マジカル戦国大名、謙信ちゃん (ノイラーテム)
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推しへの転生、略して推し転
●我が為すことは我のみにて為す
転生した事、自分が後に上杉謙信となる存在であること。
その事を知り、この世界の誰もが受け取る神の加護がロマンに溢れていたこと。それらを全て理解した時、『彼女』は思わず喜びの野へ成仏し掛けた。
だが神は言っている、まだその時ではないと。
「虎千代殿。どうなされたのですかな?」
「和尚様……。御仏が、神様と共に私に語り掛けられたのです」
「ほう。ご助言と共に御仏の加護を授かったのですな」
「はい」
長尾家の菩提寺である林泉寺に預けられた守護代の娘。虎千代が、神の加護を授かった。
転生者である『彼女』はその時に前世を思い出し、自分が推し武将に転生したこと、そして浪漫に溢れる力を授かったことを理解した。
この世界は剣と魔法の世界であり、誰もが神の加護を授かる。
だが、それが自分の理想に近い物であるとも便利な物とも限らず、『彼』の加護は即座に使いこなせないモノだったが理想に近い幸運な部類であったと言えよう。なお農民などは一生自分の加護を知らない者も居る程である。武将たちは勉学を学ぶため、そして加護を知るために、虎千代の様に寺に預けられることが多かったのだ。
「どんな悩みに対し御助言をいただきましたかな?」
「私は武家に生まれた者、寺に預けられて修行する者として悩んでいたのです」
「この世の中は無常、何より人々が争う世界。そんな中で私は何もせずとも良いのかと」
「それでどのような御言葉を?」
「汝の為したいように為すが良い。ただし、汝が為す
授かった加護は最高ランクの神聖呪文を唱えるチャレンジが可能だという物。
最高ランクであるレベル10に二つしか呪文は存在せず、一つは使えば身の破滅を伴う呪文。ゆえに残るは一つきりなのだが……この呪文は群衆を強化する呪文であったのだ。まさしく自分だけでは成し遂げられない力を授かったと言えよう。
「御仏は、毘沙門天様は、私に自分だけでは成し遂げられない、人と共にあらねばならぬ加護を授けられたのです」
「精進なさい。それが全ての第一歩です」
「はい」
林泉寺の天室和尚は虎千代に修業を促した。
この世界の魔法は難易度性なので、1レベルで10レベル魔法など成功する可能性すらない。まともに使おうと思えばせめて7レベル、儀式を交えるとしても5レベルは必要だ。そのこともあり転生者であると自覚した彼は以後、子供らしからぬペースで修行を始めるのであった。それは大人たちですら驚き、たじろぐ熱心な修業であったという。
●時にはメタな私情を交えて
(推しの謙信様に転生とかサイコーなんですけど!
数ある戦国武将の中でも推しに転生できるだなんて! いやーマジヘブンに逝きかけたわ)
虎千代は修行三昧の日々を送っております、ナウ!
座禅を組み、寺の用事を片付け、座禅を組み、仏典を学び文字や計算を学び、座禅を組んで、剣を振り槍を振るっては体を鍛えて、また座禅を組む。いとも素晴らしき計算し尽くされたルーティーンなの、です!
「虎千代様。どうしてそのように身を削って修業為されるのですか?」
「とうてい子供の為される事ではありませんぞ」
「それが御仏の御意思だからじゃ」
お付きの小姓たちが不思議そうに尋ねるんだけどさ。もらった加護はチャレンジ可能なだけ。
問題なのはさ~。この世界では難易度式でレベルが十分に高くないと発動率が下がる世界なのです。調べてみると、呪文を詠唱できるようになる加護は幾つかあったんだけど……。授かったのは『最高ランクの呪文を唱えられる権利だけ』でこのままでは使用できないんだよね。もっと便利な……『呪文一つに限り、無条件で使える加護』もあるそうだけど流石に御仏も神々もくれなかった模様。ザンネン!
「せめて雑事などは我らに」
「弥三郎、弥七郎。今は放っておいてくれ」
経験値入手のチャンスを譲るなんてとんでもない!
この世界の魔法は難易度発動式でもあるけど、累積熟練度式でもあるのですね。下位呪文から延々と唱えて熟練度を溜めねばいけなんだけど、熟練度を溜めるのに便利な呪文は再使用可能なクールタイムが存在するんだこれが。だから小姓たちの申し出はありがたいのだけど、私頑張るよ!
(
ちなみに、毘沙門天の特殊信仰呪文は戦神なので偏っているの。
1レベルでは『多聞宝塔』、老師たち……コー●ーで言えば『居るだけ軍師』がちょっとした事を教えてくれるくらいなのだけど……いろんな分野で試せるのがすっごくありがたい。何を聞いても熟練度をくれるので、おじいちゃんたちには足を向けて眠れないよね。4レベルでは三叉戟で7レベルでは毘沙門アーマーで防御を固め、どっちも修正値の大きな武具召喚魔法。10レベルでは聖戦の呪文を行使できるというんだけど……。
聖戦の呪文について知りたい? 私も説明したいから教えてあげるね♪
この魔法は同じ宗派の人の戦闘力を2レベル引き上げる大呪文なのです。自分一人では意味がなく、しかも宗派が同じじゃないと意味がない。でも私は上杉謙信に転生した……この事が全てを答えに導いてくれました。戦国最強の謙信軍団作ればOKだもんね。こんな素晴らしい呪文をありがとうございます、神様仏様毘沙門天様!
(そういえば弥七の名前は宇佐美じゃなくて枇杷島なんだよね。弥七のパパはなんで宇佐美定行じゃないのかな)
そういえば雑事をこなしてると、ふとこの世界にについて考える事がある。
この世界は魔法が存在するためか、歴史がちょっとずつ違っているのだ。判り易い例で、強い加護を持って居れば女性や少年でも武将に成れる。能力値強化や天性の技能は良くある加護で種類も豊富だから、屈強な能力や魔法が使える加護なら女性や少年でも強かったりするのだ。だいたい、私も女の子だから、この世界の謙信様女の子なんですけどー!?
そんな世界でも名前が同じことが多いのは、環境のせいなのだろう。
例えば
(違う部分は、魔法がある世界だし細かい戦で勝ったり負けたりして歴史がズレてるせい……? この世界じゃ鉄砲とか作る意味も薄いだろうしね。ま、私が覚えてる日本史なんてごく一部の推し中心も良いトコだけどさ!)
この世界では武将の性別が違っていたり、年齢がおかしいのは良くあること。
ポっと出のスナイパーに生き残るはずの武将が殺されたり、逆に死ぬはずの武将が回復呪文や防御呪文のお陰で生き延びたりしている。鎮西八郎の弓が船を沈め、ホンダムが無傷なのが本当でもおかしくはない末世。一ヒャッハーで村が一つ燃えてもおかしくないんだってさ。
ネタでしかありませんが、書き始めてみました。
行ける所まで行きますが、一番タイトル詐欺なのは魔法少女ではないことです。
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一分野一チート令
●
私こと虎千代は、鉄砲とか諸々を諦めました! うん、メンドイ!
歴史が変わって居て存在しているか怪しい上に、大音量を出す呪文であるとか、大威力の呪文が存在するんだもん。流石にポンポン使える人は居ないないけどさ。少なくとも大枚をはたいて購入するほどの事があるとも思えないんだよね。それこそ大活躍でマジヤバイかも! って噂を聞いたら、改めて考えれば良いじゃん?
それに私ってば、まだまだ元服前のチャイルドなんだよね。
子供が死に易い七五三の時期は過ぎたので、甘酒飲んで守り刀を持たせてもらう儀式はやったがそんだけ。小姓をつけてもらったおかげで、寺に入れられても見捨てられてはいないのだと判るのが幸いなだけで基本的に話を聞いてもらえないんだよね。ちゃんちゃん。
(っていうかー謙信様に転生して凄い加護まで貰ったんだよ? いちいち転生チートしようと頭を捻らなくても良いよね~? よし、したくなっても一つの分野に一つだけに絞ちゃえ!)
そもそも転生してるからか、前世の事はあまり良く覚えていないんだよね。
好きな小説に時代小説やら異世界転生物は多かったのでザっと覚えてはいるけど、ただそんだけ。それに鉄砲を求めないのに火薬を作ろうとするのも微妙でしょ? つーかよく考えたらシモの話じゃんか! 少なくとも変な目で見られてまで求めることじゃナイナイ。
そんで最初の転機というか、決意を示すチャンスが訪れたわけよ。
強力な加護を授かったことで、その事をパパである長尾為景が大いに祝ってくれるんだってさ。わざわざ口にはしないけど自分だけでは成し遂げられないタイプの加護なので、親兄弟で争う可能性が薄いというのもパパが喜んだ理由なのかもね。
「虎千代様。掛かる祝いの席にて、何か欲しい物はあるかと大殿が仰せです」
「酒を造りたい! この間、僧坊酒の本を読んでな! これも御仏のお導きであろう!」
「酒……でありますか?」
「うむ。父上も兄上がたも、越後の将はみな酒が好きであろ?」
「みなで勝利を祝う酒を造るのじゃ。その為に良き布が欲しい!」
というわけでたった一つの生産チートは、お酒を選びました!
上杉謙信と言えば酒! ならば良い酒を造って越後の産物として売れば良いし~。そもそも謙信様は年中行事の様に戦争をしてるのに、死後に金蔵が唸ってたハイパー大金持ちな訳よ。酒だけあれば他に生産チートなど要らぬ! ロクに覚えていないからじゃないんだからね!
「酒の為に布でありますか? その辺りで用意できるモノではなく?」
「そうじゃ。脱穀して酒を仕込み、それを荒絞りする。可能ならばもう二度三度と絞りたい」
「ゆえに目の細かい良き布が必要なのじゃ! そう書いてあったぞ」
パパから派遣されてきた傍仕えの小姓にそう答える。
この林泉寺は武家の菩提寺であり臨済宗なので直接のナマグサはなし。でも武家の子弟を預かる事もある為か、単に読専の文学系が居たのか色んな本が置いてあったんだ。私はヘイホーも好きだけどその辺を読むのが好きで、多聞塔の居るだけ軍師たち……もとい爺ちゃんたちから解説を聞いて愉しんでいた。つまるところ酒の話もそこにあったって話ね。
「他にも資料はあったが、まずはこれを確実に作って府内の産とする!」
「……ではそのように大殿にお伝えいたします」
「よしなにな! そなたが指導する場合は落とした籾と酒の滓はそなたにやろう。畑にまく肥料や保存食とするが良いぞ」
生前もお酒は好きだったし、謙信様に転生した為か酒のネタだけは良く覚えてる。
だけど無理することはないと、誰に説明しても可能な範囲のみを実行させることにしたわけよ。そもそもパパが強力な加護を授かった祝いにくれる程度の代物。良い酒を作りたいからと言って叶えられるとは限らないもんね。酒に灰を入れて清酒を作る方法は覚えてるけど、ホントにそれで良いの~? って不安があったのも大きい。だってさ、せっかくのお酒に灰を入れて駄目に成ったらもったないじゃん?
なお、この話はパパを喜ばせた。
パパもまた酒好きであるが、私が豊富な知識を学んでいる事、そして良い産物があれば銭金を増やせることを長尾家……は幾つかあるんだけど、うちの府内長尾家は知っていたからだ。後に知ったのだけど青苧と呼ばれる織物を独占していたことが大きな影響を与えたのかもね。
「虎千代様。まずはこれなるをお納めいたします。そしてこの度、大殿より甘粕の苗字を授かりまして」
「おお! まこと重畳。差配を任せたそなたが出世したこと、ことのほか嬉しいぞ」
「お言葉通りに酒を造りましたこと、そして酒の滓を干し堅めて酒肴として献じたことで、甘粕長重と名乗る様にと」
「それはそなたが真面に差配したからじゃ。童の言う事を良く守ってくれた。戦場で陣を同じくすることがあれば頼もしく思うぞ」
暫くしてこないだのお使いさんが出世し、三度絞りの酒と酒粕を持って来た。
パパが才能を見込んだ小姓上がりの一人だけど、私に派遣するレベルの小間使いだ。でも顔見知りには違いないし、その人が苗字を貰っていっぱしの将となれば嬉しいよね! 私も酒を完成させたことよりも、見知った人が出世したことは何より嬉しい気がする。そして嘘偽りなく、指示を徹底したその律義さを発揮する青年が好ましく思えたのもあった。
「いずれ秘儀も完成させて開陳するが、今はコレを増やす所からかのう」
「はっ。まずは一桶というところでありますが、三つ四つと増やしましょうぞ」
「吝嗇は好まぬが、寺に預けられて見知ったことがある。知識と技術は独占してこそじゃ」
「重々承知しております。手前の目の届く範囲でのみ仕込みを行いまする」
とりあえず火鉢で転生して初めての酒粕を軽く焙った。
ついでに渡された酒の一部を小さな器に入れて、それを同じように火に掛ける。これこれ! たちどころに甘い香りがしてお付きの弥三郎や弥七郎たちまでヒクヒクと鼻を動かし始めるのが実に面白い。
「自らの所で仕込んでおるなら味見はしておろう。ゆえにコレを取らせる。出世の祝いじゃな」
「温めた酒でありますか。拝領いたします」
「この方法は温める度合いによって味わいに差が出ると書いてあった。授ける故、父上と相伴する相手でも幾人かのみとせよ」
「はっ。直江様や琵琶島様のみに」
あげたのはお酒一杯だけじゃない
ぬる燗や熱燗などの様々な工夫ってわけよ。小姓ならそういうのを覚えてる重宝すると思うし……。つかさ、私そのへんの温度管理なんか知らないもん。今から勉強してもらえば、私が助かるじゃない? パパを訪れて様々な武将が食事を共にすることがあるはずだけど、直江景綱や琵琶島定行と言った辺りが側近中の側近なのかな? 直江景綱ってあの『愛』の直江兼続のお父さんか何かだよね? 多分。
こうして越後の酒造りにモロミを絞って酒粕を分離する諸白酒が誕生したのでした。
清酒となるには私が最低でも元服した後、場合によっては武将として城を預かった後になるんじゃないかと思ってたんだ……でも意外とその登場は早足でやって来る。それが良い事だけではないのだけど……。
●
それから数年が立ち、長尾為景は晴景に跡目を譲って隠居。
御隠居政治で貢献しながら転戦していたのだが……。そろそろ虎千代も元服するかという頃に変事が起きた。正史とどこまで違っているのか分からないが、長尾為景が越中で戦死したのである。正確には裏切られて殺されたも同然である。
「父上が!? 畠山の手伝い戦では無かったのか!」
「それが……畠山の内紛が起きた模様です」
「当主争いと守護代争いに巻き込まれたらしく、無念の死を遂げられました」
ある寒い冬のこと、長尾為景戦死の方が林泉寺にも入った。
守護代としては隠居して長男の晴景に当主を譲った後、越中の国を治める能登畠山氏に請われて一向一揆討伐に援軍として向かった折りの事である。一向一揆は数ばかりで強くないと思われていたのだが……畠山氏の内紛が突如勃発したというのである。神保と椎名の守護代争いも起きており、神保に担ぎあげられた弟が、為景と話し合うために出向いた兄を殺すための戦いを始めたそうだ。
「兄上はいかがされておられる? 父上の御遺体はどうなった!?」
「殿は守護様と伊達家の折衝で動けぬとのことです。実際には怪しい動きをしている者が居ると睨みを利かせておられます」
「大殿の御遺体は間もなくこちらに。我らはその先触れとして参った次第で」
当主を譲られた晴景は外交肌の人物だった。
どちらかといえば穏健派で文弱と見られていたが、隠居しつつも越後全体を抑えていた父親の為景が剛腕の武人だったのでバランスは取れていたと言える。虎千代が考案した諸白の酒も、土産として持って行けば喜ばれると何度か言葉を交わしたことがあった。
「ということは平蔵兄者たちは動けぬか。両名には声を上げて済まなんだ」
「いえ、これが我らの役目ゆえ」
「何かお下知があれば何なりと」
晴景の他にも次男である長尾平蔵景康らも居たが、彼らは武将として配されている。
新当主が外交を行いつつ、裏切りそうな豪族に睨みを利かせているという事は、その補佐として脇を固めたり何時でも動けるように兵を集めている筈だった。側近であり晴景と同い年の直江景綱も同様であろう。
「うむ。金津、甘粕を借りるぞ」
「はっ。拙者は御遺体を必ずやお届けいたします」
金津新兵衛の妻は虎千代の乳母であり気安い相手だ。
それゆえに酒の件で面識のある甘粕長重を伴って使者として訪れていた。何かあれば甘粕を使えと言う事だろうが、虎千代はその言葉に甘えることにしたのだ。
ここで重要なのは権勢をふるっていた長尾為景が戦死し、新当主である晴景は動けないことだ。
言い掛かりをつけて攻め寄せれば、ただそれだけで新当主の権威は下落する。押さえつけられていた豪族のみならず、親族であるはずの古志長尾家や上田長尾家もその点では信用なら無かったと言えるだろう。
「仕込み中の酒は?」
「一番樽の早酒が仕込み終わっております。後は熟しておりませぬ」
「仕込んである方は城へ持ち込め。篭城となれば幾らでも使いようがある。二番以降は相すまぬが灰をぶちまけておけ」
「諸白の秘密を守るのですな? 承知いたしました」
「後で濾すなり上澄みを掬うなり吞める。汚泥は混ぜるなよ」
「然りと」
この当時の酒はアルコールが弱いので栄養のある飲み物になる。
それとは別に、籠城中に派手な酒宴を開いて見せれば、その余裕を味方にも敵にも見せることができるだろう。そして何より、新しい産物である諸白の酒は守らねばなるまい。仮に攻め寄せて来る豪族はおらずとも、秘密を奪って行こうと考える不埒者は多いのだから。
「その後は琵琶島城へ赴き駿河守殿と合流せよ。何かあらば手勢を借りてその方が先手となれ」
「はっ。……弥七郎殿はお連れせずとも?」
「弥七にはここでしてもらう事がある。父上の御遺体を辱める訳には行かぬ故な」
「承知いたしました。御無事で!」
琵琶島定行の息子である弥七郎は小姓であると同時に人質でもある。
迂闊に戻して選択肢を与えるよりも、『信じて側近として使っている』と見せた方が良い。それにこれからすることには人手はいくらあっても足りないし、そのためには名前の知れた小姓と言うのは重要であった。
「弥七郎、聞いての通りだ。弥三郎と共に長屋から子供を連れて参れ」
「虎千代様。それで我らは何を?」
「寺の周りに雪を盛り上げ作り水を打って氷壁を作れ。水が出なければ小便でも良いが、正面ではやるなよ」
「境内でそのような無茶はやりませぬ。ご安心ください」
虎千代ら子供世代は、よく二手に分かれて合戦ごっごをしていた。
木の枝や竹で叩き合い、小さな石を投げてのちょっとした合戦。喧嘩というには和気藹々として、ただの遊びと言うには物騒な遊戯である。小姓である弥三郎と弥七郎は子供たちを呼び集める役をしていたので不自然ではなかった。
やがて日が明けた頃には雪の山は立派な氷の壁になった。
虎千代は寺の正面に篝火を焚いて待ち構え、為景の遺体が運び込まれるのを待ち続けたのである。少なくともこの数日を過ぎ、晴景が喪主として葬式を終えれば当面の問題はなくなる。その日まで決して気を緩めぬつもりであった。
「虎千代様! 諸白の一部をお持ちしました」
「良し。桶二杯を残して和尚様にお渡しせよ。弔問に訪れる者への兄上からの振舞酒じゃと言うてな。弥三郎と弥七郎はそれぞれの組下に振舞え」
「「「はっ」」」
先んじて武将になった甘粕が敬意をもって従うので、小姓たちもそれに合わせる。
身近に居るがゆえについ気安くなるが、流石は我が若君よと弥三郎も弥七郎も顔を見合わせ合うのであった。
「虎千代様。越後はこの後どうなるのでしょうか?」
「さて、一国であれば何とでもなろう。兄上は話は上手いゆえな」
「……それ以上の事は判らぬ。じゃが、酒の事だけは判るぞ」
「酒でありますか? この度の事で随分と広まるとは思いますが……」
「そうではない」
子供らに酒を振舞う間に長重が尋ねるが、虎千代は未来の事は語らないおいた。
歴史を詳しく覚えておらずとも、上杉謙信が台頭する以上は晴景たちの治世は長続きしないだろう。そもそもこの越後では頑固者が多く、為景も武力で強引に従えていたがゆえに軋轢も多かった。晴景が穏健派となって間を取り持っていたが、不満が爆発して行くならばその姿勢はむしろ逆効果に思えたのである。
だがそんなことを口にするわけにもいかぬ。
そこで虎千代は一足早く別の未来を語る事にした。酒好きの越後人としては、未来が明るく感じられることだ。そして今を乗り切れば、明るい将来設計ができるぞと言う夢が必要でもある。
「昔むかし、あるところに有名な酒蔵があった。不正を働く杜氏を馘首したのだが……」
「……? もしや、以前に仰せられた秘儀を紐解かれたので?」
唐突に昔話を語り始めた虎千代に長重は面食らった。
しかし話の流れを考えれば、明らかに酒の事だろう。その事を察して念のために確認しつつ、相の手として話を促しておく。
「その悪い杜氏は腹いせ紛れに仕込み中の酒樽に灰をぶちまけていったという」
「……っ! まさか、先日に灰を入れさせたのは……」
「その通り。他には決してしゃべるなよ、偶然じゃと言っておけ。さて、何処まで話したか」
この時、長重は驚愕せざるを得なかった。
余所者が諸白酒の秘密を持って行くことを考えれば、灰を入れて飲めなくしたと思わせるのは重要であった。しかし虎千代が資料で調べれたように、他の地域では秘密でない場所もあるはずだ。それゆえにもったいないと思わないわけではなかった。だが、まさか遠い将来を見据えての事であったとは!
「そうそう。灰と秘儀の話であったな。後日、その事を知った酒屋が残念に思いながらも上澄みを掬って飲んでみた」
「すると清く澄んだ美しい酒であったという。味わいは濁り酒に比べるべくもないが、その切れ味はまるで違うとか」
「なるほど……。秘密を守るだけではなく、同時に新しい秘儀を試す方法を選ばれたのですね!」
「それもあるが確信が持てたのは今になっての事よ。灰を入れるだけなら誰かが思いつけよう?」
「そう……清み澄み渡る酒を造るには、濁り酒に直接入れるのではない。諸白を作る前の荒絞りの段階で入れるのじゃとな」
現代人から見ると最初から清酒を知っているので、濁り酒に灰を入れるのだと思い易い。
しかし当時は荒絞りをしない事すらあり、さらに言えば籾殻を脱穀しない場合もあったという。つまりは脱穀・醸造・灰を入れた濾過・二度目三度目の濾過。そこまでやって初めて清酒になるのだろう。灰は酒滓と結びついて濾過し易くなり、澄んだ酒を作り易くなるという訳だ。
元より灰を入れるのは大切な産物の秘密を守り通すために納得していた。
だが、それどころか最初から筋道を立てて段階を踏んだ様な研究成果の証しかたである。長重は己を引き立ててくれたのは虎千代であると思っていたが、さらにその畏敬を強くするのであった。
「と言う訳で残りの樽は分けて濾せ。一度だけ濾した物、三段絞りで濾した物と試してみよう。兄上たちにも表向きは偶然というのじゃぞ」
「はっ。秘密を守り府内の新しい産とするのですね?」
「うむ。今までの諸白は少しずつ広めていく。代わりに清み澄み渡る酒……清酒は秘蔵中の秘蔵として扱うのじゃ」
「はは!」
やがて越後の産物として酒が完成する。
協力する豪族に諸白酒の造り方を教えてこの地方で重要な産物として生産。そして重要な相手への贈り物や、功績を上げた家臣への褒美として、後に景虎と名乗った時に酒本位制度を確立したという事である。
と言う訳で生産チートを酒以外封印します。
謙信様は内政なんかしません。省みません。後悔もしません。
酒だけあれば後は不要、勝てば良かろうなのだ!
まあ当時の越後は米所ではなく川はよく氾濫するし経済国家なので。
青苧とか商品だけ確保して、後は港だけあれば良いんじゃないですかね?
●諸説
為景さんは越中死亡説(祖父と混ざった説あり)を採ってます。
同様に甘粕くんも途中で名前を貰った説を採っております。
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その名は景虎!
●
長尾為景の葬儀は時間こそかかったが、何とか無事に行われた。
だが当主である晴景の声望と権勢は落ち込んでしまう。隠居したとはいえその武力で支えていた為景の死、そして即座に復讐戦を挑めないほどに弱腰だと見られてしまったのだ。
実際には守護である越後上杉家と伊達家の騒動を見守ったり、それに乗じて反乱を起こそうとする豪族たちを抑えねばならなかった。だが知らない者にとっては弱腰には変わりない。知っていたとしても、多少の問題ごと振り回す剛腕が無いのだと周囲は失望し、この機を逃さずに自らの権益を増やそうと策謀していたのである。
「虎千代。そなたの献じてくれた酒のお陰で自分と儂も気が楽に成ったぞ」
「いえ。兄上の御手腕あってのものです。それに酒は趣味で作りました!」
林泉寺での法要以来、忙しくて会えなかった晴景が訪れて来た。
虎千代にせよ天室和尚にせよ、呼びつけられるはずの当主が寺を訪れる。その裏には何かの目的があるに違いないが、その態度そのものには晴景の細やかな気配りが感じられた。そんな一面を善良さの表れと取るか、軟弱な男と見るかは人それぞれであろう。虎千代も和尚も好ましく思うのだが……生憎と越後の頑固者たちは多くが後者であった。
「して、兄上。此度は何のお下知でしょうか?」
「察しが良いな。まだ若く女人である虎千代には酷かもしれぬが、そなたを元服させて城を任せる」
「はい! よろこんで!」
自分に関する用事と察した虎千代は笑顔で応じた。
心苦しそうに告げた晴景も、その元気な返事には苦笑交じりの笑顔を返さざるを得ない。晴景本人としては女としての幸せを進む道もあったと考えてしまうし、まだまだ小さい子供というイメージもあったのだろう。だが反応はどう見てもワンパク小僧でしかない。自分の苦悩は何だったのであろうかと苦笑が混じるのも当然であった。
「う、うむ。虎千代が望むならば良い。……時に、理由は判るか?」
「兄弟仲良くということではありませぬか? 平蔵兄上と共に府内長尾を支えよと」
「……概ね間違ってはおらぬ」
晴景はそう言いながら慈しむような眼を虎千代に向けた。
親娘ほど離れた兄妹であり、武将としての才覚と気質を持った虎千代。それが武将に成り、しかも兄弟仲が良いとなれば府内長尾家は揺るがないと内外に示せる。もちろんその為には実績も必要であるのだが、法要を行った時には林泉寺の周囲に雪の壁が残っていたのだ。無き父親の遺体を幼子が守り切る為に差配したとなれば、未来を期待する物も出よう。そして小さくとも城を与えて守り通すことが出来れば、その武名は晴景を支えるに十分だと宣伝できると計算していた。
「父上がおらぬ以上、何かで府内の力を押し上げねばならぬ。排してあった栃尾を任せよう」
「はっ!」
「……おおそうじゃ。忘れておった」
「?」
晴景は元気よく返事した虎千代に笑顔を向けたが、大事な話を忘れていた。
そもそも根本的な処であるのだが、晴景としては心配所は別であったし、本来確認するべき虎千代のノリが良かったので気にもしなかったのだ。もちろん転生者である虎千代にとっては当然の内容であって、考慮しもしなかった話なのだが。
「元服にあたり景の一文字と虎千代の一文字で景虎と名乗るが良い。平三景虎じゃ」
「この景虎。兄上の敵を斬って斬って、斬りまくりましょうぞ!」
ここに長尾平三景虎が誕生する。
せっかくなので解説しておくと、そしてこの時代は本来の名前である景虎は表で呼んで良いのは主君以上の存在のみ。代わりに通称で呼ぶのだが、平三とは平家の末たる長尾の三男(女)とか三将という意味の通称である。よって普段は平三とか、平三殿という呼ばれ方となる。
「その調子で睨みを利かせよ。坂戸の上田長尾にも声をかけておるゆえ、一族はまとまろう」
「姉上が輿入れなされるのですか? では盛大な祝いを送らねばなりませんね!」
「はは。こやつめ、ませおって」
虎千代、いや景虎に転生した『彼女』も何となく気が付いた。
確か姉が仲の悪い親族に嫁ぎ、特に近い存在になったことを思い出したのだ。というよりも後の上杉景勝が、姉が嫁いだ所から養子にとって後継者とした……と覚えていただけとも言える。
もちろん晴景としてもそのつもりなのだが、計画は少し違う。
まずは婚約を取り付けたというニュースで周囲を動かし、結婚と同時に別の行事で情勢を動かそうというのだ。それゆえに今は上田長尾家を動かす材料と言うだけであり、直ぐに結婚させるつもりはなかったと言える。この見積りの深さと言う意味で、景虎はまだまだ兄には及ばなかったと言えよう。無論、ここで嫁がせておけば……その後の話も、少し違ったのであろうが。
●
(姉上の結婚式までには清酒を完成させないとね!)
栃尾城とかいうお城を貰ったんだけど、あんまり実感はないんだよね。
だって、まだそんな城はないというか、危なく成ったら砦を作って守ったり、不要に成ったら壊して敵に利用されないようにする程度の場所なんだってさ。近くの栖吉に居る母方のおじーちゃんにお願いして、本庄さんって武将に改築してもらってる所なのでした。だからお酒を造る以外にすること無いんだよね~(テヘペロ)。
「門察和尚様。お手数をおかけいたします」
「よいよい。天室殿の教え子じゃ。これも御仏の縁よ」
と言う訳でお城が完成するまでの間、瑞麟寺というお寺にお世話になるの。
住職の門察和尚はこの間までいた林泉寺の天室和尚とズっ友というか仏友で、同じ宗派であることから仲が良かったんだって。そんで色々な知識があるってことで、ここで知恵をお借りしてたって訳ね。何に? そりゃお酒に完成に決まってるじゃん。
「しかしな。この辺りに居る三条長尾の残党が近頃騒いでおりましてな。黒田殿や柿崎殿と連絡を取り合っているというのですよ」
「禄の代わりに酒を寄こせと言う事でしょうか? 今更のことを」
ここで言う三条長尾というのは、府内長尾の別名なの。
要するに何代か前の当主を争って負けた人たちなので、いまだにそのことを根に持っているらしい。まあ今からお前らは家来だと言われて、はいそーですかと言えないのも判るけどね。ちなみに黒田って人は晴景兄上の家老くらいしかあんまり知らないけど、柿崎さんは良く知ってる。大酒呑みで有名なおねーさんだよ。
「平三様。清み澄み渡る酒、いかがいたしましょうか? 以前のように何か?」
「そうじゃな。この際じゃから荒気酒を試すとしよか。鍛冶師を呼ぶことになる」
「はっ。どのような物をおつくりいたしましょうか」
以前にお酒を造ってもらった甘粕くんは私の余力武将だった。
というか林泉寺だとバレバレなので、縁のあるこのお寺で清酒を作るから派遣されてたって理由だけどね。ともあれ丁度良いからひと工夫して蒸留酒を試しちゃいましょう!
「鍋を煮れば汁が空気になって、蓋に付き、それが結露して水に戻る」
「なるほど。大殿に温めた酒をお勧めしようと試した時、熱し過ぎると酒の香りが強うなりました」
「それじゃ。酒は水よりも早う空気になる。それを集めて酒に戻せ。強く濃い酒になる」
「まさしく荒気酒。承知いたしました」
甘粕くんには色々教えていたし言いつけを守るので安心できる。
これで焼酎というか蒸留酒が出来るだろう……多分。清酒と諸白酒と合わせれば、これからのお酒ライフが楽しみでならない。果物のシーズンだったらカクテルってのも良いよね♪
「若。我らはいかに?」
「弥七郎は陰者を使うて栃尾の周囲を調べた上で、駿河殿と連絡を取れ」
「はっ」
そういえば弥七といえばマジ弥七だった。
宇佐美定行ならぬ琵琶島定行はパパの敵対者から味方になった時、許される代わりに軍師を廃業して忍者の総元締めになったんだって。いわゆる軒猿の前身ってやつだね。そのうち飛び猿とか言う忍者が出てきたりして。
「弥三郎。時に弥太郎は呼べるか?」
「今の時期ならともかく、もうしばらく先ならば問題ありませぬ。鬼小島の武芸、披露いたしましょうぞ」
もう一人の小姓である弥三郎はシャーマンだった。
正確には職業ではなく、私の聖戦みたいな加護の一つみたい。ティムした幽霊を憑依して、スッゴイ力を出せるんだってさ。ただしシーズン通してってのは無理で、『弥太郎』という幽霊を呼べるタイミングというのは結構シビアらしい。知ってる? 鬼って昔は幽霊の事だったみたいだよ。
こうして私たちは戦う準備を整えつつ、栃尾城の完成に向けて走り出した。
後は守って居ればそれだけで大勝利。私もハクが付くし、お酒も完成するし、万々歳! そう思ってたんだけどね……。
●
悪い事は立て続けに起きるもんなのかな?
それとも謙信様に転生できたのに、守ってれば良いなんてダウナーなことをしてたから失敗したのかもしれない。もしあの時に、黒田さんが悪さを考えているかもって調査してれば、もっと違ったのかもね。
「平蔵兄上を黒田が? 奴は兄上の家老であろうに!」
「どうやら殿が勢力を盛り返す前に、その実権を奪い取ろうと画策していた模様で……」
ちょっと前に話に出て来た黒田さんが反乱を起こした。
正確には手勢を率いて晴景兄上を捕まえようとしたらしい。その動きに気が付いた次男の平蔵兄上が奇襲を命がけで防ぎ、討ち死にしてしまったらしい。
「坂戸より援軍が来ることをおそれた黒田和泉守は春日山より撤退し、こちらに向かっているとのこと! おそらく三条の残党と合流しつつ所領に引き上げるつもりかと!」
「……」
頭がグルグルする。どうすれば良かったのか?
黒田さんの話は聞いて居たし、弥七を通してそのまま琵琶島おじさんに伝えた筈だ。それで良いと油断していたバチが当たってしまったのだろうか? 絶望と怒りでグチャグチャ! 暫く何も考えたくなると同時に、兄上の仇を取らねばと言う怒りが私の心でドロドロだった。
「殿は平三様に栃尾を固く守って凌ぐようにと!」
「和泉守は引き上げを重視するはず。暫く守って居れば、攻め疲れるでしょう」
「……それでは駄目じゃ」
復讐するべきだろうか? だが自分にはまだその能力が無い。
聖戦の呪文を発動させるにはまだまだレベルが足りないのだ。運が良くて7レベルの毘沙門アーマーが何回か試せば成功するかどうかだ。せいぜいが4レベルの三叉戟を発動するのが限界なのに。これは毘沙門天さまがお前にはまだ早いと言ってるの? それとも復讐は良い事ではない。聖戦はその為に使うものではないと……あーもう!
「若?」
「それではなんの解決にもならん。兄上は無駄死にじゃし、次は柿崎も来るぞ」
私はゆっくりと首を振った。復讐が駄目なのは間違いが無い。
でも、ここで戦わないのはもっと駄目だ。黒田に思い知らせるだけじゃなくて、平蔵兄上の死を無駄にしない為にも戦わなきゃ! だって、だって……。晴景兄上が舐められて攻められたなら、次はもっと多くの人たちが反乱軍に加わるって事! 攻められるのが怖いのもあるけど、それ以上に兄上の死が無駄になり、次はもっと多くの人が死ぬというのが絶えられない!
「ですが……。黒田勢も参るとなれば、多勢に無勢です」
ここで見解の相違が発生するのだ。
私達は守る準備をしていたけれど、それは残党相手のデビュー戦の為に用意していた作戦だ。それまでの敵と戦う事は出来ても、黒田さんちの連中が来れば苦戦するだろう。今までの準備が台無しだけど、それは仕方ないよね。
「それは違うぞ。正確にはまだ包囲されておらぬ。奴らの戦力は集結してなど居らぬ。弥七郎!」
「駿河守殿に残党を抑えてもらえ! 戦う必要はない。罠を含めて速く動くは危険じゃと思わせれば良い」
「はっ!」
琵琶島勢の戦力はそう多くないけど、忍者を抱えているのが大きいんだよね。
残党は大して強くないが、弱いからこそ隠れて動こうとするので、どこからやって来るのか分からない。そこで彼らを調査していたはずの忍者を使って、移動ルートを抑えてもらえば良いの。これなら特に配置を変える必要が無いし、時間稼ぎだけで良いなら何とでも出来る筈!
「我らは和泉守を迎えようと合流を目指す所領の部隊を討つ! 彼奴らはまさか我らが向かって来るとは思ってもおるまい。真っ先に討ち取り、その後に取って返して、残党か和泉守の本隊か近い方を討つ!」
「それならば確かに勝てますな!」
「先陣はこの鬼小島にお任せあれ!」
攻めがまだ決まって無い段階で、こちらから先に潰しに行くのだ。
何も無い空を飛行機で飛んでくるならまだしも、兵隊連れてえっちらおっちらなんて時間が掛かる。そこで足止めして合流を邪魔し、油断してる敵を倒すって訳よ! よく漫画とかアニメで包囲作戦を逆手に取るやつがあるでしょ? アレとおんなじ!
「毘沙門天の加護ぞある! 出陣じゃあ!」
「討って出るぞ!」
「「「おおお!!!」」」
三叉戟を召喚し出撃用の手勢だけではなく、残していく者にも輝きを見せつける。
この呪文で呼び出せる武器は中途半端なバランス型で、特化系の呪文に比べたら強くはない。だけれどその輝きはまさに神器だし、中途半端なバランス型だからこそ多岐な補正能力を持っていた。具体的に命中・受け・ダメージ・呪文補助全てに+1で投擲も可能だ。どんな状況でも使えるという事は、戦いの素人の私にはピッタリの呪文なのかもしれないね。
あとさー、これが一番のポイントなんだけど……。
能力は変わらないんだけど、形は自由に決められるんだよね。漫画の主人公っぽくって格好良くない? お兄ちゃんの仇討ちのわりに申し訳ないくらいテンションアゲアゲな私なのでした。
長々と幼少期をやっても面白くないので、次回で大人になります。
いま居る敵? ははっ……。って感じになる予定です。
ついでに面倒なので、晴景お兄ちゃんの尊厳もどこか行きます。
謙信様は軍神だから仕方ないね。
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その軍神は、覚醒する
●
長尾晴景は父為景の死を、弟景虎や坂戸の親族で補おうとした。
パワーバランスの調整としては間違っていないが、その効果が発揮される前に、重臣であった黒田秀忠が反旗を翻す。かろうじて春日山城を守ったものの直ぐ下の弟である景康が討ち取られてしまった。そして景虎の与えられし栃尾城を、帰りがけの駄賃に黒田は落とそうとしたのだ。
黒田勢に三条長男の残党を加えた総兵力は千とも二千とも言われている。
対する栃尾に籠った兵力は最大で五百。固く守れと晴景より命令を受けた景虎であるが、三百を率いて兄の敵を討とうと出陣するのであった。
「孫次郎! 黒田の本領である胎田勢は何処からやって来るか判るか?」
「おそらくはこの先の川が浅瀬になった場所かと! この山吉孫次郎、ご案内仕る!」
景虎は近隣の豪族である山吉氏より、長男の孫次郎豊盛を借りていた。
その案内により、黒田和泉守秀忠の全軍が合流する前に叩き潰さんとしたのだ。和泉守は胎田家から黒田家に養子に送られており、実質二領の軍勢を同時に操れたのである。これを合流させては勝ち目が下がるのは間違いが無かった。
「聞いたか! 彼奴等は我らが向かっているとも知らず、今ごろは渡河を始めておろう。川半ばにしてコレを討てば必勝! 我らは既に勝ったぞ!」
「「「おおお!」」」
本当に川に向かって居るのか、渡河しているのかは分からない。
だが景虎が勝機ありと一言吠えたことで、三百の兵は勢いついた。勝てるか判らぬと心配するよりも、こういう時は空元気でも良いから信じたいものである。兵士たちは我先にと川へ向かっていったのである。
「なんじゃ。久三郎の手勢にしては……」
「逆賊、胎田常陸介! 平三景虎がまかり越して候! 尋常に勝負せよ!」
暫くして渡河を終えた胎田の兵がそこに居た。
和泉守の父親である胎田常陸介を景虎は捉えたのである。都合よく渡河の途中を討つことは出来なかったが、逆にいえば殲滅するチャンスだ。馬を走らせて一気に躍り出るのだ。
「若君。危険ですぞ!」
「心配無用! 我には毘沙門天の加護ぞある! あの程度の輩は物の数ではない!」
心配する声に対して、景虎は三叉戟の呪文があると言った。
出来れば毘沙門アーマーの呪文を唱えたかったが、レベルが足りないので無理である。だが三叉戟の呪文で作り出した武具は、補正値の多いマジックアイテムというのが重要であった。組み合わせて使う多聞宝塔という呪文の真価が発揮されるからである。
当初、多聞宝塔という呪文を老人たちの解説で経験値を得るのだと考えていた。
しかし本来はそのような呪文では無い。というよりも経験値を得る為だけの呪文などあるはずがないだろう。ではどんな効果なのか? それは実に『マジックアイテムの付与効果を+1』するというものであった。これまで景虎はマジックアイテムを持っていなかったから知らなかったが、三叉戟と組み合わせたことでようやくその真価を知ったのである。
(お爺ちゃんたちメンゴメンゴ。いきなりボケ治ったかと言っちゃって。でもこれで勝てる!)
三叉戟の呪文自体は、能力ALL+1という微妙な呪文である。
だが多聞宝塔と重ねることで、ALL+2という中々のランクに到達するのだ。もちろんそれで上がる戦闘力は大したことはない。だが、呪文成功率が+2になるということでもあり、今までは成功率が低かった神聖系の呪文を、何とか戦場でも唱える事ができるようになったのである(景虎はあくまで武将なので、神聖呪文のベース能力が高くないのを補ってくれる)。
「ならばこの弥三郎が先手となりましょう! 鬼小島弥太郎、推参成り!」
そして呼称である弥三郎の戦闘力は景虎を越えている。
武士の幽霊である弥太郎を憑依させ、存分に暴れまわるのであった。人間には不可能な剛力も、幽霊との二人羽織りならば問題ない! 振るう槍はただそれだけで必殺の槍と成り、振り回せば雑兵が吹き飛び、見事な甲冑を来た国人出身の兵士ですらもたちまちのうちに討ち取られてしまう。
「こ、こんな馬鹿な事があるか! 我らの方が多勢。彼奴等は無勢ではないか」
「なぜ城に籠らぬ! 道理の通らぬ奴め!」
この場における戦力に関しては黒田の方が上だ。
しかし包囲戦で楽に戦えると思っていたはずなのに迎え討たれた黒田勢は混乱必至。逆に景虎率いる栃尾勢は、川辺で追い落とせば勝てると言われたままの情勢ゆえに遮二無二に向かっていた。最初から気合も勢いもまったく違っていたと言えるだろう。
「ばっ! バケモノ!? あやつを近づけるな! 逃げるぞ! 久三郎の元まで……」
「させぬ! トドメは任せた。手柄とせよ、弥三郎!」
景虎は三叉戟を投擲した。所詮、若武者に過ぎず戦乙女の投槍には及ぶまい。
だがマジックアイテムであることや強化されて居る事、なにより胎田常陸介が慌てふためいている事が好条件に変わった。守るべき周囲の兵士たちも、渡河したばかりで体力が落ちているのも問題であった。
「ひっ!?」
「鬼小島がつかまつる。お命頂戴!」
投げられた三叉戟がクリーンヒットして馬から落ちかけた。
そこへ弥三郎が追い付いて槍で上から強打し、ぐらりと転げ落ちたところで槍を返して胸元を突く。そのまま首を掻き切るか、それとも部下に任せて他を討つべきかを悩むほどの余裕があったという。
「平三様! 敵は総崩れでござるぞ! このまま平らげてくれましょうや!?」
「無用! 常陸の首だけ抑えて打ち捨てよ。取って返して琵琶島勢と合流する! 孫次郎、案内を!」
「「承知!」」
景虎の言葉に弥三郎と孫次郎の両名が即座に動いた。
弥三郎は脇差を抜いて常陸介の首を剛力で掻き切り、孫次郎は枇杷島勢が何処に向かったかを知っている部下を呼び寄せた。それに習って栃尾勢も次々に踵を返す。あまりの衝撃に、本来は手柄であるはずの国人衆の首すら無視して引き返していったのだ。
「平三殿。援軍感謝いたします。しかし、よろしかったのですか? 黒田の方に参れば、残党を吸収する前に討てたやもしれませぬが」
「良いのだ駿河守殿。これでお互いに仇同士。黒田和泉守にも、私と戦う為の兵が必要だろう」
そのまま景虎は三条長男の残党を抑える琵琶島駿河守定行と合流した。
急げば黒田和泉守が手持ちの兵だけだったかもしれないと指摘する定行に、景虎に転生した女はそれッポイ言葉を返した。実際にそこまでお互いの正統性やら覚悟やらを気にしているわけではない。多聞宝塔で尋ねた老師たちの言葉は、『可能ではある』としか言われなかったので、上杉謙信ッポイ選択肢を選んだだけなのである。
「平三様! 酒をお持ちしました。それと瑞麟寺の門徒宗が御助成くださると!」
「良し! 彼らを見知ったその方に預ける! 甘粕隊は柿崎勢の抑えとして扱うが戦う必要はない、動く気配があらば使者を送れ」
「はっ!」
そこへ甘粕長重が酒を持って来た。
瑞麟寺の周囲で仕込んでいた酒の一部だ。大半は門徒宗が安全地帯に隠しているはずだが、景気付けに持って来たのだろう。殆どは諸白酒であり、協力してくれた諸将への礼である。そしてあくまで縁ゆえに加勢するという彼らを危険な場所には置かず、かといって無意味では無い場所に配置するのであった。そして……。
●
柿崎勢が動いたと聞いて、私は馬を走らせた。
甘粕君が心配だとか、放って置いたら負けるとかは関係ない。思い出したのだ、私が何で戦いを始めたのかを。思い出したからこそ私は馬を走らせた。お馬さんにガンダ(ガン・ダッシュ)させまくって悪いけど、今だけぶっ飛ばしてね!
「柿崎ぃ!」
「何だいお嬢ちゃん。虎と名前はwついても、元服したてのまだまだ子猫なのかねえ」
睨み合う柿崎勢と甘粕隊。その間に私は割って入った。
血相を変えて飛び込んで来る私を見て、柿崎景家は容易い相手だと思った事だろう。だけど私には関係ない。思い出したことに比べれば、そんなプライドなど大したことでは無かった。
「自分だけじゃ黒田を倒せなくて頭でも下げに来たのかい? それとも……」
「関係ない! 黒田ごとき関係ない!」
私は言い切った。どうでも良い事を比較されたからではない。
その先を言うのは、私であるべきなのだから。ここで何が起きて、成功しても失敗しても私の責任で、誰かが追うべきものでは無かったからだ。本当の事を言えば、私が謙信様として相応しい事をしていればこんな戦いは不要だっただろう。
「思い出したのだ! 私が何のために戦うこと決めたかを!」
「黒田ごときの為に戦おうと思ったのではない! ここで越後で流れる血を終わらせる為だ!」
「何を言って……」
覚悟ガンギマリの私に対して景家はパニクってるようだった。
まあ気持ちは判る。小娘が出て来て突如として意味の通らない事を言い出したら、私だってそうなる。でも、これは必要な事なんだ。私が私らしくあるために、私がしたいことをする為に、そして言葉通り、戦いを止めるために!
「黒田和泉守に勝つだけなら何とでもなる! だが、それで騒乱は収まるか!?」
「そんなはずはない。頭を丸めて反省したフリをして、機会があればまた戦って! 長く続く戦いの始まりなのだ!」
「だからここで終わらせる! そのためには柿崎が、大蕪菁の旗印が必要なのだ! 共に騒乱を終わらせよう!」
そう言って私は手を景家に伸ばした。
正直な話、同じくらいの数ならこないだ勝ったばかりの栃尾勢と、負けたばかりの黒田勢では勝負にならない。ちょっと工夫して、ちょっと周囲の豪族に声を掛けたら終わりだ。ううん、お姉ちゃんがお嫁に行くって話だから、坂戸の上田長尾家が援軍出してるはずだから追いついてきたら終わりだろう。
でも、それでは解決しないのだ。
数で勝っただけならば、味方が引き揚げたらまたやるだろう。『ぼくちん反省してます~お坊さんになりますー』と言えばいったんそこで終わりになる。だけどまた戦いは起きるし、ずっと同じように反乱したり許されたりが続くだろう。だからここでスッキリポンの大団円が必要なのだ。
「それはお嬢ちゃんの理屈だろ? 戦いもせずにここで手打ちして、あたしらに何の得があるっていうのさ」
「言う事を利かせたいなら、勝って従わせるか、それとも儲け話でも持って来るんだね!」
「それができないなら、理想なんぞ直江津の海にでも放り込みな!」
女だてらに柿崎景家を名乗って居ない。だから彼女は啖呵を切った。
琵琶島のおじさんは様子見だろうから味方になる可能性があるといってたけれど、ここで弱腰にはならないのだろう。もちろん私の理想論に反発した可能性も有るけどね。
「さあ! あんたは何をくれるんだい? 晴景様にお伺いを立てるのは無しだよ!」
「全部だ! 名誉も、冨も、土地もやろう!」
「景虎がもらうはずの土地も金もくれてやろう! 黒田は此処で死ぬから、和泉守の名前もだ!」
それで平和が買えるならば安いものだ。ここで内戦が終わるならばとても安い。
それに前から思ってたんだよね。景家の通名は幼名としての弥次郎なんだよ……。それって女の子の名前じゃないじゃん。私だって千代という女名に虎って付いてるのに。それを考えたら柿崎和泉、イズミちゃんってのは素敵だと思うのだ。
あ、説明しておくと、通明は三種類あってルールがあるんだ。
判り易いのは幼名そのままで、次に私の平三みたいな管理番号。最後に自称の官職が来るんだけど……これは同じ国に名乗っている人がいて、もっと有名だったら自分は低くしないと駄目なのね。京都方面とか大きな国の方が偉い事になるので、前の世代で重臣していた黒田さんが和泉守を名乗ってると、他の誰も名乗れないのであーる。
「はっ! あたしが和泉守か。越後最強ってのは気分がいいね。だけど、儲けの保証は!?」
「土地をやるとか言ってなかったことにすんのは上の常套句だ! 蒙古んときの執政忘れんなよ!」
「……よかろう! では証明を見せる! この景虎と共にあって損が無い事を!!」
思惑通り和泉守の名前に載って来た。というか黒田さんが一番強かったのか……。
それはともかく話を聞いてくれそうだったので、こちらも乗って勝負に出ることにした。もっとも私がもらう土地があるかは分からないし、この話が晴景兄上に入った段階で『勝手なことしたから褒美は止めよう』って言われる可能性はあった。だから私は、私が出せる最大のモノを出すことにしたのだ。それは……。
ズバリ、お酒でーす!
「甘粕長重! この景虎が作らせた酒を持て!」
「呑み比べで勝負をつける! そちらが勝てば飲み代どころか、大儲けできる酒をやろう!」
「景虎が勝てば、そなたは私の物だ!」
「はっ! ただいま!」
甘粕君は躊躇なく瑞麟寺門徒宗の元へ走った。
おそらくは隠しておいたであろう酒を持ってくる気だろう。いやー、私も憧れるんだよね。ショットガングラスでカパカパ呑んでいく大勝負! まあギャマンのグラスなんて渡来してるか判んないんだけどさ。お猪口くらいはあるでしょ。
「酒ぇ? 府内で飲める諸白かい? そりゃあれは旨い酒だけどさあ」
「情報が古いぞ景家! 清み澄み渡る酒があり、そして荒き酒を作り上げたばかりよ!」
「景虎が注ぐ酒が怖ければ、呑みなれたモノを呑むが良い。もちろん景虎は最も良い酒を選ぶがな!」
どうやら景家は兄上から諸白酒をもらったことがあるらしい。
ならば話は早いよね! せっかく売り言葉に買い言葉なんだから、呑み比べで行きましょう。もし負けてても血が流れないんだからまあいいっしょ。ウェーイ。
「これは今までとは比較にならぬ強い酒だ。まずは景虎より毒見をしようぞ」
「はっ! こんなチマチマした盃で呑んだ気に……っ!?」
「何だいこりゃ! まるで火を飲み込んだような。……確かに言う程の事はあるねえ!」
おちょこ一杯分の酒をお互いの前に出す。
まずは私から呑むのだが……なんというか、生前の蒸留酒よりはまだ弱い。だが酒のアルコール度が甘酒よりマシ程度のこの時代では、十分に強い酒なのだろう。景家はどうやら気に入ったようだ。
「一口分ずつ交互に呑むか、それとも大杯で飲み干すかを選ぶが良い」
「おごりなんだろ? 大盃で持ってきな!」
「ははは! 景家ならばそう言うと思って居たぞ。肴は何にする? 肉か、魚か?」
ニヤリと笑って私と景家は大盃を交わした。
感覚的にはノリ重視の酒盛りで、お互いに本調子とか下限とか考えずにウェイウェイやることにした。この段階でかなり意気投合したので、おそらくは味方に付くか、悪くとも中立でいてくれるだろう。そう思っていたのだが……。
「黒田の首はどうだい? あたしも和泉守って名前が欲しくなってさ」
「それはついでじゃと言ったろう。他に何が欲しい? 私は平和な越後だ。兄上と共にもう誰も泣かぬ国にする」
「ふふ。言うじゃないか。まだまだお嬢ちゃんだと思ってたのにねえ……」
その様子になんとなく納得した。
景家……いやイズミちゃんは私の事を前から知っていたのだろう。その上で心情的には嫌って居なくとも、柿崎家の当主として利益無くしては動く気はなかったのだろう。ただ、私はこの時点でまだ彼女の本心を全て理解できていなかったと言える。
「とりあえず諸白は貰っちまってよいのかい?」
「私が差配した。仕込んでいるのは甘粕家だがな。呑む成り売って銭金にするなりせよ」
「……そうか。正直、うちの周囲で土地を広げるにはしばらく厳しいからね。その方がありがたいさ」
越後は川や山で分断され土地が広げにくく、角突き合わせた豪族同士で殴り合う。
だから大手柄で誰からも文句も言えない状態ならともかく、中途半端な状態ならお金の方が良いのだろう。そのお金で軍備を整え、お今度こそ大手柄をあげて土地をゲットするつもりであるらしい。前向きと言えば前向きなので、私も見習おうかな。……軍事分野で一つだけやるチートは常備兵……は面倒かな。もう少し少なくしよ。精鋭だけいればいいや。
「それで黒田とはどこまでやるつもりだい?」
「追って追って地の果てまでも追って叩き潰す。黒田だろうが胎田だろうが草の根まですり潰す」
「それなら逃がさないようにしないとねぇ。勝てないと判ったら最後までやりはしないもんさ」
「……まあ所領まで追い詰めるまでに段階で降伏したら、許せと兄上は言いそうだから従うがな」
こうして兄上の静止が掛からない間に黒田勢は完全に叩き潰すことが決まった。
胎田の敗残兵を吸収して立て直している間に一戦し、黒田和泉守……もう黒田久三郎というべきかな。その首を落として降伏を宣言できる者が居ない内に、黒田家と胎田家を潰すことにしたのだ。なんでかって? そこまでやったら長尾家に歯向かうのは損しかないって判るでしょ?
計画だけならまあそんなものだ。
私は知らなかったのだが、事態と言う物は思わぬ方向へと進んでいくものだ。自分が香と決めても……周りが勝手に走り出すこともあるのだと……全て終わってから聞かされたのである。
「駿河守。どう思う?」
「和泉守殿が思って居るのと同じでござるよ」
「じゃあ決まりだね」
「神五郎には拙者が話を付けておきましょうぞ」
私がウェイウェイ言って飲んだくれている間に大方の話し合いが済んでいた。
そして気が付けば……後戻りのできないところまで話が進んでしまっていたのであった。
「……どうして、こうなった!?」
黒田を叩き潰し所領に戻るまでに首を獲り、凱旋を済ませた私に妙な面談が入った。
……後に、私はどこかの幼女みたいなことを叫んで黄昏ることになったのだ。
と言う訳で幼年編は終わりです。
次回、長尾家の当主となって守護代……というか、ついでに守護代理になります。
●オマケのビジュアル
適当に思いついただけなので、威かは無視してもOKです。
「景虎の外見」
言わずと知れたGACKT謙信のコスプレをした少女。
その着せ替え人形は恋をするのマリンちゃんが麗さまコスの延長でやったらそんな感じ。
「甘粕君の外見」
その着せ替え人形は恋をするのゴジョーくん。
仕事モードで額に手ぬぐいまいてる状態のアレ。
「柿崎イズミちゃん景家」
少女漫画の方のBASARAの副将であり女海賊の茶々。
「黒田さんと胎田さん」
銀英伝でやられていく提督たち。
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丸投げしても、平気の平三
●
「どうして……こうなった」
景虎はどこかの幼女みたいな呟きをもらした。
仕方があるまい。間もなく琵琶島駿河守定行、柿崎和泉守景家、さらには直江神五郎実綱という越後の重臣三人組(軍師・武将・内政)から面談を受けることになっていたからである。付け加えるならば越後守護の上杉定実にも話が通り、京都で交渉窓口をしているはずの神余が息子の隼人佑を送ってきているというから余程の事である。
賢明なる読者にはお気づきかもしれないが……。
一言で言うと、景虎はやり過ぎたのだ。栃尾城を守るだけでも元服したての若者には十分な成果なのに、黒田・胎田の二領を陥落させるまでやって居る。兄の晴景はバランス取りを重要視していたので、『誰がそこまでやれと言ったのか!』状態であろう。正直な話、脳筋ばかりで反骨精神旺盛な揚北衆の中にもシンパや、逆にビビっている連中がいるから大概だ。
「平三様。お目通りの許可をいただき、ありがとうございます」
「神五郎のみならず、みな名にしおう越後の名将たちよ。若造の顔を見るのに許可など要るまい」
景虎に転生した女は別に馬鹿ではない。内政も面倒だからしたくないだけだ。
転生前は歴女というほどではないが、上杉謙信を推しの一人に数えるくらいには日本史や物語が好きであった。その略歴を覚えているのであれば、この状況が何を意味するのか分からない筈はなかったのだ。史実的には、もう少しモラトリアムがあるだろうと思っているなどと、甘い事を考えていただけで……。ちなみに姉が即座に結婚して居れば、黒田は反乱しなかっただろうし交代劇は無かったかもしれない。
「して、此度は何用じゃ? まさか兄上を追い落とせとは言うまいな」
「いえ。守護様の後援を受け、近く話し合いを行うと報告に参りました」
「……全て、全て終わっておるのか。図ってくれたのう」
「謀り事とは、みなそのようなものにございますよ」
機先を制して余計な事を言うなと伝えれば、神五郎実綱は真面目くさって返した。
苦い顔をする景虎に対して、駿河守定行が苦笑しながら補足した。景虎は元服したばかりであり、政治には何の縁も無い。それなのに突如として顔を出したかと思うと、いきなり次の当主と成れ。話はついていると言うのでは筋が通るまい。
「越後で血を流れないようにしたいって言ったのは平三様! あんただろ! これが一番良い方法なんだよ! 誰が幼馴染を追い落としたいと思うかい?」
「それがしに至っては同い年の縁か、随分と引き立てていただきました。不満など、いままでありませなんだよ」
「和泉……神五……」
景虎には返す言葉が無かった。
正直な話、晴景は交渉が上手いだけで武名が無い。加えて内政家としても特に手腕を発揮したわけではないのだ。あくまで父為景の陰で、補佐するのに丁度良い能力であっただけなのだ。少なくともその時分から武将として戦って居ればともかく、そうでないのだから『この乱世を乗り切れるのか?』と不安が出るのは仕方がない。
それと同時に、不安を払拭できるほどの能力を景虎が発揮してしまったというのもある。
鎌倉以来の御家人であるがゆえに、反骨精神の塊であるあの揚北衆すらも一目置くその活躍。景虎ならば! と周囲が期待するのも仕方あるまい。そして……景虎に転生した女は、転生者ゆえにその歴史の流れを痛いほどに知ってしまっていた。
「時、ここに至れば仕方ないでございますぞ。それが混乱を避ける一番の手段」
「賢しいぞ駿河守! だが言いたいことは判る」
「だが、此度の黒幕として琵琶島に罰が必要じゃ。以後、宇佐美と名乗り隠居せよ!」
「守護様に献じました宇佐美刀の……なるほど、委細承知いたしました」
駿河守定行が追い込むと景虎は溜息を吐きながら自分の心にケリを付けた。
琵琶島が糸を引いたということはあちこちに知られるだろう。だが、そこに罰を与えねば、景虎は操り人形と言う事になる。だが、痛めつけ過ぎてはやはり別の騒乱の火種になるのだ。それゆえに、守護である上杉定実の許可もあったと示すために、琵琶島家より守護家へと献上された『宇佐美長光』の名前を使えと命じたことになっている。……まあ、景虎としては『こいつは軍師の宇佐美定満だよね』というだけの話なのだが。
「神五郎、和泉守! 兄上には景虎が名代として切り盛りすると伝えよ。事が終われば兄上の血に、居なければ姉上の血に当主を戻すとな」
「……御意。それが落としどころで妙案でありましょうや」
「気にしなさんな。あの方は話を付けるのだけは上手い。案外、気が楽に成ったと言うだろうさ」
生涯に渡って不犯と宣言したわけではない。
だが対外的にそういう感じで周囲を説得し、親族の誰かに当主を譲るという確約をしておく。これならば晴景が周囲にそっぽを向かれてまで地位に固執はしないだろう。また、外交畑で専念して隠居政治するという意味では、為景の路線と逆を行っただけと言えなくも無かった。
●
(あーもう、勝手なことしちゃってくれてさ! とはいえ謙信様なんだから仕方ないんだけど!)
創業社長が株式上場したら、役員から首にされた話の逆かな。
私は思わずそう思ってしまった。兄上の晴景は首にされ、代わりに私が当主として頑張らないといけない訳だ。ただ謙信様がするべきことから目を反らせたら、また新しい悲劇が起きるのは判ってる。だからここで納得するしかないんだよねえ。
「神五郎。今のうちに方針を伝える。根回しは任せるぞ」
「はっ! いかようにも!」
「争いは好まぬし、他にやるべきことが山とある。一つずつ片付けるために……まず、揚北の服属は捨てる。黒田・胎田の様に乱を起こせば整理はするがな」
前回の戦いの後、調べて色んなことが判ったんだけど……面倒な事があったの。
越後の国で最初の武士になった御家人という誇りがあって、揚北衆という人たちはすっごい扱い難いんだって。この一部を何とか味方に付けると同時に、彼ら豪族から色々と取り上げて戦国大名に成るってのが、長尾家の方針だったわけね。だからこそ彼らは反発するし、黒田さんみたいに『自分でも、やれるんじゃないか?』って思う人が出てくるわけよ。ゲコクジョーってやつね。多分。
「それでは従わぬだけでは?」
「代わりに北の三役。主将として北を守る者。無主の地を預かり食い物を用意する役、銭を預けて管理する役じゃ。また春日山に揚北の要望を伝える者と、戦での代将のニ役も用意する」
「なるほど……明確な誉と得目を提示するのですな。承知いたしました」
考えたんだよねー。政治するの面倒だし、丸投げしちゃえば良いってさ!
胎田を攻めた前後で協力を申し出があるだけじゃなく、『隣との問題を何とかしてくれ!』って話が持ちこまれたんだよね。黒田さんの実家を倒しただけでそれだよ? これからずっとそんな係争が持ち込まれるのは判ってる。鎌倉時代から武士の問題はずっと続いてるからね。私、そういうメンドイのきら~い。だからパスすることにしたわけ。
とりあえず北部の長官と、金庫番と食料決定を決定。
何かあったらその人たちにヨロっ! って考えた後で、外交官みたいのも必要じゃない? それに援軍送ってもらう時の将軍も必要だし! ってのを考え付いて直江さんに言ったら、良いんじゃないかって褒めてもらいました。えっへん。
「他には?」
「先も申したが、一つずつ片付けていく。ゆえに坂東や信濃には関わらず、適当に使者を送る機会があれば送るに留めて置け。無ければ善光寺参りや諏訪参りのついでで良い。話さえ聞いておかば、攻められる前に気が付けよう」
「なるほど。こちらで陰の者を送りましょうぞ。隠居で暇になりそうですからな」
次に他国には基本攻めたりしない。だって謙信様だもんね。
とはいえ謙信様と言えば川中島や関東征伐で有名だもの。情報収集だけはしておいて、明確に戦いは挑まないよってスタンスを固めておけば良いと思うんだ。ついでに言うと、この時代の関東への道は山道で移動がダルイ。トンネルを越え方ら雪国って伊達じゃないよね。上杉だけど!
「ふ~ん。って、こと粗方見えて来たね。最初に片付けるのは越中か」
「そうじゃ。亡き父上の仇を取り西の決着をつける」
忘れそうになるけど、ことの発端はパパである為景が殺された事。
だから最初に片付けるのは此処だろう。その為に揚北には手を出さないし、東や南には戦争しないって明言しておくわけね。放置気味だったとはいえ家族を殺されたんだし、私的には『泣き出すまで殴り続けてやる!』って心境なワケ。
「一向宗はどうすんだい? あいつら生かしても殺しても面倒だよ」
「いかなる宗教宗派によらず差別はせぬ。罪は罪によって処するが一向宗であることを罪とせぬ」
「そう上手く行くかい? 坊主はともかく坊官どもは強欲だ。だいたい勝手に寄進しちまう奴も居るしね」
「功績には二種類ある。家に対する御恩と奉公、そして個人の武技に対する期待じゃ。自らの報酬であるなら何も言わぬ」
越中で大変なのは、イズミちゃんが言うようにお坊さんたちが居る事です。
現代まで続く宗教問題に口を挟んでも良い事はないので、基本その辺も放置! 問題なのは学校の荘園問題でも出て来たけど、お寺に土地をあげたら無税という制度が慣習として続いちゃってるのよね。ちなみに坊官というのは、和尚さん達の下で部将みたいなことをやってる人。基本的に公家とか武将の一族出身で、そのまま武将やってる感じ。
「そも南無阿弥陀仏と唱えたら免罪というのは理屈が違おう」
「悔い改めれば御仏が地獄より救おうとしてくれるだけじゃ」
「悔い改め続ければ救われるやもしれぬが、その途中で罪を平然と犯さば、また地獄に落ちよう。何度でも苦しむだけよ」
「それはそうなんだけどね……西の民草がどこまで判ってるもんか」
理解できないのは一向宗の心理武装だ。
南無阿弥陀仏と唱えたら『全部の罪が清算されてチャラです!』って、おかしいでしょ? そりゃどんな悪党だって罪を償えば救われるかもしれない。だがそれは悔い改めるチャンスの話であって、無罪になる話じゃない筈なんだけどね。でも坊官たちは平然とそう口にするし、困ってる村の人々は困ってるからこそ信じてしまうのだ。
「そうだな。そこは親鸞様に習うとしよう」
「適当な坊主に辻説法なり歌念仏での読み聞かせを広めて回ってもらおう」
「それ以上は何もせぬ。そういう派閥が居るなら寄進しても良いのじゃがな」
この問題は突いても切っても面倒なだけなので放置します!
せっかくなので『蜘蛛の糸』でも広めてもらって、少しずつ意識改革でもすれば何十年かしたらなんとかなるんじゃない? と言う訳で、私は宗教知りませーん!
「以上の事はあくまで基本的な方針じゃ。根回しの間に必要じゃと思えば、揚北三将が四天王やら八部衆になっても構わぬ。越中を優先するとは言うが、他所が攻めて来れば話は変わる故な」
「「承知!」」
こんな感じで方針を説明し、三人に話を付けてもらう事にしました。
まずは兄上に伝えて了承をもらい、場合によっては守護様にも話が行くだろう。そこから揚北衆やら他のメンバーに話がいって、何とかなるのだと思いたい。いちいち説得するのは面倒だもんね。
「平三様。そういえば京の神余を呼んでおりますが、上方はいかに?」
「京三条の? そうか。では十のうち朝廷に五、将軍家に三、道中に残り二とでもしておけ」
最後にオマケの面倒くさい作業が追加。
京三条というのは越後の青苧の代金を公家に送っていた名残で、その家と疎遠になってからも、朝廷へ話を付けたり青苧のセールスを兼ねて代官みたいな人を置いてるわけね。その人が神余さん。
「では何の便宜を図っていただきましょうや?」
「不要じゃ。当面は代替わりを認めてもらうだけで良い」
「だがそうじゃな……酒を送る。今上へ清み酒を主に、大樹様に荒き酒を主に、それ以外には諸白のみを」
朝廷工作と言うのは正直よくわかんない。
でもパパたちがずっと京都に代官を置いてセールスしてたってことは、利益があるからだよね? なので彼らにはお酒のアピールをしてもらいます。たくさん売れたら専門の醸造所とか作らないとね!
こうして私は当主に付けという要請に対して、適当な方針を打ち出すことにしたのでした。
と言う訳で、長尾家の当主になりました。
黒田残党との戦い? 晴景さまの愚痴? 判り切ってるので行殺。
今回は「政治は面倒なので、何もしません」という話になります。
と言う訳で、次回から年中行事のように戦争する謙信様になります。
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守護代への就任
●
当主交代は早過ぎず遅すぎず、適正な時間を置いて行われた。
あくまで穏当な交代であり、強硬なものではないと示すために、そして新当主の行動力を示すために入念な準備期間で実施される。天文十四年の半ばより十五年の末までジックリと周知されていったのだ。
その間に各家の権威と貢献に配慮し、酒や酒肴にも差をつけ用意された。
酒と言えば景虎の肝入りであるが、同じように常備兵の計画もゆっくりと進行し、精鋭はまだ数百ながら、一般兵レベルの戦闘工兵を組み合わせるという妥協案で少しずつ拡充されていくことになった。
「景虎よ。守護としてそなたを守護代として定める」
「また、朝廷よりそなたに弾正少忠の官を与えるとも言われて居る」
「これより守護代、長尾弾正景虎として越後を守るのじゃ」
「ははあ!」
明けて天文十六年、越後守護である上杉定実より目録と刀が渡された。
名ばかりであっても守護は守護、そして朝廷は朝廷である。また御家人の家系である揚北衆などは権威を重視しており、こういった儀式は非常に重要であった。また官位も史実の弾正少弼より低い地位ではあるが守護代就任に合わせたことを考えればかなり早い任官と言えよう。
「平三殿。弾正少忠への任官。誠に祝着至極に存ずる」
「弾正様! まずは我らにお下知を!」
「うむ」
姉婿である長尾政景、あるいは揚北衆の中条藤資ら数名が声をかける。
彼らは一族や家臣団としては上位に位置し、さらに上位に当たる者の代わりに上奏したという態である。この辺りはお互いにいがみ合う者たちであり、先に手を上げただの後からしゃしゃり出ただの言い出したので、苦心してそういう事になったと言えるだろう。だが史実では政景であったり、揚北の黒川家などは戦ってから従っている。根回しと官位が効いた形であろう。
「二度と越後の内で争わぬ。戦いが起きるとすれば外だ」
「自儘に兵を起こそうとは思わぬが、戦いにおいては自ら鍛えた雇い兵を前面に押し立てる」
「みなは協力しても良いし、手元不如意の者があらば家中の誰ぞを送り込んでも良いぞ」
景虎の決意表明は明確であった。
一つの強い越後を作り上げ、外敵に対してまとまるという従来の姿勢を強固にしたものだ。もっともそこには景虎独自の兵は用意するし、各家が個別に協力しても構わないという姿勢である。もちろん国を挙げての動員令と成れば話は違って来るし、御恩と奉公はその段になれば関わって来る。
そしてこれに対し諸将からは小さな笑いの気配が籠った。
乱世ゆえに利益を求めて戦わぬ宣言などありえぬし、自分の欲得で攻める時は先頭に立つという宣言をしても実行などありえない。むしろ元服して間も無い若君が、何やら勇んでらっしゃるぞという暖かい笑いである。普通なら生暖かい蔑みの笑みになるし、笑われた方も怒り狂うものだが……それが普通なくらいに越後は修羅の巷であった。
「領地の運営に対して私は一つの注文しかせぬ」
「越後を貫く太き道を作る。誰かが攻められれば、その道を通って景虎が駆けつけよう」
「協力する者には銭を出す。必要ならば工兵を貸すが、時が余れば開墾や治水につこうても良い」
「無論、嫌だという者がおれば無理に協力せよとは言わぬ。だが、道を作るのは景虎の本意とだけ覚えよ」
国家運営に関して国道整備のみを運営方針とした。
それは軍道であり、商道である。兵を送るスピードが速くなり、商いの移動に使う時間が短縮される。地味ながらそれだけで全体が向上すると言えるだろう。もちろん時間は掛かるし、目に見えた効果はあまりない。それでいて、敵が侵入すれば逆用されるので危険ではあった。
それでもなお、たった一つの内政チートに景虎が選んだ理由は簡単だ。
常備兵のうち、弱い方の戦闘工兵は戦闘力が一般人レベルしかない。そんな連中を戦いの無い時に雇って居てももったいないので、道を作ることで鍛えさせるというローマ式の古い考えであった。開墾に使うから屯田兵でも良いのだが。
「弾正様! 我らが道行きはいずこでありましょうや?」
「弾正様! 戦うべき先をお示しくだされ」
次に揚北衆である本庄実乃や、いまや越後一の武名と成った柿崎景家が声をかける。
二人は早い段階で景虎の才能を見込んだ人物であり、権威ではなくその戦闘力に従うという判り易い態度であった。家を継いだり新たに起こすことを認められた山吉孫二郎・孫四郎の兄弟がこれに続く。
「それは越中である!」
「亡き父、長尾為景は請われて越中へと援兵を出した」
「その結果はなんだ? 皆も知っていよう。お家争いのついでとばかりに殺されたのだ」
「切り取りに行って負けたなら武家の習いと納得もしよう。だが、これでは道理に合わぬ!」
景虎にとって判り易い目標が越中であった。
父も祖父も越中で一向宗との戦いで死んでいるが、直近の出来事として父為景が謀殺されていた。これを放置しては全越後から舐められることになるし、実際、兄晴景の株はそれで下がっていたと言えよう。明確に越中に攻め込むという宣言は、諸将にも納得できる話であった。
「ゆえに明年、越中へ兵を出す」
「神保に宣戦を布告せよ。景虎が直々に挨拶するとな!」
「景虎よ。管領家との折衝は儂がやっておこう。存分に本懐を遂げて参れ」
「ははあ! 守護様の御厚情。決して忘れませぬ!」
戦うに際して上杉定実より言葉を受けた。
これは非常に重要な事であり、同時に諸将が心配していると同時に、欲目を抱いている事であった。関東管領である山内上杉家とは越後上杉家の問題で戦った事があり、父為景の時代に討ち取っても居たのだ。この問題は伊勢氏(後北条)の台頭やそれに対する逆襲を優先(北条氏綱が死んだばかり)して後回しにされてはいるが、両家にシコリとして残っているのは確実であった。
長年の禍根を絶つと同時に、暖かな上野へ攻め取って切り取る可能性の排除。
それは非常に重要な事であり……後に和解した山内上杉家から使者が駆け込んで来る事態の呼び水となるのであった。
●
「甘粕長重。これまでよく私を支えてくれた。景の一字を与える」
「その方は運気も持っておる。ゆえに景持と名乗れ」
「はっ、甘粕景持。これより殿の為に命懸けで、一所懸命に働く所存であります!」
よーやく色々面倒な公式行事が終わりました!
そんで私事の最初の仕事として、甘粕君に私の名前の一字をあげる訳ね。これを『偏諱』するというのだけれど、ここに至るまでの流れと、順番とか権威付けがスッゴイ面倒くさい訳よ!
お願いしたお酒関連がとても評判で、資金面でも朝廷関連でも重要な立場になったのは判るかな?
でも若造が重臣となるのも問題だし、先を越されて悔しいから……って理由で、彼は公式行事ではなく私事としての最初にすることになった感じになるかな? 私が当主について最初の一人だけど、同時に公式的な守護代としては別の人になる予定なんだとか。誰が最初とか後とかそんなんで意地はるなんて面倒くさい人たちだよね。
「それで景持。哪吒どもの調子はどうだ?」
「御仏の加護が判明した者を中心に鍛えております。夜叉・羅刹いずれかに相応しく育つかと」
ここで出て来た哪吒・夜叉・羅刹というのは毘沙門天様関連の名前だよ。
そんで漫画とか見た人は想像できると思うけど、哪吒というのは常備兵とかお侍の子供たちを鍛えてる場所ね。いわゆる『虎の穴』で、才能が発揮できるようになるまでカンヅメにして鍛えておきます。そんで夜叉と羅刹が常備兵の中で強い人たち。脳筋だけどまともな人たちが夜叉で、ちょっと人には会わせられないくらい脳筋な人が羅刹くらいに思っててくれると判り易いかな。
「まさか学び舎まで作って鍛えられるとは思いもしませんでした」
「なに。この景虎もまた御仏の加護を知り、自らを鍛える方針が変わったのよ」
「ならば皆にもその喜びを味おうてもらおうと思っただけの事じゃ」
「いまでも戦いの役には立とうが、入れ替わりが起きる頃にはそれなりの精鋭と呼べよるようになろう」
これは小説の冒険者ギルドとか思い出したので付け加えたのね。
小説とかでよくあったけど、自分の加護を自覚してちゃんと鍛えた主人公は強くなることが多い。でも、何となく戦って、それで十分だと戦ってる人ってそんなに成長しないのよね。まあ小説とリアルじゃ違うと思うけど、どうせなら強い方が良いじゃん? あ、『入れ替わり』というのは精鋭部隊は千人までの定員制なのです! やっぱ『何番隊』とか『席次』とか設定見ると燃えない? 新選組とかオサレ師匠の漫画とかカッケーよね!
「定満。越中の方はどうなっておる?」
「神保だけならばいつでも。他の連中や一向宗が出て来れば話は別ですがな」
「やはり椎名を動かすか。奴にも責任の一端はあろうが……戦いは早期に収めねばな」
琵琶島定行は隠居したことで正式に宇佐美定満になりました!
いやーこれで記憶違いとか混乱しなくて済むよね。仕事は前からやってる忍者による情報管理で、専門の分析チームとかを任せてます。だってその辺考えるのが面倒じゃない? 甘粕君もだけど側近たちはこんな感じで基本的にプロジェクトリーダーであり、特に重役ではない扱いね。みんなの嫉妬が面倒くさいのと、責任はやぱり私が持ちたいのもある。
「豊守。港と鉱山以外は全てくれてやると伝えろ」
「……随分と太っ腹ですな。理由を伺っても?」
「景虎は依怙によって弓矢を取らぬ。それに椎名も味方は欲しかろう」
「なるほど。その範囲で切り崩し味方を増やせということですね。承知いたしました」
山吉の孫次郎君は成人して豊守と名乗ってます。
難所をくぐり抜ける才能と、人当たりが良い性格もあるので彼には外交官として働いてもらってるのね。ちなみに土地が要らないってのは管理が面倒くさいから。誰を裏切らせて誰に土地を与えてって、頭抱えちゃうよ! そんなんだったら全部任せちゃえば良いの。私ってあったまいーでしょ?
「しかし越後の諸将に与える恩賞はいかがいたしますか?」
「言ったぞ、まずは景虎が自ら参るとな」
「まさか! 本領の兵を合わせても二千にも足らぬ兵力でございますぞ!?」
「戦い方次第だ。兵法は軌道と言うであろう。余計な者は引き連れずに春先より攻め立てる」
とりあえず必要なのは越中を攻めるという事実なのよね。
越後の皆が納得するだけの事をすれば良い訳で、別に戦って皆殺しにする必要はない訳。パパの仇を討ちに行って、相手が『参りました。もう許してね』と行ってくるまで戦えば良いだけだ。望んで人殺しをしたいわけではなく、政治的なポーズってやつかな。後は秋から冬にかけて、越後のみんなや越中で私に味方したい人が来れば何とかなるっしょ!
「春先に!? まさか雇った兵のみで攻めると」
「そうじゃ。相手が防御を固め、兵を集める前に片を付ける。いや、神保以外は放置して良い」
「なんと……。いえ、それでも危険ですぞ。せめて、何かしらの吉報が入るまでお待ちください」
正直な話、みんなに『集まれー!』って言って戦うのは時間が掛かるのよね。
常備兵の精鋭が数百で、戦闘工作兵を合わせて千人くらいしかない。だから側近の皆は反対してるんだけど、それだけ居れば神保の人だけなら倒せちゃうのよね。気が付かれたら城に籠られるけど、その時は別の場所を攻めれば良いわけだし。そういうことをやるなら、逆に常備兵以外が居ると足手まといなんだよね。
とはいえみんなが反対してるのを押し切るのも問題かもしれない。
我儘言いたいわけでもないし、必ず勝てるって訳でもないので納得することにしました。でも、ちゃんと聞いたからね? 何か良い事あったら攻めていいってさ!
と言う訳でさっさと守護代・当主に就任しました。
面倒くさいので次回、越中を攻略します。
ちなみに越後の石高x飢饉・水害で、二十万石強くらいで計算してます。
越中も飢饉と水害を換算して、二十万石弱くらいの計算ですね。
じゃけん港や鉱山からの収入と、青苧・お酒販売でなんとかしようね~。
と言う感じで領地についてはゲット考えてない感じ。
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戦いは年中行事の様に
●
側近たちの反対によって景虎は自制した。
勝算があっても確実とは言えないので当然だが、この時期の景虎にはそれほど説得力が備わって居なかったというのもある。あくまで将来有望であり、年齢としては十分な胆力や洞察力が見え隠れすると言う程度なのだ。
それと同時に父親と祖父が越中で無くなっているのもあるだろう。
理由こそ違うが、一向宗との戦いに越中へ赴き命を落としているのである。側近たちが心配するのも当然であろう。
「それでは弾正様。工兵共をお借りしますぞ」
「実乃がよきように計らえ。飯をそちらで食わせるならばどんな働きをさせても良い」
景虎の打ち出した唯一の内政方針である街道整備。
消極的な者が多い中、いの一番に名乗りを上げただけではなく大いに利用したのが本庄実乃である。彼は普請事業に詳しく虎千代時代に居た栃尾城の再建に関わり、今では城代になっている。この機に彼の本領や、仕えていた栖吉長尾との街道を一気に繋げてしまおうというのだろう。ここまで長い距離を整備するならば、戦闘工兵を借りてしまった方が都合が良いのも確かであった。
「道を通さば銭を戴けるのでしたな。そこから回しても?」
「構わぬ。朝秀に言えば前金を出すように言うておる」
「また、終われば長さと太さに応じて出すようにしておるゆえ、本庄が家の懐と相談せい」
「大熊殿ですか……。承知しました」
実乃は目に見えて嫌そうな顔をした。
彼は普請事業全体の主導者になる事を自認しているが、会計責任者である大熊朝秀とはあまり反りが合わないのだ。そもそも、この時代の武士は金銭を汚い物として扱う者もいるくらいだ。長尾家・上杉家の両方に顔を出して越後の金庫番となっている朝秀から、金周りの相談で何度も顔を会わせ小言を言われるわけで猶更であろう。
「……神五郎が与坂の周囲で治水をしたいと言うておったな。道普請について説明するついでに面倒を見てやれ」
「そういう事でしたら途中で神五の奴に引き継ぎましょう」
何事にも相性はあるもので、武将同士の縁は三角関係だ。
本庄実乃と直江実綱の相性は悪くなく、実綱と朝秀の相性は悪くない。これは実綱が政務系の側近であり、先代当主である晴景と共にあちこちに顔を出しているというのもあるだろう。喧嘩するくらいならば実綱を介して話をしろと言われれば、最初に挨拶だけして後は顔を出さない様にしようという程度の分別が実乃にもあった。
「他になんぞ注意が必要ですかな?」
「私は領地経営に口を挟まぬ。道に金は出すし、工兵も貸そう」
「余った時で田畑を広げようと治水をしようと構わぬ。じゃが道を作らぬ虚偽には滅ぼすまでやる」
「……この本庄美作守、肝に銘じておきますぞ」
景虎はいっそ清々しいまでに内政を丸投げした。
行政に必要ならば資金を出すし、好き勝手をしても咎めない。だが、唯一の政策である街道整備を理由に挙げておきながら虚偽を行い、不正に資金を受給するだけならばお家が絶えるまで殲滅すると言い放ったのである。
なお脳筋揃いの越後勢のこと、本当にやると思わなかったものは多数居た。
とはいえ豪族たちは互いに親戚関係であることも多く、彼らの弁護もあり言い訳的に整備した者はまだ許された。しかし対面的な事すらまったく理解せず、口だけ誤っておけば良いと思った豪族も一人二人は居たのだ。その者たちは完全に攻め滅ぼされたという。
●
天分十七年夏。情勢が大きく動いたことで出兵の準備が早まった。
越中の神保家は景虎の宣戦布告に対して戦力を集めようとしたが、椎名家が切り崩して豪族の幾人かを寝返らせたのだ。これに拍車をかけたのが、一向門徒の内部分裂である。
宗教組織は外敵に対して一致団結し死を恐れぬ死兵となる。
だがそれは外敵と戦う段階であり、普段は勢力争いで寺同士で勢力を争っていた。ここに椎名家は景虎が一向宗……というより浄土真宗に大して隔意が無い事を伝えたことで、坊官たちが武将化できる道が見えたのも大きいだろう。そうなればライバルはむしろ邪魔なのだ。
「いまならば一向宗の邪魔は入らぬ。……定満。諸国の情勢はどうか?」
「はっ。正統なる管領家は古河の管領を自称する伊勢に敗れました」
「また、信濃に攻め入って居た武田は小笠原との戦いが本格化したと」
「つまり我らの背後は安全と言う事だな」
情報分析を担当する宇佐美定満より、諸将の前で報告が述べられた。
上野の山内上杉は川越決戦で後北条に敗北を喫している。越後上杉家を通じて緩やかに関係修復が図られていたことにより、北の守備兵を即座に南へ回して傷が広がらないように奮戦している所だという。とはいえ山内上杉に関してはそう大きな変化はなかったと言えるだろう。
むしろ史実と変化はあったのは信濃方面である。
史実に置いて北信濃の諸将は長尾家に縁があり、親族である晴景の凋落で弱体化していた。そこで東信濃の村上家が信濃北部の高梨家と争って行くのだが、その隙を甲斐の武田家に突かれていた。だが景虎の守護代就任と戦力拡充が史実よりもだいぶ早くなったためにこの介入を警戒、北部への進出を断念したのだ。結果として村上家は余計な戦闘を増やしておらず、隙が伺えなかったことで、武田家は攻略の矛先を史実よりも早く信濃南部へ切り替えたのである。
「実綱、朝信。田畑の刈り取りは?」
「出兵に際し今年は早めに種をまき、早めに刈り取りも済ませております」
「近隣の諸将は夏の間に、揚北衆も秋口には参陣できるかと存じます」
直江神五郎実綱に並んで、越後上杉で内政担当の斎藤下野守朝信が応える。
この頃の越後勢は守護である上杉定実の体調不良もあって、殆どが景虎に直接仕えていた。他にも多くの諸将が居る中、彼が応えているのは……越後に内政ができる武将が少ないからである。実綱が内政の比重が高いのに対し、バランス型で武将としての面が強いため、頑固な揚北衆も彼には強く出れなかったという。
「よろしい。先発で三千、景虎が直卒する兵で神保長織を討つ」
「余の者は越中制圧のためにゆるゆると参れ。場合によっては冬もあちらで過ごすゆえな」
「実乃に後を任せる。この機に越中までの道を通してしまうのじゃ。神保を滅ぼすまでやるぞ」
「はっ!」
この頃の越後は飢饉や水害の問題で、実質的に二十万石ちょっとしかない。
防衛はともかく攻めるための稼働戦力は五千程、雇った常備兵も合わせて六千も居れば良い方だ。そこで常備兵を中心とした三千で攻め込み、寝返りを加えた椎名勢を主力にして戦う事になった。攻め疲れた頃に後続の二千程が到着する算段で、残り千程が春日山城周辺の防備に詰めることになる。
「しかし殿。それだけの戦力で勝ちきれますかな? 途中で神保を取り逃がしてしまうのでは?」
「定満は心配性だな。既に一向宗を半分に割った。孫次郎、教えてやれ」
「はっ。まず罪さえ犯さないのであれば越中への布教を許可しました」
「また一向宗の坊官が武将であるかのように統治することを椎名との協議で認めました」
定満が念のために尋ねるが、これは事前に取り決めた雰囲気造りだ。
既に側近たちの間で情報は共有されているが、みなの前で周知する必要があったからだ。越中における最大の懸念は死を恐れぬ一向宗であり、弾圧令を解除することで、その矛先が和らぎ最後まで戦う気力が無ければ烏合の衆でしかなかった。
ポイントは『全ての寺社に対してではない』ということだ。どこの寺も勢力拡大を狙っているし、特に親鸞様ゆかりの越後への関心が強いと知って、越後への復権を果たせば一向宗内部での功績が高くなる事が伺えたため、その対立を煽ったのである。
「なんと能景様以来の令を解くと……しかし、これならば楽に勝てますな」
「やはり神保を取り逃がすかどうかの勝負。急がねば」
先ほどの兵力問題は、越中にも当てはまっている。
飢饉や水害の問題で二十万石を下回っており、攻めるための戦力は五千も無い。更にその一部が越後勢に協力するのだ、一向宗さえ向かってこなければ楽勝に見えなくも無かった。もちろん篭城されては数の勝負ではなくなるので、何とも言えないのであるが。
とはいえこの辺りの心情は、景虎に転生した女が特に宗教へ思い入れが無いからこそだろう。越後で禁教とされていたことを当然と思っている者や、逆に不満を覚えている者など反応はさまざまであった。だがそれでも、戦いに際して有利となれば、口を挟むほどではなかったようだが。
「いざ、出陣!」
「「おお!」」
こうして越後勢のうち、常備兵を中心に府内付近の兵力が出陣したのである。
戦闘工作兵を途中に置いて、道を広げながら前進。約二千が越中へと向かった。
●
と言う訳で始まった越中征伐なのっ。
でも、ここで皆に良い知らせと悪い知らせがありまーす。どっちが良い? まあ悪い方からってのが無難だよね。まあ同じ理由なんだけどさ。
「待ち構えられているだと?」
「はっ。越中勢との合流前を狙われたのかと」
「この先の拓けた場所に、三千ほどが我らの進撃を阻もうと展開しております」
越後勢は二千なのに、三千から囲まれる! ビックリはしませんがピンチなのかな!?
越中の東は椎名さんちなのに、結構ギャンブルだよね。それとも単に、椎名さんがボコボコにされてて、入り放題だったのかな? まあ決着が簡単で楽だからいいけど。
「こっちが全軍を集めたら勝ち目がないから先に出て来たんだろうね」
「宣戦布告は昨年の間にしておりました。当然といえば当然ですな」
「景家、定満。笑い事ではないぞ……まあ笑い出したいのは私もだがな」
ピンチだというのにイズミちゃんもウサミンも一緒になって笑ってる。
それもそのはず。私達は驚くほどの脳筋軍団……じゃなくて精鋭を率いているので、この位の兵力差なら誤差といえなくもない。むしろ千人未満の兵士に奇襲を掛けられて、現地到着まで眠れない方が面倒だったかな。あとはどれだけ被害を出さないか、どんだけ長引かないかの問題だね。
「これで楽に成ったな。集結地点を変えるぞ」
「はい。先んじて富山城に兵を回すように伝えましょう」
「神保長織に逃げられたら面倒だからね。そのまま押し込んじまおう」
なんというかカケラも緊張感が無いけれど、それも当然かな。
敵は時間稼ぎできる狭い場所で待ち構えたんだけど、こちらの数が少ないと知ってあえて引き込んだんだろうね。グルっと囲んで戦えば勝てるって思ったんだと思う。でも、それはこっちがヤる気満々だったら話は変わって来るんだ~。囲んでるって事は、どこも薄いってことだもん。勢いのある相手にはひたすら数で耐えろって多聞宝塔のお爺ちゃんたちも言ってるくらい(同じくらい篭城で耐えろと言うからどっちが良いのか判んないけど)。
「聞いての通りだ豊守、急使に立ってくれるか?」
「拙者も功を稼ぎたいのですが……。そういうことでしたら」
山吉の孫次郎くんの加護はレンジャー系で、足止め効果を受けないんだってさ。
だから色んな地形を走り慣れているし、少し引き返して越中の人たちにお話しにいけば戦っている間に集結視点を変えられると思う。これで援軍が来なくて負けたら間抜けだけど、イズミちゃんたちもノリノリだからそんな事はないと思うのね。
「和泉守。主力を率いて敵右翼を蹂躙せよ。その間、私は残りの敵を抑える」
「そいつは間違っても大将のすることじゃないんですけどねえ? まあいいさ、あたしが一番手柄はもらうよ」
正面から戦っても勝てるとは思う。
でもそれをやったら二千と三千だし犠牲が増えてしまうので、勝ち易い場所で勝利してそうでない場所は守って居れば良いのだ。拓けた場所と言っても足場とかあるしね。一番強いイズミちゃんに全部任せた方が楽なんだなあー。そういう訳で、とっつげき~!
「剛毅な物ですな。和泉守なら手勢だけでも用を果たしますものを」
「敵に優秀な将がおらぬ以上は勝つのは当然だ。ならば後を考えただけのことよ」
「ならば重要なのは時間だ。さっさと突破して蹴散らすに限るゆえな」
「ごもっとも」
最近、ウサミンが多聞宝塔のお爺ちゃんとあんま変わらない反応に成って来た。
情報を分析してくれるし、何かあったら注意もしてくれる。でも私がまともなアイデアを出してる間は何も言わないのね。暖かい目で見守る保護者って感じ。何というか軍師というか補佐官みたいな態度だよね。まあ面倒なことを変わってくれるから良いんだけどさ。
「和泉守が動き出しましたな。間もなく彼奴らも動き出すかと」
「弥三郎に防がせよ。敵が崩れるまで保てば良い」
「はっ!」
矢と一緒に爆炎や雷撃の魔法が炸裂した後、戦意旺盛なメンバーが柿崎勢と一緒に突撃して行く。
一方で神保勢も爆炎魔法で打ち返すけど、椎名の引き抜きとか一向宗への対策であまり有名な人がいないのよね。それを向こうの大将が直接指揮してるわけだけど……。まあ人間一人が制御できるわけないじゃない? 私だったら絶対ムリ! なので向こうが混乱してるまで守ってれば勝てるんだし、こっちは既に動き出して向こうは今から。基本的に勝負にならないと言って良いんじゃないかな。
とはいえ戦は水物、楽勝で終わるはずが無かったのです。
あ、この戦いは楽勝だったけどね。……その後はとっても面倒なことに成っちゃったんだな。これが。
●
戦いには勝ったけど、神保さんを討ち取れるほどじゃなかったのが全ての問題だった。
本当だったら私たちを迎撃してたのも三千じゃなくて、四千とか五千は居た筈だったんだろう。それで向こうは逃げ腰だったみたいね。そんな雰囲気にぜんぜん気が付かないほど馬鹿なはずないもんね。もしかしたら狭い場所で足止めって戦術を否定されて、じゃあ囲んでボコボコにしようって提案してギリギリ何とかなっていたのかもしんない。
「なに、逃げただと?」
「修復中だった富山城のみならず田畑にも火を掛け、西の増山城まで大きく逃走したそうです」
うーん、やっぱり春に攻めてればよかったかな~?
神保さんはこないだの戦いで逃げ出した後、越中の真ん中にある富山城に戻らなかったのね。そのまま籠っててくれたら山吉君が手配した越中勢が攻め込んだはずなんだけど、さっさと見切って逃走するのは流石かもしれない。
あるいは一向宗の人たちの動きが変なので、もしかしたらこっちに合流して一万を越えているとか、思ったのかもしんない。まあそこまで居たら勝負にならないから、サッサと逃げ出す気分も判るかな。とりあえず政治屋さんの香りがしたので要注意だ~。
「ちょっと小突かれただけで尻に帆掛けて逃げだすとは呆れたものだねえ」
「だが和泉守。効率的ではあるぞ。戦いが長引けば我らは引き上げる予定であった」
焼けた富山城は篭城用と言うよりは、支配用で中継拠点らしいのね。
川沿いにある事もあって水害は受けるし、椎名家との戦争で壊れたり直したりして、増築しながら徐々に大きくしてたんだって。そこに私たちが乗り込んで来たら勝てないから逃げちゃったみたいなの。漫画やアニメで偶に見るけど、食料が無ければ帰るしかないしね。数で負けてて、武将であるイズミちゃんたちに勝てないなら、まあ分からないでもないんだ。
「ではいかがされます? このまま引き下がってまた奴が出て来るのを待つと?」
「まさか。神保長織が増山城に籠っておる間に、他の諸城を落とす。篭城は増援があってこそ」
「それと、こちらに付いた一向宗に奴の所業を触れて回らせる。神保は他を焼いたぞ、次はお前たちの食料を奪いに来るぞ、奴を許すなとな」
前世のゲームもそうなんだけどさ、城攻めってあんま好きくないのよね。
自分の戦闘力とか関係ないし、しっかりしたお城だとすっごい時間が掛かるもん。だから封じめるだけ封じ込めて、他を全部貰っちゃいましょう! それと相手が動かないんだから、ついでにプロパガンダ作戦発令しちゃいます!
「民草は生きる為に何でもしますよ? あたしらが帰ったらまた受け入れるんじゃないです?」
「それは越中の中央に誰も居なければの話だな。椎名に領地を明け渡すが、富山は暫く確保する」
「斎藤下野守。聞いての通りだ、富山城を修復し道を作り次第に椎名の軍勢を入れろ。足りない兵は後追いで来る揚北衆に任せる」
「はっ!」
神保さんちの残り戦力は西南部の増山城に逃げ込んでる。
どうもそこが越中で一番凄い城らしいのよね。なのでそこを無視して他を攻め落としちゃえって話。出て来れば決戦すれば良いし、出て来なければ越中の皆に領地を上げちゃうのです。でもそれには越中を任せると言った椎名さんがど真ん中である富山城に居ないと駄目なのよね。
幸いにもというか、今回は二段構えで食料を用意している。
本庄のおじさんが街道を作りながら準備しているので、ゆっくりと揚北衆が越中の中央へ増援に来るはずだ。神保さんってば、越後勢が全力で来てると思ってるんだけど、私たちはあと二段階の変身を残してるってわけ!
「他には?」
「加賀の尾山坊に使者を出せ。その手引きで一向宗と全面的に和睦する」
「越後での正式な布教許可のみならず、必要ならば朝倉との和睦をこちらで斡旋もする」
「また能登畠山にも使者を送り、神保の後背を絶つのだ」
と言う訳で神保さんと戦うんじゃなくて、援助する人たちを何とかしましょー。
誰からも援軍が来ない、何処にも逃げ場がない! そんな状況まで追い込んでバッキバッキに心を折ってからまた来ればいいのよね。
「浄土の教えを説くことは許すが、国の柱とするわけではないことに注意せよ」
「他の宗教・宗派であろうと、同じように扱うとしたまでである」
「罪なくば親鸞のみならず全ての教えを許す。蒙古と共にあった景教・回教であろうとな」
「景虎が許さぬのは罪である。宗派・門徒の内の罪であろうとも、領内であらば許さぬことを見知りおけ」
越後では菩提寺である林泉寺と禅宗の教えを貴ぶのは同じだよー。
あくまで宗教は平等に扱う事、一向宗である浄土真宗の教えを差別しないとしただけね。もちろん寺を建てるために資金提供する事くらいは構わないし、寺を立てる為の土地程度ならば寄進しても構わないんだけど、特に優遇する訳ではないというのが重要な点なの。
「此度の出兵でどうにもならぬのであれば、次回で倒せば良い」
「よって必要なのは次回への布石。そしてその時は確実に神保長織を包囲する」
「増山に籠る前に一向宗を使って道を塞ぐ。我らが去れば味方に戻ると思うて居る奴も引き抜いておく」
「なるほど。戦わずに逃げた上、『自分たちの食い物』を奪った神保、来れば勝てる長尾。どっちにつくかって話かい」
何というか、この時代って『いくぞー!』って移動して勝つか負けるかばっかなのよね。
でも、戦争ってそういうものばっかりじゃないじゃない? それに現在進行形で困ってるお百姓さんが居て、神保さんが悪い事をしているならば、次は話が変わってくると思うの。だから椎名の軍勢を富山に移動させるし、私たちは援軍を残して還る感じです。
と言う訳で来年も再来年も!『私達の戦いは、始まったばかりだ!』なーんて♪ あ、ネタなので、ここで終わるわけじゃないからね!
と言う訳で越中攻めは中途半端に終わりました。
二千で三千に勝てるのは良いのですが、相手が弱かったからで……。
そんな状況なら逃げるのも当然ですよね(史実でも逃走してる)。
ちなみに状況が同じなので大抵歴史は似てきます。
魔法が有ろうがなかろうが、関東での戦いは殆ど同じで越後と和解した分だけ少し余裕ある程度。
逆に信濃方面が結構変わって居て、村上が越後を警戒したせいで隙が無く
武田家はここで負ける運命を見越して、史実よりも早く南に行ってます。
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