形を取ることで自治を勝ち取った街だ。近隣諸侯の支配を受けることなく豪商たちの合議により市政の運営が為されている。

 

 アカネイア王家が滅んだと見るやドルーアに多額の献金を行い自治を保った。とても逞しい。

 

 そしてまた、ゲームの中では一つきりの町として描かれていたが、真のワーレンはそれに留まらず、都市同盟と称するべき巨大な機構。この地方の自由都市群と半自立の傭兵団、水軍、開拓地の農民団から成る総体である。

 

 自治を保ち得たのも金貨のみに拠らず、その剣槍があっての物だろう。

 

 その扇の要としてあるのが盟主ワーレンである。

 

 必然として、そこで商われる武具の質も高い。魔道や神秘が絡まない尋常の兵器の質は大陸最高だとの評判だ。

 今回、ワーレンに戦士たちを連れて来たのは、彼らの装備を更新するためだ。

 

 なにせタリスに流通する武器は基本的にあまり質が良くない。

 使っている鉱石の質が悪いのか、設備の問題か、はたまた単純に鍛冶職人の技術が足りないのか。鋼と呼ぶには心許ない物ばかり。

 北から襲ってくる蛮族たちの方が高品質の斧を持って来るということで察して欲しい。

 金属加工技術は農具の質や開墾の効率にも直結するのでこれも重要な課題だな。

 

 ワーレン滞在中の仮の宿に武器商人が売り物を手にやって来る。

 思い思いの武器を手にわいのわいのと盛り上がる戦士たち。

 修学旅行の土産物屋で騒ぐ男子学生みたいだな。

 ちなみに連れてこられたメンバーは恨みっこなしの抽選で決まった。

 

 発足から一年を間近に控える戦士団の面々の練度も高まってきたので、この辺りでそれに相応しい武器を持つべき時期が来たと判断した。

 

 と言うのが表向きの話だ。

 

「ありゃ。どこかお出かけですか?」

「うん。ボクも欲しいモノがあってね。ずっと探してたんだけど、先日、ようやく持ち主と連絡がついて、今回、商談の場を設けることが叶ったんだ」

「そうなんですか。侯子様くらいのお金持ちでも手に入らない物があるんすねえ」

「あはは。すごい貴重なモノだからね。お金じゃどうにもならないんだ。譲ってもらえるかは交渉次第かな」

「へえ。譲ってもらえると良いっすね」

「ありがとう。じゃあ行ってくるよ」

 

 気の好い戦士たちに見送られて商談に向かう。

 彼らの引率は家臣たちに任せて、ボクは本命の仕事をこなすとしよう。

 

 ボクが訪問したのはワーレンで一番の愛玩鳥を商う豪商の屋敷だ。古今東西、鳥の飼育は上流階級の愛好する趣味の一つだ。ファイアーエムブレムで一番有名な趣味人としてはテリウス大陸が誇る愛の人、美の守護者オリヴァーだろうか。

 言動と所業はさておき、審美眼だけは同じ貴族として見習うべきものがあると思っている。いやマジで。

 

「そんなわけでボクも貴族の末席として、鳥を一羽、お迎えしようと考えています」

 

 商談の相手を待つ間。屋敷の主人から稀少な鳥を見せてもらったり、飼育についての話を聞かせてもらう。なかなか有意義な時間だった。

 そうして一時間ほど経過したころ。

 端正な面立ちの金髪の貴公子が来訪した。彼こそが待ち人。実に見事な白馬の王子様的な人だなあ。流石はファミコン版の時から飛びぬけて美形に描かれていた人だ。

 

「すまない。待たせただろうか」

 

 これに「今来たところです」と答えたらベタなラブコメのデートシーンみたいだな、なんてことをふと思った。

 

「とんでもない。なにしろ御亭主のお話があまりにも興味深くて、とても時が経ったとは思えません」

 

 屋敷の主人――の振りをした眼前の騎士の部下――を褒める形で、気にしていないこと、十分な持て成しを受けていることを伝える。

 

「何とお呼びすれば?」

「貴公の好きに呼んで欲しい」

「そうですか。そうですね、ではジークさんとお呼びします」

「承知した。貴公はマークだったな」

「はい。マークです」

 

 こちらも偽名もとい仮名である。FE的にこれしかないと思われたので。

 

「そうか。マーク。鳥屋の主人から聞いてはいるのだが、もう一度貴公の口から直接聞かせてもらえるだろうか」

「もっともなことです。行き違いがあってはなりませんからね。折り入って譲っていただきたいモノがあるのです」

「ほう。それは一体何であろうか」

 

 婉曲で芝居がかった遣り取りでお互いに少しずつ核心に近づいていく。胃が痛い。

 

「この世に一羽しかいない稀少な鳥について」




奴隷が回す謎の装置
ここでは昔の船に搭載されていた人力の巻き上げ機である「キャプスタン」に類似した装置。棒を数人で押して回すことでクレーンのロープを上げ下げする。
実際には港や工事現場で使われた人力クレーンはハムスターの回し車みたいな装置に人間が入って足で踏んで歩く形式が主流だったっぽいです。


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神佑天助

「鳥か。私が思い当たるのは、恐るべき竜に立ち向かわんとする、気高く美しい鳥が一羽あるばかりだが」

 

 鳥籠の主は自らの飼い鳥を慈しむように賛美した。

 ああ。これはもうデキてますね。

 

「まさしくその鳥の話です。ジークさん」

「不躾だな」

 

 一転、厭わしげに断じる。

 

「私が保護する鳥が欲しいと言う。それが何を意味するのか分かっているのか。事と次第によっては、子供の戯れと捨て置くわけにはいかなくなるぞ」

 

 彼の警告は正当なものだ。

 ボク自身、むちゃくちゃ都合の良いことを言っている自覚はある。

 言い変えると、ほぼ完全な勝利を決めた侵略者に対して「アナタたちに反攻するための旗印を返却してくれ」となる。

 ボクが彼に要求しているのはそういうことだ。

 単純な人質返却の交渉とは訳が違う。

 マトモに考えればこんな取引は成立するわけがない。

 

 でもそれはマトモな人間が相手ならだ。

 

 このカミュという男。クール系と思わせてその実パッション系のアイドルである。わりと感情と勢いで生きている。

 

 国に殉じた悲劇の武将というイメージが強いが、その行動をつぶさに眺めると、必ずしも祖国に忠実な男ではない。強いて言えば『理想』に忠実な男だ。

 

 だからメディウスの命令に公然と歯向かったりする。

 

 グルニアの将軍が、同盟国たるドルーアの意向に反して敵国アカネイアの王女を匿うことが、自身ひいては祖国の政治的な失点となることくらい頭では理解していたはずだ。

 その上でなお自分の意志を優先した。

 そういう人間だ。

 彼個人の騎士道に叶うならば、この取引に乗ってくる。

 会談の要請に応じたのが証拠だ。この時点でカミュ本人も条件が折り合えばニーナを引き渡して構わないと考えている。事実、原作でも守り切れぬと見るや、オレルアンのハーディンに放り投げている。

 

 

 まずニーナ王女の黒騎士カミュへの慕情についてだけど。

 二人が接触してしまった時点でもう手遅れだとして考えるのが無難だ。

 

 アカネイア戦記の描写を信じる限り、二人の出会いはパレスが陥落した日に遡る。

 王宮の一室に立て籠もり、名誉ある自死を決意していた王女をカミュが説得したのだ。

 その時に、カミュから父親を含むアカネイア王族の為政者としての不適格を指弾され、また王族としての責務から逃げて死を選ぶことの甘えを糾弾された。

 あるいは怒りによって奮い立たせようとしたのかもしれない。

 それによってニーナは最後の王族として苦しくとも生き延び、いつの日かドルーアを討ち滅ぼし、アカネイアを復興することを誓った。

 

 ボア司祭を見ても分かるが、側近たちは彼らなりに『王女』を愛している。だが、ニーナ個人は見えていない。善かれと思ってお膳立てを整え、為にならないことはやんわりと遠ざけ、否定する。

 

 優しい虐待に包まれて育ってきた王女ニーナにとって、悪いことは悪い、善いことは善いと等身大の自分を見てくれたカミュはさぞかし魅力的に映ったことだろう。

 それはマルス王子にもハーディンにも出来なかったことだ。

 

 いわゆるストックホルムなシンドロームも多分に含まれてそうではあるのだけれど、常々感じていた王族の怠慢とそれに対して何もできない自分の無力さと罪悪感、それを正面から叱咤して、否定と言う形で肯定してくれた初めての男性だった。

 

 それからカミュの庇護の下でニーナは二年を過ごした。

 憎しみに凍てついた心が融け、愛を育むには十分な期間だった。

 そして命を懸けての逃避行。

 追い縋るドルーアの軍勢を、カミュと麾下の三騎士たちは獅子奮迅の戦いで塞き止め、ニーナがオレルアンに脱出する時間を稼いだ。

 

 劇的な出会いと劇的な離別。

 カミュという男が強烈な印象をニーナの心に刻み込んだのは疑いない。

 

 それはハーディンにとっても劇的な出会いだったかもしれない。この王女を助け、ドルーアを討ち滅ぼし、アカネイアを再興することこそ己が天命と信じた。

 

 この世界では戦争の流れ自体が異なっているので、同じことが起きるとは言い切れないのだが、希望的観測は持つべきじゃない。

 逆に、絶対にニーナがカミュを愛し続けると決めつけるのも問題だ。

 

 記憶と感情は過去に遡って捏造されるものなので、出会った時から惹かれていたというのが事実なのか、永遠に愛し続けると誓った結果出力された欺瞞なのかは分からない。

 そして、それはどちらでも同じことである。人間にとってはその時思い出せる記憶と感情が全てだ。

 

 熱愛の末に結ばれたカップルが、破局するのはありふれた出来事である。

 そして一度醒めると、素晴らしかった思い出にも粗が見えてくる。カミュは結局国を優先し、共に逃げることを、つまりニーナを選ばなかった。そしてカミュとの間には一族の仇という特大の爆弾も控えている。

 

 そこまでは行かなくとも、時間という万能薬は、カミュとの悲恋も思い出に変えてくれた可能性が高い。

 本当ならばニーナもハーディンもどちらも抑制的な性格の持ち主である。恋は芽生えなかったとしても、お互いを支え合える素晴らしい関係を築けたであろうことは想像に難くない。二人の不幸は、あまりにも性急に事態の解決を図ったことにある。

 

 

「そうですね。もしも窮鳥を懐に入れた猟師が、そのまま鳥を妻として、鳥の国の王様になる気があったのなら、ボクもその鳥を譲ってくれだなんて野暮なことは言わなかったんですが」

 

 お前にそこまでする覚悟はあるかと追及する。

 

「聞かなかったことにしておこう」

 

 まあそう返されるとは思ってた。

 

 彼の不幸はその気質が王者であるのに、自身の生き方を騎士と規定してしまったことだろう。

 もしもカミュに不忠無道の誹りを受けても王に成る覚悟があれば、ニーナを妻として、パレスの地に新しい王朝を開く道もあった。部下たちもついてきただろう。

 遠征軍の将軍が現地で自立するのは地球の歴史でもまま見られた現象だ。

 能力も機会もあった。ただ意志だけがなかった。

 

「残念です」

 

 本当に彼がパレス王として立つのなら、レフカンディとタリスは承認する用意があった。

 

 当たり前だが、こんな大事を独断専行でやらかす度胸はボクにはない。

 祖父レフカンディ侯、岳父モスティン王、その他ワーレン在住のペンフレンドの皆さんの合作である。ボクがやったことはカミュがニーナを匿っている可能性を示唆しただけだ。実際に密偵を放ち、場所を突き止めたのも彼らである。

 モスティン王の手はそこまで長くはないが、王女を引き受ける度量を見せた。

 

 メディウスを皇帝として戴くくらいならという消極的な理由だが、実際に検討もされ、本人にその気があるのならばという条件で合意を見た。王女アルテミスの故事に倣い、聖王の血統はニーナを通じて引き継げば良いという判断だ。

 

 オレルアンの王とアリティアの王妃も積極的にではないにせよ、事が成れば認める旨の内諾を出していた。

 

 けれど、案の定、その計画は潰えた。

 

「でしたら、やはり是が非でもお譲りいただかないことには始まりません。あたら死なせるわけにはいきませんから」

 

 今のままではニーナは死ぬぞと伝える。

 すでにメディウスからの引き渡しの命令が何度も届いていることは突き止めている。原作ではそこから二年近く引き延ばしたカミュだが、当事者からすればいつメディウスが痺れを切らすか分からない綱渡りの毎日だろう。

 

「だが私の見る所。マーク。貴公らには彼の鳥を充分に守り育てる力は無いように見えるのだが」

 

 当然の懸念を呈するジーク。

 

 彼からすれば、何の実績もない貴族の子倅が何を思い上がったことを言っているのかと失笑を通り越して怒りすら覚えても不思議はない。貴方よりも自分の方がニーナ王女を守れると言っているも同然なのだから。

 

 現実問題としてタリス王国に王女ニーナを匿う力はない。

 原作でのマルス王子が無事だったのは、タリスに居ることがそもそも知られていなかったからに過ぎない。

 ニーナの場合はそうはいかない。遠からず露見するだろう。そしてそれを守り抜くのはタリス単独では不可能と見て良い。特に飛竜と天馬から成るマケドニアの白騎士団や竜騎士団が投入されれば、ひとたまりもない。

 空からの攻撃には海の守りも機能しない。

 

「仰る通りです。単独では不可能でしょう」

「つまり単独ではないと?」

 

 疑念の声。

 

「実はもう一人お招きしたお客様がいるのです」

 

 屋敷の本物の主人が一人の女性を案内してくる。

 赤い髪の女性だ。

 

「マケドニア王女ミネルバだ。我が兄ミシェイルの名代として参上した。カミュ将軍とはパレス攻めでの一別以来だな」

 

 そして彼女は大音声で宣った。

 沈黙が落ちた。

 

「私は何かやってしまっただろうか」

「いえ。真っ直ぐな方だなと。あと少々自分を恥じておりました」

 

 まさか本名を名乗るとは思わなかった。お互いに本名を知らんふりで、偽名でやりあってたボクたちがイタい奴に思えてきた。

 

「くくくっははははっ!」

 

 カミュも思わずと言った様子で笑い出した。毒気を抜かれた様子。

 

「そうだな。あらためて名乗ろう。グルニア黒騎士団団長カミュだ」

「えぇー。あー。これボクも名乗る流れですよね?」

「そうなんじゃないか?」

「む。貴公とは少し前に打ち合わせたばかりだが」

 

 そういうことじゃないんですよ。脳筋王女。

 

「お二人と比べると、なんとも宙ぶらりんな立場で恐縮なのですが、レフカンディ侯の一族でタリス王女の婚約者です。名前はディオメデス。ディオと呼んでください」




ディオメデス
ギリシア神話の英雄の一人。『イリアス』ではギリシア勢として参加し、アテナ(ミネルヴァ)の助けを得てアレス(マルス)に手傷を負わせて退散させた。

もちろん。マルス王子もミネルバ王女も名前の元ネタとは全然違う性格と境遇なように、主人公も名前の元ネタと同じ末路を辿るわけではありませんが。
と言うか、『新』の世界だとミネルバとは別にずばり「アテナ」って名前のキャラがいるんですよね。


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密約

 これは前々話(籠の鳥)の話なんですが、一行を先導してくれた世話役の本好きの傭兵隊長はシーザです。
 シリウス仮面さんが傭兵の振りをして一行を観察してたとかはないです。同じ金髪でちょっと紛らわしかったかなと思ったので、念のため補足しておきます。


 アカネイア歴603年晩春。

 アリティア王子マルス率いるアリティア軍が祖国解放の兵を挙げた。

 友邦オレルアンの地より故国に向けて船出した軍勢の中には、報恩に燃える多くのオレルアン人義勇兵の姿が見られたと言う。

 正史ではグルニア王国の将兵が占領していたアリティアの地であるが、今はグラ王ジオルが直々に王宮と国土の支配者として君臨している。

 この歴史では戦争の流れが大きく異なり、グルニア軍はオレルアン国境に兵力を集中せざるを得なかった。

 アリティアのコーネリアス王は同盟国グラのジオル王と連合し、オレルアンの救援に向かった。そして裏切りに合い非業の死を遂げることになる。

 正史ではアリティア軍の出陣は、パレス攻囲戦への救援であり、ジオル王の裏切りもカミュ率いる黒騎士団と対峙する中で起こったことを思うと、随分と様相が異なる。

 結果としてグラ王国が単独でアリティアを滅亡させることになり、その領有権をメディウスから認められた。

 それは言い換えると、単独で戦った結果、正史よりも大きなダメージを被ったグラ軍が、アリティアとグラとの二ヶ国をだいぶ無理をして支配していると言うことだ。

 対する新生アリティア軍も、正史における同盟軍に比べると、中核となるアリティア騎士団こそ生き残りの分だけ大きいが、全体としては小さかった。

 

「なんだか。序盤のステージを思わせるな」

 

 運命の采配というよりどこか作為的な物を感じてしまう。

 チュートリアル山賊団を越えた先の本格的なゲームの始まり。

 でも、まあ、これは思い込みだろうね。マルス王子がこの世界の主人公だという先入観が見せる錯覚だろう。

 現実には、この世界の王子はとっくに初陣を済ませ、一年以上前からグルニア軍やマケドニア軍を相手に戦ってきている若武者だ。

 ゲームの補正なんてない。段階を踏んで強くはなれないし、リセットもない。だからマルス王子がガーネフとメディウスを倒してくれる保証もないんだよなあ。今更だけど。

 

 だから、漫然と倒されるのを待っているわけにはいかない。

 

「ボクたちの敵はメディウスでありガーネフだ。違いますか」

 

 時間は十日ほど遡る。

 カミュ将軍との密談の席にミネルバ王女が登場した場面だ。

 ガーネフはともかく『紋章の謎』をプレイした人間としてはメディウスに同情する気持ちもあるのだが、現実にこの世界で生きている人間としては、滅ぼされるのは真っ平ごめんだ。

 

「違わない。その通りだ侯子ディオメデス。だからこそ私もこの会談に派遣されるのを承諾した」

 

 問い掛けに赤髪の竜騎士が賛意を示した。

 ゲームで見慣れた鎧姿ではなく、赤い乗馬服か軍服を思わせる革製の服を着ているのが新鮮だ。年の頃はエリス王女と同じくらいだろうか。十六から十八ほど。ボクが言えた義理じゃないが、まだ少女と言って良い年回りだ。

 

 プリンセス・ミネルバ。

 マケドニア王国の第一王女にして白騎士団を率いる美しくも恐るべき赤い竜騎士。カミュには譲るが、大陸有数の騎士の一人として数えられる猛将だ。

 並の天馬騎士では数騎掛かりでようやく足止めが叶うほどだと、戦場で相対したことのある天馬騎士たちが畏怖とともに語ってくれた。

 

 原作では父を殺した兄への反発とドルーアへの敵愾心を胸に抱きながら、兄の手で人質として差し出された妹を案じて、心ならずも戦場に出ていた。

 その割に奇襲作戦を気に入らないとして友軍を放って戦場を離脱するなど無鉄砲なところがある。

 これまたクール系と見せかけた我が道を行くパッション系の人種である。

 実のところ、既に王太子ミシェイルによる父王の弑逆と簒奪が行われた後なので、二人の仲は断絶している物とばかり思っていたから、名代として彼女が現れたのは意外だった。

 でもそうか。今から話し合う計画が上手く運べば、彼女にとっては願ったり叶ったりだ。乗り気にもなるか。

 

「レフカンディの侯子。それともタリスの王子と呼ぶべきだろうか」

 

 とカミュ。

 ここで言う王子とは、王の息子という意味ではなく、王女の配偶者程度の意味である。公と訳しても良い。現国主の妹であるミネルバの王女も同様。

 とはいえ、まだ婚約の段階なので。

 

「王子は御勘弁を」

「承知した。侯子のそしてタリスの切り札はミネルバ王女か。いや、王女は名代と言われたな。つまりミシェイル王子も一枚嚙んでいるわけだな」

「その通りだ。カミュ将軍」

 

 カミュの確認をミネルバが肯定する。

 ミシェイル王子との文通が始まったのは、パレス陥落よりも前、ちょうど戦士団を結成した辺りの頃だ。レフカンディの縁者としてではなく、タリスの後継者として、挨拶を行うという態で始まった。

 国交のない国だが、ワーレンの商人はすべての陣営と商売を行っているので、その伝手を辿れば手紙のやり取りくらいは行える。

 何度か文を交わし、互いに贈り物を贈り合う関係を構築した後で満を持して本命の提案を持ちかけた。

 

「対ドルーアの秘密条約」

 

 一言で言えばこうだ。

 

 親アカネイアの父親を殺害してまでドルーアに通じたミシェイルだが、その実はアカネイアを滅ぼした後はカミュと組んでドルーアをも叩き潰す気でいた。

 マケドニアとグルニアで世界を二分するつもりだったのか、あらためて雌雄を決するつもりだったのかは定かではないが、これについては作中でミシェイル本人がミネルバに語っている。

 ただこれカミュ本人と何も諮っていない皮算用っぽいんだよなあ。

 なので、そこだけを見るとだいぶ甘い見込みで行動しているなと言わざるを得ないのだけど、恐らくだが、マルス王子さえ登場しなければ、ミシェイルの思い描いた通りの流れになっていた可能性が高い。

 メディウスを倒せたかは一旦棚上げしよう。

 原作時空でのアカネイア大陸の情勢は、ドルーアによる世界征服がほぼ完了し、残すはオレルアンで解放軍(反乱軍)を組織して抵抗を続けるハーディンとその一党のみであり、その彼らもだいぶ追い詰められていた。

 それはつまり忠実な部下たちを脱走兵にしてまで逃がしたニーナが再び絶体絶命の危機に陥るということだ。

 カミュが後々までずっとニーナを気に掛けていたことは、わざわざボア司祭の没収された魔道書をマルス王子を経由で返却に現れ、助けてやってくれと頼むことからも明らか。

 その状況でミシェイルからメディウスを討たないかと誘われたら、カミュの性格的に同意する可能性が十分にある。と言うより、ニーナが殺されるのを看過する光景が想像できないんだよなあ。絶対、反旗を翻す。そして全てが終わった後に去って行く。

 

「ミネルバ王女の白騎士団を始め、マケドニアの竜騎士たちがタリスを守る。そこまで行かずとも攻撃に参加しないのであれば、ニーナ王女を守り切れる勝算は確かに高いな。ディオメデス侯子も大魔法メティオをも操る熟達の魔道士だと聞く」

 

 カミュ将軍には、ボクのことが主家の姫君をなんとかして助け奉ろうとする忠臣に見えているのかもしれない。ボクからすればタリスを守り切れれば、なんだけどね。

 なんだかアベコベでおかしくなっちゃうな。ドルーア側のカミュ将軍がアカネイア王女の身を案じて、アカネイア貴族のボクがニーナ姫の安否自体にそれほどの価値を置いていないの。

 

 現在のボクの目標はタリスの独立を保つことだ。

 モスティン王とその重臣たちと何度も話し合いを持ち、ボク個人の家臣団にも諮ったが、ニーナ姫をタリスに迎えることがその助けになると結論付いた。

 

「しかし。よろしいだろうか王女。我がグルニアがそうであるように、貴国もまた王族をドルーアに人質として差し出されているはず。アカネイア陣営のタリスに与力しては、妹君の身に危害が及ばないだろうか」

「案じていただき感謝する将軍。だがそれについては侯子から一つの策を授けられてな。私などは単純なので砦の内部からさらって逃げるくらいしか思いつかなかったのですが、なるほどその手があったかと膝を打つ代物でした。と言うのも」

 

 永らく胸の内を悩ませてきた憂い事が取り除かれるとあって、隠しきれぬ喜色を滲ませるミネルバ。武人たらんと作った口調が崩れかけている。

 

「いえ聞かないで置きましょう。我らが敵はガーネフだ。王女もアレの悍ましさは御存知でしょう。彼の魔人ならば人の頭の中を暴く程度の事、可能だとしても驚かない」

 

 聞いてくれと語りだしたミネルバを、やんわりと嗜めるカミュ。

 

「あっ。そうですね。んっ。すまない。確かに言われてみればその通りだ。忠告感謝する。侯子もすまなかった。少し、浮かれ過ぎていた」

「いえいえ。無理なき事かと」

「それだけ私に信を置いてくださった証拠と思えば光栄だ。ならば私も応えないわけにはいかないだろう。必ず無事で引き渡すことを約束する。王女、侯子、どうかニーナを助けてやってもらいたい」

 

 こうして交渉は成った。

 

 同年同月。アリティア軍の蜂起から間もないある日。

 アカネイア南部のディール要塞に軟禁されていたマケドニア王国第二王女マリアが白昼忽然と姿をくらました。同じ部屋の中で監視していた世話役の証言するところ、机に向かい読書中であった王女は、急に何かに驚いたような顔をしたかと思うと座っていた椅子から立ち上がり、そのまま瞬きするうちに消えてしまったと言う。

 

 要塞司令部はこれを人質の不当な奪取ないし脱走と判断しマケドニア王国に抗議する。

 マケドニア王太子ミシェイルは、これを不服とし、逆にドルーアが自国を貶める為に行った謀略と断定。即日、ドルーア帝国との絶縁を宣言。宣戦布告の後、手始めに発端となったディール要塞を襲撃し、これを陥落させた。




603年の晩春、主人公が暗躍する裏で遂にマルス王子が兵を起こしました
一年前倒しなので15歳のマルス様です

ところで、時間経過を意図的にボカシながら書いてたんですよ
原作が事件は何年に起きたとしか書かないスタイルなので、踏襲しようかなあと思ってそうしてたんですが
そうしたら自分でもどれくらい経過したか分からなくなっちゃって
これ、分かりにくいだけで害しかないなと思いました
今回から季節とか何月の出来事かとか書いてくことにしました
投稿済みの過去の話は加筆するより、そのうち年表を作って、貼り付けようかなと思います(予定は未定)


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シスター

「ミネルバ姉様!」

「マリア!」

 

 マケドニアの姉妹が抱擁し合う。

 アカネイア南部ディール侯国。マケドニア軍が進駐するとある都市。接収した元領主の館の一室でマケドニアの王女たちは感動の再会を果たしていた。

 王女マリアが同盟の人質として送り出されてから三年。定期的な面会こそ許されていたようだが、それは厳重な監視下でのこと。誰はばかることのない自由な対面に二人して涙を流しながら喜び合う。

 マリア王女の年齢は十二歳だと言う。九歳で故郷と家族の元を離れたのはボクと同じだが、彼女の場合は人質だ。ボクには母様も一緒だったし、タリスではのびのびと過ごさせてもらった。オマケに前世持ちのボクとは違う純正の子供。どれだけ辛く苦しかっただろうか。それを思うと、目頭が熱くなるのを感じる。

 マケドニアの家臣団の中にも貰い泣きしている人たちが多々見られた。中にはペガサス三姉妹と思わしき面々もいる。

 

「姉様、ねえさま。ちょっと痛いわ」

 

 マリア王女が放してくれと訴えかける。どうやら感極まった姉姫に必要以上に強く抱きしめられた様子。

 

「ごめんなさい。とても嬉しかったものだから」

「姉様。ええ。わたしも嬉しいわ」

 

 ボクはそれを離れたところから眺めながら、無事に成功してほっとしていた。

 

 レスキューという魔法がある。

 ワープとは逆に遠隔地にいる対象を目の前に転移させる救出の魔法だ。突出した味方の救出の他、ワープと併用しての首狩り戦術や畳み掛けたい時に攻撃を終えた味方を回収してボスの隣を空けたりするのに使用する。

 いずれ必要になると信じて戦争が始まる前から確保しておいたのだが、今日こうして役に立ってくれた。

 SFC版ではグルニアの王女ユミナ専用だったが、これも他の多くの魔法同様、DS版では誰でも使える杖になった。

 そしてそれはこの世界でも同様だった。オマケに稀少性の割に使用難易度自体はライブの杖とさほど変わらないので、杖魔法を学んだ人間なら本当に誰にでも使える。

 当然ボクも使えるが、今回はミネルバ王女本人が使用して、妹のマリアを救出することを望んだ。補助にレナと言う名の王女付きの女官が入った。

 竜騎士の印象が強いミネルバが杖を使うことに違和感を覚える人もあるかもしれないが、杖魔法は女性王族の嗜みである。

 例えば紋章の謎に登場する王女のうち七人中四人がシスターである。王宮の外で育ったグラのシーマを除外すれば実に三分の二がそうなる。貴族階級の男子が剣や槍を学ぶように、貴族の女子は杖の振り方を学ぶ。

 

 この杖の使用感は口で説明するのが難しいのだが、簡略化して言うと、魔力の波を飛ばして、救出対象の魔力と接続、術者と対象の意志を同調させ、相手の同意をトリガーとして発動転移する。

 その際に敵意や不信感が介在すると発動できないデリケートな魔法でもある。

 

 今回の救出が成功したのは一重に姉妹の絆があっての賜物だろう。

 でも、まさか、マケドニアを出奔する前のレナさんと出会うとは思わなかったな。

 

 仲睦まじい姉妹の姿に貰い泣きをしている女官の姿をちらりと見る。赤い髪の美しい女性だ。今回の儀式魔法で王女の介添えを務めた熟達した杖魔法使いでもある。ミネルバ王女は魔力がそれほど強くないので、それを増幅する役目を果たした。

 

 そういえば彼女、元々はミネルバ王女の側仕えなんだっけ。完全に失念してたので、不意を衝かれてしまった。

 同名の別人ということはないと思う。

 シスター・レナ。

 リフ僧侶の出番が削られたSFC版の『紋章の謎』では最初に出会うことになる回復の杖の使い手だ。メディウス復活の生贄に捧げられた四シスターの一人でもある。

 マケドニア貴族出身で、母方の祖父であるグルニアの宮廷司祭に師事して修行を積み、実家に戻った後はミネルバ王女の女官として仕えてたんだっけ。そして戦乱を憂い、苦しむ人々を助けるために祖国を出奔して、各地で奉仕活動を行っているうちにサムシアンに囚われ、その後は原作に続くと。

 

 前日譚であるアカネイア戦記では、ドルーアに苦しめられる人々を助ける為にお金が必要で、その為にはお宝を頂戴するのが一番だと盗賊のリカードに唆されて、紅の剣士ナバールを用心棒に陥落後間もないパレス城に侵入するエピソードがある。

 パレスの陥落にはグルニアからマケドニアに帰国する途上で遭遇したのか、マケドニアを出奔してからだったのかは定かではなかったが、こうしてまだミネルバに仕えていると言うことは帰国途中での出来事だったのだろう。

 もしくは、これもまた変化した歴史の影響で、彼女の出奔が先延ばしになっているのか。

 

 あれ!

 

 待てよ。これまずくないか。

 今まで気にしてなかったけど、サムスーフ侯国はほとんど戦禍を被ってないから、つまりレナさんがデビルマウンテンに足を運ぶ理由がないのでは。

 うわ。本気で気づいてなかった。

 先入観だなあ。ジュリアンとレナさんのカップル成立は自明の物として、どうにかして二人をサムシアンから救い出し、ナバールを説得する方法はないかと考えてたけど、ジュリレナが出会わない可能性は考えてなかったぞ。

 

 そりゃあ、そうだよね。

 マルス様とシーダが出会わなかった前例があるんだから、ジュリアンとレナさんが出会わないことだって十分起こりえる。

 むしろ、これだけ状況が変わっているのに、同じことが起きる方がどうかしている。

 

 ボクは間抜けだ。

 

 どうする。ジュリアンとの恋を欠いた状態で、どうやってガーネフの洗脳を解く。

 マチス? 元祖バカ兄貴にレナさんの説得を任せろと? あの男、原作でも『はなす』コマンドが出ないんだよ。

 魂を砕かれた彼女たちを助けないという選択肢はない。

 なぜなら、生贄のシスターが残った状態でメディウスを倒せば、残っているシスターの命を吸い取ってメディウスが復活するからだ。

 わざわざ長々と儀式を行っていた以上、恐らくシスターの命を直接散らす方法では、不完全な復活にとどまるのだろうが、戦闘力自体はそれまで戦っていた時と変わらない。少なくともゲームの中では。

 シスターの犠牲を容認してメディウスを倒すというのはなしだ。単純にメディウスを二回殺すというのが非現実的すぎる。

 

 本当、毎度のことだけど、あちらを立てればこちらが立たずとは良く言ったものだ。次から次に問題が見つかる。順調に進展しているからこそ今まで見えなかった問題点が見えるようになった。そう信じたいな。

 不幸中の幸いは、ガーネフがシスターを攫いだすのは、メディウスが一度倒された後、それを暗黒竜として復活させるためだ。

 どれだけ順調に事が運んでも、戦争の終結までは少なくとも数年の猶予がある。戦争が続くことを猶予と表現するの強烈な違和感があるなあ。

 この件も、後でじっくりと対策を練ろう。

 なにせ、さっきからマリア姫がこちらをチラチラと見ている。

 今は、このおめでたい場面で、しかつめらしくしているのは無粋だろう。

 あ。目が合った。

 

「ねえお姉さま。こちらのステキな殿方はどなたかしら」

「ああ。紹介しましょう。こちらは」

 

 ミネルバ王女の紹介にあずかり、マリア王女と交流を深めた。




魔力を増幅する儀式魔法
 半オリジナル。『トラキア』に登場する「マジックアップの杖」の相当品
 もしくは『新紋章』の「力の杖」の魔力版

正義の盗賊団事件
 実は作者自身はレナさんがマケドニアを出奔してから起きたんじゃないかなあと思うんですが
 本作では帰国の途上での出来事かつ陥落の時期も違うが遭遇したとしました
 御都合主義だと笑ってね


あと良ければ評価ください!(直球)
評価・イズ・パワー モチベーション的意味で。
面白くなかったの低評価でも、「読んだ人に行動させる力があったんだ」って思えるので、普通にありがたいです。


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弓騎士

「ウーナには世話になってばかりだね。ありがとう」

「勿体ないお言葉です」

 

 空の上で忠臣と言葉を交わす。

 王女姉妹の再会を見届けると、ボクはワーレンに舞い戻る。その途上での出来事だ。

 行きでそうしたように帰りもウーナのペガサスに乗せて貰う。落ちれば命はないが、彼女になら安心して任せられる。

 胸甲に覆われた胸に頭を預ける形で騎乗する。傍目には母親の膝に座る子供みたいになっていると思われる。それか彼氏にもたれかかる彼女か。

 そしてボクたちを守る形で六騎の天馬騎士が周りを囲む。

 

「ふふ。お二人は強い信頼で結ばれているのですね」

「そうなんだ。ウーナは母様の乳母子(めのとご)でね。ボクにとっても叔母か姉のような存在なんだ」

 

 部隊長であるパオラの言葉にそう応える。

 ミネルバ王女の直属の部下である緑髪の天馬騎士。いわゆるペガサスナイト三姉妹の長女だ。

 

「そう言うパオラ卿こそ、こんな仕事を任されるんだ、ミネルバ王女の信頼が厚いんだろうね」

「恐れ入ります」

 

 彼女の任務はボクの送迎。言葉にすればそれだけだが、タリスとマケドニアの関係は現状は秘密にしておかないとならない。自ずと任せられる人材は限られてくる。彼女とミネルバ王女の仲が、ゲームで語られた物と同様に、あるいはそれ以上に親密な物であることが察せられる。

 そう。ボクたちを囲むのはマケドニアの騎士たちだ。彼女が指揮する白騎士団の一部隊に紛れ込んでの天空騎行。現在この地域はドルーアの支配する所なので、その一員であるマケドニアの騎士たちに送ってもらうのが一番安全だからね。

 レフカンディの領軍固有の装備を外して外套を纏えば、遠目にはマケドニア騎士の一員に見える。ただ、やはりウーナとしては、オレルアン領空で同僚たちと鎬を削ったマケドニアの天馬騎士に扮することに複雑な感情を抱いている様子だったが、それでも文句を言わずに従ってくれた彼女には頭が下がる。

 何か埋め合わせを考えないとなあ。

 そんなことを呑気に考えていた。

 もしかするとフラグって奴だったのかもしれない。

 

 右隣を飛行していた天馬が前触れなく墜落した。

 そこからは目まぐるしく事態が動いた。

 

「総員降下!」

 

 隊長のパオラ卿が鋭く叫んだ。

 間髪を容れずウーナがボクを前方に押し倒す。天馬の首に頭を押し付けられる。タテガミに顔が埋まって、くすぐったいやら苦しいやらで難儀したが、それどころではなかった。

 

「狙撃です。頭をお上げにならぬよう」

 

 パオラ卿の指示を受けた騎士たちが一斉に降下する。ウーナも追随する。急激な動きに頭がグラグラする。

 

「ぷはっ」

 

 動きが止まった。もういいかな。いいよね。頭を上げて息を吸う。

 岩の陰に隠れていた。

 見れば着陸する間にまた一人撃ち落されたのかウーナを含めて五人しかいなかった。

 ゾッとした。自分たちの天馬が落ちていてもおかしくなかった。死が間近に迫っていたことに背筋が凍りつく思いだった。同時に、天馬騎士たちが組んだ六角形の陣形を、どこか大袈裟だと感じていた自分が、いかに甘い考えで行動していたかを知った。

 

「あの二人は無事だろうか」

 

 下馬して岩に背をあずけて座り込む。

 絞り出した言葉が、本心から心配して出て来た物なのか、気まずさを誤魔化すための物なのか、自分でも分からなかった。

 

「侯子様はおやさしい方ですね。部下たちを案じてくださりありがとうございます」

「御安心を。両人とも地面にぶつかる直前に天馬を飛び降り、受け身を取っておりました」

「私たちペガサス乗りの一番の脅威は落下ですから、その対策は十分に訓練を詰んでいます」

 

 よほどのっぴきならない理由がない限りは、万一落馬しても問題のない高度を飛行しているとのこと。通常の馬から落馬するより、自発的に飛び降り、受け身を取れる猶予がある分、むしろ安全なくらいです。そんな風に説明してくれる。

 

「そうなの。それはよかった」

 

 それが事実なのか、優しい噓なのかは分からないが、少しだけ安心する。

 

「矢が射貫いたのも本人たちではなく天馬の方であったように見えました」

 

 将を射んとする者はまず馬を射よか。

 

「弓。そうか弓矢か。狙撃と言っていたもんね。そりゃあそうだ」

 

 駄目だな。頭がイマイチよく働いてない気がするぞ。いつもならそれくらい言われる前に気づけたはずなんだけど。恐怖は頭を鈍らせるんだなあ。

 

「それにしても。すぐそばに都合よく隠れられる大きな岩があって助かったね」

 

 矢の飛来を遮蔽する巨岩の存在に感謝する。

 

「いいえ。偶然ではありません。我ら天馬騎士は常に隠れられる所に目星を付けながら飛行しております」

「はい。弓はわたしたちの天敵ですからね」

 

 なるほど。弓矢と風魔法という弱点が判っているなら、対策しておくのは当然か。

 

「弓の使い手か。何者だろうか」

 

 一射一倒の弓の名手だ。ただの野盗、山賊の手合いではないだろう。

 

「弓兵。いいえ、この技の冴えはアカネイアの弓騎士かと思われます」

「ドルーアへのレジスタンスを続けるアカネイアの騎士がいると聞いています。とても遺憾ではありますが、まさしくわたしたちがそのドルーアなので」

 

 申し訳なさそうにパオラが自嘲する。

 

「そうかレジスタンス。アカネイアの騎士か。本来なら心強い味方のはずなんだけど。今ばっかりは恨めしいな」

 

 マケドニア兵に紛れる策が裏目に出た形だ。

 

「白旗でも揚げて投降する?」

「お戯れを」

 

 ウーナに窘められる。よし調子が出て来たぞ。

 

「あはは。ごめんごめん。それで相手は一人だろうか。それとも複数。どう思う」

「私見を述べさせていただきます。あくまでも弓騎士はですが、一人だと思われます」

「理由は」

「今回の狙撃は完璧でした。完全無欠の奇襲です。だからこそ、弓の使い手が複数いるのなら同時に撃たない理由がありません」

「あと単純に兵士の姿は見えませんでした」

 

 同意見のようでパオラ卿が補足する。

 

「なるほど」

 

 二人ともあの状況でよく見てるなあ。

 

‐☆・☆・☆‐

 

 四頭の天馬が一斉に飛び立った。急速に高度を上げた彼女たちは、航空ショーの曲技飛行を思わせる複雑な軌跡を描きながら天を舞う。

 

 一射、間隔を置いてまた一射。背の高い草の原に潜んだ弓手が矢を射かけて来る。

 矢が飛んでくる方向が毎回違っているのは、撃つ場所を都度変えているのか、あるいは一人しかいないという判断がそもそも間違っているのか。

 

「巧者だね」

「誠に」

 

 火の魔道書があれば草原に火を放ってやるんだけど、生憎と今日の手持ちは風の魔道書シェイバーだった。マケドニアの陣地に赴くにあたって、最悪の状況に陥ったら竜騎士たちに一矢報いてやろうと選んだ物だ。

 

 ペガサスナイトで敵を釣るのは定石だけど、現実に、それもスナイパーを相手に任せるのは忸怩たるものがある。かと言って下馬したナイトの状態で歩いて近づいても各個撃破されるのがオチだ。

 矢弾が尽きるまでの我慢比べは現実的ではない。

 今は軽やかに避けているように見える天馬騎士たちだが、天馬の足は遠からず鈍るだろう。それにステータスを確認できるゲームとは違うので、本当に使い果たしたのか判別不可能と言うのもある。

 

 こちらから仕掛けないとならない。

 

「ですが欲をかきました。天馬騎士だけと見て与し易いと見切ったのでしょう。最初の戦果で満足して引くべきでした」

「そうだね。じゃあ、お願いするよ」

「お任せください。すでに場所は割れました」

 

 一騎だけ伏せていたウーナの操る天馬が飛び立つ。

 ボクも同乗する。余計な重しを同乗させるのは速度も落ち小回りが利かなくなるだけの愚策と思うかもしれない。だがこれが必要なのだ。

 ボクたちは一直線に射手に向かう。

 相手はどうする。逃げるか。撃ち落すか。

 

「今です!」

 

 ウーナの判断に身を任せる。息を整える間すら惜しんで魔道書を起動させる。虚空から暴風が顕現した。風魔法シェイバー。本来は敵を切り裂く風刃の魔法だが、敢えてそれを暴発気味に発動させて無垢なる強風を招じ入れる。

 

 荒れ狂う風は矢の軌道を逸らせて、明後日の方向に飛び去らせる。また吹き付ける風は叢草を薙ぎ倒し、隠れていた弓騎士の姿をあらわにする。

 そう何度も通じる手ではないが、対応される前に仕留める。

 

「そこだ!」

 

 ウーナが槍を投じる。ボクも魔力に手を入れて、操る風が槍に影響を及ぼさないように細工する。一直線に飛んだ槍は相手に痛打を与える物と思われた。

 

「嘘でしょ! どういう身体能力してるんだよ」

 

 後方宙返りで槍を避けると同時に、空中で一射、着地しざまに二の矢を放った。ただ、さすがに弓を引く力が甘かったと見える。ウーナが抜き打ちの剣で切り払う。しかし、これは牽制だ。動きを制止されてしまった。

 その隙に、この期に及んでは勝機なしと見たのか、弓騎士は再度、藪の中に飛び込むと、そのまま走り去った。ほどなく水の音が聞こえて来た。

 

「川に飛び込んだようです」

 

 それか石でも投げこんで川に入ったと偽装したか。

 一瞬、追うべきかと迷ったが、すぐに打ち消す。倒さねばならない敵ではない。

 

「と言うか。アカネイアの騎士なら本当は味方だったね」

 

 今回は不幸なすれ違いで戦う羽目になったが、あれほどの弓の使い手が生き残って、ドルーアに対抗してくれているというのは心強い。

 

 最初に撃墜された天馬騎士たちを回収すると、ボクたちはあらためて帰路に着いた。幸いに騎士天馬ともにリライブの杖でどうにかなる負傷だったので、そのまま隊に復帰した。

 

 その後は大きな事件もなく、ワーレンに帰還したボクは戦士団と合流し、幾つかの所用を済ませた後、タリス島に向けて出港した。

 

‐☆・☆・☆‐

 

「やれやれ。天馬騎士だけと見誤った。オレも焼きが回ったか。この辺が潮時かね。ワーレンにでも逃げるか。それともいっそペラティまで行ってしまうか。しかし。あの少年の魔道士。どこかで見たような気がするんだが、気のせいか」




疑似『プロテクション・フロム・ノーマル・ミサイル(ミサイル・プロテクション)』。疑似『矢避けの加護』でも可。

感想・評価ありがとうございます。
前回の後書きを「あわよくば5件くらい付くかも!」と軽い気持ちで書いたら、その十数倍の反応を貰えて、ちょっと、かなり、とてもビビった作者です。


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アリティアの騎士たち

「じい。マケドニアがドルーアに宣戦を布告したというのは本当だろうか」

「すでにお聞き及びでいらっしゃいましたか。はい。このモロドフめもそのように承知しております。時にマルス王子。そのお話はどちらで」

 

 軍議の席でアリティアの王子マルスは自分の師傅であり、騎士団の軍師でもある老将に下問した。

 列席するのは騎士団の長を任じられた聖騎士ジェイガンを筆頭にしたアラン、フレイら高位の騎士たちと王子の竹馬の友たる側近のマリクら魔道士と僧侶たち。軍の中枢だ。

 故地アリティアに上陸した王国軍は破竹の勢いで軍を進め、次々と侵略者の支配から国内の集落、諸都市を解放して行った。アリティア王宮奪還作戦の始動を三日後に控えた日のことである。

 

「マリクが教えてくれたんだ。兵たちが噂していると」

「なるほど。やれやれ。人の口に戸は立てられぬとは申しますが、すでにそれほどまでに広まっておりましたか」

「じいはあまり驚いていないんだね」

「さようですな。ふむ。王子。このモロドフ、あなた様にお詫びせねばならぬことがございます」

「なんだろうか」

「実を申しますと。このマケドニアによるドルーアへの宣戦布告の件。オレルアンを出発する以前より承知しておりました。より正確には宣戦布告が行われる段取りを知っておったのですな」

「それは一体どういうことだい」

「これは王妃様も御承知尽くのことなのですが」

 

 不思議そうな顔をする王子にゆっくりとモロドフ伯爵は語り出す。

 

「話はパレスが陥落する以前に遡りまする。レフカンディ侯爵が音頭を取り、ワーレン商人の仲介でマケドニア王国と秘密裏に交渉を行っていたのです」

「交渉だって。もしかしてドルーアと手を切ってアカネイアに復帰するように要請したのかい」

「いえ。そうではありません」

 

 願望と呼ぶべきだろう。

 年若く善良な王子マルスはアカネイアを頂点とする七王国の秩序とその復活を信じていた。戦前の体制への復帰。それが彼の理想だった。今からでもマケドニアやグルニアが前非を悔い改めて、占領地を放棄して帰国しないかと淡い期待を抱いている。

 もちろん彼の中の現実的な部分は、それは無理があると理解はしている。ただ、それでも一刻も早い平和の到来を願わずにはいられないのだ。

 直接の仇であるグラ王国に対してさえ、故郷から追い払った後は、これに逆侵攻を掛け、征服し返してやろうとは微塵も考えていなかった。

 

 しかし、それは土台から不可能なのだと伯爵は言う。

 

「もとよりマケドニアにとってドルーアは国祖アイオテ以来の不倶戴天の間柄。その敵意、怨讐の念の甚だしきこと我がアリティアの比ではございません」

 

 旧ドルーア帝国で命を使い捨てにされていた奴隷たちが反乱の末に勝ち取ったのが今のマケドニア王国である。血に刻まれたドルーアへの憎しみはアカネイアの諸王国のうちで随一と言って良い。

 

「にもかかわらず、王太子ミシェイルはドルーアと同盟し、民草はそれを支持したのです。どれほどアカネイア王国が憎まれているかが知れましょう」

 

 王宮に仕えて長く、外交官としても活躍し、時にはアカネイア貴族の饗応役なども務めた老貴族は、彼らの理不尽なまでの増上慢をよくよく心得ていた。勇者の国、アンリの裔と持ち上げられるアリティア人の彼ですら、露骨に侮られるのを感じた物である。

 序列において一等下に置かれたマケドニア人への軽侮の念は語るまでもない。

 自分たちが独立させてやった奴隷どもの国に対して、アカネイア人が働く狼藉は見るだに不愉快な物であった。

 

「知らなかった。そんなこと」

 

 マルスは顔を蒼褪めさせた。ショックだった。

 

「僕が出会ったアカネイアの人々は、皆さん立派な方ばかりだった。そうか。僕は守られていたんだね」

 

 アリティアの王宮にいた時もそうだし、オレルアンで戦友となった騎士たちも誇り高い人間ばかりだった。これは如何なることか。考えるまでもない。自ずとマルスは真相に思い至った。モロドフたちが好ましからざる人物は遠ざけてくれていたのだろう。

 

「王家の皆様をお守りするは臣として当然のこと。なにより朱に交わる必要はございませぬからな。それに、その名も高きジェイガン卿がお傍にあって不埒な真似をする者は、もとよりそうそうおりませんとも。哀しいかな愚人はどこにでもいるものゆえ絶無とは申せませんが」

「ふふ。そうだね。ジェイガンにはいつも助けられているね。もちろん、じいもだよ」

 

 話題に挙げられた老騎士が面映ゆそうに黙礼をした。

 

「ははは。ありがたきお言葉。さて。話を戻しますぞ」

「おねがい」

「マケドニアがアカネイアに復帰することはあり得ぬことをご説明しましたな。これが前提です」

「うん」

「その上で侯爵。否。四国同盟の首脳陣と申すべきですな。王妃様もオレルアン王も御賛同の上でのこと。四人の王はマケドニアの王にこう持ち掛けたのです」

 

‐☆・☆・☆‐

 

「なっ! バカな! 裏でマケドニアと手を組んでいると言うのですか!」

 

 赤い鎧を着た若い騎士が怒りも露に叫んだ。

 場面は軍議の後。

 部将たちから麾下の若手の騎士たちへの説明が行われていた。そして話を聞くや否や怒髪天を衝く勢いで一人の騎士が激発した。唾を飛ばさん勢いで上長たる騎士フレイに食って掛かる。生来気性の真っ直ぐな男である。度し難い裏切りに思われた。

 

「おい。やめろって」

 

 今にも殴り掛かりそうな危うさを感じ取った同僚の重騎士が慌てて羽交い絞めに制止する。

 

「放せドーガ!」

「放せるかバカ! 後でお前絶対に後悔するからな」

「ええい! 後のことなんて知るか! 俺は、今、納得が、行かんのだ!」

 

 ずりずりと重甲冑の大男を引き摺りながら進んでいく。

 

「うおっ。この馬鹿力が。アベル、ゴードン、お前さんたちも見てないで手を貸してくれよ。こいつほっといたらフレイ卿どころか、ジェイガン様すら飛び越して、モロドフ伯爵やマルス様まで突撃しかねないぞ」

「あっ! いまお手伝いします」

「落ち着けカイン」

 

 小柄な弓騎士が腹に取り付き、赤い鎧の騎士を緑の鎧の騎士が宥める。

 

「これが落ち着いていられるものかよ!」

 

 慰撫の言葉も甲斐はなく、カインと呼ばれた若い騎士は一層に吠え猛った。怒りの矛先を上司から同僚に向ける。

 

「お前は情けないと思わないのかアベル!」

 

 ライバルと恃む盟友がこの不道徳を唯々諾々と受け入れる様子がもうひとつ気に食わなかった。

 ドルーアと手を組んでアカネイアを裏切り滅ぼした奴らが、今度はドルーアを裏切って戦おうとしている。無節操極まりない。恥ずべき連中だ。そんな奴らと手を組んでは自分たちも卑劣漢に堕してしまう。

 

 さらに気に食わないのは。

 

「奴らが征服した土地の領有を認めるだと。納得がいかん! それでは最後まで忠義を示し戦った両侯国を生贄にするも同然じゃないか!」

 

 カインは両侯爵とその騎士たちに敬意を抱いていた。特に同輩の裏切りによって倒れたメニディ侯爵に対しては、己が主君たるコーネリアス王とアリティア騎士団を重ねている節がある。

 そうだ。考えてみれば、あの卑劣な騙し討ちに関与したのもマケドニアではないか。

 

「おのれラング! おのれマケドニア! なぜ強盗どもに譲歩してやる必要があるのだ!」

「いや。だって。お前。王妃様や侯爵様、オレルアンの王様たちがお決めになったことだぞ。納得いく、いかないじゃないだろ」

「ドーガ! 貴様!」

「しぃー! しぃーですよ! もう。ドーガさん。なんで火に油を注ぐんですか!」

 

 最年少の弓騎士ゴードンが悲鳴をあげる。

 

「ええい。姦しいぞ。貴様ら」

 

 ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる若者たちを壮年の騎士が叱りつける。

 

「ですが。確かにカインの言うことも分かります。正義に悖る行いだ」

 

 出し抜けにアベルがカインの主張に同意する。痛い所を衝かれたのだろう。騎士フレイは口をへの字に曲げる。彼もまた内心ではそう考えていたのだろう。道義に欠けると。

 

「おお! 信じていたぞアベル。お前もそう思うよな」

「思う。思う。だがなあカイン。俺はこの話を聞いて得心がいったよ。我々がアリティアの奪還に乗り出せたのも、この密約があったればこそだってな」

「どういうことだ」

「マケドニア王国に備える必要があるからグルニア軍が動けないと言うことだ」

 

 ドルーアがグラの救援に兵を出さない理由。何かあるとは思っていたが納得だ。

 逆にマケドニア王国の側から見ると、アリティア、オレルアン、レフカンディに備えてドルーアが戦力を一本化できない今が絶好の離反の季節だったのだ。

 遠からず決裂する関係ではあったのだろう。それをアリティアの出兵が早めた。

 

「ありがたい話じゃないか」

「そんな言い草があるか!」

「では聞くぞ。本心から答えろよ。グルニア騎士団の十全たる支援を受けたグラ王国を俺たちは倒せるか?」

「ぐっ。嫌なことを聞く」

「どうなんだ」

「……りだ。ああ、そうだとも、無理だ。ありしころの王宮騎士団ならばいざ知らず、今現在の義勇兵の手を借りてどうにかやってるアリティア軍じゃ、逆立ちしたってグルニアには敵わん! くそがっ!」

 

 カインとて愚かではない。頭では理解できている。

 それに彼もまた封土を有する領主騎士である。領主が自領を守るためなら何でもするし、しないとならないことは重々承知している。

 

「だが。だがな。それでも俺は納得がいかないのだ。俺たちは奪われた故郷を取り戻すために戦っているんだぞ。それが別の故郷を奪われた人々を踏み台にして為された時、何かが終わってしまう気がしてならないんだ」

 

 血を吐くようにカインは叫んだ。

 

‐☆・☆・☆‐

 

 後日。

 アリティア王宮を解放したアリティア軍は、その勢いを殺さぬ内に、グラ王国内部へと侵攻した。マケドニアとの約定に基づいた行軍であった。



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待ち人来る

 待ち人来る。

 ワーレンから帰島して早一月、ある日マケドニアの商船が入港した。

 一般の島民が知る由もなかったが、その実は商船に偽装された軍船である。積み荷はさる高貴なる少女。聖王女ニーナ。ただ一人残されたアカネイア王族その人だった。

 ともかくマケドニアの船である。

 対岸に位置するガルダからの船や、商機ある所ならどこにでも赴くワーレン商人以外の船が、タリスを訪れるのは有史以来初めての出来事だと古老が言った。島の住人たちは国の格が上がった証拠だと大いに自尊心を刺激され、船着き場から広がった熱狂は速やかに島中に波及した。

 

「みんな楽しそうにしています」

 

 その島民たちの喜ぶ姿にシーダもまたニコニコと笑顔を見せる。

 

「ボクはちょっとだけ罪悪感があるなあ」

 

 タリスが有名になったわけではない。ただの国際的な謀略の一環だ。しかしシーダは気にしていない様子だった。

 

「あら。船が来たのは事実なのだから、いいじゃありませんか」

「かもね」

 

 たしかに考えすぎだったかもしれない。よしっと気を取り直す。

 活況を呈する市場をボクはシーダと歩いて回る。にわかに始まったマケドニアブームで連日お祭り騒ぎである。もっとも誰もマケドニアのことをよく知らないので、ふわっふわのイメージで作られたなんとなく外国っぽい物が売り買いされている。

 

「この木彫りのドラゴン。マケドニアの飛竜って触れ込みだけど、この前まで地竜メディウスの名前で売られてたのを見た覚えが」

 

 商魂逞しいなと苦笑する。と言うよりこの形はどう見てもワニだ。たぶん過去に島外から持ち込まれたワニの木像をコピーしたんじゃないかな。造形が雑なのでコピーのコピーのそのまたコピーくらいかもしれない。その過程で誰もワニを知らないからドラゴンってことになったんだと思う。

 

「ワニですか」

「うん。ワニ。たしかに竜に似てるけどずっと小さい別の生き物だよ。火も吐かないし毒もない」

「小さいんだ。トカゲの仲間なんでしょうか」

「かもね。あ、小さいって言っても竜と比べてだよ。ボクたち人間よりはずっと大きかったなあ。パレスに住んでた頃、ある貴族が飼ってるのを見たことがあるんだ。本来はカダインの辺りに棲息しているんだって」

 

 この世界のワニが地球と同じものなのかは分からない。あるいは飛竜や氷竜がそうであるように、かつては本当に知恵ある竜族だった可能性もある。

 

‐☆・☆・☆‐

 

 タリス王宮。謁見の間。

 通常は奥の壁を背に南面する形で王の玉座が置かれている一段高く設えられた壇の上に、二つの椅子が並べられている。椅子の格も同等。前世の首脳会談のニュースで見た覚えのある、少し斜めを向いた、逆八の字での配置だ。

 座すのはタリス王とアカネイア王女。群臣の前で言葉を交わし、タリスの王がアカネイアの王女を受け入れたことを明らかにする。

 実のところこの二者を同格として相対するのが適正なのか誰も分かっていない。

 冊封国の王宮で宗主国の王女を歓待する際の儀礼などどこにも存在しないので、迎える側も迎えられる側も手さぐりだった。

 

「いと尊き血族の姫君を我が宮居にお招きできたこと幸甚の至りであります。王化の光は我が島にも及び、かねてより聖王の威徳を慕わしく思っておりました。タリスは天離る鄙の地なれば、御不便も多かろうとは存じまするが、再起の日まで気兼ねなくお過ごしくだされ」

「お心遣いありがたく存じます。一代の英傑たるモスティン様にお目にかかれてニーナは嬉しゅうございます。王の統べられるタリスは美しい国ですね。感動いたしました」

 

 それで終わりだ。役目を終えた王と王女はどちらも速やかに退室する。簡素な物だ。繰り返しになるが前例となる有職故実がないので、お互いボロがでないうちに片を付けることで合意していた。

 見届けたボクもさっさとその場を離れる。

 謁見の間を出た後、王宮の女官を捕まえて、シーダに宛てて伝言を頼む。今からお邪魔しても大丈夫だろうかと。アポなしで乗り込むわけにはいかない。特に今日は。しばらく待っていると折り返して来たさっきの女官が許可が出たことを伝えてくれる。

 女官に先導されながら王宮の奥へと進み、王女に割り当てられた応接室に入る。

 

「おぉ」

 

 思わず感嘆の声がもれた。

 実にロイヤルな空間だ。

 シーダ、エリス、ミネルバ、ニーナ。いずれ劣らぬ四人の美姫たち。今この場に四ヶ国の王女が集結していることになる。そうニーナと一緒にミネルバも来ていた。

 王女たちのお茶会にお邪魔する。ホステスはシーダ。王宮の女主人は王妃様だが、ニーナ王女の強張った心を慮れば、年も近いシーダが私人として持て成すのが良いだろうと決まった。介添えにエリス王女が入ってくれている。彼女はもともとニーナ王女と親交があり、気心の知れた間柄だと言う。

 

「ご無沙汰をしておりました。ニーナ様」

 

 ボクはニーナ王女の前に進み出るとお辞儀をする。両足を揃え、右手を胸に添えて、深々と頭を下げる。膝は曲げない。バレエで見られる男性ダンサーのレヴェランスと酷似した動きだ。

 

「頭をお上げなさい。ディオメデス・レフカンディ。あなたの献身はカミュ将軍とミネルバ王女とからそれぞれ聞いています。本来なら、わたくしの方こそ頭を垂れ、あなたがたの尽力に礼を言わねばならない立場です」

「身に余るお言葉です」

 

 頭を上げて王女の言葉に謝意を示す。

 それから少しの間、お互いに無言で見つめ合った。

 こうして見るとやっぱり母様に似ているな。つまりはボク自身とも似ていると言うことだが、瓜二つとまでは言わないが、たしかな血の繋がりを感じさせる。何の事はなくて、ボクの祖母と王女の母親が歳の離れた姉妹の関係にあるからだ。なので母様とニーナ王女とは従姉妹同士と言うことになる。

 もっとも。アカネイアの上級貴族と王族は皆どこかしらで血が繋がっているので特に珍しくもない話だ。なんならボクの父方の一族はアドリア侯の遠縁だし。あのラングと薄くとも血が繋がってるとか嫌な話だなあ。

 そんなことを考えた。

 そう。何て事のない特筆するほどでもない話だ。そのはずなんだけどなあ。あーあ。だから出会いたくなかったんだ。

 

「泣いているのですか」

「あ。御無礼を。お許しください、殿下」

 

 ああ。駄目だな。泣くつもりなんてなかったのに。演技ではなく本当に泣いてしまった。

 ボクは単純だ。こうなると分かっていたから、実際に対面はしたくなかったのだ。死んでいてくれと願ったし、カミュと現地で結ばれてくれと夢想した。だが、そうはならなかった。

 前回最後に会ったのは四年ほど前だが、記憶にあるよりも王女は少し瘦せたように見えた。幼さの残る少女から大人の女性に近づいただけとは言いきれない翳りがある。

 無理もない話だ。地球で言えばまだ中学生の少女である。親兄弟を含む一族を全て失い、実際に手を下したのとは別人だとはいえ、その家族を殺した連中の一員の庇護の下でずっと過ごして来たのだ。心に負った傷は深い。

 ボクは彼女に同情してしまった。もう見捨てることはできないだろう。

 

「見苦しい姿をお見せしました」

「そんなことはありませんよ」

 

 涙をハンカチで拭う。醜態だ。演技でならいくらでも泣くし喚くと決めているけれど、感極まってマジ泣きするとか前世ぶりじゃなかろうか。

 周囲から注がれる温かい視線。恥ずかしいなあ。

 コホン。気を取り直して、次いでミネルバ王女に礼をする。

 

「ありがとうございます。ミネルバ王女、よくぞニーナ様をお連れ下さいました」

 

 実は来ない可能性も疑っていた。

 カミュを信じていなかったわけではない。誓言した以上はやり切る男だ。そこは信用して良い。ミネルバもそうだ。ただ同時に、護送計画にマケドニアを仲介者として挟んだ時点で、ミシェイルが介入し、そのままマケドニアに連れ去ってしまう未来も少なからずあると思っていた。

 王太子ミシェイルは未婚だ。ドルーアと袂を分かった今、ニーナとの婚姻は占領地の統治の正統性、民心の慰撫と強力な武器となる。

 たまたま寄港した先のマケドニアで、聖王女ニーナは王太子ミシェイルと熱烈な恋に落ち、覇者の証たる炎の紋章を託された英雄王ミシェイルがドルーアを平らげ、アカネイアを三度再建する。

 そんな筋書きもありえた。

 事実、パレス王カミュが潰えた場合の、二の矢としてアカネイア王ミシェイル誕生ルートも検討済みだった。そうなったらそうなったで道が開けるのではないか、そういうことだ。

 もっとも、先方からすれば、アカネイアの王女との間に子を儲けるなど御免被ると言いたいかもしれないが。

 あるいは改善の兆しが見え始めた妹たちとの再度の破綻を恐れたか。

 

「礼には及びません。過日に契った約束を果たしたまでのことです。それに私たちは船を廻しただけです。真に尊敬するべきはニーナ王女を脱出させ、我らの船まで守り抜いたカミュ将軍と彼の忠勇なる部下の方々です。そして受け入れることを決断為されたモスティン陛下の至誠。素晴らしい。私も騎士として、王女として見習わねばならないと思っています」

 

 今日の彼女は王女としての要素を前面に出しているようで、先日の密談とは打って変わって物腰柔らかな態度である。着ている物も鎧や軍服ではなく貴婦人が着るのに相応しい女性的な装いだった。

 

「ボクも日々その思いを新しくしています。やっぱり君のお父様は凄い方だねシーダ」

「本当にそうだと思います。私たちアリティアから落ち延びて来た者たちも快く受け入れてくださいました」

 

 エリス王女が同意する。

 思いがけず始まった父への賛辞にシーダは照れくさそうに微笑していた。

 その後、四半刻ほど談笑して過ごした。

 

「では皆さん。ボクはこの辺りで失礼しようと思います」

「ええ。久しぶりに出会えて嬉しかったわ。ディオメデス。従姉殿にニーナが宜しく言っていたと伝えていただけますか」

「承知いたしました。ニーナ様。後日、母からも誘いがあるかと思われますが、是非、我が家にも遊びにお越しください」

「きっと伺わせていただくわ」




ようやく時間が出来て「やるぞー!」ってなったところで腱鞘炎になってしまいました。

ところでこの小説はもともと乾燥海藻類さんの『FEトラキアから始まる転生物語』を読んでて盛り上がったFE熱から始まったんですが、休んでる間に同氏による暗黒竜物『FEマケドニアから始まる転生物語』が始まって完結してたのでちょっとビビりました。

これから読んできます。


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